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[20830] 【習作】まいごのまいごのおおかみさん(東方)
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2015/03/03 01:20
2013/2/13よりハーメルン様とのマルチ投稿となっております。




 どれほど歩いただろうか。
 いつから歩いているのか、どこまで歩けばいいのか。
 もはや体を動かしているという実感すらなくなっているというのに、私はまだ歩き続けている。
 何処を目指しているのか自分でもわからないというのに、私は歩き続けている。

 何度山を越えただろうか、何度川を渡っただろうか、何度排斥されただろうか。

 それでも私は歩き続けなければならない。
 どんなにくだらない事であっても誰かと笑いあえる、そんな居場所を見つけるために。
 名もない、大した力もない、そんな私であっても笑いあえる誰かと出会うために。
 もしそんな場所にたどり着けたなら、こんな私でも受け入れてくれる誰かに出会えたなら、私は私という存在の全霊を以ってその誰かの為に在ろう。

 もう、どれほど歩いただろうか。
 ふと見上げた空に浮かぶ月はとてもとてもまんまるで、背筋が凍る程に美しい。
 きれいな月は数え切れない位に何度も見上げてきたけれど、今夜の月はとびきりだ。
 まさか背筋が凍る程にきれいな月などというものあろうとは。
 あぁ、これは良い……本当に、良い。


 ……何故だろう、今夜は妙に考え事が多いように思う。
 いつも、いつもいつもいつもひたすら当て所なく、何を考えるでもなく歩き続けてきたのに。



































 歩きながら思考の海に埋没しているつもりだったのに、いつの間にか私は気を失っていたらしい。
 呼吸や鼓動のような、生命の根幹というべきものと並べても何ら遜色がないほど、体に馴染んでいたと言っても過言ではない、歩みが止まっていた。
 ぞっとする程に冷たい地面、土の味がおぼろげながら口の中に広がっている。

 歩き続けなければならないのに、私の体は既に死に体だと言わんばかりに動いてくれなかった。
 そんな体の違和感に意識が向けば、次から次に自覚していく違和感の山。
 鼻がきかなくなったのか、これまで鬱陶しいほどに感じていた土や緑、風の香りが感じられない。
 風……そう、風、そういえば風の音が聞こえないし、風に揺られてかさりかさりと音を立てる草木の音も聞こえない。
 獣の鳴き声も、そんな獣を警戒して息を潜める小さな獣たちの息遣いも。
 ……あぁ、そうか、耳も逝ってしまったのか。

 かろうじて動いた瞼を持ち上げて辺りをゆっくりと伺えば、そこは気を失う前と同じ、雄雄しく茂った緑たちに囲まれた広場だった。
 明らかに人の手が入っている、自然なようで不自然なそんな広場からは、あの大きくまんまるな満月が良く見える。
 そんな月を見上げて、私は理解した。
 いっそ笑いたくなるほどにすとんと私の中に落ち着いたそれは、ここが私の終着点だという自覚。

 そうか、そうだったのか、だから『最期』の歩みの際にあれほど思考が渦巻いたのか。
 体が、心が、もう限界だと悲鳴を上げていたのだろう。
 そんな悲鳴に気がつかず、今夜は妙に考え事が多い?
 自分自身の鈍さ加減に思わず感心してしまった。

 そんな妙に前向きな自嘲と共に再び意識を月へと向ければ、そこにあるのはいつの間にかぼやけてまんまるに見えなくなった月の明かり。
 そうか、そうか、目も逝ったか。

 それでも、何も自覚できずに死んでいくよりも遥かにマシな最期だったように思える。
 あんなに歩き続けてきたのだから、最期の終着点くらい楽しませてやろうというカミサマのはからいだったのかもしれない。
 中々に粋なカミサマも居たものだ。
 カミサマと一言で括っても、そのあり方はまさしく千差万別。
 今まで私が見てきたカミサマたちの多くは、私を見ると眉をしかめてとっとと出て行けと吐き捨てた。
 問答無用に力を以って追い払われた事も少なくは無いし、何も言わずに『出て行け』という感情をありありと込めた目を向けられた事もある。
 でも、優しく私の頭を撫でてくれたカミサマも居た。

『お前は妖だから、ここに置いてあげる事はできないが』

 そう言って悲しげな顔をしながら食べ物の入った風呂敷を首に巻いてくれたカミサマも居た。
 今のこの状況は、そんな優しかったカミサマたちがくれた最期の贈り物だろう。
 結局居場所を見つける事はできなかったけれど、殺されるでもなく、自分の道を曲げたわけでもなく、死んでいける。
 悪くはないじゃないか。

 そんな事を考えていると、おぼろげな視界の中ですらわかる明らかな人影を認識して、私はもう動かないと思っていた口の端がつり上がるのを感じた。
 ああ、本当に悪くないじゃないか。
 もうほとんど見えないけれど、どうやら看取ってくれる何者かもいるようだ。


 ああ、本当に悪くない、悪くない最期だった!





















-----------------------------
























 どうにも空気がざわめいているように感じる。
 そんな空気の中にありながら、いやに気分がいいこんな夜にはいつも決まって何かが起こった。
 可愛くも恐ろしい妹が生まれたのも、色んな意味で器用な魔女と出合ったのも、人間でありながら満足のゆく従者と出会ったのも全てこんな夜だった。

 昼間に真正面から突っ込んできて、いつの間にか門番におさまっていたあの格闘マニアはあえてカウントしない。

 ……とりあえず、こんな夜は直感に従って動くと大抵かけがえのないものを得ることができた。
 ばさりと自慢の翼を広げ、それまで満月を眺めていたテラスから飛び立った。
 行く先などおぼろげで、何ひとつ確証などない。
 しかし間違いなく『そこ』へ行き着くだろう。
 私の力はそういうものなのだから。

 そうして飛び立つ私を、隣に座っていた魔女が苦笑と共に見上げた。
 とびっきりの従者が淹れた、香り高い紅茶のカップをくるくると揺らしながら『今度は何を拾ってくるの?』とばかりに目で語りかけてきている。
 また始まった、とばかりの呆れた風な気配と共に。

 大した興味もなさそうに為されたそれに多少気分を害されはしたものの、これから得るであろう何かに対する期待は微塵も衰えなかった。
 だから、私は言ってやったのだ。

「こんなに月が綺麗な夜だから、少しばかり散歩に出てくるわ」
「こんなに月が綺麗な夜だから、少しばかり大目に見てあげる」

 お互いにニヤリと『悪い』笑みを浮かべあって。










 この期待を胸にしながら動く夜は、何度経験してもいいものだと思う。
 まるでおもちゃを買ってもらう子供のようだと思い浮かべて、慌てて頭を振った。

 私はそんな子供じゃない!

 そうだ、私は与えてもらうのではなく得るために行動しているのだ。
 空を飛びながら無駄に腕を組んで偉そうにひとつ、うむと頷きはするものの、それも傍目から見ればどうなのだろうと思い至る。
 僅かに頬が染まるのを自覚して、それを誤魔化すためにまるで矢のように空を駆け続けた。
 自分の中で何かが訴えかけてくる方へ意識を集中させると、森の中だというのに妙に開けた一角がある事に気がつく。
 あそこだ!という確信が胸の内へ沸いてきたのと同時に、音すらも置き去りにする気勢を以って翼を大きく羽ばたかせた。
 目的の場所へ到達して急制動。
 パン、と翼が空気を打つ音と共に地面を見下ろした私の目には、一匹の銀色の狼が映っていた。



 ……大きい。
 私がその狼に対して初めて抱いた感想はそんな凡庸としか言いようの無いものだった。
 その後に薄汚れてこそいるものの、普段であれば見るものを魅了するだろう立派な銀の毛や、爛々と光っているかのような金色の目がとても綺麗だと再び凡庸な感想が次々と浮かんでくる。

 まるで食い入るように空から観察していたけれど、くすりと笑われたような気がして意識を切り替えると、思わず呆然とさせられた。
 いつの間にかあの綺麗な金の目は閉じられて、狼の存在が少しずつ希薄になっていく。

 折角手に入れた何かが手の平からさらりさらりと零れていくような感覚に、私は大いに焦りを抱いた。
 そこからの行動は体が勝手に動いたとしか言いようがない。
 お気に入りの紅い服が汚れる事など気にもせず、私よりも遥かに大きな体躯を苦労して背負い上げ、来た時の速度など比べるにも値しない速さで空を駆け抜けた。

 これはもう私のモノだ!
 私の許可なく零れていくなんて許しはしない!

 そんな自分勝手だという自覚のある焦りと共に館へ着いた私をまず迎えたのは、間抜け面を晒して固まっている門番だった。
 いつもなら軽く労をねぎらう程度はしただろうけど、今はそれ所ではない。
 ほんの一刻ほど前に直感を信じて飛び立ったテラスへと、一直線に突っ込むような勢いで着地した。
 ガリガリと靴底が床を削り、蹴飛ばされたテーブルが盛大に破壊音を奏でる。

「……これはまた、変わった拾い物ね?」
「いいからさっさと治療しなさい!!」

 それが私とこの子の出会いだった。




[20830] 一話 Sakuya
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2012/10/17 22:46

 暖かいようで冷たい、そんな矛盾した何かが私の中に入ってくるのを感じる。
 得体の知れない何かだというのに嫌な気分にならないのは不思議だった。

 じわりじわりと私の中に広がっていくそれにしばらく意識を向け続けていて、ふと気がついた。
 どうやら私は死ななかったらしい。
 相変わらず動きはしないものの、体をしっかり感じる事ができる。
 悪くないと笑いながら消失を受け入れたあの時のような、あたかも体を喪失したかのような感覚がない。

 そんな驚きを感じているうちにも体は回復していく。
 少しずつ自分の耳に音が戻ってきて、近くで何かを言い争っている者がいるらしい事に気づいた。
 最初は声がするとわかる程度、次に断片的な言葉、やがては会話へと。
 回復の早さに舌を巻く思いと共に、何を言っているのかが気になって仕方が無かった。
 私が居ることで争っているというなら出てゆこう。
 幸いな事にまた歩ける体にしてもらえるようだから問題はない。

 そんな諦めの感情を自覚しながら会話に聞き耳を立てていると、私が想像していた内容とは違うことにまた驚かされた。
 聞こえる声は二つ、からかう声とからかわれる声。
 どちらも悪意を感じない、じゃれあうような掛け合いだった。





 そんな喧騒の中、私が意識を取り戻した事に気がついたのか、声を上げていた者たちとは別の誰かがそっと私の体に触れた。
 何も言わず、触れたまま私を探るような気配だったけれど、それに対して何を思うわけでもなかった。
 異物に警戒心を持つのは当然の事であって、警戒心を持たない者の方が逆に怖くて仕方が無い。

 別段危害を加えられそうな雰囲気でもなかったのでそのままじっとしていると、さらりと頭を撫でてくれた。
 くすりと、かすかに笑われたような気もする。
 ……でも、これまで私をこんな風に撫でてくれたのは優しいカミサマたちだけだった。
 私はカミサマに拾われたのだろうか。





 そんな誰かの行動によって、私が起きた事に皆気づいたらしい。
 一斉に視線が向けられたのを感じる。

 暢気な視線、警戒した視線、期待の視線、無機質な視線。

 ここまで雑多でわかりやすい視線というのも珍しい。
 だからこそ、これほど様々な視線を私に向ける者たちの顔が見たいと強く願った。
 耳が回復しているのだから、もしかしたら目も少しは見えるかもしれない。
 おそるおそる、相手を刺激しないようにゆっくりと目を開ければ、ぼやけてはいるが人の形をした者たちが見えた。
 小さいのが二つ、中ぐらいのが一つ、大きいのが二つ。


 小さい赤いのが何かを言っている。
 声は感じられるのだが、先ほどの喧騒ほど大きな声ではないこともあって、何を言っているのかはっきりと聞き取れない。
 ただ、私に何かを問いかけているということは何となくわかった。

 それに答えを返せないのがもどかしい。
 どうしたものかとしばらく考えて、ふと敵意がない事くらいは示しておかねばと思い立った。
 横たわったままほとんど動かない体へ必死に鞭打って腹ばいになろうとしたが、失敗。
 足がほんの少しばかり空をかくだけに留まる。

 もう一度とばかりに力を込めていると優しくぺしりと頭を叩かれた。
 そのまま優しく優しく、まるで小さな子に大丈夫だと言い聞かせるように撫でてくれるのを感じて安堵する。
 せめて、と何とか動かせる目をそちらへ向ければ、緑色の大きめな影が見えた。

 ふわふわと頭を撫でられる感覚に身を任せていると、先ほどの無理が祟ったのか、私の意識は再びゆるゆると落ちていった。
 もしこれが夢であろうとも、願わくばまた見ることができますように。





-----------------------------------------------------





「また眠っちゃいましたねぇ」

 先ほどまでの優しく撫でる手つきとは打って変わって、もしゃもしゃと毛並みを楽しみながら女性が笑う。
 狼が眠った途端に遠慮が無くなった。
 最初に触れた時の気配からとりあえず害はないと判断し、さらりと必要最低限の警戒を残して楽しむことに専念しはじめる。
 暢気な彼女にとって今の最優先事項は、多少荒れてはいるものの立派にもふもふとした毛皮を楽しむこと。

 仮にこの狼が突然覚醒して自分に何か危害を加えようとしても、それに対応する程度の事はできる。
 だから、とりあえず今は毛並み、そう毛並みを楽しむのだ。
 もふもふですよ、もふもふ!
 久しく感じることの無かったもふもふが、今私のこの手の内に!
 いいなぁいいなぁやっぱりわんこはいいなぁ……



 ……ぐぅ。



 毛並みを楽しんでいた女性が驚きの速さで毛並みを枕にして眠りについたそんな横で、残された者たちは一同に呆れをにじませた。
 色々早すぎるでしょう、と。
 でもちょっとだけ羨ましいかもしれない、とも思った。
 仮にも女性が遠慮なしに抱きついて眠りにつける程度には綺麗なもふもふなのだから。
 しかしながらそのもふもふ具合に関連する言い争いが起こった事もあって、他の者は一歩を踏み出しにくい状況。

 吸血鬼が狼を館に持ち込んだ後、魔女が真っ先に使った魔法は身体浄化で、その後に最低限の生き延びるための治癒魔法をかけ、周囲に漂う治癒に必要な要素を少しずつ取り込ませる魔法陣の中へ放り込んだ。
 土や草の臭いに始まり、獣独特の臭いが酷かったからと、浄化を優先した時の事はつい先ほどまで揉めていた。

 その間に死んだらどうする!
 そんな簡単に死にはしないから大丈夫でしょう?

 普段はカリスマだとか貴族の嗜みだとか口にするくせに姦しく騒ぐ吸血鬼と、それをあしらいながら、更には本を読みながらも狼に対する警戒を緩めない器用な魔女の言い争い。
 傍に控えていたメイドが音も無く紅茶の満たされたカップを二つ用意して、二人に挟まれていたテーブルへと置いた事でしばらくは沈静化したものの、時間と共に再燃。
 あの狼が一瞬目を覚ましたのはこれが原因なのではないだろうかという考えがメイドの頭をよぎった。

 そんな二人を視界に収めながらも、メイド自身はこの狼に対しては特に何を思うわけでもなかった。
 元々自分も拾われたようなものだし、この狼を拾ってきたお嬢様の様子からすると館に置くことになりそうだけれど、拾われてくる程度の狼一匹でどうにかなるほどヤワな館でもない。
 暇だからと歯ごたえのある敵を持ち帰ったわけでもなく、純粋に興味からのようで好戦的な色は感じられなかったから尚更。
 それに、まだ意思の疎通すらできていない状態で今以上を望むことはない。
 何よりも、多少矛盾した表現ではあるが、何かあっても何もならないのだ、この館では。
 夜の支配者とまで謳われる吸血鬼を筆頭に、多種多様な魔法を修めた魔女、普段は暢気な隠し事だらけの門番、少々特殊なメイドの自分。
 数こそ少ないものの、戦力という意味ではこの幻想郷というバケモノだらけの土地でも指折りだという自信がある。
 この館に住むことになる狼も、いずれそれを思い知るだろう。

 ……この館に住むことになる狼?
 訂正、何を思うわけでもなかった狼に対して少しだけ思うところができた。
 狼はイヌ科だ。
 イヌ……私が自称したわけではないけれど、悪魔の犬の座を取られるのは少々癪だ。
 お嬢様に付き従う者として割と気に入っている肩書きなのだから。
 いや、まだ私にはまたまた誰が言ったか、パーフェクトメイドの肩書きが残っている。

 普段と何ら変わることの無い微笑を意識して浮かべながらそんな考えが渦巻き続けた。





 そんなどこか混沌とした場が終わりを迎えたのはその次の日の夜のこと。
 人間の基準で考えれば長いものであっても、そこは悪魔の館。
 その程度の時間でどうにかなるほどやわな存在はこの場に居なかった。
 流石に眠っている狼の様子を見るだけというのには飽きたのか、図書館から持ってきた様々な本を片手に紅茶を嗜みながら、時折一言二言の言葉を交わすのみ。
 ゆるりと時間が流れるそんな場所で、ようやく眠っていた狼が目を覚ました。



 耳がぴくりと動いた。
 続いてかすかに鼻をすんすん。
 そうしてようやくうっすらと目を開けた。



 その場に居た皆の視線が狼に集まる。
 狼は再びゆっくりと目を閉じて鼻から息をふすー。



 …………?



「寝るな!!」
「!?」



 つい瀟洒ではない突っ込みを入れてしまった自分は悪くないと思う。
 寝ている狼を見ているだけというのも飽きていたのだから。
 狼はお腹の辺りにしがみついて眠っていた美鈴もなんのそのと言わんばかりに雄雄しく立ち上がって固まった。

 しぶとく毛並みにしがみついて眠りをむさぼる者の姿もあって、非常に絵にならない。

 しかし立ち上がったはいいものの、どう行動していいのか悩んでいるような気配がする。
 まるで置物のように微動だにせず、そのくせ目線だけはこの場に居る者たちの間を激しく行き来していた。

 その視線が私に向けられた瞬間ぴたりと止まる。

 何やら怯えているような視線を向けられている。
 失礼な。

「咲夜、そんなに睨まないであげなさい。怯えてるじゃない」

 お嬢様に窘められて、ようやく今の自分の目つきを自覚する。
 どうやら思っていた以上に苛立っていたらしい。

「嫉妬でもしているんじゃないの?大方『私のお嬢様がとられてしまう』といったあたりで」

 パチュリー様にまでからかわれた。
 これではパーフェクトメイドの名折れ!!
 時を止めた上でむにむにと顔をほぐし、さらりといつもの微笑を浮かべて動きのある世界へと戻る。
 傍目には過程をすっとばした変化に見えるだろう。
 そのせいか狼からの怯えた視線の強さが増した。
 失礼な!

 ……しかし、相変わらず美鈴は起きない。
 そろそろあのいい音を響かせそうな眉間にナイフでも投げてやるべきだろうか。
 そんな事を考え始めた私をお嬢様とパチュリー様が揃ってにやにや笑っている現実が、更にその衝動を加速させてくれる。





「さて、あなたはどこのどなた?」

 そんな私の観察に満足がいったのか、お嬢様は興味津々といった目を、私に怯えた視線を向けたまま微動だにしない狼へと向ける。
 この狼への都合二度目の質問。
 一度目は答える事無く眠りに落ちてしまった。

 ……この問いかけに困ったような雰囲気を滲ませて、私を見ないで欲しい。
 きゅんきゅん鳴かれても私には狼の言葉はわからない。

「あら、喋れないのかしら?」

 そんな狼の様子に驚いたようなお嬢様へ、狼はわが意を得たりとばかりにぶんぶんと首を縦に振っている。
 喋れはしないものの、言葉は理解できているらしい。
 色んな意味で都合のいいことだ。

 お嬢様がその事について考えをめぐらせている姿をどうとったのか、おろおろとしている狼の姿は面白い。
 あ、お腹を見せた。
 いまだに美鈴がしがみついているせいで、間抜けな格好以外のなにものでもない。
 まぁ……とりあえず言葉はわからないまでも、敵対する気がないのはわかった。
 だから怯えたような視線を私に向けるのはやめて欲しい。
 私が一体何をしたというのか。

「……咲夜、だからそんなに睨まないであげなさい。
 ほら、あんなに怯えているじゃないの」

 またやってしまったらしい。
 再び先ほどの作業に移る。

 むにむに、さらり。

 ……また怯えた視線を向けられた。
 イラっとする。

「顔は笑っているのに黒いわね」
「困ったものだわ」

 ひどい言い様ですね、お嬢様がた。
 ……今度ストリキニーネでも混ぜた紅茶をお出しして差し上げようかしら。
『咲夜特製☆少々特殊なお茶シリーズ』とでも銘打って手に入る限りの毒物……げふんげふん、隠し味を込めて。
 お嬢様はどう転んでもその程度で死にはしないし、たまにある当たりを楽しんでらっしゃるから許されると思う。
 仮に、万が一それで動けなくなったら、それはそれで私のお楽しみタイムがやってくるだけだ。
 動けなくなったお嬢様を介抱して差し上げて…ああ、瀟洒が鼻からあふれ出しそう!
 ついでにパチュリー様は……まぁ小悪魔がいるから何とかなるでしょう。
 あの子、何気に薬に詳しいし。

「お嬢様、今はそれよりもあの畜生の扱いを決めるのが先ではないでしょうか」
「畜生って……」

 そんな事を考えながら口を開いたせいか、つい本音が漏れてしまった。
 お嬢様から向けられる『咲夜、疲れているのよ貴女』という視線が痛い。
 どうにも今日は調子が狂っている。
 びーくーるびーくーる。
 そう、COOLだ。
 KではなくCだ。

 そんな風に自分を戒めていると、いつの間にかお嬢様がお腹を見せたままの狼に近づいてその目を見つめていた。
 馬鹿みたいに大きな狼をじっと見つめるその姿は、まるで無邪気なちびっこの様。
 ああ、何てお可愛いらしい!



 しばらくそんな状態が続いた後、おもむろにお嬢様が口を開いた。

「あなた、私達と敵対する意思はある?」

 狼と見つめあいながらの言葉に、問われた狼は慌てたようにうつ伏せになって首を大きく横へ振る。
 やはりしっかりと言葉は理解できているようだ。

「じゃあ、私達が怖い?」

 狼がちらりと横目でこちらを見た。
 私に視線を向けるんじゃない。
 失礼な!!

「咲夜を除いたら?
 あ、咲夜っていうのはあの凄い目で睨んでいる人間ね」

 ちょ、酷いですわお嬢様……!?

 狼は少し考える素振りを見せてから、再び首を横に振った。
 ……後で覚えていなさい。
 この館で暮らすことになるであろう貴方の食事は、私が握っているのよ?
 自分でも黒いと思う考えを浮かべながら伏せている狼の目を見下ろすと、狼はがくがくと震えた。





「じゃあ次が最後の質問ね。……ここに居たい?」

 それまではどこか楽しげに問いかけていたお嬢様の雰囲気が変わった。
 NOとは言わせない。
 NOと言える日本人?そんなものは都市伝説だ!
 そう言わんばかりのオーラを滲ませながらの問いかけは、最早脅迫以外の何物でもありません。

 ああ、流石お嬢様!
 カリスマが溢れていらっしゃいます!!
 相手が日本人ではなく畜生だというのを除けば完璧です。
 あぁ、日本人のくだりは私の想像でした。
 完璧です!パーフェクトです!!お嬢様!!!貴方こそが真のお嬢様チャンピオンです!!!!

 ……今回は顔にも口にも出していないはずなのに、パチュリー様から呆れた視線を向けられた。
 ついに読心魔法でも身につけられたのでしょうか。

 対策を考えながらさらりとお嬢様と狼へ視線を戻す。
 お嬢様の最後の問いかけ以降動きが見られない。
 未だ縦にも横にもその首は振られていない。

 目線だけがゆっくりとこの場に居る者たちの間で動いている。

 一周、二周。

 ゆっくりと何度か目線が動いた後に、狼はお嬢様の顔色を伺うかのように、おずおずと首を縦に振った。

 その時にようやく敷いたままだった美鈴に気づいたようで、一瞬びくりと体が揺れる。
 気づくのが遅い。

 美鈴のせいでズレた視線を慌てて目の前のお嬢様に戻して、どうやら再び顔色を伺っているようだ。
 上目遣いに『いいのかな、大丈夫かな』と、そんな考えが透けて見えるような様子だった。
 お嬢様もお嬢様で、そんな狼の目をじっと見つめ続けている。

 しばらくそんなにらめっこが続いた末、華の咲いたような笑みを浮かべたお嬢様の宣言がなされた。

「よし、ここに住むことを許可しましょう!
 その体が回復しきるまで、しばらくは好きにするといいわ」

 半ば出来レースのようなものだったとはいえ、これで狼は正式に紅魔館の一員となったわけだ。
 喜べ畜生!
 ……それはそうと、先ほどのおぜうさまの笑顔がクリーンヒットしたので鼻血が出そうです。
 いえ、出しませんけど。

「……咲夜、いい加減自重しなさいね?それでなくともレミィが珍しくカリスマを発揮しようとしているんだから」
「面目ありません」

 そんな私たちのかけあいに目もくれず、ずっと狼と向かい合ったままのお嬢様。
 居住の許可からこちら、ピタリと動きを止めた狼に再びお嬢様が問いかけを口にした。

「ところであなた、名前はあるの?」

 ああ、さっきのが最後の質問じゃなかったわね、とくすくす笑うお嬢様に鼻血の危機が再びやってきた。
 そんな私の考えなど読めるはずもない狼が、どこか呆然としたままふるふると頭を力なく横に振るのを見て、顎に手を当てて思案を開始するお嬢様。

「なら私がつけてもいい?」

 そんなお嬢様の提案に、狼は呆然とした様子を崩さないままにゆっくりと、しかし何度も首を縦に振る。

 うむ、お嬢様の意向に逆らわなかった点は評価してあげましょう。
 食事は残り物の骨に、ほんの少しだけ肉をつけてやろう……ついでにモツも。

「待ちなさいレミィ。
 貴女のネーミングセンスじゃ私達が呼びたくないような名前になるわ」

 おっとパチュリー君突っ込んだ!!

 ……待て待て、落ち着け私。
 何故だろうか、今日に限って思考が異常だ。
 これはいくら何でもおかし過ぎる。

 ふとした自覚は加速していき、先ほどまでの自分の思考を振り返って、一瞬背中に冷たいものが走った気がした。

 確かに私は猫をかぶることが多い。
 犬なのに猫とはこれ如何にと思わないでもないが、それは自覚している。
 しかし、猫の中身がここまで酷いのは初めてだ。

「パチェ、それはいくら何でも……」
「あの、お嬢様、私もそう思いますっ」
「……あぁん!?」
「ぴぃ!?」

 いつもパチュリー様の後ろに控えて微笑みを絶やさない小悪魔がお嬢様に意見した?
 小悪魔がお嬢様へ意見する事なんてこれまで一度たりとも無かったというのに。

「落ち着きなさいレミィ。
 古来よりペットの名前は家族全員で決めるものと相場は決まっているのよ」

 パチュリー様の言動も少しおかしい。
 普段なら大抵の事は呆れたような半目で見やる程度で留めるというのに。

 それに、何故美鈴は未だに目を覚まさない?
 普段から居眠りが多いとはいえ、ここまで酷くは無い。

 そんな疑問が次から次へと頭をよぎる。

「私が拾ってきたんだから、私が名前をつけてもいいじゃない!」
「じゃあ何て名づけるつもりなの?」
「蘇る銀狼」
「名前ですらない」

 これはひどい。
 そう、敢えてもう一度言おう、これはひどい。
 パチュリー様の言うとおり、名前ですらない。
 ちょっとシリアスになりかけていた私の頭が一気に冷めました。
 俗に言うなら白けました。
 この空気で真面目になった所でむなしいだけですよね、ええ。

「それ、さっきまで読んでた推理小説のタイトルじゃない。
 もっとましな名前を考えなさいよ」

 お嬢様、申し訳ありませんが私もこれはパチュリー様の意見に賛成です。
 それに目の前の狼の顔が面白いことになっています。
 狼の顔色なんてわかるはずもないのに、何故か泣きそうになっているのがわかる程に。

「ならパチェは何て名づけるのよ!代案無き否定は認めないわ!!」
「ハティ」

 さらりと即答を返すパチュリー様に、お嬢様の気勢が一瞬殺がれた。

「……月に大きな影響を受ける私が居るというのに、その名前か」
「じゃあスコール」
「北欧神話繋がりで?」
「ええ」

 ハティは月を、スコールは太陽を追い立てる神話の狼……だったはず、うん、あってる。
 吸血鬼であるお嬢様の事を考えるなら、大仰な名前だがスコールは悪くない。
 十中八九それをわかっていながらハティの名を先に挙げるあたり、パチュリー様もいい性格をしている。

 パチュリー様の提案からしばらく考え込んだ後に、お嬢様はふむと一つ頷いた。
 どうやら納得がいったらしい。
 狼に向かって尊大に胸を張りながら口を開く。
 しかしながら見た目は可愛らしい子供が胸を張っているようにしか……考えてはいけない、そう、尊大に胸を張っているのだ!

「このレミリア・スカーレットがお前に名を与えよう。
 これよりお前の名はスコール。
 その名に恥じぬよう、我らが敵の悉くを屠る牙となれ」
「その聞いてるこちらが恥ずかしくなるような口上……厨二病に感染でもしたの?
 最近外の世界で子供たちに流行っている難病らしいわよ?」

 すばらしい合いの手だった。
 今日のパチュリー様は一味違う。
 ピキリと固まったお嬢様のお姿を横目に、先ほどから動こうとしない狼へと目を向ける。

 あー、うん………見なければ良かった。
 目を向けた瞬間、湧き上がった感情はそれだった。

 じっと伏せたまま、泣き出しそうな空気を滲ませて呆然とお嬢様へ目を向け続けている。
 それは言葉にするならば、ようやく悲願を達成して、やっと実感が伴ってきた者のような様子。
 先ほどまではどこか夢心地といった風な狼だったが、しかし、今現実としてそんな狼がそこに居た。

 あぁ、少々まずいかもしれない。
 こう見えて割と涙脆いのよ、私は。
 とりあえず止まった時の中へ退避する準備だけはしておこう。
 私の涙を見せる相手はお嬢様だけでいいもの。

 そんな事を考えた直後、この部屋どころか館その物が揺れているのではないかと錯覚する程の鳴き声が響き渡る。
 この上ない程にありありと感じられる達成感、その喜びの感情が、そのまま音になったかのような錯覚を覚えた。
 びりびりとお腹に響くそれがじわりじわりと胸に上がってくるのを感じて、予想していた通りに目頭が熱くなってきた。

 タイム、私の世界へしばし退避。

 私がここに受け入れられた時の事を思い出してしまった……不覚。
 まぁでも……ええ、歓迎はしてあげましょう。
 相手は極上の悪魔なのに、差し伸べられた手がまるで神の手のように感じられるあの感覚は味わった者にしかわからないもの。
 色々と思うところがないわけではないけど、流石に、ね?





[20830] 二話 Patchouli
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2011/11/25 02:15


 まるで夢のようだ!
 一体何処からこれほど沸いてくるのか、自分でも驚く程の活力が私を満たしている。

 ついに!ついに!!
 私はついに辿り着いた!!!

 私の終着点は、カミサマたちに感謝したあの満月が覗く緑の中ではなかった!
 諦めて、笑って、目を閉じたあの地ではなかった!
 嗚呼、あぁ、私はついに、ついに居場所へ辿り着いた!

 私の体からはその喜びが形になったかの如く声が溢れてくる。
 溢れ出す涙で滲む視界は時を経るごとに歪みを増して、最早何も見えなくなる程。
 ああ、今この体を満たす喜びを測る事などできるものか! 

 止められない、止めたくない。
 この叫びを止めてしまったらこの夢のような喜びが消えてしまいそうだ。
 夢なら覚めないで欲しいと切に願う。





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 目の前には、耳を必死に塞いでいるというのに鼓膜が破れるかと思う程の鳴き声を上げている狼。
 これでもかという位にうるさいけれど、それでもこれは止めてはいけないものだと感じた。





 ……レミィがこの狼を拾ってきた時。
 気づいていなかったようだけれど、この狼に外傷はただの一つもなかった。
 魔力で精査しても、大きなあの体に残っていたのはひたすらに積もり積もった疲労のみ。

 妖獣が、強靭な肉体こそが特徴の妖獣が、ただ一つの傷も無いというのに、死に至る程の疲労を積み重ねたのだ。
 並大抵の事ではないその事実に少しばかり興味が沸いた。

 変わらず鳴き続ける狼を見ながら、ぼんやりと先のやり取りからの考察を始める。

 大きな体に似合わずコミカルな動きをしていた狼の様子が大きく変わったのは……そう、居場所や名前の話題になってから。
 単純に考えるなら、それを求めていたのだろう。
 単純に考えないならいくらでも予想はできるけど、数が多すぎてリストアップどころの話ではなくなる。
 判断材料が足りなさ過ぎるわ。
 あの狼が喋れるなら少しはやりやすいのだけれども……いっそ狼の言葉がわかるような翻訳魔法でも作ろうかしら。
 意思疎通の魔法を少しいじって流用してもいいし。
 いや待て、あの狼は言葉を理解しているのだから文字盤の様なものでもいいかもしれない。
 それだと手間がかからないし。
 確か図書館の片隅に転がっていたような記憶がある。

 まぁ、その辺はあの狼に選ばせてやろう。
 折角作っても使われないのでは意味がない。
 使われなかったのであれば、そこにどれだけの時間を費やしたとしても、それはただの無駄でしかない。

 ……しかし終わらないわね、この鳴き声。
 いったいどれだけの肺活量があるのかしら。
 目の前に置かれた紅茶のカップが、中身ごと揺れ続けている。



 あ、終わった。
 レミィ、何かピクピクしてるけど耳大丈夫?
 偉そうに腕を組んだまま仁王立ちしてるからそうなるのよ。
 貴女が斜め上の発言や行動をするのはいつもの事なんだから、いい加減に突っ込みに対する耐性を持ちなさいよ。

 あぁ、そういえばあそこまでストレートに突っ込んだのは今日が初めてだったかしら。
 今日はどうにも自分の言動がおかしい気がする。
 咲夜も小悪魔も、レミィですらも。

 ……考えられる原因は当然この狼か。
 警戒は緩めないでおこう。













 鳴き声が止み、耳鳴りがおさまってまず感じたのはひたすらな静寂だった。
 虫の声も、時間外れな鳥の声も、妖精たちの遠い喧騒もない。
 まるで世界に存在する全ての音が死んでしまったかのような錯覚さえ覚える。

 鳴き声でようやく目を覚まし、またその鳴き声を至近で叩き込まれて目を回している美鈴を尻目に、狼が大きな体を揺らして足を踏み出した。
 私は反射的に警戒を強め、咲夜も僅かに重心を落として即座に動ける態勢を取る。
 レミィは相変わらずピクピクと震えながら仁王立ちしたままだ。

 元より離れていなかった狼とレミィの距離。
 狼が一歩踏み出せば、最早彼我の距離は無きに等しい。
 無いとは思うが、何かしら手を出すには十分な距離だ。



 そんな私達の警戒など知らぬとばかりに、狼はゴロゴロと喉を鳴らしながらレミィに優しい頬擦りを一つ落とす。
 まるで御伽噺のように、騎士がお姫様の手にキスを落としているかのように。
 どちらもご婦人に分類されるのがちょっと減点対象だけど。
 更に言うなら、これまでの雰囲気を取り払えば犬にじゃれ付かれる幼女にしか見えないのも減点。
 まぁ、野暮な事は考えないでおきましょう。
 悪い絵じゃあないし。



 しばらく観察していると、ふわりふわりと頬をくすぐっている毛並みにレミィの頬が緩んでいった。
 羽もぱたぱたと忙しなく揺れている。

 そんなに気持ちいいのかしら?
 ひきつった頬が見る間に緩んでいくのは結構面白い見ものだけど。
 たまらず、といった風にもしゃりとレミィが狼の首に抱きつけば、それに反応して狼の尻尾がゆらゆらと揺れた。

 どうやら喜んでいるらしい。
 このロリコンめ。
 そもそもあんた雌でしょう。



 ……いけない、また妙な方向に思考が飛び立ってしまった。
 あの狼、精神干渉系の能力でも持ってるのかしら。
 そうだとしたら厄介な事だけれど……これからはそちらに重きを置いた警戒を向けておこう。
 吸血鬼のレミィならまだしも、私はあの牙で噛み砕かれれば間違いなく即死。
 あれだけの体躯なら、そこらの狼のように引き倒して息の根を止めるなどという悠長な事をせずに、ただ噛み付くだけで容易に私を絶命へと至らしめるだろう。
 準備をした上でやりあうならいくらでもやりようはある。
 しかし無防備な所を狙われれば話にならない。
 見るからに狼にその気は無さそうだと感じるけれど、まだこの段階では警戒するに越したことは無い。




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 狼にじゃれ付く幼女、じゃれ付かれる狼。
 それに羨ましげな目を向ける咲夜と美鈴。
 どちらが何に対して羨望を向けているのかは言わぬが華だろう。
 しばらくそんな状況が続いたが、ようやく狼が優しく顔を離した。

 レミィ、そんな悲しげな顔をするんじゃないの。
 子供がおあずけを食らったみたいな顔……言い過ぎたわね、そう、出されたケーキを落としてダメにしてしまったような顔は見てられないわ。

 そんなレミィの顔にもう一度頬擦りを残して、再びのそのそと今度は咲夜の下へ歩を進めて行く。
 警戒を緩めないままの咲夜の様子など知ったことではないとばかりに、機嫌よさげに再び頬擦り。

 触れられるまでは警戒を緩めなかった咲夜が、時を置かずに陥落した。

 なん……ですって……!?
 あの咲夜まで陥落したというの?
 おのれ、あの狼の毛並みは化け物か!
 ……ああ、化け物よね、妖獣だもの。
 咲夜にあの手のペットに対する耐性が無かっただけというのも大きいかもしれないけど。

 次は……美鈴?
 あ、進路変更した。
 これはどうやら私かしらね。
 美鈴、何滂沱の涙を流してるの。
 貴女さっきまであれだけしがみ付いていたじゃない。



 もっふーんすりすり。
 もふもふもふもっふ。



 そう表現する他なかった。
 ………悪くないわ。
 うん、悪くない。
 あ、こらちょっと!離れるんじゃないわよ!
 待て毛皮!!



 思わず引き止める手が出てしまいそうな名残惜しさと共に次の相手へと目を移せば、そこには小悪魔が。
 ……居たのね小悪魔。
 狼が近くまで寄ってくると、小悪魔は先手必勝とばかりに狼の首に飛びついた。
 当たってる?違うわ、当ててるのよ。
 そう言わんばかりにもふもふと毛並みを繰りながら楽しんでいるらしい。

 狼がきゅんきゅん困ったように鳴きながら咲夜を見ている。
 あれ程怖がっていたのに、何故咲夜なのだろうか。
 あの子は犬っぽいからかしらね?
 どうにも怖いけど、それでも……というところか。
 く、悔しくなんて……ないわ、ええ、ないわ。



 いつまでも抱きついていては話が進まないという空気を読んだのか、ようやく小悪魔が狼を開放した。
 あれだけ抱きつかれたというのに、律儀に小悪魔にも頬擦りを一つ。
 小悪魔、貴女また抱きつきかけたでしょう。
 手が一瞬震えたわよ。



 大きな体のくせに足音をほとんど立てず、再びレミィの前に戻った狼。
 これからよろしくお願いしますといった風にぺこり。
 どうやら礼儀はわきまえているようだ。
 うむ、ぱっちゅんポイントを加点してやろう。喜べ。



 狼は挨拶回りが一段落して『私これから何すればいいの?』とばかりに首を傾げた。
 その仕草にまたレミィがやられたらしい。
 今までペットらしいペットを傍に置いたことがなかったからこちらも耐性が無いんでしょうね。

 再び飛びつこうとしたので、ぼそりと『カリスマ』と言ってやった。

 どうやらちゃんと聞こえたらしく、微妙な態勢で固まった。
 もう皆にばれてるから偉そうに咳払いをしても遅いわよ。





 レミィが抱き付きたそうにしながらもこれからの取り決めを進めていった。
 要約すると、先に言ったとおりしばらくは好きにしなさいという事にするようだ。

 貴女の部屋はここねと今いる部屋を示した時、狼は居心地が悪そうに部屋を見渡した。
 どうやら勿体無いと言いたい様だ。
 わかりやすい狼で助かる。
 でもそんな狼の考えはレミィが強権を持って押し切った。
 まぁ館の広さは咲夜の能力でおかしな事になってるから、別に問題はないでしょう。

 狼が生活するに当たって必要となる機能については私が魔法で整える事になった。
 人用の設備は狼の体では使えないから仕方が無い。

 ちなみにその魔法の維持に使う力は狼の妖力を魔力に随時変換して使用する形に。
 効率は悪くともこの程度の魔法ならば高が知れているので問題はないだろう。



 一通りの取り決めが終わった後は、レミィお待ちかねのフリータイム。
 馴染む!馴染むぞ!!と言わんばかりに腹ばいになっている狼の背中で毛並みを満喫していた。
 咲夜もそれを緩んだ顔で眺めながら狼の尻尾をにぎにぎ。

 嫌だけど言い出せないといった風な狼の顔を楽しみながら紅茶を嗜む。
 自分にサドの気があるとは思っていなかった。
 中々に面白い発見だわ。
 いえ、これくらいなら誰にでもあるかしら。

 そんな事を考えながら観察を続けていると、器用な事にずりずりと腹ばいのまま前進してきた狼に足元から見上げられた。
 どうやら尻尾を握る咲夜をどうにかして欲しいようだ。

 懇願するような目がたまらない。
 咲夜にもっとしてやるように言った瞬間のあの顔はしばらく忘れられないだろう。
 まぁもう少しくらいは遊ばれてなさい。





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 どんな時間にも終わりは来る。
 それなり満足したといった風なレミィが解散の宣言を発して、手を一叩き。

 なのに、解散を宣言したレミィがこの場を離れようとしない。
 様子を見る限り、どうやら毛並みを楽しみながら眠りたいらしい。
 今までの行動を見てれば危険はないんでしょうけど、警戒を緩めすぎじゃないのかと思う。

 ……まぁあの毛並みならわからなくもない。
 良い寝台兼枕になることだろう。
 今度私もやってみようかしら……いや、ソファ代わりにして本を読むのも良いかもしれない。
 まぁ今はそれよりも睡眠だ。

 狼ベッドはレミィに譲ってやる事にして私は自分の部屋へ戻って行く。
 どこか寒々しい雰囲気の漂う、本の要塞と言わんばかりの部屋。
 そろそろ読み終わった本が溜まって来たし、図書館に戻さなければ。
 頼むわね、小悪魔。
 ……こあーっなんて泣いてもダメよ?

 さて、おやすみなさい。

























 ……今日みたいに、全員揃って騒ぐなんて事は久しく無かったから、元々広いベッドが更に広く感じてしまう。
 小悪魔、扉の隙間から枕を抱えて覗いてないで入ってらっしゃい。
 仕方のない子だわ、全く。
 ええ、全く仕方ないから抱き枕にして眠ってあげましょう。
 代わりに本の整理よ?わかってるわね?

 ……おやすみ。



[20830] 三話 Remilia
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2012/02/07 00:19

 家の中で眠るのは初めてだったけれど、なるほど、これはいい。
 体を撫でる風も滴る夜露も感じないのは少し寂しい気もするけれど、これはこれでいいもの。
 それに何よりも、ここに居ていいと言ってくれた主人も一緒に眠ってくれている。
 小さな体を丸めて、私に抱きつくようにくぅくぅ眠る姿は本当に可愛らしい。
 ときおりもぞもぞと寝心地のいいポジションを探して身動きされるのはちょっとくすぐったいけれど、この可愛さを見ていられる事に比べればその程度が何だというのか。

 限りない感謝と親愛を込めて、起こしてしまわないようにそっと頬ずりを落とす。
 至近から眺める主人の顔が幸せそうに緩んだ事がただただ嬉しい。

 ……あぁ、空が白み始めた。

 部屋にある小さな小さな窓から見える空には雲もない。
 今日はよく晴れた日になるだろう。

 そんな事を考えながら白み始めた空をぼんやりと眺めていると、いつの間にか私のお腹の前辺りで座り込んでいるメイド長さんが居た。
 そう、イザヨイサクヤさん。
 顔は笑っていても、ちょっと怖い雰囲気の人。
 とりあえず睨まれるのは苦手。

 これからよろしくお願いしますと挨拶をした時は頭を優しく撫でてくれたけど、しばらくしてからまた元の雰囲気に戻ってしまった。
 全く以ってどうすればいいのだろうと、とりあえず顔色を伺ってみて少しばかり後悔した。

 何やら色々緩んでる。
 それはもうでれっと緩んでる。

 そんなサクヤさんの目線を辿れば、そこには私のお腹に抱きついて幸せそうに眠る主人の姿。
 心底可愛いと思っていらっしゃるご様子で、色々緩んでいるのに目だけは食い入るように主人をろっくおん。
 その内この視線で主人が起きてしまいそうな気がする。
 まぁでも日の出の時間だし、丁度いいと言えば丁度いいのかもしれない……日の出?

 そこまで考えて、ふと昨晩主人が誇らしげに語っていた事柄を思い出した。
 私は500年生きた吸血鬼だと、夜の支配者と畏敬を受ける存在であると。
 そんな吸血鬼なご主人様は日光が嫌いであると。
 曰く、難敵ではあるけれど致命的ではない、だとか。
 しかしながら、わざわざそう言う程なのだから、あの小さな窓から入るだろう光は体に悪いのではないだろうか。

 でもこんなに気持ちよさそうに眠っているのに起こすのは可哀想の一言に尽きる。
 どうにかなりませんか、そんな思いを込めた視線をサクヤさんに向けると、微笑を浮かべながら心得ているとばかりに一つ頷いてくれた。
 その瞬間にお腹に感じていた主人の重みが消えたのには慌てたけれど、目の前に居るサクヤさんが何一つ慌てていないのだから、サクヤさんが何かしたのだろう。

 主人が居なくなった事で自由になった体で思いっきり朝の伸びをしてみる。
 独特な満足感と共にぺきりぺきりと体が鳴る音が響いた。

 ……あぁそうだ、とりあえずは朝の挨拶をしておこう。
 のそりと一歩を踏み出し、軽く腕組みをして立っているサクヤさんの前にきっちり座って頭をぺこり。

 おお、撫でてくれた!
 思わずごろごろと喉が鳴ってしまうじゃあないですか。

「日が昇りきったら朝食の時間だから、それまでは好きにしていなさい」

 ぱたりと嬉しさから尻尾を一つ揺らす私に苦笑を浮かべて、最後に頭を一撫でしてくれる。
 そして瞬きを一つしたら目の前からサクヤさんが消えていた。

 これはいろんな意味で心臓に悪い。
 音もしなかったし匂いも綺麗に途切れてる。
 これはきっと超スピードとかそんなチャチなものじゃあないのでしょう。
 いやはや、人の子だっていうのに不思議が一杯のお嬢さんですね。




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 まだ頭の回転が鈍いままの狼が与えられた自室で首を捻っている頃、寝所を移された日光嫌いな吸血鬼はそれまでと違う寝心地から目を覚ました。
 寝ぼけ眼で辺りを見回すと、そこにあるのは蝋燭の灯りが揺らめく窓の無い豪奢な部屋。

「……ああ、わたしのへや」

 スコールと一緒に眠ったはずなのにこちらに居るという事は、咲夜が移動させたのだろう。
 日が昇るような時間になっているという事か。
 少しばかり生活時間が狂ってしまっている。

 まぁいいかと一つ大きな伸びをしてから寝ぼけ眼を擦っていると、目の前にまるで切り貼りをしたかのように忽然と現れる、私の着替えを手に持って準備万端で御座いますと言わんばかりの咲夜。
 いつもの事だからもう慣れたけど。

「おはようございます、お嬢様」

 綺麗な礼と共に寝起きの耳に優しい朝の挨拶。
 うん、相変わらず良い仕事をする。
 一つ頷いてみせると、言葉通り『瞬時に』服が変わる。
 うん、良い仕事だ。

「朝食の準備は?」
「整っております」

 メニューはハニートーストのハーフサイズに砂糖アリアリのスクランブルエッグ、咲夜の能力でいつまでもフレッシュな血液らしい。
 好物ばかりじゃないの。
 うむ、褒めてつかわす。

「お嬢様、朝食の後の歯磨きをお忘れなきよう」
「余計なお世話よ」
「失礼致しました」

 咲夜め……そこまで子供じゃないわ。





 ……今、ナチュラルに子供だというのを認めかけたけど、これはそう、若さゆえの過ちというもの。
 私は子供ではなく淑女!
 チャイルドではなくレディ!



 ---クッ。



「咲夜、今笑わなかった?」
「何の事でしょうか?」

 さらりととぼけているけどね、咲夜。
 貴方がそんな反応をする時は大抵ヤっている時よね?
 しかもそれがバレているのを確信した上で。

「笑ったでしょう」
「笑ってなどおりません」

 全くやれやれ、と言わんばかりに首をかるーくふりふり。
 ここは主の威厳というものを少しばかり見せ付けておかなければいけないわね。

「この私を笑うとは何事か!」
「お嬢様への限りない愛ゆえに微笑みは浮かべております!」

 ……まぁ良い事にしておきましょう。
 どうせ、どうせ何時もの事だ。
 こうなった咲夜から本当の所を引き出すのは並大抵の労力じゃないし、こんな些事でそんな労力を費やしたくもない。
 それよりも今は朝食よ、朝食。

 食堂にて誇らしげに鎮座する大きなテーブルへ着いた途端に、食事が目の前に現われる。
 染み一つ無い紅いテーブルクロス、ふわりと漂うハチミツと血液の香り。

 よきかなよきかな。

 そんな朝食に手を伸ばしかけて、ふとスコールの事が気になった。
 この館での初めての食事になるのだ。
 一緒に食べるのもいい……いや、一緒に食べるべきだろう!

「咲夜、スコールは?」
「先ほど昨晩の夕食の際に出た骨を与えてまいりました」
「……骨だけ?」
「いえ、肉もついております」

 ……ほんの少しだけ。

 最後にそう聞こえた気がした。
 しかし初めての食事がそれだと可哀想じゃないの。
 あれだけの体なんだから、それだけで足りるはずもないでしょうに。

「喜んで食べていましたよ?アバラ骨をまるで綺麗に焼けたクッキーのようにぼりぼりと」

 可愛らしく首をかしげながら言っても駄目。

「昨日は子牛を一頭まるまるバラしたので、骨だけでも結構な量になるのですが」

 骨のついでに中身も、とか可愛らしく微笑みながら言ってもダメ。
 いくら吸血鬼の私と言えど、そちらは守備範囲外。
 食事時に聞かされて気分の良いものじゃないわ。

 そんな私の考えを読んだかのように、一礼して後ろに下がる辺りは良く出来たメイドだ。
 …………でも昨日からどうにも言動がおかしい気がする。

 いや、おかしいのは元からね。

 ああいや、でもどこか、どこか違う。
 そういえば私の言動も思い返せば少し……いや、かなり、おかしい?
 ……原因として考えられるのはスコールしかないけれど。
 昨日から、となればそれしかない。

 後でパチェに意思疎通魔法でも作らせて話を聞いてみよう。
 主人に隠し事などさせてやるものか。





 ……あぁ、やってしまった。
 考え事をしながら食事なんてするものじゃないわ。
 折角の好物だったのに、それほど味わう事無くいつの間にか食べ終えて……。

 ハニィトォストォォォ!

 心の叫びと共に思わず手に持ったままのナイフとフォークに力を込めてしまう。
 手の中でぐにゃりと潰れた感触がしたけれど、気にしないでおきましょう。

「お嬢様……」

 くっ……その『仕方ないですね、全く』と言わんばかりの声色は何よ!?
 私は何も言っていないわ!
 そっと追加のハニートーストが乗った皿を出すな!!

 ……いや、でも、うん、あれだ。
 出されたのだから食べてやろう。
 そう、この良くできたハニートーストには何一つ罪などないのだ。
 うん、いい出来だ。




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 朝食を終えてすぐにスコールの所へ行こうとしたら、咲夜からの冷たい視線が後ろ頭に突き刺さるのを感じた。
 そうね、歯磨きをすればいいんでしょう?わかってるわよ。
 吸血鬼でも映るように魔法陣を仕込んである特性の鏡の前で自慢の牙を念入りにしゃーこしゃこ。
 うぇ……歯磨き粉を少しばかり飲み込んでしまった。

 咲夜、笑うな。
 鏡に映ってるわ!

 視線にそんな思いを乗せて鏡越しに咲夜を睨むと、口の端が更に吊り上っていくのが見える。
 この辺はそのうち躾けなおさなければならないと思う。
 何だかんだで逃げられそうな気はするが、それでも。
 レディにはたとえ無理だと分かっていても突き進まねばならない事があるの。
 覚えてなさい……!

 視線だけの攻防を繰り広げながらひたすら磨き続けて、キラリと光る牙が眩しくなってからようやく目的の場所へ足を運べた。
 そろりと扉を僅かに開いて中の様子を伺うと、昨日寝るときは部屋の真ん中に居たスコールが何やら部屋の角で丸まっている。
 スコールの前には一体何に使うんだと言いたくなるくらいに馬鹿でかい大皿が一つ、空っぽで鎮座していた。
 部屋の中央から何かを引きずったような跡が毛足の長い絨毯についているから、恐らく自分でその皿をはしっこまで引きずっていったんだろう。
 広い部屋の中央という場所に落ち着かなかったのかしら?

 しばらくそうやって観察していると、皿の周りに小さな白い粉の様な物が飛び散っているのに気がついた。
 そこでようやく皿に乗っていたであろう物が何か、確信した。
 咲夜、貴女本当に骨をあげたのね。
 それもあんな馬鹿みたいな大皿を使う程の量を。
 でも、そんな量の骨をぺろりと食べちゃうなんて中々やるじゃないか、スコールよ。
 それでこそ私の狼だ。

 ちょっと誇らしげな気分で部屋へと足を踏み入れると、それまで丸まっていた毛玉がもそりと動いた。
 うぁぅ……ね、眠たげな目で首をかしげながらこっちを見るな!

 思わず毛玉の中心へフライングボディープレスを敢行してしまった。

 もふりと大きな腹へ着弾すると、もそもそと優しく私を包み込むかのように体を丸めてくれる。
 これはいい!これはいいわ!毛並み革命よ!!
 この毛並みなら……世界を狙えるもふーぅ!

 まるで毛並みの中で泳ぐかのようにもふりもふりと夢中で堪能していて、ふと思い出した。

 私は誰と一緒にここへ来た?

 恐らく、いや間違いなく残像が残るくらいの速さだったろう。
 ぐるんと後ろへ振り向くと、そこには鼻にハンカチを当てながら恍惚とした表情を浮かべている咲夜の姿が。
 一瞬後にそのハンカチは消え、いつも通りの微笑を浮かべた咲夜がそこには居たけれど、私の目はごまかせない。
 貴様、見ていたな!!

「私は何も見ておりません」
「まだ何も言っていないわ」
「私は何も見ておりません」
「それは見ていたと言っているのと何ら変わらないわ」
「私は、何も、見ておりません」

 言葉を交わす度に、浮かべていた微笑みが段々と三日月のような笑みに変わっていった。
 おのれ咲夜め……!

 赤くなった顔を隠すために毛並みへ顔を埋めると、スコールはそんな私に優しく頬擦りを落としてくれる。
 ああ、慰めてくれているのね。
 本当に良い子だわ。
 スコールへ顔を向けずに、ゆっくりと持ち上げた手で頭を撫でてやると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしてくれる。
 昨晩もそうだったけれど、どうも撫でてもらうのが好きらしい。



 しばらくそうしたままで居て、ようやく顔の赤みが取れたように感じたので起き上がる。
 その時、この部屋に居たのは咲夜だけではなかった。
 ……パチェ、小悪魔、その笑みは何?

「昨夜はお楽しみだったみたいね?」

 オーケィ、わかったよ親友。
 パチェ、お前もか!
 私をからかって楽しむなんてこの不届き者どもめっ!

 ……ちょっと小悪魔、なんで赤くなってるのよ。
 わざわざ手で顔を隠していやんいやん頭を振るな!
 吸血鬼なめんな!指の隙間からこっち見てるのがしっかり見えてるのよ!

 怒鳴り散らしてもいいけれど、それをした時にこの場に流れるのはひたすらに微妙な空気だけだろう。
 つまり、私は耐えねばならぬのである!
 何故かって?それは私が空気を読めるレディだからさウフフアハハ!

 ……そんな私の言葉では言い表せない悔しさを感じたのか、スコールが私を庇うように更に丸くなって、きゅんきゅん鳴きながらパチェを見ていた。
 大きな体に似合わず気が弱いみたいだけれど、それでも私を庇ってくれるのか。
 まだたった一晩しか一緒に居てやれていない私を、庇ってくれるのか!
 ちょっとホロリときてしまったわ……!

「あら、一晩で狼を手篭めにするなんて流石はレミィね?」
「台無しだよパチェのばかぁぁ!」

 どうしてもそちらの方向に持って行きたいのか、親友!
 今、この場所この時、私の味方はスコールだけ。
 ずっと視線でパチェに訴えかけ続けているスコールだけよ!
 とりあえず、あれだ、お前らニヤニヤ笑うのやめろ!

「スコール、聞きなさい。私はレミィを苛めているんじゃないの。ほら、レミィだって本気で嫌がっていないじゃない」
「本当に気に食わない事であれば、お嬢様は問答無用で実力行使に出ますもの」
「スコール、騙されちゃダメよ。相手は魔女と悪魔の犬なんだから」

 こら、首を傾げるなっ!疑うなっ!!
 き、きゅんきゅん鳴いても許してあげないんだから!
 すりすりするな!あ……あぁ……!?

「陥落したわ。ちょろいわね」
「これでこそお嬢様ですわ」




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 ふと薄く目を開けた事で気がついた。
 いつの間にか眠ってしまってたのね。
 うん……スコールにごまかされてやったのよ。
 そうよ、そうだわ、そういう事にしておきましょう。

 自己暗示じみた決定を心の中で下しながらぼんやりとした視線を辺りに巡らせると、私の横でパチェがスコールに背を預けながら本を読んでいた。
 何の本かは知らないけれど、やたら古臭そうな本を本当に読んでいるのか疑わしい速さでぺらりぺらりと捲っている。

 スコールはその本に興味があるのかしきりに首を伸ばして覗き込んでいた。
 寝ぼけ眼のまましばらく観察していると、パチェが本を変えるたびに覗き込んでは落胆したように目を離しているのに気がついた。
 本を変えるたびにという事は、何か読める言葉でもあるのかしらね。

「とりあえず英語、仏蘭西語、独逸語、伊太利亜語、中国語は駄目だったわ」
「趣味と実益を兼ねた検証でございました」

 私の考えをさらりと読んでにやにやしながら言うパチェと咲夜。
 私が眠ってしまったから、いじる対象をスコールに移したらしい。
 言われてようやく気がついたのか、スコールがどうにも拗ねているのを感じた。
 尻尾がばたばたと床を叩いている。
 スコールが喋れたとすれば、どんな風に文句をつけるのだろうか。

「パチェ、スコールに使える意思疎通の魔法とかないの?」
「あるわよ」

 あるんかい。
 だったら出すもん出しなさいよ!

「少しばかり面倒だし、私たちの言葉を理解できているんだから文字盤でもいいかと思ってね」

 それで読める文字を確かめていたの、と続けたパチェ。
 先のやり取りを見る限り1%くらいはそれも含まれているのだろうけど、それ以外は全て遊んでいただけでしょう。

「まぁ無駄じゃあなかったわよ。
 中国語で少しばかり反応を示していたから、大方日本語あたりが読めるんじゃない?」
「なら試しなさいよ」
「ここには日本語の本を持ってきていなかったの」
「そもそも言葉を理解できているんだから、読めるかどうか聞けば済む話じゃないの」

 現に貴女の後ろでぶんぶん首を縦に振っているわよ?
 ほら、尻尾でもアピールしてるじゃない。

「私の目には文字しか映っていないわ」
「私の目にはお嬢様しか映っておりません」
「お前ら自重しろ」

 私の目には、と言いたげだった小悪魔を無視して言葉を返してやった。
 あくまでもそちらへ視線を向けないパチェと咲夜の言葉にスコールの動きがピタリと止まって、持ち上げていた頭と尻尾がぽとりと床へ落ちる。
 ……拗ねたわね。
 時折ぱたりと尻尾が床を叩く辺り、それでもかまって欲しいのだろうか。
 ええい愛いやつめっ!




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 ひたすらにぐだぐだな進行具合を見せたオハナシシマショウ計画は、最終的にスコールの意向に沿って文字盤ではなく意思疎通の魔法を使う方向で決定。
 とは言え魔力も無く詠唱もできないとあっては魔法を使うことなどできるはずもない。
 しかしながらそこは我が紅魔館自慢の知識の魔女。
 魔力は無くとも潤沢な妖力があるのだから、魔力への変換魔法陣を仲介して意思疎通の魔法陣へと魔力を循環させれば済む話だとあっさり切って捨てた。
 そしてそれを成すに当たり、魔方陣を何に刻むかという話では特に意見の対立は無く、そう、満場一致で。

『首輪』

 ならば色は?

「紅」
「紫」
「銀」
「こぁ」

 輝くような笑顔でふざけた事を言い放った小悪魔にちょっとばかりイラっとした。
 そう、イラっとしたのだ。
 思わず右手が動いてしまう程度には。

「悪魔がそんな笑顔を浮かべるな」
「そんなっ……悪魔権侵害です!」
「理不尽はこの館の常よ」
「その筆頭はレミィね」
「そんなに褒めないでくれないか、親友」

 私がかるーく撫でてあげた後頭部を抱えて悶えている小悪魔を尻目に、話が再開される。

 デザインを決める段になって、首輪というよりスカーフのような物になったけれど、どこぞで見た狐の石像も赤いスカーフを巻いていたので問題はない。
 うん、決定。

「形はスカーフ、布部分は紅、縫い糸は紫、銀は止め具とワンポイントのアクセサリーに使用。おーけー?」
「異論はありませんわ」
「一つ言うなら、紫は薄めの物じゃないとドギツイ配色になるから」

 角を付き合わせることも無くすんなりと決まった。
 その後、そそくさと動き出したのは先ほど色んな意味でやらかした小悪魔のみ。
 材料の調達、頑張るのよ。

「あぁ、そうだわ」
「はい?」

 忘れていたわ。

「小悪魔、完成予定は今日の内だからそのつもりでね?」
「……はい?」

 輝く笑みのこぁ色事件はただ買出しに行かせるだけじゃあちょっとばかり足りない。
 そもそもこぁ色って何よ。
 私色に染めてやりますよふふんって事?
 あ、考えたらまたちょっとイラっとしたわ。

「そのつもりでね?」
「…………はぃ」











 さて、ティータイムね。
 今日はアールグレイの気分だな、うん。

「アールグレイでございます」

 音も無くテーブルに置かれたティーカップの中で、澄んだ色が揺れていた。
 ……まだ何も言ってないわよ、咲夜。




[20830] 四話 Flandre
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2012/05/08 21:03



 送り出され方はアレでしたけれど、言い渡された材料はどれも人里で手に入る物だったので安心……したのも束の間。

 帰ってみれば、赤い布を見たお嬢様から『これじゃ紅さが足りない』と駄目出しされ。
 赤より紅い布を買ってくると、今度は先ほど買ってきていた薄紫色の糸をじっと見つめていたパチュリー様から『太すぎる』と駄目出しされ。
 細めの糸を買ってくると、今度は咲夜さんから凶悪にひん曲がった金具を渡されて『金具が少しばかり弱い』と駄目出しされ。

 四度人里を訪れた私に同情と暖かいお茶をくれた裁縫店のお婆ちゃんに感謝しました。
 これがなければ私はくじけていたことでしょう。
 ちょっと悪ふざけをしただけなのにこの仕打ちはひどいと思います。




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 朝方から動き出した事もあって、作成自体は昼過ぎに終わり。
 部屋で寝かせているスコールへ渡しに行こうかという段になって問題が起りました。

 ずん、と地下深くから腹に響くような低い音。
 そうです、地下深くからというのが問題でした。
 この紅魔館の地下ですよ地下。
 ついでに感じるのは、寒気を通り越して笑うしかない程の妖力のうねり。
 この条件が揃ってしまえば、考えられる理由なんて一つしかありません。
 紅魔館の最終……ああ違う、フランドール・スカーレット様のおなぁーりぃーですよ。
 初めてその存在を感じた瞬間『ああ、これは死んだなぁ』なんて思考が超スピードで頭を駆け巡った程のお方です。

 音とほぼ同時に駆け出していったお嬢様達を見送り、放置されたスカーフを皺にならないようにたたみたたみ。

「なんてタイミングなんでしょうねぇ」

 様々な感情を込めてそう呟いた瞬間、図書館の扉が吹き飛びました。

 ええ、文字通り吹き飛びました。
 これ作ったやつ頭悪いだろうという程度に大きな扉がまるでフリスビーのようにくるくるズドン。
 すわ妹様来襲か、と恐る恐る見てみれば、前足で額をごしごしと撫でているスコールの姿が。

 頭から突っ込んだんですか。
 いやいや、問題はそこじゃない。
 こちらも何てタイミングですか……!
 原因は先ほどの音と妖力のせいでしょうけど。

 そんなスコールはぐるりと辺りを見回し、私一人だけなのを確認するときびすを返し駆け出していってしまいました。

「……まずい、ですよね、コレ」

 あの様子だとお嬢様達を追って行ったんでしょうし、場所の方も狼なんだから匂いを辿れる。
 つまり妹様の部屋へゴールインですよ。
 ここでスコールが死ぬような事になれば、妹様への対処がこれまで以上に厳しくなる事はうけあい。
 妹様の事情をそれなりに知っている身としてはちょっと、ですね。

 でも私が行っても何も出来ないしなぁ……でもなぁ……。

 うわ、また揺れた。
 何か音が近づいてきてる気がするんですが!

 ……えーと……うん、スコールには悪いけどここは静観する事にしましょう。
 私が行ったってミイラ取りがミイラどころの話じゃありません。
 こちとら所詮は小悪魔。
 本気で暴れる夜の支配者を相手取って死なない確率なんて、確実に天文学的数字がでてきてしまいます。

 ですから、大人しく皆が帰ってくるのを信じて紅茶の準備でもしておきましょう。
 私に出来ることなんてそれくらいです。
 というわけで、皆さんさっくり帰ってきてください。
 ここでの生活はこの上なく気に入っているんです。

 さぁ、まずはとっておきの紅茶の葉を用意しましょう。
 それから、それから……。


















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 こわい。

 耳鳴りがするほど静かな部屋が怖い。
 突然ぴしりときしんだ音をあげる家具や部屋も怖い。
 忽然とテーブルの上に出てくる食事も怖い。
 少し前から感じている、私の中へうっすらとよくわからない何かが入ってくる感覚も怖い。

 こわい こわい こわい!
 …………こわいなら、にげなきゃ。

 ほとんど無意識に、腕を跳ね上げて、この世界を隔てる扉へ。
 よくわからない魔法の力を感じるけど、そんなものは関係ない。
 手の中に感じる何かを握り潰して、私と世界は繋がった。

 ガラガラと崩れ落ちる扉や部屋の破片。
 それが巻き起こす埃が収まってから足を踏み出したところで、お姉さま達がやってきた。
 相変わらず速いなぁ。
 ……あ、見たことのない人間もいる。

 でもちょっとだけ、こわくなくなった。

「フラン、部屋へ戻りなさい」
「やだ」

 なのに、お姉さまはまたあの怖い場所へ私を押し込めようとする。
 何でだろう。

 わたしがこわがらないのは、そんなにいけないこと?
 こわいのはいやだ。

 何も言えずにいると、お姉さまの目が細められた。

 こわい。
 にげなきゃ。

 また体が動いた。
 お姉さまに向けられる腕、握られる手。
 でも、その手が握られることはなかった。

 ……わたしのてが、ない。

 腕からごぽりと溢れ出した血が、すぐさま元の手を形作った。
 ……私の体が怖い。
 逃げなきゃ。
 ……でも、私から逃げるってどうすればいいんだろう?

 また体が動いた。
 お姉さまたちが天井に立ってる。

 また体が動いた。
 お姉さまたちが地面に戻ってきた。

 こわい。
 にげなきゃ。

「待ちなさいフラン!」

 おねえさまにおこられる!!
 こわい!
 にげなきゃ!

 目の前に続く長い階段を必死に駆け上る。
 途中で不意に足をとられた。
 私の下にぐるりぐるりと回る何かが描かれている。

 こわい。
 にげなきゃ。

 また体が動いた。
 地面に向けられる腕、握られる手。
 びきりと呆気なく壊れた地面が怖い。

 階段が終わった。
 目の前には左に伸びる通路と、右に伸びる通路。
 どちらに行こう。
 早くしないとお姉さま達がやってくる。

 ……左から何かが来る。
 かすかに聞こえる硬い音。
 速い。

 ジャカ、と聞いたことの無い音を床から響かせてその何かは私の前で止まった。
 白?銀?……よくわからないや。
 何か大きなふわふわが揺れてる。

 こわい?
 ……わからない。

 何かが私の中に入ってくるあの感覚がどんどん強くなっていく。

 こわい?
 ……こわくない。
 なんで?

 このふわふわな何かを、入ってくる何かを、私は怖がっていない。

 こわくない。
 …………なんで?

 ふわふわした何かが不思議そうな目を私に向けてくる。
 私も不思議なんだから、そんな目を向けないでほしい。

 お姉さまたちが近づいてきたのを感じる。
 でもこのふわふわな何かが気になって、体は動かない。



「スコール!離れなさい!」

 私とふわふわの間を縫うように飛んできた紅い槍と同じくらいの速さで、お姉さまが叫んだ。

 スコールっていうのかな、このふわふわ。
 お姉さまと私の間で視線が行ったり来たり。
 何か困ってるみたい。
 きゅんきゅん不思議な声を出してる。

「スコール!」

 びくりとふわふわが揺れた。
 お姉さまを怖がってるみたい。
 私と一緒だ。

 いっしょ?
 だから、こわくない?

 じーっとふわふわを見つめてみる。

 ……こわくない。
 やっぱり、こわくない。

「こわくない?」

 私がふわふわにそう聞くと、ことんと首を傾げてからふわふわな何かは頷いた。

 こわくないんだ。

「……フラン?」

 体が動いた。
 足が前に出て、両手がそろりと持ち上がる。

 ほんとうに、ふわふわしてる。
 わ、ごろごろおとがした。

「………」

 こわくない。
 こわくなくて、なんだろう。
 でも、つたえなきゃ。

「こわくない」
「……こわく、ない?」
「うん」

 何でだろう。
 さっきからお姉さまがいつもと違って怖くない。
 目を細めないし、このふわふわがさっきしていたみたいに、小さく首を傾げてる。

「怖くないって、どういう事?……何を怖がっていたの?」

 なんていえばいいんだろう。
 ただ、こわかった。

「フラン?」

 お姉さまがまた少し怖くなった。
 ふわふわがお姉さまと私の間に入ってきてきゅんきゅん鳴いている。

「……レミィ、この状況は何?」

 魔女が追いついてきた。
 遅い。

 さっき見た人間も一緒だ。
 向けられる目が怖くて、思わずふわふわに縋り付いてしまう。

「まるでいじめっこといじめられっこね」
「人聞きの悪いことを言うな!!」

 表情を変えないまま口を動かす魔女に、お姉さまが怒ってる。
 ……ちょっと怖い。

「フランが、怖くないって……」
「レミィ、意味がわからないわ」
「私だってわからないわよ!」

 だって、このふわふわはこわくない。

「ふわふわ」

 ふわふわからお姉さまたちに顔を覗かせて私が口を開くと、皆が私へ目を向けた。

 ちょっとこわい。

「……フラン、ふわふわがどうしたの?」
「こわくない」
「ふわふわが、怖くない?」

 こくりと頷くと、お姉さまたちは首を傾げあった。

「おねえさまたちは、こわい。
 でも、このふわふわは、こわくない」

 びしりとお姉さまがかたまった。
 しばらくしてから、不思議な顔を私に向けてくる。
 今まで見たことのない顔。

「……やっぱりいじめっこといじめられっこじゃないの」
「むぐっ!?」

 お姉さまの羽がぱたぱたと揺れてる。
 あんなお姉さまは見たことがない。

「……あの、妹様」

 さっきから一言も喋らなかった人間が口を開いた。

「怖かったから、逃げたんですか?」
「……うん」
「それで、スコール……そのふわふわが怖くなかったから、逃げるのをやめたんですか?」
「うん」
「なら最初に逃げ出した、その怖かったものは、何だったんですか?」

 さっきもお姉さまに聞かれた事だ。

「だって、こわかった」
「…………」

 人間はゆっくりと頷いて、私が答えるのを待っているらしい。
 お姉さまや魔女も何も言わずに待っている。

「おとのしないへや……」

 まだ待っている。

「おこるおねえさまも、でてくるたべものも……」

 お姉さまと人間が揺れた。
 こわいけど、こんな風に話を聞いてくれるのは初めてだ。
 自分の中から少しずつ言葉が出てくる。

「……とびらの、まほうも」

 今度は魔女が揺れた。

「でも、さいしょにこわかったのは」

 居心地悪そうにしていたお姉さまたちが止まった。

「おとうさまが、このへやにいなさいって、とびらをしめたこと」

 お姉さまの顔が凍った。

「こわかった」

 私の言葉が終わってからも、お姉さまは動かなかった。
 このスコールというらしいふわふわが、そんなお姉さまと私を交互に困ったように見比べるだけで、他に動くものはいない。

「こわかった……」

 もう一度口を開くと、お姉さまの目から何かが零れ始めた。
 人間がどこからともなく白い布を取り出して、少し迷っているような動きをしている。
 きゅんきゅん鳴く声がすぐ傍から聞こえてきた。
 音の元を見上げるとふわふわが私の顔を拭うように頬を寄せてくる。
 そこで私はようやく、自分の顔を何かが伝っている感触に気がついた。

 体が動いた。
 頬を触ると、手には水がついている。
 何だろう、胸が痛い。

 体が動いた。
 ふわふわに縋り付くようにして顔を押し付ける。

 ここはこわくない。
 ……あたたかい。






[20830] 五話 Remilia
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2013/01/01 04:52

 私たちが動けずにいる中、フランはただ静かに涙を流し続けた。
 その姿は私に罪の重さを感じさせる。
 ああ、私の眼から流れ落ちる涙よ、枯れ果てなさい。
 私はそれをこの子への贖罪の一歩としよう。



 誰も喋らない世界は、フランが泣き疲れて眠ってしまうまで変わらなかった。
 スコールの毛並みを握りしめていた手を優しく解き、眠ったフランの体を横抱きに抱え上げれば、腕に感じるのはわずかな重み。

 なんて軽いんだろう。
 なんて小さいんだろう。

 こんな体で何百年も、ひたすらに恐怖に苛まれてきたのか。
 私は私自身にこの上ない憎悪を抱く。

 ああ、ああ。
 もう手放すものか。

 たとえフランに殺されるような事になろうとも、決して手放してなどやるものか。
 愛する妹だと思いながらも、この胸に例えようのない恐怖を抱き続けてしまった私の、ちっぽけな意地だ。

 もう手放してなどやるものか!









 自室へ戻り、ベッドの上でフランを抱きしめながらスコールに体を預ける。
 そんな私たちを守るかのように、スコールは体を丸めて私たちを包み込んでくれた。

 ふわりとくすぐる毛並みの暖かさ。
 その暖かさに、また涙が滲む。
 この子は今までこんな暖かさを感じる余裕などなかっただろう。
 それは疑いようも無く、私の罪だ。










 フランに物心がつく頃、既にこの子を取り巻く環境は冷え切っていた。
 父の憎悪すら入り混じった冷たい視線や、そんな父に影響されて周りからも向けられた同種の視線。
 程度の差こそあれど、好意的な視線など無かった。

 私でさえ、母が残した言葉がなければその一員になっていたかもしれない。

 私の子なのだから愛さずにいられるはずがない、と。
 フランの顔をじっと覗きこむ私に、お姉ちゃんなんだから優しくしてあげなさいね、と。
 フランを胸に抱きながら、優しく私の頭を撫でて母は私にそう言った。

 私はその時、妹に母を取られたという悔しさのようなものを感じながらその言葉を聞いていた。
 でも、母の胸の中で笑みを浮かべながら眠る妹の姿を眺めれば眺めるほど、そんな悔しさは彼方へと消えていく。



 うっすらと見える、私とは違う綺麗な金色の髪。
 まるで蜂蜜を溶かし込んだようなその色が綺麗だと思った。

 私とは違う、様々な色に輝く羽。
 母の髪飾りについているきれいな宝石のようだと思った。

 小さな私より、更に小さな手。
 それは私に守るべきものだと感じさせた。



 しばらくして、母は命を使い果たしたかのように死して灰となった。
 事実、使い果たしていたのかもしれない。
 フランの身に宿っていた力は、生まれた時には既に父と肩を並べていたのだから。

 母の言葉を胸にして妹を愛した私とは対照的に、父はそんなフランをとにかく嫌った。

 人の中で語られる吸血鬼像の体現と言っていいほど傲慢だった父だが、母に対してだけは並々ならぬ愛情をもって接していたのだ。
 父の目にはフランが愛する伴侶の命を吸い尽くした化け物のように映っていたのかもしれない。

 更にそれに追い打ちをかけたのは、フランの能力の発現が早かった事と、その能力そのもの。
 純粋な破壊の力。
 ありとあらゆるものをフランはいとも簡単に握りつぶしてしまった。

『あれは災厄の枝!破壊と破滅を撒き散らすためだけに生まれてきたのだ!!』

 フランを魔法で固められた地下へ押し込める直前、父はありありと憤怒を込めたその言葉を繰り返した。
 私はそんな父を恐れ、また、そんな父が恐れたフランをも恐れてしまった。

 今になって思えば、私も父も何と子供であったことか。

 力は罪ではないというのに。
 しかしその時の私は、妹への愛情を恐怖というフィルターに通してしまった。
 一度かかったフィルターは、母の死によって精彩を欠き始めた父が人間に滅ぼされてからも外れはしなかった。

 愛おしいのに、怖い。

 矛盾だらけの感情に翻弄されて、何とかしたいのに何もできない。
 そんな歪んだ私を、フランは恐れた。
 そこからすれ違ったままの数百年が始まる。

 怖いから暴れるし、逃げようとするフラン。

 歪んだ私はそんなフランの心を理解してやれなかった。

 小さなすれ違いだったはずなのに、それが正されるまでかかった時間は数百年。
 最早言葉になどできようはずもない。
 再び後悔が私の中で荒れ狂い、フランを抱きしめる手に力がこもった。

 許して欲しいなんて絶対に言わない。
 それを言うのは、これまでの年月が許さない。
 だから、私は姉であろう。

 腫れ物に触るような接し方などするものか。
 良い事をすれば褒め、悪い事をすれば叱り。
 喜ぶべき事があれば共に喜び、悲しむべき事があれば共に悲しもう。
 そんな姉であろう。
 何度失敗しても、そんな姉であり続けよう。

 そんな決意を胸に、フランの額へ誓いのキスを一つ落とす。
 そう、私は姉だ。
 これまで果たしていなかった姉の本分を果たして見せよう。




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 私の傍らで、フランは眠り続けた。
 ようやく目を覚ましたのは草木も眠る丑三つ時の頃。
 フランの寝息以外の音は何一つしない、静かな夜だった。

 それまで身動き一つしなかったフランの睫毛が揺れる。
 ゆっくりと開かれていく目は、まるで夢を見ているかのようにしばらく辺りを彷徨っていた。

 その視線から不意に諦観のようなものを感じた。
 それに気づくと同時、思わず力の限り抱きしめてしまう。
 諦観が驚きに染め抜かれていくのが嬉しかった。

「……ゆめじゃ、ないんだ」
「ええ、夢じゃないわ」

 おどおどとした手つきで私の背にフランの手がゆっくりと回される。
 触れたら壊れてしまうのではないかと思っていそうだ。

 その手に少しばかり力が込められた。

「……ねぇ、おねえさま」
「なぁにフラン?」
「わたし、あのへやにもどる」

 ……何?

「こんなにやさしくしてもらえたから、もう、いい」

 こわいけど、がまんする。
 フランはそう言って手を離していく。

 そう。
 でもね、フラン。

「おねえさま?」

 フランがしたように手を離しなどせず、逆にフランを抱きしめる腕へと力を込め続ける。
 私はもう貴女を手放したりなんてするつもりはないの。
 貴女が本心から笑って、もういいよと言えるようになるまで手放してなどやらない。

「貴女はもう地下に戻らなくてもいいの」
「じゃあ、どこにいけばいいの?」

 フランの顔がまるで捨てられた子犬のように歪んだ。
 まったく、勘違いをするんじゃないの。

「私の傍に居なさい」

 日々下らなくも愛しい喧騒が支配する、そんな私の傍に。

「一緒に眠って、一緒に食事をして、一緒に遊んで、また一緒に眠るの」

 呆然と目を見開くフランを正面から見据えて言葉を繋ぐ。

「今までの私は、肩書きだけの姉だった」

 怖がって、怖がらせる姉だった。

「でも、もうそんな姉であるつもりはないわ」

 覚えておきなさい、フラン。

「もう貴女を手放すような真似はしない」


 私は傲慢なの。


「……わたし、いてもいいの?」
「そう、居ていいの。また地下に戻りたいなんて言ったら、鎖で縛ってでもこちら側に引きずり出してやるんだから!」
「……それは、こわい」
「ええ、だから私の傍に居なさい」

 掻き抱くようにしてフランの頭を胸に。
 反論なんてさせてやるものか。
 もう、こわがらせなどするものか。

「……ぅ…ぁ」

 胸の辺りが濡れる感触がする。
 再び背中に回されたフランの腕が私を締め上げた。
 痛いけど、痛くない。

 ああ、涙って枯れ果てることはないのね。
 まただわ。



































 一方その頃、魔女は小悪魔と二人、小さなテーブルを囲んで酒精と戯れていた。
 テーブルの上には小悪魔秘蔵の酒瓶と小さなコップが二つ。

 今日、運命の糸が交わったのは、それまで交わっていなかったから。

「とびっきりの悪魔に」
「とびっきりの姉妹に」

『乾杯』






[20830] 六話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2014/04/19 03:04



 私のお腹の上で仲直りをしたレミリアさんとフランさん。
 それからの日々は何と言うか、レミリアさんがフランさんにべったりでした。

 フラン!フ・ラ・ン!ふぅらぁぁぁん!と常にフランさんの傍でひたすら世話を続け。
 その甲斐あって、最近ではフランさんが本当によく笑うようになったのはとても嬉しい事ですよ、ええ。
 まさにレミリアさんの弛まぬ努力が実った結果です。
 弛まなさ過ぎて騒動も起こりました……色々と。

 初めてフランさんが笑った時なんて、やれ『パーティーだ!祝いの品に宝物庫から特大のルビーを持って来い!』等々。
 その時はいつものようにレミリアさんがパチュリーさんにからかわれて悔しげに唸るっている最中でしたけれど、口の端が僅かに持ち上がるだけの小さな笑いだったけれど、くすりとフランさんが確かに笑ったのを契機に空気が一変。
 まるっと一日中、飲めや騒げや歌えやの大騒ぎでした。
 ……サクヤさんがコツコツ仕込んでいたワイン蔵がからっぽになるほどに。
 途中からどこか呆然としてましたけれど、宴が終わってからワイン蔵の前で生気の無い目をして立ち尽くしていたサクヤさんは非常に非常に非常に怖かったです。

 ちなみにレミリアさんよりもフランさんの方がお酒に強かったのには驚きました。
 最初はレミリアさんがカリスマとやらを発揮して『少しくらいは慣れておきなさい』と軽くグラスに注いであげていましたけれど、すぐに立場が逆転。
 似たような速さでボトルを空けているのに、顔を真っ赤にして涙目になるレミリアさんに対していくら飲んでも全く顔色が変わらないフランさん。
 ワインの味がお気に召したようで、ひたすら注いでは飲み注いでは飲みで一体何本空けたのやら。
 あれは面白かった。



 ……このパーティーを契機に、フランさんがどんどん変わり始めた気がします。
 乾いた砂が一瞬で水を吸収するように、一日毎の成長が目に見える日々。
 日に日に色んなものを怖がることが減っていったし、色んな事に興味を持ち始めたし、本人曰く自分から誰かに関わっていく努力もしていたようで。
 喋り方だってそれまでの片言じゃあなくなりましたし、喜怒哀楽が素直に表現できるようになってきて、とても輝いて見えるようになりました。



 ……あぁ、本当に色々ありましたねぇ。



 いつだったか、皆からの『妹様』という呼ばれ方に不満を持ったらしく『名前で呼んでよぅ』なんてぼろぼろ泣きながら駄々をこねたりもしましたし。
 自分という存在そのものを見てくれていないように感じてしまっていたようで、それまで少しずつ溜め込んでいたものが爆発したようです。
 そんな事あるはずもないのに。

 ちなみにレミリアさんはこれに便乗して、私の『ご主人様』というレミリアさんへの呼称を改めさせました。
 それまで色々と思うところはあったけれど機会がなかった、と本人は言っていましたけれど、あれは絶対あの時に思いついてましたね。
 だって、こう……『い~い事思いついた!』って顔してましたもの。
 レミリアさんは似たような事をサクヤさんにも言っていましたけど、こちらはさらりとかわされ不満げに羽をパタパタ。

 サクヤさん曰く、これは私のあいでんてぃてぃです、だそうで。

 他にも色々と理由を言っていましたけど、納得しようとしないレミリアさんへの最後の決め手としてケーキを投入。
 お皿が目の前に置かれた途端にピタリと静止。
 ケーキ一つであっさりと陥落する姿は大変可愛らしいものでした。
 まるでリスのように頬を膨らませてもごもごと咀嚼する姿には、カリスマとやらのかけらも感じられなかったのを覚えています。
 しばらくしてから今の自分の姿を自覚して唸っていたのも、また可愛らしいものでした。

 そういえば……常に傍に居ようとするレミリアさんに対して、フランさんが苦笑を浮かべるようになったのもこの頃でしたか。
 初めてそんな表情を向けられた時のレミリアさんの様子は、それはもう凄いものでした。

 まるで世界が終わったかのような表情をしてましたもの。
 すぐに取り繕ってはいましたが、これっぽっちもごまかせてはいなかったのが印象的でした。
 だって羽が忙しなく揺れていたし、不機嫌そうに逸らした目が涙目になっていたし。
 意地を張っている子供みたいな姿は非常に可愛らしかったです。
 レミリアさんには悪いですけれども、ある意味眼福。




 あぁ、事ある毎に可愛らしい可愛らしいと言う私の歳は一体いくつなのかとフランさんに問い詰められた事もありましたねぇ。
 この頃になると、初めて会った時のフランさんと今のフランさんは本当に同一人物なのかというくらい、フランさんはよく笑う子になっていました。

 とはいえ私も自身の歳なんてわざわざ数えていなかったので、思い出せる限りの事柄をスカーフの魔法を通じてパチュリーさんに伝え、おおよその生まれた年代を割り出してもらう事に。
 色んな事柄を伝えましたけど、記憶が前後している事も多々あって難航しましたが。

 ひたすら流れ続けていたせいで、事柄と事柄の繋がりがこれでもかというくらいに混線してしまって、思い出すのに苦労しましたとも。
 ついでに私の記憶力の悪さに自己嫌悪もしましたが。
 ……とりあえず、妖怪だらけの四角い町があった、という記憶がその中では一番古いものだったようで。
 家の上でケタケタ笑う妙なナマモノが居たのでこれはよく覚えていました。
 何やら槍のような矢で射抜かれていましたし。
 平安京、とかいうらしい町でおそらく間違いはないだろうという結論が出た後に、それがあった年代を把握した皆から妙な顔を向けられてしまいましたけど。
 具体的には『それだけ年経てるのに何でこんなに威厳がないのか』という様な。

 年齢は秘密ですと頭を掻くメイリンさんを除いて、何気に私が最年長だったらしいです。
 ちょうどメイリンさんを除く皆の年齢を足したくらい。

 でもそれがわかったからといって、私に対する皆の態度は何一つ変わりませんでした。
 変わらないで居てくれるのは本当に嬉しいものだと心底感じ入ってしまいましたよ。
 笑いながら頭を撫でてくれるのは嬉しいし、毛をブラシで梳いてくれるのは気持ちがいいし。
 私に体を預けて一緒に眠ってくれるのだって嬉しい。
 変わらなかった皆がこの上なく愛おしくて、愛おしくて。
 思わず涙が零れそうになったのは秘密です。



 ……私が何をしてきたのかフランさんがよく聞いてくるようになったのもこの頃でしたっけ?
 むぅ……良く思い出せない。
 
 とりあえず歩き続けてきた中で経験した色んな事を話しましたね。
 怖かったカミサマたちの話の時には怒ってくれて、優しかったカミサマたちの話の時には優しく笑ってくれたのは嬉しいものでした。

 雪の上で月見をしながら眠ったら、目が覚めた時には雪に埋もれてしまっていて、そのままだらりと春になるのを待った時の話で呆れられたのはちょっと悔しい思いをしましたが。
 でも笑うなら一回埋もれてみるといいと思います。
 もこもことひたすらに雪の中を掘り進むのはすぐに飽きますから。
 拗ねてそっぽを向いた私の尻尾を軽く引っ張りながら謝るフランさんは可愛らしかったですけれど、ここで甘い顔をしてはだめだと思ってしばらく拗ねたふりをしていましたね。
 ……あの時拗ねるのをやめたのは、サクヤさんから食事抜きにしますよと視線で脅されたからではありません。
 断じて、そう、断じてそうではありません。
 …………多分!



 ……げふんげふん、あーあー、ホンジツハウテンナリ。

 …………うん、本当に色々ありましたねぇ。



 そんな日々が続いていく中で、フランさんの騒動からどこか沈んだ空気を漂わせていた家の中が、日に日に華やいだ空気に変わっていくのは本当に嬉しい事でした。
 せっかく貰った居場所が沈んだ空気でいるのは酷く悲しい事でしたから。

 笑い声が絶えずに、いつも何かしらの騒動が起こる日々は楽しかったですよ。
 今首に巻いているスカーフが最早何代目かわからなくなるほどの慌しい日々でしたけど、それでも今を思えば軽く笑い飛ばせてしまいます。
 こんなに幸せな場所に居ることが出来て、本当に私は幸せ者です。
 この家の皆が愛おしくて仕方がありません。

 私に色んなものを与えてくれたレミリアさんや、成長を見続けてきたからか、私の子のように思えるフランさんも。
 相変わらずちょっと怖いけどどこか抜けていて面白いサクヤさんや、いつも私をソファー代わりにして本を読みたがるパチュリーさんも。
 コアクマさんやメイリンさんも……








「ねぇスコール……? 横でそんな事をひたすら考えていられると、流石にちょっと恥ずかしいんだけど……」

 そうフランさんから声をかけられてはたと気がつけば、レミリアさんと一緒に私に寄りかかって本を読んでいたフランさんの顔が少し赤くなっていました。
 レミリアさんも少しばかり居心地が悪そうで。

 どうやらスカーフにかけられている魔法が起動していたようです。
 強い思考に反応する仕様ですから、考え事をしている時にはいつの間にか起動してしまいますからね、これ。
 でも今回は考えている事が漏れていても何ら問題はないでしょう。
 むしろ、どうぞ漏れてください。

「私たちの軌跡を感慨深げに思い返される事が、これ程居心地の悪いものだと思わなかったわ」
「だよね…」
「しかも嬉しい、愛しい、可愛らしいって事あるごとに思っているのがわかるんだもの……」
「照れちゃうよね……」

 仕方がないことだと思う。
 本当に、掛け値なしでそう思っているんですから。
 これは胸を張って言えます!

「だから、そういう風にストレートに思われると、その……」

 その、何ですか?
 照れちゃいますか?

「照れちゃいます」

 持っていた本で顔を隠して羽をパタパタ揺らすフランさんが可愛らしい。
 本の端から僅かに覗く顔が赤く色づいているのが見えた。
 もそりと下から見上げるようにして顔色を伺うと更に赤くなっていくのが見える。
 ああ、本当に可愛らしい!

「うぅー……!」

 唸るフランさんも可愛らしい!
 あの出会いの時からたった数年でこんなに素直で可愛らしい子になってくれたなんて……もう何と言えばいいのでしょう。
 言葉が見つかりません、感無量。

 ……って泣かないでくださいよ!
 フランさんに泣かれると、その、あれです、非常に困るんですよ。

「スコール」

 あぁぁぁん……!?
 ちょっと、今ばかりは私を静かに呼ぶレミリアさんの方を振り向きたくありません。
 きっとすごく『いい』笑顔を浮かべているはずです。

「ねぇ、スコール? ……こっちを向きなさい」

 いきなり声を低くしないでくださいよ……!
 こ、怖い怖い怖い、怖いですよもう。
 ……でもこれだけは、これだけは言っておかねばならぬでしょう!

 仕方のない事だとはわかりますけど、いくらなんでもレミリアさんは姉馬鹿すぎると思います!
 もうフランさんだって立派な一人前の吸血鬼になったのに!

「一人前になろうと二人前になろうと関係ないわ!フランを泣かせるんじゃないの!」

 意見をしながら振り向いた瞬間、レミリアさんの右腕が二本に見えました。
 残像ですか? 残像ですね。
 そうですか、それほどの速さで私の尻尾を捕まえたんですね。
 流石吸血鬼、そこらの木っ端妖怪には出来ないことをあっさりやってのけます。
 そこに痺れる憧れ…………落ち着いた振りをするのはもう無理です。

 痛い痛い痛い!ちぎれるぅ!尻尾!尻尾が!!

 ばたばたと私が暴れた事で、私のお腹の上に居たフランさんが宙を舞ってしまいました。
 ぱたりと羽を動かして、逆さになったまま浮かんでこちらへ驚きの目を向けて……はっ!

 へるぷ!
 ぷりーずへるぷみぃー!!
 尻尾が冗談抜きにちぎれそうです!

「ちょ、ちょっとお姉さま!?」
「大丈夫。加減はしているわ」

 できてない!できてないですよ!!
 痛いですよ!ちぎれるぅぅぅぅ!!

「むぅぅ……スコールを苛めるお姉さまなんて嫌い!」
「!?」

 ちょっと、レミリアさん?
 何で握る力が強くなっていくんですか!?
 ショックを受けたのなら握る力を緩めてくださいよ!
 私の尻尾がえまーじぇんしぃ!

「離してあげて」
「あの、フラン……」

 フランさんが頬を膨らませてレミリアさんを睨んでいますけれど、その顔は思わず痛みを忘れてこう思ってしまうものでした。
 怒った顔も可愛らしい。
 あ、赤くなった。

「……余裕があるわね、スコール?」

 ……いえ、私の尻尾は既に危険でございます。
 ですので、また力を込めていくのはやめて下さい!

「お姉さま?」

 …………フランさんの声が一気に冷たくなりましたね。
 これはあれですね、本当に怒ってる時のフランさんの声ですね。
 わ、私のためにこんなに怒ってくれるなんて感動しちゃうじゃないですか。
 これ以上私を骨抜きにしてどうしようって言うんです!

「フ、フラン!違うのよ!!」
「何が、違うの?」

 慌てるレミリアさんを、先ほどまでとは打って変わって静かなフランさんが見据え、冷たい声で切り捨てて。
 それまでフランさんの胸に両手で抱かれていた分厚い本が、まるで鈍器のように右手で握られ、掲げられ…………鈍器?

 フランさん……まさかそれを振り下ろすおつもりでしょうか?
 割と洒落にならないくらいの威力になりますよ、きっと。

「うん、お姉さまったら口で言っても聞いてくれないんだもの」

『仕方ないよね、うん、仕方ないよ』と呟きながら一つ頷いて、ぐおんという音が聞こえてくる程に本を振りかぶるフランさん。
 それ、最早本を振りかぶる音じゃないと思いますよ。
 そもそも本は振りかぶるものでもないし、ましてや鈍器でもありませんけど。

 ………あぁ、握り締められたままの尻尾から震えが伝わってきます。
 然もあらん。
 さ、流石に止めた方が……?


「お姉さまの馬鹿ぁ!」


 ……遅かった。
 酷く鈍い音が部屋中に響き渡ってしまいました。
 これが人の子であれば『ばこん』で済んだのでしょうが、そこはほら、夜の支配者なんて言われる程の種族、吸血鬼ですよ。
 音を言葉で表すなら、そう…………『ずがぁん』ですね。
 本で叩いて出る音じゃないですよ!

 思わず閉じてしまった目を恐る恐る開いていくと、そこには本を振りぬいた姿のまま目の据わったフランさんの姿が。
 それでいて爛々と赤い目が輝く姿はちょっと……いえ、かなり、その、怖い。



 ………………ってあれ?
 れ、レミリアさんは?



 ……あぁぁレミリアさんの首が!?
 パチュリーさん!!サクヤさぁぁぁん!!
 首!首がにょろんって!!にょろんってぇぇぇぇ!!?




































「その程度で吸血鬼がどうにかなるのなら、遥か昔に十字教徒たちの手で滅ぼされ尽くしてるわよ。あと、本は大事に扱いなさい」
「心配しなくても、お嬢様ならケーキタイムまでには回復します」
「……出してみたら?ケーキ」
「ふむ…………お嬢様、本日は洋梨をたっぷりと使用した近年稀に見る自信作ですよ」

 がばり、こきゃん、ぐりぐり、こくこく。

「頂くわ」
「まずは目の前で得体の知れないナマモノを見る目を向けてるフランをどうにかなさい」

 今の……子供が見たらトラウマになる光景でしょうね。
 いや、悪魔的にはトラウマを植えつけてナンボかしら?
 色んな意味で植え付けられたくないトラウマなのは間違いないけど。



[20830] 七話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2014/04/19 03:05



 ふと思い立って、散歩へ繰り出した暑い暑い夏の日。
 優しく毛並みを揺らす風に心を躍らせながら歩いていられたのは束の間で、早々に散歩へ出た事を後悔してしまいました。
 今度から行く場所はちゃんと選ぼうと思います。



「ねぇねぇ走ってみて!!」
「ずるいよ!次は私の番なんだから!」

 ふらりふらりと当て所なく歩いていたところ、道端で泣いている女の子を見つけたので人々の匂いがする所まで乗せてあげたのが運の尽き。
 到着した時は皆遠巻きにこちらの様子を伺うばかりだったのに、子供たちがいつの間にかわらわらと集まってきて身動きがとれなくなってしまいました。
 子供の十人や二十人くらい振り払うのは簡単ですけど、そんな事をして事を荒立てるのも気が引けるし。
 とりあえず大人の皆さん、すまんなぁなんて視線はいらないので誰か助けてください。

「早く代わってよぉ」
「やだ!まだ乗ったばっかりだもん!」

 ……とりあえず、たかられるだけならまだしも耳元で叫ぶのはやめて欲しいなと思うわけですよ、私は。
 これでも妖獣のはしくれですから、それなりに耳はいいんです。
 あー……きーきー響く声のせいで頭が痛くなってきた。
 いらない騒ぎを起こして皆に迷惑をかけたくないから仕方のない事とはいっても、勝手に背中に乗られているのは気分が悪いですよ、ええ。
 私にだってちっぽけではあってもプライドというものがですね……

「うわぁぁぁぁん」
「な、泣いたって代わってやらないぞ!」

 あぁぁあやめて!
 頭に響く!

「あーあーなーかしたぁー!せーんせいにーいってやろー!」
「こいつが勝手に泣いたんだよ!」

 子供特有の高い声が次々に私の耳へと突き刺さり続け、ひどくなる頭痛といらつき。
 そんな私の事など知った事ではないとばかりに毛を引っ張りながら騒ぐ子供たち。
 …………もういいですよね、私こんなに我慢しましたもの。
 うん、今乗ってるのは男の子だから思いっきり、それはもう思いっきり人垣へ向けて振り払って逃げてやろう。
 男の怪我は勲章ですよってメイリンさんも言ってましたし、何も問題はありませんよね。
 むしろ得体の知れない妖獣相手にこれだけの事をしておきながら、その程度で済むことに感謝しなさい。



「こら、お前達何をしているんだ!」



 私がそう決意を固めていざ行かんと四肢に力を込めはじめた途端、空から大音声でそう怒鳴られて思わず中途半端な態勢で固まってしまいました。
 ぶっちゃけた話、見事に気勢を殺がれたわけですけれど。
 見事すぎて、もし私に人の手があれば思わず拍手をしていたでしょう。
 そんな件の怒鳴った女性は私の目の前へふわりと着地、腰に手を当て仁王立ち。
 ギロリと音が聞こえてきそうなくらいに子供たちに睨みを利かせています。

 ……私の上に乗ったままの子へ向けられているとはわかっていても、目の前でこんな事をされると少々恐怖を感じてしまうわけですよ。
 あ、子供達が静かになった。
 いいぞもっとやれ、やっておしまいなさい!

「……狼殿から降りなさい」

 今まで私の背中にしがみ付いて一番叫んでいた子がそそくさと降りていくのを感じて人心地。
 あぁようやくすっきりしました。

 これまでの溜め込んでいた鬱憤を込めてこれ見よがしに大きく息を吐き、身を震わせて毛並みを整え……ようとしましたが。
 遠慮の欠片も無く掴まれていたせいで、妙な癖がついてしまっていますね。
 それでなくとも私の体が大きいせいでブラッシングが大変なのに、こんな癖をあちこちにつけられれば言わずもがな。
 サクヤさんに怒られる……
 嫌味の一つでも言ってくれれば気が楽になるというのに、サクヤさんときたら何も言わずに無表情でこちらの前で腰と顔に手を添える瀟洒立ちするんですもの。
 あの時の威圧感は思わずお腹を見せて許しを請うてしまう程。

 横で子供達がお説教をされているのを尻目に、憂鬱なまま空を仰ぐと、綺麗に晴れ渡った気持ちのいい青空が目に染みた。

 すこーる おうち かえる。
 こわいけど かえる だっておおかみだもの。

「あぁ……少しばかり時間を頂きたい」

 気分も毛並みもしょんぼりとしながら帰途に就こうとした私へ、先ほどの女性から引き止める声が上がります。

 疲れたので帰ります、探さないでください。

 首だけそちらへ向けてじとりと睨みながらそう答えるものの、目の前の女性は特に何も反応を返してくれません。
 無視ですか、呼び止めたっていうのに無視ですか?
 って、あぁスカーフの魔法を起動してませんでしたね。
 オンとオフの切り替え機能をつけてもらったのを忘れていました。
 ……いいやもう、面倒くさいし。

 数瞬ほど目を合わせた後、確認のように言葉はわかるかと聞かれたのでとりあえず頷きだけ返しておく。

「子供達が迷惑をかけたようなのでお詫びをしたい。だから少しだけ待ってくれ」

 言いながら子供達に謝るように促して、自分も一緒に頭を下げてきます。
 できた人だ事で。
 まぁそれはそれとして……周りの大人たちも口々にすまなかったなと言うものだから居心地が悪いことこの上ないですよ。
 どうしてこうなった。

「さあ、お前達は家に帰りなさい。今度からはするんじゃないぞ」

 そう言われた途端に、それまで神妙にしていた子供たちがまるで逃げ出すように走り去っていきます。
 全くもって元気なことでとやさぐれながらそれを見送り、目の前で佇む女性へ目を向けてとりあえず観察。

 ……不思議な匂いのする人ですねぇ。
 純粋な人間の匂いでもないし、妖怪や神様達の匂いでもない。
 強いて言うならそれらが全て混じりあった、不思議としか表しようのない匂い。
 あと頭に変な形の帽子……帽子?塔?
 とりあえず何故落ちないのか不思議な何かの物体。
 銀色の髪はふわふわと綺麗に揺れて、青系統の服によく映えています。
 うむ、中々に良し。
 ぱっちゅんぽいんと程ではありませんが、すこーるすたんぷを一個進呈しましょう。
 495個溜めれば私をもふる権利が、500個溜めればボールやフリスビーで遊ぶ権利を獲得できます。
 私が得するだけ?
 細かいことはいいんですよ。

「すまなかったな。知らせを受けてから急いで来たんだが……」

 どうやら遅かったようだ、と癖がついた毛並みを見て言葉を濁して悩んでいる模様。
 私が観察に徹して色々と考え込んでいるのを悪い方へ取ってしまったようですね。
 まぁさっきの惨状を考えれば当然でしょう。

 しかしまぁ……これは身振りで伝えるのが面倒な。
 パチュリーさん謹製、意思疎通魔法起動。
 考えるだけでオンオフを切り替えられる便利仕様が素敵ですよね?

「あぁ申し遅れたが、私はこの人里の守護をしている上白沢慧音と言う者だ。寺子屋の教師もやっている」

 それはそれは。
 子供達の反応が早いわけですねぇ。

「……なんだこれは?」

 意思疎通の魔法ですよ。
 口で喋ることができない私に家族が作ってくれました。

「成る程。いいご家族だな」

 ええ、自慢の家族です。
 何ができるわけでもない私を拾ってくれて、大事にしてくれるんですから。

「ふむ。どこに住んでいるか聞いても?」

 紅魔館ですよ。

「……吸血鬼のいるあの館か?」

 ええ、そうです。
 ご存知で?

「あー……たまに人里に来るメイドや司書を知っているだけだな。実際にそちらへ足を運んだ事はない」

 然様で。

「…………」



 淡々と返答していると、ケイネさんが黙ってしまいました。
 こちらがだいぶ持ち直したとは言え、まだそれなりに不機嫌なのを隠そうとしなかったせいではありますが、何となく気まずい空気です。
 いいや、もう帰ろう。

 ぺこりと一つ頭を下げて立ち去ろうとすると、見事に尻尾を鷲づかみされてしまいました。
 私のような尻尾のある妖獣にこんな事をするなんて、喧嘩を売られているんでしょうか?
 もしそうだったとしたら先ほどのぽいんと付与は見送りに……

「あぁぁすまない! よかったら少し休んでいかないかと言おうと思ったら……帰ろうとしていたもので……反射的に」

 ……然様で。
 でも尻尾を掴むのはやめて下さいね。
 こちらも『反射的に』噛み付いてしまいますよ?

「悪かった、以後気をつける。それで……その、どうだ?」

 しゅんとして上目遣いでこちらを伺うケイネさんを見ると少々毒気を抜かれてしまいます。
 さっきまであれだけ凛とした佇まいというのがぴったりな人だったのに、これですもの。
 まさか、これがコアクマさんの言っていた『ぎゃっぷもえ』とやらですか。
 なんと恐ろしい技なんでしょう。
 ……まぁ夕飯時までに帰ればいいわけですから、時間はありますけれども。
 いやはやどうしたものやら。

 しばらくそのままお見合いをしていると、後ろから『そこだ、ぐっといけ先生!』なんて声が響いてきました。
 さっきまでちょっと真面目な空気を出していたのに……変わり身が早いぞ、何やってんの。
 というか子供達は解散したのに何で大人はほとんど残っているんでしょう。
 皆してニヤニヤ笑いながらこっち見るな!

「ほ、骨!昨日捌いた鳥の骨とかあるぞ、うん!」

 何『こんなに応援してもらったんだ!がんばらねば!』みたいな顔してんですか貴女。
 しかも骨って。

「先生!なんだったら昨日俺んちで出た牛骨も持ってきな!」
「私のところの豚骨もどうぞー」
「あの狼さん、魚の骨も食うのかね?」

 骨ばっかりですか……!?
 もうやだこの人里。
 ケイネさんはケイネさんで、先程までのしゅんとした雰囲気など彼方へ投げ飛ばして鼻息荒くしてるし。

「ど、どうだ!?」

 ごめんなさい。

 勢いに当てられて思わず返した、そんな私の簡潔な答えを聞いてケイネさんは膝を折って打ちひしがれてしまいました。
 先に謝られた時とは違う意味で、どうしてこうなった。
 そこ、女は根性よだとか声援送るな。

「ならせめて土産を持っていってくれ!」

 そんな声援を受けてか、ケイネさんが再起して俯いた顔を上げると、そこには怖いくらいに爛々と輝く決意の眼。
 何か食われそうな印象を抱いたんですけど、私の気のせいですか?
 ……お待ちなさい人里の大人たちよ。
 何故そこで『それでこそ!』何て喝采が!?

「うん、何がいいかな。さっき八百屋の親父さんが言っていた牛骨にするか、それとも米屋の奥さんが言っていた豚骨にするか……」

 まだ骨ですか!

「……なら何がいい?」

 うわ、何か周りからの視線が強くなりましたよ?
 もう、やだ、この人里。
 何か貰わないといけない雰囲気じゃないですか。
 でも骨はいらない。
 ……むー?

 そうして私が悩む間も、刻一刻と強くなっていく視線。
 どうしてこうなったという言葉が舞い踊る私の脳裏に浮かんだのは、先のお土産という言葉。
 ……ああそうだ、お土産じゃあないですか。
 いつも皆が食べている物を考えれば……更に言うなら、この空気の中でなら悪くない選択のはず。

 わ、和菓子をください。
 家で出るのは洋菓子ばかりなので家族へのお土産にします。

 うむ、自分でもこれはいい考えだと思う選択です。
 いつも目にするのはケーキだとかクッキーばかりなので、和菓子はいい土産になるはず。

「まかせろ!おやっさん頼む!!」
「任せな先生ィィィ!!」

 私がそんな自画自賛に浸りかけた所で、まるであらかじめ打ち合わせをしていたかのように声を張り上げたケイネさんに驚いてしまいました。
 でもそれ以上に……応えたあのおじさん、人垣を一足で飛び越えませんでしたか?
 ケイネさん以外は人の匂いしかしなかったのに、あの人もまさか何かの混血だったりするんでしょうか。
 人里怖い、怖いですよ、人外魔境ですよ。

「うん、しばらく待っててくれ。おやっさんの所の甘味は美味いぞぉ!」

 ……然様で。
 疲れましたよ、もう。
 早く帰りたい。

「持って来てくれるまで少し休もうか、うん」

 ケイネさんがそう言うや否や人垣が割れ、茶屋というのぼりが出た店への道が開かれていきます。
 その先に居るのは、着物にエプロンという妙な格好をした女性。

「いらっしゃいませぇ~いらっしゃいませぇ~美味しいお茶ありますよ~お団子もありますよぉ~」

 ……その声……貴女さっき女は根性とか言ってたお姉さんでしょう。
 変わり身……いいやもう。
 ……もう、やだ。






























 無駄に疲れた体を引きずりながら持って帰ったお饅頭やきなこ餅は喜んでもらえました。
 でもフランさん、また貰って帰ってきてねというのは承諾しかねます。
 人里怖い。





[20830] 八話 Sakuya
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2011/11/25 01:18



 私の握る大きなブラシが踊るたびに、ごろごろと気持ちよさげな声が聞こえてくる。
 いつの間にかこのブラッシングは私の密かな楽しみになっていた。
 ブラッシングを始めたばかりの頃は手間をかけさせるなとイラついていたのに、私も変わったものだ。
 散歩で人里に行ったという日のブラッシングは大変だったけど、ごめんなさいと謝りながらも喉を鳴らすスコールの姿に思わず毒気を抜かれて笑みがこぼれた。

「よし、終わったわよ」

 ぽふりと頭を一つ撫でてやると、途端に擦り寄ってきて感謝を伝えてくる。
 スコールはやたらと誰かに触れていたがるから、こうして頬を寄せられるのにも慣れてしまった。
 ここに来るまでの経緯を聞いているので仕方のないことだとは思うけど、仕事の途中にこれをされた時は正直困ってしまう。
 今は忙しいと切り捨てるのは簡単だけど、そうした時の寂しそうな気配がもう、何とも。
 そうしていつの間にかついつい甘やかすようになってしまった。
 出してやる食事も段々上質な物になっていったし、それを申し訳なさそうに食べるスコールに怒ったこともある。

 うん、私も変わったものだわ。

 ブラシを持ったまま苦笑していると、スコールが不思議そうにこちらを見ているのに気がついた。
 何でもないという意思を込めて撫でてやると、また喉を鳴らしながら擦り寄ってきた。
 ちょっとグッときたのは内緒で、そっと心の宝箱へ仕舞っておこう。

 顎の下をくすぐってみたり、頬の辺りの毛並みをかき混ぜてみたり。
 じーっと綺麗な金色の目を覗き込んでみると、期待に揺れる感情が透けて見えるようだった。

 ……うん、いいかもしれない。
 掃除は朝のうちに済ませているし、お嬢様たちは就寝中だし。
 こうした機会はいつも突然降ってくるものだからいつも何をしようか迷ってしまうけれど、今日はそうならないようだ。
 こんな遊んで欲しそうな目を向けられたら断れまい、うん、今そう決めた。

「今日はお嬢様たちも寝ている事だし、一緒に散歩に行ってみる?」

 そうお誘いをかけてみると、言葉尻に繋がるかのように、即座に行きたいという意思が返ってくる。
 タイムラグはコンマ数秒だろう。
 こんな反応をされると嬉しくなってしまう。

「準備をするから玄関で待っていなさい」

 そう言うや否や、まるで風のように走り去ってしまった。
 これはこれは、急いで準備をしなければ玄関できゅんきゅん泣いていそうだ。

 苦笑を伴った時間停止。
 何もかもが止まった世界の中だというのに、意味も無く早足になるのを自覚しながら自室へ戻る。
 このメイド服のままでもいいけれど、折角なので気分を少し変えてみよう。
 クローゼットを開けて、顎へと手をやり一つ思考。
 滅多に着ることのない紺のノースリーブブラウスと白のロングスカートを取り出す。
 ついでに外歩きのためのブーツも用意しておく。
 いそいそと着替えながら、柄にもなく気分が高揚しているのを感じた。

 そういえばスコールは誰かと一緒に散歩に行くのは初めてになるのかしら。
 誰かが一緒に居られる時はその傍を離れようとせず、散歩に行くのはどうしても暇だった時だけのようだし。
 どうりであれほど喜んでいたわけだ。
 ……喜んでいるのは私も同じかしら?
 考えてみれば私も犬……いや、狼と散歩に出るなんて初めてだし。
 大きな大きなわんこもとい狼と笑いながら散歩をするなんて、幸せな家庭っぽくていいかもしれない、うん。

 頬が笑みを形作るのを感じながら、外見ではわからないようにナイフを数本身につけて、クローゼットの中に仕舞われたまま殆ど使われる事のない日傘を手に取る。
 軽く鏡の前で確認をすると、いつもメイド服ばかりを着ていたせいで違和感が。
 おかしな格好ではないと思うけれど……まぁたまにはいいでしょう。

 食堂で軽く摘む程度の食べ物を詰めたバスケットを用意して、止まった世界の中でことん、ことんと何時もより少し低めの足音を響かせながら玄関へと歩を進める。
 言い方は変だけれど、私がこうして時間を止めるまでの時間は僅かなものだったはずなのに、既にスコールは玄関で座っていた。
 まったく、相変わらず速い事で。

 スコールの傍へと歩み寄る最後の一歩で時間停止をやめると、気づいたスコールが即座に期待の視線を向けてきた。
 私がいつものメイド服ではないのに少し驚いたようだったけど、さらりと伝わってきた似合ってますという意思にやられた。
 ……愛いやつめっ。

「さ、それじゃあ行きましょうか」

 しかしながらそんな心情を敢えて表に出さずに、するりと開かれた扉から空を仰ぐ。
 夏真っ盛りの日差しと言うには少しばかり早いが、からりと晴れ渡った空から降ってくるそれは強い。
 さらりと肌を撫でる風と肌を焼く日差しを感じながら、館の外へと一歩を踏み出した。

 ……照れてるわけじゃないわ、そう、これは甘やかしすぎてはいけないからという愛故によ。
 最近、その境界が曖昧になってきてる気はするけど。




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 少し歩いた後、背に乗りますかというスコールの申し出を折角だから受け入れてみた。
 私の方が散歩ではなくなってしまったけれど、まぁいいでしょう。
 スコール自身は機嫌よさげに歩いていることだし。
 何しろ狼が鼻歌を歌ってるくらいだもの。
 これで本当は機嫌が悪かったりしたのなら、役者としてでもやっていけるでしょうね?

 背中で私がそんな事を考えて苦笑している事になど気づいてもいなさそうな、重さを全く感じさせない足取りで紅魔館の前の湖を迂回し、林を抜け、草原を横切り。
 当て所なく、ふらりふらりと思うが侭に歩き回る、まさに散歩。
 特に目新しい何があるわけでもないのに、妙に楽しく感じた。
 この足取りは当然の事として、気分の方もスコールの持つ『あらゆるものを軽くする程度の能力』の恩恵を受けているのかもしれない。
 初めてこの能力の事を聞かされた時の騒動は面白かったなと思い出した。

 私たちの言動がどこかおかしくなっていたのはそのせいか、とパチュリー様が言ったのに対して、きょとんとして首を傾げたスコール。
 スコール自身は自分の意識した物体の重さに対してのみ効果があるものだと思っていたらしい。
 ちなみにその時の自己申告は『軽くする事ができます!』のみで、双方の認識に食い違いが生まれた瞬間だった。
 物だけに留まらないと知ったときに、一番驚いていたのはスコール本人……本狼?
 そこからは興味を持ったパチュリー様が実験だ検証だとスコールを一日中引っ張りまわしていた。

 普段は図書館で静かに本を読んでいるパチュリー様がそれ程までに『浮かれて』いたのだから、その行動がそのまま検証結果になったのはある意味皮肉だった。
 そして普段殆ど動かないのに張り切ったものだから、翌日ベッドの上で筋肉痛と戦う羽目になっていたのには皆が笑った。
 本人は『やられた……』なんて言いながら赤くなった顔を布団で隠そうとしていたけど。
 けらけら笑いながらそんなパチュリー様の体を容赦なくつついて悶えさせるお嬢様に、それを真似してそっとつつくフラン様。
 少し前の紅魔館では考えられない、そんな暖かな寸劇が繰り広げられ……く、ククッ……。
 回復したパチュリー様から日光責めを頂いて、口からぷすぷすと煙を吐くお嬢様も、た、大変お可愛らしゅうございました。

 駄目、あぁダメよ十六夜咲夜。
 思い出し笑いなんて瀟洒じゃないわって無理無理無理。
 煙を噴きながらぎゃおぎゃおとお叫びになるお嬢様の姿ったらもう、思わず部屋へお持ち帰りしてずっと愛でて居たくなるくらいに……いや待て、以下略にしておきましょう。
 大丈夫、まだ慌てる時間じゃないわ。
 今はそっと、軽いデコピンをされて額を押さえて笑っていらした……そんなフラン様の笑顔で穏やかな心を持つべき時!
 そう、心が穏やかになって笑いが……
 違う笑いじゃなくて穏やかって駄目だ止まらない。
 ちょ、ちょっと待ちなさいスコールって駄目、笑いすぎて息が、声が……!





 …………まさか、笑いが止まらなくなって呼吸困難になるなんて……スコール、恐ろしい狼……!
 ほとんど無意識で使ってる能力らしいから、制御などは考えてもいなかったらしい。
 自分の背の上でくつくつと笑いながらお腹を押さえて悶える私を見て、ようやく何事か気づいたようで。
 慌てて近くにあった良い具合に芝の生えている木陰で小休止。
 断言しよう。
 あの時であれば、たとえお嬢様がカリスマを発揮していらしても爆笑する自信があった。

 笑いすぎて色々と惨状になっていた部分をなおして、持ってきていたバスケットを開く。
 スコールと二人で話をしながらゆっくりと食べて、風に揺れる景色を眺めた。
 私が何事も無かったかのようにしているものだから、スコールも察してくれたらしい。
 帰ったら上等なお肉で夕食を用意してあげましょう。

 うん、それはそれとして。
 スコールの能力が無くなり落ち着いて風景を眺めなおしていて、こんな景色を見たのはいつ以来だろうかと、頭の中の冷静な部分がそんな疑問を持ち出してきた。
 まだ自分の能力すら自覚していない、ただ無邪気で居られたあの頃以来?
 金色に輝く小麦畑を眺めて、麦に宿るというヴァイツェンヴォルフを想像して心を躍らせた、頭の片隅に残るそんな思い出。
 残念ながら目の前に広がっている光景は金色ではなく青々とした緑の草原だけれど……
 そっと横目でスコールを見て、思い直した。
 あちらの狼は金色の麦畑を同じく金色の尻尾を立てて走り抜ける。
 ならば、緑色に輝くこちらの草原を銀色の狼がのんびり歩いているというのも中々に対比が効いていていいじゃないか。

 段々と落ちていく瞼に抗わずに、スコールに背を預けてそんな事を考えていた。
















 自分の能力を使っているわけでもないのに、時間の流れが曖昧になっているのを感じながら、耳で、肌で世界を感じる。
 さわさわと揺れる緑の音の中でふと目を開けて太陽の高さを見れば、どうやらそれほど時間は経っていないようだった。
 スコールはいつからそうしていたのか、ゆらゆらと尻尾を揺らしながらじっと私を見ている。

「……レディの寝顔を眺めるのは趣味が悪いわよ?」

 気だるげに軽く叩く振りをすると、器用にも前足で鼻を庇うスコール。
 子犬がやれば可愛い仕草で済むのだろうけれど、これ程の巨狼がすると果てしなく間抜けな絵面ね。

 思わずくすくすと笑いをこぼすと、からかわれた事に気づいたらしいスコールが拗ねるのを感じた。
 狼の顔色なんてわからないし、スコール自身は何も言っていないのに、何となくわかる。
 それでも私の中に焦りなんて微塵も生まれなかった。
 いくら拗ねたって、いつだって頭を撫でればすぐに機嫌を直した。
 それがスコールだった。

 ちょっと卑怯だと自覚しながら頭を撫でてやる。
 所々うっすらと黒が混じる銀色の長い毛は、日々のブラッシングの成果もあってさらさらと指通りがいい。
 不機嫌そうな小さな唸り声がすぐに気持ちよさげなそれに変わった。

 相変わらずだけれど、でも、それが嬉しい。
 こちらの好意が相手に喜ばれれば、当然の様に嬉しいと思う。
 ……だからこんな小さな事でいつも喜んでくれるスコールをいつの間にか気に入ったのだろう。
 でも、このくらいにしておこう。
 堪能するのはいいけれど、過ぎたるは猶及ばざるが如し。
 ぽふりと合図のように頭を優しく叩くと、私が何が言いたいのかを理解してもそりと起き上がる。
 私よりも遥かに長生きなくせに単純で、それでいてこういった機微には聡い。
 そんなちぐはぐな狼が大きな体を揺らしながら伸びをしてぐるぐると喉を鳴らした。

 私も立ち上がってスカートについた草を軽く払う。
 ふと視線を感じてスコールへ目をやれば、私が乗りやすいように背を傾けて待ってくれていた。
 妖怪か疑わしくなるくらいに……本当に、まったく、もう。

 腰掛けるように体重を預ければ、普段感じることのない独特な浮遊感と共に視線が高くなった。
 二度目だけれど、再び子供のように心が躍るのを感じる。
 私がしっかりと乗ったのを確認して、またあのふわりとした足取りで歩き始めた。
 先の教訓を活かしたのか、こちらへの干渉をしないように心がけているのだろう。
 異様な思考の欠片も浮かぶことはなく、純粋に風景を楽しむことができている。
 森を抜け、また草原を横切り、人里に行きかけてきびすを返し。
 スコールの背でふわふわと揺られながら、普段は見向きもしないあたりまえな景色を楽しみ続けた。
 あぁ……何時の間にか、空が赤く染まり始めている。





 あら?





「ああああああああ!?」

 私がこうして散歩に出ていたのは、お嬢様たちが眠りについていたので仕事がなかったから。
 しかしこんな時間ともなれば間違いなく起きている事だろう。
 早く戻らなければお嬢様たちのお世話が……!

「スコール、全速!紅魔館に帰るわ!!」

 何が何だかわからないという思いは伝わったが今はそれどころではない。
 ぐっと身をかがめて、まるで乗馬をしているかの様にスコールへ体を固定すると、戸惑いながらも速度を上げ始める。
 始めこそ軽く駆ける程度だったと言うのに、いつしかまるで水で押し流されているかのように世界が滑っていく。
 草原を割り、林を揺らし、あれほど長く感じた道程を一瞬で踏破していく。
 ごうごうと目を開けているのも億劫な風の中で、湖の上を駆け抜けていた気がするけれど……きっと気のせいよね。
 数瞬ほどの思考から抜け出すと、既に紅魔館が見え始めていた。
 認識してから瞬きほどの間にその門前まで足を進めて、急停止。

 その慣性に逆らわずに空を舞い、時を止めながら着地、疾走。
 急いでもこの時の中では変わらないとわかっていながらも、体は止まらない。
 自己新記録を樹立する勢いで着替え、そっと居間を伺う。
 そこにはあってほしくなかった、わずかに口を尖らせて拗ねたご様子のお嬢様と苦笑している妹様の姿が。

 あぁ……起きていらっしゃる。
 不覚、不覚!!
 パーフェクトメイドという肩書きの危機だ。

 ……お嬢様好みの砂糖、ホイップクリームたっぷりのケーキでも作ればごまかせないかしら。
 ええい、ごまかせないでどうする!
 ごまかせてこそのパーフェクトメイド!!

 食堂に足を運び、いそいそと戸棚から取り出した新品の砂糖の袋を開ける。
 仕方がない、仕方がないのよ。
 それをそのまま全てボウルに注ぎ込んで、次の材料に手をかける。
 私の持つ技術の全てを注ぎ込んでできたケーキを、私は決して自分の口へ運びたくなかった。
 多分これ太るどころの話じゃないと思う。
 女性の敵どころじゃない。
 これはきっと女性の死神とか、閻魔とか、きっとその辺り。





 そのケーキを切り分けて、紅茶と共にお嬢様の前にセット。
 妹様の前には同じ見た目の普通のケーキと紅茶。
 頭を下げた状態で流れる時の中へと戻っていく。

「申し訳ありませんお嬢様」
「随分とお楽しみだったようじゃないか、咲夜」

 次の言葉を待ち構えるが、いつになってもやって来ない。
 ちらりと伺えば、最早私の事などそっちのけでケーキを頬張るお嬢様の姿。
 私は今、きっと凄く悪い顔をしているだろう。

 しかしお嬢様……あの量の砂糖を使ったケーキをそんな風に食べますか。
 私も甘いものは好きですが、さすがに胸焼けが。



 お嬢様はケーキをハーフホール分綺麗に完食して紅茶を口に含んだ時にようやく私の事を思い出したらしい。
 赤くなりながら文句を口になさるお嬢様は大変お可愛らしゅう御座いました。
































 後ほどフラン様から『咲夜も大変だね』と声をかけて頂きました。
 ……お嬢様、もしかして妹様と精神年齢が逆転しはじめていませんか?





[20830] 九話 Patchouli
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2011/11/25 01:18



 ここ最近、図書館で一人静かに本を読む事が減ったように感じる。
 その訳は至極単純で、容赦なく照りつける日差しにやられてレミィやフランは昼間に寝ている事が多くなり、その間暇を持て余したスコールが入り浸るようになったから。
 季節は夏真っ只中であり、外へ出れば吸血鬼ならずともまるで体中を焼かれているような気分を味わえるのだから、仕方がないといえば仕方のない事かもしれない。
 そんな季節だから、本の保護を兼ねて常に一定の気温・湿度に保っている図書館の中が気に入ったらしい。
 ふらりとやってきてはいつもごろごろと私の周りで寝そべって小悪魔にお菓子を貰っていいご身分な生活を送っている。
 たまにどうやったらこんな寝相になるのだろうと不思議になる寝方をしているのが気になるのだけれど。

 ……そんなわけで愛用の安楽椅子の使用頻度が激減した。
 暑くもなく寒くもないこの空間で、近くに寄りかかれば気持ちのいいもふもふなナマモノが居るのだ。
 寄りかからずにいられるだろうか。
 いや、いられまい。

 寝転ぶスコールのお腹の前に大きなクッションを敷いて腰を下ろし、背を預ける。
 咲夜の手入れのおかげか、前にも増してふわふわとやわらかい毛並みを感じながら本を読むのは最近のお気に入りだったりする。
 スコール自身は誰かと一緒に居られればそれで満足との事で、特に何をするでもなく惰眠を貪っていたりするけれど、この心地よさを提供してくれるのだからそれに文句などあろうはずがない。

 そうして今日も今日とてやってきたスコールに背を預けて本を開き、いつも通りの時間が過ぎて、夜になったら寝る。
 そうなると思っていたが、今日はどうやら騒動が起こるみたい。
 扉が蹴破られるかのような音の後、パタパタと誰かが走る音が聞こえてくる。
 この足音の軽さを考えると……というより、こんな事をするのはレミィ以外に考えられない。
 最近ではフランの方がレミィより落ち着いた行動を取るようになったし。

「パチェ!!」

 うん、やっぱりレミィだった。
 そんな走るほどに私を探していたのは良いけれど、見つけるなりタックルのようなハグをかますのはやめて欲しいと思うわけよ。
 誰が言ったか、紫もやしの異名は伊達ではないのだ。
 体の貧弱さにはどこぞのディフェンスに定評のある彼程度に、定評がある。
 吸血鬼の力でそんな事をされれば、導かれる結果は必然。


 ぐきゃ。


「パチェェェェェェ!?」

 こうなる。
 この耳鳴りがしそうな程静かな図書館に、酷く鈍い音と悲鳴が響き渡るのは、そう、必然。
 私の背骨がエマージェンシーコールをけたたましく鳴らしてるわね、うん。
 ………レミィ君、私の仕返しは108式まであるのだよ、覚えておきたまへ。



 そして私の視界は暗転した。















 とりあえず意識を取り戻すと同時に、すぐ傍で感じた犯人の気配へ向けて日の魔法をお見舞いして差し上げた。
 ぷすぷすと煙を上げているがこの程度でどうにかなるほど柔な存在ではないからそこはどうでもいい。
 ぽふぽふと煤けた帽子を叩いているレミィに事の次第を問いただそう。

「さて、殺人未遂の罪に問われているレミィ被告」
「殺人未遂って……」
「被告」
「いや、だから」
「ひ こ く」
「……はいはい、何かしら親友?」

 口を尖らせるんじゃないの。
 後ろにいるフランが口の動きだけで謝ってきてるわよ。
 どっちが姉なんだか。

「私を殺害しようとした理由は一体何かしら?」
「……最近流行ってるらしい弾幕ごっことかいう遊びをやろうと思ったわけよ」
「ふむ。それで?」
「ルールを聞いた感じ、この館でできそうなのは限られてるな、と」
「で?」
「その中の一人だったパチェを誘おうと思って探してたんだけど……」
「なるほどね」

 理解を示す笑顔で返してやると、ほっとした表情を見せてからレミィも笑顔を浮かべた。
 しかしだ、勘違いするでないよ、吸血鬼。
 この素晴らしく貧弱なボディにこれほどのダメージを与えたのだ。

「お花摘みには行った? 神様に呪いは? 部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?」
「え、ちょっと……えぇ?」
「あぁ、そういえば貴女は月の光が好きだったわね。さっきは日の魔法だったから、今度は月の魔法にしてあげる」

 私の寝かされているベッドの周りからふわりふわりと浮かび上がる数多の魔道書が、ぱらりぱらりと死刑宣告のように捲られていくのを見るレミィの顔が面白い。
 あぁフラン、こんなお馬鹿さんな姉にでも手を合わせてあげるのね。
 むしろもう貴女が姉でいいんじゃないの?
 ここ数年で信じられないくらいに成長したものね……。
 レミィよりも専門的な話が通じるようになったし。
 学ぼうと言う意思が大事だとよく言うけれど、貴女はそれに加えて驚くほどに飲み込みもよかったもの。
 全く、これほどの才能を地下に埋もれさせていたなんて勿体無い事この上ないわ。

「わ、私が滅びても第二、第三のスカーレットが!」
「貴女のすぐ傍にいるわね。うん、よかったじゃないレミィ? 後継者の心配はしなくてもいいわよ」
「へ……?」
「本当に良く出来た子が、すぐ傍に居るじゃない」

 ハッとしてフランへと視線を向けるレミィに、フランはもう一度手を合わせてそそくさと距離をあけた。
 妹にまでそそくさと距離を置かれる姉……無様ね、レミィ?
 いつの間にか私の前に一人取り残される形になった親友へ最期の一言を贈ろう。

「目には目を、歯には歯を」
「ハンムラビ!?」
「最期に素晴らしい教養を見せたわね、レミィ……!」

 部屋へ被害を出さないように範囲を極小に絞って、行使。
 収束されて放たれた魔法が眩い光を撒き散らす。
 ぷすりぷすりと煙を上げながら床に崩れ落ちる紅くて小さい何かが見えるけど、見ていない事にしておこう。

「悪は滅びたわ」
「パチュリー、生きてる……よ?」
「悪は滅びた」
「生きてるって」
「悪は、滅びた……おーけぃ?」

 横で突っ込みを入れてくるフランに優しく微笑みながら言い聞かせてあげると、泣きそうな顔を向けられた。
 失礼な。
 ぱっちゅんスマイルはレアだと言うのに。

「……ま、今回はどう考えてもお姉さまが悪かったんだから仕方ないかな」
「Exactly(そのとおりよ)」
「背骨、大丈夫?」
「しばらくは安静にしておくわ」
「ごめんね……」
「貴女が謝る事じゃないでしょうに」

 しばらく沈黙が続いたかと思えば、一つ頭を振ってあっさり空気を切り替えるとは……大きくなったわね、フラン。
 レミィは基本的には傲慢なのに、ここ数年ずっと傍にレミィがべったりだったフランがよくもここまで素直に育ったものだ。
 朱に交わって赤くなるんじゃなくて、反面教師にでもしたのかしらね。
 もしそうだったとしたら、その選択は限りなく正解よ?

「それでフラン。レミィがやりたがってた弾幕ごっこって何?」

 このままじゃれあいのようなやり取りを続けててもいいけれど、背骨の痛みが激しいのでそうもいかない。
 とりあえず用件だけは先に済ませておこう。
 ……ついでに大抵の事はレミィに聞くより、多分フランに聞いた方が早い。

「一言で言うなら、弾幕を張り合って先に被弾した方が負け」
「ふむ」
「弾幕に使うのは霊力弾でも妖力弾でも、そこらに転がってる石でもいいんだってさ」
「とりあえず弾にできるものなら何でもいいのね?」
「うん。でも相手を殺してしまうような弾はダメみたい」
「加減して殺さない程度に留めろって事か」

 それもそうだ。
 ごっこと言うくらいなのだから、あくまでも遊びの範疇を出ないのだろうし。
 相手によって使う弾の威力を調節しておかなければ、大妖が本気で放った弾なんて下手な木っ端妖怪程度は跡形もなく消し飛んでしまう。

 その後は細々としたルールや、目玉であるスペルカードの説明などを受け、時には質問を返して概要を把握した。
 レミィがいつもするわけのわからない断片的な説明よりは遥かにわかりやすい。
 頭が悪いわけではないが、自分と相手の知識の差を軽視して話すものだから、意味が捉らえづらいのだ。
 フランに倣って一言で言うなら、思いやりが足りない。

「細かい部分の融通が利くというなら、ウチでやる前に一度話し合いをしなきゃいけないわね」
「そうだねー」

 単純なようで、かなりやり込めそうな遊びだ。
 気晴らしにもいいかもしれない。

「それなりに興味も沸いたし、今やりかけの実験もないから付き合ってあげるわ」

 横で話を聞いていたスコールもやりたいらしく、先ほどから私も私もと意志が伝えられている。

「スコールもやってくれるなら6人だね」
「6人?」
「私、お姉さま、咲夜、パチュリー、スコール、美鈴」
「……皆、何気に暇を持て余しているものね」

 ちなみにこの弾幕ごっこの話を人里から持ち帰ってきた小悪魔は辞退したらしい。
 基本的におっとりした子だから、こういうのは苦手なのかしらね。
 ……ついでに言えば、やりそうな面々を想像して青くなったのかもしれない。
 吸血鬼が1人居るっていうだけで並みの妖怪は近寄りもしないというのに、極上が2人。
 何の悪夢だ。

「皆がスペルカードを作ってからやってみようね?」
「頭を捻るのは魔法使いの得意分野。楽しませてあげるわよ?」
「なら、見習い魔法使いは師匠を超えられるように頑張らないと」

 師匠、ねぇ?
 飲み込みが早いものだからついつい興が乗って色々教えはしたけど、そんな風に思われてるとは。
 これは遊びだからと言って簡単には負けてあげられなくなったわ。
 敬ってくれるのであれば、その敬意に見合うだけの結果を示さねばなるまい。



 ……うん、とりあえず弱点属性で攻めよう。
 弱点を突くのは基本よね。
 というか、弱点を突かなければそうそう勝てそうにない。
 いくらそれなりに平等な土俵の上に上がるとはいえ、こちらとは身体能力の差がありすぎる。
 瞬きほどの時間で数十メートルを駆け抜ける夜の支配者、吸血鬼。
 瞬きほどの時間では一歩踏み出せるかどうかという魔法使い、私。
 勝負にならない。
 勝てば官軍とか言うらしいし、いいわよね、うん。




















「そういえばスコールって体の大きさがあるから不利だよね」

 ……なんたる落とし穴!!
 パチュリーさん、小型化の魔法とかないんですか!

「あるけど……面倒だから嫌よ」

 折角の勝てそうな芽を摘み取るなんて……私にはできないわ。
 許さなくてもいいわよスコール。
 何も言わずに私の白星になりなさい。





[20830] 十話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:d93c0945
Date: 2014/04/19 03:05



 皆で弾幕ごっこの練習を始めたのはいいのですけれど、私に限っては早々に諦めざるをえませんでした。
 薄々感じてはいましたけれど、小さな逃げ道なんて私のこの体で通れるはずがないですよね。
 私の大きさに合わせた逃げ道なんて作ったら、それはもう皆が堂々と胸を張って通れる大穴になってしまいます。
 そこらの牛より大きいんですから、自分でもちょっと育ちすぎじゃないかと思わなくもありませんけれど、ほら、育ってしまったものは仕方がないわけですよ。
 パチュリーさんが存在を匂わせていた小型化魔法も実際の所は複雑な魔法陣の上でしか実現できないようなもののようで。
 何と言うか……そう、私詰みました。
 まさしく戦わずして負けました。

 そんなわけで弾幕ごっこの準備を進める皆とは違って、私は以前と大して変わらない生活を続けている現状。
 とはいえ流石にいつまでも一人でぐうたら食っちゃ寝をしているというのも気分が悪いので、自由な時間が増えた事を利用してちょっと外に出てみる事に。
 そう、私にできる数少ない事の一つであり、ある意味私が最も得意な事。
 うふふふふふ……今日の晩御飯は豪勢ですよ……!



 じゅるり。








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 獲物の臭いを探しながら、何処を目指すでもなくふらりふらりと歩いて、辿りついたのは何度も足を運んだ草原の端っこ。
 私の目を以ってしてもわずかに霞むほど先に、群れからはぐれたらしいひとりぼっち鹿の姿を発見。
 これが木々の生い茂った森の中であるというなら、小回りが利かずに逃がしてしまう可能性というのも無きにしもあらずですけれど、幸いにも獲物が居るのは開けた草原のど真ん中。
 のんきに草を食んでいる相手を逃すほど落ちぶれてはいません。
 ……たぶん、きっと。

 何にせよ、一人ぼっちになった所を襲うのは少々可哀想ではありますが、弱肉強食は自然界の掟です。
 群れからはぐれてしまったのみならず、そんなあからさまな場所で草を食んだ己の迂闊さを恨みなさい。

 心の中でそう呟きながらぺろりと鼻を湿らせ、静かに重心を落とし。
 地を踏みしめる四肢へじわりと力を込めて足場を確認。
 硬すぎず柔らかすぎず、さらに言うなら乾きすぎずという中々の感触です。
 これなら良い初動が期待できることでしょう。
 それにしても、久々の狩りだからかもしれませんが、やたらと気分が高揚しているのをひしひしと実感。
 幸いにもそれなりの距離があるのでこの気配を獲物には気取られていないようですが、単独で狩りをする獣としては及第点に遠く及ばないでしょう。
 気配を殺しきれないようでは、成功して然るべき狩りも失敗してしまいます。

 でも止まらない、止められない!

 そう、これは久々の『狩り』なんですもの。
 館での生活はこの上なく幸せですが『それはそれ、これはこれ』といったところでしょうか。
 死の寸前まで追い求めていた居場所を得たとはいえ、この身はあくまでも狼。
 本能が、こうして獲物を狩るために伏せている状況に心躍らせてしまうわけですよ。
 生きるための行動であるが故に、自分は今を生きていると実感する瞬間の一つですからね。

 全身に力が漲るのを感じながら、最小のリスクで確実に仕留められるチャンスをひたすらに待ち続けて。
 集中しているせいか体感している時間の流れがおかしなことになっていますが、これも久々の感覚だなと再び胸が高鳴ります。


 そうして待ち続けた末、獲物が私とは逆の方向を向いたのを認識。
 その瞬間に体が自然とスタートを切ります。


 音すらも置いていく気勢を以って駆け出し、数歩で最高速へ到達。
 後はそれを維持して最短の道筋を駆け抜けるのみ。
 ごうごうと耳を打つ風の音を感じながら、伏せていた草原を割って一直線に獲物との距離を詰めます。
 十間ほどの距離になった時、ようやく獲物がこちらへ気づいたようですが……この距離では時既に遅しですよ?

 一番手っ取り早いのは牙や爪で獲物の首を落としてしまう事ですけれど、そうしてしまうと家へ持って帰った時に血で汚してしまうので、今回はシンプルに体当たり。
 体当たりと言っても侮る事無かれ。
 当たる瞬間に私の能力を切って自重を戻してしまえば、それまでの加速も相俟ってそれなりの威力は出ます。
 サクヤさん曰く、乙女の体重は最重要機密事項との事ですので敢えて詳しく言及はしませんけれど、比較対象が最低でも牛クラスだという現実。
 それだけの重さがある私の、自他共に認める健脚を以ってした体当たりです。
 たかが鹿程度、行動不能にできない道理などありませんとも!

 逃げ出そうとして足を踏み出しかけた獲物目掛けて下から抉るように体当たり……というか頭突き。
 衝突の瞬間、頭蓋を通じて感じる破砕音と、その後についてきた鈍い音。
 先ほどまで食んでいた草を口腔から飛び散らせながら空を飛ぶ獲物に、不覚にもやってしまったと後悔。
 うん……やりすぎて骨が見事に粉々って感じですね、アレ。
 何かぐにゃぐにゃ妙な曲がり方です。
 ……まぁ良い事にしましょう、うん。
 その辺りの肉は私が食べるようにすればいいですし。
 ほ、骨があった方が……そう、あ……あくせんと?……がきいてるんですよ!

 内心ちょっと取り乱しながらも、体当たりの勢いのまま走り抜けて跳躍、確保。
 しっかりと仕留めているのを確認した上で背中へと乗せてみっしょんこんぷりーと。

 背中に感じる重みや肉の感触からいって、予想通り中々の獲物のようです。
 恐怖を感じさせる程の間も与えずに一撃で片をつけたので、肉の味も落ちてはいないはず。
 怖がらせてから殺すと肉の味が落ちてしまいますからね。

 満足と共に鼻からふすりと一息ついて、一路紅魔館へ。
 背中に乗せている獲物を落とさないように、ついでに鮮度も落とさないように。
 少々やりすぎた感のある部分もありますが、この種の満足感は久々ですよ、ええ。
 うむうむ、よきかなよきかな。





 ぐきゅるるるるる。





 …………私じゃありませんよ、今の。
 出発前にサクヤさんからオヤツを頂きましたし。
 ばけっとさんど、とかいうパンでしたけど、あれは美味しかった。

 そんな事を考えながら音のした方へ目を向ければ、そこには呆然と立ち尽くした黒く細い二股尻尾の化け猫さんが。
 鹿に集中していたとは言え、全く気づきませんでした。
 反省反省、こんな事じゃいかんとです。





「今日の……晩御飯……」




 ぐぎゅるるるるるぅ。




 ……何ですか、この罪悪感。
 よだれ拭きなさい、はしたないですよ?

 指摘されてようやく気づいたのか、ごしごしと白いブラウスの袖で口元を拭う化け猫さん。
 目の前に居ても威圧感をこれっぽっちも感じませんし、仕草も子供の様ですので年若い妖獣さんなのでしょう。
 私のようにいつまでも人型を取らずに歩き続けていたような例は特殊らしいですし。
 ある程度年経た妖獣は効率よく人を襲うために人に化けたりするらしいですが、生憎と私はそんなつもりもなかったので狼のまま。
 そういえばこの話をした時に、よく今まで存在が薄れなかったわねと呆れられましたね。
 いやはや、不思議不思議。

 あぁ、今はそんな事よりもこの子の事です。
 形はどうであれ、この子の晩御飯を先に獲ってしまったのは事実ですし。
 早い者勝ちと言えばそれまでですが、私よりも遥かに年若そうな子のご飯を取ってしまうのはちょっと気が引けます。

 私が何も言わずにじっと見つめているのをどう解釈したのか、今更慌て始める化け猫さん。
 どうしよう、どうしようという考えがまるで透けて見えるかのような慌てっぷりです。

 ……うん、やっぱり罪悪感が。
 これじゃ私が小さな子をいじめてるみたいじゃないですか。

 絶対に必要というわけでもないし、機会がこれっきりというわけでもなし。
 そもそも今日ふと思い立ってやっただけの事ですし。
 また獲ればいいだけの話ですよね。

 そんな考えの下、どうぞ持って行きなさいと化け猫さんの前に鹿を横たえると驚いた視線を頂きました。
 うむ、普通はそうでしょうねぇ。
 わざわざ狩った獲物を知りもしない子に渡すなんて有得ませんもの。

 鹿と私の間で忙しなく視線を行き来させる化け猫さんにちょっと和みながらも、頑張りなさいと意思を込めて一つ頬擦り。
 さ、次の獲物を探しましょーかー。
 居なかったら居なかったでお楽しみは次の機会に持ち越しです。
 ……最近はちょっと寂しい事に、時間も余ってますし。





「あの、この鹿……」

 ふすふすと鼻を鳴らしながら別の獲物の臭いを探し始める私を、混乱の抜けきっていない化け猫さんが見つめてきます。
 立ち直りが遅い……こんな事じゃ先が思いやられますよ、いや本当に。
 驚いた後の回復の早さで生死が分かれるなんてザラですし。
 私が子供の頃、それで何度死に掛けた事か。

「あの、先に獲ったのは貴方だし」

 ……これは意外や意外、随分と素直な子ですね。
 妖獣は割と自己中心的な傾向が強いと言うのに。
 私とか私とか私とか。
 パチュリーさん曰く、元が獣だから当然との事ですが。

 しかしまぁ……いつまでも迷っている様子を見せてくれているので、ここは一つ背中を押してあげることにしましょう。
 妖獣というある意味ご同輩なんですから、たまには年長者らしい振る舞いをしてみるのも一興。
 普段はこんな事をする事も余りありませんし、ちょっと楽しいかもしれない。
 いやはや、私にもまだまだ子供な部分があったものです。

 そんなわけで、化け猫さんと向き合う形でもそりと座りながら、気になるならまたいつか会った時に何か返してくれればいいですよと先輩風を吹かせてみたり。
 お互いそれなりに長寿な存在ですし、何事も無ければまた会うこともあるでしょう。
 幻想郷というらしいこの地は結界で区切られているようなので、ふとした事で行動範囲が重なる可能性も高いはず。

「でも……」

 いいから持って行きなさい。
 お腹、空いているんでしょう?
 さっきからずーーーっと鳴ってるじゃないですか。

 私に笑いを含んだ意思を向けられて自覚したのか、お腹を押さえながら頬を赤くする姿はちょっと可愛らしかった。
 素直な子は好きですよ、うん。
 本当に可愛らしい。

 意思を重ねれば重ねるほど赤くなっていく化け猫さん。
 頬を染めるのを通り越して顔中が真っ赤になってしまいました。
 面白いなぁ、可愛いなぁ。

「うぅー!」






 しばらくそうやって楽しんでいましたが、ちょっと涙目になってきた化け猫さんが可哀想になってきたので切り上げ。
 少々やりすぎた感があります。
 まぁ、この獲物の分って事で勘弁してもらいましょう。

 のそりと腰を上げて、浮かんだ涙を拭うように頬擦り。
 先ほどもそうでしたが、あっさりと頬擦りを許すこの子の将来が少し心配になってしまいます。
 このままがぶりといってしまえばそれで終わりなのに。

 踵を返してその場を去る私の背中にかけられたのは、慌てたような感謝と再会の願い。
 思わずくつくつと口の端を持ち上げてしまいました。
 いやはや、本当に可愛らしい限りですよ。

 さ、次の獲物を探しましょう。
 まだまだ日は高いですからやってやれないことはありません。
 さっきは鹿でしたし、今度は熊でも狙ってみますかぁ!
























 そう思っていた頃が私にもありました。
 そんな今の私の気分は、幻想郷怖いの一言に尽きます。



 熊の匂いを感じて心躍らせたのも束の間。
 そのすぐ近くに人間の匂いがあって、尚且つ血の匂いもしなければ動きも感じないという不思議な状況。
 何事かと近寄って様子を伺うと、立ち上がっていつでも腕を振り下ろせる体勢の大熊と、その正面でもろ肌を脱いだ一人の人間というさらに不思議な状況。
 いい年したおっさんがたるんだ腹晒して何やってるんですかね、全く。
 少しばかり呆れながら見ていれば、そのまま素手で熊と殴り合って傷一つ無く勝利をおさめて勝ち鬨の叫びをあげる人間。
 なにこれ、幻想郷怖い。
 大熊と純粋に素手で殴り合って勝てる人間って何ですか。
 ……こっち向けてガッツポーズするな、どや顔をするなっ!
 マッスルポーズもいらないですよ……おなかがたるたる揺れてるじゃないですか、みっともない……!



 この上なくげんなりとしながらその場を後にして、ぼけーっと次の獲物を探し求めた末に見つけたのは虎。
 ……何でも居るんですね、幻想郷。
 そしてそんな虎の前には再び一人の人間。
 先のいい年したおっさんとは対照的に、こちらの人間は無駄のない筋肉のつき方をしたやり手っぽい丸眼鏡の青年。
 私の中に湧き上がるいやーな感じの予感は見事に的中しました。
 飛び掛る虎の腕を取って流れるように地面に叩きつけた後に、馬鹿げた速度と力を以ってあっさりと絞め殺してしまう青年。
 何か最近私の中の人間の基準が急速に壊れていっていますよ。
 筆頭はサクヤさんですけど、人里に行ったときのお菓子のおじさんやらさっきの熊狩りのおっさんやら……
 そして今、目の前にいるこの虎狩りの青年。

 幻想郷怖い……

 そしてお前もか、青年。
 さっきの暑苦しいだけのガッツポーズよりは遥かに洗練されていて好感が持てますけれど、どうにも嫌味ったらしく見えますよ、その西洋風の礼。
 ニヤニヤ笑いながらお手上げするな、ブチ殺すぞひゅーまん!
 ……ひゅーまん?ヒューまん?
 …………ヒ、ひゅーマン!!

 決まらない!!
 サクヤさんが聞かせてくれたみたいな流暢な発音が出てこないっ……!
 いや、実際に声に出してるわけじゃないですけど。

 口笛吹きながら彼方へ視線を彷徨わせる青年に何故か敗北感を覚えながら、またもや獲物を取り逃がした私。
 何でしょう、呪われでもしてるんでしょうか。
 三回とも……いや、化け猫さんは一緒にしたら可哀想ですよね。
 とりあえず二回も結果的に獲物を得ていないという現状。
 ちょっと自信を無くしてしまいますよ……あはぁん。











 家に帰ってから皆の前で今日あった事を話すと、サクヤさんからそんなのと一緒にするなとお叱りを受けました。
 時間操作なんてしておきながら平然としている人が言う台詞じゃないと思います。
 本当に……幻想郷は……怖い。






「そう、明日の食事は抜きでいいのね?」

 ごめんなさい!






[20830] 十一話 Flandre
Name: デュオ◆37aeb259 ID:35f2779b
Date: 2014/04/19 03:05



 基本的にスコールは気まぐれだ。
 私たちが傍に居る時はそうでもないけれど、ふと独りになる時はいつも違うことをしてる。
 散歩に出かけたり、家の中をひたすらうろうろしていたり、何故か塀の上をぷるぷると落ちそうな足取りで歩いてたり、美鈴とフリスビーやボールを使って飼い犬ごっこをやっていたり。
 昨日なんて妖精メイドたちと鬼ごっこをしていた。

 狩猟本能なのか、それとも勢い余ってかはわからないけど、一匹まるっと頬張ってから慌てて吐き出してるのを見て思わず噴出してしまった。
 吐き出された直後は呆然としていたけど、何が起こったか認識して泣き出す妖精メイドを必死にあやしている姿は、少なくとも齢千年を超える妖怪には見えなかった。

 私やお姉さまの倍以上生きているのに、無邪気で好奇心旺盛で活動的。
 スコールから聞く昔話のほとんどはハッピーエンドじゃないのに、何でそう在れるのか不思議で仕方がない。
 居つこうとしても追い出されたり、出て行かざるをえなくなったり。
 そんな状況で歪んでしまわなかったのは本当に不思議だと思う。
 普通の妖怪はある程度の所で見切りをつけて……というか、最初から力ずくで居場所を作るもののはずなのに。

 でも、私はそんなスコールが好きだ。
 私がこうしてお姉さま達と穏やかに過ごせるようになったのもきっかけはスコールだったし、私がどういう存在か知っても変わらず接してくれた。
 毒のない、ともすれば本当に妖怪なのか疑わしくなるほどのその性質は稀有と言うほか無いだろう。

 スコールは私がいつも感謝の念を込めて接しているのに気づいてくれているだろうか。
 変わらないでいてくれる存在が、どれほど嬉しかったか気づいてくれているだろうか。

「スコール」

 もふもふとしたスコールの背中でうつぶせになったまま呟くと、いつの間にか眠ってしまっていたらしく返事はなかった。
 規則的に体が上下するだけで、寝息の音はほとんど聞こえない。

「……スコール?」

 ぴくりと耳は動いたが、起きる気配は無い。
 今は深夜で、私達吸血鬼の時間だから仕方がない事かもしれない。
 狼は基本的に夜行性らしいけど、スコールは昼の方が好みなようで昼間に動き回ることが多いし。
 私達に合わせて夜に行動することもあるけれど、そういう時は大抵近くで寝転んでいたりしてあまり動かない。





 反応がないので、もふもふとした毛並みに埋もれながら自然と思考の海へと分け入っていく。
 今夜は珍しい事にお姉さまは用事があると言って外出している。
 何でも隙間の大妖とちょっとした会談があるとの事で、サクヤやパチュリーも連れて。

 そう、隙間の大妖、八雲と。
 前に一度だけ会ったけれど、あのスキマ妖怪はどうにも苦手だ。
 私の経験が浅いという事もあってか、気味が悪い程にこちらの内面を見透かしてくる。
 苦手だな、と思った次の瞬間には『よく言われますわ』なんて扇子で口元を隠しながら笑われたし。
 あれは怖い。

 それにあの妖怪が使うスキマも苦手だ。
 ぱくりと宙に開く瞬間、まるで世界に亀裂が走ったような感覚に襲われる。
 この世界を構成している根幹の部分が揺らぐあの感覚は、できる事ならあまり体験したくない。
 お姉さま達にこの話をした時は首を傾げられたけど、実際にそう感じたんだから仕方がないと思う。

 ……自分に対してあの能力を向けられた時、平静でいられる自信はない。
 多分あのスキマは壊せるだろう。
 ちゃんと壊れる目は感じられたのだから。
 でもそれを壊した時に何が起こるのか、そこが怖い。
 ただスキマが閉じるだけならいいけれど、先の感覚を考えると、そのスキマが存在する空間そのものが壊れてしまうような気もする。
 空間の消失が世界にどのような影響を与えるのか。
 私の内側から沸いてきた感覚を信じるのであれば、試してはいけない事だ。

 もしお姉さまに何かあった時は、何としてでもあのスキマを打倒してやるという気持ちはある。
 しかし実際にそういう事態になった時、それを成して良いものか。
 それ以前に、成せるかという疑問もあるけど。



 …………やめよう、うん。
 だんだん気分が落ち込んでいくのを自覚して、思考を打ち切る。
 パチュリーなんかは『常に最悪を想定しなさい』と言うけれど、いつも最悪ばかりじゃ楽しく生きていけない。
 せっかくの長い長い生なんだから、楽しまなければ損だよね。

 ……そう考えようとしても、何も無しにはすぐに気分が上向くことはない。

 八雲の能力について考えをめぐらせてしまった事から派生して、もしもお姉さまたちに何かあったらどうしようという考えが頭をかすめてしまったから。
 一度考え始めると、止まらなかった。

 思わずスコールの毛並みを楽しんでいた手へ少しばかりの力を込めた。
 痛くはないだろうけど気にはなる程度に。
 ワガママだと思うけど、今はスコールと話をしていたかった。
 あらゆるものを軽くするという、その能力の恩恵を受けたかった。


 む…………むぁ?


 もぞもぞと揺れた後、妙な思考と眠たげな目がこちらに向けられる。
 そこに眠りを妨げられたという不快感が感じられなかったのは嬉しかった。
 今そんな思いを向けられたら、落ちるところまで落ちてしまいそうだし。

 何も言わずにしがみつく私を、スコールは背中を揺すってお腹の方へと落としてからぐるりと体を丸めた。
 大きな体だから、私を丸ごと包み込んでしまってもまだ余りある。
 そんなスコールに包まれて、安心感が私の中に満ちていった。
 首筋に当たる毛のくすぐったさや、まるでゆりかごのようにゆらりゆらりと揺らされる感覚が心地いい。

 私の胸辺りに置かれたスコールの頭を両手で抱きしめると、優しく撫でるような頬ずりをしながら安心なさいという意思を沁みこませてきた。
 そこでようやく自分が泣いていたことに気がついた。
 ……まだまだだなぁ。
 外に出てから色んなことを知って変わったつもりになっていたけど、根っこの部分はこんなにも弱いままだ。

 スコールには悪いと思ったけれど、ふさふさの毛並みに顔を埋めて涙を隠す。
 ……ああ、この場所は本当にあたたかい。
 初めて会ったあの時と同じで、本当にあたたかい。

 久しぶりに流した涙を、スコールは何も言わずに受け入れてくれた。











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 日が昇る直前という時間になって、ようやくお姉さま達が帰ってきた。
 私がもう泣かないように相手をしてくれていたスコールのおかげで、涙を見せずに済んだのは本当に良かったと思う。

 お姉さまは私に何かあると周りが見えなくなってしまうみたいで、そういう時に被害を受けるのは大抵スコールだし。
 パチュリーやサクヤは要領よく逃げるから、いつも最後に残っておろおろしているスコールが最終的に被害を受けてしまう。
 不安がっている私のために気を使い続けてくれたスコールをそんな目にあわせるのは、気が引けるどころの話じゃない。

「お帰りなさい、お姉さま」
「ただいま、フラン」

 だから、スコールと一緒に笑顔で挨拶をこなして見せる。
 でも、お姉さまからはどこか困ったような顔を向けられた。
 その事に首を傾げると、私の傍まで来たお姉さまがゆるりと指先で私の頬を撫でる。

「泣いてしまう位に不安がらせてしまったみたいね」

 言われて、泣いた後に顔を洗っていないのを思い出した。
 慌ててスコールの毛並みに顔を隠してしまったけれど、この行動がそのまま肯定に繋がるということに気がつく。
 顔を隠したままどう行動したものか悩んでいると、不意にくすくすと笑い声が聞こえてきた。

「フラン、そんなに心配しなくても私は居なくならないわ」

 お姉さまはそう笑いながら言う。
 保障なんて何一つないのに、その言葉を否定する考えもまた何一つ浮かんでこない。
 それだけの意思を込めた言葉が不思議な安心感を与えてくれた。

「死の運命を感じた時は、何としてでもその運命を捻じ曲げて帰って来る。
 私はこの館の主で、可愛い可愛い貴女の姉だもの」

 私のすぐ傍にかがんで、ふわりと髪を撫でてくれた。
 私とほとんど変わらない小さな手のはずなのに、何でこんなに大きく感じるんだろう。

「いざとなったら恥や外聞など知ったことではないわ。
 私は必ず、帰って来る」

 耳にかかる髪をさらりと流しながら、最後はそっと耳打ちをするように。
 だから心配しなくていいのよ、と。
 その言葉にまた涙が溢れた私は、顔を上げることができなかった。
 ああ、本当に、私は弱い。
 ありがとうの一言も返すことができず、ただ頷く事しかできないのだから。






「貴女には会談の内容をしっかりと話しておくべきだったわ。
 そこは私の落ち度」

 そうして語られた内容は、一瞬何を言っているのか理解ができなかった。

 八雲紫曰く『異変を起こしてみない?』との事。

 幻想郷の管理者として、その一言はどうなのだろうと思う。
 安定を見せている幻想郷に、わざわざ一石を投じて乱す必要があるのか。

 そうした私の疑問を予想していたのだろう。
 お姉さまはするするとその裏側を語っていく。

 前提となるのは、安定しているが故に妖怪が緩やかに力を衰えさせているという状況。
 それを打破するために必要なのは妖怪と人との争い。
 しかしまともに正面から相対すれば、人間たちは大妖怪単体にでも全滅させられるだろう。
 御伽噺のように現実は甘くない。
 どうやっても超えられない差が、そこには歴然と横たわっている。
 この幻想郷に居る人間と妖怪双方の数を考えれば、どうやってもつりあいなど取れるはずもない。
 単純に力だけでなく搦め手も使っていいのであれば、成せる妖怪は数多く居る事だろう。

 ならばどうするか。

 そこで目をつけられたのが最近流行りのスペルカードルール、弾幕ごっこ。
 博麗の巫女が考えたこのルールの中での決闘を、妖怪と人の争いとする。
 これならば人間側にも勝ち目があり、一方的な虐殺ではなく仮初だけれども争いの形を取れる。
 どちらも目減りせずに、遊びの中で問題が解決できるのではというのが今回の肝。
 まぁ実験的な意味も強いらしいけど。

 とりあえず人の側は幻想郷の絶対中立者、博麗の巫女が。
 そして妖怪の側として声をかけられたのがこの紅魔館だった。

 幻想郷における妖怪側の勢力バランスの一翼を担う場所であり、それにつけて最近とみに落ち着いている事。
 そして、スペルカードルールを好意的にとらえていること。
 その他もいくつかの理由が重なって、今回白羽の矢が立てられたらしい。

 プライドの高いお姉さまが、そういった理由で提案されたものを素直に呑んだのが驚きだった。
 それも楽しみにしているのがありありとわかるような喋り方でこの事を語っているから、更に驚きだ。
 いつもなら『ふざけるな、舐めているのか』くらいは言いそうなのに。

「お姉さまはそれでいいの?」
「さぁ、どうでしょうね?」

 …………あれ?

「私が起こした異変を、博麗の巫女が解決しに来る」
「うん」
「八雲はわざと負けてやれと一度も口に出さなかった。
 争うだけ争って、適度な所で切り上げて終わらせてくれとは言ったけどね」

 あれ?

「仮に私が負けたとしても、それはそれで一興。
 弾幕ごっこ、お遊びの中での負けよ?
 またお遊びの中でリベンジすればいいだけの話じゃないの」

 プライドと遊びを楽しむのは別物だと、お姉さまは言う。
 とはいえ、遊びと言えども争いは争い。
 本気でやるのに変わりはないらしい。

「今回の異変が弾幕ごっこを以って決着とされる。
 仮に何も言わずとも、門番からこちら側を弾幕ごっこで倒した場所だけ通れるようにしてやればその事を自ずと相手も理解するでしょう」

 そして終着点、異変の黒幕は私とお姉さまは楽しそうに笑う。
 ここまで来れればそれはそれで楽しむし、途中で落ちれば治療を施して神社に放り込んでくるつもりらしい。

「漠然とだけど、これから楽しくなる、そう感じたのよ。
 だったらやるしかないじゃないの!」

 …………博麗の巫女が可哀想になってきた。
 勝っても負けてもこれから大変になるんだろうなぁ。
 ご愁傷さま。

「さぁ、どんな異変にするか決めないとね!
 被害が大きすぎず、それでいて小さすぎないものがいい!
 あぁ漲ってきたあぁぁぁぁあッ!」

 何と言うか、どんどんヒートアップしていくお姉さま。
 ……そのうちヒートエンドしそうな勢いだけど。
 そういえば私のためにスコールが能力を使ってくれてるんだよね、この場所。
 もしかしたらそれもあって、どこかくすぶっていた不満の部分を投げ捨ててしまったのかな。
 いや、良い事だけど。

「フラン、貴女はどんな異変がいいと思う!?」
「いきなりそんな事を言われても思いつかないよ……」

 確信した。
 どこか逝っちゃってるテンションなお姉さまを見て確信した。
 スコール、能力使用はもういいから何とかして。
 ちょっと、こわい。

「ねぇフラン!?」
「……耳元で叫ばないで」
「!?」

 いけない、ついポロリと本音が出てしまった。
 さっきまであんなに心配だったのに、何と言うか、その……

「うー!」

 これは、ないよ……お姉さま。
 妹に抱きついてうーうー唸りながら涙目になるってどうなの?









「こ、これは……!」

 し、知っているんですかサクヤさん!?

「吸血鬼奥義、きゅっとしてうー。
 500年という長きを生きながら幼女の姿である者にのみ使うことが許された幻の奥義」

 な、なんですって……!?

「きゅっとしてうーを見たサクヤは鼻血を噴いて死ぬ」

 サクヤさん!?サクヤさぁぁぁぁん!?



 スコールと咲夜はこないだ小悪魔が拾ったという漫画のパロディーをやってるし。
 咲夜、お願いだから鼻血を拭いて。
 すごい良い笑顔で鼻血を流す美少女の姿とか見たくなかったわ……






[20830] 十二話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:35f2779b
Date: 2012/05/08 21:04



 これはどうだ、ええい、ならこっちは!?
 レミリアさんが半ば暴走しながら次々と提案していく異変候補は数知れず。
 人里からお菓子を全て奪い取ってお菓子の城を作るだなんてビックリな野望まで飛び出した時は思わず前足で目を覆ってしまいましたよ。
 最初はそこらの妖怪を屈服させて人里へ脅しをかけるか、なんてかりすまを発揮していたというのに……

 次々と案は出るものの、あれもダメこれもダメと全会一致で駄目出しをされ続けた末に、本人が頬を膨らませながら出した案は紅い霧で幻想郷を覆うというもの。
 日光を通さぬ霧で包んでしまえば作物は育たず、放置すれば人里に多大な影響を及ぼすだろうふははは……なんて言ってましたけど、実際のところは明るい時間帯でも遊びたいっていうだけなのは皆の知るところでした。
 ちなみに霧は吸血鬼という種族そのものが持つ能力の応用で作り出すらしいです。
 ……色々凄いですよね、吸血鬼。
 蝙蝠や狼に姿を変えたり、霧になったり。
 これを聞いたときには思わず土下座……土下寝?をして狼の姿になってもらった事がありますけど、あれは可愛らしい事この上ないものでした。
 思わず我を忘れる程の母性に目覚めかけてしまいましたよ。
 だってレミリアさんとフランさんが二人して小さな狼の姿で私にのしかかってくるんですよ?
 しかも二人ともこちらを上目遣いに見上げてくるし、小さな体で私の毛並みの中をもこもこ泳ぐし……可愛らしすぎて悶えてしまいました。
 もし私に子が居たらこういう事もしていたのかなーなんて。

 ちなみに皆でごろごろ喉を鳴らしながらじゃれ合っているとサクヤさんから羨ましげな視線を頂きまして。
『混ざりますか?』なんて、ちょっとは主導権を握ってみたいなーという下心のもと意思を向けた瞬間、何故か乱れた私の毛並みとやたらとつややかになったレミリアさんたちの毛並みは不思議でした。
 ……ふ、不思議ですよ?
 いい子は不思議だと思っていた方が幸せなんですよ!

 ……ああ、思考が脱線してしまいました。
 話をちゃんと聞いておかねば。
 弾幕ごっこができないため今回の異変で私が博麗の巫女の前に立つ事はないものの、何かがあった時のフォローは私の役目です。
 具体的にはメイリンさんが居眠りをかましただとか、パチュリーさんが怠惰病を発症しただとか……サクヤさんが赤い何かを迸らせたりだとか。
 …………うーわーかんがえたくなーいー。
 閑話休題閑話休題。





 私がぐだぐだと思考を脱線させている時にも話は進み、大まかな段取りがあっさりと決まっていて。
 博麗の巫女に最初に相対するのは門番のメイリンさんなので、そこで弾幕ごっこを以って決着とする事を確認。
 従うならば以後一人ずつ相手をして、黒幕であるレミリアさんが打倒されるまで順番に。
 従わないならばその時は実力を以って即座に黙らせろとの事。
 そうなった場合は万が一の事態を想定し総力をを以って事に当たれ、だそうです。
 そんな運命は感じないから大丈夫とレミリアさんは笑っていますけれど、備えあれば憂いなしという事での取り決め。
 とはいえこの面子で総力戦となると人間では荷が勝ちすぎるどころの話ではない気がするんですけれども。
 弾幕ごっこという制約が無くなって何でも有りとなればもう目も当てられないですもの、皆さん。

 弾幕ごっこでは最下位に甘んじてしまったメイリンさんも、持ち前の異様な頑丈さだとか格闘技術に始まり、何やら隠し玉的なものがありそうですし。
 さらには人間相手であれば火力不足なんて心配も無くなって時間操作でやりたい放題なサクヤさんや、相手に合わせて多種多様な手札を用意できるパチュリーさん。
 吸血鬼の反則的と言ってもいい身体能力や特殊能力を余すことなく発揮できるレミリアさんとフランさん。
 さらにさらに、フランさんの破壊なんて防御無視ですよ?
 能力の制御はまず知ることから始めるべきだと、パチュリーさんが用意した様々な実験でそこは検証済みです。
 魔力障壁なんて何のその、認識できれば直接対象物へ効果を及ぼすという何それ怖い!な鬼畜仕様。
 物理的な障害でも、そこに有るとさえ認識できればおかまいなしで破壊。
 結論として、認識される前にフランさんを打倒しない限り、よほどの例外以外は阻止できないという。
 吸血鬼を瞬時に倒すだなんてよほどの好条件を揃えない限りは非常に困難ですし、ハードルが高すぎます。
 相手にしてみれば凶悪としか言いようのない戦闘向けの能力ですよね。
 検証を繰り返し続けていたおかげか、最近では制御や速度に磨きがかかってその気になれば認識とほぼ同時にきゅっとしてどかーん、と。
 いやー、フランさんがいい子に成長してくれて本当に良かったですねー、うん。
 もしこれでレミリアさんが提唱するかりすま論とやらを体現する子になってたら……うわぁい終わった!





 そんな事を考えながらも、巫女さんの相手をする順番について意見を出し合っているのをしっかり聞いておきます。
 どうも館内でやっていた弾幕ごっこの強さの順になりそうな流れですね。
 順番に相手をするという形なら順当な所でしょうか。

 ちなみに弾幕ごっこが一番強かったのはフランさんで、それに一歩譲る感じで次にレミリアさん。
 この二人は吸血鬼の反則じみた身体能力がある上に、妖力や魔力も潤沢。
 形振り構わず全力で弾幕を展開すると、他の人たちに比べて何と言うか密度が異常でした。
 ほとんど壁ですよアレは。

 そして次に来るのが、本当に人間ですかと疑いたくなるくらいに正確な動作が可能なうえ、時間操作という鬼札のあるサクヤさん。
 投げたナイフを遅くしたり速くしたり、時間を止めてナイフの配置までやってしまいますからね。
 とはいえ自重しなければ文字通り『避けられない』弾幕を張れてしまうので、自分の中で弾幕ごっこの決まりを追加してスペルを作成していたようですけれど。
 個人的に、傍から眺めていて一番面白い弾幕だったり。

 お次は多彩な魔法を扱うものの、動きの遅さで水をあけられたパチュリーさん。
 七曜の魔女という肩書きの通り、多様な魔法を使えるわけですけど……体力的な意味で弾幕ごっこに向いていませんでした。
 攻め続けると強いのですが、守ると避けきれないという。
 勿体無い。

 ………最後に、どうにも弾を撃つという事に慣れなかったらしいメイリンさん。
 近接戦闘ならと嘆きながら弾幕を張る姿は涙を誘いました。
 本人が涙ながらにこれも弾幕ですよね!?なんて言いながら作った飛び込みスペルが一番輝いて……思わず視界が滲んでしまいます。
 頑張って……強く生きてください。





 すぐ傍で繰り広げられている議論が白熱してきたので思考を中断。
 今回の異変はレミリアさんが起こすという形になっているので、フランさんの位置を決めるのに時間がかかっているようです。
 黒幕のもう一つ裏にしてみるか、それともレミリアさんの一つ前に持ってくるか、と。
 そんな議論そっちのけで本人は寝ちゃってますけど。
 まぁレミリアさんがヤクモさんとやらの所から帰って来るまで、ずーっと心配しっぱなしでしたから疲れたのでしょう。
 この話し合いが始まる少し前に眠ってしまいました。
 私のお腹の上で。
 そう、私のお腹の上で!
 膝を抱えるように丸くなって眠っている姿はまるで子猫のようです。
 ああ可愛らしい!!
 これが……これが吸血鬼の魅了とやらでしょうか?
 いや、もう何でもいい。
 思わず頬擦りをすると、くすぐったそうにふわりと笑みを浮かべてくれるこの愛らしさ!
 ああ!嗚呼!!

「フランが可愛いのは全力で認めるけど、和んでないで何か意見を出しなさい」

 そんなフランさんをじーっと見つめていると、いつの間にか皆から視線を向けられていました。
 レミリアさんは私のすぐ傍にしゃがみ込んでフランさんを凝視しながらの発言でしたが。
 ああ、そのじっとフランさんを見つめる姿もお可愛らしい。
 思わず前足でそっと抱き寄せて毛並みの中へとご招待。
 ふにゃりと緩んでいく顔が!また!可愛らしい!
 ああもうこの感動をどうしたら!

 ……サクヤさん、目、目が、怖いです。
 というか、むしろ怖いですというよりやばいです。
 きらりと光るナイフも相俟って……ナイフ?
 …………あーあーげふんげふん……見てない見てない、すこーる、なにも、みてない。

 ……しかしながらどう答えたものか。
 フランさんの性格を考えるなら、弾幕ごっこで遊ぶよりもお話しがしたいとか言いそうです。
 …………何よりも、本人が寝てしまっているのでどうにも。
 決定権は本人にあるべきですもの。
 というわけで丸投げを決行。

 フランさん本人に聞いてください。

「起こしたくないから言ってるんでしょうが」

 ごもっとも。
 でも今日全部決めてしまわなくたっていいじゃないですか。
 レミリアさんやフランさんが一番力を出せる満月の夜は半月も後ですし、フランさんが起きてからにしましょうよ。

「思い立ったらすぐに行動しないと気がすまないしね、レミィは」
「拙速は巧遅に勝る」
「急がば回れ」
「……ああ言えばこう言う!」
「私の口を閉ざしたいのなら、魅力的な本を……ね、レミィ?」

 パタパタを羽を忙しなく揺らし始めるレミリアさんに、口の端が上向いているパチュリーさん。
 いつもの光景ですね、ええ。

 チラリとサクヤさんに視線をやると、心得ているとばかりに頷いてくれます。
 最近は意思を伝えずとも私の言いたいことをわかってくれるので嬉しい限り。

 ぴんと立てた人差し指を口の前で一振り。
 瞬きをすれば、サクヤさんの手には香り高い紅茶とケーキの乗ったお盆が。
 いつもの事ながら流石です。

「お嬢様、気分転換に咲夜特製の紅茶とガナッシュは如何ですか?」
「食べるぅ!!」

 今きっと皆の心が一致したと思う。
 ちょろい。











 サクヤさんの活躍によって結局うやむやになったこの話し合いの場は、その日の昼に再び持たれました。

「私はスコールと一緒でいいよ」

 即座に終わりましたけど。
 レミリアさんは残念そうな顔をしていましたが、私としては嬉しい結末でした。
 フランがそう言うならとしぶしぶ細部を詰め始めたのですが、大筋は今日の朝の内に出来上がっていたのでそれもすぐに終わり。
 追加されたのは私とフランさんが道案内も兼ねるという事くらいなものでした。

 ………何と言うか、異変と言うよりも客を招いた弾幕大会みたいな感じになってしまってますよね。
 皆が楽しめればそれでいいとは思いますけど。
 しかしこうなると、巫女さんが勝った暁には何か賞品を用意してあげたっていいくらいです。
 そんな事を伝えてみると、意外なことにレミリアさんが乗ってくれました。
 曰く『八雲の思惑から外れてやるのも面白いじゃないか』との事。
 どうせなら欲しがっているものをくれてやれと、小悪魔さんが調査に派遣される事になりました。
 私の発言から調査員決定まで十秒を切ってますよ……流石です。
 頑張ってくださいと小悪魔さんの肩を前足でぽふぽふ叩くと、どこか達観したような笑顔と共に人里へ出発して行きました。
 強く生きてください。
 いや、本当に。



 そんなわけで巫女さんのために用意する賞品の選択を残し、話し合いは終了。
 皆が思い思いの行動に移ります。
 ある者たちは私の上に寝転がり、ある者はそれを見て和み、ある者は私に寄りかかって本を読み。
 大人気ですね、私。
 嬉しい限りです。
 しかしですね、皆さん、一つだけ問題があるわけですよ。


 ぐぅ……


 私、お腹空いてるんです。


 心の中で主張をした瞬間にお腹がくぅくぅ鳴りまして。
 私のお腹の上に居たフランさんとレミリアさんが二人して顔を見合わせてくすくす笑っています。
 ちょっと恥ずかしい!

「スコールの盛大な主張もあった事ですし、お昼に致しましょう。
 メニューのご希望は御座いますか?」

 何時になく恭しく頭を下げながらのサクヤさんの問いかけ。
 多分、下から顔を覗き込んだら口端がつり上がってるんだろうなぁ。

 そしてこの問いかけへ真っ先に口を開いたのはレミリアさんでした。

「ケーキ」
「……お姉さま、お昼ご飯だよ?」
「…………ケーキ!」

 フランさんに苦笑されながら斬って捨てられてもめげなかったレミリアさん。
 痛みに耐えてよく頑張りましたね……感動しました。

 あ、私はたっぷり野菜のサラダとお勧めのお肉で!

「私もそれで」
「私はそれの肉抜きで」

 フランさんとパチュリーさんが私の発言に続き、レミリアさんのケーキが一人だけ浮いてしまう事態に。
 多分パチュリーさんはわざとでしょうけど。

「レミィ、本当にケーキでいいの?」

 にこりと普段浮かべない笑顔と共になされた確認を受けて、レミリアさんはうーうー唸りながら脳内審議を開始。
 小食なので、食事を取ると純粋にケーキを楽しめないというジレンマと戦っているようです。
 おぉ……両手で帽子を掴んでしゃがみ込んだ……!?
 新技ですか!

「うー……うむぅ……け、ケーキ!」

 初志貫徹。
 ちょっと涙目になってますけど。

 そんなレミリアさんに皆が顔を見合わせ、苦笑を浮かべています。
 一様に感じるのは仕方ないなぁという感情。
 ……まぁ、何度か同じようなやり取りをしていますからね。












 昼食を終えた後は、小悪魔さんが帰って来るまで特にする事もなく。
 レミリアさんは眠るようですし、フランさんとパチュリーさんは一緒に図書館、サクヤさんは掃除。
 サクヤさんの邪魔さえしなければ、誰と一緒に居てもいいんですけど……どうしたものやら。

 しかし悩んでいたのもつかの間、先の小悪魔さんが少々可哀想だなと思ってしまったのでお迎え兼お散歩に繰り出しましょう。
 人里に行くのは少々怖いですが。
 でもいつまでも怖がってばかりじゃいけないですよね。
 便利な場所であるのは間違いないでしょうし。

 玄関に歩を進める途中でサクヤさんに会ったのでこの事を伝えると、ついでに野菜を買ってくるように言われました。
 レタスの在庫がそろそろ心許なくなってきたのだとか。
 私のためにあつらえられた首かけの鞄にお財布を入れて、悪いけど頼むわねと首にかけ。
 ぽふぽふと頭を撫でてくれる手に頬擦りを返して、いざ出発。



 ……あー、ちょっと足取りが重い。
 怖いなぁ人里。



 そんな事を思いながら歩いて、人里近くへ差し掛かってから小悪魔さんの臭いがまだ人里に残っているのを確認。
 小悪魔さんと一緒に居ればそうそう妙な事にはならないかもしれません。
 ごくごくたまに暴走しますけど、基本的には人間ができていますし。
 悪魔ですけど。

 子供が寄って来る前にと、小悪魔さんの臭い目掛けて人里の中心を軽く走り抜けます。
 いくつか角を曲がりようやくその姿を捉えたのですが、何やら小さな子と和やかに会話をしていました。
 子供は苦手なんですけれど……うーん……

「あれ、スコール?」
「おや?」

 あぁ、気づかれてしまいました。
 ちょっと後ずさって角から目だけを覗かせていたのに。

 おいでおいでと小悪魔さんが手招きするので、すごすごと歩を進めます。
 小悪魔さんを挟んで子供と相対する形になるように移動して、小悪魔さんの肩越しに子供を観察。
 先のときの子供たちとは違い、随分と落ち着いた様子の子ですね。
 稗田阿求と申します、と丁寧なお辞儀付きで自己紹介をされました。

「貴女のお話はそちらの小悪魔さんからよく聞かせてもらっています」

 おや、それはそれは。

「それに昔この人里に来たときの一件は有名ですからね。
 慧音先生がぶっ壊れた騒動だとか、甘味どころの主人が超人になった騒動だとか……」

 な、何ですかそれ……

「いえ、慧音さんは普段とても落ち着いた方ですから、豹変振りが語り継がれたわけですよ。
 それに甘味どころのご主人も普通の人なのに、あの時ばかりは凄かったらしいですし」

 あー……そういえば能力切るの忘れてた気がします。
 何ですか、あのどうしてこうなったという思いは自業自得ですか。
 ちょっと背中が煤けちゃいそうです。

「私自身、お会いしたいと思っていたので僥倖でした」
「大きくてまったりとした気持ちのいいもふもふ、って言ったら凄い食いつきでしたもんね」

 何て説明をしているんですか、まったく。
 もっとこう、何か……えっと、何かあるじゃないですか!

「ありのままを伝えただけですよ?」

 くすくす笑いながら肩越しに頭を撫でてくる小悪魔さんですが、どうにも釈然としません。
 肩に頭を乗せて体重を少しかけながら抗議をすると、アキュウさんにまで笑われました。

「お話どおりの方のようで安心しましたよ。
 どうです?我が家でお話でもしていきませんか?」
「いいですねぇ」

 私をさらりとスルーして話を進め始める二人。
 まぁ子供たちに絡まれたり、大人たちの中で妙な空気に晒されるよりはマシでしょう。

 他愛もない世間話を交えながら歩き、辿りついたのは人里の中でも一際立派なお屋敷。
 落ち着いた子だとは思っていましたが、いいとこのお嬢様でしたか。

「ささ、どうぞ遠慮なさらず」

 出てきた女中さんが私の姿を見て一瞬驚くものの、すぐに得心のいった表情を浮かべて水の入った桶と手ぬぐいを持ってきてくれました。
 丁寧に足についた土を落としてくれたので、お礼に頬擦りを一つ落とすと穏やかに微笑みながら頭を撫でてくれます。
 どうやら優しい人のようで何より。


 案内された部屋で自己紹介の続きをしたり、求聞史紀とやらの話を聞かせてくれたりと会話に華が咲きました。
 色々と驚かされる事を聞きましたが、それ以上に驚いたのは阿求さんの変貌振り。
 私に触りたそうにしていたので、どうぞと言ってみると、初めこそ恐る恐るといった風だったもののすぐに体全体で抱きつくような形に。
 割とすました子だと思っていましたけど、これでもかというくらいに顔を緩ませて頬擦りやら抱きしめやら。
 いつの間にか小悪魔さんも一緒になって私の毛並みを堪能しはじめて、もうお話などそっちのけな空気が漂い始めました。
 何と言うか、このパターンにも慣れてしまいましたけど。

 そんな風な時間も日が傾いたのでお開きとなり、またおいで下さいという阿求さんに頬擦りを返してお暇させて頂きました。
 ……あー、そういえばレタスをまだ買っていませんね。
 八百屋さん開いてるかなぁ……














「おう、狼のお使いとは珍しいじゃねーか!
 珍しいもんを見せてくれたお礼にオマケもつけてやろう!!」

 幸いな事に、店を閉める準備をしていた所へ滑り込む事ができ。
 鞄に入るだけレタスくださいと伝えたところ、先の台詞と共にレタスのスキマに流し込まれる一山のトマト。
 いいんでしょうか、コレ。

「かまわんかまわん、もってけ。
 ただし、これからもウチを贔屓にしてくれよ?」

 ニヤリ、と笑いを浮かべて私の頭を勢いよくがしがし撫でてくれるご主人さん。
 ちょっと荒っぽいけど、こういう気風の良い人は嫌いじゃありません。

 そいじゃ、また来てくれよと最後に肩を叩いて手を振るのに一つ頬擦りを返して八百屋を後にします。
 普通の人で安心しましたよ、いや本当に。
 パンパンに膨れ上がった鞄を小悪魔さんと二人で笑いながら帰途に着きます。
 何気に初めて小悪魔さんを背中に乗せて歩きましたが、どうやらお気に召して頂けたようで。
 鼻歌を歌いながら横座りになったり、寝そべったりと私の背中を満喫する小悪魔さんを乗せて、一路紅魔館へ。
 誰かと一緒に帰る……帰る家があるっていいですねぇ。





「あ、そういえば巫女の欲しがってるものを聞いたんですけどね、これがもう何と言うか……」

 そんな帰り道でふと小悪魔さんが思い出したように口にしたのは、思わず涙が出そうになる一言。

「珍しく巫女さんと交流のあったお茶屋さん曰く『いっつもお腹空かせてるから、食料でもあげればいいんじゃないの?』だそうで」

 何でも巫女さんは面倒くさがりな性格らしく、人里に降りてくる事も、人里から神社まで護衛をする事もほとんど無いのだとか。
 神社までの道程に妖怪が出る林があり、里の人たちはそうそう神社へ行けない。
 つまり、ほとんどお賽銭が入らない。
 お賽銭がない、つまりは収入がないから、巫女さんはほとんど人里へ行かない。
 見事な悪循環ですよねと苦笑している小悪魔さんに同意してしまいます。

 妖怪の私が言うのもなんですが、妖怪退治でもしてお金を稼げばいいのに。
 ……あー、もしかして面倒くさがってそれすらしないのでしょうか。

「もう賞品は米俵とかにしちゃうべきなんですかね?」

 どこか気の抜けたような呟きをこぼす小悪魔さん。
 正しい選択な気もしますけど、悪魔の館で主を打倒した賞品が米俵。
 ……締まりませんねぇ、何だか。






[20830] 十三話 Reimu
Name: デュオ◆37aeb259 ID:35f2779b
Date: 2011/11/25 21:06


 ここ最近、妙な紅い霧が幻想郷を覆っている。
 動くのが面倒くさくて放置していたけれど、お茶を買いに行った時の人里の様子を見てそうも言っていられなくなった。
 皆が皆どこか疲れたような顔をしていたし、通りを歩いている人の数も減っているし。
 行きつけの茶葉屋の敷居を跨げば、いつも表情らしい表情を浮かべない淡々とした店主までもが疲れた顔をして力なくいらっしゃいと一言。

 これはまずい、これは。
 私の生活の九割九分を担っていると言っても過言ではないお茶を買うことのできるたった一つの場所、茶葉屋がこの調子なのだ。
 このまま放っておけば茶葉屋どころか、その茶葉の仕入先もやられてしまうだろう。
 そもそもこの霧のせいで葉が育たないのではないか。

 そんな事を考えながらとりあえず家に帰り、仕入れてきたばかりの茶を楽しむ。
 どう動いたものか、ひとまずそれを考えるために。

 ずずーと音をたてながらお茶をすすり、霧にけぶる青空を眺めることしばし。
 妖怪の気配がすぐそこまで迫っているのに気づいてはいたけれど、とりあえず悪意を感じないので放置しておく。
 今はそんな存在よりもお茶よ、お茶。


 あのー、巫女さん?

「うっさい」


 何やら頭に響いた声に対してとりあえずその一言を返しておく。
 今はこの異変に対するやる気の充電をしているのだ。
 どうしても話がしたいなら供物の一つでも持って来い。


 わ、わーわーどんどんぱふぱふー!

「うっさい」


 あからさまに気を引こうとする声に同じ一言を返しておく。
 これ以上邪魔するようなら実力行使も辞さない……けど、面倒くさいなぁ。
 動くとお腹が減るのが早くなってしまう。


「私は今お茶を飲んで一息ついてるの。わかる?」

 折角お腹一杯になれるかもしれないお話を持ってきたのに……

「よし話を聞かせなさい」


 良し、それならば話は別。
 早く言いなさいよまったく。
 にっこりと笑顔を浮かべて空から声の主らしき者へと視線を移すと、そこに居たのは今まで見たことがない程に大きな大きな狼だった。
 ふっさふさの銀色の毛に、見るからに仕立ての良いスカーフのような赤い首巻と首かけの鞄。
 狼から感じる力はそれなりだというのに、見た目が伴っていないというか、ちぐはぐというか。


 えー……?

「何よ、その反応は」

 本当に食べ物で釣れるとは思ってませんでした。

「まだ釣り上げきれてないわ」

 左様で。


 何かその『予想はしてたけどぉ』的な反応にいらっとさせられたわ。
 これで何の実入りもない話だったら覚悟しなさいよ?
 そんな視線を向けた途端に私の前までするりと寄って来て、慌てた様子でごそごそと器用にも鞄の中から封筒を取り出して渡してくる狼。
 敵意や殺意をカケラも感じなかったので特に何もしなかったけれど、こうして近くまで寄られるとその大きさに改めて驚かされた。
 今まで見かけてきた狼などとは比べ物にならない。
 こんな狼の噂は聞いたことが無かったけれど、新参なのかしらね。



 とりあえず目の前に差し出された手紙を受け取って裏表を確認してみると、そのあまりの趣味の悪さにげんなりとさせられた。
 やたらと赤い封筒にこれまた赤い蝋印が押してある。
 本当に、趣味が悪い。
 ちらりと目の前にいる狼にそういう意思を込めた視線を送ってやると、困ったように尻尾をぱたぱたと揺らしながら明後日の方へ視線を漂わせてしまった。
 何だかんだで結構苦労してそうなヤツだ。

 どことなく疲れた雰囲気を醸し出す狼の鼻面をぽんぽんと撫でてやった後、蝋印を切って中身を取り出す。
 予想はしていたけれど、中のカードまで赤い。
 更に言うなら、赤い紙に黒いインクで文字が書かれているため読みにくい事この上ない。
 とはいえ読まなければ始まりそうもないので、無駄に目を疲れさせながら読み進めると、何と言うか溜め息しか出なかった。

『この異変は私が起こしてる。
 解決したくば弾幕ごっこで私を倒して見せろ。
 でも、夜以外に来たら相手はしない』

 簡潔に表現するならたったそれだけの文章。
 それがやたらと遠まわしで尊大な書き方だったために解読に時間がかかってしまった。
 とりあえずその憤りを込めて目の前の狼を睨んでみる。


 裏、裏!

「あん?」


 言われるがままにぺらりと裏返しにしてみて、私の異変解決へ向けてのやる気が憤りと面倒臭さを上回った。
 そこに書かれていたのは首謀者の打倒をなしえた場合の賞品目録。

 米一俵 最高級茶葉一年分 我が家自慢の料理人による洋風・中華風どちらかの食事一日分


「夜ね?」

 へ?

「夜に、行けばいいのね?」

 ああ、はい。
 その時は私が館まで案内します。

「それじゃ今夜行くことにしましょう。
 首を洗って待っていなさい、米一俵と最高級茶葉」

 あの、待ってるのは弾幕ごっこ……

「お米とお茶よ」

 ……食事も思い出してあげてください。

「頭の片隅にくらいは残ってるわ」


 パターン作りごっこは得意だ。
 事この遊びであれば、そこらの大妖にだって遅れを取るつもりはないし、取ったこともない。
 妖怪退治ではなく、遊びで異変解決ができるなら言う事はないし。

 どこか疲れたような雰囲気を滲ませる目の前の狼の頭を賞品への期待を込めて撫でてやる。
 良い話を持ってきてくれたものだ。
 異変も込みでというのは少々頭に来るが、色んな意味で美味しい話だ。

 もしゃりもしゃりとやたら指どおりの良い毛を堪能する。
 ……いいわね、これ。


「貴女の毛皮も賞品についてこない?」

 きません!!

「なら冬の間だけでもウチに来ない?」

 私の家は紅魔館だけです。

「あら残念」


 つんとそっぽを向いた狼だけど、そのくせ私が撫でやすい位置に頭を置いたままなのはどういう事か。
 顎の下を擽ってやると、そっぽを向いたまま気持ちよさげにごろごろと喉を鳴らしている。
 面白い。

「ほれほれ」

 わしゃわしゃと首の周りの毛をかき回したり、耳の後ろを擽ってみたりとひとしきり遊んでみる。
 喉を鳴らしながら頬擦りをしてきた。
 やばい、これ楽しい。
 特にほっぺたのあたりの毛が極上だわ。
 横に引っ張ると顔が面白い事になるしね。

 しばらくそうして遊んでいる内に、ほとんど無意識でお茶請けに用意していたおせんべいを手に取っていた。
 びしりと狼の目の前に突きつけてから、境内へ向けて全力投球。
 我ながら素晴らしいフォームでの投擲だったように感じる。
 ひゅん、と音を立ててくるくる回りながら飛んでいくせんべいへ向けて、目の前の狼がまるで風のように走り出した。
 音らしい音も立てずにぐんぐんと加速して、せんべいが落下を始めた瞬間に跳躍、キャッチ。
 静かな境内にぱりーんと気持ちの良いせんべいの割れる音が響き渡った。
 お見事。
 でも、どこか誇らしげに顔を上へ向けてぼりぼりとせんべいをかじる狼の絵面は間抜けの一言に尽きるわね。


「それがここに手紙を持ってきたお駄賃よ」

 まいどー!

「それじゃ、また夜にね」

 おせんべい、ありがとうございました。

「お米とお茶に比べれば安いものだわ」


 帰っていく狼へひらりと一つ手を振って、雨戸を閉めていく。
 これから夜へ向けての仮眠を取るのだ。
 誰にも邪魔はさせるつもりなどない。

 雨戸を閉めて、障子を閉めて、結界を張って。
 いそいそと巫女服を寝巻きへと着替えて布団へ潜り込む。
 ああ、夜が楽しみだ。
 待っていなさい、お米とお茶。



 ぐぅ。



























 というわけで、今夜巫女さんが来てくださるそうです。

「……また早いわね」

 これでもかってくらいに食料に釣られたような感じでした……

「そいつ本当に巫女なの?」

 神社に居たので多分……?
 妙な形でしたけど、紅白の巫女服っぽいものを着てましたし。

「悪魔や狼から疑われる巫女って何よ……」

 大きな溜め息をつきながらくしゃりと帽子を握り締めるレミリアさん。
 珍しくカリスマとやらのカケラが垣間見えていますよ。

「ま、いいわ。
 皆も今夜に向けて準備なさい」

 ひらひらと皆に手を振りながら寝室へ向かうレミリアさんと、一様に溜め息を吐く皆さん。
 何というか、巫女さんの相手をする悪魔の館の面子としては正しいのですけれど、その理由がズレてる気がします。
 いやはや全く、妙な事で。

「それじゃ、私はスペルカードの最終確認でもしてくるわ」
「私は何時も通りに。何か御用があればお呼びください」
「スコール、暇だから遊ぼう!」

 流れるように成された自己申告の中で、一人だけ方向性が違った。
 フランさんは私と同じく今回の異変兼弾幕ごっこ大会の大筋には絡まないので、暇を持て余してしまったようです。
 ふわりと私の背中に飛び乗って、私の頭の上に自分の頭を置く形。
 傍から見たら物凄いだらしない格好になってそうですね、フランさん。

「庭に行こう、庭に!美鈴とやってたやつ!」

 あのボールとかフリスビーをキャッチするやつですか?

「うん」

 ふふん、私がキャッチできないボールやフリスビーなんてありません!

「私が全力で投げても?」

 ……キャッチできないものなんてあんまりありません!

 フランさんの言葉を受けてあっさり前言撤回。
 何だかんだでメイリンさんは上手に力加減をしてくれていますから、これまで取れなかった事はありませんけど……
 フランさんが全力で投げたりしたら、冗談抜きにボールとかフリスビーが凶器になる勢いで飛んで行っちゃいますよ。
 特にフリスビーとか、下手したら木に刺さるんじゃないでしょうか?
 流石にそれに追いつくのは骨が折れそうです。

「咲夜!」
「はい、ボールとフリスビーです」

 相変わらず仕事が速いですねサクヤさん。
 庭に行こうとフランさんが言い出した時にはもう後ろ手に持ってましたよね、それ。

「小悪魔も行く?」
「いいんですかっ!?」

 私がサクヤさんの仕事の速さに感動していると、フランさんが私のすぐ横に居た小悪魔さんにお誘いをかけていました。
 小悪魔さんの反応からすると、期待の視線でもフランさんに向けていたのかもしれません。
 普段落ち着いている分、そういう視線とか仕草が際立つんですよね……


 とりあえず小悪魔さんも背中にどーぞ。


 ずりずりとフランさんが前に詰めて座れる場所を開けたのを感じて意思を伝えてみる。
 わざわざそんな事をしなくても乗れるだけのスペースはありましたけど、そうなると乗り心地の悪い場所になっちゃいますからね。
 いやはや、フランさんたら小さな心配りのできるいいお嬢さんになったものですよ。

「それじゃ失礼して……」

 どっかりと跨るように座るフランさんとは違い、横座りで腰掛けるように座る小悪魔さん。
 私としては跨られた方が動きやすいのですけれど、そこはあれですよね、淑女の嗜み。
 見た目がモノを言うといった所でしょうか。
 見た目からして小さな小さな少女のフランさんやレミリアさんに対して、小悪魔さんやサクヤさん、パチュリーさんたちは少女と言うよりも女性と言った感じですし。
 パチュリーさんは見た目と言うよりも雰囲気が、ですけど。
 疲れたような半目とか、あまり感情を表に出さない所とか。

「スコール、今日の夕飯は一品抜き」

 何故に!?

「私だって少女ですもの」

 目の前に居たサクヤさんに今考えてた事が見事に読まれていました。
 私の夕食が……!
 今日は確か肉のコースだったはず。
 あぁ……一体何が抜かれるのでしょう。
 まさかメインディッシュのお肉なんて事はないですよね?

「どれがいい?」

 私の思考をまるで手に取るように把握していそうな笑みを向けられます。
 たまにサクヤさんはこうして嗜虐趣味に走るんですよね。
 もう尻尾を丸めて後ずさる事しかできません。

「なんて、冗談よ。私だって見た目の事くらい自覚してるわ」

 どうしたものかと悩んでいると、あっさりと口の端を吊り上げるだけの笑みを仕舞いこむサクヤさん。
 遊ばれてたわけですか、そうですか。
 ぐぬぬ、いつもいつもやられてばかりではいられません。
 お返ししなければいかんとです。

 そんな内に秘めていた反骨心を精一杯振り絞り、鼻先でぽすんとサクヤさんのヘッドドレスをずらしてそのまま逃げるように庭へ。
 何か後ろでサクヤさんとパチュリーさんが笑ってる気がしますけど、今の私にはこれが精一杯。
 胃袋を握られてしまってはこれ以上の事なんて恐ろしくてできません!

「弱いなぁ……」
「弱いですねぇ……」

 あーあー聞こえない!


































「フォ――――クボ――――ゥル!」
「おお、落ちた!」

 小悪魔さんそれ反則!!

 目の前でかくんと見事に落ちたボールを悔しげに眺める私を、ニヤリと笑いながら眺めるお二方。
 ぐぬぅ!






[20830] 十四話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:35f2779b
Date: 2015/11/04 01:33



 ふと目が覚めた。
 何とはなしに、あの銀狼が言っていた時が近づいているのを感じる。
 何かが起きる時はいつもこうだった。

 頭はまだ霞がかっているというのに、体はまるで何かに突き動かされるかのように布団から抜け出て身支度を整えていく。
 普段は寝ている時間といっても、十分に仮眠を取った後という事もあって体は軽い。
 着慣れた巫女服を身にまとい、退魔用の札や針を袖や懐へと納める。
 最後にお払い棒と陰陽玉を手に取り、雨戸を開け放った縁側へどっかりと座り込んだ。
 あぁ、今日は気持ちの悪いくらいに大きな大きなまんまるい満月だ。
 深夜だというのに怖いほど辺りを照らし出す月を見上げながら、これからの行動に考えを巡らせる。

 相手は妖怪。
 それも間違いなく大妖に分類されるレベルの存在だろう。
 昼間に使いに来た銀狼でさえ、そこらの木っ端妖怪とは比べ物にならないモノだった。
 ……気配というか、威圧感というか……その辺りが備わっていればあの狼自身も大妖の中に分類されるだろうけど、欠片もそう思えない辺りがある意味凄い。
 何にせよそんな存在に使い走りをさせている時点で、相手が楽観的に見て同等、普通に考えるならそれ以上なのは確定。
 今回は結果的に食料に乗せられる形で話を終えたけど、全くもって面倒くさいの一言に尽きる状況だ。
 ついでに、手紙に書かれていた内容が真実である保障など何処にもありはしない。
 まぁ元々やらなければならない事だったわけだし、色がついたと考えるとしよう。
 はてさて、どうなる事やら。

 そんな風にしばし考えを巡らせたものの、まぁなるようにしかならないという結論と呼ぶには少々無理のある結論を出して、ゆるりと月を見上げる。
 辺りを漂う赤い霧のせいで、月まで赤く見えはじめた気がする。


 …………ォン


 しばらく何を考えるでもなく月を見上げていた私の耳へ、小さな遠吠えが届いた。
 かなり距離があるようで、途切れ途切れのものだったのに、ただ何となく、あの銀狼のモノだろうと感じる。


 ……――ォン


 そっと目を閉じて耳を澄ませば、立て続けに二度三度と聞こえてくる。
 どんどん近くなってくる楽しげな鳴き声。
 あちらからすれば、待ちわびた遊びの日なのだろうか?


 ォ――――ォン!


 遠吠えの音が僅かに腹に響き始めた。

 うん、来たわね。

 閉じていた目をゆっくりと開いて神社の脇に茂る森へついと視線を投げると、鬱蒼と生い茂る木々の間をまるで風のように駆け抜けてくる銀狼が見えた。
 あれだけの速さでそこを潜り抜けてくるかぁ。
 中々どうして、やるもんじゃないの。

 森を抜けて、縁側に座り込む私の目の前まで一直線。
 馬鹿みたいな速度を出していたくせに、ほとんど音も立てずに急停止。


 おや、起きていましたか。

「あんな素敵な遠吠えが聞こえたんだもの、それは起きるわ」

 それは失礼。
 でもこんなに綺麗な月夜なんですから、遠吠えをあげるのは狼として当然の事じゃあないですか。
 それに何よりも、楽しい楽しい遊びが始まるんですから……楽しまなければ損をするだけですよ?

 遠吠えで起きたのでは無いことくらい判っているだろうに、にやりと口の端を持ち上げながら答えを返してくる。
 こちらもその雰囲気に当てられたのか、気分が高揚してくるのを感じた。
 あちらさんは『お遊び』と言っているのだから、まぁ間違っていないと言えば間違っていないか。


 さあ妖怪退治、異変解決の始まりだ。


「行くわ。案内なさい」

 ようこそお嬢さん、楽しい夜へ!


 まるで開幕を告げるかのように、私の目の前で狼が吼えた。
 誇らしげに胸を逸らして、まるで月を飲み込まんばかりに大口を開けて楽しげに。





 …………ちょっとは加減しなさいよ、馬鹿。
 み、耳が……!



































「よーこそ、紅魔館へ!」
「いらっしゃい!」

 メイリンさんとフランさんの歓迎っぷりに、私と一緒にやってきたレイムさんが呆れているのをひしひしと感じてしまいます。
 何せレイムさんの目が見事に半月ですもの。
 先ほどまで何だかんだ言いながら張っていた緊張の糸が、この歓迎でぷっつり切れてしまったようです。
 然もありなん。

「……あれ?」
「外しちゃいましたかね?」

 精一杯の歓迎を披露した二人は、両手に持った小さな旗をぱたりぱたりと揺らしながら首を傾げ合い。
 旗に書かれているのは『ようこそ紅魔館へ』『博麗の巫女さん歓迎』『今夜は寝かせない』『お触り有料』等々。
 あれ半分は間違いなく小悪魔さん作ですよね。
 本人曰く『一応サキュバスですから、私』との事で、唐突にピンクな方向へ爆走しますし。
 普段あれだけ、あれだけ落ち着いた人……いや、悪魔なのに。

 少々白けた空気の漂う中、とりあえずフランさんの下へ歩を進めて寝そべっておきます。
 最近のフランさんは私の背中の上がベストプレイスらしいですから、乗りやすいように。
 そうした途端に感じる軽い軽い重みが嬉しかったり。


「やっぱりここが一番落ち着くなぁ」

 それは何より。
 私も最近はフランさんが乗っていないと背中が寂しく感じるようになってしまいましたよ。

「相思相愛?」

 ある意味間違っていません!


 そんな風に私とフランさんが笑い合うと、正面と横から呆れたような視線を頂きました。
 レイムさん、メイリンさん、その視線の意図は何でしょうか。

「ごちそうさま」
「異変の空気じゃないですよね、これ……」

 ひらひらと手を振りながらおざなりに口を開くレイムさんと、腕を組んで深い溜め息を吐くメイリンさん。
 でもメイリンさんは自分もその空気をぶち壊した一人でしょうに。



「……紅魔館の門番、紅美鈴です」

 私の抗議の視線を受けてから数瞬、目を逸らしてあからさまに話題を変えたメイリンさん。
 そんな風に自己紹介に入ったものだから、レイムさんがまた呆れた顔をしているじゃないですか。

「博麗の巫女、博麗霊夢」

 あーあーもう好きにしなさい、と言わんばかりに投げやりな名乗りを返して、あんたらは?と言わんばかりの視線を向けてきて……あれ?
 えーと………………あ、あれ?

「主の妹、フランドール・スカーレット!」

 あぁ……フランさんも自己紹介を済ませてしまいましたか。
 いや……でも、私……あれ?

「………どうしたの?」

 私の上から不思議そうに聞いてくるフランさんには悪いのですが、返事を返そうにも、その……。
 今になって思えば、紅魔館での私の位置づけって一体何ぞや?
 最初にレミリアさんから言われた『しばらく好きにするといい』以降、特に身の振り方について言われた事はありませんし。

「もしかして自己紹介の肩書きが無いから、とか?」

 悩む私に向かって、ずばりと飛んできたメイリンさんからの指摘が私の胸にくりてぃかるひっと。
 あっさりと図星を突かれたせいで、返す言葉が何ら頭に浮かんできません。
 ああ困った、いやはや困った、どうしよう困った!



「……えーと、飼い狼?」
「自宅警備員?」

 メイリンさん、フランさん……お二人とも、そんな私を見かねて助け舟を出してくれたのは嬉しいのですけれども、船の形は嬉しくありません。
 まるで何もやっていないかのような肩書きは流石に……さ、さすが……に?

 しーんと静まり返った、綺麗な月夜。
 静かさがいたたまれない。


 ……い、居候のスコール、です。


 無い頭を絞って何とかひねり出した肩書き。
 ええ、ええ、自分でもわかっていますとも、現実逃避だって。
 だからレイムさん、そんな私の苦悩へ生暖かい視線を送らないでください。



「スコール……居候なんかじゃなくて家族だよ?」

 どうしようもない状況な私の頭を、小さな腕でぎゅっと抱きしめてくれるフランさん。
 ああ、こんなに良い月夜だからか、涙が零れちゃいそうです。

「……今度一緒にお伺いを立てに行きましょうか」

 そしてぽふりと鼻先を撫でてくれるメイリンさん。
 でも今は優しさが痛いんですよ。
 わかってください。

 ろくな返事も返せずに、足取り重くのそのそと紅魔館を囲む高い塀へ向かって一直線。
 そのまま塀へ向かってだらりと地面に転がります。
 ああ、何かもうやだ。
 自己嫌悪ひゃほーい。



「……拗ねちゃったわよ、スコールとやらが」
「あ、あはは、は」
「…………」
「…………」
「始めましょうか」
「あ、それじゃ今回のルールを説明しておきますね」


 一人勝つ毎にカードを進呈、全部集めれば賞品ゲット!
 そんな胡散臭い雰囲気の漂う文句を聞き流しながら、自暴自棄の海へすこーるインしたお状態。
 あは、あはっは……はぁ。















------------------------------------------------------















「スコォ―――ゥル!」

 はいっ!?


 いきなり耳元に響いたフランさんの叫びに、思わず直立不動の姿勢を取ってしまいました。
 ……あれ?

「寝てましたね?」

 後ろから不満げなメイリンさんの声も響いてきます。
 …………あれ?

「しばらくそっとしておこうと思っていましたけど……」
「途中から気持ちよさそうに寝てたよ」
「へぇ、そうなんですか?」
「うん、だって頭を撫でたらふすーふすー言いながらゴロゴロ喉鳴らしてたもん」

 壁を向いたまま、どうしようと悩んでいる私を追い詰める事実が突きつけられました。
 こうなってしまっては仕方がありません。
 むかーし小さな眼鏡をかけながら本を片手に小悪魔さんが教えてくれた、こういう時の対処法そのいちの出番ですね、これは!



 ……てへ♪



 困った時は笑ってごまかせ!
 えーと、とりあえず笑ってごまかせ!
 そしてそのままフェードアウトすべし!



「……その毛皮、刈り取って私のマフラーにしてもいいですか?
 冬に外で門番やってるのって結構寒いんですよねぇ」

 その言葉を受けて、じわりじわりと逃げるために立ち上がろうとしていた体が反射的に動きました。
 その場で180度ターンをかましてから、これまたむかーし小悪魔さんから教えてもらったスライディング土下座とやらを敢行。
 私がやっても伏せにしか見えないと評判だったこの技を以ってしても許してもらえないなら、本当にもう逃げるしか手は残っていません。
 いやでも、きっと後から暖かい物の差し入れでもすれば許してくれるはず!

 その状態からそーーっと上目遣いにメイリンさんの様子を伺うと、冷ややかな視線を頂きました。
 許して下さい後生です、という思いをじーっと目で訴えかけても、相変わらず冷ややかなままでした。
 無意識のうちにじりじりと後ずさる私の体でしたが、そもそもの場所が塀の前。
 すぐにぽすんとお尻が塀にぶつかって、もう後ろには下がれません。



「……スコール、私に何か言う事は?」

 ご、ごめんなさい。

 謝罪への反応も無しに、じーーーーっと目を見つめられるだけっていうのはつらいです、メイリンさん。
 何か、何か言ってくださいよ、ねぇ?

「これから一ヶ月、私の所に来てもオヤツはあげません」

 !?

「小籠包も餃子も焼売もあげません」

 なん、ですって……!?

「貴女が好きだったキンキンに冷やした緑茶も出してあげません」

 そ、そんな!?

「人が人外巫女を相手に奮戦してる横で、なに呑気に居眠りをしているんですか!」
「でも美鈴、終始押されっぱなしで良い所は全く無かったよね?」


 メイリンさんの怒りの咆哮に対するフランさんの突っ込みで、沈黙が訪れました。
 それまでの勢いはどこへやら、ぴたりと止まったメイリンさん。


 ……あれ?
 いい所が、なかった?

「うん、だって巫女さんはスペルカードを一枚も使ってないもの」
「うぐ!?」

 ……め、メイリンさんだって仕事できてないじゃないですかっ!
 あんなに私に怒ってたくせに!

「私はちゃんと頑張りましたよ!?」

 パチュリーさんがいつも言ってるじゃないですか!
『結果の伴わない努力なんて時間の無駄よ』って!

「何言ってるんですか!
 結果なら伴ってますよ」

 何処にですか?

「巫女の札と針を消耗させました」

 胸を張って自慢できなさそうな事を堂々と言い放つメイリンさん。
 ある意味潔いですけど……えー……?

「悪いけど、さっき使ったのは古いヤツだからあってもなくても大して関係ないわよ?」

 そんなメイリンさんに現実を突きつけたのはレイムさん。

「……全然?」
「邪魔になりかけてたやつだから、処分としては丁度良かったけど」

 そんな言葉を受けて、腕組みをしながら天を仰ぐメイリンさん。
 様になっているんですけれども、ちょっと違った意味で物悲しい雰囲気が漂ってますよ。
 いや、気持ちはすごいわかりますけど。
 だって、サクヤさんが……ねぇ?
 こうして言い争っても、結局二人仲良くナイフの餌食になる事はうけあい……現実は非情です。


「……うん、この問題は終わりにしましょう。私は何も見なかったし、何も言わなかった」

 ……そうですね、私もメイリンさんの奮戦をこの目で見ていました。

「そう、それでいいの、それがいいの」


 今この瞬間、メイリンさんと心が通じ合った。
 サクヤさんのナイフ怖い。
 下手な妖怪なんかより、よっぽど怖い。








































「いえ、見ているんですけどね?」
「……見逃してあげなさい」
「……かしこまりました、お嬢様」

 館の窓辺での一コマ。
 やたらとにこやかに『門番』と書かれたカードを巫女に手渡す門番や、それをじっと見守る狼や、苦笑いをしている可愛い可愛いフランなんて見ていない。
 それに対して心底呆れた顔をしている紅白巫女なんて見ていない。
 そう、決して見ていない!

「レミィ」
「……何よ?」
「ここ読んでみて」

 私と同じテーブルについて本を読んでいた魔女が、テーブルの上に積み上げられていた本の中の一冊を私の目の前に開いた。
 ここ、と白く細い指先が示した一文は……

「ふむ……『戦わなきゃ、現実と』?」
「こういう時は逃げちゃ駄目だってひたすら唱えるものらしいわよ」

 抑揚をつけずに淡々と紡がれたその言葉を受けて、夜空に浮かぶまんまるな月を眺めながら一つ頷く。

「……咲夜、紅茶をお願い」
「お砂糖とミルクは?」
「アリアリで」
「かしこまりました」



 うん、忘れよう。






[20830] 十五話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:9d84472a
Date: 2012/10/17 00:16



 咲夜さんの能力で、広さがおかしな事になっている紅魔館。
 長い廊下を抜けるとそこは知識の海でした。

「ちょっと詩的だね?」

「何でもいいけど、次の相手はどこよ」



 三人が三人とも方向の全く違うテンションの中、聳え立つ本棚の間をすり抜けてパチュリーさんの指定席を目指します。
 このだだっ広い図書館の中で唯一、ぽっかりと開けた場所にあるテーブルには偉大と言ってもなんら差し支えの無いはずの七曜の魔女が!

 ……居なかった!


「……この机と椅子が次の相手とか言わないわよね?」
「悪魔の館って言っても、流石にそれは無いから……」

 ちょっと慌てながら辺りを見回すフランさんと、とりあえずパチュリーさんの香りを探す私ですが、一向に見つかる気配がありません。
 気配も香りもしないので何かおかしいなと思っていたらこれですよ!
 本を読みながら気だるげに視線を上げるパチュリーさんの姿がある事を願っていたのにっ……

 どうしたものやら。
 ああどうしたものやら。

 フランさんが『じ、実は私がパチュリーよ!』だとか言って場を和ませてくれたり……して欲しくないですよね、ええ。
 むかーし小悪魔さんがやらかした『ふらんちゃん魔法少女化計画』は非常に痛々しい歴史を刻んでしまいましたし。
 ふりふりの沢山ついたピンクのドレスに、これまたやたらとピンク色でハートマークな杖を装備させられたフランさんの様子にはもう『ご愁傷様です』の一言しか。
 小悪魔さんがノリにノッて考えた台詞を言わされてた時なんてもう顔が真っ赤で。
 涙目になりながらようやく呟いた台詞にレミリアさんがお持ち帰りプレイをやらかしてしまいました。
 ああ、おもしろ……痛ましい事件でしたね、ええ。


 想定外の事態にそんな現実逃避しながらも、レミリアさんにお伺いを立てるべきかと思い始めたその時、私たちの入ってきた扉が開く音が響き渡りました。
 本来なら音も立てずに開くはずの扉らしいですけど、レミリアさん曰く『様式美』とやらで重苦しい蝶番の音が響く、あの大きな大きな扉。
 この状況であの扉が開く音が響くという事は……!



「あら、早かったわね?」

 早かったわね、じゃないですよ!

「なら『あら、門番は何をしていたのかしら?』とでも言い直しましょうか?」

 何、って……

「もしかして『何もできなかった』なんて事は……無いわよね?」



 遅れた事など毛ほども気にした様子も無く、いつも通りに佇む我等が魔女様。
 とりあえず現れてくれた事自体は良かったものの、ちょっとばかりいやーな事実が判明。
 にやにやと意地悪な笑みを浮かべながらのこの言葉で、確信しました。
『ああ、見られてたんだな』って。

 はい、ナイフと食事抜き確定コースでございます。
 メイリンさん、諦めましょう。
 きっと、きっといつか良い事があります!
 ですから地道にサクヤさんの弱みを探しましょう!
 でも……弱み、あるんでしょうか?
 いや、ありますよね、サクヤさんだって人の子ですもの!
 パーフェクトだとか言われても、まだまだ年若い女の子です!
 早いところ見つけて私の食事だけでも確保しなければ。




「まぁ『目を瞑る』との事だから蒸し返さないように」

 お、おおぅ……?
 さーいえっさー!

「私はいつから男になったのかしら」

 いえすまむ!

「よろしい」


 悩む私に対して苦笑しながら言葉を投げかけたパチュリーさんに、これまでの考えなんてどこ吹く風とばかりに態度を変えてみます。
 背中からも苦笑の気配を感じますが、あえて気づかない振りを敢行。
 弱みを探ろうなんてそんな怖い事考えても居ないんです。
 過去を振り返ってばかりじゃ未来なんて訪れませんから!

「ね、一つ言ってもいい?」

 はい?

「その……ね?
 スカーフの魔法、入りっぱなし。」

 ……何時から、でした?

「雪国もどきの時から、オンオフの切り替えをしてなかったね」

 魔法少女ふらんちゃん、も?

「今回は目を瞑るけど、次に言ったらきゅっとしちゃうよ?」

 肝に銘じておきまする。


 そっと背中の方を振り仰げば、可愛らしい、それはもう可愛らしい笑みを浮かべながら右手を『きゅっ☆』っとしているフランさんの姿。
 でもね、すこーる、こわい。
 ……前に怒らせてしまった時の部分ハゲの悪夢が。
 皆さん、覚えておきましょう。
 口は災いの元。

「だから魔法入りっぱなしだってば」

 オフ!全力でオフ!!
 ええい静まれスカーフよ!










「というわけで、そこの紅白巫女」
「紅白言うな」
「お帰りはあちらの扉よ」
「まずはカードを寄越しなさい。話はそれからよ」
「……強盗巫女を退治する方法は」
「そんな事が本に書いてるわけないでしょう」
「叩きのめして、簀巻きにして、レミィの餌に」
「……ああ、そういう事。上等だわ」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら私たちのやりとりを見ていたパチュリーさんでしたけれど、私が黙ったのを確認した途端に挑発を開始。
 突然流れが変わった事に面食らいながらも、それに含まれる意図を理解した上でお返しとばかりに好戦的な笑みを浮かべるレイムさん。
 意外な事に別段ギスギスとした空気が流れるわけでも無く、このやり取りからはお互いに楽しむような雰囲気を感じさせられます。
 いやはや、本当に意外や意外。



 何だかんだ言いながら楽しみにしてたんですね、パチュリーさん。
 動きたくないとか言うと思っていたんですけど。

「これが終われば新書を大量入荷させる事をレミィに約束させたしね」

 ……そういう裏がありましたか。
 ですよね、そうですよね。
 裏も無しにやる気なパチュリーさんとか無いですよね。

「そういう評され方に言いたい事が無いわけじゃないけど、まぁ否定はしないわ」

 というかこれ以上まだ本を増やそうって言うんですか?

「今度の本はこれまでとは少しばかり毛色が違うのよ」

 ほほう、具体的には?

「まだ秘密。ああ、新書の種類から予測しようとしても多分無駄よ?ほとんどがオマケだから」

 ……嫌な予感しかしないのは気のせいでしょうか。

「まぁ逃げられないから安心なさい」

 レイムさん!早くこの魔女をやっちゃって下さい!

「味方を売るなんて躾けがなってないわ」
「ああ、何かあんたがどういうヤツかってのがわかったわ」
「煩いわよ紅白」



 その言葉を境にしばしの沈黙が流れた後、示し合わせたようにパチュリーさんとレイムさんが動き出して。
 両者とも場を宙へと移しながら小手調べとばかりに弾のばら撒き合いが始まりました。
 突然始まった弾幕ごっこの札や針、色とりどりの魔力弾が入り乱れる光景が広がるのを確認して、そそくさと本棚の影へ退避。
 本棚から顔を半分だけ出して今度はしっかりと観戦の体勢に。
 パチュリーさんの魔力弾はまだいいんですけど、針とか刺さったら絶対に痛いですもの。

「スコール、見えない……」

 そんな考えに基づいた行動だったわけですが、背中に乗っていたフランさんが見えづらそうにしていたので、結局は本棚の影から半身を晒す形に。
 ああ怖い。
 どうか流れ弾が来ませんように!
 行動に支障が出る事はないでしょうけど、痛いものは痛いんですから。









 ―――火符「アグニシャイン上級」


 もぞもぞと良い感じのポジションを確立する事に精を出していると、静かな声のスペルカード宣言が聞こえてきました。
 先に攻めに回ったのはパチュリーさんのようで。
 手始めにとごうごう燃える炎弾を綺麗に配置して放って行くものの、顔色は優れません。
 そりゃそうですよねぇ……何ですか、あの変態軌道。
 って熱っつい!?


 逃げ回りながら観察を続けていると、所狭しと広がる炎弾を事も無げに回避するレイムさんを見たパチュリーさんの頬が引き攣ったのがよくわかります。
 もうあらかじめ打ち合わせをしていたかのように炎弾の波をすいすいすり抜けて、その都度お返しとばかりに札を投げつけるって何ですかもう。

 一言で言うならアリエナーイ。
 二言で言うなら巫女さんアリエナーイ。
 三言で言うなら以下略!

 これはメイリンさんもあっさり落ちちゃうわけですよ。
 元々苦手な弾幕ごっこで相手がコレだなんて、えーと……能力も持っていない人の子が竹槍でレミリアさんに向かっていくくらいの絶望感が。


 ―――SpellBreak


 アリエナーイアリエナーイなんて繰り返し考えている内に、パチュリーさんはこのまま続けても勝ちの見えない状況にあっさりと見切りをつけたらしくスペルカードの破棄宣言。
 そのまま牽制の弾幕を張りつつ同時に次のスペルカードを準備。
 身体能力の関係上、基本的には守りに入ったら落とされるからと常に攻めの姿勢ですけれど、これは幾らなんでも早すぎる気が。
 パチュリーさん自身もそれは良く理解しているようで、苦々しげな表情と共に掲げられるスペルカード。
 最初に火を持ってきたので多分次はあの痛そうなスペルのはず。
 五行だったか、火は土を生むっていうのを汲んでの順番とか言ってた気が……


 ―――土符「トリリトンシェイク」!


 あ、ちょっと宣言に力が篭った。
 ……そりゃそうですよね、自分が頭を捻って考えたスペルをあれだけすいすいと避わされれば。

 予想通りのスペルカードでしたけれども、先ほどの炎弾とは違って見た目はただの色つき魔力弾。
 本来なら岩弾のはず……って人間相手にそんなもの使ったらまずいですものね。
 当たり所によっては治療する間もなく即死コースが見えますし。
 質量があると、そこら辺が不便な所。
 サクヤさんには問答無用で使ってますけども。
 人間のはずなんですけどねぇ……?

 そんな事を考えながら見ていると、結局は先ほどの焼き直しに近い結果となってしまいました。
 相手に対しての動きがそれなりにあるスペルでしたが、レイムさんはその弾を引き付けてさらりと回避、お札で反撃。
 スペルのさわり部分を見ただけでこの行動とかないですよ。
 しかも必要最低限の動きで、掠るかどうかという域での回避。
 先の炎弾と違って近寄るだけで影響のある弾じゃないからでしょうけど、何ですかもう。
 変態ですか?変態ですよね?
 巫女さんっていうのは変態にしかなれないものでしたか。
 いやぁ、怖い怖い。

 カスッ

 ……ひぎゃぁぁぁああああ!?
 ちょ、何するんですかっ!
 気を抜いてる観戦者にまで手を出すなんて酷いですよ!?

「失礼な事を考えられてる気がしたからね」

 ……やだ、何この子……怖いっ……!
 人の考えまで読むんですか、巫女っていうのは!





 ―――SpellBreak


 私への攻撃が為された事もあってか、先ほどよりは粘ったものの再びスペル破棄宣言。
 驚くしかない程にスペルの回転が早い。


 ―――火&土符「ラーヴァクロムレク」


 驚きを与えられた所へ更に驚きを叩き付けられてしまいました。
 間を置かずに次のスペル宣言が来るとは。
 早すぎるとしか言いようが無いという。
 今度のスペルは先ほど使った二つのスペルの発展型、パチュリーさんの真骨頂とも言える二属性の混合魔法。
 ここからがパチュリーさんの本気という事になるわけですけど……んーむー……パチュリーさんには悪いですけどレイムさんが落ちる気が全くしないといふ。

 本棚の天辺に前足をひっかける感じで頭だけを出しながらの観戦スタイルになった事で、流れ弾や私を狙った凶弾の危険性こそ下がったものの未だに怖い事には変わりなく、恐々としながらの見ているわけですけれども……いやはや。
 弾の軌道変化が激しくなって、レイムさんの動きが先ほどに比べるとだいぶ鈍くなっているように見えます。
 掠るかどうかの回避が掠っての回避になっていたので、これならばと思ったのも束の間。
 軌道の種類が違う弾だらけだと言うのに最早弾に目を向ける事すらしなくなってきて、しまいにはお札や針での苛烈な反撃までも見せ始める始末。
 尋常じゃない早さで適応していくその様は最早賞賛しか浮かびません。
 やっぱり変態です……てひぎゃぁ!?

「仏の顔も三度まで。後何度仏で居られるのかしらね?」

 カチ割るぞ駄犬、と言わんばかりの素敵な笑顔を向けられました。
 尻尾がどんどん丸まっていくのがよーく判ります。
 こわ……何も考えないようにしましょう、ええ。
 あと一回の猶予を無駄にしちゃうわけにはいきません。
 集中!集中するんですよ!
 もう毛ほどの変化も見逃さないくらいにっ!
 そうすればきっと失言なんてしないはず。

 そうして気づいた驚くべき事は、相対しているパチュリーさんまでもが驚愕を通り越しての微かな微笑みを浮かべているという状況。
 先ほどまでは苦々しいと驚きを混ぜたような表情だったのに。
 レアな表情です、これでもかと言うくらいにレアな表情です。
 ええい何故こんな時にし、し……しナントカさんは居ないんですかっ!
 いつも呼ばなくたって沸いて出てくるくせにっ!








 ―――SpellBreak!


 先の2スペルよりは遥かに行使時間の長かったスペルの破棄を宣言したパチュリーさんですが、何故かそこから動きがありません。
 僅かに俯いて肩を震わせながら、ただ笑顔ばかりを零し続けているその様子はちょっとばかり怖い。
 相対するレイムさんは少しばかり警戒した表情を浮かべていますが、何度も見てきた私だってこれは初めての事。
 しばらくそんな妙な状態が続きましたけれど、突然レイムさんを見据えて、その数瞬の後に開かれた口から漏れたのは純粋な賞賛の言葉。

「素晴らしい、という言葉を贈らせて?」
「それはどうも」
「咲夜が身近に居るというのに、人の子の可能性を忘れていたわ。こんな思いを抱いたのは何時以来でしょうね!」

 紅魔館の面子にスペルを破られる事はあっても、ここまで見事に『攻略』されたのは初めての経験のはず。
 此処に至って感じられるのは本人の言葉の通り、ただ賞賛。
 小悪魔さんが読ませてくれたマンガによくあるアレですね。
 強敵と書いて『とも』と読む!的な。

 まぁ実際、敵対していてもそういう感情を抱くのは珍しくない事らしいですし。
 私は基本的に逃げてばっかりでしたから、その話が出た時の皆の経験談を聞いただけですけれども。
 特にメイリンさんはそういうの多かったみたいです。
 年若い頃に自称『無敵超人』なお爺さんと戦った時なんて人間に対しての常識を雄大な黄河の流れへ投げ捨てたとの事。
 技術的なものだけならまだしも、純粋な膂力ですら負けてしまったらしく、曰く『清々しすぎて笑いしか出なかった』と。
 いやー、怖い怖い。
『また会ってみたいけれど、もう生きていないでしょうねぇ』何てからから笑ってましたけど……私だったら匂いを嗅いだ瞬間に逃げ出したくなるに決まってます。


 ―――日符「ロイヤルフレア」!!


 強敵についての考えと恐怖を頭の中で展開していると、宙から降ってきたのはスペル宣言。
 先の思いに後押しされてか宣言に篭められる声が更に強くなり、常のスペルカードの順番までも変えて。
 次はどう避けてみせるのかと、それを楽しみにしているのがありありと判るパチュリーさんの姿は、知識と日陰の少女などという渾名が嘘にしか感じられない程に活き活きとしていて。
 眼前で放射状に広がる圧倒的としか言いようのない炎の壁を前にして表情一つ変えないレイムさんの様子に、さらにその表情の輝きを増して……

 ある意味怖いけれども、新鮮で良いんじゃないでしょうか。
 元々のパチュリーさんを知っている分、違和感が物凄いですけれども、それが無ければ十二分に『アリ』です。
 ちょっとだけ眼福。
 しゃしんきとやらを持てぃ!
 肉球でも押せる一番良いやつを頼む!








 ―――SpellBreak!!


「これで未だ人の範疇にあると言うのだから、笑うしかないわ!」
「失礼な」
「別段能力を使ったわけでも無いのにここまで見事に破られたんだもの。
 そうとしか言えないわ」


 ―――火水木金土符「賢者の石」


 テンションが有頂天と言わんばかりのパチュリーさんと、対照的にテンションの全く変わらないレイムさん。
 そんな二人が短いやり取りを終えて成されるのは、静かに、確かな賞賛を込めた声でのパチュリーさん最後の宣言。
 それは本人は語ろうとしなかったものの、小悪魔さん曰く『到達点の一つ』である物を用いてのスペル。

 パチュリーさんの周囲に煌びやかな五色の石が展開され、それぞれから空間を埋め尽くさんばかりに放たれる弾の数々。
 単一での完全ではなく、敢えて分化させる事によって五行の色を強調したその弾幕は時を経る毎に勢いを増して。
 先ほどまでは自重していただろう岩弾も、これまで見せてはいなかった水も、木も、金も。
 常に無いほど五色の弾が整然と力強く舞う光景は思わず目を奪われてしまいました。
 ここで何か評価をしようなんて、そんなのは野暮な事ですよ。
 ああ、でも……







 避けきって見せなさい。
 避けきれないなんて、そんなのは嘘。
 さぁ!さぁさぁさぁ!

 この上ない程に輝く弾幕の中心に居るパチュリーさんは、そう言わんばかりの満面の笑みを浮かべながらその全てを叩き付けて。
 日ごろの面影などまるでない無邪気な少女の様子は、ただただ眩しく感じます。

 あぁ、嗚呼。
 いいなぁ。
 でも、あれは逃げてばっかりの自分じゃできない顔だ。
 何だかんだと理由をつけては逃げてばっかりだった自分じゃあ、できない。






 でも、それでも。
 それ程の思いに後押しされたスペルでも。
 これまでとは比べ物にならない密度で展開されて、空間そのものを埋め尽くさんばかりだったそれすらも。
 パチュリーさんの秘奥すらも、レイムさんは、踏破してみせた。


 ―――SpellBreak





































 ……いやはや。

「凄かったね?」

 ええ、それに尽きますよね。

「うん、何てデタラメなんだろう。私たち吸血鬼ほどの身体能力も、咲夜みたいな反則級の能力も使っていないのにさ?
 あの巫女さんは成し遂げた。ただ純粋にスペルを攻略してみせた。
 それもスペルカードでの相殺もせずに、完璧と言っていい形で」

 パチュリーさんも常に無いほどの興奮ぶりでしたねぇ。
 満面の笑みなんて初めて見ました。

「私だって初めて見たよ。でも野暮な事を言うなら、普段とのギャップが酷いかなぁ」

 眠たげで、疲れた風ですからね、いっつも。

「ねー?」





「そこ、人が余韻に浸ってるのに空気をぶち壊さないでくれる?」
「あ、聞こえてたんだ」
「当たり前でしょう」

 地上へ降りてきて、はぁとため息を零すパチュリーさんは先ほどまでの興奮はどこへやら、すっかりいつものような表情に戻ってしまいました。
 ああ勿体無い、あんなに可愛らしかったのに。

「失態……いえ、そういう訳でも……ああでも」

 先の弾幕ごっこの中で見せた言動は本人にもいろんな意味で大きかった模様。
 ええ、本当に良いものを見せていただきました。
 そういえば……今ふと思い出しましたけど喘息は大丈夫なんですか?

「……ゲフッ」

 あああああああ小悪魔さぁぁぁあん!!!
 えまーじぇんしー!えまーじぇんしー!!

「とりあえず逝くならカードを渡してからにしてよね」
「うわ、鬼だ……鬼巫女が居る……!」

 先生!重症患者が一名です!!



 私のぽろりと零した一言で自覚してしまったのか、それまでヒューヒューと嫌な音を微かにさせていたパチュリーさんがぽとりと地に落ちました。
 興奮でそれすらも忘れていたんですね。

 ……果たしてパチュリーさんは助かるのか!?
 Dr.LittleDevilは間に合うのか!?

 来週は以上の二本をお送りします!

「混乱してるのはわかるけどね、ちょっと自重しよう?」
「何気にコイツが一番酷いんじゃないの?」
「ちょっと否定できないかなぁ……」

 な、なんですって!?






[20830] 十六話 Sakuya
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/08/24 01:08


 にゅるり。


「転移の効果音が『にゅるり』だなんて……ちょっとときめく音ですよね?」
「小悪魔は相変わらず素敵に病気だねー」
「お褒めに与り恐悦至極です」

 私が色々と口走って肩身が狭くなった瞬間に湧き出てきた小悪魔さん。
 何というか、最初から飛ばしてますね。
 パチュリーさんが意識を失っている状況なのに、ある意味流石というか……

「パチュリー様がはしゃぎ過ぎて倒れるなんて、スコールの能力検証以来ですねぇ」
「あの時ははしゃいでたっていうより……その、逝ってたよね、目が」
「ええ、とてもとても素敵な目をしてらっしゃいましたね」

 にこやかに笑いながら『またやりませんか?』なんて視線を寄越す小悪魔さんが大変怖いわけですよ。
 口元は素敵な微笑みなのに、目だけが嫌に爛々と輝いているというか何というか。
 そう、獲物を前に舌なめずりをしているような気配。
 ……触らぬ小悪魔さんに祟りなし。
 次に行きましょうさぁ行きましょうさくっと行きましょう!

 抗う気も失せる現実に思わず尻尾を巻いて、傍に立ったままだったレイムさんの襟をくわえていざ行かん。

「あー、これ結構楽でいいわ」
「狼に銜えられてるって事に危機感とかは無いの?」
「だって何もしなくても次の場所に連れて行ってくれるんでしょ?」

 だらけきった声を出すレイムさんへ目を向ければ、まるで風に揺られる凧のような様子でした。
 なんて豪胆なっ……!
 でも流石にそこまでしてあげる気はありませんのでご了承ください。

 開いたままだった図書館の扉を抜けるなり、くわえていたレイムさんを天井付近までぽいっとな。
 その勢いのままくるりと回って、開かれたままだった扉へと前足の一撃を加えてみっしょんこんぷりーと!
 いい音を響かせて閉じた扉の前で一息を……

『あぁ……この柔らかさ、適度な大きさ……素敵ですね、とてもとてもとぉっってもぉ素敵ですよーぅ!』

 何か聞こえた。

「スコール、何も聞こえなかったね?」
「は?」

 ちょっと目を逸らしながら呟くフランさんに対して、レイムさんは聞こえなかったご様子。
 思いっきり投げたから風の音がごまかしてくれたんですね。
 風がいい仕事をしてくれました。
 さ、何も聞こえなかったので行きましょう?

『そんなに真っ赤な顔で息を荒げるなんて……あぁぁもう誘ってるんですよね!?』

 …………………何も聞こえません。

「………中々愉快な家族ね?」

 何ですか、その『心配しなくてもいいわ、気にしないから』みたいな生暖かい目は。
 フランさんが真っ赤になって俯いちゃったじゃないですか!
 ああ可愛らしい!

「怒ってるのか喜んでるのかはっきりしなさいよ」

 可愛らしいフランさんを見ることができて、喜ばないわけがないでしょうに!
 そう、フランさんが恥ずかしがって毛並みを叩く、この照れ隠しもまた可愛らしい!

「…………ごちそうさま」

 お粗末様です。
 さ、行きましょう行きましょう、夜はまだまだこれからですよ?









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「スコール」

 なんでせう、さくやさん。

「その状況は、何?」

 心底呆れた目を向けられて非常に心が痛むわけですが、仕方がないんです。
 屁理屈だろうと突き通せば理屈と言わんばかりのレイムさんが……れいむさんがぁ!

「……貴方も一応大妖のカテゴリーに入るでしょうに。何で人間に我を押し通されてるのよ」

 全く。ああもう全く。
 ようやく来たゲストが何でスコールの背で暢気にだらけてるのよ?
 ここは悪魔の館、ここは異変の元凶、混じりっけ無しの吸血鬼が二人もいる危険地帯のはずなのに。
 何で暢気に四肢を投げ出してだらけているのか。
 自分が、今、何処に居るのか……自覚があるのか、この巫女は。

「さっさと準備しなさい駄巫女……」

 ビクビクしているスコールも、苦笑いをするのにも疲れた風なフラン様も知ったことではないとばかりにだらけ続ける巫女に対して、多少瀟洒でない言葉遣いになったとしても仕方がないでしょう。
 いくらルールの上で為される異変だと明言されていたとしても、敵地でその様は有り得ない、有り得ていいものじゃないはずなのに。

「はいはい、次はあんたね」

 のそりといった風にうつぶせの状態から起き上がって、ふよふよと浮き始めるその姿はどこまでも自然体で、多少なりとも気張っていた自分がバカみたいに思えてくる。

「自己紹介は必要?」
「なら種族くらいは聞いておこうかしら」
「種族、とはまた失礼ね。十六夜咲夜、れっきとした人間ですわ」
「へぇ……人間のメイド、ねぇ?」
「ええ、混じりっけ無しの人間。ちょっと変わっているのは自覚していますけれど」
「それは見ればわかるわ」
「結構。で、貴方は見ての通りの巫女なわけね」
「そう、博麗の霊夢」

 お互い大した感情も込めずに世間話を交わす。
 傍から見ればどう見えるのかは、スコールとフラン様の様子を見ればよく判った。
 ……そんな妙なモノを見るような目を向けるのはやめて欲しいものですわ。

「さて、人間同士だからと言って何があるわけでもなし……始めましょう?」
「話が早くて助かるわ。意味のない会話は余り好きじゃないの」

 ああ、そんな気はした。

「始めるに当たって一つ……ご注意下さいな。私の弾幕は加減ができませんので」
「ならその物騒な物はしまって別の物にしたら?」
「いえいえ、これは私のアイデンティティの一部ですから」
「……あいでんてぃてぃ?」
「私を私たらしめるもの。ナイフは体の一部ですわ」
「物騒なメイドだわ」
「物騒な巫女に言われたくないわ」

 私がナイフを取り出すと同時に、指の隙間から針を覗かせる博麗の巫女。
 どの口が物騒だとか言っているのやら。
 何にせよ、お互いやる気になったのは紛れもない事実。
 精々楽しませてあげましょう。

「存分にお召し上がり下さい?」
「流石にナイフは食べられないわ」

 外向けの笑顔を浮かべたまま、扇状にナイフを投擲、展開。
 一本が二本、二本が四本、四本が八本。
 圧縮していた空間ごと投擲したナイフを次々に復元して、数を増していく。
 巫女の位置に届く頃には、純粋に最初に投げたナイフがどれなのか判別すらできないだろう。

「ある意味壮観だわ」
「それは光栄ですわ」

 そんな自分に向かって飛来するナイフの雨をするりするりと抜けながら、時には針でナイフの軌道をずらしてゆらりゆらりと邁進してくる巫女。
 なるほど、博麗の巫女。
 美鈴は別として、パチュリー様を落としてきたのは伊達じゃないわけね。

 第二波、第三波、第四波。
 少しばかりの悪戯心を込めて角度や投擲のタイミングをずらしてみても、効果らしい効果は無し。
 普通の人間であればこれだけのナイフに囲まれる状況に対して多少なりとも身は固くなるはずなのに、この巫女にはそれがない。
 包丁がそこに有るだけで自分を切らないように、針がそこに有るだけで自分を刺さないように、このナイフが自分を傷つける事は無い、と。
 まるでそれが当然の事であるように、するりするりと掻い潜られてしまっている無様に少しばかり自嘲を浮かべてしまう。

 最初の立ち位置から半分ほど距離を詰められたのを契機に、予定通りのスペルカードを展開。
 いや、全く。
 予定通りすぎて情けないわ。



 ―――幻幽「ジャック・ザ・ルドビレ」



 目くらましの大玉と巫女のみを狙う時間停止を伴ったナイフ群という単純なスペルだから、先ほどの動きを見る限り大した効果は見込めないんでしょうけれどね。
 でも折角作ったスペルカードなんだから使わないと勿体無い。
 どの道これが作った分の最後の一枚だし。
 大玉をばら撒いて、ナイフを配置して、とりあえずは様子見……ってちょっと、貴女。
 何その逆に動きやすくていいわーって顔。

「動きやすくていいわね」
「思ってても言うものじゃないでしょうに。まったく酷い巫女ですわ」

 表情や言葉の示す通り、先のスペルカードではない、ただのナイフ弾幕の時よりも楽に避けていく巫女に溜息が漏れる。
 確かにこのスペルは目くらましの意を込めたスペルであって、その目くらましが全く機能しなければ当然のように先の弾幕よりも避けやすいだろう。
 それでなくとも先の弾幕はちょっとした悪戯心も加えたし。
 でも、そんなにあからさまに言われると少しばかり傷つきますわ。

「それにしてもアンタ、妙な事をしてるわね」
「何のことでしょう?」
「最初のナイフといい、今度のナイフといい、配置する時間もなければこれだけのナイフを持てるはずもないし」
「ナイフは再利用してますからね」
「じゃあ時間は?」
「そちらは有効利用しているだけですわ」

 お互いにスペルカードの途中だというのに無駄口を叩く余裕がある現状。
 巫女はもう針を使う必要すらないとばかりにふわりふわり避けてくれるし、私もこの現状にうんざりしてきた。
 そんな事を考えていると、ようやくこの短くも徒労だったスペルカードの制限時間がやってきた。

「全く、少しはこちらの思惑に乗って欲しいものです」
「あからさまに手抜きされた思惑になんて乗っても面白くないじゃない」
「初めて作った不器用ながらも努力の跡が見える弾幕になんて事を言うのよ」
「自分で言うな」
「これが若さというものです」

 ちょっと無駄口が楽しくなってきたけれど、とりあえず進行しなければ。
 私の能力でフォローこそできるものの、今夜という夜は有限なのだから。

「さて、時間も押しているので少しばかりテンポを上げていきましょうか」
「是非もなし。私は早く終わらせてお茶が飲みたいの」

 どこまでも自然体に、払い串を肩に担いで気だるげな顔を崩さない巫女がある意味清々しい。
 まぁ私の体たらくを鑑みれば仕方のない事かしらね。
 うん、もう少しばかり悪戯心を加えてあげよう。



 ―――幻世「ザ・ワールド」



 何故か使うと『WRYYYYYY!』なんて叫びたくなるスペルカードを宣言。
 あの吸血鬼は嫌いなキャラじゃないのよね。
 悪玉であろうと、あそこまで純粋であればそれは人を惹きつけるに足るものだと思う。
 実際に会ったら問答無用で銀のナイフを叩き込んで太陽の下へ引きずり出して差し上げますけれど。

「……本当に、妙なヤツよねアンタ。さっきは霊力弾、今度は魔法の炎弾。ナイフの事もあるし」
「女性は秘密が多いほうが魅力的ですわ」
「同性相手にそんなもの振りまいてどうするのよ」
「性別なんて些細な事じゃないですか。男女問わず、魅力的なものは魅力的だし、そうでないものはそうでない」
「あまり理解したくない世界だっていうのは理解したわ」
「あら残念。貴女も十二分に魅力的なのに」
「そりゃどうも」

 先のスペルカードよりは、最初の弾幕に近いスペルカード。
 ただ、その量が先のスペルカードとは比べるまでもないというだけ。
 普段であれば炎弾をばらまき、ナイフの群れをばら撒くだけのスペルカードだけれども、この巫女を相手にするにはそれだけでは足りるはずもない。
 だから、少しばかりの悪戯心を。
 ばら撒き方を変えて、能力の範囲を拡大して、もう一味を加えてあげましょう。

「折角お作りしたのに……召し上がっていただけないのは悲しいですわ」
「いや、あんたの弾幕は召し上がったら死にそうだから結構」

 霊力弾とは違い、純粋な熱量を持つ炎弾となった事で回避の幅が増えた巫女へありったけのナイフを向かわせる。
 初速は等速。
 そしてある物は速く、速く、速く。ある物は遅く、遅く、遅く。
 ナイフの雨に波を作って、その中へ必中の念を込めた投擲を混ぜてやる。

 兆弾に兆弾を重ねても速度が衰えるどころか増していく、とっておきの一投。
 さあ、避けられるかしら?



 ……へもぁ!?



 ひぎゃあああああ!!!さ、刺さっ!?刺さりましたよさくやさああああああん!?





「……ねぇ?」
「………………い、痛ましい事件でしたわ」
「見事に喉笛ど真ん中なんだけど」
「……ちょっと失礼してもいいかしら」
「お好きなように」



 巫女から目線をずらして様子を伺うと、そこにはフラン様と今際の際ごっこをしているスコールの姿。
 ……余裕よね、どう見ても。



「スコール!現状報告!!」

 飲み込んだ熊の爪が喉に引っかかった感じです!

「…………ならさっさと取りなさい。というか血すら流れてないじゃない」

 痛いものは痛いんですよ!
 考えてもみてください……のんびりしていた所に突如飛んでくる喉笛目掛けての一撃。
 思わず妙な鳴き声上げちゃったじゃないですか!?

「…………自信、失くしますわ」
「私が投げた針も、大げさに痛がってはいたけど傷すらついてなかったしね」
「……あら、慰めて下さってるの?」
「事実を言っただけよ。あんな言動でも体はしっかり規格外だわ」

 何やら凄い言われ様な気がするんですけど……。

「巫女の言葉を借りましょう。事実を言っていただけよ?」

 …………うわぁい。

「ちょっと、また拗ねたわよあの狼。打たれ弱いのねぇ」
「だからこそ、この館に居るんですよ。外側があれだけ強くても、内側が弱いから居場所を作れなかった一匹狼ですもの」
「一匹狼の意味を間違ってないかしら」
「承知の上ですわ」

 はぁ、もう。
 スコールのせいで元から薄かった闘争の空気がもはや跡形も無くなってしまった。
 さっきは時間が押してるなんて言い訳じみた事を口にして何とか保とうとしたけれど、もうどう考えても手遅れだわ。

「何やらどっと疲れてしまいましたし、少しばかりお茶でも如何?」
「緑茶はあるの?」
「残念ながら紅茶しかありませんわ。如何?」
「妙なもの入れないでよね」
「入れたって何の得にもならないんだから毒が勿体無いだけだわ」
「ならいいわ」









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 やれやれと頭を一振りしてから、すぐ近くの自室へと巫女をご招待。
 拗ねていたくせにもそもそとついてきて、人のベッドにフラン様ごとごろんと陣取るスコールにはもう和まされる他ない。
 スコールが寝転がると、キングサイズのベッドが途端に小さく見えてしまう。

「スコール、寝転がるのはかまわないけど、ちゃんと軽くなっておきなさいよ。貴女クラスの重さを支えるようにはできてないんだから」

 そう声をかけると、わかってるとばかりにパタリと振られた大きな尻尾。
 いつにも増してなんだか妙に打たれ弱いわね。
 何かあったんでしょうけれど、まぁ後回しにしても大丈夫そうだし気にしない事にしましょう。

「それではこちらの椅子へどうぞ、巫女さん」
「……いい加減、その『巫女さん』っていうのやめてくれないかしら」
「なら霊夢」
「ん、よろしい。で、お茶はまだなのかしらメイドさん?」
「……咲夜で結構。遠慮なんてどちらの得にもならないって理解したわ」
「それは重畳。なら咲夜、お茶はまだかしら?」
「少々お待ち頂かなくても結構ですわ」

 気だるげな表情は変わらないものの少しは雰囲気が柔らかくなった、かしら?
 まさか食物につられてなんて事はないわよね?
 ……いや、気のせいよね。
 まぁ仲良くしておくに越したことはないでしょうし、良い事にしておこう。
 静かにしていれば間違いなく美少女のカテゴリーに入る子だし、いい眼福にもなるわ。





 止まった世界へ身を滑り込ませて、丁寧にお茶の準備を始める。
 ケトルに水を入れて、魔法の火にかけて。
 全てが止まった世界の中で動くのは、私と、私が作用した物のみ。
 湯が沸くまでの少しばかりの時間は純粋な休憩に当てさせて貰うとしよう。

「しかしまぁ、規格外な巫女だわ」

 ぼーっとしながら霊夢の向かいにある椅子へと腰掛けてその顔を観察しても、そんな形容詞が付くようには見えない。
 これで世界を読みきったような動きをするような巫女だとは、いやはや。

「人は見かけによらない、その通り」

 綺麗な黒髪に、真っ白できめ細かな肌、気だるげに細められた涼やかな目。
 そんな彼女の容姿に心惹かれているのを自覚しながら、軽く頬へ指を這わせてみると、思いの他素敵な肌触りだった。
 少しばかり目線を下へと向けて、巫女服らしき妙な着物をゆっくりと観察。
 ……あ、切れ目発見。
 さっきのナイフ弾幕を完全に避けきってたように見えたけど、一応かすりはしていたのか。
 少しばかり溜飲が下がったわ。

「……もうちょっとカジュアルな服も着せてみたいわよねぇ、これだけ可愛い子なら」

 モノトーンのゴシックで纏めてもいいし、パンツルックでスッキリとさせてやるのも似合いそう。
 あ、ちょっと漲ってきたわ。
 今度ヒマを作って用意してみようかしら。
 可愛い子をいじるのは楽しいしね。

「っと、沸いたか」

 ティーポットへ熱湯を注いで、温まるのを待つことしばし。
 温まったティーポットからお湯を捨てて、上等なお気に入りのディンブラをティースプーンでぱらりと一杯。
 再びお湯を注いで蓋をして、布をかぶせて一休み。
 くるりくるりと軽く中身を回してからティーカップへ優しく注いでやると、動きの無い世界に柔らかな香りが広がった。
 うん、いい出来。

 小さなミルクポットをつけて霊夢の前へセット。
 さて、反応や如何に。





「……何で用意もしてなかったのにいきなり目の前に出てくるのよ」
「秘密、ですわ?さっきも言ったでしょうに」

 まずはそのままどうぞ、と手を向けると、どこか憮然とした表情でカップへ手を伸ばす霊夢。
 香りを感じてから、冷ますことも無く平然と口をつける。

「初めての味だわ」
「いつもは緑茶だけなの?」
「出がらしのね」

 ふん、と拗ねるみたいにそっぽを向くのはいいけどね、霊夢。
 ティーカップを置かずに香りを感じられる位置に残したままという事は、気に入ったわね?

「気に入ったのなら、次の一杯はミルクティーにしてみる?」

 置かれた小さなミルクポットの前で、カツカツと机を指で鳴らしてみる。
 言われた本人は手に持ったティーカップとミルクポットを見比べて、いまいち納得の行かない表情。

「紅茶には色んな楽しみ方があるの。ミルクをまぜてみたり、レモンのスライスを浮かべてみたり、ブランデーをたらしてみたりってね」
「面倒くさいわね」
「楽しみ方、と言ったでしょうに。別に何だっていいのよ、美味しいと思えるなら」

 少しばかり暴論気味な気はするけれど、私はそう思っている。
 人の好みは千差万別だし、そうであるべきだ。
 自分が美味しいと思うものが必ずしも他人の美味しいと思うものじゃない。

「ミルクティー以外に興味があるならまたここへ来るといいわ。まだ会って間もないけれど私は貴女の事が嫌いじゃないし、歓迎させて頂きますわ」
「……考えておく」

 興味ないわ、といった風にすぅと音も立てず一杯目を空にしてソーサーへと戻す霊夢。
 でもね、ちらりとミルクポットへ目をやったの、見逃さなかったわよ?
 はいもう一杯はいりまぁす。
 おまけつきで。

「……また。狐に化かされてる気分になってくるわ」

 時間を止めて、二杯目とマカロンの乗った小皿を霊夢の前へ。
 うん、いい感じ。
 大分空気が柔らかくなってきた。
 あれだけ読める子だから、こちらの意思も察してくれたのかしら。
 私の主観が後押ししてくれているとはいえ、今度はちょっとだけ確信を持てる。

「ミルク、って」
「うん?」
「どれくらい入れるものなの?」

 じーっとミルクポットを見てから、ちらりとこちらへ視線を投げてくる。
 ……ちょっと、可愛いじゃないの。

「それも人それぞれ、と言わせてもらおうかしら。ちなみに私はそのミルクポット一杯分が丁度いいと思ってる」
「いい性格してるわ」

 言葉こそ辛辣な響きがあれど、その表情や動きにはそれが全くない。
 とぷんと一息でミルクを入れて、スプーンでくるりくるりとかき回すと、透き通った紅茶が優しいミルクティーの色合いに変わっていく。
 先ほどと同じく、まだまだ熱いだろうに全く気にすることなく口にして、一息。

「悪いけれど、前の方が好みだわ」
「人それぞれだものね」

 私が一番好きな味が口に合わなかったのは少しばかり残念だけれども、それはそれ。
 くすりと一つ微笑みを返して、未だ手を付けていなかった自分のカップへと手を伸ばす。

「……あんたさ、今の私たちの立場はわかっているんでしょう?」
「ええ、当然ですわ」
「なら、これの意図は何かしら」

 静かに香りと味を堪能してから、不思議そうな色を隠そうとしない霊夢の目を正面から見据える。
 そこにあったのが疑念ではなく不思議だったのが嬉しく思う。

「大きなものが一つと、後は小さなものが重なり合って私の中の秤を動かした結果よ。いくつか挙げましょうか?」

 ん、と小さく頷きながらゆるゆると紅茶に口をつける霊夢を見ながら、自分の中を紐解いていく。
 言ったとおり、そう大きな理由があるわけじゃ無かった。

「もう闘争の空気じゃなくなってしまったからというのが大きな理由。そもそもこの館の中で、本当に闘争を必要としたのは私以外の方々だもの」
「なら小さい方は?」
「ナイフを投げすぎると回収が大変だとか……」
「あれ、回収してたのね」
「当然ですわ。あの場所を後にした、後。しっかりと一本残らず回収しておきました」
「どうやってかは聞くだけ無駄なわけね」
「わかってきたじゃない。で、次の理由は……そうね、博麗の巫女がどんな存在か知りたかったからかしら」

 うん、口に出したらすとんと心の内へ収まる理由だった。
 気だるげな顔で私の弾幕をするすると抜けてくる博麗の巫女に興味を持ったから。

「で、どういう存在だったかしら」
「ちょっと変わっているだけの可愛い女の子?」
「またありふれた評価を頂いたものだわ」
「だってそうでしょうに。興味のない風でも、実際はいろんな物に興味を持つんだってわかったんだもの」

 紅茶然り、先ほど出したマカロン然り。
 初めて体験する物に対して、振れ幅こそ小さいものの興味を持っていたように見えたのは事実なのだから。

「……否定はしないわ。自分がそうだって自覚はあるから」
「良く出来ました。まぁ、後の理由は本当に些細な後付のようなものだから割愛させてもらうわ」

 空になったカップを指にひっかけたまま、軽くお手上げ。
 後付のそれらしい理由なんて口にするだけ無駄だもの。



 みしっ。



「あん?」
「え?」



 べきり、ごとん。



「……咲夜、あんたの」
「皆まで言わずとも結構。やってくれやがりましたわ」

 ……ふすー……ふすー……

「寝ぼけて能力を切るなんて……」

 ……ふすー

「あの素敵な素敵な銀狼さんに、どんなお礼をして差し上げればよろしいと思います?」
「口の中に熱々の紅茶を差し上げればいいんじゃない?」
「パーフェクトよ霊夢」

 むんずとティーポットをつかみ、暢気に上を向いてお腹を晒しながら眠るスコールの元へ。
 あ、フラン様は少しばかり退避をお願いしますね。

「じゅーきゅーはーちゼロ!」

 がばっと顎を開いて、真っ白な鋭い牙の並ぶ口内へ私の能力で保温済みの熱々紅茶をざばり。
 人のベッドを壊しただけでなく、折角の空気までもぶち壊してくれたお礼ですわ。

 ……ごっくん。

「……何事もなく飲み込んだわね」
「…………はぁ」



 疲れましたわ、もう。






































「なぁ、パチェ。遅いと思わないか」
「そうねー、遅いわねー」
「咲夜が存外に奮戦しているのか……私の獲物を奪っていくような教育はしていないはずなのだけれど」
「そうねー、咲夜はいい子だものねー」
「……なぁ、パチェ」
「そうねー、レミィはいたい子だものねー」
「オイ」
「……いい加減、病み上がりの読書を邪魔しないでくれる?」
「……パチェのばかぁぁぁぁぁ!」





[20830] 十七話 Flandre
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2013/11/07 21:22



 ふわりと花の香りがする咲夜のベッドで、どこか元気のないスコールと一緒に丸まっていたはずなのに。
 不意に起こった喧騒によって、うたた寝から引きずり起こされて辺りを見回すと、酷い有様。
 いや、ベッドが壊れて傾いてるのも当然酷いとは思うんだけど、それ以上にどうなってるのアレ。


「私のベッドに丸まった時に言ったこと、覚えてるわよね? 解ってますとばかりに尻尾を一振りしたわよね?ねぇ?」


 瞳の色が素敵に真っ赤な咲夜が、いたいけな子供が見たらトラウマ直送な笑顔でスコールに詰め寄ってる状況。
 ナイフを持った右手と、いつもふわふわ揺れているスコールのひげをまとめて握り締めた左手。
 やめてぇぇぇ!なんて叫んでる癖に、構ってもらってちょっと嬉しそうなスコールの姿。


 どうしてこうなった。


 そもそも何で起き抜けに家族のバイオレンスなふれあいを見せられなきゃいけないんだろう。
 起き抜けというのは、何というか、こう……誰にも邪魔されずに自由で……救われてなきゃあだめだと思うのよ、私としては。
 呆れた顔でカップを傾ける巫女に、完全で瀟洒に逝ってる従者に、見た目に反して酷く間抜けな狼に……あぁ、何だろうね、何なんだろうね?


「うるさい」


 未だ通常運転に至っていない頭の中から沸いて出た言葉を素直に口から零して、乱痴気騒ぎを起こした下手人と下手狼を睨んでみる。げしゅろーって語呂悪いね。
 そんな、どうでも思考をだらだらと繰り返す私に向かって、ヒュパッと鋭い音を立てて傅く従者と、ジャカッと鋭い音を立てて信地旋回をかまして伏せに移行する狼。
 ……いや、睨んだ私が言うのも何だけれど、過剰反応じゃない?

「不思議そうな顔をされる前に、ご自身の左手を見ていただけますか」

 言われるがままに左手を見れば、投げたら刺さりそうな凶器にクラスチェンジしたクラシカルな金属製目覚まし時計。
 ……つまり、黙らないと貴様らもこうだ、フゥハハハー!なんて調子に乗ったお姉さまみたいな真似を私がするって思ってるんだよね?
 ちょっとイラっときたわ、そう、ちょっとだけ。
 手の中の目覚まし時計が軽い音を立てて粉砕する程度に。

「…………失礼な。導火線の短さと着火率に定評のあるお姉様と一緒にしないでよ」
「中々言うようになりましたね、フラン様……咲夜は嬉しゅうございます」
「じゃあ嬉しいついでにさっさと次行って、次。私は寝直すわ」
「かしこまりました。霊夢、スコール、鋭気の貯蔵は十分かしら?」
「元から無いわよそんなもん」
 以下同文!お夜食をたっぷりお肉のコースにしてくれたら貯蔵されるかもしれません。
「よし其処にお並びなさいな。今夜はハリセンボンの活け作りですわ」






「聞こえなかったんだ。そうか、聞こえなかったんだね?」






 いつでもどこでも愉快に元気。
 何とも素敵だけど、今はそんな気分じゃないの。
 ……よぅし、お行儀よく其処に並べ。
 今夜のお夜食はよぉく叩いた柔らかぁいレアステーキよ。












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「久々にちょっと暴れてスッキリ!」
「ちょっとなの、コレ?」



 ヒュウ、と心地いい夜風が火照った体を撫でていく気配を感じながら、清々しい心持ちで発した言葉に反応するのは、我関せずとばかりに部屋の隅へテーブルごと移動して結界を張っていた巫女さんのみ。
 咲夜は開始早々この部屋の空間をいじるだけいじって広々とした大広間に変えた後、見惚れるようなフォームで逃走を図って既に無し。
 あんまりにも見事な逃走すぎて、思わず呆気に取られて見逃してしまうくらいだった。
 そして必然的に私の相手をしたのは、最後に『やーらーれーたー!』なんて間抜けな思考を残して、大げさに吹き飛びながら咲夜のベッドの残骸へ飛び込んだスコールだけだった。

 あれ絶対何一つやられてない。
 だって狙ったみたいにベッドにダイブした後、いそいそと丸まってたもの。
 二度寝?私も混ぜてよ。

「しかしまぁ、寝起きにちょっと暴れてコレとは、貴女も大概ねぇ」

 残されたポットからのんきにコポコポと紅茶を注いで、山と積まれたお茶菓子をぼけーっと頬張る巫女に毒気を抜かれる事この上ない。
 反論もできないしね。
 ぐるりと辺りを見回せば、一面の穴、穴、穴、クレーターに焼け焦げた黒い物体の数々。
 ………うん、まだ部屋の原型が残ってるんだからいいよね。
 この館は部屋なんていくらでも余ってるわけだし、咲夜はそちらに引っ越してからのんびりこちらを修理すればいい。

「スコール、逃げるの上手いんだもの。逃げられると追いたくなるのは捕食者の性だわ」
「あんたらやっぱり妖怪だわ」
「褒め言葉をありがとう、巫女さん」

 うん、最初こそ寝起きの不機嫌さしか無かったけど、楽しかった。
 とてもとても、楽しかった。

 今わざわざ言葉にしたように、スコールは逃げるのが上手い。
 前から逃げるのだけは得意ですなんて笑いながらに言ってるけど、それを馬鹿にする気も起こらないくらいに。
 お遊びの域だと大して避けもしないで大げさに痛がったりするのに、手痛い傷を負うだろう一撃にだけは異常な反応速度を返して掠らせもしない。

 更にはあの能力を、本人が自覚していた通りに使われた時の厄介さはもう笑ってしまう。
 元々100の重さの物を100の力で動かしていた所で、重さだけを1にすればどうなるかなんて子供でもわかる。
 モーションは全く変わらないのに、速さだけが異常な増減をするなんて捉えづらい事この上ない。
 ついでにこちらの振るった腕や杖、挙句の果てには弾までも、込めた力や重さに干渉して威力を殺してくるし。
 あの感覚は初見殺しもいい所だと思う。
 しかも、それをまるでこちらの手の内を読みきったみたいなタイミングで仕掛けてくるなんていうオマケつき。
 遊びの域での対峙だと、私は今まで一度たりともスコールをまともに捉えきれた事がない。
 スコールはまるで私に華を持たせるのが当然のように、最後は今日みたいな笑いを誘う道化じみた負け方をするけれど、私が勝ったと実感した事なんてないのだから。

 いつもそうだけど、本気になってスコールと遊べば遊ぶほど、壊れたベッドでだらりと眠る狼が千年を超えて逃げ続けてきた妖だって実感できる。
 スコールの昔話の中で出てきた名前や特徴に興味を惹かれて、大図書館にあった絵巻で調べたら出るわ出るわ。
 この国では名を知らない者が居ないような大妖や神の名に始まり、取るに足らないと思える、名前だけがかろうじて残っているような有象無象に至るまで、よくぞここまでと思う他ない程に列挙された名の数々。
 スコールは卑下するように『逃げる事しか』なんて言うけれど、それだけの相手から後に残る傷を負うことも無く逃げ切り続けた事実は堂々と誇るべきものだと思う。
 まぁ、普段のスコールを見てるとギャップが酷いというか、現実は非情ですというか、そんな片鱗も見えないけど。

 それはさておき、どうするかなぁ、コレ。
 ………面倒くさいし、丸投げ?
 うん、それでいい、それがいい、きっと、それがいい。

「見ての通りの惨状だけど、どうする?」
「カードを貰って次でいいわ……カードは?」
「咲夜と一緒に素敵な逃亡生活中じゃないかな」

 なんて、こんな事を話してたらきっと……

「はい、カード。貴女とお喋りするのが楽しくって、つい渡すのを忘れてしまいましたわ」

 そう、十六夜咲夜はそこに居る。

「……貰えるなら文句はないけど、何で手を絡めてくるのよ」
「さわり心地が良さそうだったから?」
「ちょっと吸血鬼妹、これ、何?」

 私に振らないで欲しい。
 何気に可愛い子とか綺麗な子が好きだからなぁ、咲夜……。
 ついでにさらりと咲夜を『これ』って。
 物扱いだね?

「完璧で瀟洒に変態な従者」
「ちょ、フラン様……!?」
「反論があるなら、まずはその指を絡めた巫女さんの手を離しなさい」

 スコールが能力を使いたい放題使った後はその残滓でいつもこうだもの。
 この場だと、咲夜は自重なんて何のその、一度ノリはじめたらとことんまで。
 素敵に元気に病気なさっちゃんはまさに変態である。
 精神的な意味であって、実害らしい実害は皆無なんだけどね?
 ほら、名残惜しそうな流し目とかいいから放しなさいってば。
 同性でも見惚れるくらいの綺麗な見た目に反して、やってる事はただのセクハラだからね、それ。

「ごめんね、巫女さん。普段はもうちょっとマトモなんだけど……」
「ちょっと、ね」
「そう、ちょっとだけ」

 そんな私たちのやりとりを受けて、よよよ、なんてわざとらしさの塊以外の何者でもない嘘泣きをしてる咲夜はスルー。
 スルーは大事なんだって、地下から出て学んだ中でも指折りの経験を生かして、スルー。
 なんだかもう疲れちゃったよ、私。
 じっと手を見るくらいに疲れちゃったよ。

「どうも、私が案内するのが一番みたいだね」
「人間?と、吸血鬼。この二択で吸血鬼の方がマトモっていうのはどうかと思うんだけど」
「疑問符はつけないであげて。ちゃんと人間だから、一応」

 あ、嘘泣きが何か悟ったような泣き方に変わった。
 この程度の事実で泣く位なら、最初からやらなければいいのに。

「さ、そうと決まれば次へ行きましょう。次が最後だから頑張ってね」
「異変側が応援してどうするんだか」
「ここまで予定からズレちゃったし、もういいの。何を言っても、何をやっても、もうオシマイ。投げられた賽の目はお空を向いて、帰結は確定」
「要は諦めたと」
「だって巫女さん。ここからこの上ない真面目なストーリーが待ってたとして、それに対して真面目に取り組む自信がある?」
「微塵も」
「なら、やっぱり帰結は確定。なら、もう、この茶番劇は終わらせなきゃいけないの」
「今ここで終わって、賞品だけくれてもいいんだけど」
「そういう事は言わない。一応は決まりごとだからね」

 さ、行こうか。
 愛しい愛しいお姉様の下へ馳せ参じましょう。
 手には薔薇とショットガン……いや、色は合ってるけどイメージじゃないか。
 手には紅白饅頭、退屈させないための渋ぅいお茶あたりで行こう。












----------------------------------------------------------------------------------------











「お姉様にこういう事を求めるのが間違ってるよね」
「ちょっとフラン、着くなりいきなり空気をぶち壊さないでくれる?」

 回廊を抜けて、使い道もない玉座の置かれた見た目だけは仰々しい広間への扉を、確信にも似た妙な予感を以って蹴り開けた先にあったのは、予感どおりの有様。
 大きな玉座に腰掛けたお姉様の小さな体。
 その小さな体の後ろから覗くのは、咲夜の作ったお菓子袋の姿。
 ついでにお姉様。
 口の周りにジャムが残ってる。

「せめて壊されるだけの空気を作ってから言ってよ」
「つ、作ってたわよ!それを貴女が「お姉様?」……ナニカシラ」

 反論を口にするお姉様をわざと遮って、綺麗に整えられた真っ赤な絨毯の上でゆっくりと歩を進め、お姉様の下へ。
 そう、ゆっくり、ゆぅっくり、歩いて。
 少しばかりの距離を残して、止まる。
 僅かに俯いていた顔をそっと上げて、固まってしまったお姉様の顔を仰ぎ見た。

「ねぇ、知ってる?」

 ねぇ、お姉様。
 妹に声をかけられただけなのに、何で震えるの?

「私ね、ここに着くまでの案内のお仕事、ちゃぁんと果たしたんだよ?」

 うん、頑張った。

「そ、そう、それは素晴らしい事だわ」
「うん」

 自分でも素晴らしいと思う。
 門で空気を白けさせてしまった事は反省するけど、それを加味してもそう思う。
 少し寄り道もしちゃったけど、巫女さんをちゃんとここまで連れてきた。
 ここまで、連れてきたんだもの。
 この事実は間違いなんかじゃない。

「ねえ、お姉様。お姉様にわかる?」
「フラン……?」

 お姉様に、わかって、たまるものか。
 ここで不思議そうな声をかけてくるお姉様が、わかっているものか!

「巫女さんをここまで連れてくる間中、自重を振り切ってひたすらナンパに励む従者の姿」
「は?」
「巫女さんをここまで連れてくる間中、俯いて歩くしかない私に注がれる巫女さんの暖かい同情の視線」
「ちょ、ちょっと何を言って……」

 思わず眉根を寄せてしまうと、またお姉様は固まってしまった。
 ……それにしても、『何を言って』?
 何を言って、と言ったのか、お姉様は?
 ならば教えてあげよう。
 不出来な妹が、全身全霊で教えて差し上げよう。

「私は、あの地下から出て、今まで、ここまで!」

 一歩を踏み出す。
 あくまでも、あくまでもゆっくりと。
 大きく一歩を踏み出して、柔らかい絨毯を踏みしめる。

「ここまで恥ずかしいと!そう思ったことはないわ!!」

 手に持った黒金の杖に、渾身の力を込める。
 込めて、込めて、込め続ける。

「自重してよ、ばかぁぁぁあああ!」

 それを、なりふりかまわず、後は開放するだけ。
 ええ、簡単なお仕事でした。

 天を焦がさんばかりに立ち上った爆炎の先へと消えていくお姉様の姿。
 しまった、力を込めてやりすぎたせいで末路が見えない。
 当たったのかな?
 ……当たってなかったらちょっと恥ずかしいよね、これだけ力を込めておいて。
 こんな時はきっと小悪魔に借りた漫画で勉強した、アレを言っておくべきだ。

「ダメだドク、当たらん」
「いえ、当たってますから。あとドクは今我関せずと読書中です」














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「というわけで。カードが消し飛んじゃった。ごめんね?」
「……まぁ待て、吸血鬼妹」
「うん?」
「消し飛んだ?」
「うん」
「……賞品は?」
「なら、カードは?」
「…………たった今、消し飛んだらしいわね」
「なら、賞品はあげられないかなぁ」
「よろしい、そこになおれ妖怪め。成敗してくれよう」

 気だるげに肩にかついでいた払い串を雄雄しく上段に構える巫女さん。

 いや、悪いとは思ってるんだよ。
 何もかも吹き飛ばすつもりはなかったし。
 多分。

「今、私が言った言葉をよく聞いてた?」
「あん?」
「賞品は『あげられない』けど、別に持って帰っちゃいけないなんて言ってないよ」
「……ふむ」
「今のこの館の状況だと、それを止められる存在が居ないっていうのが問題だね」
「あんたは?」
「色んな意味でバカらしくて、止めないどころか手伝ってあげたいくらい」

 ほんとにね。

「正規の手順を踏ませられなかったのはこちらの落ち度だから、お詫びにいつでもうちに来ていいよ。裏表無し、文字通りの意味で歓迎するから」

 罪滅ぼし的な。
 変な方向に雪崩が起きなければ、そこそこ貴族的な見栄えのする館だもの……いや、多分起きるけど。
 少しばかりの雪崩くらいなら叩き伏せてみせるから、是非来て欲しい。
 巫女さんの有り方そのものは、心地いいものだったし。
 平等って凄いと思うわけですよ、不肖、このフランドール・スカーレットは。

「……ん、嘘はついてないか。あんた本当に吸血鬼?」
「一応まじりっけなしの吸血鬼のはずだけどね。でも自分で言うのも何だけど世間知らずだし、種族の常を体現しているかと言われたら首を振るかなぁ」
「左様で」

 500年近い経験の欠如があって常識なんて知らなかったし、外に出てからというもの、ここはとても優しかったから。
 傲慢、冷血、排他的なんてマイナスイメージばかりが列挙される吸血鬼像とは違った存在になっているだろうなと思う。
 そんな事をつらつらと思い浮かべながら他愛もない会話を重ね、ふとお互いの意図がかみ合った瞬間を感じ取った。





 そう、そろそろヤるのね?





「吸血鬼。食料の貯蔵は十分かしら?」
「保存期間を鑑みなければ、十二分に」
「素晴らしい」

 ご立派になって、と、視界の端でまたわざとらしくハンカチで目元を押さえる咲夜を尻目に二人で駆け出す。
 長い回廊を抜け、角を曲がり、扉を蹴破り。
 その先に、巫女さんの理想郷があった。

 積み上げられた俵の山。
 小悪魔の善意でそっと付け加えられた食材の数々。
 とても一人で持ち出せる量ではない。
 でもここは紛れも無い悪魔の館であって、その悪魔が手を貸すならば話は別。

 ニヤリ、と悪い顔でアイコンタクト。
 うん、わかってる。

 すぅ、と申し合わせたようなタイミングで思いっきり息を吸い込んで、後は解放するだけ。


『スコォォォオゥルゥゥウ!!』


 へい!おやびぃぃぃいん!


 叫んだ途端に、笑うくらいの速さで目の前に滑り込んでくる巨狼。
 寝ていたはずなのにいい反応だわ。

「スコール!軽く、軽く、浮いてしまうくらいに、軽く!」
「積め積め積め!積むのよ!天を穿たんばかりに積むのよ!」

 色々と浮いてる巫女さんだけど、何気にノリがいいよね。
 ますます素敵だわ。

 さて、後は山となった荷物と共に神社へお邪魔するだけだ。
 お神酒っていうお酒、飲んでみたいなぁ。








































「咲夜」
「なんでしょうか、お嬢様」
「あいつら、米どころか食料根こそぎ持っていってない?」
「よくもまぁあそこまで芸術的に搭載できたものです」
「……全く、大損だわ」
「その割には満更でもなさそうですわ」
「当たり前でしょう」

 だって、フランが無邪気に笑ってるのよ?
 あれは、いいものだ。





[20830] 十八話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2013/04/29 21:59



 レイムさんの家というか、博麗神社に食べ物をしこたま積み降ろして。
 普段あまり遠出をしない事もあって、今回のような遠乗りが見せる風景に何か感じるものがあった様子のフランさん。
 満月の下、私の背中にまたがったまま『あっちに行ってみたい!』『あっちには何があるの?』と湧き出てくる興味は果てないようです。

 小高い丘の上から人里を眺めたかと思えば、その時に見つけたらしいまだ開いていた居酒屋でお土産の日本酒を購入してみたり。
 力なく空を飛んでいた白黒の妙な魔法使いと元気に話していたかと思えば、何故か弾幕ごっこになって叩き落してみたり。
 話に聞いていたらしい、夏は『太陽の畑』と呼ばれる程の向日葵畑を目指してみたり。

 ちなみに魔法使いさんは地面に落ちる前に空中で咥え、そのまま人里へ取って返してごーとぅーケイネさんち。
 着くなり魔法使いさんを押し付けつつも事情を説明して、怒られるかと思いきや『お疲れ様です』と、前回のちょっとおかしな凛々しさから打って変った柔らかな対応をされて思わず身構えてしまいました。
 ケイネさん曰く、前回は子供の対応から入ったことであの口調だったそうな。
 ころころ口調を変えるのも失礼に思えたので、そのまま通させて貰いました、との事。
 何というか、器用なようで不器用な人ですよね。
 そしてこちらが面倒事を咥えて持ち込んだというのに、帰りしなには『よければ皆で食べてください』と大きな大福をいくつも包んでくれるという。
 あの時のケイネさんと今のケイネさんは本当に同一人物なのかと本気で疑ってしまいました。
 その気配が漏れてしまったようで、ちょっと恥ずかしそうに頬を染めていたのは大変眼福でしたけれども!
 うん、また来よう。
 今度はお返しのお土産を持って。



「で、そこの狼さんはいつまで現実逃避に走っているのかしら」



 ええ、現実逃避です。
 夜だし大丈夫かなーなんて思いながらフランさんのご希望通りに太陽の畑へ向かった結果、アキュウさんの本に書いてあった『危険度:極高、人間友好度:最低』らしいカザミユウカさんへ見事にお目通りがかなってしまいました。
 本の通りだったら怖いなーなんて思いから現実逃避に走ってしまいましたけど、雰囲気や口調からはそうは感じないという。
 というかフランさんは元気に駆け寄ってからご挨拶をして、ユウカさんからすごく良い笑顔で可愛がられてますし。
 談笑して、頭を撫でて貰って、髪に綺麗な花を飾って貰ってるくらいに。
 あれぇ……?

「何が言いたいかは何となく察してるけど、見境無く襲うほど野蛮じゃないわ」

 おうふ。
 これは失礼な事をしでかしてしまった模様。
 そ、袖の下を渡さなければ!
 ごそごそと首にかけてある膨らんだ鞄から進物を取り出してずずいと。

「……何、この包み?」

 大福です。
 先ほどお土産に頂いた物ですけど、沢山あるのでお一つどうぞ。
 さっき一つ食べてみましたけど、優しい味の幸せな甘さでした。

「へぇ、大福。なら緑茶かしらね」

 ようやく起動したスカーフの魔法に少しばかり驚いた風でしたけれど、笑顔で受け取ってくれました。
 大福の包みをくるりと手の中で回しながら、ちょっと楽しみといった風なユウカさん。
 いやはや、丸く収まってくれそうで何よりです。
 大福なだけに。

「折角だし、貴女達も一緒にお茶でもいかが?」
「頂きます!」

 普段出るのは紅茶ですから、緑茶に興味津々らしいフランさんが可愛らしい。
 もうこれだけで私も幸せになっちゃいます。
 おいで、と機嫌よさげに歩き出すユウカさんの後を追って、満月の明かりでうっすらと輝く花々の間を縫うように。
 その歩みはサクヤさんとはまた違った優雅さというか、なんというか。
 綺麗な歩き方をしますね、この方。
 その割りに、私が普通に歩いて着いていくのに丁度いい速さを保つという。
 やります、やりますよこのお方は……!

「……どうかした?」

 そんな事を考えながらじーっと背中を見つめていたら、くるりと振り返ってことりと首をかしげるユウカさん。
 満月や花々に加え、本人の微笑も相まって非常に絵になります。

 あぁ、可愛らしい……じゃあないですね、とてもお綺麗です。

「あら、ありがとう。貴女の毛並みも満月に映えてとても素敵よ?」

 ……うわぁ、ちょっと。
 きゅんとしちゃったじゃないですかもう!
 そんな笑顔で言わないで下さいよ全く。

「初心ねぇ。ここはさらりと流して微笑むのが淑女の嗜みよ」
「おー……」

 私の背で揺られてるフランさんが、思わずといった風な声を上げてしまうくらいに、様になっているというかなんというか。
 アキュウさんめ、この方のどこが『危険度:極高、人間友好度:最低』ですかっ!

「求聞史紀には別に嘘を書かれているわけじゃないわよ?」

 え?

「さっき言ったでしょう?『見境無く襲うほど野蛮じゃない』って。私に敵対行動を取るような輩にかける情なんて持ち合わせていないもの」

 ……具体的には?

「私の花を無碍に扱う輩だとか、私を見るなり退治しようと襲い掛かってきた輩だとか。よっぽどでない限り命まで取りはしないけれど、相応の報いは差し上げていますわ」

 にっこりと、先ほどまでとは違った肉食獣的な笑みを浮かべるユウカさん。
 なるほど、納得の求聞史紀でした。
 この笑顔を見たら、よっぽど肝の据わっていない限りはひとたまりもないでしょう。

「人の子の噂には尾ひれがつきもの。巡り巡ってそう書かれても、その程度で腹を立てる程狭量じゃないわよ」

 あ、これ本当に気にもしてない顔ですね。
 私の中で、ユウカさん専用すこーるすたんぷ台帳がすごい勢いで埋まっていってますよちょっと。
 素敵じゃないですか、ユウカさん。
 もう両足で押さないと間に合わないくらいの量産っぷりです。

「こんなにキラキラした目で見られたのは久しぶりだわ」
「スコールのハートを見事に射止めたね!」
「それは光栄だわ」

 額の辺りの毛並みをゆっくりと梳くように撫でてくれる綺麗な手はとても柔らかくて、もう思わず尻尾が揺れてしまいます。
 私のお散歩範囲が広がるのは確定ですよ。
 いい香りがするし、優しいし、綺麗だし。
 そこにいるだけで感じる落ち着いた雰囲気が心地いい。

「また随分とストレートに伝えてくるのね、貴女は」

 良い思いはちゃんと伝えるべきでしょう!

「否定はしないけど、貴女の上のお嬢さんはちょっと言いたい事があるみたいよ?」

 ……え、フランさん……?

「うん、素直な気持ちをぶつけられるのは嬉しいよ。可愛いって言ってくれるのも、愛らしい、好きだって言ってくれるのも、凄く嬉しい」

 ぽふんと私の毛並みに倒れこんできて、少しばかり溜めを作ったフランさん。
 果てしない不安感ですよこれは。

「でもね、その、たまに持ち上げられすぎて恥ずかしくなるんだよね。少しは自重しよう?」

 ……何を言っているんでしょう。
 持ち上げられ『すぎて』?『すぎて』と仰いましたか、今。

 思わず体中の毛が逆立つ程に、ちょっと今のはカチンと来ましたよ!
 どんなに思いを重ねても伝え切れてないと感じているのに『持ち上げられすぎて』ですって?
 足りないのに!
 まだまだ足りないというのに!!
 もう!一体どうやって伝えればいいと言うんでしょうか!!

「…………その辺にしておいてあげなさいね。真っ赤になっちゃってるから」

 すいと踵を返して、私の毛並みに顔を隠しているらしいフランさんの頭を優しく撫でるユウカさん。
 うー、なんて唸り声が私の肌に直接響いてきますけれど、こればかりは何としても譲れません。
 しかしなんですね。
 やっぱり、とてもとても可愛らしい。

 あ痛。

「こら、レディーに恥をかかせるんじゃないの。本人が『これでいい、これがいい』と言うなら、それに合わせてあげるのが優しさでしょう」

 むぅ。
 むぅぅ……!

「いい加減折れてあげなさい。あんまりやりすぎると嫌われちゃうわよ?」
「それはない!」
「あら、情熱的」

 …………何でしょう、今の衝撃は。
 先ほどユウカさんから頂いた一撃なんて比べるのもおこがましい程の、この衝撃は。

「……全く、幸せそうで何よりだわ、貴女達」

 ぽふぽふと私の鼻先を優しく叩いて、再び前を歩き始めるユウカさんですが、その歩みは先ほどよりも軽やか。
 良いものを見せてもらったわ、なんて嬉しそうに呟かれたのを聞いてしまっては、もう何も言えませんとも。









-------------------------------------------------------------------









 ユウカさんの先導の末にたどり着いた、こじんまりとした素朴な風味の一軒家。
 もっと大きな家で優雅に暮らしているのだと勝手に想像していたので、少しばかり目を丸くしてしまいましたよ。
 でも中へお邪魔してみると、あぁなるほど、ユウカさんのお家ですねという印象のする不思議なお家。
 通された部屋をぐるりと見回すと、そこらじゅうに散らばっているのに、雑然とした印象を受けない生き生きとした鉢植えの数々。
 そして部屋に違和感無く溶け込んでいる家具たち。
 落ち着きますねぇ。
 こんな場所はきっと時間がゆっくりと流れるんですよ。
 のーんびりと時間の流れを楽しむのにはとても良い場所となるでしょう。

 そんな素敵な場所の中央には、二人掛け程度の小さなテーブルが一つ。
 そこにユウカさんとフランさんが掛け、私は横へお座りをして三者面談!
 ……なんか違う。
 でも可愛いフランさんと綺麗なユウカさんが同時に見られるなんて眼福です。
 もぐもぐと元気に大福を齧るフランさんに、頬っぺたについた粉をハンカチで拭ってあげるユウカさんの図。
 和みますねぇ。

「この大福、どこかで食べた覚えがあるわ」
「寺子屋の先生作だよ。私はさっき会ったばっかりだけど、一目見てわかる良い人オーラが凄かったわ」
「……あぁ、あの」
「知ってるの?」

 フランさんへの世話焼きが一段落して、自分もそっと大福を口に含んだユウカさんが不思議そうな顔をしながらぽつりと零した言葉に、ちょっとびっくり。
 失礼だっていうのはわかってるんですけど、接点がまるで見えない組み合わせですね。

「人里近くで何度かね。最初は警戒していたのが目に見えたけど、回を追うごとに対応が軟化してね……」
「ふむふむ」
「何度目だったか忘れたけど、私の顔を見るなり人里に取って返してね、これを持ってきたのよ」

 ふむふむ。

「少し息を切らせながら駆け込んできてね、少し赤く染まった頬のまま『よければ食べてくれると嬉しい』って」

 それはなんとも素敵じゃあないですか。
 ケイネさんの事ですから、最初の頃の対応を気にしたんでしょうねぇ。

「その通り。思わず笑っちゃったわ」

 その時の事を思い出したのか、本当におかしそうに笑うユウカさん。

「それから会うたびに少しばかりの雑談を交わす程度の仲にはなったわ。最近は人里近くに行っていないし、久しぶりに顔を見に行くのもいいかもしれないわね」

 するりとお茶で喉を潤してから再び大福を口にして、あの時よりも美味しくなってるわね、なんて嬉しそうに呟くユウカさん。
 人を笑顔にできるお菓子を作れるなんて、とても素敵な事ですよね。
 本に書かれていた事もあってちょっとばかり苦手意識を持っていましたけれど、大幅な修正が必要です。
 うん、ここも今度来る時にはとびっきりのお土産を用意しましょう。
 ……さ、サクヤさんに頼んで。
 私が自力で、という事になると血生臭いお土産しか用意できそうにないですもの。
 鹿とか。

「気持ちのこもった贈り物に貴賎なんて無いわ。それにこう見えても料理は得意なんだから」

 そう見なくても得意そうです。
 割りと何でもそつなくこなして微笑んでるような気がしますよ。

「そうでもないわよ?欠点だって当然あるもの。朝に弱いとか、花の事になると時間を忘れちゃうとか」
「それだとむしろチャームポイントってやつじゃないのかな。幽香さんの寝ぼけた姿とかちょっと見てみたいっ」

 私も見てみたい!
 きっと可愛いんでしょうねぇ。
 美人から凛々しさ成分を抜いてほんわか成分を添加したみたいな!

「からかわないの。あんまり言うようならその立派なお髭をちょうちょ結びにして差し上げますわ」

 そんな脅しをかけてくるユウカさんですが、優しい笑みでちょこちょこと私の髭を弄ぶ姿からは危機感を感じないというか。
 怒らせたら怖いのでしょうけれど、逆に言えば、怒らせなければとても素敵なお姉さんと。
 サクヤさんたいぷですね!
 方向はちょっと違いますけど。

「ちなみにそのサクヤって子はどちらさま?」
「私達の家でメイドをやってる人間だよ。人間らしくないくせに、人間らしい不思議な人間!」
「あら、謎かけかしら」
「ん、こればっかりは会ってみないとわからないと思う。また来てもいいなら、連れてくるけど……」
「もう来るな、なんて言うわけがないでしょう?いつでもおいでなさいな、素敵な素敵なお嬢さん」
「う」

 ユウカさんの微笑み、フランさんに直撃。
 真っ赤になって手元のお湯のみをいじりだすフランさんったらもう!もう!!
 思わず後ろからぐるりと巻き込んで頬ずりをしちゃいます。
 ぺしぺしと照れ隠しで繰り出される小さな手をぱくりと甘噛みして捕獲。
 可愛らしい子は、素直に可愛がられるといいのですよ!

「むー!」

 捕まえていた手が抜き取られて、先ほどよりも力のこもった一撃が私の鼻先に見舞われました。
 ……さっきユウカさんに言われたように、少しばかり自重というものをしてみましょうかね。
 押すばかりで駄目だというならちょっと引いてみるとしましょう。

 するりとフランさんに巻きついていた体を離して、ユウカさんの後ろへ移動。
 そっと肩に頭を乗せてユウカさんへ頬ずり頬ずり。
 うん、やっぱりいい香りです。
 横目で表情を伺ってみると、ちょっと驚いたみたいにきょとんとしていましたけれど、すぐにまた微笑みへと立ち返って顎の下をくすぐってくれました。
 少しばかり後ろへ体を向けて、私の弱いところを的確に攻めてくるユウカさんに、ちょっとばかりたじたじってやつです。
 耳の後ろをくすぐられて、そっと息を吹きかけられた時はおもわず体が震えてしまいました。
 やります、やりますよこの御仁は……!

「うん、やっぱりいい毛並み。よく手入れされてて気持ちいいわ」

 毛並みの向きにそってするすると撫でてくれていたかと思えば、ふと逆向きに梳いて毛並みへ指をうずめてみたり。
 遠慮も無ければ我慢も無い、それでいてこちらが心地いいなんて感じるとは。
 もうすこーるすたんぷ台帳が打ち止めになってしまいます。

「…………」
「妬かれちゃったみたいよ?」

 んふー?
 ちらりとフランさんを伺えば、ユウカさんの言うとおりに少しばかり複雑そうな顔をしたフランさんのお姿が。
 ……いや、確かに押して駄目ならーなんて考えましたけど、早いですね。
 でも単に妬いてるってだけじゃなくて、ちょっと嬉しそうな感情も見え隠れしていると。
 これはつまりあれですね、私が両手に華とすれば何も問題は無くなると見ました!
 というわけで!

 そっとユウカさんから離れて、朝になっても日の光が入ってきそうにない場所へ陣取ってもそもそと準備。
 さあ!おいでませお二方!!

「……ぷっ、くく……」
「……いや、確かにそれならって思うけどさ」
「い、いいんじゃないかしら。ちょっと予想外だったけど」

 思わずといった笑いを堪えて、フランさんを促しながらこちらへ歩み寄ってくるユウカさん。
 初めての方ですし、特等席をご用意致しましょう。
 私の前まで来たユウカさんをそっと前足で抱きこんで、ぐるりとその体を巻き込んでから、ちらりとフランさんへ目線を送ってみる。
 こうして抱きかかえてみると、サクヤさんに似た抱き心地。
 本人には言えませんけれど、ユウカさんの方がだいぶ女性的な感じですが。
 ……まぁそれは置いておいて。

 フランさーんフランさーんおーいでーなさーい。

 ぱたりぱたりと尻尾で床を叩きながら、少しばかり迷っている様子のフランさんへお誘いをかけてみる。
 あの様子ならすぐに陥落するに違いありません!
 そもそも嫌がってなんていないんですから、陥落しないはずがないのですよ、ええ。

 たっしたっしと前足でも床を叩き始めた頃に、ようやくフランさんが動き出しました。
 おずおずとユウカさんの様子を伺いながら私の前まで来たフランさんを、有無を言わさずにまたまたそっと抱きかかえ。
 ユウカさんと肩を並べるように調整してから、二人をぐるっと巻いてみっしょんこんぷりーと。

 いい仕事をしました!

「本当に、一緒に居て楽しいわ、貴女達」
「ありがとう、って言えばいいのかな?」
「それはもう。褒め言葉なんだから素直に受け取ってくれると嬉しいわ」

 ことんとフランさんの肩へ頭を乗せて、言い聞かせるように呟くユウカさん。
 ああもう、この美人さんめっ!

「さて、こんな素敵な体勢になった事だし、もっとお話を聞かせて頂戴? まだまだ夜は長いんだから」

 ユウカさんのお腹の辺りに乗っている私の頭と、肩を寄せ合っているフランさんの頭をそっと抱き寄せながらにっこりと誘うような笑みを浮かべるユウカさんに、フランさんと二人してやられてしまいました。
 今日だけで何度目になるのか最早わかりませんけれど、本当に素敵な方ですよ、全く!

























































「さ、さくやぁ……」
「何でしょう」
「お姉ちゃんのポジションが危なくなってる運命を感じるのよ……」
「何を今更」
「えっ」
「えっ」






[20830] 十九話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2013/02/17 16:25



 ユウカさん宅に集った皆が皆、馬鹿げた体力なものだから結局夜通しのお喋りとなってしまいました。
 もうそろそろ朝日が顔を覗かせる事でしょう。
『昨夜はお楽しみでしたね!』って元気に叫んであげる計画がおじゃんです。
 それもこれもぜーんぶ幽香さんが素敵に私達のはーとを掴んじゃうのがいけないわけで!
 本当にもう!この人はもう!!

「怒られているのか喜ばれているのかわからない言われ様だわ」
「喜んでるから大丈夫。怒る……というか、拗ねてる時は何も言わずにそっぽ向いてゴロゴロしてるから」
「ちなみに怒ったら?」
「怒ったところを見たことがないから何とも……その前に拗ねちゃうんだもん」
「優しいのねと褒めてあげるべきなのか、情けないわねと嗜めるべきなのか。ねぇどっちがいい?」

 ……わ、私だって怒る時は怒りますよ?
 多分きっと恐らく!
 それはもうがぶりといきます!!
 というわけで前者にしてくれると大変嬉しゅう御座います。

「へぇ」
「ほぉ」

 ……何ですか、その生暖かい目は。

「見た目に反して、本当に貴女はもう」
「中身が凛々しかったら有象無象は畏敬の念とか抱いちゃうんだろうけどね、うん、中身が……」
「こういうのを人はぽんこつと言うのでしょうね」
「その形容がしっくり来ちゃうのがスコールらしいよね」

 お二人は顔を見合わせて『うふふふ』なんて笑いあってますけれど、言ってる内容が酷いとは思いませんか。

「事実でしょうに。ここで爪や牙の一つでも出して威嚇されれば考えを改めたけど、貴女は今何をしてるの?」
「頭でぐりぐりと幽香さんのお腹へ向けて抗議中」
「服越しでも伝わる毛並みの柔らかさと温かさ。中々やるわ」
「……で?」

 ……何ですか……何ですかその勝ち誇った目は。
 フランさんの馬鹿っ!
 夜になったら一人!!寂しく家路についてしまえばいいんです!

「見捨てたような振りをしながら、ちゃんと夜になったら何て言ってるあたりがねぇ」
「しかも一人っていう部分を強調したから、幽香さんと帰れって意味だろうし」
「あら、それはお誘いかしら?」
「それ以外の何かに聞こえた?」
「質問に質問で返さない、のっ!」

 ……姉妹のやりとり以外の何物でもない光景でございます事。
 後ろから捕まえられてきゃーきゃー笑ってるフランさんを見て毒気を抜かれてしまいました。
 というか今更ながら、やっぱりユウカさんも規格外ですよね。
 フランさんが割りと本気で暴れてるのに涼しい笑顔で押さえ込んでますし。
 見た目に反してというなら、ユウカさんやフランさんも大概だと思うわけですよ。

「これでもそれなりに長く生きてるし、この程度の力の扱い方くらい身につけてるわよ」

 うーうー唸りながら本気で力を込めたフランさんを未だに抑え込んでる姿を見る限り、『この程度』で済ませていい域を超えてるわけですが。
 フランさんが握ったままだったお夜食の胡桃が殻ごと粉々になってるじゃないですか。
 文字通り、粉ですよ粉。

「朝になったっていうのにこの力だもの……将来が楽しみだわ。間違いなく美人にもなるし、一粒で二つ美味しいわね」

 フランさんを抱え込んだまま私へ体を預けて、心底そう思っているのが伝わるような口調でその台詞。
 反則ですよ、もう!

「悔しかったら私をやり込めてみなさいな」
「うん、それ無理」

 そうですね、無理ですね。

「…………そんなあっさり真顔で切り返さないでもいいじゃない」

 あ、結果的に反撃できましたか。
 やりましたねフランさん!
 そしてちょっとしょんぼりしたユウカさんもまたいいですね。
 こう、グッと来るものがあります!

「美人は何をしても様になるね。微笑んで良し、落ち込んで良し。一粒でいくつ美味しいのかな」
「私が美人なら、貴女は掛け値なしの美少女なんだから。その台詞はそのまま返してあげるわ」

 ……最終兵器微笑み。
 かないませんね、全く。










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 ココココン、ココン。



 ……何か妙なノックの音が。
 四回、二回?
 何かの合図でしょうか?

「ふむ。貴女達好みのお客様が来たわよ」

 さらりと足を組んで瀟洒に夜明けのコーヒーを嗜んでいたユウカさんが、悪戯を思いついた様な笑みを浮かべてカップを扉へ向けてくいっとな?
 うん、これはあれですね、ヤれと。

「勝負は一瞬よ。有無を言わせず押し倒して遊んでいいわ」

 いえす、まむ!!
 では気配を消してー……軽くなってー……扉の上の壁と天井の間へしっかりと体を固定。
 カシッと少しばかりの爪音を響かせてしまいましたけれど、このくらいならきっと大丈夫。
 入ってきた瞬間を狙ってやりましょう!

「どうぞ」

 フランさんもそっとユウカさんの後ろに隠れていますけれど、思いっきり羽が見えてますよ。
 まぁそちらに注意が逸れてくれるでしょうから、こちらはやりやすくなりますけれどね。
 キィ、と軽い音を立てて開かれる扉の上でそんな事を考えていると、フランさんよりも少しばかり色の濃い金色が眼下に。

「お邪魔する……わ?」

 勝った。
 ユウカさんの後ろから覗く羽に目を奪われましたね?
 それでは私の便利な能力さんサヨウナラ、一名様ごあんなーい!

「幽香、貴女ついに誘拐をフッ!?」

 ……何か妙な声が出ましたよ、今。
 をフッて何ですか一体。

『~~!?~!!!』

 私の下でもぞもぞ動くお客人ですが、その程度の力じゃあそれは無謀というものですよ。
 私本来の体重も然ることながら、そっと床板の継ぎ目に爪を掛けてますからね。
 毛並みに溺れてしまうが良いのです!
 まぁそうは言っても、いつまでも床に押さえつけるのはあれですし、次の体勢に移行するとしましょう。
 伏せていた上体を起こすと同時に、お客人の肩へ前足をひっかけて仰向けの状態で私のお腹へご案内。
 そのまま抱き込んでがっちりと。
 意外にもサクヤさんが絶賛してくれたこの技の味、とくと感じ取るがいいっ!
 そーれもーふもーふ!

「はいそこまで。抱え込みで一本よ」

 歓迎成功ですよ!
 というわけでお早う御座います、お客人さん。

「まずは離してあげなさい」

 ぱっと抱え込んでいた体を開くと、私のお腹の上で何故かぷるぷると震えてらっしゃるお客人のお姿が。
 抱え込んだ時にちょっと思いましたけど、何気に背がお高い。
 サクヤさんやユウカさんと同じくらいでしょうかね。
 あと何と言うか、若干薄い……あ、地雷踏んだかもしれません。
 ぎりっと握りこまれた拳が怖いのですけれど、どうしましょう?

「レディに向かって、薄いなんて失礼な事を言うものじゃないわ。……確かに薄いけど」

 舌の根も乾かぬ内に、っていうのは今の発言のような事を言うのでしょう。
 確信犯な笑みと共に投げかけられた言葉を受けて、ぴたりと震えを止めるお客人。
 被害の予感に毛並みが逆立つのですけれど、このまま動いたらお客人が床板に直撃です。
 どうすることもできずにおろおろとするしかない状況、いや本当にどうしたものか!
 というか、はたから見たらどういう光景に見えるんでしょうねコレ。

「幽香。ねぇ幽香。説明して頂けるかしら幽香サン?」

 そんな私の現実逃避な疑問をつゆ知らず、顔を俯かせたまま静かに起き上がって、服についたわずかな埃と私の毛を払うお客人様。
 平坦な声ってどうしてこうも怖いのでしょうか。
 女性と少女の中間、といった具合の綺麗な声ですが、それが逆に薄ら寒さを後押ししてますよ。

「毛並みづくしの釣瓶落としとウルフハッグ、愉悦を添えて」
「酷い調理だね……」
「悪魔の所業だわ」
「私何もしてないよ!?」

 ちらりとフランさんを振り返ってニヤニヤと笑うユウカさんに、フランさんも私もビックリですよ。
 というか、性格が変わってらっしゃいませんか。
 堂に入った姿から、こちらも紛れもなくユウカさんの一面なんでしょうけど。

「女はいくつもの自分を持っているものなのよ」
「……凄く納得した。主に咲夜的な意味で」

 ……あぁ、うん、確かに。
 それはそうと、お客人から更に冷たい気配が突き刺さってくるのですが、如何いたしましょう?

「まずは落ち着きなさい。喧嘩を売りにきたわけじゃないのでしょう?」
「貴女がそれを言うなっ!」
「まさに、正論」
「今度は私が一本取られちゃったわ」

 うふふ、なんて笑ってますけど、どう見ても確信犯ですね。
 でもこっちのユウカさんも中々!

「ありがとう。さ、お座りなさいなアリス。いつも通り紅茶にする?それともコーヒーがいい?」
「……紅茶」
「ん。とっておきの葉なんだから、出てくるまでに機嫌をなおしておきなさいね」

 そう言い残して、すたすたとお台所へ姿を消すユウカさん。
 いや、残された私達はどうすればいいのでしょうか。
 せめて一言でも仲を取り持ってくれてから行ってもいいのにっ!
 沈黙が過ぎ去る室内ですが、一つ疲れた溜息をついてから気配を落ち着けるお客人。
 ありがたやありがたや。

「器用な狼ね。前足で拝まれたのは初めてだわ」
「人里でお婆さんに教わってから、よくやってるよ」
「主にどういう用途で?」
「謝る用途で」
「把握したわ。ヘタレね」
「that's right」

 なっ!?
 初対面でなんて事を仰いますか!

「なら初対面の相手に何をされたのかしらね、私は」

 ……ごめんなさい。

「……こんなにあっさり謝られると、逆にどうしたらいいかわからなくなるわね」
「見た目と真逆の中身に、結構そう言う人が多いんだよ」
「物凄く納得できるわ、それ」

 ここまで言われるのは初めてですよちょっと。
 確かに初対面以外で怖がられた事はないですけど、そこまで言わなくてもいいじゃないですか!

「能力で威厳まで軽くしちゃったんじゃないかってくらいに、威厳がないんだから仕方ないと思うな」
「能力?」
「あらゆるものを軽くする程度。物理的な重さに始まって、空気的な重さや色んな意味での力まで軽くしちゃうの」
「……凄く軽くばらしてるけど、馬鹿げた能力じゃない……それ」
「スコール自身はそう思ってないみたいだけどね。周りがアレな能力持ちだらけだからって」
「…………具体的には、と聞いてもいいかしら?」
「私がありとあらゆるものを破壊する程度の能力。私のお姉さまが運命を操る程度の能力」
「…………は?」
「他には……うん、とびっきりの部類で、隙間妖怪さんの境界を操る程度の能力とかもだね。まだあるけど、聞く?」
「………………」

 その辺りと比べたら、軽くしたからなんだっていうお話ですよ。
 フランさんの能力は干渉しきれませんでしたし、レミリアさんなんてどう干渉していいのかすらわかりませんもの。
 そもそもいつ使われたのかすらわかりませんし。
 さらに言うなら、スキマさんなんてもう抵抗するだけ無駄ですよ、あれは。

「干渉しきれなかったって言うけど、私が意識した破壊よりもかなり規模が小さくなってたんだから十分だと思うなぁ」

 結局壊れちゃったんですから、一緒じゃないですか。

「減衰させるだけでも十分じゃない。大体私が壊せるものの範囲を考えてよ」

 ……そうは言いますけど、納得がいかないというか、何と言うか。

「ストップ、待ちなさい貴女達」
「うん?」

 頭に手をやって、ふるふると自分を落ち着かせようとしているのがよく判るお客人。
 でも今の会話の中にどこか妙な部分がありましたっけ?

「なかったよねぇ。スコールの自覚が足りないって部分以外は」

 むぅ、まだ言いますかっ!

「言うよ。家族が自分の事を卑下するみたいに過小評価するなんて、我慢できない」

 でも事実じゃないですか。
 フランさん達みたいに大きな効果があるわけでもなし、スキマさんみたいに何でもありみたいな汎用性もなし!

「だから、何でそこを……ってどうしたの?」
「…………」

 私との言い争いの途中で、ふと気づいたお客人の様子を伺い始めるフランさん。
 何やら物凄く疲れたご様子。
 どうしたんでしょうね?

「はいお待たせ……って何、この空気」
「……あぁ、そうか。幽香の知り合いなんだから当然かぁ」
「いきなり妙な納得をしないでくれる?わけがわからないわ」
「だってこの子たち、さらりと馬鹿げた能力を暴露するのよ?こう納得するしかないじゃない!」
「……狼のスコールは推定1000歳を軽くオーバー、そっちのフランは約500歳の吸血鬼。あなたの言いたい事はわかるけど、これを加味したらそこまで馬鹿げてるって程でもないと思うけど……」
「わかっててズレた事を言わないでよ……」
「でもちょっと肩の力が抜けたでしょ?」

 かちゃりと机に良い香りの立ち上る紅茶を置いて、やれやれと言わんばかりに椅子へ腰掛けるユウカさん。
 まったくもう、と溜息を一つついてコーヒーをお口直しとばかりにくいっと煽り、そのままもう一つ溜息。

「フランも、スコールも。そんなに簡単に能力をばらすんじゃないの。能力がわかったからって貴女達をどうにかできる輩は限られてるけど、それでもあまり広める物じゃないわ」

 う……ユウカさんのお客様だからって、少しばかり口が滑りすぎましたね、確かに。

「私を信頼してくれるのは嬉しいけど、世界はどこに耳があって目があるのかわからないものでしょう?」
「うん……ごめんなさい」
「私に謝るんじゃなくて、次から気をつければいい事よ、これは」

 落ち込んで俯いたフランさんの顎をついと綺麗な指先一つで持ち上げて、微笑むユウカさん。
 それに対して少しばかりきょとんとしていたフランさんですが、すぐに意図を悟って花が咲いたような笑顔で応えて、元気にお返事を一つ。
 うんうん、やっぱり笑顔が一番。
 反省はしても後悔はしないのって、大切ですよね、うん。

「でもスコールが自分を過小評価しすぎだっていう部分だけは絶対に譲らない!」

 ……そこを笑顔で蒸し返さなくてもいいじゃないですか、この状況で。

「この状況だから言うんだよ。さぁ幽香さん、判定を!」
「そんなに過小評価してるの?」
「自分なんて大したことはできない、逃げるだけだーって」
「ん、なるほど」

 事実じゃないですか。
 私のはしっかりとした自己評価ですよ!

「さて、判定は?」
「過小評価ね」
「ほら!」

 ぬぐっ……何ですかその勝ち誇った顔は!
 可愛いじゃないですかもう!!

「そこ!?」
「おお、いいツッコミだ……!」
「中々やるでしょう、この子」
「うん、タイミングといい鋭さといい、思わず拍手したくなっちゃった」

 ようやく再稼動をはじめたお客人からのつっこみですが、敢えて言いましょう。
 そこってどこですか?
 何一つおかしな部分はなかったでしょうに。

「天然、っていうんだよね、こういうの」
「よく知ってるわね」
「図書館の本で勉強したもの!魔道書ばっかりじゃなくて、そういう本も一杯あったし」
「えらいえらい」

 ……フランさんを猫かわいがりするユウカさんという光景は大変良いものですが、どうにも釈然としない私でございます。
 そして置いていかれている事甚だしい様子のお客人がまた何とも良い味をだしていますね。

「ずっと気になってたんだけど、その『お客人』っていつまで言ってるの?」
「あ、自己紹介してないや」
「そういう事なのね。まぁ初めがあれだったし、仕方ないと言えば仕方ないか」

 実行した身としては、若干心苦しゅう御座います。

「そう言う割にはあまり気にしてなさそうね、貴女」

 だって楽しかったですもの。
 抱え込んだ時なんて、何がなんだかわからないとばかりに妙な声を出しながらじたばたしてましたし。

「普段は落ち着いた子なんだけど、突発的な事態に弱くてねぇ」
「チャームポイントだね!」
「そう。ふと見せる慌てた顔が可愛いったらないのよ」

 うふふと笑う二人の横で、微妙な顔をしているお客人様。
 言い返したくても、間違ったことを言われていないからどうにも、といったところでしょう。
 まぁそれはそれとして、そろそろお名前をお伺いしたい所です。
 ちなみに私は先ほどユウカさんからご紹介のあったとおり、スコールというどこにでも居る妖狼でございまする。

「貴女クラスはどこにでも居ないわよ」

 ……じゃあちょっとだけ長生きしてる妖狼でございまする!

「……貴女はもう。……まぁいいわ、さ、フラン?」
「さっき幽香さんから紹介のあった通りだけど、フランドール・スカーレット、どこにでも居ない吸血鬼です」

 何ですかその真似っこな自己紹介はっ!
 もっと自分を出していきましょうよ。

「ならスコールも出そうよ」

 ……えっ。
 えー……あ、足が速いです?

「……こういう所も残念だよね、スコール」

 なんでそんな哀れんだ目を向けるんですかぁ!?

「はいはい、漫才はそこまでにしなさい。はい次」
「この流れだと凄く言いにくいわね」
「我侭言わないの。最初にさっくり名乗らなかったあなたが悪い」
「う……あー……うん、アリス・マーガトロイドです。さっき色々と聞いちゃったし、私は少しばかり掘り下げるわね」

 そう言いながら傍らに置かれたままだった鞄の留め金を外して開いた途端、フランさんから歓声が。
 かく言う私も興味から思わず耳がピンと立ってしまいましたけど。
 白く透き通るような指がくるりと踊るのに合わせて、開かれた鞄から躍り出たのは沢山のかわいらしい人形達。

「見ての通り、魔法使いの人形師。そちらから見て、右から上海、蓬莱……」

 フランさんと私の前に空中で綺麗に整列して、名前が呼ばれる毎に各々可愛らしい仕草で挨拶をしていく人形たちの姿に、フランさんの目が輝いています。
 人形達はまるで生きているかのように生き生きと挨拶を済ませてから、フランさんとユウカさんのついている机へ降り立ったり、フランさんの膝へ落ち着いてにこにこと笑っていたりと様々な行動を始めます。
 かく言う私の鼻先にも赤いリボンが似合っている金髪の人形さんが……シャンハイさんと言いましたか。
 じーっと私の目を見つめていたかと思いきや、ひょいと飛び上がって私の耳と耳の間に寝そべるように陣取って、ぱたぱたとはしゃいでいるような気配。
 和みますねぇ、これ……

「ちなみに机の真ん中に居る大江戸は中身が爆薬だから、あまり乱暴に扱わないでね」
「……爆薬?」
「そう、爆薬」

 ……なんて物を仕込んでいるんですか。

「前に幽香相手に使った時は傷一つ付けられなかった上で手痛いダメージを頬に負ったけどね」

 ねじ切れるかと思ったわ、なんて宙を見つめるアリスさん。
 無意識なのでしょうけど、そっと頬をさする様子からして、よっぽど痛かったんでしょう……。

「アリスったら照れ隠しに私の顔にその子を投げつけてきて起爆したのよ?少しばかりお仕置きするのは当然じゃない」

 あぁ、それは自業自得ってやつですね。
 ていうか顔ですか。

「真っ赤な顔で『幽香のばかぁ!』って、自分の膝に置いていた大江戸を私の顔に向かって全力投擲」

 あ、ちょっと見たいですねそれ。

「そのあと自分も爆発に巻き込まれて椅子ごとひっくり返った後、慌ててじたばた。面白かったわよ」
「ちょ、そこまでばらさなくてもいいじゃない!」
「ばらした方が面白いじゃない」

 くすくすと片目を悪戯っぽく閉じてコーヒーを口に運ぶユウカさんがまた、何と言うか非常にきますね。
 きゅんとしちゃいました。

「……ずっと思ってたんだけど、私とフランドール達の扱いが違いすぎないかしら」
「可愛い子は可愛がって、面白い子はもっと面白い子に仕立てるのが好きなの」
「面白い子扱い……!?」

 面白いですね、確かに。
 見た目は綺麗と可愛いの中間あたりな美少女さんなものだから、それに反する言動がちょくちょく面白い。

「うん、自分に対する評価の時のリアクションも面白かったし」

 なるほど、ユウカさんが言っていた通り、中々やる御仁ですよ、このお嬢さんは。

「……幽香のせいで妙な評価が定着しちゃったじゃない」
「事実を人のせいにしないの。仮に私が今取り繕っても、貴女はすぐにボロを出すわよ」
「否定できないのが悔しいわね。大江戸を投げてもいい?」
「別にいいけど、覚悟はしておきなさいよ?」
「…………」

 にっこり笑いながらミシリと音を立てる拳を見せ付けるユウカさんに、ぷるぷると悔しげに震えるアリスさん。
 ちょっと……この子本当に面白いですよ。
 新鮮な可愛らしさというか何というか!

「ただし、いじりすぎるといきなりプツンと逝っちゃうから気をつけなさいね。この感じだとそろそろ来るわよ」
「判ってるならやめてよ!」
「仕様だわ」

 ずばっと切り捨てられて、がくりと床に手を着いて落ち込むアリスさん。
 面白いなぁ、可愛いなぁ!
 思わず再びユウカさん曰く『うるふはっぐ』とやらの体勢へ移行。
 抱き込んだままごーろごーろと揺らしながらじたばたと暴れるアリスさんを堪能。

「気に入ったのかしらね、アレ」
「アリスさんの反応が面白いから、多分味を占めたんじゃないかな」

 サクヤさんにも好評だったんですよこれ。
 ちょっと頬を染めながら『妙に安心するわね、これ』って。

「それ色んなところで吹聴されてるって知ったら、きっと落ち込んじゃうよ?」

 ……落ち込んじゃうなんて言いながら、その首をかっ切る動作はなんでしょう?

「ご飯抜き?」

 皆様、私は今何も言いませんでした。

「相変わらずの逃げっぷりだね」
「貴女だったらそこらで食料調達なんて簡単でしょうに」
「スコール曰く『簡単だけど負け犬の気分』らしいよ」
「一応実行はしたのね」
「やけ食いみたいに鹿を丸ごと食べちゃった後に、咲夜の所に駆け込んでスライディング土下座しながらきゅんきゅん泣き続けるの」
「……いや、いくらなんでも弱すぎるでしょう貴女」
「スコールらしいって言っちゃえばそこまでなんだけどね」

 ………むぅー。

「……アリスさんが爆発するより先にスコールが拗ねちゃった」
「でもアリスは抱きこんだままなのね」
「それはそれ、ってやつだね」

『いいから助けてよ!』なんて毛並みの中から声を上げるアリスさんですが、どこ吹く風とばかりに優雅にコーヒーを楽しむお二方。
 アリスさん、いつか一緒に立ち向かいましょうね……!

『その前にまず離しなさ……ちょ、捲れる!スカートなのよ私は!?ってまた揺らすなぁ!!』

 頑張りましょうねー…………

「…………何て言えばいいんだろう」
「頑張りなさいねー、でいいんじゃない?」





















































「さくやぁ!」
「はいはい、何ですかお嬢様ー」
「ふらんがぁ……ふらんがぁぁぁぁ!」
「はい、今朝のケーキはシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテですよー」
「……は?」
「切り分けますので少々お待ち下さいねー」
「え……いや、え……?」

 隙間の紫さんが『今回の件のお礼のひとつ』と、出来の良いキルシュを差し入れてくれたんですよねぇ。
 お礼に現実時間3秒クッキングでこのケーキと同じ物をお返ししたら、サムズアップと共に『良い仕事だわ』なんて呟きながらケーキを抱えてスキマへ消えていかれましたけど。
 あの様子だったらまた何か差し入れてくれるかもしれません。
 良い知り合いを得ることができました。




「あの、パチュリー様……」
「レミィがずっとあの調子だからね。咲夜だって少しくらい現実逃避もしたくなるわよ」
「は、はぁ……」
「私も貴女の暴走に現実逃避したくなるけどね」
「ちょ!?」




[20830] 二十話 Alice
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/03/03 01:21



 あぁ、とても良い天気。
 太陽は未だ中天に差し掛かってすらいないというのに、まるで地を焦がさんばかりに輝き続けている。
 遠くに見える森からは命を燃やす蝉たちの声が立ち上り、その森の中には気温が上がる前にと早朝から動いていたのだろう人影がまばらに見えた。
 うん、夏だ。

「暑いねぇ……」
「いや、この日差しをそれで済ますのはどうなのよ吸血鬼」
「傘があればどうという事はないよ。それにほら、スコールの能力もあるし」

 そんな所までカバーするのね、この狼は。
 どこが『大した事はできない』なんだか。
 ……とはいえ、実際大したことをしでかすようにも見えないのも事実。
 ヘタレてるし、そんな事ができるタマじゃないっていう印象が強いのよね。

「ん、どうかした?」

 そんな事をつらつらと考えていると、フランドールや幽香と相乗りしていたスコールが歩を緩めて、ふすふすと鼻を鳴らして辺りを伺い始めた。
 別に何かおかしな気配を感じたりはしていないけど、どうしたのかしら。

「あ、何か見つけたんだ」

 ぽふ、と手を一つ叩いてからスコールと同じように辺りを見回し始めるフランドール。
 見つけたって、一体何を見つけたと言うのやら。
 視界に写る草原や森におかしな物も見えない。

 ユウカさん、アリスさん。
 新鮮なお肉で作る鹿刺しとか如何です?

「いいわね。タレはわさび醤油?」

 いえーす。
 こないだわさびを採って帰る途中のお婆さんを人里まで乗っけて行ったら、新鮮なやつをくれたんですよ。
 そのままサクヤさんに渡したので、きっと新鮮さそのままで残ってるはずです。

 ……いや、何で人に溶け込んでるんだろう。
 悪い事じゃないけど、見た目がこれだから威圧しそうな……って、威厳ないんだった。
 納得。
 まぁそれはそうと、しかさし?わさびじょうゆ?
 新鮮なお肉でつくる、しかさし? しかさ……し?
 いまいち想像ができないので、わさびじょうゆなるタレの名を口にした幽香へ疑問を投げかけてみよう。
 判らなければ、人に聞く。
 うん、大事なことよね。

「何それ?」
「名前の通り。鹿の刺身……薄い切り身を、わさびっていう植物のペーストを加えた日本の調味料、醤油で食べるのよ。生肉だから好き嫌いはあるけど、そこまで生くさい物でもないから多分アリスでも大丈夫だと思うわ」

 思ったよりも詳しい説明が返ってきた。
 幽香の口ぶりから、そこまでアレな物でもなさそうだし、百聞は一見に如かず。

「それなら食べてみたいかな」
「はい決定。スコール、別行動にする?」

 そうしましょうかねー。
 仕留めてからそのままサクヤさんの所に持ち込んで調理してもらいます。
 新鮮な方が美味しいですからね。

 さくさくと話を進めて、お願いね、なんてスコールの毛並みを一撫でしながらするりと降りた幽香。
 洗練されたレディの動作に憧れも抱くけど……私に対しては中身が愉快犯じみてるからなぁ。
 はぁ、と心の中で思わず溜息こぼしながら背中から降りると、途端に地面が揺れているような感覚に襲われた。
 まさか幻想郷でこの感覚を味わうと思ってなかったわ。
 とんとんとこめかみの辺りを叩いて感覚を戻していると、ふるふると体を揺らして毛並みを整え終わったスコールから『いってきまーす』なんて軽い宣言が。
 お座りしながら幽香とフランドールに頬ずりをして、撫でて貰ってご満悦といった風の……あれ?私は?
 ちらりとこちらへ流し目を向けたかと思えば、すぐに視線は幽香の元へ逆戻り。
 ……アイコンタクト?

「行ってらっしゃーい!」
「期待してるわね」
「えーと……頑張ってね?」

 やぼーる!なんてどこで覚えたのかわからないドイツ語で返事をしながら数歩たしたしと歩いて私達から離れたかと思えば、そこから馬鹿みたいな加速を見せて森の中へ突っ込んでいくスコール。
 ……いや、速すぎでしょアレ。
 そのくせ足音が殆どしないとかどうなってるのよ。
 そして何より私には!?
 あの頬っぺたあたりの毛並み、私も触りたかったのに……!!

「あの体であの速さ。逃げ続けてきたっていうのも伊達じゃないわね」

 傘をくるりと一つ回して、感心したような言葉をこぼしながらフランの手を引いて目的地の屋敷へ歩き出す幽香。
 ……傘で隠れて髪の色が見えない今だったら、まるで親子みたいね貴女達。
 年の差的にもぴったりじゃないの?
 ゆうかおかあさんとふらんどーる、みたいな……あ、まずいツボった。
 私の腹筋さん、頑張って頂戴ね。
 多分今噴き出したら幽香にやられる!

「アリス、わさび二倍ね」

 …………!?

「覚悟しておきなさい」
「いや、え……え?二倍?」
「なら四倍。やったわね、お得よ?」

 ちょっとフラン、何でそんな可哀想な人を見るような目を向けるの?
 わさび……ってそんなヤバい物なの?
 …………早まったかしら。
 でも今更やっぱりやめますなんて言えないし……どうしよう?

「返事がないならさらに累乗してあげるけど……貴女、マゾヒストだったの?」
「違うわよ!ていうか何か嫌な予感がするから二倍も四倍もしなくて結構」
「十六倍。やったわね、お得度が増したわよ」
「……一倍って選択肢は一体どこへ行方不明になったのかしら」
「私の畑の肥料にでもなったんじゃない?」

 …………理不尽だ。
 フランドール、そんな申し訳なさそうな顔しながら手を合わせるくらいなら、助けてよ。
 ……え、無理?
 …………そうだよね、幽香だもんね。

「……もういっその事、わさびだけ口に突っ込んであげようかしら」
「やめたげてぇ!!」
「そんな必死にならなくても……判ったわよ、直は無しにしましょう」

 ……フランドールさん、今、貴女は輝いているわ。
 珍しくこの手の発言を幽香が撤回してくれた。
 あの純粋な子供のような目で訴えかけられるとクルよね、うん。
 対幽香用最終兵器フランドール。
 うん、いい事を知った。

「仕方ないわね……直も累乗もやめてあげるとしましょう。……でも、倍ね。三十六倍」

 わさびが足りるかしらね~なんて呟きながらフランドールの手を引いて歩き始める幽香に、まさに触らぬ神に祟り無しの気分で着いていく私。
 思考をまるで読んでいるかのような、そんなタイミングでサディスティックな発言を滑り込ませる幽香に、私はただ従うしかないのだ。
 まぁ、私が本気で幽香に対するマイナス感情を抱かないギリギリのラインはいつも守ってくれてるようだから、そこまで悲観的な事でもない…………ってあれ?
 まぁ待て、やられ続けるのを前提で考えてるわよ、私。
 いやでもやり返すと後がなぁ……って思考がループしてる。
 あー…………うぅ…………!




「……ね、面白いでしょう?」
「あんなに顔に出てるのに、アリスさん気づいてないのかなぁ……」
「人里だとポーカーフェイスの西洋人形みたいな子で通ってるから、間違いなく気づいてないでしょうね」
「ほほう、つまり?」
「気を許した相手にはとことん甘いのよ、アリスは。すました風にしようとして、端々から見て取れる本音が可愛らしいったらないわ」















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 で、そんな忘れるには少しばかり重過ぎる後悔らしきものを胸に抱きつつ、やってまいりました吸血鬼の居城『紅魔館』……お城じゃなくて屋敷だけど。
 でも吸血鬼はお城のイメージが強いわ……何故だろう。

「ただいまー!」

 そんな私の思考など露知らず、大きな扉をまるで叩き破るかのような勢いで開け放つフランドールに唖然とさせられたけど、それ以上に驚いたのは屋敷の玄関で出迎えてくれた面々。
 背中に蝙蝠羽らしきものを生やした、フランとよく似た顔立ちの美少女……うん、多分吸血鬼。
 その少し後ろに不健康そうな顔色でふよふよと浮かびながら『吸血鬼ハンターS』何て本を読んでいる……多分、魔女。そんなの読んでいいのかしら。あとSって何よ。
 で、そのさらに後ろには銀の髪と見た目重視な感じのフレンチメイド服が特徴な人間。ちらりと覗く太ももにはごっついナイフの入ったホルスターが巻かれていて、貴女は一体どこを目指しているのかと問い詰めたい。
 ……いや、雑多すぎでしょう。
 そういえばさっき門の前で昼寝してたのも妖怪だったっけ。
 何の妖怪かはさっぱりわからなかったけれど。

「おかえり、フラン」
「ただいま、お姉さま」

 思わず首を捻った私の前で、ぽふっと蝙蝠羽の美少女の胸に飛び込むフランドール。
 うん、いい光景だ。
 真っ白な雪のような肌に、綺麗な金と青銀のさらっさらな髪、極上のルビーのように赤く輝く瞳。
 そこに加わる吸血鬼美少女の笑顔×2なんて付加要素……創作意欲が沸いてきた。
 名前は……んー……紅魔人形?
 ……紅魔人形……紅魔人形……うん、語感も良い。
 紅魔人形。
 さて、ならば何の紅魔人形にするか。
 仲は良さそうだし、ペアで作るなら親愛とか?
 いやでも、今までの人形達の命名パターンから行くと違和感がある。
 吸血鬼の住む館、紅魔館。
 特徴とは何ぞや?
 紅い?
 いやいや安直すぎるでしょう。
 ちょっと切り口を変えてみよう。
 吸血鬼……血……血の紅魔人形?だめだ色んな意味で痛々しい。
 吸血鬼の特徴……力が強い、日光を浴びると灰になる、夜に活動する、満月の時には近寄るな……?
 ……夜、満月。
 月夜の紅魔人形?
 命名パターン的にはクリア。
 ちゃんと特徴も表してるし、語感も問題無し。
 うん、創作意欲が増したわ。
 やってやりましょう。
 そんな心の中で行われていた作成構想が一段落してすっきりした所で、私、アリス・マーガトロイドは気づきました。



 Q.なんでみなさん、わたしをみたまま、とまってらっしゃるの?



 A.私がずっと唸りながら考え事をしていたから。



 客人として招かれた館で、挨拶の一つもせずに考え事を始めるなんて失礼にも程があるわよアリスさん。
 いやだわオホホ……

「……この見るからに『やらかしたーどうしよー』なんて気配を滲ませてるのはアリス・マーガトロイド。大方貴女達を見て『新しい人形つくろっかなー』なんて考えてたんでしょうね」
「なんでわかるのよ」
「…………本当に考えてたの?」
「えっ」
「……アリス、貴女疲れてるのよ」

 普段は私に向けることのない、幽香の慈愛に満ち満ちた微笑が心に突き刺さった。
 それはもう見事に突き刺さった。
 自業自得だけど。
 とはいえ貴女が言うな。

「……あー、うん、失礼。アリス・マーガトロイドです。フランドールと、そちらの……「フランの姉のレミリア」……レミリアさんのペアに創作意欲がですね、沸いてしまいまして……その、ね?」
「長いわ。自己紹介くらいきちんとなさい」
「貴女は私の母親かっ!?」
「私が神綺に見えるのなら、悪いことは言わないから休みなさいな」
「そこまで駄目になってないわよ!」
「そう、なら周りの空気を読みなさい」

 幽香の一言で、一瞬血が上りかけた頭にさっと冷水をかけられた。
 くるーりと周りを伺ってみれば、ニヤニヤと笑いながら続きをドーゾと言わんばかりのレミリア嬢に、あらあらまぁまぁとでも言い出しそうなメイドさん、我関せずな魔女。
 色んな意味でアウェイじゃあなかろうか。
 せめてもの救いは『私達の人形を作ってくれるの?』といった風な期待を乗せた目を向けてくれているフランドールだけである。

「どうしてこうなった」
「貴女の愉快な思考回路のせいでしょうが」

 思わず膝を付き、ふかふかのカーペットに手をついてしまった。
 どうしてこうなった。
 そして何このカーペット……上質にも程があるでしょう。
 ふっかふかよ、ふっかふか。
 しかも汚れ一つ無い……いい仕事してるわね。









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「へぇ、人形師。また面白い方向に特化した魔法使いね」
「最初は色々試してたんだけど、いつの間にか固定しちゃったのよ。今じゃ何か新しい事をしようとしても、頭に浮かぶのは『人形にどうフィードバックさせるか』だもの」
「ある意味病気だけど、そのくらいでいいのよ、魔女は」
「お褒めに預かり恐悦至極。でもそっちも凄いわね、七曜なんて。万能型じゃない」
「いくつか決め手になるようなものはあるけど、どうしても器用貧乏染みてしまう所があるのよね。汎用性が高すぎてどこから手を付けようかいつも考えてしまうわ」
「隣の芝は青い、といった所ね。でもいい機会だし、よければ今度一緒に研究でもいかが?私の方はさっき言ったスカーレット姉妹の人形作りをしたいから、色々と話を聞きたいのだけど」
「かまわないわ。最近は新しい風を吹き込もうと思って小説を読んでいたくらいだもの」
「なら材料を揃えてからまたお邪魔するわね」
「ええ、いつでもいらっしゃい」

 うん、うん。
 最初の印象こそアレだったけど、話してみたらいい魔女じゃないか。
 消沈しながら案内された客間での雑談の中にあって、さらりと流すような言葉の端々に知性の裏づけを感じさせる、そんな落ち着いた姿はかなりポイントが高い。
 これは私も気合を入れないと。
 いっそ今までの既製品の布じゃなくて、使う布を作るところから始めましょうか。
 フランドールやレミリア嬢の髪の毛なんかを織り込んでみたり、染料に二人から少しばかり血を貰って混ぜ込んでみたりとか。
 …………何か色んな意味でまずい物ができそうだけど、それはそれで面白そう。
 まぁ二人の協力が無ければ成り立たないから、構想だけ練っておきましょう。
 そちらの方面は専門じゃないし、少しばかり調べ物をしないと。

「随分と盛り上がってるじゃないか、パチェ。明日は槍でも降るのかね?」
「私としてはレミィのその口調のせいで槍が降りそうで怖いわ。どうせすぐにボロが出るんだからさっさと素に戻っておきなさいよ」
「お姉さまだって頑張ってるんだからそんなこと言っちゃ駄目だよ……」
「フラン、それフォローになってないわ」
「……あれ?」

 …………うん、何て言うべきだろう。ご愁傷様です?
 さっきまで偉そうにしていたレミリア嬢が崩れ落ちてしまった。
 きっとあれが素なんだろう。
 ちょっと親近感を感じるわね。

「さて、人形師さん?」
「何でしょうか七曜さん?」
「アレ、回収しなくていいの?うちの小悪魔が誘拐犯になりそうな勢いで目を輝かせてるんだけど」

 レミリア嬢の落ち込みっぷりに癒されていると、妙な指摘がパチュリーから飛んできた。
 何ぞやと、指差された方へ視線を投げた先にあったのは。

「…………こぁー」

 妙な鳴き声?をあげながら両手で掲げた上海をキラキラした目で見つめ続ける小悪魔氏。
 いや、そんな風に喜んで貰えるのは嬉しいけど、流石に行きすぎじゃないかしら。
 私達の中では比較的年齢層の高い見た目をした女性が、そんな仕草ってどうなのよ。
 ちょっとグッとくるけど。

「ぬいぐるみとか大好きだからね、あれで。ここは本当に悪魔の館ですか?っていうくらいに可愛らしい人形やぬいぐるみだらけだもの。…………まぁその裏には悪魔らしく、子供には見せられない物も仕舞われてたりするから油断できないけど」
「なにそれこわい」
「そういうわけで……いいの、アレ?」

 …………うん、回収。

「…………!」

 ふよふよとレミリア嬢の肩まで飛ばしてから、ぽふぽふと綺麗な髪を叩いて慰めるような仕草。
 あざといけれど、今ならこれで大丈夫でしょう。
 …………落ち込んでるときに付け込むなんて悪女っぽくてやだなぁ。
 ちょっとばかり話題を変えておこう、うん。

「そういえばスコールはどうしたの?」
「鹿の調理を手伝って貰ったら少しばかり赤くなってしまいまして。外の湖で本狼曰く『お洗濯』に出かけています。泳いで遊んでいるだけですが」

 ぽんと頭に浮かんだ話題を口にした瞬間、真後ろから答えが返ってきて思わずびくりと揺れてしまった。
 この声は、そう、メイドだ。
 いざ……いざ……うん、咲夜。
 おそるおそる振り返ってみると、イタズラが成功したという風な笑顔で迎え撃たれた。
 ちくしょう美人め。
 許してあげましょう。

「今なら丁度そこの窓から見えますよ?湖に住んでいるサンショウウオの妖怪と戯れてる姿が……失礼、妖精と遊んでいる姿が」

 またまた言われるがまま窓の外へと目を向けると、確かに見えた。
 湖の上にぽっかりと浮かんだ氷塊の上でバランスをとって遊んでいるスコールの姿が。
 あ、落ちた。

「確認も済んだようですので、本題に。皆様、料理の用意ができましたので和室へどうぞ」

 …………和室?
 この洋館に、和室?

「スコールの部屋の窓際半分のみですが、いつの間にか人里から貰ってきて敷き詰めていたんですよ。とはいえ、あれはあれで中々いい物です」

 またスコールか。
 でも、うん、いいかもしれない。
 畳は私も好きだし。

「それではこちらへどうぞ」

 しかさし……鹿刺しその物は興味があるんだけど、幽香が脅してきたわさび醤油なる物が怖い。
 一体どんな地獄を見るのだろうか、私は。





































「く、ぁぁ、あ、ぅ…………!!」
「どうしたのアリス。まだ四倍よ?まだまだ十六倍と三十二倍が控えてるのにそんな事で大丈夫なの?」
「み、水、水を……」
「だぁめ。…………はい、次はこの十六倍ね」
「ひぁっ!?」






「咲夜」
「なんでしょう」
「あの人形遣い、中々やると思わないか」
「はい、スコールの亜種的な雰囲気が何とも言えずいい味を出していますね」
「咲夜」
「なんでしょう」
「あのフラワーマスター、切り替えが凄いと思わないか」
「はい、お恥ずかしながら、あの切り替えの早さに共感を覚えてしまいました。素敵ですよね」
「えっ」
「えっ」





[20830] 二十一話 Flandre
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/03/03 01:21



 ありすさーん!

「すこーるぅ!」

 もふぎゅー!




「……出来上がったわねぇ、二人とも」
「ええ、見事に」
「見ていてとても和むけど、流石にちょっと飲ませすぎたかしら」
「スコールは勝手に飲んでああなってしまいましたけど……」
「アリスは……まぁ、私に張り合おうとしたのが間違いだからね。自業自得だわ」
「ふむ。では幽香様」
「ええ、咲夜」

『そこの天狗、命が惜しければカメラをよこしなさい!!』









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「酷い有様だなぁ……」

 見渡す限りの酒瓶、酒樽、料理のほとんど残っていない大皿たち。
 見事に酔っ払って、アリスさんを抱きかかえながらもふもふごろごろしてるスコールに、窓の外に潜んでいた烏天狗から奪い取ったカメラでその姿を記録し続ける咲夜と幽香さん。
 心底楽しそうにじゃれあうスコールたちをバックに、咲夜と幽香さんが二人で自画撮りまで始めた。
 もう付き合っちゃえばいいよお二人さん。
 やれやれ、と視線をそらせば、いつの間にか潰れて端っこの方でうーうー唸っているお姉さま。
 そう強くもないのに、私と同じペースで飲み続けるからだよ……
 いい加減プライドとかそういうのを抜きにして酒の飲み方を覚えて欲しいと、私は思います。
 パチュリー……は、小悪魔にお持ち帰りされてたっけ。

 …………あれ?
 お酒が入ってるってだけで、中身自体はいつもとそう変わら…………いや、いや。
 お酒のせいだね。

「うん、お酒のせいだ」
「そういうのは現実逃避って言うんですよ、フランドールさん」

 声に出して自分に言い聞かせた途端、横から投げ込まれる現実。
 思わず頭を抱えてしまった。

「申し遅れました。私、清く正しい新聞記者、射命丸 文と申します。どうぞお見知りおきを」
「現状、清くも無ければ正しくも見えないけど、よろしく。フランドール・スカーレットです」
「あやや、これは手厳しい」

 これはやられた、とばかりに苦笑いを返す烏天狗の射命丸氏。
 あんな事があったのにするりと場に入り込むのは中々できることじゃないと思うんだけど、さらりとやってのけてるなぁ。
 うん、新聞なんて書いてるとそのあたりのスキルは重要なんだろう。

「新聞、たまにだけど読ませてもらってるよ。ゴシップはあんまり好みじゃないけど、隅っこの方にのってる人里のお菓子紹介や旬の食材、見ごろの花なんかの情報は楽しませて貰ってるわ」
「花や食材に関しては幽香さんにもご協力頂いているんですよ。こちらが相応の態度で臨めば、見合っただけの対応はしてくれますからね」
「ちなみに相応の態度って?」
「人里で人気のお菓子だとか、何かしらの新製品だとか。結構そういう目新しいものが好きみたいですねぇ」
「つまりは賄賂……あ、この場合は報酬か」
「ええ、報酬です。賄賂なんて三下のやる事ですよ」

 その辺りはこだわりでも持ってるのかな?
 心外ですとばかりに鼻を鳴らされて、少しばかり罪悪感が。

「まぁそれはそれとして、いいの? 替えのフィルムまで好き放題使われてるけど……」
「見たところ、欲しいアングルの写真は撮れていそうなので」
「……あれが?」
「あれだからいいんですよ。素のままじゃないですか」

 飾る分にはいいんだろうけど、新聞にするには適さないような。
 ただの酔っ払いの乱痴気騒ぎにしか見えないし。

「まぁ編集で面白おかしく書けばいいだけですし」
「ほどほどにね。面白く書かれる分にはかまわないけど、妙な文章を書いたら……うん」

 あえて言わずにおこう。
 口に出すのは、行動を終えてから。

「…………あの、その笑みは何でしょう?」
「はてさて。お好きなように解釈なさってはいかがかしら」

 微笑まれる対象となれるのなら歓迎するし、嘲笑われる対象とされるのなら相応の報いを。
 ただそれだけ。
 私の大事な家族をぞんざいに扱うならば、覚悟を持ってどうぞ?

「おお、怖い怖い。肝に銘じて記事を書かせていただきましょう」
「できたら届けてね?」
「ええ、いの一番に届けるとしましょう」

 お楽しみに、とばかりににっこり笑って、手元の一升瓶をぐいとラッパ飲み。
 お行儀の悪い、という考えが頭をよぎりかけてUターン。
 この空間じゃあ今更だよね。
 スコールなんてお腹にしがみついてそのまま寝てしまったアリスさんを乗せたまま、近場にあった樽酒をぐびぐび飲んでるし。
 前足で器用に抱えるなぁ。
 …………あれ? 
 さっき前足でぱかーんと蓋を叩き割った樽が、何でもう空っぽになってるの?

「酔っ払いはしても、底なしですね」
「私も今ビックリしてる所。いつもはあそこまで飲まないんだけどなぁ」

 ぱかーん。

「……何樽あるんですか、一体」
「咲夜のみぞ知る。スコールはお酒の好き嫌いをしないみたいだし、作ってあったやつを片っ端から持ってきてるんでしょうね」
「ほう、自家製ですか」
「咲夜が得意なのよ、こういうのは」

 熟成時間は思いのまま、材料さえあればいつでも美味しいお酒をご提供、だし。
 一回壊滅したのもあって、大幅に増量したって聞いた覚えもある。
 さっき幽香さんと一緒になって追加してたし、酒の貯蔵は十分なのだろう。
 そう、追加したのである。
 咲夜が両手に酒瓶を二本ずつ、計四本を瀟洒に抱えて。
 幽香さんが片手に三樽ずつ、計六樽を軽々と持って。
 どれだけ飲むつもりなのか。



 ぱかーん。



 ……本当に、どれだけ飲むつもりなのか。














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「不覚です。飲みすぎましたわ」
「飲んでる最中に気づこうよ」

 騒ぎがおさまって、射命丸さんや幽香さんを含んだ皆がその場で毛布をかぶって、スコールを枕にした昼が過ぎ。
 私達の時間がやってきた頃、不意に目を覚ました咲夜が漏らした言葉は今更だった。

「見渡す限り、樽、樽、樽、瓶。よく入ったね」
「樽の大半はスコールですけどね。この体とはいえ、文字通りどこに入っているのやら」
「スコール袋とか、妙な器官があるって言われても納得しちゃうかも」

 …………スコール袋なんてありませぇん、飲んだ先から吸収してるだけですぅ。

「……こんな所まで規格外でしたか。貯蔵量を更に見直した方が良さそうですね」
「量より質でお願い。スコールだって量がなければ満足できないわけじゃないんでしょ?」

 あるに越したことはないですけど、ないならないでも問題はありませんねぇ。
 楽しみ方が変わるだけです。

「……だってさ?」
「なら、今度は種類を増やす方向で行きましょう。紫さんにまたキルシュを頼んで、キルシュヴァッサーなども作ってみましょうか」
「キルシュヴァッサー……?」
「蒸留酒ですよ。それにダークチェリーを漬け込んだリキュールも造ってみたいですねぇ」
「夢が広がるねっ」

 全くです。
 日本酒や焼酎よりもそっちの方が好みですから楽しみですよっ!

「造りはしますが、今度からは樽飲み禁止ですわ。仕込むのだって結構大変なんですよ?」

 ……はぁい。
 でも力仕事とかなら手伝いますし、少しくらいはっ!

「気が向いたら出して差し上げましょう」

 にっこりと有無を言わせぬ笑顔で、スコールの鼻先を突く咲夜。
 でも何気にスコールに甘いから、何だかんだで出してあげるんだろうなぁ。
 ツンとそっぽを向いていても、その実かまいたくて仕方がない、と。

「フラン様、何か?」
「何でもなぁい」

 こちらの考えてる事を読んだのだろうけど、それならそれで良し。
 心外ですわといった風な顔だけど、断言しよう。
 咲夜は、陥落する。

「ところで、咲夜。いつの間に隙間さんと仲良くなったの?」
「仲良くなった、と言えるほどのお付き合いはまだできておりませんが……沢山の出来が良いキルシュを頂いた際に、一部をキルシュトルテにしてお返ししたらお気に召して頂けた様で」
「ほうほう」
「差し上げた後、しばらくしてから部屋に戻ったら感想の置手紙があったのですよ」
「……部屋に?」
「ええ、私の部屋に」
「…………あの廃墟?」
「いえ、美鈴が一晩でやってくれましたので、今はオリエンタルな情緒溢れるお部屋として生まれ変わりましたわ」
「よーく労わってあげなよ?」
「そんな……いつも労わっていないような言われ方はそれこそ心外ですわ。これでも差し入れや勤務体制の融通だとか、気を使っています」
「知ってる。だから『よーく』なんて強調したわけですよ。それだけの大仕事をしてくれたのならば、それに報いるだけの労わりをね」
「心得ておりますわ」
「っと、話がズレたね。で、その隙間さんからの手紙はどうだったの?」
「ご本人から味の感想、また良ければ出来の良い材料を持ってきて下さる旨の便箋が一枚。後はご一緒に召し上がったらしい、紫さんの式……と、その式の式な方からの感想と謝罪が一枚」
「……謝罪?」
「おそらく調理の手間に対してだと思われますが『ご迷惑をおかけして申し訳ない』と。こちらとしては趣味が多分に混じっていますし、差し入れもありましたので全く気にしていなかったのですが」
「律儀だねぇ」
「全くです。こうなったらそんな気も起こらない程の物を作り上げて差し上げましょう」
「胃袋から掴もうだなんて……咲夜、恐ろしい子っ!」
「女の子の基本ですわ」

 口に手をやって『ふふっ』なんて瀟洒に笑っても、言ってる事は生々しい。
 全く、うちのメイド長様は本当に恐ろしい子でございます事。
 でもそんな咲夜が自然に溶け込んで、何ら違和感のない我が家は……いや、楽しいからいいか。
 そんなの気にする振りをするのなんてお姉さまだけだし。
 でも嫌がっていないのが丸わかりだものね。

「そんなお嬢様だからこそ、私も全身全霊を以ってお仕えできるのですよ」
「……人の考えをさらりと読まないように」

 油断も隙もないとはこの事だね。
 おお、怖い怖い。

「何よ……騒がしいわね……」
「人の館で、その館の住人に乗ったまま眠ったくせに何て物言いかしら」
「……んむぅぅ」

 スコールの上で寝ぼけながら目をぐしぐしと擦っているアリスさんに、いつの間にか起きてサディスティックな笑顔を浮かべる幽香さん。
 アリスさんのまだ酒精の抜けていない赤みった残る柔らかそうなほっぺたをむにーっと引っ張って、ご満悦のご様子。
 よく伸びるなぁ。
 ……咲夜、写真を撮らないの。
 てへぺろ、じゃないよ!

「ぅむぁっ」
「さて。おはようフラン、咲夜。迷惑をかけてしまったわ」
「いえいえ、非常に有意義な時間を過ごさせて頂きました」

 ぴん、と摘んでいたアリスさんのほっぺたを離して、まるで別人のような笑顔をこちらへ向ける幽香さんに、何事もなかったかのように応対する咲夜。
 相変わらず切り替えが見事。

「…………何かほっぺたが痛い……頭も痛いぃ」
「見事に飲みすぎた朝といった所ですね。今は夜ですけど」
「あぁもう、仕方のない子。咲夜、悪いけど水差しをお願い」
「はい、ここに。二日酔いの薬もありますけど……飲みますか?」
「うーぁー……お願いします……」
「もう、そんなにそそる姿をいつまでも見せてたら……食べられるわよ?」
「へぅ!?」
「……食べませんよ」
「ちょっと迷ったわね」

 少し緩めていた襟元を慌てて閉じて、スコールの影に隠れるアリスさん。
 おどおどしながら『嘘でしょ? 嘘だと言ってよ咲夜ぁ!』とばかりにぷるぷる震える姿が……その、かわいい。
 小動物的な可愛さがあるね、うん。
 何もされていない時の澄ました風な美人から、ナニカサレタ時の小動物的な美人まで幅広く。
 アリスさんのスペックは一体どうなっているのやら。
 あぁほら、いつまでもそうして震えてるとやられちゃうよ?

「わーありすさんあぶなーい!」
「何、その棒読みなぁ!?」

 かぁわいーなぁ可愛いなぁ!
 これが本に書いてあった『女子力』ってやつですね!!

「ちょっと、やめっ」

 んふー?
 ならその緩んだ頬は何ですかぁ?

「緩んでないわよ!」
「いや緩んでるから」
「緩んでるわね」
「緩んでますわ」

 わぁおばっさり。
 流石ですね皆さん!

「!?」

 そういうわけで!
 遊ぼうじゃないですかアリスさん!

「ちなみにもみくちゃにされるのが嫌ならボールやフリスビーっていう手もあるよ?」
「最低でも100メートル単位で投げないとスコールは満足しませんので、悪しからず」
「できるかぁ!!」

 何度も負けてたまるかと健気に奮戦するアリスさんだけど、それは無謀というものだよ。
 魔法使いの細腕で物理的にどうにかできるほどスコールは柔じゃない。
 まぁ、その、なんだ。

「ご愁傷様」
「助けてよぉ!」













----------------------------------------------------------------------------

















「そういえば文、写真の現像ができたら何枚か分けて貰える?」
「お任せください。代わりに記事にさせて頂きますが」
「さっきフランが言ったことを守るなら、いくらでもどうぞ」
「そういう路線もたまには悪くありませんし、遵守させて頂きますとも」
「ん。じゃあ悪いけど、よろしく頼むわ」
「いえいえ、上手いこと溶け込むお手伝いをして頂けた恩もありますから、この程度は何の事もありません」
「あら、気づいてたのね」
「そういう空気が読めないとお山ではやっていけないのですよ」
「面倒ねぇ」
「ええ、本当に」

 からりと笑って、帰り支度を始める私の肩へすとんと現れた黒いシックな鞄。
 あやや、これはどうした事でしょう。

「では、私からはお土産の洋酒を。フィルムと現像の対価という事で」
「承りました。この幻想郷では中々味わえないお酒ですし、対価としては十分です」

 鞄の隙間から覗く瓶は、昼に飲んだ酒の中でも私がとりわけ気に入った種類の物。
 酒宴の最中は幽香さんと二人で仲良く楽しんでいたようにしか見えませんでしたが、中々どうして、やるものですね。

「では、また」
「お気をつけて」
「楽しみにしてるわ」

 私が窓へ足をかけるのに気づいたフランさんと手を振り合って、月の輝く夜空へ。
 さて、この取って置きのお酒は厳重に保管する事に……いや、飲んでしまいましょう。
 この時間ならあの子も仕事あがりだろうし、尻尾の毛づくろいでもしている所のはず。
 うん、そうしよう、それがいい。











「美味しいです! 一体どこで手に入れたんですか!?」
「今日のお昼に縁のできた、素敵なお屋敷でね」
「お屋敷?」
「紅魔館。先日紅い霧を出して巫女と遊んでいた、あそこね」
「あぁ、あの……」
「中々に気持ちの良い場所だったわ。吸血鬼なんて高慢なだけだと思っていたら、中々どうして。主人の吸血鬼は可愛いし、その妹もまた可愛らしい。社交性も有り、館の面子も揃ってる」
「ずいぶんと高評価ですね」
「我の強い吸血鬼と魔法使い、妖狼に……得体の知れない門番、奇妙な人間。そんな雑多な種族が綺麗に一つにまとまっているんだもの。一筋縄で行くような相手じゃあないわね」
「それはまた、面白い所です」
「ええ、そうでしょう?」
「で、妖狼ですか。そこの所を詳しくお聞きしたいのですが!」
「あら、やっぱり気になるのはそこなのね」

 興味津々ですと全身で表現するような椛の姿に苦笑しつつ、頭の中で印象をまとめてみた。
 結果。

「天然ぽんこつ系まったり狼?」
「……なんですかそれ」
「いや、そう言い表すしかないような存在だったのよ。噂では千歳越えの大妖だけど、そんな威厳なんて欠片も無かったし」
「それはまた、随分と……」

 んー? なんて首を傾げて耳をぴこぴこ。
 普段からそういう可愛らしい仕草を無意識にしちゃうから、勘違いしたオスから迫られるのよ。
 まぁ興味ないってばっさり切ってるみたいだけど。

「うん、できれば会ってみたいですねぇ」
「会いに行けばいいじゃない。こちらに悪意が無ければ、あそこなら受け入れてくれると思うわよ」
「そ、そうですか?」
「ええ。手土産に山の幸でも持っていってあげるとさらに効果的かもね。果物系なら更に良し」
「果物ですか……そういえば庭の桃が食べごろですし、それを手土産にしてみます!」
「ん、良い選択だと思うわよ。あそこのメイド、果物を使ったお菓子が得意みたいだから」
「わぁ……!」

 うん、本人も料理は好きだって言ってたし、喜ぶだろう。
 椛はこの通りの懐っこい性格だし、無碍にされる事もなさそう。

「行くならカメラを貸してあげるから、記念写真でも撮ってくるといいわ」
「う……き、記事にされるのはちょっと……」
「……まぁ、私の普段が普段だから警戒するのも判るけど、今回のはただの善意だから気にしないように」
「えっ」
「な、何よ?」
「…………いえ、ありがとうございます、文様」
「よろしい」

 先ほどまでのにっこりとした笑みではなく、信頼を寄せた相手に対して浮かべる微笑を向けてくる椛に、ちょっと心が温かくなる。
 これだから、この子は。

「じゃあ明日にでも予備のカメラを持ってきてあげるわ。写真の現像なんかも頼まないといけないから、どうせ飛び回るし」
「お手を煩わせてしま「はい気にしないの」…………あ、盃が空になってますね!」
「あやや、美味しいお酒はすぐに無くなって困りますねぇ!」

 大盃に注いで貰って、椛の持つ盃に注いでやって。
 小芝居を終え、椛と目が合った瞬間、二人して噴出してしまった。

「もう、文様!」
「いいじゃない、たまには!」









































 はっ!?

「どうしたのスコール?」

 で、出会いの予感です!

「お姉さまみたいな事を言うね。で、具体的には?」

 …………んー?

「本当にただの勘なんだ……」






[20830] 二十二話 Momiji
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2013/08/01 01:10



 文様と二人っきりの小さな酒宴から数日。
 約束通り、明くる日の朝には使い込まれたカメラを持ってきて下さって、更にその明くる日には使い方の手ほどきと、お土産の足しにでもしなさいと上物の酒まで渡されてしまいました。
 ありがたいですけれど、申し訳ないというか何と言うか。
 でもそういう事を言うと、いつも『部下を労わるのも上司の仕事でしょう?』の一言と、若干赤く染まった頬に、続く言葉を止めさせられてしまいます。
 そして、いつだってそんな事を口にするくせに、他所の方々のように部下をこき使ったりなんてしないんですから。
 ……本当に、お優しい方です。
 たまに暴走してとんでもない記事を新聞に載せるのだけが玉に瑕ですね。
 つらつらとそんな事を考えながら森の木々たちから覗く青空を見上げれば、そこには雲ひとつない青空の姿。
 今日もまた暑くなりそうですねぇ。
 折角の桃とお酒が傷まないように、少しばかり急ぐとしましょうか。
 仲良くできるように頑張りましょう、うん!

「また随分とご機嫌だねぇ。それにカメラなんて持って、珍しい事もあったもんだ」

 よし! と一つ気合を入れて尻尾を一振りした途端、横から声をかけられてちょっとびっくりです。
 思わず尻尾の毛が逆立ってしまいました。
 一つ息をついて声のする方へ顔を向けてみると、そこには哨戒組の方が一人。
 どうやら勤務あがりのようで、けだるそうにかりかりと後ろ頭を掻きながらの登場でした。
 しかも欠伸のおまけつき。
 お行儀が悪いと言えばそうなんですけど、そんな姿を見せてもいいと思われる程度に気を許していただけているのが判っていると、また見え方が違ってくるというか。
 他の方が居るところではぴしっとしていますからね、この方。
 そんな姿に憧れている新入りの子なんかを見ていると、たまにばらしてしまいたくもなりますが。

「気になる方が出来たので、会いに行ってみようと思って」
「…………は?」
「え?」

 後ろ頭を掻いていた手をそのままに、あんぐりと口を開けて信じられないものを見たような顔。
 何かおかしな事を言ったわけでもないと思うんですが……何でしょう、この反応。
 私がお出かけするのがそんなに珍しいでしょうか?
 家の庭で色々育てているので、その手入れなどをして休日を過ごすことも多いですが、それなりに外にも出ているのですけど……。

「気になる方?」

 あぁ、そちらでしたか。
 確かにこの理由で外に出るのは初めてですね。
 大抵は文様が連れてきてくれたり、連れて行ってくれたりですし。
 文様経由で知り合う方々は皆お優しいですし、誰かを紹介してくださるの、本当に楽しみなんですよね。
 何故か皆様、私の頭を撫でてくるのですが。
 いえ、気持ちいいのでそれは問題ないんですけど、どうも子ども扱いされているような気がしてなりません。
 これでもそこそこいい年なんですけどねぇ。
 ……文様の前で年の事を口にすると、凄くいい笑顔でほっぺたをつねられるので、そうそう口には出せませんけど。

「文様からお話を聞きまして。中々に素敵な方のようでしたので、一度会ってみたいな、と」
「そ、そっか。椛にもついに春が来たのかぁ……何かちょっと感動したよ私」
「何ですかもう。そんなのじゃありませんよ?」
「いや、皆まで言わずとも結構。まぁ引き止めて悪かったね、楽しんできなよ!」
「……いまいち納得できませんけど……ありがとうございます」

 何故、得心の行ったような顔をしているんでしょうね?
 ちょっと会いに行ってみるだけなのに。
 何にせよ、本人はもう送り出す気満々のようですから、私も素直に出立するとしましょう。
 まだまだ日は昇り始めたばかりですが、昇りきってからでは流石に暑さで参ってしまいそうですし。

「では行ってきますね」
「行ってらっしゃい。帰ったら話聞かせてね!」
「なら、戻り次第そちらの家に行きましょうか?」
「相変わらず律儀だなぁ。次の勤務が重なった時でいいってば」
「なら、そうさせて貰います。では、また」
「ほいほい、気ぃつけてね」

 にやにやゆるゆると手を振る同僚へ、こちらも手を振り返して一路紅魔館へ。
 とん、と軽く地を蹴り、森の中から飛び出すと同時に飛び込んでくるのは、先ほど見上げた青々とした雲ひとつない晴天。
 今日はこの空のような気持ちのいい日になるといいですねぇ。









---------------------------------------------------------











 負けませんよ!負けませんよぉぉぉおお!!

「……は?」

 折角の機会だからと、千里先まで見通す程度の能力を使うことなくゆるゆると飛んでいた私の眼下を、まるで矢のように駆け抜けていく巨大な銀狼。
 ……何ですか、あの速さ?
 草原をまるで真っ二つに割るかのような勢いで真っ直ぐに突っ切り、何かを追いかけているような……円盤?
 何故?
 そして頭の中に響き渡る今の不思議な叫び声は何でしょう?
 ……疑問だらけです。

「ただのお遊びだよ。フリスビーに追いついて取れたら私の負け、取れなかったら私の勝ち」
「ひぅ!?」

 むぅ、と思わず首を捻った瞬間に後ろから声をかけられたせいで、ちょっと恥ずかしい悲鳴が。
 油断していたとは言え、酷い失態です!

「……驚かすつもりじゃなかったんだけど……ごめんね?」
「あ、いえ、こちらが勝手に驚いただけですから!」
「そう言ってもらえるとありがたいなぁ」

 ぐるりと後ろを振り返りながら叫ぶように返事を返すと、そこにはリボンで可愛らしく飾られた日傘をさす、これまた可愛らしい子が申し訳なさそうに佇んでいたわけで。
 あちらはただ、不思議そうにしていた私に声をかけてくれただけなのに、失礼な事をしてしまいました。
 どうしたものかとあたふたする私に、にっこりと笑みを浮かべて、気にするなと目で伝えてくれる彼女に、ちょっと救われた気分です。
 私が慌てて乱れた息を落ち着けるのを待って、すい、と自然な所作で右手をこちらへ差し出してくる彼女。

「私はフランドール・スカーレット。あちらに見える紅魔館の主の妹。よろしくね」
「これはご丁寧に。白狼天狗の犬走椛です」

 一瞬何だろうと悩みかけて、続く言葉に挨拶の握手だと思い至って手を差し出して、びっくり。
 彼女のひんやりとした心地いい体温もそうですが、何ですかこのちっちゃなすべすべぷにぷにの手!
 剣術や畑仕事でごつごつした私の手で握っていていいものか悩んでしまいますね。

「働き者の手だね」

 ……差し出すかどうか迷って、中途半端な位置で止まってしまった私の手を取って、微笑み付きのこの言葉!
 文様が言っていた意味がわかりました……ふわりと胸が温かくなりますね、この子。
 緊張していたのが馬鹿らしくなってきました。
 うん、自然体で行きましょう。
 ありがとうございます、という意思を視線に乗せて彼女の綺麗な赤い瞳を見つめ、きゅっと一握りして手を離すと、お互い何故か堪えきれなくなって、吹きだしてしまいました。

「真面目な天狗さんだね!」

 ああもう、だからそんな無邪気に笑われるとどうしていいやら!
 吸血鬼のスペックは化け物ですか!!
 思わずぎゅっと抱きしめて頬ずりしたくなるというか何というか。

「そういえばさっき白狼天狗って言ってたけど……狼の天狗さん?」
「狼の特徴を持つ天狗、といった所です。種族的には狼ではなく、天狗ですよ」

 天狗は特徴が違う者が入り乱れていますから、わかりづらいですよね。
 文様のように一般的な書物に登場する天狗らしい黒羽の者も居れば、私たち白狼のように羽を持たず、耳や尾、牙のみの者も居るわけですし。
 男性の天狗の中には、赤ら顔の鼻高さんもいますからね。
 種族として見たら、他の種族よりも色々と複雑でしょう。

「なるほど。スコールのお仲間さんかと思ったら、違うんだね」
「……スコールさん、というと、先ほど駆け抜けていったあの銀狼さんですよね」
「あれ、知ってるんだ?」
「先日そちらにお邪魔させて頂いた文様より聞き及びまして」

 なるほど、と再び頷いて日傘をくるりくるりと楽しそうに回しはじめるフランドールさん。
 この感じならスコールさんに会いたくて来たのだと告げても大丈夫そう……ですよね?
 もそもそと手荷物を身じろぎで確認しつつ、どう切り出したものかと思案。
 素直に言うべきですよね、やはり。
 この方なら笑って受け入れてくれそうな、そんな予感がします!
 い、いざ行かん!

「もしかして今日はうちに来ようとしてたり?」
「はい!?」

 さらりと核心ですよ、文様!
 ありがたいですけど、先ほどの意気込みは何だったのでしょうか!
 そして相変わらず想定外に弱い私にちょっと自己嫌悪です!
 ……お、落ち着きましょう。
 良い事、これは願ってもない良い事です。
 こう言ってくれる彼女の様子から、受け入れ準備は整っているものと見受けました、うん!

「いや、そんなに驚かれるような事じゃなかったと思うんだけど。射命丸さんから聞いたって言うくらいだし……」
「いや、あの、どう切り出そうかなと悩んでいた所でしたので」
「そういう事かぁ。ちなみに今のは私のお姉さまが『今日はスコールに来客の予感』なんていう運命予報を出してたから聞いてみたっていうのもあるんだけどね」
「運命予報って……」

 運命って予報できるようなものじゃないですよね?
 未来予知みたいな事ができるのでしょうか。
 ……う、何かそう考えるとちょっと手のひらで踊らされてるような気分に……って失礼ですよね。
 悪気がある風でもないですし。

「お姉さま、そういうの得意だからね。いきなり言い出すから何の事だって毎回思うんだけど、当たるからなぁ」
「な、何か凄いですね」
「でも本人はあくまでも流れみたいなものを感じるだけみたいだよ?」
「いや、それでも十分すぎるくらいだと思うのですけど」

 うん、どれくらいの範囲や精度を持つのかは本人のみぞ知る所でしょうが、判断材料の一つとしては大きなものでしょう。
 目の前のフランドールさんは『お姉さまはこの能力が知られたところで何の問題もない、胸を張って吹聴して良し!って笑い飛ばしてたけど』なんて仰いますが、ありますよね、問題?

「毎回大した事は言わないし、それで何かしようって考えもないみたいだし……って、予報された人に大した事じゃないっていうのは失礼だね……うん、ごめんなさい」
「あぁいえいえお気になさらず!?」
「…………いいキャラしてるなぁ、その慌てっぷり。スコールの好みに直球ど真ん中だよ」

 褒められてるのか、憐れまれているのか。
 反応に困ります。
 嬉しそうに頷いているところを見る限り、前者だと思いますけど。
 ちょっと耳がへにゃりとしてしまいました。

「こんな所で立ち話……飛び話?……も何だし、館の方へ行こうか。スコールも戻ってくるみたいだし」
「えと、その……お邪魔してもよろしいので?」
「別に断る理由なんて無いもの。歓迎するよ? 盛大に」
「恐縮です……」
「本当に真面目さんだねぇ」

 からりと一つ笑って、私の方へ手を差し出すフランドールさん。
 握手は先ほどしましたし、今度の手は一体なんでしょうか……?

「お荷物、重そうだから少し持つよ。これでも力はそれなりにあるんだよ?」

 ……さっきから頻繁に持ち手を変えたりしていたのは、その、そわそわしていたというか、慌てていたというか。
 別に重さからそうしていたわけではないのですけど!
 でも折角申し出てくれたのに無碍に断るのも申し訳ないですよね。
 う、うん、軽いほうの荷物を!

「そっちじゃなくて、もう一つの袋の方かな? 今『軽いほうを』って考えたでしょう」
「……そんなに判りやすいですか、私」
「うん」

 …………そんな即答で、うん、って。
 不思議そうな顔で、うん、って。
 私の自覚が足りないのでしょうか、文様。

「何でそんなに打ちひしがれてるような顔をしているのかわからないんだけど……迷惑だったかな?」
「いえいえいえ!」

 貴女に悲しそうな顔は似合いませんね!
 って口説き文句ですか!?
 こう、にっこり笑っていて欲しいというか、そんな!
 この笑顔を曇らせるのは色々と勿体無いです!

「で、ではお言葉に甘えまして、こちらを……重くて申し訳ありませんが」
「…………重い?」

 ……自己申告に偽りなしですか。
 それなりに鍛えている私でも、ちょっとは重さを感じていたんですがね、あの鞄。
 数本のお酒や大量の桃、保冷用の氷を詰めた新鮮なお肉入りの袋だとかでパンパンに膨らんだ大きな鞄を、まるで中身がからっぽの鞄のように軽々と上げ下げして重さを確かめるフランドールさん。
 どうやら納得がいったのか、うん、と一つ頷いてこちらを促すような笑みを浮かべて、くるりと傘を一回し。

「それじゃいこっか。スコールも帰ってきた事だし」

 ええ、帰ってきました!

「……あれ、さっき……あれ?」
「中身は別として、スコールの身体はちゃんと化け物だからね?」

 ……帰ってきた途端、何か貶められてるような。

「褒めてるんだよ。そんなスコールだからいいんじゃない」

 むぅ。

「ほら、お姉さまの言ってたお客さんも来たから帰ろう。今度は館までの競争でもする?」
「えっ」
「……訂正、ゆっくり帰ろうか」

 ほ、ホッとしました。
 あの速度に付いて行くのは無理があります。
 というかフランドールさん、スコールさんと競争ができる程度の速度は出せる、と?
 ……吸血鬼は種族固有能力も然る事ながら、純粋な身体能力でも、化け物たちをして化け物と呼ばせるだけのものを持っていると言われますが、いやはや。
 貴女もスコールさんの事を言えませんよね?

「何で悟ったような顔を向けられるんだろう」

 ふふん、いつも私はいろんな方に自覚が足りないとか言われますけれど、フランさんも自覚が足りませんね!

「……うわぁ、ここ最近で一番のダメージだったよ、今の」

 口に出してないのに読まれた!?











---------------------------------------------------------










「というわけで椛さん、おいでませ紅魔館」
「お邪魔します!」

 折角だからお乗りなさいと仰るスコールさんの背へお邪魔して、連れてきて頂いた館は、遠目で見たよりも遥かに大きな物でした。
 門番さんが寄りかかって寝息を立てている門からして、サイズが……というか、寝て……?

「あぁ、いいのいいの。悪意を持って近づくなら、さっき私達が居た辺りの段階で臨戦態勢に入ってるからね」
「優秀ですね、それは」

 かなり。
 あの距離で察知されたら、よほどの速度で襲い掛かるか、移動系の能力でもない限りは奇襲となりませんね。
 寝ているように見えて、それだけの事ができるとは。

「代わりにそれがない時はひたすらごろごろしてるんだけどね。今はまだ出していないけど、もう少し日差しが強くなったらパラソルとチェアを出してお茶を飲んでたりするし」
「……門番なんですか、それ?」
「門の前だからね」

 そういう問題じゃないですよね?
 心構え的にどうかと思うのですけど……まぁ他所のお家の事情をとやかく言うものでもありませんね。
 先ほど聞いた話が確かなら、門番としての仕事は十分にこなせそうですし。

「とはいえ、お客様が来てるんだから狸寝入りはやめようね美鈴」
「ありゃ、ばれてましたか」

 ……えー?

「戻ってくる時、ちらっと目を開けてこっちを確認したでしょう?」
「おやおや、よく見えましたね」
「今日は飲茶セットを出してないんだなーって観察してる所だったから」
「これはまた悪いタイミングでした」
「確信犯のくせに何言ってるの?」

 …………なんでしょう、このレベルの高さ。
 文様をして得体の知れない門番、と言わせるだけはありますね。
 本人達がじゃれあうようにやり取りするものだから余計に恐ろしい。

「とりあえず今日はもう門番お休みでいいから、咲夜と一緒にお持て成しに回ってくれる?」
「はーいかしこまりましたー。丁度おすすめの葉もありますから期待してて下さいね」
「あ、あとみたらし団子ときなこ餅もお願い!」
「……フラン様、それ中華じゃなくて和菓子なんですが」
「作れるでしょ?」

 こてんと首をかしげたフランドールさんに、ちょっぴり泣きそうな顔で晴れ渡った空を見上げる美鈴さん。
 私のアイデンティティが、何てぽつりと呟かれたその言葉が物悲しいです。

「ま、作るからには美味しいものを。腕によりをかけます!」
「よろしく!」
「あ、それから紹介が遅れましたが、紅美鈴です」
「犬走椛です!?」

 切り替え早いですね!?
 さっきまでの物悲しい雰囲気は一体どこへ!
 ……そして何よりも、また着いて行けずに妙に力の篭った自己紹介になってしまいました……精進しましょう。

「フラン様、お客様はどちらへご案内に?」
「とりあえず応接室かなぁ……んー、それかスコールの部屋?」
「畳敷きの方が好みならそちらですよねぇ」
「というわけで椛さん、洋室と和室、どっちがいい?」

 個人的には和室の方が寛げるのですけど、折角こんな立派な洋館に来ているのですから洋室の方がいいでしょうか。
 でもスコールさんのお部屋というのも気になります。
 人型ではなく狼のままで過ごしているとの事でしたし、どんなお部屋なんでしょう?
 ……気になりますね。
 わ、和室にしましょう、うん。
 洋室は、その、また来ても良さそうならその時にお願いするという事で。

「和室みたいだね」
「みたいですね」
「だから何で読まれるんですかぁ!?」

 うん、と頷いた瞬間、見事に和室を選んだと言い当てられて思わず叫び声をあげてしまいました。
 今回の選択は純粋に嗜好の二択だったというのに、何でわかるんですか!?

「館を見て、その後じーっとスコールを見て。その後に決まったとばかりに頷くんだもの」
「……そ、そんな事してました?」
「うん」

 全くもって無意識の行動でした。
 確かにそんな事をしていたのならわかりやすいですよね。
 ……は、恥ずかしい!
 頬に血が上っていくのがわかります。
 思わず持っていた鞄でへにゃりとたれた耳や赤く染まった頬を隠した途端、鞄の向こうから聞こえてくる小さな歓声。
 ど、どういう事ですかっ!?

「何をするにしても仕草が可愛い……」
「咲夜さんが張り切りますね、これは」
「ちゃんと抑えておいてね?」
「また無茶を仰いますね!?」

 ……さくやさん、という人に気をつければいいのだという事だけはわかりました。
 どういう風に気をつければいいのかはさっぱりですけど。
 対策について楽しそうに話すフランドールさんと美鈴さんのおかげで、少しばかり頬が冷めてきたように感じます。
 耳もしっかりぴっしりでもう大丈夫なはずっ!

「それじゃ、先に行ってるよ」
「かしこまりました。飲み物だけは咲夜さんへ頼んで先にお出ししましょう」

 りょ、緑茶! 冷たい緑茶もお願いして下さい!

「はいはい、じゃあそっちは私が淹れておくからちゃっちゃとお客様のご案内!」

 メイリンさん素敵!

「ただし冷ますのにちょっと時間かかるからね」

 承知しておりますとも。
 代わりに、今度人里に行ったらメイリンさん好みのくつろぎぐっずを見つけてきますよ!

「んー……今度はうちで出ない食べ物とかの方がいいかなぁ」

 なら水饅頭!
 こないだ美味しい水饅頭を作るお婆さんと知り合いになったんですよねぇ。

「ほほぅ。順調に人里開拓をしてるね」
「はいはい、そこまで。お客様を待たせて雑談に入らない!」
「ありゃ、これは失礼を」

 さ、さあお部屋へ参りましょう、参りましょう!
 今なら散らかってないので大丈夫です!

「……散らかってた事なんてあったっけ?」

 ……先日、駄菓子屋のお兄さんから大量に駄菓子を貰った時にですね、その。

「どんな味がするのか食べ散らかしたと」

 ええ、サクヤさんに見つかっておひげを引っ張られちゃいました……

「咲夜の事だから、駄菓子もいくつか没収して『これで黙っておいて差し上げますわ』とか言ったんじゃない?」

 だーいせーいかーい。
 サクヤさん、結構ああいうの好きですよねぇ。

「新しいもの好きだからね、咲夜は。可能な限りは試したいみたい」
「……フラン様、また雑談に入ってますよ」
「スコールが悪い」

 そんな!?
 さらりと人に罪を擦り付けるなんて、いつからそんな悪い子になったんですか!!
 お姉さん悲しいですよ!

「……お姉さん?」
「年齢的には間違ってませんね」
「…………お姉さん?」
「中身は保障しません」

 保障してくださいよ!
 そりゃあ威厳とか色々足りないのは自覚してますけど、そこまで言わなくたっていいじゃないですかぁ……!

「はいはい、いじけてないでさっさと部屋に案内する!お茶菓子大盛りにしてあげるから!」

 よし行きましょうすぐ行きましょうさあ行きましょう!

「妙な所で異様に切り替えが早いよね……」
「スコールですからね」

 あぁ、そういえば換気のために窓を開けたままでしたね!
 ごーとぅーまいるぅむ!!

「あ、こら!」

 とーう!!







































「…………お、おかえりなさい」

 えーと……ただいま帰りました?

「………………」

 ………………

「記念すべき10匹目です!」

 どれだけ私の人形を増やす気ですか小悪魔さん!?
 というか毎回、何で私が居ない間にそっと色んな場所に設置するんですか!!

「その方が面白いでしょう!!」

 こ、ここまで胸を張られると逆に清々しいというか、何というか……。

「というわけで次回作にご期待ください。それからお客様、ご入用でしたら一匹用意致しますので、お気軽にお声かけを」

 ま、まだ居るんですかって速っ!?

「……勢いだけで押し切って逃げたね、小悪魔。悪ノリしてなければ良い子なんだけどなぁ」

 ……私、悪ノリしてる小悪魔さんばかり見ている気がするんですけど。

「スコールの能力が悪いね、うん」

 うわぁん!!





[20830] 二十三話 Flandre
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/07/16 00:59



 この紅魔館の日常で、物事に何かしらスコールが絡むと本当に面白い。
 いや、厳密に言うなら、面白いだけじゃあないのだけれど。
 何にせよ、プラスの方向へ物事が進むのだけは確かだから、ある意味安心して楽しめるという素晴らしい仕様ですわ。

 フラン様とお嬢様の和解に始まり、紅魔館その物の雰囲気が文字通り軽くなって、友人が増えて。
 妖怪の賢者と名高い、かの隙間に潜む大妖、八雲紫さんとも顔見知りになれましたし。
 胡散臭いと評判の彼女でしたが、中々に話の判る素敵な淑女さんといった所で、噂は当てにならないと改めて実感したものです。
 ……ご本人の前でこの事を呟いてしまった所、紫さんは顔を輝かせ、藍さんは信じられない物を見たとばかりに目を剥いておられましたが。
 機会があれば、お二人とお茶会などしたいものです。
 あ、藍さんの式……紫さんの式である藍さんが更に式を持つというのは不思議ですけど、あの可愛らしい黒猫さんも一緒に。
 腕によりをかけて、お茶菓子と紅茶を準備致しましょう。

「咲夜さーん、そっちのお菓子できましたぁ?」
「ええ、今最後の飾りつけが終わったところ」

 お菓子を作りながらつらつらと頭の中で流していた考え事を終わらせ、できた物を飾り皿へ載せ、準備は万端。
 メインはお客様から頂いたばかりの桃を使用したタルトとレアチーズケーキに、少しばかり時間操作をして作ったリキュール。
 頂いた物をそのままお客様にお出しするのは失礼かとも思いましたが、先ほどスコールの部屋にて手渡された際に頂いたお言葉で使用を決意。
 見ているだけで癒される笑顔を浮かべて『果物を使ったお菓子作りがお上手だと文様からお伺いしましたので、よろしければ!』という善意が凝縮されたような言葉を頂戴してしまったら、もう使うしかないでしょう?
 ある意味、私への挑戦です。
 まずは気合を入れて胃袋を握る所から始めましょう。
 そしてあの可愛らしい笑顔を堪能するんです!!
 心ゆくまで愛でてあげましょう!

「……あー……スコールの部屋が近づいてきたからかなぁ……」
「どうかした?」
「いえ、何でもありませんよ。咲夜さんは通常運転だなーって思ってただけです」
「何よそれ?」







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「おぉ……おー!」

 フランさん!フランさん!
 どうしましょう可愛らしい!!
 こんなにきらっきらした笑顔なんて久々に見ました!

「夢中だねぇ」

 わ、ちょ、椛さん!?
 そんな気を使って触られると逆にくすぐったいですっ!

「え、あ、ごめんなさい!」

 ふぉ!?
 ひげぇぇぇ!?おひげを巻き込んで思いっきり引っ張らないでぇぇぇ!

「あぁあ!?ご、ごめんなさいごめんなさいいいい!」
「でもどこか嬉しそうなご両名、と。……うん、平和だねぇ」

 スコールの部屋へ窓から直接突撃してしばらく。
 椛さんも最初はちょっと緊張しつつもふわふわした笑顔を浮かべてお喋りをしていたのに、気づけばいつもの光景に。
 元々ご機嫌だったのに、お喋りで更にご機嫌になって能力の強度がうなぎのぼりだったし……。
 まぁスコールの能力と毛並みなら仕方がないよね、うん。
 咲夜の溺愛っぷりに磨きがかかってきて、さらさらもふもふいい香り、だし。
 パチュリーが土と金と火の魔法でさくっと拡張したお風呂で、毎日一緒に入っては満足げな顔でいい仕事をしましたわ、なんて呟くだけはある。
 もこもこと巨大な泡玉みたいなスコールが最近のツボらしいし。
 たまに泡が目に入って、こしこしと目を擦る仕草も堪りませんとの事だけど、うん……。
 気持ちはわからないでもないけど、言動が少しずつ変態っぽくなってるのが気になると言えば気になるかなぁ。
 でも咲夜だからなぁ……仕方ないのかなぁ……?
 何にせよ、そんな状況にスコールも最初は居た堪れなかったらしいけど、咲夜の趣味の領域に入ったのを悟ってからは遠慮せずに甘え放題。
 それがさらに咲夜の琴線を刺激する、と。
 見事なループだよね。

「ってあぁぁぁ一本抜けちゃいました!?」

 ほあぁぁ!?

 ……何だろう、この混沌っぷり。
 いつもの光景だと思ってたけど、いつも以上に飛ばしてるね。

「どうしましょうこれ!生えますか!?植えますか!?」
「っ!?」

 スコールが残していた駄菓子の、チューペットとかいう甘いチープな味わいのジュースをまったりと飲んでいた矢先。
 抜けたヒゲを持ったままおろおろぱたぱたしていた椛さんの、見るからに混乱の極みな状態から繰り出された言葉。

 う、植えますか、って……!
 思わず噴出しそうになったよ…………って、あぁ……まずいなぁ。
 努めて冷静に、まったりとを心がけていたのに、こっちの方に大きく傾いちゃった。
 こうなると後はスコールの能力で、加速度的にテンションの青天井までトップスピードで突き抜けるだけ。
 ってこんな思考が出てきた段階でもう無理。
 スコール、恐ろしい子……!

「やりました!くっつきましたよ!!」
「植えたの!?」

 むしろ植わるの!?
 えっ……ただくっついてるだけじゃないの?

 驚愕のままにスコールをじっと見つめてみる。
 スコール自身も信じられないって風だけど、自分でヒゲをちょいちょい触ってみて、確信した模様。

 嘘でしょう……?……本当に感触がありますよ!?

「ほら!引っ張っても落ちません!」
「……うわぁ、本当にくっついてる」

 ちょ、ちょっと何ですかフランさん、その妙なナマモノを見るような目は!
 まさかこんな所でそんな顔をされるなんて夢にも思いませんでしたよ……?

「いや、まさか本当に抜けたヒゲが植えなおせるなんて…………そんな所でも規格外なんだね、スコール」

 フランさんやレミリアさんだってさらっと自己再生するじゃないですか……。
 何だって私だけそんな目で見られなきゃいけないんです!?

「私達はそういう種族だし」

 一刀両断……!

「戦わなきゃ、現実と!」

 既に打ちのめされた気がします……もぅ!

「わ、きゃあっ!?」

 いつもの如く拗ねて、くいくいとおひげの生え具合をチェックしていた椛さんを抱え込んでゆーらゆら。
 仰向けで抱え込んだまま転がってみたり、揺らしてみたり。
『きゃあっ!』なんて可愛らしい悲鳴を上げながら堪能してる椛さんのおかげでさらっと機嫌をなおして、ぽんと空中に放り出してからまたお腹でキャッチ、なんて真似までし始めたスコール。
 自分に甘えてくる『可愛い子』には、これでもかってくらいにサービス精神旺盛になるよね。
 何を以って可愛いとするかはスコールのみぞ知る、だけど。
 何だかんだで一番スコールの世話をしてるのが咲夜だから、趣味が似てきたのかなぁ。
 っと、ノックの音。
 咲夜たちの準備ができたのかな?

「お待たせ致し……まし……た」
「……咲夜さん?咲夜さーん?」

 ノックへの私の返事を聞いて、ドアを開けたまま固まった咲夜。
 その後ろでは芸術的な運搬能力を披露する美鈴が、困った声を上げながら中を覗きこんで『あ、いつものですね』とばかりに苦笑を浮かべる。
 両手にお皿、二の腕にお皿、肩に小鉢、頭に蒸篭。
 全部微動だにしないあたり、流石美鈴。
 ……若干現実逃避が入ったけど、あぁ、これは来るね、間違いなく来るよ。





 ……あぁ、来たね。
 やっぱり時間を止めたみたい。
 元からあった小さな卓袱台の上には、咲夜が作ったらしい綺麗な桃のタルトとレアチーズケーキ。
 その横には壁際に立てかけたままだった別の卓袱台に、美鈴が持っていたお菓子の数々。
 そして、何より。
 ご機嫌にごろごろしているスコールの横で、予備知識無しだったら思わず見惚れてしまうような笑顔でスコールに抱かれた椛さんの頭を撫でている咲夜の姿。
 ちょっと頬を染めながらおろおろしてる椛さんにちょっとキュンとしちゃった。
 よし、まざろう、うん。
 こういう時は端から見てるよりも混じったほうが楽しめるだろうし。
 というわけでとーぅ!

「あら、フラン様もですか」
「え、あ……あれ?」
「椛さん、さっきから混乱してばっかりだねぇ」

 ぽふんとスコールのお腹に着弾。
 そのまま椛さんを抱きしめて毛並みの海へダイビング。
 いやぁ、いいご身分だね、我ながら!







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 結局いつもの如く、騒ぎに反応して起き出して来たお姉さまも巻き込んでの宴会に突入。
 いや、うん、冷静になってみれば最近の宴会率がすごいよね。
 皆お酒好きっていうのもあって、集まればとりあえず『じゃあ飲もうか』といった具合だし。
 咲夜が毎回手を変え品を変え、色んなお酒を出すからまた盛り上がるし。
 しかも今日なんて、どこから聞きつけてきたのか、いつの間にか八雲の三人組までいるし。
 ……あ、また果物を差し入れてくれたからお誘いしたのね。
 でも苦手なんだよね、紫さん。
 あのスキマが開く瞬間の感覚は未だに慣れないし。
 でもあの感覚に慣れるのもどうかと思う。
 恐怖が麻痺してるだけだもんね、それ。
 んー……何とかならないものかなぁ。

「ふむ、面白い感性をしていますわね、妹さんは」
「っ!?」
「スキマの中身が気色悪いとは良く言われますけれど、開く瞬間については初めてですわ」

 ……ちょっとスコールの気持ちがわかった。
 内面をさらっと読まれるのって怖いね!
 うん、何で?
 今、私は何もしていなかったし、そもそも紫さんの方を向いてすらいないのに、何でわかるの?
 噂に聞くさとり妖怪さんでもないのにっ!!

「流石にさとり程上手くは読めませんけれど、まぁ、そこそこは……ね?」

 怖い怖い怖い!
 最後の『ね?』の笑顔が怖い!!
 ちょっと現実逃避。

 手近な酒瓶……何これ、すぴりたす?……まぁいいや、とりあえずお行儀が悪いけど一気飲み。
 ごっきゅごっきゅと恐怖を押し込むようにラッパ飲みをかまして、一息。
 …………美味しいね、これ。
 もう一本もう一本。

 ……ふぅ。
 へるぷみー幽香さん……貴女の笑顔が恋しいです。

「ちょっと紫、私の可愛い可愛い大切な妹を苛めないでくれる?」
「苛め……?ちょっとした精神的スキンシップですわ」
「へぇ…………スキンシップねぇ?………らぁん、判定は?」
「苛めですね。500歳そこらの幼子相手に大人気ないですよ紫様。ご自分のお歳を考えてくださいよ、お歳を」
「……言うようになったわね、藍。覚悟はいいのかしら?」
「言うように躾けたのは紫様でしょうに。それを考慮した上で覚悟をしろというなら、しようじゃないですか!」

 あ、よかった……藍さんありがとう、今は貴女が幽香さんのように輝いて見えます。
 どうか生き抜いてください……後ろ手でサムズアップ?
 …………いい人すぎるよ藍さん。
 ええい、ままよ!だっけ、こういう時に言うべきなのは。
 旅は道連れ世は情け、やろうじゃないですか。
 というわけで移動移動。
 既に酔いつぶれて尻尾に埋まってる橙の横に陣取り、藍さんの肩越しにじっと紫さんを睨んでみる。
 小悪魔曰く、メンチビームとか言うらしい。

「……随分と懐かれたものね」
「いやぁ、人徳ってやつですかねぇ!!」
「太ももに白狼、尾に妖猫、肩に吸血鬼。しかも全員見た目は幼女……この、ロリコン狐め」
「それを言うなら紫様こそ、背に魔女、腕にメイド、お膝の上には吸血鬼、更にはお酌に……あの、美鈴さん、何妖怪でしたっけ?」
「秘密です。とりあえず大陸系とだけは言っておきましょうかねー」
「片手落ちねぇ、らぁん?」
「くっ!」

 まずい、藍さんが劣勢……カモンスコール!
 あとついでに紫さんの膝から引っこ抜いたお姉さまも引っ張ってきてそのまま尻尾へ。
 あ、お姉さまったら思わずといった風に抱きついた。
 ……抱き枕にして寝たら確かに気持ち良さそうだよね、この尻尾。
 スコールの毛並みとはまた違った趣が。

「あら、更に新しい子を落としたのね……本当に貴女、そういうの得意よね」
「え、あ、今のはちが……」
「昔はやんちゃしてたものねぇ……?文字通り傾国の美女なんて……」
「むむむ、む……!」

 ……あれ?
 何か更に劣勢になってる。
 …………そっか、多いからいけないんだ。
 じゃあお姉さまをまた尻尾から引っこ抜いて、スコールに乗って。
 スコール、GO!

「て、ちょっと待ちなさい貴女達、何を……」
「多くて負けなら、追加でーす」
「!?」

 私とお姉さまを乗せたまま、私の意を受けて軽やかに飛び出したスコールはあやまたず紫さんへ着弾。
 素早く酒器を退けて退避した美鈴とは違い、相当に酔っ払っていた咲夜やパチュリーも巻き込んで、盛大に押し倒してフランちゃん勝利!
 ……あれぇ、何かおかしい?
 まぁいいかぁ。

「ー!~!?」
「うわぁ、力技……というかアレ、パチュリーは大丈夫なのかな?」
「大丈夫じゃぁ~ないと思いまぁす」
「……だよねぇ」
「だってぇ、スコールさんが乗った瞬間にぃ、ごきぃって音がしましたよぉ?」
「…………え?」
「私、結構耳は良いんですよぉ!」
「いや、そこじゃない、そこじゃないよ!」
「?」
「何で不思議そうな顔!?」

 ふにゃりと笑いながら心底くつろいだ声の椛さんと、それについていけてなさそうな藍さん。
 テンションが噛み合ってないねぇ。
 んー……でも、なんでパチュリー?
 あ、スコールの下からパチュリーの腕が生えてきた。
 なんだ、心配して損した。
 ……飛び込んだ時に零れたトマトジュースへ震える指を伸ばして、畳に?



 はんにん ふ



 あ、腕が落ちた。
 ふ……?
 フリスビー?
 飛んでたっけ?

「パチュリィィィィ!?」
「ちーん♪」
「いやアレまずいからね!?そんな楽しそうに言うものでもないからね!?」

 んー?
 何で藍さんはあんなに慌ててるんだろう。
 だってパチュリーだよ?
 大丈夫、魔法使いは丈夫丈夫。
 もう、何も怖くないんだよ。
 アリスさんだってこの前あんなにもみくちゃにされたのにピンピンしてたもん!
 強化魔法が無ければ危なかったとか言ってたけど、大丈夫、何も怖くない!

「あぁぁもうマトモなの私だけ!?何で?ねぇ何でぇぇぇ!?」
「私もぉ、大丈夫でぇす」
「真っ赤な顔で語尾の怪しい子が何を言いますか!」
「何ですかぁ!そんな人を酔っ払いみたいにぃ!!」
「酔っ払いだよ!」

 藍さんがあんなに鋭いツッコミをこなすなんて……見かけによらないなぁ、うん。
 ってあれ、美鈴、どこ行くんだろう?
 何『まずい、見つかった』みたいな顔をしてるの?
 んー……ハンドシグナル?

『声を出すな』『戦闘終了』『散開せよ』?

 あ、宴会終わりって事かぁ。
 そっか、じゃあ最後は盛大にやらないとね!
 少し前からこっそり勉強してた、夏の風物詩魔法できゅっと締めちゃおう!
 お姉さまも寝てるし、ここは妹の私がやってやりましょう。
 えーっと、魔力に色を持たせて、凝縮してぇ……

「……!?ちょっと待ちたまへ、冷静になるんだフランドール君!」
「おぉぉ……凄いですねぇ、妖力だけじゃなくて、魔力もあんなにあるんですねぇ、吸血鬼って」
「だからそこじゃないんだってばぁ!!」

 それを障壁で閉じ込めて、更に色をつけた魔力で包み込んで、また障壁で閉じ込めて、また包み込んで。
 何度も何度も、満足の行くまで凝縮した玉を掲げて、一抱えくらいの大きさの玉をためすすがめつ、色の具合をチェック。
 うん、ぐーるぐーると光っていい感じ!
 最後にぃ、障壁と障壁の解除間隔をリンクさせて、完っ成!!
 パチュリーの属性魔法の応用で、魔力に色づけができるようになったおかげで完成したこの魔法。
 フリスビーのせいで力尽きたパチュリーの弔い合戦兼、宴会の締めにはきっとぴったり!
 あとは最初の障壁をきゅっとしたらどかーんだよ!

「それでは皆様、宴もたけなわでは御座いますが、不肖、このフランドールが締めの余興をご提供致したいと思いマース!」
「まて、だから待てぇぇぇ!?って紫様、何一人逃げ出そうとしてんですかアンタ!」
「いや、ほら……さっきの、私の負けでいいから。敗者は何も言わずに去るべきですわ。だからスキマを開く邪魔をやめなさい、藍!!」
「逃がしません。なぁに旅は道連れ、痛いのは最初だけですから!」
「は、離し……なさい!!」
「死なば諸共ォォ!!」
「はいドーン」













































「も……椛……!?」
「あぅぁ……やっぱり……見つかってしまいましたか……そうですよねぇ、文字通り鼻が利きますからねぇ……」
「それゴスロリってやつだよね?え、何?どういう心境の変化!?」
「事情は後でお話しますので、先に家へ帰らせて下さい……早く、そう、早くいつもの服に!」

 そう、急いで着替えないといけません!
 出る時に出会った同僚の鼻に捕まったのはまだ想定内です。
 とにかく急いで帰らないと……こんな格好で居るところを文様に見られたら……!

「あらぁ、そんなに急がなくたっていいじゃない……カ・ワ・イ・イ格好なんだからっ!」

 ……ええ、わかってました。
 何となく、そうなるんだろうなぁとは思っていましたよ。

「全体的に白い椛に、黒と赤のゴシックロリータファッション。素晴らしい、いい仕事をしてくれましたよ、あのメイドさんは!」
「何で咲夜さんに着せられたのまで知ってるんですか……」
「だって私が頼んだんだもの。特徴と性格を伝えて『ゴスロリ服一丁お願いしますね!』って」
「は、嵌められました……!!」
「あやややややや、そんな人聞きの悪い!でも良くお似合いですし、これは写真の一枚や二枚や百枚や千枚は撮らないと勿体無いですよね!」

 桁……桁が途中からおかしいです文様。
 それにフィルムや印紙だってタダじゃないんですから、それこそ勿体ないですよ……。

「何?その『私なんか撮っても勿体無いです』って顔。勿体なくなんてないですよねー?」
「ねー?」

 同僚にも売られました!?
 にっこり笑って首を傾げあうなんて、いつからそんなに仲良くなったんですか二人とも!
 同士よ!なんて拳をぶつけ合って満面の笑みとかやめてください、唐突すぎて怖いです。

「ほらほら、つべこべ言わずに被写体になりなさい!貴女も手伝って!」
「あい、まむ!」

 二人がかりは卑怯ですよ…………!?
 ……はぁ、空が青いですね。
 雲ひとつ無くって、まるで吸い込まれそうな空です。
 こういう時は天井の染みを数えてればいいらしいですけど、その代わりになりそうな雲すらないなんて、ついてませんよぅ……。

「って、スカートはめくるものじゃありませんよ!?」
「めくられないスカートに、スカートとしての価値なんて……無いっ!!」
「あやや、中々に良い事を言いますねぇ!」
「というわけで文様、刷り上ったら何枚か下さい」
「貴女になら、特別にタダでお譲りしましょう!」

 拡散……されるんですね、やっぱり。
 わふぅ。











「ちなみに元の服はどうしたの?いつもの服よりちょっと上物のやつだったよね?」
「焦げました」
「えっ」
「焦げて、袴がミニに……」
「じゃあ後でそれも着る事。いやぁ、楽しみが増えましたねぇ!」
「えっ!?」





[20830] 二十四話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2014/01/01 05:48



 秋も深まって来た頃、ふと思い立ってお小遣いからの脱却を目指して色々と模索した結果いくつかが実を結び、冬が過ぎようかという辺りでようやくお小遣いゼロを達成できました。
 とはいえ、やってる事は基本的に人の手を借りる事になるんですけども。
 私自身が何かを作るというのは、私の手が肉球である以上無理な話ですからね。
 人に化けられればいいんですけど、試してみてもなれる気配が欠片もない有様なので断念。

 よって、鹿などを狩って家での食料とする傍ら、メイリンさん協力の下で一部を燻製にして人里へ卸してみたり。
 その人里でめぼしい物があった時に、パチュリーさん謹製の魔力を込める事で遠距離会話ができる魔法具を使って、人里離れた場所に住むユウカさんやアリスさんに買出しをしてお駄賃を貰ってみたり。
 大図書館で薬草図鑑と必死ににらめっこをして覚えた、人では採るのが難しい場所にある薬草を探し出して人里の薬師さんへ卸してみたり。
 それらの過程で出会った毛皮が売れる動物を狩って、これまた人里に卸してみたり。
 散歩がてらにふらりふらりと色々と手を出していたら、いつの間にか愛用のがま口財布がぱっつんぱつんになる程の成長を見せてくれました。
 小金持ちです!
 というわけで、日ごろの感謝を込めて、お世話になっている人たちに何か贈り物をと人里のお店を物色しているわけですが…………

「おう、狼さん!どうだい、今日は良いびわが入ってるぞ!」
「こっちにはできたてのお菓子があるわよぉ?」
「てやんでい!うちの肉が今日一番のお勧めだ!」

 食べ物関係のお店にばかり猛烈な客引きを受けてしまいます。
 いや、声を掛けてくれるのは嬉しいんですけど……今はこれじゃないんですよねぇ。

「狼さんが……食べ物に靡かないだって……!?」
「ど、どこか悪いんですか?できたてですよ?甘いですよ!?」
「こらぁ明日は博麗の巫女が降るぜ、おい…………」

 この反応。
 た、確かにいつも何かしら買ってますけど、そこまで言う事ないじゃないですか!
 私だってたまにはそれ以外にも…………えーと、うん、糸だとか布だとか種だとか買ってるじゃないですか!

「いや、そりゃあお使いだろ?あの風見の大妖だとか、人形使いのお嬢さんだとかの」
「狼さん自身はいっつも食べ物じゃない」
「いい肉はその場でもりもり食ってくれっから、その後の売り上げが段違いなんだよなぁ」

 うわぁ……反論できません!
 そして商魂の逞しさにちょっと涙が出そうです。
 もう店先で食べるのはやめにしましょう、うん。
 お家や誰かの所に転がり込んでひっそり食べましょう……少し前に、サクヤさんからお行儀が悪いなんて言われましたし。

「そりゃ勘弁だ。ほら、オマケすっから買ってけや」

 …………薄切り肉を鼻先で揺らすって、餌付けじゃないんですから。
 いや、確かにいいお肉ですけど。

「へぇ、今日のお肉屋さんは当たりみたいねぇ。買っていこうかしら」

 結果的に客引きに利用されてしまいました。
 酷い!私の身体だけが目当てだったんですね!?

「人聞きの悪ぃ事叫ぶんじゃねぇ!?」

 ふーんだ!
 お肉屋さんなんて経営苦しくなって相次ぐ値下げに苦しめばいいんです。
 そしたら買い占めて貪りつくしてやりますよっ!

「結局貢献してんだろ、それ」
「ほんと、そういう所は素敵に抜けてますよねぇ」
「馬鹿!てめぇら余計な事教えてんじゃねぇよ!!」

 …………うわぁん!!






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 思わず逃げ出してしまってから、さてどうしたものかと思案。
 今すぐにまたあの通りに戻って贈り物を物色しようものなら、また捕まる事うけあいです。
 こうなったらアレですね、困ったときのケイネさんちです!
 幸いにして、逃げてきた方向と同じ方向ですし、突撃してしまいましょう!
 お土産になるようなお酒も丁度鞄に入ってますし!
 いざ行かん!







 ケイネさぁん!
 八百屋さんと甘味屋さんとお肉屋さんがぁ!!

「…………いきなりどうしたんですか?」
「大方からかわれでもしたんだろ」
「いくら人里と言っても、スコールさん程の力を持った妖怪をからかうなんて自殺行為をするはずが……はず…………えーと、自殺行為?」
「こいつ相手に?」

 突撃して、座っていたケイネさんのお膝へ滑り込んだのはいいものの、何故かいるもこたん。
 しかも酷い。
 黙ってれば長い白髪が映える美人さんなのに、口を開くと本当にもう、酷い。
 残念な美人さんめ!!
 でも、そんな事よりも。

 ちょっとケイネさん、何で目を逸らすんですか?
 こっち向いてくださいよ、ねぇ!
 ほら、私これでもれっきとした千歳超えてる妖狼ですよ!?

「ごめんなさい……否定、できませんでした」
「ほら見ろ、ヘタレ」

 酷いです、ケイネさん…………そしてもこたんはさっきからずっと、更に酷いです。

「もこたん言うな。てかお前がもこたんもこたん言うせいで、私が売ってる竹炭が『もこ炭』呼ばわりされるようになったんだからな?」

 初耳でした。
 つまりこれからは『もこたん下さい』と言えば伝わるわけですね!
 ちょっとぷろぽぉずみたいでキュンされちゃうんですね!!
 おめでとうございまぁすぅ!
 …………えーと、ぷーくすくす?

「てめぇ表に出ろ。今日こそ毛皮毟り取って外套にしてやる」
「ふ、二人とも落ち着いて……」
「毛皮が確保できたら慧音にも一着作ってあげるよ?」
「…………えーと、そういうのは流石にちょっと」

 今一瞬悩みましたね?ねぇ?
 ケイネさんも私の毛皮を狙う悪辣なもこたん一味だったなんて……見損ないましたよ!!

 一足飛びにケイネさんの膝上から離脱して、警戒態勢。
 まさかあのケイネさんにまで毛並みを狙われるとは思っていませんでした!
 やっぱり人里は怖い所だったんですよ!!

「いや、純粋に暖かそうだなぁと……本気で作ろうとしてるわけじゃないですよ!?」
「私は作る!」

 だから外道の所業ですよそれは!
 大体私の毛並みはサクヤさんが丹精込めて手入れしてくれてる一品物なんですから、サクヤさんにならまだしも……もこたんになんてくれてやる道理はありません!

 ぱたぱたと慌てて手を振って否定を始めるケイネさんに対して、握り拳を作って、本気の目をしたもこたん。
 ケイネさんは言葉の通りで嘘はついてなさそうですけど……もこたんはやっぱり外道です。

「ほぉ?じゃあ咲夜に言えばいいんだな?」

 …………前言撤回。
 サクヤさんも場合によっては刈る側に回りそうで怖いです。
 寒くなってから、自前の外套についてる若干くたびれたもふもふ……ふぁー、とか言うアレと私の毛並みを交互に見たりするんですよね……。

「そら見ろ。……まぁ、なんだ。とりあえず刈らせろよ?な?」

 ……そっと剪定鋏に手を伸ばすのはやめましょう?
 そもそもそれは毛を刈るための鋏じゃありません!

「いや、毛だけじゃなくてその下もって考えたら……これくらいは」

 怖っ!?
 ちょっとケイネさん、私達妖怪よりも怖いですよこのお嬢さん!

「大して歳変わらないだろうがお前」
「妹紅、突っ込む所はそこじゃありませんよ」

 ケイネさんもそこじゃないです。
 ぬぅ、人里のツワモノたちから逃げてきたつもりが、結局この有様!
 人里はどこも怖い人ばかりです……!!

「……いや、まぁ……大概な私が言うのもアレだけど、この人里のヤツらは……うん」
「たまに『人里?』って思ってしまいますね、確かに」
「でっけぇしゃもじみたいな棍棒だけで妖怪と殴り合ってるヤツも居るしなぁ……霊力もないのに」

 ……え、何それ怖い。
 しかも棍棒っていうのがまた本当っぽくて嫌です。
 更に言うなら、何でしゃもじ型……。

「本人曰く『気合があればいける!あと米食え!!』らしいぞ」
「……あぁ。あの暑苦しい……」
「夏の間は『冬になったら出て来い』と言われ、冬に出てきたら『お前に似合う季節は春だ、頭の中的に』なんて言われるアイツだよ」
「でも仕事はきっちりとこなして、それを誇らずにいつだって全力ですから……悪い人じゃあないんですけどね」
「まぁ、妖怪の撃退やら何やらで結構な貢献をしてるのは確かだろうけど……」

 聞けば聞くほど、その方、本当に人間ですか?

「血統的には人間……しかも家柄的には良い所の出だけど、私はアレを人間に分類したくない」

 ……人間やめてるような人間からそう評されるのって、凄いのか酷いのか。
 そしてもこたん、話は終わったとばかりに剪定鋏の手入れするのやめませんか?
 シャキンシャキン音をさせて舌なめずりとか、なんか本気っぽくて嫌です!

 でも顔だけ見てると、ちょっと色っぽいあたりが流石もこたん。
 それ以外で果てしなく残念ですけど。
 何しろおぷしょんに剪定鋏とさすぺんだーもんぺですからね。
 あ、もんぺと剪定鋏は別に妙な組み合わせでもないですね、そういえば。
 でももこたんっていうだけで凄く微妙な気がしてきます。
 不思議不思議。

 そしてどんどん危ない感じの本気な顔になっていくの、やめません?
 じ、冗談でしょう?

「いや、本気なんだからそう見えるのは当然だろ?」

 …………どこに行っても敵ばっかりじゃないですか、人里。
 やっぱり人里は怖い所でしたよ、フランさん!
 ええい、こんな所に居られるか!
 私は帰らせてもらう!!

「何で逃げる時にわざわざ死亡フラグ立てていくんだよお前は」
「いや、ほら……スコールさんですから」
「振りってやつか。ようし逃げ惑え、刈ってやる」

 何か違う字に聞こえましたけど……どっちにしろ御免被ります!
 というわけでさらばですよっ!

「待てや毛皮ぁぁぁぁぁ!」

 追いつけるものなら追いついてみなさい!
 鈍足もこたんなんかに捕まる程落ちぶれてなーいでーす!

「うわぁぁぁ腹立つ!刈る!絶対に刈ってやるあの駄狼!!」

 も~こた~んこ~ちら~て~のな~るほ~うへ~♪
 へいへいどうしました?
 あれだけ大見得切って追いつけないんですか?

 いくらリセットの効く体で無茶ができると言っても、結局は人間!
 身体強化をしたり、空を飛んだ所でたかが知れています。
 最速なんて言ってた射命丸さんとそこそこ張り合える速さ、見るがいいのです!!

「無駄な身体能力発揮すんな!てかお前、何でそんな速さで走って誰ともぶつからないんだよ!?」

 この程度の速さでそんなヘマをする程落ちぶれてませんよ!
 こちとら千年間逃げ延びた狼です!

「…………うわぁ情けねぇ」

 …………………うわぁぁぁぁん!?

「あ、こらてめぇ加速すんな!?」

 決めました!このままもこたんのお家襲撃して逃げてやります!
 それでなくても傾いてるあのお家をさらに危うくしてあげましょう!
 日ごろの恨みを込めて!!

「やめい!?」

 突貫!!






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 そして、ここは一体どこでしょう。
 行けども行けども竹竹竹。
 おかしいですねぇ……もこたんの匂いを辿って走ってたはずなのに。
 …………もしかしてアレですか、普段から竹切ったりとか筍探したりだとかで各所に匂いが残ってるとかですか。
 迷いの竹林とか言われてる所で、私迷子になりましたか?
 いや、いやいやいや。
 所詮は限りのある場所!
 真っ直ぐに突っ切ればそのうち脱出できるはずです!!
 そろそろお天道様も傾き始めそうですし、さっくりもこたんのおうちを傾けた後に脱出して贈り物探しをしないといけません。

「きゃっ!?」

 ……今なんか居たような。
 落ちたような音もしましたし、んむぅ?

 くるーりと周りを見回して、とりあえず音がした方へ目を向けて。
 んー……見た目は何もないみたいなんですけどねぇ。

「…………」

 うん、息の音とか匂いはするのに、何も見えない、と。
 あれですかね、あの三人組の妖精さんでしょうか?
 ってあの三人組だったら音や気配も消えるから違いますよね。
 …………って、よく見たら何かあの竹の根元が歪んでます。
 音や匂いもあの辺りからですし、あそこですか。

「!?」

 お、当たりみたいですね。
 そして今の反応で、今更ながらに気がつきました。
 もこたんと追いかけっこをした時からずっとスカーフの魔法入りっぱなしですか。
 独り言を垂れ流し状態だったなんてちょっと恥ずかしいっ!
 でも今更オフにしても仕方ないですよねコレ。
 もう聞こえちゃってるわけですし。
 ええい、このまま通してしまいましょう。
 どの道お話をしなければ色々困ってしまいますし!

「…………」

 気を取り直して。
 そこに居る誰かさーん?
 別にとって食べやしませんから、ちょっと道を教えてくれませんかっ!



 …………。



 反応、ナシ!
 というかさっきの口上だとアレですね、とって食うから出てきなさいって言ってるのと同じようなものですか。
 そんなつもりは無かったんですけどねぇ……うん、言葉って難しいですよね、本当に。
 …………しかし、こう言った手前アレですけど、何かこう…………美味しそうな匂いというか。
 普段鼻にしない匂いですけど、一体何でしょうね。
 兎っぽい気はしますけど。

 って、何かこう、凄く怯えたような気配が。

「…………た、食べない?」

 おお、ここに来てようやく反応がっ!

「だ、だってもうばれてるみたいだし、ここまで来て隠れ続けたって意味はないでしょう?」

 いや、まぁそれは確かに。
 居場所がわかって、匂いも覚えたわけですから……追いかけるのはわけないですよね。
 というわけでおいでなすって!

「使い方が違うんじゃないの、ソレ……」

 怯えたような呆れたような不思議な呟きと同時に、歪んでいた竹の根元にぽっかりと穴が。
 あれ、周りの地面のめくれ方からして落とし穴ですよね。
 さっきのは姿を消していたのに落とし穴にはまってばれちゃったってやつですか。
 その抜けっぷりにちょっと親近感……!

「うわぁ嬉しくないなぁそれ」

 がさがさと音がして、落とし穴から抜け出し……た、みたいですけど、あれぇ?
 落とし穴から出ても姿は消したままですか?
 いや、何となく景色が歪んでるから居るのはわかるんですけど。
 さっき言ってましたけど、ここまで来て隠れるても意味がないんじゃないでしょうか。

「……この強度にしてもばれるのかぁ。どういう目をしてるのよ本当に」

 ゆらりゆらりと景色がゆらいで、声の主らしき……くたびれた兎耳のお嬢さんがこんにちは。
 頭痛いとばかりに額に手をやってますけど、あれだけ歪んでたら誰にでもわかると思いますよ?

「普通はゆらぎすら見えないはずなのよ。可視光線……って言ってもわからないか。まぁとりあえず普通は、見えない」

 ふむぅ?
 む?
 あ、あぁ……そういうのにまで及ぶんですね、私の能力。
 うん、そういう事ならある意味特殊な事例だったんですよ今回は!

「自分の能力を正確に把握してないの? って今の言い方だとむしろ相当に応用の利く能力って事かな」

 そ、そこそこには!

「今更そこをぼかしても。…………で、狼さん、結論は?」

 …………え、な、何のですか?

「…………食べるの?食べないの? 食べるって言うなら、こっちも死ぬ気で抵抗するけど」

 ……そうでしたね、そういうお話でしたね。
 私にはお喋りができる相手を食べる趣味なんてありませんので、ご安心を。
 食べるものに困ってないのに、何でわざわざそんな心情的に物凄く食べづらい相手を食べなきゃいけないんですか。
 というか、人を食べる趣味もないのに人型の妖怪を食べようって気にはなりませんもの。

「…………なら、いいわ。道って言ってたけど、人里方面でいいの?」

 あ、それなんですけどね、この竹林に住んでるふじわらのもこたんのお家ってわかります?

「わんもあ」

 …………わ、わんもあ?
 なんでしたっけ、それ。
 え、英語だっていうのはなんとなくわかります!

「もう一度」

 あぁ、そうだそうだ、それです。
 サクヤさんがたまに使ってた気がします!
 で、どこの事でしょうね……んー、ふじわらのもこたんのお家?

「そう、そこ。貴方、あいつの知り合い?」

 ええ、今から元々傾いてるお家をさらに傾かせに行く程度の知り合いです。
 日ごろ溜まりに溜まった鬱憤を込めて頭突きをしてやります!

「どんな知り合いよそれ」

 どんな知り合いか。
 今更ながら、考えてみると奇妙な仲なんですよねぇ。
 ケイネさん経由で知り合って、いっつも今日みたいなやり取りばっかり。
 んー、これを表すとしたら…………喧嘩友達?
 とりあえず全力でじゃれあう程度には知り合いです!

「姫様の同類かぁ。うん、まぁそれなら間接的にうちのためにもなるから案内するけど……」

 どういう意味ですかそれ。
 まさか、もこたんのお家を傾けて得するような奇特な人が居るなんて。

「うちにも居るのよ、喧嘩友達みたいな方が」

 うわぁそちらにもですか。
 もこたん血気盛んすぎですよ。
 いい年して元気な事ですね全く。

「本当にねぇ。大人しくしていれば見目麗しいお嬢様で通るのに、あの言動だから」

 あぁ確かに。
 口を開いた途端に残念な感じになりますよねぇ。
 仕草だけはちょいちょい優雅というか、いいトコのお嬢様っぽい部分があるんですけど。
 ……まぁそれはそうと、もしかして兎さんは薬草集めの最中だったり?
 そうだったなら、案内して貰うお礼に薬草探しもお手伝いしますけど。

「何でわか……ってもしかして匂い?」

 大正解!
 その背負ってる鞄から匂いがしましたからね。
 あ、ちなみに私、人里でのお小遣い稼ぎのために匂いとか形とか覚えたんですっ!
 薬師さんからもお墨付きを貰う程度には探せますよ!

「へぇ、ならお願いしようかな」

 意外、といった風な兎さん。
 普通は私みたいな狼が薬草探しなんてするわけもないですから仕方がないですよね。
 狩りをするって言うならさらりと流したんでしょうけども。
 何にせよ。

 その鞄の中に入ってるのと同じやつでいいんですよね?

「うん、とりあえずはこれだけで。他に良さそうなのがあればついでに採っておきたいけど」

 了解でーす。
 じゃあ案内の方はよろしくお願いしますよっ!

「了解デース」

 …………。

「な、何か言いなさいよ」

 敬礼付きでまねっこされるとは思いませんでした。
 お可愛らしい!

「……い、行こうか」

 赤くなった顔もまた可愛らしくてイイデスネ!
 何で私、あんな事しちゃったんだろうって所ですね、これは。
 いや、妙に堂に入った風ではありましたけど、本当に可愛らしかったんですもの。

「ええい、黙れっ!!」

 ざ、座薬を飛ばしてくるのはやめて下さいよ!
 何か色んな意味で危機を感じるじゃないですか!?

「座薬じゃない!銃弾!!」

 銃弾っていうのはもっととがってるでしょう?
 細長くって、先が尖ってて、硬いやつ!
 あれ当たったらちょっと痛いんですからね!?

「…………ちょっと待って、それもしかして弾の大きさがこのくらい?」

 このくらい、と指で示した大きさは、記憶の中にある大きさと大体一致。
 多分。
 私の記憶能力がどこまで信用できるかは微妙な所ですけど!

 うん、あの時は猟師の人が数人がかりで撃ち込んできて、一発だけ当たっちゃったんですよねぇ。

「ライフルの弾が当たってちょっと痛いで済ますってどういう事よ……いくら頑丈って言っても限度があるでしょう?」

 いやほら、そこは能力でもにょもにょっと!

「さっきからさらりと能力について漏らしてるわよね」

 ……き、聞かなかった事に!

「いや、まぁこちらに敵対でもしない限りは吹聴する気もないけど」

 ありがたやありがたや。
 先日『軽々しく話すんじゃないの!』って怒られたばかりでして。

「そりゃそうでしょ。最近は平和だと言っても、いつ騒動が起こるかわからないんだもの」

 仰る通り。
 さ、この話はおしまいにしてもこたんのおうちまで案内をお願いします!
 薬草もちゃんと探していきましょう!

「了解。とりあえずこっちね」

 あ、えーと…………早々にアレですけど、まずは足元にお探しの薬草、ありますよ?

「………………」

 そんなに赤くなりながら摘まなくてもいいと思いますけど。
 ちょっと草に隠れてましたからねぇ。

「便利な鼻ね、全く」

 そそくさと薬草を摘んで、鞄に仕舞いこむ兎さん。
 折角ですから伝えてしまいましたけど、今のは見逃すべきだったんですかね、やっぱり。
 でも量が確保できるに越した事はないでしょうし、まぁ良い事にしましょう、うん。

「さ、気を取り直して行くわよ」

 ちなみにこの方向でしたらまた10間程行ったところに薬草がありますよ。
 ここだと結構生えてますよねぇ、それ。

「いや、これ結構見つけづらい薬草なんだけど……」

 …………なんか人里の薬師さんも同じような事言ってましたけど、分かりやすいですよ?
 匂いも独特だし。

「いや、匂いとか普通はわからないから。しっかし本当に便利な鼻だわ。いつもこうなら楽なのに……」

 お手伝い料を貰えるなら、こちらの手が空いてる時に手伝いますよ?

「そもそもどうやって連絡つけるのよ。ここには電話なんて……ってこれもわからないか。遠距離の会話手段とかないでしょ?」

 あー……うん、そうですねぇ。
 なら、また会った時にでも。

「ええ、その時はお願いするかも。これだけ効率がいいなら、少しくらいお手伝い料を出してもお釣りが出るわ」

 その時はよしなに!
 さ、行きましょう行きましょう!
 もこたんめ、今に見ていなさいっ!!

「……程々にね。あの家、あんたが本気で突っ込んだら冗談抜きに潰れるわよ」

 …………流石に潰したら本気で追いかけられそうなので、自重しますよ。

「そうしときなさい。執念深いから面倒くさいわよ、絶対」

 あい、まむ!










































「で、あんな宣言して駆け抜けていった割りに来るのが遅かったなぁ、オイ」

 ……ですよねー。
 そりゃあこれだけ時間かければ戻ってますよねー。

「さて、スコール君はどうするのかな?うん?」

 そりゃ、あれですよ、ほら。

「ほうほう?」

 初志貫徹で突貫!!

「あ、こらテメェ!?」

 ほいズドーン!








 ずずん。








「…………おいコラ」

 あ、あれ?
 何でこんなに脆いんですか?
 ちょっと押しただけですよ!?

「やっぱり外套にする。あーもー許さん!!」

 もこたんちが脆すぎるのがわるいんじゃないですかぁ!?
 一体どれだけ限界が近づいてたらこうなるんですか!!

「ギリギリまで粘るつもりだったんだよ!!」

 …………それ、今回潰れたのって結構な割合で自業自得じゃありませんか?

「…………」

 ……………………。

「家、どうしよう……」

 ひとまずケイネさんちに避難とか……?

「だめだ、生活態度でぐちぐち言われるのが目に見えてる」

 それも自業自得じゃないですか。

「………」

 ご愁傷様です?

「…………家、建て直すの手伝えよ?」

 り、了解です。
 幸いお友達にそういうのが得意って言ってた方がいるので、お願いしてみます。
 お酒、用意しないといけませんねぇ……。

「何で酒なんだよ?」

 お酒をこよなく愛してるらしいですから。
 代金としてはそれかなぁって。
 もこたんも何か持ってたら用意して下さいよ?

「あー……見繕っておく」

 じゃ、そういう事で。
 数日中にはまた連絡しますので、それまでは頑張って下さいね。

「ケイネんちかぁ……」

 ……が、頑張って下さい。






[20830] 二十五話 Yuka
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2014/04/19 03:06



 冬が過ぎ、春を経て、夏へ。
 短い桜の季節を楽しんで、夏の向日葵を愛でよう。
 そう、楽しみにしていたというのに。
 いつまで経っても冬のまま、桜の開花どころか雪解けの気配すらやってこない有様。
 暦の上ではもう梅雨が近づく時分だというのに、どうした事か。
 こうまで自然が乱れると、草花たちの生まで乱れてしまう。

 こうなったら、原因を取除きに動かなければいけないわね。
 でも一から調査して解決っていうのは手間だわ…………。
 いっそこの冬に辟易としてる紅魔館の皆と一緒に異変解決に乗り出してしまおうかしら。

「はぁ……」
「あら、溜息なんて珍しいわね」

 ……あぁ、やってしまった。
 折角のお茶会だっていうのに、ホストの前で溜息なんて、失礼にも程があるというもの。

 とはいえ咲夜は気分を害したわけでもない……むしろ珍しさに目を瞬かせて……違うわね、輝いてるわ。
 溜息一つでこうまできらきらした視線を頂くなんて予想外。

「ここまで冬が続いたら溜息の一つも出るわよ。もう梅雨になろうっていう時期なのに、未だ雪よ?」
「別に冬が嫌いという風には見えないけど……」
「季節が狂うという事は、私の趣味や存在に甚大な影響が出るの」
「あー……そうね、花の妖怪だったわね、貴女」
「なに?忘れてたの?」
「多芸すぎて、つい」

 どういう答えよ、一体。
 しかも悪びれもせずにいけしゃあしゃあと言い放つ辺りが彼女、咲夜らしいといえば、らしい。
 メイド長をやってる時以上に、オフの時はさらっと好き放題言うわね。
 でもね、それはそれ、これはこれという便利な言葉があるのよ?

「痛いわ、幽香」
「なら時間を止めて、つままれる前に逃げればよかったでしょう。何でさっちゃんはそれをしなかったのかしらねぇ?」

 紅茶を載せた小さな丸テーブル越しに、座っていた細身の椅子から腰を浮かせて咲夜のほっぺたをむーにむに。
 瑞々しい玉のお肌が指先に心地いい。

 不満を口にしながらも、いつもの澄ました顔がちょっと照れくさそうになっている辺り、嫌がっていないのが丸分かりよ?
 瀟洒だとか悪魔の犬だとか言われているみたいだけれど、素は誰かと一緒に居るのが大好きな寂しがり屋の女の子。
 その辺はスコールと似たもの同士よね。

 っと、この辺にしておかないとね。
 真っ白な肌だから、赤くなっちゃったら目立つもの。
 少しばかり名残惜しいけれど、仕方がないわ、離してあげましょう。

「幽香の綺麗な指先を頬で感じてみたかったのよ」
「………咲夜、それ聞きようによっては物凄く危ない子よ?」
「たまには軽快なジョークを飛ばせと、先日お嬢様に申し付けられたもので」
「……ジョークだったの?」
「…………ジョークのつもりだったんだけど」

 うん、これだ。
 完璧なように見えて、たまにどこかがズレてたりするのよね。
 それもまた咲夜の魅力なんだけど、
 美人は何をしても様になるとは聞くけど、咲夜はまさにそれを地で行くと言うか何と言うか。
 ちょっとおかしな表現になってしまうけれど、欠点の一つや二つは軽く魅力に変えられるだけの、そんな魅力があるわね。
 ……それはそれとして、ジョークはとりあえず流しておきましょう。

「話をちょっと戻すけど。咲夜、この冬をどう思う」
「春が春眠を決め込んでるんじゃないの?」
「…………ジョーク?」
「そうですよ?」

 にっこり笑って『そうですよ?』って。
 折角流したというのに、敢えてまた振るとは。
 可愛くて思わず許しちゃいそうになったけどね……残念ながらジョークのセンスはないわよ、咲夜。
 とりあえず紅茶を一口飲んで、落ち着きましょう。
 咲夜が能力で保温しているとはいえ、やっぱり飲むべき時に飲んであげないと。

「まぁ真面目に答えるなら……少し前に魔法による調査を行ったパチュリー様曰く『冬が去らないのではなく、春が来ていない』らしいわね」
「来ていない、ねぇ?」
「奇特な誰かが春を独り占めして、雪の中で桜の花見でもやってるのかしらね」
「そんな事をするくらいなら、春になってから周りに雪を降らせた方が遥かに楽でしょうに」
「言えてるわ」

 仮にそんな理由だったとしたら…………そうね…………ちょっとお仕置きをしに行かないとね。

「あら怖い顔」
「失礼ね」
「でもそんな顔も魅力的よ?」

 確信犯的な言い回しの末、お皿に盛られた小さなチョコレートを一枚そっと摘んで私の口に宛がう咲夜。
 目が笑っている辺り、さあどう出るかしら、といった所か。
 なら、期待に応えてあげないとね?

「きゃっ!?」
「ん~?」

 ぱくりと指ごとお口の中へ。
 咥えた瞬間に指は引き抜かれてしまったけど、口の中に残ったままのチョコレートが自己主張。
 うん、美味しい。

「随分と可愛らしい声を上げたわね?お顔も真っ赤!」
「……今日はまた随分と意地悪ね?」
「可愛らしい子は素直に可愛がる性分なの」
「まるでスコールみたいだわ」

 言われてみれば、そうかもしれない。
 スコールも事あるごとに可愛らしい可愛らしいって猫可愛がりをするタイプよね。
 狼が猫可愛がりというのは言葉的にどうかと思うけども。
 でも今はそこじゃないの。
 話を逸らそうとしたってだぁめ。

「…………」
「赤くなったのがそんなに恥ずかしいのかしらねぇ、さっちゃんは?」
「っ!?」
「あ、時間を止めちゃだめよ?素敵な素敵なお茶会に、凍った時間なんて無粋だわ」
「……わかったわよ、だからそんなに見詰めないで」

 拗ねたように上目遣いで、そんな事を呟かれたらね?
 うん、可愛さでこちらの顔が赤くなっちゃいそうだわ。
 これがスコールだったら有無を言わさず抱きついて可愛い可愛いって全身全霊で愛でるんでしょうねぇ。
 この顔、写真にして部屋に飾っておきたいくらい。
 ………あぁでも、やっぱり違うかしらね。
 今この瞬間に見るからこそ、この感動!



 ………………でもやっぱり、ちょっと欲しいかも。
 後でパチュリー辺りに聞いてみよう。
 記憶の中から写真へその像を起こす……念写、だったかしら?
 それができるといいけれど。
 もし成功して、写真ができたら……うん、前の宴会の時、一緒に撮った写真の横にでも並べておこう。
 今まで写真立てなんて使ったことは無かったけど、スコールやフラン、この館の皆に会ってからは足りなくて仕方がないくらい。
 文もそれがわかってからは私の喜びそうな写真を持ってきてくれるし。
 良いものね、こういうの。

「こう、凄く優しい笑顔を正面から見せられると……どうしていいのかわからなくなるわね」
「あらあら、修行が足りないわよさっちゃん?」
「ねぇ、さっちゃんはやめましょう?」
「赤くなるのをやめたら考えてあげるわ」

 ただし、やめるとは言わないけど。
 あぁもう、可愛らしいったらないわ、本当に。















---------------------------------------------------------














「あ、居た居た。幽香、この冬の異変、解決しに行かない?」
「入るなら扉から入りなさい、三人とも」

 赤みの残る頬を少しばかり膨らませたままの咲夜と二人でゆるりと楽しいお茶会に興じていた所、テラスの窓から乱入してきたのは二人と一匹。
 真っ白な毛並みの所々に雪をつけたスコールと、もこもこと暖かそうなファーの付いた紅いダッフルコートのフランと真っ白なコートを着込んだアリス……あら?

「アリス、フラン。貴女達、そのファーはもしかして……」
「スコールの毛。いや、丁度よさそうだったから少しだけ譲って貰ったんだけど……うん、思っていた以上だったわ」
「ちなみに館の皆の分のコートにもついてるよ」
「魔力の通りがいいし、やったらと丈夫だから色々使えそうだったんだけど……今の時期ならこれかなーって」

 そんなに刈って大丈夫だったのかしらね?
 でもちょくちょくスコールとは会ってたけれど、そんなに毛が減ってた事なんて無かったような。
 まぁスコールなら『何か一晩で生えました!!』なんて言いだしそうだし、気にしないでおきましょう。
 うん、パチュリーあたりが育毛剤でも作ったのよきっと。

「それで、どうするの?」

 頭の中で渦巻くスコールの毛刈り顛末が一段落した所で、対面に座って瀟洒に紅茶を飲んでいた咲夜からの一言。
 皆が入ってきた瞬間に赤みも失せて、それこそ『瀟洒』に紅茶のカップを傾ける始末。
 全く、可愛らしいったらないわ。
 次はこれを話の種にしてからかってみようかしらね?

 それはそれとして……うん、行くのは問題ないけれど…………長く外に出るなら、着てきた軽い雪避け用のコートじゃなくて、家に置いたままの本格的な防寒コートに変えてこないとね。
 家からここまで来るだけならこれでも良かったけれど、外で調査をするとなったら流石に少しばかり寒さが堪えそうだわ。
 元々寒いのは苦手な方だし。

「ご心配無く。用意してありますわ」

 コートの他は何がいるかしら、と考えを巡らせる私の耳に飛び込んでくる意外な言葉。
 用意?
 何を?

「今日の帰りにでも渡して驚かせようかと思ってたんだけどね」

 言いながらクローゼットへ向かい、襟と袖に見事なファーが踊る真っ赤なロングコートを取り出した咲夜。
 ハンガーから外して、姿見の前で『気に入るのはわかっているんですよ?』とばかりに笑顔を浮かべて待ち構える始末。

 でもね、少しだけ待ってもらえるかしら?
 …………私の、コート?

「花や果物やハーブ、その他にも色々とお世話になってるからね。それにスコールたっての希望でもあったのよ?」
「そう、なの?」

 だってこの面子の分を作ったんですよ?
 ユウカさんの分が無いなんて事があるわけないでしょうに!
 とはいえ、私は材料の提供しかしてませんけどね。
 アリスさんとサクヤさんが頑張ってくれました。

「紅魔館の皆と、アリスと、幽香。うちの分が六着に加えて更に二着分だからね。刈った後は面白い有様だったのよ?」
「パチュリーの作った育毛剤をかけて一晩寝たら元通りどころか、丸々とした毛玉だったけどね」
「思わぬ収穫で更に材料がもらえたから、私としては服を作るくらいの手間なんて何でもなかったけどね」

 ……本当にパチュリーの育毛剤だったなんて。
 いや、予想通りだけど、ある意味まさかの事実だわ。

「折角作るなら頑丈かつ実用的な物を、という事になって布から何から全部手作りになったから……実際形になったのはつい最近なんだけどね。咲夜がいなければもっとかかってたでしょうけど」
「アリスさんがここぞとばかりに『やりたかった事』を詰め込んだからね。それにパチュリーも乗り気になって……うん、まさか修復や撥水の機能まで付くとは思ってなかったよ」
「……いや、ほら。貴女とレミリアの人形作りのテストケースにも丁度良かったし?」
「染料に私達の血を使ってみたり、布にも髪を編みこんでみたりとかね」
「ま、魔法としては常套手段なのよ!?」
「いや、わかってるから、そんなに慌てなくても……」

 ……咲夜がゆーらゆーらとこちらを誘うように揺らし続ける、件のコートをじっと見つめてみて、納得。
 襟元のファーに隠れてちらりと覗くに留まっている金の刺繍やコートその物から感じる気配は、確かにこの子たちの物であったり、パチュリーの魔力であったり。
 どれだけ……どれだけ、私を驚かせれば気が済むのかしらね、この子たちは。

「あ、でも……血とか、そういうのが気色悪いっていうなら、もう一度咲夜に作り直してもらうけど……」
「作ってる時も言ったけど、幽香がその程度の事を気にするわけがないじゃない。だって、幽香よ?」

 アリス、その通りではあるけれど、後で酷いわよ?
 ……でも、そんな事よりも、何よりも。
 文字通り身を削って、純粋に私のために作ってくれた物を気色が悪いなんて言う程、落ちぶれたつもりはないわ。
 当然限度はあるけれど、この程度でとやかく言うと思われたのが少しばかり悔しい。
 ええ、だから、そう。
 少しばかり仕返しをしてあげましょう。

「私がそんな事を……その程度の事を、疎むと思ったの……?」
「ちょ、幽香さん苦しい……!?」
「……うわぁ……フランからミシミシ音がしてるわ……」

 ちょっとだけ、そう、ちょっとだけ力を込めて抱きしめる。
 背中に左手を、頭に右手を回して、ぎゅっと。
 僅かながらの悔しさと、あふれ出る嬉しさを込めて、ぎゅっと。

「いくら昼って言っても、吸血鬼を力で抑える辺りがやっぱり規格外だわ」

 アリス、本当に茶々を入れるのが好きね?
 心配しないでいいわ。
 ちゃんとお仕置きカウントは増えてるもの。
 …………でも、おかげで少しばかり冷静になれたわ。
 うん、まずはこれを言っておかなければいけなかったわね。

「皆、ありがとう。嬉しいわ」

 作ってくれたコートは言わずもがな、何よりも、作ってくれたその気持ちが嬉しい。
 言葉じゃ言い表せないから、フランへの仕返しにかこつけて、その思いを抱きしめる力に乗せるしかない。
 あぁ、私らしくないわね、こういうのは。

「わ、わかったから少し緩め……!?」




 ぐき。




 あ。




「フラン様!?」
「ちょ、ちょっと幽香、あんた何を……!?」
「いや、あれ、え……フ、フラン?」

 抱きしめていた体の、背骨辺りから響いた嫌な音。
 わずかばかりの抵抗をしていたフランの体がプルプルと震えて、こちらを見つめてくる涙の浮いた瞳。

「……フランでよかったわね。咲夜だったら上と下が泣き別れしてたわよ、あれ」
「……生々しい事を言わないでよ」

 ………まずは、体へ衝撃を与えないようにそっと手を離して、確認。
 吸血鬼らしい再生能力を発揮したらしく、へし折れた背骨は既に元通りになった模様。
 浮かんだままの涙が一筋、零れ落ちると同時に手が動いた。

「ごめんなさいね」

 手で拭おうとしたフランを制して、ハンカチでそっとその跡をぬぐう。
 あぁ、いくら感極まったからといって、力加減を間違うなんて。
 し、失態どころの話じゃないわ!

「……ねぇ咲夜、私あんなに慌てた幽香を初めて見たわ。これでも結構長い付き合いだったんだけど」
「美人は慌ててもやっぱり美人だわ。目の保養」
「主人の妹の背骨がへし折られたばっかりだっていうのに、いつも通りね、あんたは」
「だってもう治っていらっしゃるもの。それに幽香の慌てように当てられて、逆にどうしようって困ってる姿もまた……ええ、いいわね」
「ぶれないわね、本当に」

 後ろから聞こえてくる暢気なやり取りが耳に入って、再び冷静になれた。
 ある意味いい仕事だけど、空気を読まないわね、二人とも。
 わざとでしょうけど。

「まさか折れるとは思ってなかったなぁ…………スコール、やっぱり幽香さんは凄かったよ……」

 フランの綺麗な金糸の髪を梳きながら目を合わせた途端、ちょっと問い詰めたい事を呟くフラン。
 その目にも言葉にも怒り怯えを感じないのはほっとしたけれど、その評価はどういう事なのよ……。

「まぁもう治ったし、気にしないでね。……昔、お姉様と喧嘩してた時は文字通り色々弾け飛んでたくらいだし、どうってことないよ」
「……そういうわけにはいかないわよ」
「なら、また遊びに行った時にはうんとお持て成しを要求するっ!」

 まるで花が咲いたような可愛らしい笑みを浮かべて、それでおしまいとばかりに私へ抱きつくフラン。
 膝立ちのままだった私の胸に飛び込んできて、上目遣いに『駄目?』だなんて。
 ……あぁもう、本当にこの子は!

「幽香、感極まる気持ちはわかるけど、次にやったら流石に取り繕えなくなるわよ」
「わ、わかってるわよ!?」
「とりあえず幽香、このコート着てみてくれる?いい加減腕が疲れてきたの」
「人の感動をぶち壊すのが本当に上手ね、貴女たち……!」

 さっきから何回目よ?
 しかも今のは壊さなくてもいい感動だったでしょうに。
 とはいえ……この胸の中の可愛らしい子を離すのは惜しいけれど、仕方がないかしら。
 咲夜が言ったように、気に入ったのは間違いないし、着てみたいのも間違いない。
 何より、このままだとだんだん混沌としてきて、また脈絡もなく宴会に突入しそうだしね。

「……ごめんなさいね、フラン。コート、着させて貰うから少しだけ離して貰えるかしら」
「本当に、フランには優しいわよね、幽香」
「アリスと違って小生意気じゃないもの」
「いや、うん。確かに純粋さなんてどこぞの母親様のせいで魔界に置き忘れてきたわね」
「たまには帰ってあげなさいよ?」
「あら、幽香がそんな事を言うなんて珍しい」
「少し前に紫経由で『アリスちゃんに少しは里帰りするように幽香ちゃんから言ってあげてよぉ!』なんて伝言が来たからね」
「…………今度里帰りして、大江戸を1ダースプレゼントしてくるわ」
「程ほどにね」

 声を掛けると、ちらりと名残惜しそうにこちらを見てから腕をほどいてくれるフラン。
 所作が一々可愛らしくて、たまらないわね。
 うん、咲夜があんなのになるのも頷けるわ。

「はい、コート。ちなみに採寸はアリスがハグで済ませたわ」
「……前にいきなり抱きついてきたのはそれだったのね。咲夜の病気がうつったのかと思ったわ」
「抱きついただけでわかるなんて、ある意味私以上だと思うけど」
「間違いないわ」

 後ろから『間違ってるわよ!?』なんて叫び声が聞こえてくるけど、気にしない。
 咲夜が後ろからかけてくれたコートに腕を通して、ボタンをとめて。
 くるりと部屋に備え付けられた鏡の前で回って、着こなしを確認。

「かっちりしてるかと思ったら、動きやすいわね」
「魔力を通せば傷もなおるし、そもそもよっぽどの事がなければ傷もつかないわよ」
「至れり尽くせりだわ。ファーも暖かいし、装飾も綺麗だし……本当に、ありがとう」

 隣に立っていた咲夜の頬に、キスのサービスを。
 正面に立っていたアリスには、極上の笑顔を。
 そのアリスの横で嬉しそうな顔をしていたフランには、腕を広げていらっしゃいと合図。
 スコールは…………ちょっと、静かだと思ったらいつの間に咲夜のベッドで寝てるのよ?

「やっぱり幽香さんは紅も似あうね!」
「あら、そんな事ばかり言ってると私の家に連れて帰っちゃうわよ?」
「存分に持て成されてあげるから、連れて帰ってもいいんだよ?」

 中々言うわね。
 うん、この異変を片付けたら存分に可愛がって持て成してあげるんだから、覚悟しなさいね?















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 貰ったコートを着て、オマケと渡されたもこもこのファーがついた耳当てまで装備した上で、出発した異変解決。

「…………何で進むにつれて人が増えていくんでしょうね」

 原因はわかってるんだけど。

「何、旅は道連れ世は情けって言うだろ?それにコイツや慧音の友達だったら、悪い奴じゃないのは保障されたようなもんだしなぁ」
「一緒の方が楽できるじゃない」
「この時点で記事にできるのに、更にいいネタがあるのが分かっていてついていかない手はないじゃないですかっ!」

 まずは情報収集、という事で、人里で軽く聞き込みをしてから本格的に動き出そうとした所、まぁ来るわ来るわ。
 慧音の所でごろごろしていた蓬莱人の焼き鳥娘(スコール談)に、気だるげに食料を買い込もうとしていた博麗の巫女に、幻想郷最速を謳う烏天狗の新聞記者。
 館に残ったパチュリーの『下手をしなくてもどこか攻め滅ぼしかねないメンバーね』何ていう言葉の真実味が更に増してきたわ。
 いや、そんなつもりは毛頭ないけれど、メンバーだけ見たら確かに。
 私自身も力がある方だと自認しているけど、加えて他のメンバーもまぁ、大概よね。
 事、夜であれば最強の一角に名を連ねる吸血鬼が二人に、多芸な人形使いが一人、時を操る人間が一人、中身以外は立派な妖狼が一匹。
 ここにさらにさっきの三人が加われば、言わずもがな。
 この異変を引き起こした黒幕が下手な対応をしたら……ええ、ご愁傷様ね。
 逃げようにも霊夢が結界を引くでしょうし、それが為される前に逃げようとしても文やスコールの快速組が足止めに回れる。
 よくある前衛、後衛なんて考え方が当てはまらないオールマイティ組が多いからカバーもできる。
 絡め手も……うん、霊夢の勘やアリスの器用さがあればなんとかなると思うし、いざとなれば力技もあるし。

「ちなみに各所に聞き込みをした所、普段全く見覚えの無い顔がちらほら出没してるようなので……とりあえずはそちらを当たってみるのがいいかもしれませんね」

 つらつらと戦力分析をしていた所でいきなり有力情報が投下。
 こういう時はフットワークの軽さが物を言うわね。
 情報収集の途中で私達と出合ったようだし、こちらもあちらも渡りに船といった所かしら。
 文は記事のネタが、私たちは当面の目指すべき目標が。
 持ちつ持たれつというのは理想的な関係だわ。

「ちなみに特徴とかってわかるの?」
「えーとですね、そちらに関しては結構具体的な情報まで出てきてるんですよ」

 緑の服、白髪、刀二本、人魂、少女。

 具体的すぎるわ。
 そこまで特徴があって尚且つ普段顔を見ないとなると、結構な怪しさよね。
 何しろ、あの文が『心当たりがない』と言う程だし。
 よほどどこかに引き篭もっていたのか、それとも新しく外から入ってきたのかは知らないけれど。

「いっそ分かれて探す?パチュリーの作った遠距離通話の魔法具、二人とも持ってるよね?」
「私は持ってるわ。アリスは……うん、持ってるみたいね。なら三方に分かれて行きましょうか」

 定石で行くならば戦力の分散が、なんて考えるんでしょうけど、まぁ……。
 本来なら単独で突っ込めるようなメンバーが集まってるわけだし、何かあれば連絡という形も良いかもね。
 分かれ方にもよるけど。

「んー……はい、三つのグループを作ってください!」
「また漠然としてるわね、それ」
「いや、でもできてるよ?」

 フランの提案と、号令。
 あんまりにも漠然としすぎていたし、唐突だったから待ったをかけたけれど、言われて見れば確かに三つのグループができているわね。
 しかも言われた瞬間に動き始めたし。

 私の所に文と咲夜。
 スコールの所にはフランとレミリアが。
 アリスの所には霊夢と……霊夢に引っ張って行かれたらしい妹紅が。
 咲夜が私の所へ来たのは少し意外だったけど、人数や戦力バランスでも考えたのかしらね?

 それにしても……うん、どのグループと当たってもロクな事にならないのが目に見えてるわね。
 私の所と当たれば、場合によっては色んな意味で咲夜の餌食だし……文の記事に載る量が増える。
 何かしらの困った事態でも咲夜の能力や文の速さで退避も利くし、私も大概頑丈な部類だからそうそう落ちる事はない。

 スコールの所と当たれば、良くてスコールの能力に当てられての馬鹿騒ぎ、悪ければ吸血鬼二人の火力。
 さらにその二人にスコールの能力補助が加われば、三人ともに馬鹿速度が加わる始末。
 元々速い三人が更に加速するわ、打ち込んだ攻撃は衝撃や威力を軽減されるわで悲惨でしょうね。

 そして何よりも、アリスの所がある意味一番救えないわ。
 何しろあの鬼巫女霊夢に加えて、不死身特攻上等(スコール談)の妹紅、バックアップは大得意のアリスだもの。
 当たった瞬間からロクな会話をせずに突っ込む霊夢と、何やらそれに嬉々として乗りそうな妹紅、引きずられて参加するアリスが目に見えるようだわ。
 不死身の前衛、鬼畜な後衛、引き出しの多い遊撃。
 バランス的にはここが一番だし。
 しかし、何でしょうね……?

「霊夢、あなたそこの妹紅と知り合いだったの?わざわざ引っ張って行ったけど」
「アリスは寒さの遮断とかの魔法が使えそうだし、こっちのは火を扱うのが得意って聞いたからね」
「私達は防寒具扱いか!?」

 思わず叫んだ妹紅の気持ちもわかる。
 あっさりと、さも当然の事のようにああ言われたら、確かにねぇ。
 バランスとしては良いっていうのを本人も理解しているのか、それ以上は言わないようだけど。

「見つけたら一当てする前に連絡ね?ちゃんと通信魔法が聞こえるようにしておくように」
「場合によっては落としてから連絡する事になりそうだけどな」
「…………霊夢、ちゃんと話ができる程度にはしておきなさいよ?」
「善処するわ」

 うん、する気は無さそうね。
 こうなりそうだと思ったから一言釘を刺そうとしたのに、意にも介してないわ。
 いつでもどんな時でも、やっぱり霊夢は霊夢。
 まぁ、そうでもないと博麗の巫女なんて務まらないんでしょうけど。

「それじゃ散開。今日中に片が付くといいわねぇ」
「付けてやるのよ。いい加減食料がやばくなってきたし」
「本音はそこなのね」
「だって冬が続いたせいで、食べ物の値段が軒並み上がってるんだもの!こんな天気だから地鎮やらなにやらの仕事も殆ど来ないし!!」

 パンと一つ手を叩いて合図を出した途端、先ほどまでの澄ました顔をかなぐり捨てる霊夢。
 さっき言っていた断熱の魔法や暖を取るための火種を要求しながら元気に飛び去っていったけど……大丈夫かしらね、色んな意味で。

「さ、元気に飛び出していっちゃった子たちも居る事だし、私達も出発しましょうか。大丈夫だとは思うけど、何かあったらすぐに連絡するのよ?」

 レミリアとフランの頭を撫でて言い聞かせながら、スコールへアイコンタクト。
 念には念を。
 逃げるべきだと思ったのなら、全力で逃げなさいね。
 貴女ならそういう気配にも敏感でしょうから、頼むわよ?









































「酷いとしか言いようが有りませんよね、これ」
「全くだわ」
「こんな馬鹿げたメンバーが突っ込んできたら、その……」
「……どこかのグループと友好的に話し合いで終わればいいけど、そのグループだけを見て『行ける』なんて思ったら……まぁ、ね?」
「それでなくとも冗談じゃないメンバーが集まってきて総攻撃、ですね」
「一瞬で全滅させるだけの手がない限りは詰むわね。逃げようにも逃げられないわよ、どこと最初に当たっても」
「…………ご愁傷様ですねぇ」






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「悪寒が!?何か背筋から凍え死ぬくらいの悪寒がする!?」





[20830] 二十六話 Aya
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2014/04/19 03:07



 ……あぁ、ノリと勢いだけで出てきたのはいいけど、やりすぎたのが良くわかるわ。
 遠くではどっかんどっかん空に向かって馬鹿げた弾幕……というより砲撃が飛んで行くわ、目の前にはコイツ馬鹿ジャネーノって言いたくなるような文字通りのバ火力を出す白髪はいるわ。
 挙句の果てにはさっき狙い済ましたかのように私の目の前を紅い槍が横切って行くわ。
 いや、反射的に魔法で強化した目で追いかけてようやく槍だってわかったんだけどね?
 私達の現在地付近が障害物の殆どない開けた場所だったって言っても、文字通り直線よ直線。
 重力とか空気抵抗とかに喧嘩を売るような投槍なんて見たくなかったわ。
 おまけについてきた風圧でスカートが盛大に舞い上がって、霊夢と妹紅は『お色気担当?』なんてからかってくるし。
 うん、ドロワともんぺに比べればそうだろうとは思うけど、納得がいかないわ。
 本当に、どうしてこうなったのやら。

「どうしたどうしたぁ!? 黒幕なんて啖呵を切ったんだ、まだまだ手札はあるんだろう? 出せよ、なぁ? さぁ出せすぐ出せハリーハリーハリー!」
「後がつかえてるのよ。落ちるなら落ちる、消えるなら消える、溶けるなら溶けるでさっさとしてくれない?」

 ……うん、短い現実逃避だったわ。
『黒幕ぅ~!』なんて叫んで姿を現したあの冬妖怪と氷妖精の行いが愚かだったのはまぁ間違いないけれど、それでもねぇ?
 冬が長引いてテンションが上がっていたのか、敵対戦力の把握がおざなりすぎたわね。
 ついでに、よりにもよって三組ある内のここと当たるなんて。
 これ傍から見てると、一体どっちが悪党なんだか分からなくなる事うけあいだわ。
 敵対すると見るや否や、妹紅が背中に炎の羽を生やしてカっ飛んで行くわ、霊夢は霊夢で袖口からばらばらと、文字通りばらばらと、どこから出したって量の札をばら撒いて結界を張るわ。
 その先にあったのは、妹紅の炎に巻かれて一瞬で蒸発した氷の妖精と、黒焦げになった冬妖怪。
 ……冬でよかったわね、生きてるわよまだ。
 さぁ治療治療。

「出来心……だったのよぅ……違うのよぅ……」
「わかってる、わかってるわ。もう終わりだから安心していいのよ」
「違うのぉ……!」

 近づいて魔法による治療を始める私を見て『こいつら私を治療してまた痛めつけるつもり……!?』なんて視線をよこして来るのはやめて。
 ……いや、気持ちはわかるけどね?
 まだか?まだか?なんて気配を隠そうともしない妹紅と、結界を維持したまま欠伸をしてる霊夢が後ろに控えてるんだものね。
 うん、心の底から可哀そうになってきた。

「妹紅もそんなに脅すのやめてあげなさいよ。どう見ても黒幕じゃないでしょ」
「あんなに堂々と喧嘩を売られたんだ。叩いて叩いて徹底的に叩き潰して、牙をへし折ってやるのが礼儀だろう?」
「なにそれこわい」

『おかしな事を言うなぁコイツ』みたいな反応はやめてよ。
 いや、本当にやめてよ。
 思わず素で返しちゃったじゃない。
 よりにもよってそんな殺伐としたスタンスをさも当然のように言う?
 スコール、こんな思考回路の相手に喧嘩を売り続けて今までよく無事だったわね。
 ……能力を使ってノリと勢いで済ませてたのかしら?
 うん、ある意味大物だわ。
 これっぽっちも見習いたくないけど。

「違う、違うんで……ひぃぁ!?」
「アリス、まだかい?」
「燃やさせるために治してるんじゃないんだから、いい加減火力を上げるのはやめて頂戴。ここら一帯、貴女のせいで蒸し暑くて仕方がないわ」
「えー……」

 聞き入れて素直に火力を落としてくれたのはありがたいけど、その『やっぱり、やっていいんじゃないか? なぁ?』って視線もどうにかするべきだわ。
 ……冬妖怪の……名前なんだったかしら?
 稗田とかいう子が書いてる本に載ってるのまでは覚えてるんだけど、流し読みしただけだからなぁ。
 うん…………冬子さん(仮)としておきましょう。
 何にせよ顔色がまずい領域に達してるわ。
 黒く煤けて分かりづらいけど、焦げる前の真っ白な肌を思い返して……うんやっぱりまずいわ。
 血の気がまったく感じられないもの。
 まるで幽香に睨まれた木っ端妖怪みたいだわ。
 うん、だから後ろのもこたん、そわそわしないで。
 炎でジャグリングするな!
 しかも何で炎の温度を上げるのよ!?
 赤から白に近づいてるじゃない!

「なぁ、やっぱり……」
「だ・ま・り・な・さ・い。おーけぃ?」
「……へいへい、わかったよ、見逃せばいいんだろ?」
「よろしい」

 ようやくヤル気が削げたのか、手の平大の炎を握りつぶして不完全燃焼だーなんてぶつぶつ文句を呟く特攻狂。
 怖いわ。
 もうすぐ最低限の治療も終わるし、冬子さん(仮)には早い所逃げてもらいましょう。
 って何よ冬子さん(仮)、袖を引っ張らないで……よ?

「あ、あり、ありがとう……!」
「お気になさらず……?」

 何そのぐっとくる表情と声色。
 涙目で、縋り付くように言われたら、その……うん。
 私まで咲夜化しそうで怖いわ。
 でもやらかしたのはこっちだから、違う意味で気にしないでくれると助かるんだけどね。
 私まで戦闘狂みたいに思われるのは嫌だもの。

「あら、アリスったら私たちをダシにして冬妖怪を落としたわよ?」
「これが狙いか、人形使いめ……里の男衆に全くなびかなかったのはそういう趣味かね?」
「ちょ」

 袖を引く手を優しく撫でて、精一杯の微笑みを浮かべながら治療をしていた私に延焼。
 ここで矛先が私に向く!?
 ……あぁこれ駄目な雰囲気だわ。
 二人ともひたすらニヤニヤしながらこっちを見てるし……って冬子さん(仮)、貴女もまんざらじゃない顔をしないで下さる!?
 血の気が戻ってきたのはいいけど、頬を赤らめるのは戻りすぎじゃないかしらね!

「お熱いねぇ、おい」
「アリスも見た目だけなら女も羨む美貌だからね……見た目だけは」
「中身は?」
「微妙」
「そのスコールみたいな評価はやめてよ!?」

 言うに事欠いて、人の性格を『微妙』って。
 ぐーたら巫女にバ火力焼き鳥に言われたくないわ!!

「っと、回復魔法はこのくらいにしておきましょうか。あまり魔法で回復させすぎるのは体に悪いもの」
「……魔法って凄いのねぇ。あの大火傷からこの短時間でここまで回復させるんだもの」
「なりふり構わなければ更に早く強くかける事はできるけど……うん、やったら地獄よ?」
「ぐ、具体的には?」
「全身に激痛、魂は疲弊、場合によっては頭も逝っちゃうわね」
「マホウコワイ」

 冬子さん(仮)、何で片言風なのよ。
 しかもそんな事を言いながらも手は離さないって、この数分だけでどれだけ懐かれたのよ一体。
 って、懐くなんて言い方は失礼よね、犬や猫じゃないんだし。
 えーと……し、慕われる?
 だめ、これはまずいわ。

「ちょっと、アリスまで頬を染め始めたわよ?」
「……おいおいおい、まさか本当にそういう趣味だったのか?」
「何だかんだで一番仲がいいのは幽香のはずだし、アリスの周りで男を見た覚えはないわ」
「言い寄られてもすげなく断ってるのはよく見るぞ」
「あら大人気。よかったわねくーるびゅーてぃーさん?」
「素を知った後だと、物凄く勘違いされてる評価だよなぁそれ」
「さっさと諦めればいいのにね」

 こやつらいまにおぼえていろ。
 霊夢には差し入れを中断、妹紅には慧音に色々ふきこんで説教と頭突きをお見舞いして貰おう。

「っていう冗談よ?」
「……おい、どうしたいきなり」
「あら、妹紅は本気で言ってたの? このアリスに限ってそんな浮ついた事はないわよ」
「流れが読めん。え、何? 何かあるのか?」
「さて、ね?」

 こ・や・つ・め!
 私の気配を察したのか。
 察するならもっと早くに察しなさいよ。
 もう遅いわ!

「霊夢さん、妹紅さん?」
「何?」
「お、おう?」
「丑三つ時に心臓がキリキリ痛むかもしれないけど、気にしないでね?」

 一時期東洋の呪術に手を出していたパチュリーの協力の下、少し前に試作型ができた呪いの魔法。
 ハイブリッドだからレジストしにくいんじゃないかなーなんて期待しながら作ったはいいものの、冷静に考えると試せる相手が居なかったからねぇ。
 その点、妹紅はうってつけね!
 死んでも死なないもの。
 霊夢は何故か効く気がしないからやっぱり差し入れ抜きでいこう。

「あはははは!」
「うわぁ……碌な事にならない予感しかしないわ」
「敵は身内にあり。いっそ今落として放置してく?」
「外道か」
「目的のためには手段を選ばない主義なの」

 ……冬子さん(仮)、二人で、一緒に、仕返し……しましょうねぇ?

「ひっ!?」

 何で怯えるの。










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 さて、さてさてさて。

「行けども行けども雪雪雪。緑のポン刀少女は何処に有りやー?」
「早々に出てきて欲しいものですわー」
「もう見つけたら即座に砲撃して仕舞いにしてあげようかしら……!」
「これは酷い」

 探せど探せど尋ね人には至らず。
 何処何処と呟き彷徨い、導火線は既に無し。

「最後のはどういう意味か聞かせてもらえるかしら?」
「あやや、気のせいですよ気のせい」
「とぼける気ゼロでとぼけないで頂戴」
「善処しましょう!」

 ただし確約はしません。
 いやぁ、しっかし参りましたねぇ。
 こんな事なら三組ではなく二組で行動するべきだったのかもしれません。
 一方には鼻の利く快速狼、もう一方には未来が見えてるんじゃないかってくらいに勘の鋭い巫女がいるわけで。
 そういった何かしらの捜索基点がない私たちの組はひたすら足で稼ぐしかないのですけど……うん。
 私はまだしも、能力抜きだと速度はそれほどでもない咲夜さんと、本人が鈍足と公言する幽香さんです。
 まぁ幽香さんの『鈍足』は彼女から見た同格の妖怪達と比べてであって、そこらの妖怪を基準に考えれば馬鹿言ってるなーって所ですけど。
 美鈴さんと幽香さん曰く『暇つぶし』の組み手をやってる時、力任せに踏み込んでスコールさん並の瞬間最高速度を出してましたからねぇ。
 安定した速さは無いにせよ、そもそもの身体スペックが馬鹿げてますからね、幽香さん。
 何にせよ捜索範囲は狭く、手がかり一つ見つからない状況に加え、寒さにやられてきたのかお二人のやる気がレッドゾーンです。
 幽香さんは穏便に済ませる気がレッドゾーンな気がしますけど。

「何なのよアンタ!? いきなり春を寄越せとかわけわかんない!!」
「出すのか、出さないのか。どっち?」
「だから! わけわかんないって言ってるでしょ!?」
「なら、出させるまで!!」

 ぐったりと飛んでいた私達の耳に小さく響いてきたやり取り。

「……あら?」
「おや」
「あやややや」

 何とまぁ、運の悪い下手人でしょうか。
 私たちにしてみれば棚から牡丹餅……ちょっと違いますか。
 何にせよ、出来すぎなくらいの僥倖です。
 さてさて。

「私が先行します。咲夜さん、幽香さん、バックアップをお願いしますね」

 まぁ先ほどの叫び声から大方の事情は察しましたし、後は追い詰めて吐かせるだけですねぇ。
 時間稼ぎを主として立ち回るのであれば、幽香さんクラスでも早々後手を取るつもりはありませんよ?

「何、持っているかどうかは……そう、斬ればわかる!!」
「っ!?」
「はいストーップ」
「!?」

 物凄い理論武装をして刀を振り回しますね、この子。
 とりあえず襲われていた子と刀の間に割って入って、葉団扇を一振りで仕込みはおしまい。
 周りの雪ごとまとめて緑の刀少女を吹き飛ばしてミッションコンプリート!
 幽香さん、咲夜さん、後は……ちょ、幽香さぁん!?

「落ちなさい」
「なぁ!?」

 計算して幽香さんの方へ飛ばしたわけですが、先ほど冗談めかして考えていた以上に幽香さんの導火線残量がまずかったようです。
 飛んで行く刀少女へ向けて腕を一振りしただけで放たれる極太の光線。
 幽香さんったら、刀少女が避けたのを確認した途端、ちょっと口の端が釣りあがりましたね。

「このまま避け続けるか、それとも白旗を上げて洗いざらい喋るか、それくらいは選ばせてあげる」
「んー……いまいち食指が動かないわ」

 畳んだ傘をビシっと刀少女へ向けてキメた幽香さんと、スコールさんが居ないのに飛ばしてる咲夜さん。
 ちょっと、それでなくても寒いのに、隙間風のような寒さが襲ってきましたよ?
 空気読みましょうよ咲夜さぁん……!

「ちょっと咲夜、妙な茶々を入れないでくれる?」
「でも入れなかったらどの道叩き落してたでしょう?」
「……洗いざらい喋ったら、しなかったわよ」
「喋ると思う?」
「思わないわね」

 刀少女そっちのけでいつもの雑談じみた会話に突入するお二方。
 ちょっと、刀少女が逃げようとしてますよーっとー。

「くっ……また天狗か……!」
「あら、あの子ったら中々いい度胸ね。ねぇ咲夜、いいでしょう?」
「まぁさっきの幽香のアレを見て、勧告も聞いた上でこれなんだから……仕方ないでしょうね」

 あぁ、話がまとまってしまいましたね。
 刀少女さん、ご愁傷様です。
 とはいえ、今回は咲夜さんがあまり興味を抱いていないようですから……その辺りがきっと不幸中の幸いですよ?

「……っ」
「下手を打ったって顔ね? でも、もう、だぁめ。……威嚇もした、忠告もした。おまけに選択までさせてあげたのに、逃げようとするんだもの……」

 おぅふ。
 さでぃすてぃっくゆうかさまがこうりんちゅうです。
 笑顔が怖い。
 超怖いです。
 持っていた傘を、いつの間にか隣で従者の如く佇んでいた咲夜さんへ投げ渡し、準備万端とばかりに妖気をばらまき始める幽香さん、超大人げないです。
 寒いので大分イライラが溜まっていたのは知っていましたけど、やりすぎじゃないですか?
 もしスコール毛製コートと耳当てが無かったらもっと早くにこうなっていたんですかね……スコールさん、貴女の毛は偉大でした。
 刀少女さん、南無南無。

「容赦は、いらないわよね?」
「!? ぁ、ぅ……あああああ!!」

 ……おう、刀少女さんったらやりますね。
 さでぃすてぃっく全開な幽香さんがまるで刀少女を弄ぶかのようにばら撒く極太光線を目にしながら、逃げ出すかと思いきや、形振り構わずの突撃ですか。
 いやはやいやはやいやはや!!
 しかし、なんとも愚かですね!

「そんなナマクラでどうにかできると思ったの?」

 ……いや、見たところ結構いい刀っぽいんですけど?
 振りぬいた刀を素手で……うん、白刃取りとかならまだしも、握り締めて止めるってどうなってらっしゃるんですか幽香さん。

「うそ……!?」
「じゃ、ないわよ? 夢でも無ければ幻でも無いわ。恐慌状態で雑な振り方をされた刀なんて、何の脅威も感じないわねぇ」

 にっこり。
 そう、にぃっこりと。
 怖いです。
 刀を握り締めた左手はそのままに、残る右手は固まってしまった刀少女の首を握り締め。
 うわぁ、もう逃げられませんよアレ。

「ぐが、ガ、ァ!?」
「みっともない声で鳴くのね、貴女は」
「……っ!!」

 馬鹿にされて反骨する程度の気概はありましたか、うん、立派立派。
 でも、やはり愚かです。
 未だに刀を手放そうとしないんですから。
 幽香さんみたいなタイプを相手に継戦意思を見せ続けるのは愚策ですよ。
 ……もっとも、いくつかの選択肢の中から立ち向かう事を選んだというのが、一番の愚策ですけど。
 相手の事を知らないなら知らないなりのやりかたがあるでしょうに……。
 戦力分析ができなければ早々に、文字通り潰されるのが幻想郷……いや、時代は変わりつつありますから、一概には言えませんか。

「いいのよ、別に? 喋らないなら喋らせてあげるだけだもの。いろぉんな植物があるわ……痛い子も居れば、頭の中をからっぽにしてしまう子まで、いぃっぱい!」

 うふふあはは! なんてテンションうなぎ上りな幽香さんですが、うん。
 ちょっとばかりやりすぎですかねぇ、今の幻想郷の流れだと。
 いや、気持ちは結構分かるんですけどねぇ。
 んー……あ、いいガス抜き役が居るじゃないですか。
 咲夜さん、流石です。

「幽香さん幽香さん」
「何よ?」
「襲われてた子が、別の意味で襲われちゃいそうですよ?」
「……は?」
「咲夜さんはブレませんねぇ、幽香さんが大はしゃぎしてても……」

 咲夜さんに寄り添われ、更には頬をゆるりゆるりと撫でられながら、トドメとばかりに特徴的な獣耳に息を吹きかけられて悶える……見た感じ、イタチの妖獣ですかね。
 頑張って手入れをしているのが感じられる中々見事な毛並みを逆立てては悶え、落ち着く間も与えられずにひたすら弄ばれる様は……うん、とりあえずいい写真が撮れました。

「…………はぁ」

 そんな咲夜さんのご乱行をしばらく呆然と眺め、やがてがっくりと肩を落として興味が失せたとばかりに、直下の地面へ刀少女を叩きつけて溜息を零す幽香さん。
 幽香さんだけを見ていると、背景を知らなければとてもいい写真になりそうなんですけどねぇ。
 文字通りの意味で地面に沈んでる刀少女が居なければ。
 ……加減、してますよね?

「馬鹿らしくなったわ、本当に。咲夜の一人勝ち状態じゃないの」
「パーフェクトメイドは伊達じゃないんですよ、きっと」
「爛れ方が?」
「はい、爛れ方が」
「酷い言われ様ですわ!」

 ぎゅっとイタチの少女を抱きしめながら言っても、何一つ説得力がありませんよ。
 ……ちょっと抱き心地が良さそうだなぁなんて思ったのは秘密です。
 私も後でスコールさんを存分にもふって、もふ分を補給しておかねば。

「まぁいい具合に頭が冷えたわ。久しぶりに気概だけはありそうな子だったからちょっとはしゃいじゃった」

 気概だけ、ですか。
 いやまぁ実際そういう結果になってるわけですけどね。
 しかし幽香さん、はしゃぎ方がバイオレンスです。
『はしゃいじゃった』なんて照れたように言っても、やってる事が事ですからね?
 そのはにかみ笑顔は眼福ですが!

「とりあえず首謀者の……さっきの聞こえてきた話からすれば関係者かしら。そこを確保したって皆に連絡入れておくわね」
「あぁ、お願いします。色んな意味で、話が聞けるかどうかは別として……まぁ、第一歩ですよね」
「アリス辺りなら何とかするわよ」

 随分と高評価ですね、アリスさん。
 実力の底を見たわけではないので断じる事はできませんが、幽香さんがこれ程きっぱりと断言するなら、できるんでしょうね。
 うん、いじられて涙目になってるイメージがやたらと強いですけど……。

「不思議そうな顔ね?」
「ええ、まぁ……はい。確かに器用ではあるのでしょうけど、それがどこまでのレベルなのかがいまいち掴めないんですよね」
「文字通りの『神の子』を舐めてると痛い目を見るから、気をつける事をお勧めしておくわ」
「……はい?」
「アリスはね、魔界神……魔界の創造神、世界をたった一柱で作り上げた神の愛娘よ? 本人はその立場が気に入らないようだけど」

 何でこんな雑談の中で馬鹿みたいなレベルの特ダネを放り込んでくるんですか。
 幻想郷では神と言ってもそう珍しい存在ではありませんけど……よその世界の創世神ともなれば話は別です。
 まぁ、言及するなら日本の神は一部を除いて少しばかり特殊な有り様ですから、スケールが違うのも仕方がないと言えば仕方がないのですけれど。
 しかし……うーん……………ぇー?

「あれで?」
「あれで」

 盛大に自爆しては幽香さんに笑顔でいじられて、涙目になってはスコールに弄ばれてるイメージが……強すぎて、頭から離れてくれません。
 あと咲夜さんにぴったり寄り添われて赤くなってるイメージも。

「ま、とりあえず連絡するわよ」

 言うなり、小指に着けていた指輪へ魔力を込め始めた幽香さん。
 …………使えるんですね、魔力も。
 スコールさんみたいに変換して使うものだと思っていたら、いやはや。
 幽香さんの引き出しって何が出てくるかわからないから恐ろしいですよね。

[皆、聞こえる?]
[キコエテマスヨー]
[同じくー]
[……助かったわ、幽香]

 指輪に向けて話しかけると、涼やかな音が三つ響いた後に聞こえてくる各々の声。
 繋がった合図の音……? と、フランさんとアリスさんはいいとして……スコールさんの声……?
 あれ、声?

[何、アリスったらまた何かやらかしたの?]
[またって何よ!?]
[じゃあやらかしてないのね?」
[…………まぁそれは置いといて]

 ……やらかしているんですか。
 後で妹紅さんあたりから詳しく聞いておきましょう。
 やぁ、アリスさんの記事って人里で食いつきがいいんですよ、本当に。
 本人のイメージをぶち壊さず、尚且つ意外性で攻める路線は中々にやりがいがあるんですよねぇ!
 あぁ楽しみです。

[とりあえず関係者らしき子を確保したから、集まってもらえる? アリスにはその上で一仕事をしてもらうけど]
[無理難題はやめてよ?]
[トハイイツツ、タヨラレテチョットウレシソウナアリスサンナノデシター]
[流石アリスさん……!]
[ここでもいじられるの!?]
[やったわねアリス、大人気よ]
[…………]

 流石のいじられっぷり。
 アリスさんはやっぱりこういうキャラクターですよねぇ。
 神の子の威厳とか一体どこにあるって言うんですか。
 や、威張り散らされるよりも遥かに好ましいキャラクターではありますけど。

[あ、切れたわね]
[トリアエズユウカサン、ソラニムケテイッパツオネガイシマス。ニオイヲタドルヨリモテットリバヤイノデ]
[了解。それじゃ、打ち上げるわよ]
[ハーイ!]

 言うや否や、いつぞやの宴会でフランさんが見せた、本人曰く花火魔法を手の平に作り出して、打ち上げる幽香さん。
 フランさんの物ほど複雑な物ではなく、信号弾のように単色の物ですが……合図や目印としては十二分ですね。

「ところで幽香さん、スコールさんのお返事の声って……」
「パチュリーとアリスが作った人工音声。『もっと能天気な声じゃないと!』とか『拗ねっぷりが足りない』なんて議論の上で、アレらしいわよ?」
「あー、納得しました。何故か物凄く納得しましたよ」

 イメージ通りでしたもの。
 とはいえ思考をそのまま声に置き換えているだけなのか、物凄く棒読みでしたけど。
 最近、魔法って何でもアリな気がしてきました。

 って何ですかあの煙……じゃないですね、巻き上げられた雪?
 ……あ、あーあーあー。
 流石、お速いですねぇ。















































「さ、ささささむさむ、さむ……!?」
「さむいよぅ……すこーるのばかぁ……!」

 あれ……お二人とも何で急に、そんなに寒がってらっしゃるんですか?
 ……え、ユウカさんもアヤさんも、何でそんなに呆れて……?
 えー?

「この気温の中、あの速さで走ればそれは寒いでしょうよ」
「降ってくる雪にも当たりますからねぇ」

 おう、何たる落とし穴!
 失敗しっぱ……フランさん!レミリアさん! 毛を引っ張るのはやめましょう!
 痛い痛いハゲるぅ!?






[20830] 二十七話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/03/03 01:21



 私の毛を引っ張り続けるレミリアさんやフランさんを何とか落ち着かせて、ようやくお話ができると皆の方へ視線を向けると。
 ええ、予想はしていましたけどね、終わってました。
 と言うよりも終わった上で微笑ましそうに観察されてました。
 何ですか皆さん、その即席な割りにやたら出来のいいお茶会の席は。
 ユウカさん製らしき蔓でできた机や椅子に、サクヤさんが用意したであろうてぃーせっとの数々。
 その上、近くにはもこたんが起こしてるに違いない空中で燃え続ける灯火。
 完全に冬の屋外おくつろぎこーすじゃないですか!

「結局ろくな事を聞きだせなかったからね、この黒幕関係者からは」

 ほう、アリスさんが匙を投げるなんて、よっぽどだったんですか?
 何か面倒くさそうな顔をしてますけど……。

「半人半霊なんて特殊な種族のせいで、魔法の加減が難しかったのよ。直接的な体への行使だけなら何とでもなるんだけど、霊……というか、魂の方と掛け合わせとなると厄介だわ」
「パチュリーの所まで引きずっていくって話もあったけれど、パチュリーが『そういった系統ならアリスの方が詳しいわ』って断言したからね」

 やれやれ、とばかりに揃って溜息をこぼすアリスさんとユウカさん。
 どっちも見た目だけなら美人さんなのに、印象がこうまで違うのは何ででしょうねぇ……。
 ユウカさんは物憂げな美人、アリスさんはいつもやらかす残念美人。

「後で覚えてなさい。また刈ってあげるわ……」

 前言撤回、大変麗しいお姿で御座いました。
 美人は溜息一つでも魅せますね!

「別に意見をころっと変えるのはかまわないけど、その『これで如何ですか?……だめ?』って目はやめてくれない?」
「そこがスコールらしくて可愛らしいじゃない」

 照れますね!

「ま、そういうわけで……なんとか聞き出せたのは黒幕の居場所程度で、それ以外は喋らせても要領を得ない単語の羅列がほとんどなのよ」
「単語として出てきたのは姫、庭、爺覚えてろ、暴食、赤字……で、一番ひっかかった単語が『死』っていうね」

 またそれは物騒な。
 あれじゃないですか? もこたん一人に突っ込んでもらって『異変終了一件落着!きゃーもこたんかっこいー』で済ませちゃうのが一番早い……ってほぁたぁ!?

「働け」

 いきなり特大炎弾とか、もこたん物騒すぎやしませんかっ!
 は、働きたくないでござる!

「まぁそこの焼き鳥人間と毛皮は置いとくとして、何かこう、嫌な予感がするのよねぇ」
「って霊夢がずっと首を捻ってるものだから、皆でお茶会兼会議をしてたのよ」

 なるほど。
 ってさらりと毛皮扱いされて私は悲しいわけですが……!
 あ、サクヤさんお茶ありがとうございます。
 キンキンに冷えてるのがまたいいですねぇ!

「……あれ、嫌がらせかと思ったらあいつの好みかよ」
「スコールはオールシーズンでよく冷やした緑茶が大好物ですわ」
「まぁスコールだしなぁ」

 もこたんは妙な納得の仕方をしないでください!

「貴女が言うな」
「実感が篭ってるわね、アリス。似たもの同士仲良くしなさいよ?」
「………えっ?」
「えっ?」

 ……素で驚いてるアリスさんとユウカさんは置いておくとして。
 結局どうするんです?
 レイムさんがここまで言うなら絶対何かありますよ?

「一応いくつか案は出てるけど……どれも一長一短なんだよ」

 もこたん……ちなみにもこたん特攻以外だとどんな案が?

「第一案はあれだ、捻りも何も無いけど、皆で行って仲良く解決しましょう案」
「まぁそれが現状だったから、まずは第一案って形ね」

 納得の第一案。
 もこたんが仲良くって言うと凄い違和感ですよね。
 仲良く(一緒に燃えようぜハッハー!)的な。

「今回は流す。自分で言ってて若干歯が浮く気分だったからな」

 へへぇ、ありがとうございますだお代官さまぁ。

「平伏すんな。てかお前がやると犬がただだらけてるようにしか見えん」

 酷い!
 あと犬じゃなくて狼ですぅ。
 そこらのわんころと一緒にしないで頂きたい!

「黙れ駄犬」

 …………。

「…………」

 ユウカさん、もこたんが酷いです!

「自業自得よ、全く。さ、いつまでも脱線させてないで話を進めましょう? 妹紅の炎があるって言ってもやっぱりここは冷えるわ」
「…………」
「………………」

 ………………?

「何してるのよ妹紅、次よ」
「私か!?」
「貴女が始めたんだから貴女が続けるべき流れでしょうに」

 そうですよもこたん。
 皆の期待を一身に背負って、さあ言うのです!
 ぺろっと言っておしまいなさい!

「……もう突っ込まないぞ。わかった、次な、次。第二案」
「わーわーどんどんぱふぱふー」
「はいどーも吸血鬼妹。あれだ、冬眠とかいうふざけた事をぬかしてるらしい隙間妖怪叩き起こして解決させる」

 ……若干不穏になりましたね。
 は、発案は?

「咲夜」
「恐縮ですわ」

 ちなみに冬眠っていうのは……?

「先日紅魔館へ遊びにいらした藍様より聞き及びまして」

 納得。
 ランさんに今から連絡がつけられれば可能な手かもしれませんけど……現状でランさんが動く気配は無さそうですし、こちらの脈は無いかもしれませんねぇ。
 まぁやるだけやっておこうって案ですか?

「その通りですわ。上手くいけば一番被害も後腐れもない方法ではありますので、一応案として」
「ま、そういうこった。じゃあ次、第三案な?」

 何か急にいきいきしてきましたねもこたん……?

「黒幕拠点付近まで言って、有無を言わさず遠距離から叩き潰す。まぁこれをやるなら妖怪連中が中心になるわな」
「私が砲撃、妹紅は爆撃、文は風で補佐、レミリアはお得意の槍投げ、フランは能力全開で破壊そのものを叩き込むって形ね」

 場所ごと消炭にするとか怖い……ちなみに発案は?

「もこたん」
「ついに風見のまでもこたん言い出した……慧音ぇ……私はもうだめかもしれないよ」

 やっぱり安心のもこたん印。
 ほら、もこたん次の案!
 次の案の内容によってはもこたんももしかしたら常識人扱いになるかもしれないですよ!!

「しれっと流しやがった、この元凶。……てめぇ覚えてろよ? 絶対に刈ってやる」
「手伝うわ」
「おう、頼りにさせてもらうよ」

 ……何か妙な二人が手を組んでるんですが。
 ユウカさんへーるーぷー!

「全く……妹紅もアリスも後になさい。……ね?」
「お、おう」
「………」

 ……流石。
 最後の『ね?』で二人とも一発ですよ。
 アリスさんなんて青くなってますし。
 流石、流石ですよユウカさん、素敵ですねぇ。

「ありがとう。ほら、最後の案よ妹紅」
「あー……うん、人質取って黒幕を誘き寄せて叩こうぜ案」

 外道……!
 きっと発案はまたまたもこたん!

「残念、博麗の巫女だ」
「だって効率いいじゃない。動き回らなくていいし、罠も張れるし」

 鬼巫女様じゃあ、鬼巫女様がおるぅ……。
 鬼はあの馬鹿みたいに強いねじれた角の酔っ払いさんだけで十分ですよ!!

「……捩れた角の……酔っ払い鬼? それ、比喩じゃなくて本物の鬼?」
「鬼たちは今は地底に居るはずだけど、まさか行ったの!?」

 いやいや、それこそまさか。
 レイムさんもアヤさんもいきなりそんな怖い顔しないでくださいよ。
 居るじゃないですか、地上にも。

「……は?」

 アヤさんったら何でそんな不思議そうな顔をするんです?
 ほら、色んな所にうすーくなって居るじゃないですか。
 初めて見つけたのは……あれです、もこたんちを潰しちゃう少し前ですね。

「あ、あぁ!? お前まさか、酒あげれば家が建つんじゃないかって言ってたの、その鬼か!?」

 いえーす!
 色々あって一緒に飲んだ時に意気投合しまして。何か凄く上機嫌に『お前用の小屋でも建ててやろうか? 得意なんだよこう見えても!』って言ってましたからねぇ。
 …………そういえば、その後にお酒選ぶのに夢中になってもこたんちの事伝えてませんね。
 て、てへぺろ?

「……鬼製の家ってのも何だかなぁ。頑丈そうではあるけど」

 まぁ、駄目で元々の域を出ない試みでしたから、伝えてなかったのが致命的な失敗というわけでもないんですけどね。

「……ちょっとスコール、今もその鬼、居るの?」

 んー……居ますねぇ。
 でもどうしたんですかアヤさん、若干顔色が悪いですよ……お?
 おお、出てきてくれるみたいですよ?

「ぅえっ!?」

 おうふ、アヤさんが素で慌ててるのって凄く珍しい気が。
 そういう顔も中々どうして、お可愛らしいじゃあないですか!

「ばらすなよぅ、面白くなりそうだったのに」
「お、鬼ィィィィィ!?」
「よう、私としてはそうでもないけど……久しぶりだな、天狗」
「い、いえいえいえいえいえご機嫌麗しゅう!?」
「や、そんなに慌てなくたってとって食ったりしないってば。大体、私らが地底に引きこもった時点で手下じゃなくなったんだから」
「は、はあ……」

 ぬらりと出てきたスイカさんと、それを見てこの上なく慌てるアヤさん。
 いやぁ、アヤさんってばいつもみたいな裏が無さそうで本当に可愛らしい。
 スイカさんも相変わらずけらりけらりと気持ちのいい笑い方ですねぇ。
 眼福眼福。
 でもスイカさん、いいんですか?
 前の時は実体も薄いままだったのに、今回はそんなまともに戻ってしまって。

「や、そりゃあれだ、お前さんがばらすからじゃないか。もう隠れてたって意味はないし、今の幻想郷じゃあこの場が一番面白い」
「……花妖怪、天狗、吸血鬼、妖狼、魔法使い、人間、不死の蓬莱人……ついでに半人半霊。確かにどれだけ混ざってるんだか」
「私ら鬼が幅をきかせてた時代じゃあ考えられない組み合わせさぁ。大体、人間が混ざってるのに食いもしないんだからどうなってんだか」
「食べる奴は変わらず人間を食べてるわよ。知ってて言ってるでしょう?」
「ご名答。伊達に幻想郷全域に散らばってたわけじゃないさ」

 ……レイムさん、鬼を前にしても普段通りですか。
 流石鬼巫女、お仲間なんですね……!

「アリス、妹紅、後で手伝うわよ」
「歓迎するわ」
「派手に行こうか」

 何でそっちの方向に行くんですかぁ!?
 大体そこまで毛皮を狙われる事をした覚えはありませんよ!

「だって暖かそうなんだもの。さっきアリスに聞いたら物凄く頑丈で品質極上って太鼓判も押されたし……ねぇ、よこしなさいよ」
「私は売って煙草代やら酒代にでもするかなぁ」
「ストック」

 物欲まみれぇ……。
 スイカさん! ここは鬼の力でぎゃふんと!

「や、私も若干欲しいんだけど。肌触りも良いし、見栄えも申し分ないし」
「スコールが毛を提供するなら、私が何か誂えるわよ?」
「ほう、いいのかい魔法使い? ……アリスだっけか」
「覚えていただけて恐悦至極。まぁぶっちゃけた話、趣味よ趣味。それに折角のスコールの毛を無駄にするのは勿体無いわ」
「本音は?」
「余った素材で人形の髪でも作ってみようかなって」

 わ、私の意思そっちのけで取引が……!?

「いや、ほら、いいじゃない……一晩で生えるんだし」

 私に何の得もないです!
 あの毛玉姿、散々皆に笑われたんですよ!?
 もうあんな姿になんてなるのはいーやー!

「ほう、得があればいいんだな? 何が欲しい?」

 な、何事ですか?
 スイカさんってばいきなり真顔になっちゃって……。

「そりゃ久々に出来た『欲しい物』だからねぇ……真面目にもなるさ。で、お前さんは何か欲しい物はないのかい? 毛をくれるってんなら用意してやるよ」
「あら、無理やり剥ぎ取りでもするのかと思ってたら、意外に真面目なのね」
「たった一回きり、酒を酌み交わしただけだがね……まぁ……その、何だ、気に入った奴から無理やりってのは趣味じゃないさ」

 スイカさん……!

「でも言ってることは結局『お前の毛ぇよこせよ、なぁ?』って事だろ?」
「もこたん、それはばらしちゃいけない」
「鬼にまでもこたん言われたぁ!?」

 私の感動を返して下さい!
 もうっ!

「おう、いい肉球パンチだ。もっとやってもいいんだぞぅ」
「あ、私も触りたい」

 抗議の一撃もさらりと流された……!
 ユウカさんに教えられた通り、精一杯の抵抗だったのに……。
 あとアリスさん、どさくさにまぎれて触るのはやめましょう?
 くすぐったいですよ?

「おお、ふにふに……! 思ってたよりもずっと柔らかいわね」
「能力で軽くなってるから、そこらの犬なんかより状態が良いのかもしれないわね」

 ってユウカさんまで参戦なさいますか。
 ちょ、くすぐったい!!

「ふにふに……」
「ふにふにね……」

 …………どうしてこうなった。
 何でお二人揃って私の前足を占領なさるのか。

「おいおい、話がずれてるぞ。結局何が欲しいんだい? 物じゃ駄目かね?」

 えっ……えーと……えー?
 さ、サクヤさん?

「貴女の欲しがる物を聞いてるのだから、私が答えられるわけないじゃない」

 レミリアさんやフランさんも背中で頷いてる気配がっ!
 でも、前に人里でも聞かれましたけど、特に欲しい物って思い浮かばないんですよね。

「んー……自分で言うのも何だけど、これでも結構色々と溜め込んでるんだよ? それこそ金銀財宝やら私と勝負した奴らの持ち物やら」

 スイカさんと勝負って、何ですかその命知らずどころじゃない方々。
 でも何かこう、ピンと来ないというか……?
 そしてスイカさん、話しながらお酒をどんどこあおるのはやめましょ……あ。

「おん?」

 そういえば前に飲んだ時、その瓢箪ってお酒がいくらでも出てきてましたよね?
 それって何個もあるんですか?

「あぁ、あるっちゃあるけど……こんなのでいいのかい?」

 え……そんなに簡単に作れる物なんですか?

「材料さえあればね。それに無かったら無かったで、やりようはいくらでもあるさ」

 おお……おぉぉ…………!!
 じゃ、じゃあそれがいいです!

「おし、決まりだな。『約束』だぞ?」

 ええ、大切な『約束』ですね。
 心得ていますとも。
 ちなみに、スイカさんって毛で何を作りたいんです?

「腰巻だね。肩にかける外套ってのも考えたんだけど、何かしっくり来なくてなぁ」

 なるほど。
 じゃあまた後日、毛刈りと作成をしましょうか。
 準備ができたらまた呼びます!

「おう、頼むよ。私の方もお前に合う一等良いやつを用意してやるさ!」

 わっほーい!

「わっほーい!」

 …………ユウカさん、アリスさん。
 スイカさんとはいたっちくらいさせて下さい。
 特にアリスさんはまだ簡単に振りほどけるからいいですけど、ユウカさん!
 どれだけ力込めて私の前足をほーるどしてるんですかっ!?

「ふにふに………!」

 だめだ聞いてません!
 結局最後は締まらないんですよねぇ……いっつも。

「でもそれがちょっと嬉しかったりするんだろう?」

 ええ、それはもう。
 大事な大事な日常ですからね。








































「って良い話で済まそうとしてるけど、あんたら気づいてる?」
「あん?」

 へ?
 ど、どうしたんですかレイムさん、そんな呆れた顔をして……。

「どんだけ話脱線させてんのよ。結局どうするの、異変」
「あ。あー……うん、心配しなくてもいいさ。私が今から紫を叩き起こして終わらせるから」
「…………はぁ?」
「この異変はな、咲かない桜の木を咲かせてみたいってぇ奇特な亡霊のお姫様が起こしたものでさぁ……そのお姫様、紫の大親友なんだよ」
「………」
「ま、そう長くはかからないさ。今からちょいと紫を叩き起こすわ」

 …………?
 あぁ、お得意の分裂ですか。
 便利ですよねぇ、その能力。
 羨ましいっ!

「お前さんの能力も、他から見れば十分に羨ましがられる類のものだろうに。あの夜みたいな使い方をすれば、それこそ有名な大妖とも正面から張り合えるだろう?」

 あんな物騒な使い方はご免こうむりますぅ。
 大体あれ物凄く疲れるんですからね!
 あんな事をするくらいなら出会い頭に尻尾巻いて逃げます!!

「堂々と逃げるなよ」
「いや、だってスコールだし」

 もこたんめ!
 間違ってませんけど、ちょっともやっとする言い方はやめて頂きたい!

「…………おし」
「あん?」
「話、ついたぞ。紫が何とかするってさ」
「は!?」
「や、あいつの家の近くにもいくらか私を配置してたからね。布団で丸まってた紫を文字通り叩き起こしてみた」
「…………ごくろーさん」
「床ぶち抜いて地面にめり込んでる珍しい姿も見れたし、なんてこたぁないさ」

 何でしょう、誰も傷つかずに終わってめでたしめでたしのはずなのに、この徒労感。
 やー、嬉しいんですけどねぇ。
 思わず反応しちゃったもこたんと同じく、やりきれない感が出ちゃいます。

「おう、じゃあそんなもやもやを吹き飛ばすための雪見酒と行こうじゃないか。長かった冬も終わるとわかればまた惜しい」
「悪くないかもなぁ、それも。騒いで忘れちまおう」

 ふむ。
 ふむふむふむ。
 もこたん超乗り気。
 ちなみに他の皆さんはどうです?

「手間が減ってタダ酒が飲めるなら別に文句なんてないわよ」

 さらりとタカりに来ましたね、レイムさん。
 ぶれない、流石、ぶれないです……。

「私達も異議なし」
「日本の鬼って初めて会うし、お話を聞いてみたい!」
「と、いう事ですので紅魔館も参加という事で。場所は如何なさいますか?」

 うちか神社かのどちらかですかね、この人数だと。

「神社で妖怪が宴会やんな」

 ちょっとだけ韻を踏みましたねレイムさんってば。
 しかしそうなると、うちで?

「かまわないよ。咲夜、ホールの準備をお願いね……あぁ、畳敷きの方がいいかしら?」
「畳の方がいいね。酔いつぶしてもそのまま転がしておけるし」
「なら、スコールの部屋にしましょうか。……最近、ホールよりもスコールの部屋の方が使用率高いわね」
「パーティではなく宴会となると、そちらの方が楽ですからね。では、先に戻って準備を」
「頼むわ」

 スイカさん、転がしておくって……酔い潰す気満々ですね。
 ……ちなみにさっきからずっと端っこに居るアヤさん、参加は?

「し、ししししますとも、ええ、させていただきますとも!」

 あぁ、回復してませんでしたか……。
 なら折角ですし、モミジさんも呼んでは如何です?

「……どういう意図で?」

 モミジさんならきっと凄く自然な緩衝材になってくれるかと?
 それにあの世代なら、聞いた話からすればスイカさんと直接の面識もないでしょうし、そこまで極端にかしこまらないかなぁって。
 まぁその上で、あのモミジさんならってお話ですが。

「……聞いてみましょう。確か今日は非番だったはずです」

 ではアヤさんは参加、モミジさんは参加予定と言う事で。
 アリスさんは巻き込むとして、ユウカさんも参加しますよね。
 さっきからずっと肉球さわりっぱなしでお話聞いてない振りしてますけど、気づいてますからね?
 異変解決の話が出た辺りから素に戻ってるって。

「こら、ばらすんじゃないの。折角話を円滑に進めようと黙ってたのに」

 まぁ、ちょっとした話題から一気に脱線するのが常ですからねぇ。

「そういう事。あぁ、宴会は当然参加するわよ」

 なら全員参加という事で!
 ささ、それじゃあ帰るとしましょうか!
 もこたんひーたーをお願いします!

「お前に灯すのか?」

 !?

「冗談だよ、冗談。ほれ、帰るぞ」

 ……冗談の目じゃなかったわけですが。
 こっちも冗談で『どんとこい!』なんて返してたら、多分本当にやってましたね、あの目は。
 こわやこわや。
 やぁ、でも楽しみですねぇ、宴会。
 しかも今回はまた新しい顔、スイカさんも加えての宴会です。
 あぁすばらしきかな幻想郷の日々よ。
 おっさっけーおっさけー!





























「そういえばあの黒幕関係者は?」
「アリスの担当だろ?」
「えっ」



 強行毛刈り組の会話なんてキコエナーイキコエナーイ。
 哀れ、忘れられておいてけぼりの黒幕関係者さん……!






[20830] 二十八話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/03/03 01:21



 いつも通りの宴会へなだれ込んで、そこへ何故か黒幕さんを引き連れたヤクモさん一家が合流。
 相変わらずの混沌っぷりが凄いですねぇ。
 ……そんな中の一角に、宴会とは思えないくらいにガチガチになったアヤさんを囲む会があるのがまた……。
 スイカさんがあぁ言ったというのに、やっぱり緊張は抜けませんか。
 諦めて開き直ればいいのに。
 まぁ、それよりも何よりも、今はもっと大事な事があるんですよ。
 そう、今回は今までひっそりと狙っていた野望を達成できたわけで!
 …………ランさんにお願いして、頭だけランさんのご立派な尻尾に乗せさせて貰ってるわけですが……うむ、良きかな良きかな。
 さらさらもふもふとした中に、しなやかな芯があるかのような張りのある尻尾。
 そしてほのかに鼻をくすぐる油揚げとお稲荷さんの香り。
 ランさんらしさが詰まった良い尻尾です。
 いやぁ、一度やってみたかったんですよねぇ、これ。
 んふふぅ~もふぅ~ぅ!

「スコールよぅ、飲んでるかぁ!」

 極楽である! 何て考えながら樽酒をあおった瞬間に天頂方向から私の頭へ垂直に着弾したスイカさん。
 結構な勢いで突っ込まれたせいで、私の鼻先がまるっとお酒の中に入ってしまう始末。
 思わず噴出してしまいました。
 おのれ、スイカさんめ……大事なお酒に何という事を!
 私のお腹がびしょぬれになっちゃったじゃないですかっ!?

「ふへへ……油断してる方が悪いのさぁ!」

 ……何です? 嫌に上機嫌じゃないですか。
 何を企んでるんです?

「お、わかるかい? わかっちゃうのかい?」

 顔はきらきら瞳はにやにや。
 うわぁ……これ絶対妙な事考えてる顔です。
 こっちに被害が出るような事はやめてくださいよ?
 スイカさんだと、ちょっと力加減間違えただけで惨事になりかねないんですから。

「なぁに、少しばかり脅かしてやるだけさぁ。……うん。折角の宴会だってのに妙な緊張感を出しやがって……あの烏天狗め……」

 ちらりとスイカさんが視線を投げた先には、まるで直線を繋げたかのような見事な正座を見せるアヤさんの姿。
 スイカさんの視線に気づいたようで、それでなくとも青かった顔色が更にまずい事に。
 ……アヤさんご愁傷様です。
 もし生き残れたら強く生きてください。

「おい、そんな取って食うみたいな言い方はやめろよぅ……ちょっと、そう、お話してくるだけだって!」

 お話に使う言葉は肉体言語だ~とか言うんでしょう?
 駄目ですよ、アヤさんそこまで頑丈な方じゃないんですから。

「だが断る! おぅ、付き合えよぅ」

 ぎっこんばったんと、私の頬の毛を掴んで頭を揺らし始めるスイカさん。
 でもですね、今はそれよりも、あれです。
 ……私、もう少しばかりランさんの尻尾を堪能していたいんですけど。

「や、そろそろ動いてもらえると助かるんだけど……橙が潰れたみたいだし」

 おぅ、それなら仕方ありませんねぇ。
 他ならぬこの御尻尾の持ち主様から言われてしまっては断る事なんてできません。
 でも潰れるって……あぁ……チェンさんのお相手、フランさんでしたか。
 ……なら尚更仕方がありませんね!

「いつもはあんな潰れ方をするような飲み方はしないんだけどなぁ……あ、ちょっとまずいかも……」

 お口を押さえてぷるぷる。
 ……もしお手洗いに連れて行くなら部屋を出てから左へ二回曲がった所のやつがいいですよ?
 広いし、いざとなればすぐ近くに浴場もありますし。

「……色々と察してくれたようで助かる。すまんな」

 お気になさらず!
 そもそもフランさんがお相手していたわけですからねぇ……。
 甘いわりに度数の馬鹿高いお酒が大好物ですもの、フランさんったら。
 相手がお酒に強い方でもない限りはああもなりますよ。
 ……ちなみに浴場には乾燥用の魔法陣もありますから、洗い物もおっけーですよ?
 使い方は陣に触れて魔力か妖力を流し込むだけの簡単操作ですから、必要とあらばどうぞ。
 元々は私の毛並みを乾かすためのものですから、大きさや強さも結構な容量ですし。

「………重ね重ね、すまん。では、失礼させて貰うよ」

 そそくさとぐったりとしたチェンさんを回収して部屋を後にするランさん。
 そしてそれは同時に、私が極上の枕を無くしてしまって、先のスイカさんからのお誘いを断る理由が無くなってしまった事に繋がるわけですよ。

「いひひ……これで断る理由はないだろう?」

 その通りでございます。
 能力を使ったのか、いつの間にかさらっさらに乾いていたお腹の上でごろごろと毛並みを楽しみながら勝ち誇るスイカさん。
 うぬぅ……可愛らしい。
 というか、何でそんな私を連れて行きたがるんです?
 まさか心細いなんて事は無いでしょうし……

「……や、ほら、アレだ……」

 ……視線の先……?
 アヤさん……じゃないですね、その傍に居るモミジさんとその同僚さん?

「モフりたい。あの烏天狗ぶっとばしてから狼っこ全員まとめてモフりたい」

 納得しました。
 行きましょう。

「そう言ってくれると思ってたさ、友よ!」

 えぇ、当然じゃないですか、友よ!!
 そうと決まれば話は早いですね。
 私がすらいでぃんぐ『伏せ』でアヤさんだけ弾いて、残った二人をまとめて包んでしまいますので……。

「なら……私はタイミングを見計らって、その中へ滑り込む。……銀狼屋、お主も悪よのぅ……」

 いえいえイブキ様程では……!

「じゃあ……行くかね」

 ええ、しっかりとつかまっていて下さいね……。

「おぅ……!」

 いざ!

「いざ!!」

 おさらばです、アヤさん!!!






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 ……何が、起こったのでしょう。
 もそもそとスコールさんのお腹へ抱きついた伊吹様が、おもむろに物凄いとしか言い表しようのない眼光で文様を睨んだ瞬間……文様、伊吹様、スコールさんのお三方が視界から消えました。
 文字通り、消えて、後ろからは凄まじい破砕音。
 そしてその後に来たのは、思いもよらない浮遊感とさらさらした毛並みの感触…………スコールさんですよね、これ。
 …………何が……一体、何が?

「おう、お前さん達も中々いい毛並みをしてるじゃないかぁ」

 どうしたものかと悩んだ途端、毛並みの中から伸びてきて、私の頭をぐりぐりと荒々しく撫でてくる小さな手。
 ……というか、この声。
 先の状況から考えても……考えられるのはお一人しか居ませんよね。

「な、何!? 何ぞぉ!?」

 すぐ横からは同僚の混乱にまみれた声が。
 ……私の方はスコールさん耐性が少しばかりあったのが、幸いしましたね。
 そうでなかったらあの子と同じく、ひたすらに慌てるばかりだったに違いありませんもの。
 まぁ、私より混乱してるあの子のおかげで落ち着けたというのも多分にありますけど。
 自分より混乱してる人を見ると、不思議と落ち着いてきますよねぇ。
 ふむ、と妙な納得をして一つ頷くと同時に、頭から腰へと周された手がぐいっと私を引き寄せた先にいらっしゃったのは、予想通りの伊吹様。

「よぅ、白狼。お前さんら、名前は何てぇんだい?」
「申し遅れました。犬走の椛と申します。……本来であればこちらからご挨拶に伺うところ、ご足労頂き……」
「あぁ、そういうのはいいよ。それより……随分とあっさり順応したねぇ、お前さんは。お仲間は未だに混乱したままだってのに」
「いえ、伊吹様のお話は伺っておりましたが……まだ何かをされたわけでも無く、何かをされそうなわけでもありませんので……」

 ええ、ええ。
 流石、モミジさんったらわかっていらっしゃる。
 ユウカさんやユカリさん、ランさんを見てもわかるでしょう。
 私もここに来てから学んだ事ですからあまり威張れたことじゃありませんけど、お強い方々ほど紳士的……もとい淑女的なんですよねぇ。
 スイカさんも淑女と言うにはちょっとアレですけど、十分にお優しくて筋の通った方ですよ?

「あ、やっぱりですか。嫌な気配がしませんでしたから、そう心配はしていなかったんですけど……スコールさんのお墨付きなら尚更ですね」
「…………」

 おや、どうしましたスイカさんったら。
 そんな鬼が炒った豆鉄砲を食らったような顔して……。

「……いや、まぁ、その……何だ。あっさりと受け入れるにも程があるだろう?」
「ぅ……こ、怖がった方が良かったですか!?」
「いや、その質問からしておかしいって気づけよぅ、娘っこ……椛だったか」

 何でこう、妙な所で慌て出すんでしょうねぇ、椛さんったら。
 どれだけ私を和ませれば気が済むんですかっ!?

「お前さんも妙な所で和ませるくせに、何他人事みたいに言ってるんだか……」

 ……そんな馬鹿な。
 私は私のやりたようにやってるだけですぅ。
 椛さん程、狙ったみたいなたいみんぐで和ませたりしませぇん。

「あ、あざとい子みたいな言い方しないで下さい!」

 ……あざとい子っていうのは、あそこでニヤニヤしながらユウカさんと一緒になってアリスさんをいじってる小悪魔さんみたいな方を言うんです。
 凄いですよ……?
 中の人が何人居るんですかっていうくらいにコロコロと人が変わりますから。
 その中でも誰かに甘える時の小悪魔さんは……その、凄いですもの。

「それ程……ですか?」

 ええ、女子力あっぷのための十か条とか、そういった外の本に書いてあるような『女の子の仕草』をぐつぐつ煮込んで濃縮したような……!

「……うわぁ」
「お前さん、やけに真に迫ったような言い方をしてるけど……その言い方だと、してやられた事があるって言ってるようなもんだよ?」

 て、てへっ。
 だってそうだってわかってても可愛らしいんですもの!!
 仕方ないじゃないですか!?
 あの見た目で無邪気な笑みを向けられてごらんなさい!

「……あー……確かに整ってはいるなぁ」

 さきゅばす……とかいう、悪魔の中でもとりわけ美人さんの多い種族らしいですからねぇ。
 男を惑わして精を吸うのがお仕事らしいので、そういった方が多いのは納得ですけど。

「お前さん、そのうち妙な輩に引っかかって騙されそうで怖いねぇ」
「や、そこは心配ないと思いますけれど……」
「ほう、その心は?」
「…………仮にスコールさんを騙したとして、その後が……その、ここにいらっしゃる方々の怒りを買うわけじゃないですか」
「納得した」

 も、持つべきものは頼りになる素敵な友人ですねっ!

「騙されるのが前提かい」
「だってスコールさんですし」

 椛さんまで酷い!?

「えっ……な、何か間違ってましたか?」

 …………スイカさん、人生って無情なものですね。

「お前さんの場合は狼生になるんじゃないかい? ……おら、さっさと諦めて認めろよぅ」

 毛並みを引っ張るのはやめましょう?
 スイカさんの力で引っ張られたら抜けちゃいますよ!?
 もう部分ハゲはいぃーやぁー!!!

「……あれ?」
「ぉん?」

 ……椛さんったら、突然どうしました?

「いえ……伊吹様、少し失礼しますね?」
「お、おぅ?」

 ……も、もそもそと毛並みの中を泳がれるとくすぐったいんですけど!

「……………あぁ、やっぱり」
「……あぁ」

 な、何ですかお二方?

「嫌に静かだと思ったら、やっぱり気絶してしまってますねぇ……」
「肝っ玉が小さいねぇ、こっちは」

 椛さんが確認して、スイカさんが引っこ抜いたそれは、椛さんの同僚さん。
 でろーん、なんて表現が一番似合いますかね、これだと……。
 泣き笑いみたいな顔で固まって気絶するなんて、器用な事しますねぇ。

「……とりあえず捨てとくか」
「えっ」

 えっ!?

「なぁに、元々酔い潰したらそこらに転がしておくつもりだったんだ。気絶したやつも同じでかまわないだろう?」
「……た、確かに?」

 椛さん、騙されちゃあいけません!
 スイカさんったらにやけてるんですよ!?
 絶対何か企んでます!

「ぽいっとなぁ!」
「あ、あぁ!?」

 ほぁぁ!?



    げふぉぅ!?



「的中。流石私、いい腕してるだろぅ?」
「文様ぁぁぁぁ!?」

 うわぁ……鳩尾にもろでしたよ今の……って白目向いていらっしゃる!?
 アヤさぁん!! アヤサァァン!?

「……まぁ大丈夫だろ、天狗だし」
「伊吹様の基準がわかりませんよぅ……」
「死ぬわけでも腕や足を落っことすわけでもないんだ。なら何も問題はないじゃないか」
「…………確かに?」

 椛さん、そっちの世界はだめです!!
 帰っておいでなさい!

「いひひっ! スコールよ、この娘子を返して欲しくば我を打倒するのだっ」

 ……か、かけっこでなら!?

「ゴール地点に私を配置しておこうか? ……そうじゃないだろう? なぁ、おい」

 …………はっ!?
 飲み比べでどうですか!

「わかってるじゃないかぁ……おぅ、樽持ってこようじゃないか。飲むぞぉ!」

 いぇーい!

「い、いぇーい!」
「……いや、強引に流れを変えた私が言うのもなんだけどさぁ……お前さん、また妙な所で和ませんなよぅ」
「ぅえっ!?」

 何ですか今の物凄い可愛らしいがっつぽーず。
 わたわたしながらきゅっと拳を握り締めるとか、狙ってらっしゃいますかっ!?
 もうっ!もうっ!!

「お前さんも妙な所で漲ってんじゃないよ!? ってこんな所で無駄に馬鹿力発揮するな!」
「ぅゎぷっ!?」

 かーわいいなぁー!
 サクヤさぁぁぁぁん!! アヤさんが落っことしたカメラを! お写真を!!!

「任せなさい!」
「お前もか、メイドォ!」
「これが人の業というものですわ」
「そんなのが業でいいのか、おい。うっすい胸張ってまぁ……」
「スコール、やっておしまいなさい」

 い、いぇすまぁむ!?
 ナイフ、ナイフはしまいましょう!
 構えるのはカメラ、カメラですよぉ!?











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 満足の行くまで写真が撮れたからか、機嫌を上方修正した咲夜さんからお許しの出た、樽酒一気飲み対決の補助みたいな居場所になってしまってから、しばらく。
 見かねてお手伝いを買って出てくれたフランさんと一緒に樽酒を運んでは渡し、運んでは渡しを繰り返していたらいつの間にか伊吹様に捕まって……えーと?
 ……あぁ、流し込まれたんでしたね、お酒。
 思い出してきました。
 咲夜さんから『お着替えはありますよ? ……ご心配、無く』なんて心配しかできない後押しもあって、伊吹様が乗ってしまったんですよねぇ。
 そこまでお酒に強くない私ですから、そこであっさりと意識を手放してしまって……うん。
 色んな意味で頑張るべきでした。
 あそこで踏みとどまっていれば……そう、踏みとどまれてさえいれば……!

「良くお似合いですわ、椛さんったらっ……! アリス、相変わらずいい仕事をするわね!」
「そぉんなに褒めないでよ咲夜ぁ……うふふふふぅ……アリスちゃん3分裁縫の自信作よ!」

 やーはー! 何て不思議な掛け声と共に抱き合うお二人。
 お二人ともお顔が真っ赤ですし、相当に酔っ払ってらっしゃいますね?
 外が白んで来ているような時間……夜通し飲んでらっしゃる方が多すぎてアレですが、その中のお二人と。
 どんな飲み方をしたんですか一体。

「白! 真っ白い子と合わせるべき鉄板は黒!! でもね、今回はあえて白に白を合わせて清楚さをアッピィール!!」
「いっえーい!」
「アクセントはスコールから毟った毛皮で作ったファーアクセサリーよ! もっふもふよもっふもふぅ! ジャスティスよ!?」

 怖い。
 何ここ怖い。
 二人とも普段の姿とはかけ離れた異様な勢いのまま、腕を組んだ状態ですたーんすたーんと華麗なステップで私の周りをぐーるぐる。
 怖い。
 というか、毟ったって。
 スコールさん、まさか部分ハゲに……?

「………ねぇ咲夜ぁ、椛ったら起きたみたいよぉ?」
「あら本当だわ。おはよう御座います、椛様。昨夜は少々飲みすぎたご様子でしたが……お加減は如何ですか?」

 真っ赤な顔でゆらゆら揺れながらも、言葉だけはしっかりとした様子の昨夜さん。
 怖い。
 ………怖い!!

「昨夜は咲夜も飲みすぎてたのに、人の事言えないでしょぉ?」
「さくやは少しばかり羽目を外しすぎてしまいましたわぁ!」

 咲夜さんが言ったのは昨夜なのか咲夜なのか。
 どっちにしろ駄目です、ここにいちゃ駄目です!!
 に、逃げ……逃げなきゃ……ぁっ!?

「どこへいこうというのだねぇ? うふふふふへぇ」
「アリスったら悪代官プレイでもする気なの? そんなにぐるぐる巻きにしちゃってぇ」

 い、糸!?
 いつの間にこんな巻かれて……て……糸の端が、アリスさんの指に?
 ……人形繰りに使う糸ですかこれ!?
 前の宴会の時に、これ一本で素の体重のスコールさんを釣り上げておつりがくるって言ってましたよね、確か。
 それをこんなに巻かれたって事は……逃げられませんね……これ……ぅ?
 どうしたものかと見上げた先に居たアリスさんが唐突に止まったかと思いきや、倒れこんで動けない私の前にぺたりと座り込んで、じっと私の姿を観察。
 無表情でじーっと、その整ったお顔で見つめられるとひたすらに怖いのですがっ!
 ……い、嫌な予感!

「も~みぃ~ちゃぁん……遊びましょぉ?」

 這ってでも逃げようと決意した瞬間、観察されていた時の背筋が凍るような無表情から、一転。
 ぱかっと三日月のように釣り上がった口角から漏れ出すのは途切れる事の無いうふふあははという妙な低い笑い声。
 怖い! 怖いですよぅ!?



「はいストップ」



 声を出す事すら忘れて、ひたすらに怯えていた私を救ったのは、そんなあっさりとした一言でした。
 こきゃ、という妙に軽い音と共に、私の顔のすぐ横に沈んだアリスさん。
 って、笑い顔のまま気絶していらっしゃる!?
 く、首も妙な方向に曲がってますし、不気味にも程がありますよぉ!!!

「大丈夫、大丈夫だからね」

 !?

「……また面倒な糸を使ったわね、この子ったら。切るのが大変じゃないの」
「…………ゆ、幽香さん?」
「大変だったわね、椛。すぐに助けてあげるから、少しだけ我慢してね?」

 め、女神様です。
 女神様がいらっしゃいます!
 ……女神様が糸を引きちぎるために力を込めたらしい手が、めきりと恐ろしい音を立てたのは気のせいですね、きっと。
 ぶちぶちと凄い音が背中の辺りから響いてくるのもきっと気のせいです!

「……よし、切れた。どこか打ったりとかはしてない?」
「え……と……はい、大丈夫ですっ」
「ん。よしよし、怖かったわねぇ」

 脇に手を添えて、そっと立たせてくれた上で、頭を撫で撫で。
 こ、子供扱いです!?
 って幽香さんもよく見たら頬が赤いままじゃないですか!
 さめてるのかと思いきや、絶賛酔っ払い中です!
 ぁ、ぁあああ耳、耳は駄目です、尻尾も駄目ぇ!?

「怖いの怖いの、飛んでいけー」

 怖いのは飛んでいきましたけど、代わりに恥ずかしいのが飛来してきたわけですが!
 何でこんなに撫でるのが上手いんですか幽香さん!?
 ってうわ、お、お姫様だっこ?
 すたすたと軽やかに進んで行く先にあるのは……頭にスイカさんを抱きつかせたままぐでーっと伸びているスコールさん……?
 また凄い体勢で寝ていらっしゃる。
 もふもふの海ができてますよ!?

「……んー……いい……枕……」

 …………あれ?
 え、私抱き枕ですか?
 スコールさんのお腹で一眠りですか、幽香さん?
 ………………どんな力で腕を固定していらっしゃるのか、外そうとしても微動だにしないわけですが。
 ん……ん~……?
 まぁいいですかね。
 幽香さんと一緒なら、またさっきみたいな被害も出ないでしょうし。
 もう一眠りといきましょう。
 …………あぁ、スコールさんの毛並み、結構なお酒の匂いが染み付いちゃってますよぅ。
 どれだけ飲んだんでしょうねぇ。
 こわや、こわや。






































「…………何て惨状だ」
「ら、らんさまぁ……?」
「………………」
「えっと……」
「橙、もう一度寝なおそうか! ほら、あのふかふかベッド、気持ちよかっただろう?」
「え、え?」
「やぁ、楽しみだなぁ! 二度寝なんて贅沢だよなぁ!」



 戦略的撤退。
 橙の介抱ついでに貸してもらった部屋から戻ってみれば、まさかの大惨状。
 教育に悪い。



 そう、スッパで倒れ込んでいる我らが主とか、特に教育に悪いからな!






[20830] 二十九話 Suika
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/03/04 17:17



 今日も今日とて空は綺麗に晴れ渡り。
 流れるのは緑の香りをはらんだ、気持ちのいい緩やかな風。
 数多の私の前に広がるのは青々とした緑、雄雄しく咲き誇る向日葵、鬱蒼と茂る竹林、胞子を撒き散らす森。
 幻想郷の各所に散らばった私の目の前には、それぞれの四季のあり方を謳歌する景色の数々。
 酒の肴には悪くない。

(……おぅ、肴が一品追加されたかな? スコールよぅ、お前さん今日は何をしでかすんだろうね?)

 人里への道から外れては戻り、戻っては外れとゆらゆらお散歩中の狼さん。
 行く先々で何かといじられるのを見るのは面白い。

(普段の密度だとすぐ気付かれるからなぁ。ちぃっと遠巻きに、限りなく薄くした体で付いていくとしようかねぇ)



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 贈り物のために今度こそはと雑貨屋さんを目指して一路人里へ足を伸ばしたわけですが、お小遣い稼ぎが身に染み付いてしまったのでしょうか。
 薬草や珍しい石を見つけるたびに寄り道をして集めていたら、朝におうちを出たはずが気づけばお昼時です。
 本気で走れば数分の距離に数時間もかかるとは思いませんでしたね……恐るべし幻想郷。
 その分実入りもあるわけですし、時間は余るほどにあるわけですから別にいいんですけどねぇ。
 でも妙に損した気分です。
 不思議不思議……あら?

「おや、ここで会うなんて珍しいな」

 おやおやおや。
 先日の宴会ぶりですね、ランさん。
 あの時は醜態を晒してしまいまして……。

「…………いや、醜態度合いで言うならうちの紫様が一番……アレだったからなぁ」

 あぁ、そういえば。
 ……この話題はよしましょうか。
 何かどこかからか聞かれていて恐ろしい事になる予感がします。
 具体的に言うなら、いきなり足元がぱっくり開いて妙な所に放り込まれるとか。

(確かに、紫ならやるだろうなぁ。普段は胡散臭いだけなのに、たまに子供っぽいし。直球に弱かったりもするからねぇ)

「ははっ、違いない。ところで今日はどうしたんだ? そんな鞄を膨らませて」

 いやぁ、これは単なる副産物なんですけどね。
 紅魔館の皆への贈り物を探しに人里まで足を運んでいたんですけど、その道中でつい癖で色々とお小遣いの種を集めてしまって。

「成る程な。……ふむ、匂いからして集めたのは薬草かな?」

 ご名答、流石ですねぇ。
 他には目に付いた綺麗な石とかですよ。
 何か透き通ってたりしてるのがいいって聞いたので、それらしい物を見つけたらつい拾ってしまって。

(薬草はわかったけど、何か地面でごそごそしてたのは石か。透き通った石なぁ……?)

「透き通った石?」

 えぇ、紫色のやつとか、透明のやつとか、赤っぽいやつとか……んー、鞄の下の方に行ってしまってますね。
 ……ら、ランさん、できれば出していただけるとっ!

「ん、じゃあ少し失礼するよ……どれだけ薬草集めてるんだ、まったく」

 採り過ぎないように結構残してきてるんですけど、行く先々にあるもので。
 見つけちゃうと、あれを採ったらいくらになるーなんて頭に浮かんじゃって、もう。

(ひくりと鼻を動かしたかと思ったら即座に駆け出してたもんなぁ。人じゃあ取りに行くのに難儀しそうな場所に生えてる薬草もなんのその、だしな。薬師としては欲しいお得意さんだろうさ)

「ははっ、気持ちはわからないでもないなぁ。……あぁ、あったあった、これだ……な?」

 な、何です?
 そんな妙な物を見たような顔をなさって。
 もしかして、それってただの石ころでしたか?

(お、おお? また凄いもん探し出してるなぁ、おい……。そこらに転がってるような物じゃないだろうに。どんだけ運と目がいいんだか)

「まさか……拾ったのか、これを……!?」

 何ですその意味深な言い方ぁ……!?
 怖くなるじゃないですかぁ!

(ははっ、藍らしい演技だ。顔色も声色も完璧。逆に完璧すぎて浮いてるってのに、スコールときたらあんな慌てふためいちゃって、まぁ……)

「心配するな、冗談だ」

 むぁ?
 む、むむぅ……ていっ!

「こら、拗ねるな拗ねるな。肉球パンチはやめなさい。気持ちいいだろう?」

 うぬぅ……!?

(あ、ちょっと羨ましいぞ藍め! 私もふにふにしたい! ……あと、もふりたい。超もふりたい)

「ま、話を戻すと……これだけの大きさの物をそこらで拾えると思わなかったな。というか拾えるのがまず信じられないんだけど」

 え。
 え?
 じゃあそれ当たりですかっ!?

「当たりも当たり、大当たりだよ。紫水晶だな。あとは石英とそこそこ大きな紅玉か」

 わほーい!
 お小遣いが増えちゃいますね!!

「持って行くべき所にもって行けばお小遣いどころじゃない金額になるだろうなぁ。とはいえ、さっきの話を聞く限りだとこれをそのまま贈り物にした方がいいと思うけどね」

 ほ、ほぉぅ?
 そういえば宝石には石言葉とかあるんでしたっけ。
 昔パチュリーさんが宝石選びの時にちらっと言ってたのを聞いたことが……。

「その通り。お前から紅魔館の皆へ贈り物、というなら紫水晶の石言葉はうってつけだよ。愛情や調和……あと、高貴なんていうのもあるな」

 あつらえたみたいにぴったりですねぇ。
 やぁ、いい事を教えてくれて感謝です!

(意味自体は色々あるんだろうけどねぇ。贈り物っていうならどれかを選んで、そこを押し出せばいいわけだし。藍も上手い事教えるもんだ)

「何、気にする事は無いさ。とりあえず加工なんかはあの人形使いを頼ればいいんじゃないかな。宝飾関係もこなせるようだし」

 アリスさんってば本当に小物づくりに関しては万能じみてますね……。
『服から小物まで、とーたるこーでぃねーとはアリスちゃんにお任せぇー!』なんて叫んでただけはあります。
 叫んでた時、本人はこの上なく酔っ払ってましたけど。
 しかも酔った勢いで酔いつぶれたモミジさんを言葉通りに弄り倒してましたし。

「それは本人に言わないようにな」

 大丈夫です、もうユウカさんがアリスさん弄りのネタにしました。

「……そ、そうか、流石……? だな、うん」

 ユウカさんったらにこやかに弄り倒しますからねぇ。
 真っ赤になって両手で顔を隠しながら悶えるアリスさんのお姿は眼福でしたけど。

「……いい奴だった」

(まさに。いい奴だってのはわかるし、あっちが本気になればかなり戦い甲斐がありそうだけど……よっぽどの事をこちらからしない限り、目は無いだろうなぁ)

 縁起でもない事呟きながらアリスさんの家の方向へ目を向けるのはやめましょう?
 今から私が行くんですから、何かあったら困るじゃないですか!!
 石の加工を誰がやってくれるっていうんです!?

「そこかい」

(相変わらず気にするところがずれてるなぁ。そんなだからぽんこつとか言われたりするんだよ……)

 アリスさん仕様の私はちょっと辛口ですのよ。
 毛刈りの恐怖は忘れちゃいませんっ!

(……そういえばもうすぐ私の腰巻が完成するって聞いたなぁ。楽しみだから覗かないようにしてたけど、折角だしこのまま着いて行ってみるかね?)

「ついでに態度もたまには辛口にしてみれば更に面白くなるんじゃないか?」

 え……か、噛み付けばいいんですか?

(おーおー、悪い顔だ。牙が覗いてるぞ藍よぅ。てかスコール、お前さん自分でも無理だって思うなら言うなよ。態度に出てるぞぅ)

「あいつを殺す気か。しかしお前だとそういうのには向かないだろうなぁ……あぁ、そうだ」

 んむ?
 何ですそのお守り。

(ほぉ? 紫と藍……後は、あの感じだと幽々子か。三人の髪の毛を織り込んだ袋に、中には札、と。また大層な物が出てきたなぁ、おい)

「中に札が入ってる。元々は弱気すぎた橙に『ちょっとだけ後押しするため』のものだったんだけど……先日、ようやくここから脱却できたようでね」

 ほう、ほうほうほう。
 それは喜ばしい事ですねぇ。
 お優しいのは結構ですが、弱気すぎるのはいけませんからねぇ……あ、何か言ってて自分にだめーじが来ました。

(まさにお前が言うな。というかそれだけのために大妖三人の髪の毛入り守り袋って何だかなぁ……まぁ愛されてるのはいい事だけどさぁ)

「ま、そういう事だ。持っててみるならお前用に調整するけど、どうする?」

 よろしいので?

「後は記念の品として取っておくだけの品だしね。有効利用できるならそれに越した事はないさ」

 おぉう……ならお試しで。
 ちょっと面白そうじゃないですか!

「そこまで期待はしないように。そんな大した物じゃなくて、さっきお前が言ってたように『お守り』だよ」

 そういうのは持ってるだけでも気持ちに余裕ができるってケイネさんが言ってましたからね。
 貸してもらえるだけでもありがたいものですよ。

「ははっ、そういう考え方なら大丈夫だろうさ。少し待ってろよー」

 はーいランせんせー!

「うむ、いい子だなスコール君……あっ」

 ほぁ!?

「……ほぉら、できたぞぅ」

 待って! 待って下さいランさん!?
 何ですかさっきの『あっ』って!!

(今、珍しい顔したぞこいつ。先生とか呼ばれてちょっと得意気になった瞬間の、まぎれもないやらかした表情)

「なんでもなーいなんでもなーい。大丈夫、効能は人によって異なります。さぁ勇気を持ってアリスのお家へ行っておいで?」

 む……むぅ?
 その微笑は魅力的ですけど、騙されませんよ!
 何だったんですか!?

「…………行って、おいで?」

 ……は、はい、ラン先生。
 せ、先生、牙、牙が見えてます。

(困ったら力ずくかい! ……まぁ本気じゃなさそうだけど)

「おっと。……まぁ冗談は置いておくと……あれだ、ちょっと力を込めすぎた。まぁお前クラスの妖獣なら問題にはならないと思うけど……気を抜いた瞬間だったからね」

 何だ……妙な間違いで、お守りが呪いのあいてむに変身したのかと思っちゃったじゃないですか。
 ではでは、ありがたく頂いて行ってきます!

「あぁ、気を付けてなー……勢いを付け過ぎてアリスの家に穴を開けないように」

 ……もこたんちは手加減の犠牲になったんです!
 そいではごーごー!

(そういや立て直すの手伝ってくれって言われてたっけ。まぁあの焼き鳥娘は嫌いじゃないし、今度やっておくかなぁ……一晩で)















「……まぁ、大丈夫だろ。新米妖猫と気概が足りないだけの大妖じゃ効き具合なんて雲泥の差だろうし」
「だと、いいわねぇ?」
「そうではない、と見ますか?」

(あぁ……流石は紫の式だよなぁ。普通は紫がいきなり後ろから出てきたら慌てるもんだけど。どこから見聞きしてた、とか……)

「あの子、あれの効果に関しては『軽く』してなかったわよ。あと一つ忘れてるのは、最後にあの子が受け取った瞬間ね」
「普通に咥えて、スカーフのポケットへ入れていたように見えましたが」
「咥えたでしょう? つまり、加えたのよ。あのお守りを何の疑いも持たずに受け入れて自分の中へ。この手の道具は言葉遊びが現実になるものだしね」
「しかし、それを加味しても………スコール自身、お守りで後押しする基の部分、攻撃性が乏しいので……プラスされてもそう大事にはならないでしょう?」
「ええ、私もそう見込んだからそのまま見送ったんだけどね。式がしでかした迂闊な行動をただ見逃すのはどうかと思ったから釘を刺しただけ」
「精進します。……ところで紫様、その左腕にかかっている袋……外の世界のものですね?」
「……それじゃ、先に戻ってるわね」
「あ、ちょっと! 次に出るときは私も連れて行ってもらえる約束だったじゃないですかぁ!?」
「貴女を連れて行くと老舗有名豆腐店とかしか行きたがらないじゃないの!!」
「何が悪いんですか!? おあげさんは私の存在意義の一つですよ!?」
「貴女どれだけ油揚げを崇拝してるのよ!」
「紫様よ……紫様の次に!」

 まずい、口が滑った。

「……ちょっと、お話し……しましょうか?」
「用事を思い出したので失礼します。紫様、お気をつけてお帰り下さい」
「…………」
「お、お帰り下さい」
「逃がすとお思いかしら、この駄狐め……」
「逃げます!!」
「あ、こらっ!」

(…………おいおいおい、二人して何やってんだか。……ま、何かあったら事だ。一応向こうにやった分に周りから少しばかり萃めておくかねぇ)






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 と、いうやりとりがありましてですね!
 こちらの薬草と……何て言いましたっけ、この赤い石……るびー? で、加工費用にはなりませんか?
 何でしたらこちらの白っぽい透明なやつもつけますから。

「別にいいけど、ちょっと私の扱いに物申したい気分なのよね」

 …………。
 ………………?

「何でそんな不思議そうに首を捻るのよ!?」

 え、だってアリスさんじゃないですか。

(確かに。妙な説得力がある辺り、救いがない)

「幽香のせいで私の扱いが……!!」

 まぁまぁ、いいじゃないですか。
 愛されてるんですよ!

「歪んで捻じ曲がった愛情なんていらないわよ!」

 ま、ま、落ち着いて。
 それでどうです?
 加工とかお願いできますか?

(どこぞの橋姫みたいにどす黒くないから問題ない問題ない。もう呪詛だからなぁアレ)

「……まぁ、いいけど。加工の手間なんてルビーだけでもお釣りが出すぎて困る位の事だしね」

 きゃーアリスさん素敵ぃ!

「えぇい纏わりつくな押し倒すなっ!? いちいちもふもふで気持ちいいのよ!」

 怒りながら褒めてくれるのはやめましょうよ。
 一瞬悩むじゃないですか!
 ほぉら咲夜さんがお手入れした毛並みを味わいなさいっ!

(あーちくしょう、こいつも羨ましい。そっと混ざってやろうかこんちきしょう)

「おーいアリス、お邪魔してる……ぜぇ?」

 おや新顔さん……新顔さん? なんかどこかで見たような気はしますけど。
 匂いも覚えがありますけど、どちらさまでしたっけ?

「悩みながら無駄にモフらせるんじゃないの。……いい加減にしないと刈るわよ?」

 おう、またもや毛並みの危機が!?
 何かにつけて刈ろうとするのはやめましょうよ!

「ならどいてもらえる? 流石に体重そのままでのしかかられると逃げるのも一苦労なんだから」

 ぶぅ。
 でもアリスさん、ちょうどいい感じに抱え込めるので何か落ち着くんですよねぇ。
 もう少し……咲夜さんくらい大人しくしてくれれば完璧なのに。

(本気で逃がさないようにしてたら、魔法使いの細腕なんかじゃ絶対に無理だけどね。千年逃げ延びた大妖、妖獣の純粋な膂力をなめちゃあいけないよお嬢ちゃん?)

「お、おま、お前・・・!?」
「……あら、魔理沙。いつの間に忍び込んだのかしら」
「たった今だ! ってそうじゃない!!なんでコイツがお前の家に居るんだよ!?」
「何でって……友達が遊びに来てるのがそんなに不思議? 失礼もいい所だわ」
「とも……アリス、お前熱でもあるんじゃないか?」
「跪けぇ!」

 おうふ、アリスさんったら見事な糸さばきですね。
 操り人形よろしく、全身の自由を一瞬で奪うなんて……しかも跪けなんて言いながら土下座させる辺り、ユウカさんの影響が……!?
 戻ってきて下さいアリスさん……。
 いじられて涙目にならないアリスさんなんて、アリスさんじゃないですよ!!

「……貴女の場合は糸をつけても純粋な膂力で相手にならないから、しないけど……ねぇ?」

 あ、はい。
 ごめんなさい調子に乗ってました。

(あぁ、ちゃんと理解はしてるのか。ま、それもそうか……色んな意味で頭は良いみたいだし)

「わかればよろしい。で、結局何の用だったの魔理沙」
「まずはこれを解け! 順番がおかしいだろぉ!?」
「……そろそろ首にも糸をかけるべきかしら」
「解いて下さいお願いしますアリスさん」
「えー」

 悪そうにくすくす笑うアリスさんも新鮮ですけど、似合ってませんねぇ。
 もっとこう……パチュリーさんに媚薬を盛るのに成功した時の小悪魔さんくらいの笑顔でないと。

「本業と一緒にするな。というか気づいてるなら助けてあげなさいよ」
「小悪魔さんったらお仕置きまで込みでご褒美らしいので」
「ある意味、流石サキュバス」
「おい、脱線しないでくれます?」
「あぁゴメン、忘れてたわ……はい、いいわよ」

 もそもそと解かれたのを確認した途端、土下座の姿勢から飛び起きる新顔さん。
 床に落ちていた大きな三角帽子の中から八角形の箱を取り出して、こちらに向けて……あれ、何か見覚えがあるような……無いような……?

「八卦炉、ってやつね。あの子が火力を出すのに使うマジックアイテムみたいなものよ」
「動くな!動くと撃つぞ!!」
「はい、今の口上の間で勝負は終わり。撃ってもいいわよ?」
「……は?」
「奇跡的に原型の残っているご自分のおうちを、木っ端微塵にしたいなら……どうぞ?」

 ……あぁ、床と壁に糸で描いたの、パチュリーさんと一緒に作ってたやつですか。
 何か色々混ぜて混ぜて捏ねた末に捻じ曲がって何故か完成したとかいう、おまじないの……。

「正解。短距離だけど短絡させた空間を通して外に出した後、魔理沙のお家の方へ受け流してドカン。そういえば貴女ってこういうものへの理解だけは妙に早いわね?」

 陰陽師、とかいうのが札やら動きやらで似たような事をしてましたからねぇ。
 逃げるときに必要じゃないですか、そういうのって。
 何気ない動きの中に必要な要素をちりばめて、気が付いたら四方八方札やら結界だらけとか笑えませんでしたよ……?

(あぁ、姑息な手は嫌いだけど……その努力は認めるさ。弱い、持たざるものの知恵ってやつ。……色々、事情があるのは妖怪でも人でも同じ事だしなぁ)

「努力の方向とそれに伴ってきた結果の完成度がスコールらしいわ」

 照れますねぇ!
 時に、新顔さん。
 何やら撃とうとしていたようですけど、やめた方がいいと思いますよ?
 アリスさんが『撃ってもいいわよ?』何て余裕を見せてた時だったら万が一もあったでしょうけど、その後にこれほど時間の余裕をあげちゃったら……言わずもがなですよね。
 ちなみにこれだけ時間が掛かった後なら、カザミさんちのユウカさんがそこそこ力を込めて撃ったごん太ビームでもそれなりに耐える鬼畜仕様ですから。

(そりゃ凄い。拠点に張り巡らせる使い方なら、かなり硬くなるだろうなぁ。こいつの頭なら更に色々仕込めるだろうし、攻め入る側はたまったもんじゃないね)

「……待て、話し合おう」
「最初から物騒なのは魔理沙だけよ? ……申し開きを聞きましょうか」
「お、おう」
「おう?」
「ハイ、アリスサン!」

 わぁ素直じゃない子だ。
 アリスさん、ちょっと教育的指導しちゃいます?

(……お? こいつにしちゃあ珍しい…………っておいおい、まさかさっきのか?)

「あら、貴女がそんな事を言うなんて珍しいわね。こういう素直じゃない子は嫌いなタイプ?」

 どちらかと言えば、ですねぇ。
 別にツンツンするのが悪いと言ってるわけじゃないですよ?
 素直になれないだけなら微笑ましいですし、全力で見守りますけど……自覚してやってるような輩なら話は別です。
 泣こうが喚こうが、指先一つ動かせなくなるまで追い回してやりましょう。

(よくよく見れば……さっきの守り袋、こいつの妖力を糧にして力を増してるじゃないか。藍に紫め、何か見落としたか? ……いや、そこまで間抜けな二人じゃない。……何が原因かねぇ?)

「……ちょっと、言いながら本気になるのはやめなさいね。貴女らしくないわよ?」
「ハッ! 前の時は後ろでこそこそおろおろしてただけのヤツが何を偉そうに!」
「やめなさい、魔理沙。空気を敢えて読まないのは時と場合を選びなさいっていつも言ってるでしょう」
「お前、こいつの肩を持つのか?」
「そういう話じゃないでしょう……あぁもう、スコールも落ち着きなさいよ!?どうしたのよ本当に!!」

(おいおい、どんだけ影響受けてるんだよ。というか、異様に荒ぶりだしたぞあのお守り。こりゃ急いで萃めないと、それでなくても私じゃあ止めるのは相性が悪いってのに。……いや……でも……本気でやりあえるなら、悪くはないか?)

「上等だ、表に出ろよ犬っころ!」
「若さに任せるのは別にかまわないけど……アリスの言った通り、時と場合くらいは選べよぅ小娘」

(売り言葉に買い言葉、退けなくなったからって突き進むのは嫌いじゃないが、今回は私が頂いておくよ。ここでスコールがこの小娘を殺めるのは後々まずそうだし)

 ……おや、スイカさん。
 どうしたんです? 宴会の空気でもないのに……。

(何よりも、本気になったこいつと一戦交えるのは骨が折れそうで……楽しみだなぁって思っちゃったしねぇ)

「おぅ、大親友がやらかした……かもしれない、小さな失態の尻拭いさぁ。私の趣味も入ってるけどね」

 ほう?
 スイカさんの大親友というと、ユカリさんですか?
 何かありましたっけ……。

「細かい事はどうでもいいさ。ほれ、気に入らない事で熱くなった頭はどつきあって冷ますに限るんだ……やらないか?」

 ……いいですとも。
 ええ、ええ、いいですねぇ、楽しそうじゃないですかぁ!

「……おいおい、どこに原因があるかはいまいちわからないけど……本当に影響出すぎだろう、にっ!!」

 そこそこに萃まったので、とりあえず一発。
 外に放り出してからやらないと、こんな小さな家一軒なんて瞬く間に瓦礫の山だしね。
 ……しっかし、不意を突いたはずなのに手ごたえが殆どありゃしない。
 頭に血がのぼってもその辺りは健在かぁ。
 …………いいねぇ、いよいよ滾ってきた。

「ちょ、ちょっと?」
「あぁアリス。悪い事は言わないから、さっきのおまじないを全力でこの家に掛けて……そうだな、逃がす先は太陽の畑上空にでもしておきな。幽香がフォローに来るだろうさ」
「……それほど?」
「あぁ、それほどだ。これからさらに悪化するか、適度な所で打ち止めになるかなんてわかりゃしない」
「わかったわ。ならもう何も言わないから存分にどうぞ。……ただ、泥沼の殺し合いだけは勘弁してよ?」
「ははっ、理解が早くて助かるねぇ。んじゃま、いっちょやりますかぁ!」







































「藍」
「ええ、何やら妙な悪寒がしますね」
「……まさか、さっきの?」
「い、いやいやいや、それこそまさか……」
「…………アリスの家、行っておく? 手土産でも持って」
「瓦礫の山になったお見舞いにならないといいですね」
「元凶が何を偉そうに!」
「紫様だってさらっと見逃したじゃないですかぁ!?」
「…………」
「…………」
「とりあえず行きましょうか」
「ええ、そうしましょう。それがいい」




[20830] 三十話 Suika
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/04/29 21:56



 鼻っ面になんて物を放り込んでくれるんでしょうねぇ?
 危うく狼から豚に変身しちゃう所でしたよ!?

「はっはっは。あんだけ綺麗に受け流しておいて何言ってるんだか!」

 あんだけいきり立ってても冷静な部分はしっかり残ってるな。
 私に殴り飛ばされた時も、後ろに飛びながら、アリスの家になるべく傷を付けないように窓に突っ込んで出やがった。
 このタイプの奴が馬鹿みたいな速さを持ってるなんて、やりにくいときたら無いね。
 スコール自身の能力と、あいつのそもそもの体の頑丈さが相俟って沈めるのにどれだけかかるやら。
 いやぁ、やりがいがあるってもんだ!
 急げ急げ、今の幻想郷に、ここ以上の場所なんて無い。
 萃まれ萃まれ萃まれ!

「なぁ、わざわざ広い所に移動するのも面倒だろう? さっくり場所も作ってやるよ!」

 散った己を急速に萃めに萃めて、ようやく元の密度に戻ってきた。
 元々こちら寄りに移動し始めていたのもいい方向に働いたね。
 さて、挨拶代わりの一発はくれてやったから、次はその気になってくれた事に対する歓迎だなぁ?
 恐れを込めて叫ばれた鬼の力、とくとご覧あれってなぁ!

「おぉぉぅらぁ!!」

 スコールを追って外へ出た瞬間、全力であいつへ向けて地面を削る。
 少しばかり密度を変えて、巨大になった体でスコールの方へ抉り込むように地面を弾いて、即席の岩弾も兼ねてたわけだけど……ま、期待通り。
 鬼の全力で弾いた岩弾だ。
 その一つ一つが辺りの木を薙ぎ倒していく。
 そんな中……結構な密度の弾幕だったってのにまるで当たりゃしない、風のように流れる銀色。
 あの体でするりと間を抜けやがったぞ、おい!
 あぁ見事だ。
 それでこそ、だよなぁ!!

「ちょ、人の家の庭に何て事すんのよぉ!?」

 盛り上がりかけた気分が停滞。
 ……観客は気ぃ抜ける事言うなよぅ。
 スコールも微妙な顔してんじゃないか。
 こりゃあさっさとその気に戻さなきゃ、お流れになっちまうかね?
 こうして対峙するに至った経緯なんぞ、もうどうだっていい。
 折角あいつが、あのスコールが本気で向かってきてくれるんだ。
 そう、あいつが逃げずに向かってくるんだ。
 邪魔すんじゃねぇ!!
 心が躍る、この久方ぶりの闘争を逃してなるものか!!

「逃げてばかりじゃ私をぅ!?」

 おいおい、嬉しいねぇ!?
 炊きつけようと口上を叫ぼうとした瞬間、目の前には大きく開かれたスコールの顎門。
 反射的に後ろへ倒れこむように避けた所で、私の上で大きく響いたそれの閉じる音が、どれだけ力を込めたものかを雄弁に語ってくれた。
 ここまで影響が出るようなものをあっさり見逃した紫は後で問い詰めるとして、まずは楽しまなきゃ損だよなぁ。
 鬼を相手にここまでガチンコを挑んでくる奴なんて、とんと会わなくなった。
 昔の地上は言わずもがな、飽き飽きして引っ込んだ地底でだって、顔色を伺うか、そうでもなきゃ遠巻きに見てるかのどっちかばかり。
 よしんば友誼を結んだ所で、それは殴り合いのできる友じゃない。
 鬼と殴りあうのはいつだって同じ鬼ばかりだ。
 つまんねぇよなぁ、いつも同じやつらばっかりなんだから。
 何百勝何百敗何百引分なんて、もうただの惰性だ。
 つまらなかった。
 でも、だからこそ今がこの上なく楽しいんだろうなぁ。

「しっかし、わかっちゃいたけど速いったらないね。事、地上に限れば天狗だって及びやしないなぁ!」

 スイカさん程の鬼にお褒めに預かるなんて恐悦至極ですねぇ。
 獲ったと思ったのに獲れなかったのはいつ以来でしょう?
 あぁ、そうだ、獲れなかったならまた獲れるんですね!

「はは、はははは!! そうだ、その通りだ。それにしても鬼相手に『獲る』なんて言ったやつは何百年ぶりかねぇ!」

 頭上に見えた毛並みを掴もうと伸ばした腕は、それ以上の速さで伸びてきた爪に払われた。
 しかも立派な爪痕まで残していく始末だ。
 鬼に、他の妖怪が呆れる程に頑健な肉体こそが本領の鬼の体に傷を付けるか。
 相手にとって不足なし、十二分だ。
 退いては攻め、攻めては避け。
 縦に横に、取ったと思った一撃が悉く避けられて私の傷ばかりが増えていく。
 致命傷には程遠いが、これはたまらないね。

 蹴り出した足は、それを足場に加速へ変えられ、私の肩を抉る爪へ伝えられた。
 振り上げた腕は、溜めを作った瞬間に逸らされて、体勢を崩された。
 ならばと、私の首へ迫る顎門へ合わせて頭突きを放てば、その下の懐へ潜りこまれて鳩尾に頭突きを返される。

「はは、痛い、痛いねぇ。痛くて痛くて……そそられて仕方ない!」

 楽しいですねぇ! 素敵ですねぇ! 闘争は!!
 こんなに楽しいものから逃げ続けていたなんて、私は何と愚かだったんでしょう!

「おう、そうだろう!? 身命を賭して相手を叩き潰す、それこそが!!」

 言わなくたって、もうわかっただろう?
 そんなに嬉しそうに口端を持ち上げてるんだ、わかったんだろう?
 楽しいよなぁ、嬉しいよなぁ!!

 足を振り上げ、全力で踏みしめる。
 鬼の力で為せば、その結果は地震、隆起、飛散だ。
 踏み込んだ足を中心に、抉れ、飛ぶ小さな破片。
 あいつの視線がそちらへ流れた瞬間、踏み込んだ足を基点に前へ、スコールへ。
 生まれた小さな隙を突こうとした私の腕は避けられたが、あいつ、空中で体勢を崩しやがった。
 そしてこちらの体勢は少しばかり崩れちゃあいるが、少しでも動きを止めることができさえすればそこから先に繋げられる……ってぇのによう。
 動かせないと思っていた体の芯を狙ったのに、あいつめ、私の腕より先に地面についていた爪の一本だけで、体勢を変えやがった。
 結果、毛先を指が掠めただけ。
 嘘だろ、おい。

「お前さん、本当は猫の変化だったりしないか? 何だよその避け方……」

 は、は!? 何て豪腕ですか!
 あんなに無茶な打ち方をしたのに、周りの風が持っていかれるなんてっ!
 あぁ、こんな怖い腕に捕まっちゃ駄目ですね、終わってしま……終わる?

「おぅ?」

 するりと、数十メートルは後ろにあった大木の枝へと逃げられた。
 仕切りなおしかと思ったら、何だ?
 ……っ、まただ、またあのお守りだ。
 何だよありゃあ。
 あれが前に出てきて主張をするたび、おかしくなっていく。

「おい、スコール!」

 そうだ。
 終わったら、駄目ですよ?
 終わりは……終わるなんて……。

「おーいおい、本当になんだよあのお守り。いくらなんでもこりゃねぇだろうがよぅ」

 まだ、まだまだまだ!!
 まだ私はやれる!
 足も動く、目も見える、鼻も利く、耳だって聞こえる。
 まだ、何も終わっちゃいない!
 あの日のように、終わってなんかいない!!
 私の、あの日の終着点は、こんな所じゃない!!!

「ちょ、こっから更に速くなるのかよぅ!?」

 終わってなんかやりません!
 獲って、食らって、また獲って。
 はは、やりました、終わりなんて来ないんですよ!!

「おいおいおい何か漏れてくる声がやばくなってるぞ。くそう馬鹿紫め、覚悟しとけよぅ」

 あぁ、スイカさんったらそんなに美味しそうな血を流しちゃってぇ。
 誘ってるんですか? はしたないですよぅ。
 そんな香りをばら撒かれたら、私ったらいてもたってもいられなくってぺろりと食べちゃいそうです!
 お綺麗ですねぇ、美味しそうですねぇ、可愛らしいですねぇ!!
 ……ちょっとその腕、一本貰えません?

「ばぁか。そういうのはちゃんと獲って仕留めてから味わえばいいんだ。恵んで貰う程度のもんが美味いわけないだろうがよぅ?」

 道理です。
 まさにその通り。
 そんな事も忘れているなんて、私ったら!
 皆からぽんこつ呼ばわりされるわけですよ。
 うふふふははっ、はっ!
 いっただきまぁす!

「っとぉ! おいおい、腕狙ってんじゃないのかよ。今のは首だぞぅ!?」

 ちゃぁんと言いつけを守ったんだから褒めて下さいよぉ!
 仕留めてやります。獲ってやります。
 ほら、ほらほらほら背中がお留守ですよ!!
 ……あれ、こっちは前でしたっけぇ?
 あはは、スイカさんってば前も後ろもわからないんですもの!
 洗濯板ですね! いやいやまな板ですか!?
 何でもいいや、とりあえず味見ですよねぇ。
 腕、貰いましたー!

「何百年って殴り合いしてきた鬼をなめんなよ! ここが狙いだって事くらいわかってらぁ!! ……そうら、お喋りなんかしてるから、掠ったぞぅ!?」

 何て言いはしたものの、このままじゃ当たる気がしないねぇ!
 当てる気は溢れんばかりなんだけどなぁ、おい。
 もう半ば以上、勘で動いてるようなもんだし……どうしたものかなぁ……。
 能力を使おうにも、私の能力とあいつの能力の相性が悪いったらないし。
 あいつの能力が物の重さを軽くするだけならまだやりようはあるのに、あいつときたら『あらゆるものを』何てぇ大層なおまけ付きだ。
 言葉遊びみたいな使い方ですら実現してきやがる。
 私の能力、疎密に……というより、あいつが前に言った言葉のままなら『結合を軽く』してるわけか。
 表現の正誤何て知ったこっちゃ無い。
 あいつがそうと思えれば、あいつの能力は、千年という長きに裏打ちされた力で捻じ曲げてきやがる。
 はは、こんだけの事ができるやつが逃げるしかできないなんて、何の冗談だっての。
 全く! やりがいがある闘争だこって!

「ほれ、鬼さんこちら、手の鳴る方へっとぉ」

 気を抜いたら体がばらけちまいそうになるなんて始めての経験だね。
 私の能力が知られるってのはこういう時に不便なんだよなぁ。
 勇儀みたいなただひたすらガチンコ向けの能力なら話は別だったんだろうがね。
 これじゃあ自身をばら撒いて物量攻めもできやしない。
 分体をばらされた所で、別に無くなるわけじゃあないけど、散らされて元に戻すのに骨を折るのがオチだろうなぁ。
 ま、そんな勝負なんぞ願い下げだ。
 全力で殴り合ってこそだろう、勝負ってのは!

「受けに回るだけなんて性分じゃないからね。避けるっていうなら意地でも捕まえて締め上げてやるさ!」

 言うは易しとはこの事だけどな。
 速くて硬くて、尚且つ殴った衝撃はきっちり能力と体捌きで殺してダメージはほぼ無し。
 体を掴まれるという事があいつに取って何を意味するかも良くわかってるようで、それだけは指先すらも掠りやしない。
 ったく、本当に規格外の狼にも程がある。
 鬼相手にここまで苦戦を強いる妖獣なんてどれだけ居るんだか。
 あの藍ですらこんな真正面からは挑んでこなかったってのによぅ。

「っ! とぉったぁ!!」

 っ……まだまだ、まだ遅い?
 私が、遅い!?
 ならもっと速く、もっともっともっと速く、速く!!
 もう終われないんですよ、私は。
 私は帰るんです! やっと、帰れるんですよ!?

「おぉぉぅい!? どんだけ天井知らずなんだよお前さん!」

 は、は。
 おい、お前本当に馬鹿じゃねぇのかよぅ。
 さっきまでの速さだって目で追うのがやっと、勘で捌いてたってぇのに、偶然『開いた指先』が掠った途端にまた上がりやがった。
 しかも感じるのは、さっきまでの妖力を使った身体強化だけじゃなく、そこに新たに加わった魔法の気配。
 ……あいつの家のやつらが教え込んだのかね、魔法。
 前にあいつの付けてるスカーフが妖力を魔力に変換して動作するってのは聞いた事があるし、そっから魔力を捻りだしてんのか?
 どちらにせよ、鬼に金棒、スコールに加速魔法。
 馬鹿じゃねぇの、本当に。
 てか、そんな狂ったような頭でも……逃げる事に直結するものだけは異様に器用だね、お前さん。

「とは言え……速けりゃいいってもんじゃないさ!」

 速ければ速い程、避けるのは難しい。
 そして、速ければ速い程、何かにぶつかった時のダメージは言わずもがな。
 なら、前にくれてやった岩弾、今は避けられるかねぇ?
 砂埃だって立つんだ。
 そうさな、まずはその厄介な速さを支える目からとってやろうじゃないか。
 一つ一つ削いでいって、地べたに叩き伏せてやらぁ!!

「っ!?」

 遅い、遅いですよぉ?
 止まって見えますよ、そんな動き!
 岩弾なんて怖い物、もう放たせてなんてやるもんですか!

「はは、はははははは!! お前どれだけ私を喜ばせれば気が済むんだよ!!」

 再び地面を叩き割ろうと振り上げた足が、落ちる前。
 ただそれだけの間に、私は無様に地面へ叩き伏せられた。
 しかも、その叩き伏せた勢いのまま首を狙いにくるおまけ付き。
 かろうじて潜りこませる事ができた両腕に掛かる大顎門の圧力を跳ね除けようとした瞬間、するりとそれは消えて無くなった。
 まさしく化かされたような気分で反射的に辺りを目で伺えば、遥か先には一足で飛びのいたらしく、しなやかに地に降り立とうとしているスコールの姿。
 そんな姿を視界に収めながら、刹那の間に取り残された私の手が虚しく空を掻いて伸びきる。
 この無様な私の姿をひたすらに凝視する、獲物へ向ける殺意に血走った金色の目が酷く綺麗に輝いて見えて……文字通り、目を奪われた。
 まるで話に聞く走馬灯のように、ゆっくりと私の中へ染み渡っていくその瞳は、その色は、その姿は……あいつの速さの源となる地へと、吸い込まれるように消えていく。
 地を噛もうとしていた爪の先から、その速さを生み出す足、驚きに取って代わられた瞳、その全てが地へと消えていった。










 おい。










「おいこら紫ぃ!! てめぇ何してくれてるんだよ!? あいつを返せ!!! 返せよぉ!!!!」
「ちょっと、何でそんな本気で怒るのよぉ!?」

 何で? 何でだと?
 てめぇ何しらばっくれてんだよぅ?
 折角いい所だったってぇのに、水をさすどころか大穴を空けてくれやがって!!
 狙っただろう? なぁおい、狙っただろうがてめぇ!?
 大親友だろうが絶対に許さねぇ、鬼から奪うって事が何を意味するか、その身に刻み込んでやる!!!

「やぁ……そりゃあんだけ盛り上がってる所にあの終わり方はないですよ、紫様……。せめて何かしらの感動路線ならまだ救いがあったのに」
「えっ……あ!! …………やめて! 私の(ちょっとしたお茶目の)ために争わないで!!」

 あぁん?
 あぁぁん?
 私のぉ、ためにぃ?
 ふざけんな。
 もうスコールは居ない。
 私が愛した好敵手(スコール)は、もう居ない。
 何故だ。
 こいつだ! こいつが!! こいつが奪ったんだ!!!
 ふざけんなふざけんなふざけんなてめぇふざけてんじゃねぇぞこの紫ババァが!!!

「だぁぁぁまぁぁぁぁれぇぇぇぇぇ!!!」
「何でぇ!?」
「避けてんじゃねぇ! とっとと当たって汚ねぇ花火になれ!!」
「嫌に決まってるじゃないそんなのぉ!!」

 知ったことか。
 涙目になんぞなってんじゃねぇ!
 気色悪いんだよ!!
 あぁくそ腹立つ!!!

「その媚びた感じの語尾やめません? 歳考えてください」
「藍、貴女ねっ……ねぇちょっと萃香さん?」
「……何かな紫君?」

 おいおい紫君、後ろがお留守ですよ。
 つーかまーえたー。
 そう、もうスコールは居ないんだ。
 あの厄介な、私の能力すらも縛った軽さは、あの愛おしい軽さはもう無い。
 つまりだよ、紫君。
 数体、分体を出した所で痛くも痒くも無い。
 後ろから羽交い絞め、前からベアハッグならぬオーガハッグ。
 そうだ、背骨を狙おう。
 そろそろ曲がってきそうだから矯正してやるんだ。
 あぁ、そのうち回らなくなりそうな首もついでに治してやろうかな?
 私ってば何て大親友思いなんだろう。
 そう、思い知れ、紫!

「ねぇ、首を鷲掴みにするの、やめない? 締まってる締まってる色々締まってるのぉ!?」
「ちーん。最期に緩んでた部分を締め上げてくれる大親友がいらっしゃるなんて幸せですね? ……いい主でした!!」
「貴女は貴女でいつまで油揚げの事を根に持ってるのよ!?」
「黙れ。なぁ紫、素直に渡すか、それとも奪われるか、選べ」
「な、何を、と聞いてもいいかしら?」
「スコールと、首」

 何を今更。
 私から奪ったんだ。
 ならお前がするべき事はわかってるだろう?
 でもなぁ、素直に返されただけじゃあもう駄目だ。
 ……そう、駄目だよなぁ。
 だからな?

 なぁ、置いてけ。
 置いてけよぅ?
 てめぇの首と、スコール、どちらも。

「私、喧嘩友達以下なの!?」
「少なくとも今はな。よくもやってくれやがったよ、お前。首の一つや二つで許してやろうってんだ、優しいと思うだろう?」
「私の首は藍の尻尾みたいにぽんぽん増えないわよ!」
「増えなくても生えそうじゃないか、お前さん。いいよもう、お前が相手になれよぅ。……正面切っての殴り合い以外は認めないけどな」
「死ねって言ってるようなものじゃない!?」

 ぬるりと締め上げていた部分が消えて、そこから覗くのはいつもの気色悪い隙間の瞳。
 ちくしょう、さっさとへし折るべきだった!!
 ほっとした表情なんぞ浮かべんな!
 くそう、くそう!!

「てめぇ逃げんじゃねぇ!!!」
「偉い人は言いました。三十六計逃げるに如かず!」

 揺れていた隙間が広がってするりと全身が消え、残されたのは『うふふふふふ』なんて腸が煮えくりかえる笑い声。
 ……これだけの事をしてくれたんだ。今度、心を込めてお礼をしてやろう。
 潰してやる。
 大事なお家を平屋から平面に大変身だ。
 喜べ。
 それが喜べないって言うなら、あいつの体型を変えてやろう。
 物理的に、縦方向へ伸ばしてやる。
 平面でな。

「……おい、藍」

 不完全燃焼を持て余して、とりあえず隣に寄ってきて肩を叩いて慰めてくれる藍を誘ってみる。
 やらないか。
 やろうぜ、おい。
 やりたいだろう、なぁ!
 お前だってそうだろう、なぁ!?

「やりませんよ、私は。そもそも私は術寄りの万能型ですから、今貴女が望んでいる『鬼と真正面から殴り合い』なんてできるわけないでしょう」

 ふられた。
 しかも、言っている事はもっとも。
 ちくしょう。

「…………」
「……心中、お察しします」
「ふっざけんなあああああああああ!!!!!」
「ちょっと、私の庭が、家がぁ!?」
「全力の地団駄で深々と地割れって……流石は鬼、と言うべきやら……それともまた鬼か、と言うべきやら……」
「やめてよぉ!? とめてよぅ!? ねぇ、らぁん!!」
「はっはっはーアリスー幼児退行してるぞー」
「うがあああああああ!!!」

































「……何、この有様?」
「斜め上の結果に激怒した鬼と、完膚なきまでに被害者な人形使い」
「何よ、それ」
「つまり、私の主が全部悪い。幽香さん、今度会ったらちょっとお灸を据えて貰えませんか」
「……紫の尻拭いなんて馬鹿らしい真似は御免ね。大事には至ってないようだし、帰って寝るわ」



「ちくしょぉう……紫めぇ……」
「わたしのおうち、おうちがぁ……」





 魔理沙?
 闘争勃発直後に逃げたよ。








[20830] 三十一話 Sakuya
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/07/16 00:59



 うわぁぁぁん!!
 何ですかあれ!? 何なんですかあれぇぇぇ!!
 美味しそうですねぇとかはしたないですよぅとか?
 はしたないのは私じゃないですかぁぁぁぁあああんもうっ!!!
 思い出すだけでも恐ろしい。
 あれがちゅーにびょーってヤツですか?
 完治した後も心を抉り取るたちの悪い病だとは聞いていましたけど、まさしく聞きしに勝りますね!
 わぁいスコールちゃんちょっとだけ賢くなりましたよこんちきしょうっ!!

「いい加減に落ち着きなさい。結局最後は丸く収まったんだからいいじゃないの」

 落ち着けるとお思いかサクヤさんっ!?
 アリスさんのお家はスイカさんの馬鹿力で半壊しましたし、ユカリさんはとばっちりでボロ雑巾になったじゃないですか。
 何よりも私の言動が一番頂けないですよぉう!
 あぁんもうやぁーだー!!

「……はぁ」





---------------------------------------------------------------





 つい先日、不幸な偶然が重なって起こったプチ異変。
 被害は……先にスコールが叫んだようなアリス邸の半壊……紫さんがボロ雑巾にクラスチェンジ、おまけに萃香さんの傷心等々。
 とはいえ、私に関わるものとして最たる事柄は、今こうやって私を抱え込んだままベッドの上でその時の言動に悶え続けるスコール。
 あぁ、私が抱き枕になってるのも被害と言えば被害かしら?
 役得とも言えるけどね、気持ちいいし。言ってはあげないけど。
 何にせよ、立ち直るのにはもう少し時間がかかりそうね。
 まぁ落ち着けとばかりにぽふぽふ鼻先を撫でてやると、とりあえず悶える意思が飛んでくるのは止まったけど……それでも決まりが悪そうにぐるぐる鳴る喉はそのまま。
 私が苦しくならない程度に加減しながらぎゅっと抱きしめる力を増して、そのままベッドの上をごーろごろ。
 ちょっと楽しい。
 でも、いつまでもこうしてるってわけにはいかないしね……んー……まったくもう。

「今回の件では誰も貴女に隔意なんて抱いていないのよ? 当事者の皆も、落ち着いた後に話を聞いたら『むしろ感心した』なんて言ってたくらいだもの」

 その方向は別だったけどね。
 言動にしても、聞いた話からすれば妖怪としてそこまでおかしなものでもないし。

 欲に忠実。
 戦って奪い取る。
 戦いそのものを楽しむ。

 うん、言葉にすればやっぱりよくある妖怪じゃない。

「だからそろそろ立ち直りなさいね。貴女が能天気な位の明るさを振りまいてないと、皆落ち着かないのよ」

 指先でかしかしと喉元をくすぐりながら上目使い。
 この仕草、やってる自分でもあざといと思うわ。
 でも、ようやくまともにこちらを向いたわね?
 ここでそっと微笑んでやればイチコロよっ!
 ……普段はそんな事したら抱きしめられてひたすら可愛い可愛い叫ばれるから絶対にやらないけどね?
 たまにはいいでしょう。

「だってそうでしょう? この館が変わる要となったのは貴女だもの。騒がしくて、いつも何処かで何かが起こる。そして、いつだって誰かが笑ってる」

 パチュリー様が筋肉痛で呻いたり、幽香がふらりと訪れては庭が鮮やかになったり、アリスが盛大に自爆して涙目になったり。
 お嬢様は鼻から瀟洒があふれ出そうになるくらいに可愛らしいお姿をお見せになり、フラン様はまるで幽香の畑にある向日葵のような笑顔で笑っている。
 あの大人しかった小悪魔ですら、くすりと笑わせてくれる悪戯をし始めた。あのもふもふスコールぬいぐるみの出来は秀逸よね。
 美鈴は……そもそも基本的に能天気な面しか出さないからあまり変わらないと言えば変わらないかしらね。
 それでも、昔のように暇そうに門番をしているわけじゃないのは言わずもがな。
 毎日毎日誰かが訪れては笑いながら帰っていく、その姿を嬉しそうに眺めては今日も良い一日でしたねぇとのんびり欠伸を漏らす。
 平和で結構。大いに結構。

「ほらほら、早く機嫌を直さないと頬の毛並が大惨事になるわよ?」

 もっふもっふとスコールの頬を両手で堪能。
 もふっと沈んでもふっと反発、やみつきになるもふり具合。
 たまーにきゅっと毛並を掴んで横へ伸ばしてみたり?
 面白い顔になるのよねコレ。
 そのまま暫く伸ばしたままにしていたら、やーめーてーなんていう情けない意思と同時にきゅーんと一鳴き。
 思わず首筋のもふもふに顔を埋めて悶えてしまったじゃないの。
 おのれ、気持ち良いのよスコールめっ!

「…………いちゃつくのはいいけれど、私が入ってきたのくらい気付きなさいね」
「っ!?」
「お熱いわねーさっちゃぁん? そんなに夢中になっちゃって可愛いったらないわぁ」

 見られた……!?
 いつの間に入ってきたのよ幽香めっ!
 しかもぱたりぱたりと手で顔を仰ぐ仕草のオマケ付き。
 まずい、この流れはまずいわよ咲夜。
 まずは止まった時間の中へ逃避待ったなしね。

「うわぁ……スコールの事笑えないわ、これ」

 まさかベッドで抱きしめられたままの体勢でにこにこもふもふしてる姿なんて見られると思わなかったわ。
 自分でもわかるくらいに、頬が真っ赤になってるわね。
 鍵をかけ忘れるなんて油断した……!
 うん、うん。
 とりあえずごまかしましょうか。

「んっ……ん?」

 これはスコールの頬より、私の方が大惨事だわ。
 腰のくびれ辺りにがっちり回されてた腕を解いて抜け出してみれば、まぁ……。
 エプロンはずれてるわ、スカートは皺になってるわ、髪はぼさぼさ、ヘッドドレスは行方不明……あ、スコールのお腹の下で発見。
 んー……見事に折れてるわね。
 仕方ない、着替えましょう。
 とは言え、これと同じデザインのメイド服って無いのよね……こないだアリスが新デザインの試作って事でくれた物だし。
 仕方ない、今は別に仕事中でもないし私服にしようかしらね。
 それもアリス製だけど。
 本人の趣味なんだろうけど、思い立ったら即座に仕上げるから凄いと思うわ。
 裁つのも縫うのもまぁ早い事。
 いきなり『降ってきたわ!』なんて叫んだかと思いきや、いつも傍らに置いている大きなカバンから出るわ出るわ糸と布。
 机がなければ床にシートを広げていきなり作業開始だもの。
 出来上がったら即座に対象を捕まえて『さぁ!さぁさぁさぁハリーハリー!!』なんて勢い。
 なまじ出来が極上なせいで、着ないという選択肢が無いという。
 着たら着たで、私の目に狂いは無かったとばかりにガッツポーズと写真撮影だし。
 病気ね、うん。
 あれ絶対、普段のアリスとは別のアリスが中に入ってるわ。
 まぁ今はそれよりも着る服ね。

「たまには趣向を変えてみましょうか。その方がうやむやにできそうだし」

 趣向を変えると言えば、やはり普段着ないパンツルック方向で……白のブラウスに、青のタイ……黒のスラックス、ベスト。
 銀時計のチェーンをアクセントに出して、後は……あぁ、幽香がくれた花のブローチにしよう。
 折角本人が来ているんだから着けて見せるのはいいわよね。
 うん、装飾そこそこ、服はパリっと。
 姿見の前で前よーし横よーし後ろよーし。

「普段スカートばかりだから新鮮よね、これはこれで」

 いや待て……違う、これじゃ執事ルックじゃないの。
 あ、でも思ったよりいい感じ? んー?
 うん、これで行きましょう。
 髪もサイドを纏めたリボンを解いて、柑橘系の香りを付けた整髪料でぐいっと後ろへ。
 うんうん。
 …………誰だこれ。
 鏡に映る姿は別におかしな所はない。
 でも、誰だこれ感が酷い。
 特に勢いで上げてしまった髪が!

「見られちゃって焦ってたのは認めるけど、ちょっとやり過ぎた感があるわ……!」

 ……いや、やってしまったものは仕方がない。
 戻って涼しい顔してましょう。
 できればいいけどね、幽香が居るのに。
 ええい、ままよ!





「あらま」

 あらま、って。
 何よその素直に驚いたって顔。
 戻った途端に、口元に手まで当てて目をまーるく見開く幽香に、計画通りと素直に喜べない複雑な気分だわ。
 おかしな恰好じゃないとは思うんだけど、そこまで驚かなくたっていいじゃない?

「うん、そういうのもいいわね。咲夜君?」
「性転換までした覚えはないわね」

 おのれ、今どこを見て咲夜『君』と言った。
 貴女程じゃないけど、そこそこあるわよ!

「じゃあ誤魔化せれば御の字とでも思っていそうな執事のさっちゃん、お茶の一杯でも貰えないかしら? ついでにタルト辺りが食べたいわねぇ」
「……カシコマリマシタ、ユウカサマ」

 何でこう、そんな何も言い返せないくらいの綺麗な笑顔でそんな嫌味ったらしい言い方をするのよ。
 怒るに怒れないじゃないの。
 あぁもうっ! また頬が赤くなりそうだわ!!
 この憤りは紅茶とタルトにぶつけてやろう。
 ぐぅの音も出ない程の物を出してやろうじゃない!

「……こらこら、そんな好青年ルックになったのに頬を膨らませないの。折角綺麗な顔をしているんだから」
「綺麗な顔って言うなら、幽香こそ鏡を見たらどう?」
「見飽きた自分の顔なんてどうでもいいわよ」
「じゃあ見飽きてなさそうな幽香のイメージチェンジした姿を見たいわねぇ」

 うん、いつもロングスカートだもの。
 夏の間は少しばかり生地の薄い物に置き換わってるけど、基本的にロングスカート、ブラウス、ベストの三点は変わらない。
 それ以外の部分は結構変わってるんだけどね……ソックスとか、シューズとか、ブローチとか。
 たまには見せなさいよ、さっきされた顔をそのまま返してあげるから。

「話は聞かせて貰ったわ!!」
「どこから沸いたのよアリス!?」
「失礼な。ちゃんと扉から入ったわよ」

 ……あぁ、お嬢様方と遊んでいたのね。
 アリスの背中にぎゅっと抱き付いてにこにこ笑っていらっしゃるフラン様に、前でお姫様だっこをされているお嬢様。
 ハーレムね、妬ましい。
 後で縛り上げてくすぐり倒してやろう。
 くすぐったがりのアリスの事だから効果は覿面でしょう。

「で、幽香のイメチェン? 色々考えてた服があるから!!」

 あ、これは中の人がバトンタッチしてるアリスだわ。
 後ろから遅れて飛んできた上海が、抱えていた大きな鞄を広げて既に準備万端とばかりに胸を張っている。
 可愛らしい。

「待ちなさい、まだするとは言ってないわよ?」
「えっ……」
「えっ?」

 ナイスですわ、フラン様!
 その素直に残念そうな顔はこの場におけるベストの表情です!
 フラン様を猫可愛がりしてる幽香だもの、フラン様にあの表情でおねだりされれば陥落は確実。
 現にフラン様から残念そうな声が上がった事で、幽香も動揺してるみたいだし。
 うん、折角だからアリスにそっとリクエストをしておこう。

「アリス、幽香ったらいつもロングスカートだし、たまには今の私みたいな恰好もいいと思わない?」
「近い物なら候補にあるわよ? スラックスにブラウスは一緒だけど、ベストを袖なし燕尾服風味にするの」
「それでいきましょう。靴は足首までのヒール付きブーツで……折角だし、シルクハットでもかぶせてみる?」

 あるわよ、どっちも。
 幽香と背格好の似てる小悪魔が、いつもの悪乗りで開かれた催し物の時に使った手品師ルックの小道具で。
 あぁアリスも脳内ファッションチェックが終わったのか、うんうんと頷いている。
 いい手応えだわ。

「それでいきましょう。いいわね、滾ってきたわ!」
「待ちなさいと言ってるでしょう!?」
「…………」
「う……フ、フラン?」

 そこです、グっと行ってくださいフラン様。
 心底残念というその表情、たまりません!
 敵(幽香)めは怯んでおりますぞ!?
 後は一言で決着がつきます!!





 ……ん?
 あー、この感情の暴走具合、スコールったらいつの間に立ち直ったのよ。
 ちらりと横目で伺ってみれば、そっぽを向いてベッドに横たわったままだけど、耳だけはしっかりとこちらを向いている姿。
 何気に尻尾ももふもふと揺れてるし。
 まぁこの流れなら問題はないわね。
 もっと軽くしてやりなさいスコール!
 幽香の恥じらった姿を見たいというこの感情は……嘘なんかじゃないのだから!!

「いいじゃないか、たまには。私も見てみたいし」
「レミリアまで……もうっ、わかったわよ! 着て見せればいいんでしょう!?」

 良し、ついでに色々とうやむやにできたし、結果としては上々ね。
 楽しみだわー本当に。
 うん、本当に良かった。

「じゃあ咲夜は靴と帽子……あと適当に何かアクセサリーをお願いできる?」
「任せなさい。あ、この部屋にある物は何を使ってもいいから。ピンときたら好きにして頂戴」
「了解。さぁ上海、お仕事よっ!!」

 口の端を思いっきり持ち上げた、獲物を見つけた時の笑み。
 いいわね、アリスったら気合が入ってるじゃない。
 私も負けていられないわ。
 靴は顔が映り込むくらいに磨き上げて、シルクハットには埃の一つだって残してやるものですか!
 アクセサリーは……銀のパンジャと紅のネクタイ、大き目のバックルがついたベルトあたりかしらね。
 あ、片方は指輪にしましょうか。
 パチュリー様の所からいくつか借りて来よう。
 ついでにパチュリー様と小悪魔も呼んで……小悪魔には色々手伝ってもらいましょう。
 似合いそうな小物類を纏めて持って来て、とでも言えば嬉々として手伝ってくれるはず!

「どうしてこうなったのよ……あ」

 気づいたわね、でももう遅いわよ幽香?
 スコールの移り気を甘く見た貴女が悪いの。
 既に隠し切れない興味が尻尾から溢れて、さっきまで悶えていたのはどこへやら、ぼっふぼっふと私のベッドを叩いてるあの姿。
 そうでなきゃね、スコールは。
 その内こっちへ身を乗り出す勢いで食いつくでしょう!

「やられたわ……!」

 片手で目元を覆って、天を仰ぐ幽香。
 でも駄目ね、貴女ちょっと楽しんでるでしょう。
 口元がゆるりと笑んでるわよ?
 気持ちはわかるけどね。
 さ、準備準備。


















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「着こなすわねぇ……」
「当然でしょう?」

 東奔西走とまではいかないまでも、似合いそうな物を片っ端から集めてきた末に幽香イメチェン計画が成ったのは良かった。
 でもまさか、自分で髪型もとい髪の長さまで変えて着こなそうとは思わなかったわ。
 肩あたりまでのゆるいウェーブのかかった髪が、試着用に貸した隣室から出てくるまでに腰までのロングになっているとは予想外もいい所ね。
 しかも綺麗なストレート。
 首筋辺りで、少しばかりの装飾が為された黒のリボンで結ぶとあら不思議。
 いつもの優しげなお姉さん風味な印象から一転、各所に散らされた品のいい輝きを放つ小物や、自信に満ち溢れた表情、服装が相俟って……色んな意味でデキルオンナへ大変身。
 びっくりだわ。
 そこへ小悪魔の小道具、某チョビ髭が印象的な映画スターさながらのステッキを持てばさらにあらあら不思議、途端に怪しげな手品師風味に。
 ……いや、最後のはいらないわね。
 幽香も察したのか、ぽいと小道具の山へステッキを戻したし。
 姿見の前で一通り確認して、満足がいったのか、一つ頷くとこちらへ意味ありげな視線。
 わかってるわよ、紅茶とタルトでしょう?
 付き合ってもらったんだから、当然準備はしてるわよ。

「幽香さん、やっぱりそういうのも似合うねっ!」
「ありがとう、お嬢さん。いや、こんなに可愛らしいお嬢さんにお褒め頂けるとは光栄だ」
「え……え?」
「お褒め頂いたお礼に……私と一緒にお茶でも如何かな?」
「うぁ……!?」

 幽香の納得を見て取ったフラン様が我慢できないとばかりに抱き付いて、きらきらと輝くような笑顔で褒め称えれば、お返しとばかりにさらりと極上の微笑みを浮かべてお誘いの言葉。
 シルクハットまでかぶったその恰好でその言葉遣いはあれね、男装の麗人ってやつね。
 胸の自己主張と変則的なベストが少しばかり邪魔をしてるけど。
 あぁもう、うちのフラン様を誘惑しないでよ。
 種族的な特性で魅了の魔眼持ちが、微笑みと言葉一つで逆に魅了されるってどういう事よ。
 ちくしょう男前め。

「いい仕事もできたし、何か色々イメージが膨らんできたから帰るわ!」
「あ、ちょっと! ……まだ元の中の人が戻って来てないみたいね」

 アリスはアリスで、幽香の姿を一通り眺めた上で心行くまで魔法的な写真のような物を撮ったら颯爽と去っていくし。
 あれだけいきいきとした表情だったら、次に来る時は何かしらのお披露目が始まるわね。
 妙な物を持ってきた事は一度もないから安心して楽しめるし、大歓迎だけど。

「さて執事さん、お茶はまだかね? レディをお待たせするのは紳士的ではないなぁ」
「申し訳ありません、幽香様」

 視線でアリスを見送った途端、後ろから掛けられるのは未だ男装の麗人ごっこを続けている幽香の言葉。
 かつりと靴を鳴らして振り返れば、そこにはいつの間にか椅子にかけて、しかもはにかむフラン様を膝の上に乗せながらニヤリと笑うユウカサマのお姿。
 フラン様ったら真っ赤になってしまわれて……アリスめなんで居ないのよ、私、この写真が欲しいわ。

「本日のおすすめ、妖怪の山にて収穫された桃を使ったタルトと、太陽の畑ブレンドの紅茶でございます」
「ほぅ、変わった品だね。この館はよほど手を広げていると見える……さぁお嬢さん、遠慮などせずにお食べなさい」
「え……」
「レディファーストというやつさ。こんなに可愛らしいお嬢さんを放ってがっつくなんて、私の主義じゃあないね」

 ……そろそろ笑ってもいい?
 似合いすぎておかしいわ。
 そこらの男がフラン様にこんな気障ったらしい台詞を吐いたら即座にダース単位のナイフをご馳走してあげるけど、ねぇ?
 仕草も声の調子も、何でそんな違和感がないのよ。
 フラン様がもう真っ赤を通り越して涙目になりかけてるわ。
 眼福。

「幽香、似合ってるのは認めるわ。大いに認める。でもフラン様を口説くのはやめてちょうだい」
「……何よ、可愛らしい子を可愛がって何が悪いって言うの?」

 主張は大いに賛同するけど、いきなり戻らないでよ。
 胸を張って自信満々とばかりの麗人から、一転して優しいお姉さんへ逆戻り。
 膝に乗せたフラン様をきゅっと抱きしめて『ねー?』なんて頬ずりまでする始末。
 一転しすぎよ。
 ほら、フラン様が限界突破しちゃったじゃない。

「あら……」
「やり過ぎよ、全く」

 わたわたと慌てたかと思いきや、するりと幽香の膝から逃げて私のベッドの上でもっふもっふと幽香に向かって前足をばたつかせては悶えているスコールへ着弾。
 真っ赤な顔を毛並に埋めて、こちらは足をぱたぱた。
 瀟洒が鼻から溢れそうですわ、フラン様。
 あら、お嬢様もダイブですか。
 別のソファの上で幽香の言動に悶えていたのは気づいていましたが、フラン様が行動を起こしたことで我慢の限界に達しましたね。
 こちらはスコールのお腹あたりに着弾してうーうーと羽をぱたぱた。
 あ、鼻から……いけないいけない。

「さ、紅茶が冷めない内にどうぞ?」
「……そうね、頂くわ」

 ぴしりと直立したまま、微笑みをセットでお客様へ飲みごろの紅茶をご提供。
 くすりと笑って一口つけた幽香が、驚いた表情を浮かべた事で成功を確信。
 タルトを甘めに作ったのもあって、いつもよりも少しばかり濃いめに淹れたからね、その紅茶。
 その意図に気づいたのか続けてタルトを口へ運び、満足とばかりにこちらへ微笑む幽香に、普段とは違う恰好もあって少しばかりドキリとさせられてしまった。
 不覚。

「さ、そろそろ執事ごっこも終わりでいいでしょう? フランとレミリアが復活してくるまでお茶のお相手をお願いしたいのだけれど」
「仕方ないわね、このお客様は。お嬢様、フラン様、よろしいでしょうか?」

 折角のお誘いだけれど、お嬢様方の前だ。
 お伺いを立てないという選択肢はないわよね。
 返事は声でなく、お嬢様は震えたままのサムズアップ、フラン様は毛並に埋もれたままの頭でこくこくと了承の頷き。
 うん、許可も出た事だし、遠慮せずに楽しませてもらいましょうか。

「この桃ってあれでしょう、あの白狼の可愛らしい子が持ってきた……」
「ご名答。あの時の宴会の後……二日くらい経ってたかしらね?『ご迷惑をお掛けして……!』なんて不安そうにぷるぷる震えながら持って来てくれて」
「思わず抱きしめたとかいうオチ?」
「まさか。丁重にお礼を申し上げた上でスコールを呼んだだけよ」

 そこで思いっきり抱きしめられてたけどね。
 本人もスコールもご満悦だったし問題はないわよ。
 その時間を利用して、貰った桃で作ったお菓子と淹れ方のポイントを書いたメモ付きの紅茶缶を準備。
 帰りがけにお土産に渡して、お仕事抜きの笑顔で『是非、また遊びに来てください』なんて言っただけよ。
 本心からの言葉って伝わるものよね。
 ちょっと頬を染めながら嬉しそうに返事をしてくれたし。
 いやぁ、いい付き合いができそうで何よりですね。

「タラシねぇ。咲夜君ったら」
「いえいえ、幽香様程では」

 うふふあはは。
 お互いに少しばかり真面目な顔で向き合うけれど、お互いに悟ったわ。
 不毛ね。

「でも少しばかり心配してたけど、あの子は鬼を怖がらなかったわね」
「文さんは酷く怯えたままでしたけどね。やはり年経た妖怪、特に日本の妖怪の方々は鬼へ格別の畏怖を抱いているようで」
「当然じゃない。下っ端ならまだしも、極上クラスともなれば……その肉体一つで立ちふさがる者を粉砕とばかりにちぎっては投げを地で行ったやつらよ?」
「それ程ですか」
「それ程、よ。私が本気でぶん殴ってもまともに殴り返してこれるんだもの。しかもその拳の重い事ったらなかったわ」

 自分で『それ程』なんて言う鬼と殴り合う花妖怪って何よ。
 ……まぁ幽香だものねぇ。

「基本的に気のいい奴らが多いから、殴り合った後は遺恨とか残らないんだけどね。からから笑いながら『いい勝負だったなぁ!!』なんて肩を叩いてくる有様だったし」
「どういう事なのよ……」
「あぁ、男鬼と殴り合いで引き分けた時は『嫁に来いよぅ!』なんて引き留められもしたわよ?」
「だめですねこの花妖怪、何とかしないと」
「何とかするのはまず、慇懃無礼な執事だと思うわ」
「こちらは仕様ですので」
「ならこちらも仕様よ」

 ……うふふあはは。

「……何にせよ、上手くやりなさいね。手を広げるのはいい事だけど、広げ過ぎて末端から食われるなんて馬鹿のやる事だわ」
「心得てるわ。栄枯盛衰は世の常だもの」
「それを言えるだけの余裕があればいいわ。人であろうと妖怪であろうと驕る者は出る。彼我の力量を見誤れば、その先にあるのは例外無く、破滅よ」
「ええ、わかってる……わかってるんだけどねぇ」
「何よ?」
「残念ながらと言うべきか、幸いにしてと言うべきか……うちにはスコールが居るから」
「…………察したわ。頑張りなさいね」

 幽香の言う事は至極当然の事。
 間違ってはいないし、そうしなければならないのはわかっている。
 でも、それを彼方へ投げ飛ばしてわんわんおーと吠えるのがうちのスコールだ。
 こちらも間違っていない。
 重苦しい空気は『何それ美味しいんですか?』とばかりにぶち壊して斜め上に駆け出すという現実。
 目の前に居る、本での印象最悪だった花妖怪とフラン様共々仲良く帰宅するわ……やれ鬼と酒飲み友達兼散歩仲間になったとか、冥界の姫と宴会を通じて食べ歩き友達になれそうだとか。
 斜め上に突き進むどころか、捻りまで加えて飛び込むような勢いだわ。

「何でこう、幻想郷での有力者を狙い撃ちにしたみたいな交友関係になるのよ」
「でも、悪くないと思ってるでしょう?」
「……ばれた?」
「当然じゃない。困ったような顔をしているつもりでしょうけど、目元が笑ってるもの」
「あら失礼。……忠告はありがたく頂くけれど、それでも今の状況は嫌いじゃないの」
「そう」
「ええ、そう」

 仕方ないわねぇ、何て表情を隠そうともしない幽香に向かって微笑みを一つ。
 まぁ、いいんじゃないの?
 ゆるーくかるーく、色々と放り投げるような勢力が一つくらいあったって。

「……偉そうな事を言ったけどね」
「何?」
「実はね、私も今の幻想郷は嫌いじゃないの。たまには皆で馬鹿やれる時代があったっていいじゃない、ってね」





































「咲夜ったら私たちの事を完全に忘れてるわね」
「別にいいじゃない、たまには。咲夜は働き過ぎだよ?」
「それもそうか。休憩時間の殆どが止まった時間の中で一人きりというのは寂しいものね」
「そうそう、もっと自由に動けばいい。……私たちと違って咲夜は人間なんだから、今をもっと楽しむべきだよ」
「…………それなんだけどね、フラン。咲夜がこの館に来たのは結構な昔の話で「お嬢様?」何でもないわ!」
「……うん、察したわ」
「フラン様まで!?」

 あぁ楽しい。
 赤くなって声を荒げる咲夜なんて普段は見られないものね。
 いつかは、何て今は考えなくていい。
 それは、そのいつかが訪れた時でいいのよ。
 私達が今するべきは、今を楽しむ事だけ。

「ふははは諦めるがいい、咲夜! 近い未来、お前の年齢を白日の下に曝け出してやろう!!」
「じゃあその日から、わたくしフラン様専属メイドとして働かせて頂きますわ」
「えっ!?」

 図太くなったわね、咲夜……!?

「……今から鞍替えというのも悪くないですよね、お嬢様?」
「まぁ落ち着け。まだ早い」

 本当に、いつからこんなに図太いメイドになったのやら。
 昔はもっと……!

「フラン様ぁ!」
「えぇいまだ早いって言ってるでしょう!?」






[20830] 三十二話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/07/16 01:00



 ふっふーん。
 今日こそは、今日こそは贈り物をげっとして館の皆へさぷらいずですよ!
 何故かこうやって気張って外出すると、大体何か起こるんですけどね。
 不思議な事もあるものです、全く。

 ……おぅ?
 おぅおぅ、またですか。
 何ですかこの遭遇率。
 まさかレミリアさんが何かしてないでしょうね?
 たまに妙な所で能力全開にして『最高にハイってやつよ!』とか叫び出しますからね。
 能力がとんでもない館の皆の中でも、飛びぬけて妙な能力ですからねぇアレ。
 っと、いけませんね、これは。






 八百屋さんトコの曲がり角を曲がりかけたままで止まった体をそっと後退。
 音を立てないように気を付けながら顔を半分だけ出して曲がった先を伺えば、何とまぁ、珍しいお方が人里にいらっしゃる。
 今まで竹林でしか見た事が無かったのに、こんな所で何をしているんでしょうね?
 しかもいつも着ているかっちりしたお洋服じゃなくて、若草色の羽織に大きな組傘ですか。
 背中に流れる綺麗な紫がかった明るい髪も相俟って、物凄く怪しい人になっちゃってますよレイセンさんってば。
 塀を背にして座り込んで、前に何を広げているんでしょうねぇ……って、あ。
 薬ですか、アレ。
 レイセンさんの体についた匂いにしては強いと思ってましたけど、納得です。
 小さな小瓶や紙袋、ザルに乗せられた生薬の数々。
 横に道具入れも置いてあるようですし、症状に応じてその場で調合もするんでしょう。
 レイセンさんの作る薬、本人は『まだまだ』なんて言ってましたけど、効果は確かなんですよね。
 パチュリーさんやメイリンさんに危ないものじゃないか確かめて貰いましたし。
 でも、悲しい事に露店の前は閑散とした有様。
 いやはやいやはや、新参者の悲しい所ですね。
 新参の薬を使うくらいなら、既存の薬師さんの薬でいいじゃないか、といった所でしょうけど……うん。
 何やら下調べでもしたのか、里の薬師さんが揃えてる薬の中でも品揃えが悪い部分を補うような品々。
 競合はしないように気を使ったんですかね?
 ふむ、ふむ。
 なら良いでしょうか。
 ………まだこちらには気づいていませんね?
 んむ、んむんむんむ。
 このスコール、レイセンさんのために一肌脱ぐとしましょう!!

「……?」

 おっと危ない。
 今見つかってしまったら、折角思いついた悪戯……じゃない、お手伝い計画がおじゃんです。
 ここで隠れるにあたり、もそりと押し入った形になった八百屋さんに一つ、悪戯心を多分に含んだ笑いを見せると、察したのかイイ笑顔で裏口を指さしてくれる店主さん。
 流石、それでこそです。
 日頃私をからかい倒すだけあって、察しが良くて助かります。
 からかうのは程々にして欲しいですけどね!
 まぁ、それは置いておいて。
 店の中へお邪魔して、買い物に来ていたおばちゃん達から何故か応援されながら裏口へ。
 そーっと足音を立てないように抜き足差し足千鳥足、庭を通り、レイセンさんが背を預ける塀の裏まで。
 気配は消していましたし、体をこれでもかとばかりに軽くしていた事もあって、足音はほぼ無し。
 完璧です!
 と、いうわけで。
 そーっと、後ろ脚で立ち上がって塀に前脚をかけ、眼下に見える組傘レイセンさんの様子を再度伺ってみれば、まだ気づいていらっしゃらない模様。
 …………だというのにふと視線を感じたので何事かと八百屋さんの裏口の方へ振り向けば、店主さん自身だけでなく奥さんからお婆ちゃんまで一家総出でニヤリと笑っていらっしゃる光景が。
 とりあえず耳だけ塞いでおくように仕草で伝えると、皆が皆、心得たとばかりにしっかりと耳を塞いで再びニヤリと笑う始末。
 全くもう、家族皆、いい性格をしていらっしゃる!

「…………はぁ、やっぱり買ってくれないなぁ」

 そんな流石の人里っぷりに恐れおののいていると、悲しげな呟きが壁の向こうから。
 これはいけませんね!
 さてさてさて、それではその悩み、このスコールが解決の一手を!
 まずは知名度、です。
『知名度があれば、客層は保障しないが客自体は来る!!……多分!』って風は吹いていないけれども閑古鳥は鳴いていない桶屋さんが涙目で叫んでましたし、まぁこの方向でいいでしょう。
 すぅ、と大きく胸を膨らませるように限界まで息を吸い込んで、適度に雲がかかる綺麗な青空へ向けて全力で。



 オォ――――――――――――――――――――――――オン!!!!



「ひぃぁあああああああ!?」

 大成功、会心の遠吠えでした!!
 これなら人里の隅々まで届いた事でしょう…………あれ?
 レイセンさんったら何で目を回して倒れるんでしょう?
 え、ちょっと、レイセンさん!?

「っかあー!? なんっつー大声出すんだよこの大馬鹿野郎!! 耳塞いでたってのに頭がくらっくらしやがる!!」
「耳、ちゃんと塞いでて良かったねぇお義母さん」
「すーちゃん、普段があんなんでもやっぱり凄いんだなぁ」
「そうよね、あれでも立派な大妖獣だって話だし……あれでも」

 ちょっと!?
 奥さんもお婆ちゃんも何でそんな微妙な評価なんですか!
 あれでも扱いとかひーどーいー!!

「そりゃお前、こんだけ好き放題言われてんのにそんな情けねぇ主張ばっかしてっからだろ?」
「御免なさいねぇ。うちの一家、正直で」
「やぁ、お詫びに婆ァが今朝採ってきたばっかりのトマト食うかい? 井戸で冷やしてたからうんめぇぞぉ」

 ……悔しいけど言い返せないという。
 でもトマトに罪はありませんね!
 ええ、一つお呼ばれするとしましょうか!
 冷やしてるっていうのもぐー、ですよぅ?

「その前にこの騒動の落とし前つけろよ。こんだけ騒がせておきながらさらっと忘れてトマトに走んな駄犬め」

 あ、そうですよね、レイセンさんを……を?
 いつの間にもこたぁん!?

「もこたん言うな馬鹿犬ぅ!?」

 お? お? あれ、いつの間にか塀の向こうに人垣が。
 あ、お肉屋さんも和菓子屋さんもお久しぶりです。
 えーと…………き、客寄せ成功ですね!

「誤魔化すの下手だなオイ。トマト一つで忘れてただろ」

 そんな事はないといいなぁっていう主張を!

「忘れてたよなぁアレ」
「おばぁのトマトなら仕方ない」
「更にそれに釣られたのがあのスコールだしなぁ。数え役満で飛んでんだろ」
「違ぇねぇ!」

 皆、酷くないですか?
 味方、ねぇ、私の味方はいないんですか!?
 そこの甘味処のお姉さ……何で目を逸らすんですかぁぁぁ!?
 あ、皆酷いですよ!? 一斉にそっぽを向かなくたっていいじゃないですか!!
 ってあっつい!?

「や、いきなり漫才始めるからそろそろオチを着けてやろうかと思って」
「流石もこたん」
「そこに痺れる憧れるぅ!! もこたーん! 俺だー! 結婚してくれー!!」
「結婚したらもこたんの照れ隠しでハゲそうだな」
「燃えて?」
「そう、燃えて」

 あぁ、確かに燃やしそうですよねぇ。
 恥ずかしがってる時とか、もこたんの周りの景色が熱で歪みますから。

「便乗して私まで漫才に加えるんじゃない!」
「きゃーもこたんが怒ったわぁ!」
「ねね、もこたん男物の着物とかお洋服着てみない?」
「いいわねそれ、似合いそうよねぇ!」
「オッサンどもだけじゃなくて姉さん方までノってきやがった……!? 慧音ぇ、この人里どうなってんだよぅ……」

 いひ。

「あ、てめぇまた軽くしやがったな!? 妙な所だけ頭を回しやがってこの馬鹿!!」

 いつもやられてばっかりですからね、たまには意趣返しの一つでもできなければ私の威厳って物が!

「どのみち無いわよねぇ」
「無ぇよなぁ」
「まだあいつの館の……ほれ、なんつったか……あの赤い髪の悪魔さん」
「こぁちゃんねー」
「そうそう、こぁちゃん。あっちのがまだ威厳があらぁな」

 こ、小悪魔さん以下ですって……!?
 そんなはずは!

「や、前に冗談で尻を撫でたら物っ凄い冷たい視線が飛んできたからな……思わず背筋に汗が伝ったぞアレ」
「そこで熱くなれよおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「流石にそこまでは変態になりきれんわ。てかお前山に行ってたんじゃなかったのか?」
「遠吠えが聞こえたからね、麓から急いで帰ってきたんだ!」
「……お前、どんだけ距離あると思ってんだよ」
「米、食ってるからな!!」

 お、おぉぉぉ……あ、アレが噂の!
 ほんとにしゃもじみたいな棍棒を持っていらっしゃる!!
 ……微妙に赤黒いのがまた、生々しくて嫌ですけど。
 まぁ何にせよ、盛り上がってる皆さん。
 とりあえずはアレですアレ……今ここの塀の下で伸びちゃってる方のお薬、効果の程は確かですよ?
 不安ならケイネさんやそこの薬師さんに確かめて貰うとか、そちらでお姉さん方に捕まってたじたじな不死身の毒見もこたんを活用するとかいう手もありますし、冷やかすだけでもどーぞー!

「てめぇ!?」

 いひひひぃ……お姉さん方の恐ろしさをとくと味わうがいいんですよ、もこたぁん!!
 あ、八百屋さん、このお嬢さんとお荷物ですけど、とりあえず起きるまで預かって貰えます?

「あぁ、座敷に転がしておくだけでいいなら構わんぞ?」
「お布団くらいは敷いてあげましょうよ、アナタ」
「あー……そうだな、じゃあ連れてくっから準備たのまぁ」

 感謝感謝。
 あ、できれば傘は取らないであげて下さいね。

「おう、わかった。まぁお前関係なら悪いやつじゃあねぇだろうし構わんさ」

 流石八百屋さん、いい男ですねぇ。
 今度来た時はまた何か買わせて貰いますっ!

「ったりめぇだ!」
「ほらすーちゃん、あーん。トマトだよぉ」
「おばぁ、流石。あの八百屋のおばぁなだけあってブレない」
「私、年を取ったらああなりたいわぁ」
「甘味屋、お前が言うな。もうなってんだろ」
「アンタ、奥さんに一週間ご飯抜きにしといてって言っておくわ」
「死ぬわ!?」

 やぁ、何やら塀の外が騒がしいですけど……いただきます!

「おぅ、食べなぁ?」

 んー、瑞々しいし、甘いし、本当にいいトマトですねぇ!
 ひやっこいのがまた、たまらんです!!

「だろぉ? すーちゃんはいっつも美味しそうに食べてくれっから、婆ァはこれが楽しみでならんのよぉ」

 嬉しい事を言って下さる!
 でも残念ですけど、今日は一個だけですねぇ。
 そろそろ蚊帳の外に押し出そうとしたもこたんがぷっつんしちゃいそうですから。

「あぁそりゃいかんなぁ。またおいでぇ」

 ええ、ええ。
 それじゃあ、いつものように三十六計逃げるに如かず。
 もこたんがぷっつんしてお姉さん方から逃げ出す前に……逃げるが勝ちですよおおおおおお!!

「待てこら、オイィィ!」
「あ、サラシ巻いてる。……ふむふむふむ、あ、結構あるのねー」
「往来で剥こうとするなよぉ!?」

 さ、さらばだもこーたん!
 また会おうっ!

「どこの怪人だよお前! って本気で逃げに入んじゃねぇ!? どうせ逃げるなら収集つけてけ!!」

 きっこえまっせーん!
 あ、お姉さん方、やり過ぎないように注意して下さいね?
 もし危なそうならケイネさんを呼んで来れば一発なので、良ければどうぞー!

「はぁい。気を付けて行ってらっしゃいねー」

 ご協力感謝ですよ、お姉さん方。
 行ってきまーす!!



















-------------------------------------------------------------------

















 という紆余曲折の末に、ようやくここにたどり着きました。

「貴女、本当に場を引っ掻き回した上でひっくり返すのが得意よね」

 そんな酷い評価を受けるような真似はしてな……いですよ?
 ただちょっと……そう、ちょっともこたんで遊んでただけじゃないですか。
 もこたんなら問題ありません!

「途中で微妙に自信を無くすなら最初から否定しないように。で、今日は何をしに?」

 何を、と言うなら……こないだ紆余曲折あって果たせなかった目的を果たしに?
 お家を壊してしまったお詫びに宝石っぽい石とかも探してきましたし、上乗せでお願いします!

「まぁ、あれは気にしなくたっていいわよ。あの鬼、修理のついでに色々気を利かせてくれて結果的に居住性が良くなったし」

 スイカさんが一晩でやってくれたのは知ってますけどね、それでも私にだって責任はありますから。
 というわけでほらほら、頑張って探したんですよこれ!
 こないだのより小さいですけど、赤い透き通ったやつとか、青いのとか、緑のとか。
 あとは……刀鍛冶のお爺さんのお手伝いをする代わりに作って貰った果物ナイフとか……サクヤさんに分けてもらった紅茶の葉、モミジさんから貰った柿……。
 んー……ケイネさんの大福に、アヤさんから貰ったお酒、小物屋さんがお勧めしてくれた櫛と……?

「待て」

 へ?
 何です、そんなユウカさんがサクヤさんの奇行に驚いたみたいな顔をして。
 妙な物は出してないと思いますけど、何か気になりました?

「まさか、その大きな鞄の中身全部が私へのお詫びの品とか言うんじゃないでしょうね?」

 そうに決まってるじゃないですか。
『アリスさんにお詫びがしたいんです!』って皆さんに手を合わせてお願いしたらあっさり。
 ユウカさんもアリスさんが好きなお野菜の種とかくれたんですよ!
 後はフランさんとレミリアさん合作のクッキーとか、メイリンさんが彫った中華風?な飾りとか。
 あ、ついでに私の牙も!

「ちょっと、まさか抜いたの!?」

 いやいやまさか!
 最近何か牙がむずむずするなーって思ってたら、先日ついにポロっと抜け落ちちゃいまして。
 ……色々ありましたけど、その下から新しい牙も生えてきてたので結論としては生え変わりという事になりました。

「……生え変わるものだっけ、狼の牙って」

 私も初めての経験でしたよ……おかげで抜けた時は慌てちゃって、思わず近くに居たサクヤさんに泣きついちゃいましたもの!
 ……有無を言わせず、両手でがばっと口を開かれて確認されましたけどね。
 そこで新しい牙が生えてるのがわかってお互いにほっと一息ですよ。

「あぁ、何かその光景がありありと想像できるわ」

 ちなみにその時の『慌てさせるんじゃないの!』何てちょっと涙目になりながら頭をぎゅーっと抱きしめてくれたサクヤさんがもう、可愛いったらなくって!
 思わず抱きしめ返してごろごろしてたら、真上に居たお日様がちょっと傾いてました。
 恐ろしいですね、サクヤさんの時間を好きなようにできる能力!

「それ、色々と違うと思うわ」

 気にしない気にしない。
 後は机にでも広げながら説明しましょうかね。
 まだまだまだ色々ありますし!

「結果的に大した被害が出なかった騒動のお詫び程度に、どれだけ手を広げたのよ貴女……」

 や、実は……その、色々と考えてたらあれもこれもと楽しくなっちゃいまして。
 お詫びの品のアテは、幸いにもお散歩の度に色んなところで出来ることをやってましたから色々とありましたし。
 人里の皆さんとか、最近じゃあ私を労働力の一部として見てる節がありますからねぇ。
 暇そうなのを見てとると、やれ『暇なら手伝え!』だとか、酷いと『おいでーおいでーほら新作和菓子よー』とか言って客引きのダシにされたり。
 他には妖怪に出くわしそうな場所に行く時は声をかけられたり、皆さんの農作業とか山仕事の帰りだとかを人里まで送って行ったら『狼便の運賃はいくらだ!?』とか言いながら色々鞄に詰め込まれたり。
 お小遣いとか食べ物とか色々貰えるので別にいいんですけど、こないだなんて何故か蔵を建てる前の地鎮祭にまで呼ばれちゃいまして。
 私、これでも妖怪なんですけどお構いなしですよ。
 レイムさんったら、地鎮祭のお仕事で珍しく真面目に見えてたのに……お祓いが一通り終わった途端に『辺りを全力で軽くしながら、鳴きなさい。それで締めるから』とか言い出してもう何が何やら。

「……うわぁ」

 ちょっと、何ですかその微妙な目は!?
 わ、私だってできるならもうちょっとすたいりっしゅに行動したいんです!
 でもこうなっちゃうんですから仕方ないじゃないですかぁ!

「あぁはいはい、そうねー大変ねー」

 むぅ、何でそんな呆れたみたいに言うんですか!
 ……あ、答えてくれなくて結構です。
 何かこれ以上この事で喋ると墓穴を掘りそうなのでやめましょう!

「自覚してそれな辺り、救いが無いわね」

 聞こえなーい聞こえなーい!
 さ、さぁさぁアリスさん、とりあえずこの鞄の中身全てお納め下さりませっ!
 というかお納め下さらないなら思う存分モフらせますよ?
 うるふはっぐ持成しの心を込めて、いっちゃいますよ!?

「何でお詫びの品とか言いながら果てしなく微妙な脅しをかけてくるのよ!?」

 だってこれ、アリスさんに渡すって皆さんに公言しながら頂いた品々ですもの。
 渡せないなんていう結果になるくらいなら、いっそ……!

「ええいやめい! 口元だけ引き締めて纏わりついてくるんじゃない!! 目が笑ってるのよ!?」

 ほぉらほら、受け取りなさい?
 受け取ってくれないならもっとモフらせますよぉ!
 だからそんな細腕で抵抗なんておやめなさいな。
 私を力づくで引き離したいならスイカさんやユウカさんくらいの力がないと!

「わかったわよ、受け取る、受け取るから離して!!」

 やほーい!
 じゃあこれ以降は私がモフらせたいからモフらせるって事で。

「話が違っ……ひゃあああ!?」

 おっと失礼、真っ白な首筋が見えたのでつい?
 ……はっ!
 ぺ、ペロッ……! これは楽しんでる味ですね!

「棒読みで何勝手な事を言ってるのよ!?」

 や、何か人の肌を舐めたらこう言わないといけない気がして?
 何でしたっけ……何か冒険をする漫画で見たような。

「何でもいいから離しなさい!」

 だが断る!!
 アリスさん、素直になりましょう?
 口では嫌がってますけど、ちょっと楽しそうですよ?

「そ、そんな事ないわよ」

 んふー?
 目を、逸らしましたね?
 いいんですかぁ……それじゃあ認めてるって言ってるのと同じですよぉ?

「…………」

 沈黙は肯定と取ります!
 ひゃっほーい!

「きゃああああああああ!?」

















































「っ!?」
「あら、どうしたの幽香」
「アリスが弄られてる気配がするわ」
「あぁ……今日スコールがアリスの家にお詫びに行くって気合を込めてたから」
「…………惜しい事をしたわ」
「あら、目の前に私が居るのに……他の女の事を考えるのはよして頂戴な」
「おや、中々言うじゃないかね咲夜君?」
「幽香様の前ですもの」












「なぁパチェ、幽香と咲夜、何でまたあの恰好なのよ?」
「気に入ったらしいわよ」
「……似合ってるとは思うけど、違和感が奮戦してるわ」
「まぁいいじゃない、見てて面白いし」






[20830] 三十三話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/07/26 03:08



 ふと、目が覚めた。
 それもたった今まで見ていた夢の中で、覚めないはずの眠りについた瞬間に。
 キンと耳鳴りがする程に静まり返った部屋の中をぐるりと見回して、これが私の部屋だとそう確認できてから、ようやく緊張の糸が切れてゆっくりと頭を投げ出せた。
 また、あの夢。

 今日も今日とて良い一日だったはずなんですけどね。
 ランさんによる『不定期開催・人化への第一歩』なんて銘打たれた講座をマヨヒガの年若い妖猫さん達と一緒に受けて、これまた一緒に首を傾げては唸ってみたり。
 何故か珍しく意気投合したもこたんと山へ鹿狩りに出かけては獲って血を抜いて捌いて、即座に焼肉ぱーてぃーに発展させてみたり。
 館への帰りがけにふと思いついて幽香さんの家へ寄ったら、毛並を整えてくれた上にお土産の茶葉まで貰ってしまったり。

 静かに目を開けて、寝床にしている大きな座布団から身を起こす。
 キィ、と軽い音を立てて外へつながる戸を開け放って静かに歩み出て、そうした先で見上げた空にはまるで今にも降ってきそうな満天の星々。
 毛並をくすぐる柔らかな風を感じ、星を観じ、そして記憶を鑑みれば、この幻想郷に辿り着いてからの日々が押し寄せてくる。
 毎日が忙しなく過ぎ去り、いつも誰かと笑っては良い一日でしたと眠りにつく。
 幸せな、幸せすぎて、ふとした瞬間に長い夢でも見ているんじゃないかと疑ってしまう日々。
 毎日が楽しくて、ふと目を離した隙にどこかへ消えてしまうような小さな疑いだった。
 そんな疑いが頭を掠める日が、ここの所増えている。
 しかも……いや、必然とも言うべきか、そんな疑いが夢の中にまで及んできてしまった。
 夢の中でふと目を開けると、そこにあるのはあの日に月を見上げたあの森の中の広場。
 音が消え、視界が歪んでもレミリアさんはおろか、誰一人として訪れる事無く私だけが静寂の中で消えていく。
 初めてその夢を見てからというもの、ふとした瞬間にあの広場の光景が脳裏を掠め続ける。
 私が終わるはずだった、あの静かな森が私を包んでいるように感じる。

 ……皆、何か私がおかしいのに気が付いているんでしょうねぇ。
 レミリアさんは難しい顔をして右手をじっと見つめてはふと私に視線を投げかけてくるし、フランさんはいつにも増して私に抱き付いていたがるし。
 館の皆だけに留まらず、最近はあの人里の皆まで事ある毎に心配をしてくる始末。
 あのもこたんですら、今日の様子を冷静に考え直してみれば不自然極まりないですし。
 それがわかっているのに、ふとした瞬間にあの光景が脳裏を掠めて普段通りに振舞えなくなる自分が嫌になってしまいます。

 落ち込んで淀んだ胸中の気を吐き出すように深い溜息を一つ。
 何かが、違う、間違っている。
 何が違うんだろうといくら悩んだ所で、それが何かはわからない。
 もどかしさに胸を体を掻き破りたくなるようなそんな衝動が沸き起こるのを頭の中で必死に抑え込めば、いつも決まって、体の底で何かが反応する。
 気付け、早く、早く、と急かすようにぐんぐんと力を増していくそれを軽くして抑え込めば、いかにも不承不承といったようにまた体の底へ潜っていく。
 わからない。
 そう、わからない。
 こんな気分になった時に限って沸いて出てくるような不気味であるはずのその力が、そうあれと囁くような力が何故、恐ろしいとは思えないのか。
 わからないのに、答えは既に得ているようなそんな気がするのは何故?

 …………やめましょう。
 寝て、起きて、笑って。
 そして私は私らしくあるべきです。
 致命的であるという予感が無いなら、それでいいじゃないですか。
 これが現実逃避でも何でも結構、なんたって逃げるのは私の十八番ですもの。
 さぁまた眠るとしましょうか!
 そしてまた、明日も良い日でありますように。

「スコール」

 自分でも後ろへ前向きな考えだと思う結論を出して、ムフーッと決意の鼻息を漏らした瞬間。
 時間を止めたらしく、予兆も何も知った事かと言わんばかりに私の真横へと唐突に現れたサクヤさん。
 でも私へ呼びかけてきたくせにこちらへ目線を向けず、先ほどまでの私のように空を見上げるばかり。
 呼びかけた返事を待っている、そんな表情ですかね、これは。
 何用ですかとじっと見つめ続けても、ちろりと一瞬目を合わせてからまた空を見上げてだんまりですもの。
 たまにこんな子供っぽい所が顔を出すから、また可愛らしいんですよねぇ。
 でも、こんな可愛らしい子をいつまでも観察してばかりというわけにもいきませんか。

 ……こんばんは、サクヤさん。
 今からまた寝ようかと思ったんですけど、もしかしてレミリアさんとフランさんが起きてくるお時間になりました?
 そうだとしたら、おそようの挨拶くらいはしてきますけども。

「もう少し、といった所かしらね。準備は終わってるわ」

 流石サクヤさん。
 いつだってレミリアさんとフランさんが起きる前には準備万端とばかりに傍にひかえてはニヤニヤしてるだけはありますねぇ。
 でも、それが今夜はどうしたって言うんです?
 星でも降ってきちゃいますか?

「……茶化すのはやめなさいね。どうしたの、はこちらの台詞よ」

 空を見上げていた顔をこちらへ向けて、日頃目にしている怒った顔とはまた違う、ひたすらに鋭い目をしたサクヤさん。
 気付かれているのは百も承知でしたけれど、こういう形で触れられるとは思っていませんでしたね。
 とはいえ私が館に居て、なおかつ館の皆と居ない時間となれば確かに今くらいなもの。
 この調子でしたらその辺りを踏まえた上で、他の皆にこれ以上の心配をかけずに解決の手立てを、という所でしょうか?
 全くもってサクヤさんらしい。
 しかしながら、そうだとしてもご期待に添えはしませんが。

「らしくもない。だんまりはやめなさい」

 私がサクヤさんの言う通りに行動せずに黙ったままなんて段に至っても、いつものようなナイフはおろか、手の一つも出てこない。
 いつものじゃれ合いすら抜きでここまで真面目に踏み込まれてしまっては、言い訳なんて通じませんか。
 ならば言い訳はやめましょう、言い訳は。

「何とか言ったらどうなの?」

 ……その口調だと『何でもありませんよ』なんていう誤魔化しは通してくれないんでしょうねぇ。
 てっきり最初に踏み込んでくるのは我慢できなくなったフランさんだと思っていましたけど、サクヤさんでしたか。

「お嬢様方に何が出るかわからない箱を開けさせるわけにはいかないもの。……随分、危ない橋になってしまった様だけどね」

 なるほど、なるほど、サクヤさんらしい。
 でも、それを聞いた上で私が言えるのは……そうですね、うん。
『言えません』の一言だけです。

「っ!?」

 言い訳ができないなら、真面目な答えしか出してはいけないなら、これしか言えませんね。
 悩み事の相談はできるかもしれませんが、したくはありません。
『家族と思っているからこそ』だとか『心配をかけたくないから』なんて立派な理由じゃあなくて、もっと自分勝手な理由ですけど。
 だから、ね?

「…………」

 そんな泣きそうな顔をしないで、いつもみたいに。
 ほら、折角可愛らしいお顔をしているんですから、笑いましょう?
 サクヤさんには泣き顔よりも笑顔の方が似合いますよ?




「だったら、貴女こそ笑っていなさいよ!」




 普段は聞く事の無い、涙声の叫び。
 あぁ……やっぱり、泣かせちゃいましたか。
 こうなる様な気はしていましたけど、無理矢理軽くして誤魔化すなんて真似はしたくありません。
 できなくはないでしょうけれど、それは貧乏クジを引かせてしまったサクヤさんに対しての裏切りです。
 隣で私を睨んだまま涙を流し続ける小さな小さなサクヤさんの姿は、そう確信させるに十分。
 見たこともないような目で私を睨んでいるというのにいつもより遥かに小さく見えるその姿を、泣き顔を隠すように私の胸へと抱き込んでそっと背中を撫でると、誤魔化すなとばかりに握りしめられる毛並。
 震える肩に、小さく響く泣き声。
 こんな経験はあの時のフランさん以来ですねぇ。
 でも、それでも言える言葉はほとんど無いんですよ。
 だから、せめて一言。
 慰めにもならない、下らない一言ですけどね。

 心配、しないで下さい。

「心配、するな、ですって?」

 そうとしか、言えませんもの。

「っ……そのスカーフの魔法がどんな物か、貴女は知っているでしょう! 思いを、感情を言葉にしてるのよ!? 日に日に不安に塗れていく思いが、どれだけっ……!」

 ……悪いとは、思ってますよ。

「そん、な、ずるい言葉でっ……」

 毛並を握りしめる手へ更に力が入り、言葉よりも雄弁な毛並が濡れる感覚。
 胸がきしむように痛んでいくそれを受けても、それでも。

「っ……っく……」

 ああいう言葉しか、返せない。
 もっと正確に言うなら、返せるだけの答えがまだ私の中に無い。
 でも、でも……そうですね……サクヤさんを泣かせちゃいましたし、逃げるのはやめにしますか。
 それだけでも、伝えましょう。

 そっと、サクヤさんの背を撫でていた腕を外して、そっと肩へ。
 それだけで察してくれたのか、私の毛並へ埋めていた顔を上げて、涙で真っ赤になった目をこちらへ向けてくれるサクヤさんへ、せめて。

「何、よ?」

 明確な答えは、やっぱり返せませんけどね。
 それでも、逃げるのはやめにします。
 今夜はそれで我慢して貰えませんか?
 何といっても、この私が逃げないんですよ?
 快挙ですよ、快挙!!
 だから、ほら?

「……ん」

 無理矢理感は否めませんけれどちょっと無理してお道化た私へ、こくりと、小さな子が親に言い聞かせられた約束事に頷くような小さな返事。
 あぁ……こちらの気持ちがしっかりと伝わったようで、一安心です。

「言質は、取ったからね?」

 えぇ、取られちゃいました。
 これはなおさら逃げられなくなっちゃいましたねぇ。
 ……逃げずに答えが出せたら、ご褒美の一つでも貰うとしましょうか。

「……じゃあ、極上肉、ね。……だから」

 うんうん、サクヤさんったらやっぱりいい子ですねぇ。
 その調子で涙を拭いて、笑ってくれたらもっといい子ですよぉ?

「…………ばかっ!」

 馬鹿で結構!
 ほら、また私の毛並を濡らす作業に戻るのはそのあたりにして、身だしなみを整えましょうか。
 お洋服に私の毛が付いちゃってますし、頬っぺたも目も真っ赤ですよ?
 いや、別に抱き締めてくれたままでも私は構いませんけどねっ!





 ってあら残念、時間を止めちゃったんですか。
 もう少し珍しいサクヤさんを堪能しておきたかったのに!
 ほらほら、もう一度この胸へ飛び込んでいらっしゃい?

「っ夢でも見てたんじゃないのっ!!」

 あらま、今度は拗ねちゃいましたか?
 これまた新鮮ですねぇ!
 しかし……泣き虫サクヤさんは初めてだったのに、少しばかり惜しい事をしてしまいました。
 ほらほら、今ならさっきよりも優しく抱きしめてあげますから、もう一回どうです?

「もうしないわよ、あんな無様な……っ!?」

 あらあらあら、夢だったんじゃないんですか?
 もう、サクヤさんったらまた真っ赤になっちゃって!
 折角冷まして来たのが台無しですよぅ?



 おん?
 あれ、また時間が……?
 でもサクヤさんのお顔はまだ赤いままですねぇ。

「…………スコール、口の中のお加減は如何?」

 はい? 口の中ぁぁぁぁあああああああん!?
 ほぁっ!?
 何かどろっとしたのが! 痛いのが!!

「流石は幽香のくれた世界最強の唐辛子。いい仕事をしてくれる事ね! 流石ねぇ!!」

 な、何ですかそれぇ!!
 口が燃えてますよほああああああい!?
 うわぁん目や鼻まで痛いぃぃぃ!!!

「それで反省すればいいのよ!! ……さっさと答えを出してくる事! いいわね!?」

 いえすまぁむ!?
 わかりました、わかりましたからコレ、何とかして下さい!
 痛いんですよ、ひたすらに痛いんですよぉ!!

「良し。じゃあ行きなさい」

 え!? ……え!?
 今からですか?
 その前にコレを、せめてどうにか……!!

「行・き・な・さ・い!!」

 はいぃ!?
 あ、こ、これは逃げるんじゃないですよ?
 明日への第一歩、です!

「いいから行くっ! そしてさっさと帰って来なさい!!」

 り、了解でアリマス!

「門限は明日のお嬢様方起床のお時間までよ!? 遅れたら今度は倍にしてやるんだから!」

 み、短くないですかぁ!?
 ほら、そんなに簡単に片付くような問題じゃない可能性だって……!

「GO! Hurry up!」

 何て言ってるかわからないですよ!
 ってついにナイフゥ!?
 行ってきますよ、行けばいいんでしょう!?
 あぁんもう痛い、色々痛いのにぃ!



























「はぁ………………ばか、ね。私も、貴女も」
「そして私もね」
「っお嬢様ァ!?」
「あら珍しい、咲夜がそんなに叫ぶのなんて初めて聞いた気がするわ」

 逃げるようなふりをしながらも、覚悟を決めた目をしながら飛び出していったスコールを見送った後。
 この展開は予想外。
 考えてみれば、結構な大きさの声も出してしまったし、お嬢様が起きてくるのは十分に考えられる事態。
 迂闊、迂闊よ咲夜……。

「いや、その、これはですね?」
「何も言わなくたっていいわ。……わかってるから。ごめんなさいね、咲夜」
「…………っ」

 イタズラ成功とばかりニヤリと笑ったかと思えば……一転して、ともすれば今にも涙が溢れそうな顔で、私の頬を撫でるお嬢様。
 常に無いその姿に、身構える事すらできなかった私は動けなくなってしまった。
 心構えくらい、させて貰えると嬉しいのですけれど。

「何となく、こうなるのが分っていて、そうあるように動かなかったのは私」
「運命、ですか?」

 言いながらも目元を優しく撫でて下さる指先が、そっと私の頭を抱え込むように動いて、お嬢様の胸へと誘われる。
 小さな手が私の髪を、背を撫でてくれる度に…………少しずつ溶けていく、心の底に残った不安。
 あぁ、お嬢様は、私のお嬢様は、これだから。

「その通り。この先については、そうね……スコールの言っていた通り、心配しなくてもいいわ。あるがままに、そうあれかし」
「……その言葉だけで、楽になりましたわ。ありがとうございます、お嬢様」
「これも主の務めよ……気にしなくたっていいわ。さ、寝起きの食事をお願いね?」
「かしこまりました、食材本来の糖分以外100%カットで腕によりをかけますわ!!」
「………………あれ?」

 運命については、前に聞いた事がある。
 まるで複雑に絡まった糸の玉のようだと。
 どこかを抜き出そうとしても、別な所が絡んでくるから難解である、とも。
 だから、それについては何一つ、思う所は無い。
 しかしながら、しかしながらですよお嬢様?

「会話を聞かれていたとは……この咲夜、未熟にも気付くことができませんでしたわ。お礼と言ってはなんですが、是非ご賞味下さい」
「いや、その、ね? これはその、運命がね?」
「腕がなりますわー!」
「待ちなさい咲夜!! カップとは言わないわ、せめて大さじ一杯くらいは!? ……って時間まで止めて逃げるんじゃないわよ!!!」

 子供のように泣いている姿なんて見られて、恥ずかしいですわ。
 恥ずかしくって、恥ずかしくって、ついお砂糖を抜いてしまいましょう。
 日頃の糖分過剰摂取を鑑みれば、何一つ問題はありませんわ!
 そう、これはお嬢様のためを思っての事、そうですわ!

「何か妙な理論武装の悪寒が……!? 咲夜ぁー!! さくやぁ!!」






































「で、私の所へ来たと。……今何時だと思ってんのよ馬鹿狼め」

 や、ほら……レイムさんなら妙な勘で何かわかるんじゃないかなーって?

「……勘も何も、ただ神化しかけてるってだけじゃない」

 え?

「え?」

 え、結論いきなり出ちゃいました?
 私の悩み、その一言で終わりですか!?

「……むしろ、何でわからないのよ。私、地鎮祭の時にわざわざ呼んだ上で『鳴け』なんてお願いしたじゃない」

 へ?
 ……へぁ!?
 アレですか、呼ばれたのってそれでですか?

「ただの妖怪を地鎮祭になんて呼ぶと思うの? ……逆に穢れるわ」

 …………ほぁあああああい!!
 サクヤさん、明日の夜なんて言わずに帰れそうですよ?
 あれだけ引っ張っておいてこれだなんて、逆に帰りづらくて仕方ないんですけど!!
 どうしてくれるんですかレイムさん!!

「あぁん? 叩き起こされたっていうのに付き合ってやった相手に対して『どうしてくれるのか』ですって? ……本当に、どうしてやろうかしら」

 ……今度、何か食べ物を持ってお礼に来ます、はい。

「よろしい。ならさっさと帰れ」

 あ、はい……じゃあまた後日。

「はいはい、またね。昼間に来なさいよ」

 ………………。























 うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
 アリですか!? こんなのってアリですかぁ!?
 悶々していた私が馬鹿みたいじゃないですかもおおおおおおおおう!!!

「うっさい! さっさと帰れ!!」






[20830] 三十四話 Shinki
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/11/04 01:33



 ぬぅん……ぬぅぅぅん……?
 神化? 進化じゃなくて、神化ですか。
 だれが字面だけ変えろと言いましたかこんちきしょう。
 とりあえず『よしきた! さささ、早く早く!』みたいな気配を出してる原因不明だった力を軽くして、押さえつけて。
 押さえつけた私が言うのも何ですが……本当に、これ神様の力なんですかね?
 何というか、押さえつけてそっと見なかった事にしたら『ひどぉぃ~!』みたいな凄く微妙な気持ちが伝わってくるんですが。
 まぁそれは置いておいて。
 神様なんて言われても、生憎と神様の知り合いは居ないんですよねぇ。
 ここ幻想郷には結構な数がいらっしゃる様ですけど、未だに何故か邂逅は無し。
 お話を聞いてから色々と決めてしまいたいんですけど……神様……神様。
 気軽に立ち入れる所、そう、人里なんかに関わりのある方々を探してみるのが一番早いんでしょうか?
 豊穣の神様がいらっしゃるというのは聞いた覚えがありますし、その気性も至って温厚かつ人当りも良しとの事ですから第一候補ですね。
 とはいえ、選択肢は多い方が良いでしょう。
 他に神様へお目通り何てできそうな伝手は無いもの…………あれ、神様?
 お? お? お? 何か出てきそうな! 何でしたっけ!?
 何処かで、何処かで神様絡みの重要な何かを聞いたような見たような感じたような?
 こう、知った瞬間に凄く微妙な気分になったのは覚えてるんですよね。
 これで? みたいな。
 ん……んん……微妙?
 あ。

 神様。
 の、お子様。

 あ、ああああああああありすさぁぁぁん!!
 居ましたね! すっごい近場に居ましたね、神様のご関係者!
 神様仏様かみさまーがとろいど様!
 うぬぅ、他の選択肢なんてもう有って無いようなもの!!
 アリスさんが居るなら他の方へお目通りなんて考えずに突貫あるのみ!
 うんうん、神様自身に会えなくても、そのお子さんだって知識は持ってるはずですよね?
 やった、やりましたね、アリスさんなら何一つ気兼ねなく聞けますもの!!
 やっぱりアリスさんったら素敵ぃ!
 存分にモフらせて口を割らせるとしましょうね!
 あ……でもまだ辺りは真っ暗ですし、ちょっと時間を潰して明るくなってから行きましょうか。
 レイムさんみたいに怒らせてもアレですし、人里の飲み屋さんで一杯ぐっとやってからに。
 いやぁ、糸口が見えただけでこんなに気分が上向くとは、我ながら単純ですが…………前祝いってやつです!
 よーく冷やした大吟醸さん待ってて下さいねぇ!!
 今ならまだ呑兵衛な方々が盛り上がってる時間帯でしょうからそっと混ざってやりましょう。
 いやはや、部屋から飛び出す直前に鞄を咥えて出て来れたのは我ながら良い仕事でした……ツケで飲もうとすると怖いですからね、あの居酒屋さん。
 前にもこたんが一回やらかして涙目になってましたし。
 やぁ、とりあえずグッと行きましょうグッと!!






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 あ~り~す~さぁん!
 あっそび~ましょ~ぅ!

「はぁ~い?」

 あら、あらあらあら?
 アリスちゃんが外に出て、暇になっちゃったと思った途端にお客様?
 でも『遊びましょう』なんてあんなに呑気で楽しそうな思念を送ってくるくらいだし、お友達かな?
 うん? …………アリスちゃんの、お友達?
 アリスちゃんの!! あの『一人が好きなのよフフン』みたいな所があるアリスちゃんの、お友達!!
 わ、わ、何か嬉しい!
 これはお持て成しをしなきゃいけないわ!
 ええと、服装は良し、髪もぱぱっと手櫛で整えて。
 鏡~鏡~決めポーズ! ……よし、人前に出てもおかしくないわよね?

「ちょっと待ってね!」

 お、おん?
 あれ、アリスさんじゃない? もとい、この気配ってもしかして?
 あれあれ、もしかして大当たり引いちゃいました?

「はい、お待たせ!」

 ほぁ?
 初めまして……神様?

「うん、初めまして。神様です」

 急いで玄関まで走って、扉を開いた先に居たのは行儀よくお座りして首を傾げている大きな大きな……大きすぎる狼さん。
 ……いや、比喩とかそういうの抜きで本当に、大きいわね。
 頭の位置が私の身長よりも上だし。
 そんな見上げた先にある顔もまた良い。
 ふわりと風に揺れる銀色の毛並は辺りを照らす朝日を映し込んだみたいに煌めいて、瞳は極上のトパーズを流し込んだような輝く金色。
 首には魔法……翻訳とか加速とか便利そうな魔方陣を色々綺麗に仕込んでるっぽい真っ赤な業物スカーフ。
 スカーフに業物っていうのも何だけど、いい仕事してるわね。
 魔方陣を綺麗に配置して効率化や相乗効果を引き出すのはそうそうできる事じゃないもの。
 ただ馬鹿魔力に物を言わせるだけならできる子も多いけど、こういった分野は才能と研鑽が物を言うからね。
 でもそんな容姿やスカーフも良いけど、何よりもこの感じられる呑気な気配!
 高得点よ、アリスちゃん! 良いお友達っぽいわ!
 あ、いけないいけない。

「ごめんなさいね。アリスちゃんったらお人形さんの材料が足りないからって、ついさっき出ちゃった所なのよ」

 あら残念、空振りしちゃいましたか。
 こちらもお時間の確認もしませんでしたし、仕方ないですね。
 出直しましょう!

「いえいえ! 折角だし上がって上がって!!」

 おや……ではお招き頂いた事ですし、お言葉に甘えましてお邪魔しましょう。
 ちなみに私、アリスさんの……何て言えば良いのか微妙な所ですけど、遊び友達的な何かのスコールです。
 遊んでるのか遊ばれてるのか分らない部分がありますけど。

「これはご丁寧に。アリスちゃんの母、神綺です」

 お互いに玄関先でぺこりと一礼。
 あら? …………スコール、ちゃん?
 あぁぁぁ!! あの、アリスちゃんのお手紙にあったスコールちゃん!?
 あの気まぐれな幽香ちゃんが大層可愛がってるっていうもふもふぽんこつ系狼のスコールちゃん!!!
 わ、わ、わ、やった!
 こっちに来てる間に会いたいと思ってたのが実現したわ!
 密かに会ってみたいモフってみたいって呟いてた夢子ちゃんに自慢しちゃおう。
 あれ、でも今日は可愛さたっぷり快活系吸血鬼のフランちゃん、一緒じゃないのね?
 ペアだと幽香ちゃんの猫可愛がりっぷりが凄いって話だし、フランちゃんにも会ってみたいのよね。
 でもでも、フランちゃんに会ったら次は絶対に紅魔館の皆に会ってみたいって思っちゃう!!
 残念カリスマレミリアちゃんに、瀟洒で妙なメイドのサクヤちゃんに、病弱の皮を被ったもやしパチュリーちゃん、色々不詳なメイリンちゃん!
 もう! それもこれもアリスちゃんが楽しそうに手紙を書いてくるからよ!?
 おっとと、玄関先で考え込むなんて失礼よね、ご案内しないと!

「ささ、入って入って。えーと、お飲み物出さなきゃ!」

 いえいえ、お構いなく!
 神様にそんな事をさせるなんて畏れ多いですから!

「いやいやいや、折角アリスちゃんのお友達が遊びに来てくれたんだもの! ここは母親としてお茶くらい……お茶、くらい……?」

 うん、神綺ちゃん気づいちゃった。
 紅茶の葉、どこ?
 そういえばアリスちゃん、私に淹れてくれた時は人形をお台所へやって準備してたから実際に淹れる所を見てないのよね。
 香りからして『最上級ですのよわたくし、フフン』みたいな感じがしたあの紅茶!
 ええと、お台所に行けばわかるかしら?
 アリスちゃん、お母さん信じてるわ!
 そしてスコールちゃんにとびっきりの紅茶をご馳走してあげるんだから!



「……ど、どこ~?」



 整理整頓はきっちりと。
 流石ね、我が娘よ……でももうちょっとだけでいいから、適当だったらお母さん嬉しかったなぁ……?
 お台所へ入ってすぐ見えるのは、調理台の上に置かれている色とりどりの綺麗な瓶に詰められた調味料ばかり。
 そしてぱっと辺りを見回して、その見える範囲には綺麗なガラス戸棚に始まり、金庫のような鍵付き戸棚や床下収納の数々。
 見渡す限り戸棚、戸棚、戸棚!
 充実しすぎた収納ね、アリスちゃん!
 …………でね、アリスちゃん……紅茶の葉、どこ…………?
 あ! ああ!! か、カップは発見! ティーポットも!
 ってスコールちゃんは普通のカップよりもボウルとかの方がいいのかしら!?
 違う、今はそれよりも葉は? 葉はどこ!?

「こ、こっち? ……香辛料。じゃあこっち!? ……お酒! どこぉ!?」

 だ、大丈夫ですか?
 先ほども言いましたけれど、気にしなくっても結構ですよ?
 こちらにお邪魔する前に、恥ずかしながら一杯引っかけてきたので喉はそれほど乾いていませんし。
 それにあまり収納を引っ掻き回すとアリスさんに怒られちゃいませんか?
 結構その辺りを気にしそうな気がするんですけど。
 こういった物は自分の使いやすい様に配置するものでしょうし。

「いいえ、こうなったら意地でも何とかして見せるわ……スコールちゃん、魔界神の勘をその目に焼き付けなさい!! ここよ!!! ……うわぁんまたお酒ぇ!?」

 手当たり次第に近場の戸棚から開けてみるものの、空振り続き。
 最初は畏まった雰囲気を出してたスコールちゃんが段々と可哀想な子を見守ってる雰囲気へシフトしてきてるし、急がなきゃ……!?
 とはいえ開けども開けども紅茶のこの字すら出てこない有様。
 葉は見つからず、出てくるわ出てくるわお酒の山……アリスちゃん、どれだけお酒を貯め込んでるのよ?
 ワイン、ウイスキー、ブランデー、日本酒……あ、ちゃんとそれぞれ分けた上で保冷の魔法を仕込んでるのね。
 いい仕事をしてるじゃない……あ、スピリタスみっけ。
 いやそうじゃない! そうじゃないの、今はそれよりも葉っぱよ!
 あら、スコールちゃん? 待って、もう少し、もう少しできっと見つかるから……んん? そんなに鼻を鳴らしてどうしたの……え、壁?
 そんな棚と棚の間の壁に何が……嘘ぉ!?

「そんな所に収納が!?」

 おうおう、大正解でした。
 瓶詰してるって言っても、紅茶の葉ってかなり香りが出ますからね。
 しかし、探し当てた我ながら……この隠し場所は無いですよねぇ。
 何ですかこの精巧な仕込み棚。

「…………」

 壁と見事に同化するような精密さを持った戸棚は素直に凄いと思うけどね?
 押したら飛び出てくる仕込み棚の中に隠すような物じゃないでしょう、紅茶の葉って!?
 一体何と戦ってるのよアリスちゃん!!

「アリスちゃん、相変わらずどこかズレてるわ……何で紅茶を隠し戸棚になんて入れてるのよぅ……」

 まぁアリスさんですからね……。
 こないだ諸事情で改装したので、その時に付けて貰った棚だと思いますよ?
 前に来た時は普通に机の上に瓶詰を置いてましたから。
 ……でも、何か仕込めそうなら仕込まないと気が済まないのがアリスさん。
 今回の機会が無くたって、間違いなくいつかはやらかしてましたね。
 そこは断言しましょう!
 だって! アリスさんだから!!

「アリスちゃああああん!?」

 アリスちゃん、普段からそんな認識されてるの!?
 やっぱり一人暮らしじゃなくって、誰かつけてあげるべきだった?
 うぅ……でもアリスちゃん、それ言ったら怒るし。
 ううううう何やってるのよぅ、アリスちゃん……!
 そうだ!

「スコールちゃん、お願い、アリスちゃんが普段どんな事してるかもっと教えてくれない!?」

 や、それは構いませんけど……その言い方だとシンキ様が持ってるアリスさんのイメージ、若干崩れるかもしれませんね。
 それでもお聞きになる覚悟はできておりますかっ!?

「…………ええ、たった今できたわ! でもその前にお茶淹れちゃうから、ちょっと待っててね。うん、ちょっとでいいから……」

 それできてませんよね!?
 半分冗談……言いすぎました、四分の一くらい冗談ですから、そんなに身構えなくってもきっと大丈夫ですよ?
 うん、うん。
 きっと……大丈夫です。

「スコールちゃん、それ殆ど冗談じゃないわ!」

 ……だって、だってアリスさんですよ!?
 お友達の事で嘘なんてつきたくありません!!
 もう一度言いましょう。
 だって、アリスさんですよ?

「そんなに悲痛な叫びをあげられる程なの!?」

 アリスちゃん、一体こっちで何をしでかしてるの?
 紫ちゃんに迷惑かけてない?
 もしかして藍ちゃんの尻尾の毛とかを狙ったりしちゃった?
 二人ともアリスちゃんがこっちに来る時に色々お願いしちゃったから、何かしでかしてたら申し訳ないわ。
 あぁぁぁぁもう心配すぎて逆に早く聞かなくちゃ安心できなくなってきた!

「お湯、OK! ポットもカップもボウルも色々OK! スコールちゃん、あっちの机でいいかな!?」

 え、えぇ。
 でもここまで覚悟を決められると何か話しづらくなってきた気がしますねぇ。

「そんな事無いわ! 母親として……私は聞かなくちゃいけないの」

 おぉぉ……神々しさが溢れていらっしゃる……!
 わかりました、私だってアリスさんのお友達です。
 お友達のためになるなら、元より軽いこのお口、更に軽くしてみせましょう!

「やぁんスコールちゃん話がわかるぅ!」

 いひ。
 じゃあまるっとぺろっとお話しようじゃありませんか!
 悲壮な覚悟なんて吹き飛ばして笑いしか出ないようにして差し上げましょう!!










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「あ~り~す~ちゃぁん?」
「ちょっと母さん、何よこの酒瓶の山……スコール、貴女なんでここに居るの?」
「お黙り。スコールちゃんとは大事な情報提供者兼お友達になったの! 失礼な事言うんじゃありません!!」
「はい?」
「正座なさい! 座布団くらいは許してあげるから!!」
「わけがわからないんだけど。あと母さん、母さんが正座を強要してるの、私じゃなくて上海だからね?」
「じゃあ上海アリスちゃん、正座!!」
「それいけないやつだわ。あぁもう、わかったわよ、座ればいいんでしょう座れば」

 視界はぐるぐると左回転右回転、たまーに上へ下へ……おっと、床ちゃんこんにちは、今日も元気そうねぇ。
 でもお酒を飲み過ぎたって言ったって、私がアリスちゃんを見間違えるはずがないじゃない!
 アリスちゃん、少し見ない間に小さくなっちゃったけど、アリスちゃんもお年頃だしお母さん気にしません。
 今はそれよりもあれよ、そう……ええと、そう、何だっけ?

「で?」
「えと、えっと……正座!」
「してるじゃない。丁寧に上海まで膝の上で正座させてるのよ? これ以上何を望むっていうの」
「じゃあ星座!!」
「死ねと!?」

 むぅ、アリスちゃんったら反抗期に突入しちゃったのかしら。
 輝かんばかりのアリスちゃん愛故に、魔界の空に新しくアリス座を作って一緒に眺めようっていう母心がわからないの!?
 お母さん、アリスちゃんをそんな子に育てた覚えはないわよ?
 それはもう可愛がって可愛がって可愛がって、魔法の手引書とか材料だとか色々バックアップをしてやりたい事をさせてきたもの!
 なのに……なのにぃ…………アリスちゃんのわからず屋ぁ!!!

「もう、話ならまた聞いてあげるから今回は素直に寝たほうがいいんじゃない?」
「……やだ」
「母さん、子供じゃないんだから頬を膨らませないでよ……」
「じゃあ膝枕」
「駄目だ、夢子さんじゃないと扱いきれないわこれ。夢子さんヘルプ。本気でヘルプミー」
「ひーざーまーくーらー!」
「あぁもうわかったわよ、暴れないで!」
「わっほい!」

 んふー!
 魔界じゃやってくれなかった膝枕!
 香りといい太ももの柔らかさといい、アリスちゃんを感じるわ!
 ツンツンしても頬っぺたがちょっと赤くなってるのがまたかーいーわー!
 んふぅ…………。

「した瞬間に寝るのかぁ……どれだけ飲んだのよ、一体? まぁ静かになった事だし、スコール、説明」

 私、アリスさんを訪ねてきました。
 シンキ様、出迎えてくれました。
 意気投合して二人で酒盛りしてました。

「で、それがどうして正座になるの?」

 意気投合の中で、アリスさんの痴態奇行爆発っぷりを懇切丁寧に有る事有る事ぺろっと教えちゃいました。
 もう凄かったですよ、シンキ様ったら。
 ありすちゃーんありすちゃーんってぼろぼろ泣きながらお酒を片っ端から煽りだして、止めても聞かないんですもの。
 だから仕方なく、もう本当に仕方なく、根掘り葉掘り聞かれた通りに全て喋っちゃいました。

「仕方なくなんて言いながら目を背けるんじゃない! 笑いを堪えるのに必死になってるのがバレバレなのよ!!」

 お母さんに……娘さんの事を心配してるお母さんに本当の事を話すのはいけない事ですか?
 涙を流しながら『良かった、アリスちゃんが大怪我しなくて良かった』って笑うんですよ?
 喋らないわけにはいかないでしょう!

「スコール、意だけを受け取れば凄くいい話っぽいけど、思の方を受け取ると愉快犯の気配がするのよね。そこら辺はどうなの?」

 いひ。
 もうシンキ様ったら百面相って感じで楽しかったです!
 泣いて私に抱き付いてきたかと思ったら毛並を堪能し始めてほにゃっとなってたり、耳と尻尾を生やして『お揃い!』何て胸を張ったり。
 かと思いきや突然キリっとして『続きを』何て言いだしたので何かして酔いを冷ましたのかと思ったら、キリっとした顔のまま寝てたりだとか……。
 あと何故か贈り物を貰っちゃいました。

「…………怒るつもりだったけど、何かごめん……母さんが、迷惑かけて本当にごめんなさい」

 や、や、楽しかったんですって。
 でもですね、一つだけ困ってる事がありまして。

「うん?」

 贈り物、思わず貰っちゃったんですけど、これ本当に受け取って良かったのかと。
 話の中で私がアリスさんを訪ねてきた理由を話した途端に『娘と私のお友達を助けるのに、理由なんていらないわ……』って凄く凛々しいお顔で……その。

「何、やらかしたの……?」

 シンキくりーなー、もとい神気くりーなー、だそうです。
 これ、このシンキ様の髪飾りから上をまるっと切り取ったみたいな。
 最近の私の不調の原因だったらしいのが、神化しかけてるって事みたいでーって軽く話してみたら、あっさりと作ってくれたんですよね。
 どうくりーなーするのか教えてくれなかった事もあって、若干怖いんですけどコレ。

「膝枕の価値無しね。床に転がしておくとするわこの母親」

 ちょ、頭から落としちゃ駄目ですよ!?
 って起きないんですかシンキ様!!
 物凄く痛そうな音がしましたけど……?

「大丈夫大丈夫、魔界神は丈夫です。『神力の制御間違えちゃった♪』なんて半径ウン百メートルもある馬鹿でかいクレーターの真ん中で舌出して笑ってるような神様だから」

 じゃあ気にしないでいいですね。
 それで話は戻りますけど、どうしたらいいと思います、コレ?

「そっと部屋の隅っこにでも転がしておいて。起きたら聞き出すから」

 ありがたやありがたや。
 折角作ってくれた物を無碍にするのは気が引けまして。

「……その気持ちは娘として嬉しくもあるけど、気を付けないと痛い目を見るわよ」

 真面目な話っぽいですね……その心は?

「与えすぎるのよ、母さんは。善意100%でやり過ぎて、いつも傍付きで仕事をやってる姉さんが雷を落とすのが常」

 いまいち想像できないんですけど、具体的には?

「魔界にある大きな川の水が汚れて飲めないって話を聞けば、浄化しすぎて誰一人近寄れない神域にしかけたり」

 うわ……。

「とある大規模菜園が不作続きだって話を聞けば、土地に力を捻じ込んで作物を進化させて……進化しすぎたマッスルな野菜が人を撃退するような魔の森を作ったり」

 …………。

「生活範囲を広げたいけど人も時間も無いって話を聞けば、すぐ傍に聳えてた岩だけの大きな山を即座に消し飛ばしたり」

 部屋の隅と言わず、博麗神社の賽銭箱にでも放り込んできましょうか、このくりーなー。
 大丈夫です、あそこは神様の気配がしませんでしたから!!

「うん、言いながら私も部屋の隅じゃ足りないかなって思ったけどね。でもそれを適当な所に捨ててどこぞの神様に対して使われてみなさい……何が起こっても不思議じゃないわよ」

 うわぁ……うわぁ!!
 ちょ、ちょっとアリスさん、これあげます!!

「やめて、こっち寄って来ないで!!」

 じゃあ部屋の隅へしゅーと! しゅーとです!!
 ぽいっとな!

「あ、馬鹿、下手に衝撃を与えたら……!?」

 …………あ、何かやらかした気配がします。
 ぎゅいんぎゅいん荒ぶりだしましたよあの房付き髪飾り!
 おおおおおおうおうおう体から何か抜けていく気配がぁ!?
 おうおうお……ぅ。

「スコール!?」

 …………。

「ちょっと、スコール!! スコール!!! 聞こえる!? あぁもう母さんどんなやらかし方をしたのよ!?」

 おう?

「へ?」

 あれ、終わり?
 何と言うか、違和感が抜けてスッキリサッパリ?
 抜けていく瞬間に『そんなー!?』って凄く気の抜ける叫びが聞こえてきた気がしますけど、それ以外は特に何も……。

「……とりあえず、無事、みたいね?」

 ですね?
 どうしましょう、この状況。
 シンキ様が起きてくるの待ちますか?
 多分、今起こしたって酔っ払いのままな気がします。

「私もそんな気がするわ。……何か疲れたし、私達も一寝入りする?」

 そう、ですね。
 うんうん、そうしましょうか……では失礼して。

「待ちなさい…………何で私を抱き込むのかしら?」

 抱き心地が良いから?
 ほら、何時もみたいにもみくちゃにしませんから、一緒に寝ましょう?
 たまにはいいじゃないですか……。
 これでも不安なんですよ?
 ほらほら、だから一緒に寝て下さいよ、ねぇ……?

「貴女も母さんと一緒で、言いながら即座に寝ないでよ……ま、いいかしらね、たまには」











































「あ、やらかした?」
「いきなり何、お姉様?」
「あ、いや……スコールだけどね」
「…………うん」
「こう、斜め上にムーンサルトしながらカっ飛んで行くというか……予想外の所からにょろりと運命が生えてきたというか」
「悪い事じゃないんだよね?」
「ええ、それだけは確信を持って言えるわ。でも何だかすごく微妙な気分になってくるのよね」
「悪い事じゃなきゃいいよ。だってスコールだもん」
「それもそうね、スコールだし」
「うんうん」

『早く帰って来ないかなぁ』



[20830] 三十五話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2015/11/04 02:11



 もう日も落ちかけた夕暮れ時、またお礼を持ってきますーなんて呑気にアリスさんのお家から出発して。
 出発、という行動からふと思い出したのは紅魔館を出発した時のやりとり。
 問題が解決した安心感にまかせて能天気に寝てる場合じゃ無かったんですよ、そういえば。
 レミリアさんやフランさんが起きるまでに帰らないといけないんだった、と思い出してからはもう冷や汗が止まりませんでしたね。
 サクヤさんも本気ではなかったと思いますけれど、たまに照れ隠しで実行しちゃいますから。
 止まっていた足を、これはいかんと全力で動かして草原も森も湖も踏破した先にようやく見えてきた館のべらんだには、ちょっと困った光景が。
 いやはや、お二人とも起きて優雅にお茶していらっしゃる。
 しかもサクヤさんまで傍に佇んでいる始末。
 やっちゃいましたねぇ、これは。

「おかえり、スコール。あの速さを見る限り怪我は無さそうね」
「無事なのはお姉様のおかげで分かってたけど、元気に帰ってきて良かった!」

 お? おお?
 あ、何か大丈夫っぽいですね?
 サクヤさんも片目を閉じて微笑んでくれていますし、持ち上げて落とす時みたいな妙な気配もしません。
 うん、これはとりあえず乗っておいた方がいい流れと見ました!

「で、結局何だったの?」

 いやいやレミリアさん、それがですね?
 現実は小説よりも奇なりとは言いますけれど、まさにその通りでしたよ。
 原因だけなら、それこそ昨夜に私が飛び出して行った後、レイムさんのおかげですぐに分ったんですよ。
 もうばっさり『神になりかけてる』って。

「へ、へぇ?」
「お姉様の運命予報から妙な事になってる気はしてたけど、始まりからして飛ばしてるねぇスコール……」

 いやはやお恥ずかしい。
 でもですね、このお話はあくまでも始まりでして。
 不調の原因は分りましたし、カミサマになりかけているのなら、先達のカミサマに聞けばいいと思い立ちまして。
 知り合いにカミサマなんて居たかなーってむむっと考えた末に脳裏によぎったのはアリスさん。

「…………んん?」
「なんでアリスさん……?」
「……………………………あぁ! 魔界神の娘って話だったわね」
「あ。あぁ…………そういえば、そうだったね」

 ですよねぇ、やっぱりそういう風に思っちゃいますよねぇ。
 まぁ私も似たようなものでして。
 アリスさんなら気兼ねしないしいいやーって、まだその時は深夜だったので朝まで時間を潰そうと、人里の飲み屋で酒豪達と過ごしまして。
 空も白んできて、飲み屋の大将にまとめて蹴り出された後にアリスさんのお家へ突撃したらですね?
 居たんですよ、そこに…………!!

「そのものズバリ、魔界神ってオチじゃないでしょうね?」

 …………あ、はい。
 いらっしゃいました、アリスさんのお母さん、シンキ様。
 それはもう、凄く、親しみやすいカミサマでしたよ……?

「お姉様、スコールが折角わかりやすく引っ張ったんだから最後まで言わせてあげればいいのに……」
「あんなにわざとらしく引っ張るから、言えって事かと思ったのよ!」

 ま、まぁそこで紆余曲折ありまして。
 今まで私が感じていた違和感がカミサマになりかけてるっていう事以外に判明しました。
 何か私の中に妙な意思を感じるなーって感じていたのも、そのものずばり、私の中にカミサマが入り込んでたというオチでして。
 シンキ様が作ってくれたくりーなーで私の中に居たカミサマが吸い取られて、そこから色々と事情が聞けたんですけど……。

「ほぉう?」
「お姉様、凄んでも怖くないからやめときなよ?」
「フラン様、それを指摘してはいけませんわ」
「煩いわよ二人ともォ!?」

 そこを含めてのレミリアさんじゃないですか!

「お前も乗るんじゃないわよスコール!」
「とりあえずお姉様、話を脱線させるのはやめよう?」
「……フラン、わかったから私へ向けてその手を握る動作を見せつけるのはやめない?」
「ん。ほらスコール、続けて」

 あ、はい。
 え、えーとですね、私がおかしいなと思い始めた辺りから脳裏を掠め続けてた、幻想郷に流れ着いた時の場所があったんですけど、そこにもう朽ちかけた祠があったんですって。
 信仰する人も居なくなって消えかけてた所に死にかけた私がどこからか迷い込んできて、おあつらえ向きに目の前でぱたり。
 私の中に居たカミサマ曰くですけどね、この時の心情がまた何とも。

『やーべぇ消えちゃう消えちゃう……おぅ依代キター! げっとぅ……あ、アレ、拾われた? 回復された? え、この子が回復しきったせいで私の出るスキマないよ?』

 一言で表すならそんな状態だったらしいです。
 そんな中で私が人里で妙な信仰らしきナニカを集めたせいでカミサマがそこそこ回復しちゃって『我が世の春よ再びィ!』ってな具合に奮起して私を乗っ取ろうとしてた、と。
 こうして私の不調の原因、結局はカミサマがやんちゃしようとしたって事で、シンキ様とアリスさんを交えた四者協議の末に結論が出ました。
 いやぁ、危ない所でした……。

「……へぇ? で、そのカミサマとやらは何処へ?」

 シンキ様にくりーなーごと魔界へお持ち帰りされましたよ?
 そのカミサマ自信も元は狼だったらしくって、シンキ様が『この子に体を作って魔界のマスコットにするぅ!!』って。
 くりーなーに吸い取られたカミサマ自信もノっちゃって、そのままアリスさんちから魔界へ直行でした。
 うにょんうにょん動きながら能天気な声ではしゃぐくりーなーと、それを掲げてやる気を出してるシンキ様の姿がもう面白くって!

「…………チッ」
「何で逃がしちゃうかなぁ?」

 ひぃっ!?

「でも、スコールが元に戻ったなら何よりだよ。心配したんだからね?」

 いや、あの……心配してくれたのはとても嬉しいんですけど、さっきのレミリアさんの舌打ちと、フランさんの右手の中でねじ切れたお匙は……うへぁ!?
 フランさん、落ち着いて、落ち着いてぇ!
 辺りの空気が軋んでますって!?
 びーくーる、びーくーるです!!

「気にしないでくれると嬉しいなぁ。ちょっと、悔しかっただけだから。その場に居れば有無を言わさず握り潰せたのに、って」
「まぁその場に居たなら私も止めなかったのは間違いないわね。むしろグングニるわね」

 レミリアさんも妙な動詞を作るのはやめましょう?
 いいじゃないですか、結局は丸く収まったんですから!
 私の中の『カミサマ』が居なくなった事もあって、今後は神気が溜まっても悪影響なんて出ないらしいですし。
 むしろ『神気と妖気の両方が使えるようになるんだからお得よ!』ってシンキ様も言ってましたからね。
 この二つ、別に反発とかしないらしいですし。

「あれ、そうなの?」
「魔界神とかならまだしも、ただ『神』なんて言われると、ちょっと微妙な気分になるんだけど」

 いやほら、ここ日本ですし。
 レミリアさんの言う『カミサマ』と日本での『カミサマ』は言葉こそ同じでも意味する所が違いますもの。
 それこそ八百万なんて言われるくらいに、そこら中にカミサマが居るっていうのが日本の考え方であって、カミサマの在り方でもあります。
 そもそも、妖怪でもカミサマとして信仰集めてる方は歴史上にいらっしゃいますからねぇ。
 元は人をぼりぼり食べちゃうような鬼でも、改心して今は鬼神様な母神様だとか。
 まぁ何にせよ、神気の使い方もちょっとだけ教えて貰えましたし、これからはこれの使い方も練習していかないといけません。
 いやはや、これがまた中々に大変なんですよねぇ。

「妖気と同じように扱えるものじゃないの? 結局の所自分の力でしょう?」

 そこ、そこですよレミリアさん。
 妖気は私から生まれるもので、言わば自分の手足。
 でも神気、もとい信仰は他人から受け取るもので、表すとすれば道具みたいなものなわけですよ。
 私へ集まってくるとは言え、そもそもが私の色じゃないんですよね。
 だからそのまま受け流すみたいにまとめて振るうか、私の色へ置き換えながら蓄えていくかのどちらかになるわけです。

「……面倒ねぇ」

 ただ蓄える分には特に何かする必要はないんですけどね。
 私へ集まってきた分は時間と共に私の色に変わるらしいですし。
 それからこれに関しては、意識を向けて私の中へ積極的に取り込めば溜まるのは早くなるようですけど……シンキ様がまた困った事も教えてくれましてね?

『矛盾するような言い方だけど、それを意識すら向けずにできるようになって、ようやく一人前のカミサマよ! スコールちゃん頑張って!!』

 って……そんな器用な事、私には無理っぽい気がしません?
 ただ何にせよそうやって溜まった分はもう私の色なわけですから妖気と似たような扱いでいいんですけど、またまたそこから先がありまして。
 神気には妖気と違って、向いている使用法が割と明確にあって、それに沿う形で扱うのが一番効率がいいんですって。

「へぇ。ちなみにスコールはどんな使い方が向いてるの?」

 んー、シンキ様と言えども一から十まで何でもわかるわけじゃないようで、そこはおぼろげなんですよねぇ。
 自分が人からどう思われてるか、それをよく見て、感じられればそれが答え、としか教えてくれませんでしたもの。
 とりあえず私を客観的に見たら……何て考えはしましたけど、ねぇ?
 人里の方々からどう思われてるか、なんて…………色んな意味で怖いですよ。

「臆病者の愉快犯」
「お姉様、妙なっていう形容詞が抜けてるよ」

 酷いですねお二人とも!?
 臆病者なのは認めますけど、妙な愉快犯って何ですか?
 私そんなに悪い事をした覚えなんて……あ、あんまりありませんよ!!

「だってスコールだもん」
「それで表せる辺りが凄いよね、うん」

 うわぁん二人ともひーどーいー!!
 でも私自身、自分の特徴を挙げていくとそれを否定しきれなくなる辺り、情けなくなるんですけども。
 …………何でしょうねぇ、やっぱり逃げる方向に使うしかないんでしょうか?

「逃げるための神気って何よ。閃光弾にでもするの?」
「いやお姉様、スコールの事だからロマンだとか言って変わり身の術とか? きっと残される変わり身が毛玉だったりするんだよ」
「あぁ、ありそうだわ……」

 ……うわ、自分でもそれちょっとやってみたいとか思っちゃいました。
 人里の皆さんの中に忍者の方はいらっしゃいませんかー!?
 今なら無料でカミサマ(仮)の師匠になれますぞー!!

「居そうで怖いわあの人里」

 ええ、私も言っててちょっと思いました。
 たったひとつしかない人里で忍者やっても仕方ないと思いますけど、あの人里ですからねぇ。
 前に話した熱血しゃもじ男もさることながら、妖怪より妖怪やってるんじゃないかって方がちらほら居ますし。
 口にくわえたみたらし団子の串を息だけで飛ばして、結構離れた壁に突き立てられるお姉さんとか。
 白壁に結構な深さでスカーン! って。
 突き立てた後に甘味処のお姉さんに物凄い怒られてしょんぼりしてましたけど。

「私でもできないよそんなの。本当にどうなってるのあの人里」

 ですよねー。
 ま、冗談じゃない方々は置いといて気長に使い方を模索するとしますよ。
 信仰してくれてるらしい人里で『私の印象と言えば?』とでも聞き取り調査をすれば形くらいは見えてくるでしょうし。
 …………見えてくるといいなぁ。
 なんか更に混迷を極めそうな気もします。

「だから完全に妙な愉快犯よ」
「お姉様、今度は臆病者が抜けてるし、咲夜の渾名みたいに韻も踏めてないよ?」
「もういいわ、考えるの面倒だし」

 また酷い!?
 むぅ、お二人ともご心配をお掛けしたのは申し訳なく思いますけど、そんなに意地悪言わなくたっていいじゃないですか!
 今回の件、言わば私は被害者の側ですよ?
 ほらほら、労わりたくなってきたでしょう?

「言いながら仰向けで誘うってどういう事なの?」

 ほら、前に一回だけやってくれた子狼姿で飛び込んで来てくれると私は大変癒されます。
 もう心の傷とか癒えまくりです、サクヤさん以上の完全で瀟洒なもふらーになれちゃいます。
 ですから、さぁいらっしゃいませ!
 さぁさぁさぁ!

「……あははっ! だってさ、お姉様? たまにはいいんじゃないかな?」
「フランはスコールを甘やかし過ぎよ! 大体あの姿じゃ恰好が付かないじゃない!」
「スコールを拾ってきたのは自分なのに、最近すっかり妹に取られちゃったからって拗ねるのはやめようよ」
「す、拗ねてないわ! 大体どこからそういう話が出てきたのよ!?」
「なら何で目を逸らすの? 素直になった方が色々と楽しいのに」

 おう、フランさんが好感触。
 いやはや期待に胸躍る展開がやってきましたね!
 しかし、レミリアさんがそんな風に思っていらっしゃったなんて……これはもう、今にも増してモフらせなければいけません。
 いやぁ心躍りますねぇ!

「というわけでお先にー」
「あっ」

 わっほい、子狼フランさんいらっしゃい!!
 んふーふふふぅ、可愛らしいですねぇ相変わらず……。
 フランさんの色をそのまま落とし込んだような金色の毛並も、真っ赤な目も、小さな体も!
 あぁんたまりませんよぅ!!

「くるるるるる……くぅん」
「うっ!?」

 あふん!?
 その舌足らずな鳴き声とかもうきゅんきゅんしちゃって大変な事になりますね……!!
 フランさん、恐ろしい子っ。
 可愛すぎて可愛すぎてもう、あのサクヤさんですらにっこり笑って拳を突き上げる程!
 やぁんもうっ!

「きゅふー、ふっ!」

 首筋でもこもこ動かれるとくすぐったいですって!
 でもやっぱりかーわーいーいー!!!!
 サクヤさんサクヤさん、かめら、かめらをお願いします!
 あ、撮影済みですか?
 やった、後で焼き増しお願いします!
 これで私のお部屋がまた一つ賑やかになってくれますね!
 そうだ、折角ですからユウカさんにもおすそ分けしましょうよ!?

「……うー」
「くるる……くるっふふん」
「!?」
「くるるーるるー」
「な、何が言いたいのよフラン!」

 流し目で見ながら笑うって……フランさん、いつの間にそんな悪女の仕草を?
 いえ、大変な可愛らしさですけどね!
 大変すぎてサクヤさんがお鼻を押さえてぷるぷるしてます。

「くるるるきゅーふー!」

 ほうほう、甘味処のお姉さんから?
 駄目ですよ、あの人の真似をするなんて!?

「きゅぅ、くぅ?」

 そんな上目遣いしたって駄目ですってばぁ!
 目指すのならユウカさんみたいな素敵な淑女を目指すべきです!!
 お花畑の中で日傘を持って柔らかく微笑むユウカさんを、きらきらした目で『やっぱり綺麗だなぁ……柔らかなお日様みたい』って言ってたじゃないですか!?

「あら、素敵な褒め言葉をありがとう」
「きゅふ!?」

 おうおう、いつの間にユウカさん!?
 あれ? さっきまでこの館の中に香りなんて無かったのに。
 一体いつからそちらの椅子に?

「たった今ね、咲夜が時間を止めて連れて来てくれたのよ。『今なら可愛すぎて頭がどうにかなりそうなフラン様が!』って」
「その通りだったでしょう?」
「ええ、本当にいい仕事をしてくれたわ。今度、お礼をさせて頂戴ね?」

 全く否定ができないやりとりですね。
 子狼フランさんが可愛らしいのは間違いありませんもの!

「ふーっ! しゃー!!」
「フラン、今の貴女は猫じゃなくて狼でしょうに。何でそんな猫っぽい威嚇をしてるのよ……可愛いじゃない」
「くぅっ!?」
「そこは驚く所じゃないわよ? ……それで? れみりわんはまだかしら?」
「れみりわん……!?」
「レミリアのわんこ姿、略してれみりわん。ほら、音も中々いいじゃない」

 れ、れみりわん!
 レミリアさんがこの上ない衝撃を受けた顔をしていますけど、いいですね、れみりわん。
 可愛いですねぇれみりわん!!
 愛らしいですねぇれみりわぁん!!!

「うるっさいわよスコール!? 大体問題はそこじゃないわ!」
「そうよね、レミリアは早くれみりわんになって私のお膝の上に来るべきだと思うわ」

 あ、ずるいですよユウカさん!?
 れみりわんは私が先に誘ってたって言うのに横から割り込むだなんて!

「スコールも自然に乗っかるんじゃない!」
「だって貴女はふわんと遊んでご満悦みたいじゃない。私だって可愛がりたいもの!」
「ふわん!?」

 何をそんなに堂々と……!!
 こ、この……泥棒猫っ!

「流れに乗った私が言うのも何だけれど、貴女それ言いたかっただけでしょう?」

 いひ、ばれました?
 まぁまぁ、それは置いといて。
 レミリアさんも意地を張らずにれみりわんになりましょう?
 あんなに可愛らしい姿を出し惜しみするなんて酷いじゃないですか!
 さささ、どうぞどうぞ?

「…………ぅ」
「ん?」
「………………わふん」
「あら、やっぱり可愛いわね。綺麗な青銀の毛並も素敵よ?」
「くふぅー……」
「ああもう、そんなに拗ねないの」
「くるるる!」
「膝の上で暴れられたってその程度の力じゃあくすぐったいだけよ? ほら、落ち着きなさい」
「くるるるるる! ……くふぅ」
「ふむふむ、れみりわんは耳の後ろとお腹が弱いのねぇ?」

 あ、あぁぁぁぁぁユウカさんずーるーいー! ずーーーるーーーーいーーーー!
 私もれみりわんに頭でお腹をぐりぐりとかされたい!!
 ちっちゃな前脚でぱんちとかされたい!!!

「くぅ……あむっ」

 お? おやおやおやおや!!
 ふわんさん、嫉妬ですか!?
 あふ、耳を甘噛みとかもうっ!
 もーう!!
 可愛いですけど、オイタをしちゃあいけませんねぇ!

「きゅーふぅ!?」

 ふふん、腕の長さが違うんですよ!
 私がされてばかりだと思ったら大間違いです。
 ほらほらほら、ここでしょう、ここが気持ちいいんでしょう?

「くふっ!? くるるるるふぅ!?」

 んふふふ、そんなに暴れたって体は正直ですねぇ。
 そんなに気持ちよさそうに吐息を漏らしちゃあバレバレですよぉ?
 ふわんさんは耳の後ろよりも顎の下派ですか。
 ぐーりぐーりひゃっほぅ!

「きゅふー!? くぅるる……くるふぅ……」
「抱え上げて鼻先でくすぐり返すのはいいけど、思考だけ聞いてると危ない狼になってるわよスコール」

 危ない狼だとうと何だろうと結構。
 今この可愛らしいふわんさんと戯れられるなら、危ない狼にだってなってやりますとも。
 んふふー? どうしましたふわんさん、段々体から力が抜けてますよ?
 そんなに気持ちよさげに体をよじる姿なんて、お外じゃ見せられませんねぇ。
 あぁんもう可愛すぎぃ!!
 どうしてくれましょう、全身で悶えたくなるこの気持ち!

「きゅふっ……もうっ! やりすぎ!!」

 あ痛ぁ!?
 あ、ああああぁぁぁぁフランさん、何で元に戻っちゃうんですかぁ!?
 ほ、ほら、ほら、まだふわんさんでいましょう? ね?
 まだまだ夜は長いんですよ!?

「本日のふわんは終了しました! またの機会をお待ち下さい!!」

 そんな真っ赤にならなくたっていいじゃないですか!
 可愛らしいは正義ってサクヤさんも言ってましたよ?
 何も気にせずに可愛らしいふわんさんで居たって、誰も損はしないんです。
 ほら、だから、ね?
 ねぇ……ふわんさぁん!!

「へぇ……咲夜、そんな事言ったの?」
「さて、とんと記憶に御座いませんね」

 な、裏切りましたねサクヤさん!?
 いくらにっこり笑って拳を握りしめるフランさんが怖いからって!
 こうなったらサクヤさんが作ってた秘密のアルバムの場所をばらしますよ?
 あのレミリアさんの寝顔とかフランさんのお着換えだとかを撮った危ないやつ!!
 それでもいいって言うんですか!?

「ちょ、咲夜!?」
「…………何の事でしょうか?」

 …………んむ? 何か今サクヤさんがブレたよう……な?
 あぁぁぁぁ!? さては隠し場所を変えてきましたね!?

「咲夜、後で寝顔とかの写真だけ焼き増しお願いね」
「ええ、いいわ…………いえ、何の、事かしらね?」
「さてさて、何の事かは今度のお茶会の時にでも分るんじゃないかしら?」
「そうかもしれませんわねぇ」
「うふふふふふ」
「ふふっ」

 れみりわんさん、フランさん、怪しげな取引が行われてますよ!?
 ほら、サクヤさんを止めないと!

「……いや、もう咲夜は病気だから仕方ないよね。それに幽香さんなら妙な写真を選んだりしないだろうから」
「くるっふ」

 あぁ、そんな遠い目で諦めちゃうなんて……おいたわしや。
 やっぱり、サクヤさんはもう手遅れなんですね……。

「今日の夕飯と今の軽口。好きな方を選びなさい」

 あ、はいごめんなさい。
 夕飯はお肉がいいです。

「ん。わかったから、わかったわね?」

 いえすまむ!
 さ、話は終わりましたしふわんさん、もう一回どうです?
 お互いの心の傷を癒しましょう?

「…………くふぅ」

 ほら、こちらへいらっしゃい。
 ふわんさんはもう休んでいいんです。
 だから、そんな悲しい鳴き声を零すのはやめましょう?

「あら? ……いつの間にか私が悪者な流れになってる?」










































「知ってます? 咲夜さんのアルバムの中にはパチュリー様がスコールを全身でモフってとろけ顔になってる写真とかあるんですよ?」
「なっ!?」
「前にすこーるぬいぐるみをプレゼントした時に見せて貰ったんですよぉ。……可愛かったなぁ」
「…………咲夜ぁ!!」





[20830] 三十六話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2016/01/17 01:38



 わっしゃわっしゃ。
 わしゃわしゃ……かしかし。
 しゃーしゃっしゃっしゃ! わしゃわしゃわしゃ!!
 …………ん!

 スコールの大きな体をそのまま泡玉にする勢いで、シャンプーをかけては泡立て、またまたかけては泡立て。
 平時のさらさらもふもふとした手触りとは違う、泡にまみれた独特な手応え。
 そう、これは一回り以上もシルエットが細くなったように見えるスコールを、ひたすらにわしゃわしゃとかき回すだけの簡単なお仕事。
 ………考えてみれば、この泡玉みたいなスコールは私しか体験してないのよね。
 そう思うといつもより面白くなってきた。
 洗っているのを見られた事なら何度もあるけれど、あのフラン様ですら体験はしていないのだから、不思議なもの。
 優越感とは少し違うけれど悪い気はしないわ。

「どう? かゆい所はない?」

 じゃあ耳の後ろを!!
 いやぁかゆいかゆい、かゆくてかゆくてかいて貰えたら思わず尻尾を振っちゃいますね!

「もう、それかゆい所じゃないでしょう?」

 まんじゅうこわい、じゃないんだから。
 即座に返してくる辺り、かいて欲しいというのは本当でしょうけどね……でもこれ、ただ気持ちのいい場所ってだけじゃない。
 耳の後ろをかりかりと少しばかり強めにかいてやれば、ぐるぐるごろごろと気持ちよさげに私の肩へ鼻先を預けてくる始末。
 ふすー、と満足げに鼻息を漏らすのはいいれけど、耳や首筋にそれが当たるとくすぐったいからやめなさい。
 ……あぁ、この目、気づいてやってるわね?
 たまにこうして小さすぎる悪戯を仕掛けてくるようになったのはいい事だけど、この私がただされるがままになると思ったら大間違いよ。
 目には目を、歯には歯を、悪戯には悪戯を。
 それに今回散々心配させてくれたお礼もあるわけだし、少しばかり多めに返すべきね?
 にやにやしているそのお顔を泡まみれにしてあげましょう。

「意地の悪い狼さんは綺麗な狼さんに上書きしなくちゃいけませんわー」

 わしゃわしゃわしゃと首筋辺りで両手から溢れる位に目いっぱい泡を作って一息。
 うん、これだけあればいいでしょう。
 おうおうおう、何て呑気に気持ちよさそうに意思を漏らす狼さん、お覚悟なさいな。
 両手からこぼれる泡で問答無用に顔中洗って……!?



 くっしゅん!!



「…………ちょっと?」

 やろうと思ったら、鼻に乗せた直後に盛大なくしゃみ。
 これでもかと泡を乗せた直後に、この大きな大きな、体だけ見れば雄々しいにも程がある狼が、思いっきりくしゃみをしたら?
 そう、眼前に立っていた私が泡まみれになるのは必然よね。
 おのれ、まさかこの時点で反撃を受けるとは思っていなかったわ。
 やるじゃないの、スコール。
 本当に、やってくれるじゃないの?

「……ねぇ?」

 い、今のはサクヤさんが悪いんじゃないですかぁ!?
 鼻先にあんな量の泡をぽんと乗せられたらこうなりますよ!
 ……あ、でも泡まみれのサクヤさんも新鮮でお可愛らしい。

「言いたい事はそれだけかしら?」

 再び首筋辺りから泡をすくって、今度は顔のど真ん中へストライク。
 誤魔化すみたいに可愛らしいなんて言われたってねぇ?
 そのまま力任せにがしがしと顔中を洗ってやると『やーめーてぇー!』なんて情けない意思が飛んで来たけど、そんなの知った事じゃないわ。
 あ、こら!?
 しがみついてくるんじゃないの!

「ええい、大人しく洗われてなさい!」

 可愛らしいって言われて赤くなったのを隠したいのかもしれませんけどね?
 照れ隠しにしちゃあ乱暴すぎますよ!
 ちょっと目に入っちゃったじゃないですか!!

「へぇ、乱暴? 乱暴っていうのはね、こういうのを言うのよ!」

 頬を引っ張るのはやめましょう!?
 ああああ泡が口の中にぃ!
 って、ちょっとぉ!? 更に泡を流し込まないでください!
 物凄く苦いんですよこれ!?

「お仕置き。しばらく泡の味で反省しなさいな」

 まったく。
 いつもいつも、何かにつけて可愛い可愛い連呼するのはやめて欲しいものだわ。
 毎回素直にちょっと嬉しいと思ってしまう自分が恥ずかしい。
 もう!

「…………口、ゆすぐならすぐ後ろにさっき出しておいた水球があるわよ」

 そう、ここはあのパチュリー様が珍しく遊び心を動員して作成した浴場。
 壁や床の装飾に混ぜ込まれた魔方陣の群れは、触れて魔力を流すだけで作動。
 少しばかり時間はかかるものの温度は自在の水球に、それにシャンプーを混ぜたものまで出せる優れものだから、使い勝手の良い事。
 スコールでもぽんと肉球を乗せて力を流し込むだけで使える簡単な所もまた良し。
 まぁ何にせよ……口をゆすぐためだけに、今の私へ背中を見せるとは未熟者め。
 ピンと伸びた尻尾をロックオン、突貫!
 ッ!?

「な!? ちょっと、暴れないの!!」

 そんないきなり、尻尾を思いっきり握りしめるのが悪いんじゃないですかぁ!?
 前に誰かにも言った気がしますけど、妖獣の尻尾をそんな扱いするなんて反射的に噛みつかれても文句は言えませんよ!

「初めて知ったけど噛むのはやめて頂戴ね。……貴女に本気で噛みつかれたら、あっさりと噛み千切られる以外の未来が見えないわ」

 お散歩のついでに、本狼曰く『ぶらんち』を食べるのを目の当たりにした事もあるから、嫌にリアルな想像が飛来してきた。
 まるで風の様にするりと駆け出したかと思ったら、森の中に居た小さめの熊へ襲い掛かって首から上を一気にぱっくん。
 食べられる部分……肉や骨だけをまるでジャムを乗せたクッキーのように、もっしゃもっしゃがりごりと……あぁ、思い出しちゃった。
 妙な所で野性味あふれてるんだから困ったものだわ。

「はぁ……きゃぁあ!?」

 いひ、反撃成功。
 きゃあ、なんて珍しく可愛らしい声を上げましたねぇ?
 私がやられてばっかりなんて思っちゃあいけません、油断大敵でございまする。
 いやはやいやはや、しかしサクヤさんったら真っ赤になっちゃって!
 普段が真っ白なお肌ですから分りやすいったらないですね。
 うん、そのびっくりした顔もぐー、ですよ!!

「な、な、な!?」

 何です、そんなに混乱して?
 ちょーっとばかりその真っ白な背中をぺろっとしただけじゃないですかぁ。
 たったそれだけでそんな取り乱しちゃってもう!
 もーフランさんやレミリアさんとは違う方向に可愛くって仕方ないですねぇ。
 まさに眼福!

「普通、舐めるなんて思わないでしょう……!」

 お、おうふ……何ですか、そのグっとくる恥じらい。
 って今更たおるで体を隠したって何になるって言うんです?
 ほらほら、裸のお付き合いは大事だって小悪魔さんも言ってたじゃあないですか!
 ささ、泡を流してお風呂に入りましょう!!

「わかった、わかったからタオルをひっぱるのはやめなさい!」

 んむ、これはあれですか?
 古き日本の文化『あーれーおだいかんさまー』なあれ!!
 んふふふふふよいではないかよいではないかー!!
 もう逃げられぬのじゃ、観念して手を放すがよいぞ!

「あ、あーれーお代官様ぁー……」

 ……乗ってくれるのは嬉しいんですけど、真っ赤になってたおるを握りしめたままってどういう事なんですか?
 せめて、せめて回りましょう?

「…………」

 …………あ、はい、回ってくれてありがとうございます……。

「……ばかっ」

 ご、ごめんなさい?













------------------------------------------------------------------













 その『ばかっ』って言った瞬間の真っ赤になって恥じらったお顔のサクヤさんがもう、可愛くって可愛くって!
 しかも前脚で頭を撫でてあげても逃げずに受け入れてくれたんですよ!?
 いやぁんもう! もう!!
 思い出しただけで悶えちゃうあの可愛さ、ぷらいすれす!

「……ねぇスコール、もう一回お風呂入らない? 入るわよね? 私も一緒に入るわ」

 是非! と言いたい所ですが、今日は駄目ですよ?
 サクヤさん、その後すぐにお部屋に帰ってお布団を頭からかぶっちゃいましたもの。
 揺すっても反応返してくれませんでしたし。
 いやはや、ちょっと冒険してみたものの実際やってみたら思いの外恥ずかしくって合わせる顔がないって所ですかね?

「それは残念。ところでスコール、そんなお話をしに来てくれるくらいだし、暇よね?」

 ええ、それなりに。
 館用のお肉もこないだ森で獲ってきたばかりですから、特にする事もありませんし。
 そんな事を言うくらいですし、何かお手伝いが必要で?

「ええ、ちょっと人里まで行こうと思うのだけれど……私一人で行くと怖がられるでしょうから」

 ふむ……ふむ?
 はい? 怖がる? あの人里の面々が?

「え?」

 あそこにいるのは『また買い食いか! いいぜ、どんと来いヨォ!』なんて、私の首に腕を回して店先に連行するような人たちですよ?
 はたまた『妖怪が出そうな所に行くから足にならんか? ん?』って鼻先にお肉をぶら下げてくるような人たちですよ?
 さらには『狼さんが買ってくれないと、今日の売り上げが……』なんて、売り切れて空になったお皿にお菓子を大増量するような人たちですよぉ!?
 そんな面々が、不届きな扱いをされなければお淑やかなユウカさんを怖がる?
 ないですわぁ……ええ、本当にないですわぁ……。
 一体何をどうしたらそんな勘違いが沸いて出てきたんですか?

「前に人里のド真ん中で、馬鹿の全身の骨を砕いて放置してやったんだけれど、それでも?」

 ……おぉう。
 それはまたでんじゃらすでばいおれんすですね!
 ユウカさんがそんな事をするなんて、どんな馬鹿具合だったんですか?
 よっぽどの事が無ければユウカさんが手を出すなんてしないでしょうに。

「目立たないように、髪の色を黒に変えて和装で行ったのもいけなかったんでしょうけど……要はナンパね」

 おうおうおう、流石ユウカさん!
 溢れ出る淑女力と美貌に人里の野郎どももイチコロでしたか。

「茶化さないの。で、あんまりにもしつこいから正体をバラして脅かしてやったら、ね?」

 お、おう、何です、その虫けらを見るような目とため息は……?
 それでもしつこく言い寄ってきたんですか?

「言うに事欠いて『言う通りにしないなら貴様の大事なひまわり畑に除草剤でも撒いてやろうか?』よ?」

 えーと、自殺志願者か何かだったんですか?
 そのお馬鹿さん、いくらなんでもありえないでしょう、色々と。
 もしかして人里の中だからって手を出されないとタカをくくってたんでしょうか?
 ……って、あれ? んん?

「ん、どうしたの?」

 いや、その話、何か聞き覚えがあるような……誰から聞いたんでしたっけ……?
 何か妙なノリで聞いたような気がします。

「人里で聞いたんじゃないの? 貴女の話だと、貴女相手にはこの上ないくらいに気安いみたいだし」

 んー……?
 人里……アキュウさん……じゃない、ケイネさんでもない……もこたん……違いますねぇ。
 むむむむ?
 むーむーむー……いや、人里で聞いたんじゃあ無い気がするんですよ。

「人里以外……文辺りかしら?」

 ……いや、それも違いますね。
 そう、酒の席……そうだそうだ宴会の時だったはずです!
 何か『そういえば知ってるゥ~?』みたいな……あああああれ誰でしたっけ!?

「貴女が居る宴会となると、紅魔館とその他集まれる面子よね? アリス、萃香、八雲家、冥界ペア」

 ほあっ!
 それですそれです、ユカリさんですよ!
 あぁ、ユカリさんだっていうのを思い出した途端に、色々思い出してきましたよ?
 結果だけ見れば人里のルールを破ったとも言える行動だけれど、それ以前に大馬鹿がこの上ない馬鹿をやった結果だから云々!
 これまたお優しい事に命も奪っていないし、人里の面々も『これであの馬鹿も大人しくなるだろう』って納得する行動だったからなーんにも問題ないのに、ユウカさんだけが気にしてるってお話です。

「……へ?」

 あ、そういえば人里の小物屋さんとか、ユウカさんのお話をしたら『ウチの商品を売り込みなさい。美人なら割引対象内』ってニヤリと悪どい笑みを浮かべてましたよ?
 ちなみに女性ですが、ムサ苦しい野郎よりも見目麗しい女性の方が好きっていう困った方なので注意しないといけませんが。

「初耳なんだけど、それ」

 ええ、そりゃあ私もたった今思い出しましたもの。
 小物屋さん、いつも手を変え品を変え、私に女性用小物を買わせようとしてきますからね。
 アリスさんにーサクヤさんにー小悪魔さんにーって、私の周りの女性に似合いそうな物を選んでくれるせいで、何度か術中に嵌っちゃいまして。
 で、そんな事を毎回やってたらいつの間にか忘れちゃってました。
 そういえばユウカさんにーって薦められた品物は前にサクヤさんが贈ってた品と被ってたのでするーしたんですよねぇ。

「ええと、つまり……私が行っても、怖がられないの?」

 絶対に怖がられないとは言い切れませんけど……まぁ、多分大丈夫じゃないですかね?
 私が度々ユウカさんのお使いをしてるっていうのも周知の事実ですし、更にはユウカさんの素敵っぷりも広めてますし?
 むしろ、さっきの話を気にして今まで中に入って来なかったって事実を広めたら確実に歓迎されますね。
 何しろあの人里ですもの……。

「何をしてくれてるのよ、貴女は……」

 いひひぃ!
 ま、そういうわけですし、気にせず人里に行きましょう?
 スコールちゃんとでーとですよ、でーと。
 仲良くもふもふしながら人里を練り歩きましょう!
 何でしたら最近ちょっとずつ変化できるようになってきた人型でもいいですよ?
 私の中に居たカミサマが居なくなった途端に、一気に進展したんですよねぇ。

「変化できるようになったの!?」

 人っぽい形には、程度です。
 ランさん曰く、中に居たのがまんま狼な神様だった事もあって、そちらからの制限が掛かっていたんじゃないかって事でしたけど。
 でもその制限らしきものが外れても、変化できるのはそれこそ絵本に描かれるような狼人間みたいな姿ですよ?
 これ以上は何となく無理かなーって感じてますし、今後も完全な人の形にはなれないでしょうねぇ。
 ちなみにこの感覚をランさんに話したら、ランさんの見解も似たようなものでしたし……多分ここらで頭打ちです。

「それでも大きな前進じゃない。それにしても水臭いわね、教えてくれないなんて」

 つい最近、ようやくでしたので!
 まだ練習中ですけど、折角なのでそっちの姿で一緒に行っちゃいます?
 ただ……一つ困った事がありますが。

「一部分がハゲるとか?」

 何ですかその恐ろしい変化は!?
 単に大きさそのままってだけですよ、失礼なっ!

「そのままって……え? スコール、自分がどれだけ大きいかわかってる?」

 ええ、よーくわかってますとも。
 でも仕方ないじゃないですか、ちっちゃくなれないんですもの!
 私だってできる事なら小さくなって弾幕ごっこをやりたいですよ……やったーすぺるかーど攻略ーとかやりたいですよ!!
 でも仕方ないじゃないですか、どうしてもおっきいんですもの!

「……百聞は一見に如かず。とりあえず変化してみてくれる?」

 あい、まむ。
 えーと、尻尾をピンと上げて、伸びをする感じで……こう、もにょっと。
 のーびろーのーびろー!
 ふんぬっ!ふーんぬー!!

「どんな変化の仕方よ……」

 むむむむ……ほぁいっ!

「……あぁ、確かに見たまま、ワーウルフね」

 いひ。
 でも中途半端とは言え、この姿のいい所は手が使える所ですよねぇ。
 今までできなかった事ができるようになって、まぁ便利な事。
 文字通り色々と手を広げられちゃいます。

「良い事じゃない。それにしても……本当に大きいままなのね」

 おうおうおう、顎の下は弱いままですよ?
 そんなもふもふかりかりされたら困っちゃいます。

「ふふ、屈んでくれなきゃ手が届かないのに、わざわざ手の届く所に頭を差し出しているのはどこのどの狼さんかしら?」

 ええ、ここのこの狼さんであります。
 でもユウカさん、そんな無防備に私を可愛がってくれているとですね、今までとは違ってこういうお返しもできるんですよ!

「っきゃ!?」

 おおぅ、サクヤさんに続きユウカさんも可愛らしいお声を上げてくれましたね!

「もう、抱き抱えるなら一言かけて頂戴。レディのお尻に無断で触れるなんて減点対象よ?」

 いやはや、丁度手に収まるくらいだったもので?
 それにしても、こうして片手で抱えてもやっぱり軽いですねぇ、ユウカさん。
 おうふ、顔が更に近づいたからって耳の後ろは駄目ですって、気持ちよくって変化が解けちゃいそうです!

「あら残念。でも中々どうして、腕の中というのも心地いいものね……」

 き、きゅんっ!

「なぁに、それ?」

 今のユウカさんのお顔とお声によって受けた、私の心の衝撃ですかね?
 もうっ! さらっとそういう事を言って私を悶えさせにかかるなんて、ユウカさんは本当にもうっ!!

「はいはい、落ち着きなさいな」

 ……今度は頭をなでなで、と。
 それで落ち着いちゃう辺り、見事なまでに手玉に取られてますね、我ながら。
 で、話を戻しますけど、どうします?
 この姿のまま行っちゃいますか? それともいつも通りの姿の方で?

「んー……そうね、折角だしこのまま行っちゃいましょうか。慧音辺りが慌てて飛び出してくるかもしれないけど」

 このまま…………いひ、いいですね、それ。

「ん?」

 よし、そうと決まればごーごー!
 善は急げ思い立ったが吉日拙速は巧緻に勝る!
 いざ行かん、人里へ!!

「んん? …………ちょっと待ちなさいスコール…………降ろして! このままってそういう意味じゃないわよ、せめて肩とかに……!?」

 二足歩行でも速度の変わらない、たった一匹の狼、スコール。
 いっきまーす!!

「待って、降ろして、ねぇ! 降ろしてってば! 流石に抱っこされたままは……!」

 いやっほーい!
 ユウカさんが可愛いやったー!!





















































 ざわ…………! ざわ………………!!

「狼さん、このバレッタなんてどうです? そちらの彼女の後ろ髪を上げれば、きっと素敵な首筋が見えますよ?」
「ばぁか、そんなもんでスコールが釣れるかってんだ! 外見は変わっても中身は変わらんだろ。おぅ、肉食うだろ? んで、買うだろ?」
「スコールさん、腕の中の彼女さんに和菓子はどうです? まぁるく収まるようにお饅頭とか」

 ざわ……!

「慧音、私今すごいもん見てるよ」
「そうですね、妹紅……私もです」

 ざわわ…………!!

『まさか、恥ずかしがって真っ赤になった風見幽香を見ようとは』

 しかも、毛並に顔を埋めながら。





[20830] 三十七話 Aya
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2016/05/04 12:56



 今日はお仕事もお休みだし、特に予定も無し。
 いい具合に暖かいし、久しぶりにのんびりと縁側でお茶でも飲もうかなぁ……。
 同僚が体調を崩した事もあって、三日続けてまるっと哨戒任務に就いたおかげで結構疲れが溜まってますし。
 えぇと、咲夜さんから貰った葉、まだ残ってましたっけ?
 あんまりにも美味しいからって、事あるごとに飲んでたからそろそろ残りが怪しかったような。

「はっぱさ~んはっぱさ~ん…………ありゃ」

 この量じゃお湯飲みに一杯淹れられるか、っていう所ですね。
 こうして最後の一杯と思うと、ちょっと飲むのは勿体なく感じちゃいます。
 んむぅ……これ、何かと交換してくれたりしないでしょうか?

「んー…………交換、できる物……物」

 もそもそと縁側へお気に入りの大きな大きなお座布団を敷いて、その上へごろりとまぁるくなりながら辺りを見回してみても、ピンと来るものがまるでありません。
 お庭の果物や畑のお野菜は丁度食べごろの物がないし、それ以外となると?

「何があるかなぁ……交換してくれそうな物」

 山菜とかいいかもしれませんね……タラの芽とか天ぷらにすると美味しいですし。
 あ、それからお漬物なんかもいいかも?
 前に美鈴さんがお茶漬けとお漬物の組み合わせが~って語ってましたから、紅魔館でも需要はあるはず。
 他には何があるかなぁ?
 食べ物くらいしか無いですからねぇ、私が用意できる物なんて。

「ふぁ……ふぅ……」

 あぁ……それにしても丁度いい暖かさ。
 思わずあくびも出ちゃうってものですよ。
 あまり人に見せられる姿じゃないのはわかってますけど、幸いにして今はお家で私一人っきりの時間。
 目を閉じればゆるりと流れる澄んだ風の音、さわさわと歌う草木の声。
 ふと風が止めば、そこに紛れていた小さく響く小川の水音、そしてシャッター音。
 いやぁ、平和ですねぇ。
 ねむねむ……。

「……あれぇ、シャッター音?」
「いやぁ、良い垂れもみじが撮れたわ。今年のベスト椛ね」
「…………んん?」
「あ、いいわよそのまま寝てても。別に何か用事があるわけじゃないからね」

 ふわりとお庭に降りたって、そのまま靴を脱いで上がり込んできては私の様子に微笑む文様。
 ……ぽかぽか陽気に、ふわりと頭を撫でて下さる文様の柔らかな手。
 いやはや、幸せですねぇ。
 お座布団の上でぱふりぱふりと尻尾が揺れちゃいます。
 あぁ、でも私がお座布団を丸ごと使ってるから、隣に座った文様は当然のように縁側の板張りの上。
 いや、これはいけません、いけませんねぇ。
 ずずいとこちらへおいでくださいませ。
 ……あれ、来てくれない?

「全く、こんな安心しきった顔でじゃれついてくれちゃって……」
「んー……文様……こっち、お座布団に……」
「いいわよ、別に。そんな事気にせずにゆっくり眠るといいわ」
「いけません。いけませんよそれは……」

 むぅ……こうなれば力技です。
 幸せな感触を全力で享受しようと閉じたままだった目をうっすら開けて、文様の細いお腰を確認。
 そのままちらりと上を向けば、私の視線に気づいた文様が『ん?』なんて優しげな笑みを浮かべているお姿。
 お命頂戴……じゃない……えぇと、油断したな……でもない……まぁ何でもいいですよね。
 ずりずりと少しばかりお座布団の上を文様とは逆向きに移動してから、空いた場所へぐいっと文様のお腰を掴んで引いて、ご案内。
 まるで寝っ転がったまま文様のお腹へ抱き付くような形になってしまいましたけど、まぁいいですよねぇ。

「ちょ、ちょっと椛!?」
「んふ……んふふふふふぅ……」
「くすぐったい、くすぐったいからお腹に頭ぐりぐりはやめて!?」
「文様の匂いだぁ……」
「え、え、ちょっと待って? ねぇ、何か異様に恥ずかしいんですが!?」

 ぎゅっと抱きしめた文様から微かに感じるインクの香りに、お気に入りだと言っていつもちびりちびりと飲んでいる、咲夜さんから貰ったというお酒の香り。
 あぁ、いつもの文様の香りだ。
 落ち着く香り、です

「あのあの、椛? モミジサン? おーい?」
「むぅ…………うぅっ……!」
「いやいや、『むぅ』じゃないでしょう椛?」

 ぷにぷにと私の頬っぺたをつつく文様の指から逃れるように、ぎゅっと文様のお腹に顔を押し付けていやいやと頭を振ってみる。
 ちょっと我がままだと自分でも思いますけど、それもこれもこんなに私を安心させてくれる文様がいけないんです。
 そうしてしばらく抱き付いたまま文様成分を堪能していると、ふすー、なんて気の抜けた吐息の気配。
 ほら、外では何だかんだと厳しい言葉を口にしたりもする文様ですけど、こういう時はいつもお優しいんですから。

「駄目だ、完全に寝に入る体勢だわ。全く、これで私が悪い狼だったらそのまま致されちゃうわよ?」
「文様は烏天狗じゃないですかぁ」
「そういう意味じゃないってば」

 苦笑の気配。
 わかってます、わかってますとも。
 でも、頬にかかった髪を指先で流して、そのままするりするりと髪を梳き、時にはふわりふわりと撫でてくれるその手は暖かくて、優しくて。
 まるでここが私の帰る場所だと思わせてくれるような安心感が溢れてしまいます。

「……ま、たまにはいいかな。こんなに幸せそうな顔をされちゃかなわないわ」

 暖かい……柔らかい……あぁ、幸せですねぇ……?













--------------------------------------------------












「なんて! なーんて!! どうです、可愛らしいでしょうウチの椛は!? 見て下さいよこの幸せそうな顔。思わず手持ちのフィルムを使い尽くしてしまいましたよ!?」
「ん、確かに言うだけあって良い顔してるわね。ちなみにこの写真はおいくらかしら?」
「んふふふふ! 残念ながら非売品です!」
「あら残念」
「こんなに可愛らしい寝顔椛の写真なんてそうそう撮れませんからね! 他でもない幽香さんですから見せるのは結構ですが、お譲りはできかねます!!」

 日頃から記事に食事に癒しにとお世話になる事の多い幽香さん。
 故に、幸せのおすそ分けはさせて頂きますけれど、それとこれとは話が別!
 この椛の写真を譲るなんてとんでもない!!
 本来であればそっと自宅のアルバムや写真立てに収めて幸せな気持ちで眺めるべきものですからね!

「……それにしても本当に幸せそうな顔だこと。これだけの信頼を裏切るような事はやめてあげなさいよ? 主に無駄スクープで」
「そんな! 裏切りなんてするわけがないでしょう!?」

 ちなみに、あの後しばらくして起きた椛は『そこまで小さくなれるのか』と言いたくなるくらいに縮こまって申し訳ありませんを連呼してたけど、気にする事なんて何一つないのに。
 普段から可愛がってる子が甘えてくれて嬉しかったと言うのに、それを謝られてしまっては逆に悲しくなってくる。
 まぁ何を言いたいかと言うと、ウチの子は可愛い。
 それはもう、可愛くて可愛くて仕方がない。
 あの子が慌ててお茶を用意しようとした時の、『咲夜さんから貰ったお茶、無くなったんだった』なんて心底残念そうな一言を耳ざとく聞いて、お暇したその翼でそのまま幽香さんの所へ飛び込むくらいには。

「というわけで、幽香さん。紅魔館に持ち込んでいる緑茶の葉、少しでいいので分けて貰えませんか?」
「どういうわけなのか聞けていないんだけど、まぁ茶葉くらいならかまわないわ」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないわね。飛び込んできた途端に鞄から出した一升瓶を一気飲みして、そこからは椛の可愛らしさトークしかしてないわよ、貴女」
「おやおや、おかしいですねぇ……ところで、この散らかった酒瓶の山はどうしたんです? 綺麗好きな幽香さんが珍しい」
「貴女の仕業でしょうが。出したお酒を片っ端から飲み干してくれちゃって……一体どれだけ飲めば気が済むのかしらね?」

 呆れたものね、とばかりに苦笑を浮かべる幽香さんも中々にいいものですが……ふむ、あまり覚えていませんね。
 おっしゃる通り、鞄の中に常備している紅魔館製のお酒を詰めた一升瓶を駆けつけ一本と飲み干したのは記憶にありますが、その先は……あ、確かに幽香さんが酒瓶を抱えてきてくれたような?
 タイミング良く差し出してくれるおかげで次から次へとラッパしたんでしたっけ?
 ……あぁ、うん。
 私が原因ですねコレ。
 でも出してくれたお酒が美味しいのもいけないんです。
 さらに言うなら、おつまみにお酒にとかいがいしくお世話をしてくれた幽香さんもいけないんです!

「何気に幽香さん、人を駄目にしちゃいそうなタイプですよねぇ」
「甘えるだけの輩にいつまでも情を掛けるほど優しくはないけどね」
「おや、ではスコールさんやフランさんはどうなるんです?」

 猫かわいがりしてる所しか見ていない気がするんですが。
 特にフランさんなんて、顔を見ればお膝の上にご招待してるような。
 そしてなでなで頬ずりしてはまるで花の咲いたような笑顔を浮かべるお二人の図も最早見慣れた感がありますよ?
 撮った写真の枚数的にも。

「フランはちょくちょく畑の世話なんかを手伝ってくれるわよ?」
「ほう?」
「真冬以外は大体何かしらの草花がここにはあるもの。あれもこれもとゆっくりしていたらあっという間だからね」
「なるほどなるほど。そして手伝えば手伝うほど、甘やかし度が上がるという事ですか」
「否定はしないわ。だって可愛がっても付け上がったりなんかせずに、純粋に甘えてくれるのよ?」

 確かに。
 打算とか嫌味のない笑顔ですよねぇアレ。
 しかも甘えるばかりじゃいけない、なんて本人が積極的に動くものだからもういい意味で手に負えません。
 何ですかあの可愛らしい吸血鬼。
 見た目じゃなくて中身も可愛らしいとか反則ですよ全く。
 ……まぁそればっかり見てると、たまに本気で怒った時のおっかなさが増すわけですが。
 五百歳程との事ですけど、吸血鬼の基本スペックにあのとんでもない能力が合わさると、もう本当におっかない。
 視認してきゅっと手を握るだけでドカンとか何ですか一体。
 ただ壊すだけなら再生できる妖怪は数多くいますけど、あの能力はそれ以上の本質的な部分を壊せるようですし。
 前に一度『まとまった風の目』を壊して局地的な無風状態を作る、なんて私に対する鬼門的な使い方まで披露してくれちゃいましたからね。
 おお怖い怖い。
 でも、それ以上に可愛らしいって印象が強いっていうのも凄いですねぇ。

「とにかくあの笑顔は胸に来ますよねぇ。本当に夜型妖怪ですか貴女ってくらいの太陽みたいな笑顔」
「夜型妖怪って……」
「吸血鬼なんだから夜型でしょう?」
「いや、間違っては無いけど、何か違うんじゃないかしらね」

 そんな事はないと思いますが。
 レミリアさんは自称夜の王ですし。
 宴会でしこたま飲んで酔っ払った後に胸を張って宣言してた程度の自称ですが。
 まぁ、その自称については否定はしませんけどね。
 フランさん然り、レミリアさん然り。夜の吸血鬼は知る限りでもかなりの大物ですし。
 特に大きな月の出ている夜なんて、どっから出したのその力、とばかりに出るわ出るわ、妖力魔力膂力。
 妖力のぶっぱだけでも割と手に負えないレベルなのに、レミリアさんもフランさんも館の魔法使いの影響か、魔法に関してもそれなり以上に扱えますからね。
 そして鉄すらあっさりと捩じ切るだけの馬鹿力に、はじけ飛んだ体すらも即座に復元する事のできる継戦力。
 それこそレミリアさんなんて酔っ払った伊吹様と真正面から殴り合って無事で済む以上の成果を出しちゃう有様。
 けらけら笑いながら色々とぶちまけながらも殴り返し続けて伊吹様を満足させるとか、一体何がどうなってああなった。
 …………あ、思い出したら何か酔いが覚めてきました。
 いけませんね、いけませんよ、これは。

「というわけでお酒お酒……」
「まだ飲むの? いい加減にしておかないとしばらくお酒臭い烏天狗に成り下がるわよ」
「いえ、レミリアさんと伊吹様の殴り愛もとい殴り合いシーンが脳裏をよぎりまして。背筋がちょっと寒くなっちゃいましたので」
「あー……あれは……まぁ、確かにちょっとやんちゃが過ぎるシーンだったわね」
「やんちゃで済ませますか、あれを」
「本気の殺し合いじゃないんだからやんちゃで済むでしょう?」

 済みません。
 何をどうしたらモツを撒き散らしながらのカウンターがやんちゃで済むんですか。
 しかもあの、そう、あの伊吹様に『久々にいい殴り合いができた!』なんて満足げな叫びを引き出せるだけの殴り合いが?
 やんちゃ先輩の存在が揺らいでます。

「でもレミリアも中々どうして、殴り合いも様になってたわよね」
「あ、幽香さんもそれ思いました?」
「ええ、力に任せるだけじゃなくて、ちゃんと力の伝え方を知ってる動きだったわ」

 然り、然り。
 受け流すくらいなら、その手間やダメージを切り捨ててぶん殴ると言わんばかりの荒々しさでしたけれども。
 型のようなものこそ見て取れなかったですけれど、その時の体勢で出せる最適解と言わんばかりに出るわ出るわ拳、肘、膝、足。
 果ては頭突きまで。

「あれ、あの頑丈な伊吹様だから『効くなぁオイ!』で済んでましたけど……割とどれを貰ってもそこらの妖怪じゃ致命傷クラスですよね」
「将来が楽しみよね」
「末恐ろしい、と言うべきだと思うんですけどね。どちらかと言えば。割と本気で」

 あの紅魔館の気質を知っているからこそ、それほど危機感はありませんけど……でもですね?
 あそこ、明確に敵対行動を取っちゃうととことん容赦が無くなりそうな気配がするんですよねぇ、ひしひしと。
 しかもあの館は脳筋集団でもなければ、口だけ集団でもないという。
 本気になられたら洒落じゃ済まないレベルなんで、これ以上は遠慮したい所ですね。
 いや本当に。
 ともすれば、有り得るかもしれない有事の時を考えると。

「知ってる? レミリア、最近ちょっと身長が伸びたらしいわよ?」
「へ?」
「今までは『何で伸びないのよぉ!?』なんて悔しがってたらしいんだけど、こないだ測ったら少しだけ、ね?」

 まぁ幽香さんが指先で『少しだけよ?』なんて示すだけあって、見た目じゃ全くわからないんですが。
 でも何でそれ程小さな変化が、そんなに嬉しそうなんですかね、幽香さん。
 完全に子供を見守るお母さんの顔になっちゃってますよ?

「……えーと、つまりどういう事です?」
「あの子の、あの子達の止まった時間が動き出したって事」
「んん?」
「あの館で何があって、それに起因してどうなっていたか。それを知っていると嬉しくて仕方がないわ!」
「…………んんん?」

 とりあえずフランさんが五百年程地下に居た、という事くらいしか知らないので何とも。
 ちょっと調べてみま…………せん。
 やめましょう、うん、やめましょう。
 ちらっと頭を掠めた瞬間に幽香さんの威圧感が半端ないです。

「ちなみに、この部分を無遠慮に暴くような真似をしたら妖怪の山を物理的に吹き飛ばしてやるわ。後がどうなろうと知った事じゃないわね」
「ちょっ!?」
「トップは一筋縄でいかない所じゃ済まないバケモノなのは知ってるけど、それも知った事じゃないわよ?」
「いやいやいやいや、そこまで行っちゃいます!?」
「行っちゃうわよ。私は身内にはとことん甘くなるタチだもの」
「外様的には激辛を通り越すわけですが!」
「仕様ね」
「うわぁ……うわぁ…………!」

 そっと私の首筋に手を掛けるの、やめて頂けます?
 いや本気で。
 大輪の花と言われても納得する以外の選択肢が出家しちゃう程の笑顔と妖気が眩しすぎて眩しすぎて、冗談抜きに目が潰れそうです。

「ま、脅しはこれくらいにしておきましょうか。思わず口を滑らせちゃったのは私だし、それ以降は敢えて口にした部分もあるしね」

 せぇふ。
 カタカタと震えていた全身が沈静化の様相を見せるお時間になったようです。
 しゃめいまるいきのこった。ちょうがんばりました。かんどうしました!
 …………いやいやいやいや本当に冗談じゃないですって、心の弱い妖怪なら十回は死ねますよあの威圧。

「個人的に仲良くなって本人たちの口から聞いたのなら、私は何も言わないし、しない。でも暴くのは許さない。絶対に、許しはしないわ」
「リョウカイデアリマス」
「ええ、相変わらず物分かりが良くて助かるわ」
「コウエイデアリマス」

 ゆるりゆるりと妖艶に微笑んで頬を撫でてくる幽香さん。
 普段であればもう『これは赤面待った無し!』と荒ぶる所ですが、もうそれ所じゃないです。
 この笑みが意味する所へ下手に踏み込むと、もれなく全方位死地なわけでして。
 やっぱり八雲一家やうちの天魔様等と並んで、幻想郷で絶対に敵に回しちゃいけない一角ですよ、このお方。
 普段は優しいお姉さんの部分が前に出ていますけども、本気で怒らせたらアレです、アレ。
 どこかの勢力が一夜で滅んだとか、何もないだだっ広い荒野が突如として現れたとかって聞いても何ら不思議じゃないですもの。

「さて、剣呑なお話はこれでおしまいね。どう? ちょっとは酔いが覚めたかしら?」
「むしろ色々と冷めたわけですが」

 背筋とか、心胆とか。
 シャツが冷や汗でべっとりですよもう!

「重畳。じゃあそういう事だと心に留め置いてくれると助かるわね」
「文字通り、心しましょう」

 組織として『お前、死んで来い』とでも言われぬ限りは。
 私にも立場がありま「お・た・が・い・に、ね?」……すん。

「安心させた後の威圧はやめましょう!?」
「念には念を。貴女、中途半端に知ると最後まで知りたくなるタチでしょう。あとしがらみ的にも。ちゃんと釘を打ち込んで蓋をしておかないと」
「その釘、蓋や入れ物以上に大きくないですか?」
「そう思わせる事ができたなら良かったわ」
「体に教え込まれましたね、ええ」

 …………んん…………まぁ幽香さんが口にした通り、無遠慮に押し込みをかけるような真似をしなければ、ですよね。
 切り替え切り替え。
 それはそれ、これはこれ。
 個人的に仲良くしておきたい所なのは変わりませんし、お山が敵対する理由も今の処ありませんし。
 そもそも今の関係は気に入っていますからね。
 その関係にヒビを入れるような真似は、今の処する気も起きないわけで。
 うん、何ら問題ないですね。

「貴女のそういう所、好きよ?」
「あややや、幽香さんに面と向かって好きなんて言われると照れちゃいますね!」
















































『アリスサン、コチラスコール。イマ、ユウカサンノオウチノソトニイマス。チナミニヘンシンフヨウ』

 何ですかこの桃色な感じのお二人の図。
 ちっちゃな机でお互いに『うふふ♪』なんて表現がぴったりな近さでにっこにこ微笑み合ってるといふ。
 思わずアリスさんに通信魔法でのご報告と蛇さん任務が発動してしまいました。
 おうおうおう、そうです、ここはアヤさんのお株を奪って写真をば!

『キャー、ナカンジノスクープ、ゲットデス!』

 えぇと、カメラカメラ。
 ってその前に人化しないと!
 ふんぬっ!ふんぬぅ!!



 …………ふぅ。



 さて、それじゃカメラを!

「人化のスピード、上がったのね。頑張ってるようで何より」
「というかいつの間に」
「つい先日ね。おかげで酷い辱めを受けたわ」
「ほうほうほう、興味深いですね!」

 …………そっと、鞄の中へ。

「で、そんなスコールさんは今鞄へ戻したカメラで何をしようとしていたんです?」
「さっきの私達をカメラに収めて……そうね、アリスにでも流そうとしたって所かしらね?」
「あやややややや! それはそれは、恥ずかしいですねぇ!!」

 そーっと人化を解いて、全力でかーるくかーるく色々とかーるくかるくかるく。
 あと、スカーフの念話魔法も起動。

「あら、折角変化したのに戻っちゃうの?」
「中々に面白い変化の仕方をしますねぇ?」

 いやほら、ね? ね?
 お二人とも、落ち着きましょう?
 そもそも何で気づいていらっしゃる。
 ちゃんと気配は消してたはずなのに!

「愚問ですよね、幽香さん」
「そうねぇ、気配を消したっていっても、窓の外で大きな大きな狼さんが変化してるのが目に入らないとでも思ったのかしら?」
「しかももっふもっふの毛玉みたいに丸まったと思ったらいきなり二足で立ち上がるんですから、救いが無い」
「不自然が過ぎるわよねぇ」

 あ、はい……ええ、解説、ありがとうございました。
 えーと、お二人の前ですがちょいと失礼。

『アリスサン、ミツカッチャイマシタ。アリスサントオハナシシテタノモ、ナンカバレチャイマシタ』
『ちょ、一体何なのよそもそも!?』
『イチレンタクショウ。アリスサン、ガンバリマショウネ!』
『だから何の事!? ってちょっと待ちなさい、まさかこの通信魔法、幽香達の前で使ってるんじゃないでしょうね?』
『ゴメイトウ』
『こんの馬鹿! 私まで巻き込まないでよ!?』

 ……お、おや?
 そんなこれ見よがしに指輪を見せつけてくるなんて、ユウカさんも通信魔法をお使いになるんで?

『アリス?』
『幽香、私は無関係だからね!? そもそも何の事かすらわかってな『今から、お邪魔するわね?』…………だからなんなのよぉ!?』

「さ、行きましょうかスコール?」
「あ、私一度スコールさんの背中に乗ってみたいと思ってたんですよねぇ!」
「走ってる時の躍動感も、ゆっくりと歩いてる時の独特な浮遊感も、中々癖になるわよ?」
「あややや、それは楽しみです。ちなみに今回はどちらを?」
「無論、全力で走って貰いましょうか。アリスが逃げ出す前に着くように」

 ぜ、全力で?

「全力で。噂で聞いたけど、妖力の身体強化だけじゃなくって、加速の魔法も使えるんですって?」

 スカーフ頼みですけど、まぁ、はい。

「いい? 全力で、ね?」
「興味深いですねぇ、どこまでの速さが出せるのか!」
「ほら、幻想郷最速さんがこんなに期待してくれてるのよ? 頑張りなさいね」

 あ、あい、まむ!
 アリスさん、今、会いに行きます。
 死なば諸共ォ!
 …………って、あぁぁぁぁ!?
 か、か、か、カメラ落としたぁ!?
 壊れてないですよね!?
 ほあああああああレンズが、レンズがポロリって!ポロリってぇ!?








「勝手に巻き込んだ上に、売る。中々に外道な真似ですよねぇ、普通に考えて」
「でも、スコールの場合はどこまで行ってもイタズラの域を出ないと言うか、憎めないのよねぇ」
「それは確かに。というかカメラに気が行って私達の事を忘れてるようなんですが」
「もう勝手に乗っちゃいましょう。今日ばかりは許されるわ」
「…………幽香さん、ちょっと面白くなってきたでしょう?」
「ん、わかる?」
「ええ、幽香さんはそういう微笑みの方が似合いますよ?」
「貴女も中々言うわね?」








 …………あ、ただ外れただけ?
 やった、くっつきました!
 やぁよかったよかった、っておぅふ!?
 お二人とも背中への強襲は卑怯ですよ!?

「さぁカメラは仕舞った? スカーフの魔法は? アリスのお家へ脇目も振らずに突撃する心の準備はオーケィ?」
「あやややや、ノってますねぇ幽香さん!」
「さぁ、往くわよ!」

 りょ、了解であります!?





[20830] 三十八話 Sköll
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2016/08/21 01:59



 ふわりと香る春の息吹。
 頬を撫でる風に乗って通り抜けていくその青さを追えば、さわさわ揺れる木々に草原、澄んだ湖、豪奢な紅い洋館。
 ……最後のは若干浮いてるかな。
 あれが純白だったら完璧だったんだけど。
 ま、それでものんびりするにはいい場所だ。



「いやはやなんとも……誰かの膝の上でのんびりするなんて、ここ数百年は考えもしなかったよ」

 いひ。
 だってこの人狼型の時って、お膝の上でちょうど良く収まる方って結構限られるんですもの。
 いつもの狼型ならお腹の上に乗っけたり背中に寝そべって貰ったりであんまり大きさは気になりませんし。
 でも何か落ち着くんですよね、こうやって人狼型になって誰かを抱きながらのんびりしてると。
 で、そこにですよ?
 このもっふりした尻尾といい丁度いい感じに収まる上背といい、ランさんったらぴったりっぽい! なんて思ってたらまさに大正解。
 んふー!

「こらこら、頭でぐりぐりするんじゃない。気持ちいいだろう」

 えっ…………あっはい、お褒めに預かり恐悦至極?
 ………………んん?
 一瞬迷う言い方はやめてくださいよもうっ!

「何、私にこんな扱いができるのは紫様だけだったからなぁ。新鮮で新鮮で、ついつい」

 むぅ。
 むぅぅ……!
 からから笑っても誤魔化されませんからね!
 全く、何で皆して私をからかって楽しむ癖があるんでしょう。
 そりゃあんまり頭の良い方じゃないって自覚はありますけども。
 ありますけども!!

「はっはっは! ……あむっ……んー、美味い、美味いな。流石は咲夜。ここまでのバケットサンドはそうそう外でも無いぞ」

 あ、一人だけ先に食べるなんてずるいですよ!?
 油断も隙もあったもんじゃないですね!
 ほら、あーん! あーん!!

「…………顔の真横でこれだけ剣呑な絵面の大口が開いてるのに、危機感が一切沸いてこないあたりが凄いと思うよ、本当に。ほれっ」

 あむっ。
 むふぅ……!!
 おぉう、見た目に反して和風ですか?
 わさびのぴりりとした感じがたまらないですねコレ。

「あぁ、そっちはそうだったのか。私が食べたのはマヨネーズとマスタードだったんだけど」

 おやおや、色んな具があるなーと思ったら全部味付け違うんですかね?
 これはこれは、ランさんと半分こするべきでしたか。
 んむ。こっちに向けてくれればきっちり半分にしちゃいますよ?

「ふむ……ほれ?」

 あむっ!!
 ……よし、ちょうど半分くらい!
 ちょっとこっちが多い気もしますけど、誤差ですよね、誤差。

「お見事。……ふむ、こっちはケチャップと……タバスコ、かな?」

 何か良くわかりませんけど、ちょっと舌に来ますね。
 うまうま。

「…………くふっ」

 おや、どうしたんですランさんったら。
 そんな吹き出すみたいな笑い方なんて珍しい。

「いや、今日は珍しい体験ばかりだなと思ってね。膝の上でのんびりするのも、こうして誰かと半分こ、何ていうのも」

 そこに関してはサクヤさんの気まぐれの産物ですからねぇ。
 丁度ランさんが果物を差し入れてくれたっていう偶然も絡んでますけど。
 いやはや、いつもありがとうございます。

「こっちも美味しいデザートで返してもらってるからね。おあいこだろう。それに毎回お返しで貰うケーキやらゼリーやらを橙が嬉しそうに食べるのがまた可愛くてなぁ」

 ついつい、と?
 確かにチェンさんはいい子ですよねぇ、若干優しすぎるきらいはありますけども。
 まだまだ年若い子っていうのもあって、これからがちょっと心配ですよ。

「優しすぎるというならお前もだろうに。こないだのお守り騒動の時はあんなに雄々しかったのに、終わってしまえばまたこれだ」

 やめて下さいます?
 その話題は私にとっての思い出しちゃいけない歴史ですので!
 黒歴史、とか言うんですよ、ああいう表に出しちゃいけない騒動は。

「……別にいいと思うんだがなぁ、あの程度で済んでるんだから。私もちょっと見直したんだぞ?」

 見直した、って……いやいや、あれだけ迷惑を撒き散らして胸を張るとか私には無理ですって。

「撒き散らしたのはどちらかと言えばあちらで、お前のは純粋な『狩り』だったろうに。しかし見事だったな、あれは」

 止めようとしてくれたスイカさんをまるっと頂こうとするとか、今じゃもう考えられませんよまったく!

「あれはあの方の趣味だろうに。お前とやりあってる時、それはもう随分と嬉しそうだったしなぁ……紫様があんな止め方をするまで」

 あー……それに関してはさわり程度にしか聞いてないんですけども。
 なんか後からユカリさんがずたぼろにされたんでしたっけ?
『平面じゃー! おらおら平面じゃー!!』って巨大化したスイカさんにおっかけ回された挙句にやられたって。

「そうそう。ま、お二人とも最後の一線は超えない程度のじゃれあいだよ、あれも。何しろ幻想郷のヤバイ奴ら枠だからね」

 ……割とすぐにその枠内が想像できる辺り、私も結構危ない橋を渡ってきてる気がしてきました。
 それってあれですよね、おっかない時のユウカさんとか、殺る気になったレイムさんとかが入ってるでしょう?
 だ、大丈夫ですよね、私の言動で怪獣大決戦みたいな事になったりしませんよね!?

「むしろお前が引き金になったら、何してもぐだぐだになって『こんな空気で真面目な殺し合いができるか!?』みたいな幕引きになるんじゃないか?」

 喜ぶべきなんでしょうけど、何か釈然としません!
 いや、平和的なのは大変結構ですが。
 そんな私がしりあすな空気をぶち壊す専門家みたいな言い方はやめましょう?

「いやいや、こういう一時代も悪くないさ。どこもここも殺気立ってるんじゃ気疲れするし。のびのびと景色を観じて、美味いつまみを食んで、美味い酒をあおる。実に良い」

 あっ!?
 またずーるーいー!!
 それお外から持ってきたお酒でしょう!?
 えぇと……た、たけつる?
 何か美味しそうな匂いがしますよ?

「んむ。美味いぞ。日本製のモルトウイスキーだけどね、これが中々どうして、本場の物にも引けを取らないのさ」

 くっ……何ですかそのにやにや笑顔!
 魅惑的なのは大変眼福ですけれども。
 ええい、こうなったら私も対抗して秘蔵のサクヤさん酒を開けざるをえませんね!?

「咲夜さん酒って…………んん? この香りはキルシュヴァッサーかな?」

 あー、何かそんな感じの名前を言ってた気がします。
 そういえばこれもユカリさんから貰ったやつで作ったんでしたっけ?

「あの時はお返しにトルテを頂いたな。そうか、残ったキルシュでそんな物まで作ってたのか……一口くれないか」

 ふむ……口移しで?

「ははっ、私はそれでも構わないよ? …………ん?」

 いやいやいや、そんな顔で迫るのは反則ですよ!?
 ってあふんっ!? あ……顎の下は駄目ですって……って耳をはむのも駄目ぇ!

「……ふむ、ふむふむふむ。いや、これはもまた良い出来だ」

 あ、あぁぁぁ!?
 そんな、私を誘惑してお酒を奪うだなんて……!!
 色仕掛けなんて卑怯ですよ!?

「油断するお前が悪い。ほれ、竹鶴をやろう。交換だ」

 わほーい!!
 あっこれも美味しい。
 何かうちにあるお酒とはまたちょっと趣が違いますけれども、これはこれで。

「ん? ……あ、お前さては狙ってたな?」

 あ、当たり前じゃないですか。
 いつもやられてばかりだと思ったら大間違いですよ!
 いやぁ勝利の美酒は美味いと聞きますけれど、その通りですこと!!

「ほう? で、正直な所は?」

 普通に交換してもらうつもりだったら誘惑されました。
 でも結果おーらい?

「うん、やっぱりスコールはスコールだな。平和そうで大変結構」

 てへぺろ、ってヤツですね。
 ……さておつまみおつまみ。

「おい、ちゃんと半分に食いちぎれよ」

 わかってますってぇ。
 あむ!! んむ、よし半ぶ…………んむぁ!?

「!?」

 か、からっ!?
 何ですかこのさんどいっち!?
 ってほぁぁぁぁぁ!? ほあああああい!?
 これ、これ知ってますよ!? なんとかじょろきあとかいう唐辛子ぃ!!!

「…………ほら、私に遠慮せずに全部たべるといい!」

 酷い!?
 って口に押し込むのはやめっ! ほあっ!?

「こっちに向けて息をするのはやめろ!? って目に来たぁぁぁぁ!!!」

 ははっ! 因果応報ってやつですねぇ!!
 ってあぁぁぁもう口が痛いいいいい!!

「咲夜め、仕込んだな……!?」

 ふひー、ひぃー!?

「だからこっちに向けて息を吐くな!?」







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 なーんて事がありましてねー?
 そろそろサクヤさんに仕返しをせんといかんと思うわけですよ。
 どげんかせんといかん! ってやつです。

 どこーん。

「だーかーらー! 基本は回転、全身の回転を拳に収束して叩き込むの! 無駄口叩いてないで回す!」

 ぱかーん。

「だから違う! それ馬鹿力で砕いてるだけでしょうが!?」

 ……ガスッ。

「指で岩を貫いてドヤ顔しない。それも硬気功じゃなくってただの身体能力」

 ……………。

「あぁ駄目だ、いじけちゃった……」

 メイリンさんの注文が難しすぎるんですぅ。
 何ですか回転って。
 何につけても回せ回せって、こないだ小悪魔さんが習得したじゃいろぼーるでも投げろってんですか!?
 それとも黄金長方形の回転でも描けってんですかぁ!?

「誰も奇妙な冒険なんぞしろとは言ってないでしょうが!?」

 大体何でいきなり中国拳法!?
 さてはアレでしょう、私に教え込んで頑丈で動く木人代わりにでもする気でしょう!?
 嫌ですよ私、気を打ち込まれて内側からパーンされるのなんて!

「……そうか、その手が。てかパーンて。家族相手にそんな事するわけないでしょうが」

 ほぁた、墓穴!?
 いやいや、ほら!
 これだけメイリンさんと大きさが違ったら練習相手としは失格でしょう、ええ。
 ここは涙を飲んで他の方を鍛えて下さいね!

「大きな相手でも、それはそれで?」

 やめましょう?
 ここに泣いてるスコールさんだって居るんですよ!?

「そこまで嫌がらなくたっていいじゃない。ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから!」

 その笑みは絶対にちょっとじゃない笑みですよ?
 ……あっ。
 そこを行くイザヨイさんちのサクヤさん、メイリンさんがおっそろしい事を画策してますよ!
 ここは伝家の宝刀、ご飯抜きを放ちましょう!?
 大丈夫、メイリンさんなら半年くらい食べなくたって平気ですって!

「いきなり何よ? 美鈴が企むなんて言ったら、門前にどれだけバカンスセットを充実させるかとか、そんな所でしょう?」
「否定はできませんねぇ、いやはや」

 そういった方面でなくて、私に中国拳法を仕込んで木人代わりに叩きのめしていい汗をかこうって!
 ああもう、考えただけでも恐ろしい!
 内部からパーンなんて嫌ァ!?

「だからなんで家族相手にパーンさせなきゃいけないのよ!?」

 じゃあ何をするって言うんです!?

「……えーと、組手、かな?」

 自信なさげに言うのはやめましょうよ!?

「んー……別にいいんじゃない? スコールだって人型でできる事が増えるのは良い事でしょう?」

 それについては否定しませんが、これは私が考えていた方向性と違いますので!
 どっちかって言うとこういった技術よりは鍛冶とかの技術方面をやってみたいんですけど……サクヤさん、何ですかその溜息?

「じゃあまず、サイズダウンしたらどうかしら。今の貴女の体躯で鍛冶って……なに? バトルアクスでも作るの?」
「一体何と戦おうって言うのやら」
「でも似合いそうではあるわよね、巨大な人狼にバトルアクス」
「確かに。まぁそっちの方向性で攻めるなら、私もことさら拳法を仕込もうとは思いませんが。精々が基礎程度ですかね」

 ば、ばとるあくすって何です?
 話の流れからそこはかとなく剣呑な香りがするんですけど。

「戦斧。戦闘用の斧ね。スコールの場合は大戦斧になりそうだけど」

 剣呑もいい所ですね!?
 あ、でも斧その物は結構便利そうな気がします。
 人里でのお小遣い稼ぎに使えそうな。

「スコールがそれでいいなら別にいいけど……ねぇ、美鈴?」
「ええ、悪くはないですね。斧であれば、普段使いでも十分に技術習得は……うん。確か、倉庫にインゴットがありましたよね?」
「そこそこの量はね。失敗しすぎて足りなくなったら埃をかぶってる鎧や剣を鋳潰せばいいでしょう。所詮は放りっぱなしの鋳造品だもの」
「んー……鍛冶関係に強くなれば、その無駄資源を色々と有効活用できそうですよね。鍛造品の強みは魔法じゃあ再現できない部分も多いですし」
「ふむ。いいわね、そう考えると」
「なら決まり、ですかね」

 お、おう?
 何です、お二人ともその悪そうな顔?

「いやはや、面白くなってきましたね咲夜さん。私はパチュリー様に炉や道具の作成をお願いに行きましょう」
「ええ、なら私はお嬢様に材料の使用許可を貰ってくるわ」

 え? え?
 していいんですか、鍛冶!?

「ええ、まず間違いなく許可は出るでしょうし、そうなったら存分に打ちなさいな」

 棚から牡丹餅と言うか、瓢箪から駒と言うか……?

「それじゃ、咲夜さん?」
「ええ、そっちも頼むわね」

 わほーい! やった、やりました!
 じゃあとりあえず人里の鍛冶屋さんに基礎だけでも聞いてきます!!
 善は急げ思い立ったが吉日、ひゃっほー!










「…………即座に走り出すのはいいんですけど、いくらスコールでも流石に教えてくれないんじゃないですかね? あちらにすれば飯のタネでしょうに」
「案外あっさり教えてくれるかもしれないわよ? 普段あれだけ点数稼ぎしちゃってるわけだし」
「あー……そう考えるとありえそうな気もしてきますねぇ」
「無害でとっつきやすい、神になりかけている狼。こう言えば中々いい感じに聞こえるから不思議だわ、本当に」
「全く以って。本当に不思議ですねぇ」










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 というわけで、何か鍛冶ができる環境になりました。
 でも知識も何もないんですけど、どうしましょ鍛冶屋さん。

「……いや、いきなり『どうしましょ』何て私に言われてもなぁ。別に秘伝ってわけでもないし、教えるのは構わんけども」

 あら、随分とあっさり……もっと『私の飯のタネを奪おうってのか? アァン?』くらいは言われるかと覚悟してたんですけど……?

「お前さんが作るのは包丁だの鉈だのじゃないんだろ?」

 ええ、予定では大戦斧、らしいです。
 とりあえず斧っぽいなら何でもいいんですけど。

「なら構わんよ。ただし競合品を作りだしたら徹底抗戦だ!」

 この体でそんな物を作れるとお思いで?
 私がそういった小さな物を作る金づちを持ったところで、鍛冶屋さんの感覚で言えば指先くらいの大きさの金づちで爪楊枝くらいの包丁を打てって言われるようなもんですよ。
 そんなの無理無理、私そこまで器用じゃないですもん。

「それもそうか。ま、お前さんの性格なら悪用も嫌がらせもせんだろ。むしろ何かしらの形で技術が残るのは俺も嬉しい事だしな」

 やぁん鍛冶屋さんったらいけめん!
 何で奥さんが居ないのかわからないですね?

「てめぇ金槌でぶん殴られてぇのか? アァン!?」

 ごめんなさい、冗談です。
 でもお嫁さんが欲しいなら人里に良い方がいらっしゃいますよ?
 折角ですからご紹介しましょうか!

「……一応聞いておこう、どいつだ」

 甘味屋さん。

「よし、出てけ。お前に教える事は何一つ無くなった」

 えぇぇぇそんな酷い!?
 私を弄ぶだけ弄んでポイだなんて鬼畜ですよ鍛冶屋さん!!!

「おいこら!?」

 何が目的だったんです!?
 まさか私の体(毛皮)が狙いですか!?

「待て、待て待て待て、人聞きの悪い事を馬鹿デケェ念話で吹聴すんじゃねぇ!?」
「話は聞かせて貰った! 最低だなお前ぇ!!!」
「うっせぇ出てけ八百屋!!!」
「私も話は聞かせて貰ったわ! ちなみに私としても貴方の嫁になるのは御免だわ!!!」
「てめぇどっから沸いた甘味屋ァ!?」
「わ、私も話は聞かせて貰いましたが……流石にそういうのはどうかと思いますよ?」
「け、慧音先生ぇ……!?」

 私はただ、ちょっと木材の仕入れのために斧の作り方を習おうと思っただけなのに……鍛冶屋さんがぁ!

「……なぁ、お前ちょっとその顔を覆ってる馬鹿でかい手ぇどけてみ? ん?」

 ……やーでーすぅー。
 あっ! ちょっと、力づくではがそうとするなんて酷い!!
 かよわい私をどうするつもりなんです!?

「てめぇの馬鹿力のどこがか弱いんだよ! てか笑い堪えてんのがバレバレなんだよボケェ! そしてお前らも何でノった!?」
「何となくだ! あ、それからうちの菜切り包丁砥いでくれ」
「ええいそこ置いとけアホ!」
「ちなみに私はそこに笑いの種があったからよ!!」
「甘味屋、俺を笑い者にするのがそんなに楽しいか?」
「……今さら何言ってんのアンタ。楽しいに決まってるじゃない」
「だめだコイツ……」
「貴方程じゃないわよ。ね、慧音せーんせっ?」
「えぇ、皆まっすぐに育ってくれて、嬉しい限りです」
「せめて私の目ぇ見て言ってくれませんか慧音先生!?」
「……私にだって、できない事は沢山あるんですよ」

 …………うわぁ。
 この丁寧系な時のケイネさんにここまで言わせるなんて、流石は人里の大人たち!
 本当にロクでもありませんね!
 ……んむ? そういえば皆さんケイネさんの寺子屋出身で?

「遺憾ながら、非常に遺憾ながら同期だ。ちなみに茶屋とか小物屋もな」

 何ですかその濃すぎる面子。
 濃度おかしいでしょう?
 どう考えたっておかしいでしょう?
 もう濃すぎて固形化しちゃったような方々ばっかり揃って何やってんですか。
 さては類は友を呼んじゃったんですか?

「……ふざけんなって真向から否定できねぇのが、本当に、本当に辛いところだな」

 あっはっは、ご愁傷様です。
 さてさて、そろそろ話を戻しましょうか。
 こちらとしては鍛冶の基礎だけでも教えて貰えれば、後は試行錯誤しながら作ってみようかと思ってるんですよ。

「あー……じゃあ今度、今作ってるっていう炉だとか用意した材料だとかを見に行くか。そこを確認してからじゃねぇと助言のしようが無い」
「あらあら、随分と優しいのね? ……貴方、まさか噂に聞く『けもなー』とかいう性癖があったの?」
「……けもなー、とやらが何かはわからんが馬鹿にされてんのはわかった。冗談は頭と腹ん中だけにしとけや甘味屋」
「言うわね。なら私は今受けた心の傷の報復として、里中の女の子にある事ない事ない事ない事を吹き込んでおいてあげる」
「おい比率ゥ!?」

 うわぁ……うわぁ…………!?
 ケイネさん、よくこの問題ばかりの大変な方々をまとめて寺子屋ができましたね……?

「いや、皆さん出来は良かったんですよ……出来は」

 中身は?

「お察し下さい」
「ちょ、ちょっと慧音先生、私をバ鍛冶屋とか八百屋ジと一緒にしないでくれません?」
「……まぁ、貴女が一番の問題児だったんですが……あぁ、そういう意味では一緒にできませんね」
「なっ!?」

 おうふ、この穏やかケイネさんの状態でこれだけ言わせるなんて一体何やったんですか甘味屋さん!?

「慧音先生の立つ教卓の所の床板に細工して落とし穴とか作ってたよなぁ……バ鍛冶屋と一緒に。……はっは、バカっつーのは間違ってねぇな、バカ」
「うっせぇぞオヤジ。テメェこそ甘味屋と結託して『どろり濃厚野菜と甘味の融合』とか言って毒物を慧音先生に仕込んでただろうが」
「アァン? 俺がオヤジならテメェもオヤジだろうがよ」
「あんだヤんのかテメェ?」

 とりあえず何やってんですかアンタら。
 そりゃ問題児扱いされても何一つ文句なんて言えませんって。

「失礼な! この二人はともかく、私はただ知的好奇心に基づいて行動しただけですよ!」

 ちなみにどういう風に知的なわけで?

「落とし穴に落ちた瞬間の、素の慧音先生はどんな声で驚くんだろうとか。どこまで煮詰めたら味覚は死ぬんだろうとか」

 うわぁろくでもない。
 やっぱりどこまでもろくでもない。

「改めて聞くと本当にろくでもないな、ア甘味屋」
「まったく、バ鍛冶屋の言う通りろくでもねぇな、ア甘味屋」
「あぁ、ここに関しては八百屋ジと意見が合ったか。流石ア甘味屋だ」

 ……意見が合ったんならもう少し仲良さそうな顔しませんか、二人とも。
 何ですかその子供が見たら即座に泣き叫びそうな凶悪な老け顔と悪人顔は。
 あとさっきから何です、誰がうまい事言えと言った、みたいなもじったあだ名の数々。
 絶妙に似合ってて笑いを堪えるのが大変なんですが。

「うっせぇ、それ言いだしたらテメェは何だ!? ちったぁ美人に化けろや馬鹿野狼!!」
「そうだ馬鹿野狼! とっととウチの野菜を買って帰れ馬鹿野狼!!」

 ちょっと!?
 何でいきなりここまで馬鹿野郎扱いされなきゃいけないんですか!?
 ……あっ、まさか野郎、じゃなくて野に狼で野狼ですか?

「おう、ぴったりだろ馬鹿野狼」
「そうだ馬鹿、野菜買って帰れ」

 あんたらですか、元凶は!?
 ていうか美人に化けろって何ですか一体!

「言うなれば妖狐の藍さん」

 いやいや、いくらなんでもそんな無茶言わないでくださいよ鍛冶屋さん。
 あのお方、聞く所によると傾国の美女とかって名をはせたらしいじゃないですか!?
 そんなレベルを求められてもいかんともしがたいですって。

「……まぁあんなえらい別嬪に言い寄られたらいかんともしがたいものはあるな。うん、たまらんな」

 …………なるほど。
 鍛冶屋さんの趣味がわかりました。
 結婚できないわけですわこれ。

「でしょー? こいつ平凡な顔なくせして理想だけは妖怪の山より高いんだもの」

 で、ちなみに甘味屋さんのご趣味は?

「私に『お前は働かなくていい、全部俺に任せとけ!』って言ってくれる金持ちのイケメンかな」

 なるほど、結婚できないわけですわ。

「使い回された!?」
「ざまぁ、人の理想にケチつけるからだよア甘味屋」
「まったくだ。ザマァねぇなア甘味屋」
「ようしあんたら、表に出なさい?」















































「みっなさーん! ここに居る男二人、スコールに『美人に変化しろよー可愛がってやるからさー』なんて詰め寄ってましたよー!!」
「テメェ!? おいこら待てや甘味屋ぁ!!」
「畜生なんでヤツは昔から無駄に逃げ足だけは異様に速えんだよクソがああああ!!」



 ないわー……。

 本当になぁ……美人になったって中身があのスコールさんじゃろ?

 まぁあの甘味屋の嬢ちゃんの言う事だから、話半分どころか一割も原型が残ってれば御の字だろうがよ。

 そりゃそうか、さ、仕事仕事。



「………なぁ八百屋、本気でおいかける必要なかったな、冷静になると」
「本当に、なんで追いかける前に気づかないんだろうな」



『所詮ア甘味屋の戯言だった』



[20830] 三十九話 Mokou
Name: デュオ◆37aeb259 ID:40e6448f
Date: 2017/02/16 22:57


「最近さぁ、うちのイナバが殺気立ってるおかげで永琳が機嫌悪いのよねぇ」
「何だそりゃ?」
「いや、何でもイナバの所に月からメッセージが届いたらしくってね?『月へ帰ってこい、逃がさないから覚悟しておけ』みたいな内容らしいんだけどさぁ」
「月に帰ってこい、はまだいいとしてだ。逃がさねぇってどうやってだよ?」
「…………あんたついに脳まで焦げた? 言葉通り、力づくで連れ帰しに来るって事でしょうよ」

 まだ焼き方が足りなかったか。
 今日はこんがりウェルダンで止めたのが間違いだったみたいだなぁ……次はしっかり炭になるまでゆっくりじっくり焼いてやろう。
 まずは外側をこんがり、それが再生する前に内側をさらにこんがりと。
 ……しっかし、何言ってんだコイツ。

「いや、だってこの幻想郷は何か面倒くさい結界で覆ってるだろ。わざわざお前んとこのそこまで戦力にもならなさそうなウサギ一匹のためにそれを突破すんのか?」
「…………は?」
「いや、そりゃ作れたんだから壊せもするだろうけど…………あれ壊したら文字通りのバケモノ連中が一斉にブチ切れるぞ、多分」
「バケモノ連中って言ったって月の戦力とやりあって勝てると思うの?」
「いや、知らんがな。私は月に行った事なんてないし」

 月の戦力、ねぇ。
 コイツんとこの永琳を見てると冗談抜きにとんでもない連中が居そうではあるけど。
 不老不死の薬作ったりとか、何か話聞いてるだけでも馬鹿らしくなってくる道具作ったりとか。
 確かにヤバさ具合ではかなりのものだろうけど、幻想郷側も大概だと思うんだよなぁ?
 方向性は違うだろうけど。

「月のトップ陣ってさ、一柱で世界作ったりとかできんの?」
「はぁ?」
「そこまで行かなくっても、そうだなぁ……その気になれば視認された時点で色々とぶっ壊されるとか……純粋な妖力のぶっぱ程度でどこまで続いてんだこの痕、みたいな砲撃とか」
「ナニソレ」
「この幻想郷のトップ陣の一部……あぁいや、世界作ったのはこの幻想郷に住んでるヤツの母親だから厳密には違うけども」
「…………」
「ちなみに砲撃の方は最終的に結界にぶち当たって一部抜いちゃったみたいでなぁ。結界敷いた奴と言い争った挙句宴会になってダブルノックダウンしたらしいぞ」
「なにそのどうでもいい情報……」
「ま、そんなんばっかり最近見てるせいで、私からすればこっちはこっちでぶっ飛んでるからそれ以上となるとあんまり想像できないんだよなぁ」

 実際に見たものもあれば、話を聞いただけのものもある。
 でも、どっちにしろできるかできないかで言えば、できるんだろうし。
 てか宴会で盛り上がってる時に『昔はやんちゃしてたわよねー!』みたいなノリではっちゃけるあの紫結界ババアどうにかしろ。
 あれのせいで色々と知りたくなかった歴史の裏側とか、観光地のできた原因とかを知っちゃって、もう。
 何だよ外で観光名所になってる滝が、その実むかーしむかし、そこに別荘を建ててたから生活用水確保と涼を得るためだけに一晩でやっちゃった、って。
 アホか、引っ越せ。

「えーと、冗談?」
「そう見えるか?」
「見えないわね。え、マジでそんなのがゴロゴロ居るの?」
「居る居る、わりとその辺にうようよと。少なくとも死なない体じゃなきゃ敵に回すのなんて絶対に、それこそ死んでも御免だって連中が」
「もこたんでそれなら、いらない藪を突っつけば更に出て来そうね」
「そりゃ出て来るだろうよ。地底に引っ込んでる連中なんてほとんど会った事ないし。噂では鬼どもがゲラゲラ笑って酒かっくらって殴り合いしてたりとかするらしいぞ」
「鬼。鬼、ねぇ。そんなに強いイメージがないんだけど?」
「おとぎ話に出て来るのは大抵退治されるからな。でも実物見たら『あれどうやって退治すんだよ、人間が』って思うぞ」

 酒の席の遊び程度のノリで、本で見たらしい刀剣の丸のみってぇ馬鹿な大道芸を力技でやらかしたからな、あの酔っ払い。
 丸のみってよりも踊り食いだったけど。
 んで感想が『やっぱりカネは不味い!』ってどうなってんだ。
 一応体の中でもかなり脆い部分だろ、体内って。
 こんなんどうやって倒すんだと思って鬼ヶ島とかあたりの話を聞いたらまたアホだったけど。
 実際の所、確かに豪傑ではあったらしいけど、倒したんじゃなくて鬼と意気投合してお互いに『なかった事』にしてたとは思わなかった。
 おとぎ話の奪った宝ってのも、それを酒にして送ってくれってアホなノリだったらしいし。
 結局その豪傑が死ぬまで送って贈られてまた送って、時々宴会ってぇ具合で関係は続いたって言うから、ある意味いい関係ではあったんだろうさ。

「…………んー、どうするかなぁ。その辺突っつくと後々面倒そうねぇ」
「面倒で済めばいいな。今言った連中の中でも、話を聞いてる限りだとさっき言った魔界神とか洒落にならん」
「どれよ……一柱で世界を作った、ってやつ?」
「そうそう。ちょっとした掘削作業で『ちょこっと力の込め方間違っちゃったーテヘペロー』みたいなとぼけ方して数百メートル級の断崖絶壁を作り出すらしいぞ」
「馬鹿じゃないの?」
「それはそいつの娘の人形の口癖だ」

 バカジャネーノ。
 まぁそれを語ったのは素直になれない感じな魔界神の娘ではあるけど、あれは誇張してる口調じゃなかったし。
 つーよりも思い出したらまた頭痛くなってきたって顔してたからなぁ。
 世界を造っちまうくらいの……それこそ幻想郷なんて目じゃないぐらいの広大な世界をたった一柱で造ったって言うんだ。
 それくらいの事はできるだろうさ。
 実際、あれもこれもと連鎖的に思い出して隅っこで膝抱えてたし……母親のはっちゃけっぷりが恥ずかしくなったのか、頬染めながら。
 あれは同性から見ても中々にくるものがあった。
 見た目だけは西洋風美人だしな、アレ。

「ん。わかった」
「あん?」
「面倒くさそうだし、 何か永琳が企んでたみたいだけど止めとくわ」
「おお、そうしろそうしろ。いらんドンパチとかこっちも面倒くさいわ。どうしても何か起こりそうならここの結界の管理者に相談しとけ」
「え、相談とかできるの?」
「できるだろ、多分。知り合いの知り合いーって具合につたってけば割とすぐに」
「あの引きこもこたんが立派になったのね。嬉しくないわ」
「そうだな、私もお前に嬉しがられなくって嬉しいよ」
「うふふふふふ」
「はっはっはっは」

 よし、とりあえずもう一回と言わず何度かぶち殺しておこう。
 こいつならいくら死んでも誰も悲しまないし。
 とりあえず炭だな、炭。
 炭火焼。
 ……かぐや姫の炭って売れたりしないかな?
 竹炭の上位互換みたいなノリで。
 ………………流石に気持ち悪いか。
 大体コイツの炭とか使ったら何かにつけて悪影響しか出ないだろうし。
 まったくもって使えねぇ。

「……何よ、その生暖かい目」
「いや、お前ってやっぱり残念だなーって」
「なっ!?」










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「てな具合の話があってな。とりあえずあの後二回殺られたけどアイツの蘇生時にハメて十回殺し返してやった」

 恐ろしい事をドヤ顔で言うのやめましょう?
 全く、死なない方々は加減というものを知りませんね。
 私の方が一発多く殴ってやったーとかなら可愛げもあるのに、殺してやったとか何ですかもう。
 ああ恐ろしい恐ろしい!

「仕方ないだろ、ただ殴った程度で堪えるタマじゃないんだよ、私もアイツも」

 ……あぁ恐ろしい恐ろしい。
 で、私はその話をユカリさんにお伝えすればいいんで?

「あぁ、いらん騒動起こすくらいなら頭のいい奴らで話し合い持たせて屁理屈こねさせた方がいいだろ」

 まぁこちらが巻き込まれないっていうのが前提ですけど、それは確かに。
 お外と大戦とか御免ですから、そこは喜んで協力させて貰いましょう。
 シンキ様とか出張って来たら、仮に負けは無くても被害が酷い事になりそうですからねぇ……うっかりとどじっこで。
 知ってます?
 アリスさんから聞いたんですけども、シンキさんが本気で神力振るったら神話とかで出て来るような光景があっさり再現できちゃうらしいですよ?

「うへぇ……ちなみにどんなん?」

 海を作ったり?

「……」

 はたまた、その作った海を割って海の中に道を通してみたり?

「あぁもういい、わかった。馬鹿じゃねーの」

 とりあえず住民と話し合って『迷惑する人が居ないんだったらいいんじゃなーい?』ってノリで色々やらかしちゃうらしいですねぇ。
 そしてやらかしすぎちゃうのがもう常態になっちゃって、魔界の人達も『あぁまたか』みたいなイベントの一部扱いしちゃってるとか。
 ま、そんなシンキ様が出張る事の無いように、さっくり連絡を取って紫さんには竹林へ行って貰うとしましょうかね。
 いつもの方法で。

「あん?」

 うん……多分その辺に居るでしょう。
 いいですかもこたん、ユカリさんやランさんにつなぎをつけたい時はこうするんです。
 よーくその目に焼き付けるんですよ?

「お、おう?」

 せーの……スーイーカーさーん!!
 おいでませスイカさーん!!
 今日はランさん経由、私秘蔵の竹鶴ですよーぃ!

「おい、鬼呼びつけんのにそのノリかい!?」

 大抵こんなもんですよ?
 ほら、鬼さんなんですから招くのは様式美ですもの!
 別に手を鳴らすわけじゃないですけどねぇ。
 とりあえず一回呼んだらお供え物にお酒一本ですけども。
 でもお供えと言いつつ一緒に飲むんで、こちらとしては損失でも何でもないんですよねぇ、これが。
 スイカさんも何だかんだで色々出してくれますし。

「んむ。コイツんとこの酒は珍しいのが多くて呼ばれるのが楽しみなんだよなぁ。まぁ呼ばれなくっても出てきたりするけど」
「うわ、本当に来たよオイ……」
「はっはっは、私はどこにでも居てどこにも居ないのさぁ!」
「どこの猫だ」
「んっふっふぅ……にゃーん?」
「手で耳まで表現してくれた所悪いんだけど、規格外な化け猫以外の何者にもならんだろお前さんじゃ」
「これは手厳しいねぇ。ま、地底に居る火車をイメージしてたから間違ってないけどね」
「化け猫は化け猫でもアレな方の化け猫かい……」

 でもスイカさん、実際の所は何か面白い事の起きそうな所に重きをおいてますよね?
 ウチの近辺とか人里とかアリスさんちの近くとか。
 あと多分、私の周りとか?

「そりゃ楽しい所に居てこそだからなぁ。お前さんの周りとか笑い話しか転がってないじゃないか」
「むしろ大抵の事を笑い話に『する』んだろ、実際の所は」
「然り、然り。……んで、紫に竹林の隠れ家まで出張させるって事でいいのかね?」

 みたいですよー?
 何かあんまり必要のないっぽい妙な事を企んでるって話なんで、頭の良い方々で落としどころを探ってもらいましょう。
 私らみたいに『細けぇこたぁいいんだよ!』って感じの面子はそういう話し合い向きじゃないですもの。
 途中で面倒くさくなって『……お酒、飲みましょうか!』なんて事態しか起こりませんよ、きっと。
 ……お月様の方々の持ってるお酒とかどうなってるんでしょうね?
 ものすごーく興味があるんですが。

「それは私も興味があるなぁ。ま……紫には穏便に済ませて酒奪ってこいって伝えておくよ。……もこたんも同席するかね?」
「もこたん言うな。まぁ同席するのは構わんけど、難しい事は知らんぞ。むしろ私としては酒を奪ってくる方がメインでも一向にかまわん!」
「私もそれで一向にかまわん! って言いたいところだけど。ま、アイツが望むなら付き合ってやってくれ」
「へいよー」
「うまく酒を引き出せなさそうだったらアイツも燃やしていいぞー」
「やだよ、何か紫色の有毒ガスが出そうじゃん」
「…………気持ちはわかるけど、言ってやるな。あいつあれで結構へこみやすいんだから」

 さ、さて!
 それじゃお話もついた所でもこたん、火力追加でお願いします!
 ちょっと火が弱くなってきたっぽいです。
 大丈夫、こっちは有毒ガスとか出ませんから!!

「いや、ふいごがあるんだからそっち使えよ」

 だってもこたんの方が早いんですもの。
 いいじゃないですか、炉の中の火を煽りたてるだけの簡単なお仕事なんですから。

「しゃーねぇなぁ……」
「そういえば鍛冶を始めたんだったなぁ。そのうち金棒でも作って貰おうかねぇ」
「鬼に金棒とかもう笑い話の中でしか出てこないだろ」
「だからこそ面白いんじゃないか」

 腕が上がって頑丈さ第一!って感じの物が作れるようになってきたらやってみますよ。
 私もスイカさんも、とりあえずそこが一番大事でしょうし。
 とりあえず方向性としてはあれでしょ、絵本に出て来るみたいなトゲ付きの金棒!
 握りの部分の端っこに丸い輪がついてるアレ!

「んむ、やっぱりそこら辺の様式美は大事だよなぁ。私らみたいに馬鹿力をふるってなんぼな輩に小奇麗な刀なんぞ渡されても扱いに困る」

 ですよねぇ。
 やっぱり全力でぶん回しても『フフン、平気ですよー!』みたいな物でないと。

「お前さんらが全力でぶん回すって何を想定してんだよ一体。その気になりゃあ素手で鉄板とかぶち破れるだろ」
「んー……呆れる程頑丈な鬼共をどつき回すため? ちょいちょい暇を持て余してノリで徒党を組んで出入りがあるからなぁ。一晩飲んで忘れる程度のノリだけど」
「修羅の国すぎんだろ、地底」

 それでも殺伐とした雰囲気がない辺りどうなってるんでしょうね、地底。
 そこがまた恐ろしすぎるんですけど。
 ちなみに私の方はそんな血なまぐさい用途じゃなくて、大木の根っこが抱き込んじゃった邪魔な岩とかまるっと無視して、その大木を切り倒すためとかですかね。

「お前さんならその気になれば岩を砂にできるだろうに」

 やですよあんな疲れる能力の使い方。
 あんな事をするくらいなら全力で岩を割り砕いた方が遥かに楽ですもん。
 何で十の力でできる所に百の力で挑まないといけないんですか!

「……能力?」
「物の結合を軽くして脆くできるんだよ、コイツ。前に酔っ払って『これが私の全力全壊!』とか笑いながら辺り一面砂の海にしちまったし」
「相変わらず妙な方向に馬鹿げてるよなぁ」
「全く。結合を軽く軽く軽ーくした所にあの腹の底から震えるような咆哮をドカン。辺り一面一斉にざぁざぁと砂だらけ。岩も地面もあったもんじゃない」
「ある意味流石と言えば流石、かね?」
「んむ、千年生きた大妖狼ってのは伊達じゃない。前に私と対峙した時にも使われたけど、アレ私だったから分裂の方向に行っただけで、普通に使われたら多分……」
「………………動いただけで色々ぽろり、かな?」
「そうなる気はするなぁ」

 い、いやぁ、そんなこたぁないですよ?
 しかしあの砂の海は疲れましたねぇ!
 あの後の樽酒一気飲み対決で千鳥足になっちゃうくらいに!!

「誤魔化しやがったぞ、コイツ。てかこの感じだと一回何かやらかしてんな」
「んむ。でもこの感じだと、割とろくでもない失敗談っぽいから……また酒の席で追及するとしようじゃないか」
「酒と言えば、さっきさらっと流したけど普通樽酒一気飲みなんぞできないだろ、っていうツッコミは野暮かね萃香君」
「そうだな妹紅君。私は余裕だよ」
「これだから妖怪どもは!? 水分どこに行ってんだよ!」

 はっはっは、まぁまぁ。
 それはそうと、今ふと思ったんですけどね?
 今私が打ってるこの大斧、どうも失敗してるっぽくないですか?
 何か冷やした時に見えるカネの色が若干想定外なんですが。
 あと何か心なしか金槌の柄がひん曲がってません?

「馬鹿力で打ち過ぎだろ。基礎が刀鍛冶なら、いらん所が薄くなってんだよ」
「なんだ、もこたんは鍛冶とかわかるのかね?」
「昔見様見真似で包丁とか色々作ってみたからな。結局、鍛冶場に女はーとか色々言われてやめたけど」

 あー……やっぱりですか。
 でもこの程度の金槌加減で潰れるような強度じゃあいけませんよねぇ。
 これじゃあすぐに壊れちゃいそうですもの。

「まぁ、素で私らがぶん回すならもうちょっと強度は欲しい所だけど、ただの鉄でそれは無理ってもんだろうよ」
「じゃあ昔話だので出て来るみたいに爪や髪でも混ぜ込んでみるとか? 何か中国辺りの……なんだっけか、剣造りの……」
「……ふむ。なら、それに倣って混ぜてみるかい、鬼の髪?」

 それなら前に抜けた私の牙やら、刈り取りされた毛の余りとかも入れちゃいましょうか。
 どうせ元手はタダですし、こっちは。

「私の方だってタダさ。咲夜にでも頼んで整えるついでに切ってもらうかね」
「…………何かおっそろしい物ができそうで怖いな、お前らのだと」
「私の髪はさておき、スコールのは別の意味で予想外の効果が出そうではあるなぁ」

 酷いっ!?

「ま、やってみろやってみろ、別に何の痛手でもないんだったらやるだけ得だよ。むしろ私の髪程度で強度が変わるっていうなら逆に面白くていいじゃないか」
「じゃあ私は咲夜呼んでくるついでに何か食いもんたかってくるか。肉がいいなぁ、肉が」

 前みたいに炉の火で炙り焼きとかやめてくださいよ?
 無駄に良い匂いしてお腹すくんですもの。

「はっはっは、じゃあ期待に応えてやってやろう。なぁに、火は私の自前なんだ。かまわんだろ」

 やーめーてー!!
 どうせやるなら私の分も!

「ならついでに私の分も。鍛冶場で一杯ってのは初めてだなぁ」
「……どうせなら色々貰ってくるか。駄目とは言われないだろ、一応手伝ってるわけだし」

 私が頑張ってる横で酒盛りとかやめましょう?
 泣きますよ!?

「なぁに、さっさと納得のいく物を打ちあげればいいだけの話だ。んじゃ、ちょっと行ってくらぁ」
「おー、ツマミは多めでなー!」
「任せろ!」

 ひーどーいー!!
 ひーーどーーいーー!!!

「そら次の準備をしろ、次の準備を! さっさと打たないと酒は無いぞー?」

 ええい、こうなったら私の妖気とか使い道がわからない神力とか色々混ぜ込んで打ってやりましょう!
 どうせ混ぜるんだったらとことんまで色々混ぜ込んじゃいましょう。
 って事でもこたんも髪とかちょっとくれません?
 後は……そうですね、フランさん、レミリアさん、メイリンさんには後から分けて貰うとして。
 ……もこたんもこたん、ユウカさんにもお願いしたらくれると思います?
 それからアヤさんとか八雲一家の方々。

「……普通ならそんな大妖どもにこんな事頼むとか命が惜しくないのか、って言う所だけどなぁ」
「こいつの頼みならあっさり『いいわよ、それくらい』とか言いそうだな、あいつらの様子を鑑みると。唯一渋りそうなのは紫くらいかね?」
「いや、どうせ悪用されないってわかりきってるからなぁ? 仮にされるとしても、むしろどうやって悪用するのかすら楽しみそうな気がするわ」
「あぁ、それもそうか。良かったねお前さん、多分貰えると思うぞぉ?」

 ふむん。
 ふむむん。
 何か微妙に納得できない部分もありましたけど、まぁ良しとして。
 ならば今日の鍛冶はここまでにしましょう!
 方々にお願いをしてから再開って事で。
 サクヤさんには散髪のお願いもしなきゃいけませんねぇ。
 やっほいやる事山積み待った無し!
 よっし、そうと決まればまずはサクヤさんにお肉をお願いしましょう!

「…………なぁ、一体何ができるんだ、これで」
「斧と金棒に決まってるじゃないか、もこたん」
「さらっと自分の獲物まで混ぜ込む当たり、やっぱり鬼だよお前さん」
「はっはっは!!!」
「てかはえーなオイ、速攻鍛冶場から飛び出して肉探しとか」
「ま、スコールだからなぁ」






































 サークヤさーん!
 ヘーイ、サっちゃーん!
 お肉! お肉をぷりぃず、です!

「へぇ、どこから剃ればいいの?」

 はい? 剃る?
 あ、えーと……こないだ私が獲ってきた鹿の……

「違うでしょう?」

 え? だめですか? じゃあ牛……

「いいえ? 違うわね」

 んんんん?
 んー……なら一体何を捌くおつもりで?

「もう、妙な所で察しが悪いんだから。捌く、じゃなくて剃る、って言ったじゃない。ほら、私の目の前にいるでしょう、毛玉」

 …………おーぅ、おぅおぅおぅ。
 待ちましょう、待ちましょうサクヤさん?
 何でそんなににこやかに怒ってるんですか!?

「サっちゃん、とか、この館中に聞こえるような念話で叫んでくれちゃって。あぁもうこの衝動、たっぷりとお伝えしなくてはなりませんわ」

 …………サクヤさん、おめめがまっかになってますよ?

「それはね、貴女がとても愛おしいからよ?」

 サ、サクヤさん、その手に握られてる短刀、初めて見ますけど新品ですか?

「そうね、藍さんから譲って頂いた逸品よ? これならたとえ貴女の毛であっても、とてもとても綺麗に剃れると思うの」

 それはそれは…………い、逸品ですね?
 ではそういう事で、三十六計。

「逃げられると思う? 時間、止めて差し上げましょうか?」

 懐柔するに如かず。

「は?」

 ほうら隙あり! もーふもーふ!
 もひとつもふもふもふ!

「ちょ、馬鹿、あぶなっ!?」

 ふふん、剃るんじゃなかったんですか?
 思わず鞘に仕舞っちゃったみたいですけど?
 いやはや、やっぱりサクヤさんはお優しい!

「あのままじゃ刺さってたかもしれないじゃない!?」

 ふふん、そんな簡単に刺さるとお思いで?
 甘い、甘いですねぇ、そうれも一つもっふー!

「あっ……ああぁっ……!?」









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「で、そんな乱痴気騒ぎの末にできあがったのがコレ?」
「……鉄板だね」
「文字通りの意味でね」

 いやぁ、驚きでしたよコレ作った時の有様は。
 とりあえず手あたり次第に放り込んで作った途端にまぁ丈夫な事。
 パチュリーさんもご存じの通り、何本代わりの金槌を作って貰ったか!
 砥ぐ前に試し切りした段階で岩とかあっさりカチ割れてヒビどころか傷一つないんですもの。

「何かやっちゃいけない製法でやっちゃった感が凄いよねぇ」
「ちなみに貴女のやった製法、干将莫邪の伝説を斜めにひねり過ぎて原型どこいったってレベルの模倣ね。アレは炉の温度が上がらないからって話だったけど」

 炉はもこたんの炎でごんごん燃え盛ってましたねぇ、元から。
 まぁそこに放り込んだブツが妙な反応をしちゃったって事でしょう。
 どういう事になってるかはわからないですけども。

「極上クラスの妖怪たちと、妖獣としては破格の狼が文字通り身を削って打ちあげた……って言えば聞こえはいいけど……」
「話聞いてると、実際の所は『ん? やってみる? ほれ、髪』『どうせ余り物ですし全部突っ込んじゃいましょう!』なんてノリ」
「あぁ、これはあれね、妹様」
「そうだねパチュリー」



『やっぱりスコールはスコールだった』

 てへぺろー!
 ほんとどうやってできてるんでしょうねコレ?





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