◎2002年3月7日 日本帝国・東京 帝国国防省 第三会議室
「やってくれたな・・・」
広大な会議室内に、蔓延する重い空気をそのまま口から吐き出したような言葉が響く。会議室に集まっているのは、帝国海軍の高級将校ら十数名。その中でも最も上座に鎮座し、苦虫をかみつぶした表情を浮かべているのは、俗に「海軍三長官」と呼ばれる海軍大臣、軍令部総長、聯合艦隊司令長官の三名である。
彼らの脇には、海軍省艦政本部長と航空本部長、聯合艦隊の各艦隊司令官、第1航空艦隊司令官に第11航空艦隊司令官らが控えている。
その中で、最初に口火を切ったのは、田原 総一提督・・・海軍航空艦隊総隊司令官だった。
「結城提督、先日の“作戦”における第1戦術機甲兵団と第2戦術機甲兵団の損害を、君はどう見る?」
彼らの矢面に立たされているのは、帝国海軍戦術機甲兵団総隊司令官、結城智則海軍提督であった。若干40歳、新進気鋭の海軍少将(Rear Admiral)に対し、最近著しく老けたと噂の三長官の視線が集中する。
「ハッ、赫々たる戦果を上げたと報告を受けております」
初の海軍戦術機《翔鶴》の開発に関わって以来、多くの作戦にて軍功を上げ、若干40歳にして戦術機甲兵団総隊の司令官に就任した猛者は、その視線をもろともせずに直立不動のまま口を開いた。
「第1兵団、94式M型6機が未帰還!続いて、第2兵団、97式M型は8機が未帰還!・・・合わせて約20%の損耗率だ!“単なる間引き”において、これのどこが“赫々たる戦果”だというのかね?」
「お言葉ですが、司令長官。我が海軍機甲兵団はたった2個戦術機甲大隊規模の戦力で、師団規模のBETAを駆逐しました。この戦果に対し、損耗率20%という数字は、そこまで悪いものとは言えません」
「そうともいえんな、結城提督。リムパックに参加した人類側の平均損耗率は約5%。アメリカやソビエトと比べ、我が軍だけ異常に損耗率が高いのだぞ」
さらに海軍省の艦政本部長が追撃する。
「我が海軍戦術機部隊は、陸軍戦術機部隊に比べ数も少なければ、予算も少ないのが現状です。少数で効率よく敵を撃破し、損耗を回避する・・・そのための一撃離脱機ではなかったのですかな?」
智則が反撃の口を開く前に、会議室は火がついたように騒がしくなる。おのおのが隣席の将校と意見をぶつけ合っている・・・大半は罵り合いに近いものだったが。
「アドミラル56の実戦配備が間近に迫ったこの時期に・・・」
「左様。正規母艦が完成しても、搭載する戦術機部隊がこれでは・・・」
「一体何が原因なのだ?」
「指揮官の指揮能力に問題があるのではないのか?」
「確かに。第1兵団の損害は、すべて第57挺身隊から生じたのものだ」
「第57挺身隊の隊長は・・・浅木光也海軍大尉か」
「確か、あの男を隊長に推挙したのは、君だったのではないか?」
急に話をもどされた智則だったが、とくに慌てた反応を見せることもなく、冷静に回答する。
「その通りです」
「君の判断に誤りがあったとは言えないか?」
「戦闘詳報をご覧いただければわかると思いますが、第57挺身隊は、他隊の撤退を確実なものとするため、最後の最後まで敵地に踏みとどまり、漸減作戦では通常行わない密集近接戦を行いました。損害が多いのは当然かと・・・」
「その状況に陥った原因こそ、浅木大尉にあるのでは・・・」
智則は、相手に最後まで言わせる前に、反撃に打って出ることにした。
「お言葉ですが、第57挺身隊の損害の大きな原因は補給艦の到着が遅れた事、さらに言えば地中侵攻によりBETA増援の報告が遅れたことにあります。この件で彼を責めるのは、いささか不当かと」
「それはそうだが・・・」
「では、小官から言わせていただきます。今回の損害の原因は、ひとえに我が軍の94式M型と97式M型の密集近接戦闘能力の低さにあると考えております」
智則が投じた一石に、会議室が再び混乱に陥った。だが、智則はそれを気にせず、毅然とした態度で発言を続ける。
「戦闘詳報をみる限り、57挺身隊がBETAとの密集近接戦闘を避けようがなかったことは明白なる事実であります。また、アメリカ軍の後詰として投入された第2戦術機甲兵団に至っては、砲撃戦主体のアメリカ軍戦術機部隊に代わって、やむをえずBETAとの密集近接戦闘を行わなければならなかったことが判明しております」
室内が徐々に静まり始める。そこで彼は、いったん言葉を切り、周囲の注目を集めてから再び口を開いた。
「確かに我が軍の海軍戦術機部隊は、創設当初からアメリカ海軍を参考とし、緊急展開・一撃離脱を念頭に置いて編成されてきました。しかしながら、リムパック2002での状況からも推察できますように、対BETA戦では予測不可能な事態が頻発いたします。大規模な後衛部隊や打撃部隊が戦術機母艦部隊に常時随伴していれば、一撃離脱戦法による火力投射で凌ぎきることができるでしょう」
「我が海軍にも強力な戦艦打撃部隊が存在するではないか!」
誰かが野次を入れる。確かに日本帝国には大和級や改大和級を代表とする強力な戦艦打撃部隊が控えている。それに続いて、待っていましたとばかりに将官たちの野次が飛び始める。
「それでは、我が海軍戦術機部隊の意義は・・・」
「スワラージ作戦への派遣では、このような問題はでなかったのだぞ」
「左様、今まではそれで問題がなかったはずだ。今更になってそれは・・・」
だが、智則には相手に反撃の暇を与えるつもりはなかった。
「スワラージ作戦での派遣はあくまで限定されたものにすぎませんでした。本格的な戦術機母艦もなかった海軍戦術機部隊は、主力を務めた戦艦打撃部隊の“おとも”をしただけです。ですが、リムパック2002は戦艦を省き海軍戦術機部隊を主力とした、初めての遠洋海外派遣でした。陸軍砲兵部隊や戦艦打撃部隊からの十分な火力投射が期待できたスワラージ作戦や、大陸への派遣とはわけが違います」
再び周囲の野次が止まる。
「加えて、我が海軍の戦艦部隊はアメリカと違い、九州方面とサハリン方面における間引き作戦で本土近海にくぎ付けにされております。必然的に、戦術機母艦に随伴できる戦艦は限定されます。」
「さらに言えば、今後、海軍戦術機部隊が投入される対BETA攻勢作戦では、今までのように沿岸部への火力投入だけでなく、内陸部への進攻をも考慮せねばなりません。アメリカのように十分な戦力的余裕があり、遠洋に大規模部隊を展開可能ならば、海軍戦術機部隊は圧倒的火力を投入し、事後を陸軍の後衛部隊や戦艦打撃群に任せて速やかに撤退する事も可能でしょう。しかし、皆さまがよく御承知の通り、今の我が軍には・・・陸軍にも海軍にも、そのような戦力的余裕はありません。」
「必然的に、我が国の海軍戦術機部隊にも、近接戦闘を担当する機会が増える事となります。」
何人かの将校がなるほど、といった顔で智則を見つめはじめていた。同時に、この新進気鋭の青年提督が、只者ではなかったことを悟ったのかもしれない。その微妙な空気の変化を読み取った智則は、ここで場の流れを自分に呼び込むため、あえて勝負に出た。
「小官は、今回の事件は我々海軍にとっての“チャンス”であると考えております。」
「チャンス・・・だと!?」
何人かの将官が怒りをあらわにして語気を荒げる。だが、智則はそれを聞こえなかったかのように、話を続ける。
「甲21号、および甲1号のハイヴが排除されたことで、我が国の直接的な脅威は確かに減少しました。これからの我が海軍の任務には、我が国の国際的な場における発言力を向上させるための海外派遣が加わりつつあります。このたび実戦配備される予定のアドミラル級正規戦術機母艦も、そういった海外展開をも視野に入れて建造されたものです。」
「何を血迷った事を・・・我が国には、未だ九州方面とサハリン方面においてBETAの脅威が残っておるのだぞ!」
「確かに。しかしながら、海軍の任務に“海外諸国の同胞たちの救援”が加わりつつあることは、リムパック2002への参加から明らかであります。そして、それらは国防省と帝国議会によって決定された方針でもあります」
反論が一気になりをひそめる。居並ぶ将官組の中にも、今回のリムパックへの参加を国防省・海軍省へ働きかけた人間が数多くいる。それは、智則の上司、田原提督も例外ではない。
「そのような海外派遣任務に際し、我々には米軍のように“数”をそろえる余裕はありません。これは、先刻も申した通りです。だからこそ、我々の戦術機甲戦力は、“多目的”かつ“一騎当千”の能力を要するのです」
「なるほど・・・“数”より“質”か」
「“百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得る”というやつだな」
列席の中、比較的冷静に事を見守っていた将官の一人が発した言を、聯合艦隊司令長官が繋いでいく。彼の言葉は、日本帝国海軍における軍神、東郷平八郎海軍元帥によるものだ。
時は、日露戦争終結後の1905年12月21日。有事編成であった聯合艦隊を解散し、平時編成へと戻す解散式の際、当時の聯合艦隊司令長官であった東郷元帥が読んだ「聯合艦隊解散之辞」の中に、その言葉はあった。錬度向上を謳ったその言葉は、多くの帝国海軍軍人の中で、いまだに生き延びている。
「左様です。その東郷元帥閣下の言は、過度の精神論を主張したものと取られ、後に海軍兵学校において確率論の点から否定されました。しかしながら、対BETA戦争において、我々人類は物量において圧倒的に劣勢であります。奴らに打ち勝つためには、彼らの“数”をすら凌駕する“質”が必要なのです。我々は、リムパック2002で、これまでの“過ち”に気がついたのです!」
「過ちだと!?貴様、これまでの我が海軍の戦術機運用理論を否定する気か!」
田原がついに耐えられず、怒号を発しながら立ちあがった。怒鳴るしか能がない上官に、智則はひるむことなく、まっすぐな視線を返した。
「そうです、過ちです!優秀な衛士と貴重な機体を失った事で、我々はその事にようやっと気がつけたのです、田原提督!ならばこそ!今こそ!その過ちを是正するために海軍戦術機の強化を行うべきではないのですか!?」
一瞬の沈黙。そして、トドメの一言。
「失った英霊たちに報いるためにも!」
会議室の半分は納得したそぶりを見せている。だが、問題は残りの半分だった。
始めに沈黙を破ったのは、やはり田原提督だった。
「都合の言いことを・・・責任逃れにしか聞こえん!」
唾を飛ばしまくり、腕を振りまわしながら激こうする老提督に、智則は冷ややかな視線を向ける。
「いいえ、田原提督。これが私の“責任の取り方”であります」
「貴様!」
田原は智則に今にも飛びかからんばかりの勢いで前に進み出た。その様子を見て、智則は自らの上司にあたるはずのその男に向けてため息をつく。彼がかみついてきたり、嫌味を言ってくるのはいつもの事ではあるが、ここまで来ると正直うんざりもする。無駄と知りつつ、再び智則が口を開いたその時、第三の声が二人の間の亀裂を埋めた。
「まぁ、待て。彼の言う事にも一理ある」
言葉を発したのは帝国海軍三長官が一人、大高野 海軍大臣だった。
「大臣!」
「結城提督。貴官がそこまで言うからには、海軍機の戦闘能力を“多目的かつ一騎当千”に向上させうる何らかの策があるという事だな?」
「はい、大臣閣下」
温厚そうな大高野の視線を受け、智則は少しばかりの微笑を浮かべ、深くうなずいた。大高も、それを受けてにこやかにうなずき返す。
「よろしい。そこまで言うなら、この件は彼に一任しよう。長官、総長、それでよろしいかな?」
誰も何も言えず、会議はそのまま終了となった。
*
大高野は、現役将校であった頃、戦術機動艦隊の創設を提案し、「帝国海軍機甲挺身隊の父」とまで呼ばれた男だった。気高き武人であり、士官・下士官問わず、多くの海軍軍人から信頼を得ている。そんな彼は現在、退役して帝国政府の海軍大臣を務めていた。
智則は、当時から大高野を慕っており、大高野の提案に真っ先に手を挙げ参画した一人で、今でも大高野との付き合いは根深い。
「まったく・・・緊急会議が聞いてあきれる」
そんな老相・大高野は、会議室を後にするなり智則の隣で深くため息をついた。
「あれでは責任のなすりつけあいではないか」
智則は黙って大高野の後に続く。
「そもそも、今回の作戦参加自体が、あまりに性急に事を進めすぎたと言わざるを得ません」
リムパック2002への参加。
それは、国際連合における日本の発言力向上のためのデモストレーション・・・日本帝国海軍には、アメリカやソビエトに匹敵する優秀な海軍戦術機部隊があり、外洋遠征も十分可能であるという世界に向けたプレゼンス。
“BETAに対する国際的支援“という美辞麗句の裏には、そんな本性が隠されていた。
「帝国議会や政府の言い分もわからんでもない。だが、今回の失敗を次に生かさなければ・・・君の言った通り、死んでいった者たちに顔向けができんよ」
「・・・そのための海軍戦術機の性能向上です」
大高野は、智則の目に固い覚悟の色を見てとった。この男は、部下の“無駄死”を認めない。部下の死が、決して無駄ではなかったという、ただそれだけの結果を得るために、彼は海軍の歴々が居並ぶ場で、あそこまで大風呂敷を広げたのだろう。それは、海軍と言う閉鎖社会に対する、智則の一世一代の反攻に他ならない。
そんな智則の姿を、大高野は好ましく思った。そして、話は具体的な部分へと進んでいく。
「我が海軍機・・・《叢雲》と《雪風》は、米国機のごとく飛燕ミサイルによる一撃離脱にこだわるあまり、密集近接戦における生存性が元型機よりも低下しているように思われます。本作戦における敗因の一つは、そこにあるかと」
「ふむ・・・確かに両機種は、一撃離脱用に短時間・高出力の主機を搭載している。だが、飛燕ミサイルの運用能力を削れば、海軍戦術機部隊の存在意義が問われる事になるまいか?」
「ええ。ですから、飛燕ミサイルの運用能力を保持したまま、密集近接戦能力を向上させるのです」
「先ほども言っていたが・・・考えがあるのだな?」
「はい。陸軍で私と似たような事を先に考え、実行した男に一人心当たりがありまして・・・」
大高野の脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。そして、この男を智則も思い浮かべているはずだ。
「なるほど、考えたものだ」
「それに加えて、閣下に一つお願いがあるのです」
「言ってみろ」
「・・・研究用として購入した“例の機体”をぜひ使わせて頂きたいのです」
「例の・・・まさか、あの欧州機か!?あれはTRDI(国防省技術研究本部)が技術検証目的で購入したものだ」
「そこを何とか、大臣のお力でお願いしたいのです!我が海軍戦術機の技術向上のためには、我が国の第三世代機技術を独自に改良して発展させた後発の欧州第三世代機の力が何としても必要です」
智則のこぶしが自然と握りしめられる。ダウンフォール(本土防衛)、明星、甲21号、桜花・・・そして、今回のリムパック2002。これらの作戦で散っていった同胞の数は、もはや数え切れない。
軍人だけではない。ダウンフォール時には、3600万もの日本帝国国民が犠牲となった。その多くが、逃げ遅れた老人や病傷人たちだ。今の日本人で、家族や友人を一人も失った事のないような幸運な人間は皆無だ。そんな目を覆いたくなるほどの多大な犠牲に報いる事が出来ずして、何のための帝国海軍か!何のための軍人か!
「まもなくアドミラル56が実戦配備されます。長期外洋遠征すら可能な正規母艦を有した艦隊があれば、我が国の国際社会での発言力はさらに高まる事になりましょう。そのためには、より一層強力な艦載機が必要です!」
生き残った7000万の日本人、彼らを“もう一人たりとも無駄に死なせない”、そんな思いが智則の語気を自然と高めていた。その様子を見た大高野は、まるで我が子を見るように表情を緩めた。
「かわらんな、君は・・・」
「は・・・」
「わかった。国防大臣と技研本部長に掛け合ってみよう。ついでではあるが、航空本部長にも話を通しておいてやろう」
「感謝します。閣下」
「若者が無駄に命を散らせていくのは・・・老体には辛すぎる。ワシも歳をとったものだ」
国防省メインエントランスに着いた大高野が、短い敬礼の後、すでに止めてあった防弾仕様が施された黒塗りセダンの後部座席に乗り込む。
「期待しとるよ、提督」
「ハッ、おまかせを!」
大高野の乗った海軍省ビルへ向かう公用車が見えなくなるまで、智則は敬礼を続けていた。
*
大高野と別れ、執務室に戻った智則は、椅子に腰かけるが早いかすぐさま電話の受話器を取った。交換係の女性海士に、帝国軍のとある部署の名を告げる。
何度目かのコールの後、智則が望んでいた男が受話器の向こう側に出た。約半年ぶりに聞いた旧友の声に、必然と智則の声もうれしそうだった。
「久しぶりだな、巌谷」
そして、歯車は動きだす。
◎2002年5月1日 日本帝国・沖縄 帝国軍沖縄要塞群 辺野古演習場
南西諸島要塞群・・・通称「沖縄要塞」。
1945年の敗戦後、約半世紀をかけて建造された極東アジアの一大拠点である。当初は、中共の海軍勢力を封じ込める防波堤として建造された要塞だったが、航空宇宙軍が新設されるとその主力打ち上げ基地としての役割も担う事となった。
そして現在・・・沖縄要塞は、駐留する帝国海軍と帝国航空宇宙軍、そして国連太平洋方面軍を最大の武器とし、なおかつ周囲を囲む海を鎧として、BETAをユーラシア大陸に封じ込めるための絶海の要塞島と化していた。
その一画に、辺野古演習場はあった。
雷鳴を轟かせながら、蒼穹に舞い上がった巨人は、太陽を背にして空中で反転し、黒影を地に落とす。
『ガレオン2、エンゲージ・ディフェンシブ。リーダー、シックスオクロック!』
「ちぃっ、後ろか!?」
管制ユニット内に鳴り響くロックオンアラーム。
今しがた頭上を飛び越えて行った機体に気を取られている間に、後方に敵機が出現したのだ。急制動に伴うGに身もだえする中、レーダースクリーンに表示されているのは2つのブリップ、“UN35bat,F-15E”の文字、方位はそれぞれ真東と真西。自分たちは完全に挟撃されようとしている。
今そこでは、沖縄要塞の警衛を担う第1041警衛機甲挺身隊《ガレオンズ》所属の97式M型《雪風》2機と、同じ沖縄の嘉手納基地に駐留している国連太平洋方面第11軍第35戦術機甲大隊《トゥームレイダース》所属のF-15E《ストライク・イーグル》2機が、月初めの部隊間交流訓練を行っていた。
第35戦術機甲大隊は、甲21号作戦と桜花作戦において消耗した国連部隊のひとつで、つい先ごろ戦力補充をし終えたばかりの部隊である。元々、F-15Cを扱っていた彼らだが、再編にあたってF-15Eへと機種転換を行っていた。彼らにとっても、今回の訓練は実戦復帰のための最終完熟訓練である。必然と訓練にも力が入る。
『レイダー1よりレイダー2。このまま2機を挟撃するぞ』
『レイダー2、諒解』
レイダー隊は撹乱役のレイダー2と狙撃役のレイダー1に分かれ、市街地残骸を利用して潜伏する2機の雪風を挟撃しようとしていた。2機のイーグルが跳躍ユニットを巧みに操作し、雪風の射線を交わしながら急速に距離を詰める。その多角的機動は、まさにストライク・イーグルが“最強の第二世代機”と呼ばれる所以である。F-15Cのそれをさらに強化した機動性能は、第三世代機であるはずの雪風を凌駕する部分がある。
「挟撃されるぞ、ガレオン2!シックスを固めろ!」
『諒解!』
雪風を操る結城零嗣 海軍中尉は、ウイングマンに背を任せ、接近し自機上方を取ろうとしてくるレイダー1に牽制射を加える。高度制限があるとはいえ、頭を押さえつけられていては、身動きが自由に取れない。
牽制が効いたのか、レイダー1は逆噴射を行い、緊急回避機動。いったんは詰まっていた距離を、再度取りなおす。
追撃とばかりに120mmキャニスター弾を放つが、レイダー1はこれを三次元多角機動で易々と交わし、レーダー索敵範囲外へ離脱する。レイダー2はと言うと、こちらも捕捉される前にさっさと距離を取りなおしたようだった。
「速い!さすがは“最強の第二世代機”!」
主機換装を行っているとは言え、元が高等練習機である雪風の主機出力は、ストライク・イーグルのそれに及ばない。パワー、スピード・・・いずれをとっても雪風には荷が重い相手だ。
『機体だけじゃない・・・衛士も凄腕だぜ!』
ウイングマンの大石亮吾 海軍少尉が言う通り、ストライク・イーグルを駆る衛士は、数々の作戦を経て生き残ってきた歴戦の勇士だ。桜花作戦時には確か重慶ハイヴへの陽動作戦に参加していたはずだった。
敵機が後退した事で、二人の間に再び静寂が訪れる。最悪の状況は変わらない。
「だけど・・・勝てない相手じゃないな」
新米衛士とは思えない不敵な言葉を放つ零嗣。全周索敵。機載コンピューターは、各種センサーからの情報を統括し、敵機が潜んでいるであろうポイントの候補をいくつか上げてきている。それを見つめていた零嗣の表情に、うっすらと笑みすら浮かぶ。
「ポイントB-5・・・大石、狙えるか?」
相棒にただそれだけを問う。
『さぁね・・・わからんけども、やってみるさ!』
とても演習中とは思えない軽薄な答え。だが、その答えに零嗣は満足していた。
「よし、プランQを試す!」
『りょーかい!』
零嗣はニヤリと満面の笑みを浮かべると、スロットルを開放し跳躍噴射。高度を取ったおかげでルックダウンセンサーが、山間部に潜んでいる2機のイーグルを捕捉した。ポイントB-5!コンピューターの予測候補に自らの思考を加えて割り出した予想が見事ハマっていた。
だが、こちらが敵の位置を把握したということは、すなわち敵からもこちらが丸見えということになる。敵からすれば、零嗣の行動はセオリーを無視した無謀な突撃としか捉えられない。
案の定、敵も零嗣機を捉えたらしく、突撃砲の一斉射撃を浴びせかけようと、砲口を上空の機影に向けた。零嗣はその射線を冷静に読み、自動回避機動モードをキャンセル。跳躍ユニットを起動させ、ロケットモーターを噴射。左右に細かく機体を連続機動させる事で、ストライク・イーグルの対空弾幕をすり抜ける。
その間に、キャニスター弾と36mm弾で反撃。敵はこれを強引な三次元機動で回避するが、そのおかげで敵の射撃精度も低下する。
着地と同時に、零嗣はジャムスモークを展開。敵の視界とセンサーを一時的に奪う。
すぐさま、スモークから距離を取ろうと後退する2機のイーグル。
「ハハッ!やっぱり速い・・・でも!」
全身にのしかかるGに悶えながらも、零嗣は思わず笑い声を洩らした。その表情は、まるで子供が大好きな玩具を手にした時のようだ。
残弾の残っている腕部の突撃砲を投棄し機体を軽量化。続いて、主脚のバネとロケットモーターの最大出力、さらに山間部の斜面を利用した圧倒的な突進力で、零嗣の雪風が後退する2機のイーグルに迫る。その右腕部は、背部兵装担架に唯一残されている74式近接戦闘用長刀に伸びている。
零嗣機の意図を察したのか、レイダー2がレイダー1を守るようにして、零嗣機との間に割り込む。真正面からの突撃をしかける零嗣機に向け、兵装担架に装備された2門を前面に起動させ、4門による全門一斉射撃。
雪風の格闘攻撃が届かないギリギリの距離・・・だが、突撃をかけてきている雪風が、避けようのない距離だ。当然と言えば当然だが、レイダー2の衛士は、トリガーを引いた瞬間に自身の勝利を確信していた。
その直後、レイダー2の衛士を激しい震動と衝撃が襲う。そして、機体はそれっきり動かなくなった。
《レイダー2、背部に致命的損傷。判定:作戦続行不能》
網膜ディスプレイに表示された内容を、レイダー2はしばらく理解できなかった。いったい何が起こったのか?
レイダー2が全門射撃を零嗣機に浴びせかけようとした直前、零嗣は前進突撃をキャンセル。ロケットモーター推力を下方に指向し、レイダー2の斜め上方へ噴射跳躍。
それだけでは、突進力を殺しきれず完全な軌道変更になりえないため、主脚で地表を蹴りさらに斜め上方への推力を加算。
雪風はレイダー2の上方を宙返りしながら、放たれた射撃を紙一重で回避。そして空中で敵の後方を占拠した一瞬を逃さず、背部に近接長刀を叩きこんだのだ。
零嗣機は見事、空中宙返りを決め、機能を停止し崩れ落ちるレイダー2の後方に着地した。零嗣機の目前にレイダー1の機影。レイダー1は、零嗣機のアクロバティックな動きに驚愕したようだったが、すぐに気を取り直して、着地直後に硬直している零嗣機に突撃砲の狙いを定める。
僚機はやられてしまったが、この演習は長機を撃破した方が勝利する。作戦目標は目の前。例え今からどんな機動をしようとも外しようがない距離だ。
おしかったな・・・と、心の中で呟きつつ、レイダー1の衛士がトリガーに指をかけた・・・刹那。
どこからともなく飛来した36mm弾によって、レイダー1のコクピットブロックが黄色一色に染め上げられた。その正体は、目立たぬよう、こっそりと山間頂部の狙撃ポイントまで移動していたガレオン2・・・大石機の87式支援突撃砲から放たれた3バースト狙撃だ。
《レイダー1、胸部コクピットブロックに致命的損傷。判定:作戦続行不能》
『CPより各リーダー。状況終了。訓練開始地点まで速やかに後退。別名あるまで、待機せよ』
*
辺野古演習場の端に設けられた野外ハンガーに固定された、ネイビーブルーの海軍型吹雪。海軍衛士たちから《雪風》の愛称で親しまれているその機体の胸部装甲が開き、管制ユニットが露わになる。
コクピットレベルにまで上昇しているリフトが機体の前に寄せられ、そこに降り立った衛士に向けて、機体周囲を取り囲んでいた地上クルーたちから一斉に拍手と喝采が送られた。
その光景を見た当の衛士本人・・・結城零嗣 海軍中尉は、呆気に取られていた。
みんな、何をこんなに喜んでいるのか?
地上に降り立った彼は、訳のわからぬまま、もみくちゃにされたかと思うと、屈強な整備クルーたちに担ぎあげられた。
「ちょ・・・と、待ってくれ!みんな!」
零嗣の抗議など露ほども気にせず、整備クルーたちが歓声と共に高々と胴上げを開始する。
F-15Eを97式で屠った男。ひとえに言ってしまえば、彼らの無邪気な喜びの
原因はそこにあった。
世代的に言えば、97式の方が最新式にあたる第三世代戦術機ではある。だが、元々が「練習機」であり、決して不知火のような突き詰めた性能を誇っている訳ではない。
性能的には、「最強の第二世代戦術機」と呼ばれるF-15Eの方が上なのは、誰が見ても明らかだった。
その格下の機体で、国連軍の古残部隊を完膚なきまでに叩きのめしたのである。彼らが喜ぶのは、当然と言えば当然の結果だったのだ。
ようやく地面に足がついたかと思えば、今度は部隊の同僚衛士たちが手にしていた合成麦酒をシャンパンファイトのごとく零嗣に浴びせかけ始めた。
5分後・・・
「大変だったな~」
お祭り騒ぎからようやく解放され地面に大の字で横たわる零嗣の前に、ウイングマンの大石亮吾がニヤニヤと笑みを浮かべながら立っていた。衛士とは思えない髪の長さ、さらには身体つきも海兵と言うよりはモデルのそれに近い。
「・・・みんな浮かれすぎだよ。強化装備がベトベトだ」
「隊の他の奴らは、連中に惨敗してる。実戦経験なしの新兵ばかりの俺達が、性能の劣る雪風でストライク・イーグルにあんな派手な勝ち方したんだ。浮かれるのも当然だろ?」
相棒の言葉を聞きながら、零嗣は強化装備に着いた砂を払いつつ立ちあがる。
「俺たちの相手はBETAだ。戦術機じゃないよ」
「相変わらずだなぁ・・・戦術機に乗ってるときは、あんなに楽しそうだったのに」
「戦術機に乗ると、なんだか自分が自分じゃなくなるような・・・」
「ふーん、難儀な体質だな」
零嗣の適当な返事を大して気にする様子もなく、亮吾は大の字になっている零嗣を片腕で引っ張り起こす。
「っと、忘れてた!お前をお待ちかねの“お客さん”だぜ」
亮吾が指し示した先。零嗣がその先を視線で追うと、そこには一人の人物がたたずんでいた。それは、零嗣がこの世で最も会いたくない男だった。
「・・・・・・親父!」