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[20382] 【完結】りりかるグラハム(リリカルなのは×ガンダムOO)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/12/29 19:48
第一話 ならばそれは、世界の声だ(前編)

 一切が真空という名の闇に閉ざされ、星々の僅かな光のみが輝く空間で一際輝く星があった。
 若草色と深い血の色、対極に位置するようにも見える二対の輝きは互いに反発しあい、よりいっそうその輝きを強めていた。
 若草色の光を発するのは、世界の変革を促がした為に世界を敵に回した機体。
 ソレスタルビーイングという組織が保有するモビルスーツ。
 太陽炉という特殊なエンジンにより、かつては無敵と同義であったガンダムという名の機体である。
 そのガンダムの中でもより近接戦闘に主眼を置いた機体、エクシアであった。
 そしてもう一方の深い血の色の光を発するのは、世界の変革の波により歴史の影に埋もれるはずであった機体。
 太陽エネルギーと自由国家の連合、通称ユニオンがかつて世界に誇っていた主力量産型モビルスーツ。
 ガンダムにより駆けるべき空を穢された機体である。
 ただし、今現在エクシアと死闘を繰り広げている機体には、本来あるはずもないものが搭載されていた。
 ガンダムが保有する太陽炉、それを限りなく近いものに模倣した擬似太陽炉。
 それを搭載したGNフラッグであった。
 その両機がそれぞれGNソードとビームサーベルで鍔迫り合いを行う。

「だが愛を超越すれば、それは憎しみとなる。行き過ぎた信仰が内紛を誘発するように」
「なっ……それが分かっていながら、何故戦う!」

 エクシアのパイロットが、激昂するままにGNフラッグを押しやった。
 そのまま僅かな距離にGNソードを差し込み、薙ぎ払う。

「軍人に戦う意味を問うとは」

 斬り払われたかに見えたGNフラッグは、かすり傷を受けたのみであった。
 機体が流された勢いを無駄には殺さず、宙返りをして態勢を整える。
 即座に手にしたGNビームサーベルをエクシアへと向けて突き出すように構えた。

「ナンセンスだな!」

 一気に加速したGNフラッグが、エクシアへと襲いかかった。
 GNソードを大きく薙ぎ払った格好のエクシアは、払う事も避ける事も出来きない。
 エクシアの頭部にあるアイカメラへと、GNビールサーベルが深々と突き刺さっていく。
 装甲の厚さや耐ビームコーティングの加護により、貫通こそは免れていた。
 だが元々、首部分は耐久度が低く出来ている。
 GNビームサーベルの威力に押され骨格やケーブルが引きちぎれ、エクシアの頭部が千切れ飛ぶ。
 だが人体とは違い、モビルスーツの頭部は急所ではない。
 千切れ飛んでいく頭部を見送る事もなく、エクシアは踏み込み過ぎたGNフラッグへとGNソードを薙ぎ払う。

「貴様は歪んでいる!」

 返す刀でGNフラッグの頭部を切り払うが、そこが急所でないのは向こうも同じ。
 密着状態からGNフラッグの拳がエクシアの胴体部へと打ち込まれた。

「そうしたのは君だ」
「うッ」

 コックピットに極々近い場所を打たれ、激しい震動にエクシアのパイロットが苦悶の声を漏らした。

「ガンダムという存在だ!」

 直接パイロットを襲うダメージに動きが鈍ったエクシアを前に、GNフラッグがさらに追撃を行う。
 続行される密着状態からGNビームサーベルは使えず、格闘戦によってだ。
 宇宙戦闘では、ほぼ飾りとも言える脚部にてエクシアを蹴りつけ、再度パイロットに揺さぶりをかける。
 だがその揺さぶりは互いの機体を離れさせ、エクシアに再起の可能性を与えてしまった。
 GNソードを折り畳み、そこに内臓されている小型GNビームライフルの銃口をGNフラッグに向けられる。
 武装という点で圧倒的に劣るGNフラッグは回避しか許されなかった。
 上へ下へと激しく機体を振り回し、小型GNビームライフルから放たれる銃弾をかわしていく。
 並のパイロットならば、かかるGの重圧に瞬く間に気を失ってしまう事だろう。
 だがGNフラッグのパイロットは並のパイロットではなかった。
 性能で圧倒的に劣るフラッグで、幾度もガンダムのパイロット達を苦しめたトップファイターである。
 ただし、激しい回避行動を前に肉体的ダメージが皆無とは、さすがにいかなかったようだ。

「だから私は君を倒す」

 気を吐くパイロットが被るヘルメットのバイザー部分には、吐き出した血がこびり付いていた。

「世界など、どうでも良い。己の意志で!」
「貴様だって、世界の一部だろうに!」

 エクシアのパイロットの声は届かない、歪んだまま届く。

「ならばそれは、世界の声だ!」

 憎しみを抱いたままGNフラッグが加速する。
 つい先ほど、エクシアの頭部を吹き飛ばした場面を彷彿と、いやそれ以上の加速振りを見せてGNビームサーベルを向けていた。

「違う、貴様は自分のエゴを押し通しているだけだ。貴様のその歪み……」

 エクシアのパイロットも覚悟を決め、腕を薙ぎ払いながら折り畳まれていたGNソードを伸ばす。
 太陽炉が生み出すGN粒子がそれに呼応するように銀光に紛れて光っていた。

「この俺が断ち斬る!」
「良く言ったガンダム!」

 互いに胸の内を全てを吐き出し、後は互いに己の武器で死を突きつけあいながら駆けるのみ。
 宇宙空間に若草色の光と深い血の色の光の帯が伸び、近付いていく。
 両機はまるで未来を生み出すように、暗闇しかない宇宙空間に光の道を作り出していた。
 だが二つの道は決して交わる事はない。
 それが交じり合った結果、GNフラッグの胴体部にエクシアのGNソードが深々と突き刺さる。
 エクシアも決して例外ではなく、GNフラッグのGNビームサーベルが同じく胴体部に突き刺さっていた。
 壮絶な相打ちを飾り立てるように、両機の機体から放電が走る。
 そして放電現象に誘発され、機体各部から負荷に耐え切れない事を嘆くように爆破が起こり始めた。

「ハワード……ダリル。仇は……」
「ガ、ガンダム……」

 途切れそうになる意識を繋げ、最後の言葉を呟きあう二人のパイロット。
 胸に抱いた言葉の全てを口にする事は出来なかった。
 何時終わりが来てもおかしくはない状況、薄れ行く視界の中でエクシアのパイロットがとあるものを見た。
 ひび割れたコンソール、その中に浮かんだ文字はツインドライヴシステム。
 それの意味するところも分からぬまま意識が閉じられる。
 最後の爆発を控え、量産されていくGN粒子。
 物理的接触を果たしたエクシアの太陽炉とGNフラッグの擬似太陽炉は、安全域を超えて過剰に稼動し始めていた。
 二つの機体を中心に、異なる色のGN粒子の輪を宇宙空間に広げていく。
 若草色の輪と深い血の色をした巨大な輪が僅かに重なり、ダブルオーの形をとる。
 その輪に祝福されるように、塵となって消えるようにそれぞれの色の量子となって消えていった。









 GNフラッグのパイロット、グラハム・エーカーは幸運にも意識を取り戻す事が出来た。
 それが意識と呼べるのか、そもそもグラハム本人と呼べるのかは分からない。
 だが人としての意識がそこにあった事は間違いなかった。
 星々に僅かに照らされた宇宙空間よりも暗い、何処か。
 意識のみが存在する暗所。

「私は既に、涅槃にいるというのか……」

 グラハムはそこを死後の世界かと思ったが、かろうじて把握できる視界の先にて小さな光を見た。
 それは一人の女性が持つ銀髪の輝きであった。
 グラハムを招くように両手を広げ、迎え入れるその女性には三対の黒い翼がある。
 天使なのかそれとも悪魔なのか。
 グラハムがその女性へと手を伸ばした瞬間、何故か突き飛ばされた。
 直接触れられたわけではないが、強い力に押されたように吹き飛ばされている
 意味が分からないまま、意識が宇宙空間を漂うようにふわふわと飛んで行く。

「上げて落とすとは、私とした事が……してやられたようだ。全く、先程の女性といいガンダムといい。ほとほと私を困らせるのが好きなようだ」

 苦笑しながら、ガンダムとの相打ちに持ち込んだ瞬間を思い浮かべる。
 自分は成すべき事を成して、そして果てた。
 人をからかう前に早く部下の二人に会わせて欲しいと、切に願い始める。
 すると視界が切り替わり始めた。
 宇宙空間より暗い場所から、宇宙空間と同等に、さらにもう少しだけ明るい場所へと。
 そこを照らすのは窓に掛かるカーテンの隙間より漏れる星明りと、消された蛍光灯の脇にある小さな白熱電球であった。
 あの世とも言える場所から急転過ぎると呆れたくなる状況で、グラハムは気付いた。
 博物館級の旧世代な造りの部屋の中にあるベッドの上である。
 こんもりと盛り上がる布団の中から、少女のようなか細い声によるすすり泣きが聞こえてきていた。

「お父さん、お母さん。うぅ……なんでやの、なんで私だけがこんな寂しい思いをせなあかんの?」

 そのすすり泣きを聞いて、まず最初に浮かんだ戦災孤児というものであった。
 戦災ではないが、自分も孤児であった過去から、その寂しさには共感できた。
 それ以上に、布団で外界を遮断するようにして泣く少女を前に、何かをせずにはいられない。
 例え彼女が戦災孤児で、自分がその原因を作り出したかもしれない軍人であったとしても。
 穢された空を前に憎しみを抱き、ガンダムに固執した自分であったが、それでも人間であった。
 見て見ぬ振りなど、到底出来るはずもない。

「突然だが、失礼する」

 丸まっていた布団がビクリと震える。
 いささか威圧的な第一声になってしまったが、少女の注意はひけたようであった。
 亀が甲羅の中から首を伸ばすように、少女が顔を出してくれた。

「だ、誰……」

 恐る恐る、まさにその表現がピッタリな様子で辺りを伺ったのは、やはり少女であった。
 それも想像以上に幼い、十歳に手が届くかどうかというところだ。
 目元を擦りながら体を起こし、辺りを伺う少女の瞳にはグラハムが映っていないように見えた。
 部下からは声さえ聞けば何処にいても分かると評されていたが、目の前の少女は対象外らしい。

「暗がりでは会話には不都合だろう。明かりを点けたいのだが……何処かな?」
「あ、ちょっと待って。今、つけるから」

 まだ涙を引きずる声の少女が、布団から這い出した。
 自分が灯りを要求したのあが、素直に灯りをつけようとする少女を不安に思う。
 ただ不審者を警戒するよりも、寂しさを紛らわさせる事を優先したのかもしれないが。
 それ程までに、危うい精神状態だったのかもしれない。
 そのままずりずりとベッドの上をはいずり、蛍光灯から伸びる紐にさらに別途括りつけたらしき紐を引っ張る。
 カチ、カチと二度引っ張られ、一度完全な無灯となり、蛍光灯が点灯された。
 点滅を繰り返してから照らし出された部屋の中で、少女が固まる。
 確かに急に自分の部屋に若い男がいれば、固まりもするだろうと、悲鳴でなかった事に感謝しつつグラハムは名乗りを上げた。

「突然の夜間の訪問にも関わらず、受け入れてくれた事に感謝する。私の名はグラハム・エーカー。ご覧の通り、軍人だ」
「ぐ、え……」
「軍人だと言った」
「軍人って、人間やよね?」

 ようやく自分へと振り返った少女の視線が、何故か天上を見上げるようになっていた。
 確かにグラハムの背は高い方だが、いささか天井を向きすぎてはいないだろうか。
 ただそれでもちゃんと、自分の視線と少女の視線はかち合っている。
 返って来た返答はいまいち意味が分からなかったが、少女も混乱しているのだろうと勝手に納得する。

「ああ、確かに軍への入隊は人間でなければならないと明記はしていないだろうが、軍人とは軍隊へと入隊した人間を指しての言葉だ」
「は、はあ……」

 少女の気のない返事に、何故これしきの事が伝わらないと疑問が浮かぶ。

「あの、ええですか? ちょっと時間を貰っても」
「慌てはしない。冷静に、現状を把握したまえ」
「冷静に把握するのは私やない気がしますけど……」

 ベッドの上を再びもそもそと動き出した少女は、そばにあった車椅子へと移るとグラハムの足元まで来た。
 両親に続いて足もかと哀しみを深めているグラハムは、まだ気づいていなかった。
 死後の世界を垣間見て、妙な悟りを開いた事で細かい事が気にならなかったのかもしれない。

「ほら、これで見えますか?」

 そう言った少女は机の引き出しから手鏡を取り出して、グラハムの視線の先に置いた。
 視線の先に鏡を置かれれば、当然の事ながら自分の姿が映し出される。
 沈黙、おかしな現象にグラハムの思考がついてこれなかった。
 差し出された鏡に自分の姿が映っていないのだ。
 鏡の中に映し出されているのは、勉強机に備え付けであろう本棚と、そこに立てかけられた数冊の本のみ。
 ありえない、自分は人外の存在となってしまったのか。
 例えばドラキュラ、確かあれは鏡に写らないはずだが突拍子も無さ過ぎる。
 突拍子のある考えとなると、

「まさか、全てをやり遂げた私に限って……この世に残す未練無し。幽霊になる道理もない。ならば何故鏡に写らない。やはりドラキュラ説が濃厚か!」
「いや、映ってますよ。ほら、この子です」

 どの口が冷静で現状をと言ったのか、少女の方が余程冷静に現状を把握していた。
 その証拠に、鏡の中に映る一冊の本を指差している。
 鎖で封をされ、一風変わった十字架が特徴的なハードカバーの本であった。
 置物としては十分だが、日記帳としては面倒そうだと一瞬で感想が浮かぶが、問題はそこではない。
 少女が指差したのは、恐らくはそこから声が漏れているからなのだろう。
 いやまさかと何度心の中で否定を繰り返した事か。
 やがて、現実逃避からしょうもないことに気がついた。

「存外ここは、埃っぽい」
「す、すみません。あんまり高いところは手が届かなくて……」
「いや、君が謝る事ではない。私が我慢をすックシ!」

 何処から出たのかくしゃみの弾みで、本棚から零れ落ちた。
 一瞬の浮遊感。

「なんと、ぐふッ!」

 勉強机に叩き付けられては弾み、さらに落下を続けて床に衝突。
 最後に力なく椅子の足にもたれ掛かかった。

「わ、私が……フラッグファイターたるこの私が、空から落ちただと。地に落ちるとはこの事か。認めたくはないものだな、くしゃみ故の過ちというものは」
「ぷ……」

 動揺をありありと声と格好で表すグラハムを前に、耐え切れずはやてが吹き出した。

「本が、軍人さんやのに……くしゃみして本棚から。あかん、つぼった。これは、あかん。ぽんぽんが痛くなるまで笑えてまう」
「ふっ……腹がよじれるまで笑ってくれたまえ。その方がいっそ、清々しい」
「あははは、拗ねた。軍人さんが拗ねた。本やのに、本棚から落ちたから!」

 床の上に落ちてなお、気障を気取るその台詞がなおさら少女の笑いを助長していた。

「あはっ、あかんほんまにつった。ぽんぽん、ぽんぽん痛い!」
「それは自業自得だ」
「だって、ひぃーん。止めたってや!」

 あらぬ原因から打ち解けはじめた両者の自己紹介は、一先ず少女が笑い死ぬまで始まりそうにはなかった。









 一先ず、互いに落ち着きを取り戻すと、場所を変える事になった。
 二階にあった少女の部屋から、この家屋のリビングへと。
 今や一冊の本と成り果てたグラハムはテーブルの上に安置され、少女はソファーの上に身を沈ませ見下ろしてくる。
 少女はグラハムを立てるのか、寝かせるべきなのか。
 それとも表紙、もしくは背表紙を自分に向けるか、本を開くべきかと悩んだりもしたが表紙を上にして安置する事で落ち着いた。

「私、八神はやて言います。貴方は、グラハム・エーカーさんでええですよね?」
「相違ない。私がグラハム・エーカーだ。なんの因果か、一冊の本に成り下がってしまってはいるがね」

 肯定の言葉には落胆の意が含まれており、悪いとは思いつつもはやてと名乗った少女は微笑んでしまう事を止められなかった。
 一冊の本に宿り軍人を名乗る外国人らしき男の人。
 奇怪という言葉以外には見つからない珍客ではあったが、客であった。
 懇意にしている自分の足の専門医の女性以外に、この家を訪れた最初の客人である。
 微笑を隠すように暖めたココアが注がれたカップを持ち上げ、一口含む。
 なんだか普段よりも甘く、美味しく感じられたのは気のせいではないだろう。
 それと同じものがグラハムの隣にも置かれているのは、はやてなりのもてなしであった。

「直前までの行動に、なんか理由があるんじゃないですか?」
「理由か……」

 至極全うなはやての指摘を前に、思い出す。
 だが直ぐにそれを口に出してはやてに伝えるわけにはいかなくなった。
 軍人を名乗って今さらかもしれないが、自分は戦場にいた。
 はやての両親を奪ったかもしれない戦争にて、少年とも呼べるべき年頃のパイロットとモビルスーツで殺しあっていたのだ。
 変革する世界の行く末はおろか、世界そのものも投げ出し、憎しみにかられて殺しあっていた。
 一般市民から恨まれるのはある意味で軍人の常であるが、涙で枕を濡らしていた少女にはとても告げられない。

「良く覚えてはいない。演習中に事故にでもあったか」
「それは、なんて言って良いか。さ、災難やったね」
「すまない」

 言葉が見つからず、無難な台詞を口にした事で済まなそうに顔を伏せるはやてへ、こちらこそという意味を込めてグラハムが呟く。
 しばしの沈黙が訪れ、所在なさげにはやてはココアを口に含む。
 ここは嘘をついた自分から状況を打開すべきだろうと、グラハムが何処にあるか分からない口を開こうとする。

「話は変わ」
「あの、グ」

 だがはやての方もあえて自分から空気を変えようとし、言葉がかち合ってしまった。

「はやて、君の言葉を先に聞かせてくれたまえ」

 そこへすかさず年上の余裕を見せて、二の句がかち合う前にグラハムが譲る。

「あ、はい。グラハムさんは、これからどうするつもりですか?」
「どうするか、か……恐らく私はMIA扱いになっている事だろう」
「MIAですか?」

 つい呟いてしまった戦争時の行方不明兵士の略語を使ってしまい、問い返された意味は誤魔化す。
 同僚に直接ではなく、墓前にてフラッグでガンダムを討ったと報告するのも悪くは無い。
 ただし、その見返りとして一冊の本になったとあっては、報告するに出来ない。
 何をしているんですかと、怒られてしまう事だろう。
 その後のフラッグ強し、ガンダムを超えるというフラッグを称える声も魅力的だが、選択肢としては選べなかった。
 それにアレは完全なる相打ち、超えたとはとてもいえない。
 だとすれば、どうするべきか。
 一冊の本という存在に貶められた状況は、生き恥を晒すにも似た状況で、何をするべきかも分からなかった。
 ガンダムを討ち取り、全てをやり遂げてしまった達成感以上に、虚脱感に襲われる。

「あの何か理由があって軍に戻れないんやったら、しばらくうちにいませんか?」

 まともな意見一つ言えず押し黙ったグラハムへと、伺うようにはやてが尋ねてきた。
 あまりにも考えもしなかった選択しを前に、思わず尋ね返してしまった。

「この家に?」
「あ、嫌やったらええんです。何処へ行くかはグラハムさんの自由ですし、けど……たまに顔を出してくれたら嬉しかったり」
「そうか……」

 グラハムよりも余程、はやての気持ちははっきりしていた。
 軍人と知ってなお、グラハム・エーカーという存在を気に掛けてくれている。
 客人としてでも立ち寄ってくれたら嬉しいと。
 思い出されるのは一人ベッドで丸まり、外の世界を拒絶するように布団を被った姿である。
 最初から一人しかいないこの家で、さらに頭から布団を被って泣きはらすはやて。
 だが誘いの言葉を耳にすると、本当は他者との繋がり、もっと言うならば隣人、家族を求めているのだろう事は明白であった。
 孤児だった過去の自分を返り見る事で、はやてと重ね合わせればその気持ちは容易に組み取る事が出来た。
 このまま涅槃へと赴いても構わないと思っていたグラハムに、小さな未練が生まれる。
 余りにも小さくか弱いこの少女を置き去りにして、一人果てて良いのかと。

「私の方から、お願いできないだろうか」
「なにを、ですか?」
「しばらくの間、私をこの家に置いてくれる事を。もし君が求めるのであれば、このグラハム・エーカー。君の家族となる事を約束しよう」

 今はまだ、軍人としてこの小さな少女を護らなければならないという義務感の方が強い。
 それでも、ただここにいて会話を交わす事で目の前の少女を護る事が出来るのならば、それも悪くはないと思う。
 フラッグでガンダムを討ったと同僚に報告するのは、少し先になりそうだと心で謝罪しながら、はやての答えを待つ。

「こちらこそ、喜んで。改めて、八神はやてをよろしくお願いします!」
「ああ、君の家族としての行動に期待する」
「グラハムさん、私以上に動けませんしね」
「今さらだが、痛いところをつく」

 なにしろ、本棚から床に転がり落ちて以降、移動には常にはやての手を借りていたのだ。
 そんな状態で軍に戻ろうという考えは、鼻で笑えてしまう。

「一杯、一杯グラハムさんの事を教えてください」
「もちろんだとも」

 お互いの歳や誕生日に始まり、愉快な経験、失敗談、話の種は早々尽きる事はなかった。









-後書き-
ども、お久しぶりですえなりんです。
恥ずかしながら帰ってまいりました。

出だしはテンプレで御免ね。
既にA's編まで全四十九話は完結させてあるので、許してください。
赤松板での投稿時と同じく、基本土曜と水曜更新でいこうと思っています。
クロスジャンルでカップリングは秘密。
グラハム×子供だけはないことは…………
あれ、グラハム×ガンダムで良いのか?
せっちゃんもリリカル世界にそのうち出てきますし。

それでは次回は水曜ということで。
赤松板でお世話になった方々やそうでない方々も、よろしくお願いします。

最後に注意点を一つ。
擬似太陽炉について基本設定をバンバン無視します。



[20382] 第一話 ならばそれは、世界の声だ(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/07/18 20:01

第一話 ならばそれは、世界の声だ(後編)

 翌日、はやてはソファーの上に横たわった状態で目を覚ました。
 真っ先に感じたのは温もり、毛布に包み込まれた自分が育んだ温もりであった。
 その事に感激し、もっとそれを味わうように毛布を手繰り寄せ丸まる。

「あったか、ぬくぬくや……」

 昨晩は、何時眠ってしまったのか憶えてはいない。
 恐らくは、知らず知らずのうちに寝入ってしまったのだろう。
 これまでの経験では、そんな場合でも自分に毛布が掛けられている事はなかった。
 夜中に寒さで目を覚ますのが常である。
 そうでなかったという事は、毛布を掛けてくれた誰かがいてくれたという事だ。
 だから今はやてが感じている温もりは自身のものだけではなく、思いやりという名の温もりであった。
 はやてが久しく味わっていなかった最高の温もりに、涙腺が緩む。
 涙を浮かべる事がこんなにも嬉しいとは、思いも寄らなかった。
 嬉し涙などテレビや小説といった架空の存在だと思っていたはやてには、その涙にすら温もりが込められているように感じられた。
 ありがとう、万感の思いを込めてそれをなしたはずのグラハムへと送る。
 ソファーの直ぐそば、テーブルの上にいるはずの彼へと視線を向けて、背筋が凍りついた。
 二つの温もりが込められた毛布を投げ捨てる程に、慌てふためいて、はやては飛び起きるしなかった。

「ない、本が……グラハムさんがおらへん!?」

 目視できず、ここにあったはずとテーブルへと手を伸ばし、そのままソファーを転げ落ちる。
 不恰好なまま床に落ち、勢いでテーブルの足でおでこを打ってしまったが、痛みに呻く時間さえ惜しい。
 ユニオン、細かい所属は忘れたが軍人のグラハム・エーカー、二十七歳おとめ座の彼がそこにいなかった。

「嘘、嘘やない。この温もりは本物や」

 自分で投げ捨てた毛布を引っ張り、確かに残る温もりを肌で感じて確かめ、動き出す。
 まだ遠くへはいっていないはずと、なんの根拠もなく決め付け、追わなければと決意する。
 今まで持っていなかったものを手に入れた分だけ、はやては必死であった。
 地の果てまでも追いかける程の決意を胸に、ソファーの傍で待っていてくれた車椅子へ手を伸ばした。

「ふむ、起きたようだなはやて。だが私のこの身では、君をベッドまで運ぶ事は残念ながら叶わない。願わくば、今後は自分でベッドに赴く事を推奨する」

 そして、車椅子に辿り着くよりも先に、求めた人が向こうから現れた。
 家族としては少し堅苦しいその口調、聞いているとなんだか落ち着く声。
 車椅子へと伸ばした手が落ち、うな垂れた。
 同時に動けるようになったのなら先に言ってくれと、胸を撫で下ろしながら愚痴る。
 早とちりであった。
 考えても見れば昨晩は本が喋ったりと混乱の一つもするかと勝手に納得して、ちょっと待てと振り出しに戻る。
 何かがおかしくはないだろうか。
 本が喋るのを通り越して、もっとおかしな光景を見たはずだ。

「う、浮いとる……」
「はやての世話ばかりになるのも忍びないと、身動きの練習から始まり、ついに飛翔に成功した。フラッグファイターの面目躍如といったところだ。やはり私には空が似合う」

 相変わらずフラッグファイターとはなんぞやという疑問は残るが、そこではない。
 飛行機になるロボットという事は聞いたが、明確なイメージがないとやはり掴みにくかった。
 いや、確かに本が浮くのも十分におかしな話だが、既に喋っているのだ。
 今さら浮いたり、火を噴いたり、太ったりしても多少は許せる。
 そして、目元をこすりあげてから今一度、宙に浮かんでいるグラハムへと視線を投じた。

「どうかしたのかね? ああ、早朝に玄関に人の気配がしたのだ。警戒していたら、新聞を今時紙媒体で配っていたらしい。全く、古風な事だ」

 全ての謎は氷解したと、はやては改めてグラハムを見上げた。
 グラハムが机の上にいなかった理由ではない。
 何時の頃からか家にあった鎖で封じられたハードカバーの本、その表紙から生える一本の腕。
 それが手にしているのは新聞紙だが、そこは置いておこう。
 問題なのは本から腕が生えている事だ。
 腕を包むのは紺の布地を黒で縁取りした厚手の衣服で、手の平には白い手袋がはめられていた。
 今一度確認しよう、宙に浮かぶ本から成人男性のものらしき一本の腕が生えている。

「あっは、はッ……」

 理解しよう、理解しようと努めた挙句、思考回路がショートしたのかはやては気を失った。
 本が宙を浮かぶメルヘンさを、たった一本の腕が破壊していたのだ。

「はやて、何があった。気を確かにするんだ!」

 慌てたグラハムは新聞紙をかなぐり捨て、宙を滑空してはやてへ駆け寄る。
 そして気を失った際に、今度は車椅子でおでこをぶつけたはやてを、事の原因である一本の腕で抱き起こす。
 だが抱き起こしては気付けをする事も出来ないと、頭を床に降ろし、頬をぺちぺちと叩く。
 しつこいようだが、本から生えている腕を使って。

「腕……腕がッ!?」
「傷は浅いぞ、はやて。車椅子にぶつけたのは額で、君の腕は無事だ。カタギリ、は技術顧問か。ならば衛生兵だ。衛生兵!」

 意識を取り戻した途端、頬を叩かれている事を知って再びはやてが意識を閉ざす。
 何故、一体どうしてと混乱の極みにあるグラハムは、必死にはやての意識を浮上させる事に集中する。
 その原因が自分にあるとは、毛ほども思わずに。
 グラハム・エーカー、彼は人様から自分がどう映るのかと言う認識がいささか甘い男であった。
 あるいは、どう映ろうと我が道を行く男、なのかもしれない。









 二十分後、気を失う事で脳内の記憶の整理を済ませたはやては、目が少し据わっていた。
 幼い少女がするべきではない目付きである。
 その瞳で本から腕を出しているグラハムへと向けて、一言呟いた。

「ぐろい」

 その後に、「そうだよね。止めてよね。あはは」と笑いには繋がらない。
 喋り、宙を浮く本というメルヘンを一気に破壊したグラハムの腕。
 本人がそれを一切気にしていないのだから、なおさらたちが悪かった。
 それどころか、人体の一部を生やす事に成功した事を喜んでいるように見えた。
 いや、確実に喜んでいた。
 人の気も知らないでと、机の上で大人しくしていなかったグラハムを睨む。

「安心したまえ、はやて。あくまでこれは私の一部、そして活目してもらおう」

 何を勘違いしたのか、肩と首があれば竦めていたかもしれない言葉を放っていた。
 そしてはやての視線の先を、一冊の本が軽やかに飛んでいく。
 もちろん、彼の腕は収納した状態でだ。
 すると飛行中、突然グラハムがゆらゆらと墜落直前にも見える軌道を描いた。
 危ないそう感じて身を乗り出したはやての目の前で、グラハムが急旋回を行った。
 そのまま高度を一気に下げて加速し、床の上すれすれへと至り、叫んだ。

「グラハム・スペシャル!」

 本の裏表紙から件の腕がうねうねと生え出した。
 その手が墜落寸前で床を跳ね上げ急上昇、高度を回復させる。
 この時、グラハムの脳内では空を駆けるフラッグと自分が重ねられていた。
 言葉通り、自分の名がついた航空技能を披露したつもりであったのだ。
 フラッグの仕様上にはなく、実行出来る者も限られた空中での変形動作である。
 だからこそ、満ち足りた様子ではやてに尋ねてきた。

「さあ、これを見て何を思い浮かべた。感嘆か、賞賛か!」
「ぐろい」

 今再びやての目は据わり、家族ではなく妖怪変化を見る目付きとなっていた。
 はやても、グラハムのはしゃぎようが理解出来ないわけではない。
 何せ昨晩は身動き一つとれず、二十七という年齢にして始めてそれを味わえばさぞかし不自由を感じた事だろう。
 足の不自由な人生を歩んでいるはやてだからこそ、その事は誰よりも理解出来る。
 だが、目覚めた時に感じた温もりの消失は多少の事では許せなかった。
 本当に嬉しかった。
 本当に嬉しかったからこそ、さらに多くを求めてしまう。
 あの温もりに包まれたまま、グラハムのあの声で穏やかにおはようと言葉を交わしたかった。
 それをこの妖怪変化は、本から腕を生やし、曲芸ですらない曲芸を練習していたと言うのだ。
 そう簡単には許してやるものかと、はやては少しへそを曲げていた

「そうか……飛べる事に気付いてから、一睡もせずにこの技を完成させたのだが。はやてを喜ばせるには、まだ技能が足りないと。昨今の少女は、侮れん」

 テーブルの上へ滑空し、ゆっくりと着陸したグラハムが呟いた。
 五体満足ならば、何故だと机の一つの両腕で叩いていたかもしれない。
 違う、そこじゃないと突っ込むべきところは満載であった。
 関西の言葉を操る関西気質のはやての心は刺激されたが、同時に別のところを揺さぶられた。
 グラハムは言った、はやてを喜ばせる為にと。
 方向性はかすりもしなかったが、気持ちだけはへそを曲げたはやての心をツンツンと突いてきていた。
 それに毛布の件だけは、本当に嬉しかったのだ。
 まだはやてはそれについて感謝の言葉一つ伝えては居なかった。

「まだまだやな。腕が生えたのは確かにびっくりやけど、ギミックさえあれば不可能やない。びっくり程度では感嘆や喝采には程遠いで」
「確かに、我が身をフラッグに重ね過ぎていたようだ。これでは、グラハム・スペシャルと呼ぶにはおこがましい」
「けど、その気持ちは受け取っとく。毛布もありがとうな、グラハムさん」
「当然の事をしたまでだ、感謝には及ばない」

 その当然こそが嬉しいのだと心の中でだけ呟き、はやては車椅子に乗り込んだ。
 朝から一悶着あったが、空腹のお腹がご飯を求めてキューキュー鳴き出している。
 時刻は七時十分前、平日の今日は小学生もそろそろ置きだす時間だ。
 足の不自由を理由に学校へは通わず、通信教育で済ませているはやてだが、それでも二度寝へ持ち込むつもりはなかった。
 曲がったはずのへそは、何時の間にか真っ直ぐになっていた。

「私はこれから朝ご飯を用意するけど、グラハムさんはどないする?」
「その間に、私は新聞を読んでいよう。少年達が促がした世界の変革、行く末……今の私には放ってはおけない情報だ」
「私の知らん間にそんな大変な事になっとるんか。社会の勉強、もうちょいせなあかんかなあ。戦国時代は割と好きなんやけど、近代はなあ……」

 認識に大きな隔たりはあったが、互いに気にせずそれぞれの行動を起こした。
 はやては車椅子を操ってキッチンを目指し、グラハムは本から生やした腕で新聞紙を広げる。

「なあ、グラハムさん」
「なんだね、はやて」

 冷蔵庫から取り出した卵をスクランブルエッグの為にかき回しながら、世間話のつもりではやてが問う。

「空を飛べるようになったのは聞いたけど、腕はどないしたん? ずるっと生えてきたんか?」
「いや、腕に留まらず人体の一部ならば出す事は可能だ。私にも理屈は分かっていないが、昨日はやてがソファーで寝入ってしまった時に、毛布を運びたくて必死に念じたら出てきた」
「そ、そやったんか。ならそのまま寝てしまった私に感謝せんとな……グスッ」
「その通りだな。ところで、誤って胡椒でも吸い込んでしまったのかな?」

 指摘され、卵をかき混ぜる手を止めて、一気に鼻をすする。
 ついでに潤んでいた瞳もこやつめと、袖で無造作に拭いさった。
 グラハムの声に、気付いているがいない振りだと微笑が含まれている事に気付いたからだ。
 その好意をありがたく受け取って、言葉を返した。

「塩と間違えてん。まだちょっと、寝ぼけてたようや」
「くしゃみを誘発するような朝食は勘弁していただきたい。また、転げ落ちたくはないからな」
「私はグラハムさん程、おっちょこちょいやないです。料理は得ぃ……思い出し、笑いが。邪魔せんで、新聞でも読んでてください」
「それは失礼をした」

 会話は中断となり、それぞれの作業に没頭し始めた。
 ただし、昨晩に味わった沈黙とは違い、穏やかな時間の流れをそこに感じられる。
 時計の針の音や小鳥の鳴き声が聞こえそうな程に静かなのに、何処かそれが心地良い。
 淡々とした作業とも言える朝食作りが、今日は両手が台所で踊っているようにも思えた。
 これが本当の、本当の意味での朝食作りかと、はやてが鼻歌を口ずさみ始める。
 そんなはやての耳に、グラハムの驚愕の声が届いた。

「なん、だと……」

 そんなに驚くべき事が書かれていたのか。
 新聞は取っているが、ほぼテレビ覧と極稀にラジオ覧しか見ないはやてには分かりかねた。
 大人って凄いなと感心しつつ、出来たものから朝食をテーブルに移していく。
 大皿に添えられているのは、スクランブルエッグと焼いたベーコン。
 それに千切ったレタスや他の野菜を切ってのせただけの簡易サラダである。
 そろそろ焼き加減はいかがかと、トースターを覗いているとグラハムに尋ねられた。

「つかぬ事を尋ねるが、現在の西暦は何年だね?」
「えっと、二〇〇五年ですけど。ちなみに四月です」
「馬鹿な、二〇〇五年だと。私は三〇〇年以上も過去に来たとでもいうのか」

 さすがに尋常ではないグラハムの声に、焼き加減がまだ足りないトーストを取り出し、車椅子を走らせる。

「グラハムさん、一体何があったんですか!?」
「はやて、もしも私の考えが正しければ……いや、たいした事ではない。腕一本では、新聞紙が捲りにくくてね。腕が釣りそうになって、思わず熱くなってしまった」
「なら後で私が変わりに捲るからその辺で、今はお終いや。ちょっとパンの焼き加減が足らんかもしれへんけど、朝食出来たで」
「ではご馳走になるとしようか」

 三〇〇年以上も未来から、過去である今に飛ばされたと話したところではやてを困らせるだけだとグラハムは口を閉ざす。
 恩師、同僚を失い、さらには生きる世界そのものを奪われてしまった。
 一体どれだけ私から奪えば気が済むのだと、ガンダムに対する怒りが胸の内で燻る。
 もう既にガンダムはいないと言うのにだ。
 まだ残り三体、赤い機体を加えると六体いるかもしれないが、時を隔てた向こうの存在である。
 行き場のない怒りが、ありもしない行き場を求め煮えたぎる。
 だが幸いな事に、感情の暴発はギリギリのところで押し止められていた。
 グラハムの目の前にいる、はやてという少女の存在によって。
 









 はやてはグラハムと向かい合わせになりながら朝食を取る事で、大きな二つの感情に支配されていた。
 幸福と、恐怖である。
 相反するかに見える感情を同時に味わう事になったのには、理由があった。
 焼きたてサクサクのトーストをほお張りながら、スクランブルエッグを摘んだ箸を持つ右腕を伸ばす。
 見るものが見れば、どちらかにしなさいと躾の面でしかりつけるかもしれない光景である。
 だがはやては確かにトーストを選び、それだけを口に運んでいた。
 ならば、右手の箸で摘んだスクランブルエッグの行方は何処へ行ってしまったのか。
 はやての口元から遠い場所へであった。
 目一杯腕を伸ばした、食卓テーブルの対面にである。

「度重なる好意に感謝を」
「え、ええよ何度も……き、気にせんといて」

 グラハムの感謝に、恐怖に震える声で遠慮の言葉を返す。
 感謝が与えられたという事は、それに足る何かを相手が受け取ったと言う事だ。
 つまりグラハムは、はやての箸からスクランブルエッグを受け取っていた。
 他人の箸から食べさせてもらうとは、良い大人が少女から食べさせてもらうとは常識を疑う光景である。
 いや、その前にその光景を見て失神する可能性の方が高いだろう。
 グラハムは人体の一部のみを生み出す事に成功したと言った。
 そして現在、その一部から朝食を口にしているのだ。
 食事用のテーブルの上に置かれた本の表紙からは、グラハムの首だけが生えていた。
 本当に今さらではあるが、はやてが自らの精神状態を案じ始める。

「あかん、私寂しさのあまりにおかしくなってしまったんやろか。昨日の夜からの全ては夢で、実は病院のベッドで昏睡状態とか……」
「安心したまえ、はやて。その平常心は私が保障しよう」
「自分の精神を疑う原因に保障されてもやな」

 最初は小さな勘違いから始まり、グラハムを食卓に置いた事でこの恐怖は決定付けられた。
 これでは食べられないと気付いたグラハムが、さも当然のように本の中から生首を生み出したのだ。
 しかしながら問題が全て解決されたわけではなく、口はあっても手がなかった。
 食卓に生首を置かれ、放心状態だったはやてがグラハムが抱える問題に全うな答えを提案してしまったのだ。
 自分で食べられないのなら、誰かに食べさせてもらえば良いと。
 直後、はやては激しい後悔に襲われ、泣きそうになった。
 もう少し状況を整えてくれれば、まだ気も紛れた。
 金髪だったのかとか、紺色に黒いラインの入った軍帽は邪魔じゃないかとか、話は広がっただろう。
 食事中にはあまり会話をしないたちのグラハムは、黙々と朝食を口にしていた。
 はやてが右手に持った箸で運び込んだ朝食を。

「あんな……言いたくはないんやけど。間違ってグラハムさんの朝食まで用意した私が悪かったから、勘弁してください」

 もう本当に駄目だと、頭まで下げてはやては懇願した。
 空腹を我慢しろとは鬼畜の所業だが、もう少し慣れるまでの時間をと。

「さすがに私も、これはどうかと思っていた。少女に食べさせてもらうなど、特殊な性癖の変態ではあるまいし」

 グラハムの特に気にした様子のない返事に、ホッと胸を撫で下ろす。
 後半部分は良く聞こえなかったが。

「それにどうやら私は睡眠や食事を必要としないようだ。昨晩は偽グラハム・スペシャルの練習で一睡もしていないのにも関わらず睡魔がない。空腹感も同様だ」

 だが次のグラハムの台詞には、聞き捨てならないと耳を傾けた。
 そして沸々と湧き上がる、それは怒りであった。
 泣く泣く、言葉通り泣く泣くご飯を食べさせてあげたのに、どちらでも構わないといった内容の台詞はどうだ。
 非は自分にもあるが、百人に聞いて百人がグラハムに非を認める事であろう。
 一人の少女の頑張りを、どちらでも良いと無に返したのだ。

「なんなんそれ。そんなんやったら、はよ言ってや!」
「すまない……昨晩も言ったが私もかつては孤児だった。長く生きれば、大切な者は大勢出来る。ただそれでも、家庭の食卓には興味があった。独身、でもあったしな」
「む~……なんや逆転ホームランで私が悪者やん。もうええわ、吹っ切れた。感謝してや。こんな美少女にご飯食べさせてもらえるなんて、光栄他にはないんやで」

 人として大事なものを一部捨ててしまった気もするが、はやても覚悟を決めた。
 自分と全く同じものを求めていた人に、我慢しろとはさすがに言えない。
 その覚悟にグラハムも感謝の言葉を伝え、朝食は再開された。
 世界一珍妙で、奇妙で、奇怪な朝食の光景ではあったが。
 そしてやはり無理があると、はやては食後にトイレに篭ってちょっぴり涙をこぼした。









-後書き-
ども、鉄は熱い内に打ての精神で急遽、一話後編を投稿いたします。
しかし、グラハムのネームバリュー凄いですね。

幸福と恐怖、両極端な意味ではやてを泣かせるグラハムさん。
色々な意味で凄いと思う。
生首に朝ご飯あげたはやても凄いけどね。

そんなこんなで一話後編でした。
さて、今度こそ次話は水曜更新します。



[20382] 第二話 生き恥をさらしたかいがあったというもの(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/07/21 20:09

第二話 生き恥をさらしたかいがあったというもの(前編)

 はやてのもとへとグラハムが現れて、一週間が経った。
 それまでに起こった様々な事の中で大きな変化が一つある。
 鎖で封をされたハードカバーの本の中から、グラハムが全身を出す事に成功したのだ。
 元々理屈がわかってはいなかったので、精神論のみ、やれば出来るとして本当にそれを成した。
 毎日少しずつ、時にはやてに引っ張ってもらったりと、意味があったのかなかったのか謎の努力を繰り返して。
 そして最初に成功したのは二日前。
 一八〇センチ丁度の身長を持つグラハムを見上げた時の、はやての第一声はこうであった。

「が、外人さんや」

 本から首だけを出して居た時も、彫りの深い顔や金髪、ダークグリーンの瞳は見えていたはずだ。
 ただ、グラハムという固体は識別しても、外観は意図して意識から外していたらしい。
 生首のみでの朝食中などは特にだ。
 とにかく、大きな変化としてはそれであり、小さな変化は幾つも見られた。
 グラハムが本当の意味で同居人となった事で、はやてに手厚い介護が加えられる事になった事だ。
 最初は遠慮していたはやても、これぐらいの事しか出来ないというグラハムの言葉に折れた。
 各種手伝いをグラハムにして貰う事で、屋内での家事のサイクルが早まり、はやてが使える自由時間というものが格段に増えていった。
 現在、リビングにてテレビゲームに二人が興じているのも、そのおかげである。

「くっ……この、この」
「はやて、自機にだけ意識を取られるのは軍人の行動ではない。アマチュアだ」
「そんな事言ったかて」

 テレビ画面上に描かれる空を、二機の戦闘機が雲を引き裂きながら飛んでいた。
 白い機体がはやての操る戦闘機であり、黒い機体がグラハムの操る戦闘機であった。
 画面隅に浮かぶ得点は倍以上の差がついており、残機が全て残るグラハムに対し、はやてはゼロである。
 そしてその最後の砦すら、はやては今まさに崩されようとしていた。

「あかん、後ろ取られた。死ぬ、死ぬ。助けたってやハム兄!」
「全く、世話がやける。フラッグ〇二、僚機の救出に向かう。私が向かうまで死ぬな、はやて」

 敵機に後ろを取られ、はやてが大慌てで助けを求め始めた。
 敵機の弾丸が脇を抜けるたびに自機どころか体まで大きく揺らすはやてに対し、グラハムは終始冷静であった。
 慌てるのは直撃した後で十分とばかりに、行きがけの駄賃に敵機を撃ち落しながら救出に向かう。
 そしてはやてにドッグファイトを仕掛けていた敵機の後ろを取り、即座に撃ち落す。
 救出を成功させ、もう大丈夫だとばかりにはやての機体の横に並んだ。
 そして健闘を祈るとばかりに黒い機体を揺らし、去っていく。

「ほ、惚れてまうやろー。なーんたぅ、え゛……」

 ほっとして冗談の一つも口にした次の瞬間、はやての機体が爆散した。
 あらぬ方向から飛んで来た流れ弾に撃たれたらしい。
 呆然としたままグラハムを見て、涙目であうあうと言葉なく訴えかけてくる。

「さすがの私も流れ弾からは、救ってやれないな」
「またハム兄一人でステージクリアやん。全然、ついていけへん。もう、もう!」
「ゲームとは言え、戦ってきた年季が違う。さあ、そろそろゲームは終了にしよう。少々、やり過ぎだ」
「え~……もっとやりたいのに。いけずや」

 唇を尖らせながら、はやてはコントローラーを投げ出した。
 そして同じソファーの隣に座っていたグラハムの膝の上に倒れこんだ。
 軍人らしく筋肉質なのか妙に固い膝であったが、かまわずその上をゴロゴロする。
 新たなグラハムの呼び名である兄、本当のそれに甘えるように。
 グラハムもまた満更ではないように、丁度良い位置に来たはやての頭を撫でた。

「続きはまた明日や。けど、ハム兄はどのゲームでも黒系選んで、フラッグって呼ぶやん。軍隊におった時に乗ってた戦闘機の名前?」
「そのようなものだ。すまないが、詳しい事は黙秘させてもらう」

 グラハムは、はやてへと話しても良い事柄と、話すべきではない事をしっかり区別していた。
 同僚達との宿舎での馬鹿話はしても、戦場での自分の逸話等は決して話さない。
 はやてが戦災孤児でない事は既に理解していたが、それでも少女に誇る事ではないと思ったからだ。
 それに作戦行動について話せば、いずれガンダムの事を口を滑らせてしまいかねない。
 ガンダム、その単語を胸に浮かべるだけでも、まだ消えない炎が燻り始める。
 向ける矛先のない炎を身に宿しても、己自身を焼き殺してしまうだけだ。
 そのような事は決して望まない、忘れなければならない。
 三〇〇年の時を越えて、ガンダムとあいまみえることなど不可能なのだから。

「ハム兄?」

 グラハムの膝の上で、その表情を伺っていたはやてが心配そうに名を呼んでくる。
 表情から何か感じ取ったのか、はやての勘の鋭さに舌を巻きながら誤魔化すように少し微笑む。

「ああ、なんでもない。はやて、少し頼みがあるのだが……」

 そして少々強引だとは分かっているが、話題を変える。

「頼みやなんて、珍しいやん。本の中から引っ張り出してくれって頼まれたぶりや」
「その節は世話になった。そろそろ、私も外を出歩いて街並みをこの目で見て見たい。あの本の外でも活動は十分だと、この二日で確かめられた」

 そのお願いを聞いて、見上げた時計は午後二時。
 これが休日ならば街は混雑しているが、今日は平日である。
 平日の昼間から二人してゲームとは、堕落者の極みだが、それはこの際置いておく。
 グラハムは兎も角、はやては通信教育をコツコツやっているのだ。

「せやったら、デパートにでも行ってハム兄の服でも買おうか。軍服だけなのも、考えもんやしな。不思議と汚れんのはありがたいけど」
「ならば作戦名はグラハム・コーディネイト。はやて、君の手腕に期待する」
「ラジャーや。ハム兄は背も高いし、金髪の男前さんやから、腕が鳴るわ。格好良くしたって、色んな店員さんに見せびらかしたろ。その光景が目に浮かぶわ」
「期待すると言った手前、止めるのは忍びない。だがはやて……お手柔らかに頼む」

 お手柔らかにという言葉は右から左へと流れているようであった。
 これは少々迂闊だったかと、グラハムが渋面となる。
 何故ならばはやては既にその頭の中で、グラハムのコーディネイトを始めてしまっていたからだ。









 デパートへと向かう道すがら、はやては己の認識が決して身内贔屓ではない事を確信した。
 車椅子で街に出ると、大抵いくらかの視線を感じる事はあった。
 それについては慣れているし、相手が自分を見てどう思ったかなど逐一考えていては疲れてしまう。
 だが今日は、その視線が全て自分の背後に集められている。
 はやてが乗る車椅子を押す、軍服姿のグラハム。
 通り過ぎる人々の視線の全てを、グラハムが集めてしまっていた。
 一八〇の高身長に加え、その歩みは軍隊仕込みで規則正しく綺麗で、しかも金髪、ダークグリーンの瞳を持つ男前。
 これですれ違い様に振り返るなという方が無理なのだろう。

「はやて、この街では外国人は珍しいのだろうか?」
「うわ、嫌味な台詞。分かってて言っとるやろ。どうせ、今日の私は刺身で言うたら、つまですぅ」
「ふっ……拗ねるのではなく、見せびらかすのではなかったかね?」
「はいはい、男前の兄ちゃんがいて、優越感ばりばりやわ。気分は病弱なお嬢様や」

 やはり一人の女の子として自分が添え物では気分も悪いが、確かな優越感は存在した。
 自信過剰な台詞だけあって、それに見合うものをグラハムは持っている。
 それにどんな着飾った女性よりも、グラハムは自分を優先してくれるだろう。
 優越感を持つなという方が無理であった。
 そんな評価をはやてから受けているグラハムは、本当のところは少し気が散っていた。
 行きかう人々は流行の違いこそあれ未来とさほど変わりないが、街並みや公道を通る自動車が決定的に違った。
 金持ちの道楽人しか乗らないようなガソリン自動車ばかりが公道を走り、エレキカーは一つも見当たらない。
 おかげで車通りの多い場所は、太陽光エネルギーの恩恵を受けたユニオンに住んでいたグラハムには排気ガスが少々辛かった。
 他には足元のアスファルトやコンクリート、ビル一つとっても素材が荒い。
 それら一つ一つに気づく度に、三〇〇年前に来てしまった事を実感していた。
 予め、はやての家にあったパソコンにて情報は集めていたが、インターネット情報と実際に目で見て、肌で感じる情報とは段違いであった。

「さあ、ミッションスタートや」

 やがてデパートに辿り着き、はやてが入り口の手前でそんな宣言をした。
 そのままはやての指示通りに車椅子を押して、メンズファッションのお店に立ち寄った。
 これが地元ならば多少は違いのだが、右も左も分からないこの街では、はやてのなすがままだ。

「いらっしゃいまセェ」

 応対に出てきた女性店員は、グラハムを見て少し声を裏返らせた。
 一瞬たじろぎもしたが、直ぐに商売用の笑顔に変えて無かった事にしてしまう。

「とりあえず、この兄ちゃんに似合いそうなの何点か頼めるかな?」
「ではあちらの試着室前で、少々お待ちくださいませ」

 かなりアバウトなはやての言葉にも戸惑わず、むしろ嬉々として展示品等をかきあつめてきた。
 早口で頭の痛くなるような説明は途中で中断させ、グラハムは試着を優先させる。
 自身で自覚するところだが、言葉よりも実際の行動を優先させる落ち着きない所以であった。
 一着目、二着目と試していくが、試着品に終わりが来ない。
 何故だと途中で気付けば、グラハムが試着する以上の速さで女性店員が服をかき集めてきているからであった。
 途中でそれに気づいたグラハムが、急かすようにはやてに意見を求めた。

「既に何点か着ては見たが、どうかね?」
「ハム兄は、なんやカジュアルよりフォーマルやな。パリっとしとる方が雰囲気にあっとる」
「私もそう思う。やはり軍隊経験が長いせいか、しまりのない服は落ち着かない」
「デザイナーを敵に回すような発言はあかんで。それじゃあ、次はこれや」

 そう言ってはやてが新たな試着品をグラハムへと差し出してきた。
 どうやら女性店員が次から次へと持ってきているわけではなく、はやての指示であったようだ。

「女性の買い物を甘く見ていた私の作戦ミスか」
「まだまだこれからやで……お客さんも増えてきたみたいやしな」

 気がつけば、メンズファッションのお店のはずなのに、女性客が妙に多いという逆転現象が巻き起こっていた。
 何故とグラハムが視線をめぐらせれば、次々に女性達は視線をそらしたり、わざとらしく目の前の商品を品定めする振りをし始める。
 本当にしてやられたと、呆れ果てるより他はなかった。
 何時の間にかはやての策により、グラハム・ファッションショーとなっていたらしい。
 ようやく気付いたかと、はやてがグラハムへとにやりと笑う。
 その瞳は、着飾ったグラハムを周りの女性へと見せびらかす気、満々であった。

「ならばあえて、私も開き直ろう。次の服を渡したまえ、はやて。作戦は依然、継続中だ」
「了解や。フラッグ〇二、次の装備品を提供する。己の判断で活用し、身につけたまえ」
「了解だ、司令官殿」

 ノリに乗ったはやての言葉に、きちんとした敬礼を持って返す。
 ファッションショーは、まだまだコレからが盛り上がりどころであった。










 最後には店長がもう勘弁してくださいと泣き付いてきた為、ファッションショーは終わりを迎えた。
 とりあえず迷惑料として何点か購入し、一着はその場でタグを切ってもらい、現在グラハムが着ている。
 白のワイシャツに、時折肌寒い春を想定した丈が長い黒の上着、ズボンは適当に女性店員に頼んで上にあわせてもらった。
 服は十分過ぎる程に購入したので、現在はウィンドウショッピングをしながら帰宅中である。

「楽しかったけど、あの店員さん店長さんに怒られて可哀想やったな」
「私のファッションショーをかぶりつきで見ていたのだ。それぐらいは勘弁願おう」

 それもそうかとはやてが笑い、グラハムも微笑を浮かべる。
 その顔がショーウィンドウのガラスの中に映し出され、グラハムの目に止まった。
 はやてと共に笑みを浮かべ、街行く人々に埋もれてしまいそうな、多少普通ではないが平凡な二人。
 他国に行けばまた違うのだろうが、この街には確かに平穏があり、誰もが満たされている。
 そして改めて気付く、それを護るのが軍人の務めなのだと。
 今なら、今の自分にならあの時、ガンダムを駆る少年の言葉の意味が少し分かる。
 自分は歪んでいた。
 フラッグが飛ぶべき空を穢され、恩師や同僚を奪われ。
 怒りと憎しみから、ガンダムを討つ事だけを考えるようになっていたから。
 軍人が本当に護るべきものを忘れてしまっていた。
 だが同時に、ガンダムにその歪みを指摘されたくはないとも思った。
 国境を越えて様々な国々へ土足で踏み入り、紛争根絶の為に武力を行使して介入行動を起こす。
 誰よりも何よりも歪んでいるのがガンダムであり、その戦力を保有するソレスタルビーイングではないか。
 確かにグラハム・エーカーという存在は歪んでいたかもしれないが、それ以上に歪んでいたのがガンダムなのだ。

「ハム兄……また、なにか他ごと考えとるん?」

 不安そうに見上げてくるはやての声に、現実に引き戻された。
 ありふれた街並みに埋もれる自分を見つめたショーウィンドウの前で、グラハムの足は止まっていたのだ。
 体を捻って振り返ったはやてが、車椅子のハンドルを握るグラハムの手へと小さな手を重ねてくる。
 その手はグラハムが遠い時代を見つめていた事を察していたのか、少し震えていた。

「少し、場所を変えよう。落ち着いて話がしたい、大層なものではないがね」

 安心させるように逆側のハンドルを握っていた手で、はやての手を包み、それから移動する。
 大通りを外れ、言葉を交わさないまま、近所で一番大きな公園へと辿り着いた。
 時折、下校途中らしき小学生が横切るが、二人で話す分には気にもならない。
 少々散歩も兼ねて公園内を歩きその緑の多さに、特にグラハムが驚きながら、やがて手頃なベンチを見つけて座る。
 そしてはやては、ベンチの向かいになるように、グラハムの目の前に車椅子を移動させた。
 決してグラハムを逃がさないように、手放さないようにその両手を手に取った。

「安心したまえ、はやて。私は君のもとを去る心算は持ち合わせていない」
「ほんまに?」
「少し、心の整理をつけたかっただけだ」

 その言葉で安心し、はやてが放そうとした手を、逆にグラハムが握る。

「私は、とある少年に言われた。歪んでいると、己のエゴを押し通しているだけだと」

 前提も何もなく、事実だけを告げられたはやてが抱いたのは純粋な憤りであった。
 グラハムが少年と呼ぶその人への。
 歪んでなどいない、グラハムは自分の家族である兄は、歪んでなどいないと。
 そしてグラハムの心を大きく占有するその少年へと、大きな嫉妬心を同時に憶えた。
 だからその言葉を思い切り否定する。

「そんなん嘘や、ハム兄は歪んでなんかおらへん」
「いや、今日一日平穏なこの街を見て、分かった。私は歪んでいた。それは否定しようのない事実だ。だから私は、その歪みを断ち切ろうと思う」

 繋いだ手をグラハムがより強く握る。

「その為に力を貸してくれ、はやて。私の歪みを断ち切るのには、君の力が必要だ」
「な、なんや……プロポーズみたいやな」
「私を色香で惑わすには、十五年早いな」

 真摯過ぎる瞳を受け止めきれず、照れたはやては自爆した。
 自分で言いだしたプロポーズと言う言葉に。
 追い討ちとしてグラハムの十五年という言葉に叩きのめされ。
 握られていた手を振りほどき、視線の高さを合わせていたグラハムへと指を突きつける。

「訂正してや、せめて十年や」
「いや、十四年」
「もう一声、十二年!」
「十三年と六ヵ月、これ以上は私も譲れないな。正常な一般男性の意見として」

 なんという長い年月かと思ったはやては、これか、この膨らみが足らんのかと胸に手をあて悔やんでいた。
 そんなはやての頭を撫でながら、グラハムは立ち上がり、車椅子の取っ手を握る。
 結局詳しい事は何一つ伝えては居ないが、核心だけは伝えられた。
 そしてその分だけ、心が楽になった気がする。
 ソレスタルビーイングもガンダムもないこの時代で、戦争や紛争のないこの街で。
 平穏な人生を歩み、少しずつ胸の奥で燻る炎を消していこうと。
 今では未来と呼べる世界で起こってしまった事実は消せないが、歪みの元であるガンダムへの愛憎を薄れさせていく。
 小さな協力者であるはやての力を借りて。

「さあ、そろそろ空気が冷え始めた。風邪を引く前に、帰るとしよう」
「十三年って……ハム兄、四十歳やん。二十二歳と四十歳か、ギリギリ?」
「それはどうかな。私は落ち着きなく、我慢弱い。はやての成長を長々とは待ってはいられないぞ」
「どっちや、どっちの意味や。ハム兄に貰われるのか、ハム兄を奪われるのか。とりあえずハム兄、気のある人が出来たら、まず私のところへ連れてきい。品定めしたる」

 いささか外でするには危うい会話だが、この空気こそがグラハムには必要であった。
 下手をすれば一時間後には忘れているかもしれないような、他愛のない会話。
 穏やかな空気こそが胸の内で燻る愛憎の炎を癒してくれる。
 グラハムをまるまる飲み込んでしまうような炎を、少しずつだが小さくし続けていく。

「急いで急いで。ああもう、なのは遅い!」
「なのはちゃん、フェレットさんを運ぶの変わろうか?」
「大丈夫、けど急がないとって、二人とも前見て前!」

 他愛のない会話を繰り返しながら帰途につくグラハムとはやての目の前に、三人の少女達が飛び出してきた。
 公園の通りをわきに、森の中へと続く細道からである。
 何を慌てていたのか、特に前を走っていた二人の少女がはやての車椅子への直撃コースであった。

「わ、わッ!」

 ぶつかると慌てふためくはやての車椅子を、グラハムがほんの少し強く押す。
 衝突の予定よりも早くはやてを抜け出させ、その場に残ったグラハムは屈みこんで飛び出してきた少女二名を抱き止めた。
 エアバッグにでも受け止められたように、二人の体がやや浮き上がり、地に足を着くと同時に解放する。

「何を慌てていたのかは知らないが、走る時はせめて前を見る事だ。最も走らないというのが一番良いのだがね」
「わ、悪かったわよ。けど急いでたの、分かる? 緊急事態なの!」
「すみません。でもフェレットさんが怪我をしていて、ごめんなさい」
「先を急いでいるんです。後でいくらでも謝りますから!」

 三者三様の様子で喚く三人の少女を前に、少々戸惑ったが事の原因は直ぐに知れた。
 一番最後尾を走っていた少女。
 茶色い髪をツインテールにした少女の手元には、傷つき息も絶え絶えの様子のフェレットがいた。
 ただし、このまま少女達を見逃しては、同じような事故がおきる可能性がある。
 それこそ車椅子ではなく、本物の車とでも衝突されては目も当てられない。

「そのフェレットを貸したまえ」
「あ、ちょっと何すんのよ。見て分からないの、怪我してんのよその子!」
「お願いします、その子を返してください。お願いします!」
「怪我、血が一杯出てて……早く病院へ連れて行かないと。返してください!」

 そんな冷血漢に見えるのか、一転して悪者扱いである。
 ただこのままでは収集がつかないため、グラハムは大きく息を吸い込んだ。

「整列、気をつけ。上官の話にその耳を傾けたまえ!」

 突然の大声に驚いた三人は、その雰囲気に飲まれ慌てて横一列に整列して背筋を伸ばす。
 遅れてはやてもその整列に加わるが、それはないと軍隊式のやりかたに非難の目を向けていた。
 なにしろフェレットを抱いていた少女は、目尻に涙さえ浮かべていたのだから。
 だがここで余計な弁解は時間の浪費だと、グラハムは黙殺して続けた。

「事態が緊急を要する事は私も理解している。だが、余計な尚早は予期せぬ事故を誘発する。動物病院の場所を知る者は挙手せよ!」

 手を挙げたのは、最初に先頭を走っていた二人の少女であった。

「ならばより体力に自信のある者だけ手を挙げ続けろ」

 手を下ろしたのは金髪の少女であり、深い紫色の髪を持つ少女が手を挙げ続けていた。
 そこでフェレットを抱いたまま、グラハムは少女に背を向けてしゃがみ込み、命令を続ける。

「乗りたまえ。あいにく私は動物病院の場所を知らない。だが、一番早く到達出来るのは私だ。道案内は一人で十分、残りは事故に気をつけて後からやってくると良い」
「え、あの……」
「事態が緊急を要すると言った」

 さすがに見知らぬ男の背に乗る事は戸惑われたようだが、有無を言わさず命令する。
 戸惑いつつも振り返った少女は、二人の友達にこの際だからと頷かれていた。
 そして恐る恐る失礼しますと呟いてから、グラハムの背に負ぶさった。

「では我々は先行する。はやてもすまないが、二人と一緒に動物病院まで来てくれ」
「しゃあないけど……ハム兄の新しい一面を見られたから、問題あらへん」
「すずかとフェレットに変な事したら承知しないから!」
「フェレットさんをお願いします。私達も後から直ぐに行きますから」

 一瞬、はやてと金髪の少女との間に不穏な空気が生まれるが、大丈夫だと信じてグラハムは地面を蹴り上げ走り始めた。









-後書き-
ども、えなりんです。

今回は真面目なグラハムさんでした。
一話後編のインパクトからすると、物足りないかもしれません。
闇の書の中から引っ張り出してもらいましたし。
物理的に。
グラハム祭りはさておき……
もう一人の主人公と出会いました。
次回から本格的に介入開始です、グラハム的に。

次回、土曜更新をお待ちください。



[20382] 第二話 生き恥をさらしたかいがあったというもの(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/07/24 19:13

第二話 生き恥をさらしたかいがあったというもの(後編)

 色々とあった一日であったが、最終的にはやての機嫌は最上値を検出していた。
 夕飯を食べ、お風呂にも入り、ベッドの上で後は寝るだけ。
 一日の終わりが直ぐそこにまで来ているという段階にいたってもまだ、機嫌のメーターは上昇を続け、振り切れそうであった。
 携帯電話を握り締めながら、はやてはベッドの上をゴロンゴロンと転がる。
 ベッドの脇で本を読むグラハムが落ち着けと言っても、はやては止まらない、止められない。
 携帯電話にメールが入らないかと、待って待って待ち続けている。
 それは夕方に公園で劇的な出会いをした、同年代の初めての友達達からの連絡を待っていた。

「はやて、もう十時だ。子供が起きている時間ではない。君の友達も、既に眠ってしまっているはずだ。それに連絡は十分に取り合ったはずだろう」
「もうちょっと、あと十分だけ。こっちからはメールせえへんから、ええやろ?」
「なら、あと十ふッ……なに?」

 はやてから連絡を入れて困らせるような事がなければと、許しを出そうとすると頭に痛みのような何かが走る。
 耳元で石でも削ったような音による一瞬の痛み、信号にも似た何か。

「ハム兄……駄目?」
「十分だけ、許可しよう」

 痛みに気を取られたグラハムが不許可を出すと思ったのか、再度伺われてしまう。
 甘いと思いつつも許可を出し、うたた寝防止の為に、布団を被らせる。
 しっかり首元まで布団を寄せ、確かめるように軽く布団を叩いていると、はやてが見上げてきた。
 にやにやとした笑みのまま、尋ねられる。

「ハム兄、もしかして妬いとる?」

 普段ははやてが寝るまで手を繋いだり、お喋りをしているのだ。
 先ほどの沈黙もあって、そう行き着いたらしい。

「公園での競り合いを繰り返す腹積もりかね?」
「もう……ちょっとぐらい乗ってくれたってええやん、馬鹿」

 十三年と六ヶ月早いと間接的に言うと、拗ねられてしまった。
 はやては布団の中で頑張って寝返りをうち、グラハムのいない壁側へと体を向ける。
 それは残念だったなと口にすれば、再びはやてを興奮させかねないと布団を数度叩く。
 それからしばらくは、会話の一切ない無音の時間が過ぎていった。
 ただし、グラハムの頭の中にはチクチクと奇妙な痛みが断続的に続いていた。

(これは、なんだ。通信? 周波数が合っていない時の雑音に似た……何か)

 痛みに耐えるように本を熟読して忘れようとするが、それは不可能であった。
 しかも感覚が鋭敏になるように、その通信に似た何かが何処から放たれているのか感覚で掴めるようになってきた。
 それと同時に、そこへ赴かなければならない焦燥感が湧いてくる。
 ちらりとはやてへと振り返ると、何時の間にか寝入ってしまったようで携帯を握り締めながら寝息を立てていた。
 ほっとし、その寝顔を覗き込む事で、胸の中に燻っていた炎がまた小さくなるのを感じる。
 そして、不覚と言うべきなのか、思い出してしまった。

(この雑音、ガンダムが現れた時と同じ!?)

 GN粒子が散布されると通常の通信が不可能となる。
 その状況下に良く似ていると気付き、よろめくように立ち上がった。
 そのまま一歩下がったところで学習机の椅子にけつまづいて、後ろに差し出した手で机に体重を預け体を支える。
 はやてとのふれあいで僅かに小さくなってくれていた炎が、それを覆し、さらに大きく成長していた。
 まさかという思いはある。
 ここは自分がいた時代の三〇〇年も昔であり、太陽炉は存在しないはずだ。
 それどころか宇宙太陽光発電システムや軌道エレベーターでさえ存在しない。
 それらの作成は技術的にまだ絶対に不可能なのだ。
 衣服の胸を握り締め、雑音の発生先の方角と、目の前にて穏やかに眠るはやてを見比べる。
 行くなと、理性はこれを見逃し、平穏な生活の中で歪みを強制しろと言っていた。
 だがその歪みそのものが、その先にある何かを求めている。

「我慢弱い自分を、これ程悔やんだ事はない。すまない、はやて……」

 ベッドで眠るはやての姿を振り切るように顔を背け、部屋を後にする。
 一度動き出した足は、一瞬たりとて止まる事なく、グラハムを運んでいく。
 階段を駆け下り、玄関にて靴を履いて飛び出す。
 そしてガンダムがいるかもしれない方角へと、突き動かされるように駆けて行った。









 人通りが絶えた住宅街を駆けるグラハムは、何時しか自分が異次元にでも迷い込んだような気分となっていた。
 脳裏に響く雑音に導かれるまま、歩きなれない街を進み、気付く。
 この深夜に人通りが絶えてしまうのは分かるが、人の気配そのものがない。
 民家の窓から家庭の灯りが漏れる事もなければ、あの嗅ぐに耐えない排気ガスを振りまくガソリン自動車さえ通らなかった。
 仮にこれが夢であり、実ははやてのベッドにもたれうたた寝をしている。
 それでもおかしくはないと思えた。
 だがこれが現実である事は、脳裏に響き続ける雑音が示している。
 そして、さらにグラハムへと現実を知らせる光景が見えた。
 それ程距離は離れていない、場所から天へと伸びる薄紅色の閃光。

「あれは、ガンダムのビームライフル!?」

 呼吸が荒く乱れていく。
 長い距離を走ったからではなく、胸に燻っていた炎が暴れ出したからだ。
 何故かは分からないが、この三〇〇年も前の時代にガンダムがいる。

「だとしたら、私は、私は……」

 見間違いだと思いたい、そして何事もなかったかのようにはやてのもとへと帰りたい。
 決めたのだ、知ってしまった自分の歪みを正そうと。
 はやての手を借りて、少しずつ少しずつ。

「リリカル、マジカル。ジュエルシード、シリアルナンバー二十一封印!」

 通りの角を飛び出した直後、激しい閃光が辺り一体を照らしていく。
 あまりの光の強さに直視する事はかなわず、グラハムは目元に腕をかざして影を作る。
 数秒、数十秒、一分あまりと、光が収まるまでじっとグラハムは耐えていた。
 あくまでそれはグラハムの体感時間である。
 実際は数秒で終わりを迎えていたのだが、グラハムはまだ迷っていた。
 帰るべきだと訴える理性と、胸の内で猛る歪みの炎の間で。

「レイジングハートを近づけてみてください」
「こう?」
「Receipt No.XXI」

 聞こえたのは二つの子供の声と、一つの機械音声。
 そのうちの一つは何処かで聞き覚えのある声であり、自然と掲げていた腕が下りていった。
 腕によりさえぎられていた視界が開け、その光景をグラハムは目の当たりにした。
 純白の外観に、空よりも濃い青で縁取りをされ、ワンポイントの赤が映える。
 一般的にトリコロールカラーと呼ばれる配色は、仇敵の少年が乗るガンダムを彷彿とさせた。
 グラハムの直ぐ目と鼻の先に佇む、変わった形のGNビームライフルを持つガンダムは。

「そう来るか、ガンダム」

 あまりの衝撃に膝がよろめき、視界がぐらりと揺らめく。
 まるで心の葛藤を示す天秤を、歪みの炎の方へと傾けるように。
 だからこそ目の前に現れた新たなガンダムだけは、見逃さないようにしっかりと捕らえていた。

「散々私の人生を弄び、時代の壁により諦めたというのに……いや、私が諦めたからこそ姿を現したか」

 笑う、はやてに見せるのとは全く異なる笑みをグラハムは見せていた。

「身持ちの堅い堅物かと思いきや、なかなかどうして。このガンダムは魔性の女性だ。その策にあえて踊らされ、言わせて貰おう。生き恥を晒したかいがあったというものと!」

 叫びながら一歩を踏み出す。

「あ、あの人は……」
「え、グ……グラハムさん!?」

 ガンダムの声は、グラハムには届かない。

「誘ったのは君だ。据え膳喰わぬは男の恥、付き合ってもらうぞ、ガンダム。私のフラッグに!」

 空へと向かい今再び叫んだグラハムの体から、深い血の色に似た閃光が迸る。
 その光はグラハムの体を包み込み、全く別のものへと変質させていく。
 夜の闇より深く黒い、メタリックな輝きを持つ存在へと。
 百二十ミリ口径のリニアライフルを主軸に、人型モビルスーツの体を収納し、二対の翼を広げている。
 グラハム専用ユニオンフラッグカスタム。
 サイズこそ実物の十分の一、生身のグラハムと変わらない一メートルと八十センチ程であった。
 だが実物と変わらないエンジンが火を噴いて、夜空へと舞い上がっていった。
 音の壁を突き破ろうとする風がガンダム、なのはを襲う。

「きゃあぁッ!」
「傀儡兵!? それとも召喚、それなら彼は何処に!」

 初動によりソニックブームが生まれておらず、幸運にもなのはは尻餅をつくだけに留まっていた。
 風に煽られなのはが悲鳴を上げている間に、夜空を斬り裂いたグラハムが旋回し、銃口を向ける。
 破壊力の大きい単射モードと高速戦闘に対応した連射モードを持つリニアライフル。
 グラハムは後者を選び、上空より撃ち放った。
 射撃音が射撃音を撃ち貫くように、連続した轟音が夜の街へと響いていく。

「まずい、レイジングハート彼女を!」
「Protection」

 頭を屈めて手で押さえているなのはの代わりに、その肩にいたフェレットが叫ぶ。
 するとなのはの周りを薄紅色の障壁が覆い、リニアライフルの弾丸を弾いてく。
 全ての弾丸を弾き、それでも防御の為の障壁は健在であった。

「ちィ、あいもかわらずの硬度か。手ごわい、だがそれが良い。それでこそ、ガンダム!」

 なのはがいる上空を通り過ぎ、再度の強襲の為にグラハムは旋回行動にはいる。

「撃ってこない、今のうちに。君、立ってくれ。逃げないと」
「無理、足が震えて。怖いよ……お父さん、お母さん!」

 フェレットの言葉を、首を振りながら跳ね除ける。
 本能的に感じてしまったのだ、アレは人の命を奪う為に作られたものだと。
 つい先程、彼女が封印したジュエルシードとはまた違う。
 アレには意識が介在しない、だからこそ純粋無垢で対抗する力さえあれば恐れる事はない。
 だがグラハムが変わり果てたフラッグという姿は、まさしく兵器であった。
 しかもその兵器がなのはの命を奪おうと、矛先を向けてきていた。

「そんな事を言っている場合じゃ……くッ、来た!」

 震える少女を奮い立たせる事も出来ず、悔やむフェレットが空を見上げ睨んだ。

「何故反撃してこない。ならば決めさせてもらう!」

 リニアライフルの銃口を再びなのはに向け、さらにそのモードを変更する。
 連射モードから単射モードへと。
 夜空はおろか、街全体を震わせるような轟音と共に、電磁加速された弾丸が放たれた。

「レイジングハート、もう一度!」
「Protection」

 今一度張られた薄紅色の障壁がなのはを覆い隠す。
 そこへ弾丸が着弾するが、先ほどの連射モードで放たれた弾丸とは違い、弾かれる事はなかった。
 薄紅色の障壁と拮抗し、火花を散らしながらそれを食い破ろうとしていた。
 完全に拮抗したかに見えたが、やがて薄紅色の障壁にヒビがはいる。
 そして、駄目押しの二発目が放たれた。

「まずい、伏せて!」

 フェレットがなのはを蹴飛ばすように倒れさせた直後、障壁が破られた。
 二発目が着弾した直後でもあった。
 倒れこんだなのはの上を二つの弾丸が通り過ぎ、アスファルトの道路を穿ち、その下の大地でさえ食い破りながら突き進んでいく。
 その弾道は震動でひび割れたアスファルトが示していた。

「この程度で破れるだと……手を抜くか、それとも私を侮辱するか。ガンダム!」

 土煙に巻かれながらフェレットは見た。
 飛行形態から変形し、人型へと空中にて変形したグラハムが剣のようなものを抜く所を。
 ソニックブレイド、刃を高周波振動させ切断力を増大させるだけでなく、刀身からプラズマを発生させる武器である。
 詳しい事は一瞬では分からなかっただろう。
 ただ死が迫っている事だけはしっかりと理解していたはずだ。
 自分はおろか、自分の救命の念話を聞いて駆けつけてくれただけの少女までも。

「今さらかもしれない……けれど、僕が護らないと。コレが最後の力だとしても!」

 グラハムは見た、土煙が浮かぶ地上から飛び出してくる何かを。
 自分へと向けて飛びあがってくる棒状の何か。

「ファング、やはりただでは転ばんか」

 迎撃の為にソニックブレイドを振るい、それが良く見知った若草色の光の壁に受け止められた。

「なに、GNフィールドを発生させるのかこのファングは!?」
「まだ、まだァッ!」

 方円状の光の壁から、数本の鎖が伸びてグラハムの体を縛り上げる。

「奇抜すぎるぞ、ガンダム!」

 若草色の鎖に絡め取られ、姿勢制御を失う。
 無重力状態でない以上、一度失った姿勢を取り戻すのは難しく、その為の高度も今はない。
 グラハムは鎖に絡め取られたまま、それを発生させたファングと共に落下した。
 アスファルトの上に墜落し、陥没させると、元々状態が不安定だったのか元のグラハムの姿へと戻ってしまう。

「不覚、ガンダムは……逃げたか」

 もうもうと上がる土煙の中、辺りを見渡すがその姿は見えない。
 ガンダムが敵を討てる好機を見逃す場合、既に撤退の命令が出ている時だ。
 先ほどのファングは、逃走用の使い捨てかと勝手に納得して、立ち上がる。
 やがて風が土煙を押し流していき、視界がクリアになっていったところで、グラハムは見てしまった。
 平穏だと評した街に自分で穿った紛争の跡。
 リニアライフルの弾丸が破壊した民家の壁、民家そのものに被害がなかったのは単純な幸運だろう。
 貫かれひび割れたアスファルト、穴の数は無数にある。
 その中でも特に酷く穴を開けられたアスファルトの傍にて倒れる、一人の少女。

「なん、だと……」

 まさかと手を伸ばしながら踏み出した足の下の柔らかな感触に、一歩下がる。
 足元に倒れていたのは、一匹のフェレット。
 ガンダムとの戦いに夢中なばかりに、少女を、はやての友達を巻き込んだ。
 己の歪みが直ぐ目の前にある。
 誰かに指摘されたものでも、理性と理論によって導いたものでもなく、現実という形となって現れていた。

「私は……私の歪みは、全くと言って良いほど断ち切れていないぞ、ガンダムッ!!」

 膝から崩れ落ち、両手をアスファルトに叩きつける。
 元々脆くなっていたのか小さくひび割れ、グラハムの嘆きの声を響かせていた。










 目を覚ましたら、自分以外の誰かがベッドにいた。
 それだけでも十分驚愕に値する事柄だが、その誰かが自分に抱きついていれば尚更だ。
 はやては自分の胸より下に抱きつかれている事実に、非常に困っていた。
 たった一人の同居人であるグラハムとは、確かに十三年後云々でやりあったがもちろん冗談だ。
 家族愛はあっても、恋愛はこれっぽっちもない。
 だがグラハムの本心は、どうだったのだろうか。
 確かに何度か寝られるまで手を繋いでもらったり、添い寝を頼んだりはしたが、それが引き金か。
 二十七歳と九歳、アウトだ。
 四十歳と二十二歳よりもよっぽどアウトだと、思い切って抱きついている誰かに視線を向けた。
 その茶色い髪に覆われた頭から、二本の触覚が伸びている。

「て、この短いツインテはなのはちゃんかい。なんでやねん」
「うにゃ」

 ペコンと胸の辺りにある頭を叩くと、面白い悲鳴が上がった。
 寝ぼけた頭で楽しくなってしまい、ペコンうにゃを何度か繰り返す。

「ん~、お姉ちゃん。起こすなら普通に……おはよう。はやてちゃん」
「おー、おはようさん。なのはちゃん」

 お互いの寝ぼけ眼が一気に覚めて、跳ね起きる。

「な、なんでなのはのベッドにはやてちゃんがいるの!?」
「それはこっちの台詞や。それにここはまちがいなく私の部屋や。ほら車椅子もあるで!」
「本当だ、アレ。私、昨日の……昨日」
「なのはちゃん?」

 突然、体をかき抱いて震えだしたなのはを、怪訝な瞳ではやてが伺う。

「昨日、怖かった。凄く、怖かった」
「夢か? 私も極最近、悪夢を見たからな……気持ちは分かるわ。そういう時はこうや」

 はやてが見たのは現実世界での悪夢だが、なにはともあれ震えるなのはを抱きしめた。
 そのまま赤子にするように背中をぽんぽんと叩いては撫でる。
 なのはの震えが収まるまで辛抱強く、はやては撫で続けていた。
 やがてなのはも震えが収まり始め、友達に抱きしめられる気恥ずかしさの方が上回ったらしい。
 顔を赤くして俯き加減に、はやての腕のなかから抜け出した。

「ありがとうね、はやてちゃん」
「これぐらいおやすいごようや。なかなかの抱き心地やったしな」
「変な事を言わないでよ、もう」

 より一層、恥ずかしくなったなのはは、話題を変えると共に原点回帰を果たした。
 何故自分がはやての家の、しかもベッドで寝ていたのか。
 はやての同居人であるグラハムの顔が直ぐに浮かんだが、それはそれでおかしくて首を傾げる。
 はやてのベッドに放り込む為だけに、襲ったわけではあるまいに。

「ようわからんけど、朝ご飯ぐらい食べてき。お腹空いとるやろ?」
「あ、私も手伝うよ」
「大丈夫や。それに私は車椅子で台所をごろごろ移動するから、あんま人が居ても逆に大変なんや。だからなのはちゃんはもう少し寝とり」

 慣れた手つきでベッドから移動し、車椅子に乗ってはやては行ってしまう。
 勧められたからといって、分かりましたと二度寝が出来る程なのはは図太くはない。
 どうしようと困っていると、昨晩外へと飛び出す事になった原因の声が頭の中に響いてきた。

『聞こえるかい?』 
「あ、うん……そうだフェレットさん。今何処にいるの?」
『君がいる部屋に向かう途中。ただし、昨日の男の人も一緒だよ』

 それを聞いて、どうしようと慌てふためいて、なのははとりあえず布団の中に逃げ込んだ。
 お尻だけが布団から出ているのは、もはやお約束か。

『落ち着いて、彼に話を合わせるんだ。少なくとも、バリアジャケットを着ていない時の君は敵と見なされない』
「バリアジャケットってなに。もう足音が直ぐそこまで。魔法はもうこりごりだよぉ」
「失礼する」

 ノックの後間もなく、件のグラハムが部屋の中へと入ってくる。
 もう駄目だと布団の中でぷるぷる震えていたなのはは、グラハムが腰掛ける事でベッドがたわむのを感じた。
 丸めた背中の上に手の平を乗せられ、体が強張った。
 小さく悲鳴まで漏れてしまったが、その後にその手がぽんぽんと背中を叩いてきた。
 そのテンポと込められた感情に、強張りが僅かにほぐれる。
 全く同じだったのだ、はやてが撫でつけ叩いてくれた手の平と。
 昨晩感じた恐怖は、何故か襲ってはこなかった。

「許して欲しいとは言わない。ただ、謝罪させて欲しい。私とガンダムの戦闘に巻き込んだ事に」
「ガン、ダム?」
「そうだ、ガンダムだ。君は知らないだろうが、ガンダムとは紛争根絶の為に武力で介入するソレスタルビーイングという組織のモビルスーツ、兵器だ」

 良く分からない単語が続き混乱したが、はっきりと聞き取れたものもあった。
 紛争根絶の為の、兵器。
 喋るフェレットからとんでもないものを渡されたと、首に掛けられていたレイジングハートを摘みムンクの如き表情を作る。

「本当にすまなかった。私の事は許してくれなくて良い。ただ……勝手を言ってすまないが、はやての友達だけは止めないで欲しい。それと、昨晩見た事は内密に願いたい」

 頼むと、願いを込められた手の平が、最後になのはの背中を叩いた。

『彼はそのガンダムと因縁があるみたいなんだ。そして君を見て、そのガンダムと誤認した。昨日の彼の様子からも、魔法の事は黙っていた方が良い』

 魔法、兵器じゃないのかとなのはは頭がこんがらかってきた。
 自分がガンダムを手にしている事を伝えるのは止した方が良いというのは、確かに賛成だ。
 それにこんなにも優しい手を持つグラハムに、自分を撃った事を教えたくはなかった。
 グラハムが腰を上げた事でベッドが浮き上がり、代わりに何か軽い足音がベッドの上を歩く。
 それからグラハムの足音が遠ざかっていく。
 もうなんだか良く分からないが、このまま行かせられはしないと引きこもっていた毛布を跳ね除ける。

「あの、グラハムさん。私ははやてちゃんの友達です。それと、全く気にしてないって言うのは嘘になっちゃうけど、それでも気にしてません。グラハムさんは優しい人です!」
「そうか……寛容な君の心に感謝する。ありがとう」

 沈んだ表情ながら僅かに見せてくれた笑みに、やっぱりと確信する。
 グラハムの優しさと、昨日の行動は全く誤解であった事を。
 その誤解の原因となったレイジングハートを目線にあわせるように掴み取ったなのはは呟く。

「ガンダム……これって戦争の道具なんだ」
「No, I'm device」
「レイジングハートの言う通り、違うからね。デバイスって言うのは魔法の。痛たた……」

 身をていしてなのはを護ったフェレットの、本当の困難はまずなのはの誤解を解くことから始まった。









-後書き-
ども、えなりんです。
魔法少女の変身中は正体がわからないのがお約束。

今回もグラハム無双な回でした。
戦績は以下。

ガンダム(なのは) → 撃墜
ファング(ユーノ) → 使い捨て

さすがグラハム、性能差もなんのその。
きっとこの勢いであらゆる魔法少女を撃墜してくれるに違いない。
とりあえず……グラハムは眼科いけ。
魔法少女をガンダムと間違えるとか、ねーよw

さて、次回は水曜更新です。
それでは。



[20382] 第三話 センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/07/28 19:33

第三話 センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない(前編)

 青空が何処までも続く空の下、なのははぽけっとしながら目の前の光景を眺めていた。
 その肩には人語を解するフェレットが鎮座し、同じように目の前の光景を眺めている。
 なのはの同年代、もしくはほんの少し年上の男の子たちが、丸いボールを追っかけ右往左往。
 そのまま言葉にしてしまったら怒られそうなもので、正確に表現するならサッカーをしていた。
 なのはの父である高町士郎がコーチを勤める翠屋JFCと他所のチームとの練習試合だ。
 休日のこの練習試合の為に、父から応援を頼まれ、気心の知れた友達であるアリサとすずか、そしてはやてを呼んだ。
 そこにグラハムまでついて来たのは、ある意味当然だったかもしれないが。
 総勢五人、横並びでは狭いのではやてはグラハムの膝の上だが、グラウンド脇のベンチに座っていた。

「ふぅ……」
『気にしないで良いんだよ、なのは。君はこれまで通り、普通の生活を送ってくれれば良いんだから』

 あの日、グラハムに襲われた翌日に、なのははユーノから正しく魔法について教えてもらった。
 特にこの街に散らばったとされるジュエルシードについて。
 普段の自分ならば、私も手伝うと即答しただろう。
 だが、出来なかった。
 約束したのは、体力が回復するまで家にペット待遇で預かる事までと、ユーノが提案した通りである。

『でも、やっぱり手伝った方が……良い、んだよね?』
『だから、気にしないで良いよ』

 それでも気にしないでと言ってくれるユーノの言葉に、なのはは本当は安心していた。
 申し訳ないが、それが本心だ。
 はやてや張本人であるグラハムの思いやりに救われ、日常生活こそ問題ないが、暗い夜や大きな音が少し苦手になった。
 ジュエルシードの収集といった、危険極まりない行為などもっての他。
 危険なそれを集めなければならないという思いはある、あるからこそ形だけでも手伝おうかとは聞いていた。
 本当に形だけで是非といわれたら、二の句が告げられなかった事だろう。
 やはりあのグラハムが変身した黒い兵器に襲われた恐怖は、心に根付いていた。

『なのはがバリアジャケットを纏うと、またガンダムってのに誤認されるかもしれないし。彼は、ある意味でジュエルシード以上に危険だから』
『優しい人だよ。はやてちゃんも凄く感謝してるって、メールにも良くグラハムさんの事を書いてくれるし』
『分かってる、僕にも分かってるよ。そもそも最初に病院に連れて行ってくれたのは、彼だし。分かってるんだけど……』

 二人して慌ててフォローしながらも、あの日の夜を思い出す。
 夜の空よりも深い黒の機体で縦横無尽に飛びまわり、弾丸を射出しまくる。
 その弾丸は魔法という名の、ある意味で甘美な響きすらも撃ち砕いた。
 撃ち砕かれた瞬間になのはは気絶してしまったが、そこには続きがあった。
 止めを刺そうとするグラハムへと立ち向かったユーノである。
 閃光を放つ剣に向かってラウンドシールドを向け、動きが止まった瞬間にバインドで縛り上げた。
 グラハムがバインドの存在を知らず、虚をつけたのは本当に幸運であった。
 もしも誰かにもう一度やれと言われたら、恐らくはユーノも断る事だろう。
 なのはとユーノは当時の事をあらかた思い出し、二人してぷるぷる震えた。

『早く、体を治さないと……』
『一杯、美味しいご飯を用意するね』

 集まったジュエルシードはまだ二つ。
 二十一個あるうちでまだ二つだとユーノは焦り、なのはは手伝うべきなのだけれどと迷う。

「ちょっと、なのは」
「にゃ、なに……アリサちゃん」

 念話に没頭していたせいで、目の前にアリサが居た事に気付けずベンチの上で後ずさる。

「なにじゃないわよ。自分で誘っておいて、あんなに頑張ってるんだから応援してあげなさいよ」
「が、ガン!?」

 ダムと、何故かふくらはぎを思い出しながら心の中だけで続ける。

「そうやで、なのはちゃん。もっとこう、ガンガン応援したらんと」
「ガンガン!?」
「そうやで、ほらすずかちゃんお手本。一緒にせーのッ」
「頑張ってー……ッて、はやてちゃんなんで一緒に言ってくれないの!?」

 一人で大声をあげてしまい、顔を赤くして縮こまりながらはやてを責める。
 ええ声やと笑っている様子からして、わざとなのは間違いないからだ。
 恥ずかしがるすずかを見て、アリサも笑いながらからかう。
 ガンガン言われるたびに妙に反応してしまうなのはは、一人置いてきぼりであった。
 ちょっと恨めしくなってグラハムを上目使いで睨んでしまったが、気付いてももらえない。
 グラハムは姦しい会話に加わる事もなく、ただただサッカーを一生懸命見ていた。

「まあ、なのはがぽけっとしてるのは何時もの事としてさ」
「ああ、変なところに結論を落とさないで」

 アリサの言葉にさすがに反論するも、気が抜けていたのは本当なのでなのはが悪いと結論は変わらなかった。

「もっと大きな問題ははやてよはやて。グラハムさんとも言えるけど」
「私とハム兄? なんかあるん?」
「その歳になってお兄さんの膝はない。私達、もう小学三年生よ。そういう事はそろそろ卒業しないと」
「そうなんか、私は別に気にしてへんけど……してくれって言ったのは私やし。皆は、してもらわへんの?」

 一応はやてがグラハムに甘える理由はそれなりにある。
 極々単純に、家族というものへの愛情に飢えていただけだ。
 ただそれを言うとこの場が暗くなりそうなので、矛先を自分以外に変えた。

「私はお姉ちゃんだけだから……でも良く一緒にお風呂に入ったり、寝てもらったりはしてるよ」
「私はお姉ちゃんもお兄ちゃんもいるけど、お姉ちゃんはすずかちゃんと同じようなもので。お兄ちゃんは、たまに頭を撫でてくれるぐらいかな」
「あ~、なのはちゃんのお兄ちゃんは照れ屋さんっぽいもんな。て、こらハム兄。自分が話題の時ぐらいは会話に加わり」
「すまない、少し没頭していた。それで私がどうかしたかね?」

 加わらないどころか、グラハムは全く話を聞いていなかったようだ。
 少々ご立腹のはやてが、上を見上げながらグラハムの頬を両手で引っ張った。
 端整な顔立ちが瞬く間に崩れるが、戯れは止めたまえと手で払いのける様子が様になり、即座に男前に戻る。
 不貞腐れるはやてと、微笑を浮かべながら冷静にそれに対処するグラハム。
 端から見ると本当に仲の良い兄妹のようで、アリサは呆れながら、すずかは微笑ましそうに笑う。
 だがなのはは、気付いていた。
 グラハムが自分達の会話はおろか、目の前で繰り広げられるサッカーすらも見ていなかった事に。
 見ていたのはグラウンドを越えた、空のずっと向こう、恐らくはガンダムだ。

(紛争根絶の為に武力を使うガンダムか……そう言えば、グラハムさんって何してた人なんだろう。そんな事を知ってるって事は、やっぱり軍人さん?)

 兄妹のようだが、グラハムは外国人ではやては日本人。
 起源となる血も違えば、当然苗字も異なる。
 人様の家庭をあれこれ詮索する事は良くないが、なのははユーノを抱きしめ、その首にあるレイジングハートに触れた。

「もう、ハム兄がなんか他にやりたい事を見つけて、それに夢中になるのもええけど……私といる時はちゃんと私の相手をしたってや」
「それはすまない事をした。気に障ったのなら謝罪しよう。その証だ、受け取りたまえ」
「へっ……」

 羨望、驚愕、羞恥、各種悲鳴がはやてを除くなのはたちから上がる。
 小学三年生という幼い身ながらも、彼女達は女の子、それも当然だろう。
 なにせ謝罪の証とは、頬への接吻。
 そこにいやらしいものは一切なく、かつ流れるような早業であった。
 しかもそれをなしたグラハム本人は、何を驚く事がとばかりにすまし顔である。
 と言うよりも、再びその瞳は何処か遠くを見つめていた

「ば、馬鹿ハム兄。いきなりなにしとんねん。ここは外やで、しかもなのはちゃんたちの前で。ちゃうねん、普段はこんな事はしてへんねんで!」
「はやてちゃん、大人……」
「お姉ちゃんと恭也さんみたぃッ、なんでもない!」

 はやて以上に真っ赤に顔を熟れさせていたなのはと、余計な事を思い出し口走ったすずか。

「べ、別にそれぐらい誰だってするわよ。私だってパパがいる時は、お休みを言う時とかしてるもの」

 大人ぶり、胸を張って言うアリサもまた台詞は兎も角、顔が赤かった。
 だがやはり親と義理の兄とでは違うだろうと、アリサ、すずか、なのはの三人が顔を寄せて語り合う。
 ちらちらとはやてとグラハムの両者を見ながら。
 そして一人はぶられたはやてはというと、何度もグラハムを馬鹿呼ばわりしながら、弁解を行っていた。
 それがどれ程無駄な努力であろうと、しないわけにもいかない。
 この河川敷のグラウンドに四人は一体何をしにきたのか、本来の目的は既に遥か彼方。
 サッカーをする少年達の声よりも大きく、姦しい声がグラウンドに響いていた。
 それと同時に少年達は、俺達の存在とはと哲学的な疑問に悩まされる事になる。
 結果、女の子の応援が多かったはずの翠屋JFCが二対一で敗退する事になった。










 サッカーの練習試合の後は、残念会という名目で翠屋での昼食となった。
 本来ならば祝勝会、もしくは景気付けとなるはずだったのだろうに少年達はややうな垂れている。
 多くの少年が実力を出し切れなかった原因が娘とその友達にあり、士郎はあちらこちらへとフォローに回っている。
 マスターの証であるエプロンをしながらも、店員としての仕事はほぼしていない。
 そんな一種お通夜のような店内の中で、グラハムはカウンター席に座って、周りを眺めていた。
 特に店外のオープンテラスで、変わらずおしゃべりを続けているはやてたちを。

「もう一杯、いかがですか?」

 ふと顔をあげると、なのはの母親である桃子が、コーヒーのお代わりを持ってきていた。
 自然と目をそらしそうになり、努めて自然に振る舞い空のカップを差し出す。

「すまない、頂こう」

 真っ白なカップになみなみと注がれるコーヒーを見ながら、押し黙る。
 空気が重苦しく感じるのは、グラハムだけなのだろう。
 合わせる顔がない、目の前の女性の子供をガンダムとの戦闘に巻き込んだのだ。
 怪我がなかったのは幸いだが、本来なら始末書では済まない大失態だ。
 しかも問い詰める者がいない事を良い事に、沈黙を良しとしてしまっている。
 自身が抱える歪みを、これ程までに激しく憎んだ事はない。
 気が急く、この歪みを一刻も早く消さなければと。
 同時に、この歪みを増大させ、この平和な街で戦いに駆り立てたガンダムにも憎しみが向いてしまう。

「以前なのはがお世話になったみたいで、本当にありがとうございました」

 コーヒーを注ぎ終わると、桃子がそう切り出してきた。
 今の自分の顔に、心に宿る憎悪が出てはいやしないかと心配しながら答える。

「彼女はとても良い子だ。うちのはやてとも、良い友達でいてくれる。こちらこそ、感謝している。感謝という言葉だけでは足りない程だ」
「あら、そんな手放しに褒めてもらえるだなんて鼻が高いわ。はやてちゃんも、とっても頑張りやさんで良い子みたいですね」

 社交辞令となるお返しの言葉だとしても、桃子のそんな言葉が単純に嬉しく思う。
 癒され、心の中で燻る歪みの炎がわずかだが小さくなるのが感じられた。
 だがそれは本当に微々たるもので、一度ガンダムと相対すればなかったも同然となる。
 覚悟を決めなければならない事だろう。
 己の歪みから目をそらし、ガンダムと共に滅びの道を歩むか。
 それとも、己の歪みを真正面から見つめ、ガンダムとは全く異なる道を歩むか。

「私は、どうすれば良い。ハワード、ダリル。エイフマン教授……カタギリ」

 かつての同僚や恩師の名を口にしても、答えてはくれない。
 もう一人、故人とはなっていないカタギリも、時代という名の壁の前に同じである。
 結論を急がねば、次にガンダムと相対すればまた同じ事が繰り返されてしまう。
 その時にもまた巻き込まれた誰かが、なのはのように幸運に包まれ、無事に済む保障はない。

「ハム兄!」

 はやての呼び声に、はっと我に返れば、店内から少年達が居なくなっていた。
 随分と深く考え込んでいたのか、桃子と社交辞令を交し合ったあたりからやや記憶が曖昧だ。
 カウンターから立ち上がり、翠屋の入り口で手招いているはやてのもとへと向かう。

「アリサとすずかは帰ったのか?」
「アリサちゃんはお父さんとお出かけやって。すずかちゃんはお姉ちゃんと買い物。私らもどっか行こか?」
「それも、悪くはないな。なのはは……なのは?」

 なのはは帰宅途中のサッカー少年の一人と、マネージャーを見ていた。
 何か思うところがあるのか、呼びかけても聞こえてはいないようだ。

「ははーん、なのはちゃんの好みはああいう子か。なのに残念無念、既にお相手が」
「にゃ、はやてちゃん。変な事をいわないで、違うから」

 慌てて否定するなのはが、ぽかぽかとはやてを叩く。

「私達はこれから出かけるが、なのははどうするかね。共に来たいと言うならば歓迎するが」
「ん~……魅力的なお誘いだけど、まだユーノ君が万全じゃないから遠慮しておきます。連れて帰って看病します」
「そっか、残念や。しっかり養生せいや、ユーノ君」
「キュ~……」

 はやてがなのはの肩にいたユーノに手を伸ばして撫でると、弱々しく鳴いていた。
 ユーノを手で支えたなのはは、それじゃあと言って家に帰り始める。
 その後ろ姿を半ばまで見送ったはやてとグラハムは、何処へ行こうかと相談しながら歩き始めた。









 デパートなどがあるビル街に来てもまだ、具体的に何処へ行くかは決まらなかった。
 グラハムの服は以前買いに行ったばかりで、さすがにこの短期間で第二のファッションショーは出入り禁止をくらいそうで怖い。
 ならばはやての服かと言えば、はやて自身これといって何か欲しいものがあるわけではない。
 二人ともコレといって趣味はなく、趣味と言えるのか良くするのはゲームだ。
 あえて行きたいではなく、二人共に反対意見が思い浮かばなかった為、ゲーム屋に向かう事になった。

「それで、はやての行き着けは何処かね?」
「信号を二つ向こうにいった角を曲がったところ。規模は大きないけど、隠れた名作がよう置いてあんねん」
「隠れた名作、胸が躍る言葉だ。しっかり掴まっていろはやて、急行する」

 とは言っても、早足程度で無理はしない。
 車椅子はわりと横幅を取るので、人の多い通りでスピードを出しては迷惑になってしまう。
 そうなると最後に嫌な思いをするのははやてなのである。
 グラハムは、はやてはもちろん道行く人々へも細やかに気をくばりながら車椅子を押していく。
 そして一つ目の信号で早くも足止めを喰らった際に、まず初めにはやてが気付いた。

「ん、なあハム兄。なんか今、揺れへんかった?」
「いや……私は何もッ!?」

 次にグラハムが気付く、はやてとは別の理由から。
 脳裏に響く、小さな雑音。

(この感じはガンダム!? 馬鹿な、ここは!)

 両手でハンドルを握る車椅子に乗るはやてを皮切りに、同じく信号待ちをする大勢の人。
 あちらこちらにあるビルに入る人、出て来る人。
 一人一人数える間に、それぞれの立ち位置が変わってしまい見失う程に大勢の人がいる。
 平穏しか知らないような穏やかな人々が大勢いるこの場所で、ガンダムの存在を感じてしまった。
 そして、グラハムの不安を半分だけ裏切るように、それは来た。

「あ、ほらやっぱり揺れッ、揺れすぎや!」

 地面が縦に揺れた。
 そればかりか目の前の交差点の中央から、鋭い先端を持つ節くれだった巨大な針のようなものが突き出てきた。
 アスファルトを地中から砕き、その下に十何年も隠されていた土くれを露出させながら。
 木の根とすら一瞬では判別できないそれは、街の至る所から突出してきていた。
 ビルを串刺しにして生えてくるものも在れば、アスファルトと地面を仮縫いするように交互に突き刺すものもある。
 悲鳴はあがり続けているが、揺れが強すぎて身動きが取れるものは殆ど居なかった。
 だがこの揺れが収まると同時に、規則正しかった人の波は時化の海よりも酷くなる事は明白。
 車椅子からはやてが転がり落ちないように足を踏みしめていたグラハムは、決断した。
 人々の視線が何処にも定まっていない今しかないと。

「思い出せ、あの時の感覚を……」

 己の歪みを現実として見せ付けられたあの夜、我が身をフラッグに変えて夜空を裂くように飛んだあの時。
 まるで胸の中で燻る歪みから湧き上がるように、グラハムの体を深い血の色の光が覆い始める。
 行ける、そう感じた瞬間には口が自然と叫んでいた。

「今はただ、はやてを護る為に!」

 深い血の色の閃光が迸り、グラハムをフラッグへと変えていく。
 ただし、あの日の夜とは違い、最初から人型形態での参上であった。

「わっ、まぶし。なんや今のって、本当になんや!?」
「詳しい説明は後だ。まずははやて、君を安全な場所まで連れて行く」
「ハム兄? その声はハム兄なん!?」

 はやての車椅子を抱え、揺れる大地を捨てて飛翔する。
 案の定、揺れる大地に恐怖を抱き、はやて以外にそれを認識出来た者はいなかった。
 木の根に貫かれ、今にも崩れ落ちそうなビルを追い越すようにさらに高く飛ぶ。
 そしてどのビルよりも高く飛んだグラハムとはやては気付いた。
 この街で、一体何が起こっているのかという事を。
 それは大樹。
 世界中の樹の王様と言われても信じてしまいそうな、ビル街を飲み込む程の大樹である。
 幸いにしてまだ崩れ落ちるようなビルはなかったが、逆に全く無事なビルというものも存在しなかった。
 ビルの崩落は直ぐ目の前にまで迫ってきていた。

「あんなんちょっと前まではあらへんかったで……ていうか、セツメェー。突然、ハム兄が、可変式っぽいロボットになってん!」
「説明は後だと言ったはずだ」

 どうやら目視する限りでは、大樹の成長は止まっているようであった。
 あまり遠くにまではやてを運んでいると、現場に戻るまでに時間が掛かると手頃なビルの屋上へとはやてを降ろす。

「いや、本当になにがなんだかやけど。まさかハム兄、あそこに戻る気か!?」
「元とは言え、私も軍人だ。民間人を護るのがその勤めだと認識している」
「言うと思ったで。ああ、もう。絶対に後で全部話してや。特にその変身の事とか。ハム兄が未来型ロボットやったなんて。四次元ポケットは何処やねんな!」
「約束しよう。このグラハム・エーカー、事件が終わり次第に全てを話すと!」

 フラッグの姿でサムズアップをしてはやてに見せたグラハムは、今再び飛翔し、飛行形態となって空を駆ける。
 このような状況で不謹慎な事だが、グラハムは少しだけ吹っ切れていた。
 敵国との戦闘ばかりが軍人の務めではない。
 特にこの時代の日本には戦闘が二の次となる、かなり特殊な軍隊があったはずだ。
 この不可思議な災害に脅える民間人の救助を行う事こそが最優先の軍隊。
 なんと羨ましい軍隊か。
 三〇〇年後には影も形もなくなってしまう軍隊だが、ある意味で理想の軍隊である。

「私にも、なれるのだろうか。私にも……」

 現場へと急行しながら呟いたグラハムの視界に、とあるビルの屋上が映った。
 途端に空の上で急停止をかけ、人型形態へと変形する。
 ビルの屋上には、あの日の夜にファング一本で自分から逃げおおせたガンダムの姿があった。

「ガン、ダム……」

 揺らぐ、直前に淡く憧れた理想の軍隊が。
 目の前に、しかもこちらへと気付いていない無防備なガンダムの姿がある。
 今ならとれる、あのガンダムを。
 相打ちなどではなく、完全に討ち取り、超える事が出来る。
 気がつけば、フラッグと化した左手の中にはブラズマソードが握られていた。

「外敵に対してあまりにも無防備なその姿、正に白雪姫だ。穢れを知らぬ無知、それはまた罪だと知れガンダム!」

 震える腕を振り上げ、グラハムは揺れる心の赴くままにプラズマソードを掲げた。









-後書き-
ども、えなりんです。

今日の被害者は翠屋JFCの少年達。
まあ、軽微ですけどね。撃ち落とされたなのはに比べれば。
そんななのはがまたしてもロックオン。
グラハムの勘違いは続きます。

感想に、いくらなんでも顔もろだしやんと突込みがありました。
ただ一応のそれっぽい理由はそのうち出てきます。
節穴である事に変わりはありませんけどね。

それでは次回は土曜日です。
では。



[20382] 第三話 センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/08/04 21:09
第三話 センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない(後編)

 グラハムが掲げたプラズマソードは振り下ろされた。
 虚空を斬り裂くだけの一閃、それだけに終わった。

「だが、だがしかし、背後より斬りかかりガンダムを討つのは、フラッグファイターとしての矜持が許さない。命拾いをしたな、ガンダム」

 呟いた直後、ガンダムがこちらに気付いたが、無視をして飛び去る。
 一刻も早く、自らの気持ちが変わらないうちにと。
 まだ己の歪みの炎は猛り、今からでもと囁いてきた。
 ガンダムという存在と心の歪み、両者を振り切るように飛行形態へと変形して空を駆ける。
 はやての避難に少々時間をかけたせいか、舞い戻った現場の混乱は少しだけ収まっていた。
 大半の人間は逃げ出し、残っているのは怪我をしたり、その他の理由で逃げ遅れた者たちだ。
 その数はぱっと見多くはないが、安心は出来ない。
 大樹が急成長した時に生まれた地震は止んでいたが、割れた窓ガラスやコンクリートの破片は今でもパラパラと降りそそいでいる。
 どうやら大樹の成長は微々たるものながら続いているらしい。
 本当に何時ビルが崩れ落ちてもおかしくはない状況であった。
 一体誰から、何処から手をつけるべきか、さすがにユニオンの元トップガンにもそんなマニュアルは知らない。
 出来たのは安直に手近な要救護者から手を貸す事ぐらいであった。

「パパ、しっかりして!」
「私は大丈夫だ。お前だけでも、先に逃げなさい……」

 舞い戻った現場の一番近い場所。
 そこには落下してきたビルの瓦礫の隙間に下半身を挟まれた男性がいた。
 そのすぐ傍でしゃがみ込んでいる少女は、その娘なのだろう。
 グラハムは人型形態に変形すると、その傍に降り立ち、驚き絶句する親娘を無視して破片に手を掛けた。
 折り重なる破片は、一つとっても百キロは優に超えるだろう。

「私が瓦礫を持ち上げる、その間に」

 エンジンをふかし、フラッグの駆動を酷使する。
 そして男性の足を直接的に押さえ込んでいた破片を、僅かに持ち上げる。

「い、今のうちに……パパ、頑張って!」
「もう少し、抜けたぞ」
「あ、あそこ!」

 瓦礫を抜け出した父親の事を喜ぶ間もなく、少女がとある場所を指差し叫んだ。
 ゆっくりと瓦礫を降ろす手間も惜しんで振り返ったグラハムの目に、少女が叫んだ元凶が映った。
 ついにビルの一角が崩れ落ちていたのだ。
 隣のビルへとぶつかり、大小様々な破片が道路へ飛び出すように落ち始める。
 そして避難しようとしていたらしき姉妹を、今まさに押し潰そうとしていた。

「させん!」

 飛行形態へと変形し、低空で加速する。
 落ちてくる瓦礫よりも早く、頭上を見上げて足を止めてしまった姉妹へと向かった。
 だが飛行形態のままでは二人を救い上げる事は出来ない。
 最悪の場合、グラハム自身さえ巻き込まれない状況下で、叫ぶ。

「グラハム・スペシャル!」

 かつてはやてに見せたものとは違う、正真正銘のマニューバである。
 十二分に得た加速はそのままに人型形態へと変形。
 人型形態になった事で自由となった腕を伸ばし、姉妹を抱き寄せた。
 小さくはない悲鳴には今だけ目を瞑り、瓦礫の下から抜け出し飛びたった。
 間一髪、直ぐ後ろでは地面との衝突と自重で潰され、砕けるコンクリートの音が響いていた。
 姉妹を抱いたグラハムは、大きく旋回するまま先程助け出した男性のもとへと戻る。

「ここは危険だ。避難するならば、この子達も頼む。私は次の救助に向かう」
「わ、分かった。任せておいてくれ。君と言って良いのかわからないが、君も気をつけてくれ」
「その言葉、ありがたく頂戴する。だが安心したまえ、私のフラッグは決して落ちない」

 そう男性に伝えると、次の要救助者を探しにグラハムはこの場を発った。
 飛び去るフラッグを男性以外は、呆気に取られた表情で見送っている。
 それからしばらくして我に返った少女、特に同世代の二人はお互いの顔を見合って驚く。

「ア、アリサちゃん!?」
「すずか、あんたも来てたんだ。そっか、お姉ちゃんと買い物って」
「アリサちゃんこそ……よかった」
「私達もあのすっごいロボットが助けてくれたのよ。パパを押し挟んでたコンクリートの破片を持ち上げてくれて」

 やや興奮気味に身振り手振りを交えて話すアリサの頭に、父親である男性が手の平を置いて落ち着けさせる。

「今は一刻も早く避難を。そちらのお嬢さん方も……私は彼に君達の事を任された。ついてきてくれるね?」
「ええ、こちらこそお願いします。何処へ避難して良いのか右往左往していたところですので」

 アリサの父親とすずかの姉は、いささか冷静な目付きで互いに意見をあわせる。
 そして各々の大切な肉親の手をとって走り出す。
 ただし、その胸のうちには現状技術では決してありえないロボットまたはパワードスーツの存在に興味を引かれていた。









 最初の救助者と二番目の救助者がアリサとすずかだった事に気付かないまま、グラハムは救助を続けていた。
 大きな破片が落ちれば撃ち落し、それがかなわない程大きければ、下敷きになりそうな者をその下からかっさらう。
 親とはぐれた子供、怪我をして歩けない者、そういった者は別途救助した大人に任せた。
 一人、また一人と助け続けるが、一向にそれに終わりが見えない。

「くっ、本部の支援なき任務がこれ程までにやり辛いとは……とは言え、戦術予報士もこれは予測しきれまい。それにしても、この大樹。成長が止まらん!」

 また一つ、落ちてきたコンクリートの破片を撃ち落しながら、救助者を誘導する。

「あっちだ、急げ!」

 グラハムの姿を見て逐一驚かれるのは大きなロスであり、その度に叫んでいた。
 本当に一体あと何人の要救助者がいるのか。
 それだけでも知りたいと思いながら、各所を飛びまわり要救助者を探して回る。
 もう良いだろうと思った矢先に、要救助者を何度も見つけてしまう。
 いっそ大樹本体をどうにかするべきかと思ったところで、薄紅色の閃光がグラハムの遥か頭上を通過していった。
 咄嗟に頭上を見上げ、先程ビルの屋上にて発見したガンダムの姿が脳裏に浮かんだ。
 近辺に救助者がいない事だけを確認してから、高度を高くとってビルを超えた空の上に上る。
 全てのビルを超えた空に上った瞬間、閃光が瞬き、辺り一帯を照らしつけていった。

「ビームライフルで、何を撃ったというのだ!?」

 視界が焼きついてしまうとフラッグの腕を掲げ、その光の向こうにある光景をなんと覗き込む。
 撃ち貫かれた者を見て、一瞬息が止まった。
 続いて血液が沸騰しそうになる程の怒りを覚えて、叫びそうになっていた。
 閃光の中にいたのは、はやてよりも少しだけ年上の少年と少女。
 ただし、怒りを胸の中の歪みに蓄え猛り狂う前に、ある事に気付いてなんとか踏みとどまる。
 二人は大樹の幹に埋もれるようにしていたのだ。
 大樹の急成長に巻き込まれたかのようにも見えるが、違う気がする。
 むしろその二人こそが、大樹の中心に据えられていたようにさえグラハムには見えた。

「まさか、だからこそ二人を撃ったというのか?」

 踏みとどまった本当の原因は、そこではない。
 ビームライフルに撃ちぬかれたはずの二人が、熱線に撃たれながらも蒸発しなかった事にあった。
 なかなか終わらない閃光の中を飛び、二人へと近付いていく。
 すると大樹の姿が、閃光の中へと消えようとしていた。
 取り残された二人の少年少女は、見えない手に抱かれたように宙に浮き、少しずつ地面へと向けて降下し始める。

「一体何が……ガンダムは何をしたというのだ!?」

 混乱しながらも万が一を考え二人を抱きとめ、無傷なビルの屋上へと降ろす。
 本来ならばもっと安全な場所へと連れて行くべきだが、グラハムには行くべき場所があった。
 介入行動が終わり、まだそこにガンダムが残っているとは限らない。
 それでもグラハムは、行かずにはいられなかった。
 一刻を争うと飛行形態に変形して、先程通り過ぎたビルの屋上を目指す。
 まだ行くなと、これ以上焦らされては堪らないと焦燥感を抱きながら目指したそこに、ガンダムはいた。
 むしろグラハムの到着を待っていたかのように、見上げてきている。

「私を意識するか、ガンダム。ようやく気持ちが通じ合ったというのに、なんだこの気持ちは……」
「ガンダムでいいよ」

 発せられた聞き覚えのある声に、グラハムがまさかとたじろぐ。

「もう私は迷わない。怖くても、逃げ出したくても……嫌だから、私の大好きな街が壊れちゃうのが嫌だから。こんな思いは二度としたくないから」
「なのはがガンダムのパイロット……少年しかり、なのはしかり。私は良く良くガンダムのパイロットと惹かれあう性分らしいな。センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない」
「私は護りたい。この街を、この街に住む大切な人たちを……だから私が、私がガンダムです!」

 良く言ったと、今でなければ褒めていたかもしれなかった。
 ガンダムとして名乗りを上げたなのはを。
 だがグラハムは唇を噛むようにして感情が暴走しだすのを必死に止めていた。

「ガンダム……」

 あのガンダムが自分を睨みつけ、かなり特殊なGNビームライフルの銃口をこちらに向けている。
 望む所だと、こちらから仕掛けたい気持ちはもちろんあった。
 だがあのガンダムは、なのはなのだ。
 初めて友達が出来たと喜ぶはやての笑顔が脳裏を過ぎる。
 はやての友達であり、あの少年よりも幼いなのはを討つ事は決して出来ない。
 それでも、それでもなのははガンダムであった。
 相手が幼いであろう事を知っても、ガンダムを討てと歪みの炎が猛り狂う。
 迷い続ける心に翻弄されながらも今一度、ガンダムであるなのはを見下ろし見据える。
 そして、なのはのある一点を見た事で決断した。

「ならば、全力で来い。その胸に秘めた思いをこのグラハム・エーカーが受け止めよう!」
「グラハムさんも、譲れないんですよね」
「ああ、私とガンダムとの戦いは既に愛を超え憎しみとなっている。躊躇する事はない、存分に撃ちたまえ。君が、ガンダムとして!」
「レイジングハート、お願い。ディバイーン」
「Devine Buster」

 なのはの足元に方円が浮かび上がり、幾何学模様がその中に描かれた。
 そして特殊なGNビームライフルの先端にある宝玉から、薄紅色の閃光が放出される。
 ガンダムであるなのは自身を覆い包みこめそうな程の太いビームの奔流が、グラハムに襲いかかった。
 その閃光が瞬く間に眼前に迫り来る様を見ても、グラハムに焦りはない。
 約一歩分、ふらりと横に滑るように移動すると、そのすぐ脇をGNビームライフルが放った光が通り過ぎていく。
 余りにも容易く避けられ、撃ったなのはの方が驚いていた。
 そして唇を噛みながら、再度銃口を向ける。

「レイジングハート、もう一度!」
「Devine Buster」
「どんな強力な兵器も当たらなければ、どうという事はない。それに動きに感情が見えすぎている。ならば弾道を読むのも容易い」

 二発、三発と撃ち込まれるビームを、鮮やかにかわしていく。
 自分が攻撃しながらも逆に追い詰められたような顔で、なのははこのままでは当たらないと察したようだ。
 なのはが特殊な形のGNビームライフルの銃口をさげる。
 だがグラハムはその間に距離を詰めるような事はしなかった。
 隙だらけのなのはを、ただ見下ろしていた。
 嬉々としてガンダムとの戦いを望むような事を叫んでいたにも関わらず、何故か受身に徹している。

「Master」
「うん、分かってる」

 それに気付かないなのはは、あくまでグラハムを撃つ。
 憎いからではない。
 自分がユーノを手伝い、ジュエルシードを集める為にグラハムが避けては通れない相手だと思っているからだ。
 だが、それだけというわけでもなかった。

「Devine Shooter」

 なのはの足元にまたあの方円と幾何学模様が浮かび上がる。
 だが今度はやや様子が異なった。
 特殊な形のGNビームライフルから閃光が放たれる事はなく、なのはの周りに薄紅色の光の弾が浮かび上がる。
 その数は二つ、重力を感じさせない動きでなのはの前にまで移動し、

「シュート!」

 なのはが特殊な形のGNビームライフルを振り絞り叫ぶと当時に、放たれた。
 撃ち放たれた弾丸は、曲線を描きながらグラハムへと襲いかかる。

「威力を落としての連射か……だが、まだ甘い!」

 二つの光弾のうち、一つをプラズマソードで斬り裂き、もう一つはかわすまでもなく外れていた。
 威力を落としてまでの一撃さえ外れたが、なのはは落胆してはいない。
 その視線は、頭上を飛ぶグラハムのさらに向こう側に注がれていた。
 外れたはずの光弾へと。
 グラハムからそれた光弾は、本来ならばそのまま空の彼方へ消えていた事だろう。
 だがその光弾はなのはの意志に従い、大きく弧を描きながら軌道を修正して戻ってくる。
 外れたと見せかけての背後からの奇襲。
 なのはは、それの成功を確信していた。
 そして僅かに笑みを見せ始めた次の瞬間、なのはの笑みが凍りつく。
 グラハムは確かに気付いていなかったはずだ。
 だというのに、まるで知っていたかのように背後へと振り返った。
 そのまま奇襲であったはずの光弾を、プラズマソードで斬り裂き消し飛ばした。

「言ったはずだ。動きに感情が見えすぎていると……気は済んだかね?」

 まるで全てを見透かしたかのようなグラハムの言葉に、ビクリとなのはが震えた。

「君の手は、震えていた。初陣を飾る新兵のように……君が何を後悔し、ガンダムになる事にしたかは分からない。だが、八つ当たり程度の行動で私を落とせると思ったら大きな間違いだ」
「ち、違います。私は……この街を二度と、私のせいで!」
「それが八つ当たりだと言うのだ。世界などどうでも良い。私とガンダムとの戦いは、そんな中途半端な気持ちでは立ち入れない極みにある!」

 プラズマソードを振り絞り、なのはへと突きつける。

「今の君は歪み始めている。私のようになってしまう前に、その歪みを私が断ち切る!」
「大好きな街を護りたいって思う事が、そんなにいけないことなんですか!」
「Devine Buster」

 グラハムが加速し、なのはが構わず銃口を向ける。
 振り上げられたプラズマソードと、撃ち放たれたGNビームライフル。
 一直線に放たれたエネルギーの奔流をかわし、驚愕に目を見開くなのはへとグラハムが接近する。
 薙ぎ払われるプラズマソードを前に、なのははきつく瞳を閉ざした。
 だが幾ら待ってもその時は訪れない。
 代わりに訪れたのは、自分を大きく包み込む温もりであった。

「ガンダムがこれ程までに小さいとは、愛おしさがこみ上げる」
「あっ」

 なのはを包み込んでいたのは、元の姿を取り戻したグラハムであった。
 多くは語らず、抱きしめながらなのはの頭を撫で付けていた。
 その手に込められた優しさに、歪んだ決意が砕かれ始める。

「さあ、話してくれたまえ。君がガンダムになろうとした本当の理由を……」
「私……」

 この街を護りたい、大切な人を護りたい。
 それは決して嘘ではないが、そんな格好良い理由ばかりではなかった。

「ジュエルシード、あの木が生まれた元……本当は気付いてたの。お父さんのサッカーチームの子が持ってるの。ちょっととだけど見えたの」

 自分の罪を告白する事が怖いと、なのはは自分からグラハムへと抱きついた。
 グラハムの体を強く抱きしめ、顔を埋める事で流れ落ちる涙を隠す。
 そうしなければ、自らの認めたくない醜い心を認められなかったからだ。

「でも気のせいだと思った。思いたかったのかもしれない。まだユーノ君は怪我で動けないし、もしも発動したら私が封印しなきゃいけないから」

 それが一番の理由。
 自身の臆病さがもたらした災害を目の当たりにして、そこに義務が生まれた気がした。
 贖罪の為に、戦わなければならないと。
 だから強くなったつもりになりたかった。
 あのグラハムが戦い拘るガンダムという自分にとっては無形の力に縋ろうとした。
 そうすれば恐怖心を克服して、ジュエルシードの封印を行えると思ったのだ。

「良く話してくれた……やはり、君はガンダムにはなれない」
「ごめん、なさい。ごめんなさい」
「気の済むまで泣きたまえ。そして、まだ理由は理解しきれてはいないが、君の代わりに私が戦おう。フラッグはその為にある」

 流れ落ちる涙を堪えるように泣いていたが、気の済むまでと言われて変わった。
 声を上げる、わんわんとなのはが泣く。
 それを無理にあやそうとはせず、ただただ受け入れる。

「このグラハム・エーカーは、少女の涙を受け止める度量ぐらい持ち合わせている。涙が枯れるまで、存分に泣くと良い」
「あの……」

 なのはの涙を受け止め続けるグラハムへと話しかけるのは、一匹のフェレットであった。
 それは驚愕すべき光景であったが、フラッグに変身出来る自分を思うと今さらでもある。

「なのはがガンダムでないとすれば、君もまたファングではあるまい。初めましてと、言うべきかな?」
「はい、こんな事になるなら、もっと早く打ち明けるべきでした。ジュエルシードの事を、なのはの事を」
「元はと言えば、私がなのはを撃ったのが始まりだ。謝罪すべきは、私の方だ」

 ある意味、今ここでなのはが泣いているのも自分のせいかと自省した。
 それと同時に、今回の事で一つ分かった事がある。
 なのははガンダムになりたかったと言った。
 自責の念はもちろんの事、この街を護りたい、身近な人を護りたいからと。
 今回はたまたまなのはに何かしらの力があった事もあるが、誰しもがガンダムになる可能性がある。
 三〇〇年後の自分達の世界でも、擬似太陽炉が世に出るまでガンダムは力の象徴であった。
 人は力を求めれば、大小はどうあれ手にする事が出来る。
 その求め手に入れた力が大きければ大きいほど、その人がガンダムとなる可能性は高い。
 だが肝心なのはガンダムになれるかどうかではなく、その理由だ。

「少年……」

 なのは程ではないが、ガンダムのパイロットもまた少年であった。
 ガンダムに乗るための訓練期間を考慮すると、どう考えても数年はかかる。
 下手をすればなのはぐらいに小さな頃から、ガンダムに乗るための訓練をしていたのだろうか。
 それとも、ガンダムとはまた別の力を求めていたのか。

「少年、君は……何故ガンダムになろうとした?」

 ガンダムの、ソレスタルビーイングの目的は紛争根絶。
 その為と結論を見出すのは容易いが、極普通の家庭で育った少年がそれを夢見るのは稀だろう。
 もっと平凡な、それこそ今グラハムが求めている平凡な生活を求めるはず。
 だからこそ、何かあるはずだ。
 紛争根絶などという途方もない、あるいは夢物語ともいえる目的を掲げるようになった理由が。

「私は君と運命の赤い糸で結ばれながら、君の事を何も知らない。それがたまらなく口惜しい。私は今、無性に君に会いたい。会いたいぞ、少年」

 恋焦がれるように呟いたグラハムの言葉が、その相手に届く事は決してない。
 それでも、グラハムは呟かずにはいられなかった。









-後書き-
ども、えなりんです。
とりあえず、無事今回の件は集束。

今回の被害者
月村 忍   → 腹部打撲
月村 すずか → 腹部打撲 + 少し漏(略

最大加速したフラッグに、抱き寄せられてます。
夜の一族じゃなきゃ、死んでいた。
こう、腹部から真っ二つ的な意味で。
一応彼女ら普通の人間ですけどね、このお話では。
今回はそれっぽい被害者がいなかったもので。

それはさておき。
ガンダム(なのは)とファング(ユーノ)と和解しました。
多分、これから共闘していくのかなぁ?

それでは、次回は水曜日。



[20382] 第四話 あえて言わせてもらおう。グラハム・エーカーであると(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/08/07 19:41
第四話  あえて言わせてもらおう。グラハム・エーカーであると(前編)

 グラハム・エーカーは今より三〇〇年後の時代の人間である。
 孤児の身ながら空に憧れ、軍属への道を選び歩んでいく。
 憧れの空を飛翔するフラッグという翼を得て、トップファイターと呼ばれるまでになった。
 だが次第に時代のうねりに翻弄され始めてしまう。
 紛争根絶を掲げて活動を始めるソレスタルビーイングと、四機のガンダム達。
 その活動により変革しようとする世界の中で、グラハムは何度もガンダムと立ち合った。
 最後には、仇敵であり運命の相手でもあるガンダムの一機と相打ちとなる。
 そして気がつけば、この時代に居た。
 実際は一冊の本の中から這い上がったのだが、細かい事は置いておく。

「え、ギャグなん?」
「私は真面目な場での冗談は好まない」

 そうはやてが呟いてしまったとしても罪はないだろう。
 本の中からグラハムが這い出した時点で常識も何もないが、常識外れの言葉だ。
 その後に、なのはからも魔法について教えられ、はやての混乱は加速する。
 海鳴市に散らばったジュエルシードという名のロストロギア。
 それを回収しに来た喋るフェレットと出会い、魔法に出会ったなのは。
 出会ってからまだ数日なので、グラハムの話した内容に比べると少し短かった。

「ダブルボケは素人には難しいからお勧めせえへんで」
「はやてちゃんが全然信じてないよぉ」

 はやては、半信半疑以下の状態であった。
 だがグラハムとなのはそれぞれ異なる変身を目の当たりにして、ようやく信じる事になった。
 さすがに証拠を見せ付けられては、事実を否定は出来ない。
 ただ特にはやてが事態を納得、または理解する必要はなかったのだが、約束であった。
 グラハムが全てをはやてへと話す事が。
 はやて自身も事の理解よりは、グラハムがきちんと話してくれた事を喜んでいる節があった。

「ハム兄……色々と大変やったんやな。今度からは、何かあったら直ぐに相談してな」
「あの時代は、誰もが大変だったさ。ただ、年長者としてはそう易々と年下の少女に相談は出来ないな。男としての意地もある」
「もう、空気読んでやハム兄」

 グラハムの言葉には少々不満そうに、はやてが唇をとがらせる。
 それはそれとして、ジュエルシードに対する対処は決定した。
 基本的な捜索はユーノが行い、憑依体に対する戦闘はグラハムが行う事になっった。
 グラハムが捜索に加わらないのは、ジュエルシードが発動に至らないと分からないからだ。
 度々感じていた雑音、アレはなのはではなくジュエルシードの発動を感じての事であったらしい。
 そしてなのはは最後の最後、封印と保管だけをレイジングハートで担当する事になっている。
 これはグラハムとユーノが共に、なのはが危険な事をするべきではないという主張からであった。

「あの……やっぱり私も手伝った方が。後悔とか、そういう事は置いておいても、やっぱり危険を回避したい気持ちはあるし」
「子供が進んで危険に飛び込むべきではない。訓練を受けていないのなら、なおさらだ。本来ならば、しかるべき場所へと対処を願うべきなのだが」
「この管理外世界で魔法を公表するのはお勧めできません。管理局により禁止されていますし。禁止されている事柄には、理由があるものですから」
「同感だな。未知なる技術は、人を良くも悪くも魅了する」

 グラハムが思い出したのは、かつて自分も参加したガンダム捕獲作戦だ。
 ガンダムが保有する太陽炉、または付随する技術。
 今にして思えば、上の狙いはガンダムそのものの討伐よりも、技術を欲していたように思う。
 ガンダムの数は四機だが、作戦参加した組織は三つ。
 もしもあの作戦が成功していたとしたら、それはそれで熾烈なガンダム争奪戦となった事だろう。
 名目上は平和を乱すガンダム掃討作戦なのだから、おかしな事である。

「ハム兄、大人やからって進んで危険に飛び込んでええって事にはならんで。十分に気をつけてや。怪我でもして帰ってきたら、ご飯抜きやで」
「ならば約束しよう、はやて。フラッグの名に賭けて、私は無傷で帰ってくると」
「ん、フラッグの名前を出す時のハム兄は本気やからな。その代わり、ジュエルシードってのを全部集めたら勲章級の晩餐したるからな」
「ふっ……トップファイターの実力で持って、その晩餐を勝ち取ってみせよう」

 ソファーの上でふんぞり返って司令官ぶるはやてが笑い、グラハムもまた微笑を浮かべながら撫で付けた。
 そんな二人の姿を見ていると、本当の兄妹でない事が嘘のようである。
 少なくともなのはにはそう見え、ほんの少しだが羨ましいと思ってしまった。

(あれ、お兄ちゃんなら私もいるのに。なんで?)

 至極全うな疑問が浮かび、考えてもその答えはなかなか出てこない。

「あ、そろそろか時間か。すずかちゃんの家に向かわんと」

 ふと気付いて時計を見上げたはやてが呟いた。
 時計の針が刺すのは午後一時。
 ちなみに本日は土曜日であり、街に多大な被害が出たあの事件は一週間も前の出来事である。
 一応グラハムとなのは、ユーノの間で取り決めを行ってから、はやてに全てを話したのだ。

「本当だ、そろそろ行かないと。けど、いいのかな? のんびりお茶会だなんて……」
「捜索は僕の担当だからね。なのはやはやてはもちろん、グラハムさんも出番があるまでは普段通り……まあ、出番がないのが一番だけどね」
「そやなあ、何事もないのが一番や。誰か心優しい人が手っ取り早く、世界中の不幸が消えろとか願ってくれんのかな。そうすればまず最初にジュエルシードが消えそうやけど」
「こ、この世界ごと消えて……もう、誰も不幸になりませんとかなったりして」

 半ば冗談で呟いた自分の言葉に、ユーノ自身が引きつった笑いを浮かべていた。
 なのはとはやてもまさかねと、薄ら笑いを浮かべながら顔が引きつっている。
 何処の小話だと突っ込めたらよかったのだが、現実に起こりうる事であれば笑えない。

「今すぐ、捜索に言って来る!」
「行ってらっしゃい、ユーノ君!」
「地球の未来は君の手腕にかかっとるで!」

 少しぐらいお茶を飲んでからというユーノへの誘いは喉からでる事はなく、二人とも力一杯見送っていた。









 すずかの家へはバスで向かい、その途中でなのはの兄である恭也と合流した。
 その時、例によってグラハムの膝の上にいたはやてを見て、なのはが恭也に頼み込んだ。
 自分も膝の上に座ってみたいと。
 突然の妹の申し出に恭也が大いに慌てる一幕もありながら、バスはすずかの家がある地区へと向かう。
 近所のバス停で降りてからは数分歩き、ようやく辿り着いた。
 家や庭などという言葉ではとても言い表す事の出来ない、館という名の建物の敷地へと。
 まだ敷地であって、館へは辿り着いてはいない。
 高い塀に囲われ、鋼鉄の格子状の門により隔てられた奥にこそ目的の館はあるのだ。
 なかなかのスケールの大きさに、はやてのみならずグラハムも少し戸惑っていた。

「はえぇ……すずかちゃんの家ってお金持ちやったんやな。そういえば、聖祥大付属小学校ってわりと有名な私立やったな」
「趣味も悪くない。本人の雰囲気も交えて、窓辺で微笑んでいれば深窓のお嬢様だな」
「にゃはは、私も最初に来た時は驚いたよ。けど、アリサちゃんの家も似たようなものだよ。ちょっと派手さはあがるけどね」

 三人の中で唯一一般家庭の子供であったなのはは、自分と同じ感覚の友達が増えた事がやや嬉しそうであった。
 嫉妬なんてものは欠片もないが、やはり戸惑いを共有する相手は欲しいらしい。

「ノエル、俺だ」
「恭也様、正門は開いておりますので何時も通り、どうぞ」

 三人が喋っている間に恭也が代表して連絡をとりつけると、正門が自動的に開き始めた。
 その正門を潜り、既に森と呼んで差し支えない木々に挟まれた道を歩み、真正面に見える館へと歩いていった。
 何か目新しいものを見つけるたびに驚くはやてへと、そうだよねとなのはが共感している。
 二人の会話に度々足を止められながら、やや時間をかけて館の前へと辿り着く。
 その扉の前にメイドの女性が一人待ち構えていた。

「いらっしゃませ、恭也様、なのはお嬢様。それとグラハム様にはやてお嬢様ですね。私はメイドのノエルと申します」
「お、お嬢様……なんやこっぱずかしい。八神はやて言います。よろしくお願いします」
「グラハム・エーカー上級た……失礼、ただのグラハム・エーカーだ」
「お話はすずかお嬢様から伺っております。こちらへどうぞ」

 ノエルのたたずまいに、思わずグラハムも自分の階級まで名乗ってしまいそうになった。
 冷静に言いなおすグラハムに特別気を止める事もなく、何事もなかったかのようにノエルが先を促がす。
 先を歩くノエルの後に続き、グラハムははやての車椅子を押していく。
 呆れる程に長い廊下の先、ノエルがここですと開いたドアの向こうは燦々と輝く太陽が眩しい温室であった。
 そこにいるのは猫、猫、猫、そして圧倒的マイノリティである少女達がいた。

「おー、猫が一杯や。これ全部、すずかちゃんの家の猫なんか?」
「うん、そうだよ。いらっしゃい、はやてちゃん。なのはちゃんも」
「驚くのは分かるけど、挨拶が先でしょ。先に呼ばれてるわよ。二人とも」
「アリサちゃんは家の車だから……これでも結構急いだんだから」

 わいわいとはしゃぎながら、はやてが自分で車椅子を動かし入室し、なのはもそれに続く。
 そんな子供達を尻目に、面識のないすずかに良く似た女性にグラハムは話しかけられた。

「我が月村の館へようこそ。はやてちゃんとそのお兄さんの事は、すずかから聞いているわ。どう、ご感想は?」
「正直に言おう。面食らった。館の大きさにも、猫の多さにも」
「本当に正直な感想ね。ところで、以前何処かでお会いした事があったかしら? 声に聞き覚えがある気がするのだけれど……」
「恋人の目の前で男を口説く女性は、私にとっては少しアグレッシブすぎるかな。君がフリーだったのなら、こちらも大歓迎なのだがね」

 肩を竦めながらのグラハムの台詞に、顔をおさえながらあちゃあと忍が顔をしかめる。
 そしてひょいっと体を傾け、グラハムの後ろにいる恭也を見ると、ものの見事に拗ねていた。
 傍目には全く分からないが、恋人たる忍には手に取るように分かった。
 むすっとした唇が、普段よりも長めに結ばれていたからだ。

「そんなんじゃないってば、ほら恭也。部屋でお茶でも飲みましょう」
「ああ、そうだな」
「もう拗ねないでよ。本当にそんなんじゃないんだから」

 恭也の腕を取り、ちょっとサービスに胸を押し付け忍が自室へと連れて行く。

「グラハム様もお席の方へどうぞ。お茶をご用意いたしましょう。何がよろしいですか?」

 最後に温室に入ってきたノエルが、四人の少女が座るテーブルへと促がしてくる。
 だがはやてと二人で家にいる時とは違い、さすがに四人の少女の中に二十七歳の男が加わるわけにもいかないだろう。
 お互いに気を使って折角の時間を楽しめないに違いない。
 それにはやてにとっては初めての友達なのだから、しっかり友好を深めてもらうべきだ。

「いや、私の分は結構だ」
「ええ、まさかハム兄帰ってしまうん?」
「すまないが、少々用事があるでね。夕方頃に一度迎えに来る」

 用事と言うところで、はやてのみならずなのはへも視線を向け、気付かせる。
 都合の良い言い訳ではあったが、半分は本心でもあった。
 現在ユーノが一人でジュエルシードを捜索しているが、一応まだ怪我人なのである。
 代わりに探してやる事は難しいが、怪我をしているユーノの足代わりにはなれるはずだ。
 こんな事なら、ユーノを一人で先に行かせるべきではなかったと思い直す。
 忍と恭也が恋人である事をバスの中で知ったので、不可抗力ではあるのだが。

「用事があるなら残念ですけど……また、今度一緒にお茶を飲みましょうね。グラハムさん」
「はやての面倒は私達がしっかり見ておいてあげるから、安心しなさいよね」
「ハム兄、気をつけてな。約束破ったらあかんで」
「行ってらっしゃい、グラハムさん……気をつけて」

 四人に見送られ、案内された温室を後にする。
 美味しい紅茶が飲めなかったのは少々残念だが、仕方がない。
 今は街のどの辺りを捜索中かと連絡の取り方に悩んでいると、後ろからパタパタと走る音が聞こえて振り返る。
 廊下を走ってくるのはノエルとはまた別のメイドであったが、何やらグラハムを追いかけているようにも見えた。
 一応立ち止まって待ってみると、それに気づいたのか嬉しそうに笑いながら駆け寄ってくる。
 そして後一歩のところで、べたんと床に顔を強打するような形で転んだ。

「あい、たたた……」
「…………て、手を取りたまえ」

 一瞬何が起きたのか理解しきれず、行動が遅れてしまった。

「あ、ありがとうございます。ノエルお姉さまに言われて、グラハムさんのお見送りに来ました。メイドのファリンです」
「それはそれは、心遣いに感謝する」

 本来ならいらぬ手間が増えてしまったがなと、ファリンを助け起こしながら思う。
 もちろん、間違っても口にはしない。
 初対面で特に話が盛り上がるわけもなく、盛り上げるまでの時間、距離もない。
 館の入り口の扉にグラハムが手を掛けようとしたところで、ファリンが慌てて自分がと開けたり。
 そつのないノエルに比べると、ファリンはどこか抜けたような面が目立っていた。
 館の入り口からさらに、敷地の入り口にあった鉄格子の門まで、当たり障りのない会話を行いながら共に歩く。
 そして鉄格子の門が見えてきたところで、二人はとある少女に気付いた。

「あっ……」

 鉄格子の門の向こうから、館を伺うようにしていた少女である。
 グラハムと同じ金色の髪を持つその子は外国籍の子か、二人に気付くと逃げるように去っていった。
 大きな館が珍しくて眺めていただけなら話はそこで終わりなのだが、ファリンが先程の少女の視線の先を倣う様に眺め呟いた。

「もしかして……たまにあるんですけど、敷地にボールが入ってしまったのかもしれません。館が大きすぎて、言い出しにくいみたいなんです」

 ファリンの視線の先は、今いる館への道の脇にある森にあった。
 確かに先程の少女の視線は森の方にあり、ファリンの言葉にも一理ある。

「ならば、私がそれを探してこよう。少しぐらいならば、時間の余裕はある」
「え、良いんですか? じゃあ、私はさっきの女の子を呼んできますね」
「急ぐのは構わないが、転ばないように気をつけたまえ」
「はい、分かってます。直ぐに呼んできばッ……あは、あははは。金髪子ちゃーん、待ってくださーい」

 前を見ず、グラハムを見ながら走り出したファリンが、鉄格子の門にぶつかった。
 照れ笑いを繰り返しながら門を開けたファリンは、適当な名を呼びながら掛けていく。
 本当に大丈夫かと塀に隔てられ見えなくなった後もファリンがいるであろう場所を目で追う。
 案の定と言うべきか、またファリンが転んだような声が聞こえた。
 呆れてもはや言葉もないグラハムは、ひとまずファリンの事は置いておいて森の中へと足を踏み入れる。
 敷地の広さのわりに手入れは欠かさず行われているようで、葉っぱや枯れ木が落ちている量は少ない。
 陽の光も十分に枝葉の間から零れ落ち、森の中といえど真っ暗ではなかった。
 森林浴をするには最適なように思えた。

「さて、早く見つけてユーノに合流すべきだが……」

 森と表現するだけあって、木々の量も多ければ敷地も広い。
 自分もあの少女を追うべきだったかと思っていると、子猫の鳴く声が足元から聞こえた。
 何時の間にいたのか、グラハムの足元で体をこすりつけるようにじゃれ付いてくる。
 館の中以外でも放し飼いにされているのか、それとも迷い込んだのか。
 とりあえず放っておかない方が良いだろうと、抱え上げた。

「故意か偶然か……私のもとまでやってくるとは、まさか君もガンダムかな?」
「にぃ」

 肯定とも否定とも聞こえない鳴き声に、そもそも何を言っているのだと自分の言葉に笑う。
 同時に、先日気付く事が出来た疑問が胸に去来する。
 フラッグを駆る自分と、幾度となくぶつかりあったガンダムに乗る少年。
 彼が何を望み、何故ガンダムに乗る事になったのか。
 かつて少年に戦う意味を問われた時、軍人に戦う意味を問うとはナンセンスだと答えた。
 あの時のナンセンスと、今改めて考えるナンセンスは意味が違う。
 前回答えた時は、軍人は命令に従い、そこに敵機がいるから戦う事が当然と言う意味でナンセンスだと言った。
 もっと言うならば、そこにガンダムがいたからだ
 だが、今ならば本当の意味でのナンセンスに立ち返る事が出来る。
 軍人は、国を、そこに住む民間人を護る為に戦うべきであり、それに疑問を挟むべきではない。
 だからこそ、軍人に戦う意味を問うのはナンセンスだ。
 ならば少年がガンダムに乗る意味は、少年にとってナンセンスなのか。

「にぃ……」
「おっと」

 つい考えに没頭し、強く抱きしめてしまったのか、子猫が腕の中から逃げ出した。
 慌てて抱きなおそうとすると、子猫は振り返る素振りもなく近くの茂みへと向かう。
 一体何処へ行くつもりか、やや小走りとなって抱き起こすと、茂みの中で青く光る石に目を奪われる。
 小石にしては綺麗過ぎ、鉱石か宝石の類に見えた。
 この光に惹かれているのかみいみいと鳴く子猫の為に拾い上げると、気付いた。

「これは、ジュエルシードか」

 今はなのはが持っているデバイス、正確にはレイジングハートという名らしいが。
 それに格納されている実物を見せてもらったが、良く似ている。
 試しに太陽の光にかざしてみると、青く光る小石の奥に通常ではありえない数字が見えた。

「お手柄だ。貴官の功績を君の上官に伝えたい所だが、秘密任務だ。この礼はいずれ」

 次回、お茶会に誘われた時には、なにか子猫の好物を持参しようと誓う。
 その刹那、視界の端に閃光が見えた。
 半ば反射的な行動ではあったが、子猫を庇うように閃光へと背を向けながら地面を蹴る。
 その行動は正解であり、何者かに狙撃された。

「くっ、こんな場所で奇襲とは……想定外にも程がある!」

 一つ、二つと金色の閃光が着弾しては土ぼこりを巻き上げ、三発目がグラハムの腕を捕らえた。

「しまッ!」

 子猫を護る事を優先した結果、注意が疎かとなったジュエルシードが手を離れ飛んでいく。
 それこそが狙いであったかのように、射撃の閃光が中断された。
 ジュエルシードが近くの茂みにある草木の葉の上にひっかかった事だけを確認し、今のうちだと子猫を逃がす。
 そしてグラハムは見た、自分に奇襲を仕掛けた相手の姿を。
 月村の館がある敷地、その森を抜けた先。
 既に敷地の外である電信柱の上、そこに少女はいた。
 上から下まで身につけるものの殆どが漆黒のバリアジャケット。
 手にするデバイスもまた黒く、核となる宝玉のみが少女の髪と同じく金色に輝いている。
 そう金色の髪を持つ少女は、つい先程この月村の敷地を覗いていた少女であった。
 足場にしていた電柱を発ち、グラハムの目前にまで空を掛けてきた少女は、手頃な木の枝に足をついて呟く。

「私と同じ、ロストロギアの捜索者」

 言葉なく棒立ちであったグラハムは、少女に見下ろされていた。
 それでもそのこと事態を不快に思う事もなく、グラハムはただただ少女を見続ける。
 まるで無防備なその姿に、何も反応を返さなかったグラハムを少女はさすがに不審に思ったようだ。
 警戒するようにデバイスを掲げるが、次のグラハムの言葉に逆に意表をつかれた。

「美しい……」

 少女が思わず後ずさり、自分で足場にした木の上から落ちかけた。
 なんとかバランスを保つと、自分以外に誰かいるのかキョロキョロと探し始める。
 そして自分以外に誰もいない事が分かり、なんと返すべきか分からず真っ赤になって俯いてしまった。

「フラッグの面影が垣間見える。見事な姿だ」

 だがグラハムは、聞く人が聞けば、目の前の少女の為に怒り狂うであろう台詞を発していた。









-後書き-
ども、えなりんです。

フェイトとのファーストコンタクト。
ここまで来ると、大方予想通りの反応でしょうか。

「なのは=ガンダム」ときたら「フェイト=フラッグ」です。
ただし、追いかけられるのはフェイト=フラッグという不思議。
しつこい性格は割りと似てますよね。
なのはとグラハム。

個人的に今回お気に入りは、猫に話しかけるグラハム。
猫に話しかける男の人って格好良い(グラハムに限る)

さて、次回更新は土曜日です。



[20382] 第四話 あえて言わせてもらおう。グラハム・エーカーであると(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/08/14 10:47
第四話 あえて言わせてもらおう。グラハム・エーカーであると(後編)

 グラハムのある意味で熱すぎる視線に終始とまどっていた少女であったが、やがて本来の目的へと立ち返った。
 ふるふると首を振って顔に集まる熱を逃がしては、再び木の上で足を滑らせかけたりしながら。
 動揺する様がありありと分かる様子ながら、自己を必死に落ち着けデバイスを掲げた。
 デバイスの先端が稼動して開き、そこから先程の閃光と同じ金色の刃が出力される。

「Scythe Form. Set Up」

 大きく弧を描いた金色の刃は、デバイスの本体を合わせて大きな鎌となった。

「ビームサーベル……GNフラッグか!?」
「申し訳ないですけど。頂いていきます」

 少女の直接的な言葉に、とっさにグラハムが身構えた。
 二人の強い眼差しが交錯し、一時の沈黙が訪れ風が木々をざわつかせる。

「少しばかり、遅かったようだ」

 張り詰めるような緊張感が場を占める中で、グラハムがポツリと呟く。
 強く結んだ唇を僅かに歪ませ、少女はジュエルシードへと視線を向けた。
 彼の手から撃ち落としたとは言え、少し手を伸ばされれば再びジュエルシードはその手の中に戻ってしまう。
 距離の有利不利を覆す速さでと、少女が僅かに身を沈ませる。
 今まさに動き出そうとしたその瞬間、グラハムが驚くべき言葉を発した。

「フラッグファイターである君が、トップファイターである私に憧れる気持ちは分かる」
「え? あの……」
「だが私の心は、いや私の存在そのものが既にガンダムのものだ!」
「心? ……あ!」

 見事にと言うべきか、少女は出鼻を挫かれてしまっていた。

「それでもまだ奪うというのならば、良いだろう。愛を超え、憎しみとなった私のガンダムへの気持ちを乗り越え、その手で奪ってみせたまえ!」
「ち、ちが……ロ、ロストロギア。ジュエルシードの事です!」

 前後のやり取りからどうしてそうなるのか。
 割と必死に少女は否定していた。
 その気持ちがようやく伝わったのか、グラハムの表情がふと笑みを浮かべる。
 誤解がとけたとほっとしたのも束の間。
 そう思うにはまだ早すぎた事を、次のグラハムの言葉に教えられた。

「今さら何を照れ隠す事がある。奪うといったのは君だ」
「うぅ……」
「君もフラッグファイターならば、自分の言葉に責任を持ち、全力を尽くしたまえ!」

 矢次にそう言われると、なんだか段々とその通りだった気がしてきてしまう。
 だがそんな洗脳染みたグラハムの言葉の極一部が、少女を我に返させた。
 言葉の最後の最後、それを思い出すように少女は一度瞳を強く閉じた。

「責任を持って、全力を尽くす」

 グラハムの言葉を繰り返すように呟いた。
 自分が何をしに、どうしてここに来たのか。
 マインドセット、強制的に心に平坦をもたらし、強くデバイスを握り締める。
 次に瞳を開いた時には、平常心を失った少女の姿はなかった。
 その瞳が見つめるのは目の前にいるグラハムではなく、そのすぐ傍にある茂みに落ちるジュエルシード。
 目的を見据え、それを求める正しく戦士の姿を持つ少女がそこにいた。

「ジュエルシードを、頂いていきます。本当の本当に」

 少女の雰囲気の変化に、さすがのグラハムも感じ入る所があったようだ。

「そうか。ハニートラップとは強かな。わざわざフラッグにまで姿を似せて、私とした事がムキになって引っかかる所だった」
「ハニー……トラップ?」
「この期に及んで認めないとは、君も強情だ。しかしこの声……子供? 君のような子供が何故、ジュエルシードを求める?」

 相変わらずバリアジャケット姿の相手の素顔の判別がつけられないまま、グラハムは尋ね返す。

「答えても、多分意味はない。というか正しく伝わらない、気がする」
「そうか……ナンセンスか。似ているのは姿だけではないようだ」

 言葉だけでは止められないようだと、グラハムはその身から深い血の色をした光を放つ。
 とっさにデバイスを正面に構えた少女の目の前で、グラハムは変わっていく。
 深い血の色をした光に包まれながら、人の姿からモビルスーツの姿へと。
 つい先程、少女に面影を見たフラッグそのものに変わる。
 そして立ち合いを望むように、プラズマソードを手にして突きつけるように構えた。

「自分の行いをナンセンスと言うのは容易い。だが気をつけたまえ。その想いは容易に歪んでしまう。ガンダムですら断ち切れない程に」
「傀儡兵じゃない。意志がある。あの人と同系統の魔導師……けど何者でも構わない。やる事は変わらないから」
「ならばその果し合いを受けてたとう。名乗りを上げたまえ!」

 答えは沈黙であった。
 何も言葉を返す事なく足場にしていた木の枝を蹴り、突っ込んできた。
 滑空し、地面すれすれを飛んだ少女が、大鎌となったデバイスを振りかぶった。
 薙ぎ払われたのはグラハムの足元、そこを刈りにきた。
 大鎌が完全に薙ぎ払われる前に、グラハムは空へと向けて飛翔する。
 さあどう出ると先に上がった空から見下ろすと、少女は無言を貫き通しながら睨み見上げてきた。

「Arc Saber」

 間合いが開きすぎたグラハムへと、それでも構わないとばかりに少女がデバイスを薙ぐ。
 するとその先端で輝いていた弧を描く刃が、デバイス本体から切り離された。
 鋭く回転し、円形のカッターのようにグラハムへと向かってくる。

「沈黙もまた良し。だがあえて言わせてもらおう。グラハム・エーカーであると!」

 向かい来る三日月型の刃を、グラハムは正面からプラズマソードで斬りかかった。
 プラズマソードの青白い刃と、金色の刃が火花を散らす。
 やがて推進力を切らした金色の刃が、プラズマソードの青白い刃に斬り裂かれた。
 砕かれたガラスのように魔力片を残照として残し、薄れ消えていく。
 その時既に、少女は次の行動へと移っている。
 放った刃が砕かれる事を前提に、自らも空へと赴いたのだ。
 そしてグラハムの死角となる真横よい、デバイスから出力し直した金色の刃で斬りかかった。

「良く訓練されている」

 振り下ろされた金色の刃を、グラハムはプラズマソードの青白い刃で受け止める。
 特別驚いた様子もなく受け止めたグラハムを、やや驚いた目で少女は見ていた。
 それだけ、完全に死角をついたつもりであったのだろう。

「この程度が出来なければ、トップファイターにはなれんよ!」
「くッ」

 グラハムがプラズマソードを渾身の力で薙ぎ払い、圧倒的体重差で少女が吹き飛ぶ。

「Device Mode. Photon Lancer, Get Set」
「ファイア!」

 体勢を整える時間を稼ぐように、デバイスの先端から数発の閃光が放たれる。
 だというのに、構わずグラハムが真っ直ぐ加速した。
 まるで放たれた金色の弾丸が見えていないようであったが、もちろんそんなはずはない。
 左利きであるグラハムの為に、左右逆に取り付けられたディフェンスロッド。
 右腕につけられたそれが高速で回転し始めた。
 それをスモールシールドであるかのように、直撃する閃光の前に差し出す。
 すると直撃するはずであった弾丸が、あらぬ方向へと弾道を曲げられた。
 盾で防ぐでもなく剣で斬り裂くでもなく、ただ弾道を変えられた。
 少女の目が驚愕に見開き、全くと言って良い程に時間が稼げなかったと唇を噛む。

「驚いている暇はない!」

 体勢が悪いまま空中で身を捻り、グラハムの斬撃をかわそうとする。
 だが完全にはさけきれなかったようで、バリアジャケットの一部であるマントが斬られた。
 すっぱりと綺麗に。
 魔力的な結合を破壊されたわけではなく、純粋に物質として斬り裂かれたのだ。
 ぞくりと、少女の背筋に冷たいものが駆け抜ける。

「殺傷設定!?」
「言ったはずだ、驚いている暇はないと!」

 プラズマソードを振り下ろした格好から、体を旋回させ少女の背中を蹴りつける。

「あぅッ……」
「Defenser」

 衝撃に視界が暗明を繰り返す中、少女はなんとかデバイスに命令を下す。
 確かに驚いている暇もなく、張った魔力障壁の上にグラハムの拳が叩きつけられていた。
 息をつく間もないと、その衝撃を利用して少女は大きく距離をとった。
 そして改めてグラハムを見据える。
 まるで命令だけをただ純粋にこなす傀儡兵のような外観。
 だが少女はその目でグラハムが変身する様を見ており、かつ彼には強い意志がある。
 以前に一度、似た能力を持つ人と手合わせしたが、同じように手も足もでなかった。
 このまま最後まで何も出来ずに負けるとは、さすがに思わない。
 ただし、不確定要素が多すぎた。
 先程の右腕の回転する盾のような何かのように、見た事もない機能で翻弄させられるかもしれない。
 特に容赦のない殺傷設定、そうである事を知っていたにも関わらず反応してしまった。
 さすがに少女も殺傷設定上の戦闘経験はないに等しい。
 経験した事のない未知の領域に踏み込めば、どうしても動きは鈍る。
 それだけならまだ良いが、先程のように極度の緊張から身動きできず攻撃を受けてしまう可能性さえあった。

「まだやるかね? 君では私には勝てない。フラッグファイターとしての腕も経験も」
「私は負けない」

 反射的にそう呟くも、少女は迷っていた。
 ジュエルシードの捜索を初めてまだ数日と経っていない。
 先の長い活動を省みると、今ここでわざわざ自分よりも強い相手と無理をするのは避けるべきだ。
 相手を潰すのは最後の手段であり、かつそれが自分より強い相手ならばもっと情報を集めた後での方が良い。
 より少ない危険で、効率良く動くべきであった。
 ならばと、警戒は続けながらもチラリと視線をジュエルシードへと向ける。
 回収を優先して撤退する事が一番現実的だと、少女は行動に移った。

「バルディッシュ、フォトンランサー」
「Photon lancer. Full auto fire」

 デバイスをグラハムへと向けて、その先端に光を灯す。
 数が多ければ捌ききれまいと、金色の弾丸をばら撒いていく。
 案の定、グラハムはディフェンスロッドを使わず、回避に専念し始めた。
 その行動にまだまだ余裕が見られるが、余裕を見せすぎている。
 何故なら距離が空いてさえ、グラハムは射撃を行う様子もなかった。
 だからこの時をおいて他にないと、少女は体に無理を押して、デバイスから放した右手に魔力を込める。
 足元に方円の魔法陣が浮かびあがり、砲台となるもう一つの方円が眼前に浮かぶ。

「サンダースマッシャー!」

 フルオートでの射撃中の為、思ったよりも魔力は集められなかったが構わず放つ。
 威力は二の次、一瞬でも足止めと目晦ましが出来ればと金色の魔力の奔流がグラハムへと向かう。

「高圧縮率のGNビームライフルか!」

 その台詞が最後まで口にされる事はなかった。
 突然の大型の砲撃を前に、グラハムの姿が閃光とそれに伴う爆煙の中へと消えていく。
 即座に踵を返した少女は、仕留めたと驕る事なくジュエルシードへと向かう。
 一刻も早くジュエルシードを入手し、離脱しなければと気がはやる。
 そして目的のものがあるはずの茂みへと手を伸ばし、

「わあ……すっごい音がした。あっ、やっぱりジュエルシードみーつけェッ!?」
「うッ!?」

 茂みの向こうからひょっこり顔を出してきたなのはと、正面衝突した。
 おでこ同士をぶつけ合い、もつれ込むように茂みの中へと倒れこんだ。
 少女は四肢を地面に着く形で片手で額を押さえ、なのはは仰向けになりながら両手で額を押さえる。
 お互いに言葉も出ず、瞳に涙を溜め込みながら痛みの波が過ぎ去るのを待っていた。
 やがてその痛みもじんわりとした名残を残しながら消えていき、二人はお互いを認識するに至った。
 仰向けに倒れるなのはへと、押し倒すような格好で馬乗りになる少女。
 お互いにぼふりと顔から蒸気を噴出すほどに顔を赤らめあう。

「やはり、君はフラッグの面影があるだけの事はある。私への誘惑はあくまで振り。本命はガンダム。そうまでして抱きしめたいか。ガンダムを……」

 そして、無事であったらしいグラハムの余計な一言で、顔の火照りが最高潮となった。
 特に押し倒されている状態のなのはは、近くにグラハムがいた事も加え、慌てふためいた。
 目をグルグルとまわりながら、兎に角どいてと伝えようとする。

「あ、あの……そろそろどいてくれると嬉しいかなって。嫌とか、嫌とかじゃないんだよ!」

 嫌じゃないってどういう事と、胸の内では自分に突っ込んでいた。

「ご、ごめんなさい!」

 弁解なのか良く分からない台詞を聞いて、少女が慌ててなのはの上からどく。
 だがまだ顔の火照りはおさまらないようであった。
 立ち上がったなのはが、バリアジャケットについた埃を払う間はずっと背を向けていた。
 本来の目的をすっかり忘れた状態で。
 それを思い出したのは、二人のすぐ傍に落ちていたジュエルシードを、グラハムが拾い上げた時だ。

「やれやれ、この勝負は一時お預けだな」
「あっ」

 目的を思い出した時には既に遅かった。

「ずるい……」

 先に抜け駆けをした事を棚にあげ、上目使いにグラハムを睨みつけてくる。
 グラハムもまたお互い様だとフラッグの姿のまま肩を竦めていた。
 すると今からの奪還は、なのはという新たなアンノウンの登場もあり無理だと判断したらしい。
 デバイスを突きつけながら後ろに大きく飛び退り、グラハムとなのはから距離をとった。

「あ、待って。貴方もジュエルシードを集めてるの?」
「次は、負けない」

 なのはの事は最初からいなかったかのように無視をし、グラハムにのみ言い残して少女は飛び去っていった。








 夕暮れ時の空の下を一台のバスが通り、その乗車しているグラハム達を運んでいく。
 恭也は夕飯までご馳走になるそうで、帰りは三人だけである。
 そのバスの中で、月村の館での件を聞いたはやてが少し驚きながら呟いた。

「私がお茶飲んできゃっきゃうふふしとる時に、そんな事があったんか。なのはちゃんがなかなか帰ってこんから、なんかあったとは思っとったけど」
「うん、とっても寂しそうな……それでいて泣き出しそうな瞳をした女の子だった」

 なのはは名も知らぬ少女を思い起こしながら、彼女が飛び去った方角を窓から見上げる。
 実際、なのはがあの少女と出会ったのは数分にも満たない時間であったが、印象はとても深かったようだ。
 初対面が出会いがしらに正面衝突であった事もあるが、お互いの歳が近かった事も大きい。
 同い年の魔導師、なのはが心を惹かれても仕方のない事だろう。
 なのはもそうだが、グラハムもまた同い年ぐらいだろうと言っていた。
 そしてあの少女の事を思い出すと、妙に切ない気持ちになるなのはであった。
 ちなみに泣き出しそうな瞳だったのは、なのはと額をぶつけあったせいである。

「んで、そんないかにも儚い感じの美少女を、ハム兄が一方的にぼこったとな?」
「まさか本当に少女だとは思わなかった。それに同じフラッグファイターとして、引けなかった」

 それに見た目だけでない。
 何処か似たような歪みを抱えているようにも見え、放っておけなかったのが本音である。
 やり方は少々過激であったかもしれないが。

「全然、似てないと思うんですけど……」
「ハム兄はアレや。魔法少女がちょっと髪の色と服装が変わっただけで、気付かない街の人みたいな感じやな」
「だよね、だよね。私、ガンダムじゃないよね。見たことないけど……」
「分からんでえ。逆になのはちゃんが気付いてないだけで、変身中はハム兄のアレをもっとごつくした感じかもしれへん」

 思わず悲鳴を上げてしまい、他の乗客の視線がなのはへと集中する。
 直ぐにごめんなさいと小さくなって謝罪し、もうっとはやてをつつく。
 面白いぐらいに期待通りの反応をしてくれたなのはを見て、はやては笑っていた。
 そしてひとしきり笑ったところで、少しだけ真面目な顔つきになって膝を貸してくれているグラハムを見上げる。

「なあ、ハム兄……ちょっとだけ真面目な話や」
「なんだね、改まって」

 念を押すように、本当に真面目な話と前置きしてはやてが言った。

「今度その子に会ったら、もう少しだけ優しく接したってな。危ないもん集めとるって事はよっぽどの理由がありそうや」
「理由は尋ねたが、断られてしまった。残念ながら」
「一度で諦めるやなんてハム兄らしくないやん。ハム兄はしつこいぐらいで丁度良えんよ?」
「褒め言葉として受け取るには、やや複雑だ」

 多少自覚があるだけに、はやてに指摘されるのは辛い内容であった。
 グラハムとて、あの少女が抱えているであろう歪みを断ち切れるものならそうしたい。
 だがなのはとは違い訓練され、自分が何をしているのか理解している相手の歪みはそうそうに断ち切れない。
 ガンダムがグラハムの歪みを断ち切れなかったように。
 はい分かりましたと、安請け合いできない頼みである。
 そうグラハムが悩んでいる内に、なのはがおずおずと手を挙げて言ってきた。

「あのグラハムさん……あの子の事は、私に任せてもらえませんか? 年上の人よりも、同世代の方が話しやすい事ってあると思うんです」
「ええ考えや。なのはちゃんやったら安心して任せられるわ」
「最もな部分はあるが……彼女は訓練された人間だ。魔法という力を得ただけの君にそれが出来るのかね? 改めて言うが、君はガンダムではない」

 その言葉に、なのはは少しだけ躊躇する。
 元軍人であるグラハムが訓練されたというからには、本当の事なのだろう。
 思い起こされるのは、グラハムに銃で撃たれ泣き出しそうだったあの日の夜。
 そしてつい先日、八つ当たりでグラハムに魔法を撃ったがかすりもせず、結局泣いた。
 訓練された相手に対して、何も出来ないであろう事は分かっている。
 だがなのはは放っておけなかった。
 あんなにも寂しそうな瞳を持つ少女を。
 過去の自分に重ねているところもあるが、それ以上にあの少女の笑みを見てみたかった。

「私はガンダムじゃないけど、高町なのはです。だから、頑張ります。やります」
「良かろう、彼女に関しては君に一任する。子供の喧嘩に、大人が口出しすべきではないしな」

 子供と言われ、ほんの少しだけなのはは頬を膨らませたが、やったと言いながらはやてとハイタッチする。

「その子と仲良くなれたら、いの一番に紹介してな」
「もちろん、直ぐに紹介するね。すずかちゃんにもアリサちゃんにも。皆でそろってお茶が飲めたら良いかな」

 その時の事を思い、笑顔になるなのはとはやてを見ながら、心の中だけでグラハムは同意した。
 そして、何か忘れているようなといぶかしむように眉をひそめる。
 敵対勢力となる少女の出現は憂うべき事柄だが、今日は無事にジュエルシードを手に入れられた。
 それを素直に喜ぶには、誰か一人足りない気がすると考え、

「あっ」

 忘れてはならない人物を思い出す。

「えっ?」
「どうしたん、ハム兄?」

 この見知らぬ街で一人ジュエルシードを捜索しているであろうユーノに、連絡をとるのをすっかりと忘れてしまっていた。









 海鳴市にある、とあるマンションの一室。
 備え付けのソファーへと一人の少女が腰を下ろす。
 その表情は肉体的、精神的疲れを集め、少しばかり沈み込んでいる。
 月村の館で、グラハムやなのはと出会った少女であった。
 今はバリアジャケットではなく、黒を主体としたワンピースに身を包み込んでいた。
 少女がソファーに座った事を確認する間もなく、一匹の大きな犬が近寄ってくる。
 やや特徴的な赤い毛並みを持つその犬の頭を撫でると、甘えるように喉を鳴らす。

「ジュエルシード、とられちゃった」

 その言葉に、喉を鳴らしていた犬の瞳が少しだけ大きく開いた。
 まるで主人の言葉を理解し、驚愕したかのように。

「いくつかは、あの子達が持ってるのかな」

 悲しげで、不安そうな少女の声を聞き、犬もまた共感するように鳴いた。
 安心させるように犬の頭を少女は撫で続けていたが、不意にその手が止まった。
 犬の方も、撫で付ける手が止まった事ではなく、その原因へと警戒を深めて唸る。
 少女の正面、犬は振り返るようにしてその先にいる人物へとさらに唸り声を上げた。

「アルフ、駄目だよ」

 主人に注意され、不満そうに犬が鳴く。

「何時来たの……ソラン?」
「ついさっきだ」

 少女の問いかけに、ソランと呼ばれた少年は手短に答える。
 中東の国の人を思わせる浅黒い肌と、近寄りがたい鋭い瞳を持つ少年であった。
 荒く織られた麻の上着に、砂塵を防ぐ毛織物のズボンとマフラー、それらはまるで砂塵から身を護る事に主眼を置いたような格好である。
 ソランは少女の独り言に対して、咎めるように呟いた。

「俺達に失敗は許されない」
「うん、分かってる。母さんの為にも、ソランの為にも」
「俺の事は良い。お前は、プレシアの事だけを考えていろ」
「同じだよ。どちらにせよジュエルシードを集めるんだから」

 そうかと短く呟き、ソランはフェイトに背を向けながら尋ねた。

「相手は、何人だ?」
「二人……一人は未知数だけど普通の魔導師。もう一人は、ソランと同じタイプの魔導師。強いよ、ソランと同じぐらい。名前はグラハム・エーカー」
「グラハム・エーカー? ……問題ない。相手がどれだけ強くても」

 ほんの少しだけ振り返り、アルフを撫でるフェイトへと視線を向けて強く宣言する。

「俺のエクシアで駆逐する」

 その時、ソランの体から淡い若草色の光が溢れるように輝いていた。









-後書き-
ども、えなりんです。
言葉の省略は日本語の利点でもあり、欠点でもある。

おかしいな、フェイトが襲撃者だったのに……
何時の間にか被害者になってる、なにこれ?
というか、毎回一人は被害者つくらないと気がすまないのか。
以後も、被害者は続出していきそうです。

あ、ソラン・イブラヒムはせっちゃんの本名です。
何故本名名乗ってるかはいずれ出てきます。

それでは、次回は水曜日です。



[20382] 第五話 まさしく愛だ(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/08/14 10:46
第五話 まさしく愛だ(前編)

 その日、はやては待ちきれないとばかりにリビングの窓から外を眺めていた。
 視線の先にあるのは、月村の館に比べれば小さな小さな八神家の門である。
 ご近所さんやご近所さんの保有する車が時折行きかうだけで、何も変わりはない。
 現在は午前八時を少しまわった頃合。
 はやてが朝早くから何を待ちどおしそうにしているかと言うと、お迎えの車であった。
 先日のお茶会の際に、翠屋の定休日とあわせ高町家と月村家を中心として温泉旅行に行く事を教えられたのだ。
 そこへアリサが加わり、はやてやグラハムもどうだと誘われた。
 そんな魅力的な提案を、はやてが断るはずもない。
 即決即断、あまりのその速さに、誘ったすずかやなのはが目を丸くする程であった。

「なんや最近はイベント満載やな。幸せやで、それもこれもハム兄を出してくれたこの本のおかげやな」
「最近本の中に戻っていないから、すっかり忘れていたな」

 グラハムが生えてきたあの鎖で封じられたハードカバーの本を、はやては抱き上げる。
 ここしばらくはリビングの隅っこに置かれていた為、少しほこりが積もっていた。
 積もった埃を手で払いのけ、ありがとうなと呟いてはやては感謝する。
 この本があり、グラハムが現れてくれたからこそ、はやての人生は開けたと言っても過言ではなかったからだ。
 大切な家族と親しい友人たち、はやてが欲しかったものを次々と与えてくれた。
 鎖の封によって中が読めない事ぐらい、笑って許してしまえる。

「ん?」
「どうかしたかね?」
「猫や、猫が塀の上からこっち見とる。あ……行ってもうた。野良やったら飼いたかったな」

 先日の月村の館を思い出したように、残念そうにはやてが呟く。
 ただしそれが何処まで本気かはわからない。
 自分の足が動かない以上、何処まで面倒を見られるのかはやてはしっかりと理解している。
 やはり家族が出来ても友達が出来ても、動かない足には思うところがあるのだ。
 ソファーで新聞を読んでいたグラハムは、そんなはやてに目ざとく気付いた。
 楽しい旅行を前に少しだけ沈んでしまいそうなはやてに歩み寄って、慰めるようにその頭を撫でた。

「ジュエルシードの件が終わったら、私の手も空く。その時にでも、考えてみよう」
「ハム兄に頼りっぱなしになりようやし、別に無理せんでええで」
「そうか。私にペットロボットを作る技術があればな……残念だ」
「ペットロボット?」

 未来では一般的な犬や猫といったペット以外に、機械で作られたペットが買われている事を教えた。
 グラハムもあまり種類は知らないが、人気があるのはハロだろうか。
 AIによりコミュニケーションが取れ、様々な遊びを提供してくれると聞いた覚えがある。
 だがロボットと言われると、はやてはグラハムのフラッグを思い出してしまった。
 だから少しだけ、可愛いかなと疑問を浮かべてしまう。
 結局、言葉だけでは上手く伝えられず、諦めたようにグラハムが肩を竦めたところで外から車のクラクションが聞こえた。
 改めて窓から外を覗き見ると、一台の小型バスが八神家の門前に止まっている。
 運転席に座る士郎がこちらに気付いて手を振っており、桃子が降りてきていた。

「さあ、待たせるのは忍びない。直ぐに赴くとしよう。はやて、忘れ物はないかね?」
「ばっちりや、ハム兄こそ忘れ物なんかしたらあかんで」
「抜かりない、安心したまえ」

 はやては足元に置いておいた旅行バッグを、グラハムはソファーの上に置いておいた旅行バッグを手にする。
 あの本は近くの棚の上にグラハムが無造作に収納し、外へと赴く
 玄関では鍵をしっかりと確認し、門前にて待つ小型バスへと向かった。
 すると早朝からとても眩しい笑顔と共に、桃子が挨拶をして会釈してきた。

「おはようございます、グラハムさん。それにはやてちゃんも」
「おはよう、桃子。二日程、世話になる」
「おはようございます、桃子さん」

 返礼をするグラハムとは異なり、はやての視線は既に車中のなのはたちに向かっていた。
 数メートルも離れていないというのに、向こうから振られた手に一生懸命応えている。

「落ち着きたまえ、はやて。桃子、済まないが車椅子と荷物を頼んでも良いかな?」
「ええ、もちろん。グラハムさんは、はやくはやてちゃんをなのは達のところへ連れて行ってあげてください」

 感謝すると伝えてから、グラハムははやてを抱えて小型バスへと足を掛ける。

「はやて、こっちよこっち」
「はやてちゃん、おはよう」
「待ってたよ、ここ空いてるから」

 高町家や月村家の面々と挨拶を繰り返しながら、最後尾の一番広い椅子へとはやてを連れて行く。
 子供三人で座っていたところへはやてを降ろすと、早くも姦しい会話が繰り広げられる。
 家族だけでなく友達もいる旅行として、テンションがだだ上がりなのだろう。
 羽目を外し過ぎないようにと一応の注意はしたが、聞こえていたかどうか。
 また後で改めてするかと、後部座席から振り返り、自分が座れるスペースを探す。
 最後尾の座席は子供達が占領し、メイドのノエルとファリン、恋人同士の恭也と忍が隣り合っている。
 桃子はもちろん運転手である士郎の傍に控えており、空いているのはユーノと遊んでいる美由希の隣であった。

「失礼する」
「あ、グラハムさん。どうぞどうぞ」

 快く勧めてくれた席に座ると、美由希の腕の中であったユーノがグラハムの肩へと移動してくる。

「あれ、なんだか私より懐かれてます?」
「それはどうかな? 珍しがっているだけかもしれん」

 そうフォーローしていると、ユーノからの念話、グラハムは通信と呼んでいるがそれが聞こえた。

『あの……良いんでしょうか。僕はジュエルシードの捜索を。先日も役に立てませんでしたし』
『君はまだ負傷兵だ。休息もまた戦士の務め。二日間だけ、ゆっくりすれば良い。私が許可する』

 結構それを気にしていたらしいが、グラハムの許可という言葉に少し気が楽になったようだ。
 再び美由希の腕の中に戻ると、言われた通り休むように丸くなった。

「それじゃあ、出発するからな。運転中は席を動いちゃ駄目だぞ」

 士郎の注意に特に子供達が元気良く答え、小型バスは動き始めた。









 一行が向かったのは、海鳴市近郊の山中にあるわりと近場の温泉宿である。
 走行時間は一時間程だ。
 曲がりくねった山道を小型バスで進み、新緑眩しい木々に覆われた先にその宿はあった。
 旅館山の宿とストレートな名前の看板を掲げる、平屋建ての旅館である。
 特別歴史が深いわけでも他県にまで広く名を知られた宿ではないが、海鳴市の人は良く良くこの温泉宿を利用していた。
 近くて程々に良い温泉であれば、それも当然か。
 庭先にもそれらしく造られた日本庭園があり、池の中には大きな鯉が泳いでいる。
 バスを降りて直ぐにアリサとすずかは池に駆け寄り中を覗き込んでは、アレが大きいと鯉を指差す。
 はやてはなのはに車椅子を押してもらいながら、空を見上げては二人で新緑の眩しさに目を細めては笑いあっていた。

「綺麗やわあ。それに春やのに、ちょっとだけ涼しいなあ。こ寒いぐらいか」
「本当、けど温泉に入ったら直ぐに温まっちゃうよ」

 そしてこの人、グラハム・エーカーもまた初めて見る温泉宿を前に感激していた。
 両手を一度叩き、仰ぎ見るようにその腕を大きく開く。

「素晴らしい、見事なホテルだ!」
「そんな大げさな……普通の温泉宿ですよ」

 声が自然と大きくなってしまっているグラハムの様子は、子供らのハイテンションを笑えない程であった。
 そんなグラハムへと、苦笑いをしながら美由希が突っ込む。
 道中隣り合った席で会話をかわしあい、とりあえず突っ込まれる程度には仲良くなっていた。
 まだまだテンションの高いグラハムを止めるには至らず、むしろ促がしてしまった。

「もしかして、グラハムさんは温泉は初めてですか?」
「ああ、その通りだ。人伝にその素晴らしさを聞いた程度。カタギリ曰く、混浴なるこの世の極楽があるとか。科学者にそう言わせるとは、大変興味深い」

 ピシリと、楽しいばかりの雰囲気が一瞬で凍りつく。
 特に混浴という言葉に無駄に反応してしまった士郎と恭也は、桃子と忍というそれぞれの連れ合いに睨まれていた。
 子供たちはなんと言えば良いか赤くなって言葉を失い、ファリンや美由希も同じであった。
 唯一普段と変わらない様子のノエルが、グラハムの背後からその耳に口を寄せる。

「グラハム様、混浴とは男女の区別なく同じ温泉に浸かる場所を指します。ですので公衆の面前で混浴を喜ぶのは、いささかマナー違反となります」
「なんと、そうか男女の機微という奴か。温泉とはなんと奥が深い。忠告を感謝する」
「いえ、差し出がましい真似を致しました。それとこの宿には混浴はございませんので、ご理解をお願いします」

 グラハムの自己完結を前に、ペコリと頭を下げながらノエルがさがる。
 今回は旅行という事もあってメイドの仕事をする必要はないのだが、体に染み付いてしまっているらしい。
 一先ずノエルのファインプレーにより、凍りついた雰囲気は氷解していた。
 一人はやてだけは身内の恥に俯いて顔を赤らめていたが、直ぐにそれも元に戻っていった。
 張本人であるグラハムが全く気にしていない事で、馬鹿らしくなったのだ。
 そんな一幕を交えながら、小型バスから荷物を持って温泉宿にチェックインし、案内された部屋へと移動する。
 荷物を置いてやれやれと肩を解したのは、ずっと運転していた士郎のみ。
 特に子供達はそんな一息入れる間も惜しむように、入浴の準備を始めていた。
 さすがにギブアップだと、士郎が両手を挙げた為、温泉に入るも休憩するも自由となった。

「恭也、私もすずか達に付き添って温泉にいくから」
「そうか、ならグラハムさん。俺達は男同士でゆっくりと浸かりますか」
「お供しよう。そして温泉とやらの浸かり方をご教授願いたい」

 気合たっぷりのグラハムにいささか押されながらではあるが、恭也も頷いた。
 そして、士郎と桃子、ノエルとファリンを残して、他のメンバーは全員が温泉に向かった。
 男湯と女湯の前でまた後でと、特に恭也と忍が約束を取り付けてから分かれる。
 恭也からグラハムが温泉でのマナーを一から教えてもらっている頃、女湯では一人の少年が悶々とした心と戦っていた。
 脱衣所にある戸棚の中にて、周囲に背を向けているユーノであった。

『ユーノ君、温泉入った事ある?』

 そしてその内心を掴み取る術を持たない無邪気な少女、なのはが念話で語りかける。

『あ、う……その、公衆浴場なら入った事あるけど』
『えへへ、温泉は良いよ。気持ち良いんだから』
『ほ、本当?』

 ちらりと、振り返ろうとしたユーノは、棚の向かいにある椅子に座るはやてと目があった。
 皆が脱ぎ終わるまで待っていたはやてであるが、その目がにやりと笑う。
 はやてはなのは程無邪気ではなく、ユーノがきちんと男の子だと認識していた。
 主に普段の言動や、目の前の光景からの推察まじりで。
 悪い事はしていないのにまずいと思ったユーノが、再び周りに背を向ける。

『振り返っちゃえばええやん。今の君はただのフェレットや。誰もその事を気にしとらへん』
『う、はやて……何時の間に念話を』
『気がついたらな、て話がそらしきれてへんで。うえっへっへ、眼福眼福。白い素肌に実るたわわな果実。さすが忍さんと美由希さんや。特に忍さんは肌と対極の黒い下着がまた眩しい。そしてエロイ』

 半ばおっさん化したはやてが、じゅるりと涎の音を立てながら悶え苦しむユーノを誘惑する。

『くぅ……』
『熟れた果実も溜まらんけど、アリサちゃんやすずかちゃん、もちろんなのはちゃんも捨てたもんやあらへん。青く小さな膨らみは、今だけの期間限定や』
『イ"、ホッ……』
『ハム兄の言葉は決して間違っとらんかった。確かに温泉には極楽がある。女湯限定でな、そしてユーノ君、君は今その極楽にいるのだよ』

 キャッキャと騒ぎながら戯れる美女と美少女。
 特に美女の方はグラハムに見せてやりたいぐらいだとばかりに、はやてが笑う。
 これにはユーノもたまったものではなく、湯治に来たのに興奮から傷が開きそうであった。
 背を向けて視界を閉ざしている為、あられもない姿の少女達の声が余計鮮明に聞こえるのだ。
 そして不覚にも、本能として妄想の翼が雄々しく羽ばたいてしまう。
 もはやこれは拷問に近く、ユーノはただただ悶え苦しみ続けていた。

『ふっ、フェレットの集音声は高いようやな』

 とりあえず頭にぽっと思い浮かんだ言葉をはやてが述べ、追い討ちをかける。
 倒れこみ、びくんびくんと体を震わせるユーノは、既に瀕死の状態であった。
 止めとばかりに、服を全て脱いでしまったなのはが何やら話しかけている。
 けけけと悪魔染みた笑みを浮かべたはやての目の前に二つの乳ではなく、美由希がやってきた。

「お待たせ、はやてちゃん。ごめんね、アリサちゃんが悪戯するから」
「いえ、今度は私の番ですから」

 そう呟いて笑いかけながら、はやてはタオルに包まれた目の前の果実へと手を伸ばす。
 だが、伸ばしたはずの腕は目にも止まらない速さで捕まれられた。
 痛くはないが、やや強めに握られた手首が締められる。

「こら、悪戯しちゃ駄目だよ。上手く脱がせられるか分からないから、大人しくしててね」
「圧倒された。なんと言う性能……手土産に乳の一つでも頂いていこうと思っとったのに」
「そう言う事を、口に出して言わない。妙な事を平気で口走るのは、やっぱり兄妹だね」

 はやてからすれば失礼な事を言われ、憮然とするが同時に嬉しくもあった。
 着替えの間だけは大人しくしておこうと固く誓い、そうやそうやと思い出す。

『ユーノ君……』
『な……なに、はやて』
『こっち見たら、ガンダムって刻んだプレート首からさげさせてハム兄の前に放りだすで』

 清い体は死守だと、他の人の事は棚に上げてはやては割りと本気で釘を刺しておいた。









 慣れない温泉の熱さに耐え切れず、グラハムは恭也を残して飛び出す事になった。
 確かに最初は温泉の魅力にとりこまれそうになったが、湯あたりしては元子もないと恭也にも勧められもしたからだ。
 脱衣所では浴衣を身につけるのに頭を悩ませ、他の客や従業員に尋ねながら身につけた。
 ようやくあの熱さから解放されたと、自販機でスポーツドリンクを購入して喉を潤す。
 喉を通り過ぎる冷たさに、より一層汗が流れ落ちた気がした。
 実際は、汗など殆どかいておらず、空腹感や睡眠欲同様にこの体は持ち合わせていないようだ。
 だったら温泉の熱さも平気に思えるが、良く分からない。
 スポーツドリンクの冷たさに体が冷却されて落ち着くと、さてこれからどうしようかと悩む事になった。
 確か士郎や桃子は散歩に出かけているはずであるし、まだ温泉に入っていないであろうノエルやファリンを自分につき合わせるのも悪い。
 未だに恭也が温泉に浸かっている事から、女湯に入ったはやて達が直ぐに出てくるとも思えなかった。
 女性の風呂は、買い物同様に長い事ぐらいは心得ていた。

「少し、外を歩いてみるか」

 温泉宿の中を歩くのは、後で出てきたはやて達との為に取っておくべきだと思ったからだ。
 温泉宿の玄関口へと向かい、ご自由にと書いてあった突っ掛けを履いて表へと出る。
 改めて温泉宿の姿に感動を持ち、感動を胸に秘めた。
 そしてカメラを持ってくるべきだったと己の失敗に悔やみながら、思い直して散歩に赴く。
 どうやら元々散歩道は用意されているらしく、道案内の看板に沿って道なりに進む。
 涼しげな風がふく緑に包まれた散歩道をグラハムは一人歩き、堪能する。
 近くに川があるのか、風の音や鳥の声に混じりせせらぎの音が聞こえた。
 体どころか、心まで涼しくなるそれらを胸一杯に溜め込み、旅行に来て良かったと心から思う。
 帰る前にもう一度、はやてを伴い歩きに来ようとまで思ったのだが、やがてその心の内も別のものに占められてしまった。
 フラッグファイター、軍人としての性分か、目の前にある戦いにである。

「ガンダムになろうとしたなのはと、フラッグファイターである少女か」

 二人共に確かな力を保有するので、本来ならばこの戦いは止めなければならない。
 子供がモビルスーツ戦など言語道断。
 ただ彼女らは魔導師であり、パイロットではない。
 それに非殺傷設定という魔法が存在する以上、それは戦いではなく喧嘩だ。
 なのはがあの少女を求めるのならば、それを暖かく見守るのも大人の役目のはず。
 もちろん、ジュエルシードの憑依体が現れれば、その限りではないが。
 それにしてもと思う。
 ガンダムを目指したなのはにフラッグファイターである少女が求められるとは、羨ましい限りだと。
 自分はどれ程恋焦がれても、ガンダムには振られてばかりだったというのに。

「ふっ、振られ続けた相手に懸想とは、女々しいな私も」

 もう恋焦がれたガンダムには会えない。
 一度は再び会えたかとも思ったが、そのなのはは追い詰められた一心でガンダムになろうとしただけの少女であった。
 周りにいる大人の責任として、あの少女の歪みも断ち切ってみせようと思う。
 だが、自分の歪みは、ガンダムでさえ断ち切れなかった歪みは誰が断ち切ってくれるのだろうか。
 はやてとの平穏な生活を望みつつ、それを容易く踏みにじろうとしてしまうこの厄介な歪みは。

「この私とした事が、気弱な事だ……」

 自嘲を含んだ笑みを浮かべ、何時の間にか立ち止まっていた足を動かす。
 そして、一歩を踏み出したところで、再び止まる。

「なん、だと……」

 目の前を、数メートル先の木々と茂みの間を通り過ぎた人物の姿を見て驚愕する。
 いるはずのない、自分が殺したかもしれない少年。
 例えアレを生き延びたとしても、三〇〇年という時代の壁が二人を別つはずの。
 気がつけばグラハムは走り出していた。
 運命の赤い糸で結ばれたガンダムのパイロットであるあの少年の姿を追って。

「少年、私だ。待ちたまえ、私は君に尋ねなければならない事が……」

 だがその制止も虚しく、少年はその歩みを止めず森の中へと消えようとしていた。

「何故、何も言わない。私と君がここにいて、瞳が情熱的に交差したというのに!」

 少々過剰な表現ではあったが、確かに視線は交差していた。
 ただし少年の方が、まるで他人とすれ違った時のように極自然に視線を外したのだ。
 信じられないと、自分と少年の間にある赤い糸はその程度なのかと走る。
 そして着慣れぬ浴衣と突っかけに足を取られ、転びそうになった。

「くっ……この浴衣、着た当初は感激したが、今となっては忌々しい!」

 脱げた突っかけを履きなおしている間に、少年の姿は見失ってしまっていた。
 大きく舌を撃ち、そばにあった木の幹を力一杯殴りつける。
 メキリと、その幹が大きく陥没するように傷ついた事にも気付かずグラハムは心情を吐露した。

「私があの少年を別の誰かと見間違うはずがない。アレは確かに、あの少年だ。この私の小指にかかる赤い糸もまたそう言っている」

 心の中で猛り始めた歪みの炎を冷ますように、浴衣を肌蹴て冷えた空気を送り込む。

「そうだ何故私は疑問に思わなかった。あの時に生き残ったのが私だけではないと。私がこの時代にいるのならば、あの少年もまたこの時代にいるのではと」

 冷ますどころか、歪みの炎はよりいっそうその強さを増していく。

「そうだ、なのはのようにまがい物ではない。本物のガンダムがここにいる。私の歪みが断ち切れていないはずだ。まだ私とガンダムの戦いは終わってなどいないのだから!」

 グラハムは抑え切れない歓喜を解放するよに空に両手を掲げて叫んだ。

「ガンダム、私はここだ。君が断ち切りたがっていた世界の歪みはここにある!」

 何時か胸に抱いた少年が戦う理由を問いただす事、それさえ忘れグラハムは戦う事のみを求め始めていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

ブシドーフラグその1がたちました。
グラハムの日本の知識は基本カタギリ経由。
普通に間違った日本の知識を溜め込んでる外国人みたい。
それはともかく、せっちゃんの事を考えるグラハムって妙に乙女になる。
乙女繋がりで……
ロシアの荒熊がリリカルにやってきても面白かったかもしれない。
だがしかし彼女はまだ乙女だ的な感じに。
そして機体は、皆大好きティエレン。
誰か書いてくれ、面白そうではないですか?

次回は日曜日、お盆か……
もしかすると連投とかするかもしれません。



[20382] 第五話 まさしく愛だ(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/08/18 19:18
第五話 まさしく愛だ(後編)

 電気が消された旅館の一室、隣り合う部屋へと続く襖から桃子とファリンが中の様子を伺っていた。
 敷かれている布団は四つ。
 なのはとはやて、アリサとすずかが隣り合い、四人共に頭を向け合った状態である。
 つい先程まではファリンから本を読んでもらっていたが、今ではもうすっかり夢の中であった。
 道中のバスに始まり温泉に卓球、お土産選びなど目一杯遊んだのだからそれも当然か。
 なのはたちが静かに寝入っている事をしっかりと確認してから襖は閉じられた。

「ありがとね、ファリンちゃん」
「好きでやっている事ですから」

 隣の部屋ではこれからは大人の時間だと、アルコールを持ち出して飲み会に突入している。
 そんな中で、狸寝入りを決め込んでいたはやてがまず一番に目を開いた。

『なのはちゃん、ユーノ君。まだ起きとる?』

 アリサやすずかを起こさないように、念話で話しかける。

『起きてるよ、はやてちゃん』
『僕も……』

 布団の中でごろりとなのはが寝返りをうち、アリサに掴まれたままであったユーノも振り返った。
 寝る直前に話しかけて御免と一言謝ってから、はやては二人に尋ねた。

『なんかハム兄の様子がちょっと変やったけど、二人はなんか知らへん?』
『詳しくは分からないけど、妙に思えたのは温泉の後だと思う』
『僕らのように会ったのかもしれない。あの女の人と』

 ユーノが指しているのは、温泉から上がった後で、日本庭園がある宿の縁側にて会った女性であった。
 特にアリサは酔っ払いと断定していたが、三人の頭の中には女性の警告らしき言葉が聞こえた。
 その時はグラハムと別行動をしていたが、その前後かで似たような警告を受けたのかもしれない。

『でも、魔法関係で絡まれたのなら、ハム兄の方から気をつけろって言ってくれそうなもんやけど』

 直ぐ隣の部屋で大人同士友好を深めているであろうグラハムを心配しながら、はやてが布団の中で丸くなる。
 確かにグラハムは以前になのはの事を含め、三〇〇年後の人間である事を明かしてくれた。
 家族と認めたはやてに包み隠さず、戦争をしていた事まで。
 だがグラハムに関しての一から十を全て語ってくれたわけではなかった。
 はやて自身、家族といえど全部が全部、話してしまえるとはさすがに思わない。
 けれど、その話せない事柄の中にグラハムを苦しめる何かがあるとしたら、支えてあげたいと思う。
 例え話し辛い内容であったとしても、それを共に分かち合いたい。

『なあ、なのはちゃん。ハム兄が無茶する時は止めてくれへん? 私の足はこうやから、家の外でまでハム兄の事を見てられへんから』
『うん、良いよ。私も一度、グラハムさんには止めて貰った事があるから。その恩返し』
『僕も、出来るだけの事はするよ』
『ありがとうな、二人とも。ユーノ君は怪我が、なのはちゃんはあの女の子の事があるのに……幸せや、私は。ハム兄みたいな家族だけじゃなく、ええ友達がおって』

 ほんの一月前を思い出したのか、はやてが鼻をすする。

『はやてちゃん、そっちに行って良い? 今日は何か起こりそうな気がするけど、それまでは一緒に寝よう?』
『ええよ、おいでなのはちゃん。一杯、一杯抱きしめたるな。こんな事ぐらいでしか返せへんから』

 何か起こりそうというなのはの不安を感じたのか、潜り込みやすいように布団を開けながらはやてが誘った。
 自分の布団を抜け出したなのはは、枕を手に誘われるままにはやての布団に潜り込んだ。
 そしてかつてグラハムの手により、はやてのベッドに放り込まれた時のように抱きつく。
 布団の中ははやての匂いが充満しており、そこにほんの少しグラハムの匂いが混ざっているように思えた。
 経験則からか、はやてに抱きしめられると妙に安心するなのはは、来るべき戦いに備えるように瞳を閉じる。
 そんななのはの頭を愛おしそうにはやてが撫で付けながら同じく瞳を閉じた。

『お休み、二人とも』

 小さな寝息が一つの布団から二つ聞こえてきたところで、ユーノが囁くように念話を飛ばす。
 思ったとおり既に寝てしまっていたのか、穏やかな寝息のみが返って来ていた。










 なのはの予想通り、深夜過ぎにそれは起こった。
 寝入っているはやてを起こしてしまうと、気遣うより先に飛び起きたなのは。
 感じたのはジュエルシードの発動である。
 駆け寄った窓から方角を確かめるように眺めると、既にグラハムが飛行形態で現場に向かっているのが見えた。
 なのはやユーノに一言もなくだ。
 慌てたなのは私服に着替える暇も惜しみ、はやてに行ってくると伝えて浴衣姿のまま温泉宿を飛び出した。
 走りながらの変身を行い空に飛び出し、ジュエルシードの発動場所を目指す。
 先行するグラハムに続いてそこへと降り立つと、あの時の金髪の少女がいた。
 封印したジュエルシードを今まさに手にしようとしていたところで。

「一つ目、今度はちゃんと手に入れた」

 森の中、川のせせらぎをまたぐアーチ型の橋の上。
 そこにいたのは少女ともう一人、なのはたちへと警告を放った女性であった。
 グラハムやなのはの登場に、そろって視線を投じてくる。
 その視線を真っ向から受け止めたいなのはであったが、直ぐ隣に立っているはずのグラハムが気になっていた。
 何故何も言ってくれなかったのか、押し黙ったまま少女と女性を見定めている。

「本当、アイツと同じタイプの魔導師だね。それとそっちの子、子供は良い子でねって言わなかったっけか?」
「それを、ジュエルシードを」
「ジュエルシードなどどうでも良い」

 挑発するような女性の言葉を前に、ユーノが危険性を訴えようとするが、何故かグラハムがそれを遮った。
 聞き間違いかと、グラハムを仰ぎ見るなのはとユーノの目の前で女性が笑う。

「はっ、そっちの方が聞き分け良いみたいだね。けど、何度も目の前で喚かれるのも面倒だからね。ここらでキッチリ分からせておいてやるよ!」

 女性の目が見開き、瞳孔が縦に割れる。
 獣のような瞳に変わった次の瞬間には髪がうねり、意志を持ったように伸び始めた。
 髪の毛のみならず、人の皮を破るように腕が足が胴体が、顔すらも獣のそれへと変化する。
 紛れもなく人間だった女性が、獣の姿となって四肢を地面につけて空へと吼えた。

「待って」
「大丈夫さ。先に帰ってて、直ぐに追いつくから」

 少女の制止を振り切り、今や獣となった女性が跳躍する。
 夜空で輝く月光を背負いながら、なのは達がいる場所へと飛び込んできた。
 突然の事で身動き取れないなのはの代わりに、ユーノが前に飛び出そうとする。
 それより先に、グラハムが前へと進み出た。
 利き腕となる左手に、青白く光るプラズマソードを握り締めながら。

「アルフ!」

 少女もまた、グラハムの異変を肌で感じ取ったようだ。
 不用意過ぎると少女が叫び、グラハムが無言でプラズマソードを振りかぶった。
 奇襲のつもりであったアルフは、主人の言葉を聞かなかった事を後悔した。
 なのはへの警告通り、脅しを含めて軽い気持ちで撫でてやる程度の気持ちであった。
 だから防御の為の術式すら、組んではいなかったのだ。
 振りかぶられていたプラズマソードがアルフへと向けて、振り下ろされる。

「駄目ェ!」

 フラッグの機体となったグラハムの腰へと、なのはが飛びついて腕を回す。
 勢いを殺し、地面に四肢をついたアルフの首元で、プラズマソードの刃は止まっていた。
 プラズマの熱と電気に体毛は一部焼かれていたが、肉体的な損傷は皆無であった。

「ユーノ君、なんとかお願い」
「分かった!」

 今度こそ前へと飛び出したユーノが、背筋を凍りつかせているアルフを魔法陣で包み込む。

「移動魔法、どういうつもりだ」
「君には関係ない。約束したんだ、はやてと。なのは、グラハムさんを!」

 若草色の魔力光の閃光に包まれ、ユーノとアルフの姿が掻き消える。
 影も形もなく、アルフの言葉通りならば、この場所から少し離れたところへ移動したのだろう。
 なのはと少女は、それぞれ別の意味でほっと胸を撫で下ろした。
 グラハムは間違いなく、アルフを殺しにかかった。
 なのはが止めなければ、今頃目の前には首のないアルフが横たわっていた事だろう。

「何故、止めたのかね?」

 だが安堵するなのはの気持ちを無視して、グラハムから逆に尋ねられた。
 その事にハッと息をのみつつ、その瞳を正面から受け止める。

「それはこっちの台詞です。どうしてこんな危険な事を」
「このモビルアーマーは明らかに敵だ。それを退けるのは当然の事だろう……軍人として」

 一瞬、モビルアーマーという単語になのはは首をひねりかけた。
 だが敵だから、邪魔だから何も考えずに攻撃をしかけて良いはずがない。
 なのはは意図して睨むようにグラハムを見上げた。

「そう言うことを簡単に決めつけないために話し合いって必要なんだと思います」

 今のグラハムはおかしいだなんてものではない。
 はやての不安が的中したというべきか、何かに囚われているようにも思えた。
 その何かまではさすがにわからないが、間違っている事だけははっきりと分かった。
 だから、思考停止状態に陥ったグラハムを彼が否定した言葉で縛りつける。

「ジュエルシードなんて、世界なんてどうでも良いってグラハムさんは言いました。けどはやてちゃんも世界の一部です。それでもどうでも良いですか?」

 なのはの指摘を前に、グラハムの瞳が普段の穏やかな光を宿し始める。
 その台詞に思い起こされたのは、ガンダムとの最後の決戦。
 ガンダムであるあの少年はグラハムを、世界の一部だと言った。
 やはり一度はガンダムを目指した少女だと、感心すら覚えた。
 だが同じ指摘をした少年が、自分をまるで存在しない者のように無視したのも事実。
 この身に宿す歪みを断ち切れるのは、あの少年、ガンダムしかいないというのに。
 ならば歪むしかない、より大きく世界を巻き込む形で歪む事でしか振り返らせられない。
 だが、それでもやはてすらどうでも良いとは、今の自分には言えなかった。

「私は、どうすれば良い……」
「そこで見ていてください。私のやり方を」

 歪みどころか迷いさえも断ち切れないグラハムへと言い放ち、なのはは少女へと振り返った。
 そして自分達の理由で待たせてしまった事を謝罪する為に頭を下げる。

「ごめんね、お待たせ」
「アルフを助けてくれた事には感謝してる。けど、ジュエルシードは渡せない」

 早速の拒絶の言葉に、一瞬口ごもるがなのはは止めはしなかった。

「出来れば、話し合いで解決したいよ」
「私はロストロギアのかけらを。ジュエルシードを集めなきゃいけない。そしてあなた達も同じ目的なら、私たちはジュエルシードを賭けて戦う敵同士って事になる」
「でも、その決めつけがさっきみたいな事に繋がる。使い魔のアルフさんが怪我しちゃっても良かったの?
「それは……嫌だ」

 だよねと、小さな同意を受けてなのはは改めて口にした。

「だから、必要だと思うんだ。グラハムさんにも言ったけど、そう言うことを簡単に決めつけないために話し合いって」
「それでも話し合うだけじゃ、言葉だけじゃきっと何も変えられない。変えたいとも、私は思わない」

 明らかな交渉決裂、なおも言い募ろうとするなのはの前で少女がデバイスを掲げた。
 次の瞬間、なのはの目の前から少女の姿が消える。
 その動きが見えていたのか驚愕しつつも、なのはがは以後へと振り返った。
 残像が見えそうな程に素早い動きで少女が回りこんでいた。
 無造作に振り切られたデバイスを屈んでかわす。

「Flier Fin」

 レイジングハートが機械音声を鳴らし、なのはの靴に羽が生まれた。
 続いて薙ぎ払われた少女のデバイスを、飛翔の魔法で空へと飛び回避する。

「でも、だからって」
「賭けて、それぞれのジュエルシードを一つずつ」

 グラハムが動かない事を確認しつつ、少女もまた足を止めずに空へと向かう。

「Photon Lancer. Get Set」

 飛翔するなのはを追い越し、頭上をとった少女がデバイスから金色の光弾をこれでもかと撃ち放つ。
 それらをかわし、時に障壁で受け止めながらもなのはは反撃を行わない。
 宣言通り、あくまで対話による和解を試みようと。
 既に交渉決裂し、相手が攻撃してきているのにも関わらず。
 その様子をグラハムは冷ややかな瞳で見つめている。
 ある意味で目の前の光景は、未来のとある国の縮図とも言える光景にも見えた。
 ジュエルシードと宇宙太陽光発電システム、少女二人は国、アザディスタン。
 国の急変を受け入れられず力を行使するを辞さない、保守派。
 各国に対話を求め法にのっとり行動する、改革派。

「介入に現れるか、ガンダム」

 思わず呟いた自分の台詞に、その考えをグラハムは振り払う。
 違うそうではないと、あくまで目の前の光景はただの喧嘩だと。
 おそらくなのはは負けるだろう。
 かつての保守派と改革派の対立から考えての事ではなく、純粋に目の前の光景からの予測だ。
 少女の苛烈な攻撃をなのはは必死に退けてはいるが、既にその口から対話を求める言葉は途切れていた。
 そもそも無理なのだ、既に敵対してしまった相手と大人しい交渉など。
 その考えは、グラハムはそう思った自分自身の考えは間違いないと思えた。
 ならば、先程までの自分を省みてはどうだろうか。
 なのはの愚かとも言える選択を目の前にして、先程の自分の行動が愚かだととも思えた。

「私は……歪んでしまっている。だが歪みたいわけではない」

 それだけは間違いなかった。
 最初ははやてを戦災孤児と勘違いしての義務感から始まったはやてとの生活。
 その中で己の歪みに気付き、それを静める為に今度は自ら望んだ。
 だが、残念ながら穏やかなる日々だけではこの身に宿る歪みを沈めきれないもの事実。

「ああ、今やっと私は私自身の本当の気持ちに気付いた……」

 それを教えてくれたなのはを見上げると、その首に少女のビームサーベルが突きつけられていた。
 結局は一度も手を出さないまま、追い詰められてしまったらしい。
 当然と言えば当然の結果、やはりと思わずには居られなかった。

「Pull Out」
「レイジングハート、何を!?」
「きっと、主人思いの良い子なんだ」

 突きつけていたデバイスを下げ、少女がジュエルシードへと手を伸ばす。
 これで二つ目とその手がジュエルシードを掴む直前で、その輝きが消えた。
 慌ててなのはにデバイスを突きつけなおそうとしても、そこになのはの姿もない。
 いたのは、少しばかり距離を置いた同じ空の上で、なのはを脇に抱え、ジュエルシードを手にするグラハムの姿であった。

「どうして、貴方は何時も……」
「ち、違う。これはあの約束を破ったわけじゃ。グラハムさん!」
「一方的な取り付けを約束とは言わんよ。それに私が許可したのは少女との喧嘩までだ。子供が玩具と言えぬ危険物をやり取りするならば、止めるのが大人の役目だ」

 フラッグの姿のまま肩を竦める仕草とその声に、いつものグラハムだとほんの少しなのはは笑みを浮かべてしまった。
 そして直ぐに、それでもやっぱりこれは約束だと恐る恐る少女へと視線を向けた。
 屁理屈をこね回すグラハムを前に、やっぱり貴方はずるいと少女が睨んでいた。
 前回も含め、一度ならず二度までもいったところだろう。
 もはや少々の傷は覚悟で戦うしかないと少女がデバイスを強く握る。

「グラハムさん、私まだ」
「話は後だ、離れていたまえ!」

 なのはの訴えを退けるように、グラハムが背後へと放り投げた。
 その視線は目の前の少女へとは向かっていない。
 プラズマソードを抜きさり、頭上へと掲げた直後、若草色の閃光が衝突する。
 グラハムが受け止めたのは、幅広の一振りの剣。
 それを振るったのは、その身から若草色の光を振りまく一機のモビルスーツであった。
 なのはのバリアジャケットと似たような、白を基調として肩や胴体部に青を、足回りや腰に赤をあしらったトリコロールカラー。
 背中に太陽を背負っているかのように、機体が若草色の光に照らし出されている。

「すまない遅くなった」
「ソラン……ごめん、一つは手に入れたけど」

 グラハムのフラッグとは対極にある真っ白な機体の言葉に、少女が答える。

「もしかしてガン、ダム? 綺麗……」

 なのはの漠然とした呟きに、その機体の頭部にあるカメラアイがなのはを捕らえた。

「何故、その名を知っている」
「何故もなにもないだろう。会いたかった、会いたかったぞガンダムッ!」

 互いにかみ合わせた刃を押し合い、機体の胴部がぶつかりそうな程にさらに肉薄する。
 実際、目の前のガンダムとフラッグの頭部がガチガチと衝突していた。

「世界の歪みはここにいる。君が断ち切ると宣言した世界の歪みがここに!」
「分けの分からない事を……だから、どうした!」

 ガンダムが無理やり剣を振り払い、小さくできた隙間に足を押し込み退ける。

「邪険にあしらわれるとは……半ば予想していたとは言え、苦痛だよ。無視されるよりは余程良いがね!」
「貴様、何者だ。俺を知っているのか。答えろ、俺は誰だ!」
「なんと、まさか少年。記憶を……これで合点がいった。君らしからぬそのモビルスーツ捌き」
「ソラン!」

 予想外過ぎる事態に、少女がガンダムを操る少年の名を呼ぶ。
 だが既にその意識は、グラハムのみに集約されていた。

「ならば教えよう。いかに私が君とガンダムに恋焦がれ、深く愛していたかを」
「あ、愛!?」
「そう、まさしく愛だ!」

 ソランの声が裏返り、顔を引きつらせながらなのはや少女が身を引いたのにもグラハムは気付かない。
 温泉宿を前にした時以上に、そのテンションはだだ上がりであった。

「このグラハム・エーカーは奪われた。ガンダムの圧倒的な性能に心奪われた男だ! 」
「貴様は何を言っている!」
「言葉の通りだよ。君に心奪われた私は幾度となく振られながらも、執拗に君を追い求めた」

 ソランのみならず、なのはや少女も、両想いでなかった事にあからさまにほっとしていた。
 だが事態は未だにグラハムの独壇場であった。
 これから何を口走るかは、グラハムにしか分からない。

「そして私の念願は叶い、赤い糸に導かれるように私と君は遭遇する事が出来た。戦乱巻き起こる宇宙に、君と私の二人きりで! だが時既に遅く、私の想いは愛を超越し憎しみとなっていた」
「貴様の話の何処に、俺の事が」
「そんな私を指して君は、世界の歪みと断じて断ち切ると宣言した。そして私達は憎しみの火花を散らすように斬り結びあいながら、共に果てた。だが生きている、私達は生きている!」

 もはやグラハムの言葉についていけず、なのはも少女もぽかんと口を開けていた。
 曲がりなりにも聞いているのはソランだけであったが、かなりの苦痛を伴うようであった。
 なにしろグラハムの話は九割方自分の事で、殆どソランの事が出てこない。
 何が悲しくて自分を愛していたという男の話を聞かなければならないのか。
 だが自分を知っているというのは嘘ではないようで、我慢しなければならなかった。

「世界の歪みはここにある。さあ、断ち切りたまえ。君が宣言したとおり、その手で世界の歪みを断ち切りたまえ!」

 それがグラハムの本当の望み。
 グラハムの体の中で猛り狂う歪みの炎は、自分では制御しきれない。
 断ち切れる存在は、ガンダムのみ。
 一度はガンダムでも断ち切れなかったと思ったが、そうではなかった。
 自分もガンダムである少年も同じ時、同じ場所に存在しているのがその証拠だ。
 だからあの日の宇宙での戦いの続きを、歪みが断ち切れるまで。

「君が私の歪みを断ち切るまで、私は君を追い求め続ける!」
「くッ……撤退する!」

 だが肝心のソランが選んだのは、この場からの離脱であった。
 折角掴めた記憶の鍵も、捻り曲がって壊れてしまっている。
 これ以上の混乱は避けたいと、呆けていた少女の手を取って空へと飛び去っていく。

「甘いな、少年。私達の間に赤い糸が繋がる限り、決して逃げられる事はない!」

 しかし、グラハムがこのまま易々と逃がしてくれそうにない事は分かっていた。
 剣を折り畳み、その中に内臓されている小型GNビームライフルをグラハムではなくなのはへと向ける。

「へっ?」

 放たれた閃光がなのはに襲いかかるが、本人は突然の事で反応仕切れずにいた。
 そのなのはを、今一度小脇に抱えてグラハムが弾道から逃がす。
 小型とはいえ、確かなその威力にエネルギーが着弾した地面から水柱ならぬ土柱がたった。
 ぱらぱらと降り注ぐ土くれが二人の視界を塞ぎ、追撃を困難なものにしていた。

「お互いに、またしても振られたな」
「え、あ……」

 お礼を言う前に呟かれたその台詞に、空を見上げればソランも少女も遥か彼方であった。









-後書き-
お盆は忙しいので暇なうちに投稿です。
ども、えなりんです。

ついに、ハムとせっちゃんが出会いました。
これまたテンプレートですが、せっちゃんは記憶喪失中です。
憶えているのは自分の名前とガンダムだけ。
普通、名前だけだろってなもんですが、せっちゃんですからw
そして、グラハムのテンションがレッドゾーンを爆心中。
せっちゃんはもとより、なのはもフェイトもどんびきです。

注)このグラハムにガンダム(餌)を与えないで下さい。

さて、次回は水曜日の予定です。



[20382] 第六話 ならば君の視線を釘付けにする(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/08/21 19:32
第六話 ならば君の視線を釘付けにする(前編)

 何時もは三人で下校する通学路を一人で歩いて、なのはは八神の家へとやってきた。
 明らかに沈み込んだその表情を見て、突然の訪問ながらはやても快く迎え入れる。
 案内したリビングのソファーをなのはに薦め、自らもソファーに身を沈めてから、ぽつりぽつりと話された内容に耳を傾けた。
 一体学校で何があったのか、なのはが何を思い沈んでいるのか。
 発端は、とある物事に気を取られ物思いにふけるなのはであったらしい。

「そっか、アリサちゃんと喧嘩してもうたんか」
「うん……」

 ただでさえ魔法という隠し事がある上に、あの温泉旅行での件である。
 自分のそばにグラハムがいるように、あの少女の傍にはガンダムがいた。
 生まれて初めて見たガンダムは若草色の光を発し、純白の機体がとても綺麗だった。
 グラハムが自分をそんなガンダムに似ていると言った事は、ちょっとだけ誇らしい。
 だがその出会いが、衝撃的な事実を知る事になってしまった。
 なのはは、はやての事を上目遣いにうかがい、視線が合うと直ぐに視線をそらす。
 言えるわけがない、例え魔法という秘密を共有するはやてと言えど。
 いや、はやてだからこそ言えない。

(まさかグラハムさんが、男の子を好きだったなんて……)

 愛どころか、まだはっきりとした恋すらまだした事のないなのはは、そういう嗜好がある事など知らなかった。
 なんだかいけない事だと漠然と思い、ちょっとパソコンで調べてみたのだ。
 男の子どうしというキーワードで。
 すると翠屋のポップを作ったり、旅行の計画の為に行き先を調べたりする楽しいはずのパソコンが、一気にパンドラの箱と化した。
 悲鳴を上げるままに慌ててブラウザを閉じ、履歴やキャッシュごと抹殺し、パソコンの電源すら切った。
 家にいたのが一人でと、一番こういった機器に詳しいのが自分でよかったと思えた。
 それと同時に、なのは本人の自覚のないところで芽生えていたはずの淡い想いも、これまた自覚のないところで木っ端微塵であった。

「難しいところやね。私は半端な位置におるから、両方の気持ちが分かるわ。同じ魔法使いの女の子の事で悩むなのはちゃんの気持ちも、悩みを聞いて一緒に解決したいってアリサちゃんの気持ちも」

 それはそれで気にして悩んでるけどと、もうちょっと別件でと心の中で叫ぶ。
 もうこれはグラハムが公表しない限りは、お墓の中にまでもっていくしかないのかと思う。
 下手に自分がはやてに告げれば、八神家が空中分解してしまうかもしれない。

「なのはちゃん、おいで」

 悶々としているなのはの目の前で、はやてが両手を広げて言った。
 最近恒例となってきたアレのお誘いである。
 なのはの様子からはやてが必要だと判断したのだろう。
 なのは自身、戸惑いながらもその魅力には勝てず、おずおずとはやての隣に移動して座った。
 そのままはやてのなすがまま、ぽふりと倒れこんで膝の上に頭を置いた。

「なのはちゃんはようやっとる」

 そう囁いたはやてが、なのはの頭を撫で付ける。
 時折、なのはのツインテールの一つを指で弄くっては、ピンと弾きながら。
 少しくすぐったいと目を細めながら、なのはは尋ね返した。

「そうかな?」
「温泉旅行の後から、ハム兄がなんか吹っ切れた感じなんよ。なんやろ、前以上にちゃんと笑ってくれるようになった。本人もなのはちゃんのおかげだって言っとった」

 吹っ切れなかった方が良かったのではと思ってしまう辺り、なのはの悩みは重症であった。

「頑張っとる事を誰にも評価されへんやなんて可哀想やん。だから、私が一杯感謝する。私が皆の分までなのはちゃんに感謝する。ありがとうな、本当に」
「私だけじゃないよ。ユーノ君もグラハムさんだって、むしろ二人の方が頑張ってるよ」
「それはそれ。なのはちゃんは素直に感謝を受け取るんや」
「うん、ありがとう。はやてちゃん」

 こちらこそ、甘えてばかりで御免ねという意味を込めて呟く。
 そして、今自分が胸に秘めている秘密はずっと胸の中にしまっておこうと決意する。
 いつかはやてがそれを知ってしまった時には、自分がはやてのそばにいようと誓いながら。

「今日も、ユーノ君は探しとるんやろ?」
「うん、この前の温泉のおかげか今では殆ど傷の具合は良くなったみたい」
「じゃあ、次のジュエルシードが見つかる前に、なのはちゃんに一つだけ言っとくな?」

 今まで頭を撫でつけていた手が離れ、代わりに体を丸めたはやてにギュッと抱きしめられた。

「辛くなったら、何時でも止めてええからな?」
「ど、どうして急に?」

 思いもしなかった言葉に、聞き返さずにはいられなかった。

「前と状況が変わったからや。今はその金髪の女の子がジュエルシードを集めて回っとるんやろ? 目的は謎でも、封印して回っとるのは間違いない。だからなのはちゃんが必ずしも無理せなあかんわけやない」

 その子はきちんとした訓練を受け、使い魔やガンダムといった協力者もいる。
 確かに最終的な目的が分からないところは少し怖いが、なのはを犠牲にする程でもない。
 今回のように辛くなっても我慢して、取り返しのつかない事が起こるよりは。
 ユーノやグラハムもそうだ、止めるという選択肢があっても良いとはやては思っていた。
 ジュエルシードを集めきっても、その行いを認めてくれる人が殆どいないのならなおさら。
 ユーノは少し違うかもしれないが、これはあくまでボランティアなのだ。
 余裕がある人間がやるべきであり、身を削ってまで行うべきではない。
 そんなはやての想いを聞いて、感極まりながらなのはは体を起こした。
 怒らせてしまったかと不安そうな顔をするはやてへと、違うよと首を振りながら言った。

「はやてちゃんの気持ち、とっても嬉しいよ。けどジュエルシードを集める事だけが理由じゃないの。あの子、とても綺麗だけど寂しそうな瞳をしてた」
「それは、ちょっと初耳や」
「私が勝手にそう思っただけだから。それでね、だから見て見たいって思ったの。その子が笑った顔を、きっととっても可愛いと思うんだ」
「むう、ちょっと妬けるけど……なのはちゃんがそう思うんなら、思った通りにするのが一番や。私はなのはちゃんがどんな決断をしても、応援するな」

 嬉しそうにはにかみながらうんと頷いたなのはが、はやての胸に飛び込んだ。
 ツンテールがまるで犬の尻尾のようにピコピコと動いている。
 この甘えっ子めと思いながら、ギュッと力を込めて抱きとめた。
 自分にはコレぐらいの事しか出来ないからと、そしてなのはが捜索に向かった後でアリサに一言電話しようと思っていた。









 なのはがはやての家を訪れていた同時刻、遠見市の某マンションにソランたちの姿があった。
 夜にはジュエルシードの捜索に出る為、少々早めの夕飯である。
 元が狼であるアルフはテーブルの上に並ぶ各種ドッグフードを凄い勢いで腹に収めていた。
 味が気に入っている事もあるが、この食卓に彼女の主人である少女がいる事が大きい。
 なにせ彼女は普段あまり食事も休憩もせず、自分を労わる事をしないのだ。
 食卓にいる事になった理由は少々気に入らないが、これも主人の為だと自分に言い聞かせてアルフは目を瞑る。

「ソラン……少しで良いから、食べて。アルフが作ってくれた食事、美味しいよ」
「分かっている。エクシアの操縦には神経を使う。体力をつける為にも……」

 フェイトが食べて見せた食事を、酷く顔色の悪いソランがより遅い速度で口に運ぶ。
 まさに憔悴と言った様子で、ざまあみろと甲斐甲斐しく世話をする主人がとられた格好となったアルフが心の中で笑う。
 基本的にアルフはソランを信用していない。
 ある日、突然自分達の前に現れ、アルフが最も嫌う人物の口ぞえで今回の捜索に加えられた。
 どうやら、失くした記憶を取り戻す事が条件らしいが。
 実はアルフはその記憶喪失さえ疑って掛かっていたのだが、この様子だと本当のようだ。
 とは言っても、やはり主人が自分以外へと信頼を寄せる姿が気に入らない事には変わりはない。

「あ~あ、そんな様子で大丈夫なのかい。ここで休んでいても良いんだよ。フェイトには私がついてるからさ」
「アルフの言う通りかも。ソラン、今日のところは」
「俺も行く。奴は俺と同じく非殺傷設定が使えない。それに奴の相手は、俺でなければ……うッ」

 自分の言葉でグラハムを思い出した刹那が、食卓を座して何処かへと向かっていった。
 またかとフェイトと呼ばれた少女はオロオロとうろたえ、さすがに可哀想になったのかアルフの耳も垂れている。
 あの温泉宿での戦闘以降、ソランはすっかり不眠症に苛まれていた。
 そのせいで食欲も減衰し、何かを口に含めば直ぐに吐き出してしまう程だ。
 ソランはグラハムの人間時の姿を直接は見ていないが、フェイトから男だとは聞いている。
 その男にかつての自分が愛されていたと知らされ、平常でいられるはずがない。
 唯一の救いは、自分がグラハムを嫌い彼の一方通行であったらしい事だろうか。

「どうしよう、アルフどうしよう。ソランがソランが!?」
「いずれ慣れるんじゃないの。それよりも、フェイトもちゃんと食べないとあんな風になっちゃうんだからね。気をつけなよ」
「うん、私頑張って食べるよ。ソランの分まで」

 食べないというよりも、食べられないという事実を目の当たりにして少食が少し怖くなったらしい。
 完全なる反面教師に仕立て上げられたソランは、やがてふらふらとした足取りで戻ってくる。
 そしてどうせ吐き出してしまうのに、再び食事に手を伸ばすのは褒められるべき根性であった。

「ああ、もう見てらんないねえ。止めときな、ソラン。私がゼリーか何か買ってきてあげるよ。口にしては全部出されると、さすがに作った私の気分も悪い」
「すまない、頼む」

 憎まれ口は含みつつも、ほんの少しだけ心配してアルフはソファーから立ち上がった。
 一番近いコンビニは何処だったっけかと思い浮かべながら、外へと向かう。
 そんなアルフを見送ったフェイトは、ソランを心配しつつ頑張って目の前の食事を食べ出した。
 三分の一を残すところでもうお腹一杯だったが、ちょっと無理してでも詰め込んだ。
 同じソファーの隣に座っていたソランは、背もたれに後頭部を預け額に腕を置きながら頑張るフェイトを見ていた。
 記憶が失くした自分が持つ、数少ない繋がりであるフェイトを。

「平気か?」
「ちょっと、辛いかも。でも食べるよ」
「そうじゃない」

 当初と比べ、かなりペースダウンしていた箸を止め、フェイトが振り返る。

「母親と、離れ離れで平気かと聞いている」
「平気だよ、私強いから。母さんの娘だから」
「なら良い」
「うん、ありがとうソラン。私、強いから」

 短い言葉のやり取りが終わると、フェイトは再び食事を再開し始める。
 そんなフェイトから視線をそらしたソランは、天上を見上げたまま瞳を閉じて思い出す。
 あの日、時の庭園と呼ばれる場所で目を覚ました自分は、わけもわからぬままテスタロッサの親娘に拾われた。
 自分にエクシア、ガンダムへの変身能力があったからこそではあるが。
 フェイトは兎も角、プレシアはそれがなければ自分をどう扱ったかは少し怪しいだろう。
 あの瞳、特にフェイトの事を見る時のプレシアの瞳は、違和感を覚える。
 記憶を失いながらも、自分の母親を覚えているからかもしれない。
 自分の母親は、父親は今どうしているのか。
 グラハムという男のせいで記憶を取り戻すのがかなり怖いが、それでも取り戻したいと思う。
 今の自分には、自分の名前とガンダムであるエクシア、そしてテスタロッサ親娘しかない。
 それだけしか自己を確立するものがなく、自分自身が脆く儚いものに思えてしまう。
 吹けば飛んで消えてしまう程に。
 だからプレシアとの約束通り、ジュエルシードは集めなければならなかった。
 記憶を取り戻す為にも、テスタロッサ親娘との絆を失わない為にも。

「たっだいまー、ほらソラン。これでも飲んで栄養を補給しな」

 思ったよりも早く帰ってきたアルフから、コンビニの袋ごと投げ渡される。
 早速中身を取り出し、ゼリー状の飲料を口に含んで押し流す。
 半分ぐらいまで一気に飲み込んだところで一度口を離し、言った。

「食べ終わったら、直ぐにジュエルシードの捜索に向かおう」
「そうだね、そろそろ行かないと。またあの連中に先を越されるのも腹が立つしね。フェイトもそう思、フェイト? どうかしたのかい!?」
「え、なんでもない。なんでもないよアルフ!」

 アルフが声をかけたフェイトは、お腹をおさえているようであった。
 普段少食な分、無理して食べたせいで腹痛でも起こしてしまったのか。
 こんな事ならと頭を抱えるアルフを見て、フェイトは違うと真っ赤な顔で一生懸命首を振っていた。
 本人がそう言うのならと顔の赤いフェイトを、ソランが改めて観察する。
 顔色こそ赤いが、表情に苦痛は見られず、そうかと気付いて言った。

「腹いっぱい食えば、誰だって一時的に腹が出る」
「へッ、お腹が?」

 ソランの呟きが的を得ていたようで、フェイトは益々顔を赤くして俯いた。
 普段から少食でお腹一杯食べた事のないフェイトは、頑張りすぎてしまったらしい。
 横からアルフに覗き込まれ、抵抗むなしくそのちょっと出てしまったお腹が見られてしまった。
 ああっと納得したアルフであったが、次の瞬間にはソランの顔面を思い切り殴りつけていた。

「フェイトに恥かかすんじゃないよ。デリカシーの欠片もあったもんじゃない!」
「ア、アルフもう言わないで。そっとしておいて」

 ソファーを転げ落ちたソランを見下ろしながら、両手を払うアルフ。
 そのアルフの服の袖を引っ張りながら。追い討ちをかけないでとフェイトが懇願していた。









 敵味方を問わず、恐怖のどん底に叩き落したグラハムはと言うと、何故か翠屋でウェイターをしていた。
 支給された白いワイシャツと専用のエプロンを纏い、ズボンだけは私服のままであった。
 学校帰りの女学生、または少々早めに帰社したOLが多い店内で、注文を聞いて回る。
 とてもウェイターとして洗練された動きとは言えない。
 さらに時折敬礼が混じったり、接客業としては不適切な言動が混じってさえいた。
 だがやはり男前の顔のおかげか、女性客には特に問題視される事はなかった。
 一部特殊な客はグラハムのそんなぎこちなさが良いと、普段はしない追加注文を直接する程だ。

「注文を承った。では失礼する」

 敬礼だけはしまいと死守するが、足だけでもカッと音を立ててそろえてしまう。
 注文を受けたばかりの女学生にクスクスと笑われながら、グラハムは一礼してからカウンターへと向かう。
 カウンターでは一人で来たOL風の女性へと桃子がケーキを差し出し、士郎がコーヒーを入れていた。

「士郎、紅茶を三つ。桃子、ショート一つにガトーショコラ一つ、最後にスペシャル一つだ」
「はい、伝票をくれるかしら。三番テーブルね」
「もう少しすれば敬礼も取れそうだね。君がバイトさせてくれと言った時は驚いたが、それを店内でやられた時はもっと驚いたよ」

 ケーキを取りにいった桃子とは違い、カウンター内で仕事が済む士郎は、紅茶の準備をしながら事の発端を呟いた。

「私はこういった普通の仕事をした事がない。今後の為にも色々と経験しておきたかったのだが、頼める者が士郎しかいなかったのだ。無理を言ってすまない」

 それは本心であり、歪みを断てる算段が持てた為に、今後を少し模索したくなったのだ。
 現状は、はやての親が残した資産で暮らしており、好ましくはない状況であった。
 人間の三大欲求が何故かないグラハムは、実は金銭の必要性すらないのだが、それでも食事はしていた。
 家族としてはやての作ったご飯を共にしたい気持ちからである。
 だからよりはやての家族となる為には、手に職を持たなければならない。
 しかし未来の人間であるグラハムには戸籍がない。
 まともな職は望めないので、アルバイトが出来る知り合いの喫茶店とは都合が良かったのだ。
 まだ翠屋でのバイト一本に絞ったわけではないのだが。

「なに、グラハム君とは知らない仲ではないからね。子供同士が仲良しで、親兄弟もとくれば申し分ない。売り上げにも貢献してくれているしね」
「お褒めに預かり光栄だ」

 士郎が紅茶を淹れ終えると、奥から桃子が注文通りのケーキを運んできた。
 別の場所にいながら、全く同じタイミングである。
 まるで隠れてタイミングを計っていたのかと疑いたくなるほどであった。
 長年の経験の賜物とも言えるかもしれない。

「ではこれを三番テーブルに頼むよ。それとそろそろ、上がってくれ。はやて君が家で待っているだろう?」
「あ、それならお土産を渡すから、はやてちゃんに持って帰ってあげてもらえるかしら?」
「重ね重ね感謝する。では、グラハム・エーカー出撃する」

 何処へ行くつもりだとは、もはや士郎も桃子も突っ込まない。
 次の瞬間には渋面を作ったグラハムが、直そうとしつつ、つい口にしてしまっただけだと分かっているからだ。
 三番テーブルに辿り着く前には渋面を直し、紅茶とケーキを配っていく。
 それから身を正して慎重に口を開き、どうぞごゆっくりとお決まりの台詞を口にして下がる。
 これまでも含め、改心の出来だと心でガッツポーズをしていると、背後で何故か溜息が聞こえた気がした。

「私とした事が、完璧なつもりで何かミスを仕出かしたのか?」

 グラハムのような完璧に近い男前が、些細なミスをするギャップを回りが楽しんでいた為だろう。
 ある意味、知らぬが仏のままグラハムはバックヤードに引っ込み、着替えを済ませる。
 それから私服姿でもう一度店内へと赴き、ケーキが並べられたショーケースの前で待っていた桃子のところで立ち止まった。

「はやてちゃんが好きなケーキを幾つか包みますね」
「それはありがたい。あいにく、こういうものには疎い」
「今は詳しくなくても、仕事をするなら勉強が必要ですよ。何事も」
「プロ意識か、勉強になる」

 上官ともいえる桃子を前に敬礼をしかけ、ここはそういう職場ではないと耐え忍ぶ。
 それに気づいた桃子もクスリと笑いながら、ケーキを幾つか包んでいたが、やがてその手が止まった。
 終始笑顔であったその顔を、ほんの少しだけ曇らせながら。

「あのグラハムさん……なのはの事なんですが。最近何かに悩んでいるみたいで、はやてちゃん経由で何か聞いていませんか?」

 何かも何も、思い切り悩んでいるだろう。
 妙な事を言い出したと桃子を見ていたグラハムは、まさかと思い至った。
 なのはが桃子に魔法の事を何も話していないのではないかという事に。
 確かに自分も触れ回るべきではないと言ったが、まさか家族にまで内緒にしているとは思わなかった。
 自分がはやてに話した事から、グラハムとしては家族を例外にとったつもりが、なのははそう思わなかったらしい。
 それともまた、別の思惑があるのか、少々勝手な返答出来なかった。

「いや、はやてからは何も聞いていないが……今度会ったらそれとなく聞いてみる事にしよう」
「本当は根掘り葉掘り聞くんじゃなくて、なのはが話してくれるのを待つべきだとは思うんですけど……歯がゆくて。どうかお願いします」
「心得た。家に戻ったら、はやてにも聞いてみる。詳細は今度、また」
「お願いします、グラハムさん」

 頭まで下げ出した桃子を前に、任せてくれと一言残してグラハムは翠屋を後にした。









-後書き-
ども、えなりんです。

前回のグラハムフィーバーの結果がこれだよ。
せっちゃんも酷いけど、なのはも追い詰められてます。
淡い初恋が自覚もないまま粉砕され、ネットでやばいサイトも見ちゃいました。
総合的に、なのはが一番ダメージ受けてる?
はやてがいなけりゃ、きっと潰れてましたね。
ただなのはは一度、女の子どうしでググるべき。
きっとはやてといちゃつく自分を省みられるはず。

あ、ちなみにハムはいままでずっとはやてのヒモでした。
では次回は、土曜日更新です。



[20382] 第六話 ならば君の視線を釘付けにする(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/08/25 20:48
第六話 ならば君の視線を釘付けにする(後編)

 ジュエルシードが近いというユーノの一報を受け、グラハムとなのはは海鳴市のとあるビル街へとやってきていた。
 なのはは夕食の時間であるタイムリミット限界であったが、既に口裏は合わせてある。
 グラハムが桃子に連絡を入れ、八神家の夕食に誘ったと連絡を入れたのだ。
 折りしも、グラハムがなのはの悩みについて桃子から相談されたばかりで都合も良かった。
 待ち合わせの場所にて一度落ち合ってから、二手に別れた。
 一つは魔力を殆ど持たないグラハムと適正はあるが訓練を受けた事のないなのは、もう一方が探索を得意とするユーノである。
 それを聞いた時、なのはがグラハムを見上げてやや微妙な顔をしていた。
 だが直ぐに何か思い直したように、探索を始めた。
 そして時折携帯電話のメールを確認しながら街を歩くなのはへと、グラハムが前置きを呟いた。

「なのは、ジュエルシードが発動する前に伝えておこう」
「な、なんですか?」

 お友達の家族と何度も心で繰り返し暗示をかけながら、なのははグラハムを見上げた。

「ユーノがジュエルシードの反応を絞り込んだと同様に、少年たちもこの場所を掴んでいる可能性がある。この意味が分かるかね?」
「また、ぶつかり合っちゃう事になるって事ですよね」
「そうだ。そして私は、おそらく少年、ガンダムに掛かり切りになり君のそばにいられる保証はない。いや、おそらくいないだろう」

 それはなんとなくなのはにも理解する事が出来た。
 向こうもこちらも人数は三人ずつ。
 元より少女、フェイトの相手を譲るつもりはないが、一人一人相手にぶつかるしかない。
 ガンダムの戦闘はまだ殆ど見た事はないが、グラハムがそう言うのならきっと強いのだろう。
 だからなのはは、一人でフェイトと相対しなければならない。
 ほんの少しだけ心細そうに、なのはは胸元で揺れているレイジングハートを握り締める。
 以前何も出来ずに負けた時は、それでもグラハムが後ろにいてくれていた。
 その前にジュエルシードを封印した時には、ユーノが。
 正真正銘の一対一での戦闘は、初めての事であった。

「少女と対話を求める君の態度は素晴らしい、褒められるべき事だ。だが武器を持った相手にまでそれのみをする事は同時に愚かしい」
「それも、少し分かります。アリサちゃんと喧嘩して、思い出したんです。私達がどうやって友達になったのか。お互いに面識のなかった頃の私達を聞いたら、きっとグラハムさんは驚きますよ?」
「ジュエルシードを手にした後にでも、はやての食事を前に聞かせてもらおう。楽しみにしている」

 なのはが見せた決意の瞳を見て、安心できそうだとグラハムは頷いていた。
 それでも心配な部分はあるが、なのはと少女の戦いはあくまで喧嘩だ。
 子供の喧嘩にしては少々過激かもしれないが、命の保障がある以上はその域を出ない。
 だがグラハムとガンダムである少年の戦いは、正真正銘戦いである。
 非殺傷設定などというものが存在しない、命のやり取り、戦争。
 少年が記憶を失くしているため、モビルスーツの操縦技能に大きなアドバンテージがあった。
 だがそれを覆す性能差が、フラッグとガンダムには存在する。
 戦いの極みに辿り着き、その上で歪みを断ち切られ、それでいて生き延びなければならない。
 難易度の高いミッションだと思わずにはいられないが、絶対に成功させてみせると誓う。

「その為にも少年、君との果し合いを所望する」

 突然のグラハムの呟きに、なのはは不覚にもパンドラの箱の中にあった光景を思い出してしまった。
 ガンダムを操る少年の顔を知らないのが、唯一の救いであったろう。
 そうでなければパンドラの箱の中身の映像を、グラハムとその人の顔で置き換えてしまっていたかもしれない。
 頭を抱えてにゃーにゃー悲鳴を挙げ、一生懸命頭の中の映像を振り払う。
 落ち着けなのはと、自分自身に語りかけて落ち着かせた。
 するとはるか前方のビルの屋上から、オレンジ色の閃光が空へと伸びていくのが見えた。
 フェイトのものではないが、誰かの魔力光であった。

「少年達はあそこか!」
『ユーノ君』

 なんだなんだと道行く人がそれを見上げる中で、立ち止まったなのはが念話を飛ばす。

『痺れを切らしたのか、魔力流を一帯に流し込んでジュエルシードの強制発動に踏み切ったらしい。広域結界、間に合え!』

 勉強不足のなのはでは理解できなかった言葉が含まれていたが、緊急事態であるらしい。
 急激に強くなる風に集められるように、分厚い雲が空に積み重なり始める。
 それに伴い雷鳴の音が聞こえ、こんな春に夕立かと周りの人達の流れが慌しくなり始めた
 その波に幼いなのはが飲み込まれないように、グラハムが手を取り走り出す。
 だが直ぐにユーノが張り巡らせた結界が広がっていき、人々の姿が消え失せていった。

「レイジングハート、お願い!」
「私も、フラッグを!」

 人の目がないならばと、なのはとグラハムが共にその姿を変える。
 薄紅色の魔力光に包み込まれたなのははバリアジャケットへと。
 擬似太陽炉が発するGN粒子の深い血の色に包み込まれたグラハムは、モビルスーツの姿に。
 互いに全く異なる姿に変身しながら、二人は同時に飛翔した。
 そしてビル街の中から青白い閃光が、暗雲と雷鳴に吸い込まれるように立ち上る。

『なのは、発動したジュエルシードが見える?』
『うん、直ぐ近くだよ』
『あの子達が近くにいるんだ。あの子達よりも早く、封印して』
『分かった』

 空中で足を止めたなのはが、視線だけで先に行ってくれとグラハムに合図を出してきた。
 小さく頷いたグラハムは、こちらの方が早いと飛行形態へと変形して空を駆ける。
 封印するまま捕獲が成功すれば問題はないが、それが同時ならば分からない。
 お互いに失敗した場合は、より早くジュエルシードのもとへと辿り着いた方が手に入れられるはずだ。
 青白い光の柱へと向けて、さらにグラハムが加速した。
 とあるビルの屋上から金色の閃光が光の柱へと向けて放たれる。
 やや遅れてなのはが放った薄紅色の光が、飛行するグラハムの機体を追い越していく。
 ビル街の車道の隅っこ、発動し始めたジュエルシードはそこにあった。
 そのジュエルシードへと、二色の封印の魔力が殺到し、衝突した。
 内包する魔力を膨れあがらせようとするジュエルシードを、二つの魔力が押さえ込んだ。
 ジュエルシードも二つの魔力に反発するように、さらに魔力を放出し始める。
 合計三つの光がせめぎ合い、暴発と封印の魔力が共に膨れ上がっていく。
 だが暴発する魔力は一に対し、封印の魔力は二つ。
 徐々に押され始め、止めとばかりに出力が上げられた封印の魔力によって、力任せに押さえ込まれてしまう。
 封印はそれで確かに成功したが、捕獲は互いに失敗していた。
 ジュエルシードはその表面にシリアルナンバーを浮かばせ、無防備な姿をさらしていた。
 もう既にグラハムとの距離は二十メートルを切っている。
 加速はそのままに、人型へと変形したグラハムがプラズマソードを抜く。
 その瞳は、ジュエルシードではなくその向こうにいる機体へと注がれていた。

「目標を確認。捕獲する!」
「させるかガンダムゥッ!」

 ジュエルシードへと手を伸ばしたソランに、グラハムがプラズマソードを掲げながら向かった。
 グラハムの勢いに飲まれ、ソランが一瞬の躊躇を見せた。
 そしてまずはグラハムをやり過ごそうと伸ばしていた手を引っ込め、首を竦めるように回避をこころみる。
 頭上すぐそこをプラズマソードが通り過ぎ、二つの機体が完全にすれ違った。
 少なくとも、ソランはそう確信して再度ジュエルシードへと手を伸ばした。
 だがその手もろともソランを巻き込むように、グラハムの足が機体を強かに撃ちつける。
 空中で無理やり体を捻り、ソバットのような形で蹴りつけたらしい。
 ただし、さすがのグラハムも機体制御を失ってしまい、二機でもつれ込むように墜落していく。

「お、俺に……触れるな!」

 余程嫌だったのか、もつれ合う状態にも関わらず無理やりソランがGNソードを振り払った。
 グラハムの機体であるフラッグの頭部にある、小さな一対の翼の片方が半ばで切り裂かれた。
 殆ど偶発的な一撃だが、むしろ偶発的でしかない一撃にグラハムが激昂する。

「記憶を失くした半人前以下のパイロットが、私のフラッグを!」

 GNソードのある右腕を押さえ込み、ガンダムを下にしてそのまま地面に押し付けた。

「ぐッ」
「まだだ、まだ私の攻撃は終わらんよ!」

 落下の衝撃を全てソランに与え、アスファルトが激しく陥没してもまだ押し付ける。
 そして衝撃に激しく揺さぶられ、身動きが止まった一瞬でソランの腹に足を乗せ、その胸にリニアライフルを突きつけた。
 ゼロ距離射撃、しかも単射モードだ。
 自分に兆弾が返って来る事も構わず、銃身が熱で破壊される事さえ無視して放つ。
 機体の堅さに弾かれた兆弾が、近くのビルに直撃して半壊に追い込む。

「ぐゥッ、あァ!」

 一発、また一発と弾丸を撃ち込まれ、ソランの機体が地面に沈み込んでいった。

「言わんこっちゃない。フラフラの状態で出てくるから!」
「君の相手は僕だ!」
「チィッ、またアンタかい!」

 狼の姿でソランを助けに入ろうとしたアルフは、ユーノの障壁に阻まれ辿り着けない。
 そのまま二匹で警戒しあいながら、場所を移していく。

「ソラン!」
「グラハムさん!」

 封印されたジュエルシードさえ目に入らないように、二人が駆け寄ってくる。

「俺が…………ダムだ」
「聞こえんな、少年。そんな小さな声では聞こえない。私には聞こえないぞ!」

 弾が続く限りとばかりにゼロ距離射撃を続けながら、グラハムが挑発するように叫んだ。

「俺がガンダムだ。俺がガンダムだ。俺がガンダムだ。俺が、ガンダム。ガンダム、ガンダム、ガンダム、ガンダム、ガンダム、ガンダム、ガンダム!」
「そうだ、君が!」
「俺がァーーーーーッ!」

 熱でひしゃげかけていた銃身を握りつぶし、GNソードで斬り裂いた。
 グラハムがタイミング悪くリニアライフルを放ってしまい、暴発してそのものが吹き飛んだ。
 爆発による閃光と煙の中から、飛び退ったグラハムへと向けて放たれた。
 なのはの魔力光と似た色を放つそれは、GNビームダガーだ。
 一本はプラズマソードで弾く事に成功したが、もう一本はグラハムの肩先を掠めていった。
 それを投げたソランは、リニアライフルが暴発して出来た爆煙の中からゆっくりと現れた。
 そしてGNソードをグラハムへと突きつけるように構え、あらん限りの声で叫んだ。

「ガンダムだッ!」
「そう、君がガンダムだ。だがまだ足りない。君は記憶を含め、全てを取り戻さなければならない。そしてあの日の続きを、その先にある戦いの極みを!」
「貴様の存在は危険だ。俺の為にも、フェイトの為にも……俺とエクシアが、駆逐する!」
「そうだ、それで良い。このまま君の視線を釘付けにする!」

 ソランがGNソードを振りかぶり、グラハムがプラズマソードで迎えうつ。
 もはやその光景は二人だけの戦争であった。
 素人であるなのははもちろん、戦闘訓練を受けたフェイトもデバイスを握る手が震えていた。
 自分達が扱う魔法とは次元の違う戦いに、恐怖を抱いてしまったのだ。
 非殺傷設定などなく、一歩間違えばそのまま命を落としかねない人同士の戦い。
 なのははもちろんの事、フェイトが知る魔法世界でも昨今では珍しい光景である。
 余程の大犯罪者でなければ、逮捕された後の減刑を考慮し、非殺傷設定を使う時代だ。
 この時、先に我に返る事が出来たのは、素人のなのはであった。
 全くの素人故に怖い事は怖いが、徐々に進化する二人の戦いが途中から理解出来なくなったのだ。
 世の中何が幸いするか、分からないものである。
 だが我に返りながらも、グラハムを止めようとは思わなかった。
 二人の戦いが危険な行為である事は分かっていたが、特にグラハムの動きに凄惨さが見えなかったからだ。
 アルフを斬り殺そうとした時のような。
 殺しあうような野蛮な行為に見えながらも、純粋に戦いの極みとやらを追い求めているように思えたのだ。
 だからグラハムは大丈夫だと、自分の喧嘩相手は目の前にいるとなのはは声を上げた。

「私、なのは!」

 突然の横からの声にびっくりしたのか、フェイトは虚をつかれたように目を丸くしていた。
 その様子が可愛らしく、クスリと笑いながらなのはは続けた。

「高町なのは、私立聖祥大付属小学校三年生。お名前、聞かせてくれる?」
「Scythe Form」

 望んだ名前は教えてもらえず、フェイトが少し慌てながらバルディッシュから魔力の刃を発生させた。
 思わず身構えそうになる体を無理に抑えて、なのはは微笑みを向ける。
 フェイトの寂しそうな瞳を正面から見据え、ただただ見つめた。
 半ば睨めっこのように、やがて根負けしたようにフェイトが視線をそらす。
 それも一瞬の事、胸に湧いた気持ちを振り切るように、なのはへと向けて飛んだ。
 振りかぶられたバルディッシュを見て、ようやくなのはもレイジングハートを構えた。
 今はここが限界だと、対話のみで到達出来るのはここまでだと。

「Flier Fin」

 靴から魔力の羽を生やし、空に舞い上がる。

「今日こそは、喧嘩をしてでも教えてもらうよ。私だって、貴方の視線を釘付けにしちゃうんだから!」

 フェイトの一撃をかわしながら、レイジングハートの先端を突きつけ叫んだ。









 最初こそ有利に戦闘を進めていたグラハムであったが、次第にフラッグの機体には傷が目立ち始めていた。
 動きに支障が出るような決定的なものはなく、殆どがかすり傷であった。
 もちろん、頭部の羽の傷は除いてだ。
 最初は多くの斬り結びの中で、偶発的についたかすり傷ばかりであったはずだ。
 だがその数が段々と増え、意図してつけられる事が増えてきた。

「そうだ、それで良い少年」
「貴様は……」

 傷をつけた刹那自身、その理由が分かってきていたのだろう。
 リニアライフルを失ったグラハムのフラッグは、モビルスーツ戦で使える射撃系の武器を失くしていた。
 あるのは対人兵装である二十ミリ機銃か、脚部内臓式と翼下の単発ミサイルのみ。
 ガンダムに対して使用するには心もとなく、もっぱらプラズマソードでの白兵戦が続いている。
 その中でソランは、自らの体に染み付いたエクシアの動かし方を思い出し始めていた。
 失くした記憶にそって、勝手に動く体に戸惑いながら。

「貴様は一体何者だ。何故俺と、ガンダムとの戦いを求める!」

 初対面で愛を叫ばれ、今でも苦手意識はあるが、ソランはグラハムがただ気持ち悪いだけの男ではないと思い始めていた。
 ガンダムであるエクシアの性能に大いに助けられているソランとは違い、目の前のモビルスーツは世代が一つか二つぐらい違うように感じる。
 それだけ今の自分とグラハムという男では、操縦技術に差があるのだ。
 モビルスーツの性能差を腕で縮められる男に、尊敬の念さえ憶え始めていた。

「私の歪みをガンダムに断ち切ってもらう為だ。そうでなければ、私は一生ガンダムという存在に取り付かれたままだ!」
「そんな勝手な理由で!」
「その台詞は口にすべきではない。そもそも今の私を作り上げたのは、君自身なのだから」
「どういう事だ。俺が一体何をした!」

 GNソードの斬撃を受けて、後ずさったグラハムへと追い討ちをかけずにソランが問いただす。

「真実を知って、後悔しないと誓うか?」

 グラハムの脅しのような台詞に、一瞬だけだがソランが躊躇する。
 一体自分は何者なのか、エクシアとはガンダムとは何なのか。
 だがそれ以上に、ソランは自分の記憶を求めていた。

「後悔は、しない……」
「良かろう、私とて君の全てを知っているわけではない。だが、知りうる限りを伝えよう。君が所属していた組織名はソレスタルビーイング、紛争根絶を掲げた私設武装組織だ」
「ソレスタルビーイング、紛争根絶……私設武装組織。そんな事ができるはず」
「当時は誰もがそう思った。だが君達の活動は確実に世界を巻き込んだ。あらゆる国境を越え、あらゆる国々の紛争へと介入し、戦争を武力で持って停止させた」

 後悔はしないと言った言葉が、目の前で揺らいだ気がした。
 それではまるで、テロ組織ではないかと。
 目の前のグラハムという男は、自分こそが世界の歪みだと叫んでいる。
 だがソランには、ソレスタルビーイングこそが歪んでいるように思えた。
 戦争根絶という理想を掲げたところで、そんな事が許されるはずがない。
 誰しも譲れないものがあり、だからこそ戦っているのだ。
 今もそうだ、やや離れた場所ではアルフが、時折魔力の光が見える近くではフェイトが戦っている。
 それに対しグラハム達は正面からぶつかってきている。
 仮に第三者がこの場に現れ、勝手にこれを止める事は許されない。
 ソラン自身、許しはしないだろう。

「そしてユニオン所属の軍人だった私は、君達の介入を受け、二人の部下ばかりか恩師をも殺された」
「俺が殺した。俺が世界の歪みを生み出した。嘘だ……嘘だ、嘘だ。俺がガンダムだ。俺が!」
「君は確かにガンダムだ。だが欠けているものがある。ガンダムとは何か。何故君がガンダムなのか。今の君にはガンダムたる何かが足りない!」

 見知らぬ過去を振り払うように首を振るソランへと、グラハムはプラズマソードを突きつけた。

「さあ、私が知る限りの君の過去を教えた。私と戦い、取り戻したまえ。欠けているものを。君がガンダムである理由を。そしてその先にある戦いの極みを私に!」
「俺が、俺が!」
「待て、少年。男の誓いに訂正はないはずだ!」

 テロリストとしての過去、人を殺した挙句に残された人を歪ませた過去。
 迂闊に知るには、重すぎる過去を前にソランは耐え切れず逃げ出した。
 全てが嘘だと否定し終えられるなら、まだ良かった。
 だがグラハムという男を少しでも認めてしまったが最後、その言葉を否定する事はできない。
 無理に口から出任せだと思い込んでも、本能的に悟ってしまうのだ。
 パイロットとして尊敬に値する男の言葉が、嘘偽りのない真実だと。
 逃げる、ただただ真実から逃げ続ける。

「ソラン!?」
「あ、待って。まだ喧嘩の途中だよ!」

 錯乱するソランを追って、フェイトがなのはの前から離脱を開始する。
 偶然か故意にか、ソランが逃げ出したのはジュエルシードがある方向であった。
 ソランを助け、そのままジュエルシードを確保してと算段をつけながら、フェイトが駆ける。
 それをさらに追って、なのはとグラハムが空を駆けた。

「取り戻す。俺はこのジュエルシードで本当の過去を、ガンダムを!」
「これ以上、私を失望させるなよ少年!」
「ソラン、今助けるから!」
「ルール無用の喧嘩でも、それはルール違反だよ!」

 ジュエルシードはもう、四人の目と鼻の先であった。
 一番最初にソランの腕がジュエルシードへと伸び、掴もうとする。
 それを止めようとしたグラハムの腕を、急停止したフェイトのバルディッシュが受け止めた。
 その間に抜け出したなのはが、ジュエルシードを掴もうとしたソランの腕をレイジングハートで遮った。
 一瞬の膠着状態、それを脱する為になのはとフェイトが魔力を振り絞る。
 その魔力の余波に触発されてジュエルシードの封印が解かれてしまった。
 再び輝きを取り戻し魔力を放出するジュエルシード。
 そのジュエルシードの前で、ソランは強く願っていた。
 取り戻したい、本当の真実を、ガンダムを取り戻したいと。

「駄目、ソラン!」
「俺がァ!」

 フェイトが制止するも、今のソランには何も届かない。
 解き放たれ魔力を振りまき始めたジュエルシードに呼応するように、エクシアの背中にある太陽炉が過剰に動き始めた。
 GN粒子をこれでもかという程に精製するのみならず、もう一つの太陽炉を刺激する。
 正確には擬似太陽炉、本来グラハムが持っていたはずの、今は未稼働状態であったそれを刺激した。

「私が擬似太陽炉を……ならば何故私はGNフラッグではなく!」

 ソランのエクシアが若草色のGN粒子にその体を包まれ始めたように、グラハムのフラッグが深い血の色のGN粒子に包まれ始めた。
 太陽炉と擬似太陽炉が、ジュエルシードの力を借りて今一度、奇跡的な同調率を見せる。
 かつて宇宙で見せたように、海鳴市にも若草色のGN粒子の輪と、深い血の色のGN粒子の輪が生まれた。
 接触するほどに近づいた状態で発生した光の輪が、ダブルオーの形を取っていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

今回は大きなフィーバーはなく、割とまともなグラハムでした。
ただそれ以外に、なのはがせっちゃんがネタに走りました。
というか、なのはがついにグラハムの影響から言っちゃった。
数年後、自分の姿と言葉を思い出して身悶える事でしょう。
ちなみにせっちゃんのガンダム連呼は、元ネタあります。
名前を出して良いか分からないので伏せますが……
まあ、ダブルオー好きならきっと知っていますね。
投稿直前に心配になってきましたが、問題あれば適当に差し替えます。

次回は、水曜日です。



[20382] 第七話 望むところだと言わせてもらおう(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/08/25 19:18

第七話 望むところだと言わせてもらおう(前編)

 ここは何処なのか、不安を体現するように胸元に両手を置きながら、フェイトは辺りを見渡した。
 一面が白っぽいような青っぽいような、モヤのようなものに包まれた世界であった。
 海鳴市のビル街、それも結界の中にいたはずなのにと、不思議に思う。
 今はバリアジャケットも身につけてはおらず、普段着の黒のワンピースであった。
 だが直ぐにそんな事よりもと、思い直す。
 この妙な世界に来る直前に、錯乱した様子のソランが誤ってジュエルシードに願ってしまったのだ。
 止めなければと強く思うと、とある方角にソランの存在を感じる。
 だがその感じは酷く弱々しく、フェイトにはソランが泣いているように思えた。

「ソラン、今行くから」

 ある日突然現われ、ジュエルシードの捜索を手伝ってくれる事になったソラン。
 最初は、ただ母親であるプレシアの薦めだからと、受け入れたのが本音だ。
 けれど、その日から気が付けばそばにソランがいた。
 使い魔であるアルフとは少し違う、口数も少ないし、自分が言うのもなんだが少し暗い。
 内向的なところは少し自分と共通点は多いが、そばにいてくれると安心できる。
 ソランは家族ではないが、きっと自分にとって大切な人だ。
 記憶喪失であるが故に、ソラン自身知らず知らずにフェイトのそばにいただけなのかもしれない。
 例えそうだとしても、大切だと思ったフェイトの思いに変わりはなかった。
 早く行ってあげねばと思うが、妙に足元がふわふわする。
 だから歩けば良いのか飛べば良いのか、はたまた泳げば良いのか分からなかった。
 ソランの存在は感じられるが、思うように進めないことに苛立つ。

「あ、いたいた。良かった、一人でどうしようかと思ってたんだ」

 何度も語りかけてくれたあの声が聞こえ、振り返ると真っ白なワンピースを着たなのはが駆けてきた。
 フェイトは知らないが、聖祥大付属小学校の制服である。
 思わず睨んでしまい、驚いた顔をされたが逆にその後は微笑まれてしまった。
 おかげで気まずい思いをしたが、とある事に気付いてなのはに尋ねた。

「どうやって、歩いてきたの?」
「えへへ、聞きたい?」
「教えて」

 ソランの為にと頼み込むが、どうしようかなと意地悪をされてしまう。

「それじゃあ、教える代わりに私にも教えて。貴方のお名前を」

 意地悪にムッとしていたが、あまりに安い代償に呆れながら教える。
 ソランのもとへと行けるなら、それぐらいと。

「フェイト・テスタロッサ、それが私の名前」
「フェイトちゃんか、可愛い名前だね」
「約束、私は教えた」
「せっかちさんなんだから、フェイトちゃんは。なんか、会いたいって思えば直ぐだよ。私はフェイトちゃんに会いたいって思ったら、勝手にここにこれたよ」

 だったらどうして自分はソランに会いにいけないのか、嘘なのかと疑う。
 会いたいと願うだけで良いならば、ずっと願っている。
 一刻も早く、ソランのもとへと。
 なのにフェイトの足は少しも動こうとしてはくれなかった。

「嘘じゃないよ。ただちょっとフェイトちゃんが、怖がってるだけ。だってソランさんは今、苦しんでる。とっても苦しんでるから」
「そう、かもしれない。私、なんて声をかけて良いのか分からないから」

 まるで心を読んだかのようななのはの言葉にも、不思議と驚かなかった。
 そして次の瞬間には、驚く程素直に自分の不安を口に出していた。
 どうしてと口を押さえようとした手が、なのはによって握られる。
 すると握られた手だけではなく、体全体が不思議な温もりに包まれた気がした。

「一緒に行こう。私も、実は放っておけなかったんだ」

 一緒にという言葉が引き金となったように、フェイトの足が動き始めた。
 ソランがいると感じた方向へと、ゆっくり歩き始める。
 そういう場所なのかもしれない、ここは。
 心に正直にならずにはいられない。
 正直に心の内を見せられたり、見られてしまうのはちょっと迷惑でもあるが。

「フェイトちゃんの手、温かいね。私も実はちょっと心細かったんだ。でも今は、とっても安心出来る。フェイトちゃんがいるから」
「そう……」
「あ、照れた。照れたでしょ、フェイトちゃん」

 別にと呟きながら、なのはから視線をそらす。
 本当にここは迷惑なところだと、なのはの手の暖かさを感じながらフェイトは思った。
 そして二人は、ソランの下へと歩き向かっていく。









 ソランは一人、頭を抱えるようにしながら、座り込んでいた。
 その姿はエクシアではなくなっている。
 毛織物の白い上着に下は黒のズボン、首元には赤いマフラーが巻かれていたりと彼の私服姿であった。
 少しずつ、少しずつ頭の奥から湧き水のように失くした記憶が流れ込んでくる。
 知りたかったものと同時に、知りたくもなかったものが。
 物心ついた頃の記憶はまだ良かった。
 中東の小国クルジス共和国、紛争はまだ遠い国の出来事で貧しいながらも愛に包まれていた。
 父親と母親の惜しみない愛を受け、信仰する神の愛を信じている。
 そんな紛争という言葉を全く知らなかった自分に、転機が訪れた。
 フェイトよりも幼い時期にソランは、反政府組織KPSAに誘拐されたのだ。
 そこで神の名を語った洗脳を受け、戦闘訓練を経てソランが兵士ならぬ兵器へと作りあげられていく。
 そして、その洗脳と戦闘訓練の仕上げとして、最悪の試練が課せられた。
 無事を信じ、来る日も来る日も自分の帰りを待っていた両親を、その手で殺すという。

「この世界に、神なんていない」

 それからは日を変え場所を変えての、戦いの連続であった。
 両親を手にかけてまで、信仰させられた神の為に戦い続ける。
 来る日も来る日も戦い続けたかつてのソランも、やがてそれに気付く時がきた。
 隣国アザディスタンとの紛争は、クルジス共和国側の敗戦間近であった。
 首都にすら侵攻するモビルスーツ部隊であるアンフ部隊の前に、ソランは捨て駒同然で出兵させられる。
 生身のまま小銃一本で、自分と同じく洗脳を受けた仲間と共に。
 モビルスーツと人間のしかも子供。
 勝てるわけもなく、仲間は次々に死体以下の肉片へと変わっていった。
 とある瓦礫の影で無事を確認しあい、次に飛び出した瞬間にはその仲間が死ぬ。
 自分の順番が確実にまわってくる事を肌で感じながら、それでも小銃でモビルスーツを撃つ。
 それしか生き方を知らないかのように。
 実際知らなかった、それ以外の生き方の全てを奪われてしまっていたのだ。
 モビルスーツに対して少年兵のあまりにも小さな抵抗は虚しく、ついにソランの番が来た。
 アンフの砲撃の弾が近くに着弾し、小さな体は爆風に煽られ瓦礫の中へと埋もれてしまったのだ。
 怪我による出血と圧し掛かる瓦礫の重さに、意識は朦朧としていた。
 ようやくソランもこの時になって、この世界に神が居ない事に気付いた。
 薄々は気付きつつあった事を、悟らされたと言って良い。
 死の間際になっても神は現れもしなければ、声の一つも聞かせてはくれなかった。
 この世界に神などはおらず、いるのは紛争を繰り返す人間のみ。
 だがそれを悟るにはあまりにも遅く、取り返しのつかない状況としか言えない。
 そしてまるでソランが最後の一人だとでも言うように、市街に展開されていたアンフ部隊が集まってくる。
 そこでソラン・イブラヒムという名を失くした一人の少年兵は死ぬはずだった。
 死ぬはずだったソランを助けたのは、居ないはずの神を体現するもの。
 遥か頭上より、一つ、また一つと閃光がアンフを撃ち抜き破壊していく。
 若草色の光を放つGNドライブを背負い、ただの少年兵に過ぎないソランを救った存在。
 モビルスーツ、ガンダム。

「これが……少年がガンダムとなった起源。その想いの根源」

 ソランの記憶を垣間見て呟いたのは、グラハムであった。
 ただしその姿はソランやここにいないなのは達と違い、何故かフラッグのままである。

「違う、俺はガンダムにはなれない」

 グラハムの呟きに対し、ソランは膝に顔を埋めながら否定する。
 神は自分や仲間が死に瀕しても、死してさえ何もしてくれなかった。
 だがガンダムは違う。
 存在しない神に代わり、その体現者としてガンダムはソランを救ってくれた。
 しかしガンダムに救われながら、自分は本当に救われるべき人間だったのだろうか。
 反政府組織の少年兵としてゲリラ活動からテロ、そして自分の両親さえもその手にかけたというのに。
 そんな人間が救われたところで、一体何をすれば良いというのか。

「君に選択肢など存在しない」

 記憶を拒むように蹲るソランへと、グラハムはあえて突き放すように言った。

「君は既にガンダムとして多くの国を、人を巻き込んだ。私もその一人だという事を忘れるな。君にはガンダムであらねばならない責任がある」
「それは貴様の理屈だ!」
「ああ、そうだとも。これは私のエゴだ。私がこの時代ではやてと共に穏やかに暮らす為に押し通すべきエゴだ。その為には、無理やりにでも君をガンダムにする!」
「ソランを苛めないで!」

 蹲るソランを無理やりにでも立たせようとしたグラハムの前へ、フェイトが飛び込んできた。
 バルディッシュすら持たない無手のまま、それでも両手を一杯に広げて行く手を遮る。
 押せば容易く転んでしまいそうな程にか弱いというのに。
 フェイトはその小さな体で必死にソランを、その心を護ろうとしていた。
 そんなフェイトの隣へとなのはが並び、共に責めるようにグラハムを見上げてくる。

「グラハムさん、少しだけ時間を貰っても良いですか? なんだか、ソランさん混乱してるみたいで」
「好きにしたまえ」

 なのはの訴えを前に、グラハムがやけにあっさりと下がった。
 まるで心が丸見えとなるここで、自分の心に触れさせないようにと。
 何か様子が変だと小首をかしげながらも、なのはは一先ず今はソランを優先させた。
 何故なら蹲るソランを前に、フェイトがどう声を掛けて良いか困惑していたからだ。
 手を伸ばしては引っ込め、オロオロとしながら時折なのはへと振り返っている。
 そんなフェイトの後ろに回りこむと、背中越しに両手を取った。

「え?」
「私にも経験あるから、いつもはやてちゃんにしてもらってた。こういう時は、こうするの」

 蹲るソランの前へとフェイトを押しやり、抱きしめさせる。
 左手は頭を抱きこむように、右手はその頭を撫でさせた。
 普段はやてにしてもらっているように。

「よしよし、続けて」

 なのはが手を離しても、フェイトは言われた通りソランを抱きした。
 小さな声でよしよしと呟きながら、頭も撫でる。
 ソランがなんの反応も返さなくても、もう大丈夫だと一心に慰め続けた。

「大丈夫、ソラン。私がいるよ、アルフも、母さんも。ソランは一人じゃない」

 そして、その慰めが届いたかのように、この青白い世界が晴れ渡っていく。









 グラハム達は、はやての待つ八神の家へと向けて歩いていた。
 すっかり遅くなってしまい、グラハムは兎も角、なのははそのお腹をぐうぐう鳴らしている。
 もちろん、その度に聞こえていないよねと辺りを、グラハムやユーノを見てはいたが。
 結局、ジュエルシードを得る事はできなかった。
 あの心が通じ合ったような不思議な空間が解けた時、逸早く動いたソランがジュエルシードを手にしたのだ。
 全ての記憶を取り戻したかは定かではないが、慰めてくれたフェイトの為にと動く程度には精神的に回復したらしい。
 封印が解けていたはずのジュエルシードも、何故か再度封印された状態であったようだ。
 そのままソランがフェイトを連れて離脱し、アルフもそれを追っていった。

「お疲れ様、ユーノ君」
「うん、ありがとう。けど、二人に何もなくてよかったよ。ジュエルシードの暴走に巻き込まれたかと思ったから」
「言う程には酷くなかったよ。むしろ、フェイトちゃんの名前を知る事ができたよ。他にもと色々お喋りできてよかったかな?」
「だからって……本当に心配したんだってば」

 気楽ななのはの言葉に、勘弁してくれとユーノが泣きを入れる。
 一人でアルフを相手にしていた為、フェイトやソランが巻き込まれたと烈火の如く責められたらしい。
 ビル街から帰ってくるまでずっと、なのはの肩でへたり込んでいた。

「はやて自慢の夕食を食べて疲れを取りたまえ。こんな時間だ、今日はもう泊まりで良いだろう。士郎や桃子には私が連絡をいれておく」
「やった、早速フェイトちゃんの事をはやてちゃんに伝えないと」

 直ぐそこ見えてきた八神の家へと向けて、なのはが走り出した。
 元気な事だと思いながら、グラハムはゆっくり歩いて向かう。
 ゆっくりにしか、歩けなかった。
 ガンダムであるソランとの本格的な戦闘で、フラッグの機体に無理をさせた事もある。
 疲労という意味ではグラハムが一番疲れていたのかもしれない。
 特に精神的に。
 その原因を、グラハムは服の襟元を引っ張り、その中を覗く事で確認した。
 胸の一部分にひび割れが見てとれ、細かな破片がそのひびからパラパラと落ちている。

「なのはや少年達に気付かれなかったのは幸運だ」

 何故あの場で自分だけがフラッグの姿であったのか。
 胸元にあるひび割れの向こうには、黒い金属光沢を持つ何かが見えていた。
 自分の予想が間違いなければ、あまり面白くない事実が待っている事であろう。

「ハム兄、なにしとんねん。はよう来んと、なのはちゃんが全部食べてまうで!」
「にゃー、はやてちゃん変な事を大声で言わないでよ!」

 八神の家の玄関にて、なのはを出迎えたはやてが、手を振ってきていた。
 グラハムは何時の間にか止まっていた歩みを、再び進める。
 こちらへと向けて手を振るはやての下へと向かう為に。
 門を潜り、玄関の前まで行くと何よりも先にはやての笑顔が向けられた。

「お帰り、ハム兄。今日も五体満足で、勲章級の晩餐が一歩近付いたな」
「ただいま、はやて。ジュエルシードは奪われてしまったがね。だが次回の出撃は期待してくれたまえ。見事ジュエルシードをこの手にしてみせよう」

 ひび割れた胸の件は胸の奥に仕舞いこみ、敬礼を取りながら報告する。

「言ったやろ。無事で帰ってくるのが、何よりも最優先や。ユーノ君には悪いけど、ジュエルシードはおまけや」
「そうだね。無理して誰かが怪我をするよりは、良いかもしれない」
「ん、体の事が一番や。さあ、何時までの玄関におらんで、次のジュエルシードの為に英気を養わんとな。おまけ集めは楽しいし」
「はやてちゃん、本命とおまけ一体どっちなの!?」

 コロコロ変わるはやての言葉に翻弄され、なのはは頭がこんがらがったようだ。
 さてどっちやろうねと笑いながらはやてが車椅子を操って家のなかへと入っていく。
 直ぐにユーノを肩に乗せたなのはが、はっきりしてよと言いながら後を追っていった。
 子供達のそんな賑やかな声を聞きながら、最後に家に入ったグラハムが玄関の扉を閉めた。








 グラハム達が八神の家に帰り着いた頃、ソラン達も拠点となるマンションへと帰ってきていた。
 だがジュエルシードを手に入れながらも、各々の表情は芳しくない。
 ジュエルシードを手に入れられなかったなのは達の方が、明るいぐらいである。
 その理由は、ソランにあった。
 ガンダムとの最初の出会いまでは記憶が戻ったが、まだ完全ではなかったのだ。
 フェイトのおかげで少しは精神的に持ち直しはしたが、残りの記憶にもまだ何かあるのではと沈んでいる。
 そんなソランを心配してフェイトまでもが、暗い表情で様子を伺っていた。
 ただしその内面は、大胆にもソランを抱きしめてしまった事で一杯であった。

「ああ、もう。なんでこんなに暗いかな。折角ジュエルシードを手に入れたのにさ。フェイトも、もう少し喜びなよ」
「う、うん……」
「ほら、ソラン。ジュエルシードを出しな」

 努めて明るく振舞いながら、アルフがソランへと手の平を差し出す。

「俺のミスで迷惑をかけた」

 そう呟きながら、手に入れたジュエルシードがアルフの手に乗せられた。
 喧嘩売っているのかこの野郎と、ソランの謝罪に対してアルフが青筋を立てる。
 誰の為に明るく振舞っているのかと、額を引く付かせながら渡されたジュエルシードをさらにフェイトに渡す。
 そこでようやくフェイトが本来の目的を思い出した。
 今は少しだけソランの事を頭の隅に大切に置いて、ジュエルシードを眺める。
 ようやく二つ目、苦労しての二つ目なのだ。

「母さん、喜んでくれるかな」

 何気ないフェイトの呟きに、ソランの目が見開く。

「数はあんまり多くはないけど、ゼロじゃないんだ。言われた通りに集めたんなら喜ぶはずさ。丁度、明日は報告の日だろ?」
「色々と準備もしないと。だらしない格好じゃ、母さんの前に出られないから」
「フェイトなら、そのままでも十分に可愛いさ。間違いない、それは保障するよ。ソラン、アンタもそう思うだろ?」
「先に部屋に戻っている。報告だけなら、俺は不要のはずだ。しばらく一人にしてくれ」

 空気を読まないと本当に張ったおすぞというアルフの視線を無視して、ソランは自室へと戻っていった。
 そして一人きりになると、あふれ出す疲労に逆らわずにベッドに倒れ込んだ。
 ベッドを突き抜け、床に到達するのではと思える程に体が重い。
 だがそんな疲労による苦痛が少しだけ心地良かった。
 このまま泥のように眠ってしまえば、一時的にもこの最悪な記憶を忘れられそうだったから。

「ソラン、少しだけ良いかな?」
「ああ……」

 ドアを挟んだ向こうからのフェイトの声に、かなり迷ってから返事を返す。
 先程ジュエルシードを見て、フェイトが呟いた台詞を思い出したからだ。
 疲れたであろうソランに気を使ったのか、ドアは開けずにそのままフェイトは喋り出した。

「ジュエルシードのおかげで、少しだけ記憶が戻ったんだよね?」
「お前と同じ年頃までだがな」
「そうなんだ。おめでとう、で良いよね?」 
「問題ない」

 そこで一端会話が途切れてしまうが、フェイトの気配はドアの前から動かない。
 何を躊躇しているのか。
 さすがに疲労が極限に達し、半ば眠りかけていたところで、ようやくフェイトが口を開いた。

「あのね、明日母さんに報告しに行くんだ。知ってると思うけど」

 迂闊に返事は出来なかった。
 声が震えるだけならまだしも、何が切欠で感情が爆発するか分からなかったから。

「どんな服を着ていけば良いかな。アルフだと、可愛いしか言ってくれないから」
「何時も着ている黒のワンピース。アレが一番似合っている」

 似合っているなど口からでまかせだ。
 早く会話を終わらせたくて、一番記憶に新しいフェイトの服を伝えただけ。
 普段と変わらないように思えるフェイトの口調の中に、何処か弾んだものが感じられる。
 母親に会うからと間違いなく喜んでいるフェイトを、羨んでしまう。
 先程フェイトがおめでとうと言ったように、素直に良かったなと言ってやれない。

「ありがとう。邪魔してごめんね。お休み、ソラン」

 答えなかったせいか、ドアの前から離れた足音が一度止まる。
 こちらを伺っていたのか、やがて足音は遠ざかったいく。

「俺は……」

 まだ母親が生きている、何時でも会えるフェイトに対し妬みが浮かんでしまっていた。
 自分がいるとそばにいてくれたフェイトに、お門違いな妬みを。
 さらにどうすれば良いのかと、小さな道に迷ったフェイトへ、軽々しい言葉で追い払ってしまった。
 きちんとした道を指し示す事さえせずに。
 神の体現者たるガンダムが、小さな少女の迷いさえ正しく断ち切れないはずがない。

「ガンダムにはなれない」

 その器ではないと、ソランはベッドの上で睡魔に襲われながら呟いた。









-後書き-
ども、えなりんです。

裸はさすがに自重しました。
最近はシリアス多めで、もうこっから多めで。
おかげでせっちゃんが色々と凹んでます。
なんか折角リリカル世界に来たのに、何時までも不幸だ。
幸せそうに笑うせっちゃんなんて想像も出来ませんが。
ちゃんと笑ったのってEDで草花まみれのガンダムの前でだけでしょうか?
本編見たの随分前なので忘れてます。

さて、次回は土曜日更新です。



[20382] 第七話 望むところだと言わせてもらおう(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/08/28 19:36

第七話 望むところだと言わせてもらおう(後編)

 ソランはその日一日中、無気力者のように過ごしていた。
 ベッドの上で仰向けに寝転んだまま、食事もせずにただただ天井を見上げ続ける。
 唯一の例外はトイレぐらいのものだ。
 人生の半分程度の記憶を取り戻したが、その凄惨さにこれ以上取り戻したいとも思えない。
 同じく、取り戻した記憶に従い、ガンダムとなる為に行動を起こしたいとも思わなかった。
 ガンダムこそが神の体現者。
 その憧れにも似た感情は胸の内で燻ってはいる。
 だが、自分ではガンダムになれない。
 エクシアというガンダムこそその手にあるが、ソラン・イブラヒムという人間にその力がなかった。
 今朝方からフェイトとアルフが本拠地である時の庭園へと赴いているのは、丁度良い。
 ジュエルシードの捜索を続けるかも含め、じっくりと考えられる事が出来る。
 そう思いつつ、結局なにも決められぬまま昼を過ぎ、さらに時計が十五時を回ろうとしていた。
 ぼんやりと時計を見ていると、玄関先が何やら騒がしくなった。

「帰って、きたのか?」

 いつまで経ってもなんの答えも得られぬまま、何をしているんだと自嘲した。
 本当は過去の自分から目を背けているだけではという考えが頭を過ぎったが、それからさえ目をそらす。
 まだ二人の前に顔を出せないと瞳を閉じようとしたところで気付く、ただ帰ってきただけにしては少々騒がしすぎると。
 玄関から少し離れたこの部屋にまで、二人が帰ってきた音が聞こえるのは不審とさえ言えた。。

「ソラン、救急箱!」

 アルフの悲鳴のような声に、さすがにベッドから跳ね起きる。
 まさか行きか帰りのどちらかで、あの男とかち合ったのか。
 一時だけ自分の悩みは頭の隅へと追いやり、部屋から飛び出し救急箱を取りに行く。
 それからアルフが騒ぐ声が移動していたリビングへと向かった。
 そこで目にした光景を前に、ソランの足は止まってしまっていた。

「これは……」
「早くそれを!」

 今にも泣き出しそうな表情のアルフが、ソランの手から救急箱を引っ手繰る。
 怪我人はフェイトだけであった。
 フェイトだけが酷く傷つけられた姿で、ソファーの上にうつ伏せに寝かせられていた。
 傷が持つ熱のせいか少し意識は朦朧としているようだが、アルフが傷に薬を塗ると染みるのか痛みに呻く。
 とても魔法戦闘を行って出来た怪我には見えなかった。

「ごめんよ、フェイト。少しだけ我慢しておくれ」
「どうしてアルフが謝るの。私が悪い子だから、母さんが叱っただけ」
「そんな事ない。ちゃんと手に入れたのに、確かに数は多くはなかったけど……あんまりだよ。フェイトが可哀想だ!」
「母さんが私の為に……」

 アルフの激昂とフェイトの弱々しい呟きが、全てを語っていた。
 フェイトの母親であるプレシアから、何故か虐待を受けたらしい。
 背中を中心に、数は少ないが両腕や足にも、真新しく痛々しい傷があった。
 ソランはプレシアはもちろんの事、フェイトに関してもあまり多くは知らない。
 自分の記憶が最優先だったにしても、知らなさ過ぎた。
 プレシアが何故ジュエルシードを求めているのかはもちろん、フェイトへの虐待があるなどとは。

「だから、早く次のジュエルシードを」

 治療の途中にも関わらず、ソファーから起き上がろうとするフェイトを見て、ソランは幻影のようなものを見た。
 まだ戻らない記憶の一部がふいに表層部に現れたのかは分からない。
 ただ眼帯をつけた見知らぬ男が、フェイトの今の姿に重なったように思えたのだ。
 絶対に動かしてはならないという強迫観念に押され、アルフの耳に口を寄せて囁いた。

「一時間程度でも良い。無理やりにでも眠らせろ」
「分かったよ……そうでもしないと、フェイトが大人しくしてくれないだろうから」

 主人の意に反する事を知りながら、了承してアルフが魔法を発動させた。
 その事に一瞬驚いた様子のフェイトであったが、抵抗は出来なかった。
 恐らくは平時にならば、まだ抵抗は出来ていたのだろう。
 ただ肉体的にも精神的にも疲れ果てている今のフェイトには、その余力がなかったのだ。
 どうしてとアルフの名前を呟きながら、崩れ落ちるように眠りに落ちる。
 プレシアからの使命も、体の痛みも今は忘れて。
 その事に安堵したソランは、先程の幻影の男が微笑んだような気がした。
 だが、それだけで満足は出来なかった。

「治療をしながらで良い、聞かせてくれ。これはプレシアがやったのか?」
「そうだよ、あの鬼婆が。アンタがいる間は、ジュエルシードの捜索を手伝わせる為に猫被ってただけさ。今日も、フェイトが頑張って集めたジュエルシードをたったの二つだって言って!」

 フェイトが眠っているからか、涙をボロボロとこぼしながらアルフが不満を爆発させる。
 一先ず幻影の事は意識の外に置いたソランは、その不満に耳を傾け思った。
 そこに嘘はないと。
 少なくとも、フェイトが虐待を受けた事実は、今目の前にある。
 プレシアに、母親に会う事を、あんなにも楽しみにしていたフェイトの体に。

「何故、そうまでして」
「母親だからって、親娘だからって。アイツはきっとそんな事思ってないのに。フェイトはアイツの全てを肯定して、何もかも信じてて……」

 親娘を超えた自己を省みないフェイトの行動に、ソランは漠然と呟いていた。

「プレシアが、フェイトにとって神なのか?」

 親娘という絆を盾にフェイトを洗脳し、ジュエルシードを集める兵士として戦わせる。
 ソランには、幼少の頃の自分とフェイトが限りなく近いものであるように思えた。
 だからだろうか、プレシアに対する憤りよりも、フェイトを救いたい気持ちが大きかった。
 だが、そのフェイトが救われる事を望んでいない。
 かつてのソランがそうであったように。
 神の言葉に疑問を挟まず、尽くした先に幸福があると信じている。

「フェイトにもガンダムが必要だ。紛い物の神への信仰を破壊するガンダムが」

 だがソランを救ってくれたガンダムは、ここにはいない。
 あるのは自分のガンダムであるエクシアだけだ。
 それを扱えるのがソランだけであるというのに、ソラン自身はガンダムではなかった。
 何故自分はガンダムではないのか、何故ガンダムになれないのか。
 ガンダムではない事に嘆くのではなく、歯がゆい気持ちがこみ上げてくる。
 その歯がゆさが、ガンダムになりたいという切なる想いを与えてくれた。

「誰でも良いから、フェイトを救ってやっておくれよ。このままじゃ、いつかフェイトが」

 必死に主人であるフェイトの治療をするアルフの、涙混じりの呟きが耳に届く。
 魔法で眠らされ、今だけは眠りの楽園の中で穏やかな寝息をつくフェイトの吐息が聞こえる。
 この二人を救えるであろうガンダムは、自分しかいない。

「どうすれば、俺はガンダムになれる。ジュエルシードなど、記憶などどうでも良い。ガンダムにならなければ、フェイトを救えない」

 ふと思い浮かんだのは、あの黒い機体のモビルスーツであった。
 ソランがガンダムである事を望み、歪みとやらを断ち切られる事を望んでいる男だ。

「奴を倒せば、俺はガンダムになれるのか。奴が望む戦いの極みに赴けば、俺に欠けた何かを取り戻し、なれるのか……ガンダムに」

 力なくソファーで眠るフェイトと、ひたすらに治療を続けるアルフを見ながら、ソランは強く拳を握り締めた。
 胸に湧き上がる感情に逆らわず、寧ろ望むように。









 アルフに眠らされたフェイトが目を覚ましたのは、二時間後の事であった。
 ソランは一時間と言ったが、アルフの本心ではもっと眠っていて欲しかったのだろう。
 恐らくは二時間でも足りないと思っているはずだ。
 ただ目を覚ました時に二時間もと時間を無駄にしたような発言で、あくまで自分を責めるフェイトに何も言えなかった。
 だから休んだ分を取り戻そうと、また無理をするフェイトを止められない。
 マンションの屋上に立ち、赤焼けの空の下で、発動が近いジュエルシードを探す。

「感じるね」
「うん、もうすぐ発動する子が近くにいる」

 互いを気遣いすぎて、何も言えずにいる主従を前にソランもまた何も言わなかった。
 自分ではまだ何も出来ない事を知っているからだ。
 ガンダムではない今の自分では。
 無理をするフェイトを止めようともせず、若草色の光を放ちながらエクシアの姿となる。
 そして、屋上の縁へと足をかけ、二人を振り返って言った。

「行くぞ、ジュエルシードがある場所には奴らがいる」

 優先順位の変化を感じさせずに、ソランが呟いた。
 そんな小さな変化には気付かず、フェイトとアルフが頷き、空へと足を踏み出す。
 続きソランも空へと赴き、三人はジュエルシードの魔力の脈動を頼りにその場所へと向かった。
 海中のソナー反応を逆に辿るように、少しずつ、住宅街を抜けビル街を抜け、近付いていく。
 そしてそこへとたどり着く前に、ついにジュエルシードが発動した。
 爆発的に広がる魔力を探知したフェイトとアルフが、その方角へと振り返った。
 ソランは二人の反応から、発動を察知する。

「あっちは確か海だね」
「公園があるはず。そこかもしれない。ソラン、ついてきて」
「了解した。先陣は任せる」

 アルフが先行し、その後をフェイトとソランが続く。
 二人が目算したとおり、発動したジュエルシードの波動を追って辿り着いたのは臨海公園であった。
 誰かが張った結界が完成するよりも早く飛び込み、ジュエルシードの憑依体をその目にする。
 今回発動させたのは、臨海公園にある森の中の一本の木であった。
 その木が何を願ったのかは不明だが、急速的に大きく成長していく。
 幹に顔が生まれ、枝が腕となり、植物ではなく動物のように変わり唸り声を上げた。
 その正面にいるのは、白い魔導師なのはと黒い機体のグラハムであった。

「目標を確認、ミッションのファーストフェイズ開始。まずは憑依体を駆逐する」

 最後尾から飛び出したソランが、なのはとグラハムの頭上を通過する。

「バルディッシュ、ソランの援護を」
「Photon Lancer. Full Auto Fire」

 フェイトが放った金色の弾丸が、憑依体の視線からソランを隠すようにばら撒かれた。
 目眩ましの弾丸は、憑依体が張り巡らせた不可視の障壁に跳ね返されてしまう。
 放った弾丸は障壁を震わせこそすれ、打ち破るには至らなかった。
 だが所詮は目晦まし。
 憑依体の頭上にてソランが掲げたGNソードが本命である。
 機体を上昇させた高度を利用し、加速しながらソランが障壁へと叩きつけた。

「うおぉッ!」

 珍しく感情をむき出しにしたソランの雄々しき叫び声が上がった。
 憑依体の障壁に叩きつけたGNソードが火花を散らし、出力不足を補うように太陽炉が稼動し始める。
 量産されるGN粒子がGNソードを包み込み、憑依体の障壁を一気に斬り裂いた。
 それだけに終わらず、地面に足を着いた反動でさらに加速し、憑依体の片腕までもを斬り裂いていった。

「今日の少年は一味違う。今すぐにでも振り向かせたいところだが、デートの準備には時間が掛かる。まずはそれを済ませる」

 プラズマソードを抜き、障壁を砕いたソランに続くようにグラハムが加速する。
 地面の上を滑るように飛行し、憑依体へと向かっていった。
 腕を斬られもがいていた憑依体の、深い洞の瞳がグラハムを射抜く。
 近付かせてたまるかとばかりに、アスファルトを砕きながら地中の根っこを持ち上げた。
 腕のように操り、鞭のようにしならせてグラハムへと叩きつけようとする。

「レイジングハート、グラハムさんを助けてあげて」
「Devine Shooter」

 なのはが放った魔力の弾丸がグラハムの機体、フラッグを追い越していく。
 正確無比に操られた魔力の弾丸は、グラハムへと襲い掛かろうとしていた根っこへと着弾する。
 根っこがしなり、不規則な起動を描いていたにも関わらずだ。
 なのはの魔法の腕が着実に上がっている事が分かる光景であった。
 魔力の弾丸による爆煙と、粉々に砕けた憑依体の根の雨の中を突き進んだグラハムが懐に飛び込んでいた。

「見事な援護だ、なのは!」

 地面を蹴り上げ、飛翔すると同時に憑依体に残っていたもう一本の腕を斬り裂いた。
 苦痛に呻くような唸り声を背に受けながら、そのまま空へと逃れる。
 それと同時に、二色の閃光が瞬いた。
 砲撃モードでそれぞれのデバイスを憑依体へと向けたなのはとフェイトの魔力光であった。
 それを遮ろうと、憑依体が唯一残っていた武器を撃ち放つ。
 腕も根っこ失くし、唯一残っていた枝葉の葉に魔力を通わせ飛ばしてきたのだ。
 砲撃を放つ一瞬の隙をつくだけでなく、あまりに予想外の攻撃に、なのはとフェイトが砲撃の手を止めかける。

「フェイトをやらせはしないよ」
「なのは!」

 フェイトの前にはアルフが、なのはの前にはユーノが躊躇う事なく飛び出した。
 同時に張られた障壁の盾へと、魔力を纏わせ撃ち放たれた葉が衝突する。
 受け止めたは良いが、そのまま視界が埋め尽くされ、身動きが取れなくなってしまう。
 一度砲撃の手を止めて、射撃で打ち返すべきか。
 そうなのはとフェイトが考えた直後、マシンガンのように放たれていた葉が止まった。
 憑依体が頭を抑えられたように、やや前のめりになっている。

「フェイト、今のうちだ。狙い撃て!」
「私の二十ミリ機銃では威嚇程度だ。急ぎたまえ!」

 憑依体の腕を斬り裂き、空へと逃れていた二人の援護射撃であった。
 ソランの小型GNビームライフルは兎も角、グラハムの機銃では到底打ち倒せはしない。
 それに気付かれる前にと、アルフとユーノが障壁の盾を消し、砲撃の道を作り上げた。

「ディバイン」
「Buster」

 ガンダムも真っ青な砲撃を即座になのはが放ち、

「貫け轟雷」
「Thunder Smasher」

 続いてフェイトもまた、勝るとも劣らない砲撃を放った。
 砲撃に気付いた憑依体が再度、葉を撃ち放ってくるが砲撃の魔力の波に瞬く間に飲み込まれていく。
 頼みの障壁は既にソランの手によって砕かれている。
 受け止めようにも腕は切り裂かれ、根は砕かれてしまっていた。
 憑依体に出来たのは、もはや放たれた砲撃をその身で受ける事だけであった。
 なのはとフェイト、二人の砲撃が憑依体を基点に交差し、抵抗の間もなく撃ち貫いていく。
 より大きく苦痛の声を上げた憑依体の姿が二人の砲撃とは別個の光に包み込まれていった。
 ジュエルシードの魔力光である。
 より大きな魔力に押し潰されるように、憑依体は姿を消し、そこには淡く輝くジュエルシードだけが残されていた。

「Sealing Mode. Set Up」
「Sealing Mode. Set Up」

 重なる機械音声は、レイジングハートとバルデッシュのものであった。

「ジュエルシードシリアル七」
「封印!」

 即座に放たれた二人の封印の魔法が、ジュエルシードへと放たれた。
 封印されまいとさらに魔力を放出するも、二重にかけられた封印魔法がそれを押さえ込む。
 封印される前の最後の抵抗とばかりに、ジュエルシードが辺り一体を閃光で包み込んだ。
 そのあまりの眩しさに誰もが目を晦ませ、一瞬目をそらしていた。
 そしてその閃光が収まると同時に、ジュエルシードの封印完了を確認する間も惜しんで手にした武器を突きつけあった。
 なのははフェイトへとレイジングハートを、フェイトはなのはへとバルディッシュを。

「ジュエルシードは絶対に譲れない」
「Device Form」
「私はこの前みたいにフェイトちゃんとお話したいだけなんだけど」
「Device Form」

 心が通じ合ったようなあの不思議な空間での出来事を思い出しながら、なのはは続ける。

「フェイトちゃんがこれしかやり方を知らないなら、私も戦うよ。私が勝ったら、お話してくれる?」

 地上で短くとも言葉をかわすなのはやフェイトと同様に、空ではこの二人も武器を突きつけながら相対していた。
 グラハムはソランへとプラズマソードを、ソランはグラハムへとGNソードを。

「良い目をしている。その瞳に私は少年の覚悟を見た」
「俺はガンダムではない……今はまだ」

 ソランの言葉にやはりかと、グラハムが歓喜を示すようにアイカメラを点滅させる。
 ガンダムではないとしながらも今はまだ、ソランはそう言ったのだ。

「俺はガンダムとならなければならない。例えその資格がないとしても」
「資格など不要。それでも君が欲するというならば、私が与えよう。君のガンダムと私のフラッグとで至る戦いの極みにて。私の歪みを断ち切り、その手に資格を掴んでみせろ!」
「貴様の歪みを断ち切る事でガンダムとなれるならば……貴様に戦いを挑む。フェイトを救うに足るガンダムとなる為に、貴様の歪みを破壊する!」
「良く言ったガンダム。望むところだと言わせてもらおう!」

 プラズマソードとGNソードをそれぞれ手にし、グラハムとソランが空を駆けた。
 互いにガンダムを求め合いながら。
 正面衝突を辞さず、真正面から手にした武器を振るい刃をかみ合わせる。
 プラズマとGN粒子が絡み合い、鍔迫り合いの閃光を放つ直前にそれは現れた。
 グラハムとソランのもとにではなく、なのはとフェイトのもとに。
 同じようにレイジングハートとバルディッシュを掲げていた二人の間に、方円の魔法陣が浮かび上がっていたのだ。
 転送を行う為の、魔法陣でありそこに人影が浮かび上がる。
 その人影がなのはのレイジングハートを掴み、フェイトのバルディッシュをデバイスで受け止めた。

「ストップだ」

 なのはたちと歳の変わらないその少年は、警告するような厳しい声で続けた。

「ここでの戦闘は危険すぎる。時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらおうか」

 毅然とした態度で名乗った少年は、確かになのはとフェイトの戦いを止めていた。
 喧嘩という名の幼い戦いだけは。
 だがたかが人間一人が何かを宣言した程度では、戦争は止められない。
 止まるぐらいならば、ソレスタルビーイングは不要であった。
 止められないからこそ、三〇〇年後の時代にソレスタルビーイングは動き出したのだ。

「本来の太刀捌きが戻りつつある。少年、君は刻一刻とガンダムに戻りつつある!」
「俺はガンダムに戻るのではない。今ここで、貴様の歪みを断ち切り、新たにガンダムとなる!」

 ガンダムを追い求め続ける二人の戦いは、到底止められなかった。









-後書き-
ども、えなりんです。

超絶理論により、せっちゃんがどん底から復活。
もう後は、ガンダムを求めて戦うのみです。
クロノの出現に対してもシカトやスルーではありません。
この二人、マジでお互いしか見えてないので気付いてません。
二人だけの世界に釘付けですよ。
さてそんな二人だけの世界に横槍入れたら、分かりますね?
次回はその辺りからとなります。

ちなみにハムは20ミリ機銃といっていますが、実サイズは2ミリ。
対人としては十分だけど、兵器としては豆鉄砲ですw

次話は水曜日です。
お待ちください。



[20382] 第八話 好意を抱くよ。興味以上の対象だということさ(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/09/04 19:26
第八話 好意を抱くよ。興味以上の対象だということさ(前編)

 謎の少年、クロノの介入を他所に、グラハムとソランは戦い続けていた。
 ジュエルシードはおろか、なのはやフェイトすらも意識の外に締め出し、求め続けている。
 戦いの極みを求め、その向こうにガンダムがあると信じて。
 プラズマソードとGNソードで斬り結びあい、次の瞬間には弾かれあう。
 互いの距離に隙間が空いたと見て、GNソードを折り畳んだソランが小型GNビームライフルの銃口を向けた。
 だが引き金は引かれない。
 幾度もグラハムに狙いを定めながらも、放たれることはなかった。

「くっ……」

 先日リニアライフルを失ったグラハムは、ミサイル迎撃や威嚇射撃、対人戦闘用の二十ミリ機銃しか持ってはいない。
 なのに自分だけと迷いがソランの脳裏を過ぎった。
 そのまま銃口を下ろそうとするソランへと、狙い撃たれる側のグラハムが叫んだ。

「甘い、甘いぞ少年。今の君に、その様な迷いを抱く余裕があるはずもない。躊躇無く、その引き金を引きたまえ。そんな事では戦いの極みには至れない!」
「ならば容赦なく貴様を、狙い撃つ!」
「君たち、戦いを」

 クロノが言葉を向けるが、もちろん届かない。
 撃ち放たれた小型GNビームライフルのビーム粒子を、グラハムが危なげなくかわしていく。
 直前の言葉を証明するかのように。
 縦横無尽に空を駆け、私は無事だと誇示しながら。

「射撃の腕は相変わらず。それ以下といったところか。やはり君には剣が似合う!」
「まだ見えない。俺にはまだ、貴様の歪みが見えない。まだ辿り着いてはいない。戦いの極みに!」

 グラハムの指摘のままに、ソランは射撃を止め、GNソードを伸ばす。
 今よりもっと先へ、戦いの極みへと向かい空へと踏み出していく。

「来い、ガンダム!」
「俺が、俺が!」

 直後、射撃魔法による無粋な魔力の弾丸が撃ち放たれ、ソランの足が止められた。
 その内の何発かがソランのエクシアを掠めていったのだ。
 第三者の介入を前に足と止められたソランの隙をつくグラハムではない。
 不本意ながら、本当に不本意ながらグラハムもまたその足を止めなければならなかった。
 そして、無粋な介入を行ってきた人物へと、ソランが視線を向けた。

「聞こえないのか、そこの二人。それとも二機か。直ちに戦闘を停止しろ」
「貴様、何故邪魔をする。何者だ」
「時空管理局の執務官と名乗ったはずだ。これ以上戦闘を続行するのであれば、実力行使に打って出る」

 今初めてクロノの存在に気付いたソランは、その隣にフェイトがいる事で迷いを憶えた。
 フェイトの身の安全はもちろん、横槍が入った状態では戦いの極みには至れない。
 大人しくGNソードを下げるソランに対し、グラハムの対応は違った。
 その視線はクロノではなく、ソランの操縦するエクシアの機体にだけ注がれていた。
 厚い装甲の前に傷は見えないが、魔力の弾丸がかすめた事で少しだけ汚れが見える。
 新婦が纏う純白のウエディングドレスのように、汚れのない機体が汚された。
 戦いの極みへと至る道を遮ったばかりではなく、自分以外の者にガンダムを汚されたのだ。

「私の……私のガンダムに横恋慕とは、良い度胸だ。なのは、フェイト。巻き込まれたくなければ、どきたまえ!」
「なに!?」

 打ち震えたグラハムは、地上に降りていたクロノへと向けて急降下で強襲する。
 もちろん、先に宣言した通り、なのはとフェイトが退避した事は確認済みだ。
 心置きなく振り下ろしたプラズマソードは、少年が張った魔力障壁にて受け止められた。
 それも構わず、押し続ける。
 そのままアスファルトと自分の機体との狭間で、押し潰してしまえとばかりに。

「この程度のGNフィールドなど。おとめ座である私の嫉妬は、男と女で二乗倍だ!」
「君は自分が何をしているのか分かっているのか!」
「当然だ。戦いの極みに至る道を邪魔した挙句、私のガンダムに懸想をした不埒な新型機に、鉄槌を下す!」

 全く分かっていないグラハムの叫びに、誰よりもなのはが反応していた。

「男の子同士ってそんなに流行ってるんですか!?」
「ちょっと待て、なんだその不穏な言葉は。僕は、くッ……このまま、縛らせてもらう!」
「いけない言葉のオンパレードなの!?」
「君達は一体なんなんだ!」

 クロノが障壁を張った手とは逆の手で握るデバイスを、グラハムへと向けてきた。
 青白い魔力の輪が幾つもグラハムを中心点に置いて、現れる。
 ユーノが使用する魔法とはやや異なるが、相手を捕縛するバインドであった。
 そのまま魔力の輪が収縮し、捕らえる瞬間に、グラハムは空へと抜け出した。

「かわした!?」
「ガンダムのみならず私まで釘付けにしようとは、破廉恥だぞ。二兎手中に収めたければ、もっと腕を磨く事だ!」

 そのままクロノの頭上でひるがえり、腹部に内臓されている二十ミリ機銃を上からばら撒いていく。
 半円球の障壁にて身を護りに入ったクロノは、一瞬だが身動きを制限された。
 特に質量兵器での攻撃に、僅かに行動が遅れたのも事実。

「今のうちに」
「フェイトちゃん、私をここに置いていかないで!」

 こんなチャンスは今を置いてないと、フェイトが放置状態で宙に浮かんでいたジュエルシードへ向かって飛び、手を伸ばした。
 もはやパニックに陥っているなのはは、この状況に対応しきれていない。
 ジュエルシードを手にしたフェイトを護るように、アルフとソランが身を寄せる。
 即座にフェイトとアルフは撤退を開始し、ソランはほんの僅かに躊躇を見せていた。
 だが現状では望んだ戦いが出来ないと、クロノへとなおも攻撃を続けるグラハムを尻目に撤退していった。

「フェイトちゃん……と言うか、グラハムさん。そろそろ落ち着いてください。ソランさんが行っちゃいましたよ!」
「なんだと……くっ、私とした事が。折檻に夢中で少年の存在を忘れてしまうとは、一生の不覚。この詫びは、次回の戦いで行わなければ」

 呟いた直後、プラズマソードをクロノへと向ける。

「そのバインドは、なんのつもりかね?」

 グラハムが背を向けた瞬間に、バインドを放とうとしていたクロノが身構えた。

「当然の行いだ。管理外世界での魔法の行使に、質量兵器の所持。君の危険性は語るまでも無い」
「グラハムさん、捕縛の件は別にして大人しくした方が……彼らは次元世界の管理の為に、設立された司法組織です」
「時空管理局に管理外世界か……つまり、君は侵略者という事かね?」
「なッ!?」

 心外だとばかりにクロノが顔を紅潮させ、何故そうなるとユーノも目を見開いていた。
 グラハムはクロノからなのはを庇える位置に移動しながら、己の見解を口にする。

「次元世界については、少しばかりユーノから聞いている。それを管理するのも結構だが、君はこう言ったね管理外世界と」
「その通りだ。次元世界では魔法が認知された世界ばかりとは限らない。同時に、次元に旅立つ技術を持たない世界には極力干渉しないようにそう呼称される」
「少なくとも、君は別次元の組織に属しながらこの国の許可もなく魔法という兵器を手にこの場に現れた。これを侵略と言わずなんと言う? それとも、許可があるのかね?」
「君は話を聞いていたのか? 極力干渉しない為に、管理外世界とわざわざ呼称している。この場に現れたのも、緊急対処の為だ」

 いかにも平行線を辿りそうな二人の言い合いであった。
 二人ともに自分の世界の常識で話を進め、それ以前に初対面での印象が悪すぎた。
 クロノはグラハムのせいでジュエルシードを確保し損ない、また攻撃を受けている。
 グラハムは極みに至る戦いを邪魔された挙句、ソランを撃たれた。
 だが、それだけではなかった。
 第三者による勝手な理屈での介入は、ソレスタルビーイングを彷彿とさせ、グラハムの最も嫌う行為である。
 例え理想や義があったとしてもだ。
 二人の剣幕になのははオロオロとし、ユーノは頭を抱えて止められない。
 そこへ救世主となりうるか、仲裁に入るようにグラハムとクロノの間に通信用の魔法陣が浮かび上がった。

「時空管理局所属戦艦アースラの艦長を務めるリンディ・ハラオウンと申します」

 魔法陣の中に浮かび上がったのは、若草色の髪を持つ若い女性であった。
 艦長という肩書きを考慮した場合、見た目通りの年齢ではないだろう。
 そのリンディが、何よりもまず頭を下げてから言った。

「侵略と誤解を与えたようなら謝罪します。少しだけ、こちらの話に耳を傾けて頂けますでしょうか?」
「艦長!」
「クロノ執務官、少しの間下がりなさい。命令です。それと、後で家族会議です」

 何故だと頭を抱えながら下がるクロノを見ながら、お互いの為にありがたい命令だとフラッグの姿のまま肩を竦める。
 グラハムも事故とは言え、三〇〇年後の時代の兵器を勝手にこの国に持ち込んでいるのだ。
 グレーゾーンはお互い様かと、一先ずは矛先をおさめるようにプラズマソードをしまう。
 そしてグラハムは改めて、通信用魔法陣に浮かび上がるリンディへと視線を向けた。

「私達の今回の行動は、あくまで災害防止の為の活動だと認識しています。先日この世界にて次元震に酷似した現象が発生しました。ご存知ですか?」
「次元震が何をさすかは分からないが、心当たりはあるな」
「その心当たりで間違いはありません。よろしければ、私達の船でそのところを詳しく教えては頂けないでしょうか?」
「君のその真摯な態度には好意を抱く。興味以上の対象だという事さ」

 あらお上手ですねとリンディが微笑み、下がっていろという命令を実行中のクロノが青筋を立てていた。

「不満は多々あるが、あえてそちらの船へと乗り込んで見せよう。なのはとユーノは、先に帰っていたまえ。話は私が代表して聞いておこう」
「いえ、僕はジュエルシードの事を伝える責任があります。帰るのはなのはだけで」
「一人で帰るなんて出来ないよ。フェイトちゃんの事とか……それに私だってこれまで一緒に頑張ってきたんだもん」

 レイジングハートを胸に抱きながら、特になのはが強く主張する。
 グラハムの本心としては、怪しげな相手の船に連れて行きたくはなかった。
 フェイトの事は兎も角、それ以外の事であまりなのはを深みにはまらせたくはない。
 ジュエルシードの憑依体へ攻撃したなのはの腕を褒めておいて、今さら感もあるが。

「分かった。ならば共に船に赴く事を許可するが、油断はするな」
「君は……僕達をなんだと思っているんだ?」
「今はまだ、ただのテロリストというところだな」

 その言葉を聞いて、怒りを通り越して呆れるクロノの姿があった。










 時空管理局の船の艦長室へと足を踏み入れた時、グラハムは思わず感嘆の声を上げていた。
 棚に並べられた数々の盆栽。
 手入れは行き届いており、伸び放題という醜態をさらすものは一つとてない。
 床に敷かれた敷物に正座で座るリンディのそばには、茶の湯が用意されている。
 極めつけに胸の中に溢れる感動を後押しするように、ししおどしがカコンと甲高い音を立てた。
 温泉旅行以来、和の魅力に取り付かれ始めていたグラハムの琴線に触れまくりであった。

「素晴らしい……なんという和の心だ。それを知る君はやはり、素晴らしい女性だ。今夜にでも一献如何かな?」
「こんな若い人からお誘いだなんて、久しぶりね。けれどそれは、このお話次第かしら」
「振られたか。今週のおとめ座は、恋愛運が悪いようだ。だが、私は諦めが悪いという事だけでも憶えておいてもらえるかな?」

 突然とも言えるグラハムのお誘いは、あっさりとかわされてしまう。
 だが残念だと肩を竦めながらも、グラハムに諦めた様子はみられない。
 その様子を唖然とした表情でなのはとユーノが見ていた。
 この艦長室へと来る前に、フェレットから人へと変わったユーノとなのはの間ですったもんだした事が子供っぽく感じてしまう。
 事実二人は子供なのだが、皆の前で堂々と女性を口説くグラハムと比べるとより顕著に感じられた。

「ん、ん。母さん、三人をお連れしました」

 あらゆる意味でグラハムが油断ならないと、クロノがリンディを階級ではなくわざと母親と呼んで報告を入れた。
 それは牽制のつもりであったらしいが、グラハムにはそれがどうしたとばかりに、微笑を浮かべられてしまう。
 むしろ歳若い人妻と聞いて、燃えているようにさえ見えた。

「ご苦労様、クロノ。さあ、どうぞどうぞ。三人とも楽にして」
「では失礼する。なのは、ユーノも座りたまえ」
「えっと、失礼します」
「僕も」

 クロノがリンディの隣に腰を下ろし、グラハム達はその対面に腰を下ろす。
 直ぐにリンディがお茶をたて、茶請けに羊羹を差し出された。
 お茶で喉を潤し、羊羹を口にしながらまずは自分がとユーノが率先して口を開く。
 語られたのは、ユーノがジュエルシードの発掘者であり、輸送艇の事故を聞いて単身地球にやって来た事だ。
 そこには自分の責任を明らかにし、グラハムやなのはを協力者として擁護する目的があった。

「立派だわ」
「だが同時に無謀でもある」

 二人の擁護という意味では正解したかもしれないが、責任に関してはクロノに一刀両断されてしまった。
 発掘自体に問題は無く、輸送艇の事故ともなればそれも当然だろう。
 事実、その無理がたたって怪我を負い、なのはやグラハムに協力を求める事になったのだから。
 目に見えて沈むユーノの頭へと、グラハムが手を置いて慰める。

「民間人を責めるのは止したまえ。我々の事情は察してもらえたと思うが、今度はそちらが話す番だ」
「どうして私やフェイトちゃんの前に急に現れたんですか? 今まで何度かジュエルシードが発動しても、来なかったのに」

 グラハムの刺々しい言葉は兎も角、なのはの純粋な疑問にはクロノのみならずリンディすらも苦い顔をしていた。
 なにしろ、正面から対応が遅いのではないかと言われたようなものなのだから。
 それでも動揺は欠片も表に出さずに、リンディが説明を始めた。

「貴方達が封印して回っていたロストロギア、ジュエルシードは次元干渉型のエネルギー結晶体。幾つか集めて、特定の方法で起動させれば空間内に次元震を引き起こし、最悪の場合次元断層さえも巻き起こす危険物」
「我々の仕事の一つがそのロストロギアの封印と管理。そして先日、この世界にて小規模の次元震に似た現象が発生した。この世界が管理外世界である以上、そういった確かな現象がなければ我々は動けないんだ」
「次元震に似た?」

 次元震が発生した為に急行したのなら分かるが、似た現象とはとユーノが疑問の声を上げた。

「詳しくはまだ調査中です。ただ言葉としては矛盾しますが、非常に安定した次元震です。グラハムさんは、先程心当たりがあるような事を仰ってましたが」
「いや、私はジュエルシードの暴走という意味で心当たりがあると言ったまでだ。次元震とやらも詳しく理解していないのに、それに酷似した現象を知らないかと言われても困る」
「もしかして……アレの事かな。グラハムさんとなのはがジュエルシードの暴走に巻き込まれた時、若草色の光の輪とどす黒い赤色の光の輪が重なり合うように現れて」

 その光景を直接見たわけではないが、グラハムもなのはもアレかと思い至った。
 グラハムとなのは、そこにフェイトとソランを加え、互いの心が通じ合ったような奇妙な空間。
 認識といって良いかもしれない。
 ただし、あの現象が危険なものと言われると、否定せざるを得ない。
 アレのおかげでなのははフェイトの名を知り、ほんの少しだが心を通わせられた気がしたのだから。
 さらにソランの無くしていた記憶が、アレのおかげで少しだけ戻ったのだ。
 災害というよりは、奇跡と言った方が的確な表現であった。

「それに、二つの光の輪が消えた頃には、ジュエルシードは封印された状態で見つかりました」
「前例のない現象ですね。後でエイミーにライブラリの検索をかけさせます」
「そうね。どちらにせよ、危険である事には変わりないわ。次元震は絶対に避けねばならない事態です」

 強い意志を込めて言ったリンディの手元では、緑茶に角砂糖が一粒落とされた。
 続いてぽとぽとと落とされていく。
 なんとそんな隠れた作法がと、角砂糖に手を伸ばしたグラハムの手をなのはが止める。
 何故だと視線で尋ねるグラハムに、違いますとなのはが必死に首を横に振っていた。
 さすがに日本人であるなのはの意見を無視は出来ず、口惜しそうにリンディが角砂糖を溶かしたお茶を飲むのを見ているしかなかった。
 そのリンディは、まるで見せ付けるかのようにお茶を飲んでほっと一息つくと、最も重要となる結論を口にした。

「ロストロギア、ジュエルシードの回収については、時空管理局に全権を任せてもらえませんか?」
「特にこの世界の住人であるなのはや貴方には、本来関係ない出来事だ。何もかもを忘れ、元通りの生活に戻ると良い」
「断固辞退する」

 リンディやクロノの言葉に対して、グラハムは即答していた。

「君達の事情は理解した。今頃のこのことと言いたいが、その事情も聞いた。それにそちらは専門家だ。ジュエルシードの回収を任せる事には異論ない」
「だけど大人しく元の生活には戻れません。フェイトちゃんが、今もまだジュエルシードを集めてるから。中途半端なままで、忘れたりなんか出来ません!」
「僕も、一度は自分で回収すると決めたから。例えそれが無謀でも、途中で止めるのは無謀以上に格好悪いから」
「と、言うわけだ。そしてこの私もなのは同様に元の生活に戻れない事情がある」

 なのはもユーノも、一番正しく賢い選択肢が何かは分かっている。
 災害をも引き起こすジュエルシードの回収は、専門家に任せるべきだ。
 仮に地震災害が発生した被災地に、子供である自分達が行けば迷惑以外の何ものでもない。
 だが二人共に、専門家程ではないにしろ魔法という力がある。
 子供っぽい意地を通すだけの力はあった。
 何しろ管理局が来るまでにジュエルシードを封印してきたのは、二人なのだから。
 そしてグラハムは、ソランと共に戦いの極みに赴くまでは、穏やかな生活さえ望めない。

「次元干渉に関わる事件だ。民間人に介入してもらうレベルの話じゃない」
「問題はそこなのだよ」

 三人の訴えを退けるように言ったクロノの言葉尻を、グラハムが捕らえる。

「私達は君達が言うところの管理外世界の人間であり、私達からすれば君達は自称時空管理局という無認可無登録の組織に過ぎない。言ってしまえばそんな組織は存在しないのだ。この意味が分かるかね?」
「今後、貴方達が何をしようと私達には、貴方達をどうこうする権利はない、ですか?」
「無茶苦茶だ。君は事の重要さが分かっていない。世界どころか全次元世界を巻き込みかねない事件なんだぞ!」
「そこで、提案しよう」

 クロノの激昂を抑えながら、グラハムは告げた。

「私となのは、そしてユーノの三人は……そうだな仮称ユニオンという組織として君達に協力しよう。あくまで対等の組織として」
「たった三人で……しかも時空管理局と同等、馬鹿げている」
「だが無認可無登録はお互い様。あくまで対等の組織として協力し合おうではないか」
「良い歳して、子供みたいに意地を張って……」

 怒って良いのか、呆れて良いのか複雑そうにリンディは笑っていた。
 申し出が本気である事は理解出来ていたし、少しだけ可愛らしい人だとも思えた。
 確かに時空管理局の権限も、管理外世界の中でだけは大きく削られてしまう。
 そう法で定められているのだ。
 時空管理局自身が暴走し、次々に管理外世界をその傘下におさめようとしない為に。
 知ってか知らずか、それとも勝手に悟ってか、グラハムはそこを逆手にとってきた。
 協力というよりも半ば脅迫に近い形で、協力しなければ勝手に現場に現れて勝手にさせてもらうと。
 そうなれば迷惑どころの話ではなく、かといって対等な立場となれば統制も十分にとれない。
 リンディ達にとっては、なんとも不自由な選択であった。
 可愛いが、やんちゃな分だけ小憎らしい人だとリンディは溜息混じりに言った。

「そのお話受けましょう」

 同じ勝手をされるなら、せめて目が届く場所でという意味で。









-後書き-
ども、えなりんです。

クロノふるぼっこタイム(社会的に)
これを予想できていた方には、感服します。
まさかのホモ疑惑の飛び火、ハラオウン家の緊急家族会議ですよ。
たぶんそこにはレコーダーを持ったエイミーも同席するはず。

というか、縛るでなのはが何を連想したのか。
定期的に、男の子同士をぐぐってるんだろうか?
真相は作者にも分からない。

そして唯一ホモ疑惑を避けているユーノ。
影が薄いおかげだね、人間への変身シーンは削られたけどw

さて、次回は土曜日の投稿です。



[20382] 第八話 好意を抱くよ。興味以上の対象だということさ(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:cd277927
Date: 2010/09/04 19:25

第八話 好意を抱くよ。興味以上の対象だということさ(後編)

 グラハム達を臨海公園へと送り帰したクロノは、自分の補佐官であるエイミーととある記録映像を見ていた。
 それはつい数時間前に臨海公園で発生したジュエルシードの憑依体と、グラハム達の戦闘である。
 映像の中では丁度、なのはとフェイトが同時に砲撃魔法を撃ち、ジュエルシードの憑依体を撃ち貫いたところであった。

「凄いね、この子達。どっちもAAAクラスの魔導師だよ」
「ああ……」

 なのはとフェイトの映像を拡大し、有名人でも見たかのような声でエイミーが呟いた。
 有名人というのもあながち間違いではなかった。
 時空管理局の中でもAAAクラスの魔導師となると、その数は限られる。
 そこに加えなのはやフェイトは十歳にも満たない少女であった。
 その希少価値は推して知るべきである。
 だがそんなエイミーの態度とは対照的に、クロノの視線は別の箇所へと注がれていた。

「エイミーもう一度、最初から見せてくれ」
「また? 気持ちは、分からなくもないけど……これって質量兵器の塊だよね?」

 これで何度目の事になるか、憑依体との戦闘が最初から流された。
 フェイトの射撃魔法を隠れ蓑に、GNソードで憑依体の障壁を撃ち砕くガンダム。
 さらに片腕を斬り裂いて離脱し、後に続くようにグラハムの機体であるフラッグが接近する。
 なのはの射撃魔法の援護を受けながら、これまた腕を斬り飛ばした。
 上空へ逃れた後は、小型GNビームライフルと二十ミリ機銃にて砲撃を撃つ為の援護を行った。
 その動きは魔導師に見劣りしないどころか、平凡な相手であれば遥かに凌駕する。
 それこそエイミーが感嘆の声を上げたフェイトやなのはでさえも。

「やはり、あの二つの機体は、魔力光のようにそれぞれ別の光を放っている。若草色の光と、どす黒い赤色の光だ。奴は変身時のみだが」
「そうだね……アレ、それってあのユーノ君が証言してた」
「次元震に良く似た現象に見られた二色の光の輪。それにはこの二つの機体が関わっているのかもしれない。エイミー、この光の詳細は分かるか?」
「データベースに検索をかければ直ぐにでも、ちょっと待ってて」

 ライブラリ検索用のコンソールを操ったエイミーが、映像と共に次々に情報を入力し、検索を開始した。
 だが何時まで経っても検索結果が現れない。
 おかしいなと呟いたエイミーがコンソールを何度か確認し、やっと現れたのがノーデータという一文だけであった。

「え、嘘。ちょっと待って」

 そんな馬鹿なと再度検索をかけるも結果は同じ。
 ただし検索結果こそ得られはしなかったが、付加情報が添えられていた。
 この光の粒子は魔力素にとても良く似たものだと。
 魔力素とは大気中に浮かぶ原素であり、魔導師はリンカーコアにこれを吸収して魔法を行使する。
 ただし魔力素は全て消費されるわけではなく、余剰分は周囲に霧散していく。
 グラハムがガンダムと呼称していた白い機体が、若草色の光を振りまいているように。
 それを踏まえて考えてみると、一つの推測が見えてきた。

「あの白い機体の背にあるのは、擬似リンカーコアのようなものか」

 擬似リンカーコア、それは次元世界の誰もが夢見る空想の産物であった。
 魔導師は生まれ持った才能に大きく左右される仕事であり、リンカーコアを持たない者は決してなれない。
 そのリンカーコアを限りなく近い形で再現したのが、あのエンジンであった。
 少なくとも、クロノの瞳にはそう映っていた。

「ソランって言ったっけ、この子を捕まえた場合、どうなるのかな?」
「擬似リンカーコアの秘密で司法取引が持ちかけられる事は間違いない。例え断られたとしても……」

 何処からどう横槍が入り、彼の扱いが自分達の手の届かないところへいきかねない。

「気を引き締めないと」
「色々と、厄介事を抱え込んじゃったからね。期待してるよ、クロノ君」
「厄介事は毎度の事だ。気にしちゃいない」
「だね。それに厄介事の中にはクロノ君好みの女の子もいるし、ちょっとは気が楽かもね」

 軽口を叩くエイミーに注意をしながら、クロノは改めて憑依体との戦闘を見直し始めた。
 黒衣の魔導師や、白い機体の戦い方ばかりではない。
 もしもの事を考えて、クロノはなのはやグラハムが敵に回る事を想定してさえいる。
 絶対にそうなるとは断言しないが、懸念事項の一つとして捉えていた。








 時空管理局の船、アースラから帰還したグラハムは、はやてを伴い高町家へと訪れていた。
 時刻は夜八時、夕食が済んだ事を電話でなのはに確認してからの事である。
 事前になのはへ了解を得ていた事もあって、突然の訪問にも関わらず快く迎え入れて貰えた。
 ただしその理由がただ事ではない事は、なのはの様子からも察していたようだ。
 案内されたリビングの雰囲気は少し重く、食後の団欒という雰囲気は見えない。
 まだ言葉は交わさず、勧められるままにソファーへとその身を沈ませた。
 高町家の家長である士郎と、二人を出迎えてくれた桃子が座る横長のソファーの対面であった。
 なのはの兄である恭也と姉である美由希はサイドにある一人用のソファーに座っている。
 なのはとはやては、二人で大人一人分なのでグラハムの隣に座らせた。
 そのまま魔法という秘密を知る者と知らない者が区分けされたような配置であった。

「まずは夜分の訪問に対し、謝罪申し上げる」
「グラハム君、君やはやてちゃんと我々の仲だ。聞かせて貰えるかな、大事な話というものを」
「その言葉、ありがたく頂戴する。まずなのはの事なのだが……」
「グラハムさん、私が自分で話します。ずっと秘密にしてたから、ちゃんと自分で伝えないといけないと思うんです」

 ポツリ、ポツリとだがなのはが秘密にしていた魔法の事を語り始めた。
 フェレットであるユーノを拾った日にあった魔法との出会いから、これまでの事をだ。
 それは特にフェイトという名の、同じ魔導師の少女に焦点が当てられていた。
 初対面で思い切りぶつけ合った額。
 一方的に攻撃を受けたり、やり返して喧嘩したり。
 そして不思議な空間で心を少しだけ通わせあい、一人の少年を慰めたりと。
 突然魔法という言葉を知らされ、士郎達にはなのはの話が荒唐無稽にも聞こえたであろう。
 ただ一つ士郎達が確実に理解できたのは、なのはが如何にフェイトを好きなのかであった。
 フェイトの様子を語り伝えるなのはの瞳は、すずかやありさ、はやての事を語る時に良く似ていた。
 最後に魔法の証明として、なのはがバリアジャケット姿を見せて頭を下げる。

「と、いうわけで。今まで黙ってて御免なさい」
「なのはを巻き込んでしまったのは僕です。どうかなのはを叱らないでやってください」
「私も知ってて黙ってたから、同罪なんかな。叱る時は、私も一緒にお願いします」

 今までペットとして扱ってきたフェレットのユーノに加え、はやてにまで言われたら叱る事など誰にも出来なかった。
 危険な事を黙ってやっていた事は、確かに叱らなければならない。
 だがなのはがいなければ何処かで誰かが傷ついていた可能性があるのだ。
 叱るに叱れない状況とは、こういう事を言うのだろう。
 一先ず士郎がなのはの頭を撫で、桃子が抱きしめ、恭也がこらと一言呟き、美由希がその格好可愛いねと褒めた。

「私からも一つ。実はなのはが魔法を知った当日、誤って実弾で撃ってしまった。怪我はなかったのだが、申し訳ない事をした」
「実弾? グラハム君、君は……」

 魔法という何処かメルヘンチックな響きとは裏腹に、酷く現実的な単語に士郎が疑問の声を上げた。
 それに答えるように、グラハムはソファーから立ち上がった。
 利き腕である左手で目の前の物を手にとるぐらい、慣れてきた感覚。
 深い血の色をした光がグラハムの体から溢れ包み込んだ。
 それが消えた頃には黒光りする金属光沢を持つ肉体、フラッグの姿がそこにあった。
 なのはの変身以上に現実感の無い姿に、高町家の面々は面食らった表情で固まっていた。

「なのはが勇気を出して語ったのだ。私も語ろう、このグラハム・エーカーの逸話を」

 フラッグの姿ではさすがにソファーに座れないので、立ったまま語る。
 かつてはやてに語ったように、自分が三〇〇年後の人間である事を。
 ソレスタルビーイングを発端とした世界の変革の中で、ガンダムと相打ちとなった過去。

「異世界人に未来人か……恭ちゃん、分かった?」
「俺に聞くなと言いたいが。グラハムさん、貴方はなのはがさっき言った大樹の事件の時に救助活動をしていませんでしたか?」
「いかにも、それは私だ。結局、ジュエルシードを封印したのはなのはだが」
「やっぱり、忍が黒いロボットに助けられたと言っていた。以前グラハムさんの声に聞き覚えがあるといったのは、そのせいか」

 なのはを撃ったという事実には驚いたが、高町家の面々は生のグラハムという人間を知っていた。

「グラハムさんが、ずっとなのはの事を見ていてくれたのね。良かった、一人で危ない事をしていたわけじゃないのね」
「いや、そうとも言いきれん。私自身が危険を呼び込んだ事もある。そして、反対になのはに助けられた事もある」
「温泉旅行の後ぐらいの時か。なんかあの頃は、妙にやさぐれとったからな。頼りない兄ですんません」
「なのはを撃った事実はとうてい許せるものではないが、その後に面倒を見ていてくれたというのならこちらも水に流そう」

 グラハムやなのは、そしてユーノはこれまでの事を語った。
 だがあくまでそれは過去の事であり、一番伝えなければならないのはこれからの事である。
 グラハムは人の姿に戻ると、改めて時空管理局の事を伝えた。
 本来ジュエルシードを回収すべき組織が現れ、もう自分達の役目は終わってしまった事を。
 だがそこをあえて辞退し、自分達が対等な協力者としてその船に乗ろうとしている事を。

「いくらなんでも、そんな怪しげな船に乗るのはな……父さん、出来れば俺はなのはを引き止めたい」
「そうだな。専門家が来たのであれば、なのはの出番はないはずだ」
「でも私、まだフェイトちゃんと最後までお話をしてないの。きっとフェイトちゃんはまだ、ジュエルシードを集めてると思うから」

 恭也や士郎の態度を見て、なんとなくなのはの敗色を察したのだろう。
 なんとかしてとばかりに、はやてがグラハムの服のそでを引っ張ってきた。
 だがそんなはやての訴えに対し、グラハムは首を横に振るだけであった。
 ここはなのはが家族に理解を求め、自分で説得しなければならない。
 過去は兎も角、先の事はきちんと理解を得て、その上で行動してもらわなければならなかった。

「貴方、それに恭也も。何もなのはは戦争しにいくわけじゃないわ。お友達になれるかも知れない子と本気でぶつかりあいに行くだけよね?」
「うん、喧嘩してくるだけ」
「それも女の子としてはどうかと思うけど……非殺傷設定だっけ? それがあるなら喧嘩にしかならないよ。それに危ない事をしそうだったら、叱ってくれる人もいるしね」
「フェイト以外の事には一切関わらせない事は約束しよう」

 美由希に期待を込められ、その程度ならばとグラハムは口を出した。
 それに最初からジュエルシードの憑依体との戦いには、なのはを出さないつもりであった。
 今日の戦闘になのはが介入してしまったのは、いささか不本意な結果である。
 だからなのはにさせるのは、あくまでフェイトとの喧嘩のみだと改めて誓った。
 自分だけではなく、はやてを含めたなのはの家族へと。

「仕方がないな。分かった、行ってきなさいなのは。その代わり、グラハム君の言いつけをしっかり護るんだぞ」
「うん、うん!」

 士郎の許しを得られて嬉しそうに何度も頷き、あと一人とばかりに上目遣いで訴える。

「お兄ちゃん……」
「そんな目で見るな。分かったよ。行ってこい、なのは」
「ありがとう、お兄ちゃん!」

 最後の砦を打ち破り、感激のあまり打ち破ったはずの砦へとなのはが飛びついた。
 はやてのグラハムに対する態度の影響か、やや過剰なスキンシップに大いに恭也が慌てていた。
 今にもソファーから転げ落ちそうな程である。
 その様子を見て美由希とはやてが声を上げて笑い、士郎や桃子も微笑ましそうに笑う。
 なのはが家族の理解を得られた事に一番喜んでいたのは、ユーノであった。
 高町家の面々やはやてのように笑顔を浮かべるのではなく、肩の荷が降りたようにほっと一息ついていた。

「士郎、それに桃子。なのはが長く船に乗っている間の各種方面への方なんだが」
「学校の方へは上手く伝えておきますよ。勉強の方は、アリサちゃんとすずかちゃんの出番かしら」
「なのはの事は良いとして、君が家を空けるならばはやて君の事は家で預かろうか?」
「それは丁度今、こちらからお願いしようとしていたところだ。そうしてもらえるのなら、大変ありがたい」

 グラハムの中での一番の気がかりがそこであったのだ。
 幾ら家族同士で仲が良いといっても、限度がある。
 ただでさえ、大切なお嬢さんを預かる事を約束しているのだ。
 その上、家を数日空けるからとはやてを預かって欲しいとは言い出しにくかった。
 だから士郎のその申し出は、本当にありがたかった。

「ちょ、ちょい待ちい!」

 だがグラハムの安堵とは裏腹に、はやて自身がそれに待ったをかけた。

「そんなん聞いてへんで。てっきり、私もそのなんとかって船に行くと思っとったんや。預かってもらうのが嫌やってわけやないけど、私も行く!」
「はやて、我が侭を言わないでくれたまえ。君を連れて行く事は出来ないのだ」
「嫌や、絶対に。ハム兄がジュエルシード集めで家を空けるのは我慢出来た。その日の内に帰ってくるから。けど、帰ってこんのはあかん。私を置いていかんといて!」
「はやてちゃん……」

 なのはが伸ばした手を握りながら、置いていかんといてと繰り返しはやてが呟いた。
 涙まじりの声の正体は、過去に一度体験した経験からの恐怖であった。
 大切な人達に置いていかれる事、その人達が自分のもとへと帰ってこない事。
 そう、両親達のように。

「はやて、私は決して君を置いていきはしない」
「なら連れてって。それがあかんなら、もう行かんといて」
「それは出来ない」

 はやての苦悩を理解しつつ、それでもと言いながらグラハムははやてを膝の上に抱えた。

「私は三〇〇年後の世界で、戦争をしていた。部下を失い、恩師を失い。やがて戦う事のみが目的となっていた。それは今も変わらない」
「そんな事はあらへん。一緒に居てくれる。ハム兄が私に色んなものをくれた」
「同時にはやては私に色々なものをくれた。だが、私はまだ歪んだままだ。君とこれから共に生きる為にも、この歪みは断ち切られなくてはならない。仇敵であるガンダムの手で」

 断ち切るではなく、断ち切られる。
 何処かひっかかる物言いに、はやてがグラハムへとしがみ付いた。

「無事に帰って来て。約束してくれたら、我慢する」
「当然だ。私はガンダム以上に、君を愛したい。愛したいのだ」

 今はやてへと向けられる最大限の愛で持って、抱きしめ、その頭を撫でつけた。









 ソファーにうつ伏せで寝かせられたフェイトは、虐待による傷が原因の熱に浮かされていた。
 アジトであるマンションに帰り着くなり、力尽きるように倒れこんだのだ。
 それでもなお、その手に握ったジュエルシードだけは手放してはいなかった。
 それだけが母親であるプレシアとの繋がりであるかのように。
 本能的にそれを察しているのか、単純にプレシアが求める物だからそうしているのか。
 ただフェイトは、自分を痛めつけた張本人であるプレシアの名を何度も何度もうわごとで呟いていた。

「フェイト、いくらなんでもおかしいよ。こんなになるまで尽くして、それで振り向いてもらえるなんて限らないのに」
「神の言葉の前に、他者の言葉は無意味だ。フェイトは俺達の言葉では止まらない」

 フェイトの手を握っていたアルフは、刹那の言葉に睨みつけながら振り返った。

「プレシアはフェイトにとって母親であると同時に神だ。その神の愛を手に入れるまで、絶対に止まらない」
「アンタはいいよ。ジュエルシードが無くても記憶は戻る。けど、フェイトはジュエルシードがなきゃ愛してもらえない。あったとしても、愛してもらえるかどうか」
「その通りだ。だがフェイトを救う方法はある。その神を駆逐すれば良い」

 最初こそ疎ましく思っていたものの、共に生活し、アルフはソランを認め始めていた。
 そんな相手に暴言を吐いてしまい、後悔するよりも先に、我が耳を疑った。
 ソランの言葉は暴論ともいえるが、確かにと思う自分がいる事をアルフは気付いていた。
 だがそれはフェイトが神と同等の母親を失い、同時に愛を失う事に等しい。
 それに根本的な問題として、フェイト以上の魔導師であるプレシアを倒す事は、少なくともアルフには不可能だ。
 フェイトの使い魔であるアルフは、フェイト以下の実力しか持てない。
 ならば目の前にいるソランは、どうだろうか。
 魔導師でこそないが、質量兵器の塊であるガンダムを所有し、少なくともフェイト以上ではある。
 下手に同じ魔導師でない分、有利な立場にもいた。

「アンタは、勝てるのかい? あの鬼婆に」
「今の俺ではまだ、無理だ」

 明らかな落胆と共に、視線を落とそうとしたアルフが急に顔を上げた。
 視線だけはソランへと向けられていたが、使い魔としてフェイトと繋がっているのだ。
 ソファーの上へと乗り込むように身を乗り出し、意識を取り戻そうとしているフェイトを見下ろす。

「フェイト、よかった目が覚めたんだね」
「私……そっか、玄関の前で。アルフとソランが運んでくれたんだね。ありがとう」

 そんな事は当然だから良いと、アルフは激しく首を振ってフェイトの手を再度握り締めた。
 フェイト自身、もはや自分に嘘がつけない程に弱りきっている。
 前までは直ぐに起き上がろうとしたのに、今では起き上がろうという素振りさえ見せない。
 そんな主人の姿を見て、アルフもついに決心を胸に秘めて提案した。

「フェイト、二人で何処かに逃げようよ。時空管理局まで出てきたら、もうどうにもならないよ」
「それは、駄目だよ」
「だって白い魔導師とか、黒い変なのとかでも手一杯なのに……きっと奴らは手を組んでくる。ジュエルシードの取り合い以外にも、正式な捜査でここがばれる可能性もあるんだ」

 もう本当にこれが最後だと、アルフはまくし立てる。

「あの鬼婆……アンタの母さんだって分けわかんない事は言うし、フェイトには酷い事ばっかするし」
「母さんの事、悪く言わないで」

 プレシアを擁護するフェイトの言葉を前に、アルフはそれ以上何も言えなくなった。
 何を言っても、フェイトは聞いてはくれない。
 ソランの言った通りであった。
 それどころかプレシアから受けた虐待すらも肯定的に受け止め、自分を責める。
 ソランがプレシアとフェイトにとっての神だと言った言葉の意味が嫌という程理解させられた。
 フェイトにとってプレシアこそが神、神こそが全てなのだ。
 どうして分かってくれないのかと嘆く事すら出来ず、ただプレシアを庇うフェイトの言葉を涙ながらに耳にする。
 そんな主人と使い魔のやりとりを見ていられず、ソランはその場を離れていった。
 それでもまだフェイトの姿が思い浮かぶ。
 精根尽き果てながらも、神であるプレシアへの献身を揺るがせないフェイトの姿が。
 このまま手をこまねいていれば、いずれ本当にフェイトは朽ち果ててしまう
 神の愛だけを求め、周りの愛に気付かず何一つ手に出来ないまま。

「俺は求め続けている。エクシアと共に……なのに何故俺はガンダムになれない」

 まさに過去の自分と生き写しの少女に対し、何も出来ないでいる。
 ならば何故エクシアが、ガンダムがこの手にあるのか。
 なんの為にこの手にあるのか、ソランにはその答えを見つけられずにいた。









-後書き-
ども、えなりんです。

実はあまりホモネタを長続きさせるつもりはなかったり。
エイミー「さすがクロノ君はアースラの切れ痔……も、もとい切り札だね」
とか言わせなかったのがその証拠。
まあ、そこにGNドライヴ=擬似リンカーコアとかトンでも設定持ち込んでいるので。
ホモネタを出すと、台無しすぎるってのもあった。

時に、せっちゃんは思い切りプレシアを破壊する方向で動いてます。
やはり元テロリスト、やり方が過激だw
いっそガンダムになれない方が良いのではなかろうか。

そして久々登場な気が何故かする幼な妻、はやて。
人妻リンディよりも一歩も二歩も先に行き、告白された。
ガンダム以上って最高の愛の告白じゃね?
言う相手が相手ならば、ぶっころされてもしょうがないけどw

今回はそんな感じで次回に続きます。
水曜日ですね、お待ちください。



[20382] 第九話 スリーマンセルアーミー、たった三人の軍隊なのだよ(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/09/09 19:23

第九話 スリーマンセルアーミー、たった三人の軍隊なのだよ(前編)

 海鳴市某所の森、そこに張られた結界の中をグラハムは縦横無尽に飛びまわっていた。
 ドッグファイトを仕掛けた相手は、ジュエルシードに憑依された一匹の鳥であった。
 その火の鳥のように赤い羽毛を持った鳥へと向けて、リニアライフルの銃口を向ける。
 先日ソランの手により破壊されたそれを、アースラの技術スタッフが苦心の末に修復させた代物だ。
 本来はそんな義理はないはずなのだが、技術者の心をいたく引き寄せたらしい。
 さすがに今の地球は技術的に遅れてはいても、三〇〇年後と今を比べると違うようだ。
 そのリニアライフルを連射モードに設定し、システム制御された引き金を引く。

「例え相手が空の王者であろうと、私のフラッグは負けん!」

 気合の声と共にばら撒かれた弾丸が、ばら撒かれる。
 そのうちの数発が着弾するも魔力の障壁の前に跳ね返され、ダメージは見込めなかった。
 だがそれでも、いくらか憑依体の行動を制限し、誘導する事は出来た。

「ユーノ、今だ!」
「はい」

 グラハムの合図でユーノが腕を振るうと、その足元に方円の魔法陣が描かれる。
 その魔法陣の中から飛び出した魔力の鎖が、予定通りのコースを飛んだ憑依体の体へと巻きついた。
 もがき暴れて拘束から抜け出そうとする憑依体をさらに締め付け、ユーノが次と叫んだ。

「捕まえた、クロノ!」
「君達の優秀さには、ある意味で先が思いやられる。S2U」
「Sealing」

 完全に動きを抑えられ、奇声を上げるしか出来ない憑依体へとクロノがデバイスを向けた。

「ジュエルシードシリアル八、封印!」

 迸る魔力に振り回されないように強く握り、封印の魔法を撃ち放った。
 一筋の閃光となって放たれた青白い魔力の光が、憑依体の体の中心を貫いた。
 着弾点を中心に、クロノの魔力光である青白い光が憑依体を包み込んでいく。
 拘束されて以降、常に発せられていた奇声が、さらに大きくあげられた。
 だがそれも長くは続かず、次第に薄れ、拘束から抗う力も失われていった。
 最後に辺り一体へと閃光を放った憑依体は姿を消し、代わりにシリアルⅧのジュエルシードが浮かんでいた。
 そのジュエルシードへとクロノがS2Uなるデバイスを向け、

「Received No. Ⅷ」

 格納を完了した。

『お疲れ様です、クロノ執務官』
「直ちに帰還の転送魔法を。結界があるとは言え、あまり長いするのはまずい」
『了解です。少々お待ちください』

 アースラの通信士と連絡を取り終えたクロノは、これで何個目かと会話しているグラハムとユーノを見た。
 特にフラッグの姿でいるグラハムを。
 共に同じ船で生活し、共同歩調で作戦行動を行えば、先日のわだかまりはかなり薄れている。
 真摯な態度でのぞめば、真摯な態度が返ってくるのだ。
 それにグラハムの重力に縛られない戦い方は、クロノとしても参考になるところは多い。
 問題は、互いの立場の違いによるところではなかった。

「私の顔になにかついているかな?」
「いや、なんでもない」

 視線に気付かれ、咄嗟に否定する。
 本人に自覚症状があるのか、分からないからだ。
 告げるべきかどうかを、まず決められない。

『クロノ執務官、転送の準備が整いました。魔法陣へとお願いします』

 通信士からの報告の後直ぐに、足元に魔法陣が浮かび上がる。
 もう慣れたもので、クロノが呼ぶ前にグラハムとユーノが寄ってきていた。
 全員がきちんと魔法陣内に立った事を確認し、クロノが頼むと通信を行った。
 すると魔法陣の動きが活発となるにつれ、輝きが強まっていく。
 そのまま三人は魔法陣の光に包まれ、結界内からアースラへと転送されていった。
 転送ポート内に自分が立っていると気付いた次の瞬間、アースラが轟音と地響きのような揺れに見舞われた。
 咄嗟に壁に手をつかなければ転んでしまいそうな程の揺れは、尋常ではない。

『エイミィ、今の揺れはなんだ?!』
『なのはちゃんが訓練室で……』

 エイミィの念話を聞くなり、まず最初にグラハムが、次いでユーノとクロノが走り出した。
 なのはは基本的にはジュエルシードの封印には携わらず、フェイト専任のアタッカーという立場となっている。
 だが現状では魔力は兎も角、魔法の技術力に差がある為、一人アースラの訓練室でプログラム教育を受けていたはずだ。
 クロノがまずは基礎からと言っていたはずだが、何をやらかしたのか。
 それともやらされたのかと、グラハムは急いで訓練室へと向かって行った。
 辿り着いた訓練室では、まず扉がひしゃげており、その隙間から煙が漏れ出していた。
 完全に壊れているようで、グラハムが扉を蹴り飛ばし破壊してから中に踏み込んだ。

「なのは!」
「けほっ……グラハムさん? や、やっちゃいました。どうしよう……」

 訓練室の中央で尻餅をついていたなのはへと駆け寄る。
 煙を少し吸い込んだのか涙目で咳き込んでいるが、怪我を負った様子はない。
 破壊してしまった訓練室を前に、大いに戸惑ってはいたが。
 やがてその煙も排気口から全て吸いだされ、破壊された訓練室が露わとなった。
 天上から壁に床と、ひびが縦横無尽に駆け巡り、大小の破片が床に散らばっている。
 半壊といったところであろうか。

「対魔構造のされた訓練室をここまで……と言うか、僕が用意した基礎訓練プログラムには、こんなにまで魔力を振り絞るようなものは入っていないはずだが」

 訓練室の惨状に呆れると同時に、どうしてという疑問をクロノが呟く。

「なのは大丈夫、怪我とかしてない?」
「うん、大丈夫。平気だよ、ユーノ君」
「クロノ執務官の言葉では基礎だけという話だが、どうなのかね?」
「え、っと……それは、その。ちょっとレイジングハートが提案した魔法を試しただけで」

 なのはは高町家から預かった大切な子である。
 魔法を使う基礎だと勧められたから許したが、危険な訓練などもってのほか。
 それに訓練室の修繕費等を考えると、出来れば過失は管理局にあってほしかった。
 歯切れの悪いなのはの口ぶりから察するに、どうやら誰かを庇っているようにも思える。
 過失が自分にだけある場合、なのははきちんと謝罪できる子だからだ。

「なのはちゃん、ごめんね。まさかこんな事になるなんて……でも、凄かったよねさっきの魔法」
「えへへ……レイジングハートに提案された時は驚きました。けど、これなら一時的にもフェイトちゃんの全てを上回れます」

 訓練プログラムを任されていたエイミィが遅ればせながら駆けつけ、なのはを褒めちぎる。
 言質としては十分かと、グラハムがクロノへと視線を向けると、割とあっさり認めて追求を開始した。

「エイミィ、僕は基礎訓練プログラムをさせるように言ったはずだが、君は一体何をさせたんだ?」
「なのはちゃんが凄い成績でプログラムを終了させるから、それならって武装隊の訓練プログラムを……まずかった?」
「まずかったに決まっている。なのはの訓練内容には、まずグラハムを通すのが規約だ。すまない、これはこちらのミスだ。謝罪はもちろん、なのはの治療費および訓練室の修繕費は全てこちら持ちだ」 
「是非、そうしてくれたまえ。それとエイミィ執務官補佐には厳重注意を」

 グラハムの視線と言葉を避けるように、エイミィがクロノの背中に逃げ込んだ。

「あの私自身、その武装隊の訓練プログラムを受けてみたくて。だからエイミィさんは悪ッ……あれ?」

 エイミィを弁護しようと立ち上がったなのはが、そのままへたり込んだ。
 上手く体が動かないようで、コロコロと良く転ぶ。
 何度かチャレンジするも、やがて諦め弁解すら出来ない現状に力なく笑う。

「何をしたかは分からないが、恐らくは使用した魔法による一時的な反動だろう。訓練は中止して、休んだ方が良い。事後処理はエイミィにさせる」
「え、あ。やっぱり?」
「ごめんなさい、エイミィさん」
「君が謝るような事はない。当然の処置だ。さて、失礼させてもらう」

 反省の色が薄いエイミィに当て付けるように言いながら、グラハムはなのはを抱え上げた。

「え、グラハムさん!? これはちょっと……恥ずかしいです」
「部屋に運ぶだけだ。少し我慢してくれたまえ。ユーノ、念の為だ。部屋で回復を頼む」
「分かりました。先に行ってください。飲み物とタオルとってきます」

 エイミィの処罰はクロノに任せ、ユーノと分かれたグラハムは、なのはを横抱きに抱えたまま訓練室を後にした。
 だが訓練室と与えられた部屋のある居住区までは少し歩かなければならない。
 ふわふわとして居心地に、どういう顔をして良いものかとなのはは落ち着かない顔をしている。
 そんななのはへと、グラハムが少し厳し目の声で話しかけた。

「なのは、一つ忠告しておこう」
「なんですか?」

 喋っていたほうが気が紛れるとばかりに、反応は早かった。

「君がフェイトの為にと訓練を頑張るのは良い。だが、いくら先を急いでも君とフェイトの間にある練度は容易く縮まるものでもない」
「でもだからって、何もせずにはいられないんです。フェイトちゃんに勝つ為には……」
「だからこそ、忘れないでくれたまえ。君の目的はフェイトと対話を行う事であり、勝つ事ではない。手段に固執すれば、知らず己の心が歪んでしまう」
「はい……けど、私の目的はお喋りするだけじゃありません。見てみたいんです。フェイトちゃんが可愛く笑うところを。それが一番の目的です」

 ならば良いと、グラハムはなのはを抱えなおして部屋へと向かった。









 グラハムたちがアースラに乗り込んでから数日、一度もソラン達とジュエルシードの捜索でかち合う事はなかった。
 意図して避けられている事は明白で、最悪の場合は最後の一つになるまでその時はこないかもしれない。
 洗面所で顔を洗っていたグラハムは、顔をタオルで拭いた直後、おもむろに上着を脱ぎだす。
 以前は胸だけにあったひび割れが、さらに広がっているのが鏡に映りこんでいた。
 そのままグラハムの姿がぶれたかと思った次の瞬間に、フラッグの姿が鏡に映った。
 大小様々な傷がボディーには見え、頭部の小さな羽根もソランに斬られたままだ。
 そして再び安定感を取り戻したのか、グラハムの人間としての姿が鏡に映りこむ。

「私は間に合うのか……あと、どれ程の時間が残されている?」

 やはり胸のひび割れは大きく、その向こう側にフラッグの機体の金属光沢が見える。
 その胸へと触れようとした時、ズボンのポケットに入れてあった携帯電話が着信音を奏でた。
 液晶画面に映されたのは八神はやての名前であった。
 そのままワンコール、ツーコールと鳴り響き、グラハムはやがて通話ボタンを押した。

「やあ、はやて。どうかしたのかね?」

 胸のうちにある焦燥感を感じさせぬ声で、はやてへと尋ねる。

「ん~……なんか急に天気が悪くなってきてな。雨はあんま好きやないんや。布団の中で泣いてた自分を思い出すから。だからかな、ハム兄の声が聞きたなったんや。迷惑やった?」
「迷惑なものか。そうならば、電話になど出ない。丁度こちらもはやての声を聞きたかったところだ」
「そっか。あっと……なのはちゃんはどんな様子なん? あんまり連絡こないみたいで、士郎さんとか結構気にしとるんよ」
「元気ではあるが、寂しくないはずはないだろう。そこはユーノが良く気遣っている。今も、おやつに誘って食堂で喋っている」

 安堵を含みつつ、何処か歯切れのわるそうな口ぶりではやてが頷いていた。
 本当はグラハムの事をもっと聞きたいのだが、出来ないのだろう。
 何時帰ってこれるかと、口を滑らせて尋ねてしまいそうになるから。

「あんまハム兄の邪魔したらあかんし、ほな切るな。ちゃんとご飯食べて、休憩もしてや。それからなのはちゃんの事もお願いな。あの子、無理し過ぎるところがあるから」
「分かっている。士郎達への連絡はそれとなく私から促がしてみよう」

 互いにこれで終わりと口にしつつ、少し無言のままになってしまった。

「はやて、私は必ず帰る。君のもとに。それまで少し寂しい思いをするかもしれんが、耐え忍んでくれ」
「うん。はよ帰ってこんと恭也さんを恭也兄って呼んで浮気するからな。それが嫌やったらはよ帰ってきてな」
「是が非でも、早く帰る事にした。私は大切な妹が他人に取られて正常でいられる程、我慢強くはない。その点は安心したまえ」

 未だにはやては名残惜しそうだが、今度こそ通話を切った。
 そして鏡に写った胸のひびを握りつぶすように、伸ばした手の平で拳を握りこむ。
 そのまま胸の内の不安をも握りつぶし、はやてのもとへと帰る事を改めて誓う。
 その誓いに促がされるように、突然アースラの艦内に警報音が鳴り響き始めた。

「エマージェンシー、捜索域の海上にて大型の魔力反応を感知」

 警報音が鳴り響くのは、捜索中のジュエルシードが既に発動している場合である。
 ユニオンの軍服を改めて身につけ、グラハムは与えられていた部屋を飛び出した。
 ブリッジへと向かう途中でなのはとユーノに合流し、そのまま一緒に駆け込んだ。
 扉が開いて直ぐに、正面に展開されていた映像が視界に飛び込んでくる
 放送内容通り、それは捜索域である海上でジュエルシードが発動したらしき映像であった。
 だがその内容は予想とは大きくかけ離れていた。
 確かにジュエルシードは発動していたが、その数は六つ同時。
 さらにそれを発動させているのはフェイトであった。
 かつて海鳴市のビル街での時のように、魔力を直接海に叩き込んでいた。

「なんとも呆れた無茶をする子だわ」
「無謀ですね。間違いなく自滅します。アレは個人が成せる魔力の限界を超えている」

 はやてが言っていた天気とは、これの影響なのか。
 六つものジュエルシードの同時発動により、海は大時化の荒れようとなっていた。
 ジュエルシードの数と同じだけの竜巻が発生し、それが呼び寄せたのか空に集まった黒い雲からは雷鳴が轟いている。
 竜巻か、大波、雷鳴とどれか一つにでも触れてしまえば瞬く間に海の藻屑となってしまう空をフェイトは強風にさらされながら飛んでいた。
 一時も気を抜けない状況なのか、封印の為に足を止める事すら出来ないように見えた。
 本来ならばそこを使い魔であるアルフかソランが補助すべきなのだが、アルフは結界の維持に手をとられている。
 そしてソランは、殆ど何も出来ないように見えた。
 グラハムもそうだが、モビルスーツはあっても魔法は使えない。
 怪物相手なら戦えるのだが、こういった純粋なエネルギーが相手となると出来る事が限られてしまうのだ。
 せいぜいが、フェイトの付近に落ちそうな雷をGNソードで斬り裂く程度である。

「フェイトちゃん!」

 くるくると風に遊ばれる落ち葉のように風に煽られるフェイトの様子を見て、思わずといった感じでなのはが悲鳴をあげた。
 待ち望んだ相手が、危ない目にあっていればそれも当然だろう。
 混乱したようにあわあわと慌てていたなのはは、意を決したように告げた。

「私急いで現場に、フェイトちゃんがいるなら私の出番です!」
「その必要は無いよ。放っておけばあの子は自滅する。仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たしたところで叩けば良い」
「でも」

 数日なりとも同じ船内で過ごした相手から、そんな言葉が聞かされるとは思わずなのはの声が震える。

「今のうちに捕獲の準備を」
「私達は常に最善の選択をしないといけないわ。残酷に見えるかもしれないけれど、これが現実」

 着々とフェイト捕獲の準備を進め、この決定は覆らないと断定したリンディ。
 今にも飛び出したい気持ちを胸に秘めながら、なのはがグラハムを見上げた。
 客観的な正しさではなく、自らの正しさを確認する為に。
 そんななのはを後押しするようにグラハムが頷き、ユーノへと視線を向けてから言った。

「確かに、我々が君達の部下ならばその言葉は絶対だろう。だが違う。我々はスリーマンセルアーミー、たった三人の軍隊なのだよ」
「しかし、これは現時点で一番確実な」

 理解を求めるクロノの言葉をグラハムが退ける。

「我々のそもそもの目的はフェイトの捕獲ではない。合意したのはあくまで、ジュエルシードの封印だ。しかし多少なりとも協力者同士の方向性が違えば、その関係もこれまで。行くぞ、なのは、ユーノ。待ちに待った逢瀬の時間だ」
「はい。ごめんなさい、クロノ君、リンディさん。私達は行きます。フェイトちゃんが苦しんでるのをただ見てるだけなんて出来ませんから」
「僕も……僕自身の一番の目的は、ジュエルシードの封印だから。それになのはの気持ちを尊重したい。今まで良くしてもらったのに、すみません」

 グラハムの呼びかけに、なのはやユーノも続く。
 自分の行動を一人でも認めてくれる人がいるのならば、それを戸惑う事はない。
 少しだけ楽しかった船での生活や、クロノ達との関係がこれまでである事を惜しみながら頭を下げた。
 勝手に動く事を正当化して転送ポートへと向かう三人へと、確認するようにリンディが尋ねる。

「グラハムさん。関係を断つと言った以上、こちらが必要と感じた事以外の支援は出来ません。例え何があろうと。それでも行きますか?」

 何があろうと、そう言ったリンディの瞳はグラハムを見つめていた。

「因果応報と言ったか。それが己のエゴを押し通した者の責任だ。私は少年との戦いを、なのははフェイトとの対話を。ユーノは好いた少女を尊重したい」
「ちょッ、グラハムさん!」

 何故それをとユーノが慌て、なのははきょとんとしていた。

「私もユーノ君の事は好きだよ。だからユーノ君の事を尊重して、まずはジュエルシードの封印だね。フェイトちゃんと一緒に」
「え、あ……うん、ありがとうなのは」

 二人の間で、好きのベクトルが完全に違ってしまっていた。
 それになのはの言葉は、フェイトと一緒にという点に比重が置かれているのは間違いない。
 喜ぶに喜べない言葉を貰い、ユーノは非常に複雑そうな顔をしていた。
 決して振られたわけではないので次にまたチャレンジだと、ユーノの頭に手を置きながらグラハムは念話を飛ばす。

『それに己の体の事は熟知している。その心遣いに感謝する』
『そう……知って、いたのね。なのに誰にも相談せず……貴方が独身だった理由が良く分かるわ』
『今の私の恋人はガンダムだ。その関係が断ち切れられた時、改めて君に一献のお誘いをかけるとしよう。楽しみにしていてくれたまえ』
『人の事をこれだけ振り回しておいて……本当に、仕方のない人ね。楽しみにさせてもらうわ』

 内面では互いを気遣いながら、外面では組織のトップとしての言葉を投げあう。

「ではアースラとユニオンの協力関係もこれまで。私物は後で家の方に送り届けます。どうぞ、お好きになさってください。クロノ執務官。我々はあくまで彼女達の確保を最優先に」
「了解しました。こんな事になって残念だ。次に会った時は、敵同士だな」
「ありがとう、クロノ君。きっと味方だよ。護りたいのはみんな一緒だから。その方法がちょっとだけ違うだけだよ」
「だからこそ、世界は難しい」

 クロノが特別に向けて送った言葉を、笑顔でなのはが返す。

「なのは急いで。彼女達がいる結界内への転送、行くよ」
「うん、それじゃあお世話になりました」

 ほんの少しの嫉妬をのせてユーノがなのはを急かし、三人はブリッジ内の転送ポートから出撃していった。









-後書き-
ども、えなりんです。
昨晩は色々あったようで木曜投稿になりました。

さて、今回なにやらなのはが魔法を習得。
その一方でグラハムがなんかアレで、ユーノは淡い想いを勝手に暴露された。
そんな感じの九話前編でした。

それでは。



[20382] 第九話 スリーマンセルアーミー、たった三人の軍隊なのだよ(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/09/11 19:26

第九話 スリーマンセルアーミー、たった三人の軍隊なのだよ(後編)

 グラハム達は確かに結界内へと転送が完了した。
 だが望んだ位置からは少しのずれがあり、嵐の影も形も見えない遥か上空であった。
 目的の場所は、現在地よりも遥か下。
 分厚い雲を抜けた先にある風が吹き荒れ雷鳴轟く嵐の海上である。

『すみません。アースラ側のサポートがないと彼女達の近くには無理でした』
『いや、十分だ。現場へ急行する。二人とも掴まりたまえ』

 軍服の中から染み出すように深い血の色の光を放ち、グラハムがまず最初にその身を変えていった。
 青い空に最も似合うと自負するフラッグ。
 黒いメタリックな輝きを持つ機体へと変身し、飛行形態へとシフトする。
 そしてバラバラに落ちるなのはとユーノに翼を差し出し、掴まらさせた。
 未だになのはは学校の制服姿なので、風圧をくらわないようにユーノが魔力の障壁を機首に貼り付ける。
 それを確認して直ぐに、グラハムは機首を真下へと向けて雲の中へと突貫していった。
 雲の中に突入した事で真っ白であった視界がどんどんと色を変えていく。
 目的の場所までは一分も掛からないであろう事は明白であった。

『なのは、今のうちにバリアジャケットを』
『うん!』

 ユーノの言葉を受けて、元気良くなのはが返事をした。
 向かう先ではジュエルシードが暴走しているというのに、もう直ぐフェイトに会えるという喜びの方が大きい。
 どう声をかけようか、何から話そうか。
 ジュエルシードを恐れるよりも先にその事に胸を躍らせながら、なのははパスワードを口にした。

「いくよ、レイジングハート。風は空に、星は天に、輝く光はこの腕に。不屈の心はこの胸に。レイジングハート、セットアップ」
「Stand By. Ready」

 ユーノやグラハムをも巻き込む勢いで、なのはの魔力が辺りを照らしつける。
 その輝きが薄れ、なのはがバリアジャケットを身につけた瞬間、雷鳴轟く雨雲を突き抜けた。
 垂直に飛行していたグラハムが機首をあげ、その視線の先に目的の人物達がいる事を確認する。
 こちらの接近にフェイト達も気付く。
 そしてフェイトを護るように、使い魔であるアルフと協力者であるソランが向かってきた。
 既にここは戦闘空域であった。

「この強風で高速飛行はこれ以上無理か。先に行け、なのは。私は少年と!」
「僕はあの使い魔を抑える。その間に彼女を説得して!」

 まずユーノが翼から手を離し、人型へと変形したグラハムの肩を蹴ってなのはが高く飛んだ。

「フェイトの邪魔をするな!」
「今日こそ俺は、貴様と共に戦いの極みへと辿り着く。エクシアと共に!」

 アルフの突撃をユーノが障壁で受け止め、ソランのGNソードをグラハムがプラズマソードで受け止める。
 その間に、なのはが二人の頭上を越えていった。
 行く手を遮られずに突出したなのはが、そのまま脇目も振らずにフェイトの下へと駆け抜けていく。
 その後ろ姿を見送りながら、ユーノはアルフを説得しようと言葉をかけ始めた。
 そしてグラハムも、鍔迫り合いの状態から力を加減して現状を維持し続ける。
 押しては引かれ、引いては押され、ソランが訝しげに尋ねてきた。

「何故だ。何故こない。貴様も求めているはずだ、戦いの極みを」
「ああ、私は求めている。君より早くから、君よりも強く。だがそれは、愛する者の安全があってこそ。一時休戦を申し出る」
「貴様の歪みが見えない。俺がガンダムではないからか。それとも……」

 自分でも意外だとは思うが、それはグラハムの本心であった。
 戦いの極みを求めるのは、その先にはやてとの穏やかな生活が待っているからだ。
 それが消えてしまうかもしれないジュエルシードの暴走を前に、愚かにも戦いの極みを求める事を優先できない。
 なのはにも告げた通り、目的の為に手段を優先する行為は、己の心を歪めてしまう。
 グラハムにとってははやての安全が上であり、自身の歪みの強制は下であった。

「だから今は封印のサポートを!」

 ユーノも説得が完了したのか、目の前のアルフの頭を飛び超え、背中を向ける覚悟で六つの竜巻の一つに魔力の鎖を伸ばした。
 グラハムもまた、ソランに背を向けながら竜巻へとリニアライフルの弾丸を撃ちこんだ。
 その弾は酷くあっさりと風の壁の前に跳ね返されたが、行動の意志と意味は伝わった。
 まず最初にソランが竜巻へと向けてGN小型ビームライフルを撃ち放ち、アルフが魔力の鎖を伸ばし始めた。
 だがそれでも竜巻全てを押しとどめる事は出来ず、封印作業にはなのはとフェイトの力が必要であった。

「なのは、急ぎたまえ。こちらだけでは長くはもたん!」

 グラハムが声を飛ばした先では、なのはがフェイトへと魔力を受け渡していた。

「Power Charge」
「Supplying Complete」
「魔力を二人できっちり半分個。補給完了しました、グラハムさん。封印作業に入ります。ね、フェイトちゃん」

 なのはの魔力を借り受け、消え失せそうになっていたバルディッシュの魔力の刃が復活する。
 それでもフェイトにはまだ迷いが見えた。
 それが誰に対する、何に対する迷いかはフェイト自身にしか分からなかったが。
 なのはは構わずにフェイトへとその手を差し出した。

「グラハムさんやソランさんみたいに、一時休戦。喧嘩はその後で思いっきりやろう?」
「Sealing Form. Set Up」

 決心のつかないフェイトの後押しをしたのは、その手にあるバルディッシュであった。
 自らその形態を封印モードに変え、金色の羽を生み出した。

「It Proposes New Magic. If This Is Used, Master Can Become Invincibility」
「バルディッシュ……」

 無敵になれる新しい魔法。
 それを聞いたなのはは、もしかしてアレなのかなとレイジングハートに提案された魔法を思い出していた。
 もしもバルディッシュが同じ魔法を提案したのならば、確かに無敵である。
 そして、なのはとフェイトでお揃いであった。
 ちょっと嬉しくなり、ずいっとフェイトへと身を乗り出してなのははお願いした。

「やろう、フェイトちゃん。バルディッシュの言う通り、二人で」

 言葉はなくとも、フェイトは既に折れていた。
 握り締めてきていたなのはの手をそっと放し、魔法陣を足元に展開する。
 それだけで意志の疎通は十分であった。
 とびきりの笑顔をフェイトに向けたなのはもまた、少し離れてから足元に魔法陣を展開させた。
 浮かべた笑顔以上のとびっきりを撃ち放つ為に。

「フルパワー中のフルパワー。全力全開も突き抜けて、行けるね」
「All Right. My Master」

 レイジングハートを封印形態に変えながら、なのはは振り払った。
 そしてフェイトと視線を合わせながら、口の動きでせーのとタイミングを合わせて叫んだ。

「レイジングハート、トランザム!」
「TRANS-AM」
「バルディッシュ、トランザム!」
「TRANS-AM」

 本来の魔力光とは異なる、真紅の光が二人の体を包み込んだ。
 それに伴い、足元に展開されていた魔法陣の動きが活発化し、より大きく展開された。
 二人の魔力が際限なく上昇している結果である。
 二人共に通常時の魔力の半分程度しかないはずが、瞬く間にそれ以上へと魔力を増やしていく。
 その上昇値はこの場にいる者には分からなかったが、詳しい値を計測していたアースラではその値が三倍である事を計測していた。
 つまり今のなのはたちは、瞬間最大魔力値を常に発揮出来る状態にあった。

「アレは、あの光は!」
「我々よりも先に、二人はガンダムへと到達したと言うのか」

 無くした記憶の中にある光景にソランが声をあげ、グラハムが悔しそうに呟いた。
 ユーノとアルフは、魔法と言うものを知っている為、声すら出ない状況であった。
 誰もが驚かずにはいられない光景の中で、二人が動きを見せた。
 いや、実際は戦いなれたグラハムや刹那でさえ視認が困難な程に速い。
 金と赤、フェイトの体から発せられる二色の光の帯が伸び、ジュエルシードが生み出す竜巻の一つを斬り裂いた。
 一瞬の事で良く分からなかったが、フェイトが魔力刃を使って魔力任せに斬ったらしい。
 切断と言うより粉砕に近い斬られ方で、直ぐに二色の魔力光は次の竜巻へと向けて飛ぶ。
 一方のなのは、こちらは元が薄紅色の魔力光のせいか真紅の一色に見えた。
 竜巻へと接近したフェイトとは違い、魔力弾を生み出して遠距離からの狙撃である。
 ただし、魔力弾の数が違う。
 普段は四つ制御するので精々のはずが、一度に十二個。
 さらには放った傍から即座に補充と、ほぼ無限の魔力弾にて竜巻を原型ごと破壊していく。
 だが一つ一つ相手にしていては手間だと感じたのだろう。
 二人は示し合わせたように一箇所に集い、デバイスの矛先を六つの竜巻へと向けた。

「サンダーレイジ!」
「ディバインバスター!」

 二つの魔法は、ジュエルシードの暴走である竜巻へと同時に放たれた。
 だが本来砲撃魔法に分類されるそれは、トランザムの影響か既に広範囲の殲滅魔法と化していた。
 竜巻どころか、見渡す限り空の雨雲を引き裂き、海をも斬り裂き、全てを貫いていく。
 力任せも力任せ。
 嵐を撃ち砕いた本人達がさらに大きな嵐を引き起こし、辺り一体を吹き飛ばしていった。
 危うく援護をしていたグラハム達すら吹き飛ばす程の魔力の奔流は、刹那の一瞬にて終わりを告げた。
 後に残ったのは、嵐の残照を示す荒れ模様の海面と、封印が完了した六つのジュエルシード。
 そのジュエルシードが、ゆっくりとフェイトとなのはの目の前に下りてくる。
 魔力も半分個であれば、手にした結果も半分個だとばかりに、なのはが手を伸ばす。

「じゃあ、まずは私が三つ……あれ?」
「あ……くっ、体が」

 ジュエルシードを手にしようとしたなのはの手が目測を大きく誤り、そのまま倒れ込んで行く。
 思わずといった感じでそれを受け止めようとしたフェイトもまた、体の異変を感じ取っていた。
 上手く体が動かない。
 支え受け止めるつもりが、なのはの体重に押され落下していってしまう。

「なのは!」
「フェイト!」

 慌てて駆け寄ったアルフがフェイトを支え、ユーノもまたなのはを支えた。
 二人とも息を弾ませており、トランザムの後遺症の前に疲れきっている。
 完全に魔力が枯渇した状態に見え、トランザムの威力の凄さと危険さを物語っていた。
 いくら高出力が一時的に得られようと、その後に活動停止させられては自身の安全の確保さえも出来ない。
 万歳アタックも良いところであった。

「アルフ、私やったよ……」
「見てた、ちゃんと見てたから。フェイト、しっかりしておくれ!」
「安心して、アルフさん。この魔法を使った後は、しばらく魔法がつかえないだけだから。トランザムの間は本当に無敵なんだけど」
「なんにしても二人とも無事でよかったよ。でもあんな魔法、レイジングハートにインストールした憶えは……」

 今は敵味方を忘れ、無事で済んだ事に安堵を憶える。
 フェイトが引き起こしたとはいえ、六つものジュエルシードが同時に発動したのだから。

「そこまで同じとはな。二人は本当に、ガンダムの生き写しだ」
「トランザム……俺達は、託された。誰に、ソレスタルビーイングの創設者、イオリア・シュ」

 カチャと、ジュエルシードを纏めて握りこんだような音に、一斉に皆が上を見上げる。
 事実、六つのジュエルシードは握られていた。
 クロノの手によって。
 漁夫の利を得た管理局の手によって、確保されてしまっていた。
 折角なのはとフェイトが手を取り合い封印したにも関わらず。

「ジュエルシード、返して……それは」
「ロストロギア、ジュエルシードの違法所持。および発動を促がした危険行為につき、フェイト・テスタロッサとその一味を確保する」

 フェイトが伸ばした手と、呟きを無視してクロノがジュエルシードをS2Uの中に収納してしまう。

「ジュエルシードが、折角フェイトが頑張ったのに。でも捕まるのはもっとまずい。ソラン逃げ……」
「諦めろ。君達がジュエルシードを封印している間に、武装隊の配置は済んでいる」

 フェイトを抱えたまま逃げ出そうとしたアルフの足は、一歩も踏み出さないままに止まった。
 フェイトやアルフ、ソランどころか、グラハム達をも取り囲むように、武装隊は展開されている。
 その数は十人を超え、何時でも撃てるようにデバイスが向けられていた。
 妙な動きを見せれば、即座に武力で持って無力化されてしまう事だろう。

「グラハム、それになのはとユーノ。君達も動かないでくれ。もしもの時は、君達ごと撃つように指令は出してある」
「そんな、だって折角フェイトちゃんと……」
「アンタ達、管理局の味方だったんじゃないのかい?」
「つい先刻、その袂を分ったばかりだ。組織としての動きは当然として、どうにも嬉しくはない状況だな。六人の内、二人は戦力外。敵の数は圧倒的だ」

 戦力外であるなのはとフェイトを護る為に、アルフとユーノの動きも制限されてしまう。
 十人以上の戦力差を前に、さすがのグラハムもソランも勝ち目は薄い。
 この状況で一矢報いるという考えは、選べないし、ありえない。
 特になのはもグラハムも目的がある以上、死に急ぐ事は出来ないからだ。
 ならば投降かと言えば、それも選べない。
 なのはの目的がフェイトとの対話であるならば、管理局に頭を下げて対話を取り持ってもらう事も可能である。
 だがグラハムの目的がソランのガンダムとの戦いである以上、それをセッティングしてもらうなどできるはずもない。

「時間を与えるつもりはない。悪いが、強制的にでも捕獲させてもらう」
「誰が……私の、母さんのジュエルシードを返せ!」
「フェイト!」
「フェイトちゃん、駄目!」

 未だ回復しきらないまま、フェイトがアルフの腕の中を飛び出した。
 そのままバルディッシュから魔力の刃を生み出そうとするが、魔法の起動さえおぼつかない。
 未だにトランザムの後遺症が残る中で、フェイトは魔力を練る事が出来なかったのだ。
 身構えたクロノには全く届かず、そのまま朦朧とする意識を閉じようとする。
 その時、フェイトの目には、良く見知った魔力光が見えていた。

「母さん?」

 その呟きにより、クロノも気付いて空を見上げた。

『クロノ君、別次元から本艦および戦闘空域に向けて魔力攻撃が来るよ。あ、後六秒』
「総員、退避!」

 だがたった六秒で満足に動ける者など殆どいなかった。
 クロノに続き、グラハムがなのはをユーノを捕まえて退避する。
 武装隊の半数は出遅れ、そしてアルフは落下するフェイトを追いかけるのに夢中であった。
 クロノの退避の言葉でさえ、届いてはいない。

「やっぱり、母さんだ。私が不甲斐ないから、手を貸して……」

 フェイトの視線は目の前で手を伸ばすアルフではなく、その向こう側にいるであろうプレシアへと向けられていた。
 やはり自分を見守っていてくれたのだと、神である母親の幻影を見ている。
 だからアルフは最後まで気付く事が出来なかった。
 フェイトすら巻き込む威力の紫雷が、次元を超えて空から放たれた事に。

「フェイト……無茶し過ぎだ、え?」

 過ぎ去ったはずの嵐が再発するように、紫電が周りの空気を膨張で破裂させながら落ちてくる。
 とても回避が間に合わないと、護りたい一身でアルフがフェイトを抱きかかえた。
 その時、落ちてくる紫電に合わせるように一つの影が飛び込んだ。

「ソラッ!」

 アルフとフェイトを突き飛ばし、紫電の落下地点にソランが割り込んだ。

「うあああああぁッ!」

 直撃、ソランの体を貫いた紫電は、そのまま海中へと突き立てられた。
 巻き上がる水柱の中から、巻き込まれた半数の武装隊の面子が空へと放り出される。
 断続的に落とされる紫電の中を掻い潜り、無事だった武装隊の面々が仲間達の救助に走った。
 次々に救助され離脱していく武装隊の中には、ソランの姿が見えない。
 海中に叩きつけられるまま、海の底へと沈んでいったのか。
 グラハムは紫電を放った空へと向けて気の済むまでリニアライフルを叩き込みたい気持ちを抑え、波立つ海面へと視線を向けた。

「少年、少年ッ!」
「ソランさん!」
「ソラン!」

 幾ら呼んでも答えどころか、その姿も見えない。
 両脇に抱えられたなのはやユーノも力を貸してはくれたが、返答は帰っては来なかった。
 痺れを切らしたグラハムは、両脇に抱えていた二人へと伝えた。

「二人とも現場が混乱しているうちに一度家へ帰りたまえ。フェイト達を連れて行っても良い。私が許可する」
「グラハムさんはどうするんですか?」
「私は海に沈んだかもしれない少年を探し出す。間違っても、管理局のもとへは行くな!」
「分りました。なのはの事は任せて置いてください。それと、一応フェイト達の事も見つけたら匿います」

 力強く言ったユーノになのはを任せ、グラハムは海の中へと飛び込んだ。
 そして直ぐさま海中の想像以上の荒れように、機体の制御を失ってしまう。
 海中では海上以上に酷い荒れ模様で、その荒れ方はグラハムの想像以上であったのだ。
 それ以外の問題もある。
 水陸両用を前提に設計されたガンダムとは違い、フラッグは地上及び空での稼動しか想定されていない。
 雨天を考慮して防水設計こそなされているが、雨と水中の防水では規格が違うのだ。
 自分でも無茶をしている自覚はあったのだが、諦める事は出来なかった。

「何処だ、少年は何処へ落ちた。私の小指に連なる赤い糸よ。私を少年の下へと誘ってくれ」

 ミシミシと悲鳴を上げる機体をなんとか操りながら、落ちたソランの機体を探す。
 一体何処へと流されていったのか、一度も海面に上る事なくグラハムは探し続ける。
 そして海底へと落ちていこうとしているソラン、意識を失い人の姿に戻った彼をを見つける事が出来た。

「少年、今ぐッ!」

 ソランへと手を伸ばした瞬間、海流に流されてきた岩か何かがグラハムの背中を強打していた。
 ミシリと嫌な音が耳に残り、痛みが全身を駆け抜ける。
 それでもソランだけはと痛みを押してその手を握り、海面へと向けて一気に飛び出した。
 ソランを求めて探し続けていた為か、随分と潮の流れに流されていたようで、管理局の姿は見られなかった。
 空模様も晴れの一言であり、一先ず安心してソランを連れて帰る事が出来そうである。

「体さえ……万全ならば、無念」

 言葉通り、フラッグの機体さえ無事であったのなら。
 力尽き、気を失ったグラハムは、フラッグの姿のままソランと共に沈んでいこうとしていた。
 だが二人共に、再び海の藻屑として沈み行く直前で、今度はソランが意識を取り戻した。
 現状に気付き、直ぐにエクシアへと変身して、沈み行くフラッグを支える。
 そしてフラッグを横抱きに抱え上げ、海上へと浮かび上がった。
 しばらく呆然としたままグラハムを抱えていたソランがポツリと呟く。

「俺は……ソラン・イブラヒムではない」

 まず初めに行ったのは、自己否定であった。
 今までずっと記憶にかかっていたもやが晴れ渡り、閉じ込められていたものが溢れてくる。

「ソレスタルビーイングのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイ。紛争根絶の為に介入を続け、そして……」

 腕の中で機能を停止したように動かないグラハムへと視線を落とす。

「世界の歪みであるこの男を生み出した張本人。だがこの男は戦っている。己の歪みと向き合い、戦い続けている」

 自身の歪みを認識しながら、それを断ち切ろうとガンダムに戦いを挑み続けていた。
 純粋に、誰もが求める平穏を欲し、その為に戦っていた。
 ガンダムのみを求め、世界から目をそらした男はもういない。

「俺はこの世界で、ソレスタルビーイングのない三〇〇年前の世界で何と戦えば良い。俺に平穏は許されない。この男のように戦い続けなければならない、ガンダムとして」

 一体何と、誰と、それを思い浮かべた時真っ先に浮かんだのはフェイトの姿であった。
 フェイトのその後ろにいる世界すら巻き込みかねない歪み。
 今の自分になら断ち切れるはずだ。
 自身がガンダムであるかどうかは分らないが、確実に口に出来る言葉がある限り。

「俺がガンダムだ。プレシア・テスタロッサ、見つけたぞこの世界の歪みを」

 断ち切るべき歪みを見つけたソラン改め刹那は、グラハムを抱えたままその場を飛び立った。









-後書き-
ども、えなりんです。
なんかつい最近投稿したばかりの気がしてならないです。

さて、ついになのはとフェイトがガンダムになりました。
太陽炉が擬似リンカーコアだったは布石。
つまり太陽炉で出来るならリンカーコアでもトランザムが出来る。
とは言っても、現状レイジングハートとバルディッシュがないと出来ませんが。
理由はそのうち出てきます。

あともう一つ、せっちゃんが記憶を取り戻した。
最後はやっぱり、ショック療法とか言わないw
そして何とガンダムにお姫様抱っこなグラハム。
なのに気絶とは運が悪い。
この先、こんなサービスシーンはありませんよ。

さて、次回は水曜日投稿となります。



[20382] 第十話 そうしたのは君だ。ガンダムという存在だ(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/09/15 19:22

第十話 そうしたのは君だ。ガンダムという存在だ(前編)

 グラハムが意識を取り戻したのは、見覚えのない天井の下での事であった。
 気絶という形で意識を失った影響か、目を開いても直ぐには頭が働かない。
 しばらく呆然と天上を見上げ続け、やがて自分が助かった事を知るに至った。
 フラッグの姿のままで寝かされていたのは、何処かの家の和装の一室。
 意識を失いつつもフラッグの姿のままであった事には疑問を挟まず、一先ず人の姿を取り戻して上半身だけ起き上がる。

「うぅん……」

 その時になって、小さな呻きをあげたはやてが腹の辺りに持たれかかっている事に気付いた。
 はやてがいると言う事は、ここは高町家の一室か。
 ずり落ちていた毛布を肩までかけ直してやり、その頭を撫でつける。
 歪みを断ち切る前に戻ってきてしまったかと、ほんの少しの後悔と、無事に再会できた喜びを込めて。
 眠っていても撫でられている事が分かるのか、ふへっと気の抜けた笑みをはやてが浮かべた。

「お前がこの家に運び込まれてからずっとそばを離れなかった。しばらくの間は、そのまま寝かせておいてやれ」

 グラハムやはやてとは少し距離を置いた壁際、そこに背を預けた刹那の言葉であった。
 声をかけられて初めて、グラハムはそこにソランがいた事に気付いた。

「少年、君が私を。助けたつもりが、助けられたか」
「あの後、お前を連れ戻す途中で、フェイトとアルフを探していたなのはとユーノに会った。恐らくはあのどさくさで逃亡したのだろう」
「君が身を挺したかいがあったというものか。だが振り出しに戻ってしまったな」
「フェイトを覆う歪みは俺が断ち切る。だが今はお前の事だ。その体、回復魔法が効かないそうだ。そして意識を失ってもなお、フラッグから戻らない。戻れない」

 刹那の指摘を前に、グラハムは顔を俯かせたまま言葉を発しなかった。
 アースラでもリンディから指摘され、今さらではある。
 だがこうしてはやてを目の前にして指摘されると、どうしようもない切なさがこみ上げてきた。
 分かってはいた、自分の体を熟知してはいたのだ。
 訪れない空腹や睡魔、受けた傷がそのままであるフラッグの姿、人の体に現れたひび。

「私と少年とでは違いがあるらしい。君はあくまで人としての君がベースだが、どうやら私は……」
「俺は……」
「君が謝罪を口にすべき問題ではない。負い目を持つ必要もない。君はただ、ガンダムとして歪んだ私を断ち切れば良い」
「任せておけ。ガンダムである俺に断ち切れない歪みなどない」

 良く言ってくれたと、グラハムは自然と刹那が全てを取り戻している事を感じた。
 これまでも切欠はあった。
 ジュエルシードの暴走に巻き込まれたり、なのはとフェイトのトランザムを見たり。
 最後に駄目押しとして、この世界の歪みであるらしき者から攻撃を受けた事。
 今ならば、共に刃を向け合う事で心置きなく戦いの極みへと赴く事が出来る。

「少年、今こそ私は君との真剣なる勝負を所望する」
「良いだろう。ガンダムエクシア、刹那・F・セイエイ。お前の歪みを断ち切る」
「良いわけ……」

 突然、二人以外の声が割り込んできた。
 何時の間に起きていたのか。
 ギロリと擬音が聞こえそうな程に、強くはやてがグラハムを睨み上げていた。

「あるかいな。この馬鹿ハム兄!」

 かけられていた毛布を跳ね除け飛び起きたはやての両手が、グラハムの頬へと伸びる。
 戯れではなく、そのままあらん限りの力で両頬を左右へと引っ張り上げた。
 そのままの勢いで後ろに倒れこみそうだったグラハムは、踏みとどまるのがやっとであった。

「無事に帰ってくればええってもんやない。目を覚まさへんかったらどうしようて。人がどれだけ、どれだけ……」

 だがその両手は直ぐにグラハムの頬を離れ、涙を流すはやての顔を隠す為に使われた。

「すまない、私の思慮が足りなかった。だが必要なのだ。はやて、君と穏やかに過ごしていく為には、少年との戦いが」
「やけど、今すぐやなくてええやんか。刹那兄はここにおるんやから。もっと体を休めてからでも!」
「ちょっと待ちたまえ、はやて。なんだその刹那兄と言うのは……」

 聞き捨てならないと、攻守を交代して咎める口調で尋ねる。
 だが返されたのは、舌を出したはやての顔であり、そのままそっぽを向かれた。

「ふん、だ。ハム兄が悪いんや。人の事を一杯心配させて。本当は恭也さんにしようかと思ったけどなのはちゃんのお兄ちゃんやし。丁度良かったから刹那兄に浮気したったわ」
「私は妹を他人に取られて正常でいられる程、我慢強くはないと言ったはずだが……少年、改めて君との真剣なる勝負を所望する!」
「くっ……何故、この男は歪んでいる? 神のせいか? 妹のせいか?」
「なんで話が堂々巡りになっとんねん。ええから、ハム兄はそこに寝とり!」

 腕で体を跳ね上げ、はやてがボディアタックでグラハムを布団の上へと押し倒した。
 グラハムの形相はもちろんの事、大人しいフェイトとは全く異なるはやてに巻き込まれたくはないと刹那はこの部屋から逃げ出し始める。
 だが逃がして溜まるかとグラハムが手を伸ばし、戦略的撤退を選んだ刹那の腕を掴んだ。
 ぞわりと刹那の背筋に言いようのない怖気が走る。
 散々己に愛を語ったグラハムに触れられ、思わず刹那はその顔を蹴り上げていた。
 反射的に、相手が気絶から回復したばかりである事を忘れてまま。

「俺に、触れるな!」
「ぐはッ!」
「ハム兄になにしとんねん。謝り、ちゃんと手ついて謝り刹那兄」

 そこからはもはや泥沼であり、騒ぎを聞きつけた士郎達が来るまで延々と繰り返された。









 士郎達がグラハムが寝かされた部屋へとやってきたのは、騒ぎのみが原因ではなかった。
 グラハムへと会いに来た来客があった為に、顔を出したのだ。
 その来客の名を聞かされたグラハムは、その理由をそれとなく察した。
 だから無下に追い返すような事はせずに、その来客を待たせているリビングへと向かった。
 手を掴んで放そうとしないはやてと、無言で後をついてくる刹那を連れて。

「お邪魔させていただいていますね」

 グラハムを待っていたのは、私服姿のリンディであった。
 サマーセーターにストール、フレアスカートと真実を知らなければどこかのお嬢様にしか見えない。
 出された緑茶に相変わらず砂糖とミルクを入れ、それを味わい頬をほころばせている点は減点であったが。
 あまりの味覚センスに、その場にいた高町家の面々、士郎や桃子、恭也や美由希は己の目を疑いながら驚いていた。

『無事で良かったわ』
『私のフラッグはこの程度では落ちんよ。だが心配してくれた事には感謝する』
『本当に心配したわよ。あんな大荒れの海に飛び込んだんですから』

 相変わらず本音だけは念話で済ませてしまう。

「グラハムさん、貴方はここに座ってくれ。まだ病み上がりだ」
「すまないが、ありがたくその席を頂戴する」

 人数が多いので、ソファーの数が足りずにグラハムは恭也から席を譲られた。
 一人用の椅子に座っていたリンディの正面である。
 恭也は先に立っていた美由希の隣に移動し、車椅子のはやてはグラハムの隣に、刹那はその後ろに立った。
 長椅子には士郎と桃子、そしてなのはとユーノが座っていた。

「ではこちらにいる方々は魔法の事を知っている事を前提にお話を進めさせていただきます。先日の件で、我々もまたフェイト・テスタロッサ及び、その使い魔の行方をロストしました」

 その言葉にあからさまにほっとした様子をなのはが見せてしまい、それに気づいたリンディに微笑まれ小さくなる。

「出来ればそちらで確保したソラン君……刹那君とお話をさせていただきたいのですが」
「それは虫が良過ぎではないか、リンディ艦長。袂を分かっただけならまだしも、君達はあの場で我々をエネミーと断定した」
「細かい状況は分んないけど、アレもそろそろ止めてくんないかな。蝿叩きにも飽きちゃった」
「あれは、サーチャー!?」

 おもむろに近くの窓を開けた美由希が、何かを投げつける動作を行った。
 次の瞬間、ユーノがサーチャーと断定した魔力球が突如破裂して消えてしまった。
 何を投げたのか視認すら出来ず、ユーノはおろかリンディやグラハムも少し驚いている。
 そして少しばかり軽率だと、美由希は恭也に軽く小突かれていた。

「全く、あの子は……私が武装解除してまでこの場に来た意味が。減俸、一ヶ月から三ヶ月に延期ね。申し訳ありません、アレはこちらの不手際です。直ぐに解除させます」

 その場で直ぐにエイミィとクロノに連絡を入れたリンディは、皆の前で注意を行い、言葉通り減俸の追加を告げる。
 頭を抱えて悲鳴を上げるエイミィの悲鳴は通信の終わりと共に途切れ、改めてリンディは謝罪の言葉を口にした。

「失礼いたしました。それで、いかがでしょうか?」
「少年、この件は君に任せる。君がまだこの場で大人しくしているという事は、決定的な情報を持ってはいないからではないかね?」
「ああ、恐らく俺が捕獲された事を前提に、今まで使っていた拠点には戻らないはずだ。本拠地へはいつもフェイトの転移魔法で往復していた。俺はその位置が分からない」

 決定的な事は何も話す事が出来ないと前置きしつつ、それでもと刹那は口にする。

「だが伝えておかなければならない事がある。子供の前ですべき話ではないかもしれないが。フェイトの後ろにいる世界の歪みについてだ」
「プレシア・テスタロッサ。フェイトさんのお母さんについてですね?」

 なのはやユーノ、はやての存在を気にしていた刹那へと、リンディがまず手の内をさらした。
 この程度は調べ上げていると自ら申告する事で、刹那が語りやすくしたのだろう。
 リンディの言葉に頷き、刹那は語り出した。
 プレシア・テスタロッサがフェイトにとってどういう存在なのか。
 恐らくは日常的に受けているであろう虐待。
 それらを全て肯定的に、プレシアの都合の良いように受け取り続けるフェイト。
 使い魔であるアルフの再三に渡る抗議でさえも、取り合ってはくれない。
 その意志を促す事が出来るのは、プレシアのみ。

「フェイトにとってプレシアは神だ。その言葉の全てが正しく聞こえ、殉教者となる事でその愛が向けられると信じ込んでいる。本人にその自覚はないが」
「そうですか。確かに子にとって親とはある程度、そういう存在です。ですがこれは余りにも……」

 誰もが憤りを抱える中、実際に子を持つリンディや士郎、桃子のそれはより大きい。
 三人は何よりも先に愛を与える事を、重要視しているから当然だ。
 瞳に涙を浮かべながら聞いていたなのはを呼び寄せ、士郎と桃子は二人の間に座らせた。
 そんなやり方は絶対に認められないとばかりに、桃子がなのはを抱きしめ、士郎がその頭を撫で付ける。
 グラハムもまたはやてを抱き寄せるようにし、恭也と美由希はユーノの傍に立ちその頭と肩に手を置いた。

「どうすればフェイトちゃんに声が届くんですか? どうすればフェイトちゃんは笑えるようになるの?」
「私も自分ばっかりって思っとったけど……親が居るからって幸せとは限らんのやな。幸せって一体なんなんやろ?」

 身近にある虐待という言葉になのはとはやてが疑問の言葉を呟く。
 本来ならば子供が持って良い疑問ではなく、少しだけ刹那が後悔を浮かべた。
 歪みの元をただ断ち切れば良いという言葉は紡がれない。
 その代わりに答えを口にしたのは、士郎と桃子であった。

「なのは、はやて君。フェイト君は、きっと他の子よりも知らないだけなんだ。如何すれば自分が笑えるのか。自分が笑顔でない事に疑問さえ持っていないのかもしれない」
「だから教えてあげなさい。お友達になって、こうすればきっと楽しいとか。楽しいと自然と笑えるって事を」
「せやな。私もハム兄が来るまで、あんま笑わん子やったし……ハム兄やなのはちゃん、アリサちゃんにすずかちゃんから一杯笑い方を教えてもらっとった」
「そっか、友達になれば良かったんだ。私、ただただ笑って欲しいばっかりでその方法を全然教えてなかった。今度フェイトちゃんに会った時、伝えてみよう友達になりたいって」

 歪んだ情報を考えさせないように、二人の頭の中をフェイトと友達になる事だけで一杯にさせる。
 そしてその後でしれっと、親の事は同じ親に任せておきなさいと約束を取り付けた。
 そんな事は子供がすべきではないと、まだ知らなくて良い事だからと。
 親としての二人の配慮に、刹那はただ目礼のみを返し、リンディへと視線を向けた。

「貴重な情報をありがとうございます。では、こちらからも情報提供を。全てのジュエルシードが誰かしらの手に入った今、今度はそれの奪い合いとなります」

 リンディは、それを前提に考えた場合、フェイトが真っ先に狙うのがなのはだと断定した。
 管理局の手にあるジュエルシードを狙うよりも、その方がより安全で確実だと。
 だからそれを踏まえて、高町家を中心に一帯の監視の許可を求めてきた。









 フェイトは刹那の説明した通り、全てを受け入れていた。
 魔力の鎖で腕を縛られ、身動きを封じられた状態で何度も鞭で打たれても。
 六つものジュエルシードを前にしてその全てを管理局に奪われた上に、捕縛の危機に直面してしまった。
 ドジな自分を助ける為に、プレシアの手を煩わせてしまったと。
 だからこれは正当な罰だと、愚かな自分への戒めだと信じ込んでしまっていた。
 与えられる痛みに悲痛な叫びをあげながらも、罰を受けて当然だと。

「でもね……一つだけ褒めてあげるわ、フェイト」

 もはや声も出ない状況の中、プレシアの思わぬ呟きに無理やりその顔を上げた。
 褒めてあげると言われたのだ。
 失敗ばかりを繰り返してきた自分を、母親であるプレシアが褒めてくれたのだから。

「母、さ……」

 触れられた頬から伝わる手の温もりに、出ないはずの声が漏れだしていた。

「あの魔法、トランザム。いえトランザムシステムと言うべきかしら」

 プレシアの手は、フェイトの頬を離れ待機状態のバルディッシュがはめられている手袋へと伸びた。
 そこからバルディッシュを外し取り、目の前にいるフェイトを透かしてみるように目もとへと持っていった。

「魔法を使用していない状態でも、常にリンカーコアは作動し魔力素を吐き出している。その吐き出された魔力素は平時から肉体に蓄積されており、それを一気に解放する。恐らくはそれがトランザムの正体」

 魔導師でもあり、優秀な技術者であるプレシアは誰よりも早くトランザムの正体に辿り着いていた。
 そしてその技術を流用すれば、自分の望みがより近くなる事を理解している。
 小柄な子供であるフェイトですらあれ程までに肉体に魔力を蓄えていると言うのならば、大人であるプレシアはそれ以上。
 肉体さえ持つのならば、トランザムシステムの発動上ではSSSランクにでさえ手が届く。
 それ程の価値があるのだ、このトランザムと言うシステムには。
 だから普段なら決してしないフェイトを褒めるという行為すら行った。

「何処でこのシステムを手に入れたかは知らないけれど、これはとても私の役に立つ。けれどあの副作用を考慮した場合、ジュエルシードの予備は多ければ多い程に良い」

 やっと初めて役に立てたのだと、儚く散りそうな笑顔をフェイトが浮かべた。

「だから少しだけ待ってなさい。私がバルディッシュにあるトランザムシステムを解析するまで。そして行ってくれるわね。ジュエルシードを奪う為に」
「はい、母さん……」

 一切の興味が失せたようにプレシアがフェイトへと背を向けた瞬間、魔力の鎖がその姿を消す。
 その瞬間、足の指先すら床へと届いてはいなかったフェイトが、文字通り落ちた。
 どさりとやけに生々しい音をたてながら、それでもプレシアは振り返らない。
 フェイトの手から奪ったバルディッシュを手に、玉座の間の奥にある部屋へと姿を消していった。
 プレシアの気配が部屋の中から消えて直ぐに、フェイトの下へとアルフが駆け寄ってきた。
 プレシアと直接面会する権限を持たない為、ずっと外に締め出されていたのだ。

「フェイト、フェイト!」

 床に倒れたまま動けないでいたフェイトを抱きかかえ、痛んだ体を慈しむ。

「フェイト……」
「褒めて、くれたんだ。母さんが……だから、もっと」

 その瞳は抱き起こしたアルフではなく、プレシアのみを映し込んでいる。
 そこに使い魔としての嫉妬がないとは言わない。
 だがそれ以上に、こんなにも健気なご主人への仕打ちにアルフは耐えられなかった。

「私はガンダムってのじゃないし、ガンダムが何かはちっとも分らない。けど、もう待てない。アンタがガンダムになれるまで、もう待てないよソラン」

 決意する、かつてソランが語った唯一の方法を実戦する為に。
 フェイトを救う為に、縋りつく対象である神、プレシアを破壊する。
 その結果、大好きなフェイトに嫌われてしまうかもしれない。
 例えそうだとしても、フェイトが幸せにさえなれるのならば構わなかった。
 こうして触れる事が出来る事は最後かもしれないと、床に寝かせたフェイトの頬へと触れる。
 そして体を冷やさないように、身につけていマントを被せて歩き出した。
 プレシアが消えていったであろう、奥の部屋へと。
 足を一歩一歩踏み出す時間さえ惜しいと、床を蹴りつけて駆け、握りこんだ拳に魔力を纏い扉ごと破壊した。

「う、あああぁッ!」

 爆煙に紛れて、さらに加速する。
 ジュエルシードを浮かべ、それに気を取られこちらに背を向けていたプレシアへと。
 今この時を置いて、フェイトの神を破壊するチャンスはないと拳を握りこんだ。
 なのにプレシアは全く反応を見せない。
 気付いているはずなのに、アルフが破壊する気であるにも関わらず。
 その意味は、アルフが振りぬいた拳が受け止められた魔力の障壁にあった。
 特別力を込めた様子もないのに、いとも容易く拳は止められ、かつ体ごと弾かれた。

「ふっ……」

 まるでとるに足らない存在だとばかりに、プレシアが微笑する。
 それだけでも許せないのに、プレシアの手にはバルディッシュがあった。
 まだ待機状態ではあったが、フェイトのもう一つの相棒とも言うべきバルディッシュが。
 神気取りもここに極まったかとアルフは思った。
 フェイトの心はおろか、大切なものまでも手中に収め。

「フェイトには、綺麗な笑顔が似合ってて……本当は可愛く笑えるのに。なのに、あんなに痛めつけられて。母親であるアンタに。フェイトは、アンタの玩具じゃない!」
「丁度良いわ。少し危険だけれど、試験起動はしておきたかったら。バルディッシュ、セットアップ」
「…………」

 命令に対し、反応のないバルディッシュに苛立ちを覚えている間に、再び展開した障壁にアルフの拳が叩きつけられていた。
 障壁の威力に拳が傷つくのも構わず、バリアブレイクにて障壁の破壊に成功する。
 そのまま今度はアンタの番だとばかりに、逆の腕を振り上げ、怒れるままに繰り出した。
 確実に捕らえていた、その拳が最後まで振りぬかれていたとしたら。

「呆れた、詰めが甘いのはあの子譲りなのね」
「Sorry. My Sister」

 アルフの拳の前に掲げられたのは、フェイトのバルディッシュ。
 親愛なるご主人の相棒同士、アルフには無視して拳を振りぬく事はとても出来なかった。
 拳を突き出した状態で固まり、隙だらけのアルフの腹部にプレシアの手が添えられる結果となっても。
 プレシアが放った魔力が腹部を貫いたとしても。

「まだあの子には働いてもらわなければなわないわ。だから貴方は破壊しない。見てなさい、貴方が私に歯向かうとどうなるか」
「フェイト、ごめんよ……バルディッシュも、ごめ」

 バルディッシュへと反抗の結果を見せ付けるように、特大の魔力がアルフへと叩きつけられた。









-後書き-
ども、えなりんです。
最近はどうにも仕事が手につかないぐらい、次回作にはまっています。

プレシアは第一期のラスボスですからね。
強化の意味もあって、トランザムシステムを譲渡。
本当に、余程の魔導師でなければせっちゃんには勝てません。
トランザムされたらなおさらです。
大魔導師+トランザム。
敵側にテコ入れという奴ですなw

あと、なのはの心意気にもテコ入れです。
原作でも友達になりたいは少々唐突に思えましたので。
笑ったら可愛いだろうな → 笑顔にする為に友達に
そういうプロセスを踏んでみました。
元々踏んどるわボケと思われても、広い心でお願いします。

さて、次回は土曜日です。
プレシア陣営と対決前に、ハムとせっちゃんの決着を先につけます。
ブシドー化の最終フラグです。



[20382] 第十話 そうしたのは君だ。ガンダムという存在だ(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/09/18 19:31

第十話 そうしたのは君だ。ガンダムという存在だ(後編)

 高町家の食卓は、急速的にその賑やかさを増していた。
 普段から賑やかな食卓ではあったのだが、今やその人数が倍にも膨れ上がっている。
 総勢九名、高町家に八神家のグラハムとはやて、刹那にユーノと大所帯であった。
 あまりの人数の多さに、食卓テーブルでは広さが足りず、別途客間に広いテーブルを出して行っているぐらいだ。
 遠慮がちなユーノが、フェレットの姿でいようかと士郎や桃子に尋ねた事もある。
 もちろん答えはノーであり、今日も皆でわいわいと朝食をとっていた。

「ハム兄、これ。これ食べてや。桃子さんに色々と教えてもらって、卵焼き一つとってもバリエーションが広がったんや」
「それは素晴らしい。はやてはキッチンでは私をも凌ぐエースパイロットだな。ただ撃墜するのは私だけにしてくれたまえ」
「うんうん、分るぞグラハム君。その気持ちは。どうだ、なのは。今度、父さんに手料理でも作ってみないか。もちろん、どんなに美味しくても一番は桃子さんの手料理だがね」
「もう、士郎さんったら。はい、あーんして。それになのはの手料理を一番食べたいのは、ユーノ君よね?」
「え、ええッ。僕はその、美味しい料理は好きですよ。はは……」
「なんだユーノ君、なのはの手料理が美味しくないだと?」
「恭ちゃん、食べてもないのにそこはかとなく脅してない? ほら、ご飯粒がついてる」
「にゃは、ははは……あ、刹那さん。お醤油どうぞ」
「ああ、すまない」

 一番騒がしいのは、何故か家主達ではなくグラハムとはやてだろうか。
 次いで新婚顔負けのラブラブっぷりを発揮する士郎と桃子が負けじと見せ付けている。
 それに当てられたユーノは堪ったものではない上に、恭也から謎のプレッシャーが強い。
 美由希が助けてはくれるが、同時に君も頑張れと見せ付けているように思えた。
 私の家なのに二番目に浮いているようなと乾いた笑いを浮かべながら、なのはは一番浮いている刹那へと頑張って喋りかけている。
 浮いている者同士、奇妙な共感を得ているのだ。
 ここ二、三日で恒例となった食事が賑やかなまま終了し、食後の熱いお茶でほっと息をつく。
 その場にグラハムと刹那の姿はない。
 食事が済むと二人ともそそくさとその場を後にして、体を温めに行ったのだ。

「はやてちゃん、グラハムさんのところに行かなくて良いの?」
「本当は行きたいけど、刹那兄の事もあるしな。今日の私は、中立や」

 だがやはり共に過ごした日々から、グラハムを応援したいと顔に書いてあった。

「恭也、それに美由希も。今日の二人の立会いは良く見ておくんだぞ。剣術という意味では二人とも未知数だが、文字通り命をかけて戦ってきた二人だ」
「どちらかと言うと、俺はロボットでの立会いを見てみたかったんだが……」
「それだと本当に殺し合いになっちゃいますし、周りの被害も結界をはらないといけませんから。それにフェイト達にこの家を知られるわけにもいきません」
「でも、やっぱりちょっと見てみたかったなぁ」

 皆が話し合っているのは、グラハムと刹那の決着についてである。
 以前からグラハムが熱望しており、刹那もそれに応えたいと願っていた。
 ただしユーノの言葉もある通り、悪戯にフェイトを刺激する事も出来ず士郎が提案したのだ。
 高町家がある道場の使用と、そこで決着をつけたらどうかと。
 熟考の末、二人共に士郎の言葉を受け入れたのだ。
 それが決まったのは昨晩であり、あと一時間もしない内にその時が訪れる。
 この場にいる全員が二人の因縁を耳にし、ある程度は理解していた。
 紛争根絶を掲げ、その理念に従い世界をより混乱させるような真似を続けてきた刹那。
 その混乱に巻き込まれ、多くの隣人を失い、刹那を追い求めてきたグラハム。
 開始の時が近付くにつれ、食卓での賑やかさは鳴りを潜め、重苦しい緊張感が顔を出し始めている。
 いずれこのままでは誰も口を開く事が出来なくなるのではと思える状況で、来客を知らせるインターホンが鳴り響いた。

「あ、たぶん……すずかちゃん達だ」
「俺も出よう」

 立会人となる事を望んだのは、高町家やはやて、ユーノだけではなかった。
 恭也経由でグラハムの事を知った忍を筆頭に、アリサやその父まで立会人となる事を望んだのだ。
 純粋に立会い人となる事を望んだすずかやアリサとは違い、忍やアリサの父には多少の思惑があるであろう事を含めて、グラハム達は了承していた。

「おはよう、なのは。グラハムさんは……もう道場の方?」
「アリサちゃん、おはよう。すずかちゃんも。道場とは別の場所でそれぞれ体を温めてるよ」
「おはよう、なのはちゃん。なんだか家の外にまで緊張感が伝わってきてるよ。私までドキドキしてきちゃった」

 その言ったすずかの頬はほんのりと上気していた。

「アリサの父のデビットです。この度は私どもの無理を聞いていただいて光栄です」
「それはグラハムさんと刹那君に伝えてください。二人はもう準備に入ってますから、試合の後にでも」
「出来れば、試合前に一言伝えたかったけど……この雰囲気から察するに、全部右から左へ聞き流されそうね」

 なのはと恭也が客人である忍たちを客間へと案内し、それから十数分後に道場へと場所を移した。









 道場に移動したなのは達は、道場の両脇に別れて並んで待ち構えていた。
 全員板張りの上に正座であったが、苦痛を顔に出す者は一人もいなかった。
 道場の外には既にグラハムと刹那が待機しており、道場内は家の中がまだ楽だったといえる程の緊張感の高まりを示していたからだ。
 空間のありとあらゆる場所から圧迫されるような息苦しさに、足の痛みなど簡単に忘れる事が出来た。
 感じた事もないプレッシャーを前に子供であるなのは達の頬には一筋の汗が流れ落ちる。
 そして、道場の中央で唯一立っていた士郎が腕時計にて時間を確認し、言葉を放った。

「グラハム君、刹那君。共に道場内へ入りなさい」

 ついに始まると、誰の体にも力が入り、自然と身を乗り出すように前のめりとなっていた。
 道場の扉が開かれ、まだ朝日と言って遜色ない太陽の光を背負った二人の姿が皆の前にさられた。
 士郎や恭也にでも借りたのか、二人ともに袴の道着姿でその手には木刀が握られている。
 二人とも日本人とは異なる彫りの深い容姿を持つが、触れれば切れそうな程に張り詰めた空気を纏っている今は妙に似合っていた。

「道場の中央へ」

 士郎の指示に従い、お互いへと視線を向ける事なく、二人は道場の中央で向かい合った。
 そこで初めて互いを視界におさめ、鋭い視線を交し合う。
 視線はそのままに、互いに手にしていた木刀を構えた。
 と言っても、剣術にそった正眼の構えではなく、モビルスーツにて剣を扱う時と同じであった。
 片腕のみで木刀を支えて持ち、体の前で少し傾けただけ。

「初め!」

 短くそれだけを言った士郎は、即座に下がっていった。
 この試合に審判はいない、いらない。
 二人が満足するまで、戦いの極みへと到達するまで終わりはないからだ。
 まず動いたのは刹那であった。
 やや大げさな動作で木刀を振りかぶり、グラハムの顔を目掛けて横一文字に薙いだ。

「貴様は歪んでいる!」
「そうしたのは君だ!」

 一歩下がりそれを避けたグラハムは、即座に二歩踏み出していた。
 密着状態から刹那の腹を右手で撃ちぬき、足で薙ぎ払った。

「ガンダムという存在だ!」

 そこに剣術などはなく、明らかにモビルスーツ戦を意識した動きである。
 それもそのはず、それはかつて宇宙で二人が叫びながら戦いあった動きをトレースしたものだ。
 だからグラハムは大きく体勢を崩した刹那への追撃は行わず、木刀を突きつけて言った。

「だから私は君を倒す。世界などどうでも良い。己の意志で!」
「貴様だって、世界の一部だろうに!」
「ならばそれは、世界の声だ!」
「違う、貴様は自分のエゴを押し通しているだけだ。貴様のその歪み、この俺が断ち切る!」

 刹那がグラハムの言葉を薙ぎ払うように、木刀を振り払った。

「良く言った、ガンダム!」

 お互いに道場の床を蹴り出し駆け出した。
 あの時と全く同じように、木刀の切っ先を互いに向け合いながら。
 衝突の直前で突きを繰り出し、胸の中央へと向けて危険極まりない木刀の切っ先が向かった。
 道場の何処かで小さくはない悲鳴が上がり、ズダンと一際大きく二人が踏み込んだ音が鳴り響く。
 幾人かが目をそらした中で、二人の木刀の切っ先は胸の前数ミリで止まっていた。
 ニヤリとグラハムが笑みを深め、刹那も少しだけ笑みを見せる。

「少年、ここからがあの日の続きだ」

 グラハムが先に木刀の切っ先を引き、刹那が突きつけていた木刀を振り払った。
 そのまま、刹那へと木刀を突きつけるように構えた。
 そして、今その胸の中にある一番の想いを叫んだ。

「私の中にある世界の歪みは、未だに断ち切れてはいない。私はこの時代で生きたい。はやてと共に穏やかな時間の中を。その為にも、君がガンダムとして全てを断ち切りたまえ!」

 木刀を打ち払われたままの刹那の隙をつき、グラハムが上段から思い切り斬り裂く。
 刹那の前髪が木刀に巻き込まれ数本舞ったが、本人はバックステップにより回避していた。
 払われた木刀を引き戻すままに刹那がその体を回転させて袈裟懸に斬り付け、今度はグラハムの前髪が数本舞っていった。
 一歩間違えば体の末端ではなく、顔すらも骨折させかねない鋭さで互いに木刀を振るう。
 まるで自分自身がフラッグやガンダムといったモビルスーツであるかのように。
 だが二人ともその顔に恨み辛みといった、負の感情は一切見えなかった。
 ただただ一心に木刀を振るい、目指すべき極みを求めていた。
 純粋にその場所を目指し、高めあっていた。

「貴様は確かに歪んでいる。だが、その歪みは世界の歪みではない!」

 その中で、刹那がグラハムの言葉を否定する内容を叫んだ。

「いや、世界の歪みだ。ガンダムを求め、その為ならば世界を巻き込む事すら厭わない。私の業は、いかんともし難い程に深い!」
「ならば何故、あの時に一時休戦など申し入れた!」

 刹那が振るった木刀が、初めてグラハムを捕らえ、右腕に浅く入った。
 反射的に打たれた腕を押さえながら、グラハムがさがる。
 本当ならば、グラハムは正確な意味で痛みというものも感じない。
 だがそれでも腕を押さえたのは、刹那の言葉に若干心を揺さぶられ心が痛みを感じたのかもしれなかった。

「貴様が歪んでいる事は俺も認めよう。だが、その歪みはかつての歪みとは違う!」
「違わない。私は君だけを求めていた。ガンダムだけを、私の空を穢したガンダムを!」

 木刀の刃がかみ合い、鍔迫り合いを行いながらグラハムが刹那へとその身を乗り出す。

「その過去に囚われた貴様の心こそが本当の歪み。自身が歪んでいると思い込んでいるその心を……」

 明らかに体格で劣る刹那が、鍔迫り合いを押し切った。
 それは本当の歪みを指摘されたグラハムの動揺があっての事かもしれない。
 恐らくは自分でも刹那の言葉を認めてしまったのだろう。
 最初は確かにグラハムはガンダムを求めるあまりに。なのはを巻き込んだ。
 ガンダムに固執するあまりに、フェイトの使い魔であるアルフをその手にかけようとした事もある。
 だがその心は徐々に変わり、撤退する刹那を追わずに、GNビームライフルで撃たれたなのはを優先するようになった。
 それから度々、刹那を渇望したガンダムを前に、他事を優先させてきた。
 時になのはを、時にはやてを優先させて、刹那との戦いを後回しにする事さえあった。

「私は、私のガンダムへの思いは!」
「ガンダム、刹那・F・セイエイが断ち切る!」

 バランスを崩したグラハムへと刹那が木刀を一閃し、その手から木刀を奪い上げた。
 尻餅をついた状態で倒れこんだグラハムの背後に、それが落ちる。
 明らかな勝負あり。
 グラハム自身、それを認めるように呟いた。

「既にはやてへの愛に負けていたのか。私はガンダムの圧倒的な性能に恋焦がれ、はやての圧倒的な愛おしさから愛を育んだ。恋は所詮、錯覚という事か」
「グラハム・エーカー、お前は生きろ。この時代で、愛する者と共に」
「元よりそのつもりだ。少年、君もどうかね? 君がガンダムである事を誰よりも望んだ私が言うのも変だが、普通の少年として生きてはみないか?」
「悪いが断る。俺にはまだやるべき事がある。この世界にある世界の歪みを断ち切り、いずれ元の時代へ戻ってみせる。俺が変革を促がした世界の行く末を見る為にも」

 残念だと、心の奥底から思ったグラハムは小さく呟いた。
 そして改めて思う、ガンダムは、目の前の少年はなんと強い事かと。

「それは茨の道だ。その先にあるのが自身の破滅だとしても、君は行くというのか?」
「ああ、例えその先に何が待ち受けていたとしても。俺は目をそらさない、俺達が促がした世界の変革から。そして戦う、ガンダムとして。そうだ、俺がガンダムだ」

 刹那の確固たる意志が込められた瞳を前に、本当にグラハムは己の心の中の何かが砕かれた事を悟った。
 負けてしまったと、完敗だと認めてその身を道場の床の上へと転ばせた。
 誰かが始めた拍手が、一人また一人と増え、グラハムと刹那へ注がれ始める。
 それらが心地良く、とても晴れやかな気分であった。

「ハム兄……」

 その拍手の中で、はやてがグラハムの名を呼びながら近付こうと道場の板張りの上をはいずり始めた。
 手をついては体を引っ張り、慌てて手伝おうとしたなのは達の言葉も断って。
 自分の力でグラハムにまで近寄り、倒れこむようにして抱きついた。

「今日は、何時になく甘えてくるな。また私は、はやてを不安にさせるような事をしてしまったのかな?」
「ちゃう、ちゃうわ。言わずにはおられへんのや、ありがとうなって。ハム兄、私のところに来てくれて。私を選んでくれて。私今まで生きてきた中で、一番幸せや。今までの不幸が吹き飛ぶくらい、幸せや」
「何を言っているのかね。私達はこれからもっともっと幸せを掴みとる。私とはやての二人で、世界中の人間が羨む程の幸せを」
「大好きや、ハム兄。そんな言葉では言い表せへんぐらいに、大好きや」

 本当の意味で兄妹となった二人は、周りがそろそろと呆れ果てるまで道場の真ん中で抱き合っていた。









 それを聞いたのは、偶然であった。
 グラハムと刹那の果し合いが終わった後は、家族同士の交流会となっていた。
 忍と恭也は恋人同士であるし、一人娘を出来合いするデビットは娘の友達、その親に興味があったのだ。
 そしてグラハムと刹那が軽くシャワーを浴びた後は、二人が主役となった。
 三〇〇年後の世界の話や、なのはが関わった魔法の話。
 特に三〇〇年後の世界情勢や技術に関しては、忍やデビットが強い関心を向けていた。
 反対に子供達はなのはの魔法の話に興味があったようだ。
 そしてそれを話す中で、アリサが不思議な犬を拾った事を話題に出した。
 赤毛だけでも珍しいのに額に宝石みたいなのがあり、まるで魔法の犬みたいだと。
 特徴を聞けば聞く程アルフにそっくりで、グラハムと刹那、そしてなのはとユーノはアリサとその父と共にバニングス邸へと向かった。
 その館がある庭の隅にある猛獣用の檻の中に、包帯で全身を包まれたアルフはいた。

『ソラン、無事だったのかい』
「何があった。この前の戦闘ではそこまで怪我をするような状況ではなかったはずだ」
「それにフェイトちゃんはどうしたんですか?」

 今は名前の訂正をせず、刹那が指摘し、なのはが尋ねた。
 答えにくい事なのか、アルフは檻の中で背を向けてうな垂れてしまった。
 明らかに様子のおかしいアルフを見て、刹那がまさかと呟いた。

「プレシアを……フェイトの神を破壊しようとしたのか?」
『ああ、そうさ。それでフェイトのバルディッシュを盾にされて、見事返り討ち。使い魔なのに、ご主人様も護れず離れ離れで』

 背を向けたままのアルフの体が小刻みに震え始めた。

『あの子、もう戻れないかもしれない。あの鬼婆が珍しく褒めたりするから、フェイトが益々依存して。でもほんの少しだけ笑ってた。もう、私には何が正しいのか分らなくなっちまったよ』
「そんな事はないです。笑ってたように見えても、きっとそれは間違った笑い方だと思うから。だって、ここでアルフさんが泣いてるもん」

 震えを止め、振り返ったアルフへと毅然とした瞳でなのはが語りかける。
 アルフの迷いをはらすように、フェイトが間違っていると。

「今日ね、一杯一杯笑顔を見たの。朝ご飯を食べた時も、グラハムさんと刹那さんの果し合いの時も、その後も。私思ったんだ。笑顔って伝染するものなんだって」
「確かにその理屈ならば、フェイトが浮かべた笑みは誤ったものだろう。彼女の笑みはもっとも近い存在であろう使い魔にさえ伝染していないのだから」

 グラハムの賛同を前に、なのはは目一杯の笑顔を向けた。
 その笑顔を見て自然とグラハムも微笑を浮かべ、さっそく笑顔が伝染する。
 アリサやデビット、ユーノや刹那へと次々に笑いかけ、なのはは笑顔を伝染させていく。
 刹那だけは、空気を読まずに笑顔を返さなかったがグラハムに頬を引っ張られた。

「少年、笑いたまえ。出来ないのであれば私が教えてやろう。手取り足取り」
「俺に触れッ!」
「お願いします。フェイトの為だと思って」
「ならば、何故縛る!」

 触れるなと反撃する前に、ユーノにまでもバインドで縛られ無理やり笑わされる。
 それって良いのかなと疑問に思ってしまったなのはだが、許容範囲だと無理に納得した。
 そして最後にアルフへとさらに輝く笑みを見せて、断言した。

「私がフェイトちゃんに教えるよ。本当の笑顔がどんなものか。ほんのちょっと向けられるだけでどんなに嬉しくなるものか。友達になりたいって言葉と共に、フェイトちゃんに届くまで」
『フェイトはきっと、アンタのジュエルシードを』
「なのはだよ。私の名前はなのは。たぶん、何度か名乗ってるはずなんだけど……」
『そうかい。なのはのジュエルシードを狙ってくる。だから私がなんとかフェイトに呼びかけて、誘い出す。あの子の事を頼んでも良いかい?』

 なのはの答えはもちろんというものであった。
 それで少し気が抜けたのか、アルフがへたり込むように檻の床に倒れこんだ。
 慌てたなのはが話しかけ、荒い息をしながら大丈夫だと返って来た。
 アリサと共に何度も任せてと元気付けるなのはを尻目に、刹那とグラハムが言葉をかわしあった。

「管理局にこの事は……」
「伝える必要性が何処に?」
「なら良い」

 先日の監視の件も、あの時にきっぱりと断りを入れてある。
 その後にグラハムは念話でリンディから、馬鹿と拗ねたように言われてしまったが。
 下手に近所をうろつかれては、それこそそこにジュエルシードがあると教えているようなものだ。
 それでも何処からか監視はしているのだろうが、伝える義理はとりあえずない。
 グラハムとしてはリンディのような魅力的な女性とはお近づきになりたいが、管理局員としては遠慮願いたかった。

「フェイトの事はなのはに任せる。俺は、フェイトを覆う歪みを直接叩く。俺のガンダムであるエクシアで」
「及ばずながら助太刀しよう。私は落ち着きがない上に我慢弱く、さらに欲が深い。既にはやてがなのはと同じようにフェイトの友になりたがっている。ならばそれを手助けしよう、兄として」
「好きにしろ」
「ああ、好きにさせてもらうさ。君にガンダムがあるように、私にもフラッグがあるのだから」

 今の私の空は青いと、グラハムは日が高くなろうとしている空を見上げた。









-後書き-
ども、えなりんです。

決戦前に、ハムとせっちゃんの因縁を断ちました。
ただしMS戦ではなく、木刀を持って道場で。
これでブシドー化最終フラグは立ちました。

フラグ1:温泉宿で和の魅力にとりつかれる
フラグ2:リンディという(間違った)和の同士を得る
フラグ3:武士道と出会う切欠を得る

完璧ですね、もうブシドーと化すしかありません。
ただA's編では主役と準主役が入れ替わるのでそこまで活躍はしませんが。
無印編も終わりが近いです。

それでは次回は水曜投稿です。



[20382] 第十一話 堪忍袋の緒が切れた(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/09/22 19:41
 空が白み、これから朝日が昇ろうかという時間帯の事である。
 海鳴市臨海公園の海辺には、早朝にしては多い数の人影があった。
 やや強い風に荒れる海の向こうを眺め、バリアジャケット姿でレイジングハートを手にしているなのは。
 その隣では、アルフがフェイトへと向けて使い魔としての繋がりを利用した救難信号を発している。
 それを後ろで見守るのは、グラハムと刹那にユーノ、そしてはやてであった。
 はやては本来ならば連れてくるべきではなかったのだが、どうしてもと懇願されてしまったのだ。
 同様に高町家の面々やすずかやアリサも同席を望んだが、フェイトは兎も角、プレシアの事を考えるとあまり望ましくはない。
 だがはやてだけは初期からジュエルシードの事を知っており、結末を直に見るべきだとごり押し、グラハムが折れた。
 ただし、フェレットの姿となったユーノを膝の上に乗せ、安全は絶対確保が条件であったが。

「来た。フェイトだ」

 アルフの信号をキャッチしたのか、やや慌てた様子のフェイトが空を飛んでやってきた。
 そしてなのはがアルフの隣にいる事に戸惑い、次いで刹那の事に気付いて安堵したりと近くに着地する事はなかった。
 全員の頭上をそのまま通り過ぎ、距離を置いて街灯の上へと足をつける。
 そんなフェイトへとなのはが一歩踏み出すと、バルディッシュの先端を向けてきた。

「おはよう、フェイトちゃん」

 だが突然のなのはの挨拶と笑顔に、さらに動揺を深めている。
 どういう事だと、自分の味方のはずがなのはのそばにいる二人へと視線を向けた。

「アルフ……それに、ソラン?」
「俺はソラン・イブラヒムではない。ソレスタルビーイングのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイ。だから戦う、争いを生むものを倒す為に。世界の歪みを破壊する」
「争いを、それって……アルフ、どういう事なの?」
「そのままの通りさ。本当は聞いてるんだろ、アイツから。私が歯向かったって。例えフェイトに嫌われたとしても、私はもう……アンタの母さんを敵としか思えない」

 うな垂れながら呟いたアルフの言葉を聞いて、フェイトの瞳が涙で崩れそうになる。
 アルフの言う通り、本当は聞いていたのだろう。
 だが信じたくはなかった、忠実で最も信頼のおける自分の使い魔がプレシアを攻撃したなどと。
 その涙も、海を揺らす風に煽られ直ぐに乾いていった。
 フェイトの心が乾いていくように。

「どうして分かってくれないの。褒めてくれたんだ、母さんが。良くやったって。だからもっと頑張ればきっと笑ってくれる」
「じゃあ、どうして今のフェイトちゃんは笑ってないの?」
「私の事はどうでも良い。母さんさえ笑ってくれれば、それで良いんだ。母さんさえ、それが私の全てなんだ!」
「Photon Lancer」

 フェイトが生み出した雷の射撃が、真っ直ぐなのはへと放たれた。
 着弾の爆煙が辺りに充満し、破壊された足元のコンクリートが破片となって降り注ぐ。
 初めて攻撃魔法を見たはやては、言葉がなかった。
 やはりまだ魔法という言葉に何処か幻想を抱いていたのか、顔色を蒼白にさえ変えている。
 そんなはやてを安心させるように、グラハムがその頭に手を置いた。

「安心したまえ、はやて。あの子は強い。あの子もまたガンダムの一人だ」
「なのは、ちゃん……」

 風に押し流される爆煙の中から、なのはの姿が少しずつ現れる。
 白を基調として、袖を青で縁取りし、ワンポイントとなる赤いリボン。
 トリコロールカラーのバリアジャケット姿のなのはの姿が。
 フェイトの射撃魔法で砕かれたのは足元だけであり、薄紅色の魔力障壁に護られたなのはには怪我一つない。
 哀しみを秘めた強い眼差しで、フェイトを見つめていた。

「それは違うよ、フェイトちゃん。笑顔は一人じゃ成り立たない」
「Flier Fin」

 靴から薄紅色の光の羽を生み出し、空へと上る。

「誰かの笑顔には誰かが笑顔で返してあげなきゃ。だから私が教えてあげる。フェイトちゃんの友達になって、まず自分が笑顔になる事を。それを誰かに見せる事を」
「とも、だち……」
「家族もそうだけど、友達と一緒にいると自然と笑えるんだ。あそこにいるはやてちゃんもそう。ここにはいないアリサちゃんも、すずかちゃんも」
「私は、いらない。母さんと、母さんが欲しがっているジュエルシードさえあれば。賭けて、そこまで言うならジュエルシードを賭けて私と戦って」

 神であるプレシアが絶対であるフェイトは、誰の意見も受け入れない。
 最も近い使い魔であるアルフですら無理だったのだ。
 今さらなのはが言葉で伝えても、結果が同じになるのも当然である。
 ならば戦うしかない、フェイトが望んだように今あるものを賭けて。

「良いよ。私、負けないから。あれからまた、喧嘩がずっと強くなったんだから!」

 フェイトが見せたジュエルシードに対し、なのはもレイジングハート内にある四つを見せる。

「なのはちゃん、それは女の子としてどうなんやろ」
「あ、酷いはやてちゃん。フェイトちゃんの為に頑張ったんだよ」
「って、こっちを見たらあかん。前、前を見な!」
「にゃー。レイジングハート、早い奴、早い奴!」
「Flash Move」 

 はやての突っ込みに気を取られている内に、フェイトが動いていた。
 バルディッシュから生み出した魔力の刃で斬りかかってきていたのだ。
 慌てたなのはは魔法名すら忘れて抽象的な表現を叫び、忠実に魔法を再現したレイジングハートのおかげで空に逃れる事に成功する。
 そのまま場所を海上へと移し、今度はこちらの番だとばかりに追ってくるフェイトへと向けてレイジングハートを構えた。

「Devine Shooter」

 生み出された薄紅色の魔力球は四つ。
 レイジングハートをフェイトに向けて突きつけながら命令する。

「シュート!」

 なのはの意識に従い、それぞれ異なる曲線を描いて魔力球がフェイトを襲う。
 だがまだ距離があった為、フェイトは回避を選択し、やや迂回する形でなのはへの接近を試みる。
 その動きを感知したかのように、魔力球がその軌道を変えた。
 軌道の曲線をさらに大きくさせ、迂回するフェイトをさらに追撃する。

「誘導弾、バルディッシュ」
「Scythe form」

 様々な角度から襲いくる魔力弾を、フェイトは魔力の刃で一つずつ斬り裂いていく。
 その間にも足は止めておらず、確実になのはへの距離を縮めていた。
 そして次弾を生み出そうとしているなのは目掛けて、バルディッシュを思い切り薙ぎ払った。

「Arc Saber」
「はぁッ!」

 三日月形の魔力刃が放たれ、高速に回転しながらなのはを襲う。

「シュート!」

 急ぎ生成した魔力弾を打ち出すなのはだが、四つ共に異なる軌道を描く前であった。
 真っ直ぐになのはへと向かう三日月の魔力刃がそれらを斬り裂き、なのはをも襲う。
 魔力弾を撃ち放った直後で動けないなのはは、手の平を差し出し、方円の魔力障壁を構えた。

「Round Shield」

 電動カッターを鉄板に押し当てるように、なのはの魔力障壁の上をフェイトの魔力刃がけずりとり始めた。
 魔力の火花を散らし、威力と恐怖をなのはに見せつけたまま爆散する。
 その身を魔力障壁で護りきったなのはであったが、同時に魔力障壁は砕かれ、吹き飛ばされていた。
 靴に生み出した魔力の羽で姿勢を制御するも、視界の中には既にフェイトの姿は見えない。
 前と左右はもちろん、背後に振り返ってさえも。
 そして遠距離ながらかすかに聞こえた声に、上を見る事なくバックステップする。
 眼前を、フェイトとバルディッシュが生み出す魔力の刃が通り過ぎていった。
 だが脅え、竦むよりも先に、なのははレイジングハートの杖先をフェイトの背中へと向けた。

「ディバイーン」
「Buster」

 垂直に撃ちたてられた砲撃がフェイトを襲い、そのまま海を貫いた。
 巨大な水柱を撃ちたて、海水の雨を辺り一帯に降り注がせる。
 砲撃そのものは回避したフェイトであったが、上下から降り注ぐ海水がその視界を閉ざす。
 視界一面が泡立つ海水の白で染まり、これが狙いかと警戒を高める。

「てぇーッ!」

 なのはの声を聞き、足を止めて上を見上げたが降り注ぐ海水と空以外何も見えない。
 一体何処からと、今一度先程の声を思い出し、直感的にバルディッシュを目の前に掲げた。

「正面ッ?!」

 これが訓練の賜物というべきものか。
 頭で考えるよりも先に動いた腕とバルディッシュが、なのはの特攻とレイジングハートを受け止めていた。
 魔法の杖同士の鍔迫り合いにて、互いの魔力が反発しあう。

「受け止められちゃった。やっぱり、フェイトちゃんは強いね」
「ここまで押しておいて……良く言う」
「前にね、グラハムさんが言ってた。幾ら急に頑張っても、私とフェイトちゃんの技量の差は埋まらないって。だけど、私はこうしてフェイトちゃんとしっかり喧嘩出来てる」
「それが、どうした!」

 才能の自慢かと、少々の激昂と共になのはを薙ぎ払う。

「Photon Lancer. Full Auto Fire」

 自分の位置から少しだけ落下したなのはを、雷の弾丸で攻め立てる。
 だがいくら撃っても、なのはを捉える事が出来ない。
 雨あられと降り注ぐ雷の弾丸から逃げ続けるなのはが叫ぶ。

「本当は、本当のフェイトちゃんはもっとずっと凄いと思うんだ。たぶん、今のフェイトちゃんは全然力を出し切れてッ」
「だったら見せてあげる」

 突如、フェイトの魔力光である金色の魔法陣が目の前に現れ、なのはが足を止めた。
 雷の弾丸こそ撃たれなかったが、逃げよう逃げようとする先に、魔法陣が姿を見せる。
 逃げ道を塞がれ、しかも消えては現れる魔法陣が段々となのはに近付いてきていた。

「Phalanx Shift」

 バルディッシュを垂直に構えたフェイトの足元に巨大な魔法陣が敷かれた。
 そしてその周りには幾つものプラズマが浮かび上がり始める。

「なんかまずそ、あッ」

 想像を絶する何かとてつもない魔法が来ると、意を決して高く飛びたとうとしたなのはの腕が魔力の帯に縛られてしまった。
 最初はレイジングハートを手にしていた左腕、次に右腕、さらには両足と。
 その体が大の字に固定されてしまう。
 完全に動きを封じられ、身動きが取れない間にフェイトは特大の一撃の為の詠唱を始めていた。
 時間が経つにつれどんどん高まるフェイトの魔力を前に、アレしかないと口を開く。

「トランザ」

 だがそれを使用する直前で、なのはは口を閉じた。
 ここへ来る前に刹那に注意された言葉のせいだ。
 トランザムの効果は絶大だが、その後に待つ強制停止が致命的だと。
 迂闊に先に出せば、敗北は必死だという言葉が。
 だからなのはは覚悟を決めて、空を見上げた。
 空の青を打ち消すほどに瞬く、フェイトを中心としたプラズマの光を睨みつけるように。

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け、ファイアー!」

 その瞬間、なのはには金色の空が落ちてくるように見えた。
 金色の空が割れ、その破片が一斉になのはへと向けて落ちてくる。
 空の欠片が着実になのはを貫き、尋常ならざる痛みを与え、苦痛の悲鳴を今にもあげてしまいそうであった。
 それでも耐えられる。
 やせ我慢でしかないが、雷が降り注ぐ轟音の中でも確かに聞こえていたから。
 友達が自分を呼ぶ声が。

「なのはッ!」
「なのはちゃん!」

 だから何発打ち込まれようと、なのはの翼は折れなかった。
 バリアジャケットの上を残り火である電気が流れても、爆煙の中を強く羽ばたいた。
 これで勝ったと乱れた呼吸を必死に整えているフェイトの目の前に現れる。
 一瞬、ぽかんとお間抜けな顔を見せたフェイトを、手の平でえいっと押す。
 正真正銘子供の喧嘩のような方法に、フェイトは呆気に取られていた。
 そのままふらふらと落ちかけたフェイトを、先程されたように逆にバインドで縛り上げてしまった。

「たぶん、私の一撃はフェイトちゃんには耐えられない。トランザムを使うしか、ないと思うよ!」
「くッ……」

 バインドから抜けようともがくフェイトの目の前で、なのはが魔法陣を展開する。
 これから放つ魔法の威力を見せ付けるように。
 これは喧嘩なのだから、先程はバインドで縛られた上でファランクスシフトを見せ付けられたお返しだ。

「Star Light Breaker」

 フェイトの目の前で、周囲にある魔力素がなのはの魔力光に染められて集束する。
 最初は小さなボール程度から、次第に大きく、なのはを丸々包み込めるまで。

「これが私の全力全開」

 未だにバインドに苦戦するフェイトへと、なのははレイジングハートを向けた。

「スターライト、ブレイカー!」

 フェイトがこれまでに見た事もないような魔力の奔流、あるいは濁流とも言えるそれが放たれた。
 目の前に迫る砲撃以上の砲撃を前に、フェイトは強制的に理解させられた。
 トランザムを使うしかないと言ったなのはの言葉を。
 そして同時に確信する、己の勝利を。
 これだけの砲撃を放っていては、途中で止められない。
 そんな事をすれば集めた魔力を制御しきれず、自爆は必死。
 だからフェイトは後出しにすべきシステムを、先に発動させた。

「トランザム!」
「TRANS-AM」

 フェイトは自分の体内に蓄積されていた魔力素が一気に解放されたのを感じた。
 金色の魔力光とは別に、真紅の光に包まれバインドを破壊し、脱出する。
 自分の動きが早すぎて、周りの時間の流れが緩やかに感じる程であった。
 目の前に迫っていたはずのなのはのスターライトブレイカーが、遅すぎる流れで脇を通り過ぎていく。
 それを見送ったフェイトは、誰もいない真下へとスターライトブレイカーを撃ち放っているなのはの背後へと回り込んだ。

「Scythe form」

 普段よりも大きめに出力された魔力刃を振りかぶり、今まさになのはへと振り下ろす。
 勝ったと確信した笑みが浮かぼうとしたその時、なのはが半分だけ振り返り笑みを浮かべているのが見えた。
 そのなのはがスターライトブレイカーを放った状態で叫んだ。

「トランザム!」
「TRANS-AM」

 なのはがフェイトの魔力刃を避けた。
 特大の砲撃であるスターライトブレイカーを放ったままで。
 ありえない、あれ程の砲撃を放ったままで動くなど。

「砲撃じゃ、ない!?」

 その考えにフェイトの思考が占拠され、完全に動きが止まってしまっていた。

「全力全開も突き抜けて。これが私のトランザム、ブレイカー!」

 それはまさに巨大な剣であった。
 スターライトブレイカーが貫いていた海から引き抜かれようとする。
 だがあまりにも巨大で長すぎた剣は引き抜ききれず、そのまま海を引き裂いていく。
 海の次は空を、その果てまでも斬り裂き、フェイトへと振るわれた。
 回避する場所がない程に、巨大な剣。
 それでも、終わってたまるかとフェイトは己の魔力を振り絞った。

「ああああッ!」

 トランザムブレイカーを前にして、余りにも小さな魔力の刃で受け止める。
 それでもありったけの力を振り絞って、命さえも削るつもりで魔力を込めた。
 トランザムによる過剰魔力がぶつかり合う。
 強く、より強く。
 直接ぶつかり合っていた二人は、それに気づけなかった。
 フェイトが放つ金色に輝く巨大な光の輪と、なのはが放つ薄紅色に輝く巨大な光の輪。
 二つの光の輪が重なりあうようにしてダブルオーの形で海の上に輝いていた事を。
 そして何時の間にかその光が、辺り一帯を包み込み始めていた事を。
 気が付けば二人とも、レイジングハートもバルディッシュも持たない状態で向かい合っていた。
 かつて訪れた事のある、不思議な空間で。

「ねえ、フェイトちゃん。どうして実力の劣る私がここまで頑張れるか、分かる?」

 以前よりも顕著に心があらわれる。

「分らない」
「ほんまは分かっとる癖に」

 現れたのは、はやてとユーノであった。
 やや離れた場所の臨海公園の波打ち際にいるはずの。

「見守られとる人間は強いで。私もハム兄に見守られるようになってからどんどん友達が増えた。これからもどんどん強くなる」
「僕も一人だったらきっとジュエルシード集めを諦めていた。なのはやグラハムさんたちがいたから、頑張ってこれた」
「私には母さんがいる。母さんが見ていてくれる。だから頑張れる。誰にも負けたりはしない」
「確かに見てはいるだろうさ。けどフェイトの傍にはいてくれない」

 一度は諦めた説得の言葉を、現れたアルフがフェイトへと向ける。

「怪我した私を助けてくれた子さ。アリサっていうんだけど、凄く父親に甘えるんだ。何かを代償にしたわけでもなく、笑顔を向けるだけでその父親は撫でてくれる。甘えを受け止めてくれる。フェイトのやり方は間違ってるよ」

 アルフの言葉に瞳と耳を閉じ、フェイトは唇を強く結ぶ。
 そんなフェイトをなのはが正面から抱きしめた。

「笑顔って伝染するんだ。だから私がフェイトちゃんの友達になって笑顔の作り方を教えてあげる。それでお母さんに笑顔を見せよう。きっと笑顔を見せてくれるから」

 なのはの胸の中の暖かさに瞳を閉じながらフェイトは尋ねてきた。

「母さん……笑ってくれるかな? 私、自分が最後に笑顔になった時が思い出せない。ちゃんと笑えるか、自信がないよ」
「その為に私達が、友達がいる。一緒に遊んで、楽しい事もして。そうすればきっと自然に笑えるよ。フェイトちゃんの素敵な笑顔を私もみたいよ」
「ジュエルシードを持ち帰れなくても、笑ってくれるかな?」
「きっと大丈夫。本当に私達が間違ってたら、一緒に怒られてあげる。もしもフェイトちゃんのお母さんが間違ってたら、グラハムさん達、大人がフェイトちゃんのお母さんを叱ってくれる」

 フェイトがほんの少し体を震わせた。
 そんなフェイトを安心させるように現れたグラハムが頭を撫で、刹那が目線を合わせる。

「子供を叱るのは親の役目だが、親を叱るのは他の大人の役目。任せておきたまえ」
「プレシア・テスタロッサは歪んでいる。その歪みを断つのは俺達に任せ、お前はその後で支えてやれ」
「グラハムやソランに色々言われたら……母さん、泣いちゃわないかな?」

 それでも大丈夫だと、よりなのはが強くフェイトを抱きしめた。

「その時は、フェイトちゃんが慰めてあげよう。大丈夫だよって、笑顔を見せながら。フェイトちゃんのお母さんの泣き顔が、笑顔に変わるまで」
「そう……そう、だね」

 フェイトがついに、なのはの言葉に頷いた。
 母親であるプレシアを否定するのではなく、別の角度から認める為に。
 そして二人の意識は特別な認識を離れ、現実へと戻ってくる。
 なのはのトランザムブレイカーが、フェイトの魔力刃を撃ち砕き、その身を飲み込んだ。
 巨大な刃が通り過ぎた後には、バリアジャケットをぼろぼろに引き裂かれたフェイトの姿があった。
 トランザムの効果も消え、魔力は完全に枯渇状態である。
 それでも必死に顔をあげてなのはへとあるものを見せた。

「変、じゃないかな?」
「ううん、とっても素敵だよ。素敵な笑顔だよ、フェイトちゃん」

 嬉しいと小さく呟いたフェイトが力尽き、抱きとめたなのはもトランザムの効果が切れた。
 抱き合いながら落下を始めた二人を、フラッグの姿であるグラハムとエクシアの姿である刹那が受け止める。

「Put Out」

 バルディッシュが格納していたジュエルシードを全て吐き出すが、グラハムも刹那もそれには注意を払ってはいなかった。
 注意を向けていたのは、遥か頭上の空。
 これまでの天候が嘘であるかのような雷鳴が轟いている空であった。









-後書き-
ども、えなりんです。

なのはがグラハムにガンダム認定された。
そして、高町・ガンダム・なのはになった早々、覚醒。
トランザムブレイカー……ぶっちゃけ、トランザムライザーです。
それでフェイトを斬るのみならず、リンカーコアでツインドライヴシステム発動。
言い逃れができない程、ガンダムです。
ただ、こういう使い方が本来のものなんでしょうかね、このシステム?

さて、半ば原作通りにフェイトの歪みを断ちました。
あとは大人の仕事だとばかりに、プレシアを残すのみ。
十二話は前後編、ずっとプレシアとの戦闘です。
ハムとせっちゃんの共闘をお待ちください。

それでは次回は土曜投稿です。



[20382] 第十一話 堪忍袋の緒が切れた(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/09/25 15:04

第十一話 堪忍袋の緒が切れた(後編)

 予想通りと言えば、予想通り。
 バルディッシュがジュエルシードを吐き出した、それよりも少し前。
 フェイトが敗北を認めた直後から、空の雲の動きがおかしくなり始めていた。
 快晴だったはずの青空には暗雲が渦巻き、紫色のあまり類を見ない雷が迸っている。
 以前に海上で六つのジュエルシードの暴走を止めた時と、酷似していた。
 その雷が落ちてくるまで時間がないと、刹那が遅れてやってきたアルフへとフェイトを託す。
 グラハムも直ぐになのはをアルフに手渡した。

「アルフ、二人を頼む!」
「分かったよ。この子の家にまで連れて帰れば良いんだね?」
「急げ、来るぞ!」

 フェイトを取り戻せた安堵か、暢気に尋ね返してきたアルフにグラハムが叫んだ。
 直後、第一射となる紫電が海へと叩き込まれた。
 首を竦めてたアルフが脱兎の如く逃げ出すが、その一撃は元々誰かを狙ったものではなかった。
 狙われていたのは、ジュエルシードだ。
 封印状態である事を良い事に、円を描いて浮かんでいた真ん中に雷が撃ちこまれていた。
 一つとして掴み取る間もなくばらけて吹き飛び、グラハムと刹那の指の間をすり抜けていく。
 悔やむ暇もなく、第二射が叩き込まれた。
 それを第二射と呼んで良いものか、数え切れない程の紫電の帯が次々に落とされる。
 誰を狙ったのかも分からない程、無差別にだ。
 グラハムや刹那は機体を巧みに操り、時に紫電を斬り裂くが、なのはとフェイトを託されたアルフは逃げ回っていた。
 まだ怪我も完治しておらず、一撃でも喰らえばご主人様ごと海の中だ。
 それはもう、必死である。

「はやて!」

 そして広範囲にわたり落とされる紫電は、はやてにまで及んでいた。

「ユーノ君、頑張れ。私の命は君の手の中や!」
「い、嫌な言い方をしないで。大丈夫、僕はこれでも結構結界とか、えッ?」

 はやてを護る為に張ったユーノの結界へと、不運にも一際大きな紫電が直撃した。
 ユーノの魔力光である緑色の結界が砕け、ガラスのように飛び散った。
 巻き上がるコンクリートの破片と砂塵の中を、はやてを抱きかかえたユーノが転がり出てくる。
 フェレットの姿のままでは無理だと悟り、咄嗟に人間の姿に戻ったのだろう。
 だが直撃した時に傷を負ったようで、腕をおさえていた。
 その時、さらなる紫電が二人に襲いかかった。

「はやて、君だけでも」
「あほな事言わんといて。う、動けぇ!」

 はやてを突き飛ばそうとしたユーノの腕を逆に取り、はやてが跳ねた。
 動かないはずの足で。
 さらに日頃車椅子で鍛えた腕でユーノの体を引っ張り、奇跡的に紫電をかわす事が出来た。

「ほ、ほんまに動いた! ピリピリしとるからか。私は電極刺されたカエルと一緒か。気色悪ッ!」
「言ってる場合?! アルフ、急いでなのはの家まで転移する!」
「待った待った。もうちょい、はしたなくたって構うもんかい!」

 ユーノを中心として、転移の為の魔法陣が展開される。
 なのはとフェイトを両脇に抱えたアルフは、ユーノが敷いた魔法陣へと向けて腕ではなく足を伸ばした。
 それを察したはやてがユーノの代わりにその足を掴み取った。
 その瞬間、ユーノの転移魔法が発動する。

「ハム兄、刹那兄も無茶したらあかんからな。絶対に、帰ってきいや!」

 ユーノの魔力光に誘われ、はやての言葉を最後に五人の姿が臨海公園から消えた。
 その分、残りの紫電が一斉にグラハムと刹那を襲い始める。
 息をつく間もない攻撃を必死にかわしていた刹那は、散らばったジュエルシードが海に沈んだ場所に注意を向けていた。
 今でこそ攻撃に専念しているが、プレシアが必ずジュエルシードを回収するはずだと思っていたからだ。
 だがグラハムは、違った。
 当初は刹那と共にジュエルシードに注意を向けていたが、今は全く別の場所を見ていた。
 それは紫電を受けた事で拉げて壊れてしまった、はやての車椅子である。

「過失は、はやてを連れてきた私にある。だが、だがしかし。とても許せる所業ではない。実の娘のみならず、はやてにまで鞭打つとは……」

 グラハムが憎しみに近い感情を得て空を見上げた瞬間、海に沈んでいたジュエルシードが一斉に飛び出した。
 散らばっていった光景を逆戻りさせるように、密集して空へと吸い込まれていく。
 延々と紫電を放っていた暗雲の中にある次元の穴へと。
 それを睨みつけたグラハムは、飛行形態へとその体を変えた。

「堪忍袋の緒が切れた。許さんぞ、プレシア・テスタロッサ!」
「待て、一人で先行するな!」

 空へと消えていくジュエルシードを追うように飛び出したグラハムの翼に、寸前のところで刹那が手を掛けた。
 おかげでやや機体は傾いてしまったが、構わずグラハムは飛び立った。
 そのままジュエルシードすら追い越す勢いで、次元の穴へと向かう。
 もはや止められないと感じた刹那は、ほぼ垂直となったグラハムの機体の上で立ち上がった。
 襲い来る紫電をGNソードで斬り裂き、グラハムの飛行を手助けする。

『二人とも、物質転送による次元の穴に飛び込むなんて無理です。止めなさい。既に我々時空管理局がプレシア・テスタロッサの本拠地の座標を特定。武装隊を送り込みました』

 そんな二人へとリンディからの通信が送られるが、止まらない。

「やはり、何処からか監視していたか。だが断る。貴様達はガンダムではない。貴様達に世界の歪みを断ち切る事は出来ない!」
「その通りだ、少年。そして物質転送だろうがなんだろうが、そこに道があると言うならば。そんな道理、私の無理でこじ開ける!」
『人の話を少しは聞きなさい。ああ、もう。エイミィ、二人を緊急転送。三秒でやって!』
『無茶です。まだ転送座標が武装隊を送り出したままで。あ……二人ともに、物質転送の術式内へと飛び込みました』

 グラハムの名を呼ぶリンディの叫びは、紫電の轟音に打ち消されていた。









 次元の穴とやらは、二人が想像する以上であった。
 無音、無光の中に吹き荒れる謎の嵐の中を、上下左右に揺さぶられながら突き進む。
 だが忘れてはならない。
 グラハムの機体であるフラッグも、刹那の機体であるエクシアもモビルスーツなのだ。
 宇宙での稼動を考慮に入れられ、無音とほぼ無光の宇宙と次元の穴の中は似通っていた。
 無重力でこそないが経験に裏づけされた心の持ちようが、二人を多少なりとも冷静にさせる。
 その冷静な瞳が、無光のはずの空間の先に小さな瞬きが存在する事をとらえていた。
 そして無駄に機体をぶれさせる事なく、次元の穴の中を真っ直ぐ突き進んだ先まで、二人は突き抜けた。
 そこは玉座のような椅子が一つ中央に据えられた、中世の城の謁見の間のような部屋であった。
 まず最初に刹那が床に降り立ち、急停止したグラハムも人型形態へと変形し、足をつく。

「少年、ここは……プレシア・テスタロッサは何処だ?」
「恐らくは玉座の間か。プレシアが普段から篭っている部屋のはずだが……姿が見えないな」

 一体何処へと辺りを見渡した瞬間、玉座の間のさらに奥から今や耳慣れた雷鳴が鳴り響いてきた。
 同時に、複数の人間の叫び声も。
 少なくとも女性のものではなく、恐らくはリンディが言っていた武装隊とやらか。
 声や音、紫電の光が漏れてきたのは、玉座の後ろにあるカーテンに隠れた通路からである。

「こっちだ」

 刹那がカーテンを斬り裂いて、通路を露にしてから中へと突入していく。
 その後をグラハムが追いかける。
 電流による煙を振り払いながら向かった先、隠し通路の先にはプレシアがいた。
 液体が満たされた筒状の何かを庇うようにして。
 そんな彼女の周りには、如何にも魔法を使いそうな武装隊の面々が倒れ伏していた。
 誰からもうめき声一つあがらず、完全に気絶してしまっているらしい。

『グラハム……無事だったのね。お願い、局員達を送還する時間を稼いで!』

 声だけではなく、投影された映像の中からリンディが頼んできた。

「あら、ソランともう一人。来たのね。それじゃあ、さようなら」

 リンディが危険を伝えるより先、さらにプレシアが腕を上げるより先に二人は動き出していた。
 三〇〇年後の主流兵器であるモビルスーツのパイロットならば当然の技能。
 人を模しているとはいえ、機械制御によりどうしてもその挙動は頭の中のイメージより遅い。
 相手の挙動の十ではなく、一を見て動く、先読みの技能は必須であった。
 プレシアの手から放たれた紫電をグラハムのプラズマソードが受け流し、刹那のGNソードが斬り裂いていく。
 その間に、倒れ伏していた局員達は送還され、この場に残るのは三人だけとなった。
 別に二人共にリンディの言葉を受けて、それを待っていたわけではないが、グラハムがプレシアへと一歩踏み出した。

「始めましてだな、プレシア・テスタロッサ」
「おどろいた。想像以上の動きをするのね。そんな貴方をフェイトにつけたのに……やっぱり駄目ねあの子は」

 挨拶を無視され、さらに頭に血を上らせて身を乗り出したグラハムを刹那が腕を差し出して止めた。

「プレシア・テスタロッサ、アンタには感謝している」
「突然なに? 命乞い?」
「俺はアンタに拾われなければ、この記憶を取り戻す事は出来なかった。かつての出来事から記憶ごと逃げ出し、仲間の死や己のなした責任からも逃げ出すところだった」
「別に……貴方が、ジュエルシードの捜索に役立つと思ったからよ。その能力、ガンダムへの変身能力が。実際は、あまり役に立たなかったみたいだけど」

 そう特に残念そうでもなく呟いたプレシアが、持ち上げていた腕の手の平を上に開いた。
 咄嗟に振り返ったグラハムや刹那の脇を、ジュエルシードが飛んでいく。
 二人に送れて物質転送が完了したらしい。
 その数は七つ、全てがプレシアの手中へと収まった。

「たった七つ、やはりアレを使うしかないみたいね。今さら博打的要素が絡んだとしても、たいして変わりはないけど」

 まるで目の前にいるグラハムや刹那を無視するように、プレシアが背後に庇っていた円柱の筒へと縋りつく。
 その時、初めて二人はそこに納められたものを見た。
 一瞬の違和感、今すぐにでも戦闘が始まってもおかしくないこの場で思考が停止する。
 フェイトよりもやや幼い容姿でありながら、瓜二つと言って良い少女。
 その少女を撫でるように、愛おしそうにプレシアが筒の表面を撫で付ける。

「でも、もう良いわ。終わりにする。この子を亡くしてからの暗鬱な時間を……この子の身代わりの人形を娘扱いするのも」
「なんだと……それは、まさか」
「そうよ、フェイトの事よ」

 グラハムが否定して欲しかった言葉は、嬉々としてプレシアに肯定された。

「折角アリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない」
「知って、いたのか。リンディ」
『ええ、彼女がフェイトさんの後ろにいる事を突き止めて直ぐに、調べ上げたわ。昔の彼女はとある企業の研究員で、研究の実験の際に実の娘、アリシア・テスタロッサを亡くしているの』

 黙っていた事を済まなそうにリンディが教えてくれたが、別にグラハムは怒っているわけではない。
 むしろ黙っていてくれた事を感謝したいぐらいであった。
 これこそ本当に子供が知るべき事ではない。
 フェイト本人はもちろんの事、なのはやユーノ、そしてはやてが。
 これはきっとフェイトの後ろを一生ついて回る問題だろう。
 いずれ知る時が来るにしても、今はまだ早すぎた。

『彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる、使い魔を超える人造生命の生成。そして死者蘇生の秘術。フェイトって名前は研究につけられた開発コードよ』
「歪んでいる。この世界だけじゃない。次元世界もまた歪んでいる……」

 刹那はこれまでに数多くの死を見てきた。
 父親と母親、同じ洗脳を受けた仲間、ロックオン・ストラトス、もちろん敵も含め。
 何にもなれぬまま、失い続けたまま死ぬ者だって大勢いる。
 どんな悔いがあろうと死は生の終わりであり、それを覆す事は誰にも出来ない。
 プレシアの歪みを断ち切れば、ある意味それでこの時代の歪みは終わりだと思っていた。
 だが例え三〇〇年前であろうと、次元世界単位に視野を広げればより歪みも大きかった。

「ソラン……この世に歪みのない世界なんて存在しない。世界の数だけ歪みは存在し、今この瞬間もまた世界のどこかで歪みは生まれる。私がアリシアを失ったようにね」
「自覚があったのか?」
「当たり前よ。アリシアの母親である前に、一人の科学者ですもの。自分が何をしているかなんて理解しているわ。理解した上で、私はこの道を歩んできた」

 刹那の問いに、さも当然のようにプレシアは答えた。

「だけど駄目ね、ちっとも上手くはいかなかった。造り物の命は所詮造り物。失った者の代わりにはならないわ」
「失った者の代わりは誰にもつとまらない。それが分かっていながら、何故フェイトの前で母親という名の神を気取った。何故、ただの母親として接しなかった!」
「だってあの子は私が造りあげたんだもの。アリシアを蘇らせるまでの間に、私が慰みに使うだけのお人形。だから、私がどうしようと勝手でしょ? それにもう要らないから」
「少年……ここらが私の我慢の限界だ」

 自分を抑えていた刹那の腕をどかし、グラハムがさらに一歩前へと進み出る。
 フェイトが虐待を受けている話を聞いてから、密かにその仲を取り持ちたいと思っていた。
 はやての友達になるであろうフェイトの為に。
 フェイトがプレシアの為に上手く笑えるかと言った時には、本心から彼女の為にと。
 だがもはやこれはそう言う次元を超えてしまっている。
 プレシアがフェイトを要らないと捨てるならば、自身が拾い上げようと思えた。
 共に親類のいないはやてと自分が家族となれたのならば、そこにフェイトが加われない道理はない。
 例え時間はかかろうとも、プレシアの代わりに自分達が家族になろうと決めた。

『待って、グラハム。今、クロノ執務官がそちらへ』
「邪魔だ、下げたまえ。今の私に少年以外が近付けば、直ちに斬り裂かれてしまうぞ!」
「なあに? お人形同士、同情でもしたの? 気付いてないのなら教えてあげるけれど、貴方は高度なAIを搭載した傀儡兵と同じ存在に成り果てているわ。ソランと違って。命は私の専門、間違いはないわ」
「そのような事は先刻承知、自分の体の事ぐらい熟知している。だがそんな事は関係ない。私ははやての家族であり、兄だ。その事実だけあれば、十分!」

 プラズマソードの切っ先をプレシアへと向けてグラハムは叫んだ。
 刹那やリンデイが思わず目を伏せそうになった事実を改めて指摘されても。
 それだけ怒りが体中から滲み出ている事もあるが、己の歪みさえも変えてしまったはやてへの愛は揺るがない。
 いずれ笑顔でこの事実を伝える事さえ出来る。
 何故なら二人は既に家族なのだから。

「ふん……気に要らないわね、人形の分際で。私の意に沿わないところなんかフェイトにそっくり。本当に、気に要らないわ!」
「彼女も私もフラッグファイターだ。似ていて当然、そしてその胸に秘めた愛も。それに気付けぬ哀れな母親、プレシア・テスタロッサ。引導を渡す!」
「全く、本当に嫌になるわ。軽く撫でた程度の攻撃を受け止めた程度で……人形風情が、私に勝てるつもり!」

 狭い通路の中を今再び、プレシアの手より放たれた紫電が満ちた。
 プレシアの動きより察したグラハムがプラズマソードを、刹那がGNソードを掲げる。
 襲い来る紫電を斬り裂き、斬り裂き、それが尽きない。
 延々と続く河の流れに押し流されるように、やがて二人は秘密通路より押し出された。
 吹き飛ばされ、地面を転がるより先に地面を蹴り上げ、宙に逃れる。
 その二人の足元を濁流のような紫電が突き進み、玉座の間の扉をも貫き何枚もの壁を突き抜けていった。

「ヴァーチェのGNバズーカ並みの威力だ。損害は?」
「ディフェンスロッドがいかれた。危うく、プラズマソードまでいかれるところだった」

 グラハムとは違い、刹那のエクシアには目立った損害はない。
 それはつまり、機体の単純な性能差をあらわしていた。
 決してグラハムのパイロットとしての腕が落ちるのではなく、性能差。
 プレシアの強さの全てがヴァーチェ並と仮定すると、ガンダム同士の戦いの中でフラッグは脆弱過ぎた。
 それに刹那とは違い、フラッグの破壊はグラハムの死に繋がる。

「ここは俺が……」
「引き受けたなどという言葉は聞かんぞ少年。私にも意地がある」

 そう答えた瞬間、玉座の間が縦に揺れ始めた。
 一瞬地震かとも思えたが震動は響き続け、収まる様子がない。
 響き続ける震動に玉座の間、それこそ時の庭園全体が軋み、悲鳴をあげていた。
 天井からは軋みに耐え切れずパラパラと破片が降り注ぎ、老朽化の激しい場所では壁または天井の塊が落ち始めている。
 ただの地震ではないと確信するのに時間は掛からなかった。

「リンディ、そちらから何か分かるか!」
『現在調査中よ。ただ時の庭園内に魔力反応多数、一体何をするつもりなの。プレシア・テスタロッサ!』

 映像内のリンディが視線を向けたのは、グラハムと刹那が吹き飛ばされてきた隠し通路であった。
 これだけの震動にも関わらず、彼女がヒールで床をカツカツと歩く音が聞こえてくる。

「私達の旅を、これ以上無粋な人達に邪魔されたくないのよ」

 隠し通路から現れたプレシアの背後には、アリシアの眠る筒が浮かんでいた。

「私達は旅立つの、忘れられた都。アルハザードへ」

 そう言い放ったプレシアは、その手にあったジュエルシードを目の前に浮かべた。
 規則正しく円を描いて浮かび上がったジュエルシードは、プレシアの魔力に引きずられ輝いていく。
 それの意味するところなど、魔法に疎いグラハムや刹那でも分かる。
 次元震、それに酷似した謎の現象は一度だけだが巻き込まれた事もあった。

『二人とも、聞いてください。組織の垣根を越えて、協力しましょう。あの人を止めなければ、下手をすればこの次元一体が、それこそ地球も巻き込まれて消滅します!』

 リンディの頼みに対し、この期に及んで断るという言葉は二人とも持ち合わせていなかった。
 各々の武器を構え、狂ったように高笑いを続けるプレシアを見定める。

「私とアリシアは、アルハザードで全ての過去を取り戻す!」
「プレシア・テスタロッサ。貴様は歪んでいる。己の欲望のままにフェイトの前で神を気取り、今こうしてまた無関係な者まで巻き込んで破滅の道を進む」 
「それがどうしたの? 私は、私とアリシアだけが幸せなら良いの。だからアルハザードを目指す。世界なんてどうでも良い。私の意志で!」

 何時か何処かで誰かが言った台詞に、グラハムが強く歯噛みする。

「君とて、世界の一部ではないのか!」
「ならこれは世界の声よ。世界がアリシアに生きろと言ってるの!」

 嗚呼、この人はかつての自分だとグラハムは怒りを薄れさせ、哀れみをもって見た。
 プラズマソードを握る手の力が緩む、哀れみに流されて。
 そして、再びとある決意と共に、握りなおした。
 是が非でも連れ帰り、フェイトの前に引きずり出してやらねばならないと。
 彼女のもう一人の娘であるフェイトもまた世界の一部であり、彼女は母親からの愛を欲している。
 ならばそれもまた、世界の声なのだ。

「違う、貴様は自分のエゴを押し通しているだけだ。貴様のその歪み!」
「私達が断ち切る。ガンダムである少年と、フラッグであるこの私が!」
「やってみなさい、プレシア・テスタロッサを断てると言うのなら。世界を断てると言うのなら!」

 プレシアの叫びを合図に、二人が雄々しき叫びと共に剣を振り上げた。









-後書き-
ども、諸事情により普段の時間より早く投稿したえなりんです。
そしてハートキャッチグラハム始まります。

決戦前にお互いを燃え上がらせる語りあいでした。
ハムは相変わらずせっちゃんだけ特別扱い。
自分が暴走してもせっちゃんは平気とも読み取れますが……
深読みすると、ね。
ちなみに、最後の断ち切る宣言ですが。
プロット上では私達がガンダムだとハムが宣言する予定でした。
書いてるうちにフラッグへの愛が溢れたのでこうなりましたが。
本当に本当は、グラハム・ガンダムになる予定だったのです。

さて、次回から本当に決戦です。
水曜投稿をお待ちください。



[20382] 第十二話 私は基本的に粘着質で諦めが悪い(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/09/29 19:32

第十二話 私は基本的に粘着質で諦めが悪い(前編)

 刹那はプレシアをヴァーチェのようなと評したが、それは少々誤りであった。
 大魔導師プレシア・テスタロッサ。
 なのはのような素質はあるが新米魔導師は言うに及ばず、正式な訓練を受けたフェイトでも及ばない。
 幼いとまで言える歳若いなのは達では到底到達出来ない位置に、彼女は立っている。
 元が研究員という言葉すら怪しく思える程に、プレシアは強かった。
 その強さを言葉で表すとするならば、数多の砲台と戦艦ですら纏めて落とせる主砲を持った要塞兵器。
 弾幕の厚さは言うに及ばず、少しでも足を止めれば砲撃がその場を貫いていく。
 強敵以外の言葉は見つからない相手であった。
 だが刹那の操縦するエクシアも負けてはいない。
 かつて同じガンダム四機と一隻の母艦のみで世界を相手に戦い抜けた機体である。

「うおおおぉッ!」

 プレシアの魔力光である紫の弾幕を掻い潜り、時に斬り裂いて接近する。
 対ガンダム戦さえも考慮されたGNソードにて、プレシアへと斬りかかった。
 魔力障壁により切っ先は受け止められ、火花が散っていく。
 そこから僅かな時間さえあれば、斬り裂けたはずだ。
 時間さえあれば。

「接近戦のみなら、貴方はフェイトを凌駕しているわね。本当、拾いものだったわ」

 魔力障壁を張りながら、プレシアが手首を曲げる。
 するとばら撒かれていた魔力弾のいくつかが、刹那の背中へと殺到し始めた。
 もしもロックオンがこの場にいたのならば、デュナメスでそれら全てを狙い撃った事だろう。
 もしもアレルヤがこの場にいたならば、キュリオスで飛翔し、プレシアを撹乱してくれた事だろう。
 もしもティエリアがこの場にいたならば、ヴァーチェがプレシアの弾幕を全て破砕してくれた事だろう。
 だが彼らはここにはいない、ここにいるのは。

「少年、下がりたまえ!」

 カスタムフラッグを操縦するグラハム・エーカーだけである。
 刹那が障壁破りを諦めて後退した後、グラハムがリニアライフルからの弾丸を放った。
 プレシアの障壁の刹那が斬りつけた場所をピンポイントで直撃させた。
 それで障壁にひびは入るが、そこまでだ。
 一旦後退していた刹那が追い討ちとして小型GNビームライフルを撃つも、そもそもひびに当たらない。
 単射モードで再度グラハムが撃ち放つまでに、障壁は修復されてしまう。

「攻めきれんか。少年、何度でも何度でもだ!」
「分かっている!」

 二人の連携こそ拙いが、グラハムのパイロットとしての腕は刹那を凌ぐ。
 ただ惜しむらくはやはり、フラッグの性能であった。
 プレシアを責めきれない一番の理由はそこにある。
 機体の装備も装甲も、何もかもが足りてはいない。

「そう何度も懐に飛び込ませると思って?」

 そして状況はまたしても振り出しに戻る。
 これで何度目となる事か、厚い弾幕を潜り抜けた刹那が斬りつけ突破できぬまま、再度弾幕に晒されるのは。

「Photon Lancer. Full Auto Fire」

 フェイトが普段使っている魔法と術式はまるで同じもの。
 だというのにプレシアがそれを使うと、一面が彼女の魔力光に染められる。
 おかげで既に玉座の間は原型を留めておらず、無事なのはプレシアとアリシアが入った筒がある場所だけであった。
 天井は既になく、壁は崩れ落ち、さらに床までも抜け落ちている場所さえある。
 その向こうでは宇宙ではなく高次元空間が存在し、さらにその向こうには虚数空間さえ見えていた。
 そんな廃墟と化した玉座の間の中で、刹那は太陽炉搭載型の重量を感じさせない動きでそれらをかわしていく。
 氷の上を滑るスケーターのように滑らかな動きで。
 一方グラハムは、フラッグの居場所である空にて、機体を巧みに制御しかわしている。
 ただし刹那のように全弾とはいかず、被弾の数は戦闘開始から既に十を超えていた。
 元からいかれていたディフェンスロッドは、右腕からもぎ取られてしまった。
 翼にも無数のひびが入っており、飛行形態で高速に飛んだ瞬間に砕けてしまうだろう。
 そしてまた、グラハムが一発の魔力弾の直撃を受け、衝撃でアイカメラのガラスにひびが入る。

「ぬうぅッ!」

 被弾が十を超えれば、不覚という言葉さえも使えない。

「そろそろ、落ちなさい!」

 激しく体勢を崩し、落ちていこうとするグラハムへと魔力弾が殺到する。
 体勢を崩しながらも避け、プラズマソードで斬り裂き、さらなる着弾だけは避けていく。
 だが墜落までは止められず、ついにグラハムは砕けた床の上に落ちた。

「手間をかけさせてくれる。消えなさい」
「Plasma Smasher」

 プレシアの目の前に紫電の塊が集束する。

「当たれェ!」

 今から助けに走っても間に合わないと判断した刹那が、GNビームダガーを投げつけた。
 だが当たれと叫んだのは、GNダガーがプレシアにという意味ではない。
 あっさりと魔力障壁に跳ね返され、宙に浮かんだGNダガーへと向けて両腕に内臓されたGNバルカンを一斉掃射する。
 その内の一発がGNビームダガーに着弾し、その内部から出力されるはずであったGN粒子を暴発させた。
 小ぶりなGNダガーからは想像も出来ない大きな爆発が、プレシアの目の前で巻き起こった。

「なん、ですって!」

 熱や衝撃は全て障壁に遮られただろうが、誰しも目の前で予期せぬ爆発が起きれば動揺する。
 プレシアが放った砲撃は、グラハムの脇を掠めるように外れていった。
 だが余波による瓦礫に埋もれたまま、グラハムが起き上がってこない。
 爆破を前によろめいているプレシアを確認した刹那は、今ならとグラハムのもとへ向かう。
 瓦礫を押しのけ、掘り起こした時のフラッグのカメラアイから光が消えていた。
 まさかと背筋を凍らせながら、刹那がグラハムを揺り動かす。

「おい、しっかりしろ!」
「あ、ああ……大丈夫だ。少々、気を失っていたようだ」

 カメラアイに光が灯るが、間接部に極度のダメージを受けたのか身動きする度に金属が擦れ合う音が響いていた。
 とても戦闘を続行できるような状態ではない。
 例えグラハムが何と言おうと、フラッグではここが限界であった。

「掴まれ、一時後退させる」
「少年、何を言って!?」

 聞く耳は持たず、刹那はグラハムを戦闘区域から離脱させた。
 とは言っても元玉座の間であった部屋の外、瓦礫の陰にだが。

「私はまだ戦えるぞ、少年。プレシアの歪みを断ち切り、フェイトのもとへと連れて行かなければ。アレはかつての私だ。私のように、引き返せるかもしれん!」
「それはガンダムである俺の役目だ。フラッグの出る幕ではない。それに……お前には、帰りを待っている奴がいる」
「ここへ来て……ここまで来て、私は!」
「すまない」

 フラッグである己の性能に悔やみ、グラハムは手近の瓦礫を叩き割っていた。
 グラハムの為とはいえ、今度は言葉でフラッグの空を穢してしまった事に刹那は一言告げる。
 そして瓦礫の陰にグラハムを隠したまま、戦闘区域へと舞い戻っていく。
 だが刹那を待っていたのは再びの弾幕ではなく、思いもしない光景であった。
 怒り狂うプレシアの姿、それは想像通りである。

「ごほッ……やって、くれたッわね」

 思いもしなかったのは、口元に当てた手の隙間から零れ落ちる血で足元を汚すプレシアであった。
 何度も何度も咳き込んでは、血を吐き出している。
 切欠は恐らく、先程のGNビームダガーの爆煙。
 プレシアは肺か何処かを病んでいるのか、障壁の隙間を入り込んだ煙にやられたのだろう。

「突破口を見つけたような顔ね」
「今の貴様を見れば、誰でも思いつく。十時間でも二十時間でも、付き合ってもらうぞ。プレシア・テスタロッサ!」
「長期戦……そうね、普通ならばそれで勝てるわ。だけど、その前にこの次元一帯は次元震の影響で藻屑となるわ!」

 刹那の考えを真っ先に否定しながらも、プレシアは焦っていた。
 ジュエルシードの数が想像以上に足りなかったのか、次元震への魔力の高まりが遅い。
 さすがに十時間や二十時間とは行かないが、何時になるか分からなかった。
 その間ずっと刹那の猛攻を受け続ければ、勝敗は見えなくなる。
 多少の無理は覚悟するべきかと、手に持つデバイスを血に汚れた手で強く握り締めた。









 グラハムは無理やり退避させられた瓦礫の陰から、刹那の戦いぶりを見ていた。
 あのプレシア・テスタロッサを相手に、一進一退の攻防を繰り広げている。
 むしろ、先程までよりも格段に動きが良くなっているようにさえ見えた。
 恐らくは、足手纏いである自分がいなくなったから。
 心置きなく眼前のプレシアだけに意識を集中させられる分、刹那は戦いにのめり込む事が出来ているのだ。
 既にグラハムはその身に宿していた歪みは、刹那の手により断ち切られている。
 刹那に足手纏い扱いされた事に対して恨み辛みを抱きようがない。
 それにアレは無事はやてのもとへと無事に帰れという、刹那なりの優しさでもある。
 だがそれでも悔しさはあった。
 ガンダムとフラッグの性能を比べた場合に、どちらが優れているかは今さら考えるまでもない事だ。
 目の前で行われる戦闘を前に、下がっていろと言われても仕方がない。

「他者からすれば、くだらない拘りなのかもしれない。だが私はフラッグが好きなのだ。空に憧れた私を連れて行ってくれたフラッグが」

 もしもフラッグではなく人間の姿であったならば、涙の一つも流していた事だろう。
 だから悔しさを胸に秘めながら、同時に思った。
 何故、自分は刹那と異なり、あの時に搭乗していた機体ではないのかと。
 人がベースか機体がベースかの違いのように偶発的なものか。
 だがフラッグの進化系とも言えるGNフラッグならば、この場でこのように何も出来ずにいるような事はないはずだ。

「私にも擬似太陽炉は搭載されているはずなのだ」

 思い出すのは、グラハムと刹那、なのはとフェイトの四人で一つのジュエルシードを取り合った日。
 あの日、刹那の太陽炉に反応するように、こに身に搭載された擬似太陽炉が反応した。
 そして二つの輪を街に描き、四人をあの不思議な認識へと誘った。

「太陽炉と擬似太陽炉か」

 呟きながら、刹那の戦いぶりへと視線を投じる。
 見事な動きでプレシアの弾幕をかわし、懐に飛び込んではGNソードで斬りつける。
 距離が空いた時の射撃の腕は相変わらずだが、その背中では太陽炉がGN粒子を吐き出し続けていた。
 懇々と湧き出る湧き水の様に、太陽炉の中で若草色のGN粒子が生産され続けている。
 そう、太陽炉と擬似太陽炉の最も大きな違いはそこだ。
 擬似太陽炉は太陽炉とは違い、GN粒子の精製には外部からのエネルギー供給が必要となる。
 一度使い切れば、外部エネルギーからの再充電にしばらく時間をとられてしまう。
 そうGN粒子を使い切れば、そこで終わり。

「まさか私自身の防衛本能が……私をフラッグに押し留めていたのか」

 その推察は、見当違いとは言えないだろう。
 外部エネルギーの供給にしても、それは三〇〇年後に可能なだけで現在は不可能かもしれない。
 今やフラッグそのものとなったグラハムが、無意識かにそれを理解していたとしてもおかしくはない。
 懸念事項の多い内容ではなかったが、求めていた答えは得られた。
 一度GN粒子を使いきっても、外部からのエネルギー供給で再度生成できるのか。
 下手をすれば、本当にはやてのもとへと帰られなくなるかもしれない。
 この戦いをガンダムである刹那へと託すのが最も賢いやり方なのだろう。
 事実、刹那がプレシアへと接近戦を仕掛ける時間は長くなり始めていた。
 時間の余裕が許すのであれば、刹那に任せるべきであった。

「うわ、刹那ってあんなに強かったんだ。あのプレシアと互角以上に戦ってるよ」
「母さんも凄い。私、まだまだなんだなぁ」

 一人真剣に悩んでいたグラハムの耳に、この場に似つかわしくない暢気な声が聞こえた。

「で、アンタはこんなところで何、一人さぼってんのさ」
「アルフ……グラハムがボロボロなの見れば分かるでしょ。そっとしておかないと」
「フェイト、まる聞こえだ」
「ご、ごめんなさい」

 グラハムと同じように、何時の間にか瓦礫に隠れて元玉座の間を覗いていたのはフェイトとアルフであった。
 何やら吹っ切れたようにキラキラとした目でフェイトはプレシアを見ていたが、グラハムに突っ込まれしゅんとなる。
 その仕草一つ一つにこれまでのような無理は見えない。
 むしろとても子供らしく見えて結構なのだが、場所が場所で、状況も状況だ。
 しかも、トランザムによる魔力枯渇状態が抜けていないのか、あろう事かフェイトは私服姿である。
 その為に、アルフを連れて来ているのだろうが。
 フェイトが吹っ切れた事は喜ばしいものの、少々緊張感がなさ過ぎた。

「何故君達がここにいる」
「だって、良く考えたらアンタ達は転移魔法なんて使えないだろう。もしもの時、どうやって帰ってくるつもりだったのさ」
「だから私とアルフだけ、裏口からこっそり。他にも、用事はあったんだけど……」

 フェイトが言う用事が何であるかは、プレシアを見るその瞳を見れば考えるまでもない。
 そちらの方が本命なのではないかと、思える程に。
 それと今、裏口と言ったフェイトの言葉を聞いて、グラハムは通信を繋げた。

「リンディ……聞いていたか、クロノ執務官は?」
『数え切れない程の傀儡兵を相手に、手こずってるみたいね。正面から時の庭園に乗り込んだから、あの子』

 あははと冷や汗を流しながら笑うリンディを見て、まだまだ寝ていられないようだとグラハムは軋む体をおして立ち上がる。

「ちょっと、アンタ何処か壊れてるんじゃないの?」
「よくわからないけど、動かない方が良いよ?」

 その音を聞いて、ようやくグラハムのダメージを察した二人に止められるが聞き流した。
 今はまだ二人とも、刹那とプレシアに目を奪われているが、何時アリシアの存在に気付くか分からない。
 だから二人、特にフェイトの視界から出来るだけアリシアを隠すように目の前に立つ。
 折角取り戻した子供らしい感情を、失わせたくはなかったから。

『アルフ、この先何があってもフェイトがそれに気付くまでは何も喋ってはくれるな』
『なに、なんのことさ』
『プレシアの隣にあるものを見てみろ』

 ハッと息を飲む声が聞こえ、全く要領を得ない混乱の声が念話で届く。

『フェイトに不用意にアレの存在を感づかせるな!』

 それだけを強く伝え、グラハムは後ろにフェイトを庇いながら再び戦闘区域へと足を踏み入れる。
 プレシアはもちろん、刹那もまた即座にこちらへと気付いた。
 不用意に撃ってはくれるなと願いながら、グラハムは何時でもフェイトを庇えるように身構えていた。
 同時に、プレシアが余計な事を言った場合には、それを聞かせないようにする為に。

「フェイト、何故ここに来た!?」
「そう今さら、何処へなりと、も?」

 途中でプレシアが言葉を止めていた、止めさせられていた。
 フェイトの奇行によって。
 腕の前で指を絡め、プレシアを見上げては視線を落としもじもじとしている。
 まるで一大決心をして、異性に告白する少女のようだ。
 そしてやっぱり無理恥ずかしいとアルフに呟いては、頑張れと押し出されてしまう。
 行く事も出来ず、引く事も出来ずといった感じで戸惑っていた。
 フェイトがこれまでのように、ただただ母親という存在を求めたのなら、プレシアも邪険に出来たはずだった。
 フェイトが従順なだけの人形のままであったら、命令する事が出来たはずだった。

「あ、アリ……シア?」

 プレシアには、今のフェイトの姿が限りなく愛した娘に重なって見えていた。

「皆、一杯、一杯応援してくれた。私も自分の母さんの事は一人で頑張るって約束した」

 そんなプレシアの様子には気付かず、フェイトは思い切って紅潮した顔を上げた。

「母さん、大好き!」

 時の庭園を包み込む激震に負けないぐらい大きく、あのフェイトが叫んだ。
 とびっきりの笑顔と共に。
 これまでずっと鬼の仮面を被っていたプレシアが、思わず赤面する程の威力であった。
 確かに心の奥底からフェイトを人形として見ていたのなら、気味が悪い言葉であったろう。
 だがプレシアの赤面が示す通り、プレシアは心の何処かでフェイトを人間だと認めていた。
 自分の慰めの為だけに存在する人形とは、思い込みきれていなかった。

「アリ……ト、フェイト。アリシア、私の娘は……」

 だからこそ、プレシアは混乱する。
 間違いなくアリシアの片鱗を見せたフェイトの姿を見て。
 今のフェイトはアリシアなのか、ただのフェイトなのか。
 だとすれば自分の隣で長い年月を眠ったままの小さな少女は、一体誰なのか。

「私の、ぐッ……ゴホッ!」

 動揺から息を詰まらせ、プレシアは肺の中の空気と共に血を吐き出す。
 母親の突然の姿に体を震わせたフェイトは、頭が真っ白になった。
 刹那のせいではない事は、怪我一つないプレシアを見れば分かる。
 知らなかったと、プレシアが病か何かに侵されていたなど知らなかったと笑顔だった顔に涙を浮かべた。

「母さん!」
「来ないでッ!」

 プレシアへと向けて走り出したフェイトの目の前に、プレシアが放った紫電が落ちる。
 バリアジャケットどころかほぼ魔力が枯渇している今、フェイトには立ち止まるしかなかった。
 そんなフェイトを庇うように、アルフが少しだけ前に出た。

「母さん……」
「これ以上、私の視界に入ってこないで。これ以上……私を惑わせないで!」

 髪を振り乱し、叫んだプレシアの杖はフェイトへと向けられていた。
 紫電の輝きが集束し、巨大な魔力の塊へと膨れ上がる。
 それがどれ程プレシアの体を酷使しているのかは、彼女の口の端から零れ落ちる血が示していた。
 彼女は命を削る思いで、魔法を行使していたのだ。

「母さん、無茶しないで!」
「フェイト、生身じゃ危ないよ!」

 それを前にしても、フェイトはプレシアへと駆け寄ろうとし、アルフにしがみ付かれとめられた。
 だがプレシアも、フェイトもお互いに止まろうとしない。

「くッ、止めろ……プレシア・テスタロッサ!」

 刹那が小型GNビームライフルでプレシアを撃つも、紫電の塊に飲み込まれてしまう。

「お願い、誰か。母さんを!」
「Plasma Smasher」

 ついに放たれた砲撃が、フェイトへと向かい放たれた。
 地面に落ちる瓦礫を押しのけ、蹴散らしながら突き進む。
 咄嗟にアルフがフェイトを庇ったが、それも何処まで効果がある事か。
 今のフェイトはバリアジャケットを纏っておらず、魔力が直接その体を襲ってしまう。
 ありったけの魔力を振り絞り結界をはったアルフとその腕の中にいるフェイトの前に、一つの影が飛び出した。

「うおおおおッ!」

 振りぬかれた刃は、青白い光ではなく、深い血の色をした光であった。
 その光がプレシアの放った砲撃を斬り裂き、弾道を左右に二つへと分けた。
 Yの字に裂かれた砲撃はアルフとフェイトの両脇を通り過ぎていく。
 もはや壁すらもない空間を通り過ぎ、プレシアの砲撃は彼方へと消え去っていった。

「少女が命を賭して願えば、空より使者は必ず舞い降りる。そうだ、私がフラッグだ」

 漆黒の機体はそのままに、背負った擬似太陽炉が深い血の色を振りまく。
 残存粒子の事さえ今は忘れ、グラハムはGNビームサーベルをプレシアへと向けた。









-後書き-
ども、えなりんです。
めっきり涼しくなりましたね。

さて、ついにグラハムがGNフラッグ化。
擬似太陽炉は一度エネルギーを使い切ると再充電が必要ですからね。
ぶっちゃけ、今のグラハムがエネルギー使い果たすと危ない。
だからこれまではカスタムフラッグだったり。
でもそろそろエネルギー切れるはず。
三〇〇年後で一度、現代で一度、ツインドライヴシステム発動してますし。
どうなるかは後編で。

あとグラハムの最後の台詞はマンキンのマルコのパクリ。
同じ変態紳士同士、なんか合うかと。

さて、次回は土曜の投稿です。



[20382] 第十二話 私は基本的に粘着質で諦めが悪い(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/10/02 19:50

第十二話 私は基本的に粘着質で諦めが悪い(後編)

 満身創痍の姿ながら、ついにグラハムはGNフラッグの姿を取り戻した。
 手には青白い光のプラズマソードの代わりに真紅の光のGNビームサーベル。
 その力の源は、背中に背負った擬似太陽炉である。
 これまで封印されていた鬱憤を晴らすように煌々と、赤いGN粒子を振りまいていた。
 刹那のエクシアに勝るとも劣らない、最新鋭のモビルスーツ。

「フェイト、アルフ。今しばらく下がっていたまえ。直ぐに決着をつける」
「グラハムの言う通りにしよう、フェイト。なんだか分からない部分もあるけど、きっと私らは邪魔になる。出番は全てが終わった後だよ」
「母さん……何度でも言うよ。私、大好きだから」

 名残惜しそうにフェイトは何度も振り返りながら、アルフと共に瓦礫の陰へと隠れた。

「グラハム、GN粒子の残存量はあるのか?」
「無粋な質問はよしたまえ。今はただ、プレシアの歪みを断ち切り、親娘の絆を繋げる事こそが私達の役目なのだよ」
「親子の絆、笑わせないで……」

 グラハムの言葉が聞こえていたのか、プレシアが鼻で笑う。
 そこに先程までの動揺はみられず、吹っ切れたような感さえあった。
 口元の吐血の跡を無造作にバリアジャケットの袖で拭い、汗で張り付く前髪を掻き揚げた。
 呼吸こそやや乱れてはいたが、奇妙な余裕のようなものが見える。

「私は乗り越えた。私をこの世界に引きずり込むフェイトという幻影を……誰にも私は止められない」
『それはどうかしら、プレシア・テスタロッサ』

 プレシアの言葉に割り込むように、リンディの念話が全ての人間の頭に響いてきた。

『次元震は私が抑えています。執務官には貴方よりも、駆動路を優先させました。そちらのお二人ならば、貴方をも圧倒するようですから』
「素晴らしい対応だ、リンディ」
『執務官が間に合わないのはこちらの不手際ですから、当然です』

 グラハムのお褒めの言葉に対して、リンディは少々不満そうであった。

「道理で、ジュエルシードの活発化が遅かったわけだわ。でも、それは黙ってるべきだったわね。失策よ、貴方の」
『どういう事です?』
「こういう事よ」

 プレシアは手にしていた杖を掲げ、決意の眼差しと共に呟いた。

「トランザム」
「TRANS-AM」

 プレシアの体を魔力光の紫とは別の赤い光が包み込み始める。
 病魔に蝕まれていた体の至るところに蓄積された魔力素。
 それらが一斉に目を覚まし、プレシア自身を活性化させていく。
 ただえさえSランクと膨大であった魔力が、際限なくSSSランク目掛けて膨れ上がっていった。
 それに伴い、時の庭園を揺るがしていた震動が加速的に振れ幅を大きくし始める。
 元々がプレシアの魔力を発端にジュエルシードが、次元震を引き起こそうとしていたのだ。
 プレシアの魔力が膨れ上がれば、当然の事ながらジュエルシードに大きな影響をもたらす。
 元玉座の間であった場所で輝いていたジュエルシードが、よりいっそう輝き始めた。

「馬鹿な、貴様が何故……まさかフェイトのバルディッシュを解析したのか!?」
『くぅ……そんな、私の魔力では。グラハム、急いで彼女を!』
「リンディ、応答しろリンディ!」

 苦しげな叫び声を最後に、リンディからの念話が途絶えた。

「これでもう、本当に誰にも止められない。そして私は取り戻す。私とアリシアの、過去と未来を!」
「止めてみせる。ここにはGNフラッグとエクシア、グラハムと俺がいる!」
「討たせてもらうぞ、プレシア・テスタロッサ!」

 弾幕の嵐ではなく、プレシアの手から砲撃の嵐が吹き荒れた。
 戦艦をも撃ち落す威力の砲撃が、まるで速射の射撃の速度で撃ち放たれる。
 一撃でも喰らえば、エクシアとて無事では済まない威力であった。
 もはや、非殺傷設定という言葉が虚しくなる程である。
 そんな砲撃の嵐の中を、刹那のエクシアとグラハムのGNフラッグが縦横無尽に駆け抜けた。
 気負う様子を微塵も見せず、全ての砲撃をかわしつづける。

「プレシア・テスタロッサ!」

 砲撃を掻い潜り、刹那がプレシアへと目掛けてGNソードを振り下ろした。
 さらに硬度が増した魔力障壁と衝突し合あったが、障壁にはかすり傷一つつかない。
 散っていくのは火花ばかりで、押し切る事すら出来ないでいた。
 それでも構わず、刹那はGNソードを押し続ける。

「私は今や、SSSランクの魔導師。大口を叩いた事を後悔するが良いわ」
「俺達は託された。イオリア・シュヘンベルグにガンダムを、トランザムシステムを。それは貴様が扱って良いものではない!」
「はッ、何を言い出すかと思えば。だったら貴方も」
「ああ、見せてやる。これが本当の、ガンダムのトランザムだ!」

 太陽炉が活発化し、エクシアの体をGN粒子とは別に真紅の光が包み込む。
 まさか本当にと驚愕したプレシアが、自分の魔力障壁ごと破壊するつもりで刹那へと杖を向ける。
 その時には既に、刹那の姿はプレシアの目の前から消えていた。
 赤い残像の光を残しながら、その姿はプレシアの背後へと回り込んだ。

「は、速い!? まさか、トランザムは元々この子が」

 急いで張った魔力障壁は、刹那のGNソードの一撃で瞬く間に斬り裂かれた。
 SSSクラスの魔導師の障壁を抵抗の瞬間すらも殆どなく、ただの脆いガラスの壁のように。
 だがプレシアも負けてはいない。
 トランザム中の魔力消費を考えて足こそ動かさなかったが、腕だけならば消費は少ないはず。
 GNソードを振りぬいた状態で僅かに動きの止まった刹那を、杖から鞭に変えたデバイスで強かに打ちつけた。
 吹き飛び、瓦礫の中へと刹那が埋もれる。
 すかさず追い討ちの砲撃を放とうとしたところで、プレシアが舌打ちと共に再び振り返った。

「私を忘れてもらっては困る!」

 隙をついたグラハムが、GNビームサーベルを手に向かってきていたのだ。
 だがその機体には真紅の光は見えず、とるに足らないとばかりに叫ぶ。

「トランザムが使えない機体に、私が討てると思って!」
「ガンダムに出来て、GNフラッグに出来ぬ事などない。トランザム!」

 グラハムはカタギリから擬似太陽炉にトランザムシステムが組み込まれている事など聞いてはいない。
 だが何処かで確信はあった。
 なのはやフェイトがトランザムシステムを得たのは恐らく、刹那と共にジュエルシードの暴走に巻き込まれた時。
 その時になんらかの影響を受けて、二人はガンダムへの道を歩んだのだろう。
 ならば自分の擬似太陽炉にもトランザムシステムが組み込まれていてもおかしくはない。
 その確信通り、GNフラッグの漆黒の機体が赤く染まっていった。
 プレシアが薙ぎ払った鞭を避け、GNビームサーベルを振り上げる。
 そのまま魔力障壁ごとプレシアを切り裂く直前で、その腕が止められた。
 止めたのは、プレシアの鞭であった。
 一度は避けられつつも、大きくしなりグラハムの背後からその腕を巻き取ったのだ。

「トップファイターと戦う前に、もう少しモビルスーツ戦を学ぶべきだな!」

 すかさずグラハムは、プレシアの魔力障壁を殴りつける為に右腕を振り上げた。
 GNビームサーベルといった兵装ばかりが武器ではない。
 モビルスーツそのものが兵器なのだとばかりに。

「そっちこそ、魔導師というものを知るべきだったわね!」

 同時にプレシアもグラハムの左腕に巻きつけた鞭へと魔力を通す。
 魔力変換により雷となったプレシアの魔力がグラハムの機体に直接叩き込まれた。

「ぐッ、おぉッ!」

 紫電を叩き込まれ、機体の各所から煙を吐き出しながら、拳を振るう。
 だがその拳は届かず、そのままグラハムは崩れ落ちようとする。
 フラッグが空を飛ぶ以上、耐電処理こそされるが、プレシアの紫電は耐久度を大きく越えていた。
 多くの回路が焼ききれ、GNビームサーベルもその輝きを失った。
 無念、その言葉を残して意識を失う直前、刹那のGNソードがプレシアの鞭を両断した。

「あと少しのところで、ハッ……」

 グラハムの腕を取り下がった刹那を狙い、腕を伸ばした瞬間、またしてもプレシアの口の端から血が流れ落ちた。
 そして吐血した瞬間、トランザムの光が点滅を繰り返す。
 トランザムシステムにより一度力を放出し尽くせば、健常者でも意識を失いかねない程に疲労するのだ。
 ただでさえ体に病を抱えたプレシアは、魔力を放出しつくす前に体に疲労が現れ始めていた。

「あと少し、あと少しなの。持って、私の体……」

 プレシアが目を向けたのは、輝きを強め続ける七つのジュエルシードとアリシアが安置された筒。
 それらを励みに吐き出すはずだった血を飲み込み、魔力を振り絞る。

「立てるか。そのGNビームサーベルは諦めろ。これを使え」
「済まない。借り受ける」

 刹那からGNビームサーベルを借り、グラハムは軋む機体をおして立ち上がる。

「少年、彼女は強い……母親の執念か。ガンダム以上かもしれん。だが負けるわけにはいかない。次で終わらせる。力を貸してくれ」

 そう言ったグラハムの背負った擬似太陽炉から排出されるGN粒子の量は、目に見えて減っている。
 もはや問答の時間すら惜しいと、あえて刹那は頷いた。

「分かった……エクシア、刹那・F・セイエイ、目標を駆逐する!」
「グラハム・エーカー上級大尉、GNフラッグでプレシアを倒す!」

 グラハムと刹那、手にしたGN兵装を手に一歩を踏み出し、加速する。
 パイロットの意志に呼応するように、吐き出されるGN粒子の量も増加していた。
 二人が背負った太陽炉から、若草色と深い血の色の光の輪が噴き出す。
 さらに加速する事で、光の輪がさらに大きくなった。
 並び駆ける二人が作り出した光の輪が重なり、ダブルオーの形となる。

「私はプレシア・テスタロッサ、何処にでもいるただの母親。だから、抱きしめたいのアリシアを!」

 光の輪を背負う二人を迎えうつプレシアは、最後の力を振り絞り、ファランクスシフトで迎えうった。
 百を軽く超えるプラズマの魔力球が、二人へと襲いかかる。
 そんな天上人にも思える三人の戦いを、両手を重ね合わせ祈るようにしてフェイトは見ていた。
 そのはずだった。
 だが気が付けば自分の周りからは、時の庭園の瓦礫も、そこを襲う震動もない。
 そして気が付いたのは、ここがあの空間だということだ。
 ジュエルシードの暴走に巻き込まれた時、またなのはのトランザムブレイカーに撃たれた時に訪れた場所。
 心が通じやすい、心そのものがむき出しになったかのような不思議な空間だ。

「今なら……もっと、通じるのかな?」

 会いたい、心の底から願い足が動き出したが、直ぐに向こうから誰かがやってきた。
 プレシアかと思ったがその影はとても小さく、違うようだ。
 下手をすると自分よりも小さいのではと思えるその影は、ある意味でフェイト自身であった。

「フェイトー!」
「え?」

 小さなフェイトが、フェイトの名を呼びながら抱きついてきた。
 そのままぐりぐりと胸に顔を押し付けられる。
 自分よりも小さな少女相手に嫌悪は浮かばず、むしろ愛おしさがこみ上げてきた。
 プレシアを探さなければと思いながら、ついついその頭を撫でてしまった。
 すると少女がフェイトを驚いたように見上げ、無邪気に微笑んでまた抱きついてくる。
 だが何時までもそうしているわけにもいかず、フェイトは思い切って尋ねた。

「貴方は、誰? 私、じゃないよね?」
「むー……」

 返答はむくれた顔であり、会った事があるのかとフェイトはわたわたと慌てた。
 ちょっと待ってと頼んで思い出してみようと試みるが、やはり思い出せない。
 焦りに焦って、どうしようかと混乱を加えて目を回す。

「もう、フェイトのお姉ちゃんだよ。アリシア、忘れるなんて酷い」
「おね、え……だって」
「お姉ちゃん!」

 身長を確かめる為に自分の胸までしかない頭に手を置くと、さっきは喜んだくせに今度は怒られた。

「アリシア、私ね。母さんを探しに……」
「お姉ちゃん、アリシアお姉ちゃん。はい、言ってみて!」
「ア、アリシアお姉ちゃん?」
「はい、良く出来ました。パチパチ、頭撫でてあげるね。届かない……しゃがんで!」

 子供って難しいと、子供の癖に頭を悩ませたフェイトは屈みこんで頭を差し出した。
 だが撫でてくれた小さな手は、思いのほかに温かい。
 撫で終わった手が離れていくのが惜しくなる程であった。
 名残惜しすぎて、甘えた声でもっとと言いかけてそれだけはと口を閉ざす。
 そして改めてアリシアを見てみると、背丈は兎も角、なんとなくお姉ちゃんに見えた。

「フェイト、遊ぼう。なにして遊ぶ? おままごと、それともご本を読んであげようか?」
「ねえ、アリシアお姉ちゃん。母さん、探しにいこう? 三人は、もっと楽しいよ?」
「いや、行かない」
「どうして?」

 どうしてもとそっぽを向かれ、どうしようとまたまた頭を悩ませる。
 なんだかアリシアは意固地になっているようで、言う事を聞いてくれない。
 困ったお姉ちゃんだと頭を抱えていると、望んでいたプレシアの声が聞こえた。

「アリシア!」

 ただし、フェイトではなく必死にアリシアの名を呼ぶプレシアの声が。
 どうしてアリシアだけと、ほんの少しの嫉妬を込めてフェイトが小首をかしげる。
 でもいいやと、アリシアの手をとってプレシアのもとへ行こうとすると、逆に手を引っ張られた。
 踏みとどまろうと踏ん張っていたアリシアが、逆方向にフェイトの手を引っ張っていたのだ。

「アリシア?」
「行っちゃだめ」
「アリシア、どうして私のところに来てくれないの。アリシア!」
「母さん、呼んでるよ?」

 何時の間にか姉として受け入れつつあるフェイトが尋ねると、ずっとそっぽを向いていたアリシアがプレシアへと向けて言った。

「もう、フェイトを苛めない?」

 その言葉に耳を疑ったのはフェイトだけであり、プレシア自身は胸を撃たれたように抑えていた。

「ち、違うわ。アリシア、良く聞いて。アレは違うの。私は貴方の為に……」
「うそ、全部自分の為だよ。お母さんはいつも自分の事ばっかり。そんなお母さん、嫌い!」
「違う、私には貴方しかいないの。夫に去られた私には、貴方しか。貴方だけが生きがいだったの。だからアルハザードで全てを取り戻そうと!」

 髪の毛を振り乱しながら、プレシアが必死にアリシアへと思いを伝える。
 アリシアが全てだと、その思いに嘘はない。
 この場所で嘘はつけない。
 アリシアへと向けられたプレシアの愛に嘘はなかった。

「こんなはずじゃなかった世界の全てを!」

 世界そのものだとばかりに、プレシアがアリシアへと手を伸ばす。
 その手を遮るように現れたのは、クロノであった。

「世界は何時でも、こんなはずじゃない事ばっかりだ。ずっと昔から、何時だって誰だってそうなんだ!」
「クロノ執務官、空気を読みたまえ。でなければ、私のようになるぞ」
「自覚が、あったのか?」
「何をいまさら。私は基本的に粘着質で諦めが悪い。嫌われる事など慣れっこだ」

 無粋と評したクロノを下げさせたのはグラハムであった。
 だがグラハムと刹那も、十分に無粋であった。
 これだから男の子はと、コホンとリンディが咳払いをして場を引き締めなおした。

「プレシア・テスタロッサ。私も母親として、貴方の気持ちは少し分かります。けれど、自分の勝手な哀しみに無関係な人間まで巻き込んで良い権利は、何処の誰にもありません」
「じゃあどうすれば良かったの。全てを失くしてしまった私に!」
「生きる事だ」

 慟哭にも等しいプレシアの叫びに答えたのは、グラハムであった。

「私もかつて、多くの大切な者を失った。怒りに狂い、世界さえ投げ出して復讐にかられた事もある。だがその後、生きて再び大切な者に出会った。愛おしい少女に」
「代わりなんていない。アリシアの代わりなんていない!」
「代わりなどではない。そもそも男臭い同胞とはやてを同一視したら、怒られてしまうよ。ただその子に出会う事で希望が生まれた。生きていたいと思えた。少なくとも、君の目の前には希望を与えてくれる少女がいるように見えるな」

 グラハムが見つめたのは、自分より小さな姉を前にするフェイトであった。
 プレシアの嘆きに戸惑い、状況は良く飲み込めていないようだ。
 ただ自分が何をするべきか、なんとなく悟ったのだろう。
 プレシアを頑として拒むアリシアの目の前にしゃがみ込み、人差し指で小さな鼻を突いた。

「自分に嘘をついたら、めッだよ」
「うそなんてついてないよ」
「じゃあ、どうして泣きそうな顔をしてるの? 笑顔を見せて、アリシアお姉ちゃん」
「笑ってるもん、笑顔だもん。フェイトと同じぐらい可愛いもん!」

 ムキになるアリシアの目の前で首を横に振り、フェイトが笑顔を見せながら言った。

「自分に嘘をついてると、本当の笑顔にはなれないよ。本当は、アリシアお姉ちゃんも母さんが大好きなんだよね。分かるよ、私も大好きだから」

 フェイトの陰から顔を覗かせ、チラリとアリシアがプレシアを見た。

「でも、お母さん一杯フェイトの事を苛めた」
「ちょっと……アレは痛かったかな。でもね、母さんだって間違う事はあるよ。その時は、周りの大人が母さんを叱ってくれるから。その後で許してあげよう。笑顔で」
「フェイト、お母さん……お母さん、お母さん!」

 フェイトの陰から飛び出し、アリシアがプレシアのもとへと一目散に駆け出す。
 途中で転んだりしながら、それでも直ぐに立ち上がってプレシアに抱きついた。
 そして泣く、ひたすらに泣く。
 プレシアもアリシアを抱きしめたまま、負けないぐらいに泣いていた。

「ごめんなさい、嫌いなんてうそ。大好き、大好きだもん!」
「いいのよ、アリシア。私が悪かったんですもの」

 愛おしい娘を抱きしめ、その頭を撫でながら、プレシアはもう片方の腕を広げた。
 娘を抱きしめる為の腕が、娘の数だけあるとばかりに。

「いらっしゃい、フェイト。貴方の可愛い笑顔を私に見せてちょうだい」
「うん、母さん。一杯、一杯練習したんだ。友達が、笑い方を教えてくれた」
「今までごめんなさい、フェイト。私が間違っていたわ」
「平気だよ。信じてたから、母さんの事。今、抱きしめてくれてるから」

 霧に包まれたような空間が晴れる。
 ファランクスシフトを掻い潜り、刹那のGNソードがプレシアのデバイスを魔力の障壁ごと撃ち砕く。
 それでも何処か満足気に微笑んだプレシアを、グラハムのGNビームサーベルが斬り裂いた。
 エネルギーの放出されていないGNビームサーベルの柄のみで。
 ゆっくりと倒れこむ、プレシアの体に傷はつけられなかった。

「母さん!」
「フェイト、危ないから。掴まって」

 すぐさまフェイトがアルフの手を借り、駆け寄った。

「大丈夫よ、フェイト。少し、疲れただけだから……」
「母さん、よかった。それと御免ね、私全然知らなかった。母さんがあんなに寂しい思いをしてたなんて。アリシアお姉ちゃんの事を忘れてたなんて」
「仕方、ないわ……貴方は小さかったから」

 少しだけ目をそらしながら呟いたプレシアの言葉に、傍で聞いていた刹那はほっとしていた。
 この世には知らなくて良い事がある。
 仮に知ってしまうとしても、もう少し先の方が良い。
 お前もそう思うだろうと、傍らで立っていたグラハムへと刹那が目を向ける。
 そして、気付いた。
 GNフラッグのカメラアイから光が消えている事に。
 背負った擬似太陽炉は完全に停止し、GN粒子は欠片も放出されていなかった。

「グラ、ハム……」

 まさかという思いを込めてGNフラッグへと刹那が触れた瞬間、大きく傾くままに倒れこんだ。









-後書き-
ども、えなりんです。

グラハム、ついに電池切れ。
誰かGNアレルヤ連れて来てーw
まあ、冗談はさておき。
微妙に管理局の扱いが悪いのが自分でも、うーんです。
両方立てるとか、難しいですね。
まあ、A'sではもっと出番増えてまともな対応しますけどね。
リンディやクロノがって意味で、他の人は知りませんけどw

あと今回の展開で、アリシアがどうなるか想像つくと思います。
けど、決してご都合主義ではありません。
それなりの意味を持ってチョメチョメしますので、ご安心を?

それでは次回は水曜日です。
なんかようやく無印編が終わるんだなって感じです。



[20382] 第十三話 君の期待に応えてみせよう(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/10/06 19:25

第十三話 君の期待に応えてみせよう(前編)

 まるでただの鉄の塊のように、あっけなくグラハムのGNフラッグは倒れこんだ。
 よろめくどころか、受身の一つもとれないままに。
 刹那のみならず、そのあまりに不自然な倒れ方に抱き合っていたプレシアとフェイトも唖然として見ていた。
 グラハムが倒れた理由は、背中の擬似太陽炉を見れば一目瞭然。
 深い血の色をしたGN粒子が欠片も放出されてはいなかった。
 それだけではなく、各駆動部からは煙が出ており、ボディは凹み、歪んでいる箇所も多数ある。

「ちょ、ちょっと……何やってんのさ。さっさと逃げようよ。ジュエルシードの暴走は収まったみたいだけど、管理局の人間が来たらまずいよ。実際近くにいるみたいだし」
「アルフ、どきなさい!」

 グラハムへと手を伸ばし、揺り動かそうとしたアルフをプレシアが押しのけた。
 不満そうに唇を尖らせたアルフは、フェイトが撫でてなだめる。
 不安そうに、倒れたグラハムと調べ始めたプレシアを見ながら。
 先程の倒れ方は、明らかに普通ではなかったから。

「回路の断線以外にも部品の磨耗が酷い、良く動けていたわね。彼、何時からメンテを受けていないの?」
「恐らくは、ずっとだ。ジュエルシードを集め始めてからずっと。直せるのか?」
「やってみないと分からないわ。幸い、彼は完全な機械生命体のようだし。記憶メモリのような箇所さえ無事なら、あとは部品交換だけでいけるはず」

 そう言いながら、プレシアは自分の研究室があった場所へ視線を向け、直ぐに諦めた。
 瓦礫に埋まるどころか、跡形もなくなっていたからだ。
 これもやはり、プレシアが砲撃を撃ちまくったせいで。
 それに次元震こそ不発となったが、その震源でもあった時の庭園にあまり長居は出来ない。
 床が抜けて高次元空間どころか虚数空間が見えている箇所もあり、何時崩れ落ちるかも分からないからだ。
 となると、代用出来そうな部品や設備を持つのは彼らしかいないかと、断腸の思いでプレシアは念話を飛ばした。

「リンディっていったかしら。ジュエルシードを直ちに返還し、自首するわ」
「母さん……」

 自首という言葉に反応したフェイトの口元に人差し指を当て、プレシアは続けた。

「だから、使えそうなデバイスの部品をありったけ譲渡願うわ。彼の為に」
『良いでしょう。こちらの彼には色々と借りがあります。クロノ執務官、アースラに帰還後、直ぐに手続きと準備を』
『デバイスマイスター等、機械に詳しいスタッフも招集します』

 プレシアからの受け入れの要請は、リンディとクロノの両名に受け入れられた。
 果たしてグラハムの命が人命となるかは兎も角として、一つの命が掛かっている事は間違いない。
 即座に刹那がグラハムを担ぎ上げ、プレシアが近くにあるアースラへの転移の魔法陣を描く。
 そして忘れてはならないとばかりに、フェイトとアルフに頼んだ。

「フェイト、アルフ。ジュエルシードとアリシアをお願い」
「うん、分かった。バリュディッシュ、お願い」
「Set Up」
「あの筒の中の子だね」

 フェイトが元玉座の間に散らばっていたジュエルシードを格納して回り、アルフが筒を抱えて戻ってくる。
 二人が魔法陣の中へ辿り着いた事を確認したプレシアは、転移の魔法陣を発動させはじめた。
 アリシアを含めると、総勢六名にもなる比較的大掛かりな転移だ。
 一刻も早くと気が急いていたプレシアは、気付かなかった。
 デバイスもない状態の魔法行使だというのに、やけにスムーズに術式が展開されている。
 さらに患っていたはずの肺の痛みが失せ、常時悩まされていた胸のつかえが消えていた事に。
 そして液体に満たされた筒の中で眠るアリシアの瞼が微かに動いている事は、誰もが気付かなかった。
 薄く開いた瞳の奥の光が、フェイトのダークブラウンの瞳の色とは異なる黄金色、時に七色の輝きを見せている事には。








 時の庭園から戻ったリンディは、一先ずブリッジの艦長席へと戻り、深く息をついた。
 次元震となりかねない七つものジュエルシードの暴走をたった一人で止めていたのだ。
 疲れたなどという言葉だけでは言い表せられない程の疲労が蓄積している。
 だが艦長としての仕事はまだまだ残っており、他に気がかりな事もあった。

「庭園の崩壊停止を確認」
「次元震の予兆はなし。付近一帯への影響もありません」
「了解」

 オペレーターからの報告を聞き、出向いたかいがあったものだと思う。
 次元震の発生前にジュエルシードを停止させ、プレシアの自首にもこじつける事が出来た。
 ただ、問題は山済みであった。
 現在、アースラの技術スタッフが、普段使用している作業場に運ばれたグラハム。
 それからユニオンと仮称している、グラハムの組織が確保しているジュエルシード。
 フェイトとアルフ、そして刹那の身柄も今はユニオンにあった。
 管理局としての強権を発動させ、無理やり奪う事が出来ないわけではない。
 ただし、その場合はこちらも相当の被害を覚悟しなければならないだろう。
 グラハムが居ないとはいえ、ユニオンの戦力は強大になりつつあった。
 刹那はまだ底がしれない上に、フェイトとアルフ、それになのは。
 プレシアが自首すると言った以上、その身柄は管理局にあるが下手に手を出せば敵に回るのは確実だ。

「最悪の事態を抜け出したとは言え、頭が痛いわ……」

 そして何よりも問題なのは、刹那とグラハムが持つ太陽炉であった。
 リンディは太陽炉と擬似太陽炉の違いも分かってはいなかったが、その重要性は十二分に理解していた。

「擬似リンカーコアなんて、表面上のものに過ぎない。二機による相乗効果はそれ以上。ロストロギア級の技術」

 手元のウィンドウに映し出したのは、まだリンディが時の庭園にいた時のものだ。
 次元震が起きようとする影響により揺れ動き、崩壊する中で、二つの光の輪が噴き出した。
 重なり合う光の輪が出現した時のリンディの記憶は、少し曖昧であった。
 その時は確かに時の庭園の最深部で次元震の発生を抑えていたはずだ。
 それが何故か、玉座の間にいるプレシアと会話し、アリシアやフェイトと抱き合う彼女を眺めていた。

「距離を越えて、お互いを認識し合える超感覚。念話なんてお遊びみたいなもの。もしこの技術を悪用すれば、どんな被害が出る事か」

 今回は負の感情に囚われたプレシアを解放するのに役立ったが、逆の方法にも使えるはずだ。
 それもあの光の輪の影響範囲にある人間全てに対して。
 それに相乗効果の発現はそれだけに止まらなかった。
 リンディすらも手こずった七つのジュエルシードの暴走を抑えた事もそうだ。
 それ以外にも、体を患っていたはずなのに妙に元気なプレシアや、十何年も前に死亡したはずのアリシアが生き返りもした。
 ロストロギアどころか、アルハザード級の技術である。

「艦長、刹那・F・セイエイをお連れしました」

 深く考え込んでいたところに、クロノに声をかけられ我に返る。
 艦長席から立ち上がり振り返った先には、頭に包帯を巻いた状態のクロノに連れられた刹那がいた。
 グラハムの事が心配であろうに、その表情からは特に感情は読み取れなかった。

「本当なら、フェイトさん達と一緒に待っていたいでしょうに。ご免なさいね、呼び出したりして」
「問題ない。俺に出来るのは破壊する事だけだ。グラハムの為に、何か出来るわけではない」
「破壊とは穏やかじゃないけれど……」

 クロノとは違う意味で子供らしくない瞳の色を見ながら、改めてリンディは手を差し出した。

「始めまして、アースラの艦長のリンディです。刹那君には少し聞きたい事があります」
「何をだ?」
「貴方とグラハムの事について、そして貴方達が保有するあの特殊なエンジンについて」

 刹那が握り返していたリンディの手に、少しだけ力が込められる。
 特に特殊なエンジンと称した太陽炉についてのところでは、リンディを睨んでさえいた。

「機密事項に抵触する内容は喋る事は出来ない。ただ、俺やグラハムが何者かは、簡単に説明する。俺達は、三〇〇年後の時代から偶発的な事故でやってきた」

 刹那は、太陽炉やソレスタルビーイングの活動には口を閉ざしつつ、大まかに語った。
 二人は本来三〇〇年後の人間であり、機動兵器のパイロットである事を。
 本来は二十メートル近い機動兵器と、半ば融合してしまっている事。
 それから、三〇〇年後でもまだ、別次元との邂逅は果たされていない事も伝えた。

「時間移動タイプの漂流者ですね。残念だが、我々にも如何する事も出来ない」
「そうね。三〇〇年の時が経てば、第九十七管理外世界も、純粋な技術で魔法を上回るという事ね。でも妙ね、それだけの技術があるなら既に管理局と接触していてもおかしくはないのに」

 管理局が管理する事になった世界の全てに、魔法が存在していたわけではない。
 魔法と同義ともいえる程の技術的発展があれば、他次元世界との邂逅は必死。
 そういう場合には争いに発展する前に、必ず管理局側から接触を計るはずだ。
 だから宇宙にまで進出する程の技術を有した地球に、管理局が接触していないのはおかしな話であった。

「俺達は、地球に住む者の間でさえ紛争は絶えなかった。管理局が現れれば、それが激化するだけだ。その時は……」

 時空管理局の理念こそ知らないが、管理という言葉が地球で受け入れられる事はない。
 必ず国単位での反発が巻き起こり、紛争が生まれる事だろう。
 それこそソレスタルビーイングに対して世界が一つになろうとしたように、地球という単位で反発していたかもしれない。
 その時は争いを生み出す元凶と見なし、ソレスタルビーイングが動いていたかもしれない。

「それで、やっぱりあのエンジンの事は、話してはくれないのかしら?」
「機密事項に抵触すると言ったはずだ」

 頑として口を割りそうにない刹那の様子から、それはそれで都合が良いと受け取る事にした。
 まだこの事件の全てを、上に報告するとは決めていないからだ。
 特に死んだ人間が生き返ったなど、報告すべきではない。
 そんな事を報告すれば、一体何人の権力者が管理局の名の下に動き出す事か、考えたくもない。
 そして全てを報告しない為にも、グラハムの生存とユニオンの存在は絶対であった。

『ソ、刹那、刹那!』
『どうした、フェイト』
『どうしたもこうしたもあるかい、直ぐに戻ってきな。成功したって。グラハムの意識が戻ったってさ!』

 フェイトやアルフのその言葉に、さすがの刹那もほっと胸をなでおろしていた。

「では、我々も作業場へと向かいましょうか」

 リンディにも念話は届いていたのか、刹那は小さく頷いた。
 そして、刹那を促がしながらも、リンディこそが我先にと歩いていっていた。









 三人が作業場へと辿り着くと、武装隊の隊員の手により、プレシアの両手に錠が掛けられるところであった。

「母さん……」
「心配しないでいいのよ。フェイトもアリシアも、仲良くするのよ」
「うん、お母さんこそ心配しないで。フェイトの面倒は私がちゃんと見るよ」

 武装隊の隊員二人に両脇を固められ、大丈夫と気丈に微笑んだプレシアが連れて行かれる。
 思わず追いかけようとしたフェイトの手をアリシアが引っ張り、引き止めていた。
 言葉通り、フェイトよりも小さなその体で、面倒を見るように。
 ただやはり、母親が連れて行かれる光景は衝撃的だったのか、その瞳には涙が溢れかえっていた。

「やりきれないね……どうにも。刹那、グラハムは中だよ。リンディとクロノも。話があるってさ。大事な話みたいだから、私らは外にいるよ」
「二人の事は任せた」

 刹那の言葉にはあいよと答えたアルフに見送られ、刹那達は作業場へと足を踏み入れる。
 技術スタッフの作業場は、ブリッジやこれまで歩いてきた廊下とは比べ物にならないぐらい散らかっていた。
 つい先程まで修羅場だったからかもしれないが、それにしてもだ。
 煩雑に積み上げられたダンボールや、踏み散らかされた資料。
 用途が分からなければゴミにしか見えない金属片が各所に落ちており、文字通り足の踏み場がない。
 そんな部屋の中央に、出来合いのついたてにグラハムはGNフラッグの姿で立てかけられていた。
 擬似太陽炉は充電中なのか、数本のコードが繋がれ、弱々しく光っている。

「すまないが直立不動で、失礼する」
「まずは無事の帰還をおめでとうと言っておくわ。あやうく、折角のお誘いが不意になるところだったわ。本当に……馬鹿なんだから」
「すまなかった。その分は、期待しておいてくれたまえ」
「そうさせてもらうわ。後で、連絡先を教えるから」

 まずは軽い社交辞令から始まり、言葉が交わされるにつれにクロノが不機嫌になっていく。
 平時ならば念話だけで秘密の会話をするところだが、リンディも人の子。
 ついつい肉声で会話してしまったのだ。
 クロノの様子に気付いて、その事に気付いたリンディは、一つ咳払いをしてから切り出した。

「グラハム、時空管理局として要請します。ユニオンが確保したプレシア・テスタロッサの一味であるフェイト・テスタロッサとその使い魔アルフ。そして刹那・F・セイエイの身柄と、そちらが保有するジュエルシードの譲渡を要請します」
「君達がここへ来た理由を考えれば当然の要請だ。私は元々ただの軍人で交渉事には疎いが、一般的な常識は持ち合わせている。さすがにそんな馬鹿な言葉には頷けない」

 単純に譲渡の要請を行い、はいそうですかと渡す者などいない。
 もちろん、それで全てが通るとリンディが思っていない事も理解していた。
 あくまでリンディが口にしたのは、二つの組織で奪いあわなければならないものだ。
 プレシア、フェイト、アルフ、刹那の四人と二十一個のジュエルシード。
 だがグラハムは身動き出来ない体の代わりに、首だけを僅かに動かした。

「どうにも、人間を駒のようにやり取りするのは性に合わない。単刀直入に言おう。ジュエルシードは全て進呈する。代わりに、プレシア達の身柄は全て貰い受けよう」
「プレシア・テスタロッサとその一味の罪は、ユニオンが裁くと取っていいのか?」
「地球にロストロギアなどというものは存在しない。次元震もだ。彼女は家庭内暴力を働いてはいたが、既に和解した。それだけだ」

 クロノの言葉にグラハムの想いを添えたが、リンディはそれでは困ると首を振った。

「いえ、建前でも裁くと言ってもらわなければ困ります。私達が仮にそれで頷いても、上は承服しません」

 事態に無頓着すぎると、リンディも腹を割って話し始めた。

「貴方や刹那君が保有するそのエンジン。とてつもない代物だわ。正直なところ、ロストロギア指定して、管理局で保管したいぐらい」
「太陽炉に手を出すならば……」
「落ち着きたまえ、少年。リンディにそのつもりはない」
「ありがとう、グラハム。あのエンジンはロストロギアではないわ。三〇〇年後に、第九十七管理外世界の人間が作り出す確かな技術。ロストではなく、ニュウ。だけど私達がその技術と邂逅するのはまだ早すぎる。貴方や刹那君がそのエンジンの機密を守るというなら、いっそ任せてしまいたいの」

 そうすれば、リンディが上へと行う報告も単純になる。
 ジュエルシードのみを持ち帰り、プレシア・テスタロッサ一味は現地組織に断罪を任せたと。
 もしくは、プレシア・テスタロッサなる人物との接触は最初からなくしてしまえば良い。
 それこそ、現地組織の人間と協力して、暴走するジュエルシードを集めましたと。
 それで太陽炉に関する情報も極力制限する事が出来る。
 もはやトランザムを使えるプレシア達すらも、簡単には連れ帰れないのだ。
 トランザムの発想から、どう逆算してグラハムや刹那へと辿り着くか分からないのだから。

「それを踏まえてくれるのなら、貴方の申し出を受け入れるわ」
「了解した。受けよう、その話を。プレシア・テスタロッサは我々ユニオンが裁く」

 ギシギシと軋みを上げながら持ち上げられたグラハムの手を、リンディが握りしめた。

「クロノ、そういうわけだから。乗員の緘口令等、お願いね」
「管理局を欺くのは歓迎できませんが、艦長の言い分も分かります。仕方がありません。直ぐに情報の改竄と、緘口令の通達を行います」

 アースラの切り札のはずが、今回ばかりは裏方が多いと肩を落としていた。
 そんなクロノへと、今度美味しいお茶をご馳走するからとリンディが申し出たが、即座に却下される。
 何故かその場に、グラハムがいて嫌な紹介のされ方をしそうな気がしたから。
 もちろん、あの甘いお茶も回避したいところではあったが。

「さて、少年。外で待っているフェイト達を喜ばせてやろう。そして、帰ろうではないか」
「ああ、そうだな。だが、俺はまだ元の時代に戻る事は諦めていない。自分の促がした世界の変革の行く末をこの目で見るまでは」
「戦士にも、休息は必要だぞ少年」

 ついたてにもたれ掛かっていた状態のグラハムが、一歩前へと歩く。
 充電の為のコードが引きちぎれるが、充電は十分なのか、擬似太陽炉は既にその輝きを取り戻していた。
 だがもう、GNフラッグでいる必要はなかった。
 GNフラッグからフラッグへと、そしてグラハム・エーカーの姿を取り戻す。
 戦いが終わり、一人のパイロットからはやての兄に戻るように。
 軍服の胸元をひっぱり、胸を確認してみると、充電完了のおかげかひび割れは見つからなかった。

「そっちの姿の方が素敵よ、グラハム」
「当然だと言いたいところだが、私はフラッグの姿も捨てがたい。君も、仕事をしている時も良いが、そうして仕事を離れて笑っている方が魅力的だ」
「母さん……頼むから、この男だけは止めてくれ」
「あら、なんの事かしら?」

 にこにこと、息子の言葉を受け流しリンディが笑っている。
 グラハムと同じように、こういった面では何処まで本気か分からない。
 頭を悩ませるクロノとは違い、刹那はそんな事には興味ないとばかりに技術室の扉を開けた。
 そして外の廊下で居心地悪げに待っていたフェイト達に声を掛けた。

「フェイト、アルフ。それに……アリシア、迎えに行くぞ」
「刹那、もうお話は良いの?」
「迎えにって、誰を?」
「決まっている。お前達の母親をだ。これからは何時でも会える。会いたい時に、会えるんだ」

 一体どういう事だと目を白黒させながら、二人が刹那へとしがみ付いてきた。
 さすがにこの時ばかりは、刹那も俺に触れるなとは言わない。

「母さんのところへ行っていいの? 好きな時に会えるって本当?!」
「早く、連れていって。早く、お母さん何処?!」
「クロノ……案内を頼む。場所が分からない」
「いや、僕は母さんとこの男を二人きりにするわけには。おい、二人とも引っ張るんじゃない。護送室へは誰か適当に捕まえて」

 その時間さえ惜しいとばかりに、クロノはフェイトとアリシアに引きずられつれていかれる。
 行き先も分からない二人の手によって。

「俺達も行くぞ」
「はいはい、それは良いけど……知らないよ、グラハムの奴。後でどうなっても」

 刹那の後を、不可解な台詞を残してアルフが追う。

「私達も、置いていかれないうちに行くとしようか」
「そうね。近い将来、強力なライバルになるかもしれないしね」

 同じく、不可解な台詞を呟いたリンディと共に、グラハムは護送室へプレシアを迎えに行った。









-後書き-
ども、えなりんです。

アリシアの復活には賛否両論だとは覚悟しています。
ただし、復活という言葉を使わせていただきます。
生き返ったではありません。
アリシアが何なのかは、A's編でチラッとでてきます。
話の大筋には全く関係ありませんので。

次回で無印編は終了です。
その次からはA's編に突入です。
時期としては五月後半から、はやての誕生日前ですね。

それでは次回は土曜日の更新です。



[20382] 第十三話 君の期待に応えてみせよう(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/10/09 19:21

第十三話 君の期待に応えてみせよう(後編)

 なにか前にもこういう事があったと思いながら、はやてはリビングから我が家の門を眺めていた。
 ただ前とは違うのは、車椅子に座るはやての膝の間にアリシアが座っている事だ。
 はやてと同じように八神家の門を眺めながら、鼻歌まじりに待ち遠しそうにしている。
 それ以外にも、違いはあった。
 グラハムがソファーで新聞を読んでいるのに、キッチンからは食器を洗う音が聞こえてきている事だ。
 少し振り返れば、プレシアとフェイトがお揃いのエプロンを身につけながら食器を洗っているのが見える。

「はやて、まだ来ないかな?」
「ん~……指定時間は十時やからな、まだ一時間近くあるなあ」
「えー、待つの飽きた。グラハム、遊んで!」

 ひょいっと車椅子の上から飛び降りたアリシアは、真っ先にソファーに座り新聞紙を広げていたグラハムに目をつけた。
 一目散に駆け寄り、広げられていた新聞紙の上から飛びついた。
 だが突き破られる直前で、グラハムは新聞紙を持ち上げて死守。
 膝と腹でアリシアの突撃を受け止め、何事もなかったかのように新聞紙を読み続ける。

「アリシア、グラハムの邪魔をしてはいけません。ごめんなさいは?」
「なに既に罰は受けている。気にする事ではないよ」
「ふぅ~ん、鼻打った。痛い、痛いよぉ」
「だ、大丈夫アリシア。鼻血とか出てない?」

 人間のように見えてはいるが、その姿は仮初めのものでグラハムは機動兵器である。
 そんな人間に飛びつけば、体の何処かを打ち付けてもなんらおかしくはない。
 グラハムの膝の上からずり落ちたアリシアは、鼻をおさえながら絨毯の上に座り込んだ。
 するとエプロンで手早く手を拭いたフェイトがやってきて、アリシアの目の前に屈んだ。
 アリシアへと鼻を見せてと言って手をどけさせ、赤くなった患部を優しく撫でる。
 これではどちらが姉で妹やら、見た目以前の問題であった。

「たっだいま。散歩行ってきたよ」
「おはようございます。刹那さん、アルフさんみたいにただいまって言わないんですか?」
「ああ……」

 朝から賑やかな八神家のリビングへと複数の声が聞こえてきた。
 一つは士郎や恭也の剣術の朝練につきあっている刹那のものであり、さらにその刹那に散歩がてら付き合っているアルフである。
 そして最後の一つは、予想外ともいえるなのはのものであった。

「えへへ、来ちゃいました。何か手伝えるかなって思って」
「おはよう、なのは。刹那とアルフはお帰り」
「いらっしゃい、なのはちゃん。まだもうちょい時間あるから、ゆっくりしてや」
「なのは、遊んで!」

 今泣いたカラスがもう笑うように、アリシアがやってきたなのはへと飛びついた。
 少しばかり驚きながらも、なのははアリシアを抱きとめる。

「本当にこの子は落ち着きなくて……悪いわね、なのはちゃん」
「いえ、私アリシアちゃん好きですよ。だから、ぎゅー」
「潰れるぅ。なのはも、ぎゅー」

 好きをあらわす様になのはが強く抱きしめる。
 実は家では年少の為、密かに妹か弟が欲しいと思ったのは一度や二度ではない。
 士郎と桃子ならば、頼めばきっとなのはが寝入った後で頑張ってくれそうなものだが。
 それはともかくとして、アリシアもなのはを抱き返していた。

「なんや、私もしてって顔しとるなフェイトちゃん」
「え、そんな顔してた、私!?」 
「フェイトちゃんもはやてちゃんもおいでよ」
「ぎゅー、してあげる」

 楽しい遊びなのかそれともただのスキンシップなのか。
 四人の少女達は、ぎゅーっと擬音を口にしながらそれぞれを抱き合っていた。
 この子達はと目尻を下げて微笑んだプレシアは、やがて残りの食器洗いへと戻っていった。
 グラハムも元気な事は良い事だとばかりに微笑を浮かべ、新聞紙へと視線を戻す。
 そんなグラハムの隣へと、小型犬並みの大きさに変化しているアルフが丸くなるように寝そべった。

「少年の姿が見えないが?」
「刹那ならシャワーに行ったよ。汗を流したいのは本当だろうけど、慣れないんだろうね。まだこの穏やかな空気に。勿体無い事だよ」
「少年の戦いだけは……まだ、終わってはいない。そのせいだろう」
「いっそ止めちまって、この平和に溺れちゃえば良いのにさ」

 それは本人が決める事だと呟き返しながらも、グラハムは本心ではアルフと同じ気持ちであった。









 リビングのテーブルを端に片付け、絨毯の中央にはやてが足を投げ出す格好で座らされていた。
 その両脇を固めるのは、なのはとフェイトであった。
 二人ともはやてを挟む形で立ったまま、未起動状態のレイジングハートとバルディッシュを手にしている。
 その表情は、先程まで四人で抱き合って遊んでいた時とは違い、真剣そのもの。
 三人を見守るグラハムやプレシアを初め、刹那やアリシア、アルフも真剣そのものであった。

「じゃあ、始めるね。はやてちゃん」
「うん、お願いするわ」

 はやての言葉を聞き、なのはとフェイトはお互いに頷きあった。

「レイジングハート、セットアップ」
「Stand By Ready. Set Up」
「バルディッシュ、セットアップ」
「Stand By Ready. Set Up」

 なのはは白に青の縁取りと赤のリボンとトリコロールカラーのバリアジャケットを身に纏う。
 同じくフェイトも、黒のボディースーツにスカートとマントのバリアジャケットを身に纏った。
 そして、はやての頭上でそれぞれのデバイスを交差させる。
 魔力を練り上げ、リンカーコアを臨界点にまで働かせた。
 二人の体を固有の魔力光である薄紅色の光と、金色の光が包み込み始める。
 そのまま臨界点を突破させ、さらにその上を目指す。

「トランザム」
「TRANS-AM」
「トランザム」
「TRANS-AM」

 固有の魔力光の中で、それとは異なる真紅の光が二人を包み込み始めた。
 明らかに通常家屋である家ですべき行いではないが、そこはプレシアが密かに結界をはっている。
 AAAはおろか、幼い身でS、下手をするとSSにまで手を伸ばした二人の魔力が一定の放出量を超えた。
 生まれた薄紅色の光の輪と金色の光の輪が重なり、ダブルオーの形をとった。
 気が付けば、誰もが心を通わせたような不思議な空間を認識し、声なく言葉を交わしあう。
 日頃の感謝から、ちょっとした不安や不満、小さな約束、愛おしいと思う気持ち。
 短いようで長いその時間は終わり、認識が現実へと戻ってくる。
 余りにも心地良い認識に誰もが夢見心地といった顔をしており、本来の目的を半ば忘れてしまいそうになる程であった。

「はぁ……もう、限界」
「はやて、どう?」

 バリアジャケットも維持出来ないぐらいに疲労した二人は、絨毯の上へと座り込んだ。
 トランザムの光も今はなく、ただ純粋にはやてへと問いかけていた。

「う~ん……なんや、千切れとった糸が繋がってくような。ふんッ!」

 投げ出していた足へと力を入れるように、はやてが唸りながら頬を膨らませる。
 放っておけば破裂してしまうのではと不安になる程に、顔を赤く紅潮させる事で、動いた。
 足の指が何本か、ピクリ、ピクリと。

「あかん、もう限界や」

 だが力むのもそこまでだと、大きく息を吐いたはやてが仰向けに倒れこんだ。
 その様子を見て駄目だったかと落胆したのは、お子様達。
 なのはとフェイト、そしてアリシアである。
 今にも溜息をつきそうな三人を目にしたプレシアが、特に膝の上にいたアリシアの唇に一指し指を添えながら言った。

「溜息は禁物よ。一番頑張ってるのははやてちゃんなんだから。それに、全く動かなかった事を考えると、格段の進歩よ。先は長くても、着実に回復に向かっているわ」
「そうやで、プレシアさんの言う通りや。今までは力もうが何しようが、全く動かへんかったんや。それを思えば……涙が出るわ」

 なのはとフェイトが巻き起こしたこの現象に巻き込まれた時は、一度だけ足が動いた。
 まるで奇跡のように、それっきり動かなかった。
 それが二度、三度と続ける中で、動きそのものは小さくなったがはやての意志で足が動き始めたのだ。
 プレシアの病が治り、アリシアが息を吹き返した事からも、この現象に癒しのような効果がある事は間違いない。
 理由こそ分からないが、結果さえ分かっているならば、拒む理由はなかった。

「だから、すまないが二人とも定期的に協力してくれたまえ。私と少年も同じ現象を起こせないわけではないが、私がGN粒子切れで気を失ってしまう」
「それに俺達の場合、戦闘に特化した場合にのみ発動している気がする。お前達の方が適任だ」
「ちょっと疲れるけど、私は平気。今まではやてちゃんには一杯甘えたから、コレぐらいへっちゃら」
「私も、友達だから。全然、平気。もっともっと、長い時間出来るように頑張るよ」

 へたり込みながらも、必死に笑顔を浮かべる二人へと、はやてが飛びついた。
 誰にも今の顔は見せまいと俯き加減ではあったが、なのはとフェイトをぎゅっと抱きしめる。

「ありがとうな、二人とも。最高や、最高の友達や」
「わ、私もなんか出来るもん。はやて、頑張って。足が治ったら、まずは鬼ごっこからだね!」

 仲間に入れてとばかりに、プレシアの膝から飛び降りたアリシアが混ざる。
 そこからはまた、抱き合いっこだ。
 時折、ぎにゃあと誰かの悲鳴が上がったりもするが、四人の少女達は真剣にじゃれ合う。
 元気の良い事だと、グラハムとプレシアが微笑み、良くやると欠伸をして丸くなるアルフを刹那が撫で付けていた。
 まるでこの場にいる全ての人間が家族であるかのような団欒である。
 その団欒を一時停止させたのは、門前から鳴らされたインターホンであった。

「八神です」

 躊躇無くそうマイクの向こうへと返したプレシアを見て、はやてが少し赤くなる。

「お届けにあがりました」

 リビングの窓から見える八神家の門前には、配送センターのトラックが一台止まっていた。
 朝からはやてとアリシアがずっと待っていたもの。
 それは先日から同居する事となったテスタロッサ一家の家具一式であった。
 主にベッドや箪笥類であり、例外として近日中に聖祥小学校へと通う事になったフェイトの勉強机もある。

「では、手早く運び入れてしまうとしようか。昼からは翠屋でパーティもある事だ。アルフ、君も大人の姿で手伝いたまえ」
「私は可愛い、可愛い子犬だもん。どうだ、アリシア。メロメロだろう?」
「やだ、大人の姿になっちゃいや。アルフは今のままが良い」
「なんだろう、自分で誘導しておいて素直に喜べないのは……」

 ソファーの上で腹を見せてゴロゴロしていた姿から一転、肩を落として部屋の隅にて小さくなる。

「俺が手伝おう。お前達にうろつかれると危険だ。しばらくは、このリビングから出るな」

 刹那の言葉に四人が元気良く答え、グラハムとプレシア、そして刹那が玄関へと向かった。
 運送業者が運んできた家具類は、二階の一室へと全て運び込まれた。
 二階は全て個室でありその内の一つを当然の事ながら、家主であるはやてが使用している。
 もう一室をグラハムが、残りの一室をテスタロッサ親娘で使用する事となった。
 アルフは子犬形態なので何処でも良いと部屋を辞退し、刹那もまた何処でも良いと個室を辞退していた。
 はやてはあまり良い顔をしていないが、二人は大抵リビングのソファーで寝ている。
 アルフは兎も角、刹那はこの居心地の良い家に名残を残さない為であろう。
 何時か、三〇〇年後の時代に戻る為に。
 そんな刹那の手伝いと運送業者のスタッフの手もあり、家具は速やかに運び込まれた。
 それからは大まかに家具の配置を決め、子供達も加えての片付けとなった。
 ただし、衣類の類もあるので今度はグラハムや刹那が追い出される形で。
 賑やかな声を頭上で聞きながら、グラハムは新聞紙の続きを読み、刹那はテレビや共用のパソコンで情報を収集し、あっという間にお昼の時間が近付いてきていた。









 休日の昼間から、翠屋の入り口には本日貸し切りの札が掛けられていた。
 貸し切っているのは、五つの家族であった。
 店主一家である高町家、月村家、バニングス家、八神家、そしてテスタロッサ家。
 テスタロッサ親娘の海鳴市への引越しパーティである。
 今はそれぞれの手にジュースやお酒を手にし、主賓である親娘を円状に取り囲んでいた。
 ふんぞり返るまで胸を張っているアリシアとは対照的に、多くの人の目にさらされたフェイトは少し恥ずかしそうであった。

「この度は、私達親娘の為にこのような会を催して頂き感謝しています」

 プレシアとフェイトが合わせて頭を下げ、胸を張りすぎていたアリシアが一人遅れた。
 それに気づいて慌てて下げると、忍び笑いと共に拍手が送られる。

「私達はこの街に来るまで、来てからも色々とありました。皆様にも大変ご迷惑をお掛けしました。ですのでこれからは心を入れ替え、愛しいわが子を愛し、幸せになっていこうと思います」

 より一層の拍手が周りから送られ、今一度テスタロッサ親娘が頭を下げた。

「それでは、ホストを代表して。乾杯の音頭をとらせていただくよ。テスタロッサさん一家および、お互いの家族の幸せを願って乾杯」

 何時までも終わりそうにない拍手を軽く手でおさえ、士郎が代表してグラスを掲げた。
 乾杯と重なる声は大きく、歓声のように翠屋内を満たしていった。
 そして早速とばかりに子供達がお喋りを始め、甘いお菓子に群がり始める。
 その勢いに負けまいと桃子がどんどん厨房からお菓子を運び、士郎も飲み物を配って歩く。
 グラハムは、少女達の輪に入り笑うはやてを眺めながら、温泉旅行以来はまっている日本酒の杯をチビリと傾けた。

「貴方には、改めて御礼を言わなければならないわね」

 グラハムのもとに最初にやって来たのは、主賓の一人であるプレシアであった。
 ワイングラスを片手に、カウンター席にいたグラハムの隣へと座り込む。
 椅子を反転させ、二人してお互いの被保護者を眺めながら。

「私は、少年の務めに少しばかり力を貸しただけだ。たいした事はしていない」

 グラハムが少年と呼ぶ刹那は、以外にも恭也と共にいた。
 お互い無口同士気があうのか、剣術家とモビルスーツのパイロットとはいえ、剣を扱う者同士気があうのか。
 時折そこに美由希や忍が口を挟んだりしながら、言葉をかわしている。
 張り詰めてばかりいるわけでもないのかと、少しばかり安心し、そうそうとやや冗談めかしてプレシアに言った。

「多少、君に怒りを感じてはいたがね」
「今の私も、過去の自分には怒りが湧いてくるわ」

 娘を失った悲しみと病んだ体、狂うには十分だが、だからと言って狂って良いわけではない。
 恐らくこの先、一生この過去への自分へ怒りを覚えては、一人胸の内で悩ませていくのだろう。
 今のままでは。

「それじゃあ今は?」

 だから、プレシアはそう尋ねた。

「とても大きな魅力を感じている。今の君は良き母であり、素晴らしい女性だ。ガンダムとの大恋愛を終えたばかりの私には、眩いばかりだ」
「嬉しいけれど、複雑なのよね」

 喉にワインを通し、少し赤ら顔となったプレシアが、グラハムに聞こえない程度に呟いた。
 その言葉が本心である事はわかるが、常に自分一人に向けられているわけではない事を知っているからだ。

「遅くなりました。クロノ、いい加減に覚悟を決めなさい」
「なんの覚悟ですか……僕は執務官として、ユニオンの言葉が履行されているか確認に来ただけです。艦長は違うのかもしれませんが」
「はは……こんにちわ。フェイト、引越しおめでとう」

 貸し切りの札を恐れず翠屋に入ってきたのは、リンディとクロノ、そしてユーノであった。
 ユーノは早速となのは達の輪の中へと飛び込み、改めて皆に紹介され、顔を真っ赤にしなアリサに首を絞められていた。
 顔を赤くしているのは他になのはとすずかであり、はやてが一人笑い転げている。
 恐らくはフェレットと、目の前の少年が同一人物である事を知り、温泉の件を思い出したのだろう。
 ユーノは必死に弁解しているが、当時の念話の内容をはやてに暴露され、さらに責め立てられている。
 話の内容が届いていたのか、さり気に恭也やアリサの父であるデビットの視線が厳しい。
 そしてリンディは、一頻り挨拶して回り終えると、クロノを連れてグラハムとプレシアのいるカウンターへとやってきた。
 空いていたグラハムの隣へと率先して座ろうとしたクロノを押しのけながら。

「隣、良いかしら?」
「好きにしたまえ」

 座ってから良いかどうかもないが、グラハムが断るはずもない。
 隠れて嫌そうな顔をしていたのはプレシアのみである。

「プレシアさん、主賓ですから一応おめでとうと言わせていただきます」
「ええ、グラハムとの同居、あら違ったかしら。名目上は保護観察だったわね。でもやっている事は同居よね。はやてちゃんにも快く受け入れられ、家族仲良くやっています」
「それはそれは。けれど、分というものは弁えた方がよろしいかと。あまり監察官と親しくすると、妙な勘繰りを入れる人もいますから」
「それは今、息子を押しのけてまでグラハムの隣を確保したような人かしら?」

 二人がグラハムの両隣を占領して間もなく、カウンター席一帯は戦場となっていた。
 本来ならば間に挟まれた者が仲裁すべきなのだが、そのグラハムはというと、

「ガンダムには振られ続けた私だが、彼らに見る目がなかっただけのようだ」

 寧ろ誇らしげに笑みを浮かべていた。
 グラハムを挟み、子持ちの未亡人がにらみ合っていれば、直ぐに回りも気付く。
 特になのははグラハムの男好きを疑ってかかっていただけに、首をかしげている。

「母さん、おめでたい席で止めてください。恥ずかしい」
「偶には貴方も私にべったりしていないで、女の子とね。ほら、選り取りみどり」
「人をマザコンのように……て、ちょっと待て君達!」

 見かねたクロノが制止を掛けてもリンディは止まらず、さらに厄介な言葉を口走ってくれていた。
 よりにもよってなのは達ばかりか、周りの大人までもがマザコンとひそひそ話していたのだ。

「僕は母さんに恋人云々がいやなんじゃない。あの男が父親になるかもしれないのが嫌なんだ。特にそこの男連中、この男が父親になったところを想像してみてくれ」
「死にたくなるな」

 即答したのは、刹那であった。
 過去、彼に愛されていた刹那だからこその、心からの言葉であった。
 ただ直ぐにはやてから、家族の悪口はあかんと頭を叩かれたが。

「ふっ……子供への仕込みが足りなかったようね、リンディ。でも私は違うわ。こんな事もあろうかと、アリシア、フェイト。頼んだわよ」

 明らかな自分の失策を悟り、うな垂れるリンディを尻目にプレシアが二人の子供を呼び寄せた。
 と言うよりも、アリシアは広いとは言えない店内を走って、グラハムに飛びついた。

「パパ、抱っこ!」

 午前中の時とは違い、さすがにそう呼ばれてはと抱き止め両手で抱え上げた。
 そのままそこが定位置であるかのように、すとんと膝の上に収まった。
 だが、プレシアのもう一人の娘であるフェイトは、立ち止まったままである。
 スカートを両手で握り締めて赤い顔を伏せており、皆の視線が自分に集まっていると感じてからはオロオロとし始めた。
 やがて、どうして良いか分からなくなったのか、はやてのもとへと戻っていく。

「はやて、どうしよう。恥ずかしくて呼べないよ」
「フェイトちゃんは真面目すぎるんや。ほら、こういうのは勢いや。なのはちゃん達も手伝ってや」
「み、皆で押さないで」

 フェイと一人が抵抗するも、大勢に押されては無意味であった。
 そのままグラハムの目の前にまで押し出されてしまい、混乱した挙句にアリシアより過激な言葉を発していた。

「お父さん、大好き!」

 直ぐに我に帰ったが時既に遅く、言葉は放たれた後であった。
 そしてもうやけくそだとばかりに、真っ赤な顔でグラハムへ笑顔を向けた。

「ああ、君の期待に応えてみせよう。君がそう呼びたいのであれば、呼ぶと良い」

 両手を握り合わせ、感激したのはフェイトではなくプレシアであった。
 そして、終わったとカウンターに崩れ落ちたのはリンディである。
 だが忘れてはならない、彼はグラハム・エーカーである事を。

「クロノも少年も、はやてもすずかも。思う存分に呼びたまえ、父と。そうだ、私が君達のパパだ!」
「「絶対に、断る!!」」

 声が重なりあったのは、もちろんクロノと刹那である。
 クロノはS2Uを手にし、刹那はエクシアの姿にまでなっての抵抗であった。
 まだ私は終わっていないと復活したリンディとは対照的に、魔力変換技能により紫電を身に纏いプレシアが髪を揺らめかせていた。
 両手を広げ、全ての父のいない子は我がもとにとばかりのグラハムに、紫電が落ちるのは数秒後であった。
 慌ててフェイトがグラハムの手元からアリシアを連れて逃げ、隣にいたリンディも逃げ出した。
 そして、怒りの鉄槌は正確に一人の男のみを貫いた。









-後書き-
ども、えなりんです。
ひとまずこれにて無印編は終了です。

なんかもう、ここで終わっても良いかもと思ってしまったり。
ただまだ刹那のみ満たされてないので続けないといけません。
A's編は展開のみオリジナル路線となります。
この約一ヵ月後、はやての誕生日の数日前からです。
超展開が多いので、さらに人を選ぶようになるかもしれません。
それでも構わないという方は、もうしばしお付き合いください。

次回の投稿は水曜ですね。
お待ちください。
ちなみに題名は変わりませんが、主役がハムからせっちゃんに代わります。



[20382] 第一話 俺達が歪めてしまった世界は、ここにはない(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/10/17 14:58
第一話 俺達が歪めてしまった世界は、ここにはない(前編)

 早朝、まだまだ人通りの少ない住宅街の中を、刹那は走っていた。
 朝日に照らされる空や、小うるさく鳴く子鳥などに目もくれず。
 規則正しい息遣いとフォームで、マラソン選手のように車道をぐいぐい走っていく。
 時折ご近所の朝の早い老夫婦等に声をかけられると、さすがに目礼をしてから通り過ぎた。
 やがてとある家の前にまで辿り着き、一息ついてから新聞受けに投函されていた新聞紙を手に門を潜る。
 つい先程、アルバイトにて他所のお宅へと新聞紙を配り走ってきただけあって、この違和感だけは中々慣れる事はなかった。

「…………」

 そして、それ以上に慣れない家に帰るという行為に、無言で玄関を開ける。
 出迎えるのは嗅ぎ慣れた家屋の匂いと、自分以外の誰かの気配であった。
 特にキッチンのある方では、朝も早くから小忙しい気配が漂ってきていた。
 時間に追われているのは、朝食に加え、四人分のお弁当を作っているプレシアであろう。
 邪魔をするのも悪いと、そのままお風呂場へ向かおうとすると、リビングに続く扉が向こう側から勝手に開いた。

「やっぱり、刹那兄か。いい加減、ただいまぐらい言ってや」
「ああ」
「めっちゃ、言うつもりないな。その返事は」

 車椅子で出迎えに出てくれたはやては、困ったような表情で笑っていた。
 グラハム辺りから、刹那がただいまと言わない理由は聞いているのだろう。
 刹那やテスタロッサ親娘がこの八神の家に居候するようになって、はや一ヶ月。
 テスタロッサ親娘はこの家どころか、この海鳴市での生活に馴染んでいた。
 フェイトやアリシアは小学校へと通い、プレシアは専業主婦としてはやてに代わり家を切り盛りしている。
 馴染んでいないのは、馴染もうとしていないのは刹那だけであった。
 何時か元の時代、三〇〇年後の世界に戻る為に、不必要な心残りを持たない為にも。

「あ、そうそう。刹那兄、ちょっとそこにおってな」
「なにを、するつもりだ?」
「ええから」

 何を思ったのか、はやてが座っていた車椅子の肘置きに手を掛け、立ち上がろうとした。
 止めようとした刹那を、逆に笑顔を見せて止めて、はやては立ち上がった。
 よろよろと、風が吹けば倒れてしまいそうな程に不安定だが、一歩、また一歩と歩く。
 足が動かなければ出来ない行いであるが、厳密な意味で正常に動いていたわけではない。
 その証拠に持ち上げた足と床の間は数センチもなかった。
 足首から下も重力に引かれるままであり、いつ蹴躓いてもおかしくはない。
 思った通り玄関の入り口にいる刹那までは辿り着けず、足の裏ではなくつま先が先に床についてしまう。
 両手をばたつかせてもどうにもならず、後はそのまま転ぶしかなかった。
 そこをすぐさま駆け寄った刹那によって、はやては抱きとめられた。

「行けると思ったんやけどなあ」
「無理はするな」
「けど、半分は歩けた。ちょっと前までは全く動かんかった足が……もっと頑張って、変わっていく。変えていく。刹那兄もな、変わってもええと思うんよ」

 はやての言葉に、刹那は答えられない。
 その言葉に込められた想いは理解出来るが、受け入れられなかった。
 ただはやてを抱きとめる腕に、ほんの少しだけ力を込めて抱きしめる。
 その程度が、今の刹那の精一杯であった。

「はやて、ずるい……」
「ん?」

 刹那に抱きとめられた格好のはやてが、小さくはない呟きに振り返る。
 その先にいたのは、寝ぼけ眼でやや瞳の焦点が合っていないフェイトであった。
 髪の毛は寝癖がついて方々に跳ねており、パジャマが見事に着崩れていた。
 今現在、自分が何を口走ったのかも理解していないのかもしれない。
 何故ならずるいと呟いたその唇には、人差し指がふくまれていたのだから。
 その様子はアリシアがおやつを我慢している時に良く似ていた。
 フェイトは、完全に寝ぼけている。
 そんな美味しい状況をはやてが放っておくはずもなかった。

「せやな、フェイトちゃんの刹那兄をとるわけにはいかん。おいでや、好きなだけ抱きついてすりすりするとええ」

 それは天使の顔をした悪魔の囁きであった。

「おい、さっきから何の話をしている」
「えへへへ、刹那」

 甘ったるい声を挙げ、はやてがいた場所に入れ替わるようにフェイトがぽふりと収まった。
 一瞬汗の匂いに眉をしかめたが、直ぐになれたのか幸せそうに笑っていた。
 これは想像以上だと、尻餅をついた状態で二人を見上げていたはやては、ポケットを探る。

「あかん、カメラカメラ。こんなシャッターチャンス滅多にあらへん」
「心配いらないわ、はやてちゃん。こんな事もあろうかと、大容量記憶媒体付きの携帯電話を契約しておいたわ」
「親の鏡やん、プレシアさん。で……その記憶媒体の半分は、ハム兄の映像、画像で占められていると」
「だけど、もう半分はアリシアとフェイトで占めないとね。良い顔だわ、フェイト。しかも、この後でこの映像を見せて赤面するフェイトが録画できるのだから、一粒で二度美味しい場面ね」

 何時の間にかキッチンからやってきていたプレシアが、この様子を携帯電話で撮影していた。
 しかも、フェイトを撮影しながら器用に、廊下に座り込んでいたはやてを車椅子に座らせる。
 もちろん映像に手振れなどあろうはずもない。
 一人で複数の仕事を完璧にこなせるのは、主婦の業か。
 それにしてもこのプレシア、グラハムの映像が半分という点を否定すらしていない。
 これが大人の余裕かと、主に乳を見上げながらはやてがしみじみと頷いていた。
 その間、ずっと刹那がフェイトの扱いに困り果てていたが、二人とも完璧に無視している。
 刹那の救いとなるガンダムはいないか。
 そう思われたのだがかつて刹那を救ったように、上から降りてきた。
 ただし、フェイトと同じような寝ぼけ眼のまま、グラハムに抱かれた状態で。

「おふぁよう、お母さん。はやて、刹那、フェイ……フェイトが刹那と抱き合ってる!?」
「多少強引でなければガンダムは口説けないということだな。フェイト、やはり君は立派なフラッグファイターだ」
「お前達、何を煽っている」

 そう思うならば、刹那もさっさとフェイトを引き離すべきであった。
 寝言の様に唸りながら額を刹那の胸板にぐりぐりしていたフェイトが止まっていた。
 反対に、元々寝癖で跳ね上がりまくっていたフェイトの髪が、ざわざわと波打っている。

「な、なんで私、刹那に……刹那に!?」

 どうやらアリシアの叫び声で、一気に目が覚めたらしい。
 何故、どうしてこの状態になったのか憶えてもいないようだ。

「なんでも何も、フェイトちゃんから抱きついたんやんか。私、本当は刹那の事って、月九ドラマばりのマジ顔で」
「まさか、娘の告白を目の前で見せられるなんて思わなかったわ。成長したのね、フェイト。母さん嬉しいわ」
「嘘、違ッ……くはないかもしれないけど。違うよ、好きだけど違うの!」

 はやての冗談にプレシアが悪乗りし、フェイトは本当に一杯一杯であった。
 今離れては真っ赤な顔が見られてしまうと、逆に強く抱きつく程に。
 そんな支離滅裂なフェイトに何も言わず、成すがままの刹那は我慢強いのか意気地がないのか。
 朝っぱらか騒がしい玄関先の騒ぎを耳にしながら、リビングのソファーの上で丸くなっていたアルフが大きな欠伸をしていた。








 早朝の騒ぎに参加しながらも、きっちり朝食とお弁当を作り上げたプレシアの主婦としての能力はやはりたいしたものであった。
 他事に気を取られやすいアリシアの着替え等、世話さえも行っていたのだから。
 そして朝の仕事の仕上げとばかりに、玄関先まで出た。
 聖祥大付属小学校へと登校する三人を見送る為にである。
 三人とも、ジュエルシードの事件が終わってから一週間後ぐらいに転入したのだ。
 よって真っ白なワンピース型の制服姿であった。
 プレシアは作り上げたお弁当の内、三つをそれぞれはやて、フェイト、アリシアに渡しながら言った。

「さあ、行ってらっしゃい。三人とも、気をつけて行ってきなさい」
「いつもお弁当ありがとうな、プレシアさん。ハム兄も刹那兄も行ってくるで」
「行ってきまーす、お母さん。アルフ、いい子にしててね。フェイト、行くよ」
「あ、待ってアリシアお姉ちゃん。い、行ってきます母さん。それに刹……あ、アルフも行ってきます。ま、待って!」

 今朝方の事を思い出し、フェイトはちらちらと刹那の事を見ていた。
 だが刹那への挨拶は中途半端なままで、先を行くアリシアに急かされてしまった。
 まだ何も言ってないのにと、口惜しそうに歩き出す。
 本当に気をつけてとプレシアが注意したぐらい、何度もフェイトはこちらへと振り返っていた。
 そんな三人が見えなくなるまで見送ってから、静かになったリビングへと戻る。
 緑縞の木綿着物姿のグラハムは、時計を気にしながらテレビのリモコンを手に朝のニュース番組を鑑賞中であった。
 アルフは依然としてソファーの上で丸くなっており、刹那は新聞を広げて世界情勢に目を通す。
 プレシアはというとそんな三人を尻目に、お茶を淹れてからリビングのソファーに座り込んだ。

「そう言えば、そろそろはやてちゃんの誕生日じゃないかしら」

 グラハムと刹那の前にお茶が淹れられた湯のみを置きながら、プレシアが呟いた。
 丁度、テレビの天気予報で梅雨入り間近という言葉を聞いて思い出したのだ。
 そのまま皆で一斉にカレンダーを確認する。
 今日は五月の二十八日、はやての誕生日は六月の四日なので約一週間後だ。

「アンタら、ちゃんと誕生日プレゼント考えてあるのかい?」

 一週間前になって改めて確認するとは遅すぎやしないかと、放置できずにアルフが突っ込んだ。

「無論、考えてある。何かは秘密だがね」
「私は悪いけれど、フェイトとアリシア任せかしら。刹那、貴方はどうなのかしら?」
「そんなものを祝った事もない」

 毎日子育てで忙しいプレシアとは違い、刹那は自由な時間が多い。
 家計の助けとして行っているアルバイトも早朝の新聞配達のみ。
 普段、刹那が何をしているのかというと、大抵が図書館へとあしげく通っていた。
 図書館ならば各社の新聞のみならず、国外の新聞でさえも読めるからだ。
 まだ三〇〇年後に戻る方法は見当さえつかない状況の為、刹那はこの時代から世界を見据えようとしている。
 この時代から既に起こっている各種紛争の情報を集めながら。
 さすがに単機で、今の時代の紛争に武力介入する腹積もりはないが。

「俺達が生まれるよりも、ずっと前から世界は歪んでいた」

 平和な日本の中でもさらに平穏な海鳴市とは違い、何時の時代だろうと紛争は起こっている。
 何も出来ない自分に悔やみ、思わずといった感じで刹那が呟いた。

「少年、君も君で一人の人間だ。世界の行く末ばかりではなく、偶には自分の行く末に目を向けるのも悪くはない。手始めに、隣人ともっと関わる事から初めてはどうかね?」
「それなら、はやてちゃんのプレゼント選びには私が付き合うわ。それでどうかしら?」
「考えておく」

 その一言を聞いて、特にプレシアが強引にでも街に連れ出そうと決心した。
 刹那が自分の意志でそうしているとはいえ、家族としての触れあいには消極的だ。
 同じ屋根の下で同じご飯を食べる事を、既に一ヶ月も繰り返してきたというのに。
 ふとグラハムがプレシアへと頼んだと視線を向けながら、立ち上がった。
 すぐさまプレシアもテレビの画面隅に浮かぶ時刻を確認した。
 はやて達が学校へ向かったのと同じように、そろそろグラハムも出かける時間であった。
 一度、二階にある自室へと戻ったグラハムが、鞄を手に戻ってきた。
 ただし、元から身につけていた和服に加え、袴を履いた格好である。
 そのグラハムが玄関へと向かうと、これまた見送りの為にプレシアが追いかけていく。
 プレシアだけが。
 さすがの刹那も、アルフと同様に、こんな時ばかりは空気を読んでいた。

「ではグラハム・エーカー、出勤する」
「行ってらっしゃい、グラハム」

 何処へ向かうかは今さら尋ねず、プレシアは半身で振り返っていたグラハムの肩に両手を置いた。
 そのまま背伸びをして、グラハムの頬に口付けを行う。
 毎朝の恒例ではあるのだが、この時ばかりはプレシアも少女のように頬を染めていた。

「何時もの事ながら、まるで新婚夫婦だな」
「あら、私は何時でも構わないわよ。親はやっぱり二人いるべきで、はやてちゃんにも母親は必要でしょう?」
「まったくだ。悪くはない……」

 肯定的な意見を述べながらも、グラハムは最終的な決断を口にはしなかった。
 ただ少しばかり困ったような微笑を浮かべる。
 一時の恋人ならばまだしも、夫婦となると色々と問題があるからだ。
 子供達こそ慕ってはくれているが、グラハムの体は完全なる機械である。
 共に寄り添う者として、同じ時間を歩いて老いていけるかもわからない。

「時間をくれないか、プレシア。そう長くは待たせないつもりだ」
「私はこの歳だし、慌てないわなんて言えないわ。けれど貴方以外に考えられないのも事実。前向きに考えてちょうだい」

 言葉にこそしなかったが、プレシアの瞳にはリンディの事もあるしねと笑ってはいない瞳で見上げてきていた。
 手当たり次第とは言わないが、魅力的だと思ったら直ぐに口にしてしまう口の軽さのツケであった。
 だからと言って視線はそらさず、逆に軽くプレシアの腰に手を回して抱き寄せた。
 そのせいか、プレシアに睨むように見上げていた視線がより厳しくなる。

「答えも出さないうちに、この手はなにかしら?」
「少なくとも、君を愛おしいと思った。その表れだと認識している」
「まあいいわ。この瞬間だけは、私を選んでくれているって勝手に思うから」

 グラハムの硬過ぎる胸に額を押し付けたプレシアが呟いた。
 二人の距離がさらに縮まれとばかりに、深く抱き合い背中に手を伸ばしあう。
 だがそんな甘い時間も長くは続かなかった。
 グラハムの背中に回したプレシアの手が、丸みを帯びた硬いモノを掴んだからだ。
 まずいとグラハムが硬直し、それを手にしようとした瞬間にはプレシアに奪われていた。

「グラハム……これは一体、何かしら?」

 より厳しく剣呑な表情になったプレシアが取り上げたのは、一振りの短刀であった。
 刃渡りは三十センチ近く、どう考えても銃刀法違反である。

「お、男たるもの、家を一歩外に出れば七機のガンダムが」
「貴方、そんな事を言って前も出社途中に変な仮面をつけて職務質問されてたでしょう。それに職業を聞かれて、フラッグファイターって答えたの知ってるのよ!」
「今の仕事は仮の姿、何時如何なる時も心は」
「出しなさい」

 わけのわからない言い訳を途中で遮り、プレシアは手の平を上にして差し出した。

「出しなさい。これからメンテしてあげないわよ?」

 とても魅力的な笑顔のまま、怖ろしい事まで呟かれてしまった。
 苦渋の決断、しぶしぶながら鞄の中から件の仮面を取り出して手渡した。
 グラハムが刀に次いで武士の魂と信じて疑わない武士の仮面を。

「ほら、行ってらっしゃい」

 手を振られ、名残惜しそうに振り返りながらとぼとぼとグラハムが歩き出した。
 何度も何度も、振り返ってはプレシアではなく取り上げられた短刀と仮面を見つめている。

「早く、行きなさーい!」

 ついには両手を振り上げて怒られ、ようやくグラハムは仕事場へと向かっていった。









 三〇〇年後の人間であるグラハムや、刹那を初め、異なる世界の住人であるプレシアやフェイト、アリシアには戸籍がない。
 明らかに外国人である面々が、詳しく調べられたとしたら国外退去は必死であったろう。
 それを解決したのは、バニングス家と月村家であった。
 両家の当主共に、ジュエルシードの暴走に巻き込まれた際にグラハムに命を救われており、快く協力してくれたのだ。
 方法こそ明らかではないが、全員の戸籍を一週間足らずで用意された。
 おかげでフェイトやアリシアが学校に通う事が出来、それを切欠にはやても通う事になった。
 本人達のたっての希望で、なのはと同じ聖祥大付属小学校である。
 そして、グラハムもまたその手に職を持つ事が出来た。
 正規雇用とまではさすがにいかなかったが、やりがいのある仕事をであった。

「ブシ……ハム先生、おはようございます!」
「ああ、おはよう。ところで、今なにか言おうとはしなかったかね?」
「なんでもないでーす」

 職場へ向かうグラハムの横を駆け抜け様に挨拶してきた少年が、質問から逃げるように去っていく。
 少年であるが故に、上着とズボンに分かれた真っ白な服装。
 聖祥大付属小学校の制服である。

「おはようございます!」
「おはようございます、ブシ……ハム先生!」

 そしてまた一人、また一人と道行く少年少女たちが、グラハムを先生と呼んで通り過ぎていく。
 何故か名前を呼ぶ前に、言葉を詰まらせながら。
 その事にほんの少し首をかしげながらも、グラハムは腕時計で時間を確認して言った。

「急ぎたまえ、もう直ぐ予鈴の時間だ」
「はーい、先生も急いだ方が良いんじゃないの?」
「残念ながら私は非常勤講師。朝礼に出なくとも良いのだよ。免許があるというのも考えものだ」

 肩をすくめ終わった時には、既にその子は目の前におらず、私以上に落ち着きのないと呆れる。
 グラハムの今の職業は、教師であった。
 ただし言葉通り免許もないので、アメリカ人としての技能を生かした英語の非常勤講師である。
 本当は士郎や桃子から、翠屋のスタッフとして働かないかと声を掛けられていた。
 その選択も悪くはなかったのだが、結局は丁重に断りを入れてしまった。
 非常勤講師という突飛な選択も少し関係している。
 兄馬鹿と笑わば笑え、グラハムは学校へと復帰したはやてが心配であったのだ。
 アリシアは学年が違うが、フェイトやなのはといった友達が既にいる。
 それは理解している。
 それでもやはり車椅子というハンデを前に、安易に大丈夫とは思えなかったのだ。

「はやてに動機がバレた時は、本気で怒られてしまったな」

 飽きる程に子供達と挨拶を繰り返し、校門から校庭、校舎から職員室へと歩く途中で思い出し、呟く。
 恐らくは、それが二人の間での始めての兄妹喧嘩だっただろう。
 実際ははやてが一方的に怒っただけだが、一度始めた事をおいそれとは辞める事は出来ない。
 深い謝罪をし、理解を求めて、グラハムはこの仕事を続けていた。
 はやての為というのももちろんあったが、何よりグラハムは子供が好きだからこそでもあった。
 この時代に来てからグラハム自身、初めて知った事だが。
 はやてとの生活で培われたものかもしれないが、好きなものは好きなのだ。
 何度も子供達に挨拶され続け、プレシアに短刀と仮面を取り上げられた事は忘れかけていた。

「おはようございます」

 職員室のドアを開き、一礼してから挨拶して入室した。
 担任を持つ教師は挨拶もそこそこに、教室を目指し、そうでない教師は少しのんびりしている。
 このあたりはだいたい何時もの事で、グラハムも特に気にせず非常勤講師用の机に向かう。
 非常勤だけあって特定の誰かの机ではなく、共用の机だ。
 その一つに腰を落ち着け、鞄から予定表を取り出し眺める。

「午前中の間に、アリシアのクラスもあれば、はやて達のクラスもあるのか。身内贔屓は良くないとは言え、やはり気合いの入りようが違う」

 はやてとフェイトは、なのはと同じクラスであり、アリシアは二つ下の一年生である。
 当初、アリシア本人は激しく抵抗したのだが、フェイトの姉では通らなかったのだ。
 本人とフェイト以外、最近はプレシアでさえもアリシアを姉としては扱っていなかった。
 そもそも用意された戸籍からして、フェイトの妹となっていた。
 二人の身長差が十数センチある上に、落ち着きのない性格がさらに年齢を低く見せる。
 アリシアの様々な逸話を思い出しながら、一限目にある授業の内容を予習しているとチャイムが鳴り響いた。
 ホームルーム終了のものであり、あと十分で一限目の開始であった。

「では、今の私の戦場へと赴くとするか」

 誰に言うでもなく呟き、立ち上がる。
 それから教科書を手にして向かおうとしたところで、声を掛けられた。
 振り返った先に居たのは、長身のグラハムからすると見下ろす形となる中年の男性であった。
 もちろん、職員室にいるからして彼も教師、それもグラハムなどよりよっぽど要職に就く人物である。

「グラハム君、すまないがちょっと良いかね?」
「手短に願いたい、校長先生」

 やや慇懃無礼にもなるグラハムの言葉にも、人の良さそうな校長は笑みを向けて言った。

「実はね、朝礼で通達は出してあるのだが、保健室の青田先生がもう直ぐ産休をとられるそうだ。後任の先生を探してはいるのだが、君も心当たりがあれば教えてもらえると嬉しいのだけどね」

 グラハムはその青田先生の顔が思い浮かばなかったが、校長の言いたい事は理解した。
 一瞬、専業主婦をしているプレシアが浮かんだが、彼女は主婦以外の仕事はしないであろう。
 かつては仕事に没頭したあげくに、アリシアを一度亡くしたのだ。
 仕事としての密度が違うとは言え、恐らくは無理だろうなと考えながら頷いた。

「了解した、適任が見つかったなら声をかけてみよう」 
「まあ、まだ一ヵ月以上先の事だからね。慌ててはいないよ」

 気楽な校長の言葉に、グラハムもまた気軽に受け取った。
 そして、その事は一時頭の隅へと追いやり、改めて教科書を手に教室へと足を向けた。








-後書き-
ども、えなりんです。

A's編が始まりました。
グラハムがダメハムになってます。
ただプレシアの内助の功により、なんとかもってます。
そんなこんなで続きます。
しかし、題名がいきなり重いです。
せっちゃん主人公ですからね。

それでは次回は土曜日です。



[20382] 第一話 俺達が歪めてしまった世界は、ここにはない(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/10/16 19:29
 午前中最後の授業である四限目、グラハムはなのは達のクラスで教鞭をとっていた。
 とは言っても、授業の残り時間は既に五分を切っており、授業は終わったも同然であった。
 時間的にも、その内容的にも。
 グラハムは今、授業とは全く関係ない物を教卓に置き、喋っていた。
 その全く関係ない物とは盆栽であった。
 長方形の焼き物の鉢から、幹を伸ばし、雲のような形の枝葉を伸ばしている。
 それを前にしたグラハムの瞳は、目の前の子供達以上に輝いていた。

「三限目には受け持ちがなかったので近所を散歩していたのだが。なんと言う僥倖、近所に住む勘三郎氏に頂いてしまった。見たまえ、諸君。素晴らしいとは思わないか?」

 子供にしては比較的精神年齢が高い子供が多い学校とは言え、さすがに盆栽に興味を持つ子はいなかったようだ。
 グラハムの態度に反比例するように、子供達の反応は薄かった。

「また始まった。馬鹿ハム兄……」

 大抵が唖然とするか一切の興味を示さず、その中ではやてが一人頭を抱えていた。
 ちなみにその素晴らしさを理解しようと盆栽を一生懸命見ているフェイトは、例外中の例外であった。

「盆栽は元々中国の盆景が起源だ。日本へは平安時代に入ってきて、江戸時代には武士の副業として栽培が盛んになった過去もある」

 この時、何人かの生徒が吹き出し、笑いを堪えている者は半数以上にも及んだ。 
 教卓に盆栽がある事や、その起源などどうでもよくなっていた。
 あのグラハムが武士を語ったのだ。
 ハム先生という愛称以外の、生徒間だけの秘密の呼称を思うと笑わずにはいられない。
 登校時の生徒達がグラハムとのすれ違い様に、何度か口にしそうになったアレである。
 典型的な日本被れのアメリカ人、それが生徒達のグラハムに対する認識であった。
 それで付いた愛称がまたはブシドー先生、またはミスターブシドーだ。

「あかん、恥ずかし過ぎて死にたくなってきた……」

 既にはやての顔はトマトのようであり、もしこの場が夜であれば赤く光りさえしていたかもしれない。

「にゃはは、はやてちゃん頑張って」
「私まで恥ずかしくなってくるわね。同じ外国籍として、本当に止めて欲しいわ」
「アリサちゃんは、普通だよ。殆ど日本人の女の子だもん」

 はやてへと上手いフォローも出来ずに、なのはを含め、アリサもすずかも何も言えなかった。
 そもそも授業がスケジュール通りに進んでいるからこそ、こうして脱線も出来るのだ。
 つまり、グラハムの教師としての能力は申し分なく、誰も止められない。
 それに、真面目な授業よりはこうした気楽な豆知識を聞いていた方が気は楽である。
 グラハムも興味のある者だけが聞けば良いというスタンスで、多少の私語も問題視されない。
 既にこの状況がクラス全体を巻き込んだ私語に他ならないのだ。
 そんなグラハムの語りを止められるのは、授業終了のチャイムだけであった。

「む、時間か。まだまだ語り足りないが、致し方あるまい。それでは、今回の授業はこれまでとする。質問等あれば、次回までにまとめておく事、以上だ」

 日直の号令と共に礼が行われ、グラハムは盆栽を手に颯爽と去っていった。
 それにあわせ、お昼の時間だと教室内が少し騒がしくなる。
 だと言うのに、はやては騒ぐ元気もなく、ぐったりと机の上にうな垂れていた。
 主に、恥ずかしすぎる身内のせいで。
 そんなはやてのもとへと、フェイトがお弁当を持って駆け寄ってきた。

「はやて、はやて。盆栽を始めるにはどうしたら良いかな。やっぱり、大人の趣味だから高いのかな?」

 プレシアお手製のお弁当で気分転換をと、鞄に伸ばした手が外れた。
 その勢いに飲まれるようにはやては思い切り机で、額を打ち付けてしまった。

「フェイトちゃん、私もう鼻血も出えへんで……私の家族、憧れた家族。変やな涙が出てきた。そうか、これが嬉し涙やな?」
「え? はや、え?」
「盆栽なんて爺臭い趣味は止めておきなさいよ。趣味は本人が楽しければ良いけど、マイノリティな趣味は悲惨よ。誰にも理解されないから」
「アリサちゃん……そこまで言わなくても。けど、ピアノとかヴァイオリンとか、お稽古事は楽しいよ」

 机の上でうつ伏せになり痙攣するはやてを前に、オロオロしているフェイトを、アリサがばっさり斬り捨てた。
 すずかもまたフォローしつつ、他にもあるよと勧めている。
 フェイトが盆栽に目覚める事は、満場一致で不可らしい。

「とりあえず皆、お弁当食べよっか。はやてちゃんもほら、寝てないでね?」

 最後に寄って来たなのはが、自分のお弁当箱を掲げ、促がしてきた。
 はやても自分が机に寝ていては皆がお弁当を広げられないので、のろのろと起きだす。
 皆には分からないように心の汗だけはそっと拭き去って。
 ただ目の前の問題よりも、空腹に負けたのかもしれないが。
 さすがに一つの机で五人集まるのは狭いので、もう一つ机をくっつけて寄り合う。
 何よりもまず空腹を薄れさせようとお弁当をつつき、お腹におさめる。
 それから改めて、はやてが一時だけ忘れる事にした問題を持ち出した。

「昔のハム兄は格好良かったんやけどな。ちょっと影あったけど……何時から、こうなってしまったんやろ」
「切欠は絶対、アレよね。ほら、温泉旅行」
「グラハムさん、温泉旅館を見て喜んでたもんね」

 アリサとすずかの言葉に、アレかとはやてが切欠を思い出した。

「それからリンディさんの部屋に入った時が駄目押しだと思う。盆栽とかお茶とか。同じ趣味の人を見つけちゃって」
「リンディさん、うちのハム兄に何してくれとんのや。もう、もう!」

 今さら悔やんでも遅いが、悔やまずにはいられない。
 八神家の庭先には、グラハムが日曜大工で作った棚の上に盆栽が並べられているのだ。
 リンディとのデートの記念に買ってきた盆栽も中には含まれている。
 その事は、プレシアには秘密にされているが。
 さらにこの前などは、ただの庭を日本庭園にしようとしたり、ししおどしを造ろうとしたり。
 それらはプレシアが事前に気付いてとめてくれたが、やや行き過ぎであった。
 ここらで一言ガツンと言っておかなければ、趣味人のパワーは侮れない。

「グラハムさんの趣味は置いておいてさ……その、どうなってるのよ?」

 珍しく歯切れの悪いアリサは、赤くなった顔を見せないようにややそっぽを向いている。
 ただし言葉の内容が抽象的過ぎて伝わらず、皆が首をかしげているとますます顔を赤くしながら聞いてきた。

「そのリンディって人か、フェイトのお母さんかって事よ。両方からアプローチ、受けてるんでしょ?」
「家ではそのプレシアさんがおるし、あえて話題に出した事はないなあ。私は、やっぱ同居しとる分、プレシアさんの味方やけど。フェイトちゃんはどうなん?」
「私は、グラハムがお父さんになってくれたら嬉しいよ。アリシアお姉ちゃんもそう言ってた」
「どうなっちゃうんだろうね」

 なのはの呟きには誰も答えられず、示し合わせたように皆が顔を赤くしていた。
 フェイトは若干怪しいが、一応は五人とも恋と呼べるような事さえした事がない。
 クラスに言葉を交わす男子は何人かいるが、特別なんて言葉は欠片もなかった。
 気になる子なんてもっての他。
 それを一足飛びに、大人の恋愛の行方を想像しろと言っても無理というものだ。
 だから漠然と、クラスの男子とは別に特別女子にだけ受けさせられた授業の内容へと考えが飛んでしまう。
 男子と女子で何が違うのか、何の為にその違いがあり、今後自分達の体に何が起こるのか。
 この日、五人の昼食は気まずい思いをしながら、静かに過ぎ去る事になった。
 たった一人、よく分かっていないフェイトを除いて。









 繁華街のとあるアクセサリーショップから出てくる、刹那とプレシアの姿があった。
 今朝方に決意した通り、はやての誕生日プレゼントを買う為に、プレシアが刹那を連れ出したのだ。
 連れ出すこと事態は、さほど苦労はなかった。
 刹那自身、無愛想なところはあるが、性格破綻者ではない。
 人から話しかけられたりすれば、基本的には誰とでも言葉をかわす。
 だからプレシアがはやての誕生日プレゼントを買う為にと言えば、あっさりとついてきた。

「前を見て歩け、転ぶぞ」
「誰のせいで……あんなに恥ずかしい思いをしたのは、久しぶりよ」

 プレシアは赤面した顔を覆う手の平の指の間から、刹那を睨みつけていた。
 恥ずかしい思いとは、店内に足を運んで直ぐに刹那がペアリングを欲したのが発端であった。
 そこで店員が、刹那とプレシアのものだと勘違いしてしまったのだ。
 店内にいる全ての人の視線が痛い、痛い。
 おかげで事情を一から十まで説明するはめになり、その時の分かっていますという全く分かっていない店員の顔がまた痛々しかった。
 思わず、魔法でお店一帯を破壊してしまおうかと思った程に。
 絶対、若い燕とそのマダムと思われたと、羞恥の波が止まらない。

「貴方もよりによって、なんでペアリングなのよ。はやてちゃんは、恋人じゃないでしょうに」
「以前、隣に住んでいた男が友人の女の為に買おうとしていた」

 意外な刹那の交友関係も気になるが、そんなわけないと聞き返す。

「恋人でもないのに?」
「分からない。部屋に呼んだり、相手の親には会っていたようだが」

 それは恋人以外のなにものでもないと、プレシアは呆れるばかりであった。
 そしてフェイトの、まだ花開いてもいない恋の行方が途端に不安になってきた。
 まだまだ自覚すらない幼い感情であろうが、少しばかり相手が悪い。

「まったく、少しはグラハムを見習……わなくて良いわ。見習う相手が悪いわ。そう、恭也君と仲が良かったわよね。その辺に、恋の手ほどきでもしてもらいなさい」

 半分以上は愛娘を思っての言葉であったが、あいにく刹那は欠片も聞いてはいなかった。
 ほんの数秒考え込んだ間に、プレシアよりも三歩も四歩も先へ歩いていたのだから。
 しかも、プレシアが遅れている事にも気付いておらず、スタスタ歩いていってしまう。
 明らかにフェイトの初恋は茨の道であった。
 いっそ止めさせた方がフェイトの為かと思っていると、やっと気付いた刹那が振り返る。
 考えている事が分かったのかと伺うと、先程のお店で買ったプレゼントの小箱を差し出された。

「俺は少し寄るところがある。悪いが、コレを預かっておいてくれ」
「あのね、そういうものはちゃんと自分で管理しなさい。貴方の場合、はやてちゃんの誕生日までずっと預けっぱなしとかになりそうだし。プレゼントっていうのはね、渡すまでの気持ちもそこに含まれるのよ?」
「分かった」

 プレシアに指摘されると、刹那は素直にプレゼントの小箱を懐にしまった。
 そう、基本的には素直な良い子なのだ。
 元気が有り余って手のかかるアリシアとは反対に、大人しく手の掛からないフェイトと良く似ている。
 何年先になるかは不明だが、貰ってくれると安心なんだけどと、割と本気でプレシアは思っていた。
 ただしと、プレシアは思う。

「どうして、人が考え事をしている間に、勝手に何処かに行っちゃうのかしら……」

 何時の間にか目の前から忽然と消えるようにいなくなった刹那に対し、無愛想過ぎると。
 せめて何処へ何をしに、何時頃帰ってくるかぐらいは伝えて欲しかった。
 目の前に、一家の食卓を握るプレシアがいたのだから。









 プレシアの前から勝手に消えた刹那はというと、何度か足を運んだ事のある臨海公園へと来ていた。
 ただ予定があって臨海公園にやってきたわけではなかった。
 プレシアに寄るところがあると言ったのは嘘ではないが、用事があったわけでもない。
 漠然とした想いを浮かべながら、公園内を歩き、やがて足を止めて防波堤の柵に身を預ける。
 そして潮風に癖のある髪を揺らしながら、ポケットの中の膨らみに手を触れた。
 恐らくは、生まれて初めて自分が誰かに送るプレゼントであった。

「俺は、なんの為にここにいる」

 この一ヶ月、一人で色々と動いては見たが、何一つ進展した事はなかった。
 三〇〇年後の世界に戻る手立ても見つからず、紛争が続く世界に対しても何も出来ない。
 自分一人での介入行動には限界があるのだ。
 そして自分一人何も変われないまま、周りがどんどんと変わっていく。
 フェイトは良く笑うようになり、プレシアは母親として成長していた。
 アリシアは何時も元気で、アルフは駄犬として毎日ごろごろと何もしていない。
 グラハムは呆れる程に第二の人生を謳歌し、はやては歩けるように日々リハビリを頑張っている。
 あの家の中で何も変わらないのは、変えられないのは刹那だけであった。

「俺達が歪めてしまった世界は、ここにはない」

 行く末を見守らなければならない世界は三〇〇年も先の話。
 まだ諦めるという言葉はかろうじて口にしてはいないが、それも限界かもしれなかった。
 どう足掻いても、人間である刹那にそんなにも未来を見据える力などないのだ。

「ソレスタルビーイングも、他のガンダムマイスターもいない。あるのはエクシアだけだ」

 はやては変わっても良いと言ったが、その変わり方も分からなかった。
 変わってよいのかさえも、その資格があるのかが分からない。

「ロックオン……俺はどうすれば良い?」

 その呟きに望んだ答えが返るはずもなく、返ってきたのは全く別のものであった。
 海風の香りはそのままに、辺り一帯の色彩が全く異なる色に包まれ始めた。
 陽の光はかげり、日々暑さを増していく空気が重たく息苦しい者になっていった。
 平日の昼間故に、人の数こそ最初から少なかったが、その気配が一つ残らず消えていく。
 この一ヶ月の間、全く味わってこなかった感覚。
 魔法による結界に足を踏み入れた感覚であった。
 その結界の中で、唯一はっきりと自己主張している気配を感じ、刹那は咄嗟に見上げた。

「貴様、何者だ」

 そこにいたのは、白い仮面で顔を隠した一人の男であった。
 仮面によって年の頃は判別できないが、身長や体つきからグラハムと同じ年頃に見える。
 結界を張ったのが、目の前の仮面の男で間違いはないだろう。
 仮面の男が胸の前で組んでいた腕をゆっくりほどき、刹那へと手の平を向けた。
 一瞬の判断、刹那は体から若草色の光を放ち、エクシアの姿へと変身をさせる。
 そのまま後退した次の瞬間には、もといた場所に魔法弾が打ち込まれていた。
 砕けたアスファルトが飛散し、飛んで来る破片を腕で振り払う。

「何故、俺を……」

 折り畳まれていたGNソードを伸ばし、空にいるはずの仮面の男へと突きつける。
 その時には既に、仮面の男の姿はなかった。
 威嚇、または何かしらの警告か。
 だがそれならば結界が解かれるはずと、強烈な気配を背後に感じて刹那は振り返った。

「ぐッ」

 何時の間にか回り込んでいた仮面の男がそこにはいた。
 GNソードで薙ぎ払うも、深く身を沈ませた仮面の男の髪を数本散らすのみ。
 そのまま懐に飛び込んできた仮面の男の拳が、腹部にめり込んだ。
 アイカメラからの視界がブレる。
 魔法で強化された拳はそのまま刹那の体を押し上げ、海上へと吹き飛ばした。
 防波堤の柵を巻き込み破壊しながら吹き飛ばされた刹那は、GNソードを折り畳んだ。
 追撃を避ける為に、小型GNビームライフルの銃口を向けるが、またしても仮面の男の姿は消え去っていた。
 一体何処へと機体制御を行い、海面に足が触れるか触れないかのところで立ち止まる。
 キュリオスやフェイトのように高速戦闘を得意とする相手なのか。
 またしても背後、今度は若干ずれた斜め後ろに気配を感じた。
 だが刹那もやられてばかりではない。
 仮面の男から撃ち放たれた魔法弾を振り返り様にGNソードで斬り裂く。
 そしてそのまま空を蹴り、距離を詰めにかかった。

「答えろ、貴様の狙いはなんだ!」

 返って来ない返事を待たず、GNソードを振りかぶった。
 だが射程距離に入る前に、仮面の男がその姿を消してしまう。
 途端に背後で膨れ上がる強烈な気配。
 迷わず振り返った刹那は、目視すら後回しにしてGNソードを振り下ろした。
 影が高く跳び、GNソードが斬り裂いたのは穏やかな波間を描く海のみであった。
 避けられた、そう思った時には、頭上から仮面の男の踵が振り下ろされていた。
 宙で反転した男が、その遠心力で刹那の背中を強かに打ちつける。
 振り返り様に闇雲に薙いだGNソードは、空を斬るばかりであった。
 そして再び、仮面の男の強い気配が刹那の背後、十メートル近く離れた場所から感じられた。

「お前の命を貰い受ける」

 ようやく仮面の男が口にした言葉が、それであった。
 それだけならば、刹那もまだ我慢できた。
 ソレスタルビーイングとして活動していた時は、常にその命を狙われていたのだ。
 今さら一人や二人に命を狙われたとしても、それが如何したというところである。

「お前だけではない。お前の次は、グラハムという男だ。その次は、プレシア。フェイト、アリシア……」

 だが目の前の仮面の男は、奪うと宣言してきた。
 少なくとも、どれだけ少なく表現しても、刹那にとって大切だといえる存在を。
 辛い過去を乗り越え、幸せな今を生きる者達の生活を。
 世界の歪みともいえる存在が、刹那の目の前にいた。

「貴様達のような奴に、破壊させはしない。俺はソレスタルビーイングのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイ」

 GNソードを仮面の男へとつきつけ、刹那は加速する。

「エクシア、目標を駆逐する!」

 この時、初めて刹那が自ら攻勢へと出た。
 心の中に浮かんでいた迷いを払い、目の前の歪みを断ち切る為だけに。
 その気迫が目の前の仮面の男の予測を上回ったのか。
 仮面の男が逃げるより早く、刹那のGNソードがとらえていた。

「しまッ」

 咄嗟に張られた魔力障壁により、振り切る事は叶わなかったがその足は確実に止められた。

「う、おおおぉッ!」

 太陽炉が活性化してGN粒子を色濃く散布させ、そのまま魔力障壁を撃ち砕く。
 あいにくGNソードの刃は届かなかったが、まだ射程圏内であった。
 慌てて放たれた魔力弾を、今度は振り上げるままにGNソードで斬り裂き破壊する。
 だが爆煙の向こうから、仮面の男の姿はまたしても消えていた。
 まるで誘うように、またしても刹那の背後より強烈ともいえる気配が現れる。
 それでも構わず、刹那は目の前の誰もいない空間へとGNソードを振り下ろした。

「そこだッ!」

 確かな手応えを得られ、周りの風景と同化していたカモフラージュの魔力の残滓が散っていく。
 その中から現れたのは仮面の男であり、確認すると同時に背中に衝撃を受けた。
 吹き飛ばされつつも直ぐに機体制御を行い、振り返る。
 その視線の先には、拳を振り切った格好の仮面の男の他に、もう一人仮面の男がいた。

「まさか、こうもはやくばれるとはな」
「ああ、少し侮っていたようだ」

 全く同じ仮面をつけ、まったく同じ格好をした男が二人。
 それぞれが遠距離と近距離を担当し、一方が攻撃した後に魔法で隠れ、もう一方が気配で場所を教える。
 刹那が気配に翻弄される間に、攻撃した者が移動すると、立場を逆にしてまた同じ事を繰り返す。
 気配と擬似的な高速戦闘、二重に刹那を惑わしていたのだ。

「エクシアから逃げられると思うな。貴様達には聞きたい事がある」
「逃げはしない。逃げる必要がない。後悔しろ、あのままやられていれば良かったと」

 刹那に戦法を見破られても、仮面の男は態度を変えなかった。
 その仮面の奥で笑い、二人同時に呟いた。

「「トランザム」」

 その言葉に導かれ、仮面の男達が真紅の光に包まれ始める。
 本人達の魔力光とは別に、体に溜め込まれていた魔力素が爆発的に解放されて紅く燃え盛りはじめた。

「なっ、何故貴様達が。まさか管理局の……」
「貴様が知る必要はない」

 仮面の男の一人が放った魔力弾、もはや砲撃と同等の威力のそれが刹那を襲う。
 海面すれすれを逃げていく刹那を執拗に追いかけ、撃ち放たれては、水柱を上げていた。
 まるで時の庭園でのプレシアを彷彿とさせる砲撃の嵐である。
 つまり目の前の相手はプレシアと同等に近い実力を秘めた魔導師なのだ。
 そんな相手が二人もいて、トランザムまで使ってきていた。
 躊躇している暇はないと、刹那もまたシステムを起動させる為に呟こうとする。

「トラ」
「させると思ったか!」

 システム起動の声を遮ったのは、もう一人の仮面の男であった。
 上から撃ち落とされる砲撃から逃げ惑う刹那の正面に回りこんでいたのだ。
 魔力が込められたその拳をGNソードの腹で受け止める。
 その時、刹那の耳にミシリと嫌な音が聞こえ、GNソードを支える腕から僅かに力が抜けてしまった。
 仰向けに不自然な格好で姿勢を崩し、続く仮面の男の足に蹴り上げられた。

「終わりだ」

 衝撃に動きが止まった刹那が見たのは、砲撃の為の魔力を集束させている仮面の男である。
 砲撃を避ける為によじろうとした体は、バインドにより拘束されてしまう。

「貴様!」

 それを成したのは、刹那を蹴り上げた方の仮面の男でる。
 トランザムの効果から魔力にあふれた仮面の男のバインドは、強固であった。
 そしてただでさえ強力な状態から集束された砲撃は、エクシアを活動停止に追い込むには十分すぎた。

「まずは一人……」
「うあぁぁぁぁっ!」

 放たれた砲撃が刹那を飲み込み、濃密な魔力の光の中へと消し去っていく。
 そのまま砲撃はエクシアの砕けた装甲を撒き散らしながら、海の中へ叩き込まれた。









-後書き-
ども、えなりんです。

ハムが遊んでいる間に、せっちゃんが大変な目に。
というか本当に刹那だけ無印編から成長がないw
ハムのアレが成長かどうかは置いておいて。
むしろせっちゃんは、記憶喪失ってマイナスから開始してたからなぁ。
海の藻屑として消えたせっちゃん、がんば。
主人公なのに五話前編まで出てこないけど、がんば。
その間、また題名はハムが呟きます。

では次回は水曜投稿です。



[20382] 第二話 心眼は鍛えている
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/10/20 20:37

第二話 心眼は鍛えている

 プレシアから連絡を受けたグラハムは、胸騒ぎが収まらなくなっていた。
 海鳴市内で結界が張られたような大規模な魔力を感じたと言うのだ。
 しかもはっきりと断定は出来ないが、特定の人物を捕獲する為の結界かもしれないと。
 さらには、プレシアが刹那と分かれてから、さほど時間は経っていなかったらしい。
 幸運にも午後からの授業はなかった為、出掛けに渡されたお弁当も途中のままで聖祥大付属小学校の屋上から文字通り飛び出した。
 フラッグの飛行形態へと変身し、空へと垂直に飛び立つ。

「少年……頼む、無事でいてくれ」

 雲の上にまで突き抜けたグラハムは、もう周りを気にする必要はないと最大加速で現場へと向かい始めた。
 プレシアからの連絡では、海鳴市の臨海公園だという事だ。
 危険だが、先にプレシアが現地入りしているらしい。
 出来ればグラハムが合流するまで待って欲しかったが、直ちに調査したいというプレシアの気持ちも分からなくはなかった。
 なにしろ、最後に刹那と一緒にいたのはプレシアなのだ。
 その胸中は、刹那を引き止めるか、一緒に行動していればというところだろう。
 二次被害に遭っていなければと、尚更急いでグラハムは現場へと急行する。
 臨海公園の上空に辿り着いたグラハムは、空を見上げて手を振っているプレシアを確認する事が出来た。
 周りに他に人影がない事を確認すると、プレシアの目の前に着地し、グラハム本人の姿を取り戻す。

「プレシア、状況を……」
「グラハム」

 尋ねるより先に、手に何かを持っていたプレシアが抱きついてきた。
 縋りついてといった方がより正確だったかもしれない。
 その胸の中に飛び込んできたプレシアを抱き寄せた時、その肩が震えていたのだ。
 急く気持ちはあったが、プレシアが落ち着くまでグラハムは黙ってその背中を撫で続けた。

「ごめんなさい、グラハム。貴方も焦っていたでしょうに……実はこれを、見つけたの」
「これは?」

 プレシアの手の中にある物に、グラハムは見覚えはない。
 海の中にでも落ちていたのか、塩水に濡れ、ひしゃげてしまっているラッピングされた小さな箱であった。

「私が、刹那と一緒に買いにいったあの子からはやてちゃんへの誕生日プレゼントだと思うわ」

 少し迷ってから、プレシアは汚れてしまったリボンと包装紙を剥がし、その中に入っていた小箱を取り出した。
 小箱の表面にまで海水が浸入してしまっていたが、幸運にも中身は無事であった。
 ハート型のリングがついた、シルバーのネックレスである。
 日常生活における発想が貧困な刹那が、知り合いのペアリングから連想し選んだプレゼント。
 間違いないと、さらに落胆したようにそれを握り締めながらプレシアが俯いた。
 ネックレスだけならありふれたものだが、新品のまま包装紙に包まれて落ちていたのだ。
 つい先程、この臨海公園で張られた結界の中に刹那はいた事になる。
 そこで襲撃を受けて戦闘となり、はやてへの大事な誕生日プレゼントを落としてしまうような事態に追い込まれた。
 その安否は、不明のままである。

「諦めるのはまだ早いぞ、プレシア。少年は、ガンダムだ。この私が、幾度となく追い求め、敵う事のなかった。無事に決まっている」
「そうね、あの子は強い子よ。きっと、何事もなかったかのようにひょっこり現れるわよね」
「その通りだ。だがはやてへの誕生日プレゼントを落とすぐらいだ、怪我の一つや二つはしているかもしれん。急ぎ、捜索するべきだ」
「二手に別れましょう。ただし、連絡は密に。刹那を襲撃した相手が、まだ近くにいるかもしれないわ」

 降りかかる絶望を、あえて明るく振る舞ったグラハムが振り払う。
 それを受けてプレシアも顔を上げた。
 刹那が心配なのはお互いに同じなのだ。
 だが心配だと呟き俯くだけでは何も進展しないと、二手に別れ、刹那の捜索を始める。
 プレシアは主に臨海公園の周辺を、グラハムはフラッグの姿で臨海公園付近の海を。
 そして捜索開始から三十分程経った頃に、グラハムはとあるものを見つけた。
 ゆらゆらと、グラハムの心中よりも余程穏やかな波間に浮かぶ金属片、GNソードの欠片であった。
 まさかという胸中の声を抑え、拾い上げる。
 砕け方が酷く、原型を殆ど留めてはいなかったが、鋭利な刃物部分が証拠とも言えた。
 だがグラハムにその姿を見せた事で役目を果たしたように、直ぐに若草色の光となって消えていく。
 その光を捕まえるように拳を握り、改めて目を凝らして波間を凝視する。

「少年」
『グラハム? 刹那がどうしたの?』
「少年のガンダムの残骸が……」
『直ぐに、直ぐに私もそっちへ向かうわ!』

 波間に浮いているのは、先程のGNソードの破片だけではなかった。
 大小様々な金属片が揺られており、一つ、また一つと光に還っていく。
 茫然と、それらの金属片が消えていくのをグラハムは見ている事しか出来ない。
 刹那は、丁度グラハムが立っている場所で落ちた。
 襲撃者の手によって落とされたのだ。
 胸に湧き上がるのは、二度と持つまいと思っていた復讐心。
 かつて同僚の為に抱いたそれを、今のグラハムは刹那の為に抱いていた。

「少年、君の為ならば今一度この修羅の道に踏み入る事も厭わない。覚悟は、出来ているのだろうな。襲撃者。今の私は阿修羅すら凌駕する存在だ!」

 グラハムが見上げた先には、仮面をつけた男が立っていた。
 私はここだと自己主張するかのような荒々しい気配をみなぎらせながら。
 このタイミングで現れ、その態度では違いますという言い訳は通しない。
 もとよりグラハムに聞くつもりもない。
 グラハムはその姿を、フラッグからGNフラッグへと変えた。
 背負った擬似太陽炉が燦々と輝き、深い血の色をしたGN粒子を散布していく。
 その散布の勢いは激しく、エネルギー切れを全く気にしている様子はなかった。

『グラハム、結界が……無茶はしないで。私が合流するまで待って頂戴』
「すまないが、それは聞けない。干渉、手助け、一切無用。この男だけは……この男だけは、私の手で!」
『グラハム!』

 プレシアからの連絡が届いて直ぐに、辺り一帯が結界に包み込まれていく。
 空を海を異なる色に変え、別空間に作り変えていった。
 恐らくは刹那が襲撃された時のそれと同じく、グラハムを閉じ込めていた。
 だが同時に、この戦いを一般人に見られるという心配もなくなる。
 グラハムはGNビームサーベルを手に、強く、憎しみさえも込めて仮面の男を睨みつけた。

「貴様と私の一対一だ。この勝負、受けないとは言わせない!」
「一人で抵抗するとは、好都合だ。良いだろう。貴様もあの少年のように、海の藻屑へと変えてやる」
「いざ尋常に勝負!」

 雄叫びを上げ、GNビームサーベルを掲げながらグラハムは仮面の男へと向かって行った。
 対する仮面の男も、拳に魔力を込めて向かってくる。
 すれ違い様に、互いの得物を振るいあう。
 グラハムはGNビームサーベルを、仮面の男は魔力を込めた拳を。
 得物は違えど腕前は僅差とも呼べる程度の差しかなかったようだ。
 グラハムはGNフラッグの装甲にかすかに拳の痕がつき、仮面の男もまたわき腹にかすり傷を負っていた。
 初手は相打ちによる、引き分けで互いに傷による戦闘への支障はなかった。

「あの少年よりも腕前だけは上か」
「貴様が、少年を語るな。少年が、ガンダムが穢れてしまう!」

 すぐさま振り返り、わき腹を押さえている仮面の男へと向かう。
 上段から大きく振りかぶったGNビームサーベルを掲げながら。
 だがそのGNビームサーベルが振り下ろされる事はなかった。
 グラハムの射程距離まであと一歩のところで、仮面の男の姿が消えたのだ。
 急停止し、一体何処へと辺りを見渡す。
 その時、背後から膨れ上がる気配にその身をひるがえした。
 GNフラッグの装甲すれすれを掠めていく魔法弾が、海を貫き水柱を上げる。
 二発、三発と放たれる魔法弾をかわしながら、仮面の男を睨みつけ、奇妙な違和感が胸に浮かぶ。
 まだはっきりとは分からないが、何か違和感が付きまとっていた。

「この程度の攻撃など」

 だが違和感は怒りに塗りつぶされ、消えていく。
 目の前に着弾し、飛び散った海水の雨の中を貫き、仮面の男へと目掛けて飛翔する。
 近付けさせまいと数多放たれる魔力弾を避け、斬り裂き、今度こそとGNビームサーベルの柄を強く握り締めた。
 その憎々しい仮面ごと目の前の男を斬り裂こうと。
 だというのに、またしても射程距離の直前で、仮面の男の姿が消えてしまう。
 まるで先程の場面の焼き直しの様に、背後にて仮面の男の気配が膨れ上がる。
 そして、消えたはずの違和感がグラハムの脳裏に突如として蘇った。

「トランザム!」

 違和感の正体を得て直ぐに、振り返り様にシステムを発動させた。
 擬似太陽炉による深い血の色のGN粒子を、過剰に排出させ、その身を紅く染めていく。
 男のその仮面の下の顔が驚愕する様を察しながら、空の上を滑るように飛翔する。
 魔力を込めた拳を握る仮面の男の背後に、逆に回り込んだ。
 完全に背後をとり、GNビームサーベルを振り下ろす直前で仮面の男が叫ぶ。

「トランザム!」
「なッ、そうくるか。だが遅い!」

 仮面の男がトランザムシステムを起動させた事に驚くも、振り下ろしたGNビームサーベルだけは止めなかった。
 紅い残像を残しながら身をかわそうとする仮面の男の背中を斬り裂いた。

「ぐッああ!」

 そのまま痛みに体を仰け反らせる仮面の男を背中をさらに蹴りつけ、吹き飛ばす。
 つい先程まで、その男が魔力弾を放っていた場所へと。
 案の定、ステルスマントを脱ぎ去ったようにもう一人の仮面の男が現れた。
 背中を斬り裂かれ、無様に吹き飛ばされた仮面の男を受け止める。

「大丈夫か」
「ああ……何故、分かった。あの少年ですら、もう少し掛かった」

 トランザムの紅い光こそ消えてしまったが、傷は浅かったようで、斬られた仮面の男が疑問を投げかけてきた。

「日々、心眼は鍛えている。と言いたいところだが、少年のおかげだ」

 そう呟いたグラハムは、GNフラッグの指を弾き鳴らした。
 生み出されたのはほんの小さな震動。
 たったそれだけの事で、傷を負った方を受け止めた仮面の男の仮面にひびがはいった。
 慌てて抑えようとするも、遅い。
 仮面は真っ二つに割れ、その下にある素顔がグラハムの前にさられた。

「しまッ」

 咄嗟に片手で顔を覆うが、人相までしっかりとグラハムの瞳に映っていた。
 年の頃はグラハムと変わらない、三十に届くかどうか。
 歳若いと十分にいえる男であった。

「貴様の方の仮面には、傷があった。恐らくは少年がつけたものだろう。そして今しがた私が斬り裂いた方には初手でわき腹に追った傷があった。違和感の正体はそれだ」
「これで益々生かしてはおけなくなった。トランザムアタックをしかけるぞ、いけるか」
「ああ、少々辛いが……」

 来るかと、グラハムが身構える。
 恐らくは二人同時のトランザムによる強襲である事は間違いない。
 一人が既に手負いとは言え、まだ余裕があるとはいえなかった。
 トランザムの効果が切れる前に勝負を決めなければ、再び追い詰められてしまう。
 一矢報いた後でそうなれば、笑うに笑えない状況である。
 何時激戦が再開されてもおかしくない緊張感の中で、一人の女性の声が辺りに響き渡った。

「生かしておけない、ね。それはこちらの台詞よ」

 自分達に向けられた言葉を前に仮面の男のどちらもが、空を見上げる。
 結界により青さを失った空の上には、先程まではなかったはずの暗雲がうごめいていた。
 明らかに人為的に作られた暗雲は、その表層部分に絶えず紫電を走らせる。
 その紫電が暗雲の中央に集まり、肥大化すると同時に紫色の閃光を瞬かせた。
 遅れて空を砕くような轟音が空に叩きつけられ、仮面の男達へと向けて紫電が落とされた。
 紫電の閃光が二人を飲み込み、海をも貫いていく。
 その気になれば次元すらも超えるSランクオーバーの攻撃魔法である。
 あまりの威力にグラハムを捕らえていた結界が破壊され、辺りの景色が本来の色を取り戻していく。
 そんな海水が辺り一面に降りしきる中、魔力障壁の傘をさしながらプレシアがやってきた。

「手助けは不要と言ったはずだが?」
「あら、それは一対一の場合でしょ。二対一になったのなら、その限りではないわ」

 トランザムを使用すらしていないのに、この威力とはとグラハムは自分の不甲斐なさを隠すように振り返って言った。
 だが一部の隙もない返答に、少し頭を冷やされ肩を竦める。
 襲撃者に怒りを覚えていたのは、何もグラハムだけではないのだ。
 文字通り雷を落としたいというプレシアの気持ちを、無下には出来ない。

「それに、刹那の事はもちろん。目の前で愛しい人を生かしておけないって言われたのよ。これで怒らなかったら、何時怒れば良いのかしらね」
「降参だ、それ以上私を苛めないでくれたまえ。私は古風な男だ。尻に敷かれるよりも、亭主関白でいたい」
「私も、それは望むところよ。是非そうして欲しいわね」

 軽口、プレシアは本気であったが、そこまでであった。
 プレシアが落とした特大の紫電により、蒸発した海水の蒸気の向こうから人影が現れた。
 薄れていく水蒸気が紅く照らされている。
 トランザムシステムの光によるものであり、素顔を晒した男が直撃の直前で使用したようであった。
 ただそれでも、完全に防げたと言うわけでは無さそうであった。
 防御の為の魔力障壁を解いても、仮面を失くした男の体には紫電の残り火が走っている。
 そして背中に傷を負った方は、完全に意識を失ってしまったようだ。

「人を呪わば、穴二つ。どうやら貴様達の命運もここまでのようだったな。少年の仇、討たせてもらうぞ!」
「くッ……」

 グラハムの言葉に焦りを浮かべた男は、懐から一枚のカードを取り出した。

「しまった、結界を!」

 そのカードの意味を知るプレシアが慌てて結界を張ろうとするも、カードの効果が現れる方が先であった。
 カードの周りで小さく魔法陣が展開され、次の瞬間には二人の姿が消えた。
 戦闘中のまやかしなどではなく、正真正銘この場から消え去ってしまう。
 どうやら転移の魔法を短縮発動させる為のカードであったようだ。
 せめてとプレシアがエリアサーチの魔力球を多数展開させて、方々に散らばらせる。
 だが数分も経たず、ただ一言呟いた。

「逃げられたわ。少し、余裕を見せすぎたみたい……」
「既に一矢は報いた。逃がしたのは惜しいが、まずは少年の身柄と安全が先だ。それに子供達も」

 プレシアの肩に手を置きながらエスコートし、臨海公園の防波堤に降り立つ。
 直ぐにプレシアが携帯電話を取り出すが、時刻は未だ十四時過ぎであった事を思い出し、ほっとする。
 一年生のアリシアもまだ、下校前のはずであった。
 それでも直ぐにプレシアは携帯電話を操作し、とある場所へと電話をかけた。

「もしもーし、八神ですけど」

 携帯電話の向こうから、暢気そうな飼い犬の声が返ってくる。

「アルフ、少し頼みがあるのだけれど」
「んー、どうしたのさ改まって」
「事情は後で話すわ。だから、ちょっと学校までアリシアを迎えに行ってくれないかしら。フェイトとはやてちゃんは、私とグラハムが迎えに行くから」

 声に焦りが滲み出ていたようで、いぶかしみながらもアルフは真面目な声で分かったと了承してくれた。
 直ぐに迎えに行くと言って電話が切られ、一先ずはと息をつく。

「刹那は、やっぱりあの男達にここで?」
「恐らくは。ただ、あの男達の詰めの悪さを見る限り、生きていると……いや、生きている。少年は、生きている」

 自分に言い聞かせるようなグラハムの言葉に、プレシアはただ同じ気持ちで頷いた。

「それにしても、あの男達の目的は……何かしら。トランザムシステムを使うという事は、やはり管理局? 刹那や貴方の太陽炉を?」
「管理局が関わっている事は間違いないだろう。だが、太陽炉を狙っているとは思えなかった。少年のガンダムの破片を見る限り、もろともという感じだった」

 刹那を含め、グラハムやプレシアは、リンディから太陽炉の重要性をしかと聞いていた。
 擬似リンカーコア、それを聞いて特に驚いたのはプレシアであった。
 魔法世界に済む者が夢見る機器が、二つもあるのだ。
 真実を知った何者かが、二人の太陽炉を狙ったとしてもおかしくはない。
 リンディはこの件については報告しないと言っていたはずなのだが、そこは本人に尋ねてみるしかないだろう。
 ただ目的こそ不明であるが、刹那に続きグラハムをも亡き者にしようとしたのは確実。
 単純に二人が狙われただけなのか、その後もプレシア達へと続くのか。
 折角、あの事件の後に穏やかな日々が手に入ったのにと思わずにはいられない。
 いられないが、嘆いてばかりもいられなかった。

「バルディッシュの、封印は解除しておいた方が良さそうね。それに、レイジングハートも」

 ジュエルシードの件以降、二人のデバイスはグラハムの提案により殆どの機能が封印されていた。
 事故等を考え簡単な防御魔法ぐらいは使えるが、普段はただの喋るアクセサリーであった。
 グラハムは、それで十分だと思っていたのだ。
 幼いなのは達が巨大な力を持つ事はもちろん、それに人生を左右されては欲しくない。
 最終的に決めるのは二人だが、せめて大人になるまでは子供のままでいて欲しかった。
 もちろん、その考えは二人のみならず、その親であるプレシアや士郎、桃子の了承も得ている。
 子供である内はという点においては、特に。

「士郎や桃子には私から伝えておこう」
「そうね、それと……貴方のメンテも改めてしておきましょう。いつ何時、戦闘になっても良いように」
「手間をかけさせる。私の擬似太陽炉は、少年の太陽炉のように高性能ではないのだ。GNフラッグもカタギリの急造で、出力は兎も角として欠点も多い」
「好きな相手に尽くすのは女の幸せよ。それに私は元研究者。愛も知的好奇心も満たせる貴方は、最高のパートナーよ」

 元と言い切ったところに、プレシアの今の姿が言い表されていた。
 専業主婦として生活しているプレシアだが、刹那のエクシアやグラハムのフラッグのメンテは常に行っている。
 あのジュエルシード事件が終わった直後は、グラハムのフラッグはボロボロであった。
 メンテではなく、その機体の修復をやってのけたのはプレシアである。
 異なる技術体系を前に、破壊された現物と刹那のエクシアを見比べながら奮闘し、殆ど二人の専属メカニックと呼べるような存在になっていた。
 だが、あくまでプレシアの一番はフェイトやアリシアの母親である専業主婦。
 二番にグラハムの恋人で、研究者兼メカニックは三番目だろうか。

「少年は……祖国の情勢が悪化し、その目で確かめに行った。しばらくは、そういう事にしておこう。幸か、不幸か。はやてへの誕生日プレゼントはここにある」

 無事を祈り、ハート型のリングがついたネックレスを握り締めるプレシアを、グラハムが抱き寄せる。

「はやてちゃん、残念がるでしょうね。家族全員で、誕生日を祝えなくて」
「帰ってきたら、はやての言う事を何でも一つ聞かせよう。それが、丁度良い罰になる」
「きっと、はやてちゃんならただいまを言わせそうね」
「無理やりにでも言わせてやるとしよう。家族を、悲しませた罰だ。ここに少年の居場所があると理解出来るまで、何度でも」

 俯き肩を震わせるプレシアの肩に置かれたグラハムの手もまた、微かに震えていた。









-後書き-
ども、えなりんです。
シリーズ始まって初の後編なし。

恐らく皆さんが思うであろう事……
擬似太陽炉の毒性設定が生きていればなぁ。
猫の片方はジワジワと死んでいく定めでした。
設定が生きてたらですけどね。
さてさて、襲撃はものの見事に失敗。
となると猫がどう出てくるかですね、注目は。

では、次回は土曜投稿です。



[20382] 第三話 私はそのためだけに生きている(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/10/23 19:21

第三話 私はそのためだけに生きている(前編)

 刹那は紛争状態に突入した祖国の様子をその目で確認する為に、急遽街を出た。
 そんな苦しい嘘を子供達に伝えた時、それぞれの反応はおおよそ予想通りであった。
 アリシアとフェイト、それにはやて。
 三人ともが祖国とはいえ紛争国に向かった刹那を心配し始めた。
 特に刹那の身を案じたフェイトは、私もと言いかけそうになっていた程だ。
 さすがに本当にそんな言葉を口にはしなかったが。

「それで、刹那兄は何時帰って来るんや?」
「あ、来週は……」
「はやての誕生日だ」

 そしてはやての疑問を機に、フェイトとアリシアもそれに思い当たった。
 一ヶ月前に行われた翠屋でのお引越しパーティ以来の催し物である。
 フェイトやアリシアが楽しみにしていたのはもちろん、主賓であるはやてが楽しみにしていないはずがない。
 それも沢山の家族が出来てからの初めての誕生日なのだ。
 まさかという想いを込めて、はやてはグラハムを見上げていた。
 大変心苦しいが、グラハムも伝えないわけにはいかなかった。

「少年の帰りが何時になるかは分からない。間に合わせるとは言っていたが……」
「そう、なんや……はは、そうなんや。でも、仕方ないやんね」

 どうしてと喚く事なく、無理にでも納得しようとするその様子が益々心苦しい。
 両肩と首を落とし、落胆しているのが丸分かりであるというから尚更だ。

「はやて、大丈夫だよ。刹那が間に合わせるって言ったんだから。大丈夫」
「外国にまで行ったんだもん。きっと凄いプレゼント持ってきてくれるよ。私達も、凄いプレゼント用意するから。あのね」
「ア、アリシア。何かは言っちゃ駄目だよ」
「むー、むー」

 プレゼントの内容を漏らしかけたアリシアの口を、慌ててフェイトが塞いだ。
 少し力が入りすぎてしまったのか、アリシアが息苦しそうに口を塞ぐフェイトの手を叩いていた。
 そんな姉妹の様子を見て、ほんの少しだがはやてが笑みを浮かべる。

「せやな。こんな顔で誕生日を迎えたら、逆に刹那兄が気にしてまうな。もし、遅れでもしたら一杯おねだりしたろ。例えば……デートとか?」
「だ、だだだ駄目。それは駄目!」
「別にええやんか。それともフェイトちゃんは、私と刹那兄がデートしたらあかん理由でもあるんか?」

 真っ赤になって首を振っていたフェイトに、はやてがしなだれかかった。
 一瞬なんで駄目と言ったのか自分で不思議がったフェイトであったが、やはり駄目と小さく呟いた。
 混乱しながらも初志貫徹しなければといけないものがあると思ったようだ。

「可愛ええな、フェイトちゃんは。なら、デート権はフェイトちゃんにあげようか?」
「わ、私が、刹那と。と言うか、デートは決定なの!?」
「あ、じゃあ私も刹那とデートする」
「じゃあって、ついでみたいに。駄目だよ、アリシアお姉ちゃん。もっと良く考えないと!」

 立候補したアリシアに、驚きながら注意を加える。
 はやてと共ににやにやとした笑いを浮かべているアリシアが、わざとそう言ったとも気付かず。
 そのままフェイトは、一生懸命デートの説明を始めた。
 特に好きな人と出かけると核心部分を説明した時などには、茹蛸以上に赤くなりながら。
 そして途中からはやてとアリシアが目に映っていないかのように、自分の世界に入り始めてしまった。
 赤面し、胸元で両手同士で指先をいじりながら。
 恐らくは、その脳内では刹那とのデートの光景が鮮明に上映されている事だろう。

「あ、録画しないと。携帯電話、携帯電話」
「それはここだ。存分に使いたまえ」
「大丈夫、自分のがあるから。お母さんには後でメールで添付するよ」

 グラハムが手渡そうとしてプレシアの携帯電話を辞退し、アリシアは自分の携帯電話でフェイトの様子を録画し始めた。
 もはやフェイトが自分の痴態を撮影されるのは、恒例行事であった。
 それが公開される度に恥ずかしい思いをするのはフェイトなのだが、本人がそれを止められた事は一度もない。
 何しろ録画されている時は、大抵自分の世界に浸っている時なのだから。
 フェイトの将来が激しく不安になってくるものである。
 撮影者と被写体、アリシアとフェイトを見ながら一頻り笑ったはやてが、絨毯の上にこてんと転がった。

「また後で、見せてなアリシアちゃん」
「任せておいて。フェイトの事はお姉ちゃんが可愛く撮るから」

 アリシアの言葉の後ではやては座布団を手に取り折り曲げると、枕にする。
 そのまま極々自然に、うたた寝を決め込む。

「むう、……ハム兄、枕が低い」
「少し待ちたまえ」

 兄を顎で使うはやてであったが、グラハムは何も言わなかった。
 近くの棚から一冊の本を手にとり、はやてが枕にする座布団の下に挟んで入れた。

「どうかね?」
「ちょうどええわ……ありがとうな、ハム兄」
「礼にはおよばない」

 こちらこそすまないと心の中だけで、不貞寝をするはやてに謝罪する。
 うたた寝に見せかけてまで、不貞寝を隠そうとするはやてに。
 表面上は納得したように見せているが、やはり刹那にも祝って欲しかったのだろう。
 仮面の男達への怒りがふつふつと湧き上がるが、覚られるわけにはいかない。
 だから胸の内の謝罪を手の平に込めて、瞳を閉じるはやての頭を撫でつけた。









 子供達三人をリビングに置いたまま、グラハムは自室へ向かい、その扉を開けた。
 そこでグラハムを待っていたのは、ノート型パソコンに向かっているプレシアとそれを覗き込んでいる人型の姿をとったアルフである。
 既にアルフもプレシアから詳細は聞いたのだろう。
 扉を開けて入ってきたグラハムの姿を見るなり、尋ねてきた。

「フェイト達は?」
「一先ずは信じてくれたようだ。はやてが特に残念がっていたがね」
「そうかい……まったく、ようやくだっていうのに」

 歯を食い縛りながら呟くと、アルフはグラハムと入れ替わるようにリビングへと向かった。
 例え家の中であろうと護衛の為に張り付くつもりなのだろう。
 ここ最近はずっと子犬姿であった事から、気持ちが人型という姿に表れている。
 グラハムも頼むと呟き、任せなと言ったアルフを見送った。
 それからアルフがそうしていたように、プレシアの目の前にあるノート型パソコンを覗き込んだ。
 ノート型パソコンの液晶画面に映し出されているのは、海鳴市の地図であった。
 特に臨海公園が拡大され、そこを中心に幾つかの光点が点滅していた。
 それは今現在、プレシアが展開しているサーチャーである。
 仮面の男達は一先ず後回しで、現在は目下、刹那の行方もしくはそのヒントとなる物を捜索していた。
 仮面の男達の口ぶりや人質として刹那の存在を持ち出さなかった以上、撃墜してそのままの可能性が高い。

「少年の行方に関する情報は、何か分かったかね?」
「まだ何も……ただ、海の中まで。撃墜されたと思われる地点を中心に、海流の流れも計算して調べてみたけど、見つからない。これはある意味で、朗報かしら?」
「ああ、撃墜こそされ、その身が発見できないのであれば、生きている可能性は高い」
「そうね。全く、それならそれで何故帰ってこないのかしら。また、記憶でも失ってしまったとかかしら」

 無事の可能性が高まり少しは気が楽になったのか、プレシアがそんな軽口を漏らした。
 おかげでグラハムが要らぬ嘘をつかねばならず、その嘘ではやてが落ち込んでしまった。
 だからか不安よりも早く帰って来いという怒りが若干上回る。
 無事だという確信が得られたからこそではあったが。
 本当に無事に帰ってきたらどうしてくれようかと内心考えているところで、ノート型パソコンからメール着信を知らせる音が鳴った。
 メーラーを開き、その中に書かれていた番号をクリックすると、ノート型パソコンを中心に魔法陣が展開された。
 一見ただのノート型パソコンに見えるが、プレシアがグラハムや刹那のメンテ用に作成したミッド式の特別製である。
 ただ持ち運び可能なだけあって、スペックにはやや難があった。
 魔法陣が展開されてから一分近く経ってから、ようやく通信ウィンドウが宙に浮かび、そこにリンディの姿が映し出された。

「言われた通り特別回線を用意しました。久しぶりね、グラハム。それにプレシアも」
「ふむ……久しぶりとは。つい一週間前に、共に出かけたと記憶しているが?」
「へえ、それはどういう事かしら、リンディ? グラハムとのデートの前には、互いに一言断りを入れるのがルールだと思ったけれど」
「それは、貴方は何時も一緒にいるから良いじゃない。たまには私が、ちょと良い目を見ても」

 しどろもどろになったリンディは、最後には黙っていてくれてもとグラハムを恨めしそうに見た。
 そしてプレシアも、堂々とし過ぎだと別の意味で睨んだ。
 グラハム本人は、プレイボーイぶりを隠そうともせず、肩を竦めるだけであったが。

「まあ、良いわ。とりあえず、貴方に尋ねたい事がいくつかあるの」
「何かあったのね?」

 悔しいが惚れた弱みであまり強くは追求できず、とりあえず他に優先があるとプレシアが本来の話題へと戻した。
 その口ぶりからも、リンディが事件性のある事が発生したのかと顔を引き締める。
 グラハムもプレシアも、まだリンディへは何も伝えてはいない。
 管理局の中に犯人がいるかも知れない為、慎重に行動を行う為に。
 だから対盗聴用の特別回線まで用意してもらって、直に話したかったのだ。
 もちろん、リンディと会話する以上、現時点では二人ともにリンディ本人はこの件に関わっていないとは思ってはいた。

「刹那が、魔導師の二人組みに撃墜されたわ」
「撃墜、された? あの刹那君が? それで、彼の容態は?」
「生きてはいると思われるが、行方不明だ」

 まさか信じられないとばかりに、リンディが驚いていた。
 リンディも刹那の実力は知っている。
 ジュエルシード事件の時も、大魔導師と呼ばれるプレシアと互角に戦いを繰り広げた事を直接ではないが後に映像で見ていた。
 さらにトランザムによりSSSランクにまで上り詰めたプレシアを超えた姿も。
 到底、普通の魔導師に刹那が撃墜されるとは思えなかったのだ。

「行方不明……フェイトさんは、それを知って?」
「いや、まだ子供達には何も伝えてはいない。小用で国外に向かったとしか」
「刹那が撃墜された後に、私とグラハムも同様に襲われたわ。けれど、相手の目的は不明。魔法も殺傷設定を使用していたようだし、殺意をほのめかす言動もしていたわ」
「分かったわ、調査に協力すれば良いのね? 正直、前回の件でユニオンという現地組織をでっち上げた以上、管理局が首を突っ込むのは難しいけれど。私個人としては、協力を惜しみません」

 こちらもそのつもりだと、グラハムとプレシアは互いを見合って頷いてから重要カードをさらした。

「こちらとしても是非、貴方個人の協力だけにして欲しいわ。私達は、これを管理局の人間の犯行だと睨んでいるから」
「そこまで断言すると言うからには、何か決定的な証拠が?」
「残念ながら、敵はトランザムを使用してきた。君が上に報告せず、包み隠したはずの」
「そんなまさか……いえ、でも。時の庭園。あれは管理局が接収したはず。もしもプレシアが解析したデータが残っていたとしたら」

 リンディの言葉に、プレシアもまたしまったと顔をしかめる。
 時の庭園でプレシアが暴れたせいで、その殆どの施設は半壊していた。
 電子、実体問わず資料関係は根こそぎ破壊されたはずだ。
 そう思ってはいたが、プレシア自身忘れていた場所に残されていたかもしれない。
 何しろ長年あそこにフェイトとアルフを加えた三人でしか住んでいなかったので、セキュリティ観念など放り出していた。
 その時々の気分で持ち出したりと、ずさんな事をしていたのだ。

「貴方ばかりを責められないわね」
「内部はボロボロでも、時の庭園そのものは十分に価値があると判断したのは私。もっと念入りに調査して、データは破壊すべきだったわ。けど、その噂を耳にした事はないけれど」

 ユニオンという組織をでっちあげ、上を納得させる為にも時の庭園は必要だったのだ。
 主に心象を良くする為に。
 それが裏目に出るとは、大いに悔やまれた。
 ただ一点、リンディも口にした通り、管理局内でトランザムシステムに関する噂は皆無であった。
 あれ程、画期的なシステムが表ざたになれば、瞬く間にその噂が駆け抜けるはずだ。

「過ぎ去った事を言っても詮無い事。リンディ、君には頼みたい事がある」
「出来る限りの事はするわ。さすがに護衛を派遣してと言われても、難しいけれど」
「護衛は常に私かプレシア、アルフの誰かが張り付いておく。君に頼みたいのは、犯人の調査だ。二人組みは仮面をしていたが、一人の仮面を破壊してその素顔を見ることに成功した」
「今からデータを送るから、見てもらえるかしら」

 プレシアがノート型パソコンに指を走らせ、リンディに映像を送る。
 それは前回、グラハムが襲われた時にプレシアがデバイスに保存した二人組みのものであった。
 仮面が破壊された下から覗く素顔を写したものもある。

「え、これ……」 

 受け取った画像を参照したのか、リンディの顔色が明らかに悪くなっていく。
 その動揺は、刹那が撃墜されたと聞いた時以上であった。

「そんな、まさか。クライドさん?」
「知っているのか、リンディ?」

 動揺をグラハムに指摘され、受け取った画像とグラハムを見比べ、さらにうろたえる。

「グラハム、少しの間、部屋の外にいてくれるかしら」
「それは構わないが、何故か聞いても?」
「出来れば、聞かないで」

 プレシアの口ぶりから、グラハムは顔の青いリンディを心配しながら部屋の外へと向かった。
 扉が閉められたのを確認して、改めてプレシアは通信の向こうのリンディを見た。
 まだ動揺しているようで、顔色は悪いが必死に冷静になろうとしているのが見て取れる。
 あのリンディが動揺し、グラハムを気にしなければいけない相手。
 異なる意味で夫を失くした者同士、プレシアは直感的にそれが誰かを察していた。
 察していたからこそ、グラハムに席を外させたのだ。

「リンディ……その人は、貴方の夫ね?」

 声が枯れてしまったのか、一度だけコクリと頷かれた。

「けど……違うの。あの人じゃ、ない。十年前に、とある事件で、亡く、なった」
「ええ、分かったわ。少しずつ、落ち着きなさい。離婚して、気持ちが切れてる私とは、違うのだから。しかも亡くした相手ならなおさら」
「ごめんなさい、少しだけ」

 二、三分、それでもまだ足りない程であったが、リンディは表面上は落ち着く事が出来た。
 見苦しいところを見せたと謝罪し、気にするなと前置きしてから、改めてプレシアが尋ねる。

「襲撃者の二人とも、背格好や声質、雰囲気と全て同じだったわ。恐らくは、変身魔法でしょうね。それで貴方の夫の姿になった。狙ったものか、誰でも良かったかは分からないけれど」
「けれど、ランダムに選択して行き着いたとは考えにくいわ。夫に近しい人から順に、洗ってみるわ。そうでない事を願いたいのだけれど」

 リンディの想いとは対照的に、それは叶わぬ願いだろうとプレシアは考えていた。
 変身魔法で姿を変えているのなら、最初から仮面を被る必要はない。
 ならば仮面を被ってでもその姿でなければならない理由があったのだと推測される。
 襲撃者二人にとって何か特別な思い入れでもあるのだろう。
 その証拠にあの二人組みは、グラハムによって仮面の下を暴かれた時になおさら生かしておけないと言ったのだ。
 決して見られてはいけない素顔であったという事だ。

「私達は個々の、特に戦闘力は高いのだけれど、まるで組織の体はなしていないわ。お願いできるかしら」
「ええ、必ず……」

 そう呟いたリンディの言葉には、夫の姿で犯罪を犯された怒りが少なからず込められていた。

「グラハムには、一応この事は黙っておくわ。詮索、されたくはないでしょ。少なくともまだ今は……」
「ごめんなさい。今はまだ、彼にはよろしく伝えておいてもらえるかしら」
「ええ、分かったわ」

 プレシアも特に引きとめはせず、通信を切断した。
 深く溜息をつき、難しいわねと切れた通信の向こうを思い呟く。
 リンディはただでさえクロノが再婚に反対気味なのに、その上夫の件でこうなってしまうとは。
 プレシアとしては、都合が良かったが、素直に喜べはしない。
 少なくとも、グラハムはそんな人間を好ましくは思ってくれないだろう。
 そのグラハムにどう伝えようか。
 今は適当に誤魔化し、いずれリンディの口から直接語ってもらおうと決めて扉に手を掛けた。

「グラハム、もう良いわよ」
「通信は、切ったようだが。リンディは何と?」
「知り合いに良く似てたから驚いたみたい。ただその人は既に故人で、その人の知人を中心に洗ってくれるという事よ」
「そうか。それは少し悪い事をした。もう少し、遠まわしにすべきだったか」

 さすがにそんな事が予想出来る筈もなく、気にしない方が良いとプレシアは呟いた。
 そして少し休憩と、グラハムの腕をとってリビングへと向かう。
 食後、片づけを済ませてから三時間近く、ずっとサーチャーを飛ばしていたのだ。
 病魔を克服したとはいえ、疲れるものは疲れる。
 リンディに悪いとは思うが、もはやグラハムを手放せない以上、甘えたくなる心は止められない。
 二人が腕を組みながらリビングへと赴くと、ソファーに座っているアルフが肩を震わせていた。
 子供達の姿は見えないが、ソファーの陰に隠れているようだ。

「あら、アルフ。何を見ているの?」
「あんたの、新しい宝物。刹那とのデートを妄想して、悶えるフェイト」
「見せなさい、直ぐに最初から見せなさい」
「静かにしなよ。この子達、寝てるんだからさ」

 アルフの言う通り、三人ははやてを中心に川の字になって寝ていた。
 それも三人がピッタリと寄り添い、三人姉妹のように。
 その三人を見て癒されると同時に、携帯電話で撮影された映像でアルフとプレシアが肩を震わせる。
 声を出してはいけない状況で、さらに笑いが増幅されているようだ。
 アルフなどは、ソファーに寝転がって息も絶え絶えに、腹を抑えていた。 

「アリシア、良くやったわ。これは、ここ最近のベストショットよ。臨時のお小遣いをあげても良いわ」
「それは止めておきたまえ。味を占めたアリシアが、執拗にフェイトを狙い始めてしまう」
「そりゃ手遅れ。元々、アリシアはプレシア以上にフェイトが好きだからね。知ってる? あの子の携帯電話も、半分以上がフェイトの画像なんだよ」

 夢心地でそれが聞こえていたのか、アリシアがふいにむずかるように唸った。
 咄嗟にアルフが口を押さえ、プレシアが自分とグラハムの口を押さえる。
 だが声が五月蝿かったわけではなく、頭の位置が悪いらしい。
 はやては座布団を枕にしているが、アリシアとフェイトは枕をしていないせいか。
 直ぐにアルフとプレシアが、それぞれ座布団を折り畳んで二人の頭の下に置いた。
 だがフェイトは兎も角、アリシアはまだ頭の位置が上手く定まらないようだ。

「おかしいわね。位置が低いのかしら……はやてちゃんのと比べると確かに。何か、座布団の下に敷いてる?」
「ああ、そこの戸棚の適当な本を私が敷いた」
「あら、本当だわ。けど……あれ?」

 はやての座布団の下を覗き込んだプレシアがいぶかしむ。
 そしてアルフに頼んで戸棚から数冊本をとってもらい、まずはやての頭の下のそれと入れ替えた。
 はやてが枕にしていたのは、鎖で封をされたハードカバーの一冊の本であった。

「嘘……でしょ。どうして、こんな物がこの家にあるの?」

 その本を手に取ったプレシアの両手が震えていた。
 いささか普通ではないプレシアの反応に、グラハムとアルフが首を傾げる。

「第一級捜索指定遺失物、ロストロギア。闇の書」

 その言葉を聞いて初めて、グラハムとアルフもプレシアの驚愕を理解する事になった。









-後書き-
ども、えなりんです。

いつぐらいぶりでしょうか。
闇の書が座布団の下からこんにちわ。
ハムもすっかりその存在を忘れていた模様。
ハムとプレシアが闇の書をどうするかはこうご期待。

さて、次回は水曜です。



[20382] 第三話 私はそのためだけに生きている(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/10/30 19:23

第三話 私はそのためだけに生きている(後編)

 その日の朝は、昨晩のへそ曲がりを維持する程の余裕はなかった。
 最近はプレシアが主導となって支配するキッチンにて、助手をする事が多かったのだ。
 だが今日に限ってはそのプレシアが主導に立てず、はやてが支配権を得ていた。
 何やら昨晩からずっとグラハムの部屋に篭っているようで、部屋から出てこない。
 それ自体は特に問題はない。
 プレシアが来るまでは一人で料理をしており、車椅子に乗ったままでも朝食どころか和洋中大抵のものは作る事が出来る。
 ただし、そこに四人分の弁当が加わるとなると、話は別であった。
 はやての頭の中に料理を作るレシピはあっても、お弁当を作る手順はインプットされていない。
 自分でも信じられないぐらいに手際の悪さで、キッチンを車椅子で走り回る。

「おはよう、はやて。なんか、大丈夫?」
「なんか首痛い。寝違えて……手伝う?」

 寝ぼけ眼で起きてきたフェイトやアリシアに心配される程である。
 どれだけはやてがてんてこ舞いになっているか、分かると言うものであった。

「いらへん、いらへんから。アリシアはフェイトちゃんの髪の毛を梳いてあげて。寝癖、酷い事になっとるで。その間に朝食のパンを焼いとくから」
「う、うん……分かった。フェイトおいで」
「はやて、本当に大変だったらちゃんと言ってね。手伝うから」
「ありがとう、気持ちだけ貰っとくわ。で、えっと次は……」

 フェイトの申し出を話半分で受け流し、視線は次の工程へと向いていた。
 その胸中は、後悔の目白押し。
 プレシアに甘えすぎて、料理の腕が落ちてはいないだろうかとまで不安に思っていた。
 実際は、慣れないお弁当作りに手間取っているだけなのだが。
 やはり料理に関しては、譲れないものがあるらしい。

「ご、ごめんなさい。気が付いたら、もうこんな時間……はやてちゃん。後は私がやっておくから、貴方も学校へ行く準備をしてらっしゃい」

 そこへ朝だという事に気付いたプレシアがやってきた。
 何時もは着替えから化粧まで完璧にこなして現れるが、今日だけは昨晩の格好のまま髪も少し乱れている。
 寝不足のせいか、目の下には薄っすらとだが隈も見えた。

「プレシアさん、もうな私は目覚めたんや。見てや、この私の体たらくを。キッチンで右往左往やなんて久しぶりで、燃えてきた」
「ご飯の用意とお弁当の用意は違うものよ。だから、今日だけはね?」
「あかん、中途半端は嫌なんや。例え学校に遅刻したとしても、この弁当だけは。私の手で!」
「何処かで聞いた台詞を……良いから、顔を洗って着替えてきなさい。貴方が遅れると、フェイトとアリシアも一緒に遅刻してしまうわよ。それでも良い?」

 さすがに二人を出されると弱いのか、酷く名残惜しそうにしながらはやては作業の手を止めた。
 その瞳には不甲斐ない自分への悔し涙も浮かんでいる程だ。
 週末にでも教えてあげるからとプレシアに頭を撫でられ、ようやくはやては学校への準備へと向かった。
 はやてを見送り、プレシアはしっかりしなさいと自分の頬を張ってから、続きを始めた。
 昨晩発見した闇の書の調査のせいで殆ど寝ていないが、これだけはサボるわけにはいかない。
 特に学校のお弁当は、子供達が恥をかかないようにと気合を入れた。

「母親としての腕の見せどころ。プレシア、今の貴方は母親。三人の子供の母親なんですから」

 キッチンに残されていたはやての作業から、作ろうとしていたものを推察。
 朝食の作成と同時に、プレシアはトランザムも真っ青の早業でお弁当の作成に入った。









 普段以上に慌しい朝を過ごし、無事子供達を送り出す事には成功した。
 何も知らない子供達は、アルフに隠れて護衛されながら今日も元気一杯に学校へと向かっていった。
 朝の忙しさによるものか、はやても刹那の事は少しだけ吹っ切れのは嬉しい誤算か。
 半徹夜に加え、朝食やお弁当の準備と心底疲れきった様子で食卓テーブルの上にうなだれている。
 その視線の先には、闇の書が置かれていたが、その間にコーヒーカップが置かれた。

「お疲れ様と言っておこうか、プレシア。パンは何枚いるかね?」
「一枚で十分よ」
「了解した。少し、休んでいたまえ」

 そう言ってまだ片付けの終わっていないキッチンに立っていたのはグラハムであった。
 不器用な手つきで、パンをトースターに入れ、卵とベーコンを火にかけはじめた。
 そんなグラハムの姿にちょっとした幸せを感じながら体を起こし、コーヒーをすする。
 インスタントで味も香りも二の次だが、寝ぼけた眼が強制的に開かれていくようであった。

「それで、あの本の調査結果は? プロフェッサー」
「ちゃかさないで。まだ未稼働状態みたいだけれど、間違いなく本物。ただ闇の書は良く分かっていない事が多いの。次元世界ごと消滅させたなんて事も良く聞くけど」
「それは勘弁願いたいものだ。となるとあの仮面の男達の目的も、あの本と考えるのが妥当かな?」
「そうね。貴方がこの家に来た時に、既に闇の書があったとなると主ははやてちゃん。彼らがそれを知っていて見逃していたとなると。そのはやてちゃんの周りにイレギュラーな戦力が集まりすぎたというところね」

 大皿に乗せられた焼き立てのパンとスクランブルエッグ、ベーコンが差し出された。
 グラハムの反対の手には同じ物が乗せられており、プレシアの対面に座る。
 いただきますと声をそろえて呟き、思い思いに朝食を口にしながら話を続けた。

「そうなると闇の書の使い方によっては、奴らをおびき出す事も出来るという事か」
「それは止めておいた方が良いわね。何が切欠で起動するか分からないもの」
「確かに、子供達を危険にさらしてまで実行する事もないか。朝食の後、早々にリンディに連絡を入れよう。餅は餅屋、管理局に闇の書は丸投げするとしよう」
「それが良いとは思うわ。けれど、きっと管理局は、私なんかよりももっと踏み込んで闇の書を調査する。主であるはやてちゃんや貴方自身の事もあるわ。特に、闇の書の中から出てきた貴方への影響は無視できないわ」

 昨晩に闇の書を調査する中でそれを聞かされた時、プレシアは危うく手を滑らせかけた。
 ここはただの民家で、万全の設備ある研究所ではないのだ。
 はやてが主である可能性が高いとは言え、家族を二度と巻き添えになどは出来ない。
 想定された安全域を超えて闇の書の内部へ手を伸ばしかける直前で、何とかその手は止められた。
 何気ない会話の中で、そんな重要な事を言い出したグラハムに怒鳴ってしまった程に。
 その時の事を思い出し、気にしてなければ良いがと上目遣いにグラハムを見る。

「君が仮説を立てた守護騎士だったか。私は自身をそのような存在だとは思ってはいない。闇の書に関して特別なつながりも感じない。恐らくは大丈夫だ」
「恐らく、では困るのよ。はやてちゃんやフェイト、アリシア。この私も」

 刹那がいなくなり、これでグラハムまでいなくなられては、確実に何かが変わる。
 今のこの幸せすぎる生活が、嘘のように変わってしまう事だろう。
 プレシアは闇の書そのものよりも、今を失う事の方が怖かった。
 現在刹那を失い、変わり始めてしまっているからこそなおさらにだ。

「すまない、言いなおそう。私は闇の書に何があろうと、ここにいる。プレシアこそ忘れてもらっては困る。私ははやてと、そして君達と共に幸せになる為にここにいる。そのためだけに生きている」
「もう、プロポーズにしか聞こえないのに……本当、何時か貴方は私かリンディに後ろから刺されるわよ。せめて私達以外の人には刺されないでね」
「忠告、感謝するよ。だが私は私、この先一生変わらんさ
「安心して良いのか、悪いのか。本当に、気苦労が絶えないわ」

 この気苦労の対価として、デートの一回や二回では足りないと、溜息まじりに朝食を平らげる。
 手に付いたパンかすを払っていると、目の前から大皿がさげられた。
 流しに大皿を置き、腕まくりする姿からグラハムが気を使って洗ってくれるのであろう。
 甘えてしまいたい、甘えてしまいたいがプレシアは重い体を持ち上げ立ち上がった。
 グラハムとは恋人、またはそれ以上になりたいが、その前に一人の母親である。
 その母親の仕事を甘えたいの一言でサボる事はできなかった。

「君も、なかなか落ち着けない性分のようだ」
「貴方は落ち着かないだけどね。けど似たもの夫婦でしょ、私達。亭主関白志望の旦那さん?」
「難しいものだ。一歩間違えば、女性軽視だからな。それこそ気を使う」

 なんだかんだと言いながら、二人で食器を洗い始める。

「一先ず、リンディに連絡を入れて最大船速で来てもらいましょう。知ってしまった以上、子供達がいるこの家に置いておきたくはないわ。刺激したくなくて、封印すら出来ないんですもの」
「魔法には無頼漢だが、はやての足の事も一度見てもらうべきか。足の事についても何かわかるかもしれん」
「それなら、既に仮説があるわ」

 プレシアの説明では、やはりはやての足には闇の書が関わっていると言う事であった。
 主を求めさ迷う闇の書は、主と深い繋がりを持っていると想定された。
 主あっての闇の書ともいえるのだ。
 その証拠に主を護る為に守護騎士という護衛機能がついている。
 その繋がりがはやてに影響を及ぼしているのではと言う事だ。
 第一級捜索指定遺失物、ロストロギアが近日九歳になろうとしている小さな少女と繋がりを持とうとしているのだ。
 幼い体に影響が出ないはずがない。

「けど、その繋がりも既に薄れ始めている。フェイトとなのはちゃんのおかげでね。それの影響がグラハムに出ていないという事は、貴方の言う通り本当に貴方自身は闇の書と繋がりはないかもしれないわ」
「ならば尚の事、管理局には闇の書を持って、早々に地球から立ち去ってもらわなければならないな」
「リンディには悪いけれど、そうなるわね。次元単位での世界よりも、今はこの家族単位の小さな世界が最優先。壊されたくないもの」

 例え小さくても世界は世界、手の届くだけの範囲の小さな世界。
 そんな世界が無事であれば、とりあえず他の世界は他の世界の誰かが護れば良い。
 誰もが胸の内に秘めながら口には出さない本心、そして偽らざる二人の本心でもあった。









 お昼のチャイムが鳴り響き、待ちに待った時間だと教室の中が騒がしくなる。
 この時ばかりは比較的礼儀正しく大人びた生徒が多い聖祥大付属小学校も、そこらの学校とは変わらない。
 仲の良い友達同士で集まり、お弁当を手に食べる場所を探しに向かう。
 もちろん、はやて達も例外ではない。
 早速、はやてのもとへとフェイトがやってきて、アリサとすずか、そしてなのはがやって来る。
 ただし、中心人物とも言えるはやては頭を抱えたまま机の上に突っ伏していた。
 四限目はグラハムの授業ではなく、そもそも今日はグラハムの授業はない。
 何を悩んでいるのかと、まず本人ではなくフェイトへと視線が飛んだ。
 だが頼みの同居人はふるふると首を振っており、知りませんと言葉なく教えてくれた。
 ふむと、思い悩むはやてを前に皆も今日何かあったか思い出してみるが、思い出せなかった。
 となると、もう本人に尋ねるしかない。
 と言うよりも未だに皆が集まっている事に気付いていないはやてに、アリサが限界であった。

「はやて、何か嫌な事でもあったの? ほら、言って見なさいよ。話せば少しは楽になるわよ?」
「楽に……なれるやろか。たぶん、皆を巻き込んでしまうで?」
「はやてちゃん、私達友達でしょ? 友達の為なら全然平気だよ」
「それに、一人でウジウジ悩んでるところをアリサちゃんに見せてると、そのうち怒られちゃうよ? 私みたいに」

 当時の事を思い出し、アレはなのはが悪いとアリサが少し声を大きくしていた。
 今やそれも良くはないが思い出の一つとして処理されているようだ。
 その事を唯一知らないフェイトは、何があったのか詳しくすずかに聞いて少しすまなそうにしていた。
 何しろ当時の喧嘩はフェイトにも原因があったからだ。
 だから同じ過ちは繰り返させないとばかりに、フェイトがはやての目の前にしゃがみ込んで尋ねた。

「はやて、私達家族だよね。だから、困った事があったら何でも言って」
「そうなんやよな。家族、なんやよな」

 頭を抱えていた手を握られ、はやてが顔を上げる。
 そのはやてへと私達も気持ちは一緒だとばかりに、なのはたちが頷く。
 皆の気持ちに後押しされ、その頭を悩ませているものを口にした。

「あんな……今日は朝プレシアさんが起きてこなくてな。途中までは私が朝ご飯とお弁当を作ったんや」
「そう言えば、この中で唯一料理が出来るのがはやてだったわね。五人中一人って、割と由々しき事態だけど」
「私はお菓子なら……」
「私もお菓子ぐらいならなんとか。と言うか、翠屋継ぐならもっと頑張らないと」

 ある意味開き直っているアリサはともかくとして、フェイトは自然に目をそらしていた。

「今度私もプレシアさんに習うから。皆もその時にな。んで……朝は忙しかったし、気にはしてへんかったんやけど。プレシアさん、ハム兄の部屋にずっとおったんや」

 はやての言葉の重要性に気付いて、皆が皆固まっていた。
 つい先日、グラハムがプレシアとリンディのどちらにするかで、気まずい思いをしたばかりだ。
 はやてが誰にも言えずに一人で悩んでいた理由が遅まきながら理解できた。
 だが既にその悩みを知ってしまった以上、無視は出来ない。
 とりあえず、頑張ってその意味を理解しようとしたフェイトが言った。

「帰ったら、お父さんって呼んだ方が良いのかな?」
「待ち、待ちなさいフェイト。まだ早い、早とちりかもしれないわ。ひと、ひとまず落ち着きましょう」
「机と椅子……なのはちゃん、椅子お願い」
「分かった、すずかちゃん。フェイトちゃんも座って、座って」

 もはやお弁当そっちのけ、空腹さえも忘れて全員が大人の恋愛に興味津々であった。

「はやて、確かにグラハムさんとプレシアさんが同じ部屋で一晩過ごした。それは紛れもない事実かもしれない。でも……ほらそういう、アレをね。して、ないかもしれないじゃない?」
「二人とも、ええ大人やで。何もあらへん方がおかしいやんか。少なくとも、プレシアさんの気持ちははっきりしとるで?」

 二人とも、自らの意見を口にしながら茹蛸状態であった。
 ただ単に、何か言葉を発する事で生々しい描写を脳内でさけているだけかもしれないが。
 なんとなくまだシテいないという保守派に回るアリサに対し、昨日は帰宅後から既にそわそわと二人が落ち着きなかったと進展派に回るはやて。
 恋愛経験一つない身でありながら、ドラマや漫画等を引用して無駄に激論を交し合う。
 大人の男女が見詰め合えば直ぐにキスをする、夜中に大人の男女がいる部屋へは行ってはいけない等々。
 そして割と喋りでは受け身であるなのはやすずかは、同じく赤面しながら耳を大きくしている。
 恐らくは、こうして耳年増という人間が出来上がっていくのだろう。
 積極的にしゃべる者、聞きに徹する者。
 そう分かれる中で、フェイトはというとどちらにも所属しない人間であった。

「刹那……帰ってきたら、お願いしてみようかな」

 フェイトの呟きに、四人が一斉に食べかけのお昼を噴き出した。
 噴き出さずにはいられない。
 一体何をお願いするつもりかと、話の流れからは一つしかないが。

「フェ、フェイトちゃん……あのね、まだ私達には早いと思うんだ」
「え、でも朝まで一緒にいるだけなんだよね。あ、でもそうするとアリシアお姉ちゃんも……」

 なのはの忠告に対し、あっけらかんと答えられ、全員が安堵する。
 ああ、この子は何も分かっていなかったんだと。
 それゆえのトラブルメイカー的発言であったのだ。
 魔法の腕はもちろん、成績も国語以外は決して悪くはないというのに何故天然さんなの
か。
 保健体育も皆と一緒に受けたはずなのに。

「そういえば、なんや授業中に大人しいと思っとったら、頭から煙吐いて気絶しとったな」
「はやて、プレシアさんに言ってちゃんと教育……させて良いのかしら」
「ノ、ノーコメントで」
「同じく……」

 視線をそらしたすずかとなのはは、グラハムとプレシアで実演を見せる場面を想像してしまった。
 フェイト以外、全員が悶々とした思いを胸の内に抱えながら、お昼の時間は過ぎていく。
 お昼の時間が半分を過ぎた頃に、ようやく机の上にお弁当を広げ始めたが箸の進みは遅い。
 周りが思い悩んだところで解決する問題ではないというのに、無駄に悩む四人の姿があった。
 そしてフェイト一人だけは、どうやったら自分と刹那だけが同じ部屋にいられるか悩んでいた。









 まさか護ろうとしている子供達からそんな不埒な激論を交わされているとも知らないプレシアは、リンディとの再びの通信に臨んでいた。
 非常勤講師とはいえ、急に仕事を外せなかったグラハムは現在聖祥大付属小学校にいる。
 闇の書の事を考えると家を離れない方が良いので、明日からは休暇を申し出る手はずであった。
 通信相手がプレシア一人と知って、明らかにほっとした様子のリンディを見て重症かと心の中で呟く。
 もちろん、表面上は何時もの笑顔だが色々と共感する部分の多いプレシアの目は誤魔化せない。

「まだ調査の方は進んでいないけれど、追加情報かしら?」
「ええ、あまり良いものではないのだけれど……二人組みの目的らしきものが浮かび上がったわ。闇の書、それが奴らの狙いよ」
「闇、ちょっと待ってプレシア。何故急にその名が……」
「この八神の家にそれがあったのよ。恐らくは、はやてちゃんが主。だから刹那やグラハム、私達が邪魔になって襲ったと推測されるわ」

 リンディの顔から偽りの笑顔が剥がれ落ち、俯きそうになる顔を手で両手で覆うように抑えていた。

「そういう事、だからクライドさんだったのね」
「何か心当たりが?」
「丁度、十年前……管理局が闇の書を初めて捕獲した事件について知っているかしら?」
「噂程度ならね。かの有名なギル・グレアム提督が誇る最大の功績であり失態ぐらいは」

 闇の書は、主に絶大な力をもたらすと言われているロストロギアであった。
 プレシアも詳しくはないが、絶大な力を得る前に必ず暴走に行き着くものだという事ぐらいである。
 暴走の結果周りに甚大な被害を出しつつ、次の主を探してさ迷う。
 さ迷う無差別時限爆弾のようなものであり、管理局は長年その封印を目指して追っていた。
 そして、十年前にギル・グレアムという提督が闇の書をその主ごと捕らえる事に成功したはずだ。

「けれど、その護送中に闇の書が暴走。乗っ取られた戦艦ごと、ギル・グレアム提督がアルカンシェルで消滅させた。艦内に残った艦長、クライド・ハラオウンごと」
「それが十年前、はやてちゃんが九歳である事を考えると辻褄はあう。犯人は闇の書に恨みを持つ、当時の関係者」
「一番怪しいのは……」

 リンディは口にこそ出して明言しなかったが、プレシアは一度だけ頷いた。

「捜査は全て任せるわ。けれど、一つだけお願いしたい事があるわ。闇の書の譲渡。受け取りに来てもらえるかしら。出来るだけ早く。対価はいらないから」
「厄介な物は物好きな組織に丸投げ。羨ましいわ、自分の幸せに素直で。私も、この件が済んだら引退しようかしら。クロノにも、母親離れをしてもらわないと」
「引退したら、海鳴市にいらっしゃい。そろそろ決着、つけようかしら?」
「ええ、そうね。この件が終わったら……この気持ちに整理がついたら、是非そうさせてもらうわ。まだ私は、貴方ほどには割り切れてはいないから」

 遅くても三日後、そう約束してから少しだけ微笑んでリンディは通信をきった。









-後書き-
ども、えなりんです。

まあ、一挙二話掲載とかも考えたのですが、のんびりいきます。
大人達がシリアスしているかたわら、子供達w
海鳴市の子供は精神年齢が基本高い。
だがこの子達はそれとはまた別の意味で高くなってる。
主にグラハムのせいで。

なんかお話が殆ど動いてませんが、動くのは四話から。
戦闘が絡んでくるのは五話、刹那が帰って来てから。
はよ帰って来い、一応主人公。

それでは、次回は水曜日です。



[20382] 第四話 武士道とは、死ぬ事と見つけたり(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/11/06 19:43
第四話 武士道とは、死ぬ事と見つけたり(前編)

 普段通り、子供達を学校へと送り出した後、グラハムとプレシアは近所のマンションまで足を運んでいた。
 そのグラハムの脇には、無造作に抱えられた闇の書があった。
 闇の書を譲渡すると連絡を入れてから三日。
 譲渡の為の準備が整ったとリンディから連絡が入ったのだ。
 そこで指定されたのが、今現在二人が見上げているマンションである。
 何故近所のマンションなのか。
 疑問を抱きながら見上げていると、入り口付近にいたスーツ姿の男二人が近寄ってきた。

「お待ちしていました。管理局の者です。まずはマンションの中へ、急ぎお願いします」
「マンションの中であれば、何があっても一瞬で闇の書を無人世界へ放り出す事が出来る手はずになっています」

 管理局を名乗った男達は、まくし立てるように二人をマンションへと促がしてきた。
 二人の視線は、常に闇の書へと固定されている。
 その緊張の意味は、グラハムもプレシアから十二分に聞かされていた。
 指示された通りにマンションのホールへと足を踏み入れ、指定された階のボタンを押す。
 閉まって行くドアの向こうでは、警戒の為にか入り口へと戻っていく管理局員二人の姿が見えていた。

「たった一冊の本に管理局が右往左往。本当、起動前に気付いて良かったわ。今なら管理局も闇の書の主としてはやてちゃんに手出しは出来ないしね」
「仮に手を出してきたら、全力で戦うまでだ。君も、そうだろう?」
「当然、もう一人の私の娘ですもの。いっそ、皆で共通のファミリーネームでも持ってみる?」
「グラハム・E・八神といったところか。悪くはない」

 より家族らしくもあり、和名が持てるとグラハムは乗り気だ。
 ただそういう意味だけではないとプレシアが見上げるも、気付かない振りである。
 早く答えを出して頂戴とばかりに、プレシアが肘でグラハムのわき腹を突いた。
 管理局員達の緊張感とは程遠い、普段通りの態度の二人であった。
 そんな二人を乗せたエレベーターは四階で止まり、扉が開いた先ではまた別の管理局員が待ち構えていた。

「こちらへ」

 案内された先は四〇三号室であり、扉横のインターホンをプレシアが鳴らした。

「あ……」
「え、なに? 私、なにかしたかしら?」

 インターホンが鳴らされた事に管理局員が声を漏らし、プレシアが挙動不審となる。
 だが管理局員には直ぐに視線をそらされてしまい、プレシアは不安そうにグラハムを見た。

「時折フェイトが抜けているところを見せるが、意外に君の遺伝かな? 厳重警備のされたマンション内でインターホンもあるまい。既に連絡は入っているはずだと思うが」

 グラハムの指摘に、本当にフェイトが恥ずかしがる時の様にプレシアが顔を赤く染めた。

「はいはい、鍵は開いているのでご自由にどうぞ」

 次いで、インターホンのマイクからリンディがクスクスと笑いながらご近所さんのような言葉を流してきた。
 恥をかいたとますます赤面したプレシアは、顔を上げている事も出来ず俯き、グラハムの服の裾を掴んだ。
 しばらくは俯いているから、連れて行ってくれとばかりに。
 普段完璧な母親としての姿を見せるだけに、失敗をして少女のように振舞うさまがなんともいじらしい。
 グラハムは我慢できずに俯くプレシアを抱きしめ、そばにいた局員に尋ねた。

「こういうところが、意外と可愛いとは思わないかね?」
「自分は……その、失礼します」

 しどろもどろの様子の管理局員が戻っていくのを見送りながら、笑みを浮かべる。
 何故ならば自分の失態をからかわれたプレシアが急くように服の裾を引っ張ってきたから。
 あまりからかうのも可哀想であるし、用事が先だとマンションの扉に手を掛けた。
 インターホン越しのリンディの言葉通り、鍵は掛かっていない。
 未だ赤面中のプレシアを連れて中に入ると、バリアジェケット姿のクロノが出迎えに来ていた。
 ここまでの管理局員とは違い、その視線は二人に向いてはいるが、意識だけは常にグラハムの手にある闇の書に注がれている。

「こちらへどうぞ。艦長が待っています」
「それではお邪魔する。プレシア、足元に気をつけたまえ」
「ええ、ありがとう」

 クロノに案内されたのはマンション内のリビングに当たる部屋であった。
 その部屋の中央に置かれたこたつ机にリンディは座りながら待っていた。

「いらっしゃい、グラハム。それにプレシアも。お茶でもいかが?」

 そう言ったリンディは、穏やかに微笑みながらこたつ机の上においてあった急須から二人の分のお茶を淹れ始めた。
 艦長の暢気な様子に、クロノが顔に手を当てて溜息をつく。
 とても長年、被害者や管理局を苦しめてきたロストロギアの譲渡が行われるようには見えない。
 早速グラハムがこたつ机に座り、プレシアも後に続いたから尚の事。
 ただし、暢気にしているのはこたつ机に座っている三人だけである。
 彼らの周りでは、アースラのブリッジクルーが持ち込まれた機材のコンソールを前にその指を走らせていた。
 このマンションから無人世界への転送ポートやマンションを覆う特別な結界の維持。
 襲撃者を警戒し、警備の武装隊員に連絡を取る者もいれば、無人世界で待機している者へ連絡を入れている者もいる。
 ちなみに、先程プレシアにインターホンを鳴らされた時は、何事かと一時騒然となっていた。
 クロノでさえも、S2Uを起動させかけた程だ。
 冷静にリンディが応答しなければ、この後の作業に支障が出ていたかもしれない。
 そういった意味では、リンディが暢気にしているように見えるのには意味があったのだろう。

「では、手早く譲渡してしまおうか。クロノ、君も座りたまえ。ユニオンと管理局、両組織の代表者の数が合わねば格好は付くまい」
「はい、クロノ君。貴方の分のお茶ね。熱いから気をつけなさい」
「い……いただきます。失礼します」

 リンディからではなく、プレシアからお茶を淹れられては断れず、クロノもこたつ机に座って一口だけ口をつけた。
 これで一つのこたつ机に二人ずつ、両組織の代表が集った事になる。
 それを確認するように各々の顔を見てから、グラハムが持っていた闇の書をこたつ机の上に置いた

「これが闇の書だそうだ。私自身は、これがロストロギアだとは思いもしなかったのだが。プレシアが言うには間違いないらしい。我々ユニオンは、管理局にこれを譲渡する」
「それを断る理由は、私達にはありません。何しろ、起動前の闇の書を手にする事が出来るなど、これまではもちろん、今後もないでしょうから」

 確かにと、リンディの言葉にはクロノに加え、プレシアも頷いていった。
 闇の書は次々に主を変えてはさ迷うロストロギアであり、起動前の発覚は不可能と言って良い。
 何しろ闇の書自身が、適正ある人物のもとへとランダムに転移するのだ。
 転移の先は、全ての次元世界の何処かという大雑把さ。
 さらに主が主たる自覚を得るまでは、魔力すら発しない本当にただの本でしかない。
 今後二度とないであろう歴史的瞬間を前に、周りで忙しそうに働いていたアースラクルーの手が少しだけ遅くなっていた。

「では、改めて譲渡に関する条件を確認させていただきます。まず一つ、ユニオンは無償で闇の書を管理局へと譲渡する。間違いありませんね」
「構わない。我々は無償で闇の書を譲渡しよう」
「次に、管理局は今代の闇の書の主について詮索してはならない」

 リンディは主が誰か聞いているが、アースラのクルーでも闇の書の主が誰かは知らない。
 例外的に知っているのは、クロノとエイミーぐらいのものだ。
 ただし、二人ともリンディから聞いたわけではなく、推測から見当をつけただけだが。
 この条件は、過去に闇の書によって被害を被った被害者からはやてを護る為のものである。
 グラハムよりも、闇の書や次元世界に詳しいプレシアからの助言であった。

「仮に今代の闇の書の主へ、管理局または、次元世界の住人が手を出した場合、大魔導師の名にかけて排除させてもらうわ」
「当然の処置だ。闇の書に選ばれただけで、今代の主は何もしていない。ただの一般人、それを罪に問うのは冤罪以外のなにものでもない」
「クロノの言う通りね。実際は、現在も色々と揉めてはいるのだけれど、私もハラオウンの名にかけて約束させてもらうわ」
「こればかりは、君達にしか頼めない。すまないが、よろしく頼む」

 二つの条件は問題なく合意が見られ、リンディが最後の条件を提示する。

「最後、ユニオンから管理局へと闇の書が譲渡された後は、いかなる被害を被ろうと管理局はユニオンへと責任を求めてはならない」
「私には良く分からないが、プレシアが言うにはこの本は起動に至っていないらしい。君達が闇の書をどうするかは勝手だが、その勝手の責任は自分達でとってくれたまえ」
「何しろ、無償での譲渡ですからね。正直なところは、破格だと思うわ。クロノ執務官、これら三つの条件を前に、異論はありますか?」
「挟む余地もありません。後は無人世界に転送後に、本当に未起動状態である事が確認できれば完璧です」

 法的な問題を考えるまでもなく、クロノは問題ないと太鼓判を押す。
 それを確認したリンディは、予め用意しておいた契約書を取り出した。
 つい先程確認しあった三つの条件が記述されたものである。
 内容を確認して、まずはクロノに渡して内容の確認後、執務官として印を押させた。
 次に自分自身で内容を確認し、これまた印を押す。
 そして、グラハムとプレシアに契約書が渡され、二人がその中身に目を通し始める。
 とは言っても、グラハムはミッドの字が読めないので、プレシアが音読して確認してから印を押した。

「では契約書のコピーは後ほどお渡しします」
「本来はそれを貰ってからなのだろうが、君と私の仲だ。闇の書はこの場で譲渡しよう」
「あ、本はそのままで。何が発端で起動するか、分からないから。エイミー、早速無人世界への転送の準備を」
「了解です」

 リンディがコンソールの前にいるエイミーの方へと振り返った事で、手が遅くなっていたクルー達が本来の業務へと再び没頭する。
 一分も経たない内に、転送先の無人世界から通信のウィンドウが開かれた。

「リンディ、それにクロ助、闇の書の譲渡は終わったかにゃん?」

 腰砕けになりそうな語尾を口にしながら、通信ウィンドウに現れたのは一人の女性であった。
 誰かの使い魔なのか、毛先が跳ねたショートカットの髪から猫の耳が生えている。
 その語尾はわざとなのか、猫が素体である事は間違いない。
 使い魔の女性は、通信先であるこちら側にグラハムやプレシアの姿を見つけると、目を細めていた。

「そっちの二人が、闇の書の提供者?」
「第九十七管理外世界の現地組織ユニオンのグラハムと、ユニオンで保護観察中のプレシアよ。彼女はリーゼロッテ、グレアム提督の使い魔。もう一人、リーゼアリアという双子の姉妹がいるのだけれど……」
「アリアは支援系が得意だからね。闇の書の受け入れの為に走り回ってるよ」

 そう言ったリーゼロッテの背後では、岩肌しかない大地の周りで大勢の管理局員が準備に追われていた。
 簡単な調査は無人世界でも出来るだろうが、最終的にはミッドチルダへ輸送しなければならないのだ。
 大掛かりな各種封印の魔法陣等と、念を入れて入れ過ぎる事はないのだろう。

「あ、そうそう。クロ助から借りたネズミ君だけど」
「いい加減、クロ助は止めてくれ。それでユーノがどうかしたのか?」
「スクライアの一族だけあって、無限書庫の扱いがピカイチみたい。このまま司書にしたいから、渡りをつけてくれってさ」
「ああ、この件が終わったら話してみよう」

 いきなりユーノの名前が出てきたのでリンディに尋ねてみると、クロノが闇の書の調査の為に急遽呼び出したとの事。
 なんでも管理局には世界の全てが記されているとも言われている無限書庫なる図書館があり、その整理の為にスクライアの人間はうってつけらしい。
 本人も興味があったらしく、二つ返事で引き受けたという事だ。

「ロッテ、受け入れだけなら準備が済んだわ。何時でも転送できるわよ」

 なのはに片思い中の少年の話に華を咲かせていると、リーゼロッテの後ろから姿の良く似た女性が現れた。
 この女性が双子の姉妹であるリーゼアリアのようだ。
 快活そうなリーゼロッテとは異なり、その口ぶりから物静かそうな雰囲気が見て取れる。

「ってなわけで、リンディよろしく」
「ええ、分かったわ。皆、打ち合わせ通りに所定の無人世界へ闇の書を転送、お願いね」

 リンディの言葉の直ぐ後に、こたつ机の上に転送の魔法陣が展開された。
 その中心にあるのはもちろん、闇の書である。
 魔法陣の中に置かれても、起動する様子は見られない。
 転送予定の無人世界は遠いのか、展開された魔法陣が加速してエネルギーを得るように延々と回り続ける。
 あまり加速すると闇の書を刺激するのではと思えるような、危なげな光景であった。
 そんな中で、オペレーターをしていたエイミーが声をあげた。

「転移まで残り三秒、二秒、一秒。闇の書を無人世界へ転送」

 やや早い口調でのカウントダウンの後に、特に大きな問題はなく転送された。
 通信ウィンドウの向こうでも受け入れが始まったのか、慌しくなり始めている。
 リーゼロッテはやる事もなく暇そうだが、岩肌の上に敷かれた幾重にもなる魔法陣の前を特にリーゼアリアが走り回っていた。
 その魔法陣が発光を強め始め、通信ウィンドウの向こうでもつい先程エイミーがしたようなカウントダウンが始まった。
 三秒から始まり、瞬く間に一秒を切って転送が完了する。
 大きなどよめきが通信ウィンドウから漏れ出し、魔法陣の中央には転送が完了した闇の書が鎮座していた。 

「うん、問題なく受け入れ完了。そっちは一先ずお疲れさん」

 リーゼロッテの言葉通り、こちらは一安心だが、向こうはこれからが勝負であった。
 その証拠に、通信ウィンドウの向こうでは、コレまで以上に騒がしく、管理局員が怒号を上げながら走り回り始めている。

「これから慎重に時間を掛けて初期調査、まずは未起動状態かを確認するよ。ミッドへの輸送はそれからかな。状況は逐次、連絡を入れるから。それじゃあ、お疲れ」
「出来れば僕らも加わりたいが、別件がある。気をつけて、ロッテ。アリアにもそう伝えてくれ。もう、あんな思いはしたくない」
「分かってる。分かってるよクロノ。もう、本当にこれが最後だよ」

 クロノの言葉に、思いつめたような言葉を呟き、通信が切られた。
 途端に各所から複数の溜息が漏れ、緊張の糸が切れたような雰囲気が流れ出す。
 緊張感を絶えず保っているのはクロノ一人ぐらいのものだろうか。
 むしろ、無人世界での調査を気にしているのか、これまで以上に緊張感を持っているようにさえ見えた。

「エイミー、クルーの半分に休憩を。残りは業務の続行を特に無人世界での闇の書の調査に関しては決して連絡を怠らない事」
「了解、クロノ君。警備中の武装隊に通達します」

 緊張は解きながらも、彼らの仕事は続く。
 一番気が抜けたのはグラハムとプレシアかもしれないが、全ての憂いがなくなったわけではない。
 現在もプレシアがサーチャーで捜索中の刹那の事や、仮面の男達の事もある。
 特に刹那は無事であると半ば確信しているだけに、何故連絡してこないのか。
 そろそろ温くなってきたお茶を口にしていると、おもむろに立ち上がったリンディが呼びかけてきた。

「グラハムと、プレシア。ちょっと良いかしら? クロノも、ちょっと」

 クルー達への指示を最低限行った後、別室へとグラハム達は招かれた。









 連れて行かれた別室は、何もなかった。
 当然と言えば当然なのかもしれないが、家具の一切がなく、空き部屋である。
 ただクロノは呼ばれた理由が分かっているのか、先程までの緊張感を持続させつつ、文句一つ漏らさない。
 むしろその表情には、険しさが浮かび上がっている。
 椅子一つない部屋へと招いた事を一度詫びて、リンディは切り出した。

「刹那君や、貴方達を襲った仮面の男についてなんだけど」
「態々別室に呼ぶという事は、目星はついたが、容易に明るみには出せない人物という事か?」
「残念ながら。まだ決定的証拠はないが……貴方やプレシアも、先程見たはずだ。ギル・グレアム提督の使い魔であるロッテとアリアだ」
「双子の姉妹。確かに、あの戦闘での息の合い方は、双子ならではかしら」

 プレシアが上げた状況証拠を否定せず、リンディは頷いて見せた。

「目星は随分早くつけられたわ。確かに闇の書に恨みを持つ遺族は多いけれど、刹那君を撃墜し、貴方やプレシアと戦い逃げ延びられる腕前となると希少だわ」
「二人は僕のお師匠でもあり戦技教官、その実力は申し分なく二人揃えばSランク魔導師でさえ捕縛出来るといわれている。そして、闇の書に関して因縁を持っている」

 それらは全て状況証拠に過ぎないが、符号が合いすぎていた。
 双子ゆえの戦闘方法や、闇の書への因縁。
 クロノは直接的に口にしなかったが、彼の父親の姿を模す理由が彼女達にはあった。
 闇の書に対する遺恨を奪われた相手の姿でとは、如何にもな理由である。

「けれど、まだ決定的な証拠がない。だから、危険だとは思うが今回の闇の書の移送にも関わられている。だからこそ、僕らはしばらくの間はここを拠点に常駐する事にした」
「表向きは、闇の書が起動した場合に主の下へと帰る事を想定して。裏向きは、闇の書の移送中に彼女達が動いた場合に備えてという事ね?」
「ええ、少しはやてさんが危険かもしれないけれど、彼女達が動けば、それを証拠にこちらも動く事が出来るわ。申し訳ないけれど、それでどうかしら?」

 リンディが後ろめたさを感じながら視線を向けたのは、グラハムである。
 なにしろ彼の大事なはやてを、餌に仕立て上げてしまっているのだ。
 叱責を覚悟してのリンディの言葉を前に、グラハムはその手を伸ばした。
 一体何をと驚いた様子のリンディの頬に触れ、顔に掛かっていた髪を払う。

「子供達は私が護る。だから、君は胸を張って君の職務を果たしたまえ。女性に弱みを見せられるのは男冥利に尽きるが、職務に忠実な君を私は嫌いではない」
「そう、言ってもらえると助かるわ。本当に……」
「あまり本部を空けるのもまずいので、戻ります。では、失礼します」
「私も一科学者として気になるから、ご一緒するわ」

 突然そう言い出して退室するクロノに合わせるように、プレシアも空き部屋を後にする。
 少し早足で廊下を歩くクロノに追いついたプレシアは、その小さな背中に恨み言をポツリと呟いた。

「裏切り者って呼んでいいかしら」
「僕は、グラハムを父と呼ぶ事にしたわけじゃない」

 心外だと、そこだけはとばかりにクロノは強く否定していた。

「ただ今回の事件が上手く行けば、僕ら家族は転換期を迎える。僕は父を超え、それでも慢心せず邁進すれば良い。だけど母さんは、一つの支えを失ってしまう」
「違うわ、二つの支えよ。父を超えた貴方は、一人の立派な男になる。夫の無念を晴らした事で、長い喪が開ける。リンディはそれで、一度自分を省みるわ」
「その時に母さんが何を思うのかは、僕には分からない。ただ、一人である事に寂しさを憶える事を、僕は止められない。我慢しろなんてとてもいえない、それだけだ」
「一ヶ月前とは別人ね。成長期かしら……」

 後ろから頭を撫でられ、クロノはムッとした表情で振り返った。

「言動と行動を一致させてくれ。不愉快だ」
「今ので決めたわ。まだまだ、子供ね。頑張って、グラハムみたいな良い男になりなさい」
「刹那の台詞ではないが、死にたくなるから止めてくれ」
「そう? そうなったら、アリシアをお嫁さんに上げても良いわよ? それともはやてちゃんか、なのはちゃん? フェイトは駄目よ、刹那がいるから」

 頭を撫でてくる手を払いのけ、呆れた眼差しでクロノはプレシアを見上げていた。
 別人だとはお互い様だばかりに。
 そんなクロノへと、プレシアはもう一つの解決策を提案する。

「決して馬鹿な話ではないわよ。孫の一人でも見せてあげれば、リンディも一時の寂しさぐらい吹き飛ぶわ。私はグラハムの子供の方が欲しいけど」
「全く、考えておくよ。この事件が終わった後にでもね」

 誘導されているのか、単にプレシアの本心か。
 考えるのも面倒だと、投げやりにクロノは頷いた。
 頭の極々隅の方に、孫ではなく、自分の子供つまりは結婚の二文字を押しやりながら。









-後書き-
ども、えなりんです。

闇の書の譲渡は普通に完了。
ただし、猫姉妹が普通に輸送隊にいる件。
現状、リンディよりグレアムの方が階級が上ですしな。
容疑はあっても、色々と難しいのでしょう。
これで親しい相手でなければ、嗅ぎまわっている事が発覚すれば危ないのはリンディですし。
たぶんそんな感じで、捜査も慎重にといったところでしょう。

クロノ、ちょっと恋愛を真面目に考え始める。
ターゲットが誰になるかはそのうち出てくる。
チラッとですけどね。
あとフェイトの天然は実はプレシアの遺伝、恐らくは。

それでは、次回は土曜日の投稿です。



[20382] 第四話 武士道とは、死ぬ事と見つけたり(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/11/06 19:43

第四話 武士道とは、死ぬ事と見つけたり(後編)

 六月三日、はやての誕生日を明日に控えた金曜日の午後三時。
 グラハムはたった一人で八神家にいた。
 個人的事情から臨時講師は休業中だが、それでは一人である理由にはならない。
 専業主婦であるプレシアと絶賛ニート中のアルフは、はやての誕生日会の為に翠屋へ手伝いに出向いている。
 夕方から翠屋を貸し切って六月四日の0時を目指すのだ。
 ならば何故、グラハムがその手伝いには行かずに八神家で一人留守番をしているのか。

「か、完璧だ……」

 それはエプロンを着込んだグラハムが、キッチンで見上げている物体に関係があった。
 腕や手をパウダーで汚し、鼻にはクリームと定番の姿となったグラハム。
 彼が見上げているのは、ウェディングケーキかと見紛うような巨大なケーキである。
 実際に食べられる部分は一部分だが、式場にあってもおかしくはない出来栄えだ。
 もちろん一から十までグラハム手製とはいかないが、素人のしかも元軍人の作としては十分すぎた。
 ケーキの頂点に砂糖菓子のフラッグが鎮座しているところなどは、芸術的ですらあった。

「はやてへの誕生日プレゼントで、他者に遅れをとるわけにはいかない。この勝負、もらったな。さしものガンダムでさえも、及ぶまい」

 未だ戻らぬ刹那の顔が思い浮かばれるが、今日だけはと振り払う。
 刹那は紛争が始まりそうな母国へと赴いている。
 その嘘を今日だけは、グラハム自身も信じこまなければならないのだ。
 そう自分に言い聞かせ、グラハムはケーキを縦長の箱に詰め、リボンでラッピングする。
 戦場の様に汚れてしまったキッチンは明日にでもと目を瞑り、身支度だけを整えてから家を発つ。
 目指すはもちろん翠屋である。
 道行く先々で巨大なプレゼントボックスを抱える姿は好奇の視線にさらされるが、気にもならない。
 はやての喜ぶ顔がこの先にあるならと、寧ろ足取りは軽い。
 それに、グラハムのプレゼントはこのケーキだけに留まらないのだ。
 心の中で待っていろはやてと挑戦的な言葉を浮かべ、グラハムは歩いていく。
 やがて駅前から程近い場所にある翠屋へと辿り着き、本日貸し切りと札の下がっている入り口の扉を開く。

「お待たせした。準備の程はどうかね?」
「やあ、グラハム君。もう殆ど完了しているよ。それにしても、大きなプレゼントだね。大きさでは君が一番かな?」
「大きさだけではない。愛情もまた、一番だと自負している」
「大きい事は良い事だを地で行くアメリカの人らしいわね。生ものだったら、冷蔵庫で預かるわ」

 さすがにプロらしく、飲食に関しての準備は予定通り全て完了しているらしい。
 あとは子供達を待つだけだとばかりに、士郎と桃子はテーブルでコーヒーを飲んでいる。
 桃子が呼びつけた恭也にケーキを預け、グラハムもテーブルに腰を落ち着けた。

「グラハム、ほら頑張って作ったよ。後は飾り付けるだけだね」
「ほら、アリシア。持って走ると折角作ったのに破れちゃうわよ」

 学年が二つも低いアリシアは、先に下校して手伝っていたようだ。
 折り紙で作った鎖を誇らしげに掲げては、プレシアを慌てさせている。

「素晴らしい出来だ。きっとはやても喜ぶに違いない。殊勲賞ものだ」
「えへへ、フェイトやお母さんと一緒にプレゼントも作ったから、もっともっと喜ばせるよ。三人で考えたんだから、一番喜ぶんだから」
「それはどうかな。私のプレゼントも負けてはいないぞ。良い勝負を期待する」
「こっちも負けないよ、グラハム!」

 プレゼントに勝負もないにもないが、頭を撫でられながらアリシアも負けずと胸を張った。
 そんな姿が可愛いやら微笑ましいやら。
 士郎や桃子は目尻がさがっていた。
 厨房の奥から見ていた恭也は、忍から何かを耳元で囁かれて咳き込み始める。
 そして母親であるプレシアは、感極まったように後ろから抱きしめていた。

「さて、他の子供達が来るまでに飾り付けてしまおうか」
「グラハム、アンタだけ何もしてないんだから、頑張っておくれよ。私はもう疲れた。ちまちま、こういう事は性に合わないんだ」

 今にも子犬モードで惰眠をむさぼりたいとばかりに、アルフが呟いた。
 折り紙で作られた鎖を量を思えば、アルフも随分と手伝わされたのだろう。
 気だるそうに気を抜いては耳と尻尾が出てしまい、慌てて隠している。
 ここが飲食店だけに、気を抜く事すら出来ないと喉の奥で鳴いていた。

「ならばこのグラハム・エーカー。最後の仕上げに取り掛かるとしよう。アリシア、飾りの量は十分かね?」
「足りなかったらまた作るよ。絶賛増産中!」
「その意気や良し。出撃だ!」
「アリシア、貴方は飾り付けるグラハムに鎖を手渡して頂戴」

 まるで本当の親娘のように、グラハムとアリシアは翠屋の店内に折り紙の鎖を飾りつけていく。
 あまりにもその様子が楽しそうで、僕達もと士郎と桃子が手伝いをかってでる。
 直ぐに恭也と忍が厨房からやってきて手伝ってくれ、アルフも最後には仕方がないとばかりに手伝い始めていた。
 時計の針は丁度四時を指しており、そろそろ手はず通りに、ノエルとファリンが子供達を迎えに行った頃であった。









 困惑気味のはやての車椅子をフェイトが押し、なのはが貸し切りの札の下がっている翠屋の扉を開けた。
 その瞬間に、クラッカーが幾つも弾け、中から飛び出したテープの束がはやてに降りかかる。
 突然の祝砲とそれに伴う鼻をむず痒くする火薬の匂いに、はやては瞑っていた瞳を開いた。
 そこは翠屋であって、普段の翠屋ではなかった。
 こ洒落た雰囲気は薄れ、家庭的な雰囲気をかもし出す折り紙の鎖が飾り付けられている。
 はやてがいる入り口の正面の天井には、誕生日おめでとうとダンボールの看板が下がっていた。
 店内にお客の姿は見えず、けれども各テーブルにはお菓子からパーティ系の料理が並ぶ。
 自分を囲むように空となったクラッカーを向けているのは、グラハムを初めとした家族と、士郎や桃子、恭也に忍といった友達の家族達。

「お誕生日おめでとう、はやて。まあ、ちょっとフライングだけどね」
「おめでとう、はやてちゃん。皆の中では、一番のお姉さんかな?」
「フライング過ぎてびっくりしたわ。なんや途中から変やとは思っとったけど。ありがとう、アリサちゃんにすずかちゃん」

 アリサやすずかの言葉を受け、目尻に浮かんだ涙を拭いながらはやてが呟いた。

「今から明日になるまで、ずっとお話しようね。おめでとう、はやてちゃん」
「おめでとう、はやて。プレゼントも用意してあるから、楽しみにしてて」
「はやて、お誕生日おめでとう。この飾りの殆ど、私が準備したんだよ」
「そうか、ありがとうな。なのはちゃんもフェイトちゃんも、もちろんアリシアも」

 飛びついてきたアリシアを受け止め、やや鼻声でありがとうと何度も呟く。
 士郎達からも拍手と共におめでとうとお祝いの言葉が贈られる。
 プレシアからも、そしてグラハムからも。

「さあ、主役が涙で顔をくしゃくしゃにしていては示しがつかないぞ。涙を拭いて、中央でどんと構えていたまえ。おめでとう、はやて。これで後、十三年と五ヶ月だな」
「全然減っとらへんやん。十三年と四ヵ月にまけといてや」
「やれやれ、仕方ないな。十三年と四ヶ月と半月にまけてやろう。こんなサービスは年に一度だけだぞ」
「ケチくさいサービスやな。その代わり、心行くまで接待してくれるんやろな?」

 はやてを車椅子から抱き上げたグラハムは、もちろんだと答える。
 そして店内の中央に用意しておいた椅子、VIP席へとはやてを座らせた。
 今一度、はやてが皆からおめでとうの言葉を貰っている間に、車を置きに行っていたノエルとファリンがやって来る。
 急ぎやって来た二人は、予め用意してあったグラスやコップを配り、子供にはジュースを大人にはアルコールを注いで回った。
 一人ずつに飲み物がいきわたったところで、今日は君がと士郎からグラハムへと乾杯の音頭が渡された。

「この度は、私の妹であるはやての誕生日会の為に協力または参加していただき、感謝している。まだまだレディには程遠いはやてだが、これで一歩また近付いた事には間違いない」
「一言多いで、ハム兄。素直に愛しのレディぐらい言っとき」
「了解した。リトルマイレディ?」
「直す気、全然あらへんやろ。まったく」

 ぷっくりと頬を膨らませたはやての頭を撫でながらグラハムは続ける。

「唯一残念なのは、もう一人の家族である少年、刹那・F・セイエイが所用で国外に出ている事だけだが……皆には少年の分まで祝い、楽しんで欲しい」
「刹那……」
「フェイトちゃん、刹那さんの分まで、ね?」

 心配そうに呟いたフェイトの手を、なのはが握って安心させる。
 その様子を見ながらも嘘を貫き通し、グラハムはより一層の笑顔を浮かべた。

「では八神はやての九歳の誕生日を祝い、乾杯」

 乾杯とグラハムに続いて各所から声が上がった。
 早速はやての周囲は子供達が占拠し、アレやコレやとはやての世話を焼いていく。
 お菓子や料理を美味しいよと持ち寄り、コップの底が見える前にジュースを注ぐ。
 はやてもそれならばと、苦しゅうないと女王様の真似事で返した。
 するとすかさず調子にのるなとアリサが耳を引っ張り、すずかに止められる。
 はやてがわざとそうしている事を知っているので、もちろん痛みなどないはずだ。
 この場合、一番過剰に反応したのはすずかだという事か。
 冗談を冗談と捕らえられるようにならなければ、この先辛いでと注意されうろたえていた。
 主役はあくまではやてと子供達。
 大人達は順番が回ってくるまでは、はしゃぐ子供達の姿を眺めながら料理とアルコールに舌鼓を打っていた。









 はやてが参加者と一通り言葉を交わした頃には、既に誕生日会の開始から一時間は経過していた。
 それからも皆が皆、止め処なく喋り続け、はやての誕生日会は盛り上がり続ける。
 だがさすがに開始から三時間も経とうというする頃には、一部失速する者が現われ始めていた。
 特にはしゃぎ疲れたアリシアは、プレシアの膝の上で船を漕ぎはじめてしまった。
 このままのペースでは他の子供達もいつか眠ってしまいかねないと、一度仕切りなおす事にした。

「さて、ここらで一度私の話を聞いてはくれないか?」
「なんやハム兄、なんか芸でもしてくれるんか?」
「それはもっともっと先の話だ、はやて」

 息のつく間もないはやての合いの手に、グラハムは落ち着けとばかりに押し留めた。
 まだまだ余裕のある大人達はもちろん、子供達も一度グラハムに視線を向ける。
 船を漕いでいたアリシアもプレシアに起こされ、目を擦りながら欠伸まじりに必死に目を開けてくれた。

「さて、はやて。君は一つ大事な事を忘れてはいないかね?」
「ん、大事なって……なんやろ。刹那兄以外の知り合いは全部、あ……ユーノ君やリンディさん、クロノ君がおらへんやん」
「あいにく彼らは仕事だ。なにやら最近、とてつもない物が発見されたようでね」

 そう言えばと、一番ユーノに対して言ってはいけないなのはが呟いていた。

「そうなの、母さん?」
「誘ってはみたのよ。けれど忙しいみたい。ユーノ君も、管理局のお手伝いでね」

 グラハムもプレシアもしれっと嘘をつき、仕方がないと深い追求を避ける。
 大事なのは他所の世界よりも、この小さな世界。
 グラハムは懐に大事にしまっていたある物を、なんやろと考え込むはやての首にかけてやった。
 一瞬それが何か理解できなかったようで、ハート型のリングがついたそれをはやては両の手の平で持ち上げた。

「残念だが、時間切れだ。それは君への誕生日プレゼント。そのネックレスは、参加出来なかった少年からの物だ。受け取りたまえ」
「刹那兄からの。なんやあの仏頂面でこんなん選ばれても、可愛い過ぎて変な感じや」

 そんな言葉とは裏腹に、はやては大事そうに胸に抱え込むようにしていた。

「いいな、はやて……」
「羨ましがってどうするの、この子は。それよりも、ほらアリシアもちゃんと起きて。次は私達からよ」
「ん、うん……起き、起きてるよ。起きたー!」

 フェイトは唇に指を咥えながら羨ましがり、アリシアが奇声を上げながらプレシアの膝から飛び降りた。
 そして特に意味はなく、むんっとライダー的なポーズをとる。
 どちらの娘もと呆れたプレシアは、少々恥ずかしそうに二人の頭を撫でながら自分の近くに寄せた。
 代表して預かっていたはやてへの誕生日プレゼントを、二人に渡す為だ。
 それを渡したプレシアは、二人の背を押しながらもう一人の娘の前に立った。

「改めて、誕生日おめでとうはやてちゃん。私達からのプレゼントはこれよ。さあ、二人とも、はやてちゃんに渡してあげて」
「きっと気に入ると思うんだ。おめでとう、はやて」
「一杯お母さんのお手伝いして、私も言葉を覚えさせたんだよ」
「覚えさせた?」

 はやてが受け取ったのは、橙色の宝玉であった。
 ただ真球というわけではなく、ハート型の宝石のようにも見える。
 これは何だろうと灯りにすかしてみると、宝玉の中に一瞬顔のようなものが見えた。
 ニコマークのような単純な造形の顔であった。

「ハヤテ、ハヤテ」
「喋った!? これってなのはちゃんやフェイトちゃんのデバイスと同じ物ですか?」
「ええ、インテリジェントデバイスのAIのみを抽出した電子ペットのハロよ。以前、グラハムに未来の話を聞いてね。さすがに動き回るようなハードまでは用意できなかったけど」
「シカタネーナ、シカタネーナ」

 甲高い変な声とはやてが笑い、さすがに珍しい物だけに特に忍が目を輝かせていた。
 皆が物珍しそうに集まる中で、プレシアがハロを刹那からの贈り物であるネックレスのハート型リングへとはめ込んだ。
 元々そのつもりでハート型にしたように、ピッタリであった。

「魔法が入っていない分、容量が豊富で色々な言葉や思考を覚えていくわ。はやてちゃんの扱い次第でどうなるかが決まって面白いわよ。ちょっと五月蝿いのが玉に瑕だけど」
「面白そう、はやて早速なにか言葉を教えてみなさいよ」
「え、それじゃあハム兄。あそこにお……らへんがな」

 アリサに言われ、早速親愛なる兄の名を覚えさせようとハロを掲げたが、その先にグラハムの姿はなかった。
 一体何処へと、店内を見渡してもその姿は見えない。
 すぐ傍に寄ってきていたアリサやすずか、なのはと順に視線を巡らせても首を横に振られてしまう。
 次々に何処へと尋ねながら周りを見渡すが、誰も彼もがはてと首を傾げていた。
 誕生日プレゼントだと言い出した本人が何処へ行ってしまったのか。
 そう言えばと、恭也がグラハムから冷蔵庫へと預かっていたプレゼントを思い出し、ちょっと待っていてくれと取りに厨房へ向かう。
 直ぐに恭也は戻ってきたが、怪訝な顔をしながら巨大なプレゼントボックスが鎮座する台車を押してきた。

「厨房の冷蔵庫からはみ出す形でこれが置いてあったんだが、グラハムさんから預かったものより若干大きくはないか?」
「若干どころかかなり大きいわね。まるで……まさかね。で、そのグラハムさんは?」
「いや、いなかったが……」

 恭也と忍の会話を聞き、ベタだと、さすがアメリカ人だと皆が巨大なプレゼントボックスを見た。
 何しろ背の高いグラハムでさえ余裕で入れそうな箱である。
 しかも車椅子であるはやてがリボンを解きやすいように、一本だけ長いのが垂れ下がって意いた。
 一体誰が外から箱のリボンを閉めたのかは謎めいている。
 やっぱり私が引くのかと、救いを求めるように周りをみたはやてであったが、頷き以外は返っては来なかった。

「もう、本当に恥ずかしいわ。この馬鹿ハム兄!」

 意を決して、八つ当たり気味にはやてがリボンを引っ張った。
 するとボックスの頂点で王冠の様にふくれていたリボンの塊が解けていく。
 するりとシルクのように解けあったそれは箱を滑り落ち、封が解かれた。
 ギミックでも仕込まれているのか、封が解かれると同時に開いていくプレゼントボックス。
 開いていく箱の上部から見えたのは、タワーのような誕生日ケーキの一部分、と誰かさんの金髪。
 やっぱりかと誰もが呆れる中で、次の瞬間には皆が凍り付いていた。

「あ、あ……ハム兄」

 完全に開かれたプレゼントボックスの中にあったのは、タワー型の誕生日ケーキ。
 プレゼントボックスの中に居たのは、グラハム。
 そこまでは誰しもが想像したとおりではあったはずだ。
 違ったのはグラハム自身の装い。
 ビキニパンツ一丁で自身をリボンでラッピングした馬鹿一人であった。
 しかもちょっと色気を出そうとポーズをとる姿が、より異彩を放っていた。

「はーっはっはっは、驚いたかね。そうだ、その通りだはやて。私が、私こそが君への誕生日プレゼントだ」
「ナンデヤネン、ナンデヤネン!」
「さあ、今日一日だけは私の事を好きに呼びたまえ。そう、お母さんと!」
「ドンビキ、ドンビキ!」

 この突っ込みの為だけでも、ハロを貰っておいて良かったかもしれない。

「あかん、今日の感謝全てが吹き飛んだ。ごめんな……もう、駄目かもしれへん」
「は、はやてちゃんしっかりして!」
「む、どうしたはやて。元気がないぞ。そうか、食べたりない。となればお乳か。遺伝子的に無理があるかもしれんが、そんな道理は私の無理でこじ開けて見せよう。さあ、存分にすいたまえ!」
「さあや、あるかい。もう突っ込みどころしかあらへんわ。ハロの二番煎じで心苦しいけど、なんでお母さんやねんな。そんなんもう間に合っとるわ。そこはお父さんやろが!」

 なのはの手を借り、やっとの思いではやてが大胸筋を持ち上げているグラハムへと突っ込む。
 本当に目のやり場に困る光景で、すずかなどは両手で完璧に顔を覆っていた。
 そんなネジの外れたグラハムの肩へと、プレシアが握り潰す程に力を込めて手を置く。

「そうよね、もう……間に合ってるわよね。はやてちゃん、ちょっとコレ借りるわね。私がいるのに、どうしてお母さんなのかしら? 」

 昔取った杵柄とばかりに、グラハムを包み込んでいたリボンを引っ張り緊縛する。
 挙句、ああんと変な声を上げたグラハムを引きずり、プレシアが厨房の方へと連れて行いく。

「まさか邪険に扱われるとは。武士道とは、死ぬ事と見つけたり。武士道とは……」
「武士道の前に、TPOと筋を通しなさい。本当に、とりあえず回路が二、三個吹き飛ぶぐらいは覚悟なさい」

 今さらながらにグラハムも自分の失言を悟ったようだが、もう遅い。
 皆が見つめる中で連れ込まれた厨房が、紫色の閃光に幾度となく襲われた。
 もちろん、グラハムの苦痛の悲鳴と、プレシアの嬉しそうな嬌声と共に。









 六月の四日まで残すところ、後数分となった。
 騒ぎに騒いだ翠屋店内は今や静まり返っており、起きているのは大人だけとなっていた。
 大人達もお祭り騒ぎの余韻だけを楽しみ、言葉少なにアルコールを口にしている。
 絶対に起きていると豪語した子供達は、二時間も前に撃沈。
 今はそれぞれの保護者の腕の中で、眠りに付いていた。
 アリサは父親がこれなかったので、例外的にノエルの腕の中ではあったが。

「しかし、まさかパーティでの定番が不評とはな。予想外にも程がある」
「はっはっは、まあここは日本だからね。郷に入っては郷に従え。日本で生きていく為の心得さ」

 言外に女性を怒らせると怖いという忠告が込められた士郎の言葉を、グラハムは真摯に受け止めていた。
 酔いが回っていたとはいえ、確かに母親はない。
 その分デートの約束を取り付けられたが、それぐらいならばお安い御用であった。

「ん、ハム兄……」
「もう直ぐだな、はやて」

 寝言を漏らしたはやてを抱えなおし、時計を見上げる。
 秒針を一秒一秒目で追い、その瞬間を待ちわびた。
 一生に一度だけの九歳になった瞬間。
 起こすべきか、迷ったグラハムは、気持ち良さそうに眠るはやてを少しだけ強く抱きしめた。
 三十秒をきり、残り十秒へ。
 カチカチと刻まれる秒針の音が続き、三秒、二秒、一秒。
 はやてが九歳となる六月四日が訪れた。

「誕生日、おめでとうはやて。少しだけ大きくなったリトルマイレディ、君が生まれてきた事に感謝を、私達の出会いに感謝を」
「おめでとう、グラハム。はやてちゃんも」
「飽きる程言ってやるよ。おめでとうって」

 グラハムの言葉を耳にし、プレシアとアルフが改めて祝福の言葉を呟いてくれた。
 士郎や桃子、恭也に忍、美由希、ノエルにファリンと次々に祝福される。
 それが聞こえているのか、幸せそうに身を震わせながらはやてが微笑んでいた。
 そしてそろそろお開きの時間かというところで、グラハムの携帯電話が着信音を奏で始めてしまった。
 はやてを起こさないように、手の開いていた美由希にはやてを任せ、翠屋の外に出て電話に出る。

「グラハム!」

 切羽詰った声の主は、リンディであった。
 そしてグラハムは、闇の書が起動し、移送中だった管理局の船が轟沈した事を知らされた。









-後書き-
ども、えなりんです。

久しぶりにグラハムのお馬鹿が炸裂。
周りがどんびきなのもこれまで通り。
グラハムは努力のベクトルが何処かおかしい。
程々で踏みとどまれば完璧なのに……

さて、ようやくA's編らしく物語が動きます。
ヴォルケン達も、ようやく介入開始です。

それでは次回は、水曜投稿です。



[20382] 第五話 忠告を無視して、出撃した俺のミスだ(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/11/17 20:08
第五話 忠告を無視して、出撃した俺のミスだ(前編)

 本来ならば遺業を成し遂げた上での凱旋となるはずであった本局へと、クロノは失意の表情を押し隠して戻ってきていた。
 ただそれでもその顔には、隠し切れない疲労の色が見てとれる。
 第九十七管理外世界の暦で六月四日になって、まだ十二時間も経ってはいない。
 今も第九十七管理外世界に借りたマンションにいるアースラクルーを含め、闇の書を調査していた無人世界、件の輸送艦轟沈の現場と不眠不休での調査が続いていた。
 何故急に闇の書が起動したのか。
 そして何故、輸送艦が轟沈し、人命という被害が出てしまったのか。
 クロノも不眠不休で調査に参加せねばならないのだが、外せない用があったのだ。

「アースラ所属、執務官クロノ・ハラオウンです。失礼します」

 クロノが足を踏み入れたのは、本局の中で執務室を与えられるような高官の部屋である。
 ギル・グレアム提督、今回の件の総責任者を引き受けた人物。
 そして、今回の件で唯一人的被害を被ったリーゼ姉妹の主人でもあった。

「ああ、入りたまえ……」

 スライド式の扉が開いた向こうでは、クロノとは異なり、失意や疲労を隠そうともしない提督の姿であった。
 来客用のソファーに腰を落とし、うな垂れた頭を支えるように、額に両手を置いていた。
 そんな提督の目の前では、輸送艦轟沈の瞬間の映像が浮かび上がっている。
 恐らくは、リーゼ姉妹が乗艦していた艦からの映像であろう。
 十年前と同じ轍は踏まない為に、無人の輸送艦にて移送される闇の書。
 もちろん事前に徹底的に調査し、未起動状態はもちろんの事、幾重にも封印を施してあった。
 それが急遽起動したのは、第九十七管理外世界での午前零時の事である。
 何故、どうしてと動揺するブリッジの中で、リーゼ姉妹が無人艦へと向かうと言い出した。
 もしもの時の為に、アルカンシェルの準備でさえしてあったと言うのにだ。
 上の指示を仰がない独断専行、それは同じ轍を踏まないだけではすまさず、悲劇をこれで止めるつもりであったのか。
 二人が無人艦へと向い、連絡を閉ざして十数分後、無人艦は轟沈した。
 リーゼ姉妹もろとも。
 十年前がほぼ繰り返された映像に、グレアムがさらに肩を落とし、震わせる。

「提督、一つ確認させてください」

 十年前には息子同然のクライド・ハラオウンを失い、今度は娘同然のリーゼ姉妹を失ったのだ。
 提督の態度は、時空管理局の提督として、今回の件の総監督者として不適切とまではいえない。
 それを言うならば、クロノとて気持ちは同じである。
 今はいないが第九十七管理外世界のマンションで、現場指揮をとるリンディも。
 クライド・ハラオウンは二人の夫であり父親、リーゼ姉妹も家族同然の相手であった。
 だが、今回の事でどうしても確認しておかなければならない事があったのだ。

「今回の彼女達らしからぬ行動。無謀にも独断専行を行い、闇の書の為にわざわざ特別に用意した無人艦への転移は、貴方の指示ですか?」

 刹那やグラハム達を襲った襲撃の件を別にしても、今回の彼女達の行動には多くの疑問がある。
 特に独断専行による無人艦への転移や、その後に十数分連絡を閉ざした事。
 顔を隠すように覆っていた手に、明らかに力が込められていた。
 だが結局、提督は首を横に振って言った。

「私の指示ではない。彼女達の独断だ。あれ程、十年前に引きずられるなと忠告したはずなのに……」
「何故あんな事をと、僕には言えません。気持ちだけは分かりますから。けれど許されるべき事ではありません」

 提督の言葉の全てを納得したわけではなく、言葉に詰問染みた声色がにじんでしまう。

「ああ、分かっている。私も、今度こそ終わりのようだ。だがまだ、今はまだ私が責任者だ。クロノ、君やリンディ君、アースラのクルーには働いてもらう」
「現在、第九十七管理外世界にて転移してくるであろう闇の書を捜索中です。午後にでも一度、艦長から報告書が上がると思われます」

 そう言ったクロノは、第九十七管理外世界へと戻る為に席を立った。
 限りなく黒であろう提督を、それでも白であって欲しいと願いながら。
 リーゼ姉妹はもはや疑いを持つまでもなく、刹那を撃墜した犯人だと確信している。
 あまりにもタイミングの良い闇の書の起動は、彼女達が仕組んだものではとさえ疑っていた。
 その後の不可解な行動も合わせて考えると、尚更自作自演という言葉が胸中に浮かぶ。
 後は、提督があの姉妹に何処まで協力し、死んだと思われている彼女達が何処にいるかだ。
 闇の書をその手に持ち。

「失礼しました」

 祖父であり執務官としての師へと頭を下げて、退室する。
 その師を逮捕する時が、もう近くまで来ているかもしれないと暗雲たる気持ちを抱えながら。
 そして、自分が疑われている事を察している提督は、クロノが去った後に頭を抱えて蹲っていた。

「何故だ、どうして二人とも連絡してこない。闇の書は今、何処にあるのだ?」

 クロノ以上の困惑を抱え、提督は一人呟いていた。









 大きな欠伸をしながら、なのはは八神家へと向けて歩いていた。
 しょぼくれた瞳は、昨晩の夜更かしのせいだ。
 十一時頃に寝坊をしまくってから目を覚まし、顔を洗ってお昼も食べたのに違和感が付きまとう。
 ただそれでも足取りは軽く、跳ねる様にスキップを繰り返していた。
 そのリズムに合わせるように、胸元のレイジングハートが揺れている。
 今日はこれからはやての誕生日の二次会、今度は大人無しで子供達だけで祝うのだ。
 とは言っても、土曜日なので皆で集まって遊ぼうという事だけなのだが。
 ゲームをしたり、お茶を飲んでお喋りしたり、友達が集まればやりたい事は数知れない。

「昨日は皆、今日になる前に寝ちゃったから。今日こそは頑張らないと」

 特別なのは昨日だけなのが、意味もなく力んでは両手に拳を作る。
 むふっと鼻息も荒く、昨日の夜更かしの名残で気持ちだけは高かった。
 意気揚々と八神家へと向かうなのはの目の前で、ふいに世界がその彩りを変えていく。
 夕闇に包まれた薄紫色のような独特な光景の街並みへと。
 見覚えのありすぎるその光景は、結界魔法によるものであった。

「え、え……なになに、どうして!?」
「Caution. Emergency.」

 レイジングハートの言葉が、なのはを捕縛した結界だと教えてくれる。
 白昼堂々、しかも久方ぶりの魔法に対し、なのははレイジングハートの言葉に即座に応える事は出来なかった。
 おろおろとうろたえては、自分を閉じ込めた相手を探していた。
 だが自分を結界へ閉じ込めた相手の姿は見えず、不安そうにレイジングハートを両手で握り締める。

「おい、こっちだ馬鹿野郎」

 結界同様にぶっしつけな声は、なのはの頭上からであった。
 アルフのような赤い髪を二つのおさげにした女の子である。
 身につけているのは、バリアジャケットになんとか見えなくもない黒いだけのワンピースだ。
 その手にデバイスらしき鉄槌がなければ、なのはの判断はもっと遅れていた事だろう。

「あ、そっか。魔法って飛べるんだっけ」
「…………」

 ぽんと手の平に拳を落として思い出したなのはを見て、おさげの女の子は怪訝そうに見ていた。

「おい、お前。魔導師だな。私達の主を何処へやった?」
「確かに一時期は魔導師だったけど。主って、もしてして誰かの使い魔さん?」
「私の質問に答えろ。この街の魔導師に捕まっていると聞いた。答えねえと……」
「Schwalbefliegen」

 おさげの少女の足元に、ミッド式とは違う三角形の魔法陣が浮かび上がる。
 一つの鉄球を指で弾き、浮かびあがったそれをおさげの少女がデバイスで打ち出した。

「ちょ、ちょっと待って!」

 打ち出された後に制止の言葉を投げかけるが、止められるはずがない。
 思わず頭を頭を抱えそうになったなのはの代わりに、レイジングハートが自動的に魔法を発動させた。
 マスターであるなのはの魔力を使用し、魔力壁を展開して鉄球を受け止める。
 眼前での火花散る光景が、少しずつなのはの心の持ち方を変えていく。
 一ヶ月前に戻っていくといった方が正しいか。

「レイジングハート、そのまま……えーい!」
「Protection」

 手の平を差し出し、押し返すような仕草を見せると魔力障壁の薄紅色が濃くなり厚みを増していく。
 そして最後までその威力を受け止めきると、鉄球は小規模な爆破をまきおこした。
 だが、魔力障壁に護られたなのはには、怪我一つなかった。

「もったいぶりやがって。やっぱり、魔導師じゃねえか。おい、私達の主を何処へやった? 答えねえと、次は本気で打つぞ」
「主って、その人のお名前は? 名前がわからなきゃ、誰の事か分からないよ。それに貴方自身も、まずはお名前を教えて?」
「それが分かれば、苦労はしねえよ」

 小さくぽつりと呟いたおさげの少女は、なのはのお粗末な動きを見て結論付ける。

「それとも下っ端は知らされてねえのか。だったら仲間が知ってるはずだ。ちょっと来てもらおうか。ちなみに拒否権はねえ」
「知らない人に付いていっちゃいけないって教わらなかった? だから、まずはお名前を教えてよ!」

 とんちんかんな返答ながら、なのはの拒否の姿勢を見て、おさげの少女が再び鉄球を取り出した。
 今度は一つではなく、左手の指の間に四つ程。
 それが限界数かは定かではないが、はっきりしているのは手加減という言葉が嘘ではなかったということだ。
 ようやく抱き出した危機感から、なのはは平和ボケした頭を切り替えた。
 そしてまる一ヶ月ぶりとなる、言葉を口にした。

「レイジングハート、セットアップ」
「Stand By Ready. Set Up」

 薄紅色の魔力光に包まれ、青のプリーツスカートとオレンジのキャミソールが分解される。
 代わりになのはの体を覆ったのは、聖祥大付属小学校の制服をモチーフとしたバリアジャケットであった。
 次に小さな宝玉から、杖と変化したレイジングハートを手に変身が完了する。
 本当に久しぶりの姿に感慨深いものが浮かびかけたが、それを抑えておさげの少女を見上げた。

「Flyer Fin」

 そして直ぐにバリアジャケットの靴から、薄紅色の翼を生やし、空へと足をかける。

「折角見つけた手がかりだ、逃がすかよ。アイゼン!」
「Schwalbefliegen」
「逃げないよ。少なくとも、貴方からお名前を聞き出すまでは!」
「Divine Shooter」

 それぞれの足元には、三角形と四角形の魔法陣が浮かび上がった。
 おさげの少女が打ち放った鉄球と、なのはが放った魔力球が正面から衝突しあう。
 だが一発だけは思惑が外れ、掠ったのみに終わってしまった。
 残り三発はなんとか相殺に成功するものの、なのはは慌てて外した魔力球を旋回させ追いかける。
 鉄球はもう目と鼻の先、そこでなんとか間に合わせた魔力球を横から衝突させ弾いた。
 魔力球は破裂して消え去ってしまったが、鉄球の方も爆煙を巻き上げながら四散する。

「少しはやるじゃねえか」

 おさげの少女の言葉に、どんなもんだいと少しだけなのはは胸を張った。
 一ヶ月のブランクがあるとはいえ、元々才ある身だけに体が順次思い出しているようだ。
 その証拠に、結界魔法に捕らわれた時の動揺は見当たらない。
 対するおさげの少女もまた、余裕を崩すような事はなかく、デバイスらしき鉄槌を背負うように構えた。

「接近戦で、ベルカの騎士に勝てると思うなよ」
「ベルカの騎士? それって……何はともあれ、それはちょっと苦手かな?」

 仲良くなる前のフェイトとの喧嘩を彷彿とさせるおさげの少女の行いに、なのはは少し楽しさを感じてしまう。
 相手の本気を伺えない、そこが素人であった。
 なのははまだ、この状態をただの喧嘩だと認識しているのだから。

「テートリヒ・シュラーク!」

 おさげの少女が、鉄槌のデバイスを掲げながら突っ込んでくる。
 打撃系の攻撃魔法である事は明らか。
 それに対し、なのはは避ける事はせず、身の護りに入った。
 目的がおさげの少女の名前を知る事である以上、なのはからすれば当然の行動であったかもしれない。
 向こうからわざわざ接近してくれるのだから、それを受け止めもっと近くで言葉を交わしあう。
 だから、相手の攻撃が自分の防御を上回った場合にまで、考えが及ばなかった。

「レイジングハート」
「Round Sheild」

 なのはが張った魔力障壁の上から、おさげの少女のデバイスが叩きつけられた。
 障壁越しでも腕にずんと重くのしかかる衝撃に、なのはが片目を閉じる。
 互いの魔力光が削りあうように火花を散らし、なのはは頬に流れる汗を感じた。
 だがそれでも、なんとか止められた。
 そう気を抜いた直後、おさげの少女が叫んだ。

「カートリッジロード!」
「Jawohl. Explosion」

 鉄槌の柄の根元がスライドし、煙と共に薬莢が吐き出される。
 一体何となのはが目を見開くその目の前で、おさげの少女の魔力が爆発的に高まり始めた。
 それに驚く間もなく、腕に圧し掛かる重さが増していき、障壁にひびが入る。
 数秒も経たない内に破られる事は間違いない。
 背筋を上り詰める冷や汗に、ようやくなのはは思い出した。
 今でこそ大の仲良しであるフェイトであるが、喧嘩を重ねて今の自分達がある。
 そしてその重ねた喧嘩には、確かな痛みが伴う事を。

「ぶち抜け!」
「ト、トランザム!」
「TRANS-AM」

 状況の打破ではなく、痛みから逃げる為にこそ、なのははトランザムシステムを発動させた。
 なのはの体から真紅の光が生まれ、包み込んでいく。
 体の隅々にまで魔力が浸透するような感覚を受け、力がみなぎり出す。
 膨大に膨れ上がる魔力が折れ曲がりそうだった腕を支え、ぶち抜けと叫んだおさげの少女のデバイスを押し返し始めた

「こいつ、あいつらと……やっぱり、てめえが!」

 振り下ろされていたデバイスの下から抜け出し、加速する。
 そのまま驚きを交えるおさげの少女から距離をとった。

「Shooting Mode」

 すかさず振りぬいたレイジングハートが、宝玉を包む杖部分の形を砲撃用へと変えて矛先をおさげの少女へと向ける。

「ディバイーン」
「Buster」

 極大の砲撃がレイジングハートから放たれ、おさげの少女へと襲いかかる。
 とっさに身をかわしたかのようには見えたが、その姿は直ぐに閃光に飲み込まれてしまった。
 爆煙が巻き起こり、おさげの少女がいた場所一帯を包み込んだ。
 思わずやりすぎてしまったかと、不用意にも爆煙へと近付いてしまう。
 次の瞬間、その爆煙の中からおさげの少女が飛び出してきた。
 多少のダメージは負ったようだが、戦闘に全く支障が見えない。
 そのままデバイスを掲げながら、おさげの少女が叫んだ。

「アイゼン!」
「Explosion. Raketenform」

 薬莢が吐き出され、まるで瞬間的なトランザムのようにおさげの少女の魔力が膨れ上がった。
 そして、おさげの少女の意志をくんで、デバイスがその姿を変えていく。
 鉄槌の片方に突起物が生まれ、逆側にロケットのような噴射口が生まれる。
 噴射口から魔力を噴出し、加速させ、まるでデバイスに振り回される様におさげの少女が回り始めた。
 だがデバイスのコントロールは完全に掌握しているようだ。
 遠心力を味方につけた状態で、矛先がブレずになのはへと向かってくる。

「ラケーテン!」

 今からではさすがに回避できないと、今一度なのはが魔力障壁を展開させた。

「Round Shield」

 魔力障壁の上におさげの少女のデバイスが叩きつけられ、魔力の火花を散らす。
 トランザムを使用しているのに、なのはの腕にはその威力が伝わってきていた。
 恐らくは通常の状態では、受け止め切れなかった事だろう。
 遅まきながらようやく、ようやくなのはも理解した。
 目の前のおさげの少女が、何か大切なものの為にその力を奮おうとしている事を。
 同時に、如何に自分が中途半端な気持ちで、喧嘩をしようとしていたのか。

「ごめんなさい!」
「ようやく教える気になったか?」

 突然の謝罪に尋ねてきたおさげの少女へと、なのはは微笑みかける。

「貴方が全力で喧嘩するなら、私も全力全開。相手をするから!」
「くッ、まだ魔力が上がるのか。こいつ、何者だ!」
「なのは。高町なのは、聖祥大付属小学校三年生!」
「ああ、そうかい。だったら名乗ってやる。アタシは鉄槌の騎士ヴィータ。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターの一人だ!」

 お互いに決め手を欠き、弾き合って分かれる。
 即座にヴィータが鉄球を取り出せば、なのはも魔力球を作り出す。

「行けェッ!」
「Schwalbefliegen」
「レイジングハート、お願い」
「Devine Shooter」

 その数は互いに四つは変わらずだが、打ち出された鉄球を今度は一つ残らずなのはが捉える。
 寸分の狂いなく精密にコントロールされた魔力球が鉄球を撃ち貫いた。
 鉄球を砕いてもその勢いはおさまらず、驚愕に目を見開くヴィータへと襲いかかった。
 舌打ちしながら回避行動をとったヴィータであったが、その後を魔力球が執拗に追いかけていく。

「本当に、コイツ。どんどん魔力の扱いが、距離を取ったらやべえ。さっきの砲撃をまた撃たれちまう。なら渦中に飛び込むまでだ!」

 逃げる事を止めたヴィータが、あえて四つの魔力球へと向かって飛び出してきた。
 予想外の行動に、なのはも魔力球を操り損ねて取り逃がしてしまう。
 自分へと一直線に向かってくるヴィータを見て、途中で魔力球の操作は続けながらレイジングハートを構える。
 そしてヴィータの撃墜に魔力球が間に合わないと判断して直ぐに操作を断念し、自らもヴィータへと向けて飛び出した。
 トランザムによる光を帯びの様に伸ばしながら。

「おもしれえ。ベルカの騎士相手に接近戦か、やってみやがれ!」
「行くよ、ヴィータちゃん!」
「誰が、ヴィータちゃんだコラッ!」

 ヴィータが掲げたデバイスに合わせ、なのはもレイジングハートを掲げた。
 接近戦は苦手だが、出来ないわけではない。
 ブランクはあれど、フェイトと何度か打ち合った事もあるのだ。
 それに名前だけでは足りない、もっとヴィータの事を知りたいと本気で願いながらなのはは空を駆けた。
 ただ一つ、トランザムシステムの欠点を忘れてしまったまま。

「うおおぉッ!」
「やあぁッ、え……」

 激突の直前、なのはの体を覆っていた真紅の光が唐突に消え去ってしまった。
 ガクンと、一直線に飛んでいたはずのなのはがバランスを崩した。
 同時に膨大だった魔力も消え去り、バリアジャケットの維持が精一杯の状態にまで陥ってしまう。
 トランザムシステムの欠点、使用後に訪れる魔力欠乏の後遺症である。
 一ヶ月のブランクは、技術どころか知識にまで及んでしまっていた。
 すっかりその事が抜け落ちてしまっていたのだ。
 体どころか、意識までもが落ちそうになる中で、なのはに出来た事は多くはない。
 自分に向けて振り下ろされようとしているヴィータのデバイスを、見ている事だけであった。
 そのヴィータのデバイスが、一振りの剣によって止められた。
 誰と疑問に思うより早く、落下していたはずのなのはの体も抱きかかえられる。

「なんだてめえ、コイツの仲間か」

 抱きとめてくれたのは、妙にゴツゴツとして堅い腕であった。
 人肌の温かさもなく、むしろ冷たい腕。
 なのに単純な温かい、冷たいを通り越した温もりがそこにあるような気がした。
 朦朧とする意識の中で、なのはは必死に顔を上げてその人物を見上げる。

「ガン、ダム……」

 白と青、そして赤のトリコロールカラー。
 ただし若草色の光を放つエンジンは背中ではなく、両肩に搭載されている。
 ヴィータのデバイスを受け止めている剣も、以前にはなかったはずだ。
 似てはいるが異なる機体、パイロットがあの人かまでは断定できなかった。

「無事か、なのは」
「刹那、さん?」

 エクシアとは異なる機体の中から発せられた声は、刹那本人のものであった。









-後書き-
ども、えなりんです。

なのはぽかしまくりでピンチ。
そこへお約束のように颯爽と現れたせっちゃん。
たぶん後でフェイトは悔しがるはず。
何故そこは自分じゃないのかと。
せっちゃん達00勢の空気読めなさは異常。
はなから読む気がないのかもしれませんが。

それでは、次回は土曜日です。



[20382] 第五話 忠告を無視して、出撃した俺のミスだ(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/11/13 19:34

第五話 忠告を無視して、出撃した俺のミスだ(後編)

 紛争が始まった祖国へと一時帰国していると聞かされていた刹那が、なのはの直ぐ目の前にいた。
 何故だかガンダムが新しい機体となっていたが、そんな事は些細な事だ。
 もう何も心配はいらないと、なのははトランザムシステムの後遺症に抗う事を止めてしまった。
 ただ一点、最後に刹那がヴィータ相手にやりすぎてしまわぬ事だけを願って。
 また今度ねと心の中でだけなのはは呟き、刹那の腕の中でその意識を閉じた。

「人間か、てめえ。妙な格好しやがって」
「ガンダムだ、俺がガンダムだ」
「答えになってねえんだよ!」

 振りぬかれようとするデバイスに抗わず、刹那はそのまま真下に向けて薙ぎ払われた。
 なのはを抱えたまま姿勢制御を続け、追撃をかけようとするヴィータへとGNソードの切っ先を向ける。
 握りの部分が二股に分裂、刃を平行にしてライフルモードへと移行させた。

「チィッ!」

 刃の根元にある銃口から撃ち放ち、ヴィータの追撃を断念させる。
 そのまま撃ち続けるまま降下し、なのはを地面へと寝かせた。
 そして直ぐになのはの安全を確保する為に、その場を離れて飛翔する。
 幸いにしてヴィータが意識を失ったなのはへと、攻撃を加える事はなかった。
 騎士を名乗るだけあって紳士的か、それともその間の隙を突かれるのを避けたかったのかは定かではない。
 ただヴィータの敵意が刹那へと改めて向いたのは、間違いなかった。
 再びGNソードをライフルモードから、ソードモードへと戻した刹那がヴィータへと問う。

「一つ聞く。貴様は何故、戦う。何故、なのはを襲った」
「同じ事を何度も言わせんな。アタシらは主を探してんだよ。闇の書が起動して、その場に主がいないなんて今までなかった。何処だ、アタシらの主を返せ」
「主、神となるべき者を探す為に、なのはを襲ったというのか。ならば俺はソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして、貴様を駆逐する!」
「ベルカの騎士を駆逐出来るものなら、やってみろ!」

 互いに空を駆け出し、手にした得物を振るい合う。
 ヴィータの紅色の魔力光と、刹那の若草色のGN粒子の光が火花の様に飛び散った。
 戦闘を開始しての二度目の接触。
 まだたった二度ではあったが、明らかにヴィータの顔色が変わっていた。
 デバイスが小型とはいえ鉄槌なのだ。
 それを一振りの剣、しかも片手剣で真っ向から打ち合える腕力にまず驚いた。

「う、おおおぉッ!」

 刹那の叫びに呼応するかのように二機の太陽炉が、より強く稼動し始める。
 お互いが共振しあうように、若草色のGN粒子を排出していった。
 すると今や両手でデバイスを握っていたヴィータを、片手で握ったGNソードで押し始めた。
 ジリジリではなく、ぐいぐいと。

「なんて馬鹿力……ッ!?」

 GNソード一本に気を取られていたヴィータが、目を見開いた。
 刹那のガンダムの腰にはもう一本、GNソードが装備されている。
 片腕でヴィータを押さえ込みながら、刹那がそれに手を伸ばしたのだ。
 咄嗟に体を傾けると、近距離からライフルモードで撃たれた熱線がかすめていく。
 熱波の余韻を肌で感じつつ、背中を冷や汗で濡らしながらヴィータは後ろに下がっていった。
 だがヴィータもただでは下がらない。
 魔力生成した鉄球を指の間から出現させ、追い討ちを足止めさせるように打ち放つ。
 それぞれが異なる曲線を描き、刹那へと襲いかかった。

「くッ」

 すると接近戦ではあれ程までに余裕を見せていた刹那が、下がり始める。
 しかも一発の鉄球を撃ち落とすのに、ライフルモードのGNソードから十発近く撃ち放っていた。

(コイツ、もしかして、めちゃくちゃ射撃が下手?)

 決してそういうわけではなかった。
 刹那もガンダムマイスターとして及第点ぐらいの腕前は持っていた。
 ただし、ヴィータはなのはの精密射撃を見たばかりで、採点が辛い。
 それにそんな射撃専門家と比べる事が、まず間違っている。
 だがヴィータにとってそれこそが、突破口である事は間違いない事でもあった。

「アイゼン、精度は多少落ちてもかまわねえ。もう一発、行くぞ」
「Jawohl. Schwalbefliegen」
「追加だ。落ちろ、ガンダム!」

 刹那がようやく二つ目の鉄球を落としたところで、ヴィータがさらに四発の鉄球を打ち出した。
 本人自身、生き残っていた二発を加え、合計六発もの鉄球を正確にコントロール出来るとは思っていない。
 それにいくら相手の射撃の腕前が悪くても、ヴィータもまた射撃では決定力に欠けている。
 鉄球はあくまで囮、案の定、射撃での撃墜を諦めた刹那が、GNソードで迫り来る鉄球を直接斬り裂き始めた。
 射撃の腕前とは雲泥の差の刀捌きで、確実に鉄球を落としては爆煙を生み出していく。
 刹那自身をも丸ごと包み込んでしまう程の、爆煙がもうもうと辺りを包み出す。

「へっ、戦いの年季が違うんだよ。アイゼン!」
「Explosion」

 自ら視界を悪くした刹那を笑い、ヴィータはデバイスから薬莢を吐き出させる。
 爆発的に膨れ上がるヴィータの魔力を前に、刹那は完全に煙にまかれてしまっていた。
 外側からは時折ちらちらと見えているガンダムの機体を尻目に、ヴィータはさらにその背後へと回り込んだ。
 悔しいが接近戦では向こうが少しだけ分がある以上、一撃で決めなければならない。

「Raketenform」

 ヴィータのデバイスが、その先端を突起物と噴射口へと変形させる。
 突破力ならば、彼女のリーダーの奥の手にも迫る一撃であった。
 噴射光から魔力の炎が噴出し、ヴィータの小さな体をグルグルと振り回し始めた。
 ロケット噴射に加え、遠心力をも味方につけて、ヴィータは加速していった。

「ラケーテン」

 爆煙に巻かれた相手の、さらに背後を取ったのだ。
 確実な勝利を確信し、暴れん坊となったデバイスを握る手に力を込める。

「ハンマー!」

 だが煙ごと斬り裂いたはずの機体は、そこにはいなかった。
 壮大な空振りに、ヴィータの小さな体は今度こそデバイスに振り回されて宙返りしてしまう。
 慌てて姿勢制御を行い、辺りを見渡すが晴れていく煙の中にその姿を見咎める事は出来ない。
 そんな馬鹿なと、小さく呟いた直後、長年の経験からかヴィータは頭上を見上げる。
 ガンダムは、GNソードを振り上げている刹那はそこにいた。

「こんなところで、主が誰かも分からないまま……終わりかよ」

 完全に頭上をとられた格好となったヴィータは、斬り伏せられる事を覚悟した。
 闇の書と共に幾千の戦いを経験してきた彼女だからこそ、回避不能だと理解出来てしまったのだ。
 起動して外に出てみれば主はいないは、良く分からない相手に斬り伏せられるは。
 初めてづくしだと、自嘲が浮かぶ。
 だが振り下ろされたはずのGNソードの前に、別の剣が差し出されていた。
 まるで先程、刹那がなのはに対してそうしたように。
 ヴィータが良く知る剣型のデバイスが、目の前にあった。

「何を遊んでいる、ヴィータ。我らベルカの騎士に敗北の二文字はない」
「シグナム……まだ、負けてねえよ」

 刹那のGNソードを止めたのは、淡い桃色の髪を後頭部で一纏めにした女性であった。
 ヴィータのワンピースと似たような黒いだけのバリアジャケット。
 違いはタイトスカートである事ぐらいだろうか。
 ただし、なのは以下の年齢に見えるヴィータとは明らかに年齢が違う。
 出るところは過剰に突出し、引き締まるところは引き締まった正常な男ならば目のやり場に困る相手であった。
 そのシグナムへとばつの悪い顔をしながらも、ヴィータは諦めを放り出して意地悪く笑う。

「悪いなガンダム。アタシらは、主を見つけるまで負けるわけにはいかねえんだ」
「構わない。破壊する。ただ破壊する。平穏を生きる者を害する貴様達を……この俺が、駆逐する。トランザム!」

 二対一でという意味で呟いたヴィータの言葉を、刹那は躊躇いもなく受け入れていた。
 もちろん、目のやり場に困る女性が目の前にいようとだ。
 ガンダム馬鹿は戸惑いすらしない、むしろ眼中にすらない。
 目の前にいる二人は、神を求める者、刹那と同じ破壊者である。
 トランザムシステムを発動し、二機の太陽炉が過剰にGN粒子を散布していった。
 ダブルオーの機体が真紅の光に包み込まれ、より一層GN粒子を生み出していく。
 次の瞬間には、まるで最初からいなかったかのように、刹那は二人の目の前から姿を消した。
 GNソードを受け止めていたシグナムが、思わずたたらを踏みそうになる程、早く。
 空を滑るように移動していた刹那が、シグナムの背後に現れ、GNソードを振るった。

「早い、それに重い!」

 刹那の存在に逸早く気付き、シグナムが今一度手にした剣で受け止める。
 だが威力に抗えず、シグナムの体が意志に反して浮かび流され始めた。

「レヴァンティン!」
「Explosion」
「はあッ!」

 トランザムに対抗し、剣の柄から薬莢を吐き出し魔力を爆発させてシグナムが押し返す。
 一瞬の拮抗、だがそれは一瞬でしかなかった。
 常に最大出力を発揮し続けるガンダムのトランザムシステムには、とても抗い切れない。
 冷や汗を浮かべながらもシグナムが笑みを浮かべ、GNソードをなんとか受け流す。

「ヴィータが手こずるはずだ。一時撤退する。主からの魔力供給がない以上、無駄に消費するわけにはいかない」
「結局それかよ。おい、ガンダム。お前はコイツでも、追っかけてろ!」
「Schwalbefliegen」

 刹那の射撃下手を逆手にとり、ヴィータが魔力生成した四つの鉄球を打ち出した。
 もちろん、刹那がそれと追いかけっこをしている間に逃げる算段だ。
 だが一つその算段には抜けているものがあた。
 トランザムシステムである。
 射撃で撃ち落とす事を最初から放棄した刹那は、自ら打ち出された鉄球へと向かい瞬時に四つのそれを斬り裂いたのだ。
 さすがに嘘だろと、ヴィータばかりか彼女を良く知る仲間のシグナムでさえも小さく呟いていた。
 完全に虚をつかれ、撤退の二文字さえも頭から消え失せる中で、GNソードを手にする刹那が迫る。

「逃が、すか!」

 その時であった、明らかな異変が起こったのは。
 両肩にある太陽炉の内の一つから煙が出始めた。
 そうかと思った次の瞬間には、発火するままに爆発、四散した。

「なに、くッ……ダブルオー。動け、ダブルオー!」

 そのまま刹那は、片肺から煙を上げながら墜落していってしまう。
 唖然とその光景を見ていたヴィータとシグナムは、互いに顔を見合わせた。
 明らかな好機、逃げるのにも止めを刺すのにも。

「どうするシグナム。一応は聞いておくが、止めを刺しておくか? きっと奴はまた私達の前に現れるぞ」
「負傷した相手の寝込みを襲うなど、出来るものか。撤退する。私を含め、別途動いていたザフィーラとシャマルが活動に最低限必要なリンカーコアは集めた」

 一度放った言葉を曲げず、シグナムとヴィータは撤退を始めた。
 墜落してアスファルトを破壊し、地上にて黒煙を吐き出しながら倒れ込んだ刹那を尻目に。
 次こそは負けないと必勝をその胸に抱きながら。
 その選択は全く正しいものであり、彼女達が視認可能範囲外には既にグラハムとプレシアが近付いてきていた。









 グラハムとプレシアは、現場に辿り着くや否や、二手に別れた。
 グラハムは遠目に確認した墜落する機体へと駆けつけ、砕けたアスファルトの上で転がっていた機体を抱き起こす。
 グラハムぐらいガンダムを愛した男ならば、多少見た目が変わろうとそれが誰であるかは一目瞭然。
 良くぞ無事でという想いを込めて、その機体を支えた。

「グラハム……なのはは、無事か?」
「現在、プレシアが向かっている。敵は既に撤退した。太陽炉が爆発四散するとは……それ以前に何故一つしかないはずの太陽炉が?」
「忠告を無視して、出撃した俺のミスだ」
「なんと……機体が万全ではないとは。そのような状態で駆けつけてくれたというのか。そして、良くぞ無事で戻った」

 言いたい事はたくさんあるが、良くぞ無事でが一番である。
 何しろ臨海公園にて刹那が撃墜されたと知ってからの一週間は、本当に心苦しいものであった。
 刹那の無事を願う事はもちろん、差し迫ったはやての誕生日の為に不要な嘘までついたのだ。
 文句こそ多々あれど、やはり無事である事が何より。
 さらには、襲撃されたなのはを救い出してくれたとあれば、もはや何も言う事はない。

『グラハム、なのはちゃんも無事よ。トランザムの後遺症で眠りこけてるけど、外傷はなし。すやすやと可愛いものよ』
「そうか、なのはに何かあれば士郎や桃子に申し訳がたたない」
「今度は、間に合った……」

 自分のせいで亡くした男を思い出し、安堵と共に刹那はそう呟いていた。
 一先ず危機は去ったとはいえ、慎重をきして合流する。
 眠るなのはを抱きかかえたプレシアと、人の姿に戻りグラハムに肩を貸された刹那の四人が。
 そして、改めてプレシアからも刹那は無事で良かったと、頬に触れられ頭を撫でられる。
 十六にもなって大人の女性に頭を撫でられる事に抵抗はあるが、ほんの少しだけ帰ってきたのだと刹那は思っていた。
 八神家に足を踏み入れても、決してただいまを言わなかった刹那がだ。
 だが安堵ばかりしてはいられないと、肩を貸してくれているグラハムへと尋ねた。

「グラハム、奴らは一体……」
「少年が撃墜されてから、事態は想像以上に複雑な事になっているようだ。私やプレシアも、完全に把握しているわけではない。恐らくは、管理局も」
「ただし、彼女達が何者かは既に判明しているわ。闇の書と呼ばれるロストロギア。それの主となる人物を護る守護騎士、ヴォルケンリッター」
「また、ロストロギアが争いを生み出すというのか」

 耳が痛いわねと、なのはを抱えなおしながらプレシアは実際に痛みを感じるように片目を閉じていた。

「だが、また破壊すれば良い。ロストロギアが世界を歪めるというならば、俺がガンダムとして破壊する。闇の書の主とやらが邪魔をすると言うのなら……」
「少年、はやてなのだ」
「なに?」
「本人には一切の自覚がないけれど、はやてちゃんが闇の書の主なの」

 思わず、呟きそうになった言葉を刹那は飲み込んだ。
 はやてが世界の歪みであるはずがない。
 ただ他者を思いやる事に長けているだけの、小さな女の子である。
 この歪んだ世界で、懸命に、足に追ったハンデを覆し、幸せを手にしようとしている普通の女の子だ。
 誰ともなく、八神家へと向けて歩き出しながら、簡単に近況を報告しあう。

「少年が撃墜されてから、私やプレシアも同じ仮面の男に襲撃された。惜しくも取り逃がしてしまったが、直ぐにその目的らしきものが浮かび上がった」
「それが闇の書。グラハムがあの家に来る前からあったらしいわ。そして、即座に私達はそれを管理局に譲渡した。性質の悪いロストロギアで、爆弾と同居するようなものだから」
「ならば何故奴らはここにいて、はやてを探している?」
「半ば推測になるけれど……」

 そう前置きを置いてから、プレシアは語り始めた。

「管理局が輸送中に闇の書が起動したらしいの。けれど、今の闇の書ははやてちゃんが主だと認識出来なかった。何故ならその繋がりは既に、薄れてしまっていたから。憶えているでしょ、はやてちゃんの治療法」
「ツインドライヴシステムか」
「あら、名前があるのね? そのシステムのおかげで、はやてちゃんと闇の書の繋がりが薄れて足が動くようになった。どうやら足の麻痺は、闇の書による負担だったみたい」
「だから彼女達は、必死に自分達の主を探しているようだ。これは悲劇というべきか。彼女達がはやてを認識出来ていたら、足は動かないままであった」

 それは互いに不幸な事であった事には間違いない。
 仮にそれに守護騎士達が気付いたとしても、如何する事も出来なかったであろう。
 彼女達の存在自体が、はやてを苦しめる要因となっていたのだ。
 主が不在という不安に今は苛まれてはいるが、どちらがより苦しいかは考えるまでもない。
 そこまで考えたところで、ふと刹那はある事に気付いた。
 彼女ら、ヴォルケンリッターが主を探している事は、まだ口にしていないはずだ。
 なのに何故、現時点でグラハムとプレシアがそれを知っているのか。

「言ったはずだ、管理局も混乱していると。彼女らは、海鳴市に主がいると何故か情報を得ている。ヴォルケンリッターとやらは総勢四名、それぞれが散らばり魔力を持つ者を襲撃したのだ」
「闇の書の譲渡と、仮面の男達の調査でリンディ達が近くにきているのよ。それで警邏や調査をしていた武装隊員が襲われてね。救援要請を受けたの」
「私達が向かった先では、アルフと同じ狼の使い魔の男が暴れていたな。もっとも、プレシアが雷を落としたら、尻尾を巻いて逃げ出したがね」
「誰かさんのおかげで、性質の悪い男の扱いに慣れちゃったわ。本当、プレイボーイ気取りの相手に惚れると、後が大変だわ」

 まさにその通りだと微笑したグラハムが、わざとプレシアから足を踏まれていた。
 相変わらずだと、ほんの少しだけ刹那が笑みを浮かべる。
 もちろん、趣味が娘の撮影になってきているプレシアがその瞬間を逃すはずがない。
 なのはを抱えながら見事に片手で操作した携帯電話で、その微笑を激写した。

「なにをしている」
「愛する我が子の幸せの為に、全力で生きてるわ。本当、グラハムも刹那も両極端に性質の悪い男だわ。私もそうだけど、フェイトも苦労するわね」

 フェイトの名前をわざわざ出したのに、理解できないと怪訝な顔をする刹那に、駄目だこれはとプレシアが溜息をつく。

「少年はガンダムにぞっこんだからな。焦る事はない。私達の事情は、大まかに以上だ。今度は少年の事を聞かせてくれたまえ」
「そうね。無事だったら、どうして直ぐに戻ってこなかったの? 臨海公園を中心に、ずっとサーチャーを飛ばして探していたのよ?」
「あの時、仮面の男たちにエクシアを撃墜された俺は、数日の間、意識を失っていた」

 グラハムも、プレシアも臨海公園での光景を思い出した。
 砕け散って海の上に散らばるエクシアの残骸が、若草色の粒子に変換され消えていく光景を。
 その時の絶望感が胸に蘇り、今傍にいる刹那を見て改めて安堵の気持ちが浮かぶ。

「どうやらその間に、近くの海岸に流れ着いたところを拾われたらしい」

 拾われた時の記憶はないらしく、まるで他人事のように刹那は言った。
 だが他人事であったのは、そこまでである。
 つまり、数日は気を失っていた為に戻って来れなかったが、意識を取り戻してからも戻れなかった理由があるのだ。
 刹那が刹那の意志で戻らなかった、理由が。

「意識を取り戻した俺は、とある男に出会った。イオリア・シュヘンベルグ。宇宙太陽光発電システムの提唱者であり、太陽炉の設計者。そしてソレスタルビーイングの創設者であるその男に」

 その言葉の意味をグラハムとプレシアは、半分ずつ理解していた。
 プレシアはあの太陽炉を設計した科学者と言う意味で。
 そしてグラハムは、ソレスタルビーイングの創設者と言う意味で、それぞれ驚いていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

せっさん無双ならず。
原作通りトランザムしたら壊れました。
煙ふくだけじゃなくて、爆発四散。
しかし、割とこの二つの突込みがなかったですね。

・誰が刹那を00に改造したのか。
・なんでGNドライヴが増えてるわけ?

答えはイオリアが実は海鳴市にいたとんでも設定。
もう、00にする為だけ……というわけでもなく。
まあ、色々とあるんです。
そのへんはおいおい。

それでは次回は水曜です。



[20382] 第六話 俺はまだ未来の為に戦える
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/11/17 20:07

第六話 俺はまだ未来の為に戦える

 グラハム達四人が八神家へと戻った時は、ちょっとした騒ぎとなった。
 何しろ、紛争が始まりそうな祖国へと向かったと聞かされていた刹那が戻ったのだ。
 無事で良かったと、はやてらが喜ぶ中で、子供達はプレシアの腕の中で眠るなのはに気付いた。
 今何が起きているのかを隠し通すのは、もはや不可能であった。
 だから、グラハムはなのはの目が覚めるのを待ってから、全てを話した。
 本当は刹那が行方不明となっていた事や、はやてが知らずロストロギアである闇の書の主となっていた事を。

「ん~……闇の書はようわからんから、置いておくとして。刹那兄は、誕生日会は間に合わんかったけど、今日が私の誕生日やし許したるわ」
「カンシャシロ、カンシャシロ」
「だから、これ」

 リビングのソファーに座っていたはやてが、目の前にいる刹那へとハロ付きのネックレスを差し出す。
 そして分かるやろと上目遣いに、刹那へと向けて少し頭を下げた。
 刹那も受け取ったネックレスが自分の手の中にあり、はやてが首を差し出していればその意味ぐらい分かる。

「遅れてすまなかった。誕生日、おめでとう」

 昨日の誕生日会に欠けていた、刹那からの祝福。
 それを受けて、改めてネックレスを貰ったはやては満面の笑みで頷いた。

「ただし、これは当然の行いであって。心配かけた罰はまた別にあるんやからな」
「分かっている。お前がそう言い出すであろう事は」
「なんやガメツイみたいに思われとりそうやけど、楽しみにしとき」
「ああ……」

 言質は取ったとばかりに、はやてはにやりと笑う。
 そして合図のウィンクをフェイトへと放ち、赤面させわたわたと慌てさせる。

「は、はやて。私は刹那が無事ならそれで……」
「まだそんな事、言うとんのか。構わんけど、それなら私が刹那兄と」
「待って、待って今考えるから。デ、デートコース!」
「デート、デート。セツナトフェイトガデート」

 きゃあと悲鳴を上げながら、はやての胸元にあったハロをフェイトが両手で包み込んだ。
 自分で言いだしたくせにと、生温かい目で刹那以外の全員がフェイトを見守っていた。
 特にプレシアとアリシアはそれぞれ別の角度から、自分の携帯電話でフェイトを撮影している。
 数日の事であったとはいえ、ようやく元に戻った日常がそこにあった。
 だがそれは、この家の中だけでの話だ。
 ここから一歩外へ出れば、闇の書という問題がある。
 それに加え、刹那が出会ったというイオリア・シュヘンベルグの事も。

「そろそろか?」

 皆がフェイトをからかって遊ぶ中で、グラハムが玄関方向を壁越しに見て呟く。
 するとタイミング良く、インターホンのチャイムが鳴らされた。
 子供達は一瞬気を取られたが変わらずフェイトをからかっていたが、さすがにプレシアだけは携帯電話をポケットにしまいこんだ。
 プレシアは一度、グラハムと刹那に向けて頷き、玄関へと向かって行った。
 イオリア・シュヘンベルグを出迎える為に。

「お邪魔する」

 玄関先から戻ってきたプレシアが、一人の男を引き連れてきた。
 子供達は、その鋭い眼光に脅えながら頭を下げ、こっそりプレシアから誰だか尋ね始める。
 そしてグラハムは、イオリアという男に目を奪われていた。
 何しろ、グラハムが知るイオリア・シュヘンベルグが直ぐそこにいるのだ。
 頭部側面にしかない髪とは対照的に、綺麗に口から顎に至るまで生え揃い、整えられた髭。
 子供達を脅えさせた眼鏡の奥の眼光は鋭利で、彼の心の奥底に潜む固い意志をあらわしているようであった。
 ただし、肉体的な衰えは隠せる事も出来ないようで、歩く度に手に持つ杖を差し出していた。
 三〇〇年後の世界にて、ソレスタルビーイングの活動内容を発表した時の初老の姿のままである。

「貴方が、イオリア・シュヘンベルグなのか?」
「如何にも、私がイオリア・シュヘンベルグだ。驚愕はお互い様。まさか量産機でガンダムと対抗しうる男がいるとは、私も予想外だった」

 心底驚いたと、プレシアに進められたソファーへと腰を下ろしたイオリアが呟いた。
 ある程度、未来に起こった事実は刹那から聞いていたのだろう。
 そして同時に、こうも言った。

「もっとも、現時点ではソレスタルビーイングもガンダムも、私の夢想に過ぎない。未来の技術を真似て作ろうと試みた太陽炉も、爆発四散するとは……」
「太陽炉は特定環境下でしか作成出来ないと聞いている」
「ああ、木星のような高重力下でしかな。これもまた、私の夢想に過ぎないがね」
「待ちたまえ、プロフェッサー。夢想とは一体、それに私の知る限り貴方は、今より百年後の人物のはずだ」

 グラハムの問いを前に、プレシアが先立って子供達を二階へと避難させ始めた。
 話の矛先が何処へどう向くか分からなかったからだ。
 お守りはアルフに任せて、プレシア自身はリビングに残るつもりである。
 ただし、刹那の事を黙っていた事もあり、大事な事は後でちゃんと話してという約束は取り付けられてしまった。

「アルフ、頼んだわよ」
「分かってるって。上でゲームでもしてるよ」

 心配そうに何度も振り返る子供達を、イオリアもまた見送っていた。
 特に、詰まらなさそうに頬を膨らませているアリシアの姿を。
 その子供達が二階へと階段を登っていく音が消えると、イオリアはグラハムの質問に答えた。

「先程も言ったが、全ては私の夢想だ。ソレスタルビーイングも、ガンダムも。実現すべき富も技術も持たない。私は科学者ではあるが、哀れな夢想家でもある」

 イオリアがいたとされる今より三〇〇年後の世界でさえも、ガンダムは最新鋭の機体であった。
 その最新鋭の機体を支える太陽炉の基本設計を行ったのが、イオリアである。
 今より百年後、彼が生存していたとされる時代にて。
 だが実際にソレスタルビーイングが活動を始めたのは、それより二百年後。
 つまりは、今より三〇〇年後の世界での事だ。
 二百年もの準備期間を置いたのは、様々な理由があったのだろう。
 太陽炉やガンダムの開発はもちろん。
 ソレスタルビーイングの活動資金を得る為の、各国富豪へのパイプ作り。
 他にも要因は数多あれど、一番はっきりとしているのは技術であろう。
 イオリアが夢想家と自分を蔑む最大の理由は、彼の技術的発想を支える技術がまだこの時代にはないという事だ。

「だが、ただの夢想家、イオリア・シュヘンベルグは出会った。失意の中で隠居していたこの海鳴市で。私の夢想の産物を。そして改めて思った、今のままではいずれ、地球は次元世界の住人に管理されてしまうと」
「改めて……イオリアさん、貴方は元々次元世界の事を知っていたの?」
「だからこそだ。だからこそ、私は夢想したのだ。人類はいずれ宇宙へとその住家を変えていくだろう。そして次元世界の住人と邂逅する」

 それは以前、リンディが口にした事でもあった。
 魔法という技術がなくとも宇宙にまで進出するような科学の発展があれば、管理局が接触をはかると。
 イオリアが目指した世界、紛争のない世界の向こうには、次元世界の住人との対話が見込まれていたらしい。

「その時、人類の選択は多岐に渡る事であろう。単純に受け入れる者、反発する者、崇める者、妬む者。世界は今以上に混乱し、分裂する。そして結果的に、時空管理局はまんまと地球をその管理下に加える事だろう。己が正義の為に」

 その時の光景が目に見えるようだと、イオリアは語る。

「私は傲慢な男だ。例え世界に平和が訪れようと、それが全く関係ない世界の人間の手によって行われるべきではない。だから対話の前に、世界の意志、最低でも総意を一つに纏める必要がある」
「プロフェッサー、貴方の言いたい事は分かる。だが、その為に何も知らぬ者達がその命を散らした。ソレスタルビーイングの介入によって」
「ソレスタルビーイングの存在が、未来においてどういう影響を与えたかはおおよその見当はつく。刹那・F・セイエイからも聞いた。だが、必要な事だ」

 例えその思想が未来において紛争を巻き起こそうと、それはあくまで未来の話。
 目の前の男はまだ何もしていないと耐え忍ぶグラハムが、イオリアを見据える。
 グラハムをも思わず唸らせるような鋭い眼光は、さらにその光を強めていた。
 イオリアハ言った、必要な事だと。
 グラハムの同僚や恩師が殺された事でさえも、必要な事であったと。
 必死に怒りを堪えて握り締めているグラハムの手を、プレシアがそっと握ってきた。
 大切なのは過去の因縁ではなく、今目の前にある危機だと。
 少しずつ、少しずつ怒りを抑えていくグラハムを待ち、イオリアは言った。

「ここでソレスタルビーイングの是非を論争するつもりはない。大事なのは互いの目的だ」

 それはイオリアが、失意の底にいながら刹那のガンダムを修復した事に関係していた。

「君達は、自分達が考える以上に多くの問題を抱えている。そしてそれは、私の協力無しでは解決する事が出来ない」

 刹那が戻った今、最大の問題は闇の書であった。
 主であるはやてを見失い、今現在この海鳴市をさ迷っている守護騎士達。
 今回は管理局以外に、一般人であるなのはが襲撃され、危ういところで刹那が間に合った。
 だがこれからもそうであるとは限らず、魔力を持つ者は誰であろうと狙われる事だろう。
 それに刹那のガンダムも、まだ完全修復には程遠い。
 何しろ片肺が爆発四散し、墜落したばかりなのだ。
 だがそれ以外に、問題とは何があるのか、浮かび上がりはしなかった。

「恐らく、君達が最も重要視するのは子供達の事だろう。特に、アリシア・テスタロッサと言ったか。プレシア、君は彼女が本当に生き返ったと思うかね?」

 イオリアの指摘に、プレシアが明らかな動揺を見せた。
 それは誰も指摘する者がいなかった為に、プレシアが黙していた事でもあった。
 愛娘であるアリシアに起こった事象が本当は、何であったのか。
 もちろん、愛してはいても、それを知る事が怖いと思っても、調べあげた。
 何も知らないまま、ある日突然、アリシアを失ってしまいたくはなかったから。
 そして、事実を知ってさえもプレシアの愛はブレなかった。
 だからこそ、イオリアの質問に動揺しながらも、毅然とした態度で答えることが出来た。

「私なりに、太陽炉については調べてきたわ。二つの太陽炉、もしくはリンカーコアでも良いわ。共振によるツインドライヴシステム。それによって、周囲の人間は一時的な進化が促がされる。認識の拡大や共感。その進化にアリシアの肉体が干渉され、私が所有していた記憶データがインストールされた」
「知っていてなお、愛せるか。君が母親である事に彼女は感謝すべきだろう。その通り、アリシア・テスタロッサは、私の夢想の一つであるイノベイドに最も近い人間だ」
「イノベイド、ティエリアと同じ」
「もう良い、不快だ止めたまえ。私達の娘の事を、他人である貴方があれこれ言うべきではない。プレシア、君も落ち着きたまえ。彼女は私と君の娘、それで良いではないか」

 アリシアまでもを夢想の一つとして語るイオリアに対し、グラハムは不快感を隠さず表す。
 プレシアが取り乱さずにいたから、それだけで済ませられていた。
 そうでなければ、目上の者とはいえイオリアに殴り掛かっていた事であろう。

「グラハムの言う通り、あの子は……あの子だけじゃなく、フェイトもはやてちゃんも私の娘。真実よりも、その事実が私の全てよ」
「私は君の想いを否定はしない。だがこの先、彼女がどう変わっていくかは不明だ。彼女だけではない。二人の魔導師の子供達もそうだ。彼女達もまたツインドライヴシステムの影響を受け、変革を続けている」

 プレシアが使った進化という言葉ではなく、わざわざ変革と言ったイオリアは何かを掴んでいるのだろう。
 確かにプレシアは、フェイトとなのはに何が起きているかまでは掴んでいない。
 これまでにリンカーコアを持つ魔導師数人が、トランザムシステムを使ってきた。
 デバイスにシステムを組み込めば、トランザムシステムは使う事が出来る。
 だがツインドライヴシステムは別であった。
 あれはデバイスやシステム云々ではなく、なのはとフェイトのリンカーコア自身が共振しているのだ。

「私の要求に応えてくれさえすれば、彼女達に関わる情報を渡そう。もしもの時は協力も惜しまん。私が要求するのは、次元世界の技術。プレシア、君が行っていたプロジェクトに関しても例外ではない」

 そこまで知っているのかと、プレシアは苦みばしった顔をしていた。

「もしも、断れば?」
「強制はしない。ただし、刹那・F・セイエイのガンダムは壊れたままだ。だが私の技術提供があれば、子供達の変革に対応できる。それに君、グラハム・エーカーを再び人間に戻す事も可能だ」

 刹那のガンダムに、子供達、そこへグラハムの体についても加えられたら断る理由は殆どない。
 むしろプレシアとしては、こちらからどうかお願いしますと言っても良かった。
 問題は、一時とは言えイオリアと協力関係になる事へのグラハムの心情である。

「グラハム、俺はイオリア・シュヘンベルグに協力する。例え一人であろうとも、俺が戦い続けるにはこの男の協力が必要だ」
「時間をくれ、少年。そしてプロフェッサー。答えなど分かりきっている。私の体など二の次だ。子供達に関わる事ならば即答すべきだ。だが、貴方は……」
「良かろう、連絡先は刹那・F・セイエイが知っている。だが急ぎたまえ、闇の書は待ってはくれない」

 この男が闇の書に関する騒ぎでさえも知っていたとしても、今さら驚くような事ではない。
 杖をつき、立ち上がったイオリア、三人は様々な心情を抱えて見送った。









 イオリアが帰っていった後、三人はリビングにて沈黙に包まれていた。
 刹那は単純に無口なだけであり、主に意図して口を閉ざしていたのはグラハムとプレシアの二人である。
 特にグラハムの胸中は複雑であった。
 ガンダムマイスターとして活動していた刹那との因縁は、既に断ち切られている。
 だが刹那個人は良いとして、ソレスタルビーイングはまた別なのだ。
 特にソレスタルビーイングの創設者であるイオリア・シュヘンベルグに協力せねばならないとは。
 ソレスタルビーイングに協力すると同義である。

「私は彼を容易く容認は出来ない。今でこそ平穏に身をおいてはいるが、己を歪め、世界を投げ出しすらした。私の未熟さもあれど、彼が原因でもある」
「きっと彼の一番の目的は、プロジェクト・フェイトの研究を応用して延命処置を行うでしょうね。もしくは、記憶をデータ化しアリシアのようになるか」
「恐らくはその通りだ。そして、決断が決まっている以上……私がソレスタルビーイングを生み出したに等しい事となる」

 自分を苦しめてきた存在を、世界を混乱に陥れる存在を自らの手で生み出さねばならない。
 他に選択肢はないとはいえ、グラハムには辛すぎる選択であった。

「悩んでいる間にも人は死ぬ。紛争は続く」

 思い悩むグラハムへと、唐突に刹那が呟いた。

「世界に変革を促した事が俺の罪ならば、その罪は俺が背負う。お前は、自分の信じる者の為に戦え。破壊するのは俺の役目だ」
「少年……彼と出会った事で、君の意志はより強固となったか」
「ああ、俺はまだ未来の為に戦える。確かに、未来の行く末は見る事が出来なくなったかもしれない。だが俺はイオリア・シュヘンベルグの意志ではなく、そのものと共に戦える」 
「強くなった。君は本当に強くなった。君が己の意志を貫くというならば、私も貫くとしよう。私はこの穏やかな生活の中で、大切な者達と共に幸せをつかみたい」

 寄り添うプレシアの肩を抱き、グラハムは力強く宣言する。
 刹那が未来を想うならば、自分は今を想おうと。
 もちろんその今には、刹那も含まれていた。
 そうでもしなければきっと、刹那は自分を省みる事なく未来の為のみに生きてしまうだろう。
 決断したグラハムの目の前に、刹那が一枚の紙片を取り出し見せてきた。

「イオリア・シュヘンベルグへの連絡先だ」

 自分の携帯電話で番号を打ち込んだグラハムは、早速電話をかけた。
 コールが五回目になり、ようやく受話器が取られる。

「私だ。随分と早かったが、決まったのかね?」
「ああ、貴方の申し出を受けよう。ただし、条件がある。少年のガンダムの改造が終わり次第、私のフラッグの改造も頼みたい。最高のスピードと、最強の剣を所望する」
「よかろう。ならば、まずは刹那・F・セイエイを私のラボへ寄越してくれ。次元世界の技術を、持てるだけ持たせてな」
「了解した、プロフェッサー。直ぐにでも」

 滞りなく合意を得て、グラハムが頼むとプレシアへとその顔を向けた。
 プロジェクト・フェイトの譲渡に関してはプレシアも思うところはあったが、もう不要な技術である。
 ソファーから立ち上がったプレシアがリビングの扉に手を掛けると、向こう側から開かれた。

「貴方達……どうしたの、神妙な顔をして?」
「あ、プレシアさん。ハム兄と刹那兄もちょっとええかな?」

 リビングの扉を開けながら呟いたはやての後ろには、フェイトやなのは、アリシアの姿があった。
 どの子も真剣な表情をしており、二階で仲良く遊んでいたようには見えない。
 お守りをしてもらったアルフを見ると、頭を欠きながら苦笑いである。
 困った提案をしだしたが、断りきれなかった、そんな顔であった。
 一先ず研究データの事は後回しにし、プレシアは子供達をリビングへと招き入れた。
 そして改めて、皆が思い思いの場所に腰を下ろし、家族になのはを加えた一同が集まる。
 その中で話を切り出したのは、やはりはやてであった。

「あんな、さっきは良く分からんかったから棚上げしたけど……闇の書について、守護騎士についてちょっとなのはちゃんから聞いたんや。ヴィータって子の事」
「私はその子しか会ってないけど、迷子の子みたいに、一生懸命はやてちゃんを探してた事を教えたの。他にいるって三人の子の事は知らないから」

 なのはの補足を聞いてグラハムやプレシアはそうかと頷いていた。
 主を探す彼女らを、迷子という子供らしい発想にて表現したなのはに驚きながら。

「私な、その子らの事を放っておけんのよ。勝手に主って呼ばれて探されて、皆に迷惑かけたのは許せんけど……親がいない寂しさは分かるから。きっと、その子らはすごい混乱しとると思うんや」
「サミシイ、サミシイ」
「はやて、君らしい意見だ。つまり、君は自分が主だと名乗り出たいと言うのかな?」
「そうしたら、きっとその子らも悪い事せえへんで済むと思うんや。私が主なんやから、やめときって言えば済む話や」

 恐らくは、それが問題解決に向けて最も単純な答えなのだろう。
 守護騎士達がはやてを主と認めれば、はやての言葉に従ってくれるとは思う。
 ただし、彼女達がはやてを主と認めればだ。
 現状、主を見失った彼女らが、はやてを主として認める、認識出来るかは定かではない。
 臨海公園で、なのはとフェイトが喧嘩をした時の事もある。
 迂闊にはやてを戦場に出せば、また危険な目に合わせてしまう可能性があった。

「正直に言おう、はやてを戦場に連れて行く事を私は賛同出来ない」
「そんな、なんでやのん?」
「きっと、話せば分かってくれる。私の時みたいに、最初はごねるかもしれないけど」
「難しい事は分からないけど、ヴィータとはお話してみたいな。私と同い年ぐらいなんだよね?」

 フェイトに加え、特にアリシアもおねだりするようにグラハムの膝の上に上ってきた。
 そのまま可愛く小首をかしげてお願いといわれるが、グラハムは静かに首を振った。

「君達には黙っていたが、既に尊い人命が二人失われている。これはジュエルシードの時のようなフェイトとなのはの喧嘩では済まされない事態だ」
「闇の書による紛争。なのは、あの時ヴィータのデバイスが振り切られていたらお前も無事ではすまなかったはずだ。捕獲されていた可能性もある」
「それにはやてちゃんを連れて行くのは危険過ぎるわ。主と名乗り出て、彼女達が認識出来なかったら騙したと言われ襲われかねない」

 グラハムのみならず、刹那やプレシアにまで反対意見を出されはやてが一瞬押し黙った。
 矢面に立つのは常に大人であるグラハムやプレシア、そして刹那である。
 自分だけが危険ならまだしも、その時は命がけでグラハム達がはやてを護るだろう。
 迷子を助けたい気持ちだけで、命をかけろとはさすがに言えなかった。

「闇の書の破壊の前に、その意志を問えば良い」

 だがたった一つの光明を、あの刹那が呟いた。

「大人しく武装解除するならば、主と会わせると」
「ほんまか、刹那兄。あかん動けへん。代わりにフェイトちゃん、抱きついたって!」
「え、うん。分かった……っわわ、近い近い近い!」
「何をやっている?」

 はやてに誘導されたとはいえ、自分から抱きついた事でさすがに刹那にも突っ込まれていた。

「まあ、その程度ならば問題ないだろう」

 刹那に抱きついてしまい、慌てるフェイトを携帯電話で撮影し出したアリシアをプレシアに渡し、グラハムははやてを自分の膝の上に抱え上げた。

「次に守護騎士達と遭遇した場合には、まずその意志を問う事を約束する。刹那はもとより、プレシアも構わないか?」
「その程度なら、仕方ないわね。大した手間でもないわ」
「それではやての気が済むのなら、問題ない」

 大人達の言葉を受けて、はやて達はやったと喜びを露にしていた。
 純粋に、それで問題が解決するとばかりに。
 ただグラハム達は、そんな簡単に済まないであろうと予見していた。
 恐らくは主に会わせると言った途端、守護騎士達が激しく抵抗するのは目に見えている。
 何しろ彼女らは、主が魔導師に捕らわれていると思っているのだ。
 どちらにせよ、戦闘は必死。
 グラハムのフラッグはまだしも、刹那のガンダムの修復は急務であった。









-後書き-
ども、えなりんです。

アリシアの正体やら、なんやらの回。
厳密な意味で生き返ったわけではなく、まあもう一人のアリシアみたいな。
でも今のプレシアなら問題ない。
さりげにはやても娘宣言してるし。
そして相変わらず、戦う事しか頭にないせっちゃん。
自分を大切にできるようになるのは、もう少し先です。

それでは、次回は土曜日です。



[20382] 第七話 今度は私が新たな力を手に入れる
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/11/20 19:11

第七話 今度は私が新たな力を手に入れる

 闇の書が起動してから、刹那がイオリアのラボへと赴いてから数日が経った。
 現時点で、守護騎士達は主だった行動を行ってはいない。
 何故か彼女達の主が海鳴市にいると情報を得ていたらしいが、初日に一つも情報を得られず困惑しているのかもしれない。
 それとも他に何か理由があるのか、一先ずは平穏な日々が続いている。
 今日も子供達を学校へと送り出して、プレシアは主婦業を、グラハムは非常勤講師は停止中なので教師免許の取得の為に勉強をしていた。
 ちなみにアルフは子犬モードで惰眠をむさぼり中であった。
 そんな折、八神家へと来客が現れた。
 現在、守護騎士達の捜索で忙しいであろうリンディとクロノである。
 二人をリビングに通し、さすがのアルフも聞き耳をたてる中で、用件は伝えられた。

「大変、申し訳ありませんでした」

 突然のリンディの謝罪から始まった用件を。

「まずは頭を上げたまえ、二人とも。謝罪から入られては意味が分からず、迂闊に許しかねない。まずは謝罪の意味を教えてくれたまえ」
「闇の書輸送の総監督を務めていたギル・グレアム提督が全てを自白した。彼が随分と昔から、闇の書の主であった八神はやてを監視していたと。しかも手元に置いておく為に、彼女の父の友人を語り、援助までしていたらしい」
「ギル・グレアム……確かに、聞いた事がある。プレシア、君は気付かなかったのか?」
「私が主に仕切っていたのは貴方と刹那が稼いだお金だけ、はやてちゃんの資産については詳しく聞かなかったわ。いくら家族でも、アレははやてちゃんのお金だから」

 グラハムは管理局の内情など知らないので、プレシアに振ってはみたが、節度ある対応によって気付かなかったらしい。

「と言う事は、最初の睨み通り彼の使い魔であるリーゼロッテとリーゼアリアが、仮面の男達だったという事でよいかしら?」
「残念ながら、間違いなかったわ。刹那君が無事だったと聞いた時は心底ほっとしたわ」
「ギル・グレアム元提督は裁判にかけられ、君達へは賠償金が支払われる事になるだろう」
「良く分からないが、その御仁が自滅しただけの事。知らされても、そうかとしか言いようがない。ただ、何故今になってそれを自白したのかね?」

 思惑あってはやてに近付いたのは許せる事ではないが、彼の支援あって今のはやてがある事も事実だ。
 一方的に糾弾出来ない事を理解しつつ、グラハムはまだ本質的な問題が残されていると感じていた。
 その読み通り、問いかけに対してリンディもクロノも苦い顔をし始める。
 出来れば聞いて欲しくはなかったというように。
 もっとも聞かれなくても、話さなくてはならない事柄であっただろうが。

「提督は、闇の書を主ごと凍結させ、次元の狭間へと封印する事を企んでいた。だが、ジュエルシードの件に始まり、闇の書の主の周りには、次第に強力な戦力が集まり始めた」
「そこは、私達が考えていた通りね」
「だがロッテとアリアは、貴方達の排除に失敗。しかも闇の書を無償で提供すると思いもよらない事を貴方達が言い出した。そこで改めて一計を案じた」
「提督が自ら闇の書輸送に乗り出し、彼女達を重要な役につけた。そして、輸送中に闇の書起動の誤報を鳴らし、奪取する事で一度管理局の目を欺こうとした。本当に闇の書が起動するとは思わずに」

 犯罪者に身を落としたとはいえ、身近な人間の死にさすがにリンディもクロノも視線を落としていた。
 ここが管理局からユニオンへの謝罪の場だとしても、見逃してくれないかとばかりに。

「提督が自白したのは、守護騎士が現れたのに端を発している。計画通りに闇の書を奪取して輸送艦を破壊したのに、戻らない二人を妙に思っていたらしい。そして守護騎士が現れた事で本当に闇の書が起動し、二人が死んだ事を知った」
「策士、策に溺れるとはこの事か。すまないが、同情は欠片も浮かばない」
「分かっている。だが執念と呼ぶべきか、彼女達の行いでより現状が混乱してしまった。提督は、守護騎士達に君を排除させるつもりだったらしい。君達の手に主が囚われていると」
「そういう事、だから起動して直ぐに海鳴市に来たのね。本当、余計な事をしてくれたものだわ……」

 クロノが言った通り、死に際の執念だったのかもしれなかった。
 轟沈した輸送艦の中で、彼女達がどういう目にあったかは知る術もない。
 何しろ闇の書と管理局は、長年の因縁の相手だ。
 その輸送艦の中に自分達がいたと知れば、守護騎士達も激しく抵抗した事だろう。
 となれば、彼女達の主が捕らえられているという言葉も信憑性が湧く。
 その存在を感じ取られないのなら、なおさら。

「現在、守護騎士達の行方は捜索中だ。ただ正直、この数日も管理局側は混乱の最中でまともな対応が殆ど取れてはいない。前回の襲撃で減った武装隊の補充も申請したのだが……」
「これまでにない闇の書と守護騎士の動き。英雄ギル・グレアムの不正。私達はこの第九十七管理外世界にある戦力のみで事に当たらなければなりません。そこでお願いがあります。私達と共同戦線を張ってはもらえませんか?」
「それは構わない。だが、互いの目的をすり合わせておかなければ、ジュエルシードの時と同じ事の繰り返しだ。君達の目的はなんだね?」

 リンディの申し出に対し、条件付でグラハムは可能だと言った。
 繰り返しとは、六つのジュエルシードが海上にて起動した時の話だ。
 正確にはフェイトが起動させたのだが。
 その時、共同戦線を張っていたグラハム達と管理局側は袂を分かった。
 そのまま敵同士にまで発展した。
 だが今回ばかりは、はやてが話の根幹に関わっている為、望ましくはない。

「守護騎士達の捕縛、そして保護。それが私達の目的です」
「彼女達は明らかにこれまでの闇の書とは変わってきている。主を認識出来ないとは、不要と言い換えても良い。主の意志から独立したロストロギア、ならば和解は可能だ」
「それならばこちらの目的とも合致する。捕縛後、もしくはその前に一度はやてとの面会が叶えばなおさら。彼女が主と名乗りたがっている」

 危険は伴うが、それも一つの手段かとリンディとクロノが頷いた。

「アルフは子供達の護衛がある為、外すが。私とプレシア、そして復帰後には少年が手を貸す事を約束しよう。基本的には、私か少年が常時そちらにお邪魔する」
「私はこの家で待機、というか普段通りにしてないと子供達も不安がるわね。主婦業もしないといけないし。リンディ、ちょっとぐらい手はだしても良いけど節度は持ちなさい」
「部下達の前でそんな事をするわけにもいかないでしょ。でも、ちょっとだけなら」
「艦長、仕事中です。弁えてください」

 クロノに指摘され、悪戯が見つかったようにリンディが首を竦める。
 咳払いを一つし、話を元に戻す。

「では管理局……と言うよりアースラとユニオンは、共同戦線を張るという事でお願いします。ところで、刹那君はいないのかしら。無事なら一目会っておきたいのだけれど」
「少年は、今新たなガンダムを手に入れる為に、別行動中だ。私か少年のどちらかがと言ったのもそれが理由だ。少年が戻り次第、今度は私が新たな力を手に入れる」
「詳しくは黙秘させてもらうわ。さすがにあの人の存在を管理局に明かすわけにもいかないし。絶対あの人、生まれる時代と世界を間違えているわ」

 譲渡した研究データや技術情報について、プレシアが一番イオリアと連絡を取り合っている。
 時には議論に数時間も手をとられ、内容が内容なだけにプレシアも途中で止められない。
 プレシアも次元世界ではそこそこに名を知られた科学者だった。
 だがそのプレシアでさえも、イオリアの奇抜な発想と技術的視点には目を見張らずにはいられない。
 三〇〇年後には、魔法とは異なる技術でクリーンなエネルギーを生み出した事が納得出来る程であった。
 ただ惜しむらくは、彼の考えを実行に移すには、九割がた資金が足りない事であろうか。

「とてつもない人物が、君達のバックについたようだな。また強くなるのか、彼は……」
「少年は貪欲だ。世界の歪みを断つ事や、紛争根絶には特に」
「管理局も、そういった志の人ばかりが集まれば良いのだけれど」
「提督の事があったばかりですしね。提督の場合、志は兎も角その方法を間違えただけですが」

 少々愚痴が多くなったリンディとクロノであったが、その後にはきちんと今後の打ち合わせを行った。
 特に守護騎士が現れた時の事は綿密に。
 何しろ守護騎士を相手に、さしで戦える人間は限られている。
 管理局側ではクロノ一人、ユニオン側にはグラハムと刹那、そしてプレシア。
 一度なのはが守護騎士の一人である鉄槌の騎士と戦ったが、問題外である。
 勝った負けたではない。
 グラハム達は、やはり子供達を率先して戦場に立たせる事をよしとはしない。
 だから子供達を戦力に加えるような発言をリンディやクロノがした途端に、激しく拒否した事は言うまでもなかった。









 最近のはやては、そわそわと少し落ち着きがなくなってきていた。
 物思いにふける事が多くなり、その分溜息の数も多くなった。
 事情を知らないアリサやすずかは、不安がりながらも直接はやてに尋ねる事はしない。
 何故ならこれまでに何度か直接尋ね、主にグラハムの恋愛事情に関して気まずい思いをしてきたからだ。
 だから二人は休み時間になると、はやてを遠巻きに眺めながらなのはの元へと向かった。

「ねえ、また何かあったの? アレ、はやて」
「グラハムさんの事なら……深くは聞かないんだけど」
「え……あ、違う。違うよ。今回はグラハムさんとは、無関係。ちょっとまた、大変な事になっちゃって。コレの事で」

 なのはがコレと言ってつまみ上げたのは、胸元にあったレイジングハートである。
 赤い宝玉が何なのか知っている二人は、安心すると同時にちょっと待てと固まった。
 それはそれで、一大事ではないかと。

「はよ、下校時刻にならんかな……」
「はやて、まだ二時限目が終わったばかりだよ」
「サボローゼ、サボローゼ」
「こら、ハロ。そんな事言っちゃ駄目」

 はやてとハロの二人を、順次注意するフェイトを見ていると、とてもそんな大変な事が起こっているとは思えないが。

「で、今度は一体何が起こってるわけ? またなのはとフェイトが中心人物?」
「ん~、今度ははやてちゃんかな。闇の書ってロストロギアなんだけど」
「本なの?」
「本だよ。もしかしたら、アリサちゃんやすずかちゃんもはやてちゃんの家で一度ぐらい見てるかも」

 なのはが八神家のリビングの棚に置かれていた、鎖で封をされた本を説明する。
 すると案の定、すずかは見た事があると言いだした。
 はやてとすずかも本好きで、お喋りしている時にすずかがその不思議な本を見つけて、これは何かと尋ねた事があった。
 家族をくれた大切な本と、さらに不思議な回答が返って来たが本当の事だったんだとすずかが呟いた。

「で、またアンタ達が危ない事をしなきゃいけないわけ?」
「え、そうなのなのはちゃん?」
「全然、ジュエルシードの時も危ない事はたぶんさせてもらえなかったんだよ。言われたのは寄り道せずに帰って来なさいぐらいかな。あと送り迎えは、アルフさんが来てくれるし」

 二人を安心させるように、慌ててなのはは補足を加えていた。

「それでその本の事で、リンディさんやクロノ君は大忙しみたい。刹那さんも、またイオリアさんのところに行っちゃったし」
「帰って来た事は聞いてたけど、また何処かへ行っちゃったの?」
「うん、新しいガンダムを手に入れる為だって。前も綺麗だったけど、今度もまた綺麗だったな……あ、フェイトちゃんなら画像持ってるかも」
「へえ、フェイトがね。フェイト、ちょっとこっち」

 呆けるはやての頬をつついて遊んでいたフェイトを、アリサが呼び寄せた。
 とことこと早足で寄って来たフェイトへと、アリサが手の平を差し出していった。

「フェイト、ちょーっと携帯電話貸してくれる?」
「いいよ、はい。でも、どうするの? もしかして、お家に忘れてきたとか?」
「愛しの刹那さんの格好良い画像をちょっとね、見せて欲しいの」
「だ、駄目。やっぱり返して!」

 あっさりアリサに携帯電話を渡したのが嘘の様に、機敏な動きでフェイトが携帯電話を取り返そうとした。
 だがアリサもそれは察知していたようで、一足早く携帯電話を頭上高く持ち上げてしまった。
 フェイトの手は目的を達成する事は叶わず、返してと両手を伸ばすのが精一杯。

「アリサちゃん、可哀想だよ。返してあげて。駄目だよ、無理やりは」
「すずかも見たいくせに。分かったわよ、ほらフェイト。て言うか、最近ついに自分の気持ちを否定しなくなってきたわね」
「うぅ……アリサの意地悪」
「にゃはは。皆が皆、からかうから慣れちゃったのかな?」

 返してもらった携帯電話を胸元に抱えるフェイトは、顔を赤くしながらも確かに否定はしなかった。

「ねえ、フェイトちゃん。この前見せてくれた刹那さんのガンダムの画像だけ見せてくれない? ほら、新しくなった方の」
「最初からそう言ってくれればいいのに……」

 ポチポチと両手で携帯電話を操作したフェイトが、液晶画面にとある画像を表示して見せてくれた。
 それは以前、なのはを助けてくれた刹那のガンダムであった。
 あの時は片肺が爆発四散して、酷い格好となってしまったが、フェイトの画像では元の姿を取り戻している。
 イオリアの下で修復を受けた際に、フェイトがお願いして送って貰った物だ。
 なのはだけ見ていてずるいと、小さな独占欲を持ち出して。
 ちなみにその日は、眠るまでずっと刹那のガンダムに釘付けだった事を、プレシアとアリシアから皆に報告されている。

「へえ、これが新しいガンダムか。肩のエンジンが凄いわね。数が増えてるし……」
「綺麗な機体だね。とても戦争してた物とは思えないぐらいに。なんで、もっと平和な事に使えないのかな?」
「難しい事は分からないけど、刹那はその為に戦ってる。戦争そのものからは離れても、戦い続けようとしている。きっとそれは、凄い事だと思う」
「グラハムさんも、プレシアさんも。全力で私達を護ろうとしてくれてる。大人って、凄いな……」

 フェイトの気持ちは、なのはが呟いたような憧れが多分に混じっているのかもしれない。
 例えそうだとしても、胸に抱く気持ちに嘘はないと、フェイトは頬を染めながら刹那のガンダムの画像へと視線を落としていた。
 誰よりも早かったフェイトの小さな恋を前に、アリサやすずかも頑張れと思わずには居られない。
 少々、朴念仁以上の刹那が相手では、分の悪い恋かも知れないが。
 無事に帰って来て早々に、また出かけたのが良い証拠だ。

「ん? 出かけた?」
「誰のところに?」

 何か聞き捨てならない人名が出たと、アリサとすずかが小首を傾げた。
 それになのはは、新しいガンダムを手に入れる為とも言った。
 三〇〇年後の時代の産物であるガンダムをだ。

「なのは……刹那さんが、誰のところへ行ったって? 出来ればフルネームでお願い」
「イオリア・シュヘンベルグさん。見た目はちょっと怖い、お爺さんのところ」
「イ、イオリア」
「シュヘンベルグ」

 名前を聞いて、アリサとすずかがふらりとよろめいた。
 それに慌てたのはなのはとフェイトである。
 何を驚く事があるのか、さっぱり分からないからだ。

「ど、どうしたの二人とも……私、何か変な事言った?」
「イオリアさんがどうしたの?」
「そうよね。普通の人は知らないわよね。イオリア・シュヘンベルグなんて。知ってる私達がどうよってぐらいに」
「あのね、その人はね。第二のアインシュタインって言われるぐらいに凄い科学者なの。ただし、表舞台には全然現れなくて半ば都市伝説扱いなんだけど」

 なんと言うべきか、すずかの胡散臭い言葉に驚くに驚けなかった。
 フェイトはちょっと知らないが、なのはだってアインシュタインぐらいは知っている。
 第二のアインシュタインと呼ばれる人がいれば、恐らくは凄いはずだ。
 ただやはり、何か特別な偉業が具体的にないと改めては驚けない。
 ソレスタルビーイングの創設者とはグラハム達から聞いた時は、さすがに驚いた。
 何しろガンダムと言う、目に見える偉業がそこにあったからだ。

「えっと、そう……そうなんだ。ガンダム、綺麗だし強いもんね」
「刹那が一番強いよ。とっても強いんだ」

 出来たのは、フェイトがちょっと胸を張って刹那を自慢したぐらいだ。

「ああ、この驚きが全然伝わってないわ。どうしよう、パパに教えたら喜ぶかな。グラハムさんの未来の話や、プレシアさんの次元世界の話はとっても喜んでたけど。事業的に」
「私もお姉ちゃんに教えよう。ガンダムの作成者には会って見たいってずっと言ってたし」
「教えても良いとは思うけど、会うのには許可がいるかも。突然おしかけて、どうぞどうぞって言ってくれるような人には見えなかったし」
「アリシアが特に怖がってた。私もちょっと、怖かったかも。あまり周りにいなかったタイプの人だから」

 アリサやすずかの評価とは対照的に、なのはとフェイトの評価は低い。
 主に見かけという点に関しては。
 二人が知る科学者はプレシアぐらいしかいないので、比較対象が最初から間違っている事もあるが。
 とりあえず、イオリアへと渡りをつけてくれという二人のお願いになのはとフェイトは頷くしかなかった。
 断る理由は二人にはなかったし、アリサとすずかの押しも強かったのだ。
 こうして偶然にも、イオリア・シュヘンベルグは技術の次に欲しかった物を手に入れる。
 月村とバニングスという、資金的パトロンを。
 後世に続く、ソレスタルビーイングの支援者の一番目と二番目、それが月村家とバニングス家となる。









-後書き-
ども、えなりんです。

今回はそこまで大きな動き話です。
ただし、猫姉妹がどうなったかの結末は出ました。
死んでた。
自作自演のつもりが本当に闇の書起動で、偽装工作による移送艦の爆破でもろとも。
ろくでもない死に方をしたものです。
てなわけで、彼らの出番はもうこれっきりです。

あとイオリアのパトロンゲットフラグ設立。

あともう一度、ほのぼのしてから本格的に戦闘開始です。
それでは、次回は水曜です。



[20382] 第八話 貴様達、守護騎士を倒し、闇の書を破壊する(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/11/24 19:30
 六限目の授業が終了し、ホームルームが終了すると教室内も騒がしさを取り戻す。
 一日の義務は宿題を残して終了し、これからは自由時間。
 颯爽と放課後のグラウンド確保に向かう者や、帰りの寄り道を相談し合う子もいる。
 なのは達は後者であり鞄を手にして自然とはやての席を中心に集まり出す。

「さあ、帰るわよ。今日は塾も稽古事もないし、誰かの家で遊びましょって、やっぱりはやての家かしら?」
「そやな寄り道は禁止されとるし、万が一があってもプレシアさんがおるしな。家で遊ぶのに万が一って、言ってて悲しくなるわ」
「ガマンシロ、ガマンシロ」

 ハロの突っ込みに、そやけどとはやてが唇を尖らせる。
 皆で遊ぶのは楽しいが家の中ばかりだと、段々と刺激がなくなっていくのだ。
 遊びに行きたいと机の上にだれるはやてをくすくすと笑いながら、ふとした疑問をすずかが尋ねた。

「グラハムさんは、今日も遅いの?」
「グラハムは睡眠とかいらないから、ご飯の時以外は管理局のマンションに行ってる。やる事ないから、教職免許の勉強してるだけみたいだけど」
「でも基本的に真剣に勉強してるから、リンディさんや自分がいなくても部屋の中が引き締まるってクロノ君が言ってたよ」

 ブシドー先生と化したグラハムのイメージが最近は強かった為、はやても含めてなのはの言葉に驚いていた。
 だが、今なのはは聞き捨てならない事を、言わなかっただろうか。
 クロノがそう言っていたと。
 はやてもフェイトも、管理局のマンションの位置は知っているが行った事はない。
 もちろん連絡先すら知らず、ならば何故なのははクロノと会話したような事を言ったのか。
 これはもしやと、にやにや笑いながらはやてがなのはへ言った。

「なんやクロノ君もマメやな。ユーノ君がおらん間に、なのはちゃんに連絡取るやなんて」
「ほうほう、はやてさん。それはいわゆる一つの三角関係という奴ですか?」
「ヒルドラ、ヒルドラ。ケイサツザタハカンベンシロ」
「にゃ!?」

 どこぞの悪代官と越後屋のように、はやてとアリサが囁きあう。
 そしてハロが悪乗りをしてさらに過激な発言をする。

「でもやっぱ、ジュエルシードの時に協力しあってたし私はユーノ君に一票」
「甘いわね。好きな相手に音信不通とか、積極性がないにも程があるわ。忙しい仕事の合間に連絡をとるクロノが優勢ね。クロノに一票」
「ふ、二人ともなんのお話をしてるの? クロノ君は休憩の合間に行くところがないからって、翠屋に来てくれたり。ただの常連さんだよ!」
「それはなのはちゃんに余計な気を使わせない為じゃないのかな?」
「すずかちゃんまで、違う。違うの!」

 ぶんぶんと腕を振って否定するも、すずかにまで邪推されてしまった。
 こういう話の矛先は大抵フェイトに向かっていた為、なのはの中に対応マニュアルはない。

「フェイトちゃん、はやてちゃん達に何か言ってあげて!」
「マメに、連絡を、とるっと」

 最後の味方はフェイトだけだと振り向くも、携帯電話にアリサの言葉をメモしている。
 本当に、最近のフェイトは開き直り始めていた。
 そのおかげで、からかいの矛先がなのはへと向いたのかもしれないが。
 一瞬、そんなフェイトを凄いと思ったなのはだが、慌てて違う違うとクラスの男のよりもよっぽど近しい二人の男の子を頭から振り払う。
 そんななのはの救世主は、教室外から現れた。

「皆、遅い。早く帰ろうよ。待ちくたびれちゃった!」

 学年が違う為、何時もは校門で待ち合わせているアリシアである。
 その姿を見るなり駆け寄ったなのはは、頭一つ分小さいアリシアに抱きついた。

「アリシアちゃん、助けて。皆が苛めるよ」
「むぎゅう」
「む、駄目だよ。皆、なのはを苛めちゃ。お姉ちゃんが護ってあげるから、もう大丈夫」

 ぽんぽんとなのはの背中に手を伸ばそうとするも、腕が短くて届かない。
 そんなアリシアに一部は微笑ましさを感じていたが、なのははそれどころではなかった。
 先程抱きついた時に、誰かが押し潰されるような声を発していた。
 なのははもちろん、アリシアもそんな声は出していない。
 だがその声には聞き覚えがあり、なのはのお腹の辺りが妙に温かかった。
 そっとアリシアから体を離し、なのははお腹の辺りを見下ろした。

「よっ、なのは。これってやっぱ、まずいよね?」

 子犬モードのアルフが、そこにいた。
 前足で頭を掻きながら、アルフが確認してきた。
 問題大有りだとなのはがコクコクと頷き、改めて事態を確認する。
 アリシアが校内に、アルフを連れ込んでしまっていた。

「ア、アリシアちゃん、こっち!」
「なのは、コラ。廊下は走っちゃ駄目なんだよ。もう、仕方ないんだから」

 アリシアの手をとって走り出した時に見えたアルフの姿に、はやて達もようやく気付いた。

「ア、アルフ? アリシア、連れてきちゃったの!?」
「あかん、急いで追いかけんと。三人とも先に行ってや。後から追いかける!」
「あの子、お姉さんぶってる割には行動が微妙に伴わないんだから」
「先生に見つかる前に、急がないと。なのはちゃんの足になら直ぐ追いつけるよ」

 慌てて鞄を手に、走り出す。
 はやてだけは車椅子に乗ってからなので出遅れるが、あまり問題にはならなかった。
 何故なら、急いで車椅子を走らせた先では、やっぱり先生に見つかったなのはとアリシアが怒られていたからだ。
 ちなみに、後から追いかけたフェイト達は、廊下の角に隠れていた。









 先生に叱られ、しょんぼりするなのはと、ぷんぷん拗ねるアリシア。
 アリシアに反省の色が見られないとも言えるが、最終的に先生に見つかったのはなのはのせいであった。
 慌てて廊下を走り、盛大にずっこけたところを発見され、心配してやってきた先生にアルフが見つかったのだ。
 なのはが転ばなければ、見つかりはしなかったかもしれない。
 どちらにせよ、悪い子であったのはアリシアであったのだが。

「うぅ……踏んだり蹴ったりだよ」
「なのは、ごめんね。アリシアお姉ちゃんも、もう校内にアルフを連れてきちゃ駄目だよ」
「アルフを一人にしたら、可哀想だと思ったんだもん。でも、ごめんねなのは」

 最後にはアリシアも自分の非はともかく、なのはに謝罪し仲直り。
 その後は、お喋りをしつつ八神家までの道のりを消化していった。
 なのはの盛大なこけっぷりや、フェイトの茨の道的な恋模様などを話の種に。
 わいわいがやがや、六人もいれば話題は一つに留まらず、二つ三つと飛び駆っていく。
 静かだったのは、話に加わらず周囲を警戒して歩いていたアルフぐらいのものだ。
 アルフ以外は誰もが瞬く間に過ぎ行く時間を感じることもなく、八神家へとついた。
 玄関を空け、家主と居候の合わせて四人が声をそろえて言った。

「「「「ただいま!」」」」

 そして、リビングから静かに現れた人物を見て、声を失う。
 予想外の出迎え、イオリアのラボへと行っていたはずの刹那が現れたのだ。
 これが驚かずにはいられようか。

「今は来客中だ。遊ぶなら静かにしろ」
「いやいやいや……刹那兄、何時帰ってきたんや。びっくりするやんか」
「つい先程だ。グラハムも、戻ってきている」
「グラハムも?」

 静かに遊べと言われた事も忘れ、リビングへ向かおうとしたアリシアが捕獲される。
 制服の襟首をつかまれ、猫のように刹那に持ち上げられた。

「放して、刹那。グラハムと最近遊んでないんだもん。グラハム!」

 じたばたと暴れるアリシアを前に、扱いに困り果てた刹那の眉がひそめられる。

「少年、構わない。連れてきたまえ。私もあまり、長くはいられない」
「余り騒ぐな」

 リビングからのグラハムの言葉に、仕方なくといった風に刹那がアリシアをおろした。
 忠告が聞こえていたのか、いなかったのか。
 恐らくは聞く気がないのだろう、子ネズミのようなすばしっこさでアリシアがリビングへと突撃していった。
 お客に失礼があってはいけないとフェイトが慌てて追いかけ、なのは達を先にリビングへと通してからはやてと刹那が続く。
 だがアリシアを含め、子供達の足はリビングへと踏み込んだところで止まってしまっていた。
 止められたといった方が正しかったかもしれない。

「お邪魔している」

 そう呟いた、イオリア・シュヘンベルグの眼光によって。
 言葉使いは綺麗なのだが、ややしゃがれた声にドスが利いている。
 初対面ながら咄嗟に会釈出来たアリサやすずかは良く出来た方で、初対面でないにも関わらずなのはやはやてらは若干顔が引きつっていた。

「プロフェッサー、子供達が脅えている。もう少し、和やかになってはどうか?」
「偏屈な爺に無茶を言う男だ。私は直ぐにでも退散する。このままで構わん」
「少年以上に、貴方は日常的な触れ合いが必要なようだ」

 嫌味ではなく、グラハムの正直な感想にイオリアはその鉄扉面を微動だにしなかった。

「刹那のガンダムの改造がほぼ済んだから、グラハムのフラッグの改造案を持ってきてくれたの。貴方達も見てみる?」

 プレシアに誘われ、改造案が描かれている図面が広げられているテーブルへと近付いた。
 細かい数字や書き込みの意味はもちろん、理解等は出来なかった。
 恐らくは、プレシア以外にはグラハムも刹那も細部まで理解は及んでいないだろう。
 だがそれでも、図面に描かれたモビルスーツの姿形は見たまま瞳に映り込む。
 一言で表現するならば、それは武者であった。
 ガンダムを西洋騎士とするならば、その対比と見る事も出来る。
 頭部を覆う兜が特に武者らしく、手にした武器も日本刀のような曲刀であった。

「フラッグも良いけど、こっちも格好良いね。面影あるし、進化系みたい」
「言われて見れば……真っ黒なところはよう似とるな」
「最近、体が鈍ってるからちょっと戦ってみたいかも」
「確かに、鈍ってるのは同意かも」

 学校で盛大に転んだばかりのなのはの言葉には、真実味があった。
 元から運動神経が切れているのではという突っ込みはよそに。

「和装は、この男の強い要望だ」
「だが貴方は見事にそれに答えてくれた。感謝する」

 まだ完全にわだかまりがなくなったわけではないが、グラハムは感謝を示す。
 見返りがあっての協力なので、イオリアは素直にそれを受け取らなかったが。

「あの、もしかしてイオリア・シュヘンベルグさんですか?」
「如何にも、そうだが。なにか?」
「お会い出来て光栄です。私、月村すずかと言います。お姉ちゃんが機械に詳しくて、何度か貴方のお名前をお聞きしました」
「アリサ・バニングスです。私は最初はすずかから、後で新聞や書籍から貴方の事を知りました」

 グラハムがプロフェッサーと呼んだ事や、図面からすずかとアリサが目の前の初老の男がイオリアだと気付いた。
 普段あまりなのは達には見せない、社交場での挨拶のように制服のスカートを摘んで会釈してから挨拶し始める。
 その挨拶の仕方の堂の入りようには、さすがのグラハムやプレシアも面食らった。
 なのは達も親友の見知らぬ姿に、口が開きっぱなしである。

「そうか、月村とバニングスか……グラハム、君の改造は即刻ではなく、今夜からに変更で構わないかね?」
「急ぎはしたいが、長らく不在にする前の晩餐は楽しみたいのも本音だ。私は構わない。だが、理由を聞いても?」
「幼くとも可憐なお嬢さん方がこのような老人を知っていてくれたのだ。君の言った通り、日常的な触れあいを試みようと、気まぐれを起こしたまでだ」

 饒舌に語るイオリアが、何を目的にそう言い出したかは一目瞭然であった。
 月村はまだローカルな名家だが、バニングスは世界的にもそこそこ名を知られた富豪。
 イオリアが抱える金銭的問題を解決するに、手っ取り早い相手でもある。
 何しろ、両家のお嬢様から興味があるような素振りで話しかけられたのだ。
 二人の社交場に慣れた様子からも、イオリアの言葉の真意は察している事は明らか。
 ならば、この機械を逃す理由がイオリアにはなかった。









 イオリアの思惑は別として、プレシアの提案により今夜は庭でバーベキューとなった。
 何しろ今夜から数日は、グラハムがフラッグの改造の為に家を開けるのだ。
 本人が一番グラハムに甘え貯めをしておきたかったのかもしれない。
 グラハムや刹那と男手は十分であった為に、急な提案も即座に実行に移された。
 さすがにリンディやクロノは呼べなかったが、イオリアの要望によりすずかの姉である忍やアリサの父であるデビットが呼ばれる事になった。
 すると自然に忍の恋人である恭也が呼ばれ、芋づる式に高町家の面々が。
 月村家のメイドであるノエルやファリンと、要はいつものメンバーが集まり始めた。

「今日は平日なんだけど……良いのかな?」

 そんな疑問を浮かべたのは、なのはぐらいのものであった。

「ちゃんと食べているか?」
「大丈夫。私ちゃんと食べてるよ。ね、アルフ?」
「あ、まあ……でも最近スタイルを気にしだして、ダイエットや豊きょ」
「い、言っちゃ駄目!」

 ブロックを積み上げて作られた釜戸で焼かれた肉を、刹那がフェイトへと渡していた。
 少食を指摘されアピールしたものの、乙女の秘密をアルフに暴露されかけ急いでその口を閉じさせる。
 もはや刹那を前に赤面して何も言えなかったフェイトはいない。
 ようやく刹那が帰って来た事が嬉しさを加え、頑張って積極的に話しかけている。
 放課後の教室で携帯電話にメモしたマメにという言葉を早速実行しているようだ。

「機械工学に携わる者として、是非お話してみたいと思っていました。グラハムさんのフラッグや、刹那君のガンダムについては特に」
「ガンダムは兎も角、フラッグについては私はノータッチだ。だが、君とは話が合いそうだ。君はどうかね、デビット君」
「いえ、私は技術に関しては無頼漢ですが。最先端という言葉には敏感なつもりです。是非、ご高説賜りたいものです」

 一部、家族パーティの雰囲気を無視して、敷居の高い会話をしている者もいるが。
 さすがのアリサやすずかでさえも、その中には入ろうとしていない。
 もはや大人を引っ張り出したら役目は終了だと、理解しているようだ。

「ハム兄、にくー」
「お母さん、にくー」
「ニククワセロ、ニククワセロ」

 車椅子のはやてと、その膝の上にいるアリシアがピーチクパーチクとさえずる。
 食事を求める子供達の前で肉を焼いているのはグラハムとプレシアであった。
 当初の予定よりも随分の人数が膨れ上がってしまい、大忙しだ。
 ノエルやファリンが手伝うと申し出てはくれたが、さすがに断っていた。
 家族合同の旅行なら兎も角、今日は八神家がホストなのだ。
 お客の手を煩わさせるわけにはいかない。

「自分達で食べるのは良いけど、ちゃんと皆さんに配って頂戴ね」
「特に、イオリアの周辺はだ。思うところがあるとはいえ、少年を救って貰った恩や、改造して貰う恩がある。二人とも、これを運んでくれたまえ」
「しゃーないな。お肉、通りまーす。イオリアのお爺ちゃん、追加や」
「イオリア爺、追加」

 幸か不幸か、意図せず子供達もイオリアに少し慣れたようだ。
 社交場を意識してか、イオリアもお爺さん呼ばわりされた事には目くじらを立てない。

「それでは頂こうか。ついでに、飲み物の追加も頼めるかな?」
「人使い荒いんやから」
「フェイト、刹那とラブラブしてないで手伝って!」
「アリシアお姉ちゃん、何言い出すの!?」

 さすがに周りに大人がいる状況では開き直れなかったようだ。
 ソニックムーブを使ったのではと思える速度で走ってきて、アリシアの口を押さえた。
 だが勢いをつけすぎたせいか、アリシアの後頭部がそのままはやての鼻っ面に打ち付けられてしまった。
 アリシアは後頭部を、はやては鼻っ面を抑えて打ち震える。

「あ、あの二人とも大丈夫?」
「フェイトちゃん……」
「フェイト……」
「あうあう、ごめんなさい」

 フェイトの謝罪は、二人の駄目という極々短い言葉によって拒否されてしまう。
 そして、罰としてしばらく一人で給仕をするようにとお達しがでてしまった。
 泣く泣く給仕を始めたフェイトは、黙々と肉を焼く刹那をチラチラと見ていた。
 そんなフェイトへ、救いの手は差し伸べられる。

「フェイトちゃん、交代。私がしばらく、給仕をするわよ」
「いいの?」
「いいのいいの。フェイトちゃん達は兎も角、刹那君やグラハムさん、プレシアさんは全然食べてないでしょ? 食べないわけにもいかないし、少しの間ってね」

 美由希が指を指したのは、刹那と焼く係りを交代している恭也であった。
 グラハムやプレシアも説得されて、士郎や桃子と交代していた。
 最後にフェイトは給仕を申し付けたはやてやアリシアへと振り返り、確認をとる。
 すると仕方ないとばかりに二人が頷き、交代する事に決めた。
 ただ、早速と刹那を探すも先程のように二人きりとはいかなかった。

「フェイト、こちらにいらっしゃい。グラハムは今夜から数日、家を空けるんですから。家族で集まらないとね?」
「母さん、うん分かった」

 つい先程まで、高町家が占拠していたキャンプ用テーブルからプレシアに呼ばれる。
 一瞬、プレシアの言葉を前に刹那と二人きりの方がと思ってしまった自分を、贅沢になったものだと驚きつつ素直に従った。
 ただし、はやてがグラハムの膝の上に、アリシアがプレシアの膝の上であるのに対し、フェイトは刹那の横にちゃっかり座っていたが。

「楽しいな、ハム兄。家族と、友達の家族がおって。守護騎士の子らにも、こんな楽しい事があるって、はよう教えてあげたいわ」
「その通りだな。折角、はやてが主となったのだ、過去を忘れ、穏やかな生活を送ってもバチは当たるまい。戦うだけの生など、虚しいだけだ」
「誰かさんには、耳の痛い言葉じゃなくて?」
「他に生き方を知らない」

 プレシアが意味ありげに刹那を見るも、そっけなく返されてしまった。
 そんな刹那を憂い、フェイトが手をとり見上げるようにして言う。

「違うよ、刹那。刹那はもう知ってる。だってこの平穏を私に教えてくれたのは、刹那だよ。自分が知らない事を人には教えられない」
「それに、知らなかったら教えてもらえば? フェイトなら、その一生を掛けて教えてくれるよ。きっと、ね?」
「アリシアお姉ちゃんの言う通りだよ。刹那が知らないって言うなら、私が一生を掛けて教えてあげる!」
「考えておく」

 見事にアリシアに誘導されたフェイトは気付かない。
 一生を掛けてとは、半ばプロポーズであった事に。
 もちろん、その様子はこっそりプレシアが携帯電話にて録画していた。
 相変わらず、フェイトの思い出作りには、とてつもない連携を行う親娘であった。

「少年が、きちんと考えられるように。目の前の問題を片付けねばならないな。闇の書とその守護騎士。その先にある平穏をこの手に」
「そうなったら、また子供が増えるのかしら。いい加減、私もパートに出ないと、火の車ね」
「主が私なんやから、守護騎士の子らの生活費は私が」
「ヴィータって子は兎も角、他の子は大人なんだから自分で出させます。はやてちゃんも、簡単にお金を出すなんて言っちゃ駄目よ。そうやってニートは生まれるんだから」

 ギクリと子犬モードだったアルフが身を震わせたが、すぐさま自己弁護に走っていた。
 私は犬、ただの飼い犬と、狼のくせに。

「私も教員免許の取得に性を出さねばな。一家の大黒柱、素敵な響きではないか」
「そして、私は素敵なお嫁さんかしら?」

 考えておく、刹那の真似をしてグラハムが呟いた瞬間、定番のように避難が始まった。
 アリシアはプレシアの膝から飛び降り、刹那がグラハムの膝の上からはやてを抱き起こす。
 刹那が子供達をちゃんと避難させたのを確認後、本当にと呆れ混じりにプレシアが魔法を起動させた。
 そして今日もまた、八神家に催促の紫電が落ちる。









-後書き-
ども、えなりんです。

本格的にイオリアが月村家とバニングス家をロックオン。
両家の当主も割りとその気。
次から本格的に戦闘に入ります。

それでは、次回は土曜日です。



[20382] 第八話 貴様達、守護騎士を倒し、闇の書を破壊する(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/01 20:11
第八話 貴様達、守護騎士を倒し、闇の書を破壊する(後編)

 深夜過ぎに、八神家へとその知らせは入った。
 ここしばらくは行方を眩ませていた守護騎士二名の姿を、発見したと。
 刹那が眠っていたリビングのソファーから飛び起きて、リビングを飛び出した。
 その後を、子犬モードで寝ていたアルフが続く。
 玄関先で靴を履いた刹那が振り返ると、急ぎながらも足音を忍ばせてプレシアが階段を降りてくる。
 既に闇色のパーティドレスの上にマントを羽織ったバリアジャケット姿であった。

「行くぞ」
「ええ……アルフ、子供達の事をお願いね」
「任せときな。にしても、タイミングが悪いねえ」

 ちょこんと座りながら見送る格好のアルフへと、本当にそうだとプレシアは同意を込めて呟く。
 バーベキューパーティが終わり、グラハムがイオリアのラボに向かったのは数時間前。
 もう少し事が早く起きれば、グラハムも共に現場へと向かえたはずだ。

「頼りにしてるわよ、刹那。貴方の新しいガンダムに」
「ダブルオーで駆逐する」

 そう呟いた刹那が玄関へと手を掛けて直ぐに、振り返った。
 思わずぶつかりそうになったプレシアも立ち止まり、その視線の先へと振り返る。
 見送りに来ていたアルフの向こう側に、子供達が起きてきてしまっていた。
 はやてにフェイト、目を擦っているアリシア、そしてなのは。
 なのはは、守護騎士の件がある為、事件が沈静化するまで預かる事になったのだ。
 プレシアは起こさないように気をつけたつもりであったが、気付かれてしまったらしい。

「刹那兄、プレシアさんも、ヴィータらの事をお願いな。出来ればでええから。本当に、出来ればでええから」
「戦意は問う。その後は、奴ら次第だ。戦うも、投降するも」
「この子は……大丈夫よ、はやてちゃん。きっと、上手く治めてみせるわ。だから皆も安心して寝てなさい。明日になったら、新しい家族がいるわ」
「母さん、気をつけて。刹那も」
「うぅ……ねむ。いってらっしゃい、お母さん。刹那も頑張ってきてね」

 眠たげなアリシアを支えながら、なのはも送り出してくれた。

「いってらっしゃい、プレシアさん、刹那さん」
「さあ、アンタ達が起きてると二人も心配で行けないだろ。お子様は戻った戻った」

 最後にもう一度だけ、アルフに頼んだとプレシアが呟き二人は家を出た。
 深夜という事もあり、一目を気にする必要は殆どない。
 刹那がその身に若草色の光を纏わせて、その姿を変えていく。
 イオリアの手により、次元世界の技術を投入して新たに作り直されたガンダムへと。
 基本的な姿は、ヴィータと戦った時とは変わらない。
 腰の両側にGNソードを差し、両肩には太陽炉が輝いている。
 ただしその輝きは若草色の光と、淡い空色の光とそれぞれ異なる色の光を放っていた。
 空色の光は、刹那の魔力光。
 検査の結果、刹那の体内にも微弱ながらリンカーコアが発見された。
 そのリンカーコアの魔力を増幅して使用するのが、新しいもう一基の太陽炉であった。
 二基の太陽炉を持つダブルオーへと姿を変えた刹那は、重力の束縛を振り切り空へと飛翔する。
 その後にプレシアも続き、星明りの下へと踊り出し、連絡をとった。

「こちらユニオンのプレシアと刹那、守護騎士の情報を要請するわ」
『こちらエイミーです。現在守護騎士の二人、烈火の将シグナムと、鉄槌の騎士ヴィータが市内を逃亡中。逃走予測ルートにて武装隊を展開中。両名が到着後、結界により捕縛します』

 刹那と顔を見合わせたプレシアは、聞き出した捕縛ポイントへと進路を向けた。
 場所は十分と掛からない、オフィス街である。
 遮蔽物であるビルが多い為に身を潜めるのには格好の場所であった。
 だがこの街に来たばかりの事を考えると、待ち伏せしやすいそこへ逃げ込むのは考えが無さ過ぎるようにも思えた。

『プレシアも刹那君も気をつけて。これまでずっと身を潜めていた彼女達が、何かたくらんでいる可能性もあるわ』

 リンディもプレシアと同様の事を考えていたらしい事を念話で伝えてきた。

「そうでない事を願いたいわ。もしもの時は、はやてちゃんに嫌われる事を覚悟で撃たなきゃいけないわね」
「強がるな。その時は、俺が撃つ。お前は子供達の母親、なくてはならない存在だ。恨まれるのは、俺だけで良い。破壊するのは」
「恨まないわよ、きっと。はやてちゃんは、ただ納得する。仕方なかったって。幸せになりたがりなのに、我慢したがるのあの子は。お母さんって呼んでくれても良いのに……」

 刹那が誕生日に間に合わないと聞かされた時も、そうであった。
 仕方ないの一言で納得し、自分の胸の内に溜め込もうとしていた。
 同居を始めて一ヶ月、フェイトとアリシアに遠慮してか、プレシアを母とは呼ばない。
 限りなく母に近い存在として、認めているにも関わらずだ。
 やや寂しそうにプレシアが呟いて直ぐ、捕縛ポイントの手前にクロノの姿が見えた。
 向こうも刹那とプレシアに気付いたようで、三人は合流し、さらに捕縛ポイントへと向けて飛んだ。









 シグナムとヴィータの二人は、ほぼ無人となったオフィス街の空を飛んでいた。
 その格好は、先日なのはや刹那と邂逅した時のままであった。
 肌着にも近い黒いだけのワンピース、ただ当初よりも薄汚れた感じが目立ってきている。
 闇の書が起動して以降、まともに休んではいないのだ。
 主がいない事によりこの街で活動する資金もなく、まともな拠点の一つもない。
 混乱していたとはいえ、初日に手当たり次第に海鳴市の魔導師を襲ったのも迂闊であった。
 襲った殆どが管理局員であり、監視が厳しく、主を探すという目的を果たしづらくなってしまったのだ。
 だから一度その身を潜ませ、時間を掛けて準備を行ってきた。

「誘い込まれたみたいだな」

 オフィス街の周辺を見渡しながら、ヴィータが呟く。
 管理局の追っ手の姿こそ確認していないが、囲まれつつある事を二人は理解していた。
 もう憶えてすらいないが、管理局とは幾度と事を構えてきている。
 どういった手を使ってくるかも、大体は予想がついていた。
 巨大な組織である管理局であろうと、守護騎士とまともに戦える人間は希少だ。
 一つの現場に二人といればマシな方。
 となると、大抵は捕縛結界にて捕縛後、戦力の出し惜しみは無しで最大戦力を投入してくる。

「予定通りだ」

 少しだけ先行していたシグナムがその足を宙で止めた。
 夜の闇とは異なる薄い紫色が世界を侵食していく、捕縛結界である。
 大人数によるもので、これを突破するには渾身の一撃が必要であろう事は明らか。
 宙で足を止めていた二人の前に、最大戦力は投入された。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。闇の書の守護騎士、シグナムとヴィータ。君達を保護する」

 待ち伏せていたビルの屋上から飛翔したクロノが、彼女達の前に立ちデバイスS2Uを手に宣言する。

「捕縛結界を張っておいて保護かよ。笑わせるな。ガンダム、てめえもやっぱ管理局か」
「違う、俺はソレスタルビーイングのガンダムマイスター。刹那・F・セイエイ。お前達に話がある」

 憎々しげな瞳でいたヴィータが、刹那の言葉に対しいぶかしむ。
 それはシグナムも同様であり、手にしたデバイス、レヴァンティンを刹那へと向けた。

「話など不要。我等が聞くのは主の言葉のみ。主が全て、主あっての我等ヴォルケンリッター」
「そのお前達の神の言葉を、伝えにきた」
「管理局とその仲間の話など、信じるに値しない。言葉ならば、その腰の剣で」
「話を聞きなさい、小娘ッ!」
「なッ、小む」

 予測していたとはいえ、聞く耳持たない二人の態度にプレシアが声を荒げた。
 その際に飛び出した小娘という言葉に、シグナムが二の句を継げられずにいる。
 烈火の将と仰々しい名を持つだけに、そんな事を言われたのは初めてらしい。
 予想外すぎて目を丸くして直ぐに、怒りをあらわにし始めた。

「取り消せ、魔導師。烈火の将であるこの私を侮辱する気か」
「私からしたら、子育てをした事のない女は全て小娘よ。いいから聞きなさい。貴方達の主の言葉を、私の娘の言葉を」
「娘、ではきさ……貴方が主の?」
「私の娘はね、魔導師じゃないの。魔法のないこの世界で生まれた極々普通の女の子。闇の書にも気付かず、不貞寝する時に枕にした座布団の下に敷いてたぐらいよ」

 あの時は本当に驚いたと、プレシアは語った。
 何しろ座布団の下から第一級のロストロギアが出てきたのだから。
 闇の書だと気付かれないならまだしも、枕にされていたとはさすがに二人も耳を疑っていた。
 歴代の主の中でも、闇の書を枕にした者などいるはずもない。

「本当なら貴方達が暴れた事に対しても、知らないの一言で済んだはずよ。でもあの子は、名乗り出ても良いと言った。主を見失い、迷子になった貴方達へと」
「お前達の神は、戦いを望んでなどいない。親しい者達と共に繰り返される平穏な毎日のみを望んでいる。お前達は、知らず神の意志に反している」
「う、嘘だ。ベルカの騎士どころか、魔導師ですらない奴が主になるなんて。だから、主である事が闇の書にすら分からなかったのか?」
「落ち着け、ヴィータ」

 プレシアと刹那の言葉を受け、現状と符合する事実を見つけ混乱するヴィータの頭にシグナムが手を置いた。
 その瞳は、全てを否定こそしていないものの、全てを信じる事もしていなかった。

「一つ、疑問がある。この世界に魔法がない事は私達も気付いている。だが、この世界で生まれた主の母親が何故魔導師なのだ?」
「彼女の両親は既に他界しているからよ。私は現時点ではまだ、ただの同居人。でも、何時か呼ばせて見せるわ。あの子から、お母さんって」

 それはプレシアの正直な気持ちであった。
 たかが一ヶ月、しかしながら余りにも平穏でいて濃い内容の毎日を過ごしてきた。
 実子のアリシア、特殊な生まれではあるがその妹のフェイト。
 自分達を快く迎えてくれたグラハムとはやて。
 娘と同じ年頃のはやてに対し、本当の娘のように思う事に疑問を挟む余地はない。

「そうか、合点がいった。貴方が嘘を言っていない事は理解した。目を見れば、分かる。貴方が主を心の底から愛しているであろう事は」
「どうするんだよ、シグナム」

 頷き呟いたシグナムを見て、ヴィータが何かを懸念するように問いただした。

「こうするまでだ!」
「なにッ!?」

 突如、レヴァンティンを手にシグナムが刹那へと斬りかかった。
 剣の刃こそ刹那が咄嗟にGNソードで防いだものの、その行動が過失であるはずがない。
 シグナムは防がれた剣の切っ先をしかと見据えていた。

「カートリッジロード!」
「Explosion」

 魔力を封じた弾丸をレヴァンティン内で炸裂させ刃の根元から薬莢を吐き出させる。
 瞬間的なトランザムのように、魔力を爆発させて刹那を薙ぎ払った。
 不意をつかれた刹那は、シグナムの斬撃に抗えず、ビルの屋上へと叩き落された。
 屋上を突き破り、何枚かの階層をもつきぬけてコンクリートの破片の中へと埋められてしまう。

「刹那、貴方達!?」
「交渉失敗だ、プレシア。距離を、接近戦は」
「テートリヒシュラーク!」
「しまッ」

 クロノは魔力障壁を展開し、ヴィータのデバイスである鉄槌の一撃をなんとか防ぐ。
 刹那もクロノも油断していたつもりは、決してない。
 ただ不意をつかれた。
 誰よりもシグナムやヴィータに近かったプレシアを無視し、二人が攻撃してきたから。
 何時でもプレシアを庇えるように身構えていたからこそ、自分を護る為の心構えが足りなかった。
 だから咄嗟にはった魔力障壁は練りこみが足りず、破壊され、後退を余儀なくされた。
 刹那のように行動不能には陥らなかったが、少なくともプレシアとは分断されてしまった。

「何を考えているの、貴方達は。分からないの? 貴方達の主は争いを望んではいないのよ?」
「貴方が主の母である可能性までは否定しない。だが、管理局がいる以上、そう言わされている可能性は否めない。保護するのは、我々の方だ。主の母上殿」
「少なくとも、管理局がいる場では信用できねえわな。主も、いずれ取り戻す。管理局の手から、安心しな。主の母ちゃん」

 曲解、もしくは管理局と守護騎士の因縁を甘く見すぎていたか。
 言葉通り、プレシアが主の母である事は認めながら、管理局の存在そのものを否定した。
 しかも、あの双子の使い魔が放った嘘が、彼女達の知る事実と絡みついている。
 まるで呪いのように、彼女達の意志にまとわりついていた。
 プレシアはどちらかというとなのはよりの、遠中距離タイプの魔導師である。
 如何にその手を逃れるかと算段するも、初動はどうしても鈍く、逃げられるとは思えなかった。

「主の母上殿、我らと共に主を取り返しましょう」
「急げよ。安心しろ、奴らの大半は、今日ここで消えるからさ」
「消え、る?」

 何を言っているのか、状況も忘れてプレシアは聞き返してしまっていた。
 そんなプレシアへと、シグナムが多少強引にでもと手を伸ばす。
 だがシグナムの手がプレシアの腕を掴む直前、薄紅色の弾丸が複数二人の間を分かった。

「増援か。アレは、飛行機?」

 シグナムが一瞬、射線の先に気を取られたのを機に、プレシアが後退する。

「おい、なんでそっち行くんだよ!」

 何故も何もないと、プレシアは拒否の姿勢を示すようにデバイスを手にした。
 ウィップモードにして、二度と不覚はとらないようにと。
 プレシアとシグナム、ヴィータの間を裂くように、先程の飛行機が間を通り過ぎていく。
 射撃は必然であったようだが、間を通り抜けたのは偶然だったようだ。
 その先は、屋上が陥没したビル、刹那が落ちた先である。
 飛行機の接近を察したように、陥没して穴の空いたビル内から刹那のダブルオーが飛び出した。
 肩の太陽炉から発せられるGN粒子が、川の流れのようにはっきりと視認出来る程にまで増大している。

「貴様たちは、奪うというのか。神の名の下に、母親を。フェイトの、アリシアの、そしてはやての母親を。貴様達は歪んでいる」
「何を言ってやがる。先に主を奪ったのはお前らじゃねえか!」
「ツインドライヴシステムで、はやての足を癒した事が罪だというなら。その罪は俺が背負う。戦う事で、貴様達の歪みを断ち切る事で。オーライザー、ドッキングする」
「何をするつもりか、知らんが」

 機体にダメージが蓄積された様子もなく、刹那がオーライザーと呼んだ飛行機へと向けて飛翔する。
 刹那の行動を未然に防ごうと動いたシグナムへは、GNビームダガーを投擲して出足を挫く。
 そのまま刹那は、高速で飛行するオーライザーの前方に躍り出た。

「オーライザー、ドッキングモード。ドッキングモード」

 何故か内部からハロの声が聞こえ、オーライザーが変形し始めた。
 尾翼の一部が可変し、胴体後部もまた折れ曲がり、平坦な面を作り出す。
 それに合わせる様に翼全体が前方へとせりあがる。

「ドッキングセンサー」

 誘導ビームがダブルオーの後頭部と背中から発せられ、オーライザーとの相対速度と高度があわせられる。
 徐々に接近し接触、二つの太陽炉へとオーライザーから端子がコネクタが打ち込まれた。
 GN粒子がさらに増大し、ダブルオーの機体を包み込む程となった。
 若草色のGN粒子と淡い空色のGN粒子が交じり合う。

「合体した? 奴は一体、人間なのか!?」
「構うな、シグナム今さらだ。アイゼン!」
「Schwalbefliegen」

 ヴィータが、オーライザーと合体したダブルオーへと向けて四つの鉄球を打ち放った。
 以前は不覚を取ったものの、トランザム前ならばと。
 その思惑を、刹那のダブルオーは超える。
 ドッキングしたオーライザーの船首を背後に向け、GN粒子を排出し始めた。
 ジェット噴射のようにGN粒子を吐き出し、加速する。
 回避を行うまま、ビルを迂回するように空を駆け、そのまま鉄球を振り切ってしまう。
 人が銃弾を振り切るかのような異常な光景に、味方であるプレシアとクロノも唖然としていた。

「いける……」

 粒子生産量は、以前よりも格段に増量しながらも新しい太陽炉はオーバーロードーの兆候もない。
 寧ろ、二つの太陽炉が相互干渉により、かつてない程の生産量を誇っていた。

「ヴィータ、お前は母上殿を頼む。私は奴を止める」
「お、おう。分かった。気をつけろ、得たいがしれねえ」
「分かっている。いざとなれば、奴を殺す為だけにあの手を使う」

 ヴィータがプレシアの確保へと動き、シグナムが覚悟を決めてレヴァンティンを構えた。

「確かに貴様は速い、だがその速さが命取りだ。レヴァンティン!」
「Explosion. Schlangeform」

 カートリッジがロードされ、薬莢が刃の根元より吐き出される。
 膨れ上がるシグナムの魔力を受けてレヴァンティンの刃に亀裂が入り、中心のワイヤーを中心に伸びた。
 シグナムの意志に沿い、生きた蛇のようにうねりながら連結刃が旋回する。
 その不規則な動きでダブルオーを飲み込もうと、喰らいつく。

「破壊する」

 だが、ダブルオーはさらに加速する。
 予測不能な連結刃の動きでさえも回避し、シグナムへと接近した。

「貴様達、守護騎士を倒し、闇の書を破壊する。俺が、俺の意志で!」
「させると思うか。ガンダム!」
「そうだ、俺がガンダムだ!」

 刹那が振り降ろしたGNソードと、シグナムの操る連結刃が接触。
 シグナムの魔力と刹那のGN粒子が干渉しあい、爆煙を巻き上げた。
 結界に覆われたオフィス街全体を震わせるような激震の後で、爆煙の中からダブルオーが飛び出す。
 特別傷を負った様子もなく、振り返るとGNソードをライフルモードにして爆煙の中にビームを打ち込む。
 連結刃でそられを弾きながら、遅れてシグナムも爆煙の中から飛び出してくる。
 やがてカートリッジの効果も切れ、元の剣となったレヴァンティンを握る腕には、一筋の血が流れ落ちていた。

「強い……だが負けるわけにはいかない。主の御前に参上するまでは。我らヴォルケンリッターの意志は、常に主と共にある!」
「違う、お前達がはやての意志であるものか。お前達が、そうであってたまるか!」
「私達の言葉は、主の言葉だ!」
「貴様達のその歪みを、俺とダブルオーライザーが破壊する!」

 シグナムへと向けて、刹那が一目散に加速する。
 否定する為に、はやての意志だとうそぶくその言葉を否定する為に。
 その時、一つの影がとあるビルの屋上から、誰にも悟られる事なく飛翔してきた。

「鋼の頚木!」

 男の声が、その意志を白い魔力の刃を生み出し、刹那のダブルオーライザーを貫いた。

「なに!?」
「刹那、プレシア!」

 見た目に反してダメージこそないが、完全にその動きを止められてしまっていた。
 刹那だけではない、プレシアの捕縛に動いていたヴィータを阻止していたクロノ。
 下手にヴィータ達に情を抱いてしまい、手を出しあぐねていたプレシアすらも。
 三人を瞬時に捕縛して宙に釘付けたのは、第三のヴォルケンリッター。

「て、馬鹿ザフィーラ。主の母ちゃんまで縛って如何する!」
「怪我はない。身動き出来ない方が返って安全だ」

 守護獣のザフィーラであった。
 管理局の実力者を確実に葬る為に、待ち伏せの待ち伏せをしていたのだ。

「ガンダム、貴様は危険な存在だ。主の為にも。今ここで、私のレヴァンティンの錆とする!」
「シグナム止めて!」
「主の母上の言葉であろうと、それは聞けん!」

 完全に動きを封じられた刹那へと目掛け、シグナムのレヴァンティンが繰り出された。

「くッ、トランザム!」
「今頃遅い、落ちろ。ガンダム!」

 プレシアの制止の言葉も、刹那の逆転の一手も虚しく、レヴァンティンは埋め込まれた。
 白い魔力の刃に張り付けにされていたダブルオーに身に、深々と。
 刹那は苦悶の声も上げられず、ついにはレヴァンティンの刃がまるごと刺し込まれてしまった。
 時が凍りついたかのように、一瞬辺りが静寂に包み込まれた。
 ロッテとアリアはまだ、自業自得の面があった。
 だが、刹那は違う。
 守護騎士達を止めようとした刹那を、シグナムは殺してしまった。
 主の意志だと頑なに信じ込んだまま、その主が兄と呼ぶ存在を。

「刹那……」
「君達は、自分達が何をしたのか。誰を!?」

 茫然と刹那の名を呟いたプレシア、激昂するクロノがその異変に気付いた。
 もちろん、一番刹那の近くにいたシグナムが気付かないはずもない。
 消えていく、レヴァンティンにその体を貫かれたはずの刹那、ダブルオーがまるで幻のように消えていく。
 若草色と淡い空色が交じり合ったGN粒子をその場に残したまま。

「後ろだ、シグナム!」
「なッ!?」

 次にその姿を現したのは、ザフィーラの言う通りシグナムの背後であった。
 GN粒子に誘われるように、機体を真紅に染めながら。
 シグナムの背後に現れた刹那が、GNソードを振り上げていた。
 振り下ろされたGNソードを、シグナムを庇い押しのけたザフィーラが両腕で受け止める。
 烈火の将と鉄槌の騎士、同様に盾の守護獣と呼ばれるザフィーラ。
 その分厚い魔力障壁を物ともせず、刹那はそのまま斬り裂いた。

「ぐ、おおォ!」

 切断こそ免れたものの、両腕を深く切り裂かれたザフィーラが落ちる。

「ザフィーラ……ガンダム、この礼は必ず。ヴィータ撤退する」
「け、けどまだ主の母ちゃんが」
「口惜しいが、その余裕がない。それに我らの主は、主だけだ。穿き違えるな。シャマル、予定通りに撃て!」

 落ちるザフィーラを抱えたシグナムが、撤退の宣言を行う。

「逃がすと」
「待って、刹那。上を、空を見なさい!」

 撤退を開始した三人を追うべく駆けようとするも、刹那はプレシアに呼び止められる。
 刹那が無事であった混乱を抱きつつ、叫んだプレシアが見ろといった空。
 捕縛結界に覆われた闇色の空には、それ以上の闇がこちらを押し潰そうと落ちてきていた。









-後書き-
ども、遅刻したえなりんです。

今回のプレシアの小娘発言は、再考の予知あり。
生みたくても生めない人がいるのでね。
それはさておき。
二つ目の太陽炉は、リンカーコアを代用して作成。
無印からずっと、リンカーコアと太陽炉は似たものと言ってましたし。
これが答えでした。

そしてさらなる真実。
オーラーザーが元はただのラジコンだとは誰も思うまい。
等身大のガンダムに合わせた小型飛行機の作成技術なんてまだない。
ヴィータの鉄球一発で実は簡単に墜ちるオーラーザー(笑)
ただの裏話ですが。

原作っぽい戦闘をしつつ、次回は水曜の投稿です。



[20382] 第九話 圧縮粒子を、完全解放する(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/01 19:37

第九話 圧縮粒子を、完全解放する(前編)

 武装隊が十数人がかりで張った捕縛結界の天井を破りながら、闇の塊が落ちてくる。
 直径は数十メートルにもなり、まるで空そのものが落ちてきているようにも見えた。
 それは砲撃魔法や範囲魔法ですらなかった。
 純粋に破壊魔法、殲滅魔法とでも呼ぶべきであろうか。
 それを放ったのが四人目の守護騎士だとすれば、非殺傷設定を期待する方が間違っている。
 何しろ、プレシアは聞いていたのだ。
 ヴィータが大半の人間が今日ここで消えると、そう言ったのを。

「まさか、誘い込んだつもりが、僕らは逆に誘い込まれていたというのか!?」
「そのようね。あの子達は、知らなさ過ぎる。力を振るう事で生まれる歪みを。だけど戦う事しか、戦う事でしか存在意義を見出せない。それはまるで……」

 若草色と淡い空色の光を、二機の太陽炉から生み出している刹那を見上げる。
 戦う以外に生き方を知らないと口にする刹那と同じではないかと。
 だが直ぐに首を振ったプレシアは、胸に浮かんだ考えを振り払っていた。
 そして、自分を刺し貫いていたザフィーラの捕縛魔法を破壊した。
 粉雪のように細かく砕けていく魔力光を振り払う。
 見慣れぬベルカ式だった為、少し手間取ったが、直ぐにクロノも破壊に成功している。
 そこへ事態を知ったリンディから通信が送られてきた。

『三人とも、即座に退避をして。残念だけど、アレを防ぎきる事は現段階では不可能よ』
「しかし、僕達が撤退すれば街に被害が……」
『承知しているわ。けれど、武装隊や貴方達がそこにいても結局は防げない。死人が増えるだけよ。甘く見ていたわ。主がいない分、彼女達は歯止めが利かなくなってる』

 自らの先見性のなさを悔やむように、通信映像の向こう側でリンディが唇を噛んでいた。
 だがそれを責めるのは酷と言うものだろう。
 主という余計な意志が挟まれない以上、彼女達は数千年に及ぶ戦闘経験を元に最も無駄のない作戦行動を行ってくる。
 人の強さが経験値によるものならば、彼女達を上回れるのは純粋な力しかない。
 例えば刹那のダブルオーという極端な戦力のように。

「俺がダブルオーライザーで破壊する。だが余波までは防げない、武装隊にはそのまま結界を維持させろ」

 その刹那がとんでもない事を言いだした。
 以前に、プレシアが海上で放った次元間攻撃魔法とは規模も威力も異なる。
 恐らくは闇の書の中に蒐集されていた失われた魔法の一つ。
 どう考えても、破壊はおろか防ぐ事ですら不可能に思われた。

「期待、するしかないわね。ツインドライブシステムに……けれど、貴方トランザムシステムを使ったばかりでしょ?」
「粒子を使いきる前にキャンセルすれば、短時間の最チャージで再度可能になっている」

 その最チャージの時間を詳しく言わなかった刹那を前に、少しだけ睨みながらプレシアは頷いた。

「分かったわ。クロノ君も結界維持をお願い。刹那、と私でアレを破壊するわ」
「議論を交わしたいところだが、その時間もなさそうだ」
『今から私も現地に向かいます』

 捕縛魔法を破壊しながら落ちてくる闇の塊は、既に半分以上を結界の中へと沈んできていた。
 魔力の塊である以上、単純な物理法則は当てにはならないが。
 恐らくここからは、さらに落ちてくる速さが上がるはずだ。
 クロノの言う通り議論の時間はおろか、迷っている暇も残されてはいない。
 即座に行動を開始し、クロノは武装隊への援護に向かった。
 刹那とプレシアは、最も危険であろう闇の塊が落ちてくるポイントの真下へと向かい始めた。
 破壊後の余波が一箇所に集中し、そこから捕縛結界を破壊されない為に。
 そんな三人の行動を、事の発端である守護騎士達も気付いていた。

「おい、他の奴はまだしも主の母ちゃんまで行っちまったぞ!?」
「構うな、ヴィータ。もしも彼女が本当に主の母上殿であれば……その時は私が罰を受ける。我々の最優先事項は主を取り返す事だ」
「我らの務めは主に報いる事。罪を犯したのなら、その分報いれば良い。闇の書の絶大な力を献上する事で」
「もう闇の雷は、私達でも止められないわ。ヴィータちゃん、全ては主を見つけてから。ね?」

 闇の書を持っていた最後の守護騎士、シャマルが最後にヴィータを諌めた。
 何よりも主が優先されるべき事はヴィータにも分かっている。
 だがそれでもと、三人の言葉を振り払ったヴィータが逃走の足を止めた。

「お前ら、先に戻ってろ。やっぱり、主の母ちゃんを連れてくる!」
「待て、ヴィータ!」

 シグナム達の制止も聞かず、ヴィータが撤退から一転、逆走を始めた。









 守護騎士達の罠である闇の雷、それを真下から見上げたプレシアは思った。
 夜空に浮かぶ星明り一つ見えず、比喩ではなく、本当に空が落ちてくるようである。
 失敗すれば、命の保障はない。
 折角手に入れた幸せも、手に入れられるかもしれないさらなる幸せも塵と消える。
 それどころか、最愛の娘達に辛い思いをさせてしまう事だろう。
 深夜のオフィス街、例え二人が手を貸さずとも時間が時間だけに人命の被害は差ほどでもないはずだ。
 管理局員ではないプレシア達に、被害を喰い止める為の義理はない。

「けど、海鳴市で起きる災害を見て見ぬ振りをして、平然とあの娘達の母親は名乗れない」

 それにと、プレシアはすぐ傍で空を見上げていた刹那を見た。
 ツインドライブシステムならばという期待か、プレシアに悲壮感はなかった。
「エイミィさん、着弾予測時間は?」
『残り、一分です。けれど、着弾より前に余波が結界に影響を始めます。およそ三十秒後です』
「刹那、トランザムまでのチャージ時間は?」
「まだ一分はかかる。それまで、持ちこたえてくれ」

 稼ぐ時間は正味、三十秒。
 たった三十秒とはいえるが、対象が対象だ。
 既に余波は始まっており、背の高いビルから砂に返るように崩れ落ち始めている。

『プレシア、武装隊の再配置完了。私とクロノも全力で結界維持に務めるわ。後は二人に頼むしかない。気をつけて』
「誰に物を言っているの。私は大魔導師プレシア・テスタロッサ。それに私には、ガンダムである刹那とこれがある。トランザム!」

 リンディの念話を受け、プレシアが一ヶ月ぶりとなるトランザムシステムを稼動させた。
 以前に一度刹那にデバイスを破壊されている為、新たに作り直したデバイスに組み込んだものだ。
 主婦業で忙しい傍ら、暇を見つけては研究を重ね、以前よりも安定感は増している。
 イオリアが設計しなおした刹那のそれ程ではないが、プレシアには病魔を克服した体もあった。
 固有の魔力光とは異なる真紅の光を体に宿し、プレシアは魔法陣を足元に敷いた。
 方円の中に浮かぶのは四角が二つのミッド式。
 魔力値に促がされてか、その半径は十数メートルにも及んだ。

「ライトニングバインド」
「Lightning Bind」

 手にした杖、ストレージデバイスが復唱し、紫電の雷が闇の雷を縛り上げる。
 直径数十メートルにも及ぶ闇の雷を、たかがバインド魔法で縛り上げたのだ。
 だがそれでも、落下速度に変わりは見られない。
 恐らくは、一秒か二秒遅らせる程度。
 こんなものかと舌打ちをする間も惜しんで、プレシアは次なる詠唱に入った。

「紫電なりし雷神、今導きのもと撃ちかかれ」

 それはフェイトのファランクス・シフトの詠唱に良く似た詠唱であった。
 だが発動の様子は、なのはのスターライトブレイカーに似ていた。
 プレシアの周囲に浮かび上がった紫電のプラズマが、彼女の目の前に集束していく。
 闇の雷に対抗するようにより大きく、スターライトブレイカーの大きさを遥かに越えていった。
 プレシア自身、その視界の半分以上を奪われていたが、闇の雷はさらに大きかった。

「ライトニングプラズマブレイカー!」

 放たれた紫電のプラズマが、闇の雷へと向かう。
 闇の雷の十分の一にも満たない大きさであるが、一瞬その落下が止まった。
 種類の異なる雷が反発し合い、喰らい合う雷鳴音を響かせる。
 その音だけで辛うじて原型を留めていた背の高いビルは、一斉に崩れ始めた。

「刹那、最チャージは?」
「残り三十秒」
「まだ、半分……」

 紫電のプラズマを支えるように、デバイスを掲げていたプレシアが唸る。
 その額には多くの汗が浮かび、長い彼女の髪の毛を張り付かせていた。
 トランザムを使っていてさえ抗いきれない闇の雷の威力に、背筋が冷える思いであった。
 予想以上の威力、抵抗を断念して逃げていたら、そもそも逃げられたか。
 着弾時の暴発は捕縛結界を容易く打ち破り、考えたくはないが住宅街にまで及んでいたかもしれない。

「全く子供のおいたの責任は、やっぱり親が取るべきなのかしらね!」

 加減を知らない子供はと、守護騎士達の顔を思い浮かべてプレシアが叫ぶ。
 紫電のプラズマの操作にさらに魔力を込める。
 押し返すには至らなかったが、闇の雷の落下が完全に止まった。
 残り何秒か、そう思った時、プレシアの手にしていたデバイスの宝玉にひびが入る。
 そこからは驚愕の声を発する暇もなかった。
 調整はしていたはずだ。
 ただトランザム時からさらに全力で魔力をこめた時の耐久テストが不十分だったのか。
 そしてデバイスが完全に砕け散ると同時に、闇の雷が落下を再開し始めた。
 プレシアの紫電のプラズマを飲み込み、さらにその姿を巨大にさせたまま。

「そんな……」
「くッ、最チャージまで残り十秒」

 プレシアが茫然と呟き、焦りを帯びた刹那の呟きが漏れた。
 既に二人の体も余波が及び始めている。
 バリアジャケットや機体の表面を闇の雷の、電流が流れ始めていた。
 その電流は段々と強さを増しており、着弾より先にそれによって焼き殺されるかもしれない。
 プレシアだけでも逃がすべきか、そう刹那が思った時、紅い閃光が二人の前に飛び出してきた。

「アイゼン、残りのカートリッジを全弾ロード!」
「Explosion」
「ヴィータ?」

 プレシアの呟きにヴィータは振り返らない。
 カートリッジを一個では飽き足らず、二つ、三つとロードし続ける。
 その魔力を全てデバイスである鉄槌アイゼンに込め、フォームチェンジさせる。
 純粋により大きく、破壊力を求めた姿に

「轟天爆砕」

 振り回されたアイゼンが、十数メートルにまで質量を増大させた。

「ギガントシュラーク!」

 そのまま紫電のプラズマを飲み込んだ闇の雷へと叩きつけられた。
 再びの停滞、闇の雷がその足を止めた数秒後、刹那が叫んだ。

「最チャージ完了。圧縮粒子を、完全解放する。トランザム!」

 オーライザーによって制御された二つの太陽炉が、活性化を始めた。
 ダブルオーライザーの機体が真紅に輝き、若草色と淡い空色のGN粒子が排出される。
 その噴射により二つの輪が噴射口より生まれた。
 若草色と淡い空色の二つの輪が重なり合い、ダブルオーの形に。
 太陽炉の活性化に導かれ二つの輪は、大きく広がっていった。

「トランザムライザー!」

 刹那が手にする二振りのGNソードから閃光が走り、闇の雷を貫いていく。
 それを見たはずのヴィータは、気がつけば何処とも知れない場所に立っていた。
 主の母親を名乗ったプレシアを助けにきて、闇の雷へと無謀にもアイゼンを振るっていたはずが。
 今は何故か、白いもやに包まれたような場所で突っ立っている。
 何故だと頭を悩ませたのは一瞬、直ぐに助けにきたはずのプレシアを求めて走り始めた。
 求めたプレシアは直ぐに見つかった。
 バリアジャケット姿ではなく、淡い青のブラウスに膝下のプリーツスカートの姿で。
 そのプレシアがヴィータに気付いて、振り返った。

「あ、その……い、行こうぜ」

 仕出かした事が事だけに、思わずどもってしまった。
 一歩間違えれば、殺してしまったかもしれないのだ。
 目を伏せ、それでも目的を果たそうとプレシアの手を握ろうとすると、その手が逃げ出した。
 そりゃそうかと、諦めたその時、ヴィータの頭に暖かなものが置かれた。

「え?」
「助けに来てくれたのね。ありがとう、ヴィータ」

 見上げたそこには、自分を撫でる手と、プレシアの微笑があった。
 どうして、そんな疑問はあったが、瞳を閉じて俯くように頭を差し出す。
 まるでもっとと、催促するように。
 クスリという小さな笑い、それが聞こえても反論は浮かばなかった。
 ただより優しく丁寧に頭が撫で付けられ、感じた事のない満足感がヴィータの心を占め始めていた。

「それで良いの。戦う事以外にも、生き方はたくさんある。あなた達はもっと自分に素直になっていいの」
「良く、良くねえ。アタシらは守護騎士だ。主を護る為の、道具……だ」

 自分自身で放った言葉が何故か胸を貫く。
 当然の事実が、これまで疑問にも思わなかった事実が。

「これまでの主はそうだったかもしれない。けれど、今回の主は違う。私の娘は違うわ。戦いを否定する。貴方達が戦いの道具である事を、絶対に否定する」
「でも、知らねえよ。アタシら、戦い以外の生き方なんて知らねえ」

 そう呟いたヴィータをプレシアは黙って抱きしめた。

「知らなかったら、憶えれば良いの。きっと貴方の主が教えてくれる。私だってそう。たくさん、たくさん教えてあげるわ。楽しい生き方を、自然と笑みを浮かべられる生き方を」

 その言葉をヴィータに向けながら、同時にプレシアは刹那へと向けていた。
 ヴィータと同じように、戦う生き方しか知らないという刹那へと。
 似ているのだ、ヴィータと刹那は。
 ヴィータだけではない、他の守護騎士達も同じく刹那に似ていた。
 その生き方が、戦いに拘りそれだけをしようとする生き方が。

「まずは、身だしなみね。ほら、顔が汚れてるわ」

 抱きしめていたヴィータを一時放し、ポケットから取り出したハンカチで顔を拭く。
 撫でた時にも思ったが、髪の毛もかなり痛んできている。
 可愛らしい容姿が台無しだと、さらにはヴィータが着ている服にも目を落とした。
 デザイン性の欠片もない、黒いだけのワンピースのバリアジャケットだ。

「そ、そんなに変か?」
「変、ではないけど。女の子ですもの。何時だって、可愛い格好が良いに決まってるでしょ? ほら、可愛い。ね?」

 少々自分の発言を痛々しく思いながらも、くるりと回ってスカートを舞わせる。
 ヴィータ以外に誰も見ていないから、良いかとばかりに。
 その想いは伝わったようで、ヴィータはバリアジャケットを摘み、眉をひそめている。
 やはり、改めてみるとお気に召さなかったようだ。

「可愛い、服か。ちょっとだけなら……着てみても良い、かな?」
「ええ、きっと良く似合うわ。その時は記念に皆で写真を撮りましょう。貴方だけじゃない。シグナムや、他の守護騎士達の子も一緒に」

 ヴィータは直ぐには応えられずにいた。
 戦う事しか知らないが故に、戦わなくて良いといわれた戸惑い。
 もちろん誘われるままに頷きはしたいが、平穏という名の未知が怖いのもある。
 他の守護騎士達がそれに同意してくれるかどうかも。
 ただ今は、抱きしめなおしてくれたプレシアに顔を埋めるのが精一杯であった。
 プレシアの手によって抱かれながら、意識があるべき場所へと返って行く。









 刹那がライザーソードとなったGNソードで、見事に闇の雷を斬り裂いた。
 最初に中心を貫いてから真下に引き裂き、返す刀で横一文字に薙いだ。
 時空管理局が定めるランク制では、もはや推し量る事は出来ない威力であった。
 ただし、斬り裂いたとはいっても消滅させたわけではない。
 切り裂かれる事で落下を停止した闇の雷は、一番近くに居たヴィータと刹那、そしてプレシアを巻き込んで破裂した。
 白い闇という不可思議な閃光を伴い、その威力を撒き散らしたのだ。
 着弾に至らなかったとはいえ、元の威力が威力である。
 閃光の中で雷が舞い、ビルを砕いては破片を砂粒のように暴風がさらっていく。
 その光景はまるで、大型の隕石が落ちた事で地球が滅亡するような様であった。
 白い閃光が瞬いたと思った直後に意識を失ったプレシアは、半壊したビルの屋上で目を覚ました。
 朦朧とした意識を振り払い、細かいコンクリートの破片を払いながら起き上がった。
 バリアジャケットは見る影もなく、グラハム以外には見せられない状態となっている。
 慌ててバリアジャケットを纏い直していると、自分の頭上に刹那がいる事に気がついた。

「ダブルオーガンダム……」

 GN粒子を周囲に散布することで、プレシアを護っていたようだ。
 だがそれも限界であったようで、トランザムの光も失せ、降りてきた。
 着地すると同時に膝をつき、ガンダムの姿も維持できず刹那の本来の姿へと戻った。

「刹那、大丈夫?」
「ああ、問題ない。ただ少し無理をした。太陽炉のメンテを頼めるか?」
「メンテぐらいなら、私でも出来……ヴィータ、ヴィータは!?」

 意識が拡張された世界で抱きしめ、まだその温もりが残っているように両腕を抱きながらプレシアが辺りを見渡した。
 そこで始めて結界が辛うじて機能している事に気がついたが、肝心のヴィータの姿は見当たらない。
 周りは無事なビルが一つもない廃墟同然、海鳴市の光景だとは思いたくないようなものばかりであった。
 結界が無事である以上、少し時間をかければ修復は可能であろうが。
 そこはリンディ達に骨を折ってもらうしかないが、それよりもヴィータが見つからない。

「闇の塊に最も近かったのがヴィータだ。白い闇が閃光と走った瞬間、遠くに弾き飛ばされていた。俺が見たのは、そこまでだ」
「そう、無事だと良いんだけど……」
「ヴィータさんは無事よ。電波障害が酷かったけど、エイミーが転移の魔法が発動するのを確認していたわ。見た目は子供でも彼女も守護騎士。危機を前に体が反応したんでしょうね」

 プレシアの不安を拭ったのは、リンディであった。
 管理局の制服の背から透明な羽、魔力によるそれを出した状態で歩み寄ってきた。

「一部結界を抜かれた影響で重傷者が数名出たけれど、後は軽傷者のみ。死者はいないわ。貴方と刹那君のおかげね」
「ヴィータもよ。あの子がいなければ、間に合わなかったわ」

 発端を作ったのはそもそも、ヴィータ達なのが特にリンディ達が感謝できない点ではあったが。

「けど、決裂に見えた交渉にも光明が見えたわ。時間は掛かると思うけれど、彼女の様子からね。私も、服装を気にする彼女は、ちょっと可愛いと思ったわ」
「見た目はアリシアと同じぐらい、可愛い盛りよ。いっそ、アリシアとペアルックと、か……可愛いと、思った?」
「ええ、可愛いと思ったわ。貴方もね、プレシア?」

 意識が拡張された世界で邂逅を果たしたのは、プレシアとヴィータのみ。
 そう思っていた。
 ならば何故、リンディがまるでヴィータを見てきたように言うのか。
 古くなったブリキの玩具のように、ギリギリと音をたてながらプレシアが刹那へと視線を投じた。
 するとあの刹那が視線をそらした、そらしたのだ。

「刹那、どうしてこっちを向かないのかしら?」
「俺は戦う事しか出来ない。可愛いかどうかは、分からない」

 この瞬間、一名の功労者の末路が決定した。

「艦長、怪我を負った武装隊員の搬送を順次開始しました。残りの武装隊員で結界を維持しつつ、周囲の修復を開始します」
「そう、お願いするわ。大変だとは思うけれど、迅速に。ところで、クロノ。貴方はあの時のプレシアを見てどう思った?」
「え、あ……僕は、職務とは関係ない質問に答える義務はありません。黙秘します!」

 そしてまた一人、功労者とも言える人物の末路が決定した。
 プレシアが、あははと乾いた笑いを夜空に向け始める。
 改めて言われなくても分かっているのだ。
 ああいう事は、小さな子や、若い子がやって初めて絵になる事ぐらい。
 ちょっと泣きそうになってしまったプレシアは、わざとらしく呟いた。

「あら……アレって闇の雷の残り火じゃないの。大変、気をつけないと」

 もちろん、彼女が見上げる夜空には、そんなものの影も形もない。
 だが雷が、刹那とクロノに向けて落ちてきた。

「ぎゃあぁッ!」
「ぐ、うおおおッ……ガ、ガンダーム!」
「女はね、恋をしている間はずっと女の子なのよ。悪かったわね、年増でッ!」

 闇の雷とは色の異なる紫色の雷により、二人が意識を失い倒れこんだ。
 なんの事ですか、ただその一言が言えなかっただけだと言うのに。
 ついでとばかりに、修復作業にやってきた武装隊員にも落とされ、修復は大幅に遅れる事になる。
 その時になって、リンディも言わなきゃ良かったと後悔する事になった。









-後書き-
ども、えなりんです。

あれ、A's編ってプレシアが主人公?
刹那ではなく、何故にプレシアが撫でポ係……
刹那無双が微妙に影薄くなってます。
さらにグラハムはもはや何処行った状態。
もうプレシアが主人公でもいいよw

次回は土曜の投稿です。



[20382] 第九話 圧縮粒子を、完全解放する(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/04 19:46

第九話 圧縮粒子を、完全解放する(後編)

 海鳴市郊外のとある場所にうち捨てられた工場跡があった。
 過去、大きく発展しながらも海鳴市の近代化に取り残された場所である。
 老朽化により傾き、窓ガラスは割れ、ドアの殆どが閉まる事もない。
 街が街ならば、浮浪者か不良の溜まり場にでもなりそうな、長年の風雨により草木に埋もれ始めた工場跡。
 そこがこの街に来てからの守護騎士達の拠点である。
 見栄を張らずにいえば、行き先を失くした彼女達の隠れ家であった。
 埃が足元どころか空気中にも散乱するその工場内に、乾いた音が鳴り響く。
 眠るザフィーラの治療に専念していたシャマルは、その光景を前に目を背けていた。

「殴られた理由は分かるな。我々は主を取り戻すまで、管理局に捕まるわけにはいかない。何故、あの時私の言葉を無視して敵を助けた」
「敵、じゃねえよ。アタ、主の……母ちゃんだ」

 頬を叩かれ尻餅をついた時に、お尻につくであろう埃を気にしながらヴィータが呟く。
 心の中では自分を含めながら、主の母親だと。

「ヴィータ、私は言ったはずだ。履き違えるなと。我々が忠誠を誓うのは、主のみ。それはお前も分かっているはずだろう」

 赤く腫れた頬を押さえながら、ヴィータは顔を背けた。
 自分の行動が間違ってはいなかった事を無言で示す為に。
 事実、間違ってなかったと思っている。
 あの頭を撫でてくれた、抱きしめてくれた温もりを護れたのなら後悔はなかった。

「見ろ、ヴィータ。闇の雷を止めた事でアイゼンは、半停止状態だ」

 シグナムの手により差し出されたのは、待機状態でペンダントのように鎖に繋がれたアイゼンである。
 手の平よりも小さくなっているアイゼンには、無数のひびが入っていた。

「ザフィーラの怪我も直ぐには治らん。管理局に予定通りの痛手を与えられなかった上に、お前まで……」
「そんなに戦いたけりゃ、一人で戦えよ」
「なんだと?」

 立ち上がり、シグナムの手からアイゼンを引ったくりヴィータは叫んだ。

「そんなに戦いたけりゃ、人を殺したけりゃ一人でやれよ。アタシは嫌だ。何もかもが嫌だ。こんな小汚ねえ建物で、管理局に脅えながら眠るのも。泥だらけの格好でいるのも。人を殺すのも」
「貴様、守護騎士としての本分を忘れたというのか!? それにこの程度の生活、何時もの事だろう。今さら、何を言う」
「あの人達、言ってたよな。今度の主は戦いを望まないって。それでも管理局に尻尾を触れないのは分かってる。だったら、逃げりゃ良いじゃねえか!」
「逃げる、だと。ベルカの騎士が……守護騎士である我々が。ヴィータ、歯を食いしばれ。目を覚まさせてやる!」
「シグナム、駄目!」

 ザフィーラの治療を中断したシャマルが、シグナムを後ろからはがい締めにしてまで止めた。
 一度だけシグナムが懲罰を下すのは、理解できた。
 数日の間に必死で蒐集したリンカーコアを使って放った闇の雷。
 アレを喰らったらいくら自分たちでも無事ではすまなかったからだ。
 だが、生活への不満は少なからずシャマルも持っていた。

「大きくなくて良い、普通の家の綺麗なベッドで寝てえよ。可愛い服も着たい。お母……優しく抱きしめて貰いたい。なんで人と同じ事を望んじゃいけねえんだよ!」
「我々が守護騎士、ヴォルケンリッターだからだ。そんな幻想、不要だ。我々は道具なのだ!」
「シグナム落ち着いて。ヴィータちゃん……主がいなくて不安な気持ちや、この生活に不満がある事も分かる。けど、今のヴィータちゃんは変よ。何時ものヴィータちゃんなら、主の為って我慢出来るはずよ」
「いもしねえ奴の為に、どう我慢しろって言うんだよ。戦いを嫌う主だって、アタシ達みたいな戦いしか知らねえ奴らが現れたって良い迷惑なんだよ!」

 自分自身の言葉に、ハッとヴィータが我に返った。
 ヴィータだけではない、シグナムもシャマルもだ。
 それを証拠に、ヴィータを殴る為に振り上げられた拳が力なく落ちていた。
 魔法のないこの平和な世界で、戦う事しか出来ない守護騎士が何をしてやれるというのか。
 魔法で腹は膨れない、子供でもそんな事は知っているだろう。
 この魔法のない平穏な世界で生まれた主に、闇の書という戦う為の力を押し付ける。
 それは闇の書の、守護騎士達のエゴに他ならない。

「ならば、どうすれば。何故、闇の書はこの世界の人間を主として選んだというのだ?」
「我々が、自らの意思で主を選ぶ時期が来たのかもしれん」

 シグナムの自問に答えたのは、体力の回復の為に眠っていたはずのザフィーラであった。
 一度は起きようとするも、腕の傷のせいで崩れ落ち、シャマルが無理よと囁きかける。
 立ち上がる事こそは諦めたものの、首だけは全員に向けて言った。

「これまで我々は、闇の書が選んだ主を主として仰いできた。だが闇の書が主を認識出来ない以上、それに従う必要も無くなった」
「それなら、管理局が言う主じゃなくても。けど……」
「全ては推測だ。だが、試してみてはどうだ? 我は獣だ。獣として主の牙、そして盾になれば良い。だが、お前達は人の娘を模した存在。獣の様に扱われるのは忍びない、ずっとそう思っていた」

 ザフィーラの言葉に、ヴィータが少しだけ笑いながら呟いた。

「もっと早く言えよ、馬鹿野郎。おかげで、こんな小汚ねえ格好でも疑問にすら思わなくなっちまったじゃねえか」
「え、そうなの。そこまで……そう言えば、まだ一度もお風呂に入ってませんね」
「ザフィーラ、匂い嗅ぐんじゃねえぞ。シャマル、女の子は何時だって、可愛い格好の方が良いんだってさ。とある人の受け売りだけどさ。後は……」

 シャマルもまた自分の姿に改めて疑問を持ち、ヴィータと二人でザフィーラから距離を取った。
 闇の書が起動してから、主を探して右往左往、汗にまみれ泥にまみれ。
 お風呂はおろか、水浴び一つしていなかった。
 それはさておき、シャマルも自分達で主を選ぶという事に好意的なようだ。
 後は、ヴォルケンリッターのリーダーである烈火の将、シグナムだけである。
 そのシグナムは皆に背を向けて、考え込んでいるようであった。

「我らの主か……思い起こせば、我らが理想とする真のベルカの騎士と呼べる主は、何人いただろうか」

 ガラスのない窓から夜空を見上げてのシグナムの言葉は、肯定しているも同然であった。









 アリシアは聖祥大付属小学校の一年生。
 おままごとよりも外で駆けっこをするのを好み、あやとりよりもドッヂボールを好む。
 時折、生まれてくる性別を間違えたと男の子に言われては、小突いて泣かせて仕舞う程だ。
 もちろん心優しさを忘れないアリシアは、その後でごめんなさいも出来る。
 ちょっと元気の良すぎる女の子、そんなアリシアには一つ不満があった。
 現在、家庭の事情により放課後の外遊びを禁止され、お目付け役が何時も迎えに来るのだ。
 迎えは良いが、そのまま家で妹とその友達と室内で遊ぶのが定番。
 文字通り室内でゲームをしたり、おしゃべりをしたり。
 楽しい事は楽しい、だがアリシアは外で思い切り駆け回ったりして遊びたいのだ。

「よし、アルフまだ来てない」

 だからアリシアはかねてよりの計画を実行した。
 綿密に練り上げた脱走である。
 授業が偶々早く終わった日、この日をおいて他に無いと、チャイムと同時に鞄を手に取りダッシュ。
 校門で一度立ち止まり、辺りを見渡してアルフの到着を確認。
 言葉通りであると確信すると直ぐに、校門を飛び出していった。

「と、とりあえず近くの公園へゴー!」

 綿密という言葉を辞書で引けと言いたくなるような行き当たりばったり。
 ただ行動の迅速さだけがアリシアの都合の良いように転がり、その行動は成功した。
 半分だけ、外へ飛び出すという点だけにおいては。
 アリシアがそれに気付くのは、目的地に設定した公園に着いてからであった。

「誰も、いない……どうし、はッ。なんというアルフの巧妙な罠。急いでいたせいで、私誰とも遊ぶ約束をしてない!」

 公園にポツンと一人、鞄を背負っていたアリシアは気付いた。
 突発的な行動、それにより、肝心の遊ぶ約束を誰ともしなかった事に。
 おおうっと嘆く振りをして四つん這いとなる。

「さすがフェイトの使い魔だね。私の一手、二手先を読んで来るなんて。でも詰めが甘いよ、アルフ。何を隠そう、私は一人遊び上手!」

 立ち上がり、グッと拳を握って宣言するが言ってみただけであった。
 とりあえず、近くにあった鉄棒で逆上がりをして、一回転する。
 直ぐに降りてしまったが。

「鉄棒、飽きた……」

 友達は、アリシアが元気良く活動する為のガソリンです。
 アリシアは一人遊びが無茶苦茶下手であった。
 誰か一人でもいれば状況は違ったが、一人だと何をして良いのか分からない。
 うんうんと八の字眉毛を作り出し、うんうん唸っては誰もいない公園内を歩き回る。

「困ったな、困ったな。勝手に出てきてアルフやお母さんに怒られる。でもこのままだと、怒られ損だから遊びたいよ」

 懲りないというべきか、強かというべきか。
 アリシアはどうにかして遊ぼうと、頭を捻り続け歩き回り続けた。
 そこへ丁度向かいとなる方向から、背丈の良く似た赤髪のお下げの女の子が歩いて来る。
 こちらもアリシアと同じように腕を組み、何かを悩むようにして歩いていた。

「ザフィーラは動けねえ。シグナムとシャマルは、活動に必要な分のリンカーコアの蒐集。アタシ一人で、新しい主を探せっても……あの人、プレシアって言ったっけ。なってくれねえかな」
「遊びたい、遊びたーい。鬼ごっこにかくれんぼ。こおり鬼にどろけい、缶けりおしにぎゃァ!」
「痛ッ!」

 考え事をする幼児が二人、公園で頭をぶつけ合ってしまった。
 尻餅をつき、涙目で互いを見合う。
 お互いの瞳に怒りはなく、ただ欲したものがすぐ傍にあった事は同じであった。

(真っ白で綺麗な、コレが可愛い服って奴か。それでたぶん、コイツは可愛い女の子って奴だ。でもその服、何処かで見た事があるような……)

 ヴィータはアリシアが着ていた聖祥大付属小学校の制服を見て、羨ましさを憶えた。
 同時に、自分が身につけているデザイン性のない黒いだけのワンピースが恥ずかしくなった。
 体を縮めるように両腕で抱きしめながら、上目遣いで睨みつけてしまう。
 そんなヴィータの思いとはうらはらに、アリシアはキラキラとした瞳で凝視していた。

「み、見るなよぉ……」
「変な格好の子、遊んでーッ!」
「ぐはッ、変なのか。やっぱりこれ、変なのか!」

 アリシアのダイブを正面から受け、ヴィータは心に深い傷を負った。
 自分が可愛い女の子と認識した相手から、変な格好と指摘されたのだ。
 つまり、自分は可愛くない女の子という事になる。
 アイゼンで殴られたより、よっぽど痛いと灰になった気分でいると、腕の中が妙に温かかった。
 飛び込んできた見知らぬ少女、アリシアがそこにいた。
 一先ず格好の事は棚に上げ、ぎゅっと力を込めて抱きしめてみる。

「む、締め落とす気だね。負けないよ、ぎゅー」
「ぎ、ぎゅー?」
「違う、違う。こうだよ。ぎ、ゅ、ぅー?」
「ぎ、ゅ、うー?」

 しばらくの間、地面に座り込んだまま、二人でぎゅーぎゅーと繰り返す。
 最後の方には何をやっているんだと、ヴィータも自分自身に突っ込んでいたが自分から止めはしなかった。
 何故なら、腕の中の温かさはプレシアに抱きしめられた温かさに良く似ていたのだ。
 力をこめるとぎゅーがぎにゃあに変わるアリシアの顔にも、ヴィータには面影があるように思えた。
 改めて力を込めて強く抱きしめ、ぎにゃあと言わせて見る。
 少し、楽しかった。

「で、結局なんなんだお前?」

 ぎゅーぎゅー合戦を追え、二人は公園のベンチに両隣で座りなおした。
 ちなみに地面に座った時のよごれは、アリシアが払うのを真似てヴィータも払った。

「聞いてよ、酷いんだ。私が折角学校を抜け出したのに、アルフったらお友達と遊ぶ約束をする時間をくれなかったんだ。だから、遊ぼう!」
「すまん、全く意味がわからねえ」
「これだから紅い髪の人は……困ったものです」
「おい、一発で良いから殴らせろ。なんか、すっげえムカついた」

 きゃーっと悲鳴を上げて、アリシアが逃げ出した。
 唐突に始められた鬼ごっこだが、ヴィータはそれが鬼ごっこだとは分からない。
 そもそも知らないのだ。
 だからいきなり走り出したアリシアを、奇異な者を見る目で見ているだけであった。

「もう、こういう時は追いかけるの!」
「お、おう」

 だから当然怒られる、逃げたはずのアリシアに。
 何か釈然としないものを感じつつも、ヴィータはアリシアを追いかけた。
 そして捕まえると今度は私の鬼と言われ、突っ立っていると逃げろと怒られてしまった。
 全く意味が分からない、分からないが、何故だか楽しい。
 管理局の事があるので魔法は使わず、肉体の力の身で逃げては追いかけられ、捕まったらまたその逆をする。
 どれぐらい、それを繰り返した事か。
 気がついてみれば、空は赤やけが多い、二人とも汗だくになって地面に座り込んでいた。
 服が汚れるのも構わず足を投げ出し、後ろ手に支え棒をして真っ赤な空を見上げている。

「や、やるね。私をここまで追い詰めるなんて、すずかちゃん以来だよ」
「しら、知らねえよ。誰だよ、それ……ああ、疲れた。本当、馬鹿みてえに。けど、気持ち良い。何も考えずにただ走ったなんて、初めてだ」
「あ、いた……コラー、アリシアちゃん!」
「アリシアハッケン、アリシアハッケン」
「うお、なんだ。誰だ!?」

 アリシア同様に、ヴィータまでもその声に驚き辺りを見渡した。
 公園の入り口からこちらへと向けて叫んでいるのは、車椅子の少女、はやてであった。
 両手をあげて叫んだと思いきや、車椅子のタイヤを両腕で思い切り回転させて加速する。
 その加速振りは、地面に座り込んでいたヴィータが逃げ遅れる程。
 ちなみにアリシアはさっさと逃げ出していた。

「て、こら。どう見てもお前の、うわ危ねえ!」

 両腕で自分を庇ったヴィータの目の前で車椅子がドリフト。
 一目散に逃げ出したアリシアに軽々と追いつき、容赦なく轢いた。

「ぎにゃあッ!」
「まったく、勝手にこんなところまで遊びに来て。せめて一言、誰かに言いや。それで許可が出るかはまた別にして……お、変わった格好の。アリシアちゃんの友達か?」
「また、また変って言われた。ちくしょう、ちくしょう……」
「あ、いーけないんだ、いけないんだ。はやてちゃんがなーかした!」

 とりあえず、懲りないアリシアには拳骨を落としておく。
 それからはやては、四つん這いで落ち込むヴィータへと手を差し出した。
 落ち込んだヴィータを立たせて、その服についた土と埃を払った。

「ごめんな、初対面で失礼な事を言ってもうて。はい、これで綺麗、綺麗。汗だくやんか。ほら、顔貸して。汗拭いたるから」
「あ……」

 はやてがポケットから取り出したハンカチで、ヴィータの頬の汗を拭き始めた。
 その行為が、ヴィータの中で数日前の光景を思い出させる。
 あの変な空間で、プレシアが頬の汚れを拭いてくれた時と同じ光景であった。
 アリシアとは違い、プレシアの面影の一つもない目の前の少女、はやてから何故かそれを感じる。
 似ている程度ではなく、それ以上の温かみを感じる事が出来た。
 胸の鼓動が早まる、まるであるべき誰かを見つけたように。

「名前、アンタの名前は……」
「そや、まだ自己紹介がまだやったね。私は八神はやて。この子が済んでる家の家主さんかな?」
「私、アリシア・テスタロッサ。今さらだけど、よろしくね」
「て、自己紹介もなしに遊んどったんかい。そういうところ、なのはちゃん以上やね」

 えへへと照れるアリシアに、はやてが褒めてないと突っ込む。
 奇妙な愛おしさにも似た感情を抱き、ヴィータは教えられた名前を繰り返し呟いた。

「はやて、八神はやて……」
「むう、アリシア。アリシア・テスタロッサ!」
「お前は別にいいよ。なんか疲れたし」

 邪険に扱い、そう呟いた瞬間、アリシアの頬がぷっくりと膨れ上がった。

「アリシア、アリシア、アリシア、アリシア、アリシア!」
「だー、うるせえ。分かったよ。アリシアだろ、アリシア・テスタロッサ!」

 アリシアに耳元で名前を連呼され、仕方なくヴィータはアリシアの名を呼んだ。
 むふっと鼻息荒く、私の勝ちだねとはやてに誇る中で、ヴィータは呆れ果て疲れ果てた。
 それでも、諦めずにはやての名を呟き続ける。
 妙にしっくりと胸にはまり込む感触。
 探し人を見つけたかもしれないと、ヴィータは駆け出した。

「ちょっと急用が出来た。また、今度な!」
「ちょい、待ち。また今度って、まだ名前も聞いてへんで」
「ヴィータ、私はヴィータだ。必ず、会いに行くから。皆で!」

 皆って誰だと固まる事数秒、アレっとはやては小首を傾げた。
 何処かで聞いた事のある名前だと。
 それに珍しい紅い髪と二つのお下げの少女とは、何処かで聞いた事がと思い出す。
 極最近、確かなのは経由でと思い至ったところではやては思い出した。
 ちなみに、アリシアは全く持って何も考えていなかった。
 ただただヴィータが走り去った方へと向けて、ばいばいと一生懸命手を振っている。

「アリシアちゃん、あの子はヴィータやったんか!」
「たった今、そう名乗ってたよ。もしかして、はやてちゃん聞いてなかったの?」

 ここで初めて小首を傾げたアリシアを見て、驚きが伝わっていないとはやてが頭を抱えた。
 赤い髪の二つのお下げの少女など、世界中を探してもそう多くはない。
 しかも何処へ行けば売っているのか疑問さえ浮かぶ、あの格好が特にそうだ。
 つい先程までアリシアが汗だくになって遊んでいた相手は、闇の書の守護騎士。
 鉄槌のヴィータだったのだ。

「おい、追いかけ。ヴィーター!」
「イン、ゼリー。十秒チャージ」
「メシクッタカ、メシクッタカ」
「二人とも、なに言っとんねんな。そうや、念話や。なのはちゃんと、フェイトちゃんとアルフさんに念話で!」

 仲間外れだねと、アリシアがハロと二人で慰めあう。
 それでもはやてはその身に流れる関西人の血を封印し、念話に勤める。
 だがなのはにフェイト、アルフが公園にやってきた時には、時間が経ち過ぎていた。
 三人がサーチャーを飛ばすも、ヴィータの影も形も発見する事は出来なかった。









-後書き-
ども、えなりんです。

我知らず、はやてを導くアリシア(イノベイド)
イノベイドにも色々型式ありそうだけど、おそらくアリシアは天然型。
ラッキーガール的な。
この前、フェイトのプロポーズも導いてましたし。
また一つ、歩み寄りの切欠を得ました。
もちろんすんなりとはいかず、もう一つ二つイベントありますが。

それでは、次回は水曜です。



[20382] 第十話 戦い以外の生き方が分からない(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/11 23:43
第十話 戦い以外の生き方が分からない(前編)

 帰宅してきた子供達は、刹那とプレシアに話しがあると言い出した。
 ダブルオーライザーのメンテも切りが良く、特にはやての形相に詳しく聞くことにした。
 その話の内容は、驚愕に値するものであった。
 守護騎士達との本格的な戦闘を行ってまだ、昨日の今日である。
 すれ違ったとかいう程度ではなく、言葉を交わしたというのだ。
 それもはやてが現れる前は、アリシアが一緒に追いかけっこをして遊んだとも。
 まさかと呟きそうな刹那の驚きに対し、プレシアは何処かほっとしたように微笑んでもいた。

「そう、あの子が……それで、ヴィータはどんな様子だったの?」
「えっとね、鬼ごっこが強かった。ルールは知らなかったみたいだけど、教えたら直ぐだったよ」
「あとな、つい変な格好って漏らしてしまったんやけど。その事を随分気にしとったわ。もっと可愛い服着ればええのに」
「それじゃあ、次に会うときまでに何かお下がりになる服でも持っていきましょうか」

 アリシアやはやての報告に、自分の子供の話を聞くようにプレシアは何度も頷いている。
 フェイトもまだ会った事のないヴィータを話を聞きながら思い描き、襲われた事のあるなのはは私の時はと少し悔しがっていた。
 だがその分、最近サイズ的に切れなくなったお気に入りがあると提案した。
 負けじとアリシアもお気に入りをあげると言い出し、はやてやフェイトも自分もと。
 子供達のみならず、プレシアまでもが今すぐにでも会いたいと言いだしそうな雰囲気であった。
 ヴィータがあの時、闇の雷からプレシアを護ろうとしてくれた事は、刹那も理解している。
 しているが、刹那にとってはまだヴィータは闇の書の守護騎士であった。
 争いを生み出す、ロストロギアが生み出した存在。

「それで、お前の体に変調はないのか? ヴィータは何か特別な事を言いはしなかったか?」
「そんなんあらへんよ。けど、別れ際に必ずまた会いに来るって言っとったな」
「必ず、会いに……はやてを闇の書の主と感じたのか。ならば何故、日を空けた?」
「変わり始めたのよ」

 ヴィータの不可解ともいえる行動に疑問を抱いた刹那へと、プレシアが単純な答えを呟いた。

「私が変わったように、あの子達も変わり始める。刹那、何度も言ったでしょ。戦いしか知らないのなら、教えてあげればよい。今日、アリシアがしたように」

 プレシアに撫でられたアリシアが、刹那へと改めて教える。
 自分がヴィータに何を教えたのか、何を会話したのか。

「鬼ごっこ教えたよ。それからぎゅーってし合ったり、後アルフが駄目な事も!」
「一体、何を教えてるのさ。フェイト、アリシアが変な事を吹き込んだよ」
「アルフ、よしよし。アリシアお姉ちゃん、アルフの事悪く言っちゃ駄目だよ」
「けど、言いつけを破ったからヴィータに会えたんだもん」

 口達者に言い返してきたアリシアへと、今回はたまたまだと。
 次は以前なのはと一緒に先生に怒られたように、怒られちゃうよとフェイトが教える。
 不満そうに唇を尖らせて聞いている分、アリシアが素直に従うとは思えないが。

「変わっていく、あの子達は変わっていく。私同様に、あの子達にも償わなければいけない罪はある。けどそれは、幸せになってはいけないわけじゃないわ」
「プレシアさんが笑顔でないと、きっとフェイトちゃんもアリシアちゃんも笑えないよ。だから刹那さんが笑顔になれば、特にフェイトちゃんは幸せになれるの」
「そうね、なのはちゃんの言う通り。貴方にも言える事なの、これは」
「俺は……」

 皆の視線が刹那へと集まる。
 変わる事を、幸せになる事を恐れないでと。
 だが何かを答えるより先に、刹那とプレシアの携帯電話が同時に鳴り響く。
 咄嗟に取り出した携帯電話のディスプレイには、管理局の文字が浮かんでいた。

「刹那、僕だ。クロノだ」
「プレシア、こちらリンディ」

 それぞれの電話相手は、クロノとリンディであった。
 刹那とプレシアが共にいる事を伝え、プレシアがリンディから内容を聞き出す。

「地球から程近い別次元の惑星に守護騎士の一人シグナムが現れたわ。目的は知れないけれど、刹那君の出撃をお願い出来ないかしら?」
「刹那に?」

 大事な話の途中でとプレシアの目は語っていたが、当の本人である刹那がすかさず頷いていた。

「直ぐに管理局のマンションへ向かう。転送の準備を」
「待ちたまえ、少年。君は戦続き、ここは私に任せて貰おうか」

 そう言ってソファーから立ち上がった刹那を止めたのは、グラハムであった。
 玄関からリビングの入り口まで、一切の気配を見せずに現れた。
 もう少し、普通に帰って来れないのかと、茶目っ気は相変わらずである。

「って、ハム兄。何時の間に、フラッグの改造は終わったん!?」
「イオリア・シュヘンベルグのおかげで万全だ。この戦い、譲ってもらおうか少年。見たところ、右肩に傷があると見える」

 グラハムが帰って来たという驚きは、長くは続かなかった。
 指摘された刹那が、その言葉を証明するように右肩を庇ったせいで。

「見せなさい、刹那!」

 抵抗する刹那を怒鳴りつけ、プレシアが服の襟元を伸ばして右肩を見た。
 怪我を負ったのはシグナムとの戦いか、それとも闇の雷からプレシアを庇った時か。
 小さくはない傷跡が下手な治療で済まされており、当てられたガーゼの半分にも及ぶ範囲に血が滲んでいた。
 隠していた理由はだいたい想像がつく。
 武装隊員は削られ、プレシアもデバイスを破壊され、まともな戦力はクロノと刹那のみだったのだ。
 そこへさらに刹那が怪我となれば、戦力以上に戦意が落ちてしまう。

「グラハム、帰って来て早々に悪いけれど、お願いするわ。私は、この聞かん坊をみっちり叱っておくから」
「それは、ご愁傷様だな、少年。だが無茶をするとどうなるか。雷と共に教えてもらおうと良い」
「貴方から先に落としてあげても良いのよ、グラハム?」
「断固事態しよう。それに折角、人の身に戻れたのだ」

 プレシアを抱き寄せたグラハムは、その耳元に口を寄せて深夜が待ち遠しいと呟いた。
 帰宅の歓迎は玄関先のキスではなく、ベッドの中でとも。
 察するまでもないその言葉を前に、プレシアは体を硬直させ真っ赤になった。
 そのプレシアの頬にキスを落とし、子供達の嬌声に見送られてグラハムは帰って来たばかりの家を飛び出した。








 数日に一度の蒐集行為。
 今の守護騎士達には主の命以前に、自分達の活動の為に必要不可欠な行為であった。
 主がいない為に、最低限の魔力供給さえも貰えないからだ。
 昨日に管理局を襲ったばかりで、警戒が厳しいのは分かっている。
 本来ならば管理局が半壊したところを、悠々と蒐集する手はずだったが言っても詮無い事だ。
 それに今のシグナムには、ヴィータを責める気持ちはそれ程持ち合わせては居なかった。
 だから今は純粋に、新たなる主を得る為に命を延ばす蒐集行為を行う。
 太陽の周期が違う為、夜の地球とは異なり、燦々と太陽が照りつける砂漠の無人世界で。

「レヴァンティン!」
「Explosion」

 カートリッジをロードし、愛刀であるレヴァンティンに炎変換された魔力を通す。
 振るう先は、硬い甲殻に覆われた砂竜である。
 胴回りは大人数人がかりでも囲う事は難しく、その全長はどれ程か知る事も出来ない相手であった。
 無人の砂漠世界の主とも言える存在で、砂の中に生息し、僅かな生物を砂ごと丸飲みしてしまう生物だ。
 照りつける太陽に近い場所から、甲殻ごと撃ち砕くつもりで全体重を乗せて打ち砕いた。
 砕けた甲殻の隙間から紫色の体液が噴出し、傷の深さを物語る。
 聞くに堪えないおぞましい悲鳴をあげてから、砂の上に砂竜はその体を横たえた。
 このまま放っておけば、一時間と経たない間に他のまたは同類の餌になることだろう。
 砂漠に足を着くと直ぐに、シグナムは荒い息を整える間も惜しんで懐から闇の書を取り出した。
 守護騎士一人につき一体で、約三日、もちろん戦闘は無しでだ。

「貴様の命、使わせて貰う。蒐集」
「Sammlung」

 砂竜の体から砂色の光が浮かび上がり、闇の書がそれを吸い込んだ。
 蒐集の完了を確認して直ぐに、シグナムは闇の書を閉じた。

「これで三匹目」

 せめて後一匹は欲しいところだと、一歩踏み出したところで膝が砕けた。
 よろめいたところでレヴァンティンを杖にするが、そのまま膝をついてしまう。
 刹那に負わされた傷に加え、闇の雷を落としたせいで魔力は枯渇状態、さらにこの砂漠で一人三連戦だ。
 弱音こそ口にしないものの、さすがのシグナムも疲弊という言葉が頭に浮かんでいた。
 直ぐにその言葉を振り払おうとした時、シグナムの視線が落ちる先の砂が盛り上がった。
 その事に疑問を抱く暇もなく、黒い紐状の何かが飛び出してきた。

「なにッ、まだ意識が残っていたのか!?」

 瞬く間にシグナムを縛り上げたのは、砂竜が持つ触手であった。
 巨大すぎる体故に、敏捷さを失くした砂竜が得物を捕らえる為に使うものである。
 先程の砂竜が生きていたかと確認するも、本体の体は砂漠の上に倒れこんだままだ。
 その昏倒した砂竜の直ぐそばに、また別の砂竜が現れ、砂の中からその姿を現した。

「近場で、狩り過ぎた。血の匂いに誘われグァッ!」

 腕ごと胴体を縛り上げた触手が、シグナムの体を締め上げる。
 まるで生きの良さを残す為に、その意識だけを刈り取るように加減されながら。

「このようなところでッ!」

 締め付けに抗えば抗っただけ、砂竜は触手を締め上げてくる。
 純粋な力では抵抗しきれず、レヴァンティンは今にも手の中から零れ落ちそうであった。
 徐々に、徐々に締め付けが強くなり、シグナムの視界が一瞬ぼやけた。
 気を失うなと気合を込めれば、締め付けの痛みが押し寄せる。
 瞳を開けるのも辛く、開いた口からは悲鳴しか上げられない中で、ふいにそれが緩んだ。
 ついに意識が落ちたかと、何故か意識の中で思った時、体が浮遊感を得て止まった。
 その浮遊感になんとも言えぬ安堵感が何故か広がっていた。

「トライパニッシャー」

 深い血の色をした光が集束する。
 一抱えもある程に集束された光が放たれ、砂竜がいる砂漠に打ちこまれた。
 舞い上がる砂の多さは、その技の威力の大きさでもあった。
 砂竜の肉片と血は舞い上がる砂に吸収され、辺り一体に降り注いでいく。
 すると急に自分に影が差した事を感じたシグナムは瞳を開き、黒い鎧武者が砂と肉片から自分を庇ってくれていた。

「すまない、何処の何方か存ぜぬが助かった」
「気にするな。役得だ」

 指摘され、シグナムは自分が黒い鎧武者の両腕に抱きかかえられている事に気がついた。
 感じた事のない、不可思議な気持ちが胸に湧いた瞬間、言葉の冷水を浴びせられる。

「それに、私は君の敵だ」
「なにッ!?」

 咄嗟に黒い鎧武者の胸に掌底を浴びせ、反動で腕の中から抜け出す。
 そして、改めて自分を助け出した鎧武者を見て、とある者を思い浮かべた。
 色彩こそ対照的だがメタリックなボディには見覚えがあった。
 ヴィータと自分、守護騎士の中で特に戦闘に秀でた二人を圧倒した存在。

「貴様、管理局の……ガンダムか!」
「違うな、私は管理局ではないよ。ましてや、少年のガンダムとも違う」

 シグナムを助けたグラハムは、イオリアの手により改造された姿で相対する。
 厳つい二本の角がある武者兜は侍の証。
 フラッグをベースに追加装甲を施し、白いカラーで縁取りしたボディ。
 武士道を貫く道を切り開く二本の刀を腰から抜き去り、グラハムは言った。

「フラッグを超え、GNフラッグをも超越し……今の私はスサノオ。八神・E・グラハムだ!」
「一体、どれが貴様の名だ。わけがわからんぞ」

 レヴァンティンを握りなおしたシグナムの至極全うな指摘に、グラハムは一礼を返す。

「これは失礼をした。では、グラハムと呼びたまえ。この八神・E・グラハムは君との戦いを所望する。闇の書の守護騎士、烈火の将シグナム」
「一騎討ちか、分かりやすい男だ。管理局の魔導師よりは好感が持てる」
「君とは上手い酒が飲めそうだ。だが、疲弊しきった君を討つのは忍びない。私からの塩を受け取りたまえ」
「敵の施しは受けん!」

 グラハムが放り投げた冷たい水の入った水筒は、レヴァンティンにより斬り裂かれる。
 毒を疑ったわけではなく、言葉通りなのだろう。
 その証拠に、飛び散った水滴をシグナムが振り払う様子はなかった。
 特に不機嫌になるわけでもなく、それも良かろうとグラハムは受け入れた。

「ではこちらも、躊躇無く君を斬らせて貰うとしよう」

 背中から腰にと場所を移動した二機の擬似太陽炉が二種類の色のGN粒子を放つ。
 一つは本来の擬似太陽炉である深い血の色、そしてもう一つはボディと同じ漆黒の色。

「闇の光……まさか、いや。我々は決めたのだ。己の意志で主を選ぶと。ならば、確かめさせてもらうぞグラハム。いざ、尋常に」
「勝負!」

 両者、同時に空を駆けだした。
 シグナムはレヴァンティンを握り、グラハムは二本の強化サーベルであるシラヌイとウンリュウを握る。
 繰り出される一刀目、互いの得物が牙を剥き火花を散らす。
 すかさず二刀目を繰り出したのはグラハムであった。
 単純な計算、一刀一殺で受け止めあえば二本持つグラハムが有利。
 そのはずであったが、シグナムはその二刀目を眉一つ動かさずに受け止めていた。
 レヴァンティンの鞘を逆手に持った状態で。

「二刀を相手にした事があると見た」
「我ら守護騎士は、長きに渡って歴代の主を守り抜いてきたのだ!」
「Explosion. Schlangeform」

 膠着状態のままカートリッジーをロード。
 シグナムがレヴァンティンの形態を剣の状態から連結刃へと変える。
 その一瞬の隙をグラハムがつき、シグナムの両腕を開くように弾いた。
 機体を真横に旋回させて、肩を蹴りつけ吹き飛ばす。

「くッ、虚をつかれるどころか嬉々として反撃とは。この男……」
「私を相手に鞭とは笑止千万。鞭裁きについては、私の目は肥えているぞ!」
「判断が難しい。レヴァンティン!」

 追撃を仕掛けてきたグラハムを連結刃で薙ぎ払う。
 追撃時の軌道をずらされ、回避されるのは織り込み済み。
 砂地の大地を強かにたたきつけ、舞い上がる砂にその刃を隠して再度襲いかかる。
 さすがに追撃を中断し、回避に専念したグラハムは連結刃を回避し続けていた。
 攻撃が当たらないというのに、シグナムは笑みが浮かぶのを止められなかった。

「ヴィータ……私とて、殺しがしたいわけではない。それでも騎士として、好敵手が現れる事に喜びを見出さずにはいられない。それが、それが!」

 回避し続けたグラハムは、やがて気付く。
 何処までも伸び続ける連結刃が、己を覆う結界のようになっていた事に。
 絶え間なく動き続ける連結刃は、小さな隙間でさえも一秒後には消してしまう。

「さあ、どうする。ガンダムは、これを回避してみせた。貴様は、どうする!」
「私のスサノオは、フラッグの魂を受け継いだ機体。君が望むのならお見せしよう。ガンダムに劣らぬ、我が奥義を。トランザム!」
「やはり、来たか!」

 擬似太陽炉がその輝きを強め、漆黒の機体が燃えるように真紅に染まった。
 残像を残しつつ、空を滑るように飛んで行く。
 その進む道の先は、連結刃となったレヴァンティンでさえも止められない。
 連結刃の結界を潜り抜けたグラハムは、強化サーベルであるシラヌイとウンリュウを柄同士で連結させる。
 双刃の薙刀となりソウテンと名を変えた愛刀を振り回し、シグナムに迫った。

「イオリア・シュヘンベルグが造りし、最強の剣。不知火と雲龍の真の姿。それがこの姿、蒼天。斬れ味は、その身で知るが良い!」
「ならばこちらも、貴様の奥義の礼に見せてやろう。我が奥義を。レヴァンティン、カートリッジロード」
「Explosion」

 一つ二つと、カートリッジがロードされ、シグナムの周りに紫色の魔力光が炎のように揺らめいた。
 紫色の炎が噴出してくるのは、シグナムの足元に敷かれた三角形の魔法陣。
 その上で連結刃と化したレヴァンティンを振り絞り、叫んだ。

「飛竜、一閃!」

 連結刃に強力な魔力を込め、柔と剛を兼ね備えた一撃が飛ぶ。
 逃げず避けず、グラハムは正面から蒼天を薙ぎ払っていった。
 太陽以上の光を放つ閃光が放たれ、爆発が砂漠全土を波立たせていく。
 砂漠の津波に刺激されたか爆発の轟音の中には、遠くで吼える砂竜のものも含まれている。
 爆煙と砂嵐、その中からグラハムのスサノオが飛び出した。
 トランザムを一時解除し、漆黒に戻った機体を振り返らせ、その中にいるであろう人物を見据える。

「むッ」

 風が煙と砂を吹き飛ばし、シグナムの影が見えた瞬間、スサノオの兜の角にひびが入った。
 切断されていたのか、落下して砂漠の中にその身を埋める。

「互いに、かすり傷か」
「ふふ……良く言う。かすり傷か。かすり傷だな、この程度」

 兜の角を折られたグラハムに対し、シグナムは鞘を手にした腕でレヴァンティンを握る腕を押さえていた。
 指の間から流れ落ちる血は、少なくはない。
 外見上、明らかに傷を負ったのはシグナムであり、渾身の一撃に差があったと言う事だ。
 それでもシグナムは、むしろ誇らしいとでも言いたげに微笑んでいた。

「そうでもない。これはクラビカルアンテナと言って、破壊されると擬似太陽炉の制御に少々難儀する事になる。相打ちだ」
「こちらは狙ったわけでない。しかし、強い。貴様……いや、貴方は強い男だ。悪いな、ヴィータ。探せと言っておいて、私が先に見つけてしまった」
「Schwertform」

 レヴァンティンを剣の状態に戻し、滴る血もうち捨てシグナムは構えた。
 まだまだこれからだと、この楽しい時間を終わらせてなるものかと。
 単純な強さだけではない。
 見捨てれば良いものを敵と知って助ける愚直さに、塩を送る豪胆さ。
 その何もかもをシグナムは気に入っていた。

「続きを始めるぞ、我が主!」

 好敵手にして、背中を預けられる程の存在。
 それがシグナムが見つけた自分の望む主の姿であった。









 グラハムがシグナムにより、闇の書の主と認定されている頃、刹那は夜の海鳴市を歩いていた。
 刹那は十六歳だが、盗んだバイクで走り出すような男ではない。
 現在時刻は午後十時、そんな時間、さらにはグラハムが戦いに出かけた緊急時に外にいるのか。
 それには、とても浅くてややこしい理由があった。
 アリシアが九時頃にうとうとし始め、皆にお休みを言った時に、急に目を覚まし叫んだのだ。
 ヴィータに連絡先はおろか、次に遊ぶ約束を忘れたと。
 そこへ一刻も早くヴィータに会いたいはやてまでのってしまい、刹那が派遣されてしまった。
 本来ならば、敵か味方かも判別出来ない相手を探しに出かけられるわけがない。
 だがプレシアの説教中だった刹那は、抜け出す為にも買って出たのだ。

「俺は、戦い続ける。イオリア・シュヘンベルグとダブルオーと共に」

 それが唯一手の届かない場所に行ってしまった未来の為に出来る事なのだ。
 恐らく自分が居なくても生き残ったソレスタルビーイングのメンバーは活動を止めない。
 戦争を根絶するという目的を、達成するその日までは。

「ロックオン……」

 戦い続ける事こそが、志半ばで果てた仲間への唯一のはなむけなのだ。

(けど、半分は歩けた。ちょっと前までは全く動かんかった足が……もっと頑張って、変わっていく。変えていく。刹那兄もな、変わってもええと思うんよ)

 以前は動かなかった足で数メートル歩いたはやてが言った。

(違うよ、刹那。刹那はもう知ってる。だってこの平穏を私に教えてくれたのは、刹那だよ。自分が知らない事を人には教えられない)

 そう言ったフェイトは、平穏を教えると言った。

(変わっていく、あの子達は変わっていく。私同様に、あの子達にも償わなければいけない罪はある。けどそれは、幸せになってはいけないわけじゃないわ)

 罪を背負う事と幸せにならない事は違うとプレシアが言った。
 変わる事を肯定的に受け止め、自らも変わろうとする知り合い達。
 だがはやてやフェイト、プレシア、他の者もそうだ。
 刹那とは違う。
 無慈悲な現実を前に戦わざるを得なかった平穏を望んでいた者達。
 刹那は望んでソレスタルビーイングに入り、ガンダムマイスターとして戦い続けた。

「俺の戦いは罪であると同時に目的でもあるんだ」

 だから戦い続ける、朽ち果てるまでガンダムと共に。
 それで良いと、自分を納得させ、目的地へと辿り着いた。
 いるわけがないが、アリシアへの言い訳の為にも、公園の内装を歩きながら憶えていく。
 鉄棒に滑り台、玩具のような噴水に、ペンキが禿げ上がったベンチ。
 一つ一つ確認する中で、キィと金属が擦れ合う音が聞こえた。

「お前は……こんな時間に、こんなところで何をしている?」
「んだ、お前。見てわかんねえのかよ。人を待ってんだ。連絡方法を聞き忘れたから、ここでずっと待ってんだよ。そうすれば、きっと来る」

 ブランコを漕ぎながら、不審者を見る目つきでヴィータが答えてきた。
 全くと言って良い程に、アリシアと同レベルであった。
 一瞬、呆れ果てた刹那が何も言えなくなる程に。









-後書き-
ども、えなりんです。

間に合った……
季節の行事のおかげで、ぎりぎりでした。
ハム兄復活!
そしてシグナムは考え直せ、君はまだ彼の本性を知らない!
勘違いとは、げにおそろしき現象なり。

では、次回は土曜日です。



[20382] 第十話 戦い以外の生き方が分からない(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/22 20:09
第十話 戦い以外の生き方が分からない(後編)

 僅かな街灯が夜の闇を照らす小さな公園。
 ヴィータは突然現れた少年、刹那を前に訝しげな視線を向けていた。
 だが直ぐに興味をなくし、ブランコを漕ぎ始める。
 何時来るかも分からない待ち人が現れるまでの時間を潰すように。
 本当はシャマルやザフィーラに、せめて明日の夕方まで待てと言われていた。
 アイゼンが万全ではない今、管理局の事もあるし危険だと。
 それでもヴィータは待ちたかった、待っていたかったのだ。
 だから暗い公園で一人ブランコを漕いでいても苦痛ではない、寧ろ夕方の事が思い出されて嬉しくなる程だ。
 小さく微笑みを浮かべたヴィータであったが、直ぐに顔を引き締め、傍に居続ける刹那を睨みつけた。

「んだよ、まだなんか用か?」
「守護騎士のヴィータ、お前を迎えに来た」

 告げていないはずの名を言われ、ヴィータがブランコから飛び降りた。
 そのまま一定距離をあけ、首から提げていたネックレスの先のアイゼンを握る。

「管理局か?」
「昨日、同じ質問に違うと言ったばかりだ。俺がガンダムだ」
「ガンダム、お前が!?」

 そう言えばと、聞き覚えのある声だとヴィータはアイゼンを起動させた。
 まだ修復途中らしく、ところどころにひびが見える。
 勝てるかとはもはや、思わない。
 即座に撤退の二文字を思い浮かべ、そして違和感に苛まれた。
 何故このタイミングで、この小さな公園に刹那が現れたのかと。

「お前が今日の夕方に出会ったはやてが、闇の書の主だ」
「はやてが、本当の主?」

 刹那に突きつけていたアイゼンの頭を、力なく地面の上に落とす。
 その顔に、浮かび上がったのは失笑であった。

「なんだよ……何も変わってなかったじゃねえか。自分の意志で選んだつもりで、結局は全部闇の書の意志かよ。アタシの気持ちは、一体なんだったんだ」

 はやてが本来の闇の書の主であれば、プレシアの娘である。
 ありのままに受け入れれば、恐らくは望んだはずの平穏な日々が待っているはずだ。
 普通の家で、可愛い服を着て、優しい母親と主がいて。
 一時間と一緒にいなかったが、はやてが主である事に良かったという想いはある。
 なのに、どうしてここまで心の中に隙間風のようなものが吹くのか。

「お前達は変わる。はやて達がそう望んでいる。何よりも、お前自身が望んでいる」
「ガンダム、お前は……変われたのかよ?」

 刹那を見上げたその瞳には、縋るような想いが込められていた。
 自分の意志と闇の書の意志とが曖昧で、変わりたい気持ちの本当の所在さえ分からない。
 だからせめて、この気持ちがあれば変われると思いたかった。

「俺は、変わらない」

 だが、望んだ答えは得られなかった。

「俺は戦い続ける。闇の書の件が終われば次の戦いへ。紛争根絶の為に、イオリア・シュヘンベルグとガンダムと共に、朽ち果てるまで戦い続ける」
「変われないじゃなくて、変わらない。何様のつもりだよ、お前……」

 単純に、変われないといわれるだけならば良かった。
 それでもそういう物だと納得し、守護騎士として主のもとへ行けばよかったのだから。
 なのに刹那は自らの意思で変わらないと言った。

「はやてがいて、アリシアがいて。プレシアだってそうだ。アタシ達に変わって欲しいって思うような良い奴が一杯いるのに。変わらないだと?」

 変わりたいと願っても、叶うかどうか分からない自分がいるのに。
 瞳に涙が滲む程に悔しい。
 出来る事ならば変わって欲しいとさえ思えた。
 朽ち果てるまでと言うならば、朽ち果てる事の出来ないこの肉体がある。
 その不滅の体の代わりに、寿命のある、変わる事の出来る体をくれと。

「アイゼン、悪い。無理させちまうぜ」
「Jawohl」
「ヴィータ、何を……」

 地面の上に降ろしていたアイゼンを持ち上げ、拒否を示すように刹那の目の前に振り上げた。

「さっさとアレを出せ、十秒待ってやる。はやてのところへ行くのは、その後だ」
「戦うというのか、俺と。何の為に……」
「気に入らねえ、馬鹿野郎を殴る為だ。文句あるかこの野郎。戦いたくねえ、そんな言葉が吹き飛んじまう程、お前の事が大嫌いなんだよ、ガンダム!」

 何故急にと迷いを見せた刹那へと、ヴィータがあと三秒と叫んだ。
 その左手には、魔力で精製した四つの鉄球が指の間に挟まれていた。
 大きく揺れているヴィータの瞳は、本気であった。

「一、零。アイゼン!」
「Schwalbefliegen」

 まだガンダムの機体を出さなかった刹那へと、躊躇無くヴィータは鉄球を打ち放つ。
 数メートルしかない至近距離。
 鉄球を打ち据える音が鳴り響いた直後には、刹那の目と鼻の先である。
 両肩、胸、額と正確無比に放たれた鉄球が、残り十センチを切ったところで止められた。
 止めたのは、刹那の体から放たれる若草色の光と、淡い空色の粒子の輝きであった。
 鉄球を受け止めいなした輝きは刹那を包み込み、その姿を変えていく。
 ガンダムへと、ダブルオーライザーの姿へと。

「ちッ、今日は最初からそれかよ」
「本当に戦うのか。待ち望んだ主を、平穏を捨ててまで」
「てめえが言う台詞かよ!」

 刹那を見据えながら、ヴィータは空へとあがる。
 アイゼンはボロボロ、昨日の戦いでカートリッジは撃ち尽くしていた。
 ザフィーラの治療の合間をぬってシャマルが作った数発は、蒐集へ赴いたシグナムが全て持っていった。
 勝てる要素どころか、負ける要素の方が遥かに多い。
 それでもヴィータは、一矢報いるまではと刹那のダブルオーライザーを見下ろしていた。









 シグナムは、かつてない喜びに包まれながら、レヴァンティンを握っていた。
 一刀振るえば防がれ、押さえ込んだ刀の対となる刀を振るわれる。
 今度はシグナムがレヴァンティンの鞘で受け止めるが、一瞬の膠着も許されない。
 気を抜けば足で蹴られ、力を抜けば押し切られ体当たり、万全で望めば兜の角を振るわれた。
 逆に隙を見つければ、レヴァンティンを連結刃として切りつけ、膠着状態からシュトゥルムヴィンデ、陣風を放って互いに吹き飛んだ事もある。
 だが今回は、シグナムが力で押される番のようだ。

「どうした、握りが甘くなっているぞ。君も騎士道を歩む者ならば、全力で私を斬り裂き、その手に勝利を掴んでみせろッ!」

 疲労に加え、体中からの失血によりレヴァンティンを握る手に力が入らないのだ。
 刻まれた傷の数など、もはや数えてすらいない。
 それはグラハムも同じで、鎧どころか機体そのものにも傷は及んでいる。
 だというのに、剣を振るう力に衰えは見えず、むしろ鋭さを増しているようにさえ思えた。

「追い詰めた敵をあえて鼓舞するか。それでこそ、我が主に相応しい。その言葉に応えてみせる。レヴァンティン、カートリッジロード!」
「Nein. Ich bin leer」

 命令の拒否を告げたレヴァンティンが、残弾が切れた事を知らせた。
 体力と共にカートリッジも切れたようだ。

「私とした事が。ならば、蒐集したリンカーコアを」
「もう遅い!」

 自分の失態に一瞬気を取られ、決定的な隙を作り出していた。
 片手が塞がるというのに闇の書を取り出そうとした事が、より隙を大きくする。
 接近したグラハムが振り下ろした強化サーベルが、レヴァンティンの鞘を弾き飛ばした。
 これ以上はと焦りを浮かべたシグナムが、不用意にグラハムへと切りつける。
 そのレヴァンティンが、もう一本の強化サーベルで受け止められ、詰みであった。

「この一撃、全力で臨む。トランザム!」

 グラハムのスサノオの機体が真紅に染まり始めた。
 既にシグナムが詰みあがったというのに、一部の隙もみせない行為である。
 神速の一撃。
 その一刀を前にしても、シグナムは諦めてはいなかった。

「レヴァンティン!」
「Sturmwinde」

 陣風、レヴァンティンの刀身から突風が放たれた。
 自爆技に近い格好で、互いが薙ぎ払われ、神速の一撃が標的を見失う。
 自ら放った突風をその身に受けながら、シグナムは宙を蹴って旋回。
 見事、強化サーベルを振り切った格好のグラハムの背後に回り込んだ。
 その手は既に、レヴァンティンを振り上げており、後は振り下ろすのみであった。

「この勝負、私のッ!」
「私の勝ちだ!」

 振り下ろした神速の一撃を止めず、あえてグラハムは振り回された。
 そこは地の上ではなく、宙の上。
 止めなければ、神速を保ったまま縦に回転する。
 シグナムが振り下ろしたレヴァンティンの一撃に追いつき、真下から斬り上げた。
 弾き飛ばされるレヴァンティン。
 そして、呆気に取られた顔のシグナムの首へと、グラハムは強化サーベルを突きつけた。

「良い勝負だった。いずれ、また手合わせを願いたい程に……」
「貴方が望むのなら、望んだ数だけ手合わせします。貴方こそが、私が望んだ主。どうか、私の、私達の主になってください」
「君の本来の主は、私の妹であるはやてだと記憶している」
「そんな妹君、私達の……ですが、私達は決めたのです。闇の書が主を認識出来なくなった以上、我々の意志で主を選ぶと。そして、少なくとも私は貴方を選んだ」

 強化サーベルを首から外した。
 ほぼ最初からであったが、シグナムから敵意は感じない。
 それどころか言葉の証明を行うかのように、敬愛を込めた光が瞳に見られる。

「ガンダムに振られて以降、私の女性運は急上昇だな」
『何が急上昇なのかしら、グラハム?』

 刺々しい言葉と共に通信をつなげてきたのは、リンディであった。

「私の周りが美女ばかりだという事だ。当然ながら君もだ、リンディ。君達は魅力的過ぎて、扱いに困り果ててしまう。あいにく私の体は一つなのだよ」

 この人はと頭を痛めながら、リンディは頭を切り替えた。
 グラハムを主にとは不可解だが、これは好機である。
 主を持たない彼女達に話し合いで、以降の戦闘を回避するための。

『一先ず、休戦と行きませんか? 守護騎士のリーダー、烈火の将シグナムさん』
「私は主以外の言葉はきかん。それが管理局であればなおさら」
『そう、言うと思ったわ。じゃあ、グラハムお願い』

 グラハムを促がされ、露骨に嫌な顔をシグナムがしていた。

「主かどうかは別として、君には少し休息が必要だ。怪我の治療も……無骨な腕で悪いが、今からでも休みたまえ」
「あ、主……それは、私は結構です。自分の足で」
「君を、抱き締めたいな。私に恥をかかせないでくれると嬉しいのだが」

 グラハムの言い分にしまったと思ったシグナムは直ぐに気付いた。
 通信の向こう側で、額に怒りの四つ角を作っているリンディに。
 一つ咳払いし、失礼しますと言ってからグラハムに横抱きにされたシグナムは勝ち誇った顔をしていた。









 ヴィータに続く形で、刹那もまた夜の空へと駆け上がっていった。
 その胸中は、疑問に占められていた。
 明らかに変わりたいと意志を持っているはずのヴィータが、間逆の行動を始めたのだ。
 単純に諦めるならまだしも、戦闘をけしかけるとはどういうつもりなのか。
 何故、如何してと疑問は尽きない。
 念願の主を見つけ、平穏な日々が直ぐそこにあるというのに。
 だがはっきりとしている事はある。
 ヴィータが戦う意志を見せる以上、刹那も応戦するという事であった。
 両肩に設置された太陽炉が、若草色と淡い空色のGN粒子を強く放出し始める。

「お前が戦いを止めないのであれば……ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして、俺とダブルオーライザーが駆逐する!」
「やってみろよ、てめえの何十倍も戦い続けてきた。戦い続けさせられたアタシを駆逐できるなら。アイゼン!」
「Schwalbefliegen」

 再びヴィータが、アイゼンにより魔力精製した鉄球を打ち放った。
 もはやそれが牽制にすらならない事は承知しているのだろう。
 打ち放った直後に、自らもまたアイゼンを掲げて刹那へと向かっていく。
 予想通り、刹那は下手に逃げる事はせず、正面から四つの鉄球をGNソードで斬り裂いた。
 高速の弾丸をいとも容易く、ものともせずに爆煙を振り払いながら刹那が現れる。
 圧倒的な強さ、朽ち果てるまで戦い続けるという言葉も嘘ではない事が分かる光景だ。
 太陽炉はなおも輝きを強め、辺り一体を照らしつけていた。

「だけど、だけどよ!」

 薙ぎ払ったアイゼンをGNソードで受け止められる。
 その衝撃により、ヴィータが瞳に浮かべていたものが飛び散った。
 飛散し、その内の何滴かの雫がダブルオーライザーの顔に落ちた。
 刹那へと肉薄したヴィータは、歯を食いしばりそれ以上語る事を頑として拒んだ。

「何故泣く」
「うるせえ、泣いてなんか。てめえが、ちくしょう!」

 年月を重ねた戦法も何もなく、アイゼンで力任せに押す。
 すると刹那が小さく呻き、鍔迫り合いをしていたGNソードが僅かに後退した。

(コイツ、左利き?)

 一瞬の疑問、それだけでは腰に差したままのGNソードを使わない理由にはならない。
 刹那の右腕は、何をする事もなく遊んでいた。
 まるで、腕かどこかを庇うように。
 ヴィータが刹那の負傷に気付くまでに、時間は掛からなかった。
 考えてもみればつい昨日、闇の雷を破壊したばかりで、怪我がない方がおかしな話である。

「痛い思いをして傷ついて、倒れてもまた立ち上がって。挙句に朽ち果てて。どうして、普通の生活をしようとしねえんだよ!」
「戦い以外の生き方が分からない」
「だから、それを教えてくれる奴が周りにいるだろうが!」

 無理やりGNソードを押し切って、蹴りつける。
 怪我をしているであろう、刹那の右腕を。
 案の定、刹那の動きが鈍り、もう一発今度は胸に足をねじ込み吹き飛ばす。

「くッ、トランザム!」

 怪我を見抜かれた事を察した刹那が勝負を急いだ。
 トランザムシステムを軌道させ、ダブルオーライザーの機体を真紅に染め上げる。
 爆発的に量産される二種類のGN粒子がダブルオーの輪を描き、背を向け落下する機体を支えた。
 重なる二つの輪に支えられ、刹那は痛みの続く腕でもう一本のGNソードを握った。
 そして周囲にGN粒子を撒き散らしながら、加速する。
 ヴィータへと向けて、争いを生み出そうとする守護騎士へと向けて。

「なんでだよ。なんで泣かねえんだよ。お前が泣かずに、戦い続けるから。人間のお前が、変わろうとしないから。本当にアタシ達は……」

 不安と苛立ち、それを胸に抱きながら鉄球を魔力で精製する。
 その時、ヴィータの頭の中に声が響いてきた。

(刹那、お前は相変わらずのガンダム馬鹿だな)

 念話のように頭に直接響いた男の声、だがそれは念話とは感覚が異なっていた。

「だ、誰だ!?」
「ロ、ロックオン……」

 声の主の名に心当たりがあるように、刹那が呟いていた。
 聞こえていたのはヴィータだけではなかったらしい。
 しかも、刹那はトランザムの状態を維持しながら、その足を止めてしまっていた。
 内心の動揺を示すように、手にしたGNソードも降ろし、声に聞き入っている。
 その隙をヴィータは見逃さなかった。
 指の間の鉄球を投げ捨て、アイゼンを両手で握り茫然と佇む刹那へと向かう。

「誰だか、知らねえが感謝するぜ。テートリヒシュラーク!」
「ヴィータ、邪魔をするな!」

 魔力をこめた一撃は、我に返った刹那がGNソードを交差させた状態で受け止めた。
 激しい鍔迫り合いを行い、刹那が押し返す。
 そのまま弾き返し、ヴィータを弾き飛ばした。
 勢いに飲まれバランスを崩したヴィータへと、追い討ちをかける。

(おいおい、女の子には優しくしろよ。ちったあ、俺を見習いやがれ)

 再び聞こえた声に、またしても刹那の動きが止まる。
 今度は空耳ではないと、死んだはずの男の言葉に言葉を返す。

「ヴィータは闇の書、争いを生み出すロストロギアの守護騎士。それを討つのは、ガンダムマイスターとしての俺の役目だ」
(満足か、それで満足か刹那。変わりたい、お前に変わって欲しいと涙を見せた彼女を討って。それがお前が望んだガンダムの姿か?)
「そうだ、ガンダムは……」

 吹き飛ばされ、体勢を立て直したヴィータがアイゼンを構えたのを見据える。
 瞳に滲んだ涙を見せながらも、戦う意志はなおも消えてはいない。

「紛争根絶を体現する者。例え未来に戻れないとしても、俺はこの世界で戦い続ける。そうだ俺が、ガンダムだ!」
「それが理由かよ。お前が戦い続けようとする。それが……紛争根絶、そんな事の為に。気づけよ、お前が戦い続ける事を悲しむ奴が何人いると思ってるんだ!」
「例え何人いようと、俺は戦う。それが世界に変革を促がした俺の罪、その為に戦い続ける事こそが俺の存在意義だ!」
「人間の癖に、アタシら守護騎士みてえな事を言いやがって。この、大馬鹿野郎が!」

 ヴィータがアイゼンを掲げて空を駆け、刹那もまた二振りのGNソードを手に空を駆けた。
 カートリッジを持たないヴィータと、トランザムシステムを使った刹那。
 その戦力差は圧倒的で、勝敗は誰の目にも明らか
 刹那の怪我程度では、到底結果がひっくり返る事はない。
 二人共に結果は理解していた。
 ヴィータは刹那の手により斬られる事を、刹那はヴィータを斬る事を。
 理解しながらも、自分達自身ではもはや止められない。
 そんな刹那を止めたのは、死んだはずの男のたった一言であった。

(変われ、刹那)

 アリー・アル・サーシェスと差し違え、壮絶な最後を遂げたロックオン・ストラトス。
 同じガンダムマイスター、相棒といっても差し支えない存在の一言。
 だからこそ、今までに至る誰の言葉よりも刹那に響いてきた。
 足を止めるには至らなかったが、左腕で薙ぎ払った剣先は明らかに鈍っている。
 得物の数による不利を悟ったヴィータが、鍔迫りに持ち込まず頭を下げてかわした。
 続けて振るった右腕の一撃は語るまでもない。
 振り下ろすより先に、ヴィータが刹那の懐に飛び込んだ。

「誰だか知らねえけど、本当に感謝するぜ。この大馬鹿野郎を、殴れるんだからな。テートリヒ・シュラーク!」

 ついにヴィータの一撃が、ダブルオーライザーの胸に痛恨の一撃を与えた。
 トランザムの真紅の光も消え、刹那が真下に向けて吹き飛ばされる。
 胸へのダメージ、それに加えロックオンの言葉に刹那は茫然自失状態であった。
 落下しながらも機体制御すら行わず、打たれた勢いと重力に引かれて落ちた。
 そのまま公園の中に落ち、地面を陥没させ砂煙を巻き上げる。
 結界すら張っておらず、空の上の戦闘はまだしも、時間が経てば人がやってきてしまう。
 それでも、刹那は立てなかった。

(変われなかった俺の代わりに……)

 トランザムが消えたせいか、その声は涼風に打ち消される程に小さく弱かった。
 それでも刹那は、はっきりとその声を聞いていた。
 共通の意志と目的を持ち、戦い続けた仲間からの言葉を。
 地面の中に埋め込まれた形の刹那の、文字通り真上に降りてきたヴィータが座り込んだ。
 そして泣き笑いの表情で、刹那を見下ろした。

「ざまあみろ、思い知ったかこの野郎。その程度かよ、その程度で朽ち果てるまで戦い続けるなんて笑っちまうぜ」
「戦いだけの人生……」

 呟かれた刹那の言葉に、ヴィータが頷いた。

「止めとけよ。頼むから、止めてくれよ……無理なんだよ、そんな事は。アタシがそうだ。もう何十年、何百年と戦い続けたかも憶えてねえ。変わりたい、武器を捨てて笑いたい。アタシの意志で、笑いたい」
「変われば良い。そう望んでくれる人がいる。望んでいるお前がいる」
「アタシだけじゃねえ、お前もだよ。私に負けたんだから、言う事を聞け。人間のお前が変われなきゃ、人間じゃない私達が変われるはずねえ。頼む、変わってくれよ……」

 止め処なく流れ落ちる涙が、雨のように刹那のダブルオーライザーに降り注いでいた。
 拭う事もせず、止めようとする事もせず。
 ヴィータは懇願するように涙混じりに呟きながら、刹那の胸に自らの額を置いた。
 しゃくり上げながら、何度も何度も変わってくれと。
 それでも刹那は、何もいえなかった。
 ロックオンに変われと言われても、ヴィータに泣きながら懇願されても。
 ただ自分に縋るヴィータの背を、無骨なガンダムの掌で撫でるぐらいしか出来なかった。









-後書き-
ども、えなりんです。

せっちゃんはフラグ建築士なのかは不明。
ただ、知ってますか?
特に一級のフラグ建築士が周りにいると、移るんですよ?
某ウニ頭の日とのように。

では次は水曜です。



[20382] 第十一話 だいたいは、こうだ。諦めろ(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/15 19:44

第十一話 だいたいは、こうだ。諦めろ(前編)

 はやての部屋では、夜の十二時も近いというのに子供達の姦しい声が絶えなかった。
 普段ならば既にベッドの中で眠りに付いているはずが、誰一人として欠伸一つ漏らさない。
 ベッドや勉強机、床にと思い思いの場所に皆が座り、一人の少女に視線を集めていた。
 皆のおさがりを集め、着せ替え人形となっているヴィータである。
 だが本人に嫌がる様子もなく、あれこれ着せられては姿見を前に満足そうに笑っていた。

「ヴィータ、ヴィータ。次こっち、私のも来てみてや」
「おう、任せとけ」
「いいなあ、ヴィータ。色んな服が着れて……あ、これ可愛い。はやて、これ私着る」
「ちょっと待て、それはアタシが前から目をつけてた奴だぞ」

 はやてのお下がりをかけて、ヴィータとアリシアが額をくっ付け唸りあう。
 さながら、小動物の餌の取り合いのように。
 そんな二人の間にはやてが割って入り、喧嘩はあかんとなだめていた。

「明日になったら、お母さんに私の小さい時の服、持ってきてもらおうっと。フェイトちゃんは、お下がりになる服は持ってないの?」
「もう、既にアリシアお姉ちゃんが着てるよ。私は、最近買ったばかりの奴ばかりなんだ。それで前にちょっとお姉ちゃんと喧嘩した」
「あー、あるある。私も、お姉ちゃんのおさがりばかりの時があって、喧嘩はせず我慢してたけど……やっぱり、自分だけの服って良いよね」

 三人が散らかした服をせっせとたたんでいるのは、なのはとフェイトである。
 それでも目の前に沢山の服があれば、話題に事欠かない。
 サイズが合わないのを知りつつ、自分の体に当てたり、アリシアを呼んで当ててみたり。
 ヴィータが一度着た服を、組み合わせを変えて再チャレンジさせる。
 二、三時間前にあったはずの眠気など、影も形もなかった。
 まだまだ着せ替えファッションショーが終わりそうにない中で、ヴィータがとある服を着て一番満足そうにその顔を輝かせた。

「おお」

 白いティーシャツの胸には、デフォルメされたドクロが描かれている。
 黒いプリーツスカートには、髪と同じ色のベルトを斜め掛け。
 腕には黒地にレースの腕輪と足元はゼブラ配色のニーソックス。
 これまでの一番のお気に入りのように、姿見の前でくるくる回っていた。

「えらい、気に入ったみたいやな」
「可愛いよ、ヴィータちゃん」
「良く似合ってると思う」
「むむ……私も、私も可愛いやつ」

 はやてやなのは、フェイトからは言葉で褒められ、ヴィータが目を輝かせた。

「本当か!」
「マゴニモイショウ、マゴニモイショウ」

 はやては一先ず、いらない事を行ったハロをデコピンし懐にしまいこんだ。
 それから対抗心を刺激され自分に似合う服を一生懸命探しているアリシアを指差し、嘘じゃない事を証明する。
 気を良くしたヴィータは、スカートの裾をつまみながら少し考えこむ素振りを見せた。
 なんだろうと皆で見守っていると、ふいに顔をあげたヴィータが部屋の外へと向かう。

「ちょい、何処行くん?」
「あの馬鹿野郎に見せてくる」

 はやての言葉も聞かず、一目散に飛び出していった。
 馬鹿野郎とは一体誰の事か、服を探していたアリシア以外は直ぐにその誰かに行きついた。
 泣きはらし、目を真っ赤にしたヴィータを連れ帰ってきた刹那の事である。
 その時から、何故かヴィータは常に刹那を馬鹿野郎と呼んでいた。
 二人の間で何かあった事は間違いないが、詳細は知るよしもない。

「なんやろ、フェイトちゃんとは違うと思うんやけど……」
「でも、ヴィータちゃんの事だから勢い余ってって事にもなりそうだけど」

 そう呟きあいながら、二人はフェイトを見た。
 部屋を飛び出していったヴィータを、まだ暢気に眺めていたフェイトを。

「どうしたの、二人とも?」
「分かっとらへんやん、この子。あのな、ヴィータは自分の可愛い格好を刹那兄に見せにいったんや」
「刹那さんに自分の格好を可愛いって、言って貰いに行ったの」
「へぇ…………えッ!?」

 ハロが懐にしまわれた今、二人で突っ込むしかなかった。

「遅過ぎるわ、フェイトちゃん」
「にゃはは、ってフェイトちゃん走っちゃ」

 だがそこからは、なのはが止める間もない程に速かった。
 トランザムも真っ青の動きでフェイトが部屋を飛び出し、階段を走って降り始めた。
 ただ数段を残したところで、足を踏み外したようだ。
 どんどんと、お尻を打つ音が聞こえてきた。

「い、たたたたた……刹那、刹那のところに」
「フェイト、大丈夫!」

 悲鳴を堪え泣き出しそうに唸る声が聞こえ、アリシアが服を放り出して出て行った。
 さすが姉妹といったところか。
 同じように部屋を飛び出し、同じように足を踏み外したらしい。
 再びお尻をどんどんと打つ音が聞こえ、最後にフェイトが押し潰される悲鳴が聞こえた。

「何をしとるんやろか。仕方ないなあ。私らも行こか。ちょっとだけ、手貸したってななのはちゃん」
「いいよ、車椅子に。ん~……」
「無理せんでええって」

 なのはがベッドに車椅子を寄せた。
 後ははやてに任せれば良いものを、グラハムがするように両脇に手を差し込み持ち上げようとしたのだ。
 もちろん、介護経験などないなのはは、少し侮っていた。

「うわッ!」
「にゃぁッ!」

 フェイトの事を二人とも笑えなかった。
 なのはが持ち上げようとしていたはやてに押し潰された。









 散々な目に合いながらも、ヴィータの後を追って四人はリビングへとやってきた。
 だがどうやらまだ、間に合ったらしい。
 ヴィータはソファーに座っている刹那をちらちら見ながら、仲間の二人を叱っている。
 その様子をプレシアは困り顔で見ており、刹那は聞いた様子もなく物思いにふけり、アルフは興味なさげに欠伸をしていた。

「お前ら、さっさと着替えろよ。シャマル、お前も綺麗な服が着たいって言ってたろ?」
「それは、そうだけど……」

 この家に来てから、ヴィータが念話で呼び寄せたシャマルとザフィーラである。
 二人はそれぞれ、間に合わせとしてプレシアとグラハムの服を渡されていた。
 なのに未だに、それを身につけず闇の書から現れた時の黒い服を着ていたのだ。
 怒るヴィータの前でシャマルは困惑気味で、ザフィーラは黙していた語らない。

「シャマルの気持ちも察しろ、ヴィータ。蒐集に出たシグナムを待たないわけには、いくまい。我はいっそ、獣形態になれば良い」

 ザフィーラに正論を返され、ヴィータが口ごもる。
 確かにシグナムを一人だけのけものにするわけにもいかず、自分だけ着飾った事を恥ずかしく思った。
 けれど、我慢出来なかったのだ。
 その原因の一端を握る刹那の目の前に、ヴィータは腕を組みふんぞり返って立った。

「おい、馬鹿野郎」

 それはないと誰しも思いながら、ヴィータの行動を見守っていた。
 呼びかけと呼べない呼びかけに対し、刹那は聞こえていないように物思いにふけっている。
 良い度胸だと、腕組を外したヴィータが刹那の脛を蹴った。
 加減はされていたのだろうが、痛いとも口にせず刹那がその顔をあげた。

「なにをする」
「無視するからだろうが。おい、どうだ?」

 もう一度腕を組みなおし、私を見ろとばかりにヴィータが刹那の目の前でふんぞり返った。
 はやてやなのは、アリシアはヴィータの行動に色めきつ。
 普段、刹那へのアタックが遠回りなフェイトを見ているだけに、ヴィータのストレートな行動は新鮮なのだ。
 当のフェイトは、どうしようどうしようと半泣き状態であったが。
 プレシアは早速携帯電話で撮影し出し、シャマルとザフィーラはそんなヴィータの行動に心底驚いていた。
 だが、次の刹那の台詞には、誰もが同情の念を浮かべずにはいられなかった。

「なにがだ?」

 刹那は、何を問われたのかすら分かってはいなかった。
 二階に上がった時にはまだ黒い服を着ていたヴィータが、はやてのお下がりを着て現れたと言うのに。
 態々刹那の目の前で、ふんぞり返りながらもどうだと聞いたのに。

「これはひどい。ハム兄の爪の垢でも飲ませたら……あかん、出会いがしらにチョリーッスって言う刹那兄が幻視出来た。キャラ壊れてるやん。恐るべし、ハム菌」
「フェイトちゃん、実は私達が思う以上に頑張ってたんだね。凄い事だよ」
「会話の半分以上はね、ああ。もしくは、そうかぐらいしか返ってこないんだ。でも、いいの。好きだから、何時か笑ってくれると信じてるんだ」
「よしよし、フェイト。お姉ちゃんが慰めてあげる。信じられない、まさしく馬鹿野郎だね、刹那は」

 刹那がヒンシュクを買ったのは子供達からだけではなかった。
 今にも携帯電話を握りつぶしそうなプレシアはもちろん、シャマルやアルフも絶対零度の視線である。
 唯一違う視線を送るザフィーラは、それでも哀れみの目であった。
 そして、なにがだと聞き返されたヴィータは、顔を真っ赤にして少し瞳に涙を浮かべていた。
 あまつさえ、相手にされていない恥ずかしさから、プルプル震えている。
 だがそこで止まらないのがヴィータであった。

「てめえ……女の子が着替えて来たら、一言あってしかるべきだろうが。私の格好を見て、なんか一つぐらい思う事があるだろう!」
「それがなにも、思いつかない。俺は、何を言えば良い?」

 本当に何を言えば良いのかわからないらしい。
 ヴィータは今にも振り上げそうだった拳をなんとか降ろし、刹那に背を向けた。
 諦めたのか、誰もがそう思う中でぴょんと飛び退った。
 刹那に背を向けた状態でそうすれば、おのずとその懐に飛び込む事となる。

「なにをしている?」
「てめえが何か言うまで、絶対どいてやらねえ。せいぜい、足でも痺れやがれ!」
「その前にガンダムに」
「なったら本気で怒るぞ。あんな堅いのの上に座ったら尻が痛えだろうが」

 それはつまり、お尻が痛くなる程密着しているとも取れる発言である。
 なのはの言う通り、ヴィータの勢いは本人の自覚もないままに突き抜けていた。
 まだまだ話しかけるので精一杯のフェイトを、たった一日でヴィータは超えてしまった。
 フェイトの落ち込みようはすさまじく、床に両手をついてうな垂れている。
 それに気づかないのは、当人である刹那のヴィータばかり。

「早く、なんとか言えよ」
「…………」

 黙りこくる刹那を見上げ、ヴィータが足をぶらぶらさせながら催促する。
 端から見れば、兄妹に見えなくもない光景である事にフェイトは気付かない。
 逆にフェイト以外は、兄妹みたいな感覚かと気付いていた。
 まだかまだかとヴィータが催促し続ける中で、ソファーの前にあるテーブルに魔法陣が浮かび上がった。
 プレシアが普段使っているノートパソコンが基点となっている。
 直ぐにプレシアがパソコンを操作すると、続いて空中に魔法陣が展開され通信が繋がった。

『あら、そちらも動きがあったと言う事かしら?』
「色々と……グラハムは無事だったようね。こちらも、ね」

 浮かび上がった魔法陣の向こう側から、こちらを見て言ったのはリンディであった。
 リンディが着る制服を見て、管理局かとさすがにヴィータやザフィーラ、シャマルが警戒を強めていた。
 そこはプレシアが気軽にリンディに答える事で、心配ないとヴィータ達に教える。
 ただヴィータ達は、リンディの直ぐ後ろにいる人物を見て、警戒はそのままに疑問を浮かべていた。 
 リンディの後ろに、憮然とした表情のシグナムがいたからだ。
 捕まっているというわけではなく、拘束された様子もない。

「おい、シグナム。なんでお前そんなところにいるんだ?」
『好きでいるわけではない。主、候補の命令だ。お前達こそ、なぜそこに……本当に、何をしている。まさか、その男がお前が選んだ主候補か?』
「こいつはただの馬鹿野郎だ。主候補って……その男がか?」

 ヴィータがその男といったのは、グラハムであった。
 問いかけに対して、シグナムは嬉々として語り始めた。

『その通りだ。私はかつてない真剣勝負の中で、彼に負けた。そして、仕えるならば彼のようなき、武士にと心から思った。だから、選んだ。彼こそが我々の主だと』
『君は連戦続きで疲労困憊だった。次は分からんぞ。もっとも、私も負けるつもりはないがな。と、私達の方はそう言う事だ。そちらも、何かあったようだが?』
「まあ、ハム兄が主なら状況は対して変わらへんからどっちでもええけど。初めまして、シグナムさん。私がヴィータに選ばれた主です」
『グラハム殿が兄。そうか君が……』

 通信用の魔法陣の前に、はやてが車椅子を転がして進み出る。
 守護騎士の最後の一人が、通信の魔法陣越しで邂逅した。
 だがその反応は少しばかり、鈍いものとしかいえなかった。
 既にシグナムがグラハムを闇の書の主として己の意志で選んだせいか。
 はやてを見ても、シグナムは特別な感情を抱いたようにも見えなかった。

「どうしたんだよ、シグナム」
『いや、本当の主と視線を交わしたというのに何も感じん。グラハム殿には、勝負に負ける以前に、感じ入るものがあったというのに』
「貴方もなの、シグナム?」

 シグナムの何も感じないという言葉に共感する言葉を、シャマルが呟いた。

「どういう事だ、シャマル? 我は、ヴィータと同じく主はやてに特別なものを感じる。主はやての為ならば、力なき彼女の為に牙となり盾となりたいと思う」
「ヴィータちゃんもザフィーラもそう感じて、私だけだったから黙っていたんだけど……はやてちゃんからは、可愛い女の子という感情以外に何も感じないの」

 シャマルが、プレシアから借りた服を着なかった本当の理由はそこにあった。
 主を感じ取られないのが自分だけなのか、シグナムが戻るまで答えを保留したかったのだ。

「むしろ、言葉一つ交わしていないグラハムさんに、何か特別なものを感じるわ」

 シャマルの言葉を聞き、特にグラハムが興味深そうにほうっと声をあげた。

『そうか、私はなんと罪深い。私の運命の赤い糸は無差別に女性を誘惑するように進化したようだ。その責任は取ろう、君を私色に染め上げる事で!』
「え、いや……そう言う意味で特別と言ったわけじゃ」
『私、八神・E・グラハムは君との真剣なる勝負を所望する。もちろん、ベッおぅ! な、なんだと!?』

 忽然と、悲鳴だけを残してグラハムが通信の魔法陣から消えた。
 通信の向こうに見えるのは、魔力の羽が背中から見えているリンディである。
 さらに鞘に入れたレヴァンティンを、シグナムが何度も床に何故か突きたててた。
 メキメキと何かが潰れる音と、ガスガスと叩く音が繰り返されている。
 想像はつく、通信の向こうで何がどうなっているか想像はつくが、突っ込めなかった。
 なぜならば、八神家側でもリンディと全く同じ笑みをプレシアが浮かべていたからだ。

「さあ、そろそろ子供は寝る時間ね。あ、そうそう。フェイト、バルディッシュを置いていきなさい。メンテしておいてあげるから」
「え……あ、うん。母さん、な、なんでもない」
「死んだ、絶対にハム兄が死んだ……」
「はいはい、子供は見ない見ない。ほら、なのはもアリシアも、ボケッとしない」

 気をきかせたのか、子供には見せるべきではないとアルフがプルプル震える子供たちを追い出しにかかった。
 その子供達が居なくなったことで、プレシアはフェイトから預かったバルディッシュを起動させた。

「リンディ、これから次元間魔法を撃つから全力で防御なさい」
『さすがに止めて。その分、私が捻りつぶすから。良い事を教えてあげるわ。この人、シグナムにも粉をかけてたのよ』
「念入りにお願いするわ。子供がいる前で調子に乗った上に、私との約束を放り出して、若い娘のところに。万死に値するわ」

 危うくその怒気を向けられそうになっていたシャマルも、ザフィーラに抱きついている。
 子供として出遅れたヴィータも、プルプル震えながら刹那に抱きついていた。
 唯一冷静だったのは、刹那ぐらいのものであった。
 普段通りの冷めた視線で、この馬鹿騒ぎを眺めているのを止め、呟いた。

「その辺にしておけ。問題はこれからどうするかだ。守護騎士達は戦いを止めた。俺達にもはや、戦う理由はない。後は、管理局がどう出るかだ」
『少年、やはり私の味方は君だけか……武士道とは、刀の道。己が刀を存分に振るいたいと侍が願って何が悪い。幼女趣味の少年とはいえ、君も男だ。共感を求む!』
「リンディ、骨の一本でもへし折っておいてくれ」
『いっそ、その刀をへし折ってやろうかしら』

 最後にメコリと、何かを床に一押ししてから、リンディが改めて通信に向き直った。

『そうね、そろそろ本局の方もゴタゴタが落ち着きそうなの。余計な茶々が入る前に、決着はつけておきたいわ』
「なら改めて聞く、お前達に戦う意志はあるのか?」

 刹那は、通信の向こうにいるシグナムを含めた守護騎士全員に尋ねた。
 元々彼女達が戦っていたのは、主が捕らえられていると聞いていたからだ。
 その誤解も、現状は解けている。
 主に対する認識が守護騎士内で分かれているが、それはおいおい仲間内で話せば良い。
 肝心なのは、守護騎士達がこれ以上、特に管理局と事を構える気があるかどうかだ。

「当たり前の事を聞くんじゃねえ。私はもう、戦わない。戦わないんだ」
「我もだ。特に主がそう望む以上は、戦わぬ」
「私は元々バックアップ要員なので、皆が戦わないのなら……」

 ヴィータとザフィーラ、シャマルは己の意見を呟き、通信の向こうにいるシグナムを見た。

「以降、絶対に戦わないとは言わない。戦うべき理由があればレヴァンティンを手に取る。だが、今はその理由がない。だから戦わない。それだけだ」

 守護騎士四人の意見とまとめるシグナムが、条件付で戦う事を否と断じた。
 それを耳にし、特にヴィータが喜びを露にしている。
 戦う事に疲れていたのだから、それも当然か。

「ならば、リンディ。お前達はどうする?」
『こちらは被害が出ているし、闇の書が第一級捜索指定のロストロギア。前回のように、誤魔化すのは無理ね』
「無理やりにでも裁判に連れて行くって言ったら、多分この子が武力介入するわよ」

 プレシアがこの子と言ったのは、もちろん刹那の事であった。
 その瞳の意志を覗き込めば、プレシアの言葉が嘘ではない事は分かる。
 改めて指摘されずとも、リンディもそれぐらいは承知であった。

『無理やりは連れて行かないわ。納得してもらうの。先に、一度こちらでシグナムさんと会話したわ。穏便に済ます方法を』
『幸い、私達が直接殺めた人間はいない。最初に出会った使い魔の猫二人も、自分達の仕掛けで勝手に爆死しただけだ。だから、怪我人が発生した数だけ無償奉仕だそうだ』

 そう言ったシグナムは、不本意だという顔をしていた。

『グラハム殿の意向もある。面倒事は避けるべきだと。だから、私とザフィーラの二人が、管理局に出向する。シャマルは戦闘向きではないし、ヴィータは戦うべきではない』
「お前とザフィーラだけ……」
『気にするな。私はお前程、戦いを嫌ってはいない。ザフィーラには、貧乏くじをひかせてしまうが』
「異論ない。面倒事を避けるという点において同意見だ」

 喜んで良いのか、複雑そうな顔ですまないとヴィータが呟いていた。
 守護騎士達と管理局が争わないのであれば、ほぼ問題は解決したも同然であった。
 そもそも、この混乱の原因は管理局にもあるので、後は裁判、クロノの出番であろう。
 残る問題は一つ、闇の書の主が本当は誰なのかと言う事である。
 本来ははやてがそうだと思われていたのだが、土壇場でグラハムも候補にあがってしまった。
 シグナムが感じたものを否定するわけではないが、改めてヴィータが尋ねた。

「なあ、本当にさっきの金髪の兄ちゃんが主なのか?」
『私は、少なくともそう感じた。そう、選んだ。そもそも自分達の意志で選ぶと言い出したのはお前ではないか』
「アタシじゃねえよ、ザフィーラだ」
「何も四人が同じ主に仕えなければならない事はあるまい。各々が望んだ主に仕えれば良い」

 そうザフィーラは言うが、四人で守護騎士、ヴォルケンリッターなのだ。

『一度、はっきりさせるか。どうにも、収まりが悪い。我らの意見が分かれていると、特にだ』
「そうだな、アタシらはこれまでずっと同じ主に仕えてきたんだ。最後まで同じ主がいいな」
「ずっと一緒だったんですもの。ヴィータちゃんの言う通り、はっきりさせましょう」
「主はやてだろうと、主グラハムだろうと。仕える事に変わりはない。だが、お前達がそう言うのであれば、我も従おう」

 一体誰が本当の主なのか、知りたいという四人の意志ははっきりとしていた。









-後書き-
チョリーッス、えなりんです。

ハムが性的な方面で段々おかしくなってきた。
一応理由はあるんですけどね。
今までフラッグだったので三大欲求がなかったんです。
そしてイオリアの手により人に戻り、三大欲求が溢れた。
今のハムは、思春期の中高生並みに盛ってます。
未だ刹那を追っかけてたら、本当にいけない世界がひろがる所でした。

さて、次回は土曜日の投稿です。
そろそろりりかるグラハムの終わりも近いです。



[20382] 第十一話 だいたいは、こうだ。諦めろ(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/22 20:09
第十一話 だいたいは、こうだ。諦めろ(後編)

 早朝、八神家の中でも朝食を用意するプレシアかはやてぐらいしか起きていない時間帯。
 フェイトは、珍しく早い時間に目を覚まし、起きだした。
 普段は寝ぼけ眼である瞳もパッチリと開いており、やる気に満ち溢れている。
 ベッドから降り、まだ夢の中にいるアリシアへとシーツをかけ直す。
 良い夢を見ているのか、ふにゃりと笑うアリシアの顔をつんと突いてから、着替えを始めた。
 昨晩の内に、予め出しておいた一張羅である。
 それはかつて、刹那が一番似合っていると言ってくれた赤いリボンのついた黒のワンピースであった。
 長袖のそれは、六月に着るには少し暑いのだが、その程度は我慢の一言。
 着替え終わったフェイトは、時間を惜しんで急ぎ階下へと向かい、リビングの扉を開けた。

「おはよう、母さん。はやて」
「あら、珍しい。こんなに早く、しかも着替えまで済ませてるなんて。一体どういう風の吹き回しかしら」
「本当に、でもまあ。早起きはええことや。おはようさん、フェイトちゃん」
「アヤシーナ、アヤシーナ」

 はやての胸元に鎮座するハロにまで指摘され、フェイトは少し顔を紅潮させながら押し黙った。
 そのまま三者のどうしたのだと言う視線を前に、ソファーへと向かう。
 刹那が普段、寝ているソファーである。
 背もたれのせいでその姿は確認出来ないが、その一歩手前でフェイトは立ち止まった。

「何してるのかしら、あの子」
「さあ?」

 深呼吸する様をそう評されても、フェイトはめげない。
 そして、よしっと一歩踏み出し、ソファーを上から覗き込んだ。

「刹ッ……な? あれ、あれれ? いない、の?」

 辺りをキョロキョロ見渡し、座布団を捲ったりと起こしにきたのにいない刹那を探す。
 迷子が親を探すようにウロウロするフェイトを見て、プレシアとはやては必死に笑いを堪えていた。
 もちろん、プレシアの手には撮影中の携帯電話が握られている。
 苦手な朝を克服し、大好きな男の子を起こしに来たのに肝心のその相手がいない。
 逸材過ぎると、笑いを堪えすぎて真っ赤に膨れ上がる顔を必死に顔で抑えている。
 そこへやってきたヴィータが、笑いを堪える二人を見てから、その視線の先にいるフェイトに気がついた。

「なにやってんだ、お前?」
「あ、ヴィータ……あの、刹那がいないの」
「いるわけねーだろ。あの馬鹿なら、もっと早くにバイトだとか言って犬連れて出てったぞ。最近サボってたからどーとかで」

 恥も外聞も捨て、半泣きでフェイトは恋敵に尋ねた。
 その答えがまさか返って来るとは思わず、胸が苦しくなって瞳にジワリと涙が浮かぶ。
 それが零れ落ちるのは、時間の問題であった。

「朝トイレにいった時に見たんだよ。て、なんで泣くんだよ。おい、意味がわからねえ!」
「ずるい、ヴィータずるいよ。私ももっと刹那と、刹那に可愛いって。うぅ……」
「はいはい、このぐらいで泣かないの。ヴィータちゃん、気にしなくて良いから。昨晩からちょっと、参ってるのよこの子。フェイト、恋は強くなきゃ耐えられないわよ」
「母さん、だって……だって。好きなのに、上手くいかないの」

 プレシアに抱きしめられ、本格的にフェイトが泣き始めた。
 気にしなくて良いと言われたとはいえ、ヴィータも自分のせいかと罰がわるい。
 なにがどう、自分のせいなのかはいまいちよく分かっていなかったが。
 ただ、はやてからフェイトが刹那の事を好きな事を知らされ、逆に恥ずかしくなった。
 まさか自分が刹那に対してそういう風に思われているとはと。

「自分の行動を思い出して恥ずかしくなってきた。やべえ、馬鹿野郎の顔がしばらく見れねえぞ」
「まあ、良くて近所のおしゃまな女の子が、近所のお兄ちゃんに甘えてるぐらいやけどな」
「ハツコイ、ハツコイ。アマズッペーナ!」
「や、やめろ。それ以上、言うな。うがぁッ!」

 ついに耐え切れず、ヴィータが両手で顔を覆いながら床を転がり始めた。

「なんだか賑やかですけど、何かあったんですか?」
「ヴィータ、床を転がって何をしている。守護騎士として恥ずかしいとは思わんのか?」
「折角の服が、汚れてしまうぞ」

 シャマルやシグナム、ザフィーラが現われ、奇異な瞳で特にヴィータを見ていた。
 二人とも、昨晩まで着ていた黒い服ではなく、借り物の服を着ている。
 シャマルは淡い緑のワンピースに夏物のカーディガン。
 シグナムはチュニックシャツにジーンズと、プレシアから借りたものであった。
 ちなみにザフィーラは、獣形態とアルフにあわせていた。

「うお、しまった。はやて、すまねえ。服、汚しちまった」
「気にせんでええ。汚れたら洗うだけや」

 一気にしゅんとしてしまったヴィータをはやてが撫で付ける。
 そこへ新たに、アリシアとなのはを伴なって、グラハムが起きてきた。

「諸君、朝の挨拶。即ち、おはようと言う言葉を謹んで贈らせて貰おう」
「また今日も、一番最後だった。お泊りしに来てるのに恥ずかしい。おはようございます」
「おはよぉ……ふ、フェイトどうしたの!?」
「え、ううん。なんでもない。そうだよね、母さんの子だもん。強くないと、いけないよね。私、頑張るよ!」

 フェイトが、急に前向きな発言をし始める。
 最初はその通りよと抱きしめていたプレシアは、フェイトが自分とグラハムを見比べている事に気付いた。

「あれ、私何時の間にか逆に慰められてるのかしら?」
「おやおや、一体何を仕出かしたのかね? プレシア、君らしくもない」 

 はっはっはと陽気に笑うグラハムを見て、プレシアは確信した。
 自分以上に茨の恋なのだと、フェイトに慰められてしまった事に。
 そして、今日も八神家には紫色の雷が局地的に発生する事になる。









 食卓とリビングのソファーがあるテーブルとで、二手に別れての朝食となった。
 アルフの散歩ついでにバイトに出た刹那が戻ってきてからの事である。
 主に賑やかで、食べこぼしの危険がある子供達が食卓に陣取り、大人達はソファーのあるテーブルへと腰を落ち着けた。
 もちろん、ヴィータは子供側であった。
 最初は憮然としていたものの、食事が始まれば直ぐに忘れて箸に苦心しながらも食事に手をつけ始めている。

「えへへ、友達の家での朝ご飯って何回食べても不思議な感じ。あれ、ヴィータちゃん」
「なんだよ。おかずならやらねえぞ。アタシんだ」
「そうじゃなくて、お箸の持ち方が……」

 昨晩は夜も遅かった為、プレシアがヴィータ達の為に用意したのは手軽なおにぎりであった。
 その為、箸で食べるちゃんとしたご飯はこれが初めて。
 なのはの指摘に皆が視線を集めると、ヴィータは二本の箸を握りこんでいる。
 すかさずアリシアがお姉ちゃんぶって、箸を持つ手を挙げて見せた。

「ヴィータ、お箸はこう持つんだよ、ほら」
「アリシアお姉ちゃん、それ間違ってる。こうだよ」
「いや、フェイトちゃんも微妙に間違っとるで。こうや、こう」
「くっ、指がつりそうだ。なんでこんな、このこの!」

 小さく短い指で頑張ってみるものの、なかなか上手く箸を使えない。
 良い機会だとばかりに、なのはとはやてはフェイトとアリシアの箸の使い方の矯正も始めた。
 朝食という、実戦形式でだ。
 そして大人に分類されながら、シャマルとシグナムもまた箸には苦戦していた。
 いやシャマルの場合は、箸ではなくグラハムにだろうか。

「あの、手本を見せていただければ結構ですので」
「恥じる事はない。日本の教え方に、手取り足取りという言葉もある。さあ、もっと私に身を委ねたまえ。身も、心も。そうだ、もっとだ」
「息が耳に、顔が近……集中できません」

 なにしろわざわざ後ろから抱きしめられる形で、箸の握り方を教えられていたのだから。
 耳元で囁かれるように指示され、実際に手を取られシャマルの顔は赤く熟れっぱなしである。
 そして、まったく同じタイミングで、とある二人の箸がミシミシと悲鳴をあげていた。
 プレシアとシグナムである。
 穏やかな朝食の時間を壊さないように目一杯の笑顔であるが、その額には血管が浮き出ていた。

「シグナム……た、助けて」
「なんだシャマル、自慢かそれは? 主候補であるグラハム殿を独り占めした自慢か?」
「曲解しないで。プレシアさん、ひィッ!」
「あら、どうしたのかしらシャマルさん。悲鳴なんてあげて。それとも私の焼き魚、欲しかったのかしら?」

 今にも泥棒猫と言い出しそうなプレシアを前に、シャマルは思い切り首を横に振っていた。
 単純に、卓を汚す汚さないで分けられたのではなく、子供に修羅場を見せない配慮であったのかもしれない。

「二人とも、何を怖い顔をしている。そんなに箸の持ち方を教えてほしかったかな?」

 こんな時、プライドがない方が勝つのかもしれない。
 少なくとも、母親として箸がきちんと持てないなどとはプレシアは嘘でも言えなかった。
 何しろ箸の存在を知ったその番に、アリシアとフェイトに教える為に徹夜をしてでもマスターしたぐらいだ。
 直ぐそばの別卓でわいわいと食事する子供達の前では、口に出来ない。

「グラハム殿、私もこの箸というものには少々苦戦を強いられている。どうか、ご教授願いたい」
「くッ……絶対に、言えない」

 先手を取ったとシグナムが笑みを浮かべ、プレシアが母親を棄てられずに悔やむ。
 だが結果は意外な方へと転がり込んだ。

「そうか、ならば失礼する」
「え?」

 シャマルの手を放し立ち上がったグラハムが、プレシアの後ろに回りこみその手を取った。

「私は我慢弱く落ち着きがない上に少々天邪鬼だ。好みのタイプの女性にはついつい意地悪をしてしまう。子供っぽいと君は笑うかな?」
「そうね、まったくその通りだわ」

 さすがに場数が違うのか、プレシアはシャマルのようにはうろたえない。
 耳元で囁かれ、その手をとられても、湧き上がる嬉しさに惑わされなかった。
 好みのタイプの女性にはついつい意地悪をしてしまう。
 先程、シャマルが嫌がっても体を密着させて教え、プレシアとシグナムをいらつかせた。
 そして今も、自分の番のはずがとシグナムは肩を落としている。
 結局のところ、誰が好きかとは直接言わないごまかしだ。

「ねえ、知ってるグラハム。箸ってこういう使い方も出来るのよ?」

 グラハムの手を逆に握り返し、指の間に箸を挟んだ状態で強く握り締める。
 物が物であれば、列記とした拷問にもなりえる仕打ちであった。

「ふっ……新感覚だと言っておこう。脂汗が流れ落ちる程に。さて、何時まで続くかな?」
「何時までかしら、私が雷を落とすか。それとも、方法は任せるわ」
「やはり私は堪え性がない。すまない、謝罪の気持ちだ」

 そう言ってグラハムは、プレシアの頬に小さくキスを落とす。
 もちろん、子供達から見えないようにだ。
 間近で見てしまったシグナムとシャマルは、衝撃的な場面を前に箸を取りこぼす。
 そんな二人を前にプレシアは勝ち誇った顔であった。
 たった一ヶ月とはいえ、夫婦同然の生活をしてきた自負がある。

「食事中に歩き回るのは、やはり失礼だったな。シグナム、それにシャマルも。君達は後で私と特訓だ。あえて言わせてもらおう、プライベートレッスンだと」

 その自負が粉々に砕け散った次の瞬間には、本日二度目の雷が落とされていたが。

「この家は、普段からこうなのか? ヴィータはもとより、シグナムもシャマルも守護騎士としての面影が……せめて、我だけでも」
「だいたいは、こうだ。諦めろ」
「私の予備のお皿でドッグフード食べて言う台詞か? この家に来たら、誰しも変わる。変わらない奴なんて、いないのさ」

 アルフの言葉の前に刹那は箸の動きをしばらくの間止めていた。









 とある次元にある無人世界。
 昨晩にグラハムとシグナムが立ち会ったような砂漠ではなく、岩肌の大地が地平線の彼方にまで広がっている。
 生命の気配は殆ど見られず、乾燥した肌寒い砂風が吹いていた。
 闇の書を一度管理局に譲渡した後に、それが転送された世界であった。
 現在もあの時と同じように、管理局特性の結界が設置されている。
 ただし、その規模は以前よりもいささか減衰していると言わざるを得ない。
 本局の全面バックアップがあった当時とは違い、アースラクルーのみで同じ結界を設置しているのだから当然だ。
 周りへの指示をエイミーを通して出しながら、クロノが眉間に皺を寄せながら呟いた。

「何時もの事とはいえ、人手不足が否めませんね。リーゼ姉妹がいてくれれば……すみません」
「仕方がないわ。事を急ぎたいのは、彼女達も私達もお互い様」

 クロノの呟きを失言とは咎めず、リンディは肩を竦めた。

「はやてちゃんかグラハムか。どちらが主にせよ、闇の書の主を問わないという契約は履行されそうにない。闇の書がタイミング良く起動し過ぎたわ」
「出来れば、本局の介入がある前に僕らだけで決着をつけたいものです。執務官にあるまじき発言ですが、彼らに有利な形で」
「決着がつけば良いけどね」

 ネガティブな発言を前に、明らかにクロノが嫌そうな顔をしていた。
 睨みこそしないものの、不機嫌な顔も隠さずにアドバイザーとして連れてきたユーノを見る。

「闇の書が安定しているだなんて、とんだ勘違いだよ。爆弾が時限式から、何時爆発するか分からなくなってより不安定になってしまった」
「だから、こうして主選定の準備をしている。本局に介入されたくない僕らの意向や、守護騎士達の主を求める意志。その両方を尊重して」
「そう言う事、出来れば何事もなければ良いのだけれど。来たわね」

 結界の丁度中央となる場所にいたリンディ達。
 その視線の先に、一つの魔方陣が浮かび上がり始めていた。
 魔力光が紫色なのは、恐らく術者がプレシアだからなのだろう。
 大人十数人は軽く踏み入れる事の出来る程に大きな魔方陣が展開される。
 一部作業の手が止まる者が現われ、すかさずクロノが手を止めるなと指示を飛ばす。
 その僅かな間に、魔方陣が完成し、一際大きく瞬いた。

「お待たせしたようね。それとももう少し、のんびり来た方が良かったかしら」
「虐めないで、プレシア。人手が足りないのよ。でも結界と、緊急時の離脱に関する準備は出来てるわ。あまり、長い時間は持たないけど」

 術者のプレシアを中心にグラハム達が現れた。
 当然の事ながら守護騎士達も同伴しており、その手には闇の書が抱えられている。

「あ、ユーノ君だ。久しぶり」
「なのは……なんだ、クロノこの手は? 僕にはなのはとの再会を遮っているように見えるんだけど」

 なのはがユーノを見つけて直ぐに声をあげ、手を振り始めた。
 直ぐにはやてやフェイト達も気づいて、嬉しそうに駆け寄ろうとする。
 それを見て久方ぶりの再開にと、ユーノも駆け出そうとした。
 だがその一歩を踏み出す前に、クロノがユーノの目の前に腕を差し出し止めた。

「他意はない、落ち着け。一人、見知らぬ人がいるのだが……」
「ああ、この人は我々の協力者だ。主に、少年のガンダムと私のスサノオの製作に関わっている。もちろん、魔導技術の造詣も深い。連れて行って欲しいと頼まれたのだ」
「イオリア・シュヘンベルグだ。生まれは地球だが、君達の事は良く知っている。見学させていただこうか」

 突然の申し出に、クロノはリンディに視線で確認をとった。
 今更グラハム達を疑うわけではないが、さすがに唐突過ぎた。
 だがそれは、グラハム達も同様である。
 主選定の為に、この世界へと転移する直前に、いきなり現れたのだ。
 まるで何もかも事情を察した上でのように。

「今更追い返すわけにもいかないし、お願いするわ。この人の頭脳には、私も舌を巻くぐらいだから。邪魔どころか、当てにしててよいわよ」
「分かりました、許可します。ただし、私達の許可なく、不用意な行動は謹んでいただけるようお願いします」
「当然だ。私は何もしない。あくまで見ているだけだ」

 イオリアの立会いの許可が出た為、改めて全員がそろった事になる。
 管理局側から、責任者のリンディとクロノ、他クルー。
 そこに加えて、闇の書について色々と調査していたユーノがアドバイザー。
 ユニオンという架空の組織からは、グラハムを筆頭にプレシア、刹那。
 力こそあるが戦力外のなのはとフェイトにアルフ、本当に戦力外のアリシア。
 そして本来ならば闇の書の主であったはずのはやてである。
 最後に闇の書側として、守護騎士であるシグナムとシャマルにヴィータ、ザフィーラ。
 四人はこれまでのしきたりだとして、あの黒い服装に戻していた。

「では、まず僕ら管理局側の知りうる情報を、協力者であるユーノから説明させてもらう。特に守護騎士の四人は冷静に聞いて欲しい。例え、それが信じられない内容だとしても」
「ハードルを無闇にあげないでくれ……クロノ」

 クロノが言った内容に身構え、特にシグナムがユーノを睨みつけていた。
 私の友人でもあるとグラハムが耳元で囁かなければ、ユーノはフェレット化して逃げ出していたかもしれない。

「改めて、ユーノ・スクライアです。僕が闇の書について調査したのは、本局にある無限書庫にてです。そこで以下のような事実が判明しました。闇の書は既に壊れていると」
「なん、だと? それは一体どういう事だ? 返答次第では、ただでは済まさんぞ」

 シグナムやザフィーラは元より、戦いに否定的なヴィータやシャマルでさえユーノをにらみつけていた。
 下手な事を言えば、本当に斬りかかりかねない雰囲気であった。

「止めたまえ、四人とも。ユーノは嘘を言うような男ではない。一見、華奢だが。いざと言う時には好いた少女の為に命を張れる。立派な男だ」
「そうやでぇ、大好きな子の為にな。なー、なのはちゃん?」
「え、私もその場にいたのかな? にゃはは、ちょっとわかんないかな?」
「フタマタ、フタマタ。ユーノ、クロノ。クロノ、ユーノ!」

 ハロの言葉には、さすがになのはが止めに入った。
 はやての胸元で揺れていたそれを両手で握り、赤みのさした顔で振り返る。
 ユーノに加え、最近は翠屋で会う事の多かったクロノへと。

「クロノ、後で話がある。男の拳的な意味で」
「もやしっ子である君が僕に勝てるわけ、ってそうじゃない。真面目な場でちゃかさないでくれ!」
「なのはの事、遊び……だったの?」
「サイテー、クロノ君サイテー」

 フェイトとアリシアの言葉には、今一度違うとクロノが叫んでいた。
 始めたのはグラハムとはいえ、子供達が加わると収拾がつかない。
 これでは話が進まないとリンディが両手を叩きながら止める。

「はいはい、皆さんそこまで。とりあえず、なのはちゃんと二人の恋の行方は後で尋問するとして。シグナムさん達は、この子達の人柄を理解してもらえたかしら?」
「ああ、問題ない。己の気持ちも素直に言い出せないなさけない男だと言う事は」
「不本意だ。はなはだ不本意な見解だが、目を瞑ろう。痛手をこれ以上、深めない為に」
「その通りだね、クロノ」

 ユーノとクロノの二人が同時に咳払いをし、一瞬強い視線を交差させてから続けた。

「闇の書は歴代の主から改変を受けていた事で、本来の目的から外れた物になってしまいました。その目的とは、偉大な魔法を後世に残す辞典。蒐集は本来その為のものであり、本来の名前は夜天の書」

 特にユーノが闇の書の本来の名を呟いた時、守護騎士の四人ともが明らかな動揺を見せていた。

「そのような役目、我等は知らない。だが、その名を聞くと胸に詰まるものがある。その想いがその名を肯定している」
「呪われた書じゃないって願望かもしれねえけど、胸がざわざわする」
「右に同じくです。なんだか、その名前には心地よさのようなものを感じます」
「これまで感じた事のない、それとも忘れてしまった感情か。ユーノの言葉が嘘ではないと直感的に悟る事が出来る」

 胸を鷲掴みするように抑えていたシグナムをグラハムが支えた。
 この時ばかりはプレシアも何も言わず、黙って同じようにヴィータを支える。
 シャマルはアルフが、獣形態だったザフィーラは伏せるようにしていた。
 思った以上に衝撃的だったようだと思いながら、ユーノはさらに衝撃的な事実を告げるべきか迷った。
 だが改変の明らかな証拠として、それを言わないわけにはいかなかった。

「そして、夜天の書への繰り返される改変による悪意が、やがて主にも及ぶようになった。はやての足が動かなかったのは、そのせいだ」
「もっとも、今はツインドライヴのおかげで動くようになってきたけどな」
「そのおかげで、彼女達は君と闇の書との繋がりが薄れ、主を見失っちゃったんだけどね」

 その通りでしたと自分の頭を叩いて笑うはやてに、どれだけ守護騎士達が救われた事か。
 特にシグナムやシャマルは、例え結果的にはやてが本当の主であろうと心から尽くす事が出来ると思えていた。

「それで、結論として我々はどうするべきなのだ? あくまで参考意見の一つとして聞きたい」
「まず何よりも先に主をはっきりとさせる事だね。前例がなくて、不確定要素が多すぎる。そして、決して六百六十六ページ分の蒐集をしない事。闇の書が完成した場合、主を取り込んで破壊の限りを尽くす事になる」
「それも、前例のある事なのか?」
「ええ、何度も。ページを埋める為に、貴方達のリンカーコアが使われた事もある。その連鎖を断つ為にも、今回は絶好の好機だと僕は考えます」

 ユーノの言葉を聞き、誰もがその通りだと頷いていた。
 闇の書による悲しみの連鎖を止めるのは、今をおいてほかにないと。
 ただ一人、イオリア・シュヘンベルグを除いては。









-後書き-
ども、えなりんです。

クライマックス突入の一歩手前。
ハムは主にシャマルにちょっかい出してます。
ただ、誰も彼も好かれるのもと、シャマルには弱々しく拒否ってもらいました。
ハム的には、嫌よ嫌よも好きのうちと解釈しているかもしれませんがw
そして題名の台詞はせっちゃん。
微妙に今の生活を前向きに捉えてそうな台詞です。
変われるまで、もう一押しという所です。

りりかるグラハムも残り四話となりました。
ただ今の予定だと最終話が一月一日投稿に……できるかな?
年内で終わらせたいので二十九日に十三話前後編投稿しますか。

それでは、次回は水曜投稿です。
もう少しだけお付き合いください。



[20382] 第十二話 だが今は、そうでない自分がいる(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/22 19:56

第十二話 だが今は、そうでない自分がいる(前編)

 結界の中央に残ったのは、主候補であるグラハムと車椅子のはやて。
 二人を囲むように守護騎士達が四方を囲み、その外側にクロノが管理局代表として立っていた。
 他の面々は、出来るだけ距離を開けて退避してもらっている。
 闇の書が主を見失った事の前例もなければ、当然主を認識させるといった前例もない。
 初めてづくしの状況で、はっきり言って何が起こるか分からなかったからだ。

「最後に確認するが、主となれば闇の書の呪いがその体を襲う可能性は捨てきれない。それでも、構わないと二人とも誓えるか?」
「その時は、再びツインドライブで繋がりを断つまでだ。我々としては、主がどちらであるかさえハッキリすれば、目的は達した事になる」
「イオリアのお爺ちゃん曰く、シグナムらは使い魔みたいな存在やから闇の書から斬り離して本体はそうやな……誰にも迷惑のかからんところに捨てればええ」

 なる程と、クロノは二人の言葉に頷いてから、イオリアへと一瞬視線を向けた。
 魔導技術に造詣が深いというのもあながち嘘ではないかと、驚きながら。

「本当の主は、グラハム殿かはやて殿か。クロノ執務官、闇の書を二人に。言われた通り、二人にはまだ触らせていない」
「闇の書の起動以降、主候補である二人は闇の書そのものに触れてはいない。恐らくは触れる事で、闇の書が主を認識するはずだ」

 シグナムから闇の書を受け取ったクロノが、二人の前に歩いてくる。
 そして、闇の書を二人へと差し出した。
 同時に、受け取れるように。
 それを受け取る前に、お互いに見合い、グラハムははやての頭を撫でつけた。

「始まりはこの書からだったな。まだ三ヶ月、短いものだ」
「けど、毎日が濃厚やったで。ハム兄が来てから、私の日々が変わった。その切欠をくれた闇の書を、今度は私が変えたるんや」
「その意気や良し。どちらが主であろうと、成すべき事は変わらん。ならば、いざ」

 グラハムが左手を、はやてが右手を伸ばして触れた。
 全ての切欠となった闇の書へと。
 すると闇の書を中心として闇色の方円が広がり、その中に幾何学模様が浮かび上がった。
 三角形を基準としたベルカ式の魔法陣である。
 起動後に主が触れる事で認識を開始する、ここまでは予定通りであった。

「我らの主は、どっち。どっちだ?」
「はやてはもとより、グラハムでもいっそ構わねえ」
「私達の本当の主……」
「この盾で護るべき主は、どちら」

 シグナム達が各々祈るようにしてグラハムとはやてを見つめていた。
 その手に収まっていた闇の書は、魔法陣を広げきると浮かび上がった。
 グラハムの頭上よりも高い場所から見下ろすようにして、本そのものからも闇色の光を放つ。

「Der Anerkennungsanfang vom Meister」

 主の認識を開始すると機械音声が放たれる。
 一体どちらが本当の主なのか、近くにいた守護騎士達やクロノだけではない。
 遠巻きにこの儀式とも呼べる行いを見ていたプレシア達も、真剣な顔つきで眺めていた。
 闇の書による主の選定を、どういう結果が訪れるのか。
 だが一向にその結果は現れず、闇の書は地面に敷いた魔法陣を延々と回転させるだけであった。
 一人、また一人と訝しげな顔をする者が増えていく中で、それは起こった。

「Ein Fehler. Ungerechter Zugang wurde erwogen, es zu sein」

 耳障りなビープ音が闇の書から発せられた。
 その内容は不正アクセスによるエラーという、不可解なものであった。
 二人のどちらかが主であるはずなのに、不正アクセスとはどういう事か。

「ユーノ、これはどういう事だ。原因は!?」
「予想外に決まっている。だけど、どうして。二人のうちどちらかが主である事には間違いない。不正アクセスだなんて起きるはずが」
「あるいは、どちら共に主であったかだな」

 クロノの叱責に近い言葉にユーノが馬鹿なと声を上げる中、イオリアが冷静に指摘した。
 まるでこうなる事を予見していたとでも言うように。

「グラハム・エーカーは、三〇〇年後の人間だ。こうは、考えられないかね? 三〇〇年後に本来主となるべき男が、この時代に現れた。今代の主のもとに」
「そうか、本来一人しかいない主が二人いる。どちらかを偽者だと闇の書は、まずいクロノ中止だ。闇の書を止めてくれ!」
「今さら、グラハムははやてを連れて退避。守護騎士達も今はさが……」

 全ては遅く、雪の様に白い粒子が集まるようにして一人の女性が現れた。
 その人は極々自然に、傍らにあった闇の書を手に取った。
 長い銀の髪に赤い瞳、スカートのように丈の長い闇色のオーバーコートの下にタイトスカートのバリアジャケット。
 腕や足にはまるで拘束具のように、ベルトが巻きつけられている。
 闇の書から現れた銀髪の女性は、静かな声で呟いた。

「我は闇の書の意志。深刻なエラーを検知、これより主の選定に入る。より強き魔力を持つ者が闇の書の主。闇よ、集え」

 闇の書の意志と名乗った女性が、その手を掲げ魔法陣を展開させた。
 次の瞬間、聞こえたのははやての悲鳴であった。

「う、ぐあぁぁぁぁッ。痛い、痛い。嫌や、なんか入ってくる。助けて、たす。ハム兄!」
「は、はやて……なんだこれは、胸が締め付け。大人の私でさえ、止めたまえ。私達は!」

 胸を引っかくように前のめりになったはやてが、車椅子の上から転げ落ちた。
 それでもなお胸の痛みは続くようで、その痛みを和らげようと胎児のように丸くなる。
 必死に助けを求めるも、グラハムもまた同様の痛みに襲われていた。
 崩れ落ちるのだけはなんとか避け、必死の形相ではやてを抱き起こす。

「今すぐに、その選定とやらを中止しろ。これは管理局としての要請だ。闇の書の意志!」
「そうだよ、止めろよ。はやてがグラハムが……こんな事、私達は望んでなんかいない!」
「官制人格、出会うのは初めてだが……主を傷つけるというのなら、容赦しない。シャマル、二人を連れて下がれ。ザフィーラはその援護!」

 クロノが、ヴィータが、シグナムがデバイスを起動させて闇の書に突きつける。

「グラハムさん、はやてちゃんを私に。ザフィーラは肩を貸してあげて」
「承知した。捕まれ、グラハム殿」
「かたじけない。この程度の事で……」

 俄然、周りが慌しくなってきた。
 クロノ達は戦闘も辞さない構えであり、退避していたプレシアやリンディ達も動き出している。
 武装隊こそ結界の維持で動けないが、戦力差は歴然。
 だというのに、闇の書の意志と名乗った女性は、不思議そうにシグナム達を見ていた。
 何故、自分の邪魔をするのかと、自分がした事の重大さも認識せずに。

「管理局、何故……お前達は自らの使命を果たさず、我に刃を向ける? 管理局に尻尾を振るなど、壊れたか?」
「壊れてるのはお前の方だ。アタシらは、戦いなんて望んでない。ただ主のそばで、平穏に暮らしていたかっただけなのに。それを、お前が!」
「Explosion」

 アイゼンにカートリッジをロードさせたヴィータが、闇の書の意志へと殴りかかる。
 ある意味で自分の親とも言える存在へと。
 それ程までに許せなかった。
 ただ主が誰なのか知りたかっただけ、それだけなのに不要に苦しめた。
 受け入れてくれた、温かい物を沢山くれたはやてやグラハムを。

「テートリヒ!」

 だがその一撃は、闇の書の片腕により止められた。
 たった一本の腕、その先に展開された障壁によりカートリッジを消費してまでの一撃が。

「馬鹿な……ヴィータそのまま押せ。執務官は援護を頼む。レヴァンティン、カートリッジロード!」
「Explosion」
「ブレイズカノン!」

 クロノが白い閃光の砲撃をS2Uから放ち、闇の書の意志を狙い打つ。

「愚かな」

 闇の書の意志が前面に魔力障壁を展開し、クロノの一撃を防いだ。
 だが白い閃光は魔力反発を起こし、少なくとも闇の書の意志の視界を防いでいた。 
 防ぎきった瞬間、白い魔力の残照を引き裂くようにシグナムが懐へと飛び込む。

「紫電、一閃!」

 急な連携にも関わらず、タイミングは申し分なかった。
 だがシグナムの渾身の一撃までもを、いとも容易く闇の書の意志は止めた。
 涼しげな顔を崩さず、幼子の怒りを手の平で受け止めるように。
 馬鹿なという思いは、ヴィータやシグナム以外にも思い浮かべていた。
 だが、それが現実、闇の書の意志の強さ。

「緊急対応により、管理者権限を発動。守護騎士の蒐集開始」
「やめろーッ!」

 誰よりも早く、駆けつけてきたのは刹那である。
 ダブルオーライザーの姿でGNソードを手に現れたが、間に合わなかった。
 その目の前で、足元からヴィータやシグナムの姿が消えていく。
 まるで最初から存在しなかったかのように。

「消える、我らの意志が。体が、こんな事で何も出来ぬまま、主一人護れず!」
「せめて、はやてちゃんとグラハムさんを……」

 シャマルの腕から零れ落ちたはやてを、朦朧とした意識の中でグラハムが受け止めていた。
 それでほっとしたせいか、シャマルとザフィーラの体が消える速度が上がる。

「ザフィーラ、シャマル……くッ、こんな事が。結局我らのした事は、なんだったんだ!」

 主が認識できぬまま目覚め、ようやく探し当てた主を苦しめ。
 何一つ護れず、成し遂げられないまま消える。
 苦渋の叫びをシグナムが上げながら、消えていく。

「はやて、すまねえ。プレシア、刹那……」
「ヴィータ、手を!」

 逸早く駆けつけた刹那が、ダブルオーライザーの機体の腕を伸ばす。

「後を、頼む。お前だけでも、変わってく……」

 その言葉を最後に、ヴィータは消え去った。
 ヴィータだけではない。
 シャマルもザフィーラもシグナムも、闇の書の意志一つで消されてしまった。
 彼女達の意志を全く無視したまま、残酷にも言葉一つで。

「うぐゥ……ヴィー、タ」
「シグナム、シャマル……ザフィーラ」

 苦悶の声を上げながらもはやてが瞳を開き、彼女達が消え去った光の残照へと涙をこぼす。
 自分の苦しみさえも放り投げ、涙をこぼす姿にグラハムは立ち上がる。
 はやてを抱きかかえたまま、その姿を深い血の色の光の中に包み、スサノオへと変わった。
 腰に設置された擬似太陽炉からは、身の内に宿した怒りを表現するようにGN粒子が排出される。
 深い血の色と、漆黒の色のGN粒子であった。

「グラハム、無茶はしないで。直ぐにフェイトとなのはちゃんのツインドライブで治療を」
「私は後で良い。まずははやてを。この痛みは守護騎士達の痛み、この程度……どうと言う事はない!」

 刹那に遅れて駆けつけてきたプレシアに、はやてを預けてグラハムは飛翔した。
 ヴィータが残した魔力の残照を前に、茫然としている刹那の隣に立つ。
 ガンダムの機体に隠され、その表情はうかがい知る事は出来ない。
 だが、その身の内に宿る怒りは、グラハムに勝るとも劣らないはずだ。

「刹那、グラハム。気持ちを切り替えるんだ。闇雲に突っかかっては、危険だ」
「分かっている、分かってはいるのだ。だが、私の堪忍袋は既に粉砕されている。少年、君も同じ……」

 人は他者が自分より大きな怒りを抱いている様を見た時、逆に冷静になれるものなのかもしれない。
 グラハムとて、一日とはいえ触れ合った守護騎士達を想う気持ちが劣るわけではなかった。
 それでも、刹那の思い入れには一歩及ばなかったようだ。
 何しろ刹那は自分に重ねていた。
 その意志に関わらず戦い続けてきた守護騎士、特にヴィータを。
 彼女は変わりたいと願った、頑なに変わる事を拒んだ自分に涙を見せてくれた。

「破壊する……」
「少年、待ちたまえ!」
「俺が破壊する。己のエゴで、ヴィータ達をただ消し去った貴様を、破壊する。紛争根絶の為でも、未来の為でもなく。俺の意志でただ貴様を破壊する!」

 怒涛の唸り声を上げながら、刹那が闇の書の意志へと斬りかかる。
 クロノやグラハムの言葉など、最初から聞こえてなどいなかったのだ。
 ただただ怒りに任せ、闇の書の意志を破壊しようとGNソードを振り上げていた。
 それに対し、闇の書の意志も負けてはいない。
 刹那のGNソードを魔力障壁で弾き、三対の漆黒の翼をはためかせ魔力を帯びた拳で殴りかかる。
 淡々と、ヴィータ達にそうしたように排除作業として。

「全く、君達は。刹那を援護する。グラハム、君は接近戦で。僕は中距離からだ。無理はするな、彼女の魔法効果は続いているのだろう」
「少々胸焼けがする程度だ。案ずる程の事ではない!」
「やせ我慢を……君のそういうところは嫌いじゃない!」

 クロノが生成した魔力弾が六つ、そろい踏みで闇の書の意志へと襲いかかる。
 一つずつ防いでいては足が止まると、後退しつつ同じく魔力弾を生成して撃墜していく。
 その背後から、グラハムが強化サーベルで強襲した。

「斬り捨て、御免!」

 咄嗟に翼をひるがえした闇の書の意志が、グラハムの頭上を宙返りの格好ですり抜けた。
 そのままグラハムが彼女に背を向ける事となったが、その隙間を刹那が埋める。
 それどころか、そのまま闇の書の意志を撃墜せんとばかりに、襲いかかった。

「貴様だけは許さない。ヴィータの……」
「多勢に無勢、私がそのような言葉を痛感しようとは。主の選定には、今しばらく時間がかかりそうだ」

 刹那のGNソードを魔力障壁で受け止めながら、闇の書の意志が呟いた。
 視線をグラハム、治療中のはやてと二度動かしながら。
 その二人の間に、クロノのブレイズカノンが割って入るように放たれる。
 この時、初めて闇の書の意志の顔がわずかに歪んだ。
 ブレイズカノンを回避した直後に、GNソードのライフルモードで狙撃され、グラハムがGN粒子を圧縮したトライパニッシャーを撃ち放ったからだ。
 常に片手ずつで張っていた障壁を両手に集束し、防ぎ続ける。
 まさに口にした通り、多勢に無勢。
 そもそもが刹那もグラハムも、管理局の基準にしてSSSクラスなのだ。
 如何に伝説級のロストロギアといえど、そう易々とは勝ちを手にする事は出来ない。
 少なくとも、一人では。

「管理者権限により……」

 闇の書が張った魔力障壁にひびが入り、閃光が迸ると同時に爆煙が巻き起こる。
 撃墜したからといって、何がどうなるかはもはや誰にも分からない。
 だが最低限でも、はやてとグラハムの苦しみを取り除き、遺恨を断つ事が出来る。
 そんなグラハム達の思いをあざ笑うかのように、爆煙の向こうから彼女達は現れた。

「守護騎士システムの再起動、完了」

 そこには、消え去ったはずの守護騎士達がいた。
 だが、厳密にはグラハム達の知るシグナム達とは異なっていた。
 姿形は瓜二つ、何一つとっても異なるところなどはない。
 違っていたのは瞳の光、そこに宿るはずの意志であった。
 烈火のような激しさを持つシグナムの瞳が、湖面のような冷たさを光らせている。
 ヴィータの弾けるような元気と相反する寂しさの光もいまはない。
 シャマルの優しげな風のような光も、ザフィーラの静かな山の如き大きさの光も。
 何もかもがそこにはなかった。

「ヴィータ、なのか?」
「カートリッジロード」
「Explosion」

 刹那の問いかけに対する返答は、カートリッジのロードであった。
 爆発的に膨れ上がるヴィータの魔力。
 それがアイゼンを覆い尽くし、刹那へと向けて振るわれた。

「止めろ、何故俺を攻撃する。ヴィータ!」

 GNソードでアイゼンを受け止め、必死に訴えかけるも返答はない。

「無駄だ、刹那。闇の書の意志は再起動と言った。もう、彼女達の意志は……くッ!」

 殴りかかってきたザフィーラの拳をクロノはS2Uで受け止め、言葉を途中で中断された。
 笑みこそ気安く向けてはこなかったが、普通に喋っていた相手が襲ってくる。
 もはやそれは悪夢の範疇であった。
 歯噛み、迂闊に闇の書に手を出した事を悔やみながらも、クロノはザフィーラの拳を弾き、S2Uの先端を向けて砲撃を放つ。
 そして、グラハムもまたシグナムの強襲を受けていた。

「まさか、このような形で二度目の果し合いに挑む事になるとは……この屈辱、忘れはせん!」
「カートリッジロード」
「Explosion」
「一人一殺では勘定が合わん。ならば、トランザム!」

 スサノオの漆黒の機体を真紅に染め上げ、グラハムが加速する。
 弾丸より注入され爆発する魔力と共に放たれたシグナムの斬撃は、何もない宙を斬った。
 既にグラハムの姿は、シグナムの背後にある。
 強化サーベルは掲げず、シグナムの背中を蹴りつけ、反転する。

「少年、この場は私とクロノに任せたまえ。君は、敵の首魁を!」
「ああ、ヴィータの事を頼む!」

 飛び去る刹那を追おうとしたヴィータの足を掴み、力ずくで投げつける。
 その先は、クロノが砲撃にて足止めをしていたザフィーラであった。
 意志が封じられているせいか、連携などあったものではない。
 障壁を張るザフィーラの背にヴィータがぶつかり、受け止めていた砲撃が暴発する。
 そんな足止めを買って出たグラハムとクロノの戦闘音を耳にしながら、刹那が空を駆ける。

「闇の書の意志……ダブルオーライザー、目標を駆逐する!」

 叫び、GNソードを掲げながら刹那が闇の書の意志へと肉薄する。
 今度こそ、駆逐すると破壊的な意志を込めて。
 闇の書の意志は、本体とも言うべき存在で確かにシグナム達より一段上だ。
 だが、ダブルオーライザーよりも上かと問われれば否である。
 容易い相手ではないとはいえ、決して倒せない存在ではない。

「闇に染まれ、ディアボリック」
「させるか!」

 闇の書の意志が頭上に掲げた手の上に集束させた魔力を、斬りとばす。
 それが霧散するのを確認する間も惜しんで、再度斬りかかる。
 広域攻撃魔法、そんな言葉すら知らない刹那であったが、その行動に間違いはなかった。
 なにしろ、少し離れた場所には非戦闘員であるアリシアやイオリア、治療中のはやてがいるのだ。
 闇の書の意志には、何よりもまず撃たせない、攻撃させない。
 一見、闇雲にも見える二刀の斬撃により、刹那が押して押して、押し捲る。

「手数が足りないか」

 刹那の猛攻に、さすがの闇の書の意志もポーカーフェースながら苦戦の言葉を搾り出した。
 そんな彼女の魔力を纏った拳の一つを、斬り弾く。
 腕が引っ張られたような格好になりつつ、残った腕で殴りかかってくる。
 その腕さえも、もう一方のGNソードで刹那は弾き飛ばした。
 両の腕を弾かれ、まるで万歳をするような格好で急所である胸や腹を闇の書の意志がさらけだした。
 ねじ込まれたのは、刹那のダブルオーライザーの足であった。

「くッ」

 小さな苦悶の声は、闇の書の意志のものであった。
 錐もみ状に吹き飛ばされ、三対の漆黒の翼で姿勢制御を試みている。
 だが、その間にも刹那は、次の行動にはいっていた。
 絶好の好機に、確実に仕留めようとGNソードを突き出すように構え加速する。

「闇の書の意志を、この俺が!」

 ようやく闇の書の意志が錐もみ状から脱するも、刹那は既に目と鼻の先。
 突きつけていたGNソードはそれ以上であった。
 あと数センチ、そのところで刹那の目の前にいた闇の書の意志とシャマルが入れ替わる。
 一瞬、何が起こったかは分からず、ただ一心に突き出したGNソードの刃が止まる事を願った。

「はあ、はあ……」

 冷や汗に脂汗、全身の血が凍結していくような感触を刹那は得ていた。
 闇の書の意志を庇うように、突き飛ばし両手を広げたシャマル。
 その左胸の僅か数ミリのところでGNソードは止まっている。
 刹那の意志により、止められていた。

「くそぉッ!」

 GNソードではなく、腕でシャマルを薙ぎ払い離れさせる。

「貴様は、なんとも想わないのか。仲間が自分の盾になったというのに。貴様は!」
「我を含め、守護騎士も皆道具なのだ。闇の書を完成させる為の、ただそれだけだ」

 闇の書の意志が己を不利を悟り、魔法陣を展開させる。
 一つや二つ程度ではない。
 足元にある岩肌の大地が埋め尽くされる程に多くの魔法陣が敷かれていた。
 魔法陣一つ一つから、影が現れる。
 その中の一つはあの砂漠世界でシグナムが打ち倒していた砂竜である。
 見たこともない別次元の原生生物もいるが、それらはコレまでに闇の書が蒐集した生物たちであった。
 闇の書による原生生物の召喚。

「闇に従い、襲いかかれ」

 大地を、空を埋め尽くす程の召喚獣が一斉に刹那達に襲いかかった。







-後書き-
ども、えなりんです。

なんか、せっちゃんが熱血漢になってた。
単にキレただけかもしれませんが。
しかしなんか怖い。
破壊、破壊と口走って……まあ、テロリストなんですけどね。

というわけで、ラスボスは闇の書の意志。
の姿を借りたアレ。
今回蒐集を殆どしてないので、本体は出てきません。
この戦いでせっちゃんには、もう一皮むけてもらいます。

それでは、次回は土曜日です。



[20382] 第十二話 だが今は、そうでない自分がいる(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/25 19:41

第十二話 だが今は、そうでない自分がいる(後編)

 小さな防御結界を護るように立つプレシアとリンディ。
 二人の周りには撃ち落とされた召喚獣が、ひれ伏すように無数に転がっていた。
 ひしゃげる様に潰れたものや、黒焦げとなって息絶えたもの。
 それでもまだ、闇の書の意志が召喚した獣はその数を減らした様子は見えない。

「母さん、私も」
「フェイト、貴方ははやてちゃんの治療に専念なさい!」

 ユーノとアルフ、二人の防御結界に護られていたフェイトが動こうとするのをプレシアがとめた。
 今現在、フェイトの体はトランザムシステムにより真紅の光に包まれている。
 それはフェイトの対面に立つなのはもそうだ。
 二人のリンカーコアを太陽炉の代用としてツインドライヴシステム。
 それが濃くなりすぎたはやてと闇の書との繋がりを、解いていく。
 あれだけ苦しんでいたはやても、少しずつではあるが正常な呼吸を取り戻し始めている。
 岩肌の地面に寝かされてはと、はやてを膝枕していたアリシアがその頭を撫でていた。

「ヴィータちゃん……シグナムさん達も、こんなの酷いよ」

 距離を開けた場所にて、闇の書の意志と戦う刹那、そして守護騎士達と戦うグラハムとクロノを眺め、なのはが悲しそうに呟いた。
 今日ここに来るまでの時間が嘘の様に、戦っている。

「僕が迂闊だったとしか言いようがない。こんな事になるなら、下手に触れるべきじゃなかった。はやて、それにグラハムさんも」
「早いか、遅いかの違いよ。放置したとしても、いずれ本局から私達に闇の書への介入の命令が下っていたわ」
「そう、こんな事になるなんて誰も……誰も?」

 また一匹、小型の竜を紫電で撃ち落としながら、プレシアが振り返った。
 魔力のないアリシアと同様に、防御結界の中で護られているイオリアを。
 彼は言った、どうしてと叫んだユーノにグラハムが三〇〇年後の闇の書の主かもしれないと。
 誰よりも早く、的確にそう指摘した。

「イオリア、貴方まさか……」
「勘違いしないで頂きたい。確かに可能性は考慮していたが、こうなる事を予見していたわけではない。なにしろこと戦闘に関して無力な私が出向くのは、死に繋がる」

 プレシアの考えをある程度は肯定しながらも、最終的には否定した。
 まだ苦しげに胸を押さえるはやてを、横目で見つめてから。
 特にはやてがこうなる事は、甚だ不本意だとばかりに。

「それにしても、彼の精神力は驚愕に値する。大人と子供の違いこそあれ、この苦しみの中で守護騎士と戦うとは。寿命を縮めかねない行為だ」

 あまりにも普通にグラハムが戦闘を行っている為、半ば忘れかけていた。
 はやてと全く同じ苦しみを、グラハムも味わっているのだ。
 助けに行きたい、直ぐにでもツインドライヴによる治療を受けさせたいがと、プレシアとリンディが目配せをする。
 そして即座に、その案を却下せざるを得なくなった。
 刹那が闇の書の意志と周囲の召喚獣の殆どに手を取られる今、グラハムを下げたらクロノがほぼ孤立する。
 そもそも、グラハムがそんな案を受け入れるとも思えなかった。

「こ、え……」

 胸を押さえただただ苦しみに耐えていたはやてが、小さく掠れるような声で呟いた。

「はやてちゃん、なにどうしたの!?」
「聞こえ、る」

 なのはが魔力を全開にしながら尋ねるも、返って来るのはうわ言のような言葉のみ。
 レイジングハートを支える手の一つを伸ばしたなのはが、膝を付いた。
 トランザムシステムの限界時間。
 続いてフェイトもまた、限界時間により魔力が枯渇して崩れ落ちようとする。
 当然の事ながら、ツインドライヴシステムを支える事など出来はしない。

「リンディ、直ぐに子供達の緊急離脱を。増援が無理でも、それなら出来るはずでしょ!」
「分かっているわ。エイミー、直ちに子供達を」
『艦長、上気をつけてください!』

 宇宙空間に待機しているアースラ。
 そこへの緊急離脱を頼んだはずが、返って来たのは承服の言葉ではない。
 悲鳴を被せるように指摘され、見上げた空には影が掛かっていた。
 落下してくるのは、全長百メートルに及ぼうかという程に大きな砂竜であった。
 プレシアやリンディどころか、子供達を護るユーノとアルフによる二重の防御結界でさえその影の中である。

「せめてデバイスが!」
「プレシア、受け取りな!」

 防御結界の中から、アルフが金色の何かを投げつけた。
 目視は殆ど出来なかったが、手の平に収まったそれの感触にプレシアは僅かに笑みを浮かべる。
 確認しなくても、三角形の形のそれは散々メンテを重ねてきものであった。
 本来の持ち主であるフェイト以上に、プレシアは知っていた。

「バルディッシュ、セットアップ」
「Stand By Ready.Set Up」
「リンディあれは私が撃ち落とすわ。貴方は子供達をお願い。トランザム!」

 設定を弄る暇はなく、フェイトが普段着ているバリアジャケットをそのまま身に纏う。
 年齢を考えるととても身につけられる代物ではなかったが、文句を言う暇はない。
 プレシアはトランザムシステムにより、その身に真紅の光を宿し、魔力を紫電に変えて圧縮する。
 撃ち放った紫電の閃光は、落ちてくる砂竜を両断するように撃ち砕いた。
 ただし、その膨大な質量を受け止めきる事は叶わず、ただの肉の塊と化した砂竜が落ちる。
 岩肌の大地へと、防御結界に護られていた子供達を巻き込む形でその上に。









 グラハムが強化サーベルでシグナムのレヴァンティンを受け止め、背中合わせでいたクロノがヴィータのアイゼンを受け止めた。
 板ばさみにあった二人を押し潰すかのように、シグナムとヴィータが鍔迫り合いから押し込んでくる。
 だが当然の事ながら、潰されまいとグラハムとクロノも押し返す。
 一見、こう着状態が生まれたかに見えるが、ザフィーラが残っていた。

「鋼の頚木!」

 ザフィーラの白い魔力光が、刃となって牙を剥く。
 背中合わせでいたグラハムとクロノを中心として、シグナムとヴィータを巻き込む事すら厭わずに。
 瞬間、グラハムがシグナムのレヴァンティンを受け流した。

「クロノ、失礼する!」

 そのまま反転する勢いのまま、不本意ながらクロノとヴィータを纏めて横殴りに蹴り付ける。
 最後に装甲の一部に進入した頚木を切り裂き、後退していった。

「助かったと、一先ず言っておく!」
「気を抜くな。一時危機を脱したのみ、まだ終わってはいない!」

 共に吹き飛ばされたヴィータと弾きあい、撃ち出された鉄球に魔力弾で対抗しながらクロノが叫んだ。
 顔見知りがその意識を封じられ敵対するのも厄介だが、その身を省みない行為がなおさら厄介であった。
 シグナム達は守護騎士として、闇の書の意志を最優先として動いている。
 先程、ザフィーラの頚木に貫かれそうになっても、回避行動一つ取らなかったのがその証拠だ。
 捨て身という表現以下、ただただ己を守護騎士という道具として動いていた。

「レヴァンティン、カートリッジロード」
「Explosion. Schlangeform」

 受け流され落ちていたシグナムが、空を仰ぎ連結刃をなぎ払う。
 無闇に仲間である守護騎士を巻き込みはしないが、闇の書の意志が召還した獣を切り裂いていく。
 感慨もなく、振るう先にいた方が悪いとばかりに。

「シグナム、君は言ったはずだ。私が望んだだけ手合わせに応じると。私は、こんな手合わせなど、望んではいない!」

 迫る連結刃を回避しながら、シグナムに接近する。

「グラハム、もう何を言っても無駄だ。もう、彼女達を倒すしか」
「例えそうだとしても、言わずに、叫ばずにいられない事は、ある!」

 グラハムの持つ二機の擬似太陽路が、輝きを強める。
 深い血の色と漆黒の色と、二種の輝きを放ち、辺り一体に散布させていく。
 その流れを生み出しながら、グラハムはシグナムへと向けて強化サーベルを振り上げた。
 対するシグナムも、連結刃で応戦する。
 振り下ろされた強化サーベルとなぎ払われた連結刃が火花を散らす。
 そのままグラハムを斬り裂こうとする連結刃の軌道をそらすが、旋回し舞い戻ってきた刃の先端が背後からグラハムを襲った。

「あえて言わせてもらおう、見えていると。今の君では、私の心眼は超えられまい!」

 機体を旋回され自ら軌道をずらし、回避する。
 そのまま、意志のない瞳を持つシグナムへと強化サーベルを振り下ろした。
 斬り裂く、主かもしれないとグラハムを慕おうとしたシグナムを。
 そのはずであった。
 グラハム自身の意志で、これ以上その姿を見るのは忍びないと。
 だが実際には、首を斬り飛ばす直前で、強化サーベルは止められてしまっていた。

(何故、止めた……)

 それは消え去ったはずの、シグナムの意志ある声であった。
 念話に良く似た感じで聞こえるその声は、斬り裂かれる事を良しとしながら、体はグラハムへと体当たりを仕掛けていた。
 吹き飛ばされ、再び連結刃を振るわれる最中、グラハムは再び声を聞く事になった。

(我々を殺せ、グラハム殿)

 幻聴かと、自らの耳を疑いながらもグラハムには、否定できなかった。
 その声には間違いなくシグナムの意志が込められている。

(例え殺されようと、我等は滅されるわけではない。一思いに……)

 次に聞こえたのは、ザフィーラの声であった。
 意志とは裏腹に、ヴィータと共にクロノへと執拗に殴りかかりながら。
 それが聞こえていたのか、若干クロノの動きが鈍くなっている。
 守護騎士達の意志は深く封じられただけで、消えてはいなかった。
 体を操られながらも、必死に抗っていたのだ。
 なおさら、殺せるわけがないと、グラハムの戦意が削られていく。

「何をボケッと、後ろだグラハム!」
「なッ、に!」

 ズンっとグラハムの視界がブレた。
 不快感が背中から胸へとせり上がり、突き抜ける。
 意志のない瞳から涙を流すシグナムのレヴァンティンが、グラハムの胸へと深々と突き刺さっていた。








 ダブルオーライザーの機体が真紅に輝いていた。
 GNソードをライフルモードにし、闇の書の意志が呼び出した召還獣を撃ち続ける。
 一発の銃弾が閃光の帯となって数体の召還獣を撃ち落していく。
 一体一体の強さはたいした事はなく、それでも数が数だ。
 その上、闇の書の意志そのものとも戦わねばならない。
 シャマルはその姿を確認する事は出来ないが、一瞬たりとも気が抜けない状態である事には間違いなかった。
 今もまた、魔力をまとった拳で殴りかかってくる闇の書の意志を、GNソードで受け止めた。

「貴様は何故、戦う。何の理由があって!」
「それが役目だからだ。闇の書を完成させる、それだけが私が戦う理由」
「その先に何がある。戦い続けた先に何が!」
「では逆に問う。ヴィータの記憶にある通りならば、貴様も何故戦う。戦い続けた先に何がある?」

 思わぬ問い返しに、動揺からか弾き飛ばされた。
 すぐさま闇の書の意志が三対の翼を羽ばたかせ、飛んだ。

「貴様も我と同じ道具、紛争根絶という目的の為の道具。理由など不要だ、それこそが存在意義なのだから」
「確かに俺はヴィータにそう言った。戦いだけの人生だと……」

 闇の書の意志の追撃の拳を受け、押し返す。

「ならば、理由を問う事など不要だ」
「だが今は、そうでない自分がいる!」

 両肩に設置されオーライザーによるシステム補助を受けたツインドライブが、その輝きを増し始めた。
 それを教えてくれたのは、ヴィータであった。
 与えられた使命に従い戦い続け、結局憧れたのは平凡な毎日。
 戦いの日々に疲れ果て、辿り着いた最後の場所。
 まだ自分にもそんな場所があるかどうかは分からない。
 だが少なくともヴィータが、はやてやフェイト達が変わって欲しいと願ってくれている。
 だからこそ負けるわけには行かないと、逆に押し返し弾き飛ばした。
 右手のGNソードもライフルモードに移行させ、闇の書の意志を狙い撃つ。

「この威力……」

 魔力障壁を用いて闇の書の意志が砲撃のようや射撃を受け止める。
 じりじりと押され、閃光が止んだ瞬間には刹那が目の前にいた。

「俺達は」
「主が……」

 その時、闇の書の視線は目の前の刹那には定まってはいなかった。
 まるで見えていないかのように、刹那の向こう側へと向けている。
 思わず振り上げたGNソードを止めてしまった刹那は、振り返る事でそれを見た。

「グラハム、止めろシグナム!」

 シグナムのレヴァンティンにより、胸を刺し貫かれていくグラハムを。

(グラハム殿……すまない、本当に。どうしてこんな事に、私は)
(君の意志ではないのだ、気にする事ではないよ。だが、これではやてが主である事が確定する。後は、頼んだぞ少年)

 そのグラハムへと駆けつけようとしたクロノが、目の前のザフィーラやヴィータに背を向けた。
 執務官にあるまじき判断。

(僕とした事が、まずい。避けられない)
(止めろよ、止まってくれよ。アタシの体!)

 そんなヴィータの声に反し、その体はクロノの背中をアイゼンで強かに打ちつけた。

(我は主の盾、それが主を害したわけでもない少年を!)

 吹き飛ぶ事すら許さないように、クロノの体をザフィーラの頚木が貼り付けにしてしまった。
 かろうじて繋ぎとめた意識で、クロノがバインドブレイクをはかり始める。
 そんなクロノにさらに鞭打つように、その胸から腕が生えてきた。
 女性の白いしなやかな腕は、シャマルのものであった。

「ヴィータ、ザフィーラ……クロノ!」

 その腕が小さな光を発する粒を掴むようなしぐさを見せる。

(駄目、止めて。こんな状況で蒐集なんかしたら!)

 悲鳴を上げても、その体は止まらない。

「我の主は、選定された」

 残酷な闇の書の意志による一言に、我に変えるように刹那は視線を向けた。
 自分が撃ち落した数よりも多い、召還獣の死骸に囲まれたそこ。
 主であると断定したはやてを取り返そうと、全ての召還獣が集まってしまっていた。
 リンディとプレシアが召還獣を撃ち落して行くも、手が追いつかない。
 それどころか、子供達の姿を見失ってしまっているようにさえ見えた。

(フェイト、アリシア。なのはちゃんにはやてちゃんは何処、緊急離脱用の魔法は発動したの!?)
(砂竜が落ちてきた事で分断されて……エイミー、お願い。あの子達を最優先で逃がしていて頂戴)
「プレシア、リンディ!」

 事実、見失ってしまっているようだ。
 焦燥感にかられながら、二人の名前を呼ぶ。
 グラハムに続きクロノが、二人も何時まで持つか皆目見当がつかない。
 それ以上に、ユーノやアルフがついているはずとはいえ、無力な子供たちも。

「主を保護するのは我の役目、貴様にはいかせん!」
「邪魔をするな!」

 駆けつけようとした刹那を、後ろから闇の書の意志が魔力弾で撃った。
 GNソードで斬り裂き、闇の書の意志を振り切ろうとするも回り込まれてしまう。
 打ち付けられた魔力をまとった拳をGNソードで受け止め、魔力の火花を散らす。

「皆の命が、消えていく」
「主以外は全て消す。我らに必要なのは主のみ!」
「そんな事、させるかァッ!」

 刹那の決死の叫びと共に、二機の太陽路がGN粒子を過剰に生成し始める。
 トランザムシステム使用時の比ではない。
 若草色と淡い空色の二つの光の輪が、太陽路から生まれ重なり合う。
 そこまでならば、普段のトランザムと変わりはしない。
 それ以上に、ダブルオーライザーを中心としてGN粒子の波が噴出し始めた。
 まるで津波のように世界を包む形で、あふれ返っていく。

「な、なんだ。この不快な光は。頭が……酷く痛む」

 その光がリンカーコアを蒐集され、岩肌の地面に落ちていたクロノを包み込んだ。
 するとしばらくは身動き一つ出来ないはずのクロノが、ピクリとその腕を動かした。
 そして頭を振り払いながら、ゆっくりと起き上がり始める。
 自分に一体何が起きたかも分からず、不思議そうに自分の体を見渡しながら。

「僕は、これは一体……ッ!?」

 直ぐ傍らに、シャマルがいた事で、クロノがS2Uを構えた。
 だが襲ってくる気配もなく、シャマルは先程までのクロノのように自分の体を見渡している。

「私どうして、再起動されて全部封じられたはずなのに、自分の意志で動けてる」
「自分の意志で?」

 茫然自失といったシャマルの呟きに気がつき、クロノが上を見上げた。
 そこでは予想通りと言うべきか、ヴィータとザフィーラが自らの体を動かしている。
 シャマルと同じように信じられないという面持ちで。

「我等は……この光のおかげなのか?」
「あの馬鹿野郎、刹那の光だ。あいつの光が、暖かい……」

 ただ一人、ヴィータだけはその原因を悟り、眺めていた。
 様々な色が混じりあい、虹色にも見える光を発するダブルオーライザーを。

「グラハム殿!」

 茫然自失だった者も含め、誰もがその悲鳴に近い叫びに振り返った。
 そして衝撃的な光景に目を見開く事になる。
 シグナムのレヴァンティンに背中から貫かれ、活動を停止しているグラハムであった。 
 泣き縋る様に力なく佇むスサノオの機体をシグナムが支えていた。
 その体が、ふいに消えていく。
 色濃くなって広がっていくGN粒子の影響を受けるように、まるで闇の書の意志に守護騎士達がされたように。
 光の粒となってその体が消えていった。

「私は……私は、取り返しのつかないことを!」

 シグナムの手がレヴァンティンを逆手に握る。
 その切っ先の向く先は、彼女の胸であった。

「シグナム、騎士道とは死ぬ事ではないはずだ。馬鹿な事は止めたまえ。君が自害などすれば、私は二度と君を思い出さない。後を追いたくなってしまうからな」
「グラハム、殿?」
「私はこの通り無事だ。二機の擬似太陽路のおかげか、もしくは少年のこの光のおかげか」

 シグナムの背後にて量子化から戻ったグラハムが、レヴァンティンを止めて奪い上げた。
 始めは呆然としながらも、無事を案じて抱きついてきたシグナムを受け止める。
 無骨な手の平ですまないがと心の中で謝罪しながら、その頭を撫で付けた。
 刹那が放った虹色の光の影響はそれだけに留まらなかった。
 闇の書の意志が呼び出した召還獣が、光に包まれたそばから次々に送還されていく。
 プレシアとリンディが撃墜した死骸も含め、最初からなかったかのように。

「これがツインドライヴの本当の力?」
「それは分からない。分かるとすれば……」

 一人しかとプレシアが言おうとしたところでその人は現れた。
 探していた子供達と共に。
 真っ先にプレシアが駆け寄り、四人を纏めて抱きしめた。
 腕の長さが足りないとばかりに、強く苦しくなるほどに抱きしめる。

「良かった、皆無事で……」
「危なかったさ、危なかったけど刹那のこの光が寸でのところで助けてくれたのさ」

 冷や汗ものだったとアルフが語る事で、プレシアはより一層の力を込めて抱きしめた。
 苦しいと子供達が苦笑いを漏らす程に。

「イオリアさん、この光は……刹那君のガンダムが?」
「それだけではない。刹那・F・セイエイがいてこそのトランザムバースト」

 子供達の無事を喜びつつ、リンディが尋ねた事にイオリアがぽつりと呟いた。

「純粋なるイノベイターの脳量子波がツインドライヴと連動し、純度を増したGN粒子が人々の意識を拡張させる。詳しい事は黙秘させてもらう、来るべき三〇〇年後の為に」

 現象の意味や理屈を問うたリンディや、知りたいと思ったプレシアとは違い、子供達は純粋であった。
 今目の前にある現実をあるがままに受け入れ、認める。
 だからはやては、光を恐れる事はなく、ただ理解していた。

「詳しい事なんていらんよ。感じるだけで分かる。この光は、刹那兄の命の輝き」
「刹那が変わろうとしてる。アレだけ言っても変わらなかった刹那が、私の言葉じゃ変えられなかった事は悔しいけど……でも、嬉しい」
「温かい、刹那さんの心の光。とっても綺麗で、優しい光だね」
「ムッツリさんだけど、刹那が優しいのは最初から分かってた事だよ。じゃなきゃ、フェイトが好きにならないもん」

 それらの言葉を聞いて、イオリアが珍しい事に笑っていた。
 大声を上げるわけではなく、忍び笑いのようなものであったが。
 純粋種のイノベイターとして覚醒した刹那の周りには、とてつもない理解者がいるものだと。
 大人よりも頭が良いわけではない、利口なわけではない。
 だからこそ、子供は意識が拡張しやすく理解が早いものだと。

「君達は世界のスモールケースだ。地球人のなのはにはやて。次元世界の住人だったフェイト。一度は死に、それでもイノベイドとして蘇ったアリシア。君たちこそが私の求める世界」

 イオリアが感情を露にしてまで、刹那を振り仰いで叫ぶ。

「そして、彼女達を繋いだのが純粋種であるイノベイター。刹那・F・セイエイ。そうだ、私はこれが見たかった。君達に見せてもらった未来の世界の最後の欠片。世界は本当に一つになれるのか。それがこの答えだ!」

 イオリアの叫びに応える形で、広がり続ける虹色の光は、やがてこの無人世界そのものを包み込んでいった。









-後書き-
ども、えなりんです。

なんか、イオリアだけ他の人たちと視点が違う気がします。
この後平気で、結果的には無事だったから問題ないとか言いそうw
もう少し、過程を気にしてくれ!

そしてイオリアの真の目的であったトランザムバースト。
しかも太陽炉とリンカーコアという、原作とは違った形で。
地球の技術と次元世界の技術の融合ですな。
ちなみに……召喚獣が消えていった理由ですが。
無印編で、GN粒子は魔力素とよく似ていると設定出してます。
プラスとマイナスぐらいしか違わず、だからみたいな感じです。
まあ、GN粒子だからでも良いですけどね。

さて、次回は水曜日の投稿です。
土曜日は元旦で忙しいので、一挙二話で最終話まで投稿します。
それでは。



[20382] 第十三話 変われなかったロックオンの代わりに(前編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/29 19:37

第十三話 変われなかったロックオンの代わりに(前編)

 ロックオンは言った。

(変われ、刹那。変われなかった俺の代わりに……)

 確かに刹那はその声を聞き、ヴィータもまた誰か知らないままにその声を聞いていた。
 だが、ロックオン・ストラトスは既に死んだ。
 死んだ者は決して帰って来ない、触れるどころか言葉を交わす事も出来ない。
 それは太陽炉が如何に未知の性能を秘めていたとしても不可能な事である。
 アリシア・テスタロッサもまた、生き返ったのではなくイノベイドとして生まれ変わった。
 本当の意味で、生前のアリシアとは異なる少女なのだ。
 だから、あの声はロックオンの姿を借りて呟かれた、刹那自身の願望。
 刹那自身の心の声であった。

「だから、今こそ俺は自ら宣言する。小さな平穏、その未来を作る為に」

 GN粒子の津波を放つダブルオーライザーが顔をあげ、そのアイカメラが光る。
 刹那の意志がそこに宿ったかのように、意志を込めて闇の書の意志を見つめた。

「俺達は、変わるんだァッ!」

 刹那の渾身の叫びを受け、太陽炉がさらにGN粒子の波を吐き出していく。
 周囲一帯に留まらず、結界を超え、この無人世界そのものを包み込むように。

「一体何が、何故召喚獣達が送還されていく。お前は一体何者、頭が痛い。思考にノイズが……」

 唯一、刹那が放つGN粒子を否定的に受け止める闇の書の意志が、よろめく。
 子供達が温かいと、綺麗と評した光を浴びて、両手で頭を押さえつけた。
 そして、闇の書の意志は脅え始める。
 刹那を前に脅えるという、人間のような感情を初めて見せていた。

「ダブルオーライザー、刹那・F・セイエイ」

 GNソードを、刹那が闇の書の意志へと突きつける。

「未来を切り開く!」
「騎士どころか、魔導師ですらない貴様に!」

 頭痛を抑える手の片方を放しながら、闇の書の意志が魔力弾を放つ。
 一つ、二つと魔力弾を回避した刹那が、雄叫びを上げながらGNソードを掲げた。

「うおぉぉぉッ!」

 魔力障壁に刃を阻まれても、構わず太陽炉の出力を上げた。
 飛行の出力で闇の書の意志の翼の揚力を圧倒的に上回り、重力を味方につけて押し続ける。
 岩肌の不毛な大地にまで押し付け、大地を砕き粉塵が舞う。
 その中から何とか抜け出した闇の書の意志を、刹那は執拗に追い続けた。
 再び刹那へと向けて放つ為に、闇の書の意志が魔力弾を生成する。
 それを狙い、ライフルモードに設定したGNソードで狙い打つ。
 それが魔力弾の一つに運良く命中し、狙撃を阻止する事に成功した。
 感情を露に歯噛む闇の書の意志が、三対の漆黒の翼をはためかせ、急停止する。
 闇色の魔力を拳に込め、一転反撃に出てきた。
 だが刹那は闇の書の意志を追うスピードを緩める事はなかった。
 振るわれた拳、それを視界に収めながら機体を上空に浮かせ、頭上を通過する。
 機体の体をひるがえし、背後を取ると同時に蹴りつけた。
 翼のあるその体を大地へと叩き付け、追撃の為にGNソードを大地へと突きつける。
 四肢を大地に着き、空へ背を向けている今が好機。
 背中から貫く為にGNソードごと突込み、避けられた。

「我は、闇の書の意志。幾千と積み重ねた年月を貴様如きに、邪魔されてたまるか!」

 風雨によってしか削られる事のない大地へと、GNソードが突き刺さっていく。
 寸前で大地を蹴り横へと飛んだ闇の書の意志は、既に魔力を溜めきっていた。
 形振り構わず、その体で隠していたのだ。

「ぐうぅぅッ!」

 放たれた砲撃がダブルオーライザーを貫き、大地に突き刺さったGNソードから手が離れる。
 大地に足を着き、吹き飛ばされた機体を減速していく。
 各部の駆動にこそダメージはないものの、頼みの剣が片方取り残されていた。
 それを待っていたとばかりに、闇の書の意志がGNソードを大地から抜きさった。

「これで武装は五分と五分……」

 本来GN粒子を纏う事で斬れ味を増すGNソードに、闇の書の意志の魔力が伝う。
 闇色の魔力光がGNソードに染み渡り、刀身を黒く染め上げていく。
 自慢の愛刀の片割れを奪われ、歯を食いしばりながら腰にあるもう一本を手にする。
 悔しさを込めて闇の書の意志を見据えた。
 その時、刹那はとある事に気付く事になった。

「我は闇の書、闇の書の意志。主の為に全てを捧げ、闇の書を完成させる事が本懐」

 次第に感情的になっていく闇の書の意志。
 主を求めながら、その主を苦しめ、そればかりか主の周りの人間さえも破壊する行動。
 矛盾だらけの行動を起こす彼女へと、闇の書から繋がる闇の淀みがある事に。
 まるで彼女を侵して行くように、その淀みは広がっている。

「見つけた。お前こそが、闇の書が生み出す真の歪み」
「気付いた。いや、そんなはずはない。気付けるとすれば、それは人間以上の存在。貴様がそうだと言うならば、今ここで消えてもらう」
「俺は人間だ。時に迷い、時に過ちを犯し、後悔し足掻く。ただの人間だ!」

 三対の翼をはためかせ、GNソードを片手に闇の書の意志が地面を蹴った。
 それに合わせる様に、刹那もまた自分を弱い人間だと叫びながら地面を蹴る。

「消えろ、貴様さえいなければ。この思考のノイズも消える。そうすれば、今度こそ主をこの手にし、闇の書を完成させる事が出来る!」
「貴様のその歪みを、この俺が断ち切る!」

 互いにGNソードをライフルモードに移行し、ビームライフルを撃ち合いながら近付いていく。
 闇の書の意志の左肩に閃光が着弾した次の瞬間には、ダブルオーライザーの右足に着弾する。
 互いに前へ進むのに手足は必要ない。
 必要なのは最後に武器を振るう利き手のみ。
 他に当たるのは黙認するとばかりに、刻々と距離が近付く中で撃ち続ける。
 足を撃たれては躓きかけ、体を撃たれればよろめき、それでもなお進む。
 その時、闇の書の意志が放った閃光が、ダブルオーライザーの顔に命中した。
 機体が反り返り、刹那が大きくバランスを崩す。

「これで終わりだ!」

 大きく振りかぶられた上段からの一撃を、刹那が辛くもGNソードで受け止めた。
 だがそのまま押し切られてしまう。
 背中から地面に押し付けられたりもすれば、衝撃に思考と機体が一瞬でも停止する。
 だから刹那は滅多に使わないGNビームサーベルを左手に掴んだ。

「ガンダムは、扮装根絶を体現する者。その武器を貴様のような奴に使われるぐらいなら!」

 その手に掴んだGNビームサーベルで、闇の書の意志が持つGNソードの柄を貫く。
 愛刀ともいえるGNソードを自らの意思で破壊した。
 闇の書の意志と、刹那のダブルオーライザー、両者の間でGNソードが爆発四散する。
 その爆煙を裂く様にして、刹那が闇の書の意志に肉薄する。

「貴様が生み出した闇を、この俺が破壊する!」
「や、止めろォ!」

 叫び止めようとする闇の書の意志の腕を斬り飛ばす。
 そのつもりで放った斬撃により、彼女が一瞬闇の書を手放した。
 手首を返し、闇の書の腕をGNソードの柄頭で打ちつけ跳ね飛ばす。
 闇の書の意志の手を離れ、浮かび上がった闇の書へと刹那はGNビームサーベルを突き入れる。
 だがGN粒子の閃光が、闇の書に宿る淀みにより散らされていく。

「そうだ、闇の書の闇を貴様如きが……」
「圧縮粒子を完全解放する」
「え?」

 闇の書の意志が勝ち誇ったのも一瞬の事。
 GNビームサーベルの柄を投げ捨てた刹那が、GNソードを両手で握る。

「トランザムライザー!」

 ダブルオーライザーの機体が真紅の輝きを強め、虹色の光をGNソードに集束していく。
 しかし、本来ライザーソードの使用には、GNソードが二本必要なのだ。
 そうでなければ、GNソードがその出力に耐えられない。
 案の定、GNソードの刀身に徐々にだがひびが生まれ始めている。

「もう少し、持ってくれ……う、おぉぉぉォッ!」

 刹那の咆哮を受け、GNソードから虹色の刀身が伸びた。
 それは闇の書を飲み込むように貫き、さらに果てを目指すように結界すら突き抜けて空へと上っていった。
 闇の書と共に、その中にあった闇の淀みさえも消し去っていく。
 その闇の淀みが消えた先にあったのは、奇妙な形の生物のようなものである。
 モビルアーマーをやや彷彿とさせる手の平大のそれも、ライザーソードにのまれ消えていった。
 闇の書を貫き、結界を破って空を切ったライザーソードは、GNソードが破壊されると同時に閃光を無人世界にめぐらせた。
 世界が白く染まっていく。










 闇の書の意志が、最初に自我を取り戻した時、見えたのは青い空であった。
 トランザムライザーにより、結界までも破壊されていたらしい。
 そして、仰向けに大地に寝転ぶ彼女の傍らには、空に負けないぐらいに壮麗なガンダムがいた。
 太陽の光か、もしくはその角度のせいか。
 闇の書の意志には、それが神か天使のように見えた。
 その姿も、太陽炉の活動が低くなるにつれ、刹那自身の姿を取り戻す。
 年端もいかない、少年と呼べる年齢の若者である。
 再び無表情に近い顔になっていた闇の書が、大層な驚きを込めて目を見開いた。

「まさか、たった一人で防衛機能ごと闇の書を吹き飛ばすとは思いもよらなかった」
「破壊する以外に、方法が思いつかなかった。今はまだ……」
「そうだな。お前達はこれから変わるのだったな……羨ましい、事だ」

 闇の書の意志が小さく自嘲を込めた微笑を見せた。

「少年、無事か!」
「刹那兄ー!」

 自分を呼ぶグラハム、その両腕に抱えられたはやての声に、刹那が振り返り手を挙げる。
 もう、何も心配いらないという意味を込めて。
 これから変わっていく為に、ソレスタルビーイングとは別のもう一つの仲間達へと。
 だが駆け寄ってきたグラハム達は、刹那へ駆け寄る前に誰しもその足を止めていた。
 刹那の足元で空を仰ぐように倒れている闇の書の意思がいる為だ。
 皆も闇の書が消え去る瞬間を見ていたが、警戒心が先に出てしまっていた。
 その中で変わらず足を進めたのは、守護騎士達であった。

「お前、なんであんな事したんだよ。主かもしれねえはやてとグラハムを苦しめて。さらに、アタシ達まで……」
「納得のいく答えを所望する。今後、我らが闇の書の守護騎士なのか、主の守護騎士であるか決めるためにも」

 ヴィータとシグナムの言葉は、詰問であった。
 同じ闇の書に縛られた存在でありながら、立場が違う。

「言い訳をするつもりはない」
「言い訳じゃなくて、本当の事を教えて欲しいの」
「我らには、それを知る権利がある。何故お前が、闇の書そのものが主を殺しかけたのか」

 やや異なる角度から、シャマルとザフィーラが知りたいと口にした。
 結局のところ、闇の書がどうなってしまっていたのか。

「防衛機能だ。歴代の主の改変を受け、防衛機能が過敏になり過ぎていた。一人の主につき、六百六十六ページ集めた時点で暴走。主を取り込み、集めた魔力を暴発させる。それが今代の主に会うまでの闇の書だった」
「僕が調べてきた内容とも一致します。彼女は、嘘をついていません」

 ユーノが闇の書の意志の発言内容に間違いないと頷いた。

「だが今回、主が二人居た事で防御機能が不正アクセスを疑った。歴代の主の中に、闇の書の強大な力を自分以外に使う者がいるかもしれないと、疑心暗鬼にかられた者がいたのだ」
「じゃあ、やっぱりグラハムが三〇〇年後に闇の書の主となるはずだった人なの?」
「言われて見れば、君とは初対面の気がしないな。一度何処かで……」

 プレシアの呟きを前に、グラハムが顎に手を掛けて闇の書の意志を眺める。

「一度だけなら。貴方が、量子化した状態でこの地球へやって来た時に、防衛機能が蒐集したのだ。主を悪用させないように私が阻止し、外へと弾き出した」
「ハム兄を連れてきてくれたんわ、闇の書やったんか。喜びたいけど、複雑やな……」

 死ぬ程辛い目には合わされたが、何処か憎めないとはやてが呟いた。
 以前から思っていた事ではあったが、はやてやグラハムにとって闇の書はただのロストロギアではない。
 二人の絆を繋げてくれたありがたい書なのだ。

「続けるぞ。防衛機能が官制人格である私の機能さえも侵し、操った。そして、そこの少年が防衛機能ごと闇の書を消し飛ばす事で、断ち切った。そういう事だ」
「刹那が……ふん、ちょっとはやるじゃ、ねえか? おい、ちょっと待て。闇の書が吹き飛んだって私らどうなるんだ? まさか、転生して次の主にとか言わねえよな!」

 ヴィータの発言に、守護騎士達はもとより晴れて主となったはずのはやても耳を疑った。
 確かに辺りを見渡しても、闇の書は影も形も見当たらない。
 ライザーソードに焼き尽くされたのだから、それも当然だ。
 あんな高出力のGNビームサーベルに耐えられる存在が、あるのかどうか。
 今さらではあるが、破壊しか出来ないからといって消し飛ばすべきではと刹那が視線をそらした。

「案ずるな。消えるのは、私だけだ。守護騎士のお前達は、既に闇の書から主のリンカーコアを基点とした依り代に移されている」
「そやったら、貴方も一緒に私にくくられたらええやん」
「それは出来ない。騎士として訓練すら受けていない主に、四人もの守護騎士をくくるのは負担が大きい。そこに私まで……それに、闇の書は完全に消滅したわけではない」

 闇の書の意志の言葉に、特に刹那が驚いていた。

「闇の書には転生機能がある。私がいる限り、修復され再び主の前に現れる」
「それではまた、同じ事の繰り返しね。貴方がいる限りは……」
「それを犠牲ととるかどうかは……」

 リンディやクロノでさえも、理解を示しつつ明言を避けた。
 管理局員としてはそれを必要な処置として断定できる。
 だが、それを決めるのは、自分達ではないと口を噤む。

「はやて、君が決めたまえ。君が闇の書の主だ。君が決めれば良い。その後で、再び私達が管理局と敵対するか。どうなるかは、その後で決めれば良い」
「ハム兄……」

 両腕が塞がっている為、グラハムがはやての頬に自らの頬を寄せた。
 何があろうと、起ころうと自分達ははやての味方だと。
 はやてを護る為の力は、十分過ぎる程に持っていると肌と肌をあわせ伝える。
 はやてもまた、グラハムの首に両腕を回し、しっかりと抱きついた。
 そのまま数十秒、両腕を離したはやてが、言った。

「一緒に家に帰ろう。闇の書もこのままじゃあかん。刹那兄が言ったやろ、俺達は変わるんだって。その中には、闇の書も入っとるんや」
「しかし、主の負担が……」
「主やったら、もう一人おるやん。私より丈夫な主が。ハム兄やったら、守護騎士の十や二十へっちゃらや」
「その際には、全て君のような美女でお願いしたい。さすれば、五十だろうと百だろうと……」

 途中でグラハムの言葉が止まったのは、刺し貫くような視線にさらされたからだ。
 はやてを抱いている為、直接的な罰は与えられなかったがその分、精神的に責めるようにしたらしい。
 プレシアとリンディが、鬼子も逃げ出す目付きで睨んでいた。
 そこに気後れしながらも、シグナムが混ざっていたのは、勇敢にもこの二人に対抗する為か。
 その視線の余波を受け、ブルッと震えたはやてが、なんやなんやと辺りを見渡していた。

「あっと、なんやったっけ……せや、イオリアのお爺ちゃん。なんかええ方法ないかな? この子……私とハム兄の人生を変えた祝福の風、リインフォースか。ええ名前や、リインフォースがいても大丈夫な方法とか」
「本来なら私は関わるべきではないが、トランザムバーストを見せてもらった恩がある。そうだな。一先ずリンフォースをグラハムに括る。闇の書が復活次第、改めて彼女らを調整し、その後で虚数空間にでも捨てれば良い。あそこならばさしもの闇の書でも脱出は不可能だろう」
「ぼ、僕のアドバイザーの立場って……けれど、イオリアさんの言う通りかもしれません。虚数空間なら魔法で転生しようにも、そもそもそれが発動しない。確率は高いと思います」

 イオリアばかりか、涙目のユーノのお墨付きをもらいはやてが、リインフォースに笑いかける。
 ただ、本人はそんなはやての笑みを前に、ぽけっとしていた。
 闇の書を虚数空間に捨てる。
 そんな暴挙ともいえる行為をさらっと言われ、唖然としていた事もある。
 だが、彼女が本当に呆けていた理由は違った。
 闇の書の意思、闇の書というただの本を統べる為だけの官制人格。
 道具と呼んで差し支えない自分に、はやてが名を与えた事が信じられなかったのだ。

「祝福の風、リインフォース。それが、私の……」
「ええ、名前やろ? こんなええ名前貰ったら、もう簡単には死ぬなんて言えへんはずや。ほら、皆にも名前を呼んでもらい」
「何時までも寝てないで、さっさと立てよ。リインフォース」

 はやての言葉に誰よりも早く賛同し、手を差し出したのはヴィータであった。
 その手を恐る恐るリインフォースが掴み、立ち上がる。

「私はまだお前の行いを許したわけではない。だから罰として笑え、リインフォース。それが私からお前に与える罰だ」
「ほら、リインフォース笑ってみて。女の子は、何時でも可愛くなくちゃいけないのよ。一番可愛いのは、なんと言っても笑う時よ」
「ふっ、それでは泣き笑いだ。リインフォース」

 シグナムとシャマルの言葉に従い、小さく花のような笑みを見せた。
 だがその両の瞳からは、ぽろぽろと涙が止め処なく零れ落ちている。
 ザフィーラに指摘され、慌てて拭うも後から後から涙が溢れてきていた。

「これが、涙。そうか、私も生きたかったのか。そして、変わりたかった。繰り返される破壊と転生を止めるだけに飽き足らず、欲張りな事だ」
「リインフォース、女性は常にそうなのだよ。幸せの花束を作る為に、あれこれ色々な幸せを集めて回る。私が主となる事で、はやての次にその花を一つ渡そう」
「この人は、常に女性を口説かずにはいられないのかしら。リインフォース、この人の甘い言葉には気をつけなさい。色々と狂わされるわよ、人生が」
「リインフォース、私はフェイト・テスタロッサ。お友達になれたら、嬉しいな」
「リインフォース、どーん!」

 フェイトが差し出した手を握ろうとしたリインフォースへ、アリシアが突っ込んだ。
 そのまま尻餅をつかせると、豊満な胸にギュッと抱きついていた。
 それそのものの行為には、特に意味はないのだろう。
 聞いても、気持ち良さそうだったとしか返っては来ないのだろうが、リインフォースも抱きしめ返していた。

「にゃははは、アリシアちゃんやりすぎだよ。えっと、高町なのはです。リインフォースさん、今度翠屋に美味しいケーキを食べにきてくださいね」
「なのは、それただの宣伝……ユーノ・スクライアだよ。僕は地球組でも管理局でもないから、今後顔を合わせる機会は少ないかもしれないけど。よろしく」
「流れには従うべきかしら。時空管理局所属アースラの艦長、リンディ・ハラオウンよ。リインフォースさん、グラハムには本当に気をつけてね。本当に」
「同じく管理局執務官のクロノ・ハラオウンだ。あの男にくくられる事になった事には、ある意味で同情するよ。姑の視線にさらされるだろうが、頑張ってくれリインフォース」

 差し出されたクロノの手を取り、再度立ち上がる。
 くっ付き虫のようにくっ付いていたアリシアは、一先ず保母さんと化したアルフに返す。

「アリシア、無茶するとそのうち怪我するよ。さてリインフォース、ご主人様に仕える者同士、仲良くやろうじゃないか」

 挨拶された一人一人の笑顔を見ては、微笑が止まらない。
 生きていたい、変わりたいと改めて思わさせられる。

「リインフォース。まだ、一人残っているのではないかね?」

 最も短い挨拶をイオリアから伝えられ、振り返る。
 刹那・F・セイエイ。
 リインフォースを傀儡として操る防衛機能を見抜き、破壊した少年。
 愛刀を失いながらも懸命に戦いぬいた、少年にリインフォースは歩み寄った。

「変われ、リインフォース。お前の戦いの日々は終わった。この世界には、変われないまま死んでいった者が大勢いる。その大勢の人間の為にも、お前は変われ」
「それはお前もだ、刹那・F・セイエイ。主より賜った名前、祝福の風リインフォースが告げる。お前も私と共に変われ。変わろうとするその意志を、私が祝福する」
「あ……ちょっと、待って!」
「リインフォース、こらてめえ何抜け駆けして!」

 フェイトとヴィータが悲鳴のような声を上げていた。
 何故なら祝福すると呟いたリインフォースが、刹那を正面から抱きしめたからだ。
 先程、アリシアにしていたように、抱きしめその頭を撫でつけている。
 あうあうと言葉なくフェイトが戸惑い、自分の言葉に疑問を抱いたヴィータが真っ赤に爆発し始めた。

「フェイトのおっぱいじゃ、無理だね。まだ小さいもん」
「大きくなるもん。そのうち、お母さんみたいに大きくなるもん。この前、お風呂に入った時、こんなに大きかったからそのうち私も」
「こ、こらフェイト。貴方落ち着きなさい。アリシアもフェイトを興奮させないで。お願いだから」

 アリシアの自分を棚に上げた言葉に、触発され胸の前に手を置いてこれぐらいとフェイトが言いだした。
 それは興味深いと、正面からプレシアの胸を見る事が出来たのはグラハムぐらい。
 なにしろ今のプレシアは、フェイトのバリアジャケットを纏っているのだ。
 色々と、熟れた肉体が強調されすぎていて純な少年には目に毒過ぎる。
 事実、ユーノやクロノは咄嗟に視線をそらししていた。
 さらには迂闊にもチラ見した瞬間をなのはに見られて、そっぽを向かれてしまった。

「ヴィーター……やっぱり、兄妹みたいな感情やと思っとったら進化したんか。いや、ムッツリの癖になんでか持てるんやな刹那兄は」
「ち、違う。違うぞはやて。別にアタシはあんな馬鹿野郎だなんて」
「照れる事はあるまい、ヴィータ。少々歳の差はあるが、まだ大丈夫だろう」
「そうよね、シグナムはグラハムさんとの年齢差が、ヴィータちゃんと刹那君以上ですものね」

 茶々を入れたシグナムが、自らの発言がブーメランとなってシャマルにより返されてしまった。
 辛い戦闘が終わった後の、小さな幸せの瞬間。
 誰も欠ける事がなかったからこそ、笑いあえるこの時に、イオリアが唐突に爆弾を落とす。

「談笑が進む中、失礼する。この中で決断が必要なのは、三人ぐらいか。リンディ、クロノ、そしてユーノ」
「私達が何か?」
「私はこれより、地球を次元世界から切り離す事にする。理由は言わずとも分かるな? 決めたまえ、愛する者の為に地球に残るか。それとも、愛する者を振り切り次元世界に残るか」

 イオリアの言葉に、特に名指しされた三人が言葉を失っていた。
 そして、名指しされなかった者達も、同様に言葉を失う事になった。









-後書き-
後書きは後編で。



[20382] 第十三話 変われなかったロックオンの代わりに(後編)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2010/12/29 19:47

第十三話 変われなかったロックオンの代わりに(後編)

 闇の書の事件集束から一ヶ月、アースラは地球に一番近い次元空間へとやってきていた。
 ブリッジの投影スクリーンには、宇宙空間に浮かぶ地球が映し出されている。
 大気の青と雲の白さに加え、純度の高いGN粒子の緑色に包まれた地球が。
 より正確に言うならば、GN粒子は地球へと向かう為の次元航路を埋め尽くしていた。
 あまりのGN粒子の濃さに計器に障害が現われ、映像は何度もちらつき砂嵐が現れる。
 イオリア・シュヘンベルグは、その宣言通りダブルオーライザーのトランザムバーストで地球へと繋がる航路の全てををGN粒子で包み込んだ。
 そうすると決めたのがイオリアならば、実行したのは刹那だが。
 おかげで、如何なる方法を用いようと次元世界、管理局は地球への干渉が出来なくなった。
 高濃度のGN粒子が転移の魔法を疎外し、通信をも遮断してしまっている。
 一度調査隊が強硬手段に出た時は、艦の航行機能をも制御不能にされそのまま遭難してしまったぐらいだ。

「プレシアの言った通り、生まれる時代と場所を間違えているわ、本当に。でも、納得したわ。三〇〇年後地球の人達が宇宙へと飛び立っても次元世界と接触がなかった事に」

 艦長席に座っていたリンディが物憂げな表情で呟いた。
 太陽炉、それも擬似リンカーコアと黙される技術。
 闇の書さえも打ち砕くそれを長らく隠匿したとされ、ただ今閑職の身である。
 GN粒子に覆われた次元航路が通行可能になるまで、監視しろとの命令だ。
 もちろんイオリアがそんな甘い処置をするはずもなく、生きている間にGN粒子が薄れる事はないだろう。
 しかし、後悔はない。
 何しろそれを報告した時の本局の対応は、異常だった。
 即座に地球を管理下へと収め、開発技術者と現物をどんな手を使ってでも徴収せよであったからだ。
 イオリアの予想通り、管理局は地球を、そこで生まれた技術を力でものにしようとした。

「後悔してますか? グラハムではなく、局を選んだ事を」
「グラハムという夫を得て、貴方を失ったんじゃ本末転倒。それにグラハム程の良い人は稀にしても……恋はまたすれば良いじゃない。貴方こそ、随分と即答だったじゃない」
「初恋だった事は認めます。けど、僕は執務官です。まだこの次元世界には、こんなはずじゃなかった日々を過ごす人が大勢いる。その人達を僕は変えたい……閑職の身でアレですが」

 武装隊員を含め、百名を超えるクルーを有したアースラも、今では十名を切っている。
 艦長であるリンディと執務官であるクロノ、その補佐であるエイミィ。
 オペレーター二名に、雑務他、通常の局員が五名。
 前述の三名以外は、一ヶ月間隔で交代する予定だが、リンディ達は例外を除いてでずっぱりだ。
 並みの精神であったならば、一ヶ月と絶たずにノイローゼにでもなっていたかもしれない。

「ハラオウン家の私達が閑職に回されて、でも不思議と平気なのよね。レティには、凄く心配かけてるみたいだけど」
「エイミィが言ってました。刹那のトランザムバーストの影響かもしれないと、この前に魔力を測定したら、何故かSランクになってました。なのに特別喜びもせず、すんなり受け入れられました」
「認識の拡大という奴かしら。そうそう、あの時結界を張ってた武装隊の人達も、軒並み魔力ランクが上昇したらしいわね。そう考えると、局が欲しがるわけだわ」

 だからこそ、管理局に太陽炉が渡せないとも言えた。
 魔力ランクの上昇は、ついでのようなものでしかない。
 認識の拡大に伴ない魔力ランクは上昇するが、それと同時に認識も拡大する。
 あらゆる物事を多角的に捉えられ、人と人とが分かりあいやすくなるのだ。
 それこそ、言葉すら不要になるぐらい。
 イオリアが設計し、本来ならば三〇〇年後に製作される太陽炉の意味はそこにある。
 管理局のように多くの世界の人を管理しようと思えば、それは最低限のラインであった。
 他の世界の人間を理解できないのに、管理などすべきではないはずだ。
 なのに管理局はその本質ではなく、ただ単に魔力ランクが増大するという点にしか着目していない。
 管理局という組織は、まだ人類には早すぎたのだろう。
 それはおそらく、三百年ほど。

「駄目ね、ちょっと後悔し始めてる。何処かに、グラハムみたいな良い男はいないものかしら。まだまだ若い子には負けないつもりなんだけど」
「若さ云々で母さんに勝てる人は希少ですよ。けれど、同意見です。なのはみたいに、可愛い子はいないものですかね」
「はーい、はいはーい。可愛い女の子、一丁お待ち!」

 突然開いたブリッジの扉、そこからアホ毛がチャームポイントなエイミィが元気良く現れた。
 あの時、宇宙空間で待機中のアースラにいてGN粒子を浴びていないはずなのに、この退屈な生活にまったく飽きた様子がない。
 これはこれで、才能という奴なのかもしれない。
 そんなエイミィへとリンディとクロノが振り返り見て、同時に溜息をついた。

「悪く、はないんだけどね。クロノのお嫁さん候補の……そうね、三十番ぐらいに入れておくわ」
「あ、母さん。四十番でお願いします。僕より背の高い年上はちょっと……」
「滅茶苦茶不評だよ。おかしいな、以前のリンディさんなら嬉々としてクロノ君をからかってくれたはずなのに。おのれGN粒子め!」

 めげずに拳を握り締めたエイミィは、特別暗くなる事もせずオペレーター席へとついた。
 基本、ブリッジには階級は拘らず二名のクルーが待機していれば良い。
 どちらがご飯にいきますかと視線で確認しあっていると、エイミィが振り返って言った。

「二人とも、ちゃんと仕事してくださいよ。通信メール着てますよ」
「あら、お喋りに興じ過ぎたかしら。何処から、また高官の嫌味かしら」
「母さん、先にご飯を食べに行ってもよいでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待った。これ……地球です。差出人は、イオリア・シュヘンベルグ!」

 一瞬、どうやってと思ったが、方法よりもその内容に興味を引かれた。
 すぐさまリンディは、情報が漏れないようにブリッジを閉鎖。
 三人以外に人が入れないようにしてから、エイミィに通信メールを開かせる。
 するとブリッジの投影スクリーンに、差出人であるイオリアが現れ、その内容を口にした。









 七月、燦々と太陽が輝く暑い季節が海鳴市に訪れていた。
 その海鳴市に一風変わったマンションがあった。
 家族ぐるみのお付き合いを前提として、ようやく入居が許される高級マンションである。
 オーナー兼管理人の名前は、プレシア・テスタロッサ。
 以前、管理局が一軒丸ごと買い取ったマンションを、簡易手続きにてリンディから受け取ったものだ。
 イオリアの第九十七管理外世界の鎖国が急であった為、かなり強引な方法であったが。
 八神家も人数が増えすぎて家が狭かったので、渡りに船でもあった。
 元の家の所有権はそのままに、全員でマンションに引っ越してきて一ヶ月経つ。
 そのマンションにある一室の前で、なのははインターフォンを押していた。

「ユーノ君、もう皆集まって来てるよ。お迎えに来たよ。ユーノ君?」
「ごめん、今出るから」

 帰って来た返事は妙に慌しく、昨晩もまた夜遅くまで本を読んで勉強していたのか。
 何かを蹴飛ばしたり、転んだりとけたたましい音がインターフォンより聞こえてくる。
 ユーノらしい行動に苦笑したなのはは、夏の温い風に髪が揺れた事で手鏡を取り出した。
 手鏡を覗き込みながら、ちょいちょいと前髪を直し、ドアが開いた瞬間に急いで隠す。

「お待たせ、行こうか。なのは」
「うん」

 手を繋ぐわけでもなく、ただ並んでエレベーターに乗って最上階を目指す。
 ユーノは、イオリアの言葉に地球に残ると即答し、そのまま八神家の世話になっていた。
 先日、飛び級扱いで大検を取得し、この地球でも考古学を勉強する腹積もりらしい。
 そのユーノが、狭いエレベーター内で鼻歌を歌っているなのはを見て、複雑そうにしながら言った。

「なのは、楽しみにしてる?」
「それは、友達だもん」

 なのはの鼻歌が止まり、俯いてしまう。
 そんな顔をさせたいわけじゃないと、自分を殴りたくなったユーノはなのはの両手を握る。
 何度言っても慣れる事はないと、グラハムをある意味尊敬しながら言った。

「ごめん、変な事を聞いた。けど僕は、なのはの事が好きだから。格好悪いのは分かってるけど、嫉妬した。渡したくないから……」
「うん、私こそごめんね。ずっとはぐらかしてて。ユーノ君の事は、私も好きだよ。でも……気になるんだ。だから、今はこれが精一杯」

 握られていた手を放し、ユーノを抱きしめる。
 温かくて安心できて、なんだか嬉しくなるのをなのはは感じていた。
 だがそんな心の何処かで、小さなしこりがあった。
 だからそれ以上はユーノに近づけない、踏み込む事が出来ない。
 ユーノも一定の理解を示しながら、それでも何時かと願いながら抱きしめ返す。
 何も言わず抱きしめあう中で、エレベーターは二人を最上階まで連れて行く。
 そして到着のチンっという音が鳴り、扉が開いていった。
 まだ二人が抱き合ったままでいる中で。

「わっわ、私達買出しに行く途中で。なの……なのはちゃんとユーノ君が。お、お姉ちゃんに連絡しないと」
「て、ちょっとすずかユーノを殺す気? アンタらも、TPOってものを弁えなさいよ。エレベーターの中でって、何処のオフィスラブよ!」
「ち、違うの。これはちょっと、色々悩んだ挙句に盛り上がっちゃって」
「なのはも何を言ってるの。これは、違ッ……すずかさん忍さんに電話しないで。音速で恭也さんに伝わっちゃう。もうあんなのは嫌なんだーッ!」

 ユーノの脳裏に、なのはに告白した日の悪夢が過ぎる。
 黒装束の刃物をもった男に四六時中付けねらわれ、追い回されたあの日。
 返答がイエスでもノーでもなかったのに、あんまりだと。
 なのはがいる前では、故郷を捨てて地球に残った男気がある子だと褒めた癖に。
 誰かとは具体的に言わないが、好きな子のお兄さん的なアレである。

「来る、黒いのがなんか来る。そ、そうだ。イオリアさんに僕も改造してもらえば良いんだ。僕もガンダムになって、世界の歪みを正すんだ!」
「ユ、ユーノ君しっかりして。アレは刹那さんとグラハムさんにしか無理だから。生身のユーノ君を改造したら、ただの仮面ライダーだよ!」
「ちょっと、そんな仮面ライダーの為になんか、うちの資金は出せないわよ。こら、ユーノしっかりしなさい!」
「あ、お姉ちゃんなら喜んで資金だすかも」

 余計な事を言うなと、なのはとアリサにすずかが怒られる直前でユーノが動いた。
 錯乱したまますずかに迫るように、手を両手で包み込み是非と顔を近づける。

「すずか、お願いだから力を貸して!」
「ち、ちか。近い、ユーノ君……だ、だめ。それ以上は!」

 必死な分だけぐいぐいと、唇がくっ付きそうな程にまで近付く。
 男の子にあまり免疫のないすずかは顔を真っ赤に、抵抗の力も薄い。
 もうあと十数秒でも放っておけば、すずかのファーストキスは奪われていた事だろう。

「あー、これがハム菌の効果って奴かしら」

 そんなアリサの聞き捨てならない言葉を聞いて、誰かの何かがブチッと切れた。
 薄紅色の閃光が一人の男の子だけを吹き飛ばしたのは、言うまでもない。









 マンションの最上階、フロア一つ丸々が八神家のスペースであった。
 さすがにマンションの全室をバリアフリーには出来ず、そこだけ工事がされている。
 そのフロアにある一室、普段八神家のメンバーが食事を取る部屋にて、殆どの人間が集まっていた。
 今日のとあるパーティの為に、昼を過ぎて直ぐのこの時間から準備しているのだ。
 アルフやザフィーラは子犬モードで手伝う気は皆無だが、それでも人では多かった。
 その中でリインフォースは、グラハムに後ろから抱きしめられながら包丁を手にしていた。

「主グラハム、この格好はとても作業がしにくいのですが……」
「リインフォース、君の包丁捌きを私は見ていられない。さあ、私に全て委ねたまえ。君と私は二人で一つ。天国に辿りつける事を約束しよう」
「こう、ですか主。ん、何か堅くて熱いものがお尻に当たって」
「私に言わせるつもりか、リインフォース。当てているのだよ」

 一見、何処かの新婚さんのような風景である。
 そのまま台所でいけない所業に突入しそうな二人である。
 一年後ぐらいには、「ですぅ」口調のミニマムなサイズの可愛い女の子が生まれるぐらいに。
 そこで隣で包丁を握っていたシグナムが、首からネックレスとして提げていたレヴァンティンを起動させる。
 させてなるものかとばかりに。

「おっと、手が滑りました」

 言葉とは裏腹に、しっかりと柄を握りグラハムの足元に突き刺した。

「またかシグナム、気をつけたまえ。リインフォース、怪我はないか?」
「主のおかげで、毛ほどもありません」

 元々足をざっくり斬るつもりはなかったが、シグナムの目の前には不本意な結果だけが残った。
 リインフォースの腰に手を回し、ダンスでも踊るかのように密着していたのだ。
 素直に私もと言えず、もどかしい気持ちをレヴァンティンに込めて床をぐりぐりと削る。
 ちなみに、とあるパーティの準備を始めてから、これで三度目であった。

「シ、シグナム大丈夫? なんだか凄い思いつめた顔だけど」
「シャマル、私の……私が主と見初めたグラハム殿は何処へ行ってしまわれたのだ。あっちへふらふら、こっちへふらふら。嘆かわしい!」
「慣れなさい。それに、貴方がそうやって嫉妬するから、グラハムが調子に乗るのよ」

 オロオロとするシャマルに代わり、答えたのはプレシアであった。
 一ヶ月前まで戦いしか知らなかったシグナムとは、恋に対する年季が違う。
 グラハムに対すると言ってもよいかもしれないが。
 つい一ヶ月前なら電撃を落としていたであろう状況でも、もくもくと準備作業をしていた。
 一口サイズに切った鶏肉、片栗粉をまぶし、油に投入してカラッと上げる。
 そんな淡白な反応のプレシアの後ろに、先程までリインフォースを抱きしめていたグラハムが現れた。

「危ないから、後でねグラハム」
「これは手厳しい、まさか何もしない内に釘を刺されるとは……だが、あえて言わせてもらおう。抱きしめたいな、君を」
「だから後でね。たっぷりと後悔させてあげるわ、その言葉を」

 思ったように相手をしてもらえず、ややしゅんとした様子でグラハムが下がった。
 ちなみにその光景を見て、からかわれ率がシグナムに次いで高いシャマルがメモをしていた。
 メモをしても、グラハムの冗談に付き合える度胸が無ければ意味がないと思いつつ、言葉を付け足す。

「基本的に、寂しがりやなのよあの人は。だから人の気を引こうとして、馬鹿をしたりする。結構、子供っぽいでしょ。そこが、可愛くもあるんだけど」
「良く見てますね。シグナムも、プレシアのって聞いてない」

 プレシアにちょっと連れなくされただけで、グラハムは落ち込んだ様子であった。
 出来上がり次第、料理が載せられていくテーブルの椅子に座り、プレシアの様子を伺っている。
 確かに、構って欲しくて逆に叱られた子供のようだとシャマルは思った。
 ただ、リインフォースもシグナムも、今がチャンスかと自ら構おうとしてしまっている。
 プレシアが態々、気を引きたければ気のある振りをするなと教えてくれているのに。
 下馬評はやはり、プレシアの勝率が高いかと、なんちゃって傍観者のシャマルは再びメモをした。

「ハム兄、今度はなんの悪戯したん? あんまり、邪魔したらあかんよ。ほら、抱っこ」

 リインフォースとシグナムが手を出しあぐねている間に、はやてがやってきた。
 松葉杖をついて、ヒョコヒョコと歩きながら。
 リハビリにリハビリを重ね、ようやく車椅子から松葉杖である。
 また一ヶ月経てば松葉杖が取れ、さらに一ヶ月で走るまでに回復する予定であった。
 そのはやてを抱きかかえ、グラハムは膝の上に座らせた。

「はやて、私は常に品行方正な男だ。悪戯などしようはずもない。そうだろう、リインフォース?」
「わ、私は主になら悪戯をされッ!」
「主はやて、なんでもありません。聞かなかった事に……」

 悪戯の意味が絶対に違うと、シグナムがリインフォースの口を押さえていた。

「なんやよう分からんけど……ハム兄、ギュッとしてや。また私に構ってくれる時間が減りそうやし。妹も恋もちゃんと両立してや」
「私は両立しているつもりだが、はやてがそう言うのなら君の要望に応えてみせよう。抱擁だけで満足か? 望むなら頬ずりも、キスもしてみせるが?」
「ほんなら、ギュってしてからほっぺにチューや。その方が、反応的に面白そうやし」

 ニヤリとはやてが小生意気な笑みを見せた先は、もちろんリインフォースとシグナムであった。
 さすがにプレシアは子供の挑発には乗らず、黙々と調理し続けている。
 と、思ったがそうではなかった。
 はやてが頬にグラハムのキスを落とされる瞬間を、携帯電話のカメラで撮影していた。
 そこへ新たにアリシアもやってきて、グラハムにねだり始める。

「あ、はやていいな。グラハム、私もチュー。お返しにしてあげるから!」
「慌てる事はない、私は逃げも隠れもしない。さあ、何処からでも掛かってきたまえ」
「なら、アリシアちゃんはそっちから。ハム兄を美少女のキスでサンドイッチや」
「お母さん、撮って撮って!」

 言われるまでもなく、プレシアは携帯電話を持ちながらベストショットを取る為に移動している。
 ガスコンロの火を止めたシャマルは、改めてメモを広げて下馬評に項目を一つ足した。
 二重丸の一番人気として、子供達という項目を。









 パーティの準備にも加わらず、刹那は自室のベッドの上で仰向けに寝転がり、とある手紙を読んでいた。
 その手紙の差出人は、イオリア・シュヘンベルグであった。
 この手紙を君が読む頃にはと、出だしが綴られている通り、刹那は最近イオリアの姿をみていない。
 正確には、いくつかある地球への次元航路をGN粒子で覆いつくした翌日辺りからだ。
 一度目を通した手紙だが、刹那は改めてその手紙に目を通した。

(この手紙を君が読む頃には、私は既に姿を眩ました後の事だろう。単刀直入に告げる。ソレスタルビーイングとしての君の活動は、失敗した)

 二度目となる今回でも、その指摘を前に刹那は顔が歪むのが分かった。
 ロックオンと自分と言うマイスターを二人も失い、恐らくはソレスタルビーイングも壊滅状態。
 ほぼ失敗したと分かってはいても、改めてイオリアに指摘されると胸が痛む。

(だが悲観しないで欲しい。君は失敗したが、その活動は無駄ではなかった。特にこの時代に現れ、私と出会った事については。君が現れた事で私の夢想は形を得て、実現に向けて動き出した。君が見せてくれた、可能性を確かなものにする為に)

 エクシアの太陽炉と、刹那のリンカーコアを使用した太陽炉。
 その二つが同調する事で発動したツインドライヴシステム、その先のトランザムバースト。
 刹那自身、それの性能や効力を理解しつくしたわけではないが、はっきりと分かっている事がある。
 次元世界を統べる管理局と、彼らが第九十七管理外世界と呼ぶ地球との全面戦争が避けられた事だ。
 だが目先の紛争は回避されたが、GN粒子も永遠ではない。
 いずれ三〇〇年後、さらにその先では次第に薄れていくGN粒子により邂逅は避けられないだろう。

(もう一度言う、君は失敗した。後の事は、私と三〇〇年後に生まれ出でる君と、君の仲間に託したまえ。恐らくは、別の結果が待っている事だろう)

 本当にそうなのかは、刹那には分からない。
 もしかすると、刹那の前の刹那もこうしてここでこの手紙を読んでいた可能性さえあるのだ。

(刹那・F・セイエイ、このコードネームの由来は永遠よりも長い時間の中で切り取られた、一瞬よりも短い時間。それは歴史の中に埋もれる個人の人生そのもの。君は、君のその時間を自分の為に使うと良い。彼女達と共に変わる為に)

 刹那には変わらなければいけない義務がある。
 変われなかったロックオンの為にも。
 そう刹那が考える事も、イオリアは分かっていたのだろう。
 手紙の最後には、こう綴られていた。

(だがそれだけではない。変わった後にも君の生は続く。誰の為でもない君自身の為に、君自身の意志で生きたまえ。イオリア・シュヘンベルグより)

 短いながらも、親愛により忠告が多大に含まれた手紙を胸に抱く。
 イオリアは、刹那の前から姿を消した。
 パトロンとして協力を得たアリサの父や、すずかの姉ならば居場所を知っているかもしれない。
 だが、尋ねたとしても恐らくはしらを切られるか、拒否される事だろう。
 何よりも、イオリア自身の意志を彼らがくみとる事で。

「分かっている、イオリア・シュヘンベルグ。俺は、変わる。変われなかったロックオンの代わりに。俺自身の意思で」

 手紙に込められた親愛に応える為にも、刹那は自分の考えを口にした。
 強迫観念のようなものにかられ、戦い続けるとはもう言わない。
 仮に今目の前にある家族に危機が訪れたならば話は別だが、自ら進んで戦いに身を投じはしないだろう。

「刹那、入って良い? あ、ヴィータ駄目だよ」
「細かい事を気にすんなよ。おい、馬鹿野郎。何一人でサボってんだよ。お前もパーティの準備を……また、読んでたのかよ。イオリアの爺さんの手紙」

 返事を待たずに、扉を開けてヴィータと、遅れてフェイトが入ってきた。
 体を起こし、否定する意味もない為、ああっと短く応える。
 ベッドから立ち上がり、大事に折り畳んだ手紙を机の引き出しに仕舞い込んだ。
 恐らくは平穏な生活に疑問を抱くか、何処かと奥の紛争を前に飛び出しそうになる度に読む事になるのだろう。

「刹那、これからはずっと一緒だよね。何処にも行かないよね?」
「俺はここにいる。俺も、ヴィータ達と共に変わる。変わらなければならない」
「そうだな、私と一緒に変わるんだよな。私と一緒に」

 ふふんとヴィータが胸を張ると、フェイトがムッと頬を膨らませた。

「わ、私も一緒に変わるよ。もっと一杯変わって……刹那の為に、胸だって大きくするよ。多分、気持ち良いって思って貰えると思うんだ」
「な、なんの話をしている?」

 フェイトが双方の胸に手を当てて言い、意味が分からず刹那が後ずさる。

「胸……このスケベ野郎が。あんだよ、悪いかよ。どうせアタシは小せえよ!」

 そして自分のぺったんこな胸に手を当てたヴィータが、理不尽にも切れて刹那の足を蹴った。
 本気で意味が分からず、刹那は答える言葉を持たない。
 いつぞや知らない事を教えると言ったフェイト自身が意味不明で、ヴィータも良く分からない。
 争うなら駆逐するべきかとふと思いついたが、さすがに自重するのが精一杯だ。

「ヴィータ、私負けないよ。現時点で、ちょっと勝ってるけど。まだまだ大きくなるから。母さんにも、色々聞いて私が私の意志で大きくするんだ」
「はん、そのまま風船みたいに腫れ上がりやがれ。男ってのはな、大きすぎると気後れしたり気味悪がる事だってあるんだ。大が小を必ずしも兼ねるわけじゃねえ!」
「待て、本当になんの話をしている。何故俺の部屋で胸の生育について議論しているんだ?」

 全く刹那の声は取り合って貰えず、フェイトとヴィータの間で胸に関する議論は白熱していく。
 大きさがどうこうから、形に入り、さすがの刹那も恥ずかしく思う柔らかさなど。
 だが逃げようにも、何時の間にか二人は刹那の手を片方ずつ掴んでいた。
 口笛を吹き、やるじゃねえか刹那と面白がるロックオンの声がGN粒子も無しに聞こえた気がした程だ。

「ああ、もうらちがあかねえ。おい、馬鹿野郎。さ……触れ!」
「ヴィータと私の胸、どっちが良いか刹那が決めて!」

 興奮して目をぐるぐるさせながら、二人がそんな事を言い出した。
 もはや異次元ともいえる会話に、トランザムバーストを使うべきか刹那は本気で迷った。
 そんな前にも後にも進めない状態の刹那を助ける者が現れる。
 鳴らされたインターフォン。
 知り合いの殆どはパーティの準備にやってきていて、今さらインターフォンを鳴らす者もいない。
 ならばインターフォンを鳴らすのは、新たな客、本日の主役である。

「出迎えにいく」

 インターフォンに気付き、二人の手が緩んだ隙を突いて刹那は走り出した。
 玄関へと出向き、出迎える。
 もう二度と会えないはずであったリンディを、そしてクロノを。

「本当に驚いたわ、イオリア・シュヘンベルグから知らせが来た時は」
「指定された時間と航路のGN粒子が一度だけ薄れる。コレが最後のチャンスだと言われたら、迷ってなんていられなかった」
「再開出来た事を嬉しく思う。そして、お前達を歓迎する。ここが俺達の家だ」

 八神家の一人として、刹那は二人を招きいれた。








-後書き-
ども、えなりんです。
この挨拶も、この場では最後となりましょうか。

これでりりかるグラハムは完結とさせていただきます。
せっちゃんがついに、紛争とのかかわりに決着をつけました。
劇場版のせっちゃんの報われなさに対し、私はこういう普通のエンドの方が好きです。
一人の人として普通の幸せを追い求める。
そんなせっちゃんがいても良いと思いますから。

ちなみに、グラハムはもげろ。
フル勃起のアレをアインスの尻に押し付けるとか、万死に値しますよ。
そりゃ、ツヴァイも近々、生まれるよ。

なんだか書きたい事があり過ぎて、何を書いたらよいのか。
ほぼ半年、お楽しみいただけたでしょうか?
二次創作を始めて十年、ここまでの好評は初めてでした。
これ以降も、精進続けたいと思います。

ちなみに、次回作はネギまの二次創作となっております。
XXX板の。
年明けしばらくしてから、連載開始します。
恒例どおり、土曜日と水曜日の更新で。
十八歳以上の方は、そちらでまたよろしくお願いします。

以上、えなりんでした。


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