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[20336] 【習作】がくえんもくしろく あなざー(オリ主・ちーと) 更新停止のお知らせ
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/08/19 12:29
この作品を閲覧する際の注意!
この作品は学園黙示録HIGHSCHOOL OF THE DEADの二次創作です。
注意追加、訂正。
7/18 改訂。注意追加

1.オリ主。
2.オリ主最強。
3.途中まで原作沿い。
4.バイオハザードとのゾンビクロス(リッカーなど)、オリジナルゾンビが出る。
5.独自設定。
6.ご都合主義万歳。
7.作者はssを投稿するのは初めてで、稚拙文。
8.作者は最強大好きな中二病…よってこの作品もetc…。
9. グロ注意。
10.4番目の注意にある、ゾンビクロスやオリジナルゾンビが出るとありますが、それっぽい能力の物が出るのは少なくとも中盤以降となります。チートゾンビ達を目当てで来る方はご注意を。

タイトルは、決まっていないので、決まったら変わるかと思われます。
以上の事が大丈夫な寛容な方はお目汚しになると思われますが目を通して見て下さい。

※ 私の作品を読んで頂いていた方々には大変申し訳ないのですが、急遽仕事の都合で中東へと旅立つ事になり、更新が困難となりますので誠に勝手ながら更新は停止させて頂きます。帰国は私の仕事の腕次第だと上司は仰いますので何時になるやら…。
様々なご指摘や感想をくれた方々、ありがとうございました、そして申し訳ありません。




[20336] ぷろろーぐ
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/24 10:28


 寝不足。霧慧飛鳥の体調を一語で表せば、現在進行形で睡眠不足であろう。
自室の、昨日しっかりと干した春の日差しを一杯浴びたふかふか布団で、気持ちよく惰眠を貪っていた飛鳥であったが、今日も何時ものように祖父の襲撃を受けた。
何時も計ったように同じ時間、同じ言葉で叩き起こされるようになって、既に8年の月日が流れた。



毎朝毎朝、朝の4時丁度。「朝稽古の時間じゃッ! さっさと起きろ!」 と言う喜色混じった怒声と共に叩き起こされ続けている訳だが、低血圧な飛鳥の身体は、一向に慣れてくれない。人は適応する生き物だと言うが、飛鳥は八年これを繰り返されていると言うのに未だ順応していなかった。
もうとっくに諦めの境地に達しているが、きついものはきつい。



尤も寝不足と言う点については祖父に叩き起こされる事よりも、朝早く叩き起こされると分かっていながら夜更かしするのが悪いのだが。
飛鳥の個人的意見としては、それは年頃の少年であれば仕方が無い事。何かに熱中しすぎて夜更かししたり、徹夜をするなど大抵の人であれば覚えがある事だろう。
飛鳥も昨日発売したばかりの新作ゲームに熱中するあまり、何時の間にか何とか起きれるボーダーラインである1時を2時間も超えて寝たのはつい一時間前。



もしかしたら祖父が寝坊するかもしれない。今日まで八年間、雨の日も、風の強い日も、雪の日もただの一度として遅れて来なかった祖父であるが、今日こそ寝坊してくれるかもしれないという、余りに儚く、甘ちゃんな期待を抱いて眠りに付いた訳だが、当然の如くその期待は打ち砕かれた。
そして何時ものように無駄な抵抗を拳骨で黙らされ、無理矢理着替えさせられて、襟首を掴まれ、子猫よろしく道場まで連行されるのだが、飛鳥とて剣術が嫌いな訳では無い。むしろ刀を振るっていると落ち着くし、祖父との立ち合いをするのも非常に楽しい。でも早朝は嫌だ。せめて後一時間。日の出と共にして欲しい。




 祖父との稽古は、泊まりに来た友人がどん引きするくらい激しい物なのだが、如何せんもうそれが当たり前の物になってしまっている。
全ての始まりは、この屋敷に来たばかりの頃、両親を失いぴーぴーめそめそと泣いていたばかりだった飛鳥を、

『男ならそう簡単に涙を流すでないっ! その性根を叩き直してやるわ!』

と、あやす事ができずにおたおたとしていた祖父が苦し紛れに出した言葉。
やると決めたからには遠慮なぞせんっ! と文字通り、打撲擦り傷当たり前、時には骨折する程の激しい鍛練だった。

『打たれ、傷つく事で身体は丈夫になってゆく! 案ずるな、儂もお前の父さんも同じように小さい頃からこんな感じじゃった! 言わば我が家に伝わる健康法のようなもんじゃ! 強く、丈夫になって女にもてる! 良い事しかないじゃろ!? 嘘じゃないぞ、何せ儂の婆さんは儂の逞しい身体に惚れたんじゃからの! がはははははっ!』

と言うのが鍛練初日にぼろぼろになってぐずる飛鳥に向かって言った祖父のお言葉である。
こんなのが家伝の健康法何て嫌だ、と幼いながらに思う飛鳥だったが、これが本当に序の口で、これからもっと酷くなって行くと言う事をこの時の飛鳥はまだ知らなかった。



 夏休みや冬休みなど、長期休業の度に、友達と遊ぶ約束があるーと言う飛鳥の泣きの入った懇願を無視して山や海に連れて行き、そこでスポ根少年漫画やバトル物の漫画の影響としか思えないような事をやらされた。

「ではこっから飛び降りろ!」

山に行けば、度胸を付ける為、受け身の練習、足を鍛える為、と称しての崖からのダイブ。段階を踏んで高くなって行き、現在は七階建て相当の高さでも飛び降りれるように。無論、何度か骨折し、泣いた。そして怪我する度に速くなっていく回復速度にも泣いた。

「的確に敵の攻撃を捌く鍛練じゃ!」

蜂の巣を棒で突き、出て来る蜂を叩き落とす鍛練。刺されまくって虫が嫌いになった。大好きだったクワガタさえ見るのも嫌になった。

「時には逃げる事も大切じゃ。鬼ごっこと思って楽しみながらやるんじゃぞ。楽しみながらするというのは大切じゃからの!」

がははは! と笑いながら冬眠の為に食糧確保に勤しんでいる熊さんの前に放りだされ、散々追い回された。追って来る熊よりも笑いながら孫を熊の前に放りだす祖父の方が怖かった。そして何時の間にか、夕飯確保の為に熊を追いまわしている事に気づいた時、さめざめと涙した。

「暗くて見えない? 何を甘えた事ぬかしとるかっ! 暗いから戦えないなどと言う甘えが戦場で通用する物か! 明るくなるまでに降りて来んとお前の大事にしとる鯉は儂の朝飯じゃからの!」

真っ暗闇の中、山の山頂まで連れて来られ、その場に置き去りに。足を踏み外して崖から落ちたり、猿におしっこかけられたり…散々だった。
それ以上に辛かったのは、死に物狂いで家に帰った時にほかほかと煮つけになっていた鯉を見た時だった。絶望した。真っ白になった飛鳥に、祖父が慌ててこれは別の鯉でお前の鯉はちゃんと池におる、と声をかけたが何の慰めにもなりはしなかった。

「暗闇ではすっかり見えるようになったようじゃからの。今度は眼隠してして帰って来るんじゃ! 絶対に人に見つからないように帰って来るんじゃぞ! でなきゃ儂、児童虐待で捕まってしまうからの! うはははは!」

虐待っつー自覚あるんかいっ! 力一杯突っ込み、いっその事、児童相談所に駆けこんでやろうかと思ったが、今更すぎてどうでも良かった。どうしてあの始まりの日に逃げ出さなかったんだと、手探りで動きながら、心底後悔した。

「阪から丸太を転がすからしっかり避けるか捌くかするんじゃぞー。避け損ねればお陀仏じゃ! 気を抜くで無いぞ」

ごろんごろんと同時に10本弱の丸太が阪から蹴り落とされる。死に物狂いで避けきれば、「おー良くかわした! 流石儂の孫じゃぁ!」と嬉しそうに笑って倍の数の丸太を落とされる。あらん限りの悪態を吐きながら避ける。この日まで、じいちゃんじいちゃんと呼んでいたのが、爺に変わり、その前に糞や死ねなどが付くようになった。
孫がぐれてもーた…などと漏らしていたが、良識ある人間が孫への数々の仕打ちを聞けば、誰もが当然だと言うだろう。そしておまわりさんを呼ぶだろう。

とまぁ上記のように剣術の鍛練以外にも様々な事をやらされて来たのである。
祖父との鍛練を思いだす度に、自分が良く五体満足で生きているな、と心から思った。途中から気付いた事だが、暗闇の中を移動する修行や、眼隠し修行の際には必ず祖父が気配を殺して、万が一の場合は手助けする為にすたんばっていた。
恐らく、鍛練を始めたばかりの頃は、そうやって本当に命に関わるような場合は助けてくれていたのだろう。だからと言って感謝する気など欠片も起きなかったが。



「ほれ、始めるぞ」
「…へいへい」

かなり古ぼけた、年季を感じさせる道場へと連行された飛鳥は、祖父…檜山宗十郎に投げ渡された通常の刀より幾分長い刀―――刃を潰した模擬刀―――を腰に差した。
宗十郎は齢80を超えているとは思えない程覇気に満ちた見た目厳格そうな老人――中身ははちゃらけた爺―――でその腰には通常の長さの模擬刀が収められている。
眠気眼で、飛鳥が柄に手をかけた瞬間、宗十郎が動いた。常人では、遠目から見ていても捉える事のできない鋭い踏み込み。それと共に神速と呼ぶに相応しい速さで抜刀、飛鳥の脇腹目掛けて振り抜かれた刃は、飛鳥が半分程、抜いた刃で受け流すように受け止めた。

道場内に金属同士がぶつかる鈍い音が響き、その音が鳴り終わるよりも早く二人は動き出していた。
飛鳥は刀を受けた状態で押し切るように、振り抜き、宗十郎はそれに合わせるように背後へ跳躍し、着地と同時に上段から袈裟切りに、斬りかかる。
振り下ろされる刀を、飛鳥はいなすようにかわし、更に刃を返して襲い来る宗十郎の刃を半身を捌いて避け、脇腹目掛けて斬り上げる。

半歩引いてその斬撃を完全に見切って避けて見せた宗十郎の動きを読んでいた飛鳥は、宗十郎が新たに攻撃を仕掛けるより早く宗十郎との間合いを詰め、宗十郎の右側頭部目掛けて震脚を存分に効かせた回し蹴りを放つ。当たれば頭蓋骨陥没間違い無しの凄まじい蹴りだが、宗十郎は楽しそうに笑いながら身を沈ませて避け、蹴りを放った事で無防備となった飛鳥の腹に斬撃を放とうとする。

「むっ!?」

が、それを放つ事はできなかった。
飛鳥がかわされた右足を、自身の身に巻き込むように引きつけ、蹴りの勢いも利用して身を捻り、軸足となっていた左足を振り上げ、宗十郎の脳天目掛けての変則踵落としを放ったのである。

虚を突かれ、攻撃に移ろうとしていたと言うのと、飛鳥の蹴りの速度もあってかわしきれないと判断した宗十郎はそれでも楽しそうな顔のまま首を逸らし、肩でその蹴りを受け止める。鈍い音が道場に響くが、宗十郎は僅かに顔を顰める程度で、衝撃のほとんどはインパクトの際に身を竦ませる事で床へと流していた。

「ちぃっ、化け物爺め!」

威力をほとんど殺された事に、飛鳥は悪態を付きながら宗十郎の肩を足場に飛び退る。
そんな飛鳥に宗十郎は呆れた眼差しで見やり、溜息を吐く。

「ほんにお前は足癖が悪いの。何じゃあの蹴りは。曲芸師にでもなるつもりか? あんな軽い蹴りじゃ虫も殺せんぞ」
「馬鹿言うな。普通じゃ脳天かち割れてるか、首が圧し折れてるっつーの。あのタイミングでかわせて衝撃を分散できる爺が異常何だよ」
「き、貴様、敬愛すべきおじい様に向かってそんな蹴りを放つとは何事じゃ! その性根を叩き直してくれる!」
「馬鹿言うんじゃねぇ! 爺が俺に今までしてきた仕打ちに比べりゃ可愛いもんだ! 死ねっ、この糞爺!」

怒声と共に刀を身体の斜め前に下げ、飛鳥は宗十郎へ向けて一気に踏み込む。
一瞬にして自身の間合いに踏み込んだ飛鳥は、下段から斬り上げる。宗十郎はそれを容易く弾き返すが、弾いた飛鳥の刀が弾かれた勢いも上乗せされ、今度は袈裟斬りとなって襲いかかる。宗十郎は余裕でそれにも反応して防ぎ、飛鳥が羅刹のような勢いで連続して振るう刀を楽しそうな顔のまま捌き続ける。

道場内には凄まじい剣戟の音が響き渡り、二つの影がめまぐるしく位置を変えながら動き続けている。
どちらも当たればただですまない、刃が潰れている事を除けば、時代劇など真っ青な本物の殺陣が行われていて、二人がぶつかり合うたびに金属同士の衝突により火花が散る。二人の動きは、常人はおろかそれなりに武の道を志した者でも捉える事ができる者では無く、真の達人や超人と言った者達でなければ動く二人を視認する事さえ不可能な速さでの打ち合いだった。

「せぁっ!」
「ぬぅっ!」

これまでの音など比べ物にならない剣戟の音が道場に響き、二人が鍔迫り合いの状態で激しく刃を重ね合う。
これだけ激しい動きをしたと言うのに、飛鳥は薄く汗をかいている程度で呼吸も乱しておらず、宗十郎に至っては汗さえかいていない。

「やれやれ…相変わらず苛烈な剣よの。もっと儂のように柔らかく戦えんもんかね」

飛鳥の剣術…いや、戦い方を一語で現すなら、それは攻撃一辺倒の”苛烈”の一語に尽きる。
相手を喰らい尽くさんばかりの凶暴な剣や、避けるにしろ捌くにしろ、ほとんどの動きが攻撃へ繋がっており、相手に弾かれた攻撃などを、すぐさま次の攻撃へと変じさせる飛鳥の戦い方は、攻撃は絶対の防御とでも言うかのように、とにかく攻撃的だ。
しかし、我が孫ながら凄まじい剣士になったものだと思う。元々剣の才能…いや、戦いの才能と言うべきだろう。飛鳥は生まれて来た時代を間違えているのでは? と真剣に思う程、飛鳥の戦う才能は優れていた。

今まで武神などと謳われ、様々な者に教えを請われて来たが、この息子の忘れ形見程、戦う才能に溢れた者はいなかった。
始めたばかりの時こそ、ちょっとした事でぴーぴー泣いて、こりゃ才能無いかもしれんと思った宗十郎だったが、それはすぐに間違いだったと気付く事になった。
初日に散々痛めつけた翌日も、同じようにし始めた宗十郎は、すぐにそれに気付いた。何と、飛鳥は宗十郎の攻撃を最小限の威力に抑えるような動きをし始めたのだ。
無論、八歳だった飛鳥に避ける事などできなかったが、宗十郎の攻撃に反応し、当たった瞬間に当たった個所を引いたり、自ら当たりに行ったり、身を沈めたりと、無意識だろうが確かに宗十郎の攻撃に対処していたのだ。いや、対処と言うにはお粗末に過ぎたが、それでも驚くべき事だった。

これはもしかたしたら物凄い原石なのでは…と。はたしてそれは当たっていた。
やればやる程、飛鳥の稚拙だった飛鳥の攻撃への対処は的確に、より有効的に、それも一手毎にと言える程驚異的な速度で成長…いや、進化していったし、それに答えるように身体の方もそう言った動きに慣れようとするかのように回復速度などが上がって行くのだ。

ついつい面白くてやるにはまだまだ早かった無茶な修行をさせても、何も教えずとも。身体の効率的な身体の使い方や、脅威に対する最善の対処を無意識レベルで収め、実戦レベルまで持って行くのだ。それを楽しみながら見守り…今でこそ武神と呼ばれているが、若い頃は才能の無さに嘆いた事を思いだし、飛鳥の才能にちょっと嫉妬した。

で、

『才能あるんじゃからそれに驕らぬようもっと厳しい鍛練をさせねばの! 苦労を知らんと将来碌な大人にならんわい! 儂の苦労を思い知れ! がはははは!』

などと八つ当たり6割、嫉妬3割、飛鳥の将来の為1割と、人間らしい汚い思考の元、尚更飛鳥の鍛練の内容はエスカレート。
飛鳥が聞けば、苦労した割に碌でもない爺になってるんですけどーっ! と激怒した事だろう。ちなみに、宗十郎は自分を孫思いの優しいおじいちゃんだと心から信じて疑っていない。孫が攻撃的な性格になったのは、自身のスパルタが8割り近く原因になっているとは微塵も思っていなかった。



それが大体4年間。基礎を仕込み終え、飛鳥に戦い方を教え始めてからは、今まで散々厳しい鍛練をさせて良かった! と宗十郎は自身のやって来た事に満足した。
飛鳥は腹立たしい事に、それこそ憎たらしいくらい腹立たしい事に、次々と剣術や体術、戦略などを吸収して行き、めきめきと腕を上げて行く。無論、4年間にも及ぶ下地もあったからだろうが、それにしても異常すぎた。



しかも自分の人生のほぼ全てをかけて編み出した技術などを、次々と習得して行き、あまつさえそれを自分好みに昇華させ、最適化させて行くのを見た時は殺意さえ沸いた。
その日、宗十郎は泣きながら道場を飛び出し、旧友の家で泣きながら呑み明かした。孫に自分の技を教えるのは嬉しい、でも悔しい…ぐすんぐすんっと。
突然涙して飛び出した宗十郎に、その孫はついに呆け始めたかな…。おむつとか買っといた方が良いのだろうかと、真剣に悩んでいた。

僅か一年足らずで宗十郎が飛鳥に仕込む事は無くなり、後はひたすら二人での立ち合いが主となった。
当然、実際に打ち合いとなれば如何に才能があろうが、経験が皆無な飛鳥と百戦錬磨の宗十郎では勝負になる筈が無く、飛鳥は良いように遊ばれるだけだった。
宗十郎、才能ありすぎる孫をいたぶるのは非常に快感で、始終ご機嫌だったがそれは長く続かなかった。



飛鳥も今までの宗十郎の数々の扱きで鬱憤が溜まりに溜まっていたのである。そこへ来て、立ち合いでずたぼろに打ちのめされ、その時の宗十郎の顔と来たらにやにやと非常にご機嫌ご満悦なのだ。腹が立つに決まっている。打倒糞爺を胸に、自分に足りないのは経験だ! 
と言う事で、色んな武術の道場に見学に行き、その武術の動きで自分の中に組み込めそうなのは取り入れ、昇華していったのである。そうして様々な武術を見て、自分にプラスになりそうな所を次々と収めて行ったのである。


同時に、他流試合を挑み、素手、武器問わず戦いまくり、経験を積んで行った。
無論、そうしているのは宗十郎も知っていた。苦労するのは良い事じゃ、精々頑張れと応援していたが、日に日に強くなっていく飛鳥にこれちょっとやばいんじゃね、と思いつつも孫の成長は嬉しかった。


そして3年。飛鳥は宗十郎から未だ一本も取れていないが、逆に宗十郎からも中々取られなくなるまでに腕を上げていた。
既に、飛鳥の動きは我流と言って良い程他の武術の動きを取り込んでいて、完全に自分の物としていた。身体も飛鳥の戦い方に合わせるよう変化していき、獅子を思わせるようなしなやかで強靭で敏捷性に富んだ身体になっていた。



宗十郎も手本気でやっても互角になるまでに成長した飛鳥を、心から嬉しく、誇りに思った。
そして更に一年立った現在。飛鳥に完全な一本こそ貰っていない物の、先の蹴りのように攻撃を受けるしかない攻撃もするようになってきていて、一本とられるのももはや時間の問題だった。宗十郎の方も飛鳥には攻撃を当てるのは至難の業であり、何時間もの間互いに有効打を与えられず戦いが続くようになっていた。



 ぎしぎしと刀が軋む音が響く中、互いに鍔迫り合いの最中に相手の隙を窺うも、どちらも隙を見出す事ができない。
ほんの一年前までなら、鍔迫り合いになったら、飛鳥の攻撃的な性情のおかげで、ちょっと挑発すればすぐに自分から隙を晒すように動いてくれたものだが、今は全く挑発などにも乗って来ない。それは、心技体全てにおいて宗十郎に匹敵する剣士になった事を意味していた。が、宗十郎はもう教える事も無くなって立派になったと嬉しく思う反面、寂しさも感じた。

「ぼうっと考え事とは余裕だなっ!?」
「ぬぉっ!?」

鍔迫り合いの最中に、ちょっと思い出に浸って哀愁漂う宗十郎。
そんなちょっとセンチメンタル入ったしゃいで小粋(自称)な84歳の様子を好機と見た飛鳥はふっと一瞬だけ腕の力を緩め、考え事をしていたせいで反応が遅れた宗十郎がバランスを崩し所へ、連続して斬り込んでいく。
突き・逆袈裟・左切り上げ・逆胴からなる四連撃。そのどれもが神速の名に相応しい速さで放たれた同時攻撃。余程の達人でもこれを捌くのは難しいだろう。
しかしこれを、宗十郎はバランスを崩していたと言うのに当たり前のように捌いて見せた。

「ほほ、まだまだ甘いのっ。お前さんの攻撃なんぞ隙を突かれた所でどうってことないわ!」
「ぬかせっ!」

実際はかなりぎりぎりの所で捌けたのだが、宗十郎は厭らしい笑みを浮かべて飛鳥を挑発する。
額に冷や汗が出る程の攻撃だったが、爺様の隙を突こうなど、不届きな行いをする孫には灸を据えねばならないのだ! 怒ってくれた方がやりやすい。
ちなみに、逆に飛鳥が注意を逸らした時には「敵と相対している時に考え事をするなど愚か者のする事じゃ! お前は技術も身体も駄目だが心はもっと駄目じゃ! そんな調子じゃ儂のような心技体三拍子揃った男になれんぞ! だいたいじゃな…」と倒れ伏す飛鳥を前に散々偉そうに講釈を垂れたりしたのだが、そんな事は当然自分が不意を突かれた時には頭から綺麗さっぱり消えている。

その後も一進一退の攻防が続き、朝日が顔を出して二時間近く立っても、道場から剣撃の音が途切れる事は無かった。







[20336] 第一話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/08/05 10:06



 朝風呂で汗を流し、制服に着替えた飛鳥が居間へと向かうと既に朝食が食卓に並んでいた。
あさりの味噌汁、たくわ、卵、あじの開き、ほうれん草のおひたし、ほかほか白米と言う定番のものであるが、非常に美味しそうである。
宗十郎も既に座って飛鳥を待っていたらしく、茶を啜っている。

「あれ、あさり何かあったか? 昨日夕飯作った時には無かった筈だけど」
「これは昨日お前が部屋に籠った後、足立さんが持って来てくれたんじゃよ。潮干狩りに行って来たらしくての。お裾分けじゃそうじゃ」
「潮干狩りぃ? ……あぁ、潮干狩りの時期って今頃だったか」
「ちょっと早い気もするがの。じゃが美味しそうで大きなあさりじゃ。冷めないうちに頂こう」
「あぁ」

ちなみに夕飯は当番制で、日によって食事を作る係りは違うのだが、朝食は朝の稽古でより相手にダメージを与えた方が作らなくてすむ。
今まではほとんど飛鳥が作って来ていたが、一年前辺りからはだいたい五分五分の確立…最近は宗十郎が作る事の方がちょっと多い。今日は飛鳥の方が宗十郎の身体に攻撃をいれた数は多かったので、宗十郎が作る事になったのだ。

頂きますと、一声かけて食べ始める。
まずは先程話題に上がった味噌汁を軽く啜った。あさりの出汁のよく出ていて、非常に美味しい。

「お、美味いな。あさり何か久しぶりだし」
「うむ、良い味じゃ。足立さんに感謝するのじゃぞ。そうえば飛鳥、もう高校に上がって一週間くらい立つが学校の方は慣れたか?」
「ん? まぁ慣れたと言えば慣れたが」
「何じゃはっきりせんの。いい加減、好きな女子の一人や二人出来んのか。お前さんは湊さんに似て顔だけは良いんじゃからそれは活かさんでどーするのじゃ」
「顔だけって何だ顔だけって。別にいらねーよ。付き合っても面倒な事ばっかだし」

朝から妙な話題を振って来る宗十郎に、飛鳥は露骨に顔を顰めて白米をかっ込んだ。
飛鳥とて、年頃ではあるし、男だ。当然美人や可愛い子は好きだし、街何か歩いていて好みの子がいたら何時の間にか眼が追っている時もある。
だが付き合うとなると話は別だ。飛鳥は宗十郎が言うように、かなりの美形と言える容貌をしている。

どうも母の血を色濃く継いだらしく、母譲りの黒髪に、母と同じ黒曜石の瞳。細い柳眉に、非常に形の良いそれぞれのパーツにその配置。
一見すると細面の、優男に見えるが、怜悧で挑発的な眼差しと、強い意志を宿した瞳、そして何処か飄々とした雰囲気が、弱々しさを微塵も感じさせなかった。
確かに顔だけなら非常に優良物件。滅多に見れないくらい美形。街で退屈そうに突っ立っていれば、その容姿に釣られてくれるだろう。
飛鳥の場合、口を開かなければ、と言う条件が付くが。



 飛鳥の言動は、歯に衣を着せない上に、正直に顔に出すのである。加えてかなりの面倒くさがり。腹芸や感情を隠したりもできるが、態々相手に気を使ってそんな事をするような性格では無い。
今まで飛鳥が付き合った少女は4人。どれも相手から告白して来た物で、飛鳥は断る理由も無かったのと言うのと、相手が自分好みであった事、男女交際に興味もあったと言うのと、どの娘も、飛鳥が相手を何とも思って無くても、「今は好きじゃ無くてもこれから好きになってくれるかもしれないから」などと言うので承諾した。


同級生一人。年上二人。後輩一人と付き合ったが、長く続いて二カ月である。どの娘も飛鳥からすれば面倒この上無かった。登下校を共にするやら、学校帰りの寄り道やら、
休日のデートなど。返さなくともうざい程やって来る電話やメール。



付き合い始めて最初こそ、それなりに付き合ってやっていた。手を繋がれたり、腕を組まされるなど、くっつかれたりされたりするのも…いや、これは柔らかいし気持ちいいしで悪くは無かった。が、それ以外に良い所は何も無かった。
相手の要求はどれもこれも面倒だし、相手に対する良い感情があればそういのも別だったのかもしれないが、あいにく飛鳥が付き合った子達には、飛鳥の気持ちをそう言った方に持っていく者はいなかった。



そして飛鳥は面倒とか、相手の事を何とも思っていないと言う事を全く隠そうとしなかった。言葉にも態度にもそれは出た。
少女達は、付き合っていれば、自分の事を知ってくれれば飛鳥も自分を好いてくれると甘い幻想を抱いていたのだろうが、そうはいかなかった。

露骨に顔を顰め、”面倒”、”友達と行けば””用事がある”などと何か誘うたびにそう言われ、何時まで経ってもそれが変わる事は無かった。
なまじ顔が整っているだけに、飛鳥の嫌そうな顔や、顔を顰めたりするのは言動と相まって非常に相手にダメージを与える。



何度となく飛鳥の言動と表情で心を痛め続けた少女が、女の子最大の武器、涙を流して「私の事、まだ何とも思ってくれて無いの!? もう付き合って○日(個人により多少の差あり)も立つんだよ!?」と言われても微塵の躊躇いも無く、即座に且つめんどくさい女だな、とばかりに顔を顰め、”何とも”、と返す程。飛鳥、最低である。

若干差異はあれど、四人共こんな感じで泣きながらもう別れるーっと去り、少女達の心に深い傷を残しただけであった。
それに飛鳥らしいけど酷く無い? と苦笑する友人達に、対する飛鳥のコメント。

「好きでも無くて良いって言ったのはあいつ等だし。付き合ってもそれが変わらなかっただけさね」

とまぁそんな感じで、飛鳥はもう付き合うとか面倒だから良いやと言い、以後その言葉通り告白はされても付き合う事は無かった。
それに対して友人達は苦笑しながらそれが良いね、と心に傷を負った少女達の傷が癒えるのを祈るのであった。

「まぁ好きになれなかったんじゃ、しょうがないよね。きっと飛鳥も本当に好きな子ができればそういのも面倒じゃ無くなると思うよ」
「そんなもんかねぇ」

友人の言葉に半信半疑にそう返し、それ以後飛鳥に異性関係の色めいた話が浮上する事は皆無であった。



「嘆かわしいのぉ…。儂、もうお前の孫を見るのが最後の楽しみみたいなもんなんじゃが」
「そうかい…、なら精々長生きするんだな。当分できそうにねぇや」

 呆れたように首を振る宗十郎だったが、続いて出てきた予想外の飛鳥の言葉に、嬉しそうに目元を和ませた。
飛鳥からすれば何の気無しに、自然に出た言葉なのだろうが、孫に長生きするようになどと言われるのは、祖父からすれば非常に嬉しい事である。
それが、無意識…自然と出たような言葉なら尚更だ。ちょっと泣きそうになって目元を潤ませる宗十郎だったが、続く飛鳥の言葉でその感動も吹っ飛んだ。

「あ、作るだけなら訳無いぜ。適当に相手作って結婚すれば良いんだし」
「そういう事は愛情を育んだ相手とせんかっ! たわけ者! 愛の無い相手との子供なぞ、その子が余りにも不憫じゃろうが!」

飛鳥、最低である。
実にあっさりとした口調が、本気で言ってるようにも聞こえて非常に性質が悪い。いや、飛鳥としては正にそれでも構わないのだろう。
激昂した宗十郎が、だぁんっとテーブルを両手で叩いたせいでおかず達が中を舞ったが、飛鳥は慌てず騒がず、味噌汁さえ一滴も残さず見事に回収する。無論、宗十郎も。

「冗談冗談」
「お前の冗談は冗談に聞こえんのじゃ。良いか、くれぐれも愛する者との孫をこさえるんじゃぞ! 絶対じゃからな!」

へらへらと笑う飛鳥に、宗十郎はくわっと眼を見開いて、最早懇願とも言って良い程必死な祖父に、飛鳥はへいへいと味噌汁を啜って生返事を返す。

「ど、何処で育て方を間違ったんじゃろうか…」
「考えるまでも無いと思うがな」

がっくしと俯いて飛鳥の成長ぶりを振り返る宗十郎に、飛鳥は即座に半眼を向けるのであった。
これ以上このやり取りは不毛、という事でテレビへ視線を向けた。美人なニュースキャスターが次々とニュースを読み上げているが、汚職だの何だのとつまらない政治関連の話だけで特に気になるのはやっていない。



「ほれ、飛鳥。テレビなど見てないで早く喰わんと遅刻じゃぞ」
「あ、もう40分になるのか」

 宗十郎の言うとおり、テレビに表示されている時刻は7時40分となっている。何時ものペースで歩くのであれば7時45分に出なければ遅刻してしまう。
朝から走るのは勘弁であるし、この時期は桜並木が非常に綺麗なので、そういった景色を楽しみながら歩きたい飛鳥としては、重要な問題である。
慌てて食べるペースを上げて、食事を口へと運びこむ。それでも良く噛んで、しっかり味を噛みしめながら食べ切る。

「ご馳走様ー」
「うむ」

茶碗を台所の流しへ運び、脱衣所へ行って歯を磨き、顔を洗う。容姿には無頓着であるので、髪のセットとかそういうのは皆無である。元々の髪質か、自然髪が逆立ってしまうのでセットをしなくてもセットしているように見えている。朝のセットに時間をかけている者からすれば、天然美形であるこの男は非常に赦しがたい存在であろう。

「んじゃ、行ってきまー」
「うむ、気を付けて行って来るのじゃ―――待て、飛鳥ぁ!」

鞄を担いで、茶を啜る宗十郎の脇を抜けて行く飛鳥に、宗十郎が笑って送り出そうとしたが、不意に宗十郎は猛烈に不吉な予感に身を襲われて飛鳥を呼びとめた。
その余りに突然の声と、かつて無い程真剣そうな祖父の顔に、飛鳥は二重の驚愕に眼を丸くして突然怒鳴った祖父に話しかけた。

「何だよ、急にでかい声を出して。別に怒られるような真似はしてないぞ?」

不思議そうな顔をする飛鳥を、酷く真面目な顔で凝視し、宗十郎は難しい顔で首を振った。

「……そうじゃない、そうじゃないんじゃ」
「だったら何さ」

その宗十郎の様子に、飛鳥も只事じゃ無さそうだと表情を引き締め、鋭く眼を光らせて問いかける。
宗十郎もまた厳しい表情で考え込み、少しして口を開いた。

「―――飛鳥、非常に不吉な予感がした。お前の刀を持って行け」
「……分かった」

その言葉に驚きに眼を見開くも、飛鳥は素直に頷いて踵を返した。
直感やそういった物は、飛鳥も優れている。宗十郎の言葉を突っぱねる事もできたが、素直に従った方が良いと本能的に悟ったのだ。でなければ、学校に刀を持って行くなど承諾しない。


宗十郎は飛鳥の力を良く知っている。仮に武器など無くとも、非常に高い戦闘能力を持っている事を誰よりも良く知っている。
例え相手がどんな相手だろうと、飛鳥を殺るどころか手傷を負わせるだけでも非常に困難である事も分かり切っている。だが、そういうのとは別に非常に嫌な予感がしたのだ。何か、大変な事が起きるような。以前、飛鳥の両親が事故で死んだ時にも同じように感じたものだ。


飛鳥に限って、とは思うが冷や汗が流れる程嫌な予感は拭えない。
刀を持たせた所でどうなると言う訳でも無いだろうが、飛鳥の戦闘力を最大限発揮するには刀は必須。
何より、宗十郎自身が、飛鳥が刀を所持していれば安心できる。



 戻って来た飛鳥の手には、宗十郎が飛鳥を一人前の剣士として認めた際に、その証として授けた刀が握られている。
鍔つ柄に、見事な銀の装飾を施されており、鞘は光輝く黒漆。刀身の長さは75cmと通常の刀より少々長めの、反りは控えめの打刀である。飛鳥は柄に手をかけ、ゆっくりとそれを引き抜いた。居間に入り込む朝日に、反射し、鈍く輝く刀身は見る物を引きこむような魔性の輝きを放つ、極めて美しい直刃。その輝きはもはや妖気と言って良い程に人を魅了して止まないそれ程の輝きを秘めたものであった。


見れば見る程、人を惹き付ける魔性の刀。惰弱な精神の者がこの刀を手にすれば、その刃に魅入られ、何かを斬りたくて溜まらなくなる。その衝動に逆らえず、いや逆らう気さえ沸かずに獲物を求め彷徨う血に飢えた獣となる。そうなっても全くおかしく無い、むしろ自然の事とさ思える程、その刀は妖しく輝いていた。
その刀をひとしきり眺めてから、飛鳥は実に慣れた―――ごく自然な動作で鞘に収め、改めて宗十郎を見据えた。

「…素直に頷いて置いて何だが、本当にいるのか? いや、俺も持って行った方が良いと何かが訴えかけるような感じはするが…こいつを使う事になるような事態が?」
「お前はまだ若い。じゃが第六感もかなり優れている。そう言った感じがした時は、自身の直感に従うものじゃ。お前も剣士であるのだからそういう直感がどれだけ大事か身に染みていよう。杞憂であればそれで良い。だが、儂だけでなくお前も感じている以上、杞憂と言う可能性は……」

それ以上は不要だった。飛鳥は黙って模擬刀や刀を持ち運ぶ時に用いている本牛革の黒い刀剣ケースに刀を仕舞い、肩にかけた。

「飛鳥、分かってると思うが……」
「あぁ。俺は命を狙って来るのに対して慈悲をかけてやる程お人好しじゃねぇよ」
「一瞬の判断が何を招くか分からん…。心せよ」

何時に無く真面目に言葉を紡ぎ続ける祖父に、飛鳥は宗十郎が感じた不吉な予感がどれ程の物だったのか想像もつかず、顔を引き締めて頷いた。
宗十郎は重々しく頷き、それを見て歩きだす飛鳥の背中を追って後に続いた。

「じゃあ、今度こそ行って来る」
「うむ―――気を付けるのじゃぞ」

宗十郎を見据え、何時ものように笑う飛鳥に、宗十郎もまた笑みを浮かべ、万感の想いを込めた言葉を送って歩き出す、すっかり大きくなった飛鳥の背中を、見えなくなるまで見送った。

「――――ちゃんと、帰って来るんじゃぞ。馬鹿孫」






[20336] 第二話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/16 04:28





 何時も通り、予鈴開始の10分前に教室に付いた。
祖父の感じた不吉な予感と、自身の直感。起こるかどうかも分からないのだから身構えていてもしょうがない、と思いつつも、若干周囲に気を配りながら学校へと来たは良いが、本当に何時も通り何事も無く付いた。



後は何時ものように授業を受けて帰るだけなのだから、何かが起こるとも思えなかった。
流石に、校内で刀を持ち歩く訳には行かない。飛鳥は教室に付くなり、刀を自分のロッカーの中にしまい、きちんと施錠する。
万が一盗まれでもしたら、洒落にならない。辻斬り事件発生的な意味で。あの刀の人を狂わす魔性の輝きは、当然飛鳥も感じている。あれは、本当に人を狂わしかねない刀なのだ。


教室内は、既に結構生徒が登校して来ていて賑やかだった。
高校生になって一週間たつが、一週間もたてば最初は余所余所しかった者達も慣れ始め、仲の良いグループが出来始めるものだ。
未だ馴染めず、孤立している者もいない訳では無いが、今見る限りは全員が誰かしらと会話していた。
そして、飛鳥の場合は、射抜くような怜悧な瞳と、攻撃的な性格や言動から嫌煙されがちであるのだが、”ちゃんと話してみれば愛嬌のある良い奴”、と言うのが中学時代の友人達の評価。



だがそれは、小学生の頃から一緒だった者達の評価であり、高校になり人間関係が一新された事により、飛鳥の事を知らない者ばかり。
故に、鋭い瞳と飄々としていながら、何処か近づき難い雰囲気を発する飛鳥に、関わろうとする者はいなかった。遠目から、その容姿に釣られて熱い視線を飛ばす女生徒は多数見られたが、話しかけようとする者は皆無であった。

―――同じ高校に上がり、偶然にも同じクラスになった親友達を除いて。

「おはよう、飛鳥君」
「うーす、飛鳥」

中学の時から変わらない、二人の親友が同じクラスにいるので、飛鳥が孤立する事は無かったのである。
一人はぽっちゃりした、柔らかそうな頬をした見るからに平和主義者な温和そうな少年、熊田猛。猛と言う勇ましい名前とは裏腹に、実に温和で優しい熊さんである。分野は大分違うが、飛鳥のもう一人の師匠でもある。
もう一人が、茶髪にピアス、色眼鏡と実に遊んでそうな今時の若者な外見の整った顔立ちの少年、猫威健二。特に特筆する事の無い、見た目通りの少年である。敢えて言うならば、如何にも遊んでいそうな外見なのに奥手で恥ずかしがりや。

健二は飛鳥がこの街にやって来てからの付き合いで、猛は中学に入ってから仲良くなった。

「おはよーさん、二人共」
「うん。ねぇ飛鳥君、昨日買ったゲームはやってみた?」
「当然。中々面白くてやりすぎてさ、3時までやっちまったせいで一時間しか寝れなかったよ」
「はは、相変わらず飛鳥の爺さん元気なのな。ってかお前等また新しいゲームかよ。お前等がゲームの話始めるとついてけねーから困るわ」

呆れた様に笑う健二に、飛鳥は肩を竦ませて苦笑する。
健二はゲームなどには興味は無いので、飛鳥達がこの手の話を始めると付いていけなくなるのだ。
今まで何度か勧め、健二もやってみはしたが、どうにも面白いと思えず続かなかった。まぁ個人の好みの問題なので、そこはしょうがないのだが。

「それよりお前一時間しか寝て無くて大丈夫なのか? あの稽古の後で学校に来る事、事態信じがたい事だけど、寝て無いんじゃ尚更きついだろ」
「いやーあの稽古は俺からすれば普通の事だから今更何だけどな。起きる時が辛いだけで後は問題無いし。まぁちょっと眠いし授業中にでも寝るさ」
「飛鳥君は低血圧だもんね。でも飛鳥君、今日は一限、二限は科学で実験室だよ。昨日の授業の内容を実験する事になってたじゃない。それに三限はリスニング、四限は保健体育で体力測定だから眠れる授業無いよ?」
「うげ、まじかよ。しかも四限で体育とか最悪」

飛鳥の睡眠を妨げるかのように眠れない教科の連続である。げんなりとする飛鳥に二人も追従するように同意の声を上げた。

「確かに昼前の体育、食後の現国、古典の授業程嫌なものはないよね。あれちょっとした拷問だもん。古典はともかく現国の親父は物凄い煩いって言う前評判通りだったしさ。ちょっとうとうとしただけで凄い剣幕だったもんねー」
「あぁ、確かに神経質そうだったしな。だからあんなに頭髪薄いんだよ」

きっと今に現黒の授業だけ照明いらなくなるな、と三人で笑っていると予鈴が鳴り響いた。
本鈴がなったら席に付けば良いので、まだ皆思い思いに走っているが、窓から見える校門辺りの生徒達は、予鈴がなった事でちょっと足早に歩き出す。

「お、あれ佳代先輩じゃん。高校来て初めて見たわ」
「どれどれ? お、ほんとだ。おら、くまーん! お前アピールしないと!」

校門辺りから歩いて来る生徒の中に、見知った顔を見つけ、思わず声に出す。
それに反応した健二が窓辺に張り付き、飛鳥の言う通りの人物を見つけると、二人に隠れるようにして外を窺う猛の背中をばしばし叩いて窓を開け、猛を無理矢理そこに押し付ける。

「うわ、やめてよ健二君!? み、見つかっちゃうよぉおおお!」
「見つかった方が良いんだよ! 少しでも印象付けておいた方が良いって! そもそもお前幼馴染何だからもっと積極的に話しかけたりしろよなー! どうせ高校入ってからも話せて無いんだろ!?」
「そ、そんな事無いよ! 僕の家に来て入学おめでとうって言いに来てくれた時に話したよ!」
「そりゃ家でだろうが!? 同じ学校にいるんだからもっと教室に出向いて話したりとか一緒に登校したり帰宅したりしろよ!」
「そんなの無理だよぉ! ぼ、僕みたいのが学校で、か、かかか佳代ちゃんと一緒に登下校するなんて………。え、えへへ…佳代ちゃんと一緒に登校……手繋いだり、一緒に傘差したりとか……ふふ、ふふふふふ」
「あ、妄想入っちまった」

窓の辺りで縺れ合いながらじゃれ合う二人の様子を苦笑しながら眺めていた飛鳥は、真っ赤になってぶつぶつと呟きだした猛に再度苦笑する。
健二の言葉通り、今の猛の頭の中には幼馴染にして憧れの先輩である矢島佳代の事で頭が一杯なのだろう。顔を真っ赤にしてえへえへと笑う姿は、猛には悪いが非常に気持ちが悪い。校舎の影に入って見えなくなる佳代の姿に、飛鳥はそうえば佳代とあったのはだいたい三年前のこの時期だったぁと苦い顔で、あの時の出来事を思い出した。



 矢島佳代は飛鳥も健二も、当然面識はある。中学の時、物凄い引っ込み思案で人見知りの猛が、ある事を切っ掛けに飛鳥達とつるみ始めた事で交流ができた訳だが、最初の出会いはお世辞にも良い出会いとは言えなかった。飛鳥は中学一年の頃、その眼付きの悪さや上級生に対して全く敬語などを使わなかった為に眼を付けられ、喧嘩を売られたが全て一人で撃退してしまったと言う事で、不良生徒として中学入学早々に有名人であった。そしてその飛鳥と親友関係にあり、当時から今のような外見の健二も不良生徒として、飛鳥とセットで有名だった。

そこに加わったのが、大人しくて気が弱く、引っ込み思案で小学生の時はずっと苛められっ子だった猛である。
誰がどう見ても不良少年に、脅されパシリにされている可哀相な少年か、あるいは苛めのターゲットにされた哀れな生徒であった。初めは三人が一緒にいれば、誰もがそう思ったし、それもある意味無理らしからぬ事。それでも自分達に飛び火して来るのを恐れて、誰も関わろうとはしなかった。



噂は噂を呼び、しまいには猛は、飛鳥達に脅され、持っている様々な者を売り払って金に換え飛鳥達に渡し、万引きなども命令されてやっているなどと言う話になっていた。全然そんな事は皆無であったのに、事実として嘯かれたのである。しかし幸か不幸か、内気で友達の全くいなかった猛にも、猛を気にかけ、そんな猛の事を心配していた者はいた。それが猛の二歳年上の幼馴染、矢島佳代である。


その噂を聞き付けた矢島佳代は、その直後に凄まじい剣幕で『猛君を悪の不良共から私が守らなければ!』と飛鳥達のクラスに乗り込んだのである。
普段はおしとやかでふんわり優しい人、と言う感じなのであるが、昔から本当の弟のように可愛がっていた猛の事となると、彼女は少々人が変わるらしかった。
彼女からすれば、猛が中学に上がって苛めにあったりしないか心配していた所に、不良として噂になっていた二人組が猛に色々酷い事をしていると聞いたのである。ついに来た、と思った。そして同時に、絶対に許せない。絶対に止めさせてやる、と普段のおしとやかな彼女を知る者達がどん引きするような形相で、飛鳥達のクラスへ特攻したのである。


特攻した彼女は、教室で飛鳥と健二が話している所に一気に突っ込み、飛鳥と健二にびんたを放った。
当然飛鳥は難無く受け止めたが、健二の方は、腰の入った強烈なびんたをもろに喰らって、軽く吹っ飛び鼻血を噴出した。
突然の、文字通りの襲撃と、物凄い怒り様の少女の姿に、眼を白黒させる飛鳥と、ぶたれた頬を手で抑え、呆然とする健二。ちなみに間の悪い事に、猛はお腹が痛いとトイレに行っていた。

飛鳥に掴まれた手を振り解き、眼を血走らせ、人から伝え聞いた飛鳥達の所業を糾弾し始めた事で、飛鳥達はようやく事態が呑みこめた。
とんでもない誤解だった。何とか弁明しようとするが、彼女は聞く耳持たず飛鳥と健二をぼかぼかと叩き、猛君を苛めないで下さい、酷い事をしないで下さい! と大粒の涙と鼻水で、綺麗な顔をぐちゃぐちゃにして言うのだから溜まった物では無かった。

美貌の少女がぐちゃぐちゃに顔を歪めて訴えるその様は、見る者の同情を誘い、怒りを誘い、当然それは飛鳥達に向けられる。
クラス中の者達が一緒になって飛鳥達に罵詈雑言をぶつけ、猛を解放しろと訴えたのである。最早収拾の付かないとんでも騒ぎとなっていた。


泣きたいのは飛鳥と健二の方だった。当然二人からすればそれはとんでもない誤解だ。
猛と友達となったのは、飛鳥だった。当時まだ機会に疎かった飛鳥が、中学から始まった情報系の授業でパソコンを使っていた際に、色々弄ってフリーズさせてしまった時に助けを求めたのが隣に座っていた猛だったのだ。
それが切っ掛けで、話すようになり、気が合い、つるむようになっていた訳で、佳代が言っているような事は一切無かったのだ。

騒ぎを聞きつけて廊下に野次馬達が集まり、教師達まで駆け付ける大変な騒ぎとなったのである。
しかも教師達はこの騒ぎを鎮めようとはしなかった。飛鳥達は既に結構な問題児として扱われていたし、生徒達が一丸となって苛めに対して怒りの声をあげている事に、他のクラスでも問題になっていた苛めに対しての良い刺激になるのでは、と考え生徒達に任せる事にしたのである。


そこへやって来たのが救世主。猛である。飛鳥と健二からすれば、比喩でも何でも無く真の救世主だった。
猛のいたトイレにも、この騒ぎは当然聞こえていたが、猛はやっとできた一緒にいて楽しい友人二人のピンチとも思いもせず、出す物全て出してすっきりするまでトイレに籠っていた。そして晴れやかな顔で舞い戻ってみれば、自分の教室に集まる人の山と大騒ぎである。

しかも、猛に気づいた者達が次々と道をあけ、まるで海を割ったと言う伝説の残るモーゼのようであった。
周囲の自分を見る異様に同情的な眼差しに、一体何なんだと思い戻ってみれば、クラス中で飛鳥達を罵倒する声が上がり、彼等の声が向かう先には、どうしようもないと困ったような顔をしているお手上げ状態の飛鳥と、呆然としている健二。そしてその二人をぼかぼかと叩き続ける大好きな幼馴染の姿。



周囲の言葉から、とんでもない誤解が広まっていると察した猛は、慌ててクラスメート達を掻き分けて、飛鳥と健二の間に滑り込んで、佳代の攻撃を止めたのである。
しーんと静まり変える教室の中、猛の必死の説得を、佳代は最初は二人に脅されているのだと信じて疑っていなかったが、猛君をそいつ等が騙しているんだ、と再び飛鳥達に飛びかかろうとした佳代を、猛がぶって止めたのである。これに呆然としたのは佳代で、慌てたのが猛である。


やっとできた心から友達と言える二人へ向けられた悪意に満ちた言葉の数々と、正気を失っていた佳代の姿に我慢できず、思わず手が出てしまったのである。
が、結果的にこれが功をそうした。猛にぶたれた事でショックで、呆然としている佳代に、猛がしっかりと視線を合わせて佳代や周りの人達が思っているような事は、二人には一切されていない。自分が飛鳥達と一緒にいるのは、彼等が本当に自分の友達で、一緒にいると楽しいからだ、とゆっくりと噛み締めるように説いたのだ。
猛の様子から、それが真実だと悟った佳代は、気が抜けたのかそのままぱったりと意識を失い、この騒ぎはようやく収拾へと向かったのであった。



 今思い出しただけでも凄まじい出来事だったが、今では一生想い出に残る良い思い出である。
きっとこれは佳代の方も、忘れたくとも忘れられない人生の黒歴史として記憶に深く根付いている事であろう。
あの事件の後の佳代の二人への謝罪っぷりは凄まじいものだった。顔を真っ赤にして今にも燃え出しそうな程に顔を赤くした佳代の顔は今でも思いだせる。

人体って羞恥心で此処まで赤くなるんだ、と密かに感心したくらいだ。
ふっと思い出したように笑う飛鳥に、健二と何時の間にか妄想から帰って来ていたらしい猛が、珍しい物を見たと言わんばかりの表情で飛鳥を見ているのだ。

「珍しいな、お前がそんな風に笑う何て。何時もじゃ冷笑とかの癖に」
「だね、柔らかい笑顔とか凄い久しぶりに見たよ」

実際言った。
飛鳥はお前等ね、と呆れた視線を向けてから、若干引き攣った笑みを浮かべた。

「いや、佳代先輩と会った時の事を思い出してな。丁度三年前の今頃だろ? いや、四月中旬くらいだったか」

二人の反応は顕著だった。
猛は当時の、佳代にあまりに過保護にされていた時の記憶で顔を真っ赤にし、健二は佳代に強烈なびんたを貰った時の事と、クラス中から村八分にされた事を思い出し、虚ろな眼差しで笑う。

「んな事思い出すなよ、飛鳥! あん時の事は俺、未だにトラウマなんだからな。今でもたまに夢に見るくらいだ」
「ぼ、僕も。僕は佳代ちゃんに心配されてて嬉しかったけど、心配されすぎで自分が凄い情けなく感じたよ…。今でもああいう風に情けない男と思われていたら…」

顔を蒼褪めさせる二人の様子に、飛鳥は楽しそうに笑う。
口ではそういう割には、二人の言葉には嫌悪などは無く、それぞれが飛鳥と同じようにあの時の事を、良い思いでとしているのが分かったからだ。

「おーら、お前等席付け―。ホームルーム始めるぞ」

本鈴とほぼ同時に担任がやって来たので、生徒達は慌てて席へと付く。
飛鳥も自分の席へと付き、何事も無い平和な学校の始まりに、やはり宗十郎の不吉な予感も、己自身の直感も、杞憂だったようだな、と密かに安堵するのだった。




[20336] 第三話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/20 10:13
 何も起こらないと思っていた。
いつものように授業が始まり、いつものように友達と馬鹿な話をしながら過ごす。
そんな日常が、こんな形で崩れ去るとは、全く予想していなかった。


『全校生徒、職員に連絡します!
 全校生徒、職員に連絡します!
 現在校内で暴力事件が発生中です
 生徒は職員の誘導に従ってただちに避難してください!!
 繰り返します
 校内で暴力事件が発生中で』


日常の崩壊を告げる知らせが学校中に広まったのは、飛鳥達が実験室での授業中での事だった。
既に飛鳥、健二、猛の三人の班は実験を終え、後は他の班が終わるのを待って、教師がこの実験に関する講釈をしてそれで終わりの筈だった。
暇を持て余した飛鳥達が、支給されていたマッチで、組み木を作り、キャンプファイヤーマッチverを作成し終えた時だった。
何の予告も無く、男性教論の切羽詰まったような放送が、それぞれ無駄話を興じながら、実験を進めていた生徒達の―――否、学校中の音を奪った。


し――ん、と今までの騒ぎが嘘のように静まり返る校舎内。
一瞬の静寂の後、教室内の生徒達がざわざわと辺りを見回し、何が起きたのかと手近の者達とざわめきだす。
放送は一回途切れたが、数秒後に何か堅い物を落としたような金属音が響き―――。



『ギャアアアアアアアアアアッ!』

―――絶叫が学園内に響き渡った。

『助けてくれっ! 止めてくれっ』

―――絶叫が命乞いに。

『助けっ』『ひぃっ』

―――命乞いが悲鳴に。

『痛い痛い痛い痛い!! 助けてっ死ぬっ』

―――悲鳴が断末魔に。

『ぐわああああああっ!!』



断末魔を最後に、放送は途絶えた。
再び、学園に沈黙が訪れる。しかし、今度の沈黙は、すぐに喧騒の訪れた先程の物とは違う。
学園中から音が消えてしまったのかのように錯覚するほど、重く、緊迫した、今にも爆発しそうな空気を孕んだ静寂。
ある者は愕然とし、ある者は挙動不審に周囲を見回し、ある者は近くにいる友人と視線を交わし合う。


数瞬の後、硬直から抜け出し、教室から出る事を選んだ生徒が数名、教室の出入り口から抜け出していく。
そして、学園中に恐怖と狂気に駆られた絶叫が響き渡り、我先に逃げ出さんと、教室の出入り口に生徒達が殺到する。
その顔は一様に恐怖に彩られ、理性をかなぐり捨てて外を目指す。

「…ッ!?」

他の者達同様、恐怖に染まった表情で、外へ向かって走り出そうとする猛の腕を、飛鳥が捕まえ、抑えつける。
健二の方は冷静のようで、顔を強張らせてはいるも、動き出そうとする気配は無かった。

「離せっ!? 離してよ飛鳥君! 今の放送聞いてたでしょ!? 早く、早く逃げなきゃ!」
「やばい事態ってのは分かってるから落ち付け。深呼吸してよーく気を落ち着かせてみろ」

無理矢理椅子に座らせ、肩を抑えて逃げられないようにする。猛は大柄な体格で、力もそれ相応にあるのだが、飛鳥を跳ねのけようと身を揺すっても、飛鳥はこゆるぎもしない。しばらく何とか逃げ出そうと暴れ続け、ようやく逃げ出せないと悟ったらしく、動きを止め、飛鳥の言葉に従って深呼吸しだす。それに合わせ、飛鳥は諭すように柔らかく、しかし厳しい口調で猛に話しかけた。

「落着いたな? 良いか、こういう場合大勢の人間と一緒に逃げるのはむしろ危険だ。聞こえるだろ、この騒ぎ。今の放送で学校中がパニックになって、ほとんどの生徒が同時に外を目指している。何処で何が起こってるかもしれないのに、だ。まずは落ち着いて、状況を確認する方が先だ。お前の力も必要だ。良いな?」
「……う、うん。ごめん、僕取り乱しちゃって」
「皆が逃げ出した事で雰囲気に呑まれてしまったのもあるんだろうさ。それにこの状況じゃ、落ち着いてる方がおかしいんだ。気にしなさんな」

分かってくれたらしく、落ち着きを取り戻した猛に笑いかけた。

「健二はよく逃げなかったな」
「そりゃお前、パニック中に動かないの何て常識だろうに。それに何処に何がいるのか知らんけど、此処にも化け物がいるんだし、一緒にいて守って貰った方が良いに決まってあだっ!」

にやりとむかつく笑みを浮かべる健二を、飛鳥は無言ではたいた。

「誰が化け物だ、誰が」
「お前に決まってるだろ。お前に。人間様に見えない速度で動いてる時点で十分化け物何だよ」
「……あーもう良いわ」

本人を目の前にして化け物と言いながら、その化け物に守って貰おうと堂々と口にする健二のあまりにも明け透けな態度に、飛鳥も何も言う気にならず窓の外へと目を向けた
。この実験室は管理棟にあるので、教室棟の様子が一部ではあるが見える。未だ悲鳴や怒号は鳴りやまず、学園中で騒ぎが起こっているようだった。
何が起こっているか少しでも把握しようとして、窓の外に視線を向け―――凍りついた。

「飛鳥、何か見え―――」

同じく外の様子を確かめようとした健二もやって来るが、飛鳥と同じように外へと視線を向け、身体を凍りつかせた。
外は信じがたい光景で一杯であった。教室棟から飛び出していく生徒達を、次々とふらふらと歩く人間が捉え、噛みつき、喰らっている。



そしてその生徒に襲いかかっている者達は、恐るべき姿をしていた。一見姿形こそ人間だった。だが、すぐにそれは否定される。彼等が人間の筈が無い。人間であれば、生きていられる筈が無い。そう、襲いかかっている者達は、それぞれ程度の差はあれど、明らかに人間であれば死んでいなければおかしい傷を負っていた。中には、一見無傷のものいたが、人間に喰らいついている時点で人間では無い。



ある者は腹から腸が引きずり出されているのに平然とそれを引き摺り、ある者は首筋を齧り取られ、ある者は身体に穴を開け、ある者は肋骨を剥き出しに、その様に人間であれば明らかな致命傷を負っているであろう者達が、平然と闊歩し、生きている者に襲いかかっているのだ。



ある者は抱きつかれ、首筋に噛みつかれて絶命し、ある者は手や足を掴まれて引き倒され、多数のふらふら人間に喰いつかれ、至る所に喰らいつかれている。
これだけでも信じがたい光景だと言うのに、飛鳥達の前で更に信じられない出来事が起こる。
今まで襲われ、喰われていた生徒達が起き上がり、新たにやって来る生徒達を、一緒になって襲い始めたのである。

「な、何だよあれ……あ、あれ…明らかに、し、死体だよな? それが動いて人を襲って、その襲われた奴も、一緒になって他の奴に襲いかかるとか……信じられねぇよ!」

さしもの健二も眼の前の光景には平静でいられず、顔を真っ青にさせて歯をがちがちと鳴らしている。
飛鳥もこれを見て内心酷く動揺していたが、何とかそれを押し隠して平静を装う。無意識に乱れそうになる呼吸を整え、気を落ち着かせる。

「……な、何これ」

飛鳥達の様子がおかしい事に気づいた猛も、恐る恐る窓の外に視線を向けて、阿鼻叫喚の凄まじい光景に、尻餅を付いて後ずさり、胃の中の物をぶちまける。
ついさっきまで平和だった学園が、たったの数分で地獄のような光景に成り果てている。飛鳥は、祖父の言っていた不吉な予感はこれだったのだと、今理解した。

「―――これが、騒ぎの原因か」
「こ、こんなのどうしろって言うんだよ。どうする、飛鳥…。やべぇよ、こんなのありかよ…! どうすりゃいいんだよ、飛鳥!」
「落ち着け! 俺だってどうすりゃ良いかわかんねぇよ! そもそも頭脳労働はお前等二人の仕事だろ!」
「んなっ!? 何人任せにしようとしてんだ!? こういうとんでもない事態が起きた時こそお前が日々あの爺さんとやってる人外バトルの成果を出す時だろうが! この脳筋ッ!」
「人任せにしようとしてるのはお互い様だろーに! つーかそれ何て漫画!? 誰もこんな事態想定してねぇよ! それに誰が脳筋だっ!? 少なくとも成績は中の上だ!」
「はっ、主席で入学した俺様からすれば中の上何て成績じゃ赤点とかわんねぇよ! 大体お前はこないだラーメンを食いに言った時も思ったがな―――」

深刻なやり取りから脱線し、関係の無い事を罵り合う。こんな状況だと言うのに実に不毛な会話である。
それを胃の中の物を吐きだしながら、聞いていた猛だが、この二人の馬鹿なやり取りのお陰で落ち着いて来た。どうして深刻な話から家で飼っているそれぞれのペットの自慢に発展するのか、猛には極めて理解しかねたが、お陰で落ち着いた。


そして同時に、自分の何よりも大切な存在、佳代の事が気にかかる。こんな状況だ、佳代がどうしているかなど分からないし、分かった所で猛一人ではどうして良いか分からなかっただろう。でも、猛には仲間がいた。頼りない己を何時も助けてくれて、仲間と認めてくれるとても頼りになる友人達が。平静であれば、だが。

「二人共、落ち着け! 今はそんなどうでも良いやり取りをしてる場合じゃないでしょ!?」
「「どうでもよくねぇ! どちらのペットが優れているか―――」」

どうでも良い話を続けていた二人が、見事なまでにシンクロした動作で振り返り、しっかりと立ち上がっている猛の顔を見て押し黙った。
猛の顔は、先程とは違う意味で恐怖に染まっていて、見るからに焦燥感を感じているのが分かる。何をそんなに焦っている――と考えた所で、飛鳥と健二は当然、お互い共通の人物に行き着いた。

「そうだ、佳代先輩!」
「糞ッ! 失念していたッ…。教室を飛び出して無きゃ良いが……」

顔を蒼褪めさせる健二と、こんな状況とは言え、いや。こんな状況だからこそ、忘れてはならない人物の事を忘れていた事に、苛立つ飛鳥。
幾らこのような状況で動転していたとはいえ、大事な友人の大事な人で、飛鳥自身も良い人だと好意を抱いていた相手なのだ。だが、後悔している場合では無い。
一秒でも早く、佳代の安否を確かめなければ―――。

「猛、携帯で佳代先輩に連絡を! 健二、使える物を探すぞ」
「うんっ!」
「あぁっ!」

猛はすぐに携帯を取り出して佳代に電話をかけ、二人は掃除ロッカーを漁ったりしながら使える物を探す。
武器として使えそうなのは、幸い幾つかあった。モップ二本に、自在箒一本。自在箒はプラスチックで心元無いが、モップの方は金属だ。十分武器となる。

刀を教室に置いて来たのは痛いが、今は気にかけている場合では無い。武器を発見した飛鳥は少しでも動く死体に付いて情報を集めようと先程生徒達を襲っていた時の光景を思い出しながら、今下で動いている動く死体達の動きと姿を観察する。

「動きはそんなに早く無い。徒歩より少し早い程度。眼は―――見えているのか? 白濁してるがどうなんだ、あれ。あれだけ内臓物をぶちまけながら歩いてるって事は人体の急所を潰しても意味はなさそうだな…」
「つまり何をしても死なないって事か!?」
「まだ決まった訳じゃない。焼いたりすれば倒せるかもしれないし、硫酸か何かぶちまけて見ても良い。それか五体をばらばらにでもすれば流石に動けないだろ」
「ば、ばらばらって、お前……。いや、そうだな。相手は人を襲う化け物だもんな…。幾ら人の姿をしてても……。それよりも硫酸か。奥の部屋にあった筈だ」
「いや、やめとけ。持ち運びずらいし、相手にかけるにしても、やりづらい。下手にかけようとして自分にかけたら洒落になんねぇよ。通じるかどうかも分からないしな」

震えながらも覚悟を決めた表情で、奥の部屋へ向かおうとする健二を飛鳥が制止する。
戦闘に関する事なら飛鳥に一任するべき、長年の付き合いである健二は、疑う事無く飛鳥の言葉に頷いた。

「駄目だ、飛鳥君! 佳代ちゃん出ないよっ!」
「落ち着け。逃げているのか、気づかないのか、授業中だったから、鞄かロッカーに入れっぱなしにしている可能性だってある」
「そ、そうだよねッ! でもそれじゃあ尚更急がないと!」
「あぁ、分かってる。先輩が何の授業をしていたか分かるか?」
「ごめん、分からない!」
「いや、普通分かんなくて当然だ。一応聞いてみただけだ」
「おい、飛鳥! あれ!」

猛と話を続ける飛鳥に、健二が切羽詰まったように声をかける。飛鳥が話している間、少しでも情報を集めようと窓に張り付いていたのだ。
健二が指を指す方には、小柄女生徒に手を掴まれ、丁度引き倒される大柄な男子生徒の姿あった。必死にはねのけようともがいているが、逆に抑えこまれて首筋に噛みつかれてしまう。

「あ、あぁ。あいつ、確か同じ中学のレスリング部だぜ。県でも結構強かった筈だ」
「…力も尋常じゃ無いみたいだな。俺はともかく、お前等は掴まれたら振りほどくのは容易じゃ無さそうだ」

これ以上は探った所でどうしようも無さそうだし、最早留まる理由も無い。
一刻も早く佳代を探しに行かねばならなかった。

「出る前に情報をい纏めるぞ。動く速度は徒歩程度、此方をどうやって判別しているかは分からない。だから例えあいつ等が後ろを向いていても注意しろ。元々死んでるから心臓とかを潰しても意味は無さそうだ。
 そして一番注意しなければいけないのは、連中の力だ。恐らく死んだ事によって痛覚とかが無くなって怪力を出せるようになっているんだろう。だから、無理して倒さず捕まらないようにする事だけ考えろ。棒で押し返すとか方法は各自で。とにかく捕まるな。あいつ等の相手はできる限り俺がする。良いな?」

飛鳥と猛はモップの柄を、健二は箒の柄を携えて、しっかりと頷いた。
それに飛鳥も頷いて答える。

「猛は俺の後ろに、殿は健二! 健二は後ろに気を配りながら付いて来い! 一瞬たりとも気を抜くなッ!」

飛鳥の声に、二人が応じるように力強く承諾の声をあげ、三人は実験室から飛び出した。
三人が目指す人物が、無事である事を祈りながら―――。
 





[20336] 第四話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/08/12 16:04
 最初の遭遇は、実験室を飛び出してすぐだった。音や声などから、すぐ近くに迫っていたのは出る前から分かってはいた。
相手の正体はともかく、現実では推し量れない化け物である事は分かっていたのだ。
それでも。相手がどういう物かおおよそ分かっていながらも、飛鳥達は眼の前の直視しがたい光景に、絶句した。


飛鳥達の眼の前、呻き声を上げながら近づいて、来るのはつい先程まで飛鳥達のクラスメートだった物達だった。
肉を抉り取られ、肉と骨が剥き出しの物、胸を重点的に被りつかれ、豊かであった乳房を喰いちぎられた少女だった物、他にも数人の見覚えのある”物”達。


話しかけられた者もいる。話しかけた者もいる。まだ入学したばかりで、交流は無いに等しかったが、皆無だった訳ではない。
僅かな間とは言え、言葉を交わさなくとも、毎日顔を合わせ、彼等が”普通”に生きているのを見て来た。それも、つい先程までは皆が生きていたのだ。
五体満足で、誰もが健康な状態で、”普通”に生きていた。


それが今はどうだ。
程度の差はあれど、衣服や皮膚を血に染め、臓物を垂らし、完全に死体となって迫って来る。
生命力に満ち、輝いていた瞳は、色を失い、白濁した濁った眼で飛鳥達をぎょろりと弊害し、まるで助けを求めるかのように手を伸ばして来る。

『ひっ―――』

背後で猛と健二の息を呑む声が聞こえた。
見なくとも分かる。二人は生前とは比べ物にならない酷い有様となってしまったクラスメート達を直視できず、顔を背けている。
自身もそうしたくなる衝動を、必死に押し殺す。


そしてついに後一歩でも進まれれば、伸ばした手で掴まれてしまう所まで、笑顔の可愛かった女生徒の手が迫った時、飛鳥は動いた。
気を抜けば震えそうになる手に力を込め、至って無造作に右手に握ったモップの柄を振り下ろし――――。

『――――グシャッ』

女子生徒だった物を、既に人外の力と言える膂力を持って粉砕した。
振り下ろされた一撃は、どれだけの筋力があればそんな事が可能となるのか、獲物はモップだと言うのに、少女だった物は脳天から股下まで、断ち切られ―――いや、押し潰され、二つに分かれてゆっくりと倒れ伏す。


吹き飛ばして手の届かない範囲に飛ばす事も、窓の外へ向かって飛ばす事もできたが、飛鳥は敢えて頭部を粉砕した。
飛鳥は覚悟を決めたのだ。元人間と言う事もあって、躊躇う気持ちがあった。現れたクラスメート達だった物を見て、迷いが生じた。
だが、クラスメート達はもういない。”者”は”物”となり、自身や背後にいる友人達の命を奪おうとする敵と化した。
だからこそ、飛鳥は迫りくる物達を、明確なる自身の敵として定める為に、これは人では無く、物であると言い聞かせる為に、その覚悟として少女だった物をを必要以上の力で粉砕したのだ。


呻きながら寄って来る、男子生徒と少女の頭を粉砕する。
至って簡単な作業だった。祖父との立ち合いに比べれば、それこそ停止していると同義である緩慢な動き。ただ真っすぐ向かって来て手を伸ばすだけの、技も技術も無い動き。無造作に一閃するだけで、やって来る物達は何の抵抗も無くそれを受け、吹き飛び、血を撒き散らす。


頭を潰せばそれで終わるのか、最初に潰した物も、その後潰した二人も再び動き出す気配は見られなかった。
しかし、吹き飛ばして壁に激突させた物達は、平然と再び迫り、飛鳥は今度は頭部に向けて一閃。頭の中身が飛び散り、血が窓ガラスへと飛び散る。
倒れた物等は、もう動き出す気配は見られなかった。


「――――敵に慈悲は必要無い、だよね。お爺ちゃん」


口の中だけで呟くだけの言葉。背後で震える二人が聞けば、あまりに弱々しく覇気の無い飛鳥の声に驚愕しただろうが、あいにくそれを聞いた者はいなかった。
そして飛鳥は、未だ顔を背けた二人へ向けて怒声を上げる。

「”敵”から目を逸らすなッ! こいつ等はもう人間じゃねぇ…。ただの動く肉塊だ! 躊躇えば俺達がやられる! こうして立ち止まっているだけでも先輩がこいつ等みたいになっちまう可能性は跳ね上がるんだぞ! 猛、泣いている場合か!? 先輩も今頃、助けを求めて泣いてる筈だ! 此処で現実から目を背けて泣いてて良いのか!?」

二人が思わず飛び上がるような凄まじい大喝だった。
猛は飛鳥が打倒した物達に視線を向け、思わず顔を逸らしたが、顔をぶるぶると振って見据え、飛鳥の怒声に引きつけられたのか、奥からやってくる奴等に視線を向け、飛鳥の眼を見てしっかりと頷いた。そこに恐怖の色は無く、どんな事をしても佳代を助けると言う強い意志が窺える。飛鳥への言葉にも、何の含み無い、純粋な心からの言葉。

健二は飛鳥が倒した相手達と飛鳥を見比べ、飛鳥に何時もの―――祖父との稽古を見物した後の―――呆れた眼差しをやり、苦笑した。

「―――ごめん、飛鳥君。僕、佳代ちゃんを助けたい! お願い、手を貸して!」
「―――ほんと、お前は人間やめてるよな。ま、本当に今更だからどうでも良いけどさ」

化け物に対する恐怖もあったのだろう。ちょっと前までクラスメート…人間だった物を平然と処理した飛鳥を恐れる気持ちも生まれただろう。
でも、それを見て尚二人は、普段と何ら変わらぬ態度で飛鳥に触れた。

「――――最初から助ける手筈だろ。俺だって先輩は助けたいんだ。頭を潰せば倒せるとは言え、全部相手をするのは面倒だ。敵は左側へ飛ばすから、右側を付いて来い。
 教室とかにも奴等は侵入している可能性もある。扉の前を通る際には十分に注意しろ」

行くぞ、と告げて背を向ける飛鳥に、二人は顔を見合わせて苦笑した。
付き合いの長い二人は、飛鳥が二人の言葉に酷く安堵し、それを隠す為に先へ進んだ事を看破していたのである。






飛鳥は走りながら直系3メートル以内に近づく奴等を一蹴。頭を潰し、胴を薙ぎ、突き飛ばし、緩慢な動作でやって来るゾンビ達を全く寄せ付けない。
その動きは、一つ一つの動作が全て攻撃へと転じていて、全くの無駄が無い。健二達には飛鳥が獲物を振るっている姿さえ視認できず、ただ飛鳥が持っているモップの柄でゾンビ達を打倒している事しか分からなかった。


結構頻繁に飛鳥の家に遊びに行き、突発的に起こる飛鳥と祖父のじゃれ合いを目撃している二人からすれば、その光景も見慣れた物であったが、やはりこうして実戦の中で見ると殊更異様に見える。飛鳥の一見細い腕で、相撲部の先輩だった物が吹き飛んだのには度肝を抜かれたし、蹴り一発でゾンビ数体が纏めて吹っ飛び、更にはその後ろにいたゾンビ達がドミノ倒しよろしく倒れて行く様は、とんでもないの一語に尽きる。

「…これ何て飛鳥無双?」
「あれだよな。お前等が前やってた三国○双みたいな光景だよな」

何てコメントを手持ちぶたさの二人が漏らす程、眼の前の光景は圧巻だった。

「あ、飛鳥君待って!」

渡り廊下を抜け、管理棟を抜けようとした時だった。
突然の猛による制止の声に、飛鳥は壁に叩きつけ、自分に倒れたゾンビの頭を踏みつぶしながら応じた。

「どうした? 何か見つけたのか?」

かなりの運動をしている筈だが、その顔には微塵の疲れも見えない。
制服にも顔にも、結構な血が付着しているが、それも気にも止めていないようだ。

「うん、この廊下の奥に、うちのクラスの矢部さんと峰君がいる! 追いつめられてるんだ!」

その廊下は結構な長さがあり、構っていれば確実に時間をロスする。
飛鳥にとって身近な者や、その者にとって特別な意味を持つ相手で無ければ助ける価値を見出せない。
飛鳥とて鬼では無い。余裕があり、できる事なら助けてやりたいとも思う。だが今は一秒を争う状況だ。それなのに一番佳代の救出を望んでいる筈の猛がそんな事を言いだすとは思いもしなかった。

「馬鹿言うな、状況を考えろ。俺達は先輩を救出する為に動いてるんだぞ。さっきも言ったろ、こうしてもめている時間さえ、今の俺達にとって酷く貴重な時間を無駄に浪費している愚かな行為だぜ? それでもあいつ等を助けたいと言うならお前一人で行け。俺達は先輩を探す」

突き放したように冷たく告げる飛鳥の声に、猛は肩を震わせて俯いていたが、きっと顔を上げ、決意の籠った眼で飛鳥を射抜いた。

「確かにそうだっ! でも此処で彼等を見捨てたら僕は先輩に顔向けできないっ! 御免、飛鳥君っ! 僕、僕彼等を放ってけないよ! 佳代ちゃんは飛鳥君が助けてあげて!」

叫び、踵を返し、後ろから迫っていた女生徒だった物の頭を殴り潰し、猛は猛然とクラスメートのいる曲がり角に突っ込んだ。
奴等は奥にいる二人に引きつけられていて、向かう先にはいなかった。







これに一番慌てたのは飛鳥である。まさか本当に猛が突っ込んでいくとは思っていなかったのである。
眼の前の者であろうと、他に目的があったり優先順位が低ければ躊躇わずに切り捨てる事のできる飛鳥と違い、猛は誰に対しても平等な優しい男だ。眼の前で数日とは言えクラスメートなった者達が危機に陥れば、例え佳代と天秤にかけても決める事はできない。だったら、一刻も早く助けるか、信頼できる友人に託すしか無いのだ。

「え、ちょっ、待ておい! マジでか!? おぃいいいいい!? さっきの決意は何処行ったんだよ!? あぁっ、もうっ! ちくしょう!」
「っておい飛鳥! 俺を置いてくなぁあああああ!」

当然猛を一人になどできる筈が無い。飛鳥は慌てて猛を追いかけ、圧倒的な脚力ですぐさま追いつきその頭を殺さないよう手加減しつつ力一杯はたいた。

「この馬鹿がっ!? どうでも良い時に男を見せやがってそういのは、好きな子が危機に陥っている時に見せろよな!」
「あ、飛鳥君!? 佳代ちゃんを任せるって言ったじゃないか!」
「黙れこのあんぽんたんっ! お前置いて先輩助けに行って何の意味があるんだよっ! それこそお前を無視って助けに行ってみろ! 仮に助ける事ができたとして、俺達はお前を放って来た事を先輩に知られた途端サンドバックだよ!? 先輩に泣きながら殴られるとかもう二度とごめんだ! 三年前の先輩の暴走を思い出して見ろッ!」

良く走りながら噛まずにこれだけ捲し立てる事ができる物である。
猛も三年前の勘違い暴走事件を思い出し、冷や汗を垂らす。更に飛鳥達より遅れて後ろから、飛鳥の怒声に追従するように健二も声を張り上げる。

「飛鳥の意見に全面的に賛成ッ! あの普段おしとやかな先輩に憎しみに駆られた瞳で見られた俺達の気持が分かるか!? いや、お前には分かるまいこのシスコン野郎!
三年前は知り合ってなかったからまだ良いが、今一度同じように責められたら俺達、マジでもう立ち直れねっての! それこそ此処でお前を見捨てたら先輩助けた所であの時の二の舞じゃぼけぇええええええええっ!」

怒声と共に箒の柄を放り投じ、勝手な行動を取った猛へと制裁を加える。
が、基本的に運動音痴である健二の投げた柄は、猛へと向かってはいるものの、当たりそうにない。

「へぶっ!?」

だが、それを振り向きもせずに飛鳥が軽く触れて軌道修正し、猛の頭に命中するように誘導する。
鈍い音を立て、頭部に柄が当たった衝撃で、前につんのめって転がる猛。無駄に高度な事を無駄な事に使う飛鳥。この辺しっかりと祖父の血を継いでいた。

「ほぐぅっ!? おぶっ!?」

更におまけとばかりに倒れた猛の背中を飛鳥が踏みつけて行き、当然それに健二も続く。
飛鳥はそのままの勢い元、五体の肉塊達に囲まれ、必死にバットを振り回して矢部を護ろうとしている峰達の元に辿り着き、柄を一閃、二閃。


最初の一撃で、大体同じ身長だった四体の肉塊達の頭部を吹き飛ばし、身長の関係であたらかった小柄な肉塊へ向けてもう一撃。
刹那の間に五体の肉塊を今度こそ、本物の死体へと変え、何が起こったか理解できていない峰達は、突然頭部を無くして倒れ伏す肉塊達と、その背後に佇む飛鳥を見て、助けられた事を悟ってへなへなと座り込んだ。

「た、助かったよ霧慧ッ! ありがとう!」
「ほんとに、ほんとっ…うっ、ひぐっ…ありが……」

半泣きで飛鳥に頭を下げる峰と、ぼろぼろと涙する矢部。
余程怖かったのだろう、ぶるぶると震える矢部は小動物のようでちょっと可愛らしかったが、それはそれ、これはこれである。
飛鳥は面倒くさそうにあー良いから良いからと手を振り、矢継ぎ早に言葉を発する。

「こいつ等は頭を潰さなきゃ死なないらしい。それ以外は攻撃しても急所を潰しても基本的に無意味だ。動く動作は分かってるかもしれないがせいぜい徒歩程度で緩慢。
 ただ力は非常に強いから捕まったらアウト、諦めろ! 峰はさっきから何とか押し返していたようだから、扉から出て来る奴等に気を付けて、進むのに邪魔な奴だけ脳天カチ割って脳髄をぶちまけてやればまず大丈夫! さっきの何気に洗練された動きからして何か武術やってた? 槍術か何かだと思うんだが!」
「え、あ、あぁ。中学までは槍術を」

よくこれだけの台詞を噛まずに素早く言える物だと戸惑いながら頷けば、飛鳥は大袈裟に肩を竦めて戸惑う峰の肩に両手を置いた。

「おぉ、それは素晴らしい! なら此処からはもう大丈夫だよな!? さっき教えた事に気を配りながら進めば大丈夫な筈だ! 連れてってやりたいとこだけど、その調子じゃお前等すぐには動けないだろ!? 悪いが手助けしてやれるのは此処までだ! 矢部をしっかり守ってやんなよ! じゃあな!」
「えっ、あっ、まっ!」

しゅたっと片手を上げて踵を返す。
あまりに突然色々な出来事が起きたせいで、飛鳥は少々自棄になっているらしい。健二がかつて見た事が無いくらい飛鳥の様子は可笑しかった。

飛鳥は未だ倒れ伏す猛の襟首を掴み、どうやらちょっと当たり所が悪かったようで気絶しているらしい猛を引き摺り、猛然と元来た道を駆けだした。
やはり、声に引きつけられているのか、向かって来ていた物等を、峰達へのサービスとして全部頭を潰しながら、全くペースを変えずに突き進む。

その後ろを、もうこいつ駄目かもしんないと、ほろりと涙しながら箒の柄と、猛のモップの柄を回収した健二が続くのだった。






猛は教室棟へ入った所で目覚めた。
自分の状態よりも、すぐに峰達がどうなったか確認するのは実に猛らしいと正気に戻った飛鳥と、健二が苦笑する。

「峰達の付近にいた奴等はほとんど倒したから大丈夫の筈だ。先輩を助けたら迎えに行こう。それなら良いだろ?」
「う、うん……。ごめんね、飛鳥君。僕の事を思って厳しい事を言ってくれてるのに無碍にするような真似をして……」
「ま、あの方がお前らしいっちゃらしいさ。他人がやったんじゃあれだが、お前は友達だし別に良いさ。俺も結構お前にゃ迷惑かけたしな」

飛鳥が何時ものように楽しそうに笑うので、猛が安心したように頷いた時だった。
飛鳥の耳が、ドアが打ち破られるような音と、聞き覚えのある声を捉えた。

「今のはまさか…先輩の悲鳴!?」
「え!? 佳代ちゃんの!? 僕は何も聞こえ無かった!」
「俺もだ! でも飛鳥が言うなら確か何だろう! 飛鳥、場所は分かるか!?」

健二は飛鳥が身体能力だけでなく、五感も人外めいている事を知っている。
事件が起こったばかりの時は、教室が非常にざわめいていたのと、窓など閉め切っていた事、騒ぎの発生元が、飛鳥が知る由も無いがかなり遠い校門に近かった故に、その時に起こった騒ぎは逃してしまったが、今は違う。ある程度静まっているし、距離も結構近いのだ。間違えようが無かった。

「上だ! 恐らく三年の教室のどっか! でも扉が破られるような音も聞こえた!」

階段や踊り場にいる敵を打ち倒しながら、飛鳥が叫ぶ。

「飛鳥君、僕達は自分達で何とか進むから、佳代ちゃんををお願い!」
「そうだ、行け! かなりやばい状況何だろ!? これくらい俺達で何とかして見せる!」

猛の必死な祈るような懇願と、震えながらも柄で突き、階段から突き倒す二人の言葉に、飛鳥も即座に頷いて動く。
今までただでさえ、視認する事が困難だった飛鳥の身体が、二人の眼の前で掻き消えるように消え去ると、残された二人の頬を疾風が駆け抜け、階段を下って来ていた連中の頭が一瞬にして消失し、ばたばたと倒れ、転がり落ち始める。

「お願い、佳代ちゃんっ…どうか無事で」

飛鳥を追って階段を駆け上り始めた猛の呟きが、飛鳥の移動範囲を逃れたであろう、肉塊の呻き声によって、かき消された。




[20336] 第五話・改訂
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/20 00:33
 親友の大事な存在の救出を託された飛鳥は、最低限の敵だけ打倒して一直線に廊下を突き進んでいた。
かなりの速度で駆けて行くが勿論教室のチェックも欠かさない。もしかしたら、佳代が破壊された扉の教室から抜け出して、別の教室に逃げ込んだ可能性もあるからだ。
三階だからか、人がほとんど逃げた後だからか、動く肉塊達は飛鳥が拍子抜けするほど少なかった。それでも肉塊達がいると言う事は、此処に残った者達がいた事を意味している。下に逃げて肉塊達に気づいて戻って来たのか、あるいは最初から逃げなかったのか分からなかったが、生きている可能性も―――。


彼女が生きている事を願いつつ、廊下を駆け抜けた飛鳥だったが、最後のA組まで佳代の姿は無かった。そして、最後のA組からは―――。



「――――人の気配が、感じられない」



肉塊達がいるのは感じる事はできるが、生きている者の気配は皆無だった。
そして、立て篭もっていた者が必死に防ごうとしていたのだろう。破られた扉の前には机が散乱している。
教室の中から聞こえて来る呻き声。既に中に生者は存在せず、転がる机を掻き分けるようにして肉塊が出て来る。

出てきた六体の肉塊を即座に葬り、飛鳥は震える手を握りしめ、死体となった物等を踏みつけて、中へと入って行く。
猛烈に嫌な予感がした。脂汗が止まらず、教室の中に視線を奔らせる。何かを見るのに、此処までの拒否感と恐怖を感じたのは初めてだった。

そして、それを見た。
荒れ果てた教室の、一番隅。できる限り入り口から遠くに逃げ、物を投げて抵抗したのであろう。教室中に色んな物が散乱する中、そこにだけは何も無かった。


―――きらきらと輝いていた長い髪。トレードマークとも言えた、所々赤く染まった、青いリボンには、確かに見覚えはある。
―――本当に怖かったのだろう、本来であればころころ良く変わる笑顔が魅力だが、今は涙と鼻水でぐちゃちゃの顔。恐怖に歪んだその顔も、一緒にホラーゲームを楽しんだ時に見た。

「あ……ぐっ……」

飛鳥の手から、するりと力が抜け、モップの柄が転がり落ち、高い金属音を発する。噛み締めた唇が切れ、血が垂れるが、飛鳥はそんな物を気にかける余裕は無かった。

「飛鳥君っ! 佳代ちゃんは―――ッ」
「先輩は無事なのか!?」

平時であれば、絶対に見逃す事の無い背後から、二人がやって来る気配にも、気付かなかった。
そして飛鳥に続いて教室に飛び込んできた、二人もまた飛鳥が目撃した物を目撃した。教室内に、二人の持つ獲物が床に落ちる音が―――木霊する。

―――びりびりに裂かれた制服。本来であればそこにあったであろう、乳房の一つは噛み千切られて落ちている。
―――雪のように白かった肌は、首から上を除いてほとんど赤く染まり、腹を裂かれ内臓と肋骨が露出している。
―――足は千切り取られたのか、片方無くなっている。

恐れていた現実が、そこにあった。



「そ、そんな……か、佳代ちゃん……」

がくりと両膝を付き、呆然と虚ろとなった瞳から涙を流す猛。

「う…うぇっ、げぇえええっ!」

親しい者の無残な姿に、嘔吐する健二。
二人を気にかける余裕も無く、呆然と立ち尽くす飛鳥。彼等は今日一番の、絶望を味わった。
しかし、絶望と言う名の紛れも無い現実はこのままでは終わらない。

肉塊達に殺された者は、例外無く動く死体となって蘇るのである。当然彼等の親しい者も―――。



「―――うぅ、うぅぅぅぅぅぅ”」



――――無論、例外では無い。
きらきらと輝き、猛を見守り続けた瞳は色を失い、猛を護らんとたくさんの者達が嫌煙した飛鳥達を真正面から糾弾した桜色だったのに今は紫に変色した唇からは、全てを呪うかのような声を発する。そして、朝見た時は五体満足だった身体を真っ赤に染め、飛鳥達を喰らわんと、彼等に向かって這い始める。


散乱した机や教卓が邪魔で、思うように動けないようではあるが、それでも少しずつ、少しずつ彼等を目指して這いずる。
彼女だった物が這った後には真っ赤な血の後と、千切れた肉片が零れ落ちる。

三人の中で、一番最初に動いたのは飛鳥だった。
落としたモップの柄を拾い上げ、強く握りしめて歩き出す。それに、健二はすぐに気づいたが、沈痛そうに顔を伏せるだけで何も言わない。
呆然としていた猛は、飛鳥が佳代に向かって歩き始めたのに気づいて転がるように、飛鳥に迫り、その腰に縋り付くようにして飛鳥を止めた。

「……待ってよっ! 何するつもりだよ!」
「――分かってるだろ。俺だってやりたくない。でももう、先輩は、いない。此処にいるのは先輩だった物だけだ。俺達は……間に合わなかったんだ」

絞り出すような飛鳥の言葉に、信じられないとばかりに首を振る猛。

「……ど、どうして…。どうし、て……飛鳥君は、そん、なに…そんなに簡単に…ッ! 僕はっ! 僕だって…わかってるんだっ! 僕が、僕があの時に安っぽい正義感を発揮してなければっ……! うぐっ! なんでっ…、何でこんな事に…ッ! う、うぅぅぅぅうっ!」

悲しみと、後悔と、突然日常を崩壊させた未知の存在への怒り。そして、眼の前から迫る、大好きな人だった物。
綺麗で、見ているだけで安心した笑顔。佳代が浮かべた様々な表情が、猛の脳裏を過ぎる。
驚いた顔、怒った顔、照れた顔、意地悪な顔、笑った顔――――どんな佳代も、猛は大好きだった。それが、もう見れなくなるなら――――。

「――――ごめんね、飛鳥君。健二君」

飛鳥も、そして健二も眼を見開く。一転して、静かな、そして何かを決めた強い意志を感じさせる言葉と声に。

「何を―――っ!?」
「猛!?」

飛鳥と猛が、驚きの声を上げる。
前者は猛の言葉に戸惑っている所に、突然身体を後ろ引かれた事により。後者は、猛の行動に。
思いっきり後ろに引かれ、バランスを崩した飛鳥を、猛が渾身の力で突き飛ばす。
猛は分かっていた。此処で引いただけでは、絶対に飛鳥は猛の認識を遥に超えた早さでバランスを立て直し、自らの行動を止める事ができると。自分が全力で突き飛ばした所で、飛鳥は掠り傷一つ負わせられない事を。だからこそ、人生で初めて力一杯人に向かって自らの力を使った。



―――そうでもしないと、絶対に飛鳥に止められてしまうから。



飛鳥を突き飛ばして、すぐさま反転。
もたもたしてはいられない。猛は、両足に力を込め、座った状態から、佳代の姿をした物へ向かって飛び込んだ―――。
飛鳥が突然の猛の行動と、自らが猛に突き飛ばされた事に目を見開き、猛の行動の意味を即座に理解―――。


「止めろぉおおおおおっ!」


飛鳥と同じく、猛の行動の意味を理解した健二が叫ぶ。
猛の決意に満ちた声、突然引かれ、突き飛ばされた時の困惑、猛の行動を理解した事による驚愕―――それ等全てが、飛鳥の行動を遅らせた。
飛鳥が体制を整えた時には、もう遅かった。無意識に猛の背に手が伸び―――それは何も掴めず虚空を漂う。



―――そして猛が、佳代の姿をした物を両腕で抱え上げ、しっかりとその両腕で抱きしめた。


血が、噴き出す。
猛の右胸に噛みついた、佳代の姿をした物は自ら飛び込んできた獲物の背に手を回し、逃さないようにする。
それでも猛は、痛みに顔を顰めながらも頬笑み、更に抱きしめる腕に力を込める。

「ごめんね、飛鳥君。突き飛ばしちゃって…あぁでもしないと、絶対飛鳥君…うぅん、二人に止められちゃっただろうし」

何時ものように、でも申し訳無さそうに笑う猛に、飛鳥も健二も絶句する。
飛鳥は喉を震わしながら、健二はぎゅっと腕を握りしめて、涙を流しながら猛を睨みつける。

「――――ッたりめぇだ! 誰が好き好んで友達の死何か望むかよッ!」

震える叫びを上げる飛鳥の眼からも、一筋の涙が零れる。
二人の眼から流れる涙を目にし、猛は心から幸せそうに、嬉しそうに微笑んだ。

「嬉しいな…。案外涙もろい健二君は分かるけど、飛鳥君まで僕の為に泣いてくれる何て……。本当に、二人と友達になれて僕は幸せだよ」
「……煩い、見るな。変な時にばっか行動的になりやがって…ッ。普段は度胸何て無い癖に!」

止められなかった事を悔やむ、自責の念と、こんな行動を取った猛への怒り。友を失う悲しみ。様々な感情が飛鳥の中で渦巻く。
それを知ってか知らずか、猛は飛鳥の言葉を穏やかに微笑んで受け止める。

「そうだね…、自分でも驚いてるんだ」
「……呑気な奴だな。驚いたのは俺達だっつーの。命を懸けて大切な者を護るとかは映画とかでも良くあるけどさ、お前の行動は何も残さないぞ」

怒りと悲しみに震え、猛をぎりぎりと睨みつけながら、健二が口を開いた。

「…だね、健二君は厳しいなぁ。僕の自己満足でしか無い事は分かってるんだ。ごふぁっ…! けふっ…。でも、それでも…何の意味も無いと分かってても…佳代ちゃんがいない世界にいたくないんだ」
「…お前、そこまで……」

熊井猛にとって、矢島佳代と言う少女は光のような存在だった。
幼い頃から大きい身体の割に気が弱く、内気だった猛は、すぐに泣いたりする事もあって、格好の苛めのターゲットのような物だった。
馬鹿にされ、貶され、煙たがられ続けてきた。そんな猛をずっと庇い、守り続けてきたのが佳代だったのだ。


おしとやかなのに強くて、輝くような笑顔で何時も猛を迎え、苛められて泣く猛の頭をよしよしと撫で続けてくれた。
どうしてこんな自分を、庇い、見守り続けてくれるのか猛には嬉しかったが、どうして実の親にさえ相手にされないような自分を相手にしてくれるのか分からなかった。


中学に上がって、初めてできた同級生の友達。飛鳥と健二。
どちらも、本来であれば猛のような内気なタイプの人間なら苦手とする人種だろうが、猛はすぐに二人と仲良くなった。
当然、最初飛鳥に話しかけられた時は怖くて怖くて溜まらなかった。女の子みたいに綺麗な顔をしているのに、鷹のように鋭い瞳と近寄りがたい雰囲気。
眼があっただけでちびりそうだったし、教師に聞けば良いのに―――と心の底から思った。でも、恐る恐る、怒らせないように分かりやすく教えた時の―――。

『おー、成程な。お前の説明のが全然分かりやすいわ。ありがとよっ』

気さくで、愛嬌のある笑みを見たら、自然に笑えていた。それに、佳代以外の人にお礼を言われるなど、初めてで、とても嬉しかった。
それから飛鳥が猛に話しかけるようになって、健二が加わり、猛に友達ができた。嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。佳代も友達ができたと話したら、自分の事のように喜んでくれた。それがまた、嬉しかった。


そして勘違いと誤解から来る佳代の暴走。
あの時、泣きながら飛鳥達を叩いていた佳代を目にした時から、猛は絶対にもう二度と佳代にこんな顔をさせたくないと強く、強く思った。
あの時から、佳代に守られる事から、佳代を守りたいと思うようになった。


飛鳥と健二と友達になってからは、毎日が楽しかった。
二人の行動はとにかく、突飛で、理解できず、破天荒な事ばかりだけど、物凄く楽しかった。
その容姿を狙われ、佳代が事件に巻き込まれた時も、物凄い行動力の二人に背中を押され、協力して佳代を救う事をできた。


楽しそうに馬鹿な事をする二人、それに連れられて一緒に楽しそうに笑う自分、怒りながらも笑顔で、それを追いかける佳代―――。


それが、ずっと続くと、続けば良いと思っていた。
しかし、続かなかった。佳代は助ける事ができなかった。残ったのは二人の親友。
二人と一緒にいるのは楽しいし、二人とも大好きだ。でも、佳代はいない。佳代がいなければ、猛にはこの世界は酷く価値の無い物だった。
佳代の死を目の当たりにして、猛はそれを痛感した。あの時、飛鳥の言うとおり二人を無視するべきだったのだと。何をおいても、佳代を優先すべきだったのだ、と。

佳代がいなければ、嫌だ。いなくなってしまったのだから、自分も一緒に、消えよう。


「佳代ちゃんがいなければ、生きてる意味が無いんだ」


血を吐きながら、微笑むその顔には、死への恐怖も、生への未練も無い。
そして猛は、自分でも、自分はこんなに残酷な奴だったのかなぁと思いながら、親友への最後の頼みを告げる。

「もう時間、ないみた…ごふっ。もうすぐ、僕は…化け物になっちゃう。で、も…この思いを持ったまま死にたい。身体を化け物にしたくない。お願い、飛鳥君…。僕を…」
「……最低の頼みだよ。この自己中野郎」

猛の言わんとする事など最後まで聞かずとも分かった。
そんな頼み、聞きたく無かった。だが、友人の心からの願いと言う事も、飛鳥には理解できた。

「……先輩と一緒に眠らせてやる。向こうで、仲良くやれよ。あの過保護な先輩の事だ、きっと待ってる」
「だろうな。きっと馬鹿な事をしてってとんでも無く怒ってるよ。間違いない。俺達の受けたあの仕打ち、お前もせいぜい味わいやがれ」

柄を上段に振りかぶり、無理して笑いかける飛鳥の顔は、引き攣ったような笑みに。
何時もの口調で、何時ものように軽く応じる、泣き笑いで顔がぐちゃぐちゃの健二。
そんな二人の顔を見て、嬉しそうに微笑んで、眼を閉じる猛。



「――――そうだといいなぁ」



この優しく強い親友達が、この地獄のような世界を生き抜いて、天寿を全うしてくれる事を心から願う。
そしてできれば、飛鳥には女の子を心から好きになって貰いたい。そんな人がいてくれれば良いなぁ、と思った所で、猛の意識は闇に沈むのだった。










幸せそうな顔をして自ら逝った猛は、ある意味幸せだったのだろう。
飛鳥は、もう二度と動き出す事の無い、親友と心優しい先輩の姿を見下ろし、踵を返す。

「……これから、どうする?」

健二の憔悴しきった声。
できる事なら動きたく無かった。でも、生き抜く為にも行動しなければならないし、何より猛と佳代の遺体の傍にいるのは辛かった。

「俺達の教室に行ってから、職員室に行って車のキーを持ちだそう。学校を出るんだ」
「学校を出るのは分かるけど…何で教室?」
「俺の刀がある。爺さん、今日は不吉な事が起こる予感がするから、持って行けと」
「かーっ、本当にとんでもない爺さんだな……。流石にこんな事態になるとは思って無かっただろうけど」

今頃驚いてるだろうな、と何処か無理した笑いを浮かべ、二人は親友と親友の愛した女性の眠る教室を後にした。


飛鳥達の教室、1-Cは、3-Aの脇にある階段を1階まで下り、ちょっと廊下を進んですぐの所にある。
彼等の話す声につられて来たのだろう、階段には多数の肉塊達がいたが、飛鳥はそれ等を容易く蹴散らしながら進んで行く。

「うげっ…何だよこの数ッ!」

2階から1階へと続く階段は、ほぼ肉塊達で埋まっていた。飛鳥達の声に反応して上を目指していたのか、かなり多い。
飛鳥は階下の音や声、気配から今までとは比べ物にならない数がいる事は分かっていたので、別段驚きもしなかったが健二の方は盛大にその顔を引き攣らせている。
色眼鏡のお陰で分かりづらいが、潤んでいるであろう瞳は、飛鳥に『此処を降りるのか? 正気で?』と訴えかけている。
無論、その答えなど分かり切っているのだが。飛鳥は当然だろう、と頷いた。

「刀を置いて行ける訳無いだろ。他の刀だったらお前の事を考慮して諦めたかもしれんが、あれは駄目だ」
「あーそれってまさか、お前が爺さんに認められた証とか言って見せてくれたすげー綺麗な刀?」
「そう、だッ!」

上がって来た肉塊を、柄を横薙ぎに払う事で4体纏めて落とす。後続の物達も巻き込んで、彼等は踊り場で一纏めとなった。
ついで、二階の廊下からやって来て、飛鳥の背後に迫っていた物を見向きもせずに柄を旋回させて頭を粉砕し、飛鳥は階段を下り始める。


健二はあの刀じゃしょうがないか、もはや何も言うまいと踊り場に落とされて、蠢いている奴等を見て顔を顰めながらも付いて行く。
健二も何度か飛鳥の持つ刀剣類を見た事はある。飛鳥の家には数え切れない程遊びに行っているし、泊まる事さえあったのだから当たり前だが。
飛鳥の自宅の古いが大きな屋敷には、宗十郎と飛鳥の趣味で本物の刀剣類が飾られているのである。


そして、様々な刀剣を自慢気に見せられ、その刀に纏わる逸話だの何だの、宗十郎に遊びに行く度に聞かされた物である。
面白い話があった事もあったが、おおむね似たような話ばかりであったし、刀剣に興味を持たなかった健二には、退屈な話であった。
健二からすれば、刀など、波紋やら柄、鞘などの表面的な見た目は分かっても、それが良い刀とかどうなのかなど、全然分からないのでどれでも一緒だろ、と言う思いが強かった。


が、飛鳥が一年くらいまえに祖父に貰ったと嬉しそうに語った刀だけは別だった。
何時までも見つめていたくなるような錯覚に囚われた事さえある、魔性の美しさを持つ刀で、それが今まで見せられた刀剣の中でも比べ物にならないくらい刀だと、健二にも理解できてしまう程、凄いオーラを持った刀だった。

でも、同時に健二にはその刀は怖かった。ずっと見ていると、何かに魅入られてしまいそうで、とても、とても、怖かったのだ。
そして、それを持って平然としている飛鳥も、ちょっと怖いと思ったのは健二だけの秘密である。
それを取りに行く為に此処を通ると言うのは、非常に憂鬱な気分だった。

「うぇええ…きもちわる」

健二の言うとおり、踊り場は非常に気持ち悪い状態になっていた。
飛鳥に付き落とされた物達がくんずほぐれず絡み合い、立ち上がろうとしているが、お互いの動きが邪魔になって絡み合っているのだ。
実に気味の悪い事、この上無かった。


それ等の頭を健二も一緒になって一体一体無造作に潰して行く。数十秒後には、折り重なって動かなくなる死体の小山が築かれていた。
階段だけで実に20体以上潰したと言うのに、まだ後半分階段は残っており、そこにも当然同じようにいる。
一階にどれだけいるんだ、と健二は気が重くなるのを感じながらも飛鳥の後に続くのだった。



7/18改訂。
当分、普通の奴等しか出てきません。
改訂前の続きを楽しみにしていて下さった方、誠に申し訳ありません。



[20336] 六話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/18 19:52



 戦いにくさと数の多さに少々手間取りながら、何とか階段を突破した飛鳥達は、教室の前の廊下に出た瞬間絶句した。
もう、いるわいるわ、廊下に見えるだけで、およそ200体近く。教室内にもいるだろうから、見える数だけが全てでは無いだろう。


流石に健二も、飛鳥が一緒とは言えこの数には及び腰のようで、へこみが目立ち始めた柄をぶるぶると震えながら握りしめた。
そんな健二の様子に、飛鳥はおもむろに柄を一閃。寄って来る肉塊達をふっ飛ばし、背中越しに振り返った。

「心配すんなよ。こいつ等ならどれだけいた所で問題ねぇよ。それにこいつ等全てを相手にする訳じゃない。刀だけとって、とっとと逃げよぅぜ」
「あ、あぁッ。しかし、何でこんなに……」
「多分、放送室で教師を襲った奴以外にも侵入した奴等がいたんじゃないかね。そいつらが授業の音に引き寄せられて、こっちに向かって来てたんだろ。そこへパニックになって突っ込んだ。破壊された教室の扉とかがちらほらあるし、肉塊に追われて逃げようとする先頭の生徒達と、外に向かおうと必死の後続の生徒達。二つがぶつかりあって騒ぎになったんだろうさ。後は混乱している生徒達をどんどん喰って数を増やしたんだろ」

飛鳥のこの予想は、大体は正しかった。
昇降口から侵入した肉塊達が、授業の音につられて放送が始まり、パニックになって教室を出て行く時には、既に複数の肉塊達がすぐ近くまで来ていたのだ。
次々と捕まり、捕食される生徒達に、生きている生徒達は更にパニックになって逃げ回る。外へ逃げようと奥から来るたくさんの生徒達と、突然現れた肉塊達から逃れようとする生徒達。


二つの波がぶつかりあって、混乱は更に大きな騒ぎを呼び、次々と他の肉塊達を呼び寄せたのである。
それにより、次々と喰われてこの有様となったのだ。

「成程…あれだけの騒ぎならそうなるわな。ってかお前、頭悪い癖にそういう事よくわかるよな…。流石戦闘一族」
「おいっ!? お前それはあまりにも失礼だろ! ってか戦闘一族何…か、じゃ……」
「否定できるのか? ん?」

できなかった。
たしか宗十郎は幼き頃、飛鳥の父も宗十郎も同じような目に遭いながら育って来たとか言っていた。一家相伝の健康法とか戯けた事を言っていた筈だ。
それに加えて飛鳥の母親もかなりの剣士だったと聞いた事があるような気がする。


飛鳥が八歳の頃まで何も習っていなかったのは、剣士としての才能があまり無かった父が、普通の子供らしく育ってほしいと願ったからである。
当然、飛鳥はそんな事実は知らない。あくまで飛鳥の剣士としての始まりは、宗十郎が飛鳥を泣きやませる事に焦れた結果である。


そして自分自身も戦いを楽しむ事ができる。
こうして友人が死に、自身も、後ろにいる友人の命さえ危ぶまれる状況だと言うのに、飛鳥の中には敵を打倒する事で沸き上がる高揚感もかなりのものだった。
友人を失う切っ掛けとなった状況なのに、そんな壊れた日常に歓喜する自分自身に、飛鳥は強い嫌悪を抱きながらも柄を振るい続けた。


ロッカーへの道はすぐに開けた。
どれだけ数がいた所で、敵はただ手を伸ばして噛みつこうとして来るだけの動く的。
負傷していたり、体力を消耗していればあれだが、戦いながら休む事も心得ているし、休みの日は一日中宗十郎と打ち合っている事さえ少なく無い飛鳥である。

精神的に酷く疲弊しているとは言え、疲れたなどとは言っていられない。飛鳥には守るべき者がまだいるのだから。
ロッカー前まで教室から出て来た物等含め、倒し尽くし、それでも全く減った様子を見せずに近寄って来る肉塊達を、邪魔だと言わんばかりに吹っ飛ばす。

「よし、健二。今の内に教室内の弁当の回収を!」
「おぉ、了解。すぐ取って来るッ!」

健二は教室へと駆け込み、飛鳥は胸ポケットから可愛らしくデフォルトされた柴犬のストラップの付いたキーケースを取りだした。
ロッカーの鍵を素早く引っ張り出し、鍵を開けて牛革の刀剣ケースを取り出し、中から愛刀を取り出す。


それを腰のしっかりと差し、刀剣ケースは肩に担ぐ。この中には刀の手入れをする道具なども一緒に収められているので、置いて行く訳にはいかない。
再び寄って来た肉塊を無造作に吹き飛ばしながら、飛鳥は健二がやって来るのを待った。


妙に遅い気もするが、健二の気配しかしないし、悲鳴なども無いので何か手間取っているのか? と疑問に思いながらもおとなしく待つ事に。
程無くして、鞄を膨らませた健二がやって来て、おもむろに右手を付きだし、サムズアップする。

「美味そうなのを厳選して来たッ! 早く逃げようぜッ!
「お前何だかんだ言って余裕だなッ!? えり好みしてんじゃねぇよ!」

馬鹿二人は、この危機的状況でも騒がしく会話を続けながら、階段へと向かう。
階段に転がっている死体を踏みつけながら、飛鳥達は次の目的地である職員室を目指すのだった。









 職員室に向かう前に、飛鳥達は猛が助けたクラスメート二人の無事を確かめに、一度向かってみる事にした。
あいつ等がいなければ―――と、思わないでも無かったが、仮にいなかったとしても間に合ったと言う保障は無い。
そんな考えはただの逆恨みだと理性では分かっていながら、感情では納得できなかった。それは健二も同じ気持ちだったが、それでも猛が救いたいと願った奴等だ。


猛が死んで、あの二人まで死んでいたら本当に何の救いも無い。
だから、生きていて欲しかった。猛が何も成し遂げられずに、死んでしまったとは思いたく無かった。
あの時連れて行けていればそれで良かったが、あの時あの少女は動くのは無理だった。勝手に付いて来い、と声をかけるだけでも良かった。飛鳥の後ろにいれば大分生存率は違っただろうから。それをしなかったのは、あの時少女が動けないと瞬時に判断して、すぐに次の行動に移してしまったからだ。


あの少年に背負わせて連れて来させる、と言うのも今思えばできたのだ。それだけ、冷静になればすぐに考え付くような事が考え付かない程、飛鳥は佳代の安否が気にかかって焦っていたのかもしれない。いや、事実そうだったのだろう。それは、佳代の死を目の当たりにした時の、飛鳥が背後の気配に気づかない程に衝撃を受けた事が証明している。そこまで考えて、はたと気づく。


きっと、俺は先輩の事を――――。


そこまで考えた所で、クラスメート達がいた所にまで辿り着いた。だが、既にそこには誰もいなくなっていた。
変わらず、飛鳥が倒した死体が転がるだけだ。

「く、いないな。ってどうした飛鳥、ぼうっとして」
「え、あ、いや。悪い、何でも無い」
「おいおい、しっかりしてくれよ。一瞬たりとも気を抜くな~とか言ってたのはお前だろ」

呆れた様に、だけど少し心配したように飛鳥の顔を窺う健二に、飛鳥は軽く謝罪して周囲の気配を探る。

「あぁ、悪い。…その辺の教室にも気配は感じられないし……あいつらに気づかれて逃げたか、自分達の意志で移動したか」
「糞、何にせよ、無事である事を祈るしかないな」
「あぁ。此処にいてもしょうがない、職員室へ行こう」

生きている事を願い、飛鳥達も生き残る為に再び動き出す。
此処に付く直前まで思考していた事を、無理矢理封じこんで―――。





「なぁ…飛鳥。さっきはあんな事があったばかりで、つい何も考えずに頷いちゃったんだけどよ」
「何時の事だ?」

何だか難しい顔で唸る健二。
職員室へ向かう途中、別の場所に引きつけられているのか、何だか今までに比べてかなり数を減らした肉塊の胸をぽんと胸で押して遠ざけながら、飛鳥が応じる。

「いや、職員室に車の鍵を取りに行く事だよ」
「あぁ、それが?」
「お前、運転できんの?」

時が、止まった。
急停止する飛鳥に合わせて、健二も立ち止まり、二人は顔を見合わせる。

「お前は?」
「この疑問をお前に提示した時点で分かっていてくれると思うが」
「俺もできん。考えて見れば原付さえ乗った事無かったわ」
「……まぁ一応取りに行こうぜ。何事もやって見なけりゃわかんねぇよ」
「尤もだ」

冷や汗を流しながら、頷き合う二人。
そして職員室へと通じる最後の通路を曲がった所で、目の前の光景に二人は再び足を止めなければならなくなる。

「…カラス」
「からすがいるな」

二人の言葉通り、この通路は5羽程度だが、からす達の姿があった。
それ等は首を潰されて倒れ伏している死体をついばんだり、窓枠に止まったりしてじろりと飛鳥達へ赤く染まった眼を向ける。

「はて、からすの目は赤かったっけ?」
「どうだったかな…。まぁ目当ては死体みたいだし、気にしなくていいだろ」

健二の問いに、飛鳥は気楽に構えて走り出す。
健二も後ろに続き、二人が窓枠に止まっていたカラスの横を通過しようとした時だった。


ぐぁああっと、カラスらしからぬ泣き声を上げて、二羽のカラスが突然飛び立ち、紛れも無い殺気を放ちながら飛鳥達に襲いかかったのである。
突然の襲いかかって来たカラスに驚きながらも、健二の頭を狙って嘴を伸ばすカラスの動きを察した飛鳥が、ごく自然な動作で健二の足に自らの足に引っ掛けて転ばせる。
そして自分の方に飛んで来たカラスを柄で叩き落とし、健二を狙っていたカラスも一撃で絶命させて叩き落とす。

「どわっ!」
「伏せてろ」

妙な声を出す健二に短く命じ、今度は死体を漁っていた三匹が飛び上がり、一匹は外に飛び立ち、二匹はその場で威嚇をするように泣き喚く。
そして数秒後、二匹が飛鳥の前を挑発するようにホバリングし始め、妙な動きをするカラスだと思いながら飛鳥が様子を窺っていると、先程窓の外へ飛んで行ったカラスが、硝子を突き破り、二匹のカラスを見ていた飛鳥に向かって突っ込んだ。


無論、そんなの飛鳥は察していた。硝子を割って廊下に入って来た瞬間に、柄をくるっと旋回させてカラスを叩き落とし、硝子が割れたのと同時に一気に飛鳥達へ向かって飛んだ二羽のカラスを一閃。二匹纏めて叩き落とす。

「二匹が陽動で一匹が奇襲、奇襲と同時に二匹が特攻を仕掛けるとは。カラスって凄いな」
「お前ね…。助けてくれたのは感謝するけど、もっとましな助け方にしてくれよ」
「はは、悪い悪い」

謝りながら絶命したカラスを手に掴み、飛鳥はそれをひっくり返したりして調べる。
逃げもせず襲って来たのでてっきり、奴等にやられて鳥も変質したのかと思ったのだが、傷らしい傷は無い。飛鳥に叩かれて羽根やらが折れているくらいだ。
殺気は奴等は出さないので違うだろうな、思いながらも飛鳥はカラスを投げ捨てる。

「…普通の、カラスじゃねぇよな。目も赤いし」
「んーカラスについては良く分からんが、普通では無いよな。多分、二匹があっさりやられたから警戒してあんな風に動いたんだろうが……怖いもんだね」
「いやに凶暴だったよな。鳴き声とかかなり凄かったし」
「あぁ。何だったんだろうな」

突然襲いかかって来たカラスに付いて、語り合うも、やはり良く分からない。
なんにせよ、動く死体以外にも警戒する事ができたのかもしれないな、と締めくくり、飛鳥達は職員室へ向かう。
カラスの鳴き声に引かれてやって来たらしい肉塊を柄で倒しながら、飛鳥達は進む。

「そういや刀は使わないのか? 折角とり行ったのに」
「ん? 別に使わない訳じゃないが…。これの方がリーチは長いし、何気に使い勝手も良いしな。ずっと使ってるし、少し愛着が沸いた」
「お前って結構物持ち良いよな…。まぁ確かにそれで十分だもんな」
「そゆこと」

それに刀は使った後きちんと手入れをしないとすぐ駄目になる。
自分の腕とこの愛刀であれば、何人斬った所で刃こぼれしたりしない自信はある。
だが、ただでさえ戦いで気分が高揚すると言うのに、そこに自分の力を最大限まで発揮できる最高の刀を持って戦い始めたら、ちょっと暴走してしまいそうだった。
だから精神的に疲労している今は、その暴走に身を任せ、健二の事を疎かにしてしまう危険性があるので、抜こうとしていないのだ。

モップの柄が、非常に使い勝手が良いと言うのもあったが。







「あれ…何か結構やられてるな」
「誰かが倒したみたいだな。何にせよ楽で良いや」

職員室のある通路へと出た飛鳥達は、何体も転がる死体を見ながら、周囲を警戒しつつ進んでいた。
途中に何度か変わり果てた生徒達と遭遇したが、変種などには遭遇する事は無なかった。

「職員室に立て篭もってる奴がいるみたいだな。人の気配を感じる」
「まじか? じゃあこれはそいつ等がやったって事か」
「多分ね」

職員室の前には頭を潰された死体が、幾つか転がっていた。
その死体は大体は鈍器で破壊されたようだが、中には釘が突き刺さって倒れている物もあった。
扉からは、バリケードでも作っているのかごたごたと音がしていて、飛鳥達は顔を見合わせて扉を叩いた。

「中にいる人達、聞こえる? 悪いんだけどちょいとお邪魔させてくれないか?」

健二の声に、中でごたごたとしていた音がやみ、すぐにまたがたごとしだす。
しばらくして扉が開いて、中からぽっちゃりした眼鏡の男子生徒と、整った顔立ちの黒髪の男子生徒が顔を出した。
飛鳥の姿と、腰にある刀に一瞬眼を見開きながらも、二人を中へと招き入れる。二人は軽く礼を言って中へ入り―――。ある人物を見咎めてほぼ同時に口を開く。
相手の方も飛鳥達を見て眼を丸くして驚き、心底驚いた表情を浮かべた。

『げ。毒島先輩ッ……。無事だったんすね、良かった! じゃあ俺達はこれで』
「待ちたまえ、二人共。人の顔を見て去ろうとするのは失礼じゃないかな?」

飛鳥達を見て目を丸くしたのは、黒髪の見目麗しい長身の美少女だった。
彼女は、二人が自身を見るなり、完璧なまでに動きも言葉もシンクロさせた無駄の無い動きで、しゅたっと片手を上げ、肩を並べて方向転換をするのを見て、頬を引き攣らせる。当然、こんな対応をされればその声も不機嫌になろうもの。彼女―――毒島冴子は氷のように冷たい声で二人の背中に声をかけた。

その言葉にぴたりと停止した二人は、がっくしと諦めたように肩を落として職員室内へ戻るのだった。






[20336] 七話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/08/12 16:30

 毒島冴子と飛鳥、そして健二は、6年前から交流があった。
現在は国外で道場を開いている彼女の父親が、宗十郎と知り合いであり、彼女の父親が宗十郎に剣の手解きをして貰いに、宗十郎の屋敷に訪れた時に、冴子も父に連れられてやって来たのが出会い。そしてその日も遊びに来ていた健二も、同時に知り合う事になったのだ。



この頃、飛鳥も健二も近所では有名な悪ガキだった。一人ではやらなくとも、複数になると一人ではやらないような事ができてしまうのは、子供も大人もあまり変わらないのかもしれない。具体的に飛鳥と健二がやって来た事をあげれば、近所の家で飼われていた大型犬、グレートピレニーズとセントバーナードを拝借し、背に乗って近所を乗り回したり、近所の壁に落書きをしたり、道路に爆竹をまいたり、テレビで見たキャンプファイヤーをしようと、近くの公園で実施し、ぼや騒ぎを起こしたり、生意気だ、と喧嘩を売って来た近所に住む子供達を、ぼこぼこにし、公園の砂場に首埋めて晒し首にし、更にその周りに蛇や蛙を放ち、中々戻らない息子達を心配して探しに来た奥様方がそれを目撃し、壮絶な絶叫を上げてえらい騒ぎになった…などなど様々な事をやらかしていた。

宗十郎はそれらに対し、

『まぁ、儂も子供の時はやんちゃだったしの。それに子供は元気があった方がえぇ』

などとむしろ推奨していた。
そして一緒に遊ぶ…と言う事で付いて来た冴子も、当然そういった馬鹿な事に付き合わされる羽目になったのである。

父の教育の賜物なのか、当時から気真面目で厳格とした性格だった冴子は、当然それ等の行動を非難し―――、それを煩わしく思った飛鳥と健二の連携プレイにより、スカートを捲られ、水の入った落とし穴に落とされた冴子が鬼となり――――以後、飛鳥達は冴子の前では比較的おとなしくなる。


それからも宗十郎の教育の賜物か、礼儀知らずで口の悪い飛鳥を会う度に叱り、躾けたのである。無論、健二も。
冴子の数年に渡る厳しい躾の甲斐もあり、飛鳥はとりあえず目上の人(祖父除く)に対しては一応の敬意を払うようになったのだ。
が、当然会う度にそんな事をされていれば当然苦手意識の一つや二つは持つ。高校一年になった今、二人にとって冴子は唯一頭の上がらない相手となっているのである。


まぁ飛鳥の場合は、結構割と飛鳥の屋敷にやって来ては、宗十郎に剣の教えを請うていた冴子とは親しい関係になってはいるのだが、やはり幼少期より植えつけられた苦手意識は消えない。そして職員室に招き入れられた二人は、冴子の前で正座させられていた。その顔にはだらだらと汗が流れ、互いに前を向きながら目だけはそっぽを向いている。

「で、二人共。君達はどうしてこの学校にいる? 私は君達が私の学校にいる何て今まで聞いていなかったのだが。確か、私には三船学園に進むつもりだといっていたな」
「あれ…そうでしたっけ? 確かこないだ爺さんに稽古受けに来た時に教えた気がす、る…ようなしないような、いやっ、やっぱり言ったと思って忘れてたかな、あははは」

飛鳥の言い訳めいた口調は、冴子の虚偽は許さないとばかりの視線の強さにしどろもろとなり、結局笑って誤魔化す。
飛鳥も健二も、家から比較的近いと言う理由でこの学園を選んだ訳だ。無論、冴子がいるのも知っていた。冴子に教えていなかったのは、冴子に知られたら、悪さをしていないかなどと頻繁に様子を見られに来られそうで嫌だったのだ。そして、二人でばれるまでは内緒にしておこうと言う結論に至り、今日までは見つからずにすんでいたのだが、此処に来て遭えなく御用となったのである。


必死に目を逸らそうとする二人を、呆れ混じりの眼差しで見ていた冴子だが、この二人が何を考えているかなど、長い間二人を躾けて来た冴子にはお見通しであったので、疲れたように溜息を吐いた。それが冴子のお説教の終わりを示す溜息だと、少なくとも1000回以上こうして冴子にお説教されて来た二人は既に熟知しており、ふぅ、と此方も安堵の息を漏らす。

「まぁ今は長々と話している場合でも無い。二人共無事で良かったよ…。尤も、飛鳥君がいたなら心配は不要だったかもしれないが」

飛鳥の強さは、冴子も長年の付き合いなので良く知っている。
自分では歯が絶たない宗十郎とも互角に渡り合う程の剣の使い手であり、冴子が本気で挑んでも遊ばれてしまう程の強さの少年。
普段の行動と態度からは想像もつかない程の使い手なのである。尤も、それも冴子もどん引きする程の厳しく痛々しい研磨の果てに得た実力なので、その点に関しては心から凄いと思うのだ。本当に。


それだけに、普段の行動や言動が非常にあれなのと、初対面の日に起こった出来事のせいでつい印象が性質の悪い悪戯小僧のような感じで固定されてしまい、厳しく接してしまいがちになるのだ。一人っ子で兄妹が欲しいと思っていたのもあって、非常に手のかかる弟ができたように思い、今まで躾をして来たのである。
それだけに、こうして一緒の学園にいるのを教えてくれていなかったというのは、腹立たしいが、考えて見ればそれも実にこの二人らしい行動でもあった。

そして、そう思って冷静に見て見れば、二人は何処か憔悴したような、覇気が無いようにも見える。いや、確かに無い。
飛鳥はそう簡単に親しい相手だろうと、人に弱みなど見せないので、気持ち落ち込んでいるかな? と言う程度ではあるが、健二の方は明らかだ。
突然こんな事になったのだから、憔悴していてもおかしくは無いが、飛鳥がこの程度の事で堪えるとは考えにくい。何かあったのか、と思ってみれば、中学になってから二人に加わった、どうしてこんな子が、と冴子が不思議に思うくらい二人とは正反対の少年、熊井猛とその幼馴染である矢島佳代の姿が無い。

挨拶を交わす程度で、その二人とはあまりに交流の無かった冴子だが、飛鳥達と非常に仲が良かったのは知っている。
佳代の方はクラスこそ違うがこの学校に通っていたし、何度か見た事もある。飛鳥が自分の親しい者を見捨てて来るとも思えない。

「…君達と仲の良かった、二人はどうした?」
『ッ…』
「そうか…。すまない」

冴子の問いに、顔を俯かせ、唇を震わせる二人。
常にお気楽な二人が、このように表情を辛そうに歪めるのを見れば、どうなったかなど答えを聞かずとも分かった。

「あの、先輩…。その二人は?」
「ん、あぁ…私が良く教えを請う剣術の先生のお孫さんとその友人だ。ほら、ちゃんと立って自己紹介しろ。私と鞠川先生以外は皆二年生だからな」

つまり、ちゃんと敬語を使えと言う意味である。
座らせたのは誰だ、とでも言いたげな不満そうな顔を浮かべる二人だったが、冴子に鋭い目で見据えられてぶんぶんっと頷く。
実によく躾けられていた。

「……1-C、霧慧飛鳥です」
「同じく1-C、猫威健二っす」

二人の後に続いて、室内の者達が名乗る。
最初に飛鳥を迎え入れた、やせている方の少年が小室孝。眼鏡をかけた太り気味の体型をしているのが平野コータ、ぴんっと立った二本の触角のような頭髪が特徴的な―――飛鳥は失礼とは思いながらも大嫌いな黒いダイヤを連想してしまった―――整った顔立ちの少女、宮本麗、母性に溢れた凄い兵器の持ち主、机にだれているこの場で一番年長者の筈なのに果てしなく頼りなさそうな校医、鞠川静香、そして会った事は無い筈だが、何処となく見覚えのある眼鏡をかけた少女、高城沙耶である。

高城、と言う名を聞いて、もしやと思った飛鳥はちょっと躊躇いながらも口を開く。それ程珍しい名字では無いが、既知感を覚えたのだからその可能性は高いと思ったのだ。

「よろしくお願いします。それと―――高城先輩はもしやとは思いますが右翼団体会長の高城壮一郎さんのご息女では?」
「―――だったら何よ!?」

不機嫌全開で睨みつけて来る彼女に、飛鳥はあぁ、とその理由を察する。
右翼団体会長の娘と言う事で、今まで彼女が周囲の人間にどういう扱いを受けて来たかは想像するのは難しく無い。きっと飛鳥もその手の人間だと思われたのだろう。
だが、それは飛鳥の反応で戸惑いへと変わる。

「あぁ、やっぱり! 壮一郎先生にも娘さんがいるとは聞いてましたが、こんな所で会うとは……。いや、百合子さんに良く似てますねぇ」

お陰ですぐに気づいた、と笑う飛鳥からは何の含みも、悪意のような物は感じられない。むしろかなり好意的であったのだから、沙耶は戸惑った。
しかも、壮一郎”先生”と言ったのである。おまけに母まで知っているらしい。

「え、あ……あんた、あたしのパパとママを知ってるの? それに先生って何よ」
「半年程ご自宅に通わせて貰って、稽古を付けて貰った事がありまして。高城先輩には顔を会わす事は無かったですがね」
「稽古って…あぁ、剣術ね。それ、真剣よね? あんた、学校にまでそんなの持って来てる訳? まぁ今日に限って言えば持ってて良かったとは思うけど」
「何時もは持ち歩いてませんよ……。今日は偶々です」

飛鳥の腰の刀に目を向け、沙耶が何処か呆れ気味に口を開く。とりあえず納得してくれたようで、険のある雰囲気は払拭されたので、安堵する。
冴子の方は飛鳥のしっかりとした口調にうむと頷きながら腰の刀に目を向け、おぉ、それは……。などと目を輝かせる。
当然冴子も、飛鳥の刀がどれだけの物か知っている。しかし、刀を目にして瞳を輝かせる女子高生と言うのはどうなのだろう、青春的な意味で。

「君がそれを持って来ていたとはな。偶然とは恐ろしいな……」
「あ、いや。爺さんが不吉な予感がするから持って行けと」

その言葉に、冴子はあぁ、とすぐさま納得する。
あの色んな意味で人間止めている破天荒な飛鳥の祖父であれば、騒ぎを起こる事を予感しても全く不思議は無い。
ちなみに、冴子の宗十郎の評価は、真面目にしている時の人となりは尊敬できるし、剣の腕も凄まじい人であるが、普段の態度から―――それは飛鳥もだが―――いまいち尊敬を抱けない人、というものである。

「冴子さんその刀お気に入りですもんね…。俺は怖いんですけど」
「ん、あぁ…そう感じるのは実に大事な事だ、健二君。飛鳥君の刀には、確かに人を狂わす力がある。何も考えずに手に取れば、狂わされてしまうだろうからな」

今まで黙って飛鳥が話すのを見ていた健二が、苦笑しながら口を開く。
それに冴子が感心したように頷いて、飛鳥に刀を見せてくれとせがんだ。飛鳥は苦笑して刀を抜き放ち、冴子に手渡す。
その魔性の輝きを放つ刀身に、冴子がうっとりと頬を染めて見惚れ、他の面々も魅入られるようにその刀に視線を送る。大変綺麗で色っぽいのだが、刀を手にうっとりするする冴子に、健二はちょっと引いた。まぁこれは飛鳥の刀を目にする度にこんな感じだったので、もう慣れていたが。


昔はもっとちゃんとした人だったのに…と思う健二。宗十郎や飛鳥の家に頻繁にやって来ていた事で、彼女も少なからずあの戦闘一族に戦闘面以外も染まってしまったのかもしれない、戦いぶりも十分人外に含まれるし、と健二は劇画チックな顔で戦慄するのであった。






「そうえば君達は職員室に何をしに?」
「車の鍵を拝借に。冴子さん達は何時から此処に?」
「君等もか。君達が来るちょっと前だよ」
「鞠川先生、車のキィは?」

二人の会話を聞いていた孝が、思い出したように静香に声をかける。
健二は麗がテレビを見ているのに気付き、健二もまたこの事件が報道されているのか気にかかっていたようで、テレビの前へ向かう。

「あ、バッグの中に……」

バックの中身をごそごそと漁り始めた静香に、飛鳥に水の入ったペットボトルを渡しながら冴子が尋ねた。

「全員を乗せられる車なのか?」

「うっ」

車の鍵を探す静香の動きがピタッと停止する。

「そういえば無理だわ……コペンですっ」

それを聞いた皆は、そりゃ無理だと苦笑を浮かべる。

「部活遠征用のマイクロバスはどうだ? 壁の鍵掛けにキィがあるが」
「本当だ、あれなら全員乗っても余裕そうですね」

冴子の言葉に窓の近くにいたコータが外を確認し、マイクロバスを見つけて指差す。平野の隣にいて外を眺めていた飛鳥も、バスに目を向けて頷いた。

「バスはいいけど、どこへ?」

静香の言葉に、座り込んで水を呑んでいた孝が答えた。

「家族の無事を確かめに行きます。近い順に家を回って家族を助けて、その後は安全な場所を探して……」
「見つかるはずよ。警察や自衛隊が動いてるはずだもの。地震の時みたいに避難所とかが……どうしたの?」

孝の言葉に頷き、沙耶がテレビを見てうわーっと引き攣ったような声を漏らす健二へと問いかける。
健二の隣でテレビを見ている麗は、呆然とテレビを凝視していて、健二が黙ってテレビを指差した。
冴子が手近にあったテレビのチャンネルでボリュームを上げ、室内に緊迫したアナウンサーの声が響く。

【―――です。各地で頻発するこの暴動に対し政府は緊急対策の検討に入りました。しかし自衛隊の治安出動にちういては与野党を問わず慎重論が強く……】
「ぼ、暴動!? 暴動って何よ暴動って!」
「混乱を恐れてるんでしょうね。死体が生きた人間を襲う何てパニックになって然るべきですから……無駄な事を」

憤る孝に、飛鳥が嘲笑を浮かべて答える。ニュースを見るに、この現象は各地で起こっているのだろう。ならば、こんな騒ぎを隠し切れる筈が無い。

【……ません。既に地域住民の被害は1000名を超えたとの見方もあります。知事により非常事態宣言と災害出動要請は……】

テレビの中では、何処かの避難所のようで、ストレッチャーに乗った黒い布で覆われた死体が運ばれていく姿などが映し出されており、その手前でそれなりに美人なキャスターが喋っている。その顔は蒼褪めていて、できれば今すぐこの場から逃げ出したいと強く思っている事が、飛鳥には見て取れた。そのキャスターの言葉を遮るように、銃声による発砲音が上がる。

【発砲です! ついに警察が発砲を開始しましたっ! 状況は分かりませんが…。きゃぁあああああっ! 嘘、いやっ、なに!? うそっ、たすけ… うあっ うあああああああああぁぁぁぁあ!】

突然カメラがぶれ、キャスターの悲鳴が上がる。その背後では、黒い布が被せられていたストレッチャーが大きく盛り上がり、蠢いていた。
キャスターの戸惑うような声は、途中で断末魔のそれへと変わり、悲痛な声とぶしゃーと言う何かが噴き出す音と共に、映像は途切れた。そして【しばらくお待ちください】
と言う花畑をバックにしたテロップが流れ、室内が重苦しい沈黙に包まれた後、中年と30代の男性のいるスタジオへと切り替わった。

【……何か問題が起きたようです。こ、ここからはスタジオよりお送りします】
「それだけ!? 何でそれだけなんだよ!?」
「さっきと同じ。混乱を恐れてるんでしょうね」
「今更? 何処もかしこもパニックじゃない」
「今更だからこそ、よ! 恐怖は混乱を生み出し混乱は秩序の崩壊を招くわ。そして秩序が崩壊したらどうやって動く死体に立ち迎えると言うの? つまりはそういう事よ」

再び憤る孝に、飛鳥が言葉を返す。
その言葉に、今度は麗が疑問符を浮かべて飛鳥を見る。飛鳥が答えるより先に、沙耶がそれに答えた。そして再びテレビを注視する。

【屋外は大変危険な状況になっているため可能な限り自宅から出ないで下さい。また、自宅の窓・入口はしっかりと施錠し窓などは可能な限り施錠して下さい。何らかの理由により自宅にいられなくなった場合は各自治体の指定した避難場所に…】

これ以上このニュースは聞いていても意味が無いと判断した沙耶が、チャンネルを切り替える。
今度映し出されたのは国外の状況を報道している番組のようだった。ゾンビで溢れかえるニューヨークの映像をバックに、金髪のキャスターが読み上げている。
そして読み上げられたニュースは信じがたい事ばかりだった。

【全米に拡がったこの異常事態は収拾する見込みは立っておらず、合衆国首脳部はホワイトハウスを放棄。洋上の空母へ政府機能を移転させるとの発表がありました。なお、これは戦術核兵器使用に備えた措置であるとの観測も流れております。なお現在の時点でモスクワとの通信途絶。北京は全市が炎上。ロンドンは比較的治安は保たれていますが、パリ、ローマは略奪が横行……】

たったの数時間。朝は普通の、何時も通りの日常だった。それなのにたったの数時間で世界中が大混乱に陥っている。

「朝…ネットを覗いた時は何時も通りだったのに……」
「信じない……信じられない…たった数時間で世界中がこんな事になる何て……」
「なんとまぁ…流石に驚いたな」
「こんな状況…どうしろってんだ……」

顔を俯かせるコータに、信じられないと悪夢のような現実を否定する麗、世界規模で起こっている騒ぎに驚愕する飛鳥、呆然とテレビを見て呟く健二。
冴子は厳しい顔でテレビを睨みつけ、沙耶は黙ってテレビを見据えている。
皆がこの状況を此処まで大きく考えていなかった。こんな事態が世界中で起きているとは思っておらず、そのうち元通りになるのではないかと心のどこかで思っていた。
だが、この現実を目の当たりにすれば、冗談でもすぐに何時も通りになる何て言えない。思えない。だが、そう分かっていても口に出さずにいられないのが人間と言う物だ。

「ね、そうでしょ? きっと大丈夫な場所、あるわよね? きっとすぐ何時も通りに…」
「なるワケないしー」
「そんな言い方する事ないだろ!」
「パンデミックなのよ? 仕方ないじゃない」
「パンデミック……」

孝に縋り付く麗の言葉を、沙耶があっさりと否定し、その言い方に孝が喰ってかかる。
それでも沙耶は冷静に返し、パンデミックと言う言葉に静香が顔を蒼褪めさせる。

「感染爆発の事よ! 世界中で同じ病気が広まってるって事!」
「インフルエンザみたいなもんか?」
「ですかね?」

疑問符を浮かべ、隣の飛鳥に尋ねる孝に、飛鳥も疑問符を浮かべて沙耶に尋ねる。

「1919年のスペイン風邪はまさしくそう。最近だと鳥インフルエンザにその可能性があると言われてたわ。インフルエンザをなめちゃいけないのは分かってるわよね?
 スペイン風邪なんか感染者が6億以上。死者は5000万になったんだから」
「それより14世紀の黒死病に近いかも……」
「その時はヨーロッパの三分の一が死んだわ」

淀みなく語る沙耶に、飛鳥は流石はあの二人の娘さんだなぁと感想を抱きながら聞いていた。

「どうやって病気の流行は終わったんだ?」
「色々考えられるけど…人間が死に過ぎると大抵は終わりよ。感染すべき人がいなくなるから」
「でも…死んだ奴は皆、動いて襲いかかってくるよ」
「拡大が止まる理由が無いということか」
「厄介っすね…」

孝が尋ね、何か頼りなさそうな印象を飛鳥に与えていた静香だったが、流石校医と言うべきか、孝の疑問にしっかり答える。
それに、コータが外を歩き回る奴等を見ながら呟き、冴子が纏め、健二が感想を口にする。

「これから暑くなるし、肉が腐って骨だけになれば動かなくなるかも」
「どれくらいでそうなるのだ?」
「夏なら20日程度で一部は白骨化するわ。冬だと何ヵ月もかかる…でもそう遠くないうちには……」
「腐るかどうか分かったもんじゃないわよ。動き回って人を襲う死体なんて医学の対象じゃないわ。ヘタすると、いつまでも…」

静香の言葉に、沙耶が自分の意見を口にし、飛鳥もそれは尤もだと思う。
本当に厄介だと思っていると、おもむろに健二が口を開いた。

「……感染爆発って、こんなに早く世界中に広まるもんですかね? 人為的に行われたテロ、とかは無いですか? 科学的に動く死体を作りだす、何て想像もできやしないんで感染爆発の方がしっくり来ますが、それにしても広まるのが早すぎますよ。そういうウィルスだったらそれまでですけど、感染爆発だったら気象などで地域にばらつきが出る筈ですし、これは世界中で突然起こってますからね…。いや、テロでも無理か。幾ら何でも世界中は……って俺等じゃ原因何か考えた所で無意味ですね。こういった物を調査するには専門の研究施設が無ければ意味が無いし、そっち方面の知識もありませんし。そう言った研究のできる学者が生き残ってて原因解明をしてワクチンでも何でも作ってくれるのを祈るしかないですよね」

仮にそれができたとしてもどれだけ時間がかかるか知りませんがね、と健二が締めくくる。
病原菌の原因解明や、ワクチンを作るなど短時間でできる事ではないし、万全の状況でもそうだと言うのにこの状況である。縋るには、あまりに儚い希望だ。

「テロ…か。こんな事を同じ人間が引き起こした何て考えたく無いものだな。だが確かに今は考えても仕方が無い事だ。
 家族の無事を確認した後、どこに逃げ込むかが重要だな。好き勝手に動いていては生き残れまい。チームだ。チームを組むのだ。生き残りも拾っていこう」

冴子の言葉に、全員が頷き、学校を脱出する為に行動を開始するのであった。





あとがき
この作品の冴子さんは、宗十郎に稽古を付けて貰っている事もあり、原作に輪をかけてチートになっております。
それから前回出て来たカラスですが、この作品内では奴等となった物の肉を食べた動物は凶暴化するとなっています。しかし、奴等になっておらず、あくまで凶暴化だけなので、口で突かれたり、噛まれたりしてもゾンビ化する事は無いと言う設定になっていますので、ご了承ください。





[20336] 八話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/20 10:04




 学校を脱出する為、まず確認したのが奴等に関する情報だった。
”奴等”とはあの動く死体達の事で、飛鳥はただの動く肉塊と称していたが、孝達がそう呼んでいるのでそう呼ぶ事にしたのだ。
概ね、掴んでいる情報は同じだったが、孝達は飛鳥達が知り得ない情報を二つ有していた。奴等に視界は無く、音に反応していると言う事、そして少しでも噛まれたらアウトと言う事である。

「げ、本当ですか? 音は何となくそうかな、とは思ってましたが、噛まれたら終わりってのは知りませんでした」
「あ、そうだ飛鳥。あのカラスの事も話しといた方が良いんじゃないの?」
「からす? 教えて。どんな小さな情報でも何かの役に立つかもしれないわ」

健二の言葉に、奴等のついての情報を語ってくれた沙耶が尋ねる。
飛鳥達は頷いて、死体を漁る赤い目をしたカラス達について説明した。死体を漁っていたカラスがいた事、その凶暴性、連携しての攻撃、倒したが見た目的にはただの普通のカラスであったと言う事を。

「…成程。もしかしたら、奴等の死体に含まれる何かを摂取して凶暴化したのかもしれないわね。そうなると、今後は動物とかにも注意が必要よ…。犬とか、猫とかね。
 とにかくこの情報は大きいわ。皆も奴等だけでなく動物にも注意するようにして頂戴」

各々頷き、奴等に関する確認をした後は、陣形を決める話となる。
一人で戦う分には良いが陣形を組んで仲間と共に戦う事になると、飛鳥は非常に邪魔な存在となる。
能力が高すぎる故に、だ。本人視点からは普通の動きでも、周りからすればとてもでは無いが付いて行けるような動きでは無い。と言うか、見えない。
この中で普通の飛鳥の動きに合わせられるのは、全力を出した冴子のみであり、残りのメンバーでは無理だ。

だからこそ、冴子はちゃんと言い聞かせる。

「良いな、飛鳥君。ちゃんと周りと連携して、皆に見えるような速度で戦うんだ。身体能力はできる限り抑えるんだぞ。
 攻撃的な君の性格からしたら思うように戦えないのは嫌かもしれないが、チームで行動する以上、気を付けて欲しい。個人の勝手な動きは絶対に駄目だ」
「ちょ、ちょっと毒島先輩!? 見えるような身体の動きとか、どういう意味です?」
「そりゃ見えるような動きで戦えとか言われてる時点おかしいですもんね…」

それに驚いたのは、当然周りのメンバーである。
麗が驚いたように声を上げて冴子に問い、健二が厭らしく笑いながら、この化け物っと飛鳥を小突く。
それに対して飛鳥は何とも言い難い苦々しい顔を浮かべているが、冴子の言う事は理解できているので何も言わない。

「いや、飛鳥君は幼少期から彼の師匠、おじい様にだが、その…その、何だ……とてもかわいそ…あ、いや。厳しい鍛練を課せられて来ているのだ。本人の才能が優れていたと言う事と、彼自身が非常に熱心に鍛練に励んだ事もあって、この歳で超一流の剣士何だ。私が本気を出しても遊ばれてしまうくらいのな。そう言えばどれだけの物か理解して貰えるとは思うが……」

勿論だった。職員室に入る前にも冴子の強さは目にしているし、何より一年の頃より剣道の個人戦で圧倒的な強さで全国大会個人戦で優勝を果たし、二連覇している冴子が遊ばれる程の実力。冴子の普通の動きにさえ付いて行くのは厳しいのだから、その冴子が本気を出しても遊ばれるような人物に付いていける筈が無い。
彼女の大真面目な顔からして、嘘は付いていないのだろう。と言うか、こんな時に嘘など付く筈も無い。嘘のような話だが。

「…そ、それは頼もしいな。いざと言う時は頼りにしてるよ」

ちょっと頬を引き攣らせながらも、笑顔で飛鳥の肩を小突く孝。
飛鳥はそんな話を聞いても、特に自分を恐れたりするような素振りも無く、笑いかけて来る孝を意外そうに見てから頷く。

「では陣形は前衛に霧慧と毒島先輩。中衛に小室と宮本、後衛、後方支援として平野、あたし、鞠川先生、猫威で良くわよ」

沙耶の最終確認に、全員が頷き、ついに学園を脱出する為に動きだすのだった。





 後方から戦況を見守り、健二は呆れていた。
飛鳥、冴子は最早言うに及ばずであるが、流石生き残っていた人達と言うべきか、此処のメンバーもまたかなりの戦力だったのだ。
麗は素早い動きと卓越した棒捌き…槍術で敵を突き倒し、孝は金属バットで次々と奴等を粉砕、平野は後方から改造を施した釘打ち機による正確な射撃を行い、やはり襲いかかって来たカラス達を的確に撃ち落とす。

「たいした腕前ですねっ! 宮本先輩も平野先輩もっ!」

それに感心したように飛鳥が奴等を三体を同時に葬りながら笑い、麗は貴方程じゃないと苦笑を浮かべる。
コータはぐっと親指を飛鳥に立て、飛鳥も戦闘で気分が高揚してる為か、楽しそうに返す。

誰かと一緒に戦うと言うのは、冴子と共に祖父と打ち合った時くらいしか無いが、これはこれで面白かった。
能力を制限しなければ行けないと言うのが不満と言えば不満ではあったが。

「平野、右からカラスが! 一匹は僕がやるからもう一匹は頼む!」

孝が飛び上がって言葉通りにカラスを叩き落とし、コータもすぐに応じてカラスに向けて釘を打つ。
見事一撃で撃ち落とし、カラスが地に落ちる。

「ふぇええ…皆すごーい」

その光景を見ながら静香も呆けた様に呟き、沙耶もこれなら十分行けるっ! と拳を握りしめる。
そして正面玄関へと抜ける階段に近づいた時、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

「きゃぁあああっ!」

少し速度を速めて階段へ近づいてみると、数人の生徒達が奴等に囲まれ、踊り場の影に追いつめられている。
その中に、矢部と峰の姿も発見し、咄嗟に動きだしそうになるも、冴子の言葉を思い出し自制する。
コータが今まさに襲いかかろうとしていた奴等の一体を狙撃し、それに合わせるように飛鳥と冴子が踊り場へと走り、奴等を瞬く間に葬り去る。

「無事だったか、矢部、峰」
「き、霧慧! ありが「大きな声はだすな。噛まれた者はいるか?」…あ、すいません」
「え…いません、いません!」

飛鳥を見て、声を張り上げて礼を言おうとした峰は、冴子に言われて小さく謝罪する。
健二も彼等が無事なのを見て、心から良かったと思いつつ、襲って来たカラスを棒で叩き落とす。
黒髪の少女が両手を振って否定し、麗が軽く調べる。その間、飛鳥と孝は階下からやって来る奴等を殲滅し、コータはそれを援護する。

「大丈夫みたい、本当に」
「僕らは学校から逃げ出す。一緒に来るか?」
「え、ええ!」

孝の問いかけに、彼等は一瞬躊躇ってから頷き、人数を6名程増やして駐車場を目指す事に。
正面玄関の下駄箱の入り口付近までやって来た彼等は、できる限り静かに移動して、下駄箱の一番奥に身を隠して外の様子を窺う。
飛鳥と健二が刀を取りに一階へ降りた時程では無いが、かなりの数の奴等がうろうろとしていて、カラスも何羽かが死体に群がっている。

「やたらといやがる……」
「見えて無いから隠れる必要何て無いのに」
「じゃ、高城が証明してくれよ」
「うっ」

孝の言葉に、沙耶が憮然と口を開き、それに孝が不満そうに訴える。
沙耶は自分の意見は正しいとは分かっていても、流石に奴等の前に無防備に出て行くのは怖いらしく、顔を引き攣らして押し黙る。

「たとえ高城君の説が正しいとしてもこの人数では静かに進む事などできん」
「校舎の中を進んでも、この人数じゃ襲われた時身動きとれませんしね」
「玄関を突き抜けるしかないのね」

冴子、飛鳥、麗がそれぞれ口を開き、正面突破意外に道が無い事を示す。

「誰かが確かめるしかあるまい」
「……よし、僕が行くよ」

冴子の言葉に孝が名乗りを上げ、それに麗と冴子、飛鳥が口を開く。

「孝が行くより私が……」
「私が先に出た方がいいな」
「俺が行きますよ」
「いや、毒島先輩と霧慧はいざと言う時のために控えていて下さい」

首を振り、あくまで自分が行くと言う孝に、冴子と飛鳥は押し黙る。
まぁ本人が行くと言うなら、無理に出しゃばる必要も無いので飛鳥はそれ以上何もいう気は無かった。健二の近くにいた方が、いざ何かあった時守り易いと言うのも事実であったから。

が、麗だけは孝に心配そうに尋ねる。

「孝……何で? 何もかも面倒何じゃなかったの?」
「―――――今でも面倒だよ」

麗に困ったような笑みを見せてから飛び出していく孝を、麗が追おうとするも冴子に抑えられる。
孝が注意深く移動し、コータとが何時でも助けに入れるよう少し離れた場所を付いて行く。
孝が奴等のすぐ近くに移動しても、奴等は何の反応も示さなかった。沙耶の、奴等は音のみに反応していると言うのが実証された瞬間だった。
それに安堵しながら、孝はすぐ足元に落ちていた上履きを拾い上げ、離れた場所にある硝子へ向けて投じる。

奴等が硝子が割れた音に引きつけられていくのを見送り、静かに扉を開ける。
大丈夫だとコータに合図を送り、コータが更に皆に伝え、皆で扉へと向かう。麗を先頭に出て行き、冴子と孝が扉に立ち、全員が出るのを待つ。
飛鳥は殿を務め、目の前を走る小太りの少年の持つ獲物が扉に引っ掛かりそうになるのを見ると一瞬で加速し、当たる瞬間にそれを抑え込む。

少年がそれに気付き、眼で謝って来るのに頷いて返し、気を付けて進むよう促す。
音を立てずすんだ―――と安堵した瞬間。

――――グェエエエエ、グェェエッ!

生者に気づいた死体をついばんでいたカラス達が、一斉に鳴き喚いた。
静まり返っていた校舎には、その声は実に良く響き、その声に引かれて奴等が此方へ動き始める。こうなれば、もう音を出さずに移動などしていられない。

「走れ!」
「もうっ、あのカラス共――ッ!」

孝が声を発し、沙耶がカラスを憎々しげに睨みつける。
全員がバスへ向かって走る。冴子が真ん中に立ち、飛鳥は殿を務める。逃げる生徒達に突っ込んでいくカラス達を叩き落とし、通さない。
健二が静香達と共に守られながら進むのを確認しながら、飛鳥は近づいて来る敵を後方に吹き飛ばしながら最後尾を走る。

列の中間に下がった孝が、コータと背中合わせに戦い、その後ろでは冴子が木刀を振るい、三体の奴等を粉砕する。
それ等全ての動きを視界に収めながら敵を払っていた飛鳥は、バットを持った先程仲間に加わった少年が、奴等に向かって武器を振り下ろすが、頭を狙わず、首へと攻撃したせいで倒す事ができず、タオルを掴まれ動きを止められるのを目にする。そこへ迫っていたもう一匹に腕を掴まれ―――。

「ちぃっ」

噛みつかれそうになった所で、飛鳥は舌打ちしながらモップの柄を投げ付ける。
凄まじい筋力で放たれたそれは、一瞬にして今まさに少年の腕に噛みつかんとしていた一体と、少年のタオルを掴んで動きを止めた奴等にまで辿り着き、その頭部を容易く貫いて、更に奥にいた一体の胴体を突き破って遠くへすっ飛んで行く。

「……気に入ってたのに」

それを名残惜しげに見送り、突如として頭部を失った二体に、少年ははっと周囲を見渡して武器を持っていない飛鳥に気づいて、礼を述べようとするが、飛鳥の後ろから、飛鳥に覆い被さろうとしている者がいる事に気づいて声を上げる。

「あ、危ないッ!」

当然それに言われるまでも無く気づいていた飛鳥は、軽く頭を下げてバックステップを踏んで腕をかわし、左足による回し蹴りを相手の胴に放って吹き飛ばす。更に右足を軸に回転しながら刀を抜き―――神速の居合により近づいていた二体の頭部を切断した。数瞬の後、首から血飛沫を拭きながら倒れ伏す奴等を見て、それを目の当たりにした少年が呆然と呟く。

「す、凄い……」
「タオルとか相手に掴まれやすい物を身に付けながら戦うのは危険だよ。奴等の力は尋常じゃ無いしね。次ができたんだし、今後は気を付けな。ほら、彼女さんが待ってる」

飛鳥の言葉に少年が振り返ればバスに乗り込み、心配そうに窓から少年を見つめている黒髪の少女の姿が。
さっさと行きなと、声をかけ、近づいて来る敵を両断する。その背に、ありがとうっ! と言う泣き声の混じった礼を聞きながら、飛鳥もまたバスに向かう。

「見てたぞ、飛鳥君ッ! 良く助けられたな!」
「助ける事ができるのを助けない程、俺も冷たか無いですよ。一応一緒に行動してる訳ですし」

バスの前で待っていた冴子のお褒めの言葉を軽く流し、冴子はそんな飛鳥に優しげな苦笑を浮かべてから並んで奴等を倒し続ける。
どちらも何度も剣を交え、祖父を相手に共闘した仲である。どちらの互いの動きを理解しているので、見事な連携を持って敵を喰いとめる。

「小室君、全員乗った!!」
「先輩が先に!」
「俺がぎりぎりまで抑えます。お二人さんは中へ」

外にいるのは、飛鳥に冴子、孝の三人。
飛鳥が二人に乗るように言った所で、此方に走って来る一団を目にする。

「……くれぇッ! 待ってくれぇえええ!」

眼鏡をかけたスーツ姿の教師と、数人の生徒達である。

「誰だ?」
「さぁ」
「3年A組の紫藤だな」

孝の問いに、飛鳥は肩を竦め、冴子が答える。3年A組…猛と佳代が逝ったその場所の名を耳にし、飛鳥の胸を苦い思いが駆け抜ける。
飛鳥達がバスに乗り込み、静香が焦ったように声を上げる。

「もう出せるわよ!!」
「もう少し待って下さい!」
「前にも来てる! 集まり過ぎると動かせなくなる!!」
「踏み潰せば良いじゃないですか!」
「この車じゃ何人も踏んだら横転するわ」

孝の言を沙耶が冷静に指摘し、孝が焦ったように飛び出そうとするのを麗が後ろから掴み止める。

「あんな奴助ける事はないわ!」
「麗!? なんだってんだよ一体!」
「あんな奴助けなくて良い、あんな奴死んじゃえばいいのよ!」

良い争いをする二人を尻目に、飛鳥はこれ以上前に集まったら本当にやばそうだ、と蹴散らしに行く事に。
何故麗が紫藤を死ねば良いと言っているのか、入学したてで紫藤の事など全く知らない飛鳥には分からないが、憎しみ籠るその声に、相当恨みがあるんだろうなと思いつつ、バスを降りる。

「前のを蹴散らしてきます。あ、飛び乗れるんで俺に構わず出しちゃっても良いですからね」
「すまん、飛鳥君ッ!」

冴子の声を背中に、飛鳥はバスの前面に群がって来る連中を蹴散しに車外へ。
バスの邪魔にならないよう、するだけで良いので、倒さずに蹴り飛ばし、吹っ飛んだ相手もすたすたと追って、ごろごろ転って呻く奴等を更に蹴って遠ざける。
邪魔な連中を文字通り蹴散らしていると、飛鳥に向かって声がかかる。

「霧慧ッ! もう十分よ、御苦労さまッ! あんたも早くバスに戻って!」
「あいさー」

沙耶の声に振り返れば、紫藤や生徒達がバスに乗り込む所だった。飛鳥は軽く応じてバスへと戻る。

「助かりました。リーダーは毒島さんですか?」
「そんな者はいない。逃げる為に協力しあっただけだ」

飛鳥がバスに乗り込むと、紫藤と冴子のそんな会話が聞こえ、孝と麗が抱き合うような体勢で睨み合っている。
何だか知らないが一波乱ありそうだ、と顔を顰める飛鳥を、真ん中辺りに座っていた健二が手招きして呼び寄せる。

「霧慧も乗ったわっ! 先生ッ!」
「こいつらは…人間じゃ無いッ!」

沙耶の声に静香が頷き、正面にやって来ていた奴等を構わず、アクセルを踏み込んでバスを発車させる。
奴等が車体に当たる鈍い音を周囲に響かせながら、バスは一行を乗せて発信する。

「飛鳥、まずはお疲れ様だ」
「あぁ。で、何だ? 妙に怒った顔をしてるが」

健二の隣に座り込んだ飛鳥は、健二の顔が苦々しそうな顔になっているのに気づく。
健二はそれに、やや躊躇いがちに、しかし、しっかりと口を開いた。

「あの、紫藤って奴、宮本先輩の言う通りやばいぜ」
「何?」
「お前が出て行った後、俺は宮本先輩の反応が気になって紫藤を見てたんだ。そしたらあいつ、転んで動けない生徒に足を掴まれて、全く躊躇いもせずその生徒の顔を踏みつけてのこのこ来やがったんだ!」

声を潜めながら憤る健二に、飛鳥は彼等を助けた事により、余計な問題まで引き入れたらしい事を察する。
学校を出る事は出来たが、まだまだ問題が―――しかもこの車内においてもある事に、飛鳥は苦々しく顔を顰めるのだった。





あとがき
峰、矢部は無事で、卓三君とその彼女も生存。
これは最初から考えておりました。
戦闘シーンは毎回読んで下さる方が状況をイメージできるよう頑張っているつもりですが如何でしょうか。楽しんで頂けていれば幸いです。
問題は紫藤せんせーな訳ですが…難しい。うぎぎぎ



[20336] 第九話・微改訂
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/22 09:42



「それはいけませんね……。生き残るためにはリーダーが絶対に必要です。目的をはっきりさせ、秩序を守らせるリーダーが……」
「後悔するわよ…紫藤を助けた事、絶対に後悔するわよッ!」

 口元に笑みを浮かべながら顎を撫でる紫藤と、孝を責める麗。
憤る健二を抑えながら、飛鳥はその紫藤の嘯くような声と、麗の声をしっかりと捉えていた。

ただ、紫藤の笑顔を張り付けたようなその顔は、酷く胡散臭く、放置していれば取り返しのつかない事に繋がるのでは無いかと言う予感もある。
そして健二の言葉。麗の声に宿る憎しみ。警戒する要素はたっぷりあった。

「飛鳥、絶対に碌な奴じゃ無いと思う。あの顔みろよ、どうみても何か企んでるって顔だ。あんな風に人を見捨てる野郎だ、危険になれば俺達を餌に逃げ出すに決まってる」
「あぁ、いけすかねぇな。何よりあの笑顔が気持ち悪い」
「いざと言う時は頼むぜ…。猛と佳代先輩の時もあれだけど…いや、猛を説得しようとした時もだ。嫌な事ばっかお前に押し付けてるみたいで……ごめんな」
「やめろよ、謝る事なんざ何もねぇよ。俺が荒事、お前は頭脳担当、だろ。それに今回だってお前は俺が見れない代わりに、ちゃんと奴の行動を見ていてくれたんだからな」

何かを企む者、憤る者、戸惑う者、警戒する者。
幾人もの思惑が車中を駆け巡り、バスはそれでも進む。彼等の進む先にあるのは果たして…。




「さっきはありがとう、本当にありがとうっ!」
「あ、あのッ! 卓造を助けてくれてありがとう!」
「霧慧、ありがとな。二度も助けて貰っちゃって…」
「霧慧さん、あの、その…助けてくれて、ありがと」

バスが発車してすぐ、飛鳥と健二の所へ、先程飛鳥が助けた少年と、その彼女。そして峰と矢部がやって来るなり頭を下げた。
飛鳥はそれにあーはいはいと頷いて、呆れた様に口を開いた。

「えっと、卓造って人とその彼女さんぽい人に礼を言われるのは分かるけど、峰と矢部には礼を言って貰うような事はして無い。管理棟での事を言ってるなら、あれは助けた内にはいらねぇ。あんなとこに放置してそのまま行っちまったんだ。怨まれこそすれ、感謝される覚えはねぇよ」
「そんな事ないって! あそこでお前等が来てくれなかったらほんとやばかったし、お前が教えてくれた情報のお陰で俺達はあそこまで逃げられたんだ! 感謝してるよ」
「え、峰君が教えてくれたのって霧慧君が教えてくれた事だったの!? じゃああたし達も尚更感謝しなきゃいけないねっ」
「うん、本当にありがとう」

峰の言葉に、卓造の彼女――小島が驚きの声を上げ、卓造がしっかりと頷いて再び頭を下げた。
それに飛鳥は、更に呆れた眼差しを卓造へと向ける。

「あんた、それを聞いててさっき頭を狙わなかったのか? それとも外れたのか?」
「う、うん。狙った所に振り下ろせなくて…」
「あぁ……」

無理も無い事だろう。卓造は武術の心得など無いようだし、例え情報を知っていても、自らの命を脅かす物が迫って来てそれに的確に攻撃を加えると言うのはそう簡単ではないだろう。おまけにそれまでもかなり戦っていて、相当疲労していたようだったから、狙い通りの所を攻撃できなくなっていてもしょうがない。

「それならまぁしょうがないさね。まだ全然安心できる状況じゃねぇ。今の内に彼女といちゃつくなり、休むなりしてな」

ひらひらと手を振る飛鳥に、4人はもう一度礼を言って元の席に戻って行く。
それに、飛鳥はちょっと安心したように溜息を吐いた。それに健二が、飛鳥の内心を汲み取ったように頷き、声をかける。

「良かったな、とりあえずだけど」
「…あぁ」

猛と佳代の死が、少なくとも今はまだ、無駄ではなかった。
その証明でもある峰と矢部が、仲良く手を繋いで席に戻って行く姿を背中に、飛鳥は猛と佳代の後姿を重ねて目を伏せた。



此処までは良かったのである。
校門を抜けた辺りから、何やらそわそわとしていた不良っぽい外見の少年が、突然立ち上がるなり、あれこれと騒ぎ始めたのだ。

「だからよぉっ、このまま進んだって危険なだけだってば!」

立ち上がり、周りを威圧するように睨みつけながら、煩わしい声を上げる。
静香はそれが気にかかるのか、ちらちらと中の様子を窺い、冴子は我関せずと木刀を磨き、飛鳥と健二は、退屈そうに外へと視線を向けている。

「だいたい何で俺らまで小室たちに付き合わなけりゃならないんだ? お前ら勝手に街に戻るって決めただけじゃんか! 寮とか学校の中で安全な場所を探せばよかったんじゃないのか!?」
「そ、そうだよ…このまま進んでも危ないだけだよ……さっきのコンビニとかに立て篭もった方が」

根暗そうな男子生徒も頷く。
これだから物を考えられない連中は、と飛鳥はいい加減鬱陶しくなり始めていた。余計な騒ぎを起こし紫藤に隙を与えないようにする為に我慢していたが、飛鳥も精神的にきつい事が色々あり、非常に苛ついていた。

そして静香も、マニュアル運転は慣れていないらしく、たまにエンストさせたりしながらも、よく運転していたのだが、車内がこんな状況では気になって運転に集中できないのだろう。そして飛鳥が動くより先に、いい加減我慢の限界に達した静香がはバスを乱暴に路肩に止め、振り返って怒鳴った。
のほほん穏やかな静香が怒鳴るのだから、どれだけ我慢に我慢を重ねていたのか良く分かる。

「もういい加減にしてよ! こんなんじゃ運転なんかできない!」

孝が不良生徒に視線を向け、彼は焦って叫ぶ。

「んだよぉっ、何見てんだやろうってのか!」
「ならば君はどうしたいのだ?」
「う…」

木刀を拭き終えた冴子が、立ち上がって不良生徒に目を向ける。
冷たい双眸に見据えられ、不良生徒がたじろいだ。彼とて校内で有名な冴子の事は当然知っている。自分程度では適う筈が無い事も。
そして、何を思ったのか、孝を指差し意味不明な事をがなりたてる。

「気にいらねーんだよ! こいつが気にいらねーんだ! 何なんだエラそうにしやがって!」
「何がだよ? 僕がいつお前に何か言ったよ?」
「てめえっ!」

どう聞いてもただの言い掛かりであり、飛鳥には彼の思考回路が理解できない。理解したくもないが。
流石に孝も黙っていず、怒りの籠った視線を不良生徒に向け、それに不良生徒が歯を剥き出しにして怒鳴る。そして飛鳥が心底鬱陶しそうに口を開いた。

「好い加減うぜぇよ。なら自分の考えがある奴は勝手にすれば? 誰も止めやしないさ。大体俺達が確保したバスに泣き喚きながら向かって来たのはあんた等だろ? それに小室先輩があんた等を待とうとしなきゃ、乗れもしなかったんだけど? 小室先輩以外あんた等の事何か気にかけちゃいなかったからな。加えて言えばバスを確保する為に先陣切ったのも先輩だ。だから小室先輩がえらそうな態度を取った所で何も問題無い訳。おわかり?」
「て、てめぇッ! 一年の癖になま……」

青筋を浮かべ、今度は無謀にも飛鳥に突っかかろうとした不良少年は、引っ掛かったーと嘲笑を浮かべて刀に手をかけた飛鳥が―――

「がっ!」

―――刀の柄で不良少年の下顎を跳ね上げようとするよりも、早く動きだしていた麗によって腹を突かれ、胃液を吐きながら悶絶して倒れ伏した。

「……最低」

麗は倒れ付す不良生徒を見下ろし、嫌悪に満ちた声で吐き捨てる。
そして、一転。にっこり可愛らしい笑顔で飛鳥に向けて、これまた温かみのある声で口を開いた。

「孝を庇ってくれて、ありがとね」
「あ、あぁ。本当の事言っただけですけどね」

不良少年を見下していた時の態度と、飛鳥を相手にした時のあまりの違いに、飛鳥が軽く怯える。
隣の健二もまたこええ…と呟き、ぶるりと身を震わせる。そして女と言う物が如何に恐ろしい生き物かを知り、少年二人は戦慄するのだった。
そして麗が孝の元へと向かおうとした時、室内に拍手の音が響き渡る。

「素晴らしい、実にお見事! 本当に素晴らしいチームワークですね。小室君、宮本さん! それに君も!」

その声に振り返ってみれば、実に良い笑顔で拍手をする紫藤の姿。
飛鳥はやはり動いたか、と目を細める。何かしら揉め事が起これば、それを理由に何かしら動くだろうとは思っていたが、案の定だった。

「しかし…こうして争いが起こるのは私の意見の証明にもなっています。だからリーダーが必要ですよ。我々には!!」
「で、候補者は一人きりってワケ?」
「私は教師ですよ、高城さん。そして皆さんは学生です。それだけでも資格の有無ははっきりしています」

沙耶の言葉に、厭らしく口を歪める紫藤。
そしてバスの車内を見渡し、実に芝居がかった動作で片手を広げる。

「どうですかみなさん? 私なら……問題が起きないように手を打てますよ?」

その言葉に、バスの後ろの方に座っていた者達―――ほとんど紫藤に付いて来た生徒達が立ち上がって拍手し、紫藤はそれに答えるようにこれまた芝居がかった動作で頭を下げる。

「……と、言う訳で多数決で私がリーダーと言う事になりました。今後は…」
「馬鹿いってんじゃねぇよ」

両手を広げて宣言する紫藤の声を、嘲りを多分に含んだ飛鳥の声が遮った。
確かにこいつは碌な奴では無い。飛鳥は静かに立ち上がりながら、紫藤の顔を見据えた。
此処までで紫藤がどういう人間か判断するのは十分だった。麗の言葉、健二の見た光景、紫藤の言動、そして顔は笑っているのに、一切笑っていない眼。更には紫藤に付いて来た者達の、彼を見る信頼――崇拝と言った方が良いだろうか――しきったような目。こんなのが佳代の担任だったと思うと、非常に苦い気持ちが沸いて来る。

「おや、君は反対なのですか? ですが、集団行動を取る以上、多数決にはきちんと従って貰わねば困ります」
「ならお前に従う必要は無いね。よく確かめもしないでほざくなよ? 見ろ、お前の言葉に賛同してるのは、お前を含め9人のみ。他の連中は誰もお前の意見に賛同何かしちゃいねぇよ」

飛鳥の言うとおり、立ち上がり賛同しているのは7人と倒れ伏す不良生徒。彼は倒れているが、どう考えてもあっちよりだろう。
それに対し、飛鳥達の方は、職員室に集ったメンバーに8人に加え、峰、卓三、矢部、小島の12人が反応を示さずにいるのだ。

「それに、仮に過半数を得たにしても俺はあんたをリーダーとは認めない。聞いたぜ? あんた逃げて来る途中に転んで助けを求める生徒の顔面ぶち抜いて来たらしいじゃねーの。それで良く恥ずかしげも無く問題が起こった時に手を打てるとか言ってんな。あんたがリーダーじゃ俺達はあんたの都合であっさり切り捨てられかねない。信頼できない人間をリーダーにできる訳ねーだろうが。俺達にとって今一番の問題はあんただ」
「助けを求める生徒? なんの事です? 彼は私に奴等に噛まれてしまったから、奴等になりたくないと懇願したのです。あぁ、そういう意味では確かに助けを求める生徒でしたね。奴等と化す恐怖から、私に助けを求めたのです。ですから私は涙を呑んで―――ひぃっ!」

にこやかな笑顔で紡がれる紫藤の言葉は、すっと暗い光を灯した飛鳥の眼を見る事によって呑みこまれた。
その目に宿るのは、純粋な殺意。殺気も、怒気も、何の感情も見受けられない、殺すと言う意志。何の迷いも戸惑いも無い、殺戮の意志。
顔を蒼白にさせ、全身をがたがたと震わせる紫藤は、飛鳥の双眸から目を逸らす事ができない。魅入られたようにその暗い瞳を見続け――――。

「何の躊躇も罪悪感も無く嘘を吐くか。殺した生徒に対しても何とも思って無いようだな。返答次第では、手を出すつもりは無かった。だが、これではっきりしたのも事実。
あんたは危険だ。俺達が生き残る為に行動するのに邪魔で危険な存在と確信した。残念だ、あんたがまともな人間だったなら、その人心を掌握する力は頼りになったろうに」

誰も口を開く事はできない。誰もが重苦しい雰囲気に呑まれ、固唾を呑んで二人のやり取りを見守る。
その静まり返った室内に、ちぃんっと澄んだ鍔鳴りの音が響き渡る。その場違いな、美しい音が響き渡った直後―――

「え……」

恐怖に歪んだ紫藤の顔が、戸惑いの声を上げならが、宙に飛ぶ。

「―――残念だよ、紫藤」

飛鳥が小さく呟いた瞬間、首から上を失くした紫藤の身体の切り口から、噴水のように血が噴き出した。
殺す事は無かったかもしれない。バスの外へ放り出すだけでも良かったかもしれない。
だが、飛鳥は殺す事を選択した。彼の人心掌握術は危険であるし、放置すれば碌でもない事になりそうだと、直感が告げていた。
言葉通り、まとまな人間だったならば良い。まともであったのなら、皆を纏める良いリーダーであり、飛鳥も従っていたかもしれない。

しかし、あの言葉と態度、健二の言葉、麗の憎しみ、彼の連れて来た生徒が彼を見る視線―――。不安な要素しか無かった。
この選択が今後どう影響するか―――それは誰も分からない。





「き、きゃぁああああ」「ひ、ひ、ひぃいいいい」「ひ、人殺しだぁああああ」


車内に響き渡る悲鳴。
紫藤の近くにいた生徒は降りかかる血の雨に悲鳴を上げ、不良生徒は目の前に落ちて来た紫藤の首に腰を抜かしながら、後退し、根暗そうな男子生徒は恐怖に満ちた視線を飛鳥に向ける。眼鏡をかけた女生徒と、その隣にいた女生徒は信じられないとばかりに虚ろな視線で紫藤の死体を見つめている。



孝は麗の態度、そして紫藤と飛鳥の会話から、麗の後悔すると言う言葉の意味を理解しつつも、紫藤をあっさり殺害した飛鳥に恐怖を抱き、健二はせいぜい飛鳥は紫藤を車外に放り出す程度だと思っていたので、驚愕するも、紫藤は危険な存在と言うのには健二も同意の為、この方が安全だなと納得する。冴子は殺ってしまったか…。と溜息を吐きつつも、紫藤と飛鳥のやり取りから、紫藤を放置するのは良く無いとも考えていたが、やり過ぎだと思うと同時に、何の躊躇いも無くそれを紫藤の殺害を実行した飛鳥の様子に違和感を抱く。


麗は紫藤がリーダーを務めると言う事に、飛び出そうと動こうとした直後に飛鳥の言葉の声で動きを止め、もしかしたらリーダーになるのを止めてくれるかもっと経過を見守っていたが、殺害するとは思ってもおらず驚愕の表情を浮かべる。とは言え、紫藤は死んで当然だと思うし、飛鳥の言葉を信じるならば平気で人を見捨てるような奴だ。いや、紫藤なら絶対にやってもおかしくない、むしろ自分が生き残る為に当然のようにそうすると麗は確信しているので、飛鳥が紫藤を殺害した事に関しては何とも思わない。むしろ、良くやってくれたとさえ言う気持さえ沸いたが、父と自分の留年の事もあり複雑な想いを抱いたのも確か。だが、危機になると言う理由だけで人をあっさりと殺した飛鳥に対しても恐怖を抱いたのも確かだった。


コータは学校にいる時、ずっと紫藤に見下され、馬鹿にされていたのを自覚し、そんな奴をリーダーにしたくないと唇を噛み締め、紫藤を追いだそうと改造釘打ち機を握った所で沙耶に止められた所で飛鳥が動いたので、良くやってくれたと言う思いもあったが、一切の躊躇無く人を殺した飛鳥に恐怖を抱く。同時に、自分が紫藤を攻撃しようと動こうと思ったのは、既に状況が普通では無いからだ、と思いなおす。普段の自分であれば、紫藤を攻撃しようなどと思いもしなかっただろうから。だから、飛鳥もこんな状況で普通では無くなってしまったのかもしれない、と飛鳥を恐れる気持ちを抱きながらも、共感する気持ちも沸いていた。

沙耶はあのまま紫藤にリーダーとなられていたら、どういう風に振る舞われるかある程度予想していた為、方法はどうあれそれを未然に防いだ飛鳥を評価した。あれは、間違い無く”正しい行動”だと思うから。それに、もしあの場に自分の父親がいれば、恐らく飛鳥と同じ行動をとっただろうから。飛鳥が怖いと思わないでも無かったが、それでもあの行動は正しいと思った。紫藤の危険性は、沙耶にも当然理解できた事だから。


静香は紫藤の事を嫌っていたが、あっさりと殺害した飛鳥を怖いと思いつつ、此処までの行動を思い起こす限り、飛鳥は仲間を助けたり、バスの発車に邪魔な奴等をどかしに一人で危険な車外へ向かってくれたり、不良生徒を抑えようとしてくれたりと、常に皆の為に行動していた事を思い起こし、先程の紫藤の言葉ややり取りからも、自分の感情だけで殺した訳ではない事も明らか。だからこそ、紫藤を殺した飛鳥をちょっと怖いと思っても、嫌悪すると言う気持ちは沸かなかった。でも、飛鳥に対して恐怖も消えずにその胸に残っていた。


飛鳥に助けられた4人は、自分を助けてくれた飛鳥や健二が紫藤に賛同していないから、何か不味い事があるのかもしれないと彼に賛同せず、それは紫藤と飛鳥のやり取りを見て確信に変わった。あっさり紫藤を殺害した飛鳥に恐怖を抱かなかった訳ではないが、静香と似たような理由で飛鳥に嫌悪を抱く事は無かった。それに飛鳥の言葉であれば、紫藤は碌でもない男でもあったのだし、彼等には互いに大事な想い人が傍にいる事もあり、今まで飛鳥に守って貰い此処まで来れたのだから、これからも飛鳥には近くに居て欲しかった。だから恐怖は感じつつも、飛鳥を排斥しようなどと言う考えは全く浮かばなかった。



が、当然彼等のように飛鳥の行動を恐怖を抱きながらも、ある程度の理解を示せる者ばかりでは無い。
唯一頼りにできる大人であり、学校から自分達を連れ出してくれた紫藤。彼等の中の一部は、日常生活の中でも紫藤を慕っていたと言うのもあり、こんな状況で尚更紫藤に対し信頼を増し、自分達を導いてくれると紫藤が宣言した事で、彼にさえ任せておけば大丈夫と思った所で、その紫藤が殺害されたのだ。

そうすれば、楽だからだ。自分達で何も考える必要が無く、ただの他人の意に従って行動する。
そこに自分の意志は無く、ただ自らを導いている者の言葉にのみ従い、そこに善悪の区別も無く言われたままに行動する。
あのままで紫藤をリーダーとして据えていれば、間違い無くそうなったであろうと、飛鳥も、健二も、冴子も、沙耶もそう確信していた。

既に紫藤に賛同する者達はかなりそうなっていたし、あの後紫藤がリーダーとして振る舞うようになればそれは更に深い物となった筈。
だが、そうはならなかった。それは彼等にとって幸せなのか不幸なのか、誰にも分かりはしないが、頼る者がいなくなった以上自分達で考え、行動しなければならない。

「な、何て事をするんですか貴方は! し、紫藤先生をこ、ころ…殺す何て!」
「この人殺しッ! 鬼ッ! 悪魔ッ!」
「し、紫藤先生が死んじゃう何て…。こ、これから僕等はどうすれば……」

正気に戻った眼鏡の少女が、虚ろな瞳で飛鳥を指さして叫び、それに追従するように隣の生徒も叫び、根暗少年は呆然と呟く。

「人殺し何かと入られるか! 今すぐバスから降りろよッ! お前等も紫藤を殺した奴何かと一緒にいたくないだろうが!?」

あまりの状況に痛みを忘れたのか、蹲っていた不良少年が立ち上がり、唾を撒き散らしながら怒鳴る。
そして、こればっかりは自分達と同意見だろうと、前の方に座る者達に向かって叫んだ。が、彼の期待通りの反応を示す者は皆無であった。

「私は飛鳥君がした事は間違っているとは思わない。あのまま紫藤がリーダーとなっていれば彼の言うように私達が危機に陥る可能性は大いにあったからな。殺したのはやりすぎと思わなくも無いが、バスから降りる必要は無い」
「同感ね。確かにやり過ぎと言う事もあるけど、それにあのまま紫藤にリーダーをさせていたら、それこそ紫藤教の始まりよ。私はそんな物に入りたくないし、そうなったらバスから出て行っただろうから、むしろ霧慧は私達を危険に晒さない為に正しい行動を取ったと思うわ」
「あんな奴死んで当然よ。でも、殺したのはどうかと思う……。だけどやっぱり私は霧慧君の行動は間違ってないと思うわ。あのまま紫藤を放置していたら、絶対に後悔する羽目になってた筈だわ。間違い無く」

健二が反論しようと立ち上がるが、それよりも早く冴子が口を開き、更に沙耶に先を越され、麗も飛鳥を庇うように彼の前に立ち、健二は苦笑を浮かべる。

「な、な、何だよそれ!? 人を殺したんだぞ!? そうなっていたとは限らねーじゃねぇか! あくまでお前等の想像だろ!?」

不良少年も言葉も間違ってはいない。
全ては予想に過ぎなかった。しかし、だからと言ってそれを容認し、その通りになってからでは遅すぎるのだ。

「今となっては予想に過ぎないだろうが、そうなる可能性はかなり高かった。飛鳥はそれを未然に防いだだけだ。なってからじゃ遅いんだからな。人に頼る事ばっか考えて、自分で何も考えて無いからお前達には想像もできなかった事だろうけどな。それに紫藤が一緒に逃げてた生徒の一人を踏み潰しても何とも思わなかったのか?」

健二が嘲笑を浮かべ、八重歯を剥き出しにして笑う。

「な、何だよそれっ! それに紫藤先生は俺達を連れ出してくれたんだ! あの人の言うとおり、噛まれたから紫藤先生が殺してやったのかもしれねぇじゃんかよ! 
 お前等みんな、紫藤を殺したそいつが正しいと思っているのか!?」

不良少年は、前の方に座っている紫藤に賛同しなかった者達を見渡すが、誰も彼の意見に反論しようとしないので、その答えは明らかだった。

「おかしいっ、お前等どーかしてるぜっ! お前等みたいな奴等と一緒に行動できるかっ!? なぁ皆!」
「えぇ、勿論だわ! 紫藤先生を殺した奴を庇う連中何かと一緒に行動できる筈が無いわっ! それに紫藤先生が生徒を見捨てたですって!? 殺人犯の言う事何か信じられる訳無いでしょ!」
「そ、そうだよ…。人殺しは犯罪だし。やっぱりさっきのコンビニへ行こうよ。距離もあんまり離れてないし、化け物もあんまり周りにいなかったし、食べ物もたくさんあるよ。助けが来るまで隠れてようよ」
「そうよっ! そうしましょう! どうせもうじき警察とかが事態を何とかしてくれるわっ! それまで閉じこもっていれば良いのよ!」


不良少年の言葉に、紫藤に連れられて来た生徒達と、さすまたを持っていた少年と箒を持つ少女が一斉に同意の声を上げる。
紫藤が生徒を見捨てた、と言う言葉に少なからず動揺した者もいたようだが、嘘だと言う皆の言葉に、思い直し、やはり殺人犯とは一緒にいられないと声を上げる。
賛同を得られて気を良くした不良少年は、飛鳥達へ向けて馬鹿にしたような笑みを浮かべて叫ぶ。

「お前等みたいないかれた連中に付き合ってらんねーよ! 街へ行くなんてのは自殺しにいくようなもんだぜ! 俺達は此処で降りさせて貰うぜ」

行こうぜっ皆と、彼等は次々とバスから車外へと出て行く。

「それが君達が選んだ事なら止めはしないがな。助けが来る何て甘い考えは抱かない方が良いぞ」
「はっ、言ってろよばーか!」

彼等が出て行く直前、冴子が彼等にかけた言葉に、嘲りを含んだ罵声として返って来た。
こうして、共に学園を抜け出たグループは二つに別れ、それぞれ自分達が信じる道を進むのだった。










紫藤先生は悩みましたがこういう形を取らせて貰いました。
ただ、紫藤先生を殺した後の主人公勢の反応があれなので、話の流れは変えませんが、主人公勢の反応は改訂するかもしれません。ただ今はこれ以上思いつかないorz 
7/21 少々改訂を加えました。冴子、麗、平野、沙耶、カップル組を多少訂正。健二の台詞もちょっと訂正。会話も少々訂正。紫藤派の会話も少し訂正。そして紫藤派の中にも飛鳥の言葉を聞いてちょっと迷いが出た者が出た事も加えました。



[20336] 第十話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/22 19:28



 紫藤の死体を降ろした後、バスは再び進みだした。
車内の雰囲気は、重く何とも気まづい雰囲気が流れている。
冴子は後ろ席からじっと座席から少しはみ出た飛鳥の後頭部に厳しい視線を送り続けており、その視線を感じているのかいないのか、飛鳥は黙して座り続ける。
それからしばらくして冴子は立ち上がり、飛鳥と健二が座る逆の席へと座り、厳しい声と顔で口を開いた。

「飛鳥君」
「何です?」
「さっきは君をあそこで降ろさせる訳にはいかないと言うのと、紫藤の危険性も理解はできたから擁護に回ったが、殺すのは過ぎた行為だ。
 君の腕なら気絶させる何なりして外へ放り出すと言う事もできだろう。何故殺した?」
「……。短絡的行動だったのは認めますし、冴子さんの言う通り気絶させるのも容易すかったですね」
「ならば何故殺した?」

冴子の言う通り、紫藤を殺さずに無力化する方法など幾らでもあった。
だと言うのに、危険だからと言う理由で命まで奪うのはあまりに短絡的過ぎた。幾ら飛鳥を弟のように思っているとは言え、いや。弟のように思っているからこそ見過ごせる問題では無かった。

「生かしておけば危険だと判断したからです。あいつの人心掌握能力は確かな物でした。執念深そうですし、生かしてバスを放り出して何処かの集団に潜り込まれたりしたら厄介な事に成りかねないからです」
「それはおかしいだろう。放り出せばそれですむ話だったのでは無いのか? 仮にそうなったとしても、また会う事になるとは限らない。むしろこんな世界だ。限り無く低いだろう」
「分かってます。でも、あいつとはそうなったら必ず何処かで出会ったと思います。いや、勘ですがね。勿論勘だけで無く、危険とも判断しました。だから脅威になる前に排した。それだけです」

あっさりと、”脅威になりそうだから排除した。”
そう口にする飛鳥を、冴子は信じられない物でも見るような眼で見つめる。
冴子の知る飛鳥は、少なくともこんな風に簡単に人の命を奪うような者では無かった。敵となれば容赦はしないし、迷いもしないだろうと理解してはいたが、敵では無い、少なくとも現時点では”脅威”となりうると言う理由で、こうまであっさり命を奪ったりするような者では無かった筈だ。

「……何があった? 私は君がこのように脅威になりえると言う理由だけで人を殺すなど信じられない」
「そう思っているなら俺の事を買い被っていたんじゃないですか? 俺は元からそう言う人間です」

冴子の言葉を、冷たい声で突き離すような言い方をする飛鳥に、冴子は一瞬酷く悲しそうに顔を歪めると、震える声で呟く。

「―――見損なったぞ」

出会ってから初めて聞く、心からの冴子の冷たい声に、飛鳥は軽く眼を伏せる。

「そうですか。こうなった以上俺の存在も不和を呼びかねませんね。俺がいる事で問題があるようでしたらすぐに出て行きますので。それなら良いでしょ、さ…毒島先輩」
「ッ…誰もそんな事は言っていないだろう!? 言っただろ! 私は飛鳥君にバスを降りて欲しく無いから擁護したと! だから、今後短絡的な行動を取られないようしっかり話を聞いておこうとッ…」
「らしく無いですよ、そう感情的にならないで下さい」
「ッ! もういいっ!」

冴子の言葉にも、平然と何時もの如く言葉を吐き、呼び方も改めた飛鳥に、冴子は肩を震わせて元の席へと戻る。
車内は、益々重苦しい空気に包まれるのであった。






「飛鳥……」
「もし俺が出る事になったら毒島先輩達と行動しろ」
「馬鹿言うな。別に俺は紫藤を殺した事何かどうでも良いんだからよ。お前に付いてくよ」
「…悪いな」

飛鳥の言葉を即答で却下する健二に、申し訳なく思う。
自分の行動のせいで、こうして自分に付いて来てくれる友達を危険に晒すのでは、危険だからと紫藤を排した自分こそが彼にとって危険な存在では無いか。
確かに、冴子に言われるまでも無く短絡的な行動だったと飛鳥は自覚している。
だが、紫藤を…人を殺すと言う事に関して、最早飛鳥は何も感じ無くなっていた。それはきっと、親友に頼まれての事とは言え、猛の命を自らの手で絶った故にだろう。

元々自身の大切な者以外の事は、どうでも良いと言ったら聞こえは悪いが、そのように思っていた飛鳥だ。
無論、自身や大切な者以外は死ねば良いとか、酷い目に会えば良いなどと言うような考えは無かったし、あの騒ぎの中でも、友人達を優先するとは言っていても、できれば無関係の人達も生きて抜いて欲しいとは思っていた。

それだけに、大切な親友だった猛の命を奪った事で、ある種の箍が外れたような状態にある。
だからこそ、他人を、しかも自らや仲間を危機に晒す”可能性”のある人物の命を奪う事など、今の飛鳥には訳無い事だった。
その結果が、紫藤の即斬排除へと繋がった。

「向こうに行ったら、すぐお前の妹を助けに行かないとな」
「ん? あぁ、それなら大丈夫の筈だ。海咲の奴、今風邪で寝てやがんだ。うちはマンションの9階だし、あいつがあの熱で外に出るとも思えねぇ。暇潰しにテレビでも見て、外の状況は把握してるだろうしな。お前の方は…心配するまでも無さそうだな」

健二は、親友同様に…いや、親友以上にとんでもない宗十郎の事を思い出して苦笑する。
ちなみに海咲とは、一つ年下の健二の妹である。気が強い娘で、何故か飛鳥は彼女に嫌われている。
まぁ飛鳥は嫌っては無いので、無事で入てくれていればと思う。

「携帯に連絡は?」
「あ。そういや忘れてたな…。あぁ、やっぱり結構着信来てるわ。あいつも状況は把握できてるみたいだな。……でも親父とお袋からは来て無いな」

携帯を取り出し、履歴をチェックする健二は、渋い顔をしながら電話をかける。
その時だった。突然バスを凄まじい衝撃が襲い、静香の悲鳴が響き渡る。けたたましい急ブレーキの音と共に、バスが傾き、横転してその状態で数m地面を削りながら滑り込む。

「きゃぁあああっ!」「う、うわぁああっ!」「な、何だぁア!?」

車内に響く悲鳴と驚愕の声。
バスが一気に横倒しになり、車内の硝子が割れ、倒れ、生徒達も重力に従って勢いよく反対側へかなりの勢いで飛ばされる。
交差点へと入り込んだバスに、別の車線からやって来た中型トラックが突っ込んだのが原因だった。
中型トラックの激突により横転したバスは、滑りながら電柱にぶつかって止まり、中型トラックは車体を歪ませ、激しく煙を噴きながらもそのまま走り去って行く。

「いつ…皆無事か!?」
「あのトラックめ…あいてて。くそっ。あ、飛鳥わりぃ」
「あぁ、俺は平気だ」

窓ガラスが割れ、ぶつかった衝撃と倒れた事により、ぐしゃぐしゃになった車内の中に、冴子の声が響く。
反対側へと負っ飛ばされた健二は、飛鳥が下敷きになったので特に怪我は無いが、身体を打ち付けた痛みはあったようで呻く。

「いたた…なんとか無事よ」
「俺達も大丈夫です」
「うぅう、いたぁあい…」

生徒達の何名かは怪我を負い、腕や足に傷を負った者、頭から血を流している者と様々であるが、一応全員の息はあったようで、一同ほっと息を吐く。
飛鳥も全員の様子をさっと確かめ酷い怪我の者はいないようだと察すると声を上げる。

「早く移動した方が良いです。これだけ音を響かせたんだ。奴等をかなり誘き寄せる事になる筈です」
「そ、そうだな。霧慧の言う通りだ! こうなったらバスは無理だ! 皆、すぐに移動の準備を!」

飛鳥が近くにいた孝に告げ、孝はすぐにその可能性に気づいて声を張り上げる。
その声に皆も怪我を負った身体の痛みに顔を顰めながら立ち上がる。

「ってこれじゃ出られないわよ」

バスの入り口は地面の方に向いていて、当然であるが入り口から出るのは不可能である。静香がそれを見てどうしよ~と困ったように呟く。
バスの窓も、半分程度しか開かないようになっているので、窓から出るのも無理だ。飛鳥は衝撃で罅の入ったフロント硝子へと向かうと、浸透を込めた掌打を軽く打ち込む。

「おぉ~」
「手品みたい…」
「今の何したの?」

バスのフロントガラスが、ぱぁんっと弾けるように細かい粒子となって散った。
孝が感心したように声を上げ、麗も驚いた様子で呟き、沙耶が不思議そうに飛鳥に尋ねる。

「浸透打撃を打ち込んだだけですよ。実戦じゃ敵を内部から破壊したりするのに使う技です。それよりもさっさと脱出を」

怪我をした部位を、それぞれが抑えながら外へと出て行く。
不幸中の幸いと言うべきか、歩けない程の怪我や命に関わるような怪我を負った者はいないようで、足取りは皆しっかりしていた。
飛鳥は出てから、静香が持っていた、医療関係の物が入っていると言っていたバックを持っていない事に気づいて引き返し、それを回収して一行に加わる。

「これからどうする?」
「橋を目指せば良いんじゃない? ただこの道は車も多いし、車の音に奴等が引きつけられて、来ている可能性が高いから別ルートを進むべきね」
「じゃあそれで行こう。もう奴等がやって来てる。皆、できる限り音を立てずに行動するんだ」

冴子の問いに、沙耶が素早く答え、孝が周りを気にしながら頷く。
今の事故の音に引き付けられ、路地や、民家などから奴等が出てきて、飛鳥達の方を目指してやって来ていた。
孝の声に皆が頷いて、行動を開始する。

孝を先頭に、冴子、麗、卓三、小島、静香、峰、矢部、沙耶、コータ、健二と続き、殿に飛鳥が付いて進む。
これだけの人数だと、たくさんの奴等に襲われたら隊列が伸びて後ろと切り離されてしまう可能性があると沙耶が指摘し、仮にそうなっても他のメンバーを守りながら動ける飛鳥が殿となり、万が一離れた場合、分断された者達を連れて行くと言う事での配置となった。





12人にも及ぶ一行は、できるだけ静かに、しかし戦わなければ通り抜けられそうにない所や、これだけの人数で移動しているのでどうしても音が出てしまう場面はあり、そういった時は、きちんと互いの動きをフォローしあいながら戦い、確実に橋へと進んでいく。
街の様子も酷い有様で、所々で事故の後と、めちゃくちゃになった店や家ばかりであった。

奴等がいないルートを選んだと言うのもあったが、人っ子一人いない街並みや、道路に付いた血痕や、道に倒れて放置されている自転車など、何処となく寂しさを漂わせ、ゴーストタウンのような有様になっていた。
人もいないが、死体も無く、奴等の姿も周囲には無い。寂れた街の中を、風が虚しく駆け抜けて行く。

「誰も……いない」
「きっと逃げたか、奴等になって生きている連中を追って行ったんでしょうね。やっぱり向こうの道路は避けて正解だったわ」

孝に呟きに、沙耶が的確に答えた。
先頭が足を止めた事で、全体も自然と足を止め、変わり果ててしまった街に呆然とする。

「す、すいません。少し休憩を取らせて貰えませんか? みのりの血が止まらないみたいなんです!」

卓造の言葉に皆が、卓造の彼女、小島みのりに目を向ける。
恐らく、先程の事故で硝子か何かで切ったのだろうが、腕を怪我しているらしく、卓造が首に巻いていたタオルを当てていたが、そのタオルは赤く染まっていた。

「あ、大変…ってあ~~~! どうしよう、バスの中に医療バックを忘れて来ちゃったわ…」

それを見た静香が慌ててみのりに近づき、バックから手当てする為の道具を取り出そうとして、そのバックを持っていない事に気が付いた。
あわあわと慌てる静香に飛鳥はやっぱり忘れてたみたいだな、とちょっと苦笑して鞄を静香に差しだす。

「ふぇ?」
「バスから出た時、静香先生がバックを持って無いのに気づいたんで回収しときました。怪我人もいたので必要かと思いまして」
「あ、ありがと~! 助かったわ―!」
「いえ」

ぱぁっと顔を輝かせる静香に苦笑し、飛鳥は再び一行の最後尾に。
その背中に、冴子は一瞬声をかけそうになるが、少し悲しげに眼を伏せるだけで何も声をかけれない。
とりあえずちゃんと座れる所で休もう、と一行は近くにあったコンビニの中へと向かい、そこで怪我をしていた者は静香に治療を受け、休憩する事になった。

「先輩方は休憩を。見張りは俺がしていますので」
「え、だったら僕もするよ。一人だけそんな事はさせられない」
「気にしないで下さいよ。俺は身体は全然問題無いので。小室先輩もあの事故で肩を少し痛めているでしょ? 戦いを見てれば分かります」
「う”」
「なので鞠川先生にしっかり見て貰って少しでも疲れを取って下さい。先は長いんですから」

そう言い終えて、コンビニを音も無く出て行く飛鳥の背を何と無しにその場の全員が見送る事になる。
やはりと言うか何と言うか、飛鳥の背を見送る者達の表情は暗めである。
流石にあんな風にあっさりと人を殺すのを見ては、誰しも倦厭しまうのは無理からぬ事だ。飛鳥も先の言葉は事実であったが、それを察してと言うのもあった。

「やっぱ僕も行って来る。霧慧だけに任せて休む何て悪いし」
「孝が行くなら私も一緒に!」
「待って下さい」

そう言って外へ出て行こうとする、孝と麗を健二が肩を掴んで止めた。
健二は飛鳥がどうして一人で言ったのか察しが付いていたし、今後飛鳥がこのグループから離れるのは不味いとも思っていた。
飛鳥も人間だ。ミスもするし、傷付き、疲れもする。だからこそ、一人で戦い続けるべきではないと思うのだ。こんな異常な現実では何が起こるか分からないのだから。
その為には、此処にいる者達を少なくとも飛鳥を希望としては仲間として、それが無理でも一緒に行動し続けても大丈夫なように説得しなければならない。

紫藤を殺害した直後は、冴子達がある程度の擁護を行ってはくれたが、この問題を放置しては絶対に彼等と袂を分かつ原因となる筈だ。
自分がいる限り、飛鳥が孤立する事は無いが、こんな状況だ。如何に飛鳥が気にかけてくれていても、もしもと言う事は有り得る。もしもそうなったときの為にも、健二は飛鳥が孤立しないようにして置きたかった。

「飛鳥は疲れて無いと言うのもありますが、皆の空気を察して見張りに出たと言う理由の方が大きい筈です。その、流石に俺もあいつが、紫藤を殺すとは思って無かったんで、普段からあいつとつるんでる俺でさえ驚いたんだから、皆があいつに対してその、色々マイナス面の感情を持ってもおかしく無いとは思ってます。ただこれだけは分かって欲しいんすけど、普段の、正常な状態ならあいつもあそこまで短絡的に行動する事は無いんです、ただ…。その、俺達にも色々あったんで、ちょっと情緒不安定と言うか、その、とにかくしばらくあいつが落ち着くのを待ってやって欲しいんです。あいつも今回の行動は短絡的だと自覚してるのは間違いないと思うし」
「健二君」
「は、はい……」

必死に、拙いながらも親友をフォローしようとする健二の言葉。
それを遮る様に凛とした眼差しで健二を見つめながら、冴子が声を上げた。

「私も飛鳥君のあの行動には違和感を感じていた。バスの中でも言ったが、私も普段の飛鳥君ならばあのように短絡的に行動するとは思えない。君は何故飛鳥君が平常な状態では無くなったのか、その原因について心当たりがあるだろう? できれば、それを話して欲しい」
「ッ…わか、りました」

それは健二にとっても辛い記憶ではあったが、此処で話して置かねばならないと思った。
少しでも、飛鳥に対して皆が抱いている恐怖を軽くできるように。
ぽつぽつと、健二は今日の出来事を話して行く。理科室での実験中に奴等が現れた事。飛鳥が二人を纏め、佳代を救うべく動きだした事。佳代の悲鳴が聞こえ、飛鳥が先行するも、追いついた時には既に手遅れだった事。奴等と化した佳代を飛鳥が死体に戻そうとし、それを猛が止め、自ら噛まれ、彼女と死ぬ事を選んだ事。そして、猛の願いにより、猛の命を絶った事を。


それを聞いて一番うろたえたのは峰と矢部だった。自分達が猛の行動のお陰で助かった事は、あの時聞こえていた飛鳥達の会話で知っていたし、そのせいで佳代を助け出すのが間に合わず、猛も結果的に死んでしまったのではと思ったから。同時に、何故話を聞くまで猛がいない事に気づかなかったのだ、と。
短い時間の間に色々あったのだから無理は無い事かもしれないが、何故話を聞くまで気付かなかったのだ、と峰と矢部は悔いた。

「元々自分と親しい奴を何よりも優先する奴で、一度友達と認めたら大事にする奴何です。だから、親友でもあった猛を、やむ負えない事情とは言え自分の手で命を絶った事で、自分にとって無関係の人間の命を絶つのに抵抗を感じなくなってるんだと思います。ましてや紫藤は、俺達を危機に陥れる可能性があったので、飛鳥も躊躇う事無く殺す事を選択してしまったのではないかと……」

健二の言葉は、皆の飛鳥に対する恐怖を完全に払拭とまでも行かなくとも、緩和するのには十分だった。
孝は飛鳥と同じように、自分の親友である永に、飛鳥と状況こそ違うが、人間として死なせてくれるよう頼まれていた。だが、孝には永を殺す事はできず、奴等になった永を倒したのだ。だからこそ、飛鳥の気持ちがある程度理解できた。麗も、その現場を目撃しているし、飛鳥達と同じような状況にあった事には変わりは無い。何せ、その永は麗の恋人だったのだから。親友に自ら手を下した飛鳥が、平常でいられなくなっても無理は無いと思ったのだ。


コータは此処までで圧倒的な強さを見せて来た飛鳥も、健二の話を聞いてやはり人間何だと安心するような思いを抱き、同時にこの世界じゃ既に、何時自分に飛鳥のような事が降りかかってもおかしくない。一緒に行動して来た仲間達を自分の手で討たなければならない時が来るかもしれない。そうなれば、自分は普通の状態でいられるか? いや、無理だろうと飛鳥の精神状態が不安定になっても無理は無い、と飛鳥に理解を示す。元より飛鳥の行動には共感も抱いていただけに、あっさりとそんな事になっていれば仕方なかったのかもしれないと受け入れる事は出来た。


沙耶は元々飛鳥の行動には賛意を示していたし、健二の話を聞いて、それならば情緒不安定になっても無理は無い、と思った。それに飛鳥は此処まで一緒に行動するメンバーを良く気にかけて動いていると言うのは、ちょっと思い返すだけでも色々と浮かぶ。そんな奴に対して、恐怖を抱く必要な何て無い、と言うのが沙耶の結論だった。


静香もまた、校医として医学を収めているだけに、飛鳥の精神が情緒不安定になっていてもおかしくないと判断できた。それにバスが横転してから、飛鳥は怪我人を気にかけて、自分が忘れていた鞄を持って来てくれたのだから、飛鳥が自分達に対して危害を加えようとしている訳ではない事も分かる。だから、飛鳥を恐れると言う気持は大分薄れていた。こんな状況で、仲の良かった友人を殺して、まともでいられる方がおかしいのだから。


恋人同士の四人もまた同様だ。彼等は互いに自分の恋人が、奴等に噛まれたとしたら…そして、自分に止めを刺して欲しいと願いと懇願して来るのを思い浮かべ…想像したくもない、と首を振った。大切な者がいるだけに、飛鳥がおかしくなってしまっているのは無理からぬ事、と深く理解を示した。

そして冴子は、後悔と憤りを感じていた。バスの中で飛鳥を問い詰め、”見損なった”などと言う言葉を送ってしまった事に後悔を。そして、飛鳥がこんな状態で揺らぐはずが無いなどと思い、飛鳥の行動や言動、態度だけで飛鳥の事を判断してしまった自分自身に。先程の飛鳥との会話を思い浮かべ、冴子は酷く心を痛めるのだった。











次回、もしくは次の次あたりでリカさんのお家に到着予定です。
感想、本編でも触れていますが、現在の飛鳥の精神状態は、猛を殺した事により、箍が外れた状態にあります。
今回も主人公勢の反応にも頭を悩ませましたが、こんな感じで健二の話を聞いて理解はできた、と言う形にしました。



[20336] 第十一話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/23 10:36




 変わり果てた街の中で、飛鳥は一人佇んでいた。
人で溢れていた筈の街並みは、見る影も無くたった数時間前まで、人で溢れていたとは、今でも現実とは思えなかった。
真っ赤な血に染まった、可愛らしい兎のぬいぐるみが地面に転がっているのが眼に入り、飛鳥は自然、眼を細める。

「……何でこうなっちまったのかねぇ」

原因何て考えても意味は無い。
確か、そんな事を言っていたのは健二だったか、と飛鳥は一人呟く。
確かに原因など考えるよりも、まずは生き抜いて、安全な場所を見つけなければならない。


それでも、たった数時間で世界をこんなにしてしまった原因は、気になる。
沙耶の言う通り、感染爆発なのか、それとも健二が言うようにテロなのか。はたまた、別の原因でこんなになってしまったのか。
何れにせよ、とんでもない事態である事には間違いない。

「霧慧さん!」
「ん?」

うさぎのぬいぐるみに目を奪われていた飛鳥が、自分を呼ぶ声に振り向いて見れば、卓造とみのりがコンビニから出て来る所だった。
もう出発になったのか? とコンビニ内に目を向けて見れば、孝が肩の手当てを受けている所で動き出す気配は無い。そして何故か健二が此方を見てにやにやと笑っている。
出発しないなら、何故、と思うとみのりが手に持っていた物を差し出した。

「はい、これ! 霧慧君も何かお腹に入れといた方が良いと思って」
「あ……? あ、あぁ、悪いな」

笑顔で差し出されたのは、シーチキンマヨネーズと、辛子明太子、紀州梅のおにぎりとペットボトルに入った”ほ~いお茶っ”。
それを持って来てくれた事よりも、飛鳥は彼女の態度が気になった。隣の卓造に目を向けて見ても、恐怖と言うより、むしろ心配そうな視線を飛鳥に向けている。
一体何なんだ、と受け取りながら飛鳥は、健二がにやにやとしていたのを思い出し、奴の仕業か、と納得する。

「……健二め」
「あ、分かっちゃった? その…猫威君が学校で何があったか話してくれて。霧慧君がその……」
「いや、良い。悪いな、気を使わせて」
「うぅん、霧慧君は卓造の命の恩人だもの! これくらい当然よっ。ね、卓造」

ぶんぶんと手を振り、卓造へと視線を向けるみのり。
その笑顔は、ちょっと疲れていたが、それでも生気に満ち溢れた物で、輝いて見えた。

「あぁ。霧慧さんが助けてくれなかったら、僕は確実にあそこで喰われてた」
「さんはいらねぇよ。それよりもあんた等は戻って休んでな、卓造…だっけ? かなり疲労が溜まってるみたいだぜ」

卓造だけでは無い。皆がかなり、疲弊していた。精神的にも、肉体的にも。
肉体的にまだまだ元気なのは、飛鳥、冴子、麗、峰くらいのものだろう。孝も結構元気のようだったが、武芸を収めている四人に比べれば疲労が目立っていた。
地獄と化した学校を命がけで抜け出し、橋を渡る為にバスで移動中に、そのバスが事故で横転。そっからは戦いながらの移動だ。
数時間前まで普通の高校生だった者達であれば、かなり疲弊していても無理は無い。

「二年の山路卓造って言います。こいつは僕の恋人で、小島みのり。二年生です。疲れは確かにありますけど…」
「あぁ、先輩かい。…疲れがあるのを分かってるなら、さっさと戻って休んでた方が良いですよ。この先まだ戦いもあるでしょうしね。小島先輩はあんたが守らないといけないんですから」
「……そうですよね、僕がみのりを守らないと! 少しでもちゃんと動けるよう体力を回復させときます」
「ごめんね、霧慧君。あと、30分くらい動かないと思うけど……」
「気にしないで良いんで、動く時にしっかり動けるよう休んで置いて下さい」

はいっと二人仲良く頷いて去って行く二人に、飛鳥は疑問符を浮かべて呟く。

「何で敬語…?」









それから40分程し、一行は再び移動を開始する。
静かに、できる限り急いで足を進めながら、橋を目指す。
途中で、麗がトラックに突っ込まれ、運転手が押し潰されているパトカーを発見し、そこから警棒と拳銃、手錠を手に入れる。
弾は十発しか手に入れる事ができなかったので少々心許無いが、元から所持していた飛鳥の刀以外で、一行が初めて手にした本物の武器だった。

しばらくは奴等に遭遇しても、結構分散していたので、物を投げたりしてある程度引き付けてから移動したりする事ができ、比較的楽に進んでいた。
そして橋までの距離が大分近づいて来た時、飛鳥は不穏な気配を感じて一行の先頭へと向かった。

「どうした霧慧、何かあったのか?」
「この先で不穏な気配があります。生者と奴等の。戦ってるんでしょうが……、それだけじゃない、何か嫌な予感がします」
「気配って…そんなのも分かるのか?」
「えぇ。奴等の気配何か何処にでもあるんであんま意味ないですがね。あの曲がり角の先です。角から見つからないように覗いてみましょう」

飛鳥の言葉に頷き、注意しながら進んだ一行が見た者は、もう一つの終わりを意味する光景だった。
手に猟銃や、刀、包丁、肉切り包丁などを持った者達が、狂気に染まった表情で奴等を狩っている。
打ち、切り、粉砕し、打倒した者の内臓を引き摺りだし、踏みつけ、酷く楽しそうに笑い声を上げる。そしてバイクに乗ってやって来た、二人乗りの少年少女を見て襲いかかり、少年の首を切り落して、少女を押し倒し、服を剥ぎ取る。



しかし、その服を剥ぎ取った男は後ろから別の男に殺され、更にその男は別の男に斬られて死亡する。
そしてその隙に逃げ出そうとした少女は、可愛らしくデフォルトされたくまのエプロンを付けた、中年の女性が持つ包丁で突き刺され、恐怖に染まった表情で事切れる。
そしてその中年女性と刀を持った男が互いに武器を向けようとした所で、新たにやって来た奴等を見て嬉しそうに笑いながら向かって行く。

「な、何これ……」
「無茶苦茶ね、戦争みたい」
「普通じゃない…皆こんな事になって普通じゃ無くなってるんだ!」
「皆こんな状況になって狂ってしまったんでしょうね…」
「早く離れましょう。見つかれば襲いかかって来る」

それは、もう一つの地獄だった。
人が人を襲い、狂ったように笑い声を上げながら武器を振り上げる。その眼は誰もが一目で正気を失い、狂気に染まった眼をしており、まともな者は見受けられない。
静香が、麗が、孝が、沙耶が、それぞれその光景を見て呆然としてから声を発し、飛鳥が促す。



皆すぐに頷いて移動を開始し、その場から離れようと足を動かす。
日常は崩壊し、友を、家族を、恋人を失くした人々や、現実を現実と考えられなくなった者達が次々と狂い、その手を血に染めて行く。
血に酔い、暴力に酔い、衝動のままに行動する人々。生者も奴等も関係無い。



また一つ、彼等の知る日常が崩壊した、瞬間だった。









橋は物凄く混雑した状態になっていた。
橋は封鎖…検問を張られた状態となっており、車道は車で一杯で、すし詰め状態であり、歩道も車道も関係無く人が集まっていて、人々の怒号や悲鳴、鳴りやまないクラクションの音やら何やらで大変な騒ぎ。しかも車や人の列が進むのはとてつも無く遅い。とてもでは無いがまともに渡れるまでどれだけ時間がかかるか分かった物では無かった。
そして無理矢理渡ろうとする者は、消火栓による放水で御別川へと落とされている。あの高さから落ちたのでは、命は無いだろう。

「あれじゃとてもじゃないけど渡れないわね。しかもあんな騒ぎになってるんじゃ奴等を呼び寄せてるようなものよ」
「どうする? 他の橋へ行ってみる?」
「きっと何処も同じよ。そうじゃなきゃ規制してる意味が無いもの」

沙耶がその光景を見ながら渋い顔で口を開き、麗の疑問にも即座に答える。

「何とか渡河する方法を見つけなければな…」
「この当たりは護岸工事とかしちゃったから渡れないけど、上流ならイケルかも。ほら、小学校の時、遊んでて流された子がいたじゃない」
「あ……でも、どうかな。この間雨降ったから結構増水してるし……。しかも結構深いとこあったし、危ないんじゃないか?」
「そうですね…。確か水深が2m超える場所もあった筈ですし、万が一流されてそんな方いったら大変っすよ」
「そういやお前流されて溺れてたよな」

冴子の言葉に、沙耶が孝を見ながら問いかける。
孝は難しい顔で唸り、川に目を向けながら、どうかなーと呟く。その声に健二が同意し、飛鳥が苦笑を浮かべる。
この辺は昔、良く健二と二人で遊んだ場所でもある。

「あの……」

それからもあーでもないこーでもないと話し合う彼等に、静香が控えめに手を上げる。

「今日はもうお休みにした方が良いと思うの」
「お、お休みって…」
「一時間もしないうちに暗くなるから、暗くなって奴等に出くわしたら霧慧君や毒島さんでも大変でしょ?」

静香の提案に、コータが困ったような顔をするが、続く静香の言葉で沙耶が同意を示した。
別に飛鳥は暗かろうが明るかろうが、戦闘するのに支障は無いが、他の者ではそうはいかないので黙って置く。

「それはそうだけど、どこで朝までの時間を潰すの?」
「籠城でもするか?」
「くっ、この人数じゃ守りきれませんよ」
「……」

すぐ脇に見える城を見上げながらの冴子の言葉に、喉を鳴らして笑顔を見せる孝を、麗が複雑そうな表情で見つめる。

「あ、あのね。使えるお部屋があるんだけど。歩いてすぐの所」
「彼氏の部屋っすか? せんせ」
「ち、ちがうわよ。お、女の子のお友達の部屋だけど。お仕事がいつも忙しくて空港とかにいるから鍵を預かって空気の入れ替えとかしてるの。あとね、車も置きっぱなしなの。戦車みたいな四駆よ」

にやにやと笑う健二に、静香がわたわたと慌てて必死に違うと訴える。

「移動手段はどのみち必要だ」
「確かに。でも、どんな車か知らないけど、この人数じゃ全員乗るのは無理でしょうけどね。ま、今日はもうくたくた。電気が通ってるうちにシャワーを浴びたいわ」

車も置きっぱなし、と言う言葉に冴子が頷き、沙耶が髪を払いながら声を上げる。

「そうですね。皆疲れきってますし、安心して疲れを取れる場所があるなら行くべきでしょう」

カップル組―――峰は別だが、残りの三人は既に付いて来るのもやっとと言う有様で、卓造は己の獲物を杖に立っているような状態である。
これでは、これ以上の移動も戦闘も厳しいだろう。

「あ、あんたは全然疲れてなさそうね」

皆が結構な距離を戦いで神経を擦りへらしながら移動し、疲れた表情をしているのに、全く堪えた様子を見せずにけろっとしている飛鳥に、沙耶が顔を引き攣らせる。
こうして一行は静香の友人の家とやらを目指して進む事にあいなった。

「どうしてそんなに元気なのよっ」
「鍛えてますから」
「あーあんたの体力半分で良いから分けて欲しいわっ」

などと楽しげに会話をしながら歩いて行く飛鳥と沙耶を、冴子とコータが複雑そうな顔をして見送る。その様子を更に後ろから眺めながら、健二が呟く。

「うんうん、青春だねぇ」

何かと、問題がありそうな一行だった。







静香の友人の家は塀に囲まれた綺麗なアパートで、皆塀があるから安心して眠れると喜びを露わに。
彼女の友人の車も凄い物で、四輪駆動軽汎用車のハンヴィーであり、飛鳥達はどういう友達何だと静香の友人関係に疑問を抱く。
早速中に入ろうとする孝を、飛鳥がその肩を掴んで止めた。

「どうした?」
「戦闘準備を。どうやら歓迎してくれるようで」

振り返る孝に、飛鳥がアパートの中で開け放たれた窓を指さす。皆が疑問符を浮かべながらそちらに視線を向け、表情を引き攣らせた。
開け放たれた窓や扉から、奴等と化した変わり果てた住人達が姿を現したのである。

「霧慧と峰は此処で皆を守っていてくれ。他の場所からも来るかもしれない! 中の殲滅は僕、毒島先輩、麗、平野がするよ!」
「りょーかい。お気を付けて」

既に卓造は戦闘不能状態。みのりも矢部も、普段運動するのかしないのか、かなり疲弊した様子で今にもへたりこみそうだ。
静香先生と沙耶はまだ余裕はありそうだが、それでも相当疲弊しているのには変わりない。騒ぎを聞きつけて、他のメンバーが中で戦ってる最中にやってこられたら一溜まりも無いだろう。

飛鳥は孝の的確な判断を内心褒めながら、素直に従う。

「じゃあ、行くぞッ!」
「お互いカバーし合うのを忘れるな!」

孝が声を上げて中へと突入し、冴子も注意を促しながら後に続く。それに麗、コータと続き、戦闘が始まる。
これが、彼等が初めて奴等に対して攻勢に出た戦いだった。
逃げる為などで、仕方無く相手にするのでは無く、自分達の意志で、そうする事が必要だから戦う。
半日。事が起きてから、半日で彼等はそれに、何の疑問も躊躇いも無くできるようになっていた。


冴子が薙ぎ倒した一体の頭を踏み砕き、潰しながら木刀を一閃して寄って来る一体の頭部を粉砕し、コータが意外に敏捷な動きで立ち回って的確に奴等の頭部を釘打ち機で射抜き、麗が先程手に入れた警棒で奴等の喉を貫き、孝が所々が凹んだ金属バットで頭部を殴り倒す。

いざとなれば援護しようとしていた飛鳥が、呆れた様子でいらぬ心配だったなと呟く。
それだけ彼等の戦いは圧倒的だった。

「…やるねぇ先輩方。頼もしいわー」
「お前も少しは見習ったらどうだ? 良い眼は持ってるんだし」
「それはお前と爺さんに強制的に鍛えられたようなもんだろ…」

健二は運動こそ、それ程得意な方では無いが、動体視力だけは良い。
それは恐らく飛鳥と宗十郎によって行われる人外バトルを見続けて来たからだろう。冴子が訓練する時なども、ちょろちょろ見ていたし。
それにより、知らない内に動体視力が鍛えられていたのだ。

尤も、その眼に身体が付いていけていないので、あまりに意味をなしているとは言えないが、攻撃を避けたりするのには使える筈である。

「んー、俺も少しは自分の身くらい守れないとあれだし、色々詳しそうな平野先輩に聞いてみっかな」
「良い考えだな、使える物は少しでも多い方が良いし」

二人の会話を余所に、最後の一体を、冴子が粉砕。
こうして彼等は、この日安全に休める場所を手に入れるのだった。




あとがき
今回は少々短め。
恐く毎日更新は今日まででしょう^^;
それとヒロインは誰? と言う意見を良く聞きますが、どうしようか迷っていたり。恋愛描写とか、ヒロインを可愛くできるかどうか@@;
何だかんだで何時の間にか10話も突破。これからもがんばりたいです。ご指摘や、分量など問題ありましたら教えてくれるとありたがたいです。



[20336] 第十二話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/24 22:50




 夜を迎え、静香の友人の家でやっと落ち着いた時間を手に入れる事ができた一行は、女性陣はさっさと風呂へと向かい、一日の疲れと汗を流す。
飛鳥、健二、卓造、峰はテレビに視線を向けて尚も気の滅入る内容に、溜息を吐きつつも情報が何でも良いからあれば、と耳を傾けている。
孝とコータは、こじ開けたロッカーの中から大量の銃器の弾薬を発見し、これだけあるなら銃がある筈だ、ともう片方のロッカーをこじ開けようと奮闘している。


テレビでは、奴等となり人を襲う事態を”殺人病”などと名付け、各国の政府機関があまりにも早い蔓延に為すすべも無く崩壊しつつあるとあげている。
後は宗教関係の事であり、日本人で特に宗教に関心の無い者等には関係の無い事だったので、意味は無かった。


後は役に立ちそうな情報とすれば、最後に政府の研究機関が行ったと言う奴等についての情報。
何でも日本における奴等の数は、既に200万人を超えており、その急速な感染力と社会システム麻痺の影響から一両日中にも1000万人にも達するとの事。
そして今まで放送の維持を行なって来た放送局も、奴等の増大により放送機能を洋上移転させる事を決定したらしく、通常の放送はこれで最後であり、最後はさようならと言う言葉で締めくくられていた。

「あーとんでも無いな」
「どんどん酷くなってる…こんな事になる何てな」

健二の言葉に、全く考えもしなかった、と暗い顔で呟く峰智彦。
それは今、地球上で生き残っているほとんど全ての者がそうだろう。卓造も暗い顔でテレビを眺めていた。
そしてそんなどんよりと暗い男共とは裏腹に……






お風呂では年頃の…いや、普通の男性であれば誰しもこれを見れば桃源郷だと錯覚したであろう光景が広がっていた。
まず眼がいくのは風呂に浮かぶ二つの白い球体……静香の、見事な乳房である。健康的な肌に桜色の突起が二つ、それがお湯に浮かんでぷるぷると揺れている。
田舎での夏の風物詩的な…川でスイカを冷やす様を連想させるような、圧倒的破壊力を持つ光景だった。


そしてその正面に座る麗。
静香程のサイズでは無いにしろ、高校生にしては十分育った胸に、槍術で鍛えられ、引き締まった肉体。美しい鎖骨のラインなどは、その手の嗜好の者には溜まらない、実に魅力的だった。


続いて身体を洗っている二人。
まず冴子。冴子を見てまず眼を奪われるのは、その濡れた艶やかで非常に美しい黒髪であろう。滑らかなに背中を滑って腰下まで届くそれは、星を散りばめたかのように煌めき、見る者を惹きつける光を放っている。そして、次はその髪の間から窺える真っ白なうなじ。濡れ羽色の黒髪に、きめ細かく真っ白な肌は、互いの美しさを更に引き立てて一層魅力的に見せている。そして次にその全身鍛えられ、引き締まったその身体。傷一つ無い、その身体はしなやかで機能美に満ちたものでありながら、母性の象徴とも言える胸も十分過ぎる程に実っていた。


最後に沙耶。沙耶で驚かされるのは、制服を着ている時との胸のギャップだろうか。着痩せするタイプらしく、現在は静香に次ぐサイズのそれを、惜しげも無く晒している。
此方は鍛えられてこそいないが、やはり彼女も非常に魅力的な肢体の持ち主で、出るとこは出て、引っ込む所はきゅっと引き締まっているモデルのような体躯であり、男好きするスタイルである事は間違いない。


それ等の肉体に加えて全員が美女、美少女の魅力的な容姿の持ち主であり、現在は濡れた肢体が照明によって照らされ、妖しく輝き、美しく見える。
これを直接眼で見られるなら、死んでも良いと思う者や、命をかけてでも見る価値はあると言う者がいるかもしれない。いや、間違いなくいるだろう。男は浪漫の為に命をかける事ができるのだから。

「うわっ…先生って……本当に大きい」
「うん。よく言われる」
「くぅっ、なんて自信満々な」

麗がお湯に浮かぶ静香の胸に視線を釘づけにしながら、蒸気した頬で呟く。
それに対して静香は、たぷたぷと自分の乳房を軽く手で持ち上げながら答え、麗はそれに呻いてから、自分のそれを見下ろして溜息を吐き、腹いせ混じりに静香に飛びかかった。

「え~~いっ!」
「あひゃっ、…だめぇっ」

背中から抱きつかれるようにして飛び付かれた静香は、彼女の胸に幻想を抱いていた男子生徒達が聞けばそれだけで昇天してしまいそうな、色っぽいを声を上げてその肢体をくねらせ、麗と滑々とした肌を重ね合わせる。
そして洗い場の方は洗い場の方で、これまた男共を惑わせる展開が。

「ひゃあああああ!!」
「……思ったよりいい声だな」

悪戯心を催した冴子が、シャワーを冷水へと変えて隣の沙耶の身体へと振りかけたのである。
沙耶は普段のつんけんした声では無い、可愛らしい悲鳴を上げて身体をびくつかせて飛び上がり、楽しげに感想を漏らす冴子へに復讐せんと、洗面器に冷水を貯め、その水を冴子の背中へと一気に流す。

「んっ、ふっ…あっ……」

それに冴子は気持良さそうに目を細めて身体を震わせ、身を丸めるようにしてその冷水に耐える。

「ふー」
「くうっ、こんな時まで姉系の反応とは」

色っぽく溜息を吐く冴子に、沙耶の顔に青筋が浮かぶ。
それからも彼女等は、きゃっ、きゃっと楽しげに声を上げながらお風呂を楽しむのであった。









「それにしても…お風呂の方は楽しそうだなぁ」

お風呂の方でそんな桃源郷が広がっている訳だが、相変わらずどよーんと暗い雰囲気に呑まれているテレビの前の男衆。
お風呂の方からは実に楽しそうな声が聞こえて来て、青少年達の妄想を否応無しに高めてくれる。

「セオリーを守って覗きに行く?」
「お、良いですね!」
「そういうの、止めた方が良いよ」

健二の声を聞きつけたコータが、頬を紅潮させ、眼鏡を怪しく光らせ提案する。それに楽しそうに同意の声を上げる健二に卓造が苦笑しながら止める。
峰も卓造に同意らしく、こくこくと頷いている。

「あーはいはい彼女持ちの余裕ってか」
「覗いてもその瞬間命は無いだろうしな」

それに呆れた様子で健二が溜息を吐き、孝は苦笑する。
卓造と智彦の彼女達は、疲れがピークに達していたらしく、家に入って安全だと理解するなり、ぱったりと眠ってしまった。
相当精神的にも肉体的にも堪えていたらしい。

「これで何も入って無かったら頭痛いな」
「入ってるよ。弾薬はこれだけあったんだから、絶対に…」
「よし、じゃあ行くぞ」

未だロッカーと格闘を続けていた孝とコータは、もう片方もこじ開ける事にしたようで、無理矢理喰い込ませたバールを二人で握って構える。

『1、2、3!』

ガキッと金属が擦れる音が響いてロッカーが開き、二人は開いた衝撃に耐えきれず、その場に尻餅を付く。
目を回すコータと、頭を撫でながら起き上った孝だったが、孝は開いたロッカーの中の物に鎮座する物を見て目をまん丸に見開いて驚く。

「お、おい…平野、これ!」
「やっぱりあった……」
「静香先生の友達って言ってたよな、ここの人。……一体どんな友達なんだ?」

孝の声に平野が飛び起き、中にある物を見て非常に嬉しそうな顔を浮かべる。
中に入っていたのは、日本では本物などまずお目にかかる事など無い、夕方手に入れたハンドガンよりも強力な、人を容易く殺傷できる銃器だった。

「スプリングフィールドM1A1スーパー・マッチか。セミオートだけど…ま、M14シリーズのフルオートなんぞ弾の無駄遣いにしかならないし」
「あの、平野?」
「マガジンは20発入る!! 日本じゃ違法だよ、違法。うふ」

コータは銃を手にとり、実に嬉しそうな顔で、慣れた手つきで構えを取る。
がちゃがちゃと銃器を弄り回す様は、大変手慣れたご様子で、日本の高校生がそんな真似をしているのを見ると、非常に違和感を感じる。
楽しそうに、嬉しそうに銃を弄り回すコータは、孝の声など耳に入ってないご様子で、作業を続ける。

「ナイツSR-25狙撃銃……いや、日本じゃそんなもの手に入らないからAR-10を徹底的に改造したのか!」

別の銃を手にし、益々嬉しそうな声を上げるコータを余所に、孝は溜息を洩らしつつロッカーからもう一丁の銃を手にする。
コータは更にロッカーの中へと視線を向け、

「ロッカーに残ってるのはクロスボウ。ロビン・フッドが使った奴の子孫だよ。バーネット・ワイルドキャットC5…イギリス製の有名な猟用クロスボウだ…。
 ってそれはイサカM-37ライオット・ショットガン! アメリカ人が作ったクールなショットガンだ! ヴェトナム戦争でも活躍した…ってうぉわぁあああ」

嬉々として語るコータに、孝がへーと白い眼をしながらスライドを引いて銃口を向け、それにコータが悲鳴を上げて身を捻る。

「たとえ弾が入って無くても絶対に人へ銃口を向けるな! …向けて良いのは」
「奴等だけ、か。本当にそれだけで済めば良いけど」

コータの言葉に、孝が難しい顔で呟いた。
こうして奴等以外に銃を向ける事を予想できると言う事は、彼等もまた生きている人間と戦う可能性がある事を理解しているのだ。
奴等だけに向けられれば良い…そう思いながら、孝は銃に握る手に力を込めた。

そして今までのコータと孝の騒ぎに、何の反応も示さなかった飛鳥達が何をしているかと言えば……

「やっぱ”鮮血の豚”のフィナだろ。フィナ! あの自分の仕事に誇りを持ってるのが良いな、芯も強い。おまけに可愛いしな」
「ばっか、ちげぇよ。”魔女の宅配便”のパン屋の奥さんだろ! あぁいう包容力のある人を嫁にしたいもんだよ」
「いや、”おまりのポンタ”のサナエだよ! あんな風に元気で気立ての良い娘が一番だよ」
「オレは断然”ばけもの姫”のボウシ様だな! あぁ、ボウシ様に命令されたい。そして失敗して鞭と激しい言葉によるお叱りを受けたい…」
『ちょ、どМがいるぞ、どМが!! ってか”ばけもの姫”ならルナだろ!』

何やらデッキにあるのを偶然発見した”鮮血の豚”を見ながら、とある名作映画のシリーズでの、好みのキャラクターについてあーでもないこーでもないと語り合っていた。
ちなみに、上から飛鳥、健二、卓造、智彦であり、最後の智彦に対しては三人揃っての突っ込みが入れられた。
後ろであれだけの騒ぎを繰り広げていたと言うのに、この4人はアニメに夢中で全く気付いていなかったようであった……。
銃器よりもアニメに気づいてはしゃぐこの者達の行く末が、非常に不安に感じられるのは、気のせいだと信じたい。









あの後、飛鳥達は、コータに弾込めを手伝ってくれと言われてようやく銃器の存在に気づき、驚きの声を上げた。
健二などは特に興味津津な様子で、コータに詳しい使い方などを聞いている。
何でもコータは、アメリカに行った時に民間軍事会社でインストラクターに一か月教えて貰った事があるらしく、非常に詳しかった。
コータによれば此処にある銃の類のパーツ類であれば、基本的に違法ではないが、それをくみ上げると違法となるとの事だった。


まぁそんな話をされた所で飛鳥にはいまいち分からないので、意味が無いのだが。
そんな感じで彼等が、比較的真面目に話しあっていたのだが、お風呂の方からは相変わらず楽しげな声が響いて来ていて、コータがちょっと戸惑いながら声を上げる。

「流石に騒ぎすぎかも…」
「大丈夫だろ。奴等は音に反応するけど、一番うるさいのは……」

そう言って孝が双眼鏡で橋の方を覗き見た。
橋は夜になった今でも大混乱、大騒ぎの様子であり、恐らく警察が使っているのだろう、拡声器による警告なども行われていて非常に騒がしい。


そして孝が付けたテレビでは、奴等が日本政府とアメリカが共同開発した兵器が漏れたなどと言っている連中が抗議運動のような物を行なっている場面と、それを中継する不安そうな顔のキャスターの姿があった。

「奴等が日本政府とアメリカが共同開発した生物兵器が漏れたからだって言ってのか……正気かよ! 死体が歩いて人を襲うなんて現象科学的に説明つくはずないのに!」
「ってことは連中設定マニアなのかな。それとも悪い病気か、左翼だよね?」
「確かに左翼は設定マニアで悪い病気だ、極右の人種差別主義者と同じくらいに悪い病気だよ」

憤り、苦々しい顔で吐き捨てる孝に、コータが橋の方へ視線を向けながら答える。
苦々しい顔で語る孝に、右翼の会長と友好的な関係にある飛鳥としては耳が痛い話で、何となく居心地が悪いので部屋を去る。
同じように、孝の様子に居心地の悪さを感じたのか、健二や卓造、智彦もそれに続く。が、すぐに橋の方から響いた銃声によって引き返す事になった。

「何事で?」
「警官隊が発砲を始めたみたい!」

飛鳥の声にコータが答え、飛鳥もコータがいるベランダへと出る。
橋ではコータの言うとおり、警官隊による発砲が行われており、奴等と化した大勢の人達が蠢いているのが見えた。

テレビも設定マニアのリーダーらしき人間が、警官により射殺された所で放送が途切れ、最早どうにもならない状況である事が窺える。

「うわぁ…すぐに動いた方が」
「やめといた方が良いですよ。明るくならないと満足に動けないでしょ。それに疲労で満足に動けないでしょうし」
「だよね。此処で朝まで大人しくしているのが得策だ」

すぐに動こうと言うコータを、飛鳥が諌め、孝もそれに同意する。
実際、孝達もかなりの疲れを感じている訳だし、折角安全に休める場所があるのだから手放すのはあまりにも勿体ない。

その時、孝の背後から真っ白い手が伸び―――バスタオルを身体に巻いただけの静香だった―――、孝を抱きしめてその頬に唇を寄せた。

「んっはぁ~~っ! こっむっろっくーん!」
「せ、先生? 酔ってるんですか!?」
「ちょっお、ちょっとだけよ。ふふーん! あ、コータちゃーん!」
「ちゃん? あの えと あは」
「ん―――っ」

途中でコータに気づき、今度はコータに抱きついて頬にキスをする静香に、飛鳥達は完全に酔ってるな、と早々に部屋から去って行く。

「あ、ちょ!」

それに気付いて孝が抗議の声をあげようとするが、既に遅い。
彼等の撤退は実に迅速で、既に扉の奥へと消えていた。






「「あ……」」

孝達のいる部屋から出た飛鳥は、キッチンに灯りが付いているのに気づいてキッチンへと向かった。
するとそこには、黒のパンツとエプロンだけを身に付けた冴子の姿があり、二人は昼間の件があって気まずげに互いの顔を見やる。
その雰囲気に、飛鳥に続いてやってきた健二はすぐに引き返して、彼女達の元へと向かった智彦達を追った。

「……何て格好してるんですか。俺や健二がパンツ一丁で歩いてた時は、はしたない、はしたないと騒いでた癖に」
「うっ…こ、これはサイズが合うのが無くて、洗濯が終わるまで誤魔化す為に着ているだけだっ!」

呆れた眼差しを向ける飛鳥に、冴子はうっと言葉に詰まってから、顔を赤らめて反論する。
流石にはしたないと言う自覚と、今まで躾として散々飛鳥達が家の中をラフな格好で歩きまわっていたのを、はしたない格好はやめろっと諌めていた過去があるだけに、その相手に言われると恥ずかしいらしい。

「敵が来たらどうするんです。そんな格好で飛び出す訳ですかい? まぁそれはそれで見応えがあるでしょうがね」
「君がいるんだから私が態々出る必要も無いだろう。もし来たら飛鳥君に守って貰うよ」

皮肉気に笑う飛鳥に、冴子は苦笑を浮かべる。
二人の会話は何時も通りのようで、それでいて、何処かぎこちなく、気まずい。

「俺が守る必要何ざ無いでしょうに。そんじゃ、俺はこれで」

その雰囲気から、早々に会話を切り上げようとして、飛鳥は冴子から背を向ける。
やはり、昼の冴子とのやり取りがあれで、二人きりでいるのは少々気まづい雰囲気となってしまうのだ。
冴子は背を向ける飛鳥に、一瞬手を伸ばしかけるが、それを抑えて声を上げた。

「ま、待ってくれないか!? その、話が……したいんだ」

かぼそい、らしくも無く不安さが滲み出た彼女の声に、飛鳥は軽く溜息を吐いて振り返るのだった。







あとがき
何とか更新できました。でも今日こそ更新途切れる筈ww
お風呂期待…との声が上がっていたので、お風呂シーンを読みながら頑張ってみましたが…難しいものです^^;
ありすちゃんがどうなるかは…。仮に助けようとするとして問題は……バイクがない! という事でしょうか。はてさて…



[20336] 第十三話
Name: 磯狸◆61d76de1 ID:0a347ea2
Date: 2010/07/27 18:02







 話がある、と呼びとめられてから数分。
彼女はどう切り出したら良いか、彼女らしくない事に迷っているらしく、口を開きかけては口を噤むと言った動作を繰り返している。
益々気まづい雰囲気になっているが、話があると持ちかけられた以上、去る訳にもいかないので黙って待っていた飛鳥だが、流石にこの雰囲気は居心地が悪い。


麗が大声で孝の名を呼んでいるのも聞こえたが、冴子はそれも耳に入って無いようだった。
そして待つ事更に数分。冴子はようやく、その重い口を開いた。

「……その、学校で私達が会う前に…、何があったかは健二君に聞いた」
「……みたいですね。皆の反応を見れば分かります」

コンビニを出て以降、一行の飛鳥に対する反応は、紫藤との一件以前のものに戻りつつあった。
飛鳥に対して負の感情が、完全に払拭された訳では無い物の、それでも飛鳥が仲間として行動を共にしても、誰も異論を唱えない程度に。

「そして…君が現在、平常な状態では無い事も健二君から聞いた。バス内での君の行動には違和感を感じていたし、だからこそ、健二君の話を聞いて納得する事もできた。
 ……だから、君の事を”見損なった”と言った事を撤回させて欲しい」
「…撤回する事も無いと思いますけど。俺が短絡的な行動で、紫藤を斬ったのは事実な訳ですし」

凛とした眼差しを向けられ、飛鳥は居心地悪そうに眼を伏せた。
あれは冴子に見損なわれても仕方の無い事だと自覚しているだけに、冴子に撤回させて欲しいと言われた所で、気まづい思いが沸くだけだった。

「無論、短絡的な行動だったとは今でも思うが、君は…失ってしまって、守ろうとするあまりに、危機に対して敏感になり過ぎているだけだと思うのだ。こんな状況になって仕方ないとも思うし、君の精神状態が常のものではなかったと言うのもあった。…でも、君が周りに頼る事を知らない事も、大きな原因の一つだと思う」

佳代、猛、と次々と大事な者を失い、尚も続く危機。
その中で、必死に友人を守ろうとするあまり、飛鳥は危機に対して過剰に反応するようになってしまった。
更に、飛鳥は周りの人間に何かを求めたり、頼ると言う事を知らない。常に自分で考え、自分の力で実行して来ただけに、その傾向は強い。


幼い頃に両親を失い、祖父に育てられた訳だが、祖父は祖父で、飛鳥を自身の力で生きられるよう、命の危険に脅かされるような事をやらせ、その危機も自分で乗り越えるように仕向けて来たので、頼るなどと言う相手には足り得ない。


健二は現状では、飛鳥の守る対象であり、ああいった状況では頼る対象に足り得ないと言える。直前に、健二から紫藤の危険性を示唆され、万が一妙な行動を起こした時には頼む、と言われていたと言うのも大きいのかもしれない。


冴子に関しても、今までお姉さん風を吹かして来た訳だが、飛鳥に頼られたりすると言う事は皆無だった。ほとんど飛鳥が自力で解決してしまうからか、冴子自身に頼られる程の力が無かったからなのか、それとも信頼されていなかったのか、冴子自身には判断できなかったが、今回の飛鳥のそれは周りを頼ると言う事をあまりにも知らないからこそ生まれたのだと思う。


この日常が崩壊した世界で、少しでも危機を少なく、懸念要素を減らそうと、誰にも頼らず行動した結果が、紫藤だ。
そのせいで飛鳥は車内の者達からの恐怖され、追いだされる事こそ無かったが、腫れ物のように見られる事になった。もし、あの時点で飛鳥が、仲間を信頼し、頼る事ができていれば、あそこまで短絡的な行動は行わず、様子を見るに徹したかもしれない。


全てはIFの話でしか無いが、冴子はそう強く思う。そしてだからこそ―――。

「だから、今後何かあったらなら、どんな事でも良い、私を頼ってくれ! 私では頼りにならないかもしれないが、胸の内に貯め込むよりもましな筈だ! 私はこれまで君の事を出来の悪い、手のかかる弟のように思っていたのだ……。なのに、…辛い事があったり、いざと言う時に頼りにされていないと……悲しくなるではないか」

それとも、私の独り善がりなのか…? と小さく尋ねて来る冴子に、飛鳥は何も言葉を発する事が出来なかった。
確かに、冴子の言う通りなのかもしれない、と思った。


バスの中で、健二に相談された時点で、それを一緒にバスへとやって来た者達に伝え、皆で判断する事も出来た。
でも、飛鳥はそれをせず、自らの胸の内に仕舞い込み、紫藤を斬るまで、危険であれば、斬る以外の選択肢が思い浮かばなかった。
それの、何と視野の狭い事か。そうした行動の果て、結果的に健二を危機に陥れそうになったのだ。


それも、健二のお陰で、仲間から弾かれる事も無く、こうして行動を共にしている。
全て、冴子の言うとおりだったのだ。冴子に言われて初めて、飛鳥は自身が何でも自分一人で解決しようと、考えている節が、多々ある事を自覚した。
佳代の死を目の当たりにした時もそうだ。猛の気持ちも考えず、奴等と化した佳代を猛の眼の前で討とうとした。既に佳代は人では無い、奴等となってしまったと一人で判断し、行動に移そうとした。


猛の性格を考えればそんなの止めるのは当たり前であるし、健二に猛の事を任せて外に連れ出させるか何かするべきだったのだ。
そしてその結果が、猛の佳代との心中。
もしあの時、飛鳥が猛の精神面を少しでも考慮していれば、別の結果に終わったかもしれない。猛だけでも、死ななくてすんだかもしれないのだ。


自身の今までの行動を振り返り、飛鳥は酷い自己嫌悪に陥った。
だが、同時に、まだ間に合うとも。嘆いた所でどうしようもない事は分かっているし、悔やんでいて良い状況では無い事も分かっている。


自分を孤立させない為に、尽力してくれた健二がいる。自分を気にかけ、頼りにしてくれと訴える冴子もいる。自分には無い知識や、技術を持つ他の仲間達もいる。
頼りにできる者達が…近くにいるのだ。


そう思うと、飛鳥は、自身の胸が少し軽くなったような感じがした。不思議な感覚であったが、不快では無い。
そして目の前の、飛鳥の返答を思ってか、不安そうであるが、それでいて凛とした様子で佇む冴子を見て―――。

「な、何が可笑しい? 私は何か変な事を言ってしまったか?」

―――苦笑した。

「いえ、ただ毒島先輩らしいと思っただけです。確かに俺は周りが見えて無かった。お恥ずかしい限りです。毒島先「冴子だ。君にそんな風に他人行儀な呼ばれ方はされたくない」……冴子先輩ッて言う頼りになる姉妹弟子がいるのに、自分だけで判断したのが間違いでした」

飛鳥の言葉に、冴子は驚きに目を見開いたが、すぐにそれは嬉しそうな微笑へと変わった。
飛鳥が自分の言葉を理解してくれたからでは無く、理解してくれた上で、自分を頼りにしてくれていると思われる言葉を用いたから。
態度には全く出さなかったが、飛鳥が今まで自分を頼りになる存在として見てくれていたと分かったからだ。


紫藤の件では、それを表に出してくれず、自分だけで解決してしまったが、これからは冴子がそうさせなければ良い。
飛鳥に、周りに頼りになる者がいるというのをちゃんと自覚させ、自分一人で解決するような考えを持たないようにさせれば良いのだ。
無論、何でも人任せになるような事になったら、あれだが、飛鳥に限ってそれはあり得ないと冴子は信じている。だからこそ、冴子は飛鳥に周りを頼ると言う事を理解してくれたのが、とても嬉しかった。

「……分かってくれれば良い。私は飛鳥君を頼りにしている。だから、君も私を頼ってくれよ」
「御意です。これ以上お姉さんを怒らせたくないですしね」

互いに顔を合わせ、笑い合う。
二人の間にあった気まずい雰囲気は消え去り、穏やかな空気が流れる。

「……食事の準備の途中だったな。もうしばらくしたら出来るから、飛鳥君は休んでいてくれ」
「いえ、手伝いますよ」
「それならお願いしようか。そうだな…、魚を捌いて貰えるかな? それとそれが終わったらサラダをお願いしようか」
「あい」

二人並んで料理を作り始める。
飛鳥も大分以前から祖父と交代で食事を作っていたので、当然料理は出来る。
かなり慣れた手つきで鯵を捌き、あっという間に刺身にしてしまう。
ちなみに食材は、此処に入った後に隠密行動の取れる飛鳥が、近くのスーパーまで取りに行って来た物である。

「……しかしまー、えらい状況ですよね。こういう風にちゃんと料理できる環境もいつまでもつやら」
「そうだな…。こんな状況が長引けばライフラインも止まってしまうだろうし、食材も手に入れにくくなる」

電気、ガス、水道、どれも人がしっかり管理しなければならない。
日常生活の中でも高度に組織化した大勢の専門家が安心して働ける環境が必要なのだ。
しかし、今や奴等で溢れかえり、とてもでは無いが安心して働けるような状況では無い。仮にそれができる専門家達が生き残っていたとしても、彼らにも家族がいる。
いつまでも働き続けるなどできる筈がないし、必ず遠からず電気や水道は使えなくなるだろう。


そうなれば、生き残った者達が生き残るには更に難しくなる。
食糧や水の確保が困難になるし、それができなくなれば衰弱し、奴等に襲われても逃げるのがより困難となるのだ。
状況は、悪くなる一方だった。

「今まで普通に食べれてた物も食えなくなりますねぇ…」
「失ってみて初めて分かる大切さ、か。こういうのもその一つなのだろうな」

手際良く料理を続けながらも、その口から出る言葉は重い話となってしまう。
今まで日常的に出来ていた事が、当たり前に食べる事ができた物が、食べられなくなる。
これらもまた、彼らの知る普通の崩壊の一つ。次々と彼らの常識は壊れ、当たり前であった事が、次々と失われていく。


何時しか、水や食糧を確保するのも困難なのが当たり前に、奴等がいるという状況も当たり前になっていくかもしれない。
いや、このままだと確実にそうなるであろう。

「どんどん生きるのが大変になってきますね」
「…だからこそ、我々は団結しなければならないのだ。共に生き抜こうでは無いか」
「ええ」

凛とした力強い眼差しを向けてくる冴子に、飛鳥はしっかりと頷いて返すのだった。







 それがかなり近い所に来ていると気づいたのは、料理がほぼ完成した時だった。

「うん…こんなものかな。飛鳥君、少し味見をして見てくれ」
「うい……。おぉー相変わらず美味いですね。これなら皆も元気出ますよ」

冴子が小皿に盛ったスープを一口啜って満足そうに頷いて、それにもう一度よそって飛鳥に手渡す。
それをサラダの盛りつけをしていた飛鳥が受け取り、舌の上で転がすようにして味わう。

それは普通に飲食店などにも出してもおかしくない美味しさで、飛鳥は本心からの言葉を漏らす。

「そうか、ならこれで完成で…」

と、冴子が言いかけた所で、この家から近い場所で、犬が盛大に鳴き出した。

「何だ?」
「分かりませんが…近いですね。様子を見に行ってきます」
「私も行こう」

二人でコータが見張りをしているベランダへと向かう。
途中で、孝も合流し…、孝は冴子の格好に鼻を伸ばして驚きつつも、そんな場合では無いと頭を振って共にベランダへ。

「ヤバいよ……」

やってきた飛鳥達に、コータが厳しい顔で呟いた。
ベランダから外を覗けば、コータの言うとおり外は凄惨な状況だった。
目の前の道路は奴等で溢れ、各々の方法で抵抗を続ける生者達を、物量に物を言わせて次々と亡き者としていく。

既に一日で何度も見た光景ではあるが、気持ちのいい光景では無い。

「畜生、ひどすぎる!」
「小室ッ!」
「なんだよ?」

憤り、部屋に戻って銃を手にして戻ってきた孝を、コータの鋭い声で呼ぶ。
孝は険しい顔でコータに問い返し、それにコータは冷静に問いかける。

「撃って、どうするつもりなの?」
「決まってるだろ! 奴等を撃って…「忘れたのか? 奴等は音に反応するのだぞ、小室君。―――そして」…ッ」

孝の言葉は、冴子が遮るように上げた声によって止まり、孝は拳を握りしめて冴子に視線を向ける。
冴子は部屋の中へと足を進め、部屋の電気を消した。

「生者は光と我々の姿を目にし、群がってくる。無論、我々は全ての命ある者を救う力などない!! 彼らは己の力だけで生き残らねばならぬ。
我々がそうしているように。君の行動は男らしくはあれど、こうなった世界では正しいとは言えない。だから、よく見ておけ。慣れておくのだ! もはやこの世界はただ男らしくあるだけでは生き残れない場所と化した」
「……毒島先輩は、もう少し違う考えだと思ってた」

冴子の厳しい、しかし自分達が生き残る為には紛れもなく正しい言葉に、孝は傷ついたように俯く。

「間違えるな、小室君。私が現実がそうだと言っているだけだ。それを好んでなどいない」

そう言って部屋を出ていく冴子を、孝は黙って見送り、そんな孝に向って黙って彼らのやり取りを聞いていた飛鳥が口を開いた。

「しょうがないですよ。此処で音を立てればこの家に連中は押し寄せてくる。家の中には疲れ切って寝てる者もいるんです。そうなれば、全員揃っての脱出は困難となる。
自分達の身を守るだけでも厳しい状況なのに、他人にまで構ってられません。下手に動けば、共に行動して来た全員を危険に晒す事になりますよ」

歯を食いしばり、拳を握りしめて、そんな事はわかってるとばかりに視線を鋭くする孝の様子に、飛鳥は少し眉を顰めて冴子の後を追った。


残された二人は、音を立てないように外を覗き続けた。
外はもはや見慣れたとも言っていい、地獄のような有様が広がっている。
逃げまどい、ドアに張り付いて、助けてくれ、開けてくれと懇願しながら奴等に捕まり、貪られる者。武器を手に、必死に応戦するもあまりの数に対処仕切れず押しつぶされるように肉体を貪られる者。必死に隠れ、膝を抱えてがたがたとその身を震わせる者。

次々と命が失われてゆき、奴等となって蘇り、別の命を求めて歩き出す。

そして、今また二つの命が失われようとしていた。
恐らく、立てこもっているのであろう明りのついた家のドアを、開けてくれと必死に叩く男と、その娘であろう幼い少女。
その少し後ろには、彼らを喰らわんと奴等が迫る。


男はせめて娘だけでも入れてくれと扉をたたき続けるが、扉は依然閉ざされたままだ。
それは、仕方ない事なのだろう。誰もが生きるのに必死で、自分の身や自分の大事な者を守るのに必死なのだ。
立て篭もるにしても、食糧が必要であり、突然起こった出来事の為に蓄えも万全とは言い難い。そこに他者を入れれば、それだけ自分達の食べる者は減るのだ。
そう簡単に受け入れる事などできる筈が無い。

そして、後ろから迫る奴等に焦った男が、開けてくれなければ扉を破壊すると脅した時だった。
中から、分かった、今開けるという焦った男の声が聞こえ、それに扉を破壊しようとした男が安堵した時…。

半分程開かれた扉から、包丁を括りつけた棒で胸を突き刺され、男は倒れ伏した。
胸を刺した男は、泣いていた。許してくれ、許してくれと繰り返して。
彼もまた、娘の為に扉を破壊しようとした男と一緒で必死だった。自分の家族達を守るで、必死だった。

父親を刺された少女は、父親を頭をその胸に抱いて泣き、その声は奴等を引きつける。
奴等がその少女を喰らわんと、その手を伸ばし、孝がそれを見たくないときつく目を閉じた時―――。

「ロックンロールッ!」

―――ガウンッ。

コータの勇ましい声と共に、彼の構えるAR-10が火を噴き、少女に迫る奴等の頭部を、撃ち抜いたのである。

「試射もしてない他人の銃で、いきなりヘッドショットをキメられる何て! やっぱこういうことは天才だなぁ、俺。ま、距離は100もないけど……おっ!?」

舌舐めずりしながら自画自賛するコータは、少女に向かって更に二体の奴等が迫るのを見て、再び奴等に照準を合わせ引き金を引く。
続けざまに撃たれた銃弾により、二体の頭部は一瞬で吹き飛ばされ、倒れ伏す。

「撃たないんじゃなかったのか? 生き残る為に他人を見捨てるんじゃなかったのか?」
「”小さな女の子”だよ!? 助けるんでしょ? 僕は此処から援護するから!!」

頼もしいコータの言葉に、孝は力強く、嬉しそうな顔で頷きを返し、室内へ。ようやく訪れた、彼等の安穏な時間は、こうして脆くも崩れ去るのだった……。




あとがき
少々難産でした@@;
冴子さんんとのお話が^^:



[20336] 第十四話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/08/03 09:00




 突如響いた銃声は、外だけで無く、飛鳥達が拠点としている家内にも当然響いていた。
コータの、『だって小さな女の子だよッ!?』と言う声もまた、飛鳥と冴子の耳には届いていて、大体の事情も把握する事ができた。
確かに小さな子供が奴等に喰われてしまうのは、あれだが、状況が状況である。大人を見殺しにするのと、子供を見殺しにする。それに如何様な差があるのだろうか。

飛鳥の認識としては、子供だろうが大人だろうが、一人の命である事に変わりない。
だから、自分達を優先すると決めた以上、大人だろうと子供だろうと関係無い。他の者も、状況を理解し、勝手な行動は取るまいと思っていた。

何せ此方には、家が安全だと認識した瞬間に気絶する程までに疲弊した者達を抱えている。
他の者達も大小差はあれど、皆疲れていたのだ。それを知っていながらの独断行動。命の危機に晒されるのがその者自身だけならば良いが、この場合は全員の命が危険に晒されるのだ。看過して良いものでは無い。

「孝?」
「小さな子を助けに行く」
「あたしも一緒に」
「麗は此処で玄関を見張っていてくれ」

階段から降りて来る途中、麗に短く答えた孝が、銃声を聞いて玄関まで出て来ていた飛鳥と冴子を見て足と止める。

「……状況、分かってるんで?」
「ッ…ごめん。僕、どうにもこういう人間みたいなんだ」
「此処にはう「よせ、飛鳥君。行かせてやれ。彼としても覚悟を決めての事なのだろう」……それに巻き込まれる側としちゃ堪りませんがね」

何時にもまして怜悧な飛鳥の表情に、孝は一瞬気まずそうな顔をするも、それは一瞬で、すぐに覚悟を決めた表情で口を開く。
それに更に言い募ろうとする飛鳥を、冴子が諌める。飛鳥はそっぽを向いて苦々しそうに吐き捨て、そんな飛鳥に、冴子はちょっと困ったように笑う。

「此処は何があっても守る。安心して行って来い!」

木刀片手に、玄関の前に仁王立ちをする冴子に、飛鳥はため息を吐く。

「孝、せめてこれくらいは持って行って」
「ん」

麗が警察官から手に入れた拳銃を差出し、孝はそれを受け取って腰に。

「いちゃついて無いでさっさと行きますよ」
「え…?」
「飛鳥君?」

刀の柄を撫でながら、玄関に立つ飛鳥の言葉に、孝だけでなく、冴子も意外そうに眼を見開く。
飛鳥は苦々しい表情でそれらを黙殺し、顎で外をしゃくる。

「先輩一人であの奴等の大群を抜けられる訳無いでしょう。俺が奴等を引きつけますから、小室先輩はその間に子供を助けて下さい」
「え、でもお前は反対何じゃ…」
「そりゃ反対ですがね。こうなった以上、できる限り此処に敵を近づけないよう外で戦って奴等を引きつけた方が、残ってる連中は安全でしょう。銃声で引きつけてしまうでしょうが、やらないよりはましですし。そういう訳何で、あんたはさっさと子供を助けに行く。冴子先輩、此処の防衛は任せます」
「任された」

もうこれ以上言う事は無いと、玄関を出ていく飛鳥に、冴子は優しげに微笑して頷く。
そして玄関を出ていく飛鳥の後ろを、孝は慌てて追うのだった。







「おぉぉぉぉぉおおおッッッ!!」

闇に染まり、奴等の怨唆の声が響き渡る街の中に、飛鳥の咆哮が響き渡る。
己の存在を示す為の咆哮。音に反応する奴等に、自らがそこにいる事を示し、引き寄せる為に咆哮しながら飛鳥は戦い続ける。
頭は狙わず、できる限り音が出るように派手に飛ばし、薙ぎ、叩きつけ、時には地面を轟音と共に地面を陥没させる程の一撃を放ちながら、飛鳥は道路の右端で奴等を引きつけ、蹴散らしながら足を進めていく。


静香の友人のアパート…メゾネットのベランダからは、コータが狙撃を続け、少女に近づこうとする奴等を片端から撃ち抜いて行く。
少女の近くでは、先程から吠えていた小さな犬もまた奮闘し、少女を守ろうと立ちふさがっていた。


危険な状況を作り出したコータ達への苛立ちからか、苛烈に瞳を煌めかせ、体が勝手に竦んでしまうような咆哮を上げながら戦う飛鳥。孝はその獅子を思わせるような凄まじい戦いぶりに怯えながらも、飛鳥に引きつけられて右に寄っていく奴等の隙を狙い、一気に駆け抜ける。

時間との勝負である。
飛鳥の咆哮と、度重なる銃撃音により、敵はどんどん付近から集まって来てしまう。それまでに少女を救出し、仲間達と合流せねばならないのだ。

目的の家までは一本道で、既にかなりの奴等がいたが、飛鳥がかなり引いてくれているお陰で、孝はそれ程労する事無く足を進める事ができた。
路地から沸いてくる奴等を、金属バットでの一撃で吹き飛ばしながら、孝は少女を目指す。奴等を掻い潜りながら走り続けると、頭部を撃ち抜かれた奴等が転がる家を発見する。

「あれか…ッ!」

犬の鳴き声に引かれてか、男性と少女が入った際に開かれたままだった鉄柵を潜って奴等が入っていく家を発見する。
コータも狙撃しているようだが、次から次へと沸いてくる奴等に、対応が追い付かないらしく、何体か侵入を許しているようだ。
無論、コータもそれは気付いている。だが―――

「くっ、畜生、狙えないッ!」

侵入を許してしまった奴等は、塀が邪魔になって狙撃できずにいたのである。
少女は迫りくる奴等によって、塀の隅にまで追いつめられていた。そしてその前に小さい犬が少女を守るように立ち塞がり、吠えていた。
しかし、奴等は音に引きつけられる上に、知能は皆無。犬に引き寄せられるように奴等は迫り、ついに少女に向かって奴等の手が伸びる―――。

「ひっ、やめて…来ないで! あたし、悪いこと何もしてないのにぃ……ひぐっ、いやぁあああああ!」

―――しかし、その手が少女に届く事が無かった。

「小さな子をいじめるな!」

それよりも早く駆け付けた孝が、奴等の頭を金属バットに一撃で叩き潰す。更にその横にいた一体の胴に蹴りを放ち、転がった所で頭に向かって金属バットを振り下ろす。

「お兄ちゃん、後ろっ!」

更にもう一体、孝の背後から迫ってきた一体に気付いた少女が警告を発し、孝はそれに反応してバットを捨て、腰から銃を抜いて孝に喰いつかんとする敵の口内に銃口を突っ込んで引き金を引く。

銃声と共に敵の頭に風穴があいて倒れ伏し、孝は振り返って少女に礼を述べる。

「ありがとう、助かったよ。お前もなっ」

少女は目尻に涙を貯めながらふるふると首を振り、犬も孝の言葉に力強く鳴いて答えて見せた。
が、飛び込んだ時に閉めた鉄柵に、奴等が取りついて、此方に入って来ようとがしゃがしゃと柵を揺らしているのに気付いて、孝は顔を顰めた。
塀に飛びついて塀の外の様子を窺って見れば、塀の外は完全に奴等に埋め尽くされていて逃げ場は無い。飛鳥の方も未だ鬼神の如く強さで、戦い続けているも、四方から迫る奴等によって完全に包囲されてしまっている。

「うげ、まじやば…。霧慧の方も完全に取り囲まれちゃってるし…」

冷たい汗が孝の頬を流れる。
それでも何とかしなければっ、と孝が必死に考えを巡らせていると、飛鳥が戦いながら孝が見ているのを察知し、無事に少女を助けたのも察する。そして自分の仕事は此処までと言わんばかりに跳躍。奴等の頭や肩の上をぽんぽんと、まるで飛び石の上を跳ねるかのような気楽な足取りで、奴等を足場に、塀の上へと移動。そして孝の方へ向って塀の上を疾走して来る。

「に、忍者みたいだな、霧慧」
「呑気な事言ってる場合じゃ無いですよ。そのバット、貸して下さい。そんでもって静かにしていて下さい」
「え、ああ」

飛鳥の言葉に、孝は戸惑いながらもバットを渡す。
それを受け取った飛鳥は、塀の上から周囲を見回すと、またもや塀の上を疾走し始める。

そして孝達のいる家から40メートル程ある所にある家の敷地内にある車の元へと向かうと、運転席の窓を浸透打撃で破壊し、鍵を開けて扉を開く。
そしてバットをハンドルに押し当て、座席の位置を調節し、座席とハンドルの間にバットを挟み込むような状態にする。そして座席を更に前に出し、クラクションが盛大に鳴り響いた所で外れないようにしっかりと座席とハンドルの位置を調節、固定して、孝達の元へ戻るべく移動する。

奴等はその車のクラクションの音に引きつけられて動きだし、飛鳥はその波とは逆の方へと走る。
戻って来た飛鳥に、孝は感心したような視線を向ける。

「なるほど、車のクラクションを利用して奴等を遠ざける訳か!」
「…の筈だったんですがね。数が多すぎて意味ないようです。橋の方からもどんどん来てますし。とりあえず俺は先程のように奴等を引きつけながら戦います」
「分かった、頼む。僕も何とかこの子を連れてこの場を離れる」

孝の言葉に頷いて返し、飛鳥は再び奴等の群れの中へと身を躍らせた───。





薙ぎ払い、突き飛ばし、蹴り飛ばし、叩き潰し、出来る限り派手に暴れながら咆哮する。
頭は手近に転がった連中などだけを潰し、後は足を潰す事を優先して奴等を少しでも足止めできるようにする。


しかし、どれだけ倒しても、どれだけ動きを阻害するように努めても、まるで減った気がしない。数が、多すぎるのだ。
それどころか、更にこの場に集まって来ている。このままでは移動する事もできなくなってしまう。


此方は動けない者まで抱えている。
動けない者は見捨て、動ける者だけで移動する? 飛鳥の脳裏にその選択肢が浮かぶ。
迷わずそうするべき。こんな状況になった以上、足手まといになる者を連れていても邪魔になるだけだ。
ましてや、その動けない者は飛鳥にとってはどうでも良い人間だ。


今行動を共にしている者の中で、飛鳥に取って大事な人間や気にかける相手は、健二に冴子、そして世話になった壮一郎の娘、沙耶のみである。
孝やコータは共に行動する者として頼りになりそうだったが、今回の行動。この状況を引き起こしたのは彼等。むしろ、飛鳥にとって…いや、行動を共にする者達からすれば排除すべき対象と言って良い。

静香は医療知識と言う面では頼りになるし、できれば離れたく無い。麗は戦力として頼りにできる。
だが、あくまで能力的に、の話である。
如何に能力が良かろうと飛鳥からすれば、どうでも良い相手。仲間として行動して来た以上、情も少しはあるが、いざ切り捨てる事になれば躊躇う程では無い。



卓造と智彦。卓造は戦力として少々不安はあるが、何の武の心得も無かった者にしては良くやっている。
智彦の方は槍術を習っていたと言う事もあり、十分戦力となっている。
何より、この二人には守るべき者がいる。近くに、守る者がいる場合、人間は自分の限界以上に力を引き出せる。だからこそ、卓造も彼女を守ろうと此処まで生き残って来れたのだろう。


だが、その彼女達は完全な足手まとい。普通の女子高生が突然こんな状況になり、精神を擦り減らしながら長い距離を移動してくれば、彼女達のようにダウンして当然。
しょうがなくもあるが、現状では邪魔でしかない。


彼女達を置いて行く事にすれば、卓造と智彦は当然残るだろう。そして、彼等と最後まで彼女を守ろうと戦い、数に押されて力尽き、彼女達もその後を追う。
動けない者は見捨てて行くとなれば、確実にそうなるだろう。


それに移動するにしても問題はある。
あの家の中で見つけた使えそうな物はかなりの数に上る。それ等全てを持って移動するなど、何か移動手段でも無ければ不可能である。
その移動手段も、ある。だが問題はそれだけの荷物を詰めれば当然スペースも埋まるし、元より人員も多い。
ハンヴィーでは、完璧に定員オーバーだろう。乗れて、無理して八人が限界。彼等を見捨てる事にすれば、何とかいける。


だが、猛と佳代の姿が飛鳥の脳裏にちらつく。
彼等の命と引き換えにとも言える状況で命を拾い、これまで生きていた智彦と矢部優子。できれば、生き続けて欲しい、と飛鳥は深く思っていた。
佳代の凄惨で惨たらしい死に様、猛の覚悟。彼等があんな結末を迎えて残った彼等を、身捨てたく無い。
猛と佳代を深く、深く大事に思っていた…、いや。今でも思っているからこそ、彼等が残した存在とも言える二人を死なせたくは無かった。
現状では生きるだけでもかなり難しいなどと言う事は分かっているが、そう思わずにはいられなかった。


このような状況で、そのような感傷など全くの意味は無い、不要な物。
飛鳥は当然それは理解している。だが、それでも、感情は到底納得できていなかった。感情を理性で無理矢理抑えつけようとしても、どうしても猛と佳代の姿が脳裏を過る。
飛鳥一人なら、迷う事無く彼等と残った。


だが、親友である、戦力的に一般人に毛の生えた程度の健二がいる。
姉的存在である冴子――此方は放っておいても恐らく問題無い―――がいる。
恩師の娘で、できれば恩師の元まで送り届けたい沙耶がいる。沙耶の場合、あくまで状況が許す限りの範囲で、と言う条件が付くが。


迷う事無く身捨てるべきかもしれないが、感情がそれを邪魔をする。
とりあえず戻って向こうの動きを確かめるしか無い…。もしかしたら自分では考え付かないような事を、考えている者がいるかもしれない。飛鳥はそう結論付けて考えを一先ず破棄し、最後に大きく奴等を蹴り飛ばしてから跳躍、奴等の上を移動してメゾネットへと向かった。








 飛鳥の予想通り、メゾネットの方でも動きは起きていた。
騒ぎや銃声を聞きつけた沙耶に健二、智彦が、冴子から手短に、事情を聞いて慌てて寝ている者達を叩き起こしに行く。
そして起こされた者達は事情を聞いて暗い顔になる。今夜はもう安全だと思っていただけに、その思いは非常に強く、身体も自然重くなる。
これだけの騒ぎが起きてしまえば、此処にいるのは非常に難しくなる。沙耶も健二も即座にそれを理解し、移動する為に動き出す。

「でも先輩、どうするんです? とてもじゃないですが全員何て乗れませんよ」
「分かってるわ。とにかく今は荷物を車に乗せるわよ」

健二が声を潜めて沙耶に尋ねれば、沙耶も険しい顔で頷く。どうやっても全員入れる訳が無いのだ。
それでも此処にいるのが無理になった以上、どうにか移動しなければならない。飛鳥が敵を引いてくれているので猶予はあるが、悠長にしていられる程の時間も無い。
だが当然、全員車に乗れない事くらい準備を進める他の面々にも理解できた。


だが、彼等も外を見て此処にいるのはかなり危険が大きい事も理解できる。
だから、智彦も卓三も黙って準備を手伝った。

「静香先生はもういいからとりあえず何か着て」
「あっ、寒いと思ったら……」

裸で準備を進めていた静香が、沙耶の呆れた顔と視線にはっとして身を隠す。
こんな状況でも男であれば、そちらに目が行ってしまうのは仕方の無い事。それまでちらちらと静香に視線を向けて鼻の下を伸ばしていた彼女持ち二人は、それぞれの相手に耳を掴まれて、ばたばたと痛みを訴えている。

「で、車の準備!」

沙耶がそちらにも呆れた視線を向けてから、冴子の見張っている門へと向かう。
冴子は外の様子から目を離さないままに口を開く。

「今なら車に乗り込めるな。奴等は飛鳥君や小室君に引き付けられている」

冴子の言葉に外を覗いた沙耶は、道路を闊歩する奴等の数に顔を顰めて呻く。

「どうするつもりよ? 霧慧は問題無さそうだけど、小室は戻って来れないわ。子供も一緒みたいだし」
「なら、迎えに行ってあげるしかないんじゃない?」

衣服を纏いながらの静香の言葉に、全員の視線が静香へと向かう。
そして再び男二人はつねられるが、他のメンバーはそれを気にかける事無く静香を驚いたように見ている。

「あ、あの、先生変なこと言った? 車のキィとかはあるんだし」

不安そうに彼等の様子を窺う静香に、冴子が眼を細めて笑う。

「いいや、名案だ」
「決まりね! 小室を助けたあと川向こうに脱出! さ、準備して!」

沙耶もにやりと笑い、皆も頷いて動き出す。
そして準備が終わりかけた頃、全身に返り血を浴びた飛鳥が音も無く戻って来た。

「数が多すぎてきりが無いです。移動の準備をしてるようですが、どういう方向で動いているんです?」
「小室先輩が動きようが無いみたいだから、こっちから迎えに行くと言う話で、だ。でも……」
「車に乗り切れないか」

戻って来た飛鳥は、冴子が口を開くよりも早く彼女に尋ねる。
冴子が答えるよりも早く、飛鳥の姿を発見してやって来た健二が口を開き、彼の言葉を聞いた飛鳥が即座に健二の懸念を察する。

「霧慧、どうすればいいと思う? 残ったら確実に奴等に喰われちまうよな? でも車には乗り切れないし、もう優子達は長く動けないし…」

不安そうに飛鳥に尋ねる智彦。
自然、その場の者達の視線が飛鳥へと集まり、飛鳥は溜息を吐いて、ちょっと考えてから口を開いた。

「……残ろうが移動しようが、危険なのは変わらない。此処に来るまでに考えたが、残ったとしても奴等に喰われるとは限らない。車で移動しても、昼のように何らかの事情で車を失えば足を動かさなければならないし、そうなればどちらにせよ彼女等は危険。むしろ、場合によっては残った方が安全かもしれない。車に乗り切れない以上、車で此処を離れる組みと残る組みを考えるべきかと」

飛鳥の言葉に、何かしら反応して口を開こうとした者達がいたが、それを飛鳥が制す。

「話は最後まで聞け。残る方はできる限り静かにして動かずじっとしている。車で脱出する方は、クラクションを鳴らしながら遠ざかる。エンジン音だけでも奴等を引くだろうし、クラクションを鳴らせばそれだけ敵も引き付けられる。そうすれば此処に残った連中が音を立てなければ此処は素通りしていく可能性は高い。此処は周囲を塀で囲われているし、入り口もしっかりしている。仮に見つかっても、階段にバリケードを張ってクローゼットなどに隠れて音を出さずにいればやり過ごせるかもしれない」

残る方も危険だが、脱出する方も危険である。
昼からの騒ぎでめちゃくちゃになった上に、奴等で溢れた夜の街を走らなければならないのだ。不足の事態が起きる可能性もおおいにあった。
そうなれば闇の中を徒歩での移動となり、危険度も跳ね上がる事になる。
飛鳥の説明に全員が黙って考え込むようにしていたが、沙耶がいち早く口を開いた。

「……それで行きましょ。現状ではそれ以外無いと思うわ。どう考えても全員車で移動する何て無理だもの」
「そうですね…「残念だが……私と飛鳥君は別れるべきだろうな。周りを気にして戦えるのは我々だけだ」…ッ。しかし、俺は……」

沙耶の言葉に顎に手を当て思案する飛鳥の言葉を、冴子が遮った。
飛鳥としては健二と冴子とは離れたくは無かった。冴子の実力は知っているが、やはり心配な物は心配なのである。
冴子の言葉は理解できる。正しいと思う。だが、納得したくない。不安そうにしながらも、苛立つ飛鳥に、冴子はふっと目元を和らげて飛鳥の頭に手を伸ばした。

「心配するな…と言いたい所だが、私としても君と離れるとなれば、君の事を心配してしまうから人の事は言えないな。だが、君も私の実力は知っているだろう?
 大丈夫だ。奴等相手なら、私は自分の身は十分守れる。君の力を信頼して、君なら大丈夫だと思うから別れるのだ。君も私を信じてくれないか?」
「……信じてますよ。でもそれとこれとは別でしょ」
「ふふ、そうだな…。でも、大丈夫だ、まだ君を叱り足りないからな。簡単には死なんさ」

微笑する冴子に、飛鳥は軽く顔を顰めつつ、押し黙った。
こうまで言われて反発はできない。飛鳥とて、冴子の実力は理解しているし、信も置いている。
状況は切迫しているし、彼女の言う事は間違っていないのだから、これ以上言うのは我儘でしか無い。

「……分かり、ました。では俺は残ります。健二、お前も悪いが付き合って貰うぞ。それから峰達も残れ。もし車が動かなくなりでもすれば、彼女等は自分の足で動かなければならなくなる。そうなれば危険はそっちの方が遥かに増す」

絞り出すように承諾の声を出し、飛鳥は顔を引き締めて、健二達に声をかける。

「俺は元よりお前に付いてくつもりだったから問題ねぇよ」
「俺も霧慧が一緒なら心強い」
「僕も構わないです!」
「あたし達も霧慧君が一緒のが良いもんね」
「うん」

健二を皮切りに、彼等はあっさりと飛鳥の言葉を承諾した。
健二もある意味そうだが、卓造達は此処に至るまで飛鳥に助けられて来たと言う事もあり、飛鳥への信頼は高い。
飛鳥の戦闘能力もそうだが、状況判断能力、危機察知能力なども此処に来るまでに見て来た。それにどちらも直接飛鳥に命を救われた事もあり、非常に飛鳥を頼りとしていた。だからこそ、あっさりと残る事を承諾した。

「…なら決まりだ。俺達は独自で川を超える方法を考えます。集合場所はどちらに?」
「私の家はどう? あんたなら場所は知ってるわよね。うちが一番近いし」
「了解です。日時と時間は?」
「そうね……二日後の午後五時って所でどう?」
「分かりました、それで良いです。あ、俺が携帯持ってるんで番号教えときます。もし何かあれば連絡を」

飛鳥が口頭で番号を伝え、沙耶は小さくそれを反復してよし、覚えたと頷く。
そして沙耶も孝の持つ携帯の番号を飛鳥に伝えて、それを飛鳥が手慣れた動作で携帯に登録する。

「よし、じゃあ行動開始ッ」

沙耶の言葉に、皆頷いて行動を再開する。
皆で協力してできる限り、静かに動き、奴等の動きに注意をしながら大量の荷物を車へと詰め込んでいく。
中から、健二は自分にも使えそうだから、と沙耶に頼んでクロスボウと矢、そしてコータが使っていた釘打ち機、釘を貰い、それ以外は車へと乗せて行く。

そしてあらかた荷物を積み終わった所で、頭に懐中電灯を二本差し、両手に銃を抱えたコータがやって来た。
この危機を作りだした者の存在に、飛鳥が思わず動きそうになるも、今は構っている場合では無いと黙殺して家内へと戻り、一階の部屋にある者を移動させるべく動く。
その時だった。背を向けた飛鳥と違い、飛鳥のすぐ横にいた智彦が、冴子達の姿を見て鼻息を荒くしたコータに怒り心頭の表情で迫り、その頬へ向けて力の限り拳を振るったのである。

「がっ!」

コータの声と、何かが折れる音が響き、コータは倒れ伏す。それを荒い息を付きながら、智彦が憤怒の形相で見下ろす。
怒鳴るのを堪える為か、一度歯をぎっと食い縛ってから、智彦は怒りを必死に抑え込むようにしながら口を開く。

「……何も役に立てない俺が、色々知ってるあんたに、こんな事をするのは間違ってるかもしれないけど、こればっかりは納得できねぇよ。あんたの勝手な行動のせいで、俺達は安全に過ごせる筈だったのに……こうして皆が危ない事になって、二手に分かれる事にまでなっちまったんだ。…それなのに、呑気に鼻の下伸ばして息荒くしてんじゃねぇよ!」

コータを殴った為か、中指の折れた腕を握りしめながら、智彦は肩を震わせる。

「峰、気持ちは分かるが落ち着け。今はそいつに構っている場合じゃない。早く一階にバリケードの準備をするぞ」
「き、霧慧…。すまねぇ、我慢できなくて……」
「鼻の下を伸ばしてた事に関しては、智彦も人の事を言えないと思うけどね…」

顔を俯かせる智彦の肩を叩き、飛鳥は智彦を促して室内へと向かう。荷物を運びいれていた優子は、言っている事とは裏腹に心配そうに智彦の手を見ながら、彼等に付いて行く。頬を抑えて呆然と三人を見送るコータの歯が、一本口から抜け落ち、かつーん、と音を立てて地に落ちた。

「殴られても文句は言えないわよ、でぶちん。あんたはそれだけの事をした。放り出されても仕方が無い事をね。ほら、呆けて無いでさっさと立って準備を進めなさい」

呆然とするコータに、沙耶が冷静に声をかけてさっさと立つように促す。
それを尻目に他の者達も黙々と荷物を運びいれて、準備は完了する。すぐにでも出れる、と準備が完了した所で、飛鳥も一階にバリケードを敷く準備を完了して戻って来た。

「残る者達は、すぐにバリケードを築いて上に行け。そして出来る限り音を立てず静かにしているんだ。俺は外で奴等を誘導する為に動く」
「え、霧慧君も「分かった、すまねぇが頼むぞ、飛鳥!」……ッ」

みのりの言葉を健二が遮って室内へと向かい、卓造も飛鳥に頭を下げてから、彼女の手を引いて家の中へ。
残った飛鳥の元に、冴子がやって来た。

「では我々は出る。飛鳥君、無理はしないでくれよ」
「それはお互い様でしょう。ま、俺も死にたくないですからね。無理はしないと約束しますよ」

”約束”と言う言葉に、冴子は驚きに目を見開くが、すぐに安心したように微笑んでから飛鳥の頭を撫でて車の屋根へ。

「霧慧、残った連中は任せたわよ」
「霧慧君、気を付けてね」

窓から顔を覗かせた沙耶と麗に軽くを手を上げて答える。
冴子が屋根に立ち、飛鳥に笑いかけた所で、車はゆっくりと進み出すのであった。












[20336] 第十五話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/08/04 12:35






「突撃ぃいい!」


沙耶の号令と共に静香の駆るハンヴィーが奴等の群れに突っ込んだ。奴等を跳ね飛ばし、押し潰し、轟音を立てて奴等が蹴散らされる。
その光景は当然飛鳥と、少女と犬を連れて塀の上を歩く孝も目撃していた、奇しくも同じ感想を抱く。

「…無茶をする」「む、無茶苦茶するなぁ」

と言うより、あのおっとりとした静香があんな風に車を駆るのは意外としか言いようが無い。
コータもまた銃で奴等を撃ち、此方に向かっていた奴等は皆、彼等の方に引き寄せられていくのを見てバリケードいらなかったな、と飛鳥は嘆息する。
ハンヴィーのエンジン音や、奴等を跳ね飛ばす時の音、コータの銃声などと、奴等を引き寄せる要素は十分で、飛鳥が何かする必要など皆無だった。


メゾネットが特に何の音もしていない、と言うのもあるのだろうが。
少女と孝を拾う為に、敵を撃ち続けるコータを見て、飛鳥は軽く眼を細める。


コータと孝の行動は、集団で行動する者として決して許される行為では無い。人として正しいのかもしれないが、状況は見えていない。いや、見えてはいたのだろう。
それでも行動に出られずにはいられなかったのだろう。


分断されたのと余計な危機を招いてくれたお陰で腹立たしい思いはある。だが、同時に猛のようだとも思っていた。
どちらも状況を分かっていながら、それでも他者の為に動いた。動かずにはいられなかったのだろうが、やはり飛鳥としてはそこは動かないで欲しかった。
コータは切っ掛けに過ぎなかったのだろうが、孝も彼のように手段があれば動いていただろう。階段を下りて来た時に飛鳥に『どうにもこういう人間みたいなんだ』と零した孝の顔からはそれが窺えた。


その顔が、佳代の安否も分からないのに動いた猛のそれと重なってしまい、飛鳥はそれ以上の追及ができなかった。
だからその顔を直視できず、愚痴るしかできなかった。


そして飛鳥が孝に協力するような行動を取ったのも、猛の影を彼等に見たからだった。こんな状況でも他人の為に動いてしまう。あの時の猛に、嫌と言う程良く似ていた。
自らの大事な者を常に優先する飛鳥としては理解できないし、決してできない行動だが、だからこそ眩しく見える。

「とは言え…流石に何度もこんな目に合わされちゃたまらねぇな」

彼等の様子を見るに、今後もこんな事がありそうな事は容易に想像が付き、飛鳥は苦笑する。
何度もこんな事をされては命がいくつ立っても足りない。コータと孝には、次に再開した時には釘を刺さねばならない。


冴子の助けを借り、車の屋根に飛び移った孝を乗せたハンヴィーが、クラクションを鳴らしながら遠ざかって行くのを見送る。
念の為奴等の様子を窺っているが、どれもハンヴィーに引き付けられているようで、此方にはやって来るのはいない。

これならば問題無さそうだ、と判断して飛鳥は踵を返すのだった。








ハンヴィーの車内に全員収まった脱出組は、奴等の群れから離れてひとまずの安堵を付いていた。
少女を救出する事ができ、ほっとした孝であったが、すぐに車内に半数の者達の姿が無い事に気づいて、思わず腰を浮かす。

「霧慧達は!?」
「向こうに残っているよ。彼等とは一時別行動となる。とてもでは無いが全員連れての脱出など無理だったからな」
「そ、そんな……」

自分達のせいで、飛鳥達と分かれる事になってしまった事に孝は愕然とする。
そんな孝の様子に、冴子は苦笑を浮かべる。

「心配無い、飛鳥君達は残ったが、恐らく襲われたりはしていない筈だ。ほとんど車の動く音に引き付けられていたようだからな」
「でも……」
「そうやって気にかけるなら今後は自重しなさいよね。あたし達は自分達の事だけで精一杯何だから」
「それと次会った時に飛鳥君に怒られる事を覚悟しておくんだな」

冴子と沙耶の言葉に…特に最後の冴子の言葉に孝はさっと蒼褪める。
飛鳥の凄まじい戦いぶりと、バス内で危険だからと言う理由で紫藤を斬った事が脳裏を過ぎったからである。
そんな孝の様子に、冴子はすぐに気づいて苦笑を浮かべる。

「心配しなくても小室君が考えているような事は無いだろう。もし飛鳥君が本気で君達を危険と判断したなら、君等が行動を起こした時点で行動に出ている。本当に敵を遠ざけたいならば、その原因…銃声を上げ続けていた平野君を止め、それから敵を引き付けに向かうのが最善だろう? 飛鳥君がそれに気付かない筈は無い。あの時何だかんだと理由を付けていたのは、飛鳥君なりの照れ隠しのようなものだと思えば良い」

あの時の飛鳥を思い出してか、冴子はくすくすと微笑する。
その飛鳥の心理がすぐに読みとれたからこそ、冴子は素直じゃない弟分の行動が微笑ましく、何とも暖かい気持ちで玄関を出て行く弟分を見送ったのである。

「言われて見れば、本当に怒ってるならあそこで軽口叩いたりしないよね」
「いや、飛鳥君はどんな時でも軽口を叩くから何とも言えないが…本当に怒ってもいたよ。でも、何処かしょうがないと言う思いもあったのだろうな。多分、君達の行動を重ねてしまったんだろうな…」

思い出したように口元に手を上げながら苦笑する麗の言葉を、冴子は微苦笑して否定する。
そして冴子の言葉に、車に乗っていた全員がはっとコンビニで聞いた飛鳥達が失ったと言う友人の話を思い出した。

「なるほどね……。霧慧も何だかんだで甘ちゃんな所がある訳か」
「何か素直になれない、捻くれた子供みたいで可愛いわね~」

沙耶はこれまでの飛鳥の行動を思い返して微笑む。
危険だからと紫藤を排したりと、やってる事の印象が強すぎてそちらに目がいきがちになるが、猛や孝達の危険な行動を容認している。
自らの判断で必要だから、と紫藤を排除した所など、沙耶の父である壮一郎を彷彿させるものだったが、飛鳥には父と違って甘い所も多分にあるようだった。
静香は運転をしながら彼等の会話を聞いていたが、意外な飛鳥の子供らしい一面に、頬を緩ませた。

「まぁとにかく、飛鳥君達の事は一先ず置いていこう。彼等と無事に再会できるよう、我々も無事に橋を渡らなければならないからな。だから平野君も小室君も、そんな暗い顔をしているんじゃない。君等は自分の意志で行動したのだろう? 結果として彼等と別れる事になってしまったが、その子を助ける為に動いた事は後悔していないのだろう? ならばそんな顔をするな。君達が動いたからこそ、その少女が救われたのも事実なのだ。胸を張って良い」

冴子が諭すように、緊張の糸が切れてしまったのか、孝の膝の上ですやすやと眠る少女に視線を送る。彼女の言葉に、孝とコータははっと顔を見合わせて少女に視線を向け、二人揃って頷くのであった。


頷き合う二人の顔は、やり遂げた男の顔をしている。
その顔に、孝に思いを寄せる麗と、麗と同じく孝の幼馴染で、幼少期から思いを寄せている沙耶はその顔を目の当たりにして頬を染める。


が、沙耶はすぐにはっと表情を厳しくして孝達を見る。

「だからって調子に乗るんじゃないわよ。あんた達の行動があたし達を危機に陥れたのも事実。霧慧が動いて無ければ小室が無事にその子の所に行けたとは思えないしね」
「―――あぁ、分かってる」
「は、はい」

沙耶の厳しい眼差しを受けとめ、二人はそれぞれ答えるのだった。






「霧慧君っ、大丈夫だった?」

バリケードを音を立てないようにどかして戻った飛鳥に、みのりが飛びつくように声をかけた。
飛鳥はそれぞれ不安そうにしている連中を見渡し、こくりと頷く。

「ん、先輩達が上手くやってくれたからな。完全に、とは言えないが、高確率で安全だろうな」

それぞれ安心したように溜息を吐き、飛鳥は優子が智彦の手を治療しようとしているのを目に向ける。
救急箱から包帯やらを取りだしてあれこれとやっていたが、そのあまりに拙い処置に飛鳥は思わず苦笑する。

「矢部、俺がやろう。矢部と小島先輩はゆっくり風呂にでも入って良く足をマッサージして来ると良い。明日の負担を少しでも軽くできるようにな」
「あぅ…ごめんね、こういうのなれてなくて。じゃあ悪いけど、霧慧君の言う通りにお風呂に行って来るね」

恥ずかしそうに顔を赤らめ、優子は飛鳥に包帯を渡し、あまり動きたく無いのか、緩慢な動作で立ちあがる。

「……ごめんね、霧慧君。お言葉に甘えさせて貰うわ」

みのりは、飛鳥の血塗れの有様を見て、飛鳥が先にと言おうとしたが、それを察したらしい飛鳥が首を振ったので苦笑して従う。
二人が風呂に向かい、飛鳥は智彦の手を取って、実に手慣れた様子で智彦の手を処置して行く。

「うわ、凄い慣れてるな…」
「怪我は日常茶飯事だったしな。何時の間にか慣れた。てか、拳を鍛えて無いのに顔面を殴る何て折れて当然だぜ。怒るのも無理は無いと思うがな」
「う…つい、かっとなっちまって…反省してるよ。お前を待ってる間、色々考えちまったんだけど、思えば俺も優子も熊田が俺達を助ける為に動いてくれたから生きてるんだもんな……。熊田と同じような気持ちで動いた先輩達を俺が責めるのは間違ってた」

自己嫌悪からか、気落ちしたように俯く智彦に、飛鳥は意外そうに眼を瞬かせた。
智彦の様子から、てっきり未だに怒り心頭であろうと思っていて、場合によってはそれを落ち着かせようとも思っていた為である。
健二も飛鳥同様に、孝達の行動は猛を彷彿させるものであったと言う事もあり、その猛の行動によって助けられた智彦が、猛と同じような思考の元に子供を助けようとした孝達に何時までも憤っているようならそれを告げようと思っていたのだが、意外な程早く智彦は自らそれに気付いていた。

「それが分かってるなら、俺達は何も言うつもりはねぇよ。先輩の行動に腹が立ったのも事実だしなー」
「…悪い。平野先輩に、殴った事謝らないとな」

健二が智彦に笑いかけ、飛鳥に同意を求める。飛鳥も頷いて、処置を終えた智彦の手を離した。

「……そうだな。その為にも無事に先輩達と合流しないとな。しかし、その手は大丈夫か? 戦闘に支障が出そうだ」
「指一本くらいなら気合で何とかするよ。泣きごと何か言ってられないからな」

力強く頷く智彦に、飛鳥はそうかと頷いて、部屋の片隅に置かれていた刀剣ケースを手に取り、中から刀の手入れをする道具を取りだす。
そして実に慣れた動作で目釘を抜き、柄を外して鞘から刀を抜き、手入れを始めた。

健二にとっては見慣れたものであるが、二人は初めて見る刀の手入れと、魔性の輝きを放つ刀に興味津々の様子で、魅入られたように見つめる。
飛鳥は酷く丁寧に、しかし優しげで繊細な手つきで刀身だけとなった刀を拭い続ける。

「そうえば霧慧、今まで気にする余裕は無かったんだけど、剣術やってるんだよな? なんつーか、冗談みたいに強いよな」
「こいつは昔から、こいつの爺ちゃんにバトル物のマンガによくある修行に似たようなもんをやらされてきたからな。よく生きてると俺は今でも不思議でしょうがない。10歳の時には食糧確保の為に熊を追いまわしてたらしいからな。熊の毛皮を被って飛びかかられた時には腰抜かしたわ」
「く、熊を追うって…普通逆じゃないの?」
「普通はそうだが、こいつの場合は逆転してたんだよ。まぁ始めたばかりの頃は追われる側だったみたいだけどな」

けらけらと笑いながら言う健二であるが、とてもじゃ無いが笑ってられない話に智彦も卓造も絶句していた。
思わず本当かどうか確かめるように飛鳥に視線を向け、その視線の意味を察した飛鳥が刀を丁寧に手入れをしながら答えた。

「嘘じゃねぇよ。他にも坂から丸太を幾つも転がして避ける鍛練だの、崖から飛び降りる鍛練だの、内臓器官を鍛える為とかで海に沈められたりとか、他にも色々とやらされたからな。何だかんだで何時の間にかそういうのも楽しくなってたけどな……。まぁ、今こうして役に立ってるから無駄にならなかかっただけましなのか」

口ではそう言うが、当然苦い顔である。
今まで積んで来た修練がとてつもなく役に立ってはいるが、こんな状況のせいで多くの人が死に、親友も失くしたのだから、当然だろう。
それだけの事をしてきながら、友人達を救えなかった自分に、非常に腹が立った。


そして、戦いの度に湧き上がる高揚感にも…。


自分の積み上げて来た技術と最高の武器を遺憾なく発揮できるこの状況。
友人達を失い、多くの人も死んでいると言うのに、この状況を心のどこかで喜び、戦いを楽しいと思う気持ちがあったのだ。
我ながら最低だ、と飛鳥は溜息を重い溜息を吐く。

その溜息をどう受け取ったのか、智彦は何だか重苦しい雰囲気を纏ってしまった飛鳥を気遣い、口を開いた。

「……それにしても二人がこんな良い奴とは思って無かったよ。お前等は知らないかもしれないけどさ、俺霧慧達とは同じ中学で、霧慧とは同じクラスだった事もあったんだ。でも霧慧とか近寄りがたい雰囲気あったし、眼が怖かったし、色々噂もあって、それを鵜呑みにしちまってたんだよな。それで勝手に関わらないようにしてた。もっと早くお前達の事を知ろうとしてれば、きっと良い友達になれてたんだろうなぁ」
「中学の時同じクラスだったのか? 悪いが全然覚えて無い。高校でクラスメートってのも…言われて見ればいたような気がしないでもないようなって感じだし」
「酷くね!? 仮にも中二の時は一年同じクラスで、スキー合宿の時も霧慧とは同じ班だったんだぞ!? しかもクラスメートって事も知らんかったのかよ!」

遠い眼をして昔を思い出すように、しんみりとした雰囲気で語る智彦だったが、続いた飛鳥の身も蓋も無い言葉に涙目になって反論する。
健二はそういう奴だよ、と苦笑し、卓造も二人の様子を見て可笑しそうに笑っていた。智彦はがっくりと溜息を吐いてまぁ良いよと不貞腐れるように呟く。

「そうえば、お腹空いたね」
「そういや夕飯まだだったな。冴子先輩が作ってたのそのままになってるし、小島先輩達が出てきたら飯にしようぜ」
「いや、飛鳥。その前にお前は風呂だろ。全身血濡れだぞ」
「ん? あぁ、そうだな。こりゃひでぇわ」

卓造が腹を抑えて呟き、飛鳥が思い出したように同意する。
しかし、飛鳥は全身血濡れ状態。せっかくゆっくりできるのだからそんな格好で食事をされては落ち着かないだろう。
健二の指摘に、飛鳥は自分の身体を見回して苦笑する。

「って俺も風呂入ろうと思ってたのに……」
「後でやり直してやるよ。そういや男連中はまだ誰も風呂入って無かったな。……ん? 健二、何してんだ?」
「あぁ、クロスボウの練習しようと思ってな。明日外に出てから試すんじゃ遅いだろうし、今の内に射程や打つ感覚を覚えとこうと思ってさ」

包帯の巻かれた手を見て溜息を吐く智彦。
飛鳥はそれに軽く答えてから、何やらクロスボウを構えたりしている健二を見て首を傾げた。

「そりゃ良いな。使い方を少しでも身体に覚えさせとけば命中率も変わって来る」
「だろ。とは言えこういうのは使った事無いからあまり自身は無いんだが。えーと、確か平野先輩は十分ダメージを与えられるのは60ヤードって言ってたな。1ヤードが約91.44センチ。55メートルってとこか。えーっと弦を張って…ッ、これ結構力いるな、あ、くそっ」

マニュアル片手にぶつぶつと呟きながらクロスボウを組み立てる健二は、何処となく楽しそうだ。
手先は器用だし、コータのようにこういった方面が向いてるのかもしれないな、と飛鳥は刀を手入れしながら思った。

「そういやクロスボウは発射音が銃より全然小さいから奴等に、有効かもとか先輩言ってたな。飛鳥、ちょっと実験に付き合ってくれないか? 実際どれだけの物なのか確かめておきたい。ちゃんと奴等に対して有効かどうかも明日出る前に確かめておきたいから、悪いが護衛として付いて来て欲しいんだけど」
「あぁ、構わない。俺もクロスボウとかはよく知らないからどれだけ使えるか興味がある。組み上げてある程度使い方を覚えたら出るぞ」
「悪いな、助かる」

互いに何処か軽薄な印象を受ける容姿であるのに、言ってる事は実に真面目である。
その二人のやり取りを見ていた二人が、ちょっと心配そうに声を上げた。

「もう暗いし明日の朝にした方が良いんじゃない?」
「俺もそう思うんだけど…」

二人の言葉に、健二は首を振って答えた。

「今の内にどの程度のものか確かめておきたいんだ。射出角度とか、風の影響でどれだけ変わるかとかな。そんで朝までに色々計算しておきたい。イメージトレーニングもできるし」
「で、でもそれなら尚更朝の方が良いんじゃ? 打った矢が見えないんじゃ」
「あぁ、夜目には自信あるんだ。こいつ程じゃないけどな。伊達にこいつに八年も付き合ってあれこれしてねぇよ」

それに今日は月も出ていてそれなりに明るい、とやっと弦を張る事ができたクロスボウを構えて答えた。
そうまで言われてしまえば、彼等には何も言う事もできなかった。智彦は二人に付いて行きたいと言う思いも沸いたが、優子を残して行ける訳が無い。


智彦は、本当に飛鳥達と友人になりたいと心から思っていた。
此処に来るまでに幾度か垣間見た、二人の信頼関係。本当に互いを心から親友として認め、信頼しあっているのだと、互いの態度や言動の端々から感じ取れた。
智彦にはそんな友人はいなかった。小学校の時から友達だった者も、一緒のクラスだったのだが、隣に座っていた自分に何も言う事無く、一番に教室を抜け出して行った。
それだけに、強固な信頼関係を持つ二人が羨ましくて溜まらなかった。できれば、自分もその輪に入りたいと心から思った。


ある程度使い方を確かめ、肩を並べて部屋を出て行く二人を、智彦は羨ましそうに見送るのだった。














あとがき
前話はやっぱり賛否両論あったようですね。
今回の話でコータ達のフォロー的なものとなってますが、ご指摘して下さる方がいるように、前話でそういったものを含め無かったのは、彼等にたいして飛鳥達が本当に怒っていたと言うのを表現したかった為です。もっと私に文才があればどちらも上手く含めつつできたのでしょうが、何度書き直してもどっちつかずの中途半端な形になってしまい、こういう形にしました。

それと居残り組と脱出組で戦力が違いすぎると言う声が幾つかありましたが…
残り 飛鳥 健二 卓造 智彦 みのり 優子
脱出 冴子(原作より強化) 麗 孝 コータ 沙耶 静香 幼女+犬

現状、敵の数にもよりますが、飛鳥が戦えない人間を守りながら移動できる数は3~4人程度。智彦は槍術を使え、麗には劣りますが十分戦力となる力を持っています。健二は飛鳥に付いて行きながらなら、自分の身は守れます。卓造も自分の身はある程度守れますので、飛鳥だけで十分カバーできる構成となっています。更に奴等に関する情報もある程度あり、音に反応する事などを利用すればかなりの数を誘導する事ができるのも実証されていますので、それ等を利用すればこのメンツでも十分だと判断したのです。
原作組の方も、戦力外は三人。作中でも語っているように、この街を夜間移動すると言うのは非常に危険だと思います。車が何らかの事情により使えなくなってしまうと言う事態も十分考慮できたので、脱出組は原作と変えませんでした。

PS
そろそろタイトルを変えるかもしれません。変える際には告知をしますが…まだ考えて無かったりw
いつまでも『がくえんもくしろく あなざー』とかやる気の微塵も感じられないタイトルはあれですしねwwww



[20336] 第十六話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:1cbeb0e1
Date: 2010/08/10 21:26







 メゾネットを出た二人は、メゾネットより少し離れた場所で試射などを行い、ある程度の手応えを得ていた。
コータの言っていた通り、発射音も無音と言って良い程小さく、威力も十分。命中率もかなり高い。惜しむらくは連射がきかないと言う点であろうか。
釘打ち機の方は流石にコータのようにほぼ百発百中と言う訳では無かったが、しばらく使っている内にコツを覚えたようで、健二でも6割近い命中率を保てるようになった。

「こんなもんだな。さんきゅ、飛鳥。もう十分だ」
「ん。クロスボウだけでなく、釘打ち機の方もそれなりにいけそうだな。じゃあ矢を回収して戻るか。あ、そういや夕食の材料を取りに行く時に工具店を見つけたんだ。ついでに釘も補充して戻ろう」
「ういうい」

音を立てないように移動を開始する。
工具店や個人経営の電気店や八百屋何かが軒を連ねる小さな商店街。奴等の姿も生者の姿も無く、至って静かなものだった。
車が衝突した街灯がちかちかと点滅し、静かな街並みを一層不気味に見せている。

「まさにゴーストタウンってか。もう慣れちまったけど」
「だな…。一日足らずでこれが当たり前に見えちまうんだから、人間の適応力ってのは侮れん」
「全くだな…お、交番だ。地図を拝借しようぜ。川を渡る方法を練るのに使える」

健二の言葉に、飛鳥は成程と頷いて、二人は無人の交番へと入った。
幸い地図はすぐに見つかった。机の上の、透明のデスクカバーの下に、此処等周辺のの地図が置かれていたのである。
何か他にも使えそうな物があれば、と思う二人だが、見る限りそれらしい物が残っているとは思えない。何せ…

「荒らされてるな…。誰かが武器でも探したのかね」
「多分そうだろうな。地図が無事だっただけ儲けもんだろ」

交番の中はかなり荒らされていたからである。
奥の方にあるロッカーや、無理矢理こじ開けられたような引き出し、散乱した書類。何ともや酷い有様だった。
それ等に目を向けて呟く飛鳥に、健二も鷹揚に頷いて、碌な物は無さそうだと肩を竦める。


まぁ目的の物は無事手に入ったので問題無いか、と飛鳥達は今度は工具店の方へと移動。
健二の持つ釘打ち機で打ち出せる、釘を動きを阻害しない程度に、しかし持てる限り持ってメゾネットへ戻る事にした。








「あれ、霧慧君達は?」

飛鳥達が出て行ってから30分程立ってから、お風呂に入っていたみのりが出て来た。
濡れた黒髪に、お風呂に入っていた為か、薄らと赤く染まった肌。風呂から上がったばかりの身体を、バスタオル一枚で包んだ状態でみのりは出て来たのである。
冴子達程では無いが、それなりに整った容姿をしているみのりがそんな格好で出て来たので、智彦は自身に彼女がいる事も忘れて思わず凝視していまう。

卓造の方は己の彼女がそんな格好で出て来た事に仰天し、あわあわと慌てる。

「ちょ、みのり! 何てはしたない格好で出て来るんだよ。此処にいるのは僕だけじゃ無いんだぞ」
「分かってるわよ、でも服を洗濯しちゃったんだからしょうがないでしょう。それで霧慧君達は?」
「だからって……。はぁ。二人ならクロスボウの使い方を覚えるって外に行ったよ。暗いから明日にすればって行ったんだけど、今日の内に感覚を覚えて明日に備えてイメージトレーニングもできるからって」

更に言い募ろうとするも、言っても仕方ない事か、と卓造は溜息を吐いて飛鳥達が出て行った事を告げた。
その事にみのりが口を開こうとした瞬間、みのりの背後から、同じくバスタオル姿の優子が出てきて、今度は智彦が面食らう。

「ゆ、優子!? お前もか! 俺以外の奴もいるのに、そんなはしたない格好で出て来る何て! お前には慎みと言う物が無いのか!?」
「あれ、霧慧君は? 智彦、慎みと言う言葉は貴方の下半身に覚えさせてあげたいよ。毒島先輩達を見て膨らませてたの、ばれてないとでも思ってた?」
「ぶふっ…! ち、違うぞ!? あれは男の本能と言うかサガと言うか、あの、その……ご、ごめんない。慎みが足りないのは僕の方でした」

優子の会心のカウンターに、智彦は必死になって弁明しようとするも、最愛の彼女から送られる絶対零度の視線に後が続かず、頭を床に擦りつけて謝罪。
小動物のような可愛らしさを連想させる優子だが、性格は結構強気のようだ。彼女は呆れたように溜息を吐いて、改めて飛鳥達がいない事を問うた。

「それで霧慧君達は?」

その質問に、卓造がみのりに言った事と同じ事を返す。
それを聞いた優子は、じっと自分の彼氏を凝視。そして隣のみのりも自分の彼氏に目を向ける。そして二人同時にふっと笑い、

『霧慧君がいないと不安だわ/よね』

と漏らすのであった。
無論、それが冗談の部類であるのが分からない程、彼等の付き合いは浅くなど無いが、それが冗談だけで無く、本音が混じっている事も敏感に感じ取っていた。
とは言え、反論する気など起きない。卓造も智彦も、そう感じていたからである。幾ら近くにいると言っていたとは言え、外に自分の命を狙う物がいると言う状況で、頼りにできる者が傍にいないと、不安に感じてしまうのは仕方が無い事だった。

「霧慧さん達、ほんと凄いなぁ。同じ高校生とは思えないよ…」
「それは先に脱出した先輩達もだけどな…。皆強くて、しっかりしてて、何か俺達と全然違うよな」

今日の様々な出来事を思い返し、卓造と智彦はほとんど何の役に立てなかった事を思い出し、顔を暗くする。
そんな彼等の様子を見て、みのりが深い溜息を吐いた。

「暗い顔してるんじゃないの。二人だっていてくれないと、私や優子ちゃんは困るんだからね? それにさ、確かに霧慧君達は凄いけど、私達だって自分達で何か考えて、できる事をやればいいんじゃないかな?」
「できる事って?」
「それは…分かんないけどさ。こんな状況だもの、何時までも人頼みにしていちゃいけないと思うの。それぞれが色々考えて、協力できないといけないと思うな。それに、私達が霧慧君達と一緒に行動できてるのは運が良かったから。もし学校で彼等に出会わなかったら、私達は私達で行動しなきゃいけなかったんだよ? これからも、ずっと霧慧君達みたいに頼りにできる人達と、一緒に行動していけるかも分からない。もしかしたら、今みたいに離れ離れになって、自分達だけで生きていかないとならない時が来るかもしれない。そうなった時に、今見たいに頼ってばっかりの私達だと、あっという間に死んじゃうんじゃないかな」

みのりの言葉に、卓造達は尤もだと強く思った。
此処まで自分達は、飛鳥達に従って付いて来ただけだ。自分達よりも迅速かつ的確に判断を下せる者が近くにいる事で、自分達は特に何も考えるでなく、ただ自分達の身を守る事だけを考えて来た。


今まではそれで良かった。だが、それでは駄目なのだ。
これまで飛鳥達と行動を共にできているのは非常に幸運だった。だが、それがいつまでも続くとも限らない。それが今回の件で身に沁みて理解できた。
彼等のような者がいなければ、自分達で考え、生き抜いて行かなければならないのだから……。





飛鳥達が戻ってきたのは、彼等が出かけてから一時間半程経過してからだ。
卓造と智彦は二人が出ている間に手早く汗を流し、みのりと優子はペットボトルに水を入れたり、持って移動できそうな食糧をかき集めたりと、もしすぐ移動する事になったりしても動けるように、準備をしていた。
風呂から上がった卓造達はストレッチをしたり、足や手をマッサージをしたりして翌日のダメージを出来る限り抑えようと努め、自分達にできる事をしようとしていた。

飛鳥と健二はそれにちょっと面喰いつつ、みのりに勧められて風呂に入ることに。その間の見張りは卓造と智彦が付くことになった。

「何だか俺らが出てる間に、ちょっと様子が変わったな」
「あぁ。悪い方では無いから良いけどな」

湯船に肩までつかり、気持ち良さそうに目を細める健二の言葉に、飛鳥は体に石鹸を付けながら答えた。
飛鳥達が出る前と出た後では、明らかに智彦達の様子が良い方向に変わっていた。
何というか、生きようと足掻き始めたと言うか、…自分達で生き抜こうとする意志のような物を感じるようになったのである。

「あー気持ちいい……」
「何時まで入れるか分からんからなぁ…今のうちに堪能しとかねぇと」
「箱根あたりの温泉旅館でも占領しねぇ? それなら何時でも温泉に入れるじゃん」
「海咲ちゃんを保護してから考えようぜ……って、お前さっさと連絡取ってやらねぇと」

バスの中で連絡を取ろうとしたが、その時はタイミング悪く事故になってしまったせいで未だ連絡を取れていない。

「あぁ、そうだった…。風呂から出たら連絡しないとな」
「そーしてやんな。お前んちにどれだけ食糧があるかも問題だな」
「あ、それなら大丈夫だ。親父が防災関係には敏感でなー。定期的に非常食や水を買い換えてるから、一か月分近くは水も食糧もあるんだ」
「へぇ、やっぱそういうのはしっかりしとくべきだよなぁ」

飛鳥の家では、そういう防災対策何かは皆無なので、本気で感心しながら、体を洗う。
ひとしきり体を洗い終えると、今度は頭である。

「んー…所で橋はどうやって渡る? 橋の警官部隊を壊滅させるとかは最後の手段な」
「しねーよ。しかし実際問題どうするかねぇ」
「やっぱ先輩達みたいに車でかね。まぁその辺は夕飯でも食ってからにすっか」

などと言いながら、健二は水面に浮かぶ、あひるに洗面器を被せて沈めたりして遊んでいる。
それを見て、飛鳥は懐かしそうに目を細め、シャワーで泡を洗い流して立ち上がる。

「交代な」
「おう」

今度は飛鳥が湯船に。健二は洗い場へ。
それからしばらく湯船を堪能し、今日の疲れを癒すのだった。



風呂から飛鳥達が出ると、みのり達がテーブルに料理を並べ終えて待っていた。
卓造達はかなりお腹を減らしているらしく、その様子はごちそうを前にして、飼い主に待て、と命じられている犬のようであった。
飛鳥達は当然着替えは無い上に、着ていた物も洗濯にかけたので、現在パンツ一枚である。


みのり達は、飛鳥の鍛え抜かれて引き締まった、肉食獣のような機能美に満ちた肉体に見惚れ、卓造と智彦は自分の体とのあまりの違いに愕然とした。
ちなみに健二の方も、飛鳥について山だの海に行ったりして駆け回っていたので、中々に締まった良い体をしていた。


それにより。みのり達はちらちらと飛鳥に視線を向けながらの食事となった。
皆かなりお腹が空いていたらしく、結構作ってあったのだが、全てを食べきってしまった。
しばらくの食休みの後、彼等はテーブルを囲んで先程、飛鳥と健二が取ってきた地図を見ながら明日どうするか話し合う事にした。

「ではまず現状の確認からだ。まず俺達がいるのは此処。どうにかして川を渡り、高城先輩の家…此処に向かわなければならない訳だ。橋は封鎖。川は雨で平時より増水。向こうは見張り何かも立てて警戒しているだろうが、これはまぁ俺がどうにかするから気にしなくて良い。渡りきる事ができた場合だけどな。川の途中でぱんぱん撃たれたら流石にこの人数を庇いきるのはちょいきつい。ひとまず安全に川を渡河する方法について話し合おうか。意見のある者はどんどん言うように」

飛鳥がリーダー的な立ち位置で口火を切るが、誰もその事に異議を立てようとするものはいなかった。さらっととんでもない事を言っているが、とりあえず皆今は関係無いので流した。それぞれが頭を悩ませ、難しい顔で考え込んでいる。とは言え、大体皆考えていたことは同じなようで、みのりが言った言葉に、智彦達も頷く。

「やっぱり先輩達みたいに車で渡るしか無いんじゃないかなぁ」
「ですよね。車があれば奴等がいても大丈夫だし」
「戦ったり歩いたりしなくても良いから、体力の温存にも良いもんね」

智彦、卓造とみのりの言葉に追従する。
優子の方も彼等に同意見であったのだが、飛鳥達の反応が気になって二人に目を向ける。自然、他の面々も二人に目を向け、注目が集まった事に健二が苦笑して、口を開いた。

「車は悪くない案だと思う。というか、それが一番だろうな。けど、少し問題もあるな。まずは俺達は誰も運転をした事が無いと言う点。こればかりはやってみないと何とも言えないがな。次に車の確保。そして車種。先輩達があれだけの奴等の群れを車で突っ切れたのは、あの車がハンヴィーって言う軍用車だからだ。普通の車じゃあんなん無理だ。
車なら…トラックとか大型の車を手に入れないと無理だろうな。けどそういう車は大抵マニュアルだから、車の運転に関する何の知識も無い俺らが、いきなり転がすには少々難易度が高い。オートマもあるにはあるが、数はそんなに無いからな」
「成程……大型車がある場所と言うと、輸送店、工事現場とかか? 輸送店なら……此処から5キロ程離れた所にあるな」

飛鳥が地図を見ながら呟き、他の面々も地図に目を向けた。
飛鳥の言うとおり、此処から5キロ程離れた所に輸送店の本店があった。

「此処に車を取りに行くって事で良いのかな?」
「そうだな。だが、全員で行く必要も……いや、全員で行動を共にした方が良いか」

卓造が地図を見ながら飛鳥を見、飛鳥は軽く頷いてから口を開くも、全員で行く必要は無いと言いかけ、口を噤む。
現状、何が起こるか分からない。どちらかに何かあれば、合流するのが非常に大変になる事も確かだし、下手すれば永劫の別れとなりかねない。

「そうだな、全員で動いた方が良い。じゃあ明日の目的地はこの輸送店で良いか?」

飛鳥の問いに全員が頷いたが、優子は頷きながらも難しそうな顔で口を開く。

「でも、車が駄目だったらどうするの?」
「それなら大丈夫だ! いざと言う時には、俺に名案がある!」

優子の言葉に、地図を見ていた健二がやけに自信に満ちた顔で答える。
そのあまりに自信に満ちた言葉と表情に、飛鳥を除く者達は、駄目でも案があるんだ! と安心と、他にも考えがあると言う健二に尊敬の念の籠もった視線を向ける。
が、付き合いの長い飛鳥には、こういう時の健二は、悪ふざけを思いついた時のものだと熟知しているので、健二へ白い目を向けるのだった。












翌日。
飛鳥達は九時ちょっと過ぎに家を出る事になった。
先頭を歩く飛鳥の顔は、非常に晴れやかであり、上機嫌であった。
何せ今日は、かなり長い時間寝ている事が出来たのだから。八年。修学旅行何かの特殊な事情は除き、毎日毎日、低血圧なのに朝4時に叩き起こされて来たのだが、今日はそれが当然であるが無かった。お陰でたっぷり眠ることができ、飛鳥は爽やかな目覚めを迎えた訳だ。


それでも皆疲れてぐっすり眠っていたと言う事もあり、一番早く起きたのは飛鳥だった。
7時半くらいに目を覚ました飛鳥は、寝ている者達を起こさないようにして、朝食の準備をし、朝食の匂いに気付いて起きたみのりが、慌てて手伝いに駆け付けるなどと言う事もあった。その後、皆で朝食を取り、それぞれ準備を終えて出発する事になったのだ。


行軍はスムーズに進んだ。奴等の姿はそれ程無く、いても音で誘導すれば十分進める程度の数だったからだ。
邪魔なのも麗が置いていったらしいモップの柄で一掃する。


とは言え、普通に移動するよりは当然かなり時間がかかっていたが。
それでもさしたる問題は無く、いざという時にちゃんと動けるよう小休止を大目に挟みつつ、彼等はしっかりと進んでいた。
そして、三度目の休憩。


飛鳥達は自動販売機が立ち並ぶベンチの所で休憩を取っていた。
それぞれ喉を潤したり、ストレッチ何かをしたりして、時間を使っていた。
その時である。不意に、近くの路地から、きゅ~ん、きゅ~んっと何かの鳴き声が聞こえて来たのは。

「この声…犬かな?」
「ですかね」

犬好きのみのり…そして健二がその声に反応し、二人は顔を見合わせて路地を覗きに。
そこにいたのは、表情情豊かな愛くるしい目と、大きな耳が特徴的な、チワワと言う犬種の犬であった。
ただし―――。

「わ、かわいい !」
「先輩待って!」

―――赤い瞳の。
思わずと言った風に手を伸ばしたみのりを、健二が制止しようとする。
が、ぎりぎり間に合わなかった。

円らな瞳と、きょとんとしたような可愛らしい顔を一変させ、鋭い瞳と今にも噛みつかんばかりの剥き出しの敵愾心を露わにしたチワワは、みのりが伸ばした手に、その牙を立てるのであった……。







あとがき
ちわわトラップ発動…。
スランプなのか少々筆が進まず@@; おふざけルートはあれこれ案が浮かぶんですがね;;

もしかしたらおふざけルートのほうを優先して進ませるかもしれません。




[20336] 第十七話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:1cbeb0e1
Date: 2010/08/12 23:43





「いたっ…!?」
「ぎゃぃんっ」

 腕に噛みつかれたみのりは、苦痛の声を上げて腕を振り、ちわわを振りほどく。
噛みつかれた腕にはしっかりとチワワの歯型が残され、血が滲んでいた。

「こいつ、やっぱり!」

健二は学校で遭遇した、凶暴化したカラス達を連想したが、その懸念通りであった事を確信して釘打ち機を引き抜き、引き金を引く。
撃ちだされた釘はみのりによって地に叩きつけられたチワワに向かい、頭と体に一発づつ命中し、倒れ伏して動かなくなる。


そして騒ぎを聞きつけてやって来た飛鳥達は、腕から血を流すみのりと倒れ伏すチワワを見て驚愕に目を見開いて動きを止める。
奴等に噛まれただけで、死ぬ。彼等全員がそれを知っていただけに、目の前の光景は彼等の…特に、みのりの恋人である卓造の受けた衝撃は、計り知れない。
飛鳥は厳しい顔でみのりの方へ足を向け、みのりは飛鳥がやって来た事で、紫藤を殺害した飛鳥の姿を連想してしまい、びくぅっと身を震わせたが、飛鳥は彼女は素通りして倒れ伏したままの犬の元へと足を向ける。

「み、みのり……」
「卓…ぞ、う………。ごめん、ごめ…んね……。うっ、ひくっ……折角此処までまもっ…うっ、ぐれたのに。ひぐっ、うぅっ、私……」

噛まれちゃったよぅ…とぼろぼろと卓造を見ながら涙を流し始めるみのりに、卓造は泣きそうに顔を歪める。
智彦は何も言う事ができず、隣にいた優子をぎゅっと抱きしめ、優子は愕然としながらも智彦に身を預ける。飛鳥と健二はちわわの死体を調べ、厳しい表情で顔を見合わせる。

「……カラスと同じだ。目だけは赤く、凶暴になっているようだが、見た目的には普通の犬と変わりない。”奴等”に噛まれると奴等と化す。今のところそうだが……どう思う?」
「……可能性は、あると思う。だが必ずしもそうだ、とも言えない。ぎりぎりまで確かめるべきだと思う」

二人で頷きあい、みのりに視線を向ける。
みのりは近づこうとする卓造に来ないで、と後ずさるようにして飛鳥達の元へと近づいて来ていた。

「小島先輩」
「ひっ…分かってる、分かってるわよ! 私はもう噛まれちゃったからもう駄目何だよね!? 奴等になっちゃうんだよね!? だから、だからそうなる前にって事何でしょう!?
そうよね…霧慧君は生きてた人も簡単に殺せちゃうんだもんね! 奴等になる事が確定した私を殺す事くらい訳無いわよね!?」

焦燥、混乱、恐怖、後悔。飛鳥の声に振り返ったみのりの表情は、様々な感情で彩られており、彼女が恐慌状態に陥っているのは明白だった。
彼女の言葉に、飛鳥は怜悧な眼差しを彼女に向けつつ頷いた。

「場合によってはそうするのは否定しない。あんたが落ち着きをなくすのも分かるが…「分かるですって!? あなたみたいな人に私の気持ち何て…っ!?」……話が進まない」
「みのりっ!? 霧慧さん、何を…ッ!?」

飛鳥の言葉の途中で、噛みつくように話を遮ろうとするみのりの頬に、飛鳥は無造作に平手打ちを見舞う。
当然かなり手加減がされた一撃だったが、それでも十分な威力。みのりは路地の壁に叩きつけられて、ずるずるとずり下がるように座り込んで頬を抑えた。
みのりに慌てて卓造が駆け寄り、飛鳥に非難の視線を向ける。

「小島先輩はまだ奴等になると決まった訳じゃ無い。あの犬が奴等なら間違いなくそうだが、あれはカラスと同じように奴等の肉を口にして凶暴化した犬だ」
「この犬は頭脳的な行動を取った。奴等には理性や感情何か今のところ無い。だから、自棄にならないでくれよ、先輩」

飛鳥は冷静に、怜悧な表情のままに。健二は顔を痛ましそうに顔を歪めながら。
それぞれ言い方は違えど、まだみのりは大丈夫かもしれない、と告げる。みのりは卓造に抱きしめられながら飛鳥達をじっと見つめ、ついで卓造の胸に顔を寄せて、咽び泣く。
卓造も、みのりを失うかもしれないと言う恐怖から、顔を歪めながらも、飛鳥達に視線を向け、二人が頷くのを見て顔を引き締め、みのりを抱きしめる腕に力を込めた。


飛鳥が更に口を開こうとした時だ。不意に飛鳥は顔を顰めてあらぬ方を見、路地から抜け出して優子達を路地の方へ行くよう促す。
彼等が不思議そうにしながらも、飛鳥に従った時だ。曲がり角の方から数人の男達が駆けて来たのである。


4人の男達は、飛鳥達を発見すると、狂喜の笑みを浮かべて飛鳥達の方へやってきて、ちょっと散開気味に飛鳥達と向かい合う。
その内の一人の男の背には、裸でむせ返るような性臭を放っている、ぼろぼろの裸の女性の姿があった。その姿を見るだけで何がその女性に行われたかは明白。
既に彼女は精神的に壊れてしまっているのか、何の感情も宿していない暗い伽藍の瞳となっていた。

「ひゃははははっ! やっぱりだ! 夜が明ければ隠れてた奴が出てくるとは思ってたが案の定だぜぇえええ! しかも中々良い女二人もつれてるしぃ!?」
「うほっマジモンの女子高生じゃねぇか! 興奮してきたぜ! 初物か!? オレ一番だかんなっ!」
「おい、お前この壊れた女の時最初だったろ!? 次は俺だ!」
「へへ、もうこの女散々犯してガバガバの上に何の反応も示さなくなっちまったからな。まぁこいつの彼氏を俺らでぶち殺してやった時点で壊れてたけどな! もうこいつもいらねーや!」

男達はぎらついた視線をみのりと優子に向け、口々に興奮した口調で自らの欲望を口にする。
女性を背負っていた男は、女性を投げ捨てるとその頭に鉄パイプを振り下ろし、既に壊れていた彼女の精神だけでなく、肉体さえ破壊する。


卓造達はそれに息を呑み、飛鳥は不快気に顔を顰め、健二は釘打ち機を握る手に力を込める。
特に、卓造達は彼等の行いにたいして戦慄する。昨日、似たような光景を目にはしたが、実際に目の前で向けられるのと、彼等の敵意が自分達に向けられるのとでは、恐怖の度合いが違う。
男達はそんな彼等を見て、何を勘違いしたのか知らないが、余計に下卑た笑みを浮かべて彼等に迫り―――。

「あえっ?」

その内の一人が何かの発射音と共に後ろに向かって倒れ伏した。
その男の首と頭に抉られたように穴があき、男達が倒れた男に視線を向け、驚愕の表情を浮かべてから、ばっと飛鳥達の方へと視線を向ける。

「今、取り込み中何だよね。お前等みたいな下種に構ってる余裕は無いのさ」
「……そういう事さね」

飛鳥の横に、釘打ちを構えたまま並ぶ健二。飛鳥はそれに、一瞬辛そうに顔を歪める。
だが、それも一瞬。小さく健二の言葉を肯定した直後、飛鳥の身体は一瞬で男の一人へと迫っていた。


男の懐に潜り込み、顎へと掌打を放つ。その威力で顎が砕け、浮き上がる身体を男の一人へ向けて蹴り飛ばす。
蹴り飛ばした直後には、逆側の男に向かって動き出しており、その男には手にしているモップの柄を無造作に横薙ぎに。骨が折れ、砕ける鈍い音を響かせながら、男の体は吹き飛ばされる。
吹き飛んだ二人の身体は、飛鳥達の正面にいた男へと向かい、正面の男は何が起こったかもわからず、飛んできた男にぶつかり、もつれるように倒れこむ。
飛鳥に吹き飛ばされた男達は、それぞれ口から血を吐きだしながら悶絶して、正面の男の上で悶え苦しむ。

「なんだ!? お、おいっ、な、何が起きたってんだよ!? ひぃっ!? お前か!? お前がこいつ等をやったのか!? た、頼む! 見逃してくれ!」

男は身体の上の男達を戸惑いながらどかし、彼等がそれぞれ悶絶して口から血を吐きだすのを見て悲鳴を上げる。
そしてゆっくりと、酷薄な笑みを浮かべながら歩み寄る飛鳥に視線を向けて、顔を蒼ざめさせて命乞いをする。

「あんた等みたいのだと、俺もやりやすくて良いよ」
「な、何を言って…ぎゃぁあああああ!」

無造作に浸透打撃を込めて柄を振るい、男の両足の膝蓋骨…膝の皿の部分を再生不可能なまでに叩き割る。
男の絶叫が周囲に響き渡り、男は悶絶して膝を抱えて地面を転がる。飛鳥は残り二人も同じようにして、行動を封じる。

「うぅう…、いてぇ、いてぇえよ。お、おれが悪かっ…た、頼む、命は、命だけはっ……」

懇願する男に、飛鳥は嘲笑を返し、踵を返す。健二がそれに、驚いた風に振り返り、飛鳥に続く。

「飛鳥、あいつらあのままにしとくのかよ。そりゃ動けそうに無いけど、あんな奴等……」

生かして置かない方が…と続けようとした健二だったが、親友の顔に浮かぶ冷たい微笑に何も言えなくなり、言葉を呑みこむ。
飛鳥は若干怯えた視線を飛鳥に向けつつも男達を嫌悪の視線で見やる智彦達に視線をくれ、出てくるように促す。

「行くぞ。山路先輩、小島先輩を連れて来て下さい。矢部も先輩を支えながら付いてきてくれ。健二、峰は周囲に気を配りながらついてこい。犬も凶暴化しているようだから、気を付けろよ」

健二を除いた者達は、戸惑いながらも飛鳥の指示に従って立ち上がる。
彼等としても男達の行いは許し難い行為だった。男達の話からすれば彼女の恋人を目の前で殺害し、その女性を欲望のままに犯して精神を崩壊させ、用無しとなればゴミのように投げ捨ててあっさりと殺害してしまったのだ。


それは決して他人事などでは無く、下手すれば彼等もまた同じ目にあっていたかもしれないのだ。
智彦達からしても、男達に同情の余地など一切無く、歩き出そうとする飛鳥の背を追おうとする。

「待て、待ってくれよぅ! 置いて行かないでくれ、後生だから!」
「何それ、ギャグのつもり? 置いてか無いでくれとか、俺達に向かって本気で言ってるようなら笑うしか無いんだけど」

動きだそうとする飛鳥の足に、縋りつこうとする男の手をかわす。そして飛鳥は薄笑いを浮かべながらその手を踏みつけ、砕く。男がさらに悲鳴を上げる。
悲鳴を上げる男を相変わらず薄ら笑みを浮かべたまま見下ろし、飛鳥は今度こそ歩き出す。去り際に、一言加えて。

「ま、笑わせて貰ったから最後に良い事を教えてあげるさ。俺達、この近くで危ない所をおまわりさんに助けて貰ったんだよね。まだ近くにいるだろうから、”大声”で叫べば来てくれるんじゃねぇかな。運が良ければだけど」
「ほ、ほんとか!? 本当何だな!? お、おい! 待て、待てよぉ! く、くそっ! おまわりさーん! 助けてくれぇええ! おまわりさーん!」

男の必死の叫びを背中に浴びながら、飛鳥達はさっさとその場を離れる。
これだけ声を大声を上げる者がいれば、奴らがすぐに集まってくるであろうから…。






恐らく、飛鳥にしか聞こえていなかっただろう。
あの男の断末魔が耳に入り、飛鳥は顔を顰めた。ああいう奴等が出てくるであろう事は予測が付いていた。
そういった者等に対し、例え人間だろうと容赦するつもりは無かった。


法や常識、世間の目が気にならなくなってしまえば、人は何でも平気でできてしまう。
ましてやこのように明日どころか、その日生き抜けるどうか分からないような現状、欲望のままに行動する人間が現れるのはある意味当然と言える。
人間社会と言う物は、法や常識、世間体などと言った物で縛られ、管理されているからこそ多くの人間がそれに従って生きているのだ。
それから外れてしまえば、後ろ指を刺されたり、罪に問われる。それ故、人は法で定められている事をいけない事だと認識し、それに反しないよう生きている。


だからこそ、そうした物が全て崩壊した今となっては、あの男達のような人間が出てくるのはある意味当然と言えた。
そして飛鳥はそれを分かっていたし、出てくるのであれば飛鳥の手で始末を付けるつもりだった。


しかし、健二が飛鳥よりも早く行動を起こしてしまった。
止めようと思えば、止められた。健二から殺気は感じていたし、すぐ近くにいたのだから。
だが、止めて良いのかと疑問にも思ってしまった。生きた人間による危機もまた、普通となってしまった現状、自分の身は自分で守れる方が良いに決まっている。


友人に殺しをさせたくないと言う思いと、生者による危機の際に自身でそれを打開できるようになった方が安全だろうと言う思い。
どちらも友人を思う気持ちからこその葛藤だった。


そして飛鳥は、健二の意志を尊重する事を選び、手を出さなかった。
このような現実となったとは言え、目の前で生きている人間を殺すと言う事は、健二の心の中でも大きな葛藤があっただろう。
そしてその葛藤の末に健二も動いたのだろう。何時から健二が覚悟していたかは飛鳥にも判断はできない。だが、少なくともあの場では無い。

昨日、暴徒と化した者等を見てからか、それとも一晩の間になのか。
何にせよ、飛鳥は健二を止めなかった。
それが健二の選択であったし、飛鳥自身もそれは必要な事だと思ったから。


飛鳥達は少し移動して、途中にあったカラオケボックスの個室へと入りこんだ。
卓造に抱かれたみのりは顔を上げようとせず、ただただ卓造の胸に縋りついている。
室内は重苦しい沈黙に包まれ、誰も言葉を発する事無く、ただただ時間だけが過ぎていた。

そして一時間程経過。
飛鳥はみのりの様子も、気配にも何の変化も無い事に訝しげな表情で健二に視線をやり、健二も頷く。

「小島先輩、体調に何かしらの変化は?」
「………今のとこ、何とも」

飛鳥の問いに、みのりはかぼそい、覇気の無い声で答えた。
力の無い声だったが、嘘は無い。声からそれを判断した飛鳥は、安堵した声音で口を開いた。

「なら恐らく大丈夫でしょう。小室先輩達の話では、奴等になるのは噛まれてすぐから、およそ30分。移動で15分、此処に来て一時間。どうやら凶暴化した動物からは奴等になる事は無いようです」
「本当ですか!? 良かった、本当にっ…! みのり、良かったな、良かったな、良かったぁ……」

涙を流しながら喜ぶ卓造に、智彦達も安堵の息を漏らす。
みのりは、奴等にならない、と聞いて茫然と顔を上げて飛鳥に視線を向け、潤んだ瞳で問いかける。

「ほ、本当に? 本当に私……」
「完全にならない、とは言い切れないが、これだけ時間がたってもならないなら大丈夫だろう」
「あ…あ、…うぁあああああんっ!」

飛鳥のが軽く笑みを浮かべるのを見て、みのりは両目からぽろぽろと涙を流して子供のように声を上げて泣いた。
卓造がみのりを優しく抱きしめてその髪を撫で、落ち着くまでそうしているのだった。





みのりが落ち着きを取り戻した所で、一向はカラオケボックスを出て輸送店を目指す事になった。
いつものように先頭で店を出ようとする飛鳥を、みのりが引きとめた。

「ま、待って霧慧君!」
「あ?」
「あ、あの…その…さっきは酷い事を言ってしまってごめんなさい!」

飛鳥に向かって、深々と頭を下げた。
それに飛鳥はきょとんと言う顔をしたが、あぁ、とさっきの事かと思いだして首を振った。
別に飛鳥はみのりの言った事など全く気にしていなかった。みのりの言った事は事実であるのだから、謝罪されるような事は無い。

「気にしてないですよ。先輩が言ったのは事実です。俺は生きた人間だろうが何だろうが、敵や仲間に危害を与えるような奴なら殺します。それはこれからも変わらない」
「…で、でも、私達の為に「違います。自分の為です」…あぅ」

みのりの言葉を一言で切り捨てて、飛鳥は苦笑を浮かべる。

「だから気にしないで良いんですよ。俺は自分の事しか考えてないんで」
「ま、待ってくれ!」

再度店を出ようとする飛鳥を、今度は智彦が止める。
その声に必死さが滲み出ており、飛鳥もまたか、と思いつつ足を止める。

「霧慧はどうして人を殺す事ができるんだ!? あいつ等みたいの死んだって良いって俺も思う…。優子があの人みたいな事になったらと思うと、怒りでどうにかなっちまいそうだ…ッ! 今回は霧慧達がいたから危なくも何とも無かったけど、これからはあんなのも普通にいるんだろ!? もしあいつ等みたいのに俺と優子だけで遭遇したら…ッ、俺は…」
「僕も知りたいです…。これからもみのりを守っていく為にも、僕自身が生き抜くためにも。人が積み上げてきた人生を、自分の手で奪ってしまう何て…ッ。霧慧さんはそういった人の人生を背負う覚悟とかしてるんでしょうか!?」

二人がそう思うのも当然だろう。
先程の出来事は、飛鳥達がいたからこそ危機では無かったが、彼等だけで出会っていれば紛れもなく絶体絶命と言うべき危機であった。
飛鳥達がいなければ、絶対とは言い切れないが、智彦と卓造は高確率で命を失い、みのり達はあの男達の手に落ちていた事だろう。

真剣な顔で飛鳥を見据える二人に、飛鳥は実にあっさりとした態度で口を開いた。

「言ったろ? 俺は自己中だって。知り合いならともかく、無関係の、それも敵や危険な人間だからって理由で排した奴等の人生何ざ気にしちゃいねぇ。そんな奴等の人生何て背負いたくも無い。例え、こんな状況になって人が変わっちまった奴のでもな。それに…覚悟云々何てのも、特に意識してない。生き抜く上で、守る上で必要だと思ったから手を汚している。他に理由は特にない」
「必要、だから……」
「無理かもしれないが、自分が犠牲にした人間の命を背負おう何て思わない方が良い。峰達はもう重いものを背負ってるだろ? それ以上しょいこんだら、潰されちまうよ」

智彦達は、それぞれの恋人の命と言う重すぎるものを背負っている。
卓造達が倒れれば、みのり達が生き残れる可能性は格段に下がる。それ以前に、そんな事になれば後を追いかねない。

「碌でもない世界になっちまったんだ。今や正しい行いや正邪の度合いは個々に委ねられた。あいつ等も、あれが正しいと思ったからこその行動だろう。俺もまた、そうだ。紫藤を斬ったのも、あいつ等を奴等の囮に使ったのも、そうすべきだと判断したからだ。つまりは自分で決めろってこった」

法も常識も崩壊した世界。そうなれば、個人の裁量に全てが委ねられる。
飛鳥は自身の大切な者を守るために他者を切り捨てる事を選び、敵対するものには容赦しないと決めている。

飛鳥がそうして決めているように、卓造達も各々の判断で動かなければならないのだ。
沈黙する彼等を置いて、飛鳥は先に店外へと出た。健二はすぐさまそれに続き、残った者等は、戸惑いながらも後に続くのだった。







カラオケボックスを出てからは、なんら問題も無く輸送店へと向かう事はできた。
一向は荒れ果てた街の中を、駆け抜け、ようやく輸送店に辿り着き―――

「う、嘘……」
「こ、これじゃあ無理だよ…」

―――愕然とした。
輸送店の入り口は、酷い有様だった。数台の大型トラックが横転して道を塞ぎ、燃料が漏れて引火し、激しく燃え盛っている。
これではとてもでは無いが、仮に動かせる車があったとしても、入り口から出る事は不可能だろう。

彼等は、燃え盛る炎の海に目を奪われながら、茫然と立ち尽くすのだった…。




















あとがき
お気づきになられた方もいるようですが、7話あとがきにあるように、凶暴化した動物であれば、かまれても奴らにはなりません。
今回は運が良かったということでお願いします。

そして男達登場。もっと危機的状況にしたかったですが、飛鳥みたいのがいるとそれも難しいんですよね。
大変な状況だからといって何をしても良いというものではないとも思いますが、それは相手にも言えること。こういう世界観での人の行いについての話は、難しいです。
説得中にこいつらが現れ、みのり暴走し、自分を包丁で刺そうとする、何てのも書いてみましたが、なんか変なので没に。

それからそろそろ慣れてきたというのもあるので、次の更新あたりで坂移動をしようかなと思っています。まだ早い、やめとけwww という方がいましたらご意見のほどをお願いします。

PS
くらげに刺されると痛いんですね;;



[20336] 4話分岐…生存ルートぷろろーぐ。別名おふざけルート 注意書き追加
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/08/05 22:47
こちらのお話はかなりふざけた内容となります。
4人のせいで死亡してしまう人が出るかもしれませんので、世界観を壊したくないと言う方などはお気を付け下さい。
なお、オリキャラ達が自分達だけの事を考え行動し、そこにふざけた感が加わるので、人を見殺しにしといて何だこのふざけた連中は、などと思われる方もいるかもしれません。なので、そういう事が許せないと思う方は此処から先は読まない事を強くお勧めします。
そして此方は原作キャラはほとんど出てこないと思って下さい。出て来るとしても名前だけとか、出たとしてもほんの少しですので、原作キャラが出ないと駄目と言う方は、読まない事をお勧めします。
以上の事を踏まえた上で読んで頂ける方だけ、稚拙な分ではありますが読んでみて下さい。



























飛鳥は走りながら直系3メートル以内に近づく奴等を一蹴。頭を潰し、胴を薙ぎ、突き飛ばし、緩慢な動作でやって来るゾンビ達を全く寄せ付けない。
その動きは、一つ一つの動作が全て攻撃へと転じていて、全くの無駄が無い。健二達には飛鳥が獲物を振るっている姿さえ視認できず、ただ飛鳥が持っているモップの柄でゾンビ達を打倒している事しか分からなかった。


結構頻繁に飛鳥の家に遊びに行き、突発的に起こる飛鳥と祖父のじゃれ合いを目撃している二人からすれば、その光景も見慣れた物であったが、やはりこうして実戦の中で見ると殊更異様に見える。飛鳥の一見細い腕で、相撲部の先輩だった物が吹き飛んだのには度肝を抜かれたし、蹴り一発でゾンビ数体が纏めて吹っ飛び、更にはその後ろにいたゾンビ達がドミノ倒しよろしく倒れて行く様は、とんでもないの一語に尽きる。

「…これ何て飛鳥無双?」
「あれだよな。お前等が前やってた三国無双みたいな光景だよな」

何てコメントを手持ちぶたさの二人が漏らす程、眼の前の光景は圧巻だった。

「あ、飛鳥君待って!」

渡り廊下を抜け、管理棟を抜けようとした時だった。
突然の猛による制止の声に、飛鳥は壁に叩きつけ、倒れたゾンビの頭を踏みつぶしながら応じた。

「どうした? 何か見つけたのか?」

かなりの運動をしている筈だが、その顔には微塵の疲れも見えない。
制服にも顔にも、結構な血が付着しているが、それも気にも止めていないようだ。

「うん、この廊下の奥に、うちのクラスの矢部さんと峰君がいる! 追いつめられてるんだ!」

その廊下は結構な長さがあり、構っていれば確実に時間をロスする。
飛鳥にとって身近な者や、その者にとって特別な意味を持つ相手で無ければ助ける価値を見出せない。
飛鳥とて鬼では無い。余裕があり、できる事なら助けてやりたいとも思う。だが今は一秒を争う状況だ。それなのに一番佳代の救出を望んでいる筈の猛がそんな事を言いだすとは思いもしなかった。

「馬鹿言うな、状況を考えろ。俺達は先輩を救出する為に動いてるんだぞ。さっきも言ったろ、こうしてもめている時間さえ、今の俺達にとって酷く貴重な時間を無駄に浪費している愚かな行為だぜ? それでもあいつ等を助けたいと言うならお前一人で行け。俺達は先輩を探す」

突き放したように冷たく告げる飛鳥の声に、猛は肩を震わせて俯いていたが、きっと顔を上げ、決意の籠った眼で飛鳥を射抜いた。


「―――そう、だよね。ごめん、僕が間違ってた。佳代ちゃんが危険な目に合ってるかもしれないんだもんねっ! 早く佳代ちゃんを探しに行こうッ!」


力強く飛鳥の顔を見る猛に、普段の気弱さは無い。
脇の廊下から、助けを求める声が響いて来たが、猛は振り返ろうもせず前だけを見る。
悲鳴と飛鳥達の会話に釣られて肉塊達が集まって来る。飛鳥が前に出ようとするのを、猛が手で制して手にした柄を握り締め、振りかぶる。

「僕は――――ッ」

力任せに振り下ろされた鉄の棒は、ぐしゃっと頭を押し潰し、物言わぬ肉塊へと戻すのだった。

「――――もう迷わないッ!」

この行為が、どれだけの覚悟の上に為されたのか飛鳥達には分からない。
ただ、人であった物を傷付けると言う行為が、猛の心を酷く傷付けていると言う事は理解できた。その背中は、かつて無い程頼もしくも見えて、その癖、酷く危うくも見える。心優しく、どんな物でも傷付けるのを嫌う親友に、過酷な選択を強いねばならなかった事を、飛鳥は心から悔いた。
その飛鳥の心情を見抜いたのか、健二がぽん、ぽんと飛鳥の背を叩いて前へ進む。飛鳥はそれに苦笑して、二人の背を追った。



再び飛鳥が先頭に立ち、向かって来る連中を片付けながら進む。
頭を潰し、胴を打ち、手足を叩き折り、窓から落とし、何ともまぁ後ろの二人が心底呆れかえるくらい至って無造作なものだった。
教室棟は管理棟よりも連中の数はかなり多かった。三人が現在いるのは教室棟に入ったばかりの所だが、一直線の通路に30程の数である。

誰か教室に逃げ込んだ者を追って来たのか、一部の教室の前には肉塊達が集まっており、生存者がいるのは明白だった。

「こっちにも生存者がいるみたいだ、猛ッ! これでまだ先輩が生きてる希望も見えて来たな」
「うんっ! 教室を確かめながら進もう! 二年生の教室に逃げ込んだかもしれないし!」

恐らく上がって来ている肉塊達は、奴等に気づいて外には逃げられないと悟り、上へと逃げた者達を追ってやって来たのだろう。

「猛、分かってると思うが…」
「うん。今は佳代ちゃんを見つけるのが先決だ」

飛鳥の声を遮り、迷いの無い口調で頷く猛に、飛鳥は一瞬だけ痛ましげに目を伏せ、それで良いと頷く。
やはり、幾らこんな状況でも、猛が迷い無く他を切り捨てると告げた事に何とも言えない気分になる。それで正しいと自分で猛に言い聞かせておきながら、いざ猛が自分の言う通りに頷くのに、飛鳥は不満を感じた。我ながら我儘な事だ、と呆れて、敵を片付けながら進む。

『た、助けてッ!』
「いないっ。行くぞ」

あっさりと連中を蹴散らしながら進む飛鳥達に気づいた教室内の連中が、助けを求める声を上げる。
飛鳥は中を軽く見渡し、佳代の姿が無いと知れると、中から助けを求める生徒と音楽の教師も、扉を叩き続ける肉塊達も無視し、迷い無く前進する。

三階へと上がる階段まで、後もう少しで辿り着くと所へ辿り着いた時だ。
彼等にとって、聞き覚えのありすぎる声であり、探し求めていた人物の声―――。いや、悲鳴が聞こえて来たのは。

「いやぁあああああっ!」
「飛鳥君ッ! 今のッ!」
「分かってるッ! 上だっ! 猛、健二、とにかく俺の後ろに全速力で付いて来い!」

言うなり二人が付いていけるぎりぎりの速度で走りだした飛鳥が、三人に届く範囲にいる敵を薙ぎ払いながら突き進む。
彼女の悲鳴に釣られてか、階段を上がって行く肉塊達が10匹以上いたが、それは怒涛の勢いで駆け上がる飛鳥によって弾かれ、壁に叩きつけられ、手すりの角に飛ばされて角に突き刺され、、窓から落とされて行く。

「いやっ! いやっぁああッ! 来ないで、来ないでったら! ぅ、うぅうっ! 助けてッ! 猛くんっ…ッ! いやぁあああっ!」

三階へ辿り着いた飛鳥達の耳に、より大きく、はっきりと彼女の悲鳴が届く。
声のする教室は、扉が無くなっていて机が散乱しているように見える。入り込んで行く肉塊達を粉砕し、飛鳥が教室へと飛び込み、すぐ眼の前にいた二体を葬る。

「やだぁああっ! 嫌だっ! 来ないでよぉおおっ!」

そして教室の中には3体の肉塊達と、その肉塊達に黒板のある方の一番奥へと追いつめられた少女が、必死に鞄を振り回して奴等を押い払おうとしている所だった。
教室の一番奥で、涙と鼻水で顔を歪め、必死に鞄を振り回す少女を、唸り声を上げながら、その牙にかけようとする肉塊達。

「―――間に合ったか」

心からの安堵の声を上げながら、飛鳥は音もなく加速する。
散乱している机や椅子などに全く当たらずに接近し、佳代へと迫る奴等を薙ぎ払う。轟音と共に教室の一番後ろに吹っ飛ばされた肉塊達が、壁に当たってずり落ちた。

「佳代ちゃんっ!」

そこへ飛び込んできた猛と健二。猛の声に、佳代がぎゅっと目を閉じてぶんぶんと振り回していた鞄の動きを止め、恐る恐ると言ったように目を開く。
猛が目にしたのは、教室に入った瞬間後方の壁に叩きつけられた三体の肉塊達と、黒板の隅の方でひゅんっとモップの柄を払い、にやりと猛に向かって微笑む飛鳥―――。
そして、そのすぐ横で見る影も無い程に顔を涙と鼻水で汚しているが、何処も傷付いておらず、信じられないとばかりに自分を凝視する佳代の姿だった。
隣にいる飛鳥になど全く気にかけもせず、真っすぐ猛へと駈け出す佳代。同時に、佳代へと駈け出す猛―――。

二人の距離があと一歩となった所で――――


「へぶっ!」
「あうっ!」


―――猛は散乱する椅子の足に、佳代は誰かの鞄に。それぞれ足を引っ掛かって、ずざぁああっと色々と散乱している教室ですっ転ぶ。
が、二人はそんな事を気にも留めず起き上がり、佳代は猛の胸に飛び込み、猛も力強く佳代を抱き締めた。

「……何で二人してこけるかね。しまらねぇなぁ」

せっかく邪魔にならないように肉塊達を後ろに飛ばしたのに、と三体の肉塊を始末しながら、飛鳥と同じように苦笑している健二の元へ向かうのだった。
そんな飛鳥の気遣いを見事に無碍にしてくれた二人は、言葉を交わす訳で無く、ただ涙を流して抱き合いながら、お互いの体温を感じ合い、大事な者が生きている喜びに浸るのだった。





飛鳥と健二が二人の邪魔をしないよう廊下に出て、猛と佳代だけが残される。
二人はそれから10分近く鼻を鳴らしたりしながら抱き合っていたが、ようやく佳代も落ち着いて来たようで、おずおずと上目遣いに猛を見上げる。
その顔に、猛の心臓が高まり、自分がどういう体勢でいるのか今更ながら把握して、顔を真っ赤に染める。それでも抱きしめる腕は緩めず、佳代と視線を合わせる。

「…怖かったッ、怖かったよぅっ!」

本当に怖かったのだろう。未だ、猛の背中に回った手が震え続けていて、顔は蒼褪め、声も震えている。
何せ、彼女はホラー関係の事柄は、何よりも苦手だ。それが、映画の中の世界のように、動く死体が徘徊して襲い来るような事が現実となって起き、ついさっきまでそのリアルホラーの体現とも言って良い、現実の物として現れた化け物に襲われていたのだから。

「大丈夫、もう大丈夫だからね…。本当に、本当に良かったよ、佳代ちゃんが無事で」

その震えを少しでも和らげてあげられるように、酷く優しい声音で言い聞かせるように口を開き、猛は顔を赤くしたまま佳代の髪を撫でる。
それに、佳代はあっと佳代の蒼褪めた頬に赤味が差し、嬉しそうに微笑む。

「……えへへっ、いつもと逆になっちゃいましたね」
「え、あっ…そのッ、そうだねっ。何処も怪我してない?」
「うんっ、大丈夫ですよっ。もうちょっとで食べられちゃうとこでしたけど…。ってそうえばあれは何処に!? 猛ちゃん一人なの!?」

佳代の焦ったような声に、扉の外から―――
『今更かよっ!? ってか飛鳥の事、全く眼中に無かったのな! うひひひっ』『煩いッ、お前も盗み聞きしてないで戦えよッ!』『ばっか声がでけぇよ! 中の二人に聞こえちまうだろ! これから盛り上がって猛が告白したらどうする!? 一生の笑いのネタを逃せと言うのか!?』『告白で一生の笑いのネタってお前は猛に何を求めているんだ…。ってか、中ではらぶらぶいちゃいちゃしてるだろうに、外で必死に一人戦ってる俺って何なの? しかも先輩、必死に駆け付けた俺の存在に気づいて無いとか何なの? 苛めかっ、空気扱いか!?』『それは…同情するぜ。でも、ほら、恋は盲目って事何だろう。つまりお前は眼中にないと…』『いや、それはどうでも良いんだけどさ、もっとこう』以下略。恐らく外は戦闘中なのだろうに、何時ものように繰り広げられている能天気なやり取りに、猛は思わず苦笑した。

「えっと、佳代ちゃんを襲ってたのは飛鳥君が倒してくれたんだけど…気づかなかった? 一人じゃ無いってのはもう言うまでも無いと思うけど…」
「あ、飛鳥君が助けてくれたんですかっ…。全然気がつきませんでした。お礼しなくちゃいけませんね」

たおやかに微笑む佳代は、飛鳥達の何時ものやり取りを聞いた事で、また少し落ち着きを取り戻したらしく、大分落ち着いて来たのが窺えた。
かなり名残惜しそうに佳代は猛から離れ、実際名残惜しいのであろう。それでも外にいる飛鳥達も気になるようで、猛の手をきゅっと握りしめて一緒に行こうと無言で誘う。
猛は佳代が手を繋いで来た事で天にも昇るような気持ちだったが、手を繋いでるのを見た二人がどういう反応を取るかも完全に予想できていたので、ちょっと躊躇うが、その手を離したく無かったので、頷いて扉へと向かう。

廊下はとんでもない事になっていた。
20…いや、40近くの頭の無い死体が廊下、それに階段を埋め尽くしていて一体だけ動いているのがいたが、それを飛鳥と健二で挟み込み、互いに交代で手をぱんぱんと鳴らしあっている。

佳代が一面の死体にひぃっと猛にしがみつき、猛は眼の前の凄惨な有様を見ても特に驚きもしなくなっている自分に驚愕した。
まぁ、此処に来るまでに散々飛鳥の凄まじい戦いぶりを見て来たので、これくらいやってのけるのは訳無いだろうと思っていたが。

「お、ご両人の登場だ」
「…飛鳥君。この状況で無茶な願いなのは百も承知だけどさ…敵を倒してくれてたのはありがたいんだけど、もうちょっと佳代ちゃんの精神面を考慮してよ…」

佳代を救いだした事で飛鳥も少し気を抜いたのか、ほけほけと笑っている。
猛の苦言にたいしても、それは変わらずしょうがないだろー、敵がたくさん来てたんだから、と言いながらぱんぱんっと手を叩く。
それに合わせて健二の方が手をならすのを止めると、健二に向かっていた肉塊が方向転換して飛鳥の方へと動き出す。

「な、何してるの?」
「奴等の俺達を認識する方法に付いて確かめてるのさ。やっぱこいつ等視界は無くて音に反応してるようだ」

飛鳥が手を叩くのを止め、しっと唇に指を当てると、今度は健二が手を鳴らし出す。すると、飛鳥がすぐ近くにいるのに、肉塊は方向転換して健二の元へ。
それを見て猛が本当だっ…と呟き、飛鳥が柄を一閃して頭を粉砕した。

「おやおや、お二人さん感動の再会のお熱が冷めないようで……って、あー。先輩、大丈夫っすか?」

飛鳥達の方へとにやにや笑いながらやって来た健二が、佳代のあまりの顔色の悪さと、がたがたと全身震わせている姿に流石に軽口を引っ込めて心配そうに問いかける。
折角、人生初の極限状態を潜り抜けたと言うのに、この光景である。
色を失っても当然だろうが、流石に飛鳥もそんな事を考慮してやれる程、余裕は無い。当然こんな有様なら佳代の精神に甚大な負荷を与えるのも分かっていたが、襲いかかって来る以上倒さなければ、折角佳代を救ったのに意味が無い。


それに今よりこれよりもっと酷い状態を目の当たりにするだろうから、敵がいないうちに慣れといた方が良いに決まっている。
でも流石にちょっとやりすぎたかも…と、飛鳥は下から上がって来られるのを防ぐために、死体を山と積んで壁と為している階段に目を向けた。
これからは佳代が飛鳥と今まで通りに接するには相当時間を要すだろうな、と佳代が自身を恐怖を宿した瞳で見るようになる事を想像し―――胸を痛める。
だから、俯いていた佳代が突然、毅然とした表情で顔を上げたのには心底驚いた。

「―――大丈夫です。私は皆の中で一番お姉さん何だから、私がしっかりしないと駄目ですよねッ! どうしてこんな事になっちゃったのか…その、あやうく食べられそうになったからこそ、私の常識じゃ計れない事態になってしまった事は分かってます。自分の命を守るのだけでも精一杯の筈なのに、皆で私を探していてくれてたんですよね?
あ、それと飛鳥君、危ない所を助けてくれてありがとうございました。それと、健二君も。三人共、助けに来てくれて、本当にありがとうッ……」

心から嬉しそうに、にっこりと微笑むその顔に、飛鳥と健二の顔に赤みがさす。
自分の命を助けてくれたからでは無い。いや、それも含まれているのだろうが、こんな状況なのに、危険を冒して探しに来てくれたという事に対しての感謝の言葉。
その顔は涙の痕や鼻水のせいで、あれだったが…そんな事は気にならないくらい、輝かしい笑顔だったのだ。


その顔を見て、飛鳥は佳代の事を見誤っていたのだろうな、と苦笑する。
この少女は強い。おしとやかで、天然、流されやすい所もあったが、しっかりとした芯を持っている。だからこそ、今まで飛鳥も猛の幼馴染と言う事を差し引いても、助けたいと思っていたのだ。

「もっとちゃんとしたお礼をしたいとこですけど…。今はそんな場合では無いですよね。飛鳥君、現在の状況を教えて下さい」

でも、それがこれ程までとは思っていなかった。しばらくは動けそうに無いな、と言うか動くと言う選択肢すら彼女には浮かばないと思っていたのだが、しっかり分かる範囲の状況を把握し、取れる最善の行動を取ろうとしている。さっきまで鼻水垂らして泣いていた少女とは思えない、強い意志を秘めた瞳だった。
その瞳に、飛鳥は勿体ないな、と無意識の内に思っていた。凛とした表情はとても美しく、輝いて見えた。既に、飛鳥には彼女を親友の幼馴染兼姉兼恋人みたいな存在として見ているので、恋愛対象としては見ていない。が、もし猛がいなければ、きっと惚れていただろうな、とその顔を見ながら思うのだった。

―――そして、自然にそんな事を思ってしまった事を自覚して、盛大に顔を赤くした。

「ちょっ!? え。な、何!? 飛鳥君。今の顔!? い、いいい、今、僕見てはいけない物を見たような気がしたんだけどっ!?」
「おわー…こんな飛鳥の顔は八年一緒にいたけど初めて見たわ。くまーんが、慌てるのも分かるぜ…超強力なライバル出現の予感か!?」

それを目撃した二人の親友。一人は全く予想外の、そしてライバルとなれば、色んな意味で極めて強大な相手になるであろう親友が大事な幼馴染にした反応に、驚愕し、慌てるしかできない。そしてもう一人は、これは面白くなってきた―――ッ!? とこれから始まりそうな色んな意味で波乱の予感に奇声を上げる。

「あ、あれっ? 飛鳥君? お顔が真っ赤ですよ!? 熱があるんじゃないですか!?」
「な、無い。無いから止めてくれっ!」

ぴょんぴょんっと飛び跳ねて、飛鳥の額に手を当てて熱を量ろうとする佳代に、飛鳥は非常に珍しい事に慌てて顔を逸らし、健二の後ろへと逃げる。

「あ、駄目ですッ! ちゃんと計らして下さいッ! こんな状況何ですから、ちょっとした体調不良でも大変ですっ!」

それを小さな身体の割に大きな胸を揺らして追いかけ、健二の周りをぐるぐると逃げる飛鳥を追いまわす佳代。
そして―――。

「あ、あ、ああ飛鳥君が、佳代ちゃんを? そんなまさか、いや飛鳥君に限って。でもさっきの顔は――…それに佳代ちゃん可愛いし綺麗だし…ちっちゃいけど胸は大きいし
…飛鳥君強いしかっこいいし、頼りになるし…うぅ…もしかしたら、佳代ちゃんも飛鳥君を―――。い、いや駄目だ。おち、おち、落ち着こう……」

―――真っ白になって頭を抱える猛の姿と、まさかの三角関係発生!? と非常に楽しそうに双方を見守る健二。
日常はは非日常へと変わり、非日常が日常となった、地獄のような世界の中で、四人はそれでも平和そうに、いつものようにじゃれている。
少なくとも、彼等にとって今現在は―――絶望では無い。誰も欠けずに、再びこうして笑いあえているのだから。




試しにプロローグだけ投稿。
此方は本編の方が息詰まったり、気分転換や行きぬき程度にやっていこうと思うので、更新は期待しないで下さいw



[20336] 一話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/07/20 22:12






 とりあえず落ち着いた所で話そうと、しつこい佳代を説得して3-Aに入った4人は、散乱してた椅子を起こして座り込む。
50匹以上を10分近くで倒しても、息一つ乱した様子は無かった癖に、佳代に追いかけ回された飛鳥は激しく息を乱していた。
その様子に飛鳥君も疲れるんですね、と天然な反応を示す佳代、複雑そうに飛鳥を見る猛、にやにやと楽しそうな健二の頭には拳骨をくれる。

「あいたぁあぁっ!? てめ、頭割れるだろうがっ!? 馬鹿力で殴るなっ!」
「心配するな。馬鹿力は封じている。本気ならお前の頭はトマトのように弾けている」

事実であるだけに恐ろしい。
あいてーっと頭をさする健二を無視し、飛鳥が口を開く。

「とりあえず此処までの状況を整理する。つい30分にあのゾンビ達が学校を襲撃。生徒や教師を次々と喰い殺して、その喰われた…いや、多分噛まれた奴があいつ等になるんだろうな。んで数は増え、パニック状態と言うのもあったんだろうがほとんどの生徒達が奴等にやられて今や学校中あいつ等で溢れている。やばい状況だと気付いた俺等は早く先輩を拾いに行かないとやばいと思って行動開始。んで此処に到着した訳だ。そういや先輩、良く教室にいてくれたな。お陰で間に合った」

「いえっ、ずっといた訳じゃ無いんです。授業は此処でやっていたんですけど、あの放送で皆パニックになって飛び出して……。ただ、あまりにびっくりしちゃって動けなくなってただけです。学校中悲鳴ばかりで、一人でいるのも怖くなった私は、教室を出たんです。それで下の方へ逃げたんですけど……、あのゾンビや…ゾンビって言うのもあれですね…。奴等がいて、近くにいた人達について逃げようとしたんです。そしたらその内の一人が捕まっちゃって、その子の友達らしい人の足を掴んで助けてって泣いてたのに、その子は凄い形相で離せって言って友達を蹴り倒して…。それで後ろにいた奴等に捕まって、結局その子も食べられてしまいました。それを見て、何もかも怖くなっちゃって、気づいたら周りは奴等で一杯で、必死に引き返して教室に戻って来たんです。それでバリケードを作ったんだけど、奴等に破られてしまって……。でも皆が来てくれましたッ! 私、本当に人生で一番幸せに思いましたッ!」

佳代は本当に、生まれて初めてと言うくらいの歓喜で一杯だった。
今も、その時の気持ちを思い出したのか、胸に両手を当てて頬を紅潮させ、潤んだ瞳で自分を助けに来てくれた者達を見つめる。
佳代は見たのだ。一瞬前までずっと一緒で、友達でいようね、と手を繋ぎ合っていた者達が、命の危機に豹変し、凄まじい形相で友人を蹴落とす所を。
笑いあっていた者を押し飛ばし、踏みつけ、自らの命を護る為だけに走る者達を、生徒達の後ろから進んで見て来たのだ。


だからこそ、自分の命も危険な状況だと言うのに、この三人は一緒で、しかも自分を助けに来てくれた事に、途方も無い幸福感と喜びを感じたのである。
これを喜ばずして何を喜ぼう。内気でずっと友達ができないと泣き、初めてできた幼馴染の友人達は、こんな危機でも自分の命も省みず、猛と一緒に自分を救いに来てくれたのだ。それが、どれだけ凄い事なのか、あの光景を見た佳代には身に染みて理解できた。
自分の命が助かった事は無論嬉しいが、猛と…いや、猛だけでは無く、佳代自身の友達が彼等のような人であった事が途轍もなく嬉しかった。

「こんな状況でも私の心配をしてくれて…。誰もが自分が助かろうと必死で、友達だった人も簡単に見捨てて…。でも、飛鳥君達は違いました! だから私、皆と友達になれて良かったって、本当に嬉しく思ったんです!」

その時の気持ちを思い出し、再度涙を流し始める佳代に、猛が照れたように微笑み、健二があまりに真っすぐで正直な言葉に顔を赤くして、飛鳥が優しげな微笑を浮かべた。
この時に飛鳥の表情を見ていればまた大騒ぎになっていただろうが、幸か不幸か、誰も見ていなかった。飛鳥からすれば間違い無く幸いだっただろうが。

「よくまぁ、そんな恥ずかしい台詞を臆面も無く言えるなぁ。背中が痒くなるからもう止めてくれよ先輩」
「そうやって素直に何でも言えるのが先輩の美点何だろうさ。それより、安心するのはまだまだ全然早い。これからの行動に付いて話そう」
「そうだね、何時までもこんなとこにいる訳にはいかないし。飛鳥君はどうするべきだと思う?」

健二が苦笑し、飛鳥も頷き、これからの話を持ち出す。
そう、何とか佳代を救出したは良いが、言ってみればそれが成功したとて生きて抜け出さなければ意味は無い。
猛も無論頷いて、こういう状況の時は誰よりも頼りになる飛鳥に問いかける。

「そうだな…。俺の刀を回収して外へ向かう。橋を渡ってそれぞれの家族の無事も確かめるのが今後の目標だろう。そしてこれが一番大事だが、絶対の方針として、例え助けを求める人がいようが無理に助けには行かない」
「えっ!? で、でも…」「た、助けてあげないんですか!?」

驚きの声を上げたのはやはりというか、何と言うか猛と佳代のお人よしコンビである。
この二人は良くも悪くも感情を優先するのが良く無い。

「お前等ね、自分の身も碌に守れもしない癖に何言ってんだ。言っとくが、俺にも限界があるからな。数人程度なら守りながら進めるとは思うが、助けを求める人間を見つける度に助けてたらえらい事になる。大勢だと音に反応する奴等もより多く引きつけてしまう。戦える人間ならまだいいが、周りを気にかけながら戦えるのは俺だけ、猛は自分の身だけなら何とかなるだろう、かなり疑問だが健二もまぁ何とかいける気がしないでもないような、先輩に至っては論外」
「ひどっ!? 飛鳥くんっそれはあまりに酷いですっ! 私だって戦えますよ!」

飛鳥の言葉に、盛大に抗議して力瘤を作って見せようとする佳代だったが、その動きは可愛らしいだけで強そう所か、か弱そうにしか見えない。佳代だけに。

「はいはい、先輩は黙ってて下さいね。それに、これからどんどん被害者も増えるだろう。そうなれば奴等も増えるだろうし、もしかしたら道路を埋め尽くすような奴等の群れとも遭遇するような事になるかもしれない。そこを進む事になれば、全体を気にしながら戦わないといけなくなるしな。とにかく無理だ。と言う訳で人助けは警察とか自衛隊とか、そういうのに任せて俺達は己の身を護る事だけ考えるべきだ。猛、お前は先輩の事を第一に考えて、先輩を守れ。先輩に戦う力は皆無だからな。余計な事に気を回すな」

猛は飛鳥の言葉にはっと表情を引き締め、佳代を一度見てからしっかりと頷いた。

「佳代先輩も分かってくれ。ただでさえ不安の多い状況だ、余計な人間をいれて、そいつにまで気を配る余裕は俺には無い。先輩も、人が平然と友達を見捨てるのを見ただろう。この状況は他人所か、自分の命さえ守るのが大変なんだ。下手すれば助けた奴によって俺達が危機に陥りかねない」
「…そう、ですね。ごめんなさい、飛鳥君」

飛鳥の諭すような言葉に、佳代は先程の光景を思い出し、頷いた。
確かに飛鳥の言うとおり、あんな風に平然と人を見捨てて自分だけ生き残ろうとする人達を見れば、命を懸けて人を助けても同じような行動を取られて、この友人達に危機を招いてしまうかもしれない。そんなのは絶対に嫌だと佳代は強く思い、飛鳥に謝罪する。

「二人がお人好しなのは今更だから良いさ。じゃあ俺は刀を取りに行って来るから静かに待ってろよ。すぐに戻る」
「あぁ、分かった。本当に早く戻って来てくれよ」

念の為、廊下の気配を確かめて奴等がいないのを確認した飛鳥は、ドアでは無く窓へと向かう。
そして、何で窓へ? と首を傾げる佳代と猛の前で、あっさりと三階の窓から身を投じたのである。

「あ、あす―――ッ、むーっ! むーっ!」
「静かにしろって、言われたばっかだろ! 敵を呼んじまう。それにあいつなら三階から飛ぶくらい屁でも無いっすよ」

驚きに絶句する猛と、悲鳴を上げそうになる佳代の口を咄嗟に健二が塞ぎ、声を潜めて叫ぶと言う器用な事をやってのけた。
健二が手を離すと、佳代は慌てて、しかし音は立てないように窓へ向かい、下を見る。下には飛鳥は無く、奴等だけが何事も無かったかのように歩いてる。

「ほ、本当に飛鳥君大丈夫ですか?」
「平気。平気。俺が見たのは6階から飛び降りた時だけど、それでも平然と着地してたからな」

6階…と心配そうな顔をしたまま、信じられないとばかりに呟く佳代だったが、健二があまりに平然としているので、大丈夫だろうと安心する事にした。





一方、三階から身を投じ、音も無く着地した飛鳥は気配を殺し、足音を殺して校舎内へと戻っていた。
結構な数の奴等の前を平然と駆け抜けるも、どれも飛鳥の存在に気づいていない。そして戦う事無く愛刀を取り、上へと戻る為に階段を登った。
自らが積み上げた死体の山を踏みこし、教室へ戻る。


すると、怒った佳代に出迎えられた。

「もうっ! 心配させないで下さいよッ! 突然飛び降りてびっくりしたでにゃいですかっ!」

途中噛んだが、よっぽど驚いたらしく、そんな事気にしてないようだ。
その様子を見て、あれ、先輩の前でこういうのするの初めてだっけなぁと首を傾げた。見れば、猛も驚いた顔をしている。

「あー悪い悪い。そういや先輩と猛はこういうの見せるのは初めてだっけか」
「心臓に悪いから止めて下さいよッ! もうっ」
「先輩、こいつのこんな所でいちいち驚いてたらきりないですって」

平謝りする飛鳥に、ぷりぷりと怒りながら顔を背ける佳代、笑いながら呆れた表情をする健二。
本当に何時も通りのやりとりに、猛は嬉しそうに笑う。

「おーし、それじゃあお前等出発すんぞー。出来る限り静かに付いて来るように。無駄口は禁止な。特に先輩は転ばないよう注意するように」
「し、失礼な事言わないで下さいっ! 子供じゃないんですから転んだりしませんっ!」

顔を赤くする佳代を余所に、飛鳥ははいはいと頷いて教室を出て、その後ろに健二が続き、佳代、猛と続く。
三階にいたのは全て飛鳥が仕留めたようで、もはや奴等の姿は無い。だが、代わりに一羽のカラスが廊下の真ん中にいた。

「あれ、カラスがいますよ。うわー眼がウサギみたいに赤いです」
「ほ、ほんとだ。何か怖いね」

そのカラスを見て無駄口厳禁と言ったばかりなのに、佳代と猛が呑気に口を開く。
飛鳥はそのカラスから敵意を感じる事に警戒し、カラスの動きを注視する。

するとカラスはぐぇええ、と喚いてから鳴いてから飛び上がり、飛鳥達の頭上に迫る。
何をする気だーと警戒した飛鳥が構えを取るのを尻目に、カラスは飛鳥達の頭上を旋回し―――。

「え?」

ぽとっと糞を落とした。
その糞は真下にいた佳代の頭の上に落ち、美しい黒髪にカラスの白い糞が……。遠目から誰かに見られたらあらぬ誤解を受けそうな状態に。

「ふ、ふ、ふえぇええええ!? な、何て事するんですかぁ! 乙女の髪に向かってぇえええ!」

何が起きたか理解した佳代は、顔を真っ赤にして激怒して、猛の手からモップの柄を引っつかむとカラスをぶんぶんと追い回す。
カラスはあざ笑うかのように、しかし決して佳代と距離を一定以上離さないように飛ぶ。その動きは、まるで佳代を誘導するかのようで―――。

「先輩追うな!」
「聞けませんー! 乙女の髪に糞を落とすような悪いカラスには制裁を加えてやるんですっ!」

廊下の角へと曲がろうとする佳代を、飛鳥達は慌てて追いかける。
飛鳥の予想通り、すぐに佳代の情けない声が聞こえて来た。

「わぁあああっ!? か、カラスがいっぱいぃいいい! た、助けてくださぁああい!」

その悲鳴に飛鳥達が佳代が曲がった廊下に駆けこめば、待ち伏せしていたのだろう、10羽程のカラスに半泣きで追いまわされる佳代の姿が。

「……ほぅ。烏の癖にやるな。挑発して敵を誘き出し、伏兵による攻撃とは」
「あぁ。しかも糞を引っ掛けると言う実に効果的な挑発だ。あれは嫌だ」
「何感心してんの!? 早く佳代ちゃんを助けてあげてよ!」
「そうですっ、早く何とかしてくださぁああああいっ!」

感心したようにカラスの攻撃を評価する飛鳥と、尤もらしく頷く健二。
その二人の反応に焦る猛と、盛大に泣き喚く佳代。
音に反応するから、無駄話はしないと言う事で進んでいた筈なのに、廊下に出て30秒と絶たずに大騒ぎする一行であった。






[20336] 第二話・あとがき少し追加
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/08/05 22:45
 






 カラスの群れから佳代を救出した後、一向は3階のトイレへとやって来ていた。
髪に糞を付けられたままでは可哀相だし、彼等の最優先目標であった佳代の保護はできたのだから、焦って移動する事も無かったからだ。
しばらくすると、綺麗に髪を直した佳代が戻って来たので、一向は行動を開始する。

が、移動を始めてすぐに、健二が妙な事を言いだした。

「名案が浮かんだ。足音もあまり立たないし、防具にもなり、更には汚れも気にならない最適の物がある!」
「は?」
「ど、どうしたの、健二君」
「はい?」

突然足を止めて三人を見回すように言う健二に、それぞれが怪訝そうに反応を返す。
何言ってんだこいつ、的な目線で三人に見られた健二は、自身の案に余程自信があるのか、良いから俺に黙って付いてこいよ! と言って歩き出す。
三人が顔を見合わせて後に続こうとすると、健二が足早に戻って来た。

「すまん、やっぱ飛鳥先頭で頼む」

付いてこいよ、などと勇んで進んで行っただけに、その姿は非常に情けなかった。








「おい……これを着て戦えって? 動きにくそうなんだが」
「確かにさっきみたいに汚れる事はなさそうですけど…これはちょっと」
「おまけにこれ、かなり暑そうだよ?」
「つべこべ言わずに着ろよ! 敵が来たら止まってやりすごせばいいんだからさ!」
「何でこんなのにこだわるんだ…いや、まぁ確かに足音は立たないだろうし、汚れもあれだけどよ。防具になるか? 顎の力も尋常じゃ無いだろうから普通に貫通されそうなんだが。あ、カラスに対しては有効かもな」
「動きにくくなる方が問題何じゃないかと思うんですが…」
「それにこれじゃ喋れないよ」
「そう! それが問題だよ猛君! 俺達は無駄口が多すぎるのさ、だからこれからはこれを身に付けてブロックサインとかで行動する事を覚えた方が良いと思うんだ!」

とある部屋の前からぼそぼそと漏れる会話はこんな感じだった。
健二の発案は、問題だらけのようであったが、最後の無駄口が多すぎると言うのだけは認めざるおえなかった。
確かにこれなら喋るのは無理だろうし、足音なども消せはするか、と皆渋々ながら頷いて、それぞれ手にする物を身に付けるのであった。


がらっと扉が開く。
まず顔を出したのは、白い物体…可愛らしくデフォルトされた熊の頭だった。り○っくまの白熊板と言った所だろうか。
それは左右をきょろきょろと見渡し、安全を確認すると背後に向かって手を上げ、”演劇部”と銘打たれた表札のある部屋から出て来た。
全身ふわふわの肌触りの良さそうな着ぐるみで、ちょこんと生えた丸い尻尾が可愛らしい。が、腰の一部に穴があき、そこに紐で固定するように刀が吊られているのが非常に違和感を感じさせる。加えて手には血がぺっとりと付着したモップの柄も握られているのがまた…。

ついで出て来たのは、アメリカンショートヘアーを模した猫の着ぐるみである。こちらも当然可愛らしくデフォルトされており、子供が喜びそうだった。
それらに続いて、同じようにデフォルトされた狐とライオンの着ぐるみが出てきて、白熊に続いて動き出す。


死体などが転がり、血だまり溢れる校舎を歩く可愛らしくデフォルトされた着ぐるみ達。
……非常にシュールな光景だった。
ぽてぽてと移動し、曲がり角などでは先頭の白熊が手を上げて仲間を制し、邪魔な奴等がいると判断すれば、振り向いて気を付けの姿勢を取り、口に人差し指を当て、静かに待っていろと手で示す。


そして曲がり角を一人で曲がり、しばらくしてから、白い毛皮に転々と返り血を付け、子供にはとてもじゃないが見せられない有様となって戻って来るのである。
白い毛皮だけに、花びらのように付着した血が非常によく映え、一層シュールさを引き立てている。


曲がり角へ進む度に身体を更に赤く染めて戻って来る白熊。
そのすぐ後ろに付いて行っていた猫の着ぐるみの、怖いの嫌いな中の人は、傍目にも分かる程ぷるぷると震えていた。


そして彼等が階段へと差しかかった時だった。階下から一人の女性が駆けあがって来たのである。
その女性は、かなりの美女であり、街を歩けば誰もが振り返るのではないかと思う程整った容姿をしていた。ポニーテールの少し色素の薄い栗色の髪に、白い肌。豊かな胸元が少し開いた紫のスーツを着ている。きゅっと見事に括れた腰が、胸を更に強調しており、まさにモデルのようなと言う表現がぴったりのプロポーションの女性だった。気の強そうな、強い意志を秘めた瞳と、柳眉で細い眉、桜色の色っぽい唇など、化粧っ気など微塵も無いのに非常に魅力的である。


奴等と戦ってきたのだろう、彼女の手には金属の棒が握られていて、先端の方には血が付着していた。それが、酷く不釣り合いである。
彼女は階段を降りようとしている着ぐるみ四体を見て、呆然とした表情で足を止めた。

「く、くま? 何なのよこれ」

彼女が戸惑うのも無理無いだろう。
地獄のような場所とかした学校内を、デフォルトされた着ぐるみ達が闊歩していれば戸惑うのは当たり前である。

「えーと、貴方達は此処の関係者かしら?」

戸惑った表情のまま、女性はいちおうのコミュニケーションを試みる。
四体は一度顔を見合わせてから、代表してか正面の白熊がこくりと頷いて見せた。

「そう。まぁ何でこんな状況でそんな馬鹿な格好をしているのかは問わないわ。被服室の場所を教えて貰いたいのだけど?」

すると白熊は身ぶり手ぶりで、何やら上を指したり、指を横に向けたりとしているが、さっぱり意味が分からない。
業を煮やした女性は、思わず声をあげていた。

「わからないわよ! うっ……ごめんなさい」

女性の声に、着ぐるみ達は実に腹立たしい事に、揃って口元に手を当てて、静かにするよう促して来る。
大きな声を出させたのは誰よっ! と言ってやりたかったが、女性も奴等が音に反応する事は知っていたので、止む負えず謝罪する。
それを見た白熊―――もはや白では無いが―――は、やむなくと言った風に着ぐるみの頭部を持ち上げて、顔を晒した。


現れたのは非常に整った、怜悧な顔立ちの少年…飛鳥で、彼女はちょっとそれに驚いたように目を見張る。
飛鳥は軽く頭を振ってから、先程の彼女の質問に答えるべく口を開いた。

「被服室なら、すぐそこの渡り廊下を通って管理棟に渡って、右に曲がってすぐの所の階段を上がれば左側にありますよ」
「そう、ありがとう。助かったわ! ……所で、貴方達此処の生徒よね? よく今まで無事だったわね」
「まぁ何とか。それよりおねーさんは何で此処に? 教師とかじゃ無いですよね」

飛鳥は何となくこの女性に興味を引かれた。
こんな所に何故単身やって来たのかと言うのと、芯の強そうな、その瞳に。

「えぇ、遥が…妹が此処に通っているのよ。ニュースを「遥って…橘遥ちゃんの事ですか?」ッえ、ええ。貴方知り合いなの?」

彼女言葉に、飛鳥の後ろで話を聞いていた猫…佳代が反応して着ぐるみの頭部を外してその顔を晒し、女性に問いかけた。
佳代は着ぐるみを着ていた為か、紅潮させていた顔を振って頷く。

「はいっ。遥ちゃんとは二年生の時にお友達になったんです。学園は違いますけど良く一緒に出かけたりしました」
「成程ね。遥、今被服室に閉じこもってるみたいなのよ。私はニュースでこの事件を知って、急いで妹に連絡を取ったのよ。そしたら被服室に閉じこもってるって言うから助けに来たって訳」
「一人で、ですよね。何と言うか、よく無事に此処まで来れましたね」
「それはお互い様よ。貴方達だって学校中こんなになってるのに良く無事だったと思うわ。それじゃ私はこれで。教えてくれてありがとう」
「あ、待って下さい! あの…飛鳥君……」

飛鳥の言葉に、彼女は綺麗な笑みを返して颯爽と走りだすも、佳代の声に怪訝そうに足を止める。
そして佳代は、もじもじと飛鳥の尻尾を手で弄り、縋るような目を向ける。

その目の意味を明確に理解できた飛鳥は、溜息を吐いて苦笑する。
どうやら佳代と仲の良い友人であるようだし、飛鳥自身がこの女性にちょっと興味を持ったと言うのもある。
念の為、健二と猛に視線を向けて見れば、健二はこくりと頷き、猛は言うまでも無く佳代と同意見のようで、飛鳥も頷いて返す。

「…佳代先輩の友達なら放って置くのもあれですしね。俺達も一緒に行って良いですか? まぁ駄目と言われても付いてきますけど」
「それじゃあ聞く意味が無いじゃない、おかしな子ね……。じゃあお願いしようかしら。私も妹を連れて此処から逃げ出すのはちょっと一人じゃ厳しいかなって思っていた所だから、正直協力してくれるなら助かるわ」

女性は呆れたように言ってから、ほっとしたように息を吐くと飛鳥に笑いかけた。
言葉通り、不安だったのだろう。厳しい顔をしていた彼女の顔が、少し緩んでいた。飛鳥はそれに頷いて返して、再び着ぐるみを付けようとして、彼女に止められた。

「待ちなさい、何でまた着ぐるみを被ろうとしてるのよ。意志疎通がしにくいでしょうが」
「あぁ、奴等は音に反応するんです。俺等、それを分かっていながら大騒ぎしちゃうんで、着ぐるみでも被って静かに行動するよう心がけようと」
「……それでどうして着ぐるみを着ると言う発想にいきつくのか不思議でしょうがないのだけど。最近の高校生って皆こうなのかしら」

呆れたように言う彼女に、飛鳥も好い加減暑苦しいと思っていたので、着ぐるみを脱ぐ事にした。
それを見て、狐の着ぐるみを着ていた健二が何やら激しい動きをしていたが、飛鳥はそれを黙殺し、佳代と猛も飛鳥に習って着ぐるみを脱いだ。

「ふー…やっぱこれ止めた方が良いよ。凄い暑いし動きにくいし、無駄に体力消耗しちゃうだけだよ」
「ですよね、もう此処までにしましょう」
「何だよー、良いアイディアだと思ったのに。せめて学校を出るまで付き合ってくれても良いじゃん」

文句を言いつつも健二もいそいそと着ぐるみを脱いでいるから、猛達の言い分が正しいとも思っているのだろう。

「最近の子達って…分からないわ」

などと言う彼女は、まだ大学一年生になったばかりの筈なのだが、理解できない高校生達の行動に、自分がとても歳をとったような錯覚に陥った。

「そんじゃ行くぞ。俺が先頭を行くから貴方は後ろを付いて来て下さい」
「それは駄目よ。私は貴方達より年上何だから、年下の子に任せて下がってる何てできないわ」
「いや、そんな気遣いはいらないんですけど…って奴等が来たか。じゃあ俺と一緒に前衛で。お前等は今まで通りだ」

これ以上こんな所で喋っていても奴等を引くだけだった。
彼女も飛鳥の言葉に、階段下に視線を向けて、奴等がやって来るのを目にして納得言って無いようだったが飛鳥の隣に並んで動き出す。
そして渡り廊下に入った時、彼女はまだ自分が名乗っていない事を思い出し、4人に聞こえるぎりぎりの声量で口を開いた。

「私は霧香、橘霧香よ。よろしく」
「俺は霧慧飛鳥」
「猫威健二っす! よろしくお願いしまーす」
「く、熊田猛です!」
「私は矢島佳代って言います。よろしくお願いしますね、橘さん」

彼女の自己紹介に、飛鳥はあっさりと、健二は軽めに、猛は緊張気味に、佳代は笑顔で名乗り返す。
こうして彼等は、予定を変更して一向に一名加わり、彼女の妹の元へと向かう事になったのだった。








あとがき
おふざけるーとです。
今回は着ぐるみ…あっというまにその役目は終わりましたがw
そして霧香さん登場です。
彼女はおふざけるーとのお姉さん担当だと思って頂ければw

追伸
感想板の方で風の聖痕の橘霧香? などと言う声が上がっていましたが私は風の聖痕という作品は読んだ事無いので単なる偶然です。
特殊資料整理室で陰陽師? な人みたいですけど、特殊資料整理…。
陰陽関係の特殊な文献何かを守る部署ですかね? 前々から読もうかどうしようか迷っていた作品なので、これを機にちょっと読んでみたいと思います。






[20336] 第三話
Name: 磯狸◆b7a20b15 ID:9ed37a25
Date: 2010/08/08 04:44
 霧香と行動を共にし出してすぐ、飛鳥達の会話に引き付けられて向かって来ていたのだろう、奴等の集団と顔を合わせる事になった。
2、3体なら霧香の実力を確かめる為に任せる事もできたのだが、10体以上いてはそれもできない。
すぐにフォローできるよう気にかけていないとな、と思う飛鳥であったが結果としてそれは良い意味で裏切られた。

「はっ!」

霧香の先頭の奴等に向かって振るった鉄棒が頭部を粉砕し、その勢いを殺さず振り上げ、返す勢いで更にもう一体の頭を叩き割る。
実に流麗で美しい型であり、何か武術を収めているのは明白の動きだった。それも、かなり高度なレベルで。当然飛鳥も黙ってそれを見ていたりしない。


その動きに関心しながらも、迫り来る奴等に向かって柄を一閃し、迫っていた4体の奴等の頭を一振りで薙ぎ取る。
脳髄や血潮がびしゃっと壁に飛び散り赤い花を咲かすが、飛鳥の動きはそれだけで終わらない。
柄を振るった勢いそのままに、いや、その勢いに乗る様に身体を旋回させ、その力を利用して柄を振るい、更に二体。
同時に遠心力を効かせた回し蹴りを放ち、首を飛ばした奴等を蹴り飛ばし、正面からやって来る奴等達へとふっ飛ばす。凄まじい勢いで吹っ飛んだ奴等は、怪力となった奴等達でも支え切る事ができずに一緒に吹っ飛び、倒れ伏した所に音も無く追撃に動いた飛鳥が奴等の頭を踏み砕き、柄で頭を粉砕する。


僅かの間に、飛鳥は12体の奴等を葬ったのだ。
当然それに呆気に取られるのは、飛鳥の動きを目の当たりにした霧香である。霧香は幼い頃から格闘技などに興味を持ち、護身術や剣道などを収めて来た。
14年間ずっと続けて来たのと本人の才能もあり、かなり高いレベルの武術を体現していた。今までの積み重ねと、冷静な判断力を持ち合わせていたからこそ、ニュースを見て事態を把握し、妹を助ける為に行動に移す事ができたのだ。


彼女の住む学校から少々離れた場所にあるマンションの近くも、既に奴等が現れていて、初見の時は霧香も当然うろたえた。
ニュースでも見たが、改めて現実のものとして間の辺りにすれば、やはり信じられない光景だった。しかし、何時までも呆けていられない。唯一の肉親である可愛い妹に、助けを求められたのだから。


霧香はまず、相手がどういった相手なのか情報を集める事にした。相手は得体の知れないもので、自分の常識が通用するとは思っていなかったからだ。
早く妹を助けに行きたいと思ったが、相手を把握しなければ、妹を連れて逃げるなどとてもじゃ無いができないだろう。
そして奴等を観察し…逃げ惑うサラリーマンの男が中学生くらいの少女の姿をした奴等に捕まり、振りほどけずに組み敷かれてしまうところなどを目撃し、奴等の力は普通では無い事をすぐに悟る。そして、自分が立っているだけなのに、近場にいる奴等が襲って来ない事にも不可解に思い、近くの石を拾って手近な車へと投げ付けた。


すると奴等は、その車に群がるように向かっていったのである。自分のすぐ横を横切って。
そして彼女はある仮説を思いついた。ひょっとしてこいつ等には視覚などは無く、音だけで獲物を判断しているのではないか、と。


試しにちょっと大きな声を上げて見た所、奴等はすぐに霧香の方へと向かって来た。
そして霧香は冷静に音を立てずに最小限の動きでその場を離れ、成り行きを見守れば、奴等は霧香が先程までいた場所をうろうろと彷徨うだけで、少し離れた場所にいる霧香には気づきもしない。これはいける、と霧香はほっと息をついたものだった。


次に目に入ったのは、心臓に鉄パイプが刺さったまま歩いて来るものや、明らかに致命傷を負っているのに普通に歩いている奴等。
どうやら急所への攻撃などは意味が無いようだ、と悟る。これって倒せるのかしら、と思案にくれていると丁度目の前を車が通過し、奴等を引き倒してその内の一体の頭を踏み潰して行ったのである。その頭を潰された奴以外は、轢かれたと言うのに平然と立ち上がり、足が折れたりしているのもいたが動きだしたのだ。


まさか、と思い霧香は周囲を見回して、近くに工事現場があるのを発見し、そこから鉄パイプを一本拝借。
深呼吸し、あれはもはや人間じゃない、ただの化け物。妹の命を脅かしているもの、と言い聞かせながらふらふらと近づいて来る奴等の一体に向かって肉薄し、鉄パイプを叩き付けた。見事に頭部は粉砕され、そいつは倒れ伏してぴくりとも動かなくなる。


霧香は倒せた事に深く安堵して、こいつ等は頭を潰せば倒せるようだと認識する。これだけ奴等に付いて分かれば十分だった。
駐車場に向かい、高校の頃より愛用していたバイクを駆って、彼女は妹の通っている学校へと向かったのである。


どうでも良い事だが、鉄パイプ片手に単車を乗り回している美女と言うのは絵的にどうなのだろうか…。
霧香のアパートから妹の学園まではバイクを飛ばして15分程で付いた。妹からも聞いていたが、やはり閉じられた校門の向こうには奴等と化した多数の生徒が闊歩していた。

霧香は校門から少し離れた所でバイクを止め、エンジンをこれでもかと言うくらい音を立てて奴等を引き寄せた。
奴等は学校からでも無く、後ろの方からもやって来ていて、あまり長く引き付けてもいられない。後ろの連中があとちょっとと言う所まで迫った所で、霧香はバイクを放置して音を立てないように注意して動く。グラウンドや見える範囲にいた奴等は、バイクの音に引き付けられて移動しており、霧香はその隙に身軽な動作で校門を乗り越えて学校内に侵入。

そこからも音を立てないように注意して行動し、奴等をやりすごしたり、移動にどうしても邪魔な奴は始末しながら被服室を探したのである。
そして階段に入った所で……血濡れの熊さんに遭遇したと言う訳だ。


一人で此処まで辿り着く事のできる実力があるからこそ、今の飛鳥の動きには戦慄する。
自分では飛鳥に逆立ちしても勝てない、別次元の動き。それが今の一連の動きをみる事で理解できてしまった。一体どれ程の鍛練を積めばこれだけの実力を持つ事ができるのか、想像さえできない。しかも飛鳥は、自分よりも年下なのだ。

「橘さんっ、危ない!」

佳代が振り絞るように上げた警告の声。はっと正気に戻れば、飛鳥の攻撃範囲を逃れたのだろう、女生徒の奴等が此方に手を伸ばして来る所だった。
何年も鍛練を積んで来た身体が、危機に対して勝手に反応し、その腕を掻い潜るように避けて懐に潜り込み、奴等の顎を下から突き上げる。その攻撃で浮き上がった奴等が地に落ちるよりも早く、鉄パイプを返して今度は振り下ろす。振り下ろした一撃で頭部を完全に破壊した。

「おー…やりますね。助けは必要無かったようで。でも戦闘中に余計な事考えない方が良いですよ」

その声に飛鳥の方に眼をやれば、飛鳥が奴等を相手にしながら、霧香を見て苦笑していた。
恐らく…と言うか、間違い無く飛鳥はこの辺りの敵の動きも、仲間の動きも全て把握しているのだろう。きっと今、霧香がゾンビの攻撃に反応できずにいたら、霧香がやられるよりも早く飛鳥が倒していたに違い無い。

「わ、分かってるわ! 貴方も周りに気を配りすぎて足元掬われないようにしなさい」

元はと言えば飛鳥の人外めいた動きのせいだっ! 盛大に文句を言ってやりたい霧香であったが、命のかかった戦闘中に余計な事に意識をやった自分が悪いのも明らか。
そして年下…しかも男に心配されていると言うのは、霧香には屈辱だった。今まで男や恋愛など、興味も無かったし、何より皆、軟弱な男ばかりだ。態度もそうだが、中身も無い者ばかりで、男何て皆そんな物だと思っていたのだ。なのに、年下の少年に、命をかけた戦いの最中だと言うのに、気をかけられている。飛鳥が圧倒的に自分よりも力量があるのは認めるが、気を配られていると言うのは納得できなかった。自分の身は自分で守れる。誰かに気をかけて貰う程、弱く無い。


そんな霧香の心情を余所に、飛鳥は相変わらず流麗な柄捌きと体術で、流れるように奴等を打倒し続けている。
負けていられないっ! 湧き上がる闘士を感じながらも、先程のようなミスはしない、闘士とは裏腹に、心は冷徹に落ち着かせ、霧香も鉄パイプを振るうのだった。

「貴方達がどうして無事だったのか、良く分かったわ」
「それはこっちも同じですよ。見事な動きでした」

程無くしてやって来た奴等を仕留め、飛鳥と霧香はそれぞれの獲物を同時に振って血を払い、互いに視線を交わし合った。
累々と横たわる屍の中、軽く口元に笑みを刻みながら言う飛鳥に、霧香は苦笑を浮かべる。
実力差からして嫌味とも受け取れたが、飛鳥の顔にも声にもそういった不快な感情は一切含まれていない。言葉通り、称賛しているのが分かったからこそ出た笑みだった。

「なんつーか、何処となくこの二人似てないか?」
「うーん、橘さんは真面目そうな感じがしますから、飛鳥君とは合いそうに無いように思いますけど、何か良いコンビですね」

そんな二人を見て健二と佳代が、初対面でありながら何だか良い感じの二人を見て笑いあう。
そして猛と言えば…

(来た、来た、来た、きたぁあああ! 飛鳥君と相性が良さそうな女性が! それも美人さん! あぁぁああ!? 飛鳥君、お願いだから佳代ちゃんを女として見るのはやめてぇぇぇぇえええ!)

未だ、飛鳥の見せた佳代への表情で悶々としていた所に、飛鳥が初対面時から好意的な対応をしている女性の出現に歓喜していた。
男三人の中で一番まともそうな猛も、この状況でそんな事を考えている時点で、飛鳥達と大差無かった。






少女の精神は既に限界に来ていた。
こみ上げるものを必死に堪え、自分の中に押しとどめる。
少し前まで頻繁に聞こえていた身の竦むような悲鳴や断末魔は、何時しか途絶え、外へと視線を向ければ溢れかえる動く死体達。


恐らく皆、あの動く死体にやられてしまったのだろう。
彼女が今まで生き残っていられたのは、姉の言いつけを守ったからだった。
放送により、絶叫が起こり、パニックになった校舎内。


放送が起こる直前、彼女は被服室にて授業を受けていた。
放送によりクラスメート達がパニックに陥り、自身も自分を失いそうになったのだが、昔姉に言われたパニックになった時こそ落ち着いた行動を取らないといけないという言葉が甦り、彼女だけは教室に残った。


そして外から聞こえる悲鳴に気づいて、外を覗き見て見れば、どうみても死体にしか見えない人間が次々と人を襲う光景だった。
愕然としたが、少女はすぐさま教室の扉に鍵を閉めて、閉じこもっていた。


恐怖に駆られ、がたがたと震える事しかできなかった彼女を救ったのは、姉からの連絡だった。
ニュースを見てこの出来事を知った姉が、気にかけて連絡して来てくれたのだ。


少女は涙ながらに姉に事情を語り、姉はすぐに助けに行くから絶対に部屋から出ずに待っていろと言った。
そしてしばらくしたから姉からメールが入り、あの死体達は音に反応するようだから絶対に音を立てるなと書かれていた。
言われるまでも無く、声などあげる気は起きず、少女は必至に耐えていた。


しかし、少女はもう既に限界だった。
我慢に我慢を重ね、耐えてきたがもう限界だった。いっその事、この部屋を飛び出してしまいたいと言う衝動にさえ駆られた。

―――お願い、お姉ちゃん、早く来てぇええ!

無論、姉の事は心配だった。
こんな所に、姉は本当に来てくれるのだろうか。いや、それ以前に来れるのだろうか。
姉にそんな無茶はして欲しく無いが、止めて聞いてくれるような姉でも無い事も承知している。彼女には、姉を待つ事しかできなかった。


刻一刻と時間は進み、今まで我慢に我慢を重ねた少女は、放心状態に陥っていた。

「も、もう駄目……」

掠れるような小さな声が彼女の唇から洩れた時、扉が小さくノックされた。少女の肩がびくりと震える。そして、扉から聞こえる待ち望んだ姉の声。

「遥、いる!? いるなら扉を開けなさい!」
「だ、駄目ッ! お姉ちゃん来ちゃ駄目ぇえええ!」

我慢の限界を超えた少女は、ついにそれを堪える事ができなくなってしまい、姉に入って来るなと必死に声を上げるのだった。
だがそんなのを、妹を心配して駆け付けた姉が聞く訳が無かった。

「遥!? 何があったの!? く、止むを得ないわね」

その声と共に、被服室の後ろの扉が内側へと吹っ飛び、扉の前には蹴りを放った体勢を戻す姉の姿と、その横に並ぶ少年の姿。
彼等は、乙女の人生最大の危機に――――――

「―――あー君のお姉さんは君が心配だったんだ。まさか、そっち方面でも危機だった何て。俺達は……間に合わなかったんだな」
「―――そ、そうなのよ。遥の事が心配のあまり、つい……そ、その、ごめんなさい」

一瞬の沈黙の後、沈痛そうな表情で視線を逸らしながら、悲しげに呟く少年と、彼と同じように気まずそうに視線を逸らす姉。
少女は、自身の股の間から必死に堪えて来た物が流れ出る感触と、その現場を姉と初対面の少年に見られた事に絶望し、悲痛な声を上げる。

「い…い、い……いやぁあああああああッッ!」

教室の一番後ろの隅っこに膝を抱えて蹲っていた少女の足元に、大きな水たまりができていた。









飛鳥達が被服室に到着し、飛鳥と霧香が少女…橘遥の恥辱を目撃してしまってから小一時間。
飛鳥は迅速に中に顔を逸らしたまま部屋から撤退し、突然の声に戸惑う健二達を『先輩の友達は無事だけど無事じゃない、少し待て』と言って何とも言えない表情で室内を気にする彼等を押し留める。そして霧香は気まずそうに室内へと足を踏み入れ、羞恥心に咽び泣く妹を必死に慰める羽目になった。


何でも彼女はあの地獄の始まりを告げる放送前から尿意を堪えており、後ちょっとで授業が終わると必死に我慢していた所にあの騒ぎ。
奴等が闊歩する中トイレに何か行っていられず、止むなく姉が来るまで我慢していたのだが、ぎりぎりの、本当にぎりぎりの所で飛鳥の言葉通り、耐えきれなくなったのである。まぁ何はともあれ、結果的に無事だったので霧香や佳代は一安心だった。

ひとまず飛鳥達が入る前に、彼女は手早く粗相の痕跡を消して、それが終わって飛鳥達も室内に入り、落ち着けた訳であるが……

「わ、悪かったわ、遥。まさか貴方があんな事になってる何て…」
「もう、最低っ! お姉ちゃんの馬鹿ッ! その上初対面の人にまで……」

冷や汗を垂らしながら必死に謝る霧香の姿と、顔を真っ赤にさせて、飛鳥から目を逸らしながら怒る遥の構図が出来あがっていた。
遥は姉同様かなりの美少女と言える容姿をしているが、姉妹だけあって似ている所もあったが、要所要所は違っていた。猫のような釣り眼に、肩より少し長い程度の赤みかかった茶髪。興奮からか、息に合わせて弾む小ぶりな胸と、羞恥心から赤く染まった頬。強く抱きしめれば折れてしまいそうな程細い腰はきゅっとくびれていて、美人とも、可愛いとも取れるちょっと小悪魔チックな感じの男性に非常にもてそうな容貌の少女だった。

彼女はぷんすかと怒っていたが、それでも姉が己の身を省みず、助けに来てくれた事に関しては非常に感謝していたし、ちょっと落ち着きを取り戻すと嬉しい気持ちで、その怒りもすぐに流されてしまい霧香に抱きついた。

「助けに来てくれてありがとう、お姉ちゃん」
「良いのよ、貴方が無事でよかったわ」

抱き合ってお互いの無事を喜びあう二人の姿は、思わず目に涙を誘う物で、佳代はぐすんぐすんっと涙ぐみ、猛も嬉しそうに笑っていたが……

「どうしてこう、最初からこういう風に感動の再会にならんもんかね?」
「な。彼女の場合仕方ないのかもしれんけど、何と言うか、ねぇ」

飛鳥と健二の二人は、猛と佳代の再開時の事を思い出し、顔を寄せ合い首を傾げていた。

「…そういや冴子さんは大丈夫かな」
「あーそうえば会って無いな。でもあの人なら心配いらないと思うけど」

二人の姿を見て、飛鳥は自身の姉的存在を思い出し、眉根を寄せて呟く。
健二にとっても飛鳥の上げた名は無関係では無いが、彼女もまた親友程では無いが、とんでも無く強い事は間違いないので心配無いだろうと判断する。
飛鳥もそれに賛成したい所ではあるが、気になってしまうのは仕方が無い。とは言え彼女の強さは知っているので、多分大丈夫だろうとは思う。

「それに見つかったら完璧正座だもんな。俺達が同じ学校にいるのまだ知らない筈だし」
「だよなー、全く先輩は古風と言うか、爺むさいと言うか、もうちょい今風のお仕置きにして欲しいもんだね」

本人を前にすれば絶対に口にできない事も、当人がいないからこそ言える。
彼女が聞けば、恐らく額に青筋浮かべて、説教一時間は間違い無いだろう。特に健二。

「今風のお仕置きってどんなだ? SMか? 嫌だぞ、俺は。それなら正座の方がましってもんだ」
「どうしてお仕置きと聞いてSMが出てくんだよ!? あ、いや…間違っては無いな。そういう嗜好の人もいるし。猛とか間違い無くその素養があるぜ。Mの方で」

二人の脳内に、黒のボンテージ姿で鞭を携えた姉的存在、毒島冴子の姿が浮かび上がる。ぴしゃっ、と鞭を振るう姿は何だか洒落になっていないので、すぐに打ち消す事になったが。
そして二人が心配そうな顔で知り合いの事を心配していると思い気にかけていれば、SMなどと言う単語が出て来た上に自分にあらぬ疑いまでかける健二に、話を聞いていた猛が必死に否定する。

「ちょ!? 難しい顔して話してると思ったら何でそっちに話が飛ぶの!? というか僕そんな趣味ないからね!? 少しでも飛鳥君達を気遣った僕が馬鹿だった! 大体何時も何時もどうして真面目な話や深刻な話がすぐに変な話に行くんだよ!?」
「おいおいあんま大きな声出すなよ」
「そうだぞ、奴等が寄ってきたらどうするんだ。興奮してないで落ち着け」
「僕だって好きで大きな声出してる訳じゃ無いよ!? 何で僕が悪いみたいになってんの!? その困った奴だみたいな目で見て来るの止めてくれる!?」

やれやれとか、しょうが無い奴だ、とでも言いたげな目をする飛鳥と健二に、猛は心の底から突っ込む。
そして三人のやり取りをきょとん、とした顔で聞いていた佳代が、小首を傾げて口を開いた。

「飛鳥君、SMって何ですか?」

三人がぴたり、と停止する。
飛鳥はちょっと困ったように頬を書いてから、おもむろに口を開いた。

「んー……一人では決して行えない表裏一体とも言える特殊な行為とでも言うべきか。ある種の特殊なせいへ…もとい嗜好を持つ人達が好んで行う行為の事さね。相手の事を思って(鞭や様々な道具と言葉で肉体的にも精神的にも)傷つける事で己を高め(性的な意味で)、される方は傷付けられ、苦しみを与えられる事により、高みへ登る(性的なry)。互いが互いを高め合う行為の事さ、うん。悪いけど俺もあんま詳しく無いんだ」
「成程…切磋琢磨し合うような感じですね! 凄いです! 私もSMできる相手を見つけたいです!」

ぶはっ、と飛鳥と飛鳥の話を聞いてにやにやと笑っていた健二が噴き出し、猛は顔を真っ赤にして怒り飛鳥に飛びかかる。

「あ、飛鳥くぅぅぅぅぅぅんッッ!? 君って奴は、君って奴はぁあああああ!? 佳代ちゃんに何て事言わせてるんだよぉぉぉぉぉお!?」
「やだなぁ猛君。そんな顔真っ赤にして。やーらしい事でも想像しちゃったのかな?」

ひらりと猛をかわしてけらけらと笑う飛鳥の言葉に、猛は更に顔を真っ赤に染める。
まぁ何とも何時ものやりとりを繰り広げる4人であったが、今回この場にいるのは彼等だけでは無かった。

感動の再会できつく抱き合っていた姉妹の片割れ、霧香の方は米神に青筋浮かべつつ我慢していたが、此処に来てついに堪忍袋の尾が切れた。

「好い加減にしなさいっ! こんなに騒いでちゃあの化け物達を引き寄せちゃうだけでしょうッ!」

好い加減にしなさいっ! でぴたりと静まった事により、後半の彼女の言葉が校舎内に響き渡る。
でしょうっ、でしょうっ、でしょうっ、とエコーまでかかったそれは、奴等を引き付けるには十分過ぎる声量だった。

「お姉ちゃん、声大きすぎ」
「ちょっと待ちなさい! 今のは私のせいじゃないわよ!? その子達が大声で騒ぐからでしょ!? 貴方達もやれやれみたいな動作をやめなさい! そして、熊田君、その目は非常に腹立たしいから止めなさい!」

遥の白い眼が霧香に向けられ、必死に弁解する霧香が飛鳥達に視線を向ければ、飛鳥と健二が肩を竦めて苦笑しているのが目に入る。
そして猛はそんな彼女を、いたく同情的な、同士を見るような目で見つめるのであった。





そして同じ頃。
学校からチームを組んで脱出すると言う事に決まり、今まさに職員室を出ようとしていた集団の中にいた黒髪の美少女が、小さく呻いて足を止めた。

「どうかしたんですか? 毒島先輩」
「……いや、何だか今、弟分達を無償に叱りたくなったような気がしてな」

大方またあの二人で馬鹿をやったんだろう、と小さく苦笑して少女は手にした木刀を強く握るのであった。











あとがき
今回はちょっと悪ふざけ多め。やりすぎ感がありますが、おふざけルートなのでちょっと多めに見て欲しいw
流石に毎回こんなんでは無いので! 今回だけです! 
ふざけさせるのもかなり難しいしそうそう案も出てきません^^;

それと今回もおふざけ更新なのは、風の聖痕はかなり有名なようで、結構色んな方が同一視してしまったようなので、先にこっちを進めました。
霧香さんの戦闘能力は、原作の麗以上冴子未満です。それでもかなりの強さですけどね^^: これくらいできないとあの妹を助ける為に学校へ行くと言う発想自体出てこないんじゃないかと。出ても絶対辿り着けるとは……。 

それとちょっと本編の方でクロスボウの発射音とか撃ち方何かが分からず、調べてる最中と言うのもありまして@@;

最後に本編で原作組の方をどの程度書くかも迷っていますね。原作組の高城邸までの展開は基本的に原作と同じような感じにしようと思っているので、原作を知らない方の為にもきちっと描写スベキなのか、ストーリーを進める為に大幅カットで合流した時に彼等からこんな事があったよー、何て感じで纏めて描写しようかなとも思っているのですが……迷います。

それとIFも含めればもう20話を超えましたね。
此処までこれたのは皆様のご感想があってこそだと思います。これからも頑張っていきたいです。

追伸
…友人がやっていたあるゲームを覗き見たせいで危うく本気でロリに目覚めるとこでした。コータの気持ちがよくわかりました、ええ。









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