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[19350] 多次元世界の日記帳 真章 【ネタ】【大改訂】【多重クロス】【どうしてこうなった】
Name: 4CZG4OGLX+BS改め月桐 琴◆e986ae72 ID:0269cd8e
Date: 2010/06/22 09:57
 前書きにかえて

 ども、作者です。
 前回言っていた【多次元世界の日記帳】の大改訂、はじめました。
 読むにあたり、ご注意を申し上げます。

 前回との変更点
 主人公、更科 十夜の出身世界を【バトルロワイヤル】映画版準拠にして、バックボーンを付加し、人格に厚みを持たせる。
 主人公に明確な目的を持たせ、行動に理由をつける。
 性格を具体的に肉付けし、発言に説得力を持たせる。
 ストーリー展開を変更。
 展開が変更するに伴い、原作キャラとの相関(付き合い方や立ち位置)が変化。
 キャラクタの追加。
 作者の名前改名。4CZG4OGLX+BS→うそつきうらきりされこと→つき きり こと→月桐 琴

 細かい変更点はこの下で。
 
 改良したはずなのに、フルスクラッチの上、改悪になった感が否めない。
 どうしてこうなった。

 前回分とゼロ魔編は削除します。
 では、どうぞ。



 真1話の変更点
 主人公の略歴追加。不幸自慢とも言う。
 主人公の原作知識をほぼ削除。具体的に言うと、平成以降の作品知識は皆無。
 黒聖杯の願い追加。厄介ごとが増えたともいう。
 平行世界への到着地点の変更。前回2話は削除。
 日記帳なのに日記っぽくなかったので、話の最後に日記分追加。


 真2話の変更点
 前回3話が2話へ繰り上げ。
 原作知識がないため、臓硯との会話が変化(展開は変わらず)
 桜の対処を具体的に描写。
 桜の処遇の変更。

 真2話・追加説明
 コネのない根無し草な状態の主人公が、間桐 桜をいきなり海鳴のマンションに住まわせてやれるってのは無茶すぎる。
 それに、海鳴に信用できる人間がいない(さらに、海鳴の状況に詳しくない)ので、こういう処置を取る方が自然だと思われ。
 あ、それと、今回主人公は、神&魔王っぽい存在になっていることに、自覚はありません(自称神&魔王設定消滅)。


 真3話の変更点
 四話から三話に繰り上げ。
 翠屋で、高町家家長とお話追加。
 使用魔法(星法陣)のレベル変更。
 リンディさんとの契約イベント消滅。
 リンディさんとの関係(敵対)追加。
 
 真4話の変更点
 五話がベース。中身は半分別物。
 拠点を時の庭園からパンゲアの神殿に変更。
 プレシア=テスタロッサ参戦。ただし、若返って少女。



[19350] 一話【真とかつくと、話や設定自体変わっちゃうよね?】
Name: 月桐 琴◆e986ae72 ID:0269cd8e
Date: 2010/06/15 11:28
 子供のころから思っていたこと。
 自分は、この世界にいるべきではないのではないかと。


 2歳の頃。
 両親が離婚。
 俺の親権は父が受け持ち、母は家を去っていった。
 その半月後、父は再婚。

 どうも、そういうシナリオだったようだ。
 5歳の時に、家のお手伝いさんから聞くところによると、だが。
 

 6歳の頃。
 父親から捨てられる。
 なぜそうなったのか、まったくわからなかった。
 泣きすがる俺に、父親は一言。

 『お前は、俺を破滅に追いやる存在だ。手元に置いておくわけにはいかない。あの占い師も、そういっていたしな』

 占いで捨てられた子供としては、泣く事も忘れ、とにかく、頭が真っ白になった。
 ……こんな展開、あり?

 結局、戸籍すらも抹消された(父親が手を回したようだ。そこまで俺が邪魔か)俺は、国が経営する孤児院に入ることとなる。
 名前も新しくもらい、過去のことは悪い夢だったと、忘れることにした。


 15歳の頃。
 BRプログラムに参加させられる。
 国が推奨する、情け無用のバトルロイヤル。
 テレビでニュースにあがるたびに、渋い顔をしてみていたものだが、まさか、自分が参加することになろうとは。
 結果は、俺の悪運が発動して一人勝ち。

 ……最初に、仲のよかった友人を。
 次は、その現場に駆けつけたクラスメイトを。
 そこから先は、もう、一般人の思考ではなかった。
 見つけ次第、必ず殺す。
 生きるための見敵必殺。

 最後に、燃え盛るビルを見つめて、生き残っていたのは、俺一人だった。


 20歳の頃。
 2歳の時に別れた、母親の葬式に遭遇する。
 職場の先輩で、半月ほど優しくしてもらった。
 
 突然の交通事故で、あっさりと、あっけなく死んでしまった。
 その先輩が、母親だったと知ったのは、葬式で話を聞いた、先輩の兄からだった。
 
 名乗りを上げ、『息子だ』と言うことは、できなかった。
 先輩の兄の話では、彼女の息子は、死んでいることになっていた。


 30歳の頃。つまり、今日。
 会社が倒産した。

 BRプログラム優勝者ということで、社会的補償はされていたが、3年前にその制度がなくなった。
 国内クーデターが起こり、この国は以前の自由を取り戻した。

 そのため、補償を受けていた俺への支給がストップ。
 殺人の罪こそ問われなかったものの、収入が減った。

 そして、20の頃から働いていた派遣会社が、近年稀に見る大赤字を叩き出し、倒産。
 社長から話を聞くに、BRプログラムの優勝者である俺の名を使って、いろんなところから資金援助を受け取っていたらしい。
 その名声がクーデターによって無に帰り、昨日、とうとう資本割れと不渡りを起こし、倒産宣言をせざるを得なくなったらしい。
 なお、俺には今月の給料は支払われなかった。

 
 世界は、自分に、厳しすぎる。
 世界中の誰もが考える事実だが。
 不覚にも、そう、思った。














 多次元世界の日記帳・真章

 











 聖杯。
 世間一般には、イエス・キリストが最後の晩餐の際に使用した器のことを指す。
 手に入れたものは、この世のすべてが得られるとか、どんな願いでもかなえられるとか。
 さまざまな話、小説等で題材にされてきた神秘のアイテム。
 ……それが。

『はじめまして、マスター。私、【愚者の聖杯】と呼ばれる魔法のアイテムです。これからよろしくお願いしますね?』

 なんて、陽気に話し掛けてきたら。
 
「捨てざるを得ない」

『ちょ、待ってください。いきなりなんですかあなた!』

 やかましいわ。黒い銅製のワイングラスの癖しやがって。

 そもそも、聖杯がゴミ捨て場に捨てられてるって何だよそれ。
 ドンだけぞんざいに扱われてんの?

『仕方ないんです。ゴミ捨て場には、野良犬に連れてこられたんですから』

 野良犬かい。
 やっぱガラクタじゃないか。

「大体、聖杯の色が黒って何だよ。普通、金とか白銀とかだろ? 材質もボロイ銅製の癖しやがって、一般人なめんなよぅ?」

『ううう、最近の一般人怖いですぅ……でも、私の素材はオリハルコン製ですよ!』

 おりはるこんだぁ? どう見ても銅製だっておまえ。
 声は可愛いんだが……アニメの声優も顔負けって感じの。
 声だけは可愛いんだがなぁ……大事なことなので二回言ってみる。
 こんなのでワイン飲んだら、確実に体悪くするな。
 肉体的にも、精神的にも。

「まあ、目覚まし代わりにはなるだろ。声は好みだし」

『ちゃんと使ってください! 本当にあなたの願いを叶えてあげますから!』

 願いだぁ?

「そこはやっぱり聖杯なんだな。……胡散臭さは上がったが」

『本当ですって! あなたの願いを、全部で三つ。どんなお願い事でも、叶えてあげますよ?』

 どんな願いもねぇ……
 声だけ聞くと必死に聞こえるんだが。
 後、あんまりボリューム上げるんじゃねえ。近所迷惑だろが。
 周りから見たら、グラスに話し掛ける危ない人に見えるだろ。

 けど、本当に、願いがかなうのなら。

「……なら」

 世界が、厳しすぎるなら。

「力をくれよ」

 自分が、運命を決めてしまえばいい。

「森羅万象、すべての事象を操り、すべての物質を創造し、すべての事柄を破壊する、『神の力』を」

 つらい人間生活に、おさらばしてやる。
 
「俺にくれ」

 まあ、こんなぼろそうなアイテムに、そんな大それたことができるはずもないが。

『……わかりました。では、どーんと叶えて差し上げましょう!』

 えらく軽く承諾したぞ、こいつ。
 え? それ本気?
 ……数秒後。それは、突然体から湧き出してきた。

「……はぁ?」

『わかりますか? 今、あなたに私との繋がりができています。そこから溢れる強大な力……これが、神が行使する力です』

 ……え? 本物だったのか、貴様。

「……た、試し撃ちしていい?」

『いいですよ~? あなたの願いがかなったことを証明するためにも、どーんと一発』

 よ、よし! 
 とりあえず……あれだ。

「ドラゴラム!」

 『竜の冒険』のドラゴンになる魔法を行使……しようと思ったんだが。
 体から何かが抜けていっただけで、思った効力は発揮できなかった。
 あれ?

「……じゃ、じゃあ、これだ! 『バハムル』!」

 『最終幻想3』の竜王を呼び出す召喚魔法を行使……しようと思ったんだが。
 先ほどと同じように何かが抜けていくだけで、効果は生まれない。
 あれれ?

「こ、これならどうだ! ティルトウェイトーー!」

 『全能者』の核爆発を引き起こす攻撃魔法を……撃とうと思ったんだが。
 やはり、何かが抜けていくだけで、効果がなかった!
 あれれれれ?

『マスター? 先ほどから何をなさっているんですか?』

 手を振り上げた状態で呆然としている俺に向かって、そんなとぼけたことを聞いてくるグラスに対し、

「何も起こらんやんけ!」

 と、壁に叩きつけても俺は悪くないはずだ!
 かちゃんと音が鳴り、割れたかと思ったんだが、意外に頑丈だったようだ。
 自力で宙に浮き、俺に近寄ってくる。ちょっと怖い。

『痛いじゃないですか! 壊れたらどうするんです!? 女の子に対して、乱暴が過ぎますよ!』

「おまえがフカシこくからだろうが! あと無機物の癖に性別あるんか!?」

『嘘じゃありません! あと、私は立派に女の子です!』

 ……あるんだ、性別。じゃなくて。

『……マスター? 曲がりなりにも、あなたは神の力を手に入れたんです。指の一振りで、創造から破壊を行う神の力を。……試してみてください。誰の真似でもない、あなたの力を』

 ……指の、一振りで?
 人差し指を立て、それを思い浮かべる。
 イメージは、破壊の閃光。
 それを、指先から放たれるように、指を、振る。

「……いや、これは……ありえねー……」

 指差した先から、ビームが飛んでいきました。ソーラレイレベルの。
 夜空がビームの光に照らされ、一瞬だけ昼間の明るさを取り戻す。
 あ、ちゃんと空に向けて撃ったから、被害はない筈だけど……
 やばい。これ、本物だ。

『解かって頂けましたか? それが、あなたの力です。後、人真似はできないのであしからず』

「いや、でも……すごい力だよ。本物だったんだな」

『当然です! 私は高次元世界【パンゲア】の聖遺物【愚者の聖杯】。これくらい、簡単なことです』

 ……なんか、今、不穏な台詞でたみたいだが、放置しとこう。
 だが、これはすごい。
これこそ、俺が望んでいた、力だ。
これで、無力な人生から、おさらばしてやる。
……あと、つまらない人生からも。

「ところで、願いを三つかなえてくれるのはいいとして、何か代償あるのか?」

何かを得るには何かを失わなくてはいけない……とは、どっかの錬金術だったか。
致命的なものならば、何か対策を考えなければ。
だが、俺の意に反して、黒い聖杯はあっけらかんと、

『特に捧げてもらうものはありませんよ? 私は、人の願いを叶えるのが大好きなだけです』

と、気の抜ける声で言ってくれました。
タダですか、そうですか。
……ホントに?

『あえて言うなら……そうですね。私の願いを叶えてほしいんです』

……おいおい。
願いを叶える、聖杯の願い?
それ、完全に無理じゃないか?

『私の願いは、困っている人々を助けること。そして、私の体を探してもらうこと。最後に、私と対になる白き聖杯【賢者の聖杯】の完全破壊です』

……ああ、それが、俺に課せられる代償ってことね。
最後のはともかく、そんなに難しいことじゃない……よな?

『もちろん、断ってもらっても結構ですが』

「その場合、叶えた願いがなくなるわけだな?」

『いえ、それとこれは別問題ですので』

 ……わからんなぁ。
 自分の願いは断ってもいいが、俺の願いはそのまま?
 人助けが好きなだけって、それどこの正義の味方?
 嘘はついている風ではないが……
 さて。

『では、二つ目をどうぞ。何がいいですか?』

 そうだなぁ……

 で、叶えてもらったのは『平行世界移動』と『無制限キャッシュカード』。
 平行世界移動のほうは『ありとあらゆる全ての可能性が内包した世界』を探し出し、そこに転移してもらうこと。
 俺自身、もう、この世界には居たくないしね。俺の名前もこの世界じゃ、悪名でしかないし。
 そして、天文学的な数字の平行世界の中から、一個所だけその世界を見つけ、平行世界転移を問題なくこなした彼女をほめてあげたい。
 実にまーべらす。素晴らしい。

 無制限キャッシュカードは前述の二つより簡単にできたそうだ。
 ……それはすごすぎないか?
 全世界で使用されているありとあらゆる通貨をATMに通すだけでいくらでも引き落とせるって、どこまでチートだよ。
 や、普通に犯罪です。本当にあr。

三つの願いを叶えてもらったわけだが、後は黒聖杯の願いをどうするかなんだけど……

どうしようか。

最初のはあれだよな。俺自身が正義の味方……いや、この場合は、アラジンの魔法のランプだな。それと同じようなことをすること。
困っている人の度合いにもよるが、助ける、助けないの采配は俺が決めていいとのこと。
これくらいなら、別に構わない。
俺自身が願いを叶えてもらった立場だし、そのお裾分けくらいは苦じゃない。
もっとも、明らかに危険でやばそうな願いは無視することにするが。

二つ目は彼女の本体の探索。
なんでも、今聖杯に宿っている人格は、人工的に作られたものではなく、異世界の……それこそ、記録が残っていない世界の【パンゲア】と呼ばれる国の王女様だったらしい。
彼女と対になる【賢者の聖杯】に、彼女の国を滅ぼそうとした魔王(と、言っても、元々は人間で、彼女の伯父だったそうだが)を封じ込めた時、誤って彼女も【愚者の聖杯】に封じ込められてしまったそうだ。
彼女の本体は、その【パンゲア】の【聖杯の迷宮】に安置されているそうで、それを見つけ出してほしいそうなのだが。

「それって、この平行世界で見つかるのか?」

 すでに移動した後なんだけど。

『それはご安心を。今、【パンゲア】は全ての平行世界から移動可能です』

 代わりに、その安置所にいくためには、さまざまなトラップを抜け、迷宮内にはびこるモンスターを倒さなければいけないそうだが。
 
 そして、最後の【賢者の聖杯】の完全破壊。
 彼女が封じ込まれてしまったせいで、その聖杯を破壊をできるものがいなくなってしまい、どこかに持ち去られてしまったそうだ。
 俺はそれを発見し、破壊しなくてはいけない。
 ……もちろん、断っても良いそうだけど。

「とりあえず、保留じゃだめか?」

『今、決めてください。マスターが断れば、すぐに次の人のところに向かわなければ』

「……どうやっていくのか、非常に気になるところだが……」

 犬に運ばれてゴミ捨て場にたどり着くような奴だし。
 非常に、厄介なことに足突っ込もうとしてるな、俺……
 
「でも、まあ。願いを叶えてもらって、『はい、さよなら』は悲しいよな」

『マスター?』

 無力な人生は終わったんだ。
 ある意味、生まれ変わったとも言える。
 それなら。

「声は可愛いんだから、容姿も期待しても大丈夫だよな~?」

『も、もちろんですよ! 期待してください!』

 願望投影機の願い事を、叶えるために、生きてみるのも面白そうだ。

『あ、じゃあ、マスターの名前。教えてもらえますか?』

「俺?」

 俺の名前は。

「更科 十夜。今年で30になる……人殺しだよ」

 




『……見えませんね。十代後半くらいかと思いました』

「気にしてるんだから言うな。後、どこに目があるんだおまえは」



<4月○日 晴れ>
 今日はすごい物を拾った。観察日誌代わりに日記を書いてみようと思う。
 問題のすごい物とは喋る黒いコップだ。金属製のワイングラスを黒く塗りつぶし、蒼い宝石をはめ込んだシンプルなもの。
 本人?は自分の事を『聖杯』と言っていた。正式名称【愚者の聖杯】。
 聖杯らしく願いを叶えてくれるそうなので、盛大に叶えてもらうことに。
 代わりに、彼女の願いを俺が叶えることになったが、まあ、彼女自身の声は可愛いのでよしとしよう。
 敢えて言おう、声フェチであると。
 ……これで、本体が見るも無残なスタイルだったら泣くぞ。本気で。

 取得スキル:神の力(創造主レベル)
 取得アイテム:愚者の聖杯、無制限キャッシュカード

 現在位置:東京のどこか。








※変更点は>>1にスキマ送りされました。





[19350] 二話【設定が変わったので、流れも変わらなきゃ。人生だもの】
Name: 月桐 琴◆e986ae72 ID:0269cd8e
Date: 2010/06/15 11:41
 こちらの世界に来て、三日になる。
 この三日間で自分の力を大体把握した。
 万能はもちろんだが、指を振るだけで全ての出来事を操れる力。素晴らしい。
 ……素晴らしいんだが。

「……飽きた」

『ええ!?』

 こんなん、カッコよくない! つーか地味!
 もっとさ、ビカビカ光って、バーンとなって、ドーンみたいなのあるだろう!?

『い、意味が良くわかりませんが……とにかく、地味だと?』

「地味もいいところだ。……魔法技術体系作るか」

 と、言うことで、オリジナルの魔法技術体系を一晩かけて創りました。
 『円陣(基盤)』の中に『点(魔力)』を配置し、『線(回路)』を引いて『星(術式)』にして、魔方陣という形で魔法を発現する『俺の魔法』……もとい、【星法陣魔法】。
 黒聖杯には不評だが、メインはこっちを使わせてもらう。
 指を振って奇跡を起こすのも、即効的で便利なのは認めるので使うけどね。

「さて、大体の準備は整ったので……行ってみますか」

『早速パンゲアに向かいますか?』

「や、そっちじゃなく」

 東京近郊の情報誌を読み漁って、ちょっと気になる地名を発見した。
 『○○県海鳴市』。
 ……スイーツのおいしい喫茶店として『翠屋』という喫茶店が紹介されていた。
 ここのシュークリームが美味いらしい。
 甘味好きとしてはぜひ行ってみたい。
 金の心配はしなくてもいいしな。

『……確かに、おいしそうではあるんですよね……私は食べられませんが?』

「うらやましいだろう? ……いや、謝るから、地味に体当たりするな」

 後、人前で宙に浮かない!
 人に見られて大騒ぎされたくないのです、俺は。

 
 さて、この世界について三日経ったと言ったが、その間、俺はこの世界のことについて調べていた。
 『ありとあらゆる全ての可能性を内包した世界』への移動を頼んだわけだが、実際に何があるのか調べてみないと、俺の住んでいた世界のように、BRプログラムがある可能性だってある。

 まずは現在の日付。
 2008年4月。俺の住んでいたところと、なんら変わらない。

 続いて、世界情勢。
 俺のいた世界は、日本政府が瓦解し、アメリカに保護されていた。
 植民地というほどひどくはないが、日本人が虐待されることなんてざらにあった。
 模範的な青少年の選別、なんて理由で、子供同士を殺し合わせるBRプログラムなんてものもあった。
 だが、この世界では日本はちゃんと国として権力を持っており、先進国のひとつとして世界に貢献していた。
 ……流石に、子供が殺しあうような無茶な法案はないようだ。


 もちろん、これは表の話。

 裏の世界は、ちょっと困ったことがあった。

『しかし、この世界では魔術が普通にあるんですね』

「一応隠匿はされているようだけどな。……魔術協会ねぇ?」

 秘密結社というものだろうか。
 とにかく、そういったオカルト組織があるらしい。
 いんちきかと思ったが、どうも本当に魔術の基盤は確立されていて、英国、エジプト、北欧にその魔術教会があるらしい。
 その魔術を行使するものたちは魔術師と呼ばれ、『魔法』を目指して日々、研鑽しているらしい。
 ……なお、この知識は、ある一人の魔術師から教えてもらった。



 ◆◆◆◆◆◆


 話は、昨日に戻る。
 星法陣を完成させる前に、『力』を使って瞬間移動を行使。
 だが、到着場所のイメージが定まってなかったため、知らない場所に飛ばされてしまったようで。

「……誰が進入してきたと思えば……まだまだ若造ではないか」

 到着した先は薄暗い部屋の中。多数の小さい気配の中から、しわがれた声を発した一人の老人。
 顔に無数の皺を刻み、杖をついて近寄ってくる、その老人に、死の危険を感じ取った。
 ……まるで、銃を突きつけられているような。
 
「ふむ……小僧、どうやってここに入ってきおった?」

 暗い部屋に目が慣れてくれば、多数の気配の正体がわかる。
 ……蟲、なんだろうか?
 蛭にも似た、灰色の小さい生き物が、老人の足元でうごめいている。
 ぱっと見、陰茎にも見えて、かなり怖い。

「見るからに魔力の持ちすぎじゃなぁ。……どれ、その魔力。わしに食らわせてみんか?」

 多分、笑ったんだと思われるその老人は、何も持ってない左手を俺にかざす。
 死の危険がさらに増した。

 ……だというのに、俺は必死にあるものに耐えていた。
 臭いだ。
 腐臭と死臭と蟲の臭い。
 特に、蟲の臭いがひどい。
 俺が子供の頃、体中を蟻に集られるという事件があった。
 アイスをこぼしたまま、地面で昼寝してしまった自分が悪いんだが。
 おかげで、蟲に対して一方的な敵意を持っている。
 もちろん、益虫という存在もいるので、全ての蟲を絶滅させるという暴挙は行っていないが。

 その臭いに混じって、部屋から漂う腐臭や死臭。
 そして、老人から漂う加齢臭。
 痙攣する胃と麻痺しそうな鼻腔に……正直に言おう。
 我慢の限界だと。

「……とりあえず、部屋の浄化をさせてもらうからな?」

「何じゃと……!」

 断りを入れ、部屋の空気を『力』で浄化する。
 腐臭も死臭も消え、清浄化していく部屋の空気。
 あ、蟲の臭いもだいぶ薄れた。
 あと、加齢臭も何とかしたい。
 臭いものには蓋をしろというが、壷に入れて蓋をするわけにもなぁ……
 それなら、若返らせればいいじゃない。
 これぞ、根本的な解決方法。
 そうと決まれば、早速。

「えい」

「ふ、ふぉぉぉぉぉぉ!?」

 指を老人に向け、彼の時間を『力』を使って巻き戻す。
 苦痛なのか、気持ちいいのかなんともいえない声を上げる爺様。
 彼の体が、一番調子のよかった時まで戻せば、この加齢臭もなくなるだろう。
 ……しかし、200年ほど巻き戻っているような?
 何年生きてるんだよ、この妖怪爺。
 しばらくして、彼の周りでゆがんでいた空間が止まり、

「……く、一体なにをしたんだい? 身体が何か……軽いような?」

 その場には、さわやかな好青年がうずくまっていた。
 ……あれ? あなた本当にさっきのおじいさんですか?
 身長はさっきよりも1.3倍ほど高く、優男風味だが真面目そうな印象を持つ青年が、自分の体を見下ろしていた。
 年を取る間に、何があったんだか。
 彼は自分の体を確認した後、ふさふさの髪をひとしきりなで上げ、歓喜の表情を浮かべた。

「……僕の体が……若返っている!? 凄い! この肌の張り、スリムな肉体、そして、懐かしい髪の感触……ああ、若かりし頃の僕の姿だ!!」

 口調まで変わってる。
 ちょっとやりすぎた感じが否めない。
 あと、自分の体を抱きしめて恍惚の表情を浮かべないでください。
 ナルシストかあんた。

「ありがとう!! 見知らぬ少年!! 僕の願いを叶えてくれるなんて!! 是非君にお礼がしたい」

 ……あれ?
 俺の初仕事、相手は蟲お爺ちゃんなの……?

『おめでとうございます、マスター! 初仕事達成ですね!』

「納得いかねー……」

 何かひどく釈然としないものが心に残ってしまいました。
 おかしいな。虫とは相性悪いはずなんだが……



「……そうか。君はその黒き聖杯を用いて旅をする魔法使いだと言うのだね?」

 今までいた場所は彼の家の地下室だったそうで、そこから彼に連れられてリビングへ移動。
 お茶を出してもらって、互いに自己紹介。
 彼の名は間桐 臓硯。以前はマキリ=ゾォルケンといって、日本に帰化した際に似たような名前に改名したそうだ。
 そして、蟲を使う魔術師だそうだ。

 この世界には、魔術がある。
 彼はその祖、『宝石の翁』が提唱した神秘を行使する魔術師の一人。
 臓硯さんから話を聞いて、その魔術についての基礎を教えてもらう。
 ……その際、魔術回路の生成を試してみたんだが。

『……だめですね。マスターの『力』ではこの魔術を使用することはできません』

 とのこと。
 俺の力の特性として、『他人の創作した力を使用することはできない』という条件がある。
 最初に試したように、ゲームやアニメ、漫画のような術式、魔法、技術は使えないらしい。
 もちろん、星法陣を使えば、似たような効果を生み出すことはできるから、別に悪いというわけではないが……
 
 そして、俺の素性を、簡単に臓硯さんに話したわけだ。
 結果として、俺は彼から、『魔法使い』として認識されてしまった。
 彼ら『魔術師』からすれば、『魔法使い』は特別な存在で、目標だそうだ。
 魔術師が使う『魔術』は、時間をかければ、一般人でも出せる結果を術式で行使する技術。
 魔法使いが使う『魔法』は、どんなに時間をかけても、人間では絶対に出せない結果を行使する奇跡。
 よって、魔術師は魔法を目指し、日々研鑽を続けている。
 彼も、そんな一人。

「不法侵入はお詫びします。……後、あの蟲っぽいものは近づけないでください。いや、ホントに」

「むう、そこまで毛嫌いしなくともいいのに……まあ、ユスティーツァにも不評だったし、仕方ないか……」

 どうも、肉体だけでなく、魂まで若返ってしまったらしく、本気で優しい青年になってしまった臓硯さん。
 ……初見の気味悪さから、一転して、だいぶ話しやすくなった。
 苦笑いを浮かべ、手元のお茶をすする姿には、さっきの妖怪爺の面影がまったくない。
 本当に何があったんだか……彼の歴史を聞いてみたいが、200年分なんて聞いてられないので無視することに。
 蟲だけに。

「ところで、君はこれからどうするつもりだい?」

 どうするもこうするも、まずは行動拠点の確保しないと。
 いつまでもホテル暮らしじゃ、流石に落ち着かないし。

「君さえよかったら、この家に住んでくれてもいいんだよ?」

 それは嫌(即答)
 ……ああ、そんな苦い顔しないでください臓硯さん。
 俺は蟲とは相性悪いんです。トラウマ『蟲』持ちなんです。CP-15くらいもらってるんです。ガープス的に。
 ……BRプログラムが山の中で行われていたら、確実に死んでたと確信できる。
 虫への過剰な警戒とそれによる寝不足と、寝不足による注意力散漫で。
 開催場所が街中で、本当によかった……

 まあ、それは関係ないとして。

 彼は渋い顔しながら、思案を続ける。

「しかし、君への恩返しをしなければいけない……そうだ」

 と、何かいい案を思いついたようだ。
 
「孫娘の桜をもらってくれないか?」

 ……この人はいったい何を言い出すのだろう?
 てか、孫がいたのか。
 ニコニコ笑顔の臓硯さんは、

「次の聖杯戦争用に仕込んでた孫娘だけどね、僕が若返ったなら、僕自身が参加できる。わざわざ危険な橋も渡らなくてすむが、そうすると桜をどうしようかと思ってね。手駒として使うのもいいが、ここは君にあげるのも手だね。恩返しにもなる。実にいい手だ。どうだい? 胸も大きくて可愛い娘だよ?」

 すごい勢いで自分の孫娘をアピールし始めた。
 まあ、胸の大きさは素敵だが、ちょっとまて。

「……聖杯戦争って、何ですか?」

「ああ、君は知らないんだったね。聖杯戦争って言うのは、魔法に至るための儀式さ」

 詳しく話を聞くと、一般的には、聖杯を手に入れるための魔術師同士の殺し合いだそうだ。
 元々は彼、遠坂、アインツベルンの三人が協力して作り出した儀式だが、手に入る聖杯は一つだけ。
 その儀式の最中に欲を出してしまった彼が、三人の協力を乱し、儀式は失敗に終わってしまった。

「……今にして思えば、若気の至り……いや、愚かな事をしたものだよ」

 以降、この『冬木』の地で、その儀式は続いてきた。
 聖杯を手に入れるため、失われた『魔法』を甦らせるため、世界の調和を目指すため。
 少なくとも、彼は世界のために行動してきたそうだ。
 ……この200余年あまりは、自分の体の崩壊や、老化による魂の腐食で『若返ること』を重点的に考えていたそうだが。
 
「そのために、僕の血族をだいぶ傷つけてしまった。……慎二には魔術回路を受け継がせてやれず、桜には非人道的な行いをしてしまった」

 その為、彼は孫娘に幸せになってもらいたいそうだ。
 ……で、俺に嫁がせたいと。
 どちらにしろ、孫を物扱いしてる時点で駄目だと思うんだが。手駒がどうとか、仕込むとか。
 
「とにかく、一度会ってみるといい。今日は家にいるから、今呼んでくるよ」

「は!? ちょっと待ってくださ……行っちゃった」

 軽い足取りで階段を上がる臓硯さん。
 若い体がそこまでお気に入りとは……スキップまでしだした。
 ともかく。

『どうするんですか、マスター? 彼の言うとおり、桜さんとやらを嫁にもらうつもりですか?』

「流石にそれはなぁ……大体、本人の意思を確認しないと」

 俺や臓硯さんだけで決めても仕方がないと思う。
 第一、俺は今、根無し草。
 戸籍すらない状態で、嫁をもらうとかおかしいから。

「さて……どうしようか」

 いや、本当に。


<sakura>


 せっかくの日曜日。先輩の家に遊びに行こうとしたところを、兄さんに似た人に止められた。
 話を聞くと……どうも、その人は、お爺様らしい。
 ありえない。なにを言っているんだろう?
 間桐の人間はどうしてこう……逝っちゃった人ばかりなんだろうか?
 しばらく部屋にいろと言われ、しばらくすると、その自称お爺様が入ってきた。

「喜べ、桜。お前の嫁ぎ先が決まったよ」

 ……この人は何を言っているんだろう? 私には先輩がいるのに。
 どうも、お爺様を若返らせた魔法使いの嫁に私がなるらしい。

 余計なことを。

 自称お爺様がニコニコと笑顔でいるのが気持ち悪い。
 ……まあ、善意で言っているのはわかる。
 以前の、優しかった兄さんと同じ、笑顔。
 私を連れて、階段を下りる前に、お爺様は謝りだした。

「お前には、今まで辛い思いをさせてきたからね。罪滅ぼし……とまでは言わないけど、彼の元なら、幸せに暮らせると思うよ」

 ……本当に、いきなり何を言い出すんだろう?

 幼少の頃から、この家にはいい思い出はない。
 この家に連れてこられて、最初に、蠢く蟲の中に放り投げられた。
 体中を蟲が這い回り、体の中にまで蟲が入ってきて……
 私は、幼少の頃に、汚れてしまった。
 今の私に、キレイな所なんてどこにもない。
 そして、それを実行したのは、目の前にいるお爺様だ。
 
 ……何が、罪滅ぼしだ。
 罪滅ぼしだというのなら、元の、私の姿を、返してほしい。

「ああ、更科君。これが僕の孫の桜だよ。桜、彼に挨拶なさい」

 リビングのソファーに座っていた男の人が顔を上げる。
 私と同年代のようで、デニムのジャケットとパンツに身を包んだ、私と同じぐらいの背丈の男の子。
 更科と呼ばれた彼は、私に視線を向け……一度、視線を下げ、再び私と目を合わせた。
 ……彼も、男の人なんだ。

「……はじめまして、間桐 桜です」

 できるだけ嫌悪感を表に出さないように、冷静を装って頭を下げる。
 なのに、彼は苦笑い。

「あ~……ごめんね? 嫌な思いをさせちゃって」

 彼は、私の胸を凝視してしまったことを素直に詫びてくれた。
 ……お爺様の知り合いにしては、悪い人ではなさそうだ。

「はじめまして桜ちゃん。更科 十夜という……魔法使いさんだよ」

 改めて笑顔を浮かべる彼は、そういって右手を差し出してきた。
 おずおずと、その握手に応じる。
 
「どうかな? 君のお眼鏡に適いそうかな? 孫の桜は」

 お爺様は本気で私を嫁に出すつもりらしい。
 ……おそらく、お爺様にとって、私は邪魔になったのかもしれない。

「いや、臓硯さん? 俺、まだ桜ちゃんを娶るといったつもりないんですが」

「む? 桜のどこが気に入らないのかな? こんなに柔らかい胸に、長年調教してきたから、従順で大人しい子なのに」

 ……初めて会う人に、何を言い出すのか。
 本当に、死んでしまえばいいのに。

「マテや。……胸の柔らかさ云々は素晴らしいものがあるけどな? 調教って何してやがる」

 胸はいいんですか?
 とにかく、更科さんは真剣な顔でお爺様に問い詰め始める。
 
「言っただろう? 聖杯戦争のために、仕込んだと。……何、性魔術も交えた肉体改造だよ。桜は養子でね、間桐の魔術との属性は合わなかったんだよ」

 その為の、調教。
 ……私は、その為の、道具に過ぎなかった。

「……人殺しの俺が言うのもなんだけど、碌な事してないな、魔術師って奴は……」

 顔を歪め、嫌悪感をあらわにする更科さん。
 彼も魔術に身をおくのなら、これくらいはよくある事だと知っているんではないのか?

「ああ。君は魔術師から成った者ではなかったね。だが、魔法という神秘を得るためには、多少の犠牲はつきものだよ。等価交換という奴だ」

「……それ持ち出されたら、反論できないじゃないか」

 魔術の為の犠牲に納得できなくとも、等価交換という法則には、理解せざるを得ないらしい。
 彼はしばらく目をつぶり、

「……仕方ない。彼女を引き受けよう」

 と、諦めたように答えてしまった。
 ……今度は、私の人生まで、他人の手に委ねられてしまった。
 本当に、どうしたらいいんだろう。

「おお、良かったね、桜」

「……はい」

 まったく良くはない。うれしいことは何もない。
 私は、とうとう、自分の自由も与えられず、見知らぬ人の物になってしまう。

「そのかわり、条件を提示するが、構わないか?」

「条件?」

「まずひとつ。今後、彼女の人生に、一切の干渉をしないこと」

 ……え?

「さらに、彼女に理不尽な要求、危害を加えないこと」

 ……ええ?

「この二つが条件。……彼女は俺が引き受けるんだから、それくらいは構わないよな?」

「……まあ、そうだね。条件を飲むとしよう」

 お爺様がその条件を承諾した。
 ……これって、私が、間桐の家から開放されたってこと?

「よし。……じゃあ、桜ちゃん?」

 更科さんは、私を見据えて、こともなげに言った。

「君はどうしたい? 君の願いを叶えてあげよう」

 私の願いを叶えてくれると。
 ……その、願いが、叶うのならば。


「……私の人生を、私のキレイな体を……『遠坂 桜』を、返してください!」


 それを、願った。


 ◇◇◇◇◇◇

 必死な表情の桜ちゃん。
 それが、君の願いだというのなら。

「いいよ。叶えてあげよう。……黒聖杯?」

『そうですね。プランとしては、改造される前まで肉体を若返らせれば良いかと』

 一応、それで願いは叶った形にはなるか。
 じゃあ、早速。

「え? そ、それじゃあ、私、5歳からやり直し……ですか?」

「え? 駄目?」

「だ、駄目です! 5歳じゃ……先輩が振り向いてくれないじゃないですか!」

 ……先輩?
 え、なに? 桜ちゃんってば、好きな人居たの?

「……臓硯さん?」

「むぅ……確かに、桜にはその、衛宮とかいう少年の監視を任せていたが……まさか、篭絡されていたとわ」

 いや、完全に片思いだろ?
 ……けど、確かになぁ。

「その先輩とやらがロリコンでペドフェリアじゃないと振り向いてくれないよな。うん」

「……そんな先輩、私が嫌です……」

 うん、俺も仲良くはしたくないよ。
 じゃあ、どうしようかなぁ?

「よし、一度体は改造前まで戻して、桜ちゃんの魂の年齢まで成長させる。その際、間桐家に引き取られなかった場合を想定し、『遠坂 桜』のままで急成長させる感じだな」

 これなら、願いは叶えられる。

「しかし、それだと、君には何もメリットはないだろう? 桜を遠坂に返すとなると、僕も君には恩を返せたとは思えない」

「別に、恩を感じる必要はないですよ」

 大体、臓硯さんの願いを叶えたのは、偶然に等しいし。
 それに、

「それでも心苦しいなら、これ以上、桜ちゃんに干渉しないでください。……それで、等価交換にしましょう」

 これ以上、彼女が苦しい思いをするのは、俺も嫌だしね。

「……わかった。条件を飲むといったのは僕だ。……桜。これからは、お前の好きにしなさい。僕は、これ以上、お前に干渉をしない」

「お爺様……」

「その代わり、聖杯戦争で出会ったら……容赦はしないよ? 僕は、聖杯を手に入れなければならないからね?」

「……はい」

 ……まあ、そこは俺の干渉する領域じゃないから、ほっとくか。
 正直、その聖杯戦争には、関りあいたくないし。
 
 魔術師同士といえ、バトルロイヤルなら、プログラムを思い出してしまいそうで。

「……じゃあ、始めよう。黒聖杯、サポートをよろしく」

『はい。マスター。因果律に干渉を開始。対象『間桐 桜』。肉体時間引き戻し開始』

 桜ちゃんの周りの空間が歪みだし、彼女の姿が縮んでいく。
 作業開始から、俺の中から『力』が抜け出て、彼女の体に干渉される。
 その姿が、着ていた服に隠れて、幼女の体になった瞬間。

「次、成長開始」

『肉体成長開始。因果律に干渉。対象『遠坂 桜』」

 今度は、縮んだ姿が大きくなっていく。
 服の襟から顔を出した彼女の髪が、藤色から黒に変わっている。
 正しく、彼女本来の髪だ。
 ほかの部分は、なんら変わりない……
 はずだったんだけど。

『干渉終了』

 黒聖杯の声で、元の身長に戻った桜ちゃん。
 彼女が、閉じていた目を開け、自分の体を確認すると。

「「あ」」

「……そういえば、遠坂の現当主も、そんなに大きくはなかったね」

 何が起こったかといえば、彼女の服の端から、ある物が覗いている。
 ……ブラジャーだ。
 
「え、なに? 彼女の大きさは、調教の結果だというのか、あんた?」

「まあ、多分ね? それに、幼少から性行為を行っていれば、その為の成長ホルモンも多く分泌され、あの大きさになったのかも」

「詳しく説明しないでください! ううぅ」

 涙目で蹲る桜ちゃんに萌えてしまった俺は、間違いじゃないはずだ。
 うん。


 

 回想終了すると、こんなことが昨日あった。
 ちなみに桜ちゃんだが、その後、遠坂の当主の所に身を寄せて、遠坂の家で暮らすそうだ。
 そこら辺の戸籍の移動は臓硯さんがやってくれるそうだ。
 
 本人、最後にボソッと「ああ、桜を僕の嫁にしても良かったな。この体なら、桜を満足させられるだろうし」とか言い出したので、ぶん殴っておいたが、多分間違いじゃない。
 
 とにかく、これで、俺の初仕事は終わった。

『いえ、マスターの初仕事は蟲お爺ちゃn』

 俺の初仕事の相手は桜ちゃんなの!!
 余計なことを言うな、黒聖杯!

 さて改めて、海鳴市に行ってみるか。
 シュークリームが、俺を待っている!


<4月×日 多分晴れ>
 初めての転送事故。間桐家の地下室に転送し、蟲お爺ちゃんを爽やか好青年に若返らせる。
 孫娘の桜ちゃんをもらって欲しいと言われ、しぶしぶ承諾。
 その後、彼女の願いをかなえて、遠坂家に放流。
 まさしくキャッチアンドリリース。
 願いが叶った後の桜ちゃんには、先輩(衛宮とかいったか?)攻略をがんばってほしいところ。胸のサイズは縮んだが、それでも大きいことには変わりないし。
 恋愛の願いを叶える訳にはいかないしね。
 ……ちょっと惜しかったかな。あんな可愛いお嫁さんは。
 あと、俺の初仕事の相手は桜ちゃん。←重要

 所得スキル:星法陣魔法
 
 現在位置:海鳴市・駅前ビジネスホテル。






 
※前回に比べて、いろいろと甘くなってるような気がする。
まあ、元々甘かったし、いいか……なぁ?
ちょっと不安を抱えつつな作者でした。




[19350] 三話【流れが変われば、関係も変わってくるもの。言い訳もういい?】
Name: 月桐 琴◆e986ae72 ID:0269cd8e
Date: 2010/06/15 11:45
 さて、海鳴市に到着して、一泊した後、朝から向かったのは喫茶店『翠屋』。
 例のシュークリームは昼にも完売してしまうこともあるので、朝一で出かけることに。
 開店時間直後に店に入り、眼鏡でおさげの店員さんにシュークリームとカフェオレを注文。
 しばらく後、店員さんが持ってきたシュークリームをほおばる。
 ……テラうまー。
 元の世界じゃこんな美味いもの食えなかったのに、なんだこの世界。
 移動出来て良かった。

「ふふふ。お前に食べさせられないのが残念だよ、黒聖杯。……至福のスイーツだ……」

『……別に、いいですけどね。無機物ですし』

 や、ごめん。拗ねなくても。
 本体を救出した後、ちゃんと食べに連れて来てあげるさ。

 ところで、何度も言っている様に、俺は中学生の頃に殺し合いを体験した。
 クラスメイト30人でのバトルロイヤル。問答無用のデスゲーム。
 殺し殺され、生き延びた俺だけど、その三日間であるスキルを手に入れた。
 スキルといっても、そんなにたいしたものじゃない。
 周りの気配を読み取る程度の能力だ。
 三日間、周りの物音に集中しっぱなしだったからかな? 誰がどこにいて、何をしているか、または、何をしようとしているかがなんとなく分かるようになってきた。
 仕事現場で結構重宝した能力で、今ではほとんど高確率で気配が分かる。
 ……何が言いたいかと言えば。

「……俺、なんで店長さんに睨まれてんだ?」

『さっきのウェイトレスさんに色目でも使いましたか?』

「んなことしてねぇ。……あれ、殺す気の視線だぞ」

 俺が座っているボックス席からは見えない位置にあるカウンター。
 そこに居る男性から、ものすごい警戒されている。
 ちょっと様子を伺おうとしても、俺の死角に入ってこちらを覗いている。
 ……え、なにこれ、こわい。
 本当に俺何やった?

「……今度は、ウェイトレスさんまで睨みだしたぞ。本当になんだこれ?」

『やはり、色目ですかね?』

「お前な……」

 シュークリームで癒されて、視線でストレス溜まって……何この悪循環。
 正直、生きた心地がしないんだが。
 あまりにも神経がガリガリと磨り減っていくので、ウェイトレスさんを呼び出して事情を聞くことにしよう。
 
「あの「なんですか?」……早ぇ」

 眼鏡の店員さんを呼ぶつもりだったのに、振り返った瞬間に、店長さん(と思われる男性)が俺の傍によって来た。
 早すぎる。近づく気配がまったく読めなかった。
 ……殺される。

「……あ、あの。何で俺を睨んでるんです?」

 だが、彼は、にっこりと微笑んで。

「いや、このあたりでは見かけない顔だと思ってね?」

 しかし、笑顔の裏では、絶対殺す気配がビシバシと俺に向けられている。
 やっぱり殺される!?

「お、俺が何をしたって言うんですか? 何でこんなに殺気当てられなきゃならないんです!?」

 殺し合いを経験した俺だが、殺し合いが好きなわけではない。
 むしろ、喧嘩自体嫌いだ。
 ……もちろん、自分の不利益になるような事柄には、全力で戦うが。
 
「……君から、殺人者の臭いがする……そう言えば、いいかな?」

「……あ、そう、ですか」

 それは心当たりがある。
 さっきまで飽きるほど言っていたし。
 実質、俺があのプログラムで殺したクラスメイトは8人。
 男子が3人、女子が5人。
 ……けど、それって、向こうの世界の時間で15年も前の話だ。
 よくわかったと賞賛したい。

 その前に、この体に悪そうな殺気を止めてもらいたいんだけど。

「確かに、俺は人殺しです。……けど、あなたには関係のない話だ」

「確かにそうだが、この町で、そんな真似をされるわけにもいかない」

 その言葉に、瞬間的に頭が沸騰した。

「俺だって、好きで殺したんじゃない!」

 立ち上がり、彼に視線を合わす。
 ……店長さん、背丈高いなぁ……普通に見上げる格好になり、首が痛いんですけど。
 男で150cm代は辛いなぁ……
 背丈の違いに沸騰した頭が、すぐに冷めた。
 お、脅えてる訳じゃないんだからね!
 
「……大声出してすみません」

「いや、こちらこそすまない」

 店長さんはそう謝罪を入れて、俺の向かい側に座った。
 ……何で?

「もし、言い訳があるのなら聞こう。……君の、事情をね?」

 言い訳……そうだな。
 俺の世界の話は、こちらの世界では不確かな情報でしかない。
 こちらの世界では、日本政府はいまだ健在で……BR法なんて、ない世界なんだから。
 言い訳にしかならないが。

「ちょっとだけ、愚痴らせてもらいますね?」

「ああ、聞こうか」

 殺気は緩んだものの、警戒を解かないその店長さんに、俺の過去を話してみることにした。


<sirou・T>

 彼の話は、実に一時間にも及んだ。
 朝の暇な時間だったので助かったが、彼の話は……凄惨の一言に尽きる。

「まあ、平行世界なんて、信じられないかもしれませんけどね?」

 そう締めくくった彼だが、残念ながら、僕には彼の話は信じるに足ることだ。
 なにしろ、娘が一人、異世界に住んでいるのだから。

「いや、君の話を信用しよう」

「……へ?」

 彼への警戒を解き、目を丸くするその顔を見つめる。
 僕が信じたのは、彼にとって予想外だったようだ。

「実は僕にもね、異世界に行って仕事をしている娘が居るんだ。だからかな? 平行世界と言われても、別段不思議とは思えない。それに」

「……それに?」

「君は、嘘をつくような人には見えないからね」

 僕も、人を見る目はあるほうだと自負している。
 彼は、人を殺すことを良しとするような人間じゃない。
 それだけは、この一時間でも、十分わかった。
 ……人を殺して、15年もの間、その事実を忘れず、生きてきたような子だ。
 悪い人間ではないはずだ。
 ……まあ、彼の容姿で恭也より年上だという事実には驚いたが。
 
「……俺だって、嘘くらいはつきますよ」

「でも、悪い嘘はつかないだろう?」

「……さて、ね?」

 本当の嘘つきは、自分が嘘をつくなんていわないものだよ、十夜君。


◇◇◇◇◇◇

 何とか殺気は消してくれた、高町 士郎さん年齢不詳でした。
 話をする前に名前を教えてくれた。
 ……なんでも、彼は元ボディーガードの人らしく、実践剣術を嗜んでいるそうだ。
 でも、殺気を解るレベルで出してくる剣士って、絶対嗜むなんてレベルじゃないよね?

「まあ、そういう事情なら、僕が悪かったね。謝っておくよ。すまなかった」

「別に、いいですよ」

 まさか、解ってもらえるとは思ってなかったし。
 ……なお、眼鏡おさげのウェイトレスさんは士郎さんの娘さんで、高町 美由希さん。
 彼女も、士郎さんと同じ流派で、なかなかの腕だそうだ。
 ……ようやく納得した。
 そりゃ、そんな上級剣士二人に睨まれたら、神経削れるわ。

「じゃあ、そろそろ出ますね?」

「ああ……迷惑をかけたお詫びに、この伝票はもらっておこう」

 ……つまり、奢ってくれると。
 ラッキー。神経削れたのはともかく、奢りは大好きだ。
 ゴチになります。

「また、懲りずに遊びに来てくれるとうれしい」

 シュークリームは気に入ったので、是非来ます。
 そう断言して、店の外に出る。
 美由希さんのほうも「さっきは睨んじゃってごめんなさい」と謝ってもらったので、好感度は急上昇だ。
 ……拠点、この町で決まりかな?
 住む場所の候補地には上げておこう。


 早速、不動産屋に入って物件をチラ見。
 そこそこいい物件があるので、本当にここで決めてしまおうか?
 首都圏に近いし、町としても都市レベルで開けているし。
 住むにはよさそうな町だ。

『しかし、マスターにあんな過去があったとは……どうして教えてくれなかったんです?』

「聞かれなかったから」

 昔の話は、できるだけ話したくない。
 俺という存在が構築されたのは、確かにその過去のおかげではあるのだが、確実に俺の精神にダメージを与える。
 黒歴史といっても過言じゃない。
 そんなもの、簡単に人に話せるか。

『それでも、私には教えてほしかったです。……私は、マスターのパートナーですから』

「……そりゃ、悪かった」

 パートナーねぇ?
 そんなに、たいそうな物じゃないはずなんだが……
 さて。

「そろそろホテルに戻るか」

『そうですね……! マスター!』

 なんだよ、藪から棒に大声なんぞ出しおって……て、

「くるま!?」

 目の前に唐突に現れたワンボックスに、衝突した俺でした。まる。





「……!! 何よあんたたt……」

「……アリs…んん!?」

「…! ……!? ……」

「うわ!! 人が轢かれた! 逃げたぞ! ひき逃げか!?」

「女の子二人連れて行ったぞ!! 誘拐だ!!」

「だ、大丈夫ですか? きゅ、救急車……」



「いえ! 必要ありませんから!」

「「「ひぃ!!」」」

 ……皆して引くなんて酷い。
 ちょっと人より頑丈になっただけなのに。

『いえ、そんな血だらけで答えられても説得力がありませんよ?』

 まあ、少し血を流しすぎたのは認める。
 でも、お前が教えてくれたから、体の強化が間に合った。
 ありがとう。

『そ、それは、私はあなたのパートな「で? 轢き逃げの上、誘拐だって?」……はい』

 なんか、黒聖杯の台詞にかぶせてしまったが、まあいいか。
 少し、彼女の声が拗ねているができるだけ気にしない。

『金髪でショートの女の子と黒髪でロングの女の子の二人を連れて行きました。とりあえず、追跡はしています……どうしますか? マスター?』

 そりゃ、もちろん。

「人の平穏、いきなりぶち壊してくれた礼だけはしておかないとなぁ」

 それに、この町は好きになりかけていたんだ。
 そんなところで、誘拐事件なんぞ見過ごしてたまるか。
 黒聖杯のナビゲートを頼りに、ワンボックスを追跡する。
 さあ、お仕置きの時間だ。


<arisa>

 この町の郊外には、廃ビルがいくつか存在する。
 不良の溜まり場になったり、怪しい取引の現場になったりしているため、家の会社が主体となって再開発計画を立ち上げてはいる。
 ……そんな廃ビルに、私と友人の月村 すずかは、誘拐されて連れてこられた。
 子供の頃にも、何度か誘拐未遂にあったことはあるけど……なんでこうも誘拐に縁があるのかな、私……

「アリサちゃん……」

 不安げに私の名前を呼ぶすずか。
 今回はすずかも巻き込んでしまった。
 大学からの帰りで、一緒に帰ってたんだけど……また、パパがらみなんだろうなぁ……
 すずかには悪いことしたかも。
 手足は縛られているけど、口は動くのだから、とりあえず、目の前の男たちに、聞いてみることにする。
 彼らの狙いを。

「それで? あんたたちは私に何の用なの? パパへの嫌がらせ?」

 私の言葉に、六人の中の、少し太り気味の男が薄気味悪い笑い声を上げる。
 彼は、右手の杖をついて、一歩前へ出た……?
 あの杖、どっかで見たことあるような……ああ、そうだ。
 たしか、なのは達が行っている異世界の魔導師が使う、デバイスとそっくりだ。
 ……あれ? デバイス?

「嫌がらせはあっているけどね……君のパパではなく、君たちの友人に対してだよ。……高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて……知っているね?」

 ……ちょっとちょっと! こいつら、なのは達の敵!?
 こっちの世界まで来て、魔法使いでもない私たちを狙ったってこと!?
 男は、いやらしい笑みを浮かべて私たちの体を見つめる。
 ……この先の展開が読めた気がする。
 はやてが持ってた同人誌のようなこと、本気でするつもりだ。

「正直ね、彼女たちに辛酸をなめさせられた者は多いんだよ。……少し調べさせてもらったが、この管理外世界に大切な友人がいるそうじゃないか。その友人が酷い目に会ったら……彼女たちはどんな顔をするだろうね?」

 ……これは、まずいかも。
 すずかは一応能力を使うつもりでいるみたいだけど、魔法に対してどれだけ動けるか。
 バインドだっけ? あれ使われたら、私たちに抵抗するすべはない。
 うう、恨むわよなのは。こういう連中はしっかりと捕まえておきなさい!!

「じゃあ、お楽しみの時間だ。存分に鳴いてくれたまえ」

 男が私たちに近寄ってくる。……私たちを連れてきた、他の男もだ。
 その中の一人が、私の、前に、立って……?
 私たちを一瞥して、その一人が背中を向けた。
 顔立ちや背丈から、中学生に見える彼は、目に見えるほどの怒気をはらませ、男たちに対峙した。

「な、なんだ! 貴様! どこから入ってきた!」

「あっはっは……普通に入り口から。あんなちゃちな結界、簡単にすり抜けられるわい。……てかよ」

 彼は、悠然と右腕を振りかぶり、

「俺の平穏と平和と、失った血液と、ついでにツンデレっぽい美女と、女神チックなお嬢様を返しやがれ、こん畜生!!」

 男の顔面にその拳を突き刺した……て、ツンデレって何よ!
 初対面でいきなりツンデレ扱いされたのは初めてよ、本気で。
 なんなの、こいつ?


◇◇◇◇◇◇

「【五点星法陣・重金属の剣】さらに【重金属の具足】!! てめぇら三流にゃ、これで十分……くたばれ!!」

 ノリノリで彼女たちをさらった誘拐犯を蹴散らしているうちに解説もこなしてしまおう。
 【五点星法陣】は主に肉体強化、感覚強化に使用する。あと、防御に関する魔法も五点に入る。
 【剣】は筋力と物理攻撃力を上昇。【具足】は脚力とスピードを上昇する。
 さらに、強化系魔法には五段階設定してあり、下から【青銅】、【鉄】、【鋼鉄】、【重金属】、【金剛石】。
 つまり、今回は準最高出力で彼らを殴り飛ばしております。
 腕の一振りが当たっただけで、人間が飛ぶ飛ぶ。面白いくらいに。
 体術スキルの低い俺でこれなんだから、達人レベルの腕でこの強化を施せば……瞬殺?
 
「お、おのれ……なんなのだ貴様は!!」

 む、そう聞かれてしまっては、答えてあげるが世の情け。

「貴様らに名乗る名前はない!!」

『おのれ、ロム=ストール! ……とでも言ってほしいんですか?』

 よく知ってるな? 俺の世界でも、結構古いアニメなのに。
 最後に残った、三流誘拐犯達のリーダーっぽいおデブに、気合を入れてその腹を殴り飛ばす。
 床と平行にかっとんでいって、壁に激突。一発KO。
 ……反抗勢力、鎮圧完了。

「またつまらぬものを切ってしまった」

『切ってはいませんね。素手ですし』

 うん。体術オンリーだしね。
 
「あ、あの……」

 と、おずおずと声をかけてきたのは黒髪の女性。柔らかな瞳と、迫力のある胸部をセーターとワンピースで包んだ大人しそうな人だ。
 ちなみに、隣で……なんか怖い目で睨み付けているのは金髪でショートカットの女性。草色のジャケットとミニスカートに、活動的な印象を受けるが……なんで睨むのさ?

「助けてもらったのは礼を言うけど……あんた、誰?」

「通りすがりの魔法使いだ。……今、拘束を解くから」

 彼女たちの手足を縛っていたロープをはずし、自由の身になってもらう。
 代わりに、誘拐犯たちをロープで縛り上げる。

『あ、そこ、違いますよ? そこで捻って肩のほうに』

「む? そうか……」

 黒聖杯の言葉どおりにしたら、リーダーっぽいおデブが、あっという間にボンレスハムに。
 ただ、面倒なので他の五人は普通に縛り上げる。

「……なんて縛り方してんのよ、あんた」

「ん? なかなか前衛的だと思うが」

「亀甲縛りの何が前衛的よ!?」

 顔を真っ赤にして怒鳴りだす金髪お嬢さん。
 何が悪かったんだろう?

「あの、助けていただいて、ありがとうございます」

 黒髪のお嬢さんのほうが深々と頭を下げた。
 ……正確に、願いを叶えた訳ではないが、お礼を言われるのはうれしい。
 無力だった俺は、こんなことできなかったしな。

「いいよ。本当に通りすがりだし。……大体、こいつらにひき逃げされてるから、その仕返しだし」

「あ、あの時轢かれた人って、あなただったんですか?」

「よく無事だったわね……結構空飛んでたような気がするけど」

『記録は2.4mです』

 うるさいよ、黒聖杯。てか、測ってたのか。
 
「今の声って、デバイスですか?」

 でばいす? なんじゃそれ?
 不思議そうな顔をする黒髪さんに、懐から真っ黒いワイングラスを取り出して見せる。
 ワイングラスこと黒聖杯が、青い宝石をピコピコ光らせ、

『はじめまして。【愚者の聖杯】と申します』

 普通に自己紹介始めた。
 こんなグラスがしゃべりだすと、普通は驚くはずなんだが。

「いろんなデバイスがあるって知ってたけど、グラス型っていうのは初めてね。あ、私、アリサ=バニングスよ」

「月村 すずかです。はじめまして、聖杯さん」

 二人はまったく驚いた様子もなく、自己紹介し返すという暴挙に及んだ。
 ……あ、あれ? 俺がおかしいのか?

「それで? あんたの名前は?」

「へ!? あ、俺は更科 十夜……じゃなくて! ワイングラスが喋ってんだぞ!? おかしいとか思わないか、普通!?」

 最初、本当にびっくりしたんだが。

「あら? デバイスって、喋るものなんでしょ? 友達のデバイスも、口数少ないけど喋ってたし」

 ……ああ、なるほど。
 彼女達にとって、これは常識の範囲内なんだな。
 ……魔術協会といい、この世界って実は怖い?

『一つだけ訂正させてもらいますが、私はそのデバイスというものではありません』

 そこは抗議する所なのか、黒聖杯さんや。

『私は高次元世界【パンゲア】の聖遺物。あなたがたの言っているデバイスというものとは違います』

「……それって、ロストロギアってやつじゃないの?」

「また知らない単語が出てきたな……」

 ロストロギア? 失われた遺物?
 言葉通りなら、黒聖杯はその範疇に入りそうな気もするが。
 とにかく、

「まあ、こいつらは俺が責任もって処分するから、安心してほしい」

「待ちなさい」

 なんですか、いったい?
 こいつらを尋問、拷問して情報抜き出して、魂だけ初期化して警察機関に引き渡す気満々ですが何か?

「それはそれでどうなのよ? あんた、時空管理局の人間じゃないの?」

 はぁ? じくうかんりきょく? 俺が?
 ……俺は、通りすがりの魔法使いだというのに。

「まったく持って違う。大体、なんなんだ、その管理局ってやつは」

「……ひょっとして、なのはちゃんたちとは違う魔法使いなのかな?」

 おいおい。
 こいつらの友達も魔法使いだって言うのか?
 ……けど待てよ?
 この世界の魔法使いって、極端に数少ないはずじゃなかったか?
 3人か4人ぐらいだって、臓硯さん言ってたはずだが……
 
「まあ、詳しいことは、こいつら尋問して聞き出せば済む話か」

「だから、待ちなさいって。詳しく説明するし、そいつらは、しかるべきところに引き渡すから」

 ……まあ、尋問しなくていいなら、そっちの方がいいか。
 金髪……アリサさんの言うことを聞くことにして、携帯電話で誰かと話し出す彼女を見つめる。
 ……やっぱり、ツンデレ臭がする。
 


 そういうわけで、二人に手を出した三流誘拐犯たちは、駆けつけた管理局とやらの人間に引き渡された。
 小耳に挟んだ話だが、彼らは人身売買を行ったこともある指名手配犯で、それらを捕まえた俺にお礼を言ってきた。
 ……もっとも、俺からすれば、ただの仕返しに過ぎないんだが。
 そして、事情聴取として近くのファミリーレストランで、お話している相手が、

「……じゃあ、十夜君は、私たちとは違う魔法使いってことなのかしら?」

「まあ、一応ね?」

 リンディ=ハラオウン総務統括官。
 海鳴市に住んでいる時空管理局員で、その肩書きにふさわしく、高い地位と権力を持っている人らしい。
 自己紹介から、事情聴取の間に話してみた感じでは、しっかりしたお姉さんのようだ。

 で、この時空管理局というものなんだが、異世界の警察機関+軍隊+裁判所らしい。
 ……司法分権って知ってる?
 そんなにまとめたら、裏のほう大分腐ってそうだなぁ……人間的に。
 それで、そこで使われている魔法が、『デバイス』に術式をインプットして、魔力を用いて使うものらしい。
 デバイスは一種の増幅器と演算機。
 術者の魔法のサポートをしてくれるらしい。
 ……こっちの世界の魔術とは、ずいぶん違うもののようだ。

「それで、十夜? ロストロギアを持っているのよね?」

「ロストロギアを? 見せてもらってもいいかしら?」

 ……ここは、言うとおりにしておいたほうがいいか。
 懐から取り出した黒いワイングラス。
 宝石がピコピコ光るのは、どうも感情表現の一種らしい。

『はじめまして。【愚者の聖杯】と言います』

「あら、はじめまして。……これは、デバイス……ではないようね?」

 そうですね。少なくとも、こいつに機械らしいところは微塵も感じられない。
 せいぜいが宝石の点滅程度だ。
 
『高次元世界【パンゲア】の聖遺物です。あなた方のおっしゃる『遺失物』に相当するかもしれません。これでも、人の願いを叶える魔法のアイテムを自負していますので』

「人の願いを?」

 人の願いを叶えるのが好きな、異世界の遺物。
 そして、その世界の王女の魂が入った、(自称)俺のパートナー。
 俺にとっての認識は、その程度なんだが。

「高次元世界……聞いたことがないわね」

『あなたがどの世界の出身者か知りませんが、少なくとも、この世界に私の世界のことを知っているものは少ないと思いますよ?』

「それでも、次元世界なら、管理局のデータベースには残ってるかもしれないわ。……少し問い合わせてみるわね?」

 ……彼女ら管理局とやらからすれば、黒聖杯は未知の世界の未知のアイテム。
 気になりまくりのようだ。
 そんなに危険なものじゃないと思うけどなぁ。

「……人の願いを叶えるロストロギアってね、大概何かしら不利益をこうむるものなの。……十年前のことなんだけど」

 リンディさんが話すに、十年前にもこの海鳴市で、願いを叶えるアイテムが次元世界から落ちてきて、この町で暴れまわったことがあるらしい。
 ジュエルシードと呼ばれているそのロストロギアは、持ち主の願いを叶えてくれる蒼い宝石だった。
 が、

「その願いを、かなり歪曲して叶えるアイテムだったの」

 子猫の『大きくなりたい』という願いを受け、『体長4、5メートルまで大きくした』り。
 とある恋人達の『二人っきりになりたい』という願いを受け、『町を覆いつくさんとする巨木の幹に閉じ込められた』り。
 とにかく、叶え方が雑だったそうだ。

「それに、ジュエルシードの暴走で、次元震が起こる可能性もあった」

「次元震?」

 ようするに、次元世界を繋ぐ『海』で起こる大規模災害のことらしい。
 管理局の業務の一つに、その次元震の察知と阻止があるそうだ。
 ジュエルシードは、使い方によって人工的に次元震を起こすこともできる。
 十年前、そのジュエルシードを使って、次元震を引き起こそうとした犯罪者もいるそうだ。
 何故そうしようとしたのか、目的までは教えてもらえなかったが。

「私たちのお友達が、その事件で魔法少女になったんですよ」

「……まほうしょうじょ? え? あれってなれるものなの?」

「一応ね? 魔法を使う素質……リンカーコアでしたよね? それがあったら、リンディさん達と同じ魔法が使えるようになるんだって。……あの子、その事件に巻き込まれて、その上で自分から飛び込んで行ったんだって」

 ……そりゃまた。

「勇気のある子と評していいのか、無謀だと非難していいのか」

『あなたたちと同年代の人ですよね? それで十年前……9歳でその行動は無謀でしょう』

 9歳か……俺は、普通に小学生してたな。
 施設の先輩と、いろいろ話してた頃だ。将来の夢とか、学校であった出来事とか。
 ……少なくとも、事件に飛び込もうとは思わなかっただろうな。

「でも、彼女は精一杯がんばってね。その事件を解決した、一番の功労者になったのよ」

「……で? あんたたちは後ろで見てただけなのか?」

 そんなわけはないだろうけども。
 と、いうか、

「普通、9歳の子供がそんな事件に飛び込もうとしてたら、止めるのが大人じゃないのか?」

 それなのに、その子を英雄のように持ち上げて……
 なんか、おかしくないか? この人。
 
「でも、彼女の魔法の素質は、目を見張るものがあってね? 私たちも一応は止めたんだけど、彼女も止まらなかったのもあるし」

「で、彼女の意思を尊重するように見せかけて、利用したと」

「……え?」

 多分、リンディさん自身は、そんなこと露にも思ってないだろうけど。
 だろうけど。

 俺には、そう見えてしまう。

 そう、プログラム優勝者と、同じ扱いに、見えてしまう。
 BRプログラムの優勝者は、中学生がクラスメイトを皆殺しにして、生き残った人殺しに与えられる称号だ。
 なのに、周りの大人たちは、それが素晴らしい事のように囃し立てる。

『よくやった』

『おめでとう』

『君こそ、未来の日本をしょって立つ人間だ』

 ……ふざけてろ。
 俺は、殺したくて殺したわけじゃない。
 死にたくなかったから、殺すしかなかった、人殺しだ。

「り、利用って……十夜? なのは……あの子は、自分の意思でその事件に飛び込んで、友達を助けたのよ?」

「あ、友達を助けるって理由があるのか。なら、その餌をちらつかせたと」

「餌……十夜さん。その言い方は酷いです。なのはちゃんは本気で」

 ……これ以上は水掛け論だな。
 正直、俺のほうが大人気ない発言をしてしまったようだ。

「ああ、言い方が悪かった。どうしてもそういう風に聞こえてな。……まあ、黒聖杯には、そんな厄介な願いの叶え方はされてないから、危険ってことはないと思いますよ」

 ついでに話を元に戻しておこう。
 大体、その時空管理局のデータベースとやらに、まったく接点のない黒聖杯のデータが乗ってるはずはないだろう。

「……そうもいかないのよ」

 はずはないのだが、どうも、乗ってたようだ。
 なんであるんだ?

「B級ロストロギア『愚者の聖杯』。管制人格を保有している擬似デバイス。所有者の願いを叶える力を持つ。ただし、願いの叶え方に問題があり、所有者の人格によってはA級の危険性を持つ。発見次第、要確保のこと……本局のデータベースに、過去、一件だけの事例だけど、ロストロギア事件として報告があったわ」

 ……願いの叶え方に問題って……今のところ不具合は何もないけど?

『失敬な。私の願いの叶え方に問題がある? 冗談じゃありません。私は歴代のマスターの願いを完璧にこなしてあげています』

 ……失敬なのか?
 けど、過去の事例として、報告されているのも事実。
 黒聖杯自身は嘘をついてるようには見えないんだが。

「レイ=クルトース。……この名前に覚えはある?」

『……三人ほど前の所有者ですね』

「彼の願いをかなえたのは、あなたよね? 『自分が性交渉をしたい異性と、必ずそれが実行できる』という願いをかなえたのは」

 ……おいおい。
 それって、普通にやばくない?
 黒聖杯の発言に嘘がなければ、そいつどんな女性も思いのままじゃん。
 頼むから嘘であってほしい。
 てか、うらやましい。

『はて? 私が願えた彼の願いは、『女性とエッチなことがしたい』だったはずですが?』

 はぁ!?
 いや、ニュアンス的には間違ってないが。
 完璧……?

『あと、『女性にモテたい』と、『女性を言いなりにしたい』の三つを願われまして……その力を叶えてあげたわけです』

 ……全部一緒くたになってる。
 三つの願いの意味ないって、それ。

「……最低ね。そいつ」

 その意見には大いに同感だアリサさん。
 どんだけ女性とにゃんにゃんしたいんだ。
 呆れ返ってるアリサさんたちを尻目に、リンディさんはさらに続ける。

「その彼、本当に手当たり次第に女性と関係を持って、その内の数人から婦女暴行の罪で訴えられたの。結果、あなたを使った悪辣な犯行として逮捕。その能力を与えた『愚者の聖杯』を、ロストロギアと認定し、要確保遺失物に認定されているわ」

「おいおい……」

 そりゃ、能力を悪用したそいつが悪いんだろがよ。
 黒聖杯に罪はない……よね?
 
『はあ、そうなりましたか……まあ、予想の範囲内ですね。【破滅】の仕方としては』

「まあ、普通はそうなる……おい?」

『はい?』

 ちょっとまて。
 今、聞き捨てならない台詞が聞こえたが?

「【破滅】の仕方ってなんだそれ? ……その説明聞いてないんだが?」

『マスターに言う必要がありませんでしたので』

 それは俺の過去を黙ってた仕返しかこのやろう。
 黒聖杯は宝石をこちらに向け(自動でこっち向いた)、真剣な声色で話しかけてきた。

『安心してください、マスター。マスターは絶対に破滅させはしません。【愚者の聖杯】と、私の真名に誓って。……マスターは、私の願いを聞いてくれているのですから』

 ……ああ、なるほど。
 そういう繋がりになるのか。
 
「あなたの願い? 願いを叶えるアイテムであるあなたに、願い事があるの?」

『ええ。私の願いは、より多くの人々の願いを叶える事。私が使われていた【パンゲア】では、それが当然の事でした』

 昔を懐かしむように、彼女は浪々と語る。
 【パンゲア】では、病に悩む民に健康を施し、争い事に苦しむ民を仲裁して、恋に焦がれる民の背中を押した。
 ……願いのレベルが低いような気がする。
 それじゃ、神様にお祈りするレベルの願いじゃないか。
 【パンゲア】の民に、欲の深いものっていなかったのか?

『【パンゲア】最後の王が永眠した後、【愚者の聖杯】である私も眠りに付きました。人々から、王の重臣、家族から、次に私が目覚めたとき、また民の悩みを聞き、王の補佐をし、皆を幸せにできるように、そう祈られながら私は封印されました」

 【パンゲア】の民のほうが、現在の人類より数段精神レベルが高いんだ。
 だから、お祈りレベルの願い事で事足りる。
 今だったら、奪い合い起きてるぞ。ただでさえ、擬似聖杯で戦争起こすぐらいなのに……

『だというのに、私が封印から解かれ、初めて私を使用したマスターは何を願ったと思います? 『ハーレムが欲しい』ですよ!?』

 ……うわ、なにそれ。
 女性陣も引いてるし。

『そのマスターの願いも叶えてあげました。……その後、自らの民に反乱を起こされ、殺されましたがね……確か、『殷』という国の王様だったと思いますが……』

「……それって、殷周革命の……」

「封神演技かよ……」

 そんな昔に介入してたのかこいつ。

『そこから世界を流転しました。ですが、私を手に入れる人はすべからく己の欲望を満たすためだけに私を使い、マスターのように力を手に入れても、それを自分のためだけに使い……【破滅】していきました。それで私が危険? 願いの叶え方に問題あり? ……冗談じゃありません!!』

 うん、確かに。
 ……全部自業自得じゃないか。

『ですから、私は所有者の願いを叶えた後、一つの選択をしてもらうことにしました。『私の願いを叶えてくれるかどうか』と』

 ……あれ?
 俺が最初じゃなかったんだ?

『ええ。そう決めた後、あなたまでに……15回ですね。選択をしてもらったのは」

 微妙に多いな。
 て、ことは、14回も断られていると?
 それで、断った後に、そいつらを【破滅】させたと。

『ええ。そういう呪いが付加されたようですね。……言っておきますが、これは私の願いを無視して私を手放した者が掛かる呪いのようです。私自らがかけている呪いではありませんのであしからず』

 なるほどね。
 黒聖杯は、その呪いに対する安全弁なんだ。
 だから、それを持っている俺は大丈夫。
 黒聖杯の願いを叶えようとする俺は。
 
「……十夜君」

 と、いけね。
 リンディさんたちハブにしてた。
 ……顔から微笑が消えて、お仕事モードにはいっております。このお姉さん。

「その聖杯は危険よ。すぐに渡してもらえないかしら?」

 ……ま、そうなるよね。
 今は俺が使っているからいいものの、もし、俺の手から離れたりしたら……また同じことを繰り返す。
 そして、破滅に向かう愚か者を生産する。
 ……案外、ぴったりなのかもな。
 【愚者の聖杯】って名前も。

「あなたが持っている間に、聖杯を封印し、管理局で保護します。……それが一番いいと、私は思うわ」

 ええ。あなたにとって……管理局員にとっては、それが正しい。
 けどね?

「じゃああんたは、俺が【破滅】してもかまわないと?」

 人の話、聞いてた?
 今、俺が黒聖杯あんたたちに渡したら、確実に俺が呪われて【破滅】するじゃないか。
 流石にそれは勘弁願いたい。

「……それに対する処置は、私たち局員で何とかする。私たちを、信用してもらえないかしら?」

「や、無理です」

 即答で拒否らせてもらいます。
 てーかよう。

「過去に一例だけあった事件で、そっちが勝手に危険物として指定した挙句、呪いの対処が『何とかする』? ……それで信じろって、無理ですよ。普通」

 それに。
 曲がりなりにもこいつは俺のパートナーだし。

「まだ、彼女の願いを完全に叶えてないですからね。……俺が願いを完璧に叶えて貰ったのに、彼女の願いを、俺の願いで叶えてやれるのに、それを無碍にするのは個人的に納得できない」

『マスター……』

 ふわふわと宙に浮き、俺の手元に擦り寄る黒聖杯を……掴んで力を加える。
 こう、ぎりぎりと。

「けど、せめて呪いの件は教えておいてほしかったなぁ……焦ったじゃないか?」

『い、痛いイタイイタイ! 割れます割れます~!?』

 オリハルコンが人間の力で割れてたまるか。
 ……さて。
 後は、睨みつけているこのお姉さんだが。

「……そうね。レイ=クルトースの例もあるし……あなたと、その聖杯。両方を封印するという方向になっちゃうけど……」

 つまりは、俺らを捕まえる……と。
 いい度胸だ。

「リンディさん!?」

「ちょ、リンディさん? 十夜は、私たちを助けてくれたんですよ!? それなのに、封印って!?」

「それでも、人には過ぎた力を手に入れているのよね? それを使って、あなたが犯罪を犯さないとも限らない」

 断定するのは少し早すぎるような気もするけどね~?
 
「そんなことをする気はない。……と、言っても、無駄だったりするのかねぇ?」

「そうね。少し信憑性が足りないわ」

 人の事言えないくせに、何言ってるんだか。
 席を立って、【力】を漲らせる。
 次元間を突き抜けるほどの【力】を。

「じゃあ、次会った時はすぐに逃げることにしよう。……黒聖杯。空間転移。【パンゲア】まで」

『了解です。……次元空間に接続。高次元平行世界【パンゲア】への座標を確認』

 転移系の力の使い方がいまいち苦手だから、黒聖杯にサポートしてもらわないと変なところに飛ぶからな。
 特に、はじめて行く場所ならなおさらだ。
 
「あら? この結界から逃げられるつもりなのかしら?」

 リンディさんが自信たっぷりに聞いてくる。
 いつの間に結界を張ったんだか。
 
「まあ、大丈夫でしょう。そのレイとかいうやつは、力の望み方を間違えたんだ。……俺の【力】なら、誰が相手だろうと、問題はない」

 はず。
 一応断言はしておくけど、その別系統の魔法とやりあったわけじゃないから、どうなることだか。
 
『転移式完成。移動します』

 黒聖杯の声で、軽くリンディさんたち三人に手を振る。
 今度会った時は、普通に敵同士だったりするのかね?
 まあ、なんとかなるか。

「それじゃあお嬢様方、また会いましょう」

 そんな気もないくせに、そう言ってから、【力】を放出。
 視界が暗転して、その場から掻き消えた。


 ◇◇◇◇◇◇


「……逃げられちゃったか」

 怖い顔をやめたリンディさんが、こちらに振り返る。
 ……私は、今のやり取りは納得できない。

「リンディさん。どうしてですか? 十夜が、何か悪い事したんなら分かりますけど……」

「ごめんなさいね? それでも、彼がロストロギアを持っていて、私たち……管理局の許可なくそれを所持し続けるというのなら、ロストロギアの不法所持で、罪になってしまうの」

 ……なにそれ。ふざけてる。
 大体、彼も言ってたじゃないか。
 愚者の聖杯を手放したら、彼自身も【破滅】の呪いに掛かる。
 管理局に、その呪いをどうにかできる手段はない。
 それなのに、聖杯を渡せとか、自分たちを信じてほしいとか……
 信憑性がないのは、そっちじゃないか。

「それでも、納得できません」

 それは、すずかも同じらしい。
 私たちは彼に助けられた。その事実はかわらない。
 
「……いいわ。それでも。ただ、今度彼を見かけたら、迂闊に近寄らないようにね? さっきも言ったけど、レイ=クルトースの例もあるから」

 きっと、リンディさんからすれば、レイ=クルトースも、十夜も、同じなんだ。
 ロストロギアを持って、使えば、皆。
 そして、管理局を信用しない人も。

 ……なのはやフェイトも、そんな人になっちゃうんじゃないかって、少し、不安になった。





<5月◎日 曇り>

 むかつくーーー!!
 いや、いきなり何かって言われるとあれなんだが、管理局がすごくむかつく。
 や、あったのはリンディ=ハラウオンって人なんだけど、その人が頭固くってむかつく。
 よし、少し話題を変えよう。
 海鳴市に行ってきたんだが、翠屋の店長とお話しました。
 一応俺のこと心配してくれたようで、いろいろとお話した。過去話とか。
 その後、衝突事故。
 何この展開。
 人に車ぶつけてくれた犯人は女性二人を誘拐して逃走。
 なので、追跡して犯人グループフルボッコ。
 被害者、アリサさんとすずかさんを救出。二人とも美人さんだ。
 ……で、犯人が魔導師って言って、地球の裏で存在している魔術とはまた違う魔法技術を持っている異世界人らしい。
 その犯人を引き取ったのが、異世界の大きな組織で、管理局というらしいんだが……
 黒聖杯をロストロギア(古代に存在した厄介な性能を持つ遺産)扱いして奪い取ろうとするし。
 断れば、今度は俺自身も捕まえるとか言い出すし。
 ……よし、徹底抗戦だ。
 
 でも、今日は逃げの一手。
 アリサさんたちを巻き込むわけには行かないしね。

 現在位置:高次元世界【パンゲア】入り口




 ※……あれ? 俺の書くリンディさんって、こうだったか……?
 どこかのSSの影響が結構出てるような……
 まあ、いいや。
 事前情報(原作知識)がなければ、管理局ってかなり無茶苦茶な組織だし。
 以上、作者でした。

 追記・あ、変更点は前書きのほうに書くことにしました。
 1話、2話の変更点も修正済みです。




[19350] 四話【テコ入れ。幼女じゃないよ】
Name: 月桐 琴◆e986ae72 ID:0269cd8e
Date: 2010/06/22 10:06
 海鳴市から転移して、目を開けると、青空がマーブル模様でした。
 ……どこ、ここ!?

『ようこそいらっしゃいました。ここが私、【愚者の聖杯】の生まれた世界……【パンゲア】です』

 それを聞きながら、周りを見渡してみる。
 空は先ほども言ったように、青系のマーブル模様。
 大地はむき出しの土の道と、整然と整えられた芝生。
 道の先には、ひときわ存在感を放つ神殿がそびえたっている。
 ……そして、恐ろしいことに。

「……もしかして、この大陸……浮いてないか!?」

『ええ。半径50kmの円形浮遊大陸です』

 狭っ!?
 たったそれだけしかないのか、この大陸。
 ……地平線や水平線もないし、おかしいと思ったら。
 
「じゃあ、あの神殿だけしかないのか、この世界」

『そうですね。……後ろを向いて、少し進んでください。大陸の端がありますよ』

 言うとおりに進んでみると……わお。
 そこから先が崖みたいになっていて、下には、空と同じマーブル模様が広がっている。
 ……ただし、下の方は赤系のマーブル。

『天の青は神聖と生を、地の赤は邪悪と死を司っています。……世界として崩壊する前は、もっと広い大陸だったのですが』

 黒聖杯曰く。
 この世界に、人類は存在しないらしい。
 それは、人間だけでなく、エルフやドワーフといった亜人も、狼男やリザードマンといった獣人も。
 天使や悪魔も存在せず、ただ、生と死、神聖と邪悪がせめぎ合い、周囲360℃を占め、浮遊大陸だけが漂う世界。
 それが、現在の【パンゲア】の実情だそうだ。

『実質、マスターはこの世界の王になったわけです。……一人ぼっちの王様ですが』

「……まあ、それも悪くないよ。ちょっとだけ寂しいけど」

 本当は、ちょっとどころじゃないが。
 ……ここから、ほかのいろんな世界にいけると考えれば、本拠地としては妥当なところ。
 むしろ、最高の条件じゃないか?
 なにせ、この世界にほかの要素が入り込む余地はない。
 魔術協会は地球から別世界に出れないだろうし、管理局もこの世界には手出しできないそうだ。
 ……俺の知らない高度な文明があるのかもしれないけど、今のところは大丈夫のはずだ。
 
『さっそく、神殿をご案内しましょう。向かってください』

「了解だ」

 神殿に住むとか、どこの神様だよ。
 ……まあ、力だけは神様も同じなんだけど。

『あ、それと、私の本体が安置されている【聖杯の迷宮】は、あの神殿の地下にあります。迷宮内には普通にモンスターが徘徊していますので、一人で入らないようにお願いしますね?』

 こらこら。
 さっきと言ってること違わないか?
 この世界に、生物はいないんじゃなかったのか?

『いないのは【人】に分類される知的な生命だけで、生物自体は存在しますよ。バクテリア、プランクトンといった微生物はもちろん、細菌やウィルスといった悪性の病原菌。草花の発育に欠かせない益虫や、その餌になる虫。……この大地を生かす要素は、一通り備わっています。そして、迷宮のモンスターは、これらとはまた毛色が違ってきます』

 虫に少し反応したけど、そこはまだいい。
 モンスターは毛色が違うって話だが。

『迷宮に住むモンスターは、この世界に流れ込んでいる【人の悪意】が具体的な形を持ったものなんです』

 【パンゲア】という世界は、他の次元世界や平行世界とつながっている。
 その繋がりは、本当に薄く、どんなに高性能な機器でも認知できないパイプだそうだが、そのパイプから、いろんな物が流れ込んでくる。
 その大半が、【人の想い】だそうだ。
 【愚者の聖杯】が起こす奇跡や、俺の【力】の源は、その【人の想い】を汲み取って精製された力が元だそうだ。
 が、【人の想い】にはいろいろある。
 純粋な願いだけならともかく、欲深い悪意だって存在する。
 その【人の悪意】が具現化し、意思を持ったものがモンスターとして、迷宮内を徘徊しているという。

『根源が【人の悪意】のせいか、モンスターの種類も人の考えたものが元になっています。ゴブリンしかり、ワーウルフしかり、ゾンビしかり』

 もちろん、地下5階以降になれば、ドラゴンや巨人、悪魔や吸血鬼といった凶悪なモンスターも存在するそうだ。
 そして、総じて、迷宮への侵入者に容赦がない。

『彼らは、侵入者を【餌】としか捉えていません。【人の悪意】で生きているので、人そのものはご馳走なんですよ』

 餌を狩るために、全力で襲ってくる。
 だから、容赦は存在しないし、こちらも、容赦してはいけない。
 
 なお、以前にもその迷宮に立ち向かった契約者はいるらしい。

「あれ? お前の願いを叶えようって人、いないんじゃなかったのか?」

『ええ。その人は【強い力】を願い、私はそれを与えました。それで、力を試したいと願ったので、この迷宮を紹介しました』

 で、見事に迷宮内のトラップに引っかかって死んだらしい。
 強い力を求めたのに?

『落とし穴にはまって、その底に配置された槍に串刺しになりました。……強い筋肉を与えたんですが、20m落下の末の槍の先端は、防ぎきれなかったようです』

 ……それは死ぬって。うん。
 てーか、力=筋肉って、おかしくないか?

『マスターには解りませんか? 筋肉のはちきれそうなあの肉感、鍛え上げられた背中の肉質、ぴくぴくと脈打つ上腕二等筋……おおっと、想像しただけでよだれが』

「キモい」

『ちょっと!?』

 こいつ、筋肉マニアだったのか。
 俺はマッチョに興味はないので全否定で。
 背丈はほしいが、暑苦しい胸板には用はないのです。


 ……で、目の前には、大きな神殿と、その中に入るための扉があるわけなんだが。

「……おい、黒聖杯? この世界に、人って居ないはずなんじゃなかったのか?」

『いませんでしたよ。マスター以外……いつの間に』

 その扉の傍に、倒れている人の姿と、周りの雰囲気とは思いっきり真逆な機械の姿があった。
 人の方は女性らしく、長い黒髪が広がって、うつぶせに倒れている。
 機械の方は……なんじゃこれ?
 標本? 人間の? ……幼女?

「おーい。生きてるかー?」

 とりあえず、女性のほうに呼びかけてみる。
 抱き起こすと……何、この格好。
 胸元広げて、お腹が見えるデザインの黒いドレス。白い肌に、へそが見えててエロい。
 で、顔は真っ青で……今にも、血を噴いて死にそう。
 てか、重病人!?

「とにかく、どこか寝かせてやれる場所だな……黒聖杯!」

『ええ。寝室に運びましょう。先導します』

 手元から離れ、ふわふわ浮かんだ黒聖杯が神殿の扉を開ける。
 ……ずいぶん重そうな扉だったのに、えらく簡単に開いたな。
 神殿内に入っていく聖杯に遅れないように、女性を背負って後を追う。
 
「……あれぇ!?」

 神殿の中を見て、アホが出す声を出してしまった。
 外観に反しまくって、扉の先にはとても近代的な玄関ホールが姿を現した。
 あれだよ、ちょっとした資産家が趣味で作るこだわりの屋敷ってやつ?
 ……外観、古代ギリシャ風味だっただけに、この超ギャップにはびっくりだ。
 
『マスター? 変な声出してないで、こっちです』

「お、おう……納得いかねー」

 玄関ホールの奥から姿を見せる黒聖杯。
 それを追うと、両開きの扉の前で止まった。
 聖杯が軽くあたると、自然に扉が内側に開き、中は寝室になっていた。
 壁に簡単な装飾が施されていて、ベッドもキングサイズの贅沢なものだ。
 ……ここ、神殿だよねぇ?

「ま、まあいいか。先に、この人だ」

 ベッドに女性を寝かせ、様子を見る。
 息が荒く、苦しそうに顔を歪めている。
 ……病気だったら、下手な魔法は使えないな。
 とりあえず、体力を回復して、抵抗力を上げよう。

「じゃ、早速……【五点星法陣・肉体の癒し】」

 円の中に五芒星を描き、対象の体力が戻るように【力】を込める。
 【星法陣】に難しい術式はいらない。
 ただ、陣を敷き、その効果を願うだけだ。
 願い方しだいで術の効果が変わってくるので、正確に願わないといけないのが難点だが。
 イメージを失敗すると、とんでもないことになる。
 ……俺は、転移系でこのイメージにミスすることが多かったりする。

「……」

 とにかく、術は完成。
 女性の寝息が安定していき、表情にも苦しさがなくなった。
 意識はまだ戻らないが、先ほどよりは大分ましだろう。
 
「よし。じゃあ、次だな」

『表の生体ポッドですね』

 あ、あれそんな名前なんだ?
 俺はてっきり標本かと。

『……間違いではないのが痛い所ではありますがね』

「は?」

 その、生体ポッドとやらは【力】で浮かせて、寝室とは別の場所に持っていく。
 なんでも、魔法の実験を行う部屋だったそうで、床には奇怪な形の魔方陣が描かれている。
 五芒星でもないし、六芒星でもなく……なんだ、これ?
 波打つ螺旋? トリックアートかこりゃ。

『で、この少女ですが、どうも生命活動が止まってますね。普通に死体です』

「……やっぱ標本じゃないか」

 標本と一緒にいたってことは、あの人が持ち主?
 ……幼女愛好家の上、死体愛好家?
 なにそれ、こわい。
 
『生命活動は止まってますが、肉体は綺麗なものですよ。蘇生してみますか?』

 ……それは俺も考えた。
 けど、ね。

「死んでるんなら、起こすようなまねしちゃ駄目だよ。誰かに願われたんならともかく」

 死んだものを生き返らせる。
 それは、とてもすばらしい奇跡。
 そのはずなんだが、どうしても、食指が伸びない。
 だってねぇ……
 
 人殺しが、甦りを手伝っちゃ駄目だよねぇ。
 
 向こうの世界で、俺が殺したクラスメイトたちに、なんて詫びればいいんだか。

「さて、とりあえずこれは置いて、彼女の介抱をしようか。死んでる人間より、生きてる人間だよ」

『……そうですね』

 何か言いたそうな黒聖杯は無視して、再び寝室へ。
 部屋に入ると、黒髪の女性は起きていた。
 上半身を起こして、こちらを見る。
 ……あれ? なんか、あのポッドの中に入ってた少女の面影が……

「……ここは、どこ?」

 何か疲れたような声が、耳に届く。
 体調は戻ったようだが、それでも、辛そうだ。
 何しろ……目が、死んでる。

「ここは、【パンゲア】って呼ばれる世界の浮遊大陸。……と、言っても、俺も今日来たばっかりの所なんだけどね」

「……パンゲア? ……あの、アルハザードではないの?」

 は? アルハザード?
 聞き覚えがないんだが。

「少なくとも、その名前は聞いたことがないな。……黒聖杯ならわかるかな?」

 ひょっとしたら、【パンゲア】の施設の中に、そんな名前の場所があるのかも。
 ああ、それと、一つ聞いておかないと。

「それで、一つ質問だけど、あなたの傍に落ちてた生体ポッド、あれ何?」

 こっちは軽い気持ちで聞いてみたんだ。
 本当に。
 でも、彼女にとっては、軽くないことだったらしく。

「……あなた。アリシアをどこに連れて行ったの!?」

 彼女の背中に、何か雷が発生するのが見えたよ?
 え? ひょっとして、怒ってる?
 
「あ、うん。今、別の場所に……て、こらこら!」

 ベッドから降りようとした彼女を押しとどめる。
 ……さっき背負ったときも思ったんだけど、彼女、大分軽い。
 体に力も入ってないみたいで、俺を押しのけようとしてるのに……それが、意味を成さない。
 俺の胸に手を置いて、もがいてるだけになってしまっている。

「落ち着いて寝てろって。今のところ、あれには手を出してない。別の部屋に置いているから、安心してくれ」

「お願い、アリシアに、会わせて」

 や、会わせろって、あんた。

「おい、現実が見えてるか? あの少女は死んでる。生命活動が止まってるんだぞ? ただの死体だ」

「死んでないわ。アリシアは死んでいない! アルハザードの秘術さえあれば、アリシアは蘇るのよ!」

 死んでた目に、狂気が宿る。
 この目を、俺は、知ってる。
 
 ……絶望してでも、生き抜こうとした、俺の友人と同じ目だ。

 彼女にとって、あの少女……アリシアは、自分の命よりも大切なわけだ。
 それが、死体であっても。
 
 ……ひょっとして、母親なのかな?
 
「わかったよ。あんまり動かせたくないんだけど……」

 必死になって俺に掴みかかってくる彼女を、横抱きに抱える。
 それによって、暴れていた彼女が、どうにか落ち着いてくれた。

「その、アリシアだっけ? 彼女のところに連れてくから、暴れるなよ?」

「……わ、わかったわ……」

 何で人の顔見て、すぐに目を逸らすんですか、あなた。失礼な。
 さて、黒聖杯、向こうの部屋に置きっぱなしなんだけど、まだいるかな?
 彼女を抱えたまま、魔法実験室に移動。
 中に入ると。

『……あ、マスター』

「おう。……まだ、その子見てたのか?」

 生体ポッドの女の子の前に、見上げるように佇む黒聖杯。
 ……そういえば、黒聖杯の本体も、彼女と似たような状況で迷宮の奥に安置されてるんだっけ。
 
「……アリシア……」

『目が覚めたんですね。……この子は、あなたの?」

「娘よ。……私の研究の被害者よ……」

 ああ、科学者なのかな、彼女は。
 
 彼女は、ポツリポツリと話し始めた。
 名前はプレシア=テスタロッサ。
 魔導師らしい。リンディさんと同じような人かな?
 20年以上も前に、彼女は自身の研究を失敗し(魔導炉の研究らしく、それが暴発したそうだ)アリシアを亡くした。
 アリシアをよみがえらせるために、さまざまな研究に手を出し、人造魔導師開発にも手を出した(クローン人間のことらしい)。
 けれども、どれも上手くいかず、彼女の世界でおとぎ話とされていたアルハザードの存在を確信し、ロストロギアを使ってそこに行こうとした(ロストロギアで次元振を発生させ、その歪みから行けるらしい。……とっても危険に聞こえるんだけど)。
 で、それを実行した結果が、別の場所に落ちてきた。と。

『アルハザードですか……聞いたことがありませんね。少なくとも、私の知りえる情報ではないです』

「……そう……」

 彼女の目に、暗闇が落ちる。
 本気で絶望したような瞳。
 ……どうしたもんかな、これ。

『そうですね……プレシアさん? 娘さんを甦らせたいんですよね?』

「……当たり前じゃない。その為に、私は悪魔に魂を売ったのよ……」

 非道なこともしてきたんだろうなぁ。クローンとか、扱い酷そうだし。
 と、言うか黒聖杯? その流れってもしかして。

『どうせ、悪魔に売った魂なら、もう一度だけ、願ってみませんか? アリシアさんの復活を』

 きっとそうなると思ったんだよ。
 それやるの俺だろ?

「アリシアを……甦らせることができるの!?」

『当然ですよ。肉体のほうは何とか水準値の状態ですし、魂魄の方も大丈夫のようです。……後は、願いの力しだい……どうしますか? プレシアさん?』

 はたから聞いてると悪魔の取引のように聞こえるな。
 けど、あいつは善意で言ってるんだよなぁ……

「……願うわ。アリシアの復活を。私にできること、捧げるものがあるなら、何を持っていってもかまわない。私の力でも、魔力でも、体でも命でも! お願い……アリシアを、甦らせて……!」

 ……いや、代償は、取らないけどね……
 力強く、そして、悲痛に願った彼女は、そのまま蹲って泣き出してしまった。
 黒聖杯はそれで満足したようで、

『ではマスター? 始めましょうか?』

 とか、気軽に言ってきやがった。
 俺の心情軽く無視だよね? それ。

「お前な……死者蘇生、俺がやっていいと思ってるのか? 俺は、人殺しだぞ?」

 前の世界でも、【力】が手に入ったのに、誰にも干渉せずにこっち側に逃げてきたのに。
 自分が殺した人たちを救わずに、別の人を甦らせるとか……

『そんなの、関係ありませんよ』

 だが、黒聖杯には、どうでもいいことのようだ。
 関係ないで済まされた。
 
『今、あなたに力があって、その力で、アリシアさんを甦らせれる。そして、それを、プレシアさんに願われた。……あなたが、人殺しでも、人の願いは叶えられます。現に、これまでに4人の願いを叶えてます』

 確かに、事実だけど……あいつらに、どう、言い訳したものだか……

『マスター。私も、彼女の復活を願います。……プレシアさんの、私の願いを、どうか、叶えて貰えますか……?』

 二人分の願いになってしまった。
 ここで断ったら、俺、絶対に後悔するよなぁ……
 俺自身、プレシアさんの願いを叶えたくなってきてるし……
 
 母は強しってこと、なのかね。

「……お願い、お願いします、お願いします……」

 プレシアさんは、泣きながらも、いまだお願いを繰り返している。
 あんな母親の姿を見て、突っぱねられる人がいたら……いや、いるんだよな、確実に。
 実際、俺の親父がそうだったし。
 ……なら、やるしかない。
 親父と同じ人間にはならないって、決めてるし。うん。

「……奇跡……じゃ、ちょっと弱いな。再生でいくか」

『ええ。サポート始めます』

「いらね。俺だけでやる」

 この業は、俺が背負わなきゃ。
 死者蘇生は、理を破る大罪。
 古来より、反魂の術は不幸しか呼ばない。
 なら、その不幸は俺が背負う。
 それで、この親子には幸せになってもらおう。
 俺の分まで。

「【九点星法陣構築】」

 円環に九点配置、つなげて、星にして。
 母の願い、聖杯の……同じ境遇を持つものの願い、俺の願いを乗せて。
 うたう。

 九つの星は究極の双極、再生と破壊をつかさどる。
 それをすべて再生……蘇生の方向に持っていく。

「……【蘇生する魂】」

 魔方陣が回る。
 何の属性も乗っていない、半透明の魔方陣が、淡い、やさしい光を放ちながら、ゆるゆると回る。
 その光は、ゆっくりと、ポッドの中の少女に纏わりつき、やがて、少女全体を光に灯す。
 ……何秒、何分、何時間、そうしていたかわからないが、光は、収まっていく。
 
「……あ、ああ……」

 プレシアさんから、感嘆の声が漏れる。
 少女の胸に、命の鼓動が見て取れる。
 彼女はすぐに生体ポッドを操作し、中の液体を排出。
 少女は呼吸を始め、口から液体を咳き込みながら吐き出す。
 ……アリシア=テスタロッサ。
 彼女が目を覚ました。

「アリシア……私が、わかる……?」

「……ママ……?」

「アリシア……」

 無事、成功したようだ。
 本当にできるものなんだな。この【力】。
 ……証明されてしまったな。本当に、何でもできるってことが。
 
「……これで、よかったんだろな。本当に」

『よかったんですよ。これで』

 アリシアちゃんを抱いて、幸せそうに泣く、プレシアさんを見ながら、そう交わした。







 で、終わってたらよかったんだが。

「ま、ママ!?」

「……あら?」

 一つ咳き込んだ彼女が、血を噴いてアリシアちゃんごと倒れてしまった。
 ……そういえば、最初見たとき、重病人っぽかったんだよな……
 あ、安心して気を抜いたから、再発したか?

「ママ! しっかりして、ママ!」

「……おいおい」

 せっかく娘復活して、ようやくこれからって時に……
 もう一回死者蘇生はやだぞ。俺。
 少女……アリシアちゃんは、プレシアさんの容態を気にかけながらも、周りを見渡して……
 俺と目を合わせた。
 間髪いれず、大声で言葉を紡ぐ。

「お兄ちゃん! お願い、ママを助けて!」

『早速、願われてしまいましたね、マスター?』

「ホントに早速だな」

 プレシアさんにはもう意識がない。
 ちんたらしてるとお亡くなりコースだな、これは。
 ……再生使うか? いや、ここはあれだ。
 奇跡だな。
 
 蟲お爺ちゃんと同じ要領で何とかなるな。

 話を総合すると、プレシアさん結構高齢のはずだし。
 流石に、百年単位じゃないとは思うが。

「んじゃ、【八点星法陣・神秘なる石】!」

 円環に八つ星を配置、正四角形を二つ描き八芒星にする。
 八点星法陣は奇跡、天変地異を司る、神の御業。その一つ……若返り。
 陣を反時計回りに廻し、彼女の肉体の時間だけ巻き戻す。
 プレシアさんの周りの空気が歪みだし、しばらくすると……

「え?」

 妙齢の女性が、若い女子の姿に戻っていく。
 具体的に言うと17歳位。
 どうせ若返るんなら、ぴちぴちのほうがいいよね。うん。

「……ママ……?」

「あ~。若返らせて、『病気を患った』って事実を消滅させたから、しばらくすれば目を覚ますよ。……アリシアちゃんだっけ? 立てる?」

 若くなったプレシアさんを、目を白黒させてみているアリシアちゃんに声をかけてみる。
 俺の声に反応して、立ち上がろうとして……

「……立てない……」

 もがくだけもがいて、涙目でこちらを見てきた。
 ……いかん。可愛いぞこの子。

『……マスターはロリコンでしたか』

「誰がロリコンだ」

 とにかく、二人を寝室に連れて行くことにしよう。
 ゆっくり養生すれば、二人とも元気になるはずだ。
 
 

<5月◎日 曇り>その二
 
 海鳴からパンゲアへ移動して、パンゲアの現状を聞く。
 半径50kmの円形浮遊大陸……一人だと広すぎな土地だが、大陸……?
 とにかく、神殿に向かうと、行き倒れと標本が神殿の入り口に居た。
 行き倒れの方はプレシア=テスタロッサさん。
 標本の方はアリシア=テスタロッサちゃん。
 二人は親子らしい。
 で、プレシアさんの願いでアリシアちゃんを蘇生させ、アリシアちゃんの願いでプレシアさんを助けた。
 アリシアちゃんの方はともかく、プレシアさんの方は臓硯さんと同じ手を使ったけど……後で怒られないよねぇ?
 女性だし、若返ってぴちぴちの肉体手に入れたんだから、怒られはしないと思うんだけど……
 まあ、二人とも、今は寝室で一緒に眠ってもらってるから、詳しくは明日だな……
 




 追記……つか、今寝てたんだが、悪夢のせいで目が覚めた。忘れないうちに書いておく。
 元の世界の殺してしまった友人たちに、『生き返らせろ』と責められる夢を見た。
 肉体がないと生き返らせれないので、勘弁してくれと言ったら、喰いつかれた。
 『お前の体をよこせ』と。
 最初に殺した友人に、首を噛み付かれたときに目を覚ました。
 
 ……後悔というか、罪悪感というか。
 深層心理とやらで、感じているのかな、これは。
 もっかい寝ます。おやすみ。

 現在地:【パンゲア】神殿内自室(神官長の部屋だったそうだ)






 
 ※自分のHP作れば、原本の多次元日記載せるんですが、そこまで余裕がないのです。
 作者です。
 流石に、再うpはなぁ……今更デスね。
 正直、プレシアさんを出したいがために改訂したと言っても過言ではない。
 でも、今回のテコ入れで黒聖杯のフェイトクローン憑依イベントが消えました。
 で、プレシアさんが若返って……あれ? ±0?
 ……作者でした。



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