思った以上の反響にホイホイ書いてみた。
穏やかな昼下がりだった。見渡す限り緑の草原とソレが織りなす起伏 山々。
高山の遅い春の訪れを満喫できる最高の日差しや温度。お気に入りの木陰でその少年は本を広げる。
『魔法と精神の相互影響について』
暑さは極厚、表紙はハードカバー。刻まれるのはこの句の公用語 英語ではなく、ラテン語。
リラックスしているはずなのに、その表情は少年を代表するべき『無』。
作業工程の一つとでも言いたげな画一化された動作でページを捲り続ける。
だがその動作に終わりを告げるのは土煙を上げて疾走する人影。
「卒業式も出ずにぃ……」
足音と共に山彦に乗る唸り声。怒りを湛えて燃え上がる声。
「あぁ、また来たよ」とでも言いたげな確認の視線を僅かに送り、ため息をひとつ。
半ばまで差し掛かっていた読書を中断、パタリと閉じられた本。
「何をやってんのよぉ!!」
跳躍する人影は少女。黒いマントに黒いトンガリ帽子。由緒正しい魔女ルック。赤茶色のツインテールを翻す10に届くか微妙な少女。
跳躍の結果足る自由落下の過程で突き出すのは右足。それが燃え上がった。炎を宿した跳び蹴り。
「読書さ……」
淡々たる回答と共に読書家 年の項を少女と同じくらいにするだろう少年 閉じた本で驚きの燃える蹴りを逸らす。
撫でるような軽い動作だったが、到達するべき焦点を失った力が大暴走。見事に空中で一回転の後、ゴツンと後頭部を打ち付け、少女は仰向けに倒れる。
「読書さ……じゃないわよ! 今日という今日こそそのねじ曲がった根性を!」
しかし今日という今日は負けられない! 正義の味方じみた使命感が少女を奮い立たせた。
上半身を起こしかけて『パチーン!』と軽い音と衝撃、起き上る勢いに合わせて凸ピンが愛らしいおでこに炸裂。
起き上った軌道をそのままに再び後頭部が地面とランデブー!
「■■■!!」
後頭部を抑えて不思議な言語で叫びながら、のたうち回る少女を起こそうと手を差し出し、少年は問う。
先ほどから少女の激しいリアクションにも一切反応を見せない表情。身長は少年のそれだが神は老人のそれ 白髪。
「そういう君は? 何をしに来たの?」
ピタリとイモ虫運動を停止させ、差し出された手の意味を理解して、ちょっと頬を染めながら握りかけて……
「だから卒業式に出ろと▼■●!!」
全ての元凶をアーニャは思い出して絶叫、詠唱、攻撃!
「ふぅ……」
自分が悪いなんて欠片も考えず少年 フェイト・アーウェルンクスはため息、回避、反撃、鎮圧!
結局アーニャが自分の目的を達成するのは、全く無駄に魔力と精神力と体力消費した十数分後であった。
此処はのどかな英国の片田舎、ウェールズの山の中。
今日は若き魔法使いたちが学び屋を巣立ち、新たな世界へと舞う日。
多くの場所 ソウサクセカイ で行われた変化無き一コマで在りながら、そこに立つ一人の少年だけが違っていた。
卒業式という一年に一度の一大イベントが終わった直後なので、知った顔しかいない片田舎にも来賓やらの関係上、知らない顔が多かった。
『おやアレは?』
『イスタンブールの忌子じゃないか』
だからこういった陰口も何時もより頻度を増すし、ボリュームも大きくなる。
『今ではウェールズの忌子ですよ』
もっとも言われている本人 フェイトは全く気にした様子もない。
そこでそんな会話が行われている事にすら気がつかない……いや聞こえていて、理解していて、無意味であると切り捨てている。
『まぁウェールズも今日でソレとはおさらば出来るのですから、喜ばしい限りでしょうな?』
だが後ろに続くアーニャはそうもいかない。すさまじく耳障りであり、恐ろしく気分が悪い。
そしてさらに腹立たしい事に、そう言った陰口は余所者たちだけが行っている訳ではない。
見知った者たち ウェールズにこの学園に籍を置く多くの魔法使いたち 自分には優しい彼らからすら、そんな陰口は聞こえてくる。
否! 聞こえ続けている。フェイトがここにきた数年前から途切れずに……
『いやいや喜ばしい事ですが、彼の修業先には同情しますな』
『見たかい? あの目はきっとゴルゴンの目だ。石にされてしまう』
『ウェールズもサウザンドマスターの息子を失った代わりに得たのがアレでは……』
限界だった。声を出そうか、拳を出そうか、魔法を出そうか?
言われている本人がでは無い。どこまでもおせっかいなフェイトの数少ない友人(たぶん)がである。
「やめなよ、アーニャ」
沸騰寸前、ヤカンに放り込まれたのは氷でも水でも無く、石。
煮立っていた水が溢れてしまい、生じたのは空白。襲いかかる脱力感に肩の力が抜ける。
彼女の方を見るでもなく、呼び出しに応じるべく歩を進めるままにフェイトは続けた。
「僕は別に何を言われても良いけど、君は此処でも優等生なんだ。敵は作るべきじゃない」
「だって……」
アーニャは黙りながらも前を歩く背中を見つめながら思考に沈む。
優等生なんて言葉で示すのもおこがましい天才の背中を見つめながら……
一度だって試験でも勝った事なんて無い。明晰すぎる頭脳、溢れる魔法の才能。
だけど……彼は忌子なんだそうだ。バカバカしい!
この私がいくら努力しても届かない凄いヤツをそんな風に貶すなんて……まるで私まで罵られている気分だ。
ノックの音が彼女の意識を現実に引き戻す。いつのまにか大きな扉の前 校長室の前。
「失礼する」
気負った様子もなく淡々と入っていくフェイトをアーニャは追う。
自分に与えられたのは『卒業式を欠席するような悪ガキを連れ戻すこと』。
そして気になっていた『フェイトの試験先を知ること』であったのだから。
「卒業式までサボるとはジイさん、悲しくて泣いちゃうぞ? フェイトや」
「男の涙なんて絵にも物語にもならないから止めた方が良いね、ご老体」
この学校の長であり、歴戦の魔法使いたるその人物を前にしてもフェイトの口調は変わらない。
さらにその意見の鋭さは増すばかり。
「それに厄介事が居ない方がスムーズに終わったでしょ? 貴方の長い話も、来賓の綺麗事も」
「ふ~む、もう良いわい。式自体に意味は無いが、これはしっかり受け取って貰わないとな」
差し出されたのは封筒。これからの長旅の目的地を告げる魔法の封筒。
卒業生は誰もが式で受け取るのだが、もちろん欠席したフェイトは持っていない。
最大の興味の対象にアーニャは後ろから覗き込み、自分の者を取り出して言う。
「ちなみに私はロンドンで占い師! で! アンタは!?」
「マギ・ステルマギ―立派な魔法使いに成る為の試練……か。受けないとダメ?」
面倒で堪りません!と表情の変わらない事で有名な顔からも読み取れる意思。
この人間嫌いは魔法使いでありながら、これにすら興味を示さないのか!?とアーニャは憤慨!
その様子に校長も溜息。許可が出れば、運命の精霊が描く行き先と修行内容も見ずに握りつぶしそうな教え子に困ってしまう。
不意に扉が開く音。聞こえたのはこの部屋には居ない人物を呼ぶ声。
「ネギ!」
「「「!?」」」
きっとこの世には居ない英雄の息子の名前。入ってきたのは金髪の女性。
年はフェイトたちよりも上、20を僅かに前にする程度。だが猛烈に『病的』な印象。
身長もそれなり、女性らしいプロポーション、綺麗な髪。若干痩せ過ぎている気もするが、何より問題はその目。
夢を見ているとしか思えない色。混沌と悦楽。エデンの園で失楽園を信じない様。
起きて20分とかならばまだしも、時間はお昼過ぎ。
そして居ない人物の名前を叫び、近寄り……肩を抱き……笑顔。
「卒業おめでとう、ネギ。今日はお祝いね?」
「大したことじゃないよ、ネカネさん」
「まぁ! 背伸びしたい年頃なのかしら? それと『お姉ちゃん』でしょ? ネギ」
抱き寄せられたのはフェイト、語る相手もフェイト。だけど女性が見ているのはネギ?
その様子にアーニャは思わず顔を逸らし、校長も苦い顔。
「それで! 修業先は何処になったの? 内容は?」
「これから見るところ。見たらちゃんと部屋に帰るんだよ? 先生も心配してる」
だがそんな他者の様子を気にするでもなく女性 ネカネは楽しげに、フェイトは何時も通りに会話を続ける。
無造作に破かれる封筒。捕りだされた紙は白紙。やがて灯された魔法の光が描く奇跡。
『日本で教師をすること』
しかし彼が主人公だと一切のハプニングが起きずに見事修業を終えそうで怖い訳だが……読みたい人がいるのかって事がもっと怖い訳だが(ry