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[21071] レッド・プロファイル~身長150cmの女の子が友人の鼻っ面にパンチ決めながら殺人事件を推理する話~【学園・推理物・長編】
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:9d54ad2f
Date: 2010/08/12 12:35
 どうもはじめまして。

 趣味で書いている長編ですが半ばまで来たところでむらむらと誰かに読んでもらいたくなりましたのでこちらにあげさせてもらいます。主人公が女の子にひどいことを言ったり言われたり言われたり言われたりするので苦手な人は回れ右。後はあれです、殺人事件を推理するので当たり前ですが人が死にます。苦手な人は以下略。恋愛分は作者の好きな分量含んでありますので多いか少ないかは個人の最良で判断してください。

 書き溜め分がいくらかあるのでしばらくは連日投稿するかと思いますが、失速しても怒らないでね。

 それでは、よろしくお願いします。

 



[21071] 0
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:9d54ad2f
Date: 2010/08/12 12:57
 この小説はフィクションです。実在の事件事故組織人物とは一切関係有りません――そういう文句から始まる小説をあまり僕は好まないのだけれどのだけれど、部活の先輩に薦められて、珍しく夜更かしして読み込んでいた。

 その人に言わせれば「《代見/かわりみ》君はもう少し夢見がちになったほうがいい」だそうで、さらには高校生にもなったなら面白可笑しい作り話の一つ二つ嗜むべきなのだそうだ。僕は自分でも嫌になるくらい偏屈だから他の人間に言われれば一生その手のフィクションに手を触れなくなった可能性もあるが、なんせその相手が僕の片恋相手なのだから、ことの正否真偽善悪はともかく実行するのにやぶさかではない。

 ――そんなことを言いながら苦手意識をぬぐえずに読み始めるのが遅れに遅れて、こんな時間にまで読書が食い込んでいるのだから、僕もなかなかばかげていた。読む速度にはなかなかの自信があったのだが、風呂を済ませてから今に至るまで、かれこれ二時間ほどかけても主人公の恋愛が手をつなぐところにまで進まない。さすがフィクション、これほどもどかしくても我慢できる思春期男子が生息できるのは活字の中に限られるだろう。もし本当にこんなもじもじした恋愛したら、僕だったら一週間ほどで爆発してしまう。

片思いの相手が明日から修学旅行で一週間留守と言うそれだけで読みたくも無い好みの外の小説を「そういえば先輩、最近フィクションに興味が出たんですが」とか話題を作ろうとする、そういう恋情こそいじましく本当と言うべきだ。世はそれを未練がましいともいう。

 まぁ、一つ読むごとに報告なさいと電話番号を教えてもらえたから、全体的な収支は大幅にプラスなのだけれど。――むしろ予想以上の収穫に舞い上がっているのが、いくらか文章を追う精度に影響がでているくらいである。――しかしなんとも、読むのに時間がかかるモチベーションだった。いつもならざくざく読み薦めてしまえる程度の分量にいやに時間がかかってしまう。どんな原因があるにせよ今の僕のコンディションでは、この恋をする少年主人公を冷静に鑑賞するには向かないようだった。

 そもそも、読めば読むほど作者への怒りが沸々と沸いてくる。

さっさと済ませてしまえばいいのに文化祭の準備に追われたり、友人のさがない悪戯に巻き込まれて恋人の信用を失ったり。よくもまぁ作者とか言うやつは、登場人物をこんなに右往左往させて平気なものだ。カタルシスだかなんだか知らないが、真冶君がかわいそうだと思わないのか人非人め。こんなに隣のクラスの環田さんを恋焦がれているのに竹智だか志川だか中内だかの悪友にさんざ邪魔させて「――っと」真冶君が見事に環田さんを屋上に呼び出した。「いいじゃないか、がんばれ少年」僕がついてるぞ。なんて言葉に出してつぶやいて、僕は実にいい気分になる。他人を応援すると言うのはいかにもイイヒトに成れたような気がしてすがすがしいものがあった。

 こういう気持ちになってみると、なるほどフィクションというのは登場人物をいかに無責任に応援しても責の及ばない、なんとも都合のいいものだった。【実在の事件事故と――】なだけあって、実在する僕らの俯瞰するになんと気楽なことだろう。ぶっちゃけ僕は真冶君がこっぴどくフられようが武智辺りに環田さんを寝取られようが何も文句はないのだから、もし現実にこんな心構えのやつに応援されたら、僕なら容赦仮借なく全力の拳をお見舞いしている。実在の事件事故組織人物に一切関係するつもりなら、それ相応の覚悟と言うものを持つのが礼儀以前の絶対条件だ。その対象が、個人的で卑近なものであればあるほど、その割合は高くなると僕は思う。

(――そういえば)と、僕はページを繰る手を止めて思考する――(――ものの本によれば、そういう個人的で卑近な物語こそを、【小説】と呼ぶんだとか、なんだとか、だったような)

 となると、お決まりの文句も若干皮肉に言い換えられる。

個人的で卑近な物語、個人の世界観こそ小説ならば、つまりはこう。――『この世界はフィクションです』『実在の事件事故組織人物とは一切関係ありません』『あしからず』――まったくもって詭弁じみた、すこぶるつきに胡散臭い単語羅列の誕生だ。しかしてなかなか悪くない気もするのは僕のセンスの悪さの発露だろうか。

あるいは世界なんてそんなもんさ、という、僕のひねた思想の証かもしれない。

(はたして、例えば)
(世界と言うものがどれほど実在の事件事故組織人物と関わってんだって話)

 黄河の蝶々がミシシッピに竜巻を起こすことはあっても、結局それはそれだけのことで。その出来事で真理とか神様とか物理法則とかにはまるで影響はないだろう。僕が論理や理論を振り回したところで根幹の――世界の根っこの部分には決して立ち入れないし、それならいったいどうして、僕たちは僕たちの世界を確信することが出来るのだろうか。

【実在の事件事故組織人物】がいくら実在していたところで、世界の実在を僕たちは確認することは出来ないのではなかろうか。

――なんちゃって。

 こんなもの、それこそ高校生らしい、面白可笑しくもない小理屈屁理屈。三日もしたら忘れているか、思い出したくなくなっていること受けあいだ。今までもこんなこといくつか考えた気がするが思い出したくないので閑話休題。

僕は随分ページをめくっていないことに思い至る。しかしあれだ、読書中にこんなややこしいことグダグダ考えてしまうとは、やっぱり僕にはこの手の読書はむいていないのかもしてない。これ以上の黙読を早々にあきらめてさっさと眠ってしまうことにした。どうせ今から一気に読みきってしまっても電話のできる時間帯でもないし、寝巻きに着替えて布団に入ろう、その前に水でも飲むか――僕は自分の部屋を出てリビングを通り台所へ向かう。

リリリリリリリリン、と。

その前に立ったとたんに、家電話のベルがけたたましく鳴った。

眉を顰めて、親の起き出す前に受話器をとる。「――はい、代見です」

そして、数秒。数十秒。

――数分。

無言のままに電話は切れた。

「………………」

 僕もまた、無言のままに受話器を置き、コップに直接水道水を汲んで一口一口を噛むようにしてから飲み下す。台所備え付けの、ゴミ捨てのスケジュールなんかの書かれたカレンダーに目を通して、脳内の日付に×印を足した。

無言電話。通算十五日目。かつ、親の出た時はすぐに切れる、らしい。

 ――どうにも僕はストーキングを受けているようで。

「この事件はフィクションです」

 だったらいいなぁ。

肩をすくめながらコップを洗い、僕は自分の部屋に戻った。




[21071] 第一章 イ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:9d54ad2f
Date: 2010/08/12 12:59
たとえ百人中九十九人が狂っていたとしてもまともなのは残った一人だ。


* 1 *

 確信したのは最近の話だが、今にして思えばストーキングらしきものが始まったのは一月ほど前になる。ちょっと視線を感じるとかなら思春期一流の自意識過剰で話が済むが、捨てたゴミが荒らされていたり、玄関の鉢植えやらの位置が変わっていたり、家族も怪しむような異変がどうにも立て続けに起きすぎていた。警察への相談も僕の個人的な事情があってし辛く、なんの対処も出来ずにいる。手詰まりではないが、少々長考を要する局面、ではある。

どうせなら妙手を打ちたい。僕が実家に暮らしている以上、ことは家族に関わってくる。『状況の好転』くらいでは少々物足りない。

どうせ打つなら大転換の一手。

いっそ王手をかけてしまえ。

――と、まぁ。そんな勢いよく上段にかぶったセリフを打ったところで、高校生に出来ることなんてたかが知れていて、せいぜい友人に相談するくらいだけれど。

そんなもの普通、気休め程度にしかならない。

が。

 僕の、《代見伏目/かわりみふせめ》の友人は一味違う。

 一味違って――一筋縄では行かなくて。四の五の言わない時がない、《二進/にっち》も《三進/さっち》もいきまくり、なくて七癖を振り回して、六道もからから笑って踏破してしまうような、もう存在からして何かの間違いだとしか思えないようなのが、一人いるのだ。認めたくないが。
彼女の名を《片時赤色/かたときあかいろ》という。
名前もぶっ飛んでいるが中身もぶっ飛んでいて――「そんな簡単なこと私にはわからないね」「2×2=5ってな具合も、チャーミングでキライじゃない」「私が皮肉屋さんなんじゃない。世の中が素直すぎるんだ、可愛い奴らめ」以上、ここ一年の赤色の発言から抜粋。――それに追随して服飾行動その他がハリネズミのようにとんがっているものだから、面識が出来て一年になるのというのに、僕にとっての片時赤色像はいまだ、まだまだ、筆舌に尽くしがたい。

 いい奴なんだがイイ性格してると言うか、悪人ではないが意地がワルいというか。まず見た目からして妖怪じみているというか。

まず薄笑いが絶えない。これはいつでも機嫌がいいという意味では無くて上機嫌だろうと不機嫌だろうと赤色は喜怒哀楽の全てを薄笑いの微妙な差異で表現する。まずもってこれがすでに不気味な要素だ。前にそんなことだから友達ができないんだと言うと「万死ッ!」という叫びと共に鼻っ面にゲンコを食らわされた。「ばかめ、私はこんなに暴力的だから友達が出来ないのさ」と誇らしげに言い放った奴の姿は夏の日差しの中不敵で無敵に輝いて見えたのを覚えている。僕はその後尋常ならざる鼻血のため保健室に向かった。

 さらには服飾のセンスもぶっ飛んでいて、片時赤色というその名に恥じない文字列鮮血の如き真っ赤なロングコートを、赤色は常々愛用する。それには猫の頭を模した(かつ、ちょっとパンクでホラーなデザインの)フードが付属し、その前あわせは大小ちぐはぐの飾りボタンで飾られている癖に実際にはファスナーで開け閉めを行う。私服登校が許されているにしても行き過ぎの、「おしゃれがんばってるチビ」として校内の畏怖をほしいままにしているのだった。

はっきり言って変な奴だ。

卒業したら七不思議のひとつになっちゃうんじゃないだろうか。

ただ、だからこそ、こういう状況ではあいつに限る。限るし、この出来事に関しては間違いなく、この愛すべき友人に持ちかけるのが最高の妙手のはずだった。

「と、いうわけで、お前が適任だな、と僕は思ったわけなんだよ」と僕は言い。

「へぇ、迷惑だね」と赤色は返した。

「そんなことのために、私の睡眠時間を削ったのか。今ここがどこで、いったい何時かわかる? 七時前だよ――六時五十四分の、愛しい我らが高校の教室だ。三階東端の二年六組、ああそうさ、僕たち勤勉で善良な学生が毎日飽きずに来る場所だ。だからまぁ、場所には目をつぶる、つぶってあげよう寛大に寛容に涙が出るほどやさしいことに! ――なんせ今の私はさっさと目をつぶって夢の園へ旅立ちたくてうずうずそわそわたまらないからね、いつもならねちねちと辣言を連ねるそんなところをそんな事情を鑑みて寛大至極に許してやるさ。でもね、この時間はちょっといただけない、いただけないよ? 代見伏目。――確かに私はいつもこの時間には教室にいるけど、だからってそれは君の相談を聞くためじゃないし、むしろこの教室のど真ん中で『どれほど寝たって遅刻しない』っていうそういう幸せを感じるためで、何度もその意見は表明してるし君とは特に長い付き合いだからてっきりしっかり理解してくれてると思ったんだけどね。私はね、出来れば一日十六時間は寝てたくてそれを渋々嫌々生活と将来のために八時間に抑えてるってのにその八時間さえ君のそのすこぶるどうでもいい話のために削られるのか。悲劇だね。いっそ笑いたまえ、ほら私は寝不足だぞ。目的が達せられて満足だろうこの人でなしめ!」

 ここまで、息継ぎナシで。

「ひでぇな、そこまで言うかよ」

 そりゃあ眠たい人間の所業じゃない。

 そんな僕のダブルミーニングなツッコミにも、寝不足モードの赤色は気づけない、あるいはかまう気もないらしい。「言うさ。言わいでか」と普通な切り返しをして、これ以上は続けるつもりがないようだった。
日の光がまぶしいのだろうか、机に突っ伏しながらもコートのフードの端を握り締め目深なところまで無理やりに引っ張って目元を隠して、不機嫌極まる声色で「うくぅぅぅ……」と唸る。

「だいたいなぁ」

 と赤色は続けた。「君はどうせわかってるんだろう」

「自分でわかってることを他人に聞くな馬鹿馬鹿しい」
「どういうことだよ」
「そういうことだ」

 赤色はフードの端を両手で押さえて、日の光から隠れるように机に突っ伏す。

「君、とっくに犯人の目星はつけてるんだろ。それで私に答え合わせさせるつもりだな」
「――なんだ」と、僕は頭を掻く。「ばれてたか」
「『ばれてたか』、じゃない、白々しい。――フン。まっとうに悩んでるならともかく人のことを参考書の回答集だかなんだかみたいに考えやがって。学校の宿題じゃないんだぞ、自分の人生の一大事くらい少しは真面目にやりたまえ」
「真面目も真面目だ。僕はキチンと問題を解いてから答えの本を読もうってんだから、褒められるこそあっても謗られる覚えはないぞ」
「君の人生が分厚く大儀なハードカバーなのは重々わかったから、私のような薄っぺらいおまけの回答編などほっとけ」
「それってつまり?」
「君は見るとこ開くとこ問題だらけ、ってことさ」

 そうして自分は正答だけで簡潔軽量、ってわけか。

やかましいわ。




[21071] 第一章 ロ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:7d621e02
Date: 2010/08/13 00:12

「なにがやかましいもんか、人が寝てるところに突然やってきてわけのわからないことわめき散らすな。終いには安眠妨害、騒音公害で訴えてやるからな。最近はうるさいんだ、学校のチャイムだって気を使わないと何を言われるやらわからない時代――」と、そこまで赤色が喋ったところで、大きな音が僕たちの会話をさえぎる。

 七時丁度を示すチャイムの音が鳴った。

 なにか由来のあるらしい馬鹿でかい鐘が僕の学校にはあって、それがゴゥン、ゴゥン――と重厚に響く。それこそ近隣住民に配慮しないとまずいんじゃなかろうか、という音量で鳴り響くが、心配いらない。僕らの学校は周りに畑と駐車場しかない。

そして鳴り響く鐘の音の中で、片時赤色は仁王立ちしていた。

学校のあの板張りの、ちいさな学習椅子の上に、腰に手を当てて胸をそらして、お手本にしたいくらいの仁王立ち。

僕がチャイムの音に気をとられているその一瞬で、突っ伏した姿勢から疾風のように――実際、コートの裾が翻って起こした風が、僕の前髪を揺らすくらいのスピードで。片時赤色は仁王立ちして。

「おはよう! 伏目君ッ!」

 と、かくもさわやかに、挨拶をする。

 おめめパッチリ。
 お肌もつやつや。
 見るも見事に、完璧だった。

「……ああ、おはよう赤色。今日も元気だな」
「ありがとう、そして私はきっと明日も明後日も元気だ。期待していてくれたまえ」
「とりあえず目線を合わせようぜ、降りてこいよ」
「おっと、私としたことが失礼した。しかしまぁわかってくれよ、このくらいの無礼に非礼、私の親愛なる友人たる伏目君なら、きっと微笑一つで許してくれるだろう、という我侭ながら一つの信頼の上に成り立つヤンチャさ。そしてもちろん、私の知る伏目君なら東風にそよぐ柳の葉のようにさらりと許してくれるそのはずだ、そうだろう?」
「ああそうだよそのとおり、赤色サンの言うがままだ。だからさっさと座ってくれないか。僕だって頼れる友人を見上げっぱなしは心に答えるものがあるのさ」

 と、そんな風に僕があからさまに適当な返しをしても、赤色はまるで気分を害した風もなく、いっそ本気で信じているかのようなそぶりまでみせながら椅子に座る。

「七時だよ伏目君。あったらーしいあーさがきたっ、きっぼーうのあさーっだっ! ふふふ、私もそろそろ成長期の終わりだからね。本当は段々と必要睡眠時間も短くなってきてて、いまごろ五時間六時間になってるかもしれないけれども、まったくこのすがすがしさのために時間の無駄だと思いながらも八時間の睡眠を止められないね。私に言わせれば人間は毎朝目覚めるために生きているし、人の一日とは目覚めで始まってあとは下り坂を転がっていくそれだけしかないってもんさ!」
「ん、そいつはちょっと承服しかねるぞ赤色。僕はなかなか惰眠を貪る生活を愛しく思うんだ。出来れば一日十六時間は寝てたくて、それを将来と生活のために八時間で我慢しているようなそんなもんだぜ?」
「何だ何だいい若い者が、まったくもってもったいないことを言って。起きているこの瞬間の体の自由と比べれば睡眠なんてのは死亡と大差ないじゃあないか。君は一日が二十四時間ぽっちしかないことを知らないんじゃないだろうな、そんなことではユリウス帝に笑われるぞ!」

 なんて。

 さっきまでの様子を見ていれば、まるっきり寝言としか思えないようなことを並べ立てる赤色。だがしかし、さっきまでの不機嫌そうなのがそれこそ寝言で。その上今は、単純に寝起きがいいからただテンションが高いだけ。人物としての本元本質は、あの時あの寝言こそに現れていて、やっぱり起き抜けに言うことこそが一番寝言に近い。

 めんどくさい。

 わかりづらい。

その上、わかってもほとんど意味はない――なにせこんなもの、赤色のイカレたところの片鱗ですらない。面白可笑しくもないのに徹底的にオカシい。『この人物はフィクションです』とでも注釈してやりたくなるような、変人っぷり。

 もう存在からして何かの間違いだとしか思えないような、僕の一味違う友人は、やっぱり今日この日の朝であっても何かの間違いとしか思えないままだった。

 つか、これが間違えてないはずがないだろう。

 こいつ本当は誤植かなんかじゃないのか?

『気』とか『魔力』とかで戦える世界観の物語から、何かの間違いで印刷されちゃったんじゃないだろうな。

もちろんそんな危惧は【この世界がホントにフィクションだったら】みたいな以下にもガキっぽい空想が前提で、その上フィクション――なんでもあり――が前提なわけだから必然的に赤色の存在も肯定されてしまうのだけど。――いや、誤植と言うものが存在する以上、やはり【なんでもあり】の【なんでも】に当たらないものがあるわけで――いかん、本当にフィクションと現実の折り合いが――区別がつかなくなってきた。

 これだから。

 そういう手の小説はあまり読みたくないのだけど。

 いやしかし、いくら昨日夜更かししてその手のものを読んだからってちょっとこのグラつき方はおかしい。

いつもならもうすこし耐久値というか甲斐性と言うか、そういうものに余裕があって。

いや、とにかく今は、思索思走のそれ以前に、目の前の赤色ときっちり会話するのを、優先させるべきだった。

僕は僕の【悪い癖】を無理におさえて、一見なんでもないかのように振舞いながら、赤色との会話を続けようとする。



[21071] 第一章 ハ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:98976b5b
Date: 2010/08/13 20:56
「赤色は、えっと、七時まで寝てたんなら」どこまで聞いてたことになるんだ。「というか、あれか、何も話してないことになるのか。じゃぁ、また最初から話すけど――」

と、僕が喋りかけたところで赤色は僕の顔の前に手のひらを向ける。

「それには及ばないよ、伏目君」

 素直に黙った僕に対して、赤色は一つウィンクをして見せた。そのまま――薄笑いのまま、浪々と言葉をつなげる。

「ところで、こんな話を知っているかな? 人間の脳みそは意外と普段怠けていて――これは世間一般に流布してる『脳は普段30%しか使われていない』とかそういう話とはまた別にね――普通に起きて生活しているとき、実はゆるーくゆるく、実にぬらーりくらりと、本気と書いてマジと読むがんばり方で動ける速さから見て遥かに遅く温く鈍く回っているらしいんだよ。
 眠りの終わりと初め、高々五分あるかないかの時間にあれほど長い夢を見れるのは、普段の時間の流れを完全に無視して大冒険だって繰り広げられるのは、脳が全身全霊の大回転を見せて普段よりずっとずっと加速された世界を創造しているからだそうだ。ふむふむ、人間ってのは寝言を言ってるくらいの眠りの時には、むしろ十倍二十倍三十倍に脳の回転は速くなっているのかもしれないね。
「さて、ここで私は話を変えるんだけど、私が寝ている間に随分面白迷惑な話を聞いた気がするんだ。
「【いっぱいいっぱい】、考えたから安心してくれ。とその話の主に言わなくちゃならないね」
「………………は」

 ははは、は。と僕は乾いた笑いを漏らす。「はは」ははは。「おまえ、赤色。なんだその、名探偵みたいなこと言いやがって」

「知らなかったのか。私は実はフィクションなんだ」

 もちろんそんなことはなくて、この世界はどこまでも現実だ。心配しなくても世界はちゃんと実在している。赤色も僕のストーカーももちろん僕こと代見伏目も実在していて事件自己組織人物といつでも関係してしまう、そういう危うい世界の上でなかなかながらの人生をしっかり送っていて、僕如きがどれほど疑ったところで、この現実はまったく作り物にはならない。なんとも頼もしいことに。

だがちょっと、僕の【悪い癖】――フィクションに触れると、すぐ現実があやふやになっちゃう悪癖にかこつけて、語り部の特権、時間軸の無視を行わせてもらう。


この日、片時赤色にストーカーについて相談したその日の放課後、僕の学校で殺人が起きる。


屋上で殺されたその人は、僕の友達だったのだ。


「さてと、実はまだ一時間目の予習をやってないんだ。悪いけどそろそろ自分のために時間を使わせてもらうよ」
「おいおい赤色そりゃないぜ、名探偵なんだからきちんと事件を解決してくれよ。僕は丸付けができないと気になってならない性質なんだ」
「私もいろいろ裏づけがとりたいしねぇ。解答編が間違えちゃ洒落じゃあないし、そうだな――
 《今日の放課後、屋上辺りで答えあわせだ》」
「よし、のった」

 ちなみに僕はお前がストーカーだと思ってんだぜ。

いや、これホントに。



[21071] 第一章 ニ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:88679de4
Date: 2010/08/15 00:08
* 2 *


 赤色は放課後までお預けだと言って予習を始めようとしたが、そうされてしまうとわざわざ早起きしてやってきた僕が手持ち無沙汰になる。(始業まで何とびっくりの一時間四十分)僕も昨日は本を読んでいたから予習をしていないが、そもそも僕と赤色は別のクラスなのだ。物理の教科書を取り出した赤色は理系選択だから有意義と言うか切羽つまった予習なのだろうけど、文型選択の僕は一時間目の生物にそれ程のモチベーションを感じなかった。大体からしてこんな時間に学校に来たことなんてないから、そもそも何をしたらいいのかがいまいちわからない。しばらく赤色の予習するのを見ながら雑談をしていた。

「そういえばさ」

 と僕は物理の教科書を眺める赤色に聞く。

「ストーカーについて物証とか何にも集めてないから、放課後僕と話しても推理の裏打ちとか出来ないかもしれないぜ。それでもいいのか?」
「ふむ。――気遣いはうれしいけれど。それには及ばないよ伏目君。
「ところでこんな話を知っているかい? 推理小説における一種のパターンとして、読者はこういう分類をすることが出来る。すなわち三つ、『ワイダニット』『ハウダニット』『フーダニット』――高校生ならこのくらいの英文わかるだろ、『何故やったか?』『どうやったか?』『誰がやったか?』という訳になるわけだ。主にこの三つの疑念が推理小説の骨子となるんだが、一つが問われる時もあれば二つ組み合わさるケースがあり、三つ全てが問われる場合もある。圧倒的に多いのはハウダニットとフーダニットの組み合わせだね。ワイダニット《動機探し》はどうもミステリーの中では、犯人を明かすその瞬間につけあわせみたいに語られることが多いジャンルで――私はそこがちょっと気に食わないんだけどね。というのも、実際の物事を推理するとなると、このワイダニット《犯行動機》が重要になってくるんだよね。
「何故やったか?
「なんで犯したか。
「そこにはそうなるべき何かがあるわけだ。まず犯行時刻のアリバイがない人間を世界中からリストアップするよりも、『そうあれかし』と強く《願うべき》場の人間をまず絞って、そこからもろもろの理論で減数していくほうが、絶対に効率はいいからね。
「犯罪の立証とは間引きの繰り返しから始まるんだよ。伏目君。
「だから僕たちはまずこう考えるべきなんだ。『いったい誰が、伏目君を付回して得をするだろう』『誰がそうしたいと思うだろう』
「まずはこうして考えて、そこから絞っていけば早晩、犯人の正体が白日に晒されるさ。
「ん? 私に動機がわかるかって?
「生憎だが、私に他人の気持ちなんてわからないなぁ――」

 と、まぁ。こんな風にのべつ幕なしにまくりたてるのが、片時赤色の対話スタイルである。単に会話の下手なやつとも言う。(僕は「動機がわかるか?」なんて問いかけてない、赤色が勝手に察した風を装って好きなことを言っただけだ)

なんていうのか、古い推理小説の解答編みたいな喋り方をするやつだった。

鍵括弧が連続して、一章分くらい探偵役が喋り続けるタイプのあれ。

小説で読むと展開が速く感じられて気持ちがいいけれど、実際にやられてみると、どうしても置いてけぼりにされている感は否めなかった。

「しかし動機か――ストーキングの動機ってなんだろうな。誰かの恨みでも買ったか? 僕」
「一番テンプレートなのは色恋沙汰だと思うけど、その可能性をはなから排除している辺り謙虚なのか自虐的なのかわからないね。嫌味とも言える」
「色恋、はちょっとないだろ。僕から一番縁遠い言葉じゃないか」
「そうか? 君って随分背も高いし、顔だって悪いわけじゃないんだ。意外と知らないところで、知らない人間の興を買ってるかもよ?」
「知らないやつが僕の名前を知ってるのかよ」
「気味が悪いね」

 有名になるなんて怖気がする。と赤色は笑う。「しかし君の背が高いのも事実だ。人ごみの中だと潜望鏡みたいだぞ」

「身長ね……。これのせいで柔道やめたから、あんまり好きくはないんだけど。待ち合わせのときとかランドマーク扱いされるし」
「ちなみに今何センチ?」
「175……弱、くらいかな」

 大分長いこと計ってないから、もうちょっと伸びてるかもしれないけど。

しかしここまで伸びてくるとそろそろ使い道がなくなってくる。背が高いことによる日常のアドバンテージってそれこそ待ち合わせくらいしかないし。

高校から文芸部に入って、いよいよ無駄遣いしている感じだ。

「そーやって無駄遣いしてるから、どこかで知らない不興を買ってるのかもな……」
「君がそう思いたいなら私はそれでいいけどね」
「なんか鼻につく言い方だな」
「別に。別に、別に、べーつにー。伏目君がもてようがもてなかろうがどうでもいいし。だいたい君、間違っても人を好きになったりしなさそうだしね。腹の底で世界人類を見下しながら悪人のいない新世界を作って神になる計画とか進めてそうだよ」
「君の中の僕のイメージは夜神さんちの息子さんなのか……!」

 友人にそんな風に思われていた。

ショックだ。

「そういえばさ、あの話って結局夜神さんちの息子さんの何が間違えてたんだい?」
「斬新な意見だな!」
「私を差し置いてああしようとしたのが強いて言えばミスだよね」
「君は腹の底で世界人類を見下してるのか!?」

 お前は神か。

 友人として、余りに恐ろしすぎる事実だった。

「はは、冗談。それに私に言わせれば、あの話の中で夜神さんちの息子さんはミスは一つもしてないだろ。ただ間違いを重ね続けただけだ」
「ミスと間違いって同じものじゃないのか?」
「似て非なるよ。間違いは正せるけど、ミスは取り返しがつかないからね。だから夜神さんちの息子さんは負けたんだろうね」

 少し赤色は悩む顔をする――会話の内容じゃなくて、多分物理の問題集のことを考えているのだろうけど。

「取り返しのつかないことならば彼は手前で気づけただろうに。『なんとかなる』『このくらい大丈夫』を重ねすぎて気がついたら限界値に到達しちゃったんだろ」
「限界値って?」
「人生の」

 人生の限界値。

なんだそれ――。と僕が聞く前に、手元に視線を落としたままの赤色に「話を戻そう」とさえぎられてしまって、僕は舌先で言葉を飲み込む。

「君が冷血で毒舌で高慢だから人を好きにならないって話」
「君さ、実は僕のことが嫌いなんだろ」

 言っとくけどな、僕だって傷つくんだぞ。

言葉の暴力は手を上げ返せないから手に負えないと思う。

「いやいや君の事は大好きさ。天地神明にかけて百花繚乱のべつまくなし数限りなく大好きだよ」
「そこまで言われると逆に胡散臭いな」
「信じられないなら胸くらい揉ませてあげてもいいよ――と、言っても君は冷血で以下略だから、絶対私のことなんか意識しないし、夜中に思い出して困ったりしないだろうね」
「うん」

 即答だった。

「タイプじゃないし」

 正直に言ってみた。

赤色が(自分が言わせたくせに)本当の人でなしでも見る目で見てきた。

どうしろというんだ……。

「大体、揉むほどないじゃんか」とも言ってやりたかったが、さすがに怖いので我慢。

「話を戻そう。僕が冷血で毒舌で高慢だから人を好きにならないって話」
「そうだね、君が冷血で毒舌で高慢で人の気持ちを何も考えないから人を好きにならないって話だ。君が同級生女子の胸にも反応しない人間だって話だよ。女の子が胸を揉んでもいいといっても真顔で断るチキン野郎だって話だよ。フン、そんな人間がいったいどうして恋をするというんだ。恋をする人間なんて突き詰めれば素直なスケベかムッツリスケベの二種類しかいないというのに」
「言いすぎだ」

 極論過ぎるわ。

世界中のカップルに謝れ。

「極論なのは認めよう。だが撤回はしないぞ!」
「そんなに強固に保持するべき説なのか、それ」
「極論だから保持するんだよ。正論と極論でバランスとらないと」
「その理屈こそ極論じみてるよ」
「そうかな? 私はこれを人生の極意の一つに数えているんだが」

 まぁいいか。と赤色はつぶやく。「そのうち語ることもあるかもしれないけどねぇ。朝っぱらから偉そうに話す内容じゃないし」

「もう十分偉そうだけどな」
「恥を忍んで正直に言うと、私は君にだけは偉そうに出来る自信がないんだけどね……。身長的な意味で。どうがんばっても君を見下すのは物理的に無理だろ。175ちょいだっけ? 私はぎりぎり150だ。それも身体測定でコンディションが悪いとそれを切るぞ。――変な顔をするなよ。コレ、本当の話。髪の毛のボリュームとか、その日の骨盤の下がり具合とかでだいぶ違うんだから」
「そんなノウハウを……」
「涙ぐましい努力だろう?」
「そして伸ばした身長分だけ座高で絶望を味わうのか……」
「万死ッ!」

 赤色の右拳がのびのびと僕の鼻柱を捉えた。

 シャーペンの握りこみつき。

 朝から転げまわるリノリウムの床は冷たかった。

「ハハハやだな代見君。そんな椅子から転げ落ちてのたうちまわるような殴り方はしてないだろ? 擬音で表せば『ぽか!』とか『ぱこん!』ってな具合じゃないか」
「断じて否定する!」

 僕は立ち上がって叫んだ。「ドグ! とかグシャ! とかそういう擬音が格闘漫画みたいな字体で踊り狂ったわ!」

校内暴力反対!

「何いってるんだ、ギャグ漫画でこのくらいの暴力は茶飯事だろうが」
「僕の日常ってギャグ漫画だったのか!?」
「日常の一コマというやつだ」
「いや、見開きを使って大胆に描かれた衝撃のシーンだった」
「それはいけない。私の登場シーンで三段ぶちぬきなんて大技を使っているのに、コレではページ稼ぎだと思われてしまう」
「三段……も、ぶち抜けるのか? 踏み台持ってこようか?」
「も一発イっといたほうがいいみたいだね」
「なんで自分への悪口にはそんなに過敏なんだよ。絶対お前のほうが僕より苛烈に口悪いのに」
「知るか」

 と、一言吐き捨ててから、赤色は僕の身長をねめつけた後、恐ろしく陰険な目つきで一言。

「私の背がちっちゃいから心もちっちゃいんじゃないの?」
「びっくりするほど嫌な奴だなお前!」
「背の大きい伏目君だったらきっと大きい心で優しく許してくれるんだろう? あーありがたいなぁ涙が出そう。ああそうだ、ちょっとハンカチを貸してくれないか。燃やすから」
「お前って冷血で毒舌で高慢だな!?」

 わかっていて何度も茶化す僕も悪いんだけれど、結構頻繁に手を上げてくる赤色のほうが圧倒的に悪いんじゃないか。知り合ってからもう何度も何度もいい角度のパンチをもらっているけれども――いや、それでも懲りない僕のほうがやっぱり悪いのか。

でもな、赤色に口で勝てるのってこのネタのときだけだからな。

積極的に狙っていきたい。

 とはいえ事ここに限ってはちょっとやり過ぎたかもしれない。仏の顔も三度まで、しかも相手は一度ごとにいい感じに沸騰する赤色さんだ。予習するといったのに僕とくっちゃべって思うように進んでいないようだし、朝起き抜きのすがすがしさも薄れて、いわゆるイライラというか、なんか目に見えないゲージがたまっている気がする。マックスになったらとんでもないことになっちゃうんじゃないだろうか。超必というか、凶器とか。(赤色の握るシャーペンがギラリと光って僕は戦慄する)

漫画的に表現すると、『ズギャアアアアン!』みたいな。

ふむ。

僕は赤色の横顔をじっと見つめた。

「なんだ」
「うん。ちっちゃいな、と思った」
「死ぬか」
「怖ぇ」

 怖くねぇ。

 だって面白いんだもん。

__________________________________________

すこし一回一回の投稿量を増やすことにします



[21071] 第一章 ホ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:8869893c
Date: 2010/08/16 01:14
* 3 *

 烈火のように猛り狂った赤色に散々な目に合わされた僕は自分の教室に帰って、今度は同じクラスの《友近都日/ともちかみやび》と話をしていた。僕が先輩から借りた、例のフィクションを読んでいるところに朝練から帰ってきて、ニヤニヤしながら近づいてきたのだった。

 友近は柔道部の副将をしていて、背は僕と同じくらいだが、顔の造形が徹底的に違う。スポーツ漫画なんかだと、『○○の貴公子』とか『××王子』とか言われてしまいそうな、むやみにキレイな顔立ちを都日はしていて、さらにそれに輪をかけて物腰や喋り方が丁寧なもんだからなおさら際立って、ぶっちゃけモテる。ねたましい。

中学校まで道場(というかカルチャースクール)で柔道を一緒にやっていた仲だから、僕はそんな都日の少し貴公子らしくないところも多々知っている。そういう話を聞くと日ごろからなんだかんだと仲良くすることになりm真面目な話もするし不真面目な話もすることになる。スケベな話も良くする。悪友、というと、ぴったり表現できるのかもしれない。そしていかにも悪友、といった笑みを浮かべて、都日は僕の前の席に自分の登校鞄を置いた。ズン、と重たい音がする――都日は勉強に関しては真面目なので、学校に教科書をほとんどおいて帰らない。

「早いね」

 と、まず都日が微笑みながら当たり障りのないことを言ってくる。ちょっと前まで朝連で体を動かしていたと思えない、爽やかな余裕のある声だった。

「ん……」

 少し時間を置いて、当たり障りの無い範囲を考えた。結局「ちょっと赤色とな」とだけ、僕は答える。

都日には――都日に限らず、他の誰にも、ストーキングされていることは話していない。

ぺちゃくちゃと話すことでもないし、話したいことでもない。

「なんの用事?」
「用事というか相談というか、二人っきりで話しときたいことがあったんだよ」
「なんていうのか、悪巧みって感じを受けるけどね、その話ぶりは」

 ほどほどにしときなよ、と都日が笑うと、まるで出来杉君に注意されているような居心地の悪さがあった。口の端に笑いを含みながら都日が続ける。

「非常ベルとか、科学室の薬品とか、フィクションと違ってほんとに手ぇ出したらマズイから」
「フィクションの高校生ってんな過激なことすんのか」

 さすが非実在青少年。

「ピンキリだね。フィクションって言っても広いし――戦車を盗んで七日間戦争とか、あれは真似したくても出来ないね」
「八日目の親の激怒ぶりが恐ろしいなそれ……」
「そういう作品じゃなかったと思うけど」
「赤色なら戦車どころじゃすまない気がするし……」
「酷い評価だね」

 でも「わからなくもないだろ?」「うん」赤色さんならやりそうだね。「多分赤色さんだったら巨大ロボくらい呼び出せるよ」

 僕と都日は共犯者じみた笑顔を浮かべる。

「となったら真っ先にやられるのは伏目だね」
「やっぱそうかなぁ」

 身長でいじめすぎてるからなぁ。

「『ちょっと余分みたいだから縮めてあげるよフーハハハハハァ!』とかいって踏み潰してきそうだ」
「声まね上手いね!?」
「『残念だったね明智君! あとポアロ君! それからモリアーティ!』」
「どんだけ大物なんだい赤色さん!」
「『えーっと、シャーラ、シャーロック、ホールズ……ホークズ……ホームシック、だっけ? 君は、いいです、うん。お引取り下さい』」
「アハハハハハハハハハハハ!」

 大うけだった。

ここまでうければやりがいもあるというもんだ。

 見れば都日は目元に涙まで浮かべて、腹を抱えて笑っている。自分では其処まで声が似ているとは思えないのだけど、たぶん雰囲気というか、空気が似てるんだろう。

「あー、笑った笑った、似てるなぁ伏目、なにその特技」
「お褒めに預かり光栄だよ」
「よし、じゃあ次はちょっとさ、僕は目をつぶっとくから、その声でさ――」

 そういうと都日はゆっくりと目を閉じた。

「エッチなこと言って?」
「お前最低だな」

 出来杉君顔でそんなこと頼むな。

「えー、『あっ、あんっ、いや、止めて、やだ、やだよ伏目くんッ!』ってやってくれないのかい?」
「僕は何をしてるんだ!?」
「なんだよ、毎日イメトレしてるだろ?」
「人聞きの悪いことを!」
「誰だってするさ、恥ずかしがんなくていいじゃないか」
「誰もがお前と同じ性癖を抱えてると思うなよ!」

 なにが悲しくて朝っぱらからこんな最低な下ネタに付き合わなければならないんだろうか。ぜぇ、と大きく息を吸って僕は呼吸を整えた。

「だいたいさぁ、そのシュチュエーション、警察権力に見つかるとやばいんじゃないのか……」
「地下室だから大丈夫だよ」
「通報するからちょっと待ってろ!」
「おいおい、携帯電話なんて隠し持って。校則違反だよ?」
「地下室にどす黒い闇を隠し持ってる奴に言われたくねぇ!」

 反社会的にも程があるわ。

『キレる十七歳』とかいうフレーズがかすんで見えるじゃねぇか。

「なによりもお前が自分の口でその台詞を言ってのけたことが気持ち悪い」
「キモ可愛いって奴だね」
「キモ気持ち悪いって感じだ」
「間をとって可愛いけどキモいってことで」
「その着地点はお前にとってプラスなのか?」

 可愛いって言うのは納得がいかないが、結局都日はキモいという僕の主張は通ったわけで、間は確かに取れているけど、得をした人間が一人もいない。

 都日がいいんならそれでいいけどさぁ。

 と、そこで。

 都日との会話に一息ついたとたん、どっと疲れが僕の方にのしかかってきた。昨日夜更かしをしたことが、思った以上に体にこたえているらしい。あるいは何かもっと別の理由かもしれないが、とにかく唐突に、本当に重石がのしかかってきたような。

 思わず僕は片手で目を覆ってしまっていた。

 瞼に自分の手のぬるさが伝わってきて、余計に気持ち悪くなる。

「……どうした?」
「大丈夫」
「顔色悪いなと思ってたけど、なんか今いきなり酷くなったぞ」
「違う、ちょっと、あれだ。最近いろいろあって」
「赤色さん絡みか?」

 ドグン、と心臓がはねる錯覚がした。

「そうなんだな」
「……おう」
「だからこんな朝っぱらに、わざわざ相談に来たわけだ」
「相談、つか、それほど酷いことでもないって」
「言いたくないならいいんだ」

 目を覆ったまま、都日の声を聴く。

「伏目はしっかりしてるから、お前が言うべきじゃないと思ったんならきっと言うべきじゃないんだと思う。それは解ってる。だから言わなくてもいい」
「…………」
「でもそれは僕たちが伏目を『心配しちゃいけない理由』にはならない。僕だけじゃなくて、クラスの皆や先生も心配するだろうし、もっと君と親しい僕や赤色さんやコッチーなんかはもっともっと心配する。心配だから世話も焼くし優しくすると思う。それを鬱陶しがるのも勝手だし拒絶するのも勝手だけどだからといって僕たちが止めるとは限らないからね。君には言いたくないことをいわない自由があるけど、心配される不自由もあるんだって、わかっておいてよね」
「……なんか、思春期の息子に説教してるみたいだな」
「思春期だからね」

 よく分かるんだよ、と嘯いて、都日は笑った。

 僕もつられて、笑う。

「伏目と一緒にいると心配の種が尽きないね。友達甲斐があるよ」
「おうおう、感謝するといい」
「上から目線だー」
「僕と一緒にいる限り心配だけはさせてやるぜ」
「ろくでなしだねー」
「赤色ほどじゃない!」
「最低のいいわけだねー」
「梅郷は――」

 僕は目元から手を離して腕を組んだ。

「いい奴だな」
「コッチーはねぇ。いい子だよねぇ」

 梅郷こち、愛称コッチー。

 同級生女子。

 友達、のはず。

「僕の幼なじみだからね、いい子じゃないはずがないさ」
「その不適な自信は腹立つが、まぁ同意する」

 梅坂は敵が多いが、少なくとも悪人ではないし、性質の悪い人間でもない。ただちょっと趣味嗜好というか、性癖というか、彼女は彼女で悪い癖があるだけで。少なくとも僕は嫌いじゃなかった。

 あ。

「そうだ。なぁ、都日」
「ん?」
「地下室のくだり、梅郷に通報するから」

 随分前に『ミヤちゃんがスケベなこと言ったら教えて』と仰せつかっていたんだった。

 世間一般に許容される下ネタなら僕も見逃してたけど、今日のは普通に始末が悪い。友人をネタにしたこととか結構良くない事例がてんこ盛りだったから、一回お灸をすえてもらった方がいいだろう。

 そんなことを僕が説明しようとする前に、都日が僕の襟元を締め上げた。

 柔道部の力は強い。

「なにしやがる!」
「邪悪な目論見は実力行使によって排除されなければならない!」
「実力を!? 行使されんの!? 今から!?」
「密告も脅迫も僕は決して許さないぞ!」
「それはつげ口されそうになってテンパってるだけだ!」
「ああテンパってるさ! コッチーに話が流れたらその日の夕飯の席が家族会議になっちゃうだろうが!」

 なんてこったい。

「議題は『こちちゃんの耳に不埒な言葉を吹き込んだ罪はいかなる罰で購うべきか』」
「甘やかされてる!」

 しかも議題の時点で有罪が決定していた。

 どんな不平等条約が都日と梅郷の間にあるんだろう。

「もしもコッチーに一言でも漏らしてみろ! 僕は伏目の性癖を仔細に調べ上げて町内全体に流布してやるからな!」
「怖すぎるわ……」
「あるいは耳掻きしている手を思いっきりつく!」
「怖すぎるわ!」

 話をいきなり現実的にするな。

「変な汁と血が止まらなくなるまでかき回してやるからな……」
「わかったよ、言わねぇよ」
「信用できるかぁ、この薄汚いスパイめぇえ!」
「どうしろと!?」

 人事不肖になるほど恐ろしいのだろうか、友近一族家族会議。

 いっそ見てみたかった。

「くそぅ……、もう伏目にまで根が回ってるのか、コッチーネットワーク」
「あるいは梅郷包囲網」
「いったい、僕はどこで誰に下ネタを披露すればいいんだ……」
「それって一生心に仕舞って置くことって出来ないのか?」
「……パンクしてしまう」
「どういう構造なんだお前」

 よしんば本当に小まめに発表しないと下ネタが噴出する生き物だったとして、それは多分この世で一、二を争う最低の生物だ。

「それはそれとして、伏目」
「なんだ」
「赤色さんの声でさ」
「却下」

 こんな具合に、僕と都日は会話する。馬鹿なことも喋るけど、間に真面目な話も挟まる――あるいは、真面目な話の最中でもバカな話を挟む。そういうことをしても互いに不愉快にならない程度に気心が知れている。

 つまり相手をないがしろにしても心が痛まないということか。

 それが交友の全てでないとしても、

 人と交わるというのは、傷つけることに鈍感になるということなのか。

 それとも、傷つけられることに鈍感になるのか。

 その両方か。

 いや、実は、鋭敏に、臆病に、交われば交わるほど痛みを恐れる生き物なのに。

 それを忘れたふりを、無理を、しているのだろうか。

 僕らは。

「ちくしょー、ずるいぞ伏目ばっかり女子とけしからんことしてさぁ」
「僕がいつそんなことをしましたか」
「最近、伏目んちの近くでやたらと赤色さんみかけるよ」

 ドグン、と今度こそ心臓がはねて。

 大丈夫。

 物語はちゃんと進んでいる。



[21071] 第一章 ヘ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:23f7c018
Date: 2010/08/17 00:57
* 4 *

 屋上に人形の白線が引かれていた。

 出入り口に立つと、まっすぐ見える――刑事ドラマみたいな、殺人現場に引かれるあの白線が、のびのびとした大の字で描かれていた。

 真っ赤な血の海の真ん中に。

赤色のコートとそっくりの色の真ん中。

「ハハ」

 ほんとに引くんだ。あの線。

日差しは強い。照りつけるなんてもんじゃない。屋上ってこんなに暑かったっけ。風も強い。吹きすさんで、入り口近くの僕の前髪もばたばたと煽られて随分遠くまで風景が見えるとはいってもこの近くには山しかなくて後は畑と駐車場ところどころに立つ電柱が日差しが強い電線は垂れ下がり揺られた前髪は頬に当たってぽつぽつと道路の端に立つ電柱はまるでじっとたってこちらを見ているようで屋上ってこんなに暑かったっけ吹きすさんで入り口近くの電柱が吹きすさんで照り付けるなんてもんじゃないぱたぱたと煽られてこちらを見ている遠くまで風景が強い山しかないなんてもんじゃない随分近くまで電柱は垂れ下がりこんなに暑かったっけ。

××が死んだ。

殺された。



[21071] 第一章 ト
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:23f7c018
Date: 2010/08/17 01:01

* 5 *

 心配しなくていい。なんていうのか、ノイズみたいなものだ。話を続けよう。

<時間軸をちゃんと整理する>。僕が都日とバカ話をしているうちに、他の生徒も登校してきてにぎやかさも増し、他にも二、三人で固まっておしゃべりをして、気がつけば始業のチャイムが鳴っていた。僕が鞄から教科書を取り出して机に入れていると、例のフィクションを都日が見つけて「ああそう、それそれ」と声をかけてくる。「今朝見たときも読んでたよね」

「目ざといな」
「珍しいな、と思って。あんま読まないのにね、そういうの」
「色恋沙汰に興味が出たんだ」
「ふぅん」

 それこそ興味なさそうに聞き流してから、「俺も読んだけど、面白かったよ、それ」と、都日は言って、自分の席に着いた。

珍しく、俺、と言ったから、覚えている。

それからもちろん授業を受けるわけだが、受けてる僕が楽しくないんだからここで語ったってモチロン面白いはずがないので割愛する。(正直に言うと内容も良く覚えていないし)四時間目を終えた辺りからいよいよ授業へのモチベーションを失った僕は教科書に隠してコソコソと小説を読んでいた。チラッとあとがきを読んでみたんだが、どうやらこれは恋愛小説でなくて青春小説らしい。――違いなんて皆目わからないけれど。つまり真冶君が友達連中に恋路を邪魔されたり応援されたり、時に勝手に自爆したりする様を作者は青春と言いたいんだろう。環田さんを屋上に呼び出してからがクライマックスで、真冶君の告白に向けて物語は盛り上がっていく。友人連中もそれぞれに成功させようと画策を始めて、はたから見るとまるで成功する気がしない。

しかし野次馬根性を刺激する小説だな。

悔しいけど結構面白いじゃないか。

自分の恋もこれくらいに俯瞰できたらいいんだけど、できたらできたで面白くないんだろうな。そして僕の恋愛も眺める視点によってはあたふたと滑稽でたまらないのかもしれない。

 もしも僕を眺める読者がいたら、いったいどんな感想を感じているんだろうか。

こんなもん読んでねぇで勉強しろ。

 そうしてこうして、ようやく読み終えるだろうかという昼休みの中ごろ。僕の眼前に梅郷こちが登場したのだった。

「こら」

 と一言。それから頭のてっぺんにこつんと一撃を食らった。「授業中に本なんて読んじゃ駄目でしょ」

そう言いながら左手を腰に当て、三つ編み(!)にめがね(!)に規定の長さのスカート(!!)で身を固めた女子が、いかにも立腹していますといった様子で右手の人差し指を立てる。

見るがいい。

最近流行の『今時いない委員長』そのものの生き物が、僕のクラスには生息しているのだった。――いや、そもそもフィクションを読まない僕には、最近の流行は良くわからないんだけど。都日も赤色も言ってたから間違いないだろう。

そういえば二人とも、コッチーと猫とゴールデンウィークの組み合わせには気をつけろ、とか言ってたけど、何のことだろうな。

思い出してキョトンとする僕に、立てた人差し指を突きつけて、梅郷は続ける。

「そういう不良行為をやってるうちに自分自身の歯止めを失ってだらだらと自堕落になっていくんだからね」
「……忠告が真面目すぎてなんとも言いがたいんだけど」
「真面目に忠告してるもん」
「そりゃあ、ありがとう」

 ああくそ、真面目だ。

くそ真面目だ。

普段、この梅郷に都日や赤色、そして僕を含めた四人組が、なんとはなしに学校で生活していくうえでのグループ構成になっている。幼馴染同士の都日と梅郷の関係は言わずもがなで、赤色がなぜか梅郷と以上に仲がよく、そこに都日に巻き込まれる具合で僕が混ざっている形だ。結果としていつのまにか赤色とは仲良くなれたが、梅郷とは未だに如何とも言いがたい距離感を感じている。主な理由が、この真面目さ。

今時「授業を真面目に受けろ」なんてクラスメートから注意されると思わなかった。

梅郷こちは病的なまでに真面目で潔癖な人間なのだった。

そもそも私服登校が全面的に許されている(赤色のコートがなあなあながら認可されているくらいに服装に寛容な)この学校で、あえて指定の制服を身に纏っている辺り、真面目とかを通り越して病的なのだ。実を言うと、ベクトルが違うだけで赤色よりずっと変人なのかもしれない。

決して間違ったことを言わないし許さないし、悪を憎むし正義を愛すし弱きを助けて強きを挫くし、自分自身を強く律しているのが普段の生活からわかるのだけど、全く非の打ち所のない正しい人間なのだけど、間違っていないわけじゃないというか。

ぶっちゃけ空気の読めないところが、どうにも僕は苦手なのだった。

いい奴なのは間違いないんだけどな……。

多分僕の器というか、人間がちっちゃいだけなんだろうけど。

「いくら文型だからって数学も生物もサボっちゃ駄目だよ? 大学に入ってから使わないとも限らないし、いつ針路変更したくなっても対応できるようにしないと」
「ん、そこまで真面目に取捨選択してサボったわけじゃないんだけど……」

 時間の経過でやる気を失っただけで。

や、でもたしかに、四時間目が英語とか古文とか個人的にのっぴきならない教科だったら真面目にやってたかも知んないけどさ。

 やりづらいな。

都日がいたらあいつが勝手に自爆して梅郷に叱られて、僕と赤色がその尻馬に乗っかって、みたいな流れが作れるんだけど。たまにこうして二人で喋ってみると共通の話題が何にもなくて、ただの説教と言い訳の応酬になってしまう。

なんだか梅郷からも、警戒というか、間合いをとられてる気がするし。いくら苦手同士でも同級生同士、こういう気まずさを持ち合うのはもったいない話だ。

ふと、そんなことを考えているうちにお説教がやんだ。なんだかちょっと珍しいくらいのあっさり加減だ。なんだかぎこちないながらも他愛ない話に移ろうとする気配がその後にあって、僕は少しびっくりしてしまう。――ひょっとして、梅郷も僕との交友が中途半端なのは、もったいないと思ってくれてるのだろうか。

「でさ、それ、何読んでるの?」と僕が今も開いている小説を指差してくる。「なんだか代見君がそういうの読んでるの、珍しい」

「色恋に興味が出てさ」

 と僕は返す。

「今後のためにしっかり予習しておこうと思ったんだ」
「社会に出たらそんな知識役に立たなくてよー?」

 梅郷は冗談めかした口調でくすくす笑った。

「やっぱり実地で学んでおかないと駄目よ。きっと恋愛ってドロドロネトネトしてるんだから」
「それこそ本の知識じゃないの?」
「女の子は博学なんですー」

 使う予定がなくても覚えとかなきゃいけない知識はあるんだから。と梅郷は言う。

「具体的に?」

 と、僕が聞くと梅郷は「んー」と一声うなってから、唐突に指を折り折り数えだした、

「計画的な恋愛の仕方と衝動的な恋愛の仕方。将来の人生設計の立て方。産んだが死ぬまでに何事かが起きた時どうするか。去年今年来年の流行色。その他もろもろファッション関係。好きな人が二人できちゃったときの対処の仕方。好きな人が友達とかぶったときの対処の仕方」
「…………」
「あとは痴漢とストーカーの退治法とか? 実力的な意味と、法律的な意味と」

 いや。「いやいやいや」なんていうのか。

具体的すぎて――かつなんだか個人的すぎて、答えづらい。

真面目に答えてくれたのはわかった。

だから、もうちょっとけれん味をください。

話が膨らまない!

「特にストーカー対策って実力はともかく法律で対抗するとなるとかなり難しいみたいね。被害が目に見えないものだから立証しづらいし、なんだか世間のイメージだと警察も全然当てにならない感じで。もう随分調べたんだけどなんだか話を知れば知るほど法に訴えるのが無意味に思えてきちゃって」

 多分実際そのときにならなきゃわかんないんだろうけどね、と梅郷は言った。おい、よりにもよってその話題を掘り下げるのか。

余りにもタイムリーすぎて、僕は適当に相槌をうつことしか出来ていない。

「物的証拠というか、同じ時間に同じ場所で何度も同じ人縁が目撃されてたりしたら、だいぶ違うみたいだけどね」
「女の子ってみんなそんなに詳しいもんなのか……?」
「さぁ、《赤色/あー》ちゃん辺りにインタビューしてみたら?」
「『一回実演してみたらわかるんじゃないかな? ほーら悩殺してあげようさっさと跪くがいい私の友達! ハッハッハァ!』とか言われそうだな」

 梅郷の目が一気に同情に染まる。

「……凄く似てるのはこの際置いておいて、代見君っていつもあーちゃんにそんなこと言われてるのね」
「『死ね、ウジムシ!』」
「むしろ何をやったらそんなに怒るのか教えて」

 正解 身長について短スパンで五回以上からかったら。

「代見君ってホントにあーちゃんと仲いいのね」
「確かに仲はいいけど、このやりとりでその結論に至るのっておかしくないか」
「だって、その本もあーちゃんに借りたんでしょ?」

 へ?

と僕は声を出しそうになったのだけど、その前に梅郷はひょい、と例の小説を取り上げてしまった。「私も読んだよ、これ。なんかアイドルが主演で映画とかにもなったし、話題の奴だよね、甘々のベタベタの。可愛いところあるじゃない代見君」

可愛い。

 カワイイ。

――なにその恥ずかしい話!

「ちが、そ、表紙も見ないでなんで断言できるんだよ」

 我ながらみっともない足掻きだったが、先輩に借りたときから、おそらく購入先だろう書店の紙カバーが小説にはかかっている。勘違いだろう多分、というわずかな期待もあながちない話ではないのだ。

しかし僕のすがりつく小鹿のような視線もむなしく。梅郷は「見なくてもチラッと一ページみたらわかるわよ」と切り捨てた。

「それにほら」梅郷がカバーをめくる。

 真っピンクだった。

ハートとかあしらわれてた。

紙カバーの裏には丸っこいかわいらしい書体で印字されたタイトルとなんだか砂糖細工にチョコレートぶっかけたみたいな糖度の装丁がなされていて乙女趣味全開というか愛らしさフルスロットルというかもうなにがなんだか、

「――――ッ」いゃあああああああああああああああああああああああああ!

 叫ばなかった。ぎりぎりで飲み込んで心で叫んだ。

僕の精神力に乾杯。

その後小説を隠すように胸に掻き抱いて動かなくなった僕を申し訳なさそうに梅郷が眺めていたような気がするが、よく覚えていない。

五時間目のチャイムが鳴るまで、僕はそのまま固まっていた。



[21071] 第一章 チ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:aeab02b2
Date: 2010/08/17 23:47
* 6 *

 ああ、先輩。なんてものを。なんて試練を僕に与えたんですか。

 結局僕はその後の五時間目六時間目をまともな自我を構築し直せないまま受け流すことになった。クラスメート連中によるとハイライトの入ってない瞳でズバズバノートをとりビシバシ質問に答えていたそうだ。僕に当てられた以外のやつまで。あばばばばば。

 梅郷は多分「ホラ言ったとおりの小説だったじゃない」という意味でカバーをはいだのだろうが、まさかあんな絶望が裏に秘められているとは。ようやく僕が平静を取り戻したのはホームルームの真っ最中で、なぜか脳内では梅郷の言ったストーカー談義に議題が移っていた。多分もう小説について考えたくなかったのだ。

 もはや赤色のストーカー疑惑は、僕の中で完全に固まっていた。

 理由。動機。ワイダニット。

 赤色の言う理論で、僕を付回す誰かの存在を、考える。

 大前提として僕には人を付回す楽しみが理解できないのだけれど、それは設問の隅っこのほうに追いやっておく。想像してみて、仮定してみて、僕を付回して何が得られるか、何を手に入れられるか、考えてみる。

 ――わからん。

 さっぱりわからない。

 何が楽しいんだ、そんなもん。

 赤色の言うような色恋の線は頭っから除外。残念ながら除外。僕はもてない。これは十七年の間、代見伏目として生きてきた僕の実感として、もてない。残念なことに。とても残念なことに。

 だからといって恨みを買っているとも言いがたい。

 というのも、僕はとても友達が少なくて――自分で言うのも本当に何だけど、少なくて。言い訳をするなら、喧嘩をするぐらい仲良くないと友達じゃない、だから喧嘩をしたこと無いやつは友達と呼ばない、とか状件の厳しいマイルールを作ってしまった中学生の頃の過ちが未だに尾を引いているのだけれど、それにしたって、友達が少なくて。そんなことだから恨みを買う前に恨んでくれる相手がいない。

 惚れられるにしろ恨まれるにしろ、実在の人物と関係しなくてはならないのだ。

 僕にストーキングを実行させるほどの強度のある情念を向ける人間は、ほとんど存在しないといっていい。そんな感情に心が練りあがってしまう前に、みんなもっとやることがあるはずだから。

 多くの人間にとって、僕の存在なんてものは自分の世界と一身の関係もない、事件も事故も起こさない、組織にもならないちっぽけな一個人、虚構の――フィクションの存在と、重要性で言えば大差ないのだから。

 だから、動機は無い。

 まったく見当たらない。

 僕の人生のどこをひっくり返したって、そんなものは入ってはいない。

 だから犯人なんて、本当はいてはいけないんだ。動機も無いのに犯行と犯人だけ存在することは出来ないはずなんだから。

 一ヶ月の間、僕は自分にそう言い聞かせて、ストーキングなんて無いさと必死に信じようとしたのだが。

 しかし赤色なら納得できる。

 あいつなら、僕の理解できない、わけのわからない、「実は私はあれがこーなってそうだったんだ!」とかそんな風にしか表現できない理由で、僕を付回してもおかしくないんだ。

 ワイダニットなんてどうでもいい。

 あいつだったら、ストーキングも、三億円強盗も、世界人類の滅亡だって、やりかねない。

【だって、赤色だし】

 世界中をひっくり返しても正しい答えが見当たらないなら、多分あいつが隠し持っているのだ、とそういう推理。もしも小説の探偵役がやろうものなら即座にアンフェアだと叩かれてしまうようなそういう理屈で、僕は赤色のことを疑っているのだった。――疑っていたのだった。

 今となっては、都日の証言でなおさらその疑惑は高まっている。

 個人的な理由でこの事件に警察は呼べないのだが。

 こうなってはその理由もさらに強化されてしまった。

 あーあ。

 友達がなんかやらかしてるっぽいよ。

 警察とか呼べるわけないじゃん。

 いよいよホームルームも終わってしまって、赤色との約束である放課後になった。疑念も確信に変わり、答え合わせも僕の中ではほとんど意味をなさなくなっている。後は得体の知れない赤色の動機を突き止めて、この行為を終わらせるよう説得するだけだった。――ひょっとすると赤色が犯人ではないのかもしれないが、そのときはそのときだ。赤色の協力も仰いで新しいアプローチをすればいい。

 しかしあれだな。

 どの結末に至るにしても、しばらく僕の身の回り、特に人間関係は整理しておいたほうがいいのかもしれない。

 もともと複雑な人間関係を持っている人間ではないけれど、だからこそ重要なものに絞ればとことんシンプルに出来るはずだ。ちょっと話すだけ、とか顔を見れば挨拶する、みたいな希薄な干渉しかしてない人間とはちょっと距離を置いたほうがいいような気がする。

 いや、むしろ近しい人間とこそ距離を置くべきなんだろうか。

 ストーカーが赤色と決まったわけじゃなし、これからどうあれ積極的なアクションを起こしていこうというときに、あんまり僕に近い所にいると余計な被害をこうむりかねない。――ただでさえ家族に要らない心労を負わせてしまっているのだ。これ以上被害が広まらないように、都日や梅郷にはちょっとの間不義理させてもらうことにしようか。

 少し考えてから、僕はその考えを実行に移すことに決めた。今からはストーカーに対して耐えて甘んじる守りの姿勢から、一気呵成の攻めの姿勢に転じるのだ。あんまり巻き込まない配慮を友人のためにするべきだった。

 そうしようそうしようとうなずきながら、僕は席を立って、鞄を肩にかける。なんにせよまずは赤色との答えあわせだ。いったい何が起こるだろうか、少し楽しみにさえなりながら。

「こら」

 腰を折られる、というのはこういうことだと思う。

 梅郷が教室の出入り口の前で、漫画のようにプンプンおこりながら通せんぼしていた。

「どこ行くの代見君、あなた掃除当番でしょう。一斑は社会科教室!」
「……梅郷、ちょっと大事な用事なんだよ。ちゃんと他の奴に代役たのむから、勘弁してって」
「掃除なんてさっとやれば三十分もかかんないでしょ!」
「待ち合わせなんだよ。三十分も待たしたらあいつ絶対帰っちゃうよ」

 エキセントリック赤色さんのことだ。明日には万死パンチが僕の顔面を捉えて流血沙汰が起こるかもしれない。

「僕の鼻の骨を守ると思って、頼む!」
「いったいどんな拳王と待ち合わせてるのよ……」
「赤色とさ、屋上で相談事があるんだよ」
「屋上……」

 梅郷が一瞬怪訝そうな顔になる。「でも、あーちゃんと待ち合わせだったら大丈夫じゃない」

「いったいどこがだ。もしもちょっとでもへそを曲げてみろ、怒り狂った獣みたいになるぞ、アイツ」
「あーちゃんのクラス、理系だから今日は七時間授業よ?」

 出鼻を挫かれる、というのはこういうことだと思う。

「ほら、ぼーっとしてないで早く行かないと。社会化教室遠いし広いんだから終わらないよ」
「……嘘だろ。五十分授業に休み時間とホームルームに掃除も加えてあと一時間以上さっくりあるじゃねえか赤色サン」
「あとあれね、文化祭の実行委員会があるから、あーちゃんもっと遅くなると思う。完全下校時刻ぎりぎりまで」

 あと二時間半はある。

 無性に、授業中の教室に日本刀持って乗り込んでやりたくなってしまった。――なにのほほんと文化祭実行委員とか担ってんだあの真っ赤っか!

「――何が《放課後に答え合わせ》だ。無理なら無理って言って今日の夜にでも電話すりゃいいじゃんかよ」
「んー、その辺は――。何を話すのかよくわからないけど、女の子ってどうしても自分の口で言いたいことがあるんだと思うよ」

 ストーカー疑惑についてか。

 ないな。ない。絶対ない。

 確信犯で、かつ愉快犯だあのクソチビ。

「かくなる上はドタマどついて少なくとも三センチは縮めてやる……!」
「一番ショックだろう攻撃を的確に選ぶのね……」

 怒りに燃える僕を妙に疲れた様子で梅郷は評した。

「仲、いいのね」
「――ん、うん、まぁな」脳内で素振りをしながら答える。「本を借りたんじゃないかな、と疑われる程度には仲いいよ」

 おどけた口調で僕は言った。ともすれば皮肉と受け取られそうだったが、きちんと梅郷は受け取ってくれたようで、口元で小さく笑ってくれた。

 どうにも気にしていたようで、ホームルームの間からこっちを気遣ってくれているのがわかって、こそばゆいぐらいだった。

 梅郷は確かに真面目すぎてちょっと苦手に思うけれど、決して悪いやつじゃない。間違ったことを言わないし許さないし、悪を憎むし正義を愛すし弱きを助けて強きを挫くし、可愛らしい装丁の小説を、一ページチラッと見ただけでそれだとわかるくらい読み込む普通の可愛らしい女子なのだ。

 やっぱり、僕の事情に軽々しく巻き込むわけには行かなかった。

「梅郷」僕は心を決めて踏み出す。「頼みがあるんだけど」

「なに? 掃除当番は代わらないわよ?」

 いたずらっぽく梅郷は小首をかしげて言った。僕も微笑んで、「それじゃないから大丈夫」と返す。
「? じゃあ――」
「しばらく僕と話さないでほしいし近づかないでほしい」


 いったい何を言われたのか「――え、え、え」梅郷はわかっていないようだった。
「え、なにそれ、え?」

 僕はキチンと伝わるように、言葉を尽くして依頼する。

「友達と思われるようなことは一切しないようにして完全に距離を置いてくれ。例外は認めない。授業中休み時間放課後たとえどんな状況でも親しいそぶりは見せないでほしいし携帯にも家にも連絡しないでくれ。クラスが一緒なのは仕方ないから諦めるけどそれ以外の努力をたゆまず行ってくれ。僕も梅郷こちの存在を忘れるから君も代見伏目の存在を忘れるんだ。存在を忘れられなくても、最悪、交友関係について完全に初期状態の空白のまっさらに戻してくれ。――そうだな、まずはアドレス帳から僕の名前を消してもらおうか」
「……絶交?」
「うん」
「……え?」
「?」

 煮え切らないなぁ。

「梅郷」

 僕は自分に出来る限りのやさしい微笑を作った。

「返事は?」

 唐突に耳元で爆音がして顎の辺りが元気よく横っ跳ねし頭が右を向いたのだと理解した後に左頬に猛烈な痛みがやってきた。

 返事は強烈なビンタだった。

「死ね、ウジムシ!」

 と、鮮烈に捨て台詞を残して、梅郷はどこかへ去っていく。

 教室が、静まり返った。

 耳が痛い位に。

 頬を押さえて呆然とする僕の首根っこに、今度は後ろから衝撃がやってきた。

「おうっ……?」
「お前なにやってんだ伏目! 答えによったら本気で怒るからな!?」

 都日が後ろから、僕の首を抱え込む形で飛びついてきたのだった。

「あれ、ちょっとまって、なんで怒ったの梅郷」
「怒らないほうが嘘だよ! いいからちょっとこっちこい!」

 そのままぐいぐいと柔道部の膂力で教室最寄のトイレにまで連行される。



[21071] 第一章 リ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:d86230d8
Date: 2010/08/18 23:33
「理由を聞かせろ!」
「理由って、いや、僕が聞きたい。なんだなんだ、今日はちょっと混乱しっぱなしじゃないか僕としたことが。こんなにワンパターンだと読者も飽きちゃうな」
「ふざけてるんだとしたら、このまま大便器に沈めるよ」
「待って待って、ちょっと待ってくれ、ふざけてない。僕もちょっとわけわかってないんだ。え、なにやったんだ」

  いまだにジンジンする左頬にもう一度手を当てて、僕は自分の行動を反芻した。

一から順に、
ニ、
三、
四、
五。
「――なにやってんだ僕!?」
「だからこっちが聞いてるんだよ!」
「違うんだ! ちょっと身辺がごたごたしてて、すこし親しい人と距離を置かないと火の粉が散るかなって!」
「それが最重要な部分だろ、伝え忘れたら最低の縁切り宣言だよ! アレで死に別れたら死ぬに死ねないよ死者も蘇るよ反魂の法だよネクロマンサーでスリラーだよ!」
「ぽ、ポウッ!」

 特に意味もなく叫んでみるが事態は何も好転しない。自分でも何故やったのからわからない。いわゆる動転している、という奴だ。

 なんじゃこりゃ。

「なんでだ、いや、なんでだ。なんだこのミス。ありえないだろ」
「だからこっちの台詞だってんだッ……」
「なぁ、梅郷どっちに行ったんだ。ちょっと、駄目だろ。謝って……」
「なぁ伏目。ちゃんと謝れるの? そのメンタルで?」

 ぐ、と息をのむ。

「なんかお前、最近おかしいよ。挙動もさ、ボーっとしてたり、物忘れしたり。さっきのだってそうだろ。逐一ケアレスミスが多いよ」
「そんなこと、今日は、寝不足だったから――」
「なんで?」
「赤色に用事があって」
「七時からだろ? 前の日に早寝をしたらすむじゃないか。今日は予習しないといけない授業も、小テストの類もないんだよ?」
「……本を読んでたんだ」
「明日の朝に用事があるのがわかってるのに?」

 なぁ伏目、と都日が僕の肩を抱く。「そこがおかしいんだよ。らしくないよ」
「らしくないって」
「僕の知ってる伏目なら親を殺してでも早寝してるよ」
「ンなわけあるか」

歴史に残る殺人犯とかのだろ、その思考パターン。

「なんかさ、余裕がないんだよ。はたから見てて、やることが多いというか、何かが気になって仕方ないというか」
「あのさ、都日、違うって」
「何かに追いかけられてる、と言ってもいい」
「――」

 もう、目をそらすくらいしか、逃げ場がない。

 男子便所の壁にとっさに視線を逃がして、僕はしょうもない落書きを見つける。

「いや、もうはっきり言っちゃうけどさ」
「都日」
「赤色さんのことが気になって気になって仕方ないみたいに、って見えるよ」
「都日、違うんだ」
「違わないね。伏目、正直にさ、言ってくれよ。赤色さんとなんかあったんだろ。それで、話し合ったんだな、朝に。」

 もう、こうなると一気呵成だった。

都日は、僕に詰め寄っていた。言葉の上の意味じゃなくて、本当に、物理的に、僕を男子トイレの壁に押し付けている。

 グイグイと、

気のせいか、梅郷に何かあった、というよりもはるかに、赤色と僕のとの事を警戒するような、そういう空気で。

「どうなんだ」

 と、問う都日の、襟首の辺りから、何か得体の知れないものが噴出して僕を押さえつけているようだった。

柔道で、こういう具合になった事はある。

『気当たり』とか、『相手を呑む』とか、そういう風に表現される気勢の発露。

 にしてもそれは、僕が習い事程度にやっていた柔道のそれとは、桁違いの。

 自然と、口が開いて答えていた。

「……というか、僕が一方的に頼んで、それで」
「それで?」
「答えを求めて。――赤色は、答えを渋った、というか、先延ばしにして」
「先延ばしにして?」
「今日の放課後、この後、屋上で返事をもらう」

 一瞬、都日が死んだように見えた。

「多分、今までどおりの友達づきあいって出来なくなると思う」

 ぴたりと、都日から噴出していた何かが収まって、ここがどこかも忘れるほどに、世界が静かに硬直した。

「そうか」

 そして、また、都日は生き返り。

「伏目、一つだけ言わせてくれ」

 ここから都日が、狂ったようにまくし立てる。

* 7 *


「赤色は駄目だ。
「いいかな、伏目。僕は今から、友達付き合いをした女子の悪口を言う。
「赤色は我侭で暴力的で悪辣な悪口を振り回し排他的で好き嫌いが激しく目立ちたがりで勝手気ままで他人のことを見下してる。
「でも、そこじゃない。
「そこじゃないんだ。
「赤色の本当にグロテスクなところを伏目は知らないんだ。
「知らないだろ。知らないよな。
「結構さ、伏目は赤色のこと、キライじゃないんだもんな。
「だからダメだ。
「赤色だけは、ダメだ。
「近づいちゃダメだ。
「触れちゃダメだ。
「見ちゃダメだ、
「伏目、赤色はコッチーの友達だけど、僕は君の友達だから言うよ。
「ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。
「ダメだ、ダメだ、本当にダメだ。
「いいか、すっぽかせ。その約束はすっぽかしちゃえ。出来ないって言うにしても今からでもいいから断れ。
「断れ!
「何なら僕がやってやる。僕で信用できないならコッチーに頼んでやる。行くな、屋上に絶対に行くな。行くんじゃない。
「何度も言うぞ――何度でも言うぞ。
「赤色に、今日、赤色と屋上で。
「会うんじゃない、いいな、会うんじゃないぞ!
「ダメだからな。
「会うんじゃない!
「断れ!」

 僕にうなずく隙も与えないで、都日はトイレから立ち去った。



[21071] 第一章 ヌ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:1e98eaed
Date: 2010/08/20 03:20
* 8 *

 さて、それからの僕がどうしたか。

唐突だが、僕の学校の周りに畑と駐車場しかないのはもう承知してもらっていると思う。そんな学校にこの少子化のご時世早々入学希望者はなく、僕らの入学する少し前までかなり深刻なレベルで廃校の危機だったらしい。

 それを覆すため、ちょっとどころでなくイカレた建築家がOBとして大胆すぎるメスを振るったのが、四年前。実際その目論見は成功し、僕らの受験の年には地元でも有数の難関校になっていたのだが。

なんというのか、最先端の施設とデザインは、ちょっとばっかしトンガリ過ぎていて、正直もてあますのだった。

建築心理学とかいう一介の高校生からしたら謎の学問によって確立された諸所の機能群は、なるほど確かに効果的で合理的だ。――合理的なんだと聞いている。そのことについては疑問はさしはさまない。しかし例えば食堂のドまん前、オープンテラスからいやでも目に入る位置の校舎の壁にバカでっかい鏡を設置されてしまうと、どういう効果があるにせよ、どうしてもいろいろなこと――前髪とか、制服の皺とか――が気になってきてしまうし、そうなればぼんやりと、普通の高校というのはどういうものなのか、と思いをめぐらせてしまう。

従兄だとかの親戚連中に聞いた話、多分屋上には鍵がかかっているんだろうし、食堂で肉うどんとエスプレッソが同じメニューにのってないだろうし、真っ赤なコートを着た生徒の存在は許されないだろう。もちろんそんな生徒がなにかの委員会に所属することもないだろうから、そいつに待たされる男子生徒も存在しなくなる。

「普通っていいことだなぁ……」

 校内に一つだけあるベンチに座って、僕はつぶやいた。

例のどでかい鏡の前にぽつねんと設置されていて――しかも真正面から鏡面に向かって。昼休みなんかに生徒が食事をするスペースからも距離があるし、はっきりいってあんまり居心地が良くない。かといって放課後も下校時刻近くになってくると、もうこのベンチ以外に座ってのんびり時間を潰せる場所は少ないのだ。僕は階段とかに座り込むのに変な抵抗のある人種だったりする。

僕は赤色の用事が終わるのを待っていた。

あの後都日がどこをどう奔走してくれたのかわからないが、暫くしてから僕の携帯に梅郷からのメールが入った。

【sob:聞きました】
『でも距離を置くとかそういうのは勝手だと思います。ちゃんと掃除をしてから帰りなさい。そしたらあーちゃんに断っといてあげます。また明日』

 そのメールを受け取った時には僕はもう、時間の潰し方を思案しながらこのベンチに沈みこんでいた。

 ――うん。えっと……。

 そんなこと言われても。

なんだろう、都日も梅郷も、まるで僕と赤色を意地でも屋上であわせたくないような、頑なというか強引というか、僕をこの件にかかわらせないように画策している感がある。もしも二人になにか企みがあるのなら、いっそすがすがしいくらいのコンビネーションだ。

しかし僕にだって理由がある。その目論見は無視させてもらおう。

もう、ストーキングは一ヶ月も続いているのだ。

梅郷が学校内で携帯を使って連絡を取ってくれる時点で、実は結構な快挙なのだけれど。だからと言ってはいそうですかと頷くわけにはいかなかった。

都日から件名のない、『先に帰る んじゃ』とかいう雑なメールが来た時点で、僕も意地になった。

意地でも帰らんぞ。

絶対待ち合わせてやる。

赤色に『何言われても帰るな。死んでも待ってろ。帰ったら僕が殺す』とメールを送り、どこかで同じように時間を潰しているであろう梅郷と間違って鉢合わせないようにこの一番人気のない(ダブルミーニング!)暇つぶしスポットに陣取った。先輩から借りた例の小説を傍らに、自販機で飲み物も用意しての完全装備である。

そしてただいま、五時四十五分。

 ――勝った!

いったい二人とも何をやっていたのやら。あれだけ騒いだくせに僕の居残りをまるで阻止できていない。こっちは小説を読み終わり、先輩の自由時間を見計らってメールを送ってしまうくらいの余裕があった。

余裕の勝利。

余裕の勝利である。

 こうしてみると赤色に待たされることになったのも決して悪いことではなかった。なんて寛容なことを考えられるくらいに今の僕は機嫌が良かった。ストーカー疑惑について赤色と決着してしまえばのんきに小説の感想だとかメールできるメンタルにはならなかっただろう。縮める長さは一センチで勘弁してやろうかな。

友達二人を出し抜いてこんなに気分がいいというのは、僕は嫌な奴なんだろうか。

だとしても。

あんまり、反省する気にはならない。二人が僕をのけ者にしようとするのがいけないのだ。――僕は、そういうのが、キライだ。

孤独感。

疎外感。

 劣等感、にそのままつながってしまう。僕の場合。

『一人きり』とかそういうのは別に嫌いじゃないが、『一人ぼっち』というのはどうしょうもなく苦しくなってしまう。

 苦しくなって、

切なくなって、

グチュグチュの、

ドロドロの、

じたばたしたくなってしまう。年甲斐もなく。

とても子供っぽい性質で、直さなければと思っているのだけれど。大げさに言えば世界から取り除かれてしまったような。自分が世界の登場人物でなくなってしまったような。

『この世界はフィクションです』『実在の事件事故人物組織とは一切関係ありません』だったとしたら、僕は発狂してしまうかもしれない。

 本当は僕は、世界の全てと関係していないと気がすまない、の、かもしれない。

交わるほど痛みを忘れるとか、忘れたふりとか、鈍感になるとか、そういうのはどうでもいいから。

むしろ、交わることに痛みが伴うなら。

世界の全てを痛めつけてやりたい。

刻んでしまいたい。

刻まれたい。

世界の全てに痛みを与えられたい。

世界も僕も、滅茶苦茶で、バラバラで、真っ赤っかな、肉と血のペーストになって混ざり合ってしまえばいい。

「なんちゃって」

 嘯いて、僕はベンチから立ち上がった。

待ち合わせの時間だ。

荷物をまとめて――都日ほど真面目ではないから、明日要らない教科書と小説くらいしか入っていないけれど、それでもそれなりに鞄は重たくなった――校舎を見上げる。四階建てのその屋上まで上るのは骨が折れるだろうが、それより気にするべきは梅郷の存在だ。屋上に通じる扉は一つしかないから近づけば近づくほど鉢合わせる可能性は高くなる。曲がり角なんかは要注意だった。あるいは渡り廊下の窓際とか、角度的に校舎のほかの窓から見えてしまう場所は避けたほうがいい。

北を上向きにHの字に立てられた校舎の東側に、屋上への通用口はある。

ポケットに手を入れて、少し猫背になりながら、僕は階段を上っていく。この最新鋭らしい校舎にはあちこちに開口部があって、すっかり西日になった今のほうが、日中よりむしろ明るいくらいだった。

校内が真っ赤に染まる。

こんな時間に校舎に入ったことが無い僕には、実に興味深い光景である。

普段見ているものに色が写りこむだけで、まるで異世界に迷い込んでしまったような錯覚を受ける。視界の全てが真っ赤っかに、しかもそれは少しずつ色を増していって、昼間でそこら中に人があふれていたのに、誰の姿も見えないのが不気味と同時に痛快だった。赤色、というのがなおさら、そういう違和感を強調するんだろう。

なんでも、真っ赤な色だけを見続けていると、人間は発狂してしまうそうだ。

狂気の色。

それこそ本当に、みんな真っ赤なペーストになって、ここに広がってるんじゃないかな。

いいな。

うらやましいな。

「そんなことをさ
「そんなことを思ってたよ。赤色」
「そうかい
「で、君、どうするんだい
「都日君が死んでたけど」



[21071] 第二章 イ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:33f2d0d4
Date: 2010/08/21 01:34
世界のために君を失うとしても君のために世界を滅ぼしたくはない。

* 1 *


 学校は即座に休校になった。当たり前の処置だ。問題は今行われている修学旅行で、先生方も相当悩んだんだろう、一日予定を潰して観光を自粛し、その日は生徒達もホテルでおとなしく燻っていたそうだ。先輩が直接電話で教えてくれたことだから、まず間違いない。授業は二日で再開されたが、僕は一日多い三日間を家で過ごすことになった。警察と話をしていたからだ。

 被害者の生前について。

被害者。

友近都日。


 屋上に人形の白線が引かれていた。

 出入り口に立つと、まっすぐ見える――刑事ドラマみたいな、殺人現場に引かれるあの白線が、のびのびとした大の字で描かれていた。

 真っ赤な血の海の真ん中に。

赤色のコートとそっくりの色の真ん中。

「ハハ」

 ほんとに引くんだ。あの線。

日差しは強い。照りつけるなんてもんじゃない。屋上ってこんなに暑かったっけ。風も強い。吹きすさんで、入り口近くの僕の前髪もばたばたと煽られて随分遠くまで風景が見えるとはいってもこの近くには山しかなくて後は畑と駐車場ところどころに立つ電柱が日差しが強い電線は垂れ下がり揺られた前髪は頬に当たってぽつぽつと道路の端に立つ電柱はまるでじっとたってこちらを見ているようで屋上ってこんなに暑かったっけ吹きすさんで入り口近くの電柱が吹きすさんで照り付けるなんてもんじゃないぱたぱたと煽られてこちらを見ている遠くまで風景が強い山しかないなんてもんじゃない随分近くまで電柱は垂れ下がりこんなに暑かったっけ。


都日が死んだ。


真っ赤になって、死んでいた。


待ち合わせ場所の屋上の扉の前、階段の踊り場で、赤色は座りこんで僕を待っていた。手すりの支柱の間から足を放り投げ、ぶらぶらと揺らしながら、鼻歌を歌いながらのご機嫌な様子。よう、と僕が手を上げると、赤色は笑ってそれに応じた。

「なんだいなんだい、あんな切羽詰ったメールを送ってきてさ。代見君がついに私に思いの丈をぶつけてくれるのかと思ってドキドキしちゃったじゃないか。女の子にあんな思いをさせるものじゃないよ。シュチュエーションはいかにもって感じだし辺りに人はいないし、あーあ、こんなことならこないだ買った新しいパンツを履いてくればよかった!」
「下着と待ち合わせと何の関係が」
「ふふふ、そのパンツというのがね、いや、コレがまた筆舌に尽くしがたく大変なとこが大変なことになってるんだよ? こう、なんて言うのかな、勝負パンツというか殲滅パンツというかむしろもうパンツじゃないというか」
「話を聞け。聞いてください……」
「よーし、テンションあがってきた。今度履いてきてあげるから楽しみにしていたまえ」
「お前誤植というよりバグキャラっぽくなってないか……」

 こいつのコマンドに『はなしをする』は無いのだろうか。

「大体赤色のパンツがどんなだろうと、履いていようと無かろうと僕には関係ないだろうが」
「履いてないってとこまで期待されると困るなぁ。まだちょっとそのレベルのプレイは」
「まだって事は時間の問題なのか!?」
「ん? しかし件のパンツがさっき言ったようにほとんどパンツでないことを考えるとそれを履いている状態はノーパンと呼ぶにやぶさかではないのか?」
「そんな言葉遊びをしてまでノーパンになりたいか貴様!」
「言葉遊びじゃない! 実際あのパンツはノーパンと同じようなものだ!」
「マジでパンツじゃねぇなそれ!?」

 布切れじゃんか。

ひょっとするとそういえるような面積もないのかもしれない。

「いや、しかしどれだけそのパンツの布面積が少なくても僕には関係ないんだった。――ノーパンへの期待もしてないしな。そんなことより、だよ、赤色」
「私のパンツをそんなこと呼ばわりされるのは心外だけど話が進まないと困るしね、いいや、聞いてあげよう。なんだい伏目君」
「一緒に帰ろうぜ」

 抱えた鞄をぐい、と揺すって見せた。

「何がしたかったのかわっかんないけどさ、下校時刻ぎりぎりだよ。校門しまる前に一緒に帰ろう」
「答え合わせはいいのかい?」
「帰りながらでもできるだろ」
「帰ってる間に終わるといいけどね」

 そういいながら、赤色は立ち上がった。ぶらぶらさせていた足の感触を確かめるように、数回地面を踏みしめる。

「久方ぶりに自分の足で地面を踏んだよ。大地は偉大だなぁ」
「さっきまでケツに敷いてただろうが」
「私は全人類を尻にしく女だからね。校舎程度は軽々踏んづけてしまうのさ」
「自信の方向性が空中分解してませんか」

 もう全然うまいこと言えてなかった。

さっきのパンツ騒ぎといい――これで赤色も女の子だから、普段はそんなにベラベラ下ネタには走らないんだけど、どこか焦ってるというか、興奮しているというか。なんとなく、らしくない感じを受ける。
薄笑いの感じも、気持ちいつもより上向きだった。

(いや)
(前向きというべきか)

 ベクトルが前向き。

なんかうれしそうな、気のせいかもしれないけど。

それに方向性だけでなく、勢いも格段に高まっているような。

並んで階段を下りる赤色の顔色を伺おうとして、ふと手もとに視線が動く。

「あれ、赤色。荷物は?」

 赤色は手ぶらだった。

「どっかに置いてあんのか? 取りによるんなら急がないとまずいけど」
「いや、私は手ぶらで登校してるんだ」
「なにそのスタイル!?」

 かっけぇ!?

「手元が重たいと気分まで重たくなるじゃないか。登下校のときって私は基本一人だからね。せめて気分くらいは軽く楽しくいたいのさ」
「その告白には多分に悲しいものが含まれてるな……」

 友達いないんだろうか。

当たり前か。と赤色の服装を眺めて僕は嘆息した。

「ま、とはいっても高校に入ってからはコッチーが良く一緒に帰ってくれるからね。友達っていいもんだねぇ。百人欲しいな」
「知ってるか、百人ってのは物置に乗っちゃう程度の人数なんだぜ」
「あのCMの席次って偉い人順らしいねぇ。初めて知ったときは物置業界も世知辛いんだなぁって私は悲しくなっちゃったよ」
「物置業界ってどこだよ、その狭い世界。――で、百人の友達と富士山頂でも目指すのか?」
「あれ、子供の割に目標が大きいよね」
「百人の小学一年生が富士山に果敢にアタックする図……」
「壮絶だね」

 やっぱりいいや。と赤色は言う。

「百人もいたらいたで管理に手間取りそうだけどさ」
「そこで管理って言葉がさっと出てくる辺りに、お前の登下校風景の原因があると思うんだ……」
「いいじゃないか、今日は伏目君と一緒だし」

 その台詞に、僕は少し動揺してしまった。

校舎はさっきにもまして真っ赤に染まり、ますます日常離れした風景になっている。――いつも見える場所が影になり、陰になっている部分に日が当たっているというだけで、建物の印象がこんなにも変わる。

ましてや隣にいるのが赤色だ。

真っ赤なコートを着た、常人離れした言動の、いつでも薄笑いの同級生。

それまでふらふらしていた赤色が、突然ピタリと僕の隣についた。身長差とコートのフードのせいで、赤色のうっすら笑う口元しか見えない。

「女友達はコッチーがしてくれるし、今日は伏目君と一緒に帰れるし。私はうれしいな」
「……ああ、そうか」

 なんだか、酷くおかしなところに迷い込んでしまったような気がする。

 違うか。

おかしいのは、赤色だ。

 なんだかやけに、しおらしい。

さっきまであんなだった癖に。

「赤って色はさ」

 と、赤色はつぶやいた。

「じっと見てると、人を狂わすんだってさ」
「……」
「オカシクなっちゃうんだってさ」
「……それで?」
「別に」

 階段を下りきって、下駄箱のすぐそこまで来ている。

「みんな、こういう風に真っ赤っかな世界もいいな、って、思っただけさ」
「――そうか」

 僕はなんとなく、こういう赤色もいいな、と思った。

不適に毒舌を吐くでもなく、他愛無い話に大騒ぎするでもなく、しゅんとした雰囲気の赤色は、結構、癪なことに、可愛いところが、あったのだ。

 けんかしたことの無い奴は友達じゃないが、赤色と僕は毎日のようにけんかしていて。

僕と赤色は、友達だった。

「僕もさ」

 下駄箱から外靴を出して履き替えながら、すこし照れくさいながらも、赤色に話しかけた。

「そんなことをさ
「そんなことを思ってたよ。赤色」
「そうかい」

 そうかい、そうかい。と赤色はくりかえし、僕達は妙に安心した気持ちを抱きあった。

(なんか、あれだ……不覚)
(いい雰囲気って、こういうののことなのかもしんない)

 女の子との付き合いなんてろくに無いから、判然としないけれど。

悪い気分ではなかった。

「なんか、お前とこういう感じになるの悔しいわ」
「私は楽しいのに」
「嬉しいんじゃなくて?」
「そういう抜き差しならないことを言うと逃げられてしまうからね――君もなかなか、抜き差しならないことを言うけどさ。なんちゃら遊戯ってわけかい?」
「そんなハイソな遊びは縁がないな」

 縁もないし余裕もない。

 靴を外履きに換えて(赤色が僕の靴と他人の靴を「しゃっふる」とかやって遊びやがったりもしたけど)赤色と肩を並べて校舎を出る。後五分もすれば校門がしまって、職員室で軽く説教されないと外にも出られなくなってしまうけれども、ここまできてしまえばその心配もない。なんせ校門はちょっと左に出てすぐの場所だ。

その校門に、パトカーが留まっていた。

「え……?」

 僕は思わず立ち止まってしまう。

「ん? どうしたんだ伏目君」
「いや、公務員さんが校門で臨戦態勢をさ」
「別に悪いことをしたんじゃないんだから、固まらなくてもいいだろ」
「そういうわけじゃなくて、なんだ、何があったんだろ」
「私が呼んだんだ」

 こともなげに赤色は言って、大きく一歩前に踏み出し、僕に向かって振り向いた。

「私はあれに乗らないといけないからさ、今日はここまでだ伏目君。答え合わせ、間に合わなくて悪かったね」

 答え合わせはいいのかい?

 帰りながらでもできるだろ。

 帰ってる間に終わるといいけどね。

「赤色――?」
「一緒に帰れて、嬉しかったよ、伏目君」

 赤色はもう一度、くるりと向きを変えて数歩前に進み、ふと、思い出したように僕に行った。

「で、君、どうするんだい
「都日君が死んでたけど」

 数秒の間だけ思考して。

僕は階段を駆け上がった。

そこで。



[21071] 第二章 ロ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:87478404
Date: 2010/08/22 01:04
* 2 *


 さて、それからのこと。

後日談、をする。

とはいえそれほど込み入ったものでもないし、込み入った語り方をする気にもなれない。僕が飛び込んだ、屋上へ通じる扉の先では、都日が景気よく真っ赤っかを撒き散らし、僕はその場で盛大に吐瀉し、両肩を抑えてガタガタ震えているところを、後を追ってきた警察の方々に保護された。しばらく、取調べというか、事情聴取の間も、茫然自失としていたらしい――ハイライトの入ってない瞳でズバズバ質問されて、バシバシノートをとられて――。

まったく、この日の僕は自分を見失うこと甚だしい。おかげで、時系列の半分くらいしか記憶できていない。

そのくらいでよかった、とも思う。

こんな日のことをまるまると覚えていたくなかった。

それから三日の間学校を休んだのはすでに述べたとおりだが、その間も僕は、記憶を増やさないように増やさないように、勤めていたような気がしてならない。

友達が殺されて、警察に調書を取られるなんてこと、覚えていていいことじゃない。僕の人生はフィクションではないのだから、そんなこと、覚えてしまってはいけない。

認めてしまってはいけない。

××が×んだなんてことを、認めるべきじゃない、認めなければ、なかったことになるのではないか。と認可の可否の対象さえ曖昧にしながら、僕は別途の中でひざを抱えて、唇を薄く開いて、ひっそりと息をしていた。

息だけしていた。

それ以外したくなかった。

それさえしたくなかった。

止まっていたかった。

 できなかったのだけど。

たとえばゲームをしていて、何か致命的なミスをしてしまったときに、思わずポーズボタンを押してしまったことはないだろうか。――僕は結構するのだが、そのまましばらく固まってしまう。あー、やっちゃった。やべぇ、どうしよう。なんて、ぶつくさいいながら、リセットするか、そのまま続けるか、迷う。迷っている間が一番楽しい気がする。

いや。

楽しい、じゃなくて、楽なだけ。

大人はよく、ゲーム世代はリセットが云々、現実とゲームがごっちゃに云々うるさいけれど、最近のゲームはこれはこれで、なかなかに失敗に対してシビアなのだ。セーブし忘れなんて序の口。いまどきはリセットだってままならない。子供ながらに、ミスというのが基本的に取り返しのつかないものだと知っている。
知らないのは夜神さんちの子供だけだ。

だから迷う。

このまま前に行くべきか、それともタイトルまで戻るべきか。

さて。

僕は、どうしようかな。

どっちも選びたくないな。

選びたくないなぁ。

選びたくないよぅ。

選びたく、ない。

嫌だ。

嫌だ嫌だ、何でそんなことしなきゃならないんだ。

ポーズ画面のまま、コンセントを抜くのが、僕の常で。

そのソフトも、ともすればハードごと、友達に貸したり上げたりしてしまうのが、僕のいつもだ。

だから僕は。

友近都日が死んだなんてこと知らん振りをして、学校に来ても息だけをしていた。

誰もが見たことある光景だと思う。教室に来るなり、机に突っ伏して寝ちゃうやつ。顔が隠れるから何でそんなことになってるのかわかんなくて、みんなからお前前の晩なにやってたんだ、と思われちゃうようなやつ。昨日? 息だけしてました。なんちゃって。

自慢じゃないが、僕は周囲から真面目な、――教科書はおいて帰るけど、寝不足でモチベーションが下がってこそこそ小説を読むけど――少なくとも、「悪いことはしない生徒」だと思われている。可もなく不可もなく、というか、波風起こさず、というか。そういう僕が突然そんな態度をとったものだから、しかも、タイミングがタイミングなものだから、そこだけ台風の目のようになった。悪いことではないはずだから、可もなく不可もなく。そっとしておこう、という空気だけ、僕にまとわりついていた気がしていたが、普通肌で感じるその手の雰囲気も、僕にはまるでカサついて感じて、プレッシャーというべきそれがまったく肩にのしかからない――パサパサと崩れてしまって、堆積しない。

移動教室がなくてよかった。

もしその日の三時間目までに移動教室があったら、僕は顔を上げなくてはならなくて、立ち上がったり歩いたり座ったり、息以外をしなくてはならなくて呆然としてしまっただろうし。赤色が旋風のように僕のところにやってくることも、なかったかもしれない。

僕が息しかしてないことをどこからか聞きつけたであろう赤色は、教室のドアを音もなくくぐり、その風貌で教室の空気をざわめかせながら、僕の席の前に立ったらしい。音もなく滑って移動した、なんていうやつもいるけど、それはさすがに気のせいだ。僕は赤色の足音を聞いていた。誰も知らないかもしれないが、赤色は左足のリズムがちょっと変だ。なぜか、右左、半拍、右左、と取れるような歩き方をする。僕もこの時初めて知った。変な音だな、と思ったそのときだ。

まったくあいつは酷いやつだ。

まず赤色は僕の座っている机を思いっきり蹴っ飛ばした。どこにそんな力があったのか、突っ伏している僕の向かいから蹴飛ばされたせいで、天板の側面が思い切り腹に突き刺さって、僕は思わず潰れた蛙のような声を出してしまう。少し浮き上がった僕の頭の横を、赤色は硬く握った拳で張り飛ばした。

ここで僕の意識は混乱の極点に到達したので、続きは同級生の証言から。

多分痛みから逃げようとしたんだろう、転げるように僕は席の側面に落っこちて、それを見た赤色は僕の通学カバンを持ち上げると、あきっぱなしのジッパーを確認してから、足元の僕に向けてひっくり返した。――一番近くにいた同級生は、電子辞書が僕の頭にゴズ、とキマるのを見た、と言い張っている。ご丁寧にも赤色は、その中から筆箱を取り出し口を広々と開けて、教科書とノートに埋もれる僕に改めて中身をぶちまけたらしい。

 シン、と教室が一瞬静まった直後、赤色は高々と右足を掲げた。

当然のように、僕の頭にその足は振り下ろされる。

二、三度ならずグリグリと、僕の頭部は彼女の内履きの底で蹂躙された。これはさすがに覚えている。というよりも、この屈辱で僕の意識が回復したといっていい。何しやがるミクロマン、と、僕はせめて口先で反撃に転じようとした。

「意気地なし」

 と言われた。

「何をごねてるんだ拗ねてるんだ不貞腐れてるんだ。寝た振りかい? それとも死んだ振りかい? ――知らん振りなのは確かだね。鬱陶しいなぁ、死ね、ウジムシ。
「死ねとか殺すとかそういう言葉がもっとも不謹慎だろうこの時期によくもまぁ私にこんな言葉を吐かせたものだ厚顔無恥にも程があるねこの世で一番硬いのはまったくきみの面の皮、それを抜けて出る毛髭の類だ。そういえば、朝見たけど髭をそってないみたいだね。髪もなんだか油っぽいなぁ、ひょっとしてお風呂に入ってないのかい?
「うわ、きしょい。ちょっとやめてくれるかな君のこと踏んじゃったじゃないか、あーえんがちょえんがちょ。汚れちゃったよ、ゴキブリ寄ってきちゃうじゃないか。勘弁してくれ、勘弁してくれよ、そんなウジウジジメジメやってたら見てるこっちにまで虫が沸きそうだ。
「根暗、陰険、そんなことだからいつまでたっても彼女の一人もできないんだよ。ふん、女々しいだの女の腐ったようなだの、そういう言葉は全部これから書き換えられるね。少なくともこれから私は伏目しい、伏目君の腐ったの、って言い換えることにするよ、まったくフェミニストの喜びそうなことだ。全世界に向けて発表してあげようか?
「大丈夫だ、君に対する差別だと騒ぎ出す連中が湧き出てくれば私が真っ向から反論してあげるから。差別じゃないよー、真実だよー。だよねぇ。
「伏目君は大親友の都日君が殺されても、僕知らないぷーって言い張れる冷血漢だもんねぇ。
「意気地なし」

 僕は立ち上がった。

「いい加減にしろよ」
「何が」
「お前のしゃべり方にこれほど腹が立ったのは久しぶりだ」

 なんていうのか、古い推理小説の解答編みたいな喋り方。

鍵括弧が連続して、一章分くらい探偵役が喋り続けるタイプのあれ。

「人の話を聞けよ――人の言い分を聞け。人の言い訳を聞けないのか。何でお前はそんななんだ、一方通行なんだ。勝手に始めるな、勝手に続けるな、勝手に終わらせるな。会話を投げっぱなしにするんじゃねぇ。キャッチボールしやがれこの野郎。
「お前はな、お前は、赤色。我侭で暴力的で悪辣な悪口を振り回し排他的で好き嫌いが激しく目立ちたがりで勝手気ままで他人のことを見下してる。
「でも、そこじゃない。
「そこじゃないんだ。
「お前の本当にグロテスクなところはそこじゃない。
「僕の話を聞けよ。
「人の話を聞け。
「黙れ。
「相槌を打て。
「解答編みたいなしゃべり方、するな。
「答えを出すな。
「僕の答えを、
「聞けよ、赤色」

「聞いてあげよう」

「――お前は腹が立つ奴だ!」
「万死ッ!」

 僕の視界が赤色の拳で一杯になった。

 僕の通っていた柔道場は、はっきり言ってしまえばカルチャースクール。講道館とか大会とか、そういうものとは一切縁のない実にお気楽でまさに『習い事』とでも言うべき軽さの活動しか行っていなかったが、それでも喧嘩に柔道の技を使っちゃいけない、位の基礎の基礎たる精神は叩き込まれていた。

だから僕は、赤色の言葉に逆上した真っ赤に染まった意識と視界の中でも、赤色につかみかからず握り締めた拳で相対しようとした。だから負けたんだよ。どうだ、かっこいいだろう。

別に、道場やめてからヒョロった体になったわけじゃないよ。ホントホント。

なんちゃって。

 鼻っ面に綺麗に決まった万死パンチ、僕は仰向けにぶっ倒れる。

 赤色はその顔を覗き込んだ。

「私的には不正解」

 ぐ、と二本立てた指を、僕に示す。

「チャレンジャー、解答権は後二回」
「……寝不足だっただけだ」
「そうかい、じゃ、答え合わせを続けようか」

 待ってるよ、と赤色が言って僕は瞼を閉じた。

三日ぶりの睡眠だった。



[21071] 第二章 ハ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:b34973c8
Date: 2010/09/27 02:30
 友近都日と僕の関係を説明すると、つまりは『友人』の一言に尽きるのだけど、間に何があったかとかいったいどんな事件があったかとか、そういうことを列挙するのはちょっと難しい。目を見張るような格別な事件があったわけではないのだけど、数え切れない普通のことが横たわっていて、一つ一つ抱え起こして彼是云々説明するのは単純明快に時間がかかりすぎるのだ。

寄り道しながら食ったアイスの話とか、全部するわけには行かないだろう。

ただ間違いないのは、アイツと僕が友達だったことで――喧嘩もしたから、例のマイルールもバッチリ――そして、アイツが墓の下に行くときに、その数え切れない普通のことも、一緒に地面の下に埋まってしまうということだ。

もう都日はアイスを食べられない。

僕は認めないといけない。

認めることしかできない。

そんなことが、屋上のドアを開けた先で、都日の形に引かれた白線を見た瞬間に、急に理解された。

「僕は」

 これが嫌だったのかな。

あー、やっちゃった。やべぇ、どうしよう。の、後。『コンティニュー』か、『タイトルにもどる』の、二つしか選べないっていう事実。

認めるにしろ認めないにしろ、ミスした事実が消えない現実。

認めることしかできないのが嫌だったのか。

「セーブポイントがさ、あったらよかったんだけど」

 残念ながら、教会でお祈りした覚えが僕にはなかった。

 日差しは強い。

照りつけるなんてもんじゃない。

屋上ってこんなに暑かったっけ。

赤色に殴られて、クラスメイトに起こされて夢現なまま保健室にいって、しこたま眠って昼休み。太陽は頭の真上にある。そりゃ暑いわけだ。

風も強い。吹きすさんで、入り口近くの僕の前髪もばたばたと煽られて。

随分遠くまで風景が見える。とはいってもこの近くには山しかなくて、後は畑と駐車場。ところどころに立つ電柱がじっと立ってこちらを見ているようで。

 まるっきりの田舎。

 笑っちゃうぜ。友達を家に呼んだら、二階建てだっつって興奮するくらい田舎なんだから。

 なぜかって、二階にする必要がないんだよ。土地があるから、平たく作ればいい。わざわざ二段に重ねてダブルバーガーにする必要がない。田舎の土地って余ってるところにはほんと余ってるのだ。

二階建て程度でちょっといい気になっていた僕の自信は結構そのことで打ち砕かれたりしていた。

小学生くらいのころだったと思う。僕が越してきて間もないころだから、多分二年生くらいだ。

やたらと背の高い血筋の、母方の実家の離れで暮らしていた僕ら一家は、入り婿から見事我が家我が城を持った父の立身出世の結果この土地に移り住んだ。マスオさんからのびた君のパパへのジョブチェンジ、妻一人息子一人にパパ上パパ上と頼られるようになった父の機嫌は日に日にうなぎのぼりで、まぁそりゃ、今まで妻の実家でマッチ棒くらいにしか思われてなったのが唐突に大黒柱になったもんだから、テンションあがらないほうがおかしい。当時の我が家は実に上がり調子の変な空気に包まれていた。当然、僕は調子に乗った。

さぁ、脳内にちょっと背の高めの小学二年生を思い浮かべて欲しい。その髪の毛を短めにかる。半ズボンとパーカーを着せる。肌をちょっと白めにする。んで、思うさま調子に乗らせる。

イメージできただろうか。

それが幼き日の僕である。

生き写し間違いなし。

まったく持って恥ずかしい。若気の、幼気の、稚気の至り。厚顔無恥もはなはだしい、今となっては紅顔のあまり爆死してしまいそうだ。

当時の僕は、二階建ての家に住んでいて、しかも子供部屋が二階にあるのだというだけで、王様気分だった。

流石に初っ端からそんなだったわけではないが、早速仲良くなった友達を家に誘うたびスゲースゲーと褒められるので、加速度的にノッていく僕の調子はいつしか第一宇宙速度を突破、成層圏を貫いてはるか月面に到達するほど急成長だったのだ。学校での僕は『二階建ての家の二階に住んでる子』であり、それは『ホワイトハウスの執務机で遊べる子』レベルのVIP待遇へとつながったのである。――この辺、同級生たちの稚気もまた、大きな要因になっている。子供は『スゲーもの』に対して評価を与えたり、他の子供に『代見クンちスゲーんだからな!』と間接的に自慢するだけでグイグイ気分が良くなったりするのだ――

女の子もすごーいと言ってくれたし、家で一緒に遊びもしたし。この時期が伏目君絶頂期である。テンション的にも人間関係的にももうテッペン登っちゃってこの上ない感じ。

 もちろん、絶頂だから次は落っこちる。

そいつが家に来たのは、僕が転校してきて二ヶ月くらいたったころだ。

子供って飽きっぽい。これだけ経つと十分『二階建て』もすっかり色あせ。「ただの家ジャン」という空気が生まれてくる。もちろんその流れは僕にとってまことに面白くなく、だんだんと一日でむすっとしている時間が長くなっていく。そこに、いつも教室の反対側で別の輪を作っていた男子がやってきて、いうのである。

「なぁ、代見んチって二階立てなんだろ?」

 久々に見る期待に満ちた目で、言うのだ。「スゲーな! いいな! カッケーな!」

やけに語呂が良かったから良く覚えている。

 これに僕の中で死の縁をさまよっていた調子が再活性化。火に包まれた不死鳥のように雷にうたれたフランケンシュタインのように水爆を投下されたゴジラの用に猛々しく蘇り再び成層圏のかなた目指して上昇を始めたのだ。

やめときゃいいのに。僕はその男子をその日のうちに家に呼んだ。

そのあとはそれまでの二ヶ月にやってきた同級生と同じ。イイなスゲーなカッケーなの三拍子が続いて、子供部屋で適当に遊んで、しっかり鼻高々なテンションを再構成した僕が笑い方で王様っぽくふぉっふぉっふぉに変わりかけて、意地悪く「次は君んちいきたい」「えー、僕んち普通だよー。はずいからやだよー」で終わるはずだったのだが。

「あ、でも、道場ある」

の一言で、僕の興味と対抗心が調子と同じ位相まで急上昇したのだった。

 さっき田舎は土地が余ってると言ったには言ったがそれはあくまで余ってるとこに余ってるだけで、そこらじゅう荒野の開拓地ってわけじゃあない。元はそういう感じだったんだろう場所は所謂バブルころにまとめて買い取られて分譲住宅で構成された住宅街に変貌してしまっていて、二階建ての我が家もそういう住宅地にある。ちなみにこういう住宅地とその周辺は《町のほう》と呼ばれて、逆に昔から土地を持っている生粋の地元民の暮らすあたりは《山の手》と呼ばれるのだが。その男子の家は山の手も山の手、江戸時代この近辺の殿様の上から数えて十四番目くらいの子分だった家の傍流の傍流でもちょっと本家と親しいという、実に由緒正しい地元民だったのだ。――いまいち由緒正しさがわかり辛いと思うが、家の蔵から出たものが博物館に収蔵されたりする、そのくらいの由緒正しさだ。

田舎の土地の、余ってるほうを贅沢に使った武家屋敷。

もうなんていうのか。子供心になおさら大きく見えて、訳がわからなかった。スケールの外れ方がジャンプ漫画だ。

こち亀的スケール。

 中に井戸とかあるんだぜ。

小学生なりの自尊心と思い上がりをこれでもかというほど叩きのめされた僕は『あいつは自分ちがすごいのを遠まわしに自慢したくてわざわざ僕の家に来たに違いない』なんて嫌らしい自己弁護と論理武装を行いそれ以来極力その男子とかかわりあわないようにした。影でいじめてやろうかとも思ったのだが、その男子が所謂カリスマ持ちだったのと散々二階建てを自慢したせいで周囲の評価が『ちょっと嫌なやつ』で固定されていじめなんて始めようものなら十倍になって帰ってきそうだったことから、泣く泣く諦めることになった。

それからその男子とは特に話すことも遊ぶこともなく、中学一年生になった僕が進学を機に習い事でも、と勧める両親に従って柔道を習うことに――カルチャースクールかというくらいぬるったるい、その男子の家にある柔道に通うことになるまで、一切の接点がなかったのだけれど。

よく、覚えている。

 それが僕と、友近都日のファーストコンタクト。

「都日が死んだ」

 呟いた。

「殺された」

 僕は認めた。

「真っ赤になって、殺されてたんだ」

 僕は見た。

「仰向けになった都日の腹には、包丁が突き刺さってた。――本当は包丁じゃなかったかもしれない。でも刃物なのは確かだ。ど真ん中、どてっぱらじゃなくて、ど真ん中にぶっ刺さってた。遺書は見つかってない。そんな素振りもなかった。なにより警察はしつこく僕に話を聞いた。――自殺じゃないからだ。なにかを、探さなきゃならないからだ」

 振り返ると、赤色がいた。

「犯人は?」

 赤色に聞く。

「捕まってないみたいだよ」
「じゃあ、捕まえないと」
「なんで?」

 僕は認めた。

「友達だから」

 僕は悔しかったんだ。

認めたくないとかなんだとか理屈じゃなくて、都日がこんなことになったのが悔しかったんだ。

だから。

「赤色、手伝ってくれ」
「及第点だね」

 後日談終わり。ここから現在進行形。

僕は敵討ちをします。

ちょっとそこで見てろ。



[21071] 第二章 ニ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:f1038ca9
Date: 2010/09/27 02:30
 まずは状況の整理だ。と赤色は言った。「現場検証から始めよう」

放課後。犯行現場である屋上で、赤色は両手を広げる。

「現場はここだ。我らが愛しい学び舎の天辺、普通教室のある東側校舎の屋上だね。ここには施錠はされてなかった。これは平時とおんなじだから、鍵を手に入れる手段なんかは考えなくてもいい。出入り口はここだけだけど、基本的に人通りは少ないから、誰がいつどう出入りしたのか管理するのは難しいね。つまり犯行当時この場所には、この学校に登校していたすべての人間が――登校してなくても、このためだけに忍び込んでもいいんだけれど――何食わぬことで入り込むことができたわけだ。もちろん突然誰かと鉢合わせる可能性はあるけど、それほど心配することでもないね。人通りが少なけりゃ人の気配も感じやすいから、人気があったら退散するかいったん引き返して物陰に隠れて、どこかに歩き去ってしまうのを待てばいい」
「そうだな、掃除用具入れとか、階段上ってすぐの物置とか、小柄な人間ならいくらでも隠れられそうだ」

 僕は屋上の扉に背を持たれながら、その言葉に付け足す。

階段を上りきった踊り場には放課後の掃除で使われる掃除用具入れがあり、さらに他の階では上に続く階段のある場所――踊り場から折り返したスペースに大きな物置が作られているから、隠れようと思えばどうとでもなる場所だった。

「で、赤色、何かわかるか?」
「全然」
「だよな」

 当たり前。

「強いて言うなら、捜査の方針が固まったくらいかな」
「どんな」
「やっぱり、《ワイダニット》を突き詰める方向が有効そうだ、ってさ」

 そういうと赤色はぴ、と人差し指を伸ばし、血溜りをまっすぐ指差した。

「警察だったらあの血痕とか、あるいは他のものから死亡推定時刻をある程度割り出せるだろうからね。そこから人海戦術でアリバイを固めていって、じっくり容疑者を絞れるんだけど。あいにく僕らにはそこまでの技術力も組織力もないからさ、有効、というより唯一これしか方法がないんだけどね」
「死亡推定時刻、か」
「ああでも、一応絞れるっちゃあ絞れるよ、犯行時間。私が都日君を発見したのは五時四十五分丁度だった。――委員会が終わってすぐに来たからね。二、三分の誤差はあるかもしれないけど」
「それなら、僕も都日からメールをもらってるけど」
「メールじゃあね。携帯があったら誰でも打てるし」

 だからワイダニットだ。と赤色は言う。「幸い、私たちは都日君と親しかったろう人なら、大体と接触できる立場にある。彼が校外に竹馬の友を量産していたなら別だけど、少なくとも校内の人間なら日中うろつけばなんとでもなるはずさ」
「……なんか、出だしからえらく消極的になっちゃったな」
「それほどでもないさ、前に進むことはできるのだからね。現場検証の続きも残ってるよ」
「これ以上何があるんだよ」
「近寄らないとわからないことさ」

 ほら、と赤色に背を押される。「寄っていってごらん」

「なにが……」

 と、何歩か先に踏み出して。

きゅぅ、と。

心臓が収縮する。

 踏み出した足の倍の速度で、僕はすたすた後ずさりをする。

「どうした伏目君、さっさと近寄りたまえよ」
「いや、その」

 怖い。

屋上から落ちそうで怖い。

入り口からたった数歩なのに――。

赤色の薄笑いが深まるのが背中越しにでもわかる、

「うん、他人の知らないことを知ってるっていうのは気分がいいねぇ」
「お前は本当に嫌なやつだな……」
「ぶい」

 うっせぇ。

「で、どういうことなんだよ」
「なんていうのかな。おかしいと思ったことはないかい? 普通屋上って鍵がかかってるものじゃないか。
「危ないから施錠、施錠されてるから進入、進入するから危ない。悪循環だよね。
「それを防ぐために最初から施錠しない――かつ、《入りたくもない場所にする》。最終的には全国をこういう仕掛けにして、学生たちの意識に『屋上怖い』を植えつけるのが目標なんだってさ」
「遠回り過ぎるな」
「設計者の趣味らしいよ」

 建築心理学、という言葉を思い出す。たしかにこの学校はとんがったデザインで、正直作ったやつの正気を疑うような部分が多々ある。

 思いついたから試してみたかった、みたいな。

最終的な目標とか絶対に嘘だ。

「詳しい仕掛けは私にはわからないけど、ちらちら見える建物の端とか給水塔だの配管だのの配置とかで強迫観念をあおってるんだってさ」
「なんちゃって」
「いやぁ、なんちゃわないんだなぁ。これが」

 冗談だよね。と言った赤色を振り向くと薄笑いが苦笑の色に染まっていた。同時に、恐怖感が増す。それもそうだ。落っこちそうな崖に背を向ければなお怖いに決まってる。

不気味だ。

オカルトじみてる。

「こんなとこで、よくもまぁ」殺したな、犯人も。

 ずいぶんと肝の太いことだ。

「殺人なんて肝が太くなきゃできないだろうけどさ」
「さぁどうだろうね。別に小心者でもやれないわけじゃないよ。つまりは心臓を止めればいいんだもん」
「百年持つのが当たり前なんだぜ、今時の人間って」
「百人乗ったら潰れちゃうのに?」

 倉庫の方が上等さ。と赤色は言う。「少なくとも頑強さという点で見ると、人間はいかにも切ないよね」
「だけど都日は強かった」

 柔道場のある武家屋敷の息子。

「単純な腕っ節が強かったよ、赤色。アイツの背負い投げを食らったことないだろう? ほんと、180cmの天辺からまっさかさまだぜ」
「そうかい」
「なるほど、他人の知らないことを知ってるっていうのは気分がいいな」
「そして他人の知ってることを知らないのは私にとってすこぶる不愉快なことだ。イライラするな。うっとうしい、死ね」
「……堪え性が一切ないんだな、お前」

 かなり最悪に近い性格だと思う。付き合いづらい奴だ。

なにより怖いのはこれだけ些細なことで堪忍袋が破裂しかけるくせにこいつ個人の力がバカにならないことだろう。頭は切れるし弁舌滑らか、人望はないが畏れというか好奇の視線を集め放題だから声のかけ方次第で結構な人数を動かせるだろうし、身長が三十センチ近く違う相手に綺麗にパンチ決められる身体能力も持ってる。

その身長の違いもまた怖い。

柔道に限らず格闘技をやってる人間ならわかってもらえると思うけれど、それなりに長身の僕としては、こういう小兵に懐にもぐりこまれるのが一番堪える――都日もだいぶその辺は苦労していたはずだ。つかんでも自分より重心が下だから、投げる前に一回引っこ抜かないといけない。その点向こうは僕らの勢いの下側にもぐりこんで、ちょっと躓かせるだけでいい。

もちろん、絶対的なアドバンテージというわけでなくて、そんなもの立ち回り次第でどうとでもなるのだが。

ただ、あれだ。

都日に生えてた包丁の高さ。仰向けにぶっ倒れていたあいつを立たせて、絵面を想像してみる

このくらいの背丈がちょうど持ちやすいんじゃないか。

グロテスク。

「伏目君」
「なんだ?」
「そろそろ別のところに行こうよ、あんまり、長居して気分のいい場所でもないじゃない」
「そうだな」

 実際、さっきから下腹をこねくり回されてるような不快感がある。

この妙な屋上にいるせいだ。

きっとそうだ。

「柔道部いこうぜ」

 と、僕は赤色を促した。「君の知らないことを知りにいこう。友近都日の柔道選手としての側面ってやつだ」
「悪くないね。でも部活の邪魔にならないかい?」
「部員なんて全員友近道場の門下生みたいなもんだぜ。みんな僕の顔見知りだよ」
「だからさ、君ってば途中で道場やめたんだろ? ぬっと現れて後輩とかは気まずくないのかってこと」
「んなこと気にする繊細なやつがいない」

 がっちり体を鍛えるような方針じゃなかったからいかにも武闘派の岩石みたいな体のやつってのはいないんだけど、どっちかっていうと精神が岩石系のやつ――そこらに生えてる草だってむしゃむしゃ食えちゃう草食系男子――ばっかり集まってる道場だった。類友。

「だから赤色は気にしなくていいよ。行こう」
「だね。――しかし、遠いねぇ」
「だいたい校舎の反対側か」
「よし、具もつかない話でもしようか」
「根も葉もない話よりましだな」
「心ない話でもいいよ。伏目君のエッチな七癖を大声で吹聴するようなやつ」
「得体の知れない脅迫をやめろ」

 なにが具もつかないって、このやり取りがしょうもなさ過ぎる。

「じゃあ、名探偵の話でもしよう。折角のシュチュエーションだし、フィクション嫌いの伏目君に私のちょっとしたミステリー観をひけらかしてあげようじゃないか」
「お前、またこっちの口の挟めない話をしようとしてるだろ」
「いいじゃないか、私は自分の話題に相手がついてこれないところをみると優越感で天にも舞い上がる気持ちになれるんだ」
「…………」
「いいなぁ、その沈黙」
「違う、これは話についていけてないんじゃない。お前についていけてないんだ」
「ん? 伏目君がイケてない?」
「お前のイケイケ加減が過ぎるだけだよ!」

いっつも全力全開でふざけやがって。

こっちの身にもなれ。

「しかし名探偵の話ね……。僕はフィクションが嫌いだからな、ホームズとポアロくらいしかわからないよ」
「そうだね、私もそれくらいしかわからないかな」
「一家言あるくせにかよ」
「人を好きになるには奇跡みたいな確率がいるものさ伏目君」




「でもね、嫌いになるのはたったひとつぽっち気に入らなければそれでいい」




[21071] 第二章 ホ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:8be13d72
Date: 2010/11/30 00:42
* 5 *

「私はね、伏目君。友近都日君について考えるとき、まるで名探偵のようだ、と連想するんだよ。
「名探偵――名探偵、名探偵。アルキュール某だとか、明智某だとかの、あの手合さ。それは別に彼が主人公然としたキャラクターの持ち主であるとかそういう話じゃなくて、あるいは都日君が時刻表を繰ってアリバイを崩したりとか握手しただけでいての経歴を言い当てたりだとか、あるいは事件の関係者が全滅してからようやく犯人を告発したりだとか、そういう事をするわけでもなくて。
「だというのにそういう連想を抱くのは、まず私が名探偵という人種にいかんともしがたい胡散臭さを感じているからでね。
「事件のあるところに名探偵あり。なんて。
「なんて。
「なんて胡散臭い。
「それは「名探偵は事件を予防しない」とかさ、そういう類の構造的な問題に対するいちゃもんではなくて。
「怖いじゃない?
「《気持ち悪い》。
「《彼らは明らかにおかしい》。
「《なんで事件なんて解決できるんだ》。
「普通の人間は時刻表には精通していないし握手しても人となりはわからない。それこそ、一同仲良く全滅してそれでようやく答え合わせで、さらに言うならそんなことになる前に逃げ出して戻ってこない。クローズドサークルにでもなったなら話は別だけど、彼らはあろう事か自分から首を突っ込みさえする。必死に職務に励む警察権力や他の同僚に「君はこんなこともわからないのかね」なんて冷笑を浴びせるのはしょっちゅうで。その結果宿敵を道連れに滝つぼに転げ落ちたりしてしまうというのに。
「もちろん、彼らが物語の中の存在であり、そして主人公としてのある種のヒーロー性を持たされていることは承知している。しているけど、それでもなお、私は彼らが異常だとしか思えない。
「私にとってね。『名探偵』と言うのは『異常者』の書き換えにほかならないのさ。
「そして私の周囲で異常であるというのなら、友近都日を置いて、その他はいない。
「なんていうのか、彼は、じつに不思議な人だったんだよ。伏目君」
「なぁ、それさ」
「うん」
「名探偵の話じゃないよな」
「うん」

 つまり。

 なにかにかこつけて、もういない友達の話を、したかったんだと。

 ただ素直に、直接そいつの話が出来ないから、そういう風に赤色がごまかそうとしたんだろう、と。

 僕はそう理解することにした。



* 6 *

「あれ、なんだろ」

 と、唐突に呟いて廊下の真ん中で立ち止まった僕を、赤色はいぶかしげな目で見る。

「どうしたんだい、伏目君」
「いやさ。なんかな」
「なんだってんだい」
「やっぱ柔道場行くの緊張するかも」
「万死っ!?」

 疑問符つきのパンチが華麗に僕のどてっぱらに決まった。

 斬新だな。

「なんなんだい伏目君! なにを突然!」
「いや、あれだよ。面子的に古巣とはいえ高校の柔道場に入るの初めてだから、なんかだんだん胃がキリキリしてきた」
「君ってそんなキャラだったっけ!? ヘタレすぎだよ!」
「ぽんぽんいたい」
「きしょっ!」

 身長180近い男がぽんぽんとかいうな! と赤色は僕を殴りつけた手をばっちそうにコートで拭った。

「さすがにぽんぽんは嘘だけどさ」

 別に悪いことをするわけでなくても、いざ普段使わない学校施設に踏み入ろうというのはなんだか縄張りから迷い出てしまったような気分になる。ましてや今から犯人探しとまでは行かなくとも、なにかしらの探りを入れに行くのだから、なおさらおかしな気分だった。

 というようなことを説明した僕に、赤色は溜息をつく。

「まったく、ここまでと思ってなかったけど伏目君ってチキンだね」
「面目ない。僕が臆病で小心で心優しいが故に無害なばっかりに」
「強引にフォローした!?」
「これだから現実は嫌なんだ。世界が実はフィクションで僕もみんなも実在してなかったらいいのに」

なんちゃって。

「なんだよその中学生みたいな願望……。高校あがるときにちゃんとフォーマットしときなよね」
「そうだな、中学生のときは透明になりたい、とか考えてたしな。透明目薬とかさ、透明マントとかさ。インビジブルって映画の冒頭で無理やり透明にされるゴリラを見て、僕は本当にうらやましくなったんだ」
「その映画って透明になった博士が悪さをするスリラーだよね……伏目君から不埒な何かを感じるよ。というか、私がこんなにツッコミに回るなんてホントに緊張してるんだね」

 赤色はもう一度(深く深く)溜息をついてから僕に言った。

「まったくしょうがないな。じゃあ私がそんな伏目君のために、一家相伝取って置きの、透明になる呪文を教えてあげよう」
「へぇ」ちょっとそれは興味があるな。「どんなんだよ、教えてくれ」
「うむ、まず広いところに行きます」
「校庭とかでいいか」
「願ったりだね。それから人目を集めます」
「む、ちょっと恥ずかしいが、まぁそれから透明になれるんだ、そのくらい我慢しようじゃないか」
「伏目君は我慢強いからきっと大丈夫さ。そしてそれから両手を空に」
「なるほど所定のポーズがあるんだな」
「さぁ大声で『金星の恵みがウーララーラウラウラー!』」
「僕の将来が不透明に!」

 なんちゃって。

そんなこんなと緊張感に欠けながら、柔道場に。

事情聴取、である。

<状況を詳しくしておこう>。今は放課後、午後四時十五分。各部活が精力的におのおの思い思いの真っ最中で、もちろん柔道場の中では今頃各部員が己の肉体と精神を鍛え上げている最中であろう。どれほどやっているものか僕は寡聞にして知らないが、友近道場の空気そのままなら、まあなんていうのか、今時はやりの文科系部活四コマみたいなぬるったさがあるはずだ。

 ちなみに柔道場には隣接して剣道場があるのだが、肝心の剣道部の部員数がゼロなので絶賛休部中。うちの学校で授業があるのは柔道のみなので、本格的にここに三年ほど剣道場は使用されていなかったりする。

「そういえばさ、武道と創作ダンスのどっちかを選択して受けられるじゃない?」

 と、柔道場が見えてきたあたりで赤色が言った。

「あれってさ、男子はたいてい武道を選ぶ――というか、創作ダンスを選んでる男子を見たことないけどさ、そんなに男子って創作ダンスが嫌いなのかい?」
「いや、そんなことはないと思うけど……」

 確かにそういわれれば、僕は創作ダンスの授業を一度も受けたことがないし、受けている男子も知らない。

「なんていうのかな、選択肢が二つあって、そのうちで想像しやすいのが柔道なんだよな」
「内容を?」
「授業を受けてる自分を」

 柔道というものがどういうものなのかなんとなくのイメージを持たない日本人は珍しいだろう。いわんや、高校生ともなれば。

「これは曲がりなりにも格闘技をかじっていた人間としての、実感としての意見だけど――何かを行う際に、それを行っている自分を想像できるか否かって言うのは、その行為を実行するためのハードルの高さを何段も変えるんだよな。それをみんなある程度は本能で知ってるから、イメージ出来るものと出来ないもの、二つを選択肢に出されたら自然と出来るほうを選ぶんだと思う」
「へぇ」
「後はアレだ、男子にはすべからく、かっこよく格闘技で暴漢を倒したい願望がある」
「……なんだ、オチがつくんだ」

 暇な授業中に男子が妄想する出来事の多くでは、彼らはかっこよくテロリストなんかと戦うのだ。僕を含めて。

「どうせあれだろ、掃除用具入れから箒を取り出して振り回したりするんだろ」
「僕の場合は不審者が包丁を持って入ってきたら、というシュチュエーションだから。まずは大声を上げて椅子を投げつけるよ。それから男子全員で取り押さえて、その間に二組の紙魚原先生を呼んでくる」

 我が校を守る三人の体育教師の一人である。

今時の格ゲーキャラみたいなすっとしたマッチョ。

「現実的で嫌だ……」

 君はそうやってロビン・フットになるチャンスをうかがってるんだね。と赤色が三度目になる(長い長い)溜息をつく。

「伏目しいって言葉の第二義は『虎視眈々とチャンスをうかがう様子』に決定だ」
「男の子はいつだってヒーローになりたいさ」
「伏目君、私は君のことが大好きだけど、今日からそのドヤ顔だけは嫌いになりそうだよ。てかなった。嫌い」

 嫌われた。

なぜだろう、少し悔しい。

「まったく、それじゃあ柔道の授業なんてフュージョンの練習と変わらないじゃないか。女子は創作ダンスの授業であんなことをしてるって言うのにさ」
「え?」
「あーあーあー。男子にはがっかりだよ。まったく、女子のアレほどのなんていうのこう、アレさ、その、アレ」
「え、え、え。ちょっと、赤色サン。女子って何やってるんだ。なぁ、創作ダンスってどんな」
「あーあーあー」
「なぁ! なぁー!」

 なんちゃってって。

てってって。

いちいちふざけないと話が進まないのは僕らの欠点だと思う。

で、ようやくのことで柔道部。

「伏目君」
「なんだ赤色」
「誰もいないみたいだ」
「透明になる呪文を使ったのさ、きっと」

 なんちゃって?

 じゃなくて。

……あれ?



[21071] 第二章 ヘ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:b45ed435
Date: 2010/12/23 04:12
* 7 *

「どうしましたか」

 後ろからそう声をかけられて僕達がふりむくと、学校指定の体操服に身を包んだ男子がタオルで汗をぬぐいながらこちらを見ていた。――正直、校内で初対面の相手と話すときにこういう制服の類を着ていてくれると大変助かる。私服登校のせいで老け顔だったりすると何年生かわからなくなって、僕らのように二年生になると敬語を使うべきか使わないべきか大変迷うことになってしまうから。

 僕の母なんかはそれを悪用して、童顔をいいことにたまに学校に侵入してきたりするのだけど。

さておき、体操服に入ったラインの色を確認した僕は、話しかけてきた男子が一年生であることを知る。彼のほうは適当に敬語を使うだろう。自分より下はいないし、そもそも僕のとなりの奴は学校中の噂だからいやでも見当がつくはずだ。

実際そうなのだろう、軽く赤色をみたあと、いかにも合点した、という顔をして彼は続ける。

「誰かに御用でしたらもうしばらく待ってもらわないと――みんな、あと二、三周は走ってから戻りますよ」
「君はずいぶん速いんだね」と赤色が口を挟む。「二周も三周も抜いてきたのかい。私は足が短いからそういう健脚には感心してしまうな」
「別に、HRが早く済んだから早くに走り始めただけです」
「ふぅん。そうかい」

 そういうと赤色はにたりと笑い、一年生の彼は眉をひそめる。

「――なにか、言いたげですね」
「え? ああ、すまないね。なんでもないのさ。私は何か言いたげな空気を作るのが趣味なんだ。一日五回をノルマとしてたまに強化週間なんかも作ってね。その間は誰もが痛くもない腹を探られた気分になって嫌な思いをするのさ」
「迷惑な自然現象みたいな奴だな、お前は」

 おもわず僕はつっこむ。

「赤色タイフーン、みたいな?」
「赤色、僕は君のことが大好きだったけど、今日からそのドヤ顔のせいで嫌いになりそうだ。てかなった。嫌い」
「あ、酷いな酷いぞそのいいざまは。私だって全否定はしなかったじゃないか。そういうことをいうんだな伏目君は、嫌いだ」
「で、酷いこというなよ、嘘だぜ赤色、っていったら丸く収まるんだろ」
「わかってるならさっさと収めたまえよ」
「そんなことのために嘘はつけないな。僕は今まで嘘をついたことがないから」
「嘘をつけ」

 なんちゃって。

「――用がないのなら着替えてきていいですか」
「「ごめん」」

 とりあえず彼が風邪を引いてもいけないので赤色は退室。

僕は柔道場備え付けの更衣室についていく。

「で、友近先輩のことですか?」
「おう、幼なじみでさ。親御さんに荷物とか一通り見てきてくんないかって頼まれて」

 さらっと大嘘をついて、都日のロッカーを教えてもらう。まぁ毎回勉強道具を全部持って帰っている都日のことだから、部活に使う道具の二、三は間違いなくここにおきっぱなしになっているだろう。さすがに最大七時間分の教科書やらノートやらが鞄に詰まっていればいくらアイツでも手一杯のはずだ。

 案の定、「それは助かりますね」と眼鏡の部員くんは言う。「勝手に動かすわけにも行きませんから」

「そうだろうな。にしても、助かりますねってのはちょっと正直すぎないか」
「不謹慎でしたかね」
「まあね。僕はちょっと腹を立ててる」
「それは失礼をしましたが、いえ、こちらとしても幽霊部員にほとんど中身のないロッカーをいつまでも占拠されていると困りますから」

 涼しい顔でいった眼鏡君のことを、僕はすぐさま嫌いになった。

「――その幽霊部員っていうのは本物の不謹慎だな」

 言っていいことと悪いことがある、という言い分は少々陳腐かもしれないが。

まさしくそうとしかいえない台詞だった。

「反論できない悪口を言うのは性質が悪い。死人は反論することが出来ない。よって死人に悪口を言うのは性質が悪い。違うか」
「えっと」
「三段論法くらいしか理性的な証明法を持ち合わせてないからややこしいのは勘弁した上で反論してくれよ」
「いえ、そうじゃなくて。僕の不本意なのは、今のが性質の悪い、その、友近先輩の事件と幽霊をかけた冗句と思われていることで」

 そこまで口にして、彼はぱちぱち、と眼鏡の奥で瞬いた。

「友近先輩は幽霊部員だったんですよ。もう何ヶ月も部活にきていません」

* 8 *

「確かに私たちの知らない都日君を知ることが出来たね」
「即座に暗礁に乗り上げたけどな」

 と、僕達は食堂前のテラス席に座って話し合った。食堂自体はしまっているけれど自販機で飲み物を買うくらいは出来る。紙コップ式の自販機で適当なジュースを買って、さりげなく赤色におごらされているあたりはいつもなら納得がいかないとわめくところだが、今回ばかりはそうする元気も沸かなかった。

「一年生の夏休みが終わったあたりから、だってさ」
「はっきりいって結構なもんじゃないかい、それ」
「ああ、半年以上になる」

 そのあたりから、都日は部活にこなくなったのだそうだ。ロッカーに荷物が放置してあることと、退部届けなんかを出さなかったことから一応部員扱いではあったらしいが、それも大して意味はないことで。

「スランプ、ってやつかな」

 と赤色は言った。「伏目君もあれだろ、言ってたじゃないか。背の高いのが原因で柔道をやめた、って。そういう感じの。君も都日君も身長は同じくらいだし、悩みも共通するだろう?」

それに実家が道場なんだ。わざわざ部活に出なくても家で一人で特訓してたのかもしれないじゃないか。と付け足して、赤色は紙コップをあおる。

ぷは、と赤色が口を離すのをまって、僕は答えた。

「僕の場合はここまで伸びる前の、中途半端な背丈が問題だったんだよ」
「……ふぅん?」
「なにごとも突き抜ければアドバンテージになるってこと――それこそ、ここまで高くなれば体重も増えるし、そういう体格差を考慮して階級別の試合があるんだからさ。僕がやめたころってのは、その階級だと不利になるのに、上の階級に行こうとするとやっぱり不利、っていう、微妙な背丈に体格だったんだ」

 ある程度の身長があり、がっしりと筋肉がついているのなら大き目の階級で戦うことが出来るが、ふんわり指導がモットーの友近道場ではそこまで丹念な肉体強化が行われなかったので、僕の体は骨太にも固太りにもならなかった。がっしりした体格になろうにも土台がなく、下地作りからはじめなくてはいけない手間のかかる体になっていたのだ。

とはいえ下の階級で戦おうと思えば体重制限が発生し、ただでさえ土台のない貧弱な体をさらに削らなければいけなくなる。そんなひょろんひょろんの体で、しかも重心が高めとなればもう、引き倒してくれといわれているようなものだ。

実際、道場で僕を常時ぶん投げることが出来たのは都日ただ一人で、他の連中には押したり引いたりで体制を崩され、押さえ込まれることがもっぱらだった。

「時間をかけて下地を作って、がっしりマッチョになれば解決する話だったんだけどさ。流石にそこまでする気になれなかったから」
「ヘタレてるねぇ」
「なんといわれようとも、って感じだな。実際僕の根気がなかったってのが実態だし」

 ただ言わせてもらえれば、根気など沸きようのない環境だったのだ。空気はぬるっちく練習は面白おかしく、大会なんかに出ることもあまりなく。ほんとのほんとに、カルチャースクール。

「なのにアイツさ、僕のこと殴ったんだぜ」
「……うん?」
「都日がさ」

 アイツは、僕が柔道をやめるといったとき、わざわざ近所の土手に呼び出してぶん殴ったのだ。

いつの時代だ。まったく。

「時代錯誤にも程があるよな。ほんと、あきれたね。その後どうなったかに関してはあえて語らないけれど、とにもかくにも僕が殴り殴られの大喧嘩をやったのはあれが最初で最後の経験だよ」
「で、伏目君と都日君は喧嘩をしたから友達になった、と」
「そういうこと」

 それまでは幼く苦い思い出の対象で、通ってる道場の息子さんに過ぎなかったあいつが、僕の友達になった日。

僕とあいつが友達になった日。

「柔道場の息子が握りこぶしなんて作りやがって、なに考えてたんだかな。なれないことするからへっぴり腰の僕といい勝負だったぜ」
「言っておくけど、柔道にもパンチはあるんだよ」
「へ?」
 と、僕が口を開くのを赤色がちらりと見る。「間抜けな顔をするもんじゃないよ」

 くしゃ、と紙コップを握りつぶした赤色はコートの中からごそごそとケータイを「うわ、iS01」――たぶん、ケータイを取り出した。ケータイだけど電話じゃない。眼鏡ケースの親玉みたいな見た目のスマートフォンだ。

「こないだまでジーショックケータイじゃなかったっけ」
「下校中に壊しちゃった」
「どんな冒険をしたんだよ学校の帰り道に」

 ビルから落としても平気な奴だろ、あれ。

「うるさいなぁ、細かいことを気にして――とにかく、柔道の当身だよ。ほら、乗ってるだろ」

 そういって赤色は画面をついついとなぞって、wiki型の情報サイトらしきウェブページを表示して見せた。確かに、「柔道における当身の技術」と書かれている。

「現代における競技柔道のルールでは認められていないが、確かに教本に載っている柔道の技術である……たしかにすごいけど、この情報ってどこまで正しいんだ」
「このサイトはまだ頭がまともな利用者がいるほうだから、七割は信用していいと思うよ」
「その比率は何で求めてるんだ」
「利用者の頭の具合の率」
「……君はきっと少数派なんだろうな」

利用者の三割の頭の具合が悪いサイトに、それとわかって入り浸ってるんだから。

「さすが、わかってるじゃないか伏目君。それでこそ私の友達さ」
「ま、握りこぶしを作らないこの僕と日常的に喧嘩してるのは赤色だけだからな。しかたないから友達だ」
「その規定も歪んでるよねぇ。君って実は私よりずっとクレイジーなんじゃないのかい?」
「嘯け」

 いやいや、君ならこのサイトの利用者の三割のほうに入れるよ。と続ける赤色を尻目に、僕は立ち上がった。「あ、怒った? ねぇ伏目君怒った?」

「別に……。そろそろ、下校するにいい頃合だと思ってさ」

 校舎に掲げられた時計を見ると、短針が長針に追いつかれそうになっていた。だいたい四時二十分ごろ。

 柔道部で都日の荷物を整理したりしているうちに、なかなか時間がたっていた。

「――そういや、都日のメールが来たのもこのくらいだったな」
「ああ、例の当日に貰ったっていうメールかい?」
「貰ったなんていいもんじゃないよ。ありゃスパムだな」

 絵文字も改行も一切なしの、正直件名欄だけで十分なくらいの文字量だった奴。

「なにを切羽詰まってたんだろうな、あいつ」
「切羽詰ってた?」
「なんかさ、らしくなかったんだよ。えっとさ、こういう――」

 鞄から取り出したケータイにメールを呼び出して、赤色に見せた。

「『先に帰る んじゃ』――ってさ。見ろよこれ、日本語としてこの上なくシンプルだぜ。分解しようにも分解しようがないしそもそも行間がないんだもん。僕はてっきり都日に嫌われたかと思ったよ」
「何か嫌われることをしたんじゃないの? それに男子のメールなんて誰のだってこんな感じだと思ってたんだけど。絵文字なんて使わないでしょう君ら」
「使うよ、都日は特にひどかったね」

 と、いうと僕はいくつかの操作をして、かつての都日のメールを呼び出した。

「これが『悪い、遅れそうだから先入ってて。あとドリンクバーでトモチカブレンド作っといて』って言う内容で、これが『数Bの課題ってP38から43までで良かったっけ? なんか短い気がして怖い』って内容」
「……絵文字じゃない部分が見あたらないんだけど。しかも全部激しく動いてるんだけど。ねぇ、目がちかちかする」
「これが『さっきのプリ送っとくわー』っていう……」
「プリクラとかしてるの!?」
「あ、別に女の子呼んで騒いでるわけじゃないよ。二人だって二人」
「気持ち悪っ!?」
「いいもんだぜ、プリクラ。撮ったやつ携帯に送れるのが気に入ってるね、僕は」そういって僕は都日がウィンクをしてペコちゃんよろしく舌を出して写っている画像を表示する。「携帯のカメラより高画質だし、ファイル名のとことかに何の記念に撮ったのかメモしておけるしさ」
「……ちなみにその、星型スタンプがばしばし貼り付けてある奴は何記念なんだい?」
「第11回99年恐怖の大王来なくてよかったね記念」
「――――――――っ……!」

 なんというのか、取り返しのつかないくらい友達がいないのに気づかず唯一の男友達と遊びまわりその男友達が気を使ってなんでもないときにでもプリクラやらなんやらで場を盛り上げたり少しでもメールをにぎやかにしてさびしくないよう気を使っているのにそのことをまったく感知せずいかにもそれが普通の高校生の付き合いなのだと勘違いし続けている残念な男がなんと目の前で自分とお茶をしている、とでもいうような顔をして、赤色は絶句してしまった。

「おいおいどうしたんだよ赤色、そんな間抜けな顔をするもんじゃないぜ。というかここは僕のケータイが意外にもiphonだったことにびっくりするところだろう」

 ひそかな自慢なんだぞ。

そんな僕の気持ちを綺麗に無視して(あるいはケータイを出したときのドヤ顔を見なかった振りをして)赤色は聞きづらそうに聞いてくる。

「えっと、つかぬ事を聞くけど、アドレス帳って何人分入ってる?」
「ん? 六人」
「即答できるんだ……」

 なんだよ、その輪をかけて残念そうな顔。

「父さんだろ、母さんだろ、都日に赤色に梅郷に、部活の先輩」
「しかも三分の一が家族なんだね」
「家族と友達と部活と、ちゃんとカテゴリ分けもしてるんだぞ」
「こう言うのは気が引けるけど、意味ないよ。絶対意味ない。てかiphonいらないよ。らくらくフォンでいいよ、君は」
「skypできないだろ?」
「アドレス帳に六人しかいない男がskypで何をするんだよ!」

 まぁ、何もしないんだけどさ。

ほんとはskypがなんなのかも良く知らないし。

閑話休題。

当身の話。

「柔道式当身ね、そんなのがあったのか」
「ま、信憑性七割の情報だけどね。でもこれに関しては間違いないと思うよ」
「クロスチェックでもしたのか?」
「情報の授業で習った言葉を得意げに使わないでくれるかな。別にそんなめんどくさいことしてないよ」
「じゃあなんで」
「都日君に教わったから」

 なんですって。

「君の言うとこの万死パンチだけどさ、あれはあれさ、都日君に教わった当身の要訣で打ってるんだよ」
「お前格闘技の技術を日常的に振るうなよ!?」

 道理で妙に威力があると思った!

「護身に使うといいよって結構丁寧に教えてもらってさ。おかげでずいぶん威力も上がったし、体の使いかたってのも良くわかって楽しかったよ」
「そりゃ、柔道ほど体重のコントロールを極めてる格闘技もないだろうけどさ」

 もし体重の20パーセントも乗ればバカにならない威力になるし、赤色のような体つきならまさにうってつけの護身術になるだろう。

しかし使い方が全然守りに入ってない。

主に僕の鼻っ面が大変アグレッシブに攻められている。

「そりゃ、習ったからには使いたいし、使うからには勝ちたいじゃないか」
「絶対銃器を持たせちゃダメなタイプだな、君。アメリカには行くなよ」
「最近ボクササイズをはじめました」
「……そっか」

 僕はそのまま椅子を引いて、気持ち赤色から距離をおいた。

「ん? ん? 友達に秘密にされてたことがあって悔しいかい?」
「いや、別に。ていうかなんでそんなうれしそうな――」

 ああそっか。

他人の知らないことを知ってると気分がよくなるんだっけ。

「まぁいいや。しかし、そんなの習ってたんだな、アイツ」
「やっぱり道場の跡継ぎ息子だからねぇ。他にもいろいろと秘伝されたりしてねぇ」
「そうなのかな」

 そういう風には見えなかったんだけどな。

他の生徒へのぬるい教え方と一緒の要綱で、アイツものびのび柔道やってた気がする。

それとも、気がするだけなんだろうか。

僕が知らないだけで。

疎外感。

「そんなに気分の悪そうな顔をしないでよ伏目君」
「そんな顔してないよ」

 僕はそういうとiphonを仕舞って立ち上がる。赤色の紙コップと僕の紙コップを重ねてゴミ箱に放り込んで、手元の荷物を持って立ち上がり、肩に背負った。

都日の荷物も入ってるはずなのに、ずいぶんと軽い。

「ロッカーの中、少なかったみたいだね」
「忘れ物みたいなのしか入ってなかったからな」

 そういえば赤色は見てないんだっけ。

更衣室にまで入ってこれるわけもないから、当たり前だけど。

「一年生の夏休みから、か。じゃあ今の一年生の部員はほとんど知らないことになるんだね」
「それでも一応名前もロッカーもわかってたあたり、ちょくちょく顔は出してたのかもな」
「どうだろうね、それならもうちょっと何かあってもよさそうだったけど」
「どっちにしろ、練習をあんまりやってなかったらしいのは確かだよ」

 そして体育会系の部活でそれは致命的なことになる。

なんせ部活の最初から走り込みをするくらいには、真面目にやってたみたいだから。

「そろそろ帰ろうかな」

 結局、この日学校で出来ることはこれ以上なさそうだ。そう判断して僕は言った。

「そんなに悠長でいいのかい?」
「別に、焦ったってどうもならないだろ。出来ないことは出来ないんだから別の方面のアプローチを探さなくっちゃ」
「さっぱりして実に合理的だね」
「それだけが僕のとりえさ。さ、一緒に帰ろうぜ」
「いや、今日はやめとくよ」

 そういうと赤色は立ち上がり、荷物を持たない例のスタイルで薄笑いをする。

「私は私で当たってみる。心当たりがないわけじゃないからね、まだまだ日は高いし、せいぜい焦ることにするさ」
「それはいいけど、無理をするなよ」
「無理もするさ。ねぇ伏目君、三年生が旅行から帰って、次に登校するのはのはいつだっけ」
「ん?」

 赤色の質問に、脳内のカレンダーをめくって思案する、振りをする「そうだな……、先週の日曜に出発して、今日が金曜日で明日明後日と休みだろ。土曜にこっちに帰ってきて、登校は月曜日だ」もちろん、本当はこんな風に順序だてなくてもしっかり覚えている。

ちょっと前までは月曜に先輩にまた会えることが僕の最大の楽しみであり悲願だったのだし。

 そんな僕の心中を知ってか知らずか、赤色が深く笑う。「そうだね」

「じゃ、後三日しかないね」
「うん、まぁ、そうだな」
「それまでに何とかしないとね」

 何とかしないと、何とか、さ。と、赤色は繰り返して、ますます深く笑い、「じゃ、伏目君。あでゅー」と言い残して、あっさりときびすを返した。

何とかってなんだい、と問いかけた僕の口は半開きのまま。

まったく間抜けな顔で、立ち尽くすことになったのだった。



[21071] 第二章 ト
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:e4159790
Date: 2011/01/07 15:21
* 9 *


 何とかって。

「何だと思う?」

 と、僕は電話越しに梅郷に問いかけていた。風呂上り、iphon片手に頭をバスタオルでガシガシ拭いながらの台詞である。なんでもないことだが、こう、最先端のデジモノをカジュアルに使いこなしちゃう若者ってひょっとしてひょっとするとカッコよかったりしちゃうんじゃなかろうか。

『なんか電話越しにドヤ顔の気配がするね』
「僕はずっと真顔だよ。今日は一日中真顔だったといってもいいね。そもそも僕の笑顔は赤色の真顔と同じぐらいレアなんだぜ。麒麟とか鳳凰みたいに現れたら治世の繁栄と民の安寧を約束するんだ」
『笑うだけで瑞獣みたいな効果があるんだったらもっと笑ってほしいかな』
「もちろん、世界のためにいつだってニコニコ笑顔さ」
『舌の根も瑞々しいうちに……』

 確かに我ながら滅茶苦茶。まぁ、なんちゃって、って言う前に梅郷に遮られてしまったからだけど。

 やっぱりこの辺の呼吸は、まだまだ都日や赤色との様にはいかないか。

梅郷とはなんというか、日が浅いから。

逆にその辺が新鮮でもあるので、話していて楽しいところもあるけれど。みんながみんなに甘やかされていたら、それこそ滅茶苦茶になってしまうだろうことは、いくら僕でもそれなりにはわかっている。

だから家に帰ってきて、携帯電話にかかってきた知らない番号が梅郷だということがわかってから、今の今まで何時間もほとんどつなぎっぱなしで会話している。(僕は結構、入浴中とかでも電話に躊躇がないタイプだったりする)

「しかしあれだね、梅郷も同じキャリアだったからよかったよ。僕らの奴って同社間通話無料だもんな。あーうー派の赤色と長話した後なんか月末が怖くて仕方ないもん」
『別にあーちゃんもこだわりが有ってそこにしてるわけじゃないと思うな。でもskypで喋ればいいんじゃないの? あれって使用料金無料なんでしょ?』
「え? skypってケータイのアプリだろ。ケータイアプリで通話無料だったら電話会社なんてつぶれちゃうじゃないか。梅郷は変なことを言うなぁ」
『……うん、代見君がそれいいならそれでいいけど』
「?」
『早く服着ないと風邪ひくよ』
「ん、今きる」

 そんな会話をしながらジーンズとTシャツに着替える。寝巻きとはまた別だが、まだまだ寝てしまうにはもったいないような気分だった。特にすることもないけれど、明日が休みだと思うと夜更かしをしなくてはならないような気になる。

シャツから首を出してふと窓を見ると、ずいぶんときれいに夜空が晴れていた。

机の上においていたケータイを手にとる。

「梅郷」
『なに?』
「月がきれいだぜ」
『え……』

「見てみろよ」

 梅郷の家がどの辺かはわからないが、そこだけ曇っているということもあるまい。

空にはくっきりと、金色に輝く満月が出ていた。

「満月ってのはいいよな。とくにこう、色が鮮やかだと気分もよくなる」
『――あら、ホント。綺麗ね』
「だろ? 銀色になってるときもあるけどさ。こういう、ちょっとあざといくらいの金色が好きだな、僕は」
『そんな風に色とか気にしてみたことなかったかも。半月とか満月とか、形も、見たときに「あ、今日は満月だな」って位かな』
「面白いぜ。真っ青になったりするんだ。ひょっと見上げて見たことない色だとびっくりする」
『――ミヤちゃんはね』

 と、梅郷の声のトーンが変わった。

『穴だ、って思ってたんだって』
「……穴?」
『この辺って夜もあんまり明かりはないけど、でもやっぱり、星が爛々ってわけには行かないじゃない? 街灯がないあたりの通りで、空気がにごってると、空に月しかなくなるんだって』
「うん」

 都日の家のあたりは確かにそんな感じだ。

『そしたらね、真っ暗な天井に、ひとつだけ穴がぽっこり開いて、そこから光がさしてるみたいに見えるんだって』
「覗き穴みたいだな」
『向こうに何が見えるんだろうね。それを、ミヤちゃんは見たくって、夜中にジャンプしたら、そこにすーって吸い込まれたらいいのにって、思ってたんだって』

 梅郷の声が、深いセピア色を伴って僕の耳に届く。

除き穴の向こう。

『私ね、それを聞いてから月が怖くなって。夜中にね、月しか見えないときは、絶対足を地面から離さないようにしてたの。片足は絶対つけとかないと、両足を離したら、そのまま吸い込まれちゃうような気がして』

 梅郷が電話の向こうでどんな顔をしているのか、なんとなくわかる気がした。

きっと空を見上げて――僕が見ているのと同じ空を見て、そこに浮かぶ月を見ているのだろう。空に開いた穴を見つめて、何を考えているんだろうか。

都日は何を考えていたんだろう。

「そんな歌、あったな。ジャズの」

 なんとなく気恥ずかしくなった僕は、そういって話をまぜっかえした。

『私を月に連れてって? あれ、もっとロマンチックな歌詞でしょ』
「そうなのか? 英語がよくわかんないから。女の子が水面でくるくる回ってるイメージがある」
『なにそれ?』
「アニメの話」

 都日に薦められて見てみたのだ。

フィクションもいいところだったから、あんまり気乗りしなかったし、一話しか見なかったけど。

しかしその歌だけは気に入って、後で都日にMDに焼いてもらったのだ。

「あのMDどこにやったかな。もうMP3プレイヤーしか使ってないからさ、どこにしまいこんだのかさっぱりだよ」
『iphonじゃないの?』
「データを移すのが面倒でさ」
『いろいろ持ち腐れてるね』
「ほっとけよ」

 なんだか言いたいことを言った感を声ににじませないでほしい。

 綺麗にオチがついた空気の中で、梅郷がまた、声のトーンを変えた。

『伏目君』
「なんだよ、深刻そうな声を出して」
『犯人、捜すの? 本当に?』
「……うん」
『なんで?』

 なんで、って。

『だって、伏目君もあーちゃんも、普通の高校生なのに。そんなことしなくっても警察の人に任せておいたらいいじゃない。クローズドサークルでもないし、超常現象もおきてないんだよ。――密室でもないし、トリックもきっとないよ。それに、伏目君もあーちゃんも、名探偵じゃないじゃない。
『なんで、そんなにがんばるの?』
「友達だからだよ」

* 10 *

 結局梅郷はいまいち納得はしていなかったが、僕と赤色が何とかするつもりだということはよくわかったようだった。

『無理に見つけなくてもそのうち見つかるのに』
「僕たちが僕たちの手で見つけないといささかまずいのさ。僕か、せめて赤色がみつけないと」
『そういうもの?』
「そういうもの」

 きっぱりと断言すると、電話の向こうからあきらめのニュアンスが漂ってくる。

『二人がそれでいいならそれでいいけど、絶対に、法に触れることをしちゃだめだよ』
「大丈夫さ。そんな大それたこと、赤色はともかく僕はやらない」
『清々しいくらいに信用してないのね』
「【何とか】がなんなのかも教えてくれない友達だからな」
『何とか、ね』
「なんだと思う?」
『なんとなくわかるけど――だって、その時には、伏目君のあの先輩が帰ってくるんでしょ?』
「うん、そのはず」
『じゃあ、焦るのが女の子だよ』
「……?」
『伏目君』

『好きです』

* 11 *

『やぁ伏目君、ご機嫌いかが? 君の大好きな赤色さんだよ。
『かけてもかけても話し中だからまたぞろ私の知らない知識を吸収しているのかと思って若干いらいらしているんだ。まったくこんな時間まで誰と何を話しているのかね。――ま、君のアドレス帳の内容を考えればおのずとさっしが着くけどね。
『それは別として、今回のお電話の趣旨について説明したいところなんだけど、そういえば伏目君はひょっこりひょうたん島を知っているかな?
『あ、いま留守録を切ろうとしただろう。私が関係ない話をすると思ったんだな。するとこだったんだけどね。
『そんな話はおいといてだ。
『明日、デートしませんか』



[21071] 第三章 イ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:b305b5ae
Date: 2011/02/16 04:34
賽は投げられなかった

* 1 *


 翌日、朝の十時に赤色と駅前の喫茶店で待ち合わせをすることにした。
土曜日、快晴、人ごみもそれなり。
絶好のデート日和だった。

「やあ」

とか、そういう風に軽い言葉を赤色にかけて、颯爽と右手を上げ、まぁそれなりのおしゃれをさして当たり前といった具合に着こなしながら、僕は赤色に合流するつもりだったのだが。残念ながら、できなかった。

戸惑ってしまったのである。

「やあ」

 と、女の子が僕に声をかける。

 戸惑ってしまったのである。

* 2 *

 あれ。

えっと。

「こいつ本当に赤色か?」
「ワタシ本当に赤色さんなんだな、これが」

 しゃらーん、みたいな。

朝も早くのオープンカフェのある席で、モーニングセットらしきものを前にした女の子が立ち上がって、くるりと回って服装を披露した。

女の子が。

コートじゃなかった。

僕は――なんとうのか、言葉を見つけるのが難しい――とてももどかしい思いをしながら、脳内で彼女を形容しようとするのだけど、ギアがはまっていないというか、ポジションが定まっていないというか。ちょっと位相が違うというか。テストを受けるというのに傍らに今週のジャンプを携えてます、みたいな、とても場違いな用意をしてきたような気分になって。(とても頭の悪いたとえ話だ)

まぁ、あれだ。「可愛いな」とか、そういう当たり障りのないことしか、いえなかった。

赤色は白くて可憐なワンピースを着ていた。

「ありがと。伏目君もかっこいいよ」

 とか、赤色まで当たり障りのないことを言う。

「らしくないな……」
「褒めてるんだから素直に受け取ればいいのに」
「別に、僕はいつでも素直さ」

 ただ僕までらしくないだけで。

「いいからすわりなよ。朝ごはんは?」

 赤色はそういって自分の座っていた席に戻る。スカートを女子らしくしっかりと処理して、行儀のいい収まり方をする。長い黒髪を肩にかけて――赤色が長髪だということを初めて知った。いつもはフードの中に隠れてしまっているから。――白いコーヒーカップを傾ける。「ここのモーニングセット、おいしいよ」

「――じゃ、もらおうかな」

 と、ようやくそれだけ言って、僕は赤色の向かいに座る。

「朝は抜こうか、適当にマクドとかで済ませるかと思ってたから」
「男の子のチョイスだねぇ」

 赤色が楽しそうにいう。

「女の子のチョイスってのも興味あるな」
「私もよくわかんないよ、わかんないなりにこのお店にしたんだから。でもあたりだったね。こんどはお昼にも来てみたいな」
「馴染みじゃないのか?」
「普段はそれこそ、マクドでてきとーにね」
「ま、それが普段のイメージだよな」――じゃあ今はどんなイメージか、と聞かれると困るのだが。

 店員さんをよんで赤色と同じものを注文する。胡桃のパンのトーストと、ベーコンエッグとコーヒーか紅茶。なるほど、モーニングセットだ。

 赤色が自分の分のパンを指していう。

「このパンがねぇ。胡桃が入ってるのがおいしいんだ。一工夫だね」
「たしかにうまそうだな。マクドのパンズよりも上等そうだし」
「比べるもんじゃないんじゃない? あれはあれできっと手間隙があるよ」
「別にいちゃもんつけてるわけじゃないさ」

 そんな会話をしながらも赤色の格好が気になってしまう。

ふむ、さっきは『白のワンピース』と一言に括ったけれど、近くで見てみるとなかなかにこった作りのようだった。全体にデザインはシンプルだがところどころにかわいらしく装飾がされている。なによりもシルエットが作られていた。まるであつらえたように赤色の黒髪に似合っている、なんともいえないラインを作っている。夏らしくノースリーブなのだが、トーストを運ぶ手首にはベージュのベイビーGがはめられていて――多分00分ごとにイルカが泳いだりする夏モデル――普段から使っているのかおしゃれ用なのかわからないけれども、女性向けのデザインなのに頑丈なイメージを受けるそれの効果か、活動的な雰囲気がそこはかとなく全体に漂っている。

それがなんとも、普段活発な赤色が、今日このときのためにおしゃれをしてきて、そしてその隙間からいつもの赤色が顔をのぞかせているようで。

悔しくも、落ち着かない。

 そんなことを思っている間にも僕と赤色は食事をぺろりと平らげて、コーヒーのおかわりをもらっている。

「さて、と。んで、今日は何をするんだ、赤色」
「だからデートするんだって」
「だからデートで何をするんだよ」

 まったくプランのようなものを聞いていないし、僕も立てていない。昨日唐突に待ち合わせ場所を告げられたのだから当たり前といえば当たり前だ。

「やらなきゃいけない事がないってのはいい気分だけど、やらなければならなやらなきゃいけない事がわかんないってのは、なかなか不安だぜ」
「伏目君はまじめだなぁ、丸付けが好きなだけあるよ。でもまじめだと困るね。なんせデートなんだからさ」

 そういうと赤色は残ったコーヒーを飲み干していった。

「やりたい事しようよ」

 立ち上がって薄笑いを深める赤色に、僕はどう返したものかわからず、考えた。

やりたいことね。

なんだろうな。

* 3 *

「なにか意義があることをするからデートなんじゃなくて、デートだと思って何かするから意義があるのさ」
「要するにノープランなんだな」
「正解」

 と、まぁそういうことで。僕と赤色の珍道中は早速暗礁に乗り上げていた。

どうすんだよ。

まだ朝の八時だぞ。

「ていうかさ、待ち合わせが早すぎないか。こんな時間じゃどこもあいてないぜ」
「そうみたいだねぇ。いや、これは私のミスだ。こんな朝から遊んだことなんてないから勝手がわからないよ」

 僕らの駐車場と畑しかないような地元なら、コンビニくらいしかあいてない時間だ。(祝祭日なんかだとそれさえ怪しいかもしれない)

電車で一時間ほどの街の方に出てきてはいるけれども、うん、やはりどこもかしこも寂しいものだった。

「もう恋なんてしない」
「早いよ伏目君」

 大体君ってば、恋してないだろ。と言われて、納得。

「言い直そう」
「そうしなさい」
「もう故意でしない」
「何したの!?」

 そんなことをいいながら、街中を二人してそぞろ歩く。

しかし本当に行き先に困るな。

「あ、あそこのゲーセン開いてるよ」
「ゲーセンってこんな健康的な時間からやってるんだな……。ああ、ちがうぜ赤色。あれは二階のボーリング場だけだ」
「なるほど確かにゲームよりは健康的だねぇ。三階にはカラオケもあるみたいだよ」
「僕は歌いだすと喉がつぶれるまでやるタイプだ」
「しょっぱなからつぶされると困るかな。あれは後のお楽しみにしよう」
「後のってさ、今日はいつまで遊ぶつもりなんだよ」
「家族に外泊の許可を貰ってきたよ?」
「迂闊!」

 返してらっしゃい。

 女の子が最初のデートでそんなもん貰ってくんな。

「男の子と遊んでくる、とも言った」
「よく送り出してもらえたな……」

 僕の脳内にいる、【所謂女の子を持つ親】のイメージだったらなにをしてでも引きとめているシチュエーションだ。

「最近はそうでもないのかな」
「んー、どうだろう。言った、というか、全部書き置きだし」
「許可貰ってねぇ!?」

 親御さん卒倒する!

「今すぐ帰れ!」
「大丈夫だよ。そこらの馬の骨じゃなくて、相手は伏目君だもの」
「重たい評価!」

 というかさ、何だ、何なんだ。何なんですかその態度。

僕何か悪いことしましたか。

教えてください。謝りたいです。

「女の子に信頼されてさぁ、そういう態度はいただけないなぁ」
「あのさ、思わずさっきからそういう括りで話を進めてたけど、そういや君は赤色じゃん。赤色だよ。赤色ですよ」
「赤色さんだよ」
「だよなぁ。――ちょっとまって、最適化するから。君は赤色、だよね。なんか女子っぽいんだよ。おかしい」
「あんまり余所行きの服で、街中で、顔面全力パンチとかやりたくないんだけど」
「そういう時すでにパンチを決めているのが赤色のはずなのになぁ」

 なんか調子狂う。

タイミングが合わなくなっている。

「それだな、その余所行きの服が悪いんだよ。僕は赤色が私服を持っているなんて思ってなかったぜ」
「忘れてるみたいだけど、私たちの学校は私服登校が主流なんだよ」
「忘れてるみたいだけど、君だけいつもセルフ制服だったぜ」

 一年中きづっぱりの癖によくもまぁ。

去年の夏なんて見てるほうが倒れそうだった。

そういうことを、ちょっとした段差で赤色に手を貸しながら言う。

「着てるほうはそうでもないのさ。ちゃんと夏モデルに変えてるから」
「相も変わらずにしか見えなかったけど」
「裏地がメッシュでところどころにアイスノンを仕込めるようになってた」
「ずっけぇ!」

 クーラーのない教室で一人だけ涼しい顔してたのはそれか!

涼しい顔だけにな!

やかましいわ!

「たとえ夏だろうと冬だろうと世紀末だろうとあのコートを脱ぐ気はないね。オーダーメイドで高いんだよ? 大事に大事に着てるんだから」
「なにがお前をそこまで駆り立てるんですか……」

 思わず敬語になってしまう。

「女の子だからね、そりゃおしゃれにも敏感さ。私が今まであの格好を譲ったのはコッチーにだけだよ。私は私の認めた人以外にはあの格好をしてほしくないね」
「その言い分だと、ひょっとして梅郷にあれを……」
「一着あげた。すごく喜んでた。胸に手を当てて『きゃーん、うれぴー』って言ってくれた」
「――――――――っ……!」

 なんていうのか。

取り返しのつかないくらい友達がいないが故に唯一の女友達に過剰に依存して押し付けがましいプレゼントをして、その女友達が気を使ってあえて大げさに喜んで見せたりちょくちょく一緒に帰ってくれたりさびしくないよう気を使っているのにそのことをまったく感知せずいかにもそれが普通の高校生の付き合いなのだと勘違いしあまつさえその友達の恥を共通の友人に暴露した残念な女がなんと目の前で自分と町歩きをしている、とでも言うような顔をしてしまったと思う。

この気持ちは墓まで持っていこう。

梅郷に免じて。

「どうしたんだい」
「なんでもないよ。ちょっと友人の優れた優しさをかみ締めてただけ」
「ん? ……んん、ああ。ふふぅん。なるほど、私たちは友達だもんね」
「ドヤ顔になるな」

その関係性を放棄したくなるだろうが

「あ、てか、おしゃれで思い出した」

 と言って、赤色はベージュのハンチング帽を鞄から――かわいらしいハンドバックとかではなくて、動きやすそうなショルダーバック――からとりだして、被る。「よし、できあがり」

「おいおい、おしゃれ要素付け忘れてるじゃんか。無理して女の子の振りなんてするから」
「万死ッ!」

 わき腹にぽすん。

「コートを着ないと力が出ない……」
「キャラがぶれてる!」
「なんちゃって」
「僕の芸風を取るなよ……」

 とか、そういう一幕はおいといて。」

 おとなしい感じのワンピースに、ちょっと不釣合いな印象の活動的な小物の数々。
こうして赤色のファッションが完成してみると、なんだか良家のお嬢様がこっそり町に冒険に着たみたいな雰囲気になる。
 と、なるとさしずめ僕は、ボーイミーツガールなストーリーの相手役になるのか。
デートだけに?

「デートねぇ……」
「デートだよ、伏目君」
「デートって言葉の意味が僕の中であやふやになってきたよ」

 デートってなんだっけ?

「実際さ、かしこまって考えてみるとなかなか難しいよな。デート、デート、でーえーとー。恋人同士でうろついたらなんでもデートなのかな?」
「そうなるとこれはデートじゃないねぇ。それにこう、告白前のうじうじもじもじな距離感の男女でも、デートはできないよ」
「男女二人で町を出歩くとデートなのか? でもなんか最近、DVDデートとか雑誌で見るよな。恋人同士で日がな一日、部屋で映画みてすごすやつ」
「DVデート?」
「若者の闇を斬っていただきました!」

 突然社会派になるな。そういうのは扱いづらいんだ。

「だから最初に言っただろ、意義があるからデートなんじゃなくて、デートだから意義があるの。デートだと思ってやったら何でもデートなんだよ」
「フレキシブルで大変便利な条件付けだけどさ、結果としてこの無計画かつ無軌道なことになってるんじゃん?」
「定番は抑えてるじゃない。日曜日、待ち合わせ、あったら互いの服装をほめる。ちょっといつもと違うファッションにドキドキ」
「ま、最後のは僕らの学校だと難しいところだけどな」毎日私服で会ってるわけだし。「でも、まぁ。今日のその服は成功だな。ドキドキかはともかくギャップはあるよ」

「伏目君はその辺、ギャップ萌えって感じじゃないねぇ」
「萌え言うな」

 別に狙ってきたわけでもないしな。
学校に来るよりかは、ちょっと気を使ったくらいか。

「一年一緒にいるわけだし、学校で見たことあるだろ、この服」
「なんか見覚えはあるね、確かに。でもさ、ちょっと意外だったのはシルバーアクセが結構ついてることかな」
「わかる?」
「あ、そこドヤ顔のポイントだったんだ……」

 ちょっと悔しそうに言う赤色。「触らなきゃ良かった……」

「そういうなよ。こういうシルバーをそれなりになせるところぐらいなんだよ、身長高くて得するところ」
「その辺もうちょっと押し出してさ、かっこよくしてみたらいいのに」
「なんかそういうのとは違うんだよな」

 男の子にとってシルバーアクセって言うのはこう、身だしなみとかファッションの一部というより、ある種の憧れの象徴だから。

「変身ベルトとか巨大ロボの延長なんだよ」
「伏目君だけだと思うけど」
「そうか? 結構みんなそうだと思ってた」

 そういえば都日はあんまりつけてなかったな。

「ま、そういうわけでこういう町歩きのときはここぞとばかりにコレクションを放出するわけ。さすがにうちの学校もアクセサリーは禁止だし」
「女子も結構お化粧してる子いるし、男子のシルバーもちょっとくらいよさそうなものだけどさ。ふぅん、それで、結構多めについてるんだねぇ」
「机にしまってるだけじゃもったいないからな」
「チャンスをみはからって、ベルトをつけてへんしーん、ってわけだ」
「ま、ロビンフットになるチャンスはいつでもうかがってるよ」

 なんせ僕は伏目しいから。
そういって歩いているうちに、赤信号に引っかかって二人の足が止まる。

「変身願望、ね……」
「思わせぶりな言い方だな」
「これは趣味のじゃなくて、ほんとに、考え事してるんだけどね……。――ねぇ、そんなに自分以外になってみたいものなの?」

 赤色が帽子のひさしの下で、僕を見上げる。

「らいだー、へんしんっ。ってさ。ヒーローになりたい?」
「――まぁ」子供っぽいことは承知の上で「憧れるね」

 動機は強さへの憧れかもしれないし、弱さへの憎悪かもしれない。
 結局は、自己嫌悪の結果なんだとは思うけど。

「今の自分に納得できない、っていう感情だと思うよ。――もうちょっとマシになりたいっていう、願望」
「向上心じゃなくて?」
「そんなに前向きじゃあないと思うな」

 どちらかというと、リセットに近い。
いままでのことを一回なしにして、あるいは隠して、活躍したい。活躍できるだけの力量を備えたものに成り代わりたい。

「だから、自己嫌悪だろ。変身って、自分を殺すところから始まるよ」
「でも自殺願望とは明らかに違うものだよね」
「【次】を期待してるからな」信号を眺めながら僕は言う。「新しい格好になって、かつ前より出来が良くて、全部が都合よくて、っていう、【次】の存在。――それに、知った口を利くけど、死にたいっていう情動には世界に対する絶望っていう成分が強いと思う」
「大きく出たね」
「大きくも出るさ」人死にする話だからな。

 それもそうだね。「しかし、世界に対する絶望ねえ」

絶望、絶望。と赤色は呟く。

「じゃあ例えば、ある人間がいたとしてだ。彼は死にたい、大変死にたい。なぜなら彼は自分自身が決して世界に受け入れてもらえないと知って、自分に絶望してしまったからだ。これは世界に絶望していない、自殺願望なんじゃない?」

 すこし、考えて「違うな」

「それは自分に絶望してるんじゃなくて、自分を受け入れてくれない世界に絶望しているんだ。だから、自殺願望になる。自分に絶望して、かつ世界に望みをまだ抱いているなら――」
「抱いているなら?」
「そうだな、変身したくなるんじゃないか」

 これでだめなら次。
次がだめならその次。
きっといつか、さなぎが蝶になるように、受け入れてもらえる自分になれる。

「ある程度、自分にまだまだ目をかけているんなら、その受け入れてもらえない自分を踏み台にして次の段に行こうって言う向上心になるんだろうな」
「――踏み台としての自分にさえ絶望してるから、変身したくなるの?」
「そうだな」

 過去の清算。
 現在地の破棄。
くさいものに蓋。
 ポーズをかけて、リセットボタン。

「世界に絶望したら――いつか良くなるさ、っていう期待ができなくなったら、焼け野原にするか、自分が適応するかの二択しかなくなるだろ。実際焼け野原にはできないわけだから、逆転の発想で、世界の観測をやめてしまえ、と命を絶つわけだ。その命題の逆なわけだから、自分に絶望して、いつか良くなるさ、とも思えなくなったら。自分をなかったことにするか、世直しするかの二択になるな」

 普通、世直しはできないから。
自分をなかったことにするしか、なくなる。

「結果は同じになるんだね」
「命題の逆、だからな」

 そう、僕は繰り返した。
 なんだか間違った使い方をしているような気がするが、僕は文系なのだ。勘弁してもあおう。
受け入れてもらえないなら、理系に変身するしかなくなってしまう。

「変身願望、と、自殺願望、か」
「なんかデートの時にする会話じゃねぇな」
「――あ、うん。ごめんね、忘れてた。デートだったね」
「……ノープランの上お前に忘れられたら、デートは一体どうすればいいんだ」

 自分で誘ったくせに。
 今日の意義全部が空中分解だよ。

「デートかぁ、デートねぇ……。ねぇ伏目君、なにしよっか」

 ついにいろいろ見失いだした。

「意義がどうとかほざいてた口はどれだ」
「あんなの言葉遊びだろ。現実問題、やることないよ」

 まいったねぇ、と赤色は帽子越しに頭を掻く。
それを見て、僕はことさら呆れたようにため息をつくと、赤色に言う。

「じゃ、なにしたらいいか、教えてやるよ」
「なにしたらいいんだい?」
「信号が青になったら、道路を渡るといいんだ」

 長話をしているうちに信号は青に変わっている。

点滅しているそれを見て、僕と赤色はあわてて横断歩道を跨いだ。



[21071] 第三章 ロ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:b3087c69
Date: 2011/06/28 12:14
「変身願望、自殺願望。人間かくも望みけりって感じだな」

 と、横断歩道を渡った僕達はもう一度歩きながら、先の話を蒸し返す。――しかしわたったからといってどこに行くつもりなんだろうか、足の赴くままに、適当にふらついてしまっているけど。

「しかしそうなると日曜朝のヒーロー達は毎週絶賛リストカットってことだね」
「アカレンジャーの赤は鮮血の赤か」
「真っ赤を飛び散らせてー、ってか。うあー、なんだろう、世界を救ってもらうのが切なくなってきたよ」
「でも彼らからそういう悲壮感は感じないよな」

 そも。

彼らは変身を解いた状態で暮らしも送っているわけで。

彼らの変身と思春期の抱く変身願望を一つにするのは少々不遜ということなのかもしれない。

よく考えれば僕が別のナニモノカに変わってしまいたくなるような、詳しく思い出すとこの場でワーッと叫んでしまいそうなそういう恥ずかしい瞬間変身したいと考えることと、五人の戦士が地球を守るため変身することはまるで動機が違うわけだ。

「だから変身願望は自殺願望という言い方は、アンフェアーなのかもな」
「なにに?」
「毎週地球を守る彼らにだよ」

 僕のようなのが思い描くそれは逃避のベクトルを持っているが、彼らのそれは真っ当な挑戦の方向性を持っているわけで。

「結局行為に意味があるのでなくて、動機にこそ意味――解釈の余地があるのか」
「解釈などというものは存在しない、存在するのは存在だけである」
「逆だろ、それ。ニーチェ先生怒るぞ」
「ニーチェ先生怒ったら怖そうだよねぇ。名前的にはそんなでもないけど」
「ドエトエフスキー大激怒」
「超怖そう!」

 その後怒ったら怖そうな偉人の名前でひとしきりんで、気がつけば僕らは人気のない路地に来ている。

「結局一番怖そうなのはカール・グフタスで落ち着くのか」

 と僕が言い。

「グスタフオコッタ! オマエラミナゴロシ!」

 と赤色が言う。

「そんな狼男みたいなキャラじゃないと思うけど。ていうかその言い方はあんまり怖そうじゃないな」
「血河を築き死屍累々を踏み固めわが王国としようではないか」
「偉大な独裁者って感じだぞ」

 そして僕らの会話の矮小なこと。

まぁ自殺とか変身とか、そんな大上段で大仰な会話よりよっぽどマシなんだろうけど。

そんな会話をしながら、僕達は路地裏を歩く。

ふとしたところに喫茶店の看板が出てたりして、こんな狭いところによくもまぁ、と、ぎょっとする。なかなか面白い暗がりになっている。

「すげぇなぁ、この喫茶店」
「すごいねぇ。ビルの隙間に詰め込んだみたいで、ほら、腕広げたのと同じくらいしか幅ないんじゃない?」
「それはさすがにいい過ぎだけどな」
「お昼はここにしようよ」
「それまで首尾よく暇を潰せたらな」

 ただいま八時五十分。

 まったく気の遠くなるほど僕達の前に暇が横たわっている。

赤色はいつまで遊ぶつもりなんだろう。朝食の洒落た喫茶店もなかなかにお値段がしたし、カラオケにも行くつもりらしいから結構な散財だ。街中で時間を費やそうと思えばお金がかかるもので、僕も普通の高校生だからあんまり手持ちが潤沢なわけじゃない。

外泊許可とか言ってたけど、どこに泊まるつもりなんだか。

朝から晩まで遊べるようなお金が赤色にはあるのかな。

買おうと思っていたシルバーアクセサリーに頭の中で五つも六つもバッテンをつけながら連れ立って歩く。

歩きながらも、考える。

変身。

自殺。

望む。

多くの宗教で自殺は否定されている。養育した親への不孝であったり、神への冒涜であったり、なんていうのか、育ててやったんだからあたら無駄にするな、という文言が多い。

そんなもん、生んだもんの責任だろう、と僕は思うのだが。

 凄く不敬で、嫌な言い方になってしまうのだけど、頼んで生んでもらったわけじゃない、という理屈が僕の考え方の根底にある。もちろんそれが親に対して申し訳ない言い草であるのもわかる。生きている幸福もちゃんとわかっている。

それでも、望まず生まれた子供は、望まれて生まれてきたのなら、自分の足で立てるようになるまで守られてしかるべきだ。

哺乳類は基本的に早産の状態で生まれる――その中でも人間は早い部類だ。未熟児といって言い状態でみんなスタートする。それは生命の進化の上で合理的であったからなのだけど。例えばシマウマの子供のように産み落とされて突然立てるわけではない。シマウマがそうできる体躯になるまで母の胎の中で保全され培養されている期間を、人間は外の世界で過ごさなければいけないのだ。スタート地点が違うのだから、当たり前といえば当たり前。

だからシマウマの母がそうするように、先払いで生んだのだから、子宮のように、母体のように、へその緒のごとく栄養と愛情を常に補給しながら、子供が立てるようになるまで養育するのは、生物として当たり前の行動のはずなのだ。

自殺を推奨したり、容認したりするつもりはない。大変非効率だ。その年月緒重ねるために費やされた物的なコストと、精神的なプライズを一息にパーにしてしまう。大変非効率で、無意味なことだと思う。

ただ、人は宗教で禁止してまで、生物としての理屈や本能に目を背けてまで、死に魅入られる生き物だということが、思われてしまう。
死にたくなる。

逃げ出したくなるのだ。

変身願望は自殺願望に似ている、似て否ながらも似通っている。異なるものでも似てしまうのは、ベクトルが一緒だからだろう。

日曜朝のヒーローたちとは逆の、逃避のベクトル。

人は信仰だとか、モラルだとかでタガをはめないといけないほど、逃げ出したい生き物なんだ。

ここではないどこかに消えてしまいたいと、切に願う生き物なんだな。

それは思考の放棄であるけれど、放棄することはまず持ち合わせていないとできないことで。

野生の動物が生きるために逃げ出すこととはまるで逆に、人はその先に死が待っていようと、逃げ出そうとする。

思考するがゆえに。

思い悩むがゆえに。

 時にそれを投げ出して、放り出して、目をそむけてしまいたくなる。

なるほど、思うということは、大変不便で、苦しいことだ。

悲しいな。

「赤色」

 と、僕が呼びかけると、すこし前を歩いていた赤色が振り返る。

「なにさ、伏目君」
「ん、あのな、生きてるのって楽しいかな」
「今は楽しいかなぁ」

 くるりと再び前をむいた赤色と、もう一度、路地を歩く。

「今は、ってか」
「楽しいというのは限定的なものだよ」
「それは四六時中楽しいといずれ飽きる、とか、そういうことか?」

 麻薬のように、必要量が加速度的に増えていくって?

「いや、もっとシンプルにね。そんなに飽きるほど楽しくなるなんて、人間には不可能だってコトだよ」
「不可能、ね」
「きゃーんのーっと、なんだよ。毎日毎日塗りつぶされるほど楽しいだけというのはこの肉の体にはミッションインポッシブルなのさ」
「何で」
「世の中には悲しいことが一杯あるからだよ」

 たくさん、たくさんあるからだよ。

「単純で乱暴な話、結局快楽は脳内物質に依存するわけだからね、オクスリでハッピーになることも可能だろう。この毎日いうことを聞かない腹立たしい脳みそに注射器をぶっさしてちゅーちゅく補充してやればいい」
「まあコストを考えなければ効率的ではあるな」
「でもね、それには必ずリスクが伴うんだよ」
「麻薬が合法の国もあるだろ?」
「法的なリスクに限った話じゃないよ。たとえそんな国にいっても金銭の問題は存在するだろうし、無人島に一人ぼっちで自家栽培したって、えっちらおっちら畑を耕す苦しみがある」
「そのコストを得る方法も快楽に満ちていたらどうするんだ? 金銭に限って考えて、それを得るために大変楽しい思いをするだけですんだら?」
「存在できない条件を設定するのはルール違反だよ」

 そんな仕事がこの世にあるものか。と赤色は笑う。

「仕事がすべからく辛く苦しい、と言うつもりはないよ。でも楽しいだけの仕事なんてありえない。なぜなら、人生には悲しいことが一杯あるから――あれ、ループしちゃった」
「そのアプローチはちょっと違ったみたいだな」
「そうだねぇ、えーっとな。伏目君、嫌い」
「え」

 赤色が再び振り返る。

般若の形相をしている。

「嫌い、大っ嫌い。死ねばいいのに。嫌い、嫌い、嫌い。気持ち悪い、嫌い。死ね。嫌いだから死ね。消えてほしい。死んで。嫌いだ。嫌いだよ」

「――――」

 ひとつ、深呼吸をして。

「――で?」

 と聞くと、赤色は舌を出した。

「まぁ、なんちゃって、なんだけどね」
「なんだよ、びっくりするな」
「びっくりして、悲しくならなかった?」
「……不愉快ではあったかな」
「それだよ」

 赤色は楽しそうに笑って、僕に人差し指を突きつけた。

「こんなにも容易く、人は楽しくなくなるんだ。自分の努力の埒外の、およそ想像と理解の外にある他人の手によってね」
「なんとなくわかったよ」

 僕は頭をかく。

「不可避の不幸が存在する以上、幸福を永続することは不可能である、ってことか」

「そうさ、それこそ世界の全ての事象に喜びしか感じない精神構造ならともかく、この世で気に食わないことくらい誰だって持ち合わせていて、そしてそれはいつでも僕達とすれ違ってるんだ。ひょんな拍子にぶつかってもおかしくないさ」
「お薬を楽しく栽培して、農作業に喜びを見出し、額に汗して口に涎たらして注射器と生きても、突然畑がだめになる可能性は捨てきれない、ってことか」
「そゆこと、そして人生において悲しみの時間は多い」
「なぜなら悲しみの時間ほど、主観的に長くなるから、だな」

 アインシュタンかく語れり、なんちゃって。

「ラブプラスだってそうなんだよ? 彼女とデートするために延々と彼氏力をためて、スポットレベルを上げて、苦しいことこの上ないんだ」
「あ、ごめん。僕そういう話できないし、したくないんだ」

 フィクション極まってるから。

だからツッコミもなし。

「――あのさぁ、『なんでお前がそんなゲームやってるんだよ!』とか『その遊戯は最終的に苦しみしか生まないからな!』とか『三次元にただいましなさい!』とか言ってよね。伏目君に大声出させるためにあのゲームやってるんだから」
「画面の中の彼女に謝れよ」

 使用目的が斜め上すぎるよ。

ああいう内向的なはずのゲームで変な方向に外向きになるな。

「だいたいさぁ」
「ん?」
「今僕とデートしてるんだから、彼女のことは忘れろよな」

 なん、ちゃっ、て。

なんだけど。

「言うじゃないか、伏目君の癖にさ」
「テンプレートなセリフをありがとう。一度聞いてみたかったんだ」

 とか、いいあって楽しい位には、なんちゃってじゃなかったり。

今は楽しい、か、赤色。

僕も今は楽しいよ。

色々、忘れられてる感じで。

忘れて、逃げれてるからさ。

「お、みてよ伏目君」

 赤色が示したほうを見ると、金髪を放棄のように逆立たせた若者が路上に敷物を広げているところだった。

辺りの物を見るにシルバーアクセの露天販売らしい。

「見てこーよ伏目君。かっけーの探そう」
「いいね、僕の趣味に合わせる辺り赤色の彼女力はなかなかだな」
「いや、私の趣味」
「台無しだ」



[21071] 第三章 ハ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:b3087c69
Date: 2011/06/28 13:01

《先に言っておくけどこれはノイズのようなものだ》
 僕はどこかに立っている。風景はわからない。見覚えが無いとか、真っ白で果てが無いとか、景色が一定しないというものでもない。風景という概念を理解できない。

風景ってなんだ。

考えようとしていた僕の前に人影が現れて、僕は悟る。

ああ、これは夢か。

「それがさっとわかる辺りまだまだしっかりしてるみたいだね」

 別に明晰夢に慣れてるわけじゃないよ、でもこれは夢に他ならない。

都日、おまえは死んだ人間だもの。

「そうだね、僕はあの日に屋上で死んだ。殺されたよ」

 だろう。ということは、この夢はあのあと見てるんだな。時系列で考えて。

「それはどうだろう? ひょっとすると今君は一年生で、赤色さんと出合った直後かもしれない。友達は僕しかいなくて、帰り道はいつも一人で、たまに帰る僕に「あの片時って女子マジ怖い」とか言ってるかもしれない」

 それは理屈に合わないよ。だって僕はお前が死んだことを知ってる。

「夢の中に時間を持ち込むのも変なもんだ。今この後の会話が君が風景を見失った瞬間につながってもおかしくない」

 お前が僕の頭の中を知っているように?

「その通りだ。あるいは僕は僕じゃないかもしれない。赤色さんかもしれない。考えてごらんよ伏目君。君だって男友達が出てくるより女の子が出てきたほうがうれしいだろう? ほら、夢の中だから私に何をしても良いよ。脱いであげよう」

 やめようぜ、わけがわからないし、僕は友達にそういうことをするのは好きじゃないんだ。

「私が赤色じゃなくて君の好きな先輩になってもかい?」

 それはうれしいね。すぐにでもエッチなことをしたい。ついでにベットも出してくれ。

「だめよ、伏目君。不純異性交遊じゃない」

 梅郷、みのがせ、男にはやらねばならないことがある。

「そうさ、僕にもそれがあった。わかってるんだろう、伏目」

 わかっているというのは間違ってる。理解はしてるけど、納得はしてない。

「君だけじゃないの?」

 みんなだ。すくなくとも赤色は間違いなくて、梅郷だってそうみたいだ。

「こっちーはわかってくれると思ってたけど」

 傲慢ね、みやちゃんはいつでもそうだった。

「そういわないでよこっちー」

 そうもいうわ。みやちゃんは自分のルールを結構人に押し付ける人よ。覚えてるでしょ。中三の時のこと。

「決まってるじゃないか。伏目も僕もへっぴり腰だったアレだろう」

 良い思い出だ。

「悪い思い出だね」

 全くな。

「そして君は友達を得た。でも本当にそうなのかい?」

 どういうことだよ。

「君は友達が少ないんだと言い張る。喧嘩しないと友達じゃないと決め付ける。でもその前にもそれはあったはずだ。君は道場でも別に孤立してるわけじゃ無かったよ。部活の先輩に本を貸してもらったりする、その程度には社交的だよ。なのに友達が出来ないの?」

 マイルールをつくちゃったからな。

「ルールなの? ツールじゃなくて?」

 何のためのツールだ。

「人間は手に武器を持つ生き物だよ」

 僕がルールで何を狩ったっていうのさ?

「あるいは守っていたんだろう。自分とか」

 ルールをツールにルーツを守る。

「早口言葉の出来上がり」

 心配するなよ、それほどややこしくない。相変わらず言葉に関するセンスが無いなぁ都日君は。

「赤色さんに言われると立つ瀬がないね」

 そういいながらそれほど堪えてないんだろう? 伏目君が言ってたよ、都日は意外と図太いって。

「そういうことを影で言ってたのか伏目は。陰口なんて男らしくないわ。今度注意しておかなくちゃ」

 コッチーもそう目くじらたてなさんな。男の子同士の悪口なんてかわいいもんじゃない。

「じゃああーちゃんは許せるの?」

 別に私の悪口は言われてないからなぁ。いわれてたらパンチだけど。

「暴力的ね、あーちゃん。殴られる僕の身にもなれよな。いっつも僕じゃないか。たまには都日も殴れよ」

 そういう言い方はよくないと思うわ伏目君。

「梅郷か。――ちょっと落ち着こう。わけがわからなくなってきた。整理すると、僕は僕だ」

 違うね、カッコつきは僕のほうだよ、伏目。

「そうだった、僕は都日だったね。そしてこれは夢だ」

 夢らしい荒唐無稽さだ。だからフィクションは嫌いなんだよな。

「ほんとうに?」

 ほんとうに。

「うそつけよ」

 うそつけよ。

「うそじゃないよ。本当じゃないだけだ。フィクションって言っても、嫌いなわけじゃない」

 苦手なんだよね。

「わけがわからなくなるから。あっちとこっちとが混ざっちゃうんだ。いろんなものの意味がなくなってしまうんだ」

 そしていろんなものを見失う。

「ぐちゃぐちゃになるんだ。日差しは強くて。照りつけるなんてもんじゃなくて。屋上ってこんなに暑かったっけ。風も強い。吹きすさんで、入り口近くの僕の前髪もばたばたと煽られて随分遠くまで風景が見えるとはいってもこの近くには山しかなくて後は畑と駐車場ところどころに立つ電柱が日差しが強い電線は垂れ下がり揺られた前髪は頬に当たってぽつぽつと道路の端に立つ電柱はまるでじっとたってこちらを見ているようで屋上ってこんなに暑かったっけ吹きすさんで入り口近くの電柱が吹きすさんで照り付けるなんてもんじゃないぱたぱたと煽られてこちらを見ている遠くまで風景が強い山しかないなんてもんじゃない随分近くまで電柱は垂れ下がりこんなに暑かったっけ」

 そしてここはそこだよ。伏目。

「気がつけば僕は屋上に立っていた。真っ赤に染まった地面、都日の形に引かれた白線。夕暮れ。都日の血よりも真っ赤に真っ赤に染まる世界。僕と都日がそこにいる」

 伏目、コレは夢だよ。

「都日がいう」

 そして僕は死んだ。

「都日がいう」

 赤色と、デートなんだって?

「そう聞くということは、この夢はデートの前の日に見ているのだろうか」

 それとも別の日かもしれない。

「これはノイズのようなものだ」

 そんなふうに目をそらすなよ。

「都日が僕の目を見つめてくる。僕は困ってしまう」

 伏目、赤色とデートなんだって?

「もう一度都日が聞く」

 うらやましいな、伏目。


殺したいほどうらやましいよ。




「そして僕は目を覚ます」



[21071] 第三章 ニ
Name: ペケるかん◆299b3b21 ID:4d87bab0
Date: 2011/11/09 02:27
「いろいろあるなぁ。シルバーって髑髏とか剣とかしかないと思ってたけど可愛らしいのもあるんだね。この猫の奴とか欲しいな」
「へぇ、良いじゃないか。このチェーンとか合うんじゃないか」
「赤かったら買ってた」
「シルバーって単語についてすこし考えて来い」
「伏目君ちゃんと優先座席の近くで携帯の電源切ってるかい?」
「なんだその話題――ああ、シルバーね。やかましいわ。あ、これください」
「ごっついね」
「アーマー系っていうの? 飾っておくだけでも楽しいぜ」
「詳しいね、こういうところよく来るの?」
「いや、こういう露天には来ないな。いつも行きつけのお店にいって買ってるよ」
「なかなか言うじゃないか。『行きつけのお店』。高校生には過ぎた言葉だよ」
「うん、ドンキホーテは僕の心のよりどころだ」
「ドンッ……!?」

 みたいな。

赤色にさんざん「ありえない。ありえない。ドヤ顔でドンキホーテっていった。ありえない」と言われた僕は自身の名誉と矜持のためにもドンキホーテを必死に弁護した。悪いか、量販店でシルバー買って。

まぁおおむね、デートらしい感じなんじゃないだろうか。

その後もいろんなことを話しながら街を歩いた。京都と孤島、ミステリーの舞台ならどちらが好きかとか。物質と情報の関係が気持ち悪いとか。どんなカタカタ言葉が一番必殺技っぽいかとか。クソゲーは何故あんなに笑えるのかとか。今やってるドラマは面白くないとか。隣のクラスの朝田は眼鏡を代えたほうが良いとか。地球が回ってるのか宇宙が回ってるのかとか。

事件の話とか。

「私たちが犯人を捕まえる必要は無いんだよね」

 と赤色は言った。

「だって、私たち高校生だし」
「まあな。無いよ。真犯人を探して、法の裁きを受けさせるのは警察に任せよう」
「伏目君は、それで納得してるんだね? 犯人を見つけ出して暴いて裁いて掻っ捌いてやろうとは、思ってないよね?」
「ああ、思ってないよ。ちっとも思ってない。真犯人にはまるで興味は無い」
「私もだよ」
「うん」
「真犯人が見つからなきゃ良いのに、と思ってる」
「僕もだよ」
「それを確認したかったんだ」

 僕たちはカラオケでひとしきり声帯をいじめた後だった。流行の曲を若者らしく歌った後、「大事な話があるから」と言って、喉を潰すまで歌うといっていた赤色は僕を促して部屋を出た。僕たちらしくマクドナルドに行って、思い思いのメニューを頼んだ、その後のことだ。

「確認したかったんだ。ひょっとすると、と思ってたから」
「うん。僕もすこし不安だった」
「これでお互い、憂いは無いね」

 赤色はビッグマックにかぶりついてから、言った。

「犯人を探そうか」
「ああ、答えあわせをしよう」

 そうだな。

「じゃあ聞かせてくれよ、赤色」

あのムカつく口調で、聞かせてくれ。

名探偵の喋り方で。


***


「むかしね、お空はなんで青いの? って、お父さんに聞いたことがあるのさ。
「子供らしい質問さ。子供らしい、大人が聞かれたくないような質問さ。そういう質問を良くする、嫌な子供だったんだよね、私は。
「そして聞かれたくないことを聞かれたな、という顔をする大人を見るのが好きだった。大好きだった。
「そんな私に、お父さんはこう返したのさ。
「『君は、何色だったら納得するんだい?』
「ってね。
「私はきっと、聞かれたくないことを聞かれたな、という顔をしていたんだろうなぁ。
「してやったり、というお父さんの顔が、今でも思い浮かぶよ。
「しかしなんだ。この、お父さんから私への問いかけは、意外と私にとって、その後の人生に影響を与えるようなものだったのさ。
「私は何色だったら納得するんだろう。
「誰が犯人なら、納得するんだろう。
「納得のいく答え、というものが人生には必要だ。
「必要だよ。
「さぁ、考えよう。今回のこの件について、私たちが納得するための答えとは何か。
「ワイダニット、だよ。伏目君。
「何故、殺されたんだろう。
「何故、犯人は殺したんだろう。
「ちょっとしたプロファイリングだ。他人の気持ちになってみようじゃないか。
「都日君は、正直言ってかなり良い男だった。
「運動は出来るし、勉強は出来るし、気さくで気取らなくて実家はお金持ちでその上格好よかった。
「長身でさ、髪の毛はさらさらで肌もつやつやで、甘いマスクで。
「王子様みたいな男の子だったよ。
「ちょっと友達とつるむとお下品なことを言ったりするけど。まぁそれも、愛嬌だよね。可愛いくらいだ。
「そんな彼にふさわしい悪意といったら、嫉妬しかないだろう。
「嫉妬。妬み、嫉み。そりゃあねぇ、人間なら誰しも持ち合わせるだろうさ。というか、私もちょっとばっかしうらやましく思うよ。だってあんなに何でも持ち合わせて、その上可愛くって癖のある幼馴染まで居るんだよ? とんでもないじゃないか。
「小説の登場人物みたいだ。
「彼の存在はフィクションなんじゃないかと、たまぁに思うよ。
「こっちの台詞だ、みたいな顔をしないでほしいな。それに言ったろ、私にとって、彼は異常者なんだよ。
「私にとって、彼は日常の生き物じゃなかったんだ。
「私に告白とかするし。
「え。
「言ってなかったっけ?
「告られたんだよ、一回。
「男女のお付き合いを所望された。
「いや、断ったけどね。
「いいじゃん、理由なんて。
「ありきたりな、あれだよ、好きな人が居るから、とか、お友達としか思えないの、とか。
「まぁそれでも、さらっとふっきって――あるいは押し殺して、私と友達付き合いを爽やかにこなしていた辺り、彼は異常にいい人だったけど。
「いや、羨ましいよ。
「殺したいほど羨ましい。
「不謹慎だけど、私は本当にそう思ってた。私はお世辞にも真っ当でまっすぐな人間とは言いがたいから。彼を羨ましく思ってたし、妬ましく思ってたよ。
「殺人の動機になるくらいね。
「そう思ってた人は、少なくないと思う。
「さて、じゃあ話を戻そう。ワイダニットのお話。
「私は嫉妬だと考えたんだよね。彼はそつが無いし、誰かの恨みをかう人間じゃないから。
「恨みをかわなさ過ぎたから、じゃないかな、と思ったんだ。
「あんまりにも、キレイだったから、イラつかせたんじゃないかな。とね。
「さて、一回私は伏目君と別行動をとったね。あの、都日君のロッカーを調べた時のことだ。メガネの後輩君と軽くおしゃべりをして、少ない荷物を回収したときのことだよ。
「あの後私はね、あのメガネ君を調べたんだ。
「色々だよ。後を軽くつけて、その後聞き込みをした。部活仲間とか、ご近所さんとかにね。
「一日で出来ることはたかが知れてたけど、まあ十分な情報が手に入ったよ。
「彼を犯人だと考えられる程度にはね。
「この話が推理小説だったら、とんでもなくアンフェアだとしかられてしまうくらい、後出しで情報が出てきたよ。
「都日君はね、部活でちょっと、揉めてたらしいよ。
「いじめというか、村八分というか。
「とにかく、孤立してたらしい。
「柔道部だけどね。あそこ、伏目君の通ってた、都日君の実家の道場の門下生は、一人も残ってないんだって。
「全員辞めためたらしいよ。
「練習についてこれなくて。
「考えれば当然らしいけどね。君の言ってた道場、結構ぬるかったんだろ? それに比べて、部活のほうは走り込みとかしっかりやってるレベルみたいだ。
「レベルが違ったんだってさ。
「なんとなく、道場派と部活派で溝が出来ていって、だんだん部活派が幅を利かせ始めて、そして道場派が居なくなった。
「そして都日君が残った。
「周りの空気はあんまり良くは無かったけど、都日だからいいか、見たいな感じだったらしいよ。なんだかんだいって練習についてきてるし。みたいな。
「このころは都日君に対するかザ辺りもそう悪くは無かった。というか、他の門下生と比べて根性あるな、みたいな評価を受けてたらしい。
「さて、あのメガネ君だけどね、一年生にして、すっかり部活のリーダー格らしい。
「柔道で入ってきた特待生なんだってさ。
「知らなかった? 私も知らなかったよ。中学のときは有名だったらしいけど、高校に入ってからは、まだ一年生だからってことで、あんまり試合とかには出てないみたい。
「特待制度で選手を呼び込むくらいだから、実はうちの柔道部って名門なのかもね。というか、名門になろうとしてるのかな。後者の建替えですっかり有名になったもんね。
「さて、考えてごらんよ。
「中学校のとき有名だった彼は、年功序列で試合には出れない。特待生なんて肩書きも貰って、走りこみもみんなより早く始めて終わらせるくらい練習に入れ込んでるのに。
「そこに都日君が居る。
「実家が柔道場の癖に、なんだかぬるい感じの門下生とつるんでたらしくて、そいつらが辞めた後も居座って、対して強くもない――にらまないでよ。いくら都日君でも、柔道一本で進学決めた彼からしたら、そこそこのレベルに過ぎないんだ。
「そんなそこそこのレベルの都日君が、彼を差し置いて試合に出た。
「それが気に食わなかったらしいね。
「彼は一騎打ちを挑んだらしい。
「んで、都日君をこてんぱんにした。
「そりゃあもう、言い訳のしようが無いくらい、こてんぱんのぎったぎたにした。
「それから都日君は一年生に舐められるようになったそうだよ。
「人当たりはいいけど、顔だけのよわっちい先輩、としてね。
「都日君がどう思ったのかは知らない。
「それから、都日君をたてよう都日君をかばおうとする、二年生や三年生と、メガネ君を筆頭に都日君を貶めようとする下級生とで、部活の空気は悪くなって悪くなって。
「都日君についてた人たちも、だんだんめんどくさく思い始めたらしい。
「最後に、都日君は部活に行かないことにした。
「今、都日らしいな、身を引いたんだな、と思ったろ?
「私は違うと思うよ。
「都日君はさ、確かに人当たりは良いけど、格好良いけど、決して友達が多いわけじゃないよ。
「都日君についてた人たちが、だんだんめんどくさくなる位にしか、親しくはなれないんだよ。
「都日君は、逃げたんだよ。
「尻尾を巻いて、逃げ出したんだ。
「だから私たちにも、部活に行ってないことを内緒にしていた。
「だから、睨まないでよ。わかったこの件に関しては、解釈はそれぞれの自由ということで。
「重要なのはここからなんだ。
「都日君を結果的に追い出してしまったメガネ君だけどね。
「今度は彼が孤立したのさ。



[21071] 感想レスその他もろもろ
Name: ペケるかん◆0355dfbc ID:7d621e02
Date: 2010/11/30 00:42
 どうもぺケるかんです。皆さん感想ありがとうございます。

>乱読屋さん
 どうも、ありがとうございます。そしてお待たせして申し訳ありません。
 作者はそれほど学のあるほうでもないので小難しいのとかあんまりかけません。ご安心を。ただかわいい女の子は好きなので好きなものこそ上手なれでそのうちカワイクカワイク書けるようになればいいなぁ、とか甘い見通しを立てています。国家権力に捕まる前に完結させられるようがんばります。


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