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[19301] コードギアス  円卓のルルーシュ 【長編 本編再構成】
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2011/04/27 20:19

 コードギアス 円卓のルルーシュ 序・上




 砂丘と共に拡がる灼熱の世界があった。

 世界最大の半島・アラビアに広がる、ルブアリハリ砂漠。ブリタニア語で「空虚な一角」と意訳される世界最大級の砂砂漠。広大な敷地と比較して、その地に住む人間の都は、余りにも小さかった。
 天上から照らす太陽は光量を緩める事は無い。幾重にも重なる砂の山を映し、大地から照り返した光が、周囲をさらに過酷な環境へと変えていく。
 大地に這うように茂る草が、乾燥した風で煽られる。蜘蛛、げっ歯類、そして彼ら植物しか、砂漠の中では生きる事は叶わない。古来には存在したと言われる文明も、既に砂の中に埋もれている。
 普段ならば乾燥した匂いしかしないだろう、その吹きすさぶ風に。

 (死の、臭いだな……)

 濃密な、死の香りが充満していることを、彼女は空気から読み取った。





 無数の兵器が蹂躙する熱砂の大地。
 戦争を遥か眼下にして、飛行する影が有る。野鳥では無い。より巨大で、より武骨な、鋼の塊が飛んでいるのだ。それは、上昇気流と強風、生み出された雲を切り裂き、上空を旋回する一隻の戦闘機だった。
 より正確に言えば、戦闘機風の「何か」だった。

 並みの、そして普通の戦闘機では無い。特筆すべきはその大きさだろうか。
 巨大なのではない。その真逆。非常に「小さな」機体だった。ナイトメアフレーム輸送機であるVTOLに比較して、二分の一程度。恐らく全長でも八メートルも無い。超小型の機体は、しかし――それ自体も、普通では無かった。

 優雅に、しかし高速で飛翔する機体は、カタカナの”コ“の字に近い。コの字の両端には艦砲が備え付けられ、二つの角を覆う様に六枚の飛翔翼が取り付けられている。中心線に沿う様にパイロットブロックが置かれ、その内部で操縦者を取り囲むのが、無数の計器類だ。そして、その計器が映す物は、唯の情報では無い。神経伝達によって情報を得る、乗組員を限定する特別仕様だった。
 武器と機構が飛びきりに優秀だが、その性質故に、通称を『空飛ぶ棺桶』と呼ばれる、カスタム品。
 ブリタニア帝国でも扱える者など――――扱い、死なずに戦場から帰還出来る者など、一人しかいない、稼働兵器。

 名を、エレイン。

 神聖ブリタニア帝国の最高戦力《ナイト・オブ・ラウンズ》所属の機体だ。
 そのデヴァイサーである彼女は当然、ラウンズの一人である。





 両足で機体を巧みに操縦し、ファクトスフィアで眼下の情勢を読む。戦況の確認をしながらも、神経伝達で情報を処理。腹面・背面と両翼・尾翼の下に付けられたカメラからの情報は多いが、処理をする動きは淀みなく、決して高速ではないが、確実だった。

 (……戦況の優勢は、変わらず、か)

 砂漠の中で、二つの軍勢が争っている。上空から見れば一目瞭然。三角形の頂点をぶつけ合う形で激突した両軍の内、先端が欠け、劣勢に置かれているのが相手。より鋭角にと近付き、相手を分断しようと動いているのが、此方の軍勢だ。
 紅紫の機体が、勇壮に大槍を振るい、その戦陣で踊っている。

 (――――敵の動きは……)

 陣形は似通っていると言っても、保有する戦力に差が有り過ぎる。相手は申し訳程度に布陣を構築しているのに対し、自軍は更に両端から挟み込む形で展開している。分断した相手を挟みこむ布陣だ。
 劣勢が窮地に変化し、追い込まれた相手が、三方向からの攻撃で壊滅するまで、多くの時間は必要ない。





 ルブアリハリ砂漠の東。アラビア海に面した王国・オマーン。首都をマスカットに持つこの国家が、ブリタニアの標的だった。

 アラビア半島を支配する為に、絶対に奪取しておくべき戦略的重要拠点である。
 オマーンは、東アフリカ・中東・ペルシア湾岸・インドを結ぶ航路を有している。また南部の港町、サラーラには経済特区や大規模輸送コンテナが置かれ、各地に物資の運搬している。港町は、敵にとっても味方にとっても、必要不可欠な場所である事は、素人にも理解出来るだろう。
 アラビア半島を攻略する為の足懸り。

 この侵攻作戦に加わっている軍人は、そう指令を受けていた。





 (……まあ、其れが表の理由だがな)

 高度を飛行しながら、窮屈なコックピットの中で息を吐く。外見こそ戦闘機だが、操作室はむしろ、今尚も眼下で猛威を奮う機動兵器・ナイトメアフレームの物に近い。
 両足で機体を稼働させ、両腕で攻撃操作を行う。その仕組みが、戦闘機へとシフトしているだけだ。勿論、飛行であるのだから、バランス感覚は直立歩行以上に要求される。
 しかし単純に言ってしまえば、この『空飛ぶ棺桶』ことエレインは、搭乗者の両足さえ完璧に動けば、空を飛べるのである。故に、普通に飛んでいるだけならば、両手は空く。

 (――――しかし、暇だな)

 一通りの情報処理を終え、地上で指揮をしている相方に転送する。返信が来る事を期待してはいない。あちらも戦闘の最中だ。ぐ、と思い切り腕を伸ばしながら、彼女は一息を付いた。

 オマーンを支配する『裏の理由』。
 その理由を知る物は、帝国本土でも一握りしかいない。
 皇帝、宰相、筆頭秘書官、ラウンズと、皇族の一部。世界全土で合計しても、三十人もいないだろう。この戦闘区域で該当するものと言えば、自分達ラウンズ。そして、地上で先陣切って突撃を敢行している、帝国第二皇女のコーネリアだけだ。

 (……しかし、過剰だな。戦力が)

 頭を切り替えて、現状を読み直す。
 この場合の戦力とは、数では無く質だ。十二本の剣の内、三人もの人数が、この地に派遣されている。たった一人で戦況を塗り替え、戦術で戦略を覆す、帝国最強の戦力が三人。過剰の例えは間違いでは無い。

 (本国でも、暇だったが……)

 珍しくも、戦場で暇だった。

 コーネリアの行動は巧みであり、その実力を示していた。上陸作戦を成功させ、重要拠点を次々と陥落させ、首都マスカットの軍勢を打ち破り、結集した残存兵力を、今現在、叩いている。この間に使われた期間は、およそ二月だ。
 確かに消耗はあるし、慣れない砂漠地帯の気候や進軍、戦闘で疲労も重なっている。だから、援軍として皇帝が派遣を命じたのも、理に叶っている。ラウンズが三人も来訪すれば、必然的に兵の士気は上がる。多少の逆境も問題には成らない。

 だが、それでも三人は多かった、と思う。少なくとも、今現在、左側面からの部隊を率いているラウンズ第六席のアーニャ。彼女の仕事は、他の人物でも出来る。他のラウンズが出払っている今、一人だけ、あるいはビスマルクと二人だけで本国に置きっぱなし、と言うのも可哀想なので連れて来たのだが。

 (……私が変われば、良かったな)

 手持無沙汰になった第二席は、再度、息を吐いた。





 ブリタニア軍が優位に進めていた理由の一つに、オマーンの混乱が有る。

 戦略的に重要視されるオマーンだが、アラビア諸国にとってもそれは予想の範疇だ。苦戦は予想されていた。アラビアの攻略の正負は、欧州にも影響を与える。故に、この戦争の結果は、世界的にも注目を集めていた。

 地の理を有する海軍戦力。イエメン、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、クウェート、バーレーンなど、オマーンの陥落に寄って危機を迎えるアラビア半島の国家による、豊富な陸上支援。そして近場に補給基地を有する航空、陸上戦力。
 これらを相手に、容易く攻略出来るという予想は立たない。

 まして、ブリタニア軍は、本国からオーストラリア、インドネシアを経由している。長旅をして来たブリタニア軍隊と、入念に準備をして迎え撃つオマーンの陸海空の戦力。
 最終的には数と人材、性能で勝るブリタニアに軍杯が上がるにせよ、時間が懸かるだろう。犠牲も大きく成るというのが、大方の予想だった。

 だが、その予想を、完璧に覆して見せたのが、外交情勢だった。
 半島と大陸の間に存在する、ペルシア湾とオマーン湾。その二つの湾を繋ぐ、ホルムズ海峡。オマーン海軍の主力が置かれたこの地が――襲撃されたのである。


 仮想敵国として長年にオマーンが動向を伺っていた、イランだった。


 ブリタニアの来襲に向けて部隊編成に追われ、数多くの兵力が集結していた時期だっただけに、被害は甚大だった。海軍兵力の数割と、優秀な将官、更には集められていた多くの物資が人員と共に失われた。
 このイランの攻撃に激怒したアラビア半島の国家達だったが、報復を決意する暇も無かった。イランの敵対行動の真意を知る事も無く、オマーンはブリタニアとの戦争状態に突入したのだ。

 ブリタニアの上陸作戦を妨害する役割を担った海軍戦力。受けた痛手、そしてイランの抑制の為に、より多い兵力を取られたオマーン海軍の危機は、そのまま国家消滅の危機に繋がった。
 予想を遥かに下回る損害でコーネリア率いるブリタニア艦隊の上陸作戦は成し遂げられ、展開された大部隊による電撃戦で、南方の要地・サラーラは陥落。集積された支援物資はブリタニア軍に徴発され、その影響が首都の敗北に結び付いたのだ。





 (そしてオマーンは、もう時期に、エリアと呼称される事になる)

 砂の大地の中。随分と戦力が減った事を、金色の瞳で彼女は確認する。
 イランがオマーン海軍を襲撃した理由は、未だに発表されていない。だが、帝国中枢に近い存在は知っている。明確な言葉にはされていないが、断言出来る程に、確信を持っていた。



 イランのオマーン襲撃の裏で暗躍していたのは、帝国宰相のシュナイゼルだ。



 (大方、イスラムの過激派に、発破をかけたのだろうな)

 あの顔と、交渉術。そして裏工作と情報操作。取引と相手への利益。辣腕を振って、言葉巧みに他者を操り、政治の影響を戦場に持ち込む。帝国有数の頭脳を有する彼だからこそ出来る業だろう。
 シュナイゼルの知略。コーネリアの軍略。そして其処に、自分達ラウンズの援軍だ。勝てない筈が無い。慢心している訳でも、傲慢に思っている訳でもない。
 空中から戦況を眺めるラウンズ"最年長"の少女は、事実を確認して。

 (――――ん?)

 違和感を覚えた。自然と両手が、操縦桿を握る。鮮明な情報を得るよりも早く、先程までとは違う雰囲気に、真剣な戦士の瞳に変化する。同時、旋回軌道を変化させ、地上への攻撃準備へと。
 現皇帝が若い時分から、戦場に身を置いていた。その肉体が、本能で動く。

 「索敵から戦闘状態へと移行。神経伝達……切断。――砲撃準備、両門へと充填を開始。加速準備……完了」

 情報収集用の神経回路を停止。肩口から頭を覆っていた機械を背後に送る。彼女専用の精神接続回路――――ギアス伝導回路は、エレインの戦闘には邪魔でしか無い。両足で機体を水平に操ったまま、両腕でシステムを操作し、数秒で準備を終える。

 「戦闘、か?」

 その声に呼応するように、ヴン、と機体が咆えた。より大きな動力を生み出そうと、ユグドラシルドライブの中で、コアルミナスが回転を始める。それは瞬く間に高まり、機体に活力を与えていく。
 緑髪をかき上げ、様子を伺いながら、警戒を強める彼女の下。




 視界の中で、数十のナイトメアフレームが吹き飛んだ。




 「――――なるほど。……切り札。否、隠し玉、か」

 予想が的中した事を知る。
 獰猛な笑みを見せながら、彼女は確認した。最前線のコーネリア、彼女に従う騎士、ギルフォードは一瞬の判断で回避していたが、中央後列で皇女の後を追っていた二十機ほどが大破している。損傷具合から見ても、デヴァイサーは生きてはいないだろう。

 「……なるほど」

 状況は其れほどに難しくは無い。圧倒的優勢を誇っていたブリタニア軍に、唐突に出現した大型陸戦艇が、一斉砲撃を放ったのだ。
 全体を覆う保護色。そして、上面部をネットで覆われた姿は、今の今迄、砂丘の中に潜んでいた事を此方に示していた。無数の機動兵器を隠れ蓑に砂の中に隠れていれば、発見はされ難い。機体の持つ熱量は熱砂で隠され、展開された部隊が策敵を妨害する。
 中々に、理に叶っていた。

 (悪くは無い、が)

 今迄の行動は、ブリタニアの中枢戦力を引き寄せる為の罠だったのだろう。押されている事を承知の上で、引き寄せる策に出だ。そして突出した所を、殲滅出来る威力の砲撃で、叩く。
 砂の中から姿を見せた、大型陸上戦艦。その数は凡そ、四つ。

 「だが、千載一遇のチャンスを、逃したな」

 砲撃がコーネリアに被害を与えていれば違っただろうが、そう甘い話は無い。
 一般兵ならば兎も角、コーネリア程の技量が有れば、巨大な砲塔から発射される弾道など、回避できる。不意を付かれたとしても、火線上から対比する程度は容易いだろう。
 発展第五世代のグロースターの、しかも専用機体。ラウンズに劣るとはいえ、魔女と、帝国の先槍だ。その異名も実力も、伊達では無い。
 戦場に何も支障が無い。障害が増えただけだと、判断をする。

 「戦術の間違いだな」

 四艇全部を一斉に姿を見せるのは、愚策でしか無い。五艇目が隠れていると言ったら少しは感心するが、その様子も無い。四艇も有るのならば、一艇を囮にしてでも、より確実な勝利を求めるべきだった。

 「指揮官の器が知れるが。……面倒だな」

 彼女の周囲に居る指揮官は、誰も彼も優秀だった。コーネリアも、シュナイゼルも、そして今は既にいない、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアも。帝国最高レベルと比較すると、相手が可哀想かもしれないが。
 何れにせよ、チャンスを活用出来なかった時点で、相手の敗北は決まっていた。後は、あの陸戦兵器をどの様に倒すかだ。

 三本の巨大な足で身を支え、ホバー走行をする巨体。従来の戦車を遥かに超えるだろう。戦艦にも似た格好は、鈍重だが防御力は高い。攻撃力も、連発されれば被害が大きく成るだろう。自軍の消耗を避ける為にも、素早い始末が要求される。

 コーネリアに従っていた戦力は、今の砲撃で被害を受け、立て直すまでに時間が懸かる。だが、一艇ならば、前線の二人で如何にか出来る。

 左翼にはアーニャ・アールストレイムがいる。グロースターを改造した機体だが、大丈夫だろう。

 そして右翼は、もっと心配していない。

 『――――見ていたな?』

 「ああ」

 通信が入った。先に情報を送った共犯者も、同じ事を考えていたらしい。
 目の前のメイン画面に映るのは、彼女の相方だ。ラウンズ第五席の席に座る、戦場の魔王。コーネリアの副官、アンドレアス・ダールトンと共に右翼に展開していた青年だった。
 黒髪に、紫水晶の瞳。誰もが認める、圧倒的な美貌。不遜な笑みを浮かべ、冷静なまま、彼は言う。

 『恐らく、あの中の一艇に、この戦場の将がいる。オマーンの王族は、既にマスカットで確保しているからな。……軍のトップに近い、誰かだろう』




 右翼の正面で、展開されたナイトメアフレームを打ち倒し、巧みな操縦で進む、漆黒の機体が有った。彼女の乗るエレインと同じ、漆黒の彩色に金の縁取りを持つ、鋼鉄の人形。
 グロースターよりも洗練されたフォルム。両腕のソードスラッシュハーケンと、大型のランドスピナー。専用攻撃にこそ乏しいが、代わりに多くの兵器を扱えるだけの万能性と、防御力を有している。
 その上、未完成ながらも搭載された電子解析システム「ドルイドシステム」によって、多量の情報処理だけでは無い。キーボードによるコマンド入力操縦を可能にした、世界でも類を見ない機体。

 名を、ミストレス。

 やはりこれも、乗り手を非常に選ぶ、専用機体だ。





 『私とダールトン、グラストンナイツで一艇は沈める。左翼はアーニャ。中央一艇はコーネリア殿下とギルフォード。残った一艇は――――』

 「ああ、任せろ。ルルーシュ」

 青年に向かって、彼女は言う。皆まで言わずとも十分だった。
 エレインの操縦席の中で、金の瞳に、私を誰だと思っている? と浮かべて。




 C.C.は笑った。




     ◇




 足を踏み込む。機体が下を向き、地面へと滑降を開始する。重力よりも速く、後方に噴き出すブースターが加速を後押しする。地上へと向けて、滑降する様に。

 頭の上に有った蒼い空が消え、目に映るのは褐色の不毛地帯。

 見る者が見れば、流星のような弧を描き、エレインは地上へと急降下していく。

 浮遊感を感じたのは一瞬だった。落下よりも早い加速に、体に重圧が懸かる。眼下に見えていた大地は、見る間に迫る。這っていた蟻がナイトメアと把握され、それが人型に変わり、形状と、手に握られたスピア、翻る帝国旗までもが、鮮明に。

 重力加速度を越える、凄まじい加速力。その中でも失われない旋回性能。慣性と遠心力による加重は、視界を暗く閉ざすだけでは無い。搭乗者の意識と、気絶した操者の命を容易く奪う。高すぎて扱えない機体性能も、このエレインが『棺桶』と呼ばれる理由。

 肺の中から空気を捻りだし、その苦痛を跳ね返す。

 空気抵抗に喧嘩を売り、安全設計を無視し、脱出機構もパラシュートのみ。防御は紙。有する加速力と機動力は帝国最高逢だが、戦闘よりも「操縦」で、乗組員に大きな負担をかける。

 だが、魔女には通用しない。

 風を切る音が聞こえた。砂漠から立ち昇る上昇気流を切り裂く六枚羽が、その風よりも早く機体を運んでいく。

 下へ、下へと。急な坂を滑り落ちる様に飛ぶ機体の中、意識が歪む事は無い。

 足に込めた力を緩めない。速度を落とす事は無い。熟練の足裁きだけで高速飛翔の機体を完璧に操り、その速度を保ったまま、魔女は両の手で、攻撃の準備を始める。

 一切の迷いは無かった。体に染みついた動きは、指先に目を向ける事も無く仕事を行う。

 既に充填が完了した主砲の、発射に向けての動きだ。左手で内壁に備え付けられたコンソールを叩き、砲撃シークエンスに移行。機体正面の戦場を映していたメイン画面の中に、無数の円と、主砲の軌道。そして標的の敵性情報が反映される。

 ギシ、と小さく機体が悲鳴を上げる。微細な振動は、加速したエレインが空気の層へとぶつかり始めている証拠だ。気体から流体へと移り変わる速度。

 音速の壁。

 これ以上に無理を重ねれば空中分解をしかねない。

 ――――変わらない、な!

 だが、己が愛機の名を呼び、魔女は心内で声を上げる。この感覚は毎度のことだ。

 速度を緩める事は無い。緩める事が出来ないのだ。下手に緩めると壊れてしまう。だから速度を保ったままにする。

 機体性能を犠牲にした欠陥品。それでも尚、彼女がこの『湖の貴婦人』を使うのには、理由が有る。

 地面へと特攻を仕掛ける様に、鋭角のまま、地面に向かい。

 ――――――!

 寸前で、思い切り、機体を引き揚げる。

 地面に先頭を向けた機体を、水平に。

 爆発的な加速力を有する、超電導回路のブースターを大地に向けて。

 両肩が外れそうな、首が壊れる程の重圧に、歯を食いしばる。ビギッ――という音は、身体への異常の証明だろう。だが機体に問題は無い。所詮は不死身の肉体。怪我も骨折も問題の無い肉体だ。だからこそ、この怪物を扱える。

 動力稼働率は、殺さない。

 六枚の翼を変形。戦闘機の翼から、鳥の持つ翼の形へと。左右三枚ずつ、重ねられた翼は、大きな抵抗と浮力を発生させ、機体に負荷をかける。

 急激な制動に、叩き下ろされる様な暴風が加わり、衝撃と共に散って行く。

 その中で、墜落軌道を描くエレインを、強引に――――水平軌道に、持って行く!

 ぐ、と沈み込む圧力が懸かった。下方向のエネルギーを、伸び上げる様に。抑え込むのではなく、その速力を持って、向きを変更する様に。

 追われた空気の層が、展開していた敵性機体を押し返す。大気を切り裂く烈風が、砂を巻き上げ、視界を覆う。

 相手が怯むその一瞬の間に、機体は地面との平行移動を取り戻した。数分前と違うのは、高度のみ。

 圧力から解放された動力が、再度の加速を一瞬で生み出す。

 至近距離で発生した暴風が、陣形を乱し。

 ――――抜く!

 一瞬の硬直と、その隙間を縫って、機体は駆けた。

 風も、巻き上げる砂も、置き去りに。

 低空高速飛行のまま、加速する。

 慣性を無視した強引な挙動。しかし機体が壊れる事は無い。外層が悲鳴を上げても支障は無い。火器管制も狂わず、攻撃にも影響は出ない。だから、問題が無い。

 搭乗者が常に万全ならば、この欠陥品は一級品の戦力に変化するだけのスペックを、有している。





 地表寸前。高度は数十メートルの位置。地上からの砲撃を覚悟し、この低空まで下がって来なければ、攻撃が出来なかったのには、理由が有った。

 第一に主砲門の角度がある。多少の角度は修正が可能とはいえ、情報収集を行った高高度から主砲で地上を狙う事は出来ない。戦闘機にとって、地面を攻撃する手段は限られているのだ。
 即ち、爆撃を行うか、地上用の装備を備えるか、機体に角度を付けて地上を狙い撃つかだ。

 コの字型の機体。先端の二門の主砲以外に存在する攻撃武装は、両翼下に装着された対地上攻撃用のミサイルが僅かに四発と、六翼から射出される短距離ハーケンのみだ。
 だが、大火力を誇る二門の主砲が、他の武装を補って余り有った。

 主砲を、ハドロン砲。
 加粒子を放出する、帝国内でも最高峰の火力を誇る武装が、地上攻撃の要だった。

 だが、欠点もある。大多数の軍勢相手でも壊滅を齎すこの兵器は、燃費が悪い。そして、威力と範囲が広大な為、味方にも被害を出し易い。
 故に、軍勢同士が激突する戦場においては、収縮状態での運用が基本になる。

 ホースの先端に圧力をかけた光景を想起すれば良い。収縮して発射した場合、射程が伸びる。貫通力も上がる。しかし同時に、自己に掛かる抵抗も大きくなる事が理解出来る筈だ。

 エレインは、最低限の構成で成り立っている。
 二門のハドロン砲。主砲を放つ為の動力源が二つ。機体を動かす為の動力。飛行とバランサー用の六枚羽。そしてギアス伝導回路を内蔵した、魔女だからこそ扱える情報機構。防御を極限まで擦り減らし、安全設計もギリギリだ。緊急時の、自動での脱出装置すら無い。

 故に、軽い。空を飛行する以上、推進力と比較して軽いのは当然だが、エレインは軽すぎる。
 その軽さ故に――――絶大な威力を誇るハドロン砲を撃つと、反動で後ろに下がってしまうのだ。

 だから、反発を防ぐ為には、発射する際に、事前の加速が必要となる。
 加速をしなければ安全性は格段に上がる。しかし、発射の反動で後退していく機体が、正確に砲撃を対象に命中させられる筈が無い。
 なにより、後退した事による停滞と、再度加速する為の時間が無駄だと、魔女は考えた。

 一撃の試し打ちならば、無駄を発生させても良いかもしれない。だが、此処は戦場で、不測の事態を常に考慮する必要がある。

 世界は、何が起きるか、分からないのだから。





 ナイトメアフレーム一流技能を持ってしても、戦場に出て、操り、帰還する事は自殺行為と言われた、エレイン。

 ――――だからこそ、不死身の魔女に、相応しい。

 全長五・四七メートル。駆ける機動兵器と違いの無い大きさの機体を繰り、陸上戦艦へ。
 火線軸上に味方の姿は無い事を確認し、主砲を向ける。

 左翼の揚陸艇が炎上した。連続する爆音の向こう。黒煙に紛れて、重武装の砲撃火器類に身を包むアーニャの機体を確認し、魔女は自分の仕事を開始する。
 火線軸上に、味方機体は無い。画面に映る陸上戦艦を、主砲は完全に捉えていた。
 陸戦艇を援護しようと、幾つものナイトメアフレームが周囲に展開している。全滅を目前にした兵達が、地上を必死に駆け、命中率を気にせずに銃口を向ける。
 懸命に抗う機体と乗者達に、僅かな憐憫を感じ。

 「――――済まないが、無駄だ」

 神技的な技量で機体を制御し、最小限の動きで対空砲撃を回避し、魔女は操縦桿の砲撃ボタンを押した。
 躊躇う事無く、実行に移した。

 見る物に不吉な物を感じさせる、血の色にも似た一撃。
 機体の咆哮と共に放たれた赤黒い粒子砲は、一直線に宙を裂く。
 予定射線と寸分違わず軌道を描く、ハドロン砲の一撃は――――。






 ――――守っていた援護機体もろとも、陸戦兵器バミデスを、完膚無きに焼き払った。









 皇歴2010年。
 神聖ブリタニア帝国のアラビア半島への進軍の結果、オマーン王国は滅亡。
 エリア18と名を改め、支配下に置かれることとなる。














 登場人物紹介①

 C.C.

 神聖ブリタニア帝国の最高戦力、皇帝直属《ナイト・オブ・ラウンズ》の第二席。
 緑髪・金眼の美少女だが、本名を初め、年齢、出生など、その経歴は謎に包まれており、正体を知る物は数えるほどしかいない。
 現皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが即位する以前よりもラウンズに所属しており、帝国の上層部の多くとは旧知の仲らしい。

 搭乗機体は「エレイン」。
 名前の由来は、アーサー王に聖剣を授けた『湖の貴婦人』『湖の乙女』から。





 6月3日 投稿
  14日 修正




[19301] コードギアス  円卓のルルーシュ 序・中
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/06/05 21:32


 コードギアス 円卓のルルーシュ 序・中




 マスカット市内へと凱旋するナイトメアフレームがあった。ブリタニア帝国の第五世代グロースターをモデルに、多重装甲と、可能な限りの重火器を兼ね備えた、カスタム機体だ。平均重量を遥かに超える機体ながら、外見に似合わない優雅な動きで、周囲から遅れずに行動している。

 カラーリングは赤紫。グロースターの紫よりも紅い、緋色に近い色をしている。搭乗者の趣味なのか、所々に塗られた黄色が、殺戮の道具に僅かな可愛らしさを産んでいた。

 ファクトスフィアが、搭乗者に、周囲の様子を伝えて来る。

 焼け焦げた家屋。崩落した建物。陥没した地面は砲弾の跡。乾燥した空気の中に混じる、血と火薬の匂い。未だに燻り続ける残り火と、吐き出される黒煙。砂漠では蒼かった空も、何処か灰色が懸かっている。

 そして何よりも、行軍する軍勢に向けられる、視線。
 怯え。恐れ。怒り。不安。憎しみ。恐怖と憎悪に塗れた、名前を奪われた犠牲者達の視線が突き刺さる。ブリタニアの軍勢に怨嗟の声を向け、憎悪の視線を向ける人々達。その大半が、市内に残る、女性と老人だった。成人男性が明らかに少ないのは、戦場で捕虜となったか、戦死したからだろう。

 気力を失った敗者の姿が、其処には有った。

 市内は全てブリタニア軍が占領している。街の数か所には、今尚も籠城を続行する勢力が残っているが、首都としての機能は全て掌握された。空港、港町、放送施設、そして――――国家の象徴たる、王宮までもが、既に帝国の物となっている。

 中心部へと続く、部分部分が破壊された舗装道路の先、メイン画面に映る物が有る。
 旗だ。赤色の単色で構成された、首都マスカットの旗。

 アラム宮殿の上。熱い風に煽られる首都旗を、目の前に拡大表示する。操縦者のサイズに合わせ、僅かに小さく造られたコックピットの中、鮮明な画像が浮かび上がった。
 首都マスカットに掲げられた国旗と首都旗は、この先、公には見られなくなるだろう。
 国家の名前と、誇りと共に、今日、消え去るのだ。

 「……記録」

 滅亡させた事を、謝るつもりは一切ない。
 しかし、懐の中に抱える携帯電話で、メインモニターに現れた画像を保存する。

 「完了」

 無表情に呟き、しっかりとデータが保存されている事を確認して、携帯電話を仕舞い直す。

 視界の中、王宮の屋根の上に兵の影が見えた。数人の兵達が手に持っている物が有る。遠目でも丁重に扱われている事が良く理解出来る代物もまた、旗だった。
 蛇の尾を持つ獅子が、己の蛇を喰らう構図。
 神聖ブリタニア帝国の帝国旗。

 取り換えられた国旗は、新たなエリア確立の、証明だった。





 宮殿前に、二つのG-1ベースが置かれていた。

 皇族が軍を動かす際に使用される、ブリタニアの陸戦艇だ。参謀府から野戦病院。果てはブリタニア人の収容を可能にする巨大稼働基地は、向かい合う様に配置され、王宮前に停止している。
 両方共に、完全武装の二十以上のナイトメアフレームに警備され、出入り口のエレベーター付近にも重装備の兵隊が立ち並んでいる。常に油断なく周囲を確認している正面に、堂々と彼女はナイトメアフレームを止めた。
 格納庫まで行かないのではない。このG-1ベースの片方が、彼女達の臨時の格納庫だった。

 《ナイト・オブ・ラウンズ》の専用機体など、帝都か、よっぽどの設備が整った場所で無ければ、補修など出来ない。精々がエナジーフィラーの交換と、弾薬補充程度だろう。最低限、租界レベルの設備は必要とされる。支配したばかりの土地に、そんな物が有る筈が無い。

 G-1ベースの中に機体を入れない理由もあった。総監督であるコーネリア・リ・ブリタニアが、まだ帰還していないのだ。敵軍を壊滅させた後、ついでに市内各地の残存兵力を叩いているのである。

 ラウンズ権限を使用すれば、機体を収納は出来る。だが、皇室との間に無用な火種を産む必要も無い。コーネリアという皇族の事を、良く知っている彼女にしてみれば、心配は不要だと知っていた。事後承諾でも許してくれるだろう。しかし、気使いという心構えは大切である。
 格納庫の前に止めてあるのだ。納入するのに手間は懸からない。止める位置にも気を払ったから、他のラウンズ機体や、皇族機体の邪魔にも成らないだろう。

 「……出よ」

 機体を静止させ、動力を落とす。響いていた鈍い回転音が消えると、同時にコックピット内部のルーフランプが点灯した。自動車の車内灯と同じで、戦闘中は無駄な電灯が付かない仕組みになっている。穏やかな色の電灯の下、始動鍵を引き抜いて、両足の脇に供えられたイジェクトを作動させる。

 ガショ、と言う音と共に、背中側に競り出す様に、パイロットブロックが飛び出る。掌の中の鍵を手首に回し、落とさない様に固定した上で、彼女は立ち上がる。

 「……任務、完了」




 彼女の名は、アーニャ・アールストレイム。
 《ナイト・オブ・ラウンズ》の第六席に座る、ラウンズ最年少の天才少女だ。




 周囲の兵隊の視線の中に、羨望が有る。

 帝国最強の一角に名を連ねる、史上最年少の少女。その容姿を見て、伝えられる武勲は本当か? と懐疑的だった兵達も、先の戦闘での活躍を見て評価を一変させたようだ。噂は本当だった、という声が小さく聞こえて来る。

 慣れた物だ。昨年にラウンズに入隊を果たして以来、常に、良くも悪くも噂は纏っている。悪くなれば、男性陣を籠絡させた、皇帝に取り入った、そんな根も葉もない噂もあった。

 ナイト・オブ・ラウンズは、そんな生易しい組織では無い。他者と隔絶された、圧倒的な実力を必要とする。確かにアーニャも他者に頼ったが、それは己を鍛える為。何度も土を付けられ、敗北し、努力の末に実力で席官の座をもぎ取った。
 最も、その敗北の回数が非常に少なく、異様に呑み込みが速い事は、アーニャの有する天性の才能の証明だったのかもしれない。

 戦場で実力を証明すれば、結果と評価は自ずと後から付いてくる。就任して半年もすれば、皇帝が戯れに自分をラウンズに登用したのではないと、国内の誰もが認める様になった。
 その変わりに、天才少女として(特に若い男性兵士に)噂され、人気を博すように様になったのだが、こちらは諦めている。自分に後輩が出来れば、その内に言われなくなるだろう。

 「……暑い」

 頭上から降り注ぐ熱気に、内部から出なければ良かった、と一瞬後悔をする。しかし、戦闘でもないのに、ナイトメアの狭い中に閉じ籠るのも嫌だった。仕方ない、と息を吐く。

 オマーンの緯度は、フロリダとほぼ同じだ。しかし、砂漠気候である事。インド洋から乾燥した風が吹いている事。今の季節は雨が多く降らない事。複数の理由が重なり、非常に気温が高い。

 G-1ベースに入っていようか、と考えたアーニャの頭上が、影に覆われる。

 地面に映る影は、非情に特徴的な、”コ”の形だ。其れだけで、誰の機体なのか一目瞭然だった。

 明らかに目立っているアーニャのナイトメアを目印にしたのだろう。ゆっくりと、六枚羽を展開させて、静かに降りて来る機体が有った。帝国でも僅かにしか実装されていない緑色の光る羽――――フロートシステムを有し、単純な砲撃ならばラウンズでもトップクラスの火力を有する、『空飛ぶ棺桶』エレイン。

 アーニャだって乗りたく無い、欠陥品……怪物機体だ。以前に乗せて貰った時、動かす事、操縦する事までは辛うじて出来たが、戦闘などは冗談では無いと思っている。幾ら身体能力に自信が有るラウンズでも、慣性で体が壊れてしまう。
 自分には、もっと単純なコンセプトの機体が相応しい。重装甲、大火力、超馬力の、移動砲台で動く要塞の様な機体だ。本国で造って見ようか、と頭の中で考えている間に、目の前の機体が着陸する。

 航空戦力としてのナイトメアは、戦闘機の形こそしているが、中身は別物だった。機体への出入りもパイロットブロックを使っている。”コ”の中央部分。僅かに厚みが有る場所から、やはり迫り出すように、イジェクトされた。

 開いた搭乗口を掴み、軽やかに身を引きだす搭乗者。

 緑色の髪が、太陽に反射する。

 「――――毎度、毎回。色々と神経を使う機体だよ」

 やれやれだ、と言う態度で、C.C.は地面に降り立った。






 「お疲れ様。C.C.」

 「ああ。お前もな、アーニャ」

 降り立ったC.C.の近くに寄る。首、肩、腕、背筋、腰と屈伸運動をするC.C.に、異常は見られない。
 普通の人間では絶対に支障が出る、怪物機体を扱える。体への負担を気にせずに戦闘をして、毎回帰還する。その技量が、彼女がラウンズ内で確固たる地位を築いている理由の一つだ。

 アーニャとしても、見習うべき点は多い。皇族に異常に効果を出す顔であったり(皇族が苦手としている、と言うのか)、実は皇帝相手にも変化しない態度であったり、重要な部分を逃さない明晰さであったり。
 流石にピザの大食いを、見習う気は無かったが。

 「ルルーシュは?」

 アーニャの問いかけに、エレインの始動キーを手首に収納し、狭い操縦席で、ラウンズの正装が汚れていないかを確認しながら、C.C.は答えた。ナイトメアから降りて行う事は、誰でも一緒だ。

 「コーネリア殿下と一緒だ。市内の不穏分子を始末しているよ。少し時間は懸かるが、時期に戻って来るさ。……G-1ベースに入るか? 殿下からは許可を貰って来たぞ?」

 「……ううん。良い」

 意外と面倒見の良いC.C.が、気を利かせる。
 冷房の効いた室内に入る事は、確かに魅力的な提案だった。戦闘の疲労。コックピットでの圧迫感。蓄積した疲労と、汗の不快感。それらを広々とした室内で癒せたら、どれ程に快いか、と思った。けれども、

 「ルルーシュが帰るまで、待つ」

 「そうだな。ならば私も付き合おう」

 近くにいた兵隊に汗を拭う為のタオルを要求し、C.C.もまた、アーニャの隣で動かない。恐らく、最初から出迎えるつもりだったのだろう。
 先までと違って、直射日光を防げていた。エレインの影がアーニャとC.C.を守っている。吹く風は未だに暑いが、我慢が出来るレベルになっていた。肩の力を抜くアーニャに。

 「動くなよ?」

 ばさ、と頭から大きめのタオルが被せられる。懐から取り出した携帯の画面が、見えない。

 「――――C.C.」

 「良いからじっとしていろ。髪が痛む。型が崩れるのも、嫌だろう?」

 軍用の量産品では得られない、柔らかな感触。皇族も使用する高級品が、頭を包んでいた。
 がしがし、と乱暴さの中に優しさを含んだ手付きで、C.C.はアーニャの頭を拭く。砂漠の砂埃と、強い日差しだ。女の髪と肌には天敵に違いない。

 操作しようと思った携帯から、手を放す。

 彼女は、アーニャと仲が良い。ラウンズ最年少と言うだけでは無い。アリエスの離宮で行儀見習いをしていた過去を持っている事。ルルーシュの幼馴染の一人である事などが、理由に有るのだと思っている。
 C.C.の、不器用な優しさは、外見と同じく、昔から変わらない。

 「……ルルーシュの方が、上手い」

 「そうだな。認める。だが、これでもノネットやドロテアよりは上手いだろう?」

 「…………ん」

 頷いて、アーニャは髪を任せる。口では文句を言っても、C.C.の手を振り払おうとは、思わなかった。




 一通り、顔を身綺麗にした後の事だ。

 「エリア18が、アラビア侵攻の拠点に成る事は間違いない。エリアから航路を使用すれば、簡単に到達できる」

 アーニャの携帯に表示された、アラビア半島の地図を見ながら、C.C.は語った。
 白い指が地図をなぞる。ブリタニア本国から太平洋を横断。オーストラリア、インドネシアを経由し、オマーンへと通じる航路だ。今回の、上陸作戦で使用された航路でも有る。

 「今回の作戦で、オマーンの国家だけでは無い。オマーン湾、ペルシア湾を使用していた国家にも、ダメージが与えられる」

 オマーンを支配した事で、それよりも奥まった航路は、必然的に使用が難しくなる。

 「クウェート?」

 「そうだ。アラビア半島の中でトップクラスの生活水準を有するクウェート。バーレーンやカタールは、まだサウジアラビアからの陸上支援が有る。一番苦しいのはクウェートと、此処と隣接する、アラブ首長国連邦。そしてイラク、だろうな」

 指が一点をさす。オマーンの海上艦隊が多大なダメージを受けた、ホルムズ海峡だった。
 アラブを跨いで『飛び地』であった此処も、オマーンの支配と共にブリタニアの土地に成る。

 「必然的に。海上輸送に頼るペルシア湾岸国家は、ホルムズ海峡の使用について、ブリタニアと交渉しなければならない。海上輸送が使えなかったら、経済崩壊の危機だ。多少の政治的苦痛は呑み込む」

 今迄が裕福だった国家ほど、財力を失う事を恐れる物だ。
 国民の危機、国家の衰退を考えれば、不平等な条件でも承諾する必要がある。

 「最も、フジャイラに寄港し、陸上経路でドバイやアジマーンまで運送。ペルシア湾を北上すると言う方法もあるが……」

 オマーン湾に面する、アラブ首長国の中規模港を指差し、そのまま陸上を西に横断するルートを示す。

 「非効率で、一時鎬にしかならない」

 C.C.は愚問だ、と切り捨てた。

 第一に、国境線に近いフジャイラを頼る事は難しい。何かあったら直ぐに近隣からブリタニア軍が来襲する。オマーンのインフラは多大な投資の元、非常に整備されている。耕地が広がる湾岸線沿いに築かれたハイウェイを使用すれば、国境まで数日も懸からない。

 第二に、アラブに金を落とす事になる。ブリタニアとの戦争の為、アラビア半島が一時的に手を結んでいる状態とは言え、無駄金を使う余裕は、どの政府にも無い。帝国に対抗する軍拡で精一杯だ。

 更に情報を付け加える。

 「本国は、オマーンを統制した後は、アラブ首長国に乗り出すだろう」

 首都マスカットと同時期に、周辺の大都市は支配されている。ミナアルファール、マトラ、ニズワー、ハブーラ。オマーンの名だたる大都市は帝国の手中に堕ちている。

 首都陥落以降も抵抗活動を続けていたのが、湾岸線に面する北西の都・ソハールと、砂漠に近いイブリーの都だった。この内、イブリーの戦力は先のルブアリハリ砂漠で壊滅している。

 残るソハール戦力も、消滅の一歩手前まで追い込まれている事は間違いない。ブリタニア軍に無謀にも攻撃を仕掛けるか、内部分裂で自滅するか、アラブに逃亡するか、降伏を受け入れるか。

 どの選択肢も、帝国の絶対的優位を覆す事は出来ない。

 「アラブが支配されれば、完全にオマーン湾は使用できなくなる。そうなれば、クウェートやイラクが、オマーン陥落以上の、経済的打撃を受けるのは明らかだ。不利な状況に置かれるから、ホルムズ海峡の使用の為に差し出す代償も、大きく成る」

 「だから、今の内に?」

 「そうだ。遅かれ早かれ、ここ数年でオマーン湾の航行は確実に制限される。経済的な打撃を受ける事も確定事項だ。ならば、より被害を減らし、より有利な条件で批准するのが賢いやり方だ。アラビア諸国の首脳陣が馬鹿で無い限り、近いうちに打診をして来るだろう」

 まあその仕事は、ラウンズでは無く帝国宰相の仕事だがな、と最後に付け加えた。





 「……そうだ。質問」

 「何だ?」

 ルルーシュとコーネリアの帰還を待つ間の事だ。時間を持て余したアーニャとC.C.は、ナイトメアの日陰で、変わらずに政治の話をしていた。
 ラウンズの仕事が戦闘と言っても、国政と権力中枢に近い以上、最低限の知識は要求される。
 国政に詳しいC.C.が、世間知らずな部分を持つアーニャに答える形式だった。

 「サラーラ、は?」

 地図を見る。オマーン攻略における重要地。南方の港町・サラーラ。アラビア海の西側に位置したこの街は、アフリカ大陸へ向かう航路の寄港地でも有る。多くの貨物が集積し、経済特区も存在している。インド洋まで範囲に入れても、有数の巨大な港である事は間違いない。

 「要所、だけど」

 サラーラは、上陸作戦後の電撃戦で攻略されている。コーネリアが狙った理由は三つだ。

 一つは、ブリタニア海軍戦力と、ナイトメア戦力の物資を補給する為。オマーン防衛線の援助の為に各地から集められた備品を徴発し、自軍への補給と、相手への負担が目的だ。

 もう一つが、サラーラの位置だ。首都に次ぐ大きさを持つサラーラは、当然ながら大戦力を有している。サラーラを攻略せずに首都に兵を進めると、北部からのマスカット軍と、南部からのサラーラ軍の挟み打ちに合う可能性が有った。

 最後が、サラーラの歴史的な側面。近年は首都マスカットを中心に、経済を発展させてきたオマーンだが、歴史的に見ればサラーラの方が重要視されていた事が多い。世界各国からの物資と、季節風による避暑地として、発展して来た。故に、サラーラの攻略は相手の士気を殺ぐ効果を持つ。
 長い歴史を持つ部族の長や政治家を確保すれば、其れだけ帝国に有利になる。

 しかし、オマーン支配という観点で見ると、どうだろうか?

 「……位置的に、難しい?」

 アーニャは、其処が、疑問に思った。

 オマーン第二の都市。確保した際のメリットは非常に大きい。巨大な港町は、物資以外にも多くの物を呼び寄せる。不利益を産む存在も含まれるだろうが、管理を万全に行えば問題は発生しにくい。
 サラーラの町自体は、確保出来る。しかし、港町最大の役割である『輸送』となると困難ではないか?

 「長い、し」

 携帯の画像で、確認をする。サラーラとマスカットは、直線距離でも八百キロは軽い。整備された道路でも、千キロはある。中間のムクシンという都市も制圧されてはいる。しかし。

 「……襲撃が、ある?」

 二点を結ぶハイウエイの西側には、広大なルブアリハリ砂漠が広がっているのだ。オマーンに残る残存兵力やレジスタンスにしてみれば、格好の標的ではないか、と思う。

 「そうだな。ブリタニア関連ならば、可能性はあるだろう。襲撃する事を躊躇うとは思えないからな」

 国内第二の都市だ。第一都市と距離があり、輸送には陸路が使用されていた。危険は高い。
 アーニャの問いかけに、C.C.は頷いた。

 「防ぐ方法は簡単だよ。――――マスカットとサラーラ間の主要道路を使用しなければ良い」

 首都周辺を指で囲いながら、説明する。

 「サラーラに水揚げされる、マスカットへの物資。それらを直接に引き受ければ良い。マスカット租界の開発と、その後のゲットー地区再開発には、金と材料が必要だからな。供給量の増加は問題には成らない。租界が完成する間に、マスカットの港湾設備を整えれば、その後も安定して利用できるだろう?」

 そうして、今度はサラーラに指を向ける。

 「当然、サラーラでは今迄よりも貿易に支障が出る。供給量は減少し、経済の衰退が懸念されるな。その対策としては、既に存在している経済特区を利用すれば良い。ブリタニアと衛星エリアのブロック経済に、アフリカと中東諸国を組み込んだ特区だ。困難だが、成功すればエリアの生産性は格段に向上する。……味方を変えれば、サラーラ租界、だな」

 「……ん」

 納得を返す第六席に、第二席は丁寧に説明を終えた。

 「北部のマスカット租界を中心とする政府と内部経済。南部のサラーラ租界を中心とする諸外国相手の経済。これらが、このエリア18の支柱だろう」

 そして最後に、とC.C.は付け加える。

 「帰化をしない、旧オマーン国籍を持つ者達。彼らの住む場所は、租界外かゲットー、だな。国内を楯に走る、二都市を結んでいた道路周辺になるだろう。中継拠点のムクシンに監視の仕事を与えれば良い」

 「なるほど」

 


 
 「もう一つ、質問」

 「ああ、良いぞ? どんどん聞け」

 「……対岸、は?」

 生徒の質問に答える教師の様に、C.C.は直ぐに質問を組み取った。中々に良い着眼点だ。
 オマーン陥落に間接的に影響を与えたイラン。この国家もまた、アラビア海、オマーン湾、ペルシア湾に面している。

 「イランか」

 「そう」

 アラブ諸国に言える問題は、イランにも適応できる問題だ。カスピ海を縦断する、ロシア方面からの交易ルート。陸路からの輸入や、空の航路もある。海上輸送が絶たれても、全滅する心配は無い。
 しかし、大きく半減する事も間違いない。先のアラビア諸国の、ホルムズ海峡使用に関する政治的交渉の問題は、イランにも言える。

 「心配は不要だよ。……既に帝国宰相が抑えている」

 そのC.C.の言葉に、アーニャは不思議そうな顔をした。

 「…………?」

 「アーニャ。宰相閣下は、イスラム過激派のホルムズ海峡襲撃を後押しした。同時に、イラン政府にも同時に交渉を持ちかけたんだ。イスラム過激派の行動を見逃せ、とな」

 「……つまり、裏取引?」

 「政治は良くも悪くもそう言う物だが。……そうだ」

 余り大きな声で言える内容では無いので、自然と小声になる。
 しかし、明確にアーニャの言葉を肯定して、説明していく。

 「シュナイゼル殿下は取引を持ちかけたんだろう。イスラム過激派によりホルムズ海峡襲撃を見逃す。代価は、オマーンを支配した後の、航路の自由使用。ホルムズ海峡襲撃の一派のリスト。……今後数年の、内政不可侵も、あるだろうな」

 腕を組み、政治情勢を読み解く様に、流暢に語る。

 「イラン政府はイスラム過激派に手を焼いていた。ブリタニア本国という強大な敵が存在する政府にしてみれば、内部紛争に時間を消費したくは無かった。アラビア半島が攻略されれば、次の標的はアフリカと中東に矛先が向く可能性は高い。一刻も早い、解決を要求されている」

 「……だから、内政不可侵?」

 「そうだ。シュナイゼル、じゃなかった。シュナイゼル殿下は、ブリタニアの為にもオマーンを攻略する必要がある事を知っていた。戦況をより優位に進め、少ない被害で決着を付ける為にも、イスラム過激派の利用を決めた。しかし、イラン政府の横槍は入って欲しくない」

 「――――そうか。イスラム過激派の行動を見逃して、オマーンをブリタニアに占領させる。過激派を見逃す代わりに、アラビア海以西の、航路の使用権を許可する。理由は、自国の経済を衰退させない為」

 「そういう事だ。後は、ホルムズ海峡を襲撃した連中に、全ての責任を負わせれば良い。イラン政府の身代りと、オマーン陥落の原因として、シュナイゼル殿下の情報を利用の元、国内のイスラム過激派は一掃される。内政不可侵の条は、”条約が効力を失うまで”は、ブリタニアからの侵攻は無いと言っている様な物だからな。国内を平定し、その後は近隣イスラム系諸国と同盟を結んで、ブリタニアへの防壁を構築すれば良い……と、イランは考えた訳だ」

 シュナイゼルの事だから、アラビア半島の攻略を終えるまではイランが動かないよう、敢えて平等に近い条約を批准しただろう。
 アラビア半島の侵攻の拠点であるオマーンを確保した所で、簡単に侵攻できるのはアラブ、カタール、バーレーンまでだろう。サウジアラビア王国を攻略するには、一年以上懸かる事は十分に理解できている。
 イランやイラクを制覇するのは、その後だ。支配した後の後始末を考えると、生半可な時間では無い。

 しかし、オマーン侵攻の『裏の目的』を知っているラウンズとすれば、古い歴史を有する中東諸国は、外せない標的だった。

 そう考えていると、周囲が騒がしくなる。
 見れば、帝国旗を掲げたマントの機体が、此方へとやって来ていた。
 漆黒に金縁の機体も同乗している。

 「帰って来た」

 「ああ。らしいな」

 組んでいた腕を解き、影から出て出迎える準備をする。




 その時だ。




 「申し上げます! C.C.卿!」

 青い顔で、C.C.の元に飛びこんで来た将官がいた。マスカット陥落以後、オマーン王族の厳重な監視を任されていた人物だ。
 顔が汗だくなのは、暑さのせいだけではない。失態を犯した顔。非常に不味い事態を引き起こした顔をしていた。

 「何が有った?」

 嫌な予感が、頭をよぎる。いや、予感では無かった。
 第六感にも似た、確信だ。




 「旧オマーンの第一王子が、自殺、致しました!」




 「……話せ。――――いや、一つ確認させろ」

 内心にこみ上げる、憎々しげな感情を押し殺す。
 C.C.の予想が正しければ、自殺は、この将官の失態では無い。

 「有り得ない状態での、自殺……だな?」

 「――――! そ、そうです!」

 彼女の言葉に、必死に頷く青年将校。堰を切った様に、口を開く。

 「じ、自分の首を自分で絞めて、自殺した様です! 他の王族に被害はありません! 道具は、身に付けていた衣服。監視員が目を反らした一瞬だったようで……!」

 効かれていない内容まで、必死に話す。C.C.の不機嫌さを、失態を責めている様に勘違いしたらしい。無理も無かった。監督責任では済まない大問題。降格処分では済まないだろう。
 容貌は非常に美しい彼女だが、その不遜な態度は皇族ですら怯ませる。

 (……先手を、打たれたか)

 顔にこそ出さず、内心で憎々しげに息を吐いた。
 人間は呼吸が出来ずに意識を失っても、軌道が確保されている限り、暫くの気絶の後に目を覚ます。首を括っての自殺は、呼吸が出来ずに死ぬのではない。頸椎損傷が大きな理由だ。
 勿論、自分で自分の首を絞めて死ぬ事は、恐ろしい苦痛を伴う。不可能では無いが、不可能に近い。

 「国民への謝罪と、無意味な抗戦の停止が、己の血で遺書として、書かれていたな?」

 「――――――、――――! ……何故、御存じで!?」

 「ああ。……良い。もう分かった」

 湧きあがる不快感を押し殺して、C.C.は伝えた。

 「処分は負って伝える。今は持ち場に戻っていろ。……コーネリア殿下には、私から伝えておく」

 不機嫌そうな態度に怯える将官を追い返して、C.C.は小さく舌打ちをした。隣で話を聞いていたアーニャも、先程とは違う、仮面を張り付けた様な無表情へと変わっていた。


 C.C.も、自分で試した事が有る。
 自分で自分の首を絞めて自殺する方法だ。死なないと理解していても、相当に苦しかった。気を失うだけならば簡単だが、そのまま死ぬとなると、生半可な事では無い。

 無意味な抵抗を止める為の、覚悟の自決。

 かつて日本と言う国家の首相が行って以降――――支配されたエリアの中で、その理屈が罷り通っている。この地も同じだ。旧オマーンの国民から軍部まで、このエリアに関わる九割九分の人間が、信じるだろう。

 だが、大きな間違いだ。

 自殺では無い。自殺に見せかけた、殺人だ。

 傍から見れば立派な自殺。だが、C.C.は確信を持っている。



 監視されてから一定の時間が経過したら自殺する様に――――。



 「――――命令、されていた?」


 同じ事を考えていたアーニャが、C.C,にだけ聞こえる大きさで、言葉を放つ。

 「ああ。……逃げられた、な」




 宮殿前に到着した、ルルーシュとコーネリアのナイトメアを見ながら、魔女C.C.は、やはり小さな声で、同意した。










 登場人物紹介②

 アーニャ・アールストレイム

 神聖ブリタニア帝国の最高戦力、皇帝直属《ナイト・オブ・ラウンズ》の第六席。
 桃色の髪を持つ、小柄な少女。無口で無表情だが、親しい相手には感情を示すらしい。趣味は携帯でのブログの更新。
 史上最年少で入隊を果たした天才で、ラウンズには相応しい実力を有している。見た目とは裏腹な、豪快な攻撃が持ち味。戦略と可愛らしい容貌も相まって、男性兵士を中心に人気を博しているらしい。
 最年少と言う事で、ラウンズでは皆から世話を焼かれている。特にC.C.や第五席のルルーシュとは、行儀見習い時代からの付き合い。

 搭乗機体は、「グロースター(アーニャ専用機)」
 従来の倍以上の装甲と砲撃系重武装による大火力を有している。重量や低機動力、そしてアーニャの体格に合わせた、少し小さなパイロットブロック。これらの理由によって、彼女で無いと扱えないカスタム仕様となっているが、本人はまだ性能に不満があるとの事。
 本国帰還後に、『要塞で砲台』の様な、最新鋭機を建造する予定。




 6月5日 投稿



[19301] コードギアス  円卓のルルーシュ 序・下
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/06/12 19:04




 コードギアス 円卓のルルーシュ 序・下








 ・『魔 王』が入室しました。




 ・魔 王 「俺が一番か? ――まあ、時間まで結構あるから仕方が無いか。……空いた時間で書類を裁く事にする。何かあったら呼べ」

 ・魔 王 「…………」

 ・魔 王 「……………………」

 ・魔 王 「……………………………………」

 ・魔 王 「全く……ん? この書類は――」

 ・魔 王 「……………」

 ・魔 王 「――またか。懲りない奴だ」

 ・魔 王 「……………………」

 ・魔 王 「……………………………………」

 ・魔 王 「………………………………………………………」




 ・『吸血鬼』が入室しました。




 ・吸血鬼 「ああ。俺が二番か。――ルルーシュ? いるのか?」

 ・魔 王 「……ああ。いるぞ」

 ・吸血鬼 「なんだ。機嫌が悪そうだな」

 ・魔 王 「…………」

 ・吸血鬼 「――あー。……なあ、ルルーシュ。自他共に認める通り、俺は戦争が有れば其れで良い。交渉、政治、条約、規範、法律。実を言えば、階級にも興味は無い。一番、自由に戦える。一番、戦場に近い役職だから、この地位にいる」

 ・魔 王 「…………」

 ・吸血鬼 「皇帝陛下に、実力と因縁を買われてラウンズにいるが、宮仕えは大の苦手でね。帝国の行事は愚か、普通の社交界でも荷が重い。いわゆる根っからの戦狂いで、血狂いだ」

 ・魔 王 「……………………」

 ・吸血鬼 「俺は戦争が有って、戦場に有って、血と殺奪の中に有れば、其れで良い。狂っている自覚はある。――だから殺しという点では、ラウンズでトップクラスの自信はあるぜ? 相手を殺害し、傷つけ、泣き叫ばせる、という点ではヴァルトシュタイン郷にも負けないさ。その分、他が壊滅的だがな」

 ・魔 王 「長々と語って、何が言いたい」

 ・吸血鬼 「つまり俺には、書類仕事も、全くに出来ないと言う事だ。論理的だろ?」

 ・魔 王 「論理の前に倫理を学べ。――お前が、裁く筈の書類を、俺に、押しつける事への、良い訳になると、思うのか?」

 ・吸血鬼 「ああ、だから怒ってるのか。気にするなよ。適材適所と言う言葉が有るだろ。自慢じゃないが、お前が五枚を裁く間に、俺は一枚だけ裁けるぞ」

 ・魔 王 「威張るな。まず謝れ。むしろ今からお前がやれ。……大体、同じ任務に着いていた筈のモニカはどうした。彼女がお前の行いを許すと思わないが」

 ・吸血鬼 「怒るなよ。こう見えて、少しは感謝をしてる。感謝だけだがな。……モニカならばシュナイゼル殿下の所だ。今回の中東での活動報告をしている。時期に来るだろうさ」

 ・魔 王 「そうか。……話を戻すが。お前は僅かな書類も俺に任せる訳か」

 ・吸血鬼 「俺を見縊るなよ、ルルーシュ。これでも実は半分になったんだ」

 ・魔 王 「ほう。……まさか、送る前に、お前が半分を始末したと言うのか。だったら感心するが」

 ・吸血鬼 「うんにゃ。俺の手際が余りにも悪いと言う事でな。モニカの奴が不満を言いながら片づけた。俺がしたのは書類の一番下にサインをしただけだ。本来の仕事の半分は彼女が始末した。ルルーシュには、残った半分を頼んだ。つまり俺は半分の仕事をしたのではない。全然、仕事をしていないんだな、これが」

 ・魔 王 「――……怒っても良いか?」

 ・吸血鬼 「もう怒られたんでね。悪いが我慢してくれ」

 ・魔 王 「……ああ。だから頭の針スタイルが潰れているのか。自業自得だな。いい気味だ」

 ・吸血鬼 「ああ。痛くて硬くて、序に重い拳だったよ。髪を整えようにも、実はまだ瘤が引いてない。ほら、頭の上に氷嚢が乗っているのが見えるだろ?」

 ・魔 王 「シュールだな。そのままでいろ。……まあ、確かにあれは痛い。しかも他の女性陣より威力は落ちても、性質が悪いのも確かだな。殴った後のモニカは何時も涙目だ。こっちの心を痛くするからな。あれは卑怯だと思う」

 ・吸血鬼 「ま、実際は殴った際の心の痛みとか、癇癪を起したとか、そんな可愛い理由じゃないけどな」

 ・魔 王 「ああ。殴った時に自分へ返るダメージが大きいだけだ。その表情のせいで、最初は誰でも勘違いする。自分が悪かったか、とな。……まあ、俺もそうだった」

 ・吸血鬼 「女性陣は一発で見抜いたっぽいけどな。……まあ、あの涙目が被虐心をそそる訳だ。理由がどうあれ、何時、如何なる時であれ、涙って言うのは俺には甘露だね」

 ・魔 王 「……おい。お前な。……それじゃまるで」




 ・『C×C』が入室しました。
 ・『あにゃ』が入室しました。




 ・C×C 「女にちょっかいを掛けないと気が済まない小学生の餓鬼か?」

 ・あにゃ 「――要するに、変態?」

 ・吸血鬼 「……唐突に参加したと思ったら、第一声から厳しいな、おい」

 ・魔 王 「いや。……流石に、少し付き合えないぞ」




     ●




 薄暗い空間の中に、一つの光源が有った。

 周囲を頑丈な金属板で覆われた、長方形の空間。圧迫感をエル窮屈な空間は、ナイトメアフレームのパイロットブロックだ。空調性も居住性も完備していない、戦争の為の立体の中に、光が灯っている。
 光の源は、操縦者の目の前に映る、モニターだった。
 ナイトメアフレームの前面部分を覆う様な画面。搭乗者の上半身以上も有る画面は、青。起動を示すブリタニア文と、操縦者しか知り得ない暗証番号の入力画面が、画面に映っている。
 画面中央に開かれたウインドウは、通常ならば外部の様子を伝え、敵を打ち倒す死神の眼へと変化する。しかし、今は違った。
 画面は、搭乗者の入力を待っているのだ。
 始動鍵を差し込まれ、稼働状態の一歩手前に保たれたナイトメアフレーム。その操縦者は、画面手前に備え付けられた情報入力用のコンソールを叩き、幾つかの短文を刻んだ。

 『××××××××××××』

 打ちこまれたパスワードを認識し、画面が飛ぶ。程なくして開かれたウインドウには、十二と、複数に句切られた窓が浮かんでいた。
 一つ一つは大きくない。しかし、映る画面の奥に、確かに相手の顔を鮮明に捉えている。それは同時に、自分の状態も相手に伝わったと言う事だ。
 回線が繋がり、同時に、言葉と声が、飛んでくる。




 ・吸血鬼 「前から思ってるけどさ。俺の扱い酷いよな?」

 ・あにゃ 「別に。……普段は皆が少し、他より軽く扱ってるだけ」

 ・C×C 「良いじゃないか。構って貰えるだけ。お前が血に狂っている事も変態な事も、取りあえず共通認識と言う事で完結しているんだ。ハブられるよりは良いだろう? ……ふむ、ところで」

 ・吸血鬼 「どうした?」

 ・C×C 「腹が減ったな。此方は夜の十時半だ」

 ・魔 王 「不死者が空腹感を得る事に対する突っ込みは置いておくぞ。そう言うと思って、夜食は準備しておいた。外を見てみろ。近くに置いてある筈だ」

 ・あにゃ 「私の分も?」

 ・魔 王 「ああ、そうだよ」

 ・吸血鬼 「……相変わらず年下の女に甘い奴だな」

 ・魔 王 「馬鹿な事を。俺は女性には優しく有れと教えられただけだ」




 相変わらずの会話だな、と思う。この会話だけを聞いて、帝国最強達の会話だと理解出来る者は、殆ど居ないだろう。其れほどに彼らの会話は、穏健で、権利とは無関係な空気を有している。

 此処は、通常の情報交換とは全く別の、一種の隔離空間だった。

 ラウンズを含めた限られた一部のみが入れる、電脳世界の一室。専用の人工衛星を使用した回線に、徹底した情報機密の元に開催される、ナイト・オブ・ラウンズの秘密会談。

 専用のナイトメアのみが有する回線を使用。この時ばかりは外部モニターも不可能になる。情報探索は重罰だ。ラウンズが己の機体に乗り、己のパスワードを打ち込む事で初めて参加が出来た。

 宮廷の権力闘争も、此処には絶対に入り込まない。

 戦の事後報告と共に開催されるこの活動。

 通称を『円卓会議』と、呼ばれている。




     ●




 ・『開拓者』が入室しました。




 ・開拓者 「ん、なんか盛り上がってるな」

 ・魔 王 「来たかジノ。そっちは寒いか?」

 ・開拓者 「寒いのなんのって、ツンドラ気候を舐めてた、って感じだな。こっち朝だし。ブリタニア領とはいえアラスカはきつい。で、どんな状況だ?」

 ・C×C 「ああ、これが夜食か。頂くぞ。――……もぐ。――何。何時も通りだ。……はふ、変態吸血鬼に厳しい言葉が寄せられているだけさ。……ごくん」

 ・あにゃ 「もぐもぐ。……前の会話を、見れば良い。……まぐまぐ」

 ・開拓者 「ふーん。……ま、如何でも良いか。で、アーニャ。それが夜食か?」

 ・吸血鬼 「無視かよ」

 ・C×C 「ふぁふぇ……ごくり。何故、私に聞かない」

 ・あにゃ 「そう。C.C.のピザと、私の辛いの。ルルーシュが準備しておいた。……美味しそうでしょ? と、これ見よがしに自慢をしてみる」

 ・開拓者 「C.C.は語るから嫌だ。――良いなー。欲しいなー。ルルーシュ、俺の分も」

 ・魔 王 「金は払えよ?」

 ・開拓者 「ちぇ。アーニャとかC.C.とかにはサービスして、俺には金取るのか」

 ・C×C 「私もアーニャも、少しは払っている。――美味いな。あむ」

 ・魔 王 「喰いすぎてイルバル宮の台所にダメージを与えた奴が言うな。管理をする役人が泣いただろ。……それに、無駄な出費は基本的に避けるべきだ。唯でさえ俺達のナイトメアには、湯水のように金が使われているんだぞ」

 ・C×C 「もぐもぐ」

 ・あにゃ 「はむはむ」

 ・吸血鬼 「そうだな。ヴァィンベルク卿は、もう少し加減と言う物を知るべきだ」




 ・『泥っち』が入場しました。




 ・魔 王 「エルンスト卿。真夜中にご苦労」

 ・泥っち 「いや。暇だから構わないさ。……で言わせて貰うが、私の意見を一言で言えばこうだな。―― ”お前が言うな” 。」

 ・C×C 「――ふう、御馳走様。……そうだな。確かに言ってる事は正論だが、そんな感じだぞ。ジノの食い意地が台所に直撃するのも問題だがな。大部屋の壁を毎
回穴だらけにするナイフ練習は止めろ。痛むし、埃がピザに悪い」

 ・あにゃ 「第一、機体損傷率が一番大きいのはルキ。……戦法を学習しないで被弾する。あ、ルルーシュ。美味しかった。また作ってね?」

 ・魔 王 「ああ。暇を見つけてな。で、突撃馬鹿は、悪癖に対して言う事は?」

 ・吸血鬼 「……なあ。このさ。俺の発言に対して、打てば響く様に返って来る暴言の嵐を、どうすればいいと思う?」

 ・開拓者 「俺に聞くなよ。……そうだな。苦笑えば良いんじゃねえの?」




     ●




 画面には、十二の窓枠が表示されている。

 十二の枠が円を描き、時計のように各窓枠が置かれている。天頂部に一という数字が置かれ、其処から右回りに二、三、と続き、十二まで。時計の文字盤と違うのは、本来十二が置かれる位置に一が置かれ、一文字ずつ左にずれている事だろうか。

 三つの窓枠には、空席を示すバツ印が張られ、黒い画面の中に浮かんでいる。

 三つの窓枠には、まだ参加していない証拠である、席を示す数字が泳いでいる。

 残る六つに、現在入室中の、各自の顔が浮かんでいた。
 パイロットブロックに備え付けられたカメラが、リアルタイムで相手の情報を伝えてきている。

 相手の顔しか見えない状況だ。しかし会話は出来る。顔色を伺う事も十分に出来る。何よりも、唯の一方的な通信に成らず、全員で開く事が出来る事が、一番大きなメリットだ。

 各地にいるラウンズ達には、当然、時差の影響がある。ゆえに会議は、ブリタニア標準時で昼十二時と指定されていた。例えば、最も時差の影響が大きく、十二時間の差が有るのが、インド洋を航行中の船舶内にいるドロテアだ。彼女でも、深夜十二時という成人ならば普通の時間に参加出来る。
 ラウンズの権限を持ってすれば、難しい事では無い。




 ・吸血鬼 「というかよ。C.C.とか中でピザ食って、匂いが付着しないのか?」

 ・魔 王 「俺も忠告したんだがな。……何と答えたと思う?」

 ・開拓者 「大方あれだろ。ピザの匂いだったら染み付いても良いじゃないか、とか」

 ・C×C 「良く分かったな。一言一句、同じだぞ」



 一見すれば、昼休みの学生達の会話だった。他者から見ても、それは事実だと言うだろう。確かに、休みの会話で有る事に間違いは無い。平穏とは程遠い、戦と戦の間の物であるというだけで。

 彼らの会話に加わる様に、新しく窓枠が光った。

 新たな剣が、参加したのだ。




     ●




 ・『虎殺し』が入室しました。




 ・虎殺し 「やあ、元気が良くてなによりだ」

 ・泥っち 「エニアグラム卿か。その様子だと、体力が有り余っているようだな」

 ・C×C 「ああ、ボワルセルに行っていたんだったな。……どうだ、新人達は」

 虎殺し 「ああ。教官の真似ごとをしていて思ったが、やっぱ未熟者ばかりだ。今迄が放蕩に生きて来た貴族の餓鬼も多くてね。私の訓練に最後まで着いて来たのは三割だ。相当にセーブをしたんだけどね」

 ・魔 王 「――三割か。……因みに、訓練レベルは?」

 ・虎殺し 「んー……。アーニャで何とか、評価Aを上げられるレベルかな?」

 ・吸血鬼 「となると、ルルーシュだと合格ギリギリなレベルか」

 ・あにゃ 「――其処で、私?」

 ・虎殺し 「ま、ルルーシュは除くべきだろうからねえ。となると、アーニャかモニカしか比較対象が無いのさ。体力的には下から数えた方が早いだろう?」

 ・あにゃ 「……そうだけど」

 ・開拓者 「気にするなよ、アーニャ。アーニャもモニカもルルーシュも、体力の代わりに高性能の頭脳が有るんだ。ナイトメアの技量も高いし、些細なことだって」

 ・魔 王 「そうだな。俺よりも体力があるんだし、良いじゃないか」

 ・C×C 「その理屈で納得する事と、慰めるのはどうかと思うがな……」

 ・吸血鬼 「ルルーシュは無さ過ぎると思うがねえ。運動神経は良いし、自衛や射撃もかなり出来るのに、なんで体力だけ壊滅的に低いのか、分からん」

 ・開拓者 「頭が優秀すぎる代償かもしれないぞ。頭に全部成長する余地が行っちゃったんじゃねえの?」

 ・虎殺し 「その理屈だとベアトの扱いに困るな。……理由は無い、で良いんじゃないのか?」

 ・泥っち 「いやいや。其れにしては成長しなさすぎるぞ」

 ・C×C 「マリアンヌの腹の中に置いてきて、それを妹が吸い取ったのかもしれんぞ」

 ・あにゃ 「……それだ」

 ・吸血鬼 「ああ。其れは有るかもしれないな」

 ・開拓者 「今迄で一番可能性の高い説だな」

 ・虎殺し 「凄く納得できるな、それは」

 ・魔 王 「……おい。お前ら――」




 ・『モニカ』が入室しました。




 ・魔 王 「其処まで言―――――――!」

 ・モニカ 「どうやら間に合いました!」

 ・魔 王 「――――…………」

 ・あにゃ 「…………モニカだ」

 ・C×C 「モニカだな」

 ・モニカ 「御免なさい。シュナイゼル殿下のイスラム過激派の裏工作に関して、色々と片付ける必要が有りまして。……あ、ルルーシュ。後で報告書を送るので、確認して下さい」

 ・魔 王 「……………………」

 ・泥っち 「……毎回、思うが」

 ・虎殺し 「ああ。ルルーシュが反論しようと口を開いた瞬間に来るなんて。本当に、タイミングが良いんだか、悪いんだか」

 ・開拓者 「いや。多分、天性の物だろ。主に運的に」

 ・吸血鬼 「空気を読まないというよりも、空気を塗り替えるって感じだな。タイミングは良いけどよ」

 ・モニカ 「……あの、私が何かしました?」

 ・C×C 「いいや。お前は相変わらずだな、と言うだけの話だよ。な、ルルーシュ?」

 ・魔 王 「――ああ、良い。もう良い。……気にするな。ああ。……モニカの入室で、華の咲いた無駄話が、終わった、と言うだけだ」

 ・モニカ 「いやそれ、凄く気にしますけど」

 ・あにゃ 「あ、そう言えばモニカが言ったけど、時間」

 ・泥っち 「ああ、確かに話に熱中していたが、此方も丁度、深夜だな」

 ・吸血鬼 「ふむ。憩いの時間は此処までにしますかね」

 ・開拓者 「そういやヴァルトシュタイン卿は? まだ来てないみたいだけど」

 ・虎殺し 「大方、何か仕事だろう。……待つのもアレだな。始めようか。C.C.、お前が一番、位階が高い。進行と解説は頼む」

 ・魔 王 「……資料を送るぞ。確認してくれ」

 ・C×C 「――ふむ。苦手だが仕方が無い。では此処からは真面目な話だ。今回のアラビア半島攻略に関わっての話と、いこうか。――ルルーシュ。資料を画面に表示する事は?」

 ・魔 王 「ああ。少し待て。今している。…………ほら、良いぞ。俺が一番に来て、せっせとした準備の成果を感謝しろ」

 ・吸血鬼 「ああ、一番に来てた理由はそれか……」




     ●




 ナイト・オブ・ラウンズの『円卓会議』。

 本来ならば、古代にアーサー王が開催した時と同様に、向かい合い、円卓の机の上で皇帝を囲って行う行事だった。しかし領土と利権の拡大を巡る業務に勤しむラウンズ達は、決して暇ではない。
 正確に言えば、普段はかなり暇だが、一度、戦となれば各人が世界各国に飛ぶ。全員が全く別のエリアにいる事も、決して珍しい事では無かった。

 事実、今現在。C.C.、ルルーシュ、アーニャはアラビア半島。ジノはアラスカ。ドロテアはインド洋。ルキアーノとモニカは東ヨーロッパにいる。
 本国には二人。ノネットは今回の作戦に参加していないが、士官学校に呼ばれていて手が離せない。帝国最強の『第一席』、ビスマルクに至っては、毎日毎日、皇帝、皇族との面倒事に追われている。

 最大で十二時間の差が存在しているにも拘らず、会議は開かれる。それが意味するところは、其れほどにアラビア半島の攻略が、重要な要件で有る、と言う事だ。

 最も、彼らが日々の面倒な重圧から解放される、数少ない時間の一つでも有る、という似合わない理由も、共通認識として存在するのだが。




 十二の枠が構成する円の中心。大きくとられた空間に、一つの図が浮かび上がった。
 赤と青を中心に構成された一枚の地図だ。赤色はアラビア半島。青色は海原。その中には、都市を示す黒の三角形と、ブリタニア軍を示す黄色の軍団が置かれていた。
 右上に数字が現れる。小さな表示は、デジタルの日付だ。二か月前の日付から始まるカウントと共に、徐々に画面が動いていく。過去から現在へと、状況が推移して行くのだ。

 アラビア半島攻略の、一連の動きだった。

 オーストラリアを出発した軍団が、微妙に進路を変えて半島に接触。そこから複数に展開された部隊の片方が、南方へ。もう一方が海上艦隊と共に広がり、南を制圧した軍団と合流する。大軍団は瞬く間に北へと駒を進め、暫くの後に、砂漠へと進軍。直ぐに土地全体を塗り替えた。
 エリアの成立。日付は、本国標準時で一日前を示している。

 『さて、今見せたのが、ここ二か月の、今回のコーネリア殿下の作戦だった。裏でシュナイゼル殿下も動いた事もあり、オマーン王国はブリタニアの属国、エリア18となり、支配されたわけだ。基本だな』

 本人は苦手と言っているが、C.C.の説明は淀みが無い。年長者が子供に言い聞かせるように、丁寧だが流暢な言葉で語って行く。ラウンズの面々も、既に知っている情報だからだろうか。質問をする者はいない。

 『ラウンズに関して言えば、私とルルーシュ。アーニャが戦場に投入された。インド洋上のドロテアが補給物資の輸送艦隊の護衛だ。モニカとルキアーノが、シュナイゼル殿下のサポートだな。……一番最後が必要ないと思うのは私だけではないだろうな』

 『…………其処で皆に、一斉に頷かれると、俺は凄く空しいんだが』

 『気にするな。慣れる事だ。……さて』

 各々が送られた情報には、ここまでは報告が記されていた。
 逆に言えば、これ以上は、普通の軍人に示す事の出来ない、上級レベルの情報であると言う事だ。自然と、普段は飄々としている面々も、真剣な顔に成る。

 『――――ここからが本題になる』

 言葉と同時、半島の地図が拡大される。オマーンを端の方に位置させ、砂漠全体を示す様な画像。

 広大な、ルブアリハリ砂漠だ。




     ●




 ・C×C 「知ってもいるだろうが、私の機体、エレインは少々特殊な作りだ。機体には、ハドロン砲と情報収集機能しか有していないからな」

 ・開拓者 「空戦用ナイトメアフレームの、唯一の試作品にして、欠陥品のエレインか。良く言ったもんだよな。幾度と無く再建造されているから、同じ様に伝説に数多く出現する『湖の乙女』、なんだろう?」

 ・C×C 「ああ。現在のナイトメアフレームには未実装の、サクラダイト繊維を編み込んだ可動部を使用している。コックピットブロックへ覆い被さる様に機体が組まれ、その間に発電機能を有する繊維パッケージが嵌められているんだ。だから機体の割に、抱えるエネルギーは膨大だ。ハドロン砲とは別の部分で大量に動力を使用出来る」

 ・泥っち 「アッシュフォードの開発した、マッスルフレーミングだったな。ナイトメアを動かす人工筋肉を、飛行用ナイトメア試作機に埋め込んだ、と。形状が戦闘機に近い事は、兎も角として」

 ・虎殺し 「その恩恵が、化物的な情報収集機能だったな?」

 ・C×C 「そうだ。ナイトメアに有り得ない……有るまじき機体だが、私だからこそ、エレインの力が発揮できると言っても良いだろうな。繊維フレームを介する事で、通常のナイトメア以上の機動力と自己発電による情報機能の使用。そして――」

 ・あにゃ 「ギアスの、増幅効果」

 ・C×C 「そうだ。ラウンズは知る、超一級の極秘事項。ギアスに関しての効果がある」




 ギアスという単語に、一同は反応する。
 しかし、その中に恐れや脅威への懸念は無い。
 通常では有り得ない、異能の力の存在を、彼らは知っていた。
 同時に、所詮は一人が持ち得る力でしか無い事も、熟知していたのだ。




 ・泥っち 「ああ。……確かに、超級の秘密だな。その割に、意外と多くの者が知っているが……少なくとも、一般庶民と、一般軍人。一般貴族には、絶対に漏らしてはいけない物だろうな」

 ・吸血鬼 「欲しがる者に限って、使い方を間違えるに違い無い、しなあ」

 ・C×C 「その辺りは機密情報局の管轄だな。……話を戻すぞ。サクラダイト繊維の特殊回路、通称を『ギアス電動回路』は、寄生型ギアスには効果は無い。しかし、結界型ギアスの効力を増大させる性質を持っている。使用出来るギアスは――機情の命名を借りるのならば――《ジ・オド》《ザ・ランド》《ザ・パワー》《ザ・スピード》……となるか」

 ・開拓者 「割と強いよな、あいつら。模擬戦してみたら勝ったけどさ」

 ・C×C 「ラウンズの実力ならば、相手がギアス込みでも勝てるだろうレベルだよ、彼女達は。……さて、寄生型ギアスは無理だが、結界型ギアスならば、私一人で発動出来る事も承知の上だろう。理由を含め詳しい説明は省くが、他者にギアスとして発動されなければならない、という制限は有るが、逆に言えば ”他者に発現されさえすれば” 私は結界型ギアスを、イレギュラーズと同等か、それ以上の精度で使用出来る」

 ・あにゃ 「それ、ちーと?」

 ・魔 王 「ああ、紛れもないチートだな」

 ・C×C 「まあな。ギアスの説明も長いから省くぞ? 総合すれば、私がエレインに機乗する限りは、情報を得る事は非常に易いと言う事だ。情報を整理するだけの機能も搭載されている。安全性の変わりにだがな」

 ・モニカ 「色んな意味でC.C.以外には扱えない機体だよね、あれ」

 ・吸血鬼 「ラウンズの機体でピーキーじゃない機体は無いけどな。ルルーシュのしん…………あー、本名を、何だっけ。――まあ良いや。ミストレスですら、コマンド入力だし」

 ・C×C 「まあな。……さて、で愈々に本筋だ。オマーンへの侵攻作戦の最終段階での事に成る」

 ・虎殺し 「首都マスカットを陥落させてからの話だな?」

 ・C×C 「ああ。コーネリア殿下とルルーシュ、アーニャに地上を任せ、私は戦場の上空で、情報戦に勤しんでいた。結界型ギアス《ザ・ランド》での周辺の策敵と、敵性情報の入手。非常に簡単だった。相手の『切り札』……もとい、虎の子の陸上艇バミデスは、周囲の影響で読めなかった。しかし、戦況の大半は認識できていたと思う。実際、戦力は過剰だったしな……。私の砲撃は最後だけだったから、何も問題は無かったんだ。ところが――」

 ・泥っち 「……なるほど。増幅した結界型ギアスで、何かを見つけてしまったと言う訳か。それも、ラウンズを招集し、皇帝陛下にも渡りを付ける程の、物」

 ・C×C 「ああ。最初は規模が大きすぎて、逆に気が付かなかったがな。冷静にギアスを使用したら明白だったよ」

 ・開拓者 「《ザ・ランド》ってのは……地脈と、物質構造の解析、だったよな。確か。……となると……砂漠の砂の下に、何かあったのか?」

 ・C×C 「鋭いな、ジノ・ヴァインベルク。……そうだ。聞いて驚くなよ?」




 ・C×C 「ルブアリハリ砂漠の地下に、巨大な空間があった。間違いなく近代以降の、人工物だ」




     ●




 ルブアリハリ砂漠の地下に、巨大な空間が存在した。

 荒唐無稽な話だが、一笑する者はいない。各人、其々に心当たりが有るのだ。
 その一言で、ラウンズの面々の、真剣さの中にあった余裕が、消える。

 「一応、尋ねるぞ。C.C.。……それは、かつて地下に埋もれた遺跡である、という訳では無いな?」

 C.C.と共にいたルルーシュは既に聞いていた様子だ。しかし、手を挙げて発現したドロテアの疑問は、アーニャも含めた全員に、共通する意見だった。

 「ああ、ほぼ間違いが無い。……ルルーシュ。変えてくれ」

 魔女の言葉に、ルルーシュが操作をする。拡大されたアラビア半島の砂漠に、一つの影が落ちた。
 アラビア半島の砂漠に刻まれた陰。それは、エレインが読み取った空間だ。南はオマーンとイエメンの境界近く。東はコーネリアが残存兵力を叩いた辺り。北はと西は、測定が不能。
 陰に見える全てが、地下の空間。小国を遥かに超える敷地を有している。

 「サウジアラビアの領空深くまで続いていてな。エレインの性能を持っていても、北方と西方の詳細は不明だ。だが、判明している部分を、概算で適当に計算しただけでも、恐らくシリコンバレー以上……サンフランシスコ・ベイエリアを凌駕する体積を持っている。地下で高度を稼げない分、横に広がったのかもしれない」

 地下数百メートル以下。流動する砂の下に存在する。
 これ程に巨大な空間が昔から存在するのならば、一般民衆にも多少の情報が伝わっていなければ奇妙だ。正確で無くても、口伝や説話として残っているのが自然だった。しかし、それは無い。過去の遺物にしても規模が大きすぎる。
 すると、残された可能性は、自然と限定される。
 帝国最強の六人の顔を見渡して、C.C.は断言する。

 「ここ最近――それも恐らく数百年以内に、何者かが秘密裏に建造した、と言う事に、他ならないな」

 その言葉に、やはりルルーシュとC.C.以外の一同は静かに頷く。幾人かは呻き声を上げ、困惑を表に出す。

 「ただのガランドウの筈が無い。中に色々とあるだろうな。工場や、居住区や――恐らく、人間も、だ」

 半島の地下に眠る、巨大な人工空間。庶民が空想する、浪漫に心を震わせる内容だが、ラウンズにとっては違う。
 オマーン侵攻の『裏の理由』を知るナイト・オブ・ラウンズ。戦場の剣達には、この所業を行える相手に、心当たりが有ったのだ。しかし、有る程度の情報を有している彼らも、驚愕している。

 彼らの予想を遥かに超えていたからだ。街一つ、ならば、まだ理解が出来る。しかし、ブリタニア本国工業地帯――世界レベルの工場ラインが砂漠の下に有る、と言われて、驚かない方が変だ。
 ルルーシュ・ランペルージであっても、予め情報を聞いていたから、落ち着いているだけである。

 その困惑した空気を打ち破った物が有る。




 ・『ベアト』様が入室されました。




 「なるほど。事情は把握しました」

 それは、一人の女性の声だ。冷静で感情を読ませない、静かな声。
 ラウンズの物では無い。しかし、この会議を傍聴する事が出来る役職に着いている存在だった。

 「その施設についての詳しい話は、またにしましょう。正確な情報を掴めた後の方が、混乱が少ないでしょうからね」

 全員の画面に浮かぶ、相互交信の、十二のウインドウ。円を描く剣達の枠の、より中心近くに現れた顔が有った。
 それは、ラウンズよりも女性が上位に有ると言う証明だ。

 「先を続けて下さい。C.C.」

 鉄面皮。感情を隠した小さな微笑と、雰囲気を和らげる眼鏡。しかし、その奥で猛禽類の様に油断なく光る瞳。一見すれば優しそうな、更に良く見れば鉄の様な女性。
 この場にいる面々で、彼女を知らない物はいない。

 「ああ。分かった」

 現れた女性は、ベアトリス・ファランクス。
 ナイト・オブ・ラウンズへの命令権を持つ、帝国特務局長にして、皇帝筆頭秘書官。
 要するに、上司だった。




     ●




 ・C×C 「さて、この巨大建造物を地下に勝手に、秘密裏に作り上げた『組織』については皆が良く知っているだろうから、説明を省くぞ。重要なのは、今後の方針だ」

 ・ベアト 「ええ。其れが何よりも重要でしょう」

 ・C×C 「まず、報告をしておく。恐らく、この建造物について、多少の情報を有していたオマーンの第一王子。彼は自分で自分の首を絞めて死んだ。一回締めると、まず解けない特殊な結び方をしていて、死体は、とてもじゃないが見れた顔じゃなかった。アーニャが気分を害した程だ」

 ・あにゃ 「うん。……あれは、凄かった、……色とか、色とか、色々と」

 ・C×C 「一見すれば自殺に見える。しかし実際は、条件を満たすと自殺する様に命令されていた訳だ」

 ・虎殺し 「……ってことは、だ」

 ・泥っち 「相手方にも、やっぱり居る、訳だな」

 ・魔 王 「……ああ。恐らく、俺と同じタイプの、ギアスユーザーだろうな」

 ・吸血鬼 「……面倒だな。つまり口封じ、だったんだろ?」

 ・C×C 「そう言う事だ。――第一王子は首都陥落後も、暫くは身を潜めていた。その間にギアスで命令された、のだろう。……此処だけの話だがな。実は確保の後にルルーシュが、知っている事を話せ、と尋問したんだ。ところが返ってきたのは、沈黙だった」

 ・あにゃ 「そうなの?」

 ・魔 王 「ああ。アーニャには話さなかったけどな。短時間だったが、確かに俺が尋問したよ。正面から ”相手の目を見て” な。しかし返答は無かった。知らなかった、のでは無いだろう」

 ・開拓者 「……ルルーシュ。つまり相手は、答えられなかった、のか?」

 ・魔 王 「いや。……これは推測だが、答えない様に命令されていた、が正しいだろう。寄生型で、かつ命令系のギアスは一人に対して一回、という制約が付随する事が多い。しかしそれは、命令の内容で幾らでも乗り越えられる ”今から言う命令を遵守しろ” 、とでも最初に命じれば、複数の条件を植え付ける事は容易いからな」

 ・虎殺し 「あくどいな。……手掛かりは消されたか」

 ・C×C 「ああ。全てではないが、大きな手掛かりを消された」

 ・ベアト 「――では、小さな手掛かりは有ると?」

 ・C×C 「ああ。……一応、分かっている事は有るんだ。例えば、コーネリア殿下が市街の残存戦力を叩いている間、休む前に簡単にだが、上空からマスカット市街を調べてみた。断言はできないが、恐らく地下水道の分岐から、地下空間へと通じる道が存在する、んだと思う」

 ・魔 王 「推測が立ち、第一王子を問い詰めようとしたが、その前に自殺をされた訳だ」

 ・あにゃ 「なるほど。……第一王子が地下通路のルートを知っていた可能性は大きかった、と」

 ・泥っち 「そうだな。砂漠地帯では水源の確保は何よりも重要だ。地下水路を整え、その中に秘密の隠し通路を構成して、砂漠下の大空間と繋げる事は、理論的には可能だな。問題は経済的な面か。第一王子が単独で行うとした場合、かなり厳しいが……」

 ・C×C 「因みに、他の物で自殺した者はいない。残りの王族が子供と言う事もあるがな。……ちょっと話がずれるが、オマーンの権力の実権は、かなりの部分で第一王子に移動していたらしい。特に、財政面は、ほぼ彼に掌握されていてな。第一王子の懐に入っていた金は万では効かないんだ」

 ・吸血鬼 「じゃ、あれか。こっそり別の場所に金を懸けても、表に出ないと」

 ・C×C 「そうだ。……今回のブリタニア侵攻に際して、強引に即位を実行しようとした計画も見えてきていてな。……まあ、要するに、何かを企んでいた第一王子は侵攻と共に失脚。秘密がばれる前に殺害された。で、子供と先が短い老人が、オマーンの残った王族だ。国内の宮廷のゴタゴタも、侵略成功の原因かもしれん」

 ・虎殺し 「……話を戻そうか。オマーン国内の財源が、提供されていて、かつ第一王子の独断に近い物だった、と仮定をするのならば……ならば、地下の存在を知っているのは、オマーンだけじゃないな。アラビア半島の諸国も、認知しているんだろう。既知にあるのはオマーンと同様に、政府の限定された一部、数人なのだろうが、各国で協力して金を出し、その上で隠している。ブリタニア帝国の監視の目を擦り抜けるほど、巧妙に」

 ・開拓者 「しかも、ギアスを使用しなければ発見できなかった以上、他国を問い詰める事は難しい、か」

 ・C×C 「ああ。ギアスで発見した、という理屈を持ちだすのは、外交的にも機密的にも禁止だ。となると、軍事的に発見したとなる。しかし、最新鋭人工衛星でも発見出来なかったんだ。此方の技術を越えるレベルだったのだろうが、大きな秘匿性を有した設備の立証は、難しい。百歩譲って国家が此方との交渉で認めたとしても、利権が絡んだ、得た恩恵に関しては間違いなく黙秘を選ぶ」

 ・ベアト 「必然的に、他国の協力はまず得られない。本国の中でも、直接に調査に関われるのは機情とラウンズだけでしょう。特務局ならば、私が声をかけて動かす事も、出来ますが……」

 ・泥っち 「それでも人数的に苦しいのは間違い無い。対して、相手の敷地は広大だ。しかも、情報が存在しない、手探りの状態。その上でオマーンの地下水路から、設備に至るルートを探索し、設置されているだろう防衛線を乗り越える必要もある。―――厳しいな」

 ・魔 王 「……だがそれでも、手掛かりと言えば手掛かりだ」

 ・ベアト 「……そうですね」

 ・魔 王 「厳しい事には違いない。だが、第一王子の自殺から考えて、今尚も、地下空間内に重要な手掛かりが残っている事は間違いない。到達するまでに証拠は隠滅される。新たな拠点に移動される可能性も高い。其れでも尚――調べるべきだ、と俺は思うぞ」

 ・ベアト 「その旨は、皇帝陛下にお伝えして、采配を得ましょう。……次の手掛かりは?」

 ・C×C 「……第一王子の周辺を洗ってみた結果、一つの興味深い点があった。――気が付いたのはアーニャだ。……説明を頼む」

 ・あにゃ 「分かった」




     ●




 アラビア半島の地図に代わって、画面に映った物が有った。

 それは、簡潔に纏められた標だ。オマーン国家の財政の一部。第一王子の支出を中心に記された部分である。専門家が見れば、第一王子の挙動を読み取る事が出来るだろう。
 その中の複数の場所に、見やすいように色付けがされている。




 ・あにゃ 「……オマーンのデータベースを漁ったら、気が付いた」

 ・モニカ 「何を?」

 ・あにゃ 「この、色が付いた部分に、注目」




 ピコ、と現れた小さな矢印が、標の一部を動く。

 「第一王子の支出の中、他国との交流費用が有る」

 其れだけならば、不思議では無い。国政に関わる者として、諸外国との交際費は必要不可欠だ。

 「通常の平均交流費よりも、僅かに多い。けれども、実際に諸国に出た回数は、むしろ少ない」

 「……秘密裏に動いた、と言う事か?」

 「其れだけならば、良い」

 国家予算を公に出す事が少ないブリタニアだ。実力主義と階級社会が、記録の改竄に拍車を懸けている。
 大層な名目で誤魔化し、その裏では費用が別の方向に流れる事など珍しく無い。ダミー会社の費用を横領する。庶民に流れる税金を官僚が不正に奪う。エリアの地方総督が直々に裏金と利権を吸い上げる事もある。

 しかし、そこら辺は匙加減を間違えなければ、黙認される事が多い。庶民の規範と成るべき貴族が、率先して行っている以上、撲滅は不可能だ。

 幸いな事に、中央に近い権力者ほど自制する方向に有る。皇帝や宰相、ラウンズを初めとする、国家の中枢ほど金の使い方がまともで、利権を無駄に獲得しようと考えない。
 無論、いざ、使用する時は、存分に使用するのであるが。

 「問題は、接触相手が――」

 新たに表示される情報。其処に記されていたのは、外国との交流に関しての物だ。
 有ったのは、アラビア諸国や、欧州。中国。総じて言えば、ブリタニアの支配が及んでいない地域だ。

 しかし、其れ以外にも、記された記録が有る。その場所は。

 「――エリアにも、及んでいる、と言う事」




     ●




 ・開拓者 「ちょっと待て。つまりアレか。口を封じられた第一王子とやらは、秘密裏にエリアにも出張っていた、と……何だよ、それ」

 ・モニカ 「そのままの意味だね。……うん。キナ臭い」

 ・虎殺し 「キナ臭い、では、済まないな。山火事並みに臭うぞ」

 ・ベアト 「納得しました。つまり、そのエリアが、第一王子の知っていた情報と関わりが有る可能性は、高いと」

 ・あにゃ 「確定情報では無いけれども、そう言う事」

 ・C×C 「ベアトリス。実は明日にでも伝えようかと思っていたんだ。そのエリアへの、ラウンズの派遣を要請するつもりだった。オマーンの攻略は済んだし、暫くすれば補給艦隊と一緒にドロテアが合流する。一か所に四人も必要が無いからな」

 ・魔 王 「痕跡を消そうと相手が動く可能性は有るが、それならば此方も相手の尻尾を掴み易い。幸いな事に、そのエリアは抵抗活動も活発だ。エリア昇格の為の援軍、という名目ならばラウンズを派遣しても良いだろう」

 ・ベアト 「ええ。その辺りも合わせて、皇帝陛下に打診致します」




 ・『ONE』が入室しました。




 ・ONE 「遅れて済まぬな。もう終了か?」

 ・ベアト 「ヴァルトシュタイン郷、お疲れ様です。――簡単に説明しますと、今回のオマーン侵攻によって、ルブアリハリ砂漠の地下に、 ”例の組織” の研究施設「らしき物」が有る事が、C.C.卿のギアスで確定しました。その調査と並行して、彼らが密かに手を伸ばしている可能性のあるエリアに、ラウンズを派遣するべきだ、と言うのが、今回の会議ですね」

 ・ONE 「了解した。礼を言おう」

 ・吸血鬼 「……で、肝心のそのエリアは? 何処なんだ?」




 全員の視線を受けて、ラウンズ最年少の少女は、ゆっくりと語る。




 ・あにゃ 「場所は――――エリア11」




 世界最大のサクラダイト産出国にして、最も抵抗活動が大きな、極東の島国。


 かつての名を、日本と言う、国家だ。














 登場人物紹介③

 ベアトリス・ファランクス

 皇帝筆頭秘書官 兼 帝国特務局(機密情報局とは別組織)長官。
 帝国宰相やナイト・オブ・ワンにも匹敵する権力を有する、難攻不落の鉄の女性。帝国最高頭脳の一角。
 元ナイト・オブ・ラウンズであり、C.C.の先代。つまり第二席に着いていた経歴も持っている。
 ノネット、コーネリアと同じく、マリアンヌの弟子。アリエスの離宮にも良く出入りをしていた。


 (補足)

 原作の小説に登場。
 ギアスR2では、出奔したコーネリアを背後から支えていた。彼女が黒の騎士団に鹵獲された後、シュナイゼルに事情を伝え、救出を要請してもいる。
 その死に関して言及されていないが、皇帝ルルーシュにギアスで支配された後、降格。他の皇族共々、投下されたフレイヤで死亡したと思われる。








 用語説明 その①

 ナイト・オブ・ラウンズ。

 ブリタニア語ではKnight of Rounds.
 神聖ブリタニア帝国最高戦力。皇帝直属の『円卓の騎士』。
 最強の代名詞。
 その権力は皇族と同等の扱いであり、皇帝の勅命を受ければ、皇族以上の権力の行使も可能とする。
 彼らより上位に位置する者は、皇帝、特務局長、宰相と数人だけ。
 完璧な実力主義であり、実力さえ伴っていれば、ブリタニア国家の中で、最も人種や出生に拘らない職場かもしれない。
 今現在は、全十二席の内、1・2・3・4・5・6・9・10・12の九席が埋まっている。

 使用されるナイトメアフレームは、揃いも揃ってピーキーな機体であり、扱える者は少ない。名前の大抵は『アーサー王伝説』から取られている。
 『第一席』で、帝国最強と言われるビスマルク・ヴァルトシュタインを除き、実力はほぼ横並び。特定の条件下によって、互いの勝敗は簡単に引っ繰り返る。

 実は、一から十二とは違う、表に出ない階位が存在しているとか、いないとか……。










 6月12日 投稿










 これにて序章は終了。次回からは第一章『エリア11』編に成ります。
 特派とか、赤い彼女とか、学園組とか、色々出て来ると思うので、お楽しみに。

 PS 如何にか『境界恋物語』の完結までの目処が経ちました。内容を書いては消し、書いては消しの繰り返しですが、しっかり最終回に向けて動いているので、気長にお待ち下さい。



[19301] 第一章『エリア11』篇 その①
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538
Date: 2011/03/01 14:40
 古来より、人間は自分の手の届かない存在を崇めていたと言う。それは、ある時は天雷であり、ある時は燃え盛る業火であり、ある時は抑圧不可能な激流であり、踏破不可能な山岳地帯であった。それらは人間の上位の存在であり、人間が抑える事は不可能な現象だ。

 吹く風は凍りそうなほどに冷たく、雪と氷が決して消える事の無い白銀の世界に人間が立ち入る事は許されず、だからこそ其処は聖域と崇められていた。

 土地の名を、ヒマラヤ。
 常に峻嶮な山脈。災害を引き起こす猛威。同時に、豊穣を麓に齎す神。絶えず人間を見下ろし、決して揺らがない雄大成る姿に、大地に住む者達は揃って頭を垂れたのだ。

 しかし、今現在は――――その山の権威も、陰り始めている。
 この地に住む民だけでは無い。脅威に曝されている世界に住む民、全員にとっての、山の災害よりも、もっと直接的に恐ろしい相手が存在していたからだ。




 人間を見下ろすヒマラヤ山脈を眼下に、悠々と飛行する一艇の戦艦が有る。
 その姿が、まるで、山脈すらも己の領域に過ぎないと――傲岸不遜さを示す印象を受けるのは、決して気のせいでは無いだろう。

 機体に記された紋章は、蛇を喰らう猛る獅子。
 神聖ブリタニア帝国の飛行艇だったのだから。






 コードギアス 円卓のルルーシュ

 第一章『エリア11』編 その①






 中国大陸上空を飛行するブリタニア保有飛行艇の中に、その部屋は有った。

 机の周囲には、紙を初めとする各種の道具が雑多に置かれていた。
 ブリタニア帝国所属の飛行艇内部には、本来ならば――――室内に居る人物の言を借りるのならば、『無駄に豪華で湯水のように資金が使われた挙句、実用的には程遠い、見掛け倒し以外の何物でもない執務道具』が並べられているのだが、この部屋は違った。
 どれも中身を重視した物。華麗さよりも頑丈さを、装飾性よりも利便性を、そしてその上で質が良いという、仕事量と、処理をする人間の性格に見合った価値を有していた。
 まあ、部屋の中の色彩が、何処となく可愛らしい事と、部屋の各所に猫マークが見える事は――――別に構わないだろう。部屋の持ち主は、意外と可愛い趣味を持っているのだし。

 椅子の上で、優雅に書類を読みこむのは、青年だ。
 黒髪。白磁の肌。女性と見紛うばかりの美貌。そして深い紫水晶の瞳。女性よりも美しい男性、と帝国内で人気を博す――――帝国最強の剣が一本にして、『円卓の騎士』最高の知将と称される男。




 『円卓の騎士』《第五席》ルルーシュ・ランペルージ。




 戦闘能力が何よりも重視されるラウンズで、決して他者と引けを取らず、しかし同時に優秀な知啓を宿す男。天才的な軍師の才能を持った、一騎当千の騎士と、名を響かせている。
 本人は煩わしいだけ、らしいが。

 勿論、この飛行艇は彼の物では無い。ラウンズ専用の飛行艇は、本来ならば人数分存在するのだが、生憎、彼の物は整備中で本国から動かせない。仕方が無いので、同僚の保有する飛行艇を回して貰っているという訳だ。
 因みに件の同僚は、というと、数刻前から姿を消している。まず間違いなく、数ブロック先の格納庫でナイトメアを弄っているのだろう。
 何かと他者に纏わり付かれる事の多いルルーシュにとって、一人の時間は貴重だった。

 「――――さて」

 ぽい、と友人達に頼まれた書類を適当に蹴りを付けて、彼は手を伸ばした。

 「“目的地”の情報入手に、努めるか」

 呟き、机の片隅に置かれていた『《第五席》へ』と書かれたファイルの中から、紙の束を引っ張り出す。部外秘の資料だ。

 『エリア11――――』

 手に携えられた書類は、そんな見出しで言葉が始まっていた。




     ◇




 数日前。

 「協力、感謝する。ランペルージ卿」

 旧オマーン、現エリア18の暫定政庁を兼ねたG-1ベースの一室で、ルルーシュは一人の女性と対面を果たしていた。といってもルルーシュは傅いているし、相手も頭を下げている訳ではない。対面と言うよりも謁見に近い状態だろう。
 乾燥地帯特有の、何処か紅い太陽が窓から差し込んでいる。その光に照らされ、己の半身たる騎士と、有能なる副官を背後に、椅子に腰かける姿は、正しく皇族の傲慢さと高貴さを示していた。

 「貴公らの助力が有ってこその結果だ」

 しかし、威丈高に聞こえる声を持つその相手も、頭こそ下げないが、その言葉の中には感謝が伺えた。そして、それ以上に優しい想いが見え隠れしている。
 両者共に、これは儀礼として行っているだけなのだ。仕事中は決して崩さないが、ルルーシュも相手も、プライベートならば格式ばった交流は望まない。

 「いえ。コーネリア殿下も、不慣れな地形と気候を感じさせない手腕でした。……正直、私達は無用ではないかと思ったほどですよ」

 穏やかなルルーシュの言葉に先に居たのは、ブリタニア皇族でも一、二を争う軍功と武勲を持つ女傑。

 コーネリア・リ・ブリタニア。
 《戦場の魔女》と恐れられる、神聖ブリタニア帝国第二皇女だ。

 その言葉に、僅かに苦い笑みを浮かべて、彼女は静かに告げる。

 「世辞は良い。……最終局面に現れた陸上戦艦。あれは私とギルフォードだけでは難しかった。味方の被害も増えただろう。C.C.卿とアールストレイム郷。そしてランペルージ卿。……三本の剣は、過剰では有ったが、無駄では無かったと思っている。皇帝陛下に、大きな声で報告が出来る」

 「――――恭悦、至極にございます」

 優雅に、彼は一礼した。
 皇族と違い、騎士と言う人間は頭を下げる事が多い。主君である皇帝は勿論、貴族にも相応の振舞いが必要とされる。ルルーシュも勿論、その例には漏れない。今の様に、首を垂れる。

 だが、その姿を見るコーネリアは知っている。こうして頭を下げていても、所詮は演技。慣習や法則である為、義務としてこなしているだけだ。生来の気質は頭を下げられる側。外見では取り繕っていても、“心の底から”頭を下げる事は、まず殆ど無いと言って良い。
 仮にあったとすれば、それは矜持や地位よりも大事な物の危機だけである。

 「……ところで。次はエリア11だったな」

 「――――ええ」

 一瞬、言葉を停滞させて、ルルーシュは頷いた。その停滞の意味を、コーネリアは知っていた。
 先日の『円卓会議』の話題も合わせて、ルルーシュは彼女に既に、エリア11へ向かう事を伝えて有った。

 元々余力を残しての降伏や、エリア政治の腐敗、果ては周辺諸国からの介入も有り、エリア11は世界有数の紛争多発地帯になっている。ラウンズの真意が何であれ、帝国からの戦力が介入するには丁度良い土台が構築されているし、表向きの理由には事欠かない。

 「……明日の午後から明後日、補給物資を搭載した艦隊が港に到着します。護衛に付いているエルンスト郷も一緒です。……一つのエリアに、ラウンズ四人は多すぎるでしょう」

 「ああ、確かにな」

 エリア18が安全と言うつもりはないが、それでもラウンズ四人は多すぎる。残存勢力を叩き、地下を探るとしても、半分いれば十分だ。コーネリアも、流石に其処までラウンズに頼る気はなかった。
 机の上に置かれていた書類から、何枚かを渡す。

 「ダールトンには輸送機の手配と、エリア11の現状を纏めた書類を準備させてある。目を通しておいてくれ。ナイトメアの方は、……砂漠地帯で無理に中を弄る訳にもいくまい。済まないが、向こうの租界に付くまで整備を見合わせて欲しい」

 「……Yes, your highness。了解しました」

 整った場所に行かないと手が付けられない位、ラウンズの機体は面倒だ。軍用規格に近い、アーニャが繰るグロースター(重)だけならば、まだ何とかなる。しかしルルーシュの『ミストレス』やC.C.の『エレイン』は、専門の整備士でないと、色々と不具合が起きやすい。
 下手な技術者に任せるよりも、自分自身で応急処置を施した方が安全とまで言われるほどである。

 「それと――――誰を連れていくのだ? やはりC.C.卿か?」

 ラウンズの動向を抑えて置くのは、皇族の常識である。最も彼女の場合、本人の為を思って尋ねたのだが、これは皇族としてはかなり珍しい部類に入るだろう。

 戦場や重要度の高い任務に付く時、ラウンズは大抵ペアになる。それも、己の弱い部分を補い合う形のペアだ。防御が主体のルルーシュの場合、必然的に攻撃に優れた相手が相方に納まる事が多い。
 相性が良い、色々と深い関係を持っているルルーシュとC.C.の名は、色々と有名だった。コーネリアがそう思ったのも、当然と言える。

 「いえ。アー……アールストレイム卿です」

 一瞬、アーニャ、と、名前を呼び掛けたルルーシュだった。警戒心を抱いていない相手を前に、安心して長い話をしていると、時々うっかり、ドジを踏む。
 咳払いを小さくして、誤魔化すと、彼は続けた。

 「エルンスト卿は、長旅の後ですから、当然ですが。……C.C.卿が、此方に残りたいと希望を出しました。地下を気にしている様です。……アールストレイム卿にも良い経験になるでしょう」

 C.C.の最後に卿を付けるのは、本人含めて誰もが変だと思っているのだが、口には出さない。
 コーネリアも同じだったようで、華麗に無視して、ルルーシュの目を見て言った。

 「そうか……。向こうでも気を付ける様に。心配はしていないが、戦場に絶対は無い」

 目線を合わせて会話をする事は、この女傑にしては非常に珍しい。
 その真剣さは、唯の同業者を案じる瞳では無い。もっと別の――――自分と関わりが深い相手に対する、配慮と懸念を示す、暖かくも強い瞳だった。

 「……Yes, your highness。感謝します」

 それだけを言って、ルルーシュは立ち上がる。彼には、同僚ならば兎も角、目上の皇族と無駄話をする猶予も、そして権利も無かった。コーネリアに頭を下げて、部屋を立ち去ろうとする。
 彼女も、余分な話をする暇は無い。時期にこのエリアの総督が決定するだろうが、それまでに終わらせなければならない雑務は山積みだ。

 ……ただ、自分が伝えたかった要件が一つだけ。二十秒で終わる話が有った。

 「……これは私の、唯の独り言なのだがな」

 立ち去ろうとしたルルーシュが、背中を向けたまま、無言で止まる。

 「物資の補給の目途も立った事だし、残存兵が動くまでに余裕はある。……今夜は久しぶりにコックが腕を振るう、手の込んだ食事を取れるんだ。……私としては、“誰か”に、二人ほど顔馴染みを連れて、夕餉に訪ねて来てくれると、――――私はとても、嬉しい」

 「……分かりました」

 静かに帰って来た声に、過去の彼が重なったのは、多分、コーネリアの気のせいでは無い。




 こんな経緯を経てルルーシュ・ランペルージは、同僚と共にエリア11へと向かっているのだった。




     ◇




 『エリア11。旧国名・日本。総面積約三十七万八千平方キロメートル。人口約八千万人(名誉ブリタニア人、イレブンを含む。要調査の事)。北海道・本州・四国・九州と沖縄、八丈島などの七千以上もの小島によって成り立っている。ブリタニアによる統治以前より文化レベルが非常に高く、また先進国に数えられる技術を有していた為、現名誉ブリタニア人及び、未帰属のイレブンの文化尺度、識字率、及び教育水準は高い――――』

 基本事項から始まり、男女比。出生率。学校数。第一次から第三次までの職種分布と従事者数。平均給与率。ブリタニアの支配が始まって以降の、それらの推移と変化を示すデータの羅列を目で追っていく。
 パラリ、と書類を捲った。

 『ブリタニアによる統治前は、人口一億人を超える先進国家だった。しかし現在の人口は、ブリタニアとの戦争によって少なくとも七~六割以下に落ちており、その内の半数は名誉ブリタニア人である。現在、抵抗勢力として根強く残っているイレブンは、少なく見積もっても十万人。ブリタニアに憎悪を抱き、勢力予備軍と見做される数は百万人はいるとされ、今尚も各地で小競り合いが絶えない』

 「……百万人、か」

 多いな、と思う。其れだけの数の人間が、仮にカリスマ性を持った偉大な指導者――――例えば、自分や帝国宰相シュナイゼルの様な、リーダーに牽引された場合、エリア11は一大危険地帯と化すだろう。

 帝国特務局が、危機感を覚える理由も分かるという物だ。
 そして、あのベアトリス・ファランクスが“こんな情報”を送って来ると言う事は、エリア11の支配は上手く行えていないという言外の断定である。

 一見すれば事務的だが、付随するデータには、生々しい、かつて日本と名を有していた国家の現状を如実に示す、深刻かつ重要な情報が詳細に記されていた。辺境のインフラ設備や、不足している医薬品、植生変化に加え、トウキョウ疎開のエリア11政庁の金の流れまで乗っている。
 つくづく、母の弟子なのだと痛感させられた。
 自分を上手に使える人間の数少ない一人だけの事は有る。

 『ブリタニアの統治と同時に、在野に下った優秀な人材も多く、その大半は、既に死亡していると思われる。ブリタニア統治の元でも、国民を思って敢えて苦汁を飲んだ者もいる。しかし、専門職を身に付けた彼らを手中に収める事も、また心を掴む事も、現状で行えているとは言い難い……』

 ――――とまで書かれているのだ。一歩間違えれば帝国批判に成りかねない。
 皇帝筆頭補佐官の性格が、見える様だった。

 (……流石は、優秀だよ)

 ふ、と小さく笑みを浮かべて、椅子に体重を預けた。
 彼には少し小さな、固めの感触を背中に感じながら、ルルーシュは次の紙を取り上げた。

 『日本がブリタニアの標的と成り、エリア11として支配された背景には、日本が保有するサクラダイト鉱山が有る。富士山渓に埋蔵される希少金属サクラダイトは、ナイトメアフレームを初め各種エネルギー産業の要であり、必須物資である。七年前の第二次太平洋戦争の発端は、旧日本がブリタニアへのサクラダイト輸出を規制し始めた事が、原因の一端である、と歴史書には記されており――――』

 やはり一般常識から始まり、今度は諸外国との関係についてが書かれていた。先に進むにつれて、普通の軍人は愚か、上層部でも簡単には閲覧できないレベルの情報がぽんぽん乗って来るが、気にしない。

 そもそも、ラウンズの権限は、皇族の待遇。皇族には礼節を尽くす義務があるが(大体のラウンズは出生からして貴族であるので、これも余り問題はない)――皇帝からの勅命を受けた場合は、皇族以上の権力を手に出来る。他の騎士とも一線を画すのだ。

 まあ、そんな裏話は置いておく。
 今は、かの国の情報の復習だった。

 『エリア11における最大の輸出品目、サクラダイト鉱山の開発と提供は、ブリタニアにいち早く恭順の意を示した桐原産業(後述添付資料を参照の事)によって行われている。桐原産業を初めとする各種旧日本企業と財閥はNACと名を変え、エリア11の内政庁の管理下に置かれている。内部不透明な金の流れが存在する為、彼らと秘密裏に交渉して、利権を得ている貴族・官僚の数もかなりの数だと思われる……』

 ――――これもまあ、予想していた事だ。

 矯正エリアでの金の流れが怪しい事は今に始まった事ではない。そもそもブリタニアは『やってもばれなければ良い。気が付けない方が悪い』という考えに近い。少しは共感できる。

 金が全て、という人間は大嫌いだが、金と言う存在を嫌うつもりは更々無い。ルルーシュだって特許の申請をしてかなりの金を稼いでいるし、いざ使う時は、躊躇なく金を使う性格だった。
 だから、決して厳格に取り締まる気は、無い。お金で買えない物はあるが(そして金以上に価値の有る物をルルーシュも持っているが)、買えない物を守る為には、金が絶対に必要だ。
 そもそも、不正をした官僚を逐一全部罷免していたら、ブリタニア帝国は直ぐに立ち行かなくなる。

 『毎年、富士河口湖畔ではサクラダイトのシェアを決める国際会議が開かれており、今年の会議には――――……』

 其処まで読んだ時だ。
 ひょい、と書類が手から引き抜かれた。
 アーニャだった。




 「ルルーシュ。仕事、し過ぎ」

 見れば、何時の間に部屋に入って来ていたのだろうか。ハンガーで自機を弄っていたアーニャが、目の前に立っていた。ルルーシュが今の今迄読んでいた書類を、ひらひらと弄んでいる。
 取り返そうと手を伸ばしたら、素早く一歩下がられ、手は虚空を切った。

 「……まだ読んでる途中なんだがな、アーニャ」

 「ルルーシュなら、読まなくても頭に入ってる筈。……そんなに暇だった?」

 アーニャの、でしょ? という小さく首を動かす問いかけに。

 「まあな」

 と、少し笑いながらも、返す。正直、確かに暇だった。

 皇室御用達の最高級輸送航空艦と言っても、スペースは限られている。故に、娯楽は限られている。勿論、本棚の一つ位は部屋に備え付けられて有ったのだが、ルルーシュの趣味には合わなかった。
 パソコンや通信機の画面ばかり見ているのも、暇な時には遠慮したい。唯でさえ戦場では画面越しだ。
 腰を上げて、窓の外を見ながら背を伸ばす。エリア11は、まだ遠い。

 「発達したと言っても、移動が面倒なのに違いはないな」

 「うん、KMFの輸送も、大変」

 先程まで自機を弄っていたアーニャも隣に来て頷いた。幾ら大型といっても、輸送機での作業は面倒だった筈だ。

 軍用民用に限らず、航空輸送艦も他の乗り物と同じ。動力源はエナジーフィラーだ。大雑把にいえば、無線操縦の電動ヘリコプターの理屈で動いていると言っても良い。乾電池の代わりに大型エナジーフィラーを搭載し、無線機の代わりに操縦桿と電子機器を使っているだけである。大重量を長距離輸送するには、色々と障害が有って当然だった。

 「特派のフロートシステムが、限定だろうと量産されれば、もっとマシになるのだろうがな……」

 「――――今は、二つ?」

 「ああ」

 フロートシステムは、特別派遣嚮導技術部、通称を「特派」によって開発されている飛行機構だ。
 その性能故に、かなりの将来性を見込まれているのだが、主任が第七世代ナイトメアに掛かりきりな為(というか、他への興味を示さない為)、一向に量産体制が整わない。今迄ロールアウトしたのは、二つ。つい先日で三つだ。

 完成品第一号が、帝国宰相シュナイゼルの航空母艦『アヴァロン』に。
 第二号は、『円卓の騎士』所有の飛行KMF『エレイン』に。

 「もう時期に、三つになるな。……来月には搭載されるんじゃないか?」

 第三号は、これも『円卓の騎士』所有のKMF『トリスタン』への搭載が決定されている。戦場に出て、どんどんデータを取ってくれ、というのが先方からの注文だった。まあ、ジノの事だ。好き勝手に空を飛んで来るだろう。何とかと煙は高い所が好き、とも言う。

 「上手く行けば、来年にも量産されるだろうな」

 そうなったら多分、最優先でラウンズの輸送艦に備え付けられるだろう。もう少しの辛抱だ。

 「――で、より効率良く戦争をする、と」

 「そう言う事だ。発展の光と闇だな」

 意外と辛辣な一言に、あっさりとルルーシュは返す。

 大凡、世界の覇権を握っていると言っても良いブリタニアだ。それは同時に、世界最高、最先端の技術を保有しているという事でもある。
 国民の受ける利益は莫大だが、その裏では、今日も何処かで侵略の犠牲になっている。それを忘れた事はない。自分達がしている事が、正しく“悪”だと、彼らは理解していた。
 そして、今から行く土地は、その犠牲となった国家である、と言う事も。

 「……そう言えば、ルルーシュ。エリア11に行った事は?」

 その質問に。
 ルルーシュは、過去を思い出しながら、静かに答えた。




 「エリア11“には”、無い。――――八年前。日本と言う国家を、訪れた事は……有る」




     ◇




 トウキョウ・ハネダ空港。

 普段は国内旅行客で賑わい、あるいは各地区に逗留するブリタニア軍に物資を運搬するこの空港も、今は緊張感に包まれていた。緊迫感では無い。緊張感だ。堅い空気による硬直とは違う、熱気が渦を巻く様な緊張だった。
 輸送機の搭乗口前には一列に歩兵が並び、一糸乱れぬ体型で敬礼をしているが、並ぶ兵たちの目は何処か輝いている。目の前を通って行くだろう相手を一目見られる事に、期待に胸を膨らませているのだ。

 英雄に市民が憧れる事は、何時の時代も変わらない。

 滑走路に降り立った輸送機には、帝国の紋章が飾られている。そして、それと並列して記されるのは、搭乗者を示す紋章。ラウンズのシンボルだ。

 普通、ブリタニアからのエリア11への国際線は、ナリタ国際空港で離発着している。しかしナリタがレジスタンス組織の拠点が有る事は、この国の者ならば常識だ。危険度は少ないし、非常に厳戒に守られているが、それでもゼロでは無い。故に、皇族やVIP待遇の者は、ハネダへと輸送機が回される。

 輸送機の後部が下がる。大きな口を開けるかのように、静かに地面へとハッチを下ろした。そして、作られた階段を静かに下りて来るのは――――帝国最強の剣、その二振りである。
 降り立った瞬間に、このエリア特有の湿気を含んだ、羨望とも取れる熱が彼らに向かう。


 ルルーシュ・ランペルージ。
 アーニャ・アールストレイム。


 どちらも若い。ルルーシュは十七歳。アーニャに至っては最年少の十四歳だ。しかし両社共に、その若い年でラウンズに抜擢され、そして飾りでは無い事を功績によって証明している。だからこそ、ブリタニア兵士達は、一様に彼らを英雄視している。

 武勲を立てれば、あの場所に立てるかもしれない。
 自分も又、彼らと同じ英雄に成れるかもしれない。

 その思いは、兵士達を奮起させる。ラウンズとは、そう言う階級だった。皇帝を守る剣と言う意味だけでは無い。届かぬ者達にとっての確固たる目標で、指針だったのだ。

 その戦略的価値、戦場での実力も高いが、何よりもたった一人いるだけで兵士の士気が明らかに違う。有る者は意の一番に戦場に切り込み、有る者は常識外れの狙撃を決め、有る者は堅牢な砦を有する。そんな、たった一人で戦況を傾かせる者が傍にいると知っていて、必死にならない兵はいない。

 結果としてラウンズの存在は、その戦場を席巻する。
 そうして、数多の戦場を勝利に導いてきた。



 皇帝シャルルは語る。闘争と競争は、発展であり前進である、と。



 同意をする訳ではない。だが、確かに真実を得ている部分は有ると、ルルーシュは思っている。
 良くも悪くも、戦いは人を成長させる。人だけでは無い。国家を、民を、技術を、文明を変えていく。日本との戦争が無かったら、ナイトメアフレームの実用化はまだ時間が必要だったと語られる程だ。争い、戦う事で確かに人間はその有り方と世界を変えて来た。
 だから、闘争を日常とする世界は――――確かに、進んでいく。それは、進まざるを得ないからだ。進めなくなった時が、即ち己の崩壊と腐敗の、始まりに等しいからだ。

 けれども、その裏で消えていく物は多い。
 消えていく物が、己に成らないという保証が無い事を自覚出来る者は、多くない。
 そして、その裏で消えていく物の事を思え、背負える者は――限りなく低いだろう。



 ルルーシュは知っている。
 世界を変える事は、決して簡単ではないという事を。



 整然と並ぶ兵士の、憧憬の雨を潜り抜ける。この中の何人の兵士が、定年まで軍で働く事が出来るのかを思う。恐らく、二割は確実に減るだろう。そして、その二割の中に、己が入らない保証は無い。
 真っ直ぐ進んだ正面に、エリア11の総督がいた。礼を取って自分達を出迎えている。報告書で読んでいる。カラレスとかいう権力志向の強い男だ。無能ではないが、才覚が有る訳でも無い。
 少なくとも、自分と比較をすれば、絶対に己の方が有能だ。

 けれども、自分の才覚を存分に使用したとしても、果たして世界を変え、導く事は出来るだろうか?

 ルルーシュは難しいと思っている。不可能とは思っていない。しかし今の体勢を壊す事は、生み出す事よりよっぽど難しい。仮に出来たとしても、導く事までは決して出来ない。壊して、その対価に自分も死んで、それで終わりだ。誰かが引き継ぐかもしれないが、必ず一回は混迷の時代を引き起こし、多くを殺す。
 正直に言えば、やろうと思えば、多分、今からでもルルーシュは、壊すだけならば出来る。可能だ。
 けれども、其れをしたくは無い。



 世界を壊したとしても、己の守りたい物を守れる訳では、無い。



 ルルーシュの守りたい世界は本国に有る。金より大事な、金を幾ら払っても守っていたい平和な世界が、本国に確かに存在している。だからルルーシュは、この場所にいる。この場所で戦っている。
 自分は、恵まれているのだろう。
 本国から追われる事は無い。上位の皇族は愚か、皇帝も気に懸けてくれている。頼れる同僚もいる。家族も有る。地位も強固だ。己の才を万全に発揮する環境が整っている。
 だから、恵まれている。

 ルルーシュは皇族では無い。皇帝になる事は出来ない。いや、そもそもなりたくは無い。国家を動かして世界をどうこうしようなど、考えただけで面倒だ。今以上に、愛する家族とまともな時間も過ごせない等、背筋が震える位に恐ろしい。
 けれども、戦う力が無い事は、もっと恐ろしかった。

 守りたい物が有る。
 そして、倒すべき相手がいる。
 戦場で対する者に、悪魔だ、魔王だと、呼ばれようとも、それでも尚、歩む理由が有るのだ。
 エリア11でも、だから己の歩みは、止まらない。




 「『Knight of Rounds.』 ルルーシュ・ランペルージ。――――皇帝陛下よりエリア11平定の補佐を命じられた。以後、宜しく頼む」




 総督に言葉を告げ、同時に、己の仕事を自覚する。

 僅かな期間だが、幼い時を過ごしたこの土地を、ルルーシュは好んでいる。愛している。侵略した国家の人間が何を、と言われるだろう。ふざけるなと思われるだろう。だが事実だ。本心だ。出来ればこれ以上、悲惨な目に合わせたくは無いと――――心から、思っている。

 けれども。

 (……お前達は、俺の敵なのだろうな、きっと)

 嘗てこの国で一緒に遊んだ、幼馴染達を思い、ルルーシュは小さく息を吐いた。














 登場人物紹介 その④


 コーネリア・リ・ブリタニア

 神聖ブリタニア帝国第二皇女。
 《戦場の魔女》の異名を持つ、皇族の中でも最も多くの軍功を持つ女傑。

 皇族だが、軍人・武人としての性格が強い。しかし、身内(特に年下の血縁者)には甘い。時々、その点をギルフォードやダールトンに指摘される。
 「統治する為に命を懸ける」独自の信念を持ち、卓越した技量で常に前線で戦う事が多い。テロ相手にも自分で乗り出して行く。その為、度々罠に嵌るが、優秀な騎士や副官、そして彼女自身の才能のお陰で切り抜けている。
 だから、愛機「グロースター」の損傷率は結構高い。

 ノネット、ベアトリスと並ぶマリアンヌの弟子。彼女達と同様に、ボワルセル士官学校を首席卒業。
 何かとルルーシュを心配しているが……まあ、その理由は言わなくても分かるだろう。










 用語説明 その②

 帝国特務局

 皇室全般を取り仕切る皇帝直属の特務機関。ブリタニアの六大権力機構の一つ。
 現在の局長は、筆頭秘書官を兼ねるベアトリス・ファランクス。

 例えば、王宮で働く人間は、メイド、庭師、料理人、警備員など、全てが特務局所属の人間。
 皇族付きの騎士は勿論、皇帝の騎士である『円卓の騎士』に対しても対等以上に接する事が出来る。
 皇妃や皇族が住む各離宮の管理、皇族主催の夜会の警護といった些細かつ重要な仕事。更には、反乱を企てる皇族に対する秘密裏な情報収集や、皇室に害なす「国家の敵」の調査、各エリアの情報収集まで行っている。

 尚、特務局所属の人材は、誰一人として軍籍を保有していない。これが同じ仕事をするにしても、機密情報局との最大の差で有ろうか。










 やっと更新できました。
 次が何時になるかは不明ですが、気長に待っていてくれると嬉しいです。



[19301] 第一章『エリア11』篇 その②
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538
Date: 2011/03/01 14:40



 皇歴2010年。

 今から、七年前。
 兼ねてよりサクラダイトを巡って対立をしていた日本とブリタニアに、亀裂が入る。
 日本に滞在して技術交流をしていたブリタニアの民間人らが、日本陸軍内部の過激派によって殺害されたのだ。この事件に際してブリタニアの民衆は激怒。国内の機運は高まっていった。

 俗に言う「極東事変」である。

 ほぼ時期を同じくして、日本内部で反ブリタニアの活動が活発化。内閣は辞任に追い込まれた。そんな中、開戦派からの絶大な支持を受け、次期内閣総理大臣に就任したのが枢木ゲンブだった。
 悪化の一途を辿る両国の外交が決定的に乖離したのは、その年の夏の事だ。
 損害賠償と国際舞台での正式な謝罪。サクラダイトの輸出規制緩和を初めとする、98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの要求を、枢木ゲンブは挑発とも取れる言動で拒否。これが契機と成って、ブリタニアは日本に宣戦布告を告げた。

 8月10日。
 「第二次太平洋戦争」の始まりだった。

 当初は長引くかとも思われた戦争は、初めて実戦投入されたナイトメアフレームと圧倒的な物量さにより、ごく短期間で終了。余りの簡単な占領成功に、誰もが罠ではないかと勘繰った程だった。日本が勝利を飾ったのは、唯一、厳島での決戦のみである。
 終戦も間近となった頃、徹底抗戦の無意味さと己の失策とを悟った枢木ゲンブは、降伏勧告の意を込めて切腹。その死を持って、国内機運を収束させたと言われている。
 今も尚、背景には謎が多く残る戦だが、どんな経緯であれ、一つだけ決定した事が有る。即ち、支配国と従属国の序列が定まったのと言う事実だ。

 その日、日本はエリア11と名を変えた。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その②






 トウキョウ租界は、工場を示す地図記号の様な形をしている。上空から見れば分かるだろう。大きな円と、その外縁部から放射状に延びる線とを、確認出来る筈だ。
 円は鉄道。線は国道。嘗て山手線と呼ばれた環状五号線。租界をぐるりと囲むこの鉄道路線と交差する様に、租界中心部から伸びる高速道路がある。

 ハネダから租界へ伸びる道路に、黒塗りの高級車が連なって走っていた。前後にはナイトメアフレームを搭載した護送車が走り、中心に居る人の価値を示す。その余りの厳重さと重々しさに、普通車は皆、道脇に車を止め、道を譲っている程だ。

 「カラレス総督。……少し、大袈裟すぎると思うが」

 その高級車の中で、ルルーシュは同席しているエリア11の総督へと声を懸けた。
 確かにラウンズの来訪と言う情報は、エリア制圧に大きな影響を与えるだろう。だが良い事ばかりでは無い。自国を愛する抵抗勢力は、その士気を削がれるか、あるいは暴発するか。しかしどちらにせよ、厄介事と揉め事を引き起こすのは間違いない。

 「何をおっしゃられますか、ランペルージ卿。貴方様に何かが有ったら国家の損失です。この位の出迎えは当然の事」

 そう言う、このエリア総督のカラレスは、果たして事実を理解しているのだろうか。
 無能ではないが有能からは程遠いというのが、ルルーシュの評価だ。言動や態度の各所に、ブリタニア至上主義が見て分かる。これは手痛く、足元を救われるまで……己の器に気が付かないだろう。

 「……時間の節約の為にも、最初から政庁に飛行艇を迎えるべきだな。今回は良いが、以後は気を付ける事だ。薬も行き過ぎれば毒になる」

 「……肝に銘じておきます」

 眼光に、静かに、押し出す様な声で彼は肯定した。権力志向の強い人間は、目上の人間には弱い。自己保身も強い。つまり、余計な文句を言って、相手の機嫌を損ねて、波並を立てようとは思わない。
 其れを知っているルルーシュは、それ以上に余計な事を言わずに外を見た。真っ直ぐに伸びる高速道路の両脇に、視界を遮る物は無い。有った筈の物は、全て失われているからだ。

 沈黙が下りる。運転手は元より何も口を開かず、車内の空気は良いとは言い難い。アーニャは後ろの車に乗っている。男だけの黒い高級車の後部には、ルルーシュとカラレスが、向かい合う形で距離を取って同乗していた。当然、面白くもなんともない。

 静かに進むリムジンが、徐々に租界へと近付く中、やがて窓の外の風景も変わって来る。
 整った、美しい近代建築の街並み。そしてそれとは対照的な、街の周囲に点在する、荒廃しきったスラムの如き土地。過去の栄華も今は昔、崩れ落ちたゲットーが広がっている。

 「……あれが、シンジュクゲットーか」

 おそらくは、嘗ては租界にも負けない街並みだったのだろう。けれども今は、名残を残すだけだ。ブリタニアの駐留軍が今も我が物顔で走り回り、住人は苦しい暮らしを強いられている。

 「はい。下等なイレブンには丁度良い住処でしょう」

 ルルーシュの言葉と目線に、機会を得たりとカラレスが口を開く。

 「……資料で読んだ所によれば、抵抗勢力が潜んでいると有ったが?」

 「その通りです。薄汚いテロリストの根城に相応しいとすら思います。奴らの執拗さときたらまるで鼠。廃墟に潜んで、見逃されている事も知らずに、各上の種族に姑息に手を出すのです。正直、ゲットーを丸ごと殲滅しても良いと私は思っております」

 「…………」

 その鼠に手を焼いている人間の言う言葉では無い。しかしルルーシュは声に出さず、返事もしなかった。その沈黙を、カラレスはどう受け止めたのだろう。

 「ランペルージ卿。実行なさいますか?」

 「遠慮しておく。ゲットーで無駄な弾を消費する程、酔狂な性格はしていない」

 即座に否定した。下手に自分の名前で実行されても嫌だった。人を殺している自覚は持っているルルーシュだが、殺人に快楽を見出す程に壊れているつもりは無い。
 そういう仕事は、ルキアーノに任せておけばいいのだ。あの吸血鬼は、いざ人を殺めるという時になると、周囲が“ひく”位に豹変する。まあ、それが敵の士気を挫く大きな力に成っているのだが――――趣味が良いとは、お世辞にも言えない。今でも止めて欲しいと思っている。

 「……ゲットーに潜む集団の規模は?」

 話題を変える。広がる廃墟の広さは、結構な物だ。この廃墟の群れは被害の規模こそ変わりながらも、サイタマまで長く続いている。サイタマゲットーにもテロの被害が、と言う言葉を、読んでいる。
 日本と言う国家の要地だったシンジュク。そして日本軍の一大駐屯地だったサイタマのアサカ。関東の大都市群は嘗て日本が侵略された時に、完膚なきまでに破壊され、そしてほったらかしだ。二つの伸びた棟が特徴的だった警視庁まで、無残に放られて既に七年である。
 誰かが入り込み、画策するには、時間も場所も十分過ぎるだろう。

 「不明です。軍を駐留されてはいますが、調査も芳しく有りません。ですが政庁に近い為か、数は多くないと思われます。むしろ他地域のゲットーの方が、状況は宜しく有りません」

 「……そうか」

 言葉を聞いて、困った物だ、と内心でぼやく。

 嘗てこの国を訪れた際、ルルーシュは無事だった都会の街並みを目にしていた。本国にも負けない程の高層ビル。その間を無数に走る、複雑に交差する道路。狭い国土を最大限に使用した、上と下に広がる大都会が、トウキョウ……ではない。“東京”と言う街だった。
 租界の外には、その痕跡が今も尚、残っている。そして、その痕跡を、恐らく最大限に利用して、彼らは活動しているのだ。

 上は良い。空だけだ。崩れた廃墟を幾ら使用したとしても、限界は有る。だが、地下だけはそうもいかない。
 無数に、数秒の誤差で走り回った地下鉄列車。衛生的だった水回り。無数の地下の目は、普通の人間には覚えきれないほどの複雑さと精密さを持っていた。例え路線図を持っていたとしても、部外者が把握するのは難しい。

 「……シンジュクゲットーの指導者は、優秀だな」

 ポツリ、と小さく呟いたルルーシュの声は、カラレスの耳には届かなかったようだ。

 「何でしょう?」

 「いや。……指導も兼ねての視察は、明後日の午後の予定だったな?」

 「は。ゴッドバルド辺境伯が、準備が万端だと息まいておりました」

 「そうか。期待しておこう」

 言葉の中に本心を混ぜて、誤魔化した。
 戦闘だけがラウンズの仕事ではない。重要任務に携わる皇族の護衛や、部下の指導もしっかりと仕事に入っている。ノネットが本国で行っている士官学校での訓練も、その一環だった。

 エリア11平定の命を受けた以上、その土地の軍隊の視察は、むしろ当たり前。オマーンを出発する前にその旨を伝えておいたのだが、エリア11の軍を任されているジェレミア・ゴッドバルドは、如何やらさぞかし張り切っているらしい。
 彼の事は昔から知っているルルーシュだ。空回りしていないかも心配だが、顔を合わせるのが楽しみだった。

 「政庁にお付き成られた後は、如何なされますか?」

 「そうだな……」

 ゲットーから、徐々に整った街並みへと変化する風景を横目で眺めながら、ルルーシュは僅かに考えて。

 「トウキョウ租界の見物をさせて貰う」

 そんな事を言った。




     ●




 エリア11政庁の屋上に程近い一室を、ルルーシュとアーニャは与えられた。勿論、部屋は別だ。皇室専門の部屋よりほんの少しだけグレードは落ちるが、将官クラスの個室で有る。

 ラウンズを軍の階級に当てはめると、最低でも少将以上と定められている。戦績や指揮技能の得手不得手によって多少前後する位だ。筆頭騎士のビスマルクが、帝国元帥と同じ程度の権力を有していると言えば、分かりやすいか。

 「俺は租界を見物に行くが……。アーニャ、如何する?」

 部屋で僅かな私物を整理した後、ルルーシュは尋ねた。折角、外出する気概があるのだ。折角ならば誘うというものだろう。

 彼は既にラウンズの騎士服を脱いでいた。しっかりと部屋のクロークに吊るしてある。今のルルーシュは私服だ。灰色のタイネックと黒のズボン、赤煉瓦を彷彿とさせる上着にサングラスという、一見すれば普通の高校生に見える格好をしている。
 少なくとも、諸外国を騒がせる帝国最強の一角には、とてもではないが見えない。

 「……眠い。休んでる」

 ラウンズ服を脱いで、バスローブの様な楽すぎる格好でごろりと横に成ったままのアーニャは、寝むそうにそう呟いた。
 エリア18からエリア11まで。丸一日かけての移動は、流石のラウンズでもストレスが溜まる。

 これが戦場ならば問題は無い。体力に自信が無いルルーシュでも、ナイトメアに騎乗していれば半日くらいは大丈夫だし、指揮や電算系だけならば二日までは頑張れる。しかしだからと言って、疲労を常日頃から貯め込み、抱えるつもりも無い。兵士も騎士も肉体が資本。休ませる時には休ませるし、気分転換は大切だ。
 最年少のアーニャだ。幾らラウンズ並みの体と言っても、当然、限界は近い。成長の余地が残されているからだろうか。一定以上の疲労が溜まると、キリが良い時にあっさりと眠ってしまう。

 「そうか。……じゃあ、行ってくる」

 「……わかった」

 ひらひら、と顔を向けて手を振った彼女だったが、その腕はパタリと落ちる。よっぽど草臥れていたらしい。オマーンでの作戦の後、此方に来るまで碌な休憩も無かったから無理も無い。
 仕方が無いな、と思いながらルルーシュは部屋に入って、布団を懸けてやる。見れば彼女は年相応の顔で目を閉じていた。何処となく、最愛の妹を彷彿とさせる。

 「良い夢を、アーニャ」

 耳元で軽く囁いて、ルルーシュは部屋を出る。
 さて、個人調査をしようか。




 政庁を出たルルーシュは、その足で近場のコンビニに入った。
 元々、日本と言う国家は仕事を馬鹿みたいにこなす傾向が有る。真面目と言うか堅物と言うか、……お陰でエリアと成った今でも、深夜まで働く人間は多い。そして、安い賃金を少しでも得ようと働く名誉ブリタニア人の為に、夜間営業型、年中無休の店舗も多かった。

 「これを頼む」

 ぽい、とカウンターの上に新聞を置いた。ルルーシュの目的は、情報だ。エリア11の現状を知る為に、取りあえず庶民の目線から取得する媒体が欲しかった。ブリタニアの新聞を一部。経済新聞を一部。名誉ブリタニア人用に発行される旧日本の新聞を一部。

 勿論最後の物は厳重な検閲の元で発刊されている。軍事や警察、経済活動までほぼ完全にブリタニアに掌握されているエリア11だが、日本の文化が全て壊滅した訳ではない。戦争で失われた遺産や景観も多いが、人間の手による文化は確かに残っている。……まあ、負けてもなお活動を続け、一層発展し続けるアニメーションや漫画文化は、ルルーシュの理解の範疇外だが。
 ともあれ、嘗ての大手新聞社は消え、同時に弱小新聞社がブリタニアの傀儡となって発行している状態だが、それでも購入者や読者は多い。過去の日本に想いを馳せる者が、それだけ多いという事だろう。

 小銭で買い物を済ませたルルーシュは、その足で、近くの公園へと入った。木陰に身を寄せ、ベンチの下で先程購入した新聞を開く。まずはエリア11の国内情勢の確認からだ。

 (ブリタニアの新聞は……俺達、か)

 一面に飾られている写真は、エリア18に関する話題だ。写真には、戦後処理に当たるコーネリアとギルフォード。ダールトンに、C.C.が写っている。現地で撮られ、本国へ送られ、其れが更にこの国に送られたのだろう。明日のこのページには、きっと自分とアーニャが躍っている。
 一面から社会欄に眼を移す。国民からの評価は、今は良い。一番知りたいのは、抵抗勢力の活動についてだ。

 (……一月前の、サイタマでの小規模衝突が、最後か)

 ベアトリスから与えられた情報を記憶から引っ張り出し、照らし合わせて確認する。
 租界から其れほど離れていない、サイタマ、アサカ周辺のゲットーでの軍との衝突を機に、回りでの事件は起きていない。毎日毎日、日本の何処かで衝突が起きているとは思わない。だが、規模こそ違うが二週間に一回は何処かで衝突が起きている、そうだ。

 それが、この一月の間、無い。
 つまり、……行動を起こさずに、何かに備えている。

 (……明後日には、軍の演習が有る)

 参ったな、と思う。文字列を追ってはいるが、思考は既に深い策動の闇の中だ。
 元々、この演習はルルーシュ達が来る前から計画されていた物だ。ラウンズとして指導に丁度良いという事で選ばれただけの話。彼らが来なくとも、演習は実行された。……この時期の符号は、偶然ではないだろう。

 現在、トウキョウ租界の周辺で危険視される抵抗勢力は三つだ。

 チバ、成田連山を拠点とする日本最大の組織『日本解放戦線』。
 サイタマゲットーを中心とする中規模グループ『ヤマト同盟』。
 中部地方に展開する、少数派だが過激で有名な『大日本蒼天党』。

 (……不確定要素が多い)

 だが、彼らに属さない少数勢力もいる。小規模な集団故に捕獲されにくい、地下活動グループだ。
 そして腐敗した軍や企業から武器を得ている彼らは、決して致命的では無い物の、一定の被害を出している。今迄のエリア11での行動の内、三割はそういう集団によるものだ。

 その彼らが、他の組織と同様に期を伺っている。……ならば明後日のゲットーでも、恐らくは今迄と同じ様に。いや、それ以上になりかねない。杞憂だ、と笑い飛ばせる程、ルルーシュは楽観論を有していないのだ。
 推測以上の、確信だったと言っても良い。平和主義者で人格者のルルーシュだが、争いを予見する事は苦手ではない。幼い頃から、不穏な空気を悟って、先手を打ってきたからこそ、今こうして生きていられる。

 騎士の嗅覚が、嵐の前の静けさを、嗅ぎつけていた。
 気配か、予感か、感覚か。ラウンズとして生きていたルルーシュの勘が、告げている。



 この国は、荒れるだろう。



 カラレスを初めとする総督府の人間が、気が付いていない筈は無い。しかし対策をしている節も無い。――――ジェレミア辺りは頑張っているかもしれないが、彼らだけで解決出来る程、生易しい問題ではない。軍のトップと言っても、独裁者ではないのだし。
 対策をしていない。つまり、対策をしない方が……都合が良いのだ。

 (……全く、本当に厄介な国だ)

 エリア11に潜む不穏分子を一掃する事は、決して難しくは無い。ルルーシュの知略を持ってすれば、意図も容易く実行出来るし、成功するだろう。

 しかし、其れでは何も変わらない。

 カラレスを初めとする連中を変えなければ、圧政を敷かれる人々の心は変わらない。そして、変わらなければ抵抗は何時までも続いて行く。エリア11を平定する為には、この地に対するブリタニアの行動を改める事が必要不可欠だ。

 だが、総督を初めとする連中を始末するのも、難易度が高い。

 上が変われば組織は揺らぐ。その揺らぎは、抵抗活動が活発なこの地では、思わぬ致命傷に繋がるかもしれない。そして何より――――今のルルーシュには、総督を強制送還したり、権力を奪取したりする権限が無いのだ。

 エリアの総督は皇帝に任命される地位。ラウンズのルルーシュの独断で処分するにしても、世間を納得させるだけの理屈が無ければならない。地道に確実に、出来る事を行って、期を見て事を運ぶ必要が有る。そうしなければ、自分にも皇帝にも波紋を呼ぶ。
 如何するか、と頭の中で複数のプランを立てていた時だった。



 「貴方達。……止めなさい」



 そんな、若い少女の声を聞いた。




     ●




 「ちょっと買い物、お願い出来る?」

 昼休み、私は廊下で声をかけられた。
 私の通うアッシュフォード学園には、実に面白い生徒会長がいる。面白くて、面白いだけじゃない。女性としても名家の息女としても、とても魅力的な人だ。温かな人間味が有って、貴族の人達が持つ差別意識も低い。

 名前を、ミレイ・アッシュフォード。

 名門アッシュフォード公爵家の令嬢でありながら、決してそれを鼻に掛けない人。同性の自分でも憧れる様な、武力とは違った性根の強さを持つ人だ。正直、学校内で逆らえる人はいない。生徒会に所属して、彼女の下で日々仕事をこなす私、シャーリー・フェネットも勿論、逆らえない。

 「リヴァルに頼もうかとも思ったけど、二日前にも頼んだしね。バイクの調子も悪いみたいだから」

 同じく生徒会に属するリヴァル・カルデモンドは、ミレイ会長への憧れ故か、好んで自分から付き従っている。ただ、そのせいか愛車が調子を崩したらしい。修理に出すそうだ。
 口では文句を言いつつも、快く動いている彼を見ていると、自分らも手を貸そうと思いたくなるから、不思議だ。どんな人間相手にも臆せず付き合える、というのがリヴァルの最大の利点だろうか。

 「良いですよ? 何を買ってくれば良いんですか?」

 窓際に寄りながら、会長と話をする。
 本来ならば貴族と平民。私達は敬語に成るべきなのだが、ミレイ会長は学校内で堅苦しいのは止めにしよう、と言っている。だから私達も軽い口調で返す。
 アッシュフォード学園に通う何人かの貴族の生徒達の中には、割と階級差を意識する者もいるのだけれど、会長は別だ。お陰で生徒会は、毎日毎日、とても楽しく過ごせている。
 それでいて意外な程に広い人脈を持っているのが、この人の凄い所なのだ。オレンジさんとか。

 「はいこれ。纏めておいたわ。今月末の猫祭りで使うカチューシャと化粧道具ね。衣裳や大道具は手配済みだけど、生徒会で身につけるのはシャーリー、貴方に一任します。全員に似合う奴、五人分ね?」

 携えた一枚紙を、ファイルと一緒に渡してくれる。

 「御金は領収書貰って、生徒会名義でお願い。先方も、慣れてるから大丈夫だと思うけど」

 「えと、何か注文は有りますか?」

 「いいえ。あ、一人で大変だったら、カレンを連れてって良いわよ。店までもそう遠くないし。放課後直ぐに出れば、遅くならない内に帰って来られるわよね?」

 「はい。大丈夫だと思います」

 アッシュフォード学園生徒会メンバーは五人。会長、リヴァル、ニーナ、私、そしてカレンだ。会長の元、カレンが副会長、私が庶務、リヴァルが書記、ニーナが会計として動いている。

 本当はもう少し人数を増やそうか、とも話し合ったのだけれど、断念せざるを得なかった。ニーナが怯えず、まともに会話ができる男子生徒はリヴァル以外に殆どいない。それに、アッシュフォード公爵家に、カレンの家――――シュタットフェルト伯爵家が揃った生徒会だ。繋がりを求めての生徒が、大半だった。
 生徒会を、権力者同士の結び付きにはさせません、というのが会長の御達しが出て以来、新メンバーは入って来ない。まあ今の所、困りはしていないし、必要だったら誰かをスカウトすれば良い、そうだ。

 「分かりました。それじゃ、放課後ですね」

 「ええ、お願いね」

 会長と話を終わらせた私は、そのまま足でカレンの所へと向かった。

 カレン・シュタットフェルト。名前の通り、シュタットフェルト伯爵家のお嬢様だけれど、会長と同じく親しく付き合える女の子だ。私の友達である。
 私と同じクラスで、その清楚で儚げな雰囲気の為か、高嶺の花とも言われている。成績は良いのだが、病弱な為か何かと学校を休みがち。家の事も有って敬遠されていたのを、会長が見かねて生徒会に引っ張り込んだのが、今年の春の事だった。
 カレン自身、本国の実家との折り合いが良く無いらしく、会長という話し相手が出来た事が嬉しいらしい。前よりも明るくなって、生徒会に出てきている。

 (……屋上、かな?)

 体が弱いらしいカレンは、強い日差しを嫌っている。ただ外の空気を吸うのは好きらしい。お昼時になると、散歩も兼ねて屋上に出て、数分をして帰って来る。
 今から行けば、多分、丁度落ち合えるだろう。私はそう思って屋上への階段を上ったのだ。






 屋上でカレンと上手い具合に接触した私は、首尾よく放課後の手伝いをお願い出来た。
 猫祭りについては、苦い笑顔だったけれど、家では絶対に出来ない体験ですから、と言っていた事を思い出す。会長からこっそり言われたが、本国のシュタットフェルト家は、余り良い噂が無いそうだ。権力がしっかりしているから排除されないが……カレンはカレンの苦労が有るのだろう。

 学校を出て、余り家の事には触れないように気を使いながら、一緒に会話をする。中身は色々だ。もう時期やってくるテストの事とか、来月のイベントは何だろうとか、会長とオレンジさんの関係の謎とか、成立したエリア18の事とか。

 「エリア18、ね……」

 「何か、気になる?」

 「ううん。……何でもないわ」

 何でもない、と言ってはいたけれど、カレンの顔は複雑そうだった。貴族と言う立場で、しかも病弱な彼女だ。弱肉強食を謳う国是について、何か、彼女なりの思う所が有るのかもしれなかった。

 会話をしていたからか、移動時間は短かった気がする。私達は直ぐに店には到着した。エリア11のサブカルチャーとは凄い物で、例えブリタニアに支配されていても消える事無く残っている。いや、むしろますます広まっている。嘘か真か、本国でも密かにブームだそうだ。
 そんなコスプレ衣裳を扱う租界の店で、適当な衣裳を見繕う。耳と、尻尾と、髭と、メイクセットの不足分と……。しっかりと言伝通りに選んで、頼む。結構なお金になってしまったけれども、会長は問題無いと言ってくれる筈だ。

 アッシュフォード公爵家は、ナイトメアフレーム開発の第一人者である。元々、福祉目的の民生用機械「フレーム」を開発していたのだが、それが黎明期の軍事兵器「ナイトメア」と結びつき、現在、ブリタニア戦力の中核を成すナイトメアフレームへと変化して行った。
 だから、開発特許を初めとする利益のお陰で、アッシュフォードは超の上に超が幾つも重なるお金持ち。イベント好きの会長や、その血の原因であるルーベン理事長が浪費をしても、使いきれない位の財を蓄えている。人をお金で判断する気はさらさら、無いのだけれど。

 「うーん。……カレン。この耳はニーナに似合うかなあ?」

 「良いと思うわ。髪の色と合わせた方が目立たないし」

 店に入って、約二十分。会長に、私のセンスに任せる、とか言われてしまった以上、適当な物を買って帰る訳にも行かず、結構しっかりと吟味をしていた。
 こうして買い物をしていると、カレンも貴族では無い、普通の女の子に見える。彼女の私生活を知らない私だけれど、こうして出かける事はきっと少なかったのだ。こうして買い物を一緒に出来る、という点だけでも、会長がカレンを生徒会に招いた意味が有ると思う。

 「こんなものじゃないかしら」

 「うん、私も良いと思う。……あ、お会計をお願いします」

 それから更に二十分の後、私達は店を出た。春の陽気に思わず目を細めてしまう。学校を出た時間が早かったおかげで、まだ太陽は高い。夕暮れ時までもう一時間、と言ったところだろう。
 包んで貰った紙袋を手に、二人で歩く。これから学園まで帰るのだけれども、其れほど急ぐ必要も無い。こんな良い天気の日に、さっさと帰るのはもったいないのだ。

 「そうだね。有難うカレン。お陰でとても助かったよ」

 「……良いわよ、別に。私も楽しかったから」

 静かに微笑むカレンだ。そう喜んで貰えると、私も誘った甲斐が有るという物だ。これからもちょくちょく、許されるのならば誘ってみようと思う。会長に相談してみるのも、良いかもしれない。
 清々しい空気を吸って、一つの公園に差し掛かかる。政庁から少し離れた自然が豊かな公園だ。園内には屋台が並び、連れ添って歩くカップルや家族連れも多い。

 ただ、やはり名誉ブリタニア人の肩身は狭いのだろう。天気とは裏腹な、何処か挙動が不審な、翳りの有る表情なのがこの国に住んでいた人達だ。

 彼らへの扱いに対して、間違っていると――――シャーリーは、思っている。けれども、それで何が出来る訳でも無い。何かをしようにも動けない。見ない振りしか出来ないのが、現実だった。

 ふと、どなり声を聞く。

 「テメエ、俺が誰だかわかってんのか!?」

 声と同時に、肉を打つ音が響く。公園の一角で屋台の店主が、ブリタニアの若者達に絡まれていた。服が汚れたとか、何か文句を付けて楽しんでいる。
 その光景は、正直、悲しい光景だ。見るに堪えない。……少なくとも、人道を知る者ならば行わない。人間が人間を虐める姿など、見ていて気持ちが良い物では無い。同じ事は、普通の市民ならば思う。
 しかし……如何にも出来ないのだ。

 何も出来ない自分が、悲しい。

 特定の誰かが名誉ブリタニア人でも、受け入れる自信はある。友達に成れるだろう。けれども、不特定の見ず知らずの相手の時に、いけないと分かっていても、つい目を反らしてしまう。火種が自分に降り注ぎ、今の平穏を崩される事を想像すると、如何にも動けない。
 公園内の皆がそうだった。囲まれ、暴行を受ける相手に対して、誰も何も言えない。一歩踏み出す勇気が有ればいいのだろう。しかし……。

 迷うシャーリーと同じ様に、公園内の誰もが葛藤を抱えたまま、動けない。……いや、一人だけ、動いた者いた。



 「貴方達。……止めなさい」



 カレンだった。




     ●



 夕刻。

 ルルーシュがエリア11政庁の自室に帰宅したのは、夕日が西の空を照らし始めた頃だった。

 「お帰り、ルルーシュ」

 「ああ。良く休めたか?」

 足音を聞き付けて、アーニャがひょこ、と顔を出す。表情に変化は無い様に見えるが、しっかりと昼寝をしたお陰か。意識は随分とはっきりしているようだ。

 「ん。掛け布団、ありがと」

 「ああ」

 如何いたしまして、と返しながら、部屋に入る。コートとコンビニの新聞を机の上に置いた。

 椅子に腰かけて、一息を入れる。
 短い間では有ったが、其れなりに有益な情報を手に入れる事が出来たと思う。明後日の軍事演習に対して、色々と布石を打つ必要性を把握出来ただけでも十分過ぎる利潤だろう。だが、それ以上に……中々、とても興味深い事実を、手に入れた。
 公園で男を助け、代わりに絡まれたあの少女。

 「アーニャ。……桃は好きか?」

 「……桃? 果物の?」

 「そうだ」

 「好きだけど。……それが何かした?」

 「……いいや。別に」

 首を傾げて、不思議そうな顔をするアーニャに、ルルーシュは何も言わず、曖昧な笑みで誤魔化した。

 記憶の中の一場面を引っ張り出して適応させ、そしてその場面には桃が出て来たという、それだけの話だ。向こうも恐らく、“気が付いてはいない”だろう。

 公園での一場面。友人が引き止めるのも断って、割って入ったあの少女。
 流石に、名門学校の子女に言われれば強く出れなかったのだろう。屋台の男から手を引いた。代わりに彼女がちょっと付き合えよ、と絡まれた――――が、此方はルルーシュが割り込んだ。外見は高校生でも、中身は百戦錬磨の騎士だ。その辺の悪ぶった者が叶う筈も無く、眼光であっさりと引き下がってくれた。

 (しかし……随分と)

 猫を被るのが上手い、そう思う。
 割り込んだルルーシュに対する瞳は、並みの貴族の子女では得られない色だった。

 『……私を助けるならば、さっきの人を助けるべきだと、思うわ』

 言葉こそ丁寧だった。静かだったから、背後から駆け付けた亜麻色の長い髪の少女も、多分、聞こえていなかっただろう。小さな言葉だったが、中に含まれた色は……友好とは、多分、違う。
 去り際に、さり気無く握手をして別れたが――――。

 (……ふむ)

 少し真剣に、彼女の現状を調べた方が良いだろう。
 ほんの二秒だけ、挨拶代りに触れた掌の感触を、思い出す。



 あの手は、間違いなくナイトメアフレームを駆る者の手だ。



 「あ、そうだルルーシュ。モニカからメールが来た」

 「……ん? 分かった。内容は?」

 機密情報局にも声をかけようか、と考えていたルルーシュは、再度、アーニャに引き戻される。
 ベッドに腰掛け、足をぶらぶら動かして枕を抱えていたアーニャから、はい、と手渡された物。画面にメールが映る、赤色の携帯電話だった。

 「シュナイゼル殿下から伝言。『本国への帰り際に、そっちによって特派を置いて行くよ。有効に使ってくれたまえ』――――だってさ。良かったねルルーシュ。これで、本格的に整備が出来る」

 「……ああ」

 システムを全力稼働させて、あの機体を使いたくは無い。使わない事を願っている。
 だが多分、そうもいかないのだろうと、ルルーシュは思った。


 嵐が近い。











 登場人物紹介 その⑤

 カラレス

 圧政を敷く現エリア11の総督。
 典型的なブリタニア貴族。公爵家に生まれ、軍人を経て政界に入った。その後、権力や人脈を使って本国で名を売り、四年前からエリア11の総督へと就任した。
 自己保身と上昇志向が強く、他人種に対して排他的。権力者には弱い。エリア11では区別と称して大々的な人種隔離政策を行い、弾圧している。元が軍人である為か、「純血派」を強く贔屓している。
 当然、ルルーシュが嫌いなタイプの人間だが、更迭するにも相応の理由が必要なので、仕方なく時期が来るまで(悪事の証拠を握るまで)は放っている。




 用語解説 その③

 アッシュフォード学園

 エリア11、トウキョウ租界に開かれた名門私立学校。
 学校長はルーベン・アッシュフォード公爵。現在の生徒会長は、ルーベンの孫娘ミレイ・アッシュフォード。ナイトメア開発による潤沢な資金の元、初等部から大学部まで通える敷地や設備、寮を有しており、また格式高さとは無縁の自由さが魅力。
 租界に置いては、ブリタニア人だけでなく、意外な事に名誉ブリタニア人からも評判が良い。というのも、彼らでも入学可能であるから。数は少なく構内での派閥問題やトラブルも多いが、名誉ブリタニア人の生徒も在籍している。

 因みに、アッシュフォード家はルルーシュとも当然、顔馴染み。












 段々と役者が揃いつつ有ります。アッシュフォード学園、政庁関係者、特派、そしてカレン。
 軍の演習で何が起きるのか、其れをお楽しみに。
 帰省中なので投稿スピードは遅いですが、しっかりと書いているので気長にお待ち下さい。

 ではまた次回!

 (3月1日投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その③
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/05/05 00:21
 エリアが保有する軍人には、大きく分けて三種類がいる。

 一つは、エリアの政治を司る政庁所属の、駐留軍。これはエリア総督下の軍隊だ。エリア11でいうのならば、指揮をジェレミア・ゴッドバルドが取り、ジェレミアへの権限を持つのが総督のカラレスになる。

 二つ目が、皇族や貴族の庇護下に有る者。皇族の元で動く、彼らの私兵であり、手足でもある存在。ラウンズもそうだし、もう直に来訪する特派もそうだ。総督の意向を無視は出来ないが、個人の権限も有している。

 そして三つ目。これは、ブリタニア本国から送られてきた軍人達だ。

 ブリタニア帝国軍に置いて、皇帝の次に権力を持つ存在がいる。

 存在の名称を『帝国元帥』。
 皇帝の補佐として、あるいは代理として、陸海空のブリタニア帝国“全軍”の指揮権を有している。
 そして、彼女の指揮下に所属する、軍属でありながらエリアの意向を受けない特殊軍人達。



 組織名を、機密情報局。そう呼ばれていた。



 エリア11政庁の廊下を、一人の女性が歩いていた。褐色の肌に銀髪のブリタニア軍人だ。

 白人が多いブリタニア人だが、南方からの移民や、ネイティブの人々も存在している。絶対数が少なく、差別の対象になる事もあるが、それでも表向きは対等なブリタニア人として扱われている。少なくとも、名誉ブリタニア人よりは、扱いや待遇は遥かに良い。
 静かに歩く彼女だが、その目には野心の炎が燃えている。前線が近いエリアに住む、ブリタニア軍人特有の――――己の立志を掴もうとする瞳。若さの証だ。

 その対象は、一騎当千の英雄達。
 彼らに認められ、評価をされれば、それは大きな拍となる。
 軍人は階級に縛られる。故に、弱肉強食のブリタニアで強者と成るには、出世をする事が第一だった。

 「爵位を得る為にも……」

 この機を、逃す訳にはいかない。騎士候の序列に並んでいるとはいえ、一代限りの貴族特権に過ぎないのだ。未来の事を考えると、低くても良い。子孫に受け継がれる爵位が、欲しかった。
 その為ならば、多分、己は何でも出来るだろう。

 「……否、してみせる」

 折角、名指しで呼び出されたのだ。
 あのラウンズ最高の軍師と呼ばれる、ルルーシュ・ランペルージに。



 エリア11・機密情報局員。
 ヴィレッタ・ヌゥは、静かに呟き、そして政庁の客室の扉を叩いた。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その③






 「久しぶりだな、ヴィレッタ。士官学校以来だ」

 目の前に佇む女性に、ルルーシュはそう声を懸ける。

 「……覚えて頂いていたとは、光栄です」

 取りあえず彼女は、頭を下げた。その目に、僅かな期待が過ったのを見て、釘をさす。

 「間違えるな。……私は一度出会った人間は忘れないだけだ」

 これは事実だ。ルルーシュは、己に関わる人間の一切を忘却する事は無い。彼女に対する興味も無ければ、執着も無い。
 ただ、機密情報局の力を貸して貰おうと思った。そして、機密情報局に顔馴染みでしかない彼女がいる事を知った。だから呼び寄せた、それだけの話である。

 ルルーシュが彼女と出会ったのは、大体、五年程の昔になるだろうか。八年前の“例の事件”から三年後、皇帝やビスマルク、あるいはコーネリアらの言葉を聞いて、一時では有るが士官学校に在籍していた事が有る。

 ルルーシュとて己の向き不向きは十二分に自覚していた。しかしラウンズ、と言う立場になる為には、一定以上の軍学校への通学が必要不可欠だったから、仕方なく通ったのだ。
 結果だけを言えば、幸いにも卒業できた。勿論、体力が“からっきし”のルルーシュの成績は、お世辞にも良いとは言えなかったのだが、それ以外の部分は人並み以上。射撃や護身などの実技は(体力が枯渇する事を除けば)優秀だったし、指揮技能や戦史、操縦、電算技術などは、その時から既に大学教師以上の物だったのだ。結果、ルルーシュはごく短時間で士官学校を卒業したのである。……いや、裏から手を回した人間も、いるにはいるのだが。

 その短時間に、ルルーシュとヴィレッタは接触していた。ヴィレッタは卒業間近の二十歳。接触と言っても、同じ授業を受けていた、位の関係なのだが、縁は縁、無関係ではない。

 「単刀直入に言おうか。機密情報局に探って欲しい情報が有る」

 「は」

 何でしょうか、と気真面目に頷く彼女に、告げる。

 「現エリア11政庁内部で、テロリスト達と内通している者がいる事は知っているな? そいつらの証拠を探って貰いたい。――――この件については、元帥から許可も貰って有る」

 通常、機密情報局は政庁や総督の指揮下には入らない。しかしその分、ラウンズに対する権限は低い。六大組織、そのどれもに一長一短があり、有利な相手と不利な相手が存在する。
 ブリタニアとはいっても、各勢力の均衡は以外と上手に取られているのだ。

 「かしこまりました。……しかし、かなりのお時間が、必要になりますが」

 知っている。百も承知だ。だが、それでもこの国をある程度の形に収めるためには、必要なことだった。

 「分かっている。黒白をはっきりさせるなら、エリア11政庁の全公務員を更迭した方が早い位だろうな。数百人の中で、私が潔白を“完全に”証言できるのは、ジェレミア位なものだ」

 ふ、と皮肉気に笑い、彼は一瞬、眼を鋭くして続ける。

 「瑣末な裏取引の証拠など構わない。その辺の匙加減はお前に任せよう。主として調べてほしいのは二つだ。麻薬リフレインの密売に関わる人間。そしてもう一つ、近々発生するだろうテロリストの大規模攻撃に、“特定の誰かが関わった”という証拠だ。……分かるか?」

 「……つまり、明日に発生するだろうテロ行為の関係者を、政庁の中から洗い出せ、という事で宜しいですか?」

 「そうだ。理解が早くて助かる」

 口で言うのは簡単だが、これを調べるには骨が折れる。何せ、政庁の上から下まで真っ黒。実直すぎて逆に空回るジェレミアの心配は、余りしていない(飽く迄も、ルルーシュ個人としては、だ)が、その下の純血派とて、後ろ暗い者はいる。

 木の葉を隠すのは森の中、という言葉があるが、今回はその逆だ。腐敗した政庁という森の中に隠れた、特定の木の葉を探し出す必要がある。並大抵なことではない。

 「期限は設けない。……が、出来れば、エリア11の抵抗勢力を私が相手している間、なるべく早くにして貰いたいな。身内の膿は早くに始末しないと、後が面倒だ」

 エリア平定が終われば、当然、ラウンズは本国に帰還して皇帝から次の命令を受ける事と成る。そうなれば、このエリアの政庁に口を利く事は難しくなるのだ。

 困難だが、やらなければ、このエリアは変わらない。
 同じブリタニア人に対して差別をするな、とは言えない立場のルルーシュだが、矯正エリアを衛星エリアにする為の裏工作は、存分に行うつもりだった。

 「……機密情報局の中で、ゲットーに潜ませてある者がいる筈だ。そいつらに指示を出せ。ゲットー内の抵抗勢力の動きを中心に見張るようしろ。どこかで必ず、繋がる手掛かりを見つけられる筈だ。詳しい指示は」

 トサリ、と執務机の上に書類を置く。

 「此方に置いておく。今は無理だが、追加の人材も本国と交渉して送って頂くつもりだ。――――何か質問は?」

 「……私の裁量で、行って良いのですか?」

 「ああ。構わない。下の本部には伝えておく。……自分の実力を見せる良い機会だ。やってみせると良い。無論、失敗したら責任は取って貰う。本国へ帰る事になるだろうがな」

 どうする? と意地悪く尋ねたルルーシュだったが、相手の答えなど決まっている。
 こうした命令を受ける事、それ自体が――上へと進む、絶好の機会だと、知らない者はいないのだから。

 「全力を尽くします」

 敬礼と共に、はっきりと、そう答えたヴィレッタ・ヌゥだった。
 その目が、紛れもない欲を孕んでいた事を、ルルーシュは見逃さなかった。




     ●




 ブリタニアという国家の中枢は、実は周囲よりも意外と権力に無頓着である。
 一例をあげるのならば、ルルーシュの上司であるビスマルク。帝国最強と名高い騎士だが、別に彼はナイトオブワンの座に固執している訳ではない。シャルル・ジ・ブリタニアが皇帝に座っており、彼を最も守ることができる場所がラウンズのトップだから、というだけの話だ。

 ベアトリスもシュナイゼルも同じ事。多少の個人的性格による理由に差異こそあれど、地位や権力に余り未練がなかった。ルルーシュだって同じだ。



 彼らは皆、自分達の「立場」という道具の、価値と使い方を熟知していた。



 上に立つ者ほど、尊敬と同時に悪意を得る。誰でも上を目指すブリタニアでは、特に。世界で最も悪意を向けられている存在は、皇帝シャルルである事は否定しようのない事実だ。

 しかし、それでも。限定された一部の人間は、その不満や不平に、文句を言わない。上に立つ者、民からの悪意を向けられることが義務であるかのように泰山としている。その考えは、世間一般で言えば間違ってはいないのだが……ブリタニアでは、実はそう出来る人間が、意外なほどに少ないのだ。

 ごく一部を除き、まるで自分に向かう負の感情が、間違いであるかのように振舞っている。自分に悪意を向けるなど、身分違いも甚だしい。そんな思いが蔓延している。そして更に困った事に――――敵意や悪意を向ける相手に容赦をしない。

 自分達が悪いと認識できない。自分の器を認められない。そんな人間が、ブリタニアには多すぎる。

 枚挙に暇がない事例を考えれば、もはや個人ではなく国家の問題だろう。ブリタニアという国家のシステム、それ自体を変革しなければ、そこで育つ人間も決して変わりはしない。そして、それが容易く出来れば誰も苦労はしないのだ。

 一度完成された物を壊す事は、皇帝にだって難しい。
 そんな事を、目を閉じて考えていたルルーシュは、軽い物音で我に返った。

 「失礼します」

 コンコン、というノックの後に、声がする。扉越しだが、ルルーシュがこの声を、聞き間違えはしない。
 思わず、口元に笑みが浮かぶ。

 「入れ」

 世間には色々な人間がいる。身の丈以上を望む者に、否が応でも上に立たねばならない者。適所を把握出来る者に、程度を弁えた者。仕事が道具でしかない人間がいれば、愚直なまでに仕事をこなす人間もいるだろう。

 そして、扉の向こうの相手。

 ジェレミア・ゴッドバルドとは――――良くも悪くも、実直で忠誠心が厚い男だった。




 「ルルーシュ様!」

 「元気そうだな? ジェレミア」

 謁見出来て光栄でございます! と光り輝くオーラが見えそうなくらい、畏まっている男がいた。

 格式高い貴族の服装に身を包んだ、青みが懸かった髪を持つ男。鍛え上げられた肉体に、絶対の忠誠心を抱く、エリア11の№2、ゴッドバルド辺境伯のジェレミアだ。
 相変わらずの態度に、ルルーシュは苦笑いを隠しきれない。

 「聞いたぞ? アッシュフォードの祭りに呼ばれて愉快な真似をしたそうじゃないか」

 「いえ。アレは……そう。祭りの空気に充てられたのです」

 「そうか。そう言う事にしておこう」

 愉快な笑みを浮かべたまま、ルルーシュは頷いた。

 アッシュフォード学園では生徒会長のお陰で、毎週騒がしいイベントが開催されている。ジェレミアは伝手で顔を出して、ノリに巻き込まれたのだそうだ。
 その時の行動が、よっぽど普段のイメージと違ったせいか、オレンジ郷という綽名まで定着してしまったそうである。

 堅物のイメージがある辺境伯だが、実は結構お茶目な性格をしている事は、親しい間柄の人間ならば知っている。まして、ルルーシュとは彼が新兵時代からの付き合いだ。

 「は。お気遣い頂き光栄です……。して、本日は何用でしょう?」

 「用事が無ければ呼んではいけないか?」

 「いえ。そんな事は!」

 「分かっている。お前が多忙な事くらいは知っているからな。……冗談だ」

 エリアのナンバー2と言う立場は、忙しい。雑務は下に任せるとしても、貴族や官僚として行わなければならない仕事があるからだ。
 だから冗談である。……ルルーシュだって冗談くらいは言うのだ。相手は限定されているが。

 「本題に入ろう。明日行われる軍事演習の準備は?」

 執務机で両手を組み、静かに真剣に訊く。
 自然とジェレミアの態度も真面目になる。直立不動で報告した。

 「は。全て滞りなく終わっております」

 「結構。それで、明日の演習に臨時で一つ、……いや、一つではないか。幾つか頼みをしたい。出来るか?」

 「断言は、出来ませんが」

 「なに、そう警戒しなくても良い」

 そもそもルルーシュとて現場主義者で、どちらかと言えば結果主義だ。相手を困らせる方法も、逆に邪魔にならない方法も、十分に熟知している。静かに、その細い指で部屋の片隅を指差した。
 そこに居たのは、応接用の高級ソファに仰向けなったまま、携帯でブログを更新しているアーニャだ。

 小柄な体と桃色の髪を布の上に転がして、我関せずを貫いている姿は、まるで子猫である。……ジェレミアが来てもこの態度を崩さない辺り、彼女の精神は非常に豪胆だった。

 「お前の息が懸かった部隊に加えてやってくれ」

 「……現場に、出られるのですか?」

 「私はG-1ベースにいるつもりだがな。アーニャの機体ならば整備も終わっている」

 どうだ? という視線にジェレミアがアーニャの方を向く。

 其れに対して第六席の少女は、片目で彼を見て、宜しく、とだけ呟いた。適当な挨拶に見えるが、ジェレミアだからこそこんな風に接しているのである。

 「……分かりました」

 「頼んだ。……まあ、唯の演習と指導で終わる事を、望んでいるのだがな」

 多分そうはいかないだろう、の言葉を飲み込んだ。
 騎士、ナイトメアフレーム乗りの勘と言っても良い。燻ったままの戦禍の炎が再燃しそうな気配がしている。それも、明日を発端としてだ。ルルーシュもいざという時には出るつもりだった。

 この地で長いジェレミアも、明日の演習で騒動が起きる“だろう”事は、十分に予測している。対応も練ってある筈だ。

 ラウンズという最強戦力が来た事で抵抗勢力が予定を変えるならば、それで良い。変えずに実行するにならば仕事になる。どちらにしても現場に送っておいた方が良い。それだけの事だ。

 「それと、これは唯の確認なのだが――――」

 それからルルーシュは、資料では確認しきれない質問をする。

 『ジェレミアの傘下以外の軍派閥は、どの程度に参加するか?』

 『今迄に鎮圧した抵抗勢力の行動に対して、個人的な印象は?』

 『エリア11の名誉ブリタニア軍人に関して、お前の感想を頼む』

 など、現場に詳しい人間でなければ把握しきれない情報だ。ましてルルーシュは、このエリア11という地では新参者である。

 「……さて。私からはこんな所だが。アーニャ。何かあるか?」

 目線を向けられたアーニャは、立ち上がると静かに顔をあげて、小さく呟いた。

 「……最近。昔の顔触れが、良く揃う」

 「ああ。そうだな」

 「そうなのですか?」

 尋ねたジェレミアに、ああ、と返事をして。

 「つい先日までは、私とアーニャとC.C.にコーネリア殿下。ノネットとベアトリス、次がジェレミア、お前だ。……古い友人達に再会するのは良い事だがな、何かの前触れではないかと勘繰ってしまう」

 思えば、過去もそうだった。同じ様に、皆が集まった時があった……。

 ほんの一瞬、過去の一幕を記憶に蘇らせたのは、ルルーシュだけではない。アーニャやジェレミアもそうだった。

 「……懐かしい、話でございますな」

 「……ん。だから、気をつけて。私も気をつける」

 無表情に見えるが、瞳は身を案じていた。
 この少女と、それなりに仲が良い軍人は、きっとそうはいない。

 「了解いたしました」

 ジェレミアがこの少女に初めて出会ったのは、もう八年以上も昔の事だ。

 新兵で宮城警護の仕事をしていたジェレミア。その宮に行儀見習いとして訪れていたアーニャ。
 コーネリア、ノネット、ベアトリスが競って剣を奮い、クロヴィスが絵筆を手に取り、シュナイゼルは大学の同期を招いていた。ルルーシュは盤上を弄り、少女達は優雅に遊び回り、それを魔女が静かに眺める。そして終いには、皇帝が兄と共に顔を出す。

 そんな宮が存在したのだ。

 あの宮について語る事は、今では一種のタブーになっている。

 だから、彼らも又、静かに思い出すだけだった。

 「……では、ジェレミア。ご苦労だった。……仕事に戻っていいぞ。明日の貴公の活躍に期待する」

 「は。失礼いたします」

 律義に、そして丁寧に礼を取って、彼は静かに部屋を出て行った。




     ●




 それから二時間ほど後。
 ルルーシュはラウンズ権限を使い、政庁の一角で通信をしていた。

 『あールルーシュ様? お久しぶりです。機体の調子は如何でしょうかー?』

 「悪いから、お前に通信を繋いだんだよ」

 エリア11政庁内の格納庫に置かれた、ラウンズの専用飛行艇(アーニャ保有)で、ルルーシュはため息交じりの返事をする。部屋の中には誰もいない。アーニャもだ。
 衛星通信が可能なメインモニターに映っている相手は、ふやけた笑顔を浮かべた男だった。

 「今、何処だ。トルコ辺りか?」

 『いえ、確かイランに入った当たりだと思います。――――連絡頂くって事は、やっぱり例のシステムですね?』

 「……ああ」

 頷く。相変わらず、この男は騎士馬への嗅覚は鋭い。
 口調も態度も、目上の人間に対する物ではないが、その頭脳は超一級品。帝国宰相シュナイゼルが友人と呼ぶ、ナイトメアフレームについてならば世界で三本の指に入る天才科学者にして開発者。

 ロイド・アスプルンド。身分は伯爵で、階級は少佐だ。

 「砂漠の作戦でハード面に支障が出っぱなしだ。……機体は治った。ソフトは私が直した。後は、お前達『特派』が来れば万事解決、なんだがな」

 『特派』。正式名称を、特別派遣嚮導技術部。

 宰相の管轄下にある、ブリタニアの最先端技術を有し、名の知れた天才が連なる世界最高峰の技術者集団で知られている。技術者が一度は夢見る楽園にして、最高の現場。それが『特派』だ。

 ただし、これが飽く迄も表の顔である事は、一部の人間しか知らない。
 ルルーシュに言わせれば、研究の為ならば全てを無視できる馬鹿達が、後先考えずにキワモノ技術ばっかりを生み出している変態技術室だ。

 「来れるか?」

 「やー、無理ですねえ」

 「だろうな」

 予想出来ていた事だ。特に失望する事も無い。

 件の変態達は今、世界各国を飛び回るシュナイゼルに同行していた。帝国宰相に同行して回れば、自分達の『最高傑作』――――最新の第七世代ナイトメアフレームを操れる人材に会えるかもしれない、という思惑があるからだ。

 シュナイゼル・エル・ブリタニアが、彼らをエリア11に派遣する事を決定したと耳にしたのは、先日。
 真っ直ぐ日本に、時差を鑑みて、理想的に進んでも十五時間。途中の補給や、到着後の色々を含めれば明日の内に到着する事も厳しかった。

 「……しかし、そうか。来るまでは自力で何とかするしかないか」

 『使えないと危ないんですか?』

 「いや、ミストレスの動きは問題が無い。関節部分や装甲はアッシュフォードから既に提供されているしな。……ただ電子系に制限があると、不測の事態に困る」

 ナイトメアフレーム“ミストレス”。

 それが、ルルーシュが操る専用機体の“通称”だった。
 ラウンズの機体の中でも防御性能に優れており、キーボードで指示を出す事で、格闘・射撃・剣撃・情報収集など幅広い活躍が出来る応用力を持つ。その分、尖った攻撃力はない。
 リアルタイムでコマンド入力をして動かす、という時点で十分に変態性能な機体だが、それでもピーキーではない。C.C.の乗るエレインと違って、乗ろうと思えば誰でも乗れる。
 ただ、万全に使う、となると非常に難しいだけで。

 『因みに、今の稼働率は?』

 「約35パーセント」

 『あー、基本行動と電算系が通常で使えるだけですか……』

 二人の会話の中心となっているのは、ミストレスが搭載する「ドルイドシステム」についてだった。
 これは超高速の演算処理機能だ。ミストレスを動かす頭脳。中枢部分であるこのシステムの良し悪しで、機体の性能が変化すると言っても良い。性能を完璧に引き出すには、完全にメンテナンスされたシステムが必要だった。
 しかし非常に優秀な半面、手間がかかる。扱うにはルルーシュ並みの頭脳が必要で、メンテナンスは特派クラスの技術者で無いと不可能という。別の意味で人を選ぶ機体なのだ。

 『そちらの技術者には?』

 「一応話は通したんだがな。……どうも砂が入り込んで、深い所で破損したらしい。お手上げだそうだ」

 『でも一応、動いてはいるんですね?』

 動いているというか、動かせるようにしたというのか。
 応急プログラムを組んで、修復しているだけである。

 「何かアドバイスを貰おうと思ってな。機体性能が多少落ちても腕でカバーする。その分、腕が奮える機体にしたい」

 言ってしまえば、今のミストレスは非常に中途半端なのだ。痒い所に手が届かない、というのか。必要不可欠な能力が不足しているにもかかわらず、微妙なシステムが残っている。だから知恵を拝借しに来たのだ。
 何を削って、足りない部分をどんな手段で補うか。

 数秒、んー、と考えたロイドは、代替案を提示する。

 『ええとですね。学習機能の一時的なカットはしました?』

 「した」

 戦闘経験値を機体に積む事は出来ないが、戦闘能力に直結しないのだ。我慢しよう。

 『ドルイドシステムに依存しない、通信プログラムの構築と効率化は?』

 「既に組んで入れてある。秘匿回線も一つだけだが確保した」

 特殊なプログラムで、普通のナイトメアが有する通信機能を拡大した。ドルイドシステムを介さないまま、何とかサザーランドレベルには仕上げてある。支障は少ない。

 『フロートシステム、及びギミック系機能は?』

 「全て封じてある。圧迫する心配はないな」

 一応、ルルーシュが行える、理解出来る範囲での再構成は終わっている。
 だが、此処までしても普段の半分以下まで落ち込んでいるのだ。結果こそ大勝利だったが、あのルブアリハリ砂漠の環境と戦闘の苛酷さが分かるという物だろう。

 『そこまで実行済みですか? じゃあ、そうですねえ……。緊急時の脱出システムを変えて、生存性を削る方向で行きません? ルルーシュ様の腕なら、被弾しない、攻撃を受け流す、さえ出来れば問題無い筈です』

 「……そうか。なるほど」

 それが有ったか、と思いだした。
 ナイトメアフレームは、操縦席(パイロットブロック)が緊急時に射出される仕組みになっている。被弾した時、あるいは機体が動かない時、機体を捨てて逃亡出来る。
 愛機が危なくても騎士が無事なんて事象はざらだ。

 しかし、これは一長一短でもある。敵の弾幕が多く動かない機体の方が安全、なんて事もあるし、射出されている最中のブロックは、狙い撃ちの的だ。下手をすれば棺桶になりかねない危険性を秘めている。

 (……普段はプログラムで抑えているからな)

 機械制御を手動にするだけで、機体への負担は減る。元々手動で行える機能を有しているのだから、ラウンズの判断能力ならば適切に使用が可能だ。ついうっかり、失念していた。

 『ま、下手をすれば愛機と命を共にしかねませんけど、ルルーシュ様なら大丈夫ですよね?』

 「ああ。恐らくな」

 実力を過信している訳ではない。ただ、ルルーシュにも、曲がりなりともラウンズという矜持はある。地位への執着はないが、立場への思いは強かった。
 死ぬ気も、負ける気も、更々無い。

 「……邪魔したな。それじゃあ、なるべく早く来てくれ」

 『それじゃ、ご武運をお祈りしています。――――あ、そうそう。我らが特派の愛機に相応しいパーツがいたら宜しくお願いしますね。僕もマリエル君も、楽しみにし』

 通信を切断する。ロイドの話は無理やりにでも遮らないと、何時までも話し続けるからだ。

 (……しかし、相変わらずだ)

 本当に、あの性格も変わらない。皇族やラウンズ、果ては宰相に皇帝に、あそこまで飄々と接する事が出来る人間もいない。普通ならば不敬罪で厳罰物である。
 まあ、公の立場で畏まる事が出来るし、アレで忠誠心はしっかりしている。だから大目に見られているのだ。

 考えながらルルーシュは、後片付けを素早く終えて、輸送艦の外に出た。
 明日の準備に備えて今も回転中なのか、近くのハンガーからは重機の動く音が響いてくる。

 「――――さて、これで準備は完了、か」

 この地に来て、まだ一日。だが、されど一日。出来る事はした。あとは、明日を待つだけだ。

 執務室に戻るルルーシュは、エレベーターから外を眺める。
 駆動音と共に徐々に登っていくガラス張りのエレベーターからは、発展したトウキョウ租界と、その奥の小さなゲットーが見えた。

 片や近代都市、片や廃墟。だが、どちらの土地にも人間はいて、彼らは等しく生きている。

 (……どちらも、同じ人間なのだがな)

 けれども、争いは起きる。

 夕日が沈む空は、不吉な程に赤く染まっている。
 それがまるで血の色に見えたのは、ルルーシュの気のせいだったのだろうか。




     ●




 翌日、午前十時。

 『ではこれより軍事演習を始める』

 一糸乱れぬ隊列を組む軍人達を前に、ジェレミア・ゴッドバルドは宣誓した。

 『――――まことに光栄な事に、本日はナイト・オブ・ラウンズ第五席、ルルーシュ・ランペルージ卿と、第六席のアーニャ・アールストレイム卿もご同席されている』

 歩兵の背後に並ぶナイトメアの通信機からも、堂々としたジェレミアの声が聞こえていた。

 『各員、肝に銘じた上で、ブリタニア軍人としての本分を全うする様に!』

 その声に。
 微塵もずれる事のない、言葉が返る。




 ――――イエス、マイロード!




 そうして、彼らは一斉に動き出した。




     ◇




 同時刻。
 トウキョウ租界・西シンジュクJCT付近。


 前を走るトラックの挙動が奇妙な事に、リヴァル・カルデモンドは気が付いた。

 飲酒運転でもしているのか。それとも車の調子が悪いのか。蛇行運転のまま、スピードを落としてふらふらと走っている。明らかに迷惑だ。

 (危ないな……)

 向こうは大型自動車。自分は二輪車。なんとなく危険な物を感じ取ったリヴァルは、スピードを上げ、横幅に気をつけて、そのままトラックの横を通り過ぎる。事故に巻き込まれても嫌だった。
 そうして、何の気なしに運転席を見た時だった。

 「……な!」

 咄嗟に、スピードを落として、路肩に寄せてしまったのは仕方が無かっただろう。
 今、目で見た者が、間違いではないかと思った。



 ブリタニア人らしき運転手が、血を流して苦痛に呻いていた。



 出血に苦しむ運転手の顔色は土気色で、今にも死にそうな顔をしていた。
 咄嗟に携帯電話を取り出し、救急車を呼ぼうとしたリヴァルの目の前で、車体が一際大きく揺らぐ。

 「うわ」

 ヤバイ、の一言は、言えなかったと思う。

 耳を傷めるような凄まじい衝突音と、道路の境が崩れる音。
 ゆっくり、緩慢にも見える形で、車体が視界から消える。
 そして。

 ドン、という鈍い音が、足元から競り上がってきた。




     ◇




 シンジュクゲットー、某所。


 「永田? おい、永田?」

 鈍い音と共に、唐突に途切れた声。
 何が起きたかを理解するには、十分だった。

 「直人! 大変だ! 永田が!」

 「聞こえているよ。……扇はカレンの携帯に連絡。通じないならば二分ごとだ。全員、行動準備。……最悪、二人がいない状態でも、実行する」

 「見捨てるのか!?」

 「まさか」

 兄が妹を見捨てる訳が無い。
 そう言った紅月直人は、言い聞かせるように親友に告げる。

 「だが、最初から想定の中にあっただろう。……今は、二人の生を信じて行動しよう。なにせ敵は、租界のブリタニア駐留軍だ。生半可な相手じゃない」

 大丈夫、あの子は生きているよ。
 彼は、扇要の肩を軽く叩いて、静かに告げる。

 「さあ、彼らに一泡吹かせにいこう」




     ◇




 そして同じく、シンジュクゲットー某所。

 活動中の、名誉ブリタニア人部隊があった。
 軍事演習という大層な行事に出席する事を許されない彼らの扱いは、暴動の鎮圧から戦場での伝令まで、雑用という仕事を任される――――使い捨ての駒である。

 「……小寺君、上官は何て?」

 その内の一人。
 小寺正志は、ペアを組んだ相手からの質問に答えた。

 名誉ブリタニア軍人は、互いの監視の意味も込め二人一組で行動させられる。勿論、何かあったら連帯責任。その上、相手の悪事を密告すれば報酬が貰える、とまでくれば嫌でも悪い事は行えない。
 仲間内で信用させない辺り、腹が立つ事に、支配する事に対してブリタニアは優秀だった。

 「輸入した危険物を運んでいたトラックが、何者かに奪われたらしい。……その探索を命じられたよ」

 何時もの汚れ仕事だ。
 そう静かに言って、顔には不満を出す事無く。



 「行こう、枢木君。……ぼさぼさしてると、きっと余計な文句を買う」



 そう言って、彼は促した。






 ルルーシュ・ランペルージが事故の報告を聞くのは、それから二十分ほど後の事である。
















 登場人物紹介 その⑥


 ジェレミア・ゴッドバルド

 エリア11駐留軍の司令官。要するに、エリア11で二番目に偉い人。エリア11においては、彼に命令を下せるのは基本的にはカラレスだけ。その立場に相応しく、ナイトメアの腕前は超一流。ラウンズにも引けを取らない実力を持つ。
 しかし、ラウンズへの昇格は毎回断っている。その理由は「アリエスへの贖罪」……との事。詳しい内容は不明である。

 態度からもわかるように、非常に実直で忠誠心に厚い男。良くも悪くもブリタニアへの思いが強すぎて、良く空回りしている。同様に、ナンバーズには厳しい態度になってしまっているが、個人個人を憎んでいる訳ではないし、偏見を特別に抱いている訳ではない。

 ルルーシュ、アーニャを初め、帝国内でも非常に優秀な人材と知己。その為、意外と影響力は高い。






 用語解説 その④


 帝国元帥

 統帥権を持つ皇帝に次ぐ、帝国軍最高の地位を持つ存在。帝国六大権力の一つ。
 ブリタニア陸海空の三軍に、機密情報局を統べている、らしい。
 ルルーシュとも親しいらしいが、何者なのだろう?












 ヴィレッタとジェレミアで、明らかに態度が違うルルーシュでした。次回からはロボも兵も動きます。

 第二次Zのカレンがめちゃ強いです。
 Eセーブと連続行動、攻撃とENフル改造で無双可能ですね。避ける、固い、機体と精神の燃費が良い、陸Sで射程4のP武器で気力解禁も低くて攻撃力も高い、と良い所どり。改造ボーナスで輻射波動の攻撃上げて、鉄壁必中をかけて敵陣に放り込めば、あっという間に相手がぼろぼろですね。

 紅蓮がこの話で出るまでは、もう少々時間が必要ですが、きっと活躍してくれるでしょう。
 世界観はギアスですが、イメージは戦略シミュレーション的で進めて行くので、楽しんでくれると嬉しいです。その内、ユニットの説明もスパロボちっくに書こうかな……。

 ではまた次回。
 感想くれるとモチベーションが上がります。

 (4月23日・投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その④
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/04/27 15:17



 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その④




 陸軍における軍事演習は、一個普通科連隊に各種職業部隊を併合し、師団的な役目を果たせる状態で行われる事が多い。
 人員数こそ本物の師団(一万人から二万人)に遠く及ばないが、それでも大群である事は確かだ。

 「中々、壮観な光景だな」

 「そうでしょう」

 ルルーシュの言葉に、自慢げに告げるカラレス。まあ、気持ちは分からなくもない。
 トウキョウ租界に努めるブリタニア軍人だけに絞っても三千人。ナイトメアフレームの数も百以上。それら全てが彼の一声で動き、命じられるままに行動するとなれば、天狗にもなる。
 権力は人を変えるという良い見本だ。

 「……それで? 総督。貴方は何故、この場に居る?」

 「何故とは、おかしな事を聞きますな」

 言うまでも有りません、という態度で、彼は言う。

 「何かあった時の為、私が備えているのは当然ではないですか」

 いけしゃあしゃあと、という言葉をルルーシュは呑み込んだ。
 ルルーシュとアーニャが現在、皇帝から受けている命令は、大雑把に言えばこうだ。

 『エリア11の総督と協力し、抵抗勢力を排除せよ』。

 この「協力して」という部分と「排除する」という部分が、大きな意味を持つ。
 皇帝の命令は絶対だ。もしもこれが『総督の指揮下で』と言われていた場合、例え理不尽でも一応はカラレスの指示に従わざるを得ない。嫌だと跳ね付けるならば、相応の理屈を引っ張り出す必要がある。

 だから、「協力して」。

 要するに『この行動は、全てエリア11の為である』という理論を展開すれば、ルルーシュとアーニャはある程度、自由に行動する事が出来るという事だ。皇帝のさり気ない思いやりだろう。

 だが、しかし。
 後ろ暗い物を持つ連中には、その行動は当然、面白くない。
 ラウンズに好き勝手に動かれて、痛い腹を探られ、権力の座から引き剥がされる事を恐れている。

 (……要は牽制だ)

 この場に総督が同席していた場合、ルルーシュは、彼を無碍には出来ない。軍の全権を握れないのだ。
 自分の干渉が多い代わりに、相手からの干渉も多い。曖昧な命令のメリットとデメリットだろう。
 越権行為と言われない為にも、ラインを見極める必要がある。

 「軍団に司令官が複数いると混乱する。……演習に不測の事態が起きた場合、指揮権はどうする」

 「互いに半数で良いのではないですか?」

 「……本気か?」

 「自信がありませんか?」

 天下のラウンズに向かって随分と礼を欠いた質問だ。だが、まあ良い。こういう輩の嫌味に逐一反応していたら日が暮れる。
 軍隊は階層だ。頭が多いと下は混乱する。この場に、自分やカラレス以上の権力者がいるならば、折衷も有りだろう。だが、この場の最高指揮官は自分とカラレスだけ。
 妥協で言っているが、自分に自軍を任せたくない、そんな思惑がまる見えだ。

 「逆だ、総督。……貴方が私以上に、上手に指揮が行えるつもりか?」

 「これでも今まで、この地を治めてまいりました」

 答えになっていない。
 だが、この分では多分、全軍の指揮を自分に取らせる事はないだろう。

 「…………」

 カラレスの態度に、はっきりと機嫌が傾くのが分かった。

 (……治めて、か)

 どうせ弾圧と差別を助長させてきたのだろう。それは統治ではなく支配だ。
 この男に武力を持たせた場合の使用方法は、手に取るほど分かる。
 どうせ権力と性能と資金を傘に来ただけの、無意味な戦いをしてきたに違いない。

 (……この男の理不尽な命令で、旧日本人が何人死んだか、要調査だな)

 先の皇帝の命令を、思い出す。

 「協力」と並んで告げられた「排除する」という言葉。過激なブリタニア軍人の思考では、排除と殺害が等しく結ばれてしまうが、ルルーシュは違う。
 抵抗勢力が抵抗勢力ではない、エリアの治安を脅かす事のない存在になれば良い。それを懐柔策と取るか、妥協策と取るか、あるいは彼らの力で勝ち取った物だと思わせるか。
 その辺はルルーシュの腕の見せ所だろうか。

 (攻める方も、攻められた方も、力での解決方法、か)

 上に立つ物の原則は、鞭だけでなく飴も与える事だ。不満を貯め込ませないのも、統治者の腕だ。
 エリア成立から七年以上が経過した今尚も、この土地が衛星エリアではなく矯正エリアである理由。それは、抵抗活動が盛んだからではない。彼らの活動を助長させる要素が溢れているからだ。

 (……国是を大声で否定する訳にもいかないし。困ったものだ)

 ルルーシュ自身、国是が間違っている事を承知の上で、最大限に利用している以上、何も言えない。
 棚に上げて色々と文句を言うほど、子供ではない。
 ないが、この土地の人間にも言いたい事はある。

 国を奪われた人間が怨み、祖国の復興を求めるのは当然の事。しかし民間人を巻き込むやり方は愚行だ。形振り構っていられない、という側面もあるのだろうが、少しは矜持を持ってほしい物である。
 少なくとも。仮にルルーシュが抵抗勢力側に味方をするならば、無意味な攻撃はしない。世論を味方につける位に、劇的な活動を行って注目の的になる、くらいはする。絶対に。

 「…………」

 そんな事を考えながら、ルルーシュはG-1ベースの指令室にいる。
 中央の大型画面にはシンジュクゲットーから演習場までの地図が表示されている。
 地図上には行動中の戦力が三角形のユニットとして示され、進行方向や陣形も明白だ。

 先の会話を信じるならば、この中の半分が総督の指揮下。残った半分がルルーシュの指揮下だ。

 (……アーニャとの連絡を、密にするか)

 無能な味方は敵以上に脅威になる。
 ならばせめて、有用な駒は生かさなければならない。現場のアーニャ、それにジェレミア。二人との連携をしっかりとれば、大抵の状況には対応できるだろう。

 いよいよ砲弾が飛び交い始めた演習風景を眺めながら、ルルーシュは気持ちを切り替える様に、大きく息を吐いた。




     ●




 陸軍に限らず、軍事演習は、大体が武器、それも重火器の取り扱いが多い。

 目標を照準に合わせ、砲弾を放ち、直撃させる。その一連の行動の後に残るのは、無残なスクラップだ。これが戦場ならば一緒に挽肉も量産されるのだが、今は演習。無人機や廃棄処分寸前のガラクタが得物になっている。

 ドン、と空気を震わせて弾が飛ぶ。
 それは、数百メートル離れた古びたグラスゴーに着弾して、盛大な爆音と共に燃え上がった。

 「……今のところは、異常無し」

 アーニャとジェレミアのナイトメアが並んで見守る中、再度、遠くに標的が置かれる。

 整列したナイトメアが入れ替わり、別の騎士が銃口を向ける。
 今度の弾丸は、目標の手前数メートルの所に落下した。外れだ。
 そして、射手も的も、流れるような動きで交換される。

 「……ジェレミア。練習した?」

 その動きは、一般兵としては中々の速さだ。大きなミスも無い。
 現場で同じ動きが出来れば、合格点を上げられるだろうか。

 『特別にはしておりません。ですが、日々の訓練は厳しめにしております』

 「……そう」

 ジェレミアのいう“厳しめ”の基準は知らないが、派閥への教育はしっかりとしているようだった。

 KMFは非常に期待が大きい兵器だが、人力に代わるには足りない部分が多い。そもそも二足歩行で立ち、倒れずに移動し、重火器を取り扱う。人間が普通に行うこれらの基本行動すらも、機械で実現するには難しいからだ。
 近年、技術が急激に向上し、FCC(Flight Control Computer)や自動命中補正の適用、軽量化や小型化が進んで、それでやっと陸戦兵器として成立している。

 事実、初めてナイトメアフレームが実戦投入された七年前の『極東事変』。
 あの頃はまだ、機体性能は戦車と同程度だったらしいのだから、技術の進歩は凄いものだ。

 「……そう言えば」

 砲撃が一段落し、再度の標的が変わる。
 今度は自動操縦機能を付けられた移動型目標の撃破だ。難易度は当然、上がる。
 その合間を見計らって、アーニャはジェレミアに尋ねた。

 「あの残骸は、どうなる?」

 『アレですか? 一端、専用の倉庫に回収され、記録を付けられます。誰が、どの程度の損耗を与えたか。破片が飛び散るので完全ではありませんが、大体の状況を計測し、訓練後に各員に伝えられます』

 自分の技術を、記録として客観的に見れた方が、己の向上に繋がる、と言う事らしい。
 余りにも記録が奮わない場合は、各小隊長からの指導や、一定期間の補習も実施するのだそうだ。

 「……ふーん」

 帝国軍は資金から機体性能まで、ほぼ完全にエリア11の保有武力を大きく上回っている。
 だが、その事実の上で胡坐をかくのがカラレスで、精進を重ねるのがジェレミアなのだろう。
 優越感に囚われず、客観性を失わない。皇族や自分より格上の存在への思い入れが強くて、つい暴走する事もあるが、基本は優秀な軍人なのだ。オレンジ郷は。

 『アールストレイム卿も行いますか?』

 「……やめとく。射撃は苦手」

 アーニャの機体コンセプトは火力だ。ラウンズの中でも、最も一対多数の戦いに優れている。
 小さな相手に狙いをつけるのではなく、グループごと纏めて薙ぎ払う。装填しているのは爆発弾や炸裂弾だから、狙いがアバウトでも撃墜出来るという、これまた極端な機体だ。
 そうでしたな、返ってきた言葉に、頷く。

 「そういうのはモニカに頼むべき」

 射撃という一点に置いて、ラウンズの十二席ことモニカ・クロシェフスキーに勝る者はいない。
 KMFでキロ単位の精密射撃を行える、別の意味での変態だ。

 『そう、ですな。……本国に帰宅出来た時、縁があったらお伺い出来るかも知れません』

 「ん」

 動体射撃は、六割くらいの命中率で進んでいる。始まってそろそろ三十分だが、まだ異常はない。

 今二人がいる演習現場は、シンジュクゲットーと租界の中間ぐらいの場所だ。七年前までは、日本陸軍の市ヶ谷駐屯地が設置されていた場所らしい。
 本土決戦で、基地機能が移転し放棄され、ブリタニア軍が接収。荒廃した周辺地域を利用して大規模演習場にしたそうである。最も、土地区分や周辺住民についての手続きは適当極まりないらしいが。

 「…………」

 『アールストレイム卿?』

 「ジェレミア。さっきの話に戻る。残骸回収や、演習に使用する備品は? 何処の部署?」

 『兵站ですか? それならば、基本は後方支援部隊。……もっと言えば、参謀本部ですが』

 「…………」

 参謀本部、と頭の中に言葉を刻み込む。
 アーニャの勘が告げていた。

 (……怪しい)

 ジェレミアは、忠君愛国の化身のような男だ。矜持が高く、誇りを持っている。高潔な軍人であれ、という教えの通り、腐敗と屈辱を嫌っている。そして周囲もそうやって導いている。
 ブリタニアに不利益を齎す者を、ジェレミアは性格的に許せない筈だ。身内にいたら最悪、粛清するだろう。しかし今まで実行した事はない。

 となると政庁内の不穏分子は二種類しかない。ジェレミアが分からない位、レベルの低い人間か。その逆に――――ジェレミアが違うと“思い込める”程に、高い階級に付く人間だ。
 後方支援物資を監督する人間ならば、抵抗勢力に横流しをして取引を行えるかも――――。

 そこまで、考えた、時だった。




 ドオ……ン、という、機体の中からでも感じられる程に大きな、空を震わせる響きがした。

 「――――!」

 機体ごと、大きく振り向く。

 空に大きな、黒煙が立ち上っていた。




 『っ……! 総員、冷静になれ! 指示があるまで待機しろ!』

 咄嗟に指示を出し、混乱を収めるジェレミア。それを耳で聞きながら、アーニャは先程までの思考を保存して脳裏から消し、一瞬で戦闘態勢に移行する。

 (……何?)

 爆発だ。威力は相当のものだ。破壊された家の残骸が蒼い空からゆっくりと落下して、落下。地面に落ちる光景のみ、廃墟の群れに遮られて見えない。
 黒煙はゲットー西側のシズオカ方面から立ち昇っている。火災の様子は分からない。だが間違いなくゲットー内に、被害が出た。

 (何で?)

 考える必要すらない。前々から懸念されていた、軍事演習中を狙ったテロ行為。
 こんなに戦力が揃っている時に攻撃を仕掛ける。普通に考えれば愚策だが、ルルーシュが言うには『発生した方が、都合の良い人間もいるんだろう』との事だ。租界や政庁内部の一部が、資金や武器の援助をして発破をかけたのだろう。

 緊急通信が入る。
 個人の通信ではない。演習中の全軍に対する、ルルーシュの声明だった。

 『総員、訓練を一時中断しろ』

 緊張感ある声で、矢継ぎ早に指示が出される。

 『ゲットー内で爆発が発生。現在、詳細を調査中だ。演習中の全軍はゴッドバルド伯の元、次の指示を待て』

 そう言って、共通回線が遮断され、今度は秘匿回線に連絡が入る。
 ジェレミアが懸ける号令を片方で聞きながら、アーニャは切り替えた。

 『アーニャ、見えたな?』

 おそらく移動中なのだろう。規則正しい足音と、周囲の何者かが走りまわる音が聞こえている。改造した携帯電話からナイトメアの秘匿回線に繋げるという、離れ業をしているらしい。

 「見えた」

 『現在、総督の部下が状況を確認している。が、……爆発の規模、状態から見るに、事故では無い。作為的な物だ。抵抗勢力の可能性も十分にある』

 「分かった。それで?」

 ゲットーが戦場になる可能性は分かっている。
 ルルーシュが連絡を入れるという事は、それ以上の何かが有るのだろう。

 『これは俺の勘だが。……グロースターの装備を軽くしろ。最悪、ハーケンと小銃だけで構わない』

 「……本気?」

 『本気だ。それとジェレミアにも伝えるが、深追いをするな。……相手が本気ならばきっと、そろそろ』




 次の爆発が、という言葉と。

 ほぼ同時に。

 天まで届きそうな轟音が、走っていた。




 『……この通り。爆発が起きた。――時間差で被害を大きくする常道だな』

 軽い舌打ちと共に、ルルーシュの足音が速くなる。カンカン、と金属の階段を上る音がして、同時に何かが開く音。どうやら格納庫で乗り込む所らしい。

 注意を引き、相手が近寄って来た所で再度の爆発。
 これは、いよいよもって人為的だ。事故で、こうもタイミング良く連続して爆発が起きる筈が無い。

 『俺も今からミストレスで出る。――――演習の現場はジェレミアと純血派に任せて、アーニャ。お前は先行して欲しい。身の安全と民間人の保護を最優先。抵抗勢力の撃破は考えるな。――――後はお前の、現場の判断に任せる』

 G-1ベース内に置かれているミストレスまで、指令室から歩いて一分弱。
 その一分を無駄にしない所がルルーシュだ。

 「……了解」

 頷き、そしてグロースターのカスタム機を、動かす。

 左肩のランチャーを外し、反対側の対空ミサイルも外し、両腕を覆うスタントンファーも外す。
 背負った迫撃砲と、左腰元のケイオス爆雷。機体前面に張り付けられた炸裂装甲に、手に握ったKMF専用大型ランスも全部外す。
 申し訳程度に残ったのは、胸両脇に設置されたスラッシュハーケンと、左腰の二丁のアサルトライフルだけだ。

 「……これで、軽い」

 機体の調子を確かめるように、軽く飛ぶ。NMFでの跳躍は高度な技術を必要とするが、事も無げに。体が一気に軽くなった事を喜んだのか、機体が大きく震えた。
 先と比べると心許ないにも程がある。だが弾切れさえ注意すれば、大丈夫だろう。

 アーニャの趣味には反するが、ルルーシュの戦場での勘は、良く当たる。従っておいた方が良い。

 「……それじゃあ、ジェレミア。私は先に行く」

 『は。――――お気をつけて』

 「ん」

 軽い返事をして。
 アーニャは、思い切りアクセルを踏み込んだ。




 「……アーニャ・アールストレイム。作戦開始」




 一瞬、停滞するかのように、機体が緩慢になった。
 爆発的加速の寸前の、溜めの間だ。

 アーニャのグロースターは特殊だ。火力も当然だが、その火力を保有していても、どんな重武装でも、通常の稼働を殺さない事を目指されている。瞬発力こそ低いが、重武装でも普通のNMF並みの運動性能がある。

 そして、今、重武装を捨てた。
 其れはつまり、有り余るという事だ。
 過剰ともいえる程の、馬力が。

 そして。

 ギュイイイイイイイッ!! ――――と、ランドスピナーが、火花と共に、土煙を上げる。
 両足が震え、パイロットブロックにまで、弾かれる直前のような“撓み”が、押し寄せる。

 大火力の戦いしか、出来ない訳ではない。
 自分が最も得意とする戦法と言うだけの話だ。

 「……行く」

 次の瞬間。
 グロースターは、機体の限界速度でシンジュクゲットーに飛び込んで行った。




     ●




 数分前、G-1ベースの中は騒然となっていた。

 本当に軍の演習中に活発に攻勢を仕掛けてくる、とは誰も信じていなかったのだ。
 ジェレミアが予想し、来訪して二日のルルーシュすらも懸念し、忠告をしておいたというのに。

 (……過信のしすぎだな)

 内心で、ルルーシュは吐き捨てた。
 権力者故の奢り、だろう。自分達がこんなに強いのだから襲ってくる筈はない、という楽観論だ。

 この指令室の中に居る人間は、誰も優秀だ。だが、優秀であっても有能ではない。学校の成績はさぞかし良かったのかもしれないが、軍人としては最悪だ。
 ブリタニア軍の技術が優秀だからと言って、それで勝てる筈も無い。勝利とは、技術も含めた全ての要素の積み重ねの上に成り立つ物である事を、知らないのだ。

 (……場所を移すか)

 おそらく室内の人間には、本当に叩き上げの軍人は殆どいるまい。僅かな時間だが十分だった。
 名門の下級貴族や、カラレスの利権に寄生して生きる、形だけの軍人ばかりだ。マニュアル通りの仕事は出来ても突発的対応能力は低い。

 ルルーシュならばこんな人選はしない。有能で有ることを第一に考える。だが、昨日今日来たばかりのラウンズがG-1ベースの人選に口は出せないし、自分が関わらない総督の要求を却下は無理だ。

 (自軍の被害を減らす事を、最優先に)

 下手をすると、攻撃より身内の敵で被害が大きくなる。

 権力者は保身傾向が強い。だから周囲を身内や信頼が置ける部下で固める。
 それだけならばまだしも、正論を認めない傾向まである。自分が正義と思い込んだ人間には、どんな言葉も通じない。むしろ目障りとされて移動させられる。

 殴り飛ばして言ってやりたい。貴族の特権は、我儘を言う事じゃないんだ、と。

 (……愚痴を言っても、始まらないな)

 「総督。私はミストレスで出る。――――後は好きにしろ」

 これ以後の指揮の責任は取るつもりはない。
 目の前の情報を自分のノートパソコンに転送するように設定し、ルルーシュは立ち上がった。

 この場の人間を、一言で表すと簡単だ。
 カラレスの命令は忠実に実行するが、自分で考えて実行する能力が無い人形である。

 その上、自分で考える事をしない。
 背後に居る権力者に命令されたから、という免罪符で身勝手に振舞う、愚か者ばかりだ。
 軍人が上司に従うのは当然だが、唯々諾々としか従えない人間は、無能だ。

 そんな中、恐る恐る、といった様子で通信係から声が上がる。

 「あの、ゲットー監視の部隊から連絡です。シンジュクJCT付近で大型輸送車の事故があったらしいんですが……」

 「放っておけ! 今はゲットー内部のテロリストへの対処が最優先だ!」

 律義な青年士官に怒鳴りつけ、カラレスは統括する自軍に指示を出す。
 因みに、まだ爆発の詳細も分かっていない。軽挙妄動も良い所だ。
 確かに、ルルーシュもテロではないかと思っている。だが、確認できていない以上、確定事項として告げてはいけない。間違った情報は不要な混乱を生む。

 「ゲットー内部の不穏分子を粛清! 発砲を許可する! 容赦するな!」

 その指示自体は――――まあ、決して正しくはないが、間違ってもいない。
 だが、忠実なだけの配下の暴走を食い止める気は、ないらしい。
 どさくさにまぎれて、無関係の日本人が死んでも、この男は構わないのだろう。

 (……民間の被害を許容するか)

 そんな態度だから、一向に抵抗活動が収まらないんだ。
 咄嗟に口を挟もうとしたルルーシュだが、状況を判断して、止める。まずは自機に乗り込まなければ。

 「……お前。情報をミストレスに送っておけ。出来る範囲で対処する」

 小声で伝えて、ルルーシュは指令室を出た。

 あの青年士官は、まだ見所がある。
 カラレスを更迭すれば、その取り巻きも一蹴されるだろう。その前に、優秀な人間は確保しておきたい。
 些細な事だ。だが、小さな気遣いで駒が手に入るならば、その気遣いは未来への大きな投資だろう。

 そう考えて、ルルーシュは懐から携帯電話を取り出した。
 ますは、ジェレミアとアーニャに連絡を入れなければ。




 始動キーを差し込むと、ランプが明滅し、機体に命が入った。

 コアルミナスが回り初め、ユグドラシルドライブがエネルギーを生み、騎士馬が息を荒げていく。

 片手でノートパソコンを機体に固定・直結させ、G-1ベースの情報を取り込む。残った片手は携帯だ。

 「ジェレミア。ゲットー内に小隊ごと侵入。アーニャにも伝えたが、身の安全と民間人の確保を最優先だ。……人間相手に弾を消費するな、と伝えておけ」

 『は』

 日本人を保護しろ、といっても、指示に従わない連中は多い。
 ならば、効率という建前で人間相手への発砲を止めさせれば良い。

 「それとだ。総督傘下の部隊が展開し始めている。……“だから”、言っておく。余計な人死にを減らせ。出来るだけ上手にな。出来るか?」

 ジェレミアは、自分がブリタニア人であり、「強者」であるという矜持がある。
 だから、明らかに格下の相手へ、無意味に攻撃する事は、絶対にない。
 あるとすれば、それは国家や皇族の危機や、己のプライドに関してだけだ。

 『……イエス、マイロード』

 「頼んだ」

 最初の指示を終え、ルルーシュは携帯を懐にしまう。

 両側面から滑る様に伸び出たキーボードに、素早く指を走らせる。認証パスワードを打ち込み、機体の端末を同調。そのついでに、本部から届いた事故の情報も読み取る。この間、僅か八秒。

 情報を頭に流し込み、整理しつつ、纏める。
 
 (やる事は山積みだ)

 まず、抵抗勢力(と思われる)連中の行動目的と戦法の解明。
 総督軍に注意を払いつつ、アーニャとジェレミアに指示を出し、自分自身も機体を操作する。
 民間人の被害減少と自軍の消耗を防ぎながら、効率良くゲットー内の騒動を治める。
 そして、発生したという「事故」が――――果たして、関係があるのか、どうか。

 「……ラウンズの宿命とはいえ」

 自嘲する様に、ルルーシュは笑った。

 「戦禍と混迷は、常に己の傍らに、か」




 機体がゲットーへ、躍り出る。

 ミストレス。
 発進。




     ●




 時間は僅かに遡ぼる。

 ルルーシュが事故の情報を聞いた時、紅月カレンは既に、事故の現場にいた。
 生身ではない。奪い取ったKMF、ブリタニア駐留軍が公式採用している第五世代のサザーランドに騎乗していた。

 (……ホント、あいつら単純ね)

 お古の紅いグラスゴーより優れた機体性能を、その両腕で感じ取りながら、彼女は呟いた。




 話せば長くなる。

 彼女が属するシンジュクゲットーの抵抗勢力「紅月グループ」が、大型輸送機を狙う計画を立てたのは、一週間ほど前の事だった。

 兄、直人と副リーダーの扇要が調べた所によると、その中身はKMFのパーツや武装、兵器だった。
 エリア18ことオマーン王国攻略に使用される、多量の物資。その一部がエリア11の治安維持部隊や駐留軍に流れたのだ。役人の横流しではなく、大型貨物船の輸送の効率化の結果だった。

 その補給物資。関東――――つまりトウキョウ租界へ運ばれる物資を、横取りする。
 それが、兄の立てた作戦の「一つ目」だった。

 東京湾・品川港で荷揚げされた物資は租界へ運ばれる。だが荷揚げされて直ぐに、ではない。補給リストと照らし合わせての確認作業がある。その隙を狙ったのだ。
 勿論、普段ならば難しい。だが、近く迫った大規模演習を見越して、港には普段以上の補給物資が届けられていた。
 通常より多量の補給に、臨時の補給がブッキングしたのだから現場は堪らない。その混乱を突いたのだ。

 まず、そのブリタニア人の容姿を利用した。

 ブリタニア系クウォーターの同僚・永田号と共に港に行く。格好さえ誤魔化せれば、港に若い男女がいても何ら不思議ではない。事実、観光が可能な場所では注目すらもされなかった。

 次に、兄が手に入れてきた証書を利用した。

 エリア11政庁内で、抵抗勢力に物資を横流しする人間がいる。その相手から、交渉の末に輸送の責任者の偽装証明書を手に入れてきたのだ。これを現場管理者に見せ、何食わぬ顔で永田号が運転席に座った。

 誤算だったのは、運悪く「本物の」運転手とは遭遇してしまった事だ。アレさえなければ、何も問題が無かった。

 不審者として人を呼ばれるよりも早く、咄嗟にカレンが口を塞ぎ、気を失わせた。
 だが、誤魔化す間に永田号が負傷してしまっていた。刃物で刺された腹部の傷は大きく、急いで治療をしなければ命に関わっていた程だ。しかし、人を呼ぶ訳にもいかない。

 選択として、永田号は負傷したまま運転席に座り、カレンは荷台の中に身を潜めた。運転席に座っていれば、傷自体は見えないから誤魔化せる。一刻も早い治療を受ける為にも、車で移動するのが最も効率が良かった。

 そして永田号は、苦痛を演技で隠し、シンジュクまでは車を運んだ。
 しかし――――JCT前でついに限界を迎え、輸送車ごとゲットーに落下したのだ。




 カレンは、KMFに乗ったまま、大きく息を吐く。

 (……急がないと)

 急げば、まだ永田号の命は、救えるかもしれない。

 このサザーランドはカレンが自力で手に入れた物だ。

 方法は難しくない。港に行く際に来ていた衣裳で、ゲットー内で憔悴した顔で歩いていれば、嫌でも軍人の目に留まる。カレンの顔立ちはブリタニア人だ。そして、人並み以上に容姿が整っている自信が有る。

 呼び止められたら、助けを求める“ふり”をする。爵位をもつ貴族の家系だと言っても良い。嘘ではないのだ。そのまま、怯える演技でNMFに保護を求める。

 『外に出たまま運ばれると怖いんです……』。

 そんな風に、外向けの猫を被って伝えれば、普通の兵ならばパイロットブロックに入れてくれる。居住性能は最悪で、狭い。だが、男の兵士にしていれば、さぞかし魅力的なお願いだっただろう。
 カレンは容姿だけでなく、スタイルも非常に良い。中に入ったら、後は簡単だ。背中におぶさる様に相手に密着する。
 緊張で固くなった相手の首に、静かに手を回す。
 あとは、一発だ。



 相手は真実を悟る事無く、あっさりと頸椎を破壊されて息絶えた。



 まず軍の回線を切る。次に、状況が掴めていない同僚機を不意打ちで倒す。殺した兵士から装備を剥ぎ取り、死体は適当な場所に捨てて置く。それで万事解決だ。

 これでも、ナイトメアフレームの操縦には自信がある。
 相手は機体同士の連携が取れていなかった。大方、権力者の子飼いで反目し合っていたのだろう。不幸中の幸いと言う奴かもしれない。

 (このまま、永田さんと荷物を拾って、撤退……!)

 全ての荷物は、とても運びきれない。
 だが片腕に永田、もう片腕に一コンテナ位ならば大丈夫だ。

 『勿体ないと思うな、カレン。命を最優先にしよう』

 事故の直後、兄はそう連絡をくれた。
 カレンの命を最優先。救えるならば永田の命も。救えないならば、持てる範囲を持って離脱。

 それが、伝えられた指示だった。
 それは奇しくも、「二つ目」の作戦が始まったばかりの時だった。




 『よし、其処のお前』

 ふと、外部からの音声を拾う。
 ナイトメアフレームの音響は機械を通している。だが、内部スピーカーの位置が工夫されており、デヴァイサーは生身で外に立っている時と、ほぼ同じ感覚で音を拾う事が出来る。
 同様に自分から外部に音を発する事も出来る。声や会話が筒抜けになるので、滅多に使われないが。

 (……不味)

 サザーランドを手に入れるまで、五分強。
 その僅かな時間の間に、ブリタニア駐留軍が、事故現場に到達してしまったらしい。
 建物の陰で音を消し、隙間から覗くように、ファクトスフィアで様子を伺う。
 居たのは、歩兵だ。

 (……いや、普通の兵士か)

 すでに、連続した爆発音が響いている。KMFを中心とした部隊は、きっとゲットー内部だ。

 シンジュクゲットーは旧新宿駅から外側に、北西側に向かって広がっている。旧朝霞駐屯地まで続く廃墟が、シンジュク、そしてサイタマゲットーを構成しているのだ。
 日本が名前を奪われて以降、手入れも殆どされておらず、ブリタニア軍が我が物顔で進軍している事も多い。その割に、詳しい内情を知ろうともしらないから、兄の作戦も効果的なのだけれど。

 (……とにかく、少し様子を)

 伺った方がいいのか、と考えた時だ。




 『軍機に触れた罰だ。その民間人を射殺しろ。そうすれば見逃してやる』



 そんな声を聞いた。
 息がとまった。

 ――え?
 ―― 一体、何を言っている?

 言葉を理解したカレンは、慌てて、ファクトスフィアで拡大し、探る。
 先程は遠目で見えなかった。だが今は分かる。確かに、その目に捉えていた。

 目の前の光景が、信じられなかった。

 「な、リヴァル……!?」

 間違いない。見慣れたアッシュフォードの制服に身を包む、青みが懸かった髪を持つ三枚目。普段の陽気さは消えているが、間違いなく――リヴァル・カルデモンドだ。

 なんで、あの普通の男子生徒が、この場所に居る?

 特別に親しい関係ではない。だが、生徒会としての知人である。
 まさか、事故に運悪く巻き込まれたのか。偶然に関係してしまったというのか。

 (……なんで、こんな時に!)

 ぎり、と歯を噛みしめるカレンの前で、事態は進む。

 『しかし、……彼は、民間人で』

 命令を下された、名誉ブリタニア人らしき兵士が躊躇する。当たり前だ。
 関係のない民間人に、何の感慨も抱かずに銃を向けて殺す事が出来る人間は、普通はいない。

 『命令だ。何、不運にもゲットー内部のイレブンに殺害されたとすれば、どうとでもなる』

 奴らを粛清する理由にもなるだろう。
 嗤いながら告げられたその言動に、拳が震えた。

 『…………』

 『やれ、枢木一等兵』

 上官らしきブリタニア軍人から呼ばれた兵士の名に、何かが脳裏を過るが直ぐに消え去ってしまう。
 そんな昔の総理大臣の名前を思い出すよりも、目の前にどう対処するかのほうが、遥かに大切だった。
 高圧的な物言い。名誉ブリタニア人を、道具としてしか思っていない。周囲の兵士も同様だ。

 『……出来ません』

 『そうか』

 男性士官は、自然な流れで銃を抜き、自然な流れで彼を撃った。

 『!』

 いとも簡単に。
 虫を踏みつける様な動きで。
 摂理であるかのように、拒否した名誉ブリタニア兵士を、撃っていた。

 (…………)

 固まった思考と理性が戻ったのは、遠く響いた銃声が、消え去った後だ。

 ――こいつ、ら。
 ――こいつら、は。

 カレンの頭が、沸騰した。
 目の前で起きた、その光景に。

 煮える頭で悟った。

 輸送機の中には、関係者以外には見られたくない物があった。

 見た一般人は、口封じをされる。

 そして、ブリタニアの人間は……やはり、腐っている、と。

 『小寺一等兵。選べ。その民間人を殺すか、お前が――』

 その言葉を聞くよりも早く。




 「ふざけるなあああああああああああああっ!!」




 サザーランドは、フルスロットルで飛び出していた。

 自分の姿が発見されるとか、不利になるとか、そんな事実の一切が頭から消え去っていた。
 気が付いた時には、腰から一瞬でアサルトライフルを抜き、引き金を絞っていた。




     ◇




 「……銃声、か?」

 響いた音を、ルルーシュは聞き付けた。















 登場人物紹介 その⑦

 リヴァル・カルデモンド


 アッシュフォード学園に通う高校二年生。明るく陽気な三枚目。

 非常に人付き合いの良い男子で、人脈が広い。そのコミュニケーション能力を買われ生徒会に。ニーナ・アインシュタインが普通に口を利ける数少ない男子である。
 気が付いたら自分の周りが女子ばかりだが、別に誰とも進展はしない。憧れのミレイ・アッシュフォードを初め、彼が生徒会女子にフラグを立てる事は相当難しい。頑張れ、リヴァル。

 エリア11で貿易業を営む裕福な商家の出身だが、父親との折り合いが悪く、実家を飛び出して学校の寮で生活中。その為、名門高校の生徒にしては珍しく、生活費は自分でアルバイトをして稼いでいる。

 アルバイトの帰り道、不運にもシンジュク事変に巻き込まれることとなってしまったが……別に、此処からリヴァルを主人公とした物語が始まる訳ではない。






 用語解説 その⑤


 純血派

 ジェレミア・ゴッドバルド率いるブリタニア軍派閥の名称。
 ブリタニア軍は、部隊から名誉ブリタニア人兵士を排除して構成するべき、という考えを持つ。

 『そもそも名誉ブリタニア人の力を借りずとも軍備は十分である』

 『従属的な名誉ブリタニア人は、一種の人的資源である。徴兵に反対はしないが、捨て駒以外の有効な利用方法も考えるべきだ』

 という、非常に真面目なジェレミアの思考回路が原因で、かなり真っ当な軍派閥になった。恐らく無辜の民には優しい、ルルーシュの影響もある。

 勿論、派閥内部のナンバーズへの差別意識は個人によってはかなり大きい。だが、人種差別をこの世から亡くすのは不可能なので、その辺はしぶしぶ許容しているそうだ。










 シンジュク事変は次回で終了です。ルルーシュの再会フラグも立ちました。

 優秀な人間の下ならば、超有能なのがジェレミア。残念ながら、クロヴィスは使いこなせてはいなかったのだと思います。だって無印第一話のジェレミアとR2最終話のジェレミアは、違い過ぎるもん。

 あ、それと小寺正志(スザクのバディ)は、小説版に少しだけ登場してますよ。シンジュクでスザクとペアを組んで、奪われたC.C.を探索していました。

 ではまた次回。

 (4月27日・投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑤
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/05/02 00:22

 「スザク。……俺は」

 そう言った親友の目は、決意に満ちていた。

 「ブリタニアが、覇道を歩む宿命を負うとしても――――その先の未来を、逃がしはしない」

 遠く海洋の先の、生まれ故郷を見ながら。
 凪の海に押し寄せたブリタニア帝国軍を眺めながら。

 「人が運命に縛られない、自分達で歩む世界があるのならば」

 戦争が始まる、その恐怖と緊張が国家を包む中、彼は言った。
 聞いていたのは、自分と、生意気な従姉妹だけだった。

 「決して壊される事のない、人と人との優しい世界を、人が維持していけるのならば」

 親友は。
 ルルーシュ・ランペルージは、宣言した。
 まるで、世界に布告するかのようだった。

 「俺は、――――この世界を乱してでも、其れを望もう」






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑤






 カレンが己を取り戻した時には、パイロットブロックの中で、大きく息を乱していた。

 「……は」

 今まで、人を殺した経験はある。だが、――今日は、疲れた。きっと直前の会話のせいだ。
 常日頃からのゲットーの現実。ナンバーズと虐げられる民衆や、名誉になっても尚、煮え湯を飲まされる日本人達の姿。普段からの鬱憤が激情になって、特殊部隊らしい兵士達に銃を向けてしまった。

 KMF用アサルトライフルから吐き出された数十発の12・7×9・9ミリ弾。KMF同士では致命傷になり得ないとはいえ、人間に向けて撃てば一発で命を奪える。集団に向けて連射をしても、ものの数分で蜂の巣になってしまう。
 まして、全弾を消費してしまえば。

 「……」

 小さな呻きは、誰に向けた物だったのか。
 息を整えて外を伺ってみれば、嘗て人間だった残骸が、転がっていた。
 たった今、カレンが殺した、ブリタニアの兵士達だった。

 「……」

 我ながら、慣れとは恐ろしい物だと思う。
 初めて人を殺した時は、自分が恐ろしくて、一日中震えて涙が止まらなかったのに。
 その後は、怒りという言葉で感情を押し固めて、自分に言い聞かせるように戦っていたのに。
 今の自分は、疲弊こそしているが、心の中の忌避感から既に薄れている。
 気が付いたら銃を撃つ事も、刃で人を指す事も、体で相手を壊す事も、全てが出来るようになってしまっていた。

 (……嫌な、慣れ)

 カレンはサザーランドを操って、トラックに近寄る。
 先程の騒ぎで、名誉ブリタニア人の兵士は逃げていた。リヴァルの姿も見えない。死体に混ざってはいないから、きっと一緒だろう。違ったとしても何も出来ない。
 この場に居るのはアッシュフォード学園に通うお嬢様、カレン・シュタットフェルトではない。兄と共に神聖ブリタニア帝国に逆らう、紅月花蓮なのだから。

 「…………」

 遠くで、KMFが動く音が聞こえる。微かに響く振動は、小さな誘爆の証だろうか。
 機体を運転席に寄せたカレンは、パイロットブロックをイジェクトし、素早く飛び降りた。そのまま華麗に着地し、着たままのドレスを翻して、運転席の扉を開ける。
 事故の衝撃でひしゃげていた扉は軋み、カレンの強引な挙動で泣き声をあげる。

 「……永田さん」

 返事はない。いや、息の音すらも聞こえてこない。
 彼の腹部からは、隠せない程の血が流れ出ている。抑えていた掌は垂れ下がり、ハンドルに寄りかかる形のまま、微動だにしない。
 首筋に手を当てて、脈を見た後で――――カレンは静かに、開いたままの彼の目を閉じてやった。

 「…………」

 俯いて動かない永田号の姿は、KMFからでも見えていた。
 けれども、それでも確認したかった。まだ生きているかもしれないという、一縷の望み。
 戦いにおいては、縋ってはいけない希望を望んでしまったのは、きっと先の兵士達の言葉があったからだ。イレブン、そう呼ばれて虐げられ、使い捨てられる人々の存在を。

 込み上げてくる“やるせなさ”に拳と心を震わせて、カレンは。
 一瞬だけ瞳を閉じ、次の瞬間にはしっかりと見開く。
 頬を叩いて、気合を入れ直した。

 (今は……此処から、離れる事を優先)

 死体を運ぶ余裕はない。彼の死に報いる為にも、せめて荷台の荷物と、カレンの命。この二つは確実に持って帰ろう。そう自分に言い聞かせる。
 小さく気分を入れ替える為に息を吐いて、KMFに戻る。

 いや。正確には。



 戻ろうと、した。



 「そこまでだ」

 カチャ、と頭に固い感触が当たった。

 (嘘)

 その、余りにも唐突な変化に、呆気にとられた。
 呆けたように止まるカレンは、暫しの後に――――何よりも、驚いた。

 一体、いつ、どうやって、背後の男は、ここに来た?

 驚愕。思考が凍った。驚きよりも、信じられないという思いの方が、強かった。いや、カレンとて人間だ。だから背後の人物を、KMFから降りるときに見逃していた可能性はある。
 だが、まさか。



 自分がこれほどに簡単に、背後を取られて。
 それどころか、銃を向けられるまで気が付かない……!?



 「そのままゆっくり、此方を向け」

 有り得ない、という思いは人間の行動を縛り、外部の反応に従順にさせる。威圧感のある声ならば、尚の事。状況を把握できなかったカレンは、だから素直に、従ってしまった。
 振り向いた先には、見覚えのある男が立っている。



 それは先日、公園で遭遇した、紫の瞳を持つ美青年だった。




     ●




 ゲットーの内部は、どのエリアでも大きく変わらないらしい。

 荒廃しきった土地を眺めながら、アーニャは高速のままシンジュクを回る。機関損傷を防ぐ為、馬力とドライブ回転数を調節して最高速度から落としているが、それでも速い。普通のKMFの倍近いだろう。

 グロースターは、シンジュクの北を走っていた。ジェレミア達の部隊に先行し、進路を北から南に、同時に僅かに西に向けている。ゲットーの中心が向かう先だった。

 総督の指示で動く軍は、南方から中心を目指している。外縁部に沿ってKMFの囲いを構成し、それを徐々に縮めて行くという、数に物を言わせた広範囲の行動だ。
 一見、効率が良いように見えるが、無秩序な雰囲気は隠しきれない。……いや、軍の運用は間違っていないが、戦場の最優先目的を、見誤っているのだ。

 アーニャが時々行う、戦略シミュレーションゲーム的に表現するならば、『指定ターン以内に、指定された複数の場所に行く』――――というのが、今回の達成するべき目的。
 しかし、カラレス総督は違う。彼の行動は『敵を全て倒す』という事に主題が置かれすぎている。

 (……それが、出来るの?)

 仮定で問い詰めてみる。『指定ターン以内に相手を全滅させ、尚且つ目的地に到達する』。それが可能ならば誰も文句は言わない。けれども彼の指揮する部隊には難しいだろう。
 まず足が遅い。それに、隠れている敵を探す手間もかかる。仮に成功しても、その“先”に繋がらない。

 間違ってはいないが、読み誤っているとは、そう言う意味だ。

 『アールストレイム卿』

 「……ん? 誰?」

 通信が入る。ジェレミアか、と思って画面を見ると、見覚えのない軍人が映っていた。
 プライドの高そうな、エリート風の金髪男性。きっと純血派の一員、なのだろう。

 『は。ジェレミア卿から命じられました、キューエル・ソレイシィと申します。お指示を』

 「……そう」

 少しスピードを緩めたアーニャは、素早くパネルを操作し、戦場の様子を確認する。
 爆発は複数個所。南の半分は総督軍に任せるから、北半分の現場に向かえば良い。ジェレミアは演習場(東)から西に進む軍勢の指揮を執るから……。

 「キューエル。貴方は自戦力を率いて同行。中心まで言ったら、その後、西」

 アーニャはこのまま、中心の爆発跡に向かい、その後、総督軍の方に抜ける事にした。
 ジェレミアとキューエル、二人の軍は、何があっても対処できるように外縁部に向かわせよう。
 南半分に向かうのが、自分とルルーシュの二人ならば――――仮にカラレスが余計な事態を引き起こしても、被害は最小限で済ませられる。その自信があった。

 『あの、御無礼を承知でお尋ねいたします。卿は一人でも大丈夫、なのでしょうか?』

 キューエルの疑問も、分かる。
 ラウンズの中で、歴戦の戦士という雰囲気を持つには、若い人間が多すぎる。本来ならばアーニャは中学生だし、ルルーシュ、ジノも高校生。モニカは大学生。C.C.は年齢不詳だけど、外見だけは若い。
 特にルルーシュだ。外見からしてか細いし、ラウンズの仕事も指揮的な仕事が多い。他のラウンズ並みの活躍を期待して良いのか、と誰もが一度は思うのだ。

 「大丈夫」

 アーニャは伝えた。大丈夫だから、ラウンズなのだ。

 ルルーシュは体力がないが、アレで運動神経は良い。疲れるからやらない、と言うだけで、やろうと思えば優秀な成績を残せることを知っている。KMFも同じだ。
 そもそも、アーニャが断言出来るだけでも――――乗馬が出来て、スクーバダイビングが出来て、射撃と自衛が出来て、母から剣と体裁きを習っている。持久力はラウンズ最下位(自分よりも、だ)だが、ごく短時間の運動能力を見れば平均と変わらない。

 まして『ドルイドシステム』はルルーシュがいれば、KMFの常識を壊すような機能を発揮する。

 「だから問題無い。それより、注意」

 何でしょうか、と聞くキューエルに、明らかに異常な事実を、教えてやる。

 演習場に一番近い場所から、中心部に向かい、既に複数個所の爆発現場を回っている。
 大小合わせて、恐らく両手両足では効かない爆発だ。火薬ではない。化学薬品による所業だった。流石は技術大国・日本。名前が奪われても、その技術は地に落ちてはいないという事か。

 だが、それより、なにより。
 ゲットー内部に存在する抵抗勢力を、明らかに――――見誤っていたとしか、思えない。



 「現場に――――ナンバーズの死体が、一つたりとも、無い、のは」



 明らかに、異常すぎる。

 作為的なまでに、誰もない。人の気配はあるが、非常にごく少数なのだ。
 数多くの戦場を知るアーニャは、感じ取っていた。
 シンジュクゲットー内部に渦巻く、何処か“危ない”予感と言うべき存在を。




    ●




 事故を無関係と思わず、現場に来て正解だった。もう五分遅ければ、彼女はこの場から退散していただろう。冷静に、そう思った。

 少女の殺気を受け流しながら、ルルーシュは銃を突き付けている。
 昨日の穏やかな様相からは様変わりした、苛烈な瞳だ。

 「やはり、な」

 公園で出会った時から、普通の女生徒だとは思っていなかった。

 何が有った訳ではない。だが、その立ち振る舞い。あるいは瞳に込められた物。そして別れに一瞬だけ触れた、掌の感触。小さな要素を重ねて、彼女がKMFに乗れる人間ではないかと推測した。

 だが、何よりもルルーシュを捉えたのは、その髪だ。
 朱色に近い、鮮やかな色。ブリタニア人でも珍しい、美しさよりも生命力を示す彩。




 嘗て、枢木神社の近く。
 軒を連ねた古びた商店街の八百屋の前で。
 自分とぶつかった、桃を買って行った少女に、よく似ていた。

 一度会った人間を忘れない事が、良い事か悪い事かは、置いておく。




 「……無関係だ、と否定はしないのか?」

 仮に少女が、無関係だ、と言い張っても逃す気はない。だが、極限状態での態度が、その人間の本音だ。
 責任逃れをする人間ならば、ルルーシュは容赦なく引き金を引いていただろう。

 (……誤魔化す気は、ないようだな)

 銃の狙いは、頭ではなく腹だ。銃口に対する面積が大きい腹部ならば、相手の回避は難しい。
 世界には、銃弾を回避できる人間がいる事を、ルルーシュは知っていた。

 「恥じる真似は」

 朱の少女は、吐き捨てるように言った。

 「していない」

 「なるほど。其処に居る“俺が承知していない部隊”も、お前が殺したのか?」

 「――――そうよ」

 ルルーシュの言動に、何か不思議な色を感じ取ったのだろう。だが、沈黙は一瞬だった。

 「下等なイレブンが、御同胞を殺したのが気に食わないかしら?」

 「いいや。戦場では誰もが平等に敵の弾に当たる。そして、撃って良いのは、撃たれる覚悟の有る奴だけだと俺は思っている。……そう言う意味では、君は合格だ」

 この少女は、本当に良い目をしている。
 逆光にあっても諦めない、燃えるような生命の力だ。
 こうして銃を向けられている間でも、最後まで自分の命を捨てる事無く、全力で足掻こうとしている。
 思わず、銃を下ろして逃がしたくなるような、そんな強さが有った。
 行動が覚悟と信念に依っている、その証拠だ。

 「名前を聞こうか」

 「……人の名前を聞く時は」

 「そうだな。……ルルーシュ。ルルーシュ・ランペルージだ」

 「――――ッ!」

 その名前に、少女の目が開く。まさか、という疑問が浮かび、小さく目を上下させ、言われてみれば、と事実を確かめる。そして一層に強い目で、此方を見る。

 「直接顔を合わせても、案外、気が付かれない物だな」

 小さく笑みを浮かべる。

 有名人と同じだ。服装、ナイトメア。更には“いるに相応しい空間”が揃っていないと、ラウンズと認識されない事も多い。外を出歩いていても、私服にサングラスだったら、意外なほどに正体がばれない。

 有名人が、あんな所にいる筈が無い、という思い込みがある。

 シンジュクゲットー。騎士服を着て銃を向けている青年と言っても、その本人がラウンズ、という直球は逆に盲点だ。ブリタニアの常識を知っているだろう少女にしてみれば、特に。

 「俺は自己紹介をしたぞ。名前は?」

 「……紅月」

 歯を噛みしめるように、少女は言葉を捻り出した。
 こうして銃が向けられている以上、彼女は従わざるを得ない。

 「そうか。では紅月。――――大人しく捕まって貰おう。何、殺すつもりはない」

 身分を調べる必要もあるし、アッシュフォード学園の生徒を殺したら、ミレイが悲しむだろう。ルルーシュの泣かせたくない人間の一人だ。彼女は。

 「安心しろ。約束を破るつもりはない」

 これが総督ならば、さっさと撃ち殺せとなるのだろう。実際、彼女は強い。戦士としてのレベルも高い。特攻覚悟で抵抗されると抑えきれないかもしれない。
 だがルルーシュはしなかった。彼女の、その力を惜しんだ、ともいえる。
 ラウンズ内では有名な事だが、ルルーシュは人に甘い。敵には容赦が無いが、敵と判断するにも猶予がある。出来るだけ相手を理解しようとする。その甘さが、利点であり、そして、欠点だった。

 「……本気?」

 「ああ。――――これでも喧嘩や争い事は、嫌いだ」

 「……天下のラウンズ様は、御立派、ね!」

 声と共に。

 思い切り腕が振るわれ、銃と頭部の間に相手の掌が入る。腕を後ろ手に。撃てば暴発する格好だ。
 彼女はそのまま銃口を握り、凄まじい握力で銃を奪い取ろうとする。筋力勝負では分が悪い。
 だからルルーシュは素直に銃を“渡した”。

 そして、相手が構えるよりも早く、持っていた、もう片方の銃を突きつけた。

 「!」

 「ああ。良く言われる」

 モニカには遠く及ばないが、射撃も結構、得意だ。
 今度は顎に突き付けられた銃口に、少女は、悔しそうな顔をする。だが、如何にも為らない。敵の戦力を把握せずに戦いを挑んだ時点で、彼女の敗北は決定していたと言える。

 彼女はそのまま、素直に銃を地面に落とす。
 それを背後に蹴り飛ばして、ルルーシュは告げた。

 「さて、今度こそ大人しくしていて貰いたいな」

 圧倒的な優位を思い、ルルーシュは僅かに安堵の息を吐く。






 だが、ルルーシュはすっかり忘れていた。

 彼には数奇ともいえる宿命がある事を。

 もはや運命や因縁と言っても構わない。

 即ち、順調に行っている時程、彼の予想だにしない事象が、降りかかってくる事だ。






 「……ルルー、シュ?」

 小さな声で、そう呼ばれた。
 呼ばれた。あるいは、反芻されただけなのかもしれない。
 朱の少女ではない。もっと低い、若い男の声だった。

 (……誰だ?)

 周囲には誰もいない。銃を向ける騎士が一人。銃を向けられる少女が一人。運転席で動かない遺体が一つ。無残な死体が散乱し、その傍らには名誉ブリタニア人の兵士が――――。

 (……ち、迂闊な!)

 今になって気が付く。銃で腹部を撃たれた兵士。倒れていたその兵士に、出血が無い。
 何かに遮られたのか。何か予期せぬ事態があったのか。
 あの兵士は、まだ生きていた。

 (……この女から手は放せない)

 油断している間ならば兎も角、この少女が本気で自分に抵抗されれば、苦戦は必至だ。貧弱な自分でも相手を拘束する技術は、習得している。だが、長期戦になれば難しい。
 こうして銃を向けている状態が揺らげば、簡単に優位は逆転する。

 (如何する……?)

 ルルーシュの頭が、凄まじい速度で回っている中、兵士は。
 静かに立ち上がり、目の前の状況を確認して、戸惑ったように顔を振る。

 「……ルルーシュ、だよね?」

 ゲットーの事故現場で、貴族の令嬢が、騎士に銃を向けられている、という光景。起きたばかりで見れば、訳が分からなくて当たり前だ。
 けれども、何を思ったのか。兵士はゆっくりと、自分の頭部を守るヘルメットを脱いだ。



 「僕だよ、ルルーシュ。……スザクだ」



 それで、全てが納得できた。

 「――――え」

 茶色の癖っ毛を持つ、青年。
 穏やかな、戦争には似つかわしくない優しげな顔の、見覚えのある、男。

 「……スザク、お前」

 嘗ての幼馴染・枢木スザクがいた。

 余りにも予測不可能な事実に、完全に一瞬、彼の意識が止まった。
 そして当然のように、少女への注意が薄まった。
 再度の機会を伺っていた彼女が、見逃すはずが無い。

 「――や、あっ!」

 その一瞬を、少女は突く。

 身を回しつつ、下から跳ね上げる蹴りで、突き付けられていた拳銃を宙に弾き飛ばす。
 ルルーシュの腕が弾かれ、体勢が崩れる。その隙に、少女は前に出た。素早く振り返り、バックステップで距離をとる。そして、同時、腕が振るわれる。

 「! ちい! しまった!」

 掌に走った鈍い痛みに、彼も再起動した。
 少女の腕から伸びる様に、銀光が走る。ステップと共に投擲されたナイフだった。鈍い煌めきの刃は、ルルーシュの顔を正確に狙っていた。

 ――――躊躇、無しか!

 反射神経は、そこそこある方だ。飛来する刃に対し、足を軸に体を反転させた。
 高速のナイフは体を掠め、艶やかな黒髪が数本、挙動から遅れて切られていく。

 現場の壁に当たり、キン、と鋼がなる。そしてルルーシュが体勢を立て直すのと、蹴り上げられた拳銃が地面に落下するのはほぼ同時だった。

 これらが連続した僅かな間に、少女は、KMFに到達していた。

 地面と金属の反響した音が消え去るよりも早く。
 彼女はサザーランドへ乗り込み、待機状態から戻す。
 機械の駿馬が、稼働した。

 「……不味い! 隠れろ!」

 其れだけを叫んだ。視界の隅、二人の唐突過ぎる攻防に、息を飲んでいた枢木スザクが己を取り戻す。
 昔から優れていた運動能力を駆使し、急激な加速でサザーランドの死角、トラックの陰に入り込む。

 彼も動いていた。KMFに射撃されれば死ぬ。例外は魔女だけだ。だから“この時”弾丸が発射され、それに中ればルルーシュは死んでいただろう。
 だが、アサルトライフルは機能しない。恐らく弾切れだろうと当たりを付けていたが正しかった。カシンカシン、と空撃ちを数回繰り返した所で、遅れる事、二秒。朱の少女も気が付いた。

 (反応が早いな……!)

 よほど訓練されていないと、直ぐには体が追い付かない。ルルーシュが臍を噛む暇も無かった。

 銃弾を再装填などしなかった。銃を虚空に投げ捨て、同時、スラッシュハーケンを打ち込む。高速で射出され、宙を走ったアンカーは、数秒前までルルーシュの頭が有った場所を通過する。

 だが、KMFが銃を捨てる僅かな間。
 間一髪で、ルルーシュはトラックの死角に体を潜り込ませる。

 火花と共に――――現場を構成する壁が、ハーケンの威力で大きく罅割れた。
 土煙が舞う。唸るような駆動音と、残響とが、息と共に消える。

 (……危ない)

 「……ふ、う」

 スラッシュハーケンが戻されていく中、彼はようやっと少しだけ心を落ち着かせる。
 僅かな攻防だったが、既に息は切れ始めていた。やっぱり肉体労働は向いていない。

 本当に危なかった。いや、ラウンズと名乗った時点で危害を加えられると思っていたが、まさか此処まで普通に攻撃されるとは。よっぽどブリタニアに恨みがあるらしい。

 「ねえ、」

 輸送機の陰に、背中で張り付くようなルルーシュは、同じく隣に来た友人を見る。

 枢木スザク。
 嘗て彼が、この日本と言う土地に居た時に知り合った、友情を結んだ青年。

 名誉ブリタニア人として、このゲットーで任務についていたらしい。
 其処まで理解して、ルルーシュは唐突に思い至った。



 ――――いや、待て。
 ――――そう言えば、枢木スザクも同じではないか?
 ――――幾ら友人とはいえ、長年に出会っていない、この男が、絶対に信用できると何故、言える?



 「スザク。聞きたい事は色々あるが、確認させろ。お前は敵か? 味方か?」

 「は、……え? ……何で?」

 訳が分からないよ、という態度で、此方を見た。

 「何で僕がルルーシュの敵なのさ」

 「――――ああ、もう良い。聞いた俺がバカだった」

 これが演技だったら、朱雀はルルーシュより、よほど上手な演技が出来るだろう。
 ブリタニアに対する感情は兎も角、スザク本人は“今、此処では”ルルーシュの敵ではないという事だ。
 積もる話は山ほどあるし、言いたい事も山ほどある。出来れば呆れた溜め息も吐きたかったが、残念ながらそんな暇もない。

 (ええい、仕方が無い!)

 普通の人間なら、情報処理が追い付かず、混乱して終わる。だが忙しくとも対応が出来るのがルルーシュだった。ともあれ身を低くして、何時でも車体の下に入れるように準備をする。

 敵が隠れて動かない事に気が付いたサザーランドが、此方を覗きこもうとした。KMFの全長は、約5メートルに届かない位だ。輸送機の影とはいえ、真上から覗きこまれたら露見する。

 丁度今、少女とルルーシュは、トラックを挟んで立っている。
 幸い事故の現場と言う事もあり、自在にKMFが動くには難しい。
 だが、やはりKMFにはKMFだ。素手でKMF相手に喧嘩をして、勝てる者など、世界に一人だけだ。

 (……まずは、この状況を改善しないと、何にもならん)

 今は良い。運転席の近くに陣取っているし、輸送機が邪魔でKMFでは小回りが利かない。戦友の死体を気にせず、容赦なくハーケンを撃って来れる人間ではないだろう。あの少女は。
 先程のあれは、多分、その場の流れだ。

 得る事が出来た僅かな時間で、彼は策を練る。

 「あの、御免ルルーシュ、全っ然、状況がつかめないんだけど」

 「なに、お前に驚いてうっかり逃がしてしまったあの女は、エリア11の抵抗勢力だったという話だ」

 「……僕のせい?」

 「いや、油断した俺のせいだよ」

 性格や態度は、全く変化していない。微妙に空気が読めない所もだ。相変わらずだな、こいつは。

 軽口を叩きながら、ルルーシュは懐から携帯を取り出す。といっても電話ではない。言うなれば複合情報端末とも言うべき、KMFの頭脳と直結させた機械だ。
 短縮ダイヤルで素早く、幾つかのメールを送信する。

 「突破方法は?」

 「あると言えば、あるな」

 送って三秒。すぐさま返ってきた返信を確認して、しまう。

 「スザク、確認だ。お前、何処まで動ける?」

 「何処まで、って運動の事? 壁を走る位なら簡単だけど」

 「……そうか。いや、なら言いたい事は一つだ」

 腕時計で何かをカウントする様に、ルルーシュは秒針を見た。




 「スザク。……すまんが、自分の身は自分で守ってくれ」




 そう言って。
 ひょいと、軽く身を躍らせた。
 トラックの死角から姿を、まるで見せびらかすかのように、露わした。

 (さあ、如何する?)

 サザーランドの挙動が、少しだけ止まる。

 あの少女は戦士だ。先程の、攻防の流れで攻撃するならば兎も角、一回戦況が膠着状態に陥ってしまえば、不利な相手に容赦なく攻撃が出来る性格をしていない。
 ラウンズとはいえ、無抵抗の人間を相手に。KMFで躊躇わず攻撃出来る人間では、ないのだ。

 その僅かな間。

 (そして、その一瞬が……)

 「命取りだ」

 それで十分だった。

 少女の背後から、突進する様に巨大な影が飛び込んできた。

 「――!」

 余りにも突然の出現に、機体を反転させる余裕も無い。
 進路上のサザーランドを巻き込み、その影は縺れ合って地面に転がる。
 盛大な激突音と、舞う土煙。火花が飛び、転がって大きな破片を撒き散らす。




 飛び込んできた物は、ミストレスだ。




     ●




 (……どうなって!)

 そう、如何なっている。パイロットブロックの中で、カレンは盛大に毒付いた。
 あのルルーシュという騎士。外見からは想像できないが、かなり強い。力よりも技で、それも弱点を技術で補うような戦いだが、対処能力が恐ろしく幅広い。

 強者と言うよりも、巧者。
 他の誰にも真似が出来ない、頭脳を駆使した戦い方。
 突発的事態に弱いらしいが、スラッシュハーケンを予測して回避できるだけで十分、凄い。

 「たく!」

 それにしても、此方の動揺を承知でKMFの前に身を躍らせるなど、自殺行為も良い所だ。

 (まさか、私の頭が冷えはじめた事まで……)

 其処まで読んだのか。紅月カレンと言う人間の性格を見破り、その上であんな行動をしたのならば、やはり化物だ。並みの精神力ではない。その上で隙を突くなど、並みで出来るか。

 倒れた機体を引き起こすと、飛び込んできた塊も又、動き始めた所だった。
 その形が、露わになる。正体を見てやろうと、鋭い目で捉えて。

 「……ちょ、っと」

 その機体が判明した所で、カレンは再度、困惑の声を上げた。
 本来ならば、この場に割り込んで来る筈のない機体だったからだ。

 二足歩行。ランドスピナーは小さく、その割に胴体部分は大きなKMFだ。顔が犬(アヌビス、だったか?)に似た、黒と金を中心とした機体。新聞や写真で、数多く報道されているから、よく知っている。

 ルルーシュ専用のKMF“ミストレス”。

 「……ホント、どうなってんの、よ!」

 “見えざる幻影”と呼ばれ、単体では円卓騎士の名を持たない、最強機体の一角を目の前に、カレンは言った。

 KMFが突入してきた。これは良い。
 だが、機体が飛び込んで来た時、デヴァイサーは外部に居た。

 そして、たった今、ルルーシュ・ランペルージが機体に「乗り込んだ」と言う事は。




 あの機体は、乗り手が誰もいない状態で、サザーランドに突撃してきたという事に、他ならない。




 カレンの困惑を余所に。

 『少し此処は手狭だな』

 通信が入った。サザーランドの通信システムは遮断してある以上、それは外部音声だ。此方に声を届ける為の、機能。
 自分の愛機を取り戻した為か、その声が弾んでいる。

 (……ヤバイ)

 前とは違う意味で、ヤバイ、と思った。
 相手が騎乗した。其れだけで、周囲の環境が変わったかのようだった。
 状況への困惑を、野生の勘と戦士の経験が、塗り替えた。額に浮かんだのは冷や汗だ。

 デヴァイサー同士の戦いなら勝機はあっても、今、この状態では差があり過ぎる。
 軍の汎用機体と、専門カスタム機。結果は火を見るより明らかだ。

 『ここから出ようか、紅月』

 乗っているのは間違いなく、あの優男。
 だが機動は、カレンが今まで見た事のない、レベルだった。

 ラウンズ、という立場を証明するかのような、常識外れの挙動。軍人でもこの動きに対応できる者は、そうはいない。帝国トップクラス、という認識を正しくカレンに示しながら、ミストレスは迫る。
 そして、咄嗟にカレンが機体を下げ――――るよりも早く。

 「ぐ、――っ!」

 機体が“弾かれた”。
 ガン! と何かに衝突し、そのまま後ろに押されていく。
 自分と相手の間には、まだ少しの距離があるのに。

 「!」

 衝撃に体が軋み、自然と呻く声が上がる。何が起きたのか、分からない。
 機体の全面を、まるで巨大な掌で引っ叩かれたの様だ。
 見れば、胸部装甲に異常、ファクトスフィアに罅、機体の重心が崩れている。
 まるで機体が、何かに激突したかのよう。

 「く、あっ!」

 機体を転ばさない、体勢を保つので精一杯だった。其れだけでも十分と言える。
 そのまま、事故現場から青空の下に、カレンは機体ごと、見えない手で、押し流されていく。

 薄暗い事故現場から、太陽の下の廃墟群に。強引に運ばれ、逃れる事も叶わない。相手の速度の方が、自分よりも早い。そしてのけぞる格好を続ける事になるからだ。

 太陽の下に出た時、やっと光で見えるようになった。カレンは、現状を理解する。
 自分と相手。その間に、薄い光の壁が展開されていた。

 「――――これ、が、噂の」

 全力で辛うじて残った足を動かし、必死にカレンは距離をとる。
 損傷が大きすぎる。逃げる事もバランサー異常の今では、叶わない。
 今の相手の攻撃だけで、自然と息が切れている。負担が其れほど、大きかった。

 『そう。楯は、守るだけに非ず、と言った所だな』

 余裕の笑顔が、見えるかのような、口調。

 ミストレス。
 その機体コンセプトは、“防御”。
 ラウンズ最高の防御能力を生み出す機体固有のシステムが、世界で唯一搭載されている。そして、生み出された障壁の名を。

 「絶対、守護領域――」

 一説には、ラウンズ内で破った事のある者は、第一席にビスマルクのみ、とまで言われている。

 分かってしまえば、相手のした事は簡単だ。機体の全面に守護領域を展開させて、そのまま前進した。それだけ。
 強固な障壁を張ったまま、相手に突撃したから、サザーランドが障壁に弾かれたのだ。
 守る筈の楯は、時に打撃を伴った壁になる、と言う事か。

 「――機体の稼働率は、38パーセント。……武器、使用不可。FFCは稼働停止」

 万事休すね、とカレンは、何処かで冷静に思った。
 体も心も、焦れて燃えそうな筈なのに。

 相手が礼儀正しく、見下す事無く接しているからか。
 怒りに任せた突撃が取れる状態ではない。外より中を極め、慎重に万全を期して、相手に向かう。それで初めて倒せるタイプの騎士だ。

 エリア平定を、個人の考えとは別に“仕事”として手を抜かずに行う。それが彼だろう。少なくとも、カレンの知識や今の接触からは、そう思えた。
 だからブリタニア人として見た時に、明らかに、他とは違う。行動が悪辣では有っても、愚劣ではない。
 多分、今この場でカレンが降参すれば、普通に受け入れるのだろう。
 強者の余裕に、苛立ちが募る。

 『さて。最後通告だ。――――命を無駄にするものではない』

 ……カレンは。
 この時、心から死を覚悟した。

 目の前の機体には、明らかにオーラが有った。帝国最高戦力であると、嫌でも身に積まされる空気。
 専用機体や、守護領域という事実を差し引いても、乗っている彼の気迫が――身に迫るようだった。

 彼は、本当に敵になってしまった場合、決して容赦をしないだろう。
 この場で、心からカレンが決別を言い渡せば、それで終わりだ。数分持たずに、彼女は哀れ、悲惨な死を迎えるに違いない。そう。分かってしまう。嫌でも。

 握ったレバーが、滑る。命の危機に、体がこれ以上無い位に、緊張していた。
 乾いた喉で、答えを吐きだそうとした。
 その時だった。




     ●




 地面が、揺れた。

 「……何、この振動」

 微細な、地鳴りにも似た振動だった。
 エリア11には地震が多発する、とは知識で知っている。
 けれども、これは地震ではない。こんな奇妙な揺れをする地震が発生したら、学会がひっくり返る。
 もっと別の、敢えて言うのならば地盤沈下や、崩落するビルの屋上に居る時に、似ている気が……。

 「――――沈、む?」

 そのワードが、引っかかった。

 そう言えば、とアーニャは思い出す。
 エリア11が、日本と言う名前だった頃、このシンジュクは大都会東京の一角だった。
 地下には無数の列車が正確に走り、駐車場が地下から高層まで並んでいた。それに伴い、地下ストリートが網目以上に複雑に広がり、店舗やコンビニ、更には数多い店が並んでいたのだ。

 ブリタニア領になった今でも、それらは残っている。
 ゲットーのアンダーグラウンドとして、殆ど無法地帯的に、広がっている、らしい。

 「まさ、か」

 爆発の現場や、規模。そして現在ブリタニア軍の展開具合を照合する。
 不味い、いや不味い程度ではない。このままでは軍は全滅する。
 彼女は叫んだ。普段、決して大きな声を出さないアーニャにとって、有り得ない程の声だった。

 ……いや。
 本当に、叫んだ人物が“アーニャ”だったのかは、誰にも分からない。




 「全ブリタニア軍に通達! 直ちにシンジュクゲットーから退避! 円の外に出なさい!」




 その瞳に、一瞬だけ赤い光が灯り。
 アーニャが、まるで別の人間に見えた事を、現場の誰も気が付かなった。




     ●




 (……なんだ?)

 機体の中で、響いていた震動に、ルルーシュは意識を切り替えた。
 守護領域が展開されている以上、サザーランドに負ける心配はない。だから相手から目を離さず、ブラインドタッチのまま情報を取り出す。

 現状の部隊。アーニャの連絡。通達。ゲットーの状態。爆発の詳細。

 明らかに法則性を見れる爆発状況。大小の爆発状況にゲットーの地図を重ね合わせ、部隊展開図も重ねる。当然ながら、広域に彼らは広がっている。

 人が異常に少ないゲットー内部。隠れている彼らは何処に行った?

 シンジュクでの活動を取り締まれてはいない。地下活動を潰す手間を、総督達は惜しんでいた。つまり準備期間は山のようにあった。

 「……成る程、な」

 (やってくれる……!)

 戦略への義憤より、相手への感心が湧いて出た。




 (まさか、本当に俺の予想した“最悪の策”を、実行してくるか……!)




 ルルーシュは、ゲットーでの活動前に、相手が取って来るであろう策略を大凡50、考えて来ていた。

 その中の、50番目。地形や戦場の形そのものを変えてしまう作戦を、相手は選んだ。ルルーシュが最悪と呼ぶ、抵抗勢力にとっては最高の作戦。

 簡単な話だ。
 無数の空間がある地下へ、適切に攻撃し、適切に支えを破壊して行けば良い。
 入念な準備と、十分な回数さえ重ねれば、それで。
 容易く、地盤は崩落する。

 (……崩落まで、数分、か)

 脱出する猶予を考えれば、直ぐにでも逃げた方が良い。

 ルルーシュには、ゲットーでの崩落の規模が、どの程度になるのかが分からない。
 ひょっとしたら紅月を捕えても十分な余裕があるかも知れない。この近辺は崩れないかも知れない。しかし“かもしれない”だけで確証はないのだ。

 ナンバーズを巻き込む事を躊躇わず、ゲットー全域を沈めるかもしれない。

 残念な事に、ルルーシュには土地勘が無い。この地で長年生活していれば多少はマシだったろうが、昨日今日来たばかりの人間では、全域や実態は知識として詰めるだけで限界だ。
 紅月という少女は、良い戦士だが――――彼女の指揮官までは、読み取れない。

 (……スザクもいる。――――残念だ)

 現状を把握したルルーシュは、さっさと決断をした。

 まあ、流れが悪かったという事にしよう。
 これ以上、この場に居てもメリットは多くない。
 彼女を追い詰めて逃がすのは、別に残念ではない。彼女にもよるが、多分、また会える筈だ。

 アーニャには、既に「武装を軽くしておけ」と伝えてある。地盤沈下が発生した時、軽ければ被害を軽減できるし、早ければ退避出来る。本当に、その狙いが的中する、とは思っていなかったが……まあ、良い。

 そんな時、そのアーニャの声がした。



 『全ブリタニア軍に通達! 直ちにシンジュクゲットーから退避! 円の外に出なさい!』




 通達はルルーシュにも届く。共通回線、敵に聞かれる事も気にしない、断固たる“命令”だった。

 (……アーニャだが、アーニャでは無いな)

 機体の中で、小さく笑う。
 彼女がこんな大声で指令を発するなんて、珍しいを通り越して有り得ない。
 そしてルルーシュには、こんな口調で命令を下せる、凛々しく優しい女性に、非常に覚えがあった。

 相変わらずあの人は、戦場では絶好調らしい。

 「紅月。今回は俺が引こう。……お前の指揮官に伝えておけ」

 打つ手なしで、特攻でもしてきそうな空気の少女に、伝える。

 考えてみれば、引いた所で問題はない。
 元々、軍の演習中に襲撃がある、という部分に対策を取っていたのだ。軍への打撃を抑える事が目的だった。そう言う意味では、既に目的は達成されている。
 今の命令で、全軍が迅速に撤退しつつある。密集して、しかも足の遅い総督軍が、何割被害に遭うかは不明だが、ジェレミア達は多分、大丈夫だろう。

 相手の戦略は立派だった。
 だが、その戦略への効果を、自分達が最小限に抑えた。

 まあ、今回の戦いの治めどころとしては上々だ。自分の機体に被害はないし、相手も追っては来れない。これからの対策は、ゲットー崩壊後でも十分だろう。
 機体を反転させ、スザクに逃げる指示を出しながら、彼は言った。

 「気が変わったら俺に言って来い。俺の権限で、お前共々、相応の席を用意してやる、とな」




 その言葉を最後に、ミストレスは立ち去った。




 (……見逃された)

 その事実に、カレンは。
 瀕死のサザーランドの中、仲間が助けに来るまで、じっと拳を握っている事しか出来なかった。






 皇歴2017年。

 エリア11(旧名・日本)シンジュクゲットーで、ブリタニアへの抵抗勢力による、大規模攻撃が行われる。

 戦闘の規模こそ小さかったが、ナンバーズの作戦は意外なほどに土地に効果を発揮。戦いにより、地下地盤の脆弱性も重なり、最終的にゲットーは崩落するまでになった。

 後に『シンジュク事変』と呼ばれるようになる、この一大事件を機に、抵抗活動は激化。

 この年、エリア11は動乱を迎える事になる。




 それは、七年前に終わった筈の戦いに、再度の決着を齎す切欠となる戦いの始まりだった。














 登場人物紹介 その⑧


 紅月カレン

 シンジュクを拠点に活動する反ブリタニア組織『紅月グループ』の一員。
 グループ内では最もKMFの技術に精通しており、優れた身体能力も相まって、アタッカーや作戦メンバーを務める事が多い。

 永田号と共に作戦活動に従事していたが、事故によって任務は完遂にならなかった。指示通り適切に行動していたが、偶然からシンジュク事変の最中、ルルーシュとの会合を果たす。一時は互角に張り合うが全て対処され、最後は見逃された。
 一連の流れによって、ルルーシュへの感情は“凄い嫌な奴”で固定されたらしい。言葉が何処に懸かるのかは不明だ。

 グループ名からも分かる通り、リーダーの紅月直人は実兄。その為、組織のメンバーの多くとは古い顔馴染みである。
 父親はブリタニア貴族であり、彼女自身もハーフなのだが、表向きは伯爵令嬢。妾腹の為、表向きの母とは非常に険悪。実際に家に帰る事も少ないらしいが、実母がメイドとして働いているらしい。

 因みに。遥か昔、本当にルルーシュと一瞬の会合を果たしていた事が、原作小説で語られている。













 本編でも言われていますが、ルルーシュは、強者というよりも巧者です。
 此処までラウンズとしてしっかり強い理由も、次回以降に語るので、お楽しみに。

 シンジュク事変は終わり。
 次回は、後始末とか、特派とか、本国との関係とかですね。

 少しずつ世界観やルルーシュの環境を語りつつ、次なる大事件『サイタマゲットー』や『サクラダイト生産会議』に向けて色々と進んでいきます。間にオリジナルな事件が入るかも。

 なんか、色んな意味で凄い人達の伏線が幾つかありますが、この話は基本、ギアス関係者は全部出ます。
 アニメ本編、小説、ナナナ、ゲーム、別設定の漫画、連載中の「漆黒の蓮夜」まで。
 それこそ、あんな人からこんな人までオールキャストなので、この先も楽しみにしていてくれると嬉しいです。


 少しでも良いので、感想や、文句や、質問があったら下さい。基本、全部受け止めます。
 ではまた次回。

 (5月1日)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑥
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/05/05 00:50

 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑥






 「成る程、政庁内の不穏分子は、特定に至っていない、と」

 「……申し訳ありません」

 目の前の、神妙な顔をした銀髪の女軍人、ヴィレッタ・ヌゥは頭を下げる。
 昨日のゲットーでの一連において、何か不審な動きをした人間を発見出来なかった、というのが彼女の報告の第一声だった。

 ルルーシュは今、シンジュク事変の事後処理に追われている。裁かなくてはいけない書類や仕事が山積みだ。ヴィレッタが何かミスをした訳でもない。咎める気はなかった。

 「まあ、良い。地盤が崩落寸前のゲットーで、命を犠牲に情報を掴め、と言う気はない。……政庁の方もな。一朝一夕には無理だろう。分かった事だけ教えろ」

 「……では、失礼して」

 持っていた書類を手渡ししつつ、彼女は三日間の調査結果を出す。
 その分量こそ少ないが、中身は充実している。采配は彼女に任せておいたが、意外と有能だったらしい。

 「結論から申し上げますと、政庁関係者からの、抵抗勢力への物資横流しは間違いないと思われます」

 「……」

 無言のまま、続きを促す。ルルーシュの瞳が鋭くなった。

 「本国から送られてくる物資が有ります。今回、物資がエリア11に輸送されたルートは二つです。エリア11政庁が手配した、太平洋を横断し、本国から輸送された物資。もう片方は、エリア18への途中に、効率化の意味も込めて臨時にエリア11へ輸送された、東南アジアを経由した物資でした」

 「ああ、そうだな」

 「詳細は、先ほどお渡しした資料に乗せて有りますが……。その内の後者。東南アジア経由の物資に、不自然な痕跡が見られます」

 「具体的には?」

 輸入と輸出の記録は、ブリタニアでなくとも厳重に行っている。軽く調べて出てこない、と言う事は、恐らくデータ上では何も問題が無く処理されているのだろう。
 機械は優秀だが、融通が利かない。不自然な数字を見つけるのは、人間にしか出来ないのだ。

 「は。政庁の搬入記録と、本国からの記録で「中身」の食い違いが出ています。……重量など、表向きは帳尻を合わせてあるようですが、――――随分と違っているようです」

 ヴィレッタの話によれば。
 エリア11に入ってきた物資と、エリア18に送られた物資の中身。その合計が、本国から出た物資の中身と異なっているらしい。




 本国から他国(エリア11、エリア18)に送られた物資の量を、100とする。

 30は『元々、エリア11に送られる事が決定していた物資』。
 60は、『エリア18に送られる物資』。
 10が、『運送効率によってエリア11に送られた臨時の物資』だ。

 この時点では、30+60+10で、100。何も問題が無い。

 だから今、本当ならばエリア11には40の物資が無ければならない。
 しかし、ヴィレッタの調査を詳細に突き詰めると、この40という数字は、表向きの分量だけで、中身がまるきり、違う事になってしまう。

 40は40でも、8の価値を持つ物資×5個=40なのではなく、8がX個+α=40と言う事だ。
 しかし当然だが、予定されていた8×5が存在しなければ他人を誤魔化す事は出来ない。

 ならば、どうするのか?

 αをエリア11で、8に交換するのだ。それも、8以上の高値を吹っ掛けて。
 取引相手は言うまでもなく、テロリストだ。

 αを10に変化させ、8を物資として政庁に流し、2を首謀者の懐に入れる。

 これで何も問題はない。数字も中身も記録通り。後は、損をした抵抗勢力をテロリストとして処刑すれば、証拠も残らないという訳だ。




 「残念ながら、行動の首謀者は、まだ特定に至っておりません。政庁内の、恐らく上位の誰か、とは思いますが――――残念ながら、我々への風当たりも強いので……」

 「そうか。……まあ、仕方が無い」

 彼女達の行っている事は、要するに内部監査だ。ラウンズ主導と言う事は伝わっているから、表だった反抗はない。だが、後ろ暗い人間は、証拠を隠滅するし、調査の妨害をする。下手をすれば、口封じだ。
 地道に慎重に、相手のミスを待ちながら行うしかない。

 「また、エリア10を経由した物資と、政庁の記録に残っている物資。此処にも僅かに食い違いがあります。恐らく、エリア10にも多少は落とされている、と考えても良いでしょう」

 「……その、代わりに入れられた物資は?」

 「それも調べております。記録は改竄されておりますが、……どうやら、東南アジアルートを経由した物資の量は、予定された量より若干多くなっている模様です。推測ですが、エリア10で何かを多量に積み込んだのは間違いない、かと」




 これも数字を使うと分かりやすい。

 30の『元々、エリア11に送られる事が決定していた物資』はそのまま。
 しかし、10の『運送効率によってエリア11に送られた臨時の物資』も、手を出されている。

 10の内、5をエリア10に落とす。
 そして、エリア10で帳尻合わせのβを入れ、5の補填にするという訳だ。




 「待て」

 「……え。――――何か、失礼を」

 「いや、……そうじゃない」

 いきなり変わった空気にヴィレッタが恐々とする中、ルルーシュは真剣に、何かを考えるように黙る。
 そして、唐突に立ち上がると、執務室の壁に貼られていた、世界地図を見つめた。

 目線の先にある土地は、エリア10を書かれた場所。
 中華連邦と国境を接する、東南アジアと呼ばれる地域。インドシナ半島だ。タイ、ミャンマー、カンボジア、ベトナム、マレーシア等の異国情緒豊かな国々は、日本より早くにブリタニアの属領になっていた。

 「……そうか」

 小さく、しかしはっきりと舌打ちをして、ルルーシュは苛立ちを隠さずに席に着く。
 そう言う事か、と目に剣呑な光を灯す、不機嫌な顔だった。

 「あの、ランペルージ卿?」

 「……ヴィレッタ。お前に怒っている訳ではない。気にするな」

 では何に、と尋ねる余裕は、彼女には無かった。普段は優雅だが、感情が高ぶった際の気迫は、流石にラウンズだ。軍人であるヴィレッタを、完全に圧倒している。
 皇族に勝るとも劣らない、人の上に立つ資質を示しながら、彼は言った。

 「仕事は続けてくれ。……後、危険だと思うが、シンジュク事変前に起きた輸送車事故。あちらの調査も頼んだ。多分、繋がっているだろう」

 ヴィレッタには、有る程度の部分までは、既に話を通してある。

 『名誉ブリタニア人の兵士と、民間人。彼らがシンジュクゲットーで事故を発見した所、謎の部隊によって殺害されそうになった』――――と。無論、枢木スザクや紅月については、教えていない。

 あの輸送車は抵抗勢力によって運ばれていた。
 ならば、あの輸送車の「積荷」は、きっと物資の横流し品だ。
 そこまで分かれば、後は自然に予想が付く。




 だから、横流しを行った『首謀者』が、事故による証拠を隠滅しようと部隊を動かし、目撃者を消そうとしたのではないだろうか?




 そう考えれば、筋が通る。

 残念ながら、地盤崩落と共にトラックも地下に落下してしまった(元々、あのトラックが突っ込んでいて現場は、立体駐車場だったらしい)から、相当苦労するだろうが、やらない訳にもいかない。

 「機密情報局は、死亡した特殊部隊の身元確認、その命令を出した者を中心に行え。間違っても、名誉ブリタニア人兵士や、民間人に功に焦って不用意に接触する事のない様にしろ」

 余計な真似はするなよ、と釘を刺す。
 諜報戦とはいえ、戦いは戦い。任務を最優先にして他人に被害を及ぼす事は、軍人ならば避けるべきだ。

 特にヴィレッタの場合。それこそ民間人に協力を要請して事態をややこしくする未来が見える。軍功と階級、自分の価値を上げる事を優先して、他人に気を使わない事があるからだ。

 「私は明日から、少し本国で仕事がある。帰国は四日後の予定だが、その際には補充の人員も一緒に連れてこれるだろう。――――話は以上だ。今後も期待に応えて見せろ」

 「――――Yes, My lord」

 別に脅した訳ではない。
 だが、その圧力にヴィレッタは緊張した面持ちで返事をして、静かに部屋を出て行った。




     ●




 「ルルーシュ。何に気が付いた?」

 ヴィレッタが退室した後、ソファから身を起こしたアーニャは、尋ねる。先程の剣呑な雰囲気はかなり消されていた。自制心が強いルルーシュは素早く、冷静に、と自分に言い聞かせたのだろう。

 「エリア10が、如何したの?」

 出来るだけ可愛らしく、ルルーシュの気を引く様な態度で訊ねると。

 「――――宿題にしよう」

 「?」

 返ってきた答えは、意外な物だった。
 何の事だろうか。脈絡が無い言葉に、目を白黒させていると、ルルーシュは改めて言い直す。

 「アーニャ、考えてみると良い。エリア11の現状の問題に、先程までのヴィレッタ・ヌゥとの会話を加味して、エリア10という土地の特性を考えれば答えは出る。……操縦以外にも、色々と学ぶ必要があるだろう?」

 「……ん」

 そう言われてしまえば、言い返す事が出来ない。
 アーニャ・アールストレイムは、KMFの操縦ならば帝国最高クラスだ。純粋な個人戦闘能力でも高い自信はある。まだ14歳だが、SP数人分の働きは、十分にこなせるだろう。
 だが、専門分野になると、これはかなり低い。KMFやサイバーネットに関する事は詳しいが、政治・経済・公民・時事問題、要するに社会学となると著しく知識に偏りがある。

 「C.C.と旧オマーンの今後について語ったのが、最後だったな。良い機会だ」

 「……分かった」

 素直に頷いた。ルルーシュが出したという事は、きっと考えれば答えが出る問題なのだろう。
 でも、締切りは何時までなのだろうか?

 「期限は――――そうだな。俺が帰ってくるまでだ」

 「じゃあ、御褒美」

 「……考えておく。それで良いか?」

 その言葉に、俄然やる気が出た。顔の表情も変化しないが、心は弾んでいる。
 アーニャも、お年頃なのだ。




     ●




 (……さて、次だ)

 アーニャは、理由は知らないが、喜んでいる。そんなに自分が出した宿題が嬉しかったのか。それとも、まさか最後に付け加えた“御褒美”に釣られたのか。……いや、ないだろう。多分。

 心なしか楽しそうな子猫を横目に、ルルーシュは机の上の受話器を取る。
 仕事は山積み。今の内に片を付けた方が良い問題が、まだ残っている。
 電話が通じた先は、ジェレミアの所だ。

 「ルルーシュだ。……枢木朱雀、小寺正志の両一等兵を、私の部屋まで呼べ。安全の為、お前が案内を頼む」

 さしあたって、ルルーシュが解決しなければいけない問題は。
 あの二人を、如何するか、と言う事だった。




 枢木スザクと小寺マサシは、現在、処罰の対象である。
 理由は単純で『シンジュクゲットーにおける軍規違反』と言う物だ。

 罪状はそれぞれ、命令違反と敵前逃亡。枢木スザクが“上官の命令に逆らった”と言う事、そして小寺青年が“戦わずに逃げた”と言う事。

 確かにまあ、間違ってはいない。スザクは『民間人を殺せ』という命令に逆らい、小寺青年は『民間人を避難させる為に一緒に逃げた』のだ。嘘“は”言っていない。

 倫理的に見れば非常に両者とも正しいのだが、そうは問屋が卸さなかった。
 これは、部隊が壊滅しているとはいえ、命令違反が確かにあった以上、二人に御咎め無しとはいかない、という法治国家の精神を立派に反映したものでは――――断じてない。
 建前上はそうなっているが、本音はまるで違う。

 (当然だな……)




 何せ、あの二人は輸送車の中身を見ている可能性があるからだ。
 横流しをしている人間にしてみれば、非常に邪魔な事、この上ない。




 これは、ルルーシュの勝手な予想だが――――恐らく、横流しをしている事実を、名誉ブリタニア人の犠牲で大きく隠しているのだろう。

 手順としてはこうだ。
 まず、横流しが出来る様に、情報を抵抗勢力に送る。
 次に、その抵抗勢力に対して追手を派遣する。これは演技だ。追手には、わざと失敗させる。そして、この“わざとの失敗”の時に、名誉ブリタニア人を利用するのだ。
 具体的には、名誉ブリタニア人を難癖付けて殺す。そして兵士に、全ての罪を被せてしまう。

 『私達は一生懸命、追撃任務を行いました。しかし、奪い返せませんでした。任務失敗の責は名誉ブリタニア人兵士にあり、既に処罰が終わっています。だから、私達は悪くありません――――』と。

 正直、胸糞悪い話である。だが、多分、名誉に対しての生贄作業が行われていた事も、事実だろう。
 少し深い所まで過去の記録を調べると、怪しい死因が結構、ゴロゴロ出てくる。

 (……二人は生きている)

 幸いな事に、あの紅月という少女が乱入したお陰もあって、二人は無事だった。スザクは本当に撃たれていたが、何でも父親の形見が銃弾を防いでくれたらしい。運の良い奴である。

 ともあれ、生きているのだ、彼らは。輸送機の中身をみた“かもしれない”人間が。
 そして、その情報が、機密情報局。そしてラウンズのルルーシュに伝わる。そうすれば危ないと、後ろ暗い人間は思っているだろう。確かに正しい認識だ。

 (……総督にも、影響している程、だからな)

 『兵站は、後方支援部隊。……もっと言えば、参謀本部の管轄になります』

 アーニャが聞いたジェレミアの言葉もある。物資の横流しは、管理者である参謀本部管轄下の誰か。
 そして、特殊部隊を持っている――――言いかえれば自軍戦力を持っている時点で、相当に上の人間だ。あるいはカラレス本人が横流しに協力している可能性もある。

 反ルルーシュ派、とでも名付けようか。エリア11政庁内で、ルルーシュ達に余計な真似をせず、このまま本国に帰って欲しいと考える連中は多い。皆、今まで利権という蜜を啜ってきた奴らだ。
 任務の内容こそ不明になっているが、部隊が一個消えて噂にならない筈も無い。これ以上、余計な人間に痛い腹を探られる前に、懸念対象はさっさと処分をしたい。それが反ルルーシュ派の総意だった。

 (……本当に、厄介だ)

 ルルーシュは、この状況を解決する必要があった。
 別に、口封じという行為自体を嫌っているのではない。

 枢木スザクという友人を、殺させたくないだけである。




 「ジェレミア・ゴッドバルド、及び枢木、小寺一等兵、入ります」

 連絡を入れて五分で、ジェレミアは二人を連れて執務室にやってきた。
 来る途中で何か、注意事項でも伝えたのだろう。小寺正志の表情は固い。スザクの顔が柔らかいのは、自分の事を知っているからだ。

 まあ、小寺正志については、正直、どうでも良い。ただ、彼はスザクの顔馴染みとして一緒に行動していたらしいのだ。彼だけを政庁の闇へ生贄として捧げるのも、後味が悪かった。

 「ああ。有難う。……折角だから待機していてくれ。この後も少し、案内を頼みたいからな」

 言葉に、ジェレミアは静かに部屋の隅に動く。沈黙が下りた部屋には、小さな足音しか響かない。
 彼が壁際に寄った事を確認して、ルルーシュは口を開いた。

 「まず、伝えておこう。二人への処罰は、私が言い渡す」

 「……」

 壁際のジェレミアが、少し反応する。彼には意味が通じたらしい。

 (……まあ、権力とはこういう時に、使用する物だがな)

 現状、総督一派に彼らの命が脅かされている。秘密を守る為に――――普通ではありえない理由で始末させられてしまうだろう。勿論、ルルーシュは防ぎたい。
 ならば、対処方法は簡単だ。




 ルルーシュが先んじて、二人へ処分を言い渡してしまえば良いのである。




 幾ら反ルルーシュ派とは言っても、表立っての反抗は出来ない。当たり前だ。こっちは皇帝の騎士で、皇帝から『エリア11の平定を命じられ』ている。出来るのは邪魔と妨害だけなのだ。

 そのルルーシュが、二人に対して処分を言い渡す。
 言い渡してしまえば、政庁内の誰であろうとも、逆らう事は出来ない。

 ルルーシュの行動を防ぎたいのならば、最初からその権限を渡さない方法を取るしかない。それこそ、シンジュク事変で軍の指揮権を、カラレスが折半した時のように、だ。

 騎士としての品位を落とす、自分勝手な命令は出せないが――――理屈が通れば、それで何とかなる。
 力が無ければ望みは叶えられない、と言う言葉が真実ならば、その逆も又然り。他者を守る為に力を使って、何の問題があるだろうか。

 彼ら二人に処分は必要だ。そこは仕方が無い。実際、彼らが所属していた部隊は壊滅しているからだ。むしろ何もしない方が、人々の反感を買うし悪影響を及ぼす。責は無い、と言っても納得させる事は難しい。だが、殺すのは明らかにやり過ぎだ。

 「……君達二人は、シンジュクゲットーにおいて軍規に違反した」

 言葉に、部屋の空気が僅かに固くなった気がした。
 シンジュク事変から帰還後、ジェレミアに命令して二人から事情を聴取してある。
 これは、正しい情報を得る為。そして、純血派の監視下に置く事で、総督一派の手出しを防ぐ為だ。
 おかげで昨日の二人は、少々窮屈だったようだが、その辺は命を守る為と言う事で納得してもらった。

 「私的には、その違反は人間として正しかった、そう思っている。だが、違反は違反だ。公的には見逃すわけにはいかない。――――ジェレミア」

 「は、何でしょうか?」

 「純血派において、軍務とはなんだ?」

 余りにも唐突な質問だったが、ジェレミアは僅かに動じただけで、すぐに答えを返す。

 「義務、と捉えておりますが」

 「そう。所謂、『高貴なる義務(ノブリス・オブリージュ)』の一種だ。国を治める者は、国家の危機には率先して解決に当たらなくてはならない。……純血派の思考は、いわばそれを純粋ブリタニア人という枠組みに拡大解釈した物、と考える事が可能だな。――――その考えに沿えば、君達二人は、軍務を行う資格に怪しい所がある訳だ」

 執務机の上で、小さく腕を組む。

 因みに、この理屈を適応するメリットは、何よりも純血派を掌握できる、という部分にある。母親の影響もあって非常に騎士達から尊敬されるルルーシュだが、其れだけではない事を示す意味があった。
 ルルーシュ本人が、目を懸けている……。そうアピールすれば、純血派への手出しは少なくなる。引いては、今後のエリア11での活動も行いやすい、と言う訳だ。




 「君達二人への処罰は、配置換えと言う事にする。……『高貴なる義務』たる兵役は、止めだ」




 配置換え。どんな理由であれ軍規に違反したから、軍人として歩兵に採用しない。
 何もおかしくは無い。歩兵足る資格に不足している、と言う意味なのだ。日本最後の総理大臣を父に持つ枢木スザクの命を救うのに、丁度良い理屈ではないか。

 「さて、小寺一等兵。――――君の実家は、小さな町工場だったな?」

 話を振る。

 「!――――は。そうです」

 ルルーシュ、と言う人間の事を詳しく知らなければ当然だが、小寺青年は非常に固まっていた。この先、どんな被害を受けるのか、と戦々恐々としている目だ。そう怯えずとも、不条理を働く気は無い。

 だが、彼の態度も無理は無かった。ブリタニアと言う国家を少しでも知る者は、目上の人間の横暴が、いつ自分達に降りかかって来るのかを、心の何処かで恐れている。
 普通の軍人や貴族でも、ラウンズや皇族といった更に上の特権階級には、決して明確には逆らわない。

 「エリア11の中小企業、特に精密機械を生む工場は、今でも非常に高いスキルを持っている、と聞いている。……君は、機械弄りが得意だそうだな。枢木から聞いた」

 その最後に、彼は横目でペアを見る。その目には、何を余計な事を、と浮かんでいるが、スザクはどこ吹く風で受け流した。……そう心配せずとも、きっと五分後には感謝している事だろう。

 ルルーシュは軽く微笑んで、机の上に置いておいた二枚の紙を掲げる。配置換えを命ずる指令書だ。




 「君達二人の行く先は、技術部だ。――――『特別派遣嚮導技術部』。そのテストパイロットと、整備員。それが仕事だ。……気苦労は多いだろうが、頑張って励むように」




 彼らが着て早々だったが、詳しい話は、既にロイドに通してあった。

 「『特派』、ですか。ル……ランペルージ卿」

 「そうだ」

 反芻したスザクと、状況が掴めていない小寺青年に、簡単にルルーシュは説明する。

 階級や身分に、ラウンズ並みに拘らない特派ならば、部隊を追われた名誉でも十分に働ける。
 しかもルルーシュの命令での派遣。出向先が帝国宰相・第二皇子シュナイゼルの直轄下だ。政庁の人間で、手を出す人間はいない。
 技術部、と言ってはいるがKMFの開発や実験も行っており、軍の階級も適応される。

 「……それは、処罰、なのでしょうか」

 「ああ。一般兵としての立場を禁じているから、立派な処罰だな」

 まあ、内容だけ聞けば夢のような職場な事は、否定しないが。

 そんな解説を滔々と行っていくごとに、小寺青年は感動していった。其処まで気を使われる事は、多分今まで、ブリタニアの中では無かったからだろう。終いには、言葉では言い表せないような態度で、頭を下げられた程だった。
 この際、実は彼は、枢木スザクのオマケ扱いである事は、言わないでおいた。ルルーシュも、そこまで薄情ではない。特派も区別は、しないだろう。

 「話は以上だ。――――ジェレミア。後はお前に任せる。……特派まで、二人を案内してやってくれ」

 「……Yes, my lord」

 一瞬、返事が遅れたのは、きっとロイドとの仲が良くないからだ。ジェレミアとロイド。二人は確か、同じ高校を出た関係の筈。その当時から顔馴染みだった。色々あったらしい。

 スザクと小寺青年。二人が、ルルーシュに礼を返す。特に青年の方は、入って来た時よりも遥かに穏やかな態度だった。命の行く先も分からない状態が、普通以上を保障されたのだから、当然かもしれない。

 (……ふう。これで、一仕事)

 と考え、一つ言い残した事を思い出す。

 退室する寸前の枢木スザク。久しぶりに再会した友人を、このまま帰すのは少し気に入らない。
 仕事に追われて、を理由に碌に会話も出来ないのは、友人として有るまじき姿だ。

 「枢木スザク。また特派に顔をだす。……時間があったら、話そう。――――歓迎してくれるか?」

 ピタ、と扉の前で、足が止まる。
 そして、小さく振り向いて、襟元を整えながら、静かに返した。

 「勿論です。『    』。ランペルージ卿」

 一瞬、その間に、空きが出来る。その間の間に、彼は小さな行動を取った。
 小さくて見え難い。仮に見えても何の変哲もないだろう仕草。
 襟元で手を小さく動かす、第壱ボタンを上に引き上げる様な合図だった。

 「ああ。呼び止めて悪かった」

 同じように、ルルーシュも返事をする。襟元に手をやって、小さく引き上げる動きと共に。
 スザクも、其れを見て、小さく口元に笑みを浮かべる。意味が通じた事が分かったのだ。ルルーシュと一瞬、視線が交錯する。

 ――――そして静かに一礼すると、彼は部屋を出て行った。




 襟元を引き上げる行動。
 それは、ルルーシュとスザクの間の、友情の証だ。

 『屋根裏部屋で話そう』。

 間違いなく、先の言葉への返事だった。




     ●




 「さて、次は……」

 三人を見送って、気分を切り替える様に、ふう、と息を吐く。
 目頭を押さえて疲労が溜まっている事を自覚する。“政庁本来の仕事”の分量が少ないのが幸いだ。これで通常業務の一端を肩代わりしていたら、間違いなく限界を迎えていた。

 ジェレミアの話によれば、ルルーシュ達からの評価を得ようと、珍しくも頑張っている役人が居るらしい。普段よりも裁ける書類が速くて多いそうだ。
 普段からやれよ、と文句を言いたくなった。

 「ルルーシュ。無理、してない?」

 「いや……」

 声が懸かる。カタカタ、と意外な素早さで、部屋の隅に置かれたパソコンを弄るアーニャだ。
 彼女は、ラウンズの本来の仕事をしていた。軍事演習の評価を報告書に纏め、並行して、エリア10の内情も調査している。画面には幾つもの文字と画像が流れていた。

 確かに忙しいし分量は多いが、無理まではしていない。
 本当に無理をする時は、ルルーシュは何も言わず、倒れるまで仕事をするからだ。

 「大丈夫だ。明日の一日は、飛行機の中で休むつもりだしな。心配してくれて有難う、アーニャ」

 明日以降、普通にエリア11で過ごせるのならば、こんなに忙しくは無い。

 ヴィレッタ・ヌゥには告げたが、ルルーシュは明日から四日間、エリア11を空ける。
 本国で開かれる会議への出席が一番の目的だが、それ以外にもある。機情の援軍を頼むのもその一つだ。
 だから、なるべく今の内に仕事に始末をつけておく必要があった。

 「えーと、番号は、確か――――」

 ルルーシュは仕事用の携帯電話を取り出すと、素早く11ケタの番号を押す。エリア11での携帯電話事情は、元々の仕事マニアな国の気質のせいか、ブリタニアより優秀だ。
 集団行動を防ぐ為に、名誉ブリタニア人への携帯電話は販売禁止となっている。だが、回線を初めとする優れたシステム自体は、接収と言う形で今でも活用されていた。

 『はい、此方は――――』

 コール音の後に聞こえてきたのは、朗らかで明るい女性の声だ。
 人を元気にさせる声が有れば、きっとこんな感じなのではないだろうか。

 「あー。……ルルーシュだ。電話を良いか?」

 『アッシュフォード学園、生徒会……て、え、ルルちゃん? ええ、勿論よ!』

 電話の向こうに居る女性は、ミレイ・アッシュフォードだ。




 ルルーシュの頭が上がらない人間は、結構多い。

 勿論、騎士なので、皇帝や、宰相と言った目上の人間に頭が上がらないのは当然なのだが、ルルーシュという個人が「世話を懸けている」「借りが多い」という人間も、結構多いのだ。

 ミレイ・アッシュフォードは、そんな人間の一人だった。
 思わず、口元に浮かんだ笑みを消す事無く、ルルーシュは尋ねる。

 「幾つか、話を通しておきたくてな。――――お前の学校に、カルデモンド、という男子生徒はいるな?」

 『ええ。本名を、リヴァル・カルデモンド。生徒会の一員だから、良く知ってるわね』

 それは都合が良い。
 電話越しの明朗な口調は、はっきり言えば不敬罪が適応できる言葉使いだが、別にルルーシュは気にしなかった。変に昔みたいに謙れるより、よっぽど安心して会話が出来る。

 「そうか。……今日、学校には?」

 『来てるわ。……リヴァルが何か?』

 「ああ。その事、だが」

 ルルーシュは、簡単にシンジュクゲットーで発生した事故について、話す。
 リヴァルが、事故の現場に居た事。その際、軍規に触れた理由で始末されそうになった事。結果として抵抗勢力に救われ逃げられた事まで。機密事項を除き、大まかな流れを、ほぼ全て。

 『……そんな事が? 確かに今日の朝は、少し顔色が悪かったけど』

 「ああ。いや、別にそれでカルデモンドに何か罰則を与える訳ではない。ただ、念の為に、な。アッシュフォードで、シンジュク事変時の不在証明(アリバイ)を作っておいて欲しい」

 特派に配属させた二人が、積荷の中身を見た可能性がある、として処分されそうになった、と言う事は――――その理屈は、同じくその場にいたリヴァル・カルデモンドにも適応されるという事だ。
 幸いにも彼は民間人だ。顔も名前も知られていない。彼を殺そうとした連中は、あの紅月という朱い少女に始末された。スザク達には他言無用だ、と伝えてあるし、ヴィレッタにも釘をさしてある。
 つまり、巻き込まれた民間人、という情報だけで彼に到達するのは、この時点でもう難しい。

 『でも、用心の意味を込めて、アッシュフォードが彼のアリバイを作っておけば、事故に巻き込まれたのはリヴァルではない、別の人間だ、と言える。そう言う事ね?』

 「理解が速くて助かるよ」

 本当に聡明だ。ルーベンが許すならば、副官として召抱えたい位である。……いや、あの爺ならば案外、本当に、笑顔で熨斗と一緒に自分の所に送って来るかも知れなかった。
 いや、勿論、ルルーシュはしない。今でさえ、周りに女っ気が多いと噂を流されているのだ。この期に及んで、過去の婚約者をもう一回、近辺に置くなど――考えただけでも恐ろしい。そんな事をすれば、周りから何を言われるか分かった物では無い。

 「其れが一つ。もう一つ、お前の記憶力に期待したいんだが……」

 『うん。なあに?』

 「アッシュフォード学園在籍の女子生徒。貴族の令嬢で、髪が赤く、儚そうな外見と裏腹に芯を持っている。そして恐らく、本日は欠席している人間。もしかしたらハーフ。――――心当たりは?」

 先程と違う、少し険しいルルーシュの口調に、何かを感じ取ったのだろう。
 能天気な口調を変え、真剣さを足して、返事が返ってきた。

 『あるわ。全部一致する人間が一人、いる。……私が知る限りで、一人だけ』

 心なしか、固い口調で彼女は肯定する。
 そうか、とルルーシュは頷いて。

 「名前を」

 そう、言った。
 電話越しでも圧力は感じられるだろう。
 しかし、ミレイの言葉は、意外な物だった。

 『……ルルちゃ――いいえ。ルルーシュ様。……生徒会長としては、例え何か問題があったとしても、生徒を売る真似は、したくありませんけれど』

 そうだな、と内心で微笑む。
 そう言う言葉が、ミレイらしい。相手が誰でも、間違っている事を間違っている、と言えるのが彼女だ。
 その性根を、ルルーシュは好ましいと思っている。

 「安心しろ。別に捕まえる事はしない。他に情報を漏らしもしない。約束しよう。……話してくれ」

 これは方便では無く、本音だ。あの紅月と言う少女の表の顔を調べたい。そして出来れば、今の世界について話をしてみたいというのが、正直な感想だった。
 珍しくもルルーシュが抱えたその意思が、向こうにも伝わったのだろう。
 ミレイは、敢えて口調を明るく戻す。

 『分かった。――――ルルーシュが言った条件に該当する女生徒は、カレン。カレン・シュタットフェルト。名前の通り、伯爵家の御令嬢よ』

 周囲に人が居ない事も、これっきり、という事も確認の上で、彼女は告げた。

 「分かった。有難う。……訊きたかった事は、其れだけだ。手間をかけさせて悪かったな」

 『いいのよ、ルルちゃん。お仕事、頑張ってね?』

 「ああ。お前もな」

 そう軽口の押収をして、電話を切った。
 思わず溜め息が出る。だが、疲労は疲労でも少しだけ心地良いのは、電話越しとはいえミレイの持つ空気に充てられたからだろうか。

 あいつも昔から変わらない、と思いつつ携帯を仕舞うと、アーニャと目が有った。
 その視線に、何か心が乱される物を感じる。呆れているとも違う。不機嫌とも違う。……強いて言うならば、ルルーシュ楽しそう、という意味が込められている、謎の視線だ。

 「……何かあったか?」

 「別に。ルルーシュは、何時も通りだと思っただけ」

 「――――?」

 どういう事だろうか、と考える間も無く、アーニャは、一枚の書類を渡して来る。どうも、ルルーシュがミレイと話をしている間に、送られてきた物らしい。
 いや、それは資料と言うよりも、手紙と言った方が正しかった。




 『ルルーシュへ。

 特派への人材を送ってくれた事に感謝するよ。ロイドも喜んでいたからね。
 さて、今日の午後17時30分に、浮遊航空艦アヴァロンは、エリア11での燃料補給を終えて出発する。行先は本国だ。君も会議に出席するだろう? 折角だから、一緒に乗せて行ってあげよう。
 アールストレイム卿一人で、このエリアに残しておくのは少し大変そうだから、クロシェフスキー卿を置いていく。君と彼女を交換する形にすれば、そう角も立たないはずだ。
 嫌ならば断わってくれても全然、構わない。考えてくれると嬉しいよ』




 名前こそないが、誰が書いたのか、これ以上に明白な手紙も無かった。

 「……あの人は」

 何と言うか相変わらずだ。先程のミレイとは違った意味で、全然、昔から変わっていない。この、相手にすると妙に疲れる感覚。肩に疲れが圧し掛かる。

 「どうする?」

 「どうするも何も……」

 いや、申し出は有り難い。アーニャの輸送機を借りるにせよ、空港からチャーター便に乗るにせよ、時間はかかる。アヴァロンと比較すれば二、三時間は違うだろう。だから、助かる事は間違いない。

 「……」

 思っていた以上に、アヴァロンは、ゆっくりと行動していた。イラクから本国へ戻る途中。特派をエリア11に下ろすだけかと思いきや、補給も行い、序に今日の半日ほど暇潰しをしていたのだ。

 これが、難題を解決できたお礼に、此処で少し、乗組員の皆に休暇を進呈しよう……という意味なのか。それとも、ルルーシュの帰国に合わせる為に、敢えての時間消費か。考え始めると際限が無い。

 だから考えるのをやめた。
 余計な部分まで考え過ぎて、どつぼに嵌りそうだった。

 「……善意である事は間違いないからな。甘えさせて貰おう」

 結局、そう結論付けた。
 国家の要職として非道を行える人では有るが、基本は善良だ。だから、ルルーシュの事を考えてしてくれた事に、多分、違いはあるまい。……絶対と断言できない辺りが、あの人らしいが。

 「アーニャ。少しの間、モニカと此処を頼んだ」

 「分かった」

 やれやれ、と思いながら、ルルーシュは。
 取りあえず、あの帝国宰相に何と文句を言ってやろうか、と考えつつ、荷造りを始める事にした。




 気苦労が絶えないのも、昔と同じだ。
 過去と立場が違うとはいえ、同じ感覚を味わえるのならば、それも決して悪くは無いのかもしれない。




 そんな事を、思いながら。




     ●




 そんな、極東から遠く。


 地下深く、潜行する影が有った。
 一寸先は何も見えない。生まれる陰影も僅かな範囲のみ。闇に覆われた、古びた石造りの通路を、影達はゆっくりと慎重に進んでいく。

 光源は、背後の影が持つ大型射光機だけだ。

 通路は所々が崩れ、しかし砂や水が入り込んではいない。影の進行に合わせて、土煙と埃が舞う。鈍い駆動音と、重々しい歩行音。数は三つ。両足で進んでいくその影は、人間ではない。KMFだった。

 「その先の通路を――え……と、右、です」

 二番目に進む機体から、少女の声がした。まだ若い。軽やかな声の持ち主は、きっと美少女だ。
 グロースターよりもシャープなフォルムを持つ、少しだけランスロットに似たKMFだった。

 「ああ」

 指示に、先頭を歩む機体が右に曲がる。
 答え、進む機体から返る声も又、少女の物。しかし此方は、何処か人をからかう雰囲気がある。人を食うチェシャ猫のような、人を食った声。その声質は、まるで人生経験を裏付けているよう。
 悠然とした態度に、後に続く機体の中、進行方向を指示した少女は、静かに息を吐いた。

 「そう緊張するな、ルクレティア。もっと気楽に行っても良いぞ?」

 ゆっくりと進むナイトメアフレーム・エレインの中から、C.C.が声をかける。
 圧迫感がある閉鎖空間。ついつい固くなってしまう心を解そうと、敢えての楽しげな声だった。

 ルクレティアを、気遣っているのだ。
 それでいて、本人は何時も以上に難儀な状態だというのに、平然と愛馬を動かしている。

 不格好に太い足を動かし、それでいて砲塔や羽を傷つけないよう、器用に。
 防御力は皆無に等しく、機動性も著しく低下しているが、確かにエレインは『歩行』していた。

 「危険はないさ」

 C.C.は笑いながら、丁寧に機体を進めて行く。

 だが、乗っている機体の状況は、常識を覆すような光景であろう。

 エレインは、基本的には飛行してこそ役目を果たせる。六枚羽のフロートシステムに、伸びるハドロン砲。『コ』の字型の機体は、決して細い通路には入り込めない。広い陸地や海上でのホバーが限界だ。
 だから、その形を少し――――否、結構に変えていた。




 分かりやすく言えば、『変形』だ。

 ハドロン砲の砲身を途中で折り曲げ、本来ならば水平を保つべき機体を垂直に。
 背面から伸びる羽を畳み、パイロットブロックを上に押し上げ、胴体下のエンジンと重なる形に。
 最後に、排気口周りを構成していた装甲が脚となる。

 飛行機体が、歩けるように変形しているという、もう色々と異常な状態だった。これを考えた設計者の頭は、きっと異常に違いない。

 エリア11のサブカルチャーに詳しい者が見れば、きっとこう言っただろう。

 『まんま、ガウォークじゃん……』と。




 もう随分と彼女達は探索を続けている。

 地下に潜り始めて三時間。探り探りでの歩行とはいえ、KMFで三時間だ。20キロは歩いている。

 時折に小休止はしているが、それでも周囲の環境は、操縦者に大きな負担を強いる。ライトで照らしてやっと見える無明の闇の中、上も横も石の壁。その向こうは砂だ。近くを水だけは流れているが、音もせず、水源も不明。並みの人間ならば、体以前に、精神を参らせてしまうだろう。

 「しかし長いな。まだ結構、距離があるか?」

 無理はさせられん、と思いながら、C.C.は画面に映った金髪の少女に訊ねる。
 彼女はルクレティア。機密情報局『特殊名誉部隊(イレギュラーズ)』の一員だ。

 「いえ。もう少し、です」

 エリア18・ルブアリハリ砂漠地下水道。
 オマーン首都マスカット地下に広がる、石造りで構成された通路を、彼女達は探索している。

 目的は一つだけ。
 ここから、彼女達が狙う『組織』の拠点へと赴く事が出来るのだ。

 事情を知っていた第一皇子が生きていれば案内させたのだが、残念ながら彼はこの世に居ない。エリアが確立した時に、さっさと自殺してしまった。正確には、自殺させられた。口封じだ。

 (本当に……)

 余計な事をしてくれると思う。
 今のルートを辿るだけで、一週間は無駄にした。
 気を効かせた本国が、地形探索を専門とするルクレティアを派遣してくれなければ、C.C.が自力で《ザ・ランド》を発動させてマッピングし、探索する事になっていただろう。

 C.C.は、結界型ギアスを、“有る程度”は発動出来るが……自由自在に可能な訳ではない。手間も負担もかなりかかる。まして、地下探索を彼女が行う以上、消耗は抑えた方が良い。

 まあ、相手からしてみれば、追跡しやすいルートを、わざわざ残しておく筈も無いから、当然なのだが。

 「しかし、機密情報局の仕事もあるのに、悪いな」

 「いえ。別に良いです」

 来たかったですし、と少女は返す。
 この場合の意味は、エリア18に来たかった、ではないだろう。

 (……ま、良いがな)

 人に思われる事は、悪い気分ではない。
 『特殊名誉部隊』とC.C.は、何かと深い関係だ。

 「そもそも、卿の方が大変だったのでは、ないかと」

 「そんな他人行儀にしなくても良いぞ。今更だ」

 エリア管理をコーネリアとドロテアに任せ、魔女が地下の探索を始めたのは、もう一週間も前だ。
 愛する魔王と可愛い子猫が、極東へと飛んで行ったその日から、毎日、地下迷宮を彷徨っている。
 対して、ルクレティアが現地入りしたのは二日前。二日で目的地前まで到達したのだから、彼女の力がどれ程に優れているかは、十分に分かるだろう。

 「はい」

 C.C.は絶対に死なない。最悪、地下と言う事で不測の事態が発生しても問題が無い。機体が砂に埋もれても、押しつぶされても、最後には救出される手筈だ。まさに、地下探索にうってつけだった。

 ならば、何故グロースターを使わない、と思うかもしれない。無理して変形させずとも、最初から二足歩行で、機体性能も優秀なグロースターを調整すれば、十分に地下活動も可能だろう、と。確かにそうだ。
 だが、これにはちゃんと理由があった。

 「あ、その先、……多分、目的地、です。巨大な空間で――水や砂が入っている様子も、有りません」

 「そうか」

 《ザ・ランド》。
 ルクレティアが保有するギアスだ。
 その効果は、物体や空間の構造を理解すること。
 地下の空間に対して使用すれば、全てのルートや道を探る事が出来る。

 「離れてろよ?」

 ライトを持った最後尾の機体が、正面を照らす。
 正面に見えるのは、壁だ。分厚い、しかし石とは違う、明らかな人工物で構成された壁。
 今まで幾つもあった。明らかに侵入者を防ぐ意味を持つ壁に向かって、魔女は機体を向ける。
 そして、そのまま。




 「ハドロン砲、発射」




 コックピット両側の、曲がった形のメインウェポンが火を噴いた。屈曲していても問題無く放たれた、赤黒い一撃。威力こそ抑えているが、その分、口径を窄めて貫通力を上げてある。
 二線は、正面の防壁を完璧に貫き、そのまま圧力で破壊する。

 これが遠路遥々、ガウォーク形態で歩いてきた理由だった。
 金属とも岩とも言えない、奇妙な材質の防壁。並みのNMFの兵装では決して壊れず、ハドロン砲を持ち込んでやっと打ち破る事に成功した。
 エレインが無ければ、探索は更に手間暇が懸かっていただろう。

 「さて、これで良い」

 魔女は呟いて、機体を進める。
 崩れた壁の残骸を、重心の高い機体で器用に乗り越え、中に乗り込む。
 足元に注意を払いながら、機体を全て入れると、圧迫感から解消された。

 「……天井が高い、な」

 高い、あるいは広い、か。KMFが楽々と動き回れる空間がある。頭の上を覆う屋根が見えない。天井が遠いのだ。十メートルは越えている。
 足元も、今迄の石造りではない。科学製品による固い材質の床に変わっていた。

 密閉された四角形の空間に、側面から穴を開けて乗り込んだ格好だろうか。

 左右は灯りが届かない程に広く、一機のKMFでは到底、照らしきれない。C.C.は、最後尾から付いてきていた兵士(グラストンナイツの一人だ)から、今まで進路を照らしていた灯りを、持ち込ませる。
 建物一つを簡単に照らしだせる、軍用巨大ランプは、内部を鮮明に映し出す。

 「さて、と」

 つい最近まで、確実に誰かが居たであろう痕跡を残す空間。形は巨大な、横長の直方体だ。
 両側には、左右対称に巨大な柱が並び、大量の砂を乗せた天井を楽々と支えている。その天井自体も、砂の重い圧力に耐える為にアーチ型になっており、しかも支柱が無数に走っていた。
 その柱の間、足元から一直線に伸びるのは、床に敷かれた布。色褪せてはいるが、絨毯だ。間違いない。この空間は、誰かを迎える為の空間、王宮で言う謁見の間みたいなものだ。

 謁見の間ならば、その絨毯の先には“何か”がある。
 それは、人間とは限らない。この空間を生み出した人間達が祀っていた“何か”だ。

 灯りを上へと向ける。絨毯の先、空間の一番奥。突き当たった壁の上方を照らし出す様に。

 「ビンゴだ」

 光の下に浮き上がった、其れを見て、魔女は告げる。




 そこには、羽を広げた赤い凶鳥の紋章が、掲げられていた。












 登場人物紹介 その⑨

 ミレイ・アッシュフォード

 アッシュフォード学園の生徒会長。同時にアッシュフォード公爵家の令嬢でもあるが、学校でのはっちゃけぷりは、とてもそうは見えない。しかし一方で、夜会に参加する時などは完璧に隙なく振舞えるなど、彼女のスキルは非常に多方面に渡っており、才色兼備という言葉が似合う女性。

 勿論、学校での信頼も抜群。ルルーシュ自身も、個人的な人脈、という形で関係を持っており、何かと懇意にしている。唯一の欠点は、祖父ルーベンから受け継いだ浪費癖。アッシュフォードがKMF開発で巨万の富を得ていなかったら、きっと没落していただろう。

 その昔は、ルルーシュの婚約者だった。今でもルルーシュに対しては、普通に恋愛感情を抱いているらしいが、過去とは立場が違う為、表には出していないそうだ。




 用語解説


 エレイン → おまけの機体解説へどうぞ。


















 今回は、ルルーシュの超内政ターンでした。スザク(と小寺君)を特派に。純血派を味方に。ヴィレッタに調査を命じつつ証拠を集め、アッシュフォードに連絡を入れつつ、機体の修理にも着手。で、この後、本国に一時帰宅して、また仕事です。

 アーニャへの宿題は、みなさん、考えてみてください。普通にヒントは出ていますね。
 C.C.が発見した遺跡。これはズバリ「神根島」です。

 次回も、シュナイゼルとか、モニカとルキアーノとか、本国での仕事とか、色々の予定です。
 あと、御指摘があったミスは、逐一直して行きます。有難うございました。

 ではまた次回!

 (5月5日・更新)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑦
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/05/09 00:43
 『モニカ』が入室しました


 ・モニカ 「はい、こんばんわ。なんと今日は、私が一番です」

 ・モニカ 「アーニャは。……あれ、まだですか」

 ・モニカ 「…………」

 ・モニカ 「……………………」

 ・モニカ 「…………あのー。もしもーし?」

 ・モニカ 「…………」

 ・モニカ 「……………………」

 ・モニカ 「一人で呟いているのって、なんかアレですねー」

 ・モニカ 「えーと、それじゃあ誰か来るまで、私はぼーっとしてるので、来たら声、掛けてください」






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑦






 人型機動兵器が現実化する、という考えは、ほんの十年前までは夢物語だった。

 考えてみれば当然だが、手間暇が違う。二足歩行の機械兵を一から生み出す時間。従来の、例えば戦車や戦闘機といった兵器を改造して、大きな力を持つ戦略兵器を生みだす時間。どちらが短く簡単か、と言えば、それは後者に決まっている。

 開発され始めた当時と言えば、皇帝シャルルによるエリア支配が始まった頃。言い換えれば、戦争を吹っ掛け始めた時期だ。これは歴史学者が時折、語る事だが――――彼の存在が無かったならば、戦争による軍需産業の活性化は起こらず、KMFという新兵器が登場する事も無かった、と言われている。
 つまりそれだけ、KMFという兵器は、兵器の歴史や常識から見れば異端なのだ。

 何故、こんな兵器が生み出されたのだろう? と思わず、一度は誰でも考えてしまうくらいに。

 NightMare Frame(ナイトメアフレーム)。
 七年前の第二次太平洋戦争において、神聖ブリタニア帝国が初めて戦場に投入して以来、戦場を塗り替え、世界を席巻し続けている人型機動兵器。
 その名の由来は、『フレーム』と呼ばれる大型衛生重機と、『騎士の馬(ナイトメア)』と呼ばれる軍事兵器。この二つが組み合わさって出来た物だ。

 この内、『フレーム』を提唱し、実用化に漕ぎ着けたのが、アッシュフォード公爵家。
 元々、彼らの研究コンセプトは、民間用の大型工業機械だった。人間が操縦して扱う、労働力を補うためのロボットだ。その為、骨組みや筋肉、FCC(重心制御機能)を初めとする「機体を人間のように動かす技術」には、今尚も大きなアドバンテージを有している。
 機能に様々なバリエーションを持たせたKMFは、今や用途は軍事に留まらない。警察、工場、運送、各種調査、その他多くの現場で人間に活用されている。

 しかし、その一方で。

 『ナイトメア』と呼ばれる軍事兵器が、一体、誰に提唱されたのかを知る者。
 『ナイトメア』を兵器の概念として構想し、アッシュフォードとの提携によりKMFを世界に誕生させたのは……実はたった数人の人間達だった、という事実もまた、殆ど表に出ていなかった。




 「お邪魔します」

 と一声を懸けて、モニカ・クルシェフスキーは格納庫に入る。
 途端、騒がしい金属音と、何かの機械が動く駆動音が耳に響いて来た。相変わらず、KMFに携わる現場は騒がしい。電子音も引っ切り無しに鳴り響いている。けれども嫌いではなかった。
 こうして駆動音を耳にしていると、昔に戻った錯覚すらする。
 いや、特派の持つ空気自体が、自分の慣れ親しんだ空気に似ているからかもしれない。

 「……あら」

 そして大きく、感慨深く息を吸い込んだ所で、KMFの顔が、自分の頭の上に出ている事に気が付いた。格納庫に整備音が響いているのだから、機体が入っていて当然だ。

 KMFは小さくとも全長4メートル以上。当然、モニカが下から見上げる格好になる。置かれている場所が出入口に近く、接近しているせいで、全体像を見るのは、少し難しい。
 モニカに見えるのは、白い頭だけ。見慣れない形だ。好奇心を刺激されるが、機材も多くて視線が塞がれている。何処か、良い場所は無いだろうか。

 不審者の如く、きょろきょろ、と周囲を見回していると、声をかけられた。

 「……あ、もしや、モニカ」

 声の方向に振り替えると、機体近くに居た一人の女性が、歩いてくる所だった。
 橙の作業服に映える、短い黒い髪。雰囲気は穏やかな、けれども勝気で芯の強そうな印象。美少女と言うには大人びているし、美女と言うには若い。そんな人物だ。
 機体を弄っていたせいか、服の所々が汚れているが、間違いない。
 その顔に、驚きが浮かぶのを見て、駆け寄って。

 「エル……? わあ、久しぶり! 元気にしてた?」

 思わず、近寄って抱きしめる――――寸前に。身をひょい、と回避された。
 技術者の筈なのに、意外と素早い動きだった。

 「うん。元気だったけど。……ちょい危ないって。ラウンズの制服、汚れちゃうでしょ」

 モニカには、可愛い相手を見ると、つい思わず抱きしめるという困った癖がある。うっかりと制服を汚してしまうこともしばしばだ。
 目の前の相手は、その悪癖を十分に理解していた。

 「あ。そうね。どうしよ」

 「んー。……えーと、ちょっと待って?」

 御免、と軽く合図をして、彼女は近場の内線電話に手を伸ばす。
 電話の相手は、直ぐに出た。

 「あ、エルです主任。お客さんが来ました。モニカです。応対お願いしますね」

 実に軽い口調だ。特派内では階級が重視されない、と聞いたが、本当にここまでルーズで良いのだろうか。毎度のことながら、不安に感じてしまう。
 モニカは気にしないが、その態度で外に出ると、色々と不味いのではないだろうか。

 「あ、機体の調整作業ですか? ええ。あの新入り君が張り切っているお陰で、結構、順調です。――――あー、はい。分かりました」

 それじゃ、後で。と言葉を残して、彼女は電話を切る。

 「上、来て良いってさ。私も休憩して良い、って許可出たし、案内するよ」

 そう言って、働く大人のカッコイイ笑顔を、マリエル・ラビエは浮かべた。




 マリエル・ラビエ。

 特別派遣嚮導技術部の、整備責任者。
 “あの”レナルド・ラビエの娘にして、世界で最もKMFに詳しい人間の一人。
 そしてモニカ・クルシェフスキーの大事な友人だ。
 彼女への親愛の証として、エル、と呼んでいる。




 特派は、相変わらず、何かと変な部署だった。

 『あー。これはこれは、クルシェフスキー卿。如何いった御用で? 会う予定も無かったですよね?』

 『いえ。ルルーシュに頼まれた、機体状況の確認をしようと』

 『そうですかー。それじゃ、ミストレスの整備報告書だけ、後でセシル君がお渡しします。……あ、スイマセン、もう良いです? 僕、ランスロットの実験、行きたいんで』

 『……ええ。はい、どうぞ』

 応接室に通されて早々の、ロイド・アスプルンドとの適当な会話を思い出して、モニカは溜め息を吐く。

 全くあの主任。ナイトメア馬鹿だとは思ってはいたが、今日は普段以上に上の空だった。ルルーシュからの推薦で新しいデヴァイサーを入手した、とか言っていたが、よっぽど良い数字が出たらしい。
 これで自分だから良いものの、プライドの高い貴族なら腹を立てて怒りだす。絶対。

 肩にかかる疲労感を押し殺して、前を見る。
 格納庫には、見慣れない純白の機体が鎮座していた。

 「これが、第七世代ナイトメアフレーム、か……」

 案内された特派の応接間から、機体の全体像を眺める事が出来た。格納庫の、殆ど隣に造られた応接室は、片面がガラス張り。ハンガーで整備中の機体を、観察が可能になっている。
 応接室から格納庫の様子を伺える。これは、特派の客人には受けが良いらしい。だが。

 『専用の格納庫を各地に置く資金は無駄だよね。大型トラックの荷台を格納庫に改造して、キャンピングカーみたいに運用すれば良いんじゃない? 余った資金は研究に回せるし。現場に急行できるし』

 ……この発言を聞いた時、頭を抱えた物だ。何か違う。何が違うのかは上手く言えないが、兎に角、ズレている事は間違いない。
 移動式格納庫で、なんで十分な整備が可能になるんだ、とか。衣食住を一体どうやって賄うんだ、とか。幾らなんでも研究に全てをかけ過ぎだろう。
 この特派の人間は、腕も頭も確かだが、性格が酔狂すぎるのだ。まともな性格の持ち主など、副主任のセシル・クルーミーだけだ。
 気を取り直して、見慣れない機体を、今度こそじっくりと眺める。

 「……腕は、本当に良いんだけどね」

 本当に、技術者としては超一流だ。この特派という部署は。機体を眺めて、そうしみじみ思った。

 基本配色は白。その各所に黄色で装飾が施された、騎士を彷彿とさせる立ち姿。本来は頭部に収納されるファクトスフィアを胸部に持ってきたからか、従来よりも顔が小さく頭身のバランスが良い。より人型に近い、細身でシャープさがある。
 腕の部分が少し厚みを帯びているのは、防御シールドのブレイズルミナスだろう。よく見れば、シールドの邪魔にならないように、手の甲に小型ハーケンがあった。細部まで丁寧な仕上がりだ。腰元と合わせての四つのハーケン。これが、基本武装っぽい。
 心配なのは搭乗者だ。背中からデヴァイサー用のブロックが競り出ているが、ぱっと見、安全性が、凄く怪しい。明らかに通常規格と違うのだ。

 「……アレ、脱出装置、あるの?」

 「いや、ないよ」

 室内に来ていたエルに、尋ねてみる。モニカが来た事で、彼女は作業を一段落させていた。
 気心知れた相手の為か、態度が大雑把だ。作業服の上着を腰に巻き付けた、薄手のシャツという楽な格好。下に着ていたのだろう。自分よりも豊かな胸部装甲が、目立って競り出ている。

 「機体性能を追求して、予定されていたスペックを引き出せるように調整すると、脱出装置を搭載出来なくなったの」

 とろとろとろ、と応接室に設置されていたメーカーからコーヒーを注ぐ。
 徹夜に備えた濃いコーヒーは、数少ない特派の消耗品だ。彼女は、真っ黒な液体を一口飲んで。

 「父さんの図面を、主任が読んで、私が調整。材料確保だの作業効率だの計画だの、面倒な事はセシルさん任せだったんだけどね。図面通りに引けば、図面通りの出力が出る、って事で完璧を追求したら――――なんか、乗員に全く優しくない機体が出来ちゃった」

 できちゃった、とお茶目に言ったが、正直、軽い口調で言われても困る内容だった。
 無用の長物になってしまっては、困るのではないだろうか。

 「……運用できるの?」

 「出来るよ? 大幅な軽量に成功したから、運動性が高いし、フロートシステムを搭載すれば飛行も可能だし。武装は少ないけど汎用武器は後付けできる。ただ、やっぱり防御力には難があるかな。それで脱出装置が付いてないから、不測の事態が有れば死ねる。だから、まあ……よっぽどの人じゃないと、乗ろうとはしない。図面には、『当たらなければどうという事は無い!』って、大文字で書いてあったけどね」

 モニカの隣に並んで、コーヒーを片手に、そんな事を言う。

 「で、実際、図面の通りに造ったら、まんまの機体になった。父さんらしいと言えば父さんらしいけど」

 ……その、当たらなければどうたら、という有名そうな言葉は、一体、どこの誰が言った言葉なのか、モニカは知らない。
 が、ともあれ。一応、人を異常に選ぶ機体、という認識は彼女も持っていたようだ。

 「ふーん」

 取りあえず、そう頷いておく。

 しかし白い奴は、レナルド博士が図面を引いた機体なのか。ならばベティウェアやミストレス、エレインとは、兄弟機と言う事になる。

 そこが、レナルド・ラビエの凄い所だ。
 全くコンセプトの違うKMFを、実現が可能な範囲で構想する。防御。機動。射撃。運動。そのどれもが、特化させるにも多大な労力を必要とするというのに、博士は、形にしてのけた。
 彼以上に死を惜しまれる人材は、中々、いないだろう。

 「父さんの遺産を、主任が読みこんで、皆でアレンジしたんだけど。――――実はここだけの話、例の秘密システムも搭載してる」

 その“例の秘密システム”という物に、モニカは心当たりがあった。
 前々からマリエルが研究していた、『視覚に特殊な刺激を与え、肉体の情報処理を早めるシステム』だ。確かこちらも、彼女が父の研究を受け継いだのだったか。

 「強化パワードスーツに搭載する予定だった、ナイトメア・システム、だっけ?」

 「そう。システムの発想自体は褒められたけどね。肝心のスーツのセンスがちょっと、ってシュナイゼル殿下に言われて、で、ランスに搭載する事になった」

 「ランス……」

 彼女が、あれだよ、と指差した先に有るのは、白いKMFだ。

 「特派の最新KMF・ランスロット。略してランスって呼んでる。『円卓の騎士』に因んだ、暫定最強機だよ、数字の上で言えば」

 「……へえ」

 暫定とはいえ、最強、ね。それは少し、ラウンズの自分にとっては面白くない。
 自分が最強と語るつもりはないが、愛機の性能も、自分の技量も相当だ。今までラウンズとしてやってきた、矜持と自負がある。
 モニカの対抗心に、気が付いたのだろう。マリエルは、小さく笑って、まあまあ、と肩を叩いた。

 「そう怒んないでって。デヴァイサーまで強さだと考えるなら、最強には程遠いよ。そもそも、実戦もまだだから」

 「……そうなの?」

 「そう。ピーキーな操縦性、安全性の不安、更にはナイトメア・システムとの適応性。こんなに条件が重なっちゃ、乗り手はいない。一応、シュナイゼル殿下と一緒に行動してた時、目ぼしい騎士には試験を受けて貰ったけどね。乗りたい騎士も、主任を満足させられる数字を出せた人も、いなかった」

 研究に全てを捧げた特派だ。馬鹿と紙一重な連中しかいないが、反面、妥協はしない。
 どんなに著名な騎士だろうと、権力者だろうと、実験結果に満足がいかない限り、断っていた。

 「で、つい先日。ついに全てに合致する兵士が見つかったんだ。通常稼働率は、何と脅威の94%。お陰で主任はご機嫌。食事も睡眠も最低限で、ずーっと実験してる」

 94パーセント。それは凄い。かなり本気で感心する。機体性能がどれ程かは知らないが、特派の機体で其れだけの数字を叩きだせるのならば、それこそ騎士候には十分だろう。
 しかし、ずっと実験なのか。体は大丈夫なのか、と訊ねようとして、今更だったと考え直す。

 「で、どんな人なの? そのデヴァイサー」

 「エリア11出身の名誉ブリタニア人兵士。ルルーシュさんの推薦で送られてきた男の子だよ」

 「あ、名誉なんだ。……そう」

 それは、また。厄介な事に繋がりそうだ。

 別にナンバーズに偏見は持っていない。ラウンズとして各地の戦場を巡っていれば、そんな思いは些細だと学びとれる。そもそも実力が全ての世界だ。その名誉ブリタニア人兵士が、誰よりも上手くランスロットを操れるのならば、それは凄い事なのだ。

 モニカ自身、親の世代からの移民だった。幸いにも、親がブリタニア国籍を取得し、かなりの名声を得たから直接的な難は逃れていた。だが、ロシア系民族と言う事もあって、子供の頃は色々と苦労した物だ。
 騎士という立場になる決心をしなければ、今、何処でどうなっていたか、分からない。

 「一通りの調整が終わったら、エリア11で実験的に、戦場に投入しようと思ってるんだ。データ収集も兼ねてね。デヴァイサーの問題があるから難しいけど、何かあったらモニカも後押しして欲しいかも」

 「……まあ、考えておくよ。で、その秘蔵っ子の名前は?」

 モニカの質問に、マリエルは自慢げに返す。

 「枢木スザク」

 「……スザク、ね」

 変わった名前だ、と言うのが、第一印象だった。




     ●




 『あにゃ』が入室しました。




 ・あにゃ 「……モニカだけ?」

 ・モニカ 「…………」

 ・あにゃ 「モニカ?」

 ・モニカ 「……ふあ? ……あ、やっと来てくれました。うっかり眠っちゃいそうでしたよ」

 ・あにゃ 「他の、皆は?」

 ・モニカ 「なんか今日は遅れてます。会議までは時間がありますけど。普段はもっと、賑やかなんですがねー。一気にバタバタ、来るかも知れません」

 ・あにゃ 「うん」

 ・モニカ 「アーニャは、今日は何をしてましたか? 政庁には居ませんでしたよね?」

 ・あにゃ 「ジェレミア達と一緒。……教導? 模擬戦、とか」

 ・モニカ 「そう。どうでした?」

 ・あにゃ 「……楽しかった」




 『吸血鬼』が入室しました。

 『魔 王』が入室しました。




 ・モニカ 「あ、どうもです」

 ・魔 王 「ああ。済まないな、馬鹿の相手をしていて遅れた」

 ・あにゃ 「……何時もの事?」

 ・モニカ 「ルルーシュ。お手数、おかけします」

 ・吸血鬼 「おいおい、お前らやっぱりいきなり酷くないか?」

 ・魔 王 「そうか。じゃあ、さっきまでのお前の所業を話してやろう」

 ・吸血鬼 「え、おい」




     ●




 下部デッキに入ると、ざくりざくり、と肉を裂く音が聞こえてきた。
 同時に届くのは、耳に残る哄笑。慇懃無礼、と言う表現がよく似合う、丁寧だが神経に触る声だ。

 「ああ、実に良い色だ」

 陶酔にも似た、熱い吐息が聞こえてくる。正直、男のそんな声を聞いても、寒気と鳥肌が奔るだけだ。気持ち悪い。
 明らかに愉悦を感じながら、その声は何かの作業をしているらしい。相変わらずだな、と思いつつ床に視線を向けると、赤色が広がっている。細かな肉片。脂。小さく見える白い物は骨か。

 空間の中には、二つの物が有った。
 片方は人間。もう片方は死体。

 死体から流れ出た、既に赤色を失いつつある血は、床に滴り落ち、波紋を広げている。
 肉が切断される音が響く度、台の上の塊は奮える。とうに命は失っている所を見るに、きっと刃を入れられた反射だろう。表面に走った斬り跡から流れる血は既に少ない。

 第二皇子シュナイゼル保有の浮遊戦艦アヴァロン。
 KMF格納庫に隣接したこの空間で、見るも無残な解体ショーが行われていた。

 「悲鳴が無いのが、残念ですがねえ……」

 台の上の生贄へと、縦横無尽に刃を奮う男がいる。橙に染めた髪。悪目立ちする薄化粧。《吸血鬼》の異名を持つ、被弾率と敵機撃墜数で両トップの記録を持つ、帝国最強の一角に位置する騎士。
 ナイト・オブ・テン。
 ルキアーノ・ブラッドリー。
 くくくく、という気味の悪い笑い声と共に、彼は器用にくるくると刃を回し、踊る様にナイフを操る。
 美しい、とまで言える刃物裁きだ。熟練の、長年に渡って、自分の手の様に扱い続けなければ取得出来ない技術。華麗な、そして凄絶な動きに、もはや生贄の形は原型を留めていなかった。

 「ご満悦だな」

 近寄って、声をかける。いきなりナイフが(比喩ではなく)飛んでくる事もあるので注意が必要だ。幸いにも今回は、刃が飛んでくる事は無かった。
 呆れた様なルルーシュの声に、吸血鬼は生贄から顔を上げる。

 「おや、ルルーシュ。……どうです? 見事に裁けたでしょう?」

 そう言って、解体した対象を、自慢げに見せて来る。
 美しさすら感じられる断面図に、ルルーシュは。

 「ああ。そうだな」

 確かに、見事に裁けているよ、と頷いて、指示を出す。




 「さっさと食糧庫まで運んでおけ。魚は鮮度が命なんだ」




 巨大なマグロが、其処にはあった。
 全長三メートル近い超巨大マグロは、既に綺麗にブロック状に切り分けられている。

 一時、刃物を自由に振れて満足したのか、思いのほかすっきりした表情でルキアーノは懐に刃を仕舞う。その際、近くに置かれていた汚れた布切れで、しっかり身を拭うのも忘れない。
 ナイフを仕舞うと、途端に雰囲気も軽くなった。
 この男。自分の中の狂気を、ナイフやKMFで制御しているのである。

 「この光景を見て、俺への言葉はそれだけかよ」

 「ああ。立派な魚を釣り上げたな。凄い凄い。褒めてやる」

 「棒読みで言われても嬉しくねえよ」

 そう言いつつも、切り分けた魚を、丁寧に氷を敷き詰めた発泡スチロールの箱に納めて行く。
 この魚は、きっと明日、本国の港に運ばれ、誰か家の食卓に並ぶのだ。

 「んじゃ、食料貯蔵庫はぐるっと回って反対側だったな?」

 中身が切り身と氷で一杯の発泡スチロール箱を肩に担ぎ、楽々と部屋を出て行く。
 ルルーシュが持ち運べない程には重そうだったが、そこは体育会系。平然と歩いていってしまった。

 (……鉢巻きを締めて、前掛けを着て、魚屋の店先に立っていても、意外と似合うんじゃないか?)

 そんな風に、ルルーシュは思う。




 ルキアーノ・ブラッドリー。
 趣味は、魚釣りである。




 話せば、長くなる。

 ラウンズは世界各国を飛び回る。飛び回った先々で戦闘行動を行い、相手に降伏寸前まで大きなダメージを与え、功労者として本国に帰って来る。派遣先は皇帝の意向だ。
 例えば、第九席のノネット・エニアグラム。彼女は基本的に本国に居る事が多い。しかし「今からお前は南極に飛べ」と言われれば、素直に頷いて、いそいそと輸送機に愛機ケイと共に乗り込むしかない。

 勿論、そんな事は滅多に無い。時間の割り当てや他任務との折衝は、ビスマルクやベアトリスが気を利かせてやってくれている。同様に「戦場を転々とする」「今日も明日も別の場所で戦争だ」と言う事も、実はそう多くは無い。
 投入される戦場は過酷だが、ラウンズの誰もが、その戦場を切り抜ける事が出来る実力者だった。

 しかし、そんなラウンズでも苦労する問題がある。
 「戦場から本国」への移動。これはまだ良い。行きは準備が、帰りは休息があるからだ。思いのほか時間はあっさりと経過する。しかしそれ以外。護衛任務を初めとする、戦い以外での移動。これが辛い。

 平たく言えば、“凄く暇”なのだ。
 故にラウンズは各々、輸送機の上で暇潰しになる趣味を持っている。長々と説明したが、ルキアーノの釣りも、そんな趣味の一つだった。

 因みに、本人の言質を取れば『俺は「魚釣り」が好きなんじゃなくて、「魚を釣って、好き勝手に捌く」事が好きなんだよ』――――だそうだ。

 より手応えある大物を求めている内に、自分で釣るには獲物の大きさ的に満足できなくなった。その結果、KMFで釣りに出かけ、キロ数百はある超大物を釣っては捌く、を繰り返す羽目になる。
 想像してみて欲しい。戦場で多大な成果を上げるナイトメアフレームが、海上すれすれに飛ぶ航空艦から特注の釣竿を垂らし、見事なマグロやカツオを一本釣りしている光景を。

 そうじゃないだろ、と言いたくなる。シュールとか、そんな表現を通り越して言葉を失う光景だ。
 何時だったか、鯨が針に懸かって引っ張られ、飛行機から脱落し、そのまま水没して死にかけた、という言葉を聞いた時は、もう言葉も無かった。

 懐かしい話を思い出していると、ルキアーノが帰って来る。

 「さて、どうすっかな。流石にこれ以上、魚捌いても置き場所ねえし。ルルーシュ、暇潰しの良い案無いか?」

 「お前が処理すべき仕事ならあるが?」

 「げ、藪蛇かよ」

 一応、ルキアーノの名誉の為に言っておけば。
 この騎士の腕は、本当に物凄い。こんな人格破綻者がラウンズに居座り、今も行動出来るのは、確固たる実力があるからだ。
 ラウンズの中で、誰が最も短時間に大量の敵を倒せるか、と言う部分で競い合えば、ルキアーノの右に出る者はいない。被弾率や損耗率も高いが、稼いだ撃墜数と言う点で言えば、多分、他のラウンズと桁が違っているだろう。……いや、雑魚処理専門、という訳ではない。ちゃんと敵将も討取っている。

 「そもそも俺は、その為にお前を呼びに来たんだ。少しは真面目にやれ」

 「へいへい。……全く、どいつもこいつも、俺のお目付け、御苦労なこって」

 「ルキアーノ」

 「分かってるって。そう怒るな」

 軽く肩を竦めてルキアーノは、身を翻す。
 自室へ向かうその足取りは軽かったが――――ルルーシュの指摘に、何かを感じたのだろうか。

 「俺の業とはいえ、難儀なもんだ」

 彼は小さく、そう呟いた。




     ●




 ・魔 王 「と、まあそう言う事があってな。つい先ほどまで、書類の後始末に追われていた」

 ・モニカ 「ご苦労様です」

 ・あにゃ 「ごくろうさま」

 ・魔 王 「ああ。……そうだ。エリア11の方は?」

 ・あにゃ 「別に、大きな変化は無い」

 ・モニカ 「シンジュクでの事件から、昨日の今日ですからねー。あ、そうそう。ルルーシュのミストレスの方は、特派に確認しておきました。セシルさんが整備の手配をしてるので、帰ってきたら治ってると思います。報告書、送りますね」




 『開拓者』が入室しました。




 ・開拓者 「よ。皆、元気そうだな」

 ・あにゃ 「こんばんは。……こんにちは?」

 ・吸血鬼 「お早うで良いんじゃないか?」

 ・モニカ 「相変わらず北ですしね、ジノ」

 ・魔 王 「そうか。……ああ、まあな。ジノ、お前は?」

 ・開拓者 「問題は無いな。――――仕事も一段落付いたし、近いうちに本国に戻れそうだ」




 『虎殺し』が入室しました。




 ・虎殺し 「そうか。其れは良いな。……そうだジノ。折角だから、お前も士官学校の講師をしないか? 私一人だと、数も多くて、少し面倒だ。……臨時雇いでも良い収入になるぞ?」

 ・開拓者 「あ、エニアグラム卿。謹んで遠慮しとく。――元帥のお膝元に行くのは少しな。それにほら、俺は空軍系だ」

 ・虎殺し 「そーか。じゃあ仕方ない。ルキアーノ、お前は?」

 ・吸血鬼 「全力で嫌だね。トラウマ再発するってえの」

 ・モニカ 「そもそも、ルキアーノは教鞭取るキャラじゃないですしね。あ、私は良いですよ?」

 ・虎殺し 「モニカは去年もやってくれたからな。いっそ、ヴァルトシュタイン卿が顔を出してくれると面白いんだが」

 ・あにゃ 「ノネット、……遊んでない?」

 ・魔 王 「いや、その反応も違くないか?」




 『ONE』が入室しました。




 ・ONE 「ふ、済まないが、エニアグラム卿。其れは難しい注文だな」

 ・虎殺し 「おや。……失礼。聞かれていましたか」

 ・ONE 「気にしなくて良い。分かっている」

 ・魔 王 「ヴァルトシュタイン卿が参加出来るとは、珍しいですね」

 ・あにゃ 「何かあったの?」

 ・ONE 「ああ。C.C.から連絡があった。――――これから少し、詳しい話をしたいそうだ」

 ・モニカ 「詳しい話、ですか」

 ・開拓者 「この時期に、話題ってえと」

 ・吸血鬼 「例の、アレ、かね?」




 『泥っち』が入室しました。




 ・泥っち 「済まない、と。……なんだ、皆、今来たばかりなのか。ここ数分での入室時間が異常だな」

 ・モニカ 「そう言う事もありますよ。シンクロニシティ、ってやつです」

 ・あにゃ 「……そうなの? ルルーシュ」

 ・魔 王 「アーニャ。俺に訊くのは良いが、まず自分で調べて考える、と言う事を実行しよう」

 ・開拓者 「お、ルルーシュには珍しいセリフだな」

 ・吸血鬼 「こりゃ、近くシスコンっぷりも改善されるかねえ?」

 ・ONE 「さて、どうであろうな。――さて皆、いい加減、真面目になろう。軽い話題でもなさそうなのでな」




 『C×C』が入室しました。




 ・C×C 「その通りだよ、ビスマルク。――――真剣に行くぞ」




     ●




 そう、真剣な話だ。
 全員の視線が向いている事を確認して、魔女は愛機の中で大きく息を吐いた。
 気を引き締めて、切り出す。

 「まず初めに。砂漠地下に存在が予測されていた『施設』を発見した。『遺跡』も一緒だ」

 その小さな一言で、全員の態度が変わる。無表情になる者、殺気立つ者、乾いた笑みを口に浮かべる者。
 表情こそ違うが、集った全員が。それこそ、ルルーシュやアーニャすらも、紛れもない敵意を宿している。魔女だって同じだ。ラウンズで、“彼ら”を敵と定めない者はいない。

 「ご丁寧な事に、凶鳥――――羽ばたく鳥の紋章付きだ。紛れもない支部の一つだったんだろう」

 魔女が一回、皮肉気に笑うと、皆から質問が飛ぶ。

 「扉は?」

 これはビスマルク。

 「見つけた。封鎖されていたが、周囲の安全を確認した上で、解放作業に向かう予定だ」

 「……残党は?」

 これはモニカ。

 「そちらは無し。残念な事にな。痕跡はあったが、実験体、研究員、信徒、幹部。勿論トップもだ。全員、影も形もない。もぬけの空だった」

 「脱出経路は」

 これはルルーシュ。

 「探査中だ。だが、歩道ではなく、地下列車の線路くらいは覚悟しているよ」

 「……手詰まり?」

 「それが、そうとも言い切れない。――――話したいのは、それだ」

 最後の、アーニャの質問に、アクセントを置いて返す。

 「現在の世界情勢を見るに、連中が何処に逃げたかを想像するのは、難しくない」

 世界地図を持ち出すまでもない。
 南北の新大陸は、ブリタニアの支配下。オセアニア、アジア・ロシア・ヨーロッパの一部、太平洋の小国はエリアとして確立されている。
 ブリタニアの影響を受けずとも何とかなる国家など、ユーラシア大陸内陸部だけだ。しかも、エリア18によってアラビア半島は動乱の最中。アフリカは国力が低い。ヨーロッパとの国境は一触即発の状態。
 となると。
 連中が行きそうな場所は、一ヶ所――――いや、一国しか無い。

 「中華連邦、だな?」

 代表して答えたルルーシュに、頷く。

 「そうだ。……だが、中を調べた結果、どうもそれだけじゃあない。分裂している可能性がある」

 「分裂、だと?」

 長い間存在する大規模組織では特に珍しい事ではない。
 当初の理念を失って暴走する。末端部に管理が行き届かなくなる。意見の対立から中互いが発生する。反目が離反に繋がる。そして、組織が分裂する。
 神聖ブリタニア帝国も、その法則からは逃れられないだろう。事実、エリアでは腐敗が進んでいる。

 「……良い事、じゃない、ね」

 アーニャの言葉に、肯定で返す。

 「ああ。むしろ厄介だ。……まだ全てではないが、居住区画を見つけてな。その部屋の使用跡が、明らかに差があり過ぎる」

 「待て待て、そう論理展開を飛ばさずに、俺に分かるように説明してくれ」

 簡潔に、という吸血鬼の言葉に、静かに頷いて、魔女は告げる。

 「つまりだ。居住区画は、ブロックで構成されていた。アパルトメントみたいに、幾つかの部屋が寄り集まって棟を形成していた訳だ。これは分かるな?」

 しかし、と魔女は言う。

 「使われた部屋と使われなかった部屋がある。これは良い。中には空き部屋もあるだろうさ。だが――――棟の使用状況が作為的に過ぎる。明らかに幾つかの派閥に分裂して、派閥ごとにブロックを占拠していた様子が、見受けられるんだ」

 「……人数差は」

 「それはまだ調査中だ。だが、本来の『組織』の流れをくむ大規模グループ。其処から離反した小さなグループが、幾つか、だと思われるな」

 「……纏めようか。アラビア半島地下の『組織』の支部は、既にもぬけの殻。しかし内部分裂が発生しており、複数に分かれた可能性は否定できない。――――さっきの流れから推測すれば、その大規模グループは、中華に行っているらしい、か」

 ノネットの口調に、全員が黙る。

 「……なら問題は、別れた連中か」

 「そうだ」

 「今迄存在したバックアップが無い。つまり、長い時間は行動出来ない。迅速に動きだす必要があるという事だ。……ならば、そいつらは何処を目指し、行動するか? 幸いにも、集団の規模が小さければ発見はされにくい」

 「ああ。理解が早くて助かるよ、ルルーシュ」

 傍から見ていれば、詳細が全く見えない会話だが、ラウンズ達は皆、十分に把握していた。
 彼らは皆、事前知識があるし、追っている連中の正体も知っている。何より、ラウンズは皆が皆、語るも悲惨な被害を一度、奴らに受けているのだ。
 全員の目的が一致し、揃っている時、その集団は恐ろしい程の力を発揮する。今もそうだった。

 「要するに、だ。今現在、ブリタニアと対立している地域に、別れた“奴ら”のグループがやって来る可能性があるんだな? その少数制を利用して、再度、エリアに潜り込む事も、有り得るか」

 「そう。確かに今までも警戒していたが、今まで以上に危険度は上がるだろう。だから、この場の全員に忠告をしておく。――――向こうも再度、体勢を立て直しつつあるのは間違いない。それも、かなり本気でな」

 最年長の魔女は、画面に映る八人に向けて、告げる。

 「『教団』の影に、くれぐれも気を付けろ。油断していると、何時かの再来になりかねんぞ」




     ●




 トウキョウ某所。
 煌びやかな租界の電光も、この遠く離れた山奥までは届かない。

 嘗ては山中と言えども、最低限の街灯が置かれ、微小とはいえ灯りを提供していた。だが、もはや過去の話だ。ブリタニア侵攻と共に、日本人の持っていた光は失われたと言っても良い。

 そんな事を思いながら、紅月直人は時計を確認する。
 昔から持っていた電波時計だ。蛍光機能も付いていて、失くしたら、このご時世、きっと入手に苦労する一品だった。

 時間を確認して、携帯電話を手に取った。
 途端に、タイミング良くマナーモードの携帯が振れる。余りのタイミングの良さに、何処かで自分を監視しているのではないかと、思ってしまうほどだった。

 「……紅月だ」

 『私だ』

 「――――ああ」

 名乗った途端に、声が聞こえてくる。変声期を通している為か、不明瞭な声色。性別は愚か、性格、年齢といった全ての個人情報が、想像できない。
 分かるのは、断固たる口調の中にある、確固たる意志だ。

 『シンジュクでは、上手く出来たようだな』

 「……それについては感謝している。アンタが、俺の計画に合わせて住民を避難させてくれなければ、一般人への被害は段違いに多かっただろう」

 地下基盤を破壊することでの地盤沈下。あの作戦を計画し、実行したのは直人だ。だが、ゲットーの住民を巧みに誘導し、ほぼ全員を避難させたのは、この電話の向こうに居る男だった。
 幾らゲットー内への興味を持っているブリタニアの人間が少ないとはいえ、どうやったのか、正直、見当もつかない。

 「……それで、今度は何の用だ」

 『紅月直人。お前のその戦略眼を、欲しがっている者が居ると言ったら、どうする』

 「何……?」

 『まだ検討中だが、君の手腕と才覚を、スカウトしたがっている者が居る、と言う事だ』

 「……見ず知らずの相手を、信じる程、俺は甘くないな」

 呆れて、苦笑いが出てしまった。
 そもそも、この男からの連絡も、余りにも唐突な物だった。
 抵抗活動をしている最中、突然に携帯電話に割り込み、余計なお節介(結果として、非常に助かったが)をしていった。そんな奴だったから、ゲットーでの行動も半信半疑だったのだ。

 『避難誘導の完遂、だけでは不満か』

 「そうじゃない。あんたの手腕が優れている事は認めよう。だがブリタニアの罠の可能性もある。とてもじゃないが、信じるには足りない」

 そもそも、直人は向こうの名前すらも聞いていないのだ。外見から何から、全てが不明な相手を、どうやって信じろという。例え結果が出ていようとも、とてもではないが受け入れる気は無い。
 直人一人ならば良い。だが、彼の背後には。彼を信じる仲間がいるのだ。

 『……成る程、ならば一つ、お前に情報を教えてやろう。信じる、信じないは、お前の自由だ』

 不敵、としか表現が出来ない笑いと共に、彼は告げる。




 『お前の戦略眼を欲しているのは、藤堂鏡志朗だ』




 「……!」

 その名を知らない日本人はいない。七年前の戦争で、唯一ブリタニア軍を退けた無敗の名将。
 激戦区厳島から部下と生還した、「厳島の奇蹟」を引き起こした旧日本帝国陸軍の侍。ブリタニアからも、「将軍と騎士の器を持つ者」と高い評価を受ける人物だ。

 「……冗談がきついな。寝言も、大概にして貰えないか」

 『君がどう思うかは勝手だ。――――ではな』

 着信と同じくらい唐突に、通話は切れる。

 それきり、辺りには沈黙が落ちた。草木も寝静まる様な時間だ。巡回のブリタニア駐留軍も、自分のいる位置までは回ってこない。
 知らず知らずの内に、直人は携帯を強く握りしめていた。

 (……くそ)

 何か、嫌な感じだ。利用されているような。それでいて、その相手の手腕に頼らざるをえないような、そんな感覚がある。言葉では言えない不安があった。
 地道な活動を続けていても結果は無い。だが大きな活動も、未来を切り開くには難しいだろう。
 人間は誰しも、希望に縋りたくなる。そして縋った先が希望とは限らない。絶望を掴んで破滅した同胞を、直人は今まで、数多く聞いてきた。




 抵抗勢力である――――テロリストと扱われる自分達の未来が、どうなるのか。

 仲間内からは絶大な信頼を受ける紅月直人にも、見通しは全く立たない。

 猛毒が潜んでいそうな、先の携帯電話が、酷く魅力的だった。











 登場人物紹介 その⑩


 マリエル・ラビエ

 特別派遣嚮導技術部の整備主任。ロイドの部下。
 第七世代KMF“ランスロット”の整備を行う女性。美少女と美女の中間くらい。面倒見が良くて芯が強い女性だが、時々、大事な事を伝え忘れる天然属性も持っている。
 実はすでに大学院博士課程を修了した天才。世界で最もKMFに精通した一人とも言われており、ランスロットの設計者、故マリエル・ラビエ博士は父親である。

 七年前の父の死後以降、親交のあったロイド、セシルの進めもあって特派に所属。現在は、父親の遺産管理をしつつ、特派と協力しながら、残された図面から優れたKMFを生みだしているようだ。
 また当時未完成だった技術を完成させてもいる。このうちの一つ“ナイトメア・システム”は、ランスロットに搭載された、『視神経に特殊な信号を送り、肉体の反応を大きく向上させる装置』である。

 ラウンズ十二席のモニカとは親友であるようだが、その背景は不明。
 親しくなった相手には、愛称でエルと呼ばせている。


 (補足)


 漫画『反抗のスザク』に登場の女性。
 ランスロット仮面の開発者の一人、といえば分かりやすいと思う。
















 中継ぎ、かと思ったら、ちょっとだけ“倒すべき敵”の影が登場しました。『嚮団』ではなく『教団』です。誤字では有りませんよ。

 そして、今回の副題「ラウンズの愉快な皆さん」ですが、意外と各所に大事な情報と伏線が隠れています。もしよかったら、探して考えてみてください。
 例えば、皆のルキアーノへの扱いが微妙に悪かったりするのも、実は結構大事な伏線です。

 次回は、本国でのルルーシュの話。
 きっと、色々驚くと思いますので、御期待下さい。

 短くとも、率直な感想をくれると嬉しいです。

 ではまた次回!

 (5月9日・投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑧(上)
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/05/11 23:41
 「最近の世界情勢はどこも不安定でね。いつ、身内に危害が及ぶかを考えただけで、私はひやひやしているよ、ルルーシュ」

 カタリ、と白の城塞が前に出た。
 放っておけば、八手目に騎士を奪われるだろう。

 「世界の混乱を生みだす、まさに元凶たる一人、の言葉とは思えませんね。宰相閣下」

 序盤から不動だった歩兵を、二つ前に。
 城塞の進路を邪魔し、次いで此方の安全圏を確保する。

 「いや、私は自分の身の安全は確保しているつもりだよ。危険が高い仕事には、皇帝陛下はラウンズという護衛も付けてくださるしね。――――私が心配しているのはね、ルルーシュ、君だ」

 すぐさま、相手の僧侶が盤面中心まで斜めに進む。
 上手い手だ。歩兵を一駒失うのは避けられまい。

 「……心配ですか?」

 こちらも、僧侶を動かした。
 女王を牽制しながら、騎士と城塞に狙いを定める。

 「勿論。戦場では何時、誰が、何処で死ぬのかも分からない。唯でさえ皇位継承争いは熾烈なんだ。腹違いとはい」

 タン! と、机が鳴った。ルルーシュが、シュナイゼルの言葉を封じるように、机を叩いたのだ。
 しかし、白の女王は悠然と動く。殆ど捨て駒も同然の動きだった。

 「シュナイゼル殿下。――――その話は、無しです」

 その女王を、取らない。
 代わりに、黒の王を動かす。

 「私に、父はいません。そうでしょう?」

 相手も又、不利になった黒の王を攻めず、素直に女王を戻す。謝罪のつもりなのだろう。

 「そうだったね。だけど、忘れないでくれ、ルルーシュ。私もコウも、ユフィもクロヴィスも。……皇帝陛下も、君達家族の事は、大事に思っているんだという事をね」

 「……それは、承知しています」

 僅かに考え、危険を承知で城塞を横に。相手が相手だ。この先、戦況の膠着は免れまい。
 シュナイゼルもまた、長考に移行しつつあった。

 「しかし、時の流れも速い。……あの子が消えて、もう八年になる」

 「ええ。……ですが私は――――諦めません。決して」

 互いに、盤上の駒を動かして行く。
 徐々に、相手の手に落ちる駒が増えてきた。
 油断をすれば、たちまち王は敵の手に落ちるだろう。

 「世界を壊してでも、目指すと、……あの時、決めましたから」

 「そうだね。――――頑張る事だ、ルルーシュ。応援しているよ」

 微笑んで、彼は静かに女王を動かす。

 「さて、これでチェックメイトだ」

 「…………」

 今回もまた、ルルーシュの敗北。
 占めて、298回目の敗北だった。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑧(上)






 帝都ペンドラゴン・ダレス国際空港。

 ルルーシュ達一行は、VIP専用通路を歩いていた。
 航空艦から直通で入れる、外からの接触は一切が不可能、警備も護衛も万全の、皇族御用達のVIP専門通路だ。この短い距離すらも歩きたくない“お偉いさん”の為に、空港移動用の小型車まで用意されていたりする。

 『偶には自分の足で歩くのも悪くは無いよ』と告げ、シュナイゼルは、徒歩での移動を選んだ。ルルーシュとルキアーノ。そしてシュナイゼルの騎士であるカノン・マルディーニをお供に進んでいく。

 話すべき内容は、移動中に散々語ったからか。特に会話は無い。カノンが、ルキアーノを注意深く伺っているくらいだ。

 「……あー。すまんがマルディーニ卿。前を歩いて貰って良いか?」

 「あら、良いわよ?」

 その視線に、なんか嫌な物を感じたのか、ルキアーノは列の最後尾に並び替えた。
 シュナイゼルの騎士である彼は、――――彼、の表現通り、性別は(多分)男なのだが、微妙に女っ気が有る。男色家ではないらしいが、性別に関係なく、男女の両方を愛せるタイプの人間なのだろう。
 まあ、そういうのは人それぞれだから、それに何かを言いはしない。深く考えると、色々と魔女に、必要以上にからかわれる。色事めいた話は、ルルーシュの数少ない弱点だった。

 「ルルーシュ。俺はこの後、どうなるんだっけ?」

 「……お前は殿下と一緒に王宮だ。その後は、ヴァルトシュタイン卿から指示を仰げ」

 「あー。お前は?」

 「聞きたいのか? 細かいぞ?」

 そう返すと、止めとく、と短く言ってルキアーノは黙ってしまった。其れが賢明だろう。戦いには類希なるセンスを発揮する吸血鬼だが、頭脳方面はさっぱりだ。自覚があるのが幸いか。

 そのまま歩いて、五分ほど経過しただろうか。
 辿りついた先には二台の車が止まっていた。空港内部に、そのまま車を乗り入れているのだ。外気に一切触れる必要のない構造を取っており、乗りこめば、そのまま空港外に出られる。

 「ではルルーシュ。また会議で会おう」

 先んじて運転手達を確認し、安全を確かめて扉を開けたカノンの前で、帝国宰相は軽く笑いかけた。
 宰相としての仮面の笑顔では無い。微かでは有るが、感情の色が見えた笑い、だったと思う。

 「……お気をつけて」

 ルルーシュは、敢えて無表情を装って、それを見送った。




 神聖ブリタニア帝国には、大西洋に面して、二つの巨大都市が存在する。

 帝都ペンドラゴン。
 首都ネオウェルズ。

 皇帝が住むブリタニア宮殿。皇妃が住む黄道十二離宮。ラウンズの住むイルバル宮や、大貴族の本家まで。国家の最重要人物が集う、帝国で最も重要な都・ペンドラゴン。
 これに対して、証券取引所を初め、大企業の本拠地が置かれる、いわばブリタニアという国家を動かす都市がネオウェルズだ。元老院議会や各国の大使館も、この地に置かれている。

 どちらの方が重要か、と一概に言う事は出来ない。どちらも大事だ。
 しかし、今のルルーシュにとっては、ペンドラゴンが目的地だった。

 「……少し、電話をかけます」

 ペンドラゴンに向けて走る車の助手席から、運転席に声をかけ、ルルーシュは携帯を取り出した。数日前から仕事ばかりだが、不平不満は言わない。もう慣れている。

 そもそも。ラウンズという立場の中で、しっかりと事務仕事を出来る人間は少ない。
 処理能力自体が足りないのがルキアーノ。やる気はあってもミスが多いのがドロテアとジノ。自分の分で手一杯なのがアーニャとノネット。ラウンズの仕事が多く、個人で手が回りきらないのがビスマルクとC.C.だ。
 となると必然的にモニカとルルーシュの二人が雑務処理に追われる羽目になる。勿論、彼らにも個人の仕事がある。その結果、事務処理能力が高いルルーシュは、大体の場合モニカより早く他者の事務処理を引き受けるというわけだ。
 とはいっても。今回の電話先は、ルルーシュの個人的な根回しである。

 『――はい。どちらさまでしょうか』

 「ラウンズのランペルージです。お取次ぎ願いたい」

 『……少々、お待ちください』

 すいすい、と巧みな運転で帝都に向かう車は、意外な速度を出している。流れる景色を横目で眺めながら、電話先の“主”が出るのを、ルルーシュは辛抱強く待った。
 こういう時に、待たされる事は多い。相手が位階の高い人間ならば、なおさらだ。待った挙句に、もう一度改めてお願いします、と言われる事もある。しかし、多分そうはならないだろう、と予想していた。
 ルルーシュは、其れだけの立場を今まで、帝国内で築いてきていた。
 やがて、相手が出る。

 『……なんだ』

 妖艶と表現できる、女性の声。矜持の高さが電話越しにも見える。
 間違っても友好的な相手ではないが、それはルルーシュも同じだった。

 「少々、貴方に益のある話を、お教えしようと思いまして」

 先のシュナイゼルや、あるいは以前のコーネリアとは全く違う、声色。
 言ってしまえば、交渉や取引を行う、冷徹な策謀家としての態度だ。

 「続けても宜しいですか? ギネヴィア第一皇女殿下」

 そう、電話の先の相手に、告げた。




     ●




 帝都ペンドラゴンに向かう車の中は、即席の交渉の場となっていた。
 空気を読んだのか、運転手は何も言わない。ただ、速度を一定に保たせるだけだ。電話相手へのルルーシュの不遜な態度に怯え怯まず、平然としている。

 「エリア11の総督に付く、カラレスと言う男。皇女殿下も御存じの通り、公爵家の出身です。アッシュフォードと同じ、昔からの名家……と言っても、まあ差支えはないでしょう」

 アッシュフォードは歴史ある名門だが、KMF開発で莫大な富を得る前は、普通の貴族だった。凄く悪い言い方をすれば、歴史はそこそこあるが、家柄以外に誇る物は少なかった、と言える。
 これは別にアッシュフォードに限った話ではない。だからこそ、どの貴族も業界こそ違えど、新規分野への参入や派閥構成に精を出すのだ。他の家と比較して、“自分達はこれだけ有能で優秀です”というアピールが、国家からの援助や利権確保、家の拡大に結び付くのである。

 「そのカラレス。近々、更迭します」

 『……ほう』

 更迭されます、ではない。更迭“します”とルルーシュは言った。
 その小さなニュアンスを、電話の相手が掴めない筈が無い。伊達に第一皇女ではないのだ。

 『出来るのか?』

 「ええ。エリア11の平定には、あの総督は邪魔ですから」

 『なるほど、お前がそう言うならば、そうなのだろうな』

 淡々と、読み上げるような口調で、彼女は告げる。声だけ聞けば美しいが、透明で色が見えない声だ。
 コーネリアを苛烈な炎とするならば、ギネヴィアは冷徹な氷。言いかえれば冷酷さがある。コーネリアと違うのは、階級や権力として相手を見る事はあっても、恐らく他人を、――――もしかしたら己すらも、人格を持つ存在と見る事が無い、かもしれないという事のだ。

 「今すぐ、とは行きませんが、恐らく半年持たないでしょう。対処をお勧めします」

 『対処は当然だ。だが、間違いは無いな?』

 これは別に、更迭の理由を尋ねているのではない。そんな瑣末な事は、彼女にはどうでも良いのだ。
 カラレスがエリア11から更迭される、という事実だけがあれば。

 「ええ。エリア11は非常に危険。衛星エリアなど夢のまた夢です。カラレスでは、その内、手に負えなくなるでしょう」

 『お前が、そう演出させるのか?』

 「さて」

 言葉を濁して、ルルーシュは笑いかけた。
 意味などない、演出としての笑い。外見だけの、代物だ。

 『まあ良い。私の権威が揺らぐのも困る。――――それで、私は代わりに、何時も通りで構わないな』

 「ええ。皇族内部での争いを、極力発生させずに、お願いします」

 『……良いだろう』

 先も言ったが、ギネヴィアと言う皇女は、冷徹だ。非情とも言える。親族だろうが兄弟だろうが、己の邪魔ならば容赦なく切り捨てる人間だ。ブリタニアでは珍しくない性格(シュナイゼルだって、やろうと思えば同じ事が出来るが)だった。

 だが、逆を返せば――――敵以外には、全く脅威ではない。彼女の世界を脅かしさえしなければ、実害を与えてこない、と言う事でもある。無関心な彼女は、その度合いも、並んで強い。
 そして必要とあらば、他者と(演技で)交流する事も、厭わない。

 『ルルーシュ・ランペルージ。貴様がどうなろうと、私は知った事ではない。が』

 第一皇女と言う立場は、ルルーシュでなくとも敵に回したい人間はいない。
 だから、親しくは無いが、取引相手・交渉相手として放っておく。彼女は他者に興味が無いが、自分に降りかかる害は、自発的に取り除く意欲はある。そこが平和主義(日和見主義とも言う)の第一皇子オデュッセウスと違う部分だろう。

 権威を脅かすだろう人間、名前を汚す人間、そして国に危険を呼ぶ存在。そう言った者に対しては、適当な情報を与えておけば、彼女は勝手に処分してくれる。宮廷内で誰かが死んだら、それはギネヴィア勢力が絡んでいる、とまず疑えと言われるほどだ。そして、あながち間違いではない。
 重要な役職でこそないが、宮廷内で彼女が確固たる地位を築いている理由が、それだった。
 彼女を上手に使えば、宮廷内の騒動は、内乱の種火にもならない。

 『ラウンズという地位に居る以上、戦場で無残な屍を晒す事は許さん。国家と騎士の栄誉を汚すなよ』

 「御忠告、と言う事で承っておきましょう……。では」

 世辞も何もない。唯一、最後のその言葉だけは、ギネヴィアなりの気遣いなのかもしれないが、ルルーシュは感情を出さずに通話を切った。

 そのまま携帯電話を反対側に畳み、中身の電子機器を強引に引っ張り出し、修復不可能なほどに砕いた後で、袋に詰めてしまう。後で不燃物として捨てておこう。

 念の為の用心だ。ギネヴィアの様な相手には、警戒を重ねても足りない事は無い。

 「……まだ使えるんじゃないか? それ」

 「プリペイド式の安物ですよ。暗号化ツールより効率が良いんで」

 ルルーシュの一連の行動が終わった所で、運転手が声を懸けてきた。
 助手席に気を懸ける必要が無くなったからか、車の速度が上がり、態度も軽くなっている。

 「相変わらず腹黒いな、お前は。私には出来ないよ」

 楽しそうな声に、ルルーシュも無難に返す。
 この人を相手に肩肘を張っても、仕方が無い。

 「……でしょうね」

 「昔の純粋さは何処に行ったんやら。……成長したというか、ひねたというか。全く。『ノネットお姉さん! こんにちは!』と可愛く挨拶してくれたルルーシュは、今は何処だい?」

 「八年以上も昔の話を、持ち出さないでください」

 天才的なハンドル操作と真逆の、口調だけはしみじみと呟く運転手に、ルルーシュは呆れながら視線を向ける。態度が軽くて当たり前だった。

 運転席にいたのは、ノネット・エニアグラムだ。




 ノネット・エニアグラム。

 ラウンズ第九席の座に就く、軍学校の雌虎。
 母・マリアンヌの直弟子の一人で、ルルーシュとは昔から親交があった。
 『円卓会議』で語る『虎殺し』の異名は比喩でも何でもない。実際に軍人時代、夜の密林で野生の雌虎を相手に、ナイフ一本で立ち回り、見事に仕留めて帰還した逸話は士官学校の伝説になっている。




 「ギネヴィア皇女殿下か? 常の如くの宮廷内の火消し役を?」

 「ええ」

 間違っても味方になる人間ではないが、敵にせずに済ませる事は出来る。

 第一皇女は、次期皇帝には(恐らく)なれないだろう。だが多分、死なない限りはあのままだ。王座を狙わず、絶対に排斥されない立場を構築するという、ある意味賢い在り方を貫いている。
 毒には違いないが、薬として扱える毒だ。毒にも薬にもならないオデュッセウスと合わせておけば、宮廷内のゴタゴタの大半は、何とかなる。

 「身内の敵は、唯の敵よりよほど厄介ですから」

 「そうか。まあ、私は細かい事は嫌いだ。そういうのはお前に任せるよ」

 はっはっは、と剛毅に笑うノネットに、貴方は大雑把過ぎるんですよ、とは言わなかった。
 以前言ったら、首をロックされて実にかっちり極められた経験がある。運動神経が良いとはいっても、肉食獣にも似たノネット相手には、流石に勝てない。

 「ところで今更ですが、何故、私の迎えに?」

 「ん? ああ、元帥閣下に言われてな。息抜きも兼ねて出て来たんだ」

 「……御苦労、おかけします」

 「いやいや。私も楽しんでる」

 その言葉は、嘘ではないらしい。
 すいすいと走る自動車の速度は、普通に130キロをオーバーしている。この高速道路に制限速度は無いからか、巧みな操縦で容赦なく車を抜き去っていく。KMF乗りにしてみれば危ない認識は無い。
 むしろ、唐突な荷重や、障害物。敵からの攻撃が無い分、楽勝だ。

 「エリア11が大変なんだって? お前が元帥閣下に、話すくらいには」

 「ええ。――――昨晩も話をしましたが、危ないと思います。属国となって七年。しかし、七年が経過しても騒乱は収まっていない。行き場を追われた、後ろ暗い連中が潜むにはもってこいの状況です。……もしかすると、既に抵抗勢力と接触している可能性も、十分に」

 「……そうか」

 きゅい、とタイヤが路面と擦れる音がして、車線が変わった。

 一般車と違い、ラウンズ保有の車に制限速度は無い。運転免許と乗用車を取得しているのは数人だが、そのどれもが無制限の許可を持っている。アクセルを踏み込まれ、カスタムされたキャデラックは速度を上げ、速度計は160キロを示した。
 遠くに見えていた帝都の宮殿が、見る間に近づいてくる。

 「そう言えばお前。相変わらず、テロリスト、という言葉を使わないんだな」

 「……ええ。正義は不変では有りませんから。――――仮定の話ですが、自分が彼らの様になる可能性があった、と考えると、どうしても穏便な解決を探ってしまう」

 そう、ルルーシュは本当に、彼らと同じ場所に立つ可能性があった。一歩間違えれば、傾国のテロリストとして、ブリタニアを崩壊させる存在に身を窶していたかもしれない。
 そうならなかったのは、保護者のお陰だ。

 「甘い事は、承知の上です」

 「――――その甘さを、長く引きずるなよ。切り替え、割り切れないと、何時かお前に牙を向くぞ。……だがまあ。……その甘さは嫌いじゃない。何かあったら言うと良い。コーネリア殿下からも、お前を頼むと言われているしな。今エリア11に行くのは、ちょっと人数的に厳しいが」

 からから、とノネットは笑って速度を落とす。
 気が付いたら、高速道路の減速車線だった。

 帝都ペンドラゴンの中心付近。王宮を中心に放射状に発展した帝都は、交通網も非常に発達している。平均速度が130キロ以上だった事もあるだろうが、空港から十五分も経っていない。

 「バクスチャ宮ですか?」

 「いや、ボワルセルに居る筈だ。だから私が迎えに出れた」

 「……ああ」

 ブリタニア帝国軍の最高司令官・帝国元帥。
 “彼女”が普段仕事を行っているのが、ブリタニア軍の統合本部が置かれている離宮。通称をバクスチャ宮だ。
 しかし帝国元帥はその他に、名誉職としてボワルセル士官学校の特別顧問も兼任している。今日は、そちらにいるらしい。

 「朝から、お前と会うのを楽しみにしてたよ」

 「そうですか……」

 実は、ルルーシュも楽しみにしていた事は、秘密だ。




     ●




 同日、エリア11。

 「サイタマゲットーの、テロリスト殲滅戦、ですか?」

 「そうです。是非とも、貴方に指揮を取って頂きたく思いまして」

 ……さて、如何したものだろうか。

 政庁の総督執務室で、モニカは困ったなあ、と声には出さずに呟いた。
 目の前には、丁寧そうな格好で交渉する、カラレル……じゃなかった。カラレス。頭は下げていないが、頭を下げても変ではない勢いで、懇願してきている。何で此処まで一生懸命なんだ。

 「あの、何故、私に?」

 「聞きしに勝るナイト・オブ・ラウンズ殿の実力を、この目でみたいと言うのが本音でございます。シンジュクゲットーでは、アールストレイム卿を拝見する事が出来ました。次は一つ、クルシェフスキー卿の技量を拝見したい、と厚かましくも思っている次第でございます」

 「…………」

 なんか、物凄く力説された。
 筋だけは、通っていなくもない。

 確かに、モニカにも強いという自負はある。外見からは想像できないアーニャの実力を見れば、だったら若い女の自分も、同じ位に凄いのではないか、と思われて不思議ではない。
 が、普通そういう感想は、ジェレミア辺りが言ってくるセリフだ。実際彼は――――これもアーニャから聞いた話だが――――、モニカに軍事演習に参加して貰って、その射撃能力を少しでも伝授して欲しい、みたいな事を言っているらしい。軍事演習の規模にもよるが、考えても良いと思っている。
 しかし、総督が態々、自分に頼む。

 (……ルルーシュが離れた途端、ですか)

 もう、そうとしか思えない。

 鬼の居ぬ間に……なんとかだ。ルルーシュという帝国有数の頭脳が消えている隙に、少しでも実権を握り直し、エリア内での権力を確固たるものにしようと画策しているという事か。
 ジェレミア率いる純血派は、ルルーシュに親和的。アーニャも付いているから、無理は通せない。

 先の『シンジュク事変』では、総督一派は被害を受けた。地盤崩落前に、アーニャが全軍に撤退命令を出した為、最悪は免れているが、KMF六機を含めた18人が命を落としている。対して純血派は、KMFこそ三機失い、予断を許さない者が3人いる。が、それだけだ。展開方法が上手だった事もあって、死者は(今のところは)無い。

 ルルーシュが機情に調査を命じた、謎の特殊部隊。あれが総督一派に関わる部隊ならば、既にカラレスは持ち駒を失っている事になる。チェスで言えば歩兵二つ程度だろうが、それでも損耗は損耗だ。ミスが続けば、其れこそ僧侶や女王など、致命的なダメージを受けかねない。

 (……だから、今の内に)

 それも、自分に頼む。
 モニカの力を借りる事で、今後のルルーシュへの牽制とするつもりなのだろう。

 どうも優しげな雰囲気のせいか、モニカは何かと面倒事を任される事が多い。まあ、確かに。確かにビスマルクのような歴戦の軍人や、皇族をも手玉に取れる魔女に比較して、随分と普通である自覚はあるが――――そのせいか、「御しやすい」と思われている、のだ。癪な事に。
 まあ、戦場での噂話が先行し、直接、ラウンズの人柄や実力を見れる者は少ないのだから、無理もないのだが。

 「……今、サイタマゲットーに攻勢を仕掛ける理由は?」

 「部下からの報告では、崩落したシンジュクを脱出したイレブン共が、サイタマに集っているようです。先の事件から見ても、彼らがテロリストと、その協力者であることは明白。此処は一つ、容赦せずに潰しておくべきではないですかな」

 シンジュクから撤退したテロリスト達は、そろそろサイタマで合流するだろう。
 ならば、集まりながらも体勢を立て直す前に、今の内に叩いてしまおう、という作戦らしい。

 (確かに、筋は通ってるけど)

 困ったな、と再度、思う。
 ゲットーに住む人々は、表立って反抗しないまでも、抵抗勢力の活動を邪魔する事は無い。これは傍観者に徹し、情報を流さず沈黙する。言ってしまえばゲットーの人々なりの、消極的抵抗だ。
 しかし、サイタマゲットーに無差別攻撃を仕掛ければ、民間人を殺す事になる。

 (それは、……したくない)

 絶対に、したくない。何せモニカ自身、元々は民間人で――――問答無用に、ブリタニア国内の抗争に巻き込まれた。そして運命に翻弄された挙句にラウンズになった経歴を持つ。
 だから民間人を巻き込むのは嫌なのだ。自分の過去を重ねてしまう。
 命を懸けて行動しているテロリストに銃を向ける事は出来るが、無抵抗の民間人は……。

 「……サイタマの、テロリスト集団の情報は?」

 「それでしたら、此方に」

 どうぞ、と手渡された書類を読む。

 現在サイタマゲットーを本拠地にしている集団は、『ヤマト同盟』と呼ばれる組織だ。
 そう言えば、ルルーシュが纏めた書類の中で、その名前を見た。日本で活動中の勢力では、そこそこ大きい部類に入り、注意されたし、と書いてあったか。

 書類では『人数は数十人と予想されており、戦力は重火器とKMF。地下での活動が主。駐留軍が何回か接敵しているが、壊滅には至っていない。恐らくは情報を『日本解放戦線』に送っていると思われている――』と書かれている。
 要するに、諜報戦を重視しつつも攻撃も行う地下活動団体だ。数十人といっても、五十人はいない。
 そんな少ない者達を殲滅させる為、サイタマゲットー全域を壊滅させるつもりか。この男は。鞭の使い方は非常に巧みだが、飴を持ち合わせていないらしい。

 「……これ、私が出ずとも十分じゃないですか?」

 「そんな事はありません。ラウンズの貴方様が前線に立つだけで、味方の士気は上がり、敵の士気は挫けます。他の土地のイレブン共も、抵抗の無意味さを知る事にもなるでしょう」

 (私、前線に出るスタイルの機体じゃないんですが)

 という内心の言葉は、言わなかった。

 暫しの間、考える。
 『ヤマト同盟』を倒す。これ自体は良い。問題は、その倒し方だ。

 下手に殲滅戦を行えば、余計な恨みを買う。そして恨みはエリア全土に伝播する。カラレスが鞭ばかりを与え続けた結果が、消える事のない抵抗活動と、一向に良くならない治安だ。
 そもそも殲滅戦を行った時、ゲットーは当たり前だが被害を受ける。治安や風紀が、租界と比較にならない位、乱れている、とはいえ――ゲットーは旧日本人の大事な居住区だ。ゲットーを潰せば、其処に住んでいた人々は別の場所に移るしかない。復興支援だって困難になる。

 ルルーシュが受けた命令は平定。
 今現在、モニカがルルーシュの代理ならば、モニカの仕事も平定だ。

 「……条件が有ります」

 数分、考えた後に、モニカは総督に告げた。

 「この件は、私に指揮権を移譲する事。実行まで、今日から五日間の準備期間を頂く事。以上二つを頂ければ、ランペルージ卿にもアールストレイム卿にも指揮権を渡さず、私が全て対処します。……それで良いならば、引き受けましょう」

 「……む、それは」

 ルルーシュへの指揮権移譲を渋った総督だ。当然、モニカの条件も飲み難い。だが、もう一度ルルーシュの命令下で行動を取らせるより、幾分はマシだと思う。
 それに、計画には、行動への期限は乗っていなかった。基本は(気に食わないが)この総督の計画に沿うとしても、アレンジはさせて貰おう。

 一応フォローをしておくと。モニカに隙を付け込まれたカラレスだが、別に無能ではない。そもそも無能だったら総督に任命されない。
 単に、支配する能力はあっても、矯正エリアを衛星エリアにする実力は無い、それだけの話だ。

 「どうしますか?」

 優しげな顔に似合わない、生死を潜ってきた騎士の瞳で、正面から見つめてやる。

 ――――帝国最高の騎士の一人を、御しやすいなどとは間違っても思うなよ?

 「……お願いする」

 その圧力に負けたのか、カラレスは結局、頷いてくれた。
 うん、意外と役に立つ物だ。こういう笑顔の交渉術は。

 少しだけやり返せた事に満足し、総督の部屋を出たモニカは、さてと、と大きく伸びをする。

 (……あそこまで言った以上、本気で取り組みましょう)

 忙しくなる。今の話をルルーシュに伝え、同時にサイタマゲットーの被害を少しでも減らす様に行動しなければいけない。純血派の力も借りたいし、メディアも使う必要がある。
 しかし、まずは。

 「あ、もしもし。エル? ちょっとお願いがあるんだけれど」

 特派に連絡を入れて、モニカは親友に頼む。

 「私のベティウェア。整備をお願いしたいんだけど、良い?」

 愛機の準備だ。




     ●




 ボワルセル士官学校。

 ブリタニア帝国における超名門の士官学校であり、名の知れた騎士・軍人は、ほぼ全員がこの学校の出身。この学校に入る事が一つのステータスになり、この学校を出ていない人間は軍の高くまで上ることが出来ない、とまで言われている。
 主席ともなるとその名は国内外に鳴り響く。ノネット、ベアトリス、コーネリアは、当然の如く全員が首席卒業。ルルーシュが一時、ラウンズとして騎士候を得る為に在籍していた学校も此処だった。

 正面玄関に横付けされたキャデラックから、ルルーシュは降りる。

 「部屋は分かるな?」

 「ええ。送ってくれて、有難うございました」

 軽い挨拶をして、別れる。

 ノネットはこのまま、陸軍の実技演習に参加するらしい。
 今の時期は、歴戦の軍人による集中鍛錬の期間だ。ある程度の基礎が固まった今の時期を見計らって、普段以上に厳しい訓練を実施する。ここ最近、彼女が忙しいのもそれだ。
 彼らの取り組みや意欲、結果や得意不得意などを見計らって、クラス選別などを行う。皆に“手伝ってくれ”というのも、見習い軍人達をより適正に評価する為に、なるべく多くの人間に見て貰った方が良い、という理由だろう。

 しかし、昨晩の話ではないが、本当にビスマルクが来たらどうするつもりだったのだろうか。

 「邪魔するぞ」

 そんな事を考えながら、来客玄関から入り、入室記録に名を書く。
 そして受付にいた事務員が、唐突に顔を出したルルーシュに驚いている間、するりと中に入り込む。この学校に限って言えば元帥のお陰で顔パスだが、手順は手順だ。

 (迎賓室、だな)

 今まで何回も訪れた事があるルルーシュは、別段迷う事もない。静かな校舎を歩く。
 平日で授業に出ているからか、生徒の数は見えない。外の校庭から、小さく訓練の音が響いてきているだけだった。






 金が懸かった廊下の先、迎賓室に辿り着く。

 まるで入る者を拒むかのような重厚な扉。普通の学校の扉の筈が、明らかに不釣り合いだ。この場合、釣り合っていないのは、扉か、中に居る人間か。

 ……多分、後者だろう。実際、この士官学校の生徒(軍人見習い)で、中の人物に直接対面しようと気概を持てる人間は、そう多くない。そんな事は恐れ多い、と委縮してしまう。
 訪ねて来れるのは、それこそノネットやルルーシュの様な、“彼女”と近い立場の者だけ。

 小さく息を吐いて、扉を叩く。
 既に向こうは、ルルーシュが部屋の前に立っている事に気が付いているだろう。

 「はい。――――開いているわよ」

 返される言葉は、軽やかな女性の声。妖艶で成熟した、けれどもどこか子供っぽい、楽しげな声だ。

 「……失礼します」

 静かに入ると、直ぐに相手と目が有った。

 穏やかさと意志の強さを併せ持つ瞳が、ルルーシュを見る。
 そして、どんな時も優雅さと余裕を失わない、楽しそうな表情が――――はっきりと、綻んだ。

 彼女こそが、帝国元帥。




 「お帰りなさい、ルルーシュ。元気そうね」

 「はい。……お久しぶりです、母上」




 マリアンヌ・ランペルージだ。











 登場人物紹介 その11


 モニカ・クルシェフスキー

 神聖ブリタニア帝国の最高戦力、皇帝直属の『Knight of Rounds』の第十二席。

 金髪碧眼の美女。真面目で、可愛い物に目が無く、ラウンズの優しいお姉さん、という立場にある。特に年下のアーニャを可愛がっているようだ。騎士とは思えない柔和な雰囲気だが、外見で判断してはいけない。その気になった時の、殺気や胆力はやっぱり凄い。
 騎士としての能力は当然高いが、頭の回転や情報処理能力も早く、ラウンズの仕事は、大抵がルルーシュと分け合ってこなしている。KMF技術にも精通しており、特派のマリエル・ラビエとは親友。

 ラウンズに居る経歴は不明。ただ、元々は民間人で、国内の騒動に巻き込まれた結果、運命に翻弄されて騎士になった、らしい。
 元々巻き込まれた民間人の為か、無抵抗の一般人に対して武器を向ける事を忌避する傾向にある。人種への偏見も無い。

 登場機体は「ベティウェア」。
 詳しい詳細は不明だが、射撃タイプの機体で、後方から狙い撃つのが仕事らしい。






 用語解説 その8


 サイタマゲットー

 エリア11平定に向け、次なる標的となった土地。
 七年前のブリタニア侵攻時、日本陸軍朝霞駐屯地があった為か、かなりの激戦区になった。その名残は今も深く、シンジュクゲットーよりも治安が悪い。推定人口は、数万人。
 現在は地盤が崩壊したシンジュクゲットーからの避難民、また脱出したレジスタンスが合流しており、今迄以上に人々が流入している。

 この地を本拠地とする抵抗勢力『ヤマト同盟』を倒す作戦が、モニカの指揮に委ねられている。














 母さま登場。
 マリアンヌが“死んだ”とは、作中では地の文からセリフまで、一切、書かれておりません(唯一、C.C.が語ったのは“マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアはいない”と言う事実です)。
 ジェレミアとか、アリエス離宮の回想とか、「アーニャの中に居る存在」とか、それっぽい雰囲気を出しておけば『ああマリアンヌは死んだんだな』と、読者の皆様が“原作知識がある分”引っかかってくれると思ったら――――大正解でした。やったぜ。


 マリアンヌ=生きている、として読み返せば、伏線は山ほど張ってあります。

 ルルーシュの卒業に手を回した者が居るとか。
 ラウンズの皆が、ボワルセルに行くのを微妙に苦手としているとか。
 ヴィレッタ・ヌゥが、ルルーシュの覚えが良ければ出世できると考えてるとか。
 ノネットが妙に士官学校との繋がりが強いとか。
 アッシュフォードが没落していないとか。


 ルルーシュを取り巻く環境は、まだまだサプライズが一杯です。
 次は、本国での会議がメイン。でも、エリア11の動きも、怪しい……。

 ではまた次回の(下)で会いましょう。

 (5月11日・投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑧(下)
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/05/15 15:50
 八年前のあの日、何が有ったのかを、ルルーシュは覚えていない。

 ……いや、嘘だ。僅かでは有るが、記憶に残っている。

 煌びやかな庭園に不釣り合いな、咽ぶような血の匂い。
 生温く肌を撫でて行った、どろりとした風。
 自分を守っていた魔女の手を振り払い、必死に駆けた先で目にした光景。

 記憶の中に焼きつく最後の姿は、自らの血と、返り血を浴びて佇む、母の姿だ。
 襲い掛かった凶刃を、その技量で返り討ちにした母は、死に掠りもしなかった。

 けれども、何故だったか。
 その時の、母は。
 恐らくこの先二度と見ないだろう――――儚い、まるで泣き出しそうな顔だった事だけを、覚えている。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑧(下)






 マリアンヌ・ランぺルージ。

 世界各国、数多の戦場を駆け巡り、前線・後方支援・作戦、その全てにおいて常勝無敗の伝説を打ち立てた、ブリタニア最強の騎士。
 敵からは『不死身の魔女』。味方からは『閃光のマリアンヌ』と呼ばれ、畏敬と畏怖を集めた、先代ナイト・オブ・ラウンズの第六席。
 ブリタニア皇帝にシャルル・ジ・ブリタニアが即位直後、叔父ルイ大公によって引き起こされた「血の紋章」事件。先代ラウンズを初め、のべ2500人もの人間が、揃って皇帝シャルルに反旗を翻した、歴史に名を残す大事件において――現ナイト・オブ・ワンのビスマルク・ヴァルトシュタインと共に獅子奮迅の活躍をし、解決に貢献した女性。
 八年前を契機に、一線を退く事を余儀なくされるも、その戦術眼を買われて帝国元帥に就任。

 そして、何よりも大事な事実は、ルルーシュの産みの母親であると言うことだ。

 ここまで凄い経歴が並んでいると、さぞかし面倒な性格なのではないか、と思うかもしれないが、そんな事は無い。むしろ、本当に伝説通りの女性なのかと疑問に思うくらいに、態度も口調も軽い。

 「相変わらず、羨ましくなるくらい細いわね、ルルーシュ。……ちゃんとご飯、食べてる?」

 というのが事実、彼女の最初の言葉だった。部屋に入ったルルーシュの体格を図る様に、ぺたぺたと触れて来る。昔は随分と差があった身長ももう同じくらいだ。自分に良く似た顔が至近距離にある。
 やがて満足したのか。一通り確認した後で、でも、と母は続けた。

 「元気そうね。安心したわ」

 「母上も、御健在でなによりです」

 「ええ。勿論。私はいっつも元気よ?」

 この通り、と自慢げに言う。ルルーシュの言葉に、くるり、とその場で回転しかねない明るさだった。確かにそうだ。生まれた時から、この人が調子を崩す所は殆ど見た事が無い。

 「仕事中でしたか?」

 先程まで彼女が居た机の上には、何枚かの紙が有った。きっと仕事中だったのだろう。
 実技こそ少ないが、マリアンヌの講義は学校で一番人気を誇っている。正真正銘の帝国騎士で、息子の目から見ても美人で、知らぬ者はいない功績を持つ。これで支持を集めない方がおかしい。
 意外と忙しいらしいけれども、軍人としての仕事の息抜きで楽しい、と以前に語っていたか。

 「丁度、休憩する所だったの。――――折角だから、一緒にお茶にしましょう?」

 「……それじゃあ、御一緒させて、頂きます」

 マリアンヌは、特別顧問という立場だが、ボワルセル士官学校の誰よりも立場が高い。勿論、ルルーシュよりも。故に、ボワルセルの迎賓室は、もはや殆ど彼女の所有物だ。
 隣室にいる補佐官共々、かなり自由な行動が取れるらしかった。

 「気を楽にしなさい、ルルーシュ。親子で肩肘張るのも良くないわ」

 言いながら彼女は、部屋の片隅に置かれていた革張りのソファに腰を下ろす。
 その目には、机を挟んだ反対側に座って欲しいなー、という子供っぽい感情が見えていた。

 「……そうですね」

 最も、母は普段から少々型破りに過ぎると思うが――――確かにこれから、親子で会話をするのだ。隣室には母の秘書がお茶の準備をしているのだが、この部屋には誰もいない。
 常に緊張を強いられるラウンズの立場を、この部屋でも取り続けずとも良いか、と思う。

 迎賓室に置かれた、高級ソファに腰をおろす。賓客を遇す部屋だけあって内装が豪華だ。絨毯も机も、ランプや小物まで。一般庶民で買お揃えようと思えばかなり苦しいだろう。質実剛健が基本の軍学校の癖にこんなに金を使って良いのだろうか。
 しかし、まあ、今其れを言う程、ルルーシュは野暮ではない。空気は読める方だ。

 背中の柔らかな感触に、静かに息を吐いて、頭を付けて肩の力を抜いた。
 目を閉じる。心が落ち着くのが分かる。先程までのノネットや、その前のシュナイゼルでは決して味わえない感覚。母親の力は偉大だと、来るたびに思う。

 「……ふう」

 ルルーシュは、一瞬だけ、普段は見せない穏やかな表情を覗かせた。笑顔ではない。演技でもない。騎士や軍人と違う、ルルーシュという人間の、素の表情だ。
 次の瞬間には、気を入れ直してソファに座りなおしたルルーシュだったが、そこでとっても楽しそうな顔の母と目が有った。

 「……なんですか?」

 「いいえ。何でもないわ」

 マリアンヌは顔を綻ばせる。良い物が見れたとでも言いたげに、口が緩やかに弧を描く。
 その顔を見て、名高き騎士だと思う者はいないだろう。目の前の女性が本当に凄い存在であると知っている息子ですらも、そう感じるほどに。美しく、そして柔らかな笑みだった。

 「エリア11はどう? 随分と優秀な指導者が敵にいるとは、思ったけれど」

 「……母上の目から見ても、優秀ですか?」

 「そうね。――――ルルーシュを85点とするならば、シンジュクでの指導者は、60点に及ばないくらいかしら。訓練を受けた事が無い人間の中で考えれば、十分だと思うわ」

 くすくす、と母は微笑む。
 現場からは下がったと言っても、やはり騎士の気質なのだろう。強敵を見れば自分の手で打倒したいと思うし、優れた敵の指揮官には興味を覚える。ルルーシュも同じだ。優れた相手を優れている、そう認める事は苦ではない。

 「抵抗勢力、という立場を考えれば、十分評価に値する作戦でしょう」

 まるで、その場で見ていたかのように、マリアンヌは言う。
 ――――いいや。間違いではない。
 確かにあの時、ほんの僅かな時間だが、彼女はあの場所に居たのだ。

 「身体の方は大丈夫でしたか? シンジュクとは13時間ほど時差がありますが」

 「私を誰だと思ってるの? やろうと思えば、今でも72時間は戦えるわよ?」

 「そうでした」

 母は、アーニャと繋がっている。アーニャの身に危険が迫った時。あるいはアーニャを取り巻く環境が危険に陥った時。母は意識で繋がり、その肉体を遠隔操作する事が出来る。母のポリシーなのか、アーニャとの約束なのか。強引に繋ぐ事は、先のシンジュクの様な時でもない限り滅多にない。
 理屈で言えば、発信機を増やすようなもの、なのだそうだ。『マリアンヌ』の意識情報を、マリアンヌの肉体ではなく、アーニャから発信する。

 それが、母の持つ異能《ザ・ソウル》。魂を加工し、心を渡らせる技。

 その詳しい背景は、ルルーシュも知らない。訊ねた事もあるが、『ヒミツ、よ?』と怪しく笑った母に隠されてしまった。C.C.は承知しているようだが、やっぱり教えてはくれなかった。
 ただ、大変なのだろうとは思う。要するに、一つの意識で二つの体を動かす荒行だ。アーニャに干渉している間、本国の体が意識不明になっていても変ではない。きっと並々ならぬ苦労があるのだろう。
 一瞬、嫌な想像をする。もしも本国の体が死んだとしたら、アーニャの中に二つの意識が同居する事に……なるのかもしれない。不謹慎だ、と自分に言い聞かせて、話を戻した。

 「……因みに、自分に足りない15点の要因は」

 「地が出てるわよ、ルルーシュ。何か考えてたの? ――――味方を捨て駒にするまでの時間。不確定要素への対処が苦手。それに純粋な経験不足よ。それぞれが5点ずつ減点。安心なさい、貴方以上に優秀な指揮官はそうはいないから」

 「母上を除いて、ですよね?」

 「勿論」

 当然のように頷いた母を見て、やっぱり変わらないな、と思った。
 良く言えば破天荒で型破り。悪く言えば自分勝手。C.C.もビスマルクも、いや皇帝すらも、彼女には調子を狂わされるし、行動に巻き込まれる。「はしたない」「自覚はあるのか」と周りが告げる気分も、分からなくは無い。けれども、だ。

 少なくとも、母は信じる事が出来る。
 それさえあれば、十分だ。

 八年前のあの日以来、母は変わった。何が変わったのかは、ルルーシュには説明できない。子供だから気が付けたのかもしれない。確証は無い。しかし確かに変わったのだ。大きく。
 その身に負った怪我の後遺症で、全盛期の実力を失ったことも、関係しているのかもしれない。

 「失礼します。準備が整いました」

 軽く扉が叩かれ、隣室から補佐官がティーセットを携えて入って来る。
 ルルーシュと同じくらいの年齢の、透明感のある金髪の美女。豊満さこそないが、細身の隙のない様相。

 「有難う。貴方も待機していなさい、リリーシャ」

 マリアンヌの言葉に、静かに、はい、と返事をして美女は壁際による。
 湯の温度から抽出時間まで、完璧に図られた紅茶を、手ずから入れた母は、小さく口を付けて。

 「それじゃあ、飲みながらお話ししましょうか」

 本題に入りましょう、と告げた。




     ●




 「ルルーシュとしては、私に何をして欲しいの?」

 「……役に立つ部下を、何人か連れて行きたいですね」

 本当に率直に言った母の言葉に、素直に返事をする。建前を必要としない、というのは親子の強みだ。外に向けて発信する時は建前を付けるにしても、この部屋で回りくどい言い方をする必要もない。
 ルルーシュの言葉に、腕を覆う薄い黒手袋ごと、細い指を顎に当てて、うーん、と困った顔をする。

 「エリア11の軍人は、役に立たない?」

 「いえ。ジェレミア率いる純血派は優秀ですよ」

 壁際のリリーシャに、少しだけ目を向けながら、訂正する。

 「ですが、皆、軍人気質に過ぎます。軍力はありますが、情報戦や権謀術数に精通しているとは言えません。機密情報局も――――優秀な人間は何人かいますが、逆に言えば何人か、しかいません。解決したい問題の数を考えると、自分一人では限界があります」

 頭まで筋肉、とまでは言わないが、体育会系である事は間違いない。
 普通の事務処理ならばこなせても、腹芸、交渉、政治戦略ともなれば苦手な人間ばかりなはずだ。

 「機情で優秀な人も、少ない、でいいのかしら」

 「ヴィレッタ・ヌゥは、……まあ合格点でしょう。手綱さえ握っていれば暴走する心配はありません。後は並みです」

 「あらあら」

 意外と容赦のない言葉に、マリアンヌは苦笑いを少しだけ浮かべた。

 「調べたい事はどれくらいあるの? 機情とアーニャとモニカ。それにルルーシュだけじゃ足りない?」

 「――――難しいと思います」

 後ろ二人は非常に優秀だが、軍務がある以上、情報戦に酷使は出来ない。そもそも余りルルーシュも顎で使いたくない。
 今、ルルーシュが解決したい事柄は以下の通りだ。

 一、エリア11の不穏分子の排除。これはラウンズと純血派、総督一派の軍事力を使えば難しくないだろう。禍根を残さない為にも、上手な排除の仕方が求められるが、倒すだけならば可能。

 二、腐敗したエリア11内部の正常化。横領、着服に、抵抗勢力へ物資を送っている連中の掃除だ。機情には、この証拠固めを頼んである。しかし妨害工作や複雑な情勢も絡んでいる為か、進展状況は芳しくない。ヴィレッタが頑張って、結果を出しているくらいだ。

 三、エリア11の平定。これには高度に政治的な実力が要求される。あのカラレスと言う男が総督の席に座っている限り、多分無理だ。別にブリタニア人特有の優越意識を持つなとは言わないが――あの国に今必要なのは、弾圧ではなく復興と衛星エリアへの昇格。更迭する為には、かなりの労力を有するだろう。

 一から三まで、どれも簡単ではない。今迄の事象を見れば、どれか一つだけを解決するのは不可能に近いことは明白だった。繋がり合った一から三までを、一緒に終わらせる必要がある。

 「それだけでは、ありません」

 紅茶を優雅に飲みつつ、静かに話を聞いている母に、続けて語る。

 「飽く迄も、今言った事は最低条件です。……個人的に、より良い結果を残す為に動くとするならば、人手は、もう少し必要でしょう」

 ルルーシュが個人的に行いたい所行は、何れもかなり微妙な問題がある。
 枢木スザク。彼の処遇をどうするのか、と言った部分を考えれば、策をろうじる必要がある。抵抗勢力だって殺すのか殺さないのか、を考えれば一筋縄ではいかない。
 より良い結果を残す為に動くのならば、ルルーシュが信頼できて、尚且つルルーシュの行動を一々咎めない人間が欲しい。総督一派はミスすれば鬼の首を取った様に騒ぐだろうし、一般兵だって上司に命令されれば口を開かざるを得ない。

 苛烈なブリタニアの信奉者には、ともすれば反抗や帝国批判と取られる行動を、ルルーシュは時折取っている。勿論、皇帝に逆らう気もないし、皇帝自身もルルーシュが逆らうとは思っていないだろう。しかし外聞がある。噂は誤解を招き、障害となる。その辺が難しい所なのだ。

 「……成る程、分かったわ」

 静かに器を置いて、母は頷く。
 そのまま、背後に控えるリリーシャに視線を向けた。

 「リリーシャ。あの娘達の中で、今、手が空いているのは?」

 「ルクレティアが、C.C.卿の所に行っているだけですが」

 「そう。じゃあ一人はルルーシュの補佐。残りは本国で普段通りにお願い。後の人選は任せたわ。なるべくエリア11や中華連邦に精通している人間でお願い」

 「――――了解しました」

 静かに、軽く頭を下げてリリーシャは部屋を退室する。横を通り過ぎるその一瞬、ルルーシュと僅かに目が合う。瞳に、言いようのない感情が波紋のように写されるが、形を取る前に掻き消えてしまった。
 パタリ、と扉が閉じる音がして、部屋に沈黙が下りる。

 「そんなに固くならないの、ルルーシュ。気持ちは分かるけど」

 「……ええ」

 マリアンヌの言葉に、そうですね、と頷く。
 リリーシャと言う存在は、少し――――自然体で受け止めるには、厄介な立場の女性だ。付き合いは長いのだが、互いの立場が大きく違ってしまったからか……修復しきれていない。母が手元に置いているのも、きっとその辺を考慮した上の話なのだろう。

 「話を変えましょうか。ルルーシュ、貴方。この後の予定は?」

 「ええ。……取りあえず、イルバル宮に向かいます」

 今日はまず、この後イルバル宮に行く。そこで部屋の片付けや掃除、書類整理などを行う。オマーンに行く前から、かれこれ三週間は建物を空けているのだ。さぞかし、整頓のし甲斐があるだろう。
 合間を縫って、遅くならない内に隣接した格納庫にも行きたい。整備に出しておいたルルーシュの飛行艇を受け取る。エリア11への帰りは、これに乗って行くつもりだからだ。

 で、夕方からは会議だ。皇帝シャルルを筆頭に、マリアンヌ、ビスマルク、シュナイゼル、ベアトリスといった中枢メンバーが集まる会議。言い換えれば、事情を知る者達の、悪巧みだ。
 魔女が本国に居ない今、ルルーシュはその代理と、ビスマルクの補佐も兼ねて出席が求められている。

 「ナナリーには?」

 「勿論、顔を出していくつもりです。ですが、今日は難しいので……明日になると思います」

 「そう。……分かった、そう伝えておくわ。会えると良いわね」

 ラウンズという立場上、緊急の用事で予定が狂う事は多い。公人としての姿を、私人よりも優先させなければならないのは当然だ。愛する妹に対面する暇も、中々無い。
 まあ、妹の傍らには優秀な騎士がいるから、余り心配は、していない、のだが。
 それでもシスコンのルルーシュにとっては、結構辛い。最後に直接会いに行ったのは、もう一月近く前になる。

 「貴方と一緒にエリア11に行く人間は、今日中に選別して連絡をします。明日以降は、貴方が指示を出しなさい。……さ、そろそろお話も、終わりにしましょうか」

 「……ええ、はい」

 頷いて、ルルーシュは立ち上がった。母と、こういう無駄話をするのは楽しいが――――それだけをしている訳にも、いかない。互いに、国家において果たすべき役目がある。
 同じように立ち上がったマリアンヌと、正面から目線を合わせる。

 「では、ルルーシュ・ランペルージ。貴方の望んだ明日の為、精一杯やってくるように」

 行ってらっしゃい。頑張ってね。
 短くではあるけれども、母に言われる、それだけで――此処に来た価値はあると思う。

 「分かりました。……行ってきます」

 静かに笑って、ルルーシュは部屋を出た。
 体と心が軽いのは、きっと気のせいではないだろう。




     ●




 同日、エリア11。

 関東地方、某所。
 政庁に近い秘密基地の中、難しい顔で、何かを考えている紅月直人に、扇要は声をかける。

 「ナオト、どうしたんだ?」

 彼が此処まで、何かを考え込むのは、珍しい。少ない情報でも適切に判断を下し、短い間の決断でも、間違えることは滅多にない。そんな親友が、ここ数時間の間、何かを気にするように考え込んでいる。

 「……ああ」

 直人の言葉は、煮え切らない。何かを疑っている、あるいは不安を感じている。そんな印象を受けた。

 「いや、……気になる点があってな」

 「何にだ? 何か困ってるのか?」

 「困っている。……いや、困っている、で良いのかな。俺達グループに関係する、ってほど重大じゃないんだが。……埼玉が、変だ」

 「変? そりゃあ、ラウンズによる掃討戦があるって言われたからじゃなくてか?」

 「ああ。……まあ、座れよ扇。折角だからお前に話す」

 そう言って、前の席を促した。薄暗い、指令室の役目を果たす部屋はお世辞にも広くない。が、それでも最低限のスペースはある。
 扇が古びた座布団の上に腰を下ろすと、直人は状況を話し始めた。

 「お前も知ってるよな。サイタマゲットーで、抵抗勢力を消す作戦が進んでいる。指揮官は、ラウンズ十二席、モニカ・クルシェフスキー。昨日から今日まで、何回メディアで語られたかも分からない」

 「ああ」

 そう。ここ数日、と言っても昨日の今日だが、『五日後、サイタマゲットーのテロリスト掃討戦を行います』という放送が、メディアに流れたのだ。情報を記者に引き抜かれたのではない。敢えて宣伝しているらしかった。
 昨日の時点で五日後だから、今日で二日目。先明後日には作戦が開始される事になる。

 「放送の真意は……多分、ブリタニアが親切にも、告げてくれてる、んだと思う。『戦いに巻き込まれたくない人は、さっさと避難してください』ってことだ」

 サイタマゲットーと言っても、その面積は広い。ブリタニアの目標である『ヤマト同盟』の本拠地から距離をおけば、危険は多少なりとも抑えられる。

 日本の大多数の一般市民は、国民性なのだろう。抵抗勢力の邪魔を滅多にしないが、同時に巻き込まれる事を嫌う。だから、さり気なく本拠地からは距離を取る。

 シンジュクから流れてきた人や物資が有る。その中心に攻撃を叩きこめば、きっと恐ろしい被害を生むだろう。ブリタニアは其れが出来る国家だ。しかし、モニカは行わないらしい。五日間とはいえ準備期間が有れば、移動する余裕がある。出るだろう被害も、ゲットーへ流れ込む動きも減る。

 「で、これは多分、予想なんだが。……クルシェフスキーは、極力、一般人の被害を出さないつもりなんだと思う。カレンが本家を使って、本国の情報を調べてくれたんだが、彼女は一般人にはナンバーズと言えども、殆ど手を出さない。その分、敵には容赦しないらしいけどな」

 表の顔としてシュタットフェルト家に戸籍を持つカレンは、その立場を利用して、ナンバーズが知りえない様々な情報を集めている。アッシュフォード学園に通うのも、その一環だ。今も、租界で猫を被っているだろう。
 最も、カレン自身。アッシュフォードには友情を覚えているようだし、仲の良い友達もいるらしい。敵とブリタニアはイコールではないことを、彼女も悟りつつああるのだ。

 「ああ。……それが、如何したんだ?」

 「いや、本題は此処からだ。サイタマゲットーで戦闘が起きると分かった後、俺は連絡を入れた。『ヤマト同盟』のリーダー、泉だ」

 泉。グループの副リーダーとして直人と共に行動する扇も、何回かあった事があった。
 眼鏡に長髪、バンダナという一風変わった格好をしていて、リーダーよりも裏方が似合いそうな人間だった事を、思い出す。

 「泉は、……割と臆病なタイプだ。頭は良いが、臆病。その分、危険を察知することに長けているし、危険を無暗に侵さない、堅実な性格でもある。普通ならば、この五日間を幸いと、さっさと逃げ出すだろう人間だ」

 「ああ、俺もそう思う」

 「ラウンズが何を考えているのかは、完全には分からない。だが、一般人への被害を減らす事。そして、サイタマゲットーからテロリストが逃げる事を見越した上で、メディアを使って宣伝してるのは事実だ。――――拠点と武器さえ失くせば、反乱したくても反乱出来ない。反乱をしたいならば、もっと大きな組織に行くしかない。だから最後には纏めて倒せる、ってことなんだとは思うが……」

 腕を組んで、分析をしながら直人は言う。

 サイタマゲットーから一般市民の逃亡を許すという事は、言い換えれば、残っている人間は敵と認めるということだ。そして、逃亡の猶予を与えても居残る人間に、加減をする程、相手は優しくないだろう。

 「俺はな、扇。てっきり、――――泉が“逃げる”と思っていたんだ」

 「え。……違うのか?」

 「そうだ。電話越しに、あいつは違うと言った。はっきりと」

 「……無茶だ」

 練度でも兵力でも装備でも、全てに勝るブリタニア軍を相手に、勝てる筈が無い。
 勇敢に戦う事と無謀は違う、と直人は再三、扇達に告げていた。だからこそ、最も効果的な作戦を長い間に準備をして、実行に移して来たのだ。先の『シンジュク事変』でもそうだった。

 「ああ。普通に考えれば自殺行為だ。俺もそう言ったよ。でもな、泉はなんて言ったと思う?」

 扇の目を見て、真剣な目で直人は告げる。




 「『紅月。俺たちは死なない。ブリキの兵隊は返り討ちに出来る。其れだけの力を手に入れたんだ! みてろ、お前にも教えてやる! 俺達は力を得たんだってな!』」




 「……直人、本当に、電話に出たのは泉なのか?」

 「そうだ。お前にも分かっただろうが、はっきり言おう。普通じゃない。……明らかに、変だ」

 熱に浮かされた、興奮した口調。
 何か大きな力を得て、人格そのものが変化してしまった印象を受けた。

 「高揚感じゃ済ませられない。性格から何から、全てが違っているように思える。――――大きな力を得た代わりに、何かを失った、様にもな」

 「……だから、悩んでるのか」

 「ああ。泉もそうだが、『ヤマト同盟』だけでは済まされない問題の様な気がしている……。扇、お前も事態の推移を伺っておいて欲しい。何か、グループ内で異常があったらそれも報告してくれ」

 直人は、携帯電話の画面を上にして、机の上に置く。
 其処には、通信記録として「泉」の名前が載っている。

 その画面を見る親友の目が、滅多にない程に、鋭く深くなっていて、扇は何も言わずに部屋を出るしか出来なかった。




     ●




 それは、会話だった。
 高級官僚や皇族でも、殆ど内容を知る事が出来ないだろう、密約にも似た会談だった。
 『円卓会議』のような僅かな音声データすらも、残っていない。






 「では、エリア18の『遺跡』は、確保が出来たと解釈します」

 『ああ。近いうちに『扉』も開くだろう。『黄昏の間』とも繋がるのも近いだろうさ。そうなったら、『教団』の襲撃を心配する必要もない。私の仕事も一段落するから、エリア11に行く。構わないな?』

 「……私は構いませんが」

 「私も、構わない」

 『ああ。私もだ。エルンスト卿もいるから、心配はしないでも結構だ』

 「……だそうです。ヴァルトシュタイン卿、コーネリア殿下の双方の許可もあります。お気をつけて」

 『ああ』






 「一つ、宜しいですか?」

 「……何でしょう」

 「エリア11に、副総督を送って頂きたい」

 「ふむ。……続けると良い。ルルーシュ」

 「現在の総督は、最長でも半年で更迭されます。その後始末も第一皇女殿下に、任せてあります。――――今すぐに、では難しいでしょうが、エリア11を衛星エリアにするには欠かせません。その為にも、今から、次期総督にする人材を……副総督として、送って頂きたい、と思いまして」

 「どんな人間が良いのかな?」

 「カラレスの性質上、余り優しい性格ではまずいでしょう。ブリタニアの愛国者が納得し、なおかつ飴と鞭をそれなりに使い分けられる人間が良いでしょう」

 「分かった。元老院の方にも話を持ちかけよう」

 「……では、宰相閣下にお任せします。陛下のご采配を頂く必要はありますが、分かりました」

 「お願いします、ファランクス卿、シュナイゼル殿下」






 「宰相閣下。何か?」

 「中華への牽制が、この所、少し弱いと感じます。大宦官の汚職は留まる事を知らず、有能な人間は全て排除されています。『教団』がバックに付いた可能性は高いでしょう。加えてEUも……まあ、こちらは私達にも責任が有りますが、前線は緊迫しています。今は、小競り合いですが」

 「何か対策は?」

 「中華への策は、元老院と取っておきます。EUへの防衛線をお願いしたいのですが」

 「分かったわ。EUには、ちゃんと人を送りましょう。……下手に戦況が悪化すると、孤立部隊が出る可能性があるわね。ひょっとしたら成功確率5パーセントくらいの無謀な作戦を、行う羽目になりそうだし。――――勝手に兵を動かしても陛下は文句、言わないかしら?」

 「……大丈夫、だと思われます」

 「じゃあ、そうさせて貰うわ。……ところで、ベアトリス。その陛下はどちらに?」

 「せめて役職名でお願いします、マリアンヌ様。……元帥閣下に会う為に、気合いを入れて髪をセットしていた所は、見ておりましたが」

 「まあ、それじゃあ後で見に行ってあげましょう。きっと可愛いわね」

 「……可愛い、ですか?」

 「あら。男の人って、結構可愛いのよ? まだまだ、ベアトちゃんには分からないでしょうけど」






 「では、今回の会議はこれにて終了致します。……何か、他に言いたい事がある方は?」

 「あ、そう言えば」

 「……まだ何か、ランペルージ卿」

 「まあまあ、そう怒らないの。ベアトリス、可愛い顔が台無しよ? ――――で、なにかしら」

 「面白い人材を見つけました。二人」

 「どんなふうに面白いのかな。ルルーシュ?」

 「まだ、見極めはこれからですが――――ヴァルトシュタイン卿」

 「む? なんだ?」

 「――――あるいは、ラウンズの空席を埋めるに相応しい、人材かと」

 「……わかった。また教えて欲しい」

 「はい」

 「では、本日の会議はこれで終わりに致します。お疲れさまでした、皆さ――――」




 再度、特務局長の言葉を遮って。
 甲高い、携帯の音が、響いた。




 またもや言葉を遮られて不機嫌になったベアトリスを横目に、素早く取る。

 「はい、ルルーシュ」

 通常、会議の前には携帯の電源を落としておくか、マナーモードにしておくのが普通だ。だから、当然ルルーシュも、音は消していた。だから普通の電話で着信音が、鳴る筈が無い。
 しかし、何が起こるか分からないラウンズだ。緊急時は、必ず音で知らせるように設定がなされている。

 言い換えれば。
 鳴ったという事は、ルルーシュに緊急事態を告げているという事に、他ならない。

 『ルルーシュ! 大変、です!』

 「モニカか? ……おい、息が荒いぞ? 何が有った」

 電話の相手は、モニカだった。普段は柔らかい口調が、厳しく張り詰めた物になっている。

 ペンドラゴンとエリア11では、大凡13時間の時差がある。向こうは早朝。六時前くらいの時間の筈だ。これから社会が動き出す、その直前に発生したという事は、かなり……嫌な予感がする。
 人々の準備が終わっていない間に、行動する。
 最も集中力が切れる時間帯に、発生した、何かがあったのか。

 『私は、大丈夫です。……それより、聞いてください』

 モニカの息が荒いのは、寝起きだったかららしい。即座に飛び起きて、まずルルーシュに連絡をいれたのだ。素早く音声を大きくして、室内の誰もに声を届くように設定する。

 全員の視線が集まっている。唯一人、母だけが目を閉じているが……これは多分、アーニャから情報を得ているのだろう。その顔が、ほんの少しだけ険しくなっている。
 モニカは、深刻な声で言う。




 『サイタマゲットーに駐留中だった、KMFを含む総勢250人。攻略戦の為に集積していた重火器を含め――――全滅しました』




 ……どうやら、妹に会う余裕はなくなったようだ。

 先程までの空気が、一瞬で引き締まった事を肌で感じながら、ルルーシュは静かに悟った。
















 登場人物紹介 その12

 リリーシャ

 苗字は不明。マリアンヌが、補佐官・秘書官として使っている美女。ルルーシュと同じくらいの年齢。
 淡い金髪に、隙のない格好。スタイルは平均的だが、持ち前の雰囲気の為か、武官のイメージを受ける固さがある。それが女性らしさの減衰に繋がっているのだろう。
 ルルーシュとも長い付き合いなのだが、とある事件を切欠に関係が変わってしまって、修復されないまま今に至っている。別に恋愛絡みではない。接し方を探しあぐねている状態。
 マリアンヌが部下に引き抜いたのは、関係を改善しようと企んでいるから、かもしれない。






 用語解説 その9

 《ザ・ソウル》

 マリアンヌの持つギアス。魂を加工し、人の心を渡っていく力を持つ。
 アニメ、ナナナ共に、彼女の死の寸前に使用され、その後肉体が滅んだ為に、アーニャの中に意識だけが残ってしまった。だから、彼女が「生きている状態」で使用した場合、どうなるのかは不明。
 作中の説明は、飽く迄もルルーシュの認識。正しいとは限らない。マリアンヌ自身が情報を隠している為、その裏に何があるのかも不明。そもそも、何故アーニャにギアスをかけたのかも不明だ。














 母、かなり良い人……なのか? マリアンヌというだけで裏がありそうです。

 あ、ナナリーは生きて“は”います。生きてる、という以外にどんな状態なのかは、まだ秘密ですけど。

 気付いた人もいるでしょうが、この話は、初期設定に、最新情報『GAIDEN 亡国のアキト』まで、出来る限りのネタを詰め込みます。ので、きっとその内ライやゼロ様(ガチムチ)、カルラや蓮夜、ヒュウガ・アキトなんかも話に出てくるでしょう。

 次回はサイタマゲットーの話。
 世界相手ならば順風に見える帝国でも、敵は一筋縄ではいきません。ブリタニア駐留軍壊滅の背景や、『教団』の謎が少しだけ判明する、かも。

 ではまた次回。

 (5月15日・投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑨
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/05/21 21:21
 「悪いわね、スザク君! こんな朝早くから!」

 まだ陽が低い朝方。特派の移動トレーラーの中に、枢木スザクはいた。

 移動型格納庫はゲットーに程近い、開けた平地に停車している。
 特派の虎の子。KMFランスロットは、マリエル整備主任の元で機動の準備中だ。突然の出動命令に現場は忙しく、ひっきりなしに機械の動く音と、『そこ手をもっと早く動かす!』という罵声とも怒声とも付かない声が響いていた。

 「いえ、仕事ですし!」

 今スザクは、ランスロットの中に乗り込む直前だ。パイロットブロックに腰かけてはいるが、まだ組み込まれていない。周囲は非常に騒がしい。お陰で会話もままならなかった。
 オペレーターも兼ねるセシル・クルーミーの声も、それに返すスザクの声も、大声になっている。
 足元では作業用の移動昇降機を小寺正志(特派配属と言う事でスザク共々准尉に昇進した)があちこちに動かし、主任のロイドは打って変わった真剣さで、凄まじい速度でキーボードを叩いていた。

 「セシル君! ドライブ回転確認!」

 「通常です!」

 「セシル! 武装にMVSは!」

 「お願いします!」

 「わかった。――――マサシ! コンテナAの2を、右に20メートル動かしときなさい!」

 「了解、です」

 普段は研究馬鹿でも、いざという時のスキルは皆、恐ろしく高かった。
 空気に慣れていない雑用扱いの小寺マサシが、少々哀れになる位だった。

 「――――良し、これで確認は終わり。……スザク!」

 KMF胸部のファクトスフィアと、そこに直結する『ナイトメア・システム』の確認を終わらせたマリエル・ラビエが、作業服の上に白衣という、訳のわからない格好のままスザクの所にやって来る。
 そのまま、ぴ、と指を顔に向けて、忠告する様に言った。

 「今迄とは違って今日は実践。本当の戦場で動かすの。データ取得と私達の手間暇が賭かってる。……ランスロットも、貴方の命も、壊さないようにしなさい。今迄の練習通りにやれば良いわ」

 「わかりました」

 そこは、練習ではなくて訓練ではないか、とスザクは思ってが、言わない。特派に配属されてから素直に意見を言うようになったが、同時に『もうちょっと空気を読め』とも言われている。
 壊さないでね、という科学者と技術者の、燃える瞳を正面から見て、スザクは素直に頷くだけに留めた。

 この特派の人々は、スザクの事を色眼鏡で見ることは無かった。本来は乗れないKMFの搭乗者として扱ってくれた。そうでなくとも、周囲の職人肌を感じてしまえば、粗末に扱える筈が無い。

 「よし、じゃあ乗って良いよ。武装だけやっちゃうから」

 「はい」

 マリエルが少し離れたところで、スザクはブロックを中に入れる。
 途端に、今迄はうるさいくらいだった騒音が止んだ。代わって既に火が入っているユグドラシル・ドライブの回転音が、低く、鈍く機体に響き、稼働しているOSが電子音を奏でていた。
 満足に体も動かせない。息苦しいのは、緊張か。圧迫感を与える狭苦しい空間。快適性や居住性能とは真逆の、戦争の為の道具だ。乗っているだけでそれを思う。
 OSに、ウインドウが開いた。深い藍色の髪と瞳の、通信機を携えた美女が映る。

 『……ザ、――――ス、ザク君、聞こえる?』

 「こちらスザク。聞こえます」

 『はい。……それじゃあ、今から作戦概要を説明します。スザク君、貴方の仕事はとても簡単だから、安心してね』

 ウインドウに、サイタマゲットーの略地図が開いた。
 






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑨






 ――――匂いが、します。


 郷愁を誘う湿った空気の匂い。血の匂い。火薬の匂い。鼻に付く機械の匂い。そして、騎士の嗅覚が嗅ぎつける、敵の匂い。得物の、獣の匂いだ。佇みながら、モニカは空気を感じ取る。

 目の前に広がっているのは廃墟の群れ。
 罅割れて役に立たなくなった嘗ての高層ビル。元からの基盤がしっかりしていた為か、戦争で被害を受けても経っている。地盤の脆弱性とは裏腹に立派だ。この建築技術は十分評価に値するだろう。

 灰色の街並みが、都市と言う機能を大きく削がれて久しい。モニカは七年前の日本侵攻の際は、まだ普通の学生だったから、過去の日本を見たことは無い。それでも想像はつく。大都市で、多くの人間の生活を支えていたのだろう。多くの人間が営み、日々を送り、平和を謳歌していた。
 だが、今は――――少なくとも、今現在、この時は、違う。

 憐憫を覚えながらも、戦闘を始める事は止めない。
 街の中には、敵が居る。自分が狩る役目を負った、テロリストという得物がいる。


 ――――いるなら、倒しましょう。


 意識を切り替える。帝国最強の一角。ラウンズの十二席という立場に。

 獲物を前にほくそ笑むのは三下の証明だ、と幼い頃にモニカに教えてくれたのは誰だったか。確かレナルド博士だったと思うが自信は無い。だが言葉は覚えているし、意味は分かる。標的を見たら、余裕を己に感じるより、まず先に相手を倒せ。余裕は格下の思わぬ襲撃を招く。そして油断は死に繋がる。

 モニカは死が怖い。死ぬ覚悟はしているし、撃たれる覚悟もしている。けれども死が怖い。かつて初めて銃を取り、民間人から騎士へ、否応無く歩まざるを得なくなった時から、モニカは死を恐れている。

 だから、モニカは、唯、狙う。
 狙い、確実に倒す。
 相手が気付かぬ、相手の反撃が届かぬ、戦場から遠い、その場所から。

 熱を感じ取る。ベティウィア。彼の円卓において、一撃で九の傷を生むと謳われた騎士の名前。槍と銃という違いはあるが、なに、いずれにせよ遠い距離が得意なのは同じだ。

 景色は、何時もより霞んで見える。色褪せた、まるで白と黒だけで彩ったような風景。
 空が灰色に覆われているからか。目標が潜むのがコンクリートの密林だからか。あるいは、これから起こる戦闘の行き先を証明しているからか。どれも不吉な印象だ。戦うには相応しい空模様かもしれない。だが、仮に晴天でも関係は無い。どれだけ不吉であろうとも、逆に幸福であろうとも――――。


 ――――私は、遠くから見るだけですから。


 遠く、遥か遠く。川と橋、崩落しかけたビルを隔てて、軽く一マイルは先にある標的。その動きの一挙一同が、モニカには素で見えている。
 限られた人間しか持ち得ない天性の才能を、今は喜ぼう。

 ゆっくりと、息を吐く。
 体に感じる重さは、感じ慣れた銃身と引金の重さ。
 風も、気温も、湿度も、銃弾の軌道から相手の次の動きまで、全てを己のものとする。
 情報の全てを掌握し、己の経験と理性と直感に叩きこみ、視界以外の全てを、一点に注ぎ込む。
 視線とサイトを一致させ、片目に拡大されて移る敵を、見る。


 ――――中ります。


 確信。これだ。世界が停滞し、まるで自分一人だけが取り残されたような、そんな感覚。
 初めて人を殺した時以来、体に刻み込まれた感覚。自分のトラウマ、忘れたくても忘れられない記憶、そして消しても消えない負の感情を、戦場はモニカに思い出させてくれる。

 これだけは。
 これだけは、きっと、他のどんな人にも分からない。
 ここが『狙撃手』モニカが見る世界だ。

 「――――モニカ・クルシェフスキー。……狙い撃ちます」

 今の自分は、本気だ。
 引き金を絞る。




 建物の影から身を出した敵は、綺麗にパイロットブロックを貫通されて吹っ飛んだ。




 狙撃手(スナイパー)。

 およそ戦場において、最も畏怖され、同時に嫌悪の対象となる職業。
 見えない攻撃で相手を縛り、正確な弾頭は敵勢力に致命傷を与える。その熟練者ともなれば、冷酷無比な狙撃能力で、一人で連隊の進軍を押し留める事まで可能になる。
 相手に気付かれず、痕跡を残さず、遠距離から弾を命中させ、獲物を仕留める。ただそれだけ。
 だが『ただ、それだけ』を、完璧にこなせる者は、軍隊の中でも極一握り。
 まして“武器に頼らず”マイル(約1.61キロ)の狙撃をこなせる人間が、どれほどいるか。


 ――――今更、でしょうか。


 その中の数少ない一人――――感情を消したモニカは、相手を捉える。
 次の瞬間には、敵ナイトメアは華麗に穿ち落とされていた。




     ●




 『なんだ! 今のは! 直ぐに確認しろ!』

 『――――は! た、ただ今!』

 『何だ!? 何処から撃ってきた!』

 サイタマ。
 旧埼玉県埼玉市を中心に広がる、荒廃したゲットーだ。朝霞の激戦の余波で壊滅したこの街は、シンジュクゲットーよりもナンバーズの数が少なく、その分治安が悪い。
 推定人数は二万人未満。それだけの人間が、身を寄せ合って生活している。租界からの横流しで多少は凌げるシンジュクと違い、サイタマの暮らしはそれ以上だ。最も、租界に近く治安維持に煩いシンジュクと比較して、帝国の干渉が少ないという側面も有している。

 事実、サイタマ駐留軍はゲットーの治安維持を殆ど行わないし、行っても表面上だ。抵抗勢力が身を潜め、七年間も活動を続けていられた理由も、其処にある。
 今回、彼らが壊滅した理由の一つが、軍の練度の低さ、初動・対応の遅さ、油断だった。


 ――――しかし、だとしても。


 だが、仮にそうだとしても、サイタマ駐留軍は、軍だ。司令官が無能でも、規律が緩みきっていても、KMFで行われるのが形ばかりのパトロールでも、重火器も人数も、それなりに置かれていた。
 まして、三日後のサイタマゲットーでの作戦の為、モニカが必要な物(人間含む)を送っている最中だったのだ。元の数と合わせても、名誉ブリタニア人含めて250人はいる。
 それを壊滅させるなど、並大抵の事ではない。はたして。帝国軍が不甲斐ないのか。サイタマで反旗を翻した連中の手腕が優れているのか。それとも、連中に武力を提供した奴らが凄いのか。きっとどれも正解だ。


 ――さあ、行きますよ。


 左目を動かさず、右目で視界を確認する。戸田橋の手前に転がる機体は三つ。橋の入口近くのKMFが二つ。その奥にいた奴が一つ。サイタマゲットーに続く道路を占拠していた、敵性KMFは、全て沈黙させた。これで橋から帝国軍が侵入できるルートが開けたことになる。

 サイタマゲットー内には、侵入ルートが二つ。南からトダ橋を経由するルートと、大宮から入るルートだ。幸いゲットーにはアラ川が接しており、これは片側を封じている。つまり、川と橋を封じればゲットーへの出入りは大きく制限できるのだ。
 通信は送らない。アーニャとジェレミアと特派がいれば勝手になんとかするだろう。モニカはただ、只管に相手を狙って狙って、狙い撃つだけだ。容赦なく。完璧に。

 『何機やられた!』

 『報告! ただ今の攻撃で、三機やられた模様! 戸田橋方面を見張っていた機体です!』

 傍受した通信が響く。相手は混乱している。当たり前だ。唐突に味方が撃たれれば誰しも混乱する。その混乱を生むのが狙撃手だ。混乱を恐怖に変えれば、尚、完璧。狙撃に恐れ戦くと良い。

 『全員、橋の北に近寄るな! 入って来たブリキは待ち構えて攻撃しろ!』

 指揮官らしき男の声がした。

 ああ、戦法としては悪くない。狙撃手が怖いならば、見えない所に居れば良い。その視界に入り込まなければ良い。見えない相手ならば、確かにモニカも……狙うのは難しい。難しいだけだ。決して不可能ではない。分が悪いからしたくないが、夜間狙撃の成績だってモニカは帝国トップだ。

 大橋にいた味方が倒された。遠方からの攻撃だ。なら、橋には近寄るな。正しい判断では有る。
 けれども、何を勘違いしているのか。不用心だ。確かに、帝国軍のルートを開く為に、橋を守っていた連中を倒したが――――別に、橋の対岸から狙撃したとは限らない。彼らにしてみれば。まさかモニカが、既にゲットー内にいるとは思いもよらないのだろう。
 他の部隊は囮だ。既にベティウィアとモニカは、サイタマゲットーに潜入している。誰にも気づかれず。


 ――――だから、橋に意識を向けていても、無駄ですよ。


 口元に浮かぶ、仮面のような冷笑を携えて、橋から遠ざかろうと、朽ちかけた道を行くKMFを見る。周囲に気を配っていても、その注意の外から撃つのが狙撃手だ。視界にとらえた一機を、動力炉に狙いを定め、ぶち抜く。
 特派特性の消音機を付けた銃は、その音を発さない。ただ無音のまま、淡々と相手の心臓部を穿つ。

 『な! まさ……ッガ!』

 訳が分からない、と声の残響と、響く爆音。燃え上がる機体。撃ちこんだ一撃は、装甲を貫通し、見事にサクラダイトに引火してくれた。ブレイズルミナスのシールドを張れない量産機体なら、十分に機関部を貫通出来る。バシュ、と空の薬莢が放出された。
 エンジンを狙うなどという面倒な事をしなくとも、直接にパイロットブロックを撃てば良いのだが、生憎、機体の位置が悪かった。さぞかし熱かっただろう。悲しい殺し方をした。

 『――――な! どこか』

 ら、の言葉より早く、もう一体。隣接していた機体を撃墜。速度も武装も中々だったが、だからと言って、モニカに勝てるとは限らない。近接で戦えば彼らに分があるかもしれないが、そもそも戦わないのだ。絶対に安全な場所から、相手を容赦なく狙う。それこそが狙撃手だ。

 これで五機。まだまだ敵の数が多い。安全を確保するまで、戦場では気を抜くな。一瞬の油断は、敵も味方も平等に命を刈り取っていく。空になった弾装を二秒で交換する。残弾は、残り30発。敵一体に一発当てて戦闘不能にして行けば、それで十分だ。

 『どうした! ……まさかまたヤられたのか!』

 味方の様子を見ようと、撃墜地点近くに姿を見せた無謀な馬鹿者。心配なのは分かるが、格好過ぎる標的だ。狙撃はこういう効果があるから強い。攻撃を連鎖させ、繋げ、相手を縛っていく。

 『な、これは――――』

 だが、これは見逃そう。今だけだが。
 胴体を貫通された一体と、燃え上がる一体。駆け寄るKMFが、二つに意識を取られている間に、モニカは動いた。ヒット・アンド・アウェイ。狙撃の基本に忠実に。一ヶ所から狙っていては、何れ機体の銃痕からモニカの位置が割り出されてしまう。最も、今の彼らに狙撃手を倒せる武装があるとは思えない。だが、それでも油断はしない。

 街中を素早く走り、相手に発見される前に、場所を移す。幸いにも嘗ての都会だ。隠れる場所にも狙う場所にも事欠かない。橋から少し距離を取り、慎重かつ大胆に、確実な安全性を得ながらモニカはゲットー内部の奥へ進んでいく。


 ――――絶対に、見つかりませんよ。


 狙撃手のくせに、と思うだろう。しかし、これがモニカだ。
 死が怖い。銃を向けられるなど身震いする。だから絶対に、敵に見つかるヘマをしない。相手からの攻撃をさせない。死が身近にあるならば、全力でその状態から逃れようとする。

 良くも悪くも生き汚い。騎士になる前から、ずっとそうだった。

 だから、攻撃されない事を最優先だ。反撃を受けないように相手を倒し、決して手を抜かずに確実に命を奪う。それがモニカの戦い方だ。騎士道とはかけ離れた、生存を何よりも重視した戦闘スタイル。

 先程の狙撃場所より、移動した距離は北東に80メートル。身を潜め、見据えるのは自分を探す、先程駆け付けたKMFだ。
 引き金と共に、また一機、愛銃が得物を捉える。ベティウィアのOSが敵との距離、風、湿度、高低差、全てを図って情報を送る。その情報を頭に叩き込み、命中させる為の複雑怪奇な計算を導く。機械以上の数字を叩きだすのは、人間にしか出来ない芸当だ。

 通常、狙撃は二人一組で行う。相手を撃つ狙撃手と助ける観測手。観測手は、敵を狙う優先順位を決め、狙撃に必要な要素を伝え、近寄る敵を退治する。モニカの観測者はベティウィア。情報を観測し、必要な情報を伝えて来る。本当ならば機情のルクレティア辺りが欲しいのだが、文句は言うまい。


 ――――これも、中ります。


 『何処に……!?』

 きょろきょろと相手がKMFの頭を動かすが、それじゃ見つからない。用心しているようだが、無駄があり過ぎる。言ってはいけないが――狙撃手から逃れるには、相手の視界に入らない。そして己と相手の間に遮蔽物を入れるしかないのだ。あるいは、いっそ狙撃を無効化する程に固いか。
 幾ら相手が、GX量産型と言えど、乗ってる人間は素人に毛が生えた程度だ。その事実に気が付き、行動するには遅すぎる。


 ――――さようなら。


 サイトの中で、騎士馬が爆ぜた。




     ●




 次々と消えて行く敵性KMFの反応に、ランスロットの中で、スザクは呟いた。

 「……凄い」

 そう、凄い。話によれば、モニカ・クルシェフスキーの乗るベティウィアは射撃に特化した機体、彼女自身も狙撃の腕が凄い、とは聞いていたが、ここまで圧倒的とは思わなかった。機体の性能だけではない。乗っている、操っている人間の技量が違う。なにせ戦闘が始まって、まだ六発しか銃声(消音機の為か、ランスロットが捉えただけ)がない。

 その六発で、六機が消えた。このままいけば、ゲットー内部にいる約30機は、一人残さずに全滅させられるかもしれない。一発の外しも無く、相手に何もさせずに。しかも、未だ発見すらもされていないのだ。
 狙撃手。その恐ろしさを感じ取る。自分は果して、逃れられるだろうか。

 『クルシェフスキーは燃えてるからねえ? 良く見ておきなよ、スザク君』

 そうロイドは告げていた。

 大体では有るが事情は聞いている。
 元々、サイタマ攻略に五日間の準備期間を総督へ要求したのが、クルシェフスキー卿だった。この時点では、要求は正しかったが――――しかし、その準備の五日間で、サイタマが全て敵の手に落ちてしまった。
 総督の要求を退ける形での指示だった事が不運だ。速い内に殲滅命令を出しておけば、こうはならなかった……そう訴えられれば、何も言えない。確かに、真実の一面を突いている。
 だから、責任を取る意味も込めて、彼女が出撃しているのだそうだ。

 『怖いよ、彼女は』

 『……そうなんですか?』

 軍人でラウンズだから、公私混同はしないだろうし、実力を示すに違いないとは思っていた。
 だが、あの優しそうな雰囲気からは、戦場で恐ろしいと言われても想像が出来なかったのだ。

 『そう。――――スザク君さぁ、モシン・ナガンM1891/30って知ってる?』

 唐突にスザクに話しかけた時、ふやけた笑顔の中で、目だけは真剣だった。

 『確か……狙撃銃、ですよね』

 『正確には狙撃にも使えるライフルだけどね。帝政ロシアで1891年に開発されて、その後100年間で37,000,000丁も製造され、ロシア赤軍から大日本帝国陸軍まで、大ヒットを飛ばした名銃さ。全長は大凡一メートル強、ボルトアクション式で、7,62ミリ口径。射程距離は――――推定で、400~500メートル。世代交代で狙撃銃としての価値は減ったけれど、観賞用、スポーツ用、狩猟用なんかに今でも残っている』

 ロイド・アスプルンド。実は兵器にもそれなりに詳しい。
 最も詳しくなった理由は、KMFに技術転用可能かもしれない、という思考回路が原因なのだが。

 『それが、何か?』

 『クルシェフスキー卿の伝説の一つ。……私立名門中学校時代、祖父の形見だという、その射程400メートルの狙撃銃で、700メートル先の的に一発で直撃させた』

 『……は?』

 何か今、色々と変な単語が聞こえたのは、スザクの聞き間違いだろうか。

 『いいや、聞き間違いじゃないよ。中学生時代の彼女はね、時代遅れの古びた銃で、物理的に銃弾が届くギリギリの相手を一撃で葬った。その時の事件には、僕も師匠も少し関わっている。だから嘘じゃない』

 ロイドは、その時の事を思い出したのか、肩を軽くすくめながら語る。

 『それ以来、彼女は騎士の道を歩まざるを得なくなった。天性の才能を帝国は放っておかなかった。まあ、その辺の事情は教えてあげらんないけど……。中学校で、既にそんなレベルだったんだ。軍人として真剣に訓練した彼女に、才能を十分に奮える得物と標的さえ用意してあげれば――――』

 そこまで思いだした所で、OSが更に一機、敵が消えた事を伝えてきた。今も彼女は、きっと身を隠しつつ、移動しながら狙撃を続けている。
 自分が兵隊として、あの中に飛び込めと言われたら、どこまで回避出来るだろう。幾らランスロットとはいえ、ブレイズルミナスだけで十分だろうか。

 『――――彼女は、決して何も、逃さないんだよねぇ』

 ランスロットの中で、スザクは、静かに息を飲んだ。
 ラウンズという存在と、そこにいる親友の事を思う。

 『ラウンズっていう人たちはねぇ。好むと好まざるとに関わらず、人を効率よく殺す技術に、皆、秀でているんだ。戦闘か、戦術か、謀略か、暗殺か。そういう得意分野は別としてね。皆、生と死を良く知っている。だからこそ彼らは、命を大事にする。命を大事にするから、偏見や差別も気にしない。――――クルシェフスキー卿も同じさ。彼女は才能があった』

 射撃と狙撃。銃の扱いにおける、才能が。
 帝国で生きるという意味では幸運。しかし、平和に行きたいだけの普通の人間には不幸だ。

 『だから色々と歪なんだよね。命を投げ合う戦場では、さ』

 ロイドの目は、真剣で、そして少しだけ悲しそうだった。




     ●




 モニカを探す『ヤマト同盟』のメンバー達は、既に互いに叫び合っていた。
 30機の内、いつの間にか八体も倒されたとなれば冷静でいられるはずもない。

 『くっそ! またヤられた! 何処にいる!』

 『何故だ! 何で、KMF一機が見つからない!?』

 『落ち着け! 冷静に行動しろ!』

 通信を傍受されていることも知らずに、テロリスト達が騒いでいる。声の中には、見えない敵への恐怖がある。狙撃手冥利に尽きるというものだ。有り難い。彼らが怖がってくれればくれる程、モニカは安心して戦える。
 拡大機能付きのサイトには、銃を四方に向けて警戒をする敵が映っていた。


 ――――混乱してますね。


 まあ、相手の気持ちも分からなくは無い。何せ、今迄モニカは、一回も発見されていないのだ。
 狙撃手はいる。どうもゲットー内部らしい。しかし、その撃ち手は影も形も見えない。ただ淡々と味方の被害だけが増えて行く。音も無く、まるで死が一歩一歩迫りくるように。鍛えられた兵隊でもこの恐怖に抗える者は少ない。

 障害物が多いゲットー。KMFの大きさは、幾ら大きくとも五メートルを超える物は希だ。そんな巨大兵器が、ヒット・アンド・アウェイを繰り返し、縦横無尽にゲットー内を駆け回っていて発見が出来ない。その事実が相手の混乱に拍車をかけている。
 何処から弾が飛んでくるかわからない。精神は消耗するし、疲労は蓄積する。そしてどんなに警戒しても無駄であると、見えない攻撃はそう思わせる。無理もない。これは簡単なことだった。


 ――――それじゃ次は向こうまで、“走りましょう”。


 今のモニカは、KMFに乗っていない。

 騎士服の上から、目立たない迷彩用の襤褸を被り、目立つ金髪碧眼も隠し、民間人の装いで銃を携え、あちらこちらを走っているのだ。天下に名高いラウンズが、まさか銃と共にKMFに戦争を吹っ掛けているなど――――普通は予想できない。
 相手も、KMFで狙撃しているのではない。モニカが生身で、廃墟の死角から狙い撃っているとは思っていなかった。だから見つけられない。細身で身長も高く無いモニカならば、KMFと対面さえしなければ、幾らでも隠れる事が出来る。そして、隠れる事さえ出来れば、自由に動いて狙い撃てる。

 音を経てずに、走りだした。
 周囲を伺う。敵の姿は見えない。軽やかに、影から影に、まるで獣か特殊部隊員のように動くモニカの動きは、滑らかでしなやか。足跡はおろか、彼女が其処を通ったという痕跡も見えない。

 元々狙撃手は、徹底的な一撃を相手の急所に叩きこむ職業だ。その為には、幾ら狙撃の腕が良くとも、銃の扱いに長けていても、隠密工作技術に精通している必要がある。標的を狙えなければ意味が無いのだ。自分の存在を嗅ぎ取られず、必要とあらば泥水でも啜って生き延びる事を求められるのが狙撃手。要求されるのは、己の腕と愛銃と生存能力だ。

 最も、彼女は、殆ど訓練を受けた事は無い。極圏に近い実家の周りで、狩猟で生計を立てていた祖父に付いていたから自然と習得しただけの話だ。その時に学んだ銃の取り扱いが、まさか騎士候になった時に役に立つとは、当時は欠片も思っていなかったが。


 ――――さて。


 滑る様に、先程から40メートル程離れた建物に入り込んだモニカは、そのまま建物上部に上った。そして、そのまま素早くポイントを探す。外の様子が伺え、しかし相手からは見えにくい。逃走経路が確保できるか、いざとなれば飛び降りても大丈夫か。愛銃の巻き起こす土煙は見えないか。

 全ての要素を確認しながら、音も無く窓際に近寄る。元々は窓が有ったのだろうが、もう失われて久しいのだろう。顔だけを僅かに覗かせたモニカは、視界の中に、今迄見えていなかった標的を確認する。


 ――――ベティウィア。情報をよこしなさい。


 腕に繋いだ携帯端末に情報を要求して、同時、熱を持つ愛銃を担ぎ出す。

 M95。キロ単位の狙撃もこなせるベストヒット対物ライフルM82から発展した軽量型。モニカの狙撃能力に惚れた銃会社、ブリタニア本国に本拠地を置く「バレット・ファイアーアームズ」が進呈してくれた特注品。――要するに、対KMF用にカスタムされた、携帯用アンチ・マテリアル・ライフルだ。
 普通はキロ単位の狙撃を行う為の武装だが、十分にKMFに効果がある。消音機で音をなるべく消し(と言っても静かにしていれば十分に聞こえる)、弾速で巻きあがる砂煙さえ誤魔化せば良い。消音機に、低周波を出す機械を銃近くにおいて音を打ち消し合って、建物内部で狙撃をすれば問題は無い。


 ――――『風速2メートル。気温21度。湿度37パーセント。周囲100メートルに大型機械の影は無し』。


 ピ、ピ、ピ、と端末が無音で明滅し、情報を送って来る。上出来。十分だ。

 モニカが隠したままにしてある、KMFベティウィアには、地形を読む観測用OSが乗っている。電子戦には全く役に立たないが、狙撃の補佐として見れば優秀だ。いや、優秀にしている、と言う方が正しいか。機体の整備よりも、このOSの調整に時間がかかる。特派に頼んで置いたのも、これが理由だ。

 開発はレナルド博士。組み込まれていたOSを、モニカ専用にカスタムして貰ったのが、もう七年以上も昔になる。その時から全く支障は出ていない。ロイド・アスプルンドも、『真剣に弄らないと性能が落ちますからねぇ、本当に』と、眼を鋭くして言うほどだ。勿論、入手する情報に間違いは無い。
 静かに送られてきた、全ての情報を頭に叩き込み、目標までを図る。


 ――――さあ。


 頬当ての感触を顔に感じる。片目の先には、標的がある。髪を微かに乱す、吹き付ける風は、機械と燃料の悲鳴を、此処まで運んでくれるだろう。

 アンチ・マテリアル・ライフルとはいっても、技術の進歩のおかげで、モニカの体格でも持ち運べるし、反動も決して強くは無い。精々が十二口径ショットガンくらいだ。小型化の弊害にセミオート機能こそ無くなったが、腕で支えて普通に撃つ事も出来る。別に行うつもりは無いが(そして怖いから絶対やりたくないが)、やろうと思えば小銃と拳銃での近接戦闘もモニカは出来る。そう言った時にも、この愛銃は活躍していた。

 第六感。あるいは勘。そうとした表現できない“何か”は、モニカに告げている。これは当たる。当たるから外れない。そんな言葉だ。きっと外したら死ぬかもしれない、そんな強迫観念から生まれたのだろうと勝手に予想しているが、詳しくは不明だった。
 だが、中ると確信できるなら、別にどうでも良い。そもそも此処まで育つ以前には、私は散々、はずしていた。騎士の運命を怨みつつ、死なない為の研鑽を積んだ。だから、これは努力だ。努力の証。そう思っておこう。


 ――――逃がしませんよ。


 キュイン! と空気を一直線に裂いて、秒速800メートルを超える弾丸が射出される。
 これで、合計九体だ。

 ガショ、と空の薬莢を排出し、落下させずに膝で受け止める。室内で銃を撃つ時の癖だ。野外で、しかもアンチ・マテリアル・ライフルを撃っている状態で行う行動ではない。だが、身に付いた癖は抜けない物だ。それが、死に関わる物であるならば特に。


 ――――ええ、絶対に。


 逃がしてなるものか。
 サイトの先の、テロリスト達が繰る「機体」を見据えて、モニカは。

 死神の如く、とびきり冷酷に、微笑んだ。




     ●




 ――――また一機。胴体を撃ち抜かれ、地に落ちる。

 さて、何機落としたか。数えてはいない。撃って、撃って、移動。隠れ、移動して、また撃つ。この行動を繰り返した。体に染みついた狙撃手のルーチンワーク。派手さは無いが、確実に相手を葬っていく。より多く敵を倒す事。自分が絶対に安全を確保できる事。この両方を天秤にかけ、どちらかに傾く事が無いように、思考し、実行し、追い詰める。

 モニカ・クルシェフスキーが、このサイタマで、彼女にしては珍しく“燃えている”のには理由がある。

 それは、結果的にミスになってしまった、ラウンズとしての命令ではない。それもあるが、別の理由もある。もっと別の問題。サイタマで確認された、テロリスト達が乗っている「機体」。その機体を見た瞬間に、彼女はこの作戦に、思い切り、本気で、関与することを決めた。

 弾倉を交換しながら、冷静に的を見る。選ぶ時間を置かない。選ばず、無作為に、容赦なく。相手に「次は自分だ」と思わせなければならない。そして、また一機。

 見える敵機体。
 第七世代KMF・GXシリーズを、叩き潰していく。


 ――――GXシリーズ、か。


 本国のKMF開発史と、技術に精通している人間ならば、知らない者はいない。
 第七世代KMFの中で、闇の中に消えて行った機体だった。

 GXシリーズ。特派のランスロットよりも早く完成していた第七世代。だが、その開発者・設計者・そして完成品の機体。僅かな試作機体を残して、全てが消えてしまった。いや、技術者は死体で発見されたから、消されてしまったという表現が正しい。表向きは、技術争いに敗北した、とされているが違う。奪われて、証拠共々全て消されたのだ。
 長くなるから、今はこれ以上の説明はしない。言いたい事は、一つだけだ。


 ――――『奴ら』がいるのは、確実。


 今、サイタマで暴れたテロリストが乗っている、“誰かから渡されたであろうKMF”は、本来ならば存在しない機体、もしくは存在してはいけない機体だ。持っているのは敵だけ。『教団』に連なる者だけだ。
 容赦なく、冷酷に、確実に、モニカが倒す真の理由がこれだ。あれは敵だ。『ヤマト同盟』と言う存在以前に。帝国の敵で、モニカの敵なのだ。乗組員に罪は無いが、逃しもしない。

 負の思いを乗せて、モニカは更に一機を撃ち抜いた。

 これで何機落としたか。ベティウィアのOS《エネヴァク》が伝えるには、トダ橋方面から逃げ出そうとしてジェレミア率いる純血派に倒された者もいる。残像勢力を倒しきるには、十分だ。生身のモニカが直接、狙われる様な事が無ければ。


 ――――どうせ、彼らは助からないのだ。
 ――――だったら自分が、息の根を止めてあげた方が良い。


 心の底から、そう真剣に思って一機を落とす。素早く移動して、場所を変える。息すら乱さず、ただ淡々と極められた作業をする。例え想いが煮えていても、理性を冷やし、今迄やってきた通りに。
 今、目の前にアレがある。事実は、それだけで本国の上に確実に報告するべき問題だ。勿論そんな事は、総督は愚か特派にも伝えていない。『教団』に関する情報は、帝国内でも極秘事項だ。

 『あれは機情で運用している特殊KMFです。本来ならば、試作機が一体と、そこから生まれた四機。GX01-Aから、D、L、M、Sだけですので、技術が流出したのでしょう……』

 この理屈で抑えてある。後は帝国元帥が手を回してくれるだろう。ロイドは宰相閣下を経由して多少事情を知っているだろうが、彼も口は固い。言って良い事と悪いことの区別は付いている。
 そして、機体の詳細を調査するならば、一機を鹵獲すれば後は始末をして構わない。
 ……いや、総督一派を初めとする内なる敵、テロリスト達外の敵。両方の敵を考えるのならば、残りは全て破壊しておいた方が良い。機体はともあれ、“乗組員”の状態を隠す為にも、だ。

 『――     !』

 『  !!   !!』

 『×××! ■■、■■!』

 思わず顔を顰めたくなるような、聞きに絶えない罵詈雑言を耳にしながら、モニカは息を吐く。意識を研ぎ澄ませる為に。


 ――――そろそろ、相手の精神力も限界でしょうか。


 さっさと恐慌状態になって欲しい。

 GXの細部を見る限り、あれは量産型機体だろう。敵はどうやら、何処かで軍隊を製造しているらしい。エリア11国内なのか、それとも中華連邦で作って運び入れているのか。どっちにしても、政庁内に手引きしている事も、多分確かだ。やれやれ、ますます仕事が増える。

 一機。撃墜しながらも、頭は静かに思考を続ける。あのGX量産型は、性能自体は――――かなり良い。サザーランド以上だ。グロースターと互角くらいだと、判断出来る。だから30機もあれば、かなり上手に戦えば、ゲットーを落とす事も出来ると思う。ルルーシュレベルの指揮官ならば、まず可能だ。

 しかし、どうも兵の様子を見ていると……そこまで熟練の立場ではない。指揮官が優秀と言う訳でもない。第七世代という機体性能を引き出すのではなく、どちらかと言えば力押しだ。だとすると、事実と仮定の間に齟齬があることになる。

 単純に考えて、今、順調に数を減らしている連中の戦法が力押しだとしよう。だとすると、サイタマゲットーの駐留軍を、簡単に壊滅させるには至らない。軍規が乱れた軍隊の戦闘方法も、実力を過信しての力押しに近い。彼らと同じ様に、だ。力押したい力押しならば、どちらかが一方的に敗れることは無い。あるとすれば、よっぽどに性能差があるか――――あるいは、“別の力”が働いたか。
 そして先も言ったが、グロースターの力押しならば、サザーランドが圧倒的不利になる事は、まず無い。


 ――――乗組員に、“渡されて”いますかね?


 乗りなれない機体を操るには負担が懸かる。この負担を、無理やり何かで解消してしまう。どうやってか? 負担が懸からない機体、とは考えにくい。そもそもKMFは操るにも技量が居る。乗って動かす“だけ”ならば兎も角、昨日今日KMFを得たばかりのテロリストが、駐留軍を破れるほど、柔軟に操れるかと言えば、答えは否だ。

 事実、彼らは力押し。だが、普通な力押しでの戦いだって、難しいのだ。『テロリストだから操れるんじゃないのか』と納得しそうになる。だが、GXシリーズは、グラスゴー、サザーランドとは系列が違う。性能は高いがピーキー。勿論、普通に戦うにもハードルが高い。


 ――――けれども、その条件で、動いている。


 あのGXシリーズ(と呼ぼう)を生んだのが、『教団』なのだとすれば……。同時に、人口のギアスユーザーが居る事も、多分、間違いない。そのギアスユーザーが何者か。それは全然、見当もつかない。だが当たらずとも遠からずだ。きっとGXシリーズのデヴァイサーは、ギアスによる効果か、あるいは人工ユーザー製造技術か、どっちにせよ、そんな技術で無理やり体を弄られている。

 ノスフェラトゥシスによる細胞破壊は発生していないようだが、ひょっとしたら抑制剤も混みかもしれない。
 まあ、彼ら自身にどこまで、問題意識と自覚があるかといえば、こちらも相当、怪しいのだけれど。

 『くっそ! 何でだ! どうして!』

 『落ち着け! 冷静になれ! この混らガッ!』

 止めよう。終わった後で考えれば良い。そう思考を中断して、またも狙う。

 どうやら、未だに辛うじて平常心を持っていた者を、上手に撃ち抜けたらしい。景色を捉える片目は、サクラダイトに引火して爆燃する機体を捉えていた。狙撃の鉄則だ。冷静で、周囲への影響力が強い者を狙う。自分に立ち向かえる、勇気のある者から優先的に狙うことは。

 やはり素人だ。狙撃に対して冷静になれ、対処をしろと言っても、言うだけならば簡単だ。誰でもできる。しかし、対処方法を知らないのならば、それも納得だ。もしも彼らが、最初から狙撃への対抗方法を知っているのならば、きっと周囲を確認するなどというまどろっこしい事はしない。

 ベティウィアが情報を送って来る。今迄、モニカが撃墜した機体は21。トダ橋から入った純血派が倒せた機体が3。狙撃の混乱で銃を乱射し、同士撃ちした間抜けが1。30機いた雑魚達は、残り5機だ。……雑魚では失礼か。七面鳥くらいにしてあげよう。格好の狩りの的という意味も込めて。

 『いずみッ! どうする! もう残りが無い!』

 『逃げましょう! 全滅しますよ! 泉さん!』

 『っ! ……逃げる!』

 『っくそ、なんで、どうして!? 勝っていたんじゃ無いのかよ!』

 ああ、訳が分からないという声だ。あっという間の状況に、今尚も付いていけていない人間が多い。
 弱い。即決即断が出来なければ、組織は緊急事態の時、瞬く間に瓦解する。


 ――――駄目ですね。


 部隊再編をする事も無く、指導者(イズミ、と言うのか)は逃げ始めた。申し訳程度に後ろに従う者が居るだけだ。その数は合計で4機。おや、一機足りない。

 『待って、ください! 泉さん!』

 孤立していた一機がいたらしい。残存部隊で、まだ合流できていない彼の命運は尽きたという事実に等しい。可哀想に。タイミング良く視界の片隅に、逃げる仲間を、文字通り必死で追いかける姿を発見したので、彼の抗議の声がイズミに届くよりも先に撃墜してやる。

 『ひ、――――ッギ!』

 ブツッ! と、泣き声混じりの断末魔を最後に、声は途絶えた。
 可哀想に。心から同情してあげるが、戦場にいる以上、彼女は敵に容赦をしない。


 ――――これは、指導者に問題があります。


 殺した自分に罪はあるが、死んだ責任はモニカだけに有る訳ではない。優柔不断なリーダーを上に置いたテロリストも悪いのだ。
 まあ、ルルーシュ並みの指揮を期待するのは間違っているだろう、とはモニカも思う。だが、幾らなんでも情けない。ひょっとしたら彼らは『教団』の捨て駒に過ぎないのかもしれない。機体性能の調査とか、そんな理由での。
 だとしたら、余りにも悲惨だ。そして愚かでもある。

 戦闘を始めて、まだ三十分も経過していない。だが、その三十分で『ヤマト同盟』は壊滅した。昨日までとは逆に、直ぐに駆られる立場へと変化してしまった。あの総督の言葉に同意するのは癪だが、ラウンズの実力が此処まで、と周囲に伝われば抑止力にはなるだろう。
 勿論、このまま、彼らを逃がしてあげる程、モニカは優しくない。

 容赦なく、後腐れなく、禍根を一切残さないように、しっかりと倒してあげることは優しさだろうか?

 考えても答えは出ない。戦争に正しい答えは無いのだ。そしてモニカは、悩むという時点を当の昔に通り過ぎている。


 ――――そろそろ、お終いにしましょうか。


 撤退命令を出すのは、もう後十分、いや十五分、速くするべきだった。そうすれば、リーダー含め5、6機はゲットーから逃げだせたかもしれない。けれども、所詮は“かもしれない“話だ。もはや無意味。
 ブリタニアという国家の、最強の剣の一本を、本気にさせた事が、彼らの敗因だ。

 トダ橋とは逆の、大宮方面に機体が逃げて行く光景を確認してモニカは外に出た。このままM95 で後ろから狙い撃っても、全員は倒せない。それでは駄目なのだ。

 ならば、何とかできる方法に変えよう。
 建物から、傍らの建物へと、走る。

 走りながら、M95を背中にまわす様にしまう。銃身はまだ熱いがマントに固定する格好になるので、苦にはならない。ルキアーノのナイフと同じだ。この愛銃を、モニカは移動する時は、常に傍らに置いている。何時でも、いざとなったらKMFの中からでも、敵を狙い撃てるように。

 そして同時、身にまとっていた襤褸を脱ぎ捨てた。
 ゲットーの荒んだ空気に、襤褸は吹き流されて何処かに消えて行く。
 ライトグリーンの衣裳が、覆い隠されていた金髪が、その風に煽られて翻る。
 隠す気は無い。もう、隠れても意味は無い。今更相手が、自分に銃を向ける気概は無い。そもそも一回、逃げるという選択をした以上、もう一回戻って来るような胆力は、気力は、士気は――――彼らには無い。

 道路を走り、そのまま古びたビルを駆け昇る。罅割れた壁と、傾いた床。今にも折れそうな支柱を横目に、片方の外壁からが全て失われた二階に上がる。

 一角に無造作に広がるブルーシートを、一気に剥ぎ取ると。
 一つのKMFが置かれていた。

 「待たせましたね」

 モニカは、愛機に向かって声をかける。

 彼女は別に、効率と隠れることだけを中心に動いていた訳ではない。最初にこっそり、このゲットーのこの場所に愛機を隠し、ECSと建物の死角で、偽装工作を施して置いておいた。そして、最初に狙撃した場所から、場所を移動する度、移動する度に、この愛機に向かって走ってきた。

 初めから全て計算済みだ。
 狙撃手が戦場で最も重要視するのは、己の腕と愛銃、場合によっては観測手のみ。なればこそ己の銃でもあり、観測手でもあるベティウィアを軽く見る筈が無い。

 「待機から稼働へ。ドライブ上昇。《エネヴァク》稼働率を60パーセントまで。狙撃シークエンス、操縦ムーバー、何れも問題なし」

 素早く乗り込み、機体を通常稼働に戻す。機体コンディションはオールグリーンだ。
 画面に光が灯る。狭苦しい窮屈な空間の中で、モニカは大きく息を吐く。座席の前。OSウィンドウの傍らにある、焼け焦げたテディベアを一目見て、自分に気合を入れる。まだ終わっていない。
 ヴン、とエンジンが吠える。こうしてブロックに腰かけて、愛銃と共にあるのも悪くは無い。M95と共にKMFを撃つのも良いが、親から託されたこの機体を駆るのは――――もっと良い。騎士となった運命は厭うているけれど、それはそれ。これはこれだ。

 「さあ、――――行きましょうか。ベティウィア!」

 滑るような動きで機体は宙へ踊り出る。モニカが狙うは、隣接したビルだ。
 幅数メートルの距離を、機体が飛んだ。




     ●




 推進力。回転するランドスピナー。殆ど消耗していないそのエネルギーを存分に使用し、思い切り壁を蹴って上に機体を向ける。両足を開いて支え、銃身を制御し、崩落しかけた、急勾配に傾いたビルの斜面を、機体は登る。

 操縦者の技量にもよるが、第七世代のKMFにもなれば、加速さえすれば壁走りが可能だし、かなりの急勾配の斜面でも、駆け上がる事が出来る。重量や機体バランスにも左右されるが、幸いにもベティウィアの総重量は並みだ。サザーランド、グロースターが行える機動ならば、十分にこなせる。

 登りきった。傾いた屋上に、崩落しかけた転落防止の柵。ビルの角に重心を保つように、壁と屋上に足を置く。何かに寄りかかる事はしない。丁度、三角形の直角の上に立つ格好だ。


 ――――発見、しました。


 遠く、町の反対側へと向かい、オオミヤから逃げるGX量産機を発見した。

 丁度モニカが目線を向けた瞬間、その内の一体が、唐突に破壊される。
 彼らの前に純白の機体が立ち塞がっていた。第七世代KMF。特派の嚮導兵器、ランスロットだ。きっとオオミヤ方面に逃亡するだろうから、逃げない為の抑えとして展開してて、と命じておいたが、言われた通り仕事をこなしてくれたらしい。
 四機の内、一機はランスロットが倒した。それを視界の隅に捉えながら、モニカは機体の主武装を取り出す。

 「……やっと出番ですよ? 《アムレン》」

 長距離狙撃武装《アムレン》。
 ベティウィアの息子の名前を冠する、其れは銃だ。KMFの全長よりも長い銃。まるで背中に野太刀を負ったようにも見える、全長5メートルはあろうかという巨大な鉄の塊。銃身だけで優に4メートルはあるだろう。保有弾数は少ないが、その威力・射程ともに帝国最高。
 同じ場所に、正確に連続して直撃させれば――――ミストレスの絶対守護領域すらも、叩き割れる。


 ――――まず、一機。


 画面越し、相手を把握したモニカは、むしろ雑にも見える挙動でベティウィアを操り、軽くアムレンを構えて、撃った。余りにも軽い引き金だった。

 2秒後、視界の一番奥で、背中から一機のKMFが吹っ飛んだ。

 背中から受けた一発の銃弾は、KMFを勢いで前方にふっ飛ばし、それが倒れるより早く前面から飛び出る。その際、パイロットだったモノも一緒だ。モニカと相手の間には、軽くキロ単位の空間があったが、障害にはならない。

 《アムレン》は少なくとも“理論上は”10キロ以上の射程を誇る。放射角を使えば、20キロは行くだろう。そして、その範囲内ならば大抵、計算と補正と――――そして『勘』で、モニカは的に中てる事が出来る。

 「……一回、“ちゃんと”撃ちましょうか」

 遠く、爆発と黒煙が上がる。町を横断した弾丸は、正確にGX量産機を撃ち抜いていた。だが、モニカは不満だったらしい。何が、と言う訳ではない。狙撃手として、なんか嫌な感じがした。

 そのすぐ近くでは、枢木スザクが巧みな操作で、スラッシュハーケンを拘束帯として使用。二つ目の命令通り、一体のGX量産機を鹵獲していた。乗員を殺してはいないようだが、まあ良い。これであと一機。逃げる機体を倒せば、それで終わる。

 「……やりましょうか」

 折角だ。機体調整の為、ラウンズの実力示威の為、最強攻撃で撃ち抜かせて貰おう。多分、今迄で一番楽に、一番簡単に黄泉路へ行けるはずだ。どうせ処刑される彼らへの、仮に捕縛されずとも地獄の苦痛の末に死ぬだろう彼らへの、ささやかな恩赦である。

 「《エネヴァク》の観測地点を、現地点より北東に距離5キロへ――――」

 《アムレン》の長距離狙撃。これは、銃の内部機構が持つ、電磁加速だけで成立している訳ではない。ベティウィアそのものが持つ力。要するに、機体のユグドラシル・ドライブから発生する、サクラダイトのエネルギーを、電磁加速と並行して使用することで、常識外れの長距離攻撃を可能にしているのだ。
 絶対守護領域やブレイズルミナスのような、結晶化現象。それを弾丸に纏わせて射出しているから、超速度のレールガンで射出しても弾丸が空中融解することは無いし、威力の減衰も殆ど無い。上手くやれば空中輸送艦だって一撃で撃墜可能だ。

 「《アムレン》ジェネレーターを、ベティウィアに直結。――――《エネヴァク》補正適応。マニュアルトリガーをオン」

 最も、弾数制限に加えて、機体出力の限界もあるから多用は出来ない。しかし、自走砲並みの飛距離と威力を持つ物が、KMFの大きさに収まっている。その上、狙撃の恐るべき正確さで標的に叩きこめるのだ。その有用性は言うまでもなかった。
 彼女は、細い、銃を握るのに不釣り合いな指でコンソールを叩いて、主武装使用の準備を完了する。

 目の前には、操縦桿が三つ。腕の傍にある物は、機体を動かす操縦桿。モニカの顔の位置に、上から吊り下がる格好で設置された操縦桿は、武装専用だ。その三つ目を、モニカは掴んだ。
 丁度、ライフルを構える格好。覗き穴はベティウィアのファクトスフィアが送る拡大画像に通じ、細長いトリガーは、そのまま《アムレン》に繋がっている。構えるとなんとなく、成層圏まで狙い撃てそうな感じがした。……いや、きっと気のせいだ。

 座ったまま、相手を捉え、素手で銃を取った時の感覚で撃てば良い。既に準備は完了している。
 照準も合った。口元に、狩人の如き笑みを微かに携えて、モニカは囁く。

 「穿ちなさい、ベティウィア……!」

 次の瞬間。




 赤の閃光が、宙を走った。




 それは、一直線の赤い光の直線だった。

 赤い色の尾を引いて、まるでレーザーの如き速度で直進する“それ”。煌めく尾を持つ姿は、まるで彗星。大気を揺らがし、空中に残る赤の残滓は、サクラダイトの名残りだ。まるで砕けた硝子のように、舞い散って大気に消えて行く。

 光が空中に線を描く。遠目で見ていた特派のモニターにすら、それは線として観測された。有するエネルギーが、ハドロン砲の様な、血の赤い光となり、電磁加速で射出され、コーティングされた弾丸と共に突き進む。

 崩落しかけたビルの角から、地面を駆けるテロリストに向けて。サイタマゲットーの空中を、まるで魔弾の如くに突き進み、寸分違わない。

 完璧な軌道を描き、モニカの予想の通りに進んだ弾丸。それは鹵獲した得物を抑え込むランスロットの背後、300メートルの所を一目散に逃げる、GX量産機に迫り――――。




 機体の上半身を丸ごと、消し飛ばした。




 着弾の衝撃と威力で、装甲も、フレームも、武装も、勿論乗員ですらも、全てが爆散し、細切れにされて拡散した。良く探せば残骸くらいは見つかるかもしれないが、霧になったと思って構わない。一点に集中した威力の為か、残った下半身は削り取られた状態だ。回転したままのランドスピナーが、慣性のままに前進する。そして、段差で重心が崩れたのか、騒音と共に倒れ伏す。

 それを遠目に見ながら、モニカは冷静に言う。

 「撃墜、確認」

 仕事が終わった。その事実の方が、大きかった。
 《アムレン》の様子も見れた。エリア11で本気で撃った時の情報は、今後大きな役に立つだろう。また特派にデータを回しておこう。

 画面には、余りの威力に呆然とするランスロットが見えていた。首だけで背後を振り返り、今の口径を思い出す様に、視線をふらふらと彷徨わせている。けれど、鹵獲したGX量産機はしっかり確保している。
 あれも特派、か。仕事を回し過ぎだとエルに怒られるかもしれない。

 モニカはランスロットを見る。
 そして、なんとなく――――持ち前の『勘』が、反応した。

 あの枢木スザクという青年。
 もしかしたら化けるかもしれない。
 ひょっとしたら、自分達の領域にまで――――。

 「……まあ、ともあれこれで、サイタマゲットーの戦闘は終了」

 一瞬、頭に浮かんだ思考を切り替え、モニカは大きく息を吐く。肩を伸ばしたかったが、生憎そんなスペースは無かった。
 しょうがない。随分と披露した事だし、さっさと帰ろう。

 「モニカ・クルシェフスキー。帰還します」




 穏やかな、優しげな顔。普段通りの顔。
 20人以上の『敵』を容赦なく撃ち殺した、この作戦最大の功労者には見えない。

 もしもこの場に、普通の人間が居たならば――――きっと、得も言われぬ寒気を、感じ取った事だろう。






 因みに、翌日。
 緊急事態の連絡を聞いて、妹に会う暇もなく、言葉通りエリア11に“飛んで帰って来た”ルルーシュの最初の仕事。
 それは、このサイタマの事後処理になった。














 登場人物紹介 その12


 泉

 サイタマゲットーの抵抗組織『ヤマト同盟』のリーダー。
 GXシリーズ量産型と、力押しでも勝ち得るような小細工を、『何者か』を経由して得た結果、ブリタニア駐留軍を壊滅させた。
 しかし、優位に立ってからの油断に加え、力押しの戦法を取らせず、狙撃に徹したモニカの術中に嵌る。兵卒を纏めきれず、結局GXシリーズの本来の力も引き出せないまま終わった。
 未熟な奴に力を持たせても、調子に乗った挙句、扱いきれずに崩壊する、と言う良い見本である。

 彼自身、どちらかと言うと裏方仕事が得意。リーダーとしての資質は微妙。決して悪くは無いが、直人に比較すると見劣りする。頭は良いが、性根やカリスマ性が伴っていない感じだろうか。
 実際、原作ではゼロと手を組んだが、圧倒的な武力のコーネリア軍に恐れをなして逃亡。逃げ切れるはずもなく敗北、死亡した。今回の話でも、やっぱり逃げる。






 用語解説

 ベティウィア → おまけの機体解説へどうぞ














 神聖ブリタニア帝国の何が凄いって、このレベルの人材が、まだ後十人以上は軽くいる事です。
 狙撃はモニカが一番ですが、他の皆も負けず劣らず、化物。

 今回、作者とモニカの本気。原作に描写が無いので捏造ですけど。カッコイイと思ってくれれば幸いです。フルメタル・パニックを引っ張り出して参考にしました。
 でもモニカ、スナイパーって時点で死亡フラグかも。ロックオン、ミシェル、クルツ(生きてたけど)……。同じ道を歩まないで欲しいものですね。

 さて次回は、本国から飛んで帰って来たルルーシュと、その補佐官の話。ヒントはモニカが語っていた、GX01シリーズのイニシャルです。ナナナを読んだ人なら、気が付けるかも。

 それではまた次回。

 あ、そうそう。そろそろ『追跡者(ネメシス)』も更新できそうです。最新刊も出ましたしね。

 (5月21日)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑩
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/05/30 01:50
 『スザク君。それじゃあ、やってくれる?』

 「はい」

 サイタマゲットーの外れ。特派が待機する旧大宮駅近くの空き地に、スザクはいる。
 既にゲットーでの戦闘は終結し、後始末に追われていた。治安維持は純血派が、書類仕事は政庁が担当することになったそうで、今もゲットー内には帝国のKMFが走りまわっている。

 それを遠く横目に見ながら、スザクは自分の仕事をする。セシルからの指示でランスロットを動かす。目の前に鎮座するのは鹵獲した敵機体。これからパイロットブロックを力ずくで引っ張り出すのだ。

 通常、KMFのパイロットブロックは緊急時に射出される仕組みになっている。場合によっては作動しなかったり、作動しても飛び出した先が悪かったり、と確実な生を保証する物ではないのだが、脱出機能が付いていることは確かだ(因みに、ランスロットには付いていない)。パイロットブロックは機体の背面に、長方形で収納されている。乗り降りは基本的に、乗っている本人が行うのだが、機体に問題があるときに備えて、外部からでも強制イジェクトができる。
 相手が下りようとしない時にも、使えるという事だ。

 『分かってるとは思うけど、気を付けてね?』

 「はい」

 頷いて、ゆっくりと鹵獲機体――――GX量産機に、近寄った。
 鹵獲した際、相手の乗員には、『投降しろ、出ないならば強制的に出す』と伝えてある。通信機が壊れた様子はない。だから言葉は聞こえた筈だったが、返ってきたのは不気味なほどに静かな沈黙だけだった。その後も何回か声をかけたが、全て徒労に終わり、結局、強引に、という結論になったのである。

 相手は動かない。両手両足の関節部を壊してあるから当たり前だが、ファクトスフィアも腰も動いていない。何をしてくるか分からない状態だ。念の為、ロイド、セシル、マリエル。そして意気軒昂と戦場から帰還したモニカ・クルシェフスキー。全員、トレーラーの中で様子を見ている。

 「……行きます」

 動かない相手に近寄って、腕を伸ばす。ガチャとロックを外して、ブロックを外に引っ張り出した。
 正確には、引っ張り出そうと、した。

 「!」

 瞬間。




 ――――ドン! と音を立てて、機体は盛大に爆発した。




 「……っ!」

 警戒をしていなければ、きっと損傷していただろう。ランスロットの胴体と右手首は、鎧と手甲のように展開されたブレイズルミナスに覆われて無事だ。
 巻き上げられた機械の破片が、黒煙を裂いてパラパラと降りかかる。地面に、ゴトリと落ちたブロックは黒く焦げ、中の人間は確認するまでもなく生きてはいない。予め自爆を予想して、空き地で注意して作業していたから、周囲の誰にも被害は出ていなかった。

 『……予想通り、かな』

 『エル。あの解析、お願いね』

 『あー、枢木准尉? もうこれ以上爆発しないだろうから、その量産機、ハンガーに入れてくれる?』

 『ちょ、ロイドさん……』

 少しだけ寂寥感を含んだマリエルの呟きも、淡々としているラウンズの指示も、普通に作業続行を支持するロイドの言葉も、咎めるようなセシルの声も、少しだけ遠い。

 (……いや、被害は有った。日本人が、一人)

 一瞬、誰も傷ついていないと、そう思ってしまった己を諌める。
 自爆だった。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑩






 モニカが執務室に戻ってきたのは、もうお昼をかなり過ぎた頃だった。

 色々な意味で悲惨な状態になってしまったGX量産機の解析を、お願いねと特派に頼んだ、までは良い。その後、ランスロットのデータ整理と機体整備で追われていた彼らに、愛機ベティウィアの調整までも頼んだのが――――悪かった。

 『私はランスロットをやる。セシルはデータ整理と書類仕事をやる。ロイドさんはGXの解析をする。私達は、超忙しいの、モニカ。……OS《エネヴァク》の調整をやって欲しいなら、愛機くらいは自分でやってってくれない? 道具は使って良いから』

 自分を掴む親友の笑顔は、実にイイ笑顔だった。思わず寒気を感じたほどだ。仕方なく愛機と主武装を自力で調整していたら、あっという間に時間は経っていた。いくらモニカが親友で、マニュアル整備が可能なスキル持ちとはいってもだ。ラウンズに機械弄りをさせる辺り、マリエル・ラビエも変人だ。
 まあ、そういう遠慮のなさが、彼女を好む理由の一つなのだけども。

 「お腹、空きましたね……」

 朝、携帯食を口に入れただけで、何も食べていない。戦場を走りまわっていたお陰でぺこぺこだ。

 作業の途中でセシルが気を利かせて昼食をくれたが、これは丁重にお断りしておいた。彼女の料理の腕は十分に聞いている。彼女の腕を知らなかったらしい枢木スザクが、手渡された料理を一口食べた後に、それまでの笑みを凍らせたのをみて、正解だと悟った。
 差し出された料理は、何の変哲もないライスボウル。ただ、中にはブルーベリー。温かいお米にブルーベリージャムは、想像するだけで不釣り合いだ。もう少し味付けを考えて欲しい。例えばそう。砂糖で甘めにして、牛乳と一緒に煮込む……とか。いやいや、そうじゃない。

 「……お腹、好きました」

 もう一度、呟く。空腹の為か、米を使った料理レシピを頭の中に浮かべながら、モニカは部屋に入った。取りあえず、服を着替えてご飯を食べよう。近場の何処か、美味しそうな店で。

 執務室は、元々ルルーシュが与えられた部屋だ。三人で三室使うのも効率が悪い、とモニカとアーニャも一緒に利用している。既に「溜まり場」のような空気で、堅苦しい政庁の執務室の実感は少ない。

 「……おかえり」

 「ええ。ただいま、です」

 部屋の中には、アーニャが一人。なにやら難しい顔をしてパソコンの画面に向かっていた。
 モニカは取りあえず、壁のハンガーにマントを懸け、堅苦しい恰好から逃れる。防弾・防刃使用のマントは、実は意外と重いのだ。女子は、前にも後ろにも重りを抱えているから、肩がこる。

 「あ、今日はジェレミア達と一緒じゃないんですね」

 「……飽きた」

 「あらら」

 両腕を伸ばす。戦闘と整備で、随分と疲労が溜まっていた。今日は良く眠れそうだ。
 考えてみれば、アーニャがエリア11に来訪して、もう一週間だ。その一週間の間、ずっと純血派と一緒にいるのは流石に辛いだろう。幾ら貴族が多くても、所詮はむさ苦しい男たち。むしろ、よく一週間も頑張って監督出来たと思う。

 「任せたのは、治安維持」

 「サイタマとシンジュクですか?」

 ぐいー、と重い足を延ばしながら訊ねた。

 「そう」

 アーニャと違って、モニカは彼との親交はない。ゲットーで動きを見ていただけだが、かなり巧みな機体操作だった。狙撃をするにしても、かなり真剣に狙い撃たないと倒せないだろう。
 歴戦の猛者になると、モニカが狙い撃つその瞬間に、気配を第六勘で感じ取って回避する、なんてことも行うから困る。ビスマルクとか魔女とか、反則技を使用しているんじゃないだろうか。
 まあ、そんな話はさて置き。

 「政治とか、出来るんです?」

 「……意外と」

 へえ、とモニカは少し感心した。
 優秀な軍人で有能な政治家。どちらか片方ならば、という人間は多くとも、両方をこなせる人間はブリタニアでも少ない。現在は九人いるラウンズでも、精々半分だ。
 アーニャが言うには、ジェレミア・ゴッドバルドは、政治的活動こそカラレスに一歩劣ると言っても、十分実務もこなせる人材らしい。戦闘後の治安維持ならば、大丈夫だろうとのことだった。

 「で、アーニャは何を?」

 さっきから質問ばっかりだなあ、と思いながら訊いてみると、意外な答えが返ってきた。

 「……宿題」

 「宿題? 誰からのですか?」

 「ルルーシュ」

 言葉が少ないアーニャとの会話は、慣れているラウンズでも把握しきれない事があるが……短い単語の、ぶつ切りの会話を繰り返して整理した所、アーニャはルルーシュから宿題を出されているらしい。

 「……難しい」

 「頑張ってください」

 むむむ、と考えている少女を見ると、つい頬が緩む。
 隣室に入った。執務室と個人の私室は隣り合っているのだ。ベッド以外に殆ど使用されていない部屋の、片隅に置いてあったスーツケースから適当な私服を見繕う。取りあえず食事だ。

 「アーニャ。これからご飯を食べに行くんですけど、一緒に行きます?」

 「……お昼は、終わってる」

 民間人の中に紛れ込めそうな、ラフな格好に着替えて執務室に入り直す。
 アーニャは変わらず、焦点の合わない瞳と可愛い眉を一生懸命に顰めて、宿題を考えていた。

 「じゃあ、お茶でも良いですよ。奢ってあげます。……宿題も、手伝ってあげますし」

 「じゃあ、行く」

 宿題を手伝ってくれると聞いて、ちょこん、とアーニャは立ち上がる。PCの画面を落とし、繋いであった端末を引き抜いて懐に入れた。

 無表情に見えるけれども、アーニャはこれで中々、お年頃だ。普段はラウンズとして振舞っているけれども、地は普通の女の子。其れを知っているからか、ラウンズは皆、さり気なくアーニャに手を貸している。あの“いけ好かない”吸血鬼だって……まあ、少しは。

 因みに。アーニャの端末は、メイドイン特派。普通の携帯と比較しても大差ない大きさだが、性能は段違いだ。ラウンズでも特に優秀な機能を搭載していて、通話、写真、メールと言った当然のものから、KMFとの相互リンク、緊急時の自爆機能まで。用途に限って言えば、PCと比較しても遜色ないレベルに仕上がっているのだ。ラウンズは全員、専門の携帯や通信端末を支給されていて、カスタムも自分で好きに(仕事の為、ならば)行える。モニカもしっかり、肌身離さず懐にしまってあった。

 「何か食べたい物、あります?」

 ラウンズの騎士服は、基本的に仕事服だ。私事の時まで身につける必要はない。面倒だ、という理由で服を選ばない馬鹿野郎も、実はいたりするのだが、まあそれはそれ。
 ジーンズにTシャツ、変装用の伊達眼鏡のモニカは、ワンピースルックになったアーニャを見た。

 「……苺パフェ」

 「良いですねー。それじゃあ、行きましょう」

 実に、小さな女の子らしい返答を聞いて、頬を緩める。
 電子ロックの執務室に鍵を懸けて、二人は仲良く、連れ添って歩きだした。




     ●




 その日、紅月カレンは珍しくも悩んでいた。


 別に、常の如くエネルギッシュな生徒会長から無理難題を押し付けられたとか、そういう訳ではない。というか、それはカレン・シュタットフェルトの悩みであって、紅月カレンである時は考えないようにしている話題だ。あの学園は楽しい。テロリストとして活動をし、日本人として生きるか死ぬかの淵に立たされている自分でも感じてしまうくらいに、楽しいのだ。

 だからカレンは極力、アッシュフォード学園生徒会のカレン・シュタットフェルトである事実を、心に封じている。そうでなければ、兄や仲間を見捨てて、あの場所に入り浸ってしまいそうになる。日本人である矜持が、何処かに消えてしまいそうになるからだ。
 実を言えば、兄は、カレンにそれでも構わない、そう言ってくれていた。

 『カレン。お前は選ぼうと思えば、何時だってテロ活動なんか止められるんだ』

 むしろ将来を考えるのならば、その方がずっと良いに決まっている。
 けれども、カレンはそれを断った。日本人とブリタニア人という、二つの血が混ざった己は――――結局、前者を取った。生まれ育った記憶は、自分を日本人と見ていたし……それに、兄は日本人のままだ。

 何を考えたのかは知らないが、母は名誉ブリタニア人になっている。まあ、あの女のことは置いておくにしてもだ。どっちにしろ自分は、一人だけが与えられた特権を行使する性格ではない。

 だからカレンは、テロ活動に勤しんでいる。時にはアッシュフォードの情報網とシュタットフェルトと言う家柄を利用し、時にはKMFで出撃し、時には銃を持って戦い、時には――人を殺めている。

 (……人殺し、か)

 最近、どうにも調子が狂う。
 自分のしている事に悩みを持っている訳ではない。だが、気分がどうにも優れない。
 あの『シンジュク事変』の前。通行人を虐めていたブリタニア人を止めようとした時に、出会った男。
 シンジュクゲットーで遭遇した、帝国最強の騎士。ラウンズの五番目の剣。
 ルルーシュ・ランペルージと言う男に出会って以降、妙に――――気分がすっきりしない。

 見逃されている、からだろうか。

 シンジュクの後、兄の頼みで裏方役に回り、危険を承知で租界に顔を出しても、何も起きなかった。軍人が待ち構えているならば、逃げるか、いっそ相討ちに持ち込んでやろうと意気込んでいたくらいだったのに、拍子抜けするほど、何も無かった。
 いや、あるにはあったか。

 『カレン。……ル、じゃなかった。ランペルージ卿が、前のお礼を兼ねて、貴方の家に顔を出したいって。……えっと、分かる?』

 彼女にしても随分と意外な申し出だったのだろう。事情は知らない筈のミレイから、そう言葉を聞いて確信した。あのルルーシュと言う男は、間違いない。自分を見逃している。
 最初に出会った時が、アッシュフォードの学生としてだった。そこから辿ればカレンを捉えるのは容易だ。しかし、あの男はそれをしなかった。ということはきっと……何か、企んでいるのだ。

 『その話は、俺が皆に上手に伝えておく。――――お前に態々、遭いに行くと伝えたって事は、直ぐに捕まえようとしないってことだ、と思う。多分な。……ランペルージ卿は人格者で有名だし、まさか本邸で乱暴な真似は働かないだろう。向こうも何か考えが有るはずだ』

 兄に相談した所、そう言われた。
 どちらにせよ、カレンに取れる手段はない。殆ど全ての情報を、相手に握られているに等しいからだ。……会長には、租界で偶然出会いました、と誤魔化しておいた。これは別に嘘じゃない。

 あのいけ好かない男を、嫌でも意識せざるを得ないというのが、一つ目の悩みだ。






 日本人の抵抗活動は、ここ一週間で様変わりした。

 ラウンズが来てから、租界周辺のテロ活動は一気に縮小傾向にある。
 なにせ相手は帝国最強の騎士だ。相手の示威行為に見事に嵌っているのだろうが、ネームバリューとは恐ろしい物で、活動を見合わせる組織がかなり多い。

 方法も上手だった。例えば、サイタマゲットーの攻略戦を行う前に、ラウンズはまずメディアを通じて住民に避難を呼び掛けていた。次に、無抵抗の場合は攻撃をしないとも宣誓した。……Hi-TVエリア11支局を利用されて行われた宣誓の通り、サイタマにおける民間人の被害者はゼロだった。それでいて、『ヤマト同盟』は壊滅だ。
 これで、相手を恐れない方がおかしい。逆らわなければ被害に遭わない。そう意識するだけで、抵抗活動を行う気概は減るからだ。幸いにも兄は『相手が強いことは承知の上だ』と、特に恐れてはいない。しかし、兄は兄で何かを考えている。

 それが、カレンを悩ませる二つ目の問題だった。

 『……あー。皆、集まって貰ったのは他でもない。率直な意見が欲しい。――――『紅月グループ』は、このままで良いかどうか、だ』

 シンジュクでの一件が終わって、暫く立った時に、兄はメンバーを集めてそう言った。

 『実は。……先のシンジュクでの手並みを見て、是非とも俺達に加わって欲しい、とスカウトを呼び掛けてきた組織が有る。……『日本解放戦線』、と名乗ってはいた』

 凄えじゃねえか、とその一言で湧きあがったのは、玉城だけだった。
 兄の煮え切っていない口調と、勿体ぶった言い方に、誰もが次の言葉を待っていた。

 『だが、本当に『日本解放戦線』なのかどうかは分からない。……電話の相手は、サイタマでの騒動を予期していた節がある。なんらかの形で、エリア11の同胞と関係がある相手であるのは間違いないんだが――――敵か味方か、それがはっきりしない。はっきりしない以上、早計には飛び付けない』

 事情を飲みこんだ玉城が、じゃあどうするんだよ、と相変わらずの変り身の早さで言うと、それだが、と兄は全員に言った。

 『今度、……俺は、そいつに会いに行くことになった。罠の可能性もある。だから、扇は残していく。他に同行したい者があれば、言って欲しい。何人かは連れていけると思う』

 勿論、カレンは志願をした。仲間内で最も運動能力に優れるカレンならば、邪魔にはならない。いざという時の護衛も兼ねている。だが正直、展望は見えないと言っても良い。
 それにだ。相手に会いに行くことは、余り不満はない。だが、兄がリーダーを務めてきた『紅月グループ』が、他の組織と一緒になって消えて行く事。それは少し……嫌だ。
 子供じみていることは自覚している。けれども、言ってしまえばグループは、これまでのカレン達の歴史で足跡だ。合流しなければ消えてしまうという、その一歩手前に置かれている状態で、えり好みは出来ない。しかし、やっぱり抵抗がある。

 言ってしまえば、組織を生かすか、中の個人を生かすかだ。兄の指揮ではないと動きたくない、という人もいる。逆に、ブリタニアを倒せるならば何処だって良い、と言う人もいる。カレンは感傷的には前者に近い。出来れば、今の『紅月グループ』を上手に生かす様な、そんな形になってはくれないか、と淡い希望を抱いている。
 抵抗活動の未来も、グループの未来も、どちらも先行きは良くない。しかし抵抗活動を諦めてブリタニアに飼い慣らされる事は、もっと嫌だった。……カレンは母とは違うのだ。

 一見すれば未来が保障されているカレンの、しかし人には言えない未来の問題。それが二つ目の悩みだ。






 そして、三つめ。
 ある意味、一番……厄介な問題が、今、目の前で起きている。

 「ルルーシュが宿題を出した時、彼はエリア10の地図を見ていたんですね?」

 「そう」

 「そして、その時、語られていた問題は、エリア10とエリア11間の密輸について」

 「……(こくこく)」

 目の前に座っている二人組の会話が、耳に飛び込んでくる。

 普通の服に身を包んだ女性と少女。金髪碧眼の美女は、クラブハウスサンドを二皿ぺろりと平らげ、桃色の髪の美少女は、はむはむと苺パフェと食べている。頬に付いた生クリームを、置かれていた紙ナプキンで拭ってあげる姿は、一緒にお出かけ中の姉妹のようだが。

 「良いですか、アーニャ。注目するのは、エリア10の農業と社会システムです」

 「……詳しく、お願い」

 どう見てもナイト・オブ・ラウンズでした。

 ……どうしてこうなった。本当に。カレンは、顔に表情を出さず、外を眺めた格好のままだ。しかし内心では、本気で頭を抱えたくなった。何か自分には、ラウンズという存在に縁が有るんじゃないだろうか。

 偶然。そう偶然だ。今日は学校の事情で、午前授業で終わった。普段通り(カレンの場合は、怪しまれないように、だが)生徒会に顔を出した所、ミレイ会長が。

 『良いお天気だし、今日は外でお茶しながら、今度のお祭りについてミーティングしましょ!』

 と言ったのだ。制服姿で集まるのも何なので、各々、一旦自宅か自室に帰って集合。私服に着替えて午後二時半。場所は、リヴァルお勧めの隠れた名喫茶店。正直断ろうか、とも思っていたのだが……寸での所で、それは不味いと思いなおした。
 先の問題がある。ルルーシュ・ランペルージからミレイ会長に、自分の話題が出た。となれば当然、彼女は自分を探るだろう。其処まで行かずとも注目することは間違いない。だったら、極力、怪しまれる行動はとれない。

 ミレイ・アッシュフォードが善人なことは知っている。カレンも色々とお世話になってもいる。生徒会に誘われるとき、ハーフでも全然気にしない、とも言ってくれた。しかし、だからと言って、一緒に反旗を翻してくれはしないだろう。

 『……分かりました。二時半ですね?』

 だから、打ち合わせを了承して、指定された場所に来た。指定時刻よりも一時間も早く。理由は――――ただ単に、あのシュタットフェルトの家に居たくなかったからだ。時間が早いことは承知だった。

 けれども、その行動は裏目に出てしまった。大誤算だ。
 ピーク時も過ぎた筈なのに、狭い店は思った以上に混雑していた。暫くは一人で静かに座っていられたのだが、途中で相席をお願いしますと言われてしまった。……そして、頷いた結果が、これだ。

 たおやかな外見に似合わない、政治の話を、彼女達は続けている。
 大きな声ではないから、他の席の人間には聞こえていない。けれどもカレンは目の前だ。目線こそ外を向いているが、体は向かい合っているに等しい。考え事をしていると嫌でも耳に入って来る。

 「エリア10は元々、複数の国家でした。王位制を確立していた為に、ブリタニアともそこそこ仲が良かったタイとカンボジア。軍事政権による実質支配が行われていたミャンマー。20世紀後半から、ブリタニアとフランスの間にあったベトナム。……寄らば大樹の陰、とさっさと中華と繋がったラオスは置いておきましょう。ともあれ、今言った四つの国家は、ブリタニアとしても支配をしやすい国家体制を持っていました」

 「……うん」

 「つまりそれは、ブリタニアのエリアになった後でも、衛星エリアに早くなれると言う事です。……幸いブリタニアとの戦争は、どの国家も望んでいませんでした。タイ、カンボジアは王族の権威の保証を要求して降伏。ミャンマーはもっと単純で、軍事指導者が向こうから諸手を挙げて降伏しました。――――フランスは、四面楚歌で分が悪い、と最後の仏領インドシナから撤退。これでベトナムも入手しました。……で、エリア10が成立した訳です。約、ええと……10年くらい、昔でしたか」

 「……それで?」

 運ばれてきた、店で一番高いコーヒーを静かに飲みながら、ラウンズの十二番目は、六番目に答える。
 見れば、苺パフェは既に空で、長いスプーンも器に斜めの状態だ。ラウンズ最高の火力を有し、しかもシンジュクで兄の策略を見抜いた人物とは――――その小動物ちっくな様子からは、全く伺えない。
 少しだけ、カレンの悩む要素が増える。

 「エリア10と一纏めにされたことには、メリットとデメリットがあります。ルルーシュの宿題に絡むのは、デメリットの話。……支配前と支配後で、大きな変化が無いという事は――つまりブリタニアの属国に置かれても、一般市民の活動はそれほど変化をしない、という意味と同じですよね? ……軍事政権に支配されていたミャンマーにおいて一般市民は弾圧されていました。経済大国には程遠く、前途有望な発展途上国でしかない。特に、田舎の農民の生活は非常に苦しかった」

 エリア10は、中華連邦・インド軍区とは睨み合いが続いている。軍事的に一番力が強かった旧ミャンマーが、良い具合に牽制になっている格好だ。皮肉にも、過去に軍事国家として脅かしていた周囲の土地を、エリア10となった今、守っていることになる。
 流通や文化交流を初めとして、エリア10の発展は目覚ましい。これははっきりとメリットだろう。だが一方で、其々の国内が抱えていた問題が、エリア全体に広がってもいるのだ。

 そう、モニカ・クルシェフスキーは語って。

 「当時も今も、農民の取れる方法は限定されています。農業を諦めて都会に出るか。あるいは、“農業における効率”を上げるか。後者を選んだ場合の、行える手段を想像してみて下さい。作業効率を上げる。あるいは、もっと単純に“売れる商品”を栽培する」

 「……あ」

 アーニャ・アールストレイムは、ピクリと反応した。傍から聞いているカレンには、どう何が繋がるのかがさっぱり不明だったが、きっと何か彼女なりに悟ったことがあるのだろう。
 思いついたらしい何かを、携帯に素早く打ち込んでいく。

 「私が言えるのは、此処までです。でも、ここまで考えれば、答えはすぐそこですよ。――――さ、お腹も一杯になったし、そろそろ帰りましょうか。……あんまり外をうろついていると、エルとか辺境伯とか、働いている皆に悪いですしね」

 「……うん」

 画面から顔を上げた彼女は、まだ少し名残惜しそうだったが、最後の一言に頷いて立ち上がる。

 クルシェフスキーも、意外とおしゃれに気を使うのか。品の良いバッグから財布を取り出しながら、カレンに一言

 「お騒がせしました」

 そう挨拶して、席を立った。彼女の反応から見れば、多分、カレンの正体には気が付いていない。ルルーシュから自分の事を聞かされている様子もなさそうだ。……もしかしたら見逃されたのかもしれない。けれども、カレンは手出しをする気にはならなかった。

 カレンが小さく頭を下げて見送ると、二人は仲良く並んで、代金を払い、店の外に出て行く。明るい租界の雑踏に紛れて、彼女達の姿はすぐに見えなくなってしまった。
 後に残るのは、まだ時間までもう少しの余裕があるカレンと、空のパフェの器。二枚のお皿と、コーヒーセットだけ。

 先程から今迄。もしもこの場に、『日本解放戦線』とか『大日本蒼天党』のメンバーがいたら、相討ち覚悟で彼女達に危害を加えたのかもしれない。不意打ちには十分だ。けれども、そう。

 そんな気分ではなかった。
 言葉にすれば、それだけになる。

 カレンはブリタニアを憎んでいる。
 けれども、少なくとも――――目の前の苺パフェを、小さな笑顔で美味しそうに頬張る少女と、それを優しく見守る保護者に、銃を向ける事が出来る程、腐ってはいない。もしも行ったら、カレンは自分に絶望するだろう。

 甘いのかもしれない。自分の命一人で、帝国最強の騎士を葬れる。そう言われれば、実行する日本人はいるだろう。けれども……それは間違っている気がするのだ。

 戦場で遭遇すれば敵。戦場で出会う相手に容赦はしない。そして敵には敵の生活が有って人生がある。分かっている。自覚している。だから今日の会合は、目の前に、その事実を突き付けられただけの話だ。改めて自分の立場を思っただけの事。
 そう言い聞かせる。

 「あ、カレン。早かったね、一番?」

 「……え。あ、シャーリー。……御免、少し考え事をしてて」

 集合時間も近くなって、生徒会のメンバーが集まってきた頃になっても、カレンの心は晴れなかった。まるで袋小路ばかりの迷宮に幽閉されたかのようで。


 紅月カレンは、悩んでいる。
 答えは見えない。




     ●




 サイタマゲットーでの事件が終わった、翌日。

 アーニャは妙にむずがゆさを感じて、まどろみから覚醒した。何かが頬を撫でている。人の手より暖かく、ざらりとした湿っている物。いや、撫でているというか、舐めているのか。こそばゆい感触は柔らかく、同時にちくちくとしていて、まるで獣の舌と毛が顔に触れている様な……。

 「……エカテリーナ?」

 本国のアールストレイム邸で、毎朝目覚まし時計の代わりを務める愛猫を思い出す。いや、ここはエリア11だ。彼女が居る訳が無い。考えながら静かに目を開けると、見えたのはサイベリアンではなく、右目の周りだけ妙に色が濃い黒猫だった。
 野良猫ではない。その特徴的な模様に見覚えがある。

 「……アーサー?」

 なんで彼が此処にいるのだろうか。
 猫の名はアーサー。ブリタニア本国で、イルバル宮に住み着いている黒猫だ。別に飼い猫ではないのだが、賢く人懐こいので、皆に可愛がられている。何時の間にか住み着いていて、神出鬼没で、しかも……こちらの言葉を理解している節まであった。
 C.C.やルルーシュは、彼の事情(猫に事情と言うのも変な話だが)を承知しているらしいが、アーニャは知らない。彼女にとっては、アーサーは可愛く頭の良い黒猫だ。

 「……起こしてくれた?」

 「にゃあ」

 呟きに、まるで肯定するように彼は頷いて、ベッドから音もなく飛び降りる。そのまま、とことこと歩いて、器用に部屋から出て行ってしまった。見れば扉は開いている。
 きっと誰かが彼を嗾けたのだ。猫が自力でドアノブを回せるはずもない。モニカだろうか。

 起き上がったアーニャは、中途半端に開いた扉を一旦、しっかりと閉じる。
 身支度を整える。猫柄のパジャマを脱いで、騎士服に。大きな姿見で自分の裸身を見ると、まだまだ子供の体だ。年齢的には、中学生。14歳なのだが、発育は……遅い。アーニャの周りにいる女性陣が、妙にスタイルが良いということもあるのだが――――それでも、同学年と比較しても、低めだろう。

 「…………」

 なんとなく悲しい気分になったが、気を取り直す。

 そういえば本国でマリアンヌ様が言っていた。アーニャの成長が遅めなのは、鍛えている反動だから、らしい。体が完全に出来あがっていない状態で、並みの騎士以上の身体能力を無理に手に入れてしまった。だから体に負担が懸かっていて、ホルモンバランスが良くない……だったか。

 『健康に異常はないわ、アーニャ。……貴方の年齢で、体が“出来過ぎている”のは、喜べないけどね。時間をおけば、ちゃんと女の子らしく発育するから、安心しなさい』

 まあ、今はそれを信じるしかない。
 髪を梳かして纏め、アーニャは部屋を出た。

 向かう先は食堂である。
 当たり前の話だが、ラウンズともなれば食事も簡単ではない。外出したり、あるいはいっそ自炊をして食べる分には良いが、政庁の一室で食事をするとなると面倒だった。服装にも態度にも気を使う。仲間以外の他人の目があるのだ。――因みに、イルバル宮は専属の料理人が居るが、料理好きなメンバーで、ローテーションしてもいる。一番腕が良いのはルルーシュだった。

 食堂に入ると、そのルルーシュが座って食事をとっていた。

 「ああ、おはよう。アーニャ」

 「お早う。……ルルーシュ、何時帰って来たの?」

 「昨日の夜だ。アーサー達と一緒にな」

 口元に小さく笑みを浮かべ、紅茶を静かに飲むルルーシュだが、その目は少し眠そうだ。

 話をする。何でも、サイタマでの異変を聞きつけて、輸送機と補充要員と共に急いで乗り込んだは良い。しかし輸送機の中ででも色々あったのだという。本国の家族と短時間ではあるが話をしたり、合間合間で仮眠をとったりと、多少は気分転換をしていたらしいが……移動は十三時間。体内時間を調節するのも大変だろう。

 椅子に腰をおろしたアーニャは、運ばれてきた朝食を見る。
 クロワッサンとベーコン。卵とサラダ。付け合わせにチーズと、果物と甘いものが幾つか。吟味された素材を利用した、極々普通の朝食だ。御供は、健康と発育に良い牛乳である。
 ラウンズと言っても贅沢品ばっかり食べている訳ではない。確かに王室御用達の宮廷料理にも触れているが、特別な行事がある訳でもない平日の朝っぱらから、そんな豪華な食事をとりはしない。
 パンをちぎりながら、話しかけた。

 「ルルーシュ。宿題の答え、分かった」

 四日前に出された『宿題』。それは、エリア11の抱える諸問題において、密輸関係として密接な繋がりを持つ物は何か、という事だ。昨日。モニカからヒントを貰ったお陰で答えが導けた。

 「……言ってみると良い」

 面白そうな顔になったルルーシュに答えを促されて、アーニャは口を開く。

 「エリア10の山岳地帯は……麻薬の一大生産地」

 どう? と顔を伺えば、ルルーシュの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 「正解だ。……エリア10。もとい、旧ミャンマー。その東部に位置する、シャン州とメコン川流域は世界有数の麻薬・覚醒剤の製造地域。通称を『黄金の三角形(ゴールデン・トライアングル)』だ。ブリタニアの支配下に置かれた今でも、政治システムは大きく変わっていないからな……。軍部の強権の下、旧ミャンマーの農民は生活水準を上げる為、麻薬栽培に手を出す家が多い」

 そして、とルルーシュはゆっくりと告げた。




 「麻薬は、エリア10で商品化され、エリア11に持ち込まれる。……リフレイン、と名を変えてな」




 エリア11の問題は、複雑に絡んでいると前にも語ったが、その通り。
 非常に困ったことに、とルルーシュは、フォークに刺さったトマトを口に運んで語る。

 「リフレインは適量ならば自白剤として使用が可能だ。だから軍でも需要がある。分量さえ誤魔化せれば、合法だ。――――そんな事が出来る役人は、必然的に軍の兵站担当になる」

 「……」

 なんか、何処かで聞いた話だ。
 エリア11において、テロリストに武器を下ろしている容疑が懸かっている部署も、同じだった。

 「リフレインは多幸感を増大させる種類の麻薬だ。酩酊、過去の懐かしい幻覚も伴ってな。反乱したくとも出来ない日本人には飛ぶように売れる。売れれば当たり前だが金になる。横流しをした分の資金回収になるし、序に言えば懐にも入る。――――そして依存性が高い麻薬を手に入れる為に、嫌でも日本人は売人に頭を下げるというわけだ」

 「……よく、出来てる?」

 「そう。よく出来ている。腹が立つ位に」

 金の亡者ほど、自分の利益を守る方法は狡猾だ。そうルルーシュは付け加えて、フォークを置いた。
 そうして、怪しく瞳を輝かせる。陰影が濃い、底知れない表情。ありていに言えば……悪い顔だ。長い付き合いのアーニャには、なんかまた悪巧みをしてるなあ、と分かる。

 「……策が?」

 「策じゃない。だが、大規模の戦略的に、布石は打てる。――――その為の人材も、一緒に連れてきた」

 ……そう言えば、さっきアーサー“達”と言っていた。
 機密情報局の人間を連れてくる、とは言っていたが、誰を招いたのだろう。

 「誰?」

 アーニャの問いかけに、軽く肩を竦めたルルーシュは、質問には答えず一言。

 「今頃、特派でGX量産機の話でも、しているんじゃないかな」

 そう言った。




     ●




 定刻の三十分前に、枢木スザクが特派に出勤すると、ハンガーには鹵獲したGX(と言うらしい)量産機が『二台』並んでいた。

 ……あれ? 思わず頭を捻る。おかしい。確か昨日の早朝、サイタマでスザクが鹵獲した機体は一体だった筈。他は全てクルシェフスキー卿に倒されていた。他の部署が鹵獲したという報告も無い。
 よくよく見れば、格納庫に並ぶ片方は、後部が大きく破損した機体。ブロックごと爆発して、内部が滅茶苦茶になった機体だった。自爆で主要な内部機構は壊されても、KMF全てを吹っ飛ばすには至らなかったのだ。

 『関節部とか、外装から辿れる部分は辿るから。残骸からでも結構、分かる事は多いんですよ?』

 そう言ったマリエル・ラビエの態度が、妙に怖かった。眼の光と良い、口元の笑みと良い、わきわきと動いていた指と言い。舌舐めずりこそしていなかったが、あれは得物を前にした狩人の目つきだ。解剖を楽しむ態度だ。きっとマッドの血が騒いだに違いない。

 まあ、それはともかく。
 スザクはもう片方のGXを見た。一見すれば同じだが、こちらは綺麗だ。損傷も汚れもない。外装も……殆どは同じだが細かい部分で違う。増えた側には、細々としたオプションパーツに、肩周りの武装が付いてもいる。明らかに特注、それも乗り手様に調整された現役機体だ。

 「あー気になる? それ」

 「あ、おはようございます、ロイドさん」

 二機を比べながら見ていると、背後から声をかけられた。またトラックに泊っていたのだろう。髪は乱れっぱなし、白衣もよれよれで汚れっぱなし。欠伸をしながらという、随分と適当な外見で登場のロイド・アスプルンドだった。

 ゲットーでの一騒動の後、特派はフル回転していた。クルシェフスキー卿の愛機ベティウィアだけは、卿本人が自力で整備をしたようだが、それでも仕事は山積み。戦い終わった乗員のスザクが一番暇だった程だ。見ているだけなのも嫌だったので、力仕事を手伝い、一日を終えたのだが――――。

 「徹夜ですか?」

 「んー、まあね。昨日君達が帰った後に、マリエル君とついつい話し込んじゃってねぇ。そしたらランペルージ卿が、これを届けてくれたんだよ。君達起こすのも悪かったから、僕とマリエル君と、あとセシル君でやっちゃったけど」

 セシル君は寝てるよ、と最後に補足する。
 お世辞にも美容と健康に良い環境ではないのだが、流石は彼女も特派の一員なのか。このトレーラーで生活することに抵抗感はないらしい。

 「はあ。……え、ル、じゃなかった。ランペルージ卿、帰って来られたんですか?」

 「うん。昨日の夜遅くにね。自前の輸送機と、これと部下と、あと猫も一緒」

 ……なんか最後に変な単語があったが、気にしないことにした。
 ロイドに、目の前の整備された機体の話を聞いてみる。

 「本国から来た、で良いんですよね。あの汚れていない方は」

 「そうだよ。機密情報局で限定使用されてる第七世代相当のKMF、GX01-M。長くなるから説明はまた今度にするけど、数少ないブリタニア制GXシリーズだ」

 「GX01……」

 声に出して呟いた。
 これはつい昨日聞いた話だが、GXのGは第三世代KMFガニメデ(Ganymede)を露わすそうだ。
 発展系らしくガニメデとは近い。両肩が頭上に飛び出て、全体的な身体のシャープさを持つ。ガニメデ系列でGX。本国生産のKMFには全て型番が振られるから、GX01が正式名称、と。

 「……あれ、じゃあMは何です?」

 当然ともいえるスザクの。




 「イニシャルなんだよ」




 「え?」

 その疑問に答えたのは、ロイドではなかった。
 もっと幼い少女の声だ。勿論、声に訊き覚えはない。そもそも今のスザクの周りに幼い少女はいない。過去だって年下の少女と言えば、あの小生意気な従姉妹だけだ。

 「僕達のGX01には、それぞれ乗員のイニシャルが付いてるの。A、D、L、M、Sってね。……分かった? 枢木スザク」

 コツコツ、と足音を響かせて、奥から現れた影が有る。……自己紹介もしていないのに、何で相手は自分の名前を知っているのだ? と一瞬思ったが、ロイド達から聞いたのだろうと納得した。

 「そして、この機体は僕の機体」

 と言う事は――――。

 スザクの前に現れたのは、少女だ。身長はスザクより頭一つ低く、体格は身軽そう。足取りは猫のようで、外見に合わず戦闘能力は高そうだ。
 何よりも目立つのは髪だろう。色素の薄い白髪だ。東洋系の顔立ちと妙に似合っている。
 機密情報局の制服に身を包んだ、まだ若い、中学生くらいの少女だった。

 彼女が、このGX01-Mの、乗り手と言う事か。

 驚いているスザクに、少女は自分の胸に手を当てて。




 「僕はマオ。機密情報局員の、マオだ」




 そう、名前を告げた。














 登場人物紹介 その14


 マオ


 機密情報局の一員である少女。普通、マオは『苗字』の筈だが、名前は不明である。彼女自身も名前は、実は覚えていないのかもしれない。
 東洋系の顔立ちをした白髪の美少女。自分の事を「僕」と呼ぶ。砕けた口調が多いが、言葉の最後に「の」が付く事が多い。「僕にとってはそんなこと、どうだって良いの」……こんな感じで。
 C.C.とは、ルクレティアを初めとする他の機情の同僚同様に、色々と複雑な関係。
 マリアンヌから命令を受け、愛機GX01-Mと共にエリア11に来た。彼女が推薦するだけあってかなり優秀。初対面でスザクの名前を呼んだが、別にロイドから聞いた訳ではなく、純粋に彼女自身が持つ力だ。

 実は、行方不明の兄がいる、らしい。






 用語解説 9


 GX01

 機密情報局が運用する第七世代型KMF。

 作中で語られたように、GXのGはガニメデ、Xは系列を意味している。
 最後の01は、RPI(Royal Panzer Insanity。皇立機構歩兵)を示す番号。これは量産機には必ず付随する数字である。例えばグラスゴーなら11。サザーランドならば13がRPI。海軍使用のKMFには、RPIのPがM(恐らくMarineの意味)でPMIと表現され、特派の嚮導兵器ならRPIはZと表現される。

 GX01は現状、処々の事情によって帝国内では数えるほどしか運用されていない。その為、運用機体にはRPIの最後に、乗員のイニシャルが付けられている。
 エリア11にあるのはMでマオの機体。GX01のLが、エリア18にいるルクレティアの機体。その他、A、D、Sの三機が本国にある。……その内、彼女達も出てくるだろう。














 ルルーシュの補佐官は、マオたん。
 ナナナでは最後、肉体が崩壊してしまった彼女(女の子!)ですが、この話は別に機情を裏切っていませんので、死ぬ心配は余りしなくて大丈夫です。C.C.との関係も伏線ですし。

 カレン達が出会う予定の謎の相手とか、リフレインとか、副総督とか、まだまだ色々もありますが、そろそろルルーシュとスザクに、一回しっかり会話させましょう。……ギアス界隈では、あの二人の関係が×で繋がることが異常に多いですが、この話は普通に友情です。絶対。超友情では有りません。

 レポートとテストに追われ、中々速度が戻りませんが、なるべく早くお届けします。

 ではまた次回!

 (5月30日・更新)




[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑪
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/06/04 14:42

 トウキョウのゲットーと租界には、明確な境界線が存在する。
 昼間は目に見えない境界線。それは、光となって形に現れるのだ。空から見て明るい部分が、ブリタニアの土地。殆ど光の無い、闇に包まれた世界が、日本人が追いやられた土地だ。

 『見えるだろう』

 「……ああ」

 彼らが集まっている建物の窓からは、それが見える。
 光に包まれた、煌びやかな街。その街の光が、ある部分ですっぱりと断ち切られている。

 『私が、君達との会合場所にこの場を指定したのは、この景色を実感してもらう為だ』

 兄の持つ携帯電話から、年齢不詳の声が届く。信じるのも難しい、怪しい声だ。そう思ったのは、きっとカレンだけではない。一向に同行した玉城真一郎と、井上喜久子も、同じ顔だ。

 「……なるほど。納得はした」

 嘗て、日本人で、この建物を知らない者はいなかった。
 昭和の終わり。第一次太平洋戦争の後に造られ、戦後を象徴する建物として話題を呼んだ。当時としては世界最高の高さを誇っていた、333メートルの電波塔――旧東京タワー。
 ブリタニアの侵攻の際、150メートルの位置にある展望台から上は、全て破壊されてしまった。残っている展望台も、当時の歴史とエリア成立までを懇切丁寧に語っている戦勝記念館に身を窶している。

 「それで、君は何処にいるんだ?」

 「此処だ」

 間髪をいれずに、コツリ、と足音が響く。今迄、何処に隠れていたのだろう。何時の間にか、展望台室には、彼ら以外の人間が居た。
 光が消えた薄暗い展望台室では、相手の姿が曖昧で捉えにくい。カレンは緊張をしながらも警戒心を最大に、相手を探る。気配は一人。性別、年齢などは謎。だが、運動神経は高いだろう。足音で分かる。

 「来てくれたことに、感謝をしよう」

 近寄って来る声は、やはり機械を通した声だ。電話口に音声を変えていたのではなく、声質そのものを変えた状態で電話をしていたのだと知る。

 「『アンタが、俺達を呼んだ――』」

 そう訊ねた玉城の言葉が、影の手に握られた塊から響いてくる。暗くて見えないが、どうやら今の今まで通話に使用されていた携帯電話らしい。間違いはない。

 「姿を、見せてくれないか?」

 「ああ」

 兄の言葉に肯定を返した影は、静かに窓際に寄った。降り注ぐ月光は、明るさは無いが十分に相手を捉えさせてくれる。カレンだけではない、兄も、同行していた二人も意気込んだ。
 だが、その気勢は削がれることとなる。




 全身をマントで覆った、仮面の人間が、そこに居た。




 体を隠す漆黒のマントに、顔の全てを覆う仮面。
 怪しさと胡散臭さが塊になったような、存在。
 口調、態度。全てが気品にあふれている癖に、何処か威圧感がある。性別は分からない。だが、もしも目の前の存在が女だったら、きっとそれは世界の異常だ。

 「初めまして、紅月グループ」

 男は、嗤う様に告げる。

 「私は、零だ」

 これが、彼ら『紅月グループ』と、後にエリア11を震撼させる仮面の男との、最初のコンタクトだった。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑪






 「暑いな……」

 辛気臭い地下から出てきたC.C.は、茹る様な熱気と、突き刺す日差しに顔を顰めた。相変わらず暑い。成立させたエリア18だが、この暑さに慣れるには多分、月単位で生活しないと無理だろう。
 幸いにも補給は潤沢だし、水やエネルギーの心配はない。元々整備されていたオマーンのインフラも存分に活用されており、中にはより使いやすいように整備された部分もある。外こそ熱いが、暫定政庁となっているアラム宮殿は快適だ。

 その中の一室。クーラーが設置されている宿泊施設の一つが、彼女の自室になっている。
 仕事を終えて部屋に戻った魔女が、エレインをG-1ベースに格納してシャワーを浴びていた時だった。

 「失礼します。……今、宜しいですか?」

 「良いぞ」

 扉に空けて、失礼します、と頭を下げて入って来たのは、補佐官になっているルクレティア・コーツだ。
 地形探査に欲しい、と言った魔女の要求を素早く組んで、マリアンヌが派遣してくれていた。彼女が来て一週間。結界型ギアス《ザ・ランド》の力のお陰で、遺跡のマッピングはほぼ終わっている。

 埃を払った魔女は、バサリ、と下着の上からシャツを着ただけの適当な格好で部屋に戻った。細く美しい白い脚が、腰ギリギリまで露わになっている。子供には出せない色香だ。男がこの場にいれば、生唾を飲み込んだことは間違いない。
 伊達に長生きをしている訳ではない。その辺の人間には出せない空気が、C.C.にはある。

 この場にいるのはルクレティア一人。長い間を生きた彼女とて、羞恥心は持ち合わせている。いるが、良く見知った女子には別に今更である。気にしなかった。

 「コーネリア殿下が、お呼びで――――って、せめて服着て下さい!」

 「ああ。……なんだ固いな、相変わらず」

 怒られた。肩を竦めて軽く流す。やれやれ。
 ルクレティアの顔は、どことなく赤かった。向こうが気にしたらしい。子供の頃から見慣れているし、他の子供共々、一緒に風呂に入った事もある筈なのだが、やっぱり彼女達も年頃と言う訳か。

 ハンガーに懸かっていた騎士服に腕を通す。ラウンズの騎士服は一人につき複数が支給されていて、普通はKMFの中にいるから着替える必要はないのだが、流石に地下遺跡の探索を終えれば、汚れる。

 「それで、殿下がなんだって?」

 「……今後について、お話したい様です」

 「分かった」

 胸元が黒に金の刺繍。全身を覆う白い衣装。背負うマントは灰色だ。
 生乾きの髪を、厚手のタオルで大雑把に拭いて魔女は着替えを終えた。艶やかな緑の髪は、乱れても跳ねてもいない。不死身の肉体を持つ、恩恵だろう。整った顔にちょっと緊張感を与えてやれば、雰囲気から何から、あっという間に帝国有数の騎士の出来上がり。
 その変わり身の早さたるや、長年の付き合いがある機密情報局の少女達でも、感心を隠せない。

 「何のご用件でしょうね?」

 「……エリア11の話題、だろう。先日の会議でも、何かと話題の中心だった」

 二人の元へと急ぐ間、背後に付き従うルクレティアが訊ねた。
 多分、という言葉を付け加えて、彼女は語る。中身までは、流石にこの場では話せない。

 「C.C.卿は、エリア11に行った事、ありましたよね……?」

 「あるぞ。二回ある。最初は、300年から400年くらい前だ。『穎明(えいめい)の里』という隠れ里を訪れてな。そこから色々と騒動に巻き込まれた」

 「はあ……」

 「懐かしいな。――――蓮夜、アルト、美鈴、栞、そしてリ家の先祖であるクレア。おまけに二葉。……全てを覚えている訳ではないがな。お前が生まれるより遥かに昔の話だ」

 昔を懐かしむ声で、魔女は小さく語った。

 ルクレティアは、彼女の明確な年齢は知らない。『神聖ブリタニア帝国より長生きなんだ、私は』と冗談交じりに言った言葉を聞いてはいるが、どこまでが本当なのかは、判断できない。しかし、過去のエリア11を語る彼女の顔は、とても嘘を吐いている様には見えなかった。
 真偽は兎も角、彼女が自分達以上に人知を超えた力を有していることは確かだ。不老も不死も、今迄、彼女と付き合ってきて事実であると理解している。ならばきっと遥か昔にエリア11に行ったのだろう。

 「二回目は……」

 ルクレティアの質問に、真意を見せないまま、魔女はくすりと微笑みながら答える。

 「七、八年前だな。『例の事件』の後で、ルルーシュを連れてだ。……実りの多い一時だったよ」

 きっとそろそろ、あの二人は積もる話でもしているのではないだろうか。
 そう思いながら、彼女は総督執務室への扉を開けた。




     ●




 「この国で、初めて出会った時のことを覚えているか?」

 そうルルーシュが問いかけると、相手は静かに、勿論。そうとだけ呟いた。

 エリア11政庁の屋上には、租界にあって、最も美しく豊かな自然を保つ人工庭園が築かれている。皇族争いから速やかに離脱し、好き勝手に芸術を学んでいるクロヴィス・ラ・ブリタニア。芸術家としては超一流の腕を持つ彼が拵えた、見事な庭園だ。

 その屋上の隅、手摺に寄りかかる格好で話し合う二人の青年が居た。どちらも若い。もしもエリア11とブリタニア、両方に詳しい者が居れば『どんな組み合わせだ』。そう問い詰めたくなる二人組だった。

 神聖ブリタニア帝国に最高戦力。皇帝直属の《円卓の騎士》第五席に座る、ルルーシュ・ランペルージ。
 旧日本最後の総理大臣の息子にして、特別派遣嚮導技術部のテストパイロット、枢木スザク。

 ブリタニア人とナンバーズ。将官と兵卒。支配者と被支配者。そして、勝者と敗者。国家という立場で見れば言いようのなく大きな断裂となる二人だ。間違っても、友好的ではないと……誰もが思う。

 けれども、この二人は。
 ずばり、友人なのである。




 ルルーシュが日本を訪れたのは七年前。神聖ブリタニア帝国に支配され、名前を奪われる半年前の事だ。

 一応、名目としては留学となっていたが、日本の学び舎には通っておらず、一緒に来た魔女の手伝いばかりしていた。

 実を言えば日本に来た理由はない。いや正しくは、留学先が日本になったことに理由は無かった、と言うべきか。母の知人であり、友人であり、そして幼い頃からルルーシュを見続けていた魔女。彼女が『外交経験を積む為に、一緒に日本に行かないか?』とそう言ってくれた。だから来た。それだけの話だった。

 けれどもまさか、それが自分にとって大きな意味を持つとは、その時は、全く思っていなかった。

 思い出しながら、ルルーシュは、口を開く。

 「留学生として来た俺は、京都に住んでいた。C.C.が遥か昔に、知人から譲られた、という土地だ。近くに枢木神社があって、だからお前とも良く会えた」

 「気まずかったよね、最初は互いに」

 「同年代の子供が、互いにいなかった。それでいてファーストコンタクトが最悪だった。……ああ、無理もない」

 「でも、結局、何だかんだ言ってる内に、神社に来るのが日課になっていた」

 「そう。それに、誰も文句を言わなかった。C.C.ですらも」

 くすくす、とスザクは笑う。ルルーシュも、当時を思うと苦い笑みが浮かんでくる。安全にだけは気を使っていたらしいし、さり気なく護衛もしていたらしい。当時の自分達は気が付かなかったし、それくらい完璧に、危険は排除されていた。その対象に、喧嘩や言い争いが入っていない辺り、良くできていた。

 要するに、ルルーシュと日本を、そして枢木スザクを繋げた原因は、あの魔女なのだ。
 彼女はエリア11、いや日本と言う土地に、魔女は何かを見ていた。それは、彼女の過去なのかもしれないし、長年の経験から何かを感じ取ったからなのかもしれない。だから彼女は、ブリタニアとの戦争の前に、自らの足で出向いたのだ。
 ルルーシュの事は、ついでにしか過ぎなかった。最も、当時のルルーシュは国の外に出る名目さえ得られれば良かった。だからお互い様で、文句を言う気はない。結果として友人が作れたのだから、良いのだ。

 ただ、ではC.C.が本当に、気まぐれでルルーシュを日本に連れて来たのか、と言えば……多分、そうではない。少なくとも、七年前のルルーシュに何が必要なのか。何を与えるべきなのかを、彼女は理解していた。そして、枢木スザクと出会ったばかりの頃、何を思ったのか助言を与えてきた。

 『お前は、同じ年代の友人を作った方が良い。……マリアンヌの息子ではない。魔女の寵愛を受ける者ではない。ルルーシュ・ランペルージと言う個人を見てくれる人間を、な』

 今ならば、その言葉の意味が分かる。魔女の助言が無かったら、きっとルルーシュは今でも人との接し方が下手なままだ。疑心暗鬼の中で、誰も彼も敵と見做して生きていただろう。

 自分と同じように、租界の街を眺める青年を見る。
 子供の頃からの癖っ毛は今でも健在で、くるくると先がカールしているし、浮かべる柔らかい表情はルルーシュが見知った物だ。違うと言えば、無駄に筋肉質になっているくらいだろうか。

 視線に気づいたスザクは、小さく笑いながら過去を語る。

 「今でも覚えてるよ。僕は、神社にやって来た見知らぬブリタニアの子供が気に食わなくて、難癖を付けて殴ったんだ」

 「ああ。そうだったな」

 痛かった頬を思い出す。今の自分が大人であるとはとても思っていない。だが、あの当時の自分達はもっと子供だった。些細なことで喧嘩をしてしまうくらいに。

 当時はまだ、エリア11ではなく日本という国家だった。江戸時代に壊滅した京都を再建し、数百年に渡って日本を率いていたという、由緒正しい京都六家。その枢木家に生まれたスザクは、親の権力もあって……正直、鼻持ちならない子供だったのだ。

 「ブリタニアは敵だと言われていた。ブリタニアの人間は敵だと思っていた。だから、何しに来たのかもわからない子供を、敵だと思っていた。だから、遊び場でもあった枢木神社に迷い込んだ子供は、格好の標的だった。――――誤算だったのは、その相手が意外と性悪で、策略家で、しかも僕が殴っても泣きごと一つ言わなかった事だ」

 当時から、日本男児とはかくあるべし、と育ってきたスザクは、九歳にしては優れた身体能力を持っていた。生まれつきの運動能力の高さに加えて、師に鍛えられた武の実力は、大人でも取り押さえるのが難しい程だった。同年代でスザクを抑える事が可能だった人間など、あの皇の姫一人だけだ。
 彼女は元気だろうか。出来れば、一回、話が出来れば嬉しいのだが。

 「僕の拳を受けても、尚も目の強さは消えなかった。同年代の子供の中で、僕が怯んだのは後にも先にも、あの一回だけだ。多分、僕は心の何処かで、君の強さを悟っていた。……けれども自分の弱さを認めるには若すぎたんだ。だから、言葉に出来ない苛立ちを感じて、拳にしてしまった」

 「痛かったぞ? 後にも先にも、叩かれたのではなく、殴られた経験はアレだけだ。親にも殴られた事は無かったのにな」

 「殴られもせずに育った人間が、まっとうになれるか! と返した気もするけどね。……でも結局、喧嘩はそれ以上、続かなかった。その日の夜、互いにしっかり怒られたから」

 「懐かしいな」

 そう、懐かしい話だ。

 あの時は、スザクは一国の首相の息子。ルルーシュは、ブリタニア本国からやって来た留学生でしかなかった。護衛にラウンズが一人付いていたとしても、立場の差は子供にも明白だった。
 今は違う。スザクは滅びし国出身の一兵卒で、ルルーシュは帝国有数の騎士。立場も身分も、逆転して、過去以上に大きな差が広がっている。普通ならば口を効く事は愚か、近寄る事も許されない立場なのに。

 「……君は昔のままだね、ルルーシュ」

 少しだけ、寂寥感が混ざったスザクのその言葉は、過去の自分と今の自分は違うんだ、そう告げているように思えた。

 「そうでもない。俺も過去とは違う。嫌でも国家の闇を覗いているからな。……汚れた自覚がある」

 「そうかな。僕は君が、随分と……何だろう。大人になった? そんな感じがするよ」

 大人、か。ルルーシュは自分が大人顔負けの実力を持っているとは思っているが、大人ではない。
 母や、ビスマルクや皇帝や、魔女。そういった人間の事を大人と呼ぶのだ。今のルルーシュは、精々が大人に成り立ての雛鳥。資質はあっても、貫禄は無い。それに。

 「安心して欲しい。俺は俺のままだ。軸もぶれてはいない。……それに俺が大人なら、世界の平和を真面目に望んでなんかいないからな」

 帝国最強の一角たる言葉とは思えないセリフだったが、スザクは驚きも無く、普通に受け入れた。

 子供の頃から現実的だったが、今のルルーシュは輪を懸けて現実的だ。少しだけ斜に構えている部分があるし、見方を変えれば悲観的にも思える。けれども、スザクから見ても、その態度には重みがあった。
 今尚も支配し、他国を侵略しているブリタニア。その行動の片棒を担いでいる騎士。である筈なのに、目指している物は、遠く、遥か彼方にある。スザクには見えない程の、遠くに。

 また、それを教えてくれる日は来るのだろうか?

 スザクには分からない。だから、ただ一言、告げるだけに留めた。

 「……そうか。……ならば、変わったのは世界なのかもしれないね」

 「……ああ」

 世界は変わった。七、八年前と今とでは余りにも違い過ぎている。残酷で無情な、時の流れだ。
 風が吹いた。強い風だ。スザクとルルーシュの二人にも吹き付ける。湿度の高い日本の風は、遥か過去に感じた物と同じだ。あの夏の日。強い緑の匂いを、あの時の風は運んで来ていた。

 そう言えば。
 ふと、彼は思う。

 七年前、晴れ渡った夏の日の帰り道に、小さな八百屋の前で、一人の少女とぶつかった。そして、追突の衝撃で少女の手から離れた、買い物帰りの袋の口から零れ落ちたのは、甘い匂い。熟れた桃だった。
 それをルルーシュはスザクと共に拾い集め、しっかりと手渡した。
 今でも、夏の日の記憶として、脳に刻み込まれている。

 あの時の、赤い髪の少女。紅月カレンの事を、スザクは覚えているだろうか?




     ●




 「お疲れの所、申し訳ありません。……本国から、連絡が有りまして」

 「……いや、構わない」

 頭こそ下げないが、礼を取ってコーネリアは話し始めた。

 マリアンヌの弟子でもある彼女は、その影響もあって魔女には弱い。
 昔から一向に老けたように見えない外見や、人間離れした態度、超一流の技量。人間としても違いを認識せざるを得ないというのに、彼女は昔の事をとてもよく覚えている。それこそ、幼い頃の失敗や、マリアンヌに姉弟子共々コテンパンにされた事までもだ。

 「実は、地下の調査が一段落したら、C.C.卿にエリア11に行って欲しい、と通達がございまして」

 「……ビスマルクからか?」

 「いえ。シュナイゼル宰相閣下との連名となっています」

 公私をきっちりと分ける彼女は、義兄上とも殿下とも呼ばず、出所を話す。
 二人の間に割って入る勇気はないのか、ギルフォードとダールトンは壁際に静かに控えているだけだ。

 「現在、元老院で議会の最中ですが、エリア11の副総督が近い内に決定する予定です。その来訪に合わせ、卿にもエリア11に行って頂きたい、様でして」

 因みに、一ヶ月は懸からないだろう、とのことだった。地下のマッピングが形になったとはいえ、遺跡全てを一ヶ月で全部を調べるのは不可能だ。引き継ぎ等も含め、忙しくなる。

 「……それは構わないが」

 また大変だな、と少々げんなりした魔女だが顔には出さない。
 しかし、と気になる点を確認する。

 「良いのか? だとすると、エリア11にはラウンズが四人となってしまう。この国を落とした時だって三人だった。多すぎると思うがな」

 「名目上は、副総督の護衛、となっています。また、エリア平定の仕事は、ル……失礼、ランペルージ卿とクルシェフスキー卿が中心となって行い、アールストレイム卿は軍の監督を任される模様です」

 つまり、C.C.は副総督の護衛。ルルーシュ、モニカはエリア11の平定。アーニャは軍、――――もとい純血派の監督だ。一応、仕事も担当もばらばらでは有る。
 だが、あっさりと魔女は意見を言った。

 「……要するに、皇帝と宰相と元帥の、悪巧みだな?」

 幾らラウンズが皇帝の采配一つで動くと言っても、巨大な戦力を一ヶ所に集めるのは時と場合による。エリア11という、既にラウンズが二人。現在は一時的に三人になっている土地に、それ以上を送り込むとなると、中々障害が多い。それこそ、元帥とか宰相とかが、お願いできませんか、と皇帝に嘆願した形でもなければ。

 「……もう少し、オブラートに包んでお願いします」

 同じ事は彼女も考えていたようで、否定はしなかった。

 「それは失礼。しかし宜しいのか? 私が移動することによる支障は?」

 「そちらは、私とエルンスト卿で何とかなると思われます。マリアンヌ元帥、ファランクス総監から、それぞれエリア18への物資や人材の派遣が形になっていますし、グラストンナイツもおります。お任せを」

 「……其処まで言うなら、殿下に任せよう。――――しかし、そうか。エリア11か」

 本当に、因縁がある土地だ。そう思う。あの時の旅路は、魔女にとっても思い出深い。
 その中の一人。カルラの血をひく人間が目の前にいる。顔立ちや髪は、余り似ていない。けれども、コーネリアとユーフェミア。彼女達リ家は、確かにカルラの生きた証だ。

 「卿?」

 「ああ。いや。……ルルーシュに会えると思ってな」

 思わず、感傷に浸ってしまった事を誤魔化す。考えるのはまたにしよう。

 「そうですか。……貴方が気にしていてくれれば、私も安心していられます」

 「そう褒められても、何も出ないさ」

 軽口を叩く。そう、本当に感謝される云われはない。謙遜ではなく、本当に無いのだ。
 そもそも、魔女がルルーシュの今を造ったと言っても、過言ではないのだから。




 『あの事件』を語りたがる者はいない。
 神聖ブリタニア帝国における、一種の禁忌として伝わり、噂話も流れない。
 それだけの事件だった。




 今この場で語るには、余りにも長く複雑になる。だから全ては語らない。

 だが、八年前に、全てが変わった事は事実だ。

 ルルーシュは決意を宿したし、魔女は彼と共に居ようと決めた。

 マリアンヌ・ランペルージは第一線から退かざるを得なくなった。彼女は結局、帝国元帥という立場に就いたのだが、過去の様にKMFを自在に操るには難しい体になった事は確かだ。今もそう。一流であっても、全盛期の伝説には及ばない。

 彼女はまだ良い。あの事件の被害者の中で言えば、被害は微々たるものだ。少なくともルルーシュの兄弟達と比較すれば雲泥の差だ。死んだ人間だって多かった。心の傷を癒せない者も多い。

 背後にいる、ルクレティアの事を、少しだけ見る。

 「……そうだ。エリア11に行くのは私だけか? 彼女も連れて行きたいが」

 「恐らく大丈夫、だとは思われますが。……本国に確認、致しましょうか?」

 「いや。自分でやろう。殿下の手を煩わせるのも悪い」

 話が落ち着いた所で、魔女は身を翻した。取りあえず期限が決まった以上、計画を短縮する必要がある。
 優先順位を考えつつ、明日以降について想いを馳せながら、退室しようとした、その背中に一言。

 「卿。……その。――――あの子を、頼みます」

 「任せろ。私はC.C.だ」

 ひらり、と手を振った魔女は、口元に不敵な笑顔を浮かべて部屋を出ていった。




     ●




 「スザク。……正直に言おう。俺は、お前のその腕が欲しい」

 その申し出は、普通の名誉ブリタニア人ならば、本当に感激するだろう。
 帝国最強の騎士。しかも人格者で有名なルルーシュ。その彼に、スカウトされるという事は、即ち本国でも地位が約束された様な物だ。一般のブリタニア人でも滅多にお目にかかれない、その言葉。

 けれども、それに簡単に頷けるほど、スザクはルルーシュを知らない訳では無かった。

 「……僕をランスロットに乗せたのは、だからかい?」

 「半分はな。お前を死なせたくなかった。でも同時に、……理由は言えないが、お前を手元に置こうと思った。善意もあったが、打算もあった。――――其れは認める。すまなかった」

 ……だろうな、とは推測していた。

 ルルーシュは、基本は優しい。だが、いざとなったらスザクが凍りつくような悪事をなす事が出来る。相反する様だが、彼はそういう性質を持っているのだ。ロイドが言っていた通り、好むと好まざるとに関わらず、ラウンズは人殺しの天才ばかり。彼も例には漏れない。
 人殺しを好んではいない。だが、策略と暗躍で人を始末できるのがルルーシュだ。そして必要とあらば、その罪を利用して状況を進めもする。外道を演じられる。其れをスザクは、覚えている。

 「僕が総理大臣の息子、だったからじゃなくて?」

 「違う。――――言えないが、もっと別の理由だ。俺というより、C.C.や帝国が欲しているというべきか。お前には、それだけの力と価値がある。そして今更かもしれないが……俺は、そう言う物を抜きにしても、お前を仲間として引き入れたい。そこに足るだけの背景があるんだ」

 スザクが、知らない。覚えていないだけ。
 そう言ったルルーシュの顔は、嘘をついている顔ではなかった。
 暫し、風の音だけを耳にしていたが、少し考えて口を開く。

 「僕は名誉ブリタニア人になったことを、後悔している訳じゃない。……いや、むしろ他の人たちに比較すれば、十分過ぎる位に恵まれていると思う。だから後悔するのは間違ってるんだと、そう思っている」

 ポツリポツリと、スザクは話す。

 「日本が負けた後、僕は京都六家に売られて、ブリタニアに身柄を拘束された。前総理大臣の息子と言う立場は、格好の旗印になるからね。――――いち早く、ブリタニアに恭順の意を示した桐原さんが、その証拠として僕を引き渡した。……別に、恨んではいない。そうしなければ京都六家は滅んでいただろう。僕だって、父さんの死に責任を感じていたから」

 「……ああ」

 「ブリタニアの訓練施設で扱きに扱かれて、その後は殆ど強制的に名誉ブリタニア人にされた。使い捨ての兵士としてね。……七年は、長かったよ。幸いにも、人を殺す機会には恵まれずに済んだけれども――――同期で今も生きている仲間は、きっと多くない。僕が此処にいるのは、運が良かっただけだ」

 「……」

 何を言えば良いのか、分からなかった。
 滅ぼされた国の人間に対して、滅ぼした国の人間が何かを言う事は、本当ならばおこがましい。普段のルルーシュならば、それを承知で――それこそゲットーでの戦いで紅月カレンに告げたように、話をするのだが、スザクに対しては言えなかった。

 「だから、君を会えた事は嬉しい。君が僕との友情を覚えていてくれた事も嬉しい。少しの利用心はあったとしても、こうして話して謝ってくれた。だから、それもまあ……良いよ。でも、一つ、聞きたい」

 一言。




 「君は、どこまで非情になれる?」




 ゲットーの作戦で、相手が自爆した時に感じた、苦い味。ランスロットに乗り続ければ、あれを何時までも体験し続けることになる。自分にはまだ、彼らの覚悟を踏み躙ってまで行動する覚悟は、足らない。

 戦い続けるとなったら、間違いなく過去の記憶達と対面することになる。ルルーシュの事は信じたい。無意味な活動を続ける抵抗勢力も許し難い。けれども、親しい人間は……流石に、嫌だ。
 生まれてから今迄、スザクは近隣者に危害を加えた事は、殆ど無い。それこそ反目していた父であってもだ。彼とは結局、仲直りが出来ないままで終わってしまったが。

 「ルルーシュ。……君を殴ったあの日、僕は稽古場で師匠に叱られた。武とは心を磨くものだ、ってね」

 「……ああ。藤堂、鏡志朗か」

 「そうだよ」

 目線を外に向ける彼の表情は、暗い。
 魔女と共に日本を回っていた時、数える位だったが、顔を合わせた事がある。武人、侍、そんな言葉が似合う軍人だった。礼儀正しく、質実剛健を地で行く、ルルーシュの目から見ても立派な大人だった。
 今の彼が《奇跡の藤堂》と呼ばれていることは、当たり前だが知っている。

 「例えばだ、ルルーシュ。……君は戦場で向かい合ったら、藤堂さんや神楽耶ですら殺すのか?」

 「……ああ。……仮に戦場で敵対したら、殺し合う羽目になる、だろうな」

 一瞬、どう答えようかと迷ったようだが、結局、彼は頷いた。

 「本音を言えば、出来れば殺したくない相手だ」

 けれども、と彼は続ける。

 戦場での説得が成功する訳ではない。優秀で味方にしたい人間を、しかし説得に失敗して、結局は戦場で倒した経験はある。その覚悟を承知で、ルルーシュは敵と対話をしている。だから、仮に《奇跡の藤堂》が靡かず、本気で戦う事になったら――――その時は、今迄の敵と同じ扱いになるだろう。

 そう言った。

 「それが帝国最強の一角にある、俺の義務だ。……俺にも、俺の守る者が有って、目指すものがある。だから藤堂鏡志朗であれ、皇神楽耶であれ、障害になるならば、俺は倒すよ」

 「……それは、君の正義なのか?」

 「正義、という言葉が相応しいかは、分からない。だが、信じる物の為に、貫く物ではある。……俺は何時も、戦場ではそう考えて戦っている」

 「そうか。――――僕はまだ、何を目指せばいいのか、分からないよ」

 世界を内側から変えて行きたい。そんな思いはある。けれども、其れは難しいだろう。困難だろうとも認識している。ルルーシュの手を取りたいが……。スザクは、まだ割り切れない。

 そこまで割り切れるルルーシュは、やっぱり歴戦の騎士なのだろう。割り切っておらずとも、必要だからと前に進む事が出来る。それはスザクには持ち得ないルルーシュの強さだ。

 スザクにも“分かっては”いるのだ。今迄敵味方だった者達が戦い、殺し合う。それが戦争だ。スザクが理解しているなら、歴戦の軍人である師匠も、自分以上に老獪な従姉妹も、きっと分かっている。

 吹き付ける同じ筈の風が、酷く悲しかった。

 「……時間が欲しい。お願いできるかな」

 「分かった。……どんな答えでも、俺は怒らない」

 「有難う、ルルーシュ」

 それが、この小さな会合の、最後の会話だった。
 きっと答えはすぐ近くにある。スザクはそう信じたかった。




     ●




 真夜中。
 ふと、ルルーシュは目を覚ました。

 灯りが落とされた室内は、静寂に包まれ、物音一つしない。既に誰もが寝静まり、政庁で起きているのは当直と警備員のみだ。深夜、ラウンズも全員、寝静まっている。
 微かに開いた視界には誰も映らない。寝る為だけに使われる自室に、異常は無いように思える。

 「…………」

 だが、息を乱さず、恰も寝返りを装う様に、ルルーシュは静かに枕の下に手を伸ばした。柔らかな枕の中に、固い感触がある。……コイルガンだ。
 傍から見ていれば、眠っているようにしか見えない。だが、静かに確実に、彼は動いていた。指で銃を掴み、引き金を捉え、何があっても動き出せる様に体を眠りから起こす。
 そして、いざ、動こうとした瞬間だった。




 「お静かに」




 す、と首元に鋭利な切っ先が突き付けられた。
 首から、薄皮一枚の位置。起き上がったルルーシュの動きを止める格好で、何者かが背後に回っていた。

 「!」

 抵抗は無意味だ。そう悟らざるを得ない程に、完璧な挙動。その気配を悟っても尚、圧倒的な技量差を持つ相手。ルルーシュの運動神経は決して悪くない。仮にもラウンズだ。だが、この隠密性、この完璧性。ラウンズ一暗殺が得意なルキアーノで、果たして同じ事が出来るか。

 真夜中の政庁に侵入し、ラウンズに抵抗させずに、無力化させる――――などと言う、離れ業は。

 並みの腕じゃない。ルルーシュの身体能力とは、格が違う。
 静かに銃を布団の上に落とす。瞳だけで下を向けば、僅かに見える鈍色の刃がある。光沢は、きっと毒でも塗ってあるのだろう。ますます持って動けない。

 「……何しに来た?」

 「ご安心を。殺すつもりはございません」

 それでも怯まず、冷静な声で訊ねると抑揚のない声が帰って来た。
 これまた、聞き覚えのある声だった。

 「言ってみろ、咲世子」

 名前を呼んだ、その一瞬だけ相手が驚いたようだったが――――静かに、見えない相手は告げる。
 言葉の中に、微かに楽しげなものが含まれていたのは、気のせいではないだろう。




 「京都六家と皇神楽耶さまから、言伝を預かって参りました」














 用語解説 その15


 漆黒の蓮夜

 雑誌『少年エース』で連載中のコードギアスの漫画。原案・脚本は谷口悟朗。漫画はたくま朋正(ナイトメア・オブ・ナナリーの人)。
 ギアス世界の過去、江戸時代を描いた漫画で、アニメ世界に正式に通じる物語である。

 隠れ里『穎明(えいめい)の里』から浚われた、少女カルラ。本名をクレア・リ・ブリタニア。
 彼女を救う為、美鈴、栞ら里の仲間達に、魔女C.C.と、ブリタニア貴族のアルト・ヴァインベルグを加えて旅立った少年・蓮夜の物語。
 ルルーシュに酷似した謎の男“ダッシュ”や、皇二葉。謎の異能者ナイトメアに『桜の爆ぜ石』等、本編と関わりありそうな人間、単語も非常に多い。

 どちらかと言えば異能力バトルもの。
 発行部数が多くない為か、書店で探してもなかなか見つからない。






 登場人物紹介 その15


 ルクレティア・コーツ

 機密情報局の一員である少女。本当の苗字は不明だが、保護者の偽名を借りてコーツと名乗っている。
 長い金髪の美少女。名前から判断するに、恐らくイタリア系の出身。面倒見が良い、物腰柔らかな少女だが、芯が強いしっかり者。身内には時々厳しい。ちょっとだけ腹黒い。

 一定の範囲内の空間・物質構造を知覚、解読するギアス《ザ・ランド》を持っており、戦略的に非常に優位性を齎してくれる。遺跡の発掘や、秘密の抜け穴。隠された空間などを見つけるのも得意。
 ギアスユーザーだがマオほど屈折しておらず、複雑な関係とは言っても、C.C.とは仲が良い。

 マリアンヌからの命令で、愛機GX01-Lと共にエリア18に来ており、地下の遺跡を調べているが、どうやら魔女と共にエリア11に向かうことになりそうである。














 蓮夜ネタ。仮面の男。スザクとルルーシュの過去。おまけに篠崎咲世子。他にも色々フラグが立っていますが、段々とエリア11の主要な役者が出始めました。第一期主要キャラが揃うまで、もう少しです。
 もう少し更新を早めにする事を目標にしつつ、続きを書いていこうかと思います。感想を頂ければ、もう少し早くなるかもしれません。最近、かなりモチベーションに直結しています。

 ではまた次回。
 そろそろ生徒会の面々も動かしましょう。

 (6月4日・投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑫(上)
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538
Date: 2011/08/18 22:10

 租界から北東に一時間も進めば、都会の喧騒も遠い緑溢れる空間に着く。

 元々、エリア11に住んでいた国民は、働き者だ。家庭を顧みずに仕事に邁進する様は、経済成長期には社会主義国家と間違えられた程である。その名残は今も健在で、名誉ブリタニア人は基本的に働き者だし(働かないと生きていけないのだが)、日々の疲れを癒すスポットも当然ながら存在した。

 「と言う訳で、日々の慰労も兼ねてやってきました!」

 「あのー会長」

 「なあに? 皆、折角来たんだからテンション上げて行きましょうよ」

 静かに走るリニアモーターカーの中で、妙に騒がしい空間があった。個室に集っているのは何れも高校生で、男子が一人、女子が三人だ。最も、集団に色めかしい空気は無い。

 全員を纏める金髪の美女が、ミレイ・アッシュフォードである。

 他の三人は彼女の後輩だ。名門アッシュフォード学園の生徒会役員達は、個室を借り切って、六人掛けのシートに四人で座っている。その中で、おずおずと手を挙げた、通路側に座る唯一の男子。リヴァル・カルデモンドが、恐らく全員が思っていただろう疑問を口に出した。

 「その、大丈夫なんですか? 治安とか」

 「大丈夫、大丈夫。ナリタ連山は立ち入り禁止だけど、ナリタは広いもの。貴方達だってこっち来るとき空港を利用したでしょ? チバまで行って、其処から先は安全な場所を巡れば良いの」

 会長が、オッケイ? と顔を近づけると、その迫力と美貌に押されたリヴァルが激しく肯定した。顔が近いのもあるが、あるいは好いている女性の顔が至近距離にあって動揺したのかもしれない。彼がミレイに報われない恋心を宿している事は、大体承知の上だ。

 「そりゃあ、理屈ではそうでしょうが」

 「リヴァール! 男子の癖に色々言わない! ニーナだって文句を言わないんだから!」

 見れば確かに、ニーナは黙っていた。
 窓際に座る眼鏡の地味な空気の少女。ニーナ・アインシュタインは『ミレイちゃんが其処まで言うなら……』と、不安を隠しながらも読書中だ。そんな彼女を安心させるように、通路側の少女が言う。

 「大丈夫だよ。意外とブリタニアの施設も多いから、治安維持にも力が入ってるってさ」

 美少女だ。亜麻色の長い髪を持つ、健康的な明るい女子である。

 「そうなの?」「そうなのか?」

 ニーナとリヴァル。二人から異口同音に言われた彼女は、頷く。

 「うん。お父さんが、ナリタで働いてるから。夜に暗い所を出歩かなければ、何も問題は無いって」

 休日で人も多いし、その分、危険は少ないだろう。
 人混みを狙って攻撃が行われるようなら、その土地は末期だ。テロリスト達だって、何時日本人に被害が出るか分からない、雑多な集団に攻勢を仕掛けはしない。それだけの理性は、“まだ”残っている。
 そんな事を、父親の判断を借りて彼女は説明した。

 「……有難う、シャーリー」

 「うん! まかせて!」

 ニーナに笑顔を返す彼女の名は、シャーリー・フェネットと言った。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑫(上)






 「本日はラウンズが、揃って休暇を取ってる、って聞いたけど。……あ、その資料貸して?」

 「はい、どうぞ。――――ええ、私も休暇中ですよ。報告だけ聞いたら外に出るつもりです」

 「ふうん。モニカはどこか行きたい場所有るの?」

 「そうですねえ。……取りあえず銃砲店に顔出したいなとは思ってますけど」

 休日に銃砲店というのは、中々変な趣味だなあとマリエル・ラビエは思ったが、口には出さなかった。自分の趣味、機械弄りも真っ当の範疇とは言えない。

 数多の戦場を駆けるラウンズ。ともなれば支給品だけでは用が足りない事もあるかもしれない。そう言った場合を防ぐ為、大抵休日の暇を見計らって個人で手筈を整えるのが習慣だった。処々の道具を経費で落とせるし――本音を言えば、誰だって死にたくないから、万全に己で準備をして戦場に行きたい。
 モニカの場合、銃は得物であって友人でもある。だから、休日に愛銃を伴い出かけることも多かった。

 「でも良いの? 軍とか政庁とか」

 「ええ。ゲットーの方も一段落しましたし、復興支援は後日の計画表が出てからです。ルルーシュもアーニャも、そして私も、エリア11に来てから働き詰めでしたから。……ここらで大きく休みを取ろうということになりました」

 最近は、アーニャの監視が厳しいお陰で、軍の自浄作用も働きつつある。

 政庁上層部、というかカラレス一派への対策も掴めてきた。抜かりの無いルルーシュは、まず周囲の切り崩しから初めている。効果が出るまではまだ時間が必要だろうが……本国からマオと一緒に連れて来た機密情報局員を上手に動かして、手綱を握ろうと画策しているようだ。
 相手も負けてはいない。情報を表に出さないよう、彼らは彼らで仕事と称して証拠の隠滅をしている。まあ、これは困った事だが――――全てが悪い事、と言う訳でもない。悪事の証拠が無くなるのは困るが、監視の目があるからか真面目に仕事をしてくれており、政庁内の仕事の処理も早くなっている。
 ただ、証拠が消えると動きが奮わない部署も出るのも当然で。

 「……元から居た機情は?」

 「難儀している様ですね」

 ヴィレッタ・ヌゥも努力しているようだが、政庁の不穏分子の洗い出しには至っていない。これは彼女の手腕より、相手の数が多いからだろう。連中が本気で邪魔をしている面もある。兵站部署に危険性を感じたジェレミアが、彼女に協力する形で軍の内部監査をこっそり行い始めている事が、幸いか。

 政治、経済への監査はヴィレッタと機情が進め、軍内部での監査はジェレミアと純血派が進めている。ヴィレッタの背後にはルルーシュが居るし、ジェレミアの背後にはアーニャが付いている。後者は、飽く迄もジェレミアの個人的な行動に過ぎないが――――ま、牽制にはなるだろう。
 そもそも内政など、ベストを尽くしても簡単に良くはならない。ラウンズの仕事は政治じゃないし。

 もう暫くすれば、本国から副総督が派遣されるらしい。
 その人物に期待と言った所だ。

 「……別に私はどーでも良いけどね。エリア11が衛星エリアだろうが矯正エリアだろうが」

 「興味はありませんか?」

 「ない。……と言うより、エリア11に私事を持つと、嫌でも嫌いになっちゃうから。だから考えないようにしてるだけ。余計なことを考えるとランスロットに支障が出るし」

 マリエルは、自分は、技術者で科学者で整備士だ。そう言い聞かせている。父レナルドが設計し、師ロイドが形に直し、そして自分が組み立て、独自のシステムを盛り込んだ息子ランスロットだけを見ていたい。見ていないと、色々と渦巻く心に囚われてしまう。
 感情の向ける先を変えてはいけない。全力で完璧に仕上げる。それが、機体の命を預かる整備員の義務だ。乗り手が日本人だろうと、ここがエリア11だろうと、ナイトメアに関わる根幹を変える人間は特派には居ない。マリエルも、ロイドも、……多分セシルも。

 「……そう言えば、GXの方は?」

 「ん、ああ。それなら――――えっと、こっちに」

 マリエルの心境を読み取ったのか、モニカは話題を変えてくれた。
 貴族や権力者の中には、他人の都合をお構いなしに言動を奮う人間が居るが、ラウンズはそう言う人間とは無縁だ。変態だったり変人だったり奇人だったり魔人だったり人外だったり、色々普通ではないが、基本的に一本芯が通った人間である。芯の通り具合がアレな事は否定しがたいが。

 そんな事を思いながら、資料を引っ張り出す。
 特派には基本的に研究馬鹿しかいない。幸い、整理整頓や、数字を扱う細かい仕事は、得意なセシルが全てやってくれている。一番地味かもしれないが、彼女がいなければ特派は首が絞まって動けなくなる、其れ位の雑務を引き受けてくれているのだ。
 今も、直ぐに見つかる場所に中間報告書が置いてあった。

 「えっとですねえ。まあ、外装の比較と基本構造、破損パーツからの予想くらいしか終わってないんですが……」

 カサリ、と引っ張り出した紙を読みながら、彼女は言う。
 舐めるような、睨むような、兎に角真剣な態度だった。

 「……“予想通り”です」

 「……そう」

 答えを聞いて、肩を落としてモニカは大きく息を吐く。
 GX量産型が敵側にあるとサイタマで分かった時から懸念していた事だが、やっぱりだったか。

 「不味いね」

 「ええ、危ないですよ。今直ぐに危ない訳ではなく、この機体が相手方に多くあるならば、ですが」

 互いに頷きあって、マリエルは書類を仕舞い込む。
 何がどう危険なのか。それは、彼女達だけが分かっていれば良い事だった。

 「取りあえず、ルルーシュが帰ってきたら話をしましょう。時間はありそうです」

 「うん。……あ、そうだ。訊ね忘れてたけど、三人は今、何処に?」

 「デートに出かけました。マオは護衛です」

 ルルーシュとアーニャは、交際している訳ではない。

 アーニャが、ルルーシュの宿題に答えを出した「ご褒美」として、『じゃあ休みの日に一緒に遊びに行って?』とお願いしたのだ。年下の少女に弱いルルーシュが、そのお願いに抗せる筈もなかった。
 ただ、全部が全部アーニャの力だった訳ではなく、モニカの助力もあった。だからマオも一緒に、護衛と言う名目でくっついて行ったという訳だ。
 あれでルルーシュは、当然の如く競争率が高いのである。……まあ、マオの場合は、ルルーシュよりも、ルルーシュに御執着の魔女の方が気になっているから、なのだが。

 「……場所を聞いたんだけど」

 「あ、そうでしたか」

 それは失礼、と天然なのか業となのか、今一良く分からない態度で誤魔化された。
 科学者の質問に、帝国十二番目の剣は、怪しい笑みを浮かべて軽い口調で語る。

 「ナリタですよ」

 …………。
 ……………………なにそれ。

 「……本当にデート?」

 マリエルの質問に、モニカは笑顔で誤魔化して答えなかった。




     ●




 「良い天気だ。絶好の行楽日和だな」

 「うん」

 さんさんと降り注ぐ太陽と、爽やかに広がる青空を見て、ルルーシュは隣のアーニャに言った。

 騎士服ではなく私服。タンクトップと短いズボンの、おへそを出した可愛い恰好をしている。それでいて活発さは失っていない。普段は纏めてある髪型も、少し梳かしてバレッタで止めていた。
 しっかりとおめかしをした、気合いの入った姿だ。

 「可愛いぞ? アーニャ」

 「……ん」

 ありがと、と恥ずかしそうに彼女は返した。なんとなく、彼女の態度が夢見る乙女チックになっているのは気のせいではないだろう。髪だけでなく、空気も頬も桃色だ。初々しいという表現がぴったり合う。

 対するルルーシュも、意外と気合いを入れている。顔を覆う帽子に加えて、服装自体は色合いも地味だ。だが、腕時計や宝飾品の使い方が良いし、しかも高級品。何を着ても様になるから美形はお得である。

 人気が多い。緑の自然に包まれたこの土地は、租界で得た日々の疲れを癒すスポットとして人種に問わず大人気である。含まれるフィトンチッドは、ルルーシュにもアーニャにも有り難い。

 「ルルーシュ。アイス食べたい」

 「ああ。買おうか」

 本日、ルルーシュとアーニャは、二人で仲良くお出かけ。有体に言ってしまえば、デートである。
 最も、ルルーシュの頭の中にデートという単語があるかは別だ。
 アーニャはデートを希望しているが、ルルーシュは可愛い後輩と出かけているとしか思っていない、かもしれない。

 「……これ、僕が居て良いのかなあ」

 二人の後ろで、同じく私服のマオが小さく呟いたそうな。
 彼女の頭の中には、馬に蹴られてなんとやら、という言葉が連想されていた。




 ラウンズ内における恋愛は、注意と言う扱いになっている。

 ラウンズは皇帝の騎士であり、何よりも皇帝の意向に従わなくてはならない。だから皇帝よりも何かを優先してはいけないし、許されないのだ。……ただ当の皇帝シャルル自身が前例を破ってしまった部分があるし、今時の流行に即して、古来ほど厳しく制限されている訳ではない。

 が――それでも、恋愛には注意するように言われている。
 立場上、「何時」「誰に」「何処で」狙われるか分からないし危険も多い。時間も不規則。恨みから身内が巻き込まれる可能性もある。誰かと恋愛関係になるなら、それを見越して覚悟の上で行えと言う事だ。

 権力的には優れていても、一人の人間として異性と付き合うには、むしろラウンズの立場は邪魔なのだ。

 ただ、例外もある。
 皇族の誰かとラウンズの間に関係が構築されて、皇帝がそれを許して晴れて結ばれた、という事例は数少ないが存在する。また、男女ともに帝国内で似通った地位に居た為、結婚したり籍を入れたりしても、不都合は増えないという事例もある。

 総じて言えば「伴侶が自身を守れる権力者」ならば、大体成功するのだ。
 それは、つまり。

 ――――私がルルーシュをゲットしても、大丈夫。

 そう言う事だ。

 この際だ。正直に、はっきりと言おう。
 アーニャ・アールストレイムは、ルルーシュの事が好きである。家族や兄妹のような、ではなく、はっきりと好きである。ブリタニア語で言えば、Loveだ。

 幼い頃からルルーシュの周囲には、女っ気が有った。マリアンヌに魅かれて集まった人々は、軍人も多かったが、女性も多かった。まず魔女。次に《閃光の弟子》であるコーネリア、ノネット、ベアトリスの三人。コーネリアに付いて来たユーフェミアと、公爵家のミレイ。そして当のアーニャ。ナナリー達家族を除いても、ルルーシュの周りには美女、美少女が見事に揃っていた。

 勿論、今でも彼女達とルルーシュの関係は良好だが、関係は違う。《閃光の弟子》達は当然のことながらLikeであって、可愛い弟分という扱い。その一方で、今でもミレイはさり気なく想いを寄せていたりもする。ユーフェミアは……ちょっと分からないが、Love寄りなのは間違いない。
 アーニャも同じだ。愛している、という重い言葉までは“まだ”言えないが。

 ――――意外と、狙いが激しいし。

 ラウンズ、美男子で、母が元帥で、皇族とも覚えがある。ちょっとシスコンとマザコンの気があるが、女性には優しいし家庭的でもある。血筋だけで言えば庶子だが、むしろ家に取り込んで箔を付けるには丁度良い。ともなれば、ルルーシュの元に女を送り込む動きが多いのは当たり前だ。

 都合の悪いことに、過去のルルーシュはミレイと許嫁になってしまっていたが、今では解消されてしまっている。毎月毎月、ルルーシュの所に『一度お会いして頂きたい』という連絡がかなり来る。当のルルーシュが辟易する程だ。
 つまり、誰がルルーシュの隣を射止めるのか、実は水面下では熾烈な争いが繰り広げられている。
 因みに目下の所、最も彼に近い位置にいるのはC.C.だろう。

 ――――C.C.には、勝てないけど。

 あの魔女には勝てない。ちょっとでもルルーシュの事を知れば、あるいは見れば分かる。距離感が他の誰よりも曖昧なくせに、繋がりが異常に強い。付かず離れず、けれども魔女はルルーシュの事を決して見逃さない。そばにいる、という言葉が彼女ほどに会う存在もいるまい。
 幸いなのは、二人の間にあるのは恋愛関係ではない事か。ルルーシュの隣にいる点で、あの魔女に勝つ事は出来ない。だが、間違っても恋愛には発展しない。二人の間にある物は、彼らの言葉を借りるならば『共犯者』だからだ。
 そう、つまり。つまりだ。

 ――――正妻の座は、狙える……!

 無表情な顔の中で、キラン、と目を光らせる。
 アーニャの場合は、年齢的、あるいは今迄の関係的にちょっと不利な気もするが、夢を見るのは本人の自由だ。以前、マリアンヌに話したら『頑張んなさい』と笑顔で言われた。あの反応を見るに、アーニャがゲットしても笑って受け入れるだろう。
 そして多分、魔女も色々煩い事は言うまい。例えルルーシュに本妻が居ようが愛人が増えようが、己の立ち位置を譲らせないからだ。逆に一緒に他の女性陣と、ルルーシュを弄り倒す方に行く。

 ――――その為には、下準備。

 少しずつで良いから、仲良くなっていこう。
 こういう平日で、少しでも良いから距離を詰めるのだ。別に今日一日でルルーシュを押し倒す所まで行く気はない。そういうのは、もっと育ってからだ。
 しかし態々、ルルーシュを遠くから見ていて、鳶に油揚げを攫われるのも嫌だった。攻撃に出るときは本気で攻撃する。強引でも押す。それがアーニャのスタイルだ。恋愛でもKMFでも同じだった。
 まずはとりあえず。

 「ルルーシュ、手、繋いで」

 「ああ。人混みだし、はぐれても不味いか」

 アーニャの企みを知ってか知らずか、仕方ないな、という態度でルルーシュは手を差し出した。
 掌を握って、白魚の様な、アーニャよりも細くて綺麗な指と絡める。その動きに、一瞬だけルルーシュの手が固まったようだったが、直ぐに戻って平然と歩き始めた。
 本当は腕を組みたいのだが、アーニャはまだ背が足りない。だから手で我慢だ。

 「何処か行きたい場所は?」

 「……じゃあ。……写真を撮れる場所」

 アーニャは記録を残す事に拘りを持つ。彼女の昔からの癖だ。

 「そうか。それなら展望台に行こう。丁度良い距離にある」

 道際に立っていた案内表示を眺めてルルーシュが言う。
 簡略化されたナリタの地図に載っているのは、大雑把な歩道と車道。観光名所と行き方だ。数人掛けのロープウェイに乗って、上まで行けば展望台。そう地図には書いてあった。

 「歩いていこうか?」

 「……ううん。乗る」

 二人きりで散歩も魅力的だったが、ルルーシュが山頂まで到達できる体力を持っているとは思えない。かくしてアーニャは、十数分の間、想い人と二人きりで個室という、若い乙女には十分に魅力的な体験をする事になった。
 無表情の裏で、アーニャが心で飛び跳ねていた事は、言うまでもない。






 因みに、そんな二人の様子を見ていたマオは、自分の場違いさと立場に、仄かな虚しさと呆れを抱えて、肩を軽く落として個人行動に移していた。頭を小さく振って、『なんで僕はこんなとこに来ちゃったんだろう……』と自らの境遇を嘆きつつ、一人で雑踏に消えて行った。

 別に護衛を放り投げたのではない。周囲の様子で気になる事があったのだ。

 その後、彼女が本気で洒落にならない事件に巻き込まれるのは、また次の話。






 「ルルーシュ。楽しい?」

 「ああ。楽しいぞ。気分転換にはちょうど良いしな」

 成田山の頂上へ向かうリフトの中。傍らのアーニャに言われてルルーシュは頷いた。これは本当だ。客観的に見てもかなり可愛い知人と行動していて、楽しくない訳がない。
 横に座ったアーニャは、顔にこそ内心を出していないが、何時もより浮かれている。ルルーシュとしても連れて来た甲斐があったと言う物だ。

 懐から双眼鏡を取り出す。かなりの高級品だ。老舗のメーカーのハンドメイド。ルルーシュは、こういう実用的な品には気前よく金を払う。それを手に、ルルーシュは少し遠くの成田の斜面を見た。
 数キロ先。緑に覆われた山肌の所々に覗く土。その肌色の中に、ルルーシュは微かな車輪の跡を捉える。軍のKMFではない。車幅や数からすれば、ほぼ間違いなく『日本解放戦線』の活動後だ。

 ――――いる、な。

 それだけを確認して、双眼鏡を外す。昼間の内から行動をしはしないだろう。ルルーシュが気真面目に働くタイプと言っても、この状況で無駄に調べる気は無い。テロリストが確かに動いている事さえ確認できれば、今日の所は御の字だった。
 ガタ、とリフトが軋む。降車までもう少しか。

 「ジェレミア達に、仕事を全部任せて来てしまったのは、少し不味かったか?」

 「大丈夫。……ジェレミアだし」

 「そうだな」

 貴族からの軍人は、決して肉体ばかりではない。ブリタニアにおいては、頭脳も相応の成績を残さなければ上には立てないのだ。頼んだ仕事なら確実に実行できるのがジェレミアと言う男だった。

 自分の見た物を誤魔化す様に微笑んで、ルルーシュは立ち上がる。
 個室から降りると、灰色の駅だ。緑は豊かだが、余り資金が無いのか、建物自体は割と古びている。きっと戦前から続けて使っているのだろう。平日と言う事もあって、見える範囲での人は少ない。

 「ルルーシュ。手、もう一回」

 「ああ。良いぞ」

 手を繋いだまま展望台に向かう。人混みも随分と解消されていたが――ルルーシュも又、アーニャの手を放す気はなかった。何と言うのだろう。ルルーシュの無意識の癖のようなものだろうか。

 愛する妹達の手を話した過去の経験が、今でもルルーシュを縛り付けている。不安なのだ。繋ぎとめておかないと、何処かに行ってしまいそうで。
 “あの時”、手を話した妹が、如何なったのかを知っているからかもしれない。

 「…………」

 自然と口を閉じてしまったルルーシュをみて、アーニャは何も言わず――――否、何も言えなかった。
 幼馴染の立場は伊達ではない。
 ルルーシュが何を考えているかは、曖昧では有るが読み取れる。ナナリーほどに鋭敏ではないが。
 アーニャとて、過去に何が有ったかは知っている。それこそ人並み以上に良く知っている。事件の渦中に居たと言って良いレベルで、関わっていたのだから。

 言葉を話さず、二人は展望台を昇り切った。

 「……良い風だな」

 「うん」

 木造の展望台に出ると成田の山が目に入った。
 日本の山は険しいが美しい。島国で、大陸プレートの重なる位置にあるからだろう。本国より小さな土地に多くの山が密度濃く広がっている。成田連山もそんな一つだ。
 外から攻めにくく、守り易い。地の利は当然あちらにある。水質資源が豊富で、昔からある山だ。抜け道もブリタニアでは読み切れない。職業軍人としての性に億劫さを感じながらも、ルルーシュは相手方の思考をなぞる事を止められなかった。
 ラウンズは、好むと好まざるとに関わらず、人殺しの天才だ。

 ――――自分も、な。

 自嘲して、空気を吸い込み、大きく吐き出す。

 「こうして景色を見ているとな。結局、世界が変わったのではなく、自分が変わったんだと、そう思うよ。……何時でもどこでも、世界自体は変わらない。きっと」

 「……ルルーシュ。その話、枢木スザクにもした?」

 「なんだ。聞いていたのか?」

 思わず口を付いて出てしまった言葉は、確かに屋上でスザクに話した内容と同じだった。柄でもない。
 これでは、遊びに来たとはとてもではないが言えないではないか。

 「ううん。偶然。……御免」

 人気がない事は確認していたし、ジェレミアに頼んで人払いを命じてはいた。
 生身で会話が聞こえた筈がないのだが、アーニャは別の耳で会話を聞いてしまったのだろう。

 「良いさ。別に。――――日本に来て、暇な日だからかな。普段よりも感傷的だ」

 「……そう」

 ルルーシュは、こう見えて意外と感情的だ。冷徹・冷酷に振舞えるが、決してそれだけではない。むしろ心は繊細だ。その心を、冷酷に変えなければならなかった、だけの話で。

 目を閉じて、少しだけ回想と悔恨に耽るルルーシュを横目に、アーニャは写真を撮る。
 特派特性の携帯端末は、あらゆる意味でアーニャには必要な道具だ。KMFにも、日々の生活にも、あるいはラウンズで割り当てられた仕事にも、全てにおいて。
 彼女の始まりは、自分の妙に断裂する記憶を守る為だったか。

 「……ルルーシュ」

 優に十五分は佇んでいただろう。一頻りの休息の後、アーニャが促した。可愛らしく、手で袖を掴んでいる。移動しようと言う合図だ。

 「ああ、行こうか」

 どうにも、考える時間が有ると余計な事まで考えてしまう。盲目的に動けとは決して言われないが、悩み、一人で抱え込み過ぎるのも悪い事だと、上からしっかり教わっている。
 今度こそ、普通に観光を楽しもう。
 そう決意を新たに立ち上がった時だった。

 「……あれ」

 ふと、展望台に上って来た集団がいた。
 数は四人。年齢は高校生……つまりルルーシュと同じくらい。服はカジュアルで、学校の部活かグループが遊びに来たというのが一番しっくりくる光景だ。それだけならば、別に何と言う事は無かったのだが。

 「え、アレ?」

 先頭に居た、金髪の美女が気付いた。
 とても見覚えのある、顔をしていた。

 「……あ」

 ポツリ、とアーニャも呟く。
 よく見れば、四人組の内、三人は――ルルーシュが見た事のある顔をしていた。租界の中と、新宿ゲットーで。髪の長い少女は絡まれていた所を救ったのだし、陽気そうな男子は、つい先日ゲットーで危機を潜り抜けた学生ではないか。

 そこに居たのは、アッシュフォード学園生徒会メンバーだった。




     ●




 走る列車の中で、皆は楽しく話をしていた。
 回る場所や基礎知識から、生徒会メンバーの話へとシフトしている。

 「でも、残念でしたね、カレンは来れなくって」

 「そうねえ……」

 生徒会のメンバーは、この他にもう一人いた。
 カレン・シュタットフェルト。エリア11で活躍するシュタットフェルト家の御令嬢だ。ミレイのアッシュフォード家よりは弱いにしろ、本国でも結構な人脈を持つ名門である。
 そのもの静かな態度と儚げな容貌もあって、学園では高嶺の花として知られている。

 「やっぱり調子、悪いの? ミレイちゃん」

 カレンは、学校を良く休む。体が弱くて調子を直ぐ崩してしまうのだ。

 学内では良く誤解されるが、ミレイが彼女を生徒会に誘ったのは、別にシュタットフェルト家との繋がりだとかそう言う事ではない。学校を多く休む――――しかも貴族の彼女。彼女は周囲に溶け込めるのか、学生として生活できるのか。そう言う事を心配して、純粋な善意で誘ったのである。
 それが分かったからこそ、カレンも入ってくれたのだ。

 当人は欠席が多い事に引け目を感じているようだが、彼女達が気を悪くする事はなかった。
 ニーナの質問に、いいえ、と彼女は返す。

 「調子は、割と戻っているらしいけど……、なんか、御実家と折り合いが悪いみたいね」

 「そうなんですか? 会長」

 大貴族には庶民には分かり難い問題が多いのだろう。
 まあ、リヴァルもニーナも、平均的な一般家庭かと言われれば微妙に首を傾げるような家だったが。

 「お爺様から聞いた噂だけれどね。カレンからも、私の所に電話があって、少し学校を休ませて下さい、って。体調は良さそうだったけど、声に迷いが有ったわ。心配なんだけどね……」

 カレンからミレイの所に電話があったのは、租界でミーティングをした日から少し経った頃だ。

 かなり深刻に悩んでいるのか、ミレイが家に訊ねて行こうか、あるいは力になってあげようか、と話を持ちかけたのだが、丁寧に断られてしまった。
 カレンは芯が強い。だからミレイとしては不安になるのだ。何か鬱憤を貯め込んで、何処かで破裂してしまわないか。芯が強いという事は、何かの拍子で折れてしまう可能性も高いという事なのだ。
 強いと、固い。そして脆い。それらは表裏一体だ。ミレイは経験で知っていた。

 「空気が良いって聞いて、計画したのに……」

 「そう言わないの、ニーナ。当のカレンも、かなり真剣に謝ってくれてたわ」

 どことなく不満そうなニーナを諌める。
 カレンの中は踏み込めないミレイだが、彼女が多少なりとも生徒会に心を開いてくれている事は分かる。
 電話口で、同行できませんと告げたカレンの声の中には、罪悪感が有った。

 「でも会長、また別のイベント考えましょうか。やっぱり全員いないと、嫌ですし」

 「そうね、リヴァル。ニーナとシャーリーも、また別の計画を話し合いましょう。カレンが出てこれる日に合わせてお祭りをするか、あるいは休日用の、体への負担が少ないプランを立てるか」

 「分かりました」

 少しだけ重くなってしまった空気を払拭する様に、ミレイは敢えて明るく声を上げた。

 「さ、もうチバに着くわ。降りる準備をしましょ」

 ミレイの号令が全員に響いたのとほぼ同時に、車両内にアナウンスが流れた。




 それから十分後。
 車掌と駅員に見送られつつ、荷物を片手に全員が駅から外に出ると、暑い夏の到来を予感させる日差しが降り注いでいた。これは、絶好の観光日和だ。

 「良い天気ですねー」

 「ええ、そうね」

 女子三人に男子一人。しかも女性陣は皆見目麗しい、となるとリヴァルに嫉妬の視線が向けられる物だが、そうはならない。男子が女子を引き連れているというよりは、貴族の子女が友人と召使を連れて遊びに来ているようにしか見えないからだ。ミレイのお陰だ。

 因みに、これは学園でもほぼ同じ認識であり――――リヴァルの性格も相まって、それほど周囲からは羨ましがられていない。リヴァルも自分の境遇を楽しんでいるので、要するに平和と言う事だ。

 「さて、それじゃあ行きましょうか」

 アッシュフォード学園生徒会メンバーの行動コースは、安全性と快適性を重視した物だ。というか、ナンバーズへ過剰な拒否感を持つニーナは、そうしないと中々首を縦に振らなかった。まあ、これはニーナの悪い部分なのだが、その“背景”を考えれば無理もない事なので、仕方がない。

 駅の出口に向かうと、高級そうな車が停車していた。予め手配しておいたアッシュフォードの車だ。車の脇には、黒服に身を包んだ隙のない男が立っている。彼は、出てきたミレイ達を見て。

 「お待ちしておりました」

 静かに頭を下げた。

 「ええ。安全運転で宜しく」

 「お任せ下さい、お嬢様」

 ミレイのそんなやり取りに、彼女はやっぱり貴族なんだなと一同が感心する。

 ナリタ周辺にはハイキングやトレッキングも行えるよう道路が整備されていて、自分の足で回れる。だが、計画の立案時『歩き続けるのはカレンには大変だろう』と却下され『じゃあ車で回るのが基本』と言うことになった。しかし疎開からずっと車で動くのも良くない。それでは旅行にならないのだ。だからチバまでは列車で動き、名所間の道中は車で回り、名所は自分の足で見て来る。そう決まっていた。

 なんか妙に無駄な出費をしている気がするが、浪費癖はミレイのみならずアッシュフォードの悪癖みたいなものだ。財布の口は緩くて気前が良い、とも言える。それで助かっている人も結構多いから、まあどっちもどっちだった。
 楽しめれば、それで良いのである。

 「私の家で、昔から働いてくれているヴォルグさん。今日の運転手をお願いしたわ」

 有難う、お世話に成ります。……等々。ミレイの言葉に、三者三様の言葉が運転手へ返る。ヴォルグは静かに微笑んで、主の友人三人に礼をして車へ促した。

 「では。お乗りください」

 荷物をトランクに仕舞った後、運転席へと乗り込む。席に座った彼の首筋には火傷の痕が見えた。
 アッシュフォードの家に仕えているのだ。きっと色々、彼の過去にもあったのだろう。

 「お嬢様。どちらに?」

 「展望台までお願い。折角、自然が豊かな山の麓に来たんだもの。景色と自然を楽しみたいわ」

 ミレイの言葉は、むしろ自然を満喫しに来た人間ならば、至極当然の話。

 「畏まりました。……では、出発致します」




 そう、だから。

 だから彼らと、二人の騎士が遭遇したのは、ある種の必然だったのかもしれない。








 「あの、会長。お知り合いで……?」

 思わず、停止してしまった美人生徒会長の様子を見て、リヴァルは恐る恐る、質問をした。
 目の前にいる男性……いや、年齢的には自分と同じ位の男子。見るからに貴族然とした態度の青年は、傍らに可愛らしい少女を伴っている。どちらも、何処かで見た事が有る様な、無いような、そんな顔だ。
 固まっているのはシャーリーも同じで、小さく『あの時の……』と声に出していた。一体何が有った。
 リヴァルの言葉に、はっと起動したミレイは。

 「ええ。――此方は」

 そう言って、二人を紹介する。

 「アラン」

 だが、ミレイが名乗るよりも早く、青年が口を開いた。
 穏やかに笑うその姿は、確かにアッシュフォードの知り合いでも全くおかしくは無い。

 「アラン・スペイサー。……なに、ただのミレイの知人だ」




 アラン・スペイサー。
 ……印象だけ言えば、何処にでもある、まるで偽名の様な名前だった。














 用語解説 その16

 ナリタ

 千葉県成田市周囲に存在する山々。
 ブリタニアの認識では『ナリタ』=『日本解放戦線』の本拠地であり、目下最大の駆逐目標である。
 ただ、別に極度に治安が悪い訳ではない。むしろ市街にはブリタニア軍がかなりの数が駐留しており、連山以外の場所の治安は強制的に保たれていると言っても良い。ブリタニア軍の施設や自然を売りにした観光名所も相まって、人間の数はかなり多く、租界程ではないが、かなり賑わっている。
 シャーリー・フェネットの父、ジョゼフはこの地にあるブリタニアの施設で、地質学の研究を行っているらしい。




 登場人物紹介 その16

 アラン・スペイサー

 ルルーシュの偽名の一つ。表向きは貴族スペイサー家の長男となっている。ブリタニアの国籍も(偽造だが)所得しており、この名目で密かに行動する事も多い。
 謀殺された貴族の名前を、ギネヴィアを通じて買い取ったらしい。本物のアランはルルーシュと似ても似つかない放蕩者で、友人や部下もいないか、あるいは一緒に始末されたそうだ。
 アニメ第一期で、ヴィレッタに対して名乗り、KMFを奪っていた。












 アッシュフォード学園生徒会との交流フラグが立ちました。
 お久しぶりです。スランプと、最近、色々と忙しい為、中々更新出来ませんでした。去年までのスピードが懐かしく思えます。でも、完結はさせるので、長い目で見守っていて下さい。

 次回は……シャーリーへのフラグ、マオのピンチ、そして『零』の重要な動き、な予定です。
 なるべく早くお届けしたいと思います。

 (8月18日・投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑫(下)
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538
Date: 2011/11/21 23:58
 誰かが誰かを追う姿と言うのは、意外と目立つ物だ。
 それが、容姿端麗な美少女がしていた行動ならば、尚の事である。

 「……む?」

 ヴォルグ・バーンスタインは、視界の片隅に移った少女を見て、脳裏に閃く物があった。
 アッシュフォード家の送迎用高級車の運転席。静かに腕を組み、席に座って微動だにしなかったヴォルグだったが、少女を遠目で捉えた所で、身体を身じろぎさせた。

 「彼女は……確か、何処かで」

 記憶の中で照会し、考える。何処かで見た顔だった。眼を瞑り、息を吐き、頭の中の引き出しを開ける。
 考える時、無意識の内に、首筋の火傷に触わるのが彼の癖だ。

 答えに到達するまで、そう時間は必要としなかった。
 車の脇に備え付けのデジタル時計を見る。午前十一時。主人とその学友らが帰って来るまで、まだ時間はあるだろう。停車場所は警備員が固めているし、人目も多い。鍵は手元に有る。……本来ならば移動をするべきではない。使用人として仕事を投げるのは厳禁だったが――。

 『ああヴォルグ。少し貴方も出て来て良いわよ?』

 そう言われたミレイ嬢の言葉を思い出す。彼女は先刻、展望台に上る際に気遣いの言葉を投げてくれていた。一日懸けてあちこちを回るが、午前中はは車を使わずとも大丈夫だとも言っていた。

 主人の言葉もあるし、少しだけならば良いだろうか。

 結論付けたヴォルグは、静かに運転席から降りる。
 人のざわめきも多い。晴やかな太陽の日差しが、実に気分よく降り注いでいる。絶好の行楽日和だ。休日を取って来たいと思えるような空気があった。

 「……さて、どちらだ?」

 観光客が産む人の波に目を凝らし、探す。

 ――――いた。

 路地裏へと入りこむように、少女は歩いて行く。
 その姿は、神経を張り詰めた、どこか危険な空気を纏うもの。

 「……追うか」

 何故、そう思ったのか。一重に言えば、不自然さを感じたからだ。何がどう不自然なのか。それを言葉で表す事は出来ない。だが、持ち前の勘と経験が、彼の中に追った方が良いと囁いた。
 だから、密かに彼は始めたのだ。
 マオという名の少女の、追跡を。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑫(下)






 マオの目線の先には、枢木スザクが居た。


 世間には同じ顔の人間が三人いると言うが、マオはその話は好きでは無かった。
 マオだけでは無い。何かと事情の多い家族達全員が、多分揃って同じ事をいうだろう。

 家族。マオも持っていると実感している物。ブリタニア本国ネオウェルズ、マンハッタン島の周囲に築かれた大都市群から、少し郊外に向かった――平和な一件の孤児院で育った皆が、そうだ。
 今もきっと、その館の一室に、写真が立てかけてある。
 無表情な、それでいて困ったような。こんな時、どんな顔をすれば良いのか分かっていない、曖昧な笑顔のC.C.の周りに、幾人かの子供達がいる。黒髪の娘。褐色の肌の娘。金髪の娘。金髪紅眼の娘。そして灰色の少女。つまり自分。

 後に《イレギュラーズ》と呼ばれることになる彼女達の姿が、そこにはある。
 マオには故郷があるし、家族がいる。無いのは、故郷に来る前の自分と、その時に自分の隣に居てくれた人間の姿だけ。そう悲観する物でもない。悲観的になるのは良くない。
 そんな雑念はともあれ。

 「――似てるね」

 眼は鋭く前に見据えたまま、彼女は言った。

 茶色の髪に、筋肉質な身体。硬い表情のまま何処かに歩んでいく姿は、まさに先日『特派』で出会った男そのものだ。頭から爪先まで、殆ど全てが同じだった。
 だが勿論、本物の筈がない。本物は今も『特派』にいる。だからアレは偽物だ。クローンでは有るまいし、ドッペルゲンガーにも見えない。実体もある。脚も付いている。クローンに関しては考えたくも無い。
 とすれば、その正体を見極めるのは必須事項だ。まさか本当に偶然で、他人の空似の筈が無い。そんな偶然が起きるとは、マオは思っていない。

 「お嬢ちゃん、こんな場所に来ちゃ危なギャッ!」

 話しかけて来た薄汚れた風態の男を、一蹴りで黙らせ、マオは道の奥へと進んでいく。美少女とは言っても機密情報局の一員だ。何も問題は無い。

 エリア11。チバ租界。ナリタ連山麓に広がる――――観光地の外れ。薄汚れた路地裏を通り抜ける。
 随分と租界の中心からは離れていた。賑やかさも遠く、ゴミっぽい倉庫街や朽ち果てる前の家が雑多に並んでいる。人間が辛うじて生きていける粗末な景色を通り抜け、スザクによく似た『誰か』は奥へ奥へと進んでいく。

 全体の街並みは灰色にくすみ、息さえも汚れて行くような錯覚。
 治安も悪いが、生きている人間の心も荒んでいく、そんな場所。

 昔の、過去を思い出す様な景色だ。思い出すほどに覚えている訳ではない。けれども。薄汚れ、黴臭く、濁った臭いが充満する場所だ。思い出と違うのは頭の上に空が見える事くらいか。
 当時の思い出は既に霞みの様に曖昧で、印象としてしか残っていないが。

 そんな街の裏世界で、マオは相手を追う。

 早い。マオも相当、運動能力に自信が有るが、それでも追い付けない。走っている様子は見えない癖に、挙動が機敏で、しかも恐ろしくみのこなしが出来ている。
 スザクに似た誰かは、粗末な衣服で転がる浮浪者らしき男にも、柄の悪い血気盛んな集団にも目をくれず進んでいく。見つかれば厄介な事に成りそうだったから、マオも気配を殺し、音も消して進んだ。強制的に黙らせても良いし、方法もある。だが、それを尾行先の偽スザクに教える訳にもいくまい。

 ――――アイツ……。一体、何だ?

 枢木スザクに化ける。それは考えうる中で一番良い変装先だった。
 ルルーシュもマオもアーニャも彼の顔を知っている。それでいて普通のブリタニア人とイレブンは知らない。名前は知っていても顔と一致する事は無い。しかもこの場所が場所だ。ナリタに本拠地を置く抵抗勢力なら、彼の顔を見て直ぐ気付く人間が出てくるだろう。

 だが、更に疑問が有った。

 物凄く、偽スザクは……強い。
 見れば分かる。アレほどの体術を持つ人間は、ブリタニア本国でもそうはいない。ラウンズでも、比肩する人間こそあれど、完全に上回る者は……まあ、居るかもしれないが、マオには分からない。自分が伺い知る事は出来ないレベルになる。

 其処まで考えて、ふと悟った。

 「……これ、不味いの?」

 ひょっとして“誘われている”のでは無いだろうか。
 太腿に感じる銃の重さを意識し、息が乱れそうになるのを一瞬で抑えて、マオは考える。
 つい追ってきてしまったが、気付いた途端に意識が冷えた。普通に考えれば、かなり危ない状態だろう。……自分が追い付けないレベルの技量をもつ何者か。その何者かが変装をし、思わせぶりに自分の視界に入り、自分に尾行させた。全てが相手の掌の上だったとしても、全く変ではない。

 (――――逃げる?)

 すぐに候補に入れた。三十六計逃げるに如かずだ。だが考えて、それを否定する。あの相手から逃げる事が出来るだろうか。出来る事ならば実行したかった。命を粗末にする気は毛頭ない。だが。

 「……いや、無理だね」

 否定した。逃げる事は出来ない。逃げようかと一歩下がった瞬間に、何か見えない圧力すら受けた気がした。そのまま身体を反転させ逃げても、人混みに戻る前に背後から攻撃を受けるだろう。護る事も避ける事も出来ないだろう。それが分かってしまう。魔女と《閃光》の教育の賜物だった。

 素直に相手を追っている限り、取りあえずの心配は無い。無論、相手が自分をある程度まで誘導するまでの、ごく短い時間だが。その間だけは、マオの身は安全だ。
 歩き始めて、もう十五分以上は確実に経過した。まだ時間に余裕はあるだろうか。

 マオは、ささやかな胸元から携帯電話を取り出して――――通話ボタンを押した。




     ●




 和やかに談笑をする高校生の一団が有った。
 高校生の中に一人程、桃色の髪を持った少女が同伴しているが、場違いさは感じられない。外出用のお洒落な服を着て、ごく普通に楽しく出かける。何の変哲もない、ブリタニアの景色だ。

 「アーニャちゃん、良かったの? 私達と一緒に行動して」

 「……ん。ナリタを見れるし、それに」

 「それに?」

 「最低限は、やった」

 だから大丈夫、との事らしい。それで本当に大丈夫なのかと言えば、これは女性達の抗争激化に繋がりそうなので言わないが。ともあれ。

 桃色の少女。アーニャというらしい彼女と仲良く話をするミレイ・アッシュフォードが最前列。
 ニーナとリヴァルが其処に続き、最後がシャーリーと。

 「私、シャーリー・フェネットと言います。――あの、以前。租界でお会いになりましたよね……?」

 「ええ。覚えていますよ」

 濃い緑の香りを含む風を受けながら、シャーリーはアランと名乗った男性と話をしていた。

 アラン・スペイサー。
 ミレイ会長の知人で、帝国の貴族らしい。言われてみれば確かに、と納得してしまう。というか貴族以外の何者にも見えない。思わず羨みたくなる黒髪と紫水晶の瞳。優雅さを兼ね備えた一挙一動。瞳の中には品性と知性が覗き、自分への気遣いも明らかに庶民では無く、高貴な物が格下に行う応対の仕方だ。
 けれども、嫌味な物は無い。それは普段からこんな態度をしているという証明でもある。

 「トウキョウ租界で……。公園の近くで、ご友人と一緒でしたね」

 そう。会長から買い出しを頼まれた帰りだった。
 屋台を経営していた日本の人が、貴族とその取り巻きに絡まれていて。誰も割って入らなかった所に、カレンが割り込んで制止したのだ。当然、矛先はカレンに向いた。その時に間に入ったのが、目の前の人――――アランさんだった。
 あの時のカレンは何やら、機嫌が悪い様子だったが……彼女なりに、何か貴族に対して想う事が有ったのだと思う。伯爵家と言う事で苦労をしているらしいし。少なくとも私の目には、アランさんはとても丁寧で優しい貴族に見えた。

 「丁度私が、エリア11に来たばかりの頃です」

 えっと……まだ一月は経過していない。でも結構、前の事だ。
 私達は今、展望台から徒歩で小道を下ったナリタの上層にいる。市街から少し山沿いで、眼下には病院や商店街が見えている。山道を少し下り、途中で曲がった先に有る『施設』が次の目的地だった。

 「そう言えば、その彼女はどちらに?」

 「ああ、カレン……と、御免なさい。シュタットフェルトさんなら、体調が悪くてお休みしています」

 思わず呼び捨てにしてしまいそうになったが、貴族の前と言う事で言い直す。

 「……そうですか。それは少し心配ですね」

 なるほど、と何かを納得したようにアランさんは頷いた。

 「えっと、アランさん?」

 「ああ、いえ。……シュタットフェルト伯爵家についても詳しくは無いので」

 エリア11に来たのはこの一月の事で、休暇を本格的に取ったのは今日が初めてなのだそうだ。
 一緒にいるアーニャちゃんは、親族の一人。此方もミレイ会長とは顔なじみらしく、今も仲良く優雅に話をしている。どことなく猫や小動物みたいな空気を待とう、小柄な可愛い女の子だった。
 租界近郊でありながら、郊外へのアクセスが容易で人気が有るチバ。
 お二人も、来るのは初めてだと言う事で、会長が一緒に行動する事を促したのである。

 「良かったのですかね。私達が御一緒して」

 「いえ。そんな。全然大丈夫です」

 さて私達が次に向かうのはナリタにある地質学の研究所だ。エリア11政庁の下部組織で、エリア11の鉱物資源や流体サクラダイトの研究を行っている。一般人にも開放されている展示コーナーも併設されている。勿論、私達が見ても――まあ決して面白くない事は無いのだろうけれど、学生向けにしては随分と地味な場所だ。
 行くのには、別の理由が有った。

 「私のお父さん、そう言うのは全く気にしない人ですから」

 私の父。ジョゼフ・フェネットは件の研究所で働いている。
 ナリタの案内に関してなら、これ以上ない程に適任なのだ。
 そう返すと、アランさんは何かを思い出したかのように、話題を振ってくれた。

 「そう言えば……。何処かで小耳に挟んだ事が有りますね。租界に有った研究所が、ここ最近、各地に移転していると」

 「ご存知ですか? 政庁で取りきめが行われたらしくて。詳細は良く知らないんですけど」

 詳しい情報は入ってこないが、お父さんの話によれば色々と利権が絡んでいるのだそうだ。
 従来の租界の施設一極集中型を各地に分散させる。その為には費用が必要になる。設備投資だけでも相当の量になるだろう。建設業者と計画した政府のお役人は、その裏で懐にお金を流す……と。
 意外と汚職が多いというのが、事情を少しは知っているお父さんの話だった。
 いや、だからと言って移転に反対出来る訳ではない。そもそも、お偉いさんのお金の問題は、既に暗黙の了解として、結構皆が知っている。だから私も『なんだかなあ』と思ってスルーしている。お父さんが汚い事に手を染めていないなら、まあ……呑み込もう。

 「成るほど。参考に成りますね」

 少しだけ瞳に真剣な色を浮かべたアランさんだったが、直ぐに打ち消して笑い返してくれた。
 男にしては異常に美しい、その笑顔に、何故か一瞬だけ心臓の鼓動が早まったが――――。

 「賑わっている所悪いけど――――。もう直き、着くわよん?」

 ミレイ会長の言葉で、意識を引きもどされた。
 気が付けば、お父さんの職場は目の前だった。




     ●




 貴族と言うのは、実は色々と大変な物で、束縛が山の様に存在する。

 見える束縛も見えない束縛も多いが、ミレイの場合は――――例えばそれは、やたら権力志向の強い両親が関わる問題が、根底にあった。本国でアッシュフォード侯爵家として動いている両親は、実に旧態依然とした貴族で、序に言えば厄介な相手だった。
 まあ一般的な貴族社会から見れば、ルーベンと、彼によく似たミレイとの方が微妙に違っているのだが。
 やれあの家と仲良く成れとか、あの家に贈り物をしろだとか、あの娘と交流を深めろとか。金が有って歴史が有って、序に名声と権力もあるから大変だ。いや、言っている事は分かるし、社会における“意味”も分かっている。

 ノリは軽いが、ミレイは大貴族の令嬢だ。

 弱肉強食のブリタニア社会では、貴族と言えども容易く生き延びる事は出来ない。同じ侯爵家との政争もある。同盟や権謀は大事だ。だがミレイとしては、ほどほどにして欲しかった。

 ――――まあ、私としてはルルちゃんを狙えっていう指示は、別に不満は無いんだけどねえ。

 アラン・スペイサーとか名乗って登場したルルーシュを見て、思う。
 ミレイ本人の意志としては、別に全く、一緒に成って構わないのだ。昔からの付き合いだし。
 ただ、少々背景は面倒くさい。昔は……婚約者だった事もあったが、今では解消されている。解消に至るまでには何かと紆余曲折が存在したのだが、その後にルルーシュはラウンズになってしまった。で、ラウンズに成ったからもう一回、射止めて見せろと言っているのである。
 何と言うか、政治家と貴族は面の皮が厚く無いとやっていけない、そんな見本を見ているようだった。

 「それにしても、楽しそうね」

 「……うん」

 ジョゼフ・フェネット氏にナリタを案内されながら、ミレイはアーニャと歩いている。
 その話題は、背後で語らうルルーシュとシャーリーの事だ。

 話が弾んでいるようだった。
 ルルーシュの同年代の友人は数えるほどだし、そもそも同年代の女子で関わりの有る人間は須らく権力者だ。普通の女子とああやって話をする事は、殆ど無い。
 丁寧な言葉使いで、超外交モードだ。だが顔を見れば分かる。ルルーシュの機嫌は明らかに良い。普段のラウンズという立場から解放され、普通の学生の様に振舞える事が楽しいのだろう。気持ちは分かる。ミレイだって毎日の学校は楽しい。

 「……アーニャちゃんが、一緒に行くのを良いと言ったのは、だから?」

 「……ん」

 二人きりで過ごすより、皆で行動してルルーシュをリラックスさせる選択をしたのだ。
 ともに有れば、何か有益な情報を得られるかもしれないとも、思っていた。
 まあ割り切れるものでもないだろう。得てして世の中とは厄介で、簡単ではない。

 「ところで、ジョゼフさんは、今、どの様なお仕事を?」

 学生の一員であるかのような顔をして、ルルーシュは尋ねていた。
 私服で、それとなく演技をしていれば、同じ生徒会の一員にしか見えない。

 「地質の調査をしています。エリア11における、サクラダイトの埋蔵量や分布についてをやっていますね。山肌を見たり地下に潜ったり、地面を掘り返したりの毎日ですよ」

 「なるほど。……とすると目下の注目は、来月に行われるサクラダイト生産国会議でしょうか」

 「ええ。毎年、推移は気が気では有りません」

 和やかな会話だ。
 だが、それでも見ていて呆れが来た。
 ルルーシュも事情には無駄に精通しているが、やはり専門職から情報を得るのでは、印象や精度も違う。良い結果を齎す為には、事前の根回しや情報収集に余念がない。どうせそんな思考なのだろう。

 プライベートで休む時間が、この男に本気で有るのかと思ってしまう。
 休ませようとしても、何かあれば思考を戦いへと繋げて。
 時間が余れば、今後の為に一切の余念が無く。
 人一倍仕事が出来る癖に抱え込んで。

 見ている方は、気が気では無いのだ。
 目的だけしか向いていない様で。

 「……アーニャちゃんも、魔女さんも、皇族の皆様も、苦労をしてそうね」

 「……ん」

 こそりと耳元で囁くと、本当に、と少女も返してくれた。
 そんな時だった。




 ルルーシュの携帯電話が鳴った。




     ●




 追っている相手が視界から消えたとほぼ同時に、携帯が繋がった事を知った。
 間が悪い。携帯片手に尾行など最悪だ。聴覚は通話に向いてしまうし、気が散在する。だが、繋がった以上回線を切って戻すのと、会話を続ける事。後者の方が、ルルーシュに渡る情報と言う意味ではメリットが多かった。

 『私だ』

 「ルルーシュ。単刀直入に言うよ。……ドジを踏んだ」

 周囲に人影は、無い。
 近くの倉庫の壁に背中を付け、偽スザクが消えた倉庫と近辺を見回せる格好にする。
 まずは背後の安全を確保。肩と首で電話を抱え、スカートの中に隠して追いた銃を引き抜き、慣れた手つきで弾丸も装填する。武器一つで本当に大丈夫かとは考えない。
 人間である以上、弾丸は効果が有るはずだ。C.C.だって痛がる。

 『話せ』

 言った途端に、返事が返ってきた。緊急時の対処は、恐ろしく優秀だった。
 同時、受話器の向こうで移動をする音がする。すいません、使用人からの緊急連絡です。そう声が届く。一緒にいた相手に少し断り、距離を置いたのだろう。使用人扱いに不満を言うつもりも無い。

 聞き終える事無く、マオは簡潔に状況を語る。敬語も省略だ。

 偽枢木スザクが居た事。
 瓜二つで、変装にしても出来過ぎていた事。
 尾行していたつもりが、尾行“させられて”いた事。
 恐ろしく技量が高く、気付いた時には撤退すら出来そうになかった事。

 『…………』

 「後、追加で――――」

 説明するにつれて、黙り込んでしまったルルーシュに、一言。
 これは帰る事が出来たら説教確定かなあ、と脳裏に怒った彼の顔を思って。
 たった今、手に入れた情報を渡す。

 「今、目の前に姿を見せた」

 偽スザクが消えた直ぐ傍らには、幾つかの倉庫があった。どれも一目見て頑丈な鍵が懸かっている。だが、その中の一つだけが、鍵が地面に落ちて転がっており、鉄扉が横に動いていた。
 これ見よがしに半開きとなっている倉庫の扉の前に、一瞬、姿が映る。挑発か。
 口元に小さな微笑みだけを浮かべて、入って来いと言う様に姿を消す。

 『……マオ』

 どんな指示が来るだろうか。半ば覚悟を決めて待っていたマオだったが。




 『簡潔に言おう。多分、そいつは安全だ』




 「……はあ?」

 思わず、間抜けな一言を発してしまった。

 『確証は無いが、俺が知っている人間だと思う……多分な。――最後に会ったのは、さくば……じゃなかった。日本に居た頃だ。そういう事を実行できる人間に、俺は覚えが有る』

 「――――だから安全だと?」

 なんか不穏な言葉を聞いた気がしたが、聞かなかったふりをする。
 まさかとは思うが、こっそり夜中に敵陣営の密偵と会話をしていた訳じゃあ……。

 「…………」

 藪蛇になりそうだったので、言う途中で止めた。考えないでおこう。うん。

 『いや、危険性と言う意味では恐ろしく高い。お前も見た通り、日本どころか世界有数の凶手で、隠密行動に長けている。だが、俺の敵になるかという点では否だよ……。少なくともお前の様な、年端もいかない少女を容赦なく殺す真似はしないだろうし、姿を見せたのにも意図が有ってのことだろう』

 「でも、それって僕の身の安全を保障してくれる……」

 『訳では無いな、確かに』

 ふむ、と電話口の向こうでルルーシュは少し考えた後で。

 『マオ。――――行ってみろ』

 「正気?」

 『正気だ。……変装などと言う面倒な手段を取ったんだ。このまま彼女が、お前を見逃すとは思えん。――何かを与えたいのか、何かを見極めたいのか。あるいは俺でも伺えない、“どこか”からの指示か。それは分からないがな。だが、まあ……大丈夫だ。あっても、精々が気絶だろう』

 ……こんな場所で気絶したら、誰にナニをされるか分かった物じゃない。
 そう言おうと思ったが、ルルーシュの口調は、決してふざけた物では無かった。

 『行ってみろ、マオ。――――相手は殺意こそ無いが、エリア11攻略には必ず出会っておかなければならない、そんな相手だ。お前が何かを残せたならば、少しは面白い話題の一つでも提供してくれるだろう』

 「……まあ、じゃあそれは分かったけどさ。それ以外の不確定要素には? この場所、一応、敵地だよ?」

 『ああ。――――“使って良い”ぞ』

 「……りょーかい」

 要するに、敵の懐に飛び込んでこい、と言う訳だ。
 ルルーシュが言った以上、本当に死にはしないのだろう。
 それに、使って良いのならば、そう問題は起きないだろう。

 (……まあ……仕方ないね)

 携帯の通信を切って。
 マオは左目を、指先でそっと触れた。








 入口は半開き。マオが普通に入りこめるが、成人男性ではギリギリだろう幅。
 倉庫の奥は、光が届かず見えない。
 嗅覚から判断するに、内部には湿気が籠っているのだろう。
 掌に、銃の重みを感じて。

 ――――行くか。

 マオは中に入り込んだ。


 そして、入りこんだ時には、既に意識は戦闘へと移行していた。


 しん、と静まり返った倉庫の中には、物音一つない。
 僅かに届く音は、マオの足音だけ。その響きも、入口から数歩入った時には止んでいた。

 「――――(期を、伺っているね)」

 入り頭に攻撃をしてこない。
 それはつまり、相手が自信を持っていると言う事だ。集中力において、マオを上回れるという自信を。
 ますます持って、相手は尋常ならざる存在のようだ。

 「――――(受けて立つしかないかな)」

 マオが待ち、相手が攻撃をする。それ以外は何もないシンプルな勝負だ。技能では負けているだろうマオだが、シンプルなルールである以上、善戦くらいなら可能、かもしれない。
 “使って良い”なら、一方的な負けにはならない、と思っている。
 深く、呼吸を整えた。

 「――――」

 その身に刻み込まれた技能は、培った物だけでは無い。強制的に学び、刻まれた技能が並んでいる。
 視界を閉ざさず、それでいて焦点は合わず、ただ自分の『過去』を再度に引き出す様に。

 息を吸い。
 息を吐き。

 「――」

 その身は、まるで神経を研ぎ澄ませた獣。
 力も、体格も、足りてこそいないが、全てを使える猫の如く。
 気配を周囲に同化させ。
 息と共に、身の中に気力が詰まって行く。

 吸った。

 呼吸法は、C.C.が教えてくれた業だ。中国を旅していた頃に習ったと言っていた。その前には日本にいたと言うし、更に前はヨーロッパだったと言う。一体彼女が、何歳で、どんな体験をしてきたのか、さっぱり分からないが――それでも経験は、間違いなく世界一だ。

 吐いて、また吸った。

 「――」

 吐き出し、整える。
 出来得る限り、自然体へと身体を近付ける。

 同時、マオは左目に力を込めた。
 パシンと脳裏の中に、ノイズが奔る。それは紫電の様でもあり、静電気が肌を走った感触にも似ていた。同時に頭の中のスイッチが動く。

 そして、視界が切り替わった。
 何も見えない闇と、気配が感じられない室内と、物だけが集まった倉庫が塗り替わった。
 色が見える。遠くの景色が見える。小さな囁きが見える。幻想が見える。何かの思考が見える。途切れ、流れて行くそれらは、まるで何かを写したかのようで――。

 「――――《ザ・リフレイン》」

 言葉と共に、結界は組み上がる。
 視界の中に、記憶が見えていた。

 結界型ギアス。それは自分を中心とした一定の範囲内に、異なる法則を生みだす力。

 しん、と物音一つしない世界の中で、マオは呼吸を乱さず、ただ待つ。
 息遣いも、衣擦れも、何も無い。
 静かすぎて耳が痛くなる。
 動きは無い。背後から入りこむ幽かな光も揺らがない。
 汗すらも拭えず、自分自身が闇と同化しそうな程に。

 待つ。
 静かに、待つ。

 ――――まだか、とすらも思わない。

 施設の中の闇は、何も伝えてくる事は無い。
 だが、既にマオの前には全てが目から届いている。

 ――――いる。

 それだけは分かっていた。
 マオが至るより早く、扉を開けて入りこんだ人間の姿が見える。
 その相手は、荷の上に飛び上がった。飛び上がり、上の何処かに消えた姿が見えた。
 今もいる。出口から帰った姿は、マオの見ている記憶の中には移っていない。



 マオの持つ《ザ・リフレイン》。
 その力は『記憶の想起』。
 結界内の対象の記憶を引き出し――――読み取る能力。



 今、反応出来るギリギリまで結界を広げている。
 それは、仮に結界内に『誰か』が入り込んだら、その人物の記憶と痕跡が流れ込むと言う事だ。
 微かな残滓が入口から荷へと、荷から上へと延び、結界の範囲外へと続いている。倉庫の全長は、短く見積もっても100メートルは越えていた。一気に全てをカバーしたら情報で溺れてしまう。適応する時間が有れば別だが、その時間は惜しかった。

 マオは、ただ待った。

 本格的な戦いは必要が無い。そんな余裕は無いし、相手も望んではいまい。
 必要なのは、相手の一手を読む事だけだ。
 集中できると言う点で言えば、余計な茶々が入らない倉庫は有り難い。

 きりきりと、空気が張り詰めて行く。
 ぎりぎりと、弓の弦が引き絞られるように。

 待つ。

 一瞬が一秒に。
 一秒が十秒に。
 十秒が一分に。
 一分という時間は、一時間に。

 ――――待つ。

 息も、思考も、鼓動も、意識すらも変える事無く。
 ただ得物を待つ猫の様に、辛抱強く。

 刹那が永劫に、須臾が永遠に。
 引き延ばされ、張り詰めて行く。
 それは表面張力が弾ける一瞬を待つ事にも似ていて。

 ――――待つ。

 風も吹かない。

 ――――待つ。

 光すらない。

 ――――待つ。

 闇と一体化したまま。

 ――――待つ。

 マオは音も無く。

 ――――待つ。

 動きを止め続け。

 ――――待つ。

 …………。

 ――――待つ。

 ………………………………。

 ――――待




 「――――っ!!」




 ギィイイイインッ! と、鋼の音が響いた。
 視認は出来ていない。ただ、五感全てと《ザ・リフレイン》を総動員したマオは。
 遥か結界の外から、閃光の如く飛来した“それ”を拳銃で打ち払っていた。




     ●




 途端、呼吸が戻った。
 全ての時間が、帰って来ていた。
 ここまで神経を擦り減らしたのは、何時だったか。《閃光》の下で地獄を見た時にも匹敵するかと思った。錯覚ではなく、本気でその位に格上の存在からの、攻撃だった。
 溜まりに溜まった呼吸も、待ち続けた意識も、全てが疲労となって襲いかかった。
 たった一発を弾くので限界だ。

 「はあ、はあ、――っ、はあ」

 肩から息をして、同時に滝のように流れ出た汗を拭う。
 これ以上、同じ事をしろと言われても無理だ。既に心身は悲鳴をあげている。
 偽スザクに化けていた相手も――――それを、知ったのだろうか。




 室内に、光が灯った。
 いきなりの明かりに、一瞬だけ。本当に一瞬だけ目が眩み。

 「――お見事でした」

 耳元で、微かな女性の笑い声がした。




 「――!」

 振り向いても、勿論、誰もいない。
 ただ起動したままの《ザ・リフレイン》だけは情報を伝えていた。

 「……今の、声は」

 決して幻では無い。
 視界の中には、刹那の間だけだが、確かに其処に女性がいた事を示している。
 マオが振り向くよりも早く、その身を遠くに消していただけで。

 「……ともあれ、――何とか成ったのかな」

 見事、と言ってくれたと言う事は、少しは感心したと言う事だろうか。
 本音を言えば、思い出すだけで鳥肌が立つ。あの女性が本気だったら、マオは当に息をしていない。

 色々と思う事は有った。

 まず《ザ・リフレイン》を止める。視覚情報が切り替わり、殺風景な倉庫の景色が見えてくる。

 次に手元の拳銃を見る。銃身には穴が空き、サイトは曲がり、大きく傷が走っている。これは交換しないと使えそうもない。始末書を書く必要がありそうだった。

 「……さて」

 最後に、弾いた“それ”を見た。
 目の前の地面。コンクリートの床に転がっているのは、黒い金属で作られた、小振りの武器だ。
 笹葉の形に似た鋭い両刃が、握りに直結している。C.C.も持っていたから、見覚えが有る。恐らくは投擲用の暗器だ。――――名前を、……ええと、何だったか。忍者が使っていそうな武器だ。

 人間の手で、これを投擲し、マオがギアスを使用したとしても払うのがやっとだった。

 「――――とんでも無いね」

 息を吐く。
 感心よりも、命を拾った安堵と、殺意が無かった事への感謝が大きかった。
 この凶器を連続で投擲されたのなら、多分、マオはあっさりと死んでいた。《イレギュラーズ》で対処できる者と言えば――――多分、アリスだけだ。

 「何が、殺意は無いはずだ、だ。ルルーシュめ……。直撃コースなら普通に死んでたっての」

 素の口の悪さを少しだけ見せながら、マオは凶器を拾い上げる。

 「ん」

 柄の部分。柄の無い握りの所に、細い紙が巻きついているようだった。手紙か何かだろうか。何れにせよ、調べるのは政庁に戻ってからだ。少し位なら、何か分かるだろう。
 そう思って、身を翻し。










 「零が、命じる」










 聞いた事が無い声が、響いた。
 威厳が有る、けれどもルルーシュとは違う、別の声だ。
 だが、本能的に理解する。

 ――――まさ、か――!!

 これは。
 これはギアスだ。それも、ルルーシュが持つのと酷似した……!

 何処からか。
 何時から居たのか。
 どうして、今、この場所に。
 この場所に、ギアスユーザーが自分以外に存在する事への疑問は尽きず。



 反射的に振り向いて。
 マオは“最もやってはいけない失敗”を犯した事に、気が付いた。



 目の前に男がいた。
 全身を黒の服で覆った、マントを背負う仮面の男。

 だが、姿や声の正体よりも大事な物は有る。
 安心。疲労。消耗。油断。そして疑問と困惑。それらの要素は重なり。マオは『相手にそれ以上を言わせない』という策を、取る事が、出来なかった。
 しまったと、失策を思った時には、遅かった。

 「――――――――――」

 命令の言の葉と共に。
 赤い凶鳥が、マオに飛んだ。




     ●




 それから、約五分後。
 一人の男が、倉庫に入って来た。

 「……そうか。《イレギュラーズ》の――」

 身体を動かした為か、詳細を思い出す。
 白髪の少女は、マオ。機密情報局のとある部署に所属する人物……。

 (果たして、私が尾行してきて、正解だったのだろうか)

 思いながら。
 携帯電話を取り出して、主へつなぐ。
 アッシュフォードの使用人ではない、もう一つの顔として。

 「――――『帝国特務局』の一員として、ミレイ様に、報告を致します……」




 ヴォルグの目の前で、少女マオは、意識を失って倒れていた。
 他には、誰もいなかった。
 何が有ったのか。それはヴォルグには分からない。











 用語説明 その17


 《ザ・リフレイン》


 マオの持つ結界型ギアス。

 自分を中心とした一定範囲内に結界を張り、結界内部の対象の記憶を引き出し、読む事が出来る。情報は「見ている」形らしい。視覚として処理されるのだろう。
 物質に対してはサイコメトラーが可能と言う認識でOK。人間に使用した場合、相手の記憶を読み、都合の良い記憶を抜き出す事も可能にする。
 最も記憶は劣化が当然なので、読めない情報も多い。また余り範囲を広げたり、無制限に記憶を集めたりするとマオの頭が限界を越えてしまう。

 かなり強力だが、直接的な戦闘には余り向いていない。
 今回の場合、マオは結界を展開し『いきなり得ている情報が増えた=武器が結界内部に入った』と言う方法を用いて、闇の中で視認不可能な相手の投擲を補足していた。全神経を使い、それで迎撃一発がやっとだった。相手の技量が伺える。




 登場人物紹介 その17


 ヴォルグ・バーンスタイン


 アッシュフォード家に長年仕える使用人の一人。首の後ろの火傷の跡が特徴の男。
 運転技術が巧みで、日々のミレイの学園への送迎や、ルーベンの車の運転も担当している。
 裏の顔として帝国特務局の局員という側面を持っている。別に彼はスパイと言う訳ではなく、ルーベンがベアトリスに貸し付けている状態であり、ルーベンとベアトリスの橋渡し役も兼任している。


 (補足)

 原作でも、ほぼ同じ立場だった。
 アニメ二期R2では、ブラックレベリオンの後に(シャルルに、ルーベンとミレイを初めアッシュフォード家全員が、皇族としてのルルーシュに対する記憶を消された為)アッシュフォード家を解雇されてしまった。その後、行く先に困っていた所を帝国特務局に拾われたらしい。

 因みに、アニメ第一期の回想シーンにおいて一瞬だけ出演している可能性がある。
 と言うのも、小説版によれば、ルルーシュ&ナナリーがアッシュフォードに保護された時、迎えに来た車を運転していたのが彼であるとの事。よって『ブリタニアをぶっ壊す!』と夕暮れ時、スザクに宣言した際の、背後に静かに佇んでいた黒服が、実はヴォルグだったのかもしれない。














 マオ、本気で洒落になってない。
 でも実は、もっと別の伏線が潜んでおります。微妙にルルーシュを意識するシャーリーとか。そろそろ日本に来るだろう魔女とか。イレギュラーズとか。サクラダイト生産国会議とか。ジョゼフさんとか。
 さて次回は『日本解放戦線』にも触れましょう。

 中の人が忙しいので(就活がそろそろ始まります)ゆっくりですが、更新はします。長い目で見ていて下さい。一応、最終回までの大まかな展開と、燃え部分は既に構成してあるので。

 ではまた次回!
 (11月21日・投稿)。



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑬
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538
Date: 2012/06/04 22:47
 目の前に、白い壁が有る。
 天上も白。床も白。直方体の部屋の中には、明りと、椅子と、マオだけだ。

 「やられたね……」

 参った。そう言うように額に手を当てて、マオは小さく呟いた。

 もう、やられたという言葉しか出てこない。
 気が緩んだ瞬間に、完璧なる不意打ち。
 消耗が失策を産み、その失策が――今の状況だ。

 部屋の中央。ただ一つだけ存在する椅子(それも床に固定されていて動かせない)に座って、マオは息を吐く。手には何も持っていないし、話す相手もいない。服だって上下の下着と、清潔だが簡素すぎる服だけ。拘束衣で無い事と、室温は快適だという部分だけは幸いか。

 「……あー。……暇だな」

 立ち上がって、身体を軽くほぐす。
 寝る時間は山ほどあるが、既に十分寝ているから全く眠く無い。
 身体を動かすのは良いが、風呂やシャワーも自由ではない。

 生きていられるだけ、まだましと言うべきか。
 ごろり、と備え付けのベッドに横になった。
 白の天井を眺めながら考える。蛍光灯一つだけの天上は、光を反射させて酷く眩しい。目を閉じれば、光の中に前の記憶がフラッシュバックするようだった。

 ――記憶に欠落が有る。
 ――消える直前に、仮面の男を見ていた。
 ――強く命令を受けた事は、確信している。
 ――だが、幸いにも死んではいない……。

 眼を閉じて、もう何度目かになる考えを、繰り返す。
 あの後、帝国特務局の一員だと言うアッシュフォード家の運転手に拾われて、政庁まで届けられた。
 公爵令嬢と一緒に行動していたルルーシュは、アーニャを置いて一人で直ぐに戻ってきた。
 そして、ジェレミアに命令してマオへの対処を取ったのである。

 「…………」

 マオは生きている。今も死んではいないし、死ぬ気配が無いと言う事は、少なくとも『何らかの目的』を達成させるまでは、相手は自分を殺す気が無いと言う事だ。……エリア18でのオマーン王族の事を考えても、彼女を殺さないだけの理由が有る。
 となると、一定の条件を満たした時に作動する命令、なのだろう。多分。何らかの状況がトリガーにされた。それは間違いない。発動した場合、命令を実行し――最悪、自殺だって考えられる。

 問題は、その引き金が一体どうすれば作動するのかが、不明だという事だ。戦場かもしれないし、ふとした切っ掛けかもしれない。KMFに乗った時か、相手からの攻勢が有った時か、はたまたルルーシュの背後を取った時か……。

 「だから、取りあえずは――仕方がない状態なんだよね……」

 ならば引き金を引かせなければ良い。極力、何時でも対処を出来るようにするしかない。
 ただ、こんな状況を魔女が見たら、どんなことになるのか……。
 想像するだに恐ろしい。
 あれで、魔女は意外と愛情深いのだ。愛情がちょっと上手に表現されないだけで。

 「……大丈夫かな。マジで」

 ぞくりと、マオは背筋に這いあがった寒気を思う。
 具体的には、ルルーシュへとか、私に命令した仮面の男とか、自分へとか。
 あの魔女は果たして、何もせずに看過してくれるのだろうか。



 マオは現在、監視付きで独房監禁中であった。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑬






 「お早うございます」

 と挨拶をして入ると、既に移動整備基地は動き始めていた。

 「おーはーよーう」

 変なテンションのロイドが、両腕を上に掲げて挨拶する。今日も寝た時間が少ないのだろう。目の下には隈が出来ているし、薄いが無精ひげもある。

 「はい、おはよう。昨日説明した通り、射撃系の調整するからね。モニカの協力もあるから覚悟して」

 入口近くで紙に目を通していた作業着に白衣という、相変わらずな格好のマリエルが業務を伝えて来た。
 普段は明るい人なのだが、現場だと気性が丸きり違ってしまう。研究第一の上に、ランスロットをロイドと同じ位には溺愛している。

 「おはよう。枢木君」

 専門用語に四苦八苦しながら、本日の行程表と睨めっこをしていた小寺マサシが、笑顔を返す。彼の仕事は整備主任補佐だ。補佐という名目で、朝から晩までマリエル・ラビエの指示の下、機械を動かし、機材を運び、忙しく過ごしている。
 元々生家が中小工場だった為、機械弄りは苦にならない、と言っていた。意外と手先も器用で、設計図の読解も出来ている。お陰でマリエルは彼を気に入っているそうだ。
 相も変わらず騒がしく、平和な特派の一風景だった。

 「マサシ。今日は銃身も変えてみるからね。準備しといて」

 「分かりました」

 会話を横耳に、備え付けのロッカールームに入った。

 トレーラーの中は狭い。かなり狭い。まずランスロットの整備工場が全体の半分以上を占めている。
 残りの内、一割が発電機器やエナジーフィラーを初めとするトレーラーそのものに必要な設備。

 一割が水道、シャワー、トイレを初めとする生活必須の水回り(セシルが時々造る、変な創作料理はここで生まれる)。あと、簡易の治療室もあった。

 一割が設計図置き場や資料室など、特派必須の部屋。この二部屋は特派の頭脳。もっと言えば大陸最高の頭脳の痕跡が眠る場所だ。KMFに関わる技術者ならば手が出るほど欲しがる代物が山のように眠っている。入室できるのは、ロイドとマリエルのみで、セシルも二人の許可が無い限り入れない。

 もう一割が応接室を兼ねる会議室と整備を確認できるブリッジだ。KMFの視察に来るとこの場所に案内されるし、セシルが情報を分析して通信しているのもこの部屋である。因みに、普段はメンバーの食事場で休憩場にもなっている。

 そして残りの一割に満たない空間に、二段重ねの仮眠ベッドが2つと個人ロッカーの二部屋が詰め込まれているのだ。非常に狭いのも当然。人生をKMFに捧げる者だからこそ、この生活でも不満は言わない。特派に所属する事が困難な理由の一つには、過酷で不健全すぎる生活習慣があるのかもしれなかった。

 白いパイロットスーツに着替え、待機室に向かう。

 早い物で、スザクが特派で働き始めて、もう3週間になった。
 それはつまり、新宿ゲットーでルルーシュと遭遇してから、3週間と言う事だ。
 軍事演習が有り、車両事故が有り、サイタマゲットーでの戦闘が有り、屋上での会話が有った。ルルーシュ達が休暇で揃って外出したのは1週間以上も昔だ。毎日の密度が濃いからか、もう随分と時間が経過をしていると思っていたが……実際は、まだ一月も経過していない。
 だが、一月で随分と環境が変わっていた。

 「ああ、枢木スザク?」

 「――! これは、クルシェフスキー卿!」

 トレーラーの中に、モニカ・クルシェフスキーがいた。

 即座に膝をつく。ナンバーズであり、名誉ブリタニア軍人のスザクだ。本来ならばラウンズには、謁見は愚か目障りという理由で排除されても仕方がない。そんな関係が有る。
 こうして会話が行えると言う事、それ自体が変化を如実に表していた。
 最後に対面したのは、サイタマでの制圧戦が終了した後だ。ベティウィアを自主整備していた時だった。

 「ああ、良いですよ、立ってても。座ったままじゃ質問も出来ないですし」

 ルルーシュの同僚であり、帝国最高の狙撃手たる彼女の実力は、サイタマで把握している。
 こうして対面していると普通の穏やかな女性なのだが、こういう人間こそ、戦場では恐ろしい――それをスザクは知っていた。冷静で、冷静なまま、泣きながら、銃弾を相手に叩きこめる臆病者は、ただの豪傑より遥かに恐ろしい。

 「枢木准尉。射撃は余り得意ではないようだけど」

 「あ、はい」

 この女性の基準は全く当てにならないが、スザクの射撃能力は平均より上の程度だったのは事実だ。
 スザクは体力や反射神経はある。視力も良い。だが感覚が届かない遠方に、自分の意志を通す事は下手だった。言いかえれば、至近距離で銃をばらまく機関銃の扱いは上手いが、拳銃を構えて狙い、限られた弾丸で相手を狙うスキルは低いのである。
 見える事と中てる事は違う。風や相手の挙動を読んで動く事が射撃には求められるのだ。

 「今日は私も時間が有るからね。見させてもらいます。……励むように」

 「は!」

 イエス、マイロードと返事をしながら、ふと思い出す。
 士官学校時代。日本のとある小島で教育訓練を受けたのだが、その時に風聞で聞いた話によれば――ラウンズの教育はかなり厳しいそうだ。怖いとか不条理とかとは違う意味で、厳しい。口調や態度が優しくても、絶対に妥協せず、脱落を許さないのが彼らの教育方針なのだそうだ。

 「あ、そうそう。もう一つ。――枢木准尉。アーニャから聞いたよ。ルルーシュと仲が良いんでしょ?」

 そんな事を考えていると、突然に質問が飛んできた。
 ナンバーズ相手でも普通に話しかけてくれる人だ。階級や身分に興味がないだけかもしれないが。

 「――親しくさせて、頂いております」

 あの後、会話をしたのは数えるほどだが。
 それでも語らう事が出来たのは、確かだ。ルルーシュが時間を造って訪ねて来てくれていた。

 「うん。宜しくね。……あ、私達しか把握してない情報だから、気にしなくて良いよ?」

 流石に大っぴらに友人扱いは、立場上出来ない。スザクだって望んでいなかった。
 だが、それをフォローしてくれるのがルルーシュだった。感謝だ。

 「ルルーシュ、普通の友人は少ないからね……。だから、君みたいな存在は貴重だと思う。ジノもルルーシュとは同年代だけどさ、あの家も結構色々ある。私は近いと言っても5歳以上差が有るし。……アーニャも仲が良いけど、年下だもの。――C.C.は立場が、全く違うし」

 「……なるほど」

 C.C.卿(表向きの名前は有るらしいが、それで呼ばれる事は少ない)。
 そう言えば―― 一回だけ、出会った事が有る、と思う。
 昔。ルルーシュと一緒に遊んでいた頃、一度だけ見かけた、あの緑髪の女性だろうか。
 ルルーシュと出会えた事。それが彼女の采配なのならば、スザクは脚を向けて寝られないかもしれない。

 「卿は、C.C.卿の事を、ご存知なのでしょうか?」

 「知っているよ。――と言っても、私も出会ったの、ラウンズに入る少し前だから、詳しい訳ではないけどね。でも、彼女の精神の機微についてを把握できる位には、そこそこ良い関係かなと思っている」

 うんうん、と静かに、何かを思い出す様に頷いたモニカだった。

 「きっと今の魔女さんは、凄く機嫌が悪いんじゃないかと――」






 「――――ああ、悪いぞ」






 「え?」

 其処に、居た。
 緑髪の魔女が、泰山と悠然と、壁に寄りかかって立っていた。
 気配も何も無く、最初からその場所に佇んでいた様に。

 余りにも唐突な出現に、スザクは馬鹿みたいにぽかんと口を開け、モニカも再稼働まで時間が懸かった。
 普段の不敵な微笑は、口元への若干に皮肉めいた物に取って替わり、瞳は剣呑な光を宿している。誰がどう見ても、非常に怖い――否。そんな表現では似合わない。思わず退いてしまう鬼気を纏っていた。
 その辺の不良がやれば、ああん? とでも言いたそうな顔、と表す事が出来るだろう。
 だが、威圧感は段違いだった。

 「……何時、来ました?」

 「たった、“今”だよ。モニカ」

 コツリ、と足音一つを響かせて直立すると、態度はゆっくりと。
 しかし、まるで周りを支配する様な錯覚を持って。

 「これをセシルに渡しておけ。私はルルーシュの所に行ってくる」

 懐から一枚の紙を出す。
 受け取って顔を落とすと、そこには略式では有ったが、大雑把な行程表と、問題点が記載されている。

 「……エレインの整備書ですか」

 砂漠からのご帰還ともなれば、大々的なオーバーホールが必須だ。
 なるほど、と納得して顔を上げ。
 魔女は既に消えていた。

 「…………」

 「…………」

 あるのは、ただ騒がしい特派の空気と、手元に残った整備表一枚である。
 しばし、口をへの字にして誰もいない空間を睨んでいたモニカだったが。

 「神出鬼没ですねえ。相変わらず」

 何か過去を思い出す様に、彼女はポツリと呟いて。

 「多分、量子化して、エデンバイタル介して、空間転移をして来たんだと思いますが――」

 「……はあ。……そうなん、ですか」

 単語の意味から何から、さっぱり訳が分からない。なんだそれは。
 とにかく、スザクが分かった事は一つだ。

 「ラウンズって――凄いんですね……」

 常識では測ってはいけないのだろう。
 人間離れしているとは思っていたが、空間を飛べるんだ。流石は魔女と言うだけある。

 「いや、あれはC.C.にしか出来ないです」

 間違えないでね? とモニカは思わず突っ込みを入れる。
 スザクの混乱は、一向に戻ってこない彼に業を煮やしたマリエルが部屋に入って来るまで続いた。




     ●




 魔女が怒ると怖いと言う事を、アーニャは良く知っていた。

 思いかえすも懐かしいアリエス離宮。まだ彼女が若く、離宮で行儀見習いとして下積み時代を過ごしていた頃。帝国随一の騎士マリアンヌ候の下での修業に、胸と期待を膨らませていた頃のことだ。

 あれは、そう。シュナイゼル殿下に伴われて、謎の眼鏡が来訪した時だった。あの眼鏡は研究中だと言う書類の束を携えて来た。マリアンヌ様にも参考として見て頂こうと持参していたのだ。それ自体は別に良い。当時、第三世代機ガニメデを自在に操り戦場の覇者となっていたマリアンヌ様の意見は、技術畑の人間としては、是非とも聞きたい意見だっただろう。

 だが、その後が不味かった。
 周囲が見えなくなっていた眼鏡は、歓談と交流に熱中して――。
 大仰な仕草を取ったばかりに、タイミング良くアーニャが運んで来た、焼き立てのピザを、地面に落とさせてしまったのだ。いや、タイミング悪くと言うべきか。
 地面に無残な姿を晒したピザを見て、同席していた魔女が目に悲しみと怒りを湛えていた。

 ここだけの話。
 ――――C.C.は、意外と心が狭い。

 『私が公明正大で心が広いと思ったら間違いだぞ、アーニャ・アールストレイム。……私はただ、経験で耐性を付けているだけだ。だから人間の行動を見ても、許すわけじゃない。それを諦観として受け入れられるだけだ。―― 一部の現象を除いてな』

 当時はまだ、アーニャの事を呼び捨てで呼ぶ事もなかった。
 まあ、そんな魔女の心を怒らせる部分が、ピザなのだ。
 なんでピザなんだ、と幾度となく思ったが、その辺りは不明なのだから仕方がない。

 で、まあ眼鏡――――要するにロイド・アスプルンドは、その後、魔女に盛大に弄られる羽目になった訳だ。
 因みにアーニャが手に入れた携帯端末は、その際のロイドからの謝罪の証だったりする。

 「報告書は読んだ。話も聞いた。だからこれ以上は言わないが」

 ルルーシュの正面。
 執務机の上に腰を掛け、彼の顎に指を添え、端正な顔を至近距離で見つめている魔女がいる。
 部屋の中にいるのは、ルルーシュとアーニャと彼女だけ。
 政庁に来た連絡は愚か、つい数十分前まで、アラビアに居たらしい姿だ。居たらしい、ではない。アーニャの所にも、ドロテアから連絡が入っていた。内容は――――。

 『アーニャ! そっちにC.C.行ってないか!?』

 と言うもの。どうやら彼女が跳んできた(誤字に非ず)のは間違いないようで。
 来てるよ、と冷静に返信しておいた。
 まあ、ルルーシュと話をして、気がすんだら帰還して、もう一回、表玄関から来るだろう。

 魔女の姿は、あたかも、今から唇を落とすような姿勢だが――――その瞳は色目かしさとは正反対だ。

 「私は機嫌が悪い。――だから、原因を何とかしろ」

 理不尽。だが、まあ良くあることだ。
 魔女の怒りは、苛烈さとは違う。怒鳴る事も殆どない(少なくともアーニャはC.C.が怒鳴り、感情を大っぴらに露わにする事は見た事が無い)。行うとすれば、精神的に弄るか、歯に絹を着せない言い方で容赦なく心を抉るかである。

 魔女C.C.における『一部』。
 それは、戸籍上は彼女の庇護下にいる、機密情報局の少女達に関する問題も含まれている。

 「マオにギアスを掛けた阿呆は何処だ?」

 その話を聞く為に、遥々アラビアから此処まで来た辺り、魔女の内心は動揺しまくりなのだろう。

 「……言われずとも」

 がっしりと顎に固定された魔女の指を払い、席ごと背後に下がって、ルルーシュは距離を取った。
 その顔に、若干の疲労感が見えていたのは、気のせいではないだろう。

 「分かった事は、順々に全部話す……。だから少し待て」

 いきなり彼女が出現した事については、何も言わない。
 それが魔女には出来ると言う事を、アーニャもルルーシュも知っているからだ。
 予め纏めておいたのだろうか。ルルーシュは溜め息一つと共に、机の引き出しからファイルを取りだした。中に綴じられた紙の束は、厚みこそ少ないが、文字数は意外と多そうだ。

 「一つずつ、話す……。何かあったら聞け」

 「ああ」

 机の上に腰かけたままの魔女は、それでも短く頷いた。

 「まず、大事な事を言っておく。……俺は、マオの見た偽スザクの正体の検討は、付いている」

 「ほう? 誰だ」

 面白そうな顔をした魔女に、ルルーシュは簡潔に名前だけを言った。

 「――篠崎咲世子だ」




     ◇




 「お動きなさいませんよう……。神楽耶様からの言伝をおいた後は、直ぐに去ります」

 首筋に感じる、ほんの僅かな吐息にルルーシュは、微かな楽しみを込めて返事を返した。
 薄皮一枚の距離で刃が置かれていても、侵入者相手に物怖じをすることも無い。恐れては何も出来ないし、折角の機会を無為にする事になる。そもそも怖がる必要が無い相手だ。それをルルーシュは、良く知っていた。

 「流石に、茶を飲んでいく余裕は無いか」

 「……また後日に、お誘いください」

 相手も、その余裕と軽口に小さく声を弾ませた。

 「神楽耶も一緒にか?」

 「ええ。……敵同士の、交渉の場になってしまいそうですが」

 「それは困るな。――神楽耶とお前の二人を相手にするのは、大変そうだ」

 ルルーシュは八年前、エリア11になる前の日本に来訪していた。
 魔女と共に訪れた。枢木スザクと友人になった。藤堂鏡志朗とも出会った。紅月カレンにだって一瞬ではあるが接触をしていた。その経験は、確かに今のルルーシュの一部として息付いている。あの時に誓った言葉を、決して忘れることなく、ルルーシュはこうして歩んでいるのだから。

 「それで、本件に入ろうか。咲世子」

 はい、と相手は頷いた。

 篠崎咲世子。
 八年前にはキョウト六家に――より正確に言えば、皇神楽耶の護衛として召し抱えられていた。

 キョウト六家は、旧財閥の集団だ。元々は皇宮とも関係が深い家柄だったらしい。神楽耶の家……皇家をトップに、桐原・宗像・刑部・公方院・吉野、だったか。因みに、枢木は古くから国家要人の守護だかを行う家系だったのだそうだ。京都六家を経済のトップとするならば、枢木家は軍事系の上層にいる家系。

 その辺は、魔女C.C.が非常に詳しい上に、ルルーシュがスザクを勧誘している公人としての理由にも絡んで来てしまうので略す事にするが――要するに、枢木家も京都六家も、古い歴史の名門であり、幼い頃から繋がりが強かったのだ。

 「日本に、麻薬が蔓延している事は、ご存知ですね?」

 「リフレインの流入経路までは、大体掴めているぞ。エリア10経由だ」

 エリア10。東南アジアの麻薬生産地《黄金の三角形(ゴールデン・トライアングル)》が、リフレインの氾濫に一役買っている事は既に気付いている。現在は、誰が必要以上に確保して、密輸をしているのか。その調査の最中だ。

 「結構です。――その取引現場の情報、お知りになりたくは?」

 「対価は?」

 知りたい。勿論知りたいが、タダほど高い物は無い。

 「…………。では、一度だけの、無償の助力を。お願いした時に、何時か」

 「良いだろう」

 頷く。神楽耶の事だ。無理難題を押し付けはしまい。
 恐らく、此方が飲まざるを得ないギリギリのラインで期を読み『借りを返せ』と言ってくるに違いない。
 だがルルーシュは平然と頷いた。例え約束を順守したとしても負けが無いと確信していた事が一つ。もう一つは、皇神楽耶という少女が、どう動くのかを期待していたからだ。

 「結構。……今すぐにお話は出来ませんが、近い内に、貴方に届くよう動きます」

 「分かった」

 静かに肯定したルルーシュに、今度こそ咲世子は、くす、と微笑んだ。
 首元の刃が引かれ、ルルーシュが動けるようになっても、彼女は気にしなかった。
 やれやれ、と思って向きを変えると、寝室の窓際に、忍び装束の女性が佇んでいる。入りこむ月光に映し出された姿は、凛として美しい。その態度に比較して穏やかな顔は、何か面白そうに笑っていた。

 「……何か、おかしい理由でもあったか」

 「いいえ。ただ――貴方は、お変わりないようで」

 またそれか、とルルーシュは肩を竦めて。

 「ああ。……奇遇だな。スザクにも、同じ事を言われたよ」

 「そうですか。――スーさんは、お元気の様ですね」

 「幸いにもな」

 日本に居た頃、魔女を除けば、ルルーシュが最も長い時間を接していた相手がスザク。次が神楽耶だ。彼女は、あれで意外と男勝りだった。スザクより小回りと機転が効いた為に、落とし穴や罠を仕掛けるのが上手かった事を覚えている。
 咲世子は、その当時から神楽耶の護衛(と、世話係)を行っていた。当然ながら、スザクとも魔女とも顔見知り。当時は、この目の前のSPメイドも、まだ高校生だった。

 「……では、そろそろ失礼致します」

 優雅に、彼女は腰からの一礼をする。

 「ああ。神楽耶に伝えておいてくれ。……互いの戦いをしようとな」

 「確かに。――では」

 彼女は、つい、と隣室の扉に視線を向けて。

 「扉の向こうで立ち聞きをしている、ラウンズのお二人にも、息災と幸運を、お祈りしておきます」

 モニカとアーニャ。二人が咲世子の侵入を感知し、何時の間にか、扉の向こうで気配を殺していた。
 その事実をあっさりと読み取り、彼女は突然、目の前から消える。目で追えはしない。まさに“消えた”としか言えない現象。どうやって消えたのか、それはルルーシュにも分からなかった。

 「……ルルーシュ。今の誰?」

 「夜中に見知らぬ女性を連れ込むのは、感心しませんよ?」

 「昔の知人だ。――密偵で暗殺者でもある……顔見知りのメイドだよ」

 それが、ナリタへ出かける数日前の夜のことである。




     ◇




 「……と、まあそう言う事が有ったんだ」

 「あの世話人か。なるほど」

 篠崎咲世子の記憶を引っ張り出してきたのか、魔女は頷いた。
 高校生の時、既にかなり腕が立つ人間だったのだ。今の腕は知らないが……ルキアーノでも勝てるかは怪しいレベルと、ルルーシュが判断したのだ。ビスマルクと同レベルと言う事か。

 「で?」

 さっさと説明をしろと、目で促す。
 ルルーシュは若干、辟易したように口を開いた。

 「だから、だ。――ナリタで、マオが『偽スザク』を見たと言った時、それは咲世子なのだと判断した」

 マオは少女だ。だが、機密情報局の一員で、ギアスユーザーで、しかも《イレギュラーズ》だ。実力は、普通の諜報員以上の物を持っていると、マリアンヌも認めている。
 彼女が太刀打ちできない相手。しかも変装をし、彼女を誘いだし、実力を見た上で煙のように消える事が出来る人間だ。タイミング的にも、咲世子で間違いがないと思った。

 「そして、その予想“は”正しかったんだ」

 「……ふむ」

 マオがギアスを受けた。その情報から『偽スザク』=咲世子と見た、ルルーシュの判断が間違っていたのかと思ったが、……どうやら、そう言う訳ではないらしい。
 そこまで話すと、ルルーシュは動いた。ごそごそ、と収納容量が大きな実務重視の机から、厳重に包まれた『何か』を取り出す。丁度、魔女の掌より小さい位。15センチ程の品だ。

 「見ろ」

 包装を剥がし、魔女に示す。
 其処にあったのは、投擲に使用される鉄の両刃の武器だ。

 「忍者が使う……アレだな? 私も、もっと小さい物を持っているが」

 「ああ、アレだ。……名前は忘れたが」

 両者共に、顔を揃えて頷く。
 笹の葉に似た形を持つ鉄の武器だ。塚は無く、握りの反対側に、丸い穴を伴った錘。壁に刺せば足場になり、打ち合わせれば火花を散らし、取り扱いも簡単な道具が、其処はあった。
 二人は名前を忘れているが、『苦無』と呼ばれる武器である。

 「これは、マオに向かって放たれた物だ。彼女は、暗闇の中でギアス《ザ・リフレイン》を使い、拳銃で打ち払った。……見ての通り刃が潰してあるから、食い込みこそすれ、突き刺さりはしない。目に当たれば失明くらいは免れないだろうがな。……マオの話では、軌道は上半身を狙っていて、命中していても気絶と打撲と肋骨の骨折で済んでいただろう――とのことだ。だから、そう怖い顔をするな」

 速度が速度だったから、拳銃は銃身が痛み、使い物にならなくなった。
 しかしまあ、咲世子が本来、敵であると言う立場を考えると、命を落とす心配が無いだけ十分である。

 「理屈では分かるがな。……私は養娘を傷者にされて平常心で居られるほど、人間が出来てはいないぞ」

 「知っている。その不満は、仮面の男に言え」

 だが、その前に話を聞けと、ルルーシュは『苦無』の柄の部分を、指し示す。

 「ここだ。この握りの部分を見ろ」

 鉄色の武器は、鈍く光り、不気味な波紋を浮かべている。
 その柄の部分。ちょうと投擲する際、掌の腹に接する場所に――。

 「……名前が彫ってあるな。『篠崎咲世子』と」

 「ああ。だからこれは咲世子の物だ」

 「……マオを誘い込んだ者が、咲世子の名前を騙った可能性は?」

 「無い。お前も解るだろう。……咲世子相手にだぞ? それで大体の説明は付く。――仮に可能性が有っても、これは盗まれた物でもないさ。俺も見覚えが有るし、盗まれていたら咲世子が何か伝えてくる」

 「……ふむ」

 確かにその通りだ。

 「そして実は、この柄の部分に、一枚の紙が結ばれていた」

 『苦無』はマオが拾って回収し、胸元に仕舞っていた。
 気絶から目覚めた彼女の発言からも、それは確認している。ギアスの様子も無い。

 「内容は?」

 「アーニャが調査中だ。……だが、恐らくリフレイン関連だろう」

 マオと咲世子が接触した倉庫。あの倉庫も関連施設ではないか、と言っていた。

 「解るな? リフレインを蔓延させている相手は不明だ。だが、情報を流して来る以上、咲世子は――もっと言えば、神楽耶は麻薬を嫌っていると見て良い。性格的にもだ。そして、咲世子達が此方に情報を送って来るのが主目的だった以上――残った片方でギアスを、マオに刻み込むか? 寸前の戦闘をしたにも関わらずだぞ? だから、両者は違う勢力なのだと思う」

 咲世子と神楽耶が、ギアスの事をどこまで知っているかは知らない。だが、神楽耶達と『仮面の男』が同じ陣営とは考えにくい。戦争に手段は関係がないとは言え。そうは言っても礼儀は守るのが彼女達だ。
 マオの話を聞いた印象から考えれば、だ。咲世子達の行動に便乗して、他の勢力がギアスを使った。そう思えてくるのだ。そもそも、他者の心を縛るギアスという者を、神楽耶は好ましく思わない。使わないと言っているのではない。使う時は、もっとここぞと言う時に使わせる。

 「……なるほど」

 ルルーシュの事だから、何か致命的な見落としが有る可能性は否定できない。
 が、論理展開に何ら不思議な部分は無い。魔女だって同じ結論だ。

 「さて――此処まで話して、有る程度、掴めてきた事が有る」

 ルルーシュは、『苦無』の確認を終えた所で、再び梱包し、それを収納する。貴重な証拠品だ。失くすわけにもいかなかった。また咲世子に返す必要もあるだろうし。
 そして今度は『特派』から遅れられてきた報告書を取り出す。

 「サイタマゲットーで『ヤマト同盟』が使用していたKMF。GX量産型の中から、面白い機構が見つかってな。……自爆で判別しにくいが、恐らく」

 「恐らく?」

 「R因子の関連だ。詳しい内部の成分分析は、『本国』に任せてある。ジェレミア経由で、バトレーに運ばれる手筈だ。その辺に抜かりは無い」

 「バトレー。……バトレー・アスプリウスか。苦労人の」

 本国に居る中間管理職の男を思い浮かべ、同情してやった。
 R因子を初めとする単語は、専門的な話だ。何も知らない者を相手に説明をすると、非常に面倒臭い。だが、専門知識を持っているC.C.には、それで十分だった。次に促す。

 「そうだ。マオにギアスを掛けた男は、命令形……。俺によく似たギアスを持っていると思われる」

 滅多に使わないし、コンタクトで抑えてあるから大きな危険は無い。だが、使った場合の事をルルーシュは良く、とても良く知っている。
 力を得た事は後悔しない。むしろ感謝をしている。だが、リスクを背負っている事も確かなのだ。

 「C.C.……言いたい事は解るな?」

 「ああ。解る」

 思いかえすのは、もう一月近くも前の出来ごとだ。今迄に手に入れたピースが集まり、形を成す。一月前、同じ事を話しあった。あの時は“不自然な自殺をした”エリア18の王子についてだった。

 オマーンとエリア11との関係――その王子は、エリア11に時折、足を運んでいた。
 ルブアリハリ砂漠の地下遺跡が示す『教団』の分裂――その何割かが、何処に流れているのか。
 サイタマでの突然の不可解な蜂起――鹵獲されたGX量産機体に見える、『教団』の痕跡。
 そして仮面のギアスユーザー ――恐らくはルルーシュと同じ、命令形のギアスユーザー。

 「……良い感じに混沌として来たな」

 「ああ。だが、チャンスでもある」

 要素は盤上に揃いつつある。まだ足りない要素が有るし、見えない部分もある。だが、欠片は集まり形を成し始めた。あとは、その形をどう治めるかだ。相手が相手。下手を打てば、相手の思惑に嵌るだろう。
 ますますもって、本腰を入れてエリア支配に取り組む必要がありそうだ。
 エリア11に潜んでいる闇を引きずり出し、倒す。その為にルルーシュは此処に来たのだから。

 「その男」

 「……ああ。恐らく、オマーン王子の殺害犯だろうな」




     ●




 「……零」

 『何だ』

 空間が有った。地の底に広がる、深く、手狭な、それでいて空気の中に密度が籠った空間だ。
 密度は、居並ぶ軍服の男達の放つ威圧感だ。畳敷きの座敷部屋だ。壁には日本奪還を謳った掛け軸があり、その前では正座の男達が並んでいる。

 『日本解放戦線』本部。
 エリア11最大の抵抗勢力が犇めく秘密基地。

 其処には今、指導者たる男達と、仮面の男が対面をしていた。

 「……この情報は、本当か?」

 懐疑的な言葉で、一人の男が呟く。

 『嘘だと思うか?』

 「…………」

 押し黙ってしまった男達の前で、その人物は再度、問いかける。

 『私がお前達の要請で調べ、渡した情報に、間違いが今までに、一回たりとも有ったか?』

 声は挑戦的で、強い自信に溢れていた。ともすれば演出に思える態度が、何故か心に納得を齎して行く。
 そのせい、だろうか。

 「……いいや」

 渋々とでは有るが同意をした男は、軍服を着た中でも初老の男だ。中心に座り、抵抗勢力の中核を担っている事が、見てとれる。

 「確かに零。お前から渡された情報は有効だった。……認めよう」

 日本解放戦線・片瀬帯刀。名目上は、この抵抗勢力の総大将に座する、旧日本軍の少将だ。
 皺が刻まれたその顔は、けれども苦い物が混ざっている。

 「新たにやってくると言う副総督。それと、ほぼ同時期に開催されるサクラダイト先進国会議。――皇族が二名だ。その情報は、我々にとって大きな材料になる……。その点には、感謝をしても良い。だが」

 そう、もう直に2名の皇族が来訪する。
 その情報を、この仮面の男は伝え、彼らに流したのだ。
 それだけで、この男の価値は言うまでも無かった。

 『だが、か。――ふん、だからと言って今回の情報が正しいとは限らない、か? それとも、これを機に私が何かを企むか? 日本人は、存外に器量が狭い。……私が効いた武士とは、受けた恩義は誰であっても忘れない、本質を見ている種族だと聞いたがな。――ああ、いや、訂正しよう』

 明らかな侮蔑に、憤慨しかけた軍人達に、態度を揺らがすこともしない。
 ただ、目の前の男達に対して、冷笑を返す。

 『――器量が狭いのは、日本人では無くてお前達だったか』

 「貴様……! 口が過ぎるぞ!」

 今度こそ腰を上げて立ち上がった男達だったが、それでも殴りかかる事は自制する。
 直前に言われた通り、ここで手を出せば先の言葉を認めたことと同意だからだ。

 ――――日本の為。故国の為。そう口で言っているだけではないか。

 見えない仮面の中で、彼は静かに呟く。

 ――――国を変える。ブリタニアを倒す。その意志も、気概も、覚悟も、全てが中途半端だな。

 日本解放戦線の、日本を取り戻すと言う意志は尊重しよう。……だが、それだけだ。
 見知らぬ男に頭を下げる事も出来ない組織に何が出来る。少なくとも藤堂鏡志朗は自分に頭を下げた。紅月直人も礼を尽くしてきた。軍人として、“自分を使おう”と彼らがしている時点で、既に助力する気は少なかった。それでも組織を離れないのは、まだ離れても何も出来ないからに過ぎない。

 本気で国家を想うなら、己の矜持など折るべきなのだ。
 他ならぬ『彼』自身が、それを誰よりも体験しているのだから。

 ――――だが、牙を研ぐには時間が懸かる。

 行き場所がない。戦う力も少ない。だから、今はこの場で耐え忍んでいる。
 彼らは軍人だ。戦う事が出来ても、組織を動かすには無駄が多い。無論、組織には政治技能を持った者がいるが、そうした者たちに最大限の便宜を図れる状態とは程遠かった。

 第一次太平洋戦争(第二次世界大戦)と同じだ。当時は、軍国主義が蔓延し、非戦派は弾圧を受けたとされる。政治の中に軍人が食い込み、戦うことに鉾を向け続けた。日本が戦わざるを得ない世界情勢が有ったとしても……軍人が政治に口を出した時点で、体制としては危ないのだ。あの時はブリタニア側が観戦を決め込み、ロシアを牽制していた。だから、中国と植民地の抵抗を破って、日本が勝った。

 だが、今回は――そのブリタニアが敵だ。当時と同じ体制で、勝てるほどに甘くは無い。
 日本解放戦線は、『零』を利用しているつもりだろう。結構、ならば自分も利用するだけの話だ。

 「……この情報は、此方で検討させて貰う。――草壁中佐」

 「は」

 幹部達が動き始めたのを尻目に『零』は身を翻す。
 時間の無駄にしかならない。仕事はしたのだ。これ以上、何を言う気も、言われる気も無かった。

 『どう使おうとも、それはお前達の勝手だ』

 それだけを、言い残して。




 サクラダイト生産国会議。
 あの軍人達が、そこでどんな働きをしてくれるのか。それを冷静に考え。
 今は遠い、アラビアの砂漠を微かに想いながら










 用語説明 その18

 篠崎流

 咲世子が治めている謎のSP術。咲世子で37代目と言う事なので、成立は大体、八百年~千年近く昔になる。SP術と言っているが、変装・尾行・潜入・暗殺と、どうみても忍者の系譜。千年も昔に『忍者』という概念は無い(成立は武士と同じ鎌倉時代である)為、鎌倉初期か、その直前位からの家系だろう。
 篠崎家の発祥は諸説あるが、常陸国筑波郡『篠崎』の物部氏。ほか桓武平氏、藤原氏秀郷流、橘氏、清原氏などらしい。

 以下・作中での設定(妄想)。

 この話では、篠崎流31代が、幕末期に江戸居留守役を務めていた篠崎仲苗である。その後、明治期の動乱と、太平洋戦争。第二次太平洋戦争の渦中にあって、頭首が大きく移り変わり、エリア11と呼ばれる今に、37代目で咲世子に受け継がれた、ということになっている。
 つまり篠崎仲苗から辿る。篠崎仲苗の先祖を辿れば、九州・島津氏の系譜になる。初代島津家当主は島津忠久で、彼は父・惟宗忠康と、母・丹後内侍の間に生まれた子供。その丹後内侍が、比企家の血を引いており、比企家は藤原秀郷に連なる家系である。
 つまり藤原秀郷――比企――丹後――島津忠久――篠崎仲苗――篠崎咲世子という系譜だ。
 この流れなら、間に忍者的な仕事をする篠崎家がこっそり育っていても変では無い、と思う。






 登場人物紹介 その18

 片瀬帯刀

 『日本解放戦線』の指導者。旧階級は少将。と言っても《奇跡の藤堂》こと藤堂鏡志朗に頼っている部分はかなり大きく、本人の実力は今一つ。帝国軍人らしい、正義や根性や頑迷さは有るのだが。
 原作では、ナリタ攻防戦の後にタンカーで脱出を図るも、ルルーシュに自爆を演出され死亡。ナナナでは、ナリタ連山で、コーネリア相手に特攻して死亡。可哀想に。
 でも、まあ『日本解放戦線』は――決して噛ませ犬では終わらせる気は無い。弱いなりに頑張って貰います。神風とか、実際やられたら凄く嫌だと思うんだ。支配者側からしてみれば。














 今回は、地味です。伏線回です(キッパリ)。
サクラダイト生産国会議は、サイタマゲットー以上の描写をするつもりなので、ちょっとチャージ気味ですね。皇族も2名増えますし。


 さて、ちょっと解説を。

 日本に軍隊が有るのは、第二次世界大戦で負けていないからです。この世界に有るのはアメリカではなく、ブリタニア。故に太平洋戦争で日本と戦いませんでした。というかロシアの牽制までしていました。この辺は、また後日に触れます。ニーナ・“アインシュタイン”とかにも関わるので。

 故に、大日本帝国の戦争相手は、清(当時は、まだ中間連邦ではない)及び、各国植民地の反乱だけ。戦況は基本的に日本の有利に進みましたが……、厭戦感情や当時の皇室の意向もあり、最後は、ブリタニアと欧州諸国の取り直しという形を持って引き分けという扱いに落ちました。

 日本は中国から超多額の賠償金を確保し、代わりに併合した半島を解放しました。まあ、解放したのは良い物の、日本に依存していた体制を立て直せず、中華に組み込まれてしまいます(この時の出費や併合が後々、中華連邦に繋がっていく)が、それも別で語りましょう。

 で、多額の賠償金を使って戦後経済を立て直し、近代化。帝国憲法も改正され、かなり民主化されました。そして高度経済成長から現代へと繋がる訳です。だから、帝国陸軍は(名前こそ変えましたが)健在。勿論この世界の日本に、第九条は有りません。


 さて、次回は副総督が来ます。次にラウンズで大活躍するのは誰かな……?
 一言でも感想を頂けると、喜びます。
 では、また次回!

 (12月11日・投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑭
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538
Date: 2012/08/18 02:43
 「ブリタニア皇族で王位継承権を持つ者は――かるく百人を超える」

 勿論、全員が皇帝シャルルの息子・娘と言う訳ではない。2代前の皇帝の孫などの遠縁も僅かながらいる。そもそも皇妃は12人までと、皇室規範で確か決まっていた……筈だ。うん。

 皇位継承権は、決して生まれた順番ではない。弱肉強食のブリタニア世界。より上を目指すならば、他者を従えてこそ。上位皇族は、行動と資質を示しているからこその上位皇族なのだ。
 継承権を上げる為には、凡庸ではいられない。

 「だから、だ。次の皇帝を目指す物は、揃って目立ち、『結果』を残そうとする」

 皇族の中で目立つ。印象を残す。まずは宣伝し、自分を引き立たせ、その上で行動を示す。
 必然的に、態度や行動方針は皇族内で違いが生まれる。
 そして行動は派手になるし、目立つのだ。良い意味でも悪い意味でもだ。

 ふん、と笑いながら魔女は言う。

 返事は無い。その言葉に、嫌そうな顔をした男と、笑ったまま受け流した女がいるだけだ。両者ともに年齢はまだ若い。

 「上位陣は、その良い例だよ。お前達も承知のはずだ」

 例えば、と魔女は言う。

 第一皇子のオデュッセウス。彼は唯の普通の男だ。国を改革する資質は無い。だが、だからこそ国民への理解は大きいし、民意を悟る事に長けている。社交性もあるし、子供心も忘れない。王宮内のトラブルも、オデュッセウスが間に入れば、そのまま何となく解決してしまう。毒気を抜かれてしまうのだ。

 第一皇女のギネヴィア。彼女は冷徹だ。それも君主として冷酷なのではない。国家の裏で暗躍し、非道な手段を使ってでも国家の敵を排除出来る。そんな冷酷さだ。矜持が高いが、王になる気は無い。ただ自分の位置を、国家の闇に干渉出来る場所に置いているだけで。こっちは毒の塊。下手に触ると藪蛇だ。

 2名に皇帝の資質が有るかと言われれば、怪しい。だが、国家における重要人物なのは間違いない。

 あの2名を排斥しようとする者はいないだろう。それよりは今のまま現状を維持して貰った方がずっと役に立つからだ。ルルーシュだって同じ事を思っている。
 ある意味、物凄く賢い在り方であろう。
 排斥されない立場を築き、どんな情勢であろうと揺らがないのだから。

 「シュナイゼルは政治家。コーネリアは軍人。クロヴィスは芸術家。カリーヌは……まだ、資質が見えていないから解らんがな。だが、まあ其々に違った側面を持っている訳だが……」

 皇族ですらも手玉に取る魔女は、怪しく笑って2人に声を掛けた。
 魔女が共に乗る相手など、同僚か皇族か、トップクラスのVIPだけしかいない。
 この飛行艇に同席している2名は、皇族。それも目的地エリア11における重要人物だ。

 「さて、じゃあお前達は、なんだろうな? 何に、……成れるんだろうな?」
 皇族だろうと何だろうと、魔女が恐れる相手など記憶の中にしかいない。
 期待を含んだ瞳を向けた先。
 2名は、各々に何かを考えているようだった。



 エリア11副総督
 キャスタール・ルィ・ブリタニア。



 サクラダイト生産国会議・ブリタニア代表(代理)
 ユーフェミア・リ・ブリタニア。



 来訪。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑭






 エリア11の政庁に、ゆっくりと着地する飛行艇があった。

 大きな船だ。外装からして湯水の様な金が使われた高級品。その艦体には神聖ブリタニア帝国の紋章が踊っていた。
 空中には、円を描くように旋回する数機の飛行艇がある。何れも着陸した物よりも武骨。
 慎重に、殆ど衝撃も無く軟着陸した機体は、飽く迄も人間を輸送する為の船だ。居住スペースが大きく、生活空間が確保されている。だが、護衛艦は何処までも防衛機能を持っている。

 護衛として搭載できるKMFの格納庫は2機分だけだ。これは空中での襲撃に対して、KMFの効果が薄い事。そして空中の奇襲に有効に対処出来るKMFは――要するにラウンズを初めとする、ごく一握り程度の数しか存在しない(それは同時に、ラウンズの機体が乗るなら余分な機体を護衛に揃える必要も無いという意味でもある)。
 効率を言えば、砲塔を備え、機動や火力、装甲重視の専用艦に護衛して貰うのが一番良い。
 その結果が、豪奢な輸送艦と、装甲砲塔重視の警護艦と言う――――この景色だ。

 「……来た」

 飛行艇の発着所には、エリア11政庁の上層部達が揃って出迎えている。

 総督であるカラレス。軍部の総指揮をとるジェレミア・ゴッドバルド。中央軍官局長のギゲルフ・ミューラー。そして、中央(帝国本土)から派遣された、アーニャ達ラウンズ。出迎えの端っこには、白衣を脱いでちょっと身嗜みを整えただけのロイドが、『特派』代表として眠そうな顔を出していた。
 此処までしなければいけない、のは正直に言えば少し面倒だ。

 ただ、まあ……。

 (――ユーフェミア様に会うならば、良いかな)

 皇族2名ならば、無理もないかと思う。
 それほどまでに、皇族と言う立場は大きい。

 アリエスの離宮には、リ家の姉妹も良く顔を出していた。
 見習いとして働いていたアーニャの事は、彼女達も良く知っていて――色々と可愛がって貰った。
 姉のコーネリア殿下には、アラビアで顔を見たけれども、ユーフェミア様と会うのは久しぶりだ。最後に有ったのは、本土。エリア18での作戦が始まる暫く前だから、もう3カ月以上になる。

 アーニャが少し不安なのは。

 (……キャスタール、殿下か)

 エリア11の事を考えれば、丁度良い人材だとは、思う。

 まず、ルルーシュ達による浄化を快しとしない、権力者たちの受けは良いだろう。何せルィ家ときたら、ブリタニアで最も金に汚いと言われる家柄だ。商売人ならば信用信頼を大事にするが、それは配下に任せているだけ。本人も――割と外道だ。ルルーシュくらいには。はっきり言うと。
 利権と勝機を嗅ぎ付けるのが上手いから、飴と鞭の扱い方が恐ろしく上手い。特に、主義者のブリタニア人とナンバーズ。これを宥める手腕が、かなり優れている。敵対する相手への制裁行動は“ちょっと苛烈”で、“ちょっとやり過ぎ”と恐れられている事を除けば……まあ、妥当な人選だ。
 カレラスとは気が合うだろう。嫌な気の会い方だが。

 宰相シュナイゼル殿下。及び、その背後に居る『元老院』の決定に、アーニャが不和を挟める訳も無い。
 無理難題を押し付けられないよう、祈るだけである。

 「第三皇女ユーフェミア殿下! 第十五皇子キャスタール殿下! 御来訪!」

 声と共に艦体のハッチが開く。そのまま豪華な赤絨毯が敷かれたスロープを下り、ゆっくりと降りてくる姿が有った。



 桃色の髪。温和な笑顔。女性的な身体付き。居るだけで空気が暖まる様な存在感を持つ女性。
 ユーフェミア・リ・ブリタニア。



 青みが懸かった髪。鋭い青い目と引き結んだ口に見える、実直そうに“見える”、まだ若い青年。
 キャスタール・ルィ・ブリタニア。



 どちらも、帝国では皇帝と最高権力者達の次に重要人物と見なされる――皇族、だ。
 ラウンズだって通常は、膝を付いて忠誠を示さなければならない。最大限の礼を、表向きは払いつつ。

 (……C.C.は、相変わらずだけどさ)

 目を伏せたまま、静かに思った。
 2人に続いて、何を言うまでも無く、魔女は降りて来た。

 アラビアからエリア11に跳び、アラビアに戻る。今度は本国に移動して、護衛として顔を出す。
 明らかに途中で異常が有ったが、実際にやったのだから仕方がない。

 (……転移って、チート)

 本気でそう思う。エデンバイタルへの干渉だったか。神出鬼没のウィッチ・ザ・ブリタニア……。恐れと畏怖は、伊達ではないだろう。全員を睥睨し、しかし何も言わず、魔女は軽く鼻を鳴らして皇族二名に続いて行った。キャスタールの顔が微妙に引き攣っていたのが、妙におかしかった。
 結局、その場が解散されたのは、それから20分後。仰々しい出迎えが終わった後だ。

 「……さてと」

 三々五々、仕事に戻っていく支配者達を横目に、アーニャも動き出した。
 ジェレミアには指示を出してある。嚮導は、今日は休みだ。

 歩きながら軽く現状を整理する事にした。
 現状、ラウンズが4人もエリア11に居る訳だが、その受け持ちは違う。

 まず皇族の護衛。これにはC.C.が付いた。ユーフェミアは兎も角、我が強いキャスタールを相手に対等に話が出来る存在が、C.C.しかいないからだ。皇族とは言え、年齢と社会で言えばまだ中学生。経験と年期が違う。適度に容貌を叶えつつ、不満を貯め込み過ぎないよう、上手にあしらえる。
 正直、魔女にカラレス一派が接触しても……大した事が出来るとは思ってないし。

 次に、軍部。こちらはアーニャがそのままだ。来てから1カ月近くなる今、ジェレミア達とのパイプも随分と強く、太くなっている。ここで担当を交換するのは、良くない。
 アーニャは美少女だ。軍部の連中ときたら、自分をアイドル扱いしている。御蔭で士気は高いが、正直言うとウザい。誰が好き好んで、汗臭い男連中に祭り上げられなきゃならない、と思っている、が。

 (……士気が高い事は、悪くは無い)。

 で、モニカはと言うと、『特派』とか『機情』と絡みつつ、色々エリア平定のために動いている。事務仕事とか補佐仕事は、ラウンズでもかなり得意だし、外見からして優しいし。
 他者や本国とのパイプという意味では、適任だろう。
 そしてルルーシュは……。

 「……危険が無ければ、良いけど」

 一人で色々と動き回っているらしい。裏工作とか潜入工作は得意だから心配してないが……。

 「体力、大丈夫かな……」

 そういえば今日はどこに言っているんだったか。
 確か、エリア11で気になる相手がいるから、そっちに顔を出すと言っていた気がするが……。
 そんな事を想っていると、自室に戻ってきてしまっていた。危うく、通り過ぎる所だった。

 「……見られて、ないよね」

 うっかりを目撃されると、意外と恥ずかしいのだ。
 きょろきょろ、と周囲を見回し、目撃者がいない事を確認して、自分の部屋に入る。
 自分の部屋――ここは自分の部屋だ。ルルーシュ達と共同で使用する執務室ではない。ラウンズと言う事で個別に与えられた、将官クラスの個室。

 「さて……」

 自分の机の上には、モルドレッドから取り外した情報端末がある。政庁のパソコンに繋ぎ、携帯端末とも繋いだその「特製の機械」は、アーニャの大事な友人だ。……伊達に電子機器を扱っているわけではない。アーニャにだって……ラウンズとして、戦い以外に誇れる、隠された技能の一つや二つ、持っている。
 即ち。

 「――」

 薄手の、指紋を残さない専用手袋をしたアーニャは、軽くキーボードを叩き。

 「――……スタート」
 政庁のデータベースを漁り始める事にした。



     ●



 当然ながら、来訪したのは二人の皇族と、護衛(名目)の魔女だけではない。特に、サクラダイト生産国会議に出席するユーフェミアには、政治関係の補佐官がしっかりと付いている。
 政庁の廊下でモニカがばったりと出会ったのは、いかにも生真面目で堅物そうな、眼鏡の女性だった。

 「あっと、……ミス・ローマイヤー?」

 一瞬の停滞は、名前を思い出すまでに時間が掛かったからだ。何千人といるブリタニア皇室関係者、皇族や貴族なら兎も角、一介の外交官まで覚えてはいられない。そんな事が出来るのは、それこそルルーシュやシュナイゼル宰相閣下くらいだ。
 でも、彼女の顔は覚えていた。『帝国特務局』から派遣された、一流の外交官で政務補佐官。

 アリシア・ローマイヤだ。

 「これは、クルシェフスキー卿……。ご健勝そうで、なによりです」

 背筋をきっちりと伸ばしたまま、教本通りの動きで、実に固っ苦しく頭を下げる。見ているこっちが緊張してしまいそうだ。この女性は、実に真面目で仕事が出来るが、しかし少々堅物に過ぎる。
 その分、ユーフェミアの柔らかく穏やかな、ともすれば甘い部分を、上手に補い合っているのだが……。互いの中間くらいになってくれれば、バランスが良いんじゃないかなと、モニカは内心で思っている。

 「いえ。こちらこそ」

 折角出会ったのだから、何か話でもしようと思ったが、取っ掛かりが無い。
 社交性には自信があるモニカだったが、表情を全く変えない彼女は、難敵である。

 ――――何か、話題……。話題、有りませんかね……。

 しばし考えて、在り来たりの話題を出すことにした。

 「ミス・ローマイヤ、今後のご予定は?」

 「ええ。ユーフェミア様と、少々の打ち合わせの予定が入っております……。姫殿下は甘すぎます。生産国会議は、国際社会に、ブリタニアの国力を表明する機会。強気に出るべきなのですが……。殿下は優しすぎる。譲歩の姿勢は、国際会議の場では思わぬ弱点になります」

 「……なるほど」

 確かに彼女の言う事にも一理ある。譲歩は大事だが、自分から妥協案を提案する事は、良策ではない。ユーフェミア皇女殿下の優しさは、ブリタニア皇族では非常に貴重だが……

 「確かに、優しいだけではやっていけないのが、この世界です」

 何かと折衝や交渉を任されるモニカだ。その辺は分かる。

 「お部屋に向かう最中でしたか」

 「ええ」

 ユーフェミアにも政庁での執務室が与えられている。
 この際、彼女の実務処理能力に関してはノーコメントだ。勿論、彼女が、仕事を全くできない、訳では無い。だが未熟な部分が多い事は紛れもない事実。一人で十分ならば、ミス・ローマイヤが同行する筈もない。頑張っているが、それだけで評価してくれるほど、哀しい事に社会は甘くないのだ。

 「折角です。私も挨拶をしたいので、御同行しても?」

 「はい。……殿下も、クルシェフスキー卿と会話をすれば、少しは学べることもあるでしょう」

 年齢が近いと言っても、モニカとユーフェミアの交流は、実は多くない。社交の場で会話をしたり、顔を合わせたり、が過去にあるくらいだ。
 ミス・ローマイヤと会話をしながら、政庁の部屋に向かう。
 雑談は出来ないが、国際情勢や、教養の話なら、どうやら普通に受け答えしてくれるらしい。
 『帝国特務局』での内部情報をさりげなく探りつつ、執務室へ。

 「殿下。――――ローマイヤです。クルシェフスキー卿も御同行されています。……入っても宜しいですか?」

 軽いノックの後、返答を待つ。
 返事は、無い。
 彼女が出かけたという報告は入っていないのだが。

 「……おかしいですね」

 微かに眉を潜めたローマイヤを見て。

 「んー。……そこの兵士さん。殿下は何処かに、御出立なされました?」

 モニカは尋ねてみることにした。部屋の前には、きっちりと隙なく軍服に身を包んだ若い兵士が、警邏している。
 直立不動で敬礼をした後、兵士Aは返す。

 「はっ。殿下は、一時間前に到着されて以降、部屋からお出になってはおられません」

 「ですか。有難う」

 と言う事は、この扉を出てはいないのだろう。
 ふむ、と少し考えたモニカだったが、結論を出す。

 「……殿下。モニカ・クルシェフスキーです。……開けますよ」

 室内に、主の許可なく入る。この場合の主は皇族だ。ミス・ローマイヤが行ったら後々咎められる(かもしれない)行動だが、モニカならば何とでもなる。ユーフェミア皇女殿下が、そんな事で攻めるほどに心が狭いと思っても居ないし。

 扉をあけると、風が入ってきた。
 妙だな、と思いつつ入ると、直ぐに理由は分かった。

 「……おや、まあ」

 電気が消えた部屋の中は、まだ整頓されていた。隣室の扉が少しだけ開き、ベッドの上には衣類が入っていたと思しきトランクが一つ。トランクは開け放され、どうやら――私服が抜けている。
 室内には誰も居ない。
 ただ、執務机の上に、綺麗な筆跡で置手紙が残されている。

 『――ちょっと市内を観察してきます』

 そして、机のすぐ背後には、開け放された窓と、風に揺れるカーテンが……。

 「やれやれ」

 随分と、お転婆なお姫様だった。天然かと思いきや、行動力がある。これは確かにコーネリア殿下も手を焼くだろう。

 「……衛兵。君達の責任は問わないでおきます」

 兎に角、絶句したまま固まってしまった衛兵とミス・ローマイヤとを、何とかしよう。しかし――――。

 「……やりますねえ。ユーフェミア殿下」

 モニカは思わず感心してしまった。

 政庁の上層部。高さはざっと地面から数十メートル。
 この部屋の、窓のすぐ下に別館の屋根がある。この窓からカーテンを持って屋根の上に降りる。そのあとは、多分非常階段や人気のない廊下をこっそり通ったのだ。有る程度下まで下ったら、また別の部屋に入って窓から降りる。
 政庁の出入口を通る必要もない。まさか皇族・第三皇女が、そんな方法で政庁の自室を抜けだすとは誰も思わない。まさに盲点を付いた脱出方法だ。

 「ユーフェミア殿下、意外と運動能力も高いようで……」

 「か、感心している場合ではありません! クルシェフスキー卿」

 一人で納得していると、再起動を果たしたミス・ローマイヤが声を上げる。

 「急いでお探しにならないと。全くあの方は、こんなはしたない……。自分が皇族であるという自覚がおありなのですか、全く――!」

 「まあまあ、そんなに慌てないでも大丈夫ですよ」

 宥めて落ち着かせながら、モニカは窓から離れる。
 この様子だと、まだそう遠くには行ってないはずだ。

 「私が探してきましょう」

 「……はい。大変なご迷惑を――」

 「いえいえ。お気になさらず。外に出るのも良いと思ってましたから」

 にっこりと笑って、モニカは部屋を出る事にした。




     ●




 その日、枢木スザクは珍しくも疎開内部を一人で歩いていた。

 『特派』の研究も、今日は休みだ。副総督の来訪歓迎会が開かれるらしいのだが、そこにロイドも招かれていたのだ。彼のアスプルンド“伯爵家”という肩書を、珍しく実感した。
 この所ずーっと研究続きだったし、当座の日程にも問題は無い。

 『というわけで、今日は休みー。英気を養ってきてね』

 というロイドの掛け声で、休日と相成った。

 空いた時間の、各々の使い方は違う。

 セシル・クルーミーは、研究ということで数々の野菜・果物・調味料を買いこんできた。思いっきり料理をするのだそうだ。何が出来るか不安で仕方が無い。だが、一生懸命な彼女の顔は楽しそうだったので、良いとしよう。

 マリエル・ラビエは「寝る」と簡潔に言って、さっさと政庁の仮眠室に潜り込んでしまった。今頃、広いベッドで存分に安眠を享受しているだろう。

 小寺正志は久しぶりに田舎の両親の元に、一日だけ顔を出しに帰省しに行った。

 スザクは――。

 ――――さて、何をしようかな。

 こうして思いっきり、自由な時間で背筋を伸ばす事は久しぶりだ。空いた時間をどうやって有効に使おうか。それが中々、思いつかない。

 ――――ルルーシュは。

 さりげなくロイドに聞いた所、外出しているそうだ。これは、もう立場が違うので仕方が無いのだ。

 なんとなく外を歩いている。
 天気は良いし、風は快い。太陽は眩しいし、疎開は平和だ。だが、この平和は、決して誰もが満喫出来ている訳ではない。それを、忘れてはいけないのだ。

 そんな風に、歩いていると。

 「ど、どいてくださーい!」

 上から、声がした。

 「え?」

 声の方向を見る。
 カーテンとシーツのローブを掴んだ美少女が、上から降ってきていた。
 咄嗟に両腕で受け止めて、まるでお姫様を抱くような格好になってしまったのは――――偶然だった。




 「どうも、ご迷惑をおかけしました」

 御免なさい、と頭を下げるブリタニア人の美少女がスザクの目の前に居た。
 長い桃色の髪の、美少女だ。眼鏡で印象を地味にしているが、穏やかな笑顔がとても可愛い。
 服装は一般の私服だが、来ている中身は一級品。スタイルは良いし、肌も白い。はっきり言ってスザクには不釣り合いな少女だった。スザクがナンバーズと言う事は、一目で分かる。それでも少女は、気にしないで謝っている。

 「いえ。気にしないで下さい。怪我が無くてよかった」

 服に汚れもない。ちゃんと受け止められたようだ。
 人一人分の重量を支える事は、スザクには別に難しく無い。女性の体重について語る事は止めておく。が、……そう重くもなかった。しっかりと肉付きは良かったけれど。

 (いやいや。僕は何を考えている)

 慌てて思考を誤魔化して、少女に尋ねた。

 「ところで、何故、上から?」

 「ええ。護衛の方の視線を誤魔化すのが面倒で……。窓から、逃げてきちゃいました」

 「なるほど」

 この辺の建物は、政庁に、政庁の別館に、関係者が利用するホテルに……と、貴族が利用する建物が多い。そこからこっそり抜け出して来たという事は、彼女はブリタニアの支配階級に属するのだろう。

 「では。お気をつけて行動ください。怪我をされたら、ご家族が心配されます」

 そこまで考えて、スザクは礼儀正しく少女から離れることにした。
 ナンバーズで、ただの准尉の一兵卒。ブリタニア貴族と関わるのは、恐れ多いにも程がある。
 『特派』所属という肩書があったとしても、そんな物は政庁では大きな役には立たない。陰口や陰湿な攻撃を受けるのは――言いたくは無いが、さり気に多い。小寺正志が厳しくとも『特派』に入り浸っている理由はその辺にある。

 それにだ。
 この美少女が――――自分と一緒に居て、何か良からぬ噂を立てられたら、それは良くないだろう。

 「では、自分はこれで」

 偏見の目を持たない美少女と、一瞬だけでも交流出来た。外に出て正解だった。
 そう考えて、素直に背を向けて歩き始めた。

 「あ、――――貴方。お待ちになって」

 ――のだが。
 その背後に、声を懸けられ、呼びとめられた。
 無視して逃げるわけにもいかない。素直に振り向く。

 美少女は、スザクの元に駆け寄ると、にこりと笑って。

 「貴方。もし良ければ、疎開を案内して下さらない?」

 とても、スザクに嬉しい言葉を投げかけた。いや、スザクでなくとも嬉しい。ブリタニアという国是の元、イレブンと呼ばれながら毎日大きな苦労を背負っている日本人なら、同意するだろう。
 命令とも同情とも違う、普通のお願い。異なる人種の人に、そう言われたのは何時以来か。

 「自分が、ですか? ――その、有難い申し出ですが……自分はナンバーズです。自分と一緒だと、貴方に良くないのでは」

 やんわりと断ったスザクの言葉に。

 「いいえ。問題はありません――――。第一、私は気にしませんし、流言飛語を気にする程、私は立場が弱くありません。それとも、私と連れ添って歩く事は嫌ですか?」

 「いえ! そんな事は全くありません」

 そう返されて、慌てて否定した。迷惑だなどトンデモナイ。
 ともすれば、嫌とは言えない威圧感と共に発せられる可能性がある言葉。だが、少女の言葉は飽く迄も丁寧で、そんな思いを全く感じさせなかった。
 人を使う事に慣れている言葉だと、スザクはその時、気付いていなかった。

 「では案内を宜しくお願いしますね。――ええと。……御免なさい。名前を」

 そう言えば。今まで、一回も名乗っていなかった。
 そもそも、名乗るほどの関係に発展するとも思っていなかったし。

 「はい。――――スザク。枢木スザクと申します」

 「スザク……」

 美少女は、スザク、と軽く数回呟いて。

 「良いお名前ね。スザク。――――私は……ええと、ユフィと呼んでくれると、嬉しいわ」

 ユフィ。美少女の雰囲気に相応しい、優しい名前だった。

 「では、ユフィさん。……ご案内させて頂きます」

 礼儀正しく頭を下げたスザクに。

 「そんなに固くならないで、スザク」

 彼女は楽しそうに笑って背中を押した。
 かくして枢木スザクは、彼女と一日、疎開を巡る事になる。




 尚。スザクは全然、気付いていないが。
 この少女は……、まあ、敢えて言うまでもないか。




     ●




 モニカ・クルシェフスキーが、勝手に消えたユーフェミア皇女を探し始め。
 枢木スザクが、空から降ってきた可憐な少女ユフィを、間一髪で抱きとめ、案内し始めた。

 丁度、その頃。

 「ここか」

 ルルーシュ・ランペルージは、目的地に到達していた。

 地図に印刷された住所は、記憶の中の情報と一致している。

 「ふむ。……中々、外見は見目麗しいな」

 目の前には、大きな邸宅がある。
 鉄格子の門。その奥に置かれた豪邸は、疎開でもかなり大きな部類に入るだろう。何十ものガラス窓で太陽を取りこむ、しっかりとした煉瓦作りの屋敷だ。門と館の間には、噴水を迂回するように車道が走っている。馬車や乗用車が通行できる広い車道だ。門から豪邸に行くまで、徒歩で数分は必須。

 これ程の家ともなれば、それは貴族にしか持ちえない。
 通常ならば、アポイントメントも無しに入る事は出来ないが……。

 「――――ラウンズが持つメリットだな」

 肩書は本当に便利だ。こうしていきなり、貴族の屋敷を尋ねても文句は言われない。むしろ歓迎される。
 ラウンズという相手と良い関係を持つ事が出来れば、それは即ち家へのメリットだからだ。

 門を無造作に開けて、何食わぬ顔で敷地に入る。
 一歩入った所で。

 「お兄さん。悪いがここは侵入禁」

 「お仕事ご苦労……。身分証明をすれば構わないだろう?」

 直ぐそばで此方の一挙一動を伺っていた警備員が、声を懸けてくるが。
 先んじてルルーシュは、営業スマイルで返した。こういうのは相手の呼吸を乱した方の勝ちだ。

 「そ、りゃ」

 一瞬、相手が怯んだ隙に。
 手首に巻かれ、繋がれた騎士の紋章を見せる。



 「神聖ブリタニア帝国《ナイト・オブ・ラウンズ》第5席――ルルーシュ・ランペルージだ」



 「は……?」

 騎士の紋章。
 KMFの始動キーと一緒になっているそれは、ラウンズとしての証明書でもある。
 ラウンズは、一人一つ、己の紋章を必ず保有している。腰に刺した剣と同じく、ラウンズに任命された時に、皇帝直々から与えられた名誉の証だ。
 あれだ。昔、日本で過ごしていた時に見た、「ご老公の印籠」みたいな物である。偽造をしてはいけない、偽造をしようとは一切考えない位に、絶対的な権威の印なのである。

 「不安ならば政庁に確認を取っても構わないが」

 「い。いえ。――た、大変に失礼をいたしましたあ!!」

 ビシッ、と無駄に緊張した姿勢で、言葉を返す警備員の横を、通り過ぎる。
 近くに居た別の警備員は、凄まじい勢いで邸宅に向かって行った。自分の来訪を、家の人間に伝えたのだろう。警備員が入って数分もしない内に、初老の執事が慌てて顔を出す。どころか、家中で人間が走り回る音が聞こえ、扉は開かれるわ、メイドが出てくるわで大騒ぎだ。

 ――――ま、この騒動を見るのが面白い部分もあるのだがな。

 突然に現れたラウンズ。その自分にどんな対応をするのかも、判断材料の一つだ。
 冷静に考え、ついでに庭を見ながら、車道を辿って玄関の前に。
 出てきた、いかにも貴族です、と示すかのような、無駄に豪華な衣装を着た女性に一声。



 「――――カレン・シュタットフェルトさんは、御在宅かな?」



 そう声を懸けた。
 ここは、シュタットフェルト伯爵家。
 ルルーシュが疎開で出会い、ゲットーで戦った、紅月カレンの家だ。










 用語解説 その18


 サクラダイト生産国会議

 サクラダイトの国際分配レートを決める国際会議。
 富士五湖の一つ・河口湖湖畔に建てられた高級ホテルでの開催が予定されている。サクラダイト産出量が多く、鉱山にも近いこの場所は、それなりに治安も良く、ブリタニア人観光客も多いそうだ。
 KMFを始め、ギアス世界においては必要不可欠な希少資源の源サクラダイト。その分配レートは、そのまま世界における国力の違いである。当たり前だがブリタニアが圧倒的な割合を占める。
 ブリタニアの代表はユーフェミア・リ・ブリタニア。その補佐官にアリシア・ローマイヤが出席。
 はてさて、会議では一体何が起きるのか……。






 登場人物紹介 その19


 キャスタール・ルィ・ブリタニア

 NDS『コードギアス ~反逆のルルーシュ~』のゲームに登場。PSP『Lost Colors』にも一瞬だけ登場している。

 神聖ブリタニア帝国の第十一皇子。
 青い瞳をもつ若い青年。中学生くらいだが、政治の才能は結構ある。少なくともユーフェミアよりは。
 だが、はっきり言えば外道。コーネリアを不意打ちで銃撃したり、名誉ブリタニア人のスザクに日本人を大量虐殺させたりとか普通にしてる。これが普通だからブリタニア皇族って恐ろしい……。
 ゲームではコーネリアに代わって総督の座に付いた。この話では、副総督という立場で赴任する。かなり激しい性格の為、ブリタニア人からの支持は強いが、ナンバーズや主義者からは疎まれている。
 はっきり言ってラウンズと仲は良くない、が。――彼にも色々あって、全部が全部敵で、邪魔な相手というわけではない。その辺は追々話していこう。










 お久しぶりです。お待たせして申し訳ない。
 リアルが本当に忙しくて(あと、最近TRPGに嵌っていて)、中々SSの更新が滞っています。
 が、最後まで書くつもりはあります。気長にお待ちください……。
 スザクとユーフェミアも遭遇しました。サクラダイト生産国会議は、アクションの予定なので……。今はその為のチャージ期間です。
 ではまた次回。



[19301] 第一章『エリア11』編 その⑮
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538
Date: 2012/10/28 22:25
 ネット世界が海だと表現したのは誰だったか……。

 誰も居ない執務室の中で、アーニャは静かに稼働中のPCを動かしていた。
 深く静かに進行しながら、注意深く情報の波を読み取って行く。一つの端末に入り込み、防壁を通り抜け、内部のデータを閲覧する。それは「ハッキング」と呼ばれる行動だ。

 アーニャは電子機器の扱いに長けている。
 画像を記録したり、保存をしたりしている内に、興味を魅かれたのだ。幼くしてラウンズに上る為には、KMFの操縦以外にも技量や技能が求められる。得意能力として伸ばすには丁度良かったし、年齢のハンディキャップも少なかった。
 そして気付けば、普通のハッキング位ならばこなせる実力を身に着けていた。

 「……あった」

 瞳に電脳世界が映る。
 お目当ての情報を見つけ、それを保存する。これでまず、政庁内部粛清の一手が取る事が出来る……。
 そんな時だ。タイミングが良かったのか悪かったのか。
 軽いノックの音がした。

 「失礼します。『機密情報局』ヴィレッタです」

 「…………」

 ここで変に取り繕うのも問題だろうか。
 扉の位置から考えれば、アーニャのPCの画面は見えない。
 ルルーシュ達は居ないから、追い返しても良いだろうけど。
 数秒、考えて、アーニャは許可を出した。

 「失礼します。ランペルージ卿は」

 「いない」

 「! これは、アールストレイム卿。失礼しました!」

 「いい」

 稼働し続ける大型PCから顔をあげて、アーニャは入ってきた女性士官に言う。
 褐色の肌の女性。彼女は確か、『機密情報局』の中でルルーシュが使っていた人材。
 ルルーシュ曰く、一時だけ士官学校で見た事があるとか何とか。

 手に報告書を持ってやってきたヴィレッタの目は、アーニャへの畏敬と不安が見える。どう接すればいいのかを掴み損ねている目だ。階級に煩く、権威が大きく影響するブリタニア軍の中では、兎に角相手の顔色を伺う人間が多い。ちょっと面倒だ。
 これまでアーニャとの接触は少ないから、仕方がない。

 「……何の用?」

 「は。ランペルージ卿に報告したい事がありまして」

 「……続けて」

 手と指を動かして、焦点があっていない瞳で画面を見ながら、指示を出す。マルチタスクに自信はある。戦闘中に複数の作業を行う情報処理能力は、高くて損は無い。というか色々と未熟なアーニャは、そういう部分で補わないと不利になる。

 「先日、チバの成田連山で動きがありました。一部の武装・兵士が出立したようです。キャスタール副総督殿下とユーフェミア皇女殿下の来訪に合わせての行動だと予想しています。現在、行方を探っている最中ですが、――恐らく何処かに潜伏して、作戦行動を伺っている物かと」

 タイピングを止める。

 「…………もう少し詳しく」

 椅子を引いて、ヴィレッタを見上げた。

 「了解しました……。成田連山はご存知でしょうか?」

 「この前行ってきた。要塞化してた」

 ルルーシュが遠目で山間の中の本拠地を見ただけだった。観光客に開放されている場所は市内と山道の一部のみ。15キロ程が隔離されており、普通にしていればまず安全だったが……。

 「はい。成田連山は、『日本解放戦線』の本拠地として要塞化されています。各所に砲台が設けられ、KMFの搬入口が置かれ、迷彩で覆われた罠が築かれ、地下道が網の目のように走っています」

 土地が狭い分、エリア11の地下建築は凄い。成田連山の地下は、それこそ迷路のようになっている。不用意に踏み込めば、幾らブリタニアと言えど大きな損傷を出すだろう。
 攻略戦は計画されているが――ラウンズが来るまで適当に扱われていたのが実情だ。……敵を全滅させないことのメリットもある。敵がいれば戦争をするにも都合が良い。そういう事を考える人間も居る。下準備には時間を懸けたかった。

 「うん」

 地下の中で色々と企んでいる事は分かる。が、どんな計画を建てているかまでは分かる筈もない。

 「そこで、予想される地下通路の出入口の周りに、カメラや人材による監視を仕掛けてあるのです。そうした一つから連絡が来ました。数日前、外装を偽装した大型トラックが時間を開けて複数台連続で、出発しています」

 「なるほど。怪しい」

 「はい。現在、追跡中です。……その旨を、ランペルージ卿にご報告をと思いまして」

 「ん。伝えとく」

 「……宜しいのですか?」

 「良い」

 「――ではお手数をおかけします。アールストレイム郷」

 きびきびとした動作で頭を下げ、ヴィレッタは報告書を渡して、退室して行った。

 「…………」

 無言で、PCを見る。データは既に保存され、侵入した先からは撤退が終わっている。偽装もしてあるし、踏み込んできた相手にはウイルスを送っておいた。
 一通りの行動が終わった所で、アーニャは携帯を出した。
 数秒のコール音の後に繋がる。

 「もしもし」

 『どうした?』

 電話の向こうからは雑踏と喧騒が届いて来る。どこか外を動いているようだ。

 「報告が二つ。一つは『日本解放戦線』について。帰って来てから」

 『分かった。もう一つは?』

 「実はユーフェミア様が部屋から逃げてて。モニカが追ってる」

 『なに……?』

 モニカから聞いた、大凡の事情を簡単に説明する。
 政庁の一室から窓を抜け、下に降り、屋根を伝い、その繰り返して外に出てしまった、と。
 ユフィらしいな、というのが暫し停止した後にルルーシュが放った言葉だった。

 「ルルーシュ、今、外?」

 『ああ』

 「じゃあ、探してくれると嬉しい。地理感、まだないから難しそうだけど」

 『大丈夫だ。案内人の心配は無い。折よく同行者がい――』

 そこで、ルルーシュの言葉が、再度、固まった。同行者ってなんだ。誰の事だ。まさか美女だったりするのか。そんな事が頭を過ったが、兎に角、止まった向こうが気になった。

 「どうしたの?」

 『……あー。アーニャ。モニカに、乗用車の手配と、捜索の中止。それに背後からの監視に留めるよう頼んでおいてくれ』

 「?」

 『……今、目の前を歩いてる。それも、スザクを伴って』

 今度はアーニャが固まる番だった。

 「え?」






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑮






 どうしてこうなったと、頭を抱える事が――最近、多い気がする。
 自分の目の前で歩く男二人と女性一人を見ながら、カレンは内心で嘆いた。

 「ユフィ。……何処に行くんだ?」

 「ゲットーです。ルルーシュ」

 「……分かった。安全は、極力、確保しよう。……遠目に見るだけだ。それで良いな?」

 「ええ。頼りにしていますわ。スザクもね」

 「全力で務めさせていただきます」

 そして、放っておいてくれれば良いのに。
 女性は、自分に告げたのだ。

 「一緒に行きませんか。シュタットフェルトさん」

 「……はい」

 本当に、どうしてこうなったのかなあ、と。
 ルルーシュ・ランペルージと、他二名を見ながら、カレンは頷いた。




 少々、時は遡る。
 数時間前。このいけ好かない男が、自分の家に来た時まで。




 紅月カレンにとって、シュタットフェルト家は、敵だった。

 確かに父親はシュタットフェルト家の跡取りだ。日本に滞在していた父親は、当時まだ若かった母を見染めて結ばれた。貴族ということで許嫁がいたらしいが、相性が良くなかったのだそうだ。だからこそ余計に恋の炎は燃えあがりの反対を押し切って――――両親は結ばれた。
 だが、それが何だと言うのだ
 どんな経緯があろうと。例え父親が今シュタットフェルトの当主であろうと。
 今、こうしてカレンが置かれている現状では、厄介な事、極まりない。

 「随分と表情が優れませんね。……体調は大丈夫ですか?」

 「……ええ。ご心配くださり、有難うございます」

 カレンは両親が嫌いだ。
 より正確に言うならば、継母は唯の敵で、父親はどうでもよく、母親には嫌悪を思えていた。

 自分を厄介者として見る継母、シュタットフェルトの正妻も。
 本国で貴族として立派に責務を果たすこと“しか”出来ない父親も。
 そんな昔の男に縋って、妾として従うだけの――あの女も。

 こんな家を、出て行きたいと何回思ったか分からない。だが、それは出来なかった。名前はカレンを縛る。この家があるからカレンは衣食住も、金も学校も情報も手に入る。貴族とのコネクションも持っている。相応の権力を利用できる。それは普通のレジスタンス組織には持ちえない道具だった。
 それはメリットでもあり、デメリットでもある。

 「……ふん。随分としおらしいじゃないか。それがこの場所での、お前か?」

 「…………」

 特に、今。そのデメリットを、これ程に痛感した事は無かった。打破できない状況に、暴れたくなる衝動をぐっとこらえる。瞳に力を込めて相手を睨むが、それは不遜な笑顔で受け止められた。
 カレンと目を合わせても、微動だにしない。

 「安心しておけ。目も耳も切ってある。会話を傍受・盗聴したら、私の権限で処罰すると伝えてある。――――気がねなく普段通りで構わないぞ。紅月カレン」

 不遜な笑顔を見せる美男子。男の癖に“美しい”という言葉が似合う男。



 帝国最強の一角。ラウンズの五席に座る『敵』。
 ルルーシュ・ランペルージが、目の前に立っていた。



 冷静に。暴発しそうになる感情を押し留めて、まずは呼吸を整える。

 状況を見えないほど、カレンは馬鹿ではない。今、カレンの命は比喩では無く目の前の男に握られている。命だけでは無い。身柄も、意志も、全てだ。ラウンズと言う立場を前に何かを言えるほど、シュタットフェルトの家は強くない。
 いや……。例えそれだけの力があったとしても、唯々諾々と崇めるだろう。ここエリア11に住んでいる継母と取り巻きと言えば、権力の信奉者とも言うべき連中。この場でラウンズからのお墨付きと相応の見返りが手に入れば、ここでカレンの貞操を売り渡す位はしてのける。そういう奴らだ。

 父親が、この家と相性が悪いと評価したが、その点だけは同意しよう。
 こんな連中と相性が良い奴らは、揃って同じレベルの下衆どもだ。

 「まあ座れ。立ったままでは話も出来ないからな」

 閉じた扉の前。案内され、部屋に入ったまま固まっていたカレンに、ルルーシュは促す。
 先ほどの話が本当ならば、多少素を出しても問題は無いという事だ。その言葉を信じる気は無いが。
 だから、素直に応接椅子に座る事にした。
 高価なテーブルの上には、もてなしとして最高級のティーセットに入った紅茶と菓子が置かれている。

 「…………」

 勿論、その紅茶に手を付ける余裕は無い。
 黙ったまま、相手の言葉を待つ事しか、カレンには出来る手が無いのだ。
 無論、唐突に目の前に姿を、ラウンズとして見せた以上――――直ぐに連行する気はないだろう。しかしカレンは、目の前の男を相手に互角に論争する自信は無かった。ルルーシュという人間は、それこそ帝国有数の知略知謀を誇っているのだから。

 「……色々と警戒しているようだから、予め伝えておこう」

 優雅に脚を組んだ第五席は、ティーカップを置くと少しだけ身を乗り出してくる。
 紫の瞳をカレンにしっかりと合わせ、逃がさない。

 「私は素のお前と会話をしに来たんだ、紅月。……だから目も耳も潰した。分かるか? 普段と応対は逆だろうが、こう言っておくぞ。……これ以上に演技を続けるなら、お前をまずは鹵獲する」

 そもそも、とカレンは続ける。

 「問答無用でひっ捕らえない分だけ感謝をして欲しい物だな。お前達にどんな理由があろうと、テロ活動は重罪だ。シュタットフェルトの家であろうと、ラウンズに地位は関係ない。皇帝の勅命がある以上、柵(しがらみ)を受けないからな。家がどうなろうと知った事ではないのだ、本来は。……それをしない意味くらいは悟れ」

 「!!」

 ぎり、と込められた殺気は、相手には確実に伝わったのだろう。
 反応に面白そうな顔をして、ルルーシュは体制を戻す。完全に相手の掌の上だった。
 そう言われてしまえば、カレンが、素で会話をするしかない事まで見通されている。

 「……分かったわ。貴族としてではなく、紅月カレンとしてアンタと話す。それで良いのね?」

 いいや。大きく息を吐いて内心を静める。まずは落ちつけ。難しくても整えろ。

 「そうだ」

 ルルーシュの目の中には、確かな喜悦さがある。

 「折角だからルールを決めよう。互いに質問と応答を一問で交代する。嘘をつくのは自由だ。どんな荒唐無稽な話でも構わないさ。だが、順番を狂わせてはならない。相手の返答の最中に質問を入れる事も、無しだ」

 「良いわ」

 当然ながら頷くしか出来なかった。






 「……どうやって、私に到達したの?」

 口火を切ったのはカレンだった。口調も戻している。
 ともあれ、今の彼女に出来る事は一つ。なるべく多くの情報を受け取り、相手に渡さない事だ。
 思わず無難な質問をしてしまった事を、一瞬後悔する。そして自覚する。

 (……私は今、こいつに時間を稼ごうと)

 呑まれたのだ。この雰囲気に、この男に、カレンは呑まれた。
 だから安易に適当な事を言ってしまった。臍を噛む。

 「何、記憶を照合させただけだ」

 なんでもない、と言うようにルルーシュは返す。

 「疎開で出会った記憶と、ゲットーで戦った時の記憶。この二つがあれば、お前が表向きでどんな立場なのかを探る事は簡単だったよ。……アッシュフォード学園生徒会副会長の、カレン・シュタットフェルト、とな。そのくらいの事は、お前だって予想出来ていただろう」

 「……ええ」

 その通りだ。兄ナオトは、カレンがばれるならばそのルートだと指摘していた。同時に『いきなり逮捕なんてことはまず無いと思う』と言っていた言葉も、思い出す。その通りだった。
 目の前の男は、カレンと会話をする事を楽しみにしている節がある。

 同時に今の返答で、嫌な考えがカレンの中に過った。
 それもまた、見透かされたのだろう。

 「念の為に言っておこう。――――お前の友人である生徒会の一員が、お前の正体に気付き、あるいは人種を差別し、テロリストの情報を私にリークした、などと言う事は『一切』無い……。そんな事をして、お前と彼らの人間関係を破壊する気は毛頭ない。……私は自力でお前に到達した。彼らの名誉に懸けて誓っておく」

 本当だろうか、と思う。だが、その言葉の中には、それが本当だろうと思わせるだけの力があった。

 カレンの懸念は、半分は正しく、半分は間違いだ。
 ルルーシュは嘘を言ってはいない。だがそれは「アッシュフォード“から”のリークは無かった」と言う部分だけ。実際ルルーシュは、ミレイに頼んでカレンの情報を手に入れていたし、チバ疎開で彼らと出会ってそれとなく色々と聞き出している。
 だが、そうであっても生徒会メンバーがカレンへの悪意を持っていない事は確かな事だ。その関係を破壊するほどルルーシュは冷徹では無かった。少なくともミレイ……彼女は、カレンに何か害があったら悲しむ。

 「では、私からの質問だな」

 ふむ、と一瞬呼吸を置き。

 「紅月。何もかもを決めようとする者がいた時、それに従う事と抗う事、お前はどちらを選ぶ?」

 「それは、ブリタニアの事を言っているの?」

 「質問に質問で返す事は厳禁だと言ったはずだ」

 それきり、彼はカレンの返答を待つ。静かに、答えを寄こせと催促をしてくる。
 カレンの答えは決まっていた。

 「抗うわ。相手が強かろうが、相手が神の如き権力を持ってようが、それは関係ない。不当な支配を受け入れる事は、決して正しくない。私は信じているわ」

 「そうだな。立派な事だ。だが、例えばお前達がブリタニアと戦うとしたら、苦戦出来るかどうかも怪しいぞ。大した成果が上がるとも限らない。……そこで無為に命を散らす事に、価値があるのか。恐らく何も変わらないだろうさ。そんな状況でも、自分勝手に死んでも構わないと――――そう言う事か?」

 冷静にルルーシュは指摘する。
 不当な行動に抗議する事は間違いではない。そこは同意してくる。だが、何も変えられないまま戦って何の意味がある。力が無い者が暴れたとして、その影響は何にもならない。そう彼は言う。
 今のブリタニアを相手に喧嘩をしても、得るのは所詮自己満足でしかない、と。

 「戦う価値を、……お前達が決めるな」

 「そうだな。価値を決めるのは後世の人間だ。そして後世の人間に歴史を繋ぐ事が出来るのは、勝者だ」

 ルルーシュは相手の意見を否定しない。ただ冷静に受け止め、修正するだけだ。
 事実を語るように、カレンの言葉を切り崩す。

 「お前の番だぞ」

 「…………」

 一体、どのくらいの時間、この男と会話が出来るのだろう。カレンは考える。
 密室で二人きりで会話をする。この状態が続く事を、恐らくルルーシュは好まない。長時間の会話は周囲にあらぬ誤解を招くからだ。それこそ2時間も会話を続けてしまったら、中で何をしていたのか疑って下さいと言う様なものだ。カレンもそれは遠慮したい。
 となると一時間……。いや、一時間は長いだろう。短く見積もって30分だろうか。会話を始めてもう10分。残った時間は少ない。この20分で何処まで相手の情報を握る事が出来るか。それが今後を決めると言っても良い。
 ……先の後悔を払うように。

 「……ブリタニアの標的は?」

 カレンの交渉能力では小細工は出来ない。こうなったら、情報漏洩だけ気を付けて、率直に聴く。

 「それは、この国の話か。それとも世界的な話か」

 「“日本”についてよ」

 敢えて、国の名前を強調した。

 「良いだろう」

 ルルーシュは、頷き。

 「私達ラウンズに任されている、エリア11平定という仕事。その足掛かりとなる“今の”障害は3つ……いや、もう2つだな。一つは国内最大の抵抗勢力『日本解放戦線』。もう一つは静岡方面で動いている『大日本蒼天党』だ」

 次の鎮圧相手は、東京疎開周辺の関東グループだと、彼は語る。
 周囲を盤石にしておけば、多少遠くを征伐しても背後を取られる心配は無い。ルルーシュが来訪したばかりの頃は、サイタマを中心に活動している『ヤマト同盟』がいた。だが、これはモニカが華麗に押さえてくれていた。

 「……日本解放戦線」

 「そうだ。――――紅月。お前も抵抗活動をしているならば承知しているだろう。この国が日本という名前を持っていた時、唯一ブリタニアに土をつけた男。『奇跡の藤堂』こと、藤堂鏡志朗が所属している組織だ。数も活動も全てが、現在の抵抗勢力の中では最大になる……」

 それを潰すと、ルルーシュは断定した。
 カレンには分かる。この男の頭の中には、それを確実に実行出来る映像が浮かんでいるのだと。

 「無論、当座の狙いが其処にあると言うだけで、彼らだけが狙いではないと言っておこうか。北陸の『至誠の党』。福島の『白虎分隊』。中部最大の『サムライの血』……。敵は多いな。困ったものだ」

 微かに苦笑する。口ぶりに反して、困っている様子は全く無かった。

 「……それらを、全部倒す気でいる、と取るわよ」

 「ああ、構わない。“実現させる腕”を持つ者がラウンズだ、紅月カレン。――サイタマゲットーでの戦闘は、モニカ・クルシェフスキーが殆ど全てだった。そして、この国には今、私も含めて4人のラウンズが来ている……。その意味が分からないとは思っていない。そして事実、現在のテロ活動は沈静化する方向に向かっている」

 ああ。分かる。分かってしまう。このラウンズと言う存在は、戦闘技能や得意とする分野こそ違っていても、一人で組織一つくらいなら担当して大丈夫だと言っているのだ。それでいて一切の手を抜かない。
 カレンは、やはり押し黙るしか出来ない。敵の強大さを、自覚せざるを得なかった。
 腕だけならば。KMFの腕に限定すれば、カレンはかなり自信を持っている。だが、技術力も装備も資金も――戦争における兵士の質すら、向こうが上なのだ。全てが劣勢。
 まして、カレンでやっと互角に持ち込める、戦略で戦術をひっくり返す事が可能な無双騎士団が存在する。彼らを相手に戦えるとは、悔しいが思えない。それだけの差が確かにあるのだ。

 (……悔しいわね)

 そう。悔しい。対話を重ねるごとに、現実を直視せざるをえない。
 抵抗活動など無意味でしかないと、そう突き付けられて。
 拳を握る。指が掌を突き破ってしまうかと思った。
 それでも退かなかった。それでも屈する訳にはいかなかった。
 ほう、と噛み殺した口から洩れた熱が、ある。

 「では私の質問だ」

 密かに震えるカレンを、意図的に無視して、男は平然と尋ねる。

 「紅月カレン。お前達の勝ちとはなんだ?」

 「……日本を取り戻す事よ」

 「答えになっていないな。――――お前が言う“取り戻す”とはどういう意味なのか……、それでは私は理解が出来ない。名前をエリア11から日本に直して、社会制度はそのままで良いならば、今からでも皇帝陛下に掛け合ってやるぞ」

 「っ……屁理屈が得意なのね」

 嫌な質問をしてくる。反射的に出る拳を抑えるだけで必死だった。
 だが事実だ。この今の状況で、明確なビジョンと、終わった後の事を考えて動いている日本人がどれ程居るのだろう。兄の直人がこの場に居れば、『国家としての主権を取り戻して、ブリタニアの影響は強くとも日本人による暫定政権を発足させ、なお且つ再びのブリタニアの侵攻を止める事が出来れば良い』と即座に言葉が出てくるのだろうか。
 要するに――――感情論なのだ。大半は。許せない。憎い。殺したい。追い出したい。この土地は日本の物だ。そうした感情が人々を走らせる。その感情は、言いかえればナショナリズム。
 それが悪だとは言っていない。しかし、甘過ぎると指摘する。

 「私は抵抗活動を馬鹿にする気は無い。自国が支配されたと言えば、行うのは当然のことだろう。その『愛国心』を下らないと蔑む気は無い。全くない。……だが、それにしては粗末で幼稚にすぎる。分かるか? 所詮、お前達の抵抗活動など“その程度”としてしか、受け取られない」

 「……そこまで、言うの」

 「事実を言っているだけだ。ああ、いや。一つ私が評価している事件があったな」

 訂正しよう、とルルーシュは、カレンに真剣な目を向ける。

 「『新宿事変』での足場崩し。あの地下の大規模崩落作戦は、見事だった。ラウンズとして私が“討取る価値がある”と思った戦術だった。そうだな。仮に私がこのエリアに精通して、お前達の側にいたら、きっと無能な総督あたりに実行していたかもしれない」

 紅月、と彼は呼びかけ。

 「私が君に再会したのは、あの戦場だった。だから問おう。あの作戦を立案した人物を、知っているのではないか?」

 「…………」

 勿論、知っている。実の兄だ。作戦を聞いた時には耳を疑った。実行してのけた兄の手腕を本気で尊敬する。同時に、ラウンズですら一目置く存在であると示され、不謹慎だが僅かに鼓動が高鳴った。
 恐れるのではなく、流されるのでもない。僅かながらも食い下がった実感が湧く。
 だからカレンは顔をあげて言った。

 「教えてあげない」

 虚を突かれたルルーシュが、一瞬だけ呆けたように口を開け。

 「……そうか」

 ならば良い、と不敵に笑って。今度は否定も訂正も飛んでこなかった。
 静かにテーブルからチィーカップを取り、口に含んだルルーシュは、そのまま時間を確認する。

 「そろそろ、この会談も終わりの時間だ。……最後に、紅月。お前の番だ」

 時計の針は、既に三十分の経過を表していた。
 何を質問するべきか。
 少しだけ考えて、率直な疑問を口にした。

 「アンタに聞くわ」

 「ああ」



 「貴方は何のために、戦うの?」



 「………………」

 アンタではなく、貴方と。
 その質問は。
 この会談が始まって、初めてルルーシュを黙らせる質問だった。

 「答えて。ラウンズとしての戦う理由と、ルルーシュ・ランペルージが戦う理由を」

 会話を交わして分かった。
 この男は、どこか遠くを見ている。その景色に何が映っているのかは知らない。知る必要はない。知った所で敵対関係は変わらない。しかし、単純に憎しみで戦う以外の事は導けそうだった。
 斜に構えて余裕を保っているが、それは姿勢。それがカレンには見える。

 「……公人、ラウンズという立場として言うならば。戦う理由は、簡単だ。皇帝陛下に命令を受けているからだ。王に従うのが騎士の立場だ」

 「私人としては?」

 「必要だからだ。この立場が、な」

 「……立場?」

 ルルーシュの目に、ほんの微かな感情を見る。哀しいでもなく、苦しいでもない――――儚い色だ。
 その目の色が余りにも以外で、カレンはそれまでに抱いていた憤懣を、一瞬、忘れていた。

 「私には目的がある。目的があり、願いがあり、為さねばならぬ事がある。その為には、例え手を汚してでも行動をする。……紅月カレン、私は好き好んで戦争をしているわけではないし、好んで虐殺をしているわけではない。だが、今更引けはしない。その為に散々の人間を殺して来たのだからな」

 「……今ここで、例えば私に殺される覚悟はある訳?」

 その一言で。
 今までに抑えていた心の中の泥が、一斉に噴き出した。
 紅月カレンという人間が持つ強大な意思が、押し寄せた。
 扉の前で待機していたメイドが、背筋に寒い物を感じたのは間違いではない。

 「ある。殺されてはやらないがな」

 ルルーシュは、それを無表情で受け止める。

 「それは、私にとっては必要な犠牲だった。――仕事という名目もあるが、何よりも“私の願い“の為に、必要な「手段」だ。だから、こうしてラウンズに居る」

 「……そう」

 そう言ったルルーシュは立ちあがる。言葉をカレンが反芻する暇もない。勿論、噛み砕いて吸収した所で、ルルーシュを相手に和解する事は絶対にないのだが。
 しかし、カレンの予想は正しかったらしい。

 「此処での会談は終わりだ。紅月。……そろそろ猫を被っても良いぞ」

 「では、お言葉に甘えさせて頂きます」

 紅月カレンから、カレン・シュタットフェルトに。好きでも無い仮面だ。だが継母の受けは良いだろう。あの女め。きっと今頃は、私がやっと役に立ったとか内心で思っているに違いない。
 ……いや。ちょっと待て。

 「ランペルージ卿。……今『此処では』と言われませんでしたか?」

 「ああ。気付くか、やはりな」

 まさか、とカレンが追求する暇もない。
 優雅な足取りで迎賓室の扉を開け、外で待機していた執事とメイド達に微笑む。
 その顔には、先ほどの不遜さは見えない。カレンとの対談を楽しむ姿も無い。あるのは、自分以上に完璧な猫を被って振る舞う「ラウンズの男」という存在だけ。さぞかし被り物は重いだろう。
 文句を口に出す訳にもいかず、静かにルルーシュの後に付くしかない。

 「卿。会談は御済みに」

 「いいや」

 収穫があれば儲け物だ、と。
 慌てて駆けつける継母は、利権に群がるハイエナの目をしていた気がする。

 「思いのほか盛り上がってしまってね。――室内だけで話すのも興がない。折角だから、お嬢様を少々お借りして外出をしたいと思うが、宜しいかな?」

 「ね、願っても無い事でございます……!」

 平服する継母は、多分ルルーシュ自身も興味がなかったのだろう。
 慇懃な社交辞令を述べて、歩きだす。その際に、振り向いて。

 「カレンさん。東京疎開を案内しては頂けませんか? その間に、先の話の続きをしましょう」

 その目が、付き合えと言っていた。

 ――――ええい!
 ――――毒を食らわば皿まで、よ!

 カレンの中の矜持が引く事を許さなかった。兄に相談する内容が、今日だけで昨日までの倍以上に増えた事を実感しながら、カレンは前に踏み出した。




 後に彼女は、兄達に疲れた表情で語る事になった。
 『素直に引いて、断っておけばよかった』と。




     ●




 そんな感じで、外に出たのだ。疎開を案内しろと言っていたが、要するに私と気兼ねなく話せる場を欲しがっていたのだろう。その時は、そう予測していたが――――それ以上に面倒なことになった、とカレンが悟ったのは、ルルーシュ・ランペルージが友人だという二人と偶然に合流した時だった。

 外に出て疎開を案内しつつ、色々な無駄話(日本の文化だとか、アッシュフォードでの学校生活だとか、ブリタニアの貴族だとか、国策だとか、そういう事に関して、だ)をしていると、このいけすかない男の携帯電話が鳴った。

 会話の相手はアーニャ・アールストレイム。
 カレンが一度、トウキョウ疎開の喫茶店で遭遇した少女からだった。
 流石に内容までは聞こえなかったが。――――その時内心で「用事が出来たならさっさと帰れ」と思っていたのは言うまでも無い。

 そしてルルーシュは、通話をしている最中に唐突に止まったのだ。
 その後、一言二言通話をして、電話を切ったかと思うと。

 「すまん。ちょっと、知人を見つけた」

 疲れたような、困ったような、そんな顔で、目の前を歩いていた男女に声を懸けた。
 東京疎開。ブリタニア人もいれば、名誉ブリタニア人も居る。貴族風の女子が、日本人らしい男子を引き連れている様子は、珍しいが、ある。使用人や取り巻きとしてあり得る光景だ。だから「珍しい」と思いながらも注目はしていなかった。
 だから身を隠す事は愚か、反応も出来なかった。



 「スザク。――お前、何をしている」



 その瞬間。
 カレンは、「ああ、今度こそ駄目かもしれない」と、一瞬だけ諦めにも似た感覚をえた。
 ルルーシュが声を懸けた相手は、癖っ毛を持つ茶髪の、体格のいい男子だ。
 カレンには見覚えがあった。先日の新宿ゲットーで、殺されかけていた男子。カレンが乱入したからこそ助かった男。そして、ルルーシュの知人でもある存在。
 名前を確か――枢木スザク、という男だった。

 「ル、ランペルージ卿。ええと、これは」

 「今はオフだ。ルルーシュで良い」

 「……分かった。いや、休日だからで歩いていたら、『彼女』を案内することになって」

 「そうか。大変だな」

 放置されているカレンを一切、捉えようともせず、ルルーシュはスザクと会話をする。

 「そういう君は?」

 「何、アッシュフォードに通うお嬢様と、ちょっとした御付き合いだ」

 「君も大変だね……」

 変な所で意気投合する二人だった。
 巧妙にカレンの立場を隠して紹介された。間違ってはいない。と言う事は、自分はまだ見逃されているのか。頭の中で、現状を計算するカレンの前で、会話は続く。
 そのスザクは、私を一瞬だけ見て、ルルーシュに同情的な視線を送っていた。こっち見んな。
 頭の中の苛々を押さえて、にっこり微笑んで一歩下がっておく。礼儀正しい淑女を装っておけば、日中の疎開だ。余計も手荒な事もされまい。

 「ところでスザク。――――どうして『彼女』と一緒に?」

 「僕が歩いてたら、空から降って来たんだ。咄嗟に受け止めたら、案内を頼まれちゃって」

 「そうか……」

 「……やっぱり不味いかな。『彼女』貴族のご令嬢だよね?」

 「まあ、そんなような物だ。安心しろ。擁護はしてやる」

 言葉を濁したルルーシュは、罪に問われないようには手を回しておくよ、と約束していた。
 御免、有難う、と答えるスザク。
 仲が良い。……敵だと言うのに、ちょっとだけ眩しく羨ましい景色だった。

 「まあ、スザクとルルーシュはお知り合いだったのですね」

 二人が、何やら会話をしていると、そこに割込む姿があった。

 スザクに同行していた女性だ。桃色の髪を結わえた美少女。師服を着ているとはいえ、その可憐さは隠せるものではない。スタイルも良いし、優しそうな顔立ちをしている。明らかに庶民では無い。
 ルルーシュとの会話が始まった事を知ると、スザクは会話を止めて場所を譲っていた。
 女性は、此方に気を遣ってか、口調を柔らかくして話す。

 「お久しぶりです。ルルーシュ。……今の私は、とある帝国のユフィです。そのつもりでお願いします」

 「……分かった。ユフィ。……色々と言いたい事はあるが、それは帰ってからにしよう。天下の往来でする話でもない。――――どうして此処に?」

 「スザクにお願いして、案内をして貰っていました。お部屋から抜けるのは簡単でしたわ」

 「……モニカとミス・ローマイヤには、しっかりと謝っておくように。気を焼いているぞ。きっと」

 「分かっています……ルルーシュ、貴方はこれから、何処に行く予定ですか?」

 「そうですね。……彼女」

 と、ルルーシュは此方を見る。
 紫の瞳に捉えられ、顔を引き攣らせないようにするだけで精一杯だった。なんか今、凄く嫌な人間名を聞いた。気のせいでは無いだろう。考えるな考えるなと言い聞かせる。
 鬱憤が溜まりに溜まって、溢れだしそうだった。
 普段からアッシュフォードで仮面を被っていなかったら、間違いなく、どこかが破裂していただろう。

 「シュタットフェルトさんに、色々と案内をさせて貰っていました。丁度、区切りも付いていましたし――――この次の、特に予定はありません」

 「そうですか」

 なら、と桃色の髪の少女は言う。

 「ゲットーを、見に行きたいのです」




 ――――かくして、今に繋がる。




 今日だけで躁鬱が激しかった気がするのは、きっと気のせいではない。
 だが、今はそれは思考の外だ。

 目の前に、ゲットーがある。

 つい先日、カレンがスザクを救い、ルルーシュに相対して敗北し、兄の作戦で打撃を与えた場所だ。
 夕暮れに照らされるゲットーに、生活の灯りは見えない。崩れかけた旧東京都庁舎が悲壮感を煽っている。目の前に広がる誰もいない公園には、錆びて古びた遊具と、荒れた砂場があった。
 災害の後のような無残な景色。戦争の傷跡が、そこにはあった。

 案内人をスザクに任せて(勿論、カレンも大体の場所と位置関係は把握していたが、ユフィさんが見ている以上、そんな行動出来る筈もない)、カレン達はゲットー近くにまでやって来ている。近くに、新宿ゲットーでの被害者を弔った慰霊碑が見えていた。

 シンジュクゲットー第4地区。ブリタニア帝国のKMF演習場が程近い場所。
 ここが、貴族のご令嬢、ユフィを伴って来る事が出来る限界地だ。

 「……此処が、シンジュクゲットーですか」

 「そうだ」

 ユフィさんの言葉に肯定が帰る。

 「…………改めてみると。言葉が出てこないね」

 「ああ」

 スザクの言葉には、同意が帰った。

 「…………」

 カレンは、何も言えない。

 この景色の前では、自分が抱えていた悩みや怒りは、何処かに消えてしまう。いや、心の中に有るにはあるが、それ以上に心が痛い。抑え込まれてしまっている。これで、隣に居る3人が、神妙でなかったらまた違ったのだろうが……。

 何を言えば良いのか――――景色に対してか、それとも、この今の自分についてか。

 余りにも状況は異常だった。
 全く異なる立場の男女が四人、揃って廃墟群を見下ろしている。

 自分の隣には、自分が倒すべきラウンズの男が居る。自分を鹵獲出来る男だ。自分よりも強く、自分を説き伏せる実力を持った男。

 その隣には、自分が助けた名誉ブリタニア人の男が居る。自分が助け、しかしラウンズと近しい存在。友情に人種は関係ないと示すような男。

 その隣には――ユフィと名乗った、ブリタニアの支配者が居る。確証は無い。だが、カレンの中には予感があった。この女性は多分……。

 「正直。来るべきではないと、思っていました」

 「……そうなのか」

 「そうですルルーシュ。――――私達は、所詮、勝者であり支配者です。そんな私達が、ただの同情でこの場所を訪れて良いのか。ただ知る為、という理由で踏み込んで良いのか。そう言う事を考えていると……。この場所に来るべきではないのかもしれない、と。実は、そう考えていました」

 「でも来たんだな」

 はい、と頷いてユフィは理由を告げる。
 振り向き、枢木スザクに向けて微笑む。

 「スザクが、居ましたから」

 「! 自分ですか?」

 「はい。不安だった私は、少し賭けをしていたんです。自分が下りた時、最初に出会った人の印象で決めてみよう、と。それがブリタニア人なのか。この国縁の人なのか。その人が、この地に住んでいる人々を、どう想っているのか、という事を見て判断しようと」

 にっこり微笑んだユフィの顔に、恐縮です、とスザクが頭を下げる。

 「……なるほど。それで、どうだった? ユフィ」

 「見なければわからない事が、確かにありました。今、言えるのはそれだけですわ」

 「そうか……」

 風が冷たくなってきていた。そろそろ太陽も沈む。此処が、去り際だろうか。
 冷えた頭でカレンが考えた時だ。

 「……?」

 「ふむ」

 公園に姿を見せた一団が居た。

 ――――……よくないわね。

 野生の勘だ。カレンの中の警鐘が鳴った。
 先ほどまでの、痛々しさが、不穏さに代わっている。

 「……ブリタニアの貴族様だぜ」

 最初に届いた声は、男の声だ。周囲の誰から言われたのだろう。
 陰影が濃くなりつつあるゲットーで、見れば影が動いている。

 「こんな時間にか」「こんな場所で不用心だよな。はっ」「安全ですってか」「流石、貴族様は違う」

 ぞろぞろ、わらわらと姿を見せる集団。何れも、身形が粗末だ。全体的に薄汚れた、という雰囲気が似合う男たち。その目付きには危うい光があった。この近辺はゲットーの住人が住んでいる。そして彼らは当たり前だが――ブリタニアを憎んでいる。
 日中は良い。だが、夜にゲットーに足を踏み入れるブリタニア人はそうは居ない。そして今は夕方だ。
 此方は4人。勿論、ただの4人では無い。しかし、相手達にしてみれば、普通の貴族の若者4人だ。

 「しかも名誉も居るぜ……」「尻尾を振った売国奴が」

 無言で、スザクが一歩前に出る。ルルーシュも懐に手を伸ばしていた。

 「ユフィ」

 「構いません。ルルーシュ」

 カレンとて、抵抗をする力は持っている。今は発揮できないだけで。
 そんな中、下がるように言ったルルーシュを、ユフィが制止する。

 「……しかしだな」

 「大丈夫です」

 任せて、と暗に告げて、彼女は男たちに向き直る。一歩だけ前に進み出た。物怖じをしていない。

 「見ての通り。……私は今、このゲットーを見ている最中です。見下すのではなく、受け入れようとして。ブリタニアが行なった結果と、今も続く戦いの結果とを。決して、驕っているつもりはありません」

 「ああん?」

 「貴方達の気持ちを理解できるとは言いません。ですが、此処には慰霊碑があります。――死者が見ている前で行う所業ではないでしょう。もう直ぐに、私達は帰りますわ。どうか、邪魔をなさらないで」

 その言葉は、普通の貴族の言葉とは違っていた。権力を傘にきた言葉では無い。
 彼女本人の素養もあるのだろうが、相手の興を削ぐ、そんな口調だった。

 「ああん?」「聞こえねぇな」

 だが、それでも彼らはへらへらと笑ったままだ。
 カレンははっきりと違和感を得た。癪だが、ブリタニア人に逆らうと、どうなるかは良く知っている。護衛がいる貴族に、正面切って言われて、引かない、怯まない奴は居ない。怯んだ後にそれを数で誤魔化すか、嫌悪に転嫁するかは別として。
 よく見れば目つきが危うい。

 「……ルルーシュ。――様子がおかしい」「……リフレイン。まだ初期症状だ」

 小声での会話を耳にする。リフレイン。そういえば麻薬が出回っているという噂を聞いた。
 酩酊状態にある男に、ユフィの声は届いていない。

 いや――いな“かった”。

 彼らの様子を見たユフィは。
 息を吸い込んで。

 「引いてください、そう言っているのです」

 ほんの少し、彼女の口調が変わった。口調の中の要素が変わった。
 穏やかな中に、凛とした芯が通る。
 その芯は、前後不覚にある男たちでも把握できる、はっきりとした気迫になった。

 「聞きなさい」

 声は大きくない。だが、届く。
 その目は、支配者の圧力を持っていた。

 ――――ああ、やっぱりさっきの予想は正解だった。

 カレンはもう、確信していた。ユフィが口を開く。そこから流れる言葉は、一言一句予想通りだ。




 「神聖ブリタニア帝国第三皇女――ユーフェミア・リ・ブリタニアが命じます。―――― “下がりなさい”」




 その言葉は、その辺のチンピラが抗う事は不可能だった。
 例えばだ。憎い憎いと言っていても、直接に皇帝シャルルと正面から対峙をして、銃を向ける事が出来る人間がどれ程居るだろう。カレンは、出来るかと言われて、出来るとも出来ないとも言えない。だが、その辺に居る庶民に出来ない事は明白だ。

 例え相手が銃を持っていようが、自分が女子であろうが、それでも「相手には負けない」「相手より自分は上に居る」事が分かっているからこその、この言動。決して隣にラウンズが居るからではない。

 “そんな物に頼らなくても自分の方が強い”――――その気迫が、あった。

 20歳にも届いていない、温和そうなお姫さま。だが、考えても見れば。あの魑魅魍魎が渦巻くブリタニアの王宮の中で、大人を目前にしても穏やかに微笑んでいるのだ。コーネリア・リ・ブリタニアという権威が彼女の上に有ったとしても、王宮の毒は何処にでも渦を巻く。その中で生きている。

 ――――ホント、どうしてこうなったのかしらね。

 目の前に皇族がいる。ラウンズも居る。何時だったかの喫茶店と同じ、自爆するにはこれ以上ない標的だ。けれど、やっぱりカレンは動く気が湧かなかった。
 あんな目でゲットーを見る皇族がいると知って、それでも我を通せるほど、カレンは強くない。

 何度目になるのか。
 男達が、気まずそうな顔で立ち去った後。
 心の中にあった憤りは、大きな溜息で覆われて消えた。




     ●




 「どうされますか? ユーフェミア皇女殿下」

 「……帰ります。政庁に」

 「イエス、ユアハイネス……。……近くに、モニカが車を手配している。それに乗って戻ると良い。俺はスザクとカレンさんを送って行く。また会おう。ユフィ」
 「はい。――スザク。今日は有難うございました。貴方に感謝を」

 「! ――――こちらこそ。度重なるご無礼を失礼致しました!」

 そんな会話をして、皇女殿下は帰って行った。迎えに来たのは、これまた喫茶店で遭遇したモニカ・クルシェフスキー。黒塗りの高級車に護衛を引き連れ、優雅に一礼を残して行った

 残るのは3人だ。自分と、ラウンズと、その友人と。
 既に日が落ちたゲットーは、微かな光が覗くだけ。自分の背後には、煌びやかな疎開がある。
 言ってしまえば、この場所は境界線だ。

 ルルーシュと言う男が、自分を捕獲しない事は既に予想できていた。

 「紅月。―― 一つだけ尋ねよう」

 境界線の光の側に立ち、自分を見ながら、彼は言う。

 「こっちに来る気はあるか?」

 「いいえ」

 闇の側に立ちながら、カレンは返した。

 今日一日。確かに頭を抱える事もあった。苛立つ事もあった。この男が何か考えてる事も分かった。皇族の中にも普通の感性を持った奴がいる事も分かった。自分が見逃されている事もだ。だが、そこまで重ねても尚、カレンの心は――此方側だ。
 カレンは親が嫌いだが、残った肉親の直人はそうではない。
 自分達の活動論理が、論破されかねない不安定な物であっても、辞める理由にはならない。

 何より――――

 「私は日本人よ。その名前を捨てるならば、戦って死ぬわ」

 「だろうな」

 その答えは、既に予想していたに違いなかった。不敵な笑みで返される。その口が、それで良い、と動いたのは見間違いではないだろう。今日一日、この男への感情の動きは、大凡察知されていた筈だ。
 それでも尚、会話を続けてきたという事は、私の反応を見て楽しんでいたに違いない。悪趣味な。
 意外な事に、早朝ほどの怒りは無い。会話の最中で感じていた憤懣は一時の感情にすぎない。結局、自分の中で意思が固まってしまえば――「だからどうした」と言える。そんな状態だった。それはつまり。

 「紅月。――――次は、容赦はしない」

 「ええ。私も」

 相手がラウンズでも、普通にそう言う事が出来た。
 憎悪ではない。相手が敵だと理解して、その上で相手自身を視ての、返事だった。互いの口元に、微かな笑みが浮かんでいたのは、きっと高揚感があったからだろう。相見える時を想っての、高揚感。

 「スザク。お前は何か言っておくか?」

 「……僕が割って入って良いのかは知らないけど、テロリストは捕獲するのが、僕の仕事だよ。出来れば戦いたくは、ないけどね。……それと――――新宿ゲットーで助けてくれて有難う。感謝している。――――それだけ」

 枢木スザクは頭を下げた。律儀な男だ。今日だけで一体、何回、他人に頭を下げたと言うのか。
 こんな男だから、ルルーシュも友人として接しているのだろう。

 「ではな。気をつけて帰る事だ。……タクシーは手配した。それに乗って行け」

 「素直に受け取っておくわ」

 カレンは、自分から身を翻した。一歩、闇の側に足を踏み入れて、その後で向き直る。
 その時にはもう、貴族の仮面を被りなおしていた。
 別れの挨拶をする。

 「それでは、御機嫌よう。ランペルージ卿。枢木スザクさん」

 「今日は有意義な時間を過ごせた。――――カレンさん。貴方が何時か、私達の近くに来てくれる事を、楽しみにしています」

 「……お元気で」

 その会話が。
 紅月カレンの長い一日を終わる最後の挨拶だった。






 数日後。
 河口湖コンペンションセンターホテル会場が、占拠される。
 実行犯は『日本解放戦線』。
 人質の中には、ユーフェミア・リ・ブリタニアが居た。










 登場人物紹介 20

 ユーフェミア・リ・ブリタニア

 神聖ブリタニア帝国第三皇女。第二皇女コーネリアの妹。
 皇族の中では温和で、平和主義として知られている。ブリタニアの所業には心を痛めている。その痛みが、しっかりと行動の指針になっている所は、大きな違い。原作では「優しいだけ」であったが、実は「とある大きな理由」によって、その性質が消えている。
 優しい事は優しいのだが、ナイトメア・オブ・ナナリー世界のユーフェミアに近い。性格も甘く、お目付役のミス・ローマイヤに口出しをされる事もあるが、いざという時の決断力と行動力は大胆だ。
 ルルーシュとは旧知の仲。スザクとは……良い関係に発展するかもしれない。




 用語解説 20

 シュタットフェルト家

 カレンの属する家門。
 エリア11でのサクラダイト産業に関わっており、かなり財力がある家柄。階級的には伯爵。
 現在の当主はカレンの父。それなりにまともな人間で、妻も、子供であるカレンや直人の事もしっかりと愛している。しかし、真面目な分、気苦労も多く、特に本国の一族からの突き上げに難儀している。カレンの母と別れさせられ、許嫁として強制的に貴族の女性と結婚をさせられたのが良い証拠。
 その女性(要するに今のカレンの継母)との相性は悪い。その為か、家に不在である事が多く――手綱を握れていない。その為、直人が家を出奔している事も、妾という名の使用人扱いな妻が危うい状態であることも把握できていない。カレンとの関係は拗れる一方だ。
 ……そう考えると、父親として責務を果たしているとは言い難い、残念な人物だ。








 お久しぶりです。
 リアルが忙しくってやっと更新出来ました。
 カレンとのお話。シリアス。そして同時に、チャージ完了です。伏線捲きも終了。
 次回、――「燃える!河口湖!」。間違いなくガチのアクション回になるでしょう。ラウンズ達の怪物的な強さとか、動くKMFとかを期待していてください。敵も一筋縄ではいきませんよ。
 ではまた次回!
 (2012年8月18日更新)



[19301] 第一章『エリア11』編 その⑯(NEW!!)
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538
Date: 2012/10/28 22:35


 皇歴2017年6月2日・午前6時。

 コンベンションホールホテル内部に複数台の車両が進入。
 警備兵の確認の元、彼らがサクラダイト生産国会議の準備車両である事が報告される。車両を通した警備員の元に、不正な金の流れが有った事が発覚するのは、全てが終結した数日後の事であった。



 午前11時30分。

 『サクラダイト生産国会議』主要参加者約50人が、川口湖畔のコンベンションホールホテルに到着する。参加者は世界経済においては有名な者が多数。
 E.U.の最高機関『40人委員会』所属、ジェームズ議長。
 神聖ブリタニア帝国所属・帝国宰相直下外交官・第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニア。
 その他――中華連邦とインド軍区からの代表、ブリタニア政庁内務省下NAC等。
 錚々たる顔ぶれが揃っていた。



 午後13時30分。

 ホテル18階にて会議が始まる。ジェームズ議長の下、権謀術数が渦巻く主張・交渉・取引が行われる。
 会議室への出入りは禁止だったが、同ホテルに滞在する事でテレビによる傍聴は可能になっていた。傍聴者はおよそ100人。アッシュフォード財閥ミレイ・アッシュフォードを始め、幾人もの将来を担う人材が、このホテルに滞在して会議の行く末を見守っていた。
 E.U.から会議を傍聴しにやってきた者まで居たという事実が判明するのは、後日の事。



 午前14時45分。

 会議の前半が終了する。ブリタニアの優勢は変わる事がない。強硬な意見を提示するローマイヤと、少し妥協をして皆を抑えるユーフェミア。二人の組み合わせは意外なほどに相性が良かった。
 相手も百戦錬磨の外交官であり、その上を行く条件を提示していた為、難航していたが。
 休憩室に戻った各代表は、己の立場を考えながら、護衛達に相談をした。ユーフェミア・リ・ブリタニアの護衛は、モニカ・クルシェフスキーと、アーニャ・アールストレイム。鉄壁の布陣だった。



 午後15時30分。

 会議の後半が開始。会議は踊る。議論は進んで行く。



 午前15時35分。

 緊急連絡。従業員入口前で車両事故が発生。人為的な事故と推測される。
 車両数両による火災が発生し、運転手は死亡。直ちにブリタニア軍が出動し、対策に当たる。



 午前15時40分。

 地下搬入口奥通路にて爆発。車両事故の対応に当たっていた近辺のブリタニア軍に被害。即座に会議参加者及び傍聴者に避難命令が出されるが、状況はそれをも上回った。
 ほぼ同じタイミングにて、コンペンションホールホテルより多数の銃声が確認される。警備員、ホテルの従業員、合わせて20人程が死傷。



 午前15時50分。

 屋上にて停泊中だったヘリコプターが爆破。通信障害が発生。内部からの通信は途絶し、これ以降、電子機器による接触が困難になる。公式回線では、ホテル従業員からの通報が最後。
 非公式では――最後に届いたモニカ及びアーニャからの連絡は以下の通りだった。

 『敵数多し。50以上。日本解放戦線と思われる。後は頼みます』
 『全員武装済み。人質多数。――ユフィ様は任せて』



 午前16時00。

 『日本解放戦線』所属・草壁如水中佐が、犯行声明を布告。
 以下、この事件は『河口湖ホテルジャック事件』と呼称されることになる。





 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑯





 湖の上。夜空を飛ぶ機体が有る。光源がない湖上の空を、頭上に星明りだけを携え、空を行く。
 エイの様なボディフレームに、数砲の火器兵器を持つ小型の機体。ブリタニア軍のKMF運用に使用される輸送機VTOLだ。通常機体と違う所と言えば、機体が黒くペイントされた夜間飛行用になっているだけ。内部の幽かな灯りすらも漏らさない、隠密飛行様にカスタマイズされた機体だった。
 それは眼下の喧騒をどこ吹く風と言うように、徐々に高度を上げてゆく。一か所に静止したままの上下移動ではない。地上に置かれた喧騒の「原因」。コンベンションホールホテルを中心として、虚空でぐるぐると円を描くように徐々に高度を上げていくのだ。

 「間もなく、高度450mに到達します。卿」

 「結構。仕事を終えたら直ぐ様に帰還。以後はゴッドバルド伯の指示に従え」

 運転席からの通信が入る。運転席の男は純血派の一員だ。ジェレミアから貸与された兵員とVTOL。下手に周辺に飛行させていて撃墜でもされたら困る。イエスマイロード、と返ってきた。

 「――よし、時間だ」

 懐中電灯より小さな、ゆらゆらと揺らぐ電灯の下。魔女は立ちあがって一呼吸、二呼吸。空気を深く吸い込んだ。冷えた空気が肺に流れ込み、意識が鮮明になった。

 全身の筋肉を伸ばし、準備を終わらせる。心臓の鼓動は早い。気付けばすっかり興奮していた。こんな方法をとるのは何時以来だろうか? どくりと震える鼓動に、魔女はふと頬が緩んでいる事を自覚した。

 昔から無茶は、やってきた。かつては隣に現役時代のマリアンヌがいて、今はラウンズの同僚がいる。魔女が不死身で再生能力を持っていると知って以降、皆皆、彼女にしか出来ない無謀な指令を散々に送りつけてきた。送り付けるだけのみ成らず、時には一緒に作戦に参加したことまである。

 ――――全く、どいつもこいつも揃って、私に無茶を言う。

 だが、その無茶を楽しんでいる自分がいた。無茶を言われる事が、厄介を押しつけられる事が、自分が過去に求めていたモノになっている。だから魔女は、この国の、この地位に居る。
 少し前、ルルーシュに言われた言葉を思い返す。

 「確認する」

 今から、魔女がやる事は単純明快。
 夜間無灯火による高速落下。此処は高度450m付近。進む輸送機の中。

 「――――狙いはホテル屋上。このまま、あの場所に落下」

 階下に微かに見える高層ビル。階下からの光源があるから、影として浮かび上がっている。この距離からは指先ほどの大きさでしかない。その屋上への着地。二度目になるが――魔女自身の灯りは無い。
 普通の軍人でも無茶苦茶だと愕然とする作戦を、しかし魔女は全く緊張していなかった。いや、緊張はしている。しているのだが、それが身体を縛るものではない。高揚感に包まれた感覚。神経が高ぶり、魔女の金眼は深みを増している。これは、魔女だから出来る仕事だ。
 腕。脚。背中。全ての武装を確認した上で、彼女は指示を出した。

 「ルクレティア。ハッチを開けろ」

 「はい」

 自分に付いてきた少女に指示を出す。彼女の同行も此処までだ。聞いてくれた事に、感謝しよう。
 壁にしっかりと身体を固定したルクレティアが、壁面の扉に手を懸けた。彼女の眼には鳥の紋章が浮かんでいる。ギアス《ザ・ランド》――これでホテルまでの距離を計算しているのだ。

 重いスライド音と共に、分厚いハッチが開く。
 途端に暴風が入りこむ。冷たい空気が顔に吹き付け、魔女の髪を激しくはためかせる。だが、不遜な笑みのまま、魔女は静かに前に足を踏み出した。風は身体の全面を押す。その風を裂きながら、機体の壁を掴んだ。開かれたハッチの先、平時ならばKMFが牽引されているスペースには、ただ空間だけがある。

 「あと10秒で飛び下りれば、ホテル屋上に着地できます。――お気をつけて!」

 「誰に物を言っているんだ、お前も心配症だな。……いってらっしゃい、お義母さん、でも良いんだぞ?」

 「そういう冗談は終わってからでお願いします!」

 大声だったのは、暴風に声が掻き消される事を恐れたからでは、ないだろう。

 「――――カウント、4、3」

 照れているのだろう。頬を若干だけ紅潮させた養女に、肩をすくめて。

 ――――さて、行こうか。

 2、1と、と数字をシンクロさせて。



 次の瞬間、魔女は夜空に飛び出していた。



 浮遊感は一瞬だけだった。重力の上では、刹那に魔女の全身を掴み、地上へと引き寄せる。頭上を覆っていた影。VTOLは見る間に小さくなっていく。上下左右全てに風しかない、完璧な自由落下。

 ――――8、7。

 数字を冷静に数えていた。
 高度450m。着陸地点のホテル屋上は大凡の高さは130m。二点間の距離は約230m。魔女の体重は装備を含めて60キロ。空気抵抗を約2として考えれば、自由落下時間は、約10秒だ。体感速度は180キロを軽く超えるが、魔女はそんな事を全く気にしなかった。
 速度を気にしていて、あの『エレイン』に搭乗できる筈もない。そもそも空挺部隊なら基本だ。この程度は。だから魔女は静かに、ただ平然と数を数えていた。

 ――――6。

 静かに、冷静に。銃を取り出す。こういう道具を、魔女は好きでは無かった。なら何が好きかと言われても困るのだが。嘗て自分の身を切り裂いた中世拷問道具の次に、魔女は銃が嫌いだ。
 だが、有用性は認めていた。そこで使用しない程、強情でも無かった。先端にサイレンサーを付けた銃を取り出し、静かに体勢を整える。

 ――――5。

 ブリタニアのラウンズ。第二席の魔女C.C.。偽名セラ・コーツ。不老不死と言われる彼女は、無茶をしょっちゅうする。だから今回もそうだった。魔女の無茶は、その辺りの常識では測れない。
 仮に、この場に兵士がいれば常識外れを超えて、唯の狂人だと指摘しただろう。正しい。魔女が行う無茶とは、つまりそう言うレベルだ。空軍では最低一年に一回は行われている降下訓練。空挺部隊なぞ歯牙にもかけない、その行為。つまり――

 ――――4。

 身を小さく、細く。空気抵抗を減らす。鋭く落下する身体は、風を切り裂き一直線に落下していく。横殴りの東風が、体勢を崩そうと魔女の身体を弄ぶ。だが、巧みな重心バランスでそれを乗り切っていった。髪が上に棚引き、仕込んだ武器が微かに金の音を響かせる。

 ――――3。

 背中が軽い。普段のマントの重さは、やはり結構な物だったな、と思考する。
 魔女は、背中に何も背負って居なかった。ラウンズのマントもない。それ以前に、パラシュートすらもない。本当に完全な自由落下。速度を軽減できる道具を何一つ持たない、まさに自殺行為そのものだった。
 それでもC.C.の余裕は崩れない。いや、そもそも。

 ――――どうして、その程度で余裕が崩れるのだ。私は魔女だぞ?

 眼下。真下にはホテルの屋上が見える。それは見る間に拡大されて行く。地上からの軍用ランプは、光源が何一つない屋上を、くっきりと浮かび上がらせている。
 風を裂いて落下する身体に、屋上を巡回する兵士は気付かない。当たり前だ。パラシュートも使わず、屋上に、上空から自由落下して降り立つ人外がいる事を、誰が想像できると言うのだ。
 冷静に、サイレンサーを付けた銃口を向けた。この距離ならば外さない。絶対に。

 ――――2。

 落下するより早く射出された弾丸は、一番身近に居た兵士を頭上から貫いた。恐らく相手は、流星が頭に直撃したような衝撃を受けて、理由も分からずに息絶えただろう。そして、その異常を他の兵士に悟られるより早く。

 ――――1。



 「――――《ザ・スピード》」



 呟いた魔女の姿は、加速する。周囲の時間から隔離される。その言葉は、まるで獲物を見つけた獣のような熱を含んでいた。まさに人を食らう、人間に害をなす魔女そのものの口調で。

 ――――あの養女。帝国でナナリーと一緒に元気なら良いがな……!

 《ザ・スピード》。それは己の時間を周囲よりも加速させるギアス。周囲から切り離す異能。同時に加速エネルギーを有る程度まで操作するギアスでもある。落下のエネルギーでも、だ。
 魔女の視界には、兵士たちの動きが一瞬にして緩慢になる光景が見えていた。風が粘性を持つ。落下速度は緩慢になる。魔女の認識ではそうだ。傍から見ていたら何も変わらない。実際は頭部を損傷した兵士が倒れるよりも早い時間だった。物理法則を無視した、しかしギアスが有るからこそ可能な現象だ。

 既に銃は仕舞っている。頑丈に固定しておいた。この加速で地面に落としたら、質量だけで凶器に成るし、壊れて以後の使用が出来なくなる。モニカに怒られてしまう。いやいや、今はそんな事を考えている場合では無かった。

 爪先が付く。爪先から踵を付ける。そのまま膝を曲げ、身体が壊れない限界ギリギリを見極め衝撃を殺す。膝を曲げたら次は腰だ。勢いのまま背後に転がる。尻を付け、腰を付け、背中を付け、肩を付ける。丸めると背骨を歪める可能性があるのだが、まあ良い。歪んでも直に治る。

 それでもまだ衝撃は消しきれない。魔女はそのまま、後頭部も地面に付けた。極限まで慎重に。肩からの回転で衝撃を殺すように。

 ゴッ! という鈍い音が。ゴリッと頭蓋骨が削れる音が。ブチブチと長い髪が引き抜かれる音が。連続していたが、気にしなかった。頭骨は割れてはいない。罅はあるかもしれないが――こちらもどうせ直ぐに治るのだ。頭部の様な、行動に支障が出る部位は特にそう。直前まで輸送機の中でピザを食べてきたから、エネルギーも補充済み。回復も早い。そもそもこの《ザ・スピード》を展開している限り、此方が多少の修復に時間を有する時間はある。何ら支障は無かった。

 支障がないからと言ってパラシュートなしの降下を行い、五点着地を決め、頭まで地面に落とす。それを二回繰り返す。それが出来る不死身であり、実行するから化け物であり、同時にこの立場に居る。

 ――――痛い事に代わりは無いがな!!

 だが、意識に支障は出なかった。視界が揺れる中、魔女の体は後頭部を視点に回る。腰が上がり、両足が、たった今落ちてきた夜空を向いた。その一瞬を経て、身体は再度背後に転がって行く。
 両脚は、再び地面に送られた。後方に側転する格好になった魔女が、背筋を曲げ、両足を先に地面に着地させたのだ。ブリッジのような格好になったのも刹那の事。そのまま、今度は上半身を跳ね上げ、ぐるりと――立ちあがった。立ち上がる序に膝を曲げ、運動エネルギーを上下から左右に移行させる。



 そしてそのまま、突っ走った。



 相手の目には自分が見えていない。目で追える速度を超えている。やっと。そこまで来てやっと。一人目の兵士が倒れる音が、魔女の耳に届いた。重く低い音。相手にすればただ倒れるだけの音。だが、その音に相手が気付くよりも早く、C.C.は次の標的と接触していた。――――膝から。

 速度は威力に成る。圧倒的な加速力からの飛び膝蹴りは、武装した兵士を昇天させるのに十分すぎた。その一撃で、恐らく致命傷だったのだろう。頑丈なプロテクターも意味をなさない。ただ骨が砕け、肉を打たれる音だけを残し、悲鳴もなく倒れた。これで二人。
 《ザ・スピード》の前で反応なぞ意味を為さない。流石に、そろそろギアスの時間切れだったが……。

 ――――残り、二人だ……!

 相手が反応し、振り向き始めていた。だが、この夜間だ。認識するまで数秒は必須になる。その数秒で十分だ。
 魔女は再度、銃を抜く。サイレンサー付き。命中精度が優れている逸品。以前モニカに選んで貰ったその性能は折り紙付きだった。自分から遠く。より距離が有る相手に狙いを定める。走りながら。膝蹴りを決めた相手が倒れた時には、既に魔女の体は別の方向を向いていた。

 屋上は正方形。一つの頂点に兵士が一人と考えれば良い。自分の対角線にいる相手に向けて、引き金を引く。狙いは寸分違わず相手に命中した。恐らくは顔か喉か。頭を押さえ、小さな悲鳴を上げながら前に倒れた兵士を、もう見ない。

 その時には、最後の一人が目の前に居た。
 相手は何を見たのだろう。数秒。反応も出来ない早さで、屋上に居た味方が倒れたと言う驚愕か。目の前の状況を理解できないと言う混乱か。それとも自分への恐怖か。だが、何れにせよ全ては遅かった。

 「すまないな」

 腕の一振りで、相手は頭部を破壊されていた。何も言わず、小さく口が動き、それで目から光が消える。どさり、と装備の重い音を立てて、彼は冷たいコンクリートの屋上に倒れ伏した。
 殺す事が悪だと理解はしている。目の前の兵士達にも意思が有り目的が有り、背負う者が有っただろう。だが、だからと言って手は抜かないし、止めようとも思わない。この仕事は、そういう仕事だ。

 一風、強く吹きすさぶ。
 屋上で動く者は、魔女一人だと確かに把握して、彼女は個別端末を持った。

 「此方、C.Cだ.……」

 『――――聞こえます。どうぞ』

 恐らく地上に向かい始めただろう。ルクレティアの声が小さく返ってきた。

 「屋上には無事到達が完了。兵士たちは皆始末した。相手に発見はされていない。これより、ホテル内部に侵入。アーニャもしくはモニカとの合流を果たす。……では、また余裕が出来たら報告する」

 報告をしている間に、頭の傷も修復し終わっていた。若干胃も軽い。

 ――――さてと。此処からが本番だな。

 これは所詮前座に過ぎない。これから始まるのだ。ホテルを不当に占拠した『日本解放戦線』への対抗作戦を。人質は大量。武装した兵士がかなり多い。前途多難だが、それでも魔女は気にしない。
 静かに屋上の扉を開け、しなやかな猫の様な足取りで、ホテルの中に潜り込んで行った。
 VTOLから飛び出して、約20秒後の出来事だった。




     ●




 暁にライトアップされたホテルがある。22階建てのビルディングは、大型ライトで地上から照らされている。だが、ライトの光は未だ弱々しく、上層階まで照らす事は叶わない。上空を飛ぶ飛行艇も一定の距離以内には近寄れず、KMFや戦闘車両も、橋を渡ってホテルの周囲に展開するだけだ。

 そこから離れた湖の岸辺。橋へと至る道、およそ数百メートルの場所。
 ホテルを望める道路沿いに、大量の人間が詰めかけていた。ホテルが丁度視界に入るその位置には、駆けつけたブリタニア軍と、騒動に押し寄せた報道陣、僅かな野次馬が雑多に集まっている。ブリタニア軍が離れてと命令を出し、報道陣と押し合いになる。
 カメラの前で、テレビレポーターは慌ただしく情報を伝えていた。

 エリア11に広がるこの騒乱は、やがて次なる戦火の炎を生み出す事になる……。




 「状況を報告してくれ、ランペルージ卿」

 そんな場所から、程近い、封鎖された橋の手前。
 川口湖畔。コンペンションホールホテルを対岸に挟んだG-1ベースの中で、キャスタール・ルィ・ブリタニアが不快感も露わに告げた。若さを隠す事もない。一段上の椅子に座り、苛立たしげだ。
 金髪碧眼の美男子だが、その顔は傲岸不遜がよく似合う。

 「何処の馬鹿がテロやったって?」

 「実行犯は『日本解放戦線』所属、草壁如水。階級は中佐。詳しい資料は後でお渡しします」

 淡々と報告をするルルーシュだが、その言葉の端々には剣呑な雰囲気が見える。
 その目の光を見て、キャスタールはふん、と鼻を鳴らす。

 「機嫌が悪そうだね、ランペルージ卿。親しい仲のユーフェミア姉上に加え、仲間のラウンズ。序に、傍聴席にアレか。元婚約者のアッシュフォード公爵家の娘も居るんだっけ? 不安?」

 「……人質のリストは確認されたようですね」

 「やったさ。来る途中でね。……ったくさー。政務も一段落して、さあいざ休憩って時に面倒事起こしてくれちゃって」

 キャスタールは、残虐な性格だが、あれで執務能力は高い。副総督の座も、ただコネでゲットした訳ではなかった。数々の権力争いの結果である事は間違いなかろうが、「まあ、キャスタール殿下なら」と妥協が有った事も、同じくらいには間違いない。
 時は既に夕刻を過ぎている。夕焼けに輝く河口湖は幻想的だ。ロマンチックな雰囲気が、現状に対して無駄に鬱陶しい。愚痴を言いながら、それでもキャスタールは指示を出す。

 「人質は助けて。最優先の救出目標は、第三皇女ユーフェミア殿下」

 「……イエス、ユアハイネス」

 その一瞬の躊躇は、ユーフェミアを助けることへ、ではない。
 命令を、ブリタニア貴族でもかなり外道の道に入るこの皇子が出した事への驚きだ。
 顔に出したつもりはなかったが、目敏く発見された。意外とやりおる。

 「腑に落ちない? ランペルージ卿」

 「…………」

 無言のまま肯定を返す。どうせG-1ベースには誰も居ないのだ。膝を追って最低限の礼儀は守っている。ちょっとくらい睨んでも問題はなかった。
 ルルーシュとユフィの関係か。何を今更の事を言う。こちらの性格も知っているくせに。
 キャスタールも心得た物で、鋭い視線を気にする事はなかった。ただ淡々と言った。

 「僕はね。君らみたいにブリタニア皇族と仲良くする気はないし、友人に成る気も無い。でも、兄弟姉妹が欠ける事の辛さは知ってるさ。その点だけは、君とも意識を共有できるだろう」

 ふん、と見下した姿勢のまま、僅かに口調が変わる。

 「……これで人質になってるのが、シュナイゼル宰相閣下だったりクロヴィス殿下だったりカリーヌ皇女だったりしたら、喜んで見捨ててるよ僕は。むしろ食い破る良い機会だものね。ところが」

 ところが、と強調して、彼は言った。

 「ユーフェミアが欠けると、姉のコーネリアが悲しむ。そして僕は、そういう悲しみは本当に好きじゃない。マリーベルの件もあるしね。……OK?」

 「……分かりました」

 意外と真っ当な、それでいて取り繕った訳ではない返事を聞いて、了承した。
 そう言えば、キャスタールにも兄弟が居たのだったな、と思い出す。パラックス・ルィ・ブリタニアと言う名の双子の兄弟は、今は既に居ない。彼もまた、ブリタニアの闇に飲み込まれている。
 双子の片方が消えて以来、この男も変化した。限定的にだが、欠ける事の痛ましさを知っている。血の繋がった兄弟姉妹の絆に関して“だけ”は、この男は信用できる。
 そう思いながら、話を続けた。

 「彼らの要求ですが」

 「あー良いよ。どーせ気合入った要求をゴテゴテ飾り建てて言ってるんでしょ? 要求は却下だ。ブリタニアはテロには断じて屈しない。人質には悪いけど」

 交渉してる間にも人は死ぬしね、と平然と言う。この点に関してはルルーシュも同意見だった。打ち切られた事も気に障らない。

 「だから。人質を全員……は無理でも、なるべく多く無事に救出して、愚かなテロリストを倒す。そんな作戦をお願いしよう、ランペルージ卿」

 視線が交錯する。キャスタールの瞳に有ったのは、間違っても信用や好感情ではない。ラウンズのルルーシュならば、その行動は取れるし、成功すると確信しているのだ。
 そして行動する以上、最大限の利益を手に入れられる場所に身を置いておく。
 相当に歪んでいるが、信頼であり、客観的な意見だった。流石、狡猾な男だ。

 「カラレス総督閣下は僕が抑えておく。――じゃ、後は君達に任せた。ジェレミア卿や特派やらもお好きにどうぞ。全部終わった後、万事解決した結果だけ持ってこい。以上」

 「――――全力で事に当たります」

 だから、ルルーシュも無難な中に、少しだけの意志を込めた。
 その信頼には、答えて差し上げますよ。だから、お前はそこでふんぞり返っているが良いさ。

 「そっちこそ想定外に出くわして情けない悲鳴を上げないようにするんだね」

 憎まれ口を背中に受けて、ルルーシュは執務室を後にする。
 しっしっと背中に掌の動きがあったのは、無視した。




 そして、その脚のままラウンズのベースに入りこんだ。

 カツカツという足音は、ルルーシュが苛立っている証拠だ。キャスタールに負けず劣らず、彼もまた内心に激情を抱えていた。すれ違った警備員が息を飲む程、ルルーシュの視線は厳しい。威厳と覇気が一体となったその態度は、騎士よりも王座に相応しい風格だったかもしれない。
 総督のベースよりも前に置かれたG-1ベースの中には、既に資料と情報が集められている。謁見していた時の殊勝な表向きの態度を捨て去り、ルルーシュは厳しい態度で指令室に入るなり、一言。

 「全員、居るな?」

 確認の為の言葉に、揃って声が返った。

 「私とルクレティアは居るぞ」

 目の前のモニターを眺めながら、魔女が答える。傍らに金髪美少女の部下を侍らせ、椅子に深く寄りかかった姿勢と態度は悪い。だが目付きは鋭いままだ。金色の瞳は、油断なくモニターに移るホテルを観察している。

 「ジェレミア・ゴッドバルド。此処に」

 勤勉に控えていた辺境伯は、簡潔に答えた。冷静を装っているが、態度は固い。声の中には、普段とは違う風格があった。通信機の向こうには、純血派が控えているだろう。

 「あっはっはー。特派はこうして参上しましたよー? 御命令の通りに」

 壁際で平然と、白衣のままふやけた笑顔を浮かべるロイド・アスプルンド。その態度にジェレミアが声を上げようとするが、ルルーシュは先んじて止めた。今は兎に角、時間が惜しい。
 中央に置かれた川口湖畔のデータマップ。その前に陣取った。

 地図中央に描かれたホテル。この中に、人質がいる。ユーフェミアが。アーニャが。モニカが。サクラダイト生産国会議の参列者が。傍聴者である一般市民が。それを考えただけで、思考が焦れそうになった。
 ラウンズという立場上、生きる死ぬは常に命の傍らに置いてある。覚悟はある。だがルルーシュは同時に知っている。傍らに居た人間が消える苦しみを、辛さを知っている。だからこそ。

 「救うぞ。分かっているな?」

 「ああ」

 魔女が気遣った一言に、即座に頷いた。立場や騎士は表向きでしかない。この立場に居た時から、ルルーシュが望む理想は変わっていない。熱を噛み殺すように、ルルーシュは声を張り上げた。

 「河口湖攻略戦の作戦会議を始める」




     ●




 ――――雰囲気が違う。

 その場に居る中で、最も若い彼女。ルクレティア・コーツは純粋に感嘆していた。
 機密情報局の《イレギュラーズ》として活躍してきた彼女には分かる。
 違う。明らかに違う。今まで自分が持っていた認識と明らかに違う。態度や口調は普段と同じ癖に、纏っている雰囲気が何処までも歴戦の猛者だ。軍人であり騎士であり戦う者だった。はっきりと今、自覚をしていた。自分がずっと関わっていた彼らは、やはり帝国の重鎮なのだ。

 空気が熱い。気温はむしろ低いのに、熱い。
 自分の義母である魔女C.C,や、ラウンズ第5席のルルーシュ・ランペルージや、歴戦の軍事であるジェレミア・ゴッドバルドや、特派の責任者ロイド・アスプルンドや……。その肩書が決して伊達では無い事を、普段の姿は日常の姿でしかない事を、ルクレティアは今その身を持って知っていた。

 「まず現在の情報です」

 その彼らに向かって報告をする。それが今の自分の仕事だ。内心の緊張は読まれているかもしれない。だが、今はそれどころではないのだ。集めた資料を片手に、ルクレティアは読みあげる。
 この場に居る中で、情報士官は彼女の仕事だ。一番相応しいと言われる事が、誇りでもある。

 「現在、川口湖畔のコンベンションホールホテルを『日本解放戦線』が占拠しています。実行犯は草壁如水。階級は中佐。人質を取って籠城中です」

 次に、内部に居るだろう人間の数が書かれた資料を読み上げる。

 「人質の数は約150人。サクラダイト生産国会議の参列者が50人。ホテル内で会議を傍聴していた者達が100人弱。残りはホテルの従業員です。この中には、ユーフェミア・リ・ブリタニア皇女殿下が含まれており、またラウンズの」

 「それは良い。次だ」

 「……了解」

 内部に居る権力者は読まないで良い、と魔女の指示を受け、ルクレティアは次の資料を読み上げる。
 これは、同僚を信じているのだろう。

 「『日本解放戦線』の数は約50人と報告が上がってきています。何れも銃を装備していると思われます。これらの情報は、先ほど私のKMFで確認しました。サンチア・コーツほど、精密ではありませんが」

 「私の《ジ・オド》で補ってある。有っている筈だ」

 「結構。……続けろ」

 静かに頷くルルーシュは、先を促す。否、今はランペルージ卿と呼ぶべきか。
 このベースに居るのは4人だけなのだが、それでも「確認をした」部分で言葉を濁したルクレティアに追求は入らなかった。ルクレティア・コーツが持つギアス《ザ・ランド》の応用だが、表に出して良い技では無いし、今は関係がない事だ。言わなくても伝わっている。

 「『日本解放戦線』は出入り口と屋上、地下搬入口を封鎖。裏口は車両事故の為通過が出来ません。食料水道電力は不足無し。ホテル内部の設備を考えても、長時間の籠城が可能と予想が出来ます。――――最後になりますが、現在『日本解放戦線』は、神聖ブリタニア帝国に対する布告と、エリア11における武装蜂起の扇動を行っています。これに対する政庁、本国からの返信はありません」

 「最後は当然だな。……御苦労。また補足情報を頼むと思う。そこに控えていろルクレティア」

 「イエス。マイロード」

 こうした母親の顔を見るのは何時以来だろうか、と魔女を見てルクレティアは思う。母親という良い方は非常に違和感があるが、仲間共々自分を孤児院に引き取り、此処まで育ててくれた人間である事は間違いない。感謝しているし、尊敬もしている。だが、それでも本当に――。

 ――――何時以来か、と思うほどに、珍しいですね。

 アラビアの地下で『教団』の施設探索をしていた時も、こうでは無かった。
 報告が終わった所で、素早くルルーシュは目的を統率する。

 「目的をはっきりさせるぞ。最優先事項は、ユーフェミア・リ・ブリタニアの保護。次がサクラダイト生産国会議に出席していたメンバー50人の保護。特にジェームズ議長や中華連邦・インド軍区からの外交官は重要だな。……その次が、傍聴者100人とホテル従業員だ」

 「ジェームズ議長ね、――――『40人委員会』の一員だったな」

 E.U.――ユーロピアン連合の最高意思決定機関。それが『40人委員会』だったか。四十人という名前とは裏腹に構成員は二百人を超過。現在では「議論の為の議論」に終始するばかり、と聞いている。

 「ああ。E.U.としては一人欠けたくらいでは痛くも痒くもない。だが立場は立場だ。仮に此処で死亡でもしたらブリタニアに有利な交渉をする為の道具の一つくらいには成る。それは他の外交官も同じだ。国交問題は話が拗れるからな」

 「なるほど。案外、あちらさんとしては――私達が議長を救出せずに、見殺しにしてくれると助かる、とか願っているかもしれないな?」

 「恐らくな。だから会議参列者は、ユーフェミア皇女に次いで優先救助者だ。他の人間には悪いが、国家の不利益を出す訳にはいかない。その辺は多分、傍聴者も分かっている筈だ。……ミレイとかな」

 「名前出てくる辺り、元婚約者様への未練はたらたらか?」

 「茶化すな。ミレイは純粋に大事な友人だ」

 「知っているさ。冗談だ。私にとっても見捨てるには惜しい女だしな」

 軽口を叩き合った後、魔女が自分を振り返って問うた。

 「人質は何処に隔離されている?」

 「あ、熱源探知による報告が上がってきています」

 ジェレミアから渡された資料を手早く捲り、ルクレティアは答える。

 「ホテル16階。高度約60mほどの場所に、多数の人間を確認しています。三つの部屋に分割されて隔離している物と思われます。……他の熱源反応が何れも単数であることから、此処が人質である可能性は高いかと」

 会議自体はホテル18階で行われていた筈だ。資料によれば18階は大会議室。窓が多く、一部屋が広く、壁も薄い。装飾品も豪華で、人質を隔離しておくのに不都合な空間だ。2階下がれば、そこは高級客室になっている。占拠の観点からすれば明らかに適しているのだ。

 「そこからの連鎖で良い。熱源反応では、相手がどの様な布陣でホテル内部に展開しているか、教えてくれ」

 ルルーシュは整った顎に手を添えて考え込み始めていた。彼が情報を多重処理出来る事は承知の上だ。

 「はい。まず16階に、人質が多数。その部屋から近い場所に、複数人の人間が確認されています。部屋から動いている様子はありません。少数で固められている所を見るに、恐らく『日本解放戦線』にとって重要な人物であると予想できます」

 「ふむ。……草壁中佐と、その取り巻きでしょうか?」

 余り動かず、ルルーシュの元に部隊の状況を逐一報告し続けていたジェレミアが、顔を上げる。

 「分からん。断定は出来ない。な?」

 「ああ。NAC辺りの重要人物を説得しているかもしれないしな。覚えておこう……続きを」

 「イエスマイロード。……人質/重要人物らと同じ階には、やはり相応の人数が配置されていると思われます。その分、他の階層に見張りは少数です。各階の階段と巡回兵。残りは屋上と地下です」

 「なるほど」

 スクリーンに投影されたままのホテルを静かに眺めていたルルーシュは。
 ならば次に、と指示を出した。

 「ホテルへの侵入経路は?」

 「……四ヶ所です」

 一瞬だけ資料を取り出すのに手間取ったが、そこで情けない姿は取れない。素早く立て直す。

 「正面玄関。従業員用の裏口。機材や物資を搬入する地下連絡口。屋上です」

 実質使用できるのは二カ所だろうか、と推測する。
 正面玄関は、今現在封鎖されている、あの真ん前の入口だ。あそこから突入しては敵を刺激するだけ。確かに事件は解決するだろうし、犯人達も全員倒せるだろう。だが、人質は全滅だ。とてもでは無いが選択肢には入らない。
 従業員用の入り口は、この場所からは見えない。ホテルを挟んで、正面玄関の百八十度反対側だ。だがそこには事故車両が転がっている。ハイジャック事件の前章として発生した車両事故。火災こそ消し止められたが、車両は通路を封鎖している。個人でこっそり入りこむだけならば辛うじて出来るだろうが……。

 「となると、屋上か地下通路だな」

 ルクレティアの思考は、強ちこの場に居る面々と違ってはいなかったようだ。
 ホテルの地図を指でなぞり、魔女が静かに呟いた。

 「――――屋上と地下通路の様子を、それぞれ教えろ」

 「はい。まずは地下から――――あ、表示お願いします。アスプルンド伯」

 「はいよー」

 ロイド伯爵は、素早く目の前のキーボードを叩いた。特派のトラックからの情報だろう。素早くG-1ベースに送られてくる。先んじて地下の搬入口から偵察を送っておいたらしい。

 「えーとですねえ。地下搬入口は、湖の地下を通り、およそ800m。直線距離ですが、高低差は考えてなので、まあもうちょっとあるでしょう。1キロ弱って所ですね。一直線ですし、湖の下なので通路は頑丈です。KMFも走れます。軍用の専門爆薬を使用してもそう簡単には壊れません。無茶すれば危ないですけどね」

 つまり、暴れても湖の下に沈む心配は無い、と言う事だろう。……大丈夫だよね?
 そこはかとなく不安になったルクレティアだった。

 「問題は、搬入口の出口付近。ホテル真下に設置された向こうの兵器です」

 「ふむ」

 スクリーンが拡大され、大型兵器が表示される。巨大な拳銃の様なシルエットだ。ホテルの真下に陣取り、脚で全体を支えている。恐らく通路の横幅を一杯に使用しているだろう。銃口を入口、つまり“私達が潜入する方向”に向けていた。

 「大型のリニアカノンを搭載した遠距離砲ですねえ。巨大な射出機能を中心に、制御する数人乗りの操縦席を乗せてます。で、これを四機のグラスゴーで支えていると考えて下さい。ブリタニア側から鹵獲したり横流したりした旧式を、割と上手に使っていると思いますよ」

 「……厄介か?」

 「それはもう。口径から考えるに、弾丸は榴弾ですし、銃身から見ても飛距離は800m以上あります。そんじょそこらのKMFでは、200m近寄った所で装甲ごと破壊されて終わりですね。連射性能も結構ありそうです。地下通路という閉鎖空間なので回避も困難ですねえ、……ま、出来る機体はあるでしょうけど」

 「分かった。そっちはお前に任せる。後で意見を寄こせ」

 ちらり、とルルーシュを見たロイドは、返事だけで意味を悟ったのだろう。にんまりと笑みを深くして頷いた。そして特派へと連絡をし始める。―何と言ったか。枢木スザク? とかいうKMFにも出動が下されるのだろう。

 「続いて、屋上です……。現在は『日本解放戦線』の兵士によって常に哨戒されています。これさえ何とかすれば、決して潜入は難しくありません。――何とかする、その方法が問題ですが」

 ふとジェレミアが通信機を取る。何か情報が来たのだろう。

 「報道局のヘリ、軍事ヘリ問わず接近する事は出来ませ」

 「なんだと……? っ画面を変えろ!」

 ルクレティアの言葉を遮って、慌てて説明するジェレミアは、直ぐ様に命じる。
 スクリーンの画像を、屋上を監視していたカメラ映像に切り替えるよう、指示したのだ。

 「――――申し訳ありません。今、キューエルから報告がりました。その屋上に、動きが有った模様です」

 「屋上に? それは」

 ルルーシュとC.C.。二人の綺麗な眉が同時に細まる。

 「映りました」

 言い終わらない内に、画像が切り替わった。
 周囲に遮蔽物がない平地。あるのは四角い設備だけ。背景が星空だったから直に分かった。屋上だ。
 地上からの光は届いておらず、人の動きは黒子のようにしか見えない。黒子の数は複数。良く見れば、銃を保持している影と――――そうでは無い影が有る。そうではない影は、両手を降参するようで……。

 「ま、さか」

 嫌な予感。つい頭に過った悪い予想を、口に出したルクレティアを、誰が責められようか。ホテルの屋上で、兵士に追い立てられる、手を挙げた者など――――即ち人質に他ならない。

 その時にはもう、この場の誰もが次の光景を予想できていた。どくりと耳元の心臓の音が拡大する。嫌な音だ。全身を縛るような、粘っこい空気。思わず生唾を飲み込んだ。
 そして予想は、何も変わらずに現実になった。


 
 何かを訴えるように頭を振った黒子は、兵士に追い立てられ、銃を向けられ、そして。
 屋上から、落ちて行った。



 「――――っ!」

 咄嗟に、口を抑える。悲鳴は上げなかった。だが顔色が悪くなったのが自分でも分かった。
 室内に沈黙が落ちた。反応できなかった訳ではない。全員が。ルクレティアを含めた全員が、その事実を知って、頭を冷やしたと言うだけの話だ。衝撃と、――――その衝撃を超える静かな怒りを抱かせるのに、その光景は十分すぎた。

 立ちこめる冷え切った空気の中、聞こえるのはベースの稼働音。そして。

 「……そうか。わかった。お伝えしておく」

 厳しい顔は崩さずに、部下からの連絡を受けたジェレミアの声だけだった。

 「落下した人物は、ホテル従業員と確認が取れました……。再三、総督当てに犯行声明と要求が届けられています。遺体の収容は、出来ておりません」

 想像しないでも分かる。あの高さから落ちたら、多分……グシャグシャだ。

 「……次は人質をやるぞ、という事だな。これで時間的猶予は愈々無くなった」

 魔女の目に怒りは無い。ただ不快感はしっかりと持っている。
 他者がどうでも良いと感じることと、

 「どうするんだルルーシュ。良い案は浮かんだか?」

 「…………ああ」

 静かに、彼は頷いた。

 「今ので作戦は固まった」






 そして魔女は、屋上からの侵入を行う事になった。
 C.C.は静かに階段を降りていた。屋上と最上階22階を結ぶ、コンクリートの殺風景な階段だ。下手に歩くと靴音が反響して、一発で誰かが居る事に気付かれる。だが、魔女の足音は欠片もしない。体術もしっかりと習得済みである。

 ――――今頃は、他も忙しいな。

 ちらりと時計の針を見る。自分は此処からが本番だ。並行して地下からの侵入作戦も展開しているし、それ以外にも密かに動いている。向こうの目は完全に外に向いている。
 魔女の仕事は大きく三つ。一つは密かに潜入し、相手を屠って数を減らす事。もう一つは人質達の現状を確認し、脱出ルートを構築する事。最後は……。

 「……さて、どちらが逃れて居るかな?」

 アーニャかモニカ。恐らくは人質に成らずに、何処かに身を潜めている友人と、合流する事だ。
 ユーフェミア皇女の護衛とはいえ、同じ場所で騎士二人が一緒に付いて回っている可能性は低い。片方が護衛に付き、もう片方がホテル内部での警備の助力だと推測が出来る。という事は、恐らく警備に回っていた方は――ホテル内部で、こっそり動いているに違いない。
 三つ目の仕事は、彼女らのどちらかと合流する事だ。

 足を止める。階段の踊り場を曲がる前に、慎重に階下を手摺の上から覗き込むと……。
 そこには、やはり兵士が居た。

 「数は……3人か」

 この階は22階。最上階だ。確か最高級レストランが店舗として入っていた。全体的に窓が多く、壁が少ない。つまり相手に発見されやすい。だが、幸いにも兵士の数は少なかった。油断――――いや、妥当な判断だ。屋上に兵士がいて、人質は階下に居る。本拠地も階下。ならば中間のこの部屋は、少人数でも問題がない。むしろ連絡や遊撃役で、素早く数人で動かすには視合っている。

 ――――さて、隠れながらやるかな。

 50人という戦力で如何にホテルを占領するのか。よく考えられている。だからこそ。
 だからこそ、この階の兵士達もまた、常識外れの魔女の前に全滅する事になった。




     ○




 「予想以上に治安が悪かったですね……」

 同時刻。ホテルのダクト内部を、這って動く一人の少女がいた。音を立てず、静かに密かに。両腕を使用しての匍匐前進は、着ていた上質な服を汚して行くが、命を失うよりはマシだ。
 ダクトの中は狭い。少女は決して大柄では無かったが、胸や腰。そして長い髪が、移動を邪魔している。呼吸の邪魔には成っていないが、狭っ苦しいし、臭いもする。愚痴や不平不満の一つも出ると言う物だ。

 「安全だと思っていましたが。ホテルを占拠する程、苛烈な敵がいるなんて。やはり自分の目で見なければ、分からない事は多い」

 このエリアの治安が、如何に悪いのか。実体験出来た事に感謝をするべきなのだろうか。
 ふう、と息を整えて、再度、彼女は這い進む。

 自分が置かれた環境の周りには、日本人が居た。彼らは皆、差別され、悲惨な扱いを受けていた。こうしてエリア11、嘗て日本と呼ばれた国家に来れば、きっと何かを見る事が出来ると思ったのだが。

 「なるほど。ブリタニアが躍起になる訳です……」

 ここまで熾烈な争いを、繰り返しているならば、それは向こうも弾圧を強めるに違いない。
 ホテルの概要は大体、頭の中に入っていた。彼女が今いる階は、15階。人質達が閉じ込められている16階の、一つ下の階だ。元々彼女は、このホテルに部屋を取っていた。だから大凡の部屋割も分かるし、エレベータの位置や階段の場所、非常口も分かっている。

 「だからと言って、私一人で何かが出来る訳ではありませんけど」

 一対一ならば交渉で引けを取らない自信がある。が、流石に武装した兵士を相手には出来ない。

 この場に逃げられたのは、別に特別な事が有った訳ではなかった。
 会議を傍聴している最中の、唐突な発砲音。そして銃を持った男達の乱入。それに戸惑ったが、彼女は素早く対処した、それだけの話だ。廊下から顔を出さず状況を判断した彼女は、悲鳴を上げず、気付かれるよりも早く、バスルームから天井のダクトに潜り込んだのだ。
 だから、彼女は今拘束をされていない。

 ――――しかし打つ手は無い、と。

 一応、自分の部屋の中に色々と道具はあるが、アレを取ってくるには彼女一人ではリスクが大きかった。発見されて銃殺は勘弁して欲しい。かと言って素直に投降するのも、屋上からダイブの可能性がある。

 「困りました。兎に角今は、何とかして対策を……」

 そこまで言った時だ。
 彼女は、ふと気配を感じた。

 「――――?」

 何と言うのだろう。嫌な予感だ。殺意では無い。敵意でもない。ただ自分を伺う気配を察した。
 目の前のダクトは、十字路に成っている。狭いし暗いし、当然ながら曲がった角の様子は分からない。先程までと、その角は何も変哲がなく見える。見えるが……。逡巡する。

 ――――居る気がする。

 息を潜めて、人間がいる気が。頭の中の勘が囁いている。それ以上先に進むのは暫し待てと。
 ゴウンゴウンとダクトの中に音が響く。送風機能は万全。こんな環境で、自分が通り掛かるのを待つ者が居るなんて、考え難い。だが絶対ではない。進むべきか。下がるべきか。

 だが、下がるのは――この狭い通路だ。方向転換は不可能に近い。腕だけで下がっても体力は続かない。結局、選択肢は一つだけだ。即ち、居るかもしれない相手に声を懸けると言う……。

 ――――誰も居なくて想い過ごしだったら恥ずかしい……。

 誰が見ている訳でもないが。でも恥ずかしい。自分に悶絶する。

 「ねえ、そこに居るんでしょ?」

 そうそう。そんな風に――――って。
 しまった。迷っている間に。小さく、声を懸けられた。

 「…………」

 声は角の向こうからだ。小さな、少女の声。何処かぼんやりとした可憐な声だ。向こうも自分に気付いていたのだ。そして、此方が迷っている間に、声を送ってきた。
 頭の中で考える。この声を信じて良いのだろうか。知らず緊張感が増す。
 角の向こうの声は、続けた。

 「迷いは、敵では無い証明……。テロリストなら、問答無用で声を荒げる。貴方は考えている。だから、少なくとも『日本解放戦線』ではない。違う?」

 「…………ええ。そうね」

 結局、返すことを決めた。角の向こうに居る少女(少女だろう。肉声だったし)の言葉に同意する。
 向こうに居る相手は敵では無い、と思う。果たしてどの立場かは不明だが。それでも、階下を巡回している兵士よりはマシだ。敵の敵は味方。そんな言葉を思い浮かべる。
 何処かで信じて賭けなければ、この状況は打破できない。

 「じゃ、互いに挨拶」

 彼女の言葉を聞いて、相手はゆっくりと角から顔を出した。静かに十字路に頭を出して、彼女の方向に顔を向ける。狭いダクトの中だが、小柄なのだろう。ゆっくりと首を此方に向けた。此方が悩んでいるにも関わらず、あっさりと。相当に肝が太い。
 相手がその手に握っていたらしい、小型のペンライトが点けられる。カチリという音と共に、数時間ぶりの明るい光が目に入った。ちょっと眩しい。

 「私はアーニャ。アーニャ・アールストレイム」

 桃色の髪に、眠そうな瞳。矮躯を持った美少女……アーニャ。
 その名前には聞き覚えが有った。凄くあった。E.U.出身の彼女にしてみれば、紛れもなく敵の立場に居る少女。外見からは想像が出来ない。だが、名前が示している。

 「……ラウンズの、第六席?」

 「そう。貴方は?」

 静かに、自分に光が向けられた。照らす光は、相手に顔を記憶させる。しかも問いかけも素直に肯定されてしまった。相手の目は、眠そうだが、自分が偽りを言う事を許していない。油断なく見ていた。
 考えてみれば。相手がラウンズならば、この状態で彼女が勝てる筈もない。銃火器すら手元にないのだ。
 素直に白状をしよう。きっと彼女と組めば、この窮地も脱出出来るに違いないし。

 「私は――――」



 アーニャの目の前。
 薄い青紫の瞳を持った、金髪の美少女は、口を開いた。



 「――――レイラ。レイラ・マルカルよ」








 登場人物紹介 その21

 レイラ・マルカル

 映画『コードギアス 亡国のアキト』に登場の少女。今は16歳。瞳の色は青(紫ではないようだが……)。
 E.U.の大コンツェルンを経営するマルカル家の養子だが、元々はブリタニア貴族。幼い頃に両親とE.U.に亡命。両親の死後、引き取られる。コンツェルンに貴族の血を入れる為に養女にされた為、既に三男との婚約が設定されている。
 レイラの父や、その友人スマイラスらと仲が良かった『40人委員会』の一人ジェームズ議長。彼に同行してエリア11に来訪。サクラダイト生産国会議の傍聴者としてホテルに留まっていた。

 後に、E.U.軍が設立する「wZWRO特別攻撃隊」を発案し、紆余曲折を経てその指揮権を得ることになる。つまり将来のライバル……。何れ、ルルーシュ達と戦う事に成るかもしれない。






 用語解説 その21

 『40人委員会』

 E.U.――ユーロピア共和国連合(Europia Republic Union)の政治的意思決定機関。
 民主革命後に設立された機関を基礎としている為、名前が「40人」と付いているが、実質のメンバーは200人以上。要するにE.U.の国民議会なのだが、人数故に意思決定が非常に遅い。議論の為の議論に終始するばかりである。
 サクラダイト生産国会議の議長・ジェームズ氏は、この『40人委員会』の一員。ブリタニアから議長を出すと、色々と反発が大きく、また不満を持つ者が必ず出る。平等性は“全く気にしない”ブリタニアだが、議論が硬直する要素は減らしておいて損は無い。実利を取る為に、所詮は名誉職に過ぎない議長の仕事を、シュナイゼル辺りがE.U.に任せた、という設定である。









 お久しぶりです。更新です。今回は最初からアクション。ラウンズのチートさをお楽しみくださいませ。ラウンズとは、外見は人間ですが、中身は揃って怪物ばかりです。C.C.然りモニカ然り。
 本文をご覧になった方はお分かりの通り。ギアス新シリーズ「亡国のアキト」「双眸のオズ」への伏線もしっかりと捲いて有ります。
 「グリンダ騎士団」VS「ワイバーン」とか想像しただけで燃える。

 さて、次回もホテル攻略戦の続き!
 燃える河口湖! スザクの活躍も待て!(ナイトメア・オブ・ナナリー風に)

 (投下:10月28日)



[19301] おまけ KMF及び機体解説
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/05/21 22:55
 登場した機体やメカを、スパロボ風に少しずつ解説していこうと思います。
 最終的に、ラウンズの12機と、その他の強力な機体(神虎とか)は書くつもりです。


 注意。


 この設定は、“分かりやすさ”やイメージを伝える為、敢えてスパロボ風に書いています。
 スーパーロボット大戦が嫌いな方は、ご注意をお願いします。


 当たり前ですが、ネタばれです。








 ●エレイン(ファイター)

 HP・3800/EN・150/装甲・1000/運動・120/照準・150
 移動・12/タイプ・空/サイズ・S
 地形適応 空・S/陸・A/海・×/夜・B
 特殊能力 変形/EN回復(小)

 ハドロン砲(MAP)      3300・射程4 /EN消費60 
 ハドロン砲(拡散)      3600・射程2~5/EN消費40 ALL武器
 ハドロン砲(貫通)      4000・射程3~6/EN消費40 バリア貫通

 フル改造ボーナス
 『EWAC(小)と、EN回復(中)が付く』

 ナイト・オブ・ラウンズの第二席、C.C.が乗るKMF。
 名前の由来は、アーサー王伝説に語られる『湖の乙女』エレインより。その名の通り、今まで何回も壊れ、その度に作り直されている。
 その機体コンセプトは『機動』。
 移動能力に関しては何者の追随も許さない。戦場を凄まじい加速で駆け抜ける為、操縦者への負担は非常に大きいが、不死身の魔女は特に気にしていない。
 C.C.の能力の高さも相まって、被弾する事も滅多に無く、普通に運用していれば落ちる事は無い。しかし燃費が悪く、射程にも隙がある為、隣接されると何もできない、なんて事も。
 援護攻撃やH&AをC.C.に習得させ、戦艦の援護防御や補給を活用しながら戦えば安定する。


 ●エレイン(ガウォーク)

 HP・3800/EN・150/装甲・1100/運動・85/照準・170
 移動・6/タイプ・陸/サイズ・S
 地形適応 空・B/陸・A/海・A/夜・A
 特殊能力 変形/????/EN回復(小)

 ハドロン砲(貫通)      4500・射程1~3/EN消費80 移動後使用可能・バリア貫通

 フル改造ボーナス
 『EWAC(小)と、EN回復(中)が付く』

 変形させるとこの形になる。ガウォークと言っても腕すら無い為、武器も持てない。
 一応、地形適応の海Aや、威力の高いP武器(移動後使用可能)があるが、燃費を初めほぼ全ての能力がダウン。避けないくせに装甲は低い、射程も短い、足も遅い、と使い勝手は悪い。
強敵撃破の際、援護攻撃用の一発屋として運用するのが、恐らく最も賢い戦法であろう。
 なんか、特殊能力欄に謎の単語があるが、これはイベント解禁である。


 スパロボOGのイメージで言えば、アステリオン、あるいはカリオン。




 ●ベティヴィア

 HP・4400/EN・130/装甲・1200/運動・110/照準・270
 移動・5/タイプ・陸/サイズ・S
 地形適応 空・A/陸・A/海・B/夜・S
 特殊能力 ECS/精神コマンド『感応』が追加

 12,7mmアサルトライフル   1600・射程1~3/弾数20
 ケイオス爆雷         2000・射程1~3/弾数4         ALL武器
 40mm電磁加速砲       3200・射程2~6/弾数8         バリア貫通
 57mm電磁滑空砲       3500・射程2~7/弾数4
 長距離狙撃砲《アムレン》  4700・射程3~14/弾数4・EN消費50   バリア貫通

 フル改造ボーナス
 『最強武器の弾数が1増える』


 ナイト・オブ・ラウンズの第十二席、モニカ・クルシェフスキーが乗るKMF。
 名前の由来は、アーサー王伝説に語られる『円卓の騎士』ベティウィア。槍の名手であった彼は、一振りが九の攻撃に匹敵する技量と力を持っていたらしい。主武装でもある長距離狙撃砲《アムレン》、観測手の役目を果たすOS《エネヴァク》は、それぞれベティウィアの息子、娘の名前である。

 本来の設計図では、KMFと《アムレン》《エネヴァク》しか無かった、というシンプルすぎる機体。それじゃ余りにもアレだったので、他武装は弾数を増やす為に付けたが、後付けである。
 アサルトライフル、ケイオス爆雷は汎用武装。40mm電磁加速砲は、機情のサンチアも使用しているレールガン。57mmの電磁滑空砲は、軍艦などが持つ滑空砲を強引に携帯使用にした物で、普通は持ち運ばない。火力不足と言う事でモニカが特派に頼んでカスタムした物。

 その機体コンセプトは『射撃』。
 射撃能力は他KMFと比較すると圧倒的。味方最高の照準と射程距離を誇り、敵を一方的に狙い撃てる。しかし運動性、防御性が低い。ECS(分身)もあるが、モニカの回避は低いので、生存性は高くない。射程1武器の攻撃力が低く懐に入られると弱い。武器全てが弾数制(しかも少なめ)な事も欠点。

 モニカが味方トップクラスの射撃、命中を誇る為、ボスが乗る運動性が高いリアル系でも『必中』を使わずに当ててくれる。ただし『閃き』『直撃』は懸けてあげよう。技量は決して低くは無いが、攻撃を特殊回避されたり、手痛い一撃を受けたりすることもしばしばある。
 モニカが『H&A』を元々習得している為、まあまあ使いやすい。機体の性能を生かす為にも、何はともあれ『Bセーブ』(強化パーツでカートリッジを付ければ更に安定)。弾数と相談しつつ『援護攻撃』がお勧め。後は自分の戦闘スタイルで決めよう。火力を重視するなら『サイズ差補正無視』。サポートならば『ダッシュ』や『連携攻撃』。生存性を高めるならば『見切り』。意外と色んな運用が出来るので、中途半端にならないようにだけ注意だ。


 スパロボOGのイメージで言えば、バルゴラ。




 次回予定 → 未定


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