「――で、あるからして今回の航路は本邦へ原油や天然ガスを運ぶ油送船と同じものとなる。 すなわち、台湾の東側、バシー海峡、南シナ海、マラッカ海峡、あとはスリランカの近くを通って……」
訛りのない流暢(スタンダード)な英語が中隊会議室に響く。
午前中は、中隊長林田さんによる座学。
今回の派遣の概要や背景、航路中のスケジュール、そして中隊間での戦術機の連携等を、今日と明日の午前中に中隊間で意思統一を行う。
くそ~~~!
結局、朝はあのチビのせいで朝飯を食いそびれてしまった。
それどころか……
「え、太一なんでこんな所に居るの? 配膳の時間、終わったよ?」
艦内食堂の入口でばったり美佳子と遭遇。
あれからチビッ子に対する善後策をあれこれ考えながら歩いたせいで、食堂に着く頃にはすっかり朝食の時間が終わっていた。
おまけに……
「二度寝でもしてたんでしょ? ダメだよ太一、しっかりしないと」
いや、見栄を張るために美佳子を起こしに行って、訳の分からないチビの相手をしていたら遅くなってしまった……、とは流石に言えない。
「――目的地であるジブチの米軍基地『ベース・ルモニエ』までは概ね6,350海里くらいだ。 母艦は最低でも24ノットくらいの速力で航行する必要があるので……」
おかげで、釈明も弁明できずじまい。 本来なら上がるはずの美佳子からの信服は、今や派遣前よりマイナスだな……
当初、立案した計画に狂いはなかったのに。
「……ねぇ、太一?」
だとすると、状況検証が必須だな。
障害対象に対して、予測立てによる回避は不可能。
やはり、イレギュラーの存在が作戦失敗に起因するところが大きい。
「……、太一ったら!」
先ほどから、小声で美佳子が話しかけてくる。
あー、ちょっと待ってろよ美佳子、今から考えまとめるから。
ヤツは明らかに美加子に好意的ではなかった。 今後の障害になりかねないし、放って置いたら何するか分からない。
やっぱり――
「やっぱり、オレん講義は太一にゃガバ退屈っちゃんね~?」
訛りあるsmooth(ながれるよう)な佐賀弁が中隊会議室に響く。
同時に、頭の上に置かれる林田さんの手。
「それで、航行期間は計算したら何日に な る ん だ ?」
ヤベッ、全然話しを聞いてなかった!
徐々に力の入っていく中隊長の握力はMAX80代。
死へのカウントダウンが始まる。
「えーと……、10」
――ミシミシ
痛ててッ!
違った!?
あー、えーっと、じゃあ、
「9日……」
――ミシミシミシ!!
「あ~聞こえんな!!」
痛ッッッ!!
あ、頭が割れちまう!
「11!11日間!!」
弱まる握力。
どうやら、正解を引いたらしい。
「約11.02日、まあこれは最低巡航速度での計算で、この戦術機母艦は最高33ノットくらいは出るそうだ。 ただ、マラッカ海峡は輻輳して速力が落ちるため、その分を差し引いて11日となる」
……そうだったのか。
適当に頭に浮かんだ数字を言っただけだ。
「というか、航路の日数は事前に言っとったやろーが!」
――ビシッ!!
林田さんのデコピンが額に炸裂した。
衝撃が頭蓋に響き、脳を揺らす。
アタマ、グラングラン、スル。
「それで今後の日程は事前に通達したとおり、1日目の艦内案内……は、もう終わったか。 2日と3日で今やってるような座学をし、4日5日はシュミレータ訓練、6日目は日曜日なので艦内休日だ」
たとえ戦術機母艦といえど、しっかりと休日が存在する。
詳しいことはよく知らないけど、米国を含むキリスト教国では、日曜日は神聖な安息日で、働いてはならないという伝統的な考え方があるらしい。
別に宗教の押しつけとかはしていないと前にクリスは言っていたが、この海に浮かぶ米国も、それに習っているようだ。
「7日目以降はある程度沖合の航路を取るため、ようやく実機での演習が可能となる。 7日はまず、母艦付きである第103戦術歩行戦闘隊『ジョリー・ロジャース 』が、洋上での戦術機機動などを実機で演練してくれるそうだ」
おお、ジョリー・ロジャースか!
スカル&クロスボーンと呼ばれる特徴的なマーキングとともに知名度が高い飛行隊である、言わずと知れた生粋の海軍戦術機部隊。
海上での戦術機機動における教育資料でも、よく目にしている。
「9日目からソマリア沖を警戒している海兵隊も参加して大規模な統合演習となる。 これは第一目標であるアラビア半島、アデン湾上陸作戦を根幹に置いたものだ」
揚陸作戦。
本派遣の最初の山だ。
アフリカ連合軍と中東連合軍がエジプトのカイロで大規模な陽動作戦と、紅海沿岸部で間引き作戦を展開し、その間にアラビア半島西南部のアデン湾に上陸、即時展開しアラビア半島奪取の足掛かりとなる前線基地を構築して戦線を押し上げる。
そのために、オレたちは派遣されたんだ!
海上からの上陸作戦は、甲21号作戦や甲20号作戦など対BETA共同作戦において帝国はその両方を成功に納めており、今や世界で最も高い水準と言える。
作戦上、揚陸作戦側は大規模な展開をすると陽動の意味がない。
どうしても少数精鋭で構成しないといけない戦術機部隊となるため、帝国の派遣は外交面以外でも、戦略的、戦術的にうってつけだったのだ。
まあ帝国の近代戦成功に、非人道兵器が投入されたとか、魔女が予見したやら、幸運の女神がついているとか色々と噂されてるけどね。
でもやっぱり、国際的にも評価されてるんだなあ。
「……別にわざわざマリーンさんが出しゃばらなくても、いーんだけどねぇ」
隣からから盛大なため息。
やれやれという感じで、クリスがぼやく。
「海兵だけが揚陸の要だというのは、時代遅れだ」
珍しくウォーカー少尉も言を発した。
どうも、クリスたちレンジャー部隊は違うところが気になったようだ。
お互い特殊な部隊同士、仲悪いのか?
「マリーンの揚陸スキルは優秀だ。 それは米国史の始まりからして明らかだろう」
トーマス少佐が、若いレンジャーズを諫(いさ)める。
「だが、連中にはオレたちのように上陸後の未開地設営や確保というようなデリケートな作戦はできない。 もちろん、揚陸の技術でもレンジャーはマリーンなんかに負けんがね」
と思いきや、煽りやがった!
ニヤリと笑う少佐に、席を立って「さっすが、トムさん!」と叫ぶクリス、不敵に笑うウォーカー少尉、うんうんとしきりに頷くジョセフ少尉。
志気、高えなぁ。
それに、トーマス少佐の元、よくまとまっているのが分かる。
きっと戦術機でも高い連携が取れているんだろう。
「それで、だ」
やや強引に、リンダさんが脱線しかけた話しを戻す。
航路9日目の統合演習は連携の練度を計るもので、実弾演習でなく模擬の揚陸、拠点確保を実機で行うものだそうだ。
「実弾ではないが、しっかりと領空制限や仮想レーザー種などの機材も設置してるからな。 恥ずかしいところを見せるなよ」
さすが、大規模演習。
わざわざ、そんな物まで設置するのか。
「ハイ、ハイ、ハ~~イ!」
クリスが起立、挙手する。
「その機材やら何やらの準備って、いつするんスか?」
ああ、確かに。
帝国にしろ米国にしろ、他国で演習を行うのだ。
当然、その演習準備、そして撤収も自分たちでやらないといけない。
スケジュールの中に準備日はないし、当日に盛り込まれているとしたら、かなり短時間の演習になっちまうぞ?
「スケジュール通り、準備および撤収はない」
中隊長は質問に答えると、教壇の上に置いてある『大規模統合演習(案)』の紙束をめくり、
「えーと……『なお、本統合演習にあたっては、演習地となるソマリア共和国が全面的に支援する』となってるから、だろう」
「了解しましたっ」
クリスが席に着く。
全力支援。
それって機材の貸し出し以外にも、燃料やら受け入れ準備やら全部ソマリアが受け持つってことなのか。
「ずいぶん気前がいい国だな」
ソマリア共和国って、日本帝国か米国に何か負い目か借りでもあるのか?
「と言う訳で、9日丸々演習。 10日は予備日で、11日はジブチに下艦準備だ」
一通りスケジュールを発表し、質疑応答を終えるとちょうど午前の終了時間になった。
「概要は以上、解散してください」
「3中隊、別れ」
中隊長の号令を受けて、長のトーマス少佐が解散指示。
午前の座学終了。
……えーと、午後は何するんだっけ?
「それじゃあ、メシ食ったら発進甲板下に集合しましょう!」
クリスが勢いよく仕切る。
集合して何をするんだ?
「行けば分かりマース」
勝ち気な笑みでクリスが笑う。