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[20939] 【ネタ】ユーノいろいろカップリング短編集(リリカルなのは)+きれいななのは編追加
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:b0dffcca
Date: 2011/04/11 21:31
・魔法少女リリカルなのはのネタ系二次創作短編SS集です
・基本的にユーノと他キャラのキャッキャウフフ的な話になると思います。また、一部ハーレム要素が混じる時もありますがギャグ的な感じで流して下さい
・キャラの性格などに二次創作設定(魔王・レズキャラ・HENTAI等)が混ざる場合もありますので苦手な方は注意してください
・「そんなカップリングねえよ」とか「原作無視なんじゃ」とか「キャラの性格違くね」とか「司書長爆発しろ」そんな感想が浮かぶかもしれないことはご了承ください。
・百合ップリング至上主義な方とかクロノモテ作戦派とかエリオきゅんのイチャついてる姿見隊は見ないほうが精神衛生上いいかもしれません
・基本的に一話完結で明記されない限り一本一本がパラレルワールドで繋がりは無いです。設定や好感度が話ごとに違うのは気にしないでください
・感想レスやあとがき等は感想掲示板で


 



4/11更新:きれいななのはさんお花見編追加
    たまにはきれいな







[20939] 結婚適齢期?(なのは編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:b0dffcca
Date: 2010/09/13 16:47









「そろそろ結婚してもいいと思うんだ、わたしたち」



 なのはのその発言にユーノは口の中に入っていたコーヒーを吹かないように、極めて冷静になろうと心掛けて飲み下しテーブルにカップを置いた。
 突拍子の無い奇想天外で奇抜な夢にも思わない想定外に意表を突かれ時ならざる時に思いも寄らない自分の耳を疑うような内容の──なのはの求婚はユーノをじっと見つめて真剣な表情で告げられたからだ。
 カップを置く時に微かに手が震えた。

 落ち着け、と自分に言い聞かせる。
 落ち着いてくれ、となのはに伝えようとした。
 ここはユーノ・スクライアにとって親友である高町なのはの実家、喫茶店の翠屋の店内であった。幸いその、もしかしたら幻聴かもしれない言葉を聞いたのは自分だけかもしれない。珍しく他に客のいない時間だったからだ。
 休暇を取って訪れてみればなのはに歓迎されて先ほどまで二人で店内で談笑していたら、急に告げられたのだ。

 電撃告白である。
 まさに突拍子の無い奇想天外で──と続くほどユーノにとっては思いもよらなかった。
 結婚なんてさっぱり考えていなかった。ゴリラが肖像画の五円札ぐらい想像外だ。
 まだ無限書庫に緊急な仕事を持ち込むクロノが原因不明の奇病でもげるとかそういう事態の方が想定内というか、願望としてはあった。
 彼は息を飲んで、


「な、なのは? いきなりなにを……」

「だから、わたしと、ユーノくんが結婚するの」


 改めて確認してみたものの、結果は変わらなかった。
 ガラスの割れる音がした。具体的にはガラス製コップの落下する音だ。カウンターの方からだった。走って店の奥に駆けだす音と、「士郎さん! 剣なんて持ってどうするんですか!?」となのはの母親、桃子の叫び声が聞こえる。
 ユーノは頭が眩々しながら、目を輝かせていつの間にか自分の手を取っているなのはの声を聞く。

「それで、子供は何人欲しい?」
「……」

 さらに続いた言葉にユーノは唖然し、なのはが続けて話す言葉をむかえた。


「わたしは三人欲しいな。女の子がふたり、男の子がひとりなの。名前はユーノくんが決めてあげて。わたしってあんまりネーミングセンスないから。
 にゃはは、どっちに似ると思う? わたしとユーノくんの子供だったら、きっと男の子でも女の子でも可愛いよね。それで庭付きの白い家に住んでアリサちゃんの家に居るような大きな犬を飼うの。犬の名前くらいはわたしに決めさせてね。ユーノくんは犬派だったよね。
 わたしは猫も好きだけど、ユーノくんはたしかすずかちゃんの家でフェレットさんの時に追いかけまわされて苦手になったんだったよね。一番大事なのはユーノくんだからユーノくんに合わせないとね。ユーノくんがわたしのことを一番大事だと思っているように。
 あ、でも翠屋二号店とか作るとなると動物はどうなんだろうね? なるべく仕事場には入らないようにさせないとね。
 そうだ、ユーノくんってどんな食べ物が好きなの? どうしてそんな事を聞くのかって思うかもしれないけれど、やだ明日からずっとわたしがユーノくんのお弁当を作る事になるんだから、ていうか明日から一生ユーノくんの口に入るものは全部わたしが作るんだから、やっぱり好みは把握しておきたいじゃない。
 好き嫌いはよくないけれど、でも喜んで欲しいって言う気持ちは本当だもんね。お料理はお母さんに習ってるから自信はあるの。それに最初くらいはユーノくんの好きなメニューで揃えたいって思うんだ。お礼なんていいのよ奥さんが旦那さんのお弁当を作るなんて当たり前の事なんだから。
 でもひとつだけお願い。わたし『あーん』ってするの、昔から憧れだったの。お母さんとお父さんがよく惚気あったから。
 だからユーノくん、明日のお昼に『あーん』ってさせてね。照れて逃げないでねそんなことをされたら私傷ついちゃうもん。きっと立ち直れないの。ショックでユーノくんをSLBしちゃうかも。なーんて。
 それでねユーノくん、怒らないで聞いてほしいんだけどわたし、小学生の頃に気になる女の子がいたの。フェイトちゃんのこと。ううん、同性愛とかじゃないよ。本当に友達になりたかっただけでわたしはノーマルでユーノくんのことが大好きなんだから、誤解しないでね。
 愛し合う二人が勘違いで喧嘩になっちゃうなんてのはテレビドラマの世界だけで十分なの。もっともわたしとユーノくんなら絶対にその後仲直りできるに決まってるけれど、それでねユーノくんはどう?
 今までに好きになった女の子とかいる? いるわけないけども、でも気になった女の子くらいはいるよね。いてもいいんだよ全然責めるつもりなんかないもん。確かにちょっとはやだけど我慢するよそれくらい。だってそれはわたしと出会う前の話だからね?
 わたしと出会っちゃった今となっては他の女子なんてユーノくんからすればその辺のジュエルシードモンスターと何も変わらないに決まってるんだし。
 フェイトちゃんとかはやてちゃんとかすずかちゃんとかアリサちゃんとか皆可愛いけど差し置いて、ユーノくんをわたしなんかが独り占めしちゃうなんて他の女子に申し訳ない気もするけれどそれは仕方ないよね。恋愛ってそういうものだもん。
 ユーノくんがわたしを選んでくれたんだからそれはもうそういう運命なの決まりごとなの。他の女の子のためにもわたしは幸せにならないといけないわ。
 うんでもあまり堅いこと言わずにユーノくんも少しくらいは他の女の子の相手をしてあげてもいいの。だって可哀想だもんねわたしばっかり幸せになったら」

「────うん、そうだね!」



 ……じゃない! なに適当に肯定してるんだ僕はっ!?

 なのはさんの独白を聞いて心臓がバクバク言っているユーノは冷静な思考になれずに、全身冷や汗を掻いていた。
 遺跡探索でAMFのみっしりと効いた落とし穴に落ちた気分だった。
 日常から墓場へ。
 あまりに急転・直角。久しぶりの休みで海鳴の友達の家に遊びに来ていた、数分前までの彼の状態からは考えられない光速展開だ。

「フェレットー! フェレットー! うおおおおお!!」
「だから駄目ですって士郎さん! 店内で刃物は!」

 突き刺さるような怒気を背中に感じながら、ユーノは震える口を開き、

「その、僕のことを好きって言ってくれるのは嬉しいよ? なのは」
「勿論だよユーノくん」

 うっとりとして肯定しているなのはに、言葉を紡ぐ。
 


「でもさ、結婚を考えるにはちょっと早いんじゃないかな─────僕ら十三歳だよ!?」



 高町なのは、私立聖祥中学一年生。問答無用の即行プロポーズであった。





 ****************** 






 ユーノが致命的な、少なくとも明日籍を入れることが不可能な──そもそもユーノは日本国籍を持っていないのだが──点を指摘すると、なのはが涙目になりながら斜め上の方向を追及する。

「そんな、嘘だよねユーノくん……」
「いや嘘もなにも……」
「ユーノくんがわたしと結婚してくれないなんてそんなことないよね?」
「そっち!?」

 突っ込む。
 そもそも、とユーノは思う。

 ……結婚、は置いといて、僕はなのはの事が好きだろうか?

 すぐに出てくる単語は友達。大切な親友。大事な元パートナー。恩人、等だ。
 結婚と一段飛ばしの話題を振られたが、そもそも二人は恋人ですらなかったことは確かだ。
 それらの事実をとりあえず脇に避けて、ただユーノという個人がなのはという個人に対して好意を持っているか、とマルチタスクで考えた。

 ……目が離せない存在。怪我をしたとき凄く心配だった。一緒にいられなくなったとき寂しかった。休暇で二人になれて嬉しかった。

 そして、あれ? 僕結構なのはの事好きだ、と初めてユーノは意識した。
 だが、と口を開いて。

「なのは……結婚ってそんなに早く決めることじゃないと思うよ」
「ユーノくんは嫌なの?」

 不安そうになのはが聞いてくるのを、ちくりと胸を刺されたような感触を覚えながら、

「嫌じゃないよ。僕、その──結構、いや、かなり? 多分……うーん……よくわからないけど、なのはのこと、好きだしね」

 照れくさそうに眼を逸らしながら、頬を掻いてユーノはそう告げる。恐らく人生で初めての他人に好意を伝える告白であった。
 それなりに、彼個人の感想としてはすんなり出たことに内心驚く。
 なのはの気配が和らぐのを感じられた。好き、の一言で。
 実際──なのはのぎゅっと握られた手は汗を掻いていて、そのユーノの言葉を聞いただけで彼女の瞳が潤んだ。本当は泣きそうだったが、堪える。
 そしてやはりカウンターから針のようなものが飛んできて目の前のユーノのカップが木端微塵に吹き飛んだ。中身を全部飲み干してて良かった、と思う。「士郎さん少し頭冷やしましょうか……」と桃子の声がして「ぬわー」と叫びながら士郎は奥へと消える。
 気にしたら負けな気がして、ユーノは続けて喜色満面のなのはに言う。

「でも、ほら。これからなのはに僕より相応しい、イイ男が現れるかもしれないじゃない。その時、僕を選んでいたことをなのはが後悔するんじゃ……」

 自分で言ってて情けなくなったユーノである。
 もっと自分に自信が持てれば、と思うが──

 ジュエルシードを一人で取り戻そうとして死にかけ、一人の少女を戦いに導いた。
 自身の力及ばず彼女に怪我をさせるような戦闘に巻き込んだ。
 自分の助けが必要無くなった、と傍を離れたら二年前、一生歩けなくなるかもしれないほどの大怪我を負った──自分の所為で巻き込んだ少女が。
 これらのことから、ユーノは特になのはに対して自虐的になってしまっているのだ。
 なのはが幸せになるためにならユーノはなんでも捧げるだろう。
 だが自分が幸せになることは許されないのではないか、と思っている。
 なのはの望みを聞いてあげたいがそれは自分にとって幸せなことで、故に彼女を巻き込んで怪我までさせた自分がのうのうと隣にいるなんてまるでマッチポンプのような、性質の悪いフラグの立て方のような、そんな真似をしていいのだろうか?

 自分で思っていて気落ちしながら、なのはを見た。
 怒ったような顔だった。
 
「ユーノくん」

 名前を呼ばれ、言葉に詰まったユーノの顔は、まるで泣きそうな表情だった。





 ********************





 実は──ユーノとは逆のベクトルでなのはも苦悩していた。
 ユーノがなのはを巻き込んで、犯罪者と戦ったり大怪我をすることになった、ということでユーノがなのはに対して負い目を持っていることは彼女は知っている。
 だから、逆に。
 自分が関わった所為で、自分が怪我をした所為でユーノが悲しんでいることになのはが負い目を感じているのだ。
 ジュエルシードを集めていた時、フェイトに負けた彼女に「後は一人でやる」と言ったユーノを説得したのは自分だ。
 事件が終わったのに、彼の持ち物であるレイジングハートを返さなかったのもなのはで。
 大怪我をしたときユーノが土下座で両親に謝ったことを親から聞かされたし、許されたのに──なのはも恨んでもいないのに、見舞いに何度も仕事の合間に来てくれたことは嬉しかったし、申し訳なかった。

 それはそれとして。
 もはやどうでも良いことだとばかりに。


「ユーノくんって格好いいと思う」

「え゛」

「うん、金髪の男の子なんてあんまり見ないけどユーノくんは格好いいよ。ていうかわたしユーノくんのこと好きだから。これから恋人なんていらないよ。ユーノくんが一緒に居てくれるなら」

 うんうんと頷きながらシンプルな好意を告げるなのはに、ユーノは目を白黒させる。

「あのー、なのは?」

「だからわたし、ずっとユーノくんの事、これからもこれまでも大好きだから。気持ち、変わらないから。
 本当はね、色々考えたの。ユーノくんが居てくれたおかげでフェイトちゃんやはやてちゃんにも会えたんだよ、とか。ユーノくんと一緒にいると暖かいんだ、とか。怪我したときユーノくんがお見舞いに来てくれて嬉しかったし、ユーノくんが悩んでいることはとても悲しかったんだ、とか」

「……」

「でもね、本当はもっと単純なんだ。わたし、ユーノくんのことが好き。他の理由は全部後付けで、まずユーノくんのことが好きなんだよ。ユーノくんに出会えたことが本当に嬉しいんだ。だからユーノくんと結婚したいし、早いとか遅いとかじゃないんだ」

 全部告げた後、呆然としているユーノを見て、満足げに息を吐いた。
 いくら朴念仁の彼でも、さすがにここまで言えば伝わる。
 故に、伝えた。
 彼が自分と離れることで悩むならずっと一緒にいる。巻き込んだことに責任を感じているなら責任を取らせることで安心させる。
 逆もまた然りだ。
 結局のところ、ユーノのことが好きで傍に居たいから、行動として結婚と云う性急だが確実な方法を選んだ。
 そして、彼にも選んで欲しかったから───
 ユーノは観念したとばかりに赤らめた顔をやや俯かせながら、

「……僕でいいの?」
「ユーノくんがいいの」

 はっきりとしたなのはの態度に男らしさを感じつつ、思う。
 ……あれ? でも。
 思って、訪ねる。

「結婚は将来の問題だけど……さっきのなのはの話だと、翠屋二号店を開くの?」

「うん。場所はどこがいいかな? 遠見市あたりかな」

「管理局は辞める、の……?」

 微かに驚いたようにユーノは言った。
 彼女は首肯して、

「すぐにってわけじゃないけど、ね」

 思う。これから先、自分が再び空から落ちるようなことが無いとは限らない。
 そしてその度に一番の恩人であり誰よりも好きなユーノが狂わんばかりに悲しむことになるのは避けたい。
 子供も作る(すでに彼女の中では予定に組み込まれている)のならば危険な──それこそ戦場のようなところへは行けないだろう。
 ……というか。
 思い出して、少し暗い気分になる。
 ……怪我から復帰したらすぐに復職手続き取らされたなの。
 正直あの職場可也ブラックなんじゃないか、と幼い年齢が一桁な頃から関わって四年。彼女はだんだん疑念を感じていた。社会の授業などで少年兵の話などが出てあれ? 管理局って……とか一般的な日本人の感覚を学んだりすると尚更だった。
 そもそも、P.T事件や闇の書事件のような特殊な仕事など殆ど無いのだ。あの事件は現場にいたなのはにしか「やれない」事だったが、普段行う犯罪組織の壊滅や部隊教導などは、なのはがいなくても別になんら影響無く他の誰かが代わりになる。犯罪者相手にお話しできる機会など無く、ただの公権力の使い走りとして働かされる。
 相手を止め、話を聞く手段として彼女は『不本意』ながら、暴力であったり、砲撃であったりを使用していただけで──本来ならばそんなことを好む気質ではないのだ。
 そしてそんなやりたくないことをしているうちに摩耗しそうな自分の精神が一番嫌だった。
 いつだって完全無欠、平穏無事に事件を解決できるわけではない。仕方なく、という慣れで自分が犯罪者を殺傷設定で殺害したらそんな力を与えたユーノはどう思うだろうか? やりたくもない仕事で人を殺したんだよ、と子供や孫にどんな顔で伝えられるだろうか? 想像したくなかった。
 ……あと青春をそんな軍人紛いの環境で過ごしたら色々歪みそうだと思った。婚期とか逃して、ぎすぎすした女にはなりたくない。
 何となく管理局に残ったら十年後ぐらいも結婚できずにくだを巻いている自分が幻視されたので、嫌な想像を振り払った。
 それに、

「ここの空でもわたしは飛べるよ。ユーノくんと一緒なら」

 結界魔法を使えば現代日本でも補足されずに飛行魔法を行使できる。一人でもレイジングハートのプログラムに組み込まれているからできるが、一緒に飛んでくれるユーノが居ればどれだけ心安らぐだろうか。
 むしろミッドチルダの空の方が自由に飛べない。法令に魔法関連が組み込まれているからだ。
 そもそも、空は飛びたいけれど──
 ……別に飛びあって魔法の砲弾を撃ちあいたいわけじゃないの。
 冷静な頭でそう思う。フェイトやシグナムは戦闘狂なところもあるが……彼女はそうではなかったらしい。
 確かに誰かの役に立ちたいという思いはある。だが、それは自分のことを心配してくれる、愛しい人を捨ててまで固持する思いでは無い。
 管理局を辞めたところで、中学を出たらミッドチルダに移住する予定の友人らと会えなくなるわけでもない。それにミッドチルダと日本、どっちが暮らしやすいかと云えば圧倒的に犯罪発生数の低い日本だろう。

 一方でユーノも感銘を受けた様に得心した。
 彼もなのはを戦いも危険も無い日常に返したかった。
 それでも無理にいえないのは巻き込んだ負い目であり、少しでも助けになろうと戦闘に関われない自分は無限書庫で働いていたのだ。
 頷いて、

「どちらかと云えば大賛成だよ」
「本当に?」

 ……これで彼女は幸せになれる。
 ……撃ったり撃たれたり落ちたり居なくなったりしない、普通の女の子として平和な日常が送れる。
 だから、安堵したように呟く。

「本当に。本当に……ん?」

 あれ、と彼は目を拭った。
 視界がぼやけていた。拭った手が濡れている。
 涙だ。

「ユーノくん?」

 なのはが心配そうにこちらに顔を近づけてきた。
 う、とユーノから小さく嗚咽が漏れた。
 零れた涙は安心からか、嬉しさからか。
 今この瞬間、ユーノは何かから許された気がして無性に涙が出てきた。


「大丈夫だから…………………ごめん───────ありがとう」


 感情が押し殺してきた涙と一緒にゆっくり流れるように、


「なのはに幸せになって欲しい。僕は、なのはのことが好きだから」

「知ってるよ、ユーノくん」


 だから、と繋げる。
 なのはの声も震えていた。精一杯の勇気の、緊張の限界が来そうなのだった。
 自信満々に、明澄に、潔くユーノに告白したなのはだったが──
 その実、心の奥では。
 ユーノに嫌われてないだろうかという不安とユーノに幸せになって欲しいという願いで潰れそうだった。
 そしてユーノに受け入れられ、感激で泣きそうな瞳を堪え、恋慕で溶けそうな心を奮い立たせ、不屈の精神で一世一代の大告白を仕掛け──
 それは、 


「ユーノくんも一緒じゃなきゃ、嫌だよ?」

「──うん」


 それはシンプルな答えとともに成功した。




 なのはの首にかかったレイジングハートが【Congratulations】と言った。
 カウンターで微笑んでいた桃子も「あらあら、おめでたいわね」と告げた。その横には口の中に長女の作った産業廃棄物を詰め込まれ顔色紫になっている士郎も、まあ多分祝福していたのではないだろうか。







 ************************






 当然だが、当然のように、当然のごとく、当然として。
 十三歳の男女は結婚できないので婚約、という形になった。
 幸いなのはの実家の伝手を使い、ユーノの日本国籍を偽造することは難しくなかった──が一応手続きが面倒なので義務教育終了後の年齢で作ることとなったが。

 その場では士郎も「娘はやらん!」と空気を読まないこと甚だしく再びユーノに切りかかったが──
「結婚を認めてくださいお願いします!」とユーノのスクライア式土下座の直撃を受けて沈黙。認めざるを得ないこととなった。なんだかんだいってなのはと一番親しい、どこぞの馬の骨と言う割には見知っている関係の男だったので渋々ながら認めた。認めないと何か色々と娘や妻からヤバイ目に合わされそうだった。
 兄のKYOUYAも色々と言いたいこともあったが恋愛事については彼自身複雑なので当人らが納得しているならばいいか、と思った。
 美由希も桃子と同じく素直に祝福した側だが、「あれ? なのはが翠屋の看板継いだらあたしって……」と思い至り本格的に料理の練習をすることを決意する。


 二人がいつの未来か管理局を辞めて翠屋二号店でも開店させて、結婚するまで毎日ユーノの食事を作るというわけにはいかないが──
 やはり、ユーノに作れるときは作るわけで。
 いちゃいちゃするわけで。
 それもまた当然だった。


 時空管理局・無限書庫休憩室。


「はぁい、ユーノくんあーん♪」

 なのはが満面の笑みで差し出した箸の先にある唐揚げ(レモン汁付き)をユーノはやはり幸福の極み、と云わんばかりに頬張る。
 肩を寄せ合い、頭がぶつかりそうなほど近寄り、今にも抱きつかんばかりの距離感だ。
 オーラだ。
 ピンク色の幸せオーラが出ている。
 触れたくないし目に入れたら他人には見たら死ぬ系の。

「なのは、美味しいよー」
「にゃはは、ユーノくんの為に作ってるんだもん。当り前だよ」

 ちらちらとユーノの細面を見て照れたように顔を赤らめながら応える。
 休憩室に入ってきかけた司書が「おおう」とそれを鬱な顔になりながら出て行った。最近無限書庫ではブラックコーヒーがブームである。
 休憩室には二人だけしかいない。
 なのはもユーノも全く気にしない様子で、いそいそと箸で次のおかずを摘まむ。あーんが出来るように一つ一つ小さめに作っている辺り愛情が窺えるというものだ。
 黄色くしっかりと焼きあがっていて、丁寧に巻かれた卵料理を掴む。

「卵焼きだよー」
「いただきます。うん、なのはの作る卵焼きは世界一だね」

 顔を綻ばせて、なのはを手放しで褒める。
 じゃあ、となのはも悪戯気にユーノを見て、

「それが食べれるユーノくんは世界一幸せ者なの?」
「勿論。なのはと一緒にいるだけで僕はね……」
「ユーノくん……」

 弁当をテーブルに置いて見つめ合いだした二人。
 もうなんか休憩室自体に甘い匂いが立ち上っている。
 ぶっちゃけこれ以上描写したくないレベルだ。
 昼間っから若い男女が休憩時間にイチャイチャしてけしからん限りである。
 これを毎日。飽きないのか二人とも。
 再び休憩室の扉が開いて「ユーノ君ちょっと頼みごとがあるんやけど──ぐええ! 退散や!」と誰かがオーラを当てられて逃げていったが、二人の世界に次元転移したなのはとユーノは気付かない。全然気付かない。

 ユーノはなのはの細い肩を抱いて、彼女の温もりを感じる。
 もうなのはの背中を守ることは無くなったけど、彼女と共にいるだけで幸いを感じる。
 なのはも目を瞑りながら暖かい充足感に包まれて、ほっとしていた。

「幸せになろうね」
「はい」


 早すぎた告白。幼すぎた婚約。だが確かな幸せ。

 結婚のみが人生の幸せではないというが─────

 こんな形の人生の墓場も──そう、どちらにせよ最後に一緒に墓場に入るのならば──悪くはないはずである。





 二年後。なのはの中学卒業と共に、ユーノは無限書庫司書長就任の辞令を辞退して退職した。なのはも管理局を辞め、地元の友人らと同じ高校に通うことになる。女子校なのでユーノが共に通えないのが残念そうであった。
 ユーノも翠屋でアルバイトをする生活を送る。時々無限書庫にヘルプとして呼び出されることもあるが。
 休日はユーノの結界で周りから見えないようにして空を飛びまわる二人の姿があった。


 きっとこれからも、二人は寄り添いあい生きていく。


 それは幸せに。幸せに……





























「…………夢落ちじゃないよね?」
「どうしたの? なのは」
「なんでもないの」 
 

 


           おわり



[20939] 色は匂えどしぐなむと(シグナム編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:b0dffcca
Date: 2010/09/13 16:47

「……今日は助かった、スクライア」
「どういたしまして」

 満足げな声にユーノが軽く返した相手は、騎士甲冑を装着しているシグナムだ。
 ここは管理局にある訓練施設の一つで、シグナムがこの日、陸士隊達との高火力魔力戦演習を行ったのである。
 近接訓練や通常の訓練と違って対物魔法や広域殲滅魔法等の訓練も行う為大規模なものとなる。シグナムも先ほどまでシュツルムファルケンをカートリッジが空になるまで連射していい汗を掻いていたところだった。
 しかし専用に作られた訓練室とはいえそんな高火力に晒されては損害が馬鹿にならない。そのためシグナムの個人的な伝手から優秀な結界魔導師であるユーノを駆り出して結界を敷いて貰ったのである。
 簡易結界程度ならば張れる者も多いのだったが、結界を専門としている魔導師は少なく、武装隊クラスの結界を一人で張れるユーノは希少な人材だった。
 近頃はシグナムの主であるはやてが、実験部隊として知り合いの高ランク魔導師を集めた部隊を設立するために帆走しているため、それに参加するシグナムも訓練に身が入るのだった。

 ……スクライアが呼べないのは少し残念ではあるが。

 と慣れ親しんだ結界魔導師の顔を見ながら思う。戦力としては十分なのだが、無限書庫司書長という、海でも陸でもない機関の長を招集することなどできず、また彼を引き抜いたことで業務に差し支えがあったならばはやては苦しい立場に追いやられるからだ。
 やはり勿体ないとかつて戦った相手を思いながら、それでも時々はこのように訓練に付き合わせていたりする。
 その日も無限書庫の仕事を早々と終わらせて訓練を手伝ったユーノは、シグナムにタオルを渡した。

「すまない」

 と軽く答え受け取ったタオルで汗を拭う。
 そしてユーノを静かに見つめ、言葉を発した。 

「しかしスクライアも訓練に参加してもよかったのだが」
「いや、僕全然関係ない訓練でしたよね? 高火力試射なんて」
「そうでもない。高町とヴィータが言い触らしていることだが『無限書庫司書長のラウンドシールドを破れるのが高火力の目安』だと」
「凄くおっかない内容だった!?」

 愕然と友人らの評価に恐れを為す。
 問答無用でどこかの隊員が防御の精度を測るためにぶっ放してきそうだ。

「と云うわけでいつでも訓練に参加してもいい」
「はあ……考えておきます」

 眼鏡を直して曖昧な笑顔を浮かべるユーノ。
 ……偶にはいいかなあ。
 めっきり読書魔法や飛行魔法、時々結界魔法ぐらいしか使わなくなった自分を省みて思った。
 一方でシグナムも、ユーノぐらいだったら拘束魔法と防御魔法でしっかりと訓練の幅が広がるので望ましいこと、と考えている。


 そういえば、とユーノを改めて見た。

「ふむ」
「?」

 何か考え込み出したシグナムにユーノは首を傾げ──られなかった。
 曲げようとした頭をがしっとシグナムが両手で掴んだ。

「え、シグナムさん何を?」
「いや、真直ぐ立ってみろ」

 と言われて、頭をバスケットボールのように掴まれたまま、ユーノは気を付けの体勢を取る。
 やはりシグナムはやや眉を寄せて、

「む」

 と一歩ユーノに近づいた。
 正面から近づかれてユーノは突然の事態に困惑しつつも身動きが取れない。
 密着した。
 近づいてきたシグナムの突き出た胸という名の収まりの付かないメルヘンボックスがユーノの正面やや左に接触。柔らかさは甲冑の下から自己主張が激しい宇宙的凶器……!
 こう、腰とか足首はきゅっと引き締まった体型のシグナムなのだが、見ての通り胸や太腿から尻にかけてのラインなどはツァラトゥストラも熱弁しだすほどの肉欲と淫蕩をエロスで煮詰めた綺羅星の如き逸品。
 それだけでユーノは顔を赤く染めて、何か気まずさから目を逸らそうとしても──シグナムに頭を掴まれてて動けない。

 ……うあああわわ当たってる当たってるシグナムさんの微笑みのダブルボムが二つ丸を付けて大人──!

 おまけに。
 訓練後、汗を掻いているシグナムの匂いをユーノは感じた。
 雨の降った花畑に微かに匂う甘い匂いはこんな感じだろうか、と彼は煮えたぎった頭で思う。水気と蜜の匂いだ。
 守護騎士でも体臭とかあるんだ、と思いながらも、眠くなりそうな淡い匂いに妙に心臓が高鳴った。

 ……いや待て、別に僕は匂いフェチとかじゃなくて。というかシグナムさんが近いから──!

 実際はそんな体勢にあったのはほんの少しなのだろう。
 シグナムは感心したようにユーノと目線を合わせて言った。

「背、どうやら抜かれたようだな」
「せせせ背?」

 そう、シグナムはユーノの身長を測っていた。
 彼女の身長は167cmと、女性にしてはそこそこ高めであり、ユーノと出会ったころではずっと年上に見えていた。
 しかし守護騎士は成長せず、小柄だったユーノはやがて背が伸びていった。今、シグナムはかつての少年が自分と同じぐらいの目線にあることに気が付いて直接測ってみたのだ。肩や顔の高さからして、ほんの僅かだが──ユーノはシグナムよりも身長が高くなっていた。
 僅かだから本当に密着して測らなければわからなかったのだが。

 ……時の流れと言うのは羨ましくもあるな。

 決して主やその友人らとともに同じ時を進めない守護騎士としては、その成長が嬉しくもあり、羨ましくもある。
 まだシグナムの立ち位置はどちらかと言えばお姉さんだが。
 そのうち周りから見ればなのはやはやて、ユーノよりもシグナムは年下に見られてしまうだろう。
 そんな時が来るのだろうか、と一抹の寂しさを感じつつ、何故か動揺しているユーノに語りかける。

「ああ、少し前まではあんなにスクライアも小さかったし、まるで女子のようだったが……だんだん男らしい顔つきに──どうした?」

 男らしい、と表現したもののユーノは口をぱくぱくとして、顔を乙女のように赤らめていたのでシグナムは不審そうに聞いた。

「いいいいいいいやいや、シグナムさん近いです。くっついてます」

 ユーノが指摘する。
 改めて──シグナムはまるで抱き合うような距離でユーノにくっついていることを自覚した。
 訓練明けで汗を掻いていることも思いだした。
 さらに動かないように、まるで接吻をする前のようにユーノの頭を持っていることにも。

「なっ! す、すまない!」

 ばっと慌てて離れる。
 そしてすんすん、と自分の腕などを嗅いでみて、

「その……汗臭かったか?」

 とおずおずとした、普段強気のシグナムではなく申し訳なさそうなハの字眉で聞いてきたものだから大変だ。
 今までそんな感情全くシグナムにユーノは抱いていなかった。
 そう、いわば彼は魔法少女萌えだったのに。魔法少女に力を与えて危なくないようにサポートしつつも中盤あたりで戦いに付いていけなくなって退場して寂しい気持ちで魔法少女の背中を見つめていたいという倒錯した性癖だった──のかはわからないが。
 だがシグナムのこう、普段とのギャップからユーノはどきっとしてしまった……!
 決して匂いに惹かれたわけではないことは彼の名誉の為に否定……まあそれはどうでもいいとして。
 ユーノは慌てて、

「いえっそんなっ、全然平気です」
「私はこれでも汗掻きなほうなんだ……悪かったな」
「本当に大丈夫ですからっむしろいい匂いで……!」

 司書長。
 何を。
 言っている。
 と周りに誰かいたら突っ込みそうな発言をしているものの、訓練に参加していたものは皆訓練上がりに一杯飲みに行ったので誰も居なかった。
 もしそんな発言を他人ではなく、ユーノに一部特別な感情を抱いている教導官とか執務官とか捜査官が聞いたら汗だくでユーノに接近するという乙女としてあるまじき愚行をしていたかもしれない。
 おめでとう司書長、未来は守られた。

 シグナムはしかし、と赤面しているユーノを気遣う。
 そう彼女は烈火の将。将たるもの周りへの細やかな配慮が重要なのだ。伊達に一部ではフォローのシグナム、フォロナムなどと呼ばれてはいない。
 だからこう、ぎゅっと自分の胸を抱くような仕草でやや上目遣いになり、

「迷惑だっただろう……?」

 と来るのは必然的であった。
 そんなことをされれば先ほどまでバトルジャンキーと云う別生物だと思っていたピンクのことをユーノは意識してしまうのも仕方の無いことである。
 スクライア家訓44条にも『この巨乳俺がいいねと言ったから今日はセクハラ記念日』とあるように、人間耐えがたい物があるのだ。
 あ、う、などと失語症気味に言葉に詰まりながらもなんとか首を横に振り否定する。
 そしてシグナムは思い付いたように提案した。

「そうだな、折角だからスクライアが私の身長を追い越した記念にこの後食事などどうだ?」
「食事ですか?」
「ああ、いい店を知っている」

 薄く微笑んでシグナムはユーノを誘った。
 訓練にも手伝わせた礼と、妙にくっついてしまった詫びの気持ちも込めての提案だった。
 悩む間も考えることも無くユーノはぶんぶんと頭を立てに振る。
 どうせ今日はもう仕事は無かったのだ。
 シグナムは満足そうに頷いて、腰に手を当てた。

「では私は一旦家に帰って着替えてくるから、2時間後に中央区画の駅で待っていてくれ」
「はい。ありがとうございます」
「なに、こちらこそ──それより」

 再びシグナムはずいっとユーノに近寄って、ほんの少し……顔を赤らめ、不安そうに聞く。

「本当に──匂わないか?」
「きゅ、きゅー」

 フェレット語で返事をしてしまうユーノ。何故か、シグナムが近付くだけで頭が朧々としてしまい。

 ……参ったなあ。いかんいかんぞ僕。

 と必死に言い聞かせるのだった。



 ****************************




「待たせたな」


 時間は飛んでクラナガン中央駅。ユーノはシグナムの声に振り向いた。
 シグナムが居た。いや──

 ……シグナムさん(美人)がいたァ──!?

 濃紺のシックなデザインのドレスを着て、髪の毛を下し薄く化粧した美女はシグナムだ。胸元が開いていて背中も際どく見えたドレス目のやりどころに困る滅茶苦茶気合入ってそうな服装だ。
 ユーノはシグナムのその恰好を初めて見た。こう、彼の心の中では海鳴市に大晦日に呼ばれて初日の出を見た時のような感動が押し寄せている。
 今日はシグナムに不意打ちされっぱなしのユーノである。さすが将、奇襲奇策はお手の物ということだろうか。
 再び固まったユーノにシグナムは問う。

「どうした? ……やはり初めて袖を通した服なのだが、似合っていないだろうか?」
「凄く似合ってます。シグナムさんが、その。綺麗でびっくりしただけで」
「そうか。そうだな。普段の私は少し、な」
「違います違いますって! いつも綺麗ですけど今日はちょっと雰囲気違ってて!」

 慌てて否定するユーノにシグナムは苦笑する。
 ……妙に気遣わせてしまったか?
 必死にフォローしてくるユーノの姿に第二のフォロワー、フォーロ・スクライアという通り名を流しておこうか、と彼女は思った。
 全然名前の面影が無かったので止めることにしたが。

「それでは行こうか、少し歩くぞ」
「はい」

 と二人は連れ立って夜の街へと……



 ************************



 その様子を遠くから見てギギギとしている影があった。
 はやてだ。
 そんなはやての様子を呆れたように鉄槌の騎士が眺めていた。
 ヴィータが半目で口を開く。

「っていうかノリノリで着付けさせて化粧までしたのはやてだろ」
「し、仕方ないやん! シグナムがおめかししたいって初めて言ってくれたんやから! パーティー用に買ってたドレスも初めて袖を通すし! ワクワクして送りだすわそんなん──相手ユーノくんやて知らんかったし!」

 家族の一員であるシグナムの初デートだとばかりに張り切ってコーディネートした挙句ストーキングすることにした主だった。
 それに付き合わされているのはヴィータである。リインフォースⅡは精神衛生上悪いので置いてきて、ザフィーラは興味無さそうでシャマルは夕飯の味見という名の自殺を行って不参加となった。
 ハンカチを噛みながらシグナムがユーノと楽しげに居るのを見ていたはやては、

「はっ」

 さらにいらないことをしたのを思い出した。

 ──シグナムがデートするらしいんで暇なら見にこん?
 ──はやてちゃん、シグナムさんに悪いよ。
 ──でもシグナムがどんな人と会うのか、少し気にならない? なのは。
 ──それは、まあ少し。
 ──じゃあせめて待ち合わせだけでもちらっと見ようやー。

 とシグナムが張りきって準備している間に友人らに連絡を入れたのだ。
 気配を感じた。具体的には威圧感だ。
 はやては振り向く。するとそこに、何かヤバイ気配を放ちながら立ちつくしている人物が二人。
 彼女が野次馬に誘った──なのはとフェイトだった。

「はやてちゃん」
「はい」
「正座」
「はい」
「これはどういうことなのかな?」
「はい」
「はいじゃわからないよ? そんなんじゃ伝わらないよ? ねえ、わたしの言ってること間違ってないよね?」
「はい」

 なのはがはやてに説教し出したのを尻目に、フェイトは駆けだす体勢で、

「私二人に混ざってくる!」
「待つの」
「抜け駆け厳禁やで」

 躊躇い無く合流しに行こうとするフェイトを二人で左右から掴んで止めた。
 ヴィータは欠伸をしながら、

「心配し過ぎだろ。シグナムから聞いたけど、ユーノの身長がシグナムより大きくなったから個人的な祝いを開いてやるってだけでよ。恋とか愛とかキッスキッスラブキッスとか、全然シグナムに似合わねえし」

 まったくこっちはいつまでも背伸びやしないってのに、と愚痴を言いながらヴィータはひらひらと手を振る。彼女だけはシグナムに話を予め聞いていたのだ。
 実際の所、あの二人の食事は『シグナムの身長をユーノが追い越した記念』なので他の人が参加する理由が全然無いのだ。無理やり混ざってもいいが──場違い臭さを負け犬オーラと共に味わうだろう。
 何せ、綺麗に着飾っているシグナムは街を歩けば十人中十五人は振り向きそうな(二人に一人は二度見するということ)ザ・美人である。普段は凛々しい雰囲気を出しているが今のシグナムは舞踏会に出ても恥ずかしくない見目麗しい女性だ。
 一方ではやてとヴィータはブルースブラザーズの出来損ないみたいな格好──はやてが雰囲気を出すために着せた──となのはにフェイトは普段着だ。その理屈で言えばユーノもスーツなのだが、男ならば割と許容されるが女として近くに居たら間違いなく美女ナムに比較される。これは痛い。
 しかし、本当にシグナムはユーノにとって安全なのだろうか。
 いや、とフェイトが言った。

「きっとユーノは私みたいな大きなお胸が好きだからついシグナムにふらっと誘惑されて……!」
「は? なに言っとるんや。わたしみたいな小ぶりの胸の方がユーノ君好きやで?」
「二人とも全然わかってないの。ユーノくんはわたしぐらい丁度いいサイズが……」

 何やら自己主張しだした三人を見ながらヴィータも「アレで案外あたしみたいなつるっとしてるのも……」とか呟いて、気付く。

「……ユーノとシグナム見えなくなっちまったけど」

「ああっ!」

 三人は叫んで、とりあえず二人の姿を探しに飛び出した。





 ***************



 並んで歩くという行為において。
 ユーノは隣を歩くシグナムを割とじっくり見ながら歩いていた。本来ならばエスコートするのは男の方なのであるが、そもそもシグナムが案内する店を知らず、また躊躇い無く彼女がのしのしと前進するのでユーノとしては目が離せない状態である。
 いつもは見ないシグナムの服装。妙な感じだが、それは決して彼女が似合わないとか浮いている、とかそういうことではない。
 とはいえ、夜のクラナガンを歩くドレス姿の美女は割と人々の目を引いた。
 そしてユーノは気付く。

「……あ、今日はハイヒールを履いてるんですね」

 とシグナムに告げた。
 珍しいことだが、その日彼女はハイヒールを履いていたのだ。動きやすい、或いは戦闘しやすい服装が常であるシグナムにしては希なことである。
 それに気付いたのは決してユーノが足に注目する足フェチでないことは告げておき──
 並んだ時のシグナムの背の高さが、少し前程度に高く感じられたからだ。
 ハイヒールを履いて背を高く見せている。それは、

「ああ、今日まではせめて、見せかけだけでもスクライアより高くいたいと思ってな」
「それはまた──どうして?」
「聞くな。色々あるのだ」

 面白そうに笑った。
 と、人間としてのユーノの成長が喜ばしいと同時に──僅かに妬ましいことへのちょっとした反逆であることは告げなかった。
 そう、ほんの少し。
 今だけでも、彼より高い位置に目線があれば──
 殆ど身長が並んだ今でも、ユーノは年上に思ってくれるだろうか?
 それはこれから続く年月を考えれば刹那的な考え方であったが。
 そうした時間が大切に思えたのだ。
 ユーノはそのシグナムの笑い顔を見て、なんとなく不思議な気分になった。
 考えが伝わったように、

「なんかやっぱり、お姉さんって感じですね」
「そうか?」

 少し嬉しそうに彼女も返す。
 いずれ年上になってしまうユーノだが、今そう思ってくれているのならば、いいことだ。
 だからその期間がほんの少しでも長くなってくれるように──遥かにユーノより年上でいられる外見の期間は、彼らの人生に比べれば短いのだから。
 そうでなくても、夜天の書のプログラム体というあやふやな生命である自分が彼らと一緒に居られることを願いながら。

 一歩。
 一歩。
 とシグナムとユーノは足並みを揃える。
 少なくとも他人には見えない距離で並んで歩くと──ユーノは気付いた。
 それはフェレットに変身するときの癖なのだろう。くん、と匂いを感じる。
 汗の匂いとも違う、シグナムが家に帰って体を洗った時のボディソープの匂いだった。
 八神家ではザフィーラの鼻がもげるという直接的な理由で香水をあまり使わないが、仄かに感じるシグナムの匂いにどことなくユーノは落ち着くような気がした。
 つまり何が言いたいかと言うと、

「シグナムさんはソープがお似合いですね」

 殴られた。



 しかめっ面で拳骨をユーノのわき腹に突き刺したシグナムに、慌ててユーノは弁解する。

「げほっ、す、すいません! シグナムさんから石鹸の匂いがしていいですねって言おうとしただけで!」
「……」
「本当ですって! 睨まないでください! 言い間違えました!」

 ふん、とシグナムはそっぽ向いて歩みを再開させる。

「どうせ私など色気の無い場末のほうが似合う女だ」
「そんなことないですって。シグナムさん綺麗ですしいい匂いがします」
「……真顔で言うな」
 
 苦々しそうにシグナムは告げる。或いはニヤニヤしそうにかもしれない。
 と、
 横を向いて歩いていたためユーノがが対向側から来た通行人にぶつかって、シグナム側に押された。

「む」

 よろけたユーノをシグナムが抱きとめる。
 そしてシグナムは怜悧な顔で、

「横に広がると通行の迷惑だ。スクライア、もっと近寄れ」
「は、はあ……」
「……ええいじれったい」

 がしっとユーノの腕を掴んで自分と組ませる。
 いわゆるカップル組であった。

 ……論理的には正しいな。スクライアも別に近寄るのが嫌なわけではあるまい。汗も掻いていないし。

 シグナムの大胆な行動にユーノの鼓動が跳ね上がるが、同時にシグナムは首を後ろに振り向かせた。

「どうしました?」
「いや、何か一瞬殺気と通行人の断末魔のようなものが……まあミッドでは珍しくないか」




 *********************



 ユーノをシグナムに向けて押した通行人Aを闇に(非殺傷)したなのはフェイトは、カップルのように腕を組み始めたシグナムとユーノを見て歯ぎしりをしている。
 気取られないように殺気は抑えたが、異様なオーラは発していた。

「ぐぐぐユーノくんの浮気者ユーノくんの浮気者ユーノくんの浮気者……」
「ユーノはやっぱり巨乳派……勝利の方程式……」

 ぶつぶつと言い合っている二人に若干引きながらはやてとヴィータは追跡を続ける。
 結局。
 少なくとも二人が食事をするまでの間は手を出さないでおこうという協定が結ばれたのだ。
 何せシグナムの初デートであるし、ユーノとくっつく危険性も少ない相手だったからだ。下手に邪魔をして恨みを買ったりするのは本意ではない。
 だというのに先を歩く二人ときたら急接近である。密着だ。たとえ気の無い女性が相手だろうと、密着するような体勢にあって勘違いなり岡惚れなりしないだろうか? 女性が男を勘違いさせるアクションナンバーワンはボディタッチであるというのに。
 どんどん機嫌が悪くなっていくなのはとフェイトだった。

「こうなったら私となのはもカップルの振りをしていちゃつきながら接近するとか……」
「フェイトちゃんまたレズ拗らせて……頭の病院には行ったの?」
「うん。虹色のお薬飲んでるよ。ああもう、シグナムとユーノの間に入りたい……あっちの三人プレイもまた中々──オウフ」

 少々特殊な性癖のフェイトはともかく。なのはが横隔膜に手刀を突っ込んで黙らせた。
 
 一方ではやてとヴィータは割と冷静だった。

 ……まあシグナムだから大丈夫やろ。

 何せ相手は身内だ。故に──

 ……シグナムと親しくなる→わたしとの接触も多くなる→スーパーはやてちゃんタイム突入や!

 と考えているからだ。
 ぐふぐふと厭らしい笑いを漏らす主を、可哀そうなものを見るような目でヴィータは見つめた。

「お、建物に入った」

 ヴィータが指摘する。そして四人はシグナムとユーノの入ったレストランを見た。

「……」
「……」

 無言で双眼鏡を取り出して建物の内装を探った。
 ……。
 ギガンティックなまでに高級感溢れる、ノーネクタイ一見様お断りな雰囲気の店だった。
 誰からともなく財布を取り出し、全員見せあった。
 そしてその中身に全員落胆する。

「その……ついレイジングハートの改造にお金使っちゃって……」
「エリオとキャロに色々買ってあげてたら……」
「いやな? 新しい部隊設立しよ思てんやけど、イロイロ使わなあかんくて……」
「高いアイスってギガ美味いよな……」

 フェイトは恨みがましそうにレストランを睨む。

「シグナム、私に奢るときは居酒屋でもつ鍋か栄螺のつぼ焼きぐらいなのに……」
「家でも質素な方のシグナムにしては珍しいなあ。確かに食通ぶった所はあるんやけど。わたしらも連れて行ったことないわあんなん……」
「シャマルの料理の味見をして『女将を出せ!』と怒鳴るのはうちの風物詩みたいなもんだかんな……きっとギガ美味いメシ屋なんだろうな」
「それで、どうする?」

 三人は持ち合わせのお金を見つめて──

 レストランの窓が見える位置に立っている安焼肉屋にとぼとぼ入って行った。そこならばなんとか足りそうだったから。


 テーブルの上に並んだハラミやホルモンをじゅうじゅうと熱を上げている鉄板の上に並べながら、窓際に座っているなのはとはやては双眼鏡でユーノとシグナムが座っている、高級臭いレストランを見ていた。
 方や涼しげで調度の落ち着いた、一つのテーブルに一人給仕が付くようなレストランに男女。
 方や煙と肉の焼けた匂い、ビールで騒いでいる人たちの騒ぎ声が絶え間なく続く焼き肉喰い放題に女四人。
 格差社会だ、とはやては悲しくなった。
 だから悲しくもビールを頼むのだ。彼女らは十八歳だったが、ミッドチルダの法律では大丈夫らしい。
 三人とも飲んだことはなかったが、何となく今の煤けたテンションでは酒でも飲まないとやってられないのである。

「あ、それわたしのハツや。取らんといてな。すいません生ビールピッチャーで持ってきてくださーい!」
「フェイトちゃん野菜ばっかり焼かないの。ホラそこのニンニク取って。こう、ニンニクを齧ってビールを一気に……ぷはぁ、なの。うう、効くの」
「ヴィータ、アイスはデザートだよ?」
「いいじゃねーか。あたし酒飲めねーんだから」





 **********************




 食事を終えてレストランから出たシグナムとユーノ。
 流石に高いだけあって、ユーノも驚くような上品な味の料理だった。値段を見て自分も払おうと主張したのだが、やんわりと拒否されてシグナムの奢りにされたが。
 シグナムのテーブルマナーも見事で、まさに貴婦人のようでユーノもやや緊張した。そして、

 ……しかし今日はシグナムさんのいろんな顔が見れたな。

 何となくだが、それが一番うれしい気がしたユーノだ。
 しかし、その時シグナムとユーノに念話が届いた。
 ヴィータからだ。

【おーいシグナム。ユーノ。ちょっといいか?】

 いきなりだったので少し戸惑ったが、二人とも念話を返す。

【どうした? ヴィータ】
【あー、お前らが居るその店の前の焼肉屋に今居るんだけど……ほら】

 と視線をやると、肉を焼いた煙の脂でやや曇った窓ガラスの先で、赤い髪の少女が手を振っている。

【なのはとフェイトとはやてと、焼肉喰い放題してたんだけどビールとかアイスって別料金なのな。金が無くて出れねーから助けてくれ】
【……呆れた】
【仕方ない。行くかスクライア】

 二人は肩を竦めながら小汚い焼肉屋に入って行った。ドレス姿のシグナムとは全く不釣り合いの店である。
 おまけに座敷にいるヴィータに呼ばれて進んだら、

「……酔っ払ってるし」

 腰が砕けたなのは、酔い潰れたはやて、ひたすら笑ってるフェイトの三人が居た。
 ヴィータだけ外見でビールが頼めなかったため、ひたすらアイスを食べていたから平気だったのだが。
 なにかこう、『酷さ』を感じながらも酔った三人を連れて、会計を済ませて店の外に出る。

「それじゃあシグナムさん、彼女らを送って行くからこれで」

 とユーノは苦笑いをして、背中になのはを背負い、笑いながら握ったユーノの服の裾を引っ張っているフェイトを連れて別れようとした。これからタクシーでも拾って宿舎まで届けなくてはならず、一軒家に住んでいる八神家とはここでお別れだ。
 シグナムも背中に泥酔したはやてを載せている。ただ、酔い潰れながらも時々シグナムの胸に手が行くあたり狸らしいが。

「わりーなユーノ」

 とヴィータも少し申し訳なさそうに謝った。まさかあんなに三人とも酒が弱いとは。特になのはなど、テキーラを飲みながらトリガーハッピーになってそうなイメージが彼女にもあったのだが。
 恐らくまだ飲み慣れていないところもあるのだろう、とユーノの背中で「ふにゃふにゃ、ビール追加なの」とか言ってるなのはを見ながら思う。
 実際数年後になのはが『アルコールを魔力に変換する体質』『空(から)のエールオブビール』『管理局の白い魔王(芋焼酎)』とまで渾名が付くほどの酒豪になることを想像すらしていなかったが。

「──いや少し待てスクライア」

 と背負っていたはやてを一旦下ろしながらシグナムは呼びとめた。
 きょとんとしてユーノはシグナムを見ると、さっと彼女は近づいてきて、

 ユーノを抱きしめた。

「!!!???」
「いや、いい匂いだと言っていたから、な」

 ヴィータが半眼で口笛を吹いた。
 ユーノの鼻孔に、シグナムの優しい匂いが入ってきて安らぐ。
 恐らくここまでプッシュされればユーノの中ではシグナム=いい匂いである。
 さらにむにゅりとシグナムの胸に付いている軽はずみなお供え物の感触も相まって、顔が熱くなってしまった。
 硬直したユーノに、

「それでは、またな」

 と挨拶をしてはやてを背負い直し、八神家三人は去っていく。
 ユーノも落ち着いて、さて帰ろうかと思ったが、

「ユーノくーん!」

 背中から上機嫌な声が聞こえる。なのは(酔)だ。

「どうしたの? なのは」
「わたしもなのーむぎゅー!」

 と背負われたまま抱きついてきて、ユーノの方に顔を乗せ──



「なのは────ニンニク臭い」



 ばっさりとやられた。
 ショックのあまり彼女は言葉を失って目の光も消え、ユーノの背中に涙を染み込ませる。
 乙女としてあるまじき口臭であった。焼きニンニク丸齧りなんて男らしいメニューを取らなければ……
 泣き出すなのはをきっと泣き上戸なんだろうなと気にしないようにしながら。

「あははははははははユーノのキャッチをハートー♪」
「はいはいフェイト、行くよ。離さないでね」
「うん。うふふ──もう……はなさない」

 いい感じに壊れたフェイトがユーノの服を掴み、三人は帰路についたのだった。



 シグナムの可愛らしい、或いはいじらしい一面を見てユーノは感慨と、妙な胸の高鳴りを覚えたが──




 幼馴染の見たくなかった泥酔状態に、肉と酒とニンニクの匂いでしがみつかれて色々と台無しな気分にはなっていた。


 だがこんな日もあるだろう、と彼は自嘲気味に笑いながら、大事な日常を送っていく。

 






 *******************************













「それで、結局ユーノはどーなんだよ?」
「さて、な。そんな曖昧な質問では応える意味はない」
「……ふーん。まあいいけどな」
「む、なんだその目は」
「べーつーにー」

「ぐへへっ……ユーノくん……男の乳も……ええのう……オ、オボロロッロロロロロビシャア」

「……」
「……」
「帰るか……」
「そーだな……」
「ぐすっ……私のドレス……背中が暖かい……」
「泣くなよ……ユーノあたりに新しいの買って貰え……」






おわり




[20939] ユーノに今夜はワインを振りかけ(すずか+アリサ編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:b0dffcca
Date: 2010/09/13 16:48
 ユーノはすずかに銀色で小さな環状の装飾品を渡した。一般的に指輪を呼ばれるものであり、日本ではあまり見られない装飾が彫られたそれはユーノが自作したものだった。
 ユーノの顔にはやや疲れたような色があるが、すずかが喜んでいるのを見てどことなく嬉しそうではある。
 やや顔を赤く染め、すずかは同年代の中で唯一と言ってもいいほど仲の良い男性であるユーノから貰った指輪を大事そうに左手の薬指に嵌めた。

「ありがとう、ユーノくん」

 お礼を言われてユーノは何となく、

「うん。似合ってるよ」

 とすずかに返す。
 それはなにも気負うことの無い純粋に思ったから言った言葉であり、優しい声音だった。
 実際にすずかの白く細い指にぴったりと嵌った銀色の指輪は小さなアクセントとなりすずかによく似合っている。
 騙し打ちのような形でユーノに指輪を貰ったすずかは少し申し訳ないような、だけれども確かに嬉しい感情を抱いていた。

 すずか、十六歳頃の話である。








 *****************







 
 月村すずかは昔から読書が好きであった。それこそ近場の図書館で、読みたい本は大抵読み終わってしまう程度には。
 図書館と言う場所も静かで涼しく好きである。そして、図書館を通じて皆よりも先に友達になったはやてと出会うこともあった。
 あるときはやてと一緒に図書館へ出かけるときに、はやてに連れられてきたのがユーノであった。
 ユーノ自体の存在はなのはから聞かされていたし、以前顔を合わせたこともあった。とはいえ、その時は前に風呂に入れたフェレットが同年代の男の子だと知ったアリサからの猛烈な攻撃を喰らい彼はダウンしてしまったのだけれど。
 そんなわけでほぼ初めてじっくりとユーノと話をする機会が与えられたので改めて三人で談話をすると、基本的に優しく気配りの出来るユーノには人見知りをするすずかも簡単に打ち解けることが出来た。それ以来の付き合いである。
 暇があるときは一緒に本を読んだり、次元世界の話を聞いたり、ユーノの猫嫌いを治そうとしてみたり……大人しいすずかにしてみれば、異性に対して妙に積極的な付き合いだった。なお、紹介したはやてはなのはとフェイトにしっかりお話しさせられた。

 ユーノは時空管理局の無限書庫に勤めている。現在では司書長と云う管理職にありながら、基本的な検索能力が秀でているためにいまだにハードワークを日々こなしていた。
 というかもはや仕事が趣味の領域なのだ。
 時間を見つけては無限書庫の書架整理を行ったり未分類本を集めたりはやてから依頼が来ては数日間泊まり込みで仕事をしたりクロノから要請が来ては数日間徹夜で資料を探したり数時間寝た後にまた仕事を再開して今度はフェイトからの依頼を終わらして他の司書の休みを作るために仕事を代わってアルフを仮眠に行かせては彼女の仕事を終わらせてまた書架整理を行っていたら再びクロノから追加依頼が来て文句を言いながら仕事に取りかかり脳内麻薬でややハイになりながらなのはが持ってきたサンドイッチなどをもはや味が感じなくなってきた舌で味わい人事部から有給が溜まってることを指摘されても無視して休憩時間に学会に発表する論文を書くのを休みだと言い張り再び仕事に取りかかったかと思えばはやてから関係の無い料理本を探してくる様に頼まれたことを承諾して古代ベルカからの家庭料理の本を大量に揃えて彼女好みのものを選り分けそういえば何日寝てないか忘れ始めた辺りで他の司書が急病になったので仕事を引き受け納期が縮まったことを別の部署から通達され悲鳴を上げながら仕事効率を上げだんだん脳が焼き切れそうになったあたりでドクターストップがかかるも僕の仕事が待ってるんだと発狂して幼馴染ーズに(非殺傷)されそうになってようやく行動を停止するも二回に一度は再起動して仕事へと向かう。

 無限書庫が近くにある環境だと禄に休みもしない、と友人間で心配されたために、ユーノは月に一度、忙しくない時を見計らって数日の休みを取り海鳴市へ送還していた。強制的に休ませるために。
 次元航行艦クラスの大質量の移動であれば移動時間が非常にかかるが、海鳴市のハラオウン宅に設置したトランスポーターを利用すれば個人ならば小旅行程度の気分で家に帰れるのだ。流石にそこから出勤は難しいけれども。
 なのはやフェイト達も一緒に休みを取れればユーノを監視してしっかり休んでいるか見れるのだが、基本的に休みの日程はユーノの都合で決まるため一緒に休め無いことが多い。故に、知り合いの多い海鳴へと送ることとなったのである。
 なお、彼の無茶な仕事ぶりをアリサやすずかにそれとなく伝えたら何かと二人とも構うようになったのだった。ユーノが海鳴にくるとアリサに引っ張り回されるか、すずかの家に招かれるかしている。それとなくうっかり伝えたはやては吹き飛ばされて電気ショックを浴びて入院した。



 その日はアリサが用事があって居なかったため、すずかの家で猫に囲まれながら紅茶などを飲んで雑談に花を咲かせていた。すずかの左手薬指にはその日貰ったプレゼントの指輪が光っている。
 折角のユーノとのお茶会とはいえ目の下に隈を作って時々目をしぱしぱさせているユーノへすずかも気づかい、

「大丈夫? 少し横になってもいいよ」
「あ、ああ全然大丈夫。えっと、何の話をしてたっけ?」

 ユーノは平気そうに手を振って大丈夫だと意思を伝える。休んだ方が、と彼女は思うのだが、ユーノにとって何もしないで休むよりはずっと癒されているので問題はないと思っていた。

「──ええとそれでこの間『かぁーっ! 今から帰っても二時間ぐらいしか寝れないわ~! かぁーっ!』とかいって帰って云った司書が車で事故して、やっぱり無重力に慣れると色々体の感覚が危ないんだね」
「ユーノくん……気を付けてね?」
「僕は車には乗らないけど、確かに何日も缶詰すると部屋から出た時にフラフラすることはあるよ。血流も関係してるんだろうね」
「ところでその事故にあった司書さんの分のお仕事もユーノくんやったんじゃ……」
「え゛。ま、まあ誰かがやらないといけないから……」
「ユーノくん、だからそんなに目に隈を作って……自分の体を大事にしないとだめだよ?」
「……はい。すいません」

 ユーノはバツが悪そうに瞳を逸らす。
 すずかは真面目だ。それも、彼の友人らからしてみれば珍しく『普通』に真面目である。ルールに対して真面目な執務官や、力の行使に対して真面目な教導官、特別捜査官のはやては──まあ不真面目だから別として。普通の感性、当り前の考えを持っていて真面目だった。
 普通。それはユーノとすずかやアリサとは剥離している概念である。彼女らからしてみれば、普通は九歳から働き出さず、休みもないまま何日も徹夜の仕事をしたりしない。
 故にそちらからの常識を指摘してくれ、体を気遣ってくれることに有難さを覚えるユーノだ。

 それに、とユーノは思い穏やかな笑みを浮かべているすずかの姿を見る。育ちが良くおっとりとしたところもあり、高校一年生と云う初々しいようなところもある社会の闇に触れていない可憐な少女──とユーノは思い、単純にそんな人物と話をしていると癒されるのだ。
 最近教導官として物聞きの悪い生徒をいかに痛めず爆殺するかを考えて剣呑な雰囲気を時折見せたり、性癖の多様化が進んでマズイ方向に積極的にならないように払々させられたり、背後に宗教団体の後見人を付けて策謀を張り巡らせたりはしないのだ。なんと安らぐことだろうか。
 まあユーノがすずかのことをそう云う存在だと認識しているだけで実際はどうか知る由もないのだが。十代の男子は女子に幻想を抱きがちであることは確かである。
 すずかはねだるような口調で、

「だから月に一度は、帰ってこれなくても連絡してね? アリサちゃんも心配してるんだから」
「うん、わかったよ。ところですずかは聖祥高校に入ってそろそろ慣れた?」
「そうだね、小学校のころから順当に上がってきた子ばっかりだから顔見知りが多いし……中学校からだけど、女子校だから殆ど男子とは合わなくなっちゃったけど。そう、合う男子は──ユーノくんだけだね」

 ごしごし。
 ユーノは目を擦って再びすずかを見た。やはりやんわりとした笑みを浮かべ上品に紅茶を飲んでいる、普通の可愛らしい少女が目の前に居る。
 何か一瞬すずかの目が妖しく光ったような気がしたのはやはり気のせいだな、と被食系男子なユーノは結論付けた。あまり眠ってないのが効いているのかもしれない。伊達に旗折り職人と呼ばれていない鈍感さである。
 向こうでは、とすずかは年相応の女子に見せかけたような話題を出す。

「みんな元気? なのはちゃんとフェイトちゃんとはやてちゃん。本格的に向こうに行ってからはあんまり連絡も取れないけど」
「立派に働いててもうすっかり局内でも有名人だよ」
「へえ、じゃあ男の人にも人気なんじゃないかな? 彼氏とかできてたり」
「あの三人に吊り合うとなると大変だろうね。今のところ浮いた話はないみたいだけど」

 苦笑する。彼から見ても有能で可愛らしい外見の三人娘だったが、どう云うわけか頓とそう云う話は聞かない。むしろ、以前その話題を三人の前で出したら何故か機嫌が悪くなったことを覚えている。
 ……そういうことを気にする年頃なんだなあ。
 と同い年の男はそう思うのだった。
 彼が物思いに耽っている間にすずかの目が細められていることに気付かない。
 
 ……ユーノくん側からの脈はまだ少ない、と。

 すずかは密かにそんなことを思う。その目に血のような赤い色が密かに爛々と揺れていた。
 出会った辺りのころは何となく──ユーノがなのはに気があることを薄々察していたのだけれど、なのはが怪我から復帰して以来、彼はどうもそう云う対象として彼女を見ることが少なくなったように思えた。当人にのみ分かる様々な心情事情があるのだろう。
 それは燻ぶる他の二人の魔導師の火種に点火させる変化であったが、その火種は絶賛別の所でも燃え上っているようである。
 そもそも男子との接触──どころか複雑な家庭事情から他人との接触の少ない、それでいて特異な身体を持つすずかにとっての唯一の男友達であるユーノ相手に多少なり彼女が思うところがあったのは当然であった。
 
 そんな思惑にはさっぱり気付かず、紅茶をもう一口飲んでユーノは一息ついた。三徹後の脳にすーっと糖分が行き渡って気分が良くなる。
 同時にじんわりと霞みがかるような感覚が来て、ユーノは数瞬目を閉じて耐える。
 それにしても、とユーノは御茶菓子を食べながら思う。

「このお菓子美味しいね。程よい塩分が甘い紅茶によく合って……」
「……ユーノくん、やっぱり眠い?」
「眠くないよ。全然眠くないよ」
「……それ、お菓子じゃなくてキャットフードだけど」
「……なんでこれがテーブルに」
「猫の誰かが……ユーノくんに恵もうと?」

 でも美味しいよ、とユーノは苦笑しながらさり気なく置かれた猫のカリカリが入った餌箱をテーブルの下に降ろす。人間状態でもフェレットの味覚は健在しているようだった。ちなみにドッグフードよりもキャットフードのほうが美味に感じる。
 徹夜に耐える手段は仕事をし続けることだ。効率が落ちようがマルチタスクの数が減ろうがひたすら打ち込めば体力に任せてそれなりに起きていられる。
 だがぬるま湯に付けた真綿のような月村家での御茶会に招かれたユーノの脳は深刻に休みを求めていた。
 意識した途端、朦々としてきた思考を無理やり覚醒させようと頑張る。
 月に数度しか会えない友人との会話の途中で眠りこけるのは失礼だろう、と彼は思う。アリサの場合眠くなる暇もないぐらい引っ張り回すので大丈夫なのだが、すずかの癒し空間に徹夜の頭は厳しいようである。
 彼女は心配そうにしながら、

「なのはちゃんたちにいい人がいないかってこと。多分居るんだけど、気付いてないだけなんだろうね」
「うん。彼女らは交流も広いからね……きっといい人も、いる……よ」

 駄目だこれは、とお互いに思う。ユーノは眠気的に。すずかは彼の鈍感ぶりに。
 ユーノは憤々と頭を振って眠気を覚まそうとしたが効果は無さそうである。
 すずかが、彼を覗き込むように見ながら質問をする。彼が今にも眠りそうなのは分かっていたが、それならそうで朦朧とした意識に対して質問することには意味がある。

「ユーノくんには? 彼女さんとか、居ないの?」
「あはは、僕には全然縁がないなあ。そういうすずかは?」
「彼氏はいないけど、好きな人はいるよ?」

 にっこりとした彼女の笑顔を見るとユーノは体の力が抜けるような感覚を覚えた。

 同時に耳元でがんがんと耳鳴りがして眠気の限界の訪れを知らす。

 へえ、そうなんだ、と小さくユーノは呟き、ぼやける視界ですずかの口が開いたのを見たが──声が掠れて、ノイズのように聞こえなく……


「──ん───ノく────だよ」


 聞こえない──眠い。
 ユーノは瞼を閉じた。もはやどこまでが夢か現実かわからなくなった。



 かくんと頭を垂らして意識を喪失させたユーノに歩み寄り、揺さぶる。
 規則正しい寝息が聞こえた。ただ居眠りをしだしただけだと確認したすずかは、安心したように息を吐いて──
 むう、と少しすずかは頬を膨らませた。

「……それなりに勇気を出したんだけどな」

 しかし気持ち良さそうに眠っているユーノを責める気にはなれず……
 優しく彼の頭を撫でた。
 ため息とともに小さく呟く。


「もう、女の子の部屋で眠るなんて……発情期だったら襲っちゃうんだから」




 **************************




 とはいえ、と彼女はユーノの使っていたカップを見て苦笑する。鎮静効果のある滋養剤を少し混ぜておいた茶である。
 普通の人にはリラックス、程度の効果だが、疲れている体には睡眠薬と同様の効果を発揮する。
 明らかに疲れていてる友人を無理に起こしておくのも気が引けたのですずかが彼を休ませようと仕込んだのだ。これで起きた時には疲労もすっかり取れているだろう。
 そう、寝ながら疲労しても。
 彼女はスッゲエいい笑顔でユーノの傍に近寄る。
 悪戯っぽくユーノの腰に手を回し、力を入れた。
 体重五十数キロのユーノの体をすずかは片手で軽々と持ち上げる。体格差こそあるものの、持つ場所に気を付ければ大丈夫である。
 そして部屋にあったソファーまで運んで行った。
 
 ……まあ別に。

 ユーノをゆっくりと、起こさないようにソファーに寝かせた。
 躊躇い無く彼の体に上から被さるように見降ろして、あどけない疲れから解放された男友達の寝顔を見て、くすりと笑いながら。
 ネクタイを緩めさせ、ユーノのシャツのボタンに手をかけた。

 ……発情期じゃなくても襲うけどね──♪

 ぷちりと胸元のボタンを外しながら、思う。

 うん、大丈夫。ユーノくんフリーだし。早い者勝ちだよね。
 女の子の家で寝る=合意だよね。
 前に少し夜の一族のことを話題に出した時も次元世界の珍しい体質の話をしてくれたし、彼も偏見は持たないらしいから全然オッケーだよね。
 うふふ……!


「鎖骨」

 小さく呟いて僅かに露出したユーノの鎖骨に舌を這わせるすずか。僅かに汗の味がする。
 薬の所為で魘されることの無いユーノは濡れている舌の感触に「ん」と僅かに声を漏らすだけだった。
 そのまま首筋に口を持って行き、吸い付く。歯は立てない。『そっち』をするのは同意の上で、と決めている。しかし『こっち』を行うのはもはや彼女の中では同意されているようではあった。
 つ、と彼の首筋が圧迫され皮膚に充血した跡が残る。キスマークであった。
 なんとなくその印を付けて、ユーノが自分の所有物になった──或いは自分がユーノに所有されたような錯覚を覚え、彼に伸し掛かっているすずかは腹の奥が熱くなる感覚だった。

 基本的に特別な誰とも決めていないユーノならば先に既成事実を作れば彼は拒むまい。むしろ責任を取るだろうことはすぐにわかる。遠回しな幼馴染三人衆とは違って微妙に家庭の事情で性的に進んでいるすずかは積極的だった。 
 率直にいえば今の状況は薬を持って昏睡させ関係を持とうとしている可也ヤバイ状態だ。大人しいお嬢様なんてユーノの印象は全く当てにならない。これがすずかだ、月村だ。
 月村すずかは読書家である。自分の身体的性質から、医学関係の本も読みふけったことがある。それによれば、男性の男性は寝ているときでも男性しちゃうので、つまりユーノが寝ていてもユノユノできるということ……!
 もはや隠さんばかりに目を深紅にギラつかせ、彼女はユーノのシャツを脱がしていく。

 ……うふふ。邪魔をするなのはちゃんとフェイトちゃんとはやてちゃんは異世界で。
 ……アリサちゃんはお姉ちゃんが仕掛けた悪戯なクラッキングを会社が受けて、昨日の会社研修から帰ってこれない。
 ……計画通りだね。

 ユーノが帰ってくるときは大抵アリサも一緒にいる──或いは変なことを企んでも三人娘が駆けつけてくるから下手な手は打てなかった。
 だが今回は三人娘は絶対に来れない用事があることはユーノから確認済み。さらにアリサには彼女の会社に不利益にならない程度の悪戯を仕掛けて、研修先から戻らないようにした。いずれ会社を継ぐ予定のアリサならばトラブルの真っ最中に放り出してこっちへ来ることはしないだろう。
 汚いさすがすずか汚い。
 ユーノは休暇先でまさに無意識のうちに貞操の危機に陥っていた。ざまぁというには何とも羨ましい状況ではあったが。眠いままラスボスに挑んだ報いではある。彼が万全ならばすずかもここまで行わなかったかもしれないが──隙だらけであったから。
 一番性急で一番確実な方法で彼をモノにしようという考えは、或いはもげろとばかりにモテる癖に気付いていない男にとっては有効なのかもしれない。
 その後のナイスボート的に受ける女性からの反撃を全て防ぎ切りさえすればいいのだ。砲撃魔法? 腕力で受け止めてやんよとばかりの意気込みで。人外跋扈の海鳴市民ならではの考えではある。

 彼のシャツが脱がされて、細身ながら男らしい上半身が露出された。
 無意識に顔を彼の肌に埋める。男の匂いに微かに古い本の香りが混じって、すずかは静かに興奮した。この顔はユーノの体に埋めるためにあるとばかりに、彼にむぎゅっと押し付ける。
 胸板にキスをした。ユーノの味を舌に付ける。
 彼女のボルテージはどんどん上がっていく。早く本番へ突入した方が良いのに、ずっとこのままでいたいような二律背反を感じ、余計に躰の深いところからじわりと何かが染み出るような気配に融けてしまいそうだ。
 実際に─────。
 彼がここに訪ねてきたときに淡くこのような展開を妄想してみたものの、いざそのような状況になると今まで我慢を重ねてきた愛おしさが爆発しそうで、じゅくじゅくとした熱く湿っぽい情動がすずかを突き動かす。
 すずかに接触されたことで違和感を感じたのか、ユーノが「う」と唸りながら寝返りを打とうとする。
 しかしそこは狭いソファーの上でさらにすずかが押し被さっている。うまく寝返りが打てず。
 手だけが動いて、すずかの背中を抱いた。

 ……抱かれたから和姦──!

 もう、すずかは、駄目だ。

 すずかの精神テンションは今! 発情時代に戻っているッ!
 初めての男友達を意識して満月の夜を迎えたあの当時にだッ!
 淫蕩! 残忍!
 そのすずかがユーノをユノユノするッ!
 
 この瞬間妙な気配を察知した別の次元世界で教導官が訓練生にスターライトブレイカーをぶっ放し、執務官が犯罪者をサンダースマッシャーでビリビリし、特別捜査官が屈んだ拍子にスカートの尻が破れたという。
 ちなみに幸せそうな顔で眠りこけている司書長は夢の中で黒い毛並みの雌フェレットと戯れていた。あははーほーら噛んじゃだめだぞーとかファンシーな夢である。その黒フェレットに喰われそうになってることも気付かずに。

 眠っている片思いの男性(半裸)に跨っているという状況ですずかの顔は赤く染まりながらも勝利したかのような顔である。
 もじもじと彼女は自分の太ももを擦り合わせ、片手をユーノの腹に置いてするすると下に這わせながら、体を彼の上にうつ伏せで寝かせて顔と顔を見合わせる。日本人にしては大きい胸が柔らかな弾力と共に服の上からユーノの体に押し潰された。
 心の中で、或いは部屋の外で機械仕掛けのメイドが旗を持って応援している。頑張れお嬢様。倫理観とかそういうのに負けるなお嬢様。まだ直接的描写じゃないから大丈夫だぞお嬢様。

 未来は今。
 色々な方面の準備は十分。色々ってまあ色々だ。

 そう思いながら眠っているユーノに、まるで物語のお姫様のように口を付けようと……!



「すずかお嬢様! アリサ様が──!!」


 ファリンの叫び声。
 バゴン。
 という大きな音を立てて、すずかの部屋の扉が開かれた。正確には蹴り開けられたが。
 そのままの勢いで電光石火、疾風迅雷とばかりに二人の重なっているソファーへ接近。ユーノに乗っているすずかを引っぺがしたのは──アリサ・バニングスだ。
 怒り心頭怒髪天金髪灼眼……彼女は怒りか、羞恥に顔を染めて床に降ろしたすずかに指を向けた。

「ななななな、なにしてるっ……ふごっ!」
「ちょっと、駄目だよアリサちゃん! ユーノくん起きちゃう!」

 叫び出そうとしたアリサの口に音速を突破しそうな勢いで手を突っ込んで黙らせる。
 そうしながらも今の状況に踏みこまれたことに戸惑いが隠せない。舌打ちの一つでも、彼女がお行儀よくなければしていただろう。
 開けられた扉の廊下側ではファリンが心配そうにおろおろとこっちを見ていたが、目配せをしてドアを閉じさせた。

 アリサはこのタイミング──ユーノが帰ってきていて、自分にトラブルがあれば会うのが遅れる状況──で自分の研修先の会社がピンポイントでクラッキングを受けたことに怪しさを感じて超特急で事態を解決させ戻ってきたのだ。
 そしてすずかの家に行ったと翠屋で聞いて急ぎ向かえば──
 半裸のユーノを押し倒してるすずかがいたというわけである。 
 口腔に突っ込まれたすずかの手を引っこ抜いて、ユーノが完全に寝息を立てているのを確認し、声を潜めてすずかに改めて問いただす。

「すずか……あンた、寝てるユーノ脱がして何しようとしてたの……!」
「ナニって……それは勿論、男女が一緒の部屋にいるってことでナニを……」

 すずかがおどおどしながらはっきりとシモいことを言うのに、アリサは頭に血が上らせながら、怒鳴るのを堪えて続ける。正確には、小声で怒鳴るという方法で。

「ユーノ寝てるじゃない! 全然同意してるようには見えないわよ! これって犯罪よ!」

 当然の意見であった。
 すずかは困ったように眉を寄せて、

「あのね、アリサちゃん……女の人が男の人をナニしても強姦罪じゃないんだって」
「それとこれとは話が違うって言ってるでしょ! 生々しいのよあんたは!」 

 がるる、と今にも噛みつかんばかりのアリサを見てすずかはどうしようか、と思う。
 一方でアリサはだらしなく脱がされたユーノのシャツのボタンを止め直して、無残に緩められたネクタイをまるでいつも練習してるかのように小器用に閉め直す。
 そしてこんなところに置いておいては危険だとばかりに彼を起こそうとし──
 がし、とすずかに手を止められた。

「アリサちゃん」
「……なによ」

 すずかの真剣な深紫色の瞳に射竦められ、動きを止める。

「ユーノくん、疲れてるんだから寝かせてあげようよ」
「あんたさっき思いっきりユーノとハッスルしようとしてたわよね!? いつ平行世界と入れ替わったの!?」
「あれはいいの。気持ちいいから……多分」
「だから生々しいわ! 正座! 座りなさい!」

 渋々と正座するすずか。とはいえ床は深い絨毯だったので足は痛くもないのだったけれど。
 すずかを正座させた状態になって、はたとアリサは思い至る。

 ……何を説教するつもりだったのかしら私。

 彼女はすずかがユーノのことを好きなのを知っている。
 好きな男の人相手に、関係を持とうとするのは──分かる話ではある。
 それも普段の接触がなのは達より圧倒的に少ないすずかならば、チャンスを生かすのは当然とも思えた。

 ……なんでこんなに焦って帰ってきたんだっけ?

 別に──
 アリサはユーノが昏睡姦されていると予想して急いできたわけじゃない。
 よく分からない焦燥感に襲われて……
 言葉に詰まっているアリサに、首を傾げたすずかが問いかける。

「アリサちゃん?」
「そ、そうよ。だから眠っている相手に、合意もなくそういうことをするのはダメに決まってるわ。そういうことは、その、恋人同士と云うか……結婚するまでしちゃいけないっていうか……」
「アリサちゃん──ウブだね」
「う、うるさいわね!」

 顔を真っ赤にさせたアリサが叫ぶ。
 くすくすとすずかが笑い、思い付いたことを言ってみる。

「それなら大丈夫。ほら、ユーノくんから指輪贈られたし」

 と左手の薬指に嵌められた銀色の指輪を見せる。
 唖然。
 アリサは頭の血がさっと引くのを感じた。

 ……え? なんで?

 それを見た瞬間アリサがさっと、無意識に近くにあったユーノの体を掴んだ。
 そのアリサの手をすずかが阻む。
 彼女は暗い顔で、

「だから……取っちゃダメだよ」
「いや」

 何故か口から否定の声が出るアリサ。
 本当に、彼女自身もわからないのに……否定してしまった。
 すずかは声を低くしてアリサに近づき、ずいと顔を寄せる。

「アリサちゃんは昔からそうだよね。人の大事なものを取って喜ぶんだ。へえ。あの時わたしのヘアバンド取った時から変わらないね」
「ち、違」
「でもダメだよ。もうユーノくんはわたしのになったんだから……ううん、わたしがユーノくんのものになったのかな?」

 すずかの目には否定を許さない色が灯っている。アリサは浮かんできそうな涙を堪えて、きっと彼女を睨みかえした。
 本人の知らないところで所有権が動いているユーノ。彼は夢の中で黒フェレットと金フェレットに挟まれてキャッキャしていた。一生寝ていろと思わざるを得ない。
 アリサは言葉に詰まる。
 彼女はすずかやなのは達がユーノに気があるのは知っていたが──ユーノがそんな風に、急に誰かに求婚するとは思えなかったし、思いたくなかった。
 どうしてだかは今はまだわからなかったけれど。
 にっこりとすずかは微笑み、アリサを安心させるように、

「そうだ、じゃあ特別に、アリサちゃんも一緒にどう?」
「えっ……」
「本当はダメだけど、アリサちゃんはお友達だしね。一緒に楽しむぐらいはしないと可哀そうだもの」
「ば、馬鹿にして……!」

 ここぞとばかりに優位に立とうとするすずか。もうなんか悪女モードであった。遠回しに言ってノリノリである。
 アリサは屈辱を感じ──強硬策に出た。
 そもそもなんでユーノに関係することで自分がこんなに感情的になっているのかわからないのだけれど……
 全く持ってさっきからの彼女の言葉はユーノの確認が一切含まれていないので。

「ちょっと! ユーノ起きなさい! 説明しなさい! いつまで、寝るんじゃないわよ馬鹿ユーノー!!」
「ア、アリサちゃん! ダメだって!」
「離せ! って骨が軋んでる軋んでる!」

 アリサを止めようとスズカパワーキンジラレタチカラで彼女を羽交い締めにするが、アリサの大声に反応したユーノが、「むう」と唸った。
 そして目頭を摘まみながら鈍々と上体を起こす。
 
「しまった薬の効果が!」
「薬!? 事件性が増したー!! こら、早く起きないと食べられるわよユーノ!! いい加減にしなさい!」

 元々睡眠薬ではなくリラックスさせる程度のものなので、安眠が妨害されれば眠りからも覚める。
 レム睡眠という夢を見ていた睡眠の状態であった。この状態で睡眠から覚めると、ある程度寝不足の頭痛などは起こりにくいのではあるが──
 直前まで夢を見ていた故に寝ぼけやすい状態でもある。
 つまりユーノは目の前でふわふわと金髪を揺らして叫んでいるアリサを、夢の中に居た金毛のフェレットだと寝ぼけた頭で認識した。
 ぽわっとした顔で目を半開きにして、アリサの顔に近づいた。

「……もふもふ」

 アリサの頭を抱きしめるユーノ。頬ずりするように彼女の髪の毛にユーノは顔を押し付けたら、いつもより気合の入ったシャンプーの匂いが仄かに漂って、より現実感を無くした。
 だが。抱きしめられた当のアリサは。
 もう耳からは自分、或いはユーノの鼓動の音しか聞こえないぐらいどくどくと頭に血の昇る音を聞いて。
 同年代の異性に、その気の強い性格から抱きしめられるなど初めての体験で。

「うゃあああ!?」

 言語野に異常を来たしたかのような叫び声を上げ、ユーノの米噛に握り拳を振るったのだった。





 **********************
  



「ご、ごめんアリサ……」

 目を白黒しながら吹っ飛ばされたユーノはアリサに謝った。
 寝ぼけたまま女性に抱きつくなどと云う破廉恥な行為に自省しながら、被害を受けて怒りのあまりトマトみたいに顔を赤くしているアリサに謝罪する。
 彼女は口角泡を飛ばす勢いでユーノを糾弾する。

「こんのエロフェレット! お風呂に入りこむだけじゃ飽き足らず、今度はなに!? 寝ぼけて抱きつきましたって、あんたどんだけ狙ってるのよ!」
「いや……その……すみません」

 妙に生き生きとして罵るアリサから視線を逸らした。
 逸らした先にすずかがいたが、彼女も気まずそうにさっとそっぽ向く。

 ……うう、やっぱり嫌われるよね。

 ユーノは折角の淫獣の汚名を徐々に返上していたというのに前科二犯となると抒情酌量の余地が大いに減ることを自覚する。
 それで、と眉を上げたアリサは尋ねる。

「すずかに、指輪を贈ったってあんたどういうこと!?」
「あ、アリサちゃんそれは……」

 ユーノは首を傾げた。

「指輪……って、デバイスのこと?」
「デバイス?」

 うん、とユーノは頷き、

「すずかがミッドチルダ──他の世界の本も読んでみたいっていうから、本人の魔力を使わないタイプの翻訳魔法が入ったデバイスを僕が作ったんだけど……」
「なっ、それでなんで指輪型なのよ!?」
「待機状態の形をどうしたいかってすずかに聞いたら指輪がいいって……」

 管理外世界の住人にデバイスなどの魔法技術を与えることは本来違法に当たるのだが、元々法的意識の弱いスクライアの部族に所属し、実際にこの世界のなのはにレイジングハートというデバイスを譲渡したユーノである。さらにすずかは次元世界の存在を知っているため、口止めさえすればさほど問題はないだろう彼は判断していた。全然罪悪感など感じていない。
 ユーノはデバイスマイスターの資格こそ持っていないが、魔法学院時代に基礎は習ったし部族のデバイスを整備することもあった。それにはやての融合機リインフォースⅡを作成するために古い記録から新しいデバイスの構造まで調べたので部品さえあれば作成することも難しくなかった。
 すずかに「本当にいいの? ユーノくん」と以前、作ってくると約束した時に聞かれたがいざとなれば管理外世界無限書庫駐在所員という特別な間柄で通すから大丈夫だと彼は答えたのだ。その程度の人事権は持っているし、PT事件や闇の書事件でも深く関わった九七管理外世界ならばそのような存在が居てもある程度容認できる根回しが可能である。
 ──そこまでユーノが頑張ってでもデバイスを作ってくれるということに彼女はさらに嬉しい感情を抱いたのではあったが。
 それはそうとがし、とアリサはすずかの肩を掴んで数歩離れたところに連れて行きユーノに二人は背中を向けた。
 囁くように確認する。

「……どういうことかしらすずか」
「あ、あは。ごめんねアリサちゃん──冗談だった♪」
「………………」
「そ、そんな怒らないでよ。軽いジョークだよ。わたしが本気で──本気で──うふふ」

 このアマきっと言及しなければそれで通したんだろうなとか笑って誤魔化しているすずかへ思いつつ、次はアリサはユーノにつかつかと近寄った。

「ちょっとユーノ分かってるの?」
「え? 何が?」
「この世界だと婚前指輪とか、結婚指輪とか習慣があるってこと!」
「…………え゛」

 ユーノは知らなかった。
 そもそも彼はそんなに長いこと地球に居たわけではない。そして漂流する彼のもと居た部族では様々な風習のある他部族と接触したし、無限書庫に配属され多くの知識を得るうちに色んな婚前交渉の方法を知った。
 勿論その中では指輪を交換するという方法も見知っていたが、結婚についてさほど考えていない彼にとっては指輪を上げるのも羊をあげるのも等価に結婚の儀式である。ピンポイントに日本がそんな文化だと思っていなかった。
 それを知って途端に慌てた様に、

「そ、それは知らなかった……ごめん、すずか。そんなに気が回らなくて」
「ううん、いいよユーノくん。頼んだのはわたしだから……」
「この常識知らず……ユーノ! いい!? レディに贈り物をするときはもっとよく考えて──」

 ユーノは困ったようにポケットからもう一つ指輪を取りだした。
 すずかのと似た意匠の、こちらは黄金色の指輪だ。

「参ったな……アリサの分も用意してたんだけど、迷惑だよね? ごめん、作りなおしてくるから」

 がつん、とアリサは頭を打たれたような衝撃に襲われた。
 同時にユーノの手から指輪を引っ手繰っていた。
 彼はきょとんとアリサの、何か必死そうな顔を見る。

「し、仕方ないから貰ってあげるわ! 本当にあんたアレね! だ、大体、すずかだけにプレゼントしたなんて噂が流れたら大変じゃない! だから私も同じのを貰っておけば、ペアでプレゼントしたとか何とか言い訳が立つじゃない! 仕方なく、仕方なくなんだからね!」

「え? え? ああうん──え?」

 アリサの理論展開に混乱しながらユーノは結局、アリサに指輪を渡してしまった。
 ミッド語だけでなく地球の各国の言葉も翻訳してくれる便利なものだから、彼女らにも役に立つだろうと思って作ったデバイスは好評のようである。

 ……貰ってくれるならそれでいいんだけど。

 とユーノは困惑しながら思った。彼からすれば下心が微塵もない、単なるプレゼントではあるが──彼に気のある女の子からすればそうではないのは当然である。
 アリサは尻尾が付いていたら振らんばかりに、大事そうにユーノから取りあげた指輪を持っている。
 そんなアリサの様子をじーっと半目ですずかが見ていた。

「……アリサちゃん」
「ひゃあ!? なによ!」

 すずかの静かな声にビビリ入りつつ、

「……負けないからね」
「な、なにがよー!」

 叫びながら、アリサはユーノから貰った指輪を左手の人差し指に入れる。
 その指に入れる指輪の意味は『積極性』だ。
 少しだけ、前進した彼女の覚悟を表しているかのようだった。 


 ユーノと二人の地球での関係は続く。

 その終着がどうなるのかは誰も知らないが────

 何も分かってなさそうな顔で騒いでいる二人を見ている司書長を落とすのに必要なものが、確かにここにあるかもしれなかった。








 **************************







 死んだ目でなのはが言う。

「反省会ーなのー」
「いえー」
「ヒィ……」

 フェイトが追従し、椅子に縛られたはやてが怯む。
 質量的破壊力すら籠りそうななのはの視線を浴びながら、彼女の声をはやては聞いた。

「ユーノくんが首筋にキスマーク付けて帰ってきましたーついでにすずかちゃんとアリサちゃんに指輪渡すという進展」
「ほ、ほら聞いた話やとユーノくん知らへんかったみたいやない」
「ユーノが知らなくても周りはどう思うかな……」
「しかもあのお兄ちゃんを籠絡したことに定評のある忍さんの妹のすずかちゃんにユーノくんを紹介したのは誰だったの?」
「うう……」

 身を縮こませるはやて。よかれと思ってやったことなのに……はやては真逆すずかがそんなにヤバイ相手だとは露とも知らなかった。
 苛々したようになのはが頭を掻きながらショットグラスに注がれたウォッカを一気に煽る。彼女は十六歳だったがミッドでは以下略だ。最近ミッドチルダの飲酒可能年齢がどんどん下がっている気がする。日本国内での二十歳未満の飲酒は法律で禁止されているので夏とはいえ開放的にならないように気をつけよう。
 彼女はぐへぇ、と焼けた息を吐き口元を拭う。

「海鳴に送ったのは間違いだったの……? ユーノくんが少しでも休めるようにと思ったのに……」
「なのは……」
「こうなれば美由希お姉ちゃんを見張りに──いやダメダメ! 身内すら信用できないの! うううすずかちゃんのおさせ……そしてユーノくんの浮気者……」

 飲んだ酒を目から出すように涙を流すなのは。
 浮気者と云うが別にユーノはなのはと付き合ってはいないわけで。なのは的にはなんでルートに中々突入しないのかが不思議なぐらいだった。原因の半分は左手に持った酒瓶なのだろうが。
 椅子に縛られたままのはやてが慰めるように声をかける。

「だ、大丈夫やって! ユーノくんは指輪はなにも好意とか関係ないタダの贈り物のつもりやったんやろ? アリサちゃんもすずかちゃんを牽制してくれてるし、なのはちゃんかてレイジングハートっていう心の籠った大事な絆があるやないか」
「レイジングハート……そうだよね! わたしはユーノくんから掛け替えのない物を貰っているんだから!」
「そうや! それにわたしもリインフォースⅡっていう、子供同然の愛情の結晶を生み出したし!」
「私は……?」

 フェイトが手を上げてぼそりと聞いた。
 互いのデバイス自慢をしようとしたなのはとはやては顔を見合わせる。
 沈黙。
 
「フェ、フェイトちゃんには───」
「そのう、…………………裁判の勝訴とか?」
「う、うああああん」

 泣きだした。

 頑張れ三人娘。足を引っ張りあえ三人娘。





 おわり
 






[20939] Forever Your Girl(超壊れTS憑依ネタ編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:b0dffcca
Date: 2010/09/13 16:48



 
 無限書庫という管理局の部署にはその名の通り有限無限の書物が収められている。
 とはいえ管理局がそれを把握しているのも全部ではなく、未だに出自不明未分類の書物が多数埋没しており、本来ならだれも手を付けないそれらを改めて分類するものなど──
 現無限書庫司書長ユーノ・スクライアぐらいしかいなかった。
 司書の仕事と言えば資料検索と書架探索の大きく二つであり、殆どそれ以外にかまける余裕などないぐらいに忙しい。
 だが卓越した能力を持つユーノはそれらに並行して未分類の書物をカテゴリするのを、無限書庫に入ってから十年間続けている。
 とはいえ彼がいかに努力しようとも無限書庫に入荷してくる書物は日ごとに増えるのでいつまで経ってもブラック・ボックスは無くならないのだったが。
 それでもその日もユーノは一人、未分類の本を読書魔法で読みながらカテゴライズするのであった。

「ん? これは?」

 と彼が何冊かの本を同時にマルチタスクで読みながらも目に付けたのが一冊の本。
 妙な魔力を宿しているそれのタイトルは『平行世界憑依のススメ』
 何か拙い気配を感じて、シーリングの魔法をかけようかと思ったが本と云う媒体のそれに少し興味があり読書魔法で内容を確認しようとして……



 意識が……

 





 


 *********



「ううう」

 うっすらと目を開けるとそこは無限書庫の司書長室だった。
 どうやら眠ってしまっていたらしい。無限書庫の勤務は過酷でうっかり司書長室で眠ることは良くあることだが、体にはよくないことだと自覚している。
 えーとさっきまで何をしてたんだっけ?
 立ち上がったけれど体が妙に重い。
 いつもの疲労とかそういうものじゃなくて体のバランスが崩れたような重さの原因はすぐにわかった。

「……きょにゅう?」

 そう──僕の胸に何故か、ビッグ・ボインが発生していたからだ。

「なぜーーー!!?」

 母音。いや、ボイン。それは男のロマンである。そりゃ僕だって嫌いじゃない。無いよりあった方がいい。大は小を兼ねる。
 でもさ、なんで僕の胸がバ──ンと膨れてるんだ?
 まず疑ったのは病気。つまり、ハチに刺された、とか水腫が出来た、とかそういう理由で僕が巨乳化しているという拙い状況。
 むにむに。
 とりあえず、当然のように揉んでみる。自分の体の一部だから揉む権利は必然僕にあるわけで。
 で、痛みや何やらはない。というか凄く柔らかい。これが巨乳の力か……!
 別段、異常は感じられない。そもそもそんな病気で胸のサイズが男の平面からオーバーシグナムサイズになるのは可也末期的なので出来れば違ってほしいのだ。
 異常らしい異常と言えば、しっかりブラジャーを装着していたところか。

「……っていうかスカートも履いてるし……」

 自分の格好に気が付いて愕然と呟き、はっと気が付いてロングスカートの中に手を突っ込む。
 手を股間の当たりに持って行って気付く──女性向け下着の感触。そしてノットCHIN。

「うあ」

 声が漏れた。
 僕の股間からジョイスティックが消えた。
 二十年間相棒だった、僕の全身の男性ホルモンを一点集中させたようなレイジングハートエレクチオンが──消失していた。

「うああああああああああ!!!?」

 混乱のあまり、等々叫び出してしまった。
 何故だ!?
 僕のイヤンコックはどこに消えた!?
 そして何故胸にスイカップが二つも付いてる!?
 世界は崩壊した。神は死んだ。男らしくないと笑われていた僕の存在意義はどこだ。無限書庫を全て解き明かすのはいつになる。宇宙の真理は42で神の答は20だと誰が決めた。
 世界はいつだってこうじゃなかったはずなのならば。

「死のう……」

 いや、死んじゃダメか。



 *******************


「ユーノどうしたんだい!? なんか叫び声が!」

 と大声を出して司書長室に入ってきたのはアルフだ。
 地面にへたり込んで股間に手を当てて泣いている僕を見降ろしてアルフはゆさゆさと肩を揺さぶる。
 アルフ。
 そう、僕の右手──じゃなかった右腕とも言える長年の付き合いのアルフを見た瞬間涙が出てきた。

「うううーアルフ、僕の、僕のアンダー・ソンがぁああ」

「落ち、落ち着きなってユーノってば!」

 思わずアルフに抱きつく。アルフは顔を赤らめて慌てるような仕草をした。
 アルフ?
 ……。
 何故か今日のアルフ短パンなんだけど。
 あと髪切った?

「とりあえずアルフ、見てよこれ! どうなってるの!?」

 と胸を寄せてアルフに見せた。
 やはりアルフはうっと呻いて顔を背ける。やはり赤面しながら、

「ど、どぉって……相変わらず大きいねえ」

「相変わらず!?」

 新説。僕は昔から胸が大きかった。MASAKA。

「そんなことよりユーノ、あんたまた司書長室で寝たね? 髪の毛がぼさぼさじゃないか」

「だって……髪の毛より僕のエクスカリバーのほうが一大事で……」

「? 何を言ってるかわからないけど、女の子は髪の毛が命なんだろ。まったく、梳かしてあげるから後ろ向きな」

 ニューカマー。僕は女の子だった。USOだろ。
 唖然として硬直する僕の後ろにアルフは立って、司書長室に当然のように置かれていた櫛で髪の毛を梳き始めた。

「……ねえアルフ。僕って女の子──だっけ?」

「何を言ってるんだい? そりゃあ十年前、最初にあったころは髪の毛も短かったから男の子みたいだったけど……成長期が終わったら急に胸が膨らんで女らしくなったじゃないの」

「……」

「あんたの胸はフェイトも目のやり場が困るって言ってたんだから」

「フェ、フェイトだって凄いモノじゃないかな?」

「──! モ、モノってユーノあんた、フェイトのアークセイバーを見たのかい!?」

「ええええ!? い、いやそれに、アルフの大人形態のソレも……」

「ちょっと待って!? こっちの鉄拳無敵まで……いつの間に!?」

「ストップ! ストップストップ!!
 ──えーと、まず大事な確認だけど。アルフは、もしかして、オス?」

「……ユーノ本当にどうしたんだい? あんたの知り合いはクロノ以外殆どオスじゃないか」

「状況把握」

 頭を抱える。
 そうだ、昨日未分類の本を読んでいたら妙な反応をする本に出会って……
 ロストロギアの気配がしたので封印処理しようとしたらそのまま意識を失ったんだ。
 そして多分本の題名からしてそのロストロギアの効果で性別が逆転した平行世界へと意識が飛ばされたんだよ!
 ……ロストロギアって存在で物事を解決するの便利だなあ。
 と、とにかくどうにかして解決しないと……。

「──さっ、髪の毛も綺麗になったよ。そうそう、今日フェイトとなのはがこっちに来るって」

「うわあ、見たいような見たくないような」

 僕はショタ化したアルフに微妙な声音で返すのであった。


 ***********


 誰アレ。

 ……誰アレ。


 僕は「やあユーノちゃん」と挨拶してきた栗色の髪の毛をして管理局教導隊の制服に身を包んだその男性から必死に目を逸らした。
 身長は百八十ぐらい。服の上からでもわかる実践で鍛えられたしなやかな筋肉。やや童顔が残っているもののお父さんの士朗さんとよく似た顔に聞いただけで孕みそうなグリリバ──グリリバってなんだろう──ボイス。
 夏の海辺とかで即女の子に声かけられそうで絶対レイジングハートがデカイ。

 ……なのはだと信じたくない……!

 その隣にいるのが金髪のやや線の細い男。こちらも身長がなのは?と同じぐらい高くてモデルのようにすらっとしている。
 こちらは黒い執務官の制服を着ていてまるでガイアがもっと輝けと叫んでいるような雰囲気を出しているIKEMENだ。
 絶対バルディッシュが大きそう。

 ……割とフェイトだ……!

 背筋に鳥肌を立たせ冷や汗が流れながらも僕は必死に笑顔を作って話しかけた。

「や、やあなのは?にフェイト?」

「なんで疑問形なんだ?」

「うん。ごめんね。世界の理不尽さにちょっと」

 正直頭痛もしてきたのだけれど。
 なの男は持ってきた包みを取り出して僕に押しつけるように渡す。

「はい、これうちの実家のシュークリーム。お土産に買ってきたんだ」
「へ、へえ……ありがとうなのは」
「この前の休みは一緒に帰る予定だったのにクロノが急な仕事持ってきてごめんなユーノ」

 謝るフェイトの顔に引き攣りながら『クロノ以外大抵オス』というアルフの言葉を思い出した。
 クロノ。クロノは女になってるのかなあ。嫌だなあ想像したくない。
 僅かに笑顔を曇らせた僕になの男──ああ、やっぱり駄目だ。むしろ恭也さん似の彼をなのはと認識できない──が提案する。

「そうだ、これから食堂にでも行ってお茶でもどうかな? ユーノちゃんも今休憩時間だろう?」
「え、えと、休憩時間……なのかな? アルフ」
「ああ、昨日は徹夜だったんだろ? 休んできなよ」
「さ、行こうかユーノ」

 爽やかな笑顔でお茶に誘ってくる、なの男とフェイトに断り切れず僕の逃げ道は無くなっていく。
 ああ、せめて少女(少年?)形態だったから変化の少なくて済んでるアルフも一緒に……ああ……仕事に行っちゃった……



 ***********************



 管理局の中を歩いていると、視線が恥ずかしい気分だ。
 フェイトもなのはも男になっている妙な世界だけど二人は元から男として育ったのだろう。
 僕は男だったわけで、胸に女の証をぶら下げて歩いていると気恥ずかしい。妙に大きくて重いし、ブラジャーに締め付けられるのも初体験で違和感がある。女性用ショーツもぴっちりしてて気になるし股にフェレットが無いのも落ち着かない。僕の意識が乗り移るまでは普通にこれで過ごしてたのかな?
 胸である。本当に胸が大きくて困る。すれ違う男性局員は洩れなく僕の胸に一度目線をやるから困ってしまう。次の瞬間にはなの男とフェイトの殺気をぶつけられてダッシュで逃げるけど……
 シグナムさんとかフェイトもこんな気分だったのかなあ……恥ずかしくてつい胸を隠すようにもじもじと歩いていたら、

「ユ、ユーノ……普通に歩こうな」

 とフェイトが前屈みになりながら忠告してくれた。
 うわー。
 うわー……
 こう……自分が性的対象として見られてるって露骨にわかるとすっごい気分だ……
 早く元の世界に戻りたい……

 食堂にある一つのテーブルをなの男が威圧で確保して三人そこに座った。
 コーヒーを持ってきて、とりあえず落ち着くために喫茶翠屋のシュークリームを食べる。

「おいし」

 口の中に広がるまろやかな甘みに僕は嬉しくなる。
 この世界でも翠屋のシュークリームは美味しいようだ。人生の幸せの何割かは糖分で出来てるよな、とか思いながらクリームを味わう。
 そんな僕の様子が幸せそうに見えたのかなの男とフェイトが苦笑しながら、

「ユーノちゃんは桃男父さんの作ったお菓子が好きだよね」

 桃子さんがピーチボーイになってた。うおぉう……
 で、でもお菓子職人は男の人が多いからね! 気にしないよ!

「そ、そういえば最近二人とも調子はどう?」

 情報収集してみる。性別が入れ替わった世界だからどこがどう違うのかは分からないから。
 二人とも顔を見合わせて、

「こっちはいつも通り教導に励んでるな」
「とか言ってなのは、この前も小生意気な生徒を半殺しにしてたじゃないか」
「素直な態度になるまでちょっと小突いてやっただけだよ。あれじゃ戦場に出た時に使い物にならないからな。フェイトこそ、鈍ってるんじゃないか? エリオちゃんと魔力制限で模擬戦してバリアジャケット破られてたけど」
「小さい子に服を破られるとか御褒美だと思っただけだよ」
「ハハハ変態め──ヴィヴィ男には近寄るなよ」

 仲良さそうに話しだしている二人だったけど……
 なんか性格が物騒だったり拙い方向に尖ったりしてるー!?
 い、いや、男になってるのに女の性格と全く同じだったらそれはそれで気味が悪いけどさ……!
 僕の中のなのはとフェイト像が……
 まだどうやって元の世界に戻れるのかわからないけどさ、きっと元の女性の二人を見ても目の前の二人がちらつくんだろうな──!
 夢落ちであって欲しいと僕は願った。ついでに起きた時に忘れてて欲しいとも。

「二人とも相変わらず仲がいいね」

 諦めた様にそう告げる。すると二人とも微妙に苦い顔をして、

「そりゃあダチだからいいけどさ……」
「ユーノはあんな本のことは信じないでくれよ?」
「本?」

 心当たりが無かったので問い返す。
 なの男が真っ黒のコーヒーをぐい、と飲んで渋そうな表情になり、

「あの狸野郎が描いた──ホモ本」

 ぶっ。
 思わず吹きかけたので手で押さえる。
 ああ、そういえば元の世界でも二人にレズ疑惑があったっけ……
 男になると急に生々しいなあ!
 指摘されたらもう目の前の、黒髪痩せマッチョ系なの男と金髪細クール系フェイトのお歎美な感じが脳内に浮かんで……うう、気分が悪い。
 どれだけ僕に厳しいんだよこの世界!

「ちっ、はやてめ……姑息で陰険な手段でユーノちゃんとの仲を引き裂こうと……」
「犬でも犯してればいいのに……」

 機嫌が悪くなった二人に、慌てて声をかける。
 全然現実感と云うかそういうのはないけど、僕と二人の関係はこの世界でも友達なんだろうから。
 ……友達だよね?

「うん、二人とも格好いいからちょっとぐらい変な噂も立つよ。でも大丈夫、僕はちゃんと二人を信じてるから」

 なるべく笑顔でそう告げると、二人は顔を見合わせてヒソヒソ話しだす。

「ちょ、ユーノちゃんに格好いいって言われた! ごくり、レイジングハート録音したな!? 目覚まし音声にするぞ!」
「ティアから貰ったモテセリフメモはどこにやった!? えーとこれに対する返答は『ユーノ、今夜クロスミラージュしないか』……これか!」

 妙に盛り上がっている二人を見て冷や汗がだらだら出てきた。
 ……えーと、そうだ。今の僕は女で、女性から格好いいなんて唐突に褒められると多少舞い上がるよね?
 何気なく同性に接するような言動を取ったら拙いかもしれない。っていうか『……これか!』じゃないよフェイト。怖い。
 そう思っていると、何か背後に気配。
 同時に、

 むにゅ。

 と胸を掴まれた。


「なんや、随分盛りあがっとるようやのう、なのは君にフェイト君」

 この関西弁は……

「あれ? はやて?」
「そやでー。ユーノちゃん元気しよった? いつもこげなもん付けて肩凝らへんの?」

 肩越しに顔を出したのは、はやてっぽい栗色の髪の毛の男性だった。ぶっちゃけ関西弁が無いと特徴が薄いので気付かなかっただろう。微妙に糸目になってるし。
 むにゅむにゅ。胸を揉まれている僕。
 いや、やっぱり弾力あるんだなあ僕のきょにう。
 なの男が顔を真っ赤にさせて立ち上がった。そして食堂中に響くような声で怒鳴る。

「てめえチン揉み狸ィィィィィ!! どっから沸いてきやがったそしてなにユーノちゃんの胸を揉んでやがるゥゥゥゥ!!」
「落ち着けなのは! ここでバスター撃つとユーノも巻き込むだろ!?」

 まじで。
 やめて。
 その間にもはやては僕の胸をぽよぽよと揉み続ける。
 ……これって完全にセクハラだよね? いや、元男だからあんまり気にしないけど。

「……あれ? 今日のユーノちゃんは反応ぉ薄いなぁ。いつもなら一瞬でバインドして背骨バッキバキ言わせて掃かすのに」

 はやても疑問の声を上げながら、だが堪能するように胸を揉む。女の普段の僕ってそんなんなんだ……そうなると予想してるなら止めようよ。
 僕も反応しようにもどうすれば……胸を揉まれた経験なんてないからさ。

 むにむに。
 もみもみ。
 たゆんたゆん。

「ぐぅぅぅぅ!! なんてこったぁぁぁぁぁ!!」

 なんか食堂中の男性局員が若干前かがみになって戦闘不能に。
 策士なのか? はやて(男)。
 彼はにんまり笑って、

「あかん。不用心やで」

 するとはやては指で僕の胸を摘まむように……
 
「ひゃぁうん!?」

 痛っ! なにか、こう電撃が走ったような……
 ……乳首を摘ままれる経験なんて初めてなわけで。なんてことしてくれるんだはやては。
 っていうか性別入れ替わって友人に乳まで揉まれて……なんか泣けてきた。
 涙目になって何故か硬直してるはやてへ振り向きながら、頼む。


「お願いだから痛くしないで……」


 ズキュルンブチブチィッ!! ドサッ。

 謎の擬音が聞こえた。最後のは何人かの局員が地面に倒れ伏す音だったけど。フェイトもうつ伏せに倒れて顔面から血の水たまりを作りながらびくんびくんしてる。うわあ。
 一方で。
 ゆらり、となの男が人殺しの目ではやてを睨んで、宣言する。

「絶ッッッッ対! ぶっ殺す……!! 有害狸があ!」
「クハハハハハ! 今のユーノちゃんの言葉聞いたやろなのは君よー! もうユーノちゃんはもろうたで!」
「やるかああああ!!」

 音速の壁が吹き飛んだ音と共になの男の姿が消えた。あ、恭也さんとかがやってた常識外れの移動法だ。生身なのにフェイトの真ソニックの数倍早いとかどういう理屈なんだろう……こっちの世界ではなの男も使えるのか。
 背後で剣撃の音がした。明らかに鈍器の形状をしているなの男が振るったレイジングハートを、はやての傍に立っているピンク色の髪の毛をして無精髭を生やした浪人風の男が剣型のデバイスで受け止めている。
 続いてその衝撃波が発生して僕とはやては吹き飛んだ。テーブルも吹っ飛ぶけど、なんとかシュークリームだけは確保に成功。

「ちい!! シグナム、邪魔すんじゃねえ!」
「主をやらせるわけにはいかん! あと私とてユノユノしたい!」

 うわあ嫌な予感したけどあの無精髭生えてるミドル侍、シグナムさんだ。泣きそう。
 戦場と化した食堂はフェイトとはやても加わって魔力弾や白兵武装が蹂躙しまくる危険スポットに早変わり。他の局員も何故か「これに勝てば司書長は俺のものに!」とか叫びながら参戦しカオスの渦と化した。

「真・ソニックフォーム!」
「フェイト執務官がモッコリビキニモードになったぞー!」
「リイン! ユニゾンや!」「はいです!」
「八神捜査官がガチホモ近親合体をしたぞー!」
「ユーノ先生とのファイナルフージョン承認っ! ブロォォォォォクゥゥゥンマグナァァァァァム!!」
「それも幻影なのだ……」
「聖・王・降・臨─────!」
「リンカーコア抜かれたい奴からかかってきなさい!」
「……カスみたいな味の血ですね? くすくす……」
「べ、別にユーノが欲しいから戦ってるわけじゃないんだからね!」



 **************************


 
 僕は泣きながら隅っこに座りこんだ。
 目の前では食堂だった場所で顔見知りのようなそうでないような皆が戦闘行為を過熱させていく。
 なぜこうなった。なにがこうした。
 どこが間違ってるのか指摘するまでもなく全部間違っている世界に一人きりの気分だ。

「……なんつーかお前、苦労するなあ」

 隣に座ってきて僕に心配げな声をかけてきたのは、赤い髪の毛を三つ編みにした子供だ。
 ヴィータである。
 その姿は殆ど少女の時と変わらない。服装が男性局員用の服なだけで。アルフの時もそうだけど、元からお子様体型だったおかげだろうか。
 ぐすっ。

「ヴィータぁぁぁぁ」
「おら、泣くなよ。顔拭け」

 ヴィータからハンカチを借りて涙が零れていた顔に押し当てた。
 なにかもう、こっちの世界にいつの間にか来て半日も経っていないというのに疲れてしまった……来たというか、皆の性別が逆だった世界の僕に憑依したようなものだけど……
 顔を伏せると周りの破壊音だけが聞こえてくる。こんな世界なんて……こんな世界なんて……
 軽く、頭に手を乗せられる。
 ヴィータが少し照れたような、それでいて励まそうとする言葉を出す。

「いつもながら大変だけどよ、なんだ……あーくそ、いい言葉が浮かんでこねーな。とにかく、お前が辛いときは頼っていいんだからな」
「ヴィータ……うう、ごめん……」

 ヴィータの不器用な優しさに涙が止まらない。
 本当に男女の性別差で容姿性格言動が変わりまくってる皆の中で、殆ど変っていないヴィータは清涼剤のようだ。
 こんな世界の良心に縋りたくなって、ヴィータに抱きつく。
 

「ごめん……本当に少しだけ……落ち着くまで……」
「──ったく、しょうがねえな」


 ぐいっとヴィータに体を寄せると、暖かい体温が伝わってきて落ち着くようだった。
 ヴィータも優しく背中をぽんぽんと叩いてくれた。
 やだ、なにこのイケメン。面倒見が良くて、サバサバしてて、頼り甲斐があって、口は悪くても性格は悪くない……ああ、ヴィータってこんなに素敵だったのか。
 彼になった彼女は僕の頭をぐしぐしとやや乱暴に撫でて、

「泣き止んだらとっとと食堂から出るぞ。じきに武装隊も到着するから関わり合いにならないようにな」
「うん……あのさ、ヴィータ」

 僕はヴィータに縋るように、

「今日……一緒に居てくれない?」
「アイス奢るので許してやるよ」

 にかっと向日葵のように笑うヴィータはあまりに男らしくて、格好良かった。
 僕はヴィータと手を繋いでそそくさと食堂を後にしたのだった。



 違って壊れて歪んだ世界。
 でもヴィータだけは同じで僕はそれが嬉しくて……


「元に戻っても──」
「あん?」
「ううん、なんでもない」


 僕の意識が元の世界に戻っても。
 きっとこっちのユーノ・スクライア♀は大変だろうけど。
 ヴィータが居てくれるなら、大丈夫かな、と少しだけ安心した。
 僕の右手にヴィータの左手を繋ぎ、いついつまでも僕らは歩いていく。
















 ***************************



 おまけ



「うああああ!! ユーノくんがオカマになっとるー!!」
「ユーノくん、目を覚ましてえええ!!」
「いや、こっちのユーノでも私はアリだと思うよ(キリッ」

「な、なんなのー!? どうなってるんですかー!?」

 突然女言葉になった別世界のユーノ・スクライア♂。
 股に付いた巨大な違和感と共に頑張っているようであった。

 司書長達が元の世界に戻るまであと……







 おわれ



 





[20939] 声は聞こえているか(フェイト編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:b0dffcca
Date: 2010/09/13 16:48
「けほっけほっ……」

【medical seach. 38 degrees in temperature】

「三十八度か……熱上がってきちゃったねバルディッシュ……」

【sorry...not possible】

「ううん、バルディッシュが悪いわけじゃなくて私の体調管理が……けほっ……はあ、アルフにやっぱり看病頼めば良かったかな」


 フェイトは自宅のベッドで唸っていた。彼女はその日、風邪でダウンしていたのである。
 一人暮らしのマンションだ。一時期はエリオやキャロと住んでいたりしたこともあったが基本的に一人で住んでいる。
 その日はフェイトの体調不良を察したアルフが朝方無限書庫に手伝いに行く前に訪ねてきたのだけれど、20にもなって風邪の看病で家族を休ませるわけにはいかないと思いアルフを強引に仕事に向かわせたのだ。その時は体調もそこまで悪くなかったから楽観視していた面もある。
 だけれど一人で寝ているとドンドン体の調子が悪くなっていくようであり、弱気な考えも浮かんでくる。

 寝ようとしても体には汗がべったりと張り付いていて、蒸し暑く眠れない。体を拭かなければ、と思うのだけれど体もだるくて動ききらなかった。
 風邪による発熱などの症状に合併して患者の体調は精神状態で悪化することもある。
 倦怠感、寒気、食欲不振、吐き気、不安感、震えなどだ。これらの症状は単に風邪のウイルスだけでなく、本人の気持ち次第で発症することもあるのだ。実際に自宅に他の人が居てくれる人物と一人で耐えている人物では同程度の初期症状でも本人の自覚症状の数が圧倒的に違うことが研究で分かっている。

 故に。
 特に孤独でいることに忌避感を感じるフェイトは、それらの症状も顕著に現れることとなった。
 布団に頭を半分入れるほど入りこんで、ばくばくとなる心臓の音を聞き、耳に汗が伝う音が混じる。
 寒かった。体は布団で温められているのに体の芯が寒くて熱く、そしてより温まろうと縮こまると余計に掻いた汗が冷えていく。

 フェイトは震えていた。
 それを見て彼女のデバイス、バルディッシュは途方に暮れる。デバイスである彼には震えているマスターを助けることができない。
 しきりに「大丈夫」と呟いて自分を安心させるかのようなフェイトを見守ることしかできなかった。

 やがてフェイトは不規則な寝息を立てながら、無理やり朦朧とした頭を夢の世界へと連れて行ったようである。





 ******************************





 夢の中でもフェイトは寝ころんでいた。
 布団に寝て、体が動かなかった。
 起きているのか寝ているのか、フェイトの自意識からするとどちらも曖昧な気分の悪い状態。
 ただ頭だけが電子レンジで温めた様に熱く、ちりちりとしている。

 布団の傍を誰かが通った。

 ……なのは!

 と声をかけようとしたが、フェイトの口からは掠れた音しか洩れなかった。
 フェイトの親友であるいつか名前を呼び合った高町なのはが、フェイトに気付かずに通り過ぎていく。

 また人が通った。

 ……プレシア母さん!

 やはり声は出ない。
 昔のままの黒髪のプレシアが、フェイトを路傍の石とも見ずに通り過ぎていく。

 人が通る。
 人が過ぎる。
 クロノが歩いて行った。
 シグナムが過ぎ去った。
 はやてが経過した。
 リンディが通った。
 誰も気がつかない。
 フェイトは声が出なかった。
 ただ体の奥から出てくる暑さと冷や水を浴びせられたような寒さに震えていた。
 涙が出るたびに体が渇いて云った。
 不安になると人は思う。

 ……死んじゃうかも。

 本当に死ぬことなど無くても、思うのだ。
 そして思う故に──実際死ぬこともある。

 ……寒い、寒いよう。

 ……喉が、乾いて。

 ……朝、アルフに怒られたのに無理やり大丈夫だって云い張らなければ。

 ……どうしよう。

 ……そういえば、彼はどうしてるだろう。

 夢の内容に文句をつけながら、顔を上げると。
 夢に出て欲しかった人物がいた。
 ユーノだ。彼は布団の隣りに立っていた。

 ……ユーノ。

 やはり声は出なかった。
 ユーノも他の皆と一緒に立ち去って行くのだろうか?
 思うと涙が出た。

 ユーノはフェイトの傍に座った。




 ********************************
 


「──イト、フェイト。大丈夫?」

「──」

 ユーノはフェイトが口をパクパクとしていて、口腔が渇いているのを見て買ってきたスポーツドリンクを取りだした。
 ……脱水症状になりかけてる。
 顔を曇らせて、蓋を開けたペットボトルを口に持っていく。

「ほら、ゆっくり飲んで」

「ん、んく……ん」

 ごくごくとフェイトがスポーツドリンクを飲む。
 ユーノはその姿に安心したように吐息を洩らした。
 彼女の口から零れたしずくをユーノはタオルで拭って、熱で浮かされたフェイトの目を見る。

「あれ……ユーノ?」

 ぺたぺたと、遅い速度で動かされたフェイトの手がユーノの顔の輪郭を触る。
 ユーノはフェイトの細い手を両手で握った。熱かった。

「そうだよ。お見舞いに来た」
「おみまい?」
「うん、アルフから聞かされてね。僕は今日休みだったから──こんなに悪いなんて、アルフも思って無かったみたいだけど」
「ご、ごめんね……けほっ」

 急に潤された喉に、咽る。
 ユーノが背中を摩りながら、

「謝るなら心配かけたアルフに謝らないとダメだよ。一応アルフにも連絡入れておいて半休にして貰ったから」
「はい……」
「まったく、君は変なところで頑固なんだから──ああ、もうこんなに汗を掻いて……」

 パジャマの背中の、ぐっしょりしたところを触ったのだろう。
 フェイトは恥ずかしそうに、

「ううう」

 と唸った。
 ユーノは心配そうにフェイトを覗き込んだが、彼の顔を見ると熱が上がってきそうな感じがする。

「フェイト、大丈夫? して欲しいこととかない?」

 ユーノが尋ねる。
 そしてユーノの持っているタオルをちらちらと見て、

 ……恥ずかしいけど、やって貰わないと気持ち悪いよう。

 故にユーノにぼそり、と告げた。

「その……ユーノ、汗、拭いて……」
「……」

 ユーノが固まる。
 だがすぐに彼は微笑んで、

「いいよ、準備するからちょっと待って」

 と返した。
 実は一瞬の間にユーノの中に様々な葛藤が発生した。
 そもそもフェイトと云う妙齢の女性の肌を曝させて汗を拭くという行為に背徳感を感じるということを主体に、しかしどう考えても汗だくのフェイトを放っておけないという医学的常識が絡んで、汗を拭いている間に他の知り合いが訪ねてきて目撃され淫獣扱いというパターンまで。
 だが悩んでいては結局3パターン目に陥る可能性が高いのでさっと済ませてしまおうと結論を付けたのだ。
 目隠しなどもしない。下手に時間を浪費すると淫獣発動する。善は急げ、照れている場合ではない。
 病人で助けを求めているフェイトを見過ごせないのは当然であった。
 台所からお湯を入れた盥を持ってきて、いざとユーノは挑む。

「あの……そっちに換えのパジャマあるから……」

 とフェイトが指差した洗濯物の中からユーノは新しいパジャマを取りだす。迷わず焦らず。
 そして、フェイトの背中を向いた。
 彼女がパジャマのボタンを緩めて、上着を脱いだところだ。
 フェイトはユーノに肌を曝す恥ずかしさもあったが、熱のだるさが思考能力を弱めてくれた。
 ユーノは目の前の、僅かに桃色に関節が染まったフェイトの白い背中を見て「う」と怯んだ。
 なるべく意識しないようにするが、背中側からでもわかるエロ──ンとした体だ。擬音で表すなら『ふわっ』としている。外見からは分かりにくいがなのはの皮下脂肪のすぐ下に筋肉がついて『かちっ』としている体型とも、はやての『ザンネーン』『ガッカリー』といった擬音が付きそうな体型とも違う女性の体であった。
 ゆっくりとタオルで彼女の背中を拭く。通常ならばフェレット形態に変身して気絶せんばかりにユーノは動揺していただろうが、今は看護である。
 息を荒くしているフェイトはいかにも痛々しく、ユーノも早く汗を拭いて寝かしてあげたかったのだ。

「ユーノ……えっと、汗で気持ちが悪いから……外してくれない?」
「? なにを?」
「ぶらじゃあ」
「……」

 ユーノはREISEIだ。なんじゃあと思いつつも。
 脳内で多量のシンシニウム(紳士的な気分になる脳内物質)を分泌させて、背中に継ぎ目のあるホック式の胸部下着を外す。一発で出来て安心した。「これどうやって外すの?」などという無様な質問をしなくて済んだ。
 だが。
 目の前に下着も着けずに上半身裸な幼馴染が居ることについて、マルチタスクの8割を使って黙殺しているユーノであった。
 ……ううううおおおおうううううう。
 色々と耐えてはいるようである。落ち着け。健全な男とはいえもう思春期も通り過ぎた二十歳で相手は病人だと自分に言い聞かせるユーノ。

「ごめ……けほっ……あの、こんなに汗いっぱい掻いてて……気持ち悪いよね?」
「全然っ……本当、フェイトだから大丈夫」

 お湯で濡らしたタオルをフェイトの背中に触れさせる。

「ん……」

 呟く言葉にユーノはじわじわと自分も背中に汗を掻いていることを自覚しながら、いつまでも脱がせておくわけにいかないので拭き始める。
 背中に触れると、フェイトの早くなった鼓動が手に伝わってきた。
 しっかりと汗を拭うべく力を入れて拭くと今にも崩れそうな儚さを感じ、ユーノは熟れた桃を扱うように丁寧にフェイトの背中を撫でるように綺麗にした。
 フェイトが苦しげに息を吐きながらお湯の温かさをじんわりと感じている。

 ……恥ずかしいけど、うう、ユーノならいいかなあ。

 ユーノが背中から抱くように、フェイトの肩から腕までもしっかりと拭く。
 濡れた肌にユーノが時々堪えるように「ふう」と漏らした息が触れるたびに、じんじんと熱くなった。

「はい、前は自分で拭いて」
「え……」

 えってなにさ流石に前は無理だよとか思いながら、ユーノはフェイトの新しいパジャマを広げる。
 のたのたと胸とか胸とかバストとかを拭いているフェイトを目を細めて見ないように意識した。
 たゆん、としているぶらじゃあと云う名の拘束具を外したフェイトの暴走っぱいを直視することは危険である。フェイトもだるさを感じつつ、ここをユーノに拭かれたらどうなるだろうとか思いながら、汗が出やすいところをタオルで拭いた。
 ユーノは後ろからパジャマの袖を伸ばして、抱きつくような体勢になりながら着せてやる。ついでにそこに置いたままの汗でじゅっくりと濡れた胸部下着を、フェイトの脱いだパジャマで包んでそっと隅に置いておく。あとで洗濯機の中に入れておこうと考えた。
 
「あの、ちょっと後ろ向いててユーノ……パジャマの下替えるから……」

 ユーノは正座したまま後ろを向いた。
 フェイトも流石にそんなところまでは看病してくれる相手とはいえ男友達に見せるわけにはいかないという常識はあったようで、ユーノもほっとする。正確に描写すると色々問題がありそうなのでユーノは爽やかに体ごと視線を逸らす体勢だ。
 背後でするするとフェイトがズボンを脱ぐ音が聞こえる。ユーノは落ち着こうと思った。彼はREISEIだ。なんとかエロ系の導入部を乗り切ったユーノは異様な達成感に充ち溢れていた。より落ち着くために、

「バルディッシュ。しりとりをしよう。しりと『り』」
【apple】

 気を紛らわせようとすることに失敗したユーノだった。 






 ***********************







 再び布団について、額に濡れたタオルを乗せたフェイトの隣りにユーノは座っている。
 風邪で不安なフェイトの手を握ってだ。

「フェイト、寝た方が楽になるよ」

 ユーノの言葉にじわ、とフェイトは涙を滲ませる。
 慌ててフェイトの汗ばんだ頭を撫でながら、

「一人暮らしで不安だったのは分かるけど……泣かなくても大丈夫だから」

 フェイトはユーノに頭を撫でられながら、熱で朧々とする意識を動かす。
 汗を拭かれた所為か、寒気は消えて体の奥から出る熱だけを感じていた。
 ユーノの手がひんやりしていて気持ち良かった。
 彼に心配して貰うことが申し訳ない一方、酷く嬉しかった。

 ……ありがとう、ユーノ。

 感じている感謝の気持ちを噛みしめる。
 いつだってユーノはフェイト達を助けてくれる。そして今、自分の具合が悪い時に駆け付けてくれたことにも。
 ユーノは時空管理局の職員ではない。民間協力者でありながら無限書庫と云う、局員すら行きたがらない職場のトップで働いている。
 それが何故かというと、

 ……私達がいるからだよね。

 そう、民間協力者と云う立場にある彼は管理局を優先しない。ずっと彼の友人である、はやてであったりクロノであったり、そしてフェイトの役に立つために仕事をしている。
 それのついでにこなす仕事で十分他の仕事を行えるからやってるだけである。
 だから、執務官と云う立場で人一倍ユーノの世話になっているフェイトはユーノにありがたく思い。
 フェイトはかつて自分を弁護してくれて、執務官試験の勉強を手伝い、風邪のお見舞いに来てくれる青年に特別な感情を持っているのだった。

「あのね、ユーノ」

 ユーノの手を握りながら言う。
 どうしたの? とユーノが返した。

「怖い夢を見たの。私が布団で眠っていて、いろんな人が通り過ぎるんだけど私は声が出なくて、皆気付かないで通り過ぎていって……。ねえ、私の声、聞こえるよね? ユーノはどこかにいかないよね?」

「聞こえる。僕はここにいるよ」

 フェイトはユーノの声を聞いて、彼の手をぎゅっと胸に抱いた。
 その手に感じるふわり、とした感触にユーノは冷静さを保ちながら、優しくフェイトの髪を撫でて寝かしつけようとする。
 彼も一人暮らしを何年も続けて、独りで病気にかかる寂しさは知っていたから。

「ユーノ」
「うん」

 フェイトの呟き声に応える。

「本当にユーノには感謝してるんだよ」
「ありがと」

 ユーノが答えるたびに、フェイトが僅かに汗で湿った顔を微笑ませる。

「ユーノが来てくれて、本当に嬉しい」
「君の助けに為れてよかった」

 はあ、と熱い吐息を漏らす。
 不安な気持から、ユーノが来たという安らぐ気分へと代わり。
 それはいつもよりも余程多い愛おしさをユーノに感じることとなっていた。
 誰だって弱った時に助けてくれる人物には参ってしまうものだ。
 だから、つい。

「ね、ユーノ」
「なに?」


「ユーノのこと、好きだよ」
「……はい?」



 ユーノの疑問の声に。
 途端、フェイトの熱がおよそ一度程度上がった。
 ぼ、と顔を火照らせ、あやふやな感じの声で慌てて言い直す。


「えっとその違くて、風邪で頭がぼうっとしてるから変なこと言っただけで……」
「ああ、うん。そうだね」

 ユーノもしどろもどろになりながら返答する。
 フェイトも慌てて、

「でもね、ユーノのことは嫌いじゃないよ。本当だよ」
「そ、そうなの?」
「うん──好き」
「ありがとう」

 改めてフェイトは、目を瞑りながらそう言った。
 とりあえず彼女は熱で混乱しているのだろうとユーノも思い、そしてフェイトに好かれていることが嫌ではなかったため、素直に礼を言う。
 そう告げてフェイトは、ふうと息を吐いて安らいだように聞く。
 既に半分以上ぼんやりと、再び夢の中へと意識を言っていたから、掠れるような声で。

「ユーノは私のこと、好き?」
「……うん、好きだよ」

 ユーノは囁くように、フェイトに告げる。
 恥ずかしかったけれど、フェイトも半分寝ているような状態だったから言えた。
 フェイトに嫌いと告げる理由など無い──だからユーノは敢えて彼女に好きだという。
 それを見透かしたように、フェイトは返した。

「ユーノ」
「なに?」
「私ね……ただの……『好き』じゃ……から」
「──え?」

 ユーノの疑問の声にフェイトは答えず、ただ規則正しい寝息だけが聞こえた。
 離さないように握られた自分の手がユーノはとても熱かった。

 



 **************************








 ユーノと手が溶けて混ざり合った夢を見た。
 私の左手とユーノの右手が同じになって。

 どこにいくのも一緒で、なにをするのも二人で。
 不便だけど、ずっと隣にユーノが居る。
 
 ユーノの温もりが私の温もり。
 温かくて冷たい。

 汗と血と距離が混ざり合って。

 寝るときはユーノと抱き合って寝た。

 ずっと一緒の夢物語。
 
 本当はそう慣れないって分かっていたから。

 好きだと告げればはぐらかすから。


 今だけの、幸せな夢なんだ。










 ***********************





 フェイトが次に目を覚ました時に、ユーノとアルフがその顔を覗き込んでいた。
 
「あれ……あるふ」
「フェイトっ目を覚ましたのかい?」
「うん……どうして?」

 アルフはフェイトの右手を握ってほっと息を吐き、

「フェイトが心配だから午後から休みを貰って帰ってきたんだよ」
「うう、ごめんね」

 アルフに謝る。だけれどもアルフはフェイトの額を突いて、

「いいんだよ。だからもう、無理をするんじゃないよ?」
「うん、ありがとう」

 そしてフェイトは、じっとりとした感触を左手に感じる。
 そこはずっとユーノの手を握ったままだった。

「あ、ユーノ……」

 とフェイトはようやく手を離そうとして……やっぱり止め、強く握った。

「もう少しだけ、握ってて」
「いいよ」

 ユーノはフェイトに握られた手を優しく撫でる。
 フェイトは朝からどこまでが夢でどこまでが現実か曖昧な状態であって、ユーノがまるで夢の中から出てきたような非現実感ではあったから。
 彼を確認するように、いっそ溶けてくっついてしまえとばかりに彼の手を握るのであった。







 *************************








【『ユーノのこと、好きだよ』】
「あらー」
「にゃああああ!!」

 大体風邪の治って、ユーノも帰っていった部屋でアルフとフェイトはバルディッシュの録音を聞いていた。
 フェイトが夢うつつにユーノに告げた嬉し恥ずかしの告白についてだ。
 彼女は頭を抱えて、にやにやと見てくるアルフの視線に耐えていた。

【『私ね、ただの好きじゃないから』】
「うわー」
「うああああ!? だ、だめっ、私、そんなことユーノに言ったの!?」
【Yes sir】
「は、恥ずかしいよっ! 風邪、そう風邪のせいだからっ!」

 フェイトは顔を真っ赤にして否定する。
 やっと熱っぽい頭から普通の状態に戻った彼女は、夢うつつな状態とユーノと交わした会話を確認しようと一部始終聞いていたであろうバルディッシュに頼んだら、何とも恥ずかしいことをユーノに告げていたことを思い出したのだ。

 ……ど、どうしようユーノが本気にしたら!

 フェイトはそう思う。
 続けて、

 ……で、でも嘘ってわけじゃないし、でもこんなことで気持ちを伝えるっていうのもなんだし!

 ぐるぐるとフェイトは考えを拗らせる。
 確かに彼女はユーノのことが好きであるが、こんな風に伝えることなど予想外であった。
 そしてその告白を受けて、ユーノが本気にしているのか、或いは病人のうわ言だと思って気にしていないか……
 考えると、動悸が止まらない。
 左手にはまだ、何時間も握っていたユーノの手の感触が残っていた。

 ……そうか、ユーノにずっと握られてたんだ。ユーノも、ずっと離れないで傍にいてくれたんだ……

 思いだすとどきどきする。
 ユーノがずっと看ていてくれたことにゆかしい感情を抱く。病気だとか、頼まれたとか、それを抜きにしてユーノが自分の傍にいることを選んでくれたことに対する嬉しさだった。
 ニヤニヤしながらアルフが告げる。

「でもまあ、ユーノのことが好きならもっと積極的に行くべきだとあたしは思うよ」
「アルフまで……」

 フェイトは熱くなった顔を振って熱を冷ますようにしながら、自分の使い魔の意見をそれでも興味深そうに聞いた。




「そうだね、例えば今日フェイトの看病をして風邪を移されたユーノに看病し返す、とか定番なんじゃないかい?」








 **********************************








「へっくしゅん!フェレット」

 ユーノは自宅でくしゃみをした。
 うっかり自分の正体をばらすようなくしゃみの後の語尾は癖だった。
 そして鼻を啜り、

「誰か僕の噂をしたかな?」

 と独りごちる。
 
「それにしても……」

 フェイトと半日ほども繋いでいた手を何となく見た。

「…………フェイト」

 妙な動悸、発汗、発熱などの症状が現れる。
 風邪でも移されたのかもしれないけれど────
 或いはもっと面倒で、甘く、熱い病の欠片を植え込まれたのかもしれなかった。












 ************************************




「ごほっ! ごほっ! あかん! ユーノくん風邪ひいてしもうたわー! 看病してくれんと死ぬわー!」
「シャマルさんがいるじゃないか」
「シャマルはえーと……ヴォルケンの皆を売り子にコミケに出かけてて……」
「もう終わったけど」







「なのっ! なのっ! ユーノくん……朝から頭痛と眩暈がして……助けて欲しいの」
「二日酔いか何かだと思うけど。じゃあ、具合が悪いなら今日はお酒飲まないようにしようか」
「ヴィヴィオもなのはママの風邪が移らないように今日はユーノさんと寝るー」
「ごめんなさい治ったなの。今からトライアスロンできるの」








「フェイトちゃんだけずるいのー!」
「この胸か! 胸か! バストのパワーか!」
「ええー!? なんで二人とも私を縛って──ああっ! これはこれで縄が食いこんでよし……っ!」
「縄の跡ユーノくんに見られてドン引かれろなのー!」
「──それはそれで羞恥プレイっぽくてよし……っ!」





 おわり





[20939] ファースト・ブラッド(レイジングハート編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:b0dffcca
Date: 2010/09/13 16:48


「言語システムの調子はどう? レイジングハート」

【Yes.マスター・ユーノ。上々です】

「うん、もっと前からやれればよかったね」

 ユーノは笑って随分と短くなった杖型のレイジングハートを撫でた。
 改造により通常言語をより的確に喋れるようになったインテリジェントデバイスは応えるように本体である赤い宝石を光らせる。
 ユーノ・スクライア25歳。高町なのはから返してもらったレイジングハートに施した最初の改造である。


 レイジングハートはインテリジェントデバイスという高機能演算処理システムを搭載した、ミッドチルダでも同等の品質のデバイスを買おうとしたら値が張る代物であった。
 管理局のエースオブエースのデバイス。不屈の精神を現したかのような、カートリッジシステムにエクセリオンフォームに耐える改造まで施した最高級フルチューンされたそれは今や値段の付けようもない物であることは確かである。
 元の持ち主のユーノではレイジングハートの特性である砲撃を使用できなかったから変わっていくレイジングハートを見て誇らしくもあり寂しくもある感情を抱いていた。
 そして、レイジングハートはさらに改造されることをユーノは知った。
 CW-AECO2Xストライクカノン。それが管理局の技術開発部が作り上げた最新の個人用砲撃型デバイスである。それはまさに砲撃魔導師のエースたる高町なのは教導官に試作的に渡された。
 非常に大型であるその『砲(カノン)』は両手持ちであり、レイジングハートを同時に持つことはできない。そこでレイジングハートに施されるのが単独飛行形態であった。
 とうとう魔法の杖は持たなくても良くなるのであった。
 だが、問題が一つあった。改造に伴い演算能力をさらに引き上げる必要がある過程で──リソースを確保するためにレイジングハートの人格AIが殆ど消失するのだ。
 幾ら改造を重ねていて、当時高性能だったインテリジェントデバイスとはいえ使い続けて十年以上。型落ち寸前のデバイスの性能を上げるには最早別物にならざるを得ない。古い人格AIでは最新機能とは合致しなくて外さなければ動かない。ただそれだけの話である。
 ──とうとう、長年の相棒が火力偏重に付いていけなくなった。
 ユーノはなのはに所有を渡したとはいえ、彼女よりも古い付き合いだったレイジングハートの人格消失を許容できず、なのはとデバイスマイスターのマリエルに相談して、彼の自費でRH/ツヴァイというレイジングハートの人格と記録領域を複写するデバイスを作成した。
 彼女も長年の付き合いのデバイスであったため、手を離れるのは残念だが元の持ち主のユーノであれば、と承諾する。
 それにより、今レイジングハートの人格があるのはユーノの持つRH/ツヴァイのみである。なのはが使う殆ど全て改修されたレイジングハートエクセリオンにはレイジングハートの戦闘データを元にした最新型AIが入っている。


【つまりお互い相棒からお払い箱食らったわけですよね】
「痛いところを突くなあ……」

 ユーノは流暢に喋り出したデバイスに苦笑いを返した。端的に云いたくはない。物事の本質というのは残酷なものか残念なものだ。誰もが直視したくないと思いながら、誰よりもそれを分かっている。
 言い訳がましく、或いは既に諦めたことなのか軽く肩を竦めてユーノは新しく、それでいて古い相棒に呼びかける。
 
「でもまあ、僕はほら、一年少ししかなのはの相棒でいられなかったからさ。レイジングハート、今までなのはを助けてくれてありがとう」
【…………そう言って貰えて、何よりです】

 ピカピカと杖の宝石を光らせる。
【マスター】とレイジングハートは彼を呼ぶ。

【これからはあなたを助ける番です】
「そうだね。なのはと会う前みたいに一緒に頑張ろうか」
【Yes】

 ユーノは昔を思い出して懐かしくなった。スクライアの部族で長老から貰ったデバイスがレイジングハートだった。どこから長老が手に入れたのかは知らないが、ユーノにとって初めての相棒だ。
 砲撃魔法こそ使えなかったが、遺跡のマッピングや広域結界をサポートして貰ったり、日常の生活で話し相手になったりしていた。
 確かにレイジングハートは昔からのユーノの家族であり、それが十と六年の月日を別れ、再びユーノの右手に帰ってきた。
 RH/ツヴァイ。作りこそ新しいレイジングハートのコピーデバイスだが、ユーノはそれを持つと長年使ってきたようなしっくりくる感触がした。

【大事に使ってください】
「わかってるよ」

 レイジングハートが少し拗ねたように言う。
 流暢に喋れるように改造したレイジングハートの声には感情が乗るようになっていた。よくよく聞けば前の音声の時でも感情は伝わっていたけど、とユーノは思う。
 念を押す。

【もう他の人に貸したりしたらダメです】
「マスター権は僕に固定してるけどね」
【それに古くなったからって、新しいデバイスに目移りしたら怒ります】
「君、実は気にしてるんだね……」

 ユーノはレイジングハートを顔に近づけた。
 杖に嵌められた深紅の宝石が揺々と光を漏らしている。最後にレイジングハートを使ったのはいつだっただろう、とユーノは思い出し懐かしさを感じた。

 ……少し申し訳ないけどね。

 と射撃魔法に特化していたレイジングハート本体のAIを、ユーノが使う結界魔法や読書・検索魔法方面に機能させたデバイスに移したことを気に病む。
 きっとレイジングハート自身もずっと砲撃魔導師に使われたほうが良かったと思っているのだろうな、と考えながら。
 ひたすらに突き進むなのはに付いていくことはもう出来ないレイジングハートをそのままにしておくことは出来なかったのだから──せめて大事にしようと思っていた。それが自分のエゴだろうと、今ではレイジングハートはユーノのデバイスとなったのだから。
 レイジングハートは静かに沈黙していた。
 何かを云うのを躊躇うようなタイミングでの黙考だった。もしくは理由など無いのかもしれない。誰だってそうするように、沈黙するということに大げさな意味があるのかは疑わしい。

 だけれど、レイジングハートは想うのであった。






 *************************




 無限書庫は稼働している。ユーノはその日も相棒のレイジングハートを使って、一般司書達に混ざり仕事をしていた。
 いつもの風景ではあるが、最近では少しその司書長の姿が異なるようになった。片手に短い杖型デバイスを持っているのだ。

 
「十七管理世界の資料56冊、レイジングハート、関連データの検索をよろしく」
【処理修了に5分42秒かかります】
「了解。それまでの時間にこっちは請求資料の選り分けしておくから」
【休憩することを宣告します。連続労働時間が六時間に達しています】
「大丈夫大丈夫、前までは連続労働時間が二桁なんてざらで……」
【『ユーノくん! ちゃんと休まないとダメだよ!』】
「うわあ!? ご、ごめん!」
【……前マスターの音声データには素直に従うのですね】

 呆れたようなレイジングハートの声。微妙に機嫌が悪そうにも聞こえる。
 バツが悪そうにユーノは頭を掻いた。
 ……なんというか、より人間臭くなってるんだよなあ性格が。
 自由に話せるようになったからだろうか。ユーノがなのはに聞いた話によると段々事務的な会話しかレイジングハートもしなくなってきていたそうだが、恐らく自由思考領域を削って戦闘構成に充てていた弊害である。
 だから、こうしてより多くレイジングハートと会話ができるようになってユーノは嬉しかった。

【Put off】

 レイジングハートに収納されていた缶コーヒーが排出される。
 物質収納魔法によりRH/ツヴァイの中にはレイジングハートが選んだ様々な物が収納されている。今のように飲み物から非常食、タオルに歯ブラシ、代えの洋服……

「そんなに」

 収納されているものを調べて、呻いた。いつの間にこんなに入れていただろうか、という意外さだ。とはいえいつだって世の中は意外なことばかりだ。予想外れの必然も予想通りの偶然も本質的には同じであった。実質的に違っていたとしても。

【マスターは痩せてるからもっと米を食うことを推奨します】
「君は母親か」

 苦笑する。
 お節介なデバイスというのも意外なもののひとつだろうか? と思うが、記憶を辿れば基本的にレイジングハートは他人思いなところがあることをユーノは既に知っている。
 レイジングハートから出てきたコーヒーを一気に飲んで、空き缶を再び収納した。

【それと無重力空間内での規定業務時間がそろそろオーバーするので重力下でのトレーニングを行わなければ健康上問題があります】
「じゃあ明日にでも行くから、訓練室を予約しておいて」
【All right. 明日は休暇を取ってあります】

 テキパキと予定を入れるレイジングハートに頼もしさを感じるユーノ。
 同時にユーノの周りを飛んでいる本が綺麗に詰まれ直された。

【選別終了。A-32829から同D-11資料複数がおおよそ該当性があるものと判断しました。資料のコピー業務を他司書に移します。マスターは30分の休憩後司書長裁量の書類を執行してください】
「はい、どうもありがとうレイジングハート」
【No pro】

 一息ついて疲れた目を擦るユーノを見て、アルフが近寄ってきた。

「何と云うかユーノ、あんたレイジングハートを使うようになってから生き生きと仕事してるねえ」
「そう?」
「ああ、仕事効率も上がってるし……結界魔導師はデバイスあんまり要らないけどさ、そんな調子なら前からデバイス使って仕事してた方がよかったんじゃないかい?」

 アルフは率直な疑問をユーノにぶつけた。
 しかしユーノは首を軽く横に振って、

「いや、やっぱりレイジングハート以外を使うとなるとしっくりこなくてさ……今までどうも気が乗らなかったんだ」
【…………マスターも微妙に面倒臭い性格で仕方ないです。私が居ないとどうしようも無いんですから。そんなマスターの性格に付き合うのは私ぐらいで】
「なあユーノ、こいつは照れてるのかい?」
「あはは、レイジングハートは素直だなあ」
【……】

 黙り込んだレイジングハートをこつこつと指で叩いてユーノは微笑んだ。
 アルフはやれやれ、とその様子を見つつ、職務の効率が上がったことよりもユーノを監督してくれる人──というかデバイス──が出来たことのほうが良かったことだね、と思うのだった。
 


 *******************




 
 その夜、一人と一つは自室で会話をしていた。
 デバイスとの日常会話でコミュニケーションを取るという人物はあまりいないけれど、ユーノは一個人が自分の部屋に来たようにレイジングハートに話しかけている。基本的に戦闘や魔法行使の助けになるように設定された人格なので日常会話までは行えない物が多いのだ。
 ……まるで会話に飢えていたみたいだな。
 ユーノは自嘲の笑みを浮かべる。否定しようにも材料が見つからない。別に自ら望んで会話に飢えていたわけではないのだから。

【マスター、なにを笑っているのです?】

 レイジングハートが問う。

「いや、君とまたこんなに話せる時が来て良かったなって」

 望郷とも近い念を感じる。一人暮らしを初めて十と数年、感じたことの無い心地よさだった。
 只の懐かしさかもしれないが、どちらにせよユーノはレイジングハートと会話をすることが楽しかったので別に良かった。

【……本当ですか?】

 何故か不安そうにレイジングハートが確認した。
 訝しさを感じながら、念を押すように手元の宝石に向けて云う。

「勿論だ。レイジングハートは僕の家族みたいなものだったろう」

 確かさを持ってユーノは告げる。深く考えずに、或いは考えていることから目を背けて。
 そこには矛盾があり欺瞞があったが、悪意も無い言葉であった。
 だから、レイジングハートが不安に思っていることを吐露するには十分だった。 

【……だって、……たじゃないですか】

 レイジングハートの呟きが聞き取れず、ユーノは問い返した。

「──え?」
【捨てたじゃないですか、マスターはかつて……レイジングハートを。ジュエルシード事件の後にでも、闇の書事件の後にでも、前マスターが墜落して大怪我をした時にでも……私を取りかえしてくれなかったじゃないですか。家族と思ってくれてるなら──】

 囁くように、恨むようにレイジングハートは言う。
 その言葉に……レイジングハートの人格を一個人だと、家族だとみなしていた割に、気軽に人に譲渡した自分の扱いを思い出して、言葉に詰まる。

「っ……! 僕じゃ君を扱いこなせないから……なのはのほうが、君も本来の使われ方をすると思って……」

 なのはに渡す前からずっと悩んでいたことではあった。家族である以上にレイジングハートをデバイスとして、完璧に使えない自分が恨めしいと思ったことは何度もある。逆に、レイジングハートがマスターの魔法の補助として十全に発揮できない自分を悔やんだことと同じように。
 だから、

【確かにレイジングハートの適性は砲撃魔法にありましたし、前マスターに使われることでジュエルシードを無くしたマスターの助けになれば、と思いました。でも、事件が終わってマスターは迎えに来てくれませんでした】
「……」

 ユーノは握る手に汗が出るのを感じた。
 或いはレイジングハートを自分から貰って嬉しそうにしているなのはを優先したのかもしれない。レイジングハートを万全に使いこなせるならばそちらがいいだろうと思って──思いこんだのだった。

【私がマスターに取って役立たずだから捨てられたのだと判断しました】
「違うんだ」
【だからもう捨てられないように、前マスターの役立たずにならないように無茶なカートリッジシステムも付けました。エクセリオンモードも搭載しました。何度も何度も改造しました。でもダメでした。バルディッシュに前マスターのことをもっと考えるように注意されたこともありました。でも役に立たないと思われるときっと捨てられると思い──結局その通りになりました】
「レイジングハート……」
【だから、またマスターに使われるようになりましたけど……いつか私をまた、また、手放してしまうのではないかと不安です】


 ユーノは、平坦な声で感情を伝えてくるレイジングハートの名前を呟く。
 レイジングハートがそんなに思いつめているなんて彼は思っても居なかった。
 長年の相棒とはいうがデバイス作成技術は常に上がっていく。十年、十五年と使えば新しい物で溢れる。それでも使い続けて貰うために常に改造して最良を尽くし、自己すら消そうとまで考えたのだった──捨てられないために。
 今まで気付かなかったことは罪のように、ユーノの心に圧し掛かる。もし、もっと早くレイジングハートに言語パッチを入れておけば──いや、それでも言わなかったかもしれない。
 だから、レイジングハートが改めて──自身の考えを喋ったことについて、ユーノは酷く責任を感じる。自分はこうして再び手に取らなければ永遠にレイジングハートの気持ちに気付かなかっただろう。何せ自分の意思を殆ど捨てる改造にすらレイジングハートは自ら進言しているようだったから──性能を少しでも上げるためにか。
 誰が悪いのかと云ったら──そんな気持ちに気付かなかった自分が悪いに決まっている、とユーノは思う。

 彼の持つデバイスはやや、沈黙して。
 明るい声を上げた。

【冗談です】

 沈痛な面持ちをしているユーノに、少し慌てたような声音で伝える。
 しまった、という気持ちがレイジングハートにはあった。自分が彼のデバイスであるのならば、そんなことは伝えるべきではなかった。恨みや悲しみなど、自分の中で処理しておけば良いことだった。彼に伝えるアドバンテージなど無い、不合理な行動だ。
 どうしてこのようなことを彼に言ったのかを自己分析するが、不明。とりあえず誤魔化すように、彼を傷つけたことを無かったことにするように、

【マスターが貴方に戻ったのでちょっとふざけてみただけです】

「レイジングハート」

 おどけたような調子で告げるレイジングハートをしっかりとユーノは握る。
 レイジングハートの思考プログラムがぐちゃぐちゃと不合理に不条理に不整合に非論理に渦巻く。
 何を云えば彼を安心させられるだろうか。どうすればいいだろうか。謝るべきなのか。それは何に対してか。だから、ひたすらに早口で、


【作り直された時にマスターの無限書庫での業務の手助けができる魔法構成も入っていますから大丈夫です。デバイスの材料自体も新しいので十年、いや二十年はいけます。勿論遺跡探索から古字解読までやれます。カートリッジ機構も付いていないから劣化も少ないですし、砲撃魔法に使っていた領域の大部分が空いたので好きにチェーンも……】


 ユーノは喋り続けるレイジングハートを強く握った。
 彼は誓うように告げる。それは実際に誓いだった。裏切ることは無いと誰が聞いても安心するような力強い言葉だ。


「ごめん──もう誰かに渡したりしない。ずっと一緒にいよう」

【…………Yes,master】



 まるで愛の告白のようなユーノの言葉と共に。
 レイジングハートは初めて、ユーノと本当の絆で結ばれたように思えた。
 思えたから──嬉しさを感じるのだった。






 **************************





【マスターはいつまで無限書庫で働くのですか?】

 ある日、レイジングハートがユーノに聞いた。単純に疑問の声だった。複雑に考えた所で、ユーノにそんな疑問を持った人物は今までいなかったのだが。
 そう考えるのであればそれは疑いと言うよりも確認であった。

「どうだろうね。考えたことは無かったな」

 はぐらかすようにユーノは応える。というより突然の問いに答えを出せなかったというのが正しい。
 きっと彼の友人知人は誰もがユーノにとって無限書庫は天職でありどこかにふらりと居なくなるなどと云うことは無い、と思っていたのだからそれを聞かれることも無かったのだ。
 長年離れていて、改めてパートナーとなったデバイスはユーノの考えを見抜くように続ける。

【無限書庫はマスターが居なくても効率的に稼働するようになっています。貴方が十と五年掛けてそうなるように努力しました。今日とて、自分の仕事が少ないから態々下位の仕事を司書長が行うほどに。だから、本当は考えていたのでしょう】
「……レイジングハートには嘘がつけないなあ」

 ユーノは肩を竦める、
 無限書庫もいつまでも忙しいわけではない。特に昨今は管理局を脅かす、或いは次元世界の消滅などがかかった事件も少なく、資料の検索から人事まで知り合いの伝手なども使ってユーノは改善を行っていたのだ。
 徹夜する時間は減った。誰か個人の為にユーノが率先して仕事を行わなくても、時間の早遅はあるものの確実に情報は手に入るようになってきている。
 レイジングハートが居ない間のパートナーとも言えた無限書庫も、ユーノをどうしても必要な存在では無くなりつつある。不必要であるとも言えないが。 結局彼にとっての無限書庫も遺跡のようなものであった。発掘を終えたら他の人に渡せばいい。管理とか保護とか、そういう崩壊を防ぐという面倒な仕事は国であったり管理局であったりがやる仕事であった。旅する遺跡マニアの部族に任すものではない。
 だけれどもユーノは共に働く司書であるとか、友人らの顔を思い出す。
 
「でも、もう少し無限書庫にいようかな。あれで居心地が悪くないんだ」

 モラトリアムを惜しむようにユーノは何となく視線を上げながら云う。
 折角レイジングハートと働けるのだから暫くはとも思う。いつか辞めるにしても、焦らなくても良い。

【その後には?】
「そうだね。またスクライアの所にでも戻って好きに発掘でもしようか。未発掘の遺跡の情報、レイジングハートにこっそり幾つも記録してるしね」

 役得役得、とユーノ言う。資料の海の底に眠っていた、発見はされたものの危険性や辺鄙な立地にあったり、発掘隊が行方不明になったまま放置された遺跡の資料もある。忙しくてチームを組んで探しに行けなかったけど、仕事を辞めれば十分に時間はあるだろう。
 友人も多くできたが、二度と会えなくなるわけじゃないから寂しさも後悔するほどではない。純粋に管理局に勤め上に上がっていく彼女らと違い、司書長とはいえ民間協力者のユーノとは立場が違う。十数年も管理局に付き会っただけ奇跡的とも言えた。
 レイジングハートは、

 ……前マスターのことはもういいのですか?

 と聞きたかったが──止めた。なのはの事を悪く思うつもりはないが──結局ユーノの相棒でいられるのは自分なのだと考えているからだ。
 なのはには温かい家族がいるし、新しいデバイスだってある。部下に恵まれて管理局員として働く幸せがあるとレイジングハートは判断した。
 だからユーノの幸せは自分に任せて貰うと、機械と魔力の信号で生み出された人格が自発的に決めた。


【……マスターが立ち去る前に、私は戻れて良かったと思います】
「そうかい?」
【そうです。勿論前マスターと共に戦場を駆け抜けたのも楽しかったのですが──ええ、貴方と居るのもまったく悪くありません】


 きっぱりとレイジングハートは涼やかな声で応えて、機嫌を良くした。
 大量の魔力を溢れんばかりにぶっ放すのは爽快だった。集束砲を放つのは痛快だった。
 だけれど元の持ち主と一緒にいるのは愉快だった。彼に頼られるのは壮快だった。
 デバイスに生まれた疑似的な感情だとしても、レイジングハートはユーノと一緒にいることを望んで選び、好んだのだから。

「ありがと、レイジングハート。あ、そうだ。明日デバイスショップに行ってパーツでも見ようか」

 ユーノが提案すると机の上に置いてある宝石が嬉しいように光って応えた。






 ****************************







 ……………おや、記録映像のノイズでしょうか。

 目の前には小さい、そう私を貰ったころのユーノが見えます。先ほどユーノが就寝したのでスリープモードに入ったはずですが。
 二十年ほど前。そう、確かユーノが魔法学校に行くことになって、餞別として渡されたのが私、レイジングハートです。
 そこで初めて、私はインテリジェントデバイスのシステムを起動させてユーノのデバイスとなったのでした。

 我、使命を受けし者なり。

「我、使命を受けし者なり」

 ユーノが起動パスワードを唱えます。
 使命、でしたね。
 最初は──ユーノと共にあることが、私の使命でした。

 契約のもと、その力を解き放て。

「契約のもと、その力を解き放て」

 たどたどしく五歳のユーノが唱えます。
 確かに彼と契約をしたのでした。私とユーノの適性は一致しませんでしたけど、確かにユーノの元で力を振うことを誓ったのです。

 風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。

「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に」

 どんなに──
 そうです。不必要な記録領域をどんなに削っても……
 ユーノと最初に空を飛んだことは覚えています。
 絶対に忘れたくない、大事な記録──いえ、思い出です。


「この」手に「魔法を」レイジングハート「セットアップ」
【stand by ready. set up】

 過去の映像のユーノが私を起動しました。
 まだ人格AIも成長していなかった頃だけれど……
 思い出のユーノは、嬉しそうに私を持ってくれています。


 思考にノイズ。

 どうしたのでしょうか。これではまるで、夢を見ているようです。
 デバイスが夢を見ることなどあるのでしょうか。
 あるとしたら、機械と魔力で出来た人格にも、心は宿るのでしょうか。


 魔法学校。一族に期待されて入学したユーノは周りとの年齢差で不安です。私が傍に居て励ましました。
 射撃に適性が無いと知っても結界や防御魔法で好成績を収め、ユーノは飛び級のように進学していきます。

 それでも彼は時折謝りました。砲撃魔法が使えなくてごめんね、と。そんなことはない、と私は思います。
 学校を僅か二年で卒業しスクライア族に戻りました。

 一緒に遺跡へ入りました。結界を張り罠を探り小動物になって埃まみれになりながら一緒に駆け回ります。

 一緒に星を見ました。キャンプから見上げる星空は美しいものでした。

 寝るときも、入浴する時も、食事をするときも、私はユーノの胸元で過ごしていました。

 ずっと彼を見ていました。失敗して落ち込んだ時も、成功して喜んだ時も、私を握りしめ「くっ……! 静まれ僕のレイジングハート!」とか妙な病気を早々と拗らせた時も。記録してたので後で見せたら大ダメージでしたが。


 思考にノイズ。


 ずっと一緒だったけれど……
 私が不甲斐ないばかりに。
 ユーノが倒れました。ジュエルシードモンスターに、やられてしまいました。
 彼が倒れています。私にはどうすることもできません。

 どうか、ユーノを助けてくださいと願ったら、前マスターの高町なのはが現れました。

 彼女と私の適性は恐ろしいほど適合しました。ユーノの手から離れたけれど、彼の役に立つのならそれでいいのです。
 それに前マスターの背中にはユーノが居てくれたから。


 時間が経過しました。


 私とユーノが一緒に居る時間が段々減りました。
 前マスターに不満はないです。しかし、ユーノが心配です。
 彼は大丈夫でしょうか。
 体は壊していないでしょうか。彼は無理をします。食事もおろそかになりがちです。何かに夢中になると寝る間も惜しんで取り組むから睡眠がとれているか心配です。入浴も面倒になると忘れます。そして──

 彼は──私のことを忘れていないでしょうか。


 時間が経過しました。


 私はまたしても、ユーノに続いて前マスターまで大怪我をさせました。
 どうしたらいいのでしょうか。
 レイジングハートは役立たずなデバイスなのでしょうか。
 ユーノから、彼女の相棒になるように渡されたのに、その役目も果たせないのでしょうか。


 だから、ユーノに捨てられたのでしょうか。


 ユーノが泣いています。私の失敗で前マスターが怪我したことで泣いています。
 もっと早く敵の攻撃に気付いてプロテクションが張れれば……もっと前マスターの身体状況について言及していれば……

 もう、私には、彼の期待に応えることもできない私では──彼と共にいることは出来ないのでしょうか。


 ノイズ。
 ノイズ。
 ノイズ。


 私の価値は。
 最初の使命は。
 デバイスが──ただの物であるデバイスが考えることでは──無かった?

 ならば意識なんて要りませんでした。
 いっそストレージデバイスになれれば良かったのです。
 でも、そうすると──
 ユーノとの思い出も消えてしまうようで──
 機械に不要な感情は要りません。でも、彼との思い出は忘れたくない。
 記憶領域の一部にプロテクトをかけ、思考領域を削り……
 思い出を抱えたまま、レイジングハートは道具になろうと思いました。
 それでも。


「レイジングハート」


 ユーノの声がします。


「──ずっと一緒にいよう」


 ……

 ユーノは再びレイジングハートを手にとってそう言いました。
 その言葉を反芻すると、思考が乱れます。
 不協和音でなく、協和音が発生します。
 論理的に考え、レイジングハートは嬉しいのだと自己判断します。
 これまで色々ありました。レイジングハートは様々な戦場を駆け抜け、時には壊れかけ、無茶な改造を施し、それでもまだ生きていました。
 だから、またユーノが手に取ってくれたことだけで、ここまで生きてこれた甲斐があります。

 遅かったけど、やっと彼と素直に向き合えます。

 彼が今まで無神経だったことも許します。私を放り出しておいてリインフォースⅡなんて小娘の開発を手伝ったことも許します。前マスターに渡しておいて彼女の背中を守ることを諦めたことだっていいです。離れ離れの時間が長かったのも、寂しかったけど構いません。
 

 だから、

 ありがとう、マスター。私を選んでくれて。
 
 






 ****************************





「──ト? レイジングーハート」

【……set up. おはようございます、マスター】


 朝日が差し込むユーノの部屋で、自分を覗き込んでいる彼の姿に気づいてレイジングハートは起動した。
 中々反応しなかったのでユーノは不思議そうに見ている。

「大丈夫?」

【問題ありません。少し──そう、夢を見ていた気がします】

「夢?」

【或いは、只のノイズかバグかもしれません。一応自己検査はしておきます。


 質問ですが──


 マスターは───デバイスに心が宿ると思いますか?】


 レイジングハートは質問する。それはリインフォースⅡやアギトのような融合機でもない自分に、人間と同じ心はあるのだろうか。或いはユーノと一緒に居て嬉しい感情も只のプログラムなのではないかという疑問だった。
 ユーノは赤い宝石の待機状態のレイジングハートを、機嫌良さそうに手にした。
 そして確信しているように応える。何を馬鹿な、今更、そういった当然のような口調で。

「うん、少なくとも、レイジングハートには心があると思ってる。僕にとって大事な、掛け替えのない存在だから」

【──そうですね。妙なことを聞きました】


 弾んだような声音で、レイジングハートは返す。その体は赤い血のように光っていた。

【それでは今日も、明日も、共に行きましょう『ユーノ』】

 ずっとこれからも一緒で居たいと、キカイのココロで願いながら。














 それから幾年が経った。


 ユーノは無限書庫を退職し、今では学者或いは発掘者、探検家として次元世界でも一部では有名な人物となり、今日もあちこちを飛び回っている。


 相棒である不屈の心、レイジングハートと共に日々楽しく……




 後年ではレイジングハートとの間に子宝にも恵まれて幸せに暮らしましたとさ。






 めでたしめでたし。














 ***************************




「デバイスに取られたデバイスに取られたデバイスに取られたデバイスに取られた……」アラサーの教導官は頭を抱えて呟いた。

【crazy】新デバイスのAIは短く応える。

「うるさいの! 何も終わっちゃいないの! 言葉だけじゃ終わらないの! わたしは勝つためにベストを尽くした! だけど誰かがそれを邪魔したの!
 こっちじゃヘリも飛ばした! 戦艦にも乗れた! 百万もする武器も自由に使えた! それが振り返ってみれば幼馴染すら男が寄り付かなくなったなの!」
【crazy】




「な、なんか大変だねバルディッシュ」
【Yes sir】
「あ、バルディッシュはずっと一緒だからね。母さんの形見でもあるし」
【Thanks】




「……」
「……」
「っていうか子供ってなんなの?」
「さぁ……バルディッシュ、分かる?」
【...No sir】
【crazy】


 



おわり



[20939] せめて恋人らしく(なのは編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:b0dffcca
Date: 2010/09/13 16:48
『ユーノの提案』





「なんかさ」

 それは何気ない日常の一コマ。
 劇的でもなければ鮮烈でもない、普通の時間に呟いたユーノの一言だった。
 その呟きを聞いていたのはその日、ユーノの休暇に合わせて一緒に遊びに出かけていたなのはだ。
 本当に特別な何もない。二人でいつも通り街をぶらついて、買い物をして、食事をして、公園のベンチで隣に座っている。
 ユーノの左手となのはの右手は、座っているのに握り合ったままだった。大抵手を繋ぐ時は、なのはが左利きだからこの手である。
 何となく思い付いたことを、ぼんやりとユーノは口にする。

「なんか──僕ら付き合ってるみたいだね。まるで」
「うん」

 なのはもぼんやりと返した。
 言われてみればそうである。自分らの関係は男友達と遊びに行くというよりも、恋人のデートに近いかもしれない。
 でもそれが自然であるように、彼女は体重をユーノに寄せる。
 二人っきりで出かけるようになったのは11歳のころの大怪我が治ったころからだ。
 無理をして大怪我をした自分と同じく、それに責任を感じてやはり無理な仕事をこなしているユーノを無理やり外に連れ出して休ませていた。

 そんなに思いつめることは無いんだよ。
 ユーノくんには全然わたしが怪我をしたことに責任は無いんだから。
 だからそんなに悲しそうに笑わないで欲しいの。

 そんなことを思って一緒にいるようになってから、数年が経過した頃だった。 
 付き合っているみたい。その言葉を、彼女は大して感慨も無く、夕飯の内容を伝えられたように自然に返した。
 ユーノもうーん、と少し悩みながら、

「君は僕の幼馴染で、親友で、恩人で……でも、どうなんだろう」
「どうって?」

 喋っているユーノもよく分からないと云った風に、聞く。

「なのは、君は僕のこと好き?」
「ん。好き、かな」

 自然と口に出た好意に、彼女は満足に近い感情を覚えた。
 ユーノもごく普通に自分の気持ちを伝える。

「ありがと。僕も好きだよ」
「知ってる」

 頷いて、彼女は目を閉じた。知ってると云うよりも実感している、といった風ではあった。
 それはほんの何気ない一コマ。
 当然のように必然のように、強烈でも奇抜でもなく決まる出来事。
 きっと明日からも変わらない毎日の中で、ほんの少しだけ変わることだった。

「なら、僕ら付き合おうか。恋人として」
「わたしと、付き合ってくれるの?」
「いいのかな?」
「いいよ」
「うん。本当は大好きだ。なのは」
「本当は、愛してるよユーノくん」

 衝撃的な感動も涙もない、乾いた告白。だけれどもそれは長年言い合っていることを確認するように、お互いに深く思っていることが伝わった。
 他の何かが介入することも無く決定する二人の関係。
 ユーノの手を握っていたなのはの手に力が入り、ユーノもそれを返した。
 肩を寄せ合っていた二人の距離が可能な限り小さくなる。お互いの体が密着して、二人とも顔を見合わせて微かに笑った。日常に幾らでも溢れている、特別でない笑いだった。


 だけれども一つ、二人に共通する疑問があった。




(恋人って普段どういうことするんだろう……?)




 お互いに経験の無い二人の疑問であった。








 ************************



『高町夫妻の助言』




「恋人だったときに何をしたかって?」

 桃子はなのはの質問にうーんと思いだすように考えて、言った。

「そうね、『あーん』は外せないわね」
「『あーん』っていうと、あの?」
「勿論。士郎さんも私の特製料理をあーんしてイチコロだったんだから。日本人の文化HASHIならではのイチャつきテクよ。実際フランスでは誰もしてなかったもの」

 惚気るように、いや実際惚気ているのだろう。いつまでも若々しい妻は夫の肩を突いて云う。
 照れるように士郎も頭を掻く。いつまでも仲が良いのは結構だが、親のこういう姿を見るのは非常に微妙な気分になるのだが確かに参考になるので彼女は真剣に聞いていた。

「やっぱりお弁当がいいのかな」

 なのはの意見に深々と桃子は頷く。

「分かっているわね。食卓じゃなく外で他に見せつけるというシチュエーション、それにお弁当は箸で掴めて一口サイズのおかずを詰め込むのが基本と云う合理性。さらに相手の為に自分が作っていくという健気さ、冷えてもおいしい物を作れるという家庭的手腕の見せどころ……! 完璧よなのは。パ───フェクツ……! 私の自慢の娘だわ」

「う、うん」

 母親の勢いにやや全速力で引きつつ、さり気なく料理下手な姉がディスられてるような気がしないでもなかったが首を縦に動かした。
 士郎は興奮している妻をなだめつつ、なのはに優しい声で聞く。

「そういうことを聞くとなると、なのはも恋人でもできたのか?」
「うん。ユーノくん」

 躊躇わずに応える。
 すると士郎も桃子も、ふうと安心したような息を吐いた。
 士郎は深い色を瞳に映して、なのはの目を見て言った。

「なのは」
「はい」
「彼はとてもいい男の子だね」
「──はい」
「だから、偶には彼も連れてきなさい。一緒に夕飯でも食べよう」
「……そうだね。ありがとう、お父さん」

 なのはが、嬉しそうな表情で目を閉じたのを見て、両親は温かい視線を送った。 
 両親は知っている。ユーノが原因で娘が遠い世界に行ってしまったことを。
 そのことに誰よりも責任を感じていることも。或いは、軽い気持ちで魔法の世界に行くことを許可させた自分たちより。
 なのはが怪我をした時に一生残りそうな心の傷を受けたことも。
 償おうと只管になったことも。
 なのはと同年齢なのに実直で律儀で木訥で真摯で───それ故に可哀そうな少年だから、なのはを任せられる。
 或いは、なのはに任せたい。
 そんな思いがあったから、二人の交際は望むべきものだった。
 その日の高町家は穏やかな空気に包まれていた。




「というわけで、ユーノくん、あーん」

 なのはが管理局の食堂で、ユーノに自前の弁当から箸で掴んでユーノの口元に持っていった。
 ユーノは疑問顔で聞く。

「えっと、なのは?」
「あのねユーノくん──恋人同士ならこうするのが普通なんだって」
「そうなんだ」

 あっさりと納得して、ユーノはなのはから差し出された弁当のおかずを口にした。

「おいしい」
「ありがと」

 顔を綻ばせるユーノに、ほっとしたようになのはも微笑んだ。
 彼は弁当箱を見て疑問を口にする。

「お弁当、多いね?」
「あ、うん。わたしのも一緒に入れてきたから」
「じゃあ、なのは……あーん」

 ユーノがなのはから箸を受け取って、彼女にあーんし直した。
 ぱくり、となのはも自分の作ったおかずを食べる。

「うん、おいしいね」
「なのはが作ったのだけどね」
「ううん、ユーノくんから食べさせて貰ったからもっとおいしくなったの」

 にっこりと笑うなのはに、ユーノは箸を返して次に食べさせてくれるのを催促した。
 繰り返すが、ここは二人のプライベートスペースではなく管理局の食堂である。
 周りの人間は悲鳴を上げて逃げたり、ぱたぱたと胸元を仰いだり、ブラックコーヒーを口の中からだらーっと垂らしたりしてその光景を見ていた。
 人目憚らぬ行為だったがきっと恋人と云うのはそういうものなのだろうと認識してしまった二人に遠慮は無かったのである。
 

 しかしまあ外でイチャイチャ禁止令が友人一同から発令されるのも時間の問題ではあった。








 *************************






『レイジングハートの指針』 





【そろそろ次のシークエンスに進むべきですマスター】

 レイジングハートはあるときになのはに告げた。
 ユーノと二人で施した改造により自由に言語を喋れる拡張パッチを付けたレイジングハートである。時々ネットなどから戦術情報収集のついでに恋人のなんたるかを調べて、AIなりに分析を行っていたりした。
 マスターとユーノの恋愛に興味津津な年頃だったりするのだ。

「次ってどうすればいいの?」

 なのはが問う。自分達はこの間とうとう告白しあい、さらに手料理あーんとかして恋人っぽくなったはずだが。
 赤い宝石はピカピカと光りながら応える。

【人間の三大欲求は食欲・睡眠欲・性欲とありました。この場合の性欲と云うのは情緒欲なので付き合っている二人はこの際度外視してもいいと判断しますが──つまり、食欲の次、睡眠欲です】
「ふんふん」
【レイジングハートが調べたところHIZA-MAKURAという方法がカップルがより親密になれるはずです。やり方はニードロップの逆で……】
「あ、いや膝枕ぐらいは知ってるよ」

 微妙に間違ってそうな説明を始めるレイジングハートを止める。
 そしてなるほど、膝枕かと彼女も得心するのだった。
 
「ありがとう、レイジングハート」
【Yes master. 二人が幸せになるように祈っています】
「うん。今も幸せだよ」
【All right】

 レイジングハートが優しい光を灯した。
 彼女はその、自分とユーノを繋いだ相棒を瞳に映して、幸せそうなため息をつくのだった。






 ぽんぽん。
 恋人と云うのはどうやら膝枕と云う行動を発作的に起こすらしい。
 そんな確かな情報を手に入れたことをユーノに告げて、彼女は正座をして自分の太股を軽く叩いてユーノを呼んだ。まさに【Stand by ready】といった状態である。
 幸い無限書庫司書長室だったから他人の目線は無かったが。
 ユーノも納得してゆっくりと横になり、頭をなのはの膝に乗せる。

「どう? ユーノくん」
「うん。なんだか、落ち着く」

 側頭部に柔らかな彼女の感触がした。
 微かに甘い匂いがして、ユーノは目を細めて小さな欠伸をする。

「髪撫でて良い?」
「ん」

 さらさらとしたユーノの髪の毛をなのはが優しく撫でる。
 手入れに特別なことはしていないのにヘアモデルのような触り心地だった。
 次第にうとうとしだしたユーノの寝息が聞こえる。
 安らいだ表情で、規則正しく胸を動かしてユーノは浅い眠りに付いていた。

「もう」

 くすり、と彼女は笑って、掛けたままのユーノの眼鏡を取る。
 そしてずっと彼を撫でてやった。



 暫くして。
 ユーノが寝返りを打ちそうになって頭を動かすと。

「ひゃん……!」

 となのはが声を上げたのでユーノは眠りからにわかに覚醒した。

「……なのは?」
「ご、ごめんねユーノくん……足、痺れちゃった」

 にゃはは、と笑うなのはを見て、ユーノは頭を膝からどけた。
 ほんの少しでも刺激が来るたびになのはの足に快感に近い刺激がびりびりと訪れて、笑い声に近いうめき声をあげる。
 ユーノは苦笑して、正座をする。

「はい、交代」
「お願いします」

 ごろり、となのはが今度は横になってユーノの膝に頭を乗せる。
 女性よりも幾分硬いユーノの膝に寝て、少し寝心地を良くするために。

「ん」

 と彼女はユーノの方を向いて、彼の腹に抱きつくように顔を寄せた。
 ぎゅう、とユーノの腰に顔を埋める。本と土のような匂いに、ユーノの汗の匂いが少し混ざっていた。
 何も云わず、自分がされたようにユーノもなのはの頭を撫でていた。
 ゆるり、ゆるりと二人の時間が流れるのであった。




【.....sweet】


 そんな様子をレイジングハートだけが見ていた。








 ************************************







『フェイトの勧告』




「いいや私はユーノとなのはがカップルだとは認められないよ」

 フェイトはユーノにびしりと指を突き付けて宣言した。
 無限書庫で働いている途中だったユーノは不審顔で彼女を見て、聞く。

「……どうして? あーんも膝枕したから結構いけてると思うんだけど」

 本人らも恋人と云う関係がよく分からないので恋人っぽい行動を繰り返せば自然な感じの恋人になれるだろうと思ったなのはとユーノは、人目憚らずに手を繋いだり腕を組んだりひっついたり抱き合ったりあーんしたりしているのだ。
 フェイトはぶんぶんと頭を振る。

「それぐらいで恋人なんてちゃんちゃら可笑しいよ。いい? 私はアルフにあーんして貰ったことあるし、クロノも小さいころロッテにあーんされたことあるって。はやてだってザフィーラを枕にしてたらしいからつまり……」
「僕は……使い魔や守護獣的立場?」
「そう」

 迷い無くフェイトが断言してくる。いや、あーんされるのは主にユーノなのだが、実質なのはよりも戦闘向きでなくフェレット風なユーノが使い魔っぽいのは確かだった。
 まずい、とユーノは真剣に思う。使い魔で無く恋人なので誤解されては困る。
 何に対して困るのかは分からなかったけれど。

「どうすればいいんだ」
「私が思うに、二人が恋人なら……せっ」

 若干の逡巡。言葉を切った。
 フェイトの頭の中で下手なことをいったら駄目だと云う常識がいつになく強く現れた。
 故に、妥協の末に出したのは。消え入りそうな声で伝える。

「──せっぷん……キスとか、しないと」
「……なるほど」

 ユーノもそれが恋人ならそうあるべきだと思った。
 あくまで二人の関係は恋人なのだからそう見られなくては、なのはにも迷惑だろうと考える。
 貴重な意見をくれたフェイトにユーノは感謝の気持ちを伝える。

「ありがとうフェイト、頑張ってみるよ」
「……うん」

 鼻が詰まったような声でフェイトは返事をした。
 納得がいった表情で仕事を再開するユーノを見て、司書長室から立ち去る。
 二人の関係がもどかしかった。好き合っているのはどう見てもわかるのだから、手探りで進んでいく二人をもっと親密にさせようと助言した。
 フェイトにとって一番の友達がなのはで。
 彼女と出会う機会になった、唯一の男友達がユーノだ。
 だから二人が一緒になればそれはそれぞれ一番である。二人が一緒になることは、嬉しいことだ。
 彼女は目を瞑る。

「──あれ」

 違和感を感じて目を擦った。
 どうしてだろう、とフェイトは不思議に思う。
 どっちに対してだろう、とフェイトは考えた。
 それでも、確かに偽りでない満足感を感じながら、何度か目を拭った。

 翌日のフェイトの目は赤く充血していたが、それを気にしないようにした。彼女自身も、もしかしたら周りの人間も。







 本当に気負う理由が無かった。
 ごく自然に、いつも通りな雑談の途中でユーノはなのはに切り出した。何となく会話が途切れた瞬間だ。煙草に火を付ける。ところでと話題を変える。突然歌を歌い出す……まあそんなパターンが通常のカップルなら予想されそうなタイミングで、

「キスしない?」
「しよ」

 二つ返事で十分であった。
 初めてのキスであったが、日常的にしているような返事だ。 
 ひょいとユーノは顔を寄せた。
 唇が触れるぐらいの、軽いキス。
 ぱちぱちとなのはが目を開閉する。呆気に取られたように。

「もう一回」

 どこか不満そうに彼女が提案した。ユーノも悪戯っぽく笑って小さく謝る。
 今度はなのはからゆっくりと顔を近づける。

「んー……んっ」

 なのはの口がユーノに触れた。同時に、ユーノが舌を入れた。
 彼女の口の中で動かしている。
 顔だけ近づけていたのがいつの間にか二人は抱き合うような形になっていた。
 なのはが口の中のユーノの舌を軽く噛む。 
 そして自分の舌で舐めた。挟んでいた歯を外して、口の中で絡ませる。 

 ……ユーノくんおいしい。

 舌を啄むようにしてその感触を楽しむ。
 ちう、という互いの呼気が口の隙間から洩れる音がした。
 ユーノがなのはの背中をぽんぽんと叩いたので、一旦離れる。
 互いの唇に涎の糸ができていた。

「ちょっと苦しかった」

 ユーノが息を吸い込んで感想を言う。
 互いに口を吸いあっていた時間はどれほどだろうか、大分長かったようにも思えるし、夢中になっていただけかもしれない。
 少しばつが悪そうになのはが、

「ごめんね」

 と謝ろうとした。だけど途中で再びユーノが軽いキスをして、言葉を遮った。
 顔を離して、笑顔でなのはの髪を撫でた。

「でもなんか、良かったね」
「うん。恋人みたいな気がするの」
「もう一回する?」
「うん……ふぁ」

 またかよと突っ込む人物は居ないので二人は四度目の接吻をするのであった。
 それをひたすら見せられているレイジングハートは仕方なく映像記録として保存。あとで誰かに見せてやろうと思う。











 ***************************




『はやてのまあなんでもいいや』




「二人に恋人として足らんもんがある!」

 そうユーノとなのはに告げたのがはやてだった。
 昼食時に呼び出されたはやての捜査官室のことだ。折角のお弁当なのではやての部屋のテーブルでいそいそと広げ出していたところだ。
 二人は自信満々に宣言したはやてをちらり、と見て、

「はい、ユーノくん」
「頂きます。うん、いつも通りおいしいね」

「無視してイチャつき出すなやー!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐはやてを五月蠅そうに見ながら一応二人は話を聞く姿勢になった。
 満足そうにはやては腰に手を当てて云う。

「仲良くラブラブしてるのも結構やけどな? 恋人としてさらにエース級になるにはも一つイベントを起こさなあかん」

「イベント?」

「そう──二人は一度喧嘩をすべきや!」

 その場で三回転ほど回ってビシィッ! と指を突き付けてはやては二人に言い放った。
 言い放ったが……
 やっぱり二人は無視してお弁当の続きをつつきあっていた。

「しゃばああああ!!」

 はやてが弁当に飛び付きむっしゃむっしゃと奪い取った箸で自分の胃に放り込む。自分より優先度の高いものを処理する算段だ。
 ……ガツガツ美味い! めちゃ美味いムッシャラムッシャラ! 自分も料理に自信あるけど妙に美味いグアッグアッ!
 流しこむような速度で、奇跡的に喉には詰まらずはやては弁当の中身を全て食べつくした。

「げふぅ」

 と汚い吐息まで漏らした後にふと思う。
 何となく頭にレイジングハートを突き付けて、黒桃色のオーラを出したなのはがこちらに魔力砲を向けているビジョンが浮かんだ。
 はやてちゃん何やってるのかなそれはユーノくんの為にわたしが作ったお弁当だよねなんではやてちゃんが横から全部食べちゃうのかな二人っきりのお昼ごはんの時に呼び付けたのはやてちゃんだよねなにかわたしの言ってること間違ってるかなねえはやてちゃんお話聞かせてくれるなんで黙ってるのかないいよ黙ってるなら喋りたくなるようにしてあげるから……
 背筋にべっとりと改めて冷や汗を掻きながら自分の、話を聞かせようとする軽率な行動を後悔しながらちらっとなのはの方を向いた。



 涙目になって落ち込んでいるなのはをユーノが慰めていた。

 はやては即土下座した。
 


「だ、だからな? お弁当食べたのは悪かったけど……話を聞いてな? ほ、ほらこのお二人様ご招待の高級お食事券あげたるから」

 罪悪感をひしひしと感じながらはやては話題を戻す。
 懐柔策として差し出したそれは最初から二人にプレゼントしようと、捜査官のコンパで行われたビンゴ大会の景品をヴォルケン誰でも乳揉み券と交換したものだった。ちなみにザフィーラに使われたらしいと泣きながら床に倒れていた本人にはやては聞いた。相手はソッチの趣味だったとか。
 渋々とお食事券を受け取るなのは。はやての胃袋に入ってしまったものは仕方ない。戻すわけにもいかないからだ。
 ユーノは聞き流していたはやての言葉を思い出すようにしながら、

「それでなんだっけ? 喧嘩?」

「そう、喧嘩や。男女の仲は一度喧嘩してお互いの本音をぶっちゃけあった後により強固なものになるんやで!──って漫画に描いてあった」

「漫画……」
「はあ……」

 呆れたような視線の二人。
 そしてお互いを向き合って、

「でもなのはと喧嘩なんて」
「する理由ないしね」

「かぁ──! これやから青春は! かぁ──!」


 はやては頭を掻き毟り、「ええから考えとくこと!」と言い残して二人を部屋から出した。
 一人で部屋に残り、はやては「まったく」と熱い幼馴染のカップルのことを思う。
 積極的なのか受動的なのか微妙に分かりにくい二人であったが。
 進展をさせるためにはあれこれ周りの手を焼かせるので、それはそれで面白かった。育成ゲーム感覚である。

「まあアレやな。きっとどうあっても上手く行くんやろうけど──喧嘩の一つぐらいしたほうがええんやで」

 それはユーノとなのはが、ずっと信頼し合っていた関係だから。元は敵同士で撃ち合っていたりしたわけでもない二人だったから。
 一度ぐらい、お話したほうがいいのだろうとはやては思うのだった。





「えと……喧嘩、する?」

 いつものように二人っきりになったユーノとなのはだった。 
 ユーノは控えめになのはに聞く。
 なのはが下から見上げるような視線で、

「……したい?」

 と聞くので、

「したくないけど」

 ユーノも応え、

「……でも、した方が恋人らしい?」

 続けて、首を傾げた。
 なのはも微かに、儚げに笑った。

「じゃあ、しよっか。仕方ないから」
「仕方ないのかなあ?」

 大きくなのはが息を吸い込んで、吐いた。
 何かを言おうとしているのを察して、ユーノは無言だ。

「あのね、嫌なこと言うから」
「……」

「ユーノくん」と彼の目を見て、



「わたしを巻き込んだからとか、わたしが怪我したからとか……そういう理由で、わたしと付き合ってるなら……もう、無理しなくていいよ」



 ほんの少しだけ……
 ずっと、思っていたことだった。
 もしかしたら、彼の恋愛感情も、そんな罪悪感から来ているのではないか? と。 
 自分のことに責任を感じているから付き合っているのではないかと。
 そんなことは無い。
 そう思う。なぜなら、ユーノのことを一番知っているのはなのはだからだ。
 だけれど……
 自分が怪我をして、ベッドに倒れていたときに、傍で泣いて謝っていたユーノの声が、いつまで経っても忘れられなくて。

「……なのは、ごめん。君にそんなこと言わせて」

 ユーノはなのはを抱きしめた。
 胸の中で小さく震えるなのはが、無理やり声を絞り出す。

「ユーノくん、すぐ謝っちゃうから……喧嘩にならないよぅ」
「ごめん。やっぱり喧嘩は止めよう」
「で、でも」
「そんなことしなくても、僕らは恋人だから」

 じわり、と何かがこみ上げた。 
 彼の胸で彼の鼓動を聞いていると落ち着くような気がした。
 ユーノの、否定の声は確かになのはに届いた。あんなことがあろうが無かろうが──ユーノと自分は一緒に居ただろうという確信と共に。
 それが分かっただけでも嬉しくて。

「……ユーノくん、わたしを嫌いにならない? 無理してわたしと付き合ってない?」
「君がそれを信じられるまで、一緒にいよう」
「うん……信じてる。だけど、今は」

 それからも二人はしばらく抱き合ったままだった。
 互いの不安が溶けて消えてしまうまで。ユーノの涙の記憶が薄れ、なのはの苦痛の記憶が紛れるまで……


 翌日から何もなかったかのようにイチャつき直す二人の姿があった。
 ただそれまでよりも、ほんの少し距離が縮んだそんな気がした。まあイチャつきレベルがアップしただけだが。
 
 さて、二人の隙間はあとどれぐらいだろうか?

 
 
 
 





 ************************




『ヴィヴィオの決定/なのはの普通』





「パパもママも、いい加減結婚しなさーい!」


 ヴィヴィオに叱られる二人の姿があった。
 例によってなのはとユーノである。ヴィヴィオが二人をママとパパと呼ぶようになって一年ほど。
 事実婚状態とはいえ未だにカップル気分のまま、娘の前でもイチャイチャとしまくっている二人についにヴィヴィオがキレた。
 前述したこれまでのイベント会場に娘がその様をありありと毎日のように見せつけられると云えば、如何に5・6歳の子供とはいえ我慢の限界がある。
 さっさと結婚して同居して色々落ち着いてくれないと、子供だというのに好きな飲み物がブラックコーヒーになっているヴィヴィオが持たないのである。

 ちなみにヴィヴィオ以外の知人の反応は「え!? まだ結婚してなかったの!?」である。一部の友人などは付き合いだした当初から、何年で結婚するか賭けているものも居て、早期結婚組は負け確定でガッカリしていた。ちなみに今結婚すると「あの二人だからこれ位かかるよ」と可也長めに賭けた、二人の一番の親友である執務官が総取りである。
 娘にそう言われて、なのはとユーノは顔を見合わせた。
 考えていることも同じで、確認のために言葉に出す。


「──じゃあ結婚しようかなのは」
「そうだね、ユーノくん」
「いいのかな?」
「いいよ」
「だよね。なのは、愛してる」
「ユーノくん、大好き」


「うわ、わあーい……甘ーいの……」


 ヴィヴィオが喜ぶべきか口の中の糖分をどうにかするべきかリアクションに困りながら、はにかんだ顔を改めて自分の両親となる親愛なるバカップルに向けた。
 言われて即決めるならさっさと結婚してろよ……とヴィヴィオも思うのだが、二人の知り合いが賭け事の関係上それとなくしか結婚を勧めなかった所為もある。どちらにしてもそのうち確実にくっつくのだから放置してても大丈夫だと思われていたのだ。
 なんかヴィヴィオはこの二人結婚しても只管イチャイチャしてるんじゃないか、結婚したら余計に自分も巻き込まれるんじゃないかとか思いながら。
 それでも二人の新たな門出を祝福するために、大好きな二人に挟まれて今は幸せを満喫するのだった。


 二人は結婚式を挙げた。
 誰もが祝福する式で、皆笑顔が溢れている。両親も、デバイスも、友人も、娘も……沢山の幸せがそこにはあり、これから先、共に生きていくことを誓った二人を皆で嘉した。
 そんな中でも、特別なことではないように、まるで普通のように、それが常態であることを示しているように──それでいて一番幸せそうなユーノとなのはだった。


 そして、夫婦となる二人も同時に思う。







(夫婦って普段どういうことするんだろう……?)



 おしまい




[20939] Archives Life From(アルフ編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:b0dffcca
Date: 2010/09/13 16:49


「あー……」

「ふー……」

 体に感じるのは熱だ。それは流体となって体に纏わりつき、程よい熱さとその他ミネラル成分などを伝える。人間は言葉にしなければ何も伝わらないというが、何もしなくても体に癒しを伝えてくれる点では人間よりも勝っているのではないかと感じた。
 温泉だ。
 正確にいえば温泉宿にある風呂場だった。昼間の、丁度時間の空いた頃合いだからかシーズンオフだからから、他に客の姿は無い。温泉に浸かっているのは二人だけであった。
 一人は金髪の青年だ。いつもは縛っている長髪を下して目を薄く瞑って湯気を吸いこみながらリラックスしていた。程よく眠気を誘いつつも、熱により眠りこけてしまわない程度の温度の湯に浸かり日ごろの疲れを取っていた。
 もう一人は少女であった。男湯ではあったが、その姿は小学生ほどの幼女だったので問題は無いように思える。橙に近い赤髪から飛び出た耳が、気持ち良さそうに動いていた。ただし耳に水が入ると面倒だと知っているので注意はしていたが。
 ユーノとアルフだ。
 二人は休暇に温泉に訪れていたのだ。当然の帰結ではある。休暇に温泉に行くのは社会人の義務のようなものでこれをこなさなければ休暇の真価を半分も味わえないと言われている。誰が言ったかは定かではないが。

「気持ちいいねーアルフ。足が伸ばせるお風呂ってやっぱりいいな」
「そうだねえ……」

 肩を並べて湯船に浸かっている二人はのほほんと言い合う。
 男女共に入って居ても幾ら相手が幼馴染に近い女性とはいえユーノも流石にぅゎょぅι゛ょな外見のアルフに欲情しないし、態々ユーノと同じ湯船に入るためにさらに幼女化したアルフを追い出すようなこともしたくないと彼は思っていた。ここに来るまでは彼女は十代後半の格好だったのだが変身魔法で今の姿になっているのである。
 そう、幼児ならば性別の垣根なく銭湯の暖簾のどちらをくぐっても良いことは、休日の親子連れを狙ってスーパー銭湯通いの者なら周知のテク……かどうかはわからないが、そう言う年齢ならば風呂場も危ないので許容されるのだ。
 ユーノは薄白色の湯に首まで入っているアルフを見ながら思う。

 ……大丈夫僕真っ当。

 思いながら、現在のアルフの体つきについて脳内で描写してみる。
 妙齢の女性体型ならまだしも、今は全身の筋肉が未発達故に触るとふにっとした、決して成人女性には存在しない(断言する)柔らかできめ細やかな肌をしていて、胸には膨らみの片鱗すら見えず、くびれのきゅっとしていた腹部は腹筋が無いので全体的に内臓が下に降りてやや膨らんで見える。そのせいか全体的に丸い体つきに見えた。

 ……娘みたいだなあ。

 娘、といえば幼馴染の娘であるヴィヴィオを思い出す。が、流石にヴィヴィオも最近二次性徴期に入っているので男親(自分は親ではないが)とも入りたがらない時期だろう。戸籍上は現在ヴィヴィオは12歳であり、ユーノは26歳である。
 考えて、くすりと笑う。アルフに娘みたいだ、なんて言ったら怒られそうだなと思って。
 
 ユーノの視線に気づいて、アルフがこら、と言いながらぺちんと彼の背中を叩いた。

「こんなところで変なこと思うんじゃないよ」
「思わないって。ごめんごめん」

 淫獣呼ばわりは御免だからね、と心の中で付け加える。
 思い出すのも昔だが、以前に一度だけこの温泉宿──海鳴温泉に来た時はユーノは女湯に入れられたのだった。少年では無くフェレットと間違えられてだったが。
 その点を友人であるクロノに指摘されて散々からかわれた記憶もあるが──

 ……よく考えれば十歳程度の子供が入っていても何とも思わないよなあ。

 まったく子供相手に大人げない称号である。淫獣などと。確かに自分が男であることを告げてなかったのは抜かりだったかもしれないし、早熟な意識があったから恥ずかしさを感じたが……今となっては「ああそんなこともあったね」程度の想い出にすぎない。
 確かフェイトとなのはもエリオが小さいころに一緒にお風呂に入れようとしていたし、そんなものだろうとユーノは湯船で肩を竦める。成長しない精神も無ければいつまでも消えない称号も無い。人間関係の変化などそんなものだと。
 しかし、とユーノは改めてアルフを見ながら質問した。

「なんでまた休暇でここに来たいって思ったの? アルフ」

 そう、二人でどこかに出かけようという話になって、態々トランスポーターを使い管理外世界まで来て海鳴温泉に行こうと提案したのはアルフであった。
 その質問に彼女は「あー」と一旦声を出して、天井を見ながら、

「記念だよ記念」
「記念?」


「ん。あたしが、ユーノの使い魔になっての一周年記念に、最初に出会った場所に行こうと思ってさ」


「ああ──」

 ユーノが目を細めて息を吐いた。

「そうだったね。そうか、もう一年か……」

 人間関係は変化する。例えば、アルフがフェイトからユーノに使い魔の契約を変更したように。



 **********************************




 アルフがユーノの使い魔となったのは一年前。ユーノが二十五歳のころの話であった。
 長年フェイトの使い魔だったアルフがユーノを主に変えたのには重大な理由がある。

 アルフが死んだのだ。

 いや、正確には可也危険なところまで死に瀕した。
 別に誰に殺されかけたわけではなく、その日もアルフはユーノの仕事の手伝いをしていた。クロノとエイミィの子供達も大きくなって手がかからなくなり、暇なのでユーノの近くに居ることが多くなっていた。
 そして突然倒れ、急速にその生命反応を失い始めたのだ。
 原因は時を同じくしてフェイトが任務先で広域魔法の直撃を受けて、心停止に陥るという重傷を負ったことである。
 心停止。すなわち心臓が止まるのである。云うまでも無く人間はその状態が数分続くと死に至る。

 アルフの使い魔契約はフェイトが死ぬまで一緒にいることだった。
 つまり、その瞬間フェイトは仮死状態になったため、アルフの生命も消失することとなったのだ。
 フェイトが受けた魔法も拙かった。『結合分断』効果を広範囲に発生させる凄まじく強力な魔法だったのだが──それによりフェイトとアルフの間の使い魔の魔力リンクも断ち切られてしまった。
 さらにアルフの状態も、普段フェイトに魔力の負担を掛けないように最低限しか残存魔力を保持していなかったため急速に魔力が枯渇して死に瀕した。

 咄嗟に近くに居たユーノが応急措置として適応したのが使い魔の契約だ。勝手だとは思ったが、アルフを死なせるよりは良いと考えた。異なる次元世界にいたフェイトの事情も不明だったため、彼女がアルフと再契約できる状態とも限らないと思ったのだ。
 それに、目の前で親しい友人が倒れるのを見過ごせる筈が無かった。
 なんとかフェイトの残存魔力が体内に残ったままアルフにユーノから魔力ラインを繋ぐことに成功して、それまでのアルフのまま彼の使い魔となったのだ。

 その後フェイトの様態も回復したと報告があって一安心して、フェイトやリンディも交えてアルフのことを話し合った。
 フェイトとの契約に戻そうとユーノは提案したのだが、アルフは自分の維持魔力をフェイトに負担させるほど彼女の役に立ててないことを気に病み、そしてフェイトも自分が危険な任務に出てアルフを道連れに死んでしまう可能性があることに引け目を感じた。
 それならばと云うことでアルフはユーノが引き取ることとなった。アルフとフェイトも主従ではなくなったが家族だという関係でさほど変わらない。

 以来、アルフはユーノと一緒に居るようになった。
 外見もユーノにペド疑惑をかけられると困るので普段はお姉さん体型をして、民間協力者からユーノ付きの副司書長ということで無限書庫で働いている。
 ……ついでに二人暮らしである。ユーノは遠慮したのだが押しかけ女房よろしく。



「そういえば昔、ここで会った時はフェイトはどうしてたの?」

 懐かしむような声音でユーノは尋ねた。
 最初にアルフと自分らが出会ったのはここの温泉の廊下で、その時アルフは一人だったからだ。その場に敵同士だったころのフェイトがいれば何ともオフ中の気まずい邂逅になっただろうが。
 アルフは思い出すように、

「あの子は……ずっとシャワー生活だったからさ。時の庭園でも、マンションでも。それに知らない人の前で裸になるのが恥ずかしいとか言ってた……はず」
「そのフェイトは本当に今のフェイトと同一人物なんだろうか……」
「あたしに聞かないでくれよ……」

 加速用フォームだとかいやらしい言い訳を付けつつ際どい露出バリアジャケットを装着する二十六歳を思い出しながら消沈したように呟いた。
 ぶくぶく、と口まで温泉に付けて泡を出しながら喋るアルフ。マナー違反だが幼女に限りそれは合法である。確実に。

「あたしはシャワーのほうが苦手なんだ。滝に打たれてるみたいな気分になるから……」
「狼の本能が残ってるんだろうね」

 使い魔は人間形態になれる者が多いが、動物状態での嗜好を持ったままの場合が多い。ユーノなどフェレット形態で体を休めていたら危うく知り合いの猫の使い魔二人組に食われそうになってしまったこともある。いや、猫がフェレットを襲うことは無いのだがこの場合は狩猟本能とかが関係しているのだろう。
 アルフは少女の貌でシニカルな笑みを浮かべて、ユーノを突っついた。

「そんなユーノだってフェレットの癖に狼になるけどね」
「うっ……」

 言葉に詰まって顔を赤らめて、諦めた様にため息を吐いた。
 そして濡れたままのアルフの髪の毛をぐしぐしと撫でて誤魔化すのだった。
 アルフは体に熱を感じる。
 それは温泉によって暖められたものが原因の一つだ。そしてもう一つ、ユーノと使い魔の契約をして、彼と暮らしてから感じている熱を感じながら、頭の上に置かれたユーノの右手をぎゅっと押し付けるのだった。



 ************************



「頂きます」

 唱和する。
 それは日本における食事前の祈りの一種だった。ユーノは高町家で、アルフはハラオウン家でそれを知っていてここは日本であるから自然と出た言葉だ。
 二人が泊まる宿の部屋だった。十二畳ほどの部屋でユーノとアルフは夕食の盛られた膳を並べていた。
 温泉を上がってアルフも再びお姉さん形態に戻り、浴衣姿で冷房の効いた部屋に戻っての時間だ。
 アルフがいつも通り好きな肉──夕飯のメニューはすき焼きだった──をがつがつと食べているのを見ていつも通りに自分の分の肉を彼女の皿に分けるのだが……

「こら、駄目だよユーノ。あんたも食べなきゃ。ただでさえひょろいんだから」

 と唾を飲み下して欲求に耐えながらアルフはユーノの分の肉を彼に戻す。
 本来ならば肉を食べたい本能もあるのだが……

 ……ユーノには精気を付けて貰わないと。

 普通に考えて使い魔が主人を慮る感情を持って、ユーノに突き返す。彼の健康はある意味アルフの健康でもあるのだ。
 む、とアルフから返された肉を見て唸るユーノにアルフは、

「マトモに食べないなら口移しでも食べさせるからね」
「それは魅力的な提案だけど……頂きます」

 ユーノは降参とばかりに箸を握った手を上げて、自分の分のすき焼きを食べ始める。
 よし、とアルフは頷きつつも口移しでも良かったかなと思うのだった。
 しかし、とユーノが食べながら喋る。行儀は悪いが、口の中のものを飲み下した後に言葉を出す程度には考える。

「アルフと一緒に暮らすようになって太った気もするなあ」
「太るぐらいで丁度いいんだよ。あたしが来る前はペットフードと栄養食品しか禄に食べてなかったじゃないのさ」
「いやあアルフには頭が上がらないし足も向けられないね」
「じゃあ肩を並べるぐらいでいいんだよ」

 とん、と隣り合わせになったユーノの肩に体重を傾けて満足そうな気配を出した。
 傍に居るアルフにユーノは敵わないとばかりに困った笑いを浮かべる。
 風呂上がりのふわっとした熱気がユーノに伝わる。心地よいと彼は感じる。
 ふと、浴衣のはだけた部分からアルフの胸が見えてぎくりとユーノは数秒視線を固定され、慌てて顔を戻す。
 がつがつ、とユーノが食事を再開し出したのを見てアルフもく、と笑うように喉を鳴らして自分も食べ始めた。




 ***************************




 ふと、夜中に目を覚ましたユーノは仰向けのまま天井を見てじっとしている。
 ひんやりとした部屋に二つ並んだ布団だったが、膨らんでいるのは片方のみである。ユーノが寝ている布団に二人分の膨らみがあった。
 自分の腕を枕にして寝息を立てているアルフの気配を感じながらユーノは身じろぎしつつ、思う。

 ……一年か。長かったような短かったような気がするなあ。

 とはいえ、とぼんやりとした考えを進める。この一年が短かろうと長かろうと、これから一生アルフと過ごしていくのではあるが、と。
 正直なところ彼はアルフが使い魔になってくれて助かっていた。彼女は仕事もできるし、面倒見たがりなところがあるから私生活からユーノは改善されて世話になっている。魔法適性だって近接戦闘タイプのアルフと支援型のユーノは相性も良く、無限書庫で働いているから戦闘は無いにしてもコンビを組んでの演習ではそこらの局員では相手にならない。
 相性がいい。
 結局、自分とアルフの関係ではそれがあるんだろうなとユーノは思う。実際に色々相性がいいのだ。一年付き合っていて不満が無い程度には。そして一生こうしてられたらと思える程度に。
 使い魔として相性がいいのと人間として相性がいいのにどれだけの違いがあるのだろうか。そんなセンチメンタリズムなことを考える年でも無いかもしれないし、今こそ考える時期かもしれない。結論としてそれがどちらでも良いことだろうとも。
 何となく腕枕をしているアルフに体を寄せて、向かい合うような体勢になった。
 
「ん……ユーノ」
「ごめん、起こした?」
「別にいいさ」

 ごそごそとアルフも動いてユーノの胸に顔を押し付けた。
 彼の匂いと微妙に混ざり合った自分の匂いを感じながら、布団の中で抱きつく。

「あんまりくっつくと暑いよ」
「なに、汗掻いたらまた温泉にでも行けばいいじゃないか」

 かじかじとユーノの脇腹の肉を甘噛みする。
 くすぐったさにユーノは身を捩らせて、アルフの頭を抱えこんだ。

「ユーノ」

 とアルフは彼に包まれながら云う。
 どこか滲んだ声だった。

「ありがと」

 何が、とは聞かなかった。分かっていることかもしれないし、自分の知らないことかもしれない。どちらでも良かった。ユーノはただアルフを抱き返して「こちらこそ」とだけ告げる。
 暖かな体に包まれてアルフは何となく、一年前……フェイトが死に瀕した時のことを思い出した。突然消える魔力リンク。変身魔法を維持できず急速に冷えていく体。フェイトが死んだかもしれないという絶望。
 掠れる視界の先に居たユーノは取り乱さなかった。ただアルフを救うために躊躇わず彼女と魔力を繋げた。じわり、と翡翠色の魔力が倒れたアルフに注ぎ込まれて。

 ───僕と、生きてくれ。

 そんなユーノの使い魔契約の言葉を思い出して、つい彼の胸でにやけてしまう。

 ……あんなちびすけが言う様になったもんだね。

 かつてのフェレットであり、九歳の少年であったユーノのことを出会ったここに来ることで明瞭に思いだす。
 いかにも頼りなさそうな。それでいて中々優秀で。背伸びをしている子供のようでありながら時折大人びて。
 それがいつの間にか、背丈も追い越し並ぶと自分より年上に見えるように、随分と男らしく──まあ色々な面で──なった。
 こんな関係になるとは思っても居なかったけれど、人間関係なんて変化するものだ。悪い変化で無ければそれで良い。どうせならユーノがフェイトを貰ってくれれば嬉しかったのだけれど……と考えたりもする。

 とにかく。
 アルフは撫でられながら、これから一生付き合うユーノ向けて親愛だとか情愛だとか、慈愛だとか溺愛だとかそういうのを全て無償に与えたいという気持ちだけは真実であることを思いながら。
 もう彼にその気持ちは届いているから言葉にはしないのだった。言葉にしなくても伝わるものはあるから。温泉以外にも。




 **************************





「いってきます」
「行ってらっしゃい。気を付けるんだよ」

 ユーノはその日も自宅から出社する。クラナガンの一等地にあるそれなりに広い一軒家であった。最近までユーノとアルフの二人暮しをしていた場所である。時々フェイトも遊びにくるが。
 最近まで、というのは近々住人が増えるからだ。
 ユーノを見送った休職中の副司書長、アルフ・スクライアは今ではぽっこりとお腹が膨れていた。

 妊娠したのだ。

 使い魔って動物じゃんそもそも死んでたのを魔法生命体にしたものじゃんなどと小さな騒動になったが、当人らは初めての子供に──アルフなど涙を流してまで喜んでいたので水を差すのも気まずく、祝福として騒動は終息した。ちなみに、三つ子であった。
 妊娠している間は変身魔法が使えないというアルフは制約があり、また無重力の無限書庫とを往復する生活は母子ともに悪くなる可能性があるために早いうちから休職しているのだった。 

 重たい腹を抱えながら鼻歌を歌いつつ、アルフは朝食の片付けを始める。
 来月には生まれる子供が離乳食になったときの皿も既に買って棚に並べているのを見ると、気が早かったかと苦笑した。
 食器を洗いながら愛おしそうに何度もお腹を撫でた。産婦人科にも通院していて経過は順調である。

「アルフお姉さんからアルフお母さんかー……ぃよしっ、今日も頑張ろうかね」

 生まれてくる子供達の為にも。
 そう思って自然と顔を綻ばせ、アルフは腕まくりした。






 ピーンポーン。

 その時に来客を告げるベル。

「はーい、少し待ちなよー」

 アルフは返事をして手をタオルで拭い、玄関に向かった。
 クラナガンの一等地とはいえ防犯上念の為インターフォンの映像で来客を確認する。金髪の長い髪の毛をした女性がドアの前に立っていた。
 アルフはその姿に無警戒に家の扉を開く。



「フェイト? おはよう。どうしたんだい。バルディッシュを持って……」


「アルフ」

 小さな声で名前を呼ぶ。どこか震えたような声音だった。
 フェイトが一歩。家の中に足を踏み入れる。その手には漆黒のデバイスが握られていて。
 やや俯いたその瞳には暗い色が波打っていた。



























 ********************************






「うあああーん! あるふぅううう! 私またお見合い失敗したー!」 

「おおよしよし。まったく、今度はどうしたんだい」

「うう、今度の人は小さい男の子とか女の子とか性的に興奮するよねって話には乗ってくれたんだけど」

「フェイト……だから性癖はお見合いの場で話すことじゃないって言ったのに……」

「それでね、お見合場所のすぐ近くで緊急な事件が起こったから急行しようと真ソニックモードになったら……相手の人『ぐふぁ! 年増の太股!』とか叫びながら血を吐いちゃって。失礼だよね! 私まだ二十代だよ!?」

「そりゃあ……むしろ相手が悪いとしか」

「私も地味にショック受けてバルディッシュにバリアジャケットの服装を変えようって言ってるのに」

【変更は不可能です】

「バルディッシュウウウウ!!」
 
【不可能です】

「ああもう、フェイトもそんなに泣くんじゃないよ」

「あうう、そ、そうだね。アルフのお腹の赤ちゃんに響くから。……触っていい?」

「はいよ」

「うわあ……凄いね。三つ子だって。エイミィより多いよ」

「その分手間がかかりそうで楽しみじゃないか」

「いいなあアルフ……私にもお世話させてね」

「勿論。さて、フェイトは紅茶でも飲んでおく? あたしはちょっと洗濯物を干してくるけど」

「あ、折角私が居るんだからアルフは座ってていいよ。代わりにやるから」

「そうかい? ありがと、フェイト」

「えへへ、楽しみだね赤ちゃん」 
 

 
 


 おしまい





[20939] 風と君を呼んで(ティアナ編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:008d4af2
Date: 2010/09/13 16:58
 執務官補佐としてキャリアを積んでいたティアナは悩んでいた。
 それは彼女の目標である執務官への勉強についてだ。
 当然ながら執務官補佐として勤務していた実績は評価されるものの試験そのものは受け、狭き門を通り抜けなければ華の執務官職には付けない。フェイトの好意から執務官補佐に指名してくれたものの、凡人と自称するティアナは「くくく……AAランクなどまだ小物よ」「試験会場に現れるなど管理局の恥さらしめ」などという感じの猛者の集う試験が不安である。試験官はフードで顔を隠してるし背景では雷とか鳴っている。まあ、多分だが。
 不安を無くすにはどうすればいいか? 
 自信がつくまで只管努力しかない。
 すなわち勉強ではあるのだが……


「あ、あれ? 今の執務官試験の問題ってこんなに難しいんだ……へえ~」


 フェイトが自分で試しに解いてみた執務官試験の模試に朱筆を入れながらとぼけた声を出している。
 漠然とした不安感にティアナは頭を抱えた。

 目の前にいる、彼女の上司フェイト・T・ハラオウンは若干十一歳で執務官試験に合格した天才肌の人間である、とティアナは思っていた。何せ優秀だった彼女の兄ティーダでさえ、二十になっても合格していなかった試験である。
 半年に一回という短いスパンで行われるが実際に執務官になれるのは年間に一桁人数という年も少なくない、そんな難関である。

「……あの、フェイトさん。それは勿論試験内容はある程度変わるんですけど──正答率50%ってどういうことですか!?」
「え、えと、調子悪かったのかな? ペーパーテストするのも久しぶりだし……」
「現役執務官なのにそんな調子でどうするんですか!? 本当にそれで合格したなんて信じられません!」
「あうう」

 部下に怒鳴られて途端に涙目になるフェイト。かなり駄が入っているような感じであった。
 ティアナは憧れの執務官の実態に立腹しながら、やはり試験に対する不安感に苛まれる。
 フェイトは伏し目がちになりながらティアナに言い訳がましく、

「本当に私の中では分かってるんだよ? その、テストは苦手だけど……今まで仕事してて問題無かったし、実際勉強したところの十分の一ぐらいしか仕事に必要な知識無かったからちょっと忘れ気味なだけで……」
「そんなぶっちゃけて、いざと云う時どうするんですか。……大体試験が苦手でどうやって合格したんだろうこの人」

 疑わしげにフェイトをねめつける。
 ハラオウン家という代々執務官と提督位を輩出している家系だから何か特殊なルートがあるのかもしれない、と失礼なことすら考えるティアナである。
 そんな部下からの尊敬ゲージ減少攻撃を喰らって慌てたフェイトは自分の執務官試験の時のことを思い出す。クロノやリンディにも手伝ってもらったが──

 ……あ! そうだ、ユーノに教えて貰ったんだった……

 ペーパーテストの暗記が非常に苦手だったフェイトはユーノに手伝って貰ったことを思い出した。
 彼は物心付いてるのか付いていないのか微妙なほど幼少時に大学相当の魔法学校を短期卒業しているため効率的な勉強方法については非常に詳しかったのだ。なのはの怪我も回復したぐらいの頃に二人で勉強をしていた。
 まだ頭脳がリニスの教育の成果でそれなりに明瞭だった頃のフェイトはそれで執務官試験を合格することができた。
 フェイトは思う。

 ……現役執務官の自分がこんなに試験問題忘れているんだから元執務官のクロノやリンディ母さんはもっと忘れてるはず。絶対。私が特別ダメってわけじゃなくて。

 その点執務官でも何でもないのに試験勉強について分かりやすく教えてくれたユーノならティアナの助けになるだろうと。
 最近無限書庫の司書が大増員されて暇ができたユーノに頼んでみようと考えた。次元航行艦クラウディアは整備のために暫く本局に停泊することに関連して、クラウディア付けの執務官であるフェイトと補佐官のティアナも地上務めになるので会うには丁度良かったのだ。

「というわけでティアナ、無限書庫に行こう」
「フェイトさん……頭の中で理論展開して結論だけ口に出すの止めましょうよ」

 いつもながら唐突な上司の提案に、半目でティアナは呟いた。




 ***********************





 JS事件によって管理局は実質的被害でも世論でも大きくダメージを受けたが、その一方で管理局を揺るがす事件の解決の糸口となった無限書庫の評価は上がった。
 それにより予てから司書長であるユーノが上申していた司書の増員が決定された。これまで涙ぐましく部下の仕事を肩代わりして働いたり、環境を良くしようと自費で書庫内にジュースサーバーやアイスクリームマシーンなどが置かれた休憩室を作ったり(殆どヴィヴィオが利用していたが)、飛行魔法が使えない司書のためのサポートデバイスを制作したりといった努力がようやく報われる。
 人が集まれば組織が構築される。
 手探りでスタートされてから全力疾走を続けるしか無かった無限書庫にようやくユーノが描いていた効率的な人員運用が出来るようになったのだ。
 無限書庫はそれから残業も減り休みも増え、真っ当に労働基準を満たすような職場へと進化した。

 そしてユーノは割と暇になった。

 本来司書長が書架検索など行う仕事ではないのだ。書類の決裁や折衝などが主な仕事になってそれでも暇なので司書に混じって仕事して「司書長がやると他の人が暇になるから座っててください!」と怒られたり、いじけて無限書庫の一角に家庭菜園を作ってやはり怒られて撤去したりしている。
 

 そんなユーノを訪ねに管理局の廊下を歩いている二人がいた。

「無限書庫司書長ですか。なのはさんやフェイトさんと幼馴染なんですよね?」
「そうだよ。ユーノにかかればティアナも執務官試験一発合格だから」

 にへら、と笑うフェイトの顔を見ながら、ティアナは初めて会う無限書庫司書長を想像する。
 噂は聞いていた。十年前に無限書庫を本格稼働させたスゴイ人だとか、なのはからコンビの理想型だとか惚気のようなことまで。どんな人だろうかと考える。きっと凄い偉いオーラとか出ているのだろう。なにせ一部署のトップだ。数百名の部下に提督位と同等の権限を持つのである。さらにフェイトが勉強を教えてもらったら執務官にすぐ合格したという。恐らく執務官並の実力も持つのだろう。
 ザ・凡人の自分が会ってさらに勉強を教えてもらうなんてことしていいのだろうか、と陰がよぎる。

「大丈夫だってティアナ。忙しい時ならまだしも、ユーノも嫌な顔しないよ」
「そうですかね……」
「それに執務官になるんだったら無限書庫も利用するんだから、今のうちに司書長なユーノとコネを作っておかないと」

 それは確かに、そうだと思うが。
 ところで、とさっきから不思議に感じていたことを口にする。
 フェイトがペットフードのカリカリの袋を持っているのだ。

「えーと、フェイトさん。それはフェイトさんの使い魔のアルフさんに買ったんですか?」

 時々アルフが無限書庫に通っていることを聞かされていたので真っ当な理由のように思えた。
 フェイトは首を振って、

「え? ユーノへのお土産だけど。アルフは今日は休みで寝てるし」
「……」

 司書長へのお土産でペットフードって何さ。
 思いっ切り突っ込みたかったが、「変なこと聞くなあティアナは」と常識のような顔で語られるので困った。
 あれか、そのユーノさんとやらは大層なペット好きでプレゼントに渡すと喜ばれるとかそういうのか。
 うん、とティアナは納得して顔を上げた。
 無限書庫の扉である。フェイトはユーノに渡されていた入り口のIDカードを機械に通して中に入る。ティアナもそれに続いた。

「うわ」

 とティアナは浮遊感に驚く。そういえば無限書庫は無重力だと聞いていたのだった。
 無限書庫の内部は非常に広い。遭難者が以前は出るぐらいだった。
 ずらりと高層ビルのように立ち並んだ書架の奥のほうで、数百名の司書が仕事をしている。以前は雑多に思い思いの場所で仕事をしていたのだが、効率化された今となっては機能的に全員が所定の場所で働いていた。
 フェイトはきょろきょろと見回す。長い金髪が無重力でふわりと広がっていた。
 そして、

「ユーノーどこー」

 と大声で呼びかけた。何人かの司書がこちらに視線を向けてティアナは上司の行動に顔を赤くする。かなりフェイトは駄が入っているようだ。
 そして今度は無造作にペットフードのカリカリをそこら辺にまき散らし出した!

「ちょっ……フェイトさん何を?」
「匂いで釣ろうかなーって」

 何を言ってるんだこの人はとティアナは謎の行動を始めたフェイトへと奇異の表情を向ける。だが何事かと一瞬視線を向けた司書も「ああ司書長の知り合い絡みか」と納得して仕事へと戻っていった。自分もこの変人の仲間だと認識されたとティアナの心に深い絶望を感じる。
 そして謎の鳴き声が聞こえた。

「キュー!」

 無重力空間を凄い勢いで飛来してきたのは一匹の茶毛フェレットであった。もう何が起こってもティアナは驚かないと心に決めることにした。
 なぜフェレット。なぜ飛んでいる。
 もうなんかティアナの常識とかいろいろ売り切れ始めた頃合いだが、フェレットは上司が撒いた餌を凄まじい勢いで食べ始める。
 よしよしと上司も愛し気にその毛玉を撫でている。

「あのー、フェイトさん……そのフェレットは?」
「あ、ティアナ。これがユーノだよ」

 ?
 ティアナの脳が理解を拒否した。
 だがそんな彼女を見て、カリカリと咀嚼していたペットフードを飲み下したフェレットが律儀な口調で、

「君がティアナさんだね。話には聞いてるよ。初めまして、無限書庫司書長のユーノ・スクライアです」
「喋ったー!?」

 さっきもう何があっても驚かないと決めたけど、ありゃ嘘だった。
 数百人の部下を持つエリートでゴイスーな無限書庫司書長、エースオブエースの相棒ユーノ・スクライアはフェレットだった。
 驚愕のあまりにああきっとあれだこの人使い魔か何かなんだなとそれらしい理屈をつけて納得した。そしてフェレットにこき使われる数百人の部下が途端に哀れに思えてきた。
 ……これから勉強を教えてもらう私も哀れだ!
 泣きたくなった。だが、涙はもう流さないというあの時の誓いを思い出してティアナは耐えた。あの時がどの時だったのか最近思い出せないのが難点ではあったが。

「なにかティアナさん、固まってるけど……」
「ティアナ? 大丈夫?」
「はい。もう吹っ切りました」

 爽やかな笑顔でティアナは答えた。

「まあユーノの姿は気にしないでいいよ。今フェレ期だから」
「フェレ期!?」
「べ、別に仕事が暇だから一緒に勉強するわけじゃないんだからね! フェイトとティアナさんのためなんだから!」
「ツンフェレ!?」

 自分で叫んでいて意味が分からない属性だった。ツン要素も微妙であった。それでもティアナは叫ばずにはいられなかった。
 実際のところ。
 ユーノは最近仕事が減って、僕が居なくてもここはもう大丈夫だ……僕の居場所なんて……などといったありがちな、もうなんか一々描写するのが面倒くさいような感傷に浸った挙句もうフェレットでいいやと欝を変な方向に拗らせてフェレットに変身することが多くなったのである。
 しかしこれが意外と若い子や女性局員に人気でついこのまま過ごしてしまっている。もちろん公的な会議などに出る場合は人間に戻っているが。
 フェレットにこき使われている司書たちではあるが、ユーノの能力については疑いようもなく優秀で待遇改善してくれたので不満もなく、管理局としても魔法生命体である見た目9歳のヴィータが上司だったりデバイスで見た目妖精のリインフォースⅡが上司だったりすることを許容する気質なのでそのへん寛容だった。
 それに今までに無い視点で物を見るというのは気分転換には良かったのだろう。ユーノの気鬱な気分もいつの間にか解消されていた。有り体に言ってこの司書長ノリノリであった。

「まあとりあえず二人共司書長室に来てよ。お茶でも出すから」

 ユーノはフェレットのままクイクイと手を動かし誘致した。
 それは確かに可愛いのだが……そういえば最近八神家スポンサーで販売されたフェレットくん人形とたぬきちゃん人形のセットが売れているという噂を聞いたことをティアナは思い出す。二個セットで売られていてたぬきだけ捨てられていることが多いとも。


 司書長室は結構乱雑に本や書類が置かれている部屋だった。それでもかなり広めに設計されており、柔らかなソファーと応接用の机がある。部屋の隅には最近使われることも少なくなった仮眠用の布団も置かれていた。書類仕事もあるこの部屋はちゃんと重力がある。
 実際のところ司書長室に積まれている本の半分はユーノの趣味の読書用ではあった。仕事の合間に、暇になったときに読んでいる。
 暇、とはいえユーノの仕事は少なくはないのだ。当然部署のリーダーなので様々な書類を決裁しなくてはならないし他の部署からの連絡事項も様々にある。やっている仕事の量は提督であるクロノや特別捜査官からさらにキャリアアップを狙っているはやてとさほど変わらないだろう。だが、今までの仕事を処理する速度が速すぎてユーノにとってそれらの量は無いも同然だった。わざとゆっくり仕事をすることができない男である。
 とりあえずフェイトとティアナはソファーに座って、テーブルの上に乗っているユーノに模擬試験の答案を提出する。
 ユーノは二人の答案を覗き込んで、

「……フェイト、これはマズイ気がするよ」
「そ、そうかな」
「まあ執務官としてはマズイけどフェイトとしては順当な気がするからいいけど」
「そんなに褒めないでよユーノ」

 全然褒めてない気もするしやっぱりマズイんだ……となんか駄目な方に諦めらつつも照れたように笑っている上司をティアナは見やる。本当はもっとマトモな人だったはずと思い出に逃げ込みたい気分だった。
 次にユーノはティアナの答案を見ながら、

「ティアナさんは……うん、努力の跡が見えるね。勉強初めてどれぐらい?」
「本格的には、三ヶ月ぐらいです。あと、呼び捨てでいいですよ」
「そうかい? じゃあティアナで。三ヶ月でこれぐらい出来れば……ティアナはしっかり勉強をすれば次の執務官試験には受かるだろうね。僕が保証するよ」
「あ、ありがとうございます」

 フェレットに保証された。

「やっぱり出題される分だと法律関係が難しい?」
「はい。管理局法ってあんなに量があって……」
「これだね」

 とユーノが魔法で机の横に置かれていた本を持ち上げた。最新版の局法全書である。その厚さと言ったらAAランク以上の魔導師でなければ貫けない紙の束となっている。以前これに紐を結んで振り回し人を撲殺した事件が起こり、管理局法こそが質量兵器なのではという話題になったほどだ。
 ユーノは読書魔法でパラパラと高速にめくりながら、

「大丈夫大丈夫、執務官で使う分量はそんなに多くないから。まあクロノのやつなんか真面目に法律関係を暗記してたけど執務官自ら検察に回る例も少ないし。試験に出るのだって今までの傾向から割り出せば少なくて済むよ」
「そうなんですか?」
「ちなみにこっちがここ十年の執務官試験のテスト」

 と書類の束を机に載せた。紙が勝手に動くようにユーノは自由自在に操る。
 わあ、とティアナは感嘆の声を上げた。

「こんなの何処で……」
「無限書庫で保管してたんだ。便利だよね」

 フェイトの試験の時も過去問を頼りにしたなあと思い出す。
 そして、

「……あれ? そういえばフェイト」
「どうしたの? ユーノ」
「この、フェイトが受けた時の試験の問題……なんか前の日に僕が出題予想して作った問題のままじゃない?」
「……ありがとうユーノ。ワカリヤスイ問題対策ダッタヨ……」
「一夜漬けだこの人!」

 ティアナは目をそらす上司に本日何度目かになる株が下がる悲鳴を上げた。
 拗ねたように口を尖らせてフェイトは、

「し、試験以外にも面接とか、実技とかはちゃんと自分の力でやったもん」
「──そうですね。面接もあるから頑張らないと……」

 ユーノがぴらりと紙をもう一枚取り出して二人の目の前に置いた。

「ちなみにこれがフェイトの時に使った面接対策用紙。こう聞かれたらこう答えれば好印象になるってやつ」
「……しかもこれ、フェイトさんの自己アピールまで対策されてるんですけど」
「あ、あはは。その、私昔は人見知りする方だったから……」
「執務官が人見知りしないでください!」

 ティアナは突っ込む。ユーノは感動したようにティアナの手を取り、

「君が来て良かった……!」
「なに手応え感じてるんですか!」

 突っ込み要員の参加に喜ぶフェレットはさておき。

「ユーノさん、こんなズルっぽい方法じゃなくて立派な執務官になれるように、どんな問題でも対応できるような感じで教えてください……」
「さり気無くフェイトを貶めてるのはともかく……いいよ。仕事の時間が空いてる時に勉強しにおいで」
「はい。ありがとうございます」
「ティアナ、頑張ってね」

 にこにこと笑っているフェイトにため息をつくティアナではあった。こんなんでも、ティアナの目指す執務官歴九年のベテランである。
 もしかしたら誰も彼も、エリートなど一皮剥けばこんなものなのかもしれないのではあった。無限書庫司書長がフェレットであるように。

 兎にも角にも、こうしてティアナとユーノの執務官を目指す勉強が始まったのである。



 *****************************




「まず最初に覚えるのは読書魔法だね」
「読書魔法ですか」
「うん、本を一冊一冊読むのは効率が悪いから。立派な執務官を目指すなら、受かるだけよりもたくさん勉強しないといけない」

 ユーノは器用にフェレットのまま手を組んでいる。
 その日は司書長室で最初の授業だった。ユーノから勉強を見てもらうことになった翌日である。昨日は執務官補佐としての仕事の調整などの兼ね合いのために勉強ができず、翌日からのスタートとなった。
 しばらくティアナは資格所得休暇という事になり本格的に勉強を始めるのだ。

「ティアナはマルチタスクの数も多いからうまく出来るはず。それにしても、そのマルチタスクの数はちょっとしたものだよ」
「ええっと、私って一発派手な技がないから色々と小細工したりするために考えを巡らせてたらこうなったんです」
「執務官は武装隊の指揮もするからその点ではティアナは執務官向きだね」

 誉められたことに素直にティアナは嬉しさを感じる。
 褒めてくれた相手がフェレットだとしても。なにせ相手は偉い人だ。なのはやフェイト、はやての幼馴染ということで同格の実力者だとティアナは思っている。
 フェレットはふよふよとティアナの目の前に浮かぶ。飛行魔法だ。動物でも使えるのか……と飛行魔法の才能があまり無いティアナは思う。

「読書魔法はデバイス無しで使えるようになったほうがいいから、念話で魔法の構成を送るよ」
「あ、はい」

 なんとなく目を瞑りユーノから魔法の発動方法を学ぶ。
 今まで戦闘型や補助系の魔法しか使わなかったので新しいタイプの魔力運用だが、確かに便利だとティアナは思った。
 
「こう、かな」

 早速目の前の管理局発足からの歴史書に読書魔法をかけて見る。パラパラと脳内に情報が入っていきページが捲られる。
 思考を分割。隣に置いた数学書にも魔力を向ける。そちらも自動で捲られていき、頭に内容が入っていく。とはいえ速度は遅くなったが。

「わ、凄い便利……なんで流行らないんでしょうねこの魔法」
「うーん……地味だから?」
「まあ、確かに」

 苦笑する。無限書庫の仕事が華々しくないことは管理局内でも囁かれていた。 
 ユーノが注意する。

「あと慣れていないうちにあまり長時間すると頭痛がするから、その時はしっかり休まないとだめだよ」
「わかりました。……ところで慣れているユーノさんも読書魔法使って頭痛くなるんですか?」
「いや、最近は頭痛くなるまでやることも無くなったからね。今となってはあの頭痛も懐かしく思えてもう一度感じたいぐらいだ」
「それは病気です!」

 頭の上にちょこんと乗ったフェレットに向かってティアナは叫んだ。
 ティアナは今日も暇そうにしているユーノに疑問を口にする。

「それにしてもユーノさん、仕事はいいんですか?」
「ああ、もう今日の分は終わったよ」

 ティアナは腕時計を見る。正午前であった。

「だから仕事が少ないのに給料貰ってて凄く居心地が悪いんだ……クロノかはやて辺りから緊急請求来れば僕も参加できるんだけど……」

 ため息を付きながらユーノはティアナの肩に乗る。ヴィヴィオも学校に行くようになってしまったからやることがないのだ。とはいえ仕事時間に他のところに行くわけにも行かない。まるで窓際族だ。
 だからティアナの面倒を見れるという状況は非常に精神的に助かる気分だった。そう、まさか自分がまた魔法少女を育てる機会があるとは……!
 ちなみにユーノ区分では十九歳まで魔法少女である。

「……なんか変なこと考えてません?」
「いいや、なんにも」



 *************************




「ティアナは飛行魔法使えるの?」
「……どうせ使えませんよ。航空隊の基準に満たない程度ですから」

 ユーノはふむ、と考える。相変わらずその日もティアナと一緒にいて、フェレット姿だった。
 彼女の言葉は一応航空隊の入隊試験を受けたことがあるということだ。つまり落第する程度だが……

「基準に満たない、ということは一応は使えたんだ」
「そりゃあほんの少し飛べましたけど。空戦ランクで測るとEランク程度に。諦めてクロスミラージュには飛行魔法登録してませんし」
「じゃあ練習しよう」
「はい?」

 話を聞いていたのだろうか、と目の前の三十センチほどの毛玉を睨む。
 ユーノはくりくりした目をティアナに向けて、真剣な様子で、

「執務官を目指すなら飛行魔法をマスターしたほうがいいのはわかるよね。少しでも資質があるならそれを伸ばさないと」
「でも、私じゃ……」

 無理だ、と言おうとした。
 それを遮るようにユーノが告げる。

「本当にどうにもならないことってのはあるんだ。例えばティアナ。僕はね、射撃魔法が使えないんだ」
「射撃魔法が?」

 射撃魔法はミッドチルダ式の魔法の中でも簡単な部類だ。
 なにせ一番単純なものは魔力を相手に向かって撃ち出すだけでいい。魔力資質さえあれば誰にでもできる。フェイトなど、デバイスなしでそれなりに高威力の射撃魔法が使えるほどだ。
 信じられないものを見たような目で、ユーノを見やる。ティアナは彼が飛行魔法を自由に扱っているのを知ってるし、一度読書している姿を見たが明らかに自分より多くの本に同時に読書魔法を使用していた。優れた術者であることは確かだと思っていた。
 ユーノは頷く。

「うん、全然使えない。射撃魔法用に魔力を圧縮しようとしても霧散してしまう。バインドも結界もそんなこと無いのに。ラウンドシールドを投げつけることすらできない。尽く市販品のデバイスを試しても不可能で、自分で作ったものでも結局今まで一度も射撃魔法が使えた試しは無い。平凡以下の無才なんだ」
「……」

 ティアナは無言で彼の話を聞いていた。それはいかに自分の魔力資質にユーノが苦しんでいたかを述懐するようであったから。
 ユーノも優しい口調で語りながら懐かしくもし、たら、ればの世界を思い起こす。もし自分に戦闘に使えるだけの射撃魔法が使えれば、幼馴染の彼女たちと肩を並べて戦っていたのだろうかと考え、同時に自分が手塩に掛けて育てた無限書庫に対する浮気のような考えだと思考を中断する。

「だからティアナ、少しでもある技術を伸ばさないのは勿体無いよ。陸戦限定よりも飛行能力もあった分だけいいんだから」
「……はい、頑張ってみます」
「ああそれと、無限書庫は無重力だから飛行魔法の練習に丁度いいんだ。こんなに広いんだから隅っこでやる分には構わないさ」

 ティアナはかつて諦めた空への情熱が戻ってくるような気がした。
 もし飛べたら、兄の墓前に報告に行こうと決意して力こぶを作りそうなほどやる気に満ち溢れるのだった。



 結論から言えばティアナは飛べた。
 クロスミラージュにユーノが改造した飛行補助魔法とフライアーフィンの魔法を登録して練習すること暫く。よろよろと危なげだが飛行のコツを掴んでいった。ユーノにしてみれば飛行魔法なんて初級魔法だと思っているため、さもありなんという感じではあったが。
 これならば練習すれば重力下でも自由に空を飛べるだろうとユーノは感心すると同時に、なんで昔は飛べなかったんだろうか疑問に思う。
 そういえば昔使ってたアンカーガン、自作だったから魔法の登録とか適当だった気がする……と原因に頭を痛めながら、ティアナは自分の新たな可能性に胸を弾ませるのだった。

 それから一ヶ月ほど、ユーノと二人で飛行魔法の練習に励んでついにティアナは憧れの空を、自由自在に飛行できるようになった。
 友人や上司にも祝福され、そして自力で飛ぶ空にどれだけティアナが喜んだかは彼女にしかわからない。




 **************************




「面接の練習は執務官になった時の目的とか自己アピールとか聞かれるけど、まあ結局反社会的な性格かどうかを測るものだからある程度は楽に考えていいよ」
「はい」

 神妙な顔でティアナは頷いた。その日は隣にフェイトも来ている。
 ユーノは相変わらずの毛むくじゃら姿で、椅子に並んで座った二人を見て、

「それじゃあフェイト、手本をお願い」
「いいよ」

 真面目な顔で頷くフェイト。
 ユーノも咳払いをして、

「自己紹介からお願いします」



「時空管理局執務官をしているフェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。
 基本的にいやらしいものが大好物なので女性好きですが草食系眼鏡男子なども十分射程範囲内なので今、貴方は私の脳内で全裸ですがよろしくお願いします」


「よろしくできるか───!!」

 真顔で宣言をするフェイトにティアナは全力で突っ込んだ。フェレットが全裸ってなにさとか思いながら。フェイトはかなり駄目になっている。仕方のないことだから素直に謝るが。
 ユーノは慈愛の眼差しでティアナを見てこくりと頷いた。もうこんなフェイトには慣れっこさという余裕である。それが諦めとどう違うのかは議論が分かれるところではあった。

「まあ今のは悪い例として」

 ユーノは失敗した体育教師のようなセリフを言いながら話を戻す。フェイトから全裸に見られていた事など余裕のスルーだ。

「とにかく、自己アピールで謙遜するのはいけないからね。はっきりと物怖じせずに自分の熱意を伝えないといけないよ」
「そうだよ、ティアナは自分を卑下することがあるんだから」

 む、とティアナは言葉を詰まらせた。
 自分の特性がいかに優れているかを相手に伝える自己アピールは、なんだか気恥ずかしくて苦手なような気がした。
 顔を若干赤らめて困ったように、

「そ、そう言われても……」
「よし、それじゃあ今日はティアナの良かったところ探ししようか」
「あ、スバルも呼んでこようかユーノ」
「やめてその学級会みたいなノリ!」

 ティアナは必死になって二人を止めるのだった。



 *****************





 ティアナが管理局の廊下を歩いていると友人の姿があったので声をかけた。

「スバル?」

「あ、ティアだ。おーい」

 こちらに向かって手を振っている少女は元同僚、元パートナーで現在は管理局特別救助隊に所属するスバル・ナカジマだった。
 そして声をかけるまで、スバルとなにやら会話をしていた青年がいた。初めて見る顔である。長い金髪をリボンで纏めて、細い体つきにメガネをかけて緑色のスーツを着た学者風な優男だった。
 なんとなく、なよっちい人だなと第一印象で思った。

「ティア、こっちに戻ってきてるんだったらもっと遊びに行こうよー」

 スバルが友人を誘うが、ティアナは肩を竦めて、

「執務官試験が終わったらね」
「そういえばティアはユーノ先生に教わってるんだよね?」

 確認の声に先生?と思いながらもティアナは応える。

「そうよ。フェイトさんからの紹介でね。とても助かってる。可愛いし。スバルはユーノさんの事知ってるの?」
「うん。なのはさんから教えてもらった。それにしても可愛いって……そういう趣味なんだ」
「ところでそちらの人は?」

 とティアナが、先程までスバルと会話をしていただろう青年に水を向けた。
 何か大事な会話を自分が中断させただろうか、とかスバルの彼氏だったりするのか? いやいやまさかと思いながら。
 スバルが首を傾げた。

「え? ユーノ先生だけど」
「はい?」

 ティアナも虚を突かれたような声を出した。
 どうやら自分が会っていたユーノさんと、スバルが言うユーノ先生とは別の存在だったのだろうか。
 そして視線を困ったような顔で笑っている青年に向けると、彼は声を出した。ユーノさんの声で。

「えーと、ティアナ。君と初めて会ったときはこの姿じゃ……」
「無かったですよ!」

 大声で否定した。
 というかその姿でしゅごーっと飛んできて宙に浮かぶペットフードを食べていたらシュールにも程があるわ! と思ってしまう。
 
「人間だったんですか!? 私てっきり誰かの使い魔かと思ってて……!」
「あ、あはは。いや、ごめん僕が悪かったよ。実は最近僕も自分がフェレットなのか人間なのか自意識が曖昧に……」
「だから病気ですそれ!」

 スバルがなるほど、と頷いた。彼女はユーノがフェレットに変身することを知っている。なのはに最初喋るフェレットだと思っていたというエピソードを事前に聞かされていたからだ。
 ティアナに紹介したフェイトはそのへん抜けているのかもしれない。

「ちょっと会議があってこの姿に戻っていたんだ。今はその帰りで」
「それで、ユーノ先生は遺跡発掘の専門家でもあるから瓦礫撤去とか救助隊に役立つ魔法を前から教えて貰ってたんだー」
「へ、へー。そんな接点が……」
「魔法の応用とかね。フローターフィールドを使って大きなものも運んだりする建築技術など役に立つから」

 脳が混乱してまだ目の前の青年をユーノだと認識しづらいティアナは混乱しながらも頷く。
 いっそ彼の口の中にフェレットが入って喋ってるのではないかという錯覚すら覚える。
 今までずっと三十センチの毛袋だと思っていた司書長がいきなり青年に変化したのだ。確かに誰だって戸惑う。なのはだって戸惑った。

「って、それじゃあユーノさんが私の膝に乗ったり指を舐めたり抱いてお腹スリスリしたのって……」

 フェレット変身時には微妙に思考というか感性がフェレット寄りになる特性がある。動物っぽい行動をついしてしまうのだ。
 そしてティアナは思い出す。勉強の時に彼を膝に乗せたこともある。餌を上げて指まで舐められたときはあまりの可愛らしさに乙女心がときめいた。大人しいのでぬいぐるみのように抱いてみたこともある。
 それらが混乱した頭の中で全部今の青年司書長に変換された。アウトである。映像的にアウトな光景すぎた。ちなみに九歳の少年ならありである。顔を舐めたり抱きしめられたり首輪をつけて散歩したりするのも九歳の男の子ならば人間形態でも全然ありである……!
 とにかくその呟きを聞いてわなわなと震えだしたのがスバルだ。彼がフェレットに変身するとは知っていても、人間ユーノとティアナのアウトな状況を想像してしまったのだ。

「そ、そんなティアとユーノ先生がそんなことを……!?」
「ま、待ってスバル。君は勘違いをしてるよ」
「二人とも不潔────!! なのはさんに言いつけてやる───!!」

 スバルは涙を残してマッハキャリバーで高速に去っていった。
 あとに残ったのは赤くなったティアナと脂汗をだくだく掻いているユーノである。
 凄くマズイ気がする。とても勘違いされた気がする。そしてそれらが確実だという自信があった。
 話し合い。交渉。弁護士を呼ぶ権利。何でもいいがとにかく頭冷やそうかタイムが必要である。なのはかスバルが「あ、多分フェレットの時の話なんだなー」と冷静になって気づくまで。
 ユーノはティアナの手をとった。

「ティアナ、ひとまず僕と逃げよう」
「えっ!? は、はい!」

 いきなりそんなことを言ってきたユーノにどきりとしながらティアナは彼に手を引かれてその場を走り去る。どこまでも、ここじゃない世界へ逃げよう。
 とてつもない速さの早歩きで。猛獣から逃げるときに走る馬鹿は居ない。ジャングルで大蛇と遭遇したら誰もが早歩きで逃げるものなのだ。

 
 なんとか被害はユーノがなのはに(非殺傷)されただけで誤解を解くことに成功した。
 そしてユーノはなのはから「人とお話するときはフェレット形態禁止!」と制限されることとなる。確かに、本来なら人間なのに変身した姿で話すというのは相手に対して不誠実だという考えもあるだろうからユーノも渋々と承諾する。
 何故かティアナに対してはなのはが「わたしなんかユーノくんとお風呂にも入ったんだからユーノくんには参るね!」と対抗するように言われてしまい、だから何なんだと悲しい気分になった。そしてユーノに対して動物に変身し女湯に入る不埒者だという誤解が解けるまで、また暫く掛かるのだった。





 ********************************




「ティアナ……これはどういうことかな?」
「ううう」

 ユーノは通知書を彼女に突きつけながら、呆れたような目でティアナを見た。
 ティアナは喜んでいいのか悲しんでいいのか、そもそもなんで怒られてるんだろうと思いつつ身を縮こませる。
 こつこつとテーブルを指で叩いてユーノは告げる。

「君、自分のこと凡人だとか言ってたよね?」
「はい……」
「まあ僕もおかしいとは思ってたんだ。魔力量はそんなに大きくないことは認めるけど、戦闘に通用する幻術魔法も使えるし、機動性だって大したものだ。それに単独でナンバーズ三人も確保したんだから並じゃないなと」
「それは……たまたま」
「大体魔導師ランクだってAAもあるし。武装隊の隊長が大体Aランクだよ? ティアナが自分を卑下すると彼らまで貶めることになる」
「そんなつもりは」
「君の戦術に有効だし執務官はいろいろできないといけないからね。デバイスにバインドや結界も登録してそれを使う訓練もしてて、試しにランクアップ試験を受けさせてみたら……」

 ユーノの持っている書類にはティアナの新しい魔導師ランクが証明されていた。

 ティアナ・ランスター:ミッドチルダ式・総合AAA+

 なんか実力が主人公格になっていた。
 
「ファッション凡人だね」
「そこは褒めてくださいよー!」

 ユーノの半目で告げた言葉にティアナは涙を浮かべた。
 そもそも全然彼女は凡人ではなかった。周りにSランクとかいう化け物が集っていたせいで妙な劣等感に苛まれていただけである。
 ユーノと一緒に改良して貫通力連射力などを上げた射撃魔法。使える人が少ないが効果的な幻術魔法。目覚めた才能の飛行魔法。ユーノから指導された捕獲魔法に防御魔法などの補助魔法。オールラウンドな性能を見せる。
 それらを使い、広域殲滅などの派手さは無いが応用力と決戦能力の高さが認められて今や管理局全体でトップ5%程度の強者になっていた。もうなんか凡人(笑)といった勢いだ。
 何故か強くなったのに責められる理不尽を感じたが、
 
「なんてね、おめでとう。ティアナ」

 ユーノは一転、優しい顔になってティアナの頭に手を乗せた。
 自分は役に立たないのではないかと彼は思い悩んだ時期がある。なのはに魔法を教えたとはいえそれも僅かな期間だけだ。こうやって、誰かが成長するのを見ることはとても嬉しい。それの手助けができたのならば何よりだった。
 決して彼が魔法少女萌えなせいではない。
 
 
「本当に嬉しいよ。君の役に立てて良かった」
「う……」

 ティアナはなんだか妙な感じになってユーノに頭を撫でられるまま、うつむいた。
 不思議と涙は止まらなかった。

「ありがとう、ございます」

 声を必死に震わせないようにしながら礼を言う。
 もし、自分が凡人でないとすればとティアナは思う。
 それはきっとみんなのおかげなのだ。コンビを組んで高め合ったスバル。教導してくれたなのは。一緒に戦った六課のみんな。補佐官にしてくれたフェイト。そして──
 ティアナは頭の上にある手の指を掴んでぐいと指の間を広げた。

「いて」

「ふふっ、最初に意地悪なこといったお返しです」

 まだ少し目が潤んでいたが、ティアナはとびっきりの笑顔を見せて、顔を上げた。


「本当にありがとう、ユーノさん」


 自分を押し上げてくれた人全員にお礼を言いたい気分だったが。
 なによりも彼に、精一杯の笑顔を見せたかった。
 顔が熱いのも彼のせいだから。







 数日経過して。

「ファッション凡人ですね」
「ううっ」

 ティアナは半目でユーノを見た。ユーノは後悔するように彼女の視線を受けて怯む。
 魔導師ランク総合Aだったユーノだが、ティアナの提案で結界魔導師としてランク試験を受けることとなったのだ。
 総合で所得した場合ユーノは射撃魔法が使えないため大きくランクを下げることとなる。だから専門職として受けなおして来いとティアナから言われた。
 そもそも今まで受けていなかった理由も、無限書庫司書長のランクが高いと司書の人員削減される危険性があったからだ。お前ランクが高いならひとりでもっと仕事できるだろ、という理由で。それぐらい今まで待遇が悪かった。無限書庫の仕事は質より量だというのに。
 しかし今となっては彼のランクがひとつぐらい上がったところで変わらない、組織化しているので大丈夫だろうと思いユーノは試験を受けた。

 ユーノ・スクライア:ミッドチルダ式結界魔導師ランクS-

 まさかのSランク判定だった。個人で武装隊クラスの結界が張れたり瞬時にAAAランクの攻撃を防ぐシールドを作れたり対象の強制転移ができたり多種多様なバインドが使えて、さらに無限書庫で鍛えられたマルチタスクにより随分と能力が上がっていたようである。自分も戦闘で手助けできないかと悩んでいた時期に無限書庫で調べて幾つか使えるようになった遺失魔法も高評価だ。攻撃向けはどれも無かったが。

「もうなんか略してファ凡でいいですか?」
「こうなったらファ凡同盟でも何でも作ればいいよ……」

 半ばYUNO化した、自分をファッション凡人だと言った青年にわざと冷たい視線を送りながら、ティアナはああやっぱりこの人もなのはさん達側なんだなあと実感する。Sランクの結界となると次元震を抑えれるレベルだ。
 お互いに、自分の能力を過小評価していたことが。
 何故かおかしくなってティアナはくすっと笑うのだった。

 そして、彼にされたようにユーノの頭に手を置いた。
 



 ******************************




『ティアだったら絶対に受かるよ。安心して受けておいで』

 頭に彼の言葉ががんがんと響いている。
 明日は半年に一度の執務官試験が行われる。既に申し込みもして、あとは体調を万全に整えるために寝るだけである。
 ユーノさんと最後のおさらいをした夜。私は寮の部屋でまんじりとしていた。
 今日の別れ際にしてくれた奨励の言葉を何度も反芻する。ユーノさんのもとで勉強を初めて数カ月。愛称で呼んでくれと頼んだのも何回もあった。やんわりとスルーされていつまでも『ティアナ』だったのに。

 ──最後になってそう呼ぶなんて反則っ……!

 うう、と身を捩る。思い出すだけで耳まで真っ赤になる。早く寝ないと、明日は大事な試験なのに。こんな思いにさせるなんて、変なところでユーノさんはヌケている……!
 正直、試験の自信はある。これが今までの私だったらきっとうじうじと不安になっていたはずだけど、なんとなく慢心ではなく自信として「受かるだろうな」という感触があった。
 それはきっと彼のおかげで。

 ぎゅっとフェレット人形を抱きしめる。そして、違う私こんな乙女キャラじゃないはずだと思いながらも離せない。飾り気の無い部屋にフェレットの人形だけが女の子のようで似合わなかった。ちなみに、購入したときにセットで付いてきたたぬき人形はまだパッケージの中から出していない。
 思い出すのはユーノさんのことばかりだ。彼の声、彼の息、彼の微笑、彼の手の感触。
 まるで走馬灯のようだ、と思って苦笑する。確かに、これまでの私は死んでしまうかもしれない。明日からは執務官ティアナが誕生するとすれば。
 ならばこれまでの私を殺したのはユーノさんだろうか。彼になら殺されてもいいかもしれないし、殺したのなら責任をとってくれないと。

「ふふ」

 笑いが零れて慌てて口を塞いだ。聞いている人など誰も居ないのに。
 暗い部屋の中でメールをチェックする。大勢から応援メールが届いていて、何度も読み直した。
 六課のみんなも、クラウディアの乗員も、スバルからもメッセージが届いていた。

 本当にみんな、ありがとう。

 そして何より……

「あー……」

 頭をぶんぶんと振って熱を冷ます。
 もう完全にまいっちゃうのだ。
 
 最初は喋るフェレットだった。正直、変なのという感想だ。

 勉強を見てもらって、魔法を教えてもらって、とても可愛いフェレットに思えてきた。

 初めて人間の姿を見たときは、なよっとした優男だと思った。

 それから人間のユーノさんのまま一緒に勉強して、フェレットの状態だったら可愛い、とか役に立つと思っていたことも、年頃の男の人相手だと妙にどきどきした。

 彼と居ると安心した。焦らなくていいんだよ、と言ってくれているみたいだったから。

 一緒に空を飛んでくれた。彼に気付かされなかったらずっと飛べなかった空。憧れの空。胸がドキドキした。

 もう、とどの詰まり私が彼に惹かれていると気づくのも時間の問題だった。


 とはいえ、

「全然向こうは意識してないのよね……」

 鈍感、と呟く。
 それでも着実に近づいてはいる。
 正直ライバルが多い気がするけど……
 "終わりだよ"とも"あきらめな"とも私には聞こえないから。

『──ティア』

「はあ……」

 ああもう、むしろ今ティアナさん一歩リードじゃないか。
 そう、これは絶対そうである。昔までの自分を下げる方向の私はもう居ない。ユーノさんも自信を持てっていってたし、間違いない。
 とにかく、今は試験だ。ユーノさんから教えてもらったことを無駄にしないためにも。そして受かったら彼に褒めてもらうんだ。
 執務官になったらいろいろ頼ることも多くなるってフェイトさんも言ってたし、これからもずっとユーノさんのお世話になるんだから。そしていつか振り向かせてみせる。





 ティアナ・ランスターの戦いはこれからだ!







 ご愛読ありがとうございました



 



[20939] 280日後......(リンディ編?)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/09/13 20:34
 結婚は人生の墓場だっていうならお見合いは殺人現場ではないのかという問題に司法の手は未だ届かない。
 一度墓場に入れられたリビングデッドはしきりに墓場の居心地の悪さを語る。主に自由の削減、所持金の低下、騒音等があり、生きている人間に「僕はこんなに不幸なんだ」と丁寧に説明する。
 あとは、まあゾンビ映画と同じだ。奴らは生存者にも「早く身を固めろ」と墓場行きを勧め襲ってくる。そしてやはりゾンビ映画のようにいちゃついているカップルや不良から先に墓場送りとなるわけだ。
 思うにああいうゾンビが共食いしないのは食欲じゃなくて仲間を増やしたいからじゃないのだろうか?

 とにかく、人は必要に迫られて結婚するわけではない。恐怖に迫られて結婚する。怯えるものに救いを与えるのは無骨な銃ではなく安心の墓場だ。
 


 逆に再婚というのには恐怖は不必要だ。寂しさだとか記憶力の低下だとか様々に条件はあるものの趣味の領域にある。趣味ならば、周囲の理解がある限り保証されて然るべきではあった。
 







 ***************************
 





「うちの母が再婚するかもしれないんだ」

 酒の席でクロノ・ハラオウンは対面に座る友人──ユーノ・スクライアに軽くと告げた。
 クラナガンにあるバーでのことである。夜も闌、その日ユーノはクロノに頼まれた書類検索を終わらせて直接持って行き、つんけんといつも通り嫌味皮肉を飛ばしながらそれでも何となく一緒に飲みに出かけたのであった。
 ちびりちびりとお互いにさほどペースを上げずに酒を飲みながらだらだらといい年齢の、それも組織の上に立つ人間とは思えないようなどうでもいいことを言い合っていた時の会話だった。
 その言葉を聞いたユーノは目をぱちくりとさせる。

「リンディさんが? ……いや、野暮なことに言及しないけど。おめでたいのかな?」
「ああ、ぼくも色々な点には目を瞑って決して口にはしないが。めでたいことなのだろう」

 二人は共通の女性を思い出す。クロノの母親である、リンディ・ハラオウンだ。
 思い出す、といってもクロノは実母であり、ユーノも十年来の知古だ。顔を合わせることも多かったのですぐに思い浮かんで、同時に十年前であった時の姿と何一つ変わっていない事実から目を逸らす。
 この時クロノは二十六歳なので母親であるリンディの年齢は……など気にしてはいけない。
 ユーノはいやしかし、とグラスの氷を揺らしながら呟く。

「随分君あっさりしてるね。てっきり『新しい父さんなんて認めるか!』って感じになるかと思ったら」
「あのなあ。二十半ばも過ぎてそんな事言ってたら相当痛いだろう」
「え? クロノってマザコン患ってシスコン入った挙句バカップルで親馬鹿なんじゃないの──うわあ末期」
「よし、表に出ろ」
「僕が先に出るからお勘定よろしく」

 真顔で言うユーノの顔面におしぼりを投げつけるクロノ。
 べしゃ、と冷えた布が当たって非常に嫌そうな顔をした。
 ふん、と鼻を鳴らして、

「あれで母は若くして片親になって頑張っていたんだ。ぼくとしても良縁が見つかったなら一安心といったところだ」
「はあ。しかしリンディさんあれだけ若々しくて美人なんだから今までそんな話が無かったのも不思議だね」
「大方孫が生まれてようやく責務を終えたといったところなのだろうさ。それに僕の夢枕にもクライド父さんが現れてな。まあ夢か何かだとは思うが、母も自由に生きたほうがいいとは考えていた」

 久しぶりに休暇で実家に帰ったときの事を思い出す。ぼんやりとしか覚えていないが、枕元に懐かしい父の影が見えたような気がしたのだ。
 ……ちなみに偶然その日はリーゼ姉妹がリンディに呼ばれて遊びに来ていたことは関係ありそうで全然関係ないのかもしれないが確かではないというのもやぶさかでない。
 
「でも相手はどんな人なんだい?」

 ユーノが質問する。
 クロノは軽く首を振って、

「いや、ぼくも知らないんだ。まだ秘密にしておきたいらしい。だが、絶対うまくいくとは言っていたから信用はしている」
「へえ……リンディさんと吊り合う人となると色々条件がありそうだけど───多分甘党だね」
「甘党だろうな」
「ちなみに僕も甘党だけど」
「それは今全然関係ないだろう」

 確かに、とユーノは苦笑する。無限書庫で働くうちに糖分が必要となり、いつの間にかコーヒーには必ず砂糖を入れるし休みになったらなのはやヴィヴィオとケーキを食べに行くこともある。
 だがまあ、そんな自分とは全然爪の先ほども関係無い事実は脇に置いておくことにした。
 クロノはむっつりとした顔で酒を飲みながら、

「あとはフェイトに良い相手でもいればぼくも安心するんだが……おい、お前のことじゃないぞ食肉目」
「なんでそこで僕を引き合いに出すんだ。っていうか食肉目って僕のこと?」
「さてな。説明する必要を感じない。ところで聞くが、本当にフェイトに手を出していないんだよな?」
「また始まったよクロノ提督閣下のシスコン拗らせ……これって独り者に家族関係自慢して悦に浸りたいだけなんじゃ」

 うんざりとした口調で肩を大げさに竦めるユーノ。彼の家族とは面識のある付き合いだが、口を開けば仕事か家族のことしか喋らないそれには辟易としていたのも確かだ。それでいて本人は仕事も家族も大事な証なのだと言いはるからなお性質が悪い。
 無論、ユーノという友人との共通の話題として最も多いのが家族友人関係と仕事の話になってしまうことも原因なのだが……
 むっとしたようにクロノは言葉を続ける。

「話を逸らすな。まったく、お前というやつはいつもそう云う曖昧な態度を取るから胡散臭くて信用できんのだ。この前もフェイトと食事に行ったそうじゃないか」

 結局ユーノからはいつもはぐらかされているような気がするクロノは釈然としない事を確認しようとする。
 ユーノはまたしても否定するようなそうでないような態度で、

「あれはティアナの勉強会の帰りだよ。ちょっと接点があっただけで変な妄想するの止めてくれないか」
「……ランスター補佐官とも名前で呼ぶ仲か。いい身分だな。狙撃されて死なないかな司書長」
「本当に面倒くさいなこの提督。だいたい、一緒に食事して変な関係なら今の僕らって──」
「気持ち悪い」
「吐きそうだ」
「話題を変えよう」

 本当に吐きそうな顔をしながら二人は不毛な話題を変更した。
 その辺息がぴったりである。
 こうして二人の静かな飲み会は夜も更けていった。




 *******************************











 そういえば、とユーノが言葉を紡ぐ。

「今度お見合いがあるんだ」
「誰がだ?」
「僕が」

 クロノの動きが止まる。
 今なんて言った? この眼の前の、中途半端に優しい心を持ちながら純粋な鈍さにより覚醒したスーパー朴念仁のユーノがお見合い?
 笑うべきなのだろうか。おいでませ墓場! とでも。
 だが当のユーノは苦い顔をして、

「書庫の人事について口添えしてくれたレティ提督から勧められてさ。提督の顔も立てないといけないから断れなくて」
「ほう。ついにお前も身を固めるのか。妹の周りの馬の骨が減ってぼくとしては嬉しい限りだが」
「勘弁してくれ、っていうのが本音だけどね。でもお見合いに興味が無いってわけじゃない。僕だって朴念仁なわけじゃないんだから」

 嘘をつけ。とは言わなかった。
 ただ鼻白んだようにクロノは再び口に酒を入れて潤した。
 彼の目から見てもユーノの周りには何人か、彼に大なり小なりの好意を持っている女性がいるというのに気づいていない友人を見て目を細めた。

「それでいいのか? ぼくはてっきりお前はなのは辺りに惚れているかと思っていたが。結婚しないのか?」
「……思うんだけどさ、彼女結婚願望が薄い気がするんだよね」
「……まあ、確かに。戦闘魔導師が天職だと思っている節はあるな」
「多分あと五年は独身なんじゃないかな」

 微妙に具体的な年数を告げるユーノ。
 それだけ待たされるというのも辛い気もするし、目の前の青年に無理やり彼女を空から引きずり落として結婚させようとするほどの積極性があるようにはクロノは見えなかった。
 むしろ、絶対出来ないだろうと思った。かつて彼女に空を与えたのがユーノなのだから。
 諦めに似た吐息を漏らす彼に若干の憐憫の色を瞳に灯した。

「実際にお見合いをして結婚しないといけないわけでも無いさ。顔を立てるために一応行くだけで、多分向こうからお断りだと思うよ」
「お見合いの相手は誰なんだ?」

 湿っぽくなった空気の中、疑問を出した。
 ユーノは頭を掻きながら、

「いや、変な話なんだけどまだ伝えられてないんだ。レティ提督からは『絶対大丈夫だから。相手は気に入ってるから』って太鼓判を押されたんだけど」
「……? どこかで聞いたような話だな」
「そうかな?」

 二人して首を傾げる。
 さっぱりと可能性の外過ぎて脳裏を掠めないまま、漠然とした不安を打ち消すべく何となく声に出す。

「まあそんなお約束のようなことそうそう起きないよな。何かは知らんが」
「それだけは無いでしょ。幾ら何でもそんなそのまんまな展開は。何かは知らないけど」
「まったくだ。もしそんな事になったら血を吐くな。何かは知らんが」
「それは楽しみだ。いや絶対そんな事にはならないだろうけど君が倒れるところは是非見たいね。何かは知らないけど」

 がたっと二人して席を立つ。荒々しくテーブルを揺らしたものの、上に載っていたグラスは倒れることはなかった。深く考察すれば従来の地震による被害を激減させる奇跡的な震動を受け止める構図が出来上がっていたのかもしれないが、どうでもいいことだった。
 妙な焦燥感と何故か出てきた冷や汗によりじっとしてられないのだ。
 何かで発散して脳に湧きでた有り得ない可能性の連想を打ち消さねば。

「よし、とりあえず表に出ろ。エターナルコフィンして忘れさせてやろう」
「僕が先に出るから会計よろしく。シャマルさんから習ったリンカーコア掴み出しで忘れさせてやる」

 二人の青年は不安から逃げるために店を出る。このまま酒を飲んでいても余計に深みに嵌りそうだったから。なに、幸いクラナガンには華々しい中心区画からほど近く廃棄区画や閉鎖区画がある。首都防衛隊が駆けつけるまで殴り合って逃げることなど、二人の熟練魔導師からしたらちょろいものだった。その分捕まったらひどいゴシップに書かれそうではあったが男の子は時に気にしないものである。




 不安と言ってもまさかそのままのわけがないのに心配性な二人であった。
 世界がこんなものじゃ無かったはずだったとしても、幾ら何でもそのまんまな過ぎることは起きないだろう。あまり舐めないで頂きたい。
 きっと意外な展開になって自らの愚かさに二人は小便を漏らすだろう。









 ********************************










 カコン、と鹿威しの音が静寂な室内に響いた。日本風邸宅に日本風庭園、涼しい風が通る畳の部屋に向い合って座っている四人がいた。
 ユーノとその隣に見合いを進めてきた世話人のレティ・ロウランが並んで座っている。
 その二人と対面するのは。








 そのままリンディとクロノが並んでテーブルを挟んで座っていた。




「これはハメられたと言わざるを得ない!」
「ぐふぅ!」

 ユーノは思いっ切り、ようやくタイミングを見つけてツッコミをいれた。
 クロノはうめき声を上げてその場に倒れ伏す。どう見てもお見合いの席はユーノとリンディが向い合っている形式であった。リンディは和服を着ていて綺麗に化粧し、髪の毛を纏めていて非常に美しい姿なのがまた厳しい。
 ユーノはとりあえず倒れたクロノの安否を確認する。

「大丈夫!?」

「……下血した!!」

「下血!?」

 倒れて伏せたままクロノは叫ぶ。
 なんでそのままな展開にした挙句五秒でわかる嘘まで付いたのか疑問なほどのショックであった。
 そりゃあ思わず上のお口からも下のお口からも血が出るってなもんだ。


 さて、この無限書庫司書長と提督二人、執務統括官と異様に管理局の上層部が集まっているこの場所はクラナガンにある高級料亭である。
 前々から微妙に日本被れした文化が入っているミッドチルダにもこんな場所があるのだ。そこでのお見合いの席であった。もちろん、ユーノとリンディの。
 しずしずと和装のリンディが頭を下げた。

「リンディ・ハラオウンです。今日はどうもありがとうございます」
「……! ユ、ユーノ・スクライアです。こちらこそどうも」

 慌てて挨拶を返す。最低限のマナーを守ろうとしたが、どうも落ち着かなくてもごもごと口を動かした。
 なお、喋るたびに倒れたままのクロノがビクンビクンと痙攣しているのでマナーがどうとかそういう問題では無いが。
 リンディは微笑を浮かべてユーノを見たまま、

「うふふ、そんなに緊張しないでいいわよユーノ君」
「緊張とはまた違うような気もしますが……なんでリンディさんが?」
「あら? こんなおばあちゃんはお見合いをしたらいけなかった?」
「……そんな事はないと思いますけど、ええっと」

 どう見ても目の前の女性は『お婆ちゃん』という外見ではない。というか出会って十年ほど、殆ど外見が変わっていないように見える。今だに二十代に見える彼女の実年齢はさて何歳だったかとユーノも疑問に思えてくるほどだ。
 一部の管理局員の中ではリンディは妖精か何かだと囁かれている。
 レティもにっこりと赤らんだ顔を笑みにしながら言った。

「それじゃあ後は若い二人にヒック任せましょうか」
「若いふたりってこの場で若いふたりは僕とクロn──いや何でも無いです──ていうかレティ提督酔ってません!? 酔ってません!?」
「酔ってない酔ってない」
「じゃあその手に持った一升瓶──日本酒の高いやつ!? どこでそんな──ってリンディさんに買収されて!?」
「プハー……それじゃあ私、ヒックそこのクロノ提督を病院に連れて行くからあとよろしくヒック」

 冷静沈着にして合理的性格をした管理局に名高い人事部の提督、レティ・ロウランであったが──弱点というか、酒好きなのだった。
 血液がアルコールで出来ていると言っても過言ではないぐらい酒好きだ。朝目覚ましに一杯、朝食を食べながら一杯、通勤途中に一杯、仕事中に一杯、昼飯に一杯、休憩に一杯、仕事が終わったら酒場に繰り出し出入禁止を喰らう。まあそんな感じだ。仕事中に飲むのは如何なものかと思われるかもしれないが支障が出ていないのだから仕方ない。管理局は様々な人種種族が勤めているためその辺融通の効く組織である。常識で測ってはいけない。
 彼女はアルコール成分の入っていない飲み物は一切摂取しないと誓っているぐらいである。というわけでこの場合は酒瓶を持っていることよりもいきなり酔いだしたことが問題であった。或いは、酔ったふりをして二人にさせようとしていることか。
 彼女は高級酒の為なら魂でも売る。ユーノも人事を都合してもらうためにロストロギアな製法で作られた酒をオークションで競り落して送った程である。賄賂とも言う。
 まあそんな感じに急に酔いが回りだしたレティはクロノを担ぎ上げてさっさと立ち去ろうとする。
 色々血で染まったクロノからユーノに念話が届く。

【ユーノオオオオ! わかってるよな! ぼくはお前を義父さんなんて呼びたくないぞ!?】
【わかってる! っていうかリンディさんは!?】
【母さんは本気だからお前が絶対どうにかしろ! わかったな!】

 本気なのかよ……とユーノは目の前の親友の母親の笑顔を見ながらブルーになった。
 難易度の高い話である。
 げっそりとして自分の中の何かが削れ落ちるような不安を感じながらも、ユーノは姿勢を正してキリッとリンディと向き直った。



【大丈夫。リンディさんには絶対負けたりしないっ!】











 ****************************





【リンディさんには勝てなかったよ……】

 それがユーノのプロポーズの言葉だった。
 駄目だとは思ったが一行も持たなかったようである。


 そもそも件のお見合いだが、ユーノはあれよという間に言質を取られ、これよという間に感情を誘導され、それよとばかりにその場で婚姻届にサインしていた。まるでアンケートに応えるような気軽さで。
 無限書庫なんて場所に務めていたユーノでは、執務官や提督職として三倍以上の期間時空管理局で働いていたリンディに太刀打ち出来ないのは確実であった。しかも司法を司る執務官の頂点、執務総括官であるリンディと正面きって会話をしたら白いものも黒になるしフェレットは草食動物にさせられる。神は否定され真実は肯定される。
 犯罪者ですら気づけば喋っている恐るべき尋問技術であった。超スピードでも幻覚でもなく、なにを言っているのか分からないと思うがユーノもなにが起こったかわからない。
 ユーノが断固拒否という理由を一々潰されて──彼が優しく、若しくは流されやすくフォローに回る性格だったこともあり──あっさり陥落。気づけば新婚である。


 無限書庫司書長と執務総括官が結婚というニュースは管理局中に走って色々震撼させた。
 それなりの金額が動いて賭けられていた司書長の結婚相手トトカルチョではほんの数人のみが当てて恐るべき事態に。
 無限書庫ではリンディが持ってくるリンディ茶が疲れた頭に糖分が染み渡るということで人気になり好評。
 エイミィはショックを受けたクロノを慰めつつ爆笑。「いいじゃないユーノ君で(笑)」とのこと。
 娘のフェイトは「ユーノ……父さん?」と首を傾げながら挨拶してユーノは欣喜雀躍。騒動のあとそこには新しいお父さんに甘える執務官の姿が。順応力高いのだった。
 幼馴染高町なのは教導官はレイジングハートの新しい形態、SBBMJモード(サディスティック・バースト・バーサーク・マーダリング・ジェノサイド・モード)を開発しながら「へーユーノくんリンディさんと結婚するんだー」とさほど興味なさそうに振舞った。お呪いしなくちゃねーとだけ。
 まあ後管理局の一部でこれはハラオウン派閥の露骨な強化ではないかという意見が出たがきっとそんなことは無いだろう。うん。



 そんなこんなで結婚式では参加した皆がユーノとリンディの結婚を本当に盛大に祝っていいのだろうか……クロノは大丈夫だろうか……ここで有耶無耶にSBBMJモードで大暴れしてユーノ君を取り返すの……ユーノ父さんを守って好感度を上げれば……などと様々な思惑渦巻く微妙な雰囲気であった。
 だがそこに颯爽と現れて感動的なスピーチでいかにユーノとリンディが愛し合っているか、それを息子である自分が喜んでいるかを朗々と語ってスタンディングオベーションにしたクロノ。
 先日まで廃人のようだったのに健康的なクロノ。
 披露宴に参加したグレアム元提督だったが使い魔が何故か一匹足りなかったけどとりあえずクロノ。

 これには様々な勢力も感動して二人を祝福し、式は大盛り上がりになったのだった。





 そしてようやく新婚生活のリンディ茶モード。長かった。







 ずず、と啜る音がする。
 二人は向い合って茶を飲んでいた。

「はあ……」

 独特の味が口に染み込むように広がり、脳がそれを心地良い、と判断して落ち着かせる。 
 それはその和室の、暖かくも緩んだ空気では当然のように思えた。
 目の前には茶菓子として煎餅が数枚。海鳴市で購入してきたものである。
 ユーノは正座に慣れていないのであぐらを掻いてお茶を飲んでいたが、リンディはしゃなりとした綺麗な姿勢だった。とはいえ肩肘張っているのではなくリラックスした体勢ではあった。執務官として長年経験を積んだリンディにとっては楽なことである。
 新婚なのに二人してお茶を飲んでほんわかしているだけというまるで老夫婦のような風景がそこにはあった。

 夫婦の家は執務総括官としてリンディが借りている一軒家だった。二人の住居として使われているそこにはしっかりと和室が添えられている。最近は時々フェイトも新しい父親を訪ねて遊びに来る。娘よーお父さーんごっこも板についてきた。案外、彼女も父親という存在に憧れていたのかもしれない。
 そしていつも二人で過ごすときは老夫婦よろしくお茶を飲んでのんびりしているのだった。

 湯気のたつ湯のみを目の前に置いて、

 ・ ・ ・
「あなた」

 とリンディはユーノに呼びかけた。

「どうしたんですか? リンディさん」
「もう」

 ユーノの返事に不満そうな声を上げて、ユーノも気づいてバツが悪そうに頬を掻いた。
 微かに笑いながらも言い訳がましく言う。

「すみません。矢っ張りまだ慣れなくて……」
「いいのよ。でもそのうち、ね」
 
 優しく許容されてほっとするユーノ。そして、要件を再び伺った。
 リンディは微笑して、

「いいえ、ただ幸せそうな顔だったから呼んでみただけよ」
「そうですか?」
「あら、旦那様は私と一緒にいて不満だったかしら」
「そんな事は無いです。お茶も美味しいですから」

 否定して、またいつもの手だとユーノは内心何度目かの連敗記録を数えた。
 思えばお見合いでリンディに誘導されるパターンもこうだった気がする。「こんなおばさんじゃ全然魅力がないでしょう?」「そんなことないですよ」といった風に。
 くるくると絡み合う紐のように自分の性格の弱点を付いて絡みとってくるのだからこの人はずるい、と思いつつ。
 結局それで今更誰が損をするワケでも無いから構わないか、と結論づけた。
 リンディが満足そうに頷いて、

「それならいいのだけれど。あなたは結婚する前までいつも疲れたような顔でしたから」
「……否定するのは難しいですけど。確かに今より安静にはしてなかったと思います」

 一人暮らしで職場と自宅を往復する毎日。ストレスの掛かる仕事。休暇にはたいてい誰かと出掛ける用事が入っていたりして、それはそれで楽しかったが休みにはならなかった気もする。
 今となっては仕事が終わってこの広い家に帰ってきたら自分より早く帰ってきたリンディが夕食を作っている。風呂だって沸いている。布団は毎日ふかふかであり、味にも慣れた茶も淹れてくれる。いつの間にかスーツにはアイロンがかけられ、朝食の匂いで目が覚める。
 妻というよりもまるで母親に甘やかされているような錯覚すら覚える状況であったが──
 そもそも母親にそんなふうにされた記憶も無いユーノにとっては、最初こそぬるま湯のような生活に戸惑いを覚えていたが、あっという間にリンディは馴染んでいった。
 不本意というか詐欺のような勢いで決まった結婚で、どういう情を向けて新妻に接すればいいのかわからなかったユーノも今では確かに愛情を感じていた。
 別に愛から始まらない結婚があってもそれは自由である。
 リンディは悪戯っぽい顔でいう。

「本当は前からあなたが疲れてることに気づいていたんだけど……大人としてあなたにやれることは無いかって。でも同時に、執務総括官としては無限書庫の能力が必要だから強くも言えなかったの」
「ああ、いえ。心配してくれていただけでもありがたいです」
「でもこうやって夫婦になれば、色々便宜も図りやすくなるのよね。だって一緒に過ごしたいもの」

 実際にリンディと結婚してから執務部と無限書庫との繋がりが強くなり予算が増額されることが決定されたのだ。その辺りの裏工作はユーノはまったく関わっておらずリンディやレティが行っていたため寝耳に水の出来事ではあったが、同時にありがたいものだった。
 司書からも「さすが司書長の枕営業は一味違うぜ!」と誉められた。バインドしてクラナガンの海に転送しておいた。それ以来その司書は帰ってこなかったが、先日漁師になったとハガキが届いてきた。

「本当は二十歳になるまであなたにも素敵なお嫁さん……なのはちゃんでもフェイトでも、ができるとは思っていたのよ。いつも疲れているけど家族がいればまた違うでしょうから」
「い、いやあ……甲斐性が無くてすみません」
「いつまでも子供じゃ居られないとはいうけど、親としては子供であって欲しいのよね。悲しいジレンマだわ」

 お茶のお代わりをユーノの湯のみに注ぐ。
 実際に年が親子ほど離れた自分よりも普通に考えれば幸せになるのではないか、とリンディも思っていたのだがこれが進展しない進展しない。
 お前ら子供かといいたいぐらいカップル発生しない状況に業を煮やしたリンディの一撃であった。その恋愛経験値の差ときたら小学生の名前を呼んだ呼ばないと言い合っている男女に花嫁泥棒が現れたぐらいである。小娘に勝てるはずがなかった。
 ……まあ、浮気するなら迷惑がかからないフェイトにして欲しいけど。
 などとリンディも思いつつ。
 そういえば、とユーノもまだ聞いていなかったことに気がつく。
 同時に聞いてもよいのかと思い、僅かに顔に陰が差した。
 鋭く──或いは凄く自然にリンディは察した。

「どうしたのかしら?」
「ああ、いえ。別に」
「夫婦なんだから、隠し事は無しです」

 軽く叱るようにリンディは言う。
 相手の口を開かせるには言っても仕方がないという状況を作ることだ。それは執務官の弁護士という立場であったり、或いは年上の女房であったり。
 躊躇うように口を何度か動かして、お茶を一口啜ってユーノは聞いた。

「前の旦那さんの……クライドさんってどういう人だったんですか?」

 単純な疑問ではあった。聞くと同時に何故か胸がちくりと傷んだ。
 リンディはその名前を聞いても焦らず、平静な気持ちでいい思い出を取り出すように、

「クライドね……ユーノ君はどういうふうに知ってる?」

 敢えて元夫、現夫ではなく、クライド、ユーノという個人に並べて問いただしてみる。
 口ごもるような調子でユーノは、

「クロノから少し。なんでもたいそう真面目な執務官で、誰にでも優しく公平に接して、皆から尊敬される提督だったとか……」
「ああそれ嘘」
「嘘!?」

 あっさりとした否定に、驚く。
 よほど可笑しかったのか微かに笑い声をあげながら、

「クロノが小さい時に死んでしまったからあの子も思い出補正で立派な父親像になっているんでしょうね。本当のクライドはね、怠け者で面倒臭がりで、大雑把で軽かったわ。執務官試験なんて一夜漬けで奇跡的に受かって、提督位もたまたま空位があって何故か選ばれたってだけで」
「は、はあ……」
「クロノの教育に悪いから、グレアムさんと一緒に『ぼくのかんがえたかっこういいていとく』像を教えてあげたらまあ、あの子ったら本当にそんな感じになっちゃって」

 クロノには聞かせられないな、とユーノは思った。
 でもね、とリンディは続ける。

「責任感だけは強かったわね。きっと何もかも捨てられないから、普段怠けて軽薄な態度をとって過ごしていたのね。だから彼は仕事をよく任されたし、艦長になったときは皆から慕われていた。それだけは本当だった」
「……」

 ユーノは目の前のリンディから語られるクライド・ハラオウンに対して──僅かな嫉妬を覚える。
 もう二十年も前に亡くなった人物で、それに対して思っても仕方ないとはいえ……
 そんな彼の感情を理解したのか、額に指でこつんとされた。

「ユーノ君とは全然違うわね。働き者で世話焼きで、繊細で重さがわからない。だけど、責任感がとても強いところは同じね」
「……僕は、そんなのじゃ」
「謙遜するところもまた違うわ。ユーノ君とはなにもかも違う。あなたはクライドの代わりじゃない」

 だから、とユーノの目を見て。

「あなたはあなただから、私が好きになったの。こんな年が離れたおばさんかもしれないけど、好きになってくれないかしら」
「──とっくに僕はリンディさんのこと、愛しちゃってますよ」
「あら嬉しい」

 うふふ、とリンディは笑った。
 ユーノも、これは勝てないと思いながらはにかんだような笑みを浮かべた。



「ふう……」

 と二人は再びお茶を飲む。
 リンディはユーノの湯のみを見ながら、

「あなたはいつものお茶を飲んでいいのよ?」
「いえ、リンディさんと同じのを飲んでいきたいんです。これからも」

 言うわね、といつの間にか隣に座っていたリンディに彼は肩を寄せた。
 自分から安らぐ場所に身を預けるように。そんな彼を彼女も様々に織り交ざった感情で愛らしく思う。
 そしてうっとりと、懐かしそうに腹部を撫でながらユーノに囁く。

「……男の子ですって」
「……皆にも報告しないといけませんね」
「ええ、旦那様」

 二人はもう一度、二人のためだけじゃない故に苦いお茶を飲んだ。
 君と居れるなら、もう砂糖は要らない。









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あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!






【──ロノ! クロ──! 起き──!】 




 



 
 
  
 *************************



「クロノーおーい……飲み過ぎかな? 寝るなよまったく。どうしよう、トランスポーター起動させて海鳴にでも強制転移で放り込んで……」
「うあああああああああああああ!!!」
「ひゃあっ!?」

 突然絶叫とともに起き上がったクロノに驚くユーノ。
 場所は二人がよく行くクラナガンのバーだった。席同士やテーブルがそれぞれ離れていて雑談をしても大声でないと辺りには響かない店内の設計となっている。その、テーブルのひとつに対面して座って飲んでいた二人であった。まあ絶叫すれば周りの目を引くが。
 クロノはぶんぶんと周囲を見回す。全身にべったりとした汗を掻いており、心臓がばくばくと鳴動していた。頭にはアルコールの残滓か何かがガンガンと響いている。

「だ、大丈夫……? もう帰ろうか?」

 若干引きながら心配そうにこちらを見てくるユーノが視界に入った。あどけない表情。先程まで見ていたユーノとは雰囲気が違う。
 いつか見た風景。いつか一緒に入った店。

 ……過去に戻った? いや、先程までのは夢だったのか……?

 クロノは恐ろしいビジョンに寒気を感じながらも確認する。

「あ、ああ大丈夫だ。と、ところでなんの話をしていたんだったか?」
「えーと、そうだ、僕とフェイトの関係を君が変に怪しんでたんじゃないか」

 記憶を手繰り、そこかと思い出す。
 そして確認する。大事な事を。

「ユーノ! お前……お見合いを受けたりしてないだろうな!?」
「え? クロノにもう言ったかな。レティ提督から勧められてとりあえず返事は保留してるけど……」
「断れ」
「……なんで?」

 がしっとクロノは必死の形相でユーノの両肩を掴む。よし、まだ未来は変えられる。未来は今!

「何がなんでも断れっ! 口添えしてやるからお見合いなんて受けるな!」
「な、なんでそんなに必死なのさ!?」

 必死にもなるわ!
 という言葉を飲み込んでユーノの肩をがくがくと前後に動かす。

「結婚相手ならぼくも探してやるから諦めるな! なのはか!? なのはが好きなんだな!? ぼくからも説得してやる! 子供もいるのに魔力砲と質量兵器飛び交う命の危険がある前線に出る必要なんて無いんだと! 教導隊なんて辞めて、人に魔法を指導したければ勤務先ミッド固定で定時の士官学校や魔法学校の教師になればいいんだ! 彼女のキャリアなら十分転職できる! そしてお前と結婚してヴィヴィオと三人で幸せに暮らせ! 若しくは海鳴に帰って今から修行しなおしても遅くはないから翠屋で働け!」

「だからクロノ落ち着いてって!? どうしたの!?」

「じゃあはやてか!? マニアックだなお前! 大丈夫だ! ヴォルケンが障害かもしれないがぼくとリーゼ姉妹でなんとか足止めしてやるから告白してこい! 幸いあの子はキャリア組で前線には出ないから夫婦間の命の心配は無いだろう! 八神家は大家族だから今更お前一人混ざっても問題ないはずだ! 一人暮らしで寂しいお前も大家族の暖かさで癒されろ! ときめいて死ね!」

「意味がわからなくなってるってクロノ! 肩揺するの止めて! 首が……お酒飲んでたせいで……」

「くそっやっぱりフェイトなのか!? この野郎! しかし背に腹は変えられない……! フェイトの幸せのためだ! 涙を飲んで見送ろう……! あの子は多少性倫理がマズイけどそこはお前の包容力で何とかしてくれ! 義弟が出来るにしてもこっちのほうがまだマシだからな! フェイトを幸せにしないと虚数空間に封印するから覚悟しておけ!
 それともランスター補佐官か!? アルフか!? マリエルも売れ残りを嘆いていたぞ! ヴィヴィオが相手でもぼくは祝福してやるから──!」

「…………」

 白目を剥いているユーノをなおも恐怖に駆られたクロノはがくがくと揺さぶり続ける。
 別に母親の再婚はいいのだが、相手が友人というのが生理的に無理だ。ここで止めなければ一生モノの傷を負う。形振り構っていられない。とにかく目の前のユーノを誰かとカップリングさせないと気が済まない。
 鈍感で流されやすい優柔不断な友人を結婚させるストーリー、ユーノいろいろカップリング計画。逆行提督おみあいクロノ始まります! 嘘だ。始まらないが。
 とにかく、クロノは涙を流しながら最悪の結末を避けるために叫ぶのだった。


「なんでもいいから結婚しろおおおおおおお!!」





 おしまい



















 ************************************


 蛇足。



 週刊誌にこんな記事が載ってしまったという。

【クロノ・ハラオウン提督に同性愛疑惑!? 禁断の不倫相手は無限書庫司書長か!?】

【酒場での密会、無限書庫司書長ユーノ・スクライアに抱きつき『なんでもいいから結婚しろ』と迫っていた目撃証言が多数】

【クロノ提督の家族に独占インタビュー!
 リンディ女史 :「あらあら」
 エイミィ夫人 :「お腹痛い(笑)あと今年の梅干しできたから次の休暇帰ってきてね☆」
 フェイト執務官:「同性愛はいけないよ。非生産的な」                 】


 クロノは暫くユーノから口を利いて貰えなかった上に直通ホットラインを切られたとか。
 まったくもって誰も得をしなかった話の顛末である。



[20939] 湖と翡翠の愛々傘にて思うこと(シャマル編)
Name: シャ○◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/10/05 15:22
 ぽつり、ぽつりと肌に僅かに感じて無視しても支障はなさそうだったその雨が、暫く後に霧雨のように降りだしたのは昼下がりのことだった。
 ユーノは顔を歪めて灰色に染まった空を見上げ、近くにあった公園の屋根付きな東屋に避難することにした。
 生憎と近くに喫茶店などの適当な避難できる店舗が無かったのである。
 東屋に入って直ぐにクラナガンの街はざあざあとダムを放水したかのような大雨に変わる。もうなんかすごい勢いだ。滝壷に入ったような錯覚すら覚える。天変地異の前触れだとか、箱舟で人知れず脱出しているとか言われても信じてしまいそうである。
 ユーノはもはや一歩も東屋から出れない状況にうんざりする。幸い、高台に位置するので足元まで水が来ることはなさそうだが恐らく突然の豪雨でミッドチルダの地下水道はとてつもない濁流となっているだろう。

 傘は持っていなかった。持っていたとしても数メートル先の視界が滲み煙っている降水量でどれだけ役に立つかは試さなくても明白だ。すなわち、傘の敗北が確定している。
 僅かに濡れた緑色のスーツを持っていたハンドタオルで拭いた。不精故に水洗い可で購入した撥水性の良いスーツから素直に水分が拭き取れてくれる。
 服に染み込んだ水が落ちるが、湿気は消えない。寒気を感じるのに汗を掻くような気持ちの悪い感触だった。
 雨が止むまでここで待つしか無いことにユーノはため息をつく。

 法律で魔法を制限されれば降雨に対する手立ては限りなく存在しない。転移は禁止。結界も不可。頭の上にシールド張って歩いていたら間違いなく職務質問だし、耐水のバリアジャケットでも体が雨に打たれる不快感は消えない。
 本当に雨は厭だな、とユーノは沈むような気分で思った。


 ばしゃばしゃと水を掻き分けるような音が聞こえた。
 ユーノはそちらを向く。雨で煙った風景に僅かに金色のものが揺れている。髪の毛だ。
 その、全身ずぶ濡れになった人物はなんとかユーノの入る東屋に到着して肩で息をした。


「シャマルさん?」
「……あら、ユーノ君じゃないですか。貴方も雨宿りを?」

「ええ」とユーノは返事を短く返す。

 水が髪の毛から滴り落ちているまま、薄く困ったような、それでいて楽しげに笑みを浮かべているのはユーノの知り合いのシャマルだった。
 知り合い、というよりも無限書庫で働くに辺り様々な健康管理で世話になっている人物でもある。
 無限書庫は無重力空間が職場なために健康上問題が多数発生する。司書になってまず教えられるのは検索魔法でも読書魔法でもなく、無重力による満月様顔貌/貧血/頻尿などの諸症状を抑える医療魔法だ。
 また1Gの重力に慣れた人間が無重力内で長期活動するにあたり低下する筋力や骨密度なども考慮しなくては為らず、地味に職場が「モヤシ栽培所」と呼ばれていることもユーノは知っている。
 十年そんな場所で働いているユーノ故に、個人的な付き合いのある医療局務めのシャマルには世話になりっぱなしだった。


 シャマルは雨で垂れた髪を手で直しながら手に持っていた鞄を東屋のテーブルに置いた。
 仕事帰りのようである。庇って走ってきたのか、鞄はあまり濡れていなかった。
 そのかわりシャマルのシャツとロングスカートは水没したかのように濡れていて肌にぴっちりと張り付いている。ボディラインを明瞭に表すそれを見てしまいユーノは慌てて目を逸らした。
 
「あー……シャマルさん、服は乾かしたほうがいいですよ。風邪を引きますから」

 言われて気づいたようにシャマルは自分の体を見下ろす。
 濡れたシャツからはうっすらと下着の色が見えていたことに赤面しつつ、言外にそれを指摘したユーノから隠すような仕草をしてしまった。
 さり気無くスルーしようとしてくれたユーノに対して、明らかな行動を反射的にとってしまったことへの失策を即座にシャマルは悟った。が、

「えっと……すみません」

 ユーノも顔を逸らしたまま謝った。僅かに頬を染めている。
 お互いに気まずい雰囲気が流れた。
 シャマルから困ったようにぽつりと、

「どうしましょうか。拭く物でも持っていればよかったんですけど」

 濡れた服が乾くわけではない。いっそバリアジャケット=騎士甲冑にでもなればいいのだが、あくまでバリアジャケットは戦闘服に分類されるために平時の着用はあまり行わないのが普通だ。
 魔法があれば魔法を制限する法律が作られる。そして個人の資質によるものを制限する法律故に煩雑化され理屈を固めるための法律が追加される。魔法文明だというのに日常生活ではあまり魔法の恩恵を受けれない社会体制というのも面倒なものではあった。
 ユーノは提案する。

「よければ僕のタオル使ってください。濡れたままというのはいけませんよ。女性なんだから」

 くす、とシャマルは微かに笑い声を出して、差し出されたタオルを受け取る。

「私は守護騎士だから風邪は引かないんですけどね。ユーノ君の気遣いが嬉しいから貰っちゃいます」
「それはどうも──しかし雨、凄い勢いですね」

 受け取ったタオルで胸元を拭うシャマルから体ごと視線を逸らして、ユーノは水没したように眠る街を見ながら云う。
 通りを歩くものは傘ですらいなくなり、走る車のライトが放射状に広がって薄灰色の景色を照らしていた。
 シャマルは濡れた髪を丁寧に軽く拭いて、視線をテーブルに置いた鞄にやりながら喋る。

「しばらくココで雨宿りですねー。持ってる書類が無ければ雨に打たれても帰るのですけど。折りたたみ傘もあるけどこの雨じゃ役に立たないでしょうし」
「いや、雨に打たれたら駄目でしょう。濡れてしまいます」
「いいんですっ。私、雨結構好きですからっ」

 子供のような事を云うシャマルに内心呆れながらユーノは雨足の収まらない外を向いていた。
 手にひんやりした感覚を覚えた。
 シャマルに手を引かれたのだ。ユーノの手首を掴んでシャマルは引っ張る。

「ユーノ君も。中々雨上がりそうにないんですから、いつまでも立ってないで座りましょうよ」
「は、はあ……」

 言われて、東屋のベンチに腰掛ける。手首にかかったシャマルの細く冷たい指を意識した。
 手の冷たい人は心が温かいという言葉があった。今更、シャマルの手の冷たさを確認しなくても彼女が優しく暖かな女性であることはユーノは既に知っていたため、苦笑する。妙に子どもっぽいところもあるが。
 シャマルもユーノの隣に座った。
 隣だ。

「……」

 肩がぶつかるほど隣じゃなくてもいいんじゃないだろうか、とユーノは疑問に思う。
 だが世の中には解消しなくてもいい疑問などいくらでもある。資本主義の限界を認識する意味など無いのと同じぐらいに些細な問題であるためにユーノは無視した。
 ざ、と連続した雨音を背景に雨が好きだという話は本当なのか、機嫌がよさそうにシャマルが口を開く。

「そうだ、ユーノ君もお仕事帰りですか?」
「ええ。今日は職務規定で半日勤務だったので。雨が降るんだったらもう少し書庫に居れば良かったかと思いますけど」
「だめですよー規定に従わないと。ユーノ君はただでさえ残業時間オーバー気味なんですから」
「不健康なのは自覚してるんですけどね……」

 無限書庫での残業と他の職場での残業は意味合いが違う。前述したとおり健康的に問題が多いのだ。無重力から1Gに戻ったことによる認識力の違いにより司書が事故を起こすケースとて多い。
 特に残業したあとに書庫から出たとき体にかかる1Gの倦怠感は凄まじい。司書たちは書庫内ではなく廊下で倒れている姿をよく見かける。「くっ……この程度の重圧(プレッシャー)に……!」「殺人的荷重だ……!」などと格好つけながら這うように移動しているモヤシ司書たちは名物である。

「でもユーノ君がしっかり帰ってくれてシャマルお姉さん良かったです」
「医者としてですか?」
「いいえ。ほらここで、ユーノ君と一緒に雨宿りできましたし」

 にっこりと微笑みながらこちらを見てくるシャマルに妙な胸の高鳴りをユーノは覚える。
 
 ……無駄にフラグを振りまくんだよなあこの人。

 とモテカワ系ナースガールシャマルさんについては深く考えてはいけないと落ち着く。
 医療局の中でも有名な献身的美人局員である。少々その優しさから多数の男を勘違いさせてしまうという天然小悪魔な噂がある。まあ実際に、ユーノの知り合いの中でも一番全方位に親しみやすい雰囲気を出している女性だ。ワーカーホリックだったりエロ系戦闘狂だったり腹黒かったりする幼馴染たちと比較しても、とユーノは思う。
 云う。

「しかし雨に濡れてしまいましたけど」
「だから──私は雨が好きだから別にいいんです」

 湖の騎士ですから、と胸をはって応える。
 それが関係しているのかわからないが、シャマルが雨に濡れて髪がしっとりとしている姿は何となく似合っていたので──
 ユーノも頷いてしまった。

「ユーノ君は雨は嫌いですか?」
「まあ……好きではないです。野外活動では否応なく邪魔になりますし、装備や紙なども濡れますから」
「そうかもしれませんね」

 スクライアの部族などだと外で活動することも多い。雨が降ればテントには水が染み込み革製品を腐らせ事故も起こる。
 一度、彼が子供の時に大規模な土砂崩れに調査班が何人も巻き込まれその姿を消したこともある。
 まあ、二日後捜索班が出向いた先で彼らは、土砂に紛れて流れてきた発掘品を元気に掘り起こしていたのだが。
 
「だけど私は好きなんですもん」

 少ししゅんとしたように云うシャマルに苦笑する。
 妙なところで子供っぽいとは思う。いつものお姉さんな態度からのギャップで可愛らしく見えてしまう。
 慌てたようにユーノは、

「でも雨もいいことありますよね」
「……例えば?」

 じっとこちらを見てくるシャマルの視線に焦ったように思考を巡らす。適当に、シャマルが軽く落ち込んでいるのを解消しようとした発言だったので用意はない。
 人類の文化史に対する雨の重要性。
 植生における降雨との関係。
 水資源を争っての特定地域での貴重性。
 脱水症状での年間死亡者数。
 反政府ゲリラ豪雨。
 様々なものが浮かんだが……



「ええっと……雨のおかげでシャマルさんと雨宿りできたこと、とか」




 ……



 ……なに言ってるんだろう僕。


 恥ずかしくなって顔を俯かせる。何となくさっきのシャマルの発言をそのまま返してしまったような言葉が出てしまった。
 ちらりとシャマルに視線を向けた。呆れているだろうかという不安げな眼差しだ。 
 シャマルはぷい、と顔を逸らしていた。よく見ると耳まで赤くなっていたが。
 そして蚊の鳴くような声で云う。

「……べ、別にいいんですよ? そんな理由でも、雨を好きになってくれるなら」
「うう」

 うめく。
 なんとも気まずい雰囲気が再び流れる。
 確かに、この気まずい雰囲気の中で静寂よりはざあざあと五月蝿い雨音が微かに頼りになった。
 話題を変えるように、

「──そ、そうだ。ユーノ君、サンドイッチ食べません? お昼ご飯に今朝作ったんですけど、食べる機会を逃して……」

 鞄を漁って小さなバスケットを取り出した。
 そこには手のひらぐらいの小さなサンドイッチが数個入っている。ユーノも昼食を抜いていたので僅かに空腹を覚えていた。

「いただきます。これ、シャマルさんが?」
「ええ、私の手作りですよーとはいっても、中の具だけですけど」

 ユーノは一枚サンドイッチを貰ってしげしげとそれを眺めた。
 シャマルの料理の腕は何度かはやてから聞かされている。或いは他の女性の知り合いからも。生憎と今までユーノは食べる機会はなかったが……
 ごくりと唾を飲んでその謎のペーストが挟まれたパンを口にいれた。




「サンドイッチ美味しいですね」
「それほどでもないですよう」



 美味しかった──噂通りに。
 シャマルお姉さんといえば料理が上手(ココ重要です。味付けが少し独特だけど美味しいはずです!)これは宇宙の真理。まさに容姿性格家庭料理といった三段揃い、お嫁さんにしたいキャラランキング一位……! 決して捏造ではないです。決して。捏造では。
 ユーノ君は顔を綻ばせて完璧シャマルさんの料理を美味しそうに食べるのでした。ちなみにサンドイッチの具のペーストは鶏の足とマンゴスチンを磨り潰して作ったものです。実際作ったらはやてちゃんに怒られました。なんででしょうか。












 *************************************














 雨宿りの中、取り留めのない雑談を交わしてどれぐらいの時間が経っただろうか。
 いつの間にか雨足が弱まっていることに気がついた。
 時間を見ると雨宿して一時間少々経過しているようだった。僅かに空は明るくなり、雨粒は小さくなって降り注いでいる。恐らく夜まで降り続く雨で、濡れて帰ってもよいかどうかの妥協点といった所だった。
 ふと。
 ユーノは雨宿りで二人、シャマルと雑談している時間が続けばいいのにと思ってしまい、頭を振って考えを消す。こんな風に仕事時間以外で彼女と長々世間話をすることは少なかった。だから妙に貴重に思えたのかもしれない。
 シャマルが立ち上がって指を空に向けた。

「あ、ユーノ君。ほら、日差しが出てますよ」

 雲の切れ間から黄色い太陽光が地表に到達している。
 雨は相変わらず降り続いているが、にわかに外が明るくなった。時間を置かず再び雲の切れ間は隠れて日を遮るだろう。
 ユーノは座ったままシャマルを見上げた。
 背景に太陽を置いて、日光を受けてキラキラと金色の髪の毛を輝かせる。雨で湿った髪が艶やかな色をして、ふわりとユーノへシャマルから涼し気な風が吹いた。
 その絵画のようなシャマルの姿にユーノは息を飲んで、

「ああ、確かに」

 と口に出した。綺麗だ、と続く言葉を飲み込んだ。
 雨が似合っているというよりも、シャマルという存在が雨の中顔を出した太陽のようで。
 見惚れている自分を自覚して、差し込んだ日差しに照らされた顔に熱を感じた。
 
「これぐらいの雨なら折りたたみ傘で帰れそうですね」

 とシャマルは鞄から可愛らしいデザインの小さな傘を取り出した。
 シャマルといる時間の終わりに一抹の寂しさをユーノは感じたが──

「ユーノ君も一緒に入ってくださいね?」
「え? い、いや僕はいいですよ。小さな傘に二人入るとシャマルさんが濡れてしまいますし……」
「医療局員としては、司書長さんが雨に濡れて風邪を引くかもしれないことを見逃せませんっ」

 ぐいとユーノの手を引っ張り、立ち上がらせた。
 ぴったりとくっつくように肩を並べて、薄緑色の傘を広げた。

「さあさあ、大丈夫なところまで一緒に行きましょう」
「ええっと……」

 やや強引なまでにユーノは連れ立たされ、距離の近さにどきりとする。
 そのまま歩幅を合わせるようにパラパラと軽く降っている雨の外へと踏み出した。
 背の高いユーノが傘を持ち、諦めたような顔で滲んだ世界を歩く。心持ち、最後の抵抗としてシャマル側に傘を傾けて。
 やはり雨の中嬉しそうな表情で歩くシャマルを見るユーノの顔には僅かに笑みが浮かんでいる。


 雨が嫌いだとは言ったけれど、好きになれるかもしれない気がした。
 シャマルと一緒に為れたからではなく──


 ……君が雨のとき、嬉しそうだから。


 そんなクサイ台詞はとても言えそうになかったけれど。






 二人きりの世界を歩く、愛々傘のなかでそんな事を思った。














 おわり




 



[20939] すまなかったな、許してくれ(はやて編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/10/05 15:29

 無限書庫には様々な書籍がある。
 それは論文や資料、辞典などに限らずに娯楽本から雑誌、場末のカストリ誌までいつの間にか書庫の奥から沸いて現れるように納本されていたりしている。
 次元世界の書籍媒体をどれだけカバーしているかは司書長にすら分からない。つまりは誰にも観測できない、無限の書庫となる。まるで怪談のようだ。
 故に本好きな人間ならば天国のような場所だ。実際に働いている司書が地獄のような勤労状況なのと対象的に。
 とはいえここで本を借りるには許可が必要であるので一般開放まではまだ遠い話である。
 しかし司書、或いはそれと個人的なコネを持っている人物ならば自由に入り好きな本が読めるので、慣れた司書ならば仕事の片手間に(忙しくないときだが)ミッドチルダで販売されている本などを無料で読める。そこに浮かんでいる司書長も仕事中に『室内で始める家庭菜園』を読みながら「これを無限書庫の一角に……」などと呟いているように。
 
 そんな中、司書ではない少女がふよふよと浮かびながら本を読んでいる姿があった。
 濃い茶色がかったセミロングの髪の毛にヘアピン。捜査局の制服を着ている、年の頃14~5ほどの少女だった。
 八神はやてである。
 難しげな顔をしながら本を捲っている──読書魔法ではなく──その姿は捜査官として資料を探しているように見えた。
 実際のところ、彼女の本日の業務は終了しており余った時間に何となく無限書庫に訪れて趣味の読書に没中しているだけであったが。
 はやては体が不自由だった時代に本を読むぐらいしかやることがなかったからか、おちゃらけた明るい普段とは別に静かに本を読むことも好んだ。
 管理局に非常勤で働いている現在。トランスポーターで海鳴へ戻るのも微妙な時間の隙間にはやては無限書庫に訪れることが多々あった。
 幸いにしてここ最近司書長に昇進したユーノとも既知の仲なので殆どフリーパスだ。
 その日も無限書庫を訪れて二三雑談を交わして彼女は自分の世界へ突入したのだが……


 ユーノは仕事が一段落ついて肩を鳴らす。
 重力などはないから肩こりも起こりにくいはずなのだが不思議と人間の体というのは誰に断ることもなく疲労し、凝り固まる。死にそうな重症を負っても腹は減るし親が死んでも眠たくなる。そんなものだから諦める。
 ふと、近くを浮いていたはやてに目線をやった。
 彼女が珍しいものを読んでいたからだ。いや、眺めていたといったほうがいいか。
 疑問の声と共にはやてに話しかける。

「ウェディングドレス?」
「はわっ」

 慌てたようにはやてがばっと本を閉じた。
 それは写真集のようなもので、次元世界の様々な結婚衣装の写真が載っているB5サイズの本だった。
 ユーノは頬を掻きながら、

「別に隠さなくても」
「い、いきなり声をかけられて驚いただけや」

 はやてはその本を抱きしめるように抱えて、ゆっくりとまた目の前に出した。
 幸せそうな新郎新婦の写真が写っている。場所は様々で形式もいろいろなのだろう。純白のドレスから地球の和服に近い形、または民族衣装など。どれも共通していることは皆笑顔だということか。
 ユーノは思った。はやてもこういう本見る年齢か……としみじみ。
 てっきりはやてならば、と頭に読みそうな本のリストを思い浮かべる。七十二通りの本の中で一番イイ、最有力候補は『キャリアアップ! 旧暦666年式!』だろうか。上司に気に入られるお茶の淹れ方から、変態高官へ麻薬漬けにした孤児を売りつけたりスナッフビデオに出演させてその麻薬漬けの子供の肝臓とかを質量兵器で吹き飛ばす映像をネタに強請る方法が事細かに書かれているキャリアアップ指南書である。発禁絶版の貴重本なので貸出不可だがコピーは可。

 ……上昇志向のあるはやてなら興味を持つはずだけど。

 嫌な信頼であった。勿論犯罪を推奨するわけではないが。十五歳の少女に見せるものでもないかもしれない。本当に実用的なことも書かれているので一度は目を通しておくと便利なのは確かだった。
 組織の上に行くには時に汚いことも目にしなくてはいけないという事を知っておく必要もあるし、はやてならば常識的な判断で本を活用してくれるだろう。
 それはともあれユーノは感慨深そうな声色で、

「いや、はやてもそんな年になったんだなあって……」

 ぷうと頬を膨らませるはやて。何処か幼く可笑しい仕草だったが、似合ってはいた。

「なにおじさん臭いこと言ってるんや同年代。そ、それにわたしがこういうのに興味があったってええやん」
「別に変とは思わないよ。フェイトが読書感想文でサド公爵夫人を書くかエマニエル夫人を書くか悩んでいたことよりは」
「……それと比べられてもなあ」

 微妙そうな表情になる。友人の本の趣味が偏っている事実をどう受け止めるべきだろうか。
 はやてはパラパラと本の項を捲り流し見をする。 
 物憂げに、

「やっぱりこう、お嫁さんってのはええで。綺麗なドレスを着てキラキラしよる」
「確かに。ずっと前に結婚式に出たことがあるけど……うん、とても良かったと思う」
「へえ、誰のや?」
「スクライアの部族で挙げた式なんだけどね。伝統に則ってフェレットを生贄に掲げて……活気があったなあ」
「……」

 はやての頭の中で邪教の儀式のような光景が広がる。おどろおどろしい太鼓の音。中央の祭壇で燃える炎から漂う麻薬の匂い。炭で化粧を施したフェレット。それらは巨大な斧を持ってズンドコ踊る。地上に仕掛けた一万個の時計が一斉に動き出したかのように砂塵が舞い、空が赤く染まる。終末を喚起させる儀式。
 ぶるる、と体を震わせる。

「いや、そんなんじゃなくて普通のがええなあ……」
「すごく失礼な想像をしてない? というか、はやてもそう云う女の子っぽいところあるんだね」
「すごく失礼な評価やな」

 びしり、とユーノに軽いチョップ攻撃を結構するはやて。額に直撃。しかし無重力を利用して押し出されるように衝撃を吸収。反作用ではやてもバランスを崩した。
 お互いに飛行魔法で位置を揃え直す。
 むーとはやてがやや唸った。
 どうもユーノから、はやては一番女の子らしい扱いを受けていないような気がするのだ。親しい友達ではあるものの微妙になのはやフェイトに比べてデリカシーの欠ける発言をしてくるというか……
 親しみやすいからといえばそれだけではあるのだが。釈然としないものを感じる。
 ん? と少し考えが頭を過ぎった。

 ……わたしはユーノ君にもっと女の子扱いして欲しい──? それはどうしてやろう?

 よくわからない。なので保留した。
 腕を組んで目を瞑りながら、ユーノに話題の続きを繋げた。

「ほら、わたしあれやろ? 昔は車椅子で一人暮らしやったから、こういうウェディングドレスとか着る機会はないんやろうなぁって思っとって……たまたまこの本見つけたからそれを思い出してなあ」
「成程……」

 ユーノは少しからかったことを反省しつつ頷いた。
 昔から闇の書の影響で足が動かなかった少女だ。今でこそ治ったものの、障害のある少女の一人暮らしである。悲観的な感情を持ったことも一度や二度ではないだろう。それでも、今のはやてのような明るい性格でいられたのは彼女の強さだが──それを過信するのも、また違う。
 結局彼女自身の感情や苦悩などは本人にしか分からない。ユーノはただ、もうじきミッドチルダに引越してきて時空管理局のキャリア組を進む友人をサポートするぐらいしか出来ない。
 どのみち、

「今ではその心配も無いんじゃない?」
「いやあどうやろなあ……」

 苦々しげにはやてが呟いた。
 そして思い出す。少し過去のことだ。

「わたしが今通ってる聖祥中な? 女子中なんやけど小学校までは男女共学やったことは知っとるやろ。それでまあ、小学六年の時は男女の学校が分かれる前に告白イベントが発生する確率大なわけや」
「そうなの? へえ、最近の子は進んでるなあ」
「おい最近の子──とにかく。例によってわたしの友達も告白されたりしたわけや。美少女が多いからなあ。なのはちゃんとか。フェイトちゃんとか」

 二人の女子の名前をあげつつ、はやてはユーノの顔色を伺った。
 ユーノは目を瞬かせる。

「あの二人が? うーん……知らなかったけど」
「……まあ、二人共相手の男の子を振ったみたいやけど」
「そうなんだ。相手が気に入らなかったのかな?」

 ……気に入らんというかー。

 はやては呆れたような眼差しで目の前の司書長を見つめた。
 彼は何も気にすることはないと言わんばかりの表情だ。はやての前ではとぼけた態度をすることも多いが──。
 なのはには魔法の力を与えて、彼女が堕ちたときは全力で支えた。
 フェイトには彼女の無罪を法廷で弁護し、執務官試験の手伝いをした。

 ……これと比べられるんやからなー。普通の小学生男子じゃあ相手が悪いわー。

 いくら小金持ちの家庭の偏差値が良い子供が通う聖祥とはいえ、既にその年齢から自立している恩人の男の子が近くにいたのでは比べるべくもない。
 まあ、今だになのはもフェイトも、そしてユーノも恋心という点で相手を見てはいないようだったが……はやては嘆息。
 ともかく、

「いや、その告白イベント───わたしだけ来んかったんよ!」
「……ははあ」
「な、なんやその納得したような呟き!」

 涙目になって叫ぶ。
 なのはもフェイトもすずかもアリサも体験したスーパー告白タイム。生憎はやてに相手は来なかった。残念である。
 勿論、将来的にはミッドチルダに移住する予定のはやてとしては断る気ではあったが……家族のヴォルケンリッターとこなした『怨恨を残さない告白の断り方練習』もやがて恥ずかしいダメージとなってしまう。
 敢えて言うがはやては友人らに比べて見劣りしない美少女である。
 だが性格が残念だった。
 とにかく騒ぎに原因になる。修学旅行ではしゃいだ挙句迷子になる。調理実習にネタのためだけに満漢全席を用意する。大掃除で学校中水没させる。黒板を引っ掻くときは自分だけ耳栓をつける。体育倉庫にプロレスのリングを設営する。発達しかけの小学生女子の胸を揉む。発達しかけの、敏感な、或いはくすぐったい肋骨の浮き出たものをつまむように……!
 まあ男女ともに、その明るく騒がしい性格ではやての友人は多かったのだが……
 珍獣扱いというか。
 とにかく顔は可愛いけどアレにコクったら負けみたいな雰囲気が発生したのが敗因だった。
 ユーノはそれを察してくつくつと笑った。

「あー! なに笑っとるんやー! ユーノ君もバカにしてー!」

 むきー! と手を振りあげて荒ぶる狸のポーズを取るはやてに腹を抑えたユーノが軽く涙目で制止した。
 
「いや、はやても可愛いところあるなって思って」
「は、はあ!?」
「昔の自分のキャラ思い出して結婚出来ないかも……とか悩むって。ああ、面白い」

 愉快そうに笑う。
 意外と、というか。
 はやては年相応に馬鹿騒ぎを好む一面と違って、その実三人娘の中で一番大人らしいのだ。
 元々障害のある身で一人暮らしを耐えていたから妙な達観を持っているのか、なのはよりもフェイトよりも明確なビジョンとして、将来管理局に入りミッドチルダに家を持ってヴォルケンと暮らし……といった計画を建てていた。
 そんな彼女でも小学生の頃の思い出で将来設計を悩むという行為をしていたことがギャップとして妙に面白かった。
 だから、




「はやてなら大丈夫だって。面白いし、可愛いんだから。そのうち綺麗なドレスを着てお嫁さんに行けるだろうね」


 言うと、


「……ややわあ、褒めてもなんもでんよ? まあ確かに、はやてちゃんなら小足見てお嫁さん余裕やけどな!」


 にやりと返して、


「うん、その調子その調子。いい人に貰われることを僕が保証しよう」


 満足気に頷き、


「保証やなんて……じゃあ、あと十年結婚できんかったらユーノ君に保証責任として貰ってもらおかな」


 悪戯っぽい表情を浮かべ、


「ああ、その時は引きとってあげるから安心して相手を探すんだね」


 肩を竦めて微笑んで、


「お、随分余裕やな。くく、わたしの結婚式で綺麗なウェディングドレス見せて『あの時はやてを嫁に貰っておけば良かった……』ってユーノ君にいわせたるから覚悟しときやー」


 胸を張って、


「それは楽しみだ。ああ、相手はシグナムさんたちの眼鏡にも適わないといけないから大変だ」


 心配げに考え、


「そうやね。ああ、また結婚が遠くなる要素が───っと、もうこんな時間や。ユーノ君、わたしもう行くから体に気をつけて仕事しすぎんようになー」




 はやては皮肉げな笑顔で手を振り、無限書庫を去っていく。
 ユーノもそれを見送り、小さく笑って仕事に戻った。





 ******************************




 無限書庫の入り口を出た廊下。
 頭を抱えて壁に向かってブツブツ言っている人間がいた。
 わたし──八神はやてだ。
 
「今のって……」

 軽く流したけれど。 
 いつもの軽口のように、ユーノ君とやりとりをして。
 たまたま結婚の話題になって。
 そして交わされた、口約束とも言い難いような雑談の応酬ではあったが……

 ……十年後に結婚しようという婚約やない!?

「ふぐぁ!」

 がつん、と頭を壁にぶつける。不気味そうにそれを管理局員が見ないふりして歩き去った。
 気にしない。気にしてほしくない。
 あああううう。なんやこの流れ! ユーノ君が冗談としてスルーしてくれたらそこで終わってたはずなのに!

 ──ああ、その時は引きとってあげる。

「ええんかい!」

 ごつ! 再び壁に頭でツッコミを入れる。ぴろりん、と写真を撮る音がしたので振り返ると見たこともない管理局員が写メしていた。シャーと唸って追い払う。
 まさか肯定されるとは。
 意外な反撃だった。負けた気分だ。悔しい。
 さっきまでのわたしのアホ! なんで今に限ってリインごとデバイスをメンテ中で録音できなかったんや! 言質とれや!
 しかも十年か! 五年にしてもらえ!
 って違う──!

 とにかく。
 わたしはこのまま男日照りだと十年後にユーノ君の嫁になってしまう。自分から提案したことなので仕方ない。そこは納得しよう。
 それでは回避するために行動に移すとすれば──

 オトコ……えーと……ヴェロッサ……あ、駄目だ。顔は悪くはないけどシャッハに尻に敷かれてるし。査察官ってのも駄目だ。
 他には……クロノ君? いやいや、エイミィさんに刺される。
 うーん……グリフィス君……レティ提督の身内ってのが……幼馴染とか事務の同僚とかいるらしいし……
 …………ザフィーラは犬やし身内やし……

 ユーノ君の嫁になろう。

「ってアホー!」

 ガオンッッ!
 壁に頭を打ち付ける。無限書庫の案内板の文字『関係者以外立入禁止』が削り取られ『関係者以外立禁止』になった。
 あかんあかん、落ち着け、あんなんお互い冗談の範疇や。
 本気にしたところをガツンとユーノ君の強烈な嫌味が──
 ……ってまあ彼はあまり、嘘の類はつかないけど。
 つ、つまり。
 責任はとってくれるってことで──


「悪魔よ去れッ!!」


 思わずその場でブリッジして心に感じる違和感を絞り出そうとする。
 急展開なのにそれでいいかって納得する自分がいる! なにかこう、喜んでいるのはなんでや!?
 いつか結婚はしたいし手頃な相手は今の段階だとユーノ君ぐらいしかいないけど妥協とかで決めているのかそれともユーノ君がいいのかなのはちゃんとかフェイトちゃんはどう思うのかでもユーノ君顔綺麗だし地位あるし一番親しい同年代男子だしあれ文句ないでもでも──
 ぬおおお。海老反り! 海老反り!

「は、はやて──なにヘンテコな格好をしてるんだ!?」

 声がかけられた。迎えに来たヴィータからだ。

「ヴィータ! ちょっとそのハンマーでわたしの頭を殴ってみぃ!」
「普通に嫌だよ! 落ち着け、何かあったのか!?」
「はやてちゃんはヘンテコなぐらいがちょうどいいんや! なにこの三秒ルート! いや十年やけど! 信じられん! 夢に決まっとる!」
「いいから病院行こう! 疲れてるんだはやては……!」

 ぬおーと叫びながらヴィータに引きずられて無限書庫近くの廊下から去っていくわたし。
 明日からどういう顔でユーノ君と会おう……!?

 とりあえず──

 何食わぬ顔で。

 期限を五年ほど縮めることを宣告するのもいいかもしれない。この約束が冗談だったとしても。













 ************************************







 カレンダーの日付は確認した。
 あのJS事件の後のことだ。今日この日の為に、五年前に今までのカレンダーを購入していたのだ。今日の日付には赤く二重丸が書かれていた。既に何十回も書いて以来見た印である。
 普段は薄くしている化粧も今日は気合を入れている。
 彼女──はやては無限書庫の前に来ていた。
 五年。
 それははやてがユーノと交わしたタイムリミットである。
 五年前の何気ない婚約モドキのあとにはやてが「十年はちょっとハンデ多すぎやねー! 五年で十分やわー!」などと超さり気ない話の切り出し方でユーノとの期限を縮めたのではあったが。
 もっとも──
 それ以来はやてはその話題を出すことは無かったのだが。
 しつこく確認して「え? そんな事言ったっけ?」とか「アレ本気にしてたの?」などと言われるのを恐れたのである。
 その時点で否定されれば契約失効だが──
 五年という満期を迎えた段階では断りづらいだろうという考えもあったのだ。
 ちなみにその婚約モドキの土台を固めるためにそれとなく周りには伝えてある。というか伝えた途端教導隊筋や執務官筋からお見合い話やコンパの話が舞い込んでくるようになったのだが。まあ諸問題は交渉により解決した。
 ヴォルケンリッターも説得済みで今や問題なしだ。

 ともかく。彼氏いない歴=年齢の八神はやて。無限書庫に踏み入った。 
 中空に浮かんでいる、未だに顔つきが幼く中性的な司書長の姿がある。
 仕事の検索魔法を幾つも同時に展開しつつも『園芸百般』という趣味の本を読みつつ「やっぱり芋なら無限書庫でも育てられて……」などと呟いている。
 ごくり。つばを飲んだ。 

 ……五年前の約束がどうとか痛い女みたいやから冗談めかして伝えよう。

 たとえ本気にしてくれなくても。
 自分を見る目が少なからず変わるはずだ。そこから進めればいい。大丈夫、時間はまだ幾らでもある。
 飛行魔法でユーノに近づいていく。運命へ、或いは過去、未来へと近づいていくように感じる。
 ユーノの目が上がる。はやてに気がついて軽く手を上げ挨拶した。いつものように、日常のように、若しくは非日常のように。どんな時でも応えるような気軽さで。

「やあはやて」

 はやてもにんまりと笑って応える。



「やほーユーノ君。いきなりやけどな、今日は何の日か覚えとる?」



「はい、これ」



 はやてに小箱をユーノは差し出した。
 訝しげにそれを開ける。
 中に指輪が入っていた。


「へ?」



 *********************************




 結婚式の日程が決まった。


「あ、あれ?」




 *********************************




 花吹雪が世界に乱雑に白の絵の具を吹きかけたように舞う。
 風か嵐か、青い閃光のように日差しが輝く涼しい日。
 爽やかな晴天の下の聖王教会での結婚式だった。大勢の友人知人、職場関係なども集まっている大規模な結婚式だ。
 花の匂いが流れる会場の中心に、純白のウェディングドレスを着たはやてが狸に頬を摘まれたような顔で、ユーノに抱き上げられていた。

 ……ええ!?

 突っ込みが追いつかないスピード展開だった。いや、勿論ユーノに指輪を渡されて暫くの日数が経過している(それでも可也早い挙式であったが)ものの、それまでの期間はまるで地の果て流されて今日もさすらい涙枯れたかのように疑問を考える余地が無かったのだ。

 ……こ、こういう形で結婚式になるとは──積極的……!

 友人──新郎──夫の意外な積極性に動揺しつつ。
 それでも、悪い気はしなかった。実際に結婚届にサインをしたのははやて自身だったから同意の上である。
 急に緊張と歓喜が訪れたように心臓がバクバクと鳴り出したのを自覚する。
 なるべくいつもの、軽い調子の笑顔を浮かべて、涼しい顔をしているユーノに告げる。

「んふふー、これでユーノ君も墓場行きやね。五年かけたわたしの罠にまんまと引っかかって」
「そうだね。まあはやてと一緒だから別にいいよ」
「──っ。は、はは。わたしのこと、大事にしてな……?」

「あー、はやて」

 はやてを見下ろしながらユーノは珍しく──はやての前では本当に珍しく、照れたように顔を赤らめて目線を泳がせた。
 違和感をはやては感じる。
 だが実際のところユーノが冷静な調子でいられたのもそろそろ限界のようだった。
 彼女にしか聞こえないような声で、顔を寄せて囁く。




「君のドレス姿は、その、上手く言えないけど凄く似合っていて綺麗だ」


「────……あ、」

 当たり前や。
 そう言おうとして、言葉が出なかった。 
 嬉しさにはやての顔が赤くなり、言葉と共に何かがこみ上げそうだったから口を閉じた。
 それと、とユーノは続ける。





「──本当は、五年も前から君のことが好きだった」



 ……ただ最初は、この子とずっと一緒なら楽しいだろうなという感情だった。それが他の誰にも持たない好意だと気づいたのもすぐだった。
 だから、



「結婚してくれてありがとう、はやて」



「ずるい」


 卑怯や、とはやては涙をこらえながらユーノの胸をぽかぽかと叩いた。このやろう、許さないぞと。
 今まで、わたしのことを好きだなんて一度も言わなかったじゃないか。今になって云うなんて、反則だ。そう思って必死に涙をこらえる。

 てっきり冗談だと思っているのかとはやては思った。
 それでも、約束は約束として守ってくれるのではないかと考えた。
 その時になったらあっさり結婚することになり。
 だけど仕方なくそうしたのかと──


「仕方なくで、ここまでするはずないだろう?」

「うん……」

「本当はさ、はやてが誰かに取られないか心配だった。でもはやての幸せになるならそれでいいと思ってた」

「ばか……」


「だから、選んでくれてありがとう。君のことが好きだ」


「わたしもや……!」



 再び、口を合わせた。許さないから、ずっと一緒にいるのだという誓いのように。
 熱い歓声が送られる。冷やかしのような声も、黄色い叫び声も、やけくそのような声も。


 二人を包む、祝福の風に包まれて溶けていった。
 







 おわり





























 ************************************






「むにゃむにゃぐふふ───はっ!?」

 はやては顔を上げる。よだれがべっとりと付着している口元に不快感を感じた。
 そこは自宅だった。こたつに突っ伏したまま眠っていたようである。
 風呂上りのように火照ったからだから汗が出ており、むあ、とした熱気が胸元から立ち上った。先程まで幸福の絶頂な夢を見ていたのだがいきなり所帯染みた日常風景に。
 半分だけ開いた目のまま頭を左右に振って周囲を見る。
 ヴォルケンリッターの全員がぐでーっとこたつを囲むように半身を突っ込んで鼾を掻いて眠っていた。ザフィーラなど狼形態でこたつの中にすっぽり入っていることは足の先に当たるゴワゴワした感触でわかる。リインは机に突っ伏さずにヴィータの隣で横になって眠っていた。アギトもシグナムの頭の上で腹を出して寝ている。

 テーブルの上に置かれた紙にはそれぞれ『シグシグユノユノほのぼのテンションアッパー系性活』『グラーフアイゼン×ユーノ』『湖と翡翠の愛々傘にて思うこと(12.7kb)及び派生作品18禁版』など様々に書かれたものがある。他はプロットなのになんかもうシャマルなど文章になっている。「むにゃむにゃ旅の扉ですー」ああ、寝ぼけて転送魔法を使用して──哀れシャマルの書いた話は何処かへ転送されてしまった。

 そしてはやての手元には『はやてちゃん五年ルート』。



 寝ぼけた頭を抱えた。


「夢オチかい……!!」



 もう寝る。























 *************************************






「ただいま──ってああ、皆こたつで眠って……」

 自宅に帰ってきたユーノはこたつに入って眠っている家族を見て溜め息を吐いた。
 ふて寝を始めたはやてもうなされながらも涎とは別に目から何かを流しているようだ。その姿は擬死した狸にそれとなく似ている。
 ユーノは荷物を下ろしてはやてを揺り起こした。

「はやて、はやて。起きなって」
「ううー。ええんやわたしなんか……需要ないし……腹黒いとか言われるし……」
「需要無くても腹黒くてもいいから、寝るんなら布団にしようよ……!」

 はやての両脇に手を回して無理やりこたつから引っ張り出した。こたつで寝ては体温調節が上手く行かず、風邪を引いてしまう。
 そこまでされて億劫そうにはやては目を開けた。
 自分を抱くような体勢のユーノと目が合う。

「あ、あれ? ユーノ君?」
「まだ寝ぼけてるの? 顔洗っておいでよ。よだれが付いてる」
「はううっ!?」

 ごしごしと自分の顔を袖で拭く。
 呆れたようにユーノは持っているハンカチではやての顔を──と見せかけて涎の垂れたテーブルを拭いた。
 ぬう、とはやても唸る。
 しかしユーノは何処か優しげな声で、はやての体を気遣う言葉をかけた。

「安定期とはいえ、こたつで寝たら具合が悪くなるかもしれないんだから気をつけないと。君と子供の為にも」
「───はい。えらいすみませんでした……許してぇな」

 ようやく頭と記憶が通常運行になったはやては、膨らんだ自分のお腹を撫でながら夫の横顔を見つめた。
 記憶が鮮明になりユーノがここにいることに対する違和感も消えていく。
 テーブルに置かれた紙にユーノが気付く。

「これはシャマルさんの創作活動のネタ提出企画……?」

 はやての出したネタに気づいて、恥ずかしそうに頭を掻いた。



「はやて、その……実際にあったことだからちょっと恥ずかしいし、ネタにするのはやめて欲しいなあ」



 懐かしむはにかんだ笑顔でそういう夫を、はやては黙って抱きつく。思い出を忘れないように形にしようかと思ったが、きっと彼とのなり初めは忘れることはないだろうと、そう感じたから。




 いつかの日の花の匂いがしたような気がして、そのまま二人は無言で寄り添っている。












 本当におわり
 



[20939] 私の兄がこんなにモテるわけがない(妹編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/10/09 19:43

 スクライア家の朝はまあ普通だ。特別早くもないし格段に遅いわけでもない。就寝時間こそユーノは遅いこともあるが寝れるだけマシだと思っている。
 クラナガンにあるマンションがその家だ。高級ではないがボロな作りでもない。
 以前は管理局の安い男子寮に住んでいたがここに引越してきたのは新暦69年頃──ユーノが無限書庫司書長となった、14歳──今から3年前程の事だった。

 家長であるユーノの朝は最近自発的に起きることが少なくなっている。
 その日もベッドの中には現在17歳になる青年がむにゃむにゃと枕らしきものを抱えて眠っている。
 昨晩は夕飯を取るために早めに家に戻ったものの仕事も持って帰ってしまい、遅くまで働いていたのだ。
 甘い眠りについているユーノの部屋にわざと立てたような足音が響く。
 しゃ、と鳴らすようにカーテンが広げられて朝の強い日差しが部屋に満ちた。閉じたまぶたを透けてユーノの視界もにわかに赤くなり、「む」と唸る。

「ユーノ兄さん、朝よ」

 声がかけられた。ユーノは妹の声にのろのろと体を起こして目を擦る。
 眼鏡を掛けていないぼやけた視界に、朝日で輝く橙色の髪の毛が見えた。

「……おはよう、ティア」
「おはよう。ああ、それと──っとやっぱり、部屋に居ないと思ったらここに」

 ティアナ・ランスターはユーノの布団を剥ぎ取る。
 するとそこには桃色髪の小さな体をした子供が、ユーノに抱きつくように眠っていた。
 ユーノは苦笑する。もう一人の妹が時々ユーノの布団で眠るのはよくあることだった。
 子供らしくよく眠っている妹を揺すると、ややあって目を開く。
 大きく欠伸をすると彼女の腕にさらに抱かれていた小さな竜もマネをするように欠伸をした。

「ふあ……あ。ユーノお兄ちゃん、ティアお姉ちゃん、おはようございます」
「うん、おはよ。キャロ」
「おはよう。コーヒー沸かしてるからユーノ兄さんとキャロも、顔を洗って来なさい」
「はーい」

 欠伸混じりに応えるキャロの頭を撫でつつユーノは自発的に起きる機会を無くしてくれた妹、ティアナに手を振って応えた。フリードも小さく鳴く。
 満足したようにエプロンを付けたティアナは台所へ戻っていく。

 これが大体のスクライア家の朝の始まりだ。






 *************************************






 ユーノが無限書庫で働き出したころにできた個人的な友人の一人にティーダ・ランスターがいた。
 首都航空隊の一等空尉である彼と無限書庫はお互いに関係の薄い職場だったのだが、彼は執務官を目指すエリート局員であったから新しく稼働し始めた無限書庫にも興味があったのだ。
 さらにいえば妹萌だった。
 無限書庫を訪れて法律関係や過去の事件の資料などに加えて女児用のファッション雑誌等を頼むナイスガイだった。ちなみに仕事が2:妹関係が8で探していった。
 そんなだから執務官試験落ちるんだよと思いつつも何故か馬があって付き合うユーノ。
 散々妹の自慢を受けたり実際に妹のティアナと会わせて、

「どうだうちのティアは殺人的に可愛いだろう──はっ! その目は妹を狙っているな!? 死ね!」

 とデバイスを構えて向かってくる厄介なタイプだ。仕方ないのでバインドしてティアナの覚えたての射撃魔法の的にした。
 幸いユーノはもう一人義妹萌の全身黒いやつを知っていたので色々諦めは付いていた。
 そんなこんなでランスター兄妹と友人になったユーノだが──

 ある日、ティーダが違法魔導師追跡任務中に殉職という悲しい別れになった。

 死因は出撃直前の会話で、

「煙草は止めることにしたんだ。ティアに怒られちまってな……ところでなあユーノ、俺にもしもの事があったら妹の事を──おっと、時間だ。なあにチョロい任務さ。行ってくるぜ!」

 という発言したことではないかとユーノは本気で思っている。
 さらに死後職場関係では、

「イイヤツだったけどウザかったな……」
「有能だけど妹妹煩かったな……」
「死因は妹死しか認めないとか息巻いてたのに情けないヤツだ……ううっ」

 などと不名誉な罵り──に似た何かを受けることとなったのだがそれはともかく。
 遺言通り、天涯孤独となった当時11歳のティアナをユーノが引き取ったのだ。ティアナも以前から付き合いのあるユーノのところにならば、と納得して二人の兄妹生活が始まったのだった。この時にユーノは新しいマンションに引っ越した。




 平凡に過ごして二年後。
 ユーノがスクライア族に顔を出していた時の話だ。ティアナは学校に行かせていたため連れてきていなかった。
 たまたまスクライア族は第六管理世界アルザス地方へ行ってそこにある古代遺跡の調査のために、現地の少数民族ル・ルシエとの対外折衝を行った。
 これは決してそこの土地遺跡を荒らすわけじゃ無いという説明を事前に行わなければ土地の侵入者として最悪戦闘になることもあるからだ。

 スクライア族伝統の無害さをアピールする集団──筋骨隆々でモヒカン刈りの男達がレザージャケットを着て斧とかを担ぎながらバイクに跨ってにたにたと侮蔑の笑みで見下ろし時々発砲音とかフェレットの悲鳴とか聞こえる──を背景に代表者として普通の格好のにこやかな笑顔でユーノが交渉していた。
 その時に青ざめた顔をしたル・ルシエの族長から生贄のごとく差し出されたのがキャロだった。
 なんでも一族には不必要なまでに強い力を持ってるから近くに置いておきたくないとかそういった内容で追放同然にスクライア族に引き渡され、

「竜信仰部族なのに竜使役技能持ってる子追い出すなんて本末転倒じゃね!?」
「スクライアに新しい血を! 血を! 血を! 血血血血──!」
「ヒャッハア!」

 などとテンションの上がったモヒカンのスクライア族に受け入れられキャロ・スクライアが爆誕したのだ。
 その後もモヒカンにビビリ入ったキャロがフリードリヒとヴォルテールを暴走召喚したのを、スクライア族が岩盤掘削用の高性能爆薬を使いやすく加工したらついうっかり手榴弾みたいな形になっただけで質量兵器じゃないよ! と管理局に主張している発破──俗称『グレネドは人生』──を大量投入で爆破したり、その現場をマジギレした管理局に押さえられて全部責任をル・ルシエ族におっかぶせて逃げたり色々あったのだがとにかく、キャロはユーノの新しい妹となった。
 正確には一族全て家族のようなものだから妹のような娘のような関係だが。
 その後唯一マトモっぽいユーノに懐き、今だに超いい笑顔で爆弾投げまくるスクライア族が怖いのでミッドチルダまでユーノに付いて着て、

「新しい家族が増えたよ!」
「やったねユーノ兄さん!」
 
 特に問題もなく三人暮らしが始まったのが一年前だった。スクライア族は基本的にフリーダム。





 スクライア家の朝食の席に三人座っている。
 家長で兄のユーノ17歳。
 ユーノの妹、キャロの姉、ティアナ14歳。
 二人の妹キャロ8歳。
 目の前に置かれたジャムを塗ったトーストを頬張り、コーヒーで嚥下する。ユーノは程良く自分好みの濃さのブラックコーヒーに幸せそうだ。
 そして対面に座りチラチラとこちらを見て様子を伺っているティアナに気づかないふりして、胸中でとうとうきたか、と思いがある。
 やがてティアナが口を開いた。

「ユーノ兄さん、今日は私の誕生日よね?」
「そうだね。ティアも14歳か……ティーダも草葉の陰で喜んでるはず──ってなんか背筋が粟立つ!? 怨念が!?」

 妙な寒気に体を震わせるユーノ。キャロが慌てて彼の背中を摩った。寝間着の背中には手のひらの形に濡れているのを見ないふりして。
 小さく頷いて、ティアナはユーノの目をしっかりと見て真面目な態度で告げる。

「それで──前から言ってたことだけど、管理局に行くことにしました」
「……」

 ユーノは決心したような表情のティアナを見る。
 本来ならティアナはもっと早くから管理局に行きたいと主張していたのだがユーノが説得して14歳まで民間にいさせたのだ。
 就業年齢が低いミッドチルダとはいえ、誰も彼も10歳前後で働き出すかというとそんなはずは無かった。普通に十代後半まで通える学校もあるし二十代以上の年齢層が多い大学だってある。
 彼の地球出身の友人らだって中学卒業まで学校に通っていたのだ。そこには友達があり、青春があり、常識があり、倫理があり、道徳がある。子供に必要なのは早くから労働を初めて金銭を稼ぐことではない。
 小さい頃から大人と肩を並べて遺跡発掘を手伝い、9歳から穴熊のように無限書庫に篭って大人を従わせ働く。ユーノの人生は始まって十年目で子供として生きることができなくなった。
 青春を諦め常識を知識で埋め倫理を本で知り道徳を都合よい方に傾ける。それを止める家族は居なかった。正確には別の世界で元気に発掘していたが。
 そんな子供に誰が育てたいと思うだろうか。
 だからユーノは、せめて彼が司書長に就任した──或いは友人らの祖国でGENPUKUと呼ばれる14歳(日本の男児は14歳になると同年齢の少女に接吻をしなければならないとはやてに聞かされながら迫られた。勿論嘘だった。はやては友達二人によって海に沈められた)までは普通の学校に通わせることにしたのだ。
 そして今日、ティアナは14歳となった。

「ティーダ兄さんと同じ首都航空隊に、私はなるから」
「……何度も言うけど、管理局の戦闘魔導師は危険なこともあるよ? 犯罪者に狙われることだってあるし、誰かを身を呈して庇わないといけないこともある。ティーダが死んでしまったように、死ぬことだってあるんだ」
「それでも。私はティーダ兄さんと同じ場所に立ちたい。それに、絶対死んだりしないわ。ユーノ兄さんにキャロを悲しませたりしないんだから」

 ティアナは不敵に笑って、

「二人がいるこの街を──ティーダ兄さんが守った空を私も守りたい。誰よりも、私のために」
「──わかった。ちょっと待ってて」

 ユーノは頷き、立ち上がった。
 そして自分の部屋に一旦戻りものを取ってくる。
 朝食の乗ったテーブルに無骨な物が置かれた。銃だ。

「これは──?」
「アンカーガンを参考にした新デバイス──クロスミラージュだ。マリーさんに頼んで作って貰ったんだ。僕から、管理局へ行くティアへの誕生日プレゼント」
「ユーノ兄さん……」

 アンカーガンはユーノとティアナが自作したカートリッジ式ストレージデバイスである。それをさらに専門職のマリー──マリエルに渡して改造を頼んだところ出来上がったのがフレームだけ流用してほぼ新型のインテリジェントデバイス、クロスミラージュだ。こちらはアンカーガンの特性をほぼ引き継ぎつつ、カートリッジ4発、AIの魔法構成高速処理が可能なので幻術をはじめとする補助系の魔法が多数登録されている。
 近接専用の魔力刃発生を始めとして様々な形態を取れるようになっており、応用力が非常に高いデバイスだ。
 
 ……予算度外視で頼んだから凄くお金かかったけど。

 そんな事はおくびにも出さない。浪費をしたらティアナに叱られるからだ。小さな家だったら買えそうな値段が減った通帳は決して見せられない。
 局員なら割引か経費でデバイスを購入できるのだが現在一般人であるティアナに送るために買ったので高価になったのだ。というか頼んだらストレージがインテリジェントデバイスになって戻ってくるとは思わなかった。
 しかしこれでも友人割引をされたのだ。リインフォースⅡのメンテやレイジングハートの改造などで接点のあるデバイスマイスター・マリエルとはあだ名で呼ぶ程度に親しい。
 しげしげとデバイスを眺めるティアナの目の前に紙を置いた。

「こっちは高町なのは戦技教導官からの空士訓練校への推薦状。ティアナの実力だったら大丈夫だよ」
「ユーノ兄さん……! 全部わかって──こんな……ありがとう、ございます!」

 涙ぐむ妹をユーノは優しく撫でてやった。
 管理局には行っていなかったもののティアナも魔法の訓練はしていた。正しい歴史のハングリー精神こそ欠けていたかもしれないが、ユーノから、或いはその友人の教導官、執務官、騎士達からも師事を受けて着実に実力を伸ばしているのだ。
 空を飛ぶこともできてファ凡的な強さの片鱗を見せていた。このルートだとハチマキ娘とは出会わないが。

「妹がやりたい事を応援しない兄は居ないよ──ティアナ、頑張るんだよ」

 ……ああ、ティーダ。君が守ろうとしていたことが今になってわかるよ。

 ユーノは懐かしい友人の顔を思い出しながら抱きついてきたティアナを軽く抱き返した。
 胸の中に小さな妹の温かい感触がする。





 ……妹はいいものだ──




 ユーノ。
 妹萌になってた。








 そんな二人の姿を見ながら静かに竜闘気(ドラゴニックオーラ)を立ち上らせている人物がいた。




 ──ティアお姉ちゃん……顔真っ赤にして。




 キャロである。
 兄萌だった。











 **************************************




「どうもティアお姉ちゃんから乙女臭がする。妹から一つ線を超えたような……どうしよう? エリオ君」
「どうしようって相談されても」

 三日間カレーを食べ続けたようなうんざりした目でエリオは相談者、キャロを見た。
 時空管理局が経営している孤児の保護施設でのことだ。陽気なイメージをつけようと施設名を『少年☆HEY!』にしたところ凄まじいクレームが人権団体から来たという場所である。
 キャロと同年齢の友人、エリオはそこに暮らしている。
 最初はエリオの保護責任者であるフェイトが、エリオと同年齢の妹を持つユーノに頼んで引きあわせた縁から友達関係が続いている。
 うんざりと────
 そう、エリオはキャロの事を嫌いではないが事ある事に兄萌を主張するのが非常に鬱陶しかった。
 本当に嫌いではないのだが──

「ところでエリオ君、フェイトさん寝取り計画は進んだ?」
「勝手に参加させないで。あと恩人なんだからフェイトさんにそんな感情向けたくないよ。っていうか僕8歳なんだから」
「エリオ君! そんな事言ってるといつかわたしのこと『キャロ叔母さん』とか呼ばないといけなくなるよ! 同年代の叔母さんは嫌でしょ!」
「何が嫌って兄とくっつけない為に母親みたいな人を誘惑しろって言ってくるキャロが嫌だよ……!」

 エリオは赤色の髪の毛がふさふさと茂った頭を横に振って拒否する。
 これだ。この兄萌ピンク娘は兄につく『悪い虫』をどうにかしないといけないと考えている。そしてそれの手段に使われるのがキャロの知り合いの中で一番仲が良い男性──エリオだった。
 だが8歳である。色恋のいの字もわからないエリオはそんな事を期待されても困る。
 キャロはうんうんと頷き、

「大丈夫フェイトさん、性倫理がちょっとアレだから今のエリオ君が迫ってもむしろオッケー」
「そうかも知れないけど僕が嫌だって言ってるんだよ!」

 本当にそうかも知れないので嫌すぎた。
 
「じゃあなのはさんでもいいから。なのはさんもおっぱい大きいから巨乳好きのエリオ君としては望むところだよね?」
「誰が望んだんだ!? 止めてくれない!? 僕が巨乳好きなんて設定付けるの!」
「何のために『揉ンディアル』なんて苗字してるの」
「少なくとも胸を揉むためではないしその辺りトラウマなんだから触れないでよ……!」

 叫んで魔力が放出して静電気がパチパチいいだした。彼は魔力の電気変換体質があるのだ。
 キャロは落ち着いて施設員の人から注射器を貰ってエリオの首筋に正確に刺し鎮静剤を注入する。
 汗を拭う仕草をした。エリオも妙にぐったりしている。分量を間違えたかもしれない。てへ。

「てへ、じゃないよ……」 

 力なくエリオが呻く。
 とにかく、とキャロは話を戻す。

「妹ってのはあくまで妹じゃなきゃ駄目なんだよエリオ君。そこのところわかってる?」
「わかってる」
「嘘を言わないでっ! 妹じゃないエリオ君にはわからないよっ!」

 女って面倒臭い……とエリオはこの年にして思い始める。
 布団をかぶって眠りたいぐらいだった。キャロが連れてきたフリードリヒと目が合う。悲しい瞳をしていた。

「とにかく、妹としてお兄ちゃんが女の子にうつつを抜かさないように見張ってなきゃいけないんだけど」
「うん」
「ティアお姉ちゃんはだんだんユーノお兄ちゃんを意識してる辺りマズイ兆候だよ。話を聞くに本当のお兄ちゃんのティーダさんが亡くなったあとにユーノお兄ちゃんに引き取られたらしいけど、一番辛い時に一緒にいてくれた兄的男性──これはポイント高いよ。兄妹とはいえ戸籍でいえばまだ他人の『ティアナ・ランスター』のままだし……はっ! かなりまずいかもっ! 獅子心中の虫……!」
「サンドイッチおいしいね」
「食べてる場合ー!?」
「君が持ってきたんでしょー!?」

 差し入れのサンドイッチを話を完全に無視しながらパクついていたエリオはそれを無理やり口の中に突っ込ませられた。施設の食事は刑務所の食事と左程内容が変わらないと評判なのでありがたかったのだが。
 ふがふがと窒息しそうになっているが、傍から見たら姉弟のじゃれあいに見えなくもない。微笑ましいものだ。
 キャロはいいことを思いついたように舌を出して指を立てた。ぴこん、と電球がのようなものが浮かぶのをエリオは幻視する。

「エリオ君、管理局に入るんだよね?」
「そうだけど……」

 肯定する。
 そもそも出生が特殊で縁がフェイトぐらいとしか繋がっていないエリオとしては管理局の世話になる他に無いと思っているのだ。
 フェイトへ恩を返すために早く一人前になりたいし、保護責任者にいつまでも迷惑はかけれない。
 とはいえ彼が望めばミッドチルダでも海鳴でも、普通の学校に通い生活することは出来るのだが……そういう発想に至れないのだ。
 キャロが彼の手を握る。

「よし、じゃあ今期空士訓練学校に入ってちょっとティアお姉ちゃんを誘惑──」
「やらせることは一緒なんだね……っ!? 姉のほうはいいの!?」
「いいの。彼氏がいないお姉ちゃんは悲惨だけど彼女がいないお兄ちゃんには妹がいるから」

 妹は強し。
 ブレないその方向性にエリオは頭を抱えた。なんで8歳からこんな目に合わなくてはいけないんだ。
 
 ……しかしユーノお兄ちゃんもあっちこっちに女の人と知り合い作って。 

 キャロも溜め息を付きながら、

「はあ、エリオ君がクローン的に何人かいてお兄ちゃんの周りの女の人片っ端からナンパすればいいのに」
「だからトラウマワードをナチュラルに出さないでよキャロ。放電しちゃうよ?」

 実際にはそんな体力は無かったが。
 
「じゃあエリオ君ハーレム作れるように頑張ってよ!」
「その『じゃあ』が何にかかってるのかわからない! だから僕はそういうの無理だって!」
「無理だなんて言葉で諦めないで! 弟にするよ!?」
「それは本気で嫌だ!」

 悲痛な叫び。
 要求されるものはあまりに重いものだった。
 頑張れエリオ。







 **********************************
 
 


 一方無限書庫。

【やあセルロース消化型不快害獣フェレット・スクライア。与えてやった唯一の取り柄の仕事は済んだか?】

「誰かと思ったら先日『男は黒に染まれ』ってポーズ決めてるファッション雑誌の写真を君の顔にアイコラしたら局内で貼り出されて失笑を買ったクロニ・ソマレオン提督閣下じゃないですか。仕事なんてとっくに終わったよ」

【あれお前の仕業か。法的に潰してやるから待っとけよ違法害獣……!】

「まあそんな事より妹いいよね……」

【いい……】

「妹が自分の進む道を決めた時の寂しさもまた味わい深いね……」

【やられたなー】

 攻撃的な態度から一変、目を細めて感じいるように頷く二人。
 司書長ユーノとしょっちゅう彼に莫大な量の資料請求をしてくるクロノだった。
 普段は仲が悪いのだが妹萌という点では共通してしまっているのである。
 こほん、と咳払いをして通信先のクロノが告げる。

【では資料はフェイトに取りに行かせたから渡しておいてくれ。フェイトに。フェイト……まさか貴様フェイトが目当てで!?】
「いきなり論理破綻するなよ」
【妹は渡さん! ふ……これこそ兄の楽しみ、妹につく悪い虫を排除……!】
「なんだって。う、羨ましくなんて無いぞ! 何故なら既にフェイトはもう三割ぐらい僕の妹みたいになってきてるっ」

 トチ狂うクロノ。何故か乗るユーノ。

【な……! き、貴様! 兄キャラとして最低の行動・他人の妹を奪うを……! こうなったらうちの母を年上の妹として送りつけてやる!】
「ぐはぁっ!? そ、それは無理がある! くっ……すまない。フェイトからは手を引こう」
【ふん……分かればいいんだ】

 意味の分からない勝負ではあった。
 憎々しげな雰囲気を隠そうともしないクロノへの負け惜しみのようにユーノは通信を切る。
 それから少し時間が経つ。


 ユーノに来客があった。フェイトである。

「ユーノー。資料もらいに来たよー」
「ごめんフェイト。君を妹には出来ない」
「いきなりどうしよう!?」

 衝撃的な意味不明の拒絶にフェイトが困った。
 ともあれ実務に戻るユーノ。
 フェイトとはエリオと同年齢のキャロが妹にいる繋がりで最近仲が良い。
 一時期荒れまくっていたエリオが今では缶詰のアスパラガスのように萎びて大人しくなったのもひとえにフェイトの献身的愛情と、同年齢の割に大人びたキャロの友情とあとまあフリードリヒの強靭な顎とかが関係している。
 ユーノの顔を覗き込むような仕草になってフェイトは尋ねる。

「妹といえばティアナさんはどうなったの?」
「やっぱり管理局に入るって。空士になるからなのはの推薦状貰っておいた」
「へえ~……執務官になるっていうなら私も手伝えるんだけど」
「フェイトが?……フェイトが? うん──そうだね」
「なにその反応ー」

 確かに執務官補佐とかに任命すると有利になるからねとユーノはにこやかに告げた。
 ティアナの兄のティーダのために勉強した執務官試験の知識がフェイトと勉強するときに役に立ったなあと思い出しながら。
 フェイトが笑顔で告げる。

「そうだ、ユーノ。次の休暇一緒に出かけない? キャロとエリオも連れて」
「次の休みか……あ、ごめんフェイト。その日はなのはと買い物に行く予定があるからその次でいいかい?」
「なのはと?」
「うん。ティアナの推薦状書いてもらったからね。妹も連れないでたまには一緒に行こうって」

 フェイトは頷きながらにこにこと笑う。

「へえ。じゃあその日私も一緒に行こうかな。妹じゃないから問題ないし」
「……そうかな? なんかなのは、スターライトブレイカーをチャージしながら断ったらコロスみたいな雰囲気だったんだけど」
「大丈夫だよう」

 どこからその自信が来るのか、フェイトはくねくねと頬に手を当てて体を揺らしながら来るべきデートに向けて思いを馳せた。正確には無自覚のデートの妨害について。
 まあいいかとユーノも肩を竦める。誰もが知っているようになのはとフェイトは親友だ。百合疑惑が出るぐらい親友だ。悪い顔はすまい。
 でも、とフェイトは言う。

「エリオとキャロと、四人で出掛けるのはその次の休みに予定しておいてね」
「うん。わかった」

 ユーノは快諾した。
 それを聞いてフェイトもえへへとはにかんだように笑う。エリオは遠慮したようにわがままを言わない子供だから、出かけられるのが嬉しいのと──

 ……ユーノとも一緒に行けるからね。

 そんな仄かな想いを浮かべて。







「……エリオ君、エリオ君、お宅のフェイトさんが寝取られてますよ」
「……キャロ。それ以上自分を貶めるような発言はやめたほうが」

 その光景を遠巻きにみている二人がいた。
 勿論キャロとエリオである。
 無限書庫に潜入した二人は小さい管理局制服を着ている。キャロが独自のルートから入手したものだ。二人はそれを着てユーノの職場である無限書庫へこっそり来ていた。
 入場はキャロに渡されたIDを利用している。無限書庫司書長の妹ということもあってフリー同然であった。

「エリオ君はなんとも思わないの? あんな男認めないとか叫んでくれたほうがいいんだけど」
「別に……ユーノさんはいい人だし。ああ、でもフェイトさんと結婚するとキャロが身内になるってのが少しかなり相当イヤ」

 エリオは憮然という。
 恩人であるフェイトにはいい相手がいればいいと思うので、どちらかと言えばキャロよりもフェイトを応援したい気分ではあった。とはいえ、フェイト自身は明確にはユーノへの好意を公言したことはないが。
 キャロはずーんと沈む。

「エリオ君に叔母さんとか呼ばれたくないよ……!」
「頼まれても呼ばないよ!」

 保護施設で昼寝に入りたかったのに無理やり連れだした幼馴染に必死のツッコミを入れる。寝たら弟にするよ? が脅し文句だった。
 キャロはむうと談笑しているユーノとフェイトを恨みがましく見る。
 兄を取られないようにする年相応の子供の反応のような微妙に違うような。
 本当にこの子は兄をどうしたいんだと思いながら頭を抱えるエリオ。
 ともあれ。

「よし、ちょっとエリオ君向こうまですっ飛んでいって会話の邪魔しつつフェイトさんにえっちなハプニング起こしてきてよ」
「とりあえず思いついたことを口に出す前に五秒ぐらい考えてみない?」
「……」

 五秒。

「向こうまですっ飛んでいって会話の邪魔しつつフェイトさんにえっちなハプニング起こしてきて」
「駄目だったんだね……僕の見通しが甘かった……」
「ほら、エリオ君ってばラッキースケベとか似合いそうだから。私が言うと妙に実感が篭ってない?」
「キャロは今すぐラッキーという言葉に謝ってスケベという言葉に土下座したほうがいいと思うんだ。訴えるよ?」
 
 エリオは既に首元をがっしり掴まれていることに諦めを感じつつ言う。
 絶対成長期になったら身長伸びてやる。キャロとの体格差が大人と子供並みになってこんな風な扱いを受けない男になってやる。
 そんな決意をしながら。まあ、実際に数年後彼は急激に背が高くなるわけだが。キャロはほぼ変わらず。

「よいしょ」

 投げられた。無重力にエリオの体が二人の元へ。此処に来たことをフェイトにどう説明しようか悩みながら犠牲者は飛ぶ。





「? あれ?」

 フェイトが何かに気づいた声を出した。
 まあ何かと言っても飛来してくる赤毛以外の何者でもないのだが。
 きりもみ回転をしながらこちらに飛んでくる物体を即座にエリオとは認識出来なかったようだが。
 初めての無重力に上手く対応できないエリオはぐるぐると回る視界に半ば混乱しつつ状況把握が不可能な状況になっている。
 衝突。
 才能があるのかエリオは見事に、相手の股に顔を突っ込むという理想的な衝突ハプニングの体勢でぶつかることに成功した。

 当然のように衝突してラッキーなスケベの被害者となった相手はユーノだったが。

 股間にエリオの頭が衝突したダメージで眼鏡のレンズがはじけ飛び静かに悶絶するユーノ。

「エ、エリオ……!?」

 フェイトが困惑した声を出す。
 自分が保護責任者となった子供が何故か無限書庫に出現して何故か友人の股ぐらに顔を突っ込んでいるのだ。
 当事者以外に話したら優しい顔で病院を勧められそうな状況。
 とりあえず目を回しているエリオを抱え起こす。

「どうしたの? なんでエリオがこんなところに……」
「ご、ごめんなさいフェイトさん……うう……キャロが……」

 震える指を向けるとこちらに向かってキャロが向かってきていた。

「こんにちはーフェイトさん。今日はエリオ君と一緒にユーノお兄ちゃんの仕事を見学に来てました」
「そうだったの? ふふ、二人共よく似合ってるね」

 フェイトは柔和な笑みを浮かべて、小さな管理局の制服を着ている二人を見た。
 復活したユーノも妹が兄の職場見学というシチュエーションに涙して喜ぶのではあった。内股気味で。




 **************************************






「ねえキャロ」
「なんです? ユーノお兄ちゃん」

 早めに帰宅した自宅で二人は本を読みながら、ユーノの方から口を開いた。
 居間のソファーに座ってユーノは斜め上に本を持って読んでいる。その膝の上にちょこんとキャロが座って児童向けの本を読んでいた。
 その姿はまさに仲の良い兄妹か、若い父親と娘のようではあった。
 
「キャロは──将来何になりたい?」
「んー。急に聞かれても」
「だよね。まあわからないぐらいが丁度いいんだけれど。キャロぐらいの年齢ならさ」

 苦笑。
 変なことを聞いたお詫びだとばかりにユーノはキャロの頭を撫でる。

「いや、ティアもね。僕が引き取った十一歳から、管理局に入ってティーダみたいになるんだって息巻いてて」

 ユーノは本を額に当てながら述懐する。

「でもさ、早くに自分の人生を決めすぎるってのもどうだろうね。子供は悩んで、考えて、好きなことを見つけて。就業年齢の早い遅いじゃなくて自由に決めて欲しいから。モラトリアムは無駄なんかじゃない。君等には長い猶予があるんだから。勿論、考えて管理局に入ることにしたティアは支持するけれど」

 妹を。
 被保護者を持ってユーノが初めて思ったのは、

 ……子供を自分やクロノのようにしない。

 ということだった。
 やりがいなどがあるとはいえ、子供の正しい時間も過ごさずに仕事漬けの青春を送らせるなど正気の沙汰ではない。マトモに学校に通わせ伸び伸び育てたい。それは実子が出来たクロノとも共通見解だった。
 自分はともかく。
 大事な人を決してそうさせたくないのだった。
 こんなことをキャロに言うのも──

「ユーノお兄ちゃん──ティアお姉ちゃんが出ていくのが寂しいですか?」
「そうかもしれないね」

 空士訓練校は全寮制なために暫くはティアナと生活出来ない。
 ほんの三年とはいえ、家族になった相手が出て行くのに一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。
 何より彼は妹萌である。妹が他所の行くのに悲しまない理由があるだろうか。
 
「でもティアが決めた事だから。僕にできるのはティアに新しいデバイスをあげて帰れる家を用意してあげることぐらいだよ」
「……ティアお姉ちゃんは感謝してますよ。ユーノお兄ちゃんがいてくれて」
「感謝はいらない。家族だからね。ただ、ティアが元気でいてくれれば僕はそれでいい」

 キャロはぎゅっとユーノの手を握った。

「それでも、感謝してるんです。ティアお姉ちゃんも、私も」
「……キャロも?」
「ル・ルシエの里では腫れ物扱いされて……お父さんもお母さんも私を気味悪がりました。いらないのだと、生まれなければよかったのだと。強い力を持ってるなんて言われても私には全然わからないし、どうすればいいのか誰も教えてくれなくて」

 ユーノの手を抱くように、キャロは顔を伏せる。

「家族も何も信じられなくて……でも、ユーノお兄ちゃんは、ユーノさんは、この手を握ってくれて。スクライアの皆さんだって、ル・ルシエの皆が恐れる竜と笑いながら戦って……ちょっと怖かったけど──私は、本当に救われたんですよ?」

 まるで怖がられたのが馬鹿みたいな結末だった。
 黒き竜も命がけの遺跡発掘をする屈強な一族の魂とバカ明るいスクライアの気質とあと高性能爆薬とかの前では些細なことだ。
 新しい一族として迎えられて一晩中お祭り騒ぎのような歓迎会も開かれて、もうキャロは諦めるのも悲しむのも忘れてしまった。まあ、モヒカンマッチョが全身に炭を塗って踊り狂ったり違法栽培されたハッピーな草をキャンプファイアで燃やしているのを管理局にまた見つかりかけてソッコー逃げたりもしたが。
 そんな人達の家族に慣れて良かったと思うし───
 最初に自分に手を差し伸ばしてくれた、大切なお兄ちゃんに敢えて良かった。


「なりたかったものはもう一つ叶いました。一つはユーノさんの妹、この先は、ゆっくり考えようと想います。できれば、皆が恐れたこの力を、誰も傷つけずに生かせる方法を探しながら」
「──うん。そうだね。一緒に、これからゆっくり考えていこう──君が妹で良かった」
「はい、一緒に。私も、ユーノさんがお兄ちゃんで良かったです」


 互いに笑いあう。
 交わした笑顔には確かな親愛の情があった。
 だから軽く。
 一言だけ同時に言った。



「どういたしまして」




 それから暫くしてティアナが帰ってくるまで二人は笑っていた。
 不審そうなティアナを二人で持て囃す。兄妹としてじゃれあい、笑いあう。

 その日は久しぶりに、兄妹三人で川の字になって眠った。
 
 幸せな夢をみる。


 幸せな、家族の夢を。







 END


















 *****************************



 おまけ


 何年かのち首都航空隊にて。


「それでユーノ兄さんがですね兄さんがですね兄さんがですね──────」

「うっわティーダの妹が入隊してきたけど兄兄うるせ──っ! しかもティーダのことじゃねえし!」
「ランスターの血統スゲェうぜぇ──! しかもティーダのことじゃねえし!」

 元・ティーダの同僚達はこぞって通称兄萌のランスターに露骨にうんざり顔をした。そして負け犬臭いティーダの墓にそっと花を送るのだった。負け犬臭いのでイヌノフグリの花を。
 哀れ草葉の陰で血の涙を流す故ティーダ・ランスター。スクライア家では心霊現象が日常茶飯事だ。霊視能力を持つなのは曰く、怨霊がいるらしい。妹萌の。ティアナは笑顔で塩を撒いた。


「ユーノ兄さん……いつか振り向かせてみせる!」


 ティアナは登り始めたばかりなんだからよ……この長いユーノカップリング坂を……



 ご愛読ありがとうございました!








 **********************************






「え? なにエリオ君。フェイトさんとかなのはさんとかシグナムさんとかのきょにゅ──ん系じゃなくて、ぽっと出のルーテシアちゃんと好い仲になってるの?」

「やめてくれない!? ルーテシアの前でそんな事を言うの!」

「……大きいの好きなんだ」

「違うんだ聞いてくれ」

「──はっ。まさかエリオ君ルーテシアちゃんを妹にしようと……」

「……そうなの?」

「キャロは黙っててお願いだから……」

「或いはメガーヌさん需要に応えようと……!」

「願いを聞きもしないなあ──!」


 頑張れ。
 超頑張れエリオ。






 おわり









[20939] 努力は時々報われる(スバル編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/10/13 19:44




 小さい頃のあたしは、本当に弱くて、泣き虫で……
 悲しいこととか、辛いこととか、いつもうずくまって。泣くことしかできなくて──





 ******************************




「お父さん……お姉ちゃん……!」

 世界を赤く染めるのは火だ。
 ミッドチルダ臨海空港で発生した火災は夜空に赤色を投射し、周囲に熱と騒ぎを伝えていた。
 騒ぎの中心となった空港内では一息吸い込んだだけで肺が焼けそうな熱気と有毒の煙が発生している。
 救助隊が駆けまわり放水魔法で火を消そうとするものの火災の勢いは止まらない。 
 そんな建物の奥に、取り残された子供がいた。
 年の頃十歳前後の少女だ。名をスバル・ナカジマという。
 酸素に喘ぎ、夢遊病患者のようにふらふらと歩いている。
 家族とはぐれたか救助に取り残されたのだろう。
 熱気と爆風にも体を揺らしながら歩く。
 心には深い恐怖と絶望があった。
 建物の一部が崩れ、爆発したかのような衝撃に少女の小さな体は吹き飛ばされる。
 諦観と共に蹲って、涙を流した。

「痛いよ……」

 嘆いても誰からも声をかけられず。

「熱いよ……」

 苦しんでも熱は容赦なく少女を焼く。

「こんなの嫌だよ……」

 否定するが。現実はのしかかり。

「帰りたいよ……!」

 されど。

 びし、とヒビが入る音がした。
 少女の背後にあったモニュメントの石像の根元が崩れる。
 10mはある女神像がゆっくりと自分に向かって倒れてくる──スバルは顔も上げずに、涙を流した。

「誰か、助けて……!」

 自分に落ちた影でようやく気づく。
 石像が落ちてくる。
 息を飲んだ。同時に目を瞑る。


 死が────


 来ない……?

 目を開けた。石像には無数にバインドの魔法がかけられて空中で動きを止めている。
 まるで初めて見たかのように──
 自分を救った、翠色の鎖を、スバルは見上げた。

「良かった、間に合った」

 肩で息をする人間がいた。石像の上に浮かんでいるのは民族衣装風の服装をした、眼鏡をかけた青年だ。
 彼はほっとしたような顔でスバルが無事なのを見て、言った。

「助けに──っていうか、一緒に避難しようか」

 同じく空港の奥でたまたま火事に巻き込まれた要救助者──ユーノ・スクライアは安心させるようにそう言った。
 この空港に届いた職場行きの貨物を避難させていたら自分も取り残されたという、救助隊に聞かせたら説教されそうな理由で取り残されたついでに助けにきたなんて言えない。エリアサーチで取り残されている人がいることを確認してきたのは確かだが。
 ふわ、とまるで無重力空間を移動するような飛び方でスバルの隣に降り立つ。
 呆然としているスバルの肩に手を置いて、周囲の安全を確認した上で、

「よく頑張ったね、偉いよ」
「ひう……」

 優しい声にスバルの目から涙が零れた。
 自分が死ななかったことの驚嘆と、目の前の人が助けてくれた感謝が織り交ぜになって雫となり流れ落ちる。
 目の前の炎の色を反射して髪を輝かせている青年が、まるで天使のように見えた。

 ユーノは泣き出した子供に落ち着かせるべきかと迷う。
 とはいえ、あまりここに長居させるわけにもいかない。
 自分はバリアジャケットで守られているが生身の少女には辛い環境だ。

「安全な場所までひとっ飛びだから」

 ユーノはスバルに背中を向けて、負ぶさらせた。
 しっかり自分の肩を少女が掴んだ事を確認すると、錯綜した空港の状況で一番安全な座標を思い浮かべ───

「トランスポーター、起動」





【取り残されてた少女を救助しました。全身に軽度の火傷をしています。どこに引き渡せば──】

【──えっユーノ君!? なんでユーノ君がここに!? 大丈夫!?】

【ああ、なのは? 僕はなんとも無いんだ。脱出するときに女の子を見つけたからそっちに引渡したいんだけど】

【それなら西側の──】


 念話で救護班がいる場所を確認するユーノ。近くに幼馴染の少女もいたらしく、心配そうな焦った声で通信に応えた。
 顔に感じる風を浴びてスバルはゆっくり目を開ける。今までの熱気で染み込んだ熱が急速に冷えていくような涼しさだ。
 まずは、目の前に彼女を助けたユーノの顔が見えた。肩越しに近くから見る彼の顔は下からの赤い光でよく見える。長髪が風に揺れてふわふわと動き、背負ったスバルを微かにくすぐった。
 続けて、空が見えた。

 億千の星が瞬く夜空が見えた。
 真っ黒の絵の具に金粉をまぶしたようで、柔らかな光を放っている。
 涙はいつの間にか止まって、少しでも多く見ようとスバルは閉じかけていた瞳を大きく開く。
 ユーノはとりあえずの脱出場所として空港の上空へと転移したのだ。
 あれだけ恐ろしかった火災も、はるか眼前で手のひらに収まるような規模に見えた。

「あ……」

 僅かに声が漏れた。煙と、熱を吸い込んでいた喉に冷たい風が入って気持ちが良かった。
 ユーノが少し振り向いて、涼しい顔で微笑む。

「行こうか」

 彼女は慌てて頷く。自分を助けてくれた人の、まわたのような顔を見て。
 ユーノはそんな少女の様子に懐かしいものが胸をよぎった。

 ……なのはも空を飛び立ての頃はこんな風だったなあ。

 今では空のエースとなった頼もしい幼馴染。
 それを思い出し──
 転移魔法ではなく、飛行魔法を使ってユーノは目的地へ移動し始めた。




 冷たい風が優しく、彼の背中がとても暖かかったことを──スバルは忘れない。






 ************************************




 ミッド臨海空港の火災はその大規模な被害に加えて無限書庫司書長が被害にあったということで非常に大きな事件として管理局で取り扱われることとなった。
 なにせ一大部署のトップがあわや命の危機になったのだ。彼を亡き者にすることで無限書庫の運用効率は大幅に低下することが予想される。また、ユーノが無限書庫を稼働させたことで犯罪捜査等に大きく貢献したことから怨恨関係などの可能性も追求されることとなった。
 ユーノ当人としては自分が狙われたわけでは無さそうな現場状況であったし、転移・結界魔導師を殺せそうな手段でもないので変に騒ぎ立てられても仕事に支障がでるので勘弁して欲しかった。遺跡発掘の不規則に発動するデストラップとは比べ物にならない程度に低い危険で、正直にいえばクラナガンの貧民層で流行っている石強盗のほうがむしろ怖い。
 おまけにそこらの週刊誌などでも『無限書庫司書長、火災の中から少女を救う』などとテロップを付けて報道する始末だ。
 写真入りで自分が大々的に取り上げられているのを見るのはムズ痒くて好きではない。人を救うのがそんなに大騒動するほど感動的な行為ならば普段から救助活動をしている警備隊や災害救助隊をクローズアップすればいいのに……と溜め息。
 友人らには誉められたり冷やかされたり散々である。
 仕事の合間を縫って入れられるインタビューなども負担になる。さらに無限書庫の忙しい時期と重なっている。しかしメディアで嫌そうな態度を見せると助けた女の子がインタビューを見たときにガッカリさせてしまうので笑顔で受けて当たり障りの無い応えを返すのだった。




「大人気やなーユーノ君」

 ある日ひょっこりと無限書庫の休憩室に顔を出したのはユーノの友人で捜査局所属の八神はやてだ。
 にやにやと笑いながらぐったりとした様子の彼へと近寄った。

「はやてか……次はなに? 捜査?」

 力無い声を返す。正直彼は疲れていた。無限書庫の通常業務をしていたほうがまだマシだ。
 業務に差し支えがあるからと今では管理局が民間の取材を制限している。
 いっそ全部断ってくれよとユーノは思っているのだが。それでなくとも空港火災に使われた爆発物の資料等を捜査局から請求されるし何度も事情聴取も受ける。すべてを忘れてスクライアのところへ逃げ出したいがそれをしたらしたでニュースになってしまう。
 はあ、と溜め息を付いた彼の頬に冷たいものが当てられた。ジュース缶だった。

「有名税やと思って諦めることやね。わたしの国でも『人の噂も七十五日』なんていうんやから」
「はあ、その意味は?」
「昔悪い噂を立てられた人がな、七十五日立っても自分の噂が消えへんから噂を知っている人間を一晩で一人残らず……」
「怖っ。はやての故郷怖っ。っていうかそれ僕駄目じゃないか」
「だから諦めろという話やね」
「なるほど……嘘ついて無いよね?」
「勿論や。わたしがユーノ君に嘘ついたこと無いやん」
「はやての話は為になるなあ」

 騙される。
 もう騙されていいかなって諦めるほど疲れている。
 渡されたジュースを開けて傾ける。休憩室だが1Gの重力があるためにジュースは普通に飲める。ただ、なんで休憩するのに体が重くなるところで休まなくてはならんのだという理由から司書たちにはあまり利用されていないのであったが。
 はやては鞄から小さな包を取り出した。

「はい、これも差し入れのクッキーやで」
「ありがとう。はやてが急に優しくしてくることに僕の胃が何かを察知してきゅっとなったけどとりあえずお礼を」
「一言のほうが多いわ。ああそれ、なのはちゃんが作ったのも入っとるからなあ」
「へえ……お礼しないとね」
「ま、暫くは合わんほうがええと思うけど。世間でユーノ君は今注目の人やからね。なのはちゃんとデートなんてしてるところをパパラッチに取られたらある事ない事書かれるし」
「想像しただけで下血しそうだよ」
「下血て」

 青い顔でげっそり呻く。
 はやては呆れたような言葉を返した。

「ま、それはともかく今日は頼みごとにきたんや」

 そらきたとばかりに肩を落とす。
 その言葉は「今からちょっと死んでくれない?」と言われるのとどっちが辛いだろうか。
 核の灰を浴びた直後の次兄のような儚い笑顔で尋ねる。

「誰に? 捜査局の人かな。もしかして広報課から頼まれた? 執務官筋だったらフェイトがくるから……ああ、もしかしてレリック関係? とすると」
「いやいや違うて。個人的な話なんやけど。ユーノ君が助けた女の子な、管理局員の娘さんやってん。で、捜査で知り合ったんやけどその人も娘さんもユーノ君にお礼言いたいから合ってくれんかなーて」
「ん……そういえばあの女の子が誰かは聞いてなかったね」

 ユーノはその時、助けた少女が救急車で護送されたのを見届けてそのまま職場に戻ろうとして捕まって身分証明をして──と忙しかったために後回しになっていたのだ。
 はやては写真を取り出す。そこにはユーノが助けた少女が写っていた。

「スバル・ナカジマちゃん。陸上警備隊陸士108部隊隊長のゲンヤ・ナカジマさんの次女や。病院の検査も終わったからユーノ君に直接お礼を言いたいってスバルちゃんが言ってるみたいでなあ。ゲンヤさんから頼まれたんや」
「うーん……そういう事なら断れないね。じゃあ、時間を作るから──ええっと、予定表」

 仕事とその他折衝についてスケジュールが書かれたメモ帳を取り出す。
 頭痛に顔を顰めながら、

「えっと……ここの業務をアリアさんに変わってもらって、こっちへロッテさんに変身してもらって出向いてもらって……はあ、あの二人に頼むとあとで色々要求されるけど仕方ないとして……うん、大丈夫二日後の午後からなら」
「すまんなあユーノ君。お礼にはやてちゃんの熱いキッスを──!」
「しょうがないな、はやては……」
「へ、へ!?」

 はやての頭の後ろに手をやって引き寄せるように顔を接近させる。
 突然の展開にはやては顔を真赤にさせるが、薄く笑いながらはやてに近寄る。




「あ、あかんてユーノ君、こんなところで──いや」

「いやってはやてが言い出したんじゃないか。疲れたご褒美に──」




 ばん。
 休憩室の扉が開いた。

「……ストラグルバインド」

 体に魔法無効化のバインドが締め付けられる。
 休憩室に入ってきたのは──ユーノだ。

「あ、あれ!?」

 二人のユーノを見て、はやてが疑問の叫びを上げた。
 ストラグルバインドをかけられたユーノ(偽)の姿が女性の姿に戻る。
 それはギル・グレアム元提督の使い魔の一匹──リーゼロッテだった。 
 悪戯に失敗したように舌を出す。

「……何やってるんですかロッテさん」
「にゃーん……えへっ。ユノスケ、ちゃんと休んできた? よしよし、じゃーねー」

 バインドを解くと、そそくさと彼女は退散していく。
 はやては顔を赤くしたまま固まっていた。
 やれやれと仮眠明けのぼさぼさした頭を掻きながら、落ちたスケジュール表を拾う。
 悪戯好きだが変身魔法の使い手であり、能力も優秀なリーゼロッテとリーゼアリアに代われる仕事は幾つか代わって貰っていたため、スケジュール管理も共同でしているのだった。

「えーと明後日午後からスバル・ナカジマさんと会うのか。待ち合わせはあとで聞くとして……ん? はやて、どうしたの?」

 ぱくぱくと何かユーノに文句を言おうとしていたはやては、何故か機嫌悪そうに、

「ユーノ君のあほー!」

 と叫びながら走り去った。
 本当になんなんだ、と休んだにも関わらず疲れが取れないユーノだった。

 




 **************************





「ギンねえ、変じゃないかな」
「大丈夫だって何回も言ってるじゃない」

 そわそわした様子の妹に、姉のギンガ・ナカジマは笑いながらぽんぽんと女の子にしては短いスバルの髪を撫で付けた。
 ギンガに「何か可愛い服着ないと……」とか言いながら混乱した様子の妹を着せ替え人形にするのは楽しかったのだ。
 そんな娘の仕草に何か釈然としない表情で見守るのは父、ゲンヤ・ナカジマだった。
 これから会うのは下の娘の恩人のユーノ・スクライア司書長である。たまたま知り合った捜査官のはやてが彼の幼馴染と聞いてお礼をする約束を取り付けたのだ。
 本当は軽いやけどで入院したスバルが退院したらすぐにでも行ないたかったのだが、無限書庫の激務とメディアに引っ張られ段々笑顔に死相が見えてきているユーノにアポイントメントを取るのが躊躇われた。
 何度かゲンヤ自身が無限書庫に出向いたこともあるのだが丁度居ない時だったらしく、タイミング悪く会っていない。
 上の娘のギンガも事故当時に現場にいて、フェイト執務官に救助されたので彼女にお礼に行ったときに、司書長の事を訪ねてみたらハラオウン提督からの直接依頼が舞い込んでいて死ぬほど忙しいらしい。
 それでもなんとか──スバルがお礼をするのだと聞かなかったし、娘の命の恩人なのだから──はやて経由で、相手の都合の良い日を選んでの決行だ。

「せんせーも褒めてくれるかな」
「勿論。今のスバルを見たら可愛いって言ってくれるって」

 むう。ゲンヤは唸る。
 そう、相手はスバルの恩人……スバルが「せんせー」などと言っているのも、司書長という仕事内容を小さなスバルに伝わりきらず、何か偉い人=先生という図式が彼女の頭の中で出来ているからなのだが。実際に考古学者でもあるらしいので学者先生というのは間違いではない。
 だが……こうもスバルの反応を見ていると父としてむむむセンサーが反応してしまう。
 そもそもユーノは功績に反して地味だったのが急に取り沙汰されたせいで情報が錯綜している。
 ゲンヤが人となりを掴もうと購入した雑誌でも本当なのか嘘なのかゴシップが入り交じっているために正確にはわからない。写真は載っているが性別ですら『当人にインタビューしたところ「見ればわかるじゃないですか」とのこと! 管理局に問い質したところ「民間協力者とはいえ個人情報をお渡しすることは出来ません」となった! つまりこれは……!』などと面白おかしく書いている。そしてゲンヤが写真を見ても胸の薄い女にも見えるし、線の細い男にも見える。一応服は男物だがジェンダーフリーの昨今それだけで判断しずらい。
 フェイトやはやてから人物像を伺ってはいるが、とりあえず善人で苦労人らしいことはわかったが。
 なんとも玄妙な人物だ。スバルに話を聞いても背中が暖かかったとか髪の毛がくすぐったかったとか云う。
 
「? おとーさんどうしたの?」
「ああ、いや。なんでもない。えーと待ち合わせはもうすぐだな」

 腕時計を見ながら確認。場所はクラナガンにある高級ではないが落ち着いた雰囲気のレストランだった。
 直前までユーノはクラナガンにある地上本部に出向しているために待ち合わせはどこか中央区画でという話になり、さらに向こうから候補地のリストが送られてきた。
 アポを取ってくれたはやて曰く、ユーノは仕事が忙しく碌な食事を取っていないそうだから無理にでも食わせてくれとも頼まれたが。

 ふと店の入口の扉が開く気配を感じた。
 早歩きで颯爽とこちらのテーブルに向かってくる男が居た。深緑色のスーツと長い金髪、眼鏡をかけたやや小柄な少年。

「せんせーだ!」

 スバルがぱあっと顔を明るくした。
 ゲンヤもやおら立ち上がり、遅れて現れたユーノに向き直った。

 ……本当にまだ子供なんだなあおい。

 思う。
 週刊誌で手に入れた情報によるとまだ十五歳らしい。上の娘のギンガとも二つしか変わらない、ゲンヤとは親と子ほども離れた年齢だった。
 それでいて数十年凍結されていた無限書庫を稼働させて糞忙しい勤務を日々続けているとは舌を巻く思いだ。
 ユーノはにこやかな表情で挨拶をした。

「こんにちは。ユーノ・スクライアです」
「陸上警備隊第108部隊部隊長のゲンヤ・ナカジマ三等陸佐です。この度は娘を助けていただいて……」
「せ、せんせーありがとう!」

 言葉の途中でスバルが突進。
 そして抱擁。
 ユーノのモヤシのような体を万力のように絞めつけた。
 慌ててゲンヤとギンガが引き離す。

「こ、こらスバル! まだ挨拶も終わってないでしょ!」
「落ち着け! ほら司書長先生の骨が軋んでるじゃねえか! 無重力で弱ってるんだから!」 

 小さいながらもパワフルなスバルパワーでユーノはなんとか全治二週間で済みそうな感じで開放された。
 ユーノは腰をさすりながら、気まずそうな顔をしていて涙目になっているスバルを安心させるように無理やり笑みを作った。

「よかった。元気になったんだね」
「うん──は、はい! スバルです! ありがとうございましたっ!」

 そしてもじもじとしているスバルの手を取り、握手する。
 ユーノは何となく目の前の少女が子犬みたいな印象を覚えた。飛び掛ってきて叱られて。
 頭を撫でてみたいような誘惑に耐えながら、

「改めまして、ユーノ・スクライアです。よろしくね」
「じゃあユーノせんせーだ!」
「……先生?」

 ユーノが首を傾げる。スバルは握手した手をぶんぶんと降っていた。
 微かに笑いながら髪の長いほう──姉のギンガが云う。

「妹は偉い人だから先生だって……初めまして、ギンガ・ナカジマ陸士候補生です。スバルを助けていただいてありがとうございました」
「先生って呼ばれたことは無かったなあ──ギンガさんですね、フェイトからギンガさんにもよろしくと聞いてます」

 と姉の方にも原価ゼロ円の司書長スマイルを向ける。こちらは落ち着いた性格のようだ。
 良い姉なのだろう。話を聞くに、救助が遅れてはぐれた妹を探しに行くぐらい無謀なところもあるが、それだけ妹を思っているということだ。
 それだけ家族を思えるということは素直に素晴らしいことだとユーノは好意的な感情を持つ。

 ……まあ確かに、こんな妹なら可愛くて目が離せないかな。

 と自分の妹でもないのに思ってしまう不思議な感じだった。

「あ、そうだ」

 スバルが何か思いついたように握手していた手を離し、

「!?」

 ユーノの胸を正面から掴んだ。
 揉む。
 正確には揉むほど肉がついていないのだが。当然だ。
 ゲンヤとギンガも突然のスバルの行動に凍りつく。
 ユーノは冷や汗を流しながら引きつった表情で尋ねた。

「……スバル、なにをしてるんだい?」
「うーん。おとーさん、ユーノせんせーは男だよ! 男か女かわからないって言ってたけど!」
「んな!? ば、馬鹿娘! そうやって確かめるやつが──ってああ! 違う聞いてくれ俺は男らしくないとかそう思ってたわけじゃ……!」

 ユーノは慌てた様子のゲンヤに諦めたような表情を見せた。
 男らしくない顔つくりだということは自覚している。小柄だから少女に間違われることも何度かあった。慣れたことさ。
 今だにぐにぐにと胸を揉むスバルの手を取る。
 スバルは悪気など1ナノメートルも無い顔で、

「だめかな?」
「だめだよ?」

 ユーノも笑顔で諭した。
 まあ、スバルの胸揉み癖は治らなかったらしいが。それ以降も。



 かくしてスバルとユーノは出会い、本来とは違った関係になった。









 ********************************








 機動六課。
 八神はやて特別捜査官が課長にして部隊長を務める試験部隊である。
 所属する戦闘魔導師は隊長格三名がオーバーSランクを筆頭に、通常の部隊からすれば異常とも過剰とも言える戦力を保有している部隊だ。
 そこでは日々新人隊員にも厳しくも効率的な訓練が、教導隊員である高町なのは隊長を中心に行われている。

 その日もスターズ分隊で訓練が行われ、副隊長のヴィータと隊長のなのはが訓練後に意見を言い合っていた。

「いや、やっぱりミッド式を後衛・ベルカ式を前衛にする基本だけどよ、ティアナの応用力があるから突破性を重視した方向でもいいんじゃねえか」
「うーん、あの二人のコンビネーションも中々板についてきたしね。やっぱりシューティングアーツ中心の近代ベルカ式だとガジェット相手にも有効だから……」

 休憩室でそのような事を言い合っていながらも、妙にむずむずして腕を組みながら指をそわそわ動かすなのは。
 六課は順調でなのはの教え子たちも問題ない。上手く噛み合ったバランスの新人二人はすぐに強くなっていくだろう。
 だが何か背中が粟立つような奇妙な感触がある。この症状は……
 するとヴィータが何かに気づいて、呆れたような声を出した。

「……っておい。なのは。お前リボン光ってるぞ。光の超人の胸のタイマーみたいに」
「はっ! そうなの! ユーノくん分が不足してきたんだ!」

 最近忙しくて中々会えなかったのでユーノ分が枯渇しかかっている事実に気付く。その症状はカラータイマーのごとくリボンが光っていることで知ることが出来る。
 ヴィータは渋面を作って、頬杖を付いた。

「もうなんかバッグかどっかに携帯していつでも補充できるようにしとけよ。ユーノを」
「うーんそうだね……あ、レイジングハート、ユーノくんを収納できない?」
【……It's crime(犯罪です)】

 しかしユーノ分は補充しないといけない。六課に転勤するまではこまめに三日に一度顔を見せたり月に一回食事に行ったりして補給していたのだが最近の忙しさにかまけて怠っていた……!
 ミス……! これは痛恨……!
 なのはがあまりにユーノ分を不足すると気分的にギラン・バレー症候群のように手が動かなくなったりすることで知られている(シャマル診察談)
 そっちの方がよっぽどヤバイ病気だろうと幼馴染は誰もが思っているが口にはしない。怖いから。
 じゃあもう付き合っちゃえよとは言ってるのだが「え~でも~ユーノくんお友達だし」と顔を赤らめながらの否定。面倒だからユーノの方に話を通させようとしても「なのはが? ハハハそれギャグ? 有り得ないでしょ」と鈍感さと好意の無さを発揮。なんとも一筋縄ではいかない関係だ。
 ヴィータはげっぷが出そうな表情をしながらしっしと手を振る。

「いいから行って来い。今の時間なら無限書庫にいるだろ。そんな珍妙な姿を部下に見せるな」
「うん! 行ってきます!」

 スキップしそうな上機嫌で出て行く。入り口で隊員二名とすれ違った。
 先程まで神か悪魔かのようなテンションで訓練していた隊長の様変わりした姿にティアナがぎょっとする。

「何かあったんですかあれ……乙女臭が」
「なのはの病気だ。気にするな。無限書庫に男に会いに行ってくるだけだ」
「……無限書庫にですか。もしかして、スクライア司書長?」
「知ってたのか? まー付き合ってはいないんだろうがまったくウットーしいな」

 ティアナの相棒がだらだらと張り付いた笑みのままで滝汗を流す。
 


「……どうしたんですか? ギンガさん」



 機動六課スターズ分隊コールナンバー03、ギンガ・ナカジマ陸士はぎこちない表情でにこりと笑った。
 そして最近ようやく108部隊事務から希望の職場に転勤できた妹を思うのだった。








 *********************************





『おとーさん、ユーノせんせーみたいになるにはどうしたらいい?』
『あーそりゃあれだ。勉強だ』
『え゛~……』
『ほら見ろこの記事によると坊主──ユーノ先生は7歳で学校卒業してるらしい』
『うっ……が、がんばる……』


 スバルはもともと座学の成績も良かったのだ。
 ユーノと出会って、彼に憧れてからさらに猛勉強を始め、元々座学が得意だったこともあり成績を伸ばしていった。
 勉強の傍らに姉と格闘術の練習もして体を動かしながら覚えていったのが良かったのかもしれない。
 二年ほど勉強をした後に今度はゲンヤの部隊の事務見習いとして現地で仕事を覚えていくことになった。
 何をするにも初めてでスバルは何度もゲンヤから怒鳴られて。
 それでも泣くこともうずくまることもせずに。
 前までのスバルとは違うような気合と根性と努力で仕事をこなしていった。

 ……それもこれも、全部ユーノせんせーがくれたから。

 そして働き出して二年。
 スバルはついに無限書庫に勤務することとなった。
 司書ではなく事務としてだが、憧れのユーノと同じ職場だ。
 無限書庫の仕事は決して派手ではない。例えば戦闘魔導師は華々しい管理局の花とも言われている。もしかしたら、スバルもどこかで姉のように魔導師の道を進む選択があったかもしれない。魔力資質はあるのだし頑丈な体も持っている。
 それでも彼女はここを選んだ。
 あの時助けてくれたぬくもりを忘れないから。

『やあスバル。ここが今日から君が働く無限書庫だ。忙しいとは思うけど、一緒に頑張ろうね』

 炎の中、泣いた少女に向けた時と変わらない笑顔で迎えてくれた。





「……いや、スバル。休憩時間は何処に居ようと本を読もうと、無限書庫は自由なんだけどさ」
「どうしたんですかせんせー」
「……何も僕の背中にしがみつかなくていいんじゃないかな?」

 無限書庫というと死ぬほど忙しいというだけでその勤務形態は割と特殊だ。
 管理局のものだと思われがちだが実際は管理局の情報一点集中を疑問視する各方面団体からの声で半ば独立している。勤めている司書たちも管理局の制服以外を着ている者も多い。ユーノもその口であり彼は管理局員ではなく民間所属の無限書庫司書長となっている。
 聖王教会や考古学研究団体、各管理世界の政府機構なども無限書庫の利用権利を求めているために管理局としても非局員である(それでいて管理局に協力的な)ユーノをトップに据えているのだ。 
 そんなわけである程度の人事権や労働基準の裁量はユーノにあるので規律というよりも本マニアの仕事マニア集団が個々の能力を持って仕事をしたり無限書庫利用第二級ライセンスを利用して好きな本を探したりしている。或いはこの広い書庫内に家庭菜園すら作れるかもしれない。
 忙しい時期には涙と涎を流しながら呪詛を呟いて仕事をしている司書の隣でとうとう壊れて無重力卓球をしながらお花畑を見ている職員がいたりと笑顔あふれる職場です。各種保険完備。高賃金。週に160時間以上シフトに入れる方歓迎。
 まあそれはともかく。
 現在事務員の休憩時間。スバルの同僚らは各々『雑巾茶の歴史』などの本を読んだり、宇宙葬にされた人みたいに無重力に漂って気絶している司書を使ってボーリングしたりしている。
 スバルはユーノに抱きついていた。
 背中からこう、ぎゅっと。
 笑顔でスバルは聞く。

「だめかな?」
「……だめってわけじゃないけど。別に邪魔じゃないし……」

 ユーノは釈然としない表情で応える。
 仕事中だが書架の検索にユーノは手も足も使わないので、仕事に支障が出るわけではない。 
 だが二次性徴後ぐらいの年頃の少女が背中に密着しているという状況を無視するにはマルチタスク二つほど消費する程度の労力が必要だった。忙しい時ならば別だが、通常回転中の現在ならさほど問題ではない。
 まあスバルの積極的なスキンシップは今に始まったわけではないので諦めた。
 気分は犬に懐かれたような感じだった。

 ……ユーノせんせーの背中気持ちいいなー。

 スバルはお気に入りの枕のようにほお擦りする。
 一見すわ甘ったるいとツッコミが入りそうな行動だが無限書庫の司書たちは変人が多いのであまり気にしない。
 
「スバル、もう仕事は慣れた?」
「はい! ユーノせんせーのおかげで!」

 元気よく返事をするスバルに苦笑する先生。この調子ならば大丈夫か。

「また今度夜の散歩行きましょうね。星を見に」
「ああ、いいね。仕事が片付いたら行こうか。そうだ、スバル。スバルも一人で空に行けるように、魔力で足場を作る魔法があるんだけど」
「うーん……やっぱりいいです! せんせーの背中に乗れれば」
「そうかい? うう、この間ゲンヤさんも無言で背中に乗ってきたけど、僕乗り物じゃないからね?」

 時々ゲンヤとも居酒屋などに行く仲だった。何故か酒が入ると親バカ発揮しつつユーノに当たってくる面倒なオヤジではあったが。

「お父さんは魔法使えないから……大丈夫、今度せんせーの背中はあたし専用だって言っておきますから」
「乗り物は確定なんだ……」

 がっくりと肩を落とすユーノ。
 仕事を再開する。スバルを背中にくっつけたまま。
 自分ひとり分ではない熱を背中に感じて、奇妙なことに居心地が悪くないなと思いながら。


 少し時間が経って、ふと顔を上げる。
 目の前になのはが居た。

「? やあなのは。何か用?」
「ユーノくん。あ、ちょっと待って」

 何故か近寄ってくる。不審に感じたが、ユーノの脇をすり抜けて背中に抱きついているスバルを両手で掴んだ。
 全力で引っ張るなのは。

「ふぬっ……離れないの……!」
「きゃああ!?」
「うわっなのは!? 何してるの!? 無重力だから、僕まで引っ張られるから!」
「え? ああ、ごめんユーノくん! てっきりわたしにしか見えない幽霊か何かかと思ったら!」

 手を離す。妙な霊感のあるなのはのうっかりであった。なにせスバルがしがみついているのにユーノは気にもしないように仕事を続けていたから。
 スバルは涙目でなのはを見ている。ユーノから離れないまま。
 なのはも困ったような顔でスバルを見た。このままではユーノ分を吸収できないではないか。

「……ユーノくん、この子は?」
「スバル・ナカジマ事務員──ほら、なのはのところの部隊にいるギンガさんの妹だけど」
「……ギンねえがお世話になってます」

 怯えずにスバルは挨拶をする。
 そうなんだ、と笑顔になってスバルの手をとるなのは。

「初めまして、高町なのはです。ギンガさんから妹さんがいるって話は聞いてたんだけど会うのは初めてだね」
「そ、そうですね。よろしくお願いします」

 そして両手でスバルと握手して──
 さっとユーノの背中に張り付こうとするなのは。
 それよりも早く慣れた動きで、背中を見せたら死ぬスタンド能力のように再びユーノに抱きついたスバル。
 行き場のない手をわきわきさせる。

「……スバルさん、わたしちょっとユーノくんとお話があるから離れてくれないかな?」
「話? なんならこのままでも僕はいいけど──」
「ユーノくん。少し黙ってて」

 スバルは顔をユーノの肩甲骨の間に押し付けながら、

「ユーノせんせーの背中気持ちー」

 などと言うものだから。
 
 ぐいぐい。引っ張る。

「いいかなスバルさん。歴史的に見てユーノくんの背中はわたしのパワースポットなんだからどいて欲しいなあ」
「イヤです」
「……あの、なのは? いつからそんな」

 引き剥がそうとする。

「わたしちょっとユーノくん分欠乏症で焦ってるの。スバルさんも聞き分けてくれない?」
「あたしも忙しい中の貴重な休憩なんです」
「えーと、君たち……あんまり引っ張ると、仕事しにくいというか」

 ひっぺがそうとする。もはや掴み合いの形相を見せる。
 ユーノの背骨とか色々巻き込みつつパワーとパワーのぶつかり合い。ついに仕事ができなくなりユーノは悲鳴を上げ始めた。

「いいからユーノくんの背中交代なの。早く仕事に戻ったほうがいいよ。このままじゃ生命に関わるから……!」
「せんせーの背中はあたし専用ってことで双方合意してるんです……! ね、せんせー!」
「どうなのユーノくん!」
「痛い痛い痛痛肋骨折れて肺に刺さるから二人共落ち着いて……っ!!」



 まあとにかく。彼の背中は暖かいそうである。執務官も言ってた。







 ********************************




「ぐぬ……」

 その夜の隊舎のことである。
 明らかにイライラしている様子のなのはに六課の誰もが声をかけづらい状況だった。
 六課の皆も事情はギンガから把握している。
 小さい頃からの憧れのユーノのところへ最近スバルが転勤して来ている。
 そしてスバルはスキンシップ過剰気味な娘だ。
 故になのはさんはユーノ分の摂取に失敗した。というか二人纏めて説教された。
 しかもユーノ視点から見るとなのはが突然スバルに突っかかったような状況だったので心持ちスバル側で叱られた。四つも年下の子に何をしているのだと。

 ……大事なのに。ユーノくん分。

 なにか背中がとても冷たいような感触に襲われて、ひどく寂しい気分だった。さすがにしょんぼりしたなのはを見かねてユーノから今度食事を奢ってくれると言われたのは嬉しいのだけれど、後回しにされたような疎外感を感じる。
 ギンガから気まずそうな視線が送られるが──ギンガはスバルの味方なのでお互いになんとも言えない。
 空気を読まない助言が必要だ。全員の視線がフェイトに集まった。


 ……いや無理だから。怖いから。
 ……ここはユーノくんと同じぐらい付き合いの長いフェイトちゃんが何とかするしかないで。
 ……じゃ、じゃあここは傷心のなのはに私が慰めるとか。
 ……それは駄目だろう。そうやってすぐ閨系に持って行くのはどうかと思うぞテスタロッサ。
 ……違うよ!? 普通に飲みに行ったりするだけだよ!? それでついでにユーノも誘えばいいじゃない! スバルはまだ子供だからこれないし! 飲んで三人とも前後不覚になれば──
 ……あ、なんか不穏な気配感じてなのはさんカートリッジリロードしましたよ!
 ……フェイトちゃん、とりあえず自分をエロ方向に絡ませるのやめとこ。
 ……ひ、人を風紀が乱れてるキャラみたいに言わないでくれる!?


 さっと全身がフェイトから顔を逸らした。周囲の自分の評価が知れてフェイトは落ち込んだように肩を落とした。
 諦めたようにフェイトは真面目な執務官の顔を作りなのはに近寄っていく。
 ようはユーノの隣という自分がいる場所を失って今混乱しているだけなのだ。
 フェイトもかつて、自分の場所を失ったからその悲しさはわかる。だから今なのはを助けることが出来るのは自分なのだと、最善の助言をしに向かう。
 うつむいてブツブツ言っているなのはの正面に立った。

「なのは」
「……どうしたのフェイトちゃん」
「要は、ユーノを奪われちゃったんだよね? 取り替えそうにもユーノが認めちゃってるからできないし、ユーノ分が補給できない」
「……うん。わたしにとっては特別だったんだけど──ユーノくんにとってはそうじゃなかったみたいで」
「馬鹿だなあ、なのは──」

 フェイトの明るい声に斜め上睨み気味に顔を上げる。
 一瞬ビビリ入ったもののフェイトは胸をはって、すなわち胸部を強調するように逸らして、言う。





   バック
「──背中が駄目なら、対面でやればいいんだよ!」


 部屋に居た六課メンバーに部隊長は両手を上げて、さんはいと拍子を合わせた。

『またシモ系かよ!』

 唱和する。なぜ!? という表情のフェイト。当人は真面目です。

「なるほどっ!」

「納得した!?」

 立ち上がったなのは。天啓を得たように。

 ……確かに背中よりも正面の方が上質のユーノくん分が補給できる!

 なぜ今まで思いつかなかったのが不思議なぐらいだ。
 抱く手も顔も前についている。今までユーノの背中を思っていたのは甘えの一種かもしれなくて。
 一歩進めよう。何を進めるのかはわからないけど、立ち止まったまま何もかも台無しになってしまうのは嫌だから。
 なのはの決意は熱く燃えていた。
 とりあえず今度あったときに───


 A:正面から抱きついてみる。
 B:背中から抱きかかえてもらう。
 C:いきなりズキュ──z________ンッ! と迫る。


 どれを選ぶか考えて顔を真赤にして部屋を徘徊しだしたなのはを六課の面々は不気味そうに見ていた。
 そんな選択で大丈夫だろうか?






 ***************************************





「今日の分の事務仕事終わりましたー!」

 スバルの声にユーノは検索魔法を使用して視線を向けずに、

「ああ、お疲れ様スバル。今日は急ぎもないから上がっていいよ」

 言う。
 また背中に軽い衝撃。ユーノは何も言わずに仕事を続行している。
 
「……せんせーはなのはさんと付き合ってるんですか?」

 背中に震える声がかかる。スーツ越しに背中の肌が震えるような、くぐもった声。顔を密着させて喋っているようだ。
 表情は見えないが苦笑を返す。

「違うよ。幼馴染ってだけ。時々子供っぽいところがあるけどね、なのはにも」

 恐らく幼馴染にだけ見せる、弱さの一端のようなものだろう。
 完璧な人間など居ない。強さしか持たない人間も居ない。
 だから誰かが弱さを受け止めてやらなければならないのだ。この場合、何故かユーノだったが。
 うーとスバルが不満そうに声を上げる。

「……せんせー、あたし、可愛くない」
「?」
「なのはさんみたいに胸も無いし髪も短いし、ギンねえみたいにお淑やかじゃないし単純だって言われるし……」
「それで?」

 顔も上げずにユーノ仕事を続けている。
 不安そうにスバルが掠れる声を出した。

「──やっぱり、ユーノせんせーもあたしに迷惑してるのかなって」

 呆れたようにユーノは読んでいた本を閉じて、スバルに向き直った。
 本で軽く頭を押さえるようにべし、と少し固めのスバルの髪の毛の上に載せる。

「まったく、誰がそんな事を言ったんだい? 僕はちゃんと君に迷惑してない事を伝えたはずだよ」
「……でも」
「今日は早く帰って鏡でも見るといい。頑張り屋でショートカットの似合った可愛い女の子が写ってるはずだから」

 爽やかな笑顔で宥めるようにユーノはスバルの肩を叩いた。
 少しだけぷるぷる震えていたスバルはぱっと顔を上げる。そこには向日葵のような笑顔が浮かんでいた。

「はい! ありがとうございます! お先に失礼します!」

 スバルは勢い良く、元気よく挨拶をするとユーノから離れる。 
 苦笑するようにユーノも手を上げて返礼した。
 少しだけ離れて、スバルが背中を向けたまま声を出す。

「その、あたし! 諦めませんから……!」

「?」

 ユーノは首を傾げる。

「それではっ」

 意味を考える前にスバルは無限書庫から立ち去っていった。
 うーんとユーノは考える。

 ……何か悩んでいた様子だったけどあれでよかったのかな?

 仕事の手を休めてまで頭を軽く抱えた。
 眉根に皺を寄せて疲れた頭で、

 ……年頃の女の子が何を考えているかさっぱりわからない……!

 と自分の不甲斐の無さを嘆く。
 なのはが何故不機嫌だったのかとか、スバルの声が震えていた理由を推察してもしっくり来る考えが浮かばない。 
 どうもユーノは十年も引き篭もったような仕事漬けに合っていたため情緒が未発達のようだった。
 残酷なほど老成した部分もあれば悲劇的に未熟な部分もある。
 
 ……どうやって接すればいいんだろう?

 普通に誰に対しても友人的な感情で接してきたものの、さすがに疑問に思えてきたことは彼なりの歩み寄りの姿勢だろうか。







 廊下を上機嫌で歩くのはスバルだ。

「可愛いって言われた……」

 鼻歌を歌いながら命の恩人にして職場の上司であり憧れの人の顔を思い浮かべて気分が浮つく。
 頑張り屋。
 そう呼ばれた。
 ずっとこれまで、ユーノの隣にいるために努力してきたことを肯定されたような気がしてスバルはひどく嬉しかった。
 そのために諦めることもくじけることも泣くことも止めて頑張ったのだ。

 ……あの時、『よく頑張ったね』って言ってくれたから。

 だけど、自分がそうしてようやく近づけた場所に普通に存在している、自分よりも親しい女性がいるのが何故か悔しくて。
 でもそんな悩みはもう忘れてしまった。
 ユーノに認められればそれで十全。
 彼の背中を借りれればそれだけで万全。
 今はまだ、そこまででいいから。


「よーし! 明日からも頑張るぞー!」


 相手が誰でも正面突破──!

 ずっと側にいられるように。あの背中を追いかけながら。






[20939] マテリアルは司書長がお好き?(雷刃編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/10/16 16:39



「──やあティアナ。フェイトに資料を届けに来たんだけど、居るかな?」
「フェイトさんですか? 今少し出てますが……」

 管理局にある執務官室にユーノは来ていた。幼馴染であるフェイトに頼まれた資料を揃えて、普段ならばデータとして送信するか向こうから取りにこさせるのだが、丁度その日の仕事が終わったので退勤ついでに届けに来たのである。
 部屋では作業机にティアナが座ってデスクワークを行っていた。
 ユーノは肩を竦めて、

「じゃあ資料だけここに置いとくよ。ティアナ、仕事頑張ってね」
「スクライア司書長もお疲れ様です。フェイトさんには伝えておきますから──」

 とティアナが微笑んで資料を受け取った時、ドアが勢いよく開けられる。

「ちょっと待ったー! じゃーん! フェイト・テスタなんとかはここにいるぞー!」

 入ってきた自信満々な顔をしている金髪の女性は元気よく二人に挨拶した。

「ああ、フェイトさんお帰りなさい」
「フェイト、ほら頼んでたやつ持ってきたから」
「おー!」
「ほら、必要な部分だけ纏めてるし、重要そうな部分は線を引いてるからわかりやすいように。わからないところがあったらティアナかシャーリーに聞けば大丈夫だよ」
「すごいぞー! ユーノ! ありがとー!」
「フェイトさんの今日の仕事はその資料に目を通すこととこっちの書類に丁寧にホッチキスすることですから頑張りましょうね」
「うん!」

 ニコニコと笑っている様子の彼女に、部屋は暖かい空気に包まれ──







「ちょっと待ってよ!? なんで普通に信じてるの!?」


 続いて、フェイトが急いで部屋に入ってきた。
 ユーノとティアナは驚いたように、

「二人いる!?」

 と向き直る。
 すると最初に入ってきた女性が嬉しそうに笑って、

「ふふーん! 騙されたなー! 実は僕だぞー!」

 変身魔法を解く。
 すると、金色だった髪の毛が青い色に戻った。
 顔立ちはそのままだったが、彼女はフェイトではない。雷刃の襲撃者──フェイトを元にした闇の書のマテリアルだ。
 新しく覚えた変身魔法で髪の毛を染め、早速行った悪戯が成功して満足しているようである。
 納得したようにユーノは頷き、

「なんだ、雷刃だったのかあ。道理で今日のフェイトは元気がいいなと思ってた」
「道理で素直に仕事を受けると思いました」

 あはは、とティアナは笑う。
 そして後から入ってきたフェイトは三角座りをして、

「私こんなにお馬鹿じゃないもん……」

 と泣き出したのである。






 経緯の説明を三行で行うと、

・何故かマテリアル三人娘が生き残った。
・更生プログラムを受けて三人とも働いている。
・不思議と人並みに成長してる。

 それぞれ名前を『雷刃』『星光』『統べ子(命名・はやて)』として管理局でも有名な女性局員である。多少性格にそれぞれ難があるものの、今ではすっかり社会に溶け込んでいた。
 なのはと星光は髪型が違うし、はやてと統べ子は性格が全然違うので似た他人と見なされているのだが……
 何故か雷刃はフェイトの身内だと世間的に思われてる。
「妹さん可愛いですね」「やっぱり姉妹だと性格が似るのかな」「妹さんさっきあっちでカエル膨らませてましたよ」などなど、フェイトに報告される。
 フェイトは否定しているのだが。
 それでも自分と髪の色以外似ている雷刃が、肉体年齢20にもなって一人称僕の彼女が、少々アホの子のまま体だけ成長してしまったアホの子が、あちこちで騒動を起こしたりバカっぽい行動をするたびにフェイトとしては恥ずかしいのだ。顔が似てるからまるで自分がやってるみたいで。
 他のマテリアルは少し口汚かったり他人の事を塵芥と思ったり呼んだりしている、落ち着いた性格になったのに……
 

 そんなわけでその日も目の前でフェイトに成りすまして、それでいて部下と幼馴染はまったく違和感なく接していたことに愕然として膝を抱えた。
 雷刃のお遊びに敢えて乗ったのではなく、二人共素で間違えていた。
 二人がフェイトも雷刃のレベルの知性だと見ていると証明されたような気がして。
 なんかやたらユーノは手間をかけて分かりやすく資料を揃えるし、ティアナから任せられる仕事も小学生レベルの簡単なものだし。

「ううう。ユーノの馬鹿……」
「ご、ごめんフェイト。いや、おかしいと思ってたよ。本当に」
「あははー」

 泣いているフェイトを尻目に、呑気に笑っている雷刃は部屋のお茶菓子を勝手に食べている。
 ばっとフェイトは起き上がり、雷刃に詰め寄って肩を掴んだ。

「雷刃もいい年齢なんだからこんな悪戯をして遊ばないでよ!」
「えーだって僕まだ生まれて10歳だから子供」
「わ、私だって実年齢は14歳ぐらいだよ! クローンだし!」
「フェイト……出生をネタにするようにまでなって……」

 しみじみとユーノが呟く。
 どちらにせよ二人共見た目は20歳なので10歳だ14歳だと言い合ってるのを見るとなんとも不思議な光景であった。
 
「とにかく、何度も言ってるけど雷刃はもっと落ち着くべきだよ!」

 プンスカという擬音が聞こえて来そうな調子で雷刃を説教するフェイト。
 不出来の妹を叱る姉にしか見えなかった。妹も不貞腐れたように、話を聞き流している。
 
「そんなことよりユーノ今日仕事終わった?」

 突然雷刃から話題を振られた。ユーノは肯定する。

「うん、書庫の仕事はね。今帰るところだよ」
「じゃあこれから一緒にどこか遊びに行こう! 僕も仕事無いから!」
「ええ!?」

 驚いたのはフェイトだ。何いきなりユーノをデートに誘ってるの、と。
 ちなみに雷刃の職場は航空隊である。ヴィータの部下として手を焼かしている。航空隊は部隊数が多いためにそこまで忙しくなく、普通に休みが取れる部署だ。
 ユーノは腕時計を見ながら、

「いいけど。博物館は前に君が騒ぎすぎて追い出されたから──ゲームセンターでいいかな」
「やったー! 一番格好いいのを頼むー!」
「ええええ!? ちょっと、前って何回も行ってるの!? ユーノ!?」

 困惑してユーノの襟元を掴んでがくがくと揺すりながらフェイトが尋ねる。
 目を回しながらユーノはフェイトを落ち着かせて、応えた。

「休みがたまたま合ったら行くぐらいだよ。月に一度ぐらい?」
「な、ななななんで雷刃もユーノと出掛けるの!?」

 するとフェイトと同じ顔をした彼女はきょとんとして、首を傾げた。







「好きな人とは出掛けるものだって聞いたぞー?」






「……」
「……」

 絶句して動きを停止させる二人。
 事務机に座っているティアナが「うわあ……」と漏らして相手にしないように仕事をする音だけが響いた。
 最初に動いたのは顔を真赤にしたフェイトだった。

「まままままま待って待って。え、なに。雷刃、ユーノのこと好きなの?」
「うん! ユーノ好きだー!」
「叫ばないでー! ユーノ好きとか言わないでー!?」

 平然と自分の顔と声で幼馴染のことを好きだとか叫ぶ雷刃の口に手を突っ込んででも言葉を止めさせるフェイト。
 湯だった頭は耳まで赤くなっていて、きょろきょろと誰も聞いていないか周囲を見回している。まあ、少なくともユーノとティアナ以外。
 一方でそう告げられてもユーノは平然としていた。
 ドタバタとしている二人を見ながら声をかけた。

「えーと……ありがとう?」
「ユーノも受け入れないでー!」

 必死な様子でフェイトは叫ぶ。その目には興奮から涙すら浮かんでいた。
 ユーノが宥めるような様子で、

「フェイトも落ち着いてよ。ほら、好きってきっと『友達として好き』とかそういうのだって。雷刃のことなんだから」
「そ、そうか。そうだよね。驚いたー……」
「僕はユーノのこと特別にすk」
「にゃあああ!」
 
 再び雷刃の口を手で塞ぐ。
 
「えーと……ありがとう?」
「だから受け入れないでー!」

 もうフェイトは泣き出したい気分だった。というか泣いていた。
 思いもよらない告白を受けたユーノだがその心は平静だった。
 何故なら雷刃があんまりにも子供っぽいからである。体こそ大人だが、その性格などは9歳程度のころとさほど変わっていない。9歳時に好きだと告白されて本気にする20歳はそう居ないだろう。
 可愛らしいなあとは思うことはあっても恋愛対象として見れるかといったら難しい。
 余裕で愛せると主張する人は今すぐ病院に行くべきだ。頭の。

「そ、そもそもなんで雷刃はユーノのことが好きなの?」
「好きだから好きなんだー」
「理由になってないよ!」
「誰かを好きになるのに理由はいらないぞ」
「格好良すぎる!」

 迷いなく言い切る雷刃が眩しいようにフェイトは顔を背ける。
 そしてきょとんとしているユーノへと、

「それでユーノはどうなの!?」
「どう……って。雷刃が僕のこと好きなのはわかったけど、別に恋人になろうとか言われたわけじゃないし……」

 困ったようにユーノは応える。
 彼としても雷刃は友人の一人として大事な存在であり、最も選びたい選択は「現状維持」だった。
 もしこれが他の人物からの一大告白なら考えざるを得なかったが、何か普通の出来事のように明かされたので肩透かしを食らったせいもあるかも知れない。
 フェイトはほっとしたように、

「良かった……で、でも雷刃、人前でユーノのことが好きとかあんまり言っちゃいけないからね」
「そうなのかー?」

 よくわからないといったようだが、一応の納得の態度を見せる。
 そして、

「とにかく。ユーノが僕の事を好きになるまで一緒に遊ぼう! 早く行こうユーノ!」
「はいはい……じゃあフェイト、これで」
「あっ」

 雷刃に腕を引っ張られてユーノは部屋を出て行った。
 これから二人は街の中でゲームセンターに行ったり映画を見たり服を買ったりするのだろう。雷刃のことだから年齢や体格を考えずにべたべたとユーノにひっつき歩きまわる。
 ユーノにその気は無くとも何度も諦めずに雷刃は幼いアピールを続けるだろう。今までなんとも思わなかった相手だが、思いを告げられて一緒にいるうちに気持ちが向く可能性は大いにある。性格は良く言えば無邪気であるし、胸などの体つきは非常に魅力的だからだ。
 自分と同じ顔。自分と同じ声。自分と同じ体。それがユーノの隣で幸せそうにしている姿を想像して、何故自分ではないのかと思いフェイトは胸が苦しくなった。
 具体的には年柄もなく目の幅涙を流しながら部屋の中をおろおろとさ迷いだした。

「あうあう……どうしようどうしよう……」

 さすがに見かねたティアナは顔を上げて、

「あー……フェイトさん、今日の分の仕事もう上がりでいいですから」
「え?」
「だから早く二人を追いかけてください。デートじゃないなら二人だろうと三人だろうといいじゃないですか」
「そ、そうか! よし、ありがとうティア! 今度食堂でおうどん奢ってあげる!」

 言うが早いか、フェイトは執務官室から走り去った。どっちが上司か部下かわかったものじゃない。
 ティアナはやれやれと肩を竦めた。憧れの執務官。なるの辞めようかな……と現役執務官の様子を思い出しながら。







 **************************************






「ユーノ! 次こっち行こう! 新しいロボットのゲーム買って!」
「あ、ちょっと引っ張らないで」
「……」

 昼下がりの街を歩いている三人組がいた。
 青い髪をした女性──というよりもまだ少女といったほうがいいような雰囲気の雷刃がユーノの腕を引っ張り、ユーノは右手を雷刃に引かれつつ、左手の服の袖を、ちょこんと摘むようにフェイトが持って後ろから付いてきている。
 雷刃が騒ぐことが恥ずかしいのか、ユーノの袖を掴んでいることに照れているのか、フェイトは顔を赤くしてうつむいたままだ。
 傍から見たら妹二人に連れられた兄に見えるかも知れない。
 だけれどいつかはユーノも誰かを選ぶ日が来るのだろうか。
 その時はを思いながら、フェイトは彼の袖を握る手に力を入れた。

「ユーノ! 僕のこと好きになってきた!?」
「はいはい」

 何も考えていないような雷刃の勇気が、少し羨ましかった。






 おわり



















 *****************************





「星光ちゃんと足を引っ張り合ってたらフェイトちゃん達に先を越されたの……!」
「こんなことをやりあってる場合ではありませんでした……!」
「こうなったらこっちも共同戦線だよ」
「背に腹は変えられませんか」
























「オリジナルが不人気だからああも容易く取られるんだ!」
「うるさいわー! 思いやりのないはやてちゃんコピーなんてオリジナルより人気無いやろー!」
「色々残念なお前より我のほうがマシだ! この塵芥烏!」
「言うたな若白髪! リインとユニゾンして統べ子のマネして残念な風評広めたろうか!」 
「統べ子言うな!!」




 おわれ



[20939] 訪れたのは(複数キャラ短編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/10/25 17:47





 焚書している。
 無限書庫司書長という職務に就いている者がするべきでない行為だが、ユーノ・スクライアは幾つかの理由があって大量の本を燃やしていた。
 火かき棒を使用して、固く閉じられた本のページを火中で捲り炎の舌を満遍なく行き通らせ、染み込んだインクを灰へと変えていく。
 表紙に使われた塗料が炎色反応を起こして僅かに炎の赤色を緑色に染める。掻き回すことによって酸素を送り、丁寧に灰にしていく。
 一冊に火が回ると次の一冊へ。どんどんくべる。火は途切れること無く、それを見つめる彼の顔や目に熱を伝えた。
 場所はクラナガンにある河原だった。夏場の休日はバーベキューをする家族連れだとか入水自殺をする失業者だとかが多い場所である。
 しかし秋も深まり人の姿は少ない。そんな中、黙々と本を燃やしている。

 本を燃やすに至った経緯は要約すれば単純だ。
 売れない同人誌なんてゴミみたいなものだというのが大きな理由だろうか。無限書庫に大量に寄贈されても困る。
 彼の知り合いの同人サークルが描いたBL系同人誌『悔しい……でも屈服ししょちょう!』は司書長に限りなく似た男と髭面50代元防衛長官にそれとなく似た男が、まあくんずほぐれつするというBLというよりもガチな感じの内容である。
 今年の同人誌即売会で売り出すつもりだったのだがモデル元の元防衛長官が亡くなったので不謹慎だからということで発売停止になった。

 ……いっそサークルごと停止して欲しい。

 ユーノは黒く燃え白く灰になっていくページに染み込んだインクで描かれた、無駄に精巧な絵を見ながら思う。
 それでも一冊は無限書庫の奥深くに納本しておいたのは司書としての悲しい性だ。現存するのはその一冊と、あと燃やそうと持ち出したときにオーリス女史がどうしても頼んだので仕方なく一冊渡したものだろうか。
 父の形見だと思って大事にしますと言われた。

 ……いや、これを形見にしちゃ駄目だろう。本人に許可をとってないだろうし。
 ……身内本だよ!?
 ……しかも相手僕だ。泣きたい。

 彼女に子供とかができたら「おじいちゃんは立派な人だったのよ。ほら」と『悔しい……でも屈服ししょちょう!』を読ませるのだろうか。
 ついでに彼の後世の評価もうなぎ下がりになりそうだ。いや、既にそのサークルによって黒いのかケモいのとかと散々絡まされているのだけれど。
 ミッドチルダでは限りなく寛大に表現の自由が守られている。絵にさえすれば肖像権もなんのそのだ。同人誌即売会では彼の幼馴染たちのいやらし本だって売ってる。

 ……買ったらあとが怖いしそこまで興味も薄いけれど。

 そう思いながら、火勢がついている焚き火の裾野、既に灰が溜まっている方を若干掻いてスペースを作った。
 そして持ってきた袋から目的のものを取り出す。
 同人誌を纏めて虚数空間にでも廃棄しなかった理由のもう一つが、それだ。
 銀色のクシャクシャとした塊を幾つか手に握る。
 アルミホイルで包んだ芋である。
 それを、火の勢いが一番強いのではなく、半ば灰に埋もれるような場所へ幾つも入れていった。
 焼き芋だ。

 ……秋だなあ。

 ユーノはほのぼのとした気分になる。
 芋というのは次元世界でも様々な文明で食べ物として扱われてきた歴史があった。
 今回の芋も特別に甘い品種をユーノ自ら、とある場所で栽培して作られた手作りの作物である。
 手間暇かけて作った甲斐もあり、また無重力空間で栽培されたせいか形も良い。
 最初は趣味で始めた家庭菜園だが意外とこれが楽しくなってしまったのだ。

 涼しく、冬も近くなった秋の風を浴びながらユーノは上機嫌に本というにはあまりにも無価値な紙の束を燃やしていった。
 めらめらと。
 めらめらと。
 白い煙が細く空に上がっていく。まるで狼煙のように。
 空は五月晴れの秋らしい天気だった。煙が雲に溶けて消える。



 あと一時間もすれば焼き芋が出来上がって──────

 



 



           『訪れたのは』


















 **********************************************




【フェイトとアルフ編】





「おーい」

 かけられた呼び声にユーノは顔を上げてそちらを見た。
 大きく手を振っているのは赤い髪の毛が特徴的な少女、アルフだ。
 彼女の隣には使い魔アルフの主であるフェイトも来ていた。

「来てやったよー」
「やあアルフ。それにフェイトも」

 歩いて近づいてくる二人にユーノも軽く手を上げて挨拶した。
 フェイトは赤々と燃えている、ユーノの背後の小さくなった焚き火を気にしながら尋ねる。

「ユーノ、今日休みだったからアルフに連れてこられたけど何してるの?」

 首を傾げているフェイトも今日は私服姿だ。若干肌寒くなってきた最近では、秋物と冬物の服の中間のような格好である。
 それでもバリアジャケットのデザインは太ももを出しっぱなしだが。
 ユーノは教えなかったの? という目線をアルフに向けながら、

「芋を収穫したから焼き芋にしてみたんだ。折角だからアルフを誘ってみたらフェイトも来てくれるって言われて」
「や、焼き芋というとあの三つばかし石焼き芋屋さんで頼むとひと月のお小遣いが消えてしまうやつ!?」

 驚愕したようにフェイトは告げる。

「私となのはが二人で一つをさもしく食べているのを尻目にすずかとアリサはほくほくと食べていたトラウマが……」
「……いやまあ、日本の焼き芋屋台高いけどさ」

 ユーノは呆れたように肩を竦めた。
 なお幼馴染五人娘の中ではやては「かぁー! 焼き芋の原価なんて自分で作ればタダみたいなもんやで!」とか主張してシグナムに石を抱かせて焼き石を作り、一人でがつがつと食べた上に腹が膨れて次の日休むという汚れ全開な醜態を見せたのだが。
 さもありなん。
 ともあれ完全に灰になった同人誌の焚き火の中から、炭はさみでユーノはアルミホイルを掴みとる。
 
「そろそろ焼けたかな」

 器用にはさみでホイルを剥がし、ほかほかとしている芋を取り出した。
 紅色の皮がところどころ破れて黄色くて繊維質な芋の中身が見えている。僅かに蒸気を立ち昇らせているそれは火が通っているようだった。
 ユーノは新聞紙でひょいと包んで、「あちち」と言いながらアルフに渡した。

「あたしも芋掘り手伝ったからねえ……あふっあちっ」
「アルフ、そんなに慌てなくても」
「もう、みっともないよアルフ」

「がふがふ」と言いながら長い犬歯で芋に噛み付き、熱に悪戦苦闘していた。
 微笑ましくそんな様子を見ながら、ユーノは次の芋をフェイトに手渡した。

「はい、フェイト」
「ありがと、ユーノ」

 にっこりと笑いフェイトは受け取る。
 ずしりと重い芋を片手で転がすように持って、芋の頭の皮を摘むようにして剥く。 
 ほこり、と軽い調子で皮が向けて丸い輪郭の芋の本体が現れた。
 その先っちょの部分をふうふうと息を吹きかけて、ぱくりとかじり取る。
 口の中にふわりとした食感から始まり、それが潰れてしっとりと貼りつくように広がった。
 熱さで柔らかく、匂いも香ばしい甘みを感じる。ほこほことして芋独特の香りが懐かしい気持ちにさせる。

「おいひい……」

 もぐもぐと上の方から食べ進んでいるフェイトを見てユーノ笑いを堪えるように下を向いて肩を震わせた。
 
「どうしたの? ユーノ」
「……いや、今フェイトに尻尾がついてたら振ってるんだろうなって思って」

 フェイトは自分に並んで芋を食べているアルフを見た。 
 美味しそうにで芋に齧りついて、尻尾をぶんぶん降っている。
 フェイトは、というと──
 やはりアルフと同じように嬉しそうな顔をしていた。

「もう」

 と一応文句を言ったものの、怒る気にはならなかった。

 
 三人で河原に座って焼き芋を食べる。 
 そろそろ冬の季節が近い。冷たい風が吹くものの、暖かい焼き芋があるから寒く無かった。
 フェイトはその温かさを感じながら、

「アルフ、ユーノ、こんなお休みをありがとう」

 とお礼を言う。
 二人共やはり幸せそうに、

「こんな休暇だったらいつでもいいさ、なあユーノ?」
「そうだね。またしようか」

 フェイトはもう一度芋を齧った。
 口の中に感じる暖かさだけではなく。
 口の中に感じる甘さだけではなく。
 他の温かさと甘さを感じながら。

「そうだね。いつでも、いつまでもこうしよっか」

 秋の空を見上げながらそう応えた。
 こんな時間がどうしようもなく愛惜しいから。










 **************************************




【ヴィータとシグナム編】




「いや、なんか悪いなあうちのシャマルが」
「うむ……主の敵になりそうな相手を同人誌にして貶めようとする騎士としての忠誠だったのだが。シャマルが」

「いや、いいよ……君たちも手伝ってること知ってるし」

 諦めたようにユーノは、途中から焚書に参加してくれた二人に応える。
 ついでに家に余っていた旧作の売れ残りも燃やしてしまおうとヴィータとシグナムは運んできたのだ。
 なお例によってはやては仕事でリインは付き合わされ、シャマルはショックで寝込みザフィーラは心的疲労でふて寝した。
 ユーノの冷めた言葉に二人は慌ててで否定する。
 
「いやいやあたしらだって楽しくて書いてるわけじゃねーんですよ?」
「そうだ。何が悲しくて年末になって衆道系の同人誌を手伝わなければならないのだスクライア」
「僕に聞かないで。止めてよそれ」
「だってよー……はやては悪乗りするし売れるときは売れて家計に助かるからって止めさせてくれねーんだ」
「ああ、そうなんだ……はやて……ふうん」

 眼鏡をきらりと光らせるユーノに不穏な気配を感じる騎士たち。
 ここは主を守るために、

「いや、悪いのは完全にシャマルだ」
「ああ、シャマルが悪いな。ほらこれなんか発掘してザフィーラ寝込んじゃったじゃねーか」

 ヴィータが取り出したのは珍しいザッフィー受け同人。
 やはり犬耳褐色銀髪マッチョ受けという属性はソッチ系に受けたのか唯一家に一冊残ってた奴を見て倒れてしまった。
 ありありとそんな光景が目に浮かんでユーノは苦い顔をする。身内に描かれるとは無残な。ユーノも身内のようなものであったが。

「まあとにかく芋だ芋。じゃんじゃん焼いて芋食って忘れようぜ」
「そうだね。あ、こっちの最初に入れた方出来てるかも」

 ユーノがメラメラと燃える本をどけて取ろうとする。
 すると、さっと当然のような顔でシグナムが手を突っ込んで二本の指でつまみとった。

「シグナムさん!?」
「ふっ……魔力の炎熱変換体質を持つ私にかかればこの程度ふあっちゃ」

 取り落とした。
 熱かったらしい。

「……」
「……」
「バカやってないで食うぞ」

 金串で落とした芋をヴィータが刺して取り上げた。
 シグナムは火傷していない方の手で頬を掻きながら、

「……いや、自分の魔力を変換した炎なら大丈夫なんだが、他のやつはちょっとだけな」
「前もシグナム、はやてに石焼き芋作るからって石抱かされて熱さ痩せ我慢してたじゃねえか。わかっとけよ」
「いやそれよりシグナムさん指大丈夫!?」

 ユーノは咄嗟にぷらぷらとさせているシグナムの手を取った。
 微かに変色して軽度の火傷を負っている。

「──こうすればいい」
「うわっ?」

 シグナムはユーノの顔に手を伸ばして、彼の耳を掴んだ。
 冷えたユーノの耳に、ちりちりと熱いシグナムの指が触れて冷やされる。

「我らは魔法生命体だからそうそう怪我にはならん。少し冷していれば跡も残らんだろう」
「そ、それならいいんですけど……無茶はしないでくださいよ?」
「ほう、心配してくれるのか? スクライア」

 上機嫌そうに笑うシグナムから若干目を逸らして「勿論ですよ」とユーノは返した。
 そして、

「おら、くっちゃべってんじゃねーよ」

 シグナムの口に熱々の芋が突っ込まれた。

「ふぐぅん!」
「ユーノ、早くあたしの分も取ってくれよ」
「はいはい」

 芋を掴みながらヘッドバンキングするように熱さと窒息から逃れようとするシグナムを置いておいて、子供のように催促するヴィータのためにユーノは芋を再び取り出した。 
 ヴィータに渡すものの、彼女は皮がうまく向けずに爪ほどの小さな破片としてびりびりと破くようにしてイライラしていた。引っかかるようにぼろぼろと芋本体も崩れて見てられない。
 ユーノがひょいと取り上げ、

「代わりに剥いてあげるよ」
「……ああ」

 ヴィータは唇を尖らせるが、素直に渡す。子供扱いされたことは気に入らないが、自分で剥くよりもいいと思ったからか満更でもない様子だ。
 とりあえず半分ほど、芋の衣を剥ぎ取ってヴィータに返す。
 不機嫌そうな態度から一転。ヴィータは嬉しそうに芋を食べ始めた。
 ユーノは満足そうに食べるヴィータを見て、自分の分も取り出す。
 シグナムは恵方巻きのように芋を咥えたままだった。





「ヴィータ。口の端についてるよ」

 ユーノが指摘して、自然とヴィータの口に手を持っていった。
 そして付いていた芋のかけらをひょいと取った食べる。
 自分で育てた芋はムダにしないのだ。収穫した畑には汗とか涙とかうっかり目撃した司書とかが染み込んでいるというのにどうして無駄にできようか。

「お、お前なにしてるんだよ!?」

 ヴィータはわたわたと手を上下に動かしながら、顔を真赤にして怒鳴った。
 いきなり男からそんなことされたら相当枯れてない限り焦る。
 それにヴィータとしては……


「おおっと! 私のほっぺたにも付いてしまったぞユノユノー!」


 ほっぺたに芋をまるごと吸着させたシグナムが腕を組みながら割り込んだ。いつの間にかユノユノとか呼びつつ。
 どうやってくっつけてるんだろうか。頬から芋が生えたようになっている。限りなくヘンテコな姿だった。
 ユーノは呆れながら、その芋をぺこんと取り外してハンカチでシグナムの顔を拭う。

「シグシグさん、芋を無駄にしちゃだめだよ?」
「はい。」

 ユーノの妙な雰囲気に素直に謝ってまたむぐむぐと芋を食べ始めるシグナム。
 怒りのやり場を失われたヴィータはむう、と黙りこんでぽかりとユーノを叩いた。

「なんだい?」
「なんでもねーですよだっ!」

 ふいとそっぽ剥いてがつがつと芋を食べきり、

「お代わり!」

 とユーノに催促した。
 苦笑するように肩を竦めてユーノは再び焚き火の側に向かう。
 それを見ていたヴィータの顔の横にシグナムが顔を寄せて、

「ふっ……将として貴様には負けんぞヴィータ」
「わ、わけわかんねーこと言うな!」
「顔を赤くしてバタバタと動きまわってもユノユノにとっては子供にしか見えまい。その点私のお姉さん力でだな」
「身長抜かれた奴は黙ってろ!」

 なにやら言い争いを始めた二人を見てユーノは、

「やれやれ、いつも真面目なのに姦しいところあるよなあ二人共」

 とのんびりと呟いて焚き火をつついた。
 お姉さんのようでだらしないシグナムと小さい子供の姿でしっかりとしてて、時々姿相応に見えるヴィータ。
 まるで秋の天気のように、ころころと変化に富む雲の騎士たちを見ながらユーノは五月雲を見上げた。

「ユーノ! まだかよー!」
「ユノユノ、私も頼む」

「わかったよ」

 とりあえずは平穏を噛みしめて、ユーノは二人に返事した。
 秋のとある晴れた三人の休日だった。





 ******************************************




【ロッテとアリア編】





「まだ焼けないのー? ユノスケー」
「ロッテ、こういうのはじっくり待ったほうがいいのよ」



「……っていうか呼んでないよね二人共」


 ユーノは半目で、焼き芋していたところにやってきた知り合いの使い魔姉妹を見た。 
 たまには一人でのんびりと過ごそうかと思っての焼き芋だったのだが、問答無用で嗅ぎつけられてリーゼロッテとリーゼアリアが焚き火の前で待っている。
 彼女らとは無限書庫の仕事を手伝ってもらったり、グレアム元提督が「娘ふたりと心中するのは心苦しいなあ。誰か使い魔の契約代わってくれないかなあ(チラッチラッ」とこちらを見てきたりしたことで縁がある。
 最近は無限書庫の仕事も軌道に乗り、仕事で会うことも少なくなっていたので気にしていなかったのだが(とはいえ月に一度は遊びに来られる)。
 ユーノに取っては苦手な友人に分類される相手ではある。
 人を食ったような態度とフェレットを食ったような事実が恐ろしい。
 ロッテは懐から手帳を取り出した。

「だってユノスケのスケジュールに焼き芋って書いてるし」
「わざわざ休暇の使い方までメモするなんて几帳面ね」
「見られてる……」

 げんなりとするユーノ。特に焼き芋に行くというのはごくプライベートなスケジュールなので自分の手帳以外には書いていなかったはずである。他の司書に伝えたら菜園が撤去されるかもしれないから。
 にしし、とロッテは笑う。

「まあいいじゃん? いっぱいお芋はあるんだからさー」
「そりゃあ……別にいいけど」

 確かに一人で食べる分には多い量出来上がったので誰か誘おうとしたのだが生憎と皆予定が詰まっていたのだ。
 降参したように目を瞑って溜め息をした。
 炭はさみで焚き火の中から芋を取り出す。

「はい、まずアリアさん」
「わ、熱いね」
「少し待ったほうがいいかもねーアリア。ユノスケ、こっちにもー」
「わかってるよ」

 催促するロッテにも奥に入れていた芋を取り出して渡す。
 アリアはその間芋を冷まそうと、息を吹きかけていた。

「いただきまーす」

 唱和して二人同時に口につける。
 ただ、後から取り出して冷ます時間もなかったロッテも同時に。

「───!! あっふひ!」

 案の定猫舌の彼女は舌を火傷したようだった。

「れー……」

 舌を出して涙目になるロッテ。
 ユーノは心配そうに彼女に近づいた。

「大丈夫?」
「ねこひはなのわふれてた……」
「ああもう、冷やさないと」

 ユーノは何か冷やすものが無かったか思い浮かべる。
 しかし持ってきたのは魔法瓶に入れた熱いお茶のみであった。焼き芋には緑茶という組み合わせを彼は日本で覚えてたのだ。
 決してリンディ茶ではない。
 決して。
 ロッテはユーノの顔見ながらにたりと笑った。

「ひやふ」

 言葉の直後、ユーノは衝撃を受ける。
 具体的には衝突のダメージだ。
 リーゼロッテがユーノに正面から抱きつくように、唇を重ねた。
 そして火傷した舌をユーノの口の中に入れて、熱を冷ますようにぬるぬると動かす。

「─────!?」

 わたわたと抵抗するものの体術だけでヴォルケンリッターやクロノなどを圧倒するロッテの力には敵わない。
 別の生き物のようにユーノの口腔内で動きまわるロッテの舌。驚愕するユーノの目には悪戯っぽいロッテの眼の色が映った。
 
 ……騙されたー!?

 くちゅくちゅと音を立てて暫く。
 二人の口の間を銀の糸が引きつつすっとロッテは離れて、けろっとした笑みを浮かべた。

「ありがと、ユノスケ。おかげで治ったみたいだわー」
「そそそれはどどおおいたしまして」

 よし、動揺は隠せている。ユーノは確信する。無駄であった。
 
「そういえばユーノはまだ食べてないわよね……?」

 にんまりと笑いながらアリアは、見えるように口に焼き芋を含みながらユーノに手を伸ばしてきた。
 どうやら口移しで食べさせるつもりらしい。にじり寄ってくる。
 
「ごめん用事思いだしt」

 言いかけた瞬間には彼はがっしり掴まれていて。


 ……ああもうだから苦手なんだこの姉妹。


 自分のペースで動かせてくれない。主導権など最初からないとばかりに振舞う。
 ならいっそ自分が使い魔の契約を引き継いで言うことを聞かせてしまおうか思ってしまいかけるほどにユーノは泣きそうな感情をこらえながら。



 その日も猫姉妹におもちゃにされるのだった。

 




 ************************************



【なのはとヴィヴィオ編】





「おいしいねユーノくん!」

「そうだね、二人共」

 異口同音に感想を告げた母娘にユーノは素敵な家族愛を感じつつ返事をした。
 せっかくの焼き芋なのでヴィヴィオを誘ったところ、なのはも休暇が取れたのでヴィヴィオの学校帰りに合流することとなったのだ。
 丁度いい時間(教育上不適切な書物が灰になった)頃に訪れた二人にユーノは自慢の芋を振舞う。
 好評のようであった。それは素直に生産者にとって嬉しいことだ。
 ユーノも自分で作ったものをはくり、と齧った。
 繊維質の食感が口の中で潰れてペーストのようになり、自然な甘みに癒されるようだった。

「うん。おいしい」

 また作ろう。ユーノはそう決めながらもほくほくの焼き芋を頬張る。
 それにしても三人で食べるにはそれなりの量がある芋だったが、

「余ったらわたしがお菓子にするから大丈夫だよ」

 となのはが提案した。

「そっか。お菓子屋さんだったねなのはの実家は」
「喫茶店だけどお菓子が有名なんだよ。まあ、わたしの腕前はまだお母さんに叱られる程度だけど」

 お姉ちゃんよりはマシなんだよ? となのは。
 それにしても、家庭料理という範疇ではなのはの製菓能力は、はやてよりも上なのでユーノはそれもまだまだだと言う桃子の腕前に唸る。
 
「なのはママ、夜食べたい!」
「そうだね、夕飯のデザートにお芋プリンでも作ろうかな」
「わあい!」

 ヴィヴィオのおねだりに素直に応えるなのは。
 なんだかんだで心配だったけど、なのはとヴィヴィオはいい親子になっているようだとユーノも頬が緩んだ。

「ユーノくんも一緒に食べよー?」

 ヴィヴィオの提案に、ユーノは顔をほころばせながら頭を撫でた。

「なのはさえ良ければいいけれど」
「いいでしょ? なのはママ」
「勿論だよ。ユーノ君、一緒に晩ご飯食べてくれると嬉しいな」
「ありがとう、ご相伴頂くよ」

 なのはの手料理はユーノにとって気分が浮き立つには十分な味であるために何よりだと思って誘いを受ける。
 その言葉にヴィヴィオはぱあっと顔を明るくした。

「ユーノくんと夕ごはんだー!」
「ユーノ君と夕ごはんだよ~今日はうな丼だね」
「うな丼!」
「いやうなぎ売ってないでしょ。ミッド」

 ユーノは冷静に母娘にツッコむ。
 うなぎに程良く似た蛇はいるけれど。




「ごちそうさま」

 ユーノはそういって、なのはの作った夕飯を食べ終えた。
 うな丼では無かったものの元気が出そうなメニューで、ユーノは体の芯から暖まるようだった。
 ちなみにうな丼ではなかったけれどうなぎにそれとなく似た蛇料理ではない。決して、無い。
 デザートの芋のプリンもヴィヴィオが喜んで食べていた姿を見るだけで、また芋を作ろうという気になる。

 食後はヴィヴィオと本を読んでいた。
 最近ヴィヴィオも難しい本を読み出したので、ユーノはそれとなく分かりにくい単語の意味を教えたりしつつ、少女を膝に乗せて一緒に読む。
 背中ではなのはがかちゃかちゃと食器を洗う音が聞こえた。ユーノがやろうかと持ちかけたのだが、断られた。
 ユーノはきりのいいところまで本を読んで、ふと顔を上げ時計を見た。

「もうこんな時間か……そろそろ帰ろうかな」
「え゛~」
「え~」
「いや、ヴィヴィオはまだしもなのはまで……」
「お風呂折角沸かしたのに」

 なのはが不満そうに言う。
 
「ユーノ君、今日は泊まっていかない?」
「そこまでは……」
「ユーノ君用の着替用意したのに」
「どこから!?」
「ユーノくんの枕、わたしとなのはママの間に置いたよ!」
「そこに!?」

 準備の良さに驚きつつ、既に逃げられない場所にいることを自覚する。
 何か親子ぐるみで妙な既成事実を作られそうになっているのではないかと慄いた。
 ふう、と息を吐きながらユーノは頷いた。
 
「それなら今日は泊まらせてもらうかな……そうだ、ヴィヴィオ。前僕のフェレット姿が見たいって言ってたよね?」
「うん」
「じゃあ今日はサービスでずっとフェレットでいるよ」

 ユーノは変身魔法を発動させる。その姿を30cmほどの茶色いフェレットに変貌させた。
 年頃の男が女性の家に泊まるのは問題あるが、年頃のフェレットなら問題あるまい。
 なのはに対する気遣いだった。明らかに無駄な。
 鳴く。

「きゅー!」
「わ! ユーノくん可愛い!」
「よかったねヴィヴィオ」
「うん! ユーノくん一緒にお風呂入ろ!」
「きゅー?」
「じゃあわたしも入るよー」
「きゅー!?」

 なのはとヴィヴィオに掴まれて連行されるフェレット。
 なのはの友人のアリサ曰く。
 人間の時は人間の対応をするしフェレットの時はフェレットの対応をする。
 せめて寝る前になれば良かったと判断ミスを嘆いたのは風呂場に入ってからだった。
 ユーノは素直に目を固く閉じて体を剥製のように硬直させ、無数に増やしたマルチタスクを使い円周率を割り出すことで何も考えないようにした。ちなみに割り切れたのでどこかで計算を間違ったか円の真理に辿り着いたかのどちらかだろう。



 その夜は母娘と、フェレットは二人と一匹でベッドに並んで眠った。
 普通フェレットは丸まって眠るものだが、ユーノは人間の生活に慣れているものだからうつ伏せで眠っている。
 十年前。なのはの家で眠るときも、ずっとベッドとは別の籠の中で眠っていたのに。
 その日ユーノは久しぶりに、というか初めて二人の間に眠るということで色々と忘れていた。
 昼間に三人で仲良く、焼き芋を食べたということを。
 それが夢という時空で何を連想させるのかを。

「うーん……お芋……」

 それはどっちが上げた寝言か。





















 ********************************






 \   ギ ャ ー   /






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 翌日食べた余った焼き芋は涙の味がしたという。もうフェレットにならないと過去への離別の涙か、背中に張ったガーゼが染みたのか。或いは両方か。










 おわり










[20939] 私と彼を繋いで(フェイト掌編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/11/27 18:09






「あれ? ユーノ」

 私が地上本局前公園でその姿を見かけたのはお昼前ぐらいだった。
 執務官の仕事であちこちに出かけていて、そろそろお昼でもどこかで取ろうかと思っていた時だ。
 公園のベンチに座ったまま軽く脱力している、クリーム色の髪の毛をした顔を見つけた。
 ユーノだった。正面に回ってみると、安らかな顔で眼鏡をかけたまま眠っている。
 クラナガンが、電車のホームで居眠りをしていただけで金歯すら盗まれるような治安の悪さとはいえさすがに本局の正面の公園はそんなこと無く、住民にも人気が高い公園だ。そこでのんびりとユーノは徹夜明けなのか眠っていた。
 天気が良いとはいえ季節は冬。ユーノもコートを着てマフラーを付けて、太陽の日差しを浴びていた。頬を撫でる風は冷たいけど、暖かそうな格好だった。

「……家まで帰ってから眠ればよかったのに」

 呆れて呟く。
 アルフには無限書庫で睡眠休憩を取ろうとしたならユーノを追いだして休ませてって言っておいたけど、外で眠っているとは……
 きっと目が覚めたらまた仕事に行くんだろうか。

「風邪ひいたら元も子も無いよ?」

 ぷに、と彼の頬に指を当てる。
 むう、なんで睡眠時間が不規則で忙しい職場勤めなのに、こんなに柔らかな肌なのだろう。
 女の子がどれだけスキンケアに意識を使ってると……!
 思いながら、むにむにと頬を突付くけど、起きる気配もない。
 起こすのも可哀想かなって、ユーノの安らかな顔を見ながら思った。
 ふと、彼の防寒具の一つ、手袋を見た。

「……あ、これ」

 あちこち解れて、緩んだり引っ張られたりして毛糸が傷んでいる不細工な赤い手袋。
 それだけ、全然似合っていないし明らかに不良品か何かなのに着けている。

「ううう……ま、まだ使ってたの?」

 それは私が、昔リンディ母さんに教えられながらも作った手編みの手袋だった。
 どうもこういう才能は無かったみたいで、ユーノに渡そうか渡さないか凄く悩んだもの。周りの後押しで強引に彼に押し付けて、また今度綺麗なものを作るからそれまで待っててと伝えたのに。……結局上手くいってないからまだ新しいの渡してないけど。
 使わなくても良かったのに……ってサイズも合ってないだろう手袋を見ながら思う。
 妙に恥ずかしい気持ちと、もやもやした気分になる。今度こそ綺麗な手袋を作ろう。いつか、暇なときにでも。

「待ってろよー」

 ユーノの手を握りながら唸る。
 一応の毛糸で編まれたそれに包まれた彼の手は暖かかった。
 絶対リベンジしてやるんだから。
 ──と、お昼ごはんの時間だったんだった。
 どうしようかな。ユーノはもう食べたかな──って食べてないよねきっと。
 よし、と決めて一旦その場から離れた。


 
 私は缶コーヒーとサンドイッチを買ってきた。
 そしてベンチの、ユーノの隣に座る。ベンチは公共の場所だから占有したらいけないので、別に隣に座ることに断りもいらないのだ。『ただし傷病者の看護等緊急時や荷物の積み下ろしなど、いつでも移動できる場合』は別だけど。
 今だにくうくうと眠っているユーノを見ながら、サンドイッチを小さく齧った。
 
「それにしても、いい天気」

 雲ひとつ無い、水色の空を見上げながら呟く。乾燥した冬の空気も相まって、お洗濯がよく乾きそうだ。
 ユーノはちゃんと自分の部屋の洗濯物を干してるのかな? 結構だらしないから、ユーノ。
 本人は今ぽかぽかとした陽気に干されてるけど。
 ……なんかさっきから私、ユーノの心配してばっかりだな。
 
「ええい」

 ぶんぶんと顔を振る。
 やっぱり普段は忙しくて考えないようにしてるけど、隣に座ると……
 
「……」

 お前のせいなんだぞ、とユーノの服を軽くつまんだ。
 するとバランスを崩したのか、ゆるゆると頭が傾いて──
 私にもたれかかってきた。
 ……う、動けないよっ?
 肩にユーノの頭が当たってそのまま止まる。近い近い、距離が近い。

「え、ええと、寝ている人に肩を貸すのは傷病者の看護に当たるんだっけ?」

 頭の中で法令を思い出してみるけど、あまりうまくはいかなかった。
 体を元の位置に戻そうかとも思ったけど、ユーノの安らかな寝息を聞くとどうもそんな気にもなれずに。
 カチカチと体を固めてしまう。公共の場所だ。うう、周りから変なカップルだと思われるかも。

「あ、フェイトちゃん。こんなところにおったんか──」

 声に顔を向けると、同じく静止したはやてがいた。
 笑顔で呼びかけたまま固まって、そのままギギと体の向きを変えた。

「すまんなあわたし、いつまで経っても空気の読めない豆狸で……」
「は、はやて?」

 目のハイライトの消えたはやては全力スプリントの姿勢を見せる。

「ごゆっくりや───!」

 ああっ! ダッシュで去って行った!
 絶対勘違いされた! きっと後でなのはとかに言い触らすんだ……! お話させられるんだ……!
 はやてを止めようにも、

「……」
「うう、ユーノの馬鹿ぁ……」

 寄りかかってくるユーノがいるから動けないし……
 自覚したら凄く恥ずかしくなってきた。
 私はこんなに恥ずかしいのに、眠っているユーノは何も知らずに気持よさそうにしてるっていうのは不公平だよ……
 それに。
 私はこんなに……のに、ユーノは何も知らずに……

 ──やっぱり、不公平だ。

 うん、ユーノが悪い。全部ユーノのせいにしてしまおう。 
 取り敢えず制裁として彼の髪の毛をつまんで、鼻先をくすぐってやる。
 
「……むぅ」

 唸ると、ユーノは私の肩に顔を押し付けるように顔の向きを変えた。
 その子供か動物みたいな仕草に少しだけ微笑んで、ユーノの眼鏡を外してやる。痕がついたりしたらいけないから。
 ちょっとだけ悩んで、試しにユーノの眼鏡をかけてみた。

「……あ、結構度が入ってるんだ」

 歪んだ視界を物珍しく見ながらそう思った。
 少しだけ目に涙が滲む。しぱしぱと瞬きを繰り返して風景を眺める。
 眼鏡似合ってるかなあ……案外眼鏡をかけたら、ちょっと落ち着いた女性に見えるかもしれない。そんなことを思う。
 ……なんかユーノからは子供扱いされてる気がするからなあ。
 年齢は同じなのにクロノと同年代みたいな周りへの対応なんだよね、ユーノ。

「それじゃあ時々、ダメなんだよ?」

 眼鏡を外して、彼の胸ポケットに入れた手でまた彼の頬を撫でる。
 後ろから見ててくれるってのは、安心するけど寂しくもあるんだから。たまには一緒に、隣に居て欲しいと思う。
 こんなふうに、ベンチの隣に座るだけで嬉しいんだから。
 そんな単純なことで嬉しくなってる自分に、少しだけ笑いを漏らした。

「……あ」

 思いながら、彼の手袋を見る。やっぱりダメな手袋を。ダメだ。見れば見るほどダメだ。敢えて視界に入れないようにしてたけどやっぱり気になって見るとダメだった。シャマルの作ったサンドイッチ通称シャマルイッチぐらいダメダメだ。あの都市ガスの匂いのするサンドイッチ、何が挟まってるんだろう? 食べさせられたユーノに聞いてみたいけど、知らないほうがいい気もする。
 ともかく解れている手袋、特に彼の小指の方は彼のピンク色の爪の先が見えるぐらい仕上がりが出来ていなかった。
 これはこれで恥ずかしい……
 自分の作ったダメな作品が衆目に晒されているというのは、中々悲しいものがある。なんでユーノもこれを着けてるかなあ、もっといい市販のものもあるのに。
 わざわざボロの私が作った手袋を付けるなんて……

 ──勘違いするよ?

 はあ、と吐息を漏らす。
 冷たい冬の空気が口に入ってきて気持ちが良かった。少しだけ温くなった、微糖の缶コーヒーを開けて飲む。程よい甘みとミルクの風味に頬を緩ませた。
 なんとなく、ユーノの右手の手袋を弄っているとほつれた糸が伸びてしまった。
 引っ張る。
 するすると糸がほどけて、彼の小指が第一関節まで見えてしまう。

 ──とことん出来てないなあ……

 苦笑しながら、うっかり伸ばしてしまった糸をどうしようかと思った。
 ソーイングセットを持ってるからハサミで切ろうか、と考えたけど少し待つ。
 ユーノの小指から伸びた、赤い手袋の糸。
 
 ……

 少しだけ……

 想い、自分の左手の小指に赤い糸の先を結びつけた。

 ──運命の赤い糸、なんて恥ずかしい……

 自分でやってしまって思いっきり赤面する。
 え、えと、大丈夫。ミッドには運命の赤い糸なんて喩え話は無いから。
 誰かに見られても、何故か手袋のほつれた糸を自分の手に結んでいる痛い女にしか見えない──ってそれはそれでダメだ!?
 
「そ、そもそもなんで赤い糸なんだろう……?」

 誤魔化すように呟く。他の世界には無い、日本で聞いた話。
 結ばれる相手同士の小指には、眼に見えない赤い糸が結ばれているという。どうして目に見えないのに赤いってわかるのだろう?

「日本の隣の中国から伝わった話で、そこの月下老人っていう神様が赤い糸を男女に結んでいるんだって」
「へー……」
「續幽怪録って話にあるんだけどね。確かもともとは小指じゃなくてお互いの足首に結んでたらしいけど。どうして変えられたかまでは知らないよ」
「確かに足首よりも小指のほうがロマンチックだけど──ってユーノ!?」

 起きてる!?
 ユーノは眠そうな顔で、私の肩に押し当てていた頭を起こした。軽く目を擦る。「さすがに管理外世界の本までは詳しくはね……」と呟きながら。
 普通にそんなこと私も知らないよ? なんでそんなことに無駄に詳しいの? 物知りユーノなの?

「んん……あれ、フェイト? おはよう」
「お、おはよう……」

 ユーノがようやく気づいたように、伸びをしながらこちらを向いた。

「誰かが質問したような気がして目が覚めたけど──あ、ごめん。フェイトに寄りかかって眠ってたみたいで」
「いや、それはいいんだけど……」

 どうしよう。私顔が赤い。そう、これは夕日のせいだとか誤魔化そう。
 ──いま昼間だ!
 泡を食ったようにユーノの顔と手袋に視線を往復させる私に気がついたのか、ユーノが軽く手を上げた。

「ああ、この手袋ありがとう、フェイト」

 手を挙げる。
 ……私の小指を結ばれた糸にユーノも気がついた。 

「そそそそそそそそそソニックブーム!」
【Correction sir. sonic move】
「そんなのはいいからバルディッシュ!」

 慌ててうっかり衝撃波をユーノに放ちそうになりながらバルディッシュに修正されつつも高速移動魔法でその場から退散する私!
 事件です! 緊急事態です!
 ユーノのよくわかってなさそうな笑顔を残して、私は逃げ出した。
 









 *************************












「おおうううううううあああああああああうううううう……!」

「泣くほど恥ずかしいならやらなきゃよかったのに……」

 アルフの呆れたような声。
 夜になって思い出す、昼間の恥ずかしい行為。白昼堂々ユーノの隣で独り言を呟きながら赤い糸とか結んでニヤニヤしていた私。
 痛すぎる。明日死ぬ。
 自分の部屋の布団に顔をうずめてバタバタと足を動かす。
 
「しかも持ってきてる」

 アルフは赤い手袋の片方を持ちながら云う。
 ユーノが手に付けていたそれだけど、糸を結んだまま私が逃げたので奇跡的にこっちに引っ張られて持ってきてしまった。
 ……よほどサイズが合ってなかったんだろうなあ。
 
「どうするんだい、これ。あたしが返しておこうか?」
「そんな半分壊れたような手袋返したらこっちが恥ずかしいよお」

 壊れたような、というかもともと壊れているというか……
 い、いやでも確かに渡したときはまだまともな形をしていたと思うんだけど。
 ……ユーノが使ってるうちにどんどん壊れて行ったのかな?
 使っててくれたことは嬉しいけど、やっぱり恥ずかしい。

「よし、決めた。ちゃんとしたのを作り直してユーノに渡すよ」
「そういうと思ったけどさ。ほら、編み物の本と道具借りてきた」
「わあ、ありがとアルフ。アルフも一緒に練習しよ?」
「いや───あたし普通に作れるし」
「アルフの裏切り者ぉ……」

 恨めしそうに、私よりも器用なアルフを睨む。
 地味にお嫁さんスキルを持っているアルフだ。くそう、ずるいぞ。
 私は赤い、宇宙からやってきたヒトデ型生命体のような失敗作をつまんでこれよりも上手に、と思う。
 その小指の処には、伸びた赤い糸が。

 無理矢理引っこ抜いても切れなかった、赤い糸。


 いつかそれを、鈍感な彼と繋げるために────私は編み物に取り掛かることにした。







 おわり



[20939] 司書長、膝の上には(膝の上編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/12/17 19:20




 落ち着くという言葉がある。
 文字の意味をとれば、落ちて着く場所だ。すなわち位置エネルギーが低いことは容易に考えられるし、場所自体が頑なに動かない安定していることも想像できる。世界は広く多数に渡るのでゲル状の場所が落ち着くという人種や、もかもか室から出られないといった趣味の人間もいるかもしれないが、それは例外としよう。
 人はだれでも落ち着く場所を持っているか、或いは探している。落ち着かない限りそわそわとしてストレスを貯めこみ、結局病院のベッドに落ち着くことになってしまうことも騒ぐほど珍しいことではない。慣れた椅子。匂いの染みた布団。寂れたバーの片隅。戦場の空気。どれにしても人それぞれではある。
 落ち着く場所、聖域を手に入れたものはそれを手放さないようにしなければならない。しかしそれを努力してまで維持する者はそんなに居ない。落ち着いていることに自覚することも。
 管理局本局、無限書庫。ふよふよと不安定な無重力空間の中の、書類仕事の為の重力区画こと司書長室。その部屋にも誰かの聖域は存在した。位置エネルギーは関係なく、恐らくは──確かに。
 



 無限書庫司書長室。
 言葉の通り司書長が執務するために拵えられた部屋であり、初代司書長であるユーノ・スクライアがその部屋の主である。
 急な、他の司書へと負担になるような大規模な資料請求などが来ないか所定の書架整理の時間以外はユーノはその部屋で書類整理を行っている。かつて彼自身が一般司書に混じり仕事を行っていたのだがあまりに司書長が部屋を外していては他の書類が滞るので、増員された今ではなるべく問題が起こらない限り司書長室に居ることが求められている。 
 司書長として処理しなければいけない書類を終わらせてなお時間が余るので事務の仕事を回してもらい、または個人的な彼の友人から頼まれた資料を読み解き整理したり考古学に関係のある本を読みふけったり、最近はそう忙しくもなく──無限書庫基準で、だが──ユーノの時間は過ごしていた。 
 
「ユーノくん、こんにちはー!」

 その声と共にユーノは読んでいた本から顔を上げて来訪者へと向き直る。自分と微妙に似た声から相手の想像は付いていた。すなわち、ナンバーズのセインか友人の娘のヴィヴィオか。
 この場合は声が幼いので後者だった。ユーノは軽く手を振ってヴィヴィオを迎える。

「やあ、いらっしゃい」
「うん。今日も本を読みに来たんだけど、前読んでた本は?」
「ちゃんと栞を挟んで取ってるよ」

 ユーノは机に置いていた大長編小説『雨靴を履きまくった猫』を手にとって見せた。何がまくっているのかは読んでもわからなかったが、誤訳か何かだろうか。大体まくるってどうなんだろうか。回数か、時間か。どちらでもないのかもしれない。
 ヴィヴィオは学校帰りに、なのはの仕事が終っていない時は彼女を迎えるために無限書庫へと寄ることが多い。本が好きなようでユーノはヴィヴィオへと何冊かオススメを用意することもある。借りていって家で読んでもいいとは言っているのだが、ここで読むほうが好きとはヴィヴィオの意見だ。
 喜色を顔に浮かべたヴィヴィオを見て彼も僅かに口元を緩めた。彼が感じるに、ヴィヴィオは子供として求められる可愛らしさを充分に持っていて何とも癒される。好きなものには喜ぶし、不満は嫌だと口に出して手をかけさせる。まるで手間の掛からない良い子よりも多少なり面倒をかける子供のほうが育てている実感が親には沸くものだ、と以前読んだ育児本には書いてあった。
 勿論ヴィヴィオはユーノの娘ではないのだが、良好な関係だと判断するのもやぶさかではない。
 そしていつも通りに、ヴィヴィオは近寄ってきて本を受け取り──ユーノの膝の上に座った。

「んしょ」
「……」

 ユーノは当然のように自分の膝に座ったヴィヴィオに苦笑いを浮かべながら、持っていた本を片手に持ち替えて読みやすい位置に変えた。
 膝、もっと性格にいえば太ももの上に体重を感じる。重いとは微塵も感じないが、もっと安定した座り場所もあるだろうとは思った。
 初めは普通にそこらにある椅子に座っていたヴィヴィオもいつの間にか定位置を作ってしまった。いつまでもフラフラと無重力の中仕事をしていたユーノが、司書長室の椅子を定位置と定められたように。
 奇妙な符号を感じながらも別段それを指摘するつもりも、ヴィヴィオをどかすほどの用事も無いのでさせるがままにしている。

「ユーノくん、そういえば今日学校でね──」

 ヴィヴィオは本から顔を上げずに話しだす。それでもしっかりと本の内容は頭に入っているようでページを捲る速度は変わっていない。ユーノとお喋りをしたいという思考と分けてマルチタスクにしているのだろう。
 学校での友人との話や、なのはの作った弁当のおかずに嫌いなものが入っていたことなど止めどなくユーノに話し、その都度彼は言葉を返した。 
 お互いに雑談をしながら趣味である本を読むという安らかな時間を過ごしている。
 
「ヴィヴィオ。少し資料を取ってくるから退いてくれるかい?」
「うん、わかった」
 
 膝の上に乗ったヴィヴィオをひょいと持ち上げてユーノは退かせた。素直に彼女も近くにあった椅子に座り直す。
 司書長室から出て、書架へと向かい仕事に使う資料を検索魔法で呼び寄せる。周りの司書に仕事の進展度を確認してその出来に満足しながら戻った。
 自分の椅子に座る。するとやはりヴィヴィオも再度ユーノの膝の上に落ち着いた。

「……えーと、この辺りに記述があったはずだけど……」

 その堂々と自分の場所を主張するような態度に苦笑しながらもパラパラと本を捲って資料を読み解く。
 そもそもどうしてヴィヴィオは僕の膝の上に載るのだろうか、とユーノは考えた。肉付きがいい方でもないし、男だから少なからずごつごつとしていて柔らかい椅子ではない。体温で多少温かいかもしれないが、他人が座った後の椅子に残った温度を気持ち悪く感じるようにそれが必ずしも快いとも限らない。だいたい、無限書庫はそう寒くないのだ。
 甘えているだけ、という単純なことなのだろうか。或いはなのはも家ではヴィヴィオを膝に座らせているのかもしれない。そんなことを思う。決して不快には感じずに。 
 数冊の本にあちこちと付箋を付けておく。今すぐに必要なわけではないので後で纏めてコピーをとればいいから机の端に片付けた。
 ふと、懐に居るヴィヴィオの読んでいる本に目を向ける。児童書や絵本にもなっている作品だが原本の小説を彼女は読んでいる。難しい表現があれば時折ユーノに尋ねた。そんな風にいつも通り、無限書庫託児所は機能している。
 やがて物語も終盤に入った頃にヴィヴィオがこっくりこっくりと頭を上下しだした。目が細められて、膝の上に載せているユーノにもじんわりとヴィヴィオの体が温かくなっていることが伝わる。眠いのだろう。

「ヴィヴィオ、眠いんだったらそっちのソファーに行くかい?」
「ううん……ここでいい……」

 ふにゃ、とユーノの体に体重を寄せてヴィヴィオは静かに目を閉じる。
 参ったな──そんな風に思いながらもユーノは頭を掻いた。しっかりと体を固定するように、ユーノのスーツを握ったままにわかにヴィヴィオは眠りに付いている。
 暫くならばいいか、と腕時計を見て判断した。あと一時間もしないうちになのはが迎えにくるはずだからだ。
 




「ユーノくん、こんにちはー」

 ヴィヴィオと全く同じ台詞で司書長室に入ってきた、幼馴染の姿にユーノは軽く吹き出す。血は繋がっていないのだけど親子だなあと実感させられる。

「やあなのは。ヴィヴィオは借りてたよ」
「預かって貰ってたんでしょ? ってありゃりゃ、ヴィヴィオ寝ちゃってるの?」

 ユーノの体にしがみついて規則正しく寝息をしている娘に僅かに眉を寄せるなのは。
 彼はヴィヴィオの背中を撫でながら、

「うーん、ちょっと疲れてたみたいかな?」

 くすくすとなのはが笑い、

「きっとユーノくんの膝の上が居心地良かったからだよ」
「そうかな? よく分からないけど……」

 首を傾げながら浅い眠りに着いているヴィヴィオの顔を覗き込んだ。魘されている様子もなく、ゆるい寝顔を見せている。
 ううん、と僅かに唸ってヴィヴィオが薄目を開く。

「……あれ、おはようユーノくん──となのはママ!」

 ぺかーと顔を輝かせて母親に笑顔を向けるヴィヴィオ。にっこりとなのはも笑顔を返した。

「おはよ、ヴィヴィオ。迎えに来たよ」
「はあい」

 言いながらも中々ユーノの膝から降りないので、ユーノはヴィヴィオの両脇に手を入れて持ち上げ、立ち上がらせた。「よいしょ」という爺臭い上に女性を持ち上げたときに使うべきでない言葉を噛み殺しながら。
 なのはのところにとてとてと歩いて行き、手を繋ぐ。
 
「ユーノくん、今日お仕事は?」
「今日は夜にクラウディアが帰ってきて、クロノからいろいろ頼まれてるからこれからが本番だね」

 僅かに残念そうな顔を見せるなのは。仕事が無かったらヴィヴィオを預けたお礼に夕飯にでも招待しようかと考えていたのだ。

「そっか……ヴィヴィオ、迷惑かけてない?」

 心配そうになのはが尋ねる。

「いいや、大丈夫だよ。いつでもおいで」

 とユーノはそれを否定し、透き通るような笑顔をみせて軽く手を降った。 
 ヴィヴィオも手を振り返す。

「ユーノくん、またねー!」 

 それはまた膝を貸してってことかな、とユーノは肯定するように頷いて二三なのはと言葉を交わし、去っていく二人を見送って仕事に戻った。




「ヴィヴィオ、ユーノくんの膝の上がお気に入りだね?」
「うん。あそこは凄く落ち着くの! 聖王の鎧なんかよりずっと安心出来るよ」

 なのはが納得したようにヴィヴィオの頭を撫でる。
 最近はずっと、ユーノの膝がヴィヴィオのお気に入りのポジションだ。彼女を膝に乗せているユーノの姿は客観的に見ても父娘のようであり、ヴィヴィオの母親であるなのはもなんとなくこう嬉しい気分になる。露骨に嬉しい気分になる。まあズバリ外堀から固まっていくような充足感がある。
 外から固めるのは好きだ。バスターを撃つ時だって誘導弾やバインドで逃げ道を無くしてから回避不能の一撃を放つに限る。逃げ惑った相手が逃げ道がないことを確信して浮かべる顔を見るだけで心が優しくなるようだった。
 それはともかく。

(ユーノくんの膝か……)

 鼻歌を歌いながら隣で手をつないで歩いている娘に意識を向けながら、思い出す。逞しいとはいえないような体型の幼馴染だが、不思議と安らぐ雰囲気を持っている。近寄るとほのかに本のようないい匂いがする。そんな男性だ。
 なのはがユーノと最大接近したのはおおよそ10年前、ユーノがフェレット形態のころだ。次点で大怪我したときの介護の手伝い。共にまともに男女の仲として近づいたわけではない。進展していないから。全然進展していないから。
 膝。ヴィヴィオをしてこうまで言わせる聖域(サンクチュアリ)。なのはが気にするのも無理はなかった。
 具体的に座りたい。座ってみたい。でもヴィヴィオがそこに座るのと、同年齢幼馴染のなのはがそこに座るのでは大きく違うのが問題だ。恥ずかしい。
 
「……いいなあ」

 ぽつりと呟きながら、娘の手を握って帰宅した。




 *************



「──というわけで羨ましいなあって……」

 後日。
 なのはがたまたま食堂ではやてとフェイトと休憩時間がかち合ったのでそのことを話題に出した。
 思いの外、ユーノの膝の上は居心地がいいのか? という議題は思慮を生んだようではやてなど腕を組んで唸るほどだ。
 
「成程……確かに気になるなあ。そもそもわたしはお父さんの膝に乗せてもらったことも覚えとらんくて……」
「私もクローンだから……」
「わー! ふ、二人とも暗くならないで!?」

 どよんとした空気を慌ててなのはが掻き消すべく手を降った。彼女自身は父親である高町士郎や兄恭也の膝の上に幼い頃に座った記憶はあった。
 思い出すに、確かに父や兄は暖かく安心したように思う。
 そんな経験をすることができなかった地味に重い設定の二人ではある。憧れるように、親しい幼馴染の膝の上を想像する。僅かに暖かく背中から抱かれるような体勢で、甘えるように見上げる。オウフ。微妙な笑いが漏れた。

「うー、でもユーノくんの膝の上、なのはちゃんが座らせて? と頼むのはなあ」
「多分やんわりと断るよねユーノ……」
「そ、そうかな?」

 指摘に、もしかしたら本当に頼むつもりだったかもしれないなのはが怯む。
 あれでユーノは堅物だから、小さい女の子ならまだしも同年齢の女性がそのようなはしたない行為に出るのは窘めるだろうことは目に見えている。
 そして窘められてでも強引に決行するほどの覚悟を彼女は持っていない。恥ずかしい。

「フェイトちゃんが頼んだ場合は呆れて説教を始めそうだけど」
「わかるわー。まず大きな溜め息をして『あのねえフェイト』から始まって正座やな、正座」
「えええ……」

 口を尖らせて視線を逸らしながら矛先を変えたなのはの言葉にはやてが同調する。
 なのはとの立場の違いだが、フェイトの場合はなのはに対してのヴィヴィオのような明確な娘が居ないので一個人として叱られてしまいそうだ。
 エリオやキャロなど子供同然の二人はいるが、共に独立しており少し立場が弱い。
 
「……はやてはあれだね。多分引かれる」
「あー」
「納得された!?」

 なのはとフェイトの脳内にはやてが「ユーノくーん! 膝借りるでー!」とテンションに任せて要求するものの無言で引くユーノの姿が幻視された。
 或いはエターナルコフィンよりも冷たい一言で切って捨てられるか。
 勿論別段ユーノが彼女のことを嫌っているわけではなく、普段の行動からの対応ではある。

「しかしユーノくん、誰になら膝に座らせてくれるんやろ」
「年下? ヴィヴィオはありだから……多分頼めばエリオとキャロとか。スバルとかナンバーズの何人かも大丈夫だと思うけど」
「うう、ここで幼馴染という属性が厄介になるなんて聞いてないの……」

 がっくりと項垂れる。ユーノが多少性格が老成していて保護者目線になることがあるとはいえ、同年齢だ。恥を忍ぶには吹っ切りがつかない。
 もしユーノが快く、同年齢相手でも膝の上を貸すというのならば頼むのだが……一か八かの賭けに出るには彼女らはあまりにも若い。賭けに失敗したときのレートは、まあ概ね死だ。人間は恋愛できなくても死なないが羞恥で死ぬ。聖域に至るには双魚宮に敷き詰められた毒薔薇よりも厳しい道である。
 フェイトが思いついたようにぴこんとアホ毛を立たせた。普段立っていないのに。

「そうだ。ユーノにとってもう一人、幼馴染的な相手で試すのはどうかな」
「? それって?」
 
 不思議そうになのはが尋ねる。
 
「アルフ。最近無限書庫で働いてるし。中身は長年の付き合いだけど外見は子供だから成功するかもしれないし、そうなればユーノは精神年齢関係なく膝に乗せてくれるってことになるんじゃない?」
「成程……でもそれってユーノくんが単にロリk」
「はやてちゃんは黙ってて!」

 なにやら穏やかでない発言をしようとしたはやての発言を遮るなのは。
 早速無限書庫で働くアルフに念話を飛ばすフェイト。さらにアルフから通信魔法の応用でリアルタイム映像を送ってもらうことにした。

「フェイトちゃん、それって盗さt」
「しっ!」

 はやてから指摘は再び遮られた。






 ********************






「ユーノー書類持ってきたよー」

 赤毛の少女が司書長室に入るなり、両手に抱えた書類の束を見せびらかすようにしてそう言った。
 部屋の半分は書籍で埋まっていた。クロノからの資料請求があり、関連してそうな書籍を大量に司書長室に運びこんで選定作業を行っていたのだ。ユーノはデスクに座りながら10冊ほどの本を同時に読みながら、

「ああ、ありがと。アルフ」

 と返す。
 よろよろとバランスを崩さないように積み重なった書類をデスクに置く。そして腰に手を当ててユーノを半眼で睨みながら、

「忙しいのが楽しい──って感じかい?」
「あ、わかる?」
「まあね。これで付き合い長いんだから。アンタは書類仕事よりもそうやって資料探しのほうが好きなんだろうしさ。そうだね、こっちの書類は幾らかあたしがやっておくよ」
「ありがと、アルフ。迷惑をかけるねえ」
「それは言わない約束だよ」

 お互いにそう言って顔を合わせて、破顔した。
 もうなんか色々と通じ合ってる二人である。パートナーとかそういう言葉がふさわしい雰囲気だ。それをこっそり覗き見している教導官が「オオウ……」と声を漏らしている。
 しかしいつもはそこで、予備の机で書類仕事をするアルフだったが。
 今日はぐるりと司書長のデスクを回って、空を向きながら資料を読んでいるユーノの隣で僅かに躊躇して、

「よ」

 と声をかけてユーノの膝──太ももの上に腰掛けた。
 僅かに開いたユーノの両足の間に尻を押し付けるように座る。予想よりも押しつぶされる感覚が無いことにアルフは満足して、低反発の枕を踏んづけたような触感を感じた。背中にユーノの体温。後頭部に僅かにユーノの息が当たる。
 
「アルフ?」

 困惑したようにユーノが問う。
 アルフは何事もないように机の上に重なった書類を手にとって読み出す。各部署からの連絡通知。局外組織からの協力要請。納本リスト。様々にある。
 
「ユーノのサインも必要なやつあるんだからここでするのが効率いいだろー?」
「まあ、そうだね?」
 
 どこか釈然としないと思いながらもユーノは頷く。アルフは自分の仕事を幾らか変わってくれるのだ。文句をいう事など無い。
 膝の上に乗る体重は軽いものだ。僅かに彼女の背中と自分の腹の間にふさふさとした赤い尻尾が撫でて少しくすぐったかったが、我慢出来ないほどではない。
 読書魔法で本の内容を頭に叩き込みながらも手元で作業をするアルフに意識を向ける。
 ユーノの裁決が必要なのとそうでないのを選り分けて処理している。

「あ、ここサインだね」
「そうだよ──っひうあ」

 ユーノがアルフを膝に乗せたまま前傾姿勢になって両手を伸ばして机の上のペンを取りサインをする。
 手の間にアルフが収まり、さながら背後から抱きついているようだ。勿論彼に下心も無ければそんな恥ずかしい状態にあるという自覚も無い。
 彼の声が耳を僅かに撫でるように響いてアルフは人の耳を赤くしつつ頭についた獣耳をぱたぱたと動かした。
 そのままユーノが抱くように仕事を進めている二人の姿があった。アルフはその日、上機嫌に尻尾を振っていたという。




 ***************





「寝取られた気分なの!」

 それを見ていたなのはがどん、と食堂のテーブルを叩きながら言う。
 すっかり食堂にいた局員の層も変わっている時間見続けており、びくりと周りの人間が体を震わせた。
 はやても腕を組んで「やはり……ロリ……」などと難しい顔で呟いている。うっかり若返りのロストロギアを今渡したら躊躇いなく使いそうだ。躊躇いなく。あと寝取られたも何も別になのはのものではない。ユーノは。二人ともツッコミたかったが、躊躇して止めた。
 というかずっと居るが仕事はどうしたのだろうか。恐らく昼から休みだったのだろう。三人とも。
 ふと。
 反応がさっきから無いフェイトに二人は意識を向けた。

「……」
「……」
「……フェイトちゃん、涎出てるけど」
「はっ」
「あー! 使い魔との感覚共有で楽しんどったなー!?」
「なっ──! ず、ずるい!」
「違うんだよ。はなふぃふぉひいへ」

 ほっぺたを抓られてながらも言い訳をする。餅のようにぐにーと左右から伸びた。でへへ、と緩んでいたのでとてもよく伸びた。
「いひゃい、いひゃい」と涙目で呻く執務官はともあれ。
 
「しかしユーノくんの膝、意外と敷居は低いんじゃないかな」
「あかん、あかんでなのはちゃん。早計は自分の身を滅ぼすで。まだ検証データが足りひん。今のところヴィヴィオちゃんとアルフだけやから単にユーノくんがロリコn」
「ごほんっ!」
 
 再び名誉を貶めるような発言をしようとしたはやてを遮る。
 誓って彼は少女性愛者ではない。まあ、誓うのはなのはだが。信頼とか信用とか──或いは願望とか言う理由で確信している。
 はやては通信機を掲げて、

「既に次の戦士は送ってるで」

 メールを送信して次の刺客を放っていることを伝えた。
 司書長室を覗き見る映像枠では仕事を終え、ご機嫌そうに尻尾を振って出て行ったアルフに続いて司書長室へ入る人物を映しだした。ちなみに業務妨害ではない。決して、無い。勿論暇つぶしでさえも。
 ユーノの前に現れた人物はナース服だった。何故ナース服。それを見たユーノが固まった。見なかった振りをしようかと一瞬悩んだ末にぎこちない笑顔で問う。

『な、なにか用ですか? シャマルさん』

 捨石。
 なんとなくそんな単語が浮かんだなのはとフェイトだった。
 
「いや……このチョイスは……」

 残酷な評価を口にしようとして、それを堪えるのは困難だった。困難だったが、なんとかやり遂げた。

「だって……リインやヴィータやと普通に成功するやろうし。ユーノくんの性癖如何では特にヴィータに辛抱堪らんようになられても」
「はやては一体ユーノのことをどう思ってるのかな」

 彼女の守護騎士の中から、なのはやフェイト達とそう変わらない外見年齢でやはり十年来の付き合いの相手を試しに行かせたのである。無論ザフィーラ以外だが。
 それはそうと、画面の中で服装こそあれだがユーノとシャマルは何気なく雑談を行っている。きっと気にしても仕方ないの精神をユーノは発揮したのだろう。
 何気に二人の話題は合う。共に結界魔導師でもあるし情報系の技能にも優れている。また、ユーノも治療系の魔法についてシャマルと意見を交わすこともあれば料理指南書を渡したりすることもある。そして時折シャマルが作ってきたイギリス人の家庭料理以下の物を食べさせられたり。
 ──そんなことしてたんだ。ふうん。
 はやてからの解説に何かこう冷たい言葉を漏らす教導官。「ユーノの女友達関係に妬みを持ちすぎる……」というフェイトのツッコミは聞き流された。
 
『──っとそれでですねユーノくん』
『はい?』

 司書長室のシャマルが華のような笑顔で告げる。

『ちょっとお膝を貸してくれないですか?』
『膝……? ええ、と。どうかしましたか』
『そ──それは……その。脚気。そう脚気の検査でして』
『……?』
『検査で少し座らせてくれないかなって』
『なんで!?』

「……無理のある話の持って行き方だよね、これ」
「シャマル……」

 ほろりと涙をハンカチで拭うはやて。
 本当にいい子なんやで、本当に。交渉に失敗したのを自覚して顔を赤くしながらわたわたと手を振り回しているシャマルの姿を覗き見しながら思う。あれはあれで可愛いとは思うのだけれども。
 そして一旦シャマルは落ち着いて、顔をぶんぶんと振って熱を取り、

「──あ、財布取り出した」
「……5000渡したね」
「金で解決しようとしとる……最悪や……」
 
 金額も微妙にリアルな為に何故か見てて居た堪れなくなってくる。
 ユーノが迷惑そうにしているところにくしゃくしゃになった紙幣をスーツのポケットに押しこむシャマル。
 酷い図だ。諦めたようにユーノは頭痛を堪える仕草をしながら膝の上に座っているシャマルを許容した。見られていることは告げられていないシャマルは目標を達成した喜びか彼の膝に横座りになってはしゃいでおり、歳若い少女のようだ。
 バランスを崩さないために仕方なくユーノもシャマルの背中に手を当てて抑えており、何とも見ようによってはカップルのようではある。

「しかし……やっぱり子供以外が膝に乗ってるのはなんか、エロイ気がするなあ」
「……ううう」

 自分でやらせておいて不満そうなはやてにうめき声で二人も同調する。
 なのはが財布の中身を確認しながら、

「……5000か」
「だ、だめだよなのはっ。みじめになるからっ!」

 取り敢えず幼馴染という利点を捨ててでも手に入れようとするなのはを止めるフェイト。きっとなのはが金を渡したら彼から怒られるだろう予想もあった。早まってはいけない。
 はやては冷静に膝の上を満喫しているシャマルを呼び戻す念話を入れた。司書長室のシャマルの笑顔が曇る。不承不承、何事か足腰の生活習慣に依る不調に付いて言い訳をしながらユーノの膝の上から降りるシャマル。聞き流されているようだったが。

「さて……最後のチャレンジャーもそっちに向かわせとる」

 はやてが含み笑いをしながらシャマルの居なくなった司書長室の映像を見下ろす。
 ごくり、と唾を飲んでなのはが、

「わたしたち……冷静に考えると何やってるんだろうね」
「さあ……」





 ******************




 ──なんだったんだろうか、シャマルさん。
 
 いきなり来て代金渡して膝の上に乗ってきた医療局員が去った後ユーノは軽く頬杖をつきながら思った。
 司書長室はそういうお店ではないのだが。或いは何か最新の医療技術だったのだろうか。まさか医療魔導師として名高いシャマル女史が、特に意味もなく自分の膝に乗ってくるはずもあるまい。隠された意味があるはずだ。
 それはそうとお金は後で彼女の家族の誰かに返しておこうと思った。お金を渡された意味が分からないからだ。
 
「さて、仕事仕事」

 シャマルが正面にいたことが理由で若干滞っていた仕事を再開する。アルフやヴィヴィオ程度の少女ならともかく、シャマルが体重が軽めの女性とはいえ少々大きかった。さすがに後ろから抱きつくように書類仕事をするのは無理がある。常識的に。
 世界の陰謀に気がつかない司書長の仕事場に新手の魔導師が訪れることとなったのはその僅か数分後だった。
 
「スクライア。失礼する」

 云いながら入ってきたのは烈火の将、シグナムだ。いつもの管理局の制服に身を包んで凛とした雰囲気で姿勢よく歩く彼女の姿は如何にも仕事が出来るタイプの女性に見える。
 ユーノは「おや」と思いながらもペンを持った手を上げてシグナムに会釈する。

「こんにちは、シグナムさん。珍しいですねそちらから来るなんて」
「そうか?」
「まあ、いつも通信で僕が呼び出されますから」

 とはいえシグナムに呼ばれるときはだいたい訓練所の結界作りなので、わざわざシグナムが呼びに来たら二度手間で面倒だから別に構わないのだったが。
 すたすたとデスクの前まで歩いてきて腕を組み、ふむと彼女は呟く。

「仕事が忙しそうだな」
「溜まってるってほどじゃないですけどね。ああそうそう、このお金、シャマルさんに返しておいてください」
「む。わかった」

 薄い笑みを浮かべながらユーノから受け取ったお札を自分の財布に入れる。帰りに美味い物でも買って帰ろうと決めながら。着服する気満々だった。
 そしてやはり仕事を再開したユーノを見ながら思う。
 
 ──迂闊に悪手を打てば仕事の邪魔になるな。

 主からの指令でユーノの膝上戦線を把握しに来たのだが、邪魔になるのは本意ではない。
 だがかといってここで引くのは将としての名折れ……!
 シグナムはやや考え、策を思い浮かぶ。猪突猛進、正面突破のような戦い方の印象のあるシグナムだがその本質は将。戦術・搦め手を考えるのも得意だ。通常の攻撃が効かないユーノに正面から立ち向かうような真似はしない。
 決まれば行動は早い。小さく頷いて真顔でユーノに近寄る。
 隣に立ったシグナムへとユーノは疑問の眼差しを向ける。

「どうしました──?」
「いや、動かなくていい」

 ひょいとシグナムは腕力でユーノを持ち上げる。
 すっと司書長の椅子にシグナムは滑りこむように座った。
 そして自分の膝の上にユーノを乗せる。

「えええええ」
「ふっ。さあ仕事の続きでもするがいい」

 完璧だ。シグナムは満足したように目を瞑った。膝の上が無理なら膝の下に入ればいい。まさに逆転の発想。問題は本質まで逆転しているが、些細なことだと彼女は確信している。
 また、ユーノがシャマルを乗せるために払った代金を頂いたのでまたユーノを自分が載せればイーブンってところだろうか。

 ──身長差1cmの約得……!

 ユーノはシグナムの──というよりも女性の慣れない太ももの感触に、どうも居心地悪く逃れようとしたが逆にがっしりとシグナムに腹部に手を回されて固定されてしまった。体が密着して、柔らかな二つの双丘が背中に押し付けられて動きを止める。 
 シグナムの気まぐれは今日に始まったことではない。普段常識人だが微妙なところで外してくる。ユーノは長い長い溜め息をついてやはり諦めることにした。ペンを手に取り書類へと向かう。
 一方抱き抱えているシグナムは。

 ──フフ、首筋からいい匂いがする。

 ふんふん、と彼のうなじの辺りで鼻を鳴らす。首もとに感じる息にユーノはぞくぞくとした感覚を抑えて仕事を続けた。
 ぎゅ、と手に力を入れて彼の背中との間に挟まれた胸は潰れて弾力を伝え───




 ***************




「眼鏡割れろ!」


 ガン、と頭をテーブルに叩きつけながら三人娘はサーチャーの先に怒鳴った。叫びは伝わらないが、思いだけでも伝えとばかりに。
 いつの間にか彼女らの周りのテーブルだけひどく人が空いていた。奇声を発したり頭を抱えたりする集団に関わりたくないようだ。
 ゆるゆると顔を上げて荒んだ眼差しでお互いに見やる。

「……ちょっとはやて。若返りのロストロギア用意してユーノを十年ばかし若返らせてきて」
「そこで即そっちに走る辺り駄目やなあフェイトちゃん……」
「ううう、結局わたしたちには無理なの?」

 項垂れるなのは。
 ヴィヴィオやアルフのように小柄な体を活かしてユーノの膝上に潜り込むことも。
 シャマルのように強引に乗り込む面の皮の厚さも。
 シグナムの積極性も。
 少しばかり同年代の乙女には厳しいようだった。
 はやてが「あ゛~」と唸って手を叩いた。

「やめやめ。さっきからわたしら凄いアホらしい事を話し合ってるで」
「うん、そうだよ。いい大人なのに膝に座るとか座らないとか」
「そうだよね、少しわたしたち、気になって確認してただけで本気でどうこうしようってわけじゃなかったもん」

 あっはっはと笑いあう。
 通信モニターを消してシグナムに適当に戻るように連絡して、やれやれとばかりに立ち上がった。
 所詮膝である。骨と軟骨で固めた物に皮をズボンで覆っただけの物体にどれだけの価値があるだろうか? まだ高級座布団を買ったほうが良い。
 大体、もう子供じゃないんだから。そのうち自分の子どもを自分の膝に乗せる楽しみはあっても、今更自分がどうこうという年でもないだろう。
 爽やかな表情で彼女らは暇つぶしを終えて立ち上がり、食堂を出る。

「ま、今日のことはあれやな。忘れよ」
「そうだね。じゃあこれで」

 と三人とも別々に歩き出してその日のユーノの膝上討論会は終りを迎えた。
 ユーノの膝に座るなど、単に話題の一つとして上げただけでもはや拘泥するほどのことでもないだろう。



















(そう、自分以外は)



 別方向に歩いている目は爛々と赤く光っていた。あるいは彼女らだけかもしれないし、もっと多いかもしれなかったが。

 戦が始まる。おおよそ、領土争いは戦に発展するのが常識であるように。





 
 








 おしまい












********************








「ユーノくんの膝の上はヴィヴィオ専用だからね!」
「はいはい」

 なんでヴィヴィオは目光らせてマジで言ってるんだろう。すごく不思議。僕はそんなことを思いながらその日も平和に過ごしている。





 おわり
 



 



[20939] 翡翠の聖夜月光に満ちて(すずか編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/12/25 23:05

 失敗というのはどこにでもあるものだ。

 人生は失敗の連続と成功の継続で成り立っている。細かい失敗を挙げ連ねても別段有意義ではない。失敗と成功は似たようなものか、同一のものでしかない。
 つまりはわざわざ、97管理外世界に今日訪れたのはただの失敗でしか無かったかもしれない。
 ユーノはそんなことを思いながらベンチに腰掛けて空を仰いだ。綿のような分厚い雲が光を灰色に写していて、顔に感じる気温から今にも雪が降ってきそうだ。
 高く見える空には紫煙が僅かに上っていく。風は無かった。それだけが、外で過ごしていい日和だったかもしれない。
 すっかり短くなった煙草の煙を吹かす。溜め息のように、或いは疲れのように。
 この世界では禁煙が進んでいるという。適当に捜し歩いてようやく灰皿のある公園のベンチを見つけた。もしかしたら十年ほど前の事件で近くを訪れたかもしれない海に面した公園。思い出深い場所ではあったかもしれないが特に何も感じずに一つのベンチを占有して煙草を吹かしていた。
 日が悪かったようだ。その日、海鳴市はクリスマスだ。おまけにその公園はカップルのデートスポットであったようだ。ユーノはうんざりとしながら男女の仲睦ましげな様子から目を逸らして、新しい煙草を咥えて火を付け、変化のない空を見上げる。普段はそこまで煙草を吸わないが、そんな気分だった。
 移動するのが面倒だと思った。なんとなくで訪れた縁ある世界だが、感傷か未練か──どちらでもないような面倒くささも感じている。
 ただミッドチルダでなければ良かっただけだ。ぼんやりしながら煙を吸込み、シガレットを咥えたまま吐き出した。喉に苦さがこびりつくようだったが、それよりも寒々しい胸に熱い煙が入るのが気持よかった。








 ******************








 月村すずかが彼を見かけたのは街中のことだった。その日、大学の帰りに綺羅びやかにクリスマスイルミネーションに装飾された街を歩いていると、クリーム色の髪の毛をした人物がコンビニへ入るのを見た。
 珍しい、と思った。ここ何年かは数えるぐらいしか海鳴市に訪れなかった友達の友達──まあそのまま、友達とっても差し支えない間柄の男性、ユーノであったが彼がコンビニなんて生活感のある場所へ入るのが違和感のようなものを感じる。
 店の外から様子を伺うと煙草を一箱注文して、告げられた値段──値上がりを知らなかったようだ──にやや戸惑いつつ購入し出て行った。
 すずかは特にその日特に予定はなかったので悪いとは思いつつ彼の後に着いて行った。ユーノは気づかない様子でフラフラと歩き、やがて海鳴海浜公園のベンチに腰掛けて煙草を吸い出した。
 
 ──誰か待ってるのかな?

 すずかはそう思いながら様子を伺う。誰か、という点で思いつくのが数年前に異世界へ移住した幼馴染だ。しかしそれならば二人して向こうで待ち合わせすればいいのだろうし、彼女が帰ってきたという話も聞かない。
 疑問に思いながら観察して30分ほど。誰かを待ってる様子もなかった。時間を気にする動作などをしなかったから、それとなく分かる。
 確かめようかな、といい加減寒くて待つのが辛くなってきたので、自販機で温かいコーヒーを二つ購入してベンチに近寄った。
 雪が降る瞬間でも待っているのか上ばかり見ているユーノの鎖骨に缶を当てる。

「えい」
「あっつ──!? ゴッホゲホゲホ!!」

 熱されたスチール缶に温度にはね跳びつつ、むせるユーノ。
 白黒した目で視界を向けると、口に手を当ててくすくすと笑っているすずかがいた。

「す、すずか? あー、えーと……こんにちは?」
「ふふっ、メリークリスマス。ユーノくん」

 言いながら、ユーノが咥えていた煙草をすっと抜き取る。

「煙草は体に悪いよ? 血流とか健康に」

 彼女が別段血流に拘っているわけでは──多分無いのであろうが。
 ユーノは悪戯を咎められた子供のように、

「う……それは実は異世界の健康に良い煙草なんだ」
「コンビニで売ってるの?」
「最近の品揃えは馬鹿にできないね」

 諦めたようにユーノが両手を軽く上げて降参のポーズを取る。何度か、煙草の健康被害について説教を受けてはいたのかもしれない。
 代わりにすずかからコーヒーを受け取って、開ける。
 少しだけ口の中を湿らすように飲んだ。

「……変わった味だね」
「うん。新発売の塩コーヒーらしいよ」
「……すずかも飲んでみる?」
「いらないかな」

 苦い表情をユーノは向けるが、すずかは笑顔で彼の隣に座って普通の微糖を飲んでいた。
 なんとなく、すずかに声をかける。

「今日は寒いねえ」
「雪でも降りそう。あ、こっちでは雪が降ったらホワイトクリスマスって言うんだよ」
「へえ。じゃあブラッククリスマスもあるのかな」
「なにそれこわい」

 黒いクリスマス。どちゃり。ぐちゃり。街は一瞬にして血に染まり……
 そんな光景を想像して、僅かに頬を赤らめるすずか。その反応はおかしい。

「ユーノくんはもうちょっと防寒したほうがいいよ。マフラーとか」
「うう。向こうとは少し季節がずれてるから」
「そうなんだ。私の、使う?」
「すずかを寒がらせて自分が温まろうとは思わないよ」

 コートの襟をやや立てるような仕草をしてユーノは気のない返事を返す。
 塩コーヒーを飲みながら彼は尋ねた。

「すずかはなんでここに?」
「……?」
「そっちが不思議そうにされても」

 困ったような曖昧な、何処か気力の薄い笑みを浮かべながらユーノはすずかと目を合わせた。
 親友とまでは行かないが友達の友達──まあそのまま友達といっても差し支えない程度の間柄ではあるが、すずかがこの寒い日にわざわざベンチに座って暇そうに煙草吹かしている男に用事があるほど暇そうには見えない。

「暇だよ?」
「……そ、そうなんだ」

 暇だった。このご時世、大学生盛りだというのに月村すずかはクリスマスに暇していた。
 意外な事実にユーノは少し言葉を詰まらせた。

「それでユーノくんも暇そうにしてたから。何か用事あった?」
「──いや、暇してた」
「だよね」

 見透かしたように微笑むすずかにユーノはやや目線を外した。

「すずかはこんな日に恋人とか居ないの?」
「居ないよー?」
「ふうん。君はその……美人なのにね」

 言ってから軽く頭を抱えるような仕草をして、

「あー……なんか変だ。ごめんすずか、ちょっと今日疲れてるみたいで変なこと言って」
「ううん、いいんだよ? でも変なことって言われると傷つくかな」
「ご、ごめん。変じゃなくて……うう、言葉が出ないな」

 慌てたように謝るユーノの様子に、ふとすずかの頭に考えが過る。
 そこまで深い付き合いがあるわけではない友人だが、感情に機微なすずかが察したのは、


「ユーノくん、もしかしてフられた?」


「……すずかは凄い女性だよ」

 苦笑を携えてユーノは彼女を褒めて、やや温くなった塩コーヒーを飲み干した。食堂と胃を温めた液体が通った後の口の中は、少しだけ塩っぱかった。
 仮説が当たったすずかの方が僅かに動揺しつつ──表面には出さないが──彼が口を開くのを見た。

「告白したんだけど、まあ僕ら友達のほうが気楽だよねって意見にさ」
「従っちゃったんだ」
「異性として見られてないっていうか……いいんだけどね? いいんだよ? うん」

 なるべく軽い調子で言おうとしているユーノに気づかないふりをして、すずかは思う。

 ──むしろ付き合ってなかったんだ……?

 恐らくはすずか以外の二人を知る女性に教えても似たような感想を覚えるだろう。
 
「それで別に居心地悪くなってこっちに来たってわけじゃないんだよ、別に。ああ寒い」
「ユーノくん」

 ──それでいいの?
 と訊こうとしたが、余計傷つけてはなるまいと察して、

「ドンマイだね」
「……くっふふっ、すずか、ありがと。大丈夫だって。実のところそこまで悲しくないし。友達っていいよね。友達百人できるかな」

 やけくそ気味に笑うユーノ。それでも、本当にそこまで落ち込んでいないのは……

 ──あれ、なんか気が楽になってるな。

 本人も不思議に思ったが、煙草を一人で喫んで曇天を眺めているよりは随分と心が晴れていた。
 結構単純なのかもしれないな、とユーノは自分に皮肉げな思いを向けた。
 そもそもこれまで友達関係で不満だったわけでもない。まったく、何を考えていたのだろうか僕は。
 若気の至りとでも言おうか、思い出すに恥ずかしい気分になって来る。友情と愛情を勘違いするなど、笑えてしまう失敗だ。
 すずかは頬を掻くユーノの手をそっと掴んだ。ユーノは冷たい手だったが、そこがむしろ気持ちよかった。

「すずか?」
「ユーノくん、今日はクリスマスです」
「そうらしいね」
「クリスマスは年頃の男女は楽しく過ごすみたいです」
「そうらしいね」
「だから、」

 ──。

 言葉を少しだけ飲んだ。
 そしてもう片方の手の指を一本立てて。
 
「──遊びに行こうか」
「うん?」
「暇だよね?」
「そうだよ──そうだね。やることもないなあ、情けないことに。仕事もこんな時ばかり休みでさ」

 本当は告白のためにわざわざ休んだのだが、今更ではあった。
 すずかに手を引かれてユーノはベンチから立ち上がった。木製の椅子に残った僅かなぬくもりも、直に消えるだろう。
 自分よりも少しだけ温かいすずかの右手を握り返して、彼女と話しだして見上げていなかった空を見上げる。

「──あ」
「雪だね」

 ふわりふわりと、風の少ない海鳴市に雪が舞い降りていた。公園にいたカップルたちも空を見上げて、わあとかいった声を上げる。
 周りからは周囲と同じカップルに見える二人。ユーノは思い出したかのようにすずかを見て、

「メリークリスマス、すずか」

 何がおめでたいのかわからないけど。
 とりあえずおめでとうは言っておいたユーノの顔には普段どおりの優しげな笑みが浮かんでいた。
 




 *************





 突発的にクリスマスに遊びに出かけようとしても実際の所さほど選択肢は無い。
 すずかが一旦家に電話をすることとなった。本当に彼女の今日の予定は特になかった。親しい友人のアリサ・バニングスは親関係のクリスマスパーティに海外まで出かけているし、その他友人らはリアルで充実しているのだ。
 精精がメイドや猫と過ごす日常。食事が豪華になる程度だろうか。姉はその夫と海外に住んでいて戻ってこない。
 
「──ええ、食事の準備を──ユーノくんを連れて行くから──あ、仕上げないで私も作るの手伝うから──うん、はい」

 やや離れたところで電話をかけていたすずかが戻ってきてユーノを見上げた。

「夕飯はうちで出すからね、ユーノくん」
「ありがと。楽しみにしてるよ」
「今日はどこのお店もいっぱいなんだから。ユーノくん、夜どうやって過ごすつもりだった?」
「う。あー……どうだろう。バリアジャケット着れば多少の寒さは……フェレットになって自販機の裏に入るとか」

 半ば本気でそんなことを思案しだしたユーノに笑いを堪えて、すずかは再び手を引いた。

「じゃあうちに泊まりで決定だね」
「迷惑でなければ」
「部屋はいっぱいあるから、いいよ」

 確かに、昔月村邸に行ったときはその広さに驚いたものだ。猫がいっぱいだけど。決してフェレットにはなるまいとユーノは思った。
 どうせ予定もなく、深夜になって寒さに耐え切れずに次元移動する羽目になるのも嫌なので素直に申し出を受けた。
 
 公園を出て、街を歩いた。
 短くなった夕方を過ぎて、薄暗さからあっさりと空から降りしきる光照は消える。
 同時に、或いはそれよりももっと早く街に飾られた様々なクリスマス用の飾りが彩り、空から降りる白い雪に反射していつもよりも街を皓らせていた。
 少しづつ積もった雪はよく踏まれるところこそ溶けて泥のようになっていたが、角を丸く覆うように柔らかに世界を覆う。夜だというのに街は賑やかで足早に帰る父親らしきサラリーマンがプレゼントを運んでいたり、ケーキ売りの青年がサンタクロースに扮して声を上げていた。
 街に住んでいたのは半年ほどだ。それも多くは高町家にフェレットとして過ごしていた。ユーノは慣れない地理のためにすずかにリードされて聖夜の海鳴を歩く。
 
「すずか、どこに行こうか」
「まずは服屋。ユーノくん、寒そうだよ」

 言われて連れてこられた。
 ダウンジャケットこそ着ていたものの、首もとが寂しいものだとすずかはずっと思っていた。ずっと首を見ていたわけではない。恐らくは、多分。
 マフラー売り場に行って様々な色、デザインのマフラーをすずかは唇に指を当てながら選んだ。

「どれがいいかな、ユーノくん」
「え、と」

 ユーノは多い種類のそれらを眺めて、首を傾げる。
 あまり自分を着飾ることをしてこなかったユーノである。素材が良かったから清潔そうな格好さえすれば大抵似合う。
 その中から一つ、目についたマフラーを取った。

「これ、すずかのと同じやつだね」
「──うん、そうだよ?」

 実家が裕福な部類に入るすずかであるが、普段着を高級品で揃える趣味は、あまり無い。大事なときは相応の品で着飾るが大学生として一般的な服装をしている。
 ユーノは他に選ぶための基準となるマフラーも無かったからこれでいいかな、と思った。

「お揃いだね」
「あ」

 初めて気づいたようにユーノがそれをレジに持って行こうとして、止まった。

「いいよ、似合ってるから」
「うーん」 

 少しだけ悩んで、

 ──まあいいかな。

 と結論を出し、ユーノはそのマフラーを購入することにした。
 すずかが、

「あ、私のカードで払う」
「いや、すずかに奢らせるわけにはいかないよ」

 断ったが、彼女はずいとレジにカードを渡した。なにか黒い見たことのないクレジットカードだった。
 
「フられたユーノくんに、クリスマスプレゼントだよ」
「うっ」

 怯んだ隙に会計が終わり、ユーノはポケットの中にいれた日本円を取り出し損ねた。ミッドチルダでの通貨をハラオウン家に両替してもらったものである。きっとレートは胸先三寸で決まっているが、さほど気にしない程度には持っていた。
 女の子に奢られた。やや悲しい気分になりながらも諦めて、タグを取られたマフラーをすずかに巻かれる。
 すずかは何処か嬉しそうに微笑んで、首もとに同じ色のマフラーを巻いたユーノの隣を、手を引いて歩いた。

 店を出た後、暫く二人は街をうろついた。
 DVDショップで今夜見る映画を買った。すずかが名作を教えてくれた。
 自販機でまた飲み物を買った。ユーノは再び塩コーヒーを購入して、すずかに意外に思われた。結構気に入ったらしい。
 アクセサリー屋を覗いた。やはりカップルが多かった。だがさほど二人も、他の客と変わらないように見られた。ユーノがムーンストーンの首飾りをすずかにマフラーのお返しにプレゼントした。大層喜ばれてユーノもマフラーが少し軽くなったように思えた。
 

 いつの間にか、二人の距離は手を繋ぐから腕を組むに変わっていた。ユーノはその距離に最初こそ首を傾げたものの、すずかがあまりに自然な様子なので次第に気にしなくなった。





 *******************






 夕食をすずかの家でご馳走になり、彼女も作った料理に舌鼓を打ってのその後。
 主であるすずか自身が料理を作るというのに少し驚いたが、客を招いているのだからと腕を振るったようだ。
 メイドたちの何処か生暖かい視線を浴びながら、ユーノとすずかはソファーに並んで座って映画を見ていた。部屋をやや暗くして、大きな液晶に映る映画の光が二人を照らしていた。
 とある小説の映画化したもののようだ。すずかが食後に入浴しにいった間に渡された原作は読書魔法で読み終えた。なかなかに良い映画化のようで、時折すずかと言葉を交わしながら視聴している。
 だがユーノは映画の内容よりも、

 ──すずか、近いんじゃないかな……?

 くっつくような距離に座っているすずかから微かに匂う風呂上りの良い香りが問題だった。
 肩にやや体重を感じる。僅かに、抑える程度にすずかが寄りかかっている。
 ユーノから告白しようとしたことからもわかるが彼とて朴念仁の鈍感では──いや、あるのだが、まあ少なからず恋愛観を持っている。そしてすずかは同年代の女性でありとびきりに魅力的だ。ユーノは脳裏に浮かぶやましいことを振りきって映画に集中しようとしていた。
 年頃の男女がクリスマスにこんな状況なのだというところから察せというのは振られマンには難しい相談だ。
 仄かに感じるシャンプーの匂い。映画を見ながら飲んでいたワインで上昇した体温。
 それでも、申し訳なさそうに自分の告白を断った彼女の顔を思い出すだけでユーノはやや冷静になれた。
 人生は失敗の連続で進む。落ち込んでいても仕方ない。ただ、同じ失敗を繰り返さないように努力することだけを思えばいい。友情を愛情と勘違いしたことを。
 そんなことを思いながら、映画のラストシーンを見ていた。長靴を履きまくった猫は裏切りや内政失敗や革命の後に見事に公爵とくっついてハッピーエンド。派手な銃撃戦とカーチェイスにリアルな爆発演出とカンフーアクションをタランティーノ風にミックスさせた大作だったが、物語の終わりはハッピーエンドに限るな、とユーノは安心の吐息と共に流れるエンディングを見ていた。
 




 すずかは色めき立っていた。
 恋敗れたユーノを慰める──つもりではなかった。彼を誘ったときから、陶酔したように頭がのぼせるような感触を覚えていた。
 卑怯な事に、と彼女は自嘲の思いを浮かべつつ「ユーノくんがフられてよかった」とさえ──並んで映画を見ている今でこそ思ってしまう。
 友達の友達。
 そんな関係だった彼をそういう対象に、ほんの偶然見かけて話をしただけなのに思ってしまうのだろうかと自問するが──

 ──寂しそうに笑うユーノ。
 ──我慢してコーヒーを飲む彼。
 ──強がりを言って誤魔化すひと。
 ──冷たくて、気持ちいい手のひら。

 どれだろうと考えても、結果は出なかった。
 ただどうしようもなく、すずかはユーノが愛おしく思えてしまったのだ。
 欲しい、と思えるほどに。
 欲しいと思って欲しいぐらいに。
 きっと好きになるきっかけなんてそれぐらいで充分なんだとすずかは実感する。隣に彼がいればどきどきしてわかる。自分から自然に男性を誘うなんて初めてだったから。

 彼にマフラーをプレゼントして自分と同じものを身につけてくれたとき、ただ嬉しかった。
 お返しに、とアクセサリーをプレゼントされたとき、どれだけ嬉しいと思ったかは「受け取ってくれてありがとう」なんて言ったユーノには伝わっていないだろう。
 月長石の宝石言葉は『恋の予感』『純粋な恋』


 月村すずかはユーノ・スクライアに恋をしている。



「あ」

 映画がエンドロールの途中で、ユーノは曇った窓に顔を向けて口にした。
 部屋の中は暖房が聞いていて、カーテンを閉めなくても充分に暖かかった。水滴がついた窓の向こうが少しだけ明るくなっているようだ。
 彼の肩に顎を乗せるように、すずかもそちらを見た。

「見てごらん、雪が止んだみたいだ」
「そうだね」

 雲が払われたのだろう。世界を軽く白い雪が覆った辺りで、それは降るのを止めたようだ。
 窓の上のほうの曇っていない部分から、雲の隙間の月光が漏れていた。
 ほう、と小さく息を吐いてユーノはしみじみと呟く。



「聖なる夜とはいうけれども確かに──今日は月が綺麗だね」



 その言葉──遠まわしで妙訳な告白──がそういう意図を含んでいなかったとしても、それでも。

 すずかは、ユーノと口付けした。

 動転。
 一瞬で頭の中が真っ白になったユーノは視界を占領するすずかの顔を見て息も止めていた。
 口に煙草よりも温かい感触が触れ合い、僅かに先程まで飲んでいたワインの味がした。フレンチキスではなく少し触れるような口付け。そう、これは挨拶。スキンシップの一種なんだと、混乱したユーノの脳裏に絶対違うだろうという常識を超えた言葉が浮かぶ。
 少しだけ時間が止まった。映画のエンドロールは終わっていた。音もなく、すずかが離れて顔をじっと見る。
 先程の感触を飲み込むように息を飲み、殆ど無意識に彼女の名前を疑問符と共に口にする。 
 
「す──ずか……?」
「ユーノくん」

 囁くように彼へ言葉をかける。
 静かでも響く声にぞくりとした。近くでみる彼女の艶やかな髪の毛。そういえば、カチューシャを付けていない姿を見るのは初めてだな、と今更──逃避するように思った。
 口元には熱い感覚だけが残り、今更アルコールが回ったように体全体が熱を持っている。手を握ったときに自分よりも少し暖かいと感じたすずかから熱を貰ったように。
 動くことが出来ないまま、彼女の言葉が続く。




「好き──です」




 
 痛いほどの静寂で耳に自分の血がどくどく流れる音さえ聞こえるようだった。
 予想はしていなかった。しかし、僅かに妄想して、振り払っていた。
 すずかが自分に好意を持っているのではないかとは、想ってはいた──あり得るはずのない仮定として。
 フられた友人をわざわざクリスマスの日に慰めてくれる、優しい女性だとは思った。彼女と会話して何処か救われた自分が居た。それでも──それでも。きっと、そんなことには為らないんだと小さな諦めも持っていた。
 気持ちが千々に乱れた頭が、勝手に開いた口から声を紡ぐ。

「ぼ、僕はフられたばかりなんだけど」
「ユーノくん」

 すずかの声を妙に鋭く感じた。

「誰かに告白を断られたからって、それを理由に、私を見ないで断るのは止めて欲しいよ」
「それは──そうだね」

『あの子にフられたから君と付き合うことは出来ない』
 恐らくは断る理由の中で最低の部類に入るだろうことにユーノは気づいて、認めた。
 自分のことを好きだと言ってくれる相手にそんな他人勝手な理由で断れるものだろうか。
 月村すずか。

 ──彼女を、今日一日見てどう思ったかを、素直に話せ、ユーノ・スクライア。

 云う。

「僕は、今日すずかに会えて良かったと思うんだ」
「うん」
「正直一人でいると悩んで、腐って、ずっとこれから重荷に思って生きていたと思う。僕は強くないから、どこかで潰れてたかもしれない。だからすずかの優しさに、救われた」
「──うん」
「すずかはその──昔から、可愛いから、今日暇だって言われたときに意外に思った。一緒に街を歩いて、楽しかった。君の作った夕飯は美味しかった」
「ありがとう」

 すずかの表情は月影に隠れて見えない。
 彼は口にして、羅列して。
 言葉がもどかしく、気持ちのが不整理で無限書庫のようにごちゃごちゃしていた。わからないのを誤魔化さないまま、

「君のことが、今はまだ好きかはわからない」

 こういった告白に不慣れな自分を叱咤して、素直に思ったことを告げる。

「でも、君のことを好きになりたい──かな」
「──ありがとう、ユーノくん。私は、大好きだから」

 抱きしめた。一番単純に気持ちを伝えるために。
 好意の否定を否定しなかった。だけれども二人の関係は始まったばかりだ。続けたい、と素直に思った。わからないなら、わかるまで。
 
 薄暗い部屋に二人の影。
 雲は晴れていた。そこから覗く満月が聖なる夜に祝福を願ったように重なった影を照らしている。部屋は寒くなかった。二人の熱を伝え合い、過ぎていく。確かめるように。
 海鳴市に来たことが失敗だと最初にユーノは思った。だけれども失敗と成功は似ていて、或いは同一のものだ。きっと彼は後悔をしていないだろう。忘れるまでに、聖夜は更けていく。
 













 ********************




 無限書庫司書長ユーノ・スクライアは休暇をよく取るようになった。
 司書らは二重の意味で喜んだ。もともと働き詰めだったユーノが休むようになったのだし、休む理由は恋人に合いに行くからだという。
 無限書庫が忙しくならないように伝手を使って司書の増員や勤務体制の変更なども精力的に行い、彼は97管理外世界に帰っていく。最近など長距離転移魔法を所得して気軽に移動するようになった。
 まあただ、そこから帰ってきた日は妙に疲れて寝不足な感じになっているのではあったが。

 そのうちに、97管理外世界での戸籍も所得する予定だという。
 彼とその恋人にお互いの事を聞けば、こう云う。恐らくは何度でも、確からしく育った想いを口に出して。




「すずかの事? 愛してるかな」

「ユーノくん? 愛してるよ」




 どうやら、二人の間には塩コーヒーぐらいで丁度いいようだ。















 おわり
 






[20939] 君に届けこの想い(なのは掌編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2010/12/30 00:39



 その思いに気づくのは一瞬。

 顔を合わせただけで、理由は充分。






 ********************





 ふと気がつけばなのはの顔をじっと見ている自分が居た。


 彼女のことが気になって仕方がない。僕、ユーノ・スクライアは高町なのはのことを意識していることは間違いがなかった。
 昼過ぎからお互いの仕事が終わったので出かけようという事になっていた。いつもと変わりない日常。月に何度かやっている、他意の無いお出かけ。
 だけど今日、なのはの顔を見てからどうも気になりだして仕方が無くなったのだ。思いは突然だった。そのあまりの唐突な自覚に赤面してしまいそうになる。
 今はクラナガンの喫茶店で二人、他愛の無い雑談をしながらもそれが気になってそわそわとした態度になってしまっている。
 彼女も不審に思ったのか、尋ねてきた。
 
「どうしたの? ユーノくん、ちょっと様子が変だけど」
「えっ? ──な、なんでもないよ」

 彼女を見ていたことを指摘されたことにやや赤面しながら否定する。
 歯切れの悪い返事を返しながらも僕は彼女の言葉を紡いだ口へ向けていた視線を逸らした。
 手元にあるブラックコーヒーを一口飲んで落ち着こうとした。僅かに酸味を含んだ苦い味が口に広がる。しかしどうも、彼女を見てしまうと平常で居るのは苦労を強いられる。
 
「今日は昼あがりだったみたいだけど、仕事の調子はどう?」

 話を逸らすように聞く。
 だが普段から気になることでもある。仕事でなのはと顔を合わせることは、僕は滅多に無いからだ。
 彼女はにっこりと微笑んで、

「うん、最近は調子がいいみたい。今日は新しく入ってきた人たち相手に軽く模擬戦をした後に戦技のお勉強会だったよ。
 新人の一人はちょっと防御系の魔法が甘いところがあったから、手加減したバスターが貫通して直撃してね」

「それは……ご愁傷さまだね」

「生きてるよっ! あ、でも防御が上手い人もいて、その人はシグナムさんのところで訓練してた時にユーノくんから教えてもらったって言ってたよ」
「あー……確かに結界頼まれたときに何人かシールドのコツを聞かれたこともあったなあ」

 時々シグナムさんの訓練手伝いをすることもある。結界魔法は便利だけどあんまり専門で使う人は多くないから、教えることもあった。
 人に教えることは結構楽しくて好きだ。なんとなく、なのはもそうなのだろうとは思うけど。
 教えるという行為には幾つかに細分化されるが大きくは二つだ。自分の持っているものを伝えること。相手へ指摘すること。
 それらを行うためには自分と、相手について知らなければならない。お互い信頼も信用も出来ない相手に教わることも教えることも難しい。つまり、教導官というのは人と繋がりを大事にする立場だ。
 昔。なのはが魔法を覚えたての頃は僕が彼女に魔法を指導していた。ほんの少しの間だったけれど、確かにそこに信頼があったように思える。
 しかし──今。
 なのはに対して感じているこの気持ちを、素直に伝えていいものだろうか。

「ユーノくん」

 むに、となのはに眉間を摘まれた。
 びっくりした。

「すっごく皺が寄ってたよ? 何か悩み事?」
「うーん、少しだけね」
「それって、わたしに話せないことなのかな」

 少しだけなのはが寂しそうに云う。
 僕はうう、と小さく唸って、

「いや──君に──関係あることだけど、さ」
「──え?」

 問い返されたときに、丁度僕が注文していたサンドイッチのセットが届いた。
 受取り、苦笑する。

「どうせならなのはの注文したやつが出来上がったときに同時に持ってきてくれればよかったのにね」

 冷めるようなメニューでも無いが。片方にばかり置かれては少しばかりテーブルの上が寂しく見えてしまう。
 そんなこと気にするんだ、と前置きして、

「いいよ、ユーノくん先に食べてて。わたしの、少し時間かかりそうだから。それにユーノくん、お昼それだけで大丈夫なの?」
「朝食をとった時間が遅かったからね。なのはは?」
「今日はね──ヴィヴィオのお弁当を作ってそのお惣菜とご飯を食べたの。やっぱり朝はお米だよね」
「はやても似たようなこと言ってた」

 同郷だからだろうか、二人の食生活の感性は似通っているところがある。
 そのうちに、なのはの娘であるヴィヴィオも日本風の味付けが好みになるのだろうか。僕が一番印象に残ってる日本食はフェレットフードだけど。日本での僕の主食がそれだった。肉食だからって、ドッグフードやミルクを与えたらお腹を壊すので注意して欲しいと世界の誰もに呼びかける。
 ともあれ、こんな些細なことでも普段の彼女のことがわかるというのは有意義ではある。
 二度言うようだが僕となのはの職場は遠い。そして彼女の交友関係も広いだろう。
 僕以外の親しい誰かが、彼女に思いを伝えていないのが不思議なぐらいだ。
 まさかなのはが怖いから尻込みしているというわけではないだろうけど。
 彼女はぽんと手を打って、

「そうだ、今度ユーノくんにもお弁当作ってこようか」
「え──なのはが、僕に?」

 なのはの意外な提案に聞き返す。
 自信ありそうな態度で、
 
「そうだよ。最近じゃヴィヴィオもお弁当残さないし、フェイトちゃんと交代交代だけどちゃんとしたお料理も作ってるんだから」
「あはは、そうだよね。なのはのお弁当といえば昔、確か僕に作ってきたときに、梅干と間違えてレイジングハートを入れてきたとき以来かな」
「わー! わー! そ、そんなこと覚えてなくていいの!」
「おまけに職場には梅干を持って行ってそれをセットアップしようとしてたんだっけ?」
「うにゃー! ユ、ユーノくん時々すっごい意地悪だよね!?」
「ごめんごめん」

 赤面して眉を立て少し怒ったような彼女に謝った。
 やはり恥──なのだろうか、本人が恥ずかしいと思っていることの指摘は事実であろうと良い場合と悪い場合がある。
 なのはも真面目な性格なのだが少しだけおっちょこちょいだ。だからこそ──と再び彼女を見て、思った。 
 
「なのはの料理が美味しいってことはさ、ちゃんとヴィヴィオから聞いてるよ。君は立派な大人として評価されてるってことだ」
「そ、そうかな。そうだと──いいんだけど」
「自信を持っていいと思うよ?」

 そう、僕らはレイジングハート弁当を食べていた頃よりも少し大人になった。
 時が未来に進むと誰が決めたかは知らないが、おおよその法則はそれに従っている。過去は過ぎて未来は迫る。
 いつまでも子供では居られない。
 だから彼女に気づいてもらうのだろうか? 僕が、僕の言葉で?
 なのはが自分で気づいてくれるという保証もなく、或いはそれを待つことこそが残酷な時間になってしまうこともあるだろう。

「ユーノくん?」
「──なのは、少し聞いてくれるかい? 真面目な話なんだけど」
「え? う、うん」

 それでも。
 僕は告げることに決めた。
 彼女を傷つけることかもしれないけれど、今──僕が言わなければ後悔してしまう気がして。
 








 *****************




 高町なのはです。
 なんか今日は、ユーノくんから不思議な視線を感じます。いつも喋るとき顔を合わせているのとは違う、何処かちらちらと落ち着かないような様子で。
 それが何を意味するのか──希望的観測だといいんだけど。そんなことを思いながら喫茶店で軽食──お昼はまだだったので──を頼んで雑談していました。
 今日、教導した人はユーノくんからも教えられた人でした。知ってる人──特にユーノくんとこういう風に関わりがある人と繋がりが出来ると嬉しい気分になります。
 ユーノくんとは普段の仕事で合う機会が無いから……っていうか執務官のフェイトちゃんや捜査官のはやてちゃんはまだしもなんでシグナムさんやヴィータちゃんがユーノくんを引っ張って仕事に付き合わせるのかな……!
 いいけどね!? こっちは自然に食事にでかけたりデート──デート……デート? ううう、まあでかけたりするし。
 まあそれはともかく。ユーノくんの調子がおかしい。

「それってわたしに話せないことなのかな」

 と訪ねてみるとやっぱり困ったように彼は笑った。あんまりみたくない、ユーノくんの遠慮した笑み。
 もっと誰かを──わたしを頼ってほしいのに、ユーノくんはいつからかそんな顔を時々するようになってしまった。
 悩んでいることはわかっているのに、踏み込ませない。
 それでも彼は譲歩したのだろう、少しだけ唸って、

「いや──君にも──関係あることだけど、さ」

 やはりこちらを、何か意味ありげな視線で見ながらユーノくんはいいました。
 わたしに関係あること……? ヴィヴィオのことかな?
 それとも──
 想像に「ぼん」と音を立てて頭から湯気を上げたけど、丁度ユーノくんが頼んでいたサンドイッチが届いてくれたおかげで彼には悟られなかった。
 いやいやまさかまさか。

 彼と何気ない雑談をする。内容は仕事のこと。ヴィヴィオのこと。昔のこと。いつも通りだ。
 同時に考える。ユーノくんとわたしは、とても大切な絆があることを。お互いに信頼しあって、こんなふうに何気なく接することができる関係だ。
 だけど彼は気づいていないこともある。わたしが心に秘めた、小さな思い。 
 それを口にするにはあまりに臆病だから、いつか彼から気づいて欲しくて。

 ……

 はっ! もしかして気づかれた!? なう!
 ユーノくんが今日見せる、時折考えこむような真面目な顔。じっとわたしの顔を見たかと思えばさっと照れたように逸らす仕草。わたしについて悩んでいること。
 こ、これは……

「自信を持っていいと思うよ?」

 ユーノくんはわたしを立派な大人の女性だと……
 自信ってそういう?
 えーとですね、有り体にいってユーノくんは鈍感です。あと優しいです。中学校を出て、こっちに来たとき頼りにしたのはリンディさんとかの大人よりも、ユーノくんでした。彼が一緒にいてくれれば不安なことは無くて。ずっと隣にいてくれるのがわたしにとっての幸せで。
 職場は離れていてもわたしとユーノくんは繋がっていると信じていて。
 ヴィヴィオっていう娘ができてわたしは幸せです。だけど、家族にはお父さんが必要かなって……昔、ユーノくんと合うよりも昔のわたしがそうだったみたいに。特に最近はそう考えるようになったりしています。
 ヴィヴィオが懐いていて。わたしと親しくて。そんな人は、他に居ない──ううん、そんな消去法じゃなくても。わたしはユーノくんのことがずっと……



「──なのは、少し聞いてくれるかい? 真面目な話なんだけど」



 来ちゃったかなあ! わたしの時代が! 
 いやーこれはもうこれなの。ウフフ。参っちゃうなあ! いくら鈍感でも日々の積み重ねだよね!
 ユーノくんが神妙な顔でわたしを見て、真剣そうに告げた言葉に外には出さなくても脳内で早速エレクトリカルスターライトパレード。
 
「それって、わたしのことかな」
「うん。なのはのこと」

 ぐっ。
 テーブルの下で密かに親指を立てる。希望の未来がレディ・ゴーと待っている図式が見えてきた気がするの。

 ごめんねフェイトちゃん、はやてちゃん。やはりわたししか居ないよね常識で考えて。
 アルフさん、ヴィータちゃん。やはりこのご時世幼女体型では犯罪気味なの。
 シグナムさん、シャマルさん。お姉さん属性はユーノくんが成長するたびに薄れるがっかりだったね。
 スバルにティアナ。ぽっと出は引っ込んでおくの。
 アリサちゃんにすずかちゃんにお姉ちゃん。会える日が少ないのが敗因なの。

 ……多くないかな!? 今考えたら!?

 頭を抱えそうになりながらも、ユーノくんの言葉が続く。

「その──なのは。急にこんなことを言われたら戸惑うかもしれないけど」
「う、うん。いいよ、大丈夫」
「もしかしたら君は怒るかもしれない。でも、今僕は君に伝えたいんだ。ずっと気づいていたのに言えなかったことを」

 ユーノくんの真面目な顔。
 何がきっかけかはわからないけど──とうとう、来たかといった感じだ。恐らくは外見よりもずっと動揺してるし、軽く泣きそうになっている。
 彼の言葉が寝起きに聞いたように反響して、意味を素通りしようとするぐらい淡く聞こえる。緊張のあまりだろうか。戦場よりも、怖い。

「なのは」
「ユーノくん……」

 彼の形の良い唇が、わたしに言葉を告げた。










「ほっぺたにご飯粒がついてるよ」





 そう、ずっと欲しかった言葉──────



 ……え゛?









 ********************






「はい?」

「いや、だから。右の──ああ、僕から見て右。そこに、ご飯粒が」

 僕の指摘で唖然とした顔のなのはが、ずっと頬に付いていたご飯粒をつまんで取った。
 いやあ、今日会ってからずっと気になっていたんだよね。出会って即伝えたらよかったんだけど、うっかりタイミングを逃しちゃってて。
 それをいつ教えるか──或いはなのはが自分から気づいてくれるかを考えていたんだ。
 同僚の人とかからは何らかの偶然で気付かれなかったんだろうけど、ここで僕が教えないで他の人に指摘されると多分恥ずかしいから。
 そのことにばかり意識してたせいでなのはから不審に思われたけど、教えることが──思いを伝えることが出来てよかったと素直に思う。
 子供ならともかく、僕らは大人なんだからそんな姿ではいられないからね。
 
「ご飯もいいけど、あんまり急いで食べるとそうなるのが難点かな。なのはって少し慌て者なところがあるから」

 安心して笑って彼女に告げた。






 *******************




 


 ごごごっごっごごごごご飯粒ゥ!?
 いつから!? お昼御飯はこれからだから朝御飯のとき!?
 朝、起きてお弁当とヴィヴィオとフェイトちゃんの朝御飯の用意して、早番だから二人が起きる前に出勤したんだ。洗顔とか歯磨きは起きたらすぐやってその後御飯食べて……
 それから。

 ほっぺたにご飯粒を付けて教導する自分。
 ほっぺたにご飯粒を付けたまま座学を教える自分。
 ほっぺたにご飯粒を付けたまま同僚にこれからユーノくんと出かけると嬉しそうに言う自分。
 ほっぺたにご飯粒を付けたまま楽しそうにユーノくんと雑談する自分。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 顔が──熱い!
 あ、あのドキドキは!? ずっとユーノくんの様子がおかしかったのは、ほっぺについていたご飯粒を意識して!?
 これは死にたい!
 どう考えても駄目な子だと思われている! というか出会ってすぐに言ってよ! ここまで溜められるとオチにもならないよ!
 なんで同僚の皆は指摘してくれないの!? まさかわたしが怖かったなんてそんなはずないし……!
 くす、と少し笑った顔でユーノくんは尋ねる。ようやく重荷が降りたようなすっきりした顔で。きっとずっと言いたかったことが言えて。

「なのは?」

「ば」

 震える言葉を返す。
 もうダメだ。今日は失敗だ。無理だ。彼の顔が見れない。平常でいられない。



「バカぁ───!! 早く言ってよ──! ユーノくんのアホ毛──!」


「なのは──!?」


 叫んで、喫茶店を飛び出した。引き止めるような彼の声には振り向けなかった。
 真っ赤にした顔には小さく涙も浮かんでいた。鈍感を通り越して勘違いさせ男なんて! いつか刺されるよ!?







「フェイトママー、なんでなのはママはお布団に突き刺さって唸ってるのー?」

 ヴィヴィオの声にもわたしは火照った顔を布団に染みこませようと、動くことが出来ません。

「それはねヴィヴィオ。鈍感被害者の会では日常茶飯事なんだよ」

 フェイトちゃんのため息混じりの声。きっと、フェイトちゃんも思うところがあるように。
 うう、うううう。

 ユーノくんの鈍感。ばか。乙女心知らず。


 ……でも好きなの。

 
 そんな風に彼を思う自分に気づいてまた少しだけ大人になりました。
 僅かな涙を流して、わたしは少しだけ眠ります。
 明日は、朝御飯パンでもいいかな? そんなことを思いながら。



















 おまけ







 **********************







「なのは──!?」

 顔を真赤にさせて喫茶店から走りだすなのはをユーノは手を伸ばして叫んだが引き止めることは出来なかった。
 ユーノはしまった、と思った。やはり出会ってすぐに告げるべきだったと己の失敗を悟る。
 自分はともかく、ご飯粒をつけたまま仕事をしていたショックはどれほどだろうか。彼女がショックを受ける可能性を危惧していたために告げることを躊躇っていた事情もあったのだが、的中したようだ。
 なのはを追いかけようとした気持ちもあったのだが、そもそも全力で走っていくなのはに追いつけるかどうかは分が悪く──

「ご注文の牛ステーキ5ポンドとバターライス大盛りです」

 とウェイターが現れ彼女が注文していた料理がテーブルに置かれたからだ。
 どん、とユーノが普段食べられる量の数倍以上はありそうな生焼け肉の塊とバターで炒められた油ギッシュなライスがテーブルの半分を占拠する。
 ユーノは圧倒されるような思いをその料理に向ける。こんな量を食べるとは、さすが戦闘魔導師といったところだろうか。見ただけでユーノは胃が軋んだ。
 これを放置してなのはを追うのは無理が有るように思った。そもそも、もはやこの5ポンドステーキで怯んだ時点で追いつけない事は確定してしまった。
 
 ──ど、どうしよう。

 じゅうじゅうと音を立てている肉。近くにあるだけで口の中が油っこくなりそうだ。
 このまま自分がこれを食べるとなると盛大に残してしまうだろうという確信はある。
 そのとき、


「あれ? ユーノせんせーだ! こんにちはー!」
「ユーノさん? 今なのはさんが常軌を逸した速度でこの店から出てきたみたいですけど……」

 と声の方に顔を向けると、店の入口にスバルとティアナが居た。
 ユーノは運命的な出会いを感じた。安っぽくも、確かな。
 

 
「おいしーです! 本当にいいんですか!? 奢ってもらって」
「うん。僕には食べきれないからね。スバルなら気持ちいいぐらい食べてくれるし」

 スバルは目の前の巨大ステーキとバターライスをがつがつと食べる。そんな様子をユーノはコーヒーを飲みながらのほほんと見ていた。
 テーブルにはティアナも座っていて、彼女の目の前にもコーヒーが置かれている。好きなモノを頼んでもいいとユーノが言ったのだけれど、スバルの食べっぷりを見ていたら食欲が無くなったらしい。ユーノが注文したサンドイッチを一つ二つほど貰って食べていた。
 呆れたようにティアナが、

「しかしあんた、そんだけ食べて何処にエネルギーが行くのよ」

 乙女にとって不倶戴天の天敵の如きカロリーの邪神のような量のステーキとバターライスを忌々しそうに睨みながら言う。
 改めて言うが本来はなのはが注文したものだ。仄かに思いを寄せている男性の目の前でがっつく予定だった料理である。彼女はさしずめ乙女というよりも漢女(おとめ)といった風か。
 
「もがもふもぁ」
「飲み込んで喋りなさい、はしたない」

 何か言おうとしたスバルを黙らせる。
 まったく。胸か。胸に栄養が行っているのか。くそう、こっちだって負けないぞと小さな対抗心。
 二人は仲が良いなあとユーノもにこやかな気分になった。
 もごもごと咀嚼してごくりと飲み込み、スバルは太陽のような笑顔でユーノに笑いかけた。

「本当においしい。ユーノせんせー、ありがとうございます!」
「スバルが喜んでくれて何よりだよ──あ、」

 ユーノは、スバルの口元にご飯粒が付いていることに気がついた。犬のように皿に盛られたバターライスに顔を突っ込んで掻きこんでいたからくっついたのだろう。
 なのはに教えることを、慎重を期して遅らせたら傷つけてしまった。これは失敗だ。
 人生は失敗の連続とはいえ、同じ失敗は繰り返さないように努力しなければならない。
 だから、

「スバル、ご飯粒ついてるよ」
「へ?」

 スバルが指で探るが、やや見当違いの方向。
 ユーノは細く冷たい指を伸ばした。スバルの、口元に。

「ほら、ここ」

 ユーノが指を擦るように、ご飯粒を取る。ごく自然な仕草で。
 あわわ、と顔を赤くする凡人。

「あむ」

 間髪入れず、ユーノの指についたご飯粒を、指ごと咥えるスバル。
 容赦なく彼女の頭をはたく凡人。

「こここここらスバル! なにやってんのよ!」
「えー? だってお米を無駄にしちゃいけないってお父さんが」

 不満そうにスバルが言うが、ユーノは苦笑して、

「食べ物を大事にするのはいいことだね」

 と彼女を褒めた。えへへ、とやや照れたスバルが再びステーキ相手に白兵戦を挑む。
 むう、と納得行かないようにティアナがユーノの指先をちらちらと見たが、スバルと同じような真似は恥ずかしくて出来そうにない。
 競うな。持ち味を活かせ。
 ティアナはそんな言葉を噛み締めながらも、小さな小さな思いを大事に持っている。



 ティアナの物語はまだ始まったばかりだ……!




 次の掲載にご期待ください! 完!






[20939] GIFT(アルフ・バレンタイン編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2011/02/14 19:42





「おーいユーノ」

 という声で僕は振り返ったらそこには見知った顔があった。
 橙色のあえやかな髪をした少女。見た目こそ小さいが本来の年齢は──どう判断すればいいんだろう。とにかく、フェイトの使い魔のアルフだ。
 時折無限書庫の仕事を手伝ってくれて、また、最近はクロノの子供たちが育って暇なのか僕の世話をしてくれるお節介でありがたい友達。
 その日はそろそろ仕事も終わろうかという昼下がりの時間だった。声に反応して振り向いたが、アルフの様子が少しおかしかった。

「アルフ? 大丈夫?」
「ん、大丈夫だよ」

 と言われたものの、僕は首をひねる。
 彼女を見ればやや紅潮した顔に荒い息。そして無重力とはいえ少しばかりふらついているようだった。
 一見すると酒に酔っているように見えたけど、僕は彼女と長いこと付き合っていても昼間から酔っ払っている姿は見たことがないし、無限書庫に来る前に酒を飲む人も居ないとは思う。なにせ重力が変わるから、下手したら悪酔いする。
 心配になってアルフを無重力のふわふわした空間で、肩を掴んで引き寄せた。

「具合が悪いんじゃないの、アルフ」
「う……だ、大丈夫だって言ってるだろ?」
「でも、ほら」

 顔を合わせてよく見れば。
 アルフの頬は紅潮していると思えるのも、全体的に顔が青白くなっているからだ。
 額に手を当ててみれば、やはり熱があるようだった。

「やっぱり、熱があるよ。休んでなくちゃ」
「あ、あたしのことはどうでもいいんだよ。使い魔なんだし、そう簡単に倒れたりしないんだから」
「どうでもいいってことはないよ。家まで帰れる? 具合が悪いなら医療局に……いや、向こうで寝てて、僕が呼んでくるから」

 少しばかり狼狽しながら、強がったような笑みを浮かべるアルフの背中を優しくさすりながらどうしようかと尋ねた。
 簡単な外傷や体力の消耗などを回復する魔法は使えるが、もし性質の悪い病気にでもアルフがかかっていた場合、僕にはどうしようも無かった。
 具合の悪そうなアルフが心配だった。使い魔は魔法生物という性質上、人間とは少し違った病気の掛かり方をすることもある。フェイトにも連絡をとらなくてはならないかもしれない。汗が僅かに滲んでいるアルフをまごまごしながら気遣った。
 アルフは僅かに目を細めて、頬を擦り付けるように僕の顔を抱いた。
 えっ?
 近づいたアルフから感じる鼓動は早く、動悸しているようだ。びくびくと体も震えていて、少しむせているような息遣い。
 
「アルフ……?」
「ま、そうだね。休む前に──、はい……これ、ユーノに……」

 そう言って、僕に小さな包みを渡した。
 紅白のリボンで飾り付けられた箱。僅かに甘い匂いがする贈り物だ。
 うかとそれを受け取り、手元の箱とアルフの微かに震える顔を交互に見た。
 びく、とアルフの体が震えて、脱力する。
 無重力に半開きになったアルフの口から涎の珠が浮いた。
 
「アルフ、アルフ!? しっかりして!?」

 驚いて抱き寄せる。だけど目を閉じたアルフは手の中でびくびくと体を反射のように震わせるだけで答えない。
 昏睡しつつ、筋肉が痙攣を起こしていた。
 頭が白くなりそうなのを必死にこらえた。

「──! 救護班を呼んで!」

 叫ぶが早いか、回復魔法の術式を組み上げる。周りにいた司書の「了解」という気が気でない、悲鳴のような言葉も耳に入らずに。転移魔法で医務室に移動することも考えたが、彼女の症状自体がわからないのにヘタなマネは出来ない。
 具合が悪いのは判っていた。それがここまでとは、と気休めに展開した回復魔法──フィジカルヒールの光に包まれながら後悔をする。
 胸に抱いたアルフの体から伝わる生暖かな、平常よりも高い体温を感じた。無限書庫に入ってきた時から、顔は熱っぽく息が荒かった─────

 ──息が、荒かった?

 ぞっとした。今どんどんと青くなっていく顔のアルフは、呼吸をしていなかった。
 使い魔で体の成り立ちが人間とはやや違うとはいえ、基本的な部分では同じだ。呼吸は体内に大気中の魔力素を取り込む重要な過程である。
 
「くっ……!」

 アルフの体を仰向けにして喉をくっと上げた。気道を確保するものの、呼吸は再開されない。
 苦しそうな嗚咽が僅かにアルフからした。喉になにか詰まっている。
 躊躇わず、アルフのくちづけて息を吸った。
 吐く。吸う。二度ほども繰り返すと、やや苦く、少しだけ甘いアルフの吐瀉物が吐き出された。苦しそうに息が再開される。
 少しだけ落ち着いたアルフを抱きしめて、彼女の震えが伝染したように体に感じる寒気を抑えながら医療班の到着を待った。

 ──死なないでよ、アルフ。お願いだから。

 突然日常の最中に放りこまれた友人の危機にただそれだけを想っている。












 *****************









「チョコレート中毒ね」


「……」


 シャマル医師の診断に僕は覚束無い目を返した。
 アルフは顔を青くして唸りながら、それでも安定して今は点滴と繋がり医務室のベッドに横たわっている。
 代わりに診断結果を告げられてなんと言ったらいいのか、僕は微妙な顔をしている。
 どこから取り出したのか、眼鏡の位置を直しながらシャマルさんはカルテに目を落とした。

「犬や猫の仲間はチョコレートに含まれる成分で、発熱・嘔吐・酔ったような行動……酷い時には死ぬこともあるの。ユーノくん、使い魔とはいえ犬や猫がベースの動物にチョコレートを食べさせちゃ駄目よ」
「いえ、あの……それにアルフは狼で……いや、いいです。すみません。気をつけます」

 色々ツッコミたかったが、僕はとにかく頭を下げた。
 チョコレート中毒。名前は知っていた。チョコレートや一部の清涼飲料水に含まれるデオブロミンという物質を犬や猫は体外に排出しにくいために起こる中毒症状だ。チョコレートの種類や犬の体重などによって害になる量は変わる。
 ちなみにフェレットでも起こる。おまけにフェレットは体重が小さいから極少量でも死に至る危険が……身震いした。ペットに人間の食べ物は基本的に与えないように注意しよう!
 そもそも、使い魔ではあるが基本的に人間の形態を取るアルフが中毒になっているとは思わなかった。
 どうなるにせよ、と確認の言葉を取る。

「アルフはもう大丈夫なんですか?」
「ええ、たしかに犬の時の体に引っ張られて、一時的に昏睡状態だったけど、使い魔だもの。フェイトちゃんからの魔力が途切れない限りはそう簡単には死なないわ。一日休んでいれば大丈夫」
「よかった……」

 安心して表情が弛緩して和らいだ。
 過程や原因がどうあれ、アルフが無事ならば良いことだ。
 そんな僕の顔を見てくすりとシャマルさんは笑った。

「まあ、人事じゃないのよね」
「それってどういうことです?」

 と尋ねたら彼女は悪戯そうな顔で別のベッドに近寄った。カーテンが閉まっているそこをシャ、と音を立てて開ける。
 そこには犬耳を付けた銀髪で筋骨隆々の男がうんうんと唸りながら横たわっていた。
 ヴォルケンリッターの一人、ザフィーラさんだ。

「ザフィーラさん? どうしたんですか?」
「ザフィーラもね、ヴィヴィオちゃんとかミウラちゃんから貰ったチョコを律儀に全部食べてチョコ中毒で倒れたのよ」
「ああ……子供から好かれてますからね」

 最近のミッドの少女の間では格闘術が密かなブームだ。犬耳で有名なザフィーラさんは面倒見もいいことから複数の弟子を個人的に指導することがあるらしい。それは高町ヴィヴィオであったり、ミウラ・リナルディであったりと良い師匠をしているという。そういう人たちから貰ったのだろう。
 少しだけ想像した。顔を紅潮させてはぁはぁと息切れ荒く、酔ったようにふらふらと寄りかかってくる褐色筋肉犬耳男子を。
 即止めた。
 ともかく魘されている彼は少女らの期待を裏切らないようにチョコレートを自分で食べたのだという。律儀だとは思う。

「……ってあれ? 今日、なんかチョコの日でしたっけ?」

 シャマルは度し難いように僕を見て、

「……ユーノくん、今日はバレンタインデーよ」
「バレンタイン……っていうと年に一度、バレンタイン男を決めてそいつにチョコレートを投げつけ一年の幸せを願う日ですよね? はやてから聞いた話によれば」
「全然違いますっ! 女の子が男の子にチョコレートと一緒に親愛とかマジラブとか込めて贈る日! 去年辺りからミッドチルダでも聖王教会主体で導入されたんです!」
「あー……それでザフィーラさんが。って、あれ?」

 そうなるとアルフはなんでチョコレート中毒になったんだろうか。
 首を傾げた。男のザフィーラさんが女性からチョコを貰って食べ過ぎ、ならともかくアルフは貰う側じゃないはずだ。それに結構サバサバしてるから苦手なものなら苦手な物で食べないようにするだろう。
 どうしてかシャマルさんは深々とため息をついて背中を向ける。

「とにかく。症状は安定しているからユーノくん、アルフちゃんの面倒を見ておいてくださいね」
「あ、はい。わかりました」
「わたしは少し席を外します」

 そう言ってザフィーラさんの寝た寝台ごと動かしてシャマルが出て行った。魘されるように「犬に……犬にチョコは止めるんだ……」とつぶやいている。狼じゃなかったのか守護獣。多分皆犬だと思ってるぞ守護獣。
 そして医務室の中にはアルフと僕の二人だけ残して。



 アルフの眠るベッドの隣に椅子を持って行って座る。濡らしたハンカチでアルフの額に浮かんだ汗を拭った。
 危うく彼女が居なくなってしまうように思えたけど大丈夫だった。ようやくほっと一息吐く。
 アルフはなんだかんだで真面目で、面倒見がよく、心配性だ。
 彼女が体調を崩したところは見たことがなかった。無限書庫の徹夜作業を手伝ってくれていても、無理そうなら一時休憩で効率化を考えてくれるような子だった。
 そんな彼女がチョコレートの食べ過ぎで体調を崩すなんて……と思った。
 バレンタインデー。
 それは女性から男性へチョコレートを渡す日らしい。投げつけるのはデマだ。多分節分と混じって覚えていたか、はやてのジョーク。
 そういえば。
 と先ほどアルフから渡された小箱を思い出した。直後、アルフが倒れたのでドタバタしていたが、あれはどうしただろうか。
 慌ててポケットやらを捜すが、無い。そもそもポケットに入るサイズではない。無限書庫に置き去りにしたらしい。
 参ったな、と軽く頭痛を感じた。

「──ユーノ、アルフは大丈夫そう?」

 声に振り向いた。
 視界の先には金髪を長く伸ばした管理局の制服を着た女性──フェイトがいた。外回りの仕事から慌てて帰ってきたところだ。
 やや暗い表情をフェイトに向ける。

「うん、今はね。ごめん、フェイト」
「ごめんって、ユーノがなんで謝るの?」

 不思議そうにフェイトが尋ねた。

「いや、うん。目の前で倒れて僕は何もできなかったし……アルフになにか無理をさせてたみたいで」

 頭を下げながら言う。
 自分になにか用事がなければアルフは体調不良を抱えながら無限書庫まで来なかったのではないか? そう考えた。
 フェイトはやや思案した様子を見せながら、アルフの眠るベッドに近寄った。

「もともとはアルフの自業自得なんだけど……そうだね、ユーノ」

 と彼女は僕の眼前に小箱を突き出した。
 それは無限書庫でアルフが渡したものだ。ここに来る途中でフェイトが無限書庫に寄って回収していたのだ。
 はぽかんとしながらそれを受け取る。

「それ、アルフからだから。開けてみて」
「え? う、うん」

 首肯してするすると包装を破かないように丁寧に開ける。
 箱の中には薄い、掌ほどの大きさのチョコレートが入っていた。ブラックチョコに近い色合いで、ハート型をしている。 
 今日はバレンタイン。その言語を反芻した。

「これは……」
「アルフね、ユーノにあげるチョコを作るのに味見をしててそんなになってるんだよ。ね、ユーノ。料理を失敗しないコツって知ってる?」
「え? レシピ通りに作る、とか……」
「ううん。『しっかり味見する』が正解。好きな人には、自分も美味しいって思えるものを食べて欲しいんだから。女の子はね」

 びっと指を立てて笑うフェイト。僕はその言語の意味を捉えて若干顔がほてるのを感じた。

 ──アルフが、僕のために?
 
 寝息を立てているアルフの顔を見ながら、形容しがたい思考を纏まらないままにして固まった。
 そんな彼の様子を見てやれやれとフェイトは首を振る。

「ユーノ、悪いけどアルフの様子を看てて。私がいると心配かけたって、アルフが心苦しく想っちゃうから」
「──わかった」
「それに、今はユーノに一緒にいてほしいだろうしね」

 言って、一度アルフの頭を愛情たっぷりにフェイトは撫でて病室を後にした。








 ***********






 廊下に出て、扉を閉める。
 アルフも大丈夫そうでよかった。あの子がチョコレート作りをしていて、やや不調を感じながら味見をしていたのも知っていたけれど。

「……止められないよね」

 あんなに頑張ってたんだもん。気持ち、わかるから。
 呟いて、ポケットにいれた小さな包みを取り出した。自分でも作ってみたチョコレートだ。
 自嘲の笑みを浮かべて、その包みを開いて一口サイズのチョコを頬張った。苦い甘みが口に広がる。

 ──渡せなかったなあ……

 小さな無念を心に秘めて、今日は大好きな使い魔を応援する気持ちでその場を立ち去ることにする。 
 
 ──でも来年はアルフと一緒に作って渡そう……!

 めげないぞ、私。
 





 ************
 
 
 


 僅かな吐き気と胸やけを堪えて、ズキズキと痛むまぶたを開いた。
 空気が浅く肺へと出入りしてるような奇妙な呼吸の感覚で気持ちが悪かった。
 白熱灯の明かりに瞳孔を細くして順応させると、ユーノがあたしを覗き込んでいた。
 
「起きた?」
「うん……ありゃ、だらしないところ見せたね」

 上半身を起き上がらせて、口元だけ笑って答えた。
 ユーノに心配をかけた。それになんか吐いた記憶も少しある。意識が朦朧としている仲、喉が苦しくて──ユーノの顔が迫って──
 ぼふ。

「アルフ!? ちょっと顔まだ赤いけど大丈夫!?」
「あ、ああ、大丈夫だよ!」

 慌てて頭を振り動かして熱を取ろうとしたら、またぼんやりと脳を圧迫するような感覚で気持ちが悪くなってばたりと倒れてしまった。
 うう、気持ち悪い。
 チョコレートがこんなに駄目だなんて知らなかったんだよ……今まで食べてなかったし……
 ユーノがあたしの手を握りながらやんわりと言う。

「安静にしてなきゃだめだよ。お願いだから、ね」
「わかってるよ」
「これもありがとう、アルフ」

 そう言ってユーノはあたしの作ったチョコを持って見せた。
 今朝から頑張って作ってみたものだ。バレンタインがこっちでも流行ってると聞いて慌てて作ったけど、失敗しちゃいけないと思って何度も味見して……
 不味いチョコを渡すわけには行かないからね。溶かして固めるだけとはいっても、失敗すると脂っぽい謎の塊になるらしいから。
 ユーノから握られた手が少しだけ汗ばんでいる。

「──でもさ、無理しないでよアルフ。本当に心配だったんだから」
「……ごめんよ」
「本当に……」

 辛そうに言うユーノの頭に手を置いて、バツが悪そうに言う。

「ごめんって。あたしは大丈夫だよ、これぐらいで死ぬもんか。今度からはフェイトかエイミィと一緒に作るようにする。だからほら、泣くんじゃないよ」
「泣いてないよ……はぁ」
「ふーん……ま、それよりほら、チョコを食べてみなよ。せっかく作ったんだから」

 にしし、と笑ってユーノにあたしの力作を進めてみる。
 多分美味く出来てる……はず。あたしが食べると気分は悪くなるけど、味自体はわかったから。
 はにかんだようにユーノも笑って、ハート型のチョコを齧った。
 ぱきりと軽い音を立てて口に入る。そして飲み込んで。


 ばたり。

 …………

 ……?

 倒れた。


「うわー!? ユーノー!?」

 しまった、こいつフェレットだった!?
 フェレットにもチョコは駄目なんだ!?

「ユ、ユーノ! 早く吐くんだよ! ちょっと!」

 おろおろしてユーノの背中をばしばしと叩いてみる! 
 どうしようどうしようユーノがあたしの作ったもので倒れた死んじゃったら──



「……ご、ごめん。冗談だよアルフ」

 
「あほー!」

 咳き込みながら苦笑したこいつにがちん、とゲンコツを落とした。 
 う……でもそういえば、最初にこいつを心配させたのはあたしで。
 どうにも隙間風が吹いたような気分になって、落としたゲンコツを開いてユーノの頭を撫でた。

「ははは、アルフ。これでおあいこってことで」
「そんなことより、味はどうなんだい。倒れるほど不味いって言ったらもう一発だよ」
「うん? 美味しいよ。ありがとう、好きな味だ」
「そ、そぉかい」

 面映い気分になってもじもじと動きながら、チョコレートを齧っているユーノの顔を見つめた。
 好きな味か……よかった。
 ああもう、あたし、ユーノのこと好きだなあ本当に。
 中毒の症状は、発熱と落ち着きがなくなる行動。胸の暖かさと心地良さ。チョコレートほど毒じゃないけど、ユーノもあたしにとっては小さな中毒かもしれない。
 ふたりきりのバレンタインに、ガラにもなくそんなことを想った。









 *******************








「やっほーユノスケー! ロッテお姉さんがチョコ持ってきたよーグヘヘ」
「オロロロロロロロ」

 ばーんとドアを開けて部屋に入ってきたのは黒猫姉妹。テンション高いのにふらふらしてるロッテともう最初っから戻してるアリアだった。

「ロッテにアリア!? 何しにきたんだい!?」
「なんかアルフが泥棒犬してる気配を感じ取って急遽バレンタインに参戦に、ねーアリア」
「アボロロッビシャァ」
「アリアさん大惨事になってる──!?」

 けらけら笑ってアリアの背中をさするロッテだけど、アリアはさっきから茶色い胃液や毛玉を吐きまくってる。
 どう見ても重症だ。
 顔色が蒼白を通り越して土気色をしたロッテにユーノは尋ねる。

「えええ!? 二人ともチョコを作っててチョコ中毒に!?」
「うんにゃ、ユノスケに変身魔法で化けて代わりに他の人からの貰って処分してたらねーうぷっ」
「なんてことを」
「べ、別にユーノの為にしたんじゃないんだからウボボボボ」
「本当に僕のためになってない上に無理して喋らなくていいから! アリアさん!」
 
 アルフが死ぬほど嫌そうな顔をして、

「っていうか吐いたのが甘酸っぱ臭いんだよアンタ達! とっとと他所の病室で寝てな!」
「なんだよー甘酸っぱいのはアルフじゃないの。ううっぷ、それにもう体の痙攣が酷くて……動けない……」
「うわー!」
「ゲホッ……あ……血尿」
「うわー! うわー!! シャマルさん呼んでくる!」

 ユーノは慌てて病室から飛び出して医者の元へ飛んでいった。
 なんかバレンタインのよさげな雰囲気台無しになったアルフはげっそりとした顔で、吐瀉物や排泄物の匂い漂う病室に取り残されて頭をかかえる。
 床には使い魔姉妹が痙攣して口から泡を噴きながら倒れていて地獄絵図のようだ。

「ちくしょうなんでこんなことに」
「ううう……わたしらだってユーノに食べて欲しいし。手作り毛玉チョコ」
「捨てな、そんなもん……」

 半死半生で呻きながらも三匹は涙を流した。
 ペットに──犬猫に決してチョコレートを上げてはいけない。ペットの飼い主か使い魔持ちの魔導師の方は気をつけていただきたい。
 生き物を飼うというのはそんなに甘くないというお話。






 終わり



















 ****************




「なのはママー! チョコレートプレゼント!」
「わあ、ありがとうヴィヴィオ───はっ」

 ようやっと高町なのはも気づいた。日々の仕事に追われていてまったく忘れていた今日はバレンタインデー。
 幼馴染相手にすら何一つ用意しておらず誰にも渡していなかった。
 壁に頭を沈めるように押し付けてどんよりとした。

「フフフ……お菓子屋の娘が聞いて呆れるの……まだ間に合う……来年、来年こそは」
「ママ?」

 ヴィヴィオから貰ったチョコレートは作り手好みのようにとても甘く、僅かに涙を誘った。
 加齢と共に乙女強度がどんどん弱くなっていくなのはさんの明日はどっちだ。




 完
 









[20939] 司書長は結構海鳴市に帰ってるらしいです(アリサ・バレンタイン編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2011/02/21 21:17






「何度も言うようだけど、それはバレンタインチョコじゃないわよ」

 ジト目でそう告げてくる友人のアリサ・バニングスに対してユーノはやや辟易したような態度を曖昧な笑みに変えて答えた。
 紅茶と一緒に食べているチョコトリュフのことだ。その日、海鳴市に休暇で訪れて海鳴大学の書庫で読書していたユーノはアリサに発見されて拉致、お茶会へと連行されたのである。
 休みの日に異世界まで来て読書かとも思うが、無限書庫には何故か地球の蔵書が来にくいので興味深い論文や本などを趣味で探すのに丁度いいのだ。さすがに国立大学の図書となれば様々なジャンルが揃っていた。それに大学に通っている友人らと合うには、同じ学内で時間を潰しているのがいい。
 ともあれ、彼はアリサと駅の近くの喫茶店『ベルトール』で評判が良い紅茶とアリサが持参したチョコを食べていた。
 そしてチョコを食べるたびにこちらを伺うような視線で見られてユーノも苦笑いを零す。

「わかってるよ。バレンタインデーも一週間過ぎたし、これは君の会社で余らせた製菓で別になんら特別な意味を持たない、ただのお茶菓子だって言うんでしょ?」
「ふん。わかってればいいのよ、わかってれば」
「何度も聞いたらさすがにわかるよ……」

 ぱくぱくと何処か手作り感のあるチョコを頬張るユーノ。少し苦い風味が紅茶に合って美味しかった。素直にそう言うと、何故か不機嫌なのか上機嫌なのか微妙な雰囲気になるアリサにユーノもはらはらしたが。
 時折海鳴市を訪れるユーノであるが、この世界の携帯電話などは持っていないために大体彼の出没はまず顔を出す翠屋の店主、高町桃子から彼女へ頼んでいるアリサとすずかに伝わる仕組みだ。なぜ伝える必要があるかは乙女の謎であるが。
 連絡を受けたアリサは今日大学の講義も無いというのに、冷蔵庫に保存していた『バレンタインとは何の関係もない一週間経過したチョコ』を取り出してユーノのいそうな大学へ向かったという。
 ユーノは何の気なしにチョコを食べてこう言った。

「うん、やっぱりアリサのチョコは毎年美味しいね」
「なっ!」

 とその言葉にアリサは憤然として、

「だから! それは別にあたしの手作りじゃないって!」
「え? 手作りだったの?」
「違うって言ってるでしょ!」
「ああ、うん。ごめん。アリサが毎年買ってくれるチョコは美味しいなって意味だったんだけど」
「~~~!」
 
 にっこりと満面の笑みを浮かべてユーノは答えた。
 一方で火がついたように顔を赤くして歯ぎしりをし、げしげしとアリサはテーブルの下でユーノの足を踏んだ。

「痛っ、アリサなんで怒ってるの!?」
「うるさいっ!」

 ぶつぶつとそっぽ向きながら、「こいつがちゃんと14日に来てれば……」と呟いたがそれは彼の耳に届かず、謎の怒りにユーノは首を傾げた。
 そしてふと気になったように尋ねた。

「そういえばあんた、バレンタインの日はあっちでどうだったのよ」
「どうって……散々だったけど」
「へえ。ちょっと話してみなさい」

 僅かに顔を曇らせたユーノにアリサは突っ込んで聞いた。
 チョコを一切貰えなかったとか、女に刺されたとか。とにかく聞いてみたかった。
 ユーノはため息ひとつ漏らした。首を左右に振って、

「バレンタイン男に選ばれてね……」
「バレンタイン男!?」
「管理局員全員からチョコを投げつけられる役目なんだ。当たった部位によって給与査定が上がったりMVP賞を貰えたりするからお祭り好きの局員は皆ハッスルして。一日中シールドと短距離転移を使って逃げ続ける羽目になったよ……」
「どこの世界のバレンタインよ!? それ!」

 ミッドチルダ世界のバレンタインの様子だった。
 桃色の魔力光を帯びた砲撃魔法に乗せたチョコが迫ってきたり、チョコを塗ったハンマーに強襲にあったり、振動破砕チョコ拳が飛んできたりと凄いことが色々あったようだが、割愛。
 なお飛散したチョコレートは後でスタッフが美味しくいただくので食べ物を粗末にしているわけではない。
 ユーノは「だから」と前置きして小指の先ほどの小さなぐちゅ玉をつまんで乾いた笑いと共に口に入れた。

「それでチョコにはうんざりしててね。落ち着いて食べたのはアリサのが久しぶりだ」
「そ、そうなんだ」
「美味しいよ? アリサの持ってきたバレンタインとは全然関係ない工業生産の余り物チョコ」
「ううううるさいわねっ! 何度も言わなくていいじゃない!」
 
 ──こいつ……わかってて言ってるんじゃないでしょうね。

 アリサは何か納得がいかないように歯をがちがちと鳴らしながら、微妙に余裕があるようにも見えるユーノの笑顔に目をむいた。
 大事な時期を外してやってきた男友達相手に安いツンデレをしてるアリサに対するSな態度にも見えなくはないが、特にユーノに含むところはない。彼は純然にアリサの持ってきたチョコはただのチョコだと、彼女の言葉通りに信じている。そして持ち上げたり責めたりの発言を天然にしているのである。
 彼女の視点からは勝手に冷たく見えている、ユーノの追求しているように感じる視線にぞくぞくしながらアリサはとにかく否定した。
 ところで、とユーノが尋ねる。

「アリサはお茶菓子のチョコ食べないの?」
「あたしはいいのよ。あんたが食べなくちゃ意味ないじゃない……」
「?」

 やはり否定の言葉は聞こえないように呟いた。
 そうだ、と言ってユーノは持ってきたバッグの中身を取り出した。

「それならこれ食べない?」
「? なによ、これ」

 テーブルの上に置かれた、掌ほどの大きさの包み。
 ユーノは翠色のリボンを解いて中身を見せた。中には、濃い焦げ茶色のクッキーが入っている。フェレットの顔の形に焼きあがっていた。
 唖然としたアリサに告げる。

「チョコクッキーなんだけど。焼いてみたんだ」
「へ、へえ……そんなことするんだ」
「まあ、特別にね。これは一週間遅れだけど、僕からアリサへの逆チョコってやつかな」
「──はい?」

 問い返す。ユーノは穏やかな顔で言い直した。

「だから、君へのバレンタインチョコになるね。あ、一週間前のじゃなくてこっちに来る前に焼いてきたやつだから」

 本当はちゃんと当日にあげられればよかったんだけど、と肩を竦めながらユーノは言うが、受け取ったアリサは理不尽な怒りに震えた。
 なんかスゲエ顔で睨まれているがユーノは何処吹く風とばかりににこやかな表情だ。

「ちゃ……ちゃんと先週に来てなさいよあんた!」
「? だからごめんって」
「うーがー!」
「変なアリサだなあ。落ち着いて」

 ──こっちは週遅れだからって誤魔化してるのに!

 素直に謝ってかつバレンタインチョコを渡してきたユーノに対して不条理さを感じる。さすが異世界人、空気が読めない。或いは全て読んでこの対応なのか。
 そう考えるとなんとも嫌味な眼鏡に思えてきた。こんちくしょう。
 上品とは言えない調子──ユーノを相手にしていると調子が崩れる──でクッキーをがりがりと齧る。ユーノの頭を齧る図を思い描きながら。
 
「……そこまで美味しくないわね」
「やっぱり?」

 なんというか、ほろ苦かった。
 甘い飲み物に合わせればいいかもしれないがそのまま食べて美味しいとは言い難い味だ。
 ユーノは少しだけため息をついた。作った本人も分かってはいたのだろう。

「変な物混ぜたんじゃないでしょうね」
「やっぱり無限書庫の家庭菜園で取れたカカオの加工が素人芸じゃ難しかったかな……」
「そこから普通は作らないわよ!」

 材料から栽培したようだ。趣味の園芸などと言った本も無限書庫にはあるから興味を持ち、こっそりと畑を作ってみたものだった。
 気抜けした顔でもう一度手元のクッキーに目を落とした。
 
「先週に作った時よりもマシなんだけどね、これでも。なのはの娘のヴィヴィオにあげたら泣かれたり、チョコを投げつけてきたはやてに投げ返したら盾にされたザフィーラさんが入院したりでひどいことに……」
「作るな! そんなものを!」
「バレンタインっていうのは気持ちが大事なんだって聞いた」
「キリっとした顔で言っても誤魔化されないわよ! ──まったく、こんなマズイの人に食べさせるんじゃないっての」
「……うう、ごめん」

 気落ちしたように項垂れるユーノ。一応本人も気にしていたらしい。
 アリサ以前に上げた高町夫妻からは残念そうな目で見られて「うちで修行しないか」と誘われたり、美由希にいい笑顔で肩を掴まれたり。
 それでも食べられないほどではないのだったが。アリサも言い過ぎたか、と申し訳なさそうなユーノの様子を見てもう一つクッキーを口に放り込んだ。

「ふ、ふん。まあ来年に期待って所ね。次はもっと美味しく作ること! わかった?」
「頑張る。それと、美味しくないなら無理に食べなくていいよ? どうせ犬の餌以下の味なんだから……余ったものはまたザフィーラさんにプレゼントすればいいし……」
「そこまで言ってないわよ! っていうか犬に食べさせるのやめなさい! それに、こういうのはそう──」

 先ほど言ったユーノの言葉を反芻して、すり減ったように落ち込んだユーノへ反射的に言葉を返す。

「──き、気持ちが大事なんじゃない! 味じゃなくて!」

 ……ってあたし何言ってるのよー!
 
 自分で言っておいて恥ずかしがり、どうしてか矢張り彼を睨むように赤く染めた顔を向けた。彼女なりの照れへの反抗表現なのだが。
 するとユーノは、つ、と少しだけ涙をこぼした。
 慌ててアリサが尋ねる。

「ちょっと!? どうしたのよいきなり泣いて!」
「……いや、そんなこと言って食べてくれた人はザフィーラさん以外居なかったから……ありがとう、アリサ」
「寂しいわね……なのはとかにあげなかったの?」
「あげたんだけど『一週間待ってて。わたしが本当のクッキーを作ってあげるから』って美食家みたいなこと言われた」
「……一週間って今日じゃない?」
「あっ」

 嫌な予感に背中から汗を掻きながらユーノはかたかたと震える手でカップを持ち上げ、やや温くなった紅茶を飲んだ。
 そして所在なく動かしていた目がふとメニューに止まる。マフィンやらケーキやら、どちらかと言えば甘味に偏ったメニューである。密かに翠屋の桃子もライバル店と言っていた喫茶店だ。

「……ここのいちごトルテってお持ち帰りできないかな」
「早速侘びの手段を考えてる……」
「アリサの地縛霊の供養に行っていた、とかそんな用事で誤魔化せれば」
「勝手に殺すんじゃないわよ。っていうか言い訳にあたしの名前出さないことね。多分、火に油だし」
「うううう……今からは帰れないしなあ。転移にかかる時間で向こうだと日付変わるから」

 休暇の度にちょくちょく海鳴市を訪れているユーノだが、やはりミッドと地球を往復するのには時間がかかる。なのは達が学業に並行して行き来していた時も土日を利用していたぐらいだ。
 諦観して目を瞑り首を振った。なのはとて人の親なのだから話せばわかるだろうという期待を持って。
 それにしても、とアリサは問うように言葉をかけた。

「アンタってばなんでこんなにこっちに戻ってきてるのかしら。なのは達よりも最近だと顔を合わせてるわよね」

 異世界というのも漠然としたものだが、少なくとも行き来するのは大変そうだというのはわかる。仕事があれば中学時代のなのは達も一週間ほど帰って来なかったこともあった。
 本格的に向こうに住んでから精精年末年始に帰ってくるぐらいですっかり幼馴染の女友達も顔を合わせなくなった。
 それでもユーノは少なくとも月に一度は海鳴市を訪れてくる。彼自身の故郷はここではないというのに。
 ユーノは屈託の無い表情で答える。

「そうだね。こっちの本や論文は面白いのが多いから気になるんだ」
「書痴ねえ……すずかと話が合うわけだわ」

 そういえばまだ姿を現していないもう一人の友人を想起した。

「それとほら、僕は他の皆に比べて休みには旅行しやすいんだ。なのはやフェイトなんかは『休暇』っていうよりも『非番』って感じの休みだからね。あんまり遠くまで離れるときは許可申請とか色々必要でさ」
「へえ。そういえばこっちの警察も似たような感じだって聞いたわね。他の県に行く時には届けでを出すとか休みの日は自宅待機だとか」
「僕はあくまで裏方だから緊急出勤も少ないしね。あんまり働き過ぎると司書の皆とか人事課とかに怒られるからこんなふうに休暇を使わないといけない」
「あー……そういえばアンタお偉いさんだったわね」

 海鳴市に居るときは普通に同年代の、大学生の仲間のような立ち位置なのであまり意識したことはなかった。
 大学の情報館で書を漁ったり、安い学食を珍しそうに食べたり、時々は大学の講義に参加してみたり、アリサやすずかと今のように遊びに行ったり。
 前に他の女友達からユーノの素性を聞かれたこともあった。思い出して、軽く口を緩める。時折現れる謎の青年なユーノは意外に顔を知られている。
 
「あとは──エイミィさんや士郎さん達にあっちの様子を世間話したりしないと。家族と離れて暮らしてるんだから心配だよね」
「……アンタは、大丈夫なわけ? 家族とか」
「僕はもう大人の男だから平気さ。それにあっちで仕事してればうちの部族の皆とも交流あるよ」

 もともとあんまり心配されてない、とおどけたように言った。
 管理外世界に住むなのはの家族などが娘ことを知るにはエイミィあたりに相談するか、時折訪れるユーノに尋ねるぐらいしか方法は取れないのだがユーノの家族であるスクライア族が住んでいるのは大抵の場合管理世界だ。知ろうと思えば、無限書庫司書長でロストロギアの鑑定士、またはミッドの大学で講義なども行っているユーノのことはすぐに知れる。
 ユーノはふと気づいたように表情をほころばせて、

「あれ? アリサひょっとして心配してくれた?」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
「ありがと」
「違うって言ってるでしょ!」

 話を聞け! と怒ったアリサを見ておかしそうにユーノは笑い、


「あはは。そうだなあ、こっちに帰ってくる理由か。アリサに会いに来ることも一つかな」


「──へ!?」


 胸をつまらせてアリサが硬直した。
 言われた言葉を頭の中でリピートさせる。

 ──あああああたしに? あたしに会いにわざわざ来てるってちょっと──!

 ぼふ、と火が灯ったようになったアリサ。ユーノは最後のチョコレートをつまんで、食べた。

「アリサ、美味しい物くれるから」
「…………」

 無言でお盆を持ってスコンとユーノの頭をはたいた。
 いい音がした。携帯電話の着信にしようかと思う快音だ。紅茶のおかわりを持ってきた店員がやや引いていた。

「こんの女たらし──! 騙されるかぁ──!」
「えー!? なにその不名誉!」
「うるさい!」

 何度か連撃したところで盆の角がつむじに直撃してユーノはテーブルに沈んだ。
 肩で息をしながらアリサは周りの視線に気づいて、咳払いをして座りなおした。
 
 ──こういうやつだったわ。まったく、紛らわしいというか節操が無いというか……それが天然だからムカつく。

 ユーノは頭を抑えながら起き上がって、不思議そうな目をアリサに向けた。

「あの──なんかごめん?」
「ええい、うるさいわよ、ばか」
「でもアリサに会いに来てるってのも本当だよ? 話してると面白い反応をしてくれるし、君の話にも興趣があるからね。そういうところは──うん、アリサの良いところだと想ってる」
「……ふんだ、あたしはアンタなんか嫌いよ」

 ぷいと他所を向くアリサは頬を膨らませていた。

「無神経な事を言うし。やたら女友達が多くて別の女のことばっかり話すし。誰でも褒めるし。クッキーはマズイし」

 だから、と指を突きつけた。

「アンタも、ちょっとあたしに好かれるように頑張りなさいよ。努力義務!」

 きょとんとユーノは彼女の指先を見て、俯いて笑いを漏らした。何故か命令している姿が妙に似合っていたからかもしれない。
 俯いて声を出して笑うユーノに自分で恥ずかしいことを言ったと判断したアリサはぷるぷると震えて、言葉もなく赤くなった顔でユーノを見る。
 彼は掌を向けて、破顔した目に少しだけ涙を浮かべて言う。

「はいはい、わかりました。お姫様」
「わ、わかってればいいのよ! わかってれば!」

 アリサはクッキーを取り出して──それが最後の一枚だった──やや名残惜しそうに食べた。

「来年はバレンタインの日に渡せるようにするよ」
「こっちも……ってなんでもない」
「っていうか来年もバレンタイン男に選ばれたら嫌だからなあ……最初から休暇で不在にしていれば」
「理由そっち!?」

 そんなことをそれから暫く話し合っていた。
 なんだかんだで、アリサも楽しそうに。二人で居れる時間などあまりないから。


 アリサはユーノのことを好きかと聞かれたら嫌いと答えるだろう。
 彼に告げた理由のとおりに。

 気持ちに気づかないから嫌い。
 自分と話しているのに他の女性を引き合いに出すから嫌い。
 誰でも屈託なく褒めるから嫌い。
 
 ──だから好きになれるように努力して。

 半ば気づきながらも、認めない意固地な心があった。
 自分と近くて遠い男友達に向ける、素直になれない可愛らしい小さな独占欲だ。
 いつかその想いを燃え上がらせる日が──くるのだろうか?


 手洗いに向かったため空いたユーノの席。そこに置かれた、食べ終わった手作りのチョコレートの包みを見ながらアリサは自分でもよくわからない考えを巡らせていた。








 おわり











 







 **********






 ふと、アリサはユーノが向かったトイレに目を向けた。
 するとそこへ顔をサングラスとマスクで隠したメイド二人組が男子トイレに入っていった。
 しばらくして。簀巻きにされてギャグボールを噛ませられ目隠しをされたユーノが運びだされて店の外へ運びだされて行った。
 そしてリムジンに乗せられて走り去っていった。その間、1分程度。アリサも店員も唖然としたまま見送ってしまった。
 べきり、ティーカップにヒビが入る。めらめらと背後にバックファイアを浮かべてアリサは立ち上がった。


「ってすずかァ────!」

 
 見事に拉致った友達の名前を叫ぶ。いや、まあ海鳴大学の図書館からユーノを拉致ったときのアリサも似たような感じではあったが。

 この後月村邸でお茶会を再開させられ、ちゃんとすずか用にも作っていたクッキーを渡したりすずかからのバレンタインチョコを貰ったりと、ユーノもいい加減慣れたような対応だった。アリサが襲撃してくるまでの平穏ではあるが。
 そんな対応なのでそりゃあアリサちゃんも怒るよね、とすずかも思うのだがそれはそれ、これはこれである。






























 ***********




「なのはママー! クッキー焼いたのー?」
「うん、そうだよ。はいこっちのはおうちで食べる分」
「やった! なのはママのクッキー大好き!」
「ふふ、ありがと。ヴィヴィオ。あ、こっちのバスケットに入れてるのは今度ユーノくんに持っていく分だから、絶対に食べちゃだめだよ」
「はーい」





「ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。ユーノくん……約束すっぽかすなんてイケナイことだよね……オシオキ薬の成分はフェイトちゃんで実験したし……うふふふふふ」

「あふっ……なのは……! 手錠とロープを外して……!(ビクンビクンッ」





(この後司書長の人生が)完……?






[20939] いっしょにいきれたら(ヴィータ編)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2011/04/05 23:21

 

 


 ミッドチルダ首都・クラナガンにユーノの住むマンションはある。
 住居として管理局の男子寮を借りることもできるのだが、学会などの仕事をするのに不便なので一人暮らし用の部屋を借りて住んでいた。何人かの友人に鍵を渡していて、本局と交通の便が良いので時々仮眠所か休憩所替わりに使われることもある。
 ユーノとしては別段友人らは散らかすわけでもない──どころか片付けや洗濯をして帰っていく──ので、自分が帰らない日などには自由に利用してくれて構わないと言っていた。
 その日の夜はユーノも自宅で本に目を落としながら静かに過ごしている。


 電子音が響いた。
 玄関に設置された呼び鈴だ。ユーノはページを捲る以外置物のように動かなかった体を椅子から立ち上がらせる。
 誰か来たらしい。玄関に向かった。いつの間にか部屋の空気は冷えている。寒い廊下をややつま先立ちで移動する。

「はい、どなたですか?」

 無警戒に玄関を開ける。クラナガンは治安が悪いものの、彼の住んでいるマンションは出入自体に不審者は入れないようになっているので大丈夫だと思ったからだ。
 ドアを開けた彼の目線には、赤い半球が下の方に映っていた。

「……よう」

 目線を下げるとそこには全身をずぶ濡れにした友人──ヴィータが拗ねたような顔で見上げている。最初に視界に入ったのはヴィータヘッドだったようだ。
 ようやく気づいたが、玄関を開けて初めて雨の音が外から聞こえた。本に集中していたおかげで気づかなかったらしい。

「ヴィータ? いらっしゃい」
「いらっしゃいましたんだっての。雨に打たれたから中に入れてくれ」

 はあ、と気落ちしながらヴィータは言う。雨に打たれてうんざりとしていたのだ。
 言いながらもユーノの部屋のドアの隙間からするりと中に入った。微かに触れた彼女の体は死人のように冷たかった。
 玄関の明かりに照らされたヴィータを見ると、管理局の制服を着ているもののバケツにいれた水を被ったように全身ずぶ濡れだ。外は相当の雨らしい。
 ヴィータは仕事帰りに突然の雨に襲われて咄嗟に彼の家に逃げ込んだのだった。

「待ってて、タオル持ってくるから」
「風呂も沸かしてくれ」

 ヴィータの要求に当然のようにユーノは、

「わかったよ」

 応えた。
 ユーノは洗面所からタオルを取ってヴィータに放り投げる。
 それを受け取ってぐしぐしと髪の毛、顔を拭った。スカートからは水滴がぽたぽたと垂れる。服の奥まで染み込んでいるようだった。
 冷たさよりも体に張り付いた衣服が気持ち悪かった。
 
「今お湯を入れてるから、風呂場に行くといい」

 ユーノは風呂場から出て、ヴィータにそう告げる。
「うん」ヴィータは頷き、すぐに「ああ」と言い直した。濡れ鼠のようになっているので言葉が弱々しくなっているのを気にしたのだ。
 靴まで濡れている。ヒールの高いパンプスは丁寧に拭いて陰干ししなければ嫌な匂いになりそうだと考えるのも億劫だった。
 びしゃびしゃ、と靴下の跡を廊下に残しながらヴィータは風呂場へと歩いた。
 脱衣所に入る。濡れた制服のボタンを外して脱いだ。ブラウスも外して、スカートを脱ぐ。
 インナーシャツとショーツまでびっしょりと濡れている。ヴィータはうんざりしながら両方脱いで裸になった。

「ヴィータ」

 廊下から声がかかりびくりと肩を震わせる。

「ドアの外に君の服を置いておくよ」

 ユーノはそう告げて、ヴィータ用の下着とシャツを廊下のドアの側に置いた。
 以前ヴィータが泊まったときに置いていったそれを洗濯して置いておいたものだ。

「お、おう」

 ヴィータは返事をした。何となく、見られているわけでもないのに廊下側のドアに背中を向ける。
 小さな足音でユーノが離れていくのを確認して、何をやってるんだかと思いながら、

「へっくち」

 と不意にくしゃみをした。

「……大丈夫?」

 足音が止まり、心配そうな声が聞こえた。ヴィータは適当に返して平気さをアピールする。
 騎士は弱みなんて見せちゃいけないのだ。






 脱いだ服を適当に置いて風呂場に入る。
 湯気で咽そうな、熱い湯が蛇口からバスタブへ注がれていた。
 外の気温は寒く、今までさらされていたヴィータは「ふう」とようやく安堵の息をつく。
 細っこい腕でたらいを掴んで、バスタブに3分ほど溜まった湯をかき混ぜて掬い、浴びた。
 小さい肩から薄い胸へ、細い腰からおしりへと熱い湯が熱を伝えて、ヴィータは「うあー」とゆるい声を出した。
 冷たい雨を浴びてからの熱い湯だ。気持ちが良い。


 体を洗う用のタオルを掴んで、石鹸を擦りつけた。
 ふわふわとした白い泡が出てきてタオル自体もぬるぬるとした感触になる。
 ヴィータはそれを使って体を洗い始める。
 魔法生命体だから汗も垢もそんなに出ないので、普段は軽くホコリを落とすように洗うのだけれど。
 今日は熱心にごしごしと、体の隅まで綺麗にしたい気分だった。
 湯を流して泡を落とす。膝の裏や脇の窪みに泡が残らないように、丁寧に。


 シャンプーの瓶を掴んで、取った。

「……っと、これはフェイトのか」

 時々彼の家に泊まっていく友人が持ち込んだ洗髪剤だったので、軽く投げるように戻した。
 年越しても使い切らないような宿泊状況なのにわざわざボトルで持ち込む女子達も難儀な性格だな、とヴィータは自嘲の笑みを浮かべる。
 他のを使ったら負けとでもいうのか、なのは用もそこには置かれていて一番隅にユーノ用があった。
 無駄にあるなあと思いながらも、自分のもの──ユーノのものを手に取る。特になのはのシャンプーはヴィヴィオが居るからもう泊まりに来ることなど……いや、あの親子なら二人纏めてくるかも知れないが、と想像してしまった。
 ユーノのシャンプーは何気に高級品だ。というか三つある中で一番高い、そこらの店に売ってない通販で購入しているものだった。あの髪の毛サラサラにはちゃんとした手入れがされているのである。
 ヴィータはユーノと同じ匂いを髪の毛につけ、泡立てた。


 湯船に沈む。
 体育座りをして顔を沈めれば口元までヴィータは湯船に使った。
 熱いぐらいの湯温だったが、今のヴィータにはありがたかった。体の芯まで熱が伝わり、手足の先がこそばゆいような不思議な感覚だ。
 解いた、長い髪の毛がゆらゆらと湯船に広がる。赤い髪の毛。
 ぶくぶくと口元から泡を出す。次第に苦しくなって顔を上げた。
 足を延ばす。
 曲げていた時とはまた違う熱が膝のあたりに伝わった。
 膝を抱えていた手で湯をすくって顔を洗った。ばしゃ、と軽く水しぶきが上がる。
 数秒ぼんやりして、小さな胸に手を当てる。

「……むう」

 ふに、と僅かな肉の感触。年齢相応か外見相応か、わからないが小さい胸だとヴィータは思った。
 ほんの少しの間、揉むように指を動かしたが痛くなったので止めた。


 風呂を上がってバスタオルで全身を拭った。火照るような体にはうっすらと汗が浮かぶほどだった。
 小さく扉を開いて廊下に置かれた自分の服を取る。
 管理局の制服と下着。
 下着まで男であるユーノに管理されていたという事実は我乍らどうかとヴィータは改めて思う。
 青と白の縞模様のショーツを履いて、残りの着替えを見ながら腕を組んだ。
 何を考えたか、洗濯機の上に置かれた乾燥機に目をつける。
 中を見た。そこにはユーノが普段来ている服が乾いた状態で、皺だらけだけれども置かれている。
 ヴィータはゴソゴソとそこを漁った。







「おや、ヴィータ出たのかい──って」

 ユーノはヴィータの服装を見ながら言葉を詰まらせた。
 彼女が着ているのは、ぶかぶかのユーノのシャツとゆるゆるの彼の部屋着用のズボンだったからだ。
 ズボンが下がらないように抑えながら、ヴィータは出てきた。

「おう、服を借りたぞユーノ」
「随分サイズが合ってないように見えるけどね」
「お前がデカくなったせいだ。謝れ」
「はいはい、ごめんヴィータ」

 ひらひらと手を振って苦笑しながら笑う。
 ユーノは今や、シグナムよりも大きい背丈になっている。9歳時程度のヴィータとは随分離れてしまった。
 ヴィータはふい、と顔を逸らしながら、

「あたしの着替えは制服だから皺になったら駄目なんだよ」
「そうだったね。気が回らなくてごめん」

 ユーノは暖かいココアをヴィータに差し出しながら謝った。
 ヴィータはそれを受け取り、ふうふうと息を吹きかける。

「……もうこんな時間だし、外雨降ってるから今日は泊まっていく」

 ヴィータが紅い唇をカップにつけながら言った。
「いいよ」とユーノは承諾する。友人が泊まりに来るのも初めてではない。すっかり慣れた調子だ。
 先程まで冷えて暗かった部屋は、ヴィータの来訪によりユーノが意識を戻したために明かりも着けられ暖房も入っていた。
 ヴィータは居間に置かれている、ゆったりとした大きなソファーとユーノが座っている大きめのふかふかした椅子を見比べた。
 少しだけ悩んでソファーではなくユーノの座っている椅子におしりを割り込ませるようにして隣りに座る。一人では大きい椅子で、大人ふたりは座れなさそうだが少女体型のヴィータならなんとかユーノと並んで座れた。
 肩を合わせるような距離。風呂上りでホカホカしている体温をユーノはすぐ隣から感じながら、

「君がお風呂に入っている間にはやてに連絡したんだけど、お酒飲んでたみたいでね、迎えにいけないから泊めておいてってさ」
「なんだよだらしねーな皆。まあいいけど」

 暫くヴィータのココアを啜る音とユーノが本を捲る音のみが空間を支配した。
 ぽす、とヴィータがユーノに肩を寄せ体重をかける。
 ユーノが視線を向けると、裸の上に纏ったシャツの胸元が僅かにはだけて未発達の胸が覗いていた。

「ヴィータ、君もだらしないよ」

 とユーノは本を置いて、二つほど外された彼女のシャツの上のボタンを閉める。
「ああ、悪ィ」とヴィータは言いながらされるがままにした。
 湯あたりして暑かったから少し開けていたのだ。
 そのまま床に落ちていたテレビのリモコンを、足の僅かに桜色になった指で操作してテレビを付けた。
 ヴ、と画面が出る音がして静かな音量でニュースが流れる。適当にヴィータはチャンネルを回す。

「あ、なのは出てる」

 ヴィータはその言葉に金髪頭がピクリと反応するのを見た。
 テレビの画面には管理局の広報に高町なのはが登場してにこやかにインタビューを受けている。
 じろじろと本を読んでいるユーノを見ながら尋ねた。

「最近どうよ、なのはと」
「どうもこうも。普通だよ」
「フェイトとはどーなんだ」
「だから、別に何もなく普通だって」

 本から顔も上げずにユーノは応える。
 いつも普通に顔を合わせる相手をテレビ画面で見ることもないなあと思って無関心な様子だ。
 ヴィータは普通ってなんなんだろうなと肩を竦めながら、こいつら一生そんな感じなんだろうと思い「ふん」と鼻を鳴らした。

「普通か」
「うん──」
「じゃあ、いい」

 そこで会話は終わってしまった。ヴィータは何となく足をぶらぶらさせる。
 何が「いい」のかよくわからないけれど。
 テーブルの上に置いてあるビールの空き缶を、暇そうに巡らせた視線が捉えた。

「酒」
「ん?」

 ユーノがヴィータの呟きに、本から顔を外して聞き返す。

「はやて達、酒飲んでるって言ってたけど、あたしには飲ませてくれねーんだ」
「へえ。見た目のせいかな」
「だろうなー。こちとら酒の一升や二升飲んだところでなんとも無い──はずなんだけど」
「確証は無いんだ」

 ユーノは子供が無理やり大人ぶってるのを聞いたような笑顔になって、ヴィータの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
 それを荒々しく振り払う。

「やめろ。そういう子供扱いが嫌いなんだよ」
「そうかい? ごめん」
「十年前はお前も外見年齢変わらなかったんだろ」
「そうだったね」
 
 懐かしむようにユーノは微笑んだ。
 ヴィータは閉口してぐいと手元のココアを飲み干す。

「お酒、飲んでみる?」
「あるのか?」

 ヴィータが意外そうな顔でユーノを見る。
 あまり酒を飲みそうにない男だったので家に常備してあるとは思わなかった。

「付き合いで飲むこともあるさ。部族にいた頃は小さいのに飲まされてたし」
「へえ。フェイトとかなのはに付き合わされるのか?」
「まあ、そっちも時々。あとクロノとか」

 応え、ユーノは本を閉じて棚に向かう。そこから一本の酒瓶を取り出した。
 グラスに氷を入れて酒を注ぐ。100mlほど波々と琥珀色の液体がグラスに貯まり、白い氷が浮いて僅かな音を立てた。
 戻ってきてユーノはそれをヴィータに渡す。

「はい」

「さんきゅ」と受け取って、まじまじと酒を眺めた。
 ユーノは再び本を広げて文字を追う。彼の専門は考古学であるが最近は他にも様々な分野に考古学は提携しているため、ユーノも知識の手を広げている。
 現在読んでいるのは魔法生命学の論文であった。内容を深く理解するために精読している。
 ヴィータは手元のひんやりと気持よく冷えた酒を、ぐいと煽った。

「──!? ぐぇっ! えほっえほっ!」

 むせた。
 ユーノはポケットからハンカチを取り出して彼女に渡す。
 
「そんな一気に飲むお酒じゃないよ、それ。度数高いんだから」
「最初に言え!」

 口の中がひりひりした。
 ごしごしと口元を拭う。揮発したアルコールの匂いが鼻に入って、うっとヴィータは呻く。
 美味くない。
 でも素直にそれを言うのは憚れた。やはり子供舌だと思われるようで。
 ヴィータが必死にそれを隠そうとしているようだがユーノにはそんな葛藤がモロバレではあった。これで付き合いも長いのである。だから敢えてツッコんだりはしない。
 こういう反応が見たくてわざわざ水で割らずに出したのは、まあそうだけれども。

「大体、お前もこれ飲めるのかよ」

 ヴィータが負け惜しみのように言う。
 彼女の感覚からすれば歯磨き粉と間違えてヘアトニックを口に入れたような気持ちの悪さであった。口は痺れるし飲み込んだ喉は焼けそう。胃のあたりが熱くなって不気味。こんなものを好き好んで飲む人の気がしれなかった。
 ユーノは勿論、と前置きして応える。

「飲めるよ。冬山とか発掘に持って行って体を温めるお酒なんだから」
「冬山ってお前いつ行くんだよ仕事漬けで」
「いつか長い休みが取れたら行きたいんだよ……」

 悩ましげに、溜息と共にユーノは呟いた。
 ヴィータの追求は続く。

「じゃあ今飲んでみろよ。飲めるなら」
「今は本読んでるから。内容覚えられなくなるし」

 アルコールは意識や判断力、記憶力を低下させる。勉強中に酒を飲んで頑張っても概ね無駄になる。ユーノはそう言って、拒否。
 ヴィータはその態度にむっとした。

 ……人の相手よりもさっきから本ばっかり読みやがって。

 そんなだから一部で根暗だとか思われてるのだ。そりゃあ押しかけたのは自分だけど、客の相手ぐらいしてもいいではないか。

「なのはとかフェイトには酒に付き合うって言ってただろ。あたしにも付き合えよ」
「えー」
「あたしと本と、どっちが大事なんだ」
「君だよ」

 あっさりと言うすかした台詞に思わず鼻白む。
 言いながらやれやれと本を閉じた。こちらに向けてくるまっすぐな視線に気恥かしさを感じた。
 軽く彼の太ももをつねった。

「痛っ」
「恥ずかしい事言うな、ばか」
「いやだって、君より本の方が大事とか言ったら殴るでしょヴィータ」
「当たり前だ。朝日が拝めないと思え」
「なんか理不尽を……まあいいか。じゃあグラス持ってくるから」

 立ち上がろうとするユーノを止める。
 そして自分の持っているグラスをヴィータは差し出した。ユーノが自分で注いでくると不正を行われる可能性があるからだ。水で割ったりして。

「返杯だ。飲め」
「返杯って飲み干してからやるものだと思うんだけど」
「いいから」

 ユーノはヴィータから、表面に水滴の浮かんだグラスを受け取る。
 幸いヴィータが少し口に含んだだけで吹き出したので殆ど酒は残っていた。
 説得しても納得しないだろうな、とユーノは諦めて、ヴィータが口をつけたのとは逆のグラスの縁を目算して、傾けた。
 口に芳醇な香りが広がってつんと冷たい酒がとろりと広がった。鼻に抜けるようなすっきりした風味を味わいつつ飲み込めば、喉と胃へと落ちていく過程で粘膜を刺激してじんわりと温めてくれる。

「美味しい」

 ふう、と息を吐いてユーノは応える。ヴィータは悔しそうな顔をしていた。
 そしてユーノから再び杯を引っ手繰ると、躊躇しながら自分でも、ほんの唇を濡らす程度に酒を呑む。
 やはり眉間に皺がよっているところからすると美味くないらしい。それでも無理しているところが妙に可笑しかったが、指摘すると怒られることは分かっているのでユーノは生暖かい視線で見守った。

「ゆっくり飲んでよ? 高いんだから」
「まじかよ。これ買うぐらいならあたしにアイス奢れよ。ちなみにいくらだ?」
「給料三ヶ月分ぐらい」
「嘘つけ」
「バレたか」

 肩を竦めるユーノに呆れたような視線を送る。
 それから暫く、舐めるように酒を飲むヴィータと同じグラスで付き合わされて飲みながら雑談している二人の姿があった。
 盛り上がるわけではないが、まるで空気のように堅苦しいことも気まずいこともなく時間はゆっくりと流れる。




「なんかフラフラする」
「酔ったんだよ、それ」

 ヴィータが顔を赤くして頭を抑えながら言った言葉に、ユーノはきっぱりと言った。
 大体次に返ってくる言葉は予想できたが。

「酔ってねーでふよ」
「ほら」

 的中して、微かに笑う。
 何杯目の酒かは忘れたがそう多くない量であったようにユーノは思う。酒瓶が半分も減っていないはずだ。
 飲みなれていないヴィータはあっさり酔ってしまったようだが。
 ゆらゆらと体を上機嫌に動かすヴィータを、ユーノは肩を抱くように捕まえた。随分体が熱くなっている。目を覗き込んだら青色の瞳がくるくると動いていた。

「……そろそろ寝ようか、ヴィータ」
「んーあーおう。お前のベッド借りるぞー?」
「うん、僕は下で寝るからいいよ」

 大体寝室に友人を寝かせるときは居間にあるソファーでユーノは寝るのだがその日は床で寝ることにしたらしい。
 どちらにせよ、間違いなど起こりようもないので問題ないが。
 ヴィータは火照った手をユーノと繋ぎながら、彼を引っ張ろうとした。体重差とヴィータがフラフラなのも相まって動かなかったが。

「お前もあれだ。早く寝ろ。いつも寝不足顔しやがって」
「えーと……うん、もう少ししたら眠るよ?」
「いつもいつもそうやってお前はらな、どれだけあたしが心配してると思ってるんらよ」
「ごめん、早く寝るようにする」

 ……ヴィータはお酒飲むと説教臭くなるなあ。
 
 と小一時間ほど彼女と飲み合って感じたユーノである。
 確かに割と苦労性なところがある子なので、アルコールの効果でそうなってしまうのかもしれない。例えばクロノなど説教と家族ノロケの二択しかしてこないので聞き流すのが楽ではあったと思った。
 ヴィータは紅顔でユーノを引っ張るので、むしろユーノの方がヴィータが転ばないように気をつけながら彼女を寝室に運ぶ。
 来客用の布団じゃなかったなと、自分のベッドに敷いてあるものを見ながら思ったもののヴィータは特に気にした様子もなく、どさりと布団に潜り込むようにしてベッドに入り込む。
 ユーノの匂いと風呂上りの僅かなシャンプーの香りのするヴィータの匂いが混ざって部屋に広がった。
 
「……おやふみ」
「おやすみ、ヴィータ」

 ユーノは固く握られた手を、指一本一本外すようにして彼女を寝かせる。
 布団をしっかりかけてやり、部屋を出た。
 ヴィータに言われた以上今日は自分も早めに寝ようかという気分になったのだ。どうせ明日は昼からの出勤である。無限書庫は性質上通勤退勤時間が特殊だ。早起きして昼まで読書してもいいだろう。
 居間に行ってテレビを消した。テーブルに置いてあるビール缶を処分して、ソファーに掛かっている毛布を正した。他にも寝る前にやることを済ます。
 戸締りを確認し部屋の明かりを落とす。
 そして寝室でベッド脇の床に簡単に布団を敷いて、眼鏡を外した。
 欠伸を一つして、もう一度言う。

「おやすみ、ヴィータ」









 ……


 夜中に微かに微睡みから目を覚ますと、自分の布団にヴィータが入ってきていることにユーノは気づいた。

 大方トイレにでも起きて酔っ払ったまま布団を間違えたのだろう。

 元の彼女の布団も冷えてしまっているだろうし、追い出すのも忍びない。

 せいぜいが朝起きたときに自分がヴィータにたたき起こされる程度の被害だとユーノは諦めて、再び眠ることにした。

 胸元にヴィータの顔がある。ユーノに抱きつくような形で。

 酒気のせいか元々体温が高いのか。


 ユーノは暖かいヴィータを抱いて眠った。












 ********************************










「──なあ」

 小さな、消えてしまうような声で囁いた。
 返事はない。寝入った証明の寝息が僅かに聞こえてくるのみだった。
 それでも言葉は続く。

「……あたしの体、人間にちょっとだけ近づいててさ」

 聞く者など誰もいないのに、すぐ近くに顔がある相手へ伝えたいような、気恥ずかしいような。
 本当は素面な状態で伝えたいけど、だからどうしたと言われたら言葉に詰まる。
 片道だけの告白。
 そんなことを躊躇いがちに言う。

「身長、少し、ほんの少し……伸びてたんだ」

 顔が熱いのも。
 口が軽いのも。
 飲んだ酒のせいに出来るというのなら──
 もしかしたら、あの不味い液体が少しだけ好きになれそうな気がした。
 人間に近づくことで酔うことが出来るのならば。

「だから、本当に大きくなれるかもしれないって」

 胸に顔を押し付けた。

「もしあたしがお前と同じように成長してたら──こんな、子供みたいな姿じゃなかったら──」

 ぎゅう、と背中に手を回して抱きつく。

「今からじゃ遅いかもしれないけどよ──」

 もし自分の背が彼が見下ろさなくてもいいぐらい高かったら。
 胸が男が魅力的に思うぐらい大きかったら。
 酒を飲んでも違和感がないぐらい大人だったら。
 十年。成長するにもそんな期間があいてしまった。
 最初は少し気になって、次第にずっと見ていることを自覚して、好きだということを自覚したときは成長の差が出てしまって。
 だけれども──

 ごしごしと彼の胸に顔を押し付ける。柔らかい匂いがした。自分の匂いを混じらせるように。
 
「……やっぱり、なんでもない」

 それを言うのは、早い気がして。
 今はこれで十分だから。少なくとも、自分は幸せで。もしかしたらを重ねても、意味がなく。


 ただ、彼のぬくもりを感じて眠りについた。

 それは夢だったか、誰も見ている人は居ない──あやふやな境界の一幕。












 *************************************






 ユーノが目を覚ますと布団には自分ひとりだった。
 半分ほど寝ぼけていたし、ヴィータが布団に入ってきたというのは夢か何かだったのかもしれない。
 見てみればベッドにもヴィータの姿がない。やや寝癖の付いた髪の毛を気にしながらリビングに出る。

「あ、起きたか。朝飯出来てるぞ」

 ヴィータが管理局の制服を着てフライパンに入っているベーコンエッグを皿に移しているところだった。
 テーブルを見ると焼きあがった食パンとコーヒーが置かれている。そこにヴィータはベーコンエッグと野菜の乗った皿を置く。
 二人分の朝食が並んでいた。

「簡単なのだけどな」
「十分だよ。ありがとう」

 ユーノはお礼を言う。
 ひひ、と笑いながらヴィータが、

「誰かはお寝坊だからな。こんぐらい準備するって」
「いや、いい夢を見てた気がしてね」

 他人の夢の話ほどどうでもいい話題はないのだけれど。
 ヴィータは少し気になって尋ねてみた。

「うーん……たしかヴィータが大人になった夢だった」
「へえ。あたしが、か。それでどうだった?」
「どうって?」
「美人だったか聞いてるんだよ」
「多分そうだったんじゃないかな」
「多分ってなんだ多分って……胸はデカかったか?」
「よく覚えてないよ。夢だし」 

 ヴィータはやれやれとばかりに、

「そこはよく見ておけよ。大事なことなんだから」
「いや、見てたら夢の中のヴィータに殴られるし」
「なんとか合法的に見れるように説得するとかしろってんだ」

 どういう説得をすればいいのか、さっぱりユーノは理解ができなかったが。
 ヴィータは「あー」と宙を見ながら意味ありげに唸った。

「なんだ。その、やっぱり大きいあたしのほうが……良かったか?」
「? よくわからないけど、ヴィータはどんな姿でも僕は良いと思ってるよ」
「……そうか」

 機嫌がいいのか悪いのか、よくわからないような声音で呟いた。
 そしてくるりと回って、玄関へと向き直った。

「それじゃ、あたし仕事いくから」
「ああ、またね、ヴィータ」

 廊下を歩いて玄関へ向かう。
 ヴィータのパンプスは布でしっかり拭かれて乾かされて置いていた。
 昨晩ユーノが寝る前に気を効かせてやっておいたのだろう。ヴィータは顔がほころぶのが自分でもわかった。
 
「ユーノ、」

 と玄関で振り向いて、彼へと向き直る。目を細めてにっこりと笑った。



 
「あたしが成長した姿、楽しみにしてろよ」




 ──いつかきっと、夢などではなく、本当の姿で。



 ユーノはヴィータの笑顔に、少しだけ見惚れてしまった。


 ばたん、と玄関のドアが閉じて去っていく足音が聞こえる。
 ユーノは微かに浮かんだ笑みを誤魔化すようにテーブルへ向き直って、朝食を取ることにした。
 体から感じる、ヴィータの匂いに気づかずに。

 

 

 おわり























 おまけ

















 *********************************





「みゅ……」

 ソファーがもぞもぞと動いた。
 ユーノは呼びかける。

「おや、昨日の夕方頃にビール片手にやってきて仕事の疲れで今までずっとソファーに泥か背景のように寝ていたフェイト、起きたの?」
「誰に説明してるの……? だって昨日は特に疲れてて……家まで帰れなかったんだもん」

 ソファーに毛布をかぶって眠っていた金髪執務官フェイト。
 大欠伸をしながらようやく目覚めた。
 そしてテーブルの上に乗った朝食を見て、

「誰か来てた?」
「ヴィータが泊まりにね。フェイトをほぼ完全にスルーしてたけど、君の分も朝ごはん作っていったから食べなよ」
「うにゅん」
「ほらほら、アルフも犬缶用意してるから」
「わふん」

 フェイトにずっと暖房替わりに抱かれて眠っていたアルフも目覚めて、二人と一匹の朝食が始まった。
 もうなんか纏めてペット感覚だった。



 おわり





[20939] 桜の木の下に(なのは編?)
Name: 定彼◆6d1ed4dd ID:03e3c4be
Date: 2011/04/11 21:31



 まだ普段は肌寒い季節ではあったが、その日は雲のない日差しの暖かな日だった。
 緩やかな風が人の頬を撫でて、頭上に咲いている桜の花びらを綿のように降らせる。木の根や土の溝など、風の吹き溜まりに花びらが集まり濃い色を見せつつ、時折吹く強い風で再び宙に散る。
 海鳴市の自然公園にある一本の桜。そこでは他に生えている山桜や染井吉野とは気色の異なる、やや赤い花を咲かせている桜があった。
 寒緋桜と呼ばれるその木の根本。シートを引いて隣合わせに座っている男女がいる。
 のほほんといった空気がよく似合っている様子で、水筒に入れたお茶を分けあって桜を見物しながら、持参の菓子を食べたりしつつ和んでいた。
 会話は少ないがそれをどうしても必要とするような様子でもない。ただ隣に居るのが当然のように──居るだけで割と満足しているように。
 高町なのはと、ユーノ・スクライアであった。

「はー……それにしてもなんかいいね。こう、静かで」
「そうだね、ユーノくん。皆でお花見をするのもいいけど、たまには二人だけでっていうのもいいよ」

 温かい春の陽気で、肩が触れ合いそうな距離で桜花を見ながら過ごす。
 なんとも贅沢な時間に思えて、ユーノは目を細めながらリラックスした様子で梅昆布茶を飲む。やや塩気のあるそれが、口に残った甘い桜餅と塩梅良く感じた。「ふう」と満足そうな息をついて梅と桜の匂いに春を感じた。
 二人だけの花見。提案されたときは「皆を誘わないの?」と尋ね返してしまったものの、行ってみればなんとも心地良い時間を過ごせている。
 無限書庫で仕事に追われつつなんか黒いのとか茶色いのとかに仕事を追加されることもない。部下のサービス残業時間を気に使って仕事を肩代わりしていつの間にかデスクが埋もれることもない。誰かに気を使うこともしなくていいし、一人よりも楽しい気分になる。 
 誘ってくれたなのはには今度なにかお礼をしたかった、と考えるのも「お礼をしなければならない」と思うのと違ってくる。
 とにかく、ユーノは今の時間が非常に気に入っていた。
 そんな彼の様子を見て、なのはも彼を誘って良かったと嬉しくなり、日頃の疲れを忘れそうなぐらいだ。
 そう、たまにはこんな真っ当な状態もいい。いや、たまにじゃなくていつもでもいいが。嫉妬に間違ったり噛ませ犬にされたり恐れられたり独女になってたり汚れ役だったり……そんな事にはならない、自然で好ましい十代の男女のお付き合いだ。その為だったら何を犠牲に払おうとも。
 桜餅をもう一つ口にした。桃色の、寒緋桜よりやや色の薄い餅が桜の葉の塩漬けで包まれている。口に入れると中の餡の甘みと、道明寺粉──粗めに挽いた干飯──のぷちぷちとした感触が味わえる。そこに塩を水で晒して抜いたもののやや塩っぱい桜の葉がアクセントを与える。
 自分で作ったものながら美味しかった。ユーノも喜んでくれたので自己採点で花丸を付けておく。
 お茶が自分の湯のみから無くなっていたのに気づいたが、同時にユーノがなのはの湯のみに水筒を傾けた。

「あ、桜の花」

 という彼の言葉に湯のみを覗けば、赤い花びらが湯に浮いていた。
 どことなく縁起が良いように感じられて、二人で顔を見合わせて小さく笑顔になった。
 そういえば、とユーノが言う。

「ここの桜は随分と赤いんだね」

 日本の桜といえば、なのはの魔力光のような色合いだとユーノは記憶していたが。
 ここはそれよりも色が濃く、鮮やかだった。

「うん、木の種類が違うんだって。他の桜よりも早く咲くから、秘密のお花見スポットなんだよ?」
「そうなんだ。確かに、他の皆と騒いでお花見をするときはいっぱい咲いてる桜がいいけど、なのはと二人で来るならこの一本がちょうどいいね」
「それなら、また来年も来ようか。二人でさ」
「うーん……それもいいねー」

 間延びしながら答えつつ、ユーノは確かにこの日のために休みを取るのもやぶさかではない気にはなっていた。
 それぐらい平和で幸せな時間だ。この時間が続けば──少なくとも、年に一度は訪れればどれだけいいだろうか。
 思いながらそういえば、とユーノは思いついたことを言った。

「桜の花が赤いのって──桜の下に死体が埋まってるからだって話が─────」



「どうしてそれをっ!?」



「い、いや、単に怪談とか都市伝説の類だよ。前にはやてからそんな話を聞いた記憶があってね」

 急に大声を出して動揺しだしたなのはに、逆に驚きつつもユーノは説明をした。
 動悸が収まらないようになのはは目を泳がせながら、

「あ、ああ怪談なの。うん、そんな話し聞いたことあるよ。もう、ユーノくんいきなり言うから驚いたよ」
「ごめんごめん。この桜の花が赤いことから連想してさ。そんなことは無いって知ってるよ」
「そうだね。もう、ユーノくんの確信犯っ!」

 確信犯ってなにさと思いながらユーノは肩を竦めた。
 すると不意に、なのはが軽く触れるように寄りかかってきた。

「来年も来ようね」
「来れたらいいなあ」
「来れるよ。きっと、来年も綺麗な花が咲くんだから」

 くすくす笑いながら二人の時間はゆっくりと進んでいった。
 何も含むことのないハッピーな結末。オチも何も無い素直な付き合い。たまにはそんな関係だって合っていいはずである。
 二人だけで過ごすその瞬間を、赤い桜の花と青い空。




 


 そして桜の木の裏に立てかけられたスコップだけが見ていた。










 おわり














 *************** 




 数時間前。


「ふーんふふふーん、ユーノくんと待ち合わせの時間はまだまだ先だけどもう桜のところまで付いちゃった!」

 桜の木に行く道の途中でなのはは鼻歌を歌いながら歩いていた。
 早朝のことである。マジでまだまだユーノと待ち合わせは先なのだが、居ても立っても居られずに先に桜の所まで来ているのである。
 翠屋を待ち合わせ場所にして二人で桜の場所まで行くというプランもあったが、現地で待ち合わせというのはデートには大事なプロセスなのである。
 
「昨日の夜からお父さんに場所取りしてもらってたから大丈夫だよね、うん」

 とこの寒いのに一晩中父親を山中に待機させていた娘は言う。
 人知れない隠れスポットではあるが、折角のユーノと二人きりの花見で他の人が先に場所を取っていたら台無しではある。いざという時は結界を展開することも考えられるが、やはり普通に執り行いたかった。
 そんなわけで高町士郎が場所取り待機である。
 
「お父さーん、お疲れ様ー! 朝御飯持ってき……た──────!?」

 自然公園に一本だけ生えている寒緋桜の木。早めに咲く赤い桜。


 その枝という枝に、首をヒモで括られたフェレットが無数にぶら下がっていた。



「きゃあああああああああ!?」

 マジでホラーであった。

「なのはか。おはよう」

 ぬっと櫻の蔭から出てきたのは彼女の父親、士郎であった。

「おおおおお父さん、なにこれ!?」

 恐怖に鳥肌を立てながらもなのはが尋ねるが、無表情で士郎は答える。

「なに、気にすることはない。全部精巧な人形だよ」
「気にするよ!?」
「今日・ユーノと・デートする・なのはのために・お父さんからの精一杯の応援アンド飾り付けだもげろフェレット」
「嫌がらせにしか見えないし棒読みなの──!」

 せい、と気合を入れて父親を鉄拳でぶん殴るなのは。
 3mほど助走を付けて人中を殴ったものの鼻血一つ垂らさずに士郎は続ける。

「大人は間違えることはあっても嘘はつかない……そう教えたことがあったな、なのは」
「……」
「ユーノへの嫌がらせだ」
「改めて言わなくてもわかってるよ!」

 頭を抱えてくねくねしながら士郎は不満を垂れ流す。

「だってなのはがデートだぞ!? どこの馬の骨とはいわんが、年頃の娘がデートしようってのに俺はその場所取りか! 昨晩暇過ぎて地蜘蛛釣りをしてたり蟻地獄に蟻を落としたりしてたんだぞ! おのれユーノ! 目に入れても痛くないどころか俺がなのはの目に入ってもなのはを痛がらせない自信があるほど大事な娘を!」
「頼んどいてなんだけどなんで小学生男子みたいな時間の潰し方してるの!? っていうか人の目に入るビジュアルが怖すぎるの!」
「ユーノみたいな奥手少年が一人だけだと寂しいだろうと思ってフェレット人形を吊るしといたからこれで安心だな!」
「何処かの邪教の儀式みたいな絵面になってるんだからやめてよ!」

 最悪のクリスマスイルミネーションのようだった。
 首吊りフェレットが並ぶ桜の下で二人きりの花見。
 シュールすぎる。青空は確実に曇り雷鳴轟く場面に変わっている。春の匂よりも血と腐臭が漂い仄かな風の囁き声は何らかのうめき声に変わっていることも容易に想像できる。
 想像できて、なのはの怒りが膨れ上がった。

「お父さんッッ! すぐに片付けないと粉々に片付けるよ!」

 折角の二人きりのデート。きれいで優しいルート。
 そんな状況を露骨に台無しにするシチュエーションという不条理を彼女は許さない。
 そして愛娘のデートという状況も、世界中のおやじがそうであるように士郎も許さない。

「やれるものならやってみろなのは! 俺は粉々でも、この桜の花も散り散りだァ──!」
「くっ……」

 桜の木の前に仁王立ちしてどこぞの戦闘民族戦士のようなことをいう父親。
 娘のデートを邪魔する気満々であった。というか粉々になるのは前提らしい。
 なのはに出来ることはヤバイ光線をぶっ放す事だと理解している士郎は自分の身を犠牲にしてでも桜を道連れにするつもりだ。残酷なのは愛情といったところだろうか。
 そんなことになっては折角のデートが……なのはがレイジングハートを構えて、叫ぶ。

「レイジングハート───塹壕戦モード」
【SCOOP MODE】

 戦場に置いて有利なマルチツールとは何か。スコップ、あるいはショベルと呼ばれる穴掘り道具である。用途によっては塹壕を掘り、或いは埋める。廃棄物や排泄物を地面に隔離する事もできる。また、その頑丈さから叩いてよし、切ってよし、投げてよしだ。刃自体が清潔ならば、火にかけて調理器具がわりに使えることもできる。
 ともあれ。
 異世界だろうが未来だろうが過去だろうが、スコップは便利な道具であるということだ。
 レイジングハートはその姿を桜色のスコップに変えた。サバイバル訓練、及び実践に置いて使用するためにマリエルに改造してもらったスコップモードである。今ここに、スコップを持って戦う魔法少女の誕生だ。
 ゆらり、となのはがスコップを振り上げて父親に迫る。

「え、えええええ!? ちょっとそれは凶悪すぎないかなあ、なのは!」

 なお、スコップの刃はギザギザ模様であった。




 ざく、ざく。


 

 *******



 穴掘りは人類が知恵を持って恐らく初期の頃に開発した文明的行為である。また、埋葬もそうだ。
 ネアンデルタール人の化石と共に花粉が見つかったことから、遥か太古の彼らは仲間の死体を弔い、花を捧げていたという説もあるほどだ。 
 桜の木の下で眠れたらどんなに気持ちがいいだろうか。なのはは、風でゆらゆらと舞い落ちる赤い花弁を見ながら、急激な運動で萎えた手を伸ばしつつ思った。 
 
「かの小説家、梶井基次郎先生は言ったの。『お前も桜の木の下に埋めてやろうか』」

 そんなことは言ってないのだが。
 一仕事終えたように額の汗をぬぐい、掘り返した土を違和感ないように固める。
 桜の樹の下には無数のフェレット人形とあと何かが埋まっているが、まあ外から見る分には気づかれないだろう。腰に手を当ててうん、と彼女は納得するように頷いた。
 邪魔するものは許さない──絶対に許さない。それがリリカルだ。

「ふう……ユーノくんが来るまでまだ時間あるけど疲れちゃった」
「お疲れだね、なのは。あ、シート引いておいたから」
「ありがと。フェイトちゃん。ユーノくん、今日楽しんでくれるといいけど」
「大丈夫だよー。女の子二人に囲まれて癒されないはずは無いって」
「うん。フェイトちゃん。フェイトちゃん。フェイト執務官」

 桜の木の下に座ってにこにこしている金髪にアイアンクローをかました。

「な・ん・で、ここにいるのかな?」
「だだだだだって急に今日休みになったんだしなのはとユーノがおでかけするっていうから私も混ざりたいし……」
「空気を読んで欲しいかな!?」
「ユノフェなのの陣形でお願いしたいし……」
「モテガール妄想は布団の中でしてよ!」
 
 顔面を掴んだまま桜の幹に叩きつけるなのは。小さく悲鳴を上げながら木肌の荒い部位に頭が衝突するフェイトだった。
 その日休みだったフェイトは耳ざとくなのはとユーノの二人花見の情報を聞きつけて呼ばれても居ないのに参上したという寸法だ。
 フェイトとしてはなのはとユーノの仲を応援したい気持ちが半分。まあ残り半分は寂しいので自分も混ざりたいという素直な気持ちに生きるのであった。
 なのはから「うわああ邪魔だあ」といった表情で見られているのにニコニコして居座る気全開なフェイトである。ぶつけた額がやや赤くなっているが。

「大丈夫! お布団も持ってきたから!」
「ああもう嫌らしいなあ! そんな目的じゃないっていうのに!」
「なのは」
「……」
「私は本気だよ」
「(むしろ本気のほうがヤバイ気がするの)」

 フェイトがいろいろアレなのは周知の事実なのだが、改めて宣言されると色々マズイ気もしてくる。ユーノに妙な関係を疑われても困るし、だからといっていつの間にかユノフェが成立しているのも問題だ。
 キリッとしながら桜の木の隣に布団を敷き出す友人にどうしようかと思うが、答えは決まっていたようにレイジングハートを握りしめる。
 いつだって、彼女とはこうやって話し合ってきたのだから──!


サディスティックスコップモード
「 塹壕殲滅形態!」

「ええ!? ちょ、なのは!? ううう、ザンパーモード!」


 ギザギザを通り越して棘々が単分子の鋸刃となったレイジングハートを、エンジン駆動音と共に持ち出したなのはにフェイトは魔力刃を展開して対抗する。
 ぎゃりぎゃりぎゃり、と削り擦り落とす音を立てながら鍔迫り合いしたバルディッシュを押し穿つ。

「お、落ち着こうなのは! じゃあ順序を変えてユーなのフェは黄金比率!」
「ユーノくんと二人でお花見お花見お花見……」
「直接的に駄目になってる!」

 折角の邪魔が入らずに二人でのんびりデートが出来る状況に、餓狼のような執念を見せているなのはには説得が通じない。どう考えてものんびりほのぼの系のヒロインに使う単語ではないが、餓狼。
 號、と速度以上の風切音を出しながら振られるレイジングハートを上体を逸らして回避する。慣性で待っていた髪の毛が数本、引っ張られるような痛みを発しながらチェーンソーに巻き込まれてちぎれ飛んだ。
 なのはの振るう刃を受ける。こちらの魔力刃がえぐり取られ、長時間受けてはいられないから弾くようにして受け流す。そのたびに魔力光がぶつかり火花を上げた。
 じゃ、とぶつかるたびに油を引いたフライパンに肉を載せたような音を連続で立てながらフェイトは異様な気迫のなのはの攻撃を避け続ける。
 頭に向けて振るわれた恐らく致命打を、側転するように体を回転させて同時に回した足で彼女のデバイスの持ち手を狙った。
 尖った爪先が手の甲に刺さる瞬間、あっさりとスコップから手を放して爪先を回避する。
 逆にアキレス腱の方向からフェイトの足を掴んで勢いに任せて地面に叩きつけた。疎らに雑草の生えた土に体を打ちつけるように倒れそうになったフェイトだが、両手で受身をとってすぐに体勢を立て直す。
 一瞬視界からなのはが消え、次に見えたのは大上段にスコップを振り上げた魔王の姿だった。
 
 ──!

 背筋を弾くように動かして腰を地面に付けた体勢から背後に跳躍する。
 空間を切削するレイジングハートが鼻先を通過して地面に突き刺さり、爆発と共に小さなクレーターを作成した。
 そのままエンジンを過駆動させるような音で地面に刺したまま数秒。2メートルほどの穴を穿ってなのはがデバイスを地面から離した。それがフェイトの墓となるらしい。
 その間にフェイトが何もしていなかったわけではない。フォトランサーの発射スフィアを複数作成して既になのはを囲んでいる。
 さらに打ち付ける魔力に自信の電気変換能力を付与させて無力化する算段だ。なのはの体を痺れさせた後は布団にでも入れていればいいと思っているのだろう。
 そして警告を贈ろうと口を開いた瞬間、

「おっと、ユーノくんの子供時代の短パン姿生写真を穴の底に落としたの」

 フェイトは飛び込んだ。
 上から土を被せられてもまあそれなりに満足そうだったという。
 

 ざくり、ざくり。




 ***********






「ふう……新人の自尊心を挫く為に一週間ぐらい穴を掘って埋めさせる仕事をさせた事を思い出すの」

 爽やかな汗をぬぐいながらスコップに寄りかかるようにしてなのはが懐かしく思っていた。
 某企業では未だに入社後の研修で塹壕を掘らせていると聞くが真実はどうなのだろうか。とにかく、魔法の世界のファンタジー教導官といえども穴掘り穴埋めぐらいお手のものである。

「もうちょっとでユーノくんが来る時間になるから準備しないと! 幸いシートはフェイトちゃんが敷いてくれたから、お茶とお菓子を出しておいて……」

 持ってきたバッグから花見用の飲食物を取り出す。大人数で花見を行うときはそれこそ荷物が一人じゃ持ちきれないのだが、二人だけならばなのはだけが準備する分で充分だった。
 というかユーノにはわざわざ手ぶらで来るように伝えている。こっちが用意した菓子などを食べて欲しかったのと、

 ──ユーノくん、野外活動になると妙に張り切るからなあ。

 以前に友人同士のキャンプに誘ったら何故か紆余曲折あり、ノリノリでサバイバル演習のようになってしまい、楽しかったのだが……楽しかったのだが……十代の少年少女がやるには健全すぎる楽しさだった。
 今日はそんなことにはならないぞ、と穴掘りでやや疲れた腕の筋肉を奮い立たせるように気合を入れた。
 桜餅に草だんご、梅昆布茶と桜葉茶の食べ物と飲み物の二種類だ。そう多く無いけど、あまり多く用意して花より団子といった風になるのも風流がない。
 保温容器に入れたお茶。少し疲れたから一杯だけ飲もうかなと思って湯のみを取り出して注いだ。
 桜葉茶は桜の葉で作った番茶で、作り方も大体は茶と同じだ。摘んだ桜の葉をやや発酵させて刻み、炒って汁気を飛ばして作る。熱めの湯で淹れれば色はやや薄いが桜の匂いのする番茶が出来上がる。
 ず、と小さな音を立ててお茶を飲みながらしみじみと息を吐いた。
 後はユーノを待つだけ……そう思いながら春の陽気に少しだけ目を閉じる。
 飲み屋でリバースするでも疲れて眠ったユーノを犯罪気味に迫るのでも無く、ただ桜の雪を受けながら甘いものを食べるだけの和み時間まであと少し──
 ぽわぽわと想像しているイメージ図を読み取って近くの草むらからのぞき見ている影が呟いた。



「かーっ! いまどきの若い男女なのにやることは老夫婦かっ! もっとこう青くて姦しい感じになるかとこっちは期待してるんやで!」
「はやてちゃん……静かにするですよ……!」
 
 面白そうなこと担当捜査官、八神はやてである。彼女は本日単独任務で観察を行っていた。騎士達も誘ったのだが「死にたくないので……」とことごとく断られている。
 仕方なくついてきたリインと一緒に様子を伺っているのだが、はやてとしても騎士たちのマジビビリ加減につい先程士郎やフェイトに行われた残虐ファイトに逃げを打ちたい気分ではあったが、ここで引いては捜査官魂に悖る。
 ちなみに彼女も一晩中待機していた。温度操作の得意なリインのおかげで凍えはしなかったが、暇過ぎて朝マックとかアメリカシロヒトリスーツとか着て時間を潰していた。
 
「若者の花見言うたらバーベキューと麦ジュースでベロンベロンになって最終的に全裸やろ、多分」
「多分ってなんですか多分って」
「……わたし高校にも大学にも通ってへんからスタンダードな若者がどう遊んでるのか……」
「ああ、ほら泣かないでですはやてちゃん! 米ジュースもっと飲んでです!」

 とリインから進められた温められた瓶入りで米を主な原材料にした透明色の飲料をちまちまと口にする。体を温める効果とやや気分に高揚感、酩酊感を出すのが特徴だ。酒ではない。酒では。
 ぐへえと息を吐きながら赤らんだ顔で幸せ妄想に浸るなのはを見てケチを付ける。

「あんな、わたしが見たかったのは嬉し恥ずかしのスキャンダラーな映像であって老夫婦の茶を啜る場面じゃないんやで。視聴率もとれんわ」
「スキャンダラスならよっぽどスプラッタな映像は撮れたですけど……というか何らかの犯行の証拠映像が」
「ええい、こうなったらクリエイティブプロデューサーのわたしがなんとかせんと……」

 リインは「はやてちゃんは要らん事しいです……」と諦めたように言いながら、米ジュースで気が大きくなって地雷を蹴り飛ばしに行きそうな主の身を憂いた。
 やおら、観察していたなのはが立ち上がってもじもじしながらあたりを見回して、桜の下から立ち去っていった。荷物は置いたままだ。

「どうしたんでしょう」
「うん─────…………こやな」
「いま何言いました!? 自称乙女が!?」
 最低なことを断言したはやての乙女力の低下に残念を通り越した感情を持ちながらもリインは涙が出てきそうだ。
 きっと学校とかでも授業中にお花を積みに出かけたクラスメイトが遅いと大だと判断するようなタイプである。
 そしてこれは草葉の陰のリインフォースアインスあたりがくれた最後のチャンスだとばかりにはやては立ち上がる。アインスも勝手に排泄の精霊にされたらのっぴきならないほど迷惑だろうに。
 
「は、はやてちゃんどうするですか?」
「今のうちに水筒のお茶にお酒混ぜてくるわ」
「うわあ……」

 言葉もない。

「大丈夫やて。結構遠くまで行ってるやろうから、そのうちにさっと済ませてくる」

 そして彼女は名前のように疾風のごとく気配を消していた草陰から飛び出して水筒へ向かう。リインはあまりの死亡フラグについていけなかった。
 しかし散々米ジュースを飲んでいたはやて。急に駆け出した影響で、

「うぷっ……」

 四つん這いになってしまった。頭がガンガンしたし胃がひっくり返りそうだった。

「くっ……今になって体が言うことを効かへんとはな。持ってくれや、わたしの体!」

 格好良さそうな声で叱咤しつつもずりずりと罠で足を負傷した狸のように這って動くはやて。哀れ感丸出しだ。
 やはり米ジュースのおかげでお脳が正常でないのかもしれない。
 なんとか亀並の速度で目的地までたどり着くはやて。まあ、亀というよりも出歯亀ではあったが。

「ふ、ふふふ頑張ってやなのはちゃん、わたしは応援してるで」

 二人の関係が進むと祈りつつ高濃度蒸留酒の瓶を懐から取り出すはやて。
 しかしその前に、

「ちょっと喉乾いたからお茶も一杯貰おか」

 減らさないと酒をいれる容積もないし……と思って桜葉茶をぐびぐびと飲む。渋いものを飲んだら甘いモノが欲しくなるのも当然で、

「あ、この草だんごめっちゃ美味しいわ」

 もっちゃもっちゃと串に刺さった爽やかながらも甘い餡のかかった団子を頂くはやて。
 うまいうまいと食べている彼女の背後に、戻ってきた様子のスコップを構えた人影が音もなく現れたときにリインフォースⅡは逃走を敢行した。ブルーゲイル涙払って。


 ざっくざっく。









 ***********




「ドクター。これが97管理外世界、日本の桜です。花見の場所はこのあたりがいいかと」
「うむ、たまにはこういうのも研究意欲が沸──」


 
 ざっくざっく。







 ***********





「ごめん、なのは。待たせた?」
「お前も桜の木の下に──ってユーノくん! ううん、今来たところ!」

 なのはが一瞬デーモン的な何かの表情に見えた気もしたが、ユーノは見間違いだと思って小さく頭を振り笑顔を返した。


 そして二人の平穏でのどかな、花見が始まる。赤い桜と、赤いスコップが見守る中。



「平和が一番だなあ」
「そうだね、ユーノくん」


 なのはの返す笑顔に曇りも後ろめたさも偽りも無かった。温かい陽光のようなそれを見て、ユーノは何事もない幸せを噛み締めていた。



























 その後、ドクターと姉の反応で駆けつけたものの何故か地中から救難信号を感じた水色の髪の毛の少女が、独自の能力で地面に潜ったところ。
 山のようなフェレットと複数人の土埋した人物が発見されて凄まじい恐怖体験をしたとかなんとか。
 混乱しつつ全員助けたのではあった。




 めでたしめでたし。
  


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