<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19268] 【ネタ・第一部完】それいけぼくらのえるしおんくん!【現実転生→林トモアキ作品】その他板に移動
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2011/09/04 14:02
 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおん!【現実転生→林トモアキ作品】


 前書き


 これは突発的に始まった実験作です。
 
 何時消えるかも不明は上に、何時終わるとも知れません。
 作者は未熟な身ですが、感想をもらえたら励みになりますのでドンドン感想をお願いします。
 
 なお、ACFAの更新はどうなったかと言うと…実は資料として重宝している某サイトが突然閉鎖してしまい、現在参考資料が少なく、更新できていないのです。
 
 現在新たな資料を購入しようと計画していますが、未だ目途が立っていないので暫くは更新が停滞してしまうでしょう……期待してくれている方々には大変申し訳ないです。
 

 では上記の事を読んでもまだ読んでくださるという方は、どうぞ次の話に進んでください。


 PS.某サイトも見つかり、第一部も完結しましたので、そろそろACFA小説の方も更新したいと思います。
 興味がある方はよろしければ、そちらもご覧ください。


 
 2010年8月1日 XXX板に18禁バージョン掲載。
 興味のある方は奮って閲覧してください。







[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!プロローグ 修正
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/07/06 11:18
 
 プロローグ




 普通、転生前のテンプレと言ったらトラックや電車の乗り物系に隕石、鉄骨等の落下物系、後は通り魔や正体不明のモンスターなどの襲われ系だよね?
 
 突然何言ってんだ?とも思われそうだけど、まぁ話を聞いてくれよ。

 自分の場合、そのテンプレに入らない死に方したのに転生したもんだから、ちょっと混乱してるんだ。


 あれはそう、自分主観で昨日の事だったか……。

 

 三日徹夜続きの仕事を終えて、漸く帰宅。
 今にも倒れそうな体を引きずって布団を敷いて就寝。
 意識が眠りに落ちる寸前に大地震発生、部屋中の家具が暴走開始。
 薄型テレビ、冷蔵庫、ノートPC、炬燵、本棚、タンスが一斉に部屋の中央に殺到。
 中央の布団で寝てた自分に家具が命中、その後も数度の突撃を受けて黄泉路へGo。
 
 そして、気付けば見知らぬ場所で目を覚ましていた。

 







 中世の西欧貴族の様な豪華絢爛な部屋。
 その真ん中に置いてある小さなベッド。
 
 そこで自分は知らない天井を眺めながら考え事をしていた。


 「バブ……。」(どうしたもんか…。)

 
 気付いたら赤ん坊ぼでーでしたとさ、はいはいテンプレテンプレ。
 


 ………………………………………マジでどうしよう?













 「シオちゃーん、元気にしてたー?」


 部屋にいたメイドさん達に下がるよう命じながら、この世界での母が来ました。
 
 なお、自分の名前はシオではなくエルシオン。
 シオちゃんはあくまで母だけが使う愛称であり、自分はれっきとした男であるので間違えないように。
 
 母の名前はフィエルと言い、奇麗な銀髪を無造作に後ろに流したポン!キュッ!ポン!の美女です、本当にあり(ry
 
 
 なお、父には会った事が無い。
 メイドさん達の噂話にも出てこないし、母も話題に出さないので、何か理由があるらしい。
 まぁこの件に関しては絶対に触れないでおくのが吉、と自分の生存本能が語ってくるので永久不可侵という事にしておく。
 

 「昨日はあんまり泣かなかったそうだけど、寂しかったらちゃんと呼ぶのよ?」

 「バブバーブ。」(あんまり用事とか無いけどなー。)
 
 ニコニコとお日様の様な笑顔を浮かべつつ話す様は、この人が人外である事を全く感じさせない程に温かく、美しかった。


 そう、自分も今生の母であるこの女性も人外なのだ。
 
 
 この母から生まれ、生後一年が経過してから漸く意識がはっきりしてから自分はやっとこの世界における自分の立ち位置を把握した。


 自分を含め、この城(らしい、全容は把握してない)にいる者達は全て魔族、又は魔人と言う種族であり、自分達のいる世界から態々人間のいるこの世界に侵略してきたらしい。

 現在は裏からこの世界を支配しており、魔王とその配下が治める魔王制という形で支配しているとの事だった。

 で、自分はその人の2人目の息子であり、現在生後1年との事です。


 …………………………………よりにもよって人類の天敵な種族かよ…。



 現在、この世界は人外側の支配下らしいのだが、そういったオカルト的な者達はあまり表に出ず、一見は人間主体に世界は動いているらしい。
 また、異世界も複数存在し、魔族の故郷である世界の他に、天界とかいう天使や神々のいる世界の他にも多数の世界があるらしい。

 今の所、こっちの世界での何代目かの魔王である母フィエルの下、平和に過ごしているが、歴代の魔王は何だかんだ言って暴れたりしていたらしく、その度に交代させられていったそうだ。
 
 あくまで見たのではなく、母の側近や部下達がそう話していたのを小耳に挟んだだけなので、あまり詳しい事は解らないのだが……まぁ、現状を把握するには十分だろう。
 
 幸いにも魔王は世襲制ではないので、自分が何者かに狙われる心配は無い。
 将来的には魔族、人間双方から距離を取りつつ、何処か山奥で隠居してれば人間とかその他の人外に狙われる事もないだろう。

 自分自身に関しては才能、容姿その他の先天的な要素はかなり恵まれているらしく(まぁ、両親が魔族の中でも高位らしいので当然との事だが)、何かあっても油断しなければ大抵は対応できるだろう。


 まぁ、そんな難しい事はさて置き、今は母との遊びに付き合いつつ、少しでも情報収集に努めるべきだろう。






 
 「ほーら、シオちゃん高い高―い♪」

 「バウバーブ…。」(赤ん坊扱いももう慣れちゃったよ…。)



 母の手で抱き上げられながら、少し虚ろな目をするエルシオンだった。






 

 



[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第1話
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/06/06 20:24
 

 第1話




 魔王制が廃止されました。
 
 これからは人間主体の世界になるそうです。


 取り残された魔族、魔人は行き場が無くなりました。
 神殿教会なる宗教団体が発足されたそうです。
 その内容は対魔物、魔人戦闘に特化した対魔組織です。
 母が旅に出ました。
 向こうの世界の兄は名前だけで会った事すらありません。
 妹は母についていきました。
 部下の人達は右往左往しています。
 世の中では魔物、魔人がバッタバッタと死んでいます。
 纏まろうにも指揮系統すら明確でなく、側近の人達の意見も合いません。

 そこにのんびりと日々を過ごす自分が目を付けられました



 結果、魔人達の旗印にされてしまいました。
 
 



 
 ………………………………………………………あれ、これ死亡フラグ?












 

 一先ず、側近達と相談して、各地に散った魔人達の現状を把握する事から始めました。
 
 何を始めるにも情報は必須と言えるものだからだが、流石は温厚な母の側近達、若造の意見にも理由があればきちんと耳を傾けてくれた。

 
 結果、ヨーロッパ圏内を中心としてかなり広範囲に魔族、魔人が生活している事が判明した。
 

 これは彼らの生活様式や文化等がヨーロッパのそれと類似、と言うか侵攻した際にお互いの文化とかが混ざってしまった結果らしい。
 侵攻した魔族は元々労働力として人間を利用していたらしく、人間の作る優れた文明の利器を魔族側が改良、発展させる、又は魔族側が持ち込んだものを人間が量産、発展させる形で生活しているとの事。
 
 その生活の中で二種のハーフとして誕生したのが魔人であり、現在では中間管理職的な役割を持って働いている。

 元々はどっちつかずの迫害対象だったのだが、基本的にのんびり屋である母の治世でそれも無くなったとの事だ。

 
 母は今までは何処かのやんちゃが馬鹿騒ぎをしないように見張るという形で治めていた。
 側近曰く、最低でも世界が滅ぶような事態を避け、可能な限り戦乱が起きないようにするのが魔王の役割とのことだった。
 
 他の歴代魔王は結局それを破って虐殺したりするので、最終的には魔王を選出する立場にある「円卓」とか言われてる者達に止めさせられたのだそうだ。
 最後までまともに続いたのは母の代だけだったとか。
 

 それって魔王は世界の管理役って事だよね?と側近Aに尋ねるとまぁ、大体そうですねとの返事。

 自分が若き日に見ていた魔王像は実は管理職だったという落ちに、ちょっと落ち込んでしまったえるしおんだった。




 それはさて置き。


 人間主体となったこの世界では、現在人間勢力が破竹の勢いで成長している。

 小規模な魔人のコミュニティはそこの住民ごと簡単に蹴散らされ、壊滅される。
 基本的に強大な魔族は自衛できるのだが、人間の発展速度を舐めてはいけない、そう遠くない内に現在よりも強力な装備や戦術を以てこちらを狩りに来るだろう。
 その点は側近達の大半とも意見が共通している。
 


 そこで今後の魔族、魔人がこの世界で生き残るためにも、今後の自分達の活動方針を決定しようとしたのだが、これが荒れた。
 
 基本的に3派に分かれてしまい、はっきり言って収拾がつかないのだ。

 
 1つ目は人間排除派。
人間がこれ以上付け上がる前に排除しようという考えの者達。

 2つ目は不干渉派。
 これは人間との争いを避けてどこか隠れ里でも作って暮らそうと言う考えの者達。

 3つ目は穏健派。
 人間と講和するなり休戦するなりして平和に過ごしたいという考えの者達。



 ………たった40人程度の集まりでよくぞここまで分かれたもんだよ。

 嘆いても仕方ないので、苦労して落ち着かせつつ、何とか話を進める事に成功した。



 先ず排除派だが、これは駄目だろう。
 
 もし罷り間違ってこの世界の管理機構、型月の「抑止力」に該当する様なものが出てきたら確実に死ねる。
 寧ろ、魔王が管理職だった点を考えるとそういった存在がある確率はかなり高いと考えられる。
 さっきも言った「円卓」の連中が出てくる可能性もあるので、人間への攻撃は自衛か暗殺の様なものに限るべきだろう。


 次に不干渉派だが、これも駄目だ。
 
 人間は魔族や魔人と違い、短い人生を一杯に生かすという向上心に恵まれた種族であり、繁殖力も魔族や魔人より余程高い。
 今日明日は隠れたとしても、何処にいようが発展を続ける彼らに何れは発見されてしまうだろう。
 それに将来的にはこの地球上に人類がほぼ居住不可能な場所など南極大陸くらいしか無くなってしまうだから、これも却下だ。


 最後に穏健派だが、これも現状じゃ駄目だ。
 
 人間は自分達と異なる者は徹底的に排斥する生き物だ。
 出身、文化、肌や髪の色、食文化、果ては日常の癖など、どれか一つでも違っていればそれは十分に排斥する理由になる。
 一説では、史実のユダヤ人が迫害されたのも宗教的理由の他に、商売が上手だった事から来る嫉妬も理由の一つだったと言われている。
 容姿、寿命、魔導力、身体能力、知性など能力の面では人間より遥かに優れている魔族や魔人ならどうなるかは言わずもがなだ。
 一時は争わずとも、何れは戦端が開かれる事だろう。
 本当に恒久的な和平をするとなると、それこそ意識改革から始めなけらばならないから最低でも何十年も掛かってしまう。
 また、人類の倫理観が現代社会程度になるまで待たなければならないだろう。
 それに排斥するよりも協力した方が得になると解らせなければ、例え倫理観が幾ら進もうとも関係が続かない事は目に見えている。
 よって、これも駄目だろう。
 


 以上の事をようやっと落ちつき始めた側近諸君に丁寧に説明すると、何故だか皆さん黙りこくってしまいました。


 ………はて?そんなに突拍子も無い事を言っただろうか?
 それとも単に呆れられたとか……そ、それはちょっとやだなー…。




 とか内心ビクビクしていると、今度は皆さん落ち付いて意見を出し始めました。
 何か参考になる点があれば幸いですが、側近全員難しい顔で沈黙してしまいました。
 

 漸く話し合いが再開された頃には、さっきよりは理性的に話し合いが進んでるから良しとしておこう。






 そして、全員で意見を出して、叩き合い、3時間後に漸く意見が纏まった。



 結果、今後の指標となる最終目標は魔人、魔族の人類社会における浸透化に決定した。
 


 これは魔族、魔人がその素性を完全に隠蔽した状態で人間社会に溶け込む事を目的としたものだ。
 
 無論、神殿教会などの対魔機関所属の術者には魔導力を感知して判別してくる者もいるが、それ以外の点、容姿や身体構造などには魔族も魔人も人間も大差は無いため、その術者の判別さえ誤魔化してしまえば決して不可能な話ではない。
 その類似性は魔人という魔族と人間のハーフがいる事からも解る。

 将来、術者の識別を誤魔化す術が実用化されれば、多くの人間の中に溶け込めばおいそれとは手出しできなくなるだろう。
 
 もし、そんな状態で魔族や魔人を狩り出そうとすれば、それこそ中世の魔女狩り並に凄惨な事態となるだろう。
 そして、そんな事態になったら魔族や魔人は自身の能力を生かして逃げ出せばよい。
 
 それでも自分達の存在に気付く者達がいれば、懐柔するか最悪の場合は処分すれば良い。
 当の術式の存在自体は何れ知られてしまうだろうが、術式の構成そのものを知られなければ対策は講じられにくいだろう。


 そして長い時間をかけて、人間社会の深い場所まで浸透し、自分達の存在が人間社会に無くてはならない存在にまでなれば、おいそれとは排斥されなくなる。
 最も良い形は国家権力をこちらが完全に把握、又はこちらと協力関係にある人間が政権を握った状態である事だ。
 
 それにはどうしても最初に述べた誤魔化し術式を大前提として、一定以上の人数の同族、こちらに協力してくれる人間の人材が必要不可欠になってくる。

 その他にも財源や優秀な人材が大量に必要になってくるが、成功した際のメリットは非常に大きなものがあるだろう。

  


 と言う訳で、当面は側近の皆さんと一緒に、先ずは各地に散らばった同族の皆さんの再結集と種族問わずにこちらに協力してくれそうな人材の雇用、そして最も大事な誤魔化し術式の開発を主な活動に決めました。





 こうして、魔族と魔人の種族としての生き残りを賭けた一大戦略が開始されたのであった。








 


























 ???「うふふふ、くすくす………随分と面白い子がいるわね。さぁ、あなたの物語を始めるといいわ……この世界でただ一人の異邦人。」








[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第2話
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/06/11 06:03

 第2話

 
 魔族と魔人の旗頭になってから1カ月目。

 今日も旧魔王城にて書類と側近の皆さまに囲まれています。
 城に半ば監禁状態で頑張ってますが、そろそろ日の光の下に出たいです。
 

 ……………………………………………………ちょっと、限界来てます。








 さて、ここで報告があります。

 1カ月前に決めた浸透戦略ですが……初っ端から躓きました。



 誤魔化し術式の方は魔導関係の知識が豊富な者達を集め、開発チームを発足したので特に問題はありません。


 問題は人材の雇用と同族の皆さんの再結集に関する事です。

 側近の人達との話し合いが順調だったのですっかり失念してたのですが、この世界では人間は下位に分類される種族であり、未だ魔王制の頃の感覚を引きずっている者が多い現状では、人間を侮っている者が大勢を占めています。
 そんで魔族は元より魔人の中にも人間を下位種と侮ってる連中がいる始末。
 そんなのがヨーロッパにいる同族の、実に4割を占めているのです。
 

 …………………おまいら、もう少し緊張感を持てと小一時間問い詰めたい。

 

 それはさておき。

 そう言った連中をそいつらの領土(自称)から主に自分達が使用する旧魔王城へ来させるのは難しい。
 何せ「人間如き何するものぞ!」とか言って、寧ろ積極的に暴れて聖騎士団を呼び込んでしまう様な連中ばかりなのだ。
 実際、交渉に行った連中が討伐に向かった聖騎士団と鉢合わせしてしまい、危うく全滅しそうになった事もあった。
 以上の事から迂闊に招いて内部に不安要素を抱くのは避けたい。
 

 唯でさえ側近の中にも人間排斥派が存在するのだ、そいつらを結託されたら厄介な事になるだろう。
 これは不干渉派、穏健派の面々とも合意した事だったが、かと言ってそう言った者達を全て除け者扱いにしたら秘密裏に結託して暴れかねない。
 

 しかし、人材の枯渇は深刻なので、一通り声を掛けておくだけはする。
 結果、好戦的だが理性もしっかりあるような連中はこっちの誘いに乗ってくれた。
 数こそ多くないが、それでも人手が増える事は喜ばしい……と、思っていた。


 そして、招いた連中に仕事をさせようとした所で、また問題が浮き上がった。

 この連中、揃いも揃って脳筋族ばかりだったのだ。

 どうも領地経営の方は人間任せにされてるらしく、その上の魔族、魔人の殆どは他の地域で略奪やら虐殺やらをして物資や人を奪ってくるらしい。
 まぁ、そりゃ詰まらない事務仕事を人間に押し付けたがるとは思ってたけど………おまいら、少しは働けよと小一時間(ry。

 これで期待していた文官の補充は無くなってしまった。
 残ったのは殺し合い大好きだけど、上位の魔族や魔人に付いてきただけの連中であり、この世界の魔族、魔人の存亡への危機感なんぞこれぽっちもありはしない者ばかりだった。
 交渉役の魔族の側近がかなり格が高い人だったから起こった事だが、自分みたいにまだ100年と生きていない若造だったとすると、この半数にも満たなかっただろう。
 

 …………………………………さて、どうしよう…。


 扱いに困ってしまった連中の処遇だが、その中には使えない魔人、魔族の他に領地経営とかをしていた人間の文官も多少は混ざっているので、そちらは改めて旧魔王城の文官として起用する事になった。

 残った脳筋族に関しては、ある程度似たり寄ったりの排斥派が面倒を見る事に決まった。
 今後は対聖騎士団用の戦力として、排斥派の面々にその連中を率いてもらう事にした。
 秘密裏に結託されるよりはこっちの目の届く所でそうしてもらった方が良いと判断したんだけど……上手く手綱を取れるかちょっと心配。
 ……まぁ、消えた所で悩みの種が消えるし、代わりの人材は今後育てるとしよう。
 元々人間なんぞ(ryと何処かで考えている連中だが、仮にも人外達、実働戦力としてはそれなりに使えるだろう。 

 なお、誰が指揮官かで揉めるかと思ってたが、排斥派にも力の強い古参魔族が多く、引っ張ってきた魔族、魔人達は本能的に彼らに従うため、あっさりと上下関係が出来ていた。
 ………うん、自分魔族の本能って凄いね。
 

 で、彼らには早速仕事をしてもらう事になった。
 最近、聖騎士団の活動が活発化しているので、先ずは彼らと戦ってきちんと現状を見据えてもらおう。
 これで彼我の戦力をしっかり認識してもらえれば良いのだが……それは期待薄だろうか?
 もし壊滅的打撃を被った所で、自分としては然したる問題は無い。
 それは彼らの責任であり、排斥派が大人しくなるのであれば不干渉派、穏健派としては問題は無い。
 排斥派としても人間と戦わせてもらうのなら特に問題は無いので、文句は出なかった。
 と言う事で、彼らにはとっと出発してもらった。
 ……補給物資、各種武装などは準備済みとは言え、部隊発足から3日目は流石に早かっただろうか?


 そう言えば、最近では誤魔化し術式の開発も進み、試作1号も出来たので、量産成功の暁には各地で情報収集に出ている魔人、魔族の諜報員達に最優先で支給してもらう予定だ。
 旧魔王城の周囲に展開されている隠蔽結界や認識阻害などの結界を省略、小型化して個人用にしたらしい。
 人間は元より魔人でも熟練者以上にしか見分けられないのだとか。
 
 なお、情報源に関しては普通の人間から金を払って得たりする事も多い。
 流石の神殿教会も、異端でも犯罪者でもない、小づかい稼ぎをする人間を理由も無くどうこうできない。
 彼らはあくまで対魔機関であって対人機関ではないのだ。

 

 後、金がない。
 今は旧魔王城地下倉庫にある使い道が無さそうな装飾品、家財を売りに出している。
 無論、ミスリル等の武器に転用できる素材を使わない、あくまで装飾品としてのものだけ。
神殿教会に見つかる様な事は嫌なので、裏ルートでオークション形式で販売してみた。
 結果、かなりの価格で物好きな貴族が買い取ってくれた。
 これで今暫くは大丈夫だろうけで、今後は確立した資金源が必要だろう。

 なお、文句を言う奴は一人残らず組織運営上の資金の大切さを小一時間自分が直でレクチャーしてやった。

 ……文句は消えたが、仕事の時間が減って暫く地獄見た。
 



 誰か、自分に休日をくれ。
 そして、潤いの無い職場に終焉をくれ。
 前の人生でも無かった一週間ガチ徹夜とか、このままじゃ幾ら魔族でも死んでしまう…。




 旗頭生活2カ月目

 排斥派率いる戦闘部隊だが……聖騎士団と痛み分けになった。
1.5倍の戦力差と言えど、人間が人外と拮抗するなんて聖騎士団マジパネェっす。
 この件で排斥派の面々も大分人間への偏見、というか油断や侮りが取れた。
 現在、部隊の再編成と訓練、対聖騎士団の装備の開発に勤しんでいる。
 上層部の意思統一が出来たのは不幸中の幸いか。


 さて、誤魔化し術式の方はこの2カ月の試行錯誤のおかげで、実用段階まで漕ぎ着けた。
 今は試作品を改良した正式版を順次生産しているが、今後も改良を続ける予定だ。
 これで魔族の諜報員の帰還率も上がるし、人間の方は信者に紛れて神殿教会内での活動に集中させられる。
 開発班にはボーナス代わりに酒でも送っとこう。

 そう言えば、資金源に関してだが、排斥派の方にいる訓練中の兵士使って訓練代わりに魔王城周囲の土地を開墾させる事にした。
 伐採した木材は近隣の街や都市に買い取ってもらって、拓いた土地はサクサク農業を開始する。
 ヨーロッパだけあって麦の供給は幾らあっても買い手は消えないので、育てるのは麦に決定。
 後は魔族、魔人領で暮らしてたせいで聖騎士団に追われた人間主体で農業開始。
 こうやって人間使うのも排斥派のせいで大っぴらに出来なかったんだけど、今度からはあまり気兼ねしなくとも使える。
 いきなり動物のフンとかは反対、てか嫌悪されるかもなので抜いた雑草や材木の切りカスとかを燃やして灰にして畑に混ぜて肥料にする。
 これで自給自足に成功すれば大幅な出費の低下、あわよくば売りに出せるかも。
 今後は各地にある特産物とかを諜報員とかを利用して苗木や種、種馬、種牛なんかを貰ってくる予定。
 
 後、そろそろ旧魔王城の部屋が足りなくなってきたので、兵舎とか作ろうかと。



 ……あ、そう言えば自分の給料とかってどうなってるんだろう?
 部下達への奴は書類への決裁の時に見たけど、自分のは?




 旗頭生活2カ月と2週間目


 漸く戦闘部隊の再編が終了した。
 ただし、魔族、魔人で固めてたそれは支援部隊や補給部隊に人間を起用する事になった。
 無論、魔族、魔人とやり合える聖騎士団と事を構えるには魔導皮膜済みの装備がいるだが、それは前衛担当の魔族、魔人組が優先供給されているので今しばらくは無理だろう。

 後、人間主体の後方部隊には今後長弓やバリスタ、長槍なんかを使用してもらう事になる。リーチの長さって大事だよね。
 矢の戦端部分の金属を魔導皮膜で覆うので、角度や勢いにもよるが、これで重装歩兵や騎兵が主である聖騎士団にもある程度はダメージが通るだろう。


 さて、農業の方だけど…これは意外と進んでいる。
 やはり餅は餅屋、農業は農民に任せるのが合っていた。
 こっちに避難してきた農民達も大分元の生活に近づいたため、当初あった異種族への怯えが大分軽くなっている。
木材も市場価格よりやや安く販売しているためか、よく売れる。
 元々原価はタダだし、ウハウハだ。

 …しかし、そうやって稼いだ金も直ぐに軍備と各種開発費、部下達への禄に消えていく。

 
 なお、自分のお膝元で人間に訳も無く手を上げる奴は、最近使えるようになった指―ム(仮称)の実験台に処す事を発表している。
 大型魔物も両断できる指―ムは調整如何で使い方の幅が広がるため、結構使い勝手が良いので重宝している………主に果物や肉の切り分けに使ってたら側近Aに泣かれ、最近使えるようになった側近Bに怒られた。
 別に良いと思うけどね。
 
 なお、この実験台の刑が始まってから、被害者1号を除き、以後受刑者は出ていない。




 旗頭生活半年目


 最近の神殿教会の勢いはマジで怖いので、対抗してこっちも別の宗教を後押しして信者の増加を抑える事が恒例の側近会議で決まった。

 後押しする宗教の名は十字教、かつて魔王制の廃止を天界に訴えた史上初の人物が唱えた宗教である。

 これに関しては側近会議でもかなり揉めたのだが、側近Aの「ならば、神殿教会に対抗できるだろう宗教組織は他になるのですか。」との鶴の一声で決定した。
 「無いのなら作ればいい」という意見もあるにはあったが、資金や人材の問題があるため、見送られた。

 
 壮大過ぎる感もあるこの計画だが、実は結構理に適っている。
 同じ人間同士をぶつけて勢力を削ぐのもさる事ながら、神殿教会の教えと十字教の教えはほぼ同じなのも都合が良い。
 
 何時になるかは不明だが、両者は何れ信者獲得のため、自分達と似た様な教えを持っている互いを排除しに動くだろう。
そして、宗教戦争が開始される。
 宗教に根ざした戦争というのは後々の禍根に成りやすい。
 恐らく世紀単位で神殿教会といがみ合ってくれる事だろう。

 無論、対魔機関である神殿教会に普通の人間で構成される軍隊が勝てる筈がない。
 しかし、彼が裏に属する者である事がこの場合は隙になる。
 神の代行者にして地上唯一の対魔機関である神殿教会に属する聖騎士団が、宗教戦争を容認し、大義名分があるからとは言え殺人を容認するのだろうか?
 もし組織の上層が容認したとしても、魔と異端を討つ事に慣れた彼らに、同じような教えに従うただの人間を殺せるのか?
 そんな事になれば、いずれ人心は荒廃し、信者獲得もままならなくなるだろう。

 彼らの弱点、それは表に出てこれない事と大っぴらに信者を増やせない事だ。

 しかも、この時代の情報伝達速度を鑑みるとその発足から間もない宗教であるからには未だ大した数の信者はいない。
 後に世界三大宗教になる程の規模を持つ事になる十字教には敵わないだろう。
 少なくとも表での戦いなら、十字教を掌握した時点でこちらの負けは消える。
 もし十字教が負けたとしても、宗教の根絶というのは非常に難しいので、目の上のタンコブとして残ってくれる。
 
 そして、荒廃した人類社会の復興に際し、自分達が手を貸す。
 
 人間、困った時に手を貸してくれた相手には裏切られるとは考えないものである。
 それは恒久的に人間社会に溶け込む事を最終目標とする自分達にとって、ひどく都合のいい事だった。
 具体的な事は経済面から支援する予定だが、復興以後も開拓や貿易事業に人間名義で協力していけば、今後も良い関係を続けられる事だろう。
 
 既に貨幣経済が始まっているこの時代、金を握れば人間社会を裏から牛耳るのも不可能ではない。
 未だ法が整備されていないのも、こちらには有利に働く。
 この時代には独占禁止法も著作権法も無いのだから、稼ぎ方はいくらでも思いつく


  
 聖騎士団が十字教の相手をしている内に、自分達は経済なり宗教なり政治なりで人間社会の中に足場を築く。
 完遂するまで3桁単位以上の年月がかかるかも知れないが、漸く決まった浸透戦略の具体的な内容に側近達も期待しているので、何としても成功させたい。



 さて、十字教支援のための資金源だが、現在は商会を立てて、あちこちで様々な分野の商売を営んで資金を作っている。
 旧魔王城のいらん品を片っ端から集めて売り払い、元手を作った御蔭で漸くできた商会だった。
 
 
 現在の主な商売内容は医薬品の販売と配達輸送業、飲食店経営、傭兵といった所だ。
 
 魔族、魔人の身体能力なら普通の馬なんぞよりも遥かに早いので配達も早い。
 多少重くて多いのなら、複数人でリヤカー(偽)を引けばよい。
 医薬品は魔導薬の作成の応用であり、普通の薬よりちょっと効果と値段が高い(それでも王侯貴族向けのそれより安い)………ただ、使ってる技術はちょっとグレーゾーン。

 
 料理に関しては旧魔王城のメイドとコック達の独壇場であった。
 何しろ命がけで日々料理をしていたのだ(主に自分の妹が原因で)。
 たかだか50年程度しか生きていない人間のコック相手に己を誇りを賭けて彼らが負ける筈も無かった。
 現在は近場の都市で店舗を出しているが、その内各地にチェーン店を出していく予定だ。


 最も稼ぎが良いのが傭兵なのだが、その主な相手は山賊、盗賊、海賊の他、魔物退治だ。
 普通の賊が魔族、魔人に敵う筈も無く、割かしあっさりと片付く。
 問題は魔物だ。
こちらは聖騎士団が何らかの理由で派遣できない、又は遅れる場合に依頼を受けるのだが、如何せん神殿教会から目を付けられたら堪らないので最も身入りの良い魔物退治は内容を選ぶ必要がある。
 聖騎士団は魔を浄化する事に命を賭けているので、イザコザを起こすと後が怖いのだ。
 唯でさえ術式(ペンダント、指輪、腕輪、ネックレス等に内蔵)で誤魔化しているので、しつこく付き纏われるのは避けたいのだ。



 以上、こうして何とか順調に資金操りをしている。

 しかし、自分がその商売を利用する事は少なくとも後100年は無いだろう。


 何故なら旗頭である自分は今日も監禁状態で仕事を捌いているからだ。
 先日、遂にあまりの過剰労働に脱走を試みたのだが、側近Aの指揮と側近Bの見えざる手のコンボにより敢え無く補獲されてしまい、その後の仕事でちょっと地獄を見た。 


 ……AはまだしもB、お前は覚えてろよ……。
 1本2本ならまだしも、一度に6本も出してきやがったよ、あの蛇目シャギー。
 Aの金髪聖人も顔と人格の割に指揮がエグイし、散々だった。
 
 こっちが指―ムで対抗したとしても、自分の悪戯で脱走騒ぎに慣れているメイドと執事が人海戦術で迫ってくるのは反則だと思った…………やはり自分に休日は無いのか……。



 …く…自分が過労死しても、何時か第2、第3の自分が貴様から逃げ出してくれるわ。
 
 今日も今日とて書類仕事に精を出しつつ、全く懲りていないえるしおんだった。
























 ???「ぷぷふ…………だ、ダメ…もう耐えられ……あは、あはははははっはははは!!」







[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第3話
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/06/10 22:24
 

 第3話


 旗頭生活2年目



 最近、魔王とか言われてるえるしおんです。
 


 ヤバいので違うと言うんですが、皆さん話を聞いてくれません。
 どうも側近連中の誰かが言いだしたらしいのですが、側近達も知らないそうです。
 はて?と思ってると、「私達の盟主なんだから当然ではないですか。」と側近Bのお言葉。

 き さ ま の し わ ざ か 

 どう考えても死亡フラグじゃねぇか!
 自分、童帝のまま死にたくはねぇよ!!
 
 癪なので、自分は何時か止めるんだからその内誰か君らの頭になってくれる人が出てくるよ、と言って既に半年に一度の恒例行事となって久しい脱走を開始。
 城内で上手く撒いたと思ったら、今度は旧魔王城正面門で待ち構えていた排斥派率いる戦闘部隊と衝突、戦闘。
 指―ムと最近開発した目ビーム(不意打ち用)で壊滅的打撃を与えつつ、最後にはメイドを始めとした魔人の女性陣に捕えられました。
 ……胸とかが当たって……ちょっと、気持ち良かったです…。
 
 でも、その後は書類地獄再び。


 …………………誰か、簒奪してくれ、若しくは聖騎士団を潰して………。
 …………流石に1年間ずっと睡眠時間が1日につき2時間とか無いわ………。






 


 最近、あちこちの国で十字教の迫害が盛んになった。

 まぁ、皇帝崇拝とか多神教に反対してるんだから、当然と言えば当然なんだけど。
 こっちが後押ししたとは言え、急激に布教が進んだものだから何処の国や宗教も焦っているらしい。
 
 それと同時に十字教とよく似た宗教も排斥されているらしい。 
 奇妙な事に誰もその宗教の名前も知らないのだが、しかし、確実に迫害を受けている。
 無論、下手人は皇帝の命に従った騎士団の仕業だが、手引きは自分達。
 袖の下って、いいよね♪


 後、これは狙っていなかった事なのだが、ちょっとした収穫があった。
 神殿協会、十字教は共に唯一神教。
 よって各地に広がった十字教徒のおかげで多神教の何れかの一柱や土着神の神殿や社が破壊される事件が相次いでいる。
 御蔭で魔物が活動しやすい地域が増えたとかで、聖騎士団が忙しそうに走り回っているそうな。
 
 正直ザマァwwwとか思うが、そう喜んでばかりもいられない。
 
 こっちは一応十字教を支援する予定なので、今からでも恩を売っておいた方が良いだろう。
 と言う訳で、村を焼き打ちしようとする国の騎士団に先んじて、秘密裏に十字教徒を保護、騎士団には適当に都合のよい幻(既に盗賊や山賊の略奪にあって滅んでいた)を見せたので無問題。
 結構多数の村人を保護したので、不足気味の労働力も少しはUPするだろう。
 

 あ、そう言えば農業の方だが、最近ではノーフォーク農法で小麦、カブ・テンサイ、大麦、クローバーを栽培している。
 御蔭で各地から購入した家畜を殺さずに乳や羊毛が取れるし、作物も多く取れるし、土地も痩せないから便利便利。
 ……ライ麦も栽培しようと思ったのだが、麦角に注意が必要なので、対策が出来たらで。


 後、肥料の件だけど、最近家畜の糞を発酵させたものを試験的に一部の土に混ぜ始めた。
 何でも家畜の糞を捨てていた辺りの土が妙に肥えていたため、成分検査をしたのだとか。
 結果、試験的に採用されたのだが…………自分、許可出したっけ?
 
 一応側近達に問い詰めると、不意に側近Aが目を反らした。

 こ ん ど は き さ ま か 

 どうやら学術的探究心で勝手に調査、実験したらしい。
 まぁ、いずれはやろうと思ってたし、成功したからあまりとやかく言わなかったが、今度からはちゃんと申請するように厳命しておく。


 後、罰として自分がやっている書類仕事を3日分肩代わりさせた。
久しぶりに日の下で過ごせた……2年ぶりに。


 終了後、側近Aに泣いて謝られた。




 ……………………………………自分の仕事量ってどうなってるんだろう?
 

 自分の仕事に関して、ちょっと黄昏るえるしおんだった。

 なお、この後仕事量の軽減を訴えたが、返事は机に山積みになった書類だった。






 旗頭(偽魔王)生活2年2ヶ月目


 最近、保護した十字教徒達の教育を始めました。
 簡単な計算と読み書きだけですが、これで外でも食っていけるでしょう。

 え?旧魔王城で暮らさないのかって?
 彼らは何れ外で十字教の布教に役だって貰うのだから、将来は外に行く事になってます。
 まぁ、老い先短いご老人や病人等、外の過酷な生活が出来ない人は旧魔王城付近で暮らしますが。
 今後、彼らには頑張ってもらうので期待大。


 そう言えば、最近商売が繁盛し過ぎて笑いが止まりません。
 特に飲食店関係がすごく、毎日大盛況。
 何故かお忍びで貴族まで来てると報告があった。
 原因は甘味。
 この時代、塩はあっても砂糖は超貴重品。
 果物もまだ品種改良が進んでないので大して甘くないし、硬いものが多いので余計に砂糖を使った料理は貴重だ(旧魔王城では品種改良が開始されている)。
 うちの店はテンサイから作った砂糖を始め、卵と乳製品を豊富に使ったクッキーやパンとかを出しているため、非常に人気が高い。
 一時は宮廷料理人として貴族にコックやメイド達が引っ張られそうになった事もあった(金を握らせて事無きを得たが)。

 ……なお、テンサイから砂糖を取るには本来なら結構な手間がかかるのだが、千切りを温水に浸して糖液を出して、煮詰めて、ろ過しただけのものを使用している。
 

 他にも、金にあかせて貴重な書物を買い漁り、海賊版を安値で売ってたりする。
 この時代、まだ紙は貴重品なのだが、幸いにも旧魔王城では魔王制時代に実用化済みの技術だった。
 そこで各地に増えた支店を通じて貴族や商人に少々安値で販売している。
 現代の高度に工業化された奴には圧倒的に劣るが、パピルスや羊皮紙なんぞよりも使い勝手は良いので結構売れていたりする。
 

 後、傭兵だけど、これはちょっと困ってる。
 最近の神殿破壊のせいで活性化した魔物の相手で人手が足りない上に何故か一部で迫害を受けている神殿教会だが、追いつめれてるせいか新たな信者(人材)確保に余念が無い。
 で、一応フリーランスの傭兵であるうちの連中が目を付けられて強引に勧誘された。
 幸いにも勧誘された部隊の隊長は結構切れる人だったらしく、「自分達は十字教徒だから嫌」と断ったとの事。
 うん、GJ。
 これで十字教と神殿協会の確執がまた深まったね。
 ………でも、ちょっと追い詰め過ぎたかね?
 暫くは傭兵業は控えめにして他に集中する事にしよう。


 
 そう言えば、最近神殿協会で新たに対魔導感知の術式が開発中だとか。
 念のため、諜報員の誤魔化し術式装備の刷新を急がせる。
 後、最悪の事態に備えて旧魔王城の周囲にある結界の強化と万が一の時に戦闘城塞としても機能するようにしておく………勿論ながら、陥落した際の脱出通路や予備の拠点も準備しておく。
 また、神殿協会内の非主流派を唆して謀略を開始すると同時に有事の際に必要となる各種物資の動きに注意する。
 そして、周辺地域の必須物資の価格をゆっくりと上昇させる。
 駄目押しに、皇帝崇拝の国々に神殿協会の拠点を十字教の拠点と偽って密告しておく。
 これで少しは時間が稼げる筈だ。
 
 戦闘部隊の方も傭兵稼業の御蔭で経験もばっちり、連携に関しても気を付けていたので足の引っ張り合いにはならないだろう。
 前衛部隊の殆どには魔導皮膜装備が配備完了、後衛部隊はまだ無理だが対魔導皮膜として矢の先端に皮膜を施した長弓やバリスタや投げ槍の配備は終了している。
 これで一方的に虐殺される事も無いし、最低でも非戦闘員の脱出の時間を稼げるだろう。


 
 あの狂信者達が坐したまま追い詰められるを良しとする筈がない。
 そろそろ大きな動きがあると予想される。
 それを乗り切れるかが目下、最大の懸念事項だ。


 自分達と今後生まれてくる子孫の生き残りを賭けて、何としても対処しなければならない。
 
 


 










 側近Aの独白

 

 「如何に魔族や魔人が強力でも、近い未来、人間には決して勝てなくなる。」



 魔王制廃止直後、先代魔王フィエル様の側近だった者達が今後の対策を検討する議場。
 建設的な意見が出ぬままに紛糾する中、静かに幼い声が響いた。
 その少年が発した言葉に、私を含め、その場にいた者達は悉く思考を停止させた。
 その日その場で交わされた言葉を、私は生涯忘れる事は無いだろう。

 お飾りとしてその席に座らされた少年が、今や名実共に自分達の盟主となる等、一体誰があの時に予想できただろうか。



 私が彼と初めて会ったのは今から約20年程前のことだった。
 先代魔王フィエル様の元、各地の魔族、魔人達が無秩序に暴れないように治めていた頃。
 まだ旧と付く前の魔王城の中庭での事だった。
 
 たまたま通路を歩いていた私の視界に、日差しを避ける様に木陰で休む小さな人影が入った。
 その少年の容姿に自分の主君の面影が見えたため、直ぐにそれが誰なのか解った。
 主君であるフィエルの次男エルシオン。
 現在、この城で暮らす者なら誰もが一度は聞く名前だ。
 
 噂好きな侍女たち曰く、変わり者。

 日がな一日ずっと魔法の研究と実践、偶に珍しい料理を作ったかと思えば何処かに出かける。
 妹であるエルシア様とも殆ど会わず、唯一母であるフィエル位にしか心を開かず、フィエル様本人も手間が掛からないが、それが少し寂しいと仰っていたのが印象に残っていた。

 その時も木陰で小難しい魔導書を読み、地面に複雑な計算式を書いていた。
 チラリと見たが、自分も嘗て学んだ内容だった。
 しかし、それは確実に生まれて数十年程度の若い魔族が読むものではなかったが。
 
 その時は仕事が立て込んでいたため、直ぐにその場を後にしたが、今思えば彼は彼なりにこの後の事態を見据えていたのかも知れない……魔王制が廃止された後の事を。


 
 次に会った場所は、先にも上げた議場だった。

 魔王制廃止直後、フィエル様の姿が消えた。
 たまに城に来ていたアウターと言われる面々もその足取りを完全に消し、魔王城にいた側近達は今後の事を考え、頭を悩ませた。
 一先ず一度話し合うべきだろうと側近達を集めて会議を開いたが、遅々として話し合いは進まない。
 辛うじて現状の情報は各自の報告で把握できたが、それだけでしかない。
 主に3派に分かれて会議は推移しているが、はっきり言って実入りは無い。
 いい加減見切りを付けて、独自の判断で行動しようかとも思った。


 遠い過去、私が提案したこの世界への侵略。
 それが原因で、この世界の多くの場所で血が流れている。
 今はまだ魔王制の頃の秩序が残っているが、後少しすれば多数の人間と少数の魔族、魔人との血で血を洗う戦いが始まるだろう。
 そうなれば、間違い無く人間が勝ち、私達は負ける。


 この議場にいる何人が意識しているのだろうか、人間という種の危険性と可能性について。
 彼らは私達ととても近しいが、多くの面で劣っている。
 だからこそ努力を惜しまず、自分達よりも遥かに短い人生を目標に向けて進んでいく。
 魔王制が終わったばかりの今はまだ良いだろう。
 しかし、何れは私達すら独力で超えていく。
 それだけの下地が彼らにはある。



 いい加減、見切りを付けるかと席を立とうとした時に、先に上げた幼い声が聞こえた。
 誰もが意識していなかった、或いは見えていなかったのか議場の一席に小さな子供が座っていた。
 それが誰かは直ぐに解った。
 主君たるフィエルと娘のエルシアが消えた今、唯一残っていた次男のエルシオンを出汁にこの場を設けたのは自分だったからだ。
 視界に彼を確認した者は誰もが彼がお飾りだと考えていた筈だった。
 誰とも関わらない変わり者の子供。
 しかし、今の彼はその血筋もあってか、どうにも抗い難い雰囲気を放っていた。
 

 そして、全員が唖然としたままである事を、これ幸いにと彼は話を続けた。

 人類の排斥と和解、魔族・魔人の隠遁。
 その全てに彼は自身の意見を理路整然と告げた。
 その内容は荒唐無稽な点もあったが、馬鹿馬鹿しいと切って捨てるには辻褄が合っている。
 そして、私自身の考えと一致する部分もあった。
 

 そこから先の会議は自然と彼を中心として、この世界の魔族・魔人の生き残りを賭けた戦略について話し合いが進んだ。
 その内容は先程までの実入りの無いものではなく、誰もが真剣にこの事態に対する打開策を論議していた。
 3時間にも及ぶ話し合いの末、今後の戦略は人類社会への浸透となった。
勿論、この決定に不満がある者も少なからず存在したが、それでも表だって離脱しようと考える者は少なかった。


 
 そして、今日に至るまで離反者は出ていない。
 皆、心の何処かで解っているのだ。
 自分達魔族と魔人は、この世界で何処にも居場所が無い事を。
 
 だからこそ、自分達が平和に生存できる環境を作る事を目指すエルシオン様についていく。
 エルシオン様本人は私達の誰かが裏切るのではと考えている節もあるが、それは無い。
 少なくとも私が現役の間は決してそんな事はさせないと誓える。
 他の者達からは「聖人」とも言われる私だが、目的のために必要な犠牲は躊躇わない。
 私が始めてしまった争いを終わらせるためにも、私はエルシオン様についていく。
 

 決意を新たに積み上がった書類を片付けるために手を動かす。
 こうした地道な仕事も目標のためには大事なのです。

 


 「バーチェス様ーー!!エルシオン様がまた脱走しましたーー!!」


 バタン!とドアを勢いよく開いて駆け込んできたメイドの報告に、コトン、と羽ペンを取り落とす。
 半年に一回の割合で起こるこの騒ぎですが、何も過去に浸ってる時に起こらなくても……。
 自分の額に遣る瀬無い怒りで青筋が見えるのが容易に解る。
 何故なら、その証拠に目の前のメイドさんが顔がみるみる青くなっていくからだ。

 「エスティ君にも連絡を入れてください。出るのは恐らく正面門からでしょう。そこに訓練中の部隊を派遣してください。城内の者はエルシオン様を追いかけ、退路を断ってください。くれぐれも隠し通路や罠を見落とさないように。」
 「ハッ!了解しました!」
 
 青い顔のまま敬礼し、一瞬で走り去っていくメイドの後ろ姿を見送りながら、仕事を先程の倍近い速度で終わらせていく。
 この書類の山は後はエルシオンの決裁を貰うだけで済むのだが、何しろ量が量、今日までに終わるかは定かではない。
 罰代わりに仕事を増やした事に満足し、後はその内届くだろう捕獲成功の一報を待つだけだ。
 
 しかし、今日の自分の仕事は今ので終わりなので、さっさと夕食を食べに食堂へと向かう事にする。
 今日は季節の野菜シチューの筈、あぁ楽しみだ。







 途中、子供の泣き叫ぶような声が聞こえたが、空耳と断言して夕食を続行。
 今日のシチューも美味い。
 
 後でエルシオン様の部屋にも届けて差し上げるとしよう。









 その日もエルシオンの執務室から明りが消える事は無かった。
 
 









[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第4話
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/06/13 06:32
 

 第4話


 旗頭(偽魔王)生活2年と半年目


 最近、真剣に文官の育成に取り掛かろうと思う日々。
 このままじゃ比喩じゃなく書類に殺されると日々怯えてます。



 側近達も排斥派達実働部隊とかは比較的少ないが、他の部署は深刻な文官不足による過剰な書類仕事により、唯でさえ数の少ない文官達を圧死させかねない程。
 例えば自分とか、自分とか、自分とか、自分とか、自(以下略
 御蔭で文官を志望する新入りも少なく、悪循環に陥っている。
 
 じゃぁ何で今まで育成しなかったんだ?と言われそうだが、勿論理由がある。
 人材育成には金、時間、人員が多く掛かる。
 今までは人員と何より金が無かったので出来なかったが、今はこの時代の国家予算並の莫大な資金を持ってるので大丈夫(予算自体はもっと少ないが)。
 人員の方はそっちに回す位なら仕事させろっていう風潮があったので、今までそっちに割ける人材が無かったから。
 
 今は何処の部署も文官不足なので教師役をローテーションさせて負担を減らしつつ、一先ず簡単な計算と読み書きを中心に教えていく予定。
 これは十字教徒達と似た様な内容であるため、合同で授業をしている。
 なお、十字教徒達もある程度使い物になるにはやはり実践が大事なので、一定以上習熟したら見られても問題無い内容の仕事を練習がてら彼らにも手伝ってもらう事にした。



 さて、最近の外の情勢だが、相変わらず迫害が続いている。
 
 積極的に煽る事はもう必要ないと止めていたのだが、やはり一度迫害されるようになると随分と尾を引くらしい。
 これなら煽らずとも大丈夫だったかな?
 最近では猶太教の信徒まで迫害対象になっているらしく、こちらでも受け入れを開始している。

 神殿協会は相変わらず信徒の保護と魔物退治に動いている。
 魔物は漸く沈静化の兆しが見えたが、信徒の保護に関しては十字教徒まで神殿や各地の教会に押し寄せており、保護されないと解るや否や暴動に発展している所もある。
 そこに両者の区別がつかない皇帝の軍が来るため、各地で相当な量の血が流れている。
 
 正直、やり過ぎたか?とも思うが側近A曰く「必要な犠牲」との事なので、十字教徒が増え過ぎて国の手に負えなくなるまでノータッチに決定。

 後、アジア方面への布教も開始、商会がアジア方面に出す商隊に便乗させて送り出す。
 これで史実より遥かに早く布教してくれる事だろう。
 勘違いして神殿協会の方に行く奴も少なからずいるだろうが、それ位は想定内、特に問題視はしていない。
 


 商売に関しては傭兵は商隊の護衛や盗賊団の討伐位で、騎士団と会う事も無く平和そのもの。
 飲食店と商会支部の方も、各国の主要都市並びに流通上重要な都市全てに建てた。
 もう稼ぎが凄い、笑っちゃう位凄い。
 何か王族までお忍びで来てる。
 
 中には宮廷料理人として強制的に召抱えようとしてきた王族もいたが、給料にその国の国家予算の半分の額を要求したら顔を真っ赤にして断られた。
 
 ………調理器具やテンサイから液糖までの加工費用、乳牛の飼育と各種乳製品への加工、それに鶏の飼育、小麦等を育てる大農園の維持費とかも加味すると大体それ位になるのになぁ…。
 まぁ、費用の増大はこの時代の技術水準が低すぎるからなんだけどね。
 これが現代ならもっと安上がりに済むんだけど。
 実は赤字スレスレなまで安上がりなんだけどね、うちの飲食店って。


 さて、他の交易とかの商売だけど、最近では先にも上げたアジア方面の品物をこっちに輸入したりしている。
 例えば茶葉、絹、麻(繊維原料として)、稲、大豆、小豆等の植物の種や苗、そして名工が手掛けた陶器や硯といった工芸品、巻き物の数々。
 植物に関してはうちの農場で品種改良し、行く行くは加工して飲食店に出す等して利益を上げたい。
 工芸品や巻き物に関しては芸術方面に理解のある貴族や王族が言い値で買ってもらうかオークションに掛ける。
 
 本来なら長距離の交易はこの時代では現代よりも遥かに危険なのだが、そこらへんはやっぱり人外、あっさりと賊を撃破、魔物もなんのそので確実に帰ってくる。
 御蔭で資金に困る事は全くと言って良いほど無くなった。



 もう赤貧に喘いでいた過去は遠いものであり、側近を除く部下達は大喜びしている。
 側近達はどうしたって?
 

 …………皆、仕事に忙殺されてて使う暇なんざありゃしないのさ…。
 …全員少しは自分の気持ちを味わえばいいんだ…。







 旗頭(偽魔王)生活3年目


 先ず一言

 騎士団が攻めてきました。



 いきなり何を言ってるか解らないだろうが、自分でも(ry




 …一先ず落ち付いて、と。


 聖騎士団の総攻撃か!?と即座に臨戦態勢になったのだが、所がどっこい、正体は近くの国の騎士団でした。
 
 何でもここに十字教徒が集まってるという密告があり、調べに来たのだとか。
 数も騎兵が50と少ないので、此処の事をただの村と思ってたらしい。
 幸いにも通りがかった側近Bの見えざる手で一網打尽されたため被害は無く、その後旧魔王城地下の牢獄で拷もゲフンゲフン!…もとい尋問開始。
 蛭風呂と蟻風呂と触手風呂どれがいい?と側近Bが尋ねたらしいが、罵声が返ってきたので一時間ごとに交代で全部を体験させたらしい…………通りで地下から「アーーーーー…………ッッッ!!!」な叫びが聞こえてきた訳だ。
 おかげで全部吐いてくれたので、まぁ、問題無し。
 ちなみに密告したのは誰かは解っていないらしい。
 報酬を受け取らずに消えたため、足取りも不明だとか。
 なお、その後は適当にミンチにして、飼育している魔物の餌にしました。


 国の連中には上層部に金を握らせるか暗示をかけるよう指示を出し、今後の対策に移る。
 多数の結界に守られている旧魔王城程ではないものの、意識誘導の結界が敷かれている周辺の領地に何故聖騎士団の様な対策を取っていない普通の騎兵が入ってこれたのか?
 答えは彼らの持っていた指輪にあった。
 本人達も身に覚えが無いと証言した怪しげな指輪は、どうやら神殿協会由来の術式が彫り込まれたものだった……それも従来の術式とは所々違う形式のもの。
 効果は他者からの精神干渉の防御。
 それにより、穏当な形で侵入者を排除していた結界が実質無効化されてしまった訳で………。

 ヤバいって事で緊急側近会議を開催、出張中だった側近も呼び戻す、今回の事件はそれ程にヤバい。

 で話し合った所、側近Aが言うには恐らく警告と試験運用じゃないかと。
 最近、聖騎士団の活動の阻害になる事ばっかりやってたので、向こうからの脅しを込めたメッセージとして。
 そして、極め付けに防衛上の要である結界を無力化できる装備。
 こっちの本拠地の特定と結界の無効化にはそれだけの意味がある。
 ぶっちゃけ国防に大穴が開いてる訳で………その意味が解らない者は側近にはいない。
 今はまだよいだろうが、何れ時間が経てば、装備を配備し終えた聖騎士団が雪崩れ込む事が予想される。


 その場凌ぎとして、急いで結界の改良と新規設営、更に傭兵として各地に飛んでいた戦闘部隊の一部を呼び戻す。
 これで万が一攻め込まれても非戦闘員の避難までの時間は稼げる……と思いたい。
 新装備の配備までどれ程時間と資金が掛かるか知らないが、連中は近いうちに必ず来る事は確信を持って言える事だ。
 
 後、前々から計画していた拠点移設計画を本格稼働、何時でも逃げられるように準備をしておく。
 隔離世と言われる異層空間を通じて各地の商会支部に非戦闘員から避難する。
 隔離世はその性質上一度潜れば発見は困難であるため、逃げ隠れには打って付け。
 全員で一度に逃げるのは今まで無理だったが、優秀な術者である側近Aを代表とした開発部を中心に特殊な魔法陣から隔離世に潜航、安全地帯まで逃げ切る事が出来る。
 とは言ってもまだ試運転もしていないので、完成まで側近Aと開発部には地獄の底まで働いてもらおう。
 近場の商会の支部にもある程度戦力を配置するとして、避難した人員を収容する場所も作らなけりゃならんので、支部のある都市で場所確保がてら何か新規事業の開拓をしとく。
 結果、都市近郊という事で雑貨屋でも開く事に決定した。


 なお、十字教徒並び猶太教の皆さんだが、ここに異教徒が攻め込んでくるかも知れないので避難するよう言ったのだが、どうも反応が悪い。
 もう此処で永住したいとの事だが、そうもいかないので何とか説得してもしもの時は避難してもらうよう約束してもらった。

 それと、彼らには魔族とか神殿協会とかの事は当然ながら伏せている。
 もしも彼らが自分達が異能を使う所を見たら、適当に「神の奇跡」とか言って誤魔化す予定。
 ………ちなみに布教に行った十字教徒と部下の中には、既に病気や怪我の人を魔法で治療して「神の奇跡」と言って布教している者もいるので特に問題無し。
 この時代じゃ科学的に思考するなんて極一部の人間しかできない。
 そんな人物がいたら、それこそ歴史に名を残す程の偉人位だろう。
 

 漸く生存への糸口が見えたと思ったら、この事態。
 しかし、負ける訳にもいかない。
 稀にしか見ないけど、のんびりと畑を耕し、神に祈り、家族や近所の人と日々を平和に過ごす事が間違いである訳が無い。
 
 魔族や魔人だろうが、それは同じ事。
 この世界に来て数十年、もう前の人生よりも長い生を生き、多くの人に情が移っている。
 
 どんなに不利だろうと負けられないし、負けたくない。
 
 と言う訳で、今日も歯を食いしばって山のような書類を片付けていくが………終わりは一向に見えてこない。




 ………………やはり文官の増員は必須だな……。


























 側近Bの独白


 魔王制廃止後、始めて開かれた議場での衝撃の後の事だ。

 当時、僕は彼の人物が自分の主君足り得るかどうかを、未だ判断出来ずにいた。
 

 あれ程の「演出」をしたからにはその知性に関しては揺るがぬ評価があるし、実務能力もその後の活動で優秀だという事は解ったが、かと言って今後神殿協会という一大勢力相手に戦えるかは未だに疑問が残る。
 最古参に当たる暗黒司祭殿は彼に心酔している様だが、僕はそこまでエルシオン様を無条件に信用できなかった。
 今一纏まりがない側近達の旗頭としては申し分ないものの、御年数十年、人間なら10歳程度の外見年齢の盟主に、不安が拭えなかったというのもある。


 何より、何故自身の母や妹が見捨てた我々を、彼は助けようとするのか?
 自身を粉微塵にすり減らしてまで働く確固とした理由とは、一体何処から来るのか?




 そんな不安と疑心を抱えたまま仕事を続ける日々の中。
 
 ある日、エルシオンと二人っきりで仕事をする機会を得た事があった。
 エルシオン様はいつも通り死にそうな顔をしながらほぼ一人で書類を片付けており、僕はそこに追加の書類を持っていった所だった。
 普段ならもう一人や二人いるのだが、他の側近や部下達は偶々ここにはいない。
 ……別に腹を壊したり、大事な書類が一枚欠けているなんてよくある事だ。
 
 
 「エルシオン様、前々からお聞きしたかった事があるのですが……。」
 「…手短にな……。」
 
 手を止めず、視線すら寄越さずに許可を出すエルシオン様にそう切り出して、僕は身の内の疑問を盟主たる少年に向けた。
 
 「何故エルシオン様はそこまで働くのですか?フィエル様もエルシア様も我々が絶滅しても構わないかの様に姿を消しました。何故エルシオン様だけは残ったのですか?」

 「何だ、そんな事か。」

 カカカカカカカカカッカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッカカカカカカカカカカカカカと紙の上を羽ペンが走り続ける音が部屋に響く中、エルシオン様が落胆した様に返事を返す。
 ……………それにしてもペンの音は普通カリカリではないだろうか?間違っても啄木鳥の様な音は出ない筈なのだが…。


 「元々私が議場にいたのは、あの金髪聖人のせいだというのは知っているな?」

 「えぇ、バーチェス様からお聞きしましたが…。」
 
 そう、そこが不安の原因の一つだった。
 この方は決して御自身の意思であの場に現れた訳ではなく、半ば拉致される形で出席していたに過ぎない。
 そんな人物がまともな考えで盟主の座に居続けるだろうか?
 土壇場で投げ出さないという保証は全く無い。

 「確かに私があの場にいたのは私の意思ではない。かと言って、あの時の発言に関しては間違いなく私の意思だよ。」

 先程まで高速で紙の上を走っていたペン先が何時の間にか止まり、エルシオン様の目から真剣な色が覗いていた。

 「はっきり言うとな……私は世界の行く末だとかそういったものは興味が無い。丁度やる事も無かったので金髪聖人に浚われるままになってあの場にいた訳だが……正直、あの発言であの場から退場させられると思っていた。」

 机の上に辛うじて乗っていたカップを手に取り、半分だけの温くなった果汁に加減した氷魔法をかけ、グッと一息に飲み干すと、先程の発言に唖然とする僕に構わず話を続けた。

 「しかし、私を退場させる所か全員私の話した戦略に乗ってしまった。確かに成功すれば我々は生き残れるだろうが、それまでは相当な茨の道だと知ってもだぞ?成功するまで一体どれ程の犠牲が出るかも解らんし、成功する保証も無いというのにな?」

 「……では、エルシオン様は我らを謀ったと?」

 部屋に見えざる手こと多管手構造を部屋一杯に展開する。
 ……やはり、この方は魔族にとって害悪にしかならないのだろうか?

 「私が立てた策に乗る様な馬鹿どもだがな………見捨てる気は一切無い。」

 「は?」

 驚きの余り思わず間抜けな声が出て、無数の多管手構造からも力が抜けてしまう。

 「ここのメイドや執事達には育ててもらった恩もあるし、そういった者達が私が動かなかったせいで死ぬのは目覚めが悪いからな。最低でも安心して暮らせるまでは面倒を見るさ。」

 「……つまり、魔族全体を救うのはおまけという事ですか?」

 驚きから呆れに変わり、頭痛を訴えてきた頭を抑えつつ、最後の確認をしておく。
 この方は…何と言うか、あれだ、物凄い馬鹿なんじゃなかろうか?

 「私について来るのなら、相応の見返りはくれてやるさ。それが魔の生き残りだとしてもな。」

 「………種の絶滅回避が褒美代わりですか…。」

 実に楽しそうにケタケタ笑う主君の姿を見て、僕は漸くこの方の性質を掴む事が出来た。
 
 この方はどんなに頭が回っても、本質的にお人よしなのだろう。
 でなければ、敢えて偽悪的な発言をしてみせつつ、魔族・魔人を救おう等という言葉が出る筈も無い。
 さもなければ、この方は真性の馬鹿だという事だろう、それも世界を動かす程の大馬鹿だが、もしかしたら両方かも知れない。
 
 そこまで考えた途端、今までの心労は何だったのかと怒りよりも先に笑いが込み上げてきた。

 「なんだ蛇目、ニヤニヤし始めて。」

 「いえいえ、ただ…今後が面白そうだと思いまして。」

 普段の営業スマイルに戻りつつ、ジト目を向けてくる主君に必死に穏やかそうに笑いかける。
 内心はそれどころではないが、そこは謀将、腹筋に力を入れて巧みに誤魔化してみせる。



 これが笑わずにいられるだろうか!
 こんなお人よしで馬鹿な少年が、狂信者共を相手に大勝負を挑むというのだ!
 これを笑わずして何を笑うのだ!
 こんな面白そうな見世物なんて、生まれてこの方見た事が無い!

 結末が大敗か勝利か、ドローは在り得ず、少なくともどちらも険しく困難な道だろう。
 しかし、この方はそれを何でもない風を装いながら、簡単そうに勝ってやると豪語してみせた。

 あまりに荒唐無稽で前人未到、言語道断!
 こんな人物を、僕は見た事が無い!


 大声で笑い出しそうになるのを必死に抑えつつ、内心では狂った様に喝采と哄笑が湧き上がっていく。

 そしてこの日、僕はこの小さな主君に、もう暫くだけ仕えてみる事を決意したのだった。


 








 「あ!2人とも勝手に仕事を休んで!今夜は休み無しですよ!」

 「「勘弁してくれ(ください)。」」



 帰ってきた暗黒司祭殿の言葉に2人同時に嘆きの声を上げる。
 
 ……案外、相性は良いのかもしれない2人だった。











 結局、最後の仕事が終わったのは日が昇った後になるのだった。






[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第5話
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/06/21 12:05
 

 第5話


 旗頭(偽魔王)いきなり飛んで生活10年目


 
 最近、側近さん達が目に見えて痩せてきました。
 原因は書類仕事による過労です。
 皆が落ち窪んで土気色になって目の下が物凄いです。
 教育が終わった人達の最初期のメンバーが正式に文官になっても、まだ人手が足りません。
 教育中の人達も使ってますが、やっぱり経験が少ないからあまり捗ってないです。
 これでも一時期よりかは大分マシになりましたが、今の二倍位人がいないとろくに休暇も取れません(それでも毎日睡眠が4時間取れるようになりました)。
 でも、事業が順調に拡大し続けているせいで、自分と側近A・Bも最近では徹夜続きです。
 そろそろ死因:過労の殉職者が出そうです。


 …………………誰か……簒奪、してください……。
 







 ちなみに最近の情勢だが……実は前とあんまり変わって無い。


 迫害は続いてるし、魔と聖騎士団の戦いも右に同じ。
 商売は順調に進んでるし、遠方にも支店が増え続けている。
 交易の御蔭で収入は鰻登りだし、開発費と各種装備、備品の整備も進んでいる。
 傭兵も細々とだが営業は再開した。
 心配していた聖騎士団も特に動きは無いし、最近は平穏そのものの日々……職場環境を除いて。


 叶うなら、この日々が続きますようにと願う事は悪なのだろうか?






 バタンッ!!

 「エルシオン様―ッ!エスティ様とバーチェス様がお倒れにーーッ!!!」

 「………………………医務室に押し込め、残った書類はここに持ってこい。」




 ……………………………やっぱり、やだなぁ…………。
 
 これで後3日は徹夜が続く事が確定した。
 ホロリと今後の地獄を思って、涙を流すえるしおんだった。















 旗頭(偽魔王)生活 また飛んで15年目


 魔王制廃止を願った聖人が遂に捕まり、磔にされて死んだという。
 
それを皮切りに、各地で爆発的に十字教が広がった。

 国も何とかそれを抑え込もうとしているのだが、聖人を処刑した時点で既に手遅れ。
 聖人というある種ストッパーだった人物が消え、十字教徒達は箍が外れてしまったらしく、各地で内乱が勃発、急速に治安が乱れていった。
 各地で国家が暴動の収拾に努めているが、今まで散々迫害されてきた鬱憤が溜まっているため、行く所まで行かなくては止まらないだろう。
 最低でも何らかの形で国家が彼らの信仰を認めるまでは、彼らは決して止まらない。
 
……なお、神殿協会の信徒も暴動に参加しているらしい。
 まぁ、彼らもとばっちりとは言え迫害されてきたんだから当たり前と言えるが。

 

 「うふふ、くすくす!それを煽ってきたのは何処の誰だったかしら?」

 「…頼むから突然現れないでくれ。」

 お前はどこぞの隙間妖怪か。
 内心の突っ込みもさて置き、ベルを鳴らしてメイドを呼ぶ。
 この女性はいい年のくせに、勝手に現れては茶を出さないと直ぐに臍を曲げるのだ。

 「えい♪」
 からろん♪

 「ごはぁぁぁぁぁッ!?!」

 女性が襟首に付けている鐘が鳴り、如何なる神秘か、その音波は的確に自分の鼓膜を揺さぶり、脳髄に衝撃を伝えてきた。
 無論のこと、そのダメージは洒落にならない。

 「うふふ、女性の年齢に触れるのはマナー違反ですよ。」
 「……ッ…………ッッ!」

 痛みで床に倒れ、悶絶している自分を放って、鐘を鳴らした女性は勝手に椅子に座る。
 まるで自分こそがこの部屋の主だとでも言いそうな雰囲気だが、実際前にそれをやって部屋主やその部下から顰蹙を買って以来、自重するようになっている。
 ………それが無ければやるのだが。
 

 ころころと上品に笑う彼女の名前はマリーチという。

 神殿協会の最高権力者にして、人の世にマリア教を広めた存在。
 「預言者」と言われ、教徒を、ひいてはこの世界を導く事を使命とする女性だった。
 
 何でそんな敵対勢力の最高権力者が旧魔王城の盟主の執務室にいるのかと言うと…まぁ、複雑な事情があったり無かったりする訳なのだが……。







 
 旗頭(偽魔王)ちょっと戻って生活12年目


 その日も自分の執務室にはカカッカカカカッカカッカカカカカッカカカッカカカカカカカッカカカカカッカカカカカカカカカカッカッカカカカカカカカカカカッカカカカカッッッ!!!と異常な早さで書類を捌く音がしていた。
 人間ならとっくの昔に筋肉痛になるほどの疲労だが、魔族の自分にはあまり関係は無い。
 そもそも人間の身で一カ月以上徹夜すれば、普通に死ねる。
 
 そうやっていつも通りに仕事をし続ける日のことだった……突然、自分の執務室に珍客が訪れたのは。
 






 「ごめんください。」


 その挨拶と共に、書類で埋まった執務室に彼女は現れた。
 白いローブ、白い髪、閉じた瞼、首元に提げる鐘、人とは思えぬたおやかな美貌 。
 一目で人外と解る者だった。

 
 「……アポイント無しの来客は勘弁願いたいのだが…。」

 そう言って自分は毎日の書類仕事を一旦止めた。
 自然と震え始めた手を誤魔化すために。

 ただ立っているだけでも解る。
 目の前の女性が文字通り常識の外側、嘗て母が一度だけ怒った時に感じられた、本能的な恐怖を抱くほどの存在だと言う事を。

 「うふふ、クスクス!そんなに怖がらなくても私は何もしないわよ?」

 「…そうは言っても、私は小物を自認していてね。あなたの様な美しい方を見ると、恐れずにはいられない。」
 「あらあら、うふふ…褒めるのがお上手ね。」

 上品な笑いを漏らしつつ、全身白尽くめの女性は手近な椅子を書類の山から掘り出して勝手に座る。
 
 「さて、御用件を伺いましょうか?」
 「うふふ、客人にお茶位出さないのかしら?」
 「生憎と結界のせいでメイド達はこの部屋に入れませんので。」
 「あら、ごめんなさいね。あなたと二人っきりでお話したかったから。」
 「…御用件をどうぞ…。」

 メイドどころか護衛も来られない程強固な結界を張った女性は呑気に茶(つい最近うちの商会で発売開始)を要求してくる。
 その姿にもう色々と面倒になったというか諦めたというか…とっととこの女性から用件を聞いてお帰り頂こうと考えた。

 「うふふ、せっかちね。」
 「世辞を言うのは性に合わないのですよ。」

 どうもこちらの思考を読まれている気がする。
 別に人外の常識からすれば有り得ない話では無いのだろうが、気分の良い事ではない。

 「あら?そんなに不愉快かしら?」
 「…解っていて尋ねているでしょう?」
 「うふふ、クスクス!」

 最悪な事に、予想は大当たりだったらしい。
 どの程度まで読めるのかは知らないが…はっきり言って不愉快な上にキモい。

 「その言い方は無いんじゃないの?」

 うっさい黙れ。
 こちとら仕事が文字通り山の如く残ってんだ。
 とっとと用件言って帰れ、この白髪ババァが。

 「えい♪」
 からろん♪

 「ぬおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!?」

 頭が、頭が割れる様に痛い!?!
 突如襲い掛かった激しい頭痛でゴロゴロと執務室の床を転げまわる自分を眺めながら、女性は襟元の鐘に手を掛けながら変わらぬ笑顔で問いかけてきた。

 「うふふ…何か言う事は?」
 「ごめんなさい。」

 私が悪うございました。
 全面降伏を告げると、満足したかの様にムッフーと息を吐く白尽くめの女性。
 ってか、本当に何しに来たんだこいつと思う。
 からかいに来たのなら、自分より側近A辺りが面白いと思うのだが。

 「クスクス!だって、初対面ならあなたの方が面白いんだもの。」
 
 また意味不明な発言を……否、ちょっと待て。
 今何て言った?

 『初対面ならあなたの方が面白いんですもの』?

 ……まるで見てきた様な物言い、まさかとは思うが、読心の他に未来とかも見えるのか?
 瞼を閉じているのも、そっちで見れば事足りるから見てないとか。
 …そう言えば、瞼を縫って視界を潰す事で感受性を上げたり、霊力とかを強化する技法とか聞いた様な無い様な……。

 「別に本当に盲目という訳ではないけど、色んなものが視えるのは本当よ。」

 ……自分のプライバシーは何処に?
 こっちに来ても守り続けてきた権利は何処に?

 「クスクス!そんなものはこの時代にはまだ生まれてすらいないわぇ。」

 …マジで未来視と判明。
 神様、仏様、どうかこの覗き魔を捕まえてください。
 その暁に寺社だろうが仏閣だろうが三桁単位で建ててお祈りしますから。

 「うふふ、クスクス!私が神と言ったらどう思うかしら?」

 ……………………。

 ………ふぅ……神様、仏様どうか…。

 「思考がループしてるわね。」

 うっさい気が散る。
 こちとら今お祈りで忙しいんじゃッ。

 「…………。」


 はいすみません私が悪うございました美白が魅力のお客様ですからその鐘に手を掛けるのをお止め下さいそれやったら死んじゃうかもしれませんし暴力良くない神様なら猶の事慈悲があってしかるべきかと具申しま


 からろん♪


 暫くお待ちください。





 「さて、話を戻すけど。」

 へんじはない、ただのしかばねのようだ。
 この女性は部屋の隅に転がりピクリともしない死体相手に何を言っているのだろう?

 「もう一回行こうかしら?」
 「御用件は何でしょうか?」

 即座に復活して話を始める。
 とっとと用件聞いて帰ってもらおう。

 「あなたが話を拗らせたのだと思うのだけど…。」

 気にしない気にしない、自分は何とも思ってないから。
 
 「この後また書類仕事なのに?」

 ……ごめん、かなり気にする。

 「じゃぁ、用件だけど…。」
 
 やっと話に入れた。


 
 先ずは自己紹介として名乗られた。
 神殿協会の最高権力者「預言者」にしてアウターの一人たる「視姦魔人」マリーチ。
 先程言った通りに神様でもあり、その名も摩利支天、仏教の守護神の一柱。
 ……仏教の神様がマリア教とか広めて良いのかどうか疑問を抱く。
 更に本人は魔眼持ちであり現在・過去・未来の光景を距離を問わずに視る事が出来るのだそうな。
 パネェな、と思ったが「つまんなくて面白くないのよ」と愚痴を零された。
 …まぁ、どんな事も先が視えたらつまらんだろうなとは思うが…。
 

 「で、用件はどうしたよ?」。
 「まぁまぁ、急かさずに。」

 そして話は進む。

 何でももう直ぐ聖人が亡くなるそうな(視たらしい)。
 で、その混乱で生じる騒ぎで多数の死傷者が出るのは…まぁ、容認するとして。
 その後の治安が乱れ切った状態だと魔物に蹂躙されかねないので、それが起きる前に神殿協会の現状を改善したいとの事だった。

 「何か不満なのか?」
 「それがねぇ…。」

 何でも今までは信者の中でも有力な者が資金面で支援し、人間でも魔力があったり(基本的に人間には魔力が無い又は希薄)する者を集めて魔導皮膜済みの装備(剣・盾・兜)を与えて訓練して魔物や魔人、魔族と戦わせるのだとか。
しかし、最近では信者が集まり難い上に(原因は自分ら)、そういった適正を持っている者が少ないので戦力的に厳しい。
 更に支援者も破産したり、事業に失敗したりと不幸が相次ぎ、補給や装備の更新も難しくなりつつあって非常に困窮している、と。

 「で、支援者になって欲しいと?」
 ここまで言われれば大抵の予想がつく。
 
ちなみに支援者、つまり有力な貴族や商人を商売で追い落とし、高利貸しで破滅させたのは自分らです。
 まさかここまで効果があったとは…。
 …もしかして先程の鐘攻撃もその仕返しのつもりだったのかね?


 「そこであなた達に協力してもらおうと思ったの。」
 「良いのか?我々は魔族と魔人の集まり、敵対勢力だぞ?」
 「だからこそ、よ。それにあなた達の目的は人間社会への浸透でしょう?」

 成程、確かにそれなら理に適っている。
 神殿協会、マリーチとしては魔を払い、人類に発展して欲しいし、自分らも人類には発展してもらい、そこに紛れこんで生きていく事を選んだ訳だから、確かに両者の利害は一致している。
 魔族・魔人は表舞台から撤退して、絶滅を回避する。
神殿協会は態々強力な魔族・魔人を相手にせずとも良くなり、魔物退治に専念でき、支援者も出来て万々歳。
確かにありだとは思うが、実施するには大きな問題がある。

 「そっちは隠せば良いだろうが、うちの連中の感情はどうするんだ?」

 そこが問題だった。
 嘗ては侵略者だったとは言え、魔族・魔人は魔王制が終了後一方的に排斥されてきた。
 魔族は力が強い者が多く、まだ自衛出来ていたが、それでも犠牲が出なかった訳ではない。
 魔人は人間とのハーフだが、それ故に迫害を受け多くの者が犠牲となり、人間、特に神殿協会には格段の恨みを持っている。
 追々解消させていく予定だったが、急にそれを行ってしまえば反発は必至だろう。

 「えぇ、だからゆっくり始めていこうと思ってるの。」
 「ふん?」
 「魔族や魔人にもあなたの様にそういった感情が無い者はいない?」
 「あぁ、成程。」

 確かに自分には魔族だ魔人だ人間だという拘りというものが無い。
 しかし、側近の講和派や不干渉派すらも人間の事を面倒だとか敵わないとかを判断してそのスタンスを取っているに過ぎない。
 人間に悪感情を持っていない者はそれこそ一握りだろう。
 
 「いるにはいるじゃない。あなたの両腕とか。」

 側近A、Bの事か?
 確かにあの二人は理性が強い上にそういった拘りも無いな。
 しかし、今すぐそっちの支援は人材、資金の面からも出来ないし、排斥派を始めとした他の連中が納得しなければ意味が無い。

 「だから、ゆっくり始めようと言ってるの。」

 …すまん、意味が解らん。

 「クスクス!十字教とマリア教ってとても似てるけど、元々は同じものなの。猶太教という根源を持っているという点ではね。」

 それで解った。
 つまり、自分らがやった神殿協会の信者獲得の妨害工作を逆手に取るんだな?
 魔族・魔人はこれからも十字教徒を支援するが、その対象に密かに神殿協会の信徒も混ぜてしまう。
 そして、そもそも教義が殆ど同じで大本も一緒な二つの宗教は、時間を掛ければ再統合も可能だろう。
 そこから長い時間を掛けて、徐々に統合していき、現状に慣れさせてから時期を見て公表する。
そうなれば、自分らは神殿協会の支援者として一般社会に溶け込める。

 成程、聞けば聞くほど素晴らしいプランだ。



 だが、問題はまだある。
 否、寧ろこちらが本題だろうな。

 「うふふ、クスクス!そうね、こちらの方が問題ね。」
 「我々の間には『信用』が無い。それではどんなに魅力的な提案でも軽々しく乗る訳にはいかない。」


 そこが問題だった。
 どんな約束事や契約でも、相手に対する『信用』が無ければ決して結ばれる事はない。
 もし結ばれたとしも、『信用』が無ければ何時反故されるか解ったものではない。
 もし彼女がこちらを裏切るつもりで助力を願っているのなら、自分は決してこの話に乗る訳にはいかない。
 それが上に立つ者の責任というものだ。

 そして、もし契約を結ばないのなら、自分は彼女と戦わねばならなくなる。
 救援も無いこの場合、自分一人でこの常識外の存在に挑まなければならない。
 相手は敵対勢力の長にして神の一柱、はっきり言って勝ち目など微塵以下だが、それでもこちらとて多くの部下の将来を背負っている身、退く訳にはいかない。
 
……まぁ、全てを投げ出して逃げ出したいという欲が無い訳ではないのだが…。
 ってか、この世界に生まれてからまだ彼女すら出来てないし、前世から童帝のまま死ぬとかマジ勘弁。
 あ、でもこのまんま書類仕事のワーカーホリックの状態でも出会いなんか無い訳だから一生このまま?
 イヤイヤ待て、絶望するな。
 こっちは魔族の中でも間違いなく上級、しかも血筋も高貴でイケメン間違い無し。
 出るとこ出れば引く手数多間違い無しに違いない。
 仕事をとっとと後任に譲って隠居して、ブラリ嫁探しの旅に出かければきっと一人位は……ッ!!


 こちらが久しぶりにシリアスに覚悟を決めていると(かなり邪なものが入ったが)、不意にマリーチがふるふると震え始めた。

 …………あれー?何か地雷でも踏んだ?



 「ぷっ!あははははははっははははははははははははっはははははははははっは!!!!!」
 
するとマリーチさん、何故か爆笑。
 ヒーヒーゲラゲラゲラ!!!!と先程の上品な仕草もかなぐり捨てて、呼吸すらもままならない様子で床をバンバン叩いて笑い転げている。

 
 予想外の事態に目が点になり、思考が止まる。
 彼女が笑う理由がさっぱり思いつかない。
 
…否、待て。
 彼女は何だ?神殿教会の預言者で神様で…魔眼持ちで全てを見通す異能を持つアウターだ。

 …つまり、先程同様に、さっきの思考も読まれてた?
 あの年頃の男性の欲望を詰め込んだっぽい思考を?

 …………………………………………………………………………………………………………終わった……自分の二度目の命、ここで終了。
 
 

 「………ッ!?!………………ッ!!」

 バンバンバンッ!!!と呼吸も出来ず、床を叩く彼女の姿を視界に入れ、自分は黄昏る。
 あぁ、恥ずかしさで死ネル。 
 今の自分の心境は母親に自室を掃除された際に、ベッドの下の気まずいものを発見され、それを机の上に置かれた心境に近い。

 あぁ、魔族って首吊り自殺できたっけ?
 壁に掛けられた宝剣で自害するのもありかな?
 イヤイヤ、手っ取り早く指―ムサーベル状態で首切断が良いかな?
 よし、それ採用とばかりに、右の指先から禍々しい赤の指ームを発生、貫手の先端に収束し魔力刃を形成する。
 それを首筋に添え、最後にこの世界に別れを告げる。


 バイバイ世界、こんにちはあの世。

 神様、今度は転生するにしても記憶とかチーとか無しにしてね♪
 



 そして、えるしおんは躊躇無く指ームサーベルを引いた。
 


 
 BAD END



















 
 な訳もなく……

 からろん♪


 「ごはぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!?!」

 「何やってるのかしら?」


 またも鳴らされた鐘の音に脳味噌が揺らされる激痛を味わい、悶絶して転げまわるえるしおん。
 それを呆れた様に眺める女性が一人。
 言うまでも無く、マリーチである。

 瞼こそ開いていないものの、その見下すような表情がとてもいいと思う自分はやはり変態なのだろうか?
 しかし、どうせだから瞼を開けた状態の笑顔とか見てみたい、さっきの爆笑とかじゃない奴ね。

 「もう一回逝っとく?」
 いや、それはマジ勘弁。


 閑話休題


 「でも、あなたはこの誘いを断れないと思うわよ。」
 
 なんでまた?
 
 「十字教徒の保護が今までよりも本格化するのなら、当然ながらここで育成する人材が増えるわよね?」
 
 まぁ、確かに。
 
 「人手が増えて書類仕事も減るんじゃない?」
 
 はいそれ採用、即採用。
 いいねその契約、商談成立で。
 
 「幾らなんでもあっさり過ぎない?」

 じゃかあしい、種族問わずに自分の命掛かれば誰だって必死になります。
 もう3mの塔になってる書類の群れを相手にするのは限界なんです。
 何だったらあんたもうちで研修受けるか?
 初めての奴は大抵医者に掛かるぞ、主にノイローゼで。

 「…まぁ、商談成立と言う事で。」

 流したか……まぁ、いいさ。
 あいよ、一先ず契約書とか無いんかね?
 流石に何か契約の証拠とかだと法的根拠が無いというか心配で心配で…。

 「それはもう準備済みよ、はいこれ。」
 
 渡されたのは杖、と言うか錫杖?
 先端部分に天秤っぽいものが付いてるが、儀式用の魔導具か?

 「魔導具程度と比べないで欲しいわ。何せこの私が直々に作った初の神器なんだから。」

 へぇーーー……………ぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええッッ!?!!?
 ちょ、待!?マジもんの神器かい!!?
 遂に自分にも固有兵装を持つ日が来たとは!?!
 ちなみに用途は!?

 「あ、それは自分で試してね。」

 ……………おいこら、作成者。
 普通だったら使い方位教えないか?

 「だって、その方が面白いんだもの。」
 
 …………殴りたい、心底殴りたいこのアマを。
 ってか、初って言ったなさっき。
 じゃあ、これって試作品?なおさら質が悪いわ!!

 「一応ヒントは出しておくわ。それは拡散型じゃなく収束型、それも一点特化の代物だから。扱いさえ解れば即戦力にもなるわ。」

 既に10年以上引きこもって書類仕事ばかりしてる奴がどう活用せいと?
 
 「……じゃ、証拠品を渡したので私は一旦帰るわ。」

 待て、話はまだ終わって…ッ!!

 「近日中にはうちの信徒達が来るから保護お願いね~。」

 そう言って、来た時同様に彼女はまた唐突に去って行った。
 一応ドアを開けて出ていったが、チラッと視界に入ったドアの向こうは真っ黒い空間に通じていた。
 ……これで空間に目玉とか浮かんでたら間違いなく隙間妖怪の親戚だな…。


 そんな事を考えていると、今度は外側からドアが蹴り破られた。
 その向こうには物々しい雰囲気の側近達やフル武装した部下達の姿と側近A・Bの姿があった。
 どうやら心配をかけさせてしまったらしい。
 自分は大丈夫だと言葉をかけようとしたのだが、それより先に側近Aが勢いよく口を開いた。


 「エルシオン様!こんなに書類が溜まってるんですよ!下手なサボタージュは止めてください!!」


 …………………。

 …………………………………。
 
 ………………………………………………やっぱり、誰か簒奪してくれないかな?


 

 窓の向こうに広がる夕陽色の空、飛んでゆく鴉がアホー、アホーと鳴いていた。
 
 
 かくして、魔族・魔人の進退を決める会談はこうして結ばれたのだった。










[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第6話
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/06/24 09:54
 

 第6話


 時代は飛び、現在西暦1990年代。



 場所はイタリア半島中部に位置する世界最小の主権国家にして、ローマカトリック並び東方教会の中心地にして総本山たるバチカン市国。

 そこに位置する法王庁には特務局と総称される使徒の名を冠した12の課が存在する。
 盟友である神殿協会所属の聖騎士団とはまた別の存在であり、法王庁所属の対魔組織として機能している。
 彼らの役割は主にエクソシスト、つまり術者としての意味合いが強い。
 貴重な回復系魔導師を始め、各分野の魔導師を確保している事から、攻撃色の強い聖騎士団に比べ、守りや回復などの補助の面に秀でている。
 これは大昔から神殿協会と密接に関係していた両者が、互いの欠点を補うために自然と出来ていった形だった。
 無論、接近戦に弱いという事もないが、聖騎士団の様な重装甲冑を装備する事はない(動けなくなるので)ため、高位の魔物や魔人相手では接近されると苦戦を強いられてしまう。
 そのため、前衛として優秀な聖騎士団との連携は必要不可欠とされていた。



 しかし、特務局にはかねてよりある噂があった。
 12の課の他にもう一つ、13番目、裏切りの使徒の名を冠する課が存在すると。
 父たる主の教えにすら従わず、魔を以て魔を討ち、外道共の首を刎ねる処刑人達。
 主の教えに背く討ち果たすべき魔人と魔物、古今東西のあらゆる外道の術と最新の科学技術を戦力として採用した、特務局唯一の正面戦力にして法王庁の裏の裏。



 通称イスカリオテ機関、法王庁特務局第13課。









 






 「ヘル○ングの設定って便利だな。」
 「?エルシオン様、何か仰いましたか?」
 「いや、何でも無いぞラトゼリカ………そうだ、この書類を開発班に回してくれ。予算案の改定版だ。」
 「はい、解りました。」



 何年経っても相変わらず、書類仕事ばかりのえるしおんだった。





 


 十字軍遠征を始めに新教徒問題や宗教改革、産業革命、二度の世界大戦の荒波に揉まれながら今日まで、えるしおん率いる魔族・魔人勢力はその名称をイスカリオテ機関と定めてからはマリア教と同盟関係にある十字教ローマカトリックに対し、全面的に情報局並びに支援者としての活動を続けていた。

 開始当初、多少の反発があったものの、人間社会への浸透を目的としていたために辛うじて納得された。
 ……書類仕事から抜け出せたためという身も蓋も無い理由もあったが…。

 それからは陰に日向に諜報活動やら資金、装備面での支援を続けた。
 聖騎士団になる連中はどうも脳筋族ばっかだし、特務局ができるまでは各地に散って活動せざるをえなかった。
 
 なお、この頃から側近Aには各地に散った部下を率いてまだこちらに合流していない魔族・魔人の勧誘と説得、保護に回っていた…………もっとも、合流してくれた者達は少なかったが、それは仕方ない事だろう。
 同族を殺しまわっている連中に屈した者達に、賛同する者はそうはいない。
 その結果、何時しか世界全体に散らばっていた魔族・魔人が半数近く減ったとしてもだ。


 
 
 現在、イスカリオテ機関となったえるしおん率いる魔族・魔人勢力だが、その内実は4つに分けられる。

 嘗ての排斥派率いる戦闘部隊。
 その装備や錬度、経験、魔導力は平均的な聖騎士団のそれを軽く上回るものがある。
 まぁ、魔族・魔人と人間じゃ地力が違いすぎるからな。
 それに数百年なんてざらに生きるからな、経験値も圧倒的に差がある。
 不利を覆す装備にしても、開発陣が作った試作品や最新型を使用しているため、他所の対魔機関とは雲泥の差がある。
 …大型魔物に魔改造対戦車ライフルの飽和射撃をやれるのは、世界中を見てもこいつらだけだと思う。


 次に、上でもあげたが開発班。
 主に金髪聖人こと側近Aとその部下達が自身の欲望のままに作った浪漫装備の出所だ。
 失敗も多いが、その分傑作も多いので下手に怒れないし、予算も削れないという上司から見れば面倒な連中だ。
…なお、聖騎士団で採用されている装備の一部はうちの開発陣が作ったものだ。
 
 
 また次に、諜報組。
 主に諜報活動全般を受け持つため、他の組に比べ、独立色が濃い連中だ。
 その分優秀なのだが、その頭が蛇目シャギーこと側近Bという時点で何か胡散臭さが漂っている。
 主に馬鹿な身内の粛清や暗殺とかの汚れ仕事担当の部署でもある。
 …依頼さえ受ければ、枢機卿のセミヌードだろうが、法王の黒子の数だろうが調べあげる程の情報網を持っていると言われている……しかし、流石に預言者のヌードは撮れなかった(過去に依頼して失敗済み、その後地獄見た)。


 最後に諸々の書類仕事と全体の指示を出す文官組。
 これは自分ことえるしおんを頭に日々山の様な書類を捌きながら、各組の指令に始まり、適切な予算の振り分けやボーナス査定、各種保険などの手続き等の雑多な仕事をする。
 同時に、そういった法王庁としての仕事に他に、ダーズ単位のダミー会社を経由して、各分野の経済に多大な影響力を持っている。
 これは大航海時代や産業革命、二度の世界大戦といった歴史の大まかな流れを知っているえるしおんの指示によって何かあれば毎度荒稼ぎしてきた結果であり、それに悪乗りしたマリーチの御蔭でもあった。
 御蔭で法王庁からの予算の他に独自の資金源を持つに至った。
 なお、法王庁には多量の「寄付」を行っているため、御目溢しされていたりする。
 …しかし、人権や労働基準法を完全に無視した膨大な仕事量のため、4つの部署の中で最も過酷な部署として知られている。
 御蔭で、以前よりも仕事は劇的に減っているのに、滅多にこの部署には志願者が来ない。
 
 徹夜はほぼ無くなったし、一日睡眠時間5時間程、有休もあるけど休日出勤当たり前の職場環境で何を言ってるんだろう?
 嘗ての殉職者すら出しかねなかった環境に比べれば、生ぬるい位だし、日本の御父さん達ならこの程度は当たり前だぞ?


 以上の様に分担して、法王庁のため、人類社会の発展と魔族・魔人の存続のため、陰に日向に活動している。
 
 



 さて、話は飛ぶが、最近では有力な新人の確保にどの勢力も躍起になっている。
 そもそも対魔機関なんてマイナーすぎる(秘匿されている)職業に就く人間は殆ど存在しない。
 …なお、日本あたりでは孤児を拾って改造し、兵士として養育するらしい……普通に軍事訓練に対魔物戦闘を取り入れれば大抵は何とかなるのになぁ…。

 ちなみに世界中に信徒が10億人以上いる自分らはあまり問題としていない。
 しいて言えば、文官が多少少ない位だ。
 
 しかし、あまり人を入れないのも問題があるので、側近A・B両名にどこの唾も掛かっていない前途有望な若者を探しておくようには言ってある。

 そんで、2人の報告書に目を通していた時の事だった。



 
 「お邪魔するわね。」
 
 不意に出現した白尽くめの女性に、顔が引き攣るのが自覚できた。
 出たな、隙間の親戚め、とは口には出さない。
 黙って、備え付きのポッドのお湯でカップを温めつつ、戸棚の中から茶筒を取り出す。
 茶葉をティーポッドに入れて蒸らしつつ、御茶菓子のチーズタルトを冷蔵庫から出し、フォークと共に皿に盛りつけておく。
 茶葉も、タルトも金髪聖人の部下が見繕ってきたもので、味の方は確かだった。
 そして、淹れた紅茶を出すと、椅子に踏ん反りかえっていた白尽くめの女性が一口飲む。
 
 「89点、上達してるわね。」
 「そいつは良かった。で、用件は?」
 「相変わらずせっかちねぇ。」

 叩き出してやろうかと思ったが、返り討ちになるのが関の山なのでやらない。
 こうやって、偶に訪れる彼女に茶を出すようになったのは何時の頃からだったか?
 いい加減2000年近い付き合いなのに、彼女に勝てた事は一度も無かった。
 それは彼女から受け取った神器を使っても例外ではない。
 今はこうして互いに敬語も取れたが、当初はもっとギスギスしていた(筈…うん、筈)関係だった。

 友人にしては遠く、ビジネスにしては近い。
 自分と彼女はそういった感じの関係だった。

 「さて、仕事を続けるかな?」
 「…また魔王制が始まるみたいよ。」
 
 かなり驚いた。
 普段の彼女ならここでもう少し引っ張ってから本題に入るのだが、珍しい事に即座に話題に入ってきた。
 しかも、その話題もかなり突拍子の無いものだった。

 「わざわざ廃止したものをか?」
 「そうよ……あなたも見たでしょう、人間が火龍の息吹を再現したのを。」
 
 第二次世界大戦、その末期に使用された二つの原子爆弾。
 人の子が神の領域に未熟なままに近づいていく事を、天界は警戒すると共に、恐れを抱いていた。
 無力だった人の子が、遂に自分達を追い越そうとしているという事実に。

 「子供が成長するのは当たり前の事だろうに…。それに、天界は基本受け身じゃなかったか?」
 「それはあくまで基本、今回の事はそれだけ問題になっているという事よ。」
 「…恐れているのではなくか?」
 「それもあるでしょうけどね…。」

 白尽くめの女性、マリーチにしては珍しく、重苦しい溜息を吐いた。
 こんなに彼女が動揺したのは嘗ての大敗北以来だろうか?
 
 「一先ず、予め知らせておこうと思ったの。あなたも身の振り方位考えるべきよ。」
 「今更魔王に就任しろと?いい加減平穏に暮らしていたいのだがなぁ…。」
 「他に興味を持っていなかった昔なら兎も角、今のあなたなら確りと勤まると思うわ。」
 「よしてくれ、柄じゃない。」

 そう、柄じゃない。
 一組織を束ねていた時ですら、死にそうだったのだ。
 況や、世界を裏から治めるとなったら、一体どれ程の仕事量になるのやら、想像しただけでも恐ろしい事になるだろう。
 それに、基本的に小物な自分がマリーチと同格の存在に囲まれて過ごすなど、発狂しろと言っている様なものだ。
 
 「……そう、嫌なのね。」
 「と言うより、耐えられんからな。さっきも言ったが、いい加減平穏に暮らしたい。」
 
 マリーチはローブの奥の美貌を、さも悲しそうに歪めたが、生憎とその時の自分はそれが見えなかった。
 呑気にカップを傾け、自分の分も用意していた茶を飲む。
 そうやってのんびり過ごす事は自分にとって何よりも重要な事だった。
 
 「御馳走様、今日はもう帰るわね。」
 「珍しく早いな?まぁ、また何かあったら知らせてくれ。」

 そう言うと、彼女はいつも通りドアの向こうに不思議空間を展開して去って行った。
 後に残ったのは空になった皿とカップ、使用済みのフォークのみ。
 何か妙な感じがしたが…まぁ、彼女がおかしいのはいつもの事だし、問題は無いだろう。








 「………このカップとフォーク、オークションにかけたら幾らするかな?」

 相変わらず邪な考えを抱くえるしおんだった。




























 以下、原作を大事にする人には嫌な描写あり。








 「やっぱり、あなたはそうなのね。何時だって…。」


 3次元の感覚では認識すら出来ない空間にて、マリーチは蹲っていた。
 いつもの上から視て呑気に笑っている様子は、今の彼女からは全く思い浮かばない。
 彼女は顔を膝の間に埋めたまま、黒いオーラを纏い、身じろぎもせずにその空間に漂っていた。
 もしアウターという者を知る者が今の彼女を見れば、十中八九死に物狂いで100km先まで逃げ出すだろう。



 彼女にとってえるしおんとは、初めて出来たどうしても欲しいものだった。
 
 彼女の様な26次元に存在する様な者達は、本来ならこうして世界に干渉する事は無い。
 天界が受動的に管理する中、彼女ただ一人がこの世界を見捨てずにいた。
 他の神々にも危機感を抱かせるために、将来起こり得るだろう事象を見せた事もあったが、協力を得る事は出来なかった。
 そして、魔王制も終わり、一人で黙々と裏から人間を良い方へと導こうとしていた頃、彼女はえるしおんに出会った。
 最後の魔王の子であるが、才能も妹に劣る程度でしかないと聞いてからは特に注意を払っていなかったが、彼は聡明な男だと解った。
 

 そして、同時に見た事が無い魂の輝きを持っていた男でもあった。
 

 何故彼がそんな魂を持っているのかは解らなかったが、それはこの世界で汚れた魂ばかり見てきた彼女にとって初めての経験だった。
 その後、彼の精神を覗き見た時に彼がどの様な経緯でその魂を持つに至ったかは今一つ不明だったが、彼の記憶を視る事はできたので、彼がどういう身の上かは判明した。
 しかし、それだけだったら彼女はここまでえるしおんに執着しなかっただろう。
 
 
 彼女の意識が変わったのは、あの忌々しい敗北を喫してからだ。
 クルト・ゲーデル、それが彼女を敗北させた男の名だった。
 男が振るったのは神造兵器でも、神代の魔導でも、超未来の兵器でもない。
 ただの理論、その名も不確定性原理と呼ばれるものだった。
 そのおかげで、当時彼女が進めていた世界の新たな統治形態は御破算となり、当時唯一の眷族であった「ラプラスの悪魔」もハイゼンベルグに打ち払われてしまった。
 作られてから一度も経験した事の無い初めての大敗に、彼女の精神は破綻しかけた。


 それを救ったのが、他ならぬえるしおんだった。
 彼は溜まりまくった有休を取り、茫然自失となったマリーチを献身的に介護しながら、今まで彼女が行った活動でどれ程人類が救われ、発展してきたかを切々と説き続けた。
 
 本来ならここで彼女の親友の出番の筈なのだが、生憎と彼女は当時日本で活動中であり、マリーチの様な目を持っている訳ではないため、現れる事は無かった。
 
 対して、マリーチは甲斐甲斐しく世話をするえるしおんを罵倒した。
 よかれと思って自分がしてきた事が当の人間に否定され、何もかも投げ出して死にたいとすら叫ぶ彼女を、えるしおんはそれでも見捨てず、罵倒に耐えながら世話を続けた。

 その期間だけで凡そ4年にも至った。
 その間、えるしおんは痴呆症患者の癇癪を相手する並の気苦労を強いられる生活を送った。
 幸いにも、2000年近く貯めていた有休は4年程度で切れる事は無かったが、それでもいい加減限界だろうと側近達を始めとした部下達は彼の行いを止めようと説得した。
 しかし、えるしおんは止めなかった。
 彼にとってのマリーチとは超えられない壁にして、唯一指導者として対等(というには語弊がある)な付き合いができる貴重な知り合いだったし、彼女がいると何らかのトラブルが起きても人的被害は最小に抑えられるからだ(その分、精神的ダメージは計り知れないが)。
 それに、2000年近い付き合いがある彼女を見捨てる事は、元来御人よしの気があるえるしおんにはどうしても出来なかったのだ。
 
 
 そして、4年目のある日、どうにかこうにか精神を復帰させたマリーチだったが、大敗のショックで以前とは比べるべくもない程に視る力が衰えていた。
 
 そのせいで引退を考え始めた彼女を引きとめたのも、やはりえるしおんだった。
 今まで視えていたものが多少視えなくなったとしても、彼女の目は非常に強力であるし、知能も非常に高いため、今後も問題は無いと説得を続けた。
そして、帝王学やら経済学、心理学といった仕事に関係しそうな各分野の最新の知識を専門家を集めてあるだけ教え込んで、視えなくなった分を通常の諜報活動や情報収集と預言者として政治的活動で補えるようにと勉強を開始した。
 元々高い知性を持ち、世界を視てきたマリーチであったため、勉強そのものは特に問題は出なかったものの、直ぐに鬱になる彼女を支えるのはえるしおんしか出来なかった。
 えるしおんも有休が有り余っていたため、ここで使わないと一生使えない恐れがあるからと遠慮無く使う事を決めていたし、見てないと自害でもしかねないと危惧していたからだ。
 そして、えるしおんは彼女が完全に復帰するまで世話を焼き続けた。

 ……この一連の行動が、彼女にとって何を意味するかも知らないままに…。


 そして、敗北から6年と少々、マリーチは預言者として完全に復活した。
 視る力こそ衰えたものの、そのハンデに努力で打ち勝った彼女には然したる問題では無かった。
 その後は前以上に精力的に活動を続け、神殿協会に預言者あり、と今まで裏方に徹していた彼女を尊敬し、崇める者達まで出来る程の働きぶりを見せた。
 



 そんな彼女であったが、どうしても心が晴れない事があった。


 どうしたら、えるしおんを手に入れる事が出来るだろうか。


 寝ても覚めても(神である彼女には必要無いのだが)、えるしおんの事ばかりが頭に浮かぶ。
 最早えるしおんは彼女にとってただの商売相手ではなく、一人の男性として見えていた。
 
 最悪の時に手を差し伸べられると、大抵の人間は相手に程度はどうあれ依存する。
 マリーチの場合、アウター中二番目に高齢の海千山千な億千万の目であるが、それは基本的に仕事関係のものに限る。
 それ以外の面、はっきり言ってしまうと恋愛とかそういった方面はずぶの素人であり、 相手がいなかったのもあるが、ぶっちゃけ、清い体だった。
 …ちなみに言いよってくる男がいれば、大抵精神を見れば邪なのでトラウマを抉ったり、植え付けたりして撃退していた。
 
 そんな彼女は、美形な男に会う事はよくあったが、純粋な好意で看病してくれた男と出会ったのは生れて初めての事だった。
 しかも自分が幾ら罵倒しても離れずに甲斐甲斐しく世話をし、あまつさえ復帰する間ずっと付き添ってくれたのだ。
 その好意に裏があるのではないのかと、その真意を訪ねた事もあった。
 
 返事は「お前がいなくなると困る。」(仕事的な意味で)だった。

 しかし、当時、視る事が殆ど出来なくなっていた彼女はここで彼の行いが好意から来るものと勘違いしてしまい………キュン、とえるしおんにトキメイテしまったのだ。


 そして、当然の帰結と言うべきか、復帰した頃には、完全に彼女はえるしおんに恋していた。
 思いの余り、24時間体制でえるしおんを視続ける程に彼を好いていた。
 オブラートに包んで言っても、末期だった。



 ここで、彼女がサクッと告白していれば、もしかしたらえるしおんと交際が始まったかも知れなかった。
 しかし、彼女は恋愛に関してはずぶの素人、そんな度胸がある訳が無い。
 えるしおんにしても元々ワーカーホリックだし、前世から童帝だった男である。
 女性の思考など読める訳も無く、結果、2人は相変わらず仕事上の協力者といった関係だった。
 
 無論、これに満足するマリーチではない。
 あの手この手でえるしおんに接近を試みたが、その殆どはあっさり避けられる、以前の事から悪戯目的と思われていた。
 それでも何とかたまにある休日にデートに誘おうとするのだが、えるしおんは自他共に認めるワーカーホリックであるため、休日出勤は当たり前で睡眠時間が5時間あって食事休憩が取れるだけで日々を満足する男に休日らしい休日は無かった。
 
 全然変化しない状況に業を煮やした彼女は、仕事上の関係をもう一歩進めようと考えた。
 それが、先に尋ねた魔王就任だった。
 嘗てフィエルを支えていた者達の一人である彼女なら、別に常に彼の傍にいてもおかしくは無いだろう、そして、距離を徐々に詰めて行く行くは……。
 そこまで考えたは良いが、そこはあまり欲も無いえるしおん、あっさりと断られてしまった。

 それは知らず思いつめていた彼女にとって、拒絶に等しい言葉だった。
 その時に受けた衝撃は、嘗ての大敗北にも等しく感じられた。
 


 そして、何とか動揺を気取られずにその場を後にし、異次元に引き篭もって先程の場面に移るのだが………。



 

 「………………………………………………………うふ、うふふふふふふ……あはは……あはははははっははははははっはははははははははははははははははっははははははっははは!!!!!!」


 唐突に始まった高笑い、そこに秘められた怒気と狂気と魔導力に空間そのものに震えが走った。
 

 「あっははあはっはっははははははっはあはっはははははは……………ゲホ、ゲホッ!……ふぅふぅ…。」
 

 笑いすぎて咳き込んだらしい。
 年なのに無理に笑ったからだろうか?


 「うふ、うふふふふふふふふふ♪………そう、あなたがそういう態度なら私だって考えがあるわ…。」


 白いローブの奥、そこにある暗がりの中で赤い瞳がギラリと凶悪な輝きを放った。


「そんなに仕事が大事なら、仕事なんて無くしてあげる。私しか見えないようにしてあげる……。」

 
 まるで新婚なのに仕事優先のダメ夫に怒る妻の様な発言だった。
 うふふふ…と不気味に笑いながら、直ぐに彼女はその空間から消え去った。
 後に残ったのは何も存在しない異次元の空間だけ。

 


 預言者の暴走。
 その結果が今後の世界が何処に向かわせるか、誰にも解らない。


 ちなみに作者にも解らない。














 まさかのマリーちゃんのヒロイン&ヤンデレ化。
 VZやラティさんも最後まで候補だったが、意表を突いて彼女に決定。

 でも、そろそろACFAの方を更新しようかと

















[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第7話 修正
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/07/06 11:18
 

 第7話


 さんさんと照りつける真夏の太陽、雲より白い砂浜、青より青い海と空。
 
 …そして、そこに立つ何故か神殿協会の司教服を着たえるしおん。

 「あちぃ………。」

 ジリジリどころかギラギラと照りつける紫外線に、ポタポタと汗が流れ続ける。
 木陰にでも入って休むべきなのだが、どうしても動く気力が湧かない。
 なぜ自分は、忙しくも涼しい執務室からこんな場所にいるのだろうか?

 
 「シオちゃーん、焼けてるわよー。」

 一人黄昏ていると、遠くでこの事態の元凶の預言者様が呑気にサザエの身をくり抜きながら声を掛けてきた。

 「……………その名で呼ぶな……。」

 ここで無視するのもありなのだが、そうすると後が怖いので素直にマリーチのいるビーチパラソルの元に歩を進める。
 そこにはマリーチの他に彼女の友人だというみーことリップルラップル、そして何故かいるウェイター姿の側近Bこと蛇目シャギー………ゼピルムでの仕事はどうした。

 凄まじく気が進まないが、仕方ないものは仕方ないとさっさと諦める。
 こうやって直ぐに切り替えないと、マリーチと付き合うなんて事は不可能だと随分昔に悟っている。

 あぁ、今日も騒動とは縁が切れないらしい。
 今更な事を思考しつつ、えるしおんの目から汗と同じような成分の液体が零れた。








 

 













 「海に行くわよ!!」


 始まりは、またぞろ執務室に突入してきたマリーチの発言だった。


 「どうした、唐突に。というか、同盟結んでるけど他組織の立ち入り禁止区画に入るな。」
 「みーこが復活したのは聞いたわよね?」

 無視ですかそうですか………まぁ、解ってた事だけど……。

 「あぁ、ゼピルムの連中にやらせたのはうちだからな。」

 反現体制の魔人組織でも最大規模を誇るゼピルム。
元々はイスカリオテ機関にも属さず、人類に敵対し、かと言って神殿協会と正面から事を構える力も無い魔人達が寄り集まって出来た組織だ。
 当初は小規模だったのだが、しかし、えるしおんが不穏分子は一気に消した方が楽、という考えの下に諜報組を多数潜入させつつも、資材や資金、装備等の一部を横流しし、ある程度の規模になってから討伐する事になった。
 そのため、ゼピルム構成員にはイスカリオテ機関の諜報組が多数潜入している。
 中でも、最高幹部の重鎮として潜入している側近Bこと蛇目シャギーから齎される各地の不穏分子の情報は貴重なものだ。
 本当に防がなければ不味い事態に関しては必ず防ぐので、問題らしい問題は出ていないが、曲がりなりにも対魔組織が魔人組織を支援している事がばれれば不味いので、防諜に関しては注意をしている………どこぞの白尽くめには効かなかったが。
 ……それと、あの演技派の指揮に従う連中を相手にしていると、余りのウザさに指揮官含めて本当にぶち殺してしまいたくなるから不思議なものだ。


 それはさておき


 そのゼピルムがアウターであるものの、力を失っている魔人みーこを旗頭にしようと目論み、拉致した事件があった。
 さらにそれを魔界(魔族の故郷としての世界)へのゲートを開くための生贄と称して神殿協会が確保しようとしていた矢先だったため、事態は大規模戦闘に発展。
 最後はゼピルム側の移動基地飛行船バーボット対神殿協会の強襲空挺艦エンジェルストレージの空中戦と艦内戦闘、その後の魔人みーこの復活と共にゼピリム側が構成員の2割近くを失いながらも撤退した。
 ちなみにエンジェルストレージの改造元となったアメリカ海軍のエセックス級空母艦の買い取り金は支援者としてのうちが出した事は内緒だ。
 ……それと、みーこを拉致する計画を立てたのは、他ならぬマリーチだったりするのだから、彼女達の友情関係がどうして続いているのかえるしおんは不思議に思ってたりする。

 ……なお、報告書には勇者がゼピルム側にみーこを連れ去っただとか、ロケットで飛行する皇帝ペンギンだとか交通事故にあったスケルトンだとか飛行中のヘリから投身自殺未遂をかました聖女だとかも書かれていたが、信憑性が低く、神殿協会の信用問題にも発展しかねない内容もあったので、厳重に情報の隠滅をしておいた。


 それはさておき。


 その事件自体は黒幕であるマリーチから事前に知らせてもらっていたので、潜入中のイスカリオテ機関員には被害が無かったのが不幸中の幸いだろう。
 ……まぁ、ゼピルムを率いていたそこそこ高位の魔人とその部下達の一部が聖騎士団と野鎚の犠牲になったが、それは彼らの自業自得というものだ。


 この一件で、戦力を消耗したゼピルムだが、交渉次第でうちが保護、又は監視する予定だ。
 今まで一定の戦力を保有する事で何とか組織としての体裁を保っていたものの、飛行船も損傷が激しく、人員も疲弊している状態ならこちらの降伏勧告にも乗ってくるだろう。
 うちの組織が人間に手を出さない者には寛大だというのは広く知られているし、潜りこんでいた構成員(ゼピリム内の1割以上)が呼応する手筈なので、乗ってくるのはほぼ確実だ。

 何故そこまで手間を掛けるのかというと、それは彼らに人間が自分達より上ないし同等の者という認識を植え付けるためのものだった。
 無論、魔人も人間もピンキリなので余り当てにならないのだが、それでも人間の中には自分達を圧倒する者がいるという認識を持つ事はこれから人間社会に混じって生きていくためには必要不可欠だからだ。
 今後うちで働く中で人間と協力する機会はごまんとある。
 その時、相手を格下と見下していては、共存など不可能だ。
 だからこそ、今まで鼻っ柱が高かった魔人達が一度正面から人間に敗れておく経験が必要だった。
 それも、集団対集団の戦闘で。
個人の戦いでは油断や本気じゃないとか言い訳が効くかもしれないが、よりはっきりと勝敗をつけるためにもある程度の規模の集団同士での戦闘が必要だった。

 そして、そこそこの規模となったゼピルムが神殿協会に敗れた今が好機だ。
 今の彼らなら喜んでとは言わないが、それでもこちらの勧告に従ってくれるだろう。
 どんな存在でも、大抵は命が惜しいものだ。


 しかし、今回の事件は今一誰が勝者か白黒つかなかった。
 そのため、より確実を期すために、もう一騒動起こす必要があった。
 その算段は側近Bに一任していたので、自分はノータッチだが……まぁ、あの蛇目シャギーなら大丈夫だろう、あれでかなり生き汚いし。
 


 
 「ほう、親友に挨拶ね………一人で行け。」
 「そんな!シオちゃん酷い!!」
 「その名で呼ぶな!!」

 嘗て母に呼ばれた呼称だが、はっきり言って大の男に使うものでは断じてない。
 マリーチが態々使うのも、自分をからかうためなのだが、こうして反応を返す時点で彼女の思惑通りなのだろう。

 「だってー、後はクーガーと第二部のシスター達しかいないんだもの。今一盛り上がりにかけるわ。」
 「その2人はあの問題児共だろう。ハプニングは確実に起こるから、オレを誘うな。」

 件の問題児シスターは優秀だが、人格に問題があるため異端審問会に入った者達の代表格と言ってもよい程の者達だ。
 そんな連中が一緒にいれば、きっと彼女の大好きなトラブルには事欠かない事だろう。

 「ダァメ♪だからこそ一緒に行くんじゃない♪」

 あぁ、やはりそれが目的か。
 いい加減にこのアマどうにかならんものかね?

 「断る、仕事があるからな。」
 「……そう…。」

 笑顔のままにマリーチの雰囲気がガラリと物騒なものに変わる。
 反射的に壁に掛けてある神器へと手を伸ばすが、その行動は遅すぎた。

 からろん♪

 普段聞く鐘の音と全く変わらない筈なのに、その効果は普段よりも遥かに凶悪だった。
 魂、と言うよりも存在そのものを揺らされて、その余波で自身の意識そのものが揺らぐ。
 一瞬で視界が白濁し、意識が遠のき始め、数秒程で意識を失う。
 ノイズだらけの視界に最後に映ったのは、こちらを見て実に嬉しそうに笑うマリーチの姿だった。
 





 「全く、本当に鈍感ね。」
 
 えるしおんの部下達に命じ、彼を使用予定のヘリへと運ぶよう命じた後、マリーチは一人愚痴を零した。
 少なくとも彼が自分の思いに気付いてくれれば、現在の状況は無かったというのに。
 全く、こんな美人の誘いを断ろうなんて、罪深すぎる。

 プンプンと怒りのオーラを巻きながら、しかし表情には出さず、彼女はヘリの発着場へと歩を進める。
 
 今頃クーガーとあのシスター2人が来ている事だろう。
 3人が3人とも、お気に入りに属するため、彼女が退屈すると言う事は無いだろうが、やはり最大の喜びの元となるえるしおんには傍にいてほしい。
 
 そんな事を考えていると、つい嬉しい気持ちになり、彼女は今後の楽しそうな事を思って漸くいつもの穏やかな雰囲気に戻った。




 






 

 「……姉上、あのお方は?」
 「え?」

 リップルラップルのナマコ攻撃から逃れた後、名護屋河姉妹の妹、睡蓮が不意に声をあげた。
 彼女の指さす先にある雑木林の獣道、そこから2人の人影が降りてきた。
 一人は白いローブ、白い髪の全身白尽くめの女性であり、瞼を閉じている事から恐らく盲目なのだろう。
 そしてもう一人、フェリオールも着ていた神殿協会の司教服に身を包んだ長身、長い銀髪の男性が先の女性の左手を握り、右手にはそこそこ大きなキャリーケースを担ぎながらゆっくりと先導している。
 
 「殿方の方はともかく…あちらの女性の方、恐らくみーこ様と同格にございます。」
 「それってつまり、偉い人って事?男の人はどうなの?」
 「殿方の方はそこまでとはいきませんが……それなりに出来る方かと。お二人とも良きか悪しきかは判別致しかねますが、女性の方はお力だけならみーこ様に並びます。」

 ふーんと適当に相槌を打つ鈴蘭。
 周囲で屋台を営む魔殺商会の戦闘員達(覆面マスクと全身黒タイツ無しバージョン)も珍しげに見ている。
 
 「あの女の人、目がよくないみたい……。」
 「左様でございますね。お連れの方もおられますが、かような砂地では危のうございます。」
 
 一瞬で意見を合わせた2人は、小走りに2人組へと近づいていった。

 「あのぉ……良かったら、何かお手伝いしましょうか?」
 「む?すまないな、お嬢さん方。」
 「ありがとう。優しいのね。」
 
 連れの男性は申し訳なさそうな声で礼を告げる。
 その容貌はかなり整っていながらも眉間には深い皺が走り、美形ながらもかなりの迫力が感じられる。
 そして、女性の方は被ったローブの中で、白い柳眉でなだらかな弧を描き、たおやかに微笑んだ。
 確かに美しい人だが、何処か浮世離れした、この世のモノではない雰囲気が、確かにみーこと似ていた。

 「さぞかし御高名なカミ様とお見受けいたします。よろしければお名前をお教えくださいませんでしょうか?」
 「だから待て妹!お前はまたそんな突拍子も無い事を!」
 
 あらあら、と姉妹の様子に困った様に女性が微笑み、男性は眉を僅かに下げ、表情を僅かに穏やかにした。

 「構いませんよ。私はマリーチ、この人はエルシオン。友人のミーコに会いに来たのだけど…。」
 「ではお連れ致します、マリーチ様。」
 「親しみを込めてマリーちゃんと呼んでくださいね。エルシオンはシオちゃんと呼んであげて。」
 「え……あの、その……はい。」
 「…いい加減に切れても良いと思うんだがな…。」

 怒りを押し殺した風のシオちゃんもといエルシオンを、マリーチはさも愉快そうにクスクスと笑う。
 
 「じゃあ、お言葉に甘えてあなた達にお願いするわね。シオちゃんは荷物の方をお願いね。」
 「……了解だ。ゆっくり旧交を温めてくるといい。」

 そう言って男性がキャリーバックを抱えて、木陰へと足を向ける。
 その背から黒々とした怒気が立ち上っていたが、鈴蘭は気にしない事にした。
 だって、みーこに禁句で呼ばれた御主人様と一緒な感じがしたし。
 
 「ではその……マリーちゃん、様。どうぞこちらへ。」

 いい加減に妹の愉快な様に我慢できなくなった鈴蘭が、プッ、と噴き出す。
 キッ、と睨んでくる妹からそっぽを向くと、今度は2人の様子を見て白い女性も上品に笑う。

 「うふふ、クスクス。あぁ、楽しい…。」
 (あれ?今の笑い方って、前に何処かで……。)

 そんな女性の笑い方に何処か既視感を持つ鈴蘭。
 あれ程の美人、見れば忘れない筈なのだけれど……。
 
 そうやって鈴蘭が考え込む内に、3人はじゅうじゅうと音を立てる炭火の近くに辿りついた。
 目的のみーこは逆さに置いたビールケースに腰かけたまま海産物が焼き上がるのを待っており、近づく人影には全く気付いていない。


 そして、やっと人影に気付いた様にみーこが顔を上げた瞬間に、それは起こった。


 「っっっ!?!」
 
 その一瞬だけ展開された光景は、気のせいであった筈だ。
 一秒の、何百、何千分の一の間という瞬きよりも短い、極僅かな暗転。
 その瞬間だけ見開かれたみーことマリーチ、それぞれの真紅の瞳。
 気のせいであった筈だ。
 見れば、みーこは眠たげな目でひどくつまらなそうにマリーチを見上げ、マリーチもその視線に気づいていないのか、閉じた瞼はみーこより少しずれた方向へと向けられている。

 だが、その場にいた睡蓮と鈴蘭の2人は動悸を抑える様に胸元を押さえ、呼吸を荒げている。
 そして、睡蓮がこの炎天下でありながら、青褪めた顔でようやっと声を出した。
 

 「……これが……格の違いでございます、姉上。」
 
 何かが起きたと、妹は言外に告げた。
 しかし、鈴蘭は今しがた見た恐ろしすぎる一コマを信じたくなかった。


 空と大地を二色に塗り分けた、口と目。
 億千万の口蓋と眼球を。

 

 「状況Aは困るの。ノーカン、ノーカウントなの。ここは引き分けにしておくの。」
 
 何時からそこにいたのか、リップルラップルが2人を仲裁するようにまぁまぁと宥める。
 しかし、当の2人はお互いしか眼中に入っていない。

 「おいしそうな匂いね、ミーコ。」
 「焼き上がる頃合いを視て来おったな……気に入らぬよ。」

 互いに互いしか映っていない。
 友人というには余りに物騒で、あまりに危険すぎる空気がそこにあった。


 「何時までもあの2人の傍にいるのは危険だ。木陰で休んでいなさい。」
 
 荷物を置いてきたのか、エルシオンが2人に声をかけ、ベンチの方へ手を引いていく。
 睡蓮と鈴蘭は互いに身を寄せ合う様に、エルシオンの誘導に任せ、力無く歩いていく。
 睡蓮は気遣う様に鈴蘭の手を握るが、表情こそ普段と変わりないものの、彼女の手は小さく震えていた。
 それは、握られている鈴蘭の手も同様だった。













 「それで?何故私までこの場に呼んだのですかな?」

 わざと慇懃無礼な態度で呑気にホタテをつつくマリーチに問う。
 

 先程までエスティ達がかなり深刻な話をしていたが、はっきり言って誰が魔王になろうが興味は無いし、先日も言ったが自分もなる気はない。
 もし暴虐を行う者だったら、それこそアウター達に排除され、また人間主体の社会になる事だろう。
 それに、そんな事態になれば、それこそ勇者を始めとした対魔機関の出番というものだ。
 人間達は自分達の平和のために、死に物狂いで戦ってくれるだろう。
 そんな命がけになった人間程、厄介なものはいない。
 神も魔も、如何なる神話や伝承でも、最後は人間が勝つと相場は決まっているのだから。

 
 そんな真面目な考えを脳裏で展開しつつ、えるしおんは自分の仕事を邪魔してくれたアマを問い詰める。
 今日終わらせなければならない仕事だけでも3時間は掛かるのだ。明日以降の仕事に支障を来たすようであったら、暫くこのアマの好きな茶葉の値を吊り上げてやる(偽物とか掴ませたり、質の悪いものを売るのは商人としての矜持が許さなかった)。
 そんな地味な報復を考えつつ、マリーチの出方を伺うえるしおん。
 どうやら、正面から普通に抗議するという考えは無いらしい。



 「?何も考えてないわよ。」


 えるしおんの言葉にキョトン、と目を開き、次いで童女がそうする様に首をコトンと傾けて、不思議そうに言うマリーチ。
 この仕草には一切の邪気が無かったが、邪気が無いからと言って無害ではないのが彼女の特徴の一つでもある。

 「………………………………………………………ハァ?」

 何言ってやがんだこの年m…


 からろん♪

 「ぐおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!?!」

 お馴染の激痛に頭を抱えて砂浜を転げまわる。
 あまりの事態につい禁句が脳内に浮かんでしまったためか、二コリと微笑んだままのマリーチの左手は彼女の襟元の鐘、神器「崩壊の鐘」へと添えられている。
 
 「うふふ、クスクス!……あんまり調子に乗ってるとどうなるか、解ってる?」

 はいすんませんしたごめんなさい癒し系美人の預言者様、と内心で全面降伏するえるしおん。
 同時に、やはりこのアマ何時か虚数空間にでも沈めてやる、と決意を新たに誓う。
 
 「……………。」

 からろん♪

 「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?!?!」

 無言のまま、反省の色が見られないえるしおんにマリーチが追加の一発。
 止まっていたローリングが再開され、えるしおんの着ていた司教服が砂と塩塗れになっているが、激痛で余裕が無い本人は気付かない。
 
 
 反省せずに内心で罵倒を続けるえるしおん、それに罰を追加するマリーチ。
 やがて転がり続けたえるしおんがパラソルからかなり離れた位置に転がって行くと、マリーチもそれについていき、更にお仕置き追加とばかりに鐘を鳴らしまくる。
 苦痛に耐えきれず悲鳴と共に転がり、更に遠くに行くえるしおんを追って、楽しげにマリーチもそれに続き、どんどん遠ざかって行く。



 後に残ったのはパラソルの下で目を丸くして呆然自失とするみーことリップルラップル、側近Bことマニホルド・エスティだけ。

 「……のう、リップルラップル。」
 「……私に聞かれても解らないの。」
 「……私も、まさかエルシオン様とマリーチ様があのような関係とは存じませんでした。」

 親友のあまりの変わりっぷりに目を丸くして事態の把握に努めようとするみーこだったが、誰も彼女の疑問に答えられない。
 みーこと同じく日本で過ごしていたリップルラップルは当然として、ここ10年以上ゼピリムに潜入していたエスティもこの事態に全く対処できていなかった。

 「のうエスティや、エルシオンはマリーチの使徒になったのかの?」
 「まさか、我が君に限ってそれは無いでしょう。仕事一筋2000年のワーカーホリックですよ?人生の過半を書類と共に過ごしてきたあの方がマリーチ様と一定以上の関係を築くなんて信じられません。」

 部下にすらしっかりとワーカーホリック扱いされているらしい。
 しかも、西暦を同じ位を仕事に費やしてきた辺り、憐れみすら感じる。

 「しかし、さっきのマリーチは確かに楽しんでたの。誰かを弄ぶ以外にあんなに楽しそうなマリーチは、初めて見たの。」

 リップルラップルが素直な感想を口にする。
 先程のマリーチの様子、鈍い今代勇者なら兎も角、鋭いこの場の三人にはどう見ても親しい友人同士のじゃれ合いだった…………もっとも、えるしおんは気付いていない様子だったが。
 何がどうなってあんな関係なのかは知らないが、良くも悪くも他人を騙し、欺くのが彼女達の知るマリーチであるため、先程の様な感情を解りやすく表した彼女を見るなど本当に初体験だった。
 

 「まぁ、今後進展するかは本人達次第なの。外野は黙って温かく見守るのが吉なの。」
 「しかしの、あのマリーチじゃぞ?何が起こるか全く解らぬよ。」
 「祝福すべき、なのでしょうか……。」
 「後で事の次第を聞けばよいの。招待を受けたのは2人だけど、私も同乗するの。」
 「…それはもう決定事項なのですね…。」
 「当然なの、抜け駆けは厳禁なの。それと冷えたシャンペンも要求するの。」

 何が抜け駆けかはどうでも良しとして、各々が頭を悩ませつつ、一先ずは様子見に徹する事を決めたようだ。
 リップルラップルは相変わらずの無表情で、その内心を推し量る事は出来ないが、みーこは親友であるマリーチを、エスティは主君であるえるしおんの身をそれぞれ案じている。
 しかし、2人とも思う事は同じだった。


 あの2人(性格破綻者とワーカーホリック)で大丈夫だろうか?


 嫌な予想しか立てられず、つぅ…、と2人の額から冷や汗が流れていった。
 
 

 
 






 「酷い目に会った…。」
 「っはっはっはっは、まぁ仕方ねぇさ!あいつを相手にしてそれで済んだんだから良いじゃねぇか!」
 
 無精髭、もじゃもじゃに伸びた髪、浅黒い肌、サングラスとどこかのスラム街にいそうな出で立ちの男とエルシオンは共に如何にも高級そうな酒を飲んでいた。

 「それにしても、久しいなクーガー。またぞろ出番か?」
 「それを決めるのはあの女だよ。全く、人使いが荒いっての。」

 自棄酒の様にガボガボと高級酒をラッパ飲みするクーガー。
 この男は別名キリング・クーガー、クーガーおじさんと呼ばれている最悪とも言われた異端者だ。
 何故そんな人物がこんな所にいるのかというと、実はこの男、マリーチの使徒だったりする。
 詳しい経緯は聞いた事は無いが、以前罪人として神殿協会に捕まり、超高難度ダンジョンに突入させられて生き残った事からマリーチに気に入られたらしい。
 それ以来、神殿協会地下牢に幽閉させられ、出されては神殿協会に新たな英雄を作るための敵役をやらされていた。
 そう言った裏方役のため、何かとエルシオンと顔を会わせる機会が多かった。
 また、マリーチの我儘に付き合わされて苦労しているという連帯感から仲も良かったりする。
 ちなみに、マリーチの持つ意識操作の結界だとかは長年の仕打ちで耐性が付いてしまったため、えるしおんには効かなかったりする。

 「それにしても、連れの子狐とやらはどうした?」
 「セリアーナか?あいつの事だからな、何処ぞの金持ちにでも油揚げ奢らせてるんじゃねぇか?」
 「そうか、彼女程の人材ならスカウトしたかったのだがな……。」
 「おいおい、マジかよ!他の連中が黙ってないぜ!」
 
 魔人セリアーナ、通称先読みの魔女。
 その正体は金毛九尾と言われる化け狐であり、アウタークラスの実力を持つ。
 過去に人間社会を大混乱に陥れ、記録的な被害を齎した恐ろしい魔人だが、その真の恐ろしさはマリーチですら舌を巻く知性であり、今まで追いかけてきた各国の対魔機関の手を悉く逃れ続け、未だに逃げ続けている。
 嘗ての第二次大戦時、イスカリオテ機関と神殿協会が多大な出血を強いられながらも、どうにかこうにか欧州から追い出すしか出来なかったという化け物だ。
 なお、現在はアジア地域に潜伏しているという情報もあるが、真偽の程は不明だ。

 そんな存在が何の因果か、嘗てクーガーが潜ったダンジョンに住んでいたらしく、何故か懐かれてからは互いに協力し合い、信頼する仲になったのだとか。
 そんな人物を招こうというのだから、えるしおんも大胆と言える。

 「なに、何処の国や組織も財政を崩壊させてやろうかと言えば逆らえんよ。」
 「……全然変わってねぇなのな、お前……。」

 にやりと笑うえるしおんに呆れた様にクーガーが呟く。
 根が善人とは言え、葉や茎はすっかり悪人になっているえるしおんだった。

 …まぁ、その気になれば第二次世界恐慌すら引き起こせる組織の長らしい発言とも取れるが。
 
 ゲラゲラ笑いながら、2人は久しぶりに飲める上等な酒とつまみに舌鼓みを打つ。
 えるしおんには本当に久しぶりの、普通の休暇だった。
 


 それぞれが休暇を満喫しつつ、ゆっくりと日が暮れていった。





 PS.ヘリにて


 「ねぇねぇ、マリーちゃん。さっきから置いてあるこの箱って何っすか?やたらでかいっすけど、重火器でも入ってるっすか?」
 「あぁ、それね。クーガー、そろそろ開けてあげて。」
 「おいおい、誰か入ってんじゃねーだろう…な……。」
 「どうしました、クーガー司きょ…う……。」
 「マリエットまでどうした……っす…。」

 箱の中を覗いた面々は沈黙した。
 箱の中には保存のためか、大量の氷と白眼を向いた美丈夫が一人。
 それも死体の様なまっ白い肌と胸の前で交差させた腕から、まるで棺で睡眠中の吸血鬼の様だった。

 「「「……………………。」」」

 流石に絶句する3人。
 次瞬、絶叫。

 「死体っす!殺人事件っすーー!!?」
 「おおお落ち着いてください先輩、これぞ世に聞く孔明の罠とか。」
 「この状況で罠とかも無いと思うけどな……ってか何やってんだエルシオン?」

 クーガーが狂乱する2人のシスターを落ち着かせようとするが、生憎と成果は上がっていない。
 そんな狂乱を尻目にマリーちゃん(自称)がゆさゆさと箱の中の男性を起こしにかかった。

 「うふふ、クスクス。ほらいい加減に起きなさい。」
 
 ゆさゆさ
 
 「………。」
 「起きなさいってば、シオちゃん。」
 「その名で呼ぶな!!」

 えるしおん復活。
 そこまで嫌か、その呼び方。

 「ひぃい!死体が起き上がったっす!神威っす、浄化っすぅぅ!!」
 「せせせせ先輩ここここはやはり具象神威の出番です!」

 しかし、急に起き上がった事がシスター2人の混乱に拍車をかけた。
 クラリカは腰のモーゼルを引き抜き、マリエットは三型具象神威を構えようとするが、狭いヘリ内で長物に入る三型を構えられずにいる。
 このまま放っておけば、遠からずこのヘリは空中で爆発、四散するだろう。

 「む、ここは何処だ?それに何故クーガーがここに?」
 「おうエルシオン、寝起きでわりぃが、ちと手伝ってくれや。」
 「あぁ、うん……取り敢えず、止めるか。」
 「だな…おーい、嬢ちゃん達そんな物騒なもん仕舞えって。な、な?」


 必死に2人のシスターを説得するおっさん達だったが、いきなり拉致された矢先(出発早々)の出来事がこれでは先が思いやられる、と思ったのはほぼ同時だった。







 「うふふ、クスクス♪ほら、やっぱり面白くなったじゃない♪」
 「お前が原因だがな!!」














 漸く本編突入。
 さて、何時になったらマスラヲ編に入れる事やら

 
 最後に一言。

 感想くださった皆様、理解ありすぎです。


 微修正しました 2010年6月26日8時51分
 



[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第8話
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/06/27 22:21
 

 第8話





 「私が魔王になって、お前ら絶対言う事きかせてやる……!」



 明け方の空、黒煙をたなびかせる巨大な飛行船のブリッジにて。

 不幸を嘆いてきた少女が、己の進む道を決めた。
 それは世界で最新の魔王が殻を破り、遂に産声を上げた時だった。











 「無事か、蛇目?」


 腹腔に風穴を開けられ、宙に投げ出されたエスティは、ブリッジの死角となる位置で隔離世へと一瞬で引き込まれ、そこに待機していたえるしおんの手当てを受けていた。
 そこには横に倒す形で展開し、足場としたシールドがそ浮いていた。
そして、その上には横になったエスティと薬品や魔導具が置かれており、えるしおんは直ぐに治療に入った。

 「はは…完敗でした、エルシオン様…。大口を言っておいて、この様です……。」
 
 口の端から血を滲ませ、腹からは大量に出血しながらも、エスティの言葉をはっきりとしていた。
 えるしおんはテキパキと止血を常備している赤黒くドロリとした回復用のポーション(開発部謹製の最高級品)と回復用の術を用い、失われた体の一部と血液を直ぐに再構築した。

 「これで治療は終わったが、暫くは有休を取って安静にしていろ。お前の代わりになる人材はそうはいないからな。」
 「いたらどうなるのですか?」
 「いたら、どちらも雇って働かせる。」
 「はは、あなたらしい…。」
 「もう喋るな、そろそろ転移する。」

 えるしおんの言葉と共に足元の障壁に、イスカリオテ機関で使用される転移術の魔導式が表示される。
 そして、一瞬の後に2人の姿は霞の如く跡形も無く、完全に消えていた。





 


 

 某日、イスカリオテ機関本部にて


 嘗ては羽ペンのカカカッカカカカッカカカカカッカカカカカカッカカカカッカカカッ!!!という音が響いていた長官執務室には、その代わりとばかりにガガガガガガガッガガガッガガガガガガガガガガガッガガガガッガガガガガガッガガガガガガガガッ!!!というキーボードを乱打する音が響いている……それも二台分の。
 その部屋の主である男は、片手で一つのPCに入力しつつ、更に宙に3本のペンと判子、3枚の書類を浮かばせて、凄まじい速度で5つの仕事を同時にこなしていた。
 これを初めて視た機関員は誰しもがこの偉大な長官の仕事姿を見て、素直に尊敬の念を抱くという。
 誰が言い出したのか、付いた呼び名がSWH、スーパーワーカーホリック。
 多くの文官組の尊敬を無暗矢鱈に一身に集めるえるしおんだった。

 しかし、本来なら力は多少弱くても魔族であるエルシオンと言えど、ここまで微細な念力の操作と書類仕事を高速で同時並行するなど出来る訳がない。
 
 その原因は開発班が近年開発した並列思考という技術だった。
 何でも極東の一部の娯楽作品を見て開発に踏み切ったと言われているが、真偽のほどは不明だ。
 兎にも角にも、この技術を使えば、同時に複数の思考を展開し、高い処理能力を発揮できるのだ。
 しかし、これはあくまで脳の普段使用していない部位を演算に当てているため、脳本来の処理能力以上の事は出来ないし、あまり使いすぎると知恵熱を起こしかねない。
 試験した結果、最大9個の並列思考を展開できたが、そこまで展開すると一つ一つはあまり複雑な処理が出来なくなる。
 そのため、実際は文官組や一部の戦闘組が術式行使の際にはあまり処理能力が落ちないで発揮できる2、3個まで使用する事が殆どだ。
 
 しかし、例外としてえるしおんを始めとした一部の者達は並列思考を3個以上展開しても、処理能力が低下しない。
 特に凄まじいのが、側近A、金髪聖人ことアーチェス・アルエンテは7個まで展開しても、処理能力を落とさずに行使する事が出来る。



 それはさておき



 先日の一件で、新たな魔王現る!?というスクープが駆け抜けたため、イスカリオテ機関内では一応魔王とか呼ばれているえるしおんの動向が注目された。
 しかし、えるしおんは何もアクションを起こさなかった。
 きっと何かお考えがあるのだろう、というのが機関員の大勢を占めていた。
 しかし、えるしおん本人は寧ろ、内心では新魔王就任の動きを喜んでいた。
 何故かと言うと、えるしおんは未だに自分の事を皆が纏まるために立たされた旗頭としてしか機能していないと考えていたからだ…………この男は前世から自己評価が今一つだったりする。
 ……ちなみに、今現在の状況(側近A世界各地に出張中、側近B負傷で療養中)でえるしおんが消えたりしたら、機関の文官組が担当する各分野での経済活動が滞り、第二次世界恐慌が勃発、第三次大戦の引き金になりかねなかったりする。


 これもさておき


 そのため、鈴蘭が新たな魔王が即位したら、可能ならその下で働きたいと考えていた。
 一応のトップである自分が鈴蘭の下につけば、他の者達も次の主君を認めやすくなる事だろう。
 しかし、かと言って無条件で彼女の下につく訳ではない。
 鈴蘭が魔王としての責務を果たせる(配下への指示出しや書類仕事など)ようになるまでは、しっかりと監督するつもりだ。
 
 
 内心でそんな事を考えながら、えるしおんが仕事をしていた時、不意に執務室に備え付けの電話が鳴った。
 この電話は各国の重鎮や対魔機関のトップを始めとしたVIPとのホットラインでもあり、滅多な事では鳴らない(マリーチはそもそもかけない)。
 直ぐに受話器を取り上げ、耳に近付けると、相手の声はかなり緊迫した様子だった。
 
 「私だが、どうした?」
 『長官!極東にてS級魔人が観測されました!識別番号は19!』
 「極東支部に第一級戦闘配備を発令。情報収集を厳にし、近場の支部から応援を要請。直ぐに本部の戦力を送るので、到着まで対象の監視に留めろ。」
 『了解!!』
 
 大慌てといった様子の極東支部の部下が電話に出てきたが、えるしおんの冷静な指示を聞くと直ぐに電話を切った。
 次いで、えるしおんは電話の脇に置かれた呼び鈴を鳴らした。
 それもただ鳴らすのではなく、呼び鈴に刻まれた魔導式に魔力を込めながら……ちなみに込める魔力の量によって信号の意味が異なったりする。
 途端、本部内に警報が鳴り響き、第一級戦闘配備が発令された。
 廊下ではバタバタと部下達が忙しなく走る音が響き、今頃格納庫では開発班が装備の緊急点検を行っている事だろう。
 そして、今度は内線でかかってくる電話を取り上げる前に、えるしおんはポツリ…と言葉を零した。


 「識別番号19番…先読みの魔女、か………はてさて、どうなる事やら……。」
 

 嘗て矛を交えた強敵を、えるしおんは脳裏に思い浮かべていた。















 



 「ふぅ……しかし、油っこいものか……。」
 
 自室の電話を下ろし、貴瀬は嘆息した。
 またぞろ厄介の種が舞い込んできた、と。
 しかも、御下命とは言え、金毛九尾をもてなさなければならないとは、いよいよもって今年は厄年なのだろうか?
 そんな事を考えつつも、だるさを訴える体に喝を入れ、何とか立ちあがろうとする。
 しかし、そんな彼の努力を遮るように、先程置いたばかりの電話が鳴り出した。
 また脱力しそうな腕に鞭打つつもりで、貴瀬は再度受話器を手に取った。

 「なんだ、翔香か?まだ言い残した事でも『伊織貴瀬、そちらに妙な魔人が来ていないか?』ッ!?」

 電話の相手、それはこちらの世界では知らぬ者などいないとすら言える程の相手だった。

 「貴様が直接かけてくるという事は、既に何らかの確証を得ているのではないか?」
 『一応確認だ。その魔人は神殿協会のブラックリストにも載っているからな、直ぐに聖騎士団が来る。扱いには気をつけた方が良い。』
 「…何故貴様がそこまで気を使うのだ?目的は何だ?」
 『言った所で信じるかは自由だが………我々は可能ならば彼女をスカウトしたい。』
 「ッッ!?馬鹿な、正気か貴様ら!?」
 
 告げられたあまりの内容に、貴瀬が叫ぶ。
 如何に内に魔族・魔人を抱えようと金毛九尾という国家を揺るがす程の魔人を抱えたとなったら、かの機関と言えどもどうなるか解らない。
 もし各国の対魔機関がこぞってイスカリオテ機関に敵対したとなれば、それこそ彼らはあらゆる手段を以て敵対勢力を薙ぎ払いにかかるだろう。
 そうなった時を思うと、彼らの活動をある程度掴んでいる貴瀬の脳裏には最悪のケース、第三次世界大戦の光景が映し出されていた。

 『こちらも最終戦争がしたい訳ではない。そちらが上手く隠蔽してくれたら、こちらも手間が省ける。』
 「神殿協会を出し抜く気か?連中が黙っていないぞ。」
 『無論、手は打ってある。事が事だ、今回ばかりは彼らに任せ切れない。』

 先読みの魔女はイスカリオテ機関にとってそれ程の脅威だった。
 無論、彼らがここまで警戒し、抱え込もうとする理由は存在する。
 嘗て彼女がその頭脳を以て人間社会を混乱に陥れた時、イスカリオテ機関の最大の収入源である経済活動が大幅に滞ってしまった事があった。
 それが数年近く続いたため、当時の彼らはその原因たる先読みの魔女の排除に躍起になった。
 しかし、相手は戦闘力だけでもアウタークラスであり、そこに預言者並の頭脳が揃っているため、追い詰めるだけでも容易ではなかった。
 何とかイスカリオテ機関の全部署が総力を結集し、神殿協会のみならず各国の対魔機関を半ば脅す形で協力させながらも、辛うじて欧州から追い出した、追い出す事しか出来なかった相手なのだ。
 頭脳と実力を兼ね備えた魔人だからこそ、彼らはここまで過敏に反応するのだ。

 「こちらも御下命で保護する事になっているが、あの狂信者共をどうにか出来るのか?」
 『今頃枢機卿達が山積みの書類を必死に捌いている頃だろうさ。』

 えるしおんがした事は簡単だ。
 ちょっと情報操作であちこちに魔物が出たとか、魔人勢力に動きが見られたとか、適当にホラを吹いただけである………報告の際に「未だ詳細は不明ですが」、「これは未確認情報ですが」とか付けるのを忘れない。
 後、異端審問会が出ざるをえない様な協会構成員の汚職の罪状と証拠を熨斗付きで提出したりとか。

 「詳しくは聞かんが、何時頃来られる?」
 『明日の昼頃には到着する。それまではくれぐれも頼むぞ。』

 そう言ったきり、通話は切られた。
 流石に限界なのか、貴瀬は備え付きのソファーへとどっかと腰を下ろした。
 そして、天井を見上げながらぼそりと呟きを零した。


 「『財界の魔王』が、今度は何を企んでいる………。」

 
 






 明け方直前、イスカリオテ機関極東支部にて

 東京郊外にある、一見何の変哲もない十字教の教会、その地下。
 そこにイスカリオテ機関の支部がある事は、それを利用する構成員達だけが知っている。
 他にも予備の施設が日本各地に分散配置されているが、日本最大の規模であるこの施設だけが現在もメインで稼働している。
 そこにある一室にて、直径15m近い大型の転移魔法陣が存在していた。
 この転移魔法陣は本来集団を一気に転送させるものなのだが、今回は低出力で個人向けに起動している。
 ……ちなみにこの魔法陣も、日本の娯楽作品よりアイディアを受けた開発班が実用化した代物の一つだったりする。

 普段は閑散としているその部屋には、現在多数の術者が待機し、魔法陣の操作を行っており、やや暗い地下室だと言うのに昼間の様に照らされていた。
 そして、魔法陣から放たれる魔導力の光が一際強く輝くと、魔法陣に中心に一人の壮年の男が立っていた。
 顔に深い皺を刻みながらも、周囲に威圧感を放っているこの男性は、変身魔法で40代に姿を変えたえるしおんだった。
 
 「状況は?」
 「対象は件の屋敷から動いていません。神殿協会の方ももう暫くの間は押し留めておけるかと。」
 「ヘリは用意してあるな?直ぐに飛ぶぞ。」
 「了解!」

 部下からの報告を受け、えるしおんは即座に今後の展開を予想し始める。
 足早に地下室を出て、直ぐに認識阻害結界で隠蔽されたヘリポートへと向かう。
 向かう先は一つ、魔人セリアーナのいる伊織家の屋敷だ。

 「全戦力は何時でも戦闘可能状態で屋敷の周辺に待機。しかし、自衛以外での戦闘行為は禁ずる。交渉失敗後は速やかに撤退するぞ。」
 ≪了解!!≫

 物々しく武装した一団を従えて、えるしおんはヘリへと乗り込んだ。
   










 「おいしーですー。おいしーですー。」


 翌朝早くの伊織邸食堂にて

 現在、食堂の広い空間は朝から油の匂いで一杯だった。
 食卓にはキャベツの千切りと味噌汁、白米にメンチカツが乗っており、席についた多くの者達がげんなりとした顔をし、一部の者はメンチカツ以外のものを食べて早々に食堂から出ていった。
 その原因である狐少女はというと、尻尾をぱたぱた機嫌よく振りながらメンチカツだけをパクついていた。
 
 「油っぽいものが好きというのは本当なのだなぁ…。」

 漸く憑かれが取れたのか、セリアの隣の席では貴瀬がサクサクとメンチカツを齧っていた。

 「御主人様…クーガーさんはまだ来ないんですか?これじゃ皆成人病ですよ?」
 「さぁな、詳しい日時までは聞かなかったからな。何時来るかまでは……。」

 鈴蘭の質問に返しつつ、貴瀬も難しい顔で考え込む。
 現状、セリアにご機嫌を伺いつつ、早い所クーガーが到着する事を祈るしか出来なかった。
 
 (それに、イスカリオテの件もあるしな……。)

 それを考えると、貴瀬は自分の胃がズン、と重くなるのを感じる。
 神殿協会と違って、分別もある連中だが、対魔組織に変わりはない。
 もしここにいる連中が刺激されて、騒動が起きたとしたら……と思うと貴瀬は気が気でなかった。

 (クーガー、早く来てくれ……オレの胃に穴が開く前に。)

 みーこが復活してからは苦労から解放されたと思っていた貴瀬だったが、どうやら彼の苦労性は生来のものだったらしく、全く苦労から解放されていなかった。
 しかし、そんな貴瀬を救うかの様にバンッ、と食堂の扉が開かれた。
 
 「邪魔するぜ。」

 日焼けした肌にもじゃもじゃの長髪と無精髭、サングラスに酒と煙草焼けした渋い声の男が姿を現した。

 「クーガーさん……。」

 目的の人物を視界に捉え、セリアはぴょこん、と尻尾を立て、椅子の上に立ち上がる。
 
 「クーガーさん、クーガーさん、クーガーさん……!!」

 そして、大きな瞳からボロボロと大粒の涙を零しながら、セリアは走り出した。

 「セリアか…セリアーナなのか?すっかり大きく………………なってねぇ…。」
 
 飛び込んできた少女の体をがっしりと受け止めたクーガーが、不満を表す様に髭に包まれた口元をへの字に変えた。
 
 「金毛九尾はとーってもゆーっくり成長するんですー。」
 「ああ、そうか。そうだったな。」

 クーガーは思い出した様に笑いながら、腕の中の少女の頭を優しく撫でる。
 セリアも漸く見つけた大切なものを確かめるように、何時までも頬をクーガーの胸元に擦りつけていた。




 「……もう出てもよいでしょうか?」
 「金髪、もう少し待ってやれ。折角の感動の再会なのだ、ここは空気を読むべきだろう。」


 ……扉の外で待機している一組の主従を放置しながら……。








 伊織邸応接室にて

 貴瀬、名護屋河姉妹、クーガー、セリア、えるしおんとその部下の7名が首を揃えたその場にて、クーガーとセリアが事情を説明すると、いい加減待ち草臥れていたのか、えるしおんが口を開いた。

 「さて、セリアーナ嬢とクーガーの説明が終わったので、今度は我々から話をしようか。」
 「先日の話だな…。」

 えるしおんの言葉に貴瀬が難しい顔をする。

 「?御主人様、話って何ですか?」

 疑問符を浮かべながら、鈴蘭が貴瀬に尋ねる。
 
 「それに関しては私がお答えしましょう。」

 不意にえるしおんの隣に座っていた男が口を開いた。
 外見は30代前半の優男、長い金髪を流し、知性を感じさせる縁無し眼鏡に如何にも上等なスーツに品の良い革靴。
 一見して紳士に見えるが、えるしおんの部下であるからには、良くも悪くもただ者ではない事だけは確かだった。

 「えーと、何方でしょうか?」
 「あ、これは失礼を。私、エルシオン様の部下のこういうものでして。」
 
 再度疑問符を上げる鈴蘭に名刺が渡される。
 そこには『株式会社マルホランド 代表取締役兼会長バーチェス・マルホランド』と書かれていた。
 
 「嘘ぉッ!?マルホランドってあのマルホランドですか!?」
 「ははは…えぇ、はい。恐縮ですが、会長を務めさせていただいております。」
 「なんだ?そんなにすげぇのか?」

 そういった話についていけないクーガーが疑問を口にする。
 鈴蘭の隣に座る睡蓮も話についていけないのか、首を傾げるだけだった。
 しかし、それを全く気にせずに、鈴蘭は興奮した様に早口で捲し立てた。

 「すごい所じゃないですよ!マルホランドって言ったら、世界的に有名な大企業なんですよっ!!」



 ここでマルホランドについて説明を行っておく。
 元々はイスカリオテ機関が近世に入ってから、各地に設立された商会を統合・再編成したものがマルホランドだ。
 機関の最大の収入源にして情報収集元でもあり、その社員の3割が機関構成員だ。
 「安心・安全・真心」をモットーに、その一大資本と歴史、優れたサービス精神と高品質から、富裕層から貧困層まで幅広い信頼を勝ち取っており、世界中に支店を持っており、寧ろ支店が無い国や地域を見つける事が困難な程だ。
 また、政財界に多大な影響力を持っており、その予算は大国の国家予算クラスだとも言われている。
 その最大の特徴が、独自の戦力を有しているという点だろう。
 これは情勢不安な国家や紛争地帯に設立された支店や商品の輸出入、運搬の際に見られるもので、強盗や山賊、海賊、ギャングやマフィア、反政府ゲリラや時には政府お抱えの不正規部隊だろうと実力で排除できるだけの錬度と装備の私設部隊を有している。
 御蔭で地域の治安改善に寄与する事もあった。
 例えば、過去に革命や暴動が起きた際、避難した民衆を保護、反政府軍と一戦交えて勝利した事が報道された事もあって、地方の治安確保のためにマルホランドの支店設立を求める声もあったという。
 銃規制がある先進国の場合、麻酔銃やガスガン、改造済みモデルガンや放水車、催涙スプレー、閃光弾にスタンスティック等の暴徒鎮圧用の武装を採用する事で対応しており、「当店ご利用の御客様には万全の安全体制を御提供します。」という謳い文句に嘘は無い。
 ただ、彼らは軍事産業には一切手を出していない事でも知られている。
 私設軍が保有する武装も、他の会社や企業が開発したものをライセンス生産したものを更に改良したものを使用している。
 また、技術者や芸術家のパトロンとしても知られている。
 経営に行き詰った中小企業や町工場の技術者やその経営陣、将来有望な若手芸術家や後継者不足に悩む熟練工芸家等を丸ごと保護・買収・スカウトし、それらを全部纏めて再編成、工業地帯と教育施設が合体したような都市を日本に作り上げ、新たな経済地帯にしたりもしている。
 御蔭で世界中から集まった優秀な人材が好きなだけ研究や探究をしており、その都市の内と外では技術が数世代異なるとも言われている。
 そういった事が重なり、マルホランドは今や世界中の注目を集める超優良企業となっている。



 「いやはや、驚いている所悪いですが、今日はマルホランドとしての用事ではないのでして…。」
 「へ?」
 「名刺の裏面をご覧ください。」

 言われた通り名刺を裏返してみると、そこにも文字が書かれていた。
 『ローマ法王庁特務第13課イスカリオテ機関 渉外部長アーチェス・アルエンテ』

 「?イスカリオテって何ですか?」
 「イスカリオテ機関というのは対魔機関の一つでして。」
 「え?じゃぁ、セリアちゃんを退治しちゃうんですか!?」
 「そう言う訳ではありません、鈴蘭様。」

 ここまでほぼ無言だったえるしおんが漸く口を開いた。
 ちなみに既に変身魔法は解いて、いつもの姿になっている。

 「へ?何で私相手に敬語?」
 「現状最も有力な魔王候補となれば当然です。あなた様は私よりも遥かに重要な方ですので。さて用件ですが、我々はセリアーナ嬢をスカウトしたいと考え、今日訪問させてもらった次第です。」
 「んー?呼びましたかー?」

 いい加減難しい話で眠くなってきたのか、セリアはうつらうつらとソファーで眠りかけていた。

 「…彼女の実力は当然として、その頭脳を我々は欲しています。」
 
 やや眉間の皺を深くしつつ、えるしおんが告げた。

 「え?でも対魔機関なんですよね?どうして魔人をスカウトするんですか?」
 「そこが連中と余所の違いなのだ。」
 
 貴瀬が難しい顔をしながら、口を開いた。

 「こいつらは自陣営の強化のためなら魔人だろうが異端者だろうが引き入れる。どんな凶悪な魔人でも命令に従うのなら保護するのだ。」
 「うえ!?ヤバいじゃないですか!」

 吐き捨てる様な貴瀬の言葉に、鈴蘭が顔色を変えて叫んだ。
 まぁ、確かに外からはそう見える事だろう。

 「より正確に言えば、我々がしているのは魔人の保護です。」
 「しかし、やっている事が悪しき者を庇うのなら、お前達もまた悪しきものでしょう。であれば、私は名護屋河当代としての責務を果たすまで。」

 淡々と宣戦布告とも取れる睡蓮の言葉に、アーチェス(バーチェス)はその顔に苦笑を浮かべた。

 「話せば長い事ですが、そもそも我々の活動の起源は魔王制が終了した頃にまで遡ります。」
 
 説明を始めるアーチェス(バーチェス)に一同(えるしおん・セリアの2名除外)は黙って耳を傾けた。



 
 説明は第2・5・6話参照




 「いい人達だーーッ!!」
 
 
 説明終了後、鈴蘭が叫んだ。

 「少し静かにしてください、姉。」

 隣の睡蓮が凍てついた視線と声で迷惑そうに咎めるが、本人は聞いちゃいない。

 「しっかし、神殿協会が黙っちゃいないぞ。連中は頭が固い狂信者共だ。絶対にセリアを狙ってくるぞ。」
 「だがな、クーガーよ、これはお前のためでもある。」

 懸念をあげるクーガーに、えるしおんが告げる。

 「…どういうこった?」
 「もしセリアーナ嬢が狙われた場合、お前は絶対に騎士団を敵対するだろう。そうなれば、今度こそ死にかねんぞ。」

 えるしおんの忠告にクーガーも心当たりがあるのか、沈黙してしまう。

 「神殿協会と比較すれば、我々の方が防諜は格段に上だ。あまり騒ぎを起こさなければ、匿う事も不可能ではない。」

 益々眉間の皺を深くしながら、えるしおんはクーガーへ詰め寄った。

 「我々は君達2人に安全を提供し、セリアーナ嬢はその頭脳を生かした働きをしてもらいたい。お前にも彼女の護衛として来てほしい。」
 「……ワリぃが、それは出来ねぇ…。」
 「クーガー…ッ!」

 非常に珍しく、半ば脅す様に名を呼ぶえるしおんだったが、クーガーは珍しく笑みを浮かべずに首を横に振った。

 「お前さん方には悪いが、オレにはする事がある。」
 「手は?」
 「いらねぇ。」
 「……そう、か………………残念だが、スカウトは諦めるとしよう。」

 鈴蘭達は兎も角、知り合いである2人には、今の短いやり取りだけでお互いが言いたい事が直ぐに解った。
 それ故にえるしおんは直ぐにセリアーナのスカウトを諦めた。
 クーガーがスカウトできないとなると、彼女も応じない事は簡単に予想がつく。

 「我々は直ぐに此処を発つが、もし心変わりしたのなら、名刺にある番号に電話してくれ。」
 「悪いが、こっちも譲れねぇんだ。」
 「……バーチェス、用は終わりだ、行くぞ。鈴蘭様、今日の所はこれで失礼させいただきます。」
 「え!あ、うん。じゃぁ、また会いましょう。」

 そう言って、あっさりと席を立つえるしおんと慌てて付いていくバーチェス。
 鈴蘭が慌てて返事をするが、その頃にはエルシオンは既に悠然とコートの裾を翻しながら、応接室から出ていった。
 後に残ったのは半ば事態から取り残された貴瀬と名護屋河姉妹に当時者のクーガー、完全に眠っているセリアーナだけだった。

 「…結局、奴らは何がしたかったのだ?」
 「さてな……大方、釘を刺しにきたんだろうぜ。」

 貴瀬の疑問に答える事もせず、寝息を立て始めたセリアを腕に抱いてクーガーは応接室を出ていった。
 後に残ったのは、未だ疑問符を上げる鈴蘭と難しい顔をしたままの貴瀬、相変わらず無表情の睡蓮だけ。


 互いに譲れぬものを持つクーガーとえるしおん。
 これが今生で最後の邂逅になるだろう事を、2人だけが予想していた。
 



 そして、間もなく神殿協会から2人の枢機卿がこの屋敷を訪れる。
 今日この日、その2人から鈴蘭は大きな選択を迫られる事となる。


















 Q「なして文中の説明飛ばしたの?」
 A「長ったらしい説明を何度もするんは飽きられると思ったとです。」
 Q「めんどいからじゃなく?」
 A「……。」
 Q「今後どうなるん?」
 A「血みどろ展開の予定。」
 Q「予定は未定とか言わんよね?」
 A(さくしゃはにげだした)
 Q(Qはおいかけた)






 PS.そういえば蓮華王ってのは千手観音の別名だとか……あれ?エスティ登場させる時代考証間違えた?









[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第9話
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/06/30 19:46
 
 第9話


 えるしおんが日本を去った4日後、神殿協会から1枚の親書が届けられた。

 曰く、異端者クーガー並び先読みの魔女の浄化を確認。
 功績のある名護屋河鈴蘭を正式に聖女と認定する事を決定。
 後日、式典を開催するため、振るって参加されたし。

 後は式典の詳しい日時と言った連絡事項のみが綴られていた。


 その親書を机に置き、えるしおんは疲れ切った時の様に、ドッと椅子の背もたれに身を預け、天井に顔を向けた。
 今は仕事も手につかない、珍しくそんな気分だった。

 えるしおんにとって、クーガーという男はこの世界における初めての友人らしい友人だった。
 神殿協会に捕まる前から勧誘を続け、断られながらも、一度も矛を交えた事は無かった。
 神殿協会に捕まり、マリーチの使徒となった後も、裏方として幾度も手を貸し、時には共に酒を飲んだ仲だった。
 物騒な所を覗けば、気の良い、しかし、一本芯の通った、正に勇者と言える漢だった。

 そんな男が死んだという。
 殺したのは、魔王候補と目をつけていた名護屋河鈴蘭。
 大方、マリーチの策をクーガーが利用したか何かしたのだろう。
 大体何を考えていたかは解る程度には、2人は親交があった。


 「……逝ったか、クーガー……。」

 儀礼的なものではなく、心から彼の冥福を願い、十字を切って黙祷を捧げる。
 神殿協会を始めとした神々ではなく、魔王制廃止を求めた聖人の身元に行ける様にと祈る。
 



 その日、初めてえるしおんの執務室から明りが消えた。













 

 そして後日、神殿協会の総力を挙げての式典に参加した後、鈴蘭はフェリオール枢機卿を連れて伊織家の屋敷、その周囲の森へと入り、ゼピリム残党達と合流する。

 そこで鈴蘭の語った言葉が、聖女でありながら、しかし魔王になる事は止めない。
 その言葉に鈴蘭を除く全ての者が奮えた。
 不幸を嘆き、流されるだけの少女が、今確かに時代を動かそうとしている事に。

 「船の名前はヘルズゲートアタッカー(地獄を解放する者)。そして、私が率いるこの組織の名前は――。」

 赤い瞳の聖女が、悪意に満ちた笑顔を振りまく。

 「ゼピルムだ。」
 
 




 同じ時刻、イスカリオテ機関


 自身の執務室にて、えるしおんは少女のその言葉をリアルタイムで聞いていた。
 

 イスカリオテ機関が発足する以前から、えるしおんは部下に命じ、多くの魔王候補達を監視してきた。
 しかし、その全てが適正の段階で撥ねられ、彼の望む魔王は一人も現れた事は無かった。
 魔王制時代にも、母フィエル位しか長続きしなかった魔王という管理者、殺し過ぎず適度に管理するというバランス感覚と人魔双方へ偏見の無さを両立する者はほぼゼロだった。
 況や、神秘が薄れたこの時代では、最早そんな者などいないだろうと諦めていた矢先、側近Bの報告である少女の事を聞いた。
 えるしおんは一抹の希望を抱き、その少女を見てきた。
 不幸の坂を転がり続け、それでも遂には這い上がり、そして今日世界を変えると宣言した時まで。
 

 えるしおんは長い間待っていた、新しい世界の担い手を。
 理不尽を憎み、時には屈し、しかし、必ず立ち上がる者を。
 神魔人、誰とでも平等に付き合えて、皆で仲良く笑顔で楽しい事を望める者を。
 えるしおんは待っていた、名前だけの魔王ではなく、真に皆と共にに立てる者を。

 そして、人の世の最後の年、漸く求めていた者が現れた。


 「…………待ちに待った時が来た、か………。」


 珍しく、本当に穏やかな笑みを浮かべて、えるしおんは椅子の上で体の力を抜いた。
 そして、瞼を閉じ、ここ2000年一度も無かった優しい声で呟いた。


 「鈴蘭嬢…君こそが人でありながらも聖と魔を繋ぎ、より良い世界を目指し続ける者……聖魔王だ。」



 この時、えるしおんは今生で初めてであろう無垢な笑顔を浮かべた。












 神殿協会、その最奥部、座視の間にて


 そこにある玉座に、預言者が座っていた。
 常にたおやかに微笑む、純白の女性。
 しかし、今の彼女を見れば、多くの者がその場から全力で逃げ出すだろう。
 それだけの鬼気と狂気、怒気と魔導力がその部屋に充満していた。


 彼女には認められなかった。
 自分がどうしても手に入れたい男が、自分以外の女を思って微笑んだ事が。
 自分以外の者を、パートナーではなく、自身の王と認めた事が。
 絶対に、認められなかった。


 「…エル、シオン……ッ……。」


 ビキリッ、と玉座の左の肘掛に罅が入る。
 先日のクーガーの行動に、つい右側を砕いてしまった時の残りが、ビキビキビキ、と罅が入り続ける。
 先日死んだクーガーは、彼女のお気に入りだった。
 しかし、その先の行動を視て、それ以外の手段でも予想し、己に従わないと解ったから、彼女は彼を手放した。
 視た結果と予想の結果の乖離に、己に逆らう者に怒りを覚えたが、憎しみまでは抱かなかった………………たった一人の、例外を除いて。
 
 
 「エルシオン…ッ!!!!!」


 肘掛が砕け散り、粉塵となって部屋を舞う。
 咆哮と共に展開された純白の片翼が、太陽の如き輝きを放つ。
 見開いた真紅の瞳は寸分の狂いなく、欲する男とそれを奪った女を捉える。
 憎々しげに、羨ましげに……そして、愛しげに、億千万の瞳は2人を見つめ続けた。



 今日この日から、預言者は完全に暴走を開始した。

 







 Q.「短か過ぎね?」
 A.「あくまで次へのつなぎだからね」
 
 Q.「ちなみにラストってハッピーエンド?」
 A.「ハッピー、アンハッピーどっちも考えてるけど、まだ未定のまま。」
 
 Q.「結局さ、何考えてこのss書いたの?」
 A.「林トモアキ先生の二次創作の少なさに絶望して、『無ければ作ればいいんだよ!』と考えたから」






 そういえば某巨大掲示板でこのssが話題に上がってたのに驚いた。
 好みは人によるけれど、できれば一度は読んでくださると嬉しいです。





[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第10話 修正
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/07/06 11:18
 

 第10話


 12月21日、16時34分

 魔人を含む武装グループが、先日オープンされた日本国内最大級の多目的施設である東京国立展示場を占拠した。

 武装グループの規模は約30人、大量の銃火器を装備しており、施設内部には多数の民間人が人質として監禁されている。

 未明、警視庁特殊捜査班と機動隊銃器対策部隊による突入が行われたが、武装グループ側の圧倒的な火力に成す術も無く壊滅した。

 現在、武装グループ側からの声明も無く、人質の安否が気遣われている。








 
 同時刻 神殿協会 座視の間にて



 「お茶がおいしいわねぇ…。」
 「……………。」


 そこには珍しく玉座に座る預言者だけでなく、その脇にもう一人の人影があった。

 「無視しなくても良いじゃない。」
 「この状態をどうにかしてもらえればな。」

 ジャラリ、と今しがた紅茶を淹れたえるしおんが手を上げ、自身に科せられた手錠を示す。
 
 朝起きた時には、既にこの座視の間に拘束された状態で転がっていた。
 は?と茫然自失していると、マリーチが入室し、紅茶を注文してきた。
 一先ず、えるしおんは紅茶を淹れてから事情を聴き出そうと考えた。
 珍しく何も言わなかったのは、マリーチが既に鐘をスタンバイしていたからだ。

 「別に良いじゃない。良く似合ってるわよ。」
 「ど こ が だ ッ!!!」

 えるしおんの状態、変化したのは何も手錠だけではなかった。
 先ず、側近Bことエスティも着ていた給仕服に着替えさせられており、普段は後ろに流すだけの銀髪は後ろで一つに縛ってポニーテールにされている。

 そして、何にもまして変化していたのは……………


 「何故、犬耳なんだッ!!?!」


 そう、彼の頭の上にぴょこんと突き出た犬耳だった。
 しかも、どうやったのか、感覚を共有しているらしく、自分の意思で向きを変えたり、ピクピクと動かす事もできた(試していた間、マリーチは爆笑して呼吸困難になっていた)。

 「だって、可愛いは正義って言うじゃない!」
 「何故胸を張って言う!?」

 実は着痩せするマリーチが、意外とふくよかな胸を張って自己主張する。
 対して、えるしおんは眉間の皺を益々深く、長くしながらも律儀に突っ込みを入れた。
 ……しかし、えるしおんの様な渋かっこいい系の男が給仕服着て犬耳付けていると、シュールと言うか何と言うか、相当な違和感が感じられる。

 「今は世界各地でA・Bランクの魔物と非主流派の魔人達による同時多発テロが勃発している。こんな所で油を売っている訳に……。」

 そこまで言って、えるしおんは口を噤んだ。
 対面に座るマリーチ、彼女が嘗て弱った時に、一度だけ見せた純白の、片側だけになった翼を広げ、その瞼の下から真紅の瞳を見せ、えるしおんを見つめていた。
 そして、彼女は相変わらず微笑んでいた……ただし、その全身から強烈な魔導力を発しながら。
 
 「ねぇ、エルシオン。」
 「…なんだ。」

 急変したマリーチの雰囲気に、えるしおんも即座に仕事の事から目の前の事に頭を切り替える。
 
 「前にも聞いたけど、魔王にならない?力こそ低いけれど、あなたなら十二分に務まるわ。ミーコが反対したって、私が説得すればいい。他の対魔機関や世界中の事情を知っている者ならあなたを推すわ。魔族も魔人も人間も、あなたの功績を知れば、少なくとも反対はしない。」
 「……その答えは、前にも言った。」

 柄じゃない。
 一組織の長だけで多大な苦労をしている自分が、世界を手中にしよう等とは思わない。
 しかも、マリーチ一人でここまでの苦労を強いられているというのに、それと同等の存在と毎日顔を会わせて生きていくのは拷問に等しい。 
 
 そして、鈴蘭の事もある。
 
 以前も考えた様に、彼女の思想と人格、神殺しの力は魔王としてこれ以上ない程の逸材だ。
 今後、彼女の様な者が出る事は無いと言っていい程に、彼女の存在は貴重だ。
 神魔人、種族に拘らないその性格は、今この世界にこそ相応しい。
 あくまで理性で判断し、拘りを持たないようにしている自分より、拘らない事が自然体の彼女なら、これからの世界をより良くできる可能性がある。
 神が見捨て、魔が薄れ、人が堕落し始めたこの世界。
 彼女はそれに新たな活力を与えられる可能性がある。
 もし、それが出来なくとも、彼女と彼女を支える周囲の者達ならこの世界を支える位は出来るだろう。
 自分がその傘下に加わるかは今後の情勢次第だが、その可能性は低くはあるまい。

 そこまで考えた時点で、こちらの考えを視ていたであろうマリーチが口を開いた。

 「……そう…やっぱり、嫌なのね……。」
 「以前も言っただろう……それに、いい加減休みたい。」

 えるしおんは深く長い眉間の皺を指で揉み解すが、決してそれは消える事は無かった。


 2000年に及ぶ激務は、魔族の端くれである彼にはかなりの難業だった。
 側近A・Bらを始め、優秀な部下達が倒れた時だって、えるしおんはいつも一人黙々と仕事をこなしてきた。
 そんな日々が2000年も続いた。
 マリーチが敗北した際、その介護で大分休めた事もあったが、それでも2000年の間降り積もった心労は額に深く長く刻まれており、容易に解消できるものではない。
 
 えるしおんは、本当に心の底から休みたかった。
 友人との酒宴の機会も失い、気を抜ける時がほぼ消えたえるしおんは、今までの人生の中で最も強く休暇を欲していた。

 マリーチも、えるしおんの疲れを理解していたが、それでも彼女からすれば今の返答は頂けなかった、絶対に頂く訳にはいかなかった。
 それはつまり、えるしおんが(無自覚とは言え)戦略級核地雷を踏んだに等しい事をしてしまったという事だった。
 

 「じゃぁ、エルシオン。あなたは今日から仕事をしなくていいわ。」
 「?何を言っている?」
 「代わりに、私のものになってもらうから。」
 「だから何を…。」

 言っている?と続けようとしたが、えるしおんはそれを中断せざるを得なかった。
 
 「ずっとずっと私の、私だけのものに………他の何にも見えなくしてあげる♪うふ、うふふふふふ…クスクスクスクス♪」


 えるしおんの腹部、そこにマリーチの手刀が深々と突き立っていた。


 「マリー、チ……ッ。」
 「大丈夫、あなたが仕事をしなくとも私が問題無い世界を作ってあげるから♪」

 ズブリ、と嫌な音を立てて、マリーチが手を引き抜いた。
 途端、栓を失ったえるしおんの腹部から鮮血が吹き出し、えるしおんは膝をついた。
 噴き出した血を頭から被り、ぺロリと血に濡れた手を舐めながら、眼光鋭く自身を睨みつけるえるしおんの顔をマリーチは心底嬉しそうに見ていた。

 「うふ、うふふ……あははは、あはははははっはははははははははははははっはははっはあははっはははあはっはははははっはあははっははははははははっははははははははははっはッッッッ!!!!!!!」


 狂気、鬼気、憎悪、怒り、歓喜、悦楽、愛情………一見矛盾しそうな感情を複雑なマーブル色に混ぜ合わせながら、マリーチは一人高らかに哄笑する。
 

 あぁ、これで後は世界を変えるだけ。
 イトシイ人はもう仕事をしなくなる。
 そうすれば私を、私だけを視てくれる。
 暫くは辛いでしょうけど、きっと大丈夫、直ぐに世界は問題無く稼働するから。
 お腹の怪我だって、直ぐに治してあげるから。
 そして、私の使徒にして、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズット一緒にいるの。
 もう他の何も視界に入れず、ずっと私だけを視てもらうの。
 
 うふ、うふふふ…うふふふふふふふふふ………あははは……あはははははっはははははははははははははっはははっはあははっはははあはっはははははっはあははっははははははははっははははははははははっははははっはははははははははははあはっははははははははッッッッ!!!!!!!!!!


 ただ笑い、微笑い、嗤い、哂い、嘲笑い続けるマリーチ。
 その眼前で、力が抜けていく体を叱咤しながら、えるしおんは最後に自身の胸元を掴んだ。
 そこには数年前から肌身離さず身に付けていた、小さな銀色の十字架が下げられていた。
 今にも消え去りそうな意識を必死に持たせながら、辛うじて十字架に刻まれた術式を発動できるだけの魔導力を流す事に成功した。
 この十字架には非常時の際、発信器としての機能があり、例えどれだけの距離があろうと隔離世を通じて信号を目標地点(近場の機関の支部、又はそこを経由して稼働中の支部)へと送り届ける。
 教皇とえるしおんを含めた枢機卿6名(あくまで対外的な立場)のみが持っており、危急の際はこれを発動させる。
 これで少なくとも自分に何か異変があった事は、イスカリオテ機関と通じて法王庁にまで知らされる。
 マリーチを相手に何処まで足掻けるかは不明だが、何も知らされないよりはまだマシだろう。
 ……ちなみにこれも開発班の発明だが、マルホランドが支援する総合研究・経済特区、通称「学術都市」の技術も一部盛り込まれていたりする。
 
 最後の最後、ちっぽけな悪足掻きをして精魂尽きたのか、えるしおんはそれきり意識を失った。









 そして、世界各地の騒乱が止まり、日本のテロ事件が収束すると、法王庁から一つの声明が各国政府並び各対魔機関へと知らせられた。

 「天」による一方的な世界の改変、イグドラシルシステムによる完璧な世界への移行。
 それが一週間後、年の移り変わるその時に実行される、と。
 
それとおまけの様に、法王庁の枢機卿の一人が拉致された、とも知らされていた。
 
 










 法王庁最奥部 第5会議室

 
 ここは、十字教ローマカトリックの最も重要な案件を決定するために使用される部屋だ。
 本来、枢機卿全員と法王の7人が出席するのだが、今現在枢機卿は2人の欠員がおり、更に一人が出席できない状況にあった。

 「…やはりエルシオンの奴がいないと、張り合いが出んな。」

 ポツリ、と枢機卿の一人が呟いた。
 筋骨隆々な、白髪の目立つ壮年の男は法王庁内では武闘派の首魁であり、若い頃は前線で武装神父隊を率いていた。
そのため、いつも魔族・魔人を保護する形で動くエルシオンを嫌って、顔を合わせると直ぐに罵倒を飛ばしていた。
 しかし、一方でその功績と努力を認めて、対魔戦闘以外の面では協力する事もしばしばあった。
 
 「では、エルシオン殿が『天』に攻撃されたというのは本当の事なのですか?」

 疑っているのだろう、20代程度の枢機卿が口を開く。
 彼は若いながらも努力家の人格者で知られており、司祭、司教、大司教のキャリアを速足で昇り、つい数年前に功績を称えられ、枢機卿になった人物だった。
 その仕事は主に外交官であり、各国や出先の地域で布教活動やら各国の各対魔機関との折衝にあたっている。

 「はい。この件に関してはエルシオン殿の『危急の十字』の発動が確認されておりますので、間違い無いかと。」

 最後の枢機卿が口を開いた。
 やせ気味でひょろ長いこの枢機卿は、世界中の信者から寄せられる寄付を管理する金庫番としての役割を担っている。
 ともすれば予算と使い込んで怠惰に生きようとうする身内の恥共と舌戦を繰り広げ、常に横領が無いか目を光らせている。
 彼を説得しなければ予算は一銭ももらえないというのは、法王庁に勤務する者なら誰でも一度は聞く。
ちなみに余剰資金の多くは紛争地帯の復興や途上国の開発支援に回している等、意外と人道家な所も見られる(それ以上に理性家だが)。

 さて、彼が今言った『危急の十字』は上層部にとって、特別な意味を持っている。
 それはこの会議に出席する階級の人物が重傷を負った、又は死亡したという事だ。
 しかも、信号が送られてきたのは神殿協会最奥部、預言者の住まう領域だった。
 そして、先の世界的な事件直後、神殿協会上層部(預言者並びショーペンハウアー枢機卿を除く)から『天』の干渉を確認した。

 
 今日、彼らが集まった理由は一つ、「『天』の行動にどう対処するべきか?」だった。
 
 
 そもそも彼らが信仰する対象でもある『天』をどうこう出来る程の戦力は、法王庁には無い(何処の人間勢力も同じだが)。
 しかし、勝手に世界を変えられるのは嫌だった。
 シスター・クラリカが言った様に「完璧な神が作ったこの世界が完璧じゃない筈が無い。後はそこに住む自分達が頑張るだけ。」と彼らは考えていた。
 今ある問題が根本から解決するような世界なら問題無いが、もしも今よりも悪く思える世界であったら、断固として阻止しなければならない。
 そして、そう懸念する理由が彼らには既にあった。

 「『危急の十字』が発動したという事は……エルシオンは新たな世界に問題ありと判断したのですね。」

 今まで黙し続けていた教皇が漸く口を開いた。
 途端、場の雰囲気が即座にピリリと引き締まる。
 えるしおんもただ殺されるだけなら、権力者として恨みや妬みを持たれた事もあったため、然して気にしないだろうが、「危急の十字」を使ったというのなら話は違う。
 それも恐らく神殿協会の最高権力者だった預言者と会談した時となれば……それは、彼が『天』の行動に抗ったという事だろう。
 
 「詳しい事は解りませんが……恐らく、その通りかと。」

 ひょろ長の枢機卿が返事をする。

 こうやって会議で進行役を務めるのはいつも彼であり、それにえるしおんが実務面から意見を述べて、それを残りの枢機卿と教皇も合わせて叩き、最後に教皇がGOサインを出す。
 それがいつもの流れだった。
 しかし、その流れが今日は違う。
 何時も貴重な意見や見識を見せてくれる魔族の賢者がいない。
 一部では教皇並の人気を誇る彼は、実質法王庁にとって欠かす事の出来ない逸材だった。
 魔族・魔人を、十字教を、この世界を、よりよく発展させようと努力し続けてきた大先輩がいない。
 その事実はこの場の全員だけでなく、彼が行方知れずという事を知る多くの者に重く圧し掛かっていた。

 「なれば、我らのすべき事は一つです。」

 決然とした表情で、教皇は言う。
 その一言に、3人の枢機卿は意外という顔をした。

 「よ、宜しいのですか?『天』に逆らうという事になりますが…。」

 若い枢機卿が動揺を隠せずに発言するが、教皇はそれに対し、平静に答えた。

 「今これ以上の世界になるというのなら、動く必要はありません。しかし、同族を、人類を、世界を憂い、理不尽に立ち向かってきた彼が、命がけで抵抗する様な世界が、本当に正しいと御思いですか?」

 そう言われれば、彼としてはもう反対できない。
 彼も理解はしているのだ。
 『天』が自分達が信仰している程に高尚なものではなかった、と。

 「状況は最悪ですが、まだ対抗手段はあります。例の聖女率いるアウター達はどうなっていますか?」
 「そちらは7日目の夜明けと共に仕掛ける予定です。現在は戦力増加のため、魔人ミーコとリップルラップルの両名が他のアウターとの交渉に赴いているとの事です。」
 「彼らは独力で動くようですね……各国の対魔機関は?」
 「アメリカのエンジェルセイバーは元々『天』の直轄ですので参加は絶望的、日本の関東機関は先日壊滅してからまだ再編が終わっていません。北欧のクルースニクも日和見を決めていますし、他の弱小組織ではそもそも戦力になりません。」
 「……では、『学術都市』へのホットラインを。彼らの手も借ります。」
 
 その言葉に流石に驚く枢機卿達。
 科学は大敵とは言わないが、それでも人が信仰を失う切っ掛けであるそれにあまり好感は抱いていない。
 その最先端を行く変態共の協力を仰ぐ、と教皇は言ったのだ。

 「彼らもまた物理法則の一つでも変えられたら困るでしょう?ありったけの戦力を絞り出させなさい。」

 ギラリ、と瞳を輝かせながら、世界各地の10億の信徒を束ねる教皇、それに史上最年少の14歳で就いた少女が山賊の様な笑みを浮かべた。







 彼女は元は孤児だった。
 元々は極一般的な家庭の生まれであり、両親に囲まれ、人並みに人生を過ごす筈だった。
 それが彼女が7歳の時に崩れた。
 無差別テロ事件、それも十字教徒を狙ったそれは少女の住む地域で起こり、国の軍隊に鎮圧された時には彼女の親しかった人間は全て死んでいた。
 そして、焼け出された彼女を拾い、育ててくれたのが十字教の教会であり、当時から人より聡明だった彼女に教育を施したのが、えるしおんだった。

 ちなみに、えるしおんは優秀な人材に関しては余程の事が無い限り、自分でスカウトに行く。
 組織のトップが直々に出向くと、大抵の人間は頷くからだ。

 えるしおんとしては優秀な部下が増えて良かった程度しか考えていなかったが、その境遇のためテロ事件を無くそうと考えた彼女には、えるしおんの部下に収まったままでいる事は認められなかった。
 そして、テロ根絶の意思を胸に、どんな手段を使ってか、彼女はついに3年で教皇にまで上り詰めてしまったのだ。
 容姿も、能力も抜群な彼女は信徒達に凄まじい人気を誇り、選挙戦では2位を大きく引き離しての勝利だった。

 「…まさか、ここまで来るとはな。」
 「あなたが教えてくれたんですよ。」

 教皇就任時の2人の会話だ。
 以来、2人は仕事では息の合った上司と部下、プライベートでは教師と生徒という関係を持ってきた。
 そんな境遇なためか、えるしおんに対する彼女の恩義は相当に根深く、今回の一件に対して深い怒りを抱いていた。
 そして、何時もならそれを止める役のえるしおんも、今はいない。
 
 

 「全ての十字教に属する騎士団に協力要請を!法王庁所属の全戦力は『聖戦』仕様で待機!大規模輸送用転送陣をありったけ出しなさい!7日目の聖女達の突入に合わせて、我々も神殿協会周辺に布陣して陣頭指揮を執る!上から目線で物言う連中の尻に火を付けてやりなさい!」


 先程までの涼しげな口調をかなぐり捨てて、教皇が咆えた。
 ちなみに、今代の教皇陛下は話し合いの際は冷静だが、こと荒事になると凄まじく過激になる、というのが法王庁の公然の秘密だったりする。

 …なお、『聖戦』仕様とは後先考えない全力戦闘に等しい。
 これを考案した当時の大司教曰く、「使用されるのはもう一度聖戦が勃発するに等しい確立」とまで言われるものであり、事実今まで一度も発令される事は無かった。
 戦闘と魔法双方をこなす武装神父隊は元より、治癒や補助専門のシスター隊に、イスカリオテ機関の魔物騎兵隊、弾頭に対魔導皮膜突破用の多重殻魔導皮膜を施した重火器装備の歩兵、魔改造済みの各種戦闘車両など。
 更にはロンギヌス・フェイクの全力使用許可など、本当に後先考えないものだったりする。




 (((早く帰ってきて、エルシオン殿。)))

 
 枢機卿達は、こうなったらもう止まらない愛らしい教皇を唯一止められるえるしおんの帰還を心底望んでいた。

 彼らの胃に穴が開く日は、近い。











 Q.「何故ここにきてオリキャラ?」
 A.「出そう出そうと思ってたんだけど、このままじゃ出番なしで終わっちゃうから。」

 Q.「えるしおんどうなんの?」
 A.「ちゃんと生きてます。今後の更新待ってね。」

 Q.「ハッピーorアンハッピーはどうなったの?」
 A.「どっちも思いついたんでそのうち両方掲載します。」

 Q.「ちなみにXXX版の予定は?」
 A.「皆がワッフルワッフルってしてくれたら頑張るよ?」









 



[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第11話 修正
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/07/06 11:17
 
 第11話


 『天』の勧告で指定された、年の移り変わるその日……の前日


 『地獄』と言われる『天』の魔物貯蔵庫、優しい春風と草いきれ、見上げれば青空が広がるそこには4人の人影があった。

 「お・そ・いッ!!!」

 その中の一人、ショーペンハウアーが、4枚2対の大翼をバサバサ動かしながらヒステリーでも起こしたかの様にに咆えていた。
 
 「ねぇ、何で!?普通、一週間後にヤバいって解ったら、余裕持って2・3日前には来るわよね!?それがもう明日よ、明日!!何、余裕、余裕ぶってる訳ッ!?」

 「いや、オレに言われてもだな…。」

 ショーペンハウアーの横、十字架に磔状態で拘束されている貴瀬が困った様に返事をする。
 彼は今後新たに始まるであろう世界の仕組み、イグドラシルシステムの中枢として拉致され生贄にされる予定だが、今はまだ何もされていないらしく、元気なままだった。

 そんな彼はあー、きっとゴタゴタしてるんだろうなー、と考えていた。

 彼女の周り、アウターやら魔人共はどれも一筋縄ではいかない者達ばかり。
 神殿協会も積極的に『天』とやり合う訳でもないだろうし、法王庁だって右に同じ。
 『天』だって何も世界を滅ぼそうとしている訳ではないし、誰だって面倒そうな事をしたくはない。
 少数精鋭で敵陣突破を掛けるした手はないため、今は戦力の確保と装備の調整やらをやっているのだろう。

 「うふふ、クスクス!明日には来るわ、あぁ楽しみ…。」
 
 そして、白尽くめの女、預言者ことマリーチが笑う。
 明日の光景でも視たのだろう、ひどく楽しげだった。
 その言葉に、ショーペンハウアーは納得いかないという表情を見せる。

 「…イグドラシルシステムが稼働すれば、もう勝ち目は無くなる。だと言うのに彼らは動かない。何故ですか?」
 「背水の陣かしらね?それとも、本当に貴瀬が考えてる通り、ゴタゴタしてるだけかもね……ニモとか。」

 ニモが何かは知らないが、今後起こるだろう大騒ぎを思うと、磔にされている貴瀬は憂鬱になった。
 


 先日の事件、世界各地で起こった魔物・魔人による同時多発テロ、そして本命の東京国立展示場の立て籠もり事件。
 その事件の実行犯の指揮官を務めたエスティはその当時、ショーペンハウアーからマリーチ名義で依頼を受けて活動していたが、本来なら彼が動く必要は無かった。
 それをさせたのは、単にマリーチが伝言で「今回を機に、世界各地の反体制派魔人を一掃、又は聖女に説得させる」と語ったからだった。
 これならもう殆ど鈴蘭に負けを認めているエスティが動くには十分だし、彼の主たるえるしおんの意向にも沿うだろう。
 ……実際は、単にマリーチ達に利用されただけなのだとしても。
 そして、本来の目標である貴瀬は拉致され、どうにかクラリカの行動に最後のチャンスを得たのが丁度5日前のことだった。


 
 「さて、そろそろ言っておくべきだと思うのだが…………何故ここにエルシオンが寝ている?」
 「それは私も気になっていました。」

 そう言って、貴瀬はマリーチの横のベッドで眠っているえるしおんを顎で示し、ショーペンハウアーが同意した。

 「あら、別に良いと思うけど?」
 「そいつの性格なら、『天』の介入など真っ向から反対する筈だ。連れてきたのはそいつに動かれると面倒だからか?」
 
 実際、『天』相手に何が出来るかは兎も角、確実に人類側の戦力を一致団結させるだけの人脈と能力、人格を有しているえるしおんなら、確かに何らかの手段で無効化しておくべきだろう。

 「さぁ、どうかしら?うふふ、クスクス!」

 全く本心を映さない笑顔で、マリーチは笑う。
 彼女は先程からベッドの脇に置いてある椅子に腰かけており、今はそのたおやかな手はえるしおんの長髪を愛おしげに梳き始めていた。

 「「……………。」」

 その様子に無言になる貴瀬とショーペンハウアー。
 そして、何故かマリーチから顔を背けて2人でひそひそと話し始めた。

 (伊織貴瀬、あれをどう見ますか?)
 (正直、甘ったるくて敵わん。一体何が起こっているのか、こちらが聞きたい位だ。)
 (私もですよ。マリーチは聖四天の先輩ですが、あんな表情をしているのなんて初めて見ました。)
 (しかも、相手はあのエルシオンだぞ?魔族と天使で恋愛は成り立つのか?)
 (前例が無いのでなんとも……。しかし、マリーチが彼を連れてきたからには、やはりそういう事なのでは…?)
 (しかし、あのマリーチだぞ?そんな事があり得るのか?)
 (そもそもこんな状況そのものが有り得ないのですけれど……。)
 ((うーん……。))
 
 悩む2人、片や磔にされたスーツ姿の男、片や2対の大翼を持った天使。
 そんな2人が揃って頭を傾げて、悩む姿は非常にシュールだった。



 「うふふ、クスクス!あぁ、早く明日にならないかしら。」

 悩み続ける2人を差し置いて、マリーチは笑い続ける。
 漸く手に入れたイトシイ男の綺麗な長髪を手櫛で梳きながら。
 
 「早く目を覚まして。ねぇ……」

 
  わ た し の イ ト シ イ ヒ ト













 そして、指定された7日目

 未だ日が昇らぬ空、神殿協会本部は宙に浮いていた。

 その周囲に布陣していた聖騎士団は、先程預言者が行った「さぁ、神の国へッ!!」の一言で宙に浮き始めていた協会本部へ挙って乗り始め、今や残っているのは全体の2割程、本来の協会には不適格な連中だけが残っていた。
 
 先程、何と航空強襲艦エンジェルストレージも向こうに回られてしまう筈だったのだが、何とかフローレンス司教の説得によって戻ってきたため、残った枢機卿達はほっとしたが、それも焼き石に水でしかない。
 
 「聖女様達の船が到着します!!」

 周囲を観測していたらしい誰かが叫んだ。

 そして、夜空を大きく歪ませながら、半透過から現実へ、隔離世から虚空へ、未だ明けぬ闇に溶け込む様な黒い戦船が姿を現した。
 だが、その船を見た者達はあまりの事に愕然とする。
 その船にペイントされたノーズアート、両眼に眼帯をしたクロスボーンのそれがけたたましく笑い、「God damn me!」が踊る。
 
 天に唾する『地獄を解放する者』がその姿を現した。


 そして、もう一つ。
 隔離世から姿を現す戦船が姿を見せた。
 これに対し、聖騎士団は誰もが驚愕による無言を以て答えた。

 全長1km近く、黒灰色のカラーリングに、流線形の形を持ちながら、艦体各所に設けられた砲塔やミサイルコンテナらしき機構を設け、艦体中央上部にはブリッジが存在し、周囲を睥睨する。
 
 この艦は元々隔離世という異層空間を科学によって解明・研究するための調査船だった。
 それに急遽武装を施し、実戦仕様に改装したのが現在のこの船だった。
 しかし、その乗組員はこの船に熟知しつつ、学術都市の治安と機密を守り続けてきた防人達だ。
 当然ながらこの一週間でこの船の使い方は熟知している。 
 

 「異層空間から通常空間への復帰、完了しました。」
 「宜しい。空間が安定次第、順次戦力の展開を開始。『お客様』方はどうだ?」
 「既に準備は完了、何時でもフライト可能です。それと『快適な船旅に感謝する』との事です。」
 「おうし、全員よーく聞け!今回のオレ達はもう暫くは何もせんでいい!暴れる機会はその内来るだろうからな、御行儀よく待ってろ!」
 「艦長、準備完了しました。」
 「よし、『お客様』を出してやれ!」

 内心、それは無いだろう、とオペレーターは思ったが、淀みなく作業は進む。
 そして、艦の両舷のハッチが開き、中の『お客様』を放出した。
 
 『お客様』の正体、それはパラシュートを装備した多数の武装神父隊一個中隊だった。
 彼らは一様に空挺部隊と似たような装備で身を固めているが、一つ、妙なものを持っていた。
 それは杭だった。
 一人当たり2・3本の杭を装備に括りつけた彼らは、速やかに大地に着地、パラシュートを切り離して、同じ小隊の者達と合流、一定間隔を置いて杭を地面に突き立て、魔法陣を描いていく。
 そして、着地から凡そ3分程で彼かの作業は終了、魔法陣が一斉に起動する。

 
 魔導力の輝きを放つ陣から出てきたのは、時代錯誤な鎧や剣、槍に盾を装備した法王庁、ローマカトリックに連なる騎士団だ。
 クールランテ剣の友修道騎士会340名、カラトラバ・ラ・ヌエバ騎士団118名、聖ステバノ騎士団トスカナ軍団257名、マルタ騎士団2457名という大部隊であり、その全員が一様に『聖戦』仕様と言われる後先考えない超重装備だ。
 
 彼らの後に続くのは、法王庁直属戦力である武装神父隊の残り二個大隊と二個中隊、武装シスター隊一個大隊、そして、公式では初の出撃となるイスカリオテ機関の主力、魔物騎兵隊一個中隊と学術都市製作業用強化外骨格を軍事仕様に転換、魔導皮膜を施した魔改造済み機械化歩兵隊二個中隊、そして、司教以上からなる要人警護専門の精鋭部隊二個小隊と枢機卿3名に教皇猊下ご本人だ。
 
 その後も続々と戦闘車両、学術都市製の6本脚の戦車、それに高射砲を装備したもの、果ては球体車輪を採用したロケット砲や地対空ミサイルを搭載したトラックなど、実に節操のない顔ぶれが続々と姿を現していた。

 更に、上空の艦から降下してくるのは強化外骨格と重火器を満載したフルアーマー状態の機械化歩兵二個中隊だ。

 …ちなみに、この強化外骨格はイスカリオテ機関のそれとは異なり(一世代前のを改良した)、学術都市の最新モデルであり、軍事仕様は先日に東京国立展示場立て籠もり事件で自衛隊の猟科隊でも使用されたため、そのデータのフィードバックも受けている。
 





 
 「さて、諸君。」


 そうそうたる面子に囲まれながら、全く物怖せずに、愛らしい教皇が宣告する。


 「祭りを、始めよう。」



















 Q.「なんか凄い事になってるけど、どう収拾つけるん?」
 A.「林トモアキ先生曰く『問題とは風呂敷の畳み方ではなく、その風呂敷で物語をどう包むかである。』」
 Q.「その後、どう包むかはさっぱりだったけどね。」

 Q.「先にハッピーとアンハッピーどっち上げるの?」
 A.「ハッピーの方から、これ決定事項。」

 Q.「XXX版の進展は?」
 A.「全体の流れは決めたけど、まだ書き出してない。」
 



 本当、どうやって終わらせるんですかねぇ?


 PS.某ライト級オールオートセンテンスメーカーなサイト様にこの作品が簡易版とは言え読んでるリストに入ってました。
 全く恐れ多い事ですが、件のサイト様の某白の国興亡記は自分大ファンですので、こんな自分の作品読んでくださって目茶苦茶嬉しいです。
 今後も皆様の感想を励みに頑張っていきたい所存です。



 2010年午前9時26分微修正



[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第12話 修正
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/07/06 11:17
 

 第12話



 「な、何か出番が取られた気分…。」

 ヘルズゲートアタッカーのブリッジ、そこで鈴蘭は顔を引き攣らせて、眼前に広がる光景を見ていた。

 「仕方無いよ。規模だけなら神殿協会すら凌ぐ法王庁の『聖戦』仕様での出撃だ。それに学術都市の戦力も来ているからね。高性能とはいえ一隻だけの僕らじゃ、見劣りしちゃうだろうね。」

 艦長席に座るエスティが平静そのもので告げた。
 まぁ、元々の職場はイスカリオテであるからにはこういった状況も十分に予想できたのだろう。
 
 「でも、彼らは数は多いけど、『天』を相手にできるだけの実力者はいない。それは君の役目だ。そうだろう、鈴蘭?」
 「うん!」

 確認するように尋ねて来るエスティに、鈴蘭は力強く頷く。
 クーガーの遺志を引き継ぎ、貴瀬を助けるためにここまで来た。
 もうこの世界を『天』などという外野に好き勝手にさせない。

 「ぃようし!先ずはあの目触りなフィールドをぶち破っちゃおう!」
 「あ、それ向こうがやってくれるってさ。」

 決意を新たにしつつ、鈴蘭は前を向いて号令を出した鈴蘭に、水を差す様なエスティの言葉が刺さった。

 「なんで!?ここは開始早々派手な武器でドカーっとやる所でしょ!?」
 「いや、だから…向こうの人達がやってくれるんだってさ。それにこの船の兵装じゃどれもあのフィールドを貫けなかった訳だし。」

 そう言って顔を近づけて大声で叫ぶ鈴蘭を、エスティはどうどうと掌を向けて宥める。
 現に先程からぶっ放しているミサイルやレールガンでは歯が立たなかった訳だし。
 
 「さ、ほら向こう。もう直ぐ始まるからそっちを見よう。ね?」
 「むーー…………。」
 
 やや不満そうに唸りつつ、鈴蘭は素直にエスティが示す方へ視線を向けた。
 そして、彼女の不満は直ぐに驚きにとって変わった。



 学術都市虚数空間調査船IRS-00、通称「アイロス」はその巨大な体の底にある開閉ハッチから黒く長大な筒を伸ばし、その先を宙に浮かぶ神殿協会本部へと向けていた。
 その筒の長さ、見えているだけで50m近く、直径に至っては5m以上あるだろうか。
 艦のサイズが1km近いため、相対的に小さく見えるが、これが何らかの火砲の砲身だとすると、どれ程の威力となるだろうか。
 
 だが、そんな予想よりも遥かにこの船はぶっ飛んでいた。


 「『観測ブイ射出機』の充填は?」
 「既に完了済みです。何時でもいけます。」
 「んじゃま、開始の花火をあげようかいッ!」

 アイロスのブリッジで艦長がニヤリと男くさい笑みを浮かべ、オペレーター達がサクサクと発射シークエンスを終えていく。

 「シーケンス終了。」
 「撃てぃッ!!」


 瞬間、まだ僅かに薄暗かった空が、昼間の明るさになった。

 

 『観測ブイ射出機』、それは本来虚数空間という重力があるかすら不明なその場所で遠距離まで観測機を飛ばす事を主眼として開発された、特殊なレールガンだ。
 通常の観測衛星などの様に大仰なロケットやスペースシャトルに乗せても、重力すらあるか不明の空間では反動により、調査船そのものに影響が出かねない。
そこで専用のレールガンで超高初速かつ低反動で観測ブイを長距離まで射出、空間の把握や別座標のデータを採取するという案が採用された。
 そうなると必然的に観測ブイもレールガンの発射に耐えうる強度が求められ、最終的に燃え尽き難く、加速するにも適した形状という事で、観測機は直径2m、全長5mを超える巨大な杭の様な形状となった。その先頭に劣化オリハルコン合金を使用し、側面表層にミスリル銀製を採用する事で、例え大気圏外から落ちたとしても内部の本体は無事という頑健さを実現した。
 無論、その機能は大気圏並び重力圏内であろうと、問題無く発揮できる。

 

 ブゥゥゥン…という独特の稼働音を出しながら、『観測ブイ射出機』が起動する。
 内部に装填されたのは疑似高重力下で数日間圧縮に圧縮を重ねた、全体が劣化オリハルコン合金製の杭………ちなみに製作費はマルホランド持ちだが、詳しい値段は聞かない方が良い。
 そして、砲身と接触する事無く、大出力の電磁誘導を受けて、劣化オリハルコンの杭は一瞬で音速の10倍近くまで加速、瞬きの内に神殿協会本部のエネルギーフィールドに接触した。

 その様子はまるで巨大な風船に針を刺すのに似ていた。
 高い弾力性を持ったフィールドに、小さな針の様に命中、突き刺さり、込められた運動エネルギーのままにフィールドを大きく歪ませながら突き進んでいく。
 大気との摩擦で白熱の塊となった杭は自身を溶解させ、本来の半分程になりながらも突き進み続け、やがてフィールドの臨界点を超え、貫徹する。
 貫徹されたフィールドはすぐさま弾力を発揮し、元の形状に戻ったものの、そこに開けられた風穴は塞がれる事は無い。
 そして、フィールド内に侵入した杭は急激に減速、神殿協会本部中枢を目指した入射角は大きくずれ、都市部の上空を通って反対側のフィールドに命中、その役目を果たしたかの様に粉々に砕け散った。

 「フィールドの貫通を確認。侵入経路クリアしました。」
 「よっしゃッ!本艦はこの空域で待機、『本命』の連中に花道が出来たぞと言ってやれ!」
 「了解。」


 ちなみに次弾は無い、高いから。
 
 

 
 


 場面は代わり、神殿協会本部直下の地上



 「むー…、出番を取られてますね。」

 どこぞの聖女兼魔王と同じようなセリフを教皇が不満そうに呟いた。
 
 まぁ、それも仕方ない事だ。
 確かに数こそ揃えたものの、アウタークラスの存在を殺し切るとなったら、これだけの戦力でもまだまだ足りない。
 それこそ戦略核弾頭や水爆でも持ってこない限り、相討ちすら出来ないだろう。

 「致し方ありません。我々には神器持ちは猊下しかおられませんからな。」

 筋骨隆々な枢機卿(以下、マッチョ枢機卿)が教皇の愚痴にそう返す。
 確かにこれ程の戦力なら余程の相手で無い限り負けは無いだろうが、それとてアウター達が複数確認される戦場に行くのは自殺と同義だ。
 彼は勇猛だが、無謀とそれを吐き違える事は無い。

 「では、現状我々が出来る事を致しましょうか。」
 「?」

 ひょろ長の枢機卿(以下のっぽ枢機卿)が表情を一切変えずに呟く。
 それを聞いた教皇はさっぱり解らない、と愛らしく首を傾げた。
 
 「そろそろ神殿協会の方々の説得も終わるでしょうから、宴会の準備でもしておくとしましょう。」
 「この状況下で宴会するっていうのも凄まじい話ですね。」

 あまりに場違いなのっぽ枢機卿の言葉に若い枢機卿が苦笑を洩らした。

 上を見れば、確かにエンジェルストレージや輸送ヘリに乗って多数の聖騎士団がこちらに降下してくる所だった。
 それを見たマッチョ枢機卿が部下に指示を出し始め、周囲にはシートが敷かれ、持ってきた食糧(主にパンやワイン)がコンテナから出され、並び始めた………ちなみにマッチョ枢機卿は大の酒好きだったりする。

 「まぁ、アウター同士がやりあって聖女様達が勝てばそれでよし。もし敗れたとしても、その時はホワイトハウスに連絡して戦略核弾頭搭載済みの大陸間弾道ミサイルでも撃ち込んでもらえれば……。」
 「それ、僕らも死にますよねッ!?」

 騒がしくなり始めた周囲を余所に、のっぽ枢機卿の言葉に空かさず若い枢機卿の突っ込みが入る。
 この人物は時々真顔で洒落にならない事を言うから困る。

 「大丈夫ですよ。隔離世に退避すれば良いですし、出てきても我々の防護服には対放射線機能もありますので。転送陣で逃げるのもありですし。」
 「だから、洒落なのかマジなのか解らない事は控えて下さいって!!」
 「おい、そこ。」

 そんな2人に、唯一の上司である教皇から声がかかった。
 何やら据わった目をして威圧感を放っている彼女に、2人は即座に口論を止め、直立不動の態勢で向き直った。

 「「Sir,何でありましょうか,Sir!」」
 「ねぇ、もし核弾頭なんか撃ち込んだら神殿協会どうなります?」
 「「Sir,恐らくかなりの損傷を受けるかと思われます,Sir!」」
 「それ、私達の同僚がいる事を承知で言ってる?」
 「「Sir,Yes,Sir!」」
 「我々が必要も無く同僚を殺したら、どれ程の影響が出るか解っているでしょう?解ったら、不謹慎な事は言わないように肝に命じておきなさい。」
 「「Sir,Yes,Sir!」」

 何処の共産圏の軍隊かという見事な敬礼を行う2人の枢機卿。
 その様子に満足したのか、教皇はフン、と鼻を鳴らして去っていく。
 そして、カッカッと靴音高く歩き去っていく教皇の姿を遠くなってから、2人は漸く息を吐いた。

 「ほら、不味い事になったじゃないですか。」
 「いや、申し訳ない。お詫びに私の秘蔵のワインを開けるとしましょうう。」
 「おぉ!それは一体どんな……って、誤魔化されませんよッ!?」

 先程の恐怖を忘れ去ろうとする様に騒ぎ始める2人。
 先の教皇にはそれだけの迫力があった。
 上司にカリスマがあるに越した事は無いが、それを向けられる方としてはたまったものではない。





 「………結局、心配なのだろうな……。」

 マッチョ枢機卿がワイン入りグラス片手にポツリと呟いた。












 『天』、魔物貯蔵庫にて


 「…………………。」

 預言者がムスーっとした顔で頬を膨れさせていた。

 先程まで上機嫌で笑い転げていた彼女だったが、今度は一転して不機嫌だった。
 
 (おい、どうにかならんのか?爆笑していたと思ったら、今度は急に不機嫌になったぞ。)
 (私だって知りませんよ。そちらこそ何か思い当たる節は無いんですか!?)
 (無茶を言うな。君こそ同僚なのだろう、何か無いのか?)
 (あったらそもそもこんな話をしていません!)
 「2人とも、少し静かに。」
 「「はい、すみませんッ!!」」
 
 圧倒的威圧感を伴って放たれたマリーチの言葉に、2人は脊髄反射で返答し無言になる。
 逆らったら危険。
 2人の脳内で警鐘が割れんばかりに鳴り響いていた。

 
 対して、マリーチは不機嫌になりつつも、今後の展開を予想し始めていた。
 視るのも、予想するのも外れたのは初めての事だったが、こちらの有利には変わりない。
 例え飛行船一隻と十把一絡げな人の軍勢が増えた所で、こちらには自分を含め戦力は無限に近い。
 鈴蘭の仲間達にしても、こちらもアウターを所持しているため、然したる問題は無いだろう。
 
 (最後に勝つのはこの私、それは絶対に変わらない。)
 
 そう言い聞かせ、即座にこちらに着いたアウター達に指示を出し、配置に着かせた。
 
 (さぁ、これでもっと面白くなる。)

 今後の展開を思い、マリーチの顔に笑みが浮かんだ。
 それにしても、法王庁と学術都市側の動きは早かった、と考える。
 やはり、双方にとっての重要人物であるエルシオンを拉致したのが効いているのだろうか。
 あの特殊仕様のレールガンなら、フィールドが無ければ「窯の底」でも損傷は免れなかっただろう(最も、既に打ち止めの様だが)。
 
 やはり、人間という種は凄まじい。
 長い事見てきたが、今の彼らの技術は黒龍を作った連中と同程度なのではないだろうか、とすら思ってしまう。
 他の種族に比べ、成長速度が異常と言っても差し支えない程だ。
 エルシオンが警戒し続けてきた理由が解るというものだ。
 しかし、どうしても腑に落ちない事がある。

 (何故エルシオンは態々それを助長するような事をしたのかしら?)

 彼がこの世界の生まれで無い事は知っていた。
 自身の良く知る世界に似せようとしたのだろうか?
 それとも、何か別の目的が……?
 そこまで考えた時点で、マリーチはその事に関する思索を止めた。
 それは後で本人に聞けばよい、として自身を納得させる。

 (先ず鈴蘭達の迎撃に専念すべきね。うふふ、クスクス♪ 私からエルシオンを取ろうとするからこうなるのよ、鈴蘭♪ 不幸だったあなたを救い、支えてきた仲間達が皆死んで、心底絶望しきって死ぬといいわ♪)


 暗い、冥い、闇い笑みを浮かべ、えるしおんの髪を梳き続けるマリーチ。
 
 そこには既に世界を導く預言者としての顔は無い。
 あるのはイトシイ男を求める、狂った女の顔だった。







 
 

 (さて、どうしたものかな?)


 上下左右どころか、夢か現かすら判別できない空間に、えるしおんは漂っていた。
 そして、先程から、眼前には幾つかのモニターの様に宙に映像が映し出されている。
 一つ目は宴会をしながら、宙に浮いた神殿協会本部を見つめる聖騎士団と法王庁、学術都市の部隊。
 二つ目はバーボットを改装した黒い飛行戦艦の周辺で戦闘中の暗黒魔導師リッチ・魔人VZ・MAM224318。
 三つ目が焔鬼に対し、連携して戦闘中の神殺し本家の名護屋河睡蓮・勇者長谷部翔希・初代魔王リップルラップル・神殿協会枢機卿フェリオール・アズハ・シュレズフェル。
 四つ目がエレベーター内で傾いたり滑ったりしている聖女兼魔王名護屋河鈴蘭・関東機関コードEX白井沙穂・億千万の口ミーコ・ドクターこと葉月の雫。
 その映像のリアルさから本物の様だが……はて?

 (何故こんなものが映っているんだ?)

 そんな答えの出ない問いを考え続けていると、不意に聞いた事の無い声が聞こえた。

 「それらは現在マリーチが見ている光景です。あなたの考え通り、その全てが現実に起こっている事です。」

 背後を向くと、何時の間にか真紅の長髪の美少女が無表情で佇んでいた………何故か日本の高校の制服を着て。

 (誰だ?)
 「私は唯一神第一直系使徒、聖四天マリアクレセル。」
 
 声に出していない筈なのに、少女はこちらの疑問に答えてきた。

 「ここはあなたの心象世界です。ですので、あなたの考えている事はここにいるだけで伝わってきます。そこに私がこうして具現化して入り込んでいるのです。」
 (なるほど、納得した。)
 
 確かに、あの真性の覗き魔なら、こういった他人の修羅場を覗き見る事位やってみせるだろう。
 それに心象世界といったら、要はその者の精神世界。
 こうして声に出さずとも会話できるのもありだろう。
 しかし、それにしたって疑問がある。
 何故マリーチの見ているものが自分に見えている?

 「それはあなたがマリーチの使徒になったからです。クーガーが色の無い視覚を得たと同様に、彼女の使徒となったあなたにも新たな視覚、この場合マリーチとの視界の共有が起こったのでしょう。」

 (使徒となった証、という事か?確かにそんな事も言っていたな…。)

 となれば、現状にも大体の予想がつく。
 マリーチは本当に言葉通り世界を問題無い状態にするつもりなのだろう。
 そして、勝手に作り変えられる事を良しとしない鈴蘭達とそれに意を同じくする者、神殿協会の一部と法王庁の協力を得ながらここに攻めてきたのだろう。

 (最も、戦力はアウターに対抗できる者に限られるだろうが……。)

 戦略兵器にも匹敵するアウター達の戦闘が行われている現在、神殿協会と法王庁、学術都市の戦力ではいるだけ無駄だろう。
 それでもここに残っているのは世界がどう変わるかを見定めるためなのか?

 「悩んでいる所を悪いですが、私の質問に答えてください。」
 (答える義理も無い気がするが……。)
 「私は先程あなたの疑問に答えましたが?」
 (なら、仕方ないか。マリアクレセルと言ったか?一体何を聞きたいんだ?)

 こんな状態の半死人に何が答えられるかは知らないが……まぁ、聞くだけ聞いてみよう。

 「それでは……あなたはマリーチの好意に気付いていましたか?」
 (いや、不覚に全く気付いていなかった。)

 まさか、あのマリーチがたかだか一魔族に惚れるとか、常識的観点からすると有り得ないだろう? 
 だって、堕天したとは言え天使、それも神の一柱だぞ?
 どう考えてもオレ如きに惚れる要素なんぞ無い。

 「確かに、あなたと彼女の出身を見ればそうです。しかし、あなたのその考えがこの事態を招いた原因の一端ともなっているのです。」

 言って、マリアクレセルは映像に視線を向けた。
 映像は先程から激戦を中継し続け、その被害は留まる事を知らない。
 もしここが空中でなかったとしたら、地表には恐ろしい程の被害が出ていただろう。

 「もうすぐあなたは覚醒します。その時、あなたの行動はマリーチに大きく影響します。それこそ場合によっては堕ちてしまう程に。」
 
 確かに、この状況でもしオレがマリーチを振れば、一体どれ程の衝撃を受けるだろうか?
 世界を変えてまで欲した相手に拒まれては、それこそ自己防衛のために堕ちかねない。

 「はい、その通りです。だからこそ、あなたに聞きたいのです。あなたはマリーチをどうするつもりなのですか?」
 (…………………生憎と、その質問には答えられない。)

 それを真っ先に言うべき相手は君じゃない。
 それはこの世界でただ一人だけだ。

 「そうでしたね。では、私はこれで。鈴蘭達の案内をする予定ですので。」

 そう言って、真紅の髪の天使はえるしおんの心象世界から消えた。
 後に残ったのは、未だ各地の戦いを映し続ける映像とそれを眺めるえるしおんだけ。

 
 (どうするつもり、か……。)


 目を瞑り、思い返す。
 
 この2000年、ずっと仕事をし続け、世界をより良くしようと働き続けた事を。
 その中であの悪戯好きな女神にいつも振り回され続けた事を。
 そして、いつも共に真剣に世界の事を考え続けた事を。



 「…なんだ、答えなんて最初から一つだけじゃないか。」



 
 覚悟を決め、それを意識して心に浮かべると、この世界で初めて口が動き、声が出た。

 やるべき事が決まったら、後はそれを実行に移すのみ。
 そう考えた途端、徐々に心象世界が崩れ始め、視界にノイズが出てくる。
 マリアクレセルが言った通り、覚醒が近づいているのだろう。
 意識も徐々に薄れていき、体の感覚が薄くなる。
 この世界の自分が消えた時、それが覚醒の瞬間。



 「待ってろ馬鹿女神。きついお仕置き食らわせてやる。」



 
 そして、えるしおんの意識が完全に消え失せた。















 Q.マスラヲ編は何時?
 A.お・り・が・み編終わったら、先ずはACFA終わらそうかと。マスラヲ編はそれから。

 Q.法王庁側のキャラの名前は?
 A.未定。ネーミングセンス無い自分が迂闊に付けると凄い事になりそうだから、まだ保留・

 Q.えるしおんに見せ場は?
 A.それは次回に。

 Q.XXX板は?
 A.まだ執筆してないです……。






 ちなみに関東機関は軍事上の壊滅、つまり戦闘力喪失状態。
 死者は全体の一割程度だが、重軽症者多数。





 ちょっと修正



[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第13話&告知
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/07/09 13:43
 


 第13話



 『天』、魔物貯蔵庫にて

 そこには聳え立つのは機械によって構成された世界樹、通称「イグドラシルシステム」。
 その周囲には多数の魔物の群れとそれを率いる者、それに抗い続ける5人の人影と傍観を続ける1人と気絶中の1人があった。


 そして、抗いを続ける者達は遂に困難に打ち勝とうとしていた。




 「さぁ、思い出すの!英雄の名はクルト・ゲーデル!その若き天才の手により振りかざされた剣の名前は不完全性定理!!億千万の理性を打ち破ったのは神でも神器でもなく、究極の理性だったの!!」
 「やめなさいッッ!!!」


 初代魔王リップルラップルの追い詰めるかの様な言葉に、ここまで傲慢で残酷で愉快に振舞ってきた片翼の堕天使が今や見る影も無く、怯え、竦み、後ずさり、頭を抱える様に耳を塞ぎ、真紅の瞳までも伏せ、跪いてしまった。

 「………ッ…そう、だったわね。神経質な、あの男……。」


 マリーチは絞り出す様にそう言った途端、倒れ伏した。
 そのまま二度と、起き上がる気配も無かった。
 同時に、指揮する者を失い、周囲に湧き出ていた魔物達の奔流も止まる。
 文字通り、あの天使を倒したのだが、何故言葉だけで?
 
 「なに……リップルラップル、どうなってるの?…なんで?」
 「体がだめなら、心なの。他人の心を覗いて、他人の心に訴えるマリーチは自分にも同じ事が出来るの。普段はそれでお気に入りの出来事をビデオの様に繰り返して楽しんでいるの。でも、今回は……。」

 鈴蘭の疑問の声に、リップルラップルが丁寧に答える。
 他人にすら現実と見紛う過去や幻想を見せるマリーチ。
 それを自身にとって最もショックだった過去をまざまざと自分で思い出し、視てしまった。

 「で、誰?その、何とかって言う人?」
 「……そう言うと思ってたの。」
 
 ふぅ、やれやれどっこいしょ、と言いそうな雰囲気でリップルラップルは首を振った。

 「今あるコンピューターの基礎を作ったジョン・フォンノイマンと相対性理論のアルバート・アインシュタインの大親友だったの。そして、その2人の天才が褒め称える位の、知性の持ち主だったの。」
 「へぇ、そりゃ凄いな。」

 先程駆けつけた翔希が素直に感嘆した。
 鈴蘭にはアインシュタインしか解らなかったが、それでもコンピューターの基礎を作ったとなれば、それは凄まじい偉業だという事は理解できた。
 ……ちなみに、翔希同様駆けつけてきた睡蓮は難しそうに眉を寄せるだけで、何も解っていない。
彼女は鈴蘭と違い、純粋に世間知らずだった。

 「で、その……なんとかって、何?」
 「不完全性定理というのは、かなり乱暴に言うと、完璧なシステムの不可能性の証明なの。」
 「不可能…?でも、証明ってできるから証明って言うんじゃ……?」
 「流石、数学評価2は違うの。」
 「なんで私の通知表を知っている……ッ!!」

 自身の恥部を知られて激昂する鈴蘭を、リップルラップルはまぁまぁと掌を翳して宥める。

 「兎に角、マリーチは一度、本当の意味での問題無い世界を作ろうとしていたの。本来なら何でも視えるという時点で、マリーチ自身が完璧なシステムだからそれは可能な筈だったの。でも、さっき言った不完全性定理のせいで失敗したの。」
 
 こくこくとリップルラップルが頷き、続ける。

 「それは全能万能の不可能性の証明で、逆に言えば人間の知性に対する行き果てる事の無い無限の可能性の証明だったの。それはマリーチにしてみれば、完璧なシステムなど無くても人間は常に前進し続けるという……人間からの拒絶に近いものだったの。」

 リップルラップルは何処か哀れみを含んだつぶらな瞳を、伏せったままのマリーチへ向けた。

 「何でも視えて、思い通りにしてきたマリーチだから、自分の思い通りにならない事は、死ぬ程悔しい事なの。」

 完全なシステムとして機能していた天使が、それは有り得ないと自身の導く人間によって証明されてしまった。
 自分より下等だと、愚鈍だと思っていた人間に、あろうことか知性によって、完膚無きまでに。

 死ぬ程、否、彼女の事だからきっと死ぬより悔しかった。
 だから死ぬよりは、一切忘れたのだ。

 「そして、マリーチの唯一の眷族だった通称『ラプラスの悪魔』も、その少し前にハイゼンベルクの不確定性原理で打ち払われていたの。マリーチの目が完璧を逸れて、視間違いを起こすようになったのは、それからなの。」

 負けた事から目を逸らす。
 だからこそ、どうして見間違うのか解らない。
 結果、都合の良い事ばかりに目がいき、果てには思い通りの幻想を自身に視せて、視えた気になり、悦に浸る。

 「だから心が歪んで、こんな事をしちゃったの?」
 「あら?それはどうかしら?」

 鈴蘭の言葉の後、ゾッ…と、聞こえる筈の無い声が聞こえた。


 リップルラップル、ミーコ、鈴蘭、睡蓮、翔希、そしてマリアクレセルの6人の目が一斉に倒れ伏していたマリーチへと向けられた。

 そこには、ゆっくりと体を起こし始めた堕天使の姿があった。
 そして、その手は既に神器「崩壊の鐘」に添えられていた。

 「……ッ!」

 瞬時にミーコが神器「崩壊の鐘を打ち鳴らす者」を振るった。
 途端、ドガンッ!!と両者の中間地点に深い亀裂が走る。
 元々二つで一組の両者の神器は、使い方によっては相殺し合う事も出来る。
 先程の様に完全に無効化し合うには合わせる時間が足りなかったが、それでも鈴蘭達には被害は無かった。
 次に行ったのは、相殺される前から動いていた睡蓮と翔希の2人だ。
 睡蓮は得意の弓を構え、矢を射り、翔希は黒の剣をマリーチの頭目掛けて正面から振り下ろした。
 だが、両者の渾身の一撃を、マリーチは片翼を正面に翳すだけで防いでしまう。
 次いで、お返しとばかりに薙ぎ払われた片翼が2人を吹き飛ばした。
 最後に動いた鈴蘭が片翼で一瞬視界が途切れたマリーチ目掛け、タキオンを装備した右拳を振るう。
 だが、空母すら沈めかけたその一撃も、堕天使は鈴蘭の感覚を騙す事で逸らせてしまう。

 「…うふ、うふふふ、クスクス♪……そう、その通り。私は確かに以前あの男に、クルト・ゲーデルに敗れたわ……。それも、完膚無きまでに……ッ。」

 真紅の瞳を不気味に光らせ、顔を蒼白にし、無残に引き攣った様な笑みを浮かべながら、マリーチが口を開いた。
 そこには既に先程までの余裕も無く、今にもくず折れそうな儚さと危うさと狂気があった。

 「だけど、それに怯えていたのも過去の事。確かに死ぬほど悔しいけれど、それで私を倒す事は出来ないわ。」
 「マリーチや。ここまで来たのだ、もう止めにせぬか?」
 「いいえ、まだよミーコ。私はまだ負けていない。」
 
 みーこに説得にも、やはり耳を貸さない。

 「……これじゃ、もう手の打ちようが無いの。」

 リップルラップルすらお手上げとばかりに両手を挙げる。
 そうなれば、最早この場で彼女をどうこうできる者はいない。
 何せ天使、26次元の存在であり、今や不完全になったと言えど現在過去未来を見通し、敗北する事すら学んだ彼女を、誰が止められるというのか?


 「うふふ、クスクスクス!さぁ、問題無い世界を始めましょうか!誰も老いず、飢えず、死なずに、けれど苦しみは続く世界を!あはは、あはははっははははははははははあっはははははっはあっははははははははははあっははあははははははは「悪いが、それは止めてもらうぞ。」……ッッッ!!?!?」

 

 狂った様に続くマリーチの哄笑、それを遮る声があがった。

 それは鈴蘭でも、みーこでも、翔希でも、睡蓮でも、勿論ショーペンハウアーでも、マリアクレセルでもない。
 この降り積もった苦悩を感じさせる様な低く、重厚な声をこの場の者は皆1人しか知らない。
 その声の持ち主は対峙する『天』と『魔王』の横、傍観する様な位置で、何時もの司教服に身を包み、見慣れぬ杖を右手に立っていた。


 彼は本来の物語ならここにはいない人物だった。
 彼の実力では、この場の誰にも勝てない事は明白だった。
 それでも彼は自身のすべき事があるからと、この場に立つ事を決めていた。


 「どうした、マリーチ?預言者ともあろう者が、そんなにオレがいるのが、起きているのが意外か?」


 彼の名はえるしおん。
 この世界に、この場にとって、場違いと言える異邦人だった。


 「エルシオン、今はあなたに構っている時間は無いの。悪いけど後にしてくれるかしら?」
 「生憎と、こちらも急ぎでな。そうも言ってられん。」

 轟々と魔導力を発しながら告げるマリーチに、えるしおんは欠片も揺らがずに返した。

 「君の設定通り、イグドラシルシステムが問題無く稼働した際、オレは起きるようになっていた様だが………少し遅れてしまったが。」

 コンコンと杖の先端を地面に突きながら、何でも無いように言うえるしおん。
 もし先程マリアクレセルに声を掛けられなければ、もう少し長く眠っていた筈だったのだが、そこは言わない。

 「そう……で?今更どうしたと言うのかしら?まさか、私を止めようとでも?魔族の王族で、先代魔王の息子でありながら、力は無かったあなたが?」
 「そうだと言ったら、君はどうする?」
 「………ッッッ!!!」

 狂った様な笑みが消え、マリーチが片翼を膨らませる。
 その真紅の瞳は今や血走り、強烈な殺気を放ちながら、えるしおんだけを見つめていた。

 イトシイ男が自分の敵に回る。
 その事実にマリーチの神経は一瞬で焼き切れんばかりの熱を持った。
 そこに余人が介入する隙は無い。
 鈴蘭達は自然外野となり、黙って事の推移を見つめるのみとなっていた。

 「問題無い世界……あぁ、確かに一見素晴らしいだろうさ。しかし、それは進まない、停滞した世界だ。そんな世界の何処が楽しい?問題が無ければ、人は生きようとする気力を失い、やがて壊死を始め、全ては滅ぶぞ!それすら解らぬ程に耄碌したか堕天使がッ!!」
 「黙りなさいッ!!」

 追い詰める様な言葉を吐きながら、えるしおんは並列思考を最大速度で稼働させ続ける。
 マリーチを打破するには、精神面からの揺さぶりしか無い。
 ならば、常に彼女が動揺し続ける様な言動を取れ。
 それは即座にこちらの有利に繋がる。
 どんな仕草なら、どんな言葉ならマリーチを追い込めるかを推測し、検討し、予想し続ける。
 揺らして揺らして揺らして……しかし、決して倒れないように。
 そんな絶妙な加減を求めて、えるしおんは言葉を紡ぐ。

 「この2000年、人は成長し続けたッ!我々が世界を見つめ、導き、管理しようと動いていた間にもッ!勇敢な騎士に火龍が敗れ!人の手で黒龍が生み出され!ラプラスの悪魔がハイゼンベルグに打ち払われ!君がクルト・ゲーデルに完敗し!遂には火龍の息吹すら再現したッ!!」
 「黙れッ!!」

 ブォン!と殺意が乗った片翼が振るわれ、豪風が吹く。
 対し、それを向けられたえるしおんはただ錫杖の先端でコンと地に突くだけ。
 それだけで、必殺の一撃は突如発生した同質の風と互いに打ち合い、周囲への余波を残して消えた。
 リップルラップルがシールドを張って余波を防ぐが、それでもビリビリと少女のシールドが振動する程の威力があった。

 「忘れたか?君が作り、与えたのだろう。この『狂い無き天秤』を。」

 長髪を風撃の余波で波立たせながら、えるしおんが掲げたのは右手に持った奇妙な錫杖。
 先端に錫色の天秤を乗せた、黒塗りの錫杖。
 それはマリーチが作った唯一の神器にして、嘗てえるしおんとの契約の証として譲渡された『狂い無き天秤』。
 
 その効果は攻撃ではない。
 それの唯一の効果は、相殺。
 主に向けて放たれたあらゆる攻撃に対し、代償を貰う事で、全く同じ性質・威力を持った攻撃を再現し、打ち合い、相殺する。
その一つの効果に特化した防御特化の神器。
 その再現のあまりの正確さ故に、その名を冠するに至った神器。
 対魔機関で知られている中で、最も防御に優れた神器『千変万化』(サウザンドアームズ)ですら攻撃にも転用が可能であるのに対し、完全に防御にしか使用できない相殺専用の神器。
 製作者であるマリーチにすら、その偏り過ぎた性能に「試作品」と言わしめたそれは、代償さえ支払えば、理論上あらゆる攻撃を無力化できる特性を持つ。


 「そんな欠陥品でッ!!」

 再び堕天使の片翼が振るわれた。
 先程より強く、早く、鋭い烈風が吹く。
 それに対し、えるしおんは慌てず騒がず『狂い無き天秤』で相殺してしまう。
 しかし、そんな事に構う事無く、マリーチは次々と片翼を振るい、魔導力を孕んだ風を起こし続け、えるしおんは神器を発動し続ける。
 
 「たかが3000年も生きていない小僧がッ!分際がッ!屑がッ!私に咆えるなッ!」
 「ッッッ!!!」

 ギリギリと歯を食い縛りながら、えるしおんは神器を発動させ続ける。
 最初から解っていた事だ。
 相手の攻撃を相殺するという事は、その攻撃が強力であればある程担い手が払う代償も必然的に大きくなる。
 よって、精神こそ追い詰められているものの、未だ十分な余力を残すマリーチに対し、えるしおんの魔導力は見る間に削られていく。
 相手は天使の中でも最高クラスで、こちらは魔族の落ち零れでしかない。
 余りに地力に差があり過ぎた。
 相殺するには出力が足りなくなり始め、徐々にマリーチの翼撃が掠り始め、司教服は破れ、血が滲む。

 だが、今のえるしおんはそれで、その程度で、己が止まる事を良しとしない。

 「君が何と言おうとッッ!!!」

 己の血で司教服を濡らしながら、その胸元を、「危急の十字」を服の上から強く掴み、握りしめ、緊急起動、信号の送信ではなく、受信を開始した。

 

 本来、「危急の十字」の使用法は隔離世から緊急信号を送る事だ。
 だが、送信が可能なら受信はどうか?
 それもただ信号を受信するのではなく、導力炉から直接という半端ない大出力の魔導力で。
 それが実用化できれば、例え魔導力が低い者であろうと、容易に強化し、格上とやり合う事が出来るかもしれない。
 結論だけを言えば、受信自体は可能だった。
 そして、副次効果として受信した魔導力を十字架の保持者が使用する事が可能となった。
 しかし、本来自身のものではない魔導力を何の代償も無く使用できるだろうか?
 実験を行った当時、魔導力の受信は確かに成功した。
 だが、同時に実戦では役に立たない事が証明された。
 確かに魔導力の大幅な底上げに成功したものの、その制御には最低でも並列思考を3つは処理に回さなければならないし、それ以上に体にかかる負担が凄まじかった。
 それが出来ないと制御に失敗、急激に膨らんだ魔導力を制御出来ず、最悪自爆してしまう事になる(実験の被験者は幸いにも直ぐに送信を停止したため、爆風でアフロになっただけで済んだが)。
 イスカリオテ機関の文官組ならまだしも、脳筋族な戦闘部隊は精々2つの展開が限度であり、ついぞ使いこなす者は出なかった。
 一応瞬間的な強化に限るなら十分なものであったし、本来の用途としても十分だったため、正式採用となった後も未だに送受信の機能はオミットされてはいなかった。



 受信開始から僅か数秒で「危急の十字」が受信した魔導力が身体中に注がれる。
 並列思考を自身の展開可能な最大数である7つを展開し、その内の3つを魔導力の制御に当て、受信した傍から神器にドンドン注がれていく。
 だが、足りない。
 この程度では怒り狂う堕天使を抑え込むには到底足りない。
 だから、えるしおんは導力炉へと信号を送信した。
 送信用導力炉の安全装置の一切を解除、暴走覚悟で臨界出力で稼働しろ、と。
 その5秒後、えるしおんは自身の視界が真っ赤に染まったのが解った。
 注がれた魔導力のあまりの量に、眼球の毛細血管の一部が破裂したのだ。

 「……ッ…ッギ…ィィ…ッ!!!」

 眼球だけでなく、全身の毛細血管も破裂したのか、一気に脳髄へ押し寄せる激痛に意識が薄れ、並列思考が停止しそうになるのを腹の大穴の縁を握り、更なる激痛によって掻き消す。
 制御に回す並列思考を4つに増やし、これ以上の魔導力の暴走を抑え込み、神器へと回していく。
 
 さぁ、これで準備は整った。
 
 そして、今まであれだけ押されていたえるしおんからマリーチ程とは行かぬまでも膨大な魔導力が湧き出し、再び拮抗状態に持ち直す。

 「既に世界は新しい流れに向かっているッ!」
 「ッッッ!??」

 知らず口内に溜まっていた鮮血を飲み干し、叫ぶ。
 視界は先程から赤いままで、身体はグラつき、今にも倒れ込みそうだが、それでも足だけは根がはった様にしっかりと立ったままだった。

 「最早人は神の元を離れ、己で歩き出しているッ!!今まで散々見てきただろうがッ!!」
 「その口を閉じろッ!!」

 マリーチが片翼だけでなく、「崩壊の鐘」も鳴らさんとするが、それはみーこが打ち鳴らした「崩壊の鐘を鳴らすもの」が相殺してしまう。

 「この2000年の間!それが苦しくても苦しても苦しくても苦しても苦しくても苦しても苦しくても苦しても苦しくても苦してもッ!それでも人を見捨てなかったのは何処の誰だッ!!」

 血を吐き、塞ぎかけていた腹の穴からもダクダクと出血しながらも、えるしおんはマリーチの真紅の瞳を見据えて声を張り上げる。
 これ位しなければ彼女に届く事は無いのだと、血を吐きながら己の喉が張り裂けんばかりに声を張り上げ続ける。

 「お前だろうがッッッ!!!!!」
 「……ッッッ!!」

 文字通り、血を吐かんばかりの勢いでえるしおんが咆える。

 「古代でも!中世でも!近代でも!現代でも!君は人を見捨てず見守ってきたんだろうッ!それを今更投げ出そうと言うのかッ!!」
 「………うるさい………。」
 
 そう言う間にも、烈風は相殺され、えるしおんは血を流し続ける。
 端くれとは言え魔族は魔族、人間や魔人より遥かに頑健な身体をしていなければとっくに昏倒してしただろう。
 
 「今更世界を荒らして、一体何になるッ!」
 「うるさいッ!!!」

 マリーチが、キレた。

 イグドラシルの機械の枝葉が覆い隠した空の元、「億千万の目」の名の通り、空間全てを埋め尽くす程の大小・色彩多種多様な眼球が出現し、一斉にえるしおんへその瞳を向ける。
 傍で見ていた鈴蘭達すらそれを見た途端、嫌悪感に背筋を震わせ、慄く程のおぞましさ。
 嘗て夏の砂浜で現出した悪夢的光景がそこにあった。

 「うるさいうるさいうるさいうるさいッッ!!!何も、何も知らないくせにッ!!」

 まるで駄々をこねる子供の様に叫ぶマリーチ。
 しかし、そんな可愛らしさなど露ほども感じさせず、一切の容赦無く彼女の能力が発動した。
 普段なら相手の意思の間隙を突き、イメージを投影する精神攻撃を、今回は出力任せに精神そのものを過負荷で焼き切らんと莫大な量の雑多なイメージを強制的に送りつける。
 それはあたかも器に許容量以上のものを無理矢理詰め込ませ、内側から破壊するかのようだった。

 「カッ……!!?ハッ…………ッッッ!!!」

 そして、えるしおんは視界が完全に白で塗り潰され、五感が途切れたのを感じた。
 マリーチの能力を併用した文字通りの全力の一撃に、導力炉から送信されていた魔導力が一瞬で底をついた。
 同時に、相殺できなかった分の精神攻撃により、頭を巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃で意識が飛ぶ。
 今まで根がはっていたかの如く揺らがなかったえるしおんの両足が遂に膝をつき、次いで自身の流した血の海の中に上半身が倒れ込む。

 それでも、辛うじて残っていた意識は、神器を持たぬ左腕で身体を支えんと血の海の中に掌をつかせていた。

 「なんでッ!なんで立つのッ!?もう良いでしょうッ!?あなたでは私に勝てないッ!前から解ってた事でしょうッ!?!」

 立ち上がらんとするえるしおんよりも、己の行いを恐れるかのように、マリーチが悲痛そうに叫んだ。
 傍から見れば、圧倒的に有利なのはマリーチの方だったが、しかし、確実に彼女は追い込まれていた。
 そして、えるしおんはこの程度などそれこそ些細な事だと、左腕に力を込め続ける。

 「君、がッ…諦めるまで、は……オレは…立つ、ぞ…ッ。」

 ギチギチと、血を身体中から流し、今にも絶命しそうな状態で、受信し続ける魔導力を身体能力の強化に回してまで、えるしおんはまだ立ち上がろうとする。
 本来魔人の上位種である魔族なら、五体を引き千切られても生存可能なのだが、えるしおんの場合、腹に大穴を開けた状態で、更に無茶な魔導力の使用でどうしようもない程に疲弊し、さらに馬鹿げた出力の精神攻撃で心身ともに文字通り死に体となっていた。
 それでもなお諦めないえるしおんに恐れ慄いたかの様に、マリーチは一歩後ずさった。

 「そう言えば、この2000年……散々君の悪戯に付き合わされたがッ……ッ…命を賭けたのは、初めて、だったな……。」

 苦労して片膝をつき、再度マリーチを見つめる。
 息は荒れ、血は尽きかけ、肉は裂け、意識が霞み、魔導力の受信も先程の精神攻撃の際に導力炉が緊急停止したのか、既に止まっていた。
 彼女の瞳に怯えと恐れを見たえるしおんは苦笑を一つ浮かべると、もう一踏ん張りと自身に喝を入れ、立ち上がる。

 「なぁ、マリーチ。もう十分だろう?」
 
 一歩、ふらつく足で今にも泣きそうな顔をする堕天使へと進む。
 
 「人も魔人も、誰も問題無い世界なんて望んでいない。」

 二歩、今にも屈しそうな膝を叱りつける。

 「今ある世界は確かに問題があるが、何時かそれを乗り越えていく可能性のある世界だ。」

 三歩、喉元からせり上がる血液を飲み下すが、飲み下した傍から腹の穴から流れ出ていく。

 「オレ達が横から何かしなくとも、この世界に住んでる連中は勝手に前へ進んでいく。巣立ちの時が来ているんだ。」

 四歩、五歩、六歩、七八九十………。
 ゆっくりとえるりおんはマリーチの元へ歩を進めていく。

 そして、遂に互いに手の届く範囲に入った。

 えるしおんは絶命寸前だが、それでも確かにまだ生きて、強い意思を込めて前を見る。
 マリーチは顔を青褪めさせ、真紅の瞳に怯えと恐れを映し、身体を震わせていた。

 「マリーチ。」
 「来ないでッ!!」

 最後の一歩を踏み込んだえるしおんを、マリーチの片翼が正面から両断する形で振り下ろされた。
 次いで、肉を切断する嫌な音が辺りに響き渡った。

 








 神殿協会直下の大地にて


 「損耗した部隊はすぐに下がらせろ!必ず連携を組んで攻めるんだッ!」

 上空から降下してくる大量のSランク魔物を相手に、聖騎士団が、法王庁が、学術都市が己が全力で戦闘を続けていた。
 先程までの宴会の雰囲気は既に消え、今は銃火と魔法が飛び交っていた。
 既にエンジェルストレージとアイロスは飛び立ち、空中を飛び交うグリフォンやキマイラを相手に戦闘している。
 地上では聖騎士団と各騎士団、魔物騎兵隊を前衛に、武装神父隊とシスター隊が補給と支援に努め、学術都市の機械化歩兵隊が遊撃部隊として押され気味の戦線に加勢する。
 
 「猊下、先程から敵の増援が止んでいる様ですが…?」
 「皆には気を抜かぬようにと伝えなさい。恐らく、まだ来ます。」

 そして、教皇は僅かな手勢と共に友軍全体の状態を把握し、的確に指示を出していた。
 空中・地上の双方で未だに優勢を保っていたが、それでも彼女は嫌な予感を拭い去る事は出来なかった。
 
 何が来る?
 
 指揮を行う傍ら、必死にそれを予想しようとするが、余りにも大神殿内部の情報が足りない。
 観測していたアイロスからは密かにワルキューレ・リッチ・MAM224318・ほむら鬼が撃破された事が確認されていたが、本命である内部の事は変わらず不明のままだった。

 「猊下ッ!!」
 
 警告する様な部下の声に、上を見上げる。
 そこには手負いながらも確かにこちらに狙いを定め、降下してくるワイバーンの姿があった。
 ここにいる面々はどちらかというと後方指揮官向けの者達。
 戦闘可能な者もいるが、それとて全長8mのワイバーンを殺害するには足りず、そもそも撃墜すればあの質量がそのまま降ってくる事になる。
 
 「下がりなさい。」

 だから、教皇は自分がやる事にした。
 右手に握ったのは、今召喚したばかりの巨大な十字架。
 全長3m、横幅1.2m、白い大理石のような素材に、複雑な装飾と彫刻を施されたそれは、教皇のみが振るう事を許された物。
 
 「失せろ。」

 大口を開けて滑空体勢に入ったワイバーンに向けて、十字架を振り上げた。
 その瞬間、未だ10m以上の距離があったワイバーンの身体が、十字架から放たれた指向性の風圧よって、正面から巨大な鈍器に打撃されたかの如く大きく後ろに仰け反った。
 驚きと苦痛で悲鳴すら上げられぬワイバーンに、止めとばかりに十字架から放たれた光魔法の遠距離攻撃が直撃、その熱量と魔を許さぬ光の属性により、ワイバーンは肉片も残さず、消し飛んだ。
 その様子を見えていたであろう戦線では、やや押され気味だった部隊が盛り返しを始めた。
 元々魔物を駆逐する事に慣れた者達、流れが傾けば自然と劣勢を押し返し始めた。

 「この私がいる限り、あなた達の背には敵を通しません!!後ろの事は気にせず、前に集中しなさい!!」

 その激励に、法王庁の者達だけでなく、神殿協会や学術都市の者達まで奮い立ち、一層魔物達を押し返していく。
 
 
 教皇が振るった大きな十字架。
 それは以前イスカリオテ機関が予算や量産性を完全に無視して設計・開発した、世界で唯一の魔族・魔人・人間が協力して作り上げた神器だった。
 名を『神聖具現』。
 試作品の「危急の十字」を戦闘用に改良した、法王庁の神器の一。
 「危急の十字」同様の魔導力送受信機能を持つが、受信した場合は供給するのは使用者自身ではなく、使用者の纏う全ての装備品という点が最大の違いであり、これで身体への負担を最小限に留めている。
 そもそも教皇の装備である特性の法衣は普段戦闘に使用される一般部隊のそれとは比較にならぬ程に頑強であり、魔導力との親和性も高い。
 特に、今回の「聖戦」仕様では身体能力の向上に主眼が置かれた術式を刻んだ法衣を装備していたため、追加の出力を得た術式は大幅な底上げが行われ、全体的に見ると実に倍以上の強化を実現した。
 結果、ただでさえアイアンゴーレムとガチで殴り合えるとすら言われる教皇の  「聖戦」仕様が更に上昇、身体能力がアウターを圧倒できるとはいかぬまでも対抗できる程に強化されている(光魔法は受信した魔導力を使用)。
 また、十字架本体も武器として使用可能であり、対魔物は当然として、対アウター戦闘も考慮に置いているため、高い強度と攻撃力も兼ね備えている。
 しかし、試作品から続く唯一の欠陥である並列思考を必要とするため、教皇と言えど使用するにはそれをクリアしなければならない。
 そのため、滅多に表に出る事は無く、その運用コストからも倉庫の肥やしになっていた代物だった……………ちなみに、製作費は冗談抜きで国が傾くレベル。
 それを前線で指揮をしながら運用するなど、幼いながらも恐ろしい程の才能を持った今代教皇だからこそ出来る荒業であった。


 「とは言っても、整備するだけでコストが武装神父隊一個中隊に匹敵するので、あまり使いたくないのですが。」
 「猊下、誰に言ってるんです?」
 「いえ、何となく説明せねばならぬ気がしまして。」
 (………事が終わったら休ませるように、枢機卿方に進言してみるか。)

 
 報告に来ていた部下に、頭の心配をされる教皇猊下(御年14歳、好きな物はシュークリーム)だった。




 






 ボトン、と柔らかいものが落ちた音がした。



 「やっぱり、君じゃオレを殺せない。」

 えるしおんの左腕、その肘から先が綺麗に切断されていた。
 その先は切断された際の衝撃で大きく飛び、えるしおんの背後に落下していた。

 「あ………あ、あぁ…ッ……。」

 現実を拒否するかのように、マリーチが涙目で首を横に振り、また後ろに下がろうとする。
 しかし、それよりも早く、えるしおんは残った右腕に握っていた神器を放すと、素早くマリーチの細い身体を強引に抱きしめた。
 
 「もう、いいんだ。」
 「う、ぁ……ぃ…。」

 腕から抜け出そうとマリーチはもがくが、それを放してやる訳にはいかなかった。
 目に涙を浮かべ、まともに話せなくなりながらも胸を叩き、脛を蹴り、何とか抜け出そうとするマリーチをえるしおんは右腕だけで抑え続けた。
 

 マリーチはえるしおんの腕の中で、彼の身体がどれ程傷ついているかをまざまざと見せられた。
 もういやだった。
 イトシイ男は敵になり、激情に駆られたとはいえこんなにも傷つけてしまった。
 これでは、絶対に彼の心は手に入らない。
 嘗ての敗北にも勝る絶望に、心が壊れそうだった。
 だから、これ以上彼が自分を厭うのなら、このまま堕ちるつもりだった。
 死ぬ程嫌な事があったのなら、いっそ何もかも忘れてしまえばいい。
 だから、泣きそうになりながら、彼の次の言葉を待った。
 それできっと、最後だと思ったから。


 「この2000年で……オレが、命を賭けた…のは、君の事だけだな…。」

 怪我と吐血・失血に意識が遠のき、身体も満足に動かない状態で、遠く、過去を思い出しながら、えるしおんが呟いた。
 それを聞いたマリーチは疑問に思いながら、彼の心を視た。
 怒りや憎しみに駆られていると思っていたそれは、穏やかな湖面の様に静かだった。

 「多分、これから先もそれは変わらないと思う。」
 
 えるしおんの腕の力が強くなる。
 まるで、腕の中の彼女を逃がすまいとするかの様に。
 マリーチは狼狽していた。
 彼女の予想とは全く違う。
 
 これでは、まるで、まるで………。



 「世界の事は他に任せて、一緒に休まないか?」



 まるで、告白ではないか。
 
 不器用な言葉だった。
 それでも、聡く、付き合いの長い彼女にははっきりと不器用な彼の思いが伝わった。
 そして、彼の心を視てそれが真実と悟った途端、マリーチの意地は限界に達した。
 
 目から熱いものが零れ、意識しない音が漏れ始める。
 彼の右腕に一層強く力が入り、きっとひどく痛むだろうに、離すまいと抱きしめてくれる。
 
 

 そして、作られてから初めて、泣いた。
 

 
 涙を、声を出して泣いた。
 神々が人を見捨ててしまった事を、それを招いてしまった事を、止められた筈の多くの戦乱の事を、自分が人に拒絶された事を、失わせてしまった命の事を、彼が自分を見てくれなかった事を…………そして、彼が自分を見てくれた事を泣いた。
 
 悲しくて嬉しくて……その想いを表すかのように、涙は途絶える事無く流れ続けてる。
 数千年もの間降り積もったものが、涙となって流れていく。
 そうして流れていく全てを受け止めてくれるかのように、彼は黙って残った右腕に力を込め、胸を貸してくれる。

 何時まで経っても、涙は枯れなかった。



 

















 「え、えーと…その………ハッピーエンド?」
 「そういう事にしてもらうと、こちらとしては助かります。」


 疑問符を噴出させながら尋ねて来る鈴蘭に、泣き続けるマリーチをあやしながら、えるしおんは疲労困憊といった風で答えた。
 もう魔導力はスッカラカンで、気力・体力共に痛みと疲れで気絶しない程度しか残っていない。

 「まさか、マリーチを口説き落とすとはのう。」

 目を丸くしていたみーこが感心したように呟いた。
 マリーチの親友である彼女は、これがどれ程驚天動地の出来事かを十二分に把握していた。

 「……史上初、天使を口説いた魔族なの。赤プルどころの話じゃないの。」

 こちらも目を丸くして呆然としながら、リップルラップルが思い出したかのように漸く口を開いた。

 「えーと……。」
 「……………。」

 コメントに困っている翔希と、そもそも何が起こっているのか解っておらず、首を傾げている睡蓮。
 
 「ま、まぁ兎に角!マリーチさんは置いといて、後はあのでかい木を伐採して、御主人様を助け出そう!」
 「所詮ただの人工物なの。切っても、自然破壊にはならないの。」
 「早く帰るとするかの。」

 漸く我に戻り始めた面々が、桃色空間から目を放し、イグドラシルを見上げ、得物を握りしめる。
 既にやる事は一つのみ、さっさと帰って宴会でもしよう。
 そんな弛緩した雰囲気が流れ始めていた。



 だが、まだエピローグには早かった。



 

 今までこちらを避けて地上への門へ殺到していた魔物の群れが一斉に止まり、イグドラシルへ向けて頭を垂れた。
 その只ならぬ雰囲気に、鈴蘭達だけではなく、泣き続けていたマリーチすら声を止めた。
 
 そして、イグドラシルの幹、そこにある段となっている場所、急造されたであろう玉座に伊織貴瀬が腰かけていた。
 その姿は以前関東機関で見せた際の戦闘服、しかし、それは嘗ての黒一色ではなく、純白に染められていた。
 

 「我はアペイロン。」

 
 ゆっくりと、傲慢さすら感じさせる仕草で、ゆっくりと伊織貴瀬の姿をした何者かが玉座から立ち上がり、見つめる鈴蘭達を睥睨する。


 「世界を統べる至高神なり。」





 エピローグにはまだ早い。




 

 








 もう二度と恋愛ものなんて書くものかッ!!!(挨拶)

 ども、作者のVISPです。
 
 本当ならこの話で終わらせる予定でしたが、地上の本格的「祭」シーンと内部の最終決戦を入れると投稿が大幅に遅れるので、二話に分けました。
 今月中にはお・り・が・み編完結する見込みですので、それまでどうか最後までお付き合い願います。
 

 それにしても難産だった……。
 世の恋愛小説の作家さんもこんな苦労をしているのかと思うと、本当に頭が下がる思いです。
 自分には出来そうもないので、今後は恋愛要素無しのssを書くことにします。
 ……エロは突発的にやりますけどね?


 
 さて、今度の8月19日で理想郷10周年なのですが、それに伴い記念ssを書こうかと考えています。
 そこで、その内容を読者の皆様に今から出すお題の中から投票で選んで欲しいと考えています。
 もちろん、その他の案も常時受け付けていますので、どうか奮ってご参加ください。
 投票は一人一票、感想掲示板にお願いします。
 締め切りは7月中ですので、注意してください。
 
 
 1.オリキャラ座談会。えるしおん並び法王庁トップの連中が本作品について座談会を開き、今まで溜まった感想について返信します。

 2.番外編。過去、スーパーワーカーホリックなえるしおんに対する周囲の人達視点のお話。

 3.番外編。マルホランド並び学術都市の皆様の日常について。

 4.あの人は今?あの先代魔王にしてえる母、フィエル様についてのお話。


 

 投票待ってます。







[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第14話 修正
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/07/13 10:47
 
 第14話


 「我は自らを……そう、アペイロン(超越せし者)と呼ぼう。」

 機械の世界樹に据えられた玉座にて、伊織貴瀬であった者が誰彼と告げるでもなく、口を開いた。

 「アペイロン。それは我が構築せし世界における至高神の御名である。」

 そして、漸く至高神の目が心臓を鷲掴みにされた様に、不安に震える鈴蘭を捉えた。

 「畏敬せよ。」



 ハッピーエンドは未だ遠くに。





 「…彼はもう、意思疎通のためのデバイスでしかありません。」
 
 今まで傍観を続けていたマリアクレセルが告げた。
 姿だけで、伊織貴瀬はもう失われたのだ、と。
 
 「いい加減なデマなの。あの服装は貴瀬の記憶の名残と見るべきなの。そこに白=高潔というイメージが結びついたの。どちらも貴瀬の意識の発言なの。なら、貴瀬はまだ、あの中に残っていると考えるべきなの。」
 「では、それを乖離させる手段はありますか?」
 「………………。」
 「では、やはりシステムの一部と見るべきです。」

 マリアクレセルの言葉に、反論していたリップルラップルが口を噤んだ。
 ドクターとは異なるが、かなりの知能を持った彼女が口を閉ざしたからには……つまり、そう言う事なのだろう。


 「マリーチ、どうなっている?」
 「わ、私にも……。多分、私という管理者が権限を手放したから、黒龍がシステムに引き摺られて勝手に機能してるんじゃないかしら?」
 「対処法は?」
 「…黒龍の再生力があるのよ。壊すには、それこそ水爆でも使わないと。」

 甘々だった雰囲気が消え、既にえるしおんとマリーチの2人もこの事態への対処を考えていたが、決定的な手段は無いようだった。

 「貴瀬や、正気を戻さぬか。」

 この事態を認められぬとばかりに、みーこが魔物達が開けた道を一直線に進み、アペイロンへと瀟洒なハンマーを振り下ろした。


 ッカァーーーーンッ!!


 だが、貴瀬の姿をした者は何時かとは逆に、易々とそれを片手で受け止めた。
 見渡す限りに展開していた魔物達が一瞬で消滅する中、彼だけが全く表情を変えずに立っていた。

 「貴瀬や「汝はイデアの世界を阻まんとする者か?」…ッ!!!」

 その時のみーこの表情、それは普段の彼女を知る者からすれば、正視に耐えれぬものだった。

 「貴瀬、何故わしが見えぬッ!!」
 「失せよ。」

 まるで羽虫でも払うかの様な腕の一振り。
 一撃とすら言えないような一撃。
 しかし、それだけで億千万の口というカミが討たれた。
 まるで巨人に殴られたかの様にみーこは血を吐き、鈴蘭達の元まで転がっていた。
 睡蓮が急いで抱き起こすが、呻き声も上げず、吐息も儚い。
 嘗てショーペンハウアーに敗れた時も、起き上がり、睨み返していた彼女がいともあっさりと。
 そして、彼女が払った魔物達は一瞬で門から漏れ出た黒い邪気から降り注ぎ、折り重なり、新たなる神へと平伏していく。



 「御主人、様?」

 余りの光景、あまりの惨劇に、鈴蘭は思考が停止したかの様に呆然と呟いた。
 
 「現界の魔王よ。」
 「えっ!?」

 呼び出す。
 それだけで、鈴蘭は何時の間にか機械の玉座の神の元へと引き寄せられていた。
 そして、はっきりと理解した。

 「汝は、アペイロンに仕える者か?」

 違う、これは私の愛すべき御主人様じゃない!
 確信と共に、鈴蘭はタキオンを振り抜いた。
 轟音と共に、空母を沈ませかけた時以上の威力の一撃が目の前の玉座に座る男へ放たれた。
 途中、余波だけで頭を垂れていた魔物が塵に返っていく程の威力。
 アウターと言えど、何らかの対処を強いられる程の一撃。
 だが、アペイロンを名乗る男は、それに手を翳すだけで防いでしまった。
 
 「答えよ。我を主君と呼びし者。15の負位置の魔導力全てを持つ稀有なる存在よ。汝はアペイロンに仕える者か?」
 「ふざけるなッ!!お前の世界なんて知った事かッ!やりたかったら1人でやれッ!私の御主人様を今すぐ返せッ!」
 
 振りかざすのはクーガーから意志と共に受け継いだ神器、エーテル結晶。
 しかし、その必殺の刃すら翳された手の薄皮一枚切る事も出来なかった。

 「傲慢な。汝は既に我が世界の一部だというのに。」
 
 連撃。
 角度を、威力を、位置を変え、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もタキオンを発動させる。
 それでも、至高神は全てを防ぎ切る。
 睡蓮と翔希の援護もあった。
 しかし、それでも至高神は片手で全てを防ぎ切った。

 「世界の中にある者が我という世界を滅ぼす事がどうして出来ようか?それは蛇が己が尾を呑むと同義の矛盾ぞ。」

 マリアクレセルの説明。
 テレビ画面の中の演者が己を映す画面を内側から破壊する。
 だが、納得なんて絶対に出来ない。
 それは、負けを認める事と同義。
 
 そして、必死に抵抗を続ける鈴蘭達を余所に、己の言葉に活路を見出したかのように首肯した。
 
「成程、世界を滅ぼせぬ現界の魔王よ。ならば、我が自らの御手で以て創ろう。一切の問題無き世界を。即ち、全ての問題を滅ぼそう。即ち、問題を問題と知覚せし全ての知性・理性・人という遍く生命を滅ぼそう。」

 不完全なシステムは暴走を開始し、終末の扉がその名を体現するかの様に巨大な門戸を開き始めた。

 「させるかぁッ!!」
 「無為だ。」

 そこで、初めて至高神が自ら仕掛けた。

 音も無く延ばされた手は、鈍い衝撃と共に鈴蘭の左胸を貫いた。










 
 地上 神殿協会本部周辺


 そこでは、漸く魔物の第一波を全滅させた人類勢力が、迫る第二陣を見つめていた。
 現在は神殿協会を囲む様に円形に布陣し直していたが、先程は危うく乱戦状態になる所だった。

 「猊下、既にエンジェルセイバー・クルースニク並び各国首脳と対魔機関に緊急連絡を入れました。」
 「そうですか……。弾道ミサイルの準備は?」
 「アメリカ連邦政府は説得済みです。近隣の国家も既に厳戒態勢に入っており、民間人の避難が開始されました。」
 「では、我々が全滅次第、ありったけのミサイルを発射するように伝えてください。冷戦時代の在庫を一掃するチャンスとでも言えば、出し惜しみはしないでしょう。」
 「了解しました。」

 そう言って去りゆく司祭の背を見ながら、教皇は空を見上げた。
 バラバラと降ってくる魔物達。
 先程よりもその数は多く、未だにその数は増え続けている。
 
 (大丈夫だとは……もう、言えませんね。)

 脳裏に、あの中にいるであろう恩師の気難しい顔が思い浮かぶ。
 いつも額に深く、長く皺をよせ、苦労している彼は、死ぬほど忙しい中、それでも決して自分の教育を欠かす事はしなかった。
 両親を亡くしてからの空虚な日々を多彩な色で満たしてくれたあの人に、自分はまだ一片も恩を返していない。
 そこまで考えると、自然と迷いと恐れは失せ、身体に力が満ちていく。


 己は何者か?  法王庁の最高権威、教皇なり。
 己がすべきは?  助けを乞う者に手を差し伸べ、理不尽に対し神威を振るう事なり。
 なら、今此処で己がすべきは?  最初から最後まで戦い抜くのみッ!!

 であれば、今すべき事も決まっている。
 

 「皆、覚悟は宜しいですかッ!!」


 オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!


 ビリビリと空間を震わせる程の勝鬨の叫び。
 騎士団・神父隊・シスター隊・騎兵隊を問わず、剣を、槍を、盾を、杖を、銃を掲げる。
 洋の東西も、肌の色も、人種も、所属も、種族すら問わず、共に戦場に在る者達が目の前に迫る敵に向けて戦意を滾らせていく。

 「最早多くは語りませんッ!ですので、私の恩師が嘗て言ってくれた言葉を伝えますッ!」

 スー…と大きく息を吸い……次瞬、腹の底から大声を張り上げた。

 「『勝って帰ってこい』ッッッッ!!!!!!!」


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォオォオオオォオォォォオォッォォオォッォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!


 「全軍……」


 白く偉大な十字架を迫り来る魔物の津波へと向けて……


 「突撃ィィィィィィィィィィィィッッッ!!!!!!!」



 万を超える戦士達が、10万を超える魔物達と正面から激突した。




 
 先ず最初にぶつかり合ったのは、イスカリオテ所属の魔物騎兵隊と四脚の獣に近い姿を持った魔物達だ。


 元々古くはあまりの強さの果てに殺す事にすら飽きた魔物を多大な犠牲を払って捕獲し、薬物や暗示、呪具で操作していた魔物騎兵団だが、現在では繁殖・育成に成功した魔物に騎乗するという全うなものになっていた。
 そのため、現在の彼らは薬物で朦朧としている魔物に騎乗していた頃とは異なり、真に人馬一体を成して魔物の戦闘集団として機能する。
 ましてや、騎兵は全て戦闘経験豊かな魔人達、恐れるものは殆ど無い(例外、上司の妹、億千万の目、書類仕事等)。
 

 こちらを噛み砕かんと顎を開くレッサードラゴンに対し、その脇をすり抜けるかの様にハルバードで一閃、上顎から上を身体から断ち切る。
 牙を生かして突進してくる象型の魔物には、3騎がかりで正面からぶち当り、押し返す。
 火を吐くサラマンダーには、氷・水等の相克属性を付加した武装と魔法で相殺し、炎の中を飛ぶ投げ槍がその口蓋を突き破った。
 流石はイスカリオテの中でも精鋭と呼ばれる者達だった。

 しかし、その後続は彼らでも手に余る者達だった。
 
 ゴオオォォォオォォォォォッ!!
 
 ダイヤモンドゴーレムやメタルタートル、ジャイアントビートル等の高い防御力を持った魔物を中心とした後続達。
 その防御力故に歩みは遅いが、その分騎兵の槍やハルバードでも攻撃が通らない者が多かった。

 しかし、餅は餅屋、騎兵には対処できずとも、それに対処できる者達に任せればよい。

 『各車両、前線の第二陣に向けて砲撃開始ッ!』
 『ヒャッハ―!待ってましたーッ!』
 『火力はパワーだぜッ!』
 『お楽しみのプレゼントだぁーッ!』

 無線からの命令に、今まで殆ど出番が無かった戦闘車両群が火を吹いた。
 先ず真っ先に魔物の一群を貫いたのは自走砲の持つリニア榴弾砲だ。
 本体の構造こそ通常のものとあまり差異は無いが、弾頭は多重殻魔導皮膜を採用、アイアンゴーレム程度なら命中すれば上半身が爆散し、ダイヤモンドゴーレムと言えど数発も当たれば撃破できる。
 次に来るのは多脚戦車一個中隊による曲射砲撃。
 弾頭はやはり多重殻魔導皮膜であり、次々と着弾し、スコアを増やしていく。
 更に続くのは大量の地対地ミサイル群。
 これもミサイル内の炸薬が学術都市製に改良され、更に法王庁の司祭達によって聖別されたものを使用している。
 これにより、悪しき者である魔物にとって例え分厚い甲殻を持っていようが、一撃で命を刈り取る死神となる。
 着弾点には火柱が上がり、後続の先頭集団はその数を大きく減らしていく。
 
 しかし、その物量からすれば、微々たるものでしかない。

 
 「よし、射程に入り次第我々も攻撃を開始する。」

 告げるのは騎兵隊の後ろ、聖騎士団と4の騎士団が今か今かと待ち構えている。
 対戦車ライフルに銃剣を追加した装備を構えながら、4の騎士団は照準を敵に合わせ始めた。
 しかし、もう少し先になると思われた彼らの銃弾が放たれる時は、その直後だった。
 彼らの足元の地面が僅かに揺れる。
 勿論それは着弾の際のそれとは違う。
 もし気付いた者がいるとすれば、常に策敵を続ける武装神父隊か魔族・魔人で構成されたイスカリオテ機関の者達位だったが、神父隊は上空に目を釘付けにされ、騎兵隊は砲火を突破してきた魔物に止めを刺す事に専念していた。
 だからこそ、彼らを責める事は出来ないが、それは何の慰めにもなりはしない。

 直後、騎士達の足元から突然土柱が立ち上った。

 土柱の数は12と、全体から見れば少ないが、しかし、それが何の慰めにもならない程にその土柱は凶悪だった。
 長さ8m近く、しかし、その長さは恐らく見えている倍以上だろう。
 その土柱の正体はワームと言われる魔物だ。
 土中に潜み、通りがかった獲物を大きな口で食う、大口を持ったミミズの様な魔物。
 しかし、この場に現れたワームはその上位種であるジャイアントワームと言われるもの。
 直径だけでも5m近く、長さに至っては30mはありそうな代物だった。

 「あ、ああぁぁ、ギャッ!?」

 グチャグチャと不快な咀嚼音と共に、Gワームの口から断末魔の悲鳴が上がった。

 「撃てェェェェッ!!」

 指揮官の号令に、その光景に一瞬目を奪われていた騎士達は一斉に対戦車ライフルを向け、発射する。
 しかし、分厚い軟体の巨躯からすれば、対戦車ライフルも豆鉄砲に等しい。
辛うじて学術都市の機械化歩兵の撃った対装甲散弾砲に肉が多少抉れたが、それだけだった。
 そして、最初の得物を食い終わったGワームが次なる獲物を目指して鎌首を下に向ける。
 騎兵隊も振り返って対処しようとするが、それは続々と来る前方の魔物達に阻まれる。
 後方の車両部隊が照準を変更しようとも間に合わない。
 だから、間に合う者達が対応した。
 
 上空、空を舞いながら遊撃していた魔物騎兵隊、その中でもグリフォン・ワイバーン等に騎乗した飛行可能な者達が背負っていた赤い槍を地上の大きな的に目掛け、投擲する。
 赤の槍は狙い違わずGワームに突き刺さり、内部の消化器官にまで達したが、2m程度のそれではGワームには鉛筆と変わらない。
 しかし、赤い槍はただの槍ではない。
 嘗て聖人の血に濡れた百人隊長の槍、そのレプリカだ。
 従って、それは偽物であろうと、魔物にとって猛毒とも言える浄化の力を持つ。
 Gワームは神威によって内側から弾け飛び、絶命した。
 同時に刺さっていたロンギヌス・フェイクも砕け散る。
 
 …ちなみに、この槍使い捨てだったりする。
 そのため、ただでさえ高価なのに、それが余計に価格を上げ、開発が終了し、正式配備が決まってからは「予算喰い」と言われるようになってしまった。
 
 そこかしこで同じような光景が再現され、中には地上の騎士に投げられたロンギヌス・フェイクで絶命する個体もあった。
 それにより見えていた限りのJワームは全滅したが、今度は土中へも抜かりなく索敵が開始され始める。
 そして、背後の安全を確保した騎兵達は勢いが衰えぬ砲撃を掻い潜ってきた魔物達に対し、再度正面から相対し始めた。
 
 


 地上での戦いが激化すると同時に、その上、上空での戦いも激化していた。
 先程上空からロンギヌス・フェイクを投擲していた空戦騎兵達と飛行可能なキマイラやワイバーン、ハ―ピー等の翼ある魔物が激しい空中戦を繰り広げていた。
 制空権の確保を目指し、彼らは手に持った突撃槍ですれ違いざまに相手の翼の付け根にその先端を突き入れる。
 突き入れられた突撃槍は先端から雷撃、石化の呪い、浄化の火を発生させ、高確率で相手の空戦能力を奪っていく。


 空戦騎兵達は貴重な空中戦力であるため、精鋭揃いの魔物騎兵隊の中でも最低100年以上の戦闘経験と10年以上の騎乗経験があり、優秀な者しか選ばれない(例外あり)。
 そして、その装備には通常の魔導皮膜や身体能力強化の他に風圧・Gの軽減、呼吸・血流補助、視力・聴力の強化等が施され、武装も爆撃やドックファイト仕様など様々なである。
 …そのせいで一騎当たりのコストが嵩み、狭き門が更に狭くなっているのは…まぁ、仕方ない事だろう。


 その錬度と装備のため、本能に毛が生えた程度の魔物達にやられる事は無いが、しかし、圧倒的に数が少ない。
 彼らが合計50騎程度であるのに対し、魔物はほぼ無尽蔵。
 はっきり言ってどうにもならないが、しかし、彼らには絶望的なまでの数の差を覆してしまう戦友がいた。
 
 『3秒後、艦砲射撃来るぞッ!総員、射線軸上より退避ッ!』

 次瞬、騎兵達のいなくなった空間にプラズマに包まれた杭が音速の数倍で通過、周囲に存在した多数の魔物を蒸発させていく。

 『次弾発射まで30秒。それまで撃てません。』
 『十分だ、残った敵はヘリ隊に任せろ!各砲座と迎撃班は敵を近づけるなッ!』

 アイロスからの観測ブイ射出機による射撃だ。
 シールドを破った特注の杭こそ無いものの、通常の魔物であれば蒸発しないように出力を落とし、唯の合金製の杭を射出するだけで十分片付けられる。
 そして、連携を維持したままの騎兵達が止めを刺して周り、次々とスコアを挙げていく。
 しかし、既に今日に入ってから各員が三桁近いスコアを挙げているが、未だに戦況は魔物側が有利だった。
 連携を取る事で何とか凌いではいるが、それも次期に覚束なくなるだろう。

 『ジャイアントホーネット×11、右舷より接近!』
 『ヘリ隊は迎撃!右舷各銃座迎撃しろッ!』

 アイロスから発進した戦闘ヘリ5機が、空対空ミサイルとロケットをJホーネットの群れへと放つ。
 8枚羽と多数の武装を持ったそのヘリは、勿論学術都市製の特注品だ。
 高度に無人化された代物であり、パイロット1人のみだ。
 ロケットは近接信管式であり、近付いただけでも起爆、Gホーネットを肉片に変えていく。
 ミサイルは一定以上近づくと、一斉に装甲が剥がれ、6つの小型ミサイルに分裂、逃げる空間を塞ぎ、確実に撃ち落としていき、時には複数の標的にも向かっていく。
 しかし、高速で動きまわる11の巨大蜂を殺し切るにはやや数が足りなかった。

 『Gホーネット×4、本艦に接近します。』
 『各銃座、撃ち方始めッ!』

 高速で接近してくるGホーネットに対し、右舷の銃座がその銃口を向ける。
 今までミサイルやロケット、観測ブイ射出機ばかりが活躍していたが、迎撃用の機銃も普通のものではない。
 そんな銃座から発射されたのは大口径の散弾砲。
 対空火器としては珍しくもないものだが、この散弾砲じゃ一味違う。
 強化外骨格用の対装甲散弾砲を艦載用に大型化したそれは、一般的な戦車の装甲すら砕く散弾を連射する。
 
 パパパッパパパッパパパパっパパパパパァァンッ!!!
 
 連続する破裂音と共に、Gホーネットが次々と羽や胴体に穴を開けられ、次の瞬間にはミンチになっていく。
 しかし、昆虫の複眼による見切りによって、辛うじて一匹がアイロスの底部の対空銃座の死角に入った。
 さぁ、この殻を食い破って中の人間を食ってやる。
 本能としてインプットされた攻撃衝動を実行に移さんと、Gホーネットはアイロスの装甲へ食い付いた。
 しかし、砕けない。
 虚数空間内での活動を前提とした17の特殊装甲は、その一枚一枚が核シェルター以上の防御力を誇る。
 たかが多少でかいだけの蜂では噛み砕けないのも当然だった。
 躍起になって更に3回程噛みつくが、擦り傷が増える程度で一向に砕けない。
 やがて我慢できなくなったのか、腹の先端の猛毒の針を伸ばし、装甲に突きたてようとした。

 「おいおい、珠のお肌に何すんだよ?」

 それをする前に、そのGホーネットの頭を散弾がミンチにした。
 そして、力を失った身体がへばり付いていた装甲から脚を離し、あっと言う間に落ちていった。

 「こちら、クリーナー48。蜂は片付けた。次の目標は?」
 『現在こちらでは確認していません。引き続き、発見次第撃破してください。』
 「了解。」

 先程までJホーネットのいた場所の近く。
 そこには強化外骨格を纏った機械化歩兵の姿があった。
 地上で現在使用されているそれとは異なり、その装甲はやや薄く、軽量化されているためか、より人型に近くなっている。
 また、足には忍者のはく水蜘蛛の様な特殊な装備があった。
 
 この強化外骨格は元々船外活動用のものであり、水蜘蛛もそのためのものだった。
 主に装甲の点検や修理を行うためのものだが、もしもの際には調整次第で戦闘も可能となる。
 足裏から見れば吸盤の様な形状をしており、足が装甲につくと同時に吸盤内の空気が排出され、一瞬で強く吸着、逆さになっても落ちない。
 また、足を離す時は吸盤内に空気が流入し、一瞬で剥がれるため、歩行に支障は無い。
 外骨格内部では血流操作が行われ、平時より多少頭に血が上っている状態に抑えている。
 また、もしもの時用に前腕部にはアンカー、背部のバックパックにはパラシュートが装備されている。
 …ちなみにクリーナー隊は艦の護衛役でもあり、一個大隊いる。
 

 再度アタックをかけようと加速する魔物達を、それ以上の加速を伴って騎兵が迎え撃つ。
 それを数で多い囲もうとする魔物達に、今度はアイロスのミサイルとリニアガンがそれをさせぬと火を吹く。
 それを潰そうにも今度はヘリと対空銃座、クリーナー隊が迎え撃ち、終いにはエンジェルストレージからのミサイルが飛んでくる。
 しかし、次から次へと増えていく魔物達には焼け石に水でしかない。
 
 空の青が2、敵の黒が6、味方の白が2。
 
 そんな状況だろうと、空の戦士達は互角の戦いを繰り広げ続ける。
 
 『ち、やはり数が多いッ!』
 『連携を崩すなよッ!呑み込まれるぞ!』
 『くそ、後ろに付かれたッ!援護頼むッ!』

 戦闘ヘリのパイロット達も必死に応戦し、ミサイル・ロケット双方を撃ちまくるが、空戦騎兵程の機動性が無い彼らでは魔物の機動に後一歩付いていけない。

 『う、うわぁぁぁッ!?』

 そして、遂に一機がキマイラに下方から近づかれ、一撃を貰った。
 ヘリの装甲がそこまで厚い訳もなく、みるまに高度を下げていき、遂には爆発、四散した。

 『くそがぁぁッ!!』
 『止めろ、陣形を崩すな!』

 激した一機がヘリを落としたキマイラに向かうが、単機で、しかも単調になった動きではキマイラを捉えられる訳もなく、容易に背後を取られてしまう。

 『畜生ッ!?』

 キマイラを振り切れず、パイロットが絶望しかけるが、幸か不幸か、彼は命を繋ぐ事になる。

 キイィィィィィッ!

 甲高い鳴き声と共に、手負いのワイバーンがキマイラに向けて突っ込み、その喉元に食らいついた。
 見れば、そのワイバーンには轡が付いており、騎兵が乗っていた個体だと解る。
 しかし、肝心の騎兵は固定された下半身だけを残して息絶えていた。
 
 ガアァァァァァァッ!

 邪魔をするワイバーンに、キマイラは容赦なく爪と尾の蛇の牙を突き立てるが、今や瀕死の状態で痛覚が麻痺しているワイバーンは意に介さない。
このワイバーンは残り少ない生を最後まで勇敢に戦った主の遺志を継ぐ事に費やそうとした。
 顎に力を込め、絶対に振り払われないようにし、傷ついた翼をはばたかせて、魔物の群れへと突っ込んでいく。
 爪に、牙に、角に当たり、鱗が剥がれ、肉が抉れても止まらず、周囲に味方が消え、敵だけになり、漸く失速し始めた時、そのワイバーンは首元の容器を噛み砕いた。
 サーモバリック爆薬を詰め込んだその容器は、本来なら魔物の一撃に耐えられる程に頑丈なのだが、死にかけの状態で肉体のリミッターが外れたのか、ワイバーンは一瞬で容器を噛み砕く事に成功した。


 出撃前、この個体は自分の搭乗者がこの爆薬についての説明を受けている姿を見ていた。
 何十、何百世代にも渡り、騎乗用に品種改良されてきたワイバーン達は搭乗者の命令に素早く従うために、高い知能を持っている。
 故に、彼らは主達が持っていた小さな容器の使い方と使い時を知っていた。
 もうどうしようもない時にだけ、周りに味方がいない状況のみで使用する。
 それだけ覚えていれば十分だった。
 
 薄れ行く意識の中、この個体が最後に見たのは、自分の顔を撫でてくれる搭乗者の笑顔だった。


 固体から気体へ爆発的に相変化、分子間歪みが固体となった爆薬そのものを分解し、空気中の酸素を取り込んで大爆発を起こした。
 爆風を含めた効果範囲は200m程度だったが、爆心点を中心に摂氏3000度を超える高熱に、付近にいた魔物は軒並み蒸発するか、丸焦げになった。
 
 そして、熱量から逃げ延びようとする魔物達を生き残りの騎兵や戦闘ヘリ、アイロスやエンジェルストレージからの艦砲射撃が撃ち落としていく。
 そこには先程キマイラに後ろを取られていた戦闘ヘリの姿もあった。
 先の雪辱戦とばかりに次々と銃弾が撃ち込まれ、魔物を駆逐していく。
 
 しかし、それ以上の物量が常に増加していく状況では、特攻と自爆すら焼け石に水でしかない。



 
 一方、地上では先の混乱から漸く復帰したものの、敵の物量の前に徐々に後退を余儀なくされていた。
 
 ガアァァァァァァッァアァァァァッ!

 多脚戦車に接近したマンティコアが三重に並んだ牙を剥き出し、その装甲に噛みつかんとする。
 多脚戦車の装甲はかなりのものだが、それとて魔導皮膜済みの鎧を簡単に食いちぎるマンティコアの牙ではどれ程耐えられるか解らない。
 マンティコアは老人に似た顔をニヤリと醜く歪ませながら、中にいるであろう人間の血肉の味を思い、涎を垂らす。
 だが、そうは問屋が卸さない。

 『肉弾戦用意ッ!』
 『科学を舐めるなファンタジーッ!!』
 
 車長の命令に、瞬時に操縦手が六本の足の内、真ん中の二本を用いてマンティコアのガラ空きのボディにボディーブローを食らわせる。
 呼吸が止まり、身体が停止した所に、更に顔面へストレートをぶち当てると、顔面を大きく四角に凹ませて、マンティコアは絶命した。
 
 『しゃぁッ!次だ次!』
 『接近する敵に順次射撃、誤射に注意しろ。』
 『了解。』

 命令を受けた砲撃手が素早く照準を付けて発射、近づこうとしていたアイアンゴーレムを一撃で破壊する。
 
 『各車両、粘れよ。ここが正念場だ。』
 ≪了解ッ!≫

 先程から前線だけでなく、戦場全体に魔物の増援が降り注ぎ、各所で混乱が相次いでいた。
 何とか未だに目立った被害を出さずに済んでいるが、それも何時までもつか解らなかった。
 近い内に、アメリカに連絡するべき時が来るだろう。




 「おおぉああぁぁあっぁぁぁっぁッ!」

 騎士団の1人が、対戦車ライフルの弾幕を突破してきたケルベロスの顎に捕まった。
 既に各戦線では先程のJワームだけでなく、地下から、上空から来る膨大な数の魔物に対し、防戦一方となっていた。
 未だ辛うじて戦線が崩壊していないものの、間も無く壊滅する事は容易に予想できた。
 だが、そんな絶望的な状況でも、誰一人として逃げ出そうとする者はいなかった。
 今ケルベロスに捕まった騎士も、その1人だった。

 「逝ぎまずぅッ!」
 「逝けッ!」

 そして、ケルベロスの顎の内側で、彼は自決した。
 使用した爆薬は聖別された代物であり、地獄の番犬はその魔としての属性故に口内だけでなく、三つある頭の内の一つを失う程のダメージを負った。

 「今だ、一斉射撃ッ!」

 隊長の号令の元、味方の死すらものともしない騎士達が集中砲火で動きの鈍ったケルベロスを撃破する。
 彼らにとって、死とは忌避するものではない。
 それは神の国へ至るためのプロセスであり、恐れるのは善行を積まずに死ぬ事のみ。
 今自爆した同胞は、最後の最後まで善行を積んだ。
 罪無き者に仇成す魔物を浄化するために散っていった。
 ならば、きっと彼も天国へ行くだろう。
 世界を変えるなどと言う異端の神ではなく、我らが信ずる父にして主たる者の元へと。
 だからこそ、彼らは逝った同胞を祝福しつつ、己もそれに倣う様に前へと進んでいく。
 全ては彼らの信じるもののために。




 「はぁぁぁぁぁッ!」

 教皇が白き十字架、『神聖具現』を振るい、迫ってきたアイアンゴーレムの頭を大上段から叩き潰した。
 轟音と共に倒れるゴーレム、しかし、倒した傍から、足元の地面からGワームが襲い掛かってくる。

 「ッチ!」

 轟音と共に地中から出現するGワームを回避し、一旦距離を取る。
 例え神器を持っていると言っても、教皇本人は人間だ。
 心身共に疲れもするし、装備だって有限だ。
 先程から本陣に来る魔物を相手にし続けて、背に非戦闘員を庇う防戦一方の形に、彼女はかなり消耗していた。
 
 (くそ、せめて誰か指揮を変わってくれたら…。)

 こうして戦闘中にも彼女は念話で部下達と通信し、全体の指揮を担っていた。
 勿論、神殿協会と法王庁の枢機卿達や司祭、司教達も頑張ってくれているが、こと戦闘中における情報処理と指揮の並立に関すれば彼女以上の人材はこの場にいない。
 側近A・B辺りならばどちらもこなせるだろうが、戦闘しながらとなると多少難しいだろう。
 
 「神威ィィィィィィィィッ!」

 掛け声一発、振るわれた神器が光輝を発しながら、Gワームの分厚い身体を両断する。
 派手に肉片と体液が飛び散り、異臭が立ち込めるが、しかし、既にそれを気にする様な神経は摩耗し切っている。

 そして、一瞬だけだが受信し貯蓄していた魔導力が消費されて低下、一時的に各種機能が低下してしまう。
 これが『神聖具現』の唯一(コストを除く)の欠点。
 受信する魔導力に限りは無いが、それを貯めておく蓄魔導力量には限りがある。
 よって、極短時間に蓄えていた魔導力を一瞬で使い切るような事をすると、装備に回す魔導力が減り、一時的にその効果が低くなってしまう。
 もしアウターと正面から戦闘になった際、こうした「息切れ」を起こした場合、使用者は確実に死亡するだろう事もあり、そこに使用者の限定といった条件まで重なって今までお蔵入りとなっていたのだ。
 
 そして、彼女にとってタイミングの悪い事に、「息切れ」の最中に更なる敵が現れる。
 先程のGワームの巨体を押しのけて、もう一体、Gワームが姿を現す。
 
 (ッ!不味い、後ろには本陣がッ!)

 ここで本陣を崩されたら、今度こそ確実に戦線は壊滅するだろう。
 それだけは何としても避けたい。
 これ程の物量の魔物を相手に、他の対魔機関や各国の軍隊ではどれ程対応できるか解ったものではない。
 実質、この場にいる者達を除けば、クルースニク位しかまともな戦力を持った対魔組織はいない。
 そうなれば、確実にこの魔物の群れは罪の無い人々を理不尽に蹂躙するだろう。
 そんなもの、断固として許してはならない。
 しかし、「息切れ」中の今、あの質量をぶっ飛ばすだけの出力が出ない。
 導力炉を臨界稼働させればあるいは十分な出力を得られるかもしれないが、その後が続かない………ちなみに、彼女の師はそれをやって重傷中だったりする。
 だから、受け止める事にした。
 あの質量をどれ程止められるかは解らないが、数秒の拮抗を得られれば、その間に「息切れ」は終了するだろう。
 一瞬で戦術を組み立て、教皇は十字架に残った魔導力を集め、術式を展開した。

 「障壁最大出力展開ッ!」

 掲げた十字を覆う様に、直径10m以上の光り輝くシールドが展開され、迫り来るGワームに向ける。
 そして、真っ向から第質量の衝突が………起こらなかった。

 「はい?」

代わりに、Gワームの巨体は真上に展開された召喚陣から出現した全長10mを超す巨大な剣に刺され、轟音と共に地面と縫い込まれ、その突撃を止めてしまった。
 あまりの激痛に身をくねらせ、のたうちまわるGワームを止めとばかりに剣身に刻まれた浄化の術式が巨体を内から焼きつくした。
 そして、教皇はここまで巨大な質量を召喚できる者に1人しか心当たりが無かった。

 「アーチェスさん!」
 「はい、その通りです。」

 穏やかな返事と共に、スーツ姿の金髪長髪の優男が姿を現した。
 周囲には彼の部下である魔人達が完全武装状態で待機しており、既に乱れかけていた本陣の守りに付いている。
 皆、イスカリオテで馴染みのある顔だった。
 
 「本陣の護衛は我々マルホランド警備部にお任せを。猊下は遊撃手として各戦線の後押しをお任せしま「任されましたッ!」…す。」

 アーチェスに言い切らせぬ内に、元気のよい返事と共に教皇は早速駆けだし、一瞬で亜音速まで加速して激戦区へと飛び込んでいった。

 「……若いっていいですねー。」
 「親父も見た目だけなら十分若いって。」
 「見た目だけですよ、ザジ君。私もいい加減引退を考える年ですかねぇ…。」
 「言ってないで、さっさと指揮してくれよ。かっこいい所見せてくれるんだろ、親父?」

 そう言ってくれる息子に、アーチェスは自然と口元が綻んだ。
 この子達が健やかに生きていってくれる事こそ、彼にとって至福とも言える喜びだった。
 この子達が今を楽しく生きていられるのは、自分達が頑張ってきた成果なのだと。
 だから、この成果を無かった事にする様な連中を理解は出来ても、彼は決して納得しない。

 「アーチェス様、防衛網の再構築が完了しました。」
 「解りました。後はライネーズ君とレナさんに任せて、皆さんは戦闘に集中しましょう。」
 「「了解ッ!」」

 そして、彼らも迫り来る魔物の群れに相対していった。





 祭りは続く、人それぞれに。
 儚く散っていく命と、蝋燭の最後の灯のように煌めきを強める命。
 無尽蔵に湧き出る輝き無き命に対し、己の胸の輝きを以て相対する。

 既に前戦力の20%以上が損耗し、一部では補給も滞り、孤立した部隊が餌食になっていくが、その一兵一兵が敵群に向かい、魔物を道連れに自決していく。
 そうして勢いが弱まった所を、未だ動ける者達が攻撃を加える。
 多大な犠牲を払いながらも、彼らは己の意志でそれを実行する。
 だからこその「聖戦」仕様。
 一切の後先考えぬ狂信者の群れは、それだけで一つの武器であり、脅威となる。
 それは魔物にとっても例外ではない。



 双方、膨大な出血を強いられながらも、戦線は未だ互角で推移していた。
 しかし、それも間も無く破綻する。
 限り無い物量が相手では、狂信者と言えど、経験豊富な熟練者でも、天才的な実力を誇る者達であろうと、等しく呑み込まれてしまう。

 徐々に、しかし確実にその時は近づいていた。











 祭りシーン入れたら凄く長くなっちった(汗)。
 仕方ないんで、もう一話だけ増やします。
 実に申し訳ない。

 それと記念SSの投票ですが、現時点では①が1票、②が13票、③が0票、④が4票、⑤が1票、おまけにワッフルが11票となっております。
 今後も受け付けていますので、皆さんよろしくお願いします。

 後、言い忘れていましたが投票だけでなく、作品の感想もお願いします。
 
 




[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!最終話
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/07/15 23:33
 

 最終話

 神殿協会本部空域にて




 主不在のヘルズゲートアタッカー。
 現在、この船は飛行しながらアイロス・エンジェルストレージ両艦と連携して、迫り来る魔物に搭載火器で応戦していた。
 搭載された207mmレールキャノンはアイロスの観測ブイ射出機に次ぐ最大火力であり、戦闘用に設計されたそれは元々調査用である射出機よりもリロードが早く、魔物の密集地帯を薙ぎ払うのに適していた。

 そして、フィールドで風圧から保護された甲板上では、治療を終えた三人の準アウター級の者達が近づく魔物達を片っ端から蹴散らしていた。

 「にゃんっじゃ、この数の多さは~~~ッ!」
 
 いい加減に疲れてきたVZが、掛け声に乗せて細剣を振るう。
 一瞬で32撃放たれた斬撃に、ヘルズゲートアタッカーに取り付こうとしていたGホーネットが一瞬でサイコロ状に分断され、空に散っていった。

 「全くでありますッ!斬っても斬っても、キリが無いのでありますッ!」

 腕を繋ぎ、治療も終えた沙穂もまたVZとコンビを組み、剣気を纏った今月今夜の一太刀で数百もの魔物を一撃で切り捨てるが、それでも敵の増援の方が多く、全く減らない。

 「鬱陶しいんですーーーッ!」

 セリアの二本の尾が丸太並に膨らみ、接近していた数匹のキマイラの巨体を薙ぎ払う。
 死にはしないものの、空中でバランスを崩したキマイラ達は体勢を整えようとするが、即座に対空火器や見えざる手に打ちのめされ、撃破される。

 「にゃ~~……もう私疲れた~~ッ!こんなんでほんとに鈴蘭達大丈夫なの…!?」
 
 魔物の群れは彼女達が消えた大神殿から流れてきている。
 その事実に嫌な予想が脳裏をよぎるが、しかし、頭を振ってそれを振り払う。

 「今は信じて頑張るのでありますよ!沙穂達の中の誰が死んでも、きっと鈴蘭殿は悲しいのであります!!」
 「鈴蘭さんはクーガーさんと約束してくれたんですーー!だから、絶対約束を守って帰ってきてくれるんですーー!!」
 「…うん、オッケーオッケー!私がいなくなったら、鈴蘭1人で数学の追試受けなくちゃいけないもんね!!」

 2人の言葉に、VZは血と汗に濡れた柄を握り直し、接近してくる魔物に振るう。
 誰も彼も、諦めてなんかいなかった。

 
 先程から魔物の勢いが増し続けている。
 着陸したヘルズゲートアタッカーは既に飛び立っていたが、VZ・沙穂・セリアの三人は艦外で活動し、取り付こうとする魔物を迎撃していた。
 しかし、叫ぶVZ以上に苦労している者もいる。
 ブリッジで指揮を執りながら、見えざる手で接近する魔物を片っ端から撃破しているエスティだ。
 現在見えざる手を最大数展開し、押し寄せる魔物の群れを甲板の三人組以上に撃破していた。
 真琴も指揮の一部を引き継ぎ、負担を軽くしていたが、それでも彼にかかる負担は大きい。
 そんな状態で彼が思うのは、己の妹と上司の安否だった。

 (まさかとは思いますが、御二人ともこんな所で死なないでくださいよ?)
 
 これ程の魔物の群れに、アウター同士の戦闘で突入組の戦力は大幅に削られている。
 そんな状態で最深部で待つ二柱の天使を相手に、どれ程の事が出来るだろうか?

 (はッ!僕も耄碌したかな?あの2人の心配だなんて、必要無いと言うのに。)

 艦外に展開した見えざる手を操りながら、ニヤリと笑う。
 では、ここらで一つ、目の前の小うるさい連中を黙らせるとしようか。
 
 「『あれ』の使用を許可する。各員、発射シークエンス準備。」
 「えぇ!?しょ、正気ですか艦長!?!」

 オペレーターの1人がぎょっと背後の艦長席に座るエスティを振り返る。
 程度はどうあれ、他のオペレーター達も似たり寄ったりな表情でエスティを見ている。

 「構わん。責任は全て僕が持つ。」
 
 その言い知れぬ迫力に息を飲んだオペレーター達は慌てて発射シークエンスを開始した。
 
 「り、了解。発射シーケンス開始、導力炉からのエネルギー回路を切り替えます!」
 「艦外で活動中の3名に艦内への退避勧告を。射線軸上並び効果範囲内の友軍に避難勧告と対衝撃・閃光防御を厳にするように伝えろ。」

 ブン、と低い音と共に艦内の照明が赤い非常灯に切り替わり、警報音が鳴り響く。

 「エネルギー充填開始!チャージ終了まで140秒!カウント開始します!」
 「艦内各員に通達!緊急事態に備え、全隔壁を緊急閉鎖!各ブロックのクルーは60秒以内に所定の持ち場に戻り、対ショック姿勢で待機!繰り返す……!」
 「エネルギー充填率30%突破!以降、発射シーケンスのキャンセルは不可能!引き続き第2シーケンスへ移行!」
 「装填完了!1番から4番までの全発射口開きました!引き続き全発射管を開放!リリーフバルブの正常作動を確認!」
 「照準開始!補償光学機による着弾位置算出完了、風速と地磁気による誤差修正完了。射線修正全て完了!」
 「3、2……エネルギーチャージ完了、充填率100%!コンディション、オールグリーン、セーフティ解除……発射シーケンス、全て完了!」
 
 振り返ったオペレーターの言葉に、今まで目を伏せていたエスティが小さく呟いた。

 「驕り昴ぶった天使共め、これが貴様らの忌み嫌う闇の力だ……。」
 
 一拍の間を置き、カッと目を見開き、告げる。

 「今だ!!超電磁鈴蘭、全弾発射!!」
 「了解、発射します!」

 そして、合計4発の砲弾がレールガンによってプラズマを纏う程にまで一瞬で加速され、放たれた。

 
 放たれた砲弾には、デフォルメされた赤い眼を物騒な表情で輝かせた鈴蘭の姿がマーキングされており、大気との摩擦でプラズマを纏った状態でありながら、如何なる素材を使ったのかマーキングが剥がれる事は無かった。
 そして、砲弾は射線軸上の魔物を蒸発・貫通しながらそれぞれ別の方向にある魔物の密集した空域に向かい、搭載されたセンサーが最も効率的な起爆地点を瞬時に算出、信管を起動した。

 鈴蘭から少量ながらも抽出した(勿論ドクターが無断でやった)15の負位置の魔導力が砲弾内部で連鎖的に反応、反応弾にも似たプロセスを経て、馬鹿げた量のエネルギーに変換させる。
 そして、空中に巨大な火球を発生、周囲に戦術核弾頭クラスの熱量と衝撃波をばら撒いた。

 そのあまりの熱量と衝撃に、効果範囲内の魔物は一瞬でミンチになるか、蒸発し、或いは衝撃でバランスを崩し、墜落していく。
 更に、魔物を蹂躙した爆熱は神殿協会本部まで及び、その『天』のシールドによって大きく減衰しながらも、本部にいた魔物の大半を空中にいた同類達同様に一瞬で蒸発かミンチにしてしまった。

 その衝撃波は発射したヘルズゲートアタッカーのみならず、エンジェルストレージ、全長約1kmのアイロスすら大きく揺るがした。
 各艦ともシールドを最大出力で展開し、爆心点から距離を取っていたために艦への被害は光学カメラが焼き切れただけで済んだものの、内部では揺さぶられた影響であちこちに不備が出た。
 辛うじてアイロス格納庫内に退避が間に合った空戦騎兵や戦闘ヘリ隊、クリーナー隊も、格納庫内で強く身体を投げ出され、身体を固定していた者はベルトが身体に強く締め付けられ、一瞬呼吸が止まる。
 閃光弾以上の光源に眼が焼かれる前に各艦のブリッジは緊急シャッターが下ろされ、急いで周囲の状況把握に努めるように指揮官が命じる。

 そして、上空でここまでの爆発が起きれば、勿論地表にも衝撃と閃光は届く。
 事前に対衝撃・閃光防御を勧告されていたため、眼が焼かれた者はいなかったが、その分シールドを張っていても、それごと衝撃で吹っ飛ばされる者が多発した。
 



 「……ッだああああぁぁぁっりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ドカーン!、と勢いよく魔物の死骸や瓦礫が折り重なったものが下から爆砕した。
 そこには煤と血と埃塗れになった教皇の姿があった。

 「あ、猊下!ご無事でしたか!」
 「危うく数km先まで吹っ飛ぶ所でした……。それで、一体何が起こったのです?被害状況は?」
 
 パタパタと埃と煤を落としながら、教皇が声をかけてきた司祭に質問する。
 それにやや戸惑った表情を浮かべながら、司祭は報告を行う。
 
 「は、それがヘルズゲートアタッカーから発射された特殊兵器によるものらしく……。行方不明者は陛下を除いて先程全員発見しました。負傷者は多いですが、幸いにも死者はおりませんので、今は補給と治療を行っております。」
 「まるで核爆弾みたいですね……魔物は?」
 「現在、動ける部隊が掃討していますが、殆どが負傷しておりますし、上空の魔物も先の爆発で吹き飛びましたので、現在増援は確認されておりません。」
 「…補給と治療が終わり次第、残存戦力を再編成。陣形を整えて待機してください。また増援を確認したら、戦闘開始です。それと………。」
 「?なんでしょうか?」

 珍しく迷いを見せる教皇に、司祭は疑問符を浮かべるが、その後の言葉ですぐにその疑問は氷解した。

 「……何人死にましたか?」
 「…聖騎士団は総戦力の4割を喪失。各騎士団は壊滅状態です。武装神父隊、騎兵隊、シスター隊のどれも消耗が激しく、学術都市の車両部隊、機械化歩兵隊も同様です。空中戦力も各艦とも消耗が大きく、一旦補給と整備が必要です。全体的に見れば2割が死亡、6割が負傷、1割が戦闘不能といった所でしょうか。」
 「…皆、傷つきましたね。」
 「正直、あのまま戦闘していれば、遠からず全滅していたでしょうな。ここで仕切り直しが出来たのは幸運です。」
 「また、戦うのにですか?」
 「猊下……。」

 沈痛そうに呟く教皇に対し、迷える者を導く様に、司祭は毅然としながらも教え子に諭す様な優しい声色で告げた。

 「もしここにいた全ての魔物が広まっていたら、被害は軽く10倍を超えていたでしょう。彼らは無辜の民を救うために神から与えられた、たった一つの命を使ったのです。猊下にできる事は彼らの意志を無駄にせず、この場を切り抜ける事です。それに皆も撤退する意志はありません。」
 「…そうでしたね…。」

 目を瞑り、同じような事を言っていた師の顔を思い出す。
 そして、散っていった命のために、十字を切って祈りを捧げた。

 「私も一端休息しますので、本陣に向かいます。あなたも治療を受けなさい。右腕、折れているのでしょう?」
 
 そう言って、教皇は一瞬で亜音速まで加速して走り去っていった。
 後に残ったのは目を丸くした、右腕の折れた司祭だけ。
 
 「や、これは参った。上手く隠していたつもりでしたが…。」
 
 そう言ってテクテクと歩き出す。
 目指すはシスター隊のいる治療所。
 彼女らの慈悲に溢れて笑顔を思うと、右腕の痛みも和らいでくるように感じる。

 「……やはり、迷える羊に手を差し伸べてくれるシスター達は良いものだ……。」

 ぼそりと怪しげな言葉を呟く司祭(御年48歳)。
 実はこの男、シスターフェチだったりする。









 

 ショーペンハウアーの神器をオーバーロードをさせての全力攻撃とリップルラップルの龍の連続召喚及び全力攻撃により、イグドラシルの枝葉は払われ、終末の門は閉じた。
 しかし、その先に見えた光景は、その場にいた者達の心を折るには十分なものだった。

 アペイロンはただ平然と玉座の前に立ち、その貫手で鈴蘭の左胸を貫いていた。
 鈴蘭の肩越しに、アペイロンの瞳が驚愕する翔希達を捉える。
 そのまま腕を払い、鈴蘭から腕を抜く。
 その動作は、まるで噛みつく野良犬でも払うかの様に無造作だった。

 「神の御手が血に染まった。」

 …それだけか。
 言いたい事は、それだけかッ!!
 
 「…き、さっま……ッ!!!」

 翔希はそのまま黒の剣をアペイロンの脳天目掛けて全力で振るう。
 しかし、アペイロンはそれをススキの穂より軽く受け止め、羽虫でも追い払うかの様に手を払い、弾く。
 睡蓮もまた烈火の様な怒りを瞳に宿し、挑みかかったが同様に払われ、吹き飛ぶ。
 しかし、それだけだった。
 まるで己の強さを証明する様に、手を汚す事を厭う様に、至高神は止めを刺さない。
 睡蓮が地面に伏せ、姉上姉上と泣きじゃくる傍ら、翔希は幾度も挑みかかろうとするが、しかし、立ち上がる前に木端の如く吹き飛ばされてしまう。
何度も何度も繰り返されるその様子に、消耗し、ほぼ傍観に徹していたえるしおんとマリーチはと言うと、念話を利用して現状に対する考察を高速で思考していた。



 なぁ、マリーチ。何故奴は鈴蘭だけを殺した、殺す必要があったんだ?

 (…多分、あなたの考えている通りよ。アペイロンは真っ先に自分にとって脅威となる者を排除した。)
 
 なら、一つ聞きたい。君の能力で、アペイロンの精神を伊織貴瀬と分離させる事は出来るか?
 
 (それは無理。流石にあそこまで強固な精神構造だと、何らかの隙を作らないと干渉できないわ。それに一度融合しかけた精神を分離するには現状じゃきついわ。)
 
 …君は物理攻撃力はみーこには劣るのだったな?
 
 (?そうだけど?)
 
 これが一番肝心なんだが…鈴蘭の蘇生は可能か?

 (それ、解ってて聞いてるでしょう?私達は精神の方が肉体よりも比重が重いの。)

 なら、彼女を起こすのと出来た隙を広げるのは君に任せる。

 (隙を作るのはみーこに任せるのね?)

 それだけじゃ弱いかもしれん。君の魔導力をオレに供給する事は出来るか?
 
 (可能不可能であれば可能だけど……直接供給は辛いわよ?あなたと私では存在する次元が異なる。自身の扱った事のない魔導力を受けるのは自滅に通じる。)

 神器に直接注げないか?
 
 (無理ね。どうしてもあなたを経由しなければならないし、『狂い無き天秤』はあなた専用と言っても過言じゃないもの。)
 
 なら、死なないように頑張るさ。幸い、君がさっきから治癒魔法をかけてくれた御蔭でもう一回位は無茶が出来そうだ。
 
 (治したのはそんな事させるためじゃないのよ。)
 
 …命を賭けるのは君の事くらいだとさっき言ったな?オレが知る君なら、奴の望む様な世界は決して認めない。違うか?

 (…供給する魔導力は必要最低限にして、神器をオーバーロードさせなさい。そうすれば供給は最低限で済むから。)

 すまない、助かる。

 (いいのよ。無茶する夫を支えるのは良妻の条件でしょ?)

 ……みーこ様にも一報入れてくれ。長谷部翔希が力尽きた時、仕掛けると。
 
 (こんな時位甘い言葉でも囁いて欲しいなー。)

 そういうのは、籍を入れた後にしてくれ。

 (…ゑ?)

 行くぞ。

 (ちょ、ま)



 


 「扉を閉ざす力を認めよう。しかし、誰がアペイロンという神を滅ぼすのか。理解せよ。」
 「ッッッ―――!!!」

 立ち上がり続け、しかし、遂に片膝が上がらなくなった翔希は悔しさに歯を食いしばりながら、せめてもの抵抗とばかりにアペイロンを睨みつけるしか出来なかった。
 
 「……翔希や、もう良かろう。」

 今まで伏せっていたみーこがゆらりと立ち上がり、言った。

 「ぬしは最後までよく挫けなかったよ。」
 「……ッ、ッ……。」

 もう呂律も回らなず、翔希の疲労は限界だった。

 「2人とも、用意はいいかの?」
 「こっちはもういいわよ。」
 「少しばかり手間ですが、こちらも何とかしてみせましょう。」
 
 マリーチも、傷を推して立ち上がろうとするえるしおんを支えながら、みーこの背後に立ち上がる。
 えるしおんの手には既に先程まで手放していた神器を持ち、マリーチから供給され始めた魔導力を並列思考全てを使用して、辛うじて操作していた。
 それを支えるマリーチも片翼を広げ、何時でも仕掛けられるように備える。
 
 「新しき神とやら。主はどれ程の神じゃ。」
 「アペイロンとは創造せし至高。」

 古きカミは、そんな新しき神の言葉を鼻で笑った。
 
 「至高と言うたか。戯けが、上を見よ。風が流れておろう。風の上には何がある。雲が乗っておろう。雲の上には何がある。空があろう。では、空の上には何がある?」
 「………。」

 生まれたばかりの神の目は決してそれらを仰ぐ事はせず、ただ話の真意を見抜くかのようにみーこだけを注視していた。

 「上にキリがああると思うたか?わしもオオヤシマからヘブライまで数多のカミガミ様に会うて来たが、そこまでの傲慢をおわす方はただの1人もおらなんだよ。」
 「アペイロンが唯一なればこそ。我がその頂点に立つ。」

 それを聞くと、みーこは凄まじい笑みを浮かべた。

 「ぬしを殺すは蛇が尾を呑むが如きと吐かしたな?」
 「まさに」
 「なれば、試してみるか?」
 
 欄と輝く真紅の瞳に満月が笑う様な凄まじい笑みを浮かべ、黒きカミは口元を歪めた。
 同時、マリーチからえるしおんへの供給が増し、神器の先端にある天秤に罅が入り始め、えるしおんの出血が再開する。

 (……ッ、ぐ、がぁッ……ああぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁあっぁぁぁぁッ!!!!)

 みーこがアペイロンと話す傍らで、えるしおんは走り抜ける激痛を根性で耐え、7つの並列思考全てを用いて辛うじて供給される魔導力を神器に流し込み続ける。

 「ぬしのおかげで思い出した。前々から一度喰ろうてみたかったのだよ。」
 「何を。」

 この期に及んで欠片の動揺も見せないアペイロンが問う。
 もしこれがえるしおんであったなら、最速で転移魔法を展開して地球の裏側まで逃げ出すのだろうが、不幸な事にこの生まれたての神には自身を逃走へと向かわせる生存本能というものが欠如していた。

 「この『世界』に決まっておろうがッッッ!!!!!」


 はは、とその光景を見ていた翔希は内心で笑った。
 もう、笑うしかなかった。
 流石は喰えぬもの無しと謳われたカミ様だ。
 そして、恐らくこれが、彼女の最後にして最大の『口』であり、彼女達の最大の攻撃。

 「……ッッ!!」

 それはアペイロンが生まれて初めて見せた動揺。
 その口は地の属野鎚ではなく、天の属。

 (これがフェンリルか……ッ!!)

 世界を喰らう漆黒の大狼の上顎が、水平線の彼方から天頂までを覆い尽くす。
 そして、その上顎は一つではない。
 もう一つ、それの正面にやや存在感が希薄な、しかし、確かに同じ上顎が天頂まで聳え立つ。
 それは、26次元の魔導力全てを注がれた『狂い無き天秤』のオーバーロードと使用者の命を削ってまで再現された偽りの大狼。
 
 そして、その両者が衝突、相殺する中心地点は……イグドラシル。

 一瞬の静寂の後、黒き上顎が閉じられていく。
 音速を遥かに超越し、光速に迫ろうという速度で、黒い空が落ちてきた。

 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 振り仰ぎ、アペイロンが咆哮する。
 背後にあった本体であるイグドラシルが砕かれていき、砕かれた端から地平線の彼方にある、二つのブラックホールの様な狼の喉へ流れていく。
 終末を告げる様に地平線まで昇ってきた黒き朝日に、全てが呑み込まれていく。
 閉ざされ行く『口』と『世界』。

 (ははっ……ざまぁ……。)

 イグドラシルを再生しようにも、そのための空間、次元、エネルギーまでも呑み込まれていく。
 うろたえ、不様を晒すアペイロンに、これでいいと翔希は思った。
 
これなら、いい。
 これはアペイロンの望んだ世界であり、鈴蘭が望んでいた世界ではないのだ。
 人を無視した、独り善がりの神にしか望まれなかった世界なら、滅びてもいいだろう。
 これが終末、これが世界の果て、これが……。

 そう思いながら、翔希は瞼を閉じた。









 ……もう一度だけ、諦めないでください。





 

 

 「あれ?」

 気付けば、鈴蘭は一面真っ白な空間にいた。

 「……そっか、私負けちゃったんだ…。」

 最後に見たのは貫かれた自分の胸。
 それも左、心臓のある所。
 だから、これは所謂死んだという奴で、ここは死後の世界とかそういったものなのだろう。

 「鈴蘭。」

 何時の間にか、正面に貴瀬がいた。

 「前々から謝ろうと思っていたのだが……。」

 彼が謝るなんて夢にも思わなかったし、想像した事も無かった。
 貴瀬はごく普通に、バツが悪そうに髪を掻き上げた。

 「巻き込んですまなかったな。あの晩、借金のカタに君を攫いに行かなければ、こんな事にはならなかったかもしれん。」
 「あぁ……なんだ、そんな事ですか…。」
 
 鈴蘭はホッとした様に微笑んだ。

 「そんな、御主人様が助けに来てくれなかったら…私、死ぬだけでしたし。」
 「そう、か……。」
 「お母さんにも会えなかったし、カッコの正体も解らなかったし、睡蓮の事も知らなかったし、何より……。」

 鈴蘭は一杯に両手を広げ、精一杯の、とても可愛らしい満面の笑みを浮かべた。
 
 「世界がこんなに楽しかったなんて、思いもしなかったし!!」
 「楽しかった…か…。」
 「はい!だから、御主人様の事、感謝はしても恨んでなんかいません!」
 「そうか。」

 そこで、貴瀬は犬歯を見せつつニヤリと笑った。

 「なっ、なんですか、この期に及んで?……まさか、死後の世」ゴツンッッ!!!

 貴瀬の拳骨が鈴蘭の頭頂部を思いっきりぶん殴った。

 「ったあああああああああぁぁぁぁぁぁいッ!!?」
 「何が死後の世界だ、このクソバカイカレ給仕が。君の事だからまぁそんな所だろうと思っていたが、やはり勘違いしていたか。」
 「な、何でどーして!?だってっ!?」
 「クククッ……それで?君はその楽しい世界をあんな訳の解らん奴にくれてやってもいいのか?」

 その問いへの答えは、最初から出ていた。

 「嫌ですッ!!!!」
 「オレもだ。やるべき事は解ったな。では、やれ。」

 それだけ言って、伊織貴瀬は消えた。

 (へ…?)

 いない。
 初めからいなかったかの様に、何処にもいない。
 辺りにはただ真っ白な空間が広がるだけだった。

 「………。」

 そこに白と赤の人影が混ざった。
 
 「これはあなたの心象世界を疑似的に存在させているだけです。」
 「ちなみに、しっかり自我があるのは私の後押しのおかげ。」

 紅白の天使2人組が口を開いた。

 「アペイロンの力は世界の内側に生まれながらテレビ画面をはみ出し、やがて画面を叩き割ります。」
 「……そっか。じゃぁ、長谷部先輩やみーこさん達でも……。」
 
 駄目だった。
 私1人じゃなかった。
 たくさんの素敵な頼れる仲間達がいて、思いは様々だっただろうけど、向かおうとしていた場所は一つの筈だった。
 それでも駄目だったのなら、もう……。
 
 「うふふ、クスクス♪所がそうでもないの♪」

 鈴蘭の心から諦めを視て取ったのか、マリーチが微笑みながら楽しげに口を開いた。
 
 「あなたがいます。」
 「え?あはは、何言ってるのもう。私は……。」

 苦笑しながらもう駄目だと言外に告げる鈴蘭に、マリアクレセルは相変わらずの無表情で淡々と告げていく。

 「言いたい事は解りますが、今現在、死後の世界等と言うものはありません。全ての異界は隔離・隔絶されています。」
 「ッ……!」

 それは、つまり。
 私はまだ……。

 「みーことエルシオンが頑張ってイグドラシルが壊した時、フェンリルに動揺したアペイロンに浸けこんで、たぁくんの存在を確立させたの。さっき会ったのはそれ。今なら分離できるわ。」
 「そして、恐らくこれが最初で最後の隙です。」
 「………。」

 『やるべき事は解ったな。では、やれ。』

 先程の貴瀬の言葉を思い出し、頷く
 
 「でも、これって……番組の中の作用じゃないの?」
 「……私は、機械の箱ではありません。」
 「うん……そうだったね。ごめんね。」

 マリアクレセルはそういう役目を負っているだけに過ぎないのだ。
 だから無表情で、いちいち感情を表に出したりしないのかもしれない。
 手を出したくとも出せない。
 それはとてもとても辛い役目だから。
 言うべき事を言ったためか、マリアクレセルは心なしか表情を和らげて、そのまま何も言わずに消えていった。

 「うふふ、クスクス♪さぁ、後はあなたが頑張る番よ。」
 
 まだ残っていた片翼の天使が笑う。
 そう言えば、この人もそういった役目を持っているのだろうか?

 「そうよ。嘗て私は人々を見守る神の目として機能していた。でも、私のせいで神々が人を見捨ててしまったから、責任を取って地上に降りたの………翼を片方折って。」

 当時、マリーチは神々に己が視た未来、即ち人々が神への信仰を止めてしまった未来を警告として見せた。
胡坐をかいていると何時かこうなってしまうぞ、と。
 しかし、努力というものを知らない神々にとって許し難いものだった。
 結果、神々の動乱が勃発し、世界人口の大半が死に、神々は人の世への興味を失くしてしまった。
 その後は天界が第三者として世界の面倒を見る立場につき、地上に残った神々に関しては魔王制という形で纏め上げる事に成功した。
 そして、自らもその側近に加わる事で人魔のバランスを保たせ、人が幸福と感謝を忘れないように適度な苦痛を強いてきた。

 「め、目茶苦茶良い事してたんじゃないですか!?」
 「それがねぇ、色々あったのよ。」

 魔王制が終わり、ノエシスプログラムによる人間主体の世界に切り替わった頃。
 魔族や魔人は今までの反動からか、人間に迫害を受けるようになり、急速にその数を減らしていった。
 そして、以前伊織邸で聞いた時と同じく、それに歯止めを掛けたのが、他ならぬえるしおんだった。
 彼は当時纏まりに欠けていた魔族と魔人を纏め上げ、一大勢力を結成すると、種族の生き残りを賭けて必死に人間世界に溶け込むための暗躍を開始した。
 そして、彼の優秀さと人格に眼をつけたのが他ならぬマリーチだった。
 以来、マリーチとえるしおんは協力体制を取り、この2000年の間、ずっと人を導いてきたのだ。
 
 「そろそろ時間だから割愛するけど、ノエシスプログラムが終わって今日まで至るの。」
 「そこで凄いのか悪いのか解れるんですけど…。」
 「そこを語り出したら3日は止まらないからまた今度ね♪」

 そう言って、マリアクレセルと同じく姿を消すマリーチ。
 その言葉で思い出すのは先程の情熱的な説得……というか告白。
 なるほど、あれに至った経緯ならさぞかし長い事だろう。

 (まぁ、それは一先ず後日まで置いといて…。)

 4度目の真っ白け
 
 やがて自分もその白に溶け込んでいった。



 鈴蘭は馬鹿な話だと思った。
 心臓を貫かれたから、自分は死んだと信じてしまった。
 死んだつもりになっていたから、死んでしまっていた。
 普通の人間なら、それでもいいだろう。
 しかし、自分は億千万の眷属を殺すために生み出された血筋。
 十五の負位置の魔導力全てをその身に秘める存在。
 リッチさんが教えてくれた。
 魔導力とは可能性、故に信じる者のみがそれを行使し得ると。
 自分には呪文も何も必要ない。
 それは人の作るルールでしかない。
 ならば、後は己の望んだ結末を望み、信じるのみ。

 
 鈴蘭はそっと目を開けた。
 背を向けたアペイロンが両手に一つずつ、必死に何かを支えており、次いでそれを消し飛ばした。
 空が、扉が、世界樹が無くなっていた。
 仲間達は一人残らず力を使い果たして、瀕死の状況にあった。
 
 「……見よ、アペイロンが世界を救いたもうた。」

 馬鹿が吠える。
 ここは天界、何処とも知れぬ異界の一つに過ぎない。
 そうでなければ、みーこさんが世界を喰らうものか。
 
 鈴蘭は音も無く上体を起こしていく。
 自分が流した血の海から、身体を引き剥がすように起き上がる。

 心臓をぶち抜かれた位で死んだ?
 たかが心臓一つを潰した位で、この魔王を殺しただと?
 ふざけるなッ!!
 自分で言った事も忘れたか。
 私は十五の負位置の魔導力全てをその身の裡に秘める存在。
 だから、貴様は恐れた。
 だから、私だけは殺した。
 私だけは貴様を殲滅し得ると自ら教えた愚か者が。
 そうして殺したつもりになっている愚か者が。

 「理解せよ。この神を殺す者など在りはしないという事を。」

 私は史上最高の魔王!
 神殺しと呼ばれ、恐れられる生体兵器!
 まるで貴様を殺すためだけに続いてきた神殺しの血脈!
 さぁ終わらせよう、貴様の茶番ッ!!

 (さぁ始めよう、私の世界ッッ!!)
 
 完全に、両の足で立ち上がる。
 一切の音も気配も伏せて、アペイロンの真後ろに立つ。
 そして、みーこがアペイロンを嘲笑った。

 「……もう一度問うてみよ。それに答える者がおろう。」
 「ならば問おう。この至高神を殺すものが何処にいるというのか?」
 「ここにいるぞッッ!!!」

 驚愕と共に振り返ったアペイロンの中心目掛け、鈴蘭はタキオンを振りかざした。
 弓を引き絞る様に限界まで引いた右手を、全身を使って一気に放つ。
 防がれれば、それで終わりだ。
 だが、鈴蘭が己の健在を明かした事により、イグドラシルという本体を無くしたアペイロンの動揺は膨れ、それがマリーチの干渉によって更に大きくなる……その姿に、貴瀬と黒龍の存在が薄らと見える程に。
 
 そして、鈴蘭は確信と共にそこを狙った。
 対し、アペイロンは真っ先にその箇所を防ごうと腕を動かした。
 それに対抗するべく、鈴蘭はエーテル結晶をオーバーロード、結晶化された高純度の魔導力子を全て解体、開放する。
 更にそれら全てをガントレット内へ封入、二段階目のオーバーロードを開始する。
 
 防ごうとする神の腕より早く、光よりも早く。
 そう望む意志が腕を動かすが、神と魔王の手がそこへ到達するのは全くの同時だった。
 
 ならば、同時よりも早くッ!!
 
 鈴蘭は己の裡に秘められた十五の負位置の魔導力の全てを開放し、三段階目のオーバーロードを実行する。
 即ち、『魔王の見えざる手』は時間さえ遡り、光速に至った神の手を超え、その存在を穿つ――!!!


 っぱぁぁんっ!!!


 「がッ…!?」
 
 呻いたのは貴瀬ではない。
 貴瀬の中から弾きだされた黒い影だ。
 それを勇者の翳した黒の剣が一閃、救うべき者の姿と悪しき神の黒い影とを切り分かつ。

 そして、黒い影はべちゃりと、真っ黒いコールタールの様にその場に落ちた。
 それは単体の黒龍だ。
 これで、こんどこそ終わりだった。
 貴瀬がふらりとよろめくが、鈴蘭と翔希が2人がかりで支える。
 そして、息苦しそうにマスクを外した貴瀬が、長く連れ添ってきた黒龍に告げた。
 
 「世話になったな、ミッぺルテルト。ここでお別れだ。」

 ……それが……我が、名であった…か………。

 神の意志は何処かへと去り、後に残ったのはただ黒いだけ小さなスライムだけだった。
 拳大のスライムはでろでろと、何処へ行くでもなく、ただ右往左往し続ける。

 「ゲットなの。」
 
 言葉と共に、ズザァッ!と滑りこんできたのはリップルラップル。
 竹かごで黒龍を掬い上げ、誇る様に高々と頭上に掲げる。

 「こいつは激レアなの。でろでも、黒なの。赤ぷるどころの話ではないの。」
 「させません。」

 今度はそこにズザザァァァッッ!!と、同じような低い軌道で女子高生姿のマリアクレセルが背の低いリップルラップルへ超低空延髄切りを食らわせる。

 「うぉ、パンツが……ッ!」

 鈴蘭は自慢となった右でエロ勇者を撃沈した。

 「………。」
 「別に見ようとも思わんがな…。」

 えるしおんはマリアクレセルから目を反らしつつ、プレッシャーを発しながら微笑むマリーチに、全身から血と一緒に冷や汗をダラダラと流す。
 これからは迂闊な事は生涯できないだろうと思うと、少しゲンナリとしてしまう(本当は既に監視されているのだが)。
 
 さておき

 マリアクレセルはリップルラップルの小柄な身体をぽーんとボールの様に蹴り飛ばし、黒龍入りの竹かごを奪い取った。
 
 「これは私が管理します。」

 勝ち誇る様に竹かごを掲げるマリアクレセルに対し、どしゃーと顔面から地面を滑ったリップルラップルはひょこりと起き上がり、顔に付いた泥を拭って口を開く。

 「…横暴なの。結局、自分も激レアスライムが欲しいだけなの。コスプレ好きも大概にしておくの。」
 「私は姉さんの様に野放図で身勝手で我儘な言動はしません。私こそ黒龍の管理に相応しいです。」
 「妹の分際でナマチャンなの。身の程を知るの。」

 無表情同士が真っ向から喧々囂々と睨み合うが、それを見ていたギャラリーはそれ以上の驚きに包まれていた。

 「いっ……!?」

 鈴蘭は金魚の様に口をパクパクと開閉させてから、漸くその驚きを口に出した。

 「「「「「妹ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!?!?」」」」」

 鈴蘭と翔希は勿論、みーこやショーペンハウアー、えるしおんまで一緒になって叫んだ。

 「紹介するの。不出来な妹なの。」
 「姉が大変ご迷惑をお掛けしています。」
 「よっ……、良く出来た妹さんだっ!?」
 「うちと同じでございますね、姉上。」
 「まぁ待て、妹。」

 さておき

 「……うちの妹と交換したい。」
 「気持ちは解るけど……聞かれたら消し飛ばされるわよ?」
 
 御尤もだが、これもさておき

 「えぇっ!?でも、どう見たって年齢が逆なんじゃ……。」

 こくこくと頷くリップルラップル。

 「わたしは、こういう背格好で生まれただけなの。妹は、こういう背格好で作られただけなの。」
 「私が作られたのなら、姉さんも作られたんです。」
 「ナマチャンなの。2000年ぶりに説教くれてやるの。」
 「やりますか。」

 そして、遂に無表情者同士がぽこすかと取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまった。
 如何な名護屋河家でもここまでの争いは絶えて久しい(双方の和解もあるが、怒ると怖い母親によって)。
 
 「お……おいおいおいおい、まさかとは思うけど…。」

 かなり動揺しつつ、翔希が口を開き、次いで同じような状態でショーペンハウアーが引き取る。

 「神殿の壁画に、青い髪の魔王と赤い髪の大天使というのがあったわよね…?」
 「よく描けてるの。」
 「ちなみに本人の同意と注文を元に描かせたのは私♪」

 こくこくと頷くリップルラップルと、それはもう嬉しそうに自身を指さして笑うマリーチ。
 
 「あぁ、漸く気付いてくれた!このネタをやりたくて、態々あの壁画を描かせたのよっ!」
 「壮大過ぎる仕込みだな……。」

 そんな彼女の言葉に、心底脱力し、身体を横たえているえるしおん。
 …何気にマリーチが膝枕しているのが、抜け目が無いというか何というか…。

 「…なん、なんだよ……。」

 あまりのアホな事態に完全に力が抜けたのか、翔希が膝をつく。
 そして、また喧嘩し始めた無表情姉妹を放って、その場の面々は激しい徒労感と脱力に苛まれた。
 全員疲労が限界だったし、そこに気力も振り絞った所にこの騒ぎを見て、もう動く気力は失せていた。

 「…あ。」

 そんな中、マリーチが不意に声を漏らした。
 ……よく見れば、その額からは汗が一筋。

 「ねぇねぇ。」
 「…嫌な予感がするが、聞かんと駄目か?」
 「聞かなくても結果は変わら無いわよ。」
 「じゃぁ、頼む。」

 もうやだなぁ、という気配を発しながらも、えるしおんは身体を起こして聞く体勢に入る。
脱力しきっていた翔希や鈴蘭、ショーペンハウアー、ぼーっとしていた睡蓮も耳を傾ける。

 「さっき、偽物も含めてだけど、二匹もフェンリルが暴れたじゃない。」
 「そうだな。おかげで『天界』は大分喰われたが。」
 「じゃぁ、そんなに欠けた世界が無事で済むと思う?」
 「……………………………まさかとは思うが。」
 「うん、崩れそう♪」


 …………………………。


 ………………………………………………。


 ……………………………………………………………………。


 「「「「「なにーーーーーーーーーッッッ!!!!!???!?」」」」」


 そして、轟音と共に一斉に周囲の地面に罅が入り始めた。

 「総員撤退ッ!!門へ走れッ!!」
 
 えるしおんの号令のもと、全員が一目散に来た道を戻り始めた。
 既に周囲の地面の一部が陥没を始め、崩れ始めている。
 恐らく10分としない内に、天界は崩壊するだろう。
 
 「ラスボス倒すとステージ崩壊とか、御約束が過ぎるぞッ!!」
 「口ではなく足を動かしなさいッ!!」

 翔希のぼやきに睡蓮が鋭く返す。
 
 「うわあああぁぁぁっぁあっぁぁぁぁぁぁっぁんんんっ!!!!!みーこさんもえるしおんさんもやり過ぎだよーーーッッ!!!!」
 「私に言わんでくれっ!元々私のは相殺専用で、威力調整なんぞできんのだッ!!」

 鈴蘭が涙を撒き散らしながら先頭を突っ走り、意外にもそれに追随するえるしおんが反論する。

 「もうすぐゴールだから、頑張って♪」
 「足を止めたら終わりですよ。」
 「楽そうで良いなぁおいっ!!」

 翼持ち2人が呑気な様子で飛翔する。
 転移するには空間が荒れているので不可能だが、そこは天使、飛べば済む話だった。
 翔希の突っ込みも何処吹く風で必死に走る面々の頭上で翼をパタパタとさせて飛んでいる。

 「全く、最後まで締まらないの。」
 「姉さんの堪忍袋の緒ほどではないでしょう。」
 「……まぁ、見逃してあげるの。」

 こんな時にまでいがみ合う無表情姉妹だったが、リップルラップルらしからぬ反応にマリアクレセルが疑問符を上げた。

 「何故ですか?」
 「後日、天界の再構築で泣きを見ればいいの。」
 「………………。」

 リップルラップルの言葉に無言になるマリアクレセル。
 さしもの彼女とて、天界の修復どころか再構築となるとどれ程の手間がかかるかは考えたくもなかった。
 恐らく、天使達を総動員しても天界を再構築するだけで数年、内部にあった終末の門やらなにやらを作り直すのにもう数年かかる事だけは容易に予想がついたが。
 ……いっそ別物を作った方が早のではなかろうか?

 「ふ、不様なの。」

 一先ず、後でこの馬鹿姉をぶん殴ろうと心に決めたマリアクレセルだった。


 ちなみに、みーこは貴瀬の襟元を引っ掴んで既にゴール済み。
 現在、ゴールでにこやかに手を振っている。
 ……襟元を掴まれた状態で亜音速で走り抜けたためか、貴瀬は泡を吹いているが大丈夫だろうか?




 必死に走る者、飛んで楽する者、ゴールで待つ者。
 命がけの戦いを終えた彼らの顔は笑顔ではなく、必死の形相となっており、懸命に手足を動かして駆け抜けていく。
 
 「ほーら、頑張ってー♪」

 帰ったら真っ先にこの天使を殴ろうと決意しながら。







 
 
 「ま、一応ハッピーエンドかしら♪」
 「もうちょい穏便な結末は無かったのかッ!?」



  ちゃんちゃん♪
















 っぷはーーー、ごっちゃんです。(挨拶)

 漸くお・り・が・み本編終了です。
 なんか最後はグダグダですが、そこらへんは御了承をば。

 後はエピローグだけですが、そこはちゃんとハッピーエンドらしいハッピーエンドを用意してますので、甘甘エンドを御希望の方はそっちを楽しみにしていてください。


 投票状況

 ①…1
 ②…14
 ③…0
 ④…5
 ⑤…1
 ワッフル…12
 

 …何故②だけにこんなに票が…?
 後、皆ワッフル多すぎww 



[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!エピローグ
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/07/22 13:10
 
 エピローグ(或いはプロローグ)



 あの戦いの日から2年後。

 あの一年に死んだ全ての者が生き返り、新しい世界が始まった日。
 それからもう2年の歳月が過ぎ去った。

 神殿協会は神殿教団と名を改め、先月になって漸く復興作業が終わった。
 あの日、アウター達の戦場となった事もあるが、ドクター製作の特殊兵器による被害が大き過ぎたため、そこまで掛かってしまった。
 神殿上部の都市部だけではなく、地中に埋まっていた窯の底ですら損傷し、あちこちに不備が出た。
 何とか法王庁と学術都市、ゼピリムやドクターと連携する事で2年にまで工期を短縮する事が出来たが、もし教団だけでやっていたら、5年は掛かっていただろう。
 今は法王となった律子を筆頭に活動しており、クーガーが聖騎士長、セリアが預言者の補佐に就任した。
 セリアは現在マリーチの下で、如何にして良い方に人を導くかを学んでいる。
 嘗て第二次大戦を引き起こし、多くの人間を破滅させた原因の一端である彼女は今度はより良い国を作る事で贖罪したいと考えているそうだ。
 マリーチもそんな彼女が嫌いではなく、預言者としての仕事の傍ら、彼女に多くの事を教授しているらしい。
 そんな2人の様子は微笑ましく、まるで親k……ゲフンゲフン、姉妹の様にも見える。
 クーガーも聖騎士長などという大仰な役職を嫌がってる様だが、そんな2人を見守るのは嫌いでもなく、今は日の当たる場所での暮らしを満喫している。

 ゼピリムではエスティがそのままヘルズゲートアタッカーの艦長に就任した他、生き返った魔人達は元の職に、或いは昇進して、関東機関と協力して活動している。
 伊織邸内にいるためか、ドクターの起こす騒ぎに巻き込まれる事が多いが、かねがね平和に過ごしている。
 

 法王庁はと言うと、今まで非公式部門だったイスカリオテ機関が今回の件で遂に公式に法王庁参加の一部門に昇格された。
 これにより、今まで散々えるしおんの頭を悩ませ続けてきた人手不足が解消され、今までの96時間逝け逝けな職場環境が大幅に改善された。
 そのため、後進の育成に大々的に乗り出す事が可能となり、文官の育成の他にも法王庁全体で不足していた前衛戦力の養成が始まった………とは言っても、普段の彼らの仕事は魔物が出ない限りは災害復興支援やNGO活動なのだが。
 また、開発班の技術公開により、法王庁全体が技術的なブレイクスルーを経て、魔導と科学の融合への道を歩み始めた。
 更に、そこに学術都市からの研究者が混ざり、現在合同プロジェトが行われている。


 学術都市は相変わらずの研究バカであり、マルホランドの紹介で上記の通り法王庁と合同プロジェクトを行っている。
 多くの研究者が新たな分野、オカルトという未知への探求に挑んでいる。
 無論、現在は世間へは秘匿されているが、何時かは新技術として世界中に公開される事が決定されている。
 特に、科学技術での導力炉の安定化と量産化が可能になれば、現在の化石燃料に頼ったエネルギー問題を一挙に解決できるため、研究者らの意気込みも大きい。


 マルホランドも相変わらずで、復興に勤しむ神殿教団に物資を安売りしたり、『聖戦』仕様で大赤字な法王庁に融資したりと大忙しだったりする。
 また、あの一戦では避難民と経済の混乱を最小限に留めた事から、各国首脳と対魔機関との連携を持つに至った。
 これをビジネスチャンスとし、現在では今まで以上に積極的に新分野の開発に力を注いでいる。


 魔殺商会も憎らしい程に相変わらずであり、裏金融を潰したり、薬物密売現場を襲撃したり、国家権力の無能をせせら笑ったりと派手に騒ぎを起こしている。
 …時折、会長である鈴蘭が宮内庁に就職した睡蓮に弓持て追われるが、まぁ些細な事だろう。
また、時々発生する魔人関係の事件には真っ先に首を突っ込んで、張本人達をぼこぼこにした挙句、配下に加えている。
 そうやって楽しくない生き方しかしようとしない者達の目を無理矢理開かせて、馬鹿騒ぎに混ぜてしまっている。
 「楽しい事を望むなら、皆楽しくないと。」とは聖魔王陛下の言である。
 
 なお、そんな日々を送る聖魔王鈴蘭だが、「世界を楽しくしたいなら相応の事を学ぶべき」のえるしおんの一言により、イスカリオテ機関の短期講習に(半ば強制的に)参加した。
 …ちなみにこの短期講習、参加者はトラウマ抱える事必須な虎の穴とでも言うべきものであり、これを潜り抜けた者は即座に現場で使える程に優秀になる(ただし、何かしら精神に影響が出ている者が多い)。
 結果、講習が終わった半年後にはワーカーホリック予備軍となった鈴蘭が誕生してしまった。
 とは言っても、以前からの性格とかに影響する事は無く、現在は魔殺商会の仕事の合間を縫い、聖魔王としてのコネを利用して世界各地の貧困の打破や紛争の調停などを行うようになった………ちなみに、この件から激務中のマリアクレセルを更に急かし、聖魔杯の開催を早めさせようとした事もあった。


 なお、天界では天使が総動員で不眠不休の努力の末、漸く天界が再構築された段階であり、マリアクレセルは現在たった一人の聖四天として激務を過ごしている。
 頬はこけ、髪はボサボサ、目の下には色濃いくまがあり、最早クール系美少女然とした面影は殆ど残っていない…それでも制服がパリッとしているのは趣味の賜物だろうか。
 完全に終わるのは、再来年になる予定だ。

 

 
 そうやって日々を面白可笑しく過ごしている面々が、あの日から2年後の今日、一同に会する日が訪れた。
 
 場所は神殿教団本部。
 今や荘厳かつ雄大なこの都市は華々しい装飾に満ち、総勢10万人を超す多くの者達で溢れ、参加者は一様にめかし込み、来るべき時と人を待っていた。

 今日はそう、あるカップルの結婚式当日だった。












 「いかん…今更ながら緊張してきた。」
 「本当に今更ですね。」

 花婿の控室。
 そこでは嘗ての師弟がいた。
 見れば、教皇は何時もの法衣ではなく、黄色を基調としたドレスを髪飾りに身を包んでいる。
 えるしおんも花婿の白いタキシードに身を包み、薄らと化粧しているのが解った。
 理由は単純明快で、今日は彼とマリーチの結婚式だからだ。


 あの戦いの日から一年程経ったある日、2人が婚約発表した際、神殿教団・法王庁双方で大規模な暴動にすら発展した。
 2人とも人気が高過ぎたために起きた出来事だった。
 しかし、みーこを筆頭にゼピルム、関東機関、マルホランド、魔殺商会の女性陣によって敢え無く鎮圧された。
 …ちなみに、この時の騒ぎによって復興が一カ月程長引いた。
 えるしおんのマリーチへの告白は知る人ぞ知る有名な話であったし、如何にも幸せ一杯な2人を邪魔するのは楽しい事が大好きな聖魔王の信条に反するため、直ぐに大勢は祝福側に傾いた。
 しかし、神殿教団の「預言者様を守り隊」と法王庁の「エルシオン様ファンクラブ」による執拗なゲリラ戦はまる2週間程続いた。
 これらの勢力に対する掃討作戦はセリア、リップルラップル、飛騨真琴、エスティ、バーチェスというドリームチームが指揮し、守り隊・ファンクラブ双方が完全に壊滅させられた。
 また、結婚しても寿退職する訳ではないため、今まで通り仕事を続ける事を伝えると混乱は一気に収束、現在に至るまでこれと言った反対意見は出ていない。
 …まぁ、皆何処かで解っていたのだろう。
 もし反対しようものならば、幸せそうに微笑んでいる預言者こと「億千万の目」が激怒する事が。


 「それにしても、よくあのマリーチさんが2年も待ちましたね。」
 「まぁ、流石に瓦礫の山で式を挙げる訳にもいくまい。」

 マリーチが2年も待ったのはそれが原因だった。
 会場なら法王庁でも良いのだが、復興作業で頑張っている時にそれをやるのは不謹慎だし、祝い事をするのなら面倒事を片付けてからの方が断然良いと判断したため、マリーチをどうにかこうにか拝み倒して2年も待ってもらったのだ。
 
 「よく了承してくださいましたね。」
 「……寿命が縮む思いだったよ…。」

 遠く、虚ろな目で虚空を見上げる。
 …正直、億千万の目でじっくりねっとりたっぷりとこちらの精神を視姦するのは勘弁願いたい。
 後、笑ってない微笑みでのプレッシャーとか輝きの無いヤンデレ的な目も。
 
 「暫く仕事は休むんでしたよね?」
 「あぁ、新婚旅行だ。」

 結婚したら先ず最初にしたいとマリーチが言ったのが、旅行だった。
 ありきたりだが、今まで視るだけで満足してきたマリーチがその足で今まで視てきた場所に行ってみたいと望んだのだ。

 「今まで私が視守ってきた人達の足跡を見てみたいの。」

 勿論、えるしおんに否は無かった。
 彼は彼で一生の過半を薄暗い室内で過ごしてきたため、世界中をゆっくり見回ってみたいとは常々思っていたからだ。
 

 ちなみに2人の戸籍だが、えるしおんは仕事用に複数持っているが、マリーチはそもそも戸籍が存在しないため、どうせだからと新規に戸籍を作る事となった。
 なお、十字教では聖職者の妻帯は禁止されているが、神殿教団では特にそういった事は無い(節度ある付き合いにしろとはある)。
 また、えるしおんは非公式部署の長であるため、公式にはえるしおんという名の聖職者はいない事になっている(表向き用の別の戸籍はある)。
 そのため、特に2人の結婚には支障が出なかった。

 
 「凡そ1年程になるだろうな。」
 「結構長いんですね。」
 「文字通り世界中だからな…。」

 流石に世界一周するとは思っていなかった、と苦笑するえるしおんに教皇は少し寂しげな笑みを浮かべた。

 「寂しくなりますね。」
 「一年だけだ。それに、部下達も優秀なのが多い。そう気にする事は……」
 「そうじゃ、ないんです。」

 椅子に座ったえるしおんの肩口に、後ろから教皇が額を押し付けた。
 その額が微かに震えていても、えるしおんは何も言わない。
 薄々だが、この愛弟子の気持ちには気付いていた。
 だが、自分にとってあくまで彼女は弟子でしかなかった。
 そして、愛する者がいる現在、決して彼女の思いに応える事は出来ないし、してはいけない。
 
 「好きでした。教え子じゃなく、異性としてあなたが好きでした。」
 「オレは、マリーチ以外に命を賭けないと決めている。」
 「はい、解ってます。今後とも教師と教え子、上司と部下の関係でいようと思います。だから、今後はあまり甘やかさないでくださいね。縋ってしまうかも、しれませんから。」
 「…………………。」
 「では、私会場の方に行きますね。……どうか、お幸せに。」

 そう言って、教皇という肩書を背負う少女は退室した。
 扉から出る瞬間、彼女の顔の辺りから何か透明な雫が零れていたのは、きっと気のせいだろう。
 そう思う事にした。
 自分には、1人と決めた人がいる。
 その人と世界を見続ける事を誓った。
 それ以外を掴むにはこの手はあまりに短く、弱い。
 だから、自分を思ってくれた優しい少女の思いに、彼女が出ていった扉に向けてただ頭を下げるしかできなかった。
 …追いかけるのは彼女の思いに反するだろうから。


 
 「こうして直接お話するのは大分久しぶりですね、エルシオン様。」
 「確かに。久しいな、アーチェス。」
 「あ、今日はバーチェスでお願いします。何分マルホランドの代表として参加してますので。」

 金髪聖人こと側近A(この呼称も久しぶりだ)がのほほんと微笑みながら告げる。
 服は司祭のそれであるが、昔と変わらぬ相変わらずの様子に、思わず笑みが零れた。
 
 「確か、今日の牧師役はお前だったな。」
 「はい。お二人の教皇どちらかがやる筈だったのですが、律子様には『楽しみたいからパス』と申されまして。それと………。」
 「いや、言い難いならそれでいい。」

 彼が言葉を濁す理由はすぐに解った。
 何せ、当の本人が先程まで此処にいたのだから。
 
 「エルシオン様も、成長したんですねぇ…。」
 「お前はオレの世話役か?」
 「いえいえ、ただの側近Aに過ぎませんとも。」
 
 ジト目を向けると、直ぐにスマイル(0円)で跳ね返される。
 全く以て喰えない男だ……昔からそうだったが。

 「あの仕事が辛くてしょっちゅう脱走して、直ぐに捕まっては泣いていたエルシオン様が立派になられて……。」
 「…あー、霧島嬢か?お宅の父親がいきなり泣き始めてな。何か情緒不安定になる様な事は無かったか?」
 「ちょッ!?少しからかっただけじゃないですか!?レナさん、間に受けないでくださいよ!」

 そんな寸劇をしていると、メイド(魔王城時代からの最古参の1人)が花嫁の衣装着付けが終わったと報告してきた。
そして、にこやかに行ってらっしゃいませ、と見送る2人を背に置き、花嫁の控室へと足を向けた。



 廊下を歩きながら思うのは、これまでの自身の軌跡だった。

 自身で家具に押し潰されたと思ったら、見知らぬ場所に転生(しかも魔王の息子の1人)。
 その次が魔王制終了後に旗頭に就任。
 以後、魔族・魔人勢力を纏め、人間社会に紛れてひっそりと暮らす事を決意し、経済面からそれを操る。
 当時、唯一の対魔機関であった神殿協会の長であるマリーチと知り合い、人間社会への浸透に成功した。
その後、マリーチの我儘と悪戯に付き合いつつ、今度は人間社会へ秩序と安定、適度な混乱を起こしつつ発展させる。
 そんなこんなで2000年過ごし、人間主体の世界が終わりそうになるとマリーチに刺され、今まで通りの世界を続けようとする最後の魔王たる鈴蘭達と争いが発生し……………兎に角色々あって現在に至る。
 
 ……よく生きているな、自分。
 
 そう思うとちょっと鬱になりそうだったが、それ以上に得るものがあった2000年であったし、今はそれに満足している。
 苦労から刻まれた額の皺も、かなり薄くなっている。
 それに最近ではよく笑うようになった。
 今までにない変化だが、それを悪くないと思っている自分に気がつくと、何か苦笑にも似た笑いが込み上げてくる。

 そうこう考えている内に、遂に花嫁の控室についた。
 扉には要人警護専門の近衛メイドが2人控えており、万が一、億が一を警戒していた。
 ……これなら馬鹿な事をしようとしてトラウマを刻まれる者も出るまい。
 2人に御苦労と告げてから、オレは控室へと入っていった。


 
 「マリーチ様、エルシオン様がいらっしゃいましたよ。」

 メイドの言葉に、背を向けていたマリーチがこちらに振り向いた。
 普段の白ローブの白尽くめとは違い、ウェディングドレスの白を纏ったマリーチの姿はそれそのものと解っていても、まるで女神の様だった。
 普段とは違い、流すだけだった髪を結いあげて、薄らとだが化粧もしており、口紅も上品な色合いで………何と言うか、柄になくコメントに困ってしまう。
 こういった時に言うセリフは社交辞令なんかで散々言い慣れているのだが、どうにも口が開かない。
 幾人かのシスターとメイドが最終チェックを行っているが、それすら目に入らない程オレは彼女の晴れ姿に目が釘付けになってしまった。
 やがて、空気を読んだのか、メイドとシスター達は退散してしまい、残ったのはオレと彼女だけになった。

 「…えっと、その…。」

 頬を恥ずかしそうに染める花嫁の姿に、それはもうドキドキとしているとマリーチがおずおずと口を開いた。

 「どう、かしら…?」
 
 やや不安げにこちらを見上げて来るその姿に、心の中のナニカのメーターが振り切れ、その拍子に自然と口が動いてくれた。

 「すごい、綺麗だ。」
 「そ、そう?」
 「あぁ、今まで見た事が無い位。」
 「…………。」

 本当に、どんな芸術品や美姫なんかよりも、遥かに綺麗だ。
 普段でも美しいと思ったが、まさか化粧しただけでここまで変わるとは思わなかった。
 そう思った途端、こちらの心を視ていたのか、顔を赤くして黙りこむマリーチ。
 …流石にクサかっただろうか?
 言ったオレも、そんな彼女を見ていると頬が赤くなってくるのが自覚できた。
 …こんなんはオレのキャラじゃないだろうに。
 でもまぁ、こんな日くらい普段言わない事を言っても罰なんぞあたらんだろう。

 「普段の白い恰好とはまた違うな。」
 「うん。普段は人前に出ないし、化粧なんかしなくても十分だから。」
 「…これからは…。」

 もう少し化粧したらどうだ?と言いかけて、止める。
 こんな姿のマリーチを見て、他の男共が劣情を催すかもしれないと考えた途端、絶対に自分の前以外でさせないようにしようと決意した。
 そして、そんな考えが彼女に視えない訳が無く、ここに至って漸くマリーチはクスクスと笑った。

 「どうしようかしら?2人でめかしこむなら、偶にはよいと思わない?」
 「…まぁ、偶にはな…。」

 こちらを微笑ましそうに覗き込んでくるマリーチから、真っ赤になった顔を反らす。
 ええい、嬉しそうに覗くなっ……まぁ、解っててやってるんだろうが。

 「そろそろ時間だし、式場に行こうか?」
 「えぇ、あなた♪」

 相変わらず上品かつ悪戯っぽく微笑む自分の花嫁に、オレも自然と笑顔を返していた。
 






 
 『花嫁・花婿の両名が入場します。』

 会場(教団本部を使用、街中に参加者多数)全体に響き渡るマイクの放送に、今まで酒と料理を好き勝手飲み食いしていた面々(種族・所属問わず)全員がバージンロードに目を向ける(みーこがいる一角では皿が雪崩を起こしそうになっていた)。
 その中には目元をやや赤くした教皇の姿もあったが、誰も彼女にそれを問いただそうとは思わなかった。
 そして、現れた2人に対し、自然と感嘆の溜息が洩れた。
 純粋に2人を祝福しつつ、女性陣は女性として一つ上の段に至ったマリーチに羨望の溜息を洩らし、男性陣も一つ上の段に至ったえるしおんにこん畜生と嫉妬の視線を送る。
 花嫁も、花婿も本当に幸せそうな雰囲気を振りまきながら、腕を組んで歩み続ける。
 普段は悪戯っぽく微笑んでいるマリーチが実に幸せそうに微笑み、滅多に笑みを浮かべぬえるしおんが額の皺を限り無く薄くし、笑みを浮かべている様子に、参加者は2人が心底幸せなのだと言う事をごく自然に悟った。
 その様子に見守り隊やファンクラブの主だった者達すら祝福する程に、2人は美しく、幸せだった。
 やがて、2人は壇の上にいる牧師役のアーチェスの元まで辿りつく。
 相変わらずにこやかな暗黒司祭は2人が前に立つと、こういう時の御決まりの言葉…とは少し違うものを言い始めた。

 「新郎、エルシオン。あなたは健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しい時も、新婦と喜びも悲しみも分かち合い、彼女を愛し、その命続く限り真心を尽くし、助ける事を天使たる新婦に誓いますか?」
 「誓います。」
 「新婦、マリーチ。あなたは健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しい時も、新郎と喜びも悲しみも分かち合い、彼を愛し、その命続く限り真心を尽くし、助ける事をあなたの使徒たる新郎に誓いますか?」
 「誓います。」

 特に神に誓う事はない。
 そもそもマリーチ自身が神であるし、えるしおんは世が世ならそれに敵対する者であったため、特に信仰する神もいない。
 しかし、それを不敬だと言う者はいない。
 神と魔が敵対する時代が終わった今、固っ苦しい事は無しにして御祝いしたいと考える者が大勢を占めているからだ(残りはそもそも気にしない連中)。
 それに誰があの幸せそうな2人を邪魔するというのか?
 そんな事をすればこの会場にいる面々、つまりアウターの過半数と神殿教団・法王庁・各騎士団・関東機関・魔殺商会・マルホランドと言った世界を相手に戦えるであろう者達と真っ向から対立する事になるのだから、どんなに文句がある者でも口を閉ざすだろう。
 …ちなみに会場には異界の隔離が解かれて出てきた神々も大勢参加していたりする。
 
 「では、誓いの口づけを。」
 
 アーチェスの言葉と共に、えるしおんはマリーチの顔を覆っていたヴェールを捲り、目を潤ませて見上げてくる顔を互いに見つめ合った。

 本当に、美しい。
 こんな人と一緒になれる自分の、なんと果報者であることか。

 そう考えたのはどちらだったか、或いは両方だったか?
 そして、爪先を伸ばし、顔を近づける花嫁に合わせて、花婿が彼女を抱きしめ、情熱的に口づけが交わされた。
 
 







 「おめでとうございまーすっ!」

 式は終了し、今は大宴会中の神殿教団本部。
 そこかしこで宴会芸や酒に酔った末に乱痴気騒ぎが起こる中、そこで主役2人は逸早く鈴蘭から祝いの言葉を受けていた。
 今は化粧直しをして、珍しく青を基調としたドレスに身を包んでいるマリーチをえるしおんが優しくエスコートしている。
 
 「うふふ、ありがとう鈴蘭。」
 「いえいえ。…それにしても、やっとくっ付いたなーって安心しました。」
 「?」

 ニコニコと実に楽しそうに笑う鈴蘭にえるしおんは疑問符を浮かべて、頭を傾げた。

 「だって、あんなに情熱的な告白をした2人がくっ付かないわけないと思ってましたし。」
 「むぅ………。」

 顔を赤くして黙りこむえるしおんに、マリーチは嬉しそうにクスクスと微笑む。
 鈴蘭はそんな新婚さんを見て、本当に嬉しそうに快活に笑った。

 「じゃ、皆で呑みましょう!」
 「うふふ♪じゃぁ、御馳走になりましょうか。」
 「そうだな。早くしないと、みーこ様が全て平らげてしまいそうだ…。」

 えるしおんの視線の先に目を向けると、うず高く積み上げられた大量の食器の山があった。
 その下では今も止まる事無く料理を食べ続けるみーこの姿。
 そして、その場から漸く離れ始めた参加者の面々。

 「みーこ!貴様喰い過ぎだ!少しは自重しろ!」
 「祝いの席であろ?なら問題も無いよ。」
 「ものには限度があるわ!見ろ、この食器の山!貴様だけで会場の料理の何割を消費していると思っている!?」
 「たぁくんや、そんなに暴れると危ないよ。」
 「だから!オレをその名で呼ぶなと……ッ!」

 ≪あ…っ。≫

 白い山の麓、そこで騒ぐ2人。
 そして、貴瀬の地団太により辛うじてバランスを保っていた白い山が不安定に揺れる。
 ぐらーりぐらーりと揺れる山に、貴瀬は口を閉ざし、ピタリと動きを停止する。
 やがて、何とか揺れが収まった山を見て、貴瀬がまた口を開いた。

 「…みーこ、別に喰うなとは言わん。だから、これ以上食器を積み上げてくれるな。」
 「ん?何か言ったかの?」

 そして、もう一枚、山に食器が加わった。
 そこが、限界だった。

 髪の毛一筋程の絶妙さでバランスを取っていた白き山は、加えられた衝撃と重さに一瞬で崩壊、盛大な白の津波となって轟音と共に周囲の者に襲い掛かった。
 
 「うわぁーーー……ッ!!?」
 「メディック!メディーーック!」
 「呑み込まれた奴らがいるぞ!掘り出せ!」
 「駄目だ、下手に弄ると二次災害が起こるぞ!」
 「空を飛べる者は上から食器を持ち上げるんだ!」
 「眠いよ、パトラッシュ……。」
 「諦めるな!救助を待つんだ!」
 「…オレ、これが終わったら結婚するんだ。」
 「馬鹿ッ!死亡フラグを立てるんじゃない!」
 「硬ッ!?この食器かてぇぞッ!?」
 「そりゃ学術都市製だからな。戦車に轢かれても割れんそうだ。」
 「誰だんなもん納入しやがったのはっ!?」

 一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図が現出した。

 「「………………………。」」
 「あら、被害者がたくさん♪うふふ、クスクス!」
 
 あんぐりと口を開いて呆然とする鈴蘭とえるしおん、心底愉快気に笑うマリーチ。
 …結婚しても、そこらへんは全く変わっていないらしい。
 
 「いやぁぁぁぁ!?御主人様ーーっ!?」
 「…手の空いている者は急いで救助作業に参加しろ!二次災害には十分に気をつけるんだ!」

 次いで、絶叫と共に駆け寄る鈴蘭と周囲に指示を出し始めるえるしおん。
 やはり、騒動とは縁が切れないらしかった。

 だが、そんな日々もまた平穏の証なのだろう。

 魔王にならなかった男は並列思考で打開策を練りつつ、そんな事を考えるのだった。


 
 
 
 
 


 
 
 「うふふ、クスクス♪これからもよろしくね、旦那様♪」
 「こちらこそ、末永くよろしく頼む。」
 


 
 
 Happy End
 
 
 

 
 

 
 
 
 
 

 全身から砂糖が噴き出た(挨拶)。
 
 ども、毎度お馴染のVISPです。

 これで漸く完璧に第一部完です。
 もう、これの後半執筆する間、妙に辛いものを食べたくなって困りました。
 食べ過ぎると困るのでガムばっかり噛んでましたが、ふと見たら凄い量になってました(汗)。
 
 ここまでお付き合い頂いた皆様方、本当にありがとうございます。
 もし皆様のご声援がなければ、このssはあっと言う間に更新停滞ないし削除に至っていたでしょう。
 ここまで来たのは皆様からの大きな期待によるものです。
 本当にありがとうございました。

 さて、第二部のタイトルが決まりましたので、この場で発表させてもらいます。
 「それいけぼくらのえるしおんくん!」に続く第二部の名はこちら!

 「それいけぼくらのまがんおう!」

 感想にもあった通り、まりーさんやきょうこうさまでもよかったんですが……やはり、マスラヲ編は彼が出なければ盛り上がりに欠けますので。


 それでは、また何時の日かこの理想郷でお会いしましょう!




 ……さて、ACFAの方更新すっかな…(爆)。





[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!IF・BADEND編
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/07/20 23:11

 IF編 BADENDルート



 法王庁最奥部 教皇専用プライベートルームにて


 「よい天気ですねー。」
 
 のほほんと年嵩のシスターに淹れてもらった紅茶を飲みながら、教皇が言った。

 「えぇ、本当に。最近は魔物も減りましたし、魔人達の騒ぎも聖女様の御蔭で殆ど無くなりましたし、平和そのものですねー。」
 「そうですねー。」

 のほほんといった風情の2人。
 普段、どこぞのSWH程ではないが、仕事だらけの暗黒の青春を過ごし続けている教皇にとってはこういう日は本当に貴重だった。
 
 「そうか。それは良かったな。」

 しかし、この部屋にいたもう一人の人物はその幸福を享受する事が出来ていなかった。

 「あ、先生。そんな所にいないで、こっち来てお茶でもどうです?」
 「こんな状態で動けると思うか?」

 ジャラリ、と今まで壁際で沈黙していたえるしおんが手首を上げる。
 見れば、ミスリル製の対魔拘束用術式を彫られた極太の鎖と枷で全身を雁字搦めにされていた。
 しかも、その鎖の先は壁に固定されており、えるしおんは力と魔導力では抜け出す事は無理だった。
 例えで言えば、猛獣向けの檻にチワワを入れているようなものだった。

 「もう、そんな事ばっかり言ってるから美形なのにもてないんですよ!……もっとも、私にとっては好都合なんですけど。」

 言って、コトリとカップをソーサーに置く。
 そして、指をパチンと鳴らすと、控えていた年嵩のメイドが退室していった。

 「ねぇ、先生?どうして私がこんな事をしたか解りますか?」
 
 えるしおんは無言で返す。
 既に額には青筋こそ浮いていないものの、内心では何度目になるか解らないこの状況への考察と脱出手段を考えて、並列思考を常時展開していた。
 しかし、明らかにこの状況は詰んでいた。
 ここは法王庁最奥部の中でも特殊な場所だ。
 自分の権限もここでは精々予算案程度しか届かないし、ここで働く者達は要人警護のプロであり、全員が教皇の忠臣だ。
 はっきり言ってここから出る前に捕捉されるし、一応は身内であるため、殺害する訳にもいかない。
 そもそも、人類側の単体戦力としては最上級に分類される教皇の存在が厄介だった。
 神器無しでもかなり腕の立つ彼女を無効化する事は、はっきり言って戦闘技能が低い(指揮は得意だが)自分では無謀の極みだ。
 そんな事を考えていると、教皇は席を立ち、ゆっくりとえるしおんの元へ歩み寄った。

 「ねぇ、先生。本当に解りませんか?…解りませんよね。先生は何時もそうでした。私を拾って育ててくれた間……私に色んな事を教えてくれた時も、私を応援してくれた時も、私の昇進を祝ってくれた時も………何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も……何時も私が本当に解って欲しい事には気付いてくれない。」

 壁際に座り込んだえるしおんの前、そこまで来て教皇は漸く足を止めた。
 その愛らしい顔は俯いているため、金の前髪で隠されてしまっているが、その奥から見える瞳は怪しげな光を放ちながら、えるしおんだけを見つめていた。

 「ねぇ、先生?本当に解りませんか?」

 顔を覗き込むように近づけて来る教皇。
 その顔は表情こそ全く動いていないものの、その緑の瞳からは間違いようも無い狂気が漏れ出ていた。

 「…あぁ、私には解らない。」

 ゴクリと喉を鳴らしてから、あくまで『先生』としてえるしおんは口を開いた。
 対し、その返事を聞いた教皇は不機嫌そうに目を細め、徐にえるしおんの顔を両脇から掴んだ。
 無理矢理真正面から至近距離で互いを見つめ合う形にされた。
 
 あぁ、今この人は自分しか見えていない。
 
 そう思うと、教皇の顔は自然と笑みの形を作り、もっとこの人の目を見たいと触れ合いそうな程に近づかせた。

 「……ッ。」
 「先生。いえ、エルシオンさん。私はあなたが好きです。」

 突然の告白に、えるしおんは無言で目を見開いた。
 そして、彼の驚きを余所に教皇の言葉は続く。

 「ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと好きでした。……あ、勿論今も好きですよ。」

 クスクスと、さも可笑しそうに笑う教皇に、えるしおんの背筋に冷たいものが流れた。
 教皇の仕草を見て、嘗ての知識から確か心を病んでしまう程に誰かを懸想し、遂には病的な行動を取ってしまう女性達の事が思い浮かんだからだ。

 「出会った時、なんて綺麗な人なんだろうって思いました。色んな事を教えてもらう内に凄い人なんだなって思いました。そして、あなたがやってきた事を知って、心の底から尊敬して…好きになりました。」

 顔を触れ合いそうにまで近づけたまま、教皇は、否、1人のオンナが語り続ける。
 興奮しているのかその手には徐々に力が入り、えるしおんに僅かな痛みを与えてくる。

 「今まで誰とも一緒になった事がないって聞いて、止まらなくなりました。それで今日、態々相談したい事があるって嘘をついてまで来てもらったんです。」

 心底愉快だとでも言う様に、オンナが笑う。
 
 「けれど、あなたは私を『弟子』としか見てくれません。それに『あの女』も焦ってきたみたいですから、私ももう限界でした。」
 「? ちょっと待て。『あの女』というのは……。」

 えるしおんが話せたのはそこまでだった。
 その時、不意に扉が勢いよく開け放たれ、否、外側から教皇目掛けて弾け飛んだ。
 しかし、その豪奢な凶器は教皇の召喚した神器により、簡単に打ち払われた。
 …ちなみに教皇位に位置する者は神器の召喚が許可されているが、そもそも使い手が少ないので殆ど使用される事は無い。
 
 「漸く出てきましたか…。」

 ゆらりと、えるしおんの頭から手を離し、教皇が陽炎の様に立ち上がる。
 刃物、と言うかダイヤモンドカッター並に鋭い視線で睨むのは扉があった筈の場所。
 そこには真っ黒い不可思議空間が広がっていたが、えるしおんにはそれにかなり見覚えがあった。
 そして、黒の空間の中からそれを打ち消す程の白の存在が現れた。
 その存在の姿に、これまたえるしおんにはかなり見覚えがあった。

 「来ましたか、預言者。」
 「来たわよ、教皇。」

 互いが互いしか目に入っていない。
 その口調は明らかに仇に対するものであり、マリーチが現れた瞬間から部屋には強烈な殺気が充満していた。

 「20も生きていない小娘が。私のモノに手を出す気?」
 「ハッ!2000年も足踏みしていた人は言う事が違いますね?」

 殺気が、倍増した。
 えるしおんはこの場にいるだけで胃が痛くなってくるような気がした。
 しかし、目的のモノを放って、オンナ2人の罵り合いは続く。

 「今なら手足の一本で許してあげるわよ。あなたは彼の弟子だし、それなりに優秀だもの。」
 「あなたこそ、いい加減あの人に付き纏うのを止めたらどうですか?あの人の苦労の半分以上はあなたが原因だって気付いてます?」

 殺気が、更に倍増した。
 えるしおんは既に明確に胃痛つ頭痛を感じていた。
 しかし、拘束されたままの彼では這って逃げる事すら敵わない。

 「…やっぱり、殺すわ。」
 「あら?漸く決めたんですか?」

 教皇は既に臨戦態勢であり、戦闘用の法衣を召喚、装着し、神器を構えている。
 対するマリーチは襟元の鐘に手を添え、片翼を展開、目一杯の魔導力を漲らせている。
 お互いが自身の最大攻撃を何時でも放てる状態だった。
 そして、えるしおんはこの後の展開を思って胃に穴を開けていた。
この状態の2人が本気で暴れれば、恐らく法王庁本部と言えども10分、否、数分で灰燼に帰すだろう。
 その際の修理費や備品などの被害を考えると、到底数億では足りないだろう。
 並列思考まで展開して、えるしおんは現実逃避気味にそんな事を考えていた。
 …ちなみに、教皇の告白だとか何故マリーチがあんな事を言いつつ殺気立っているとかは気にしないようにしている……主に精神衛生上の問題で。

 「この、泥棒猫ッ!!!」
 「あなたを殺してあの人と…ッ!!」

 振るわれる堕天使の片翼と教皇の神器。
 共に聖なるものに属する一撃は、磁石の同極が反発するかのように周囲へ飛び散った。
 それは、部屋の片隅に拘束されていたえるしおんの元へも例外ではない。

 あれ、オレ死んだ?

 神器は手元に無いし、召喚も魔導力も魔法も封じられているために不可能。
 他の障害物を盾にしようにもそこらの家具では一瞬で蒸発するのは目に見えているし、そもそもあの二人の攻撃の余波を防げる家具はそれだけで神器に指定されるだろう。
 更に、それ以前の問題としてその場から動けなかった。
 
 結論…もう詰んでます。

 そして、えるしおんは自身に向かってくる光輝という死に直面してか、脳裏で走馬灯を見た。
 

 勝手に旗頭に祭り上げられたり、マリーチの玩具にされたり、鼻っ柱の高い魔人・魔族を脅したり宥めたり、人が適度に発展するように心を砕いたり、2000年もの間毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日書類仕事をし続ける日々………。
 転生してからこっち、碌な事がねぇ。


 漸く自身のワーカーホリックな日常に気付いたえるしおんは、最後に自身に向かってくる光輝を見ながらこう呟いた。


 「次は二―トがいいなぁ……。」


 そして、光輝が着弾、えるしおんの意識は光の中に溶けて、消えた。



 BAD END



















 



 構想1分、執筆2時間の作品でごめんなさい(挨拶)。

 さて、お馴染のあとがきです。
 今回のバッドエンド版ですが……正直、本編であそこまで甘甘だったのを鮮血なバッドエンドにするのは正直な所躊躇いが生じてしまい、結果、このような何処か温い感じのものになってしまいました。
 ACFAの執筆もしてはいるのですが、どうしてもこっちの方の筆が進んでしまいまして……。
 
 そちらを楽しみにして頂いている常連さん方にはすみませんが、もう少し待っていてくださると助かります。

 
 後、遂に次回作「それいけぼくらのまがんおう」の初期設定が完成しました。
 その内、嘘予告として投稿するかもしれません……あくまで予定であって未定ですが。


 それでは、また会いましょう。
 





[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのまがんおう!嘘予告&告知 修正
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/08/28 14:23
 


 嘘予告「それいけぼくらのまがんおう」バージョン1




 「…ここは、何処だろうか?」

 深い森の中で、目付きの悪い青年が呟いた。




 それは突然の事だった。
 ある青年はここ数年の習慣通りに、何時もの職場に向かい、何時も通り先輩にしばき倒され、上司の1人にパシリに行かされ、もう一人に気の毒そうな視線を送られた。
 途中、自身と契約した元超極悪愉快型コンピューターウィルスの電子の神と邪神の端末にして闇の守護精霊に翻弄されつつ、どうにかこうにか五体満足で仕事の現場から帰還し、夜10時頃に何時ものボロアパートに帰宅する事が出来た。
 そして、風呂に入り、遅い夕食を取り、布団を敷いて就眠した。
 青年が覚えているのはそこまでだった。
 気付けば、彼は見知らぬ森の中に立っていた。



 やばい、どうしよう?

 青年は無言で突っ立ったまま、冷や汗を流して焦りまくる。
 しかし、すっかり身についてしまった高速思考で現状に対する考察と対策を考える。
 先ず、現在位置が解らなければどうにもならない。
 周囲の植生から恐らく日本の、それも自宅からそこまで離れた場所ではない。
 
 …なら、方向さえ間違わなければ何処か人のいる場所に出るだろうか?

 そう考えれば、後は実行するのみ。
 青年は先ず正面に見える森に向かって、足を踏み出そうとした。

 「くすくす♪そっちじゃないわよ♪」
 「んー、現在地は奥多摩の山中ですね。日本標準時間で凡そ19時27分10秒、ここから先もう少し行った所で下り坂がありますので、そこから降りていけば直ぐに町に出ます。ちなみにマスターが行こうとしている森は自殺の名所にも登録されてますので、色々いるからかなり危険ですよ?」
 
 ……踏み出そうとした、が途中で呼びとめられた。
 と言うより……。

 「いたのか、2人とも……。」

 相変わらずの目付きの悪さで、突然現れた2人の少女を見る青年。
 1人はスケスケフリフリの漆黒のゴスロリドレスに身を包んだ小学生程の、妖艶な魅力を放っている、ワインレッドのツインテールの少女。
 もう1人は白い衣装に身を包んだオレンジ色の髪が特徴的な、元気いっぱいの少女。
 一度見れば印象に残る派手な2人組だが、青年が気付かなかったのも無理は無かった。
 なにせ、2人とも青年の背後に突然出現したのだ。
 気付くとすれば、それは常人の範疇から逸脱した者だけだろうが、生憎と青年は目付きと運の悪さや機転の良さは兎も角、他は一般人の範疇から外れていないので、2人に出現に気付く事は出来なかった。

 「闇は三千世界全てに偏在するのよ。ちょっと転移した位で逃げられないわ。」
 「私はノアレについてきたのですよー。」

 ニコニコと語る少女2人。
 しかし、言ってる事は青年にとって少し顔を引き攣らせるような内容だったが。

 「…それで、何故こんな所に。」
 「さぁ?クスクス♪」
 「私にもさっぱりなのですよー。」

 ゴスロリ少女は愉快そうに笑い続け、オレンジ髪の少女が困った様に眉を寄せる。

 「それと、現在地は確かに奥多摩の山中なのですが……ちょっとおかしいのですよ。」
 「? 何が?」

 疑問符を上げる青年に、オレンジ髪の少女が躊躇いがちに告げた。

 「あちこちのサーバーを見て回ったのですが……現在西暦200X年。聖魔杯開催前なのですよー。」

 
 …………………。

 …………………………。

 ………………………………。


 「君は、遂にバgッっ!?」

 青年の顔面に少女の拳がめり込んだ。
 腰の入った良い打撃だった。
 相当痛かったのか、顔を抑えて膝をつく青年に対し、オレンジ髪の少女は青筋立てて怒鳴り散らす。

 「この電子の神にバグはありえませんと、以前にも言ったではないですか!!」
 「…それ、では。」
 「つまりぃ、過去に来ちゃったってこと♪」

 今まで沈黙していたゴスロリ少女が核心を告げた。
 有り得ないと言うのは簡単だった。
 しかし、ここ数年で多くの常識外に触れてきた青年にとって、それは有り得る話だった。

 「どうしましょうマスター?このままじゃ歴史が変わってしまうかもしれませんよ?」

 あまりの事態に呆然としながら、青年は天を仰いだ。
 ………クスクスと天が悪戯っぽく笑った気がした。
 


 
 「はい、登録ですね?登録は2人一組となっておりますが……そのー、そちらの男性は人間枠として、残りの人間以外の方はどちらですか?」
 「…ウィル子、ここは先輩の私に譲らない?」
 「ノアレこそ、後輩に譲ろうとは思わないのですか?」
 「2人とも、ここはジャンケンな「「マスター(ヒデオ)はどっちがいいの(ですか)!!?」」
 


 「君が川村ヒデオ君ですね。お話はかねがね。私はマルホランドの代表取締役兼会長のバーチェス・マルホランドです。」
 「…川村ヒデオです。」(やはり、何処か違う)
 「ウィル子はウィル子なのですよ。」(マスター、社長の名前が変わってるのですよー!)
 

 
 「うふふ、クスクス♪こんにちは、他称未来視の魔眼さん♪」
 「そういう、あなたは。」
 「うふふ、ごめんなさい。私はマリーチ。みーこのお友達よ。」
 「ま、マスター、この人はヤバいのですよー!」
 「いきなり人の嫁を危険人物扱いしないでくれ………まぁ、正しい認識だとは思うが。」

 からろん♪
 
 「………ッッッ!??!?!?!?」
 「クスクス♪夫にそんな事してもよいの?」
 「うふふ♪この程度で別れる様な思いじゃないもの。あなたも彼を弄るのならちゃんと加減を見極めないといけないわよ。」
 「…お姉さま、と呼ばせてください。」
 「えぇ、よくってよ♪」
 「な、なんなのですかーー!!?」


 どっとはらい






 嘘予告「それいけぼくらのまがんおう」バージョン2



 マリーチと教皇の暴走に巻き込まれ、死亡したオレはいい加減に慣れてしまった3度目の生で、自分が嘗てし損ねてきた事をしながら、人生を謳歌していた。

 今度は魔族の王族で魔王の息子等と言う珍妙な生まれではなく、日本の極一般的な中流家庭の一般的な男子(勿論魔力なんて無い)に生まれた。
 以前なら同じような人生か、とも思ったかも知れないが、散々騒動を味わった身としてはこれ以上ない程の幸運と思えた。
 この生ではもうあちら側に関わる事無く、平凡な人生を過ごそうと心に決めたオレは先ずイスカリオテや神殿協会に関わらないように決めた。
 何故かって?
 ただの人間の身体で、以前のような激務に耐えられる訳が無いだろう?
 やったら数年で過労死に至るのは目に見えている。
 そういう訳で、オレは情報収集と並行して、彼らの拠点がある地域には出来るだけ近づかないように努めた。
 そうこうしていく内に、どうやらこの世界が自分がいた世界とは異なるらしい事を突き止めた。
 この世界ではエルシオンはゼピルム総長の地位に就いており、側近Aはアルハザン総長、側近Bはゼピルム副長でありながら、アルハザンと繋がっているという妙な事になっていた………しかも、それで何故か学術都市とマルホランドはあるというカオスぶり。
 恐らく、こちらのエルシオンは「魔王の息子」らしい生き方を選択したのだろう。
 自分という異物がなければ、前のえるしおんもそうだったのだろうか?
 
 それはさておき
 
 イスカリオテが無いという事はマリーチの神殿協会に気を付ければ問題は無いという事だった。
 しかし、マリーチもオレがいなければ恐らく挫折したままか、大幅に能力を衰えさせた状態であるため、迂闊な事は出来ないがそこまで危険視はしなくとも良いだろう。
 となれば、後はあちらに関わらないように気をつけながら生活していけばよい。


 生まれてから高校生までは、常人並に友人との遊びや恋愛、勉学で過ごした。
 出来るだけ平凡な生活をしようと試みた……ヤクザどころかヒットマン並の目付きの悪さに女性や子供には少し怯えられてしまった事もあったが。
 それ以外は平平凡凡とした生活をおくれたと思う。

 高校卒業後、独立して上京した後は親からの仕送りを株に使い、嘗て培ったノウハウを利用して巧みに稼ぎ、凡そ1年程で1000万円近くを稼ぎ出した。
 その後、それを足がかりに更に稼ぎ、今度は投資家としてあちこちの企業に出資する等して稼いだ。
 ノウハウの他にも不況や大まかなスキャンダルは覚えていたため、これは意外と上手くいった。
 
 その後、かなりの資金を稼いだオレは旅に出た。
 今まで薄暗い魔王城や地下のイスカリオテ機関の執務室でじっとしていたために出来なかった多くの事を見たい・したいと思ったからだ。
 日本中をバスや電車、自転車、時には徒歩で旅を続ける。
 途中、ネットカフェや携帯で株価の動向などの経済状況は確認していたし、資金は問題無い。
 適度に身体を動かしつつ、色んなものを食べ歩き(時には材料買って自炊)、色んな人と出会い、別れる。
 まさに旅の醍醐味だ。

 時折、こちらの家族にも連絡を入れる。
 両親と妹とも元気であり、偶には里帰りしろとも言ってくるが、人が健康でいられる時間は短いのでそうも言ってられない。
 旅先の特産物や名物を手紙と共に郵便で送りつつ、気ままに旅を続ける。
 後数年程で国内の旅も終えるため、海外に出る予定だ。
 語学は元々20カ国語を話せるし、紛争地帯やら何やらは把握しているため、1人旅でも問題無いだろう。


 そして、偶には(一応の)自宅であるアパートに帰ろうとした日の事だった。
 オレは登山服姿で近所の道を歩いていた。
 すると、その途中のゴミ捨て場に殆ど無傷のノートPCを見つけた。
 気まぐれを起こしたオレはリサイクルできるだろうか?と考え、それを拾い、自宅に帰った。
 ……これが、この人生における分岐点とは知らぬままに。



 帰宅後、何となくダルさを感じながら、入浴して旅の垢を落とした後。
 買ってきた缶ビールと材料一式を用いて遅めの昼食を作る。
 食べ終わった後、食器を洗い終えると食後の眠気とダルさで拾ったPCを起動させるのも億劫だったため、そのまま布団を敷いて就眠。
 しかし、その眠りは直ぐに妨げられた。
 その時、オレはまた騒動の火種を拾ったのだと知った。

 「…って、PCを拾ったのなら電源位入れなさーい!!」

 PCから出てきたのは自称超愉快型極悪感染コンピューターウィルス、愛称ウィル子。

 この出会いが、オレの新しい人生における大きな火種となるのは簡単に予想がついた。




 「その眼光、明らかに犯罪者ですね!逮捕します!」
 「…開始前からこれか。」
 「ま、マスター?何だか悪いオーラが出てますよ。」



 「ふむ……見覚えの無い神器だの。」
 「やはり、正攻法では勝てないか。」
 「マスター、その杖は…?」
 「これで、まぁ何とかなるだろう。」



 「ウィル子、前に言ったな。もしもの時はオレを喰えと。」
 「…嫌です、嫌です!!どうしてマスターがそこまでしなければならないのですかッ!?あなたがそこまでする義理なんて何処にも「いや、義理はある。ただ、それから目を反らしていただけだ。」…ッ!!?」
 「20年以上積もった利子込みでこの位の代価なら……まぁ、安いものだろう。」
 「で、でも…。」
 「オレを喰え、ウィル子。喰って、君は神になれ。この世界で最新の、これからの世界を、21世紀を願う神になれ。」
 「あなたを喰らえば、彼女にそれが出来るとでも?無理ですよ、ヒデオ君。その程度では暗黒神は止まりません。そして、あなたを殺せばそれも出来ない。」
 「耄碌したな、バーチェス。」
 「…どういう意味ですか?」
 「もう詰んでるんだよ、お前は。」















 嘘予告だからあんな切り方でもいいよね?(挨拶)
 
 ども、作者です。
 真っ先に嘘予告が二種類あるぞという突っ込みが来そうですが、これには理由があります。
 コスモ様の感想の『BADENDからヒデオに転生』という目から鱗なネタが上げられ、直前までにあった構想が根本から吹き飛びそうになりました。
 このネタで書いたらどんなに(自分が)楽しいだろうと思うとこっちで書きたいのですが、一応今まで考えていた構想(原作ヒデオ・ウィル子・ノアレが『えるしおん』世界に来訪)も勿体ないため、ここに投稿した次第です。

 はっきり言って、自分では決められません(汗)。
 どっちを書いても楽しめそうですし、どっちを書かなくても後悔しそうです(汗)。
 しかし、どちらかを書いてしまえば力尽きるのが目に見えていますので、ここは一つ、参考として読者の皆様に投票してほしいと考えた次第です。
 
 投票は感想板に、期限は2010年8月中までです。
 1人一票が原則です。
 また、投票だけでなく、作品への感想も込みでお願いします。
 どうか優柔不断の作者に皆様の清き一票をお願いします。
 後、遅れましたが勝手にネタを拝借してしまったコスモ様、申し訳ありません。


 PS.どちらに決定したとしても、お・り・が・み編よりは描写を丁寧に執筆する予定です。
 



[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのまがんおう!サイト記念SS
Name: VISP◆cab053a6 ID:78b0157c
Date: 2011/04/30 20:54
 理想郷創立10周年特別記念SS

 それいけぼくらのえるしおんくん!番外編  彼らの視点

 このssは番外的に、今までのえるしおんの活動を第三者から見てどのようなものだったかを描写するものです。
 本編からのネタを多少含みますので、本編読了後の方がネタが解り、楽しめるかと思います。



なお、このssは感想掲示板にてリクエスト投票を行い、①が2票、②が14票、③が0票、④が6票、⑤が1票という結果の元執筆しました。
 
舞様へ、サイト創立10周年おめでとうございます。
このssを以て、理想郷創立10周年記念に代えさせて頂きます。
稚拙な作品ではありますが、どうかお受け取りください。
 今後もご多忙でしょうが、どうか健康と仕事には気を付けてお過ごしください。

 それでは本編へどうぞ。
 







 神殿教団本部 中央食堂にて



 「うっだーーーーーーー…………。」

 昼時を過ぎ、既に夕方に差し掛かろうという時間。
食堂の一角にて珍しく白の聖衣を着た鈴蘭が机の上に顎を乗せて垂れていた。
 その姿からは普段の陽気で活発な印象は鳴りを潜め、只管に疲労感と倦怠感を漂わせていた。

 「あーーっ!鈴蘭さんですー!鈴蘭さんがいるんですー!」
 「んー?鈴蘭やないかー。どったん、こないな所で?」
 「あー、セリアちゃんに律子さん……。」

 そこに珍しい組み合わせの2人が現れた。
 神殿教団の教皇となった律子に、セリアこと魔人セリアーナ。
 マリーチとえるしおんが新婚旅行中の現在、何かと忙しくしている2人だが、今日はもうオフなのか、周りには部下もおらず、2人っきりだった。
 そして、食事もまだだった3人はどうせだからとそのまま3人で遅い昼食を取る事にした。
 律子はお好み焼き、セリアはきつねうどん、鈴蘭はざるそば。
 ちなみに欧州の片田舎にある神殿教団本部だが、多くの地域と国の出身者がいるためにその食堂には世界各地の料理が出される。
 とは言っても、常に全ての料理を準備するにはあまりに膨大な手間が必要になるため、そのメニューは毎日ローテーションとなっている。
 …ただし、教皇命令でメニューの一角には必ずお好み焼き(シーフード、豚、ミックスあり)・もんじゃ焼・たこ焼きが存在したりする。
 そのため、この中央食堂からはソースの匂いが消える日は無い。


 「で、どうしたんー?何があったかお姉さんに言ってみー?」
 「うぅ、実はですねー……。」

 テーブルにつき、「美味しいですー♪」とうどんを啜るセリアを余所に、残り2人も食事をしつつ、教皇と聖魔王のお悩み相談が始まった。

 「実はですね。今日、アフリカの方で騒いでた魔人さん達とO☆HA☆NA☆SHI☆してきたんですけどねー…。そこの人達が騒いでた原因が、最近そこに来た人間達のせいでして……。」
 「あー、成程。」

 脳が疲労のために妙な方を向いているのか、変な話し方になっている鈴蘭だったが、律子はあっさりとその悩みを理解してしまった。
 何せ、彼女が抱いている悩みは、嘗て律子自身が抱いたものだからだ。


 問題の魔人達は神殿協会にも発見されず、今まで現地の人達と混じって慎ましやかに暮らしていたそうだ。
 しかし、最近になってその辺りの地域がその国の政府側の意向により強引に開発が進むと、現地の他の住人達と共に魔人達はゲリラ活動を開始した。
 当然、通常の治安維持軍では対抗できず、政府の人間は直ぐに追い返された。
 その後は政府軍が鎮圧に乗り出したのだが……魔人、しかもアフリカの原住民が使用する非主流派の独特の魔法を扱う者達相手では、結果は火を見るよりも明らかだった。
 圧倒的物量で対抗しようにも、ゲリラらしい拠点を定めない活動により政府軍は決め手を打てない。
 そこで神殿教団の出番となったのだが、蜂起した原因が原因のため、説得役として鈴蘭の出番となったのだ。
 ただ、間違えないでほしいのだが、ここで政府側が悪役となる訳ではない。
 政府側は政府側で国を豊かにする義務があるのだ。
 開発はその見地から見れば健全な行いであるし、そもそも国を豊かにしない政府に価値は無い。
 結果、ある程度鈴蘭達がO☆HA☆NA☆SHI☆した後、神殿教団渉外部を間に挟み、政府側と現地在住の魔人と人間達の話合いが行われる事となった。


 「私に出来る事に限りがあるのは解ってるんですけど、どうにもすっきりしないなーって思って……。」
 「ま、そりゃしゃーないわなー。」

 はぁー…、と深く溜息をつく鈴蘭に、律子は普段通りののんびりとした笑顔を向ける。
 行動しておきながら悩み続ける彼女の姿に、枢機卿になる前の頃の自身を幻視し、律子は昔を思い出す。
 「協会」時代は穏健派とされる彼女だったが、しかし、枢機卿として冷徹な判断を下す事もある。
 そうでなければ部下が無駄死してしまう事もあるし、罪もない多くの人々が犠牲になる事もある。
 それを以前に学んだ彼女は、魔人達にも情けを掛ける慈悲と同時に躊躇い無く止めを刺す理性も持つ。
 そう言った判断が素早くできる事も、彼女が教皇となれた理由の一つでもある。
 しかし、彼女が殲滅を命じた魔人達の中には特に人に仇成す事の無い者達もいた。
 それを滅するのは人の都合だが、もし将来その魔人達が人に牙を剥く可能性を考えると、やる時は徹底的にしなければならない。
 それをすれば部下に多大な犠牲が出る可能性を考慮に入れたとしても、だ。
 だからこそ、彼女は必要にならなければ魔人達を殲滅したりしない。
 その考えから来る行動が、律子が穏健派として見られた原因だった。
 
 それはさておき

 鈴蘭にとって魔人と人間が異種族だから攻撃するのではなく、極一般的な理由の紛争に関しては基本的に対処のしようがない。
 だからこそ、ある程度交渉の場が整うと直ぐに戻ってきたのだ。

 「こう言った事ではマリーチさんやエルシオンさんやお兄ちゃんの方が向いてるんでしょうけど……ハァ~~…。」
 
 溜息をはく鈴蘭の煤けた背中を、律子が労わる様に撫でる。
 厳しい所もあるが、何かと面倒見が良い律子にとって今の鈴蘭を気遣うのは当然の事だった。

 「まぁ、その事は置いといて。」
 「意外と復活早いんなー。」
 「人生切り替えが大事なんですよ…。」

 へっ、と荒んだ笑い方とする鈴蘭……どうやらここ数年の経験で、色々と荒んだらしい。
 これも伊織邸や『虎の穴』に入った影響なのだろうか?

 「そう言えば、エルシオンさんってどんな人なんでしょう?お仕事では凄い人って事は前に聞いたんですけど…その他の、プライベートな事って聞いた事無いんですけど。」
 「あー、あの人ならそうやろうなぁ…。」

 えるしおんの話題が出て、初めて言葉を濁す律子。
 イスカリオテ機関の存在を「協会」時代から知っていた彼女でも、えるしおんの個人的な情報は知らない。
 その偉業とワーカーホリックな所は聞いていたが、それは鈴蘭も知っている事だろうし、この場で話す事も今更だ。

 「まぁ、それは法王庁のもんに聞いた方が早いんとちゃうー?」
 「知ってますー!クーガーさんが知ってますー!」

 そこで食事を開始してから初めてセリアが手を上げた。
 机の上のうどんが入っていた丼は、既に綺麗に空となっていた。

 「何か知ってるんー?」
 「クーガーさんとエルシオンさんはお友達なんですー!ショーペンハウアーさんも、昔から知ってるって言ってましたー!」
 「へぇ…クーガーさんは知ってたけど、ショーペンハウアーさんもそうなんだ。」
 
 セリアの言葉に、鈴蘭は意外そうな表情を見せる。
 クーガーと友人関係なのは以前知ったが、ショーペンハウアーもえるしおんの事を知っているのは初耳だった。

 「んなら、2人んとこに行ってみんへんかー?」
 「え?大丈夫なんですか?」
 「今日はもうお仕事も終わってる頃なんですー。」

 律子の提案に鈴蘭が疑問の声をあげるが、セリアがぱたぱたと尻尾を揺らしながら問題無いと答える。
 
 「んじゃ、先ずはハウちゃんのとこに行ってみよかー?」
 「疑問符付けてる割に強制なんですね…。」
 「わーい!鈴蘭さんと一緒なんですー!わーい!」

 食事も終わり、その足でショーペンハウアーの元へと足を進める3人。
 うち一人が余り乗り気ではないが、意外と力の強い教皇が鈴蘭の首根っこを掴んでズルズルと引きずっていく。
 その後を子狐が呑気についていく。
 マリーチがいない今、教皇になった律子とその補佐役のセリアに逆らえる者は教団内には殆どいなかった。







 「で、私の所に来たと?」

 額に極太の青筋を何本も立てながら、ショーペンハウアーが自室のドアの前に立つ3人に尋ねた。

 「そーやー。ハウちゃんならエルシオンさんの事知っとる思うてなー。」
 「知りたいんですー、知りたいんですー。」

 呑気に話す教皇と子狐から視線を反らし、ショーペンハウアーはその後ろに申し訳なさそうな顔をして佇む聖魔王に視線を向けた。

 「鈴蘭?断りきれなかったのですか?」
 「ううぅ…ごめんなさい…。」

 流石は元聖四天と言うべきか、ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……ッ!!!、とJ○J○ばりのプレッシャーを放ちつつ、鈴蘭を詰問するショーペンハウアー。
 しかし、彼女のしょんぼりとした姿に同情が先だったのか、溜息を吐いてプレッシャーを放つのを止めた。
 …ちなみに、他2人は涼しい顔でそれを受け流している。
 アウター相当の九尾の狐と神殿教団の教皇猊下は天使のプレッシャーを浴びる位は屁でもないらしい。

 「…一先ず入りなさい。紅茶位は淹れてあげます。」
 「ほな入るでー。」
 「失礼しますー!」
 「失礼しまーす…。」

 このまま教皇を追い出したりしたら自分の品位が疑われると思ったショーペンハウアーはどっと圧し掛かってきた疲労感を堪えつつ、3人を部屋に招き入れた。

 
 「それで、具体的にはエルシオンの何が知りたいのですか?」

 小奇麗で大人しめな内装の部屋で、3人に紅茶とクッキーを出したショーペンハウアーは自身も淹れたての紅茶の香りを楽しみつつ、ソファで寛ぎながら尋ねた。

 「エルシオンさんの今までやってきた事の凄さは知ってるんですけど、プライベートな事とかあまり知られていない事を知りたいんですよ。」
 「プライベートねぇ……。」

 鈴蘭の言葉に、顎に手を当てて考え込むショーペンハウアー。
 
 「ごめんなさい。私も仕事上に知り合いでしかないから、細かい所は解らないわ。多分、マリーチならかなり詳細まで語ってくれると思いますけど…。」
 「それ、自殺行為だと思います。」
 「そうですね……。」

 鈴蘭の突っ込みにゲンナリとするショーペンハウアー。
 マリーチにえるしおんの事を尋ねようものならどんな『目』に合うか解ったものではない。
 良くて軽い記憶の改竄か、トラウマを刻まれる。
 悪くて48時間無休憩耐久ストロベリートークに強制参加させられる。
 今現在、辛うじて目立った被害は出ていないが、えるしおんの事となるとマリーチは直ぐに甘い話を始めるため、その事を彼女に尋ねるのは自殺志願者だけだろう。
 …ちなみに死因は窒息死、砂糖が喉に詰まるのが原因だ。

 「でもまぁ、有能だという事は誰もが認める所でしょうね。」

 そう前置きして、ショーペンハウアーはお茶と菓子に夢中な2人を放って鈴蘭に自身の知っている事を、即ちえるしおんとの関係を語り始めた。



 ショーペンハウアーは第二次大戦以降、マリーチの補佐として『天』から降りてきた。
 しかし、嘗ては人間として暮らしていたとは言え、人間として神殿協会の枢機卿という上役の仕事は経験が無かった。
また、世界情勢は兎も角、現在のコンピューターなどの電子機器を利用した事務仕事や部下への指示、渉外部としての各国や各組織との交渉事など…今まで経験した事も無い死仕事に携わらなければならない。
しかも、天使のプライドにかけて絶対に恙無く仕事をしつつ、世界の管理を行わなければならない。
はっきり言って、かなりの難事だった。

そうして困っていた所に、先輩格のマリーチがえるしおんを紹介したのだった。
恐らく、既に依存していたマリーチ本人としてはえるしおんの近くに無暗に女性を接近させる事はかなり嫌だった筈だが、自身の努めを果たす関係上、どうしても事情を知っているえるしおんの協力は必要不可欠だった。
そこで、ショーペンハウアーはマリーチとえるしおんの計らいの元、イスカリオテ機関で数年程経験を積む事になったのだが……。

 「地獄でした。」
 (いきなりーーッ!?)

 暗い瞳でそう語るショーペンハウアーに、鈴蘭は盛大に顔を引き攣らせた。

 「鈴蘭、あなたも以前あの機関の『短期講習』を受けたのでしょう?なら、私の味わった苦痛が解る筈です。」
 「解ります解りますッ!!」
 
 涙目で何度も頷く鈴蘭。
 あれは確かに地獄だった。
 来る日も来る日も、ただ書類の山と格闘する日々。
 一定以上のノルマをこなさなければ、次々と翌日に持ち越され、処理しない限りは決して消えない書類の山。
 本来なら通常の訓練や講習を終えた者がこの短期講習に参加して事務能力の底上げを行うのだが、ショーペンハウアーと鈴蘭は違った。
 唯でさえ殺人的な書類の量の他、一般教養やら何やらを加え、更にはえるしおんの「指導者の心得」、「経済学の基礎と応用」、「人・物・金の流れ方」、「情報、その価値とは」などの授業をマンツーマンで指導され続けた。
 はっきり言って、余人よりもタフな2人でなければ途中で精神か身体を壊していただろう事間違い無しだった。
 …なお、この短期講習の中でも滅多に行われない最高幹部養成コースは、『虎の穴』参加者をしても無間地獄と称されるものだったりする。
 ちなみに、えるしおんだけではなく、偶に他の幹部が自身の腹心や補佐役を養成する時に利用したりしているので、意外にもこの最高幹部養成コースは利用者が尽きた事は無い。
 また、それをクリアしたら出世街道を万進する事間違い無しであるため、必ず一定以上の命知らずな希望者が存在するからだ……大抵は途中で退場するか、通常の短期講習に戻ったりする。

 「…当時の事があって、彼は私の師でもあり、その見識の深さにはとても驚いたものです。やはり、上から眺めているだけでは解らない事が多いと思い知らされました。」
 「ショーペンハウアーさん、先ずは手の震えを止めてからにしましょう。ね?」

 ガタガタと手の中のティーカップを震わせながら語るショーペンハウアー。
 鈴蘭はそんな哀れな天使の姿に、涙を流しながら震える手を自身の両手で包みこんだ。


 小一時間が経過しました。


 「…申し訳ありません。取り乱しました。」
 「いえ、良いですよ。」
 
 茶もすっかり冷め、茶菓子も切れたのに補充されなかった頃。
 既に律子とセリアは去り、トラウマっていたショーペンハウアーと彼女の介護をしていた鈴蘭だけがそこにいた。

 「私ではこれ以上はお役に立てないでしょうね。やはりクーガーにでも聞くとよいでしょう。」
 「ありがとうございます。それじゃまた今度という事で。」
 「えぇ、次はお気に入りの茶葉を出しましょう。」

 そう言って、鈴蘭も徒労感と共に部屋を後にする。
 次の行先は練兵所。
 最近は預言者の従者としての仕事も休業中のクーガーが、聖騎士達を鍛えている所だ。







 「っはっはっはっはっは!で、オレの所に来たのか!」
 「はい。クーガーさんならエルシオンさんの事なにか知ってるかと思って。」

 練兵場の休憩スペース、そこにあるベンチに2人は腰かけていた。
 しかし、落ち着けない、落ち着きようが無い。
鈴蘭が横目で周囲を見渡すと、あっさりとその理由が解った。
 そこら辺に転がる鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧鎧…………そして倒れた鎧をツンツンとつつく子狐。
 練兵場の地面を埋め尽くす程に、大量の聖騎士達の躯が転がっていた。
 
 「いや、死んでないけど。」

 辛うじて胸が上下しているのが確認できるが、それ以外はまるっきり死体と区別がつかない程に生気が無い。
 …一体どんな扱きを受けたのだろうか?
 鈴蘭が冷や汗をかきつつ、そんな事を考えていると、不意に脇から声が掛けられた。

 「皆なー、クーガーさん来てから負けてばっかやから、うちがちょいと扱いたんよー。」

 ここでも相変わらずのほほんとした様子で、律子が呟いた。
 その言葉に、鈴蘭はあっさりと疑問が氷解した。
 あぁ、それなら無理は無い。
 嘗て関東機関において、神殿協会から出向した律子の厳しすぎる扱きにより、関東機関はほぼ完全にその機能を停止した事がある。
 現在はアウター相当の戦力であり、目からビーム、腕からロケットパンチを繰り出す沙穂ですら、その事が原因で未だに律子に対してトラウマを持っている。
 
 「とは言ってもな。オレとあいつの付き合いはここ五十年程の話になるが…いいのか?」
 「あ、お願いします。他の頃の話は帰ってからお兄ちゃんに聞こうと思ってるんで。」
 「まぁ、左腕やってたあいつなら詳しいだろうな。」
 「聞きたいんですー聞きたいんですー。」
 「クーガー昔話やー。」

 何時の間にか寄ってきたセリアと律子も混じりつつ、クーガーはえるしおんとの出会いと彼の人柄を語り始めた。

 

 古い話になるんだがな……そう前置きして、クーガーは話し始めた。

 「オレがあいつと初めて会ったのは、マリーチに扱き使われ始めた頃の事だ……。」

 
 ヘルズゲートアタッカーの一員として、死地から戻ってきたクーガーはマリーチの命令の元に英雄を作り出すための悪役を務めた。
 その際、幾らかの整合性を取るために、どうしてもお膳立てをする必要があった。
 確かにマリーチの結界ならそれ位どうとでも出来るのだが、もし記録を漁られ、何時か突き止める者が出ないとも限らない。
 そこで出てきたのがえるしおん率いるイスカリオテ機関だった。
 こと諜報活動であれば、人魔問わず最高峰の能力を持つ機関なら、その位はお茶の子さいさいだった。
 しかし、マリーチやショーペンハウアーの出自や世界の裏事情に通じ、更にそれらの機密を守れる者と言えば、その数は限り無く少ない。
 そのため、えるしおんは可能な限り使用する人間を少なくするため、本来の業務に加えて自身がその仕事を担当する事にした。

 「…あの時、オレは初めて書類で魔族が殺せるんだと知ったぜ…。」
 
 両目に眼帯してやや解り辛いが、クーガーの目は確かに遥か遠い所を見ていた。

 「あの時は部下への証拠作成の指示と…雇った人間にオレの世話をさせてたな。その人選も自分でやってたぜ。」
 「エルシオンさんって、何時休んでるんでしょうね?」
 「一度だけその頃のあいつの仕事風景を見た事があるんだがよ……3日に一度寝てたら良い方だぜ…。」

 鈴蘭の疑問に、クーガーは微妙な表情をして答える。
 何せ、当時はまだ電子機器が今ほど高性能では無かったし、高コストかつ場所を取り、更には故障も多かったため、どうしても人の手で書類を処理する必要があった。
 唯でさえ時代の移り変わりと共に必要となる情報量と工作活動が増えるので、第二次大戦直後はえるしおんの苦労が最も大きな時代だった。

 「あれ?それだけだと、今一クーガーさんと直接会う必要が無い気がするんですけど…?」
 「それがなぁ……。」

 やれやれとでも言うように、クーガーは語り続ける。
 クーガーはマリーチの使徒としてノエシスプログラムの詳細こそ知らなかったものの、かなり裏事情に通じていた。
しかし、決して人間としての生を放棄していた訳ではなかったし、簡単に人外に左右される今の世の中を嫌っていた。
 そのため、えるしおんは意外とあっさりとクーガーを気に入った。
 えるしおんは足掻き続ける者は人魔問わず嫌いではないし、クーガーの今まで培ってきた経験はえるしおんにとってかなり参考になるものがあった。
 しかし、それだけなら2人はビジネスライクな関係のままだっただろう。

 「あいつ、今までマリーチの事で愚痴れる知り合いがいなくてな……。」
 「あー、納得しました。」

 何時だったか、2人で晩酌していた時、えるしおんが酒に酔ったままにぽろっとマリーチの事で文句を言い、それをクーガーが同意したのが始まりだった。
 以来、2人は一緒に酒宴する機会があると大抵マリーチについて愚痴を言い合うようになった。
 …無論、その後に監視しているマリーチにそりゃもう酷いお仕置き(詳細は規制されました)をされるのだが、決して懲りない辺りがこの2人の普段の苦労を忍ばせる。

 「普段は真面目で頑固一徹。けど、真面目過ぎるせいで苦労が多い、と……。今更ですけど、典型的な仕事人間なんですね、エルシオンさんって。」
 「そりゃ2000年も過労しっぱなしじゃ仕方ないだろうぜ。。」
 「…本当、新婚旅行で休暇が取れて良かったですねぇ…。」
 「全くだぜ。」

 深く深く頷く2人。
 互いにえるしおんに世話になった者としては、彼が過労死する様な事態は避けたかった。

 「そう言えば、エルシオンさんってあんまりプライベートな事ってありませんね。」
 「仕方無いぜ。何せ人生の9割以上を仕事に費やしてきた奴だからな。そっちの割合なんざ殆どねぇようなもんさ。」
 「本っ当に休暇が取れて良かったですね!」

 そして、これ以上は知らないという事で、クーガーを置いて鈴蘭達は練兵場を後にした。
 既に夜と言ってもいい時間帯なので、鈴蘭はこれからヘルズゲートアタッカーで帰国、律子とセリアは教団内の自室に向かう事にした。

 「ほな、お休みなー。」
 「ばいばいなんですー。」
 「はーい、また今度―。」
 ≪鈴蘭様、またのお越しをお待ちしています!!≫

 律子とセリア、その他大勢の教団関係者に見送られながら、その日は別れた。
 そして、ヘルズゲートアタッカー内の客室で、鈴蘭はどうせだからお兄ちゃんや御主人様にでも聞いてみようと明日の予定を立てていた。







 「と言う事で、エルシオンさんの事をお聞きしたいんですけど。」
 「…いきなりそれか?全く、少しは成長したかと思ったんだが……。」

 頭痛ぇとばかりに額に手をやる貴瀬。
 今日は週末、魔殺商会も休日であり、貴瀬もぐーたらに過ごしていたのだが、そこに鈴蘭が来襲し、彼の静かな休日は潰えた……まぁ、みーこが身近にいる時点で、平穏は有り得ないのだが…。
 ちなみに、鈴蘭は此処まで来たのだから、いっその事知ってそうな知り合いには総当たりしてみよう(2人除外)と考えていた。
 とは言っても、えるしおんとそれなりに親しい者の内、時間が空いている者はかなり少ないので。自ずと限られるのだが…。

 「何故聞きたいのかはこの際気にせんが……聞きたいのはエルシオンの事だったな?」
 「あ、はい!御主人様って、どうやってエルシオンさんの事を知ったんですか?特に接点なんて無さそうですけど。」
 「まぁ、確かに個人的面識は無かったがな。…奴は第三世界でもかなりの有名人だ。アウターの様な悪名こそ無かったが、人類に友好的かつ様々な所に影響力を持っている事から、自然と噂程度は耳に入ってくる。」

 まぁ、プライベートな事でも何でもないのだが……と前置きして、貴瀬は話し始めた。

 長谷部翔香の頼みで魔殺商会を立ち上げた当時、既に貴瀬は記憶を失い、みーこは堕ちていた。
 それでも恙無く魔殺商会という組織を成立させ、運営していた辺り、貴瀬の能力の高さが伺える……真っ当な能力では無かったが。
 そして、魔殺商会のメイドと全身黒タイツ戦闘員達の制服はどれも特製のものだった。
 その多くはドクターが作成を手掛けていたが、必要な材料はどうしても余所で調達しなければならない。
 しかし、多くの社員達に魔導皮膜済みの装備を行き渡らせるとなると、材料はかなりの量に昇るため、それに比例して高額になってしまう。
 そこで、当時から第三世界で大々的な営業を行っていたマルホランドに注文する事にした。
 マルホランドでは、初回かつ大口の客には余程の事が無い限りはサービスを欠かさない。
 その時の魔殺商会からの注文もマルホランドは自社の定価の3割引き(一般的な市場価格の半分近い値段)で契約を結んだ事から、魔殺商会はそれ以後もマルホランドを度々利用するようになった。
 
 「マルホランドって、そっちの方にも手を出してたんですか!」
 「先日、あそこの会長兼代表取締役が来ていたな?奴も魔族だ。その上、エルシオンの右手でもある。」

 まぁ、その辺りはその内教えてやろう、と貴瀬はえるしおんに関する話を続ける。
 その態度に若干拳を握りしめた鈴蘭だったが、今はえるしおんの話が聞きたかったため、曖昧に相槌を打つに留めた。
 
 「オレがあの男と初めて直接会ったのも、マルホランドの支部での事だったな。」

 その当時、商品の確認に貴瀬がマルホランドの近場の支店を訪れた際、えるしおんも学術都市の視察の途中に寄ったため、はち合わせたのだ。
 …ちなみに、責任者である貴瀬が態々来たのは、初めて利用する会社の商品に不備が無いかを調べるためだったりする(不備があれば、かなり吹っかけていただろう)。
 
 「それで、どうだったんですか?」

 興味津津といった様子で間を詰めてくる鈴蘭。
 しかし、そんな彼女の期待は次の瞬間にはあっさりと覆された。

 「普通に商談して帰った。」
 「へ?」

 貴瀬の言葉に、鈴蘭は間の抜けた声で返した。

 「通路でばったり会ってな。そのまま商品に関して話した後、『今後とも良い付き合いを』と言って別れた。」
 
 あっさりとそう言ってのける貴瀬に、鈴蘭は脱力したように長い溜息をついた。
 その時は貴瀬もまさか相手が世界経済を裏から操る『財界の魔王』とは知らず、ただのマルホランドの上役程度としか認識していなかった。
 …えるしおんの方は勿論貴瀬がみーこの使徒である事を知っていたのだが、この出会い自体は偶然の産物だった。
 
 「それじゃあんまりですよ~。」
 「それからだな、奴とちょくちょく顔を合わせるようになったのは。」
 「へ?」
 
 思いっきり悪事を働き続ける魔殺商会。
 ヤのつく自営業の方々と大陸系のワンさんの取引現場に乱入し、ブツと支払い金を持ち逃げし、それらを逮捕しようとしていた国家権力の無能をせせら笑い、洋上の密輸現場を襲撃してブツと有り金を持ち去り、無能な政治家や有力者のスキャンダルをマスコミに法外な値段で売りつけたり、報復しようとする自営業の皆様をなぎ倒したり、レベル上げに勤しむ勇者の邪魔をして嘲ったり……正に悪逆非道の限りを尽くし、それを楽しんでいた。
 しかし、そこで立ち上がる者がいた。
 イスカリオテ機関、その諜報組だった。
 これは裏社会が無暗に荒らされると工作や情報収集に支障が出る可能性があるため、という非常に生臭い理由からだった。
 しかし、魔殺商会と正面からやり合うのはみーこを刺激してしまう可能性が高過ぎる。
 そこで、示談で終わらせる事が別の非合法組織に偽装したイスカリオテ機関側から提案された。
 即ち、日本の非合法組織は上納金を収め、魔殺商会はその8割を受け取る。
 残りの2割は仲介役であるイスカリオテ機関が受け取る。
 上納金が収められる間は襲わないが、収めないのならその限りではない。
 要するに、金で御目溢ししてもらおうというものだった。
 無論、相当の反発が起こったが、その全てが魔殺商会によって鎮圧された。
 そして、敗れた非合法組織の多くは上納金を収めるか、更に地下へ逃げ込む事となった。
 これにより、一応の新たな秩序が完成し、イスカリオテ側はその目的を果たし、魔殺商会は労せずに更なる資金を獲得したのだった。
 しかも、上納金はかなり吹っかけており、払えなくなる組織が多発。
 そうなると魔殺商会に蹂躙されるか、警察に通報され、組織自体が潰されていくというかなり悪辣な真似をしていた。
 
 「その時の『商談』に来たのがエルシオンの奴でな。」

 相手は堕ちたとは言え、アウターの中でも最高峰とされる億千万の口とその使徒である黒龍。
 はっきり言って、一般的な機関員では役不足だった。
 そこで、上層部の中で当時唯一休暇になる寸前だったえるしおんに白羽の矢が立った。
 無論、他の側近達は全員が彼を止めたのだが、上層部の一員で交渉事が得意な者達が偶々過労で入院中だったため、敢え無くえるしおんが出向いたのだった。
 …なお、下手に偽装するとかえって危険という事で、えるしおんは変装せずに素のままで赴いた。

 「そこで奴と再開してな。以来、良き商売相手としてちょくちょく付き合いがある。」

 まぁ、第3世界の事に関しては厄介事しか持ってこないのだがな……。
 そう締め括り、すっかり温くなったコーヒーを啜る貴瀬。
 そして、実に微妙な顔をしてう~んと頭を悩ませる鈴蘭。

 「みーこ様を刺激したくないっていうのは解るんですけど……自分にはあんまり得にならならない商談を結んだのって、やっぱりみーこさんが原因ですか?」
 「まぁ、順当に考えてそうだろうな。堕ちたとは言え、何が切っ掛けで記憶を取り戻すか解らない状態のアウターだ。傍から見れば、何時発射されるか解らない戦略級核弾頭がほいほい歩いているようなものだろう。奴としてはある程度堂々とみーこを監視したかったのではないか?」
 「それだったら、部下の人とかは…。」
 「そこら辺に転がっている様な魔人に、みーこの監視が務まると思うか?何せ、あのクソ真面目な性格だ。必要でもないのに部下を死地に赴かせるにも躊躇いがあったのだろうし……そもそも自分で見ない限りはみーこが堕ちたという事実を納得できなかったのではないか?最初の数回以降は、奴の部下が商談に来ていたしな。」
 
鈴蘭が更に疑問を上げるが、それにも貴瀬はあっさりと答えた。

「あれ?でも、みーこ様はあんまりエルシオンさんと面識が無かったみたいだけど…。」
 「大方マリーチの同類と聞いて、可能な限り会わないようにしていたのだろう。」
 「…切実、ですね…。」
 「…気持ちは解るが、な……。」

 何とも言えない気の毒な雰囲気が2人の間に漂った。
 今は夫婦とは言え、2000年もの間マリーチの悪戯に困らされてきたえるしおんにとって、アウターとはその危険度以上に忌避する存在だという事だった。
 かと言って、目を反らせばどんな事態になるか解らないため、絶対に無関心ではいられないというジレンマを含むため、彼の心労は如何程のものだったのだろうか?
 それを知る者は本人を除いて、恐らくその妻しか知らないだろう。
 オレの話はここまで、という貴瀬に礼を言って、鈴蘭は社長室を退室した。

 次に目指すは飛行戦艦ヘルズゲートアタッカー。
 その艦長にしてゼピルム参謀、しかし、イスカリオテ機関諜報部部長でもあるマニホルド・エスティの元へと向かった。






 「で、エルシオン様の事が聞きたいんだっけ?」

 時刻はお昼時。
ヘルズゲートアタッカー内の食堂にて、のほほんとした様子で側近Bこと蛇目シャギーが鈴蘭に尋ねた。
既に話は聞いていたらしく、エスティは急に来訪した鈴蘭に驚きもせず、温かく迎えた。

「うん。お兄ちゃんって、元々エルシオンさんの部下だったんでしょう?なら、色々知ってるかなって。」
「知ってどうするって言うよりも興味本位なんだね…。」

やれやれとでも言う様に、エスティが肩を竦めた。
自身ももぐもぐと日替わり定食(豚肉の生姜焼き定食)を食べながら頷く鈴蘭……聖魔王と呼ばれる彼女をはしたないと叱る勇気を持った者は、生憎とこの場にはいなかった。

 「まぁ、確かに僕はエルシオン様の片腕だけど…プライベートな事が殆ど無い方だからね。はっきり言って、余り役に立てないよ。」
 「オッケーオッケー!此処まで来たら何だっていいよ!」
 「…それ、マリーチ様や猊下の前では言わないようにね。」
 「…はい。」

 もしそんな半端な考えでえるしおんの事を知ろうとしようものなら、あの2人にどんな目に会わされるか解ったものじゃない。
 マリーチは妻として当然だが、教皇の場合はちょっと危険な位えるしおんを尊敬しているので同様。
 ((この2人にだけは知られてはいけない。))
 2人の脳裏に、同時にそんな言葉が浮かんだ。

 「さてさて……何から話せば良いかな……。」

 実年齢よりも子供っぽく目を輝かせている妹分に、エスティは嘗て彼女が幼かった時にお伽噺を聞かせた時のように、昔話を話し始めた。

 「あれはそう、まだイスカリオテ機関の名前すら無かった頃かな……。」

 そう言って、エスティは懐かしそうに語り始めた。



 エスティの出会い編は本編第4話を見てね☆
 ……手抜きじゃナイヨー。



 「それからかな。僕があの方に心底仕えるようになったのは…。」
 「エルシオンさんって、随分人望があるんだね。」

 懐かしのお兄ちゃんの話に、鈴蘭はへーっという風に感心していた。
 
 「まぁ、血筋からある程度は敬意を払われてたけど、魔王(偽)に就任してからはちゃんと自分の人望やカリスマで従えてたしね。あの人程この世界に貢献した人ってあんまりいないんじゃないかな?」
 「やっぱり凄い人なんだぁ……あれ?それじゃどうして本物の魔王にならなかったんですか?エルシオンさんなら出来そうだけど?」
 「あー、それは……。」

 当然とも言える鈴蘭の疑問に、エスティは何とも言えない微妙な表情を浮かべて言葉を濁した。

 「え、何々?どうしたの?」
 「その疑問、以前マリーチ様がエルシオン様に直接尋ねた事があって、ね…。」
 「で、返事は?」
 「『柄じゃない』。」
 「?」

 疑問符を上げる鈴蘭に、苦笑しながらエスティは続けた。
 
 「『柄じゃない』ってさ。世界の支配者っていう実入りの悪い職業になるよりも、のんびりしたいってのが本音らしいね。態々魔王になんかならなくても実質世界を掌握しているからっていうのもあるけど………更に仕事が増える可能性を考えると、ね…。」

 ふっ、と物憂げに顔を背けるエスティに、鈴蘭も同意する様に深く頷いた。

 「うんうん。権力なんかよりも、人並みに生活したいよね。」
 「僕もね、昔は魔王になりたいとか世界の支配者にとか上から眺めてやるとか思ってたんだけどね…………エルシオン様に仕えてて、その気は大分昔に失せたよ……。」

 いきなり煤けだし、虚ろな目で何処か遠くを見つめる兄貴分の姿を見て、鈴蘭はただただ悲哀を感じて涙を流した。
 つい数年前、日本であんな大事件を引き起こした新入りアウターの言葉とは到底思えないセリフだった。
 マニホルド・エスティ。
 見えざる手こと多管手構造を操り、アウターの中では若輩で一対一では劣るものの多対一の戦闘を得意とし、策謀に関しては非常に優秀であり、嘗ては千手観音の使徒として人に神罰を下す『天』に属する者だったが……………今や彼は疲れ切り、旬の過ぎた一介の魔人に過ぎなかった。
 鈴蘭はそんな彼の悲哀に、ただただ涙した……と言うより、それしかできなかった。

 「あれ?鈴蘭様にエスティ様、お二人でどうしたんですか?」
 「あ、ラトゼリカ。」

 そこに偶々昼食の載った盆を手にしたガンオタなオペレーター娘(年齢不詳)のラトゼリカが通りかかった。
 ヘルズゲートアタッカーの副長である彼女も、そう言えばイスカリオテ機関に属する魔人の1人だった。

 「ラトゼリカか、丁度良かった。鈴蘭がエルシオン様の事が聞きたい言ってきてね。良かったら何か話してくれないかい?」
 「え!?ラトゼリカさんってイスカリオテの人だったの!?」
 「え、長官の事ですか?それならファンクラブの記録を纏めれば3日は掛かりますが……手短に、手持ちの記録と私の知ってる話でよろしいのでしょうか?」
 「あぁ、それで頼む。」

 エスティの頼みに、足を止め、盆を2人がいるテーブルに置くラトゼリカ。
 なお、彼女はイスカリオテ機関内の「エルシオン様ファンクラブ」会員Nо.2347であり、会員達の中でも古株に入っていたりする(現在会員数は69024人、なおも増加中)
 そのため、えるしおんに関するネタに関してはかなり豊富な知識を持っている……預言者と教皇には劣るが(なお、教皇は会員No.50921。預言者は陰のスポンサー)。
 そして、鈴蘭の驚きを余所にして、これは大体10年位前のお話なんですけど……と言ってから彼女は話し始めた。


 当時、イスカリオテ機関の活動はここ五十年程の間、現在と殆ど変らなかった。
 側近Aことバーチェスはマルホランドの経営と情報収集、資金稼ぎに忙しく、世界中に広げた営業の手を更に確固なものとしようと力を注ぎ、同時に学術都市の支援と監視にも手を抜いていなかった。
 また、側近Bことエスティもゼピルム最高幹部という化けの皮を被り、諜報活動と秘密工作に勤しんでいた。
 そして、長官であるえるしおんはというと……来る日も来る日も膨大な仕事に忙殺(人間なら確実に数度は死んでいる)されていた。
 対するラトゼリカは、開発部付きの文官として日々を精一杯働いて過ごしていた。
 予算を使い込もうとする同僚を止め、趣味に走ろうとする同僚を止め、年度初めの予算争いでは普段の大人しさをかなぐり捨て、上司や同僚からのセクハラや変態的行動に怒り、過労死しそうな一番上の上司を皆で止め、ストレスが原因で自分も趣味に走りそうになって同僚に止められる。
 そんな日々を過ごしていた。
 しかし、彼女がそんな平和…平和?な日々を過ごす事はある日を境に唐突に終わった。

 「わ、私が諜報組と一緒に潜入ですかッ!?」
 「そうだ。」

 滅多に訪れる事が無い(許可されても積極的に行きたくない)長官の執務室。
 そこで、ラトゼリカはえるしおん直々に潜入任務を告げられた。
 現在、ゼピルムで設計中の飛行船バーボット。
 しかし、元々慢性的な人手不足であるゼピルムではそんな前代未聞な代物を一から設計できるだけの人材はいなかった。
 現在潜入中の諜報組の人間もどちらかと言うと武官よりの者ばかりであり、技術方面ではあまり役に立たない。
 そこで、開発組から誰か潜入に参加させざるを得ない状況になってしまった。
 
 「で、ででででででっででででででででででも!わ、私ってただの技術者ですよっ!?潜入なんて素人そのもので…ッ!?!」
 「慌てるな。潜入とは言っても、君にやってもらう事は情報収集とか工作活動等の一般的なスパイの仕事ではない。それにそっちは現状で手が足りている。」
 「はへ?」 
 「…君の仕事はあくまで技術屋だ。」

 間抜けな声を出すラトゼリカに、えるしおんは額の皺をやや深くしながらも、まぁ座れ、と言って椅子を勧めてから説明を始めた。
 えるしおん曰く、現在、機関の開発組の技術は魔道的なものはかなりの完成度を誇る。
 しかし、科学技術と魔道技術の融合を狙っている機関としてはどうしても両者を用いた現状の技術の集大成を作り、それのデータを収集、技術的ブレイクスルーを発生させたい。
 だが、それをするには相当のコストが必要であり、また、何を作るかにしても相当揉める事は確実であり、その維持費やら何やらも面倒だった。
 そこで、こちらの監視下にあるゼピルムを利用しようという事になった。
 彼らが開発中の飛行船は現状の科学技術の最先端を行っている上に、魔道的な要素も多く含んでいる。
 しかし、その性質上開発は遅々として進んでいない。
 そこで、機関の持つ技術を導入する事により、開発を促進させる事を狙った。
 そうすると技術的な試験を行う事も出来る上に、近年勢いが急速に弱まっている反体制魔族・魔人組織であるゼピルムがある程度息を吹き返す事もできる。
 何故こんなにゼピルムに梃入れをするかと言うと、反体制派の組織が潰えてしまうと、反体制組織に所属する魔族・魔人を一括して監視する事が出来ないため、機関としては困ってしまうのだ。
 そういった事情を大まかに説明してから、えるしおんは如何にも頑丈そうな椅子から立ち上がり、2m近い位置にある頭を下げた。
 
 「本来、技術者である君を潜入任務に参加させる必要は無い。今回、君を参加させる事は私の落ち度だ。幾らでも罵倒してくれて構わない。」
 「うぇェェええッ!?!」

 それに仰天したのはラトゼリカだった。
 彼女達機関員にとって、えるしおんとは足を向けて眠れない程のお偉いさんであり、同時に大恩のある者であり、超々々々VIPだった。
 彼がいなければ今現在の自分達の平和な暮らしは無かったと断言できる程に、えるしおんの偉業は機関員だけでなく、彼らの家族にまで知れ渡っていたからだ。
 …ちなみに何故ここまで知れ渡っているかというと、またぞろ側近Bによる情報工作だったりする。
 機関員の組織への忠誠をより強くするための行動、と言うよりもえるしおんへの嫌がらせ兼仕事の能率UPを狙ったものだったりする。
 
 それはさておき

 一応開発組では中間管理職に入るラトゼリカにとって、そんな雲上人であるえるしおんに頭を下げられるというのは驚天動地の出来事だった。

 「すまない。」
 「あ、ああああああああああ頭をあげぇてくだしゃいっ!!」

 そして、未だに頭を下げ続けるえるしおんを止めようとしたラトゼリカは盛大に取り乱し、噛んだ。
 その姿はいい加減に(情報規制が入りました)歳とは思えない程に可愛らしいものだったが、この場合、誰も見ていなかったので詳細は割愛する。
 
 「…本当にすまない。しかし、技術者としての技量の他に社交性や人格、その他の適正を考えると、君が最適という結果が出たんだ。すまないが、この話を受けてはもらえないだろうか?」
 「わわわわわわわあわわわわわわ解りました!解りましちゃから、頭を上げてくだしゃい!」

 またも盛大に噛みながらラトゼリカは必死にえるしおんを止めにかかった。
 こうして、彼女は混乱も冷めやらぬ内にゼピルムに潜入する事となった。



 「という事があったんですよ。」
 「またすんごいエピソードだね…。」

 話を聞き終えた鈴蘭は、最早驚き疲れたという顔して嘆息した。
 人に歴史ありというべきか、一見大人しそうなオペレーターである彼女にもこんな過去があったのだと鈴蘭は圧倒されていた。
 しかし、席を同じくするエスティはと言うと、ポーカーフェイスの内側でその当時の上司の心情をかなり正確に予想していた。

 (余計な揉め事を避けるために、謝罪でラトゼリカが混乱している内に素早く言質を取ったのか…。相変わらずやり方に隙が無い。流石に汚いエルシオン様汚い。)

 「あれ以来、私はゼピルムでこの子の開発に加わりました。予算はそれ程豪勢じゃありませんでしたけど、当時の最新技術が科学・魔法問わずに詰め込めたお陰で高性能に仕上げる事に成功しました。それに設計段階で余裕を持たせておいたから、今もこの子はこうして改修を受けて現役を張っていけてるんです。当時は死地に赴く覚悟でしたけど、今では私を選抜してくれたエルシオン様に感謝しきりです。」
 「おおぉ~、何だからラトゼリカがかっこいい!」
 「あ、それとさっき言った記録の話なんでしけど……。」

 そう言って腕時計型の携帯端末を弄り始め、立体映像状でランキングらしきものが映し出された。
 
 「去年集計された『イスカリオテ機関内ついていきたいリーダーランキング2001☆』の集計結果です。このうちのTOP3の内訳ですけど…3位のエスティ様の投票が12073票、『その悪さがいい』、『抜け目が無い』、『2枚目半な所が好き』という好意的なコメントと『手段を選ばなさそう』、『いざという時に負けそう』、『旬が過ぎてる』という否定的なコメントの賛否両論が多いですね。諜報組からの投票が大半です。」
 「うーん、もう少し位人気があっても……。」
「2位のバーチェス様が20947票で、『この人なら忠誠を誓える』、『仕え易い上司No.1』、『下の人間にも優しい』、『人格者』、『息子さん私にください』など、好意的なコメントが過半数ですね。大半はマルホランド出向組からの投票です。」
 「流石と言うべきかなぁー…でも、最後のコメントは何か違うと思う。」

 それはさておき

 「肝心のエルシオン様ですが何と59187票と、2位を引き離して堂々の一位です。『この方のためなら死ねる』、『少しは休んでください』、『目を離したら死んでそう』、『少しでもいいから休ませてあげたい』、『ずっと見ていたい』、など、好意的とは言えないコメントが多いですが、このランキング創始から数十年連続でTOPに君臨しています。」
 「もう何も言うまでも無くTOPなんだ……後、マリーチさんっぽいコメントまであるし…。」
 「誰もあの方の投票姿見てないんですけどね…。」

 思ってもいなかったな展開に、鈴蘭は半ば呆れた様なコメントを上げた。
 そして、盛り上がっているのか下がっているのか解らない2人の脇で表面上にこやかなままで話を聞き続けるエスティはと言うと、そろそろ昼休みも終わりなので席を立つ準備をしていた。

 (ことの真相は闇の中に葬った方がいいな、これは……。もし判明したらエルシオン様の評価が下がりそうだ。)

 エスティを放って意外と楽しそうに話し続ける2人。
 今はファンクラブ特集号第41弾『エルシオン様~その誠実さと愚直さ~』を話し続ける2人を置いて、エスティは自分の盆を持って静かに立ち上がり、その場を後にした。

 (あの投票、実は始めさせたのは僕だったりするんだよね。)

 エスティは以前から諜報組を使ってえるしおんの人望を高めようと動いていた。
 それ程力を入れていた訳ではなかったが、TOPに人望があるのは組織の運営上望ましいため、僅かながらもかなり長い間工作活動を続けていた。
 そこに悪乗りしたマリーチも加わり、ファンクラブはどんどん信者を増やし、更にファンクラブ会報の発行、終いにはランキングまで出来てしまった。
 エスティとしてはここまでする気は無かったのだが、マリーチは全く意に介さずに楽しんでいた……恐らく確信犯だったのだろう。
 なお、教皇も会報(特集号含む)を全て欠かさず購入していたりする。
 だが、そんな事をせずとも結局の所、えるしおんの人望もカリスマも高いままで変わらなかった。

 (結局、あの方が尊敬に値する人格と能力、功績を持っている事は事実。なら、僕からは特にする事も無いかな?)

 そして、未だに喧騒に包まれている食堂を静かに後にしたエスティは、先程の出来事から昔の事を思い出していた。

 (そう言えば、あの方が尋ねてきた時も、この時期だったかな?)







 十字軍遠征が幾度も行われた当時、イスカリオテ機関は今ほど世界に強い影響力を持っていなかった。
 無論、農業革命の促進や新技術・概念の開発と発見など、社会的貢献は大きなものだったが、ヨーロッパ社会全土に大きな影響力を持つには至っていなかった。
 それでも西暦2000年に至るまでの歴史に大きな影響を与え続けたのは、揺るがない事実として当時から機関に在籍している者達の胸に刻まれている。
 機関としての活動が軌道に乗る少し前の頃の話だった。

 その当時のある日、仕事を終えたエスティは機関が当時から居を構えるようになった法王庁の地下にて、ちょっと信じられないものを見た。
 機関内の廊下、そこに見慣れぬ魔族が臆せずに歩く姿があった。
 最初は過労から来る幻覚か何かだと思ったのだが、彼の優れた頭脳は疲労に負けず、現状を速やかに把握してみせた。
 別に魔族など珍しくもないが、嘗ては千手観音の使徒であったエスティにはその魔族が相当高度な隠蔽術式を使用して秘密裏に潜入している事が解った。
 現に侵入者がいれば絶対に飛び出してくる戦闘部隊の者が誰一人として現れない。
 エスティが彼女を発見できたのは、彼自身が多管手構造という目に見えないものを操る性質上、不可視のものに慣れている事から来る全くの偶然だった。
 エスティを除けば、それこそバーチェスの様に魔法に優れる高位の者がかなり注意しなければ見破れない程に見事な術式だった。
 そして、瞬時に事態の深刻さに気付いたエスティは戦闘部隊、それも最精鋭の装備と錬度を持つ特殊部隊を呼び出す警報装置を発動させようとした。
 だが、それは叶わなかった。
 瞬きの間に、視界が青みがかったものに変化する。
 隔離世の最高深度に位置するコキュートスに引き込まれたのだ。
 これでは如何に戦闘部隊の最精鋭とは言え、辿りつくのは至難の業だろう。
 そして、エスティは自分の他にもう一人、自分をここに引き込んだ者がいる事に気付いていた。

 「おやおや…今日は招待状を送った覚えは無いのですが。」
 「えぇ、勿論。でも、大事な息子の職場を尋ねてみたいとは思いませんか?」
 
 侵入者の言葉に、エスティは迂闊にもマジマジとこちらの正面に立つ侵入者の容姿を眺めた。
 サラサラと流れる白に近い銀の長髪、白い肌、柔らかながらも知性を感じさせる美貌、きゅっと締まった腰、露出の少ない控えめなドレスの上からでも解るメリハリのあるボディ……。
 と、そこまで見てからエスティはその女性の顔形にどこか見覚えがあるように思えた。

 (何処かで会った?しかし、これ程の美人なら覚えているものだけど……と言うか、息子?魔族の中で母親が存命の者は全員隠れ里にいる筈だが…?)
 「私はエスティ、ここで働いている者の1人です。レディ、失礼ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?。」
 「あら失礼。私ったら自己紹介もせずに。」
 
 一応先に名乗っておくエスティ。
 礼儀正しくしておいて損な事は滅多にない。
 この不審者にしてもこれ程の美人ならかなり高い格の魔族の出だろう事は確実だし、自分だけで
 彼女の言、息子の職場訪問が真実だろうが嘘だろうが一度事情を聴く事には変わりない。
 
 「私はフィエル。次男のしおちゃんがここで働いていると聞いて来たのですが…あの子はどちら?」


 …………………………。

 ………………………………………。

 …………………………………………………………。


 「…………………………………………………はい?」
 
 脳があまりの事に停止しかけたエスティ。
 はっきり言って、脳が理解する事を拒否していた。
 フィエル?次男?あれ、どっかで聞いたような……。
 グルグルと混乱の極みに至るエスティだが、それらの事項を一端脇に追いやる事で何とか精神の立て直しを図った。

 「ひ、一先ず客室にご招待させて頂きます!そこで御用件を伺いますので、如何でしょうか!?」
 「あらあら、御丁寧にどうも。でも、そんな畏まらなくても良いのよ?」
 「いえいえいえ!お気になさらずとも結構でございますです!(こっちが構うんだよッ!!)」

 そう言ってから、エスティは動揺も冷めやらぬ前に何時もの丁寧な物腰(と自分では思っている)を取り繕い、急いで貴賓室へとフィエルの案内を始めた。
 勿論、騒がない事を条件に通常空間へ復帰してからだ。
 しかし、エスティの内心は緊張で引っ切り無しに悲鳴を上げていた。
 フィエル、次男、しおちゃん……断片的なヒントから、並の魔人とは比較にならない優秀さを誇るエスティの頭脳はたった一つの答えを導き出した。
 
 (よりにもよって上司の母、それも先代魔王陛下とは予想もできませんでした!!)

 寧ろ予想できる方がどうかしていると思う。



 「ごめんなさいね、気を遣わせてしまって。」
 「いえいえ、麗しいご婦人のためならこの程度は些細な事ですとも。」

 貴賓室、それも最上級ゲスト用のそれは何時も使用可能なように保たれているため、本の数分前に訪れたエスティが手早く紅茶を淹れられる程に整っていた。

 「美味しい紅茶を御馳走様。それはそうと、エルシオンは何処かしら?あの子の働いている姿を少しばかり見たいのだけど…。」
 「その事なのですが、今現在エルシオン様は御多忙でして、面会するにはかなりの時間お待たせしてしまう事になるのですが…。」
 「あら、そうなの?」

 眉を寄せ、残念そうな声を上げるフィエル。
 対し、エスティは内心で悲鳴を上げ続けていた。
 
 (頼む!帰りますって言って!今エルシオン様を邪魔したら、漸く終わった僕にまで仕事が来る!)

 つい先程漸く仕事が終わり、自室のベッドに2週間ぶりに飛び込めるという時にこの珍客。
 エスティは泣きそうだった。
相手はアウターを束ねるだけの実力を持ち、更には上司の母君であり、もし蔑ろにしようものならば、後で上司と無二の同僚による仕打ちが怖いため、迂闊な対応は取れない。
 疲労で今にもダウンしたい彼にとって、この状況は生き地獄に等しいものだった。
 
 「それじゃぁ、貴方があの子の仕事ぶりを教えてくれないかしら?」

 さも名案とでも言うように、手をポンと叩くフィエル。
 その仕草は妙齢の女性だと言うのに何処か幼子の様な可愛らしい印象を見る者に与える。
 だが、その一言はエスティには断頭台への階段を幻視させていた。
 そして、彼の返答は最初からたった一つしか無かった。

 「勿論、私が答えられる範囲で。(逃げたい!物凄く逃げたい!)」

 本音と建前が一致しない事は、残念ながら彼にはよくある事だった。
 

 「給料は幾ら位かしら?」
 「大体これ位ですね。」(紙に詳細を書いて見せる)
 「わー、私よりあるのね。」
「えぇ、私達の間でも高給取りです。(まぁ、昔と今じゃ貨幣経済の方が比重は大きいからでしょうね。)」
 ※フィエルの収入は貨幣に換算するとこの当時のえるしおんよりも多い。

 「主にどんな仕事をしているの?」
 「主な仕事は集めた情報から組織の大まかな方針の決定や必要な予算の審議といった事ですね。時々、他の役員の方々と新たに取り決めをしたりもしますが、主に書類と睨めっこするのが仕事ですね。」
 「あら、随分退屈そうなのね。私が現役の頃は、もっと刺激的なものが多かったのだけれど。」
 「今は大分情勢が変化しましたからね。(そりゃ魔王制の頃とは違うでしょうよ!)」
 
 「一日何時間働いているのかしら?」
 「人並み程度でございます。(言えない!常に過労死寸前なんて言えないッ!)」

 もし言ったら、機関どころか法王庁すら壊滅しかねない。
 アウター達を形だけとは言え、纏めるだけの実力を持った人物である。
 少なくとも娘のエルシア並の実力は持っているであろう事だけは確かであり……色々と人格的に問題のあるエルシアに躾を出来るだけの実力はあったと思われる。
 …ちなみに、現在えるしおんは執務室で既に徹夜一カ月突破、今も死ぬ気になって書類を同時に3枚処理しているが、それでも終わる気配は全く無い。
 未だ並列思考が開発されていない当時、純粋に自身の実力で処理しなければならないため、過労で倒れる者は現代とは比較にならない程多い。
 なお、えるしおんの仕事時間はこの時代も現代も変わっていない。
 時代と共に扱う書類が増加傾向にあるから、ちっとも仕事が減らないのだ。

 「職場環境はどうかしら?」
 「至って心配いりません。十分な職場環境と休暇があります。(言えない…絶対に言えない。)」

 もし言ったら(ry

 「ちなみに……浮いた話は?」
 「残念ながら一片も……。」
 「あらあら、残念ねぇ。」

 孫の顔が見れるのは当分先かしら?というフィエルに、エスティは一瞬だけ煤けた表情になった。
 ファンクラブは既に根強い勢力になってるのにねぇ?
 内心でそう愚痴るエスティだったが、それは言えない。
 身内の恋愛事情というのは、何時の時代も女性にとっては格好のネタに過ぎないのだから。

 

 「じゃぁ、これで最後の質問にするわね。」
 「おや、もう宜しいので?(やっとだ!やっと解放される!)」

 小一時間程えるしおんの近況について話を続けたが、流石にネタが尽きたのか、それともエスティの疲労度がいい加減に限界に達したのを察したのか、フィエルは漸く最後の質問をする事にした。
 あのエスティが化けの皮が全て捲れそうになっている辺り、彼の疲労度が伺える。

 「エルシオンは、私の二番目の息子は幸せでしょうか?」

 今までの穏やかな表情からは想像できない、美しくも憂いを浮かべる表情と儚げな雰囲気にエスティは一瞬だけであるが、確かに目を奪われた。
 
 (ハッ!?まずい!)
 
 そして、一瞬後にエスティは無事に復帰した。
 強固な理性ですぐさま正気に戻ったが、もし今の彼女を見たのがそこら辺の魔人であれば、すぐさまその場で膝をつき、頭を垂れていた事だろう。
 それ程の高貴なオーラを、フィエルは全身から発していた。
 それはえるしおんやバーチェス達と同じく魔族だからという理由だけでは到底説明できず、物理的な圧力すら感じさせるものだった。

 「…私はエルシオン様が幸せかどうかは…生憎と存じかねません。」
 「そう…「ですが!」?」

 美麗な眉を寄せて苦悩の表情を見せるフィエルだったが、エスティが唐突に彼女の言葉を遮ると、表情を疑問の形に変えた。

 「ですが、エルシオン様は決して今の仕事を投げ出そうとはしませんでしょう。」
 「理由を聞いても?」

 疑問の形を取った確認。
 そのオーラのためか、フィエルの言葉には強制力が込められている様に感じられたが、そんな言い方をせずとも、この癖のある忠臣は口を開いただろう。

 「今の我々の仲間、力を持たぬ魔人や魔族の生活を御存じでしょうか?」
 「解っています。今の世があの子達の御蔭で、昔よりも遥かに平和になった事は。」
 「なら、それが答えです。」

始めた理由はどうであれ、えるしおんは自分の意志でここまで歩んでみせた。
なら、例え外野がどう言った所で、えるしおんはこれからも自分の意志で歩み続けるだろう。
 日々、苦労の連続(と言うかそれしかない)だが、それでも今もその歩みを止めないのは確かにえるしおん自身の意志であり、現にこうしている間にも、えるしおんは魔族・魔人の生き残りのために汗水血を惜しまずに働いている。
 それらの行いこそが、えるしおんの意志を無言の内に語っている。

 「そう……なら、それで良いのでしょうね。」

 ほっこりと、今度は日向の様な笑みをフィエルは浮かべた。
 まるで隠れていた太陽が雲の切れ間から顔を覗かせる様な明るさを含んだ笑みに、先程まで室内に漂っていた重い静謐な雰囲気は一瞬で霧散した。
 残ったのは、お互いに対面に座る控えめなドレス姿のフィエルと普段着の執事服のエスティだけ。
 言わずとも、それが肉親の、息子の事なら伝わる事もあったのだろう。
 フィエルからは先程感じられた憂いが綺麗に無くなっていた。

 「じゃぁ、今日はここまでにしておくわね。美味しい紅茶を御馳走様。ありがとう。…それと、しおちゃんには…。」
 「言われずとも、私からエルシオン様に話す事はありません。」
 「そう……なら、今度はあの子の直接会う事にするわ。長いお話に付き合ってくれてどうもね。」

 そして、言うだけ言って、フィエルは忽然と姿を消してしまった。
 先程まで僅かに青みがかっていた視界も既に通常のそれと変わらない。
 今、エスティはたった一人で機関内の一等高級な貴賓室に立っているだけだったが……。

 「もう、限界……。」

 そのまま、ふかふかのソファへと倒れ込んだ。






 (ふふふふふふっふふふふふふっふふふふふふふふ………結局、あの後遅刻して仕事が増やされたのは忘れたい過去の一つだね。しかも、あの数ヵ月後、今度は妹様が来訪なさって機関は一時停止するし……全く、本当にあの一家は周りを振り回すね?)

 表情こそ朗らかだが、虚ろな目のままにブリッジの扉を開くエスティ。
 艦長席に座って漸く仕事に頭を切り替えたが、幸いにも今日はゼピルム総長も関東機関の方にいるし、仕事の過半数は既に終了した。
 後は残った分を片付けて終了。
 幸いにも今日は金曜日であり、仕事が終われば後はのんびり自室で紅茶でも飲んでゆっくりできる。
 さぁ、始めようとエスティが書類に手を付けようとしたその時、ピーピーピーと唐突に通信を知らせる音が鳴った。

 「あー、僕だが?」
 『あ、艦長。実は艦長に2名のお客様が来ていまして。』
 「…アポが無いのなら後日来てもらえ。僕は今忙しい。」
 
 にべも無く命じるエスティ。
 しかし、彼は次の瞬間には背筋を凍らせる事になる。

 『その、来客の方々が「またお茶をしに来た」と言えば解ると。』

 エスティは自身の背筋どころか心胆が一瞬で凍りついたのが解った。
 知らず手足が震え、嫌な汗が全身から吹き出て、視界が白く明滅するが、そんな事よりも確認しなければならない事がある。

 「…もしかして、銀髪の綺麗な美人の母娘かい?」
 『あ、はい、そうです。やはりお知り合いでしたか?今は応接室にお待たせしているのですが、何分艦長を呼んでほしいの一点張りでして。』
 「あぁ、直ぐに行くから可能な限りのお持て成しをしてその場に留めておいてくれ後絶対に刺激しないようにくれぐれも怒らせたりしないようにしろさもないとこの辺りが吹っ飛ぶかみーこ様辺りが激怒するからな最後にお大事に。」
 『へ?艦長、どうしたんd
 
 それ以上、エスティは聞いていなかった。
 通信を切る暇も無く、一瞬で緊急転移陣を展開、既に何処かへと姿を消していた。
 


 この一時間後、飛行戦艦ヘルズゲートアタッカーは中破、直後、総長率いるゼピルム戦闘部隊が不明の魔族二名(母娘)と交戦を開始した。
 更に戦闘部隊全滅後、伊織邸在住のアウター、みーこが戦闘に参加、母娘と小一時間程戦闘を継続した。
 これにより伊織邸は半壊、立て直しを余儀なくされ、ヘルズゲートアタッカーもドックで2カ月の修理を迎える事となった。
 なお、側近Bことマニホルド・エスティはこの騒動の間姿を消していたが、翌日、ボロボロぼ状態でみーこと件の銀髪の母娘に茶を淹れている姿が確認された。
 余談だが、この騒動の報告を聞いたえるしおん(新婚旅行中)は黙って伊織邸とヘルズゲートアタッカーの修理費の支払い書に署名、ポケットマネーから支払った。
 







 死ぬかと思った(挨拶)。
 
 ども、記念日に遅れたVISPです(血涙
 ルーターが突然御逝去なされた上に、仕事が忙しく、更には飲み会で二日酔いのトリプルコンボに見舞われました。
 今はネカフェから投稿していますが、実に1週間ぶりのネットですよ……。
 大分更新が停滞しそうな気配がしますが、今後も見捨てないでいてくださると助かります……今更な気がしますが。
 後、何だかこのお話そのものがグダグダ感があるような…(汗







[19268] 【ネタ・習作】嘘予告 それいけぼくらの○○○○○くん!
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/08/28 14:21
 嘘予告 それいけぼくらの○○○○○くん!


 
  


 日本、その某日の日付が変わる頃。
 関東機関運営委員会の会議場は、普段には無い異様な静けさに包まれていた。

 「…確認のためにもう一度言う。『ゼピルム』はここ関東機関を用いてクーデターを行う。」

 彫りの深い金髪青眼、外見は二十代後半といった男が口を開いた。
 その外見は確かに美形と言える範囲なのだが、断崖絶壁の様な厳めしさのままに固定された表情、広い額を縦に割る程の深く長い皺、そして、女子供なら泣きだしてしまいそうな鋭い眼光が全てを台無しにしていた。
 加えて、ゴシックの様な、しかし、装飾を廃止し、機能性を追求した様な風変わりな衣装に身を包んであり、何処か浮世離れした感のある男だった。
 
 「ふ…ふざけるのも大概にしろ!そこを動くな!」

 唯一、この議場で先の男以外の者がやっと口を開き、机に備え付きのインターフォンを鳴らした。
 机に座っていたのはどれも日本では一般的な多少高級なスーツだが、その中身は脂ぎった中年や壮年だけであり、先程の怒声の主も先の風変わりな男に比べ、遥かに迫力や威厳に乏しかった。

 「な、こんな時に誰もいないのか!?応答しろ!おい!」

 そして、インターフォンを鳴らした男が焦った様に通信を続けるが、返事が来る事は無かった。

 「呼び出したかったのは彼らか?」

 そして、風変わりな男の声に答える様に、会議場の重厚な扉を破って十数人の人間がドタドタと入ってきた。
 短機関銃やサーベルを装備し、黒い制服に身を包んだ、見るからに堅気の者ではない、戦闘訓練を受けた者達。
 しかし、全員が何故か十代後半という奇妙な集団だった。
 関東機関の戦闘部隊員達は入場から僅か数秒で、会議場を完全に制圧した。
 まるで、先程の男の宣言を証明する様に。

 「こ、この恩知らず共!貴様ら、これは重大な反逆行為だぞ!こんな事をして唯で済むと思っているのか!」

 しかし、責を問われた戦闘員達…国に拾われ、無理矢理戦闘訓練と改造手術を受けた彼らは、叫んだ委員の1人を凶悪な目付きで睨みつけるだけだった。
 中には銃口を向ける者もいたが、決してトリガーは引かなかった辺り、感情の制御の仕方もしっかりと学んでいるようだ。
 そして、風変わりな男、魔人組織ゼピルムに所属する魔人が代わりに告げた。

 「現在、我々ゼピルムは一般社会に立つための拠点を求めている。そして、彼らはこの国を恨んでいる。単に互いの利害が一致したに過ぎない。」
 「……それで、今後の予定は?」

 魔人が場を支配し、委員達が動けなくなっている中で、唯一人。
まるで場違いな恰好、セーラー服姿のショートヘアの眼鏡の可愛らしい少女が殆ど動じずに口を開いた。
 委員達の誰もが場の空気に飲まれ、ただ嵐が去るのを待つようにしている中、その少女だけが至極自然に挙手し、発言していた。

 「…君は、先代局長の娘の飛騨真琴だったか?」
 「あ、そこら辺は知ってるんだ?」

 意外とでも言う様に、飛騨真琴と言われた少女は目を丸くした。
 戦闘員でもない年若い少女がこの場にいる理由、それは単に彼女が名目上とは言えど、この場の、この機関の局長であるからだった。
 しかし、名目上だけであり、実権などというものは無い。
 それらは全て周りの委員達が寄って集って引き剥がしていったからだ。

 「無論だ。任務対象の情報は把握しておいて当然だ。」
 「また律儀な……まぁ、よろしく、ゼピルムの魔人さん。」
 「…短い付き合いになるだろうが、よろしく頼む飛騨真琴。それと自己紹介が遅れたが、私の名はベルロンドだ。」

 真琴の気安い態度にも眉をほんの少し動かすだけで、淡々と告げるべるろんどの姿に、飛騨真琴はこれはやり辛いと内心で舌打ちをする。
 多くの人外はその能力の大きさから大抵人間を見下し、多かれ少なかれ隙を持っている。
 しかし、この魔人にはそれが無い。
 人間だとか魔人だとか、そう言った事を抜きにしてこの魔人は行動している。
 強固な理性を持ち、一切の油断や隙の無い魔人となると相当に厄介だった。
 
 「それで、我々の予定などを聞いてどうする?」
 「なんとかしなくちゃ。」

 真琴は、べるろんどの刀の様な鋭い視線を真正面から受けながらも、はっきりとした意志を込めて強く頷いた。
 ここ関東機関は日本政府が擁する唯一の対魔機関なのだ。
 しかし、魔導力が支配する第三世界にありながらも構成員二百名未満という弱小組織でもあった。
 機動隊なら勝てるが、自衛隊なら善戦が限界程度の戦力でしかない。
 だが、そんな騒ぎを起こせば、辿る末路は決まっている。

 「そんな騒ぎを起こせば、同じ第三世界の法…神殿協会が黙ってる筈が無いじゃない。あの組織の一個聖騎士団にすら、この関東機関は敵わない。クーデターなんて成功する筈がないわ。部下を犬死させるような真似、私はしたくないの。」

 そうした第三世界では当然とも言える事実を真琴は口にした。
 しかし、べるろんどは寧ろ真琴のその発言に、意外にもほんの少し目付きを和らげた。

 「ここにいるどの人間よりも、君は我々にとって脅威になるな。他の木偶共が震えている合間に、君はしっかりと頭を使っている。それこそ上に立つ者の在り方だ。」

 まるで出来の良い生徒を褒める様な言葉に、それを言われた真琴のみならず、その場にいた委員達と関東機関の戦闘員達すらも目を丸くした。

 「…お褒めの言葉ありがとう。で、どうなの?」
 「可能だ。しかし、詳細を告げる必要は無い。」
 「まぁ、大体見当がついてるんだけどねー。」

 軽ーく言われた言葉に、べるろんどが片眉を上げた・

 「言ってみろ。」
 「龍撃手。」

 僅かながらも和らいでいたべるろんどの相貌が真琴の一言により、先程よりも鋭く、厳しくなった。
 
 「私のお父さんは人間ベースに研究してた。けど、貴方は多分魔人をベースにする事で魔導力だけを埋め込んだ導化猟兵を超える性能を持った龍撃手であり、聖騎士団程度なら単独で対処できるだけの戦力がある。違う?」
 「根拠は?」

 半分詰問、半分興味といった感情で、べるろんどは続きを促した。

 「ここの情報に精通しているなら、私のお父さんの研究、龍撃手についても詳しいだろうなーって。それに、お父さんって魔人に殺された時に研究資料とか盗まれちゃったし。」

 殆ど当てずっぽうなんだけどねー、と呑気にのたまう少女の姿にべるろんどは真琴をこの場で殺害する決意を固め、右掌に魔導力を練り始めた。
 規模こそ狭いものの、人間一人程度なら灰も残さず蒸発する程の熱量を誇るそれは、会議場を制圧していた戦闘員達も目を見張る程の出力と密度を持っていた。

 「最後に言う事は?」

 掌を真琴に翳し、今にも灼熱を放とうと言う状態で、べるろんどは言外に死刑宣告を行った。
 ただの人間にもはっきりと視認できる濃密な魔導力に、真琴の近くにいた委員達が血相を変えて逃げ出そうとするが、残念ながら銃口を向けられて動くに動けない。
 銃口を向ける戦闘員達も動揺しているものの、べるろんどの掌が正確に真琴に向けられていると解ると、回避できるように身構えつつも動く事は無かった。
 一同は少女の命が風前の灯である事をはっきりと理解したが、しかし、眼前の死の危険にも真琴は些かも動じる事は無く、ただ一言を口にした。

 「クーデターすんの、ちょっと待ってくれない?」
 
 …………………………。

 …………………………………………。

 ……………………………………………………………。

 「はぁ?」

 こいつ何言ってんの?
 会議場全体の空気を表現するなら、恐らくこんな言葉が出て来るだろう。
 そして、たった一言で会議場全体の注目を集めてしまった少女は、寧ろ胸を張って堂々としていた。

 「……ちなみに、理由は?」
 「そっちはうちのお父さんの技術無許可で使ってこんな事企てたんでしょ。なら、こっちにも猶予位寄越しなさいよ。」

 その余りの図々しさに、べるろんどは非常に困った様に両の眉を下げ、返答に窮した。
 ここは断るのが当然なのだが、何だか断るのも空気が読めていない気がする。
 普段は打算と効率、忠誠心から動いている彼にしては非常に珍しい理屈抜きの感情だった。
 そんな微妙な空気が漂う中、意外にもそれを拭う者がいた。


 プルルルルル、プルルルルル、プルルルルル………。


 電話特有の呼び出し音が、弛緩した空気が漂う会議場に響いた。
 大半の者は委員達や真琴らのものと思ったらしく、ただ一人を除いて周りを見回した。
 しかし、誰の携帯が鳴っているのかは直ぐに解った。

 「失礼、私だ。」

 べるろんどが懐から極自然に携帯電話を取り出した。
 途端、だぁっ、と会議場のあちこちですっ転ぶ音が響いたが……まぁ、些細な事だろう。
 
 「こちらベルロンド……は?しかし……は、は………解りました、御命令通りに。」

 本の十秒程の会話を終えると、べるろんどはすぐに携帯をしまった。
ご丁寧にマナーモードにしてからだったのは、彼の生真面目さ故だろう。

「あー……飛騨真琴。」
 「何?もしかして、クーデターを取りやめてくれるとか?」
 「要求が大きくなっているぞ……猶予はくれてやるがな。」
 
 そのべるろんどの発言に、今度こそ会議場の空気が止まった。
 え?何?こいつ何か言った?
 全員が自身の耳を疑う中、当事者2人だけが会話を続けていた。

 「具体的な猶予は?」
 「今から24時間。制限時間を過ぎれば、我々は活動を開始する。同時に、君は死ぬ。」
 「んー、じゃぁ私が国外逃亡したら?」
 「あまりお勧めはしない。ゼピルムの手は世界各地にあり、活動は寧ろ海外の方が活発だ。それでも構わないのなら実行すると良い。」
 「じゃ、24時間以内に何か『手』を打つしかないんだ。」
 「我々を打倒できる程の戦力を24時間以内に手配できるのなら、な………後は友人知人に別れを告げるなり自由にすると良い。」
 「そっかそっか、どうもありがとーベルロンドさん。」
 「礼はいらん。命令に従ったまでだ。」

 取り付く島も無い言葉にも、真琴は動じる事無く礼を言った。
 そして、24時間後にまた会おうと言い残し、変わり者の魔人は会議場を後にした。
 真琴は残った時間をこれ以上無駄にすべきではないと、責任転嫁を図ろうとする委員達を放置して、自身も会議場を後にした。
 向かうのは、自身の通っている学校であり、目的は後輩である魔王候補の少女だった。
 




 「飛騨真琴を泳がすのは、関東機関の戦力を完全にこちらの取りこんでからの方が良かったのではないのですか?」
 『でもでも、総長の御命令だからしょうが無いにゃ~ん。私達はただそれに従うのみーってね。まーったく、人使いの荒い方なんだから!』

 いや、それは貴方もですよ、VZ様。
 という言葉が喉元から出かかったが、べるろんどは一言も漏らさなかった。
 上司へ罵声を浴びせるのを我慢するのも、中間管理職にある者には必須スキルだ。

 「一先ず、こちらは現状維持で待機。部下達には先代局長の研究資料を根こそぎ持ち運ばせますので、手筈通り指定のポイントで回収を待ちます。」
 『ういうい、こっちもこっちで頑張るから、べるさんも頑張ってにゃ~。』
 「……了解。それでも作戦完了まで緊急時を除いて通信を切ります。」
 『あ、そうそう!今月ものピンチでね~、来月分前借でき
 
 べるろんどに聞こえたのはそこまでだった。
 彼の指は上司の最後の言葉を聞く前に、素早く携帯の通話を切り、更には電源まで落としていた。
 これで以前のようにイタズラ電話がかかってくる事も無かろう。
 ここ数年は本部にいない年下の上司に代わり、書類仕事と部下の指揮を一身に受け持って過労に過労を重ねていた頃、件の上司から「かけてみただけにゃ~ん♪」等と言う電話が掛かってきた時は、ついうっかり彼女の口座に生活費が振り込む日を一週間後にしてしまったのは今となっては笑い話の一つだ。
 ……後日、しっかりと涙目の上司の報復を受けたが。
 彼女曰く、「もう、もう塩と水で暮らすのはいや~~!」との事だった。
 ちなみに、VZはべるろんどの提案で、可能な限り鈴蘭と同じような生活環境に身を置いていたりする……決して上司への嫌がらせではない。
 具体的に言うと、潜伏中の彼女は奨学金のお世話になっている苦学生であり、放課後から夜遅くまで監視対象と共に2人でバイトしている。
 そのため、監視対象の名護屋河鈴蘭とは短い間に親友同士となっていた。
 とは言っても、もしもの時に備えて、無駄遣いしなければちゃんと人並みに暮らせる程度にはゼピルムから指定の口座に毎月の活動資金(と言う名の生活費)が振り込まれる。
 しかし、VZ(偽名高木嘉子)は女の子であり、高校生としての生活を営んでいる。
 とくれば、何かと物入りになる。
 そして、魔人としては年若く、色々とアレな性格の彼女には堪え性というものがない。
 結果、後先考えずに月始めに色々と買い物した挙句、月末には赤貧で苦しむという事を恒例行事とばかりに繰り返していた。
 この浪費癖とも取れる悪癖のため、VZは偶に鈴蘭から必殺の右を貰ったりするのだが、それは些細な事だろう。
 
 それはさておき

 何故べるろんどとVZが同じ組織に属し、上司と部下の間柄なのだろうか疑問に思う方もいるだろう。
 これは実に単純な話だった。
 VZには何処の幹部(上司)にも必須の書類作成関係のスキルが、完っ璧に無かったからだ…塵一つどころか、分子レベルで。
 そこで、主に参謀役を務める最高幹部の一人であるエスティが一計を案じた。
 なら、優秀な副官をつけて彼女の補佐をさせよう。
 そこで抜擢(と言う名の生贄)に選ばれたのが、他ならぬべるろんどだった。
 御年約250歳程と魔人にしてはやや若い部類であったが、その指揮能力と事務能力に関してはエスティも舌を巻く程のものがあった。
 なお、戦闘力に関しては魔導力は一般兵よりも多少高い程度であるが、生真面目な鍛練を重ね、魔法と体術双方をかなりのレベルで修めている。
普段はゼピルムの戦闘部隊における指揮官の1人だが、その実力から今回の一件で工作部隊の現場指揮官に抜擢された経緯を持つ。
また、組織への忠誠心もそれなりに高いため、使い易い戦力として多くの幹部達に認識されている。
しかし、何事にも例外は存在するもの。

 「……にゃ~ん、何もいきなり切る事ないじゃないのさ~……。」

 しゅーん……と身体全体で堕ち込み具合を表現するVZ。
 現在は高木嘉子の姿であり、学校制服に身を包み、普段は流しているロングの髪は今は女の子らしいピンクのリボンでツインテールにしている。
 その容姿は十中八九美少女と言う容姿であり、この学校で毎月末に秘密裏に行われるミスコンでは必ず上位に食い込む生徒の1人でもあった。
 
 「さてさて…お仕事も終わったし、今日はさっさと学校に行こうかにゃ~ん。」

 そう言って、高木嘉子は自宅を後にし、通学を開始した。
 歩きながら考えるのは、つい先程まで通話していた自分の副官の事だ。
 VZとしての彼女が初めてべるろんどに出会ったのは、勿論ゼピルムでの事だった。
 腕っ節は立つものの、事務系の能力が欠如している彼女にとって、何事も卒なくこなすべるろんどは非常に頼り甲斐のある副官だった……ついつい頼り過ぎる事もままあるが。
 しかし、そういった事が無くても、べるろんどの人となりがVZは好きだった。
 
 そう、VZはべるろんどを異性として好きなのだ。

 戦後生まれのVZは、物心ついた頃には既に家族はいなかった。
 名前も無く、友人知人もおらず、名前すら自分で適当に付け、ただただ錆びついた剣を振るって生きてきた。
 当時、今と変わらず明るく能天気に笑いながらも、彼女は血霞の中を生きてきた。
 しかし、ゼピルムの様な組織に所属する事も無く、力はあれど年若い魔人が生きていける程、第三世界は甘くない。
 実力のあった彼女は直ぐに神殿協会のブラックリストに掲載され、命を狙われた。
 普通ならほとぼりがある程度冷めるまで潜伏するものなのだが、敵は返り討ちにし、気に入らない者は須らくミンチやサイコロにしてきたVZにはそんな選択肢は無かった。
 結果、西欧の片田舎で聖騎士団二個大隊を相手に大立ち回りを演じ、重傷を受けながらも辛うじて逃げ出した。
 人間よりも遥かに生命力の高い魔人ですら今にも絶命しかねない状態のVZだったが、強力な魔人として彼女に注目していたゼピルムに拾われる事で命を繋いだ。
 その時、VZを回収したのがべるろんどだった。
 普通ならここで2人は特に関わる事も無いのだろうが、どこぞの天使の悪戯か、極度の疲労と失血、痛みに意識を朦朧とさせていたVZだったが、意識を失う寸前に見た自身の恩人の顔をしっかりと覚えていた。
 で、完全に復調し、ゼピルムに所属する事になったVZが最初に行った事は自身を拾ってくれた恩人探しだった。
 監視していたとは言え、後もう少しで死んでいたであろう彼女を拾い、的確な応急処置を施し、聖騎士団の目を免れ、素早く治療の手配を整えてくれた人物に、VZは何かお礼がしたかった。
 恩返しというには軽いものだったが、今まで一匹狼だったVZにとって誰かに助けてもらうというのは生れて初めての体験だった。
 下心から助けられる事もあったし、騙されそうになった事もある。
 今回の行動もどちらかと言うとその点をはっきりさせ、自身に折り合いをつける事の方が重要だった。

 「ふむ、もう大丈夫か。これからは同僚になるが、よろしく頼む。」

 だから、べるろんどを見つけた時、彼から特にこれといった思惑を感じられなかったのも、VZには初めての体験だった。
 そんな訳があるかと、リハビリの合間にVZはそれからも暫くの間、べるろんどを監視してみた。
 そして、見れば見る程べるろんどが善人だという事が解ってきた。
 それからはVZも警戒を解くようになり、リハビリ終了後には戦闘部隊の訓練に参加するようになった。
 ここで終わっていれば、VZがべるろんどに恋慕する事は無かったのだが、話は続く。
 当時、ゼピルムに入って日の浅いVZは未だに他の人員との間に壁があった。
 VZも明るい性格であるものの、今まで一人であったためにそこまで周りの事に気を使う事もしなかった。
 特に戦闘員の面々は彼女の実力を疑い、軽視していた。
 それを見咎めたのが、当時から中間管理職の纏め役にあったべるろんどだった。
 これでは組織内での連携に支障を来たすと考えたべるろんどは、直接の上司であるエスティと相談し、一計を案じた。
 その内容は、驚く事にVZとべるろんどによる御前試合だった……しかも実戦形式で。
 総長エルシオンも観戦するというそれに、VZは慌てた。
 べるろんどの実力は知らないが、聖騎士団ともやり合える自身とまとも戦えるとは思えない。
 しかも総長の御前で実戦形式となれば、手加減する余裕は無い。
 実戦形式となれば、絶対に手加減しない生真面目な性格がこの時ばかりは逆に煩わしかった。
 そして、御前試合当日にて。
序盤はVZが押されたものの、最後はしっかりとVZが勝利した。
また、当時、最高幹部を除けば最も高い実力を持つべるろんどが敗れた事で、VZはその実力を総長エルシオン認められ、最高幹部の仲間入りを果たした。
これ以来、VZは完全に組織内で認められるようになり、打ち解けるようになった。
 そして、この一件によりVZは完全にべるろんどを慕うようになり、それは時と共も信頼から親愛、遂には恋慕となっていった。
 元より面倒見の良いべるろんどは慕ってくるVZの内心を察する事も無く、何かにつけて直ぐに頼られると、必ず丁寧に面倒を見た。
 これを好意から来るものと本気で勘違いすると、VZは止まらなくなった。
 以前から苦手だった事務仕事を補佐のためにべるろんどを副官にしてもらうよう、同僚のエスティを脅す位には本気だった。
 エスティも流石にゼピルム最速である彼女に追い付ける事も出来ず、ただコクコクと眼前に突き付けられた刃に注視しながら頷く事しか出来なかった。
 そして、VZは現在気になるあの人ことべるろんどを手元に置く事になったのだが………。

 「はぁ~…どーしてこんなタイミングで出張とかになるかにゃー……。」

 がっくし、といった状態でゾンビの様にゆったりとした歩みで通学路を歩くカッコ。
 ここ数年、VZは魔王候補である監視対象の周囲に常に張り付いていた。
対象に近づくため、見た目の年恰好が似て、それでいて実力のある者となるとどうしても限られる。
 そして、万難を排するためにはその中でも最高の実力者を選ぶ必要があった。
 その結果、哀れにもVZは意中の男性と離れなければならないのだった。
定時報告の他にも携帯電話で会話できるとは言え、物理的な距離がここまで空いているのは色恋沙汰に夢中になっていた彼女にとってかなりの苦痛であり、その怒りはかなりのものだった。
この件を通告してきた相手、つまり同僚であるエスティをついついミンチにしてしまいかねない程に怒っていた。
それも最近では喉元を過ぎたが、やはり電話で話すだけは寂しい。
友人にして監視対象である名護屋河鈴蘭と過ごす日々も楽しいのだが、それとこれとは別なのだった。
そして、先程から陰鬱なオーラを発しながら歩いていたのだが、今度は頭をぶんぶんと勢いよく振って気分を切り替えようとした。

「うだうだ言ってもしょうがないし~……気分転換に学校まで全力疾走!!」

そして、彼女は市立開栄高校に向け、残像を残す程の速さで街中を駆け抜けていった。










 「…っ、やはり…私では無理、か…。」
 「ふん、三度打ち合っただけでそれを理解した貴様は優秀だよ。…敢闘賞として、しっかり殺してからサンプリングしてやろう。」
 「良い人だったけど…成仏してね。」
 「ちょいと待ったーーーー!!」





 「む?名護屋河鈴蘭か?」
 「ふえ?ど、どちら様ですかー?」
 「失礼、私はベルロンドと言う者だ。昨夜からこの屋敷で働く事となった。よろしく頼む。これはつまらんものだが、後で食べてくれ。」
 「にゃ~ん、美味しそうなカステラ~。」
 「あ、これは御丁寧にどうも……って、カッコ!お前は勝手に持ち去るな!」
 「ちなみに手作りなので、早めに食べてくれ。」
 「更にレア度UP!」
 「お前ちょっと落ち着けカッコ。」





 「海ー海―海―♪」
 「やはり、アワビには醤油……しかし、バターも捨てがたい。ぬぅ……。」
 「それよりもほら、泳ごー泳ごー♪」
 「待て、引っ張るな。オレはまだみーこ様の献立を……っ!」
 「いーからいーから♪」
 「…………………カッコの裏切り者………。」
 「姉上、人の恋路は応援するものですよ。」
 




 「ねぇねぇ。」
 「なんだ?」
 「私の事、好き?」
 「…魅力的だとは、思っている。だが、恋愛感情を抱いているかと問われると……解らん。」
 「………………。」
 「オレは、今まで君の事を手のかかる妹分として見てきた。共に過ごすうちに女性として見るようにはなったが……それは恋愛対象とはまた別だ。」
 「もう…………。」
 「ん?」
 「もう、妹じゃないんだよね?」
 「…あぁ、そうだな。」
 「じゃぁじゃぁ……私が頑張れば恋愛対象になる?」
 「さて、な……。」
 「むー…そこはイエスって言う所じゃない?」
 「今は保留としておこう。今後に期待だな。」
 「むっか!マジむか!もう怒ったぞー!絶っ対に私に惚れさせてやる!それでそれで、絶対に恥ずかしい言葉を言わせてやるーッ!!」
 「はっはっはっ、何時になる事だろうな?」
 「プッチーーン…………一本がーー………。」
 「ちょ、待」
 「1024本ッ!!」
 「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!?!?」
 





 ども、皆さんお久しぶり、VISPです。

 今回はIF編、もしえるしおんの中の人がベルロンドの中に入っていれば……というお話です。
 これは主にVZをヒロイン化するために執筆したお話ですが、他の女性陣をヒロインにするためのお話、つまり伊織貴瀬編(翔香、律子、みーこetc)や長谷部翔希(鈴蘭、睡蓮、真琴、クラリカetc)などもアイディア段階で存在していますが、それに関しては今後文章にするかは未定です。
 未だに酷暑が続く中、執筆も勢いを失っている気がします。
 ACFA小説の方もさっぱり進まないし、どうも脳内のコジマ濃度が低下している模様です。
 最近は帰宅後にACE.Rやってるのもあるのでしょうが(汗。


 それにしてもあのゲーム、なんで操作法をあんなもんに変えたんだろ?
「3」で完成させてたものを無理矢理変えた感があり過ぎる。
今後もこのシリーズで稼ぐ気があるんだったら、是非とも従来の操作法に戻してもらいたい。
それだったら一万円以上しても絶対に買うから。












[19268] 【ネタ・習作】嘘予告2 それいけぼくらの○○○○くん!
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/08/29 23:40
  
 嘘予告2 それいけ僕らの○○○○くん!


 

 唐突ですが、ここで一つ。
 私、吾川鈴蘭には憧れている先輩がいます。
 その人は無表情の上に口数も少ないため、一見すると冷血漢かロボットにも似た印象を抱かれてるけど、一定以上の付き合いがある人にはちゃんと接するし、面倒見も良いので後輩・先輩の別も無く慕われている。
 しかも、一定の部活には所属していないけど、陸上部や野球部、卓球部に度々助っ人として呼ばれる程に運動能力も高く、私もよく一緒陸上部の活動で一緒に走ったりもしました。
 こうして語ると体力馬鹿に聞こえるかもしれないけれど、どの科目でも必ず学年内の30位以内に入る程の学力も持っているため、能力だけを見ると完璧超人と言ってもいい。
 ただ、何故か月の三分の一程をさぼっているため、出席率が低いとか生徒会長にも推薦される程に人望もあるけど、絶対にそういった面倒がありそうな場には出てこない所も知られていたりする。
 …ちなみに非公式ながらファンクラブまで存在するが、私は所属してません。


 それはさておき


 何故鈴蘭が唐突にこんな話をしたかというと……件の先輩を視認したからだった。
 しかも、何故か早朝の霧深い展望台で物騒な剣を振り回しているというシチュで。

 「…………………………はい?」

 思わず、間抜けな声が出た鈴蘭。
 しかし、それも無理からぬ事だろう。
 憧れの先輩が両手に剣と刀をそれぞれ持って、虚空に向かってそれらを無言で振り続けていれば、大抵の人間はフリーズする事だろう。
 先日、唐突にヤクザに押し入られて臓器密売の商品にされかけたと思ったら、今度は悪の組織に拉致され、魔殺商会に入社し、ファンタジーと言うには余りに物騒な第三世界の存在を告げられ、覚醒剤の取引現場にかち込みを掛けさせられ……と波乱万丈どころか天変地異な事態に巻き込まれた。
そして、今度は社長の伊織貴瀬に「正義の味方の邪魔をする」と言われ、やってきた展望台では憧れの先輩が刃物を持って大立ち回りを演じている。
鈴蘭でなくとも、一般人なら同じような反応示す事だろう。
 
 (………っは!?)

 凡そ20秒程で鈴蘭の精神は復帰した。
 これが一連の騒ぎの前の彼女だったらもう少し掛かったのだろうが、生憎と貴瀬と出会ってから騒動続きの彼女は意外にもこうした異常事態への耐性がついてきているらしい…………幸か不幸かは解らないが。

 「…えぇっと、勇者ってもしかして長谷部先輩のこと?」

 イヤイヤ、まさかあの無口系美男子に限ってそれはありえまい。
 ここでRPGに出てきそうな魔物とかと斬った張ったをしているのなら直ぐにでも信じられるのだが、生憎とシャドーボクシングならぬシャドー剣術?(しかも見るからに真剣で)を行っているため、今一信じられない。
 見る者が見れば、長谷部先輩、もといしょうきはさっきから拳を振るってくるミストゴーレムの指を切り落としたり、その拳を回避しているのだが、未だに第三世界に足を踏み入れて日の浅い彼女では判別できなかった。

 (は、そうだ!ここはあのいけすかない社長に聞いてみよう!)

 少なくとも、あの社長、伊織貴瀬に尋ねてみれば何か解るかもしれないと考えた鈴蘭は素早く携帯の番号をプッシュ、貴瀬に電話をかけた。

 『どうした鈴蘭?勇者はヤッタか?』

 第一声からそれかよ、と鈴蘭は思ったが、それをぐっと呑み込んで質問する。

 「あの、何だか向こうで二刀流のシャドーやってる人が勇者なんですか?どうもあれ、うちの学校の先輩に見えるんですけど……。」
 『あぁ、それだ。解ったのなら、つまらん事を聞かずにとっとと撃て。どうせ鉛弾の一発や二発程度でヤレル相手ではないからな。』

 ブツン、ツー、ツー………。
 あっさりと肯定され、立ち竦む鈴蘭。
 如何に先輩後輩の間柄でしかなかったとは言え、憧れの人物に対し銃口を向けて発射するなど未だに一般人としての意識が抜けない彼女には到底出来なかった。
 今更ながらに手が震え、持っていた銃がズシリと重く感じられる。
 どうすればよい?
 鈴蘭は必死に無い知恵を絞って考えるが、しかし、ここで撃たなければ借金返済は遠のくし、後でどんな目に会わされるか解ったものじゃない。
 だが、相手は憧れの先輩であり、自分も何度か世話になった相手だ。
 昨日のヤクザ相手なら兎も角、鈴蘭は知人相手に容赦無くぶっ放す程に人間を捨てていなかった。
 そして、鈴蘭がそうやってうんうん悩んでいる間に、事態は動いた。

 「逃げろッ!」

焦りを帯びた声が、唐突に鈴蘭の鼓膜を揺らした。

 「え?」

 だが、事態を把握していない彼女が咄嗟に動ける訳も無く、鈴蘭はあっさりとミストゴーレムの手の中に捕まった。
 
 「あぐっ!?が、かは……っ!?」

 その名の通り、一見霧にしか見えないレアモンスターであるミストゴーレムが鈴蘭の身体を握り潰さんと力を込め始めた。
 そんな中、漸くミストゴーレムの存在に気付いた鈴蘭は激痛と共にミシミシと自分の身体が軋む音を聞いた気がした。
 見えない壁に四方八方から潰される感覚、呼吸も出来ず、ただ激痛に晒されるだけだった。

 (死ぬ?私、ここで……?)

 激痛の中、鈴蘭は貴瀬の言葉を思い出した。
 薄ら寒く、思い出したくもないものだったが、命すらレートで換算できるとすら言った彼の言葉は本当だった。
 魔喰らい、魔に喰われる。
 ならば、自身が今直面しているものこそ、その魔なのだろう。
 ピンチに陥って力に目覚める…等と言う都合のよい展開は存在しない。
 世の中は甘くない。
それが鈴蘭が身をもって知っている唯一の哲学だった。
 
 (あ…死ぬんだ……悔しい、な……。)

 意識が消える寸前、何故か貴瀬の嘲笑う声を聞いた気がした。
 この時、確かに鈴蘭は死を覚悟した。
 だが、この場には魔討つ事を生業とする者がいた事が、彼女の命を繋いだ。

 「そこまでだ。」
 
 以前にも聞いた事のある、落ち着き払った冷静な声。
 それを聞いた途端、一瞬の浮遊感の後に衝撃と共に鈴蘭は身体から苦痛が抜けていくのが解った。
 同時に、展望台に耳を塞ぎたくなる様な叫びが木霊した。
 手首を切り落とされたミストゴーレムの苦痛の叫び。
 しかし、それは直ぐに咆哮へと変わり、その苦痛の元凶を叩き潰さんと、その拳を振り上げた。
 だが、その動きはあまりに単調であり、漸く霧に紛れるミストゴーレムの身体に目が慣れたしょうきにとって、その急所を見出す事は簡単だった。
 常人には有り得ない、長谷部の血だからこそ成せる身体能力を駆使し、拳を振り下ろさんとするミストゴーレムの懐に一瞬で潜り込み、右の刀を一閃。
 そこはゴーレム系モンスター共通の急所であり、魔導で構成された巨躯をあるべき形から外した魔導式が存在する場所でもあった。
 これが通常のロックゴーレムやアイアンゴーレムならさっさと切り捨てていたのだが、生憎と朝霧に紛れ込む様にして活動するミストゴーレムの急所の位置を探るのに時間が掛かってしまった。
 更にこのミストゴーレムは通常の個体よりも大柄であり、それが戦闘が長引く原因になってしまった。
 しかし、鈴蘭を狙って霧の中から身を乗り出した事で、しょうきはミストゴーレムの身体をはっきりと認識する事が出来た。
 最初は攻撃してくるのが足か手かも解らず、殆ど直感と空気の動きだけで回避していたのだが、此処に来て運が向いてきたらしい。
 そういった事が重なり、ミストゴーレムは塵も残さずに本来あるべき姿、つまり唯の霧へとなり、朝の大気へと溶けていった。

 「…ん、吾川か?」
 「はぅぁっ!?えぇっと、そのあの!?!」
 (うわぁ、顔が近い顔がっ!!?!)
 
 そして、しょうきは漸く呆然としたままの鈴蘭の元へ行った。
 切り落とされたミストゴーレムの手首から先がクッションとなり、魔導皮膜済みのメイド服のおかげもあって鈴蘭は無傷だった。
 しかし、突然助けられ、もう無事だと言う事が解ると、鈴蘭は途端に緊張し始めた。
 何せ今の彼女はピンチの所を憧れの先輩に助けられ、あまつさえ倒れ込んでいる所を片膝をついてこちらの顔を覗き込んできている。
 しかも、追い打ちをかける様に今のしょうきの顔は知り合いにしか解らないだろうが、眉根を寄せて真剣に鈴蘭を見つめている。
 場所が場所だったら、意中の女性に告白寸前の男性にも見えない事もないだろう。
 そのため、鈴蘭の脳髄は一瞬で混乱の最中に叩きこまれた。

 「…何か、見たか?」

 ス…と目を細め、確認するように尋ねてくるしょうきに、鈴蘭はドキンとしながらも同時に激しい焦りを感じた・
 
 (まずいっ!ここで悪の組織に入ったとか知られたら!?)

 折角の運命の出会い、もとい再会だというのに、現在の自分の境遇を知られたら、どう見られるか解らない。
 
 「見てません!私、何も見てません!」

 ぶるんぶるんと首を振って否定するが、その態度では見たと言っている様なものだった。
 そんな鈴蘭の必死で間の抜けた様子に、しょうきは呆れたようにハァ…と溜息を吐いた。

 「何も見ていないのなら、それで構わない。今日の事は他言無用だ。誰にも言わないように。解ったな?」
 「は、はい!」

 ぶんぶかと頭を激しく上下させる鈴蘭を見やり、しょうきは溜息と共に立ち上がった。
 既に先程まで振るっていた剣と刀は鞘に納められ、呼吸もあんなに動き回っていたのに些かも乱れていなかった。

 「…無事でよかった。」
 (はぅああッ!!?!?)

 ほっと安心した様な笑みを見せるしょうきに、鈴蘭の乙女心はオーバーヒートで爆発寸前までフル稼働する羽目になった。
 



 これは後に聖魔王と呼ばれる少女が、無表情で鈍感でニコポな先輩を射止めるまでの奮闘を記した物語である。







 「ふん、クソガキが。貴様、うちの新入社員を手篭めにでもする気か?生憎とそいつは20億の借金があるのだ。返済するまでは、貴様にくれてやる訳にはいかん。」
 「本当か、吾川?」
 「うっ!…はい、そうですぅ…。」
 「うっわぁ……聖女様ってば実は極貧だったんすか……。」
 「ふむ………魔物ハンターになるか、神殿協会に行って活躍するか、国外逃亡するか…好きな選択肢を選べ。」
 「どれもまともそうなのが無い!?!」






 「長っ谷っ部っくーーん♡………って、何故逃げる!」
 「心当たりが無いとでも?」
 「テヘ☆」
 「……似合っていると思うのか?」
 「菊人?うんうん、校庭にいる私の目の前の男子に狙撃を。」
 「ちょっと待て。」






 「翔希、あたしゃ残念だよ。あんたは料理も上手いし、顔も良ければ頭も良い。本当に自慢の弟だったよ……。」
 「待て、姉さん。何故に過去形なんだ。それと、この状況には深い訳があってだな…。」
 「なにまた女連れ込んでるんだよ、このドスケベが!!!!!」
 「っおおおおおおおおおおッッッ!!??!?!」
 「あらあら、大変ね。」






 「……先輩は、好きな人、いますか?」
 「唐突だな……どうかしたのか?」
 「ちょっと思う所がありまして……。」
 「……まぁ、良いか。しかし、生憎とそういった相談は専門外だ。今まで剣と刀を振るってばかりだったからな。色恋沙汰には縁が無い。」
 「はい?で、でも先輩ってかなりもてるじゃないですか!?」
 「実際に恋愛をするのは違うという事だ。生憎とオレにその暇は無かった。」
 「じゃ、じゃぁ……。」
 「?」
 「私、先輩の相手に立候補します!」
 「鈴蘭、それは……。」
 「私じゃ、駄目ですか?やっぱり真琴先輩のみたいな人の方が……。」
 「いや、それは無いから。」
 「そこでいきなり真顔になられても……。」
 「…まぁ、そこら辺はゆっくりと考えていこう。」
 「………………ヘタレ……(ボソ)。」
 「カハッ!?」


 「…………………orz……。」
 「局長、元気出せよ。」
 「失恋は飲んで忘れるものなの。」
 「にゃ~、鈴蘭も大胆だね?」
 「姉上………負けません。」
 (クソガキも大変だな……。)










 ども、全く懲りてないVISPです。
 …いい加減に本編更新すべきなのにな……。
 何か好評っぽいので、次は伊織貴瀬Ver.を書いてみよう(反省0)。
 にしても、自分で書いておきながら何か真琴の扱いが悪いな。
 ……ま、いっか。
 自分、真琴あんまり好きじゃないし(爆。


 後、そろそろ「まがんおう」の投票を締め切ろうかと思ってます。
 ACFA終わってからじゃないの?と言われそうですが、このままだとグダグダの内にどっちも書けなくなりそうなので、この際逝ける(not誤字)所まで行ってみようかと思います。
 ACFAの方でリクエストしてくださったSIN様には大変申し訳ないのですが……作者のコジマ脳が錆びついているので、どうにも執筆できないのです。

 と言う訳で、真に身勝手ながら投票を8月中にて終了させて頂きます。
 ただし、感想も無く、投票だけの方は残念ながら無効票とさせて頂きます。
 一言でも作品に関する感想があればその限りではありませんが、そうでない方はどうか感想の加筆をお願いします。
 
…でも、何か同点くさいんだよなぁ。
 決着、着くのかな?(汗








[19268] 【ネタ・習作】嘘予告3 それいけぼくらの○○○くん!
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2010/11/15 13:30
  嘘予告3 それいけぼくらの○○○くん!



 


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………。」

 新月の夜、月明かりの全く無い中、人っ子一人いない深い森の中に、珍しく人の息遣いが聞こえていた。

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っく……はぁ、はぁ、はぁ……。」

 年の頃は10歳程度だろうか、黒髪の子供が森の中を彷徨い歩いていた。
 
 「貴、瀬……もぅ……。」

 そして、もう一人。
黒髪の子供の背に負ぶわれ形で、金髪の子供が背負われていた。

 「喋るな、フェル。危ないし、疲れる。」
 「だって……貴瀬が…。」

 黒髪の子供の背で、金髪の子供が子供らしからぬ心配を見せた。
 しかし、黒髪の子供はそれを咎めた。
 それも無理からぬ事だろう。
金髪の子供、フェルことフェリオールは負傷していたのだから。
 
 (速く速く速くッ!逃げないと、アレから!)

 当ても無く、森の中を歩きながら、たかせは内心を焦燥で満たしながら、自分と親友をこんな状況に追いやったモノを思い出していた。






 「ふふ、漸く見つけたよ。」

 フェリオールとたかせ、それにそれぞれの両親が乗った乗用車が事故を起こし、車が炎上した時に、暗闇の中から浮かび上がる様にソレは現れた。
 炎に照らされた夜闇の中、炎よりも貴い、淡く蒼い光を放つ女性が姿を現した。
 如何にも高級そうな黒の着物を纏い、神が作ったのだと言われそうな美貌を持つ女性。
 彼女が現れた時、何とか車内から這い出たたかせは隣に座っていたフェリオールを引っ張り出し、他の4人、保護者達を助け出そうとしていた所だった。
 そして、その女性を視界に収めた時、たかせは全身が総毛だった。
 アレはこの世のモノではない。
 人の形を取っているが、人知を超えた存在だ。
 普段は理性だけで生きているようなたかせにしては珍しい直感だけに頼った思考。
 しかし、それは決して外れていないと何故か断言出来た。
 
 「なんぞ、まだ生きておったのか?」

 女性が未だ炎上している車に詰まらなそうな視線を向ける。
 それを見たたかせは、直感的にマズイと感じた。
 アレはまだ生きていると言った。
 その視線は自分達ではなく、明らかに炎上中の車に向けられていた。
 となれば、その標的は自分達の家族に他ならない。

 「邪魔だよ。」
 「止め……っ!」

 たかせは咄嗟に女性と車の間に身体を入れようとする。
 しかし、その女性を阻むには、その行動は全く意味を成さなかった。
 女性の背後に広がる暗闇、そこから何か大きな影が蠢き、車へ向かって伸びていった。
 その影は巨大なミミズの様な姿をしていた。
 だが、それは決してミミズではなかった。
 太さだけでも最低でも5m以上、長さに至っては末端が見えない程の巨体を持ったミミズなど、今の世に存在する訳が無い。
 そして、そのミミズに似たモノは、炎上し続ける車へと突き進み、轟音と共に先端にある大きな口で車を飲みこんだ。

 「あ…あぁあぁぁ。」

 フルフルと、足から血を流しながら、フェリオールはその光景を認められないとでも言う様に、呻きながら首を横に振った。
 ミミズの化け物は口内からグシャッ!ゴキン!ベキョボギョッ!と異音を響かせながら、咀嚼を続ける。
 その口の端からは異臭を放つガソリンだけではなく、赤い液体も漏れ出ており、2人の子供に否応無しに自分達の両親の末路を教えていた。
 それを至近距離から見ていたたかせは、一瞬だけ完全に動きと思考を停止させたが………次の瞬間にはフェリオールを半ば無理矢理背負い、その場から逃げ出した。
 見た事も聞いた事も無い化け物を操る女性。
 化け物に両親達が喰われた。
 何故、どうして?
 疑問が頭の中に湧き出てくるが、答えは出てこない。 
 答えの出ない問いを繰り返すのは愚行にも思えるが、しかし、そうでもしないとたかせは気が狂いそうだった。
 最後の最後、車内でまだ両親は生きていた、確かに生きていたのだ。
 しかし、あの化け物と女性のせいで、完膚無きまでに死んでしまった……否、喰われたのだ。

 (畜生!)

 今は逃げるしかない。
 そして、たかせは背負ったフェリオール諸共、道路のガードレールの外にある暗い森の中へと入っていった。

 「鬼事かの?ふふ、久しいの。」

 その後を、黒の女性がゆっくりと浮かびながら追いかけていった。
 目指すのは、今しがた逃げていった2人の少年。

 「さぁ、童達。わしを楽しませておくれ。」

 血よりも鮮やかな深紅に彩られた唇に弧を描かせ、心底楽しそうに女性が笑みを浮かべた。






 解っていた事だった。
 あんな超常の存在から、逃げ切れる筈が無いと。
 そして、目を反らしていた現実の結果が、今眼前に存在していた。

 「なんじゃ、もう逃げぬのか?」

 何時の間に回り込んでいたのか、たかせの正面にはあの黒の女性が浮かんでいた。
 光が殆ど存在しない中で女性を認識できるのは、その女性から放たれる蒼いオーラ、光故だった。
 御蔭で視界自体は良好だったが、そんなものは彼女の前では何の慰めにもならないだろう。

 「…貴方は、一体何だ?」
 
 ゴクリ、と唾を飲み込みながら、たかせは尋ねた。
 答えは期待していない。
 ただ、途中で木の洞の中に隠してきたフェリオールから少しでも気を逸らさせるための時間稼ぎに過ぎない。
 
 「わしか?わしはミスラオノミコトノヒメと言う。長いからみーこで良いよ。」

 だが、たかせの想定に反し、女性は何処か嬉しそうに返答した。
 その反応に疑問を抱きながらも、たかせは何時でも駆け出せるように呼吸を整えつつ、話を続ける。

 「何でオレ達を襲う?」
 「わしは主が欲しいのだよ。」

 …また訳の解らん事を……。
 知らず、眉間に皺が出来るが、そうして悩む様すらみーこにとっては愉快な事らしく、楽しげに微笑んだ。

 「長い事生きていると、どうしてもわしの様なモノ達は生きていくのがつまらなくなってしまうのだよ。だから、面白そうなものがあったら、直ぐに手を出してしまう。」
 「…それが、オレか……。」

 ギリリ、と何時の間にか奥歯が軋んでいた。
 そんな理由で……そんな理由で!
 フェルとオレの両親を殺したのか!!
 視界が濁る程の憤りを感じるが、理性が辛うじて特攻しようとする感情を諌める。
 今、あのアマに盾ついた所で何の意味も無い。
 そして、解った事は二つ。
 一つは、このアマがやはり超常の存在である事。
 もう一つは、絶対にオレだけは逃がすつもりは無いと言う、全く以て絶望でしかない事。

 「もう一人の童も面白そうだと思うたのだがの……主は別格だよ。」
 「………ッ…。」

 どんな男も虜にするであろう微笑みを浮かべ、あのアマが言った。
 つまり、もうフェルに用は無いという事だ。
 しかし、それは逆にオレだけは絶対に見逃さないという意味でもある。

 「…何が目的だ。」
 「先も言ったの………わしは、主が欲しいのだよ。」

 ゾ、と全身が総毛立ち、全力で横に転がった。
 次瞬、先程までいた空間を背後から、先程見た個体よりも一回り小さいミミズの化け物が通り過ぎていった。
 回避できたのは以前から友人の祖父の一撃を回避できるように努力していたのと、単なる偶然が重なったお陰だった。
 …こういう時ばかりは、友人の長谷部翔香の祖父、長谷部轟希に師事しておいて良かったと心底思える。
 以前はあまりの厳しさに心が折れそうになったものだが……。
 心中で師に礼を言いながら、たかせはまた木々の中に駆け込んでいった。

 「鬼事再開、かの?」

 それをみーこは楽しむ様にゆっくりと追っていく。
 まるで、最後まで取っておいた好きなおかずを、じっくりと味わおうとするかのように。





 あのアマの欲しいという意味が『食べたい』のか、『飼いたい』のか今一不明だ。
 しかし、あのアマをどうにかしない限り、オレに生き残る道は無い。
 だが、明らかに通常の物理法則を逸脱しているであろう存在に対し、オレには対抗手段の一つも無かった。
 これが猛獣だったらと、もう少しマシな状況だったのだろうが………。

 そして、あのアマとの二度目の再見から少し後、オレは遂にあのアマの腕の中にいた。

 「ふふふ……よく逃げたの。童にしては頑張ったよ。」

 嬉しそうに、愛おしそうに片腕でオレを抱き上げ、もう片手で頬を撫でて来るこのアマに、オレは成す術が無かった。
 ただ、最後の抵抗とでも言うべきか、射殺さんばかりの鋭さでただこのアマを睨みつけた。
 
 「…そんな顔をするでない。可愛い顔が台無しだよ。」

 ちょっと眉を寄せ、困ったように呟くアマ。
 同時に、身体を抱き上げる腕の力が強まり、ギシギシと身体が軋んだ。

 「!E&%’’T!YEW!?」

 タップタップ!?
 バンバンと腕を叩き、必死のギブアップのジェスチャーをするオレ。
 そして、アマは意外にも直ぐに力を緩めた。

 「ふむ……仕置きをしようと思うたのだが、脆過ぎるの。これでは直ぐに壊れてしまう。」

 うーん、と悩むアマとコヒュー…コヒュー…と虫の息を漏らすオレ。
 ある意味シュール過ぎろ光景だったが、生憎と気にするだけの余裕は無かった。

 「そう言えば、リップルラップルから借りた黒龍があったの。あれを使うとしよう。」

 そして、何の前触れも無く、オレの胸元に手刀が突き刺さり、貫通した。

 「が……ヵッ!?!」

 瞬時に喉に熱いものが込み上げ、視界が白濁する。
 痛みと出血のショックで手足がガクガクと痙攣するのが解ったが、それ以上にオレはあのアマが懐から取り出したモノに目を奪われていた。
 それは黒いデロデロとした物体だった。
 しかも、アマの手の中で僅かに蠢いているため、それもまた超常のモノである事が容易に見て取れた。
 強いて言えば黒スライムだが、しかし、ゲームの中の愛嬌すらある姿に比べれば、その姿は遥かに凶悪なものだった。
 
 「これ、あまり動くと余計痛いよ。」

 そして、アマは躊躇いも無く、オレの胸元の風穴へと黒スライムを入れた。
 そこから先が、また地獄だった。
 傷口から痛みの代わりとばかりに広がっていく違和感。
 自分の身体どころか、存在そのものが根底から変えられていく違和感。
 筆舌にし難いその感覚に、悲鳴を上げる事も出来ないまま、オレは全身を痙攣させ続けた。
 
 「黒龍が主の身体を丈夫にしているだけだよ。次に起きた時、主はもう死ぬ事は無い。」

 激しく痙攣し、全身から汗を流し続けるオレの額を愛おしそうに撫でながら、アマが、みーこが言う。
 それは、オレに『人間』としての人生が終わる事を意味していた。
 やがて、オレはみーこの腕の中で意識を失い、そこから先の記憶は無い。





 「ちょっと貴瀬!いい加減に起きなよ!」

 肩を揺さぶられ、声を掛けられ、オレは漸く目を覚ました。
 どうやら移動中の車内でうたた寝をしていたらしい。
 これから重要な作戦があると言うのに、自分は相変わらず緊張とかには無縁のようだ。

 「…翔香か、今何時だ?」
 「あんたが寝てから10分程。そろそろ目標地点に着くよ。」

 ハンドルを握りながら、こちらを見て呆れている女性、長谷部翔香に、オレはすまないと言って身体を起こした。
 今は互いに関東機関で採用されている戦闘服に着替え、作戦領域へと向かっている所だった。
 自分達の他にも作戦には白井沙穂という少女が参加するのだが、そちらの自分の刀を抱いてスヤスヤと寝ていた。
 そして、居住まいを正してから、オレは夢で見た過去へと思いを馳せていた。
 
 先程まで見ていた夢。
 初めてみーこと、アウターという存在と邂逅した日。
 オレとフェリオールの両親がこの世から退場した日。
 そして、オレが第三世界へと引き摺り込まれた日。

 あの日の後、オレはみーこの屋敷に連れ込まれ、数年の時をそこで過ごした。
 その際、葉月の雫、ほむら鬼、イワン・トビノフスキー、リッチ、リップルラップルらと対面し、全員から「まぁ、元気出せや」と慰められつつ、暮らした………ちょっと泣いたが。
 葉月から勉学を学び、リッチからは魔法を、ほむらからは武勇伝を、イワンとリップルラップルからは………特に何も無かったな、うん。
ちなみに一応頼んでみたが、あの二人は人にものを教えるのに向いていない事が判明しただけだった。
 その全ての行動は、一貫して屋敷の主にしてたかせの主でもあるみーこの抹殺を目的としていた。
 科学だろうが魔法だろうが、両親達の仇を討てるのなら何でもする。
 そんな不純とも純粋ともつかない理由で、オレは身体を鍛え、知識を蓄え、自身の変質した身体を使いこなそうと訓練を重ねた。
 幸いにも訓練相手には事欠かなかった。
 喧嘩好きなほむらに、プライドの高いイワン、そして、目標であるみーこ。
 みーこに対しては何時も殺す気で掛かっているのだが、毎回毎回負け続きだ。
 …ちなみに負ける度に罰ゲーム「一緒のお風呂で洗いっこ」をやらされた。
 なお、みーこは容貌は大和撫子、肢体は純白の肌にスラリと伸びた手足、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる超ド級美人である事をここに明記しておく。

 さておき

その他にも地下のダンジョンに潜む数多の魔物達。
 致命傷を貰った所で、黒龍を埋め込まれ、融合した自分には意味が無い。
 そのため、地下でサバイバルをしても問題無いし、ほむらにミンチにされたり、イワンに氷像にされたり、魔物に喰われたり、みーこに喰われたりしても問題無い。
 問題無い…筈………。

 そして、屋敷で暮らして3年目のある日、オレは屋敷から脱走した。
 周囲の森には怨霊やら地縛霊やらがいる危険地帯だったが、一応道路があるため、人里に辿りつく事自体は簡単だった。
 屋敷から抜け出したオレは、その足で関東機関へと足を運んだ。
 場所は屋敷にあるPCを使ってハッキング(葉月直伝)して確かめているため、問題は無かった。
 目的は飛騨局長、人格破綻者のマッドサイエンティストとの接触だ。
 その後、無理矢理警備を突破(と言うか壊滅)させつつ、オレは局長と会談し、暫しの間だが関東機関に籍を置く事となった。
 その後の8年間、友人である長谷部翔香や甲斐律子、親友のフェリオール・アズハ・シュレズフェルと再開したりと多くの出来事があったが、それは割愛させてもらう。
 他にも魔物や魔人との戦闘があったものの、比較的平和な日常を過ごす事が出来た。
 だが、オレの目的は一切変わっていなかった。

 みーこを殺し、両親達の仇を討つ。

 ただそれだけのために、態々関東機関にまで出向いたのだ。
 局長の頭脳ならより効率良い黒龍の運用の他にも、黒龍と自身の融合の解除も出来るかも知れなかったからだ。
 また、自身以外の戦力、部下も欲しかったという理由もあった。
 …ただ、友人である長谷部翔香と妹分の白井沙穂が味方の最大戦力であるため、実に微妙な気分になったが。

 そうこうあって、今日。
 オレは翔香と沙穂と共に、ある場所へと向かっていた。
 それは指定一号殲滅任務第〇四三〇八号作戦実行のためだった。
 指定一号、つまりはみーこの事だった。
 オレは、オレの出来る全力でみーこを殺しにかかる。
 勝っても負けて、これが最後だと決めている。
 つい一週間前、侵入した魔人により局長が殺害されたため、機関が不安定となっている今だからこそ、オレは動いた。
 そうでもないと、現在機関の最高戦力であるオレが無謀すぎる作戦に参加できなくなるため、そういう意味でもこれが最後のチャンスだろう。
 憎しみを長引かせるには、オレは余りに疲れていたし、かと言ってあっさりと迎合するのはオレ自身が許さない。
 だからこその、この行動だった。
2人を巻きこむつもりは無かったのだが、「強い人を斬れるのでありますか?」、「あたしにも小父さんと小母さんの仇をとらせなさい」と言われるとどうにも断れなかった………一名だけ、微妙に置いていきたくなったが。

それに、帰らなければならない理由もできた。
真琴という、局長の1人娘。
あの人格破綻者の唯一の人間らしい所は、1人娘を本当に愛し、大切に育ててきた所だろう。
その一人娘は、オレの事を先生と呼んでいる。
 趣味の絵画について、ほんの少しレクチャーしてやっただけなのだが、随分と懐かれてしまったものだ。
 あの子には出撃する寸前、彼女自身を描いた絵を贈った。
 帰ってきた時、また絵を教えてあげると約束した。
 そして、笑顔を作ろうと失敗して、涙ながらにオレ達を見送ってくれた。

 親も無くしたあの子のためにも、命知らずな自分に付き合ってくれる友のためにも、死んでいった両親達のためにも、オレはみーこを殺そう。


 「着いたよ。」

 翔香の言葉と共に、オレ達は車から降りた。
 正面には鬱蒼と生い茂った深い森。
 奇しくもその森は、オレがみーこと初めて言葉を交わしたあの森だった。

 「…指定一号殲滅任務第〇四三〇八号作戦、開始する。」
 「はいよ。」
 「…行くであります。」

 厳しく森を見据えるオレと、油断なく周囲に気を配る翔香。
そして、ワクワクと楽しそうに刀を抱いている沙穂。
実にシュールな組み合わせだったが、これが現在オレが用意できる最大戦力なのだから仕方が無い。

 「…これで最後だ、みーこ。」

 ぼそりと、誰に言うでもないオレの呟きは、ただ宙へと溶けていった。






 「さて、君には三つの選択肢が残っている。一番『このままバラ売りされる』、二番『ボクと共に危ない職業に就く』、三番『このアパート諸共爆死する』。さぁ、どれだ?」
 「そ、そんな!?私、まだ死にたく…ッ!」
 「なら、僕と来い。二十億稼げるようお膳立てしてやる。」
 「…………………。」
 「既に君は社会的には死んだも同然の状態だ。なら、最後くらい大博打をしてみるのも一興だろう?」
 「………………ッ…。」
 「ん?」
 「私、その話に乗りますッ!!」






 「久しぶりだな、クソガキ。相変わらずの様子だな?」
 「伊織か……今日という今日は、お前を捕える。」
 「ハッ、流石は勇者、諦めが悪い。そう言って何度返り討ちにあったか覚えているか?通算54回だぞ。」
 「よっし、私も加勢するっすよ!今日こそはこの外道を地獄に送ってやるっす!」
 「ほう……まぁ、2人掛かりでも問題は無いがな。」






 「たぁくん、乱暴は駄目よ。」
 「…その名で呼んだら、飯抜きだと覚えているか?」
 「だって、たぁくんはたぁくんだもの。」
 「………………。」
 「……ッ………ッ!!」(声も無く爆笑を堪える鈴蘭)
 「鈴蘭、今月の給料20%カットだ。」
 「ガハァッ!!?!」






 「…久しぶりやね、たぁくん。」
 「律子か……用件は聞いている。みーこを使うそうだな?」
 「うん、最後くらい有効活用しようって預言者様が。」
 「オレは止めんぞ。それに、結果はもう見えている。」
 「…うちらがたぁくん達があんな事になっったて聞いて、どう思うたか解るん?」
 「………………。」
 「小父さん達を殺した奴、絶対にうちが殺したるって決めてたんよ。フェリっくんもそうや。」
 「だから、みーこを自分の手で殺すと?」
 「うん。たぁくんは怒るかもしれんけど、うちは止めるつもり無いから。」
 「…好きにしろ。オレはもう、諦めている。」






 「なぁ、みーこ。」
 「ん、どうかしたかの?」
 「何故、オレだったんだ?言ってはなんだが、当時のオレは賢しいだけの子供だった。お前の目に留まるような才能も、異質さも、何も無かったと思う。なのに何故、お前はオレを『居澱』に選んだ?」
 「……………。」
 「…いや、意味の無い質問だったな。忘れてくれ。」
 「構わぬよ。そうさの……わしが主を選んだ理由は、主が輝いていたからだよ。」
 「輝いていた?」
 「そう、主は本当に輝いていたよ。家族と友に囲まれ、平和に暮らす主は本に輝いておった。魂もそうであったがの、主の内面の輝きにわしは惹かれたのだよ。」
 「…オレが、ただの子供だったら………。」
 「貴瀬や。それこそ、意味の無い仮定だよ。」
 「そうだな……言った所で、過去は変わらん、か……。」







 ども、VISPです。
 
 今回は伊織貴瀬Ver.です。
 あー、何だか他二つに比べて難産だった……。
 みーこ様の口調が特に厄介で、執筆が遅かった。
 これが鈴蘭とかだったらもっと速かったんだけど……ふーむ、今後とも精進の必要ありですね

 何はともあれ、もう直ぐ八月も終了で、投票締め切りも間も無くです。
 今の所、大した差はありませんので、未だに先行不明。
 はてさて、どうなる事やら。



[19268] 【ネタ・習作】嘘予告4 それいけぼくらの○○くん!UP
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2010/11/15 13:30
 嘘予告 それいけぼくらの○○くん!

 ※あれ、今回本当に「くん」かな?編




 周囲には、先程まで小さな町並みを攻勢していた瓦礫の山が広がっていた。
 
 硝煙と焼けた肉の匂いが鼻を刺し、圧し掛かる疲労と痛みに身体が徐々に動かなくなっていく。
 ギャリギャリ…と、金属が擦れる音がする。
 右手に握った剣は足元へ伸び、その切先が地面と擦れ合っている。
 勿論、そんな風に扱えば切先が欠けてしまうのだが、生憎と今の自分はそれを気にかける余裕が無かった。
 
 原因は、戦いがあったというだけの事だ。
 それが普通の戦争や紛争、テロ等と違う点は、その両者が決して世界の表舞台に出ない存在だという事だろう。
 
 片や世界最大規模を誇る対魔組織である神殿協会。
 片や若いものの、協会のブラックリスト載りを果たした力ある魔人。

 片や神威のために魔と異端を討つ狂信者。
 片や生存のために世界中を逃げ回る魔人。

 両者の主張は相容れず、遂に欧州の片田舎で大規模な戦闘へと至る事となった。

 魔人をそうと知らずに滞在させていた町は、異端の誹りを受けて地図から消えた。
 それに憤怒を得た魔人は、自身の全力でそれを行った騎士団を殲滅した。

 
 残ったのは、今にも倒れそうな瀕死の魔人唯一人。
 気の良い町の人々も、信仰深い騎士達もいない。
 
 魔人は当て所も無く、ただその場所から去る事も出来ず、その場に倒れた。
 最早動く事も敵わない。
 世話になった人達の仇も討った所だし……まぁ、いいか。

 そして、諦めた様に目を瞑った。









 朝、目が覚めると同時にむくりと布団から上体を起こす。
 時刻はいつも通り朝の5時頃、体内時計は相変わらず正常のようだ。

 「…むぅ、寝汗が酷いな。」

 すんすん、と鼻を動かすと、うっすらと汗の匂いがする。
 夢見が悪かったせいか、と思い、シャワーを浴びる事にする。
 昔は汗塗れ、埃塗れ、血塗れが当たり前だったのだが……やはり文明の利器は素晴らしい。
 
 そんな事を考えつつ、布団を手早く畳んで台所に行き、ボイラーを上げる。
 季節的にも水を浴びるのはきついので、ここは温かいシャワーを浴びる事にする。
 弁当と朝食の用意をしつつ十分後、そろそろ温かくなっただろうと思い、替えの下着を持って風呂場に行く。
 そして素早く裸になって熱いシャワーを浴びる。
 夏場なら冷水もいいが、年末のこの時期はやはり熱い方がいい。
 シャワー後、髪を乾かし、制服に着替えると、朝食をかっこむ。
 やはり朝は味噌汁とご飯に魚、元日本人としてこれは譲れない(戸籍上は現在も日本人だが)。

 「行ってきます。」

 歯磨き、洗顔、戸締りを終え、私はアパートの一室を後にした。
 今日も(比較的)平和な学生生活が始まろうとしていた。




 私こと人間「名高木嘉子」は、その素性を偽っている。
 本名は魔人「VZ」、ゼピルム最高幹部にある現存する魔人の中でも最高峰に位置する者の1人だ。
 生憎と伝説の中のアウターと肩を並べる様な逸話は無いが、それでも若手の魔人なら並ぶ者はいないと自負している。
 そんな私だが、60年前までは何も知らない小娘だった。


 
 気付けば、自分はボロ布を纏った幼女の姿で荒野を彷徨っていた。
 訳も解らず、ただただ彷徨い歩く内に、多くの人間に狙われた。
 時代錯誤な騎士達は、訳の解らない教義を叫びながらこちらに剣を、槍を、魔法を向けてきた。
 それに恐怖し、逃げ続けた。
 自分の身体のスペックが解ってからは、時には反撃をした。
 最初はかつての倫理観が邪魔をした。
 しかし、恐怖のあまり相手の首を拾った剣で撥ねてから、徐々にそれは擦り切れていった。
 追ってくる騎士団や旧式の装備の国の軍人達、命を狙ってくると解れば、即座に切り捨てていった。
 
 何時しか、ただただ人を斬るだけの自分に気付いた。
 
 気付いた時にはもう遅く、自分の存在は国と神殿協会と言う名の騎士団の本部に知れ渡っていた。
 そして、姿を隠して擦り切れた心を癒していた時、騎士達が私のいる町を襲った。
 私の素性を知らず、滞在させてくれた町の人達は、騎士達に異端と言われて殺された。

 それを死力を尽くして殲滅し、力尽きた所をゼピルムに拾われた。
 仮初の住処を追われ、当ても無かった私はそのままゼピルムに所属した。
 それからの私は稀に人を斬るだけで、心休まる日々を送っている。

 そして、現在は総長エルシオン直々の命令である少女の監視と護衛を担当している。
 一応最高幹部である私が担当するからには重要な任務なのだろうが、人としての平和な日常は中々に居心地が良く、弛みそうになる。
 監視対象の少女も貧乏だが人当たりは良い方なので、現在は友人として接っする事で監視している。
 半ば休暇の様なものだが、私は今日も彼女の友人として学校に行き、放課後も彼女と共にバイトに勤しむ予定だ。

 今日の予定を振り返りつつ、私は何時もの様に学校へと走り出した。


 「あ、カッコちゃーん!今日いい白菜入ったよー!」
 「一個だけとっておいてくれ!」
 「おーい、カッコちゃーん!この前はお手伝いどうもねー!」
 「もう腰を痛めないようにな!」
 「カッコおねぇちゃーん!また遊ぼーねー!」
 「また今度!」
 「あ、カッコちゃん!また子守りお願いねー!」
 「放課後にな!」


 意外にも、かなり近所付き合いを大切にしている高木嘉子(本名VZ)だった。







 「あ、カッコおはよー!」
 「おはよう鈴蘭………ちなみに私の下駄箱は何処に?」
 「ほら、そこにあるじゃない。」
 「……手紙で埋まってるんだが。」
 「…相変わらず男女問わずに人気あるよね。」




 「VZ様!?ど、どうか御助けを…ッ!?」
 「……ベルロンド、後で一から鍛え直すから覚悟しておけよ?」
 「ひぃぃッ!?そ、それは!それだけはご勘弁を!!」
 



 「やれやれ……それだけの力があったら、もう少し夢があっても良いと思うのだがな?」
 「そんなものいらないよ!私は、お母さんと当たり前の生活で十分なの!」
 「だが、何れ過去は追い付いてくる。君はその時どうするのだ?」




 「1本が3本、3本が9本……ッ!」
 「ぐわあぁぁッ!?!」
 「くそ、本部、応援求む!敵はブラックリスト掲載の魔人……ッ」
 「9本が…27本!!」
 「魔人VZだ!」





 
 鈍痛と共に目が覚めた。
 身体の各部は均等に打撃を受けた様な感じだが、戦闘続行に支障は無い。
 床に感じる金属質な冷たさからすると、これは先程拿捕された際に連れてこられたエンジェルストレージとやらだろう。
 そして、おぼろげな意識がはっきりすると、漸く私は完全に状況を把握した。

 負傷し、倒れ伏した仲間達と聖騎士団。
 周囲に飛び散る魔物の肉片と体液。
 そんな中でただ2人。
 誰もが倒れ伏す中、ただ2人の人影が甲板上に立っていた。
 
 否、それは正確には違う。
 2人の人影、人外の女性と少女の他に、気を失う直前に見た巨大なワームの様な魔物、野鎚がいた。
 ナニかを咀嚼するためか、野鎚は頭と口を蠢かせている。
 
 そして、その口の隙間から見覚えのある衣服の切れ端が見えた。
 
 
 「ッッッッ!!!??!!?!」

 
 何処か茫洋としていた意識が一瞬で覚醒した。
 あれは、あの切れ端となってしまった嫌みのない程に華麗な服は、いつも見慣れているもので
 初めて見たのは29年前で、つい先程も見たばかりで
 それを着ているであろう恩人であり、主君である者の姿が見えなくて


 あれは総長の衣服の切れ端だと理解した。
 

 ドクン、と身体の何処かが脈打った。
 そして、女2人がこちらに気付いた。

 「なんじゃ、起きたのかの?」
 「気を付けるの。かなりブチ切れてるみたいなの。」

 2人が何か囀っている様だが、耳に入ってこない。
 痛みを堪え、手をついて立ち上がる。
 五体は問題無く、魔導力も未だ8割近く残っている。
 戦意は十二分、寧ろ今なお増え続けている。
 
 「…ッ……ぁ……ぁぁ…あ…ッ!」

 悪いのはこちらなのだろう。
 何もかも忘れてしまった彼女を騙し、生贄として連れてきたこちらが。
 だが、だがだ。
 世の中の全ての事が、理性で割り切れる訳ではないのだ。
 ただ教えを守ろうとする騎士団達の様に。
 困った人を見捨てられなかった、今は無き町の人達の様に。

 理性では、割り切れないのだ。

 剣を振りかぶる。
 自分が振るう2本目の剣。
 聖騎士から奪い、町の人の仇を討った剣が折れ、ゼピルムにて総長から渡された剣。
 神器には及ばずとも、それでもかなりの業物であるこの剣ならば、或いは一太刀位は入るかもしれない。
 先程一撃加えた際に、相手の膂力は大体把握できた。
 自分では到底敵わないだろう程のものだった。
 ならば、普段の自分では到底成し得ない一撃を持ってくるのみ。

 「1本が………。」

 体内に残る全ての魔導力、普段は身体能力の強化と剣身の倍化に使用するそれをオーバーロード、普段のよりも更に一段階剣身を倍化させる。
 次いで、剣そのものに込められている魔導力をオーバーロード、数秒で消えるだろう剣身はその硬度と切れ味を4倍近くまで無理矢理引き上げられる。
 最後に、身体そのもののリミッターを解除し、自壊すら厭わず、死力を尽くして女2人目掛けて剣を振るう。


 即ち、3の乗数である剣身の数は常の最大である729本を超え……
 

 「2187本ッッ!!!!!!」


 2187もの必殺の刃となって放たれた。
 







 ども、ご無沙汰してます、VISPです。
 
 いや、今回はかなり間が開いてしまって本当に申し訳ない(汗。
 ちょっと最近ネットゲームに嵌ってしまって、ついついそちらに……。
 はい、すみません、今後はもっとちゃんと更新したい所存です。
 久しぶりに感想欄覗いたら更新を求める声が意外にもあったため、今後も頑張っていきたいと思います。
 本当に申し訳ないです。

 さて、まがんおうどうしたよ?という突っ込みは置いといて、えるしおん編番外編です。
 今回はなんとVZ、初のTSです。
 TSによる恥じらいその他はとっくの昔に擦り減ってますので、あしからず。
 なお、次回更新はまがんおうですので、またその時にお会いしましょう。
 




[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!クリスマス番外編
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/04/30 20:52
  それいけぼくらのえるしおんくん!
 
クリスマス突発番外編 聖夜の新婚夫婦



WARNING!!

 ここから先、糖分過多の文章があります、短いですが。
 また、本編「それいけぼくらのえるしおんくん!」を最後まで読んでからの方が楽しめるかと思われます。
 本来、クリスマス当日に上げようとしていた本話は本来執筆する予定は無かったものですが、最近更新が滞っているので、お詫び代わりの投稿です。
 
 それではお楽しみください。









 クリスマス
 それはとある聖人の誕生を祝う日

 クリスマス
 それは十字教にとって最も貴重な祭日

 クリスマス
 それは家族や恋人達が楽しい一時を過ごす日


 そして、とある新婚夫婦もまた、結婚して初めての聖夜を心静かに過ごしていた。







 
 「私達2人の愛に」
 「オレ達2人の絆に」
 「「乾杯」」


 チン、とシャンパンの注がれたグラスが涼やかな音を鳴らした。

 「くすくす♪私を口説いた時はあんなに情熱的だったのにね♪」
 「…勘弁してくれ。それに夜にはほぼ毎日言っているだろう?」
 「それはそれ、これはこれ、よ♪」

 何処かの高級ホテルの最上階、そのロイヤルスイートルームにて
 この世界の事実上の最高権力者な夫婦がクリスマスディナーを楽しんでいた。

 妻の方はまるでウェディングドレスの様な純白のドレスに身を包み、胸元に珍しいカウベルに似たアクセサリーを付けている。
そして、腰まで届く純白の長髪と染み一つない肌理細やかな肌が、何処か神秘的な雰囲気を放ち、美の女神と言われても信じられる程だった。

 「もう、これ位で赤くなるなんてほんと可愛いわねぇ♪」
 「…むぅ……。」

 しかし、くすくすと赤面する夫を笑う姿には、何処かイタズラ好きな、お転婆な雰囲気がする。

 「無暗矢鱈に言えば、そこに含まれる意味が薄れるぞ?」

 くい、と赤くなった頬を誤魔化す様にグラスを煽る夫もまた、妻に負けず劣らずの美しさだった。
 妻に負けない程の銀の長髪をポニーテールにし、男性とは思えない肌と美貌をシックな装いのドレスに身を包んでいる。
 装飾が少ないため、一見地味に見えなくもないが、見る者が見れば、そのドレスが目が飛び出る所か飛行する程の代物だと解っただろう。
 
 
この2人は言わずもがなだろうが、現在新婚旅行中のえるしおんとマリーチの新婚夫婦である。
 あの戦乱から4年、新婚旅行を満喫中の2人は、今夜、十字教にとって最も重要な祭日の夜を某国の最高級レストランで過ごしていた。
 
 「今頃協会は大変だろうな…。」
 「まぁ、いいじゃない♪私達がいないのは一年だけなんだから、それ位大丈夫大丈夫♪」
 「だと良いんだが……。」

 年末の最終地獄っぷりを身を以て知っているえるしおんからすれば、凄まじく不安だった。
 幾ら人手不足が解消したとは言え、即座に人材の育成が完了する訳ではない。
 特に機密レベルが馬鹿みたいに高いイスカリオテなら、その期間は数年を軽く超える。
 
唯一それを解決できる手段が超難関で知られる超優秀文官短気促成講習、通称「虎の穴」なのだが……あれは確かに即戦力を育てる(改造する、と言い換えても良い)には便利だが、精神に多大な負担を掛けるし、下手をすると新人が再起不能になるのであまり多用したくは無い。

 「あ、そうだ♪」

 そんな事を並列思考で考えつつ、妻と会話しながら食事を続けていると、唐突にマリーチがぽん、と手を鳴らした。
 次いで、ナイフで小さく切ったチキングリルをフォークで突き刺すと、手を添えながら、えるしおんの眼前に持っていき……



 「シオー♪はい、あーん♪」


 
 部屋の気温が、上昇した。
 
なお、シオは夫婦間におけるえるしおんの愛称である。

 「……………………………………あー……マリーチ?」

 えるしおんも流石に言葉に詰まる。
 と言うか、以前から結構同じようなネタでからかわれているのに、一向に慣れていない。

 「こら、マリーでしょ。」
 
 更に詰め寄りながら、訂正するマリーチ。
 
なお、マリーとはマリーチの夫婦間の愛称である。
 当初はマリーちゃんが提案されたが、流石に恥ずかしいとえるしおんが反対したため、この形になった。


 「………あ、あーん……。」
 「あーん♪」

 
 そして、遂に愛妻からにこやかに放たれるプレッシャーに屈し、えるしおんはマリーチのフォークに刺さったチキングリルを頬張った。

 なお、あーんと言い返すのはマリーチの趣味である。
 本人曰く「お約束でしょ♪」との事だが、これは単にえるしおんの羞恥心を視て楽しむためと思われる。

 「…ん、美味いな。」
 「うふふ♪頑張った甲斐があるわ♪」

 咀嚼・飲み込みを終えたえるしおんからの感想に、マリーチは大輪の花が咲いた様な笑みを浮かべた。

 恥ずかしかったけど……まぁ、いっか。

 と思う辺り、既にえるしおんはマリーチに洗n…もとい、馴らされていると言える。

 なお、ディナー料理は全てマリーチの手作りによるものである。
 この一年、彼女の料理の腕前は上昇する一方である。
 今夜位はホテル側に…と妻の疲労を考えたえるしおんだったが、上目遣い&涙目の妻の「お願い」に屈し、好きなようにさせている。

 
 蛇足だが、彼女の料理の失敗作、特に明らかに人の食べ物とは言えないモノは彼女のファンクラブ「預言者様を守り隊」内でオークションにかけられ、結構な収入になっている。
 

 「うふふ♪まだまだおかわりがあるから、たっぷり食べてね♪」

 
 にこやかに笑いながら、マリーチはまたえるしおんの眼前にフォークを差し出した。

 (今夜のディナーは長くなりそうだな……。)


 にこやかに笑う妻が繰り出す羞恥プレイに内心で身悶えしながら、えるしおんは並列思考の一つでそう呟いた。











 十字教の総本山、バチカン市国にて


 「今年度の使用弾薬の総費用上がってないぞ!?」
 「信徒からのクリスマスカード第17次追加来ました!」
 「おい、誰だ来年度の魔科学開発の予定表持って来たの!?」
 「戦闘部隊からの今年の最終予算深刻は!?!」
 「あぁ!!?!バーチェス様が過労でお倒れにーー!!?!!?!?」


 修羅場だった。

 上記で述べた通り、毎年この時期は十字教にとって重要な祭日であるクリスマスと、年末の総纏めにより、4つの部署全てが混沌の坩堝に陥る。
 幸いにも今年は増加した人員も勤務開始から数年目であるため、それなりの錬度に達しており、人手に関してなら例年よりも遥かにマシな状態となっていた。

 しかし、しかしである。
 不幸な事に、それを求める指揮官、それも全体を俯瞰して判断を下す司令官が足りなかった。
 えるしおんはマリーチと共に新婚旅行中、エスティは日本でゼピルムに転勤。
 最後に残った最高指揮官は金髪聖人ことバーチェスだが、彼にはマルホランドの経営があり、どうしてもそちらを優先せざるを得ない。
 それでも、彼はイスカリオテ機関の仕事の方も並行して頑張った。
 部下達も、全員それに倣って頑張った。
 
頑張ったが、しかし、敵(と書いて書類仕事と読む)の物量は、見ていて笑いたくなる程に圧倒的だった。

 終わらせても終わらせても底の見えない仕事。
 一つ終わらせたと思ったら、十・二十とそれを終わらせる間に増えていく。
 その圧倒的な物量に、イスカリオテ機関の誇る精鋭達は、一人、また一人と、櫛の歯が欠ける様に倒れていった。
 遂には多大な負担が掛かり続けていたバーチェスすらもその一人となって医務室送りに……否、医務室は既に満杯なので、毛布を敷いた適当な空き部屋に放り込まれた。
 ……きっと、意識を取り戻し次第。また馬車馬以上に酷使されるのだろう。


 「緊急入電!日本の鈴蘭様からエスティ様の捕獲成功!これより超音速機で空輸するって!!」
 「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッ!!!!!!!」」」」」」」」

 突然の報告に、死に体だったイスカリオテ機関員の瞳に光が戻る。
 具体的に言うと、腐った魚の目の様に濁っていたのが一本釣りしたてのホンマグロになった様だった。
 
 ここ数週間修羅場を展開し続けた彼らに、超音速でエスティが増援として送られてくる程度の時間等、限り無く短いものだった。
 昼も夜も朝も無く働き続けた彼らには、既にまともな時間感覚は存在していなかった。


 蛇足だが、エスティが今更捕獲されて空輸されてくるのは、この修羅場に巻き込まれないために先月から行方を眩ませていたため。
 それを魔殺商会で年末総決算による絶賛デスマーチ中の鈴蘭が魔殺商会の物量を生かし、3週間で見事に捕獲してみせた。
 これには神殿協会の先読みの魔女と初代魔王の協力があったそうだ。
 なお、聖魔王猊下はこの事に関し、「自分だけ逃げ出すのは良くないよね、お兄ちゃん?」というコメントを残している。


 「エスティ様が到着するまで耐えるんだ!皆死ぬなよ!!」
 「「「「「「「「応ッッ!!!!!!!!!」」」」」」」」



 まだまだ、デスマーチは始まったばかりだった。


 そして、年末年始の書類地獄から彼らが解放されるのは来年初頭、一月二十日の事だったそうな。


 
 なお、イスカリオテ機関のクリスマス休暇取得の可能性は、一説では0,01%を下回るという説もある。



 終わり






 クリスマス突発番外編、副題は「天国と地獄」です。

 執筆時間、実に2時間未満の作品ですが、いかがだったでしょうか?
 よろしければ感想を掲示板の方にお願いします。

 作者はどっちかって言うと天国側の人間です。
 いや、恋人も奥さんもいない寂しい人間ですが、何とか休暇は取れたんでww
 ……同僚に「3万出すから代わって!!」と言われた時は心揺れましたが。
 えぇ、概ね毎年通りの年末です、はい。

 今回は前にリクエストがあったえるしおんとマリーチの新婚風景の一幕を描きつつ、相変わらずの修羅場っぷりを醸すイスカリオテの皆様のご様子を書いてみました。
 えるしおんが帰って来るまで、一体何人が入退院を繰り返すのやら……。
 
 もう今年も終わりです。
 林トモア先生の二次創作、「それいけ~」ももう第二部まで来たんですねぇ…。
 来年は今年よりも忙しくなりそうなので、亀更新になりそうですが、これからも見捨てずにいてくれると、自分が泣いて喜びます。

 では、皆さんも良いお年を。
 




 PS. 弟にネット小説書いてるのがばれました。

 弟「○○さぁ、マスラオの小説書いてるよね?」
 作者「え!う、うん!」
 弟「あー、やっぱり。んで理想郷に投稿してるんでしょ。」
 作者「そうだよー(ドキドキ)」

 最近ラノベ、特に林トモアキ先生の作品に嵌ってる様なので、このまま洗n…もとい布教してみます。





[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!復活記念番外編UP
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/04/30 20:54



 その日、イスカリオテ機関本部は激震した。




 最高司令官であるえるしおんは血相を変えた部下からその報告を受けると、最低限の指示を残してその場から消えた。
 次に№2である金髪聖人ことアーチェスは現場指揮官として混乱の収拾に努めた。

 そして№3、蛇目シャギーことエスティは日本にいながら素早くこの事態を察知、早速今後に向けて準備をし始めた。
 








 神殿教団付属大病院


 ズドゴンッ!!!!


そのとある入院室の扉が勢いよく開けられた。
 …何気に扉だけでなく、壁にまで罅が入っていたが、それを気にする者はいなかった。

 「マリーチ!無事か!?」
 「そう慌てなくても私なら無事よ。」

 額の深く長い縦皺を普段よりも深くさせながら現れたえるしおんに対し、病室の主たる女性マリーチは慌てず騒がずに彼を宥めた。

 「…君が急に倒れたと聞いて、心配した。」
 「ごめんなさいね。今はもう落ち付いてるのだけど。」

 2人の関係は夫婦、それもつい3年前結婚したばかりだ。
 しかもこの2人、凄まじい経緯の末に結ばれた事から、2人揃うと直ぐにいちゃつき始める程の熱愛ぶりだったりする。
 
 「…原因は何だったんだ?葉月の雫が来ていたようだが…。」
 「うん、それがね……落ち付いて聞いてほしいの。」
 






 所変わって日本、伊織邸

 そこに併設されているゼピルム本部にて


 「副長、どうしたんですか?菓子折りなんて用意して?」
 「ん?あぁ、これかい?」

そこで副長を務めている蛇目シャギーことエスティが何故か菓子折りを詰めていた。

「今人気の洋菓子店のものでね。なんなら割引券を分けてあげようか?」
「え!ホントですか!?…じゃなくて!理由を聞いているんです!」
「その割に割引券は受け取るんだね…。」

そんな彼に疑問をぶつけるのはゼピルム本部でオペレーター兼技術顧問を務めるラトゼリカ。
2人とも元々はイスカリオテ機関から諜報活動の一環としてゼピルム内部に潜入していたのだが、今は正式に移籍している。

 「んー、つい数時間前マリーチ様がお倒れになったという知らせが入ったろう?」
 「あぁ、あれですね。ドクターが診察に出かけたそうですけど、何か解ったんですか?」

 マリーチが執務中に倒れたというのは、関係各位に一時間と経たずに伝わった。
 そして、正解随一の医療知識を持つ葉月の雫ことドクターが日本から各神聖教団支部を経由して転移、素早くマリーチの元へと駆けつけた。
 この素早い動きには勿論イスカリオテ機関の協力があったからこそだ。
 …まぁ、あのドクターの研究室に踏み逝った全身タイツ戦闘員という貴い犠牲もあったが。

 「まぁ、解ったと言えば解ったんだけどね…。」
 「えぇぇ!?何ですかそれ!?教えて下さいよ!」

 既に何かを掴んでいる様子のエスティに、ラトゼリカは詰め寄った。
 他にも周囲にいる魔人達も興味津々といった様子で聞き耳を立てている。
 
 「まぁ、その…御馳走様というかおめでとうございますと言うべきか……。」
 「へ?何ですか、それ?」

 遠くを見ながら、エスティは疲れた様な顔で、それこそ好きでも無い甘味を腹いっぱい詰め込まれた様な顔をして告げた。

 「マリーチ様、妊娠してるらしいよ。」







 
 「妊娠、してるみたいなの。」

 
 マリーチのその言葉を聞いて、えるしおんは一瞬外国語で話しかけられた日本人の様に、何を言っているのか解らない、きょとんとした表情を見せた。
 次いで、最愛の妻の言葉が脳にまで届くと、並列思考を全開にして一人問答を始めた。


 『妊娠』…哺乳類などの胎生の動物で、雌の体内(胎内)における受精卵の着床から出産もしくは流産するまでの経過及び状態を指す。By,Mr.w○ki
 いや、それは解る。
 『ニシン』…ニシン目ニシン科の海水魚。別名、春告げ魚。回遊魚で北太平洋に分布、春に産卵のために北海道沿岸に現れる。嘗てはその利益から「ニシン御殿」が立ち並んだとも言われるが、現在は漁獲高が激減、稚魚を放流している。
 いや、そっちのニシンじゃなくて妊娠だって。
 …問題はそれが自分の妻(新婚で熱愛中)が告げたと言う事。

 
 「…何カ月だ?」
 「大体3ヵ月半って所かしら?」

 マリーチが言うには、何か身体の魔導力に違和感があったらしい。
 最初は本当に小さなものだったのだが、日増しに違和感は増していき、何処か不安を覚える様になっていった。
 そして遂にその原因を視た所、自身の胎内の新しい命に気付いたのだが……初めての事態に混乱してしまったのだ。
 そしてまぁ、妊娠してから知らず積み重なっていたストレスや気付いた事によるショックで卒倒してしまったとの事だった。
 
 「先ずは葉月の雫を呼んで検査してもらい、それから今後のスケジュールを変更してそれからそれから」
 「シオー?何だか考え事が口から出てるわよ。」
 
 結構混乱の極みにあるえるしおんだった。
 …まぁ、いきなり「できちゃったの♪」と言われたら世の男性達は凍りつく事間違いないだろうが。

 「それから、身内で懐妊祝いの準備を「その前に、一言言うべきじゃない?」む?」

 それでも必死に今後の予定を考えるえるしおんに、マリーチが普段のからかう様な笑みを浮かべながら尋ねてきた。
 はて、何かあったろうか?と一瞬思考し……次いで、えるしおんは自分が大事な事を言い忘れていたのを自覚した。

 「すまない、言い忘れていた。」
 「ほんと、慌てん坊のお父さんね♪」

 くすくすと微笑む母となった妻に、えるしおんは敵わないなぁと相好を崩した。

 「おめでとう、マリー。丈夫な子を産んでほしい。」
 「えぇ、きっといい子よ。何せ私とあなたの子供だもの。」

 





 「懐妊おめでとうございます、マリーチ。」
 
 小一時間後、天界から赤い髪の天使こと聖四天の長マリアクレセルが病室に降り立った。
 目的は勿論見舞い兼お祝いである。

 「くすくす♪あなたからそんな言葉を言われる日が来るとは思わなかったわ♪」
 「私も、あなたにこんな言葉を言う日が来るとは思いもしませんでした。」
 
 相変わらずの女子高の制服姿の天使は、生真面目な顔を崩さずに祝いの言葉を述べた。
 …微妙に目の下に化粧では隠しきれぬクマがあるが、黙っておく方が賢明だろう。

 「どうぞ。」
 「ありがとう、飾っておく。」

 そつなく持ってきた花束をえるしおんに渡すマリアクレセル。
 ここら辺が他の人格破綻連中とは最大の違いだろうな。
 部屋にあった花瓶に水を入れ、花を飾りつつえるしおんは思った。
 
 「喜ばしい事とは言え、まさかこの様な事になるとは思いもしませんでした。」
 「それはオレもだ。正直、その辺りは諦めてもいた。」

 片や立派な仏教のカミ様である摩利支天、片や魔族の王族。
 人間と魔族のハーフである魔人ならまだしも、正反対の属性である魔と神のハーフなどそれこそ例が無いだろう。
 
 「しかし、生まれはどうあれ、天界は新しく生まれ来る全ての生命を祝福します。どうか幸あれ。」
 「ありがとう。懐妊祝いのパーティーには呼ばせてもらう。」
 「楽しみにしています。マリーチも、どうかご自愛を。」
 「えぇ、ありがとう。」

 そう言って存在を消すマリアクレセル。
 現在天界の修復と新人の研修やらで死ぬほど多忙な彼女が態々来てくれた事に、2人はとても感謝していた。

 『エルシオン様、大変です!』
 「……どうした。」

 しかし、平穏は続かないと相場が決まっている。
 部下からの切羽詰まった報告に、えるしおんはずしりとした疲れを両肩に感じながら通信に応じた。

 『マリーチ様のご懐妊が知られた様で、一部の者が業務放棄ならび暴動を起こしました!既に神殿教団の方でも一部勢力が呼応して大混乱です!』

 ちなみに皆独身者ないし恋人無しの者達である。
 なお、最初に事を開始したのは「預言者様を守り隊」のメンバーだったりする。

 「連中の装備は?」
 『は、ショック弾頭をメインとしていますので、殺傷の意志は無いかと。』
 「なら、こちらもショック弾頭を使用、多少手荒になっても良いから速やかに鎮圧しろ。」
 『は、了解しました!』
 
 通信が切れたと同時、溜息をつく。
 何だかとっても頭が痛い、今すぐベッドにダイブした気分のえるしおんだった。

 「くすくす♪相変わらずね皆♪」
 「うちの連中らしいと言えばらしいが、もう少し穏便に騒いでほしいものだ…。」

 相変わらず視ているのか、マリーチは実に愉快そうにころころと笑う。
 昔から何かあると直ぐ騒ぐ面々ばかりだが、本当にもう少し静かにしてもらいたいものである。
 えるしおんは常々そう思っている。

 「でも、もう少しすればもっと楽しくなるわよ♪」
 「………………………え?」

 奥さん(結婚5年目、現在妊娠3カ月)の言葉に、凍りつくえるしおん。
 今や未来視をほぼ無くしたとはいえ、突発的に発揮されるその『目』の的中率はほぼ100%、必ず当たると言ってよい。

 「司令部、司令部!早急に第1級警戒態勢に!司令b『うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!い、妹様が、妹様が来たぞーーーーーーーーッ!!!!』
 『こちら南4番ゲート!現在ゲートから1kmの地点にエルシア様を確認!至急全障壁を緊急展開!付近の者は早急に避難せよ!繰り返す!現在南4番ゲートに…!』
 『こちら正面ゲート!魔殺商会武装メイドならび全身タイツ部隊の攻撃を受けている!指揮官は聖魔王猊下!他準アウター級戦力を複数確認!早急に増援を寄越してくれ!』
 『西1番ゲート付近のヘリポートに学術都市所属輸送ヘリの接近を確認!内部に多数の機械化歩兵が搭乗している模様!これより迎撃を開始する!』
 『きき、北2番ゲートからへ、変態が!全裸で全身てかってる変態がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!』
 
 遅かった。
 えるしおんの行動は、遅かった
 既に、事態は手遅れだった。

 「うふふふ、くすくす♪皆はしゃいでるわね♪」
 「ものには限度というものがあるだろうがッ!?」

 妻と視界を共有して状況を把握しつつ、後始末と修繕費どうしようと頭を抱えるえるしおんだった。

 

 なお、懐妊知らせを知り合い全員に送ったのは他ならぬマリーチだったりする。








 「きっとこれさえも、掛け替えの無い日常なのであります♪」



 ゲートを守備する隊員達を薙ぎ払いながら、眼帯メイド少女が呟いたとさ。

























 ARCADAよ……私は、帰ってきた!!

 ども、VISPです。
 …きっと、忘れてしまった人もいるんでしょうね。
 
 いや、またこうしてSSを書けるとは思ってませんでした。
 今回の地震の被災地真っ只中でSS書いてるのなんて自分くらいですかねww
 本当に電気水道が止まって日々水汲みと配給とガソリンスタンドに並んでると、毎日が凄い早く流れていくんですよ(汗
 暗いニュースばかりが流れる中、少しでも明るいお話を、という事で今回のお話です。
 皆さんもどうか暗い世相に負けず、辛くてもどうか生きてください。
 本当に、身内や知り合いを亡くす事は残された側からすれば辛い事ですので。



感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.04981803894043