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[19255] 【習作】マイナー武将は平穏の夢を見るか【恋姫無双・転生・TS・オリ主・ネタ?】
Name: HTAIL◆a4c28cbe ID:5df02bfe
Date: 2010/06/09 11:22
 姓は温、名は恢、字は曼基。
 そして、真名は橘
 それが、この新しく生まれ変わった世界で得た私の名前。

 *

 生まれ変わった、なんて言うと大抵の人は「頭大丈夫?」みたいな目を向けてくるだろう。誰だってそーする私だってそーする。
 だが待って欲しい。私にはしっかと前世の記憶があるのだ。証明できないけど。というか証明しても意味が無いと思うけど。
 なにせ、前世では21世紀初頭に生きていたしがない一般会社員だったのに、生まれ変わってみたら古代中国っぽい世界だった。ないわー。
 この場合だと何をどうしようが証明しようがない気がする。
 さらに衝撃的だったのは元々は男だったのが何の因果か女の子に!
 ……いや、ちょっと普通の女の子とは言いがたいけどそれはそれとして女の子に!
 正直大分へこみました。

 まあ、幸いにして自意識がはっきりしたのは大体2歳くらいの頃。
 どこかのSSとかでよくあるような羞恥プレイにさらされずにすんだのは不幸中の幸いというやつでしょうか。

 しかしあれですね。自分がこういった境遇になって始めて(あれ、もしかして世間で言われてたオカルトのいくつかは実際に存在してたんじゃ?)とか思うようになりました。
 もしかしたらオカルト雑誌『アトランティス』の読者投稿欄に載ってた自称魔法少女さんも本物だったのかもしれません。友人と二人して馬鹿笑いしてごめんなさい。『純愛王アリス』という名前に心当たりはありませんが、どうか頑張って仲間を探してください。


 さて、ここいらで家庭環境とか今までの経歴とかにも少し言及しておきましょう。
 生まれ故郷は幷州太原郡祁県。私はこの地の豪族、温家の一員として生を受けました。
 自意識を持ってしばらくは愛情溢れる両親の元、健やかにすくすくと育てられました。
 幼児脳の吸収効率の良さと大人としての目的意識の高さ。この二つがいい具合に噛み合わさって学を修める速度が半端無いことになってしまい、周囲からはやれ天才だ神童だなんだと言われましたがそこら辺は華麗にスルー。むしろ見事な親バカと化した父の溺愛がちょっぴりウザかったです。

 そんな私に訪れた最初の転機。
 それが父の幽州涿郡太守への就任でした。
 基本的にこういうのは単身赴任がデフォなのですが、そこでゴネた我が父。私も赴任先へと連れて行くと言い出して聞きません。
 私が着いていってしまうと一人残される母が心配なのだけど、体が弱いから一緒に連れて行って環境を変えるのも憚られるし、それなら親類縁者が多い祁県に残しておいた方がまだ安心できるのでは?と家族会議で結論が出て、私は父について行くことと相成りました。
 ちなみに、私が残るという選択肢は真っ先に両親によって潰されました。なんでも涿郡には高名な学者さんが居るからきっと私の為になると判断したそうです。……こう言われてしまうとちょっと断れないですけど……七つの娘を連れてくなよなー……。

 そうしてお引越しした涿郡。
 ここで私は高名な儒学者、盧植先生の下で学問に励み、同時に父とその部下の軍人さんたちから武術を学ぶこととなりました。
 また、遼西郡に根を張る公孫一族のお嬢様、公孫伯珪こと白蓮さんと劉玄徳こと桃香さん、二人のお姉さんともお知り合いになれました。
 ……うん、自己紹介のときに思わず「嘘だっ!?」とか叫んで場を混乱の渦に叩き込んじゃったけど。
 なんにせよ、これで薄々感づいてた疑念にはっきりとした答えが与えられました。
 いやまあ、ずっと怪しいとは思ってたんですよ?真名なんてものがあったりしましたし。服装や日用品、飲食物なんかに一部あからさまに時代背景を無視したような品があったし。
 ここは、この世界は、私がかつて暮らしていた前世の地球、その過去ではなく。
 それによく似た並行世界(平行世界?どっちでもいいか)だということです。
 いや実際、劉備玄徳が女の子とかありえないだろー、と。
 三国志はそんなに詳しくないです。無双シリーズをちょこっとプレイした程度の知識しかありませんが……ああ、あとSDガンダムを使った漫画も読んでたっけ。アレは面白かった。蒼天航路も読めと勧められてたけど結局読まずじまいでこっち来ちゃったなぁ。
 っていやいやいや話が逸れた。ともかく、ここが私の知る歴史じゃない以上、何が起こるかわからない。……いやまあ、何が起こるかなんて元々大して知らないのだけれど、それでもはっきりとした指針が存在しないと知ってしまった以上私に出来ることは自らを鍛えることくらい。
 なので今まで以上に勉学に励みました。武術?とりあえず逃げること最優先!とか力強く宣言したら教えてくれる先生に「ダメだこりゃ」って顔をされました。まあ実際あんまり才能無かったみたいで体力づくりと基礎の型なんかを延々と繰り返してましたけど。

 そんな感じで数年間、桃香姉さんや白蓮姉さん(桃香姉さんに「お姉ちゃん」と呼ぶように言われたけど断固拒否して姉さんで勘弁してもらいました)と一緒に勉強したり遊んだりしながら生活してたのですが、12歳になったある日、再び転機が訪れました

 父の死です。

 ある宴会の席で私のことが話に上り、褒めそやされたことで上機嫌になった父はついつい深酒が過ぎてしまい、泥酔状態で帰ろうとしたところで落馬。そのまま首の骨を折って死んでしまった、というのが報せを受けて官舎に駆けつけた私が聞かされた死因。
 実際、護衛の人たちなどの証言を総合してみても別段怪しいところも無く、不注意での事故死なのは間違いないでしょう。
 ……とはいえ、これには正直参りました。確かに普段何かとウザかった父ですが、決して愛していなかったわけではなく。むしろ大好きだったからこそ色々な感情が心の内で吹き荒れてまともに物を考えられませんでした。

 それでもただ涙を流し、悲嘆に暮れているわけにはいきませんでした。母のことがあったからです。
 両親は子供の私から見ても非常に熱々で、万年新婚夫婦とでも言いたくなるような熱愛振り。そんな深く深く父を愛していた母に父の死を伝え、嘆き悲しむであろう母を支えねばなりません。
 とにかくその日は浴びるようにお酒を飲んでわんわん泣いて、無理矢理自分を立ち直らせると翌日には早速実家に帰る準備を始めました。
 盧植先生を始めとして、桃香姉さんも白蓮姉さんも父の部下の人たちみんなももっと落ち着いてから、と引き止めてくれたのですが……それら全てを振り切るようにして祁県への帰路に付きました。少しでも早く、父の亡骸を故郷に返してあげたかったから。母の元で眠れるようにしてあげたくて、そして母の傍に居てあげたかったから。

 生まれ変わってからはじめて飲んだお酒は、とても苦かったです。

 *

 そうして祁県へと帰り着き、ショックを受けて倒れた母を看病し、平行して父の葬儀の手配し、親戚の人たちの手を借りながらあれやこれやの問題を何とかこなして。そうしてひと段落付いた後、唐突に気がつきました。
 これからどうしよう、と。

 幸いにして、父は結構な額の遺産を残していてくれました。慎ましやかに生活していれば食うに困ることは無いでしょう。
 しかし、私が生きるこの時代はいずれ群雄割拠する乱世へと突入します。実際、涿郡に居たころからときたま賊が蜂起するという報せを聞いていました。この太原郡とていつ戦乱に巻き込まれるかわかったものではありません。
 そうなれば女二人が住むこの家など賊にとっては鴨葱もいいところでしょう。
 そう判断した私は親戚の中で最も親しく、旦那様が県令をしている叔母を通じて温家一族に遺産をほぼ全て分与することにしました。
 こうすれば賊どももわざわざ金の無い家に押し込もうとは思わないでしょうし、恩に感じた親戚連中はさらに手厚く母の面倒を見てくれることでしょう。
 もしかしたら私の就職先も斡旋してくれるかもしれません。
 そんなちょっぴり腹黒い考えを元に行動したしばらく後。叔母に呼び出されました。

 「どうかなさいましたか?叔母様」

 「うん、お前宮中に上がる気は無いか?」

 「……はい?」

 なんでも、私のとった行動が祁県どころか太原で「親孝行の鑑だ」と評判になっているらしく、今期の孝廉に推挙しようという話が持ち上がったそうです。盧植先生が太鼓判押してくれたのも大きかったようで、反対する人も特にいないとか。
 孝廉と言っても何のことだかわからない人が多いかもしれませんね。郷挙里選と言えば学校で習った方も多いでしょう。
 要するに功績を立てて評判になってる人を公務員に推薦しよう、という制度なんです。孝廉というのは。
 ……誰に説明してるんでしょうか私?

 まあそれはともかく。これは渡りに舟です。当座の生活資金も底をつきかけていたことですし、即座に了承し都に向かうことにします。
 こうして私は雒陽宮にて郎中という官位を授けられ、宮中にて働くことになったのです。ビバ定期収入!

 *

 さて、郎中として働き始めたわけですが、郎中とは何をする役職なのかと言うと……ぶっちゃけ雑用係です。
 一応、基本は宮中警備です。一般兵の皆さんを取りまとめて門や寝所に張り付き、また皇帝陛下が巡幸なさるときには馬車の周囲を警備します。たまには街中の警邏をしたり、賊討伐のお手伝いとして近隣の村や山や森にお出かけしたりします。
 それ以外にも朝会や宴席の手配なんかもお仕事です。文官さんのところに竹簡を運んだりもします。そのまま書類仕事を手伝わされることもしばしば。そのほか簡単なお仕事、例えば新しい庭木を受け取って庭師さんの所に運んだりする、なんてのは自分でやります。ほら、雑用係でしょう?
 まあ、孝廉で推挙された人はまずこの役職に就いて仕事を覚え、それから能力に応じて県令や太守、あるいは都尉として各地に派遣される、とそういう仕組みになっているのです。
 うまくやれば一国一城の主ですよ一国一城の主!
 かの有名な曹孟徳も郎中として働いてたんだそうですよ?まあ、私が宮中に上がる前に別の役職に就いて出て行ったそうですが。
 ……ほんとに誰に説明してるんでしょうね私。

 そんなこんなで仕事をこなし、合間を縫っては学問や武術に励みながらときたま実家に仕送りし。そうした生活を続けていると黄巾党(黄巾賊じゃなかったっけ?)が蜂起したとの報せが。
 ああ、これは史実通りに起こっちゃうんだー、とか思いつつも実家のある幷州にほど近い冀州に首魁である張三姉妹がいるという話を聞いて、変に飛び火しないで欲しいなぁ、などと願っていたら割とあっさり(でもないけど)曹孟徳を始めとしたそうそうたる面々が乱を鎮圧してしまいました。
 もしかしたら派兵されるかもと思っていたのですがそうならなくて一安心。
 ……してたらこんどは宮中がきな臭くなってきました。何進大将軍と十常侍の勢力争いです。前々から結構色々とやりあっててさっさと役職貰ってばっくれたいなぁ、などと考えていたのですが、事ここに至っていよいよのっぴきならないくらい緊張が高まってきました。
 いい加減コレは不味い、ちょっと身分低くてもいいからどこか空いてる官職に滑り込んで都を離れないと……などと考えて行動に移そうとしていたら急展開、董仲穎が雒陽を支配してしまいました。
 その手際はなんとも鮮やかかつ見事だったのですが、おかげで私自身は機を逃がしてしまい、董卓軍の再編成に巻き込まれて組み入れられてしまいました。なしてこうなったー。

 嘆いても仕方ない、こうなったらやれることをやって上手く機を見て逃げ出そうそうしよう!と固い決意を胸に秘め、新しい上官の元に出頭する。

 「よく来たね。ボクが軍師の賈文和だ。で、こっちがキミの上司になる……」

 「お前さんを預かる張文遠や。よろしゅうな」

 ホントにナシテコウナッターッ!?


 どうも私自身気づいていなかったのですが、宮中での評判は結構高かったらしく、清廉潔白で真面目にそつなく仕事をこなす人材として見られていたようです。前世の日本人気質が自分に手抜きを許さなかっただけなんだけど……。
 んでもって、この辺りの評価を聞いていた董卓軍軍師の賈文和様がついに結成された反董卓連合に対抗するため、汜水関に派遣する文遠様のフォロー役としてつけることにしたらしいのです。ようするに事務仕事要員ですねわかります。
 汜水関には文遠様ともう一人、華雄様も派遣されるそうで……え、華雄隊の事務仕事も私がやるんですか!?


 *


 ……なんだかちょっぴり長い回想に耽っていたようです。
 おかしいな、どうしてこうなったか検証してみるだけのつもりだったのに。

 まあなんにせよ、結局のところ私のささやかな抗議は無視され、汜水関へと派遣されてしまいました。そして反董卓連合とぶつかり合う時がいよいよ間近に迫ってきたのです。
 斥候によると、確認された旗は袁旗を始めとして、曹・孫・馬さらには公と劉にその他もろもろ……ってもしかして桃香姉さんと白蓮姉さんも来てるのっ!?
 直接顔を合わせると間違いなく厄介なことになると頭を抱える私をよそに文遠様も華雄様も意気軒昂です。


 まったく、私は単に母と二人で静かに暮らしたかっただけなのに。
 何をどうしてこうなったんだろう……?










 あとがき
 どうも始めまして皆様。初投稿のHTAILです。
 このたびは自分が書いたSSを読んでくださってありがとうございます。
 この作品は、三国志において早世が惜しまれた武将の一人、曹魏二代にわたって仕えた温恢を恋姫仕様にした上で登場を前倒しにしたらどうなるか、という思いつきによって生まれました。

 転生とかTSとかは自分の趣味ですが。
 あといろんな方々のいろんな作品に影響受けまくっているのは自覚してます。くそう、うまいこと昇華できない自分の脳みそが恨めしい。

 まあなんにせよ、結果はなんだかちょっぴりみょうちきりんなことになっています。
 キリがいいので此処で終わらせましたが、プロット自体はもうちょっと出来てます。ルート分岐で迷ってますが。
 評判が良ければ続きが出来上がるかもしれません。原作の細かいところ忘れてるので改めてプレイしなおしてからになりますが。
 そんなお話でもよろしければ、また遅筆な自分を待っていてくださるというのであれば頑張ります。

 それではこれにて。ありがとうございました。



[19255] 第二話
Name: HTAIL◆a4c28cbe ID:5df02bfe
Date: 2012/01/11 12:17
 マイナー武将は平穏の夢を見るか


 第二話



 汜水関にて。
 張遼は反董卓連合軍との対決に備えて英気を養うため、と称して自室で一杯引っ掛けていた。
 が、なんとなく口寂しくなったのでつまみをせしめにいこうと厨房に向かう。
 途中、錬兵場の傍を通りかかると妙な『気』を感じた。
 また華雄の奴がはしゃいでいるんか?にしては妙な気配やなぁ?と不思議に思い覗き込んでみると。

 鬼がいた。

 否、鬼ではなかった。しばらく前に自分の部下にとつけられた新入り、温恢だった。

 温恢は一言で言えば地味である。
 背は高い。董卓軍の女性陣の中では華雄と並んで高い方だろう。大体七尺半ちょうどくらいか。(約173cm。漢代の一尺は約23cm)
 体つきもそれに見合って豊満である。巨乳好きの張遼が思わず目を惹かれるくらいには胸も大きい。張りもある。実際に揉んで確かめた。思いっきり手の甲をつねられたが。
 腰はしっかりとくびれ、尻から太腿にかけては肉付きが良い。ふっくらむっちりとした感触がたまらない。こっちも揉んで確かめた。今度はこめかみに肘を叩き込まれた。腰の捻りの効いたいい肘打だった。
 思えばこの辺りから温恢の自分に対する遠慮がなくなってきた気がする。しかし『みさわのえるぼー』とはなんだろうか?
 なんにせよ、あの一連のやり取りで緊張がほぐれ、他の面子とも仲良くなれたようだ。すべて計算の上である。
 うそやないで?

 まあ、武人としてはもうちょっと引き締まってなければならないのだろうが、彼女の本分は文官だ。
 将と切り結ぶにはいささか物足りないが、雑兵を蹴散らせる程度には彼女も武を修めている。問題は無いだろう。

 かようになんとも魅力的な肢体をしているというのにどうにも彼女は地味だ。
 まず顔立ちが地味だ。無論美人なのだが、華やか、という類ではない。
 細い糸目かつタレ目、唇はやや厚い。眉もやや太く緩やかな孤を描いている。目つきとあいまってなんとも柔和な雰囲気をかもしだしているのだが、今は吊り上がっている。
 肩口ほどの長さの黒髪も無造作に整えてうなじで括り、せめてものおしゃれのつもりか青い鉢巻を額に巻いている。

 服装もまた地味だ。
 ゆったりとした白いズボンに黒い靴。足捌きの邪魔にならないよう裾はまとめられている。
 上も半袖の旗袍。藍色の無地に濃紺の縁取りがされただけの地味な品である。
 調練を行っていたのか今は手甲と脚甲も身に着けている。

 そんな普段は地味ながら温厚な温恢が錬兵場の真ん中で腕を組んで仁王立ちしている。組んだ腕の上に乗っかった乳がなんとも色っぽい。
 いやいやそうではない。問題はその前。怒気を発している彼女の面前で正座して縮こまっている同僚、華雄である。 

(なにしとるんやあいつら)

 どうにもただ事ではない雰囲気である。つまみは諦めて声を掛けることにした。

「よーぅ、どしたー?」

「あ、文遠さま」

「おお、張遼!」

 喜色を露にして振り向こうとする華雄をぎっ、とひと睨みして黙らせる温恢。
 何をそんなに怒っているのかと問えば、

「あれです」

 ぴっ、と指差した先。そこには幾人かの兵士が転がって呻いていた。
 医務室に運ばれるでもなく周囲の兵に手当てをしてもらってるということはさほどひどい有様、というわけでもないのだろう。
 この程度なら華雄の調練にはいつものことである。故に温恢がここまで怒る理由がわからない。

「なんや、いつものことやん」

「ええ、兵の皆さんの怪我はたいしたことはありません。いつもの打ち身です。明日一日痛む程度でしょう」

 でも、と続ける温恢。

「具足を壊すのはやりすぎです」

「……は?」

 たしかに、よくよく見てみれば折れた槍だの砕けた胴丸だの割れた兜だのが転がっている。 

「……華雄ー?」

 これはさすがに見過ごせないと張本人に問いかければますます身を縮こまらせる。

「……まあ、私がさっくりのされちゃったから不完全燃焼だったのはわかりますけど……」

 装備を壊すのはまずいでしょう、これから戦が始まるというのに。と、彼女はこんこんとお説教を始めたのであった。


 そもそもの経緯はといえば。
 汜水関に到着して陣を張り、兵が担当する部署の割り振りを決め、装備・施設の点検補修をし、斥候が持ち帰った情報を元に軍議を進め。
 調練を繰り返しては敵軍とどう戦うかの話し合いをしている張遼・華雄に代わって、軍を維持するもろもろの仕事を引き受けてくれていたのは温恢である。
 そんな彼女が両軍が激突する直前の最後の一時を使って気分転換をしようと考えるのはいたって自然な成り行きだろう。

 錬兵場の隅っこで基礎の型を繰り返す温恢に、たまには稽古をつけてやろうと華雄が声を掛け、特別断る理由も無かった温恢が受けた。
 とはいえ、そこらの兵士より腕が立つとはいえ所詮彼女は文官。数合、斧と戟を合わせただけであっさりと張り倒されてしまった。
 ぴよぴよと目を回す彼女に不満げだった華雄だが、気絶している以上無理強いするわけにもいかない。
 苛立ち混じりに他の兵に稽古をつけ始め……温恢が目を覚ましたときにはすでにこの惨状だったという。

「華雄……おまえなぁ……」

「いや、その、すまんかった……」

 さすがに張遼が呆れた目を向けると華雄もしょんぼりと肩を落とす。
 十分反省したと判断したのか温恢も表情を緩める。

「新しい武具の手配はやっておきます。華雄さまは金さんのところに行って修理を頼んできてください」

「ええっ!?」

 軍属の武具職人、金老人の所へと赴くよう言われた華雄が声を上げる。
 金老人の性格は典型的な気難しい職人肌。しょっちゅう得物や鎧を傷めては駆け込んでくる華雄はそのたびに怒鳴られている。
 董卓がわざわざ自領から引き抜いてきたくらいなので腕は確かなのだが、その気性のせいで董卓軍の大半の将に苦手意識を持たれている。
 主である董卓自身を除けば、彼とまともに話せるのは呂布くらいなのである。最近では温恢もなんとか話せるようになってきたが。
 金老人と呂布との間に会話が成立しているかというと些か疑問なのだが、両者の間では何の問題も無くやり取りされているらしい。

「……まだお説教が足りないみたいですね?
 誰か、コロ棒持ってきてください。華雄さまの足の下に敷きますから」

「ああいやいやわかったわかった! 行ってくる!」

 不満げな声を上げる華雄に一転、じっとりとした声音でさらなる罰を科そうとする温恢。
 さすがに拷問じみた説教を受けてはたまらないとばかりに慌てて錬兵場を飛び出していく。

「やれやれやなぁ」

「そうですねぇ。……ところで文遠さま?」

「ん?」

「お酒飲まないでくださいって、お願いしてましたよね。……なんでお酒臭いんですか……?」

「はっはっは、なんでやろなぁ。おおそうや、ウチもちいと用事があったんやった! ほなこれで!」

「あ、待ちなさい文遠さま! 誰か捕まえて! あと抱き石持ってきて! お説教するからー!」

「それ説教に使う道具ちゃうわ!」

 どたばたと駆け出していく二人。そんな二人を見て残っていた兵士たちは妙に和んだ気分になるのだった。



 *


 などと、たまに微笑ましい騒動を交えながら戦の準備のため汜水関の中を走り回る日々も過ぎ。
 ついに反董卓連合軍が汜水関へと迫る。その数、おおよそ十五万。
 対する汜水関守備隊は約五万。三倍の兵力差である。


「なんや温恢、緊張しとるんか?」

 決戦の火蓋が切って落とされる、という段になって張遼が声を掛けてくる。
 その様子には普段と変わらず。緊張や気負いといった要素は見られない。

「はい。正直に言ってこんな大規模な戦は初めてなので…」

「初陣、っちゅうわけやないんやろ?」

「賊征伐なら何回か。とはいえ、それもこちらの兵数のほうが多いという戦いばかりでしたので」

 数で劣る戦は初めてだと、いつもより硬い表情で続ける、鎧姿の温恢。
 いつもの格好の上に鋼の胸当てと手甲、脚甲を身に付けている。

「心配あらへんて。城攻めには守る側の三倍の兵力が必要。確かにむこうは三倍以上の数をそろえてきとる。
 せやけど、この汜水関は谷間に作られとる。いっぺんに数ぶつけることはできひん。せいぜいこっちと同じくらいの数でしか攻めてこられんやろ。
 そんで同じ数でぶつかり合う以上は……」


 うちらに負けは無い。


 力強く言い切る張遼の目には、不安も迷いも一切無かった。

「地の利、ですね。頭ではわかってるんですけど、なかなか感覚がついてこなくて」

 苦笑する温恢にびびりーやなぁ、と茶化す張遼。温恢も小心者なんですよ、と軽く返す。
 無駄に力が入っていた温恢も程よく緊張が解け、上手い具合に気力が漲ってきたようだ。
 
「まあ、関の中に居る限りはそうそう不利になったりせぇへんて。どっしり構えとき。
 万が一、ここが陥ちるにしてもおまえさん謹製のアレがある。撤退は大分楽やろ。
 とはいえウチかて本音を言えば、広い所で思いっきり暴れたいんやけどな?」

 元来張遼は騎兵を率いる将である。その真価は平野でこそ発揮される。
 が、別に篭城戦が苦手というわけでもない。いたって高水準でバランスの取れたオールラウンダーなのである。

 今回の汜水関においては張遼が一万の兵を。温恢が四千の輜重部隊を率い、残りの三万六千を華雄が率いている。
 この三万六千を三交替で前面に立たせて防衛をする、という手筈である。

 すでに前哨戦は始まっているが、張遼は何かあったときの後詰。温恢の仕事は戦が長引いてきてからが本番。両者ともにこの時点ではやれることは少ない。
 故に少しばかりのんびりとした雰囲気で待機しているのである。

「まー、華雄の奴はちいとばかり短気やけど」

「ああ、ありますねそういうところ。挑発にのったりしなければいいんですが……」



「伝令っ! 華雄将軍、敵軍に突撃を開始しましたっ!!」

「「……は?」」



「え、これ私のせいですか?」

「いや、ちゃうやろ。てか、のんびりしとる場合やあらへん!温恢!」

「はい、様子見てきます!」

「危なかったら連れ戻してや!」

「はい! あとお願いします!」

 急報を受けあわただしく動き始める両人。



「私の馬と道具袋は? 用意できてる? よし。
 それでは温恢隊、出ますよっ!!」







『敵将華雄! この関雲長が討ち取ったぁ!』

「まぢですかーっ!?」

 慌てて用意を整えて連れ戻しに出てみれば、すでに華雄さまは討ち取られてました、まる

「隊長っ、どうしますかっ!」

「ええい仕方が無いっ! 混乱してる兵はあなたが取りまとめて! 私は華雄さまを回収してくる!」

「はっ! ……まだ生きてますかね」

「生きてますよ。この程度で華雄さまがどうこうなるはずがありません。
 半分ついてきて周りの連中を牽制!あの関雲長とかいうのは私がどうにかします!」

「「「はっ!」」」

 副官に兵をまとめるよう指示を出し、鞍の両脇に吊った皮袋から『とっておき』を引っ張り出す。
 戟は邪魔なので鞍に括りつけたまま。

 その『とっておき』を頭上で大きく振り回しながら、温恢は関羽に突撃する

「関雲長! 董卓軍が将、温曼基!あなたに一騎討ちを……」

「むっ! 敵将が続けてか! いいだろう、掛かって来い!」

 関羽は自分めがけて突っ込んでくる将に向かって得物を構える。
 相手は流星錘使いのようだ。変幻自在の間合いは侮れん、と気を引き締め


「申し込まないっ!!」


「…………はい?」


 一瞬で気勢をそがれた。


「あなたみたいなのをまともに相手できるか! これでもくらえ!」

 関羽の気が抜けた刹那を逃がさず『とっておき』を投げつける。
 三つの錘を革紐で結んだ『それ』は遠心力で大きく広がり、得物を持った腕を胴に密着させるように絡みつく。

「な、これは!?」

「まだあります! そらそらっ!」

 関羽を中心に円を描きながら次々に皮袋から三叉流星錘……すなわちボーラを引き抜いては振り回して投げつけ、ぐるぐる巻きになるよう駆ける。

「こんなもの……っ!」

 絡み付かれた関羽も引き千切ろうと力を込める。が、妙な手ごたえを感じるばかりでどうにも上手くいかない。

「残念だけどそれは特別製! あなたみたいなのを絡め取る為に、革紐の中に鋼線を仕込んである!」

「なんだと!?」

「さあ、最後にこれだ!」

 腰の後ろに括りつけていた別の皮袋から白い塊を取り出して胸元に投げつける。
 とっさに避けようとした関羽だったが、足も紐に絡まれていては上手く動けない。むしろ無理に動いたせいですっ転ぶ。
 そして胸に当たってあっさりと砕けた白い塊は煙を吐き出して関羽を咳き込ませる。

「ごほっ……こ、これは……っ!」

「特性煙幕です。しばらくじっとしてなさい!」

 煙を吸い込んでむせた関羽は動きを止めたが、それでも尚警戒しながら馬を飛び降り、近くに倒れ伏していた華雄に駆け寄る。

「華雄さまっ! 華雄さまっ!
 ……よかった、生きてる……」

 手を口元にやって呼気を確認すると息があった。
 急いで連れ帰れば助けられる、と判断すると華雄の体を馬上に押し上げる。

「……く、温恢……か……」

「はい、私です。帰りましょう、華雄さま。
 ……引きなさい!関の中に撤退します!」

「はっ! みな、曼基さまに続けぇっ!」

 馬上の揺れが傷に障ったのか、意識を取り戻した華雄にひとこと告げると撤退の号令を出す。



 そのとき。



「まてまてまてぇぇ~~いっ! お前たちはこの燕人、張翼徳が逃がさないのだ!
 ていうか愛紗になにするのだー!!」

 怒涛の勢いで駆け抜けてきた赤毛の小柄な影、すなわち張飛が温恢に向かって飛び掛ってくる。

「あなたの相手もしてられない! 今度はこれだっ!」

 ボーラが入っていた袋とは反対側に吊っていた袋から黒い塊を取り出して投げつける。

「こんなものー!」

 何の工夫も無く投げたそれはあっさり張飛の蛇矛に打ち払われる。

 が。

「誰が一つだけだと言いましたかー!」

 間髪入れずに投げられた二つ目が大きく広がり張飛を絡めとる。

「にゃっ!?こ、こんなものー! って痛っ!痛たたっ!?
 これ、針がついてるのだー!? しかもなんだかぬるぬるしてるのだーっ!!」

「鋼線仕込みの特製投網! そしてこれもどうぞ!」

 再び腰の皮袋から取り出した白い塊を、今度は張飛の顔面に向かって投げる。
 額に当たった塊はまたもあっさりと砕けて中に仕込まれていた液体をぶちまけた。

「に゛ゃに゛ゃっ!?
 ……ほ、ほにゃーっ!? 目が、目がーなのだーっ!? あとなんかヒリヒリして痛がゆいのだー!?」

「鈴々! まさか、毒かっ!?」

「山芋を擂った汁と唐辛子の粉を混ぜた特製目潰し! ふははははははは辛かろうですよ! ではさらばです!」

 毒ではないけどタチが悪い代物だった。

 ともあれ、目潰しでのたうってる張飛を見てもはや動けないと判断した温恢は踵を返して城門へと向かう。
 息があるとはいえ華雄は重症。一刻も早く医者に見せねばならない。

 かといってここで一目散、とはいかない。しっかりと連携を取って整然と撤退しなければ関の中まで敵軍がなだれ込んできてしまう。
 鞍から引き抜いた戟を旗代わりに振り回して兵たちに集結の合図を出す。

「陣を組んでゆっくりと後退します! 文遠さまの援護があるから慌てないで!」

 しかし、ここで温恢は関羽から目を離してしまった。動けないだけで、戦う力は十分に残っている関羽から。

 

 煙幕の粉を吸い込まないように注意しながら気息を整えた関羽は、上手くバランスをとって立ち上がるとほぼ唯一自由に動く左手首から先で自分の髪を止める紐を手繰り寄せる。
 紐に付いている飾りを指の力だけで引き千切ると手の中で転がして弾く体勢をとる。
 一矢報いる。その気配が洩れたのか、背を向けていた温恢が振り返る。

 構わない。ここで……一撃入れる!

「くらえ!」

 びしり、と指で弾いた紐飾りはとっさに戟を捨てて防御体勢をとった温恢に防がれた。

 が、関雲長の渾身の指弾、その程度で防げるはずも無く温恢は大きく吹き飛ばされる。

「温恢!」 「曼基さま!」

 馬上の華雄が、周囲の部下たちが声を上げる。

「だい……っじょうぶっ! 引きます! 警戒を密に!」

 咳き込みながら周囲に応える温恢。
 どうやら仕留めきれなかったらしい。右で、なおかつ十全に動ける状態ならば防御が間に合わない速さで胴をぶち抜いてやったのだが……惜しかった。
 まあいい。手ごたえから察するに手傷は負わせた。つまり将を二人動けなくしたことになる。この調子なら門が陥ちるのも時間の問題だろう。

「関羽様!」

「ああ、私はいい。それよりも鈴々の方をたのむ」

「はっ!」

 絡み付いている流星錘を切ろうと寄ってきた部下から短剣だけ受け取り、いまだ「めがーめがー」とのたうってる張飛の元にやる。

 周囲は大分乱戦模様。この分だと自分たちも一度陣に戻った方がいいかもしれない。
 紐を切りながら、関羽は主君である劉備にどう報告しようか考えていた。







「……へぇ、あの関羽をいなしてみせたの。面白いのが居るみたいね」

 伝令からの報告を受けた曹操は嫣然と微笑む。

「一刀。温曼基という名に聞き覚えは?」

 曹操軍本陣。曹操はそばに控えていた不思議な輝きを持った上着を着ている男に問いかける。

「うーん、いやすまん華琳。どうも思い出せない。たぶん、俺が知らない武将だと思う」

 『天の御遣い』を称して曹操軍に世話になっている彼、北郷一刀は聞き覚えの無い名前に首を傾げる。

「そう。まあいいわ。桂花」

「はっ!」

「調べなさい」

「承りましたっ!」

 自軍の軍師、荀彧に調査を命じ曹操は改めて深く玉座に腰掛ける。

「さて、汜水関陥落はもはや時間の問題……。次はどう動きましょうか」

 乱世の奸雄はとても楽しそうに微笑んだ。







「折れとりますな」

「あ、やっぱり」

 
 命からがら汜水関内に逃げ帰った温恢。
 華雄を医者に診せ、ついでに自分も診てもらった際の言葉である。

 最後に放たれた関羽の指弾。
 とっさに両腕を交差させた十字受けで受け止めたものの、これがまずかった。
 装備していた鋼の手甲は砕け、上にしていた左腕は完全骨折。右腕もひびが入り、衝撃は胸当てと乳房を突き抜けて肺にまで届いた。
 先ほど服の下を確認したら赤くなっていた。この分ではさぞや大きな青痣が出来ることだろう。
 風穴空けられなかっただけ大分マシだとは思うのだが、これで直接戦闘はほぼ不可能。
 うまく弾くなり逸らすなりできればよかったのだろうが、あいにくそんな武才は無い。
 このありさまではもしかしたら指揮するのにも支障が出るかもしれない。

 とりあえず添え木替わりに短剣を鞘ごと左腕に括りつけて固定する。
 そういえば戟も投げ捨ててきてしまった。なんか適当な武器を調達しないと。

 ため息を一つ吐くと防戦の指揮を執る張遼の手伝いをするために医務室を出て行った。










 あとがき

 こんにちは。HTAILでございます
 ご感想ありがとうございました。
 「続きが読みたい」とおしゃっていただけたので覚悟を決めました。
 ルート決定。一刀の行方も決定。続き、書きます!

 とはいえ、いきなり長編にしようとは思っていません。
 まずは所属が決まるまで。すなわち反董卓連合編が終わるまでを書きます。
 こうやって区切りをつけないとエターナりそうなので。

 あと一人称だと書きづらかったので三人称に変更しました。

 それではこれにて。ありがとうございました。



 …………愛紗と鈴々弱くしすぎたかなぁ…………?
 



[19255] 第三話
Name: HTAIL◆a4c28cbe ID:5df02bfe
Date: 2010/06/23 10:20

 マイナー武将は平穏の夢を見るか



 第三話



「愛紗ちゃんと鈴々ちゃんまだかな~」


 劉備軍本陣。主将の劉備が護衛役の趙雲、軍師の孔明・鳳統とともに義妹達の帰還を待っていた。

 義勇軍あがり、といっても差し支えない劉備軍は反董卓連合に参加するにはいささか兵数も兵糧も物足りなかった。
 その不足分を袁紹から借りることで補ったのだが、代価として汜水関攻めの先陣を切ることとなってしまった。
 袁紹の命ずるがままに軍を進めて磨り潰されてはたまらない。そこで劉備軍は一計を案じ、守将華雄を挑発して野戦に引きずり出して討つ、という手段を取った。
 作戦を任せた関羽、張飛両名はうまくやってくれたらしく、華雄隊は一時混乱の極みに達したものの今は持ち直して関の中に撤退しようとしている。


「なあに、あの二人のことです。心配はいりますまい……。
 ほら、噂をすればなんとやら、です。帰ってきましたぞ」

「あ、ほんとだ~」


 兵を伴い愛しい妹達が帰ってきた。
 が、どうも様子がおかしかった。


「えっと、どうしたの鈴々ちゃん。なんかぼろぼろだけど」

「ふわ~ん! おねえちゃ~ん! ひどいめにあったのだー」


 関羽に手を引かれて戻ってきた張飛はなんともひどい有様だった。
 髪はぼさぼさに乱れ服にはあちこち鉤裂きが。肌が露出している手足もみみず腫れがたくさん出来ている。
 ただの返り血や泥はねとも違うべっとりとした汚れがあちこちにこびりついてるし、顔にも何かを拭ったような跡があった。

 そんな様子の張飛が半泣きになりながらがばちょ、と飛び込んできたのだ。反射的に抱き返してよしよし、と撫でてやるが一体どうしてこうなったのかちょっとわからない。


「なんだ鈴々、らしくないな。なにがあった?」


 いつもとあまりに様子の違う張飛に趙雲も違和を感じたか鋭い目つきで問いかける。


「あのね、あのね、鈴々ね愛紗がナニカサレタみたいだったから助けようとしたのだ。
 そしたら頭からぶわさぁ~ってかぶせられてね?うごけなくなって、ちくちく痛くて。
 んでねんでね、しろくてどろどろしたのかけられて。そしたら目が痛くなって、目が~目が~ってなって……」

「は、はわわわわわ。ま、ましゃか鈴々ちゃん……!?」

「あ、あわわわわわ。しょ、しょんにゃことって……!?」


 要領を得ないべそかき張飛の説明に劉備の頭上にはクエスチョンマークが浮かび、趙雲はますます目つきを険しくし。
 軍師二人はなにやらよからぬ想像が暴走していた。


「あ~、待て待て鈴々。その説明じゃなにがなにやらわからんぞ」


 流石にこのまま説明を任せても埒が明かないと判断した関羽が引き継ぐ。


「まあ、有り体に言いますと見事にしてやられた、というやつでして……」





   かくかくしかじかうっうーうまうま





「ね、愛紗ちゃん。その敵将さんって、こーんな糸目で、こーんなたれ目で、黒髪の女の子だった?」

「は、はぁ。そのような風体でしたが」

「で、温曼基って名乗ったんだ」

「はい」 「あと愛紗より背が高かったのだ!おっぱいは愛紗よりちいさかったけど星よりずっとおおきかったのだ!」

「ほほう、それはそれは。ぜひともお目にかかってみたかったものだな。
 それと鈴々。私のおっぱいが小さいみたいに言うな。白蓮殿よりはある」

「でもおっきかったのだ!」

「そ、それはいいとして……。桃香さま?なにか心当たりが?」

「うぅ~……。橘ちゃんなにしてるのぉ~……?」


 一通り説明し終えると。劉備が頭を抱えてうずくまる。
 関羽などはすわ何事!?と動揺するも主の口から洩れた名に聞き覚えがあった


「橘というと……白蓮殿の元に義勇軍として参加しに行ったときに聞いた名ですな」

「うん、盧植先生のところでお勉強してたときのおともだち。だけどなんで董卓さんのところに居るのー?」

「あの、桃香さま。その橘という人のことを聞かせてくれませんか?」


 会話に加わらず兵が持ち帰った投網や流星錘の検分をしていた孔明がたずねる。


「うん、いいよ。えとね、橘ちゃんは温恢っていってね。祁県の温家の子なの。
 で、お父さんが涿郡の太守になったからついてきたの」

「桃香さまと白蓮殿が勉強していた時期だと白蓮殿の前の前の涿郡太守ですな。その頃の太守は……」

「たしか、温恕さんですよね……?」


 星のうろおぼえ知識を鳳統が補う。


「そうそう、温恕さん。それで一緒に盧植先生の所でお勉強するようになって、仲良くなったの。最初は『嘘だッ!?』とか言われたけど」

「なにが『嘘だッ!?』なのだー?」

「……なんだったんだろう? 結局最後まで教えてくれなかったし。
 で、何年か一緒に勉強したり遊んだりしてたんだけどお父さんが亡くなって、橘ちゃんは実家に帰っちゃったの。祁県に残してきたお母さんが心配だからって。
 その後のことはこの間白蓮ちゃんに聞くまで知らなかったよ。なんでも郎官として宮仕えしてるって言ってたけど……」

「それですっ!」

「へ?」


 劉備が洩らした呟きに孔明が素早く反応する。鳳統も納得顔だ
 一方、劉備や他の将には何のことだかわからない。


「温恢さんは郎官として宮中に居たんですよね?」

「う、うん。白蓮ちゃんが太守に任命されて出立するときも見送りに来てくれたって。自分の任地も決まってないのにって」

「優秀な方なんですよね?」

「うん。お勉強は私達の中で一番出来たよ」

「じゃあ、理由はそれですね。董卓さんは洛陽を占拠した後、何進大将軍の軍や羽林軍、郎官などを再編成して自分の軍に組み入れたと聞きました。
 きっと目をつけられて引き抜かれたんじゃないでしょうか?」


 孔明ほぼ正解。
 正確には引き抜いたのは賈駆である。


「え、じゃあ無理矢理戦わされてるってことなのかー!?」

「それは……わかりません。桃香さま、その温恢さんはどんな方だったんですか?」


 張飛の言に『もしそうであれば捨て置けぬ』とばかりに皆が眉を吊り上げる


「んと、真面目な子。あと自分に何かやる能力が足りない場合、なんとか工夫して補おうとする子」

「そうですか……それなら、引き受けた以上は真面目にやる、という立ち位置で戦っているんじゃないでしょうか?」

「うん。私もそう思う」


 劉備と孔明、二人が出した結論に関羽が続ける。


「では、方針は?」

「汜水関攻略で軍功を立てつつ、橘ちゃんが出てきたら何とかして捕まえる。かな?」

「それも慎重に、ですね」

「うん」


 孔明が付け加えた。


「おや、なぜですかな?」

「んと、真面目にやるのはいいの。工夫するのも。ただ、その工夫の方向性が……」

「ひどい方向にかっ飛ぶんですね」

「……なんですかそれは? いや、まあなんとなくわかりますが」


 主と軍師がうんざりした顔になっている。関羽もしかり。
 直接対面していない趙雲と今ひとつ理解してない張飛だけがきょとん、とした顔だ。


「これ……見てください」


 鳳統が指し示した投網を趙雲と張飛が見る。


「針がついてるな」 「ひっかかってぬけられなかったのだ」

「ほう、鋼線を仕込んであるのか」 「がんじょうで破れなかったのだ。針が痛くて力入らなかったからだけど」

「……油が染み込ませてあるな」 「あー、だからぬるぬるしてたのかー。……油?」

「最終的には火を点ける予定だったんだと思います……」

「「「「「「……うわぁ……」」」」」」


 一同から思わずうめき声が洩れた。劉備が渋い顔をしながら皆に告げる


「とにかく、相手に橘ちゃんがいる以上は慎重に行こうと思います! さしあたって」

「さしあたって?」

「前衛は袁紹さんにお任せしちゃおうかと」





 *





 一方その頃。汜水関

「恢ちゃーん、ちょっとええかー?

 ……をを、ええおっぱい」

「でてけ」

「……うーわ冷たぁ~。いますんごい冷たい眼と声やったで?」


 自室で痣になった胸に医者からもらった湿布を貼ってる所に来襲した張遼を一言で斬って捨てる。
 さすがの張遼もすこし引いた。


「で、なんですか?これから撤退の準備をするんですけど」


 そう、すでに董卓軍は汜水関からの撤退を決定していた。

 猛将華雄が倒されたことにより、士気は恐慌寸前にまで急落した。温恢が彼女を連れ帰ったことでどうにか持ち直し、今では逆にやり返してやらんと意気揚々だ。
 しかし一度主導権を奪われたことが災いし、勢いはあるものの兵たちの間にはじりじりとした焦燥感が広まっていた。
 このままでは少しずつ押し込まれ引き際を見誤りかねない。そう判断した張遼はまだ余力の残っているうちに汜水関を引き払い、虎牢関まで撤退。
 かの関を守る飛将軍・呂布と合流することにしたのである。


「うん、お前さんが先発。殿はウチ。ちゃんと華雄と怪我人たち連れてってや」

「はい、承りました。ほかに何か気になることでも?」

「いや、アレの配置図。恢ちゃんしか持ってへんやろ」

「……あ。そういえば渡してませんでしたね」


 張遼の言葉を受けて寝台の枕の中から一巻きの紙束を取り出す。


「どうぞ」

「ん」

「まさか本当にコレを使うことになるとは」

「まあ備えあれば憂いなし、ちゅうんは間違っとらんかったワケやなぁ」


 洛陽出立前。賈駆に無理を言って輜重部隊に組み入れた土木職人たち。
 彼らの技術と温恢の知識を結集して作り上げた『とっておき』が汜水関の中で静かに眠っていた。





 *




 二日後。

「行け~っ! 行け~っ! あたいら袁紹軍に敵は無ぇ~っ!」


 劉備軍に代わり、前衛を勤めるのは袁紹軍。
 率いるは二枚看板と名高い文醜と顔良である。


「ちょっと文ちゃん、大丈夫なの? ちょーしこいて玉砕! とかやだよ私」

「だぁいじょうぶだって斗詩ぃ。連中ろくに反撃できてねぇじゃん。きっとあたいらに恐れをなしたんだよ。
 こんなのにビビるなんて劉備ってやつも孫策ってやつもたいしたことねぇなぁ」

「……そうかなぁ……?」



 *



「なんて、言われてそうね」


 孫策軍本陣。
 悠然と構える孫策の前でいらだつ様子を見せる周瑜が毒づく。


「いいの、雪蓮? ここで汜水関一番乗りの実を取らないで」

「それなんだけどねぇ、冥琳。どうも嫌な予感がするのよねぇ」


 この一言で孫策は軍を脇によせ、袁紹軍が前面に出てくるように誘導したのである。


「またそれ!? もう、いい加減にして頂戴。論拠の無い勘だけで方針決めるのは」


 いらいらと眼鏡の枠を押し上げる周瑜に対し孫策はのんびりとした雰囲気を崩さない。


「一応根拠が無いわけじゃないのよ。劉備軍。あいつらが動いてない」

「……すり減らされるのを嫌ったのではなくて?」

「かもしれない、とは思うんだけどね。でもね、あいつらの動き。何かを知ってるような気がするのよねぇ」


 何かを思案するように人差し指を唇に当てながら呟く。
 そこに伝令兵が駆け寄ってきた。



「伝令っ! 汜水関の門、陥ちましたっ!」



「あら。意外に早かったわね」

「ああ、もう! 結局実を取られちゃったじゃないの!」

「んー、慌てない慌てない。ああほら……」


 つい、と鞘に収めたままの南海覇王で汜水関を指し示し。


「嫌な予感、当たったみたいよ」



 汜水関内部に突入した兵たちの悲鳴が聞こえてきた。





 *





 曹操軍本陣。
 荀彧が各所に放っている斥候の一人が帰ってきた。


「報告します! 汜水関内部、罠多数! 袁紹軍の被害、拡大している模様!
 また、敵兵の殆どはすでに撤退している模様です!」

「被害規模はどのくらいかしら?」


 報告を受けた主、曹操に代わり荀彧が斥候兵に問いかける。


「はっ! 重軽傷者多数なれども死者はごくわずか、とのことです!」


 返ってきた答えに曹操の眉が顰められる。


「……それは、間違いないのね?」

「複数人で確認しました! 間違いありません!」

「よろしい。下がりなさい」

「はっ!」


 斥候兵を下がらせた後、本陣内の将・軍師達に問いかける。


「さて、汜水関の中には罠がたっぷり……ということだけれど」


 その曹操の言に彼女の右腕と名高い夏侯惇が声を荒げる。


「ええい! あやつら卑怯なまねを!
 華琳さま! この春蘭めにご命令ください! かような罠なぞことごとく踏み潰してくれましょう!」

「待ちなさいよ春蘭。あんた、この罠の意味を考えなさいよ」

「意味だと? 罠なんてものはその、こう、あれだ! ひどい目に合わせるものだろう!」


 思わず口を挟んだ荀彧におおむね間違ってはいない答えを返す夏侯惇。
 そんな二人のやり取りに曹操は思わず口元を緩ませてしまう。

 この二人の口喧嘩はいつものことだし、普段は害にしかならないので程々のところで諌めているのだが、たまにこうして程よく緊張をほぐしてくれる。


「この場合、罠の内容から敵の意図を推察しろ、ってことなのよ!」

「意図だと? そんなもの、こちらに痛手を与えることであろう?」

「いや、たしかにそうなんだけど……」

「いいわ桂花。私が説明するから」


 このままでは埒が明かないし、一つ一つ説明した方が逆に早いだろう。
 夏侯惇以外にも理解していない将がいるようだし。


「いい春蘭、罠に掛かって怪我人が出たとします。死にはしないけれど、戦うことも動くことも出来ないくらいの怪我よ。
 この兵たちは後方に運んで手当てしなければいけないわね?」

「はい」

「一人怪我をしたら運搬のためにさらに二人、兵を割かなければならない。そうよね」

「その通りです」

「ならば千人怪我をしたらさらに二千人、合わせて三千人が部隊から離れることになる」

「ぬぬ!?」

「えと、つまりあれですか? 怪我をさせた数以上に兵隊さんが減っちゃう、ってことですか!?」

 おとなしく聞いていた許緒の言葉によくできました、と微笑みかけさらに続ける。

「罠を避けるために慎重に進めば時間を浪費し、かといって怪我人を放置すれば今度は士気が下がる」

「どちらにせよ、撤退する董卓軍にとっては有益。さらに言えば後方に下がった負傷兵のために医薬品と糧食もまわさなければならない。
 兵数以外の部分も削れるわ」


 荀彧の補足の言葉を聞き、理解していなかった夏侯惇・許緒・典韋の三人が『おぉ~』と声を上げる。
 ちなみに北郷とその部下の三羽烏は本陣ではなく前線近くで汜水関の様子を伺っているためこの場には居ない。もし居れば『まるで対人地雷だな』とコメントしただろう。

 それもそのはず。
 汜水関に仕掛けられた罠の数々は、温恢の前世の記憶と今生で学んだ罠の知識を元にこの世界の技術で再現されたものなのである。
 この罠の概念を説明され、実際に製作に当たった輜重部隊の職人たちは『なんと悪辣な……』とおののいたという。


「さて桂花。我が軍のこれからの動きだけど」

「とりあえず、袁紹軍が汜水関を抜けるまではなにもしなくても良いかと」

「そうね。邪魔な罠は全部麗羽に潰してもらいましょう」



 劉備・孫策もまた、曹操と同じ結論に達して日和見を決め込み。
 結果、袁紹軍は汜水関の突破に成功するものの、戦線を離脱した兵はかなりの数に上った。
 そんな袁紹軍を尻目に張遼は悠々と撤退。虎牢関の呂布・陳宮、さらに先発の華雄・温恢と合流したのであった。



 そうして、戦いの舞台は虎牢関へと移る。









 あとがき

 三話目をお送りしました、HTAILです。 今回はどちらかというと繋ぎのお話。
 人が増えて会話が多くなるととたんに情景描写が減ってしまう悪癖は何とかしないと……。

 それではこれにて。ありがとうございました





[19255] 第四話
Name: HTAIL◆a4c28cbe ID:5df02bfe
Date: 2010/07/06 11:17
 
 マイナー武将は平穏の夢を見るか

 第四話

 虎牢関から洛陽へと向かう街道。
 そこを駆け抜ける一団があった。

 一頭立ての小さな馬車と十騎ほどの騎兵の一団である。
 騎兵の装束はいずれも董卓軍のもの。
 彼らが守る馬車にもまた董卓軍の旗印があった。
 御者台に座るのは騎兵たちと同じ装束を纏った兵士と、馬車に乗っている貴人の世話役であろう女官である。


「華雄さま、そろそろ洛陽に着きますよ。準備しましょう」


 御者台の女官が中に声を掛ける。
 

「おお、そうか。しかし準備といっても手形の用意くらいしかないのではないか?」

「華雄さまは一応重体ということになっていますので、それらしく擬装しておこうかと」


 失礼しますね、と一声掛けて馬車の中へ。
 化粧道具で顔色が悪いように見せかけ、麦わらを使った簡易の霧吹きで脂汗を演出する。


「……しかしだな、ここまでやる必要があるのか? 温恢」

「まあ、念には念を入れて、というやつです」


 そう、世話役の女官は温恢の変装であった。
 なぜ彼女らが洛陽に向かっているのか。それは、張遼が虎牢関守備部隊に合流した数日前に遡る。





「というかだな、お前の方が顔色悪い気がするんだが。大丈夫なのか?」

「……実を言いますと、折れた腕がかなり痛いです……」

「……無茶するなよ……」





 *





 虎牢関。
 古くは周代より要衝として認識されており、秦代に要塞が置かれて以降は増改築が繰り返されて難攻不落と化した地である。

 その要塞の一室。会議室として使われている部屋にここ虎牢関に詰める董卓軍のトップが集まっていた。
 すなわち飛将軍呂布とその軍師陳宮、神速将軍張遼に猛将華雄。そして温恢である。


「では軍議をはじめるです!」


 呂布付きの軍師である陳宮が高らかに宣言する。すると即座に温恢が手を挙げた。


「ではまず私から。……なんで私此処にいるんですか?」


 一斉に「何を言ってるんだお前は」という目を向けられた。(呂布を除く)


「なに言ってるですか。温恢は霞殿と華雄殿の軍師なんだから軍議に参加するのは当然なのです」

「いつの間にそんなことに!? 私は輜重部隊を預かっているだけですよ!?」

「ほんとになに言ってるですか。汜水関撤退のときに見事な策を授けたと聞いてるですよ?」

「のーぉぅっ!?」


 珍妙な叫び声を挙げて卓に突っ伏す温恢。
 まあ汜水関での彼女の働きを考えればこういう扱いになるのは当然なのかもしれない。
 

「さて、温恢の疑問も解消されたようなので話を続けるです」


 温恢を放置して会議を進める陳宮。
 連合軍と董卓軍の戦力比から始まり、人員の配置がどうの、糧食の配給がこうの、と幼いとは思えない手際の良さで話を進めていく。


「ふむ、話は解ったがな陳宮。さっきから私の名が出てこないのが気になるのだが」

「華雄殿と温恢には別の仕事をしてもらいたいのです」

「ふむ?」

「…………詠からてがみ、こない」

「なんやて?」


 ぽつりと呟いた呂布の言葉に張遼が怪訝な声を上げる。
 それを受けて陳宮が説明する。


「虎牢関に赴任して以降、詠殿から指示書が来ないのです。いえ、指示書自体は来てるのですが同じような内容ばかりで指示してるとはいえないのです。
 いくらなんでも不審すぎるですので、こっちから人をやってもなしのつぶてなのです」

「…………月と詠に、なにかあったかもしれない」

「なので華雄殿と温恢にはお二人の様子を探ってきてもらいたいのです」


 呂布と陳宮の説明になるほど、と頷く張遼と華雄。
 一方で温恢が手を挙げる。


「あの、先ほどからあがっているお名前が仲穎さまと文和さまの真名なのですか?
 というかそもそも私、仲穎さまに直接お会いしたことも無いのですが」

「あれ、そうなん?」

「はい。なのでどんな人なのかも知りません」


 噂でしか、と続ける温恢に一同がめいめいに董卓の特徴や人柄などを口にする。
 曰く、ちっこくてかわいい
 曰く、優しくて芯が強い
 曰く、おかしくれる
 等等……。


「なんと言いますか……噂とは真逆なんですねぇ……」


 少し呆れたように温恢が呟く。そして、当たり前の疑問にたどり着く。どうして大悪人なんていうレッテルを貼られているのか、という疑問に。


「あー、そら張譲のせいや」

「張譲……って、十常侍の!? 死んだんじゃなかったんですか?」

「擬装だ」

「ぶっちゃけ月殿はハメられたのです!」


 陳宮の身も蓋も無い発言にみなの顔に苦笑が浮かぶ。(呂布を除く)


「で、話を戻すです」

「うむ。私と温恢に様子を探れ、とのことだったな」

「はいです。華雄殿と温毅は怪我人。戦に出るには無理があるです」


 華雄の胴にも、温恢の両腕にも包帯がぐるぐる巻きに巻かれている。
 たしかにこの有様では戦場に出てもろくな働きが見込めないだろう。華雄ならばまだしも、武に劣る温恢では無駄死にしかねない。


「まあ妥当っちゅーたら妥当やな。おいねね。月たちがマズイことになっとったらそのまま逃げてもろても構へんのやろ?」

「…………ん」

「はいです。出来れば助けてあげて欲しいですが」


 呂布と陳宮。二人の承認を得て「はぁ」と気の抜けた返事を返す温恢。一方、華雄の方は不満げな顔である。


「むう、先日の不名誉。戦働きにて返上したかったのだがな」

「それは怪我が治ってからにしとき」

「とりあえず纏めますと。仲穎さまと文和さまの安否の確認が主な任務で、窮地に陥っていた場合は救出、と。
 助け出した後はこちらの判断で動いても?」

「構わないのです。詠殿ならばどこぞに落ち延びる算段もつけられるはずなのです」

「…………むりなら、ふたりだけでもにげる」

「……わかりました」

「うむ、任せておけ」

「恢ちゃん頼むでー」

「待て張遼。何故私には頼まない!」


 張遼の軽口に華雄が文句を言うものの場は和やかに纏まった。
 かくして、戦傷を負った華雄将軍が後送される、という名目で二人の洛陽行きが決まったのであった。





「それにしても……良いんですか?私みたいな新参者に任せて。裏切ったりとか」

「そのときは華雄に『ずんぱらさ』ってしてもらうのです!」

「うむ、任された」

「なにそれこわい」

「…………にゅう」





 *





 無事到着した二人は華雄が洛陽で与えられていた屋敷に腰を落ち着けていた。
 宮中に部屋を与えられている華雄はこちらをあまり使っていなかったのだが、維持管理のため人が入っていたのだろう。屋敷は埃を被っているということも無く快適に過ごせそうだった。

 ともあれ温恢はまず帰還したことを賈駆へと知らせるべく兵の一人を使者として送り、同時に残った者たちには軍装を解いて街中での聞き込みを命じる。
 自身も郎官時代の同僚に当たってみるつもりだが、まずは賈駆からの返事を待たねばならない。この返事次第では動き方を色々と考えなければならないからだ。

 幸いにして、すぐに賈駆直筆の返事が来た。見舞いに来るというので詳しい話を聞いてから行動しようと華雄と二人で相談して決める。

 さて、程なく到着した賈駆から話を聞くと呂布たちが虎牢関・汜水関に出発した直後、気の緩んだ隙を突かれて董卓が張譲にかどわかされてしまったらしい。
 生きているのは間違いないが、宮中の何処に幽閉されてるのかが分からず、故に賈駆も迂闊な行動が出来ないという。


「となると、まずは仲穎さまの居場所を探ることから始めないといけませんね」

「ボクも隙を見てちょこちょこ探してるんだけど……やっぱり人手が足りないのと監視がきつくて……」

「人手は私たちである程度埋められるでしょうが……宮中内部を探るのに向いているかというと、些か不安ですね」


 何せ華雄は有名人。その上負傷中ということになっている。ほいほいと出歩くことは出来ない。
 連れてきた兵士たちも都の人間からすれば田舎者。街中での情報収集ならばともかく、宮中にもぐりこむには無理がある。


「そうすると、顔が知られてなくて、宮中内部にも通じてる人は……」

「……私しかいないデスよねー……」

「ま、まあ大体のあたりはつけてあるから……」


 そこはかとない悲哀に満ちた温恢の台詞に賈駆がフォローを入れるべく懐から一枚の紙を取り出す。


「これは……見取り図か?」

「一部だけだけどね。二人とも、何年か前に宮中で火事があったのは知ってる?」 

「知らん」 「噂に聞いたことはあります」

「まあそんなとこだよね。で、その火事で焼けてしまった部分の再建を命じられたのが張譲だったんだ。
 あいつはその仕事で功績を上げて地位と財を得た。ついでに建て直した家屋の使用許可もね」

「なるほど、いらん仕掛けを施しているんじゃないかと読んでいるわけですね? 具体的には隠し部屋とか」


 温恢の指摘にふふん、と賈駆が胸を張る。


「まあ、話は分かったが……外壁だけで内部構造を殆ど描いてない見取り図でどうしろと」

「だから! その空白の部分をこれから温恢に調べてもらおうとしてるんじゃない!」

「調べるのは構わないんですが……ちょっと範囲が広いですねこれ。もう少し何らかの取っ掛かりが欲しい所です」


 うーん、と三人揃って頭をひねる。
 と、そうこうしているとなにやら表が騒がしい。
 なんじゃらほい、と気分転換をかねて様子を見に行くことにした。ただし華雄は除く。怪我人扱いなので部屋でおとなしくしておくようにと賈駆に言われたのだ。


「どうしましたか」

「あ、曼基様。いえ、この犬が……」

「あれ、セキトじゃない」


 どうやら、屋敷の庭に迷い込んできた犬と兵士たちが遊んでいたらしい。
 さらにこの犬、賈駆の知ってる犬らしい。


「セキト?」

「ああ、呂布が飼ってる犬よ」


 コーギーってイギリス原産じゃなかったっけ?いやそもそもこの時代にはまだ存在してないんじゃ……。
 はっ、いやいやまてまて。常識に囚われてはいけない。ここは古代中国とは違う世界なんだから!

 などと内心葛藤している温恢をよそに、賈駆は庭に下りてセキトと呼ばれた犬と戯れている。
 気を取り直してたずねてみたところ、呂布は自宅で大量の動物を飼育しており、給金の大半が彼らと自身の食費に消えていくのだとか。
 そして、このセキトはそれら飼われている動物たちのまとめ役であり、非常に頭の良い犬なんだとか。

「そんなにですか?」

「ええ。一度会った人間のことはまず忘れないし、こっちの言うことも大体理解しているみたい」

「へー…………」


 ティンときた。


「文和さま、ちょっと策を思いついたのですが……どうでしょう?」

「なによ?」





「…………やってみる価値は、ありそうね」





 *





 翌日。

「賈文和さまのご紹介でここで働くことになりました春麗と申します。よろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく。旦那が亡くなったばかりだって? そんな身重なのに大変だねぇ」

「はい……。ですが、このお腹の子の為にも働かなければなりませんから……」

 今朝方、急に呼び出された女官頭は新しく雇うことになったからと引き合わされた娘と雑談していた。
 身重にもかかわらず急に働かざるを得なくなった娘に同情しつつも、どこに配置するかを考えていた。

 大きく腹の膨れた娘に人目に付く仕事をやらせるわけにはいかない。
 かといって人目に付かない仕事は単純に肉体的負担が大きい。
 どうしたものかと首を捻っていると、件の娘の方からきつくても構わないと言ってきた。
 申し出はありがたいが、腹の子が流れでもしたら……と心配するも、「他の人と同じように働けないのですから」と娘も譲らない。
 そこまで言うなら……と、結局女官頭が折れて仕事を任せ、自身は他の女官たちの面倒を見ることにした。

 無理するんじゃないよ、と心配してくれる女官頭に笑顔で礼を言いながら春麗は内心ほくそえむ。





「じゃ、セキト。仲穎様を探そうか」





 当然のことながら、温恢の変装だった










 あとがき
 第四話ですHTAILです。今回はちょっと難産でした。
 ねぇよこれ!とか言いたくなる展開かもしれませんが、すみません必要だったので。
 実を言えば最初から虎牢関はスルー決定してました。
 温恢には悪知恵絞りながら苦労してもらう予定です。

 あといまさらなのですが、この作品はカラーとしてはゲーム本編くらいのノリの軽さで行こうと思ってます。
 それとできるだけテンポ良く。

 それではこれにて。ありがとうございました。




 ああ……はやくキャッキャウフフな拠点イベントを書きたい……。



[19255] 第五話
Name: HTAIL◆a4c28cbe ID:5df02bfe
Date: 2010/07/06 11:21

 マイナー武将は平穏の夢を見るか



 第五話



 温恢が女官に扮して宮中に潜り込み早数日。
 意外なことに張譲の隠し部屋があると思われる建物の調査は順調に進んでいた。

 それもこれも、セキトの働きが大きい。
 温恢のお腹に括りつけられた袋の中にいるときはじっと動かずに耐え忍び、怪しい匂いなどを発見したときは身じろぎなどで知らせて声を出さない。
 深夜、こっそりと寝所を抜け出した温恢と二人(というか一人と一匹)で探索するときも鋭敏な嗅覚と聴覚で的確に補佐をする。
 僅か半日あまりの特訓でここまで優れた探索犬となってしまったのだから「武将のみならず仔犬までチートなのかこの世界っ!?」と温恢が内心驚嘆していたのもむべなるかな、である。

 さて、一通りの探索を終え、空白だった見取り図も大半が埋まった。董卓の匂いを覚えたセキトの反応を見ると、今までに埋めた場所の中に董卓が幽閉されている隠し部屋へ続く通路があるようだ。
 ならばこれ以上の探索はもはや必要ない。今後の活動方針を決めるため、再び華雄邸に集まった。

「隠し部屋に通じてると思われる扉は見つけました。ここの本棚です」

 見取り図の一点。張譲の私室にある本棚を指す。その本棚が配してある壁の向こう側は空白だったが、他の部屋の配置などを鑑みると明らかに不自然な空白だった。

「この扉の開け方までは流石に調べられませんでした。おおよその察しはついてますが、うっかり開けると兵の詰め所で鈴が鳴る、とかそういう仕掛けがないとも限りませんので試してません」

「警戒しすぎではないのか?」

「いいえ、それでいいわ。月の安全を考えると迂闊な動きは出来ないし。それで、この部屋に出入りしている人間については?」

「一日に二度、食事を運ぶ女官と護衛の兵士が。兵は交代制なのでしょうね、部屋に入った者と違う者が出てくるのを確認しています
 ただ、張譲の手勢はそう多くないのでしょう。入退室の顔ぶれが一定間隔で一巡しています」

「数はわかる?」

「仲穎さまの見張りとして二人。それを含めて十人くらいではないかと推測してます」

 ここで言う手勢とは張譲が『私室の隠し部屋に誰かを閉じ込めている』ことを知っている兵士のことを指す。女官も含めればもう少し数が増えるが。なお、幽閉されているのが董卓であると知っているかどうかは不明である。
 もちろん、張譲が直接動かせる兵数はもっと多い。しかし宦官である彼には直接兵力を握る権限は無いし、そもそも死んだことにして身を隠しているのだからおおっぴらには動けない。

「となると……ここは強襲をかけるべきかしらね?」

「そうですね。華雄さまの武力と文和さまの策。それにこれらの情報があれば」

 温恢が調べた情報の中には、当然のことながら兵士の配置や巡回経路なども存在していた。

「いけるわね。よし、それじゃあ華雄。あんたの武力、頼りにさせてもらうわよ!」

「ぅん!? お、おう! 大丈夫だ、寝とらんぞ!」

「……あんたねぇ」

「……華雄さま」

「い、いや、本当に大丈夫だから! 傷も大分良くなったし!」





 *





「それではー。春麗さんの再就職先決定を祝してー」

「「「「「かんぱーい」」」」」

 手にした杯が打ち合わされる。女官たちの宿舎では今現在、ちょっとした宴会が開かれていた。
 数日前にやってきた新入りの春麗が他の職場に移ることとなったのだ。なんでも、乳母を捜している貴族の屋敷に奉公に行くことになったらしい。
 せっかく仲良くなれてきたところだった矢先にこの話が持ち上がったのは残念だったけれど、此処で女官の仕事を続けるよりもずっと待遇も良いようなので快く送り出してやろう。
 そう考えた同僚たちがささやかながら送別会を開いてくれることになったのだ。

 もちろん温恢がでっち上げた嘘経歴なのだが。
 お人よしな彼女たちをだまくらかすのはいささか気が引けるものの、こちらも主の命、ひいては自分の命やら立場やらが掛かっているので致し方ない。

 そして一刻(約二時間)後。宴に参加した女官たちは皆、賈駆が調達してきた薬入りの酒で深い眠りへと落ちる。

「さて、次は……っと」

 今度は詰め所の兵を無力化するために移動する

「おお、春麗さん。どうしました、宴会だったのでは?」

「こんばんは、隊長さん。
 みんな主役をほったらかしにして騒いだ挙句寝てしまったんですの。おかげさまで時間が空いてしまいまして。
 それでまあ、お世話になったお礼ついでに差し入れを、と思いまして」

「おやおや、それはかたじけない」

「やった! 酒だ!」

「まさか。果実水ですよ。お仕事中の人にお酒を差し入れるわけにはいきませんから」

 果実水(果汁を水で割ったもの。嗜好品)が入った壺を掲げてみせる春麗にえー、と若い兵士が不満を漏らすも言ってることは至極正論なので文句のつけようも無い。

「ではわたくしはこれで」

「わざわざありがとうございます」

 詰め所を離れる……と見せかけて、近くの物陰に潜んで様子を伺う。もちろん、あの果実水も賈駆御用達のクスリ入りである。
 と、一人の若い兵士が詰め所を離れてこちらへ向かってきた。なにか怪しいところでもあったか?
 そう自問しながらも、ここでこの兵士を見逃すのはまずいので自分が居る場所を通り過ぎたところで背後から不意打ちの延髄切りを食らわせて気絶させる。倒れた兵士を隠れていた物陰に引きずり込み、彼の衣服を使って拘束。
 そのまましばらく詰め所の様子を伺うも、特に騒ぎは起こらずに静かになった。どうやらあの場に居た兵士は皆果実水を飲んで昏倒したらしい。
 ならばこれ以上ここにとどまる理由は無い。その場に拘束した兵士を放置して今度は通用門へ。巡回中の兵が詰め所に戻ってくる前に華雄たちを引き入れねばならないのだ。



 ちなみに、気絶させられた兵士は下心があって春麗を宿舎まで送ろうとしていたのだが、温恢はそんなことにはまったく気がついてなかった。
 彼の名は李間。「女は人妻か未亡人に限る」と豪語するなかなかにどうしようもない業を抱えている彼は、後に紆余曲折を経て劉備軍に参加。
 そこで一目惚れした黄忠に熱烈な求愛行動(ストーカー行為とも言う)をとるもことごとく孟獲とそれを支援する厳顔に妨害され、非常に低次元な暗闘を繰り広げるのだが、それはこのお話には関係のないことである。





「あの人、なんだったんだろうね、セキト」「わふん?」





 *





 通用門の門番二人も不意打ちであっさりのしたあと、少し離れた場所で待機していた華雄と部下五人を招き入れる。
 賈駆と残りの部下はまた別の場所で脱出用の馬車を用意して待機している。

「さて温恢。場所は何処だ」

「こちらです。ああ、走らずに急ぎ足でお願いしますね。走ると足音が響きますから。
 走るのは仲穎さまを救出した後、逃げるときに全速力で」

「うむ」

 ややあって張譲の私室へたどり着く一行。
 部屋の前にも見張りがいたが、これも温恢の不意打ちとそれに連携した華雄の一撃でさっくりと排除。即、扉を蹴り開けて部屋に踏み込む。

「き、貴様っ! 華雄! 何の真似だ!」

 寝台から身を起こした張譲に華雄が己の得物、金剛爆斧を突きつける。

「知れたこと。董卓殿の身柄、返してもらうぞ」

「何を……っ! 誰かあ 「はいお静かに」 ぐっ!?」

 声を上げ、人を呼ぼうとする張譲をこっそりと近寄った温恢が絞め落し手早く縛り上げる。
 目が覚めても声を上げられないように固く絞った布を口に捻じ込んで猿轡を噛ませる事も忘れない。

「……おい温恢……」

「文句は後で。さ、華雄さま。あの本棚をぶち破ってください」

「いいのか? 大きな物音をたてては人が来るのではなかったか?」

「ただの物音と人の呼び声とでは兵が駆けつける速さが違いますから、余裕はありますよ。
 それに、どうせ中の見張りには気づかれてるでしょうから。不意を突く為にもちょっと派手めにいきましょう」

「そういうことならば……ぬぅんっ!」

 華雄が振るった金剛爆斧は棚に見せかけた扉をたやすく打ち砕き、破片を中へとぶち撒ける。
 異変を感じて身構えていた兵士もこれには対応できず、直後に踊りかかった兵士にあっさりと制圧された。





「無事か、董卓殿」

「かゆう……さん……?」

 見張りの兵士を排除し、据えつけられている牢へと向き直る華雄。
 中には儚げな容貌の少女がびっくりした表情でこちらを見ていた。

「助けに来た。賈駆殿が逃げる準備をしている。さっさと行こうか」

「詠ちゃんが!?」

「ああ、ひどく案じていたぞ。あやつを安心させてやるためにも、早く帰るとしよう。温恢!」

「はい。鍵見つけてきました。仲穎さま、ちょっと失礼しますね」

 張譲の部屋からくすねてきた鍵束の中から目当てのものを見つけ出すと、あっさりと牢の扉は開いた。

「はじめまして、仲穎さま。私は文和さまにお仕えしている温恢という者です。立てますか?」

「はい……。あの、ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして」

 董卓の手をとって牢の外に連れ出すも、虜囚生活で筋肉が衰えているのかふらりとよろける。
 その様を見て取った温恢はとりあえず部下の一人に彼女を背負わせることにした。

「温恢、張譲はどうする」

「そうですね……。ここに置いていって変な証言とかされてもことですし……浚っちゃいましょうか」

 かくして、背に負われるものが二人に増えた。





 *





 あらかじめ調べていた巡回経路と眠らせておいた兵士たち。それらの下準備の甲斐あって、宮中からの脱出は上手くいった。
 今、一行は賈駆たちが馬車を用意している合流地点へと急ぐために裏道を走っていた。しかし、この道を選択したのは間違いだった。いや、どちらかというと間違ったというよりは運が悪かったというべきか。
 なにせ夜間の見回りをしているはずの兵士たちが纏めてサボっているなんて誰も思わないし、そいつらがこんな裏道でたむろしているなどとも予想できるわけが無い。結果として兵士の一団に囲まれる羽目になっていた。

「おいおい姉ちゃんたち、こんな夜更けに何処に行くんだい? 怪しいなぁ~。ちぃと、詰め所まで来てもらおうか」

 にやにやといやらしい笑みを浮かべて代表と思しきむさい男が声を掛ける。周囲を取り囲んでいる連中も下卑た薄ら笑いを顔に貼り付けている。
 状況としては一本道の前後をふさがれた形だ。前方に十人ほど、後方にも五人ばかり。道幅はかなり広く、三人くらいなら広がって戦えるだろう。
 
 この場を切り抜ければ集合場所まではもう少し。時間もそう掛けられない。ならば戦って状況を打破するのみ。
 そう判断すると華雄は温恢に一声掛けて前方の集団に飛び込んだ。

「温恢! 董卓殿を守れ! 後方は任せる!」

「はい! 私と後二人で後ろに壁を作りますよ! 残りは真ん中で仲穎さまの護衛!」

 ざっくりとした指示を出すと温恢は董卓を背負ってる兵士から借り受けた剣を引き抜く。
 と、同時に敵兵士が切りかかってきた。右手に持った剣で軽くいなして体勢を崩した所に味方の一撃が決まって倒れ伏す。

「てめぇ、やりやがったな!」

 仲間をやられて激昂したのかさらに襲い掛かってくる兵士。今度はいなせずに受け止めるも、まずい、と判断する。
 華雄もそうだが、温恢も汜水関で受けた傷は治りきっていない。左腕は折れててまだ添え木が外せないし、右腕は大分マシだがまだ少し痛む。
 加えて、いま切り結んでいる相手は後方の兵士連中の中では腕が立つようだ。普段なら討ち取れようがいまの体調ではかなり梃子摺りそうだ。


 ザシュッ!


「あっ」

 余計なことを考えていたからか、胸元を軽く切り裂かれる。とっさに一歩下がったため切られたのは布一枚だが、大きく胸元がはだけて下着と谷間が見えている。

「へへへっ、いい乳してんじゃねぇか。ちょっと待ってろ。その乳たっぷり揉みしだいて天国に連れてってやるからよ」

 ねっとりとした視線に思わず胸元を押さえた温恢の左右で戦っている部下たちから怒号が飛ぶ。

「てめぇ、何言ってやがる!」 「そうだそうだ! 温恢様をやらせるかよっ!」

「あなたたち……

「あの乳は我らが至宝!」 「そう、『呂布様派』や『張遼様派』といった『美乳党』に押される我ら『巨乳党』に、天が遣わせてくださった希望の星なのだ!」

        ……あとでおぼえてろよ」

「大丈夫です温恢様! 俺はそんなことに関係なくお慕いしてます!」

 思わず左右の部下をあとでど突きまわそうと決心していた温恢に、董卓と張譲を庇わせている兵士からフォローの声が掛かる。

「だって俺、『陳宮様派』ですから!」

「あなたは後で処刑。宮刑あたりで」

 董卓と張譲を背負っている両名が思わず彼から一歩離れても誰も責められまい。





「うらっ!」

「なんのっ!」

 ギンッ! ガンッ! と、そんな漫才じみたやり取りの間にも温恢と敵兵の斬り合いは続いていた。
 左腕を怪我しているのに気づいたのか、敵は執拗に左手側を狙ってくる。剣を握る右手も、痛みと疲れで握力が落ちてきた。

 このままではまずい。

 そう考えた温恢は賭けに出る。

「そらよっ!」

「ああっ!?」

 さらに何合か打ち合わせた後、温恢の手から剣が弾き飛ばされる。
 男が勝利を確信した瞬間、温恢は胸元に手をやり、



 ビビィーーーーーッ!

 一気に服を引き裂いた!



「ををっ!?」

 当然、そのたわわな乳房は外気に晒され、ばるん、と派手に揺れる。
 男が思わず目をやったその隙に、温恢は拳を、

 正確には、添え木代わりに左腕に括りつけておいた短剣の柄を、男の眼窩に抉り込む!

「ぎゃああっ!?」

 思わず顔を抑えてのけぞる男に金的蹴り。今度は股間を押さえる男の髪を引っ掴んで頭を押し下げる。
 そうして、背中に覆いかぶさるようにして胴に腕を回し、右手でしっかりと左手首を掴む。

「ふんぬぁっ!」

 と、大根を引っこ抜くかのように勢いよく相手を抱え上げ、反動で相手は半回転。温恢の肩の上に尻が乗っかるような形になる。
 その勢いを保ったまま、自分も前に身を投げ出し、体重を掛けて相手の体を振り下ろす!

「死ぃねよやぁっ!」

 二人分の体重、腕力、遠心力、重力加速度もろもろをのせて……相手の後頭部を地面に叩きつける!





 ぱぐしゃっ





 一瞬、場が静まり返る。ゆらりと温恢が立ち上がる。

 口角を吊り上げた恐ろしげな笑顔で残る敵兵に向き直り……。

「つぎは、どいつだ?」

 その一言で生き残っていた敵兵は逃げ去った。





 *





「お゛お゛お゛お゛お゛っ!? うでが!? うでがいたい!!」 

「お、温恢様っ!?」

「大丈夫ですか!?」

「だ、だいじょうぶ!? だいじょうぶだよ!?」

 とてもそうは見えない。

 ともあれ、後方の連中は片付けた。
 急ぎ前方で孤軍奮闘している華雄さまの援護をしなければ、と気を取り直した温恢が前方を見てみれば……。

「おお、そっちも片付いたか温恢」

 とてもいい笑顔で金剛爆斧にこびりついた血や臓物を振り払っている所でした。
 周囲は血の海という表現がぴったりくる有様で、どうやら逃げられた兵は一人もいない様子。

「あ、あれ? もう片がついたんですか?」

「うん? 当たり前だ。いくら手負いとはいえこの猛将華雄。雑魚の十人二十人など物の数ではないわ!」

「あ、そうですか。どうということはないですか……。私、あいつ一人しとめるのに結構苦労したんだけどなぁ……」

 微妙に凹んだ様子の温恢に不思議そうな顔をして。

「よくわからんが……まあいい。行くぞ!」

「「「「「「はっ!」」」」」」

 合流場所に向かって駆け出す。





「あの……その前に温恢さんの格好をどうにかしないと……」

「あ、そういえば乳剥き出しでしたね私」

「おお、そういえばひどい格好だな」

((((ちぃっ!))))

 董卓の指摘にとりあえず着ていた上着を脱いで適当に引き裂き、胸に巻いてチューブトップ状にして間に合わせると今度こそ集合場所に向けて走り出した。









 あとがき
 ども、作者のHTAILです。
 私生活が忙しかったり難産だったりで遅れてしまいました。楽しみにしていてくださった方々には申し訳ありません。

 今回もさっくり風味。多分次回かその次位に反董卓連合編が終わります。
 そのあと拠点イベント編をいくつか書いて、そのあとは萌将伝が終わるまで充電期間ということにさせていただこうかと。

 それではこれにて。ありがとうございました。

 



[19255] 第六話
Name: HTAIL◆a4c28cbe ID:7e0d532c
Date: 2012/01/11 12:18

 マイナー武将は平穏の夢を見るか



 第六話



「月っ!」

「詠ちゃん……っ!」

 大通りを一本はずれた裏通り、西の門にほど近い広場で主従は再会した。
 ひし、と抱き合い互いの無事を確かめ、ひとしきり「ごめんね」と「ううん、大丈夫」と交互に謝り倒す。そんな寸劇をしばし続け、華雄と温恢をはじめとした周囲にほほえましい目で見られていると気づくや否や賈駆は顔を真っ赤にしながらとび退いた。

「とにかく! 月の救出作戦は無事完了ね。あとは落陽から逃げ出す算段についてだけど……何でこいつがここにいるのよ」

 そう目線を向けた先には未だ拘束されて路肩に転がされたままの張譲の姿があった。当然のことながらすでに目を覚まし、凄まじい目つきで一行を睨んでいる。

「あの場で殺してしまってもよかったんですけどねぇ」

 とは顔色が悪い温恢の言。

「……いや、あんた顔色すごいことになってるんだけど」

 脂汗もだらだらと流れている。

「ふっふっふ……。ちょっと先ほど無茶してしまいまして。なんかこー、くっつきかけてた左腕の骨からべき、とべり、の中間みたいな音がしたんですよね」

「わかった、わかったからあんたちょっと休んでなさい。洛陽抜け出すのはこっちでやっとくから」

「すみません、お任せしますね」

 そう返答して用意してあった荷馬車に潜り込む。ついでに行きがけの駄賃とばかりに張譲を再び締め落として引きずり込む。
 やがて聞こえてきた衣擦れの音から察してボロ布同然になった女官服を着替えているのだろう。

「月、あんたも」

 賈駆が董卓も馬車に引っ込んでいるように促す。彼女もまた、温恢に負けず劣らず顔色が悪い。

「うん。ごめんね詠ちゃん」

「いいのよ」

 再び謝罪の応酬に陥りそうになったが賈駆が無理矢理打ち切って荷馬車に押し込んだ。



 *



「いらっしゃいませ仲穎さま」

 さっさと普段着に着替えた温恢が迎え入れる。
 左腕の添え木と包帯を交換して巻きなおそうとしているが、片手だと上手くいかないのか難儀している。

「乗り心地はよくないですが、久しぶりに自由の身になったんです。ゆっくりとおくつろぎください」

 少しばかり冗談めかした物言いで気遣う温恢に董卓も微笑みを見せる。

「ありがとうございます温恢さん。けど……」

 董卓が手を伸ばすのは襟元を始めとした各所を留める紐や帯。左腕の怪我のせいでしっかりと締められていないそれらを手く締め直す。

「はい、できました」

「あはははははは……。いや、かたじけない」

「左手も見せてくださいね」

「ええと……お願いできますか? こっち押さえてください。接ぎなおしますから」

 董卓がしっかり腕を押さえたのを確認して右手に力を込めて骨を接ぐ。ややあって、ごりっという音がする。

「……! …………!!」

 やはり痛かったらしい。無言でうずくまって耐える温恢。董卓はその腕を取って擦る。

「あ、ありがとうございまふ……」

「いえいえ」

 しばし沈黙。

((……気まずいなぁ……))

 初対面の二人に共通の話題なんて無かった。



 ……と、いうわけでもなく。



「あの、詠ちゃんの部下の人……なんですよね?」

「あ、はい、そう……なるんですかね? 最初は文遠さまの部下って扱いだったはずなんですが……」

 とりあえず共通の知人友人の話でコミュニケーションを図ることにしたようである。

 そうやって痛み止めの薬(超苦い)を飲んだり、荷物を整えたりしながらしばらく話し込んでいると、今度はセキトと一緒に大きな犬が荷台に乗り込んでくる。陳宮の愛犬、張々である。
 どうやら呂布の自宅に寄り道して回収してきたらしい。久しぶりに会うセキトと張々にはしゃぐ董卓。しばらくじゃれて遊んでいたものの、賈駆から「早よ寝れ」と叱られてしまったので渋々横になることにする。

「じゃ、私こっちで寝てますね」

 いまだに気絶したままの張譲をずりずりと端っこに追いやってその隣に身を横たえると、やはり連日の活動で疲労がたまっていたのか、温恢はすぐに寝息をたて始めた。

 張々も反対側の端に身を伏せて寝に入る体勢をとったので董卓もその間に挟まって横になる。寝心地で言えばごとごと揺れる荷馬車よりも、あの座敷牢の方がましだったのだが、両隣に感じる一人と一匹の体温。そしてなにより頼りになる親友も呼べばすぐに駆けつけてくれる距離にいる。その二つがもたらす安心感からか、彼女もすとん、と眠りに落ちた。



 *



 そして、しばらく後。
 とりあえず洛陽の都を抜け出すことに成功し、一息ついた賈駆が荷台の二人を起こそうとのぞき込むと。

 温恢の乳に顔を埋めて健やかな寝息をたてる親友の姿があった。

「……やめろー……とうかねえさーん……。ぶったたくぞー……」

 胸を圧迫されているせいか、なにやら悪夢を見ているらしい温恢が少し不憫になったので、とりあえず親友を揺り起こすことにした。



 *



 月は夢を見ていた。
 それは、幼い頃、両親とともに穏やかに暮らしていた頃の夢だ。頼りになる父と優しい母の夢。
 月自身は、これが夢であるということを何となく自覚していた。だがそれでも、月はこの夢から覚めたくはなかった。
 幼い自分が母に抱かれ、あやすように優しく揺すられる。その感覚が心地よくて、ついつい甘えるように母の胸元に顔を埋める。

(……あれ、かあさまのお胸って……こんなに大きかったっけ?)

 ふと、疑問に思うも、このあたたかさとやわらかさの前にまあいいか、と頭の中から投げ捨てた。
 どうも家族で外出したときの夢らしく、周囲を見回すと威勢良く声を張り上げる売り子やら、腕を組んで歩く男女やらが目に入る。
 ふと、空腹を覚えたので「おなかがすいた」と言ってみると、すぐに父が屋台で買ってきた饅頭を手渡してくれた。
 作りたての饅頭はほんのりと暖かく、自分の顔ほどにも大きかった。
 中身もしっかり詰まっているのか、ずしりとした重みのあるそれに大きく口を開けてかぶりつき――――



 がりっ、という音と同時に「ぴぎゃぁっ!?」という声が聞こえ、さらには宙に浮いた感覚がした。



 そうして、気がついてみれば。
 横倒しになった視界の中に珍妙な構えで「しゃげー!」と周囲を威嚇している温恢と、それを唖然とした表情で見ている親友がいた。



 *



 洛陽を抜け出した一行は西に歩を進めていた。
 洛陽という都市は中原における交通の要衝に位置する都。故に街道も東西南北に延びている。
 反董卓連合は東からやってきているので自然、歩みは西へと向かう。
 できうることならば、一行は一気に西の函谷関を越えてしまいたかった。が、そうすると馬車を引く馬が潰れかねないと判断。そのため、適度な速度で進み、時折休憩を挟んでいた。

 街道には、旅人たちが野営を行えるようにいくつか道の脇に広場が設えられている。
 だいぶ遅い時間に都を出立した一行もそのうちの一つで身を休めるべく野営の準備をしていた。

 兵士を周囲を警戒する組と寝床や火の準備などの用意をする組に分け、持ち出してきた保存食などを使って賈駆や温恢が食事を作る。
 そうして全員が食事にありつき、少しばかりくつろいだ雰囲気になったところで。

(――――どうしよう、アレ)

(どうしろというのだ)

(文和さま、親友でしょう? 何とかしてください)

 見事なアイコンタクトを交わす三人。その視線の先には、三角座りで立てた膝に顔を埋めて落ち込んでいる董卓の姿があった。
 耳まで赤く染まっている。よほど恥ずかしかったらしい。ときおり「へうぅぅぅぅ~~……」などといううめき声が聞こえる。

 しばらくその懊悩を見守った後、温恢はんー、とかうなりながら華雄に耳打ちする。

「……そりゃ構わんが……ありなのかそれ?」

「まあちょっと荒療治臭いですけど、何時までも凹まれててもアレですし。とりあえず気分を変えるくらいにはなるでしょう」

 温恢の言にふむ、と頷き一つ。やおら立ち上がるとうずくまっている董卓の側に歩み寄り。

「よいしょ、っと」

「ひゃあっ!?」

 ひょい、と軽々と抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこである。思わず身を捩らんとする董卓だったが、長身の華雄に抱えられてる現状、落っこちると痛いと思い至ったのか動きを止める。

「あ、ちょっと華雄!? 温恢も!?」

「文和さまちょっとそのまま座っててください。で、華雄さまこの毛布使いますね?」

「おお。ここに下ろしていいんだな?」

 そうやって敷いた毛布に董卓を横たわらせると静かに賈駆の膝に頭を載せる。

「へぅっ!? あああ、あの、ちょっと、お二人とも!?」

 思わず硬直した賈駆の膝から頭を上げようとしたその額を押さえて一言。



「べつにおっぱいまさぐったくらいで怒ったりはしませんからあんまり気にしないでください」



 ごふっ



「お、むせた」

「ちょ、月!? 大丈夫!? ちょっとこらアンタ! なに言い出してんのよ!」

「あっれぇー? いや、ほんとに気にしてないんですけど私ー」

 真っ正面から放たれた温恢の容赦ない一言にただでさえ赤くなっている顔を涙目にして賈駆の膝枕に突っ伏す董卓。
 その様はまるでおびえる小動物のようで華雄なんぞは賈駆と温恢のじゃれあいを無視して内心(かわいいなぁ)と和んでいたりするのだが。



 *

 

「えー協議の結果、先ほどの仲穎さまの失態は『お酒の席で酔ってちょっとばかしやらかしてしまった』のと同等という判定と相成りました。ので、笑って流して各人可及的速やかに頭の中から忘却するということで」

「「「異議無ーし」」」


 そういうことになった。


「それではお三方、そろそろお休みになってください。見張り番は私がやっておきますから」

 董卓はいまだに消耗が激しく、賈駆も疲労・心労が積み重なっている。一番元気なのが華雄だが、彼女もまだ傷は治りきっていないのだ。
 そんなわけで、とりあえず彼女ら三人を馬車に押し込んで休養を取らせ、温恢自身は熾した火の前で不寝番を勤めることとする。
 兵士たちももちろん交代で不寝番をこなしつつ、ついでにとっ捕まえてある張譲の面倒を見ている。
 先ほど「ほら、曼基様が作ってくださった粥だ、味わって食え。はいあーん」「ちょ、まて! 僕は猫舌なんだ! もうちょっと冷まして……あ、あちゅっ! あちゅいから! あちゅいからーーーーっ!」などという声が聞こえてきた気がするがまあ空耳だろうと思い込むことにした。

 そうして、暇つぶしがてらこまごまとした作業をこなしつつ不寝番を勤めて二刻(約四時間)あまり。
 のそり、と空気を揺らして華雄が馬車から這い出してきた。他二人を起こさないよう静かに、と気を使っているようだ。

「あ、おはようございます。もうちょっと寝ててもいいんですよ?」

「ああ……。いや、董卓殿がな」

「? 何か?」

「寝ぼけたのか賈駆殿の乳をまさぐりはじめてなぁ……」

「……癖になっちゃったんですかねー……?」

 二人揃って遠い目をする。
 遠い目をしながら温恢の手はちくちくと動いている。縫い物だ。

「……にしても、だ」

「なにか?」

「ああいや、ずいぶんと董卓殿に気を使っているな、と思ってな。何故だ?」

「何故って……いやまあ普通に主家に対しては礼を尽くすものでは?」

「まあそうだ。そうなんだが……とはいえお前はいわば新参だ。こう言ってはなんだが、そこまで董卓殿に……ひいては私たちに付き合う義理もなかろう? 正直に言えば密告……とかは無いまでも途中で姿を晦ますくらいは予想してたぞ。賈駆殿が」

 そこで賈駆の名前を出してしまう辺り、素直なのか考え無しなのかいまいち判断しにくい。が、まあこういうところあってこその彼女なのだろうと流すことにした。

「いやまあ、私だってそういう礼儀どうこう、というだけじゃなく、ちゃんと先を考えての上で行動してますから。もちろん打算込みですけれど」

 一人で逃げても危ないじゃないですか、このご時世。と、ちまちまと縫い物を続けながらのたまう。

「まあ涼州入って、仲穎さまと文和さまを安全な所に送っていくまではお付き合いしますよ。その後は……そのときになってから考えます。実家に帰省するのもありかなぁ」

「……そうか。まあ、あの二人の不利益にならんと言うならまあそういうことにしておいてやる。で、さっきから何を縫っているんだお前は」

 ずっと温恢の手の中にある布の塊に目を向ける。
 ちなみに、本来なら腕を骨折している温恢にこんな細かい作業はできないのだが、添え木による固定を最低限にして手首や肘の可動域を確保している。
 これをやると変な風に骨が曲がってくっついたりするので本当なら御法度なのだが、函谷関を越えるまでは油断できないのであえてこの仕様で通すことにしているとか。

「下着の補修か? そういえば都を出るときに切られてたな、それ。……にしても大きいなくそもげろ」

 見覚えのある柄に記憶を刺激されて思い出す。同時にその下着の、乳房を収める器部分の大きさにちょっと殺気が漏れる。二人とも長身なだけに余計気になるのだ、この格差。
 
 あ、温恢が一歩引いた。

「……ええとですねー。いや、今私怪我して弓引けないじゃないですか」

「……なに? お前弓を扱えるのか?」

「まあ人並み程度には。それで、片手でも扱える飛び道具が欲しいなあ、と思いまして……」

 そこで、前世知識とこの場にある材料ででっち上げてしまおうと思い至ったのである。
 正直に言って、何故にこの世界にブラジャーなんてものがあるのか。温恢には不思議でたまらないのだが、あって困るものでなし。というかむしろ温恢自身にとっては助かる。なにせ乳房というのは重いのだ、この大きさになると。

 話が逸れた。

「で、こうやって投石器なんて物を作ってみました」

 縫い終えた品を広げると、そこにはカップ部分を重ねて革紐を取り付けた簡易投石器が。
 此処にさらに布を重ねて縫い合わせて耐久性を上げるつもりとのこと。

「ほう……。面白いものを作るなお前は。汜水関の罠といい……」

「へっへっへ~。まあ出来上がったら二・三回練習したほうがいいでしょうけどね」

 さらに布を足しながら縫い続ける温恢。
 それを眺めつつ、他愛も無い雑談のネタを投げる華雄。
 そうして、この夜は平穏に過ぎていった。



 たまに馬車から変な物音が聞こえた気がしたけど気のせいということにして二人とも無視した。



 *



 一夜明けて。

 起きだしてきた董卓と賈駆の顔は赤かった。

「……ゆうべはおたのしみでしたね?」

「違うッ!? まだそこまでやってないっ!!」

「……まだ……? そこまで……?」

 墓穴である。まあ実際のところ、決定的なことはまだしていない。些か古い言い方をすれば、Bどまり。それとて寝ぼけた董卓がひたすら賈駆の乳を揉んだりしてただけの話である。
 とはいえ董卓自身はもう耳まで真っ赤に染めて俯いて、まともに話も出来ない有様である。

「あーお前らじゃれてないでさっさと行くぞ。なるべく早く函谷関を越えるんだろうが」

 じゃれてる賈駆と温恢に割り込んで言葉を被せる華雄。
 その一言にようやく落ち着きを取り戻した賈駆が出発の号令を出す。
 もちろん、野営地は綺麗に片付けて。来た時よりも美しく、の精神を叩き込まれている温恢の手配である。



 *



 そうして、道行を進めることしばし。
 日も完全に昇って、もう少しでお昼時、という頃合。
 後方を警戒していた兵が気がついた。

 ――――後方、土煙が上がっています。

 即座に警戒態勢に移行した一行は目の良い兵を少しだけ突出させて詳細を確認させる。
 しかして、返ってきた返事は



 ――――旗印……紺碧の張旗を確認! それと……夏侯の旗もありますっ!?









 あとがき

 まずはじめに
 投稿が超遅れてごめんなさい
 ……約一年半ぶりとか本当に真面目に申し訳ありません……

 ええと、言い訳をさせていただきますと、前回の投稿のあと

 仕事でトラブル発生
 ↓
 物理的に忙しくなって執筆時間が無くなる
 ↓
 落ち着く
 ↓
 震災発生
 ↓
 また忙しくなる <この辺でSS書いてたことを忘れる
 ↓
 落ち着く
 ↓
 身内でトラブル発生
 ↓
 忙しくは無いけど精神的に追い詰められる
 ↓
 割と真面目に何らかの形で気分転換しないと自分がヤバい、と判断
 ↓
 何か無いかと記憶を探ってSS書いてたことを思い出す
 ↓
 頑張って一話書き上げた <いまここ

 だいたいこんな感じでした。身内トラブル自体は解決しきっていませんが、沈静化の方向に進みつつあります
 ともあれ、続きはこれから書きます。たぶん、かなりゆっくりとしたペースになるでしょう
 正直な所、完結まで書ききれるかもよくわかりません。
 ですが、この反董卓連合編終了までは頑張って書き上げる所存です

 それではみなさま。これからもよろしくお願いいたします。



 ……なんで連合終了後の拠点イベントの方がネタが浮かぶんだろう……・?


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