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[19698] 【ネタ】/dawn.(オリジナル現代伝奇)【厨二注意】
Name: すてふぁん◆dc9bdb52 ID:b110bac9
Date: 2010/06/20 23:55
はじめまして。

すてふぁんと申します。

この作品には、

トンデモ剣術。
胡散臭い系魔法とか錬金術。

などの厨二成分が多量に含まれています。

それでも良いとおっしゃって頂ける方は御覧頂ければ幸いです。






[19698] 1話
Name: すてふぁん◆dc9bdb52 ID:b110bac9
Date: 2011/09/17 05:08
 全ては唐突に始まり、唐突に終わる。 恋も、夢も、人生も、ね。
                          日野筆人『或る殺人者』より
 
 .00
 
 12月某日 深夜 F県K市 港湾区
 
 暗い暗い星無き夜の闇の中に林立する、建設途中のまま放置されたビルの群れ。
 そのいずれにも灯りは無く、墓標のごとき静寂を湛えながら、ひっそりと海辺の一角に佇んでいる。
 『黄金期の残骸』
 あの時代を知る人達の中には、そんな風に呼び表す者もいた。
 異常な地価の高騰を巻き起こした空前の好景気。その狂気の中で濫造された人間のあさましさの具現。
 バブルの崩壊と共に呆気無くその意義と価値を失い、今もこうして無様に屍を晒している。
 
 忘却された時代の墓場。ある種の狂熱、その残滓。
 
 並び立つ墓標のような廃ビル群。その中のひとつ、打ち棄てられたとあるビルの屋上。
 そこは今、過去の狂気の墓場ではなく、今まさに狂気で満ち溢れた現世の地獄と化していた。
 
 そこには夜の潮風を打ち消す、酷い臭いを放つナニカがあった。
 そこには墓所の静謐さを打ち破る、荒い息を吐くナニカが居た。
 
――空ろな眸の犬の首、長く鋭い鉤爪の備わった黒い手足。
 
 それらは人では無かった。
 
――淑女のような白い乳房、逞しい男性の下腹。
 
 それらは獣ですら無かった。
 
――獣のような声音に、人間のような嘆きを滲ませる。
 
 それらは異形の怪物だった。
 
 人の胴体に獣の頭足を縫いつけたツギハギだらけの哀れな怪物。
 あえて表す言葉を捜すのならば、『パッチワーク・ワーウルフ』とでも形容すべきか。
 五十を超える数の化物が仕留めた獲物を持ち寄り、ひしめき合いながらそこで『食事』を摂っていた。
 泣き顔で事切れた少女の骸。その胎に頭を突っ込み臓を貪るもの。
 呆けた顔で事切れた老人の骸。その頭蓋を徒割り髄を啜り上げるもの。
 人間≪ヒト≫に似た怪物が、人間≪ヒト≫の成れの果てを喰らうその様子は、正しく地獄のような光景だった。
 そんな怪物の群れの中で子供の脚を齧っていた一匹が、ふと何かに気付いたように顔を上げて唸りを上げる。
 それを皮切りに、全ての怪物たちがぴたりと食事を中断する。
 怪物達は一様にその姿勢を低くしては咽喉を鳴らし、屋上のある一角を睨み付け其処から距離をとった。
 怪物達の視線の先に在るモノ。赤く錆びついた、建物内部と屋上を繋ぐ階段へと続く扉だ。
 鍵など既に無いその扉が、ギィギィと鈍く軋みを上げて開かれていく。扉より現れたもの。
 それは、夜闇の中にあってなお、一際暗いひとつの人影だった。
 
 コツリ。
 
 踏み出した踵から響く足音。一歩。陰より影が零れ出す。
 偶然か。必然か。
 その歩みに合わせたかのように、月を遮っていた厚い雲が途切れて地獄の只中に僅かな光が差し込んだ。
 人影は更に足を進める。怪物は警戒を強めるも動かない。動けない。
 
 コツリ。
  コツリ。
   コツリ。
 
 硬い靴音が埃の積もったコンクリートの上を響き渡る。
 
 コツリ。
  コツリ。
   コツリ。
 
 異形が満ちる高層ビルの屋上で、その人影は暗闇から月光の下へゆっくりと歩み出た。
 月の光に照らし出されたその格好は酷く場違いなものだった。
 光を還さぬ黒いアリススタイルの礼装。
 剣十字をあしらった銀縁のカメオを襟元に添え、右手の中指には猫目石を据えた銀の指環が填められている。
 まるで何処かの夜宴から抜け出してきた良家の子女のような装いだ。
 だがしかし、少女が発する気配はさながら融けぬ氷のように冷たく重い。
 蜂蜜色の髪が月光を映して揺れている。薄い唇を硬く引き結び、少女はその翡翠の瞳で一匹の怪物を捉えた。
 
「ッぎ、我ァ、るああ嗚呼アアアアアアアッ!!」
 
 途端に上がる絶叫。それは恐怖か、それとも激情か。
 少女に視線を向けられた異形の咆哮だった。
 何かを振り払うように、何かに追いすがるように。
 怪物は少女を引き裂かんと襲い掛かる。
 僅かな疾走で怪物は少女の許へ辿り着く。そして勢いのままに鋭利な鉤爪の生えた右腕を振りかぶる。
 後は本能のままにその右腕を振り下ろすだけで、少女は柔らかく新鮮な『食餌』に成り果ててしまうことだろう。
 
 ……もっとも、『振り下ろせれば』の話だが。
 
 掲げられた腕が振り下ろされる直前。僅かばかりの硬直時間。
 刹那に満たぬ一瞬の間隙に少女の右手が翻り、銀色の光が夜の闇に弧を描く。
 振り上げられていた異形の右腕。その肘から先が光の軌跡に沿って消失する。
 少女の右手が反されて、ついでとばかりに異形の首から上も消えて失せた。
 
 欠けた異形の五体と入れ代わり、現れたものが二つある。
 少女の右手に握られた鍔元に梟の意匠を彫りこんだ銀の細剣。
 少女が左手で玩ぶ金環を備えた大きく黒い三角帽子。
 少女はその帽子を手元でくるりと廻して被る。
 ふわり、と少女の髪を覆うと同時にその鍔に通された三連の金環が揺れて、しゃらりと鳴った。
 その澄んだ音色を合図に、断面を曝す怪物の頸から盛大に血が吹き上がる。
 出血の勢いで頭と右腕を斬り刎ねられたその身体がぐらりと傾き、コンクリートの上に崩れ落ちた。
 なみなみと注がれたコップを落とした時のように足元に中身が広がる。溢れ出す死の匂い。
 
 『嗚呼呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ア嗚呼あぁ!!!!』
 
 絶叫。咆哮。連鎖。少女を囲む異形たちが一斉に怨嗟の聲≪こえ≫を唱和する。
 
 そんな怨嗟の中心に在ってなお、揺らがず変わらぬ氷の瞳。
 大きく歪な三角帽子を被った、夜より昏い黒のアリス。
 
 空を飛ぶ箒は無い。
 呪いを纏うローブも無い。
 使い魔の一匹すらも連れてはいない。
 
 それでも、黒い血沼に佇むその姿は紛れも無い『魔女』のモノだった。
 
 右手を持ち上げ、その冷めた眼差しと細剣の切先を異形の怪物達に向け少女は静かに告げる。
 
「殺してあげます」と。
 
 少女の容姿からは想像もつかない、流暢な日本語で告げられたその言葉を挑発と捉えたのか。
 はたまた、斬り捨てられた仲間の血に中てられたか。
 
 『愚ゥ嗚嗚呼ァル嗚ああ嗚嗚嗚嗚呼アアア嗚嗚呼ああァ嗚呼ぁッ!!!!!!』
 
 怪物の群れは地鳴りに似た咆哮を上げ少女へ向かって襲い掛かった。
 
 だが、黒い少女はその場を一歩も動かない。細剣の切っ先を微かに上げるのみ。
 
 怪物達の何匹かが少女の元へと辿り着き、その牙を剥く。
 獣の爪牙が掠める寸前、少女の右手が陽炎の様に揺らめく。
 その度に、怪物達は奔る銀の刃に五体を切り分けられて物言わぬ骸にその身を変える。
 前後同時攻撃、緩急をつけた左右の挟撃に仲間の死体を盾にしての奇襲。
 怪物どもは狩猟者の本能に従い、様々な形で少女へ迫る。
 しかし、その全ては翻る銀の光に遮られ、少女に毛筋ほどの傷を負わせることも出来なかった。
 夜闇に舞うは怪物の血肉と断末魔の叫び、そしてソレを生み出す銀光のみ。
 ならば、と残った怪物の一匹が足元に転がる、内臓を喰い散らかされた童女の骸を掴み上げ少女に向かって投げつける。
 中身を溢しながら飛来するソレを少女は片手で受け止め抱き上げる。初めて少女の体勢が崩れた。
 その隙を突き、残った全ての怪物が絶叫を上げて少女に向かい跳び掛かる。
 前後左右。全方位、逃げ場無し。
 両手では足りぬ数の怪物達による怒涛と見紛うような突撃だ。
 優に百を超える爪と牙の濁流。
 さしもの魔女もこの数全てを切り伏せることは不可能に思われた。
 
 されど、魔女とは現世の条理を覆す者。
 
『私は――壊れた秒針』
 
 呟きの刹那、少女は亡骸を受け止めたことで崩れた体勢から更にその身を捻り、その場で小さく回転する。
 その動きに追従し、真円を描くように翻された右の銀剣が月光の下で弧を描いた。『無数』に。

 一閃が十閃に、十閃は百閃に。

 まるで斬撃の一瞬だけを幾度もやり直したかのように、刃の軌跡が縦横無尽に分岐する。
 瞬く間に少女を囲う剣閃の檻が完成する。檻とは内と外を隔てるもの。
 この場合、襲い来る怪物とその内に収めた少女と亡骸を隔て護る為のモノだ。
 だが斬撃で編まれたこの檻は内外を隔てる境界であると同時に、触れるもの全てを斬殺せんとする殺意の具現でもある。
 故に、ソレに向かって突撃した哀れな怪物どもは、悲鳴を残す暇も与えられずに賽の目状に裁断されて絶命することとなる。
 
 ……さながら巨大な挽肉製造機≪ミンチミンサー≫の様相を呈したこの殺戮は、ものの数分で終わりを告げた。
 
 残ったものは屋上一面に広がる死体の浮かぶ血溜りと、その中心に立つ黒アリスの少女。
 そして少女を囲むように幾つとなく組みあがった細切れの怪物だったモノ。
 
 しばしの沈黙。
 
 残心。
 
 少女は剣を構えたまま微動だにせず、ゆっくりと白い息を吐きだす。
 異形の気配が無いことを確認したのか少女は右手の細剣を一振りして血掃う。
 現れた時と同じように、何時の間にか剣は手の内から虚空へと消えていた。
 
 その手で少女は胸に抱えた亡骸の瞼を優しく閉じる。
 冷たい光を宿す瞳に僅かな哀悼の光を湛え、少女は猫目石の指環に触れながら目を瞑る。
 少女の唇が微かに呪≪まじない≫を紡ぐ。
 
『私は――贖罪の青き炎』
 
 告げると同時、少女は周りに散らばる犠牲者と怪物達の亡骸に視線を巡らせた。
 ごう、と少女の身体から青い炎が噴きあがり瞬く間にそれらを包み込む。
 
 それは奇跡のように。
 まるで奇術のように。
 
 死体など始めから存在していなかったかのように、炎はそれらを焼き尽くしていく。
 少女の掌に一握の灰だけを残し、その全てが燃え尽きた。
 燃え尽きるまでの短い時間、黙祷を奉げて少女は更に言葉を続ける。
 
『私は――海鳥運ぶ西風』
 
 海からの強い風が吹く。
 炎は消えた。灰も風に舞って散った。少女の姿は、海風と共に消えていた。
 
 こうして夜の奥底で邪悪な寓話の幕は上がる。
 
 密やかに、人知れず、そして唐突に。
 
 
 夜空に浮かぶ青白い月はその全てを見届けて、また厚い雲の瞼を閉じるのだった。
 
 
  .01
 
 過日 何時かの何処か
 
 夢だ。夢を見ている。
 単色の視界。それは薄暗い路地裏の情景。
 
 それはまるで古ぼけた無声映画。
 夢の中の俺は空を見ていた。両脇をビルの陰に切り取られた灰色の空を。
 ポツ、ポツ、と泣き出した曇り空。
 雨が頬を伝う。それでも俺はじっと空を見上げていた。
 雨は足元を浸す濁った水溜まりに無数の波紋となって消えていく。
 頬を流れる温かい雨の感触が消えない。違う。ああ、これは多分――。
 
 ざざざ、と唐突に大きなノイズが視界に雑じる。
 
 ノイズが収まると、目の前の光景が変化していた。
 暗色の視界。それは酷く暗い何処かの情景。
 
 其処に俺は立っていた。
 俺の前にはナニカが、否、誰かが横たわっている。
 何処とも知れぬ場所で倒れ伏すその人影を中心に、じわじわと黒が拡がる。
 横たわる誰かは夢の中の俺に何かを語り続けている。
 俺は、じっとその誰かに目を向けたまま拳を握り締めている。
 その言葉を聞き逃さないように。あの人が残す、■■の言葉を。
 そうだこれは。
 
――負けぬように、俯かぬように。

 唐突に甦る、誰かの言葉。きっと、横たわる誰かの言葉。
 大切な記憶の筈なのに、肝心な部分を思い出せない。
 
 夢の中の俺が何かを口にした。
 もう動かなくなったその人影に■■の言葉を。
 
 ノイズ。そしてまた切り替わる視界。灰色の路地裏。
 目を開き、空いた右手を空にかざす。
 
 そう。
 
 これは。
 
 あの日見たあの人の■■。
 
 かざした右手を無意識に握り締めながら、俺は――。
  (ふに)
 ……ん?ふに?
 
 なんか急に柔ら気持ちいい(ふに)感触が手のひらに(ふにふに)発生したんですけど。
 なに、コレ?(ふにふにふにふに)
 さっきまでの意味深な厨ニ発言は既に忘却の彼方。
 疑問解消のために感触を確かめ続ける俺。
 
 ぞわり、と冷たい気配が背筋を抜けて、俺の意識は急速に覚醒していく。
 手のひらの感触を(ふに)もう一度確かめながら。
 
 
 目が覚めて最初に見た光景は、窓から差し込む清々しい朝の陽射しでも見慣れた自室の素っ気無い様子でも無く。
「おはよう章吾。そして永遠にお休み、だ」
 コロス笑みを浮かべながら怒り狂う幼馴染みの顔と、
「あ、はい。おはようございま――す?」
 アイアンクローよろしく彼女のムネを鷲掴みにしている俺の右手だった。
 あー、さっきのはコレ(おっぱい)かー。おーきくなったね~。
 
「んで、アンタは何時までウチの胸を鷲掴んでらっしゃるのかしら?」
 漏れ出す殺気で、現実逃避から一瞬で引き戻される。
「ま、待った!ストップ!しゃ、釈明を」
 慌てて言い訳を開始する俺。しかし、

「問答無用。豚 の よ う な 悲 鳴 を あ げ ろ 」
 どっかの吸血鬼宜しく、高笑いを上げながら彼女は拳を握り締める。
「ちょ、まっ」
 待ってください。そんな言葉を口にする間もなく僕へと迫る鉄拳。
 
 
 遠のく意識の中で、襲い掛かる少女≪ケモノ≫の姿を幻視した。
 
  NowLoading
 …少女撲殺中…
  
 
 ――しばらくお待ちください――
 
 
 「と言う訳でしたとさー」
 
 で。
 30分後。
 そこには朝の陽射しも眩しい学園までの道のりを、必死の形相で駆け抜ける俺達の姿が!
「ほら章吾!あさっての方向向いて喋る暇があるならサクサク走るッ!!ウチら遅刻寸前なのよ!?
 ……てゆうかさ、あんた誰に向かって喋ってんのよ?」
 隣を走る撲殺天使……もとい、幼馴染みが明後日のほうを向いて解説していた俺にそんな言葉を投げかける。
「いや、ちょっとモニターの前の皆様に状況説明を」
「…………」
 あ、なんか凄い哀れなモノを見るような目で見られてる。……きゅん。
 刹那、耳元に奔る閃光のような左ストレート。一拍遅れてふわりと風が届く。

「変なこと考えてんなら、もう一発逝っとくわよ?」
 そんな台詞とともにフリッカーの要領で軽く拳を振るう少女の姿が。

「超スンマセンでしたぁ!!」
 dogetherする勢いで謝っておく。目が本気だったし。
「って、やば。これ本格的に間に合わないかも。……それと、
 朝のことはボコったのでチャラ。OK?」
 
「OK。あー、朝はホントゴメン!寝ぼけてた」
 パシンと両手を合わせて頭を下げる。
 
「いいわよ、もう。ウチもやり過ぎたし。つか、思い出させないで。お願い」
 言うが早いかリンゴみたいに赤くなった。こういう顔見てると何だか少し安心する。
 あの後、一撃で意識を刈り取った上でマウントでボコボコにしてくれたこいつは『桜葉佳織』≪さくらばかおり≫
 お隣さん家の一人娘だ。
 まぁ、俗に言う『幼馴染み』ってやつだったりする。
 するんだが、何でこんな武闘派になっちゃったんだろう、この子。
 こう、アレじゃね?
 違くね?
 幼馴染みってさ、料理が上手だったり朝はやさしく起こしてくれたりするもんだよね?
  ↑※それはあくまで2次元のお約束です。
「ほら章吾!ボーっとしてないで足動かす!!」
「イェッサー、ボス!」
 だれがボスかー!?との佳織の怒声をBGMに、俺たちは学校への道をひた走るのだった。
 ……うう、まだ奥歯がグラグラする。


――そんなこんなで。


 始業のベルが鳴る5分前。
 ヘトヘトになりながらも俺達は学園に辿り着いていた。
「な、なんとか、間に、合っ、たぁ」
「はーっ。はーっ。……や、やればできるもんね、人間」

 ああ、諦めないって素晴らしい。
 とか考えながら歩いていたら、何時の間にか自分たちのクラスに到着していた。

 とりあえず鞄を置いて、俺は机に突っ伏した。今朝のダッシュは予想以上に堪えた。
 回復するまでグダグダしてよう。ぐだーりぐだーり。
 
「おはよう、章ちゃん」

 うつ伏せてグダグダしていた俺の頭に不意に掛けられる柔らかい声。
 んむ、この声は。
 のっそり、と首を持ち上げる。
 視線の先には、ゆるい笑顔を浮かべてこちらに向かってくる少女がいる。
 声の主に顔を向けて俺は答えた。
「智か。はよ~……」
 コイツの名前は『三友智』≪みともとも≫。
 小学生の頃からのダチで、俺と佳織とコイツ、そしえここには居ないもう一人を加えた四人でつるんでいたりする。
 しかし、思ったよりもチカラ無い声が出てしまった。朝からどんだけ疲れてんだよ。
 
「ん~?章ちゃん、いつも以上に元気ないねぇ」
 いつも以上って何だ。いつも以上って。
 まるで俺が常日頃から元気じゃないみたいじゃないか。
 つーか、俺ってそんなキャラで認識されてる?……まあ、いいか。
 
「まあな。実は、カクカクシカジカ」
 メンドくさいんで、説明をハショる俺。
 
「ふむふむ。トラトラウマウマという訳か~」
 華麗にカウンター……しようとして失敗する智。
 
「なにその心的外傷。微妙に惜しいけど違ぇ」

「ようするに、寝ぼけて佳織ちゃんのオッパイ揉んじゃって、タコ殴りにされて、気絶して、目が覚めたら遅刻寸前だった。
 んでここまで全力疾走してきたからグダグダしてたと」
 
 ウン。上のやり取りでなんで其処まで詳しくわかんだよ。あれか、エスパーか。
 
「ノンノンノン。初歩的な推理だよ、ホームズ君」
 気取った仕草で指を振りつつ、大変に残念な胸をふんすと張る智。
 誰がホームズか。そこはワトソンだろ。つーか、
「他人のモノローグを読むな」
「ハッハッハッ。ん~なワケないじゃん。あ、章ちゃん、後で屋上な?」
くいっと親指を立て、『ちょっと来いよ!』のジェスチャーと共に朗らかな声で答える智。
が、眼が笑ってない。全然笑ってない。
「Oh……」
 どう考えても心を読まれている気がする……。
「いいや、もう。ツッこまねーからな」
 この件については思考放棄することにした俺。
 そんな俺の返答が不満なのか智が上目遣いで可愛らしく睨みつける。
「ええ~? 章ちゃんにツッコんで欲しいのにぃ~クスン」
 なぜエロく言うし。
 な ぜ エ ロ く 言 う し !!
 大切なことなので2回言いました。
 と、グダグダの会話を二人で続けていると、回復したのか佳織がやって来た。
「アンタらは、朝っぱらから何アッタマ悪い会話してんのよ」
 多分に呆れを含んだ声である。
「佳織ちゃん、おはよ~。」
「復活するの早いな。流石、女子剣道部期待の星」
掛けられた声にそれぞれの反応をかえす。
「うん。おはよ、智。それと章吾、アンタも部活くらい入んなさいよ」
「いやぁ、俺は帰宅部に骨を埋めるつもりだし」
 俺の答えにほんの少しだけ佳織の表情が翳る。
「ねえ、章吾。章吾が剣道部入らないのって、その、やっぱりウチの……」
 よろしくない方向に話が転がりそうなので強制的に停止させるか。
「チョップ」
「あいた」
 軽く額に一当て。
「オマエはまーだそんなこと言ってんのかよ。ないない。ほら、秋頃から母さんが単身赴任中だろ?
 なんでまぁ、折角の一人暮らしを満喫したいなぁ、とね。最大の誤算は母さんがオマエと婆さんに合鍵渡してたことだけどな」
「そりゃ、章吾一人だとねぇ。ウチが居なかったら遅刻の回数が倍くらいに増えるんじゃない?」
佳織が苦笑いをしながらこちらに答える。ん、はぐらかせたかな。
「う~、何という放置プレイ。こーなったら実力行使しかないよね! おりゃー」
「ひゃあ!? ちょ、ちょっと智、どこ触っ――」
「うしゃしゃしゃしゃ!」
「オッサンか、アンタは!!」
どうやら智に気を使われたらしい。今度マッ○でも奢るかな。ランランルー。
 
「おーい。二人ともボチボチ席戻れー。そろそろササセン来んぞー」
「うぃー」
「ちょ、それより智を止めてー!? 」
 うん。それ無理。
 
 時計の針が9時を指す。
 始業のチャイムが鳴り響く。
 
 
 いつもと同じ、変わらない日常。
 
 
 いつもと同じように始まり、いつもと同じように終わる筈だった一日。
 
 
 もう二度と出会う筈の無かった非日常の住人と出会うことを、このときの俺は知る由も無かった。
 
 
 



[19698] 2話
Name: すてふぁん◆dc9bdb52 ID:b110bac9
Date: 2011/09/17 05:10
 
  .02
 
 私立柊坂学園 校舎3階 2-E教室
 
 4限目、授業の終わりを告げるチャイムの音が鳴り響く。
 午前中の授業もつつがなく終了し、学生お待ちかねの昼休みである。
 ……ちなみにここまでの授業中の記憶は無い。登校ダッシュの反動は予想以上に大きかったようだ。
 後で、佳織にノート見せて貰わないとなぁ。
 
 まあ、それはともかく。
 昼休みである。
 俺達、学食・購買組にとっては戦争の時間でもある。
 
 がたたん、と椅子を引く音が重なり合う。
 チャイムが鳴り止むと同時に、クラスメイト数人がチャイム終了と同時に廊下に飛び出す。
 あっという間に視界の彼方に彼らは消えていく。
 目的は渡り廊下の先、購買部併設の食堂だ
 いつもなら俺もその中に混じっているところだ。
 だが、今日の俺は朝から全力疾走していたこともあり昼休みまで走りたいとは思えなかった。
 ぶっちゃけ、面倒くさい。しかし、腹は減っているのでマトモなものが食べたい。出遅れると素の麺類くらいしかないのだ。
 と、言うわけでショートカットである。
 窓の向こう、渡り廊下の先に見える少し新しい別棟が学食だ。
 本来、学食へ向かうには一階東の階段を下る以外にルートは無い。
 
 俺はおもむろに外側の窓に近づきガラリと開ける。
 教室に冷たい外気が流れ込む。
「ちょ、寒ッ!」 「草薙!? 寒ーよ、閉めろ!」
 付近の生徒の恨み言を聞き流しつつ、開けっ放した窓から身を翻す。
 
「おわっ!?」「飛んだわ、あの馬鹿」「章ちゃん!?」「章吾ェ……」「そんなことよりおうどんたべたい」
 
 クラス連中の驚愕の声(一部罵倒他)を頭上に置き去り、俺は地面に向かって落下する。
 指先を窓枠に引っ掛け、最初の勢いを殺しつつ、排水パイプの固定金具や2階教室の桟の部分に爪先や指先を引っ掛けながら、
タタン、タンとテンポ良く降りてゆく。最後に壁を蹴って姿勢を整えて両足で着地、膝を発条にして残った衝撃も全て吸収する。
 
「おおー!!」「下りたわ、あの馬鹿」「章ちゃん♪」「章吾ェ……」「そんなことよりおうどんたべたい」
 
 クラス連中の感嘆の声(一部罵倒他)を頭上に聞きつつ、俺は学食に向かって歩き出す。
 
 
 と、いうわけで学食に到着です。
 カウンターに食券を出して声を掛ける。
「お姉さーん。チキンカレー大盛り、唐揚げ乗せで!」
「はーい。ちょっと待ってねー」
 ショートカットしたお陰で混雑前に学食へたどり着いた俺は目当てのメニューと奥の座席を悠々確保したのである。
 ん? なんで奥の座席かって? 寒いんだよ、出入り口付近は。
 しかしこの学校、何故かやたらとカレーが美味い。しかも牛・豚・鶏・海鮮・野菜と選べたりする。
 日替わりのメニューには時々ネパールカレーやキーマカレーなんかも出てくるあたりかなり気合入ってると思う。
 最近の日替わりメニューだと、ひよこ豆と揚げ卵のインドカレーがかなりヒットだった。
 一説によると理事長が無類のカレー好きだとか何とか。
 
 とまあカレーについてアレコレ思いを馳せてるあいだに注文の品が出来上がる。
「唐揚げカレー(大)お待たせ」
「あざーっす」
 
 カレーを受け取り、確保しておいた座席に戻る。
 席が見えてきた瞬間、『パチン』と小さな痛みが走った。
「痛ッ」
 なんだ?静電気でも起きたか?――まあ、冬だしな。
 
 ともあれ席についてメシにするとしよう。
 
「さてと、いただきまーす。んむ」
 
 まずはカレー、なにはなくともカレーである。
 白米とカレーを6:4くらいでかっ込んでいく。おおうまぃうまぃ。
 合間に唐揚げにカレーを絡めてガブリ。
 サクサクの衣とスパイスの香り。たまらんね。溢れる肉汁がなんとも言えない。
 そしてまた白米にもどる。お米美味しいです。
 
 そんな感じで食事に没頭しているところにふと違和感を感じ顔を上げる。
「ん?」
「……」
 正面にちょこんと座っている小柄な女の子と眼が合った。
 タイの色からして3年生のようだ。……ん?先輩? 見た目は3歳くらい年下に見えるんだが。
「……」
「…………」
 無言のまま、視線だけが突き刺さる。敵意や悪意は感じないがなんか不思議なものを見るような目で見られている気がする。
 いよいよ耐え切らなくなった俺は会話の糸口を探して口火を切った。
「あの……何か御用でしょうか先輩」
「…………」
 しかし無言。されど無言。
 何かは知らないが、気まずいことこの上ない。さてどうするかと考えたところで返答があった。
「狐坂。3年の狐坂。この前こっちに越して来た……よろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします、先輩」
「……名前。名前を教えて」
「え、ああ。2年の草薙です」
「そう。よろしく草薙」
「ど、どうも。それであの、結局どんな御用でしょうか」
「ん、危難の卦。……君は少し変わっている。事故や事件に巻き込まれないよう注意するべし」
「へ? それってどういう……」
「ごちそうさま。またね、草薙」
 言いたいことだけを言って、知り合ったばかりの先輩はさっさと行ってしまった。
「事件事故、ね。占いみたいなもんなのかな?」
 言葉に出来ない感覚を抱えつつ、俺は少しだけ冷えてしまったカレーを口にした。
 入れ替わるようにして女史の集団が前の席を占める、
 
 そういや狐坂先輩の周り、なんで俺以外に誰も座らなかったんだ?こんなに混んでるのに。
 
 
 
「ごちそうさまでした、っと」
 
 食事も終わり。
 ヤカンからお茶のおかわりを湯飲みに注ぎ、一息つく。
 しかしまぁ、変な先輩だったな。狐坂先輩、か。
 
「ズズズ……。まぁ、可愛い先輩と知り合えたと言うことで」
 
「うし、教室に戻るか」
 湯飲みの残りを一気に飲み干し、俺は食器を片手に席を立った。
 
 
 
――りん。
 
 中庭を抜けて教室に戻っていると何かが耳を震わせた。
「ん? 鈴のおと……?」
 幽かに聞こえる涼やかな金属音。そして、併せて感じる何者かの視線。
 
――ちりん。
 
 まただ。何処だ? 何処から聞こえている?
 くるりと首をまわし辺りを見渡すがこちらを見ている生徒も居なければ、音の発生源もない。
 しかし、一向にこちらを窺う気配は消えない。鬱陶しい。
 すぅ、と短く深呼吸。耳を澄ませ視覚を遮り、肌に感じる視線を掴む。――居た。
 閉じていた眼を開き、その場所をひと睨み。
 
睨みつけられた視線の主はびくりと身じろぎし、それに併せてちりん、と小さく音が響いた。
 
「って、なんだ。猫か」
 
 視線の先、中庭の陽の当たらない一角。其処にいたのは一匹の黒猫だった。
 翠色の綺麗な瞳をした猫だ。
 首輪には鈴の代わりか金色のリングが掛かっている。ああ、俺が鈴の音と思っていたのはコレの音か。
 
 暫くの間、一人と一匹は視線を合わせ続けていた。
 どれくらいの時間そうしていたのか、ふいに強めの風が俺達の間を吹き抜ける。
 猫の姿はもう見当たらなかった。
 なぜか、あの猫の瞳を知っているような気がした。
 
 と、ここまでカッコつけてみたんだけどさ。
 考えてみると俺は猫相手に『貴様見ているなッ!!』的なことを本気でやっていたわけでね。
 
「oh……」
 
 この後、教室に戻った俺は駄目押しで跳び降りの件を佳織に説教され、残りの休み時間を正座で過ごすこととなったのだった。
 
 
 
「とまあ、いろいろありつつ午後の授業もサクっと終わって放課後です」
 
「アンタはどこに向かって喋ってんのよ。朝といい……やっぱり、病院行く?」

 そしてまた呆れた佳織に、酷いツッコミをもらいつつ帰り支度をする。

「あー、あのさ、章吾。ウチは部活出るんだけど、その最近、さ。ちょっと物騒らしいじゃない? なんか行方不明がどうとか」
「そういやササセンもそんなことも言ってたな」
急にそんな話題を佳織が振ってきた。確かに、ニュースでもやってたな。
「夜遊びしてた学生が5~6人くらい行方不明になってるんだっけか」
「なんか家族ごと居なくなってる子もいるみたいで実際は3倍くらい人が消えてるみたい」
「ワリと洒落になってない人数なんじゃないか、ソレ」
「うん。それでさ、ウチの部活って終わるのかなり遅いじゃない? だから、その、う、ウチと一緒に帰ってくれないかなって」
「……」
「帰宅部のアンタを待たせることになるから悪いとは思うけどさ」
「…………」
「……な、なんか言って欲しいんだけど」
「いや、お前がそういうこと言い出すのって久々だなと思ってさ」
珍しく慌てている佳織。コイツのこういう姿に少しだけ笑みが浮かぶ。
「そりゃさ? ウチもキャラじゃないってのはわかってるけどさ? 笑うこと無いじゃない」
「いやいや。そんなんじゃないって」
「もう。でさ……ダメ?」
偶のワガママだし聞いてやりたいところではある。が、
「すまんがダメだ。てか、今日は婆さんとこ行く日だし、俺のほうが待たせることになっちまう」
 
「あー、そうか。……すっかり忘れてたわ」
「悪いな。次は都合つけるから」
「ううん。ありがと章吾!」
「まあ、暫くは部活早めに切り上げるよう顧問に頼んでみたらどうだ?」
「うーん、そだね。言うだけならただだし、そうしてみる。それじゃウチは部活行くね。また明日ね、章吾」
「ああ、また明日な、佳織。部活、頑張れよー」
 嬉しそうな佳織を尻目に俺は学園を後にした。
 
 
 
 夕暮れの商店街を抜けて、
 閑静な住宅街を超え、
 山沿いの旧い町並みにある古ぼけた屋敷へと向かう。
 
 勝手知ったるなんとやら。門をくぐり、手入れの届いた庭を横切り、離れの道場に直接向かう。
 この時間なら、もう中で待っている筈だな。よし。
 がらりと引き戸を開け、中の人物に声をかける。
「お待たせしました。お師匠」
「なに、そう待っとりゃせんよ。ちょうど、煙管を一服ふかし終えたところやし」
 煙管を片手に矮躯を揺らし、そう返してきた人物の名は『草薙八重』≪くさなぎやえ≫。
 俺、『草薙章吾』≪くさなぎしょうご≫の剣術の師にして実の祖母その人である。
 ことりと、煙草を灰皿に落として祖母が腰を上げる。
「それじゃ、今日も可愛い孫にやっとうを教えるとしようかね」
「はい。宜しくお願いします」

 お師匠の台詞に簡潔に答えて、俺も準備をする。
 といっても制服の上を脱いで、両手首に錘入りのリストバンドを巻くくらいなものだ。
 後は壁に掛けてある木刀を手に取り構えるだけだ。
 そも防具に袴や胴着と言ったものが此処にはないのだ。
 実際に剣を振るうときに着ているものは選べない。
 ある種、実践を前提とした修練なのである。
 
 『使えるものは何でも使う』
 
 俺が学んでいる剣の基本理念だ。
 靴を使えばベルトも使う。
 嘘だって吐くし逃げもする。
 
 大凡、真っ当な剣術ではないのだ。俺の学ぶ哉居流左道剣術とやらは。
 
 
 暫くの間は素振りと型稽古を繰り返す。
 体が暖まったところでお師匠と剣を打ち合わせることとなる。
 
「さて、いつも通り合図は無い。どッからでも掛かっておいで」
「はい」
 
 道場の真ん中で俺と師匠が木刀を構えて向かい合う。
 俺は腰を落とし、肩の力を抜き、腕を下げて、半歩だけ右足を前にする。木刀を低く構えた、正眼の崩し。
 対するお師匠は右手で柄尻を握り、肩に刃を載せるように構えて深く腰を落とした。背負いの八双崩し。
 
 じりじりと俺は間合いを詰める。師匠の背丈は俺の胸元に届くかどうかと言った程度だ。
 その矮躯を利用して、懐に飛び込まれるのが一番怖い。
 だからこその低い構えであり、前進だ。飛び込む為の間合いを与えない。
 こちらの間合いまで後一足のところでお師匠が動いた。ぐっと膝が撓むのが見えた。
 
 ――来る!俺はさらにもう一歩踏み込み、迎え撃たんと木刀を突き出す。
 
「ほう、そう来るか。なら!」
 
 そんな声と同時に師範代の膝が崩れる。否、膝を抜きその場で身を丸めるように全身を捻る。
 低く、低く、さながら地を這う蛇の如く。
 俺の突きはお師匠の背を掠めて虚空へと突き出される。
 倒れこむような前傾姿勢を保ちつつ、お師匠の肩口から袈裟懸けの一刀がするりと放たれる。

――哉居流左道剣術ヶ一芸 脛擦≪スネコスリ≫

 胸元にお師匠の木刀が迫る。が、ここまでは、俺の読み通りである。
 重心をあえて崩し、後ろ向きに倒れこむようにしてその一刀を避ける。
 
 突き出した一刀の柄尻を握る左手をくいと持ち上げ、鍔元の右手をぐいと下げる。
 当然、俺の木刀は下を向く。それをそのまま両手で引き寄せる。

――哉居流左道剣術ヶ一芸 橋姫≪ハシヒメ≫
 
 師匠の背に俺の木刀が当たると確信した瞬間。
「お見事。しかし――」
 勝ちを確信した俺を嘲笑うかのように声を上げるお師匠。
「まだ、甘い!」
 一喝。眼前からお師匠の姿が消えた。
「なッ!!」
 一瞬の後、お師匠は俺の右後方にすり抜けるようにして一太刀を避け、抜け駆けに俺の脇腹へと爪先を叩き込んだ。
 
「ガ……!」
 
 うめきながら崩れ落ちる俺。何とか逸し報いようと木刀を向けるがあっさりと払われる。
 
 お師匠が仰向けの俺を見下ろしながら言う。
 
「さっきの読みはなかなか良かったねぇ。つい本気を出してしもうたよ」
 
「あ、りがとう、ござい、ます。お師匠」
 
 痛みをこらえながら俺は答える。……そうかアレが婆さんの本気か。
 はは、凄ぇ。
 
「さて、十分ほどそのまま寝ておきな。十分経ったら稽古の続きだ」
 
 こうして。俺の修練は続くのだった。
 
 
 
 
「ありがとうございました。」
「あいよ、お疲れ様。今度は飯でも喰いにおいで」

 3時間後、俺は修練を終えて屋敷を後にした。
 電灯も少ない住宅街の端を俺はトボトボと歩いていると、何やら脇の路地裏から激しい物音が聞こえて来た。
 ふと、足を止め路地裏を覗き込んだ途端、そこから涙で顔をぐしゃぐしゃにした女の子が飛び出してきた。
「は?」
 何だ?何が起きてる?
「お、おねッ!ぁ、た、助けて!!」
 女の子が袖に縋り付いて懇願している。どういう状況だ、これ。
「ば、ば、化ッ、化け物が……!」
 化物。その単語が俺の脳に届くと同時に、少女が出てきた路地裏から犬の頭をした大男が飛び掛ってきた。
「我嗚呼嗚呼嗚呼アアるぁあッ!!!」
 俺は咄嗟に少女と化物の間に割って入り、対峙した。
 鉈の様な鉤爪のついた右腕が迫っている。
 
 
 あ。ヤバイ。俺。コイツ。殺――。
 
 
 こうして俺は、非日常との2度目の邂逅を果たしたのだった。
 
 
 命の危険と、見知らぬ女の子と共に。
 
 
 
 



[19698] 3話
Name: すてふぁん◆dc9bdb52 ID:5b2a3423
Date: 2011/09/17 05:13
  .03
 
 夜 F県K市 山間部 住宅街
 
 
 眼前に鉈の様な鉤爪のついた右腕が迫っている。
 
 あ。ヤバイ。俺。コイツ。
 
 殺しちまう。
 
 そう意識した瞬間に唐突に起こるフラッシュバック。
 
 俯いたままピクリとも動かない小さな女の子。
 
 指一本動かない血塗れの自分の姿。
 
 それでもその手には凶器が有って。
 
 そして――。
 
 脳髄の奥のほうで火花が散る。蒼白い火花がバチバチと音をたてるような、焦燥に似た感覚が全身に広がる。
 反射的にポケットからシャープペンシルを取り出し、少女を突き飛ばす。迫る右手。
 低く、低く、さながら地を這う蛇の如く。するりと怪物の懐に潜り込む。
 
――哉居流左道剣術ヶ一芸 脛擦≪スネコスリ≫
 
 一切の澱みなく肉体は脳髄の命令を実行する。怪物の眼窩にその手の凶器を突き立てた。怪物が悲鳴を上げるよりも速く、
眼窩から突き出たシャープペンシルの背にもう一撃を加えて致命の位置に送り届ける。口の端から血の泡を吹きながら、
怪物が呻きを上げる。残った瞳は忙しなく痙攣し意思を読みとることは出来ない。びくびくと痙攣を起こしながらその身体が
路上へくず折れるのを確認して、ごり、と首の骨をへし折った。そうしてようやく奇妙な感覚は収まった。
 
 文字通りの瞬殺。瞬きの間の凶行。
 
 マンガとかならここでゲロゲロと吐くところだが特にそんな気配はない。強いて言えば化物が酷い臭いなので眉を顰めたくはなる。
 俺は殺した相手を観察する。ドーベルマンのような頭に人間のような身体、被り物かとも思ったが本物の頭だな。マジで犬男か。
 
「あ。あああ、あの!」
「ん?」
 背後から声が掛けられる。先ほどすがり付いてきた少女だ。
 そういや突き飛ばしちまったな。
 
「悪ィ。咄嗟のことで突き飛ばしちまった。怪我とかないか?」
「だ、だだだ大丈夫です。そ、それより」
 
「や、やっつけちゃったんですか? 化け物」
 
「ああ。確実に仕留めた。……こういうこと言うと甦りそうだよな」
「やめてくださいよ! 不吉なことゆーの!!」
 
「ごめんごめん。と、ところで色々聞きたいんだけど良いか?」
「命の恩人ですからね。スリーサイズまでなら答えますよ?」
「いらねえよ! そんな情報!! ……じゃなくて、なんで追われてたのかとか、そもそもオマエは誰だとか!」
「そんな全力で否定されると流石に凹みます……」
 目の前でがっくりと項垂れてみせる女の子。なんだコイツ。
 数分前まで死に掛けてたってのに――ああ、もしかして、まだパニくったままなのか。
 
「……話が進まないんでQ&A方式でいく。名前は」
 
「園井です。園井 美凪《ソノイ ミナギ》」
「園井ね。じゃあ、次。こんな時間に制服でなにやってたんだ?」
「友達とカラオケ行ってて、その気付いたらこんな時間に」
「なるほどね。んじゃ最後。なんで化け物に襲われた?」
「……わかりません。友達と別れてから路地裏を抜けて近道しようとしたら、いきなり」
「何も理由はなさそうか。しかし、よくここまで逃げ切れたな」

「もう無我夢中で走ったことしか覚えてないです。すいません」
「謝ることじゃないさ。ま、運が良かったな」
 俺の言葉に神妙にうなずく園井。そろそろ落ち着いたかね。
 
「ハイ。そういえば、まだお名前も聞いてませんでした」
「ん? 俺? 2年の草薙だ。よろしく後輩ちゃん」
「え? あ、よく見るとそれも柊坂の制服ですね。私、全然気付きませんでした」
「ま、パニックだったろうし、仕方ないよ」

「改めてありがとうございました。草薙先輩」

 顔を伏せ綺麗な声で礼を言う園井。
 それに軽く手を振り俺は話を続ける。
「とりあえず警察に連絡入れるとして、此処から離れるわけには行かないだろ?」
「そうですね。でも、正直ここには居たくないです」
「だな。とりあえず園井を一旦、家まで送る。んで、警察に連絡して俺は此処に戻って警察が来るのを待つ」
「わかりました。家までエスコートお願いしますね先輩」
「おk。任されたお嬢様」
 
 取りともないことを話しながら俺は彼女を家まで送っていくことにしたのだった。
 
 
 園井を無事家まで送り届けた俺は、園井のご両親に泣きながら感謝された。
 一人っ子らしく、溺愛されているとは道すがら聞いていたがあそこまでとは。
 
 ちなみに。
 園井の家はでかかったガチでお嬢様でやがった。
 
 まあ、なんか色々引きとめられそうになったが警察への連絡をお願いして、俺は現場へと戻った。
 
 そこで俺が見たのは、
 
 黒い黒い魔女と、青い炎を上げて燃える怪物の死体だった。
 
「手前ェ! ナニやってやがる!!」
 
 不用意なことに俺はソイツに声をかけた。かけてしまった。見なかったことにして逃げればよかったのに。
 ゆっくりと。
 俺の声に反応したのか魔女がこちらを向いた。
 魔女と、俺の視線が絡む。翡翠の瞳が俺を捉えて離さない。
 ぐらぐらと既視感に包まれる。
 
――ああ、そうだ。おれはこのひとみをしっている。
 
――あのときのあのひととおなじひとみがおれをみている。
 
 魔女が呟く。
「私は――忘却の深い霧」
 
 魔女の身体から濃い霧のようなものが溢れ出す。
 ソレが俺に触れた瞬間。ぱちり、と静電気にも似た軽い痛みが走る。
 同時にぼやけていた意識がはっきりとする。
 
「嘘。なぜ弾かれる?」
 
 良くわからないが今度は魔女のほうが呆然としている。
 今しかない!!
 俺は踵を返し、路地裏へ滑り込みその場を離れるのだった。
 
「あ、しまッ……!」
 
 そんな呟きが聞こえたが俺は振り返らなかった。
 
 
 
 
 魔女が数瞬、自失した隙に少年はあっという間にその姿を消してしまっていた。
 
「不覚、だわ」
 
 だが、このままという訳には行かない。
 少年には聞かなければならない事がある。
 
「確かにあの時、私の霧をあの少年は拒絶した」
 
 魔眼に捕らえ、動きを封じた上で忘却の霧へと変じたのだ。
 あの状態から魔眼のくびきを抜け出したとなると厄介どころの話ではない。
 
 しかしそうなると少々不味いことになる。
 
 記憶が消せないのだ。あることないこと吹聴されても堪らない。
 
 何にしろ、とりあえずは少年を見つけ出さなければならない。
 非常に不本意だが、ここは『彼女』に頼るしかないだろう。
「はぁ。仕方ない」
 ため息をひとつ吐いて、彼女は携帯電話を取り出した。
 
 夜闇の中、携帯のコール音だけが響いていた。
 
 
 何とか家に帰り着き、着替えを済ませたところで俺は力尽きて眠りに落ちた。
 
 次の日、目覚ましが鳴るまでもなく俺は目を覚ました。
 
 時刻を見るとまだ6時だった。
 
 機能は色々有ったからなあと思いつつ、俺は部屋を出てリビングに向かうのだった。
 
 寝起きで咽喉が渇いている。冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し飲み干す。
 
「ふぅ。朝の一杯はこれだよな。ウン」
「紙パックに直接口をつけるのは感心しないな」
「ってもこの家、今は俺しか居ないんだから何も問題な――」
 待て。今、俺は誰と会話してる? 佳織でも婆さんでもない。しかしどこか聞き覚えのある声。
 俺は恐る恐ると顔を上げてテーブルの方を見やる。
 そこにいたのは、
 
「急な来客があった時なんか、きっと困るわ」
 
 金髪翠眼に黒いドレスを纏った『魔女』だった。
 
「そうたとえば。こんな時に、ね?」
 


 そういって魔女はその白いかんばせに薄い微笑をのせたのだ。
 


 どうやら厄介ごとはまだ始まったばかり、らしい。
 
 


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