【2001年8月3日 ペトロパブロフスク・カムチャッキー基地ホルス試験小隊ハンガー】
「無茶しやがって……腕は完全にお釈迦だぞ?」
「悪いな、おやっさん」
おやっさんの呆れた声と共に放られたミネラルウォーターのボトルを受け取り、俺はハンガーに設置されているベンチに腰を下ろしてワスプを見上げる。
2機の戦術機を支えた手腕を今から分解整備…というか大掛かりな部品交換だ。本来なら簡易整備で即出撃待機に入れた筈だったのだが…余計な手間を掛けたな。
「ふん、謝るんじゃねぇよ。ガキ共を守るためだったんだろ?」
「まあ、ね…」
「……相変わらずだよ、お前も」
おやっさんは俺の背中を大きく音が鳴る様に叩き、機体に取り付いていた整備兵に大声を張り上げて指示を出す。
俺に向けていた視線に何かを含んだ物があったがさしては気にならない。俺が無茶をやったり、後先考えないで行動する事はおやっさんに会って以来、何度もあった事だ。
「タバコが美味い…」
懐から取り出した煙草…ラッキーストライクを取り出し、最後の一本を咥えて火を付ける。肺を満たす苦い煙、そして俺が現実世界でも吸っていた変わらない味が懐かしい気がする。
他にも物資の都合上、マルボロやウィンストンという手に入れやすいアメリカ製の煙草を吸う俺だが生前はラッキーストライクを愛煙していた。
個人的にはマルボロの方が味は気に入ってるのだが「ラッキーストライク」という幸運を狙い撃ってくれそうな名前が気に入ったのだ。
「エレナの奴が居ると吸えやしねーからなぁ…」
咥えた瞬間、没収は本当に勘弁してほしい。何回も言っているが上官は俺なんだが……甘いからなぁ、俺。
エレナは「身体に悪い」とか言うが俺だってそれは分かってる。身体が資本の衛士である俺が煙草を吸う理由はこれが故郷の味と香りだからだ。
俺にとっちゃこのアメリカ製の煙草と懐に仕舞われたM1911は普段から肌身離さず持っている俺の小さなアメリカ。
所謂、“問題児”として米軍から国連軍へ厄介払いされた俺に愛国心もクソも無いが、故郷という物が恋しくなる時もある。流石にこの世界に生まれてから16年間も暮らせば愛着もあるものだ。
まあ、つまりはホームシックである。……精神年齢上では50歳のおっさんだぞ、俺……気にしたら負けか。
「フゥー……」
ゆっくりと煙を吐き出し、煙草を咥え直す。そういや、運用試験の前準備で特に思ってもいなかったがこの基地へと来るのも久方ぶりだ。
セベロクリリスク基地で過ごした国連からの出向教官時代、訓練兵達にBETAとの実戦を経験させる為に何度も来た基地なだけあって大方の基地構造は把握している。故に懐かしいと感じるのはおかしくない。
俺の記憶が正しければ今、俺が居るハンガーは当時は訓練兵のミグが格納されていた場所だった筈だ。
「アイツらはこの基地にも居るんかな…」
この基地はソビエト防衛の要でもあり、多くの戦力が結集している場所となっている。
しかも俺が鍛えた中にはA-01の衛士並のセンスを持った奴が多くは無いが居た。そいつは優秀な衛士として前線に赴任されてるだろうから配属されるなら此処だ。
今も生き残っていればソビエト戦線の現状からして……少なくとも中尉にはなって部隊を率いているだろう。もしかしたら俺より上の階級になっているかも知れない。
「戦争の縮図、か…」
この基地に所属する兵士達の年齢層は一部を除いて十代の少年少女達が半数近くを占める。若年の兵士が多数所属する最前線基地は正にその国家の現状を縮図にした物だ。
欧州や日本でも着々と徴兵年齢が下がって来ているがソ連は極めつけだ。
12歳で徴兵、13歳まで歩兵訓練を積んで衛士適正チェック、そして4ヶ月から長くて半年の訓練期間の後に衛士として前線へ派遣されていく……そんな消耗品の扱いだ。
この世界の人間だってこれをおかしいと感じる人間は居る。特に俺なんかは元が平和な日本で暮らしていたから尚更だ。
だけど、嫌な事にこの現状に納得している自分が居るのも事実だ。俺が居た世界でもベトナム戦争時、ベトナムから帰還した兵士が平和な日常に戻れなかった事が多々あった~なんて話を本で見た事がある。
俺もそんな状態なのかも知れない。幾ら『これはゲームの中だ』って誤魔化したりしてても12年間も戦争やってりゃ、どっかの感覚が鈍ってもしゃあないとは思う。
「はぁ…」
精神が耐え切れなかったのか、感情が欠落してしまった人間を何回か見た事があるが…正直、あんな風になりたくはない。感情が無い兵士なんてただの兵器だからだ。
本来なら精神病院にでも叩き込むべきなんだろうが感情が無いだけで戦うのには支障が無い、むしろ人形の様に命じられたまま戦う存在だ。
司令部からすれば……言い方は悪いが最高の駒なんだろうな…。
「……」
煙草をフィルターギリギリまで吸った為か、辛く感じる様になったそれを吐き出す様に飛ばす。
燃え尽きかけていた煙草は設置された灰皿へと弧を描いて飛んで行き、灰皿の縁に当たってから小さな山を作っていた吸殻の中へと入る。ホールインワンだ。
「―――うっし!」
ベンチから立ち上がって固まった背筋を伸ばす。
あんまりグダグダと考えるのは性に合わん、俺がすべき事はただ単純だ。生き残り、出来る限りの最善を尽す…だから俺は教官資格を取ったし、仲間を見捨てない。
神宮寺軍曹が原作でも言っていた『臆病でもいい、勇敢だと言われなくていい。それでも何十年でも生き残って、ひとりでも多くの人を守ってほしい』という言葉。
イレギュラーな存在の俺が出来る事なんてそんなに多くない。零れ落ちる命を助けようと足掻いて、無茶苦茶でも戦術として使える機動を教え、幅を広げる。
これが、俺がこの世界で生きていくスタンスだ。今更になって変えられるかってんだ!
◇
【2001年8月6日 ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地】
「大尉~どこですか~!?」
「おいおい、エレナ嬢ちゃん?ホントに消えちまったのか?あの馬鹿」
「はい!オムスク大隊のアントーニー少佐との会議に参加した後が行方知らずなんです!私が少し用事があって離れていた間に……大尉ー!?」
VGの呆れた声と焦ったようなマクタビッシュの声、戦術機ハンガー群の間を走り抜けながらそんな会話が交わされたのは何回だろうか?
事の発端は右往左往するマクタビッシュの姿をVGと俺が発見した際に話を聞いたのが原因だ。
何でも、『もう2時間近くは帰って来ない』『自室にも機体の元にも戻ってない』『目撃者も居ない』との事らしい。
あの非常識人間でも一応は知り合い、故に手伝っては居るんだが……居ないな。
「ブリッジス少尉!居ましたか!?」
「居ないぜ、あるのはハンガーだけだ」
「案外、どこぞの誰かさんみたくMPにでも拘束されてたりな?」
VGが笑って脇を突っつきながら俺に言う。俺はそれに特に反応せずに周囲を見回すとVGのくぐもった声と何かが決まる音が聞こえる。
見れば、マクタビッシュが怒りの形相でVGへと関節技を決めていた……一応、先任少尉なんだがな…。
「はぁ……ん?」
VGの悲鳴とマクタビッシュの怒った猫のような叫び声に混じって付近にあったハンガーから笑い声が響き渡る。
見た感じ、使用していないハンガーの筈だが気になった俺はこっそりと覗き込む。ここは国連軍将兵が自由に出歩きを許されてる区域だから機密性の高い物は先ず無いだろう。
それ故の行動だったのだが……
「………は?」
「やっちまえザハール!お前の怪力が役立つチャンスだぜ!?」
「あの余裕そうな顔を悔しそうに歪ましてやれ!」
「教官の不敗記録に泥を塗るのはお前しかいねェぜ!!」
「おう、任せとけ!」
「ハッ、愚か者め!親には勝てないってことを教えてやろう!」
ハンガー中央辺り、普段は人気も物も無いであろう場所に人だかりが出来ている。大体、3~40人は居るだろう。
その中心部、少年少女に囲まれた上半身裸の筋肉質な少年と俺達の探し人であるクラウス(これまた上半身裸)がドラム缶を台にし、腕相撲に興じる光景だった。
………ハッキリ言おう。意味が分からん。
◇
【大体2時間前】
「教官!」
「ん?」
俺が属するホルス試験小隊の戦域を担当するオムスク大隊の隊長との試験内容の打ち合わせを行った帰りの事だ。
“教官”なんて懐かしいロシア語の単語を後ろから掛けられ、俺は振り返る。
見ると、走ってでも来たのか少しだけ肩で息をする少年少女が合わせて5名の一団が居る。
「お久し振りです!何時ソ連へ!?」
「噂には聞いては居たのですが…まさかもう一度会えるとは思いませんでした!」
「あ、階級下がってる……」
「ちょ、ちょっと待て!まさか……」
大体、16~17歳くらいの男女を軽く震える指で指す。何処か面影がある、そんな気がする顔立ちばかりだ。
「ヴィクトル…?」
「はい!」
少しだけ大人びた顔立ち、そして特徴的な泣き黒子がある中尉の階級章を付けた少年に問うと快活な返事が返ってくる。
「じゃあ、そっちの二人はエリヴィラに……レイラか!?あんなに小さかったのに!?」
「はい!お元気そうで安心しました!」
「ち、小さかったってなんですか!私だって大きくなってるんですよ!?」
短髪と少し高めの背が特徴なお姉さん系少女と、その肩くらいの身長の大人しそうなロングヘアの少女も指差す。
こっちもお互いに中尉の階級を付けており、顔立ちもどこか大人になっている気がする。
「俺も居ます!!」
「ザハール!?」
「私もです!」
「ナターリヤもか!」
筋肉で覆われた肉体の少年とほっそりとした少女の声も上がる。この二人も中尉の階級章、胸にはウイングマークが輝いている。
やはり間違いない、彼らは俺がソ連で教官をしていた際の第一期生の中に居た顔ぶれだ。既に4年は昔だが記憶にしっかりと残っている顔立ちばかりだ。
「無事に生きてたか……しかも中尉だと?生意気な奴等め!」
「教官だって大尉でしたよね?あの、まさか…降格処分、ですか?」
「ま、まぁな……つい最近、中尉に上がったばかりだが……」
「「「「「それじゃあ少尉まで階級を落としてたんですか!?」」」」」
5人の素っ頓狂な声が揃って響く。失礼な、名誉の降格処分さ!
「俺にも色んな事があったんだ……しかし、偶然でもこんな形で合うとは思わなかったぞ」
「それは俺達もですよ……あ、俺は他のも呼んできます!」
「おお、他の奴らも居るのか!」
周囲に出来る衛士ばかりの人だかり、その中心に居た俺は苦笑しつつも話をしていたのだが……
「教官!私も昔よりずっと強くなりましたよ!」
「噂で聞いたんですけど…」
「ほ、本当に居るぜ!?」
「きょ、教官!?夢じゃねーよな!?」
してたのだが……
「早く来いよ!」
「ま、待ってよ!まだ髪型が…」
「気にしなくても教官はお前に見向きもしねーよ!」
「キリルにだけは言われた無いよ!」
「そうそう、ガサツなアンタには分からないよ!」
「んだとテメェ!」
してたのだが……凄く多い。たった十数分で30人は揃っているだろう。嫌では無いが、少し窮屈だ。
……今の俺には、記者に追い回される有名人の気分が分かる気がするな。
「ちょっと待て、少し待て!アリーナにダヴィード、クラーラ、アルカディー、フョードルと…マイアか?それにそっちはイーゴリにオリガ……」
少ない記憶と、昔から持っているメモ帳に記載してあった特徴と名前を頼りに名前を当てていく。正直、教師になった気分だ。
いや、教官と呼ばれてる時点で教師ってのは強ち間違いじゃない気がするんだが……とか考えてる内に名前当てが終わる。本当に懐かしい顔ぶれだ。
「皆、久し振りだな……何処かで話でもするか?」
「はい!」
「あのハンガー、今は空いてるんでそこを使いましょう!」
流石にこの人数が道に固まって話をしていれば人目を引く。
そう思っていると一つの少し古びた無人ハンガーがあると腕を引かれ、移動を開始する。
やれやれ、少しばかり思い出話に花が咲きそうだな……。
後編へ続く
《次回予告》
「どうした!?ゴミらしくBETA共のふにゃ○ラでイきたいのか!?」
『『『Sir,No Sir!』』』
「ふざけるな!もっと声を張り上げろ!!どこぞのカイゼル髭が粛清を命じるようにな!!」
『『『Sir,Yes Sir!!』』』
「虫の交尾以下の声がようやく聞こえたぞゴミ共!衛士適正検査を抜けたからと言って貴様らはエリートでは無い!今は価値も無い存在だ!!」
『『『Sir,Yes Sir!』』』
「おい、糞チビのイヴァン二等兵!そんな貴様らが存在する為にすべき事はなんだ!?」
「BETAを殺すために戦術機の操縦を覚える事であります!」
「そうだ!貴様らはまだ戦術機でよちよち歩きも出来ない!生まれたばかりの赤子と同じだ!いや、赤子はまだ泣くが出来たな!無力な赤子以下の気分は最高か!?」
『『『Sir,Yes Sir!』』』
「しかし、俺のシゴきに耐え抜けば貴様らは一流の衛士になる!分かるか!?人類が掲げる最強の矛だ!!歩兵には羨望の眼差しを浴び、戦車兵には嫉妬される!どうだ、嬉しいだろう!?」
『『『Sir,Yes Sir!!』』』
「そうか!なら貴様らの安っぽい覚悟で俺に付いて来れるか見せてみろ!」
『『『Sir,Yes Sir!!!』』』
「良し!全員駆け足!!」
《こんな感じのハートマン軍曹のような言葉が出ますのでご注意を》
後書き
ソ連編という事で買ってきたウォッカ、酒屋で思わず「安っ!?」と声を上げた私に罪は無い。