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[20244] 『マブラヴ オルタネイティヴ ザ デイ アフター』 (Muv-Luv Alternative The day after)
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2011/06/22 00:58
※ 東日本大震災により亡くなられた方々へのご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。



今章は鋭意執筆継続中です!

『マブラヴ オルタネイティヴ ザ デイ アフター』 (Muv-Luv Alternative The day after)に登場するキャラクターは柏木太一や、原作で太一に縁のあるキャラクター以外は、全てオリジナルキャラクターとなります。
ご理解した上でお読み下さい。


・『不変、変わりゆく者』
マブラヴ オルタネイティヴ本編後、甲20号ハイヴ攻略作戦(オペレーション・スレッジハンマー)から一年が経過した、2003年の鉄原ハイヴ跡地が舞台の短編小説となります。

・『仰ぎみる光明』
主人公は前作から引き続き柏木太一。
多大な犠牲を払いつつ、辛くも成功した人類史上最も大規模な作戦、『桜花作戦(オペレーション チェリーブロッサム)』の成功から4年の月日が経過したが、人類はいまだに“勝利”とは程遠く、窮地に立たされたままであった――
中~長編。


 一部設定をDDDさんからご本人了承のもと、お借りしています。
 作中のアフリカ・中東はgrenadierさんと同意のもと、クロス作品(同一世界)として『等身大の戦場(アンバールへの道)』の後日談となっています。


 主人公はハルーこと柏木晴子の“弟”であり、柏木家長男である柏木太一。

 彼は愛する姉の死後、日本帝国陸軍へ入隊し、衛士を志願。

 見事合格し、帝国陸軍衛士訓練校を卒業した彼が配属された部隊は、その年に創設されたばかりである『中央即応軍団』隷下の最精鋭戦術機甲部隊の一つ、『中央即応戦術機甲連隊』だった。

 厳しい戦力化訓練を経てから幾ばくもなく、彼らが所属する大隊へ海外派遣命令が下り――



 拙い文章ですが、これより本編を読んでいただければ幸いです。


注;本作品は元来マブラヴの楽しみ方の一つである【パロディー】を多用しています。
  元ネタに気づいた方はニヤニヤしていただけたら幸いですし、確認を希望の方は感想板等でお聞きください☆ 


『PMC ~ studio 防人 ~』
http → ://www7b.biglobe.ne.jp/~wiseman-1315/
マブラヴ同人サークルやってます。
キャラクター、戦術機等を画像にて公開中。




[20244] ―不変、変わりゆく者― 『序』
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:32

今も昔も変わらない夏の日差し。

その中で『変わり者』と言われた彼女(あね)が曖昧な笑みを浮かべた。

嬉しい様な、困った様な、悲しい様な。

それは今まで努力した彼女の結果(あかし)。

刻一刻と変わっていく日本(せかい)。

その中にあって、なお揺らぐこと無かった、オレ達(かぞく)への瞳。

その意味を、粛然たる笑顔を、寂寞の風にそよぐ紙―――――衛士合格通知書―――――のみが踊る。


これはある物語の末の話し。
おわりからはじまる。
たいせつなものを受け継いだ、ある姉弟の物語。


『マブラヴ オルタネイティヴ』(Muv-Luv Alternative)
―不変、変わりゆく者―


 乾いた大地に、のっぺりと生えた建物群が横たわっている。まだ住んで1年と経っていない居住地区が、かつての郷里のように懐かしい。
3ヶ月と10日ぶりの宇都宮基地(こきょう)。
 しばらくぼんやりと営舎を眺め、塵ひとつなく磨き上げられた廊下を歩き、自分の部屋に着くと同時に、荷物と装備を放り投げた。
 そして、ボロい官品の寝台(ベッド)に倒れこむこと幾数分。
 ようやく無事に帰って来たことを実感した。
清潔感のある、というよりは生活感のない部屋(くうかん)。唐突に、机の引き出しの中に仕舞ってある派遣前に書いた遺書を、ビリビリに破いて部屋にまき散らしたい衝動に駆られたが、

――隊長!エマー発生!駆動系の主機がこちらのコマンドを完全に拒絶しています!

――何ィ!?もう一度入力しろ!自己診断プログラムもだ!

――既にやってますがダメです、感無し!

――ちぃ!……なら仕方ない。一度主機(メインエンジン)を切って再起動だ!

――再起動、……ってことは!

――うむ、それしかない!

「ぐ、おぉ、お、お……」

 はい、喜んで爆睡させて頂きます!

 さすがは三大欲求(おおごしょ)の一角。突然湧いて出た軍団規模のBETA増援の如きそれに、戦術機たった1機に等しい思いつきの衝動が適うわけもなく、オレはあっさりと白旗を揚げ、対馬海溝よりも深いであろう眠りへと身を投げ出す。
 ボロいといってもそこは懐かしき我が寝台であり、複数人と共同で生活していた砂埃まみれの幕舎(テント)ではない、久しぶりの他人に干渉されない個人部屋。

 という訳で、おやすみー……

 意識を落とそうとした瞬間、爆音に近い音を立て、もの凄い勢いでドアが開け放たれる。

「タイチっ!早くしないと中隊の集合時間に遅れちゃ……コラ!なに寝てるのさ!起きなさい!」

 予期せぬ深海からのサルベージ。
 さようなら、ささやかな自由空間。
 こんにちは、熊野 美佳子。

「コンニチハ、じゃないでしょ!早く起きなさい!それに私は中尉よ、ちゅ・う・い。新米少尉のあなたより偉いんだからね!ちゃんと階級を付けなさい。あと私の方が年上なんだから、せめて“さん”くらいは付けないと人として失礼だよ、タイチ」

 部屋に勝手に入ったことは見事に棚の上だ。そもそも、それをいったらオレもちゃんと階級、氏名“陸軍少尉 柏木 太一”で呼ぶように、という問答はもはや美佳子にしても無意味だということくらいには、意識が浮上していた。すげーな、ミカコサルベージ。

「ん?」

 そこで、ある違和感に気が付いた。
 俺は派遣から帰って、そのまま寝台だ。つまり、迷彩服(BDU)。

「なんでミカ……熊野中尉は制服に着替えてんの?」

「え、今から団司令への帰還申告だからだけど?」

――ん、申告?

「いや、たしか帰還申告は明日の朝一に変更になって……それに今日の終礼はいつも通り持装じゃ―」

「―うああ!忘れてたぁ!!」

 ダイナミックエントリーして来た勢いをそのままに、部屋を出て行く。

「先に行ってていいからー!」

 すでにこの階に姿はなく、せっかくプレスしたのにぃぃぃー、と次階の女性衛士居住区から恨めしい叫び声が聞こえてくる。

――ああ、そうだ。

 思い出した。
 この後ある変則的な基地終礼の内容は、派遣から帰って来たオレたちの出迎え行事だ。
 3ヶ月弱、オレにとって初めての海外任務の最終過程(しめくくり)であり、ここからはじまる長い長い、闘い(たび)の初源。

 それは、柏木 晴子の弟、“柏木 太一”という物語の始まりだった。



[20244] ―不変、変わりゆく者― 『起』
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:32

「柏木(C04)、1時から3時方向の瓦礫を至急撤去しろぃ!トレーラーが入るとのお達しだ!」

 気合い入れろっ!と、通信から響く声は熱っくるしいことこの上ない。
 本日の鉄原は派遣されて以来の記録的な猛暑日。
 とはいっても、外界と操縦席(コックピット)内を完全に遮断する装甲板と空調を装備しフル稼動させている冷房が効いた戦術機の中では関係ない。あくまで気持ちの問題だ。
 精神衛生は非常に大事である、とは派遣前に受けたメンタルヘルス座学。
 それに則り、ついつい無線の回線を閉じたくなる。

「なんばしよっとか柏木ぃ!手前ぇ、任務中に回線切るんじゃねぇ!死にてぇのか!」

 しまった、ホントに切るんじゃなくて、音量を絞ればよかった。


 2003年4月。甲20号目標攻略『錬鉄作戦(オペレーション・スレッジハンマー)』により人類は鉄原ハイヴの無力化に成功。
 日本帝国の防衛ラインは本州から押し上げられ、同年に全世界を視野に入れた他国派兵を主任務とする戦術機甲部隊『中央即応戦術機甲連隊――中即連――』を発足。BETAの日本帝国本土侵攻の折、本土防衛軍へ統合された大陸派遣軍の後釜と位置づけられているが、その実態は2002年に発足した国防省の国防大臣直轄部隊、『中央即応軍団』隷下の即応任務部隊である。深緑の迷彩が施された不知火・弐型を装備し、国防大臣の出動要請がかかれば24時間以内に日本帝国全土のみならず、世界規模で即時展開を可能とする戦術機甲部隊である。
 この部隊……帝国軍の陸、海、航空宇宙だけでなく、斯衛からも選り抜きで人員を集めてるってトンデモ部隊とのことだが、何故か訓練校を卒業したばかりの自分なんかが配属されるあたり、人手が足りないってことなのか?


「まあ、戦闘機動から細かい操作まで、戦術機の扱いには結構自信あるんだけどな、と」

 組み入った瓦礫の山を愛機の手腕(マニピュレータ)で器用に仕分け、手頃な物から後ろに控える工兵隊のクレーン車のフックを掛けていく。
 工兵支援でそこまで気合いを入れる必要はない。作業日程にも、予備日を含めてかなり余裕がある。もちろんここ鉄原の情勢も。
 どうやら自分の小隊指揮官殿は、先週行った陣地構築の際に、戦技訓練班の神楽少佐――詳細は知らないが、風の噂で『雪女』の異名を持つらしい――に事前通告無しで小隊区域の作業まで持っていかれたのが悔しいのだろう。

 オレの小隊長である、ソフトモヒカンがトレードマークの林田大尉(C01)は、九州出身の古参衛士らしく、多少熱っくるしいがテキパキと指示を出している。
 富士教導隊から転属して来た凄腕衛士……と云うにはかなり説得力に欠ける軽いノリの、我が中隊で先任中尉を張る香椎中尉(C02)は、たかが工兵支援と手を抜くことはなく、寡黙に与えられた命令をこなしていた。もちろん自分の2機編成(エレメント)にだって不備はない。

 にも関わらず、あの少佐の操る不知火・弐型は、単機で小隊以上の作業効果を叩き出す掛け値なしの怪物(バケモノ)。

「たださぁ……」

 オートバランサをオフ、センサをサーモからパッシブに切り替える。

「中隊指揮官じゃないにしても、少佐って階級の人間が、わざわざ工兵支援に乱入してくるか?それともこの穴掘りまで戦技指導のひとつです、ってか?」

 小隊長とはまた違った意味ではあるが、納得が出来ないところはオレも一致している。
 あの独立遊撃隊のような部隊は、決まった編隊(フォーメーション)どころか、2機編成すら組まないのだ。
 そこには従来の戦術機部隊の指揮系統など存在せず、その場の状況で衞士自身が独断の判断で任務に従事しなければないということだ。
 とても理解し難い。
 モーションセンサは赤外線受動で足場を捉えていく。主脚走行で猿(ましら)のように瓦解した街跡を進む。

「コラー、勝手に突出しない!あ、タイチ、またセンサ切り替えてるでしょ? 訓練以外じゃ熱線感知器は常に起動しとかないといけないのよ。まったくもう、派遣前の座学で聞いたの覚えてないの?」

エレメント機であるC03が、ずいぶん後ろでつらつらとご高説をぶつ。
 熱線系はあくまで対生物感知器だから、対物感知器の赤外線系の方が効率が善いのだ。それと……

「熊野中尉、どうでもいいですから早く来て除去作業をお願いします。あと、何度も申していますが、自分は『柏木』であります。名前は止めて下さい」

 この部隊……中即連は階級の垣根を超えてやたらと馴れ馴れしい。堅っ苦しいのは極限状況下で背中を預ける戦友意識の向上の妨げとなるというのも、まあ、分からなくもない。
 だが、名前は容認できない。

「えー、いいじゃない名前で呼ぶくらい。柏木 太一だから『タイチ』。うん」

 “その名”で呼ばれるこっちの気持ちも知らずに。

「……ひとり納得しているところを申し訳ありませんが、可及的速やかに来てもらえませんか?く・ま・の・中尉殿」

 このオレの相方であり、エレメントのリードでもある上官の彼女には、お姉さんぶる前にまずやるべき仕事をこなして欲しい。戦闘技術やの知識はかなりのものみたいだが、戦術機の操縦技術がおざなりだ。口だけ達者でいざ実戦では。そんな上官じゃあ下はついて来な……あ、そこらへんパッシブの反応が曖昧な場所――

「あ、ちょちょ、崩壊は待って~!」

 彼女の乗る深緑迷彩の不知火・弐型は、まるで誰かが意図的につくったんじゃないかと思わせるような、見事に瓦礫で隠れた、戦術機1機なら簡単にスッポリと収まるであろう地下空洞に下半身を埋めた。

 あーあ、ありゃあ、修理の山さんにまた怒られるんだろうなあ……






[20244] ―不変、変わりゆく者― 『承』
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:32


 案の定、食堂幕舎で鉢合わせた山さんに熊野中尉は怒られていた。
 熊野機の破損した装甲板修理で遅くなった山さんと、始末書(はんせいぶん)で遅くなった自分の小隊が遅飯(おそめし)で居合わせるのは当然といえば当然の運び。

「――だから、試験運用中の電波吸収塗料(フェライト)は、レーザー蒸散膜との兼ね合いもあって薄塗りのうえ、ムラ無く塗らないといけないから凄くシビアなの。そのうえ乾燥させるのに時間がかかるからほかの機体も整備する都合上――」

 熊野中尉が山さんから今回の件で、ありがたい説教を受けている。本人は食事どころではなく、椅子の上で正座をしていた。それも自発的に。
 ときおり山さんの視線の隙をついて目だけをこちらにチラチラと動かし、救援要請をしてくる。
 いや、そんな涙目で助けを請われても現状無理だって。
 一方、傍らで食事する小隊の上司達は、黙々とプラ製のスプーンとフォークで戦闘糧食(レーション)――先遣隊という任務の性質上、二次隊が入ってくるまではパック飯生活を強いられる――をやっつけている。
 曰わく“機体修理隊員には刃向かうな”と。


 戦術機を運用するにあたり、機体の点検やメンテナンスを主とする整備隊に加えて、もうひとつ欠かすことが出来ないのがこの修理隊という部隊である。その構成は、機体の動力源を整備するエンジン整備や、駆動の要の油圧を点検する油圧整備などからなるが、山さんこと山下1等軍曹は機体の外板全般を修理する機体修理員。
 ボルト一本から作ることの出来る、直すことに特化された専門中の専門の兵科職種。そのため、職人気質が特に多い部隊であり、とりわけ全帝国軍の部隊から選抜された我が部隊の整備兵ともなれば……特に山さんはそのひとりなのだ。


 しかし、ただ口うるさいわけではない。
 自分の小隊は、幕舎で使いたいから携行型ライトを作ってくれとお願いしたところ、親指大の超小型LEDライトを作ってもらい、他の小隊から羨ましがられていたりする。
 要は作る側(メカニック)と使う側(パイロット)の持ちつ持たれつであり、今回明らかに非があるこちら側(パイロット)は黙って灸を据えられるべきなのだ、南無。

「ここ、いいかしら?」

 珍しい人物が割って入った。

「お、少佐!久しぶりっすね。近頃は機体を大事に使ってくれて助かりますけど、この前作ったフットペダルの調子は……」

 会話の矛先が神楽少佐に向かいホッとする熊野中尉。自称少佐の強敵である小隊長は「オレはお先に失礼しますわぁ」と、居心地が悪いのかそそくさと席を立つ。

「んじゃ、オレもお先」

 それに香椎中尉が続く。

 なんとなく、飯を切り上げる機会を逃した感じだ。

――神楽少佐か……

 連隊の戦力化訓練の際、何度か戦闘訓練や座学で戦技指導を受けたことはあったが、こうやって間近で見たのは初めてだ。
 切れ長の眉に目尻、西洋風な顔立ちに加え、流麗な四肢は、おおよそ戦場に似つかわしくない異質な美しさを放っている。
 伸びた黒髪を後ろ一本で束ねたその背中からは、数々の戦場を乗り越えてきた者だけが持つ独特の凄みの様な雰囲気に、触ったら切れてしまう鋭さを感じた。

「柏木少尉」

「っ、はい!」

 ちょうどぼんやり眺めているところだったため、意表を突かれた。

「おまえは、もう少し周りを見て戦術機を動かせ」

「なっ!?」

――いきなり、なんだっ!!?

 突然な頭ごなしの戦術機機動の否定に反駁しようとしたが、言いたいことが多すぎて言葉が詰まる。さらにその間、看過できない言葉が続く。

「今のままじゃ全然駄目だ。もう少しそこの熊野中尉から戦術機の扱い方を教えてもらえ」

「へ、私?」

突然の指名に慌てる熊野中尉。

――冗談じゃない!

 今回の工兵支援の効率でいったら小隊で、いや中隊でも一番成果をあげているかもしれない自分が、誉められはしても否定される対象なるなどとは思ってもいなかった。

――しかも、小隊で一番“トロい”熊野中尉を参考にしろだって!?

「神楽少佐、それは一体どういう意味ですかっ!」

 もの凄い嫌みを含めた皮肉か、そうでなければ言いがかりにしか聞こえない。

「言葉のまんまだ少尉。“戦術機の扱い方”を教えてもらえ。今のままではまるで使えないどころか、連隊のお荷物だ。それと熊野中尉」

「は、はい!」

「世話を焼くのはいいけど、やりすぎるのは本人のためにならないわよ」

「い、いや、あの、そんなんじゃなくて私はただ……!」

 何故か必死になって否定する熊野中尉。
 いや、気にするのはそんなことじゃなくて、

「ですから、それは具体的にどういう――」

「ご馳走さま。先に失礼する」

いつのまに食べ終えたのか、パックの中にあった戦闘糧食をものの数分できれいに平らげると同時、少佐はさっさとこの場から立ち去った。
 その背中からは「もはや話すことなどない」と言っている様な気がして。
 追うことなど、できなかった。






[20244] ―不変、変わりゆく者― 『転』
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:33


 それなりに忙しいが、激務という訳ではない任務の日々。
 最初の1ヶ月は宿営地等の陣地構築や初めての海外任務ということで、疲労はあったが充実感があり、不慣れなせいもあって勤務に対しても深く考えたことはなかった。
 でも少し考えれば簡単だ。
 戦術機の小隊は一個中隊につき3つ。
 A(アルファ)、B(ブラボー)、C(チャーリー)とあり、特に戦力に偏りはない。

――言葉のまんまだ少尉。『戦術機の扱い方』を教えてもらえ

 それは決定的な経験値不足。

――今のままではまるで使えないどころか

 “新人(ルーキー”を抱えてなお揺るがない編成。

――小隊のお荷物だ

 2ヶ月目に入ると、任務は単調になった。現在派遣されている戦術機部隊は大隊規模で、任務は各中隊のローテーションで回している。同行警備、宿営地警備や周囲の治安維持、最後の一つの中隊が他2つの中隊のQRFや、宿営地の設営、拡張、工兵支援というのが大体の流れ。
 その任務の中、振り当てられた小隊の配置があまりにも偏っていた。
 明らかに危険個所(レッドゾーン)に配置されたA小隊。それに続くのがB小隊。
 今日の中隊の要人(パッケージ)警護は、どぶさらいした道を直衛(プロテクション)がA小隊、先行(アドヴァンス)をB小隊が固め、自分のC小隊は戦線の遥か反対側(グリーンゾーン)に配置さていた。
 完全な戦力外(ゲスト)扱い。
 それは詰まるところ、小隊で『古参』『熟練』『後援』を除く『自分』のことに他ならなかった。

「、クショウ!」

あの時、少佐から言われた言葉が頭から離れない。

「チクショウ、チクショウ!」

――熊野中尉から戦術機の扱い方を学べ

 熊野中尉の戦術機操作。それは少佐に言われた翌日、山さんに呼ばれて教わった。

「おう、柏木。これは、この前あったフェイズ検査中のデータを機上電子員(ラジオ)に頼んで出してもらったもんなんだが。俺も中即に来る前は撃震とか触ってたせいで、ついついおざなりになっちまう情報統制やら制御やらのデータリンクの記録(ログ)だが、見てみろ」

 そこには膨大な量の電算処理されたアビオニクスデータが各機体にリンクされていた。

「これが答えってわけじゃねえが、訓練だろうが実戦だろうがチームワークは変わらない。もちろん一見戦闘とは関係無いようなドカタ作業でもな?少佐が言いてえのは“そういうこと”なんだろうよ」

 小隊全体を考えた、フォローしあう統合的操縦。

 自分の考える効率的で合理的な独断操縦とはある種の真逆だった。

「納得、できるかよ……」

 納得できなかった。
 いや、納得する訳にはいかなかった。

 それは『柏木 太一』の衛士たる根源。


 あの日、突然告げられた事実。


「あなた方の御家族である、国連軍少尉、柏木 晴子氏の死因は――」

褐色の肌で長身の外国人、極東国連軍基地の司令官だという男は答える。

「――ある極秘の任務の中、隊の指揮官を救助に行き、BETAとの戦闘で戦死された」

 一拍の間。
 それは思考を空白にする、永遠に等しい一瞬。

 意味が分からなかった。

 到底、理解しえなかった。

 納得できる訳がなかった。

 何故、姉は死ななくてはならなかったのか。優秀であったといわれる姉が、どうして命を落とすようなことになったのか。

 技量や素質は十分にあった。

 ならば原因は他にある。

 それは窮地に陥った指揮官にあったのではないか。

 支援を有効に行っていなかった他の衛士や友軍にあったのではないか。

 事実のみを告げに来た男が去った後、柏木 太一は決意を胸にする。

――必ず、姉(ハルー)の仇をとる――

 たとえ、この命が尽きようとも。

 己がひとり。

 単騎で幾千、幾万のBETAを駆逐する。

 それが柏木 晴子の弟、柏木 太一の衛士たる根源であった。


 就寝の点呼まであと少し。

 宿営地とはいえ、大陸の風は季節に反して冷たく、幕舎の外には人影もまばらで、少し行った格納庫あたりには人ひとりいなかった。

「おや、こんな寒空の中どうしたのかな?」

 誰もない偽装された格納庫の脇、なぜか今一番会いたくない人物が自分の前に現れた。

「……いえ、何でもありませんよ熊野中尉」

 早くこの場を立ち去りたい。

 何よりも、今目の前にいる人物に、この感情の起伏を抑えられる自信が-

「何でもないことないって。何か悩みがあるならお姉さんに言ってみな、タイチ?」

――っ!!

「名前で呼ぶなって、何度も言ってるだろっ!」

 許容の埒外だ。
 他人が、気安く自分の名前を呼ぶこともだが、

「オレの姉はお前じゃない!」

 その名で呼ぶハルーはもう、

「オレの姉は“柏木 晴子”だけだ!」

「太一の、お姉さん……」

 今のやりとりで大方の予想がついたのだろう、軽率な発言に悔いる熊野中尉の表情にほんの少しの罪悪感を覚えたが、止まらない。

「馴れ馴れしいんだよ!なにも知らないくせに!」

 留まらない感情。

 せきとめていた想いが流れ出る。

 それは記憶を伴っていた。


 もう、遥か遠い記憶。

 それは最初からあったもの。
 はじめから自分(ソコ)に在った家族(モノ)。

 温かな家族。

 そこにはいつもオレら弟を気にとめ、想い、手を引いてくれた姉がいた。

 自分勝手に振る舞っているフリをして、いつも自分たちを気遣ってくれた。

 分かっていた。

 知っていた。

 でも、分かろうとしなかった。

 知ろうとしなかった。

 当たり前のように思っていたんだ。

 いなくなるなんて、考えたこともなかったんだ。

 ひどいこともたくさん言った。
 我が儘もたくさんやった。

 それなのに「ありがとう」の一言も、結局伝えることができなかった。

 最期の日。

 あの時浮かべた曖昧な笑みですら、未だに答えが出せずに。


 だから……

 だからせめて自分の命を引き替えにしてもでも、多くのBETAを道ずれにする。


「ほっといてくれっ!」

「ほっとけるわけないじゃないっ!」

 ポロポロと涙が伝い、落ちる。

「ほっとけるわけ、ないよっ」

 そこには涙で顔中を濡らす熊野 美佳子の姿があった。

「なんでだよ」

 なんで、あんたが泣いてんだよ?

 なんでそんなに必死なんだよ?

「ほっとけ、ないん、だからっ……!」

 そして、熊野は堰を切ったように泣いた。
 つられる様に、オレの頬にも熱い何かが流れ、そして止まらなかった。

 涙で揺らめく視線の中、熊野の手が背中にまわる。

 そして、優しく抱きしめられた。

 温かい。

 鼓動が聞こえる。

「私は、絶対、あなたを死なせない」

 耳元で聞こえる声。

 それでも…

「それでもオレは、」

 姉への報い。

 もう「ありがとう」を伝えられない自分にはそうするしか、

「あなたのお姉さんは、決してあなたに死んでもらうために衛士になったんじゃないっ!」

――っ!


 嬉しい様な、困った様な、悲しい様な。

 『変わり者』と言われた姉が残した笑み。

 手元には今まで努力した彼女の結果。

 ありとあらゆる物事が刻(とき)と共に変わっていく。

 でも、常に変わらないものが在った。


「弔いのために、死んだわけじゃない!」

 まわされた手に力を感じた。

「あなたに生きて欲しかったから」

 美佳子の鼓動を感じた。

「生き続けて欲しかったから、衛士になって、そして戦った。死んでもその想いはきっと変わらない」

 しゃくりをあげながら。

「私には分かるんだから」

 そう漏らすと、美佳子は再び泣き出した。
 オレは空いた両手をその小さく細い肩にまわし、抱きしめた。

 オレも美佳子もお互いの胸に顔を埋めると、今までに増して涙を流した。
 まわされた美佳子の手に力を感じ、自分も応えるように強く抱きしめ返した。


 吹き付ける冷たい風。

 でもそれ以上に温かなぬくもりが、オレらを覆い、包んでいた。






[20244] ―不変、変わりゆく者― 『結-壱』
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:33


――翌日、

「あ、あはははは……」

「え、えへへへへ……」

 すごく気まずかった。

 冷静に考えて、いや冷静に考えなくてもこれは恥ずかしかった。

 昨日の今日だ。

 なるべく視線を合わさない様にしていたが、同じ小隊内では限界がある。
 戦術機内の通信映像で、表情を伺った際見事に視線が合ってしまい、どちらともなく照れ笑いをしてしまった。

「こいつら、まるでお見合いの時の対面みてーだな……」

「いや、林田(リンダ)さん。こりゃあ、初夜明けの新郎新婦が顔合わせた場面だわ」

――あ~~、もう!何も聞こえねぇ、何も聞こえねぇ!

 林田大尉と香椎中尉の通信で更に恥ずかしさが増す。

「もう、林田さんも香椎さんも違いますよ!」

――おう!?

 さすが、美佳子。自分より上級者のことはある。ここはピシャリとこの流れを止め、

「抱きしめ合うとこまではしましたけど、お互いを確かめ合う様な行為はまだ―」

「あ゛ぁーーーーー!!」

 ダメだ!
 余計に話しがややっこしいことに成る!

「で、結局どこまでしたんだい?」

「だからタイチとはっ」

「うがぁぁぁっーーーーー!」


……………

………




「と、冗~談はさておき、だ」

 林田大尉の声色が変わる。

「今朝のブリーフィングでもあった通り、本日の任務は来るべき次の大陸反攻作戦に備えた北方限界線の強化。残存BETA等がいる場合は速やかにこれを排除する。なお本任務は他中隊はもちろん、“大東亜連合軍”ならびに“統一中華戦線軍”とも合同で行われる大規模な任務であり、不足の事態に備え――」

 小隊長の命令下達。

 簡単な話しが鉄原周辺の安全地帯(グリーンゾーン)化の徹底。難しい話しが各国のハイヴ掌握権争い。
 国連、米国、豪州、大東亜連、統一中華、そして日本帝国も。無傷で手に入れた甲20号ハイヴを自ら管理したい……ってことなんだな。
 政治の難しい話はオレもよく知らないけど。

「――我がC小隊は、後方警戒及び基地後方の施設警備である」

「「「了ッ!」」」

「各員何か質問はあるか?」

「「「無し!」」」

「よぉし、各機配置につけぃ!」」

 まあ、自分の小隊はいつもの通りだ。

 ふと、映像越しに心配そうな視線。

「あ、その、あの……」

 慌てて取り繕う美佳子。

「大丈夫だって。もう無茶はしない」

 其処に憤る必要はないと、昨日教わったからな。

「よかった。えっと……」

 言いよどむ。

 どうしたのだろう?

 昨日のことでオレと美佳子の相違や蟠りは解消したと思ってたんだけど……

――あ、昨日のことか!

「もしかして、なんて呼んだらいいか分からない、とか?」

「え!あ……、うん」

 やっぱり。

「別に、いつも通り呼んでもいいよ。確かに姉ちゃんにも“タイチ”って呼ばれていて特別な思い入れがあるけど、そんな理由で仲間を邪険に扱うなんて、オレがバカみたいだし……」

 もちろん、今言ったことも理由のうちではある。
 あの時はああ言ったが、名前で呼ぶこと事態にさしたることはない。ただ美佳子に限っては、微妙に姉の姿と重なるという理由で名前呼びを嫌っていた訳なのだが、便宜上はそういうことにしておこう。
 美佳子の顔が、パッと晴れる。

「うん、ありがとねタイチ」

――!?

「や、やっぱり今のはなし、なしです!ちゃんと階級氏名で呼んで下さい!」

 えーなんでよー、という声が聞こえてくるが一切無視する。
 今の笑顔は、なんというか、反則だ。

 依然と聞こえてくる抗議の通信を断ち切りポジショニングする。

「C01からC04!オレの小隊は私語を容認してるが、準備いいのか送れ!」

「C04、準備よし」

「C01、こちらC02、こっちの分隊も準備よしですぜ」

 続いて02、03も配置に付く。

「おぉし、小隊全機配置についたな。2機編成(エレメント)で所定の巡回経路の監視および警備だ。編成はオレと柏木、香椎と熊野だ。気ぃ引き締めてやれ!」

 経験値的にも妥当な編成で宿営地周辺を決められた経路で回る。
 正直、少し離れてはいるが左右を大東亜連合と統一中華戦線の基地が固め、後方には連合軍の基地も控えているから、周辺警備を行う意味はあまりないと思うんだけど。

「柏木ぃ、任務にゃあ上も下もねーぞ」

 林田大尉から、まるで心を見透かしたような通信が入る。
 だがな、と小隊長は続き、

「疑問に思うことは善いことだ。その問う姿勢は貴様をさらなる高みに引っ張ってくれるだろうよ」

「それは、」

――まるで、問うことを諦めてしまったような言いぐさだ。

 とは、さすがに言えず口をつぐんだ。

「でもな、忘れんじゃねぇぞ。その傍らには常に誰かが必要だってことを」

 その言葉は妙に重さを持ち。

 心に残った。

「と、語らってる場合じゃねえ。システムチェック!しっかり周囲を注意しろ!」

「C04、了」

――語り出したのは大尉からです。

 心の中でしっかりと注意した。

「ん?」

 今、一瞬だけ周辺地図(センサーマップ)に変な点が映ったような?

「偶然崩れ落ちた瓦礫か何かか?」

 システムチェックをした瞬間にだけ、ちょうど何かが反応したらしい。ほかの機体には何も反応はなかったようだ。
 まあ、宿営地のかなり後方だし、何かあれば近くの国連軍基地から通報なり要請があるだろう。


―全機通信―


「!!?」

 網膜に投影されるHUDが緊急警報を訴える。
 直後、騒然とした雑音と共に緊張したCP(コマンド・ポスト)将校の音声が響く。

「CPより各機、CODE:991発生!CODE:991発生!繰り返す、CODE:991――」

「なっ!?」

「落ち着けや柏木!」

 聞こえるのは林田大尉の一喝。
 真っ白になった頭が、徐々に機能を取り戻していく。

「今の入電は前戦の奴らのだ。北方限界線付近でクソ虫共(BETA)と接敵したらしい。C小隊全機、油断するな!」

 操縦桿(サイドスティック)を握る手が汗で湿る。
 それと同時に自分が緊張していることを自覚する。

――大丈夫だ、ここは前戦より遥か後方だ。

 自分に言い聞かすように、現状を把握する。
 そう思った矢先。
 突如、追い討ちを掛けるように日本帝国軍宿営地から爆発が生じた。

――まさか!?

 BETAがこんな所まで攻めて来たってのか!?
 同じ位置で立て続けに起こる爆発の方角や位置的に、弾薬集積所の辺りから黒煙が上がっている。

「なんだって宿営地から……!? CP、こちらC01!」

小隊長は作戦本部(HQ)に確認を求めるが、何故か雑音ばかりでCPからの応答が無い。
 他小隊や他中隊、中隊長にも連絡を試みるが、まったく通じない。

「くそ!C01からC小隊全機! ……おい香椎、熊野!……なんだこりゃあ、通信障害だぁ!?」

 ここから東へ少し離れた位置にいる香椎、熊野両機の通信は砂嵐のように乱れていた。かろうじて声が聞こえはするが内容まで判別できない。

「ちぃ、中継もとれねーか!……ちょっくらあいつら探して宿営地の様子を見てくる。柏木はここで全方位警戒しつつオレが戻るまで待機。任務を継続だ!センサーから目を放すんじゃねぇぞ」

「ちょ、ちょっと待っ――」

 言うが早いか、林田大尉の機体は一気にフルスロットルで跳躍(ブースト)し、見えなくなった。

――バディ無しの単機での作戦行動。

衛士訓練校や一般部隊では愚の骨頂な禁忌(タブー)ではあるが、中即連の衛士に要求される生存自活(サバイバル)の主要演練項目にはそれが有り、十分過ぎる程の訓練だってしてきた。正直気乗りはしないが、小隊が全滅した訳ではない。やってみせる!

「そういえばさっきの反応……」

 先ほどから気になっていた、点のような影はなぜかシステムチェックするたびに一瞬映り、

「少しずつ近づいている?」

 最後に捕らえたのは、ここから距離にしておよそ5キロ南下した場所。

「そのまま直進すれば、国連管轄の変電所だ」

 立て続けに起こる実状況。

 何か、悪い予感がする。

――正体だけでも、確認しよう。

 誤解の類であれば、それでよし。何か危険であるならば即座に退避して林田大尉に報告する。
 たかが5キロの距離は跳躍ユニットであれば目と鼻の先だ。

 変電所前に着く。金網で囲まれた簡易な鉄筋ビル。その一棟の右脇へ再び跳躍。


 施設棟を横切る瞬間、黒い死神を見た。

「あ――」

 視界の中は減速された世界。
 黒い死神に見えたのは、見たこともないデジタル処理を施された迷彩パターンを纏う戦術機であり、その手中で鈍い光を放つ得物は鎌でなく、近接戦闘用短刀(ナイフ)であった。

――来る!

 こちらの動きに合わせる様な、水平移動からの直突き。
 今更鳴り響く被射撃警告音(ロックオンアラーム)。
 機体を急旋回させるために操縦桿を右いっぱいに倒しているが、

――間に合わない!?

 すでに間合いは必殺の内に入っており、避けることはできない。

――だったら!

 今の機動をキャンセルして操縦桿を思いっきり引き、逆噴射制動(スラストリバース)をかける。
 機体は前傾姿勢から後傾へ。
 大気の壁を上半身で受けた機体は、空気抵抗の衝撃と引き換えに急激な減体を得た。

「ぐぅぅぅ!!」

 死の一閃が目の前を通過する。
 だが、終わらない。
 目の前の戦術機は懐で逆手に握らせていた近接戦闘用短刀(ナイフ)を、神掛かった速さで順手に持ち替え、そのままこちらに向き直る勢いで下からの居合い斬りを放ってくる。

 突きからの連撃。

 自分の機体は先程のエアブレーキの負荷で、身動きがとれない。

――殺られるっ!

 火花が咲いた。

――!?

 相手の右肩部が爆ぜたのだ。






[20244] ―不変、変わりゆく者― 『結-弐』
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:33


「なんだ!?」

 自機は一拍の間に機能を回復。装備していた発煙弾(スモーク)を全てバラ撒いてからペダルをベタ踏みにし、跳躍ユニットの出力を全開、逆噴射機構(スラストリバーサー)を用いて一気に後退。

「いったい何が?」

 後方を確認する。

 そこには伏射姿勢(プローン)で中隊支援砲を構える戦術機。

 IFFは……友軍機(フレンドリー)!!

「美佳子!?」

 迷彩塗装の不知火・弐型(C03)は、2脚で設置していた中隊支援砲をその場に放棄してこちらに跳躍。

 近距離になり通信が届く。

「試製03式中隊支援砲(あんなもん)で支援狙撃したのかよ!?」

「待ち伏せ(アンブッシュ)が分かって距離があったから、これしかなかったの。それより、状況確認(SA)!」

――そうだった!

 戦闘開始で先ず初めにやらなければならないことだ。気が動転して忘れていた。
 緊急後退時にスモークを全弾バラ撒いたため、煙幕で見失ってしまったが敵は今のところ1機。

 2対1の格闘戦闘(2VS1ACM)。

 つまり、データリンクと友軍機との3次元機動がこっちの勝敗の鍵になる。

 機体識別は……該当機無し!?

「何で“該当無し”なんて出てんだ!?」

――あのシルエットは間違いなく、

「十中八九、F-22A(ラプター)よ!探知機構類は宛にならないから有視界戦になるわ。次から、絶対ロストしないように!」

「分かってる!」

 見たことの無い、黒色基調のデジタル迷彩が施されたF-22A。加えてあの一瞬の内に見せた相当な練度。
 どう見たってただのテロリストの類なんかじゃない。なんだってそんなヤバそうな戦術機がこんなところに……!?

 そんなことより、

「勝算はあるんですか!?」

「ないわ」

――即答!?

「でもさっき、待ち伏せが分かったときに救援ビーコンを打信したから」

 未だに敵機の出てこない煙幕を睨みつつ、2機で全方位警戒。

「たぶん小隊長かアラート組が、すぐに増援に来てくれるはず」

 煙幕の中から動体反応。

「宿営地との距離から考えて約10分!増援が到着するまで生き残ること!!」

 こちらの火器管制が反応する前に、煙幕中のF-22Aから36mmの曳光が貫る。

 散開(ブレイク)!

 自分が前衛で美佳子が後援だ。前衛といっても、

――敵の攻撃を避けまくり、時間を稼ぐ!

 ただ逃げ回るだけだと敵の的になるだけであり、中途半端に攻めても勝てるとは思えない相手だ。むしろ、接近した方がレーダーの劣勢も関係なくなる。

「いくぞーーっ!」

 牽制射として右手に持つ突撃砲だけでなく、左ガンマウントに搭載している突撃砲も展開し、自律射撃で絶えず弾幕を張りながら噴射滑走(ブーストダッシュ)で一気に接近する。

 C03も後方から左前方に噴射滑走し、スモークの壁と一定の間合いを取りながら、敵機の予測位置へ突撃砲で十字放火を浴びせつつ、平面機動挟撃(フラットシザース)の態勢へ移行中だ!

 36mmの残弾0。スモークのカーテンは眼前に迫り、もう弾倉交換(リロード)の暇は無い。兵装を突撃砲(ガン)から長刀(ナナヨン)に兵装変換(トランジット)。

「トランジッション!」

 兵装変換をC03に告げた瞬間、彼女が砲弾を浴びせていた位置の地面が光った。

――その場に伏せて火線を凌いでただと!?

 距離をとる、と思いきや前に跳躍し、

――詰めてきた!?

 馬手には短剣、弓手には突撃砲。

 まさか突っ込んでくるとは思わず、完全に長刀を打ち込む機会を逸した。

 相手は半ロールで美佳子の射撃をかわすと同時、背面体勢の敵は自分の頭上を抜けて、

――後ろを捕られた!

 自機は敵機を見失っているが、僚機からのデータリンクが敵を捕らえている。

 頭上を通過した背面姿勢のF-22Aはそのまま180°下方に半ループしていた。

 スプリットS、しかも超低高度!

――なんて無茶な機動だ!

 背後からの射撃がくる。
 だが、こっちには味方からのデータがある。背面に数発被弾するが、

――有効弾ではない!

 敵機は着地打ちを避けてそのまま前進跳躍をし、突撃砲を指向したまま、衝突回避で若干5時の方向に軌道を修正していた。

 オレは前に出した右脚に自重を乗せ、左の跳躍ユニットのみ出力を上げる。

「うおぉぉッ……!」

 信地旋回。

 遠心力で開いた右手に持つ長刀で、


 思い出すのは昨日のこと。

 己が戦う意志に再び答える。

――死ぬために戦うんじゃねえ!

 強引に右腕を畳む。

――生きるために戦うんだぁぁ!!


 刹那。眼前に広がる、超至近距離から連続発射された120mm滑腔砲のマズルフラッシュ。

 長刀で胴体をガードし、左腕も機体正面を死守する。

 果たしてその意志は叶えられた。

 外しようの無い正確無比なその狙いは、それこそ確実にコクピットを穿ちにいき、

「ぐあぁぁ!!」

 妨げた自機の両腕を吹き飛ばすだけに終わった。

 だが、機体に受けたダメージは大破に近く、ギリギリで機能を停止せずに持ちこたえているといった状態。

「タイチッ!?」

―美佳子……駄目だ!思考停止(フリーズ)するなッ!動き続けなきゃ標的になるッ!

 自分の方はもはや動くのもままならない。

 敵機は超至近距離での120mmの連続砲撃の後、寸前で衝突を避けた。

 その一瞬、F-22Aの複眼の様なセンサーがこちらを一瞥して、そのまま水平噴射跳躍(ホライゾナルブースト)で美佳子の機体へと流れる様に向う。

 まるでオレに、“そこで黙って見ていろ”というように。

 距離のある戦闘はもはやF-22Aの独壇場。

 それ以前にこのF-22Aの衛士には、XM3搭載仕様の不知火・弐型の性能を以てしても、オレ達2人が足元にも及ばない程の力量差が感じられた。

 バケモノ。

 1対1で適う道理はない。

「美佳子ーーっ!!」

 大地を匍匐飛行(NOE)で翔る漆黒の機体は紛れもなく死神そのものであり、

 遠く、連続射撃の旋律が響いた。


「え……?」

 それはF-22Aが放ったものでなければ、美佳子(C03)が迎撃に用いたものでもない。
 両者の間にある地面、おそらくF-22Aが咄嗟の逆噴射制動をせずに、そのままの機動をとっていれば進んでいたであろう地点を、無数の120mm砲弾が抉っていた。

「退きなさい、熊野中尉!」

 上空から噴射降下(ブーストダイブ)してくる迷彩の不知火・弐型。
 それは林田大尉でなければ香椎中尉でもなく、

「よく死なずに生き残ったな、柏木少尉!」

「神楽少佐!?」

 敵機(ラプター)と僚機(C03)、2機の間に土煙を巻き上げながら豪快に割って入った。

――まずい!

 戦術機は着地の瞬間、機体制御で無防備になる。いくらXM3を搭載しているとはいえ、減速せずに猛スピードで降下の勢いをそのままに着地モーションをキャンセルしようものなら、接地の衝撃で機体の主脚がもたない。着地打ちは対人戦闘では初歩中の初歩だ……しかし、

「……あれ?」

 いつまで経っても砲声の音は轟かない。

「どうしたんだ?」

 視界をズームし焦点を合わせる。
 すぐに土煙が晴れて2機のシルエットが見え始めたが、そこには彼我の距離を図る死神と、いつの間にか兵装変換して長刀を構えた神楽機が、

「なんだあれ!?」

 魔法のように浮いていた。


「そんな馬鹿な!?」

 地表から数メートル上。
 敵が間合いに入れば、何時でも長刀を振れる姿勢で宙に留まる神楽少佐機。ホバリングに間違いないが、ほとんど微動だにしないって、どんな挙動制御だ!?

 そして今こそ漆黒の機体から放たれる120mm滑腔砲弾の弾道を、肩部スラスターで水平移動し躱す。そのまま時計回りでサークル旋回。
 交差する射線を潜るように駆る2機の戦術機。2つの機影はまるで恒星のように巡り合う。

 それはさながら演武。

 一分の隙もない円舞。

「大丈夫、タイチ?」

「うわ!?」

美佳子の機体がすぐ脇まで来ていた。
 ジャミングはいまだ継続中だが、いつの間に、という言葉をどうにか呑み込む。2機の機動に完全に魅了されていた。

「って、少佐を援護しなくていいのかよ!?」

 惚けていたのを誤魔化すために苦し紛れなことを言う。

「無理言わないでよ。神楽少佐の機体と近接してるし、あの機動に姿勢照準器(スマート)射撃だけで当たるわけないじゃない」

 そりゃそうだろうな、と益体ない会話を切り上げた。

「機体はどう?動かせる?」

「なんとか動くって程度には」

 自嘲気味に答える。

 思い出す。これじゃあ少佐の言葉通り、使えないどころかお荷物だな。

 ふと気になり、再び戦闘中の2機に視点を戻す。

「ん?」

 先程よりさらに500~600メートルほど北上した位置。高速機動していた両機は、互いに突撃砲をスタンバイガンに構えて正面対峙(ヘッドオン)し、今やぴたりとその動作を停めていた。

「Agree to Cease-fire.」

 突如、通信から響く神楽少佐の声。

「It detailed agreed.」

 それに答える敵機(ラプター)からの凛とした声は、女性のそれだった。

「え……?」

「ど、どういうこと……?」

 美佳子ともども、今の会話の真意が解らず、言葉が疑問となって口を出た。
 急遽止まった戦闘に続き、今更ながらの停戦勧告。そして、その合意。
 呆気にとられている間に、デジタル迷彩の敵機(ラプター)は踵返し、とんでもない速さで匍匐飛行(NOE)しながらそのまま南の果てに消えていった。

 それとほぼ同時―

「―お…ぃ、…丈夫、かぁ!?応答し…熊…!か…木!」

 通信が復旧し始めたのか、雑音混じりの林田大尉の叫び声が操縦席に響き、少し遅れて周辺地図にC01とC02の機影が映し出された。


 それは接敵から、ちょうど8分後のことだった。






[20244] ―不変、変わりゆく者― 『結-参』
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:33


「……こりゃあ、もう駄目だな」

 誰の目から見ても明らかだった自機の破損具合に、山下1等陸曹からのお墨付きを頂戴した。
 程度でいえば大破と中破の間の機体は、機体稼働率維持のため、他の損傷軽微な機体に無事なパーツを分け与えてた。いわゆる“共食い”というやつだ。
 加えて、予備機は不知火・壱型丙を含めて4機あったのだが、その全ては北方限界線でのBETA戦で消耗した他の隊にあてがわれるらしい。

 つまり、

「オレの乗れる機体が……ない?」

「まあ、そういうこった」

 ポンと、香椎中尉が肩を軽く叩かれる。

 林田大尉は連隊長にそのことで意見具申をしに行ったらしい。

 その内容を知った先任中尉は、ことの顛末を伝えた。

「だけど、無駄だったてことはないぜ?具申のおかげか分からないが、戦力外で宇都宮(くに)に強制送還ってのはないらしいわ」

 ポンポンと、2度(にたび)、香椎中尉は背を叩いて去った。

 入れ替わるように、連隊長に呼び出され隊長幕舎に出頭。中尉から言われた内容と同様なことを伝えられた。

 そして、もうひとつ。

「今回の件については、精査や監査が行われるまではっきりとしたことは言えん!……が、ことは高度な政治的内容も内包されとる。解るな、柏木?今回のことは“忘れろ”。だが、よく生き残った。今日と明日はゆっくり休め」

 正直腑に落ちない。

 だが、それだけではなかった。

 色々な後処理を終えた後日、助けてもらったお礼を述べに神楽少佐を訪ねに行った時のこと。

「前に告げたことを訂正するわ」

 こちらが何か言うより先に、少佐は開墾一番にそう口を開いた。

 よくあの窮地を生き残ったと。

 そして、

「さすが、戦乙女(ヴァルキリー)だった柏木少尉の弟だ」

――!!?

「な、なんで姉(ハルー)を!?」

 少佐は少し遠くを見ながら、

「お前の姉は、知る人ぞ知る、優秀な……いえ、それだけにとどまらない、“救国の衛士”だった。誇って良いわよ」

 それは自分が誉められた以上に、嬉しかった。

 それから1ヶ月。

 連隊長のいう精査か何かのせいか、派遣期間は数日延期されたが、北方の帝国軍部隊から成る二次隊が予定通り到着し、申し送りを滞りなく終わらせたオレ達一次隊――中即連――は、無事の任務完了に伴って帰国となる。

 オレの初めての海外任務は“事実上”何事もなく幕を下ろした。






[20244] ―不変、変わりゆく者― 『終』
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:33


 基地体育館には土足可能のための敷物が設置されるなど、わざわざ会場設営がなされていた。

 しかも、派遣部隊だけ入場や式の予行を行わさせるほどの徹底ぶり。

「たかが出迎え行事の割に、大げさだな」

「ほんと、こういう出迎えは初めて」

 迷彩服に着替えた美佳子も、不思議そうな顔をしている。

 本来ならば、帰隊した時に正門(ゲート)から凱旋みたいに、基地の人で作った花道を通過、派遣隊長(れんたいちょう)謝辞で行事は終了なんだけど。

「あ、たぶんあれのせいじゃない?」

 式の項目に“来賓祝辞”とあった。

「お偉いさんが来るのかなぁ? あ!もしかして殿下が来るのかも!」

――おいおい美佳子さん……

「だったら、完全武装の警備兵や斯衛の人間がなんでいないんだ?それに、将軍殿下が来られるのなら、予行かそれ以前の時に通達がある筈だろ?」

 あ、確かに……と周りをキョロキョロと見渡してから、希望が潰えたらしくガッカリする美佳子。

――しっかし、基地全体をひっくるめて、定例行事まで改変させるほどの来賓ってどんだけ偉いんだか。

 そんなこんなを考えているうちに本番の時間となった。

 体育館に入場すると同時に基地所在隊員たちからの拍手に歓迎され、隊長帰還申告、団司令訓示、と続く。

――そういえば、誰が来賓なんだ?

 演壇の手前に並ぶ何人もの高級将校の列にそれらしい姿は見られない。背広もいないし、いったい誰なんだ?

「来賓、登壇」

 司会者のアナウンスで、その人は高級将校が並ぶ列から、すっと前に出た。

「なぁ、あの人鉄原ハイヴ攻略の立て役者の一人で、オレの元中隊長だぜ。可愛いだろ?」

「え?」

 隣に居る香椎中尉が、オレに一言だけ耳打ちした。

 周りの士官と比べ控えめな階級。

「付き将校じゃなかったのか」

 茜色の髪を翻した女性は毅然と壇上に立った。

「来賓、祝辞。部隊休ませ」

「整列ー、休め!」

 ざわざわと会場が静かにざわめいた。

 壇上のマイクに繋がる拡声器が彼女の声を広げる。

「えー、私は――」

 その部隊、名前はまさに生きた伝説。最強を体現した一騎当千。日本帝国軍の衛士において、もはや知らない者などいなかった。

 ざわめきは、もはやどよめきに近づいている。

 しかし、彼女が言を発しようとした瞬間、体育館は張った湖の上のように静まった。

「まず、長期にわたる海外任務、大変お疲れ様でした。慣れない土地での任務は重労働だったと思います」

 一息。

「彼の地では様々な辛苦や困難があったと聞き及んでいます。理解しがたいことや、不条理にさいなまれ、揺らぐこともたくさんあったと思います」

 おそらく、それは衛士である誰もが経験する通過点。

「参考になるか分かりませんが、戦う理由、私の立脚点となった“ある戦友”の話しを聞いて下さい」



 それは、とあるひとつの物語。

 かつて入隊する直前、事実のみで語られた、欠けた物語。

 それが今、真実(ほんもの)の色で彩られていく。




……

………


――はあ、はあッ……!

 駆ける動悸と共に、胸の中の鼓動も高鳴るのを感じる。

 走る。

 式の終了後、隊の解散と同時に追いかけた。
 体育館を出たさき、黒塗りの車の前に“彼女”を視認。

 地面を蹴った。

 息があがるのも厭わず。

 がむしゃらに。

 まっすぐに。

「あ、あのっー!」


 振り向く“彼女”。

 茜色の髪に、翡翠の眼(まなこ)。


 そして姉の意志は弟へと受け継がれる。


 それはまた別の話し。



   To be continued./fin




[20244] ―不変、変わりゆく者―『転』“香椎side”
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:34
 季節も変わって6月の初頭、派遣期間も折り返しを超えたというのに、鉄原の夜は相も変わらず寒かった。

「……ふぅ」

紫煙混じりの白い息を吐いて、香椎は今回の派遣を思い返す。

 思い出されるのは、

「……あの尻は、よかったなぁ」

 鉄原に到着した際、兵站任務か何かで来ていたのであろう、ある豪州の女性兵士の臀部であった。

「やはり、ケツだな」

 香椎は思う。

 やはり女性は『尻』である、と。
 
いや『胸』がいい、と意見も確かに解らないわけでもない。が、実用的に考えてもやはり尻であり、あのある種の芸術とも思わせる曲線美はやっぱり尻にあり、均整を重視するのであれば尚更、尻である。
 
しかし、小さな胸がいいと言うことではない。やはり、小さいよりも大きい方がよいとは思うのだが、手に収まるくらいでもよいと思うし、なればこそ無限の可能性(きたい)を臀部に寄せるのは道理である。

「はあ~…」

 煙は溜息とともに宙を漂う。
 こと中即連において、軟派で有名な先任中尉ではあるが、その対象(このみ)は意外にはっきりしていた。

 濃艶な色香を漂わせる女性

 つまり“大人の女”ってやつだ。

 同じ小隊に居る熊野 美佳子は確かに可愛い部類に入るのだが、艶やかと言うにはまだまだ乳臭い。

 あと8……、いや7年あったのなら。

 惜しむらくは、生まれた差。その発展途上たる膨らみは香椎の眼鏡には適わぬことだった。

「――なあ、おい。そこのケツ」

「――ひゃいっ!?」

 幕舎の裏に潜んでいた幼い膨らみがピクリと上下する。

「もとい。そんなとこで何やってんの、美佳子ちゃん?」

 小一時間ほど前から自分の幕舎の周りをウロウロする気配を感じていた。何となく見当がついていたので放って置いたのだが、この寒空だ。流石に居たたまれなくなった。

 煙草ついでに外に出て誰何(すいか)した先は案の定、美佳子ちゃん。

 ばつが悪そうに苦笑いをしていた。

「とりあえず、入ったら?」

 熊野は同じ隊だが、女性隊員用の違う幕舎で合同宿営しいる。

 こちらと同じで、8人用のドラッシュ天幕に5~6人で野営しているのだろが、メンタルヘルスの観点で分けているだけで、ここもある意味前線だ。女性禁制という訳ではない。

「いえ、あの、いいです」

 帰ります。

 そう言って、そそくさと退散……と思いきや、居る。

 本人は気付かれていないつもりだろうが、ふたつ先の幕舎の裏に居るのが分かる。

「美佳子ちゃーん、女性幕舎は反対だよー」


 去ったさきに、なんとなく呟いてみた。

 吐息をひとつ。

 まあ、わざわざこんな場所に押し掛けて来る理由なんてはっきりしている。


――そもそも、けしかけたのオレだしなあ。

 柏木 太一に国連軍衛士の姉がいたこと

 その姉はすでに“戦死”していること

 渡され柏木の身上書。そしてオレは元々富士教導隊の衞士であったことから、少なくともこのふたつが間違いない事実であると分かった。

「なあ、お前ぇはどう思う?」

 そう言って身上書を渡してきた小隊長(リンダさん)は最初から察していたのだろう。

 まるで鏡写しのように、柏木と熊野の身上が似通っていたのを。


 熊野 美佳子には年子の弟がいたこと

 その弟は衛士となり戦死したこと

 しかも、揃いも揃ってそれは甲21号作戦の時だ。

――だから、美佳子ちゃんに柏木の面倒を任せた、か。

 おそらく、あのひねくれ堅物君を解せるのは、美佳子をおいて他にいないのは明確だ。

――だけど、若輩者同士でたどり着けるかねぇ。

 元来、熊野 美佳子という娘(こ)は、どちらかといえば気弱な質で、人前で虚勢を張る様な性格ではない。

 あの前々から熊野が柏木に対する『お姉さんっぷり』は、香椎が事実を告げたのち、彼女なりに考えに考え抜いた策なのであろう。

 けしかけた手前、長い間放任していたが明日からは北方限界線を押し上げにかかる。ここ最近色々と考えているようではあるが、あまり悠長に構えていられない。

「……ん」

 フィルターまで灰になった煙草のさきが落ちる。それとほぼ同時、幕舎からちょうど柏木が出て来た。

 もうすぐ点呼なのだが、洗面道具などは持っておらず、憤慨やるかたないといった様相であらぬに方向に歩を向けて行く。

――タイム、アウトか……。

 携帯灰皿に煙草を押し付けると、実に緩慢な動作で香椎は柏木の跡をつけた。

――あれ?

 チラリと見えた赤白の腕章。

――リンダさんも来ていたのか。

 右前のコンテナの裏。

 辺りと完全に同化しているが、当直腕章のみがその存在を確立させていた。ああ、今日はリンダさんが当直なのか。

 小隊長はこちらに気付いていおり、こちらにアイサインと手信号で意思を伝えてくる。

林田:前を見ろ

 前を見た。

 そこには後ろからだと丸見えな、柏木を尾行する美佳子ちゃんの姿があった。

 想像する。同じ隊のひとりを宿営地内で付けている光景はかなり笑えた。

林田:違う。ちゃんと見ろ

 何が違うんだ?

 指示の通り、香椎は目を凝らした。

「――うぉ!!?」

 驚愕する。

 香椎は見た。

 美佳子ちゃんの眼に宿るメラメラと燃え盛る熱い焔を。

 決意を決めた闘志でギラギラと燃えている魂の眼光を。


 そして美佳子ちゃんは猛然とダッシュした、右へ。

 幸い柏木は気付いていないようだったが、あの方角は、

「まさか、格納庫を裏手から回り込みに行ったのか……?」

 尋常じゃない。

 相当な距離だ。

「ちょっとリンダさん、――って居ねぇし」

 そこに小隊長の姿はもう無かった。

 ああ、なるほど。おそらくあの人、当直権限で勝手に格納庫周りのセンサーを切りに行ったのだろう。

「じゃ、オレは点呼の欠席をもみ消しに行くかな」

 見事な役割分担。

 柏木は、美佳子に任して大丈夫だろう。

――もう「ちゃん」付け、できねーな。

 香椎は思い出す。

 かつて彼がまだ青年だったころ。

 あの決意の瞳を宿し、一歩踏み出したあの時を。

「……ガキが、張り切りやがって」

 香椎の口元が弓になる。

 それは、彼が初めてPXの洋書コーナー(おとなのりょういき)に踏み出した時の記憶だった。


interlude.# kashi EnD





[20244] ―不変、変わりゆく者―『結』“神楽side”
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:34
Δ

デルタフォース

デルタ作戦分遣隊の通称であり、主に対テロ作戦を遂行するアメリカ陸軍の特殊部隊である。
アメリカ特殊作戦軍(U.S.SOCOM)隷下のサブコマンドであり、平時・戦時問わず政治的、軍事的に非常に微妙で危険度が極めて高い秘密作戦を任務としている。
部隊の知名度とは裏腹に、活動の大部分は“公には否認されるべき地域”で行われ、先に述べた対テロ作戦というのは表向きのものであり、襲撃行動、偵察活動、秘密諜報活動なども含まれる。

数年前。
彼女がどういった経緯でアメリカに渡り、どのような理由でそこに一定期間所属していたか定かではないが、噂でも見聞でもなく、確かに“其処に居た”というのは紛れもない事実であった。

Δ


 警告音が響く。

 日本帝国陸軍宿営地の一画、偽装されたアラートハンガーに仁王立ちする、中即連独自の濃緑迷彩にカラーリングを施された戦術機――不知火・弐型が1機、壱型丙が3機と機種は混成だが――は、すでに4機全てが起動を完了させ、跳躍ユニット主機の音をかん高く周りに轟かせていた。

 機上待機命令発令から出撃態勢完了までには数分も経っていない。

―全機通信―

 網膜ディスプレイが忙しく瞬く。

「CP(コマンド・ポスト)より各機、CODE:991発生!CODE:991発生! 繰り返す、CODE:991――」

 軍団司令部の情報班から事前に知らされていたことでもあり、BETAの動きについては別段、驚くべきところはない。この態勢移行による出撃命令の理由は他にあった。

「動いているのは……おそらくデルタか」

 戦技訓練班班長、神楽 雪枝は珍しく焦燥に気を急いていた。

 それは出撃の30分前のこと。

 作戦本部幕舎(HQ)の通信兵がある暗号を傍受した。

 そして、その暗号を軍団司令部から派遣されている情報班が解読したのがつい先ほど。

 全容は解読されてないが、断片として“国連管轄の変電所の破壊”という一文に危機感を受けての出撃だが、長年の経験から、ある可能性を神楽は感じずにはいられなかった。

 宿営地周辺警備の任に就いている第1大隊3中隊C小隊との、先ほどからの通信齟齬。

 加え、

 基地の弾薬庫が吹き飛んだ。

「……やられた!」

 予感は確信へと変わった。

 こうなっては弾薬庫は手遅れであり、

「これは陽動に他ならないわね。――連隊長!」

「聞こえとる」

 嗄(しわが)れた、しかし力在る声が電波を経由し、ヘッドセットを通して彼女の鼓膜内に反響する。

「このジャミングの中じゃあ、指揮らしい指揮もできん。責任は全てオレがとるから、そっちの現場は任せた。……行ってこい」

 今回の大陸派遣部隊隊長であり、中即連連隊長である山本大佐は、作戦本部幕舎の出入り口から半身を出し、出撃してゆく4機に敬礼をしつつ、そう返した。

 4機の不知火達はまず、主脚歩行で宿営地外柵沿いに展開しながら四周を警戒する。

 弾薬庫を爆破した相手は間違いなくプロフェッショナル中のプロフェッショナルだ。それも組織だって高度に訓練されている。“プロ故に読みやすい”等という次元を超越しており、狡猾に次の機会を窺っている、という可能性も捨てきれないのだ。

「アイス1からオールアイスズ、放送。私はこれより単機で国連管轄下の変電所へ急行する。アイス2以下は宿営地外沿で定点監視。接敵時は友軍へ問題が無い程度に兵器使用自由」

「「「了」」」

「――以上で何か質問はある?」

「「「無し」」」

 通常ここで神楽 雪枝を知らない人間の場合、小隊指揮官が単機で情勢不明な区域(イエローゾーン)へ行くのは無茶ではないか、と異を唱える所ではあるが、この中央即応戦術機甲連隊戦技訓練班に所属する衛士達は違った。

 スカウト、戦闘能力という観点から見て、神楽 雪枝少佐は何の問題もないという“絶対の信頼”を持ってるからだ。

 例え相手が万を超えるBETAであろうが敵意を持った戦術機部隊であろうが、神楽少佐なら武装や跳躍ユニットの推進剤が切れようとも、友軍の救援が駆けつける迄に墜ちることはない。事実、神楽雪枝はそれだけの事をやってのける技術と経験を持ち、訓練された“歴戦の猛者”なのだ。

「あら、誰か1人くらいは付いて来るなりするかと思ったけど、案外アンタたちって薄情なのね?」

 クスクスと笑いながら、神楽は部下に問う。

「冗談はよし子ちゃん……相手は米軍最強の特殊部隊じゃないですか。少佐はお1人で大丈夫かもしれませんが、こちらは我々以外の戦力を前線へ送り出した後で“穴だらけな家”の守りですよ?足の速さも弐型(そっち)と壱型丙(こっち)じゃ兎と亀。数、質、共に考えて妥当な判断だと思います。ここは我らに任せて行ってください」

 わかってるクセに、と小隊の次級者であるアイス2はかぶりを振る。

 彼自身も90年代最後の大陸派遣軍に参加してからの古参衛士で、本土防衛戦はもとより、横浜、佐渡島の最前線を生き延びている。ここ鉄原に至っては、“昨年も”肉林光雨の戦場を神楽と共に跋扈していた選り抜きの精鋭だが、今現在彼らを取り巻くこの状況では、宿営地から離れた場所は神楽(アイス1)に任せるしかない。

「ふふ、どうやらつまらない質問をしたのはこっちみたいね。佐渡島で救助した時に比べたら、あなた本当に成長しているわよ」

 ――言うと、神楽の駆る濃緑迷彩の不知火・弐型が跳ぶ。

 あの時の話はよしてください!と、アイス2が顔を真っ赤にして叫んだが、すぐに電波障害(ジャミング)で聞こえなくなった。

 国連が管轄する変電所は、帝国軍宿営地から比較的近い距離に位置するが、不知火・弐型が搭載する大出力の跳躍ユニットエンジンである、ジネラルエレクトロニクス製FE140をフルに焚いても、到達にはおおよそ5分はかかる。

 先を急ぐ。

 機体を上に傾け高高度跳躍。不知火・弐型はその緒言の通りの推進力を発揮する。

 神楽機は瞬く間に高度を上げた。

 途端、彼女の鼓膜を警報音(アラーム)がけたたましく叩き、一瞬遅れて網膜ディスプレイにも警告が表示される。

――第三級光線照射危険地帯

 不知火・弐型は神楽の意志に関係なく、自律回避運動をとろうとする。

 だが、

「分かってるから、焦らないの」

 神楽は愛機(バディ)が自律回避運動をとる前に警報をカットし、操縦機能を再び我が身のものにする。

 そして更に高度を上げたところで、地平の彼方から一筋のレーザーが彼女めがけて照射された。

「あと7秒……」

 光条が自機の装甲を撫でる影響で再び警報が鳴り響く中、彼女は氷の様に冷静だった。

「お前を自分の手で殺れないのが残念だが、今はこっちが大事なんで……な!」

 自分を愛機(バディ)もろとも焼き殺さんと、数百キロ先でこちらを見つめる光線級BETAへ別れを告げると、不知火・弐型は上昇から反転、下方に傾ける。

「――見えた!」

 まず神楽が視界に捕らえたのは自機と同じ迷彩の戦術機。そして、その200メートル程先には彼女にとって“見慣れた”、漆黒に近い迷彩パターンを纏った機体が在った。

 遅れて出るマップのマーカーが友軍機2機の無事を伝える。

――!よく生き残った!

 神楽は急降下する機体をさらにブーストで加速した。

 高度計の数値が秒以下で切り替わる。

 目下の友軍機(C03)へ、まさに死神のごとく近づく戦術機(ラプター)目掛け、120mm滑腔砲を連射で放つ。

「退きなさい!熊野中尉!」

 それまでの経緯に何があったかは定かではない。だが、神楽のよく知る“死を観念する戦術機乗り”は、あの“黒い死神”と一戦交えた上で生き長らえた。

 それは、何よりも明確な事実だった。

――見事!

「よく死なずに生き残ったな、柏木少尉!」

「神楽少佐!?」

 声には驚が含まれるものの、負傷した翳りは感じられない。

 話しは後だ。

 迫り来る地面。

 C04(柏木機)を一瞥すると同時、独立可動するベクターノズルと尾翼を活かし落下する機体は、フルスロットルのままバック噴射、加速から減速へ。しかし、一度還元された位置エネルギーはどうあっても賄(まかな)えない。

 風を切り、唸るような振動は、その運動エネルギーをもって容易く機体を粉微塵に大地へ返すだろう。

 そうなる刹那、地面へと向かう力のベクトルは、何の無理もなく下から前へ矛先を変えていた。

 前進スウェー。

 沈み込むように屈めた機体は、地表に着くことなく、滑るようにそのまま前に突き出された。左右のブレを肩部スラスターに一任しながら微調整。背から出された長刀をそのまま左脇で抱えるように構える。

 その姿勢は、眼前の敵に片膝を着き、頭を垂れているような体(てい)だ。

 あまりにも無防備な体勢は、あたかも落下回避のため生じた隙のように思うだろう。

――来い!!

 しかし、それこそが神楽の思惑であった。

 相手に同調し、その後の先を神速を持って初撃となす。

 日本帝国武芸十八般がひとつ、抜刀術。

 神楽の駆る機体がなさんとするのは、正にそれだった。

 戦術機専用兵装『74式近接戦用長刀(CIWS-2)』には、鍔や鞘があるわけではない。

 だが、左半身による抜き身からの横薙ぎは瞬速のうえ、広範囲の太刀筋は読みづらい。

 それは居合いの抜刀。

 衝突を受け流した体捌きもさることながら、その狂い無き構えを維持できることこそが神楽を最強の衛士とたらしめる所以であった。

 大抵の戦術機乗りは、着地後にできる戦術機の隙を見逃さない。特にプロフェッショナル、対人戦闘(AH)を多く経験している者ほどそれは顕著である。

 故に、攻撃をかいくぐり行う奇襲は、成功率100パーセント。冷徹に積み上げていく撃墜(キル)数に憂いや悔恨は全く無い。

 人類、BETA問わず屍山の頂点に立つ孤高の女性は、その冷酷な記録や冷静すぎる判断力から、いつしか周囲に「雪女」などと畏怖されるようになったが、本人は全く意に介していない。

――……ふーん?

 エア・ブラストにより舞っていた多量の砂塵が視界をはけ始めた。

 彼の黒い敵機、F-22Aはなおも健在。

 それもそのはず、敵は神楽の誘いに乗ってこなかったからだ。

 時が止まったかのように、2機の戦術機は動かない。

 神楽は相手の動きを待っており、敵も差しは計るように動きを止めている。

 静止は数瞬、次の瞬間には弾くようにF-22Aが距離をとる。

 間違いない。

 敵の衛士は、神楽の居合いや近接戦の危険を知っている。

 離れざまに放たれる36mm弾の射線を、構えをといて追い縋るなか、神楽は敵から出る微力の暗号通信を、ジャミングの中からスクランブルで捕らえ、大出力の周波数を相手の暗号波(ガードチャンネル)にねじ込んだ。

 砂を噛んだような音(ノイズ)が漏れる。ハッキング成功。

「私に銃口を向けるなんて、いったいどこの誰かしらね?」

「――その声は、やはりカグラ!?」

 即席で作られた音声のみの独占回線に、女性の声が流れた。

 軌道を読ませないため、曲線を描き退避するF-22Aは、左手で短刀を逆手で握ったまま、36mmマガジンを抜き出しタクティカル・リロードをしつつ、――照準。

 薬室内で電気信号がケースレス弾に着火して撃ち出す寸前、迷彩の不知火・弐型は回避しながら接近。

「そういうあなたはアシュリーね。デルタフォース衛士、アシュリー・ガーランド少尉」


 AMWS-21からフルオートで吐き出される、曳光焼夷弾が描く火線の雨を潜る

 剣撃の間合い。

「それとも昔みたく“アーシュ”って呼んだ方がいいかしら?」

予備動作なし。

 下段から突き上げるような逆袈裟斬り。

「懐かしいわね、その呼び名。あと、今は大尉よカグラ!」

剣筋が空を切る。

 不知火・弐型が放つ必殺の一撃を回避できたのは、ひとえにF-22Aの機体性能がゆえだ。

 不知火・弐型の跳躍出力を飛躍的に向上させた、ジネラルエレクトロニクス製FE140をもってしても、F-22Aの跳躍ユニット“プラッツ&ウィットニー製FE119-PW-100エンジン”の出力には適わなかった。そもそも、構想の違う両社の最大出力を比べるのは如何ともしがたい。

 高出力に加え、流体力学(CFD)が徹底された軸流圧縮方式は、極限の速度の中、最高位の精度をも両立する。

 苦もなく躱した黒い迷彩は、バランスを崩すこともなく二の太刀の前に再び距離をとった。
「あら、随分早い昇任じゃない?大尉だなんて、あの頃模擬戦で私に勝てずに、悔し泣きしていたのが嘘みたいね“泣き虫アーシュ”」

「もう!昔の話はよしてよ、カグラ」

 再度降り注ぐ弾丸の雨。

 しかし、それをまるで恐れることなく、噴射地表面滑走(サーフェイシング)で直進しながら避け続ける不知火・弐型。

 機動性と運動性。それこそがジネラルエレクトロニクス社が掲げた跳躍ユニット主機の構想であった。

 三度目の肉薄する至近距離。
 大上段で踏み込んだ間隙は、いよいよ外しようがない。跳躍斬りの最も得意とする唐竹割りの斬撃。

 あたりの大きい太刀だが、隙も多い。

 だが、神楽にはある確信があった。

「はぁっ!」

 ついに剣先は相手を捕らえる。

 しかし、それは相手の馬手が持つ短剣に拒まれた。

 F-22Aはその短剣で受け流すのみで、反撃に転ずることなくバックステップ。

「どうしたのアーシュ、あなたの好きなゼロレンジは?」

 もとより一の太刀で決めるつもりはない。

 アシュリーが太刀を弾くことも、反撃に転じることもなく、受け流すと読んでいた神楽は、その勢いで一気に敵右後方の側面、後方危険円錐域(ヴァルネラブルコーン)とまではいかないが、十分死角となる位置まで跳躍していた。

 超至近距離。ようやく捉えた最新型戦術機前方監視赤外線装置を駆使し、水平噴射跳躍(ホライゾナルブースト)しての横薙ぎ。


 ノールックだがAHにはかなり有効となる。

しかし、それでも浅い。

 長刀の刃は、敵機の左上腕部装甲を軽く削いだのみであった。

 寸でのところでいなすアシュリーの近接戦闘のセンス相当なものだが、もとよりそんな危険を冒す必要はない。

 やはり、

「あなたのその右腕。実はもう使い物にならないんじゃない?」

「……カグラ相手じゃ、隠しきれないわね」

 あっさりと自白するアシュリー。もとより隠し通すつもりでも無かったのだろう。 最大出力じゃないにも関わらず、アシュリーの機体は高速巡航(スーパークルーズ)で彼我の距離を長距離に戻す。

「あの二人に持っていかれたのか?」

「えぇ、荒削りな機動だけど中々な手練れだった。おかげで最期……すれ違うとき、仕留め損なった」

 死神は120mm滑腔砲を牽制射としてばら撒きながら、36mmのマガジンをリロード。

「あなたに一発当てるとはな……これは予想以上だ」

 稼いだ距離は一気に縮まる。

「まったくよ。初撃を躱してから誘き出してカウンターだなんて、元ロイヤルガード?それともあなたと同じスペシャルフォース?」

「ふふ……違うわよ。ひとりはごく普通の中堅で、もうひとりは新兵さ」

「……そういう冗談は嫌いだわ」

 手負いといえど、相手はあのデルタフォースの精鋭、アシュリー・ガーランドであり、戦術機は世界最高のスペックとステルス性能を持つF-22A。

 いかにあの神楽 雪枝でも、勝機は恐らく近接戦しか有り得ない。長距離からの射撃で勝負を期したいアシュリーとは、完全に攻撃圏が食い違っていた。

「そんな状態で私に勝つつもり、アーシュ?」

 噴射地表面滑走(サーフェイシング)による刺突で距離を詰める。

「カグラこそ、推進材の残量は大丈夫なの?さっきからずっと跳び続けているし、ここまで来るのにだってかなりスピードを出したんでしょう?」

 斬撃後の隙を逆噴射制動(スラストリバース)で振り切りながら、直ぐにそれをキャンセル。上段から袈裟斬り。

「そうね、確かに稼働効率の向上したこの子でも、ちょっと厳しいかもな」

 あっけらかんと返答する神楽。

「…………」

 思考のためか、通信越しに訝しむアシュリーは押し黙る。

 通信機から僅かな雑音(ノイズ)。

 体捌きでそれを避ける。跳躍ユニットを後方へ噴射してサークル旋回。

「――まさか!?」

「あら、気づいたみたいね」

 バレルロールで劣化ウラン弾の猛射を回避しながら、神楽は答えた。

「解るだろう?勘のいいあなたなら」

 アシュリーの機体がスライド移動するのを、こちらも合わせるように平行移動をする。

「間合いの鬩(せめ)ぎ合いをしながら、日本帝国軍(そっち)の陣営に私を誘導していたのね」

 反対に移動し、こちらを越えようとする動きを自機で封殺する。

「ご明察。正解よアーシュ」

 昔の接近戦闘の師弟関係そのままに、答えを合わせる。

「あなたは勝たなくてもいい。なぜならば、もう暫くもしないうちにこちらの電子妨害手段(ECM)は効力を失い、そちらの援軍が到着する」

「さすが……やっぱりあなた、良い判断力を持ってるわ」

 神楽から笑みがこぼれる。

 かつて数ヶ月ではあったが、訓練を共に重ね、自分を姉のように慕っていた娘はしっかりと成長している。

 黒い死神は動きを止めた。

 それに合わせ、こちらも追撃を止める。
 互いに突撃砲をスタンバイガンに構えて正面対峙(ヘッドオン)。

 少しして、遠慮がちな声のアシュリーの通信が来る。

「Shit……たった今、こちらのボスから撤退命令があった」

 神楽はちらりと、推進材の残量を確認する。

「いいわ、今回は見逃がしてあげる」

 ABも保って数秒、という燃料残量を無視し、平然と神楽は相手の意図に応えた。

 一瞬の静寂があたりを支配する。

 神楽は独占回線をシャットし、オープンチャンネルに切り替えた。

「Agree to Cease-fire.(停戦に合意せよ)」

「It detailed agreed.(停戦に合意する)」

 典型通りの口上文を交わす。

 他には何も述べない。

 鼓膜に響くノイズは次第に音声へと変わっていく。

 レーダーに日本帝国の援軍を示す機影が映るのと入れ替わるように、F-22Aの機影は南下し見えなくなった。

 BEATに均され、荒野となって久しい鉄原に濃緑迷彩を纏う不知火・弐型が佇む。

 その遙か先の地平線を、神楽は見つめ続けた。






[20244] 設定補足
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 22:34
▼不知火・弐型(中央即応戦術機甲連隊)


 日本帝国陸軍の精鋭、中央即応戦術機甲連隊(CRTSFAR)のコアリッション型海外派兵仕様機。

 桜花作戦後、世界中の各BETAハイヴが駆逐される中、それに比例して世界的に増加傾向にある対人戦を考慮した迷彩が、試験的に塗装されているのが特徴。

 塗料は12.5事件で撃墜された米国のF-22Aの残骸から接収された技術を応用しており、その他にも多少のECM技術を試験的に実装された機体も存在する。

 XM3は部隊に納入された全機に装備されている。

 中即連は準備隊当初、一般部隊同様に94式「不知火」、不知火の改修機である「壱型丙」が配備さていたが、中即連に要求される任務達成能力の高さに加え、斯衛軍出身者で武御雷に搭乗していた衛士や、富士教導団で不知火・弐型、月虹を試験運用し、操縦経験のある衛士らからの「不知火より高性能な機体の導入を」という要望が噴出。
 連隊長である山本大佐の帝国陸軍上層部への絶え間ない上申、嘆願を始めとして、部内外問わず各方面へ影響力のある人物達の口添えが功を成し、2002年に帝国議会の承認を得て中即連への不知火・弐型の導入が決定した。

 しかし、2002年時点で弐型はまだ富士教導団での試験運用中であり制式化には至っておらず、未採用機を導入するというこの異例の処置は、制式化ではなく“部隊使用承認”として配備された為であった。このため中即連に納入された不知火・弐型には、2004年に帝国軍が制式化するまで「試01式」、「04式」という名称が付けられていない。


 弐型の主な選定理由については、


・「米国製の月虹よりも高性能であり、不知火ベースの弐型を採用することにより部隊の士気向上を図れること」

・「海外派遣時に帝国製最新鋭戦術機を装備することで、諸外国へのプレゼンスを図れること」

・「中即連に配属される衛士、整備兵の多数が不知火に慣れていた為、教育や転換訓練をある程度省く事が可能で、即戦力として申し分なし」


以上の3つ。


 2003年の鉄原ハイヴ跡地への派遣では、連隊の中でも弐型が第1大隊にしか配備が間に合っておらず、第1大隊が派遣部隊に選ばれた理由もそれに寄る所が大きかかった。



▼試製03式中隊支援砲

 本兵器は、87式突撃砲を製造し、昨今の日本帝国に無くてはならない兵器メーカーであるFN社が試作した戦術機兵装である。

 02式(Mk-57)や、欧州製戦術機兵装の製造メーカーであるラインメイタル社に対し、ライバル関係にあるFN社がMk-57を参考に発展改良した物であるが、人間工学に基づく設計を矜持とするFN社独自のデザイン(※同社が設計した歩兵用の分隊支援火器“MINIMI”に酷似)やアイデア、Mk-57に対する現場衛士の要望等を盛り込んだ結果、全く別物の中隊支援砲となった。

 02式に比べて勝る点は、機関部の改良による発射速度の向上(※毎分180発)や、大容量ボックスマガジンの採用により装弾数が飛躍的に増加したこと、ハンドガード内部に砲身冷却システムを採用して得た耐砲身加熱性能による高い継戦能力。砲自体のシステム全体を短くして取り回し性が向上(※但し有効射程は2/3に低下しており、重量自体もほぼ変わらない)、照準システムがより高性能な物になり、火気管制能力が02式(Mk-57)に比べ大幅に改良されている等、02式に比べ、より日本帝国軍の戦術機の運用思想に合う中隊支援砲となっている。

 中即連に試験配備されていた理由については、富士教導団の負担を軽減する理由もあるが、FN社や帝国陸軍上層部へ深いパイプを持った、連隊長の山本大佐や戦技訓練班の人間に拠る影響もある。


▼中央即応戦術機甲連隊
 (Central Readiness TSF Armored Regiment)

 CRTSFARや特殊作戦団を傘下に擁する中央即応軍団(Central Readiness Corps)は、桜花作戦後、諸外国や国連から日増しに増えつつあるハイヴ攻略や間引き作戦、治安維持、復興支援等、海外からの増援要請に応えるべく、2002年に準備隊創設を経て、2003年に部隊設立が完了した、国防大臣直轄の帝国陸軍即応特殊任務部隊である。

 国内に於ける有事の際の各方面隊への増援、海外派兵等の要請に48時間以内に即応でき、国外に派兵した際も、諸外国に対して恥じない活動が可能な練度と装備を有する部隊の企画構想案は、90年代より帝国議会で検討されていたが、大東亜連合との共同作戦、果てはBETAの日本帝国本土侵攻等で当時としては予算、物的、人的資源に余裕が無く、この部隊設立構想案は見送られていた。

 桜花作戦後、大東亜戦争後の如き速さで国力を回復させる日本帝国は、甲20号ハイヴ攻略が成功し、日本に対するBETAからの脅威が80年代頃の数値まで減少した事を受け、本土防衛能力を維持しつつも、国際世論を鑑み、90年代にあった即応任務部隊の新設構想案を見直し、部隊の持つべき能力要求を、対人類戦闘能力、特殊作戦団の直接及び間接支援任務等当初の案より引き上げ、深刻な問題だった人員の充足を陸軍や本土防衛軍のみではなく、衛士訓練校を卒業したばかりの成績優秀な新兵、海兵隊、航空宇宙軍、果ては斯衛軍から選抜、募集して(※政威大将軍直々のプレゼンスも功を成した)かき集め、中央即応戦術機甲連隊――CRTSFAR――として2002年に設立が決定した。

 当初はCRTSFARを管理運用する中央即応軍団――CRC――の準備隊を立ち上げ、集団の訓練計画運用計画、同じく新設されるCRTSFARの設立準備(※見積もり、各部隊から人員の選抜、駐屯場所の調整、装備品調達、必要書類の作成等)、同じくCRCの指揮下に編入される特殊作戦団や第1軌道降下兵団等との調整等、必要様々な準備業務を経て、2003年にCRCとCRTSFARは編制完結。

 CRTSFARが所在する宇都宮基地は、同じく栃木県宇都宮市に所在する北宇都宮基地(滑走路やリニアカタパルトを有す宇都宮飛行場がある)と距離的に近く、48時間以内に世界へ展開する事が可能。

 ちなみに中即連は創立から現在まで、独自の装備調達や一部の訓練内容、任務内容等で新聞の紙面や雑誌等を華々しく賑わせており、帝国内外問わず非常に注目度が高い。これに対して他部隊、特に“精鋭”を自負する帝国軍部隊からは、ベテランを多数引き抜かれた事や、活躍の場の花形である実戦任務、精強部隊としての株を奪われつつあることから妬ましく思われている。



▼アメリカ陸軍特殊部隊『デルタフォース』戦術機甲中隊所属機。

一般のF-22Aに特殊作戦仕様のECM、ECCM装備を組み込み(※“公には存在しない部隊”の機体の為、型式番号等は変わらない)、市街地戦用のデジタル迷彩が施されている。

 本機はデルタフォースに所属する衛士の中でも、近接戦闘能力の高いアシュリー・ガーランド大尉の乗機



▼デルタフォース戦術機甲中隊

 デルタフォースは対テロ作戦、オルタネイティヴ5に関わる特殊作戦等、政治的、軍事的に非常に微妙で危険度が極めて高い秘密作戦を任務としており、部隊の知名度とは裏腹に、アメリカ政府は“公式に”存在を認めておらず、活動の大部分は主に『公には否認されるべき地域』で行われ、基本的に戦術機甲中隊は生身の作戦中隊が遂行する襲撃行動、破壊工作、偵察活動、秘密諜報活動、要人の警護や輸送任務などの作戦を、援護するのが任務である。

 当然、戦術機甲中隊単独での作戦遂行能力も有しており、装備や衛士はデルタフォースを構成する他兵科部隊同様、米陸軍の中でも最高峰のレベルを誇る。



▼作中のデルタフォースの動向

 桜花作戦の成功以降、オルタネイティヴ5推進派の米国はますます国際的地位を失墜する。

 さらに錬鉄作戦(オペレーション・スレッジハンマー)の成功にも寄与した日本帝国に危機感を感じた米国は、鉄源に構える国連――を隠れ蓑とする米国――の管轄とする無人変電所を、BETA襲撃に乗じて爆破。

 近くを周回警備している日本帝国の襲撃として、自作自演の因縁を掛けようとしたが、太一の周回ルートの逸脱、デルタの動向に気づいていち早く駆けつけた神楽少佐により失敗。

 デルタフォースは外交問題となる前に穏便に事態を収束させたが、今後の国益交渉にひとつ貸しを作る羽目になった。

 余談だが、神楽少佐は両国に実損害(死者)がいないことから、今後の外交で交渉材料になると踏み、最後はアシュリー・ガーランド大尉を逃している。




[20244] ― 仰ぎみる光明 ― 『プロローグ”』
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2011/05/24 22:56

■ 日本帝国 市ヶ谷基地



 桜花舞う市ヶ谷基地の施設内。

 そんな薄桃色とは無縁の狭く仄暗い一室には、四角や丸のディスプレイに緑を基調として朱や蒼のマーカーが並んでいる。


「今年も又、故国に桜舞うか」


「先に逝った同胞(はらかた)達のおかげじゃろう」


 参謀本部の地下5階に位置する会議室からは二つの声が響いた。

 両者の声や容姿からは、確かに刻まれた歳の数を感じる。しかし、纏った雰囲気は常人のそれではない。

 その静かな気負いは、数多の死地、多大な責任を双肩に担う者達のみ与えられる。


「多大な犠牲を払い成功を納めた『桜花作戦』。この花弁が吹きすさぶ前に、人類は更なる攻勢に転ずるべきだと、儂は思った」


 心内を語る帝国陸軍隷下 中央即応軍団指令官、宮嶋陸中将。


「錬鉄作戦までは確かに、人類は持てる情報や現存火力を駆使し、共闘して奴等(きゃつら)を駆逐したんじゃがな」


 上司の言を継ぐ中央即応軍団隷下 中央即応戦術機甲連隊 連隊長、山本大佐。

 緑の線で映し出された簡易の投影図に、ここ数年間で移ろいだ対BETA防衛線の波が繰り返し流される。


「上は、甲20号攻略以降は差し迫る驚異もなくなり、国土復興に最善を尽くすという方針に変えた」


 部隊が発足され、十二分に運用を行える段階になった今でも、人類の反攻作戦ともいえる大業への大々的な参加は認められていなかった。

 映された本州を見据えながら、


「間違いではない」


 当然、ともいえた。

 国家とはそもそも、人や住む所が無ければ国として成立しえない。


「しかし純粋な意志がそこに在るかというと、否だ」


 一度BETAに蹂躙された大地は復旧が難しい。
 本土防衛軍を始めとして、既存の部隊はその復興に宛われた。


「来たるべき反撃の時まで、国力の向上を図るか……」


「“来たるべき時”とはいったいどういう時なのだろうなあ、山本」


「それは……」


 BETAへの人類の反撃が始まる瞬間、それ以外には有り得ない。

 いや、あってはならないのだ。


「この危機にして、この蒙昧な人類の意志か」


 人類の最大の仇敵であった『あ号標的』は破壊された。

 それはつまり、世界の均衡も崩れたのと同義である。

 国家間で損得の関係なく結ばれた同盟や協定は、嘘のように白紙と化した。


「水面下の足の引っ張り合いは益々激しくなる一方か。牽制している場合ではないじゃろうに」


 朝鮮半島奪還に色めき立った中国政府は、台湾協調路線から米国に揺さぶりをかける。

 アラスカのソ連政府は中国に反発する形で、作戦主導であった米国に歩み寄りを開始したが、日本寄りとは言い難い。


「一つ言えることは、独断専行は許さないということだ」


 横浜ハイヴに加え、オルタネイティヴ計画主導権。

 列強各国は、これ以上の日本帝国への情報の集中は忌避すべきと見解を固めた。


「BETAの持つ対処能力、知らないという訳ではあるまいに」


 宮嶋中将が先手を望むのは、そのためである。

 こちらの兵器や作戦の無力化。

 加えて、月など地球外からも無尽蔵ともいえる数が沸いて出る戦力に対して、時間を掛ければ掛けるほど戦力の差は開く。

 どこかでかけ算のないかぎり、結局は攻勢に打って出るほかない人類にとって、先手以外に策などないのだ。


「こんな生ぬるいことをしていたら、遠かろうが近かろうが人類の行く末は変わらない」


 そう口にして唇を噛む中将の手には、一枚の指令書が握られていた。


「老兵ふたりでこれから先に在る末を憂うか。あと10歳若けりゃぁ、本土軍の若者と同じことをしとったんじゃないか?」


 連隊長が雑ぜ返す。


「ああ、間違いなくオレがお前を止めていただろうよ。あの決起の時みたいにな」


 違いない、と二つの笑いが静かな部屋を打った。

 豪胆な笑い声が止む。


「なにはともあれ、オレはアンタに従うよ宮嶋」


「……すまない」


 階級、立場は違えど、かつて共に大陸派遣、本土防衛戦を潜り抜けた戦友同士。

 長い言葉など不要だった。



 人類の宿願。



 その一度見せた一端は眩しく、なおも手の届かない所にあった。




『マブラヴ オルタネイティヴ ザ デイ アフター』
(Muv-Luv Alternative The day after)
― 仰ぎみる光明 ―




■ NNNニュースネット TV



『NNNがニュースをお伝えします。

先月行われた各国首脳の会議で決定されました中東支援に、日本帝国政府は9日夕の臨時閣議で、海外支援特別措置法に基づく、日本帝国軍の中東諸国派遣に関する基本計画を決定しました。

帝国首相は記者会見に対し、帝国軍の大々的な派遣について「国際社会の一員として、中東再建に責任を果たすには資金や物資支援のみならず、軍の派遣も含めた人的支援が必要だ」と述べ、未だ自国復旧の目処の立たない国民の理解を求めています。

日本帝国全権総代である政威大将軍の裁可も受け、今朝方帝国陸軍の先遣隊が、米国海兵隊前線基地のあるジブチへ先行派遣されましたが、その外洋運搬には米国のニミッツ級戦術機母艦『ドワイト・D・アイゼンハワー』が宛われました。

これは本派遣の依頼を受けた事実上の主導である、日本帝国に否定的であった列強諸外国を抑えた米国が、派遣支援という名目で米軍参加が形となって現れたものでしょう。

任務内容に関しましては熾烈を極めることが予想され、中東連合はその支援の決断に対し敬意と感謝の意を述べていますが、米軍の自国への軍事介入には忌避する姿勢もあり、現地は必ずしも歓迎体制とは言い難いのが現状です。

日本帝国と中東湾岸諸国の協力関係が新しい局面を迎えている一方、今後の対BETA国際活動に日本帝国がどのように関与していくか、という局面も迎えているといえるでしょう――」




[20244] ― 仰ぎみる光明 ― 『航路』 1日目 ①
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/03 23:55


■ 航路1日目 相模灘 アメリカ海軍戦術機母艦『ドワイト・D・アイゼンハワー』 艦内



「あ、今オレが映った!」


 艦内の食堂に備え付けられたテレビは、今朝執り行われた出港行事の光景が映し出されていた。
 日本帝国軍の海外派遣はこれまでにも幾度と行われていたが、今回は規模が違う。
 自分と同様、朝鮮半島奪取から2年ぶりの大々的な海外支援は、第一派にして派遣総数約1200人、戦術機は1個大隊に相当する36機にもなる。
 そんな出港行事とも成れば、それはさながらパレードのような体(てい)であった。


「え、太一、私は私は!?」


 取り皿に昼食を載せた美佳子が同じようにテレビを見やる。


「ほら、たぶんコレだよ」


 音楽隊の向かい、豆粒のような一点を指さした。
 賢明に目を凝らしても映像がズームするわけがなく、参列した立ち位置からの憶測だ。
 正直、この点のような人型が自分たちである確証はないのだが。

 テレビって、なぜか自分達が映ったってだけなのに気持ちが高揚するんだよな。

 そんなことを思いながら、さてさて、お待ちかねだった母艦初の食事だ。
 起床は準備の兼ね合いで午前4時、朝食は前日に配られたパンのみで到底足りていない。
 合成食材を使用した日本帝国の台所事情から米軍の料理は美味しいと定評があり、とりわけ海軍の戦術機母艦となるとその評判は凄い。

 見た目はたいして変わらないな。
 
 外見や匂いは合成食材のそれと大差はない。
 フォークとスプーンで今日の昼食“挽肉のミートスパゲッティー”を口に運び、

 なん、だ……コレは!!

 驚愕した。
 口に広がる酸味と甘み、咀嚼するごとに味を出す挽肉に口の中で心地良く感じる弾力の麺。

 麺類で、いや、今までに食べた食材で、これほど美味しい物を口にしたことがあっただろうか?

 あまりの美味しさに叫びたくなる衝動を必死に抑える。
 許容の越えた味覚に魂が轟くことを初めて知った。

 叫ぶのはよくない。
 気を逸らすために辺りを見回すと、


「……!……!!」


 涙目で救いを求める美佳子と眼があった。


「大げさっつーか……テンションたけーな、お前ら」


「あ、香椎中尉」


 よ、と軽い挨拶で隣に座る先任中尉。
 隊長等会議で自分たちより少し昼食が遅れたようだ。


「小隊長は遅飯(おそめし)ですか?」


 目元を拭いながら、姿の見えない小隊長を美佳子が尋ねた。


「ああ、リンダさんなら他の小隊長とかと打合せがてら、まだお話があるらしい」


 つーことで抜けてきた、と言うこの我らの先任中尉殿は、おそらく途中で勝手に抜け出してきたのだろう。
 もう結構長い付き合いだ。
 そんな行動に今さら驚くこともないし、適当で飄々としていながらしっかりと要点を押さえていることは知っている。


「取りあえずこれからの予定だけど、1500時まで各人の身辺整理で、それから艦内の案内らしいわ」


 いっきに帝国軍人が艦内回ると混雑するので、数を分けてローテーション方式にしたようだ。
 艦の大まかな案内が終わるのが概ね1800――3時間!?――らしく、それからの時間は自由らしい。


「ウチの中隊に加わる、例の米陸軍のレンジャーさんらと1800以降に顔合わせだから、仲良うしいや」


 スパゲッティーを胃に流し込むような早さで食べ終えた香椎さんは、さっさと何処かへ行ってしまった。

 もう少し味わって食べればいいのに……はっ、まさか!

 艦の女性区画は男性禁制になっている。
 軟派で有名な先任中尉。
 まさか規律違反してまで女性をひっかけに行ったんじゃ……ないと信じたい。




 なんとか体裁を保ちながら昼食を終えたオレ達は、各自室に戻り身辺整理を始めた。
 といっても、


「整理するほどの荷物なんか持って来ちゃいないぞ……」


 いくらこの戦術機母艦がデカいといっても、船の中だ。
 基地のような陸の土地ではないため、共同部屋にすし詰めにされると聞いていたんだけど……


「意外に、結構余裕あるんだな」


 宛われた部屋は、2段寝台が人ひとり分通れる間隔で横並びに置かれており、入口の壁際にロッカーが左右ひとつずつある。
 部屋の扉のプレートには自分も含めてふたつしかなかったから、この4人部屋はふたりで使っていいんだろう。
 野営用幕舎での雑魚寝に慣れているオレからしてみたら、そもそも寝台分の領域に加えて、清潔なシーツの上で寝れること自体が贅沢この上ない。

 そういえば、同部屋の住人ってどんな奴かな。

 乗艦して部屋に荷物を置きに来たときにも、部屋には誰も居なかった。
 それからすぐ昼食になったので同居人とは会っていない。
 プレートは英語の名前が書かれていた。
 おそらく今回、統合任務部隊(タスクフォース)を組んで同じ中隊配置になる米軍衛士だろう。

 これからの航路の間も寝食を共にするのだ、やっぱり少し緊張するな。


――30分後


 1時間も経たずに、荷物整理が終わっちまった。
 集合までまだ1時間以上もある。
 案内が終わるまで勝手に出歩くなと言われたけど、あいにく暇を潰すような物なんか持っていない。


「ちょっと、トイレ行ってきまーす」


 何となく、誰も居ない部屋に断りを入れて部屋を出た。

 さて、どこに行こうかな。

 美佳子の部屋(ところ)は…………平時男性禁止区画か。
 食堂やPXは小隊長とかに見付かってしまいそうだし、ほかに暇の潰せそうな場所というと……


「やっぱり、格納庫(ハンガー)かな」


 衛士たる者、常に自分の機体の確認を怠るな。
 とはよく言ったものだが、どちらかというと米陸軍のレンジャーや、海軍の機体が見たいというのが理由だ。

 さて、じゃあ行きますか。

 大まかな種類別の区画は、部屋に備え付けられた地図を見て覚えた。
 いくら大きいといっても、陸の基地ほど大きいわけではない。
 迷いそうになれば元来た道を辿ってくればいいのだ。


「それにしても狭い通路だな……」


 外から見たアイゼンハワーは恐ろしい程の巨体で驚いたのに、艦内の、特に居住区の通路はこれまた驚くほど狭い。
 ひと一人通れるほどの幅しかなく、二人通るにはもう一人が道を譲らないと通れないほどだ。
 すべての通路が小さいわけではないが、これじゃあ確かに帝国軍全員の艦内の案内が終わるのに半日はかかる。


「ようこそ、アイクへ」


「サ、サンキュー」


 あともう一つ意外だったのは、すれ違う母艦クルーの水兵が礼儀正しい若者ばかりだということだ。
 かならず先に挨拶をし、服装にも隙がない。
 てっきり、荒れくれ者でがたいのいいおっさんばかりだと思っていた。
 初めて知ることや目にするものが多く、感慨深く艦内を探索して行く。
 
 そろそろ頃合いだな。

 幾つ目かの階段を昇降する。
 上に行きたいのに、一方通行の通路はなぜか下への階段ばかりオレに勧めてきた。

 ……いい加減、認めよう。

 これはきっとアレだ、その、若さ故に犯してしまった……過ちのようなもんなのだ。
 何回目かの扉をくぐったところでオレは、格納庫ではなくある事実にたどり着いた。


「うっわぁ、迷った……」

  
 ウソだろ?
 同じ通路を引き返したはずなのに、なぜか今、機関室のようなところの前にいる。
 急いで見知ったところに戻らないと、最悪、集合に間に合わない。
 
 ど、どうしよう……

 すれ違う者は一様に忙しいようで、挨拶は寄越してくるが話しかけれる雰囲気ではない。
 とにかく人の多いところにたどり着くべく、人の流れに沿うように何人かの乗員の後を付いて行った。
 訝しんで振り返った乗員を何気なく交わして、また違う乗員に付いて行く。
 何回か繰り返すうちに、ようやく格納庫とおぼしきところにたどり着いた。


「……格納庫、だよな?」


 広い空間には4つの戦術機。
 そのどれもが、機体全体にボディーカバーを掛けられていて機種の判別ができなかった。
 休憩中なのか、あたりに整備員の姿はなく母艦の駆動音のみが空間に響く。

 本当に格納庫なのか、ここ?

 置かれているのはその4機のみで、他の戦術機の姿は見当たらない。
 そもそも、この物置のような場所には他の戦術機を置く余裕がなかった。
 だとすると予備機なのだろうか。
 日本にある機種なら、たとえ200m離れていたって見間違えない自信がある。
 でも今目の前にある機体の骨格には、該当する機体が思いつかなかった。

 剥いで中を見てみようか。

 幸い、まわりには人は居ない。
 警戒しながら、だけどさり気なく機体に近づいていき


「おい、何をしてるんだ?」


――っ!!?


 心臓が飛び出るかと思った。


「日本人だろ、お前?どうやってここに入ってきたんだ?」


 声の主は女性で、口調は別に咎めるようではなく、ただ単に疑問を口にしたような英語だった。
 だから余計に焦った。
 今後ろにいる人物は、“警戒する”オレの後ろを平然と気配なく近づいたのだ。


「えーと、あの……」


 振り返った先には、今まですれ違った海軍とは明らかに雰囲気の違った女性が立っていた。
 タンクトップに着崩した野戦ズボンというラフな格好。
 スレンダーな体つきには無駄な脂肪が一切なく、落ち着いた感じから年上には違いないのだが、はっきりとした年齢が分からない妙齢な女性だった。


「あー、分かる?英語?」


 肩まであるブロンドの髪が揺れて、赤茶の瞳が覗き込んできた。


「だ、大丈夫です。通じてます」


「そりゃ結構。それで、どうやってこの制限区画に入って来たの?」


 マズい。
 どうやらここは制限区画だったらしい。 どういうわけか、どうやらオレは勝手に区画を飛び越えてしまっていた。

 どおりで、いくら歩いても知った場所に出れないわけだ。

 などと暢気なことを考えている場合ではない。
 今オレは居室待機命令を無視しただけでなく、軍規違反した場所にいる。
 下手すると厳罰で拘留という可能性もある。


「えー……」


 もちろん「道に迷って」などという言い訳じみた理由が通じるとも思えない。
 「歩いていたら闘士級BETAに襲われて」と言うのと、たいして変わらねぇ……
 嫌な汗が流れた。
 時間にして一瞬だが色々な言い訳が思いついが、どれもうまくいくとは思えなかった。
 嘘をつくな、という姉のハルーの教えにも反する。

 ここは潔く事実を言おう。


「実はその――」

「アシュリー、どこだー?」


 話そうとした瞬間、誰かの呼ぶ声によって俺の声はかき消されていた。
 というか、この声はもしかして……!


「カグラ!」

「少佐!」


 コンテナの合間から姿を現したのは、同じ中央即応戦術機甲連隊で戦技訓練班の班長である、神楽少佐だった。


「ん?そこにいるのはもしかして柏木か?貴様、何でここにいる?」


 今やお馴染みとなった摂氏零度の冷たい視線も、今のオレにとっては夏の日差しより暖かい。


「どうした、泣いてるのか?」


 違います、これは感情が自分の臨界点を突破したときに流れ出る感情の雫です。
 眉根を寄せる少佐に、素直に艦内を迷った末、ここに迷い込んだことを告げた。
 案の定、少佐はあきれていたが部屋の前まで連れて行ってくれるようだ。

 ホント、助かった。

 これで遅刻も小言も懲罰も逃れられそうだ。


「ちょっと、早口の日本語(ジャパニーズ)じゃなにを言っているか分からないわ」


 紹介してよ、とオレに質問していた女性が今度は神楽少佐に詰め寄った。
 よく見ると女性の右太股のホルスターに大口径の拳銃が納められている。

 ……実は、本当に危ないところだったんじゃないか?


「ああ悪い、会うのは初めてだったな。こいつが衛士の柏木太一だ」


「カシワギ、タイチ――!!?」


 な、なんだ?
 えらく驚いてるような……


「はじめまして、柏木少尉です。えっと……」


「アシュリー、アシュリー・ガーランド大尉よ」


 握手を求められる。
 大差ない身長から交わされる視線。
 その眼光はというと、何なんだろう、なぜか獲物を見つけたような獣のようだ。


「アシュリー、今からこいつを連れて上に行くわ。わざわざ時間を取ってもらっていたけど……」


「ヤー、気にしないでカグラ」


 それにちゃんと約束も果たしてくれたし、と上機嫌のアシュリー大尉。
 約束、とはなんなんだろう?

 
「ほら時間がない、行くぞ」


 疑問を口にする前に、少佐に促されこの場を後にした。
 帰る間際、なんとなく振り返ると、やたらとオプションパーツの付いた小銃を手にした警備兵のような男と話している大尉の姿が目に入った。
 本当に危ないところだったようだ。




「どこ行ってたのよ、太一!?」


 部屋の前には美佳子が待っていた。
 もしかして、探してくれていたのだろうか。


「もしかしなくても探したわよ!どこに行ってたの?」


「いや、ちょっとトイレに……」

 つい、嘘をついてしまった。
 すぐさまバレて、ポカリと頭を殴られる。


「いって~な、嘘じゃねぇって」


 ちゃんと出る前に一応「トイレに行ってきます」とは言った。
 ……言っただけだけどな。


「なんにしても、待機を無視して歩き回っていたのは変わりないでしょ」


「そ、それは――」


 なおも言いすがろうとするオレに、後ろでチラリと腕時計を見た神楽少佐が、


「集合はいいのかしら?」


――!!


「ヤバっ!!」

「わ、忘れてたー!!」


 ふたりして、弾かれるように駆けだした。




[20244] ― 仰ぎみる光明 ― 『航路』 1日目 ②
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:3546bf84
Date: 2010/12/04 00:17


 各小隊が集合の点呼報告をしているところで滑り込んだ。

 ま、間に合った。

 ギリギリセーフだ。
 

「まったく、なんばしよったんか?」

 
 報告のあと、林田さんに怒られてしまった。
 自由隊列で当戦術機母艦「ドワイト・D・アイゼンハワー」の先導案内をする米軍下士官にぞろぞろとついて行く。


「とくに戦術機母艦乗りの海軍ば、点呼とかの集合に厳しいから注意しろよ」


 戦術機母艦の乗員は規律と秩序を重んじる。
 五千を越える人間を収容しているのだから、それは陸の生活よりも必要不可欠なのだ。


「まあ、海に浮かぶ新兵教育隊みたいなもんだわな」


 香椎さんが実に分かりやすく例えた。
 確かに風紀でいうなら、規則にうるさい教育隊基地のようなところだ。
 それどころか、


「うわぁ~、教会まである!」


 美佳子が驚くのも無理はない。
 今、先導の米海軍下士官がモラルと心の安寧に宗教の大切さを説いているのだが、ちょうど発進甲板の真下なのだ。
 神父兼任の水兵さん曰く、この艦の音と振動さえ気にしなければ陸と変わらないそうだ……

そういう問題か?


「スポーツジムなどの娯楽施設は時間外にいくらでも使っていいそうだ。ああ、それとオレら日本人のために米国海軍が気の利いた施設も用意してくれた」


「なんですか、日本人のための施設って?」


 まさか、お寺や神社じゃないよな。
 小隊長は頭(かぶり)を振る。
 ……先任中尉は答えを知っているんだろう、ニヤニヤしっぱなしだ。


「それで、なんなんですか、その施設って?」


「風呂だ」


「……へ?」


 え、お風呂?
 それって普通にあるんじゃないのか?


「シャワーはあるんだが、浴槽のある浴場をわざわざ仮設してくれたそうだ。ありがたいな」


「へえ……」


 正直、オレはシャワーでもお風呂でもどっちでもいい。
 それよりも、いったい誰がこんなことを上申したのかという方が気になる。
 娯楽好きで有名な米国人のことだ。
 この分だと長期停泊の際には、真水のプールでも作るんじゃないのか。


「チャンスだからって、覗くなよ?」


「覗きませんよっ!」


 な、な、何を唐突に言い出すんだ、この中尉!?
 ボソッと、しかし確実に美佳子に聞こえる声で香椎さんがオレに耳打ちした。
 そんなことしたら勘違いされ――


「太一~~?」

 
 キリキリと、美佳子が首だけを動かしてこちらを笑いながら睨む。

 ひいぃっ!!

 笑顔が逆に怖い。
 それから引率中はずっと美佳子教諭による、倫理と道徳という名の教説を聞く羽目になった。

 くそー……、ニヤニヤしてたけど最初っから狙ってたんだな香椎さん。

 途中、浴槽付き浴場『ジャパニーズ・SENTO』にも案内された。
 迷ったときに来た機械室のようなところも通過したが、結局、戦術機の置かれた倉庫のようなところの紹介はなかった。

 まあ、倉庫だしな。

 わざわざ倉庫に案内されても仕方ない。
 だけど、なんとなく、腑に落ちない感じだった。




 じっくり3時間をかけて艦内を練り歩き、ようやく本日の終礼になった。


「ようこそ、洋上のステイツへ。私は第75レンジャー連隊 第1戦術機甲大隊の大隊長を務めている、ジェームズ・ミラー大佐だ」


 目の前で話す大柄の白人は、今回の作戦で参加する米軍の実質上の最高指揮官だ。
 羅刹のような顔をしていて、直視したくない。


「我々は本作戦の即応性を兼ねて当該地域へ先発し、統合任務部隊(タスクフォース)を組み極地踏破の支援するをことになった」


 第一派で日本帝国から派遣された戦術機は、中央即応戦術機甲連隊から選抜された1個大隊の36機。
 その派遣はふたつに分かれており、即応性の観点から、ソマリアの米軍基地に直行できるアイゼンハワーに乗り合わせたのが36機中、24機の2個中隊。
 事後の補給として残りの1個中隊と予備機体は、帝国海軍の戦術機揚陸艦による輸送で到着する。
 こちらは中途補給をいくつか繰り返すため少し遅れた着港となり、その補充として米陸軍から各中隊に1個小隊ずつのレンジャー戦術機甲小隊が充てられた。


「本国から私が自信を持って連れてきた極めて優秀なレンジャーズだが、若輩でBETAとの実戦経験が初めてな者も多い。色々と教えてやってくれ」


 手短な挨拶を述べてミラー大佐は退場し、次に各中隊の終礼に移った。
 ちなみに今回の派遣で戦闘に参加する中即連とレンジャーの混成戦術機中隊は、1個大隊編成だから全部で3つ。
 それぞれ『マーキュリー』『ヴィーナス』『マース』という呼称で、自分の所属は第3中隊の第1小隊だから、マース・アルファといった按配だ。


「それじゃ、始めっぞー」


 中隊長兼、我らが小隊長の林田大尉が終礼を始めた。


「先ほどミラー大佐からあったように、新しく中隊に加わるアメリカさんの精鋭4名だ」


 促されて前に出てきた米国人の4名。
 ほんと、若い人が多い。

 同世代か、オレよりも年下じゃないのか?

 向かって一番左の、おそらく隊長格の人以外は若者で構成された小隊のようだ。


「はじめまして。オレは第75レンジャー連隊の第1戦術機甲大隊第1中隊2小隊、『ウィペット』って中隊なんだが、その中隊長も兼任しているトーマス・バクスター少佐だ」


 トムと気軽に呼んでくれ、と爽やかにいうこの小隊長は金髪に白髪交がじっていなければ香椎さんよりも若く見える。
 なんか親しみやすい感じだ。 


「トム少佐はオレよりも階級ば上だが、今任務が帝国軍指揮下ということで本部隊の中隊長からは外れとる」


 林田さんが注釈を入れて次に移った。
 背の高い黒人が一歩前に出る。


「えーと、オレはクリストファー・ジャクソン少尉。長いんでクリス。生まれも育ちもカリフォルニア州の23歳で、好きな食べ物はタコス」

 ああ、こいつが同室なのか。
 部屋のプレートに書いてあった名前だな。

 よかった、陽気そうな奴みたいだ。


「……イーサン・ウォーカー少尉だ」


 次のやつは、えらく美形の金髪野郎。
 先ほどのクリストファー少尉の後のせいか、ずいぶん素っ気ない感じがする。
 

「ジョ、ジョセフ・A・ラミレス少尉です!よろしくお願いします!」


 最後の衛士は金髪の、青年というよりかまだ少年といった感じだな。
 緊張してるのか言葉は噛み噛みで聞き取りづらいが、ジョセフと呼んでくださいと言ってるようだ。


「見ての通り若い奴らばかりだから、実戦経験の多い日本のサムライである貴官達は、どんどんこいつらを指導してやって欲しい」


 紹介が一通り終わり、相互に敬礼する。


「連携を深める交流として時間外の洋上生活は、1小隊にジャクソン少尉、ウォーカー少尉。2小隊にラミレス少尉を臨時編成とする」


 ああ、やっぱりな。

 帝国軍(こっち)側の小隊間で同室にしなかったのは、やっぱり、混成配置にして日米衛士の連携の強化をはかる目的みたいだ。
 戦場では背中を預ける者同士。
 仲間意識が生存や任務達成に大きく関わるのは言うまでもない。


「詳しい艦内の規律なんかは、すでに体験済みである米陸軍の彼らから聞くように」


 終礼は以上だと言って、林田さんは2小隊長とバクスター少佐と行ってしまった。
 これからミーティングでもするのかな。


「ハァ~イ!改めましてコンニチワ、これからお世話になります」


 大きな声だが耳障りな感じがしない。


「さっきも言いましたけどクリスって気軽に呼んでください。それとこいつは……」


「…………」


「はは、こいつ、シャイなんですよ。彼も気軽にイーサンって呼んでやって――」

 ウォーカー少尉の青い瞳がジャクソン少尉に向けられたが、それっきりだ。
 ジャクソン少尉が話し終える前に、ウォーカー少尉は黙ったままどこかへ行っちまった。
 さて、こういうときはどういう顔をすればいいか分からない。


「……じゃあ、みんなでディナーに行きますかッ!」


 黒い肌に白い歯が眩しい笑顔で、ジャクソン少尉が微笑んだ。




 食堂で飯とお互いの軽い自己紹介を終えて、クリストファー少尉と自室に帰ってきた。


「ようこそタイチ、我らのスイートルームへ」


 食堂にいる間も、ずっとこんな調子で話しまくってたな。
 こっちが1つ喋ると、クリストファーが10話す。
 おかげさまで、クリストファー少尉の身上把握はバッチリだ。


「クリストファー少尉の出身地、カリフォルニア州ってどういうところなんですか?」


 後ろを向いていたジャクソン少尉がピタリと止まる。
 2段寝台の中段にある引き出しに上着を放っていた長身の黒肌が、クルリとこちらに向き、


「ヘイ、ブラザー、これから寝食ともにする仲なんだから、もうすこし気楽にいこうぜ!」


 ぶっとい腕でオレの首をホールド。
 ちょ、その黒服みたいな胸毛を押しつけるんじゃねー!
 
 まるでジャングルだ!


「わ、分かった!分かったから離せ、クリス!」


 正直、そういう付き合いの方がオレも大いに助かるので賛成だ。
 中即連の気質にも上下関係とかあんまりないしな。


「OK、OK。で、なんだったかな、あー……、そうそうオレっちのホームタウンのことね」


 そこから、すげーーー長話が延々と続いた。

 ちょっとした、会話のネタ振りだったのに。

 要約すると、クリスの出身地はカリフォルニア州のオークランドの出身で、黒人としては割と裕福出だったけれど昔はワルだったこと。
 あるとき手を出した女性がサンフランシスコで有名なロシアンマフィアの愛人で、死にものぐるいで逃げ回ったこと。
 そして、匿ってもらったトラヴィス空軍基地の軍曹に気に入られて、そのま気が付いたら入隊誓約書にサインをして陸軍へ入隊。
 戦術機操縦適正が『EXCELLENT』ということで衛士になって、数々の武勇伝を訓練学校で残し、花形である第75レンジャー連隊の配置となった。


「いやー、オレがオークにいたころは女なんて日替わりで換えてたっていうのに、このレンジャー部隊ってのが未だに男ばっかでさ」


 クリスの話しは、就寝前の清掃開始の放送が流れても終わらない。
 部屋ごとに割り振られた清掃場所、洗面所をふたりしてひたすら磨く。


「あー、ホント、お国の事情だか気風だかなんだか知らないけど、タイチとかの部隊が羨ましいね!」


 まあ、たしかに毎日毎日見る人が野郎ばかりだったら、キツいかもしれない。
 だけど、同じ小隊に異性が混じるなんてのは日本ならどこの部隊でもそうだし、訓練校でも普通に居たから別に意識したことなんてないな。


「…………」

「…………」


 ふいに、ぽっかりと無言が訪れた。
 洗面台と蛇口をブラシや雑巾で磨く音が、放送時に流れるラジオ音楽を背景に共鳴する。


 ゴシゴシ――
 
 ゴシゴシ――


「……で、タイチは、ミカコと何回ヤッたんだ?」


 ――ゴ、ガツッッ!


「――なッッ!!?」


 ななな、何を言い出すんだ!?


「お、おお、おま、お前は――!?」


「おい、なんだよその反応?……まさか、タイチ、冗談だろ?あんなにキュートなのに?年頃の健全な男女がほとんどいつも側にいて?」


 なに驚愕してんだ、このヤンキー!?
 そ、そりゃあ、美佳子のことは嫌いじゃねーけど、そういうんじゃなくて、いや可愛いだけど、その――


「まったく、ジャップの生真面目もここまでくると病気だぜ。……ゲイじゃないよな?」

「違ぇーっての!」


 はあ、まったく……

 清掃が終わると、すぐに就寝時間になる。
 洗ったばかりの洗面台で手早く洗面を終えて、床につく。


「ヘイ、タイチ。寝るなら上のベッドをオススメするよ」


「ん、なんでだ?」


 下の方が広いんだが。
 というか上の段の空間って、仰向けに寝たら天井との隙間がほとんどないんじゃないか?


「いや、暗くなってから静かに襲われたら、いくら精強な衛士レンジャーのオレでも逃げらんねーから」


「だから違ぇーっての!」


 冗談、冗談、といって大笑いするクリス。
 くそー、引っ張るなって―の。


「上で寝たら、起きてからベッドの整頓をそこまで綺麗にしなくて済むんだよ。朝の時間が貴重なのは万国共通?」


「なるほど、了ー解」


 階段なんて物はなく、よじ登って上に行く。
 これ、降りるときは飛び降りるのか?


「狭っ!おい、クリス、これじゃ寝返りもうてねーんじゃねーの?」


「ははは、すぐ慣れる!」


 人間の適応力はよく知っている。
 横になった瞬間、すぐに睡魔が訪れた。
 まどろみのなか、クリスの言葉が脳裏をよぎる……


――まさか、タイチ、冗談だろ?


 だから、違うっての。


――あんなにキュートなのに?


 そりゃあ、美佳子は可愛いけど、その、好きとかじゃなくて、戦友として大事っていうか。

 オレの好きなのは……そう、オレの姉の、ハルーみたいな人で……

 でもなんか、美佳子って時々、妙にハルーに似てるときとかあるなぁ。


――年頃の健全な男女がほとんどいつも側にいて?


 2年前、“あのとき”に1度だけ抱き合ったことはあったよなぁ……

 あのときは、ほんと、美佳子ってハルーみたいだったな。

 だけど、それっきりで……
 それから、まわりがやたらと冷やかすもんだから、オレ、意固地になって……


 そこで、ぼんやりと思考は深い眠りに落ちて、最初の一日目が終わった。




[20244] ― 仰ぎみる光明 ― 『航路』 2日目 ①
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:00e6ac8d
Date: 2011/06/22 00:40


 2年前の“あのとき”、その翌日以降――


「いよっ、新婚さん!」


「今日もお熱いね!」


軍隊という所は、閉鎖された世界だ。
 集団生活という檻の中では、あらゆる意味で個人の情報は保証されない。
それが色恋沙汰なら、なおさらだ。


「ふたりして夜の点呼抜けて、どこに行ってたのかしら~?」

「だから違うってーの!!」


美佳子とは、別にそんな関係じゃねぇって!

 あの夜以来、こんなのばっかりだ。
噂は一日と経たずして、部隊全体に広がっていた。


「そういえば、いつも一緒に居るもんね」


同じ小隊なんだから、別に変なとこないだろ。
 あの日からずっと。
 いい加減、その手の冷やかしにウンザリしていた。

 悪意はない。

 今にして思えば、必死になって否定するオレの反応を見て楽しんでいたのだと思う。
 だけど、当時のオレにはそれが耐えられなかった。

 なんでだろう?

美佳子のことは、好きだ。
でもその感情は大好きだったハルーの面影を美佳子に重ねて見ているから、かもしれない。
そんな邪(よこしま)な気持ちを押しつけちまったら美佳子が迷惑だ。

だから……

だから、オレは――


「オレは美佳子の事なんて、全然なんとも思っていませんよッ!!」


「えっ……」


 ある日の宇都宮基地。
 美佳子と一緒に移動していたときに、いつものように冷やかされたオレはたしか、そんなことを言った。

 あれは本心だったのか、それとも咄嗟に口走ったものだったのか……

 わからねぇ。

でも、オレのせいで一緒にからかわれる美佳子もいい加減ウンザリしていたはずだ。

あぁ、だからこれで良かったんだ。
だから、この話はここでお終いなんだ。

でも、なんでかな……
あのときの表情、美佳子の浮かべた表情がとても儚くて、今にも崩れてしまいそうで――


「えっ、えへへ……。 そう、だよね。太一が私のことなんか好きなわけ、ないよね」


泣きそうなのを必死に堪える美佳子の笑みが、今でもオレの心に引っかかって……

………

……





■ 航路2日目 太平洋沖合 アメリカ海軍戦術機母艦『ドワイト・D・アイゼンハワー』 自室



「スタンドア~ップ、タイチ! 点呼前だぞ~?」


ゲシッ、ゲシッ!


「いて、いてて。 な、何んだ!?」


背中を叩かれた、というより殴られたような痛覚がぼんやりと意識を浮上させた。


「いくら呼び掛けても揺すっても起きねーから強硬手段を取らせてもらったけど、お目眼は覚めたかい?」


「あ、ああ…」


――ゴツッ!


「いってぇ~~~!」


思いっきり、頭打っちまった。
そういえば2段寝台の上で寝てたんだっけ。


「ハッハッハ! ずいぶん寝ぼけてんなあ。いい夢でも見てたのか?」


……いい夢、か。


「いや、見ていない」


“いい夢”は見ていない。
 それに、あれは“記憶”だ。
夜、寝る前に色々考えたせいで、思い出しちまった。

くそー、クリスが掃除中に変なこと言うからだ。

美佳子とは、何でもない。
何でもないんだ。


「ヘイ、いい加減ベッドから出て着替えないと、整列点呼が始まっちまうぞ?」


おっと、考え込んでる場合じゃねぇ。

母艦の点呼は厳しいって、昨日、林田さんに言われたばかりだ。
早く着替えないと。


「って、この寝台は階段がな――」


――ちょっ、意外に高ぇー!


「いって~~~!!」


 落下……したのか?
 眼の奥がチカチカする。


「OH! ジャパニーズは物静かだって聞いてたが、ダイナミックなベッドの降り方するんだな」


「うるせ~!」


慌ててたんだよ!
 登ったときに感じた以上に、寝台の脚が予想以上に高かった。
 部屋が小さい割に、部屋の調度品が米国型で大きいせいか?

「その体(てい)じゃ、着替え終える前に点呼が始まっちまうな」


 チラリと、クリスが部屋の備え付け時計を見やり、


「だが、ラッキーなことに今日の当直とは仲がいい。 点呼はOKにしといてやるぜ」


 無駄に白い歯が輝いた。


「そりゃあ、助かる」


尻を思いっきり強打したから、すぐに動きたくねぇ。


「バレないように、少し経って部屋を出てくれよ? あ、あと食事は先に行っといてくれ」


ドアノブに手をかけて振り返るクリス。
何か、用事でもあるのか?


「いんや、イーサンの2度寝を起こしに行くだけだ。 あんにゃろう、朝弱くて低血圧のくせに放っておくと朝飯を抜きやがるんだ」


そう話しているクリスの顔は、全然迷惑そうじゃない。

仲がいいんだな。

おそらく、クリスはウォーカー少尉の世話焼き女房なんだろう。


「了ー解、先に食堂行ってる」


と、言い終える頃には部屋を出ちまっていた。

まあ、いいか。

お言葉に甘えて、ゆっくり時間をかけて部屋を出た。
まあ、時間をかけたといっても5分くらいしか経っちゃいないけど。
点呼を終えて食堂に向かう帝国将兵たちの流れる後方に、さり気なく合流。
 よし、ドッキング成功。誰も不審がっている様子はない。


「クリスたちは……、もう食堂か?」


あたりに二人の姿は見えない。
もう食堂にいるのか、それともウォーカー少尉を起こすのに手間取っているのか。


「まったく、幼なじみとかでも朝わざわざ起こしにいくなんてことないぞ」


 それは、愛があればこそなせる御業(みわざ)。
うむ、なかなかのチーム愛だ。


「……ん?」


前方のやや幅が広がった通路から、ぞろぞろと女性将兵たちが合流してきた。
ここからだと、右手に折れる通路。
たぶん、その先が女性区画なんだろうな。


「あれ……?」


女性たちの中に、美佳子の姿が見当たらない。

もしかしたら、美佳子も2度寝してるんじゃないのか?

普段の美佳子は朝がきついから朝ご飯を抜くとかはしないけど、オレみたいに寝付けなくて2度寝しているのかもしれない。


「仕方ねーなあ」


迎えに行ってやるか。

眠い眼を擦りながら歩く美佳子。
そこでオレはビシッと、


「しっかりしろ、それでも帝国陸軍衛士か!」


とか言ってやろう。

ふふふ、いつもオレのことを子ども扱いするからな。
 ここは男として威厳あるところを見せてやる。
そしたら……


「すみません、柏木少尉!」


と、謝る美佳子。
 そんな彼女に、


「反省したのであれば、いい。 だが、身だしなみも気をつけろよ……君は女の子なんだから」


優しく語りかける、オレ。
 そして、少し寝癖の残る美佳子の頭ソッと撫でてやる。


「きゃ、す、すみません……」


頬を紅くする美佳子。
だが、こちらに向けてくるその瞳には、全幅の信頼と尊厳が込められている……


「くくくっ……、完璧な作戦だ」


いよ~し、そうと決まれば早速作戦開始だ。

通路を右へ。
 早足で人の流れをさかのぼる。
制限区画はさすがに越えられないだろうから、誰か近くの女性に頼んで呼びつけてもらおう。


「んっ? なんだ、あの女の子……」


区画分けされた手前。
通路に備え付けられたハッチに、誰かを待ち伏せているような奴がいる。


「……ターゲットの熊野美佳子はもう食堂に行ったみたいね。 点呼後すぐに朝食、要チェックだわ」


ターゲットの熊野美佳子って……

もしかしてあれは、美佳子を尾行してる?

 格好は帝国のBDU(迷彩服)と身内のようだが、なんてヘタクソで怪しい尾行だ。
こいつの体が小さいからハッチの向こう側から見えてないだけで、こっち側から見たらもろバレだ。

それにしても、チビッ子、それも女の子の不審者なんて珍しいモン初めて見たぜ。


「まさか、アタシの張り込みに気が付いて点呼後すぐに食堂に行ったんじゃ……!? やっぱり怪しさ大爆発ね、要チェックよ」


いやいやいや、怪しいのはお前だッ!


「おい、そこのお前」


「さてと、どうやって調べようかしら」


 聞こえてねえ?


「おい、そこの女」


「やっぱり潜入捜査するしかないか、大体、衛士ってだけでなんで将官と同じ、こんな個室みたいなところに住んでるのよ! アタシたちなんて大広間にロッカーと2段寝台で区切った場所で、すし詰めにされて共泊してるのに!」


え、そうなの?
みんながみんな、部屋を与えられてるんじゃないのか。
やっぱ、衛士って優遇されてるんだな。
って、今はそんなこと気にしてる場合じゃなくて!


「そもそも、あの女がお兄ちゃんに手を出してきたんだし……。 うん、軍事裁判でも勝てる自信があるわ」


裁判って……
 何を言ってるんだ、こいつ?


「……おーい、もしもーし?」


「うっさいわね、今取り込み中よ。 どっか行きなさい、この野良戦車級!」


シッシッと、手で追い払われた。

 野 良 戦 車 級 だとぉ!!
このクソチビ、下手に出てりゃあ調子乗りやがって!


「おい、そこのチビ――」

「――誰が目にも入んない微粒子級のチビよ! 誰がっ……って!?」


うおっ!!?
間合い飛び越えて、一気に懐に入られた!


「う、うわあッ!? な、何よアンタ、誰よアンタ!」


 と、思った次にはバックステップで間合いを開いた。
せわしい奴だな。


「アタシに気付かれないように後ろを取るとは……、やるわね……」


いや、さっきからずっと声をかけてたぞ……


「おまえ、さてはバカだな?」


「だ、だれがバカよ! 不審者に言われたくないわよッ!」


不審者はおまえだっての!


「さっきから美佳子のことをブツブツつぶやきやかって」


「美佳子? アンタもしかして、熊野美佳子の関係者……?」


なっ――!!


「熊野美佳子って……、人のエレメントを馴れ馴れしく呼び捨てにしてんじゃねえーッ!」


「きゃあッ! 何よいきなりッ!?」


 まったく、何なんだこいつは。

 尾行なんかしてるから、知り合いじゃねえだろう。 そのうえ、明らかに美佳子より年下だし、階級なんて尉官ですらなく伍長じゃねーか。
いくら階級とか堅っくるしい風習はなしって部隊方針だけど、一応礼儀として立てるもんだろ。


「……さてはアンタ、アタシのこと脅して、いかがわしい事しようと思ってんでしょ? 美女のアタシに興奮してるのね……」


ぷ、ぷじゃけるな!


「誰がお前なんかに――」


まあ、確かに……

小柄な顔に、大きな眼。 整った顔立ちで、髪を両側でとめた感じは少し幼い感じが残るものの、とても似合ってやがる。

カワイイとは、思うけど……


「――はっ!」


 バカ、オレは何を考えてんだ。
こんな生意気な奴、美佳子の方が断然カワイイね!


「そ、それで、てめえ、何者だよ」


いったい、美佳子に何の用があるんだ?


「ちっ……マズったわね。 まさか知り合いの人間と接触しちゃうなんて……こうなったら――」


こうなったら……、なんだ?


「――戦略的転進よ!」


 あ!
 そっちは!


「おい、待て!」


「待てと言われて誰が待つもんですか! アッカンベ~!」


いや、そうじゃなくて、そっちは……


――ゴンッ!!


天井から配管出てるから危ねえって、言おうとしたんだが……


「お、おい、大丈夫か?」


スゴい音したぞ?
 だから、待てって言ったのに。


「はら~……、ふろ~……、ひる~……」


大丈夫、じゃねえな。
こっち向いて走り出すから……


「…………」


あっ、立ち上がった。


「行っちまった……」


すげえなあいつ、平気な顔して走ってったぞ。
側頭部を強打したように見えたけど、あの様子なら大丈夫だな。


「それにしても、本当にアイツは何者だったんだ?」


美佳子のこと探ってたみたいだけど……
男なら美佳子にちょっかい出してきたってことで、ブン殴ってやればいいんだけど……女だったしな。


「まさか、百合……!」


いや、美佳子の性格でそれはない。

……ない、と思う。


「でも、もしかしたら……」


俺の知る限り、美佳子には彼氏とかそういった類いの話が全然ない。
あんなにカワイイのに、それは不自然だ。

 やっぱり、もしかして――


「いや、待て待て待て、落ち着けオレ!」


KOOLになれ、柏木太一!


「……くそ~、落ち着かねえ」


美佳子に限って、そんな訳ないのに。
これも全部あのクソチビのせいだッ!


「今度見つけたら、とっ捕まえてやる」




[20244] ― 仰ぎみる光明 ― 『航路』 2日目 ②
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:00e6ac8d
Date: 2011/06/22 00:10


「――で、あるからして今回の航路は本邦へ原油や天然ガスを運ぶ油送船と同じものとなる。 すなわち、台湾の東側、バシー海峡、南シナ海、マラッカ海峡、あとはスリランカの近くを通って……」


 訛りのない流暢(スタンダード)な英語が中隊会議室に響く。
 午前中は、中隊長林田さんによる座学。
 今回の派遣の概要や背景、航路中のスケジュール、そして中隊間での戦術機の連携等を、今日と明日の午前中に中隊間で意思統一を行う。

 くそ~~~!

 結局、朝はあのチビのせいで朝飯を食いそびれてしまった。
 それどころか……


「え、太一なんでこんな所に居るの? 配膳の時間、終わったよ?」


 艦内食堂の入口でばったり美佳子と遭遇。
 あれからチビッ子に対する善後策をあれこれ考えながら歩いたせいで、食堂に着く頃にはすっかり朝食の時間が終わっていた。

 おまけに……


「二度寝でもしてたんでしょ? ダメだよ太一、しっかりしないと」


 いや、見栄を張るために美佳子を起こしに行って、訳の分からないチビの相手をしていたら遅くなってしまった……、とは流石に言えない。


「――目的地であるジブチの米軍基地『ベース・ルモニエ』までは概ね6,350海里くらいだ。 母艦は最低でも24ノットくらいの速力で航行する必要があるので……」


おかげで、釈明も弁明できずじまい。 本来なら上がるはずの美佳子からの信服は、今や派遣前よりマイナスだな……

当初、立案した計画に狂いはなかったのに。


「……ねぇ、太一?」


 だとすると、状況検証が必須だな。
障害対象に対して、予測立てによる回避は不可能。
 やはり、イレギュラーの存在が作戦失敗に起因するところが大きい。


「……、太一ったら!」


 先ほどから、小声で美佳子が話しかけてくる。

 あー、ちょっと待ってろよ美佳子、今から考えまとめるから。

ヤツは明らかに美加子に好意的ではなかった。 今後の障害になりかねないし、放って置いたら何するか分からない。

やっぱり――


「やっぱり、オレん講義は太一にゃガバ退屈っちゃんね~?」


 訛りあるsmooth(ながれるよう)な佐賀弁が中隊会議室に響く。
同時に、頭の上に置かれる林田さんの手。


「それで、航行期間は計算したら何日に な る ん だ ?」


 ヤベッ、全然話しを聞いてなかった!

徐々に力の入っていく中隊長の握力はMAX80代。
死へのカウントダウンが始まる。


「えーと……、10」


――ミシミシ

 痛ててッ!

 違った!?
 あー、えーっと、じゃあ、


「9日……」


――ミシミシミシ!!


「あ~聞こえんな!!」


痛ッッッ!!
 あ、頭が割れちまう!


「11!11日間!!」


弱まる握力。
どうやら、正解を引いたらしい。


「約11.02日、まあこれは最低巡航速度での計算で、この戦術機母艦は最高33ノットくらいは出るそうだ。 ただ、マラッカ海峡は輻輳して速力が落ちるため、その分を差し引いて11日となる」


……そうだったのか。

適当に頭に浮かんだ数字を言っただけだ。


「というか、航路の日数は事前に言っとったやろーが!」


――ビシッ!!

林田さんのデコピンが額に炸裂した。
衝撃が頭蓋に響き、脳を揺らす。

アタマ、グラングラン、スル。


「それで今後の日程は事前に通達したとおり、1日目の艦内案内……は、もう終わったか。 2日と3日で今やってるような座学をし、4日5日はシュミレータ訓練、6日目は日曜日なので艦内休日だ」


 たとえ戦術機母艦といえど、しっかりと休日が存在する。
詳しいことはよく知らないけど、米国を含むキリスト教国では、日曜日は神聖な安息日で、働いてはならないという伝統的な考え方があるらしい。
 別に宗教の押しつけとかはしていないと前にクリスは言っていたが、この海に浮かぶ米国も、それに習っているようだ。


「7日目以降はある程度沖合の航路を取るため、ようやく実機での演習が可能となる。 7日はまず、母艦付きである第103戦術歩行戦闘隊『ジョリー・ロジャース 』が、洋上での戦術機機動などを実機で演練してくれるそうだ」


 おお、ジョリー・ロジャースか!

 スカル&クロスボーンと呼ばれる特徴的なマーキングとともに知名度が高い飛行隊である、言わずと知れた生粋の海軍戦術機部隊。
 海上での戦術機機動における教育資料でも、よく目にしている。


「9日目からソマリア沖を警戒している海兵隊も参加して大規模な統合演習となる。 これは第一目標であるアラビア半島、アデン湾上陸作戦を根幹に置いたものだ」


 揚陸作戦。
 本派遣の最初の山だ。
 アフリカ連合軍と中東連合軍がエジプトのカイロで大規模な陽動作戦と、紅海沿岸部で間引き作戦を展開し、その間にアラビア半島西南部のアデン湾に上陸、即時展開しアラビア半島奪取の足掛かりとなる前線基地を構築して戦線を押し上げる。

 そのために、オレたちは派遣されたんだ!

 海上からの上陸作戦は、甲21号作戦や甲20号作戦など対BETA共同作戦において帝国はその両方を成功に納めており、今や世界で最も高い水準と言える。
 作戦上、揚陸作戦側は大規模な展開をすると陽動の意味がない。
 どうしても少数精鋭で構成しないといけない戦術機部隊となるため、帝国の派遣は外交面以外でも、戦略的、戦術的にうってつけだったのだ。

 まあ帝国の近代戦成功に、非人道兵器が投入されたとか、魔女が予見したやら、幸運の女神がついているとか色々と噂されてるけどね。

 でもやっぱり、国際的にも評価されてるんだなあ。


「……別にわざわざマリーンさんが出しゃばらなくても、いーんだけどねぇ」


 隣からから盛大なため息。
やれやれという感じで、クリスがぼやく。


「海兵だけが揚陸の要だというのは、時代遅れだ」


珍しくウォーカー少尉も言を発した。
どうも、クリスたちレンジャー部隊は違うところが気になったようだ。

 お互い特殊な部隊同士、仲悪いのか?


「マリーンの揚陸スキルは優秀だ。 それは米国史の始まりからして明らかだろう」


 トーマス少佐が、若いレンジャーズを諫(いさ)める。


「だが、連中にはオレたちのように上陸後の未開地設営や確保というようなデリケートな作戦はできない。 もちろん、揚陸の技術でもレンジャーはマリーンなんかに負けんがね」


と思いきや、煽りやがった!

 ニヤリと笑う少佐に、席を立って「さっすが、トムさん!」と叫ぶクリス、不敵に笑うウォーカー少尉、うんうんとしきりに頷くジョセフ少尉。

志気、高えなぁ。

それに、トーマス少佐の元、よくまとまっているのが分かる。
きっと戦術機でも高い連携が取れているんだろう。


「それで、だ」


やや強引に、リンダさんが脱線しかけた話しを戻す。
航路9日目の統合演習は連携の練度を計るもので、実弾演習でなく模擬の揚陸、拠点確保を実機で行うものだそうだ。


「実弾ではないが、しっかりと領空制限や仮想レーザー種などの機材も設置してるからな。 恥ずかしいところを見せるなよ」


 さすが、大規模演習。
わざわざ、そんな物まで設置するのか。


「ハイ、ハイ、ハ~~イ!」


クリスが起立、挙手する。


「その機材やら何やらの準備って、いつするんスか?」


ああ、確かに。
帝国にしろ米国にしろ、他国で演習を行うのだ。
 当然、その演習準備、そして撤収も自分たちでやらないといけない。

スケジュールの中に準備日はないし、当日に盛り込まれているとしたら、かなり短時間の演習になっちまうぞ?


「スケジュール通り、準備および撤収はない」


中隊長は質問に答えると、教壇の上に置いてある『大規模統合演習(案)』の紙束をめくり、


「えーと……『なお、本統合演習にあたっては、演習地となるソマリア共和国が全面的に支援する』となってるから、だろう」


「了解しましたっ」


 クリスが席に着く。

全力支援。

それって機材の貸し出し以外にも、燃料やら受け入れ準備やら全部ソマリアが受け持つってことなのか。


「ずいぶん気前がいい国だな」


ソマリア共和国って、日本帝国か米国に何か負い目か借りでもあるのか?


「と言う訳で、9日丸々演習。 10日は予備日で、11日はジブチに下艦準備だ」


 一通りスケジュールを発表し、質疑応答を終えるとちょうど午前の終了時間になった。


「概要は以上、解散してください」


「3中隊、別れ」


 中隊長の号令を受けて、長のトーマス少佐が解散指示。
 午前の座学終了。

……えーと、午後は何するんだっけ?


「それじゃあ、メシ食ったら発進甲板下に集合しましょう!」


クリスが勢いよく仕切る。
集合して何をするんだ?


「行けば分かりマース」


勝ち気な笑みでクリスが笑う。





[20244] ― 仰ぎみる光明 ― 『航路』 2日目 ③
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:00e6ac8d
Date: 2011/06/22 00:40


 電子カタパルトのけたたましい爆音が頭上に響き、空間にこだまする。
 発進看板の真下。
 戦術機の格納スペースの脇には着艦用ワイヤーがとぐろを巻き、その隅にはささやかな祭壇のある教会、さらにその端には、


「……バスケットコート?」


「YES!」


 ハーフコートにも満たないエリアに、バスケットゴールが一つと、ポイントラインが引かれていた。

え、今からやるのか?


「もちろん!……というか、なんでタイチBDU着てるだ?」


 ここに居合わせている、美佳子、クリス、ウォーカー少尉、ジョセフ少尉、全員ばっちし体操着だ。
 今は休み時間でもあるが、午後の集合は大丈夫か?

 そもそも、どこに集合するんだっけ?


「もう太一、ほんと何も聞いてなかったんだね。今日と明日の午後は中隊間でならフリー、レクリエーションって言ってたじゃん」


「レクリエーション?」


 そう言えば、そんなことを言っていた……気がする。

 それにしても、こんな悠長なことしてていいのか?
 急遽決まった派遣でほとんど即応の形で母艦に乗り込んだってのに、ずいぶんと気楽なスケジュールだな。


「まあ、お船の上で慌てたって仕方ないしネ~。大方、お偉いさんたちが今後の調整とか会議で忙しいんでしょ」


 ヒョイっと、クリスから放たれた茶色いボールはリングで弾かれた。
 なるほど、だから林田さんたちはいないのか。

……香椎さんは、おそらく軟派だろうな。


「でも、こういうレクリエーションで中隊間のチームワークを高めとけってのもあるよね」


 そのボールを美佳子が拾い、そのままコート右側から左足でジャンプ。右膝を高く持ち上げた高い飛翔が頂点に達するわずか前に、やわらかく手から離れたボールはリングに触れることなく輪の中に吸い込まれていった。

 レイアップっていうんだっけ?

 すげー綺麗なフォームだ。


「OH, Finger roll!もしかしなくても、ミカコはバスケット経験者?」


 どこにも触れることなく、ネットをすり抜けて行ったバスケットボール。
 たしかに、今のは素人がやったようには見えなかった。


「訓練校の選択体育が籠球、バスケットだったの」


「へえ~~」


 美佳子の訓練校って東北方面だっけ。
 球技とか、美佳子が訓練校にいるご時世にしちゃあ余裕あるなあ。
 オレが入隊した時でさえ、訓練校の錬成科目はひたすら格闘技ばっかりだったんだが。


「おっとタイチ、バスケを愚弄しちゃあいけねぇ。寒い地方でもオールシーズン屋内でやれる団体競技で、これほどのモノはないぜ」


 再びボールを拾ったクリスは、フリスローラインからジャンプシュート。
 しかしこれもリングの付け根で当たり、ボールは跳ねて落ちた。


「歴史もありますしね。発祥は1800年後半だからBETA歴史より断然古いですよ」


 足元まで転がったボールをジョセフ少尉が拾いウォーカー少尉にパス。
 ボールを左手で持ったままジャンプ、リングの真ん中に叩きつけた。


「やれやれ……」

「ぐっ――!」


 くそう、間違ってるのはオレの方か?


「まあまあ太一。とりあえず5人しかいないから……1人ローテーションしながら2人対2人(2on2)でもする?」


 美佳子がドリブルをしながら提案する。


「あ、ボクはレフェリーとスコアラーします」


「チーム分けは、どうしましょーカ?」


「ジャップと組むくらいなら、俺は帰る」


「2on2なら、クォーター制よりポイント制の方が……」


 何やらルール会議が始まった。
 有識者同士で盛り上がっており、素人のオレにはイマイチ何を言っているか分からないな。
 そもそも、バスケットなんてだいぶん前にハルーと少ししただけで、ほとんど真面目にやったことなんてない。

……ああ、たしか小学生の頃だ。

 疎開が始まる前、姉に連れられて来た学校の体育館。
 別にバスケットボールがしたくて来ていたわけじゃなく、ハルーと一緒に遊べるのが嬉しいから行っていただけ。

 そういえば、ハルーのレイアップも綺麗だったなあ。

 すらっと伸びた手先から足先。まるで羽が生えたみたいに身体は柔らかく浮き上がり、ボールは魔法のようにリングの中に入っていった。


「ねえ太一、いつも連れて来といてなんなんだけどさ。私のシュート練習のためにパスばっかりじゃ、太一は面白くないよね?」


 ある練習の帰り道、ハルーはたしかそんなことを聞いてきた。


「ううん」


 オレはそれを即座に否定した。

 当たり前だ。

 2人っきりでハルーと一緒に遊べているのに、文句なんかあるはずない。
 だが、当時幼かったオレはそんなことを口にする勇気も言葉も持ち合わせていなかった。

 たぶん、ムスッとしていたんだろうな。

 そんなオレを気遣い、顔をのぞき込みながらハルーは、


「本当に?」


――ああ!


「……、太一もそれでいい?」


――え!?

 美佳子がオレの顔をのぞき込んでいる。


「あ、ああ」


「じゃあ、決まりね」


 あー、びっくりした。

 気がついたら、いつの間にかルールもチームも決まっていた。


「太一は私と同じチーム」


 よっしゃーー!

 図らずも美佳子と同じチームにみたいだ。


「というか、これじゃあ交流というか、チームワークの向上にならないような気が……」


「大丈夫だ、問題ない」


 ボールを突きながら、ウォーカー少尉が答えた。


「同じスポーツをプレイしている」


 そういう問題か?


「まあまずゲームしてみて、どーしてもダメだったらチーム代えしてみるってーことで」


 クリスの提案にとりあえず賛成する。
 しかし美佳子と同じチームで喜んだものの、多少上手いからって完全素人のオレと組んで勝機はあるのか?
 身長差でいっても、かなり負けてるし……


「よろしくね、太一」


……まあ、グダグダ考えてもしょうがないか。


「おう!」


 それに、せっかく同じチームになれたんだ。
 午前中に落とした美佳子のポイントを、ここで取り戻す!


「それじゃあルールのお浚(さら)いをします。勝敗は11点先取のポイントマッチで、通常ショットは1点、スリーポイントショットは2点です」


 なるほど。
 時間は関係なしに、先に11点取った方が勝ちなんだな。


「コートラインは無いので、あまりに逸脱しない限りは続行。それから、得点後と相手チームにボールが渡った場合は毎回『切り』ます」


 え、『切る』って何?


「攻め側が守り側にボールを穫られた場合、攻守を交替して始めからやり直すの」


「ふーん、分かった」


……正直、あまり理解していないが試合を始めたら分かるだろう。


「ほらよ」


 ウォーカー少尉がボールを投げてよこした。

 なんだよ?


「先攻はくれてやる」


 そりゃ、どうも。

 何も考えずに受け取ったが、11点先取した方が勝ちだから先攻の方が断然有利だよな?
 確認のために、美佳子を見やると、


「……うん?」


 なんだろう。

 不機嫌、というか。

 ただならぬ闘気のようなものを、美佳子から感じるんですけど。
 いくらなんでも、気合い入れすぎなんじゃないか?


「舐められてるのよ、太一」


 え、そうなのか!?

 クリスとウォーカー少尉を見ると、たしかに、談笑しながら余裕の笑みを浮かべている。
 くそ、だから先攻を譲ったのか。


「勝ちに行くわよ」


「おうよ!」


 改めて気合いを入れる。
 だけど、適当にやっていて勝てるような相手ではないだろう。
 何か作戦とかあるのか?


「2on2じゃ大した作戦は立てられないだけど……。太一はバスケは初心者よね?」


「あ、ああ……」


 恥ずかしながら。
 ルールはある程度、判るんだけど。


「それじゃあ、先攻の時は私が2人を引き付けるからローポス……リングの近くに居てフリーだったらどんどんシュートを打って。それ以外でボールを受けたら、すぐ私にパス」


「分かった。守りのときはどうするんだ?」


「守りは……」


 ちらりと美佳子がクリス達を見る。


「守りはクリスに付いて。身長差があるから、ひたすらガードして遠くからシュートを打たせて」


「了解!」


 ようし、いいとこ魅せるぞ!


「それじゃ、始めまーす」


 ボールを持った美佳子がハーフコートの奥、バスケットゴールの正面に着いた。




[20244] ― 仰ぎみる光明 ― 『航路』 2日目 ④
Name: Swallow & man◆30d0aa21 ID:00e6ac8d
Date: 2011/06/22 00:40


 ウォーカー少尉がゴールを背に、美佳子の向かいに立つ。
 オレはゴールの左側で、クリスにマークされている。


「それじゃあ、始めー!」


 ジョセフ少尉の合図で、美佳子がウォーカー少尉にボールをパス。
 そのボールを美佳子に返す。

 ああ、たしかそうやって始めるんだったな。

 ボールを持つと同時に、美佳子が動いた。
 ウォーカー少尉を抜こうと外から切り込む。 マークしようとウォーカー少尉が美佳子に近づき、


「太一!」


 美佳子からのバウンドパス。
 パスが通る。

 おっしゃああッー、いいところを魅せてやる!


「おりゃ!」


 パスを受けて、すぐさま振り向いてシュート。


――バン!


「あっ!」


 ボールはバックボードに当たって落下。
 クリスがそれを空中で楽々キャッチした。


「攻守交代デース、タイチ」


 ニヤリとクリスは笑い、ウォーカー少尉にやんわりとボールを投げる。
 美佳子もボール眺めるだけで、盗ろうとしない。

 なるほど、毎回『切る』ってそういうこと。

 攻め手の攻撃がいったん切れると、相手の攻めに代わるのか。


「ゴール近くじゃなかったら無理なシュートしないでボールはリターンして」


 美佳子からの日本語の指示。


「……了解」


 うぅ、格好悪いなオレ。

 ボールを手にしたら、つい舞い上がってしまった。
 次は落ち着いていこう。


「ミカコはなんて?」


「うるせー」


 今度はクリスをオレがマーク。
 美佳子はフリースローラインでウォーカー少尉に立ちはだかる。


「0-0、始めー!」


 美佳子がウォーカー少尉にボールを返す。
 ウォーカー少尉がゆっくりとドリブルで前進。
 スッと、金髪の長身が低く下がる。
 同時に、滑り込むような速さで美佳子をすり抜けようとするが、


「行かせないっ!」


 美佳子も腰を低く落として、経路を塞ぐ。


「――チッ!」


 ウォーカー少尉もたまらず後退。
 そのあと何度かフェイクを駆使して美佳子を抜こうとするが、うまくいかない。


「Hey!」


 ウォーカー少尉からクリスにボールが飛ぶ。
 上からのパスは身長差もあるのでどうしようもない。
 それでも初期の作戦の通り、オレの執拗なマークでクリスは好ポストでボールを受け取れてないぜ。


「やるなタイチ、だが――!」


――なにっ!


 クリスの巨大が横にスライドする。

 しまった!

 クリスのジャンプシュート。
 だが無理な角度からのシュートだったせいでボールは入らず、ボードとリングを一回ずつバウンドして落下した。

 リバウンドっ!

 でも、落下位置は自分の場所からかなり遠い。
 近づこうと踏み込んだ瞬間、ふたつの影が跳んだ。

 すげー……

 美佳子が体格差や身長差をもろともせず、ウォーカー少尉からボールを空中でもぎ取った。


「元5番だからね、スクリーンアウトは得意だよ」


 こちらに向かってピースする美佳子がたいへん頼もしい。

 次こそは何か活躍せねば。

 でもなあ、経験者でもないからできることなんて限られてるし。
 オレのバスケ経験なんてハルーの手伝いをしたくらいだ。


「オレにできること、できること…………あ、」


 あった!

 オレにできること!


「美佳子、ちょといいか?」


「ん、どうしたの?」


 駆け寄って来た美佳子に、先ほど思い付いた作戦を耳打ちする。


「いいけど、それって意外と難しいよ?」


「大丈夫、オレを信じてくれ」


 それに関して言えば、うまくいく自信は十分にある。


「……分かった、太一がそこまで言うなら!」


 よし、美佳子からの了承も得た!


「オーゥイ、作戦会議は終了かい?」


 クリスが待ちくたびれたって感じで、ボールを指の上で回している。

 ふふふ、そうやって余裕扱いていられるのも今のうちだぜ。

 最初の先攻と同じ配置に付く。


「0-0、始めー!」


 美佳子がボールを持つのに合わせて、クリスのマークから逃れるために走った。
 そこに美佳子からの的確なパスがくる。

 よし、ここまで作戦通りだ!

 刹那の時間で、ゴールと美佳子の位置を確認する。
 三時の方向、彼我の距離にして約5メートル。
 パスを出してからの到着予定位置に、踏み込みポイントを予測する。

――ここだっ!

 美佳子がシュートし易い、最も的確な位置にパスを出す。
 スピンのないストレートな弾道が、綺麗に美佳子の手に収まった。


「――! ナイスパス、太一!!」


ふわりと、勢いはそのままなに美佳子の身体が浮き上がりボールだけはリングに乗っかるようにして、

 パサッ……

 ネットの中を通過した。


「Backshotか、やられたっ!」


 バシッとクリスに背中を叩かれた。


「ナイスパスだったよ、太一!」


 ゴールを決めて帰って来た美佳子とハイタッチ。


「よくパスを送るタイミングと場所が分かったね。 とても素人とは思えなかったよ」


「ま~ね~」


 そう、事これに関して言えばオレは素人ではないのだ。

 様々なパターンでのアシストパス。

 小さい頃、ハルーに付き合っていつもしていたから身体に染み着いている。


「よし、次は守りだ」


 あまりにうまくいった作戦。
 これはそのままな勝てるんじゃないか?

 しかし、そう思えたのは最初のうちだけで、


「要は、タイチはポストプレーしかできないという訳ネ」


 あろう事か、オレをフリーにして二人がかりで美佳子をガードする作戦が講じられた。 何とか美佳子からパスがきても、シュートが入らない。
 それならと、オレが最初にボールを持つ方に代わっても、ドリブルで人を抜く技術もないし、パスは読まれているのでカットされた。


「終了~」


 結局、3試合して結果は8-11、5-11、3-11と、燦々たるモノだった。
 チーム代えをしようかという提案があったがウォーカー少尉と美佳子が反対して、そのまま続行となった。


「今日はこれくらいにしよう。 NBAプレイヤー級のオレでも疲れたちまった」


 チームは代えず、それからさらに2試合やったのだが……

 結果はもう思い出したくない。
 はっきりとポロ負けでした。


「それじゃあ、解散デース」


 それにしても、試合を重ねる分だけ自分の下手さが際立っていったなあ。
 もう美佳子のポイントを取り返すとかいうレベルじゃなかったよ。

 あーあ……

 まあグジグジ考えても、しゃー無しだな。
 さっさと部屋に戻ってシャワーでも浴びてサッパリしよう。


「ねえ、太一」


 帰りの間際に、美佳子に呼び止められた。

 なんだろう?


「夜に練習しよ!」


「へ?」


 え、練習?
 それって一緒に?


「そう、一緒に練習。 太一はこのまま負けっぱなしじゃ悔しくない?」


「そりゃあ、」


 悔しいに決まっている!

 このまま負けて終わるなんてまっぴらだ。


「でしょ! だから夜に練習して明日一泡吹かせよう」


「了解!」


 これはチャンスだ!
 この練習で一気に上達して、試合に活躍して勝ったら……


「さすが太一! やれば何でもできるんだね!」


 とか言われて……


「太一はなんでもすぐに上達してしまうもんね。 あの、よかったら今度、戦術機の扱い方を教えてください」

 とか言われちゃったりして……


「やっぱり、私、太一がいないと何もできない」


 とかいう感じに……


「くくく、完璧なプランだ」


 よし、そうと決まればさっさとシャワー済ませて早飯に行こう。


「夕飯も夜に備えてがっつり食べておこうかな」


 よっしゃあッ、なんか燃えてきたぜ。



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