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[19251] (習作)ハラペコ転生記(多重クロス なのは、東方、他)
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/08/04 17:31
・注意書き的な何か


 初めまして、ニガウリです。

 この作品は在り得ないほどのチートオリ主の多重クロス二次創作です。
 処女作なので、どうか過度の期待はしないで下さい。
 チートオリ主ものが嫌いな方は、どうか引き返してください。
 オリキャラ、オリ世界観が、がっつり出てきます。
 原作を見てなかったり、プレイしたことがなかったりする無謀っぷりです。
 オリ主の恋愛要素は皆無です。
 原作?何それオイシイノ?

 追加注意書き
 オリキャラと原作キャラにフラグが立つ予定です。


 上記で引っ掛かりを覚えなかった方。
 どうぞ、暇潰し程度の感覚で読んでください。







 現在のクロス予定作品
・東方Project
・fate
・月姫
・リリカルなのは
・GS美神





[19251] プロローグ~長い夢の始まり
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/06/02 16:04
   プロローグ 長い夢の始まり



 明るくも無く、暗くも無く、熱くも無く、寒くも無い不思議な空間。
 そこに、一つの意識がたゆたっていた。
 薄ぼんやりとしたまどろみのなか、それは一つ身じろぎした。
 それは、長い間そこで変化を待ち続け、そこに在り続けていたのだが、何時までも起きない変化に痺れを切らせ、身じろぎを始めたのだ。

 
――何故、何も起きない。あの世からは迎えが来るものじゃないのか?輪廻転生のために、意識が無くなる筈じゃないのか?俺は何時までここに居ればいい。嗚呼、つまらない。つまらないつまらないつまらない………。


 そんな事を考えながら、激しく身をよじる。自分を拘束する何かが鬱陶しく、不愉快だった。
それが身じろぎするたび、大小様々な爆発が起こり、世界を揺らすが、それは気にせず拘束から逃れるように身を捻る。


 何度も、何度も、何度も、身を捻り、暴れ、世界を揺らす。


 何時しかそれは、拘束から逃れ、自由を手にする。
 

 拘束から逃れ、それは息を吐く。

 ……息を吐いた筈だった。

――俺の口は何処だ?

 それは、口元に手を持っていった。

――俺の手は何処だ?

 それは、手を見下ろした。

――俺の目は何処だ?

 それは、辺りを見回した。

――俺の足は何処だ?

 それは、一歩踏み出した。

――俺の耳は何処だ?

 それは、耳をすませた。

 

 俺の声は何処まで届く?
 俺の手は何処から何処までが手だ?
 俺の目は何処まで見える?
 俺の足は何処から何処までが足だ?
 俺の耳は何処まで聞こえる?


 俺は、誰だ?



 渦巻く疑問。
 自問自答。


 
 繰り返し、繰り返し、繰り返し。



 それには分からなかった。自分が誰であるかを。
 だが、繰り返す自問自答で、自分が何であるかを自覚した。
 

 


 

 それは、一つの世界。一つ物語。


 さあ、世界は始まった。心ゆくまで楽しもうじゃないか。






[19251] 第一話 ハラペコなハジマリ
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/04 16:46
   


   第一話 ハラペコなハジマリ



 一人の少年が空を見上げている。年のころは16歳くらいだろうか。中肉中背の、黒髪黒目、ごくごく平凡な顔立ちの少年だ。

 少年の着る濃紺の甚平が爆風で揺れる。

 ぼんやりとした表情で、彼は大小様々な爆発の起きる空を見上げ、呟いた。

「腹へった」

「あんた達ぃぃぃ!即座に戦闘中止!!さっさと降りて来なさぁぁい!!!」

 金髪の美少女が、必死の形相で空を飛ぶ二つの影に吼えた。

「えー。なによ、紫。良い所だったのにぃ」
「そうよ。折角、面白いところだったのにぃ」

 ぶーぶー文句を言いながら空から降りてきたのは背中に虫のような羽を持つ妖精だった。

「いいから、黙りなさい。ハジメ様がいらしてるのよ!」
「「げっ!!」」

 相変わらずぼんやりした表情で突っ立ってる少年を視界に入れ、思わず呻く妖精二人に、紫と呼ばれた少女は苦い表情で伝える。

「文に言って、第三次緊急措置をとってもらって頂戴。ハジメ様は空腹でらっしゃるから、弾幕合戦は三日間全面禁止よ」
「「ひぃぃぃぃ?!」」

 悲鳴を上げて飛び去る妖精二人に、紫は疲れたような表情をしながら、少年、ハジメに向き直る。

「ハジメ様。美味しいうどん屋がありますので、そちらにご案内します。ですから、少々我慢してください」
「……それは良いけど、別に俺にそんなに気を使う必要は無いぞ。適当にパクリといけばそれで腹は膨れ――」
「いえ!是非ともそのうどんをハジメ様に食べていただきたいんです!ええ、是非!」
「……そうか。それならそのうどんを頂こうかな」
 
 ハジメの了承に一先ず安堵し、金髪の美少女、スキマ妖怪八雲紫は空間にスキマを作る。

「では、ハジメ様。うどん屋へお連れしますので、こちらへどうぞ」
「わかった」


   *   *


 ずずず~。

 音を立てて、ハジメはうどんをすする。
 なるほど。紫が勧めるのも分かるぐらい美味い。
 
 ずずず~。

 正直腹は膨れないが、かなりの満足感が感じられた。これならお八つの時間まで余裕でもつ。

 ごくごくごく。

 ハジメは汁まで綺麗に飲み干すと、「ご馳走様でした」と手を合わせた。
 その様子を見ていた紫は尋ねる。

「ご満足いただけましたか?」
「ああ。美味かった。お八つの時間が楽しみだ」

 それを聞いた紫の口元が一瞬引き攣るが、瞬く間にそれを綺麗な笑顔で覆い隠した。

(……不味い。お八つは最近藍任せだったわ)

 藍は閻魔の元へお使いにやっていて、閻魔に接触したくない紫は藍に聞くという選択肢を一番最後に回した。
 内心、大量に冷や汗を流しながら、それでも笑みを浮かべて「楽しみにしていてください」と嘯く紫は、必死になってお菓子屋を脳裏にピックアップしていく。果たして、幻想郷内で自分がハジメを連れて行かなかったお菓子屋は有っただろうか。
 そんな紫の内心を知らないハジメは、満足そうにお茶をすすりながら、過去に思いを馳せていた。

 そういえば、あの日も空腹だったなあ、と。



   *   *


 それは、ハジメにとって一番古い記憶。
 その記憶は、ハジメの死という事実だった。
 何故死んだのか。自分が何者であったのか。知識はあるのに、ハジメ自身の事は何も覚えてはいなかった。ただ一つ、ハジメという自分の名前の音だけを除いて。

 ハジメの始まりは、死という事実と、不思議な世界でのまどろみだった。
 あの世に行くのでも、輪廻転生でもいいからさっさとして欲しいと思ったのは、どれくらい経ってからだったろうか。いい加減、まどろみの中を漂っているのも飽きてしまった頃、ハジメは一つ身じろぎした。だが、上手く動けないように感じた。死んで、体を失ったのに、何かに拘束されているように感じたのだ。

 不愉快だった。

 だから、ハジメはもがいた。もがいて、身じろいで、抵抗した。
 もがき始めて、どれくらい経ったのかは分からない。ハジメがようやく満足に動けるようになったと感じた頃には、ハジメは自分の『体』を手に入れていた。到底、信じられないような『体』を。

 ハジメは一つの銀河になっていた。




 ハジメは『体』を手に入れてからは、自分の知識に基づいて小さな『箱庭』を作ることにした。ハジメは自分の知識から、自分は『人間』であったのだろうと推測した。それ故に、『人間』らしい生活をしてみようと思ったのだ。
 ハジメは『箱庭』で慎ましやかな生活を開始する。その生活の中で、『料理』という趣味を持ち、自給自足の生活を謳歌していた。

 そんなハジメを余所に、世界は律動する。
 ハジメが『箱庭』でのんびり生活しているうちに、何時の間にやら『神』と呼ばれる存在が誕生し、その『神』が大地を作り、生物を作り出した。
 だが、それはハジメにとって、とても些細なことで、これっぽっちも気にしていなかったのだが、しばらくするとそうも言っていられなくなった。

 ハジメは、とても腹が減っていた。

 ハジメにとって、『体』を手に入れてから初めての経験だった。
 神々がどういう世界の作り方をしたかは知らないが、作り、失われたものがハジメの中に帰ってこないのだ。
 ハジメは気の長いほうだったが、空腹は人を苛立たせる。いい加減我慢できなくなった頃、ハジメは『喰う』ことにした。

 その行動は素早く行われた。


 

 神々は確かにそれを目にした。
 たった一瞬の出来事だった。
 小さな空間の歪みを感じ、見た、その一瞬。

 大地ごと、ほぼ九割の生物が消滅したのだ。

 残ったものは小さな大地と、生物達。そして、夜空に輝く月のみ。
 驚きもあらわに、神々は消滅の原因を調査し、その原因に辿り着いた。そして、とんでもない存在を目にすることになった。

 それは世界の根源。森羅万象そのもの。

 神々は、見つけたその存在に膝を突いた。

――我等が根源。我等が絶対者よ。どうか、お怒りを御沈め下さい。

 神々の主神がそう頭を下げ、懇願した。

 対するハジメの言葉は、神々にとって予想外のものだった。

――別に怒ってはいない。ただ、腹が減っていただけだ。あと、月を適当に喰えば空腹は収まる。腹八分目位が丁度良いからな。

 神々は慌てた。このうえ、月まで食べられてしまっては、と。
 神々はハジメの空腹に即座に対策を立てなければいけなくなった。

 神々は考え、相談し、時にハジメに意見を伺い、世界のシステムを練り直す。
 
 そうして出来たのが、輪廻転生のシステムだった。
 生きとし生ける者の経験を魂に貯蓄させ、死後、その経験をハジメの食事にするのだ。そして、経験を抜かれてまっさらになった魂を再び現世に還し、経験を積ませる。
 ただひたすらそれを繰り返させ、ハジメの腹を満たす。
 それでもハジメにとっては満腹には程遠いものだったが、再び大地の九割を喰う程でも、ましてや月に手を出す程でもなくなったので、それで手を打つことにした。…まあ、たまにつまみ食いをしているようだが。
 世界はそうして、ハジメという大きな歯車を加えて再び回りだした。



 それが、ハジメにとっても、世界にとっても、とても古い記憶だ。

 そして、ハジメがようやくある事に気付いたのは、その数千年後だった。



   *   *



 ハジメがある事に気が付いたのは、周期的に訪れる空腹の所為だった。


 輪廻転生のシステムだけではハジメの空腹は満たされず、数百年に一度、ハジメは力のある存在をつまみ喰いするのだ。ただ、その際には神々が煩いので、生物は喰わないように気をつけてはいるのだが。

 そして今回もまた、ハジメは空腹を少しでもマシにするために、大地に降り立った。
 ハジメが降り立った地は、最近妙に力ある存在、妖怪、鬼神、霊能力者、他にも様々な力在るものが多く集まる地だった。

 ここなら、まあ、何かあるだろう。
 ついでに、こんなに数があるのだから、一つくらい無くなったってバレやしないだろう。

 どこの犯罪者の、いや、むしろ子供の思考だと突っこまれそうな事をハジメは考え、力のある存在を探り、そちらに足を向ける。

 ハジメがやってきたのは神社だった。名は『博霊神社』というらしい。

 ハジメは首を傾げた。
 はて?何処かで聞いたような……?

 記憶の隅に、何か引っかかるものを感じながらも、ハジメは神社に足を踏み入れる。
 どこか清涼な空気が満ちつつも、神の気配は感じられない。
 神社なのに主神が留守なのか。いや、むしろ居ないのか。はてさて。
 まあ、自分には関係の無い事と見切りをつけ、ハジメは歩を進める。
 何やら自分の後を付けているものがいるようだが気にしない。何故なら、とても腹が減っているからだ。
 ここ数百年の間に妙に腹のすき具合が加速していた。ハジメとしては、つまみ喰いをする時は限界一歩手前なのだ。故に、目の前に腹の膨れそうなモノがあれば、脇目などふってはいられない。

 
 嗚呼、きっと今なら問答無用で月を丸呑みできる。


 神々が聞いたら泣いて懇願しそうな事を考えながら、最後の理性でもってつまみ喰いを敢行する。
 何だか、あとを付けてきた人物に色々攻撃されているようだが気にしない。今は月を丸呑みせんばかりの空腹を如何にかするのが先決である。


 故に、ハジメは神器とよばれる何某かの勾玉を口に含み、噛み砕き、咀嚼した。


 とりあえず、歯ごたえは飴玉より硬く、味は今ひとつで、それなりに腹は膨れた。

 最近歯ごたえというものに興味を持ち出したハジメは、そんな感想を胸中に抱きながら食事の余韻にひたっていた。
 その光景を呆然と見つめる巫女服姿の少女の事を気にもせずに……。

 その後、騒動を聞きつけてスキマから顔を出した紫により、ここが『幻想郷』であることを知らされ、ハジメはこの時ようやくこの世界の成り立ちを知る事になる。



 この世界は、生前のハジメの知識を元に構成されていた。




   *   *




 紫は非常に困っていた。
 幻想郷存続の危機である。

 現在、紫が居るのは、とあるうどん屋の店内である。
 何故紫がここに居るかというと、それは目の前に座る少年、ハジメの所為であった。
 このハジメという少年、見た目は何処にでもいるような、ごく平凡な少年だが、その実態は、世界の根源、生命の生まれる場所であり、還る場所。正に、森羅万象そのものであるという、とんでもない存在なのだ。

 紫は頭を悩ませながら、思い出す。この目の前の御仁との出会いを。

 

   *   *



 あれは、まだ幻想郷が外界と明確な区切りが無かった頃。
 紫は、いつもと特に代わり映えしない日を送っていた。

 暇だ、つまらない。
そんな事を思っていたときに、聞こえてきた爆音。凝縮された力の気配。
 気配は『博霊神社』の方からだ。恐らく博霊の巫女が戦っているのだろう。
暇を持て余していた紫は、野次馬根性でスキマへ飛び込み、現場に顔を出した。
 


 今でも紫はその時の自分の軽率な行動を悔やんでいる。

 あの時顔を出さなければ、少なくともハジメ様の『食事係』なんて任命されなかったのに!



   *   *



 興味本位でスキマから顔を出した紫を出迎えたのは、呆然と立つ竦む巫女と、何かを反芻するような面持ちで佇む黒髪の少年だった。

「はぁい。博霊の巫女。何してたの?」
「……ゆ、紫」
「ん?何?」
「……を…れた」
「え?何?聞こえなかったから、もう一度――」
「だから、……を食…られ…」
「今、肝心なところが聞こえな――」

「だから、神器を喰われたって言ってるのよぉぉぉぉ!!!」

「……は?」
 意表を付く返答に、紫は思わず間抜けな声を出した。
 博霊の巫女は、そんな紫の様子を特に気にせず、言葉を吐き出す。
「急に気配も無くやってきたと思ったら、神器の所へ行こうとするし、警告しても無視されて、攻撃してもちっとも効いちゃいなくて……」
「え?それで、神器、食べられちゃったの?」
「………」
「嘘ぉ……」
「……嘘じゃないわよ!むしろ、嘘であって欲しいわよ!?」
 紫は、怒り狂い、興奮する巫女を眺めつつ(宥めたりはしない)、視線を黒髪黒目の、人間に見える少年に向ける。そして、少年はその視線に気付いたのか、こちらに向かい歩いてきた。
 巫女はすぐさま気を静め、臨戦状態に入る……が。

「お嬢さん方。少々尋ねるが、この辺りに美味い飯屋はあるかい?」

「あんた、一体何なのよぉぉぉぉぉ!?」

 少年の気の抜けた言葉に、全て台無しにされたのだった。




 飯屋の場所を尋ねる神器を喰った少年、かたや神器の守人たる、怒り狂った神社の巫女。そして、それを傍観するスキマ妖怪。
 なんとも、混沌としたその状況を打破したのは、何と、意外なことに『神』だった。

「もしもし、すいません。ちょっとよろしいですか?」

 なんとも、腰の低い神ではあったが。


「はじめまして。私、こういうもので御座います」
 そう言って名詞を差し出す様は、どこぞのサラリーマンの様だが、目がつぶれるような神々しさやら、押し潰されそうな力の奔流は間違いなく『神』のものだった。

「ご……丁寧…に、ど…も……」

 あまりの神々しさに直視できず、尚且つ、溢れる強大な力の前につぶれた蛙の様に地面に這い蹲りながら、紫と巫女は何とか名刺を受け取る。地上で会った事のある神の力とはケタが違う。一体どのような身分の神なのだろうか?


『天界・ハジメ様食事係課担当
 第二階級神 黎明』


 受け取った名刺を見て、二人は疑問符を浮かべる。


 ハジメ様って誰だ。それ以前に食事係って何だ。

 
「嗚呼、疑問に思うのも無理はありません。ですが、このハジメ様の食事係というのは、とても重要且つ、大変な仕事なのです。一度間違えば、大地の半分は消失してしまうかもしれない程の、とても責任ある仕事なのです」
 重々しい口調で神は語るが、実態は食事係。どうしても、神が語る言葉を重く受け止めることが出来ない。
「ふ、疑ってらっしゃいますね。ならば、ハジメ様の空腹記をここに紐解――」
「嗚呼、腹が減ったな。今なら竜宮城を丸呑み出来る」
「ハジメ様!少々、お待ちください!!すぐにご飯の支度を致します!そこの娘達、何を這い蹲っているのです!早くハジメ様に食事を!!」

 誰の所為だと思いながらも、圧力をかけるのを止めた神の要請を呑み、紫はスキマから店に出向いて、とりあえずは蕎麦を四人前頼んだ。



 ずるずるずる。

 蕎麦を啜るハジメを横目に、神は再び説明を始めた。


 曰く、この目の前で蕎麦を啜っている一見凡庸な少年は世界の根源であり、森羅万象そのものであること。

 曰く、様々な存在がこの世に存在することによりハジメ自身の身が削られ、常に空腹状態であること。

 曰く、空腹に耐えかねて数百年に一度、生物を覗く力在る存在をつまみ喰いすること。

 曰く、人間達が食べる料理を食すと、腹は膨れないが気分が満足するため、つまみ喰い予防策として有効であること。

 曰く、予防策や、その時々の対応を間違えると、力ある土地や、力ある存在が集まる地を生物ごと喰われてしまうということ。

 曰く、一度世界の殆どをハジメに喰われたことがあるということ。


 聞けば聞くほど危険な御仁である。
 神なら何とかしろよ、と視線で語れば、天界も喰われかけた事があるらしい。どんだけヤバイ御仁なんだ。

 神の『ハジメ様空腹記』と、『ハジメ様空腹予防策』を呆気にとられながら聞いていると、神はとんでもないことを言い出した。

「ところで、貴女はスキマ妖怪という大変便利な能力を持った妖怪なのですね」
「え、まあ。そうだけど…」
 便利って何だ。便利だけどさ。
「つまり、ハジメ様の食べたいものを比較的早く手に入れられる、と」
「………」

 嫌な予感がした。

「光栄に思いなさい。ハジメ様の『食事係』を任命します!」

 居丈高に下された指令に、紫は絶望した。
 


   *   *



 神の身勝手な決定に紫は当然反発したが、その反発の仕方がいけなかった。うっかり、ハジメの蕎麦をひっくり返してしまったのだ。
 神が青ざめ、巫女が見守るなか、ハジメはゆらり、と立ち上がり、紫をその黒い瞳に写し――。
 その後の事は、聞かないで欲しい。ただ、強いて言うなら、幻想郷ごと喰われかけた、とだけ言っておこう。ちなみに、今でも当時の惨事は語り草で、ハジメの名は災害と同等以上の意味を持ち、注意が促されている。

 まあ、なんだかんだで紫は責任をとり、ハジメの『食事係り』という任を負っている。

 そして、現在。
『食事係』の紫は考える。

 お八つ。何か、何かないか……。

 考え、一つ思い出した。

――今日のお八つは、南堂のお饅頭です。最近美味しいと評判なんだそうですよ。戸棚に入れておきますね。

 藍が、そう言っていたではないか。
 一縷の望みを見出し、紫は即座に行動に移した。

「ハジメ様。我が家にお饅頭が御座います。最近美味しいと評判のお饅頭で御座います」
「そうか。楽しみだ」

 にっこりと微笑み、交わされる和やかな会話だが、その裏には幻想郷の存続がかかっている。
 紫はハジメをスキマへ誘い、我が家に出る。

「では、ハジメ様。少々お待ち下さい」
 頷き、ちゃぶ台の前に大人しく座るハジメを確認して、紫は藍がお饅頭を仕舞っていた棚へ向かう。
 そして、紫はあるものを目にすることになった。

「……幽々子。なに、してるの………?」
「ふぐぅ?」

 そこには、口いっぱいに何かを詰め込んでいる西行寺幽々子の姿があった。

 紫は分かっていた。けれど、認めたくなかった。故に、聞いた。

「…幽々子。貴女、何を食べてるの?」
「………」

 幽々子は視線をさ迷わせながらも、ある一点を気にしていた。そう、藍がお饅頭を仕舞っていったあの棚を。

「っこの、大馬鹿者ー!!それは、ハジメ様にお出しするお饅頭よ!?」
「ふぎゅぅっ!?」

 流石の幽々子もハジメの名を聞いて慌てだすが、口いっぱいのお饅頭が喉に詰まったらしく、呼吸困難で目を白黒させている。
 紫はそんな幽々子には、自業自得と構わず、これからの事に思考を回らし始めた、その瞬間。

「饅頭、無いのか……」

 ハジメの声が、背後から聞こえた。

 壊れたブリキの玩具よろしく、ギ、ギ、ギ、と後ろを振り向けば、ハジメは切なそうな顔をして、遠くを見つめていた。

 そして、一言。


「幻想郷ごと、パクリと――」
「イヤァァァァァァ?!」












 やはり短すぎたようなので、一話にまとめました。ご意見有難う御座います。



[19251] 第二話 吸血鬼
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/04 16:47
   第二話 吸血鬼



 ソレは、耐えていた。
 
 己の中で暴れ狂う欲望に。

 ソレは、葛藤していた。

 誇りを第一にしてきた自分が、自らの誇りを汚そうとしている事を理解できずに。

 ソレは、未だに気づいていなかった。

 心の奥底で、息を潜め、機会を窺っていた己の願望に。

 絶えず襲う渇きに、ソレは抗い続ける。

 生を望む欲望か。
 死を望む誇りか。
 それとも、未だ気付かぬ願望か。

 壊れ、静かに狂い始めたソレは、抗い続ける間に理性を削られていく。
 残るは、本能のみ。
 
 本能が最後に選び取るものは、未だ抗い続けるソレには、まだ分からない。



   *   *



 幻想郷にハジメが滞在することになった二日目。
 紫は既に半死半生の体でちゃぶ台に突っ伏していた。

 朝食後の茶を楽しむハジメに対し、時折痙攣するように震える紫。

 あまりに対照的な二人は、見るものに同情心を抱かせる。
 それは、紫を主とする八雲藍も例外ではなかった。

「紫様、大丈夫ですか?」
 
 紫の湯飲みに茶を注ぎつつ、そう尋ねる。

「うう……。藍の優しさが身に沁みるわ」

 目を潤ませながらも、そう答えた紫に藍は戦慄する。

 大変だ。異常事態だ。

 これまで、こんな殊勝な、弱々しい態度の紫を見たことがあっただろうか。いや、無い。まさか、天変地異の前触れか。

 紫を心配する藍は、天災と同列に数えられるハジメを前に、いい感じで混乱していた。どうやら、自分でも気づかぬうちにハジメにプレッシャーを与えられて、ストレスが溜まっていたらしい。気付いてはいないが。

 存在するだけで他人の日常生活どころか、精神を崩壊させ始めたハジメは、暢気に茶を啜りつつ、二人に問う。

「なあ、昨日から思っていたんだが、幻想郷内の妖怪が一箇所に集まっているようだが、何かあるのか?」

 祭りでもあるのか?屋台は出るのか?食い尽くすゼ!

 そんな思考の元、二人に尋ねれば、意外な言葉が返って来た。

「ああ、それなら吸血鬼が来たからです」

「最近、恐ろしく力の強い吸血鬼が来て、気力を無くしていた妖怪たちが吸血鬼の軍門に下ったので、吸血鬼の下に集結しているんだと思います」

「一人を除く吸血鬼なら対処できるんだけど、一人厄介なのがいて手が出せないでいるんです」

「このままじゃ、幻想郷のバランスが崩れてしまいます。紫様、早く手を打たないと……」

「そうだけど、流石のあたしもアレを相手にするのはねぇ……」

 ハジメを置き去りにして悩み始めた二人を横目に、ハジメは思い出す。

 なるほど。『吸血鬼異変』か。

 たしか、吸血鬼が幻想郷の支配を目論で起こした紛争だったはずだ。強い妖怪がこの異変を治めて、吸血鬼条約が結ばれるんだっけ?と、いうことはレミリアやフランが来たのか?

「ふむ。見てみたいな」

 そう呟き、ハジメは茶を飲み干すと、立ち上がった。

「紫、ちょっと出掛けてくる」

「じゃあ、幽々子や幽香以外にも声をかけて……、え、ハジメ様、どちらへ?」

 藍との相談中に声をかけられて、紫は反応が少し遅れつつも、聞き返す。

「ちょっと、吸血鬼を見に行ってくる」

「は?」

 そう言うが早いか、ハジメの姿が一瞬で掻き消えた。
 紫と藍は顔を見合わせる。

「つまり、野次馬に行くということ?」

「さあ……?」

 兎にも角にも、ハジメに万が一のことなんて無いだろうが、ハジメの空腹を刺激するようなことを吸血鬼がしたら一気に幻想郷の危機である。『食事係』である紫は逃げようとする藍の尻尾を掴み、スキマに飛び込んだ。
 紫と藍の苦労はまだまだ終わりそうにも無い。



   *   *



 ハジメは屋敷を前に首を傾げていた。

 はて?『紅魔館』は洋館ではなかっただろうか?なんで中華風?

 ハジメの目の前に聳え立つのは、中華風の屋敷だった。
 朱塗りの屋根瓦に、白い壁。立ち並ぶ平屋の奥には五重塔のような建物が幾つか見える。

 そうして、腕を組んで悩み始めたハジメに、怒声が飛んだ。

「おい!テメェ、俺たちを無視すんじゃ無えよ!」
「貴様、何者だ!?」

 怒声の主は、ハジメを取り囲んだ妖怪達である。
 何の前触れも無く、突如として現れたハジメに、妖怪たちは驚きつつも即座にその周りを包囲し、現在に至っている。

 ハジメの顔を見て妖怪達の反応は三つに分かれた。

 即座に踵を返し、逃げ出した妖怪達。
 おそらく、ハジメを見たことがあり、ハジメの危険性を重々理解している者達だろう。実に懸命な判断だ。

 ハジメを取り囲みつつ、じりじりと後退する妖怪達。
 逃げ出した者達を気にし、ハジメの危険性を危惧した。もしくは、ハジメを見たことはないが、話を聞いている者達だ。今回の場合は素直に逃げるべきだ。

 ハジメを取り囲み、居丈高に威圧する妖怪達。
 新参者でハジメに纏わる話を詳しく知らず、もしくは、ハジメのごく普通の人間と同じ様子を見て油断した妖怪達だ。彼等はトラウマを抱える可能性が高い。

 怒鳴られ、何者かと問われたハジメは答える。

「俺の名前はハジメ」

 この時点でじりじり後退していた妖怪達が脱兎の如く逃げ出した。

「とりあえず、この幻想郷には住んでない。紫の客人扱いだな。吸血鬼が居ると聞いたので見物しに来た」

「見物ぅ!?」
「テメェ、ふざけんな!」
「貴様のような惰弱な人間を通すと思うのか?!」

 口々にハジメを罵り始めた妖怪達に、ハジメは常と変わらぬ態度で、一言。

「オレサマ オマエ マルカジリ」

 その瞬間、妖怪達が持っていた得物の穂先が掻き消えた。何事かと思う間も無く、今度は得物が完全に消えてなくなる。
 そして、その原因と思われるハジメに視線を向けた、その瞬間。

「「「「「っぎゃぁぁぁぁっ!!」」」」」

 問答無用でスキマに落とされた。

 妖怪達を取り込んだスキマはすぐに閉じ、新たなスキマから紫が息切れを起こしながら、ほうほうの体で藍の尻尾を掴んだまま這いずり出す。何処のホラー映画だ。

「間に…あった……」
 
「……紫、大丈夫か?」

「貴方が、それを……、言わ…な……げほっ、けふっ」

 息が整わないうちに喋った所為で咽だした紫の背を、藍がさする。

「うう……、いつもすまないねぇ」
「それは言わない約束でしょう、紫様」

 時代劇のお決まりの文句をハジメは聞きながら、近付いてくる気配に意識を向ける。
 ついに来るのか、レミリア。いや、もしかすると美鈴だろうか。最有力なのは咲夜だが。

 わくわくしながら待っていると、それはついに現れた。
 現れたのはタキシードを着た、いかにも、な男の吸血鬼だった。

「貴様ら、何者――」

 皆まで言わせず、吸血鬼を掴んで投げ捨てる。
 綺麗な放物線を描いて、吸血鬼は森の向こうへ落ちていった。

「男はいらん」

 ハジメは、がっかりしつつも考える。

 もしや、『吸血鬼異変』にはスカーレット姉妹はかかわっていないのだろうか?色々と説はあるが、言明されていた訳ではないし……。

 そう思いつつ、ハジメは歩を進める。

 どちらにせよ、せっかく来たからには件の吸血鬼の顔でも拝もうという腹積もりである。

「どうせなら、綺麗なお姉さんだといいなー」

 自分で作り上げた外見に相応しく、年頃の少年のような事を言いながら、ハジメは屋敷に侵入した。



   *   *



 ソレは既に限界を迎えていた。

 削られた理性の奥底で、本能が動き出す。

 蠢く欲望。

 崩れる誇り。

 溢れ出す願望。

 本能は、ただ純粋に、単純に選び取った。

 ソレは歩き出す。

 己の本能のままに。



   *   *



 屋敷に侵入して四半刻。

 ハジメ達に襲いかかる吸血鬼や妖怪達。
 それらが、ハジメに投げ捨てられ、紫のスキマに落とされ、藍に撃破され、屋敷の中が静かになるには大して時間はかからなかった。
 紫と藍は疲れきっていた。今すぐ布団の中に入って眠ってしまいたい。けれど、ハジメを放っておいたら心配で眠れない。
 そんな思いでハジメの後に付き従い、三人はついに大広間へと辿り着いた。

「ふむ、最終ステージといった感じだな」

「「……はぁ」」

 暢気なハジメに対し、紫と藍は溜息を吐く。そろそろ、この屋敷の主と対面するというのに、このハジメの態度だ。溜息も吐きたくなる。

 ヒタ、ヒタ、ヒタ……

 微かだが、足音が聞こえた。

 蝋燭の炎しか光源が無いこの大広間で、暗がりから現れたのは、赤いチャイナ服を纏った、真っ直ぐな黒髪に、紅い瞳をした美しい少女だった。



 少女は嗤う。

 己の本能のままに。



   *   *



 はて?あんなキャラは東方Projectに居ただろうか?

 ハジメは首を傾げた。

 もちろん東方Projectにおける幻想郷内全ての住人をハジメは知るわけではないので、有り得ないとは言い切れないが、こんなおいしい美少女キャラが出てこない筈は無いと思うのだが。

 やはり、俺がモトになっているからか。

 ハジメの知識の元、様々な作品が混ざった世界が構築されたため、しばしば物語に齟齬が出来ていた。それは、些細なことから、大きなことまで様々で、先が読めず、既存の物語を知るハジメを楽しませていた。
 故に、この目の前に居る少女も齟齬の一つであろう。
 この少女が幻想郷にどう関わるか見ものである。
 
 ハジメはうっそりと嗤い、踵を返し、大広間から出て行こうとするが、それは適わなかった。
 
 少女が信じられないような跳躍と、速度でハジメに突っ込んでいったのだ。

 ハジメは難なくそれを避けるが、少女は止まらない。

 殴り、蹴り、払い、斬り込む。

 それのどれもがハジメには届かないが、その一撃一撃が壁を吹き飛ばし、床を踏み砕き、屋根を切り飛ばした。

 そんな光景を呆然と紫と藍は見つめる。

 まるで、信じられないと言わんばかりの様子で、紫が呟いた。

「真祖……」

 紫の言葉を拾ったのはハジメだった。

「成程。真祖か」

 真祖という言葉を聞いて、ハジメはあることを思い出した。
 
 それは、神々が輪廻転生のシステムを生み出し、実行に移した時の事だ。
 ハジメはその頃、魂というものに興味を抱き、自らの手で数十個の魂を生み出し、世界にばら撒いた。世界の根源たるハジメの作り上げた魂は強力で、世界の掃除屋になったり、自然と受肉し、世界の矛盾を修正する端末になっていた。
 正直、アラヤや真祖になるとは思っていなかった。

 実はこの真祖、人間達だけではなく、妖怪達の天敵でもある。
 そもそもが、妖怪は人間が居なければ存在できず、妖怪の存在そのものが矛盾をはらんでいる。表立って争うことは無いが、妖怪達は真祖を警戒し、避け続けている。
 
 今回幻想郷にやってきた真祖と吸血鬼。実は、この二つは別の種である。
 真祖は世界の端末であり、吸血鬼はどちらかといえば妖怪の類になる。
 その妖怪の類に含まれる吸血鬼も、普段は真祖を避けているのだが、何故共にこの幻想郷に現れたのだろうか。
 天敵たる真祖が幻想郷に居り、しかも妖怪達を纏めていた。軍門に下った妖怪達の正気を疑う事態である。

 さて、この真祖だが、星、むしろ世界そのものであるハジメには絶対服従の姿勢をとっている。これは、真祖が堕ちても変わることはなかった。
 だが、この目の前の少女はハジメに向かって拳を振るっている。一体どうしたというのか。

「ふ~む。お前、名前は?」

「………蘭花」

 ハジメの問いに答えた少女、蘭花は、ただひたすら避け続けるハジメに痺れを切らしたのか、虚空から刃を出現させ、ハジメを襲う。カマイタチと呼ばれる現象に似ているが、その威力は屋根を吹き飛ばして上空にある雲すら切り裂いていく。

 ハジメも、何だか面倒くさくなってきた為、さっさと終わらせようと殴りかかる蘭花の頭を鷲掴み、そのまま地面に叩き付けた。いかに吸血鬼といえど、女に対して情け容赦ない攻撃である。
 ハジメはそのまま髪を掴み、蘭花の上体を起こし、問う。

「お前、俺を攻撃するなんて珍しい奴だな。何がしたいんだ?」

 蘭花は虚ろな瞳で呟く。

「かえりたい」

「?」

「かえりたい、かえリたい、かえリたイ、カエリタイ、カエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイ」

 壊れたように言い続ける蘭花に、ハジメは問う。

「何処に、かえりたいんだ?」

 その言葉に、虚ろな瞳に意思の光を宿して、蘭花はハジメを見つめながら言った。

「還りたい」

「………成程」

 ハジメは蘭花の髪から手を離し、ゆっくりと蘭花を座らせる。

「本当に、珍しい奴だな」

 少し苦笑いしながら、ハジメは蘭花の頬に手を当て、言う。

「お還り」

 蘭花はハジメの掌に擦り寄るようにして、満足そうに微笑むと、まるで砂糖が水に溶けるかのごとく、その存在は希薄になり、世界に解けて消えた。


 何とも呆気ない『吸血鬼異変』の終幕であった。



   *   *



「つまり、どういう事だったんですか?」

 自宅に戻った紫が、ハジメに尋ねる。

「いや、俺もよく分からないが、どうもあの蘭花という真祖は俺、つまり世界に還りたかったらしい」

 煎餅をバリバリと貪りながら、ハジメが答える。煎餅の入った器を確保しているところを見ると、どうやら気に入ったらしい。独り占めしている姿は実に意地汚いものだった。

「還るって、どういうことですか?」

 藍の質問に、ハジメは簡単に説明する。

「ふむ。そもそもだな、真祖の魂は俺が作ったんだが、この魂は特別製でな。死んでも魂は輪廻の輪に加わることなく浄化されるまで世界を漂い続けるんだ。それから、再びアラヤか真祖になるらしい」

「……らしい?」

「適当に作ったらそうなった。詳しいことは知らん!」

 無駄に胸を張るハジメに、紫と藍は脱力する。

「まあ、今回の蘭花みたいなのは初めてのケースだな。わざわざ俺の中に還る、個の完全消滅を選ぶとは思わなかったぞ」

「か、完全消滅?」

「俺の中に還るってのは、そういうことだ。つまり、喰ってくれ、と言ったようなもんだな」

「「………」」

「おかげで、それなりに腹が膨れたな」

「「ソウデスカ……」」

 事も無げに真祖を喰ったと言うハジメに、紫と藍は微妙な顔で沈黙した。
 何ともいえない微妙な沈黙の中、ただ、ハジメの貪る煎餅の音だけが響いていた。



 ガンバレ紫!負けるな藍!ハジメの滞在期間はあと一日だ!!

「「もう嫌………」」






[19251] 第三話 紙芝居
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/04 16:48
   


第三話 紙芝居



 静まり返った薄暗い部屋。

 唯一の光源は何本かの蝋燭のみ。

 ジリジリと蝋燭の炎が燃える中、部屋にひしめく十数人の男女が怯えるように手をとりあい、微かな音すら聞き逃すまいと耳を澄ませる。


 まさかまさか。こんな恐ろしいことが、恐ろしいものがこの世にいるなんて。

 まさかまさか。信じられない。信じたくない。


 怯える彼等の願いは空しく否定され、より大きな絶望が襲う。

 恐怖に震える彼等に更に追い討ちをかけるかの様に、声が響く。


 知られざる事実。
 知りたくなかった真実。
 知ってしまった秘密。
 

 彼等は後悔していた。


「……黎明。何をしている」

「ああ、ハジメ様!私、ハジメ様に盾突いた愚か者がいると聞きまして、こうしてハジメ様の空腹記を教えているのです」

「黎明。貴方、何時の間にここに来たのよ……」

「おや、我が同士」

「誰が同士よ!?」

「何をおっしゃる。ハジメ様の食事係りなる崇高な使命を担う同士ではありませんか」

「いらないわよ、そんな使命」

「む。この使命の崇高さが未だ分かっていないようですね。そんな事では真の食事係にはなれませんよ」

「なれなくて良いわよ」


 目の前に居る三人の男女。

 いずれも強い力のある存在で、内一人は何もかもが超越してしまっている。


 彼等、吸血鬼達は心底後悔していた。

 この、幻想郷に来てしまったことに。



   *   *



 真祖を喰い、妖怪達を適当な場所に捨て、吸血鬼達をある一室に閉じ込めた翌日。
 ハジメ達は吸血鬼達に話を聞くため、吸血鬼達を閉じ込めている部屋に向かい、意外なものを目にした。

 自転車の荷台に載った大きな木箱。上部に取り付けられてる蓋のような物。それを立てれば、なにやら小さな劇場のように見える。劇場で上演されるのは紙面で繰り広げられる物語。物語の後には、木箱に詰まっているお楽しみ、駄菓子の登場となる。

 そう。それは、まごうことなき『自転車紙芝居屋』であった。

 とりあえず、やることは一つである。

「おい、黎明。駄菓子全部よこせ」

「……ハジメ様。まず、黎明の格好に突っ込みましょうよ」

「はっはっは。ハジメ様、それは紙芝居の後にしていただかないと」

「あんたも何普通に対応してるのよ」

「なら、奪うのみ」

「ぶげふぅっ!?」

「れ、黎明ぃぃぃっ!?」

 自転車紙芝居屋に扮した黎明を殴り飛ばし、駄菓子の入った木箱を漁るハジメ。何故か恍惚とした表情で地に沈む黎明。それにどん引く紫。そして、部屋の隅に固まり、怯える吸血鬼達。
 場は混沌としていた。

 とりあえず黎明を放置し、紫は吸血鬼達に近寄る。

「代表者は誰?」

「私だ」

 そう言って立ち上がったのは、オールバックの美男子だった。

「私はスキマ妖怪の八雲紫よ。貴方は?」

「私の名はカルロ・ド・ブラドーだ」

 少々青ざめながらも、しっかりとした受け答えをする。ただし、向こうで駄菓子を貪るハジメを視界に入れようとしない。黎明は一体何を吹き込んだのやら。

 呆れを含んだ目で黎明を流し見、視線をカルロに戻す。

「貴方達は何故幻想郷へ?」

「……住んでいた所が住み難くなったのだ。所謂、時代の所為だな」

「時代の所為?」

「ああ。今、ここに居る我々は人肉を好み、血を啜って生きている。だが、我々以外は進化というべきか、退化というべきか。力が弱まった変わりに、人間の血を少量飲むだけで生きることが出来るようになった。ある者に至っては薔薇の精気のみで生きることが出来る」

「へぇ……」

「我等、人肉が無くては生きて行けぬ者は今や少数。故に、我等は新たな地に移り住むことにしたのだ」

「それが幻想郷だったのね」

「そうだ」

 紫は暫し黙考し、言う。

「幻想郷は貴方達を受け入れるわ。ただ、今回の様な件はハジメ様が出ずとも、遅かれ早かれ支配を望まない妖怪に叩き潰されてたでしょうね」

「……ああ、そうだろうな」

 紫達の襲撃は日の高い吸血鬼の最も苦手な時間帯で、いくらか弱体化していたとはいえ、紫達の強さを肌で感じたカルロは素直にそれを認めた。

「それで、幻想郷に住むのは構わないんだけど、一応ここにもルールが存在するのよ。好き勝手やられちゃ困るのよね」

「我々は今回の件で敗者となった。勝者たる貴殿等の要求は出来る限り呑もう」

「それは、どうも」

 紫とカルロは話し合い、意見をぶつけ、折り合いをつける。
 吸血鬼達は食糧となる人間の供給を受ける代わりに、その行動にはさまざまな禁止事項が設けられることとなった。
 これは後に『吸血鬼条約』と呼ばれるようになった。

 どうやら、いくらか緊張が解けたらしい吸血鬼達は思い思いに何処へ住むか、これからどうやって暮らすか、と話し合っている。
 そんな吸血鬼達を横目に、紫はカルロに尋ねる。

「ところで、貴方達は何で真祖と一緒に居たの?」

「ん?そんなに不思議な事ではあるまい」

「だって、真祖よ?妖怪の天敵じゃない」

「ふむ……。ああ、成程。どうやら貴殿は何か誤解しているらしい」

「?」

「確かに我等吸血鬼にとっても真祖は天敵だが、堕ちた真祖は我等とは力の大きさこそ違えど同類となる」

「同類……」

「堕ちた真祖が築く血まみれの道は、実に我等好みだ。まあ、真祖と拮抗する実力のある吸血鬼でなければ、支配下に置かれることになるがな」

「ふぅん。知らなかったわ」

「ふむ。俺も知らなかったな」

「ハジメ様が知らなければ、私も当然知らない――って、何時の間に……」

 紫の真横に、気配も無くハジメが立っていた。手には水飴が握られており、もっちゃもっちゃと水飴を練っている。懐は駄菓子でいっぱいだ。
カルロは青白い顔色を更に悪くさせ、ハジメに視線を向けた。

「……貴殿が世界の根源ですか?」

「おう。その通りだ。黎明から何を聞いたかは知らんが、あんまり気にするなよ」

 カルロは、それは絶対無理だ、と思った。
沈黙するカルロにハジメは尋ねる。

「ところで、カルロにはちょっとアホな親族は居ないか?」

「アホ…ですか……?」

「おう。ペストを流行させた世界征服を企むアホだ」

「…それなら私の弟かと」

「お、やっぱり親族だったか。顔がそっくりだったから、そうじゃないかと思ったんだ」

「ペストを流行させたって、それってブラドー伯爵ですか?え、あのドクターカオスに敗れた、あの?」

 紫は興味津々、といった体で身を乗り出す。
 対するカルロは眉間にしわを寄せて、苦々しい表情だ。

「どうにも、弟は箱入りで育ってしまいまして。未だに世界は平らだと思っているし……」

 何やらぶつぶつと愚痴を言い出したカルロは、どうやら柔軟な思考の持ち主らしい。幻想郷を支配しようとする所はブラドー伯爵を彷彿とさせるが、それは真祖がバックにおり、且つ妖怪達の意欲の低下も考慮してきちんと機を見て行動している。そこが確実にブラドー伯爵とは違う。
もしかするとブラドー伯爵は柔軟さを全部カルロに持っていかれたのかもしれない。

「ドクターカオスを見物に行ったら、偶然見かけてな。力はまあ、そこそこあったな」

「へえ…。けど、ハジメ様。ずるいじゃないですか、私もドクターカオスを見てみたいのに」

 羨ましがる紫に、カルロは不思議そうに尋ねる。

「貴殿はスキマ妖怪なのだろう?見に行くのは簡単じゃないのか?」

「普通はね。けど、ドクターカオスが自分に刻んだ魔方陣の所為で上手く場所を特定できないのよ」

「ほう……。元は人間の癖に、中々の人物なのだな」

 感心するカルロは、自分の弟が敗北した事については全く興味が無いらしい。それよりも、妖怪でも上位の力をもつ紫が、相性もあるのだろうが、元は人間であるドクターカオスに遅れをとっている事に関心があるようだ。

「カオスは天才だからな。今、この世に頭脳でカオスに勝る奴は居ないだろうな」

 後にボケ爺となるカオスだが、この時代では確かに天才錬金術師の名を欲しい侭にしている。

 とりあえず、ハジメはこの世界に『GS美神』が混ざっていたのは知っていたが、カオスがあれ程の人物だとは思わなかった。正直、ボケ爺のカオスも嫌いではないが、あまりに勿体ない。『GS美神』の原作が終わったあたりでカオスの脳の容量を増やしてみようかとも考えているのだが、所詮予定は未定だ。

「まあ、とりあえずブラドー伯爵は自分の領地で静養するらしいぞ。もしかすると、カルロに甥とかが出来るかもな」

 練り終わった練り飴を食べながら、ハジメは話をそう締めくくった。
 自分が確認している各物語が本格的に動き出すのは少なくとも八百年は先だ。ハジメはその時を楽しみにしつつ、懐から取り出した新たな練り飴を練るのだった。










[19251] 第四話 妙神山
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/04 16:48

   第四話 妙神山



 その日、ハジメは『箱庭』に在る日本家屋に居た。
 風通しの良い、風情のあるこの家はハジメの自慢の自宅だ。

 さて、そんな自慢の家で、ハジメは死んだ魚のような目で、体から瘴気を発していた。


 ハラヘッタ。


 最後につまみ喰いをしたのは百五十年ほど前。
 最近、世界に人口が増えてからというもの、つまみ喰いの周期が短くなっている。

 瘴気を発していたハジメの体は、ぶるぶると痙攣している様に動き出す。実に不気味な光景だ。


 もう無理。絶対無理。我慢の限界。


 そう思った瞬間、ハジメの姿は『箱庭』から掻き消えた。



   *   *



 その日、妙神山修行場の管理人、小竜姫はとても穏かな時を過ごしていた。
 修行者も居らず、天界からの厄介事の指令もなく、実に平和だ。

「こんな日は久しぶりだわ……」

 柔らかな日差しの中、肩の力をぬく。

「明日もこうだと良いんだけど」

 吐息と共に呟き、ただのんびりと庭を眺めた。
 
 だが、残念ながら、そんな小竜姫のごく平凡で、小さな願いは、すぐさま木っ端微塵に破壊されるのであった。


「「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」」


 それは、左右の鬼門の悲鳴を序曲として始まった。



   *   *



「……ハラヘッタ」

『箱庭』から出てハジメが向かったのは、人界と天界の接点である妙神山であった。
 
 眼前に聳え立つ巨大な門は、残念ながら腹の足しにはなりそうにない。顔を門に貼り付けた門番もまた、腹の足しにはなりそうにない。
 ここになら何かありそうな気配がしたのだが、やはり天界に行った方が良かっただろうか?

「む!何奴!?」
「転移術を使うとは面妖な!?」

「面妖なのはお前達だ」

 思わずそんな事を突っ込みをいれつつ、ハジメは気にせず扉に手をかけた。

「ま、待たれよ!この妙神山修行場に入りたくば、まず我等と勝負してもらわねば!」
「見事我等に勝てれば入山の許可を――」

「……喰う」

「「はい?」」

 ハジメが呟いた次の瞬間。

 鬼門達の顔と体を残し、彼等の半径五十メートル程の建物や植物、岩に至るまで、ごっそりと消失した。

 一瞬の出来事に思考が追いつかず、思わず呆けるも、視線をハジメに戻し、ある事に気付く。

 これは、人間ではない。

 とても分かりづらいが、人間ではなく、神でもなく、魔族でもなく、妖怪でもない。
 ならば、何か。

 鬼門達は思い出す。自分達が生まれる前の出来事。世界の九割を消失した事件。世界の根源の空腹記を。

「……左の。黎明様を知っているか?」

「……勿論だ。右の。紙芝居を上演していったな」

 視線を交わし、一つ頷きあって自分の頭を抱え、鬼門達は準備する。

「………ハラヘッタ」

 この、恐ろしい存在から逃げる為に。

「ぜんぶ、喰う」

「「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」」



   *   *



「いったい何事です!?」

 鬼門達の悲鳴を聞き、現場に駆けつけた小竜姫を待っていたのは泣いて逃げ惑う鬼門達と、それを追う人間の、いや、人間によく似た何か、だった。

「「しょ、小竜姫様~~~!!」」

 地獄に仏とばかりに、鬼門達は小竜姫の後ろに隠れた。全く隠れてはいなかったが。

「何者!?」

 勇ましく神剣を抜き放ち対峙するも、相手は何の反応も返さない。

 ハジメを睨み付ける小竜姫に、鬼門達は話しかける。

「しょ、小竜姫様。あの方は恐らくハジメ様ではないかと…」

「我々の門を一瞬で消し去りましたから。まず、間違いないかと…」

「………ハジメ、様?」

「「はい」」

「…あの、紙芝居の、ハジメ様?」

「「はい」」

「………」

 しばしの沈黙の後、小竜姫は脱兎の如く逃げ出した。

「「しょ、小竜姫様!我等を見捨てないで下され~~!!」」

 泣きながら追いかける鬼門達を問答無用で超加速まで使って小竜姫は逃げる、が。

「ハラヘッタ……」

「ひぃっ?!」

 ハジメには無意味だった。

「付いてこないで下さいぃぃぃ!!」

「オレサマ、ハラヘリ」

「いやぁぁぁ!?」

 超加速で逃げる小竜姫の隣にピタリと張り付いて走るハジメ。

 必死になって逃げる小竜姫は気付いていなかった。ハジメの視線があるものへ固定されていることに。



* *



 半泣きで逃げること早十数分。
 天の助けが齎されたのは、いい加減疲れてきた頃だった。

「何しとるんじゃ、小竜姫」

「ああ、ハジメ様。ようやく見つけましたよ」

 小竜姫に声をかけてきたのは、斉天大聖と黎明だった。
 逃げる小竜姫はすぐさま斉天大聖の後ろに隠れる。

「小竜姫……」

「うう。こればかりは、どうしようも……」

 呆れる斉天大聖に、小竜姫は呻く。

 そんな二人は放っておいて、黎明はハジメに話しかける。

「ハジメ様。こちらにはハジメ様のつまみ喰いに相応しいものはありませんよ。魔界あたりに行って頂いた方がよろしいかと存じますが」

「……………」

 つまみ喰い被害を魔界に押し付けようとする神族、黎明。
しかし、ハジメからは反応がない。

「……ハジメ様~?」

 嫌な予感を覚えつつ、ハジメの様子を窺えば、ハジメの視線があるものに固定されていることに気付いた。

 ハジメの視線を辿り、ついた先は。

「……小竜姫。大変残念なお知らせがあります」

「え、はい?」

 真剣な表情で黎明は小竜姫に告げる。

「今現在、ハジメ様は空腹の我慢の限界。つまみ喰いでもしないと腹の虫が鳴き続ける状態です」

「はぁ……」

「今ここでつまみ喰いを成功させなければ、行き過ぎた空腹は、ハジメ様を苛立たせ、うっかり世界の消失を招くかもしれません」

「そ、そうですか……」

「故に、我等はハジメ様につまみ喰いの品を謙譲せねばなりません」

「………何だか、嫌な予感がするのですが」

「はっはっは。既に決定事項です」

「………」

「ハジメ様の今回のつまみ喰いは貴女の持つ神剣となりました。さあ、今のうちにお別れを済ましてください」

「い、嫌です!?」

 神剣を抱きしめて必死の形相で頭を振る小竜姫に、黎明は優しく告げる。

「決定事項です」

「それなら、黎明様の神器を差し上げれば良いじゃありませんか!?」

 小竜姫の言葉に、黎明は何処か遠くを見るような顔で言う。

「そんなもの、とっくの昔に食べられてしまいましたよ」

 いやぁ、もう、おかげ様で肉弾戦が得意になっちゃって。

 そう呟く黎明に、思わず同情の念を贈る。

「とりあえず、どうしようもない事なんで諦めてください」

 さらっと言い放つ黎明は、イイ笑顔で小竜姫に告げる。

「こればかりは、仕方があるまい。小竜姫、覚悟を決めよ」

「そんなぁ……」

 斉天大聖からの追い打ちに、小竜姫は情けない声を上げつつも、やはり、納得がいかなかった。

「やっぱり、無理です!納得いきません!」

 そうして再び小竜姫はハジメと対峙し、神剣を構えた。が。

「「「あ」」」



 がぶりんちょ。



 ハジメがすぐさま神剣に喰いついたのだ。


――バリン。ボリン。メキッ。バリバリバリ。


 情け容赦なくハジメは神剣を噛み砕き、咀嚼する。

 その間、僅か数秒。

 ついに柄だけになった神剣。
 呆然とする小竜姫の手から、ハジメはそれすらも取り上げ、噛み砕く。


――ボリボリボリ。ごっくん。


「神剣を食べたいんだから、構えれば喰われるに決まっているでしょうに……」

 溜息交じりの黎明の言葉に、小竜姫は何も言えず、涙を流しながら地に沈んだのだった。









 後日談。

「小竜姫」

「はい、何でしょうか?」

「ほれ、新しい神剣じゃ。大切にしなさい」

「え?!あ、ありがとうございますぅぅ!!」

 落ち込む小竜姫が可哀想になった斉天大聖に、新しい神剣を貰ったそうな。













[19251] 第五話 箱庭
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/04 16:49

   第五話 箱庭



 澄み渡った青い空。穏やかな風。
 小鳥が囀り、ひらりひらりと蝶が舞う。
 そんな、麗らかな午後の昼下がり。

 ず、ずず~。

 ハジメは『箱庭』にある自宅の縁側で茶を啜っていた

 ず、ずず~。

 ずずず~。
 ふー、ふー、ず、ふー。
 ちゅ~。

 ハジメが茶を啜る音に続くように、三つの茶を啜る音が縁側に響く。

 ハジメの隣には、三体の案山子が座っていた。

 この三体の案山子は、ただの案山子ではない。
 この案山子たちは、ハジメが『箱庭』でよりよい生活をするために作られた自動人形である。

 まず初めに、麦藁帽子がトレードマークの農業用自動人形、田吾作どん。熱いお茶が大好きだ。
 次に、カウボーイハットがトレードマークの酪農用自動人形、与平どん。猫舌なので、お茶はある程度冷まさないと飲めない。
 そして最後に、ガスマスクがトレードマークの食品加工用自動人形、権兵衛どん。ガスマスクの隙間から器用にストローでお茶を飲んでいる。

 誰もがハジメの生活に欠かせない大切な家族である。
 少なくとも、庭の隅で悔しそうにハンカチを噛み千切る食事係とは比べるまでもない。

 三枚目のハンカチを噛み千切ったあたりでいい加減鬱陶しくなったので、ハジメは声をかけた。

「…黎明。何のようだ」

 そうすると、黎明は輝かんばかりの笑顔を浮かべ、忠犬さながらの態度で駆け寄ってきた。

「今月分の『食糧』です」

 黎明が取り出したのは、色とりどりの飴玉のようなものが入った瓶だ。その大きさは大きなジャム瓶位だろうか。
 これは通称『輪廻丸』といい、死んだ生物達の魂に蓄積された経験を輪廻転生の際に取り出し、エネルギーに変えたハジメ専用の『食糧』である。

「ご苦労さん」

「いいえ、とんでも御座いません!私、こうしてハジメ様の食事係として生を受けたからには、ハジメ様の食事係としての責務を全うする事こそ我が幸せ!!嗚呼、ハジメ様!私は、わたくしわぁぁぁぁ!!!」

「やかましい」

 ハジメはエキサイトする黎明を放り投げ、それを田吾作どんがレシーブ、与平どんがトス、権兵衛どんがアタックをかました。素晴らしい連携プレーだ。
 そうして、黎明は恍惚とした表情で空の彼方へ消えていったのだった。

「相変わらず残念な奴だな」

 それに田吾作どん達は頷いて同意を示した。

 第二階級神 黎明。
 絶世の美貌を持ち、ハジメの食事係として生み出された、天界でも有数の力の持ち主である。しかし、その実態は、ハジメから自分に向けられる反応(それこそ善意から悪意あるものまで)を至上の喜びと感じている変態である。

 冷めてしまった茶を淹れ直し、茶菓子を齧りながら再び縁側で寛ぐ四人。

 今日も『箱庭』は平和である。



   *   *



 絵に描いたような平和な『箱庭』に、客人が訪れたのは夕暮れ時の事だった。

「御免下さい。どなたかいらっしゃいませんか?」

 訪ねてきたのは老齢の翁だった。

「おや、宝石の翁じゃないか。久しいな」

「ご無沙汰しております、ハジメ様。ご健勝そうで何よりですな」

「まあ、立ち話もなんだ。上がるといい」

「すみません、お邪魔致します」

 訪問客は宝石の翁、もとい、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。万華鏡の二つ名を持つ『魔法使い』と名高い魔導元帥だった。
 
「それで、わざわざこんな所まで来るなんて、何の用だ?」

 翁に茶を勧めつつ、ハジメは尋ねる。

「もしかして、アレか?ついに俺を平行世界へ連れて行く気になったのか?なら、すぐ行こう。今すぐ行こう。気が変わらないうちに、さっさと行こう。準備は万端だ」

 ハジメはノンブレスで捲くし立てると、どすん、と音を立てて、何処から取り出したのか巨大な風呂敷包みを卓袱台の上に置いた。風呂敷包みの中は、全て食料である。

 さあ、行こう。やれ、行こう。雄弁にそう語るハジメの目に苦笑しつつ、翁は否定した。

「違いますよ。ハジメ様を連れて行く気は無いと、何度も申し上げているではありませんか」

 口をへの字に歪めつつ、ハジメは物凄く残念そうに風呂敷包みをしまった。

「じゃあ、何の用なんだ?」

「実は、聖杯戦争が近々行われる事になりまして」

「ふむ。もうそんな時期か」

 正直、ハジメにとって聖杯戦争は物凄く迷惑なものだった。何故なら聖杯戦争は、いや、聖杯自体が、やたらとハジメを必要とし、その身を削る。つまり、物凄く腹が減るのだ。
 ちなみに、その空腹の原因を喰ってやろうと儀式に乗り込んだのが、この宝石の翁との出会いだった。

「つまり、あれか。平行世界に連れて行けないから、聖杯を喰って良いと――」

「違います」

 言い終わる前に即行で否定され、ハジメは残念そうに顔を歪めた。

「じゃあ、一体何の用だ」

「まあ、ハジメ様もお分かりかとは思いますが、聖杯戦争に介入しないで頂きたいのです」

 え~、と不満も顕わに声を上げれば、翁は苦笑しながら懐から包みを取り出した。

「ハジメ様が聖杯戦争で大いに消耗なさるのも存じております。ですから、今回はこちらで手を打っていただきたいのです」

 ハジメは翁から包みを受け取り、それを開く。

 包みの中に入っていたのは、子供の握り拳大の三つの水晶だった。ただし、それはただの水晶ではない。水晶の中には魔術的な大きな力が閉じ込められていた。

「ふむ。成程。これは平行世界のものか」

 その水晶の一番の特徴は、ハジメの気配がしない事だった。
 ハジメを根源としているこの世界では、土も、空気も、水も、人も、動物も、全てのあらゆる物にハジメの気配は存在する。どこかの錬金術漫画のように、正に『全は一、一は全』といった状態なのだ。

「まあ、これなら大丈夫だろう」

 ハジメは素直に水晶を受け取った。

「分かった。今回は大人しくしておこう」

「有難うございます」

 そうして、用事を済ませた翁はハジメ宅を辞そうとするも、玄関先で出会った案山子に引き止められた。

――なんだい、もう帰るのかい。今日はステーキなんだぜ。折角だから食っていきなよ。

 そう目で語るのは、クールな与平どんだ。肩に担ぐ棒の先には、何やら刺々しい牛らしき生き物が括りつけられている。何ともワイルドな光景だった。

「いえいえ、そんなご迷惑でしょう。どうぞ、私の事は気になさらないで下さい」

――なあに、一人増えたところで変わらないさ。

 刺々しい牛を担ぐ案山子と、老紳士。何というシュールな光景。

「何やってんだ、お前ら……」

 結局彼等の遣り取りは、翁に手土産を持たせようと和菓子の折り詰めを持ったハジメが現れるまで続いたのだった。



   *   *



 結局、翁は夕食を食っていき、晩餐を言う名の宴会を大いに楽しんだ。
 大分酒も飲んだはずなのだが、一切酔った様子を見せず、しっかりとした足取りで手土産片手に翁は帰っていった。

 ハジメは宴会後の惨状を見ないふりをし、いつの間にか宴会に混ざっていた酔い潰れた黎明を蹴飛ばす。
 なんだか、ぐふふ、と笑い出したキモイ黎明を放置し、ハジメは縁側に出る。

 月明かりが美しい夜、初めは翁から貰った水晶を取り出し、月にかざす。
 
 水晶の中では、オーロラがゆらゆらと輝いていた。

 ハジメはしばらくそうして水晶を見た後、それを口に含んで噛み砕いた。

「純粋な『食糧』は『輪廻丸』以外では久しぶりだな……」

 そうハジメは呟き、嗤う。

 ハジメにとって、普段のつまみ食いや、食事は『糧』にはならない。何故なら、切り離された自分の体を粘土細工のようにくっつけ直しているだけなのだ。ハジメにとって純粋に『糧』となるものは自分の『体外』にあるものだけだ。
 そう、今回翁が持ってきた平行世界の水晶のように。

「行きてえな……。平行世界」

 ハジメが平行世界にこだわるのはそこにあった。ハジメは『食事』がしたいのだ。『体外』から栄養補給をする『食事』を。
 ハジメは世界の根源ではあるが、消費しないわけではない。魔術の行使などの奇跡の力は、ハジメの身を削る。ハジメは無限とも思える強大さではあるが、それでも限りが有るのだ。
 だからこそ、ハジメは『体外』からの『食事』がしたい。

 しかし、翁はハジメを絶対に平行世界へは連れて行ってくれない。食欲魔神のハジメを平行世界へ連れて行ったら最後、世界を食い尽くされるとでも思っているのだろう。まあ、否定は出来ないのだが。
 ちなみに、紫も平行世界などに行けるが、こちらもハジメを絶対に連れて行かない。理由は翁と同じである。

「良いなあ、異世界。行きてえなあ、平行世界。……ハラヘッタナァ」

 ハジメは残りの水晶を食べたくなる衝動を堪え、水晶を戸棚へ仕舞う。そのかわり、『輪廻丸』を取り出し、一粒口に含んだ。
 最近、黎明は『輪廻丸』に味を付けることに嵌っているらしいが――。

「あれ程臓物味はやめろと言ったのに……」

 何処の魔法世界だ。
 ハジメは思い切り黎明を庭へ蹴り飛ばし、ピシャリと雨戸を閉め、障子を閉める。黎明なんぞ放置だ。田吾作どんの畑の肥やしにでもされてしまえ!

 宴会の片付けが面倒くさくなったハジメは、一度散らかった部屋の中のものを全部分解し、綺麗な状態で再構成する。そして食器などを食器棚の中へ片付け、風呂に入ってから床につく。ハジメには睡眠など必要ないが、気分の問題だ。
 
 こうして、ハジメの一日は幕を下ろした。








[19251] 第六話 異界からの贈り物
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/04 17:21
   第六話 異界からの贈り物



 その日、『箱庭』では盛大な炊き出しが行われていた。

 その原因は、もちろんこの男。

「ハラヘッタ……」

 世界の根源ハジメである。

 宝石翁との約束通りに聖杯戦争に介入せず、ハジメは箱庭で大人しくしていたのだが、如何せん水晶だけでは足りず、聖杯戦争が失敗に終わってからというもの僅か十年足らずで酷い空腹を覚えるようになったのだ。せめて聖杯戦争が成功していれば、ハジメにも力が還元されたのだが。

 そんな訳で空腹の絶頂を迎えたハジメは、だらしなく床にのびていた。
いつもなら既につまみ喰いに行っているのだが、今回は未だ自宅から出ていない。

 その理由は、天井に掲げられた横断幕に書かれていた。

『第三回、目指せ!つまみ喰い我慢記録更新!』

 何とも阿呆らしい内容だが、相手がハジメとなると話は別だ。つまみ喰い時期のハジメはとても危険な状態なのだが、それに輪をかけて危険な状態になろうとしているのだ。
 食事係の黎明はもちろん泣いて止めたのだが、ガスマスクの権兵衛どんにシュッと一吹き顔に何かをかけられて、現在青白い顔色で静かに寝ている。彼の枕元に飾られた花が菊だったのはきっと見間違いだろう。

――ガンバレ、ハジメ!あと十分で記録更新だよ!

――新しい料理、できた。(シュコー)

――ふ。これでも食べて、気を紛らわせな。

 目でそう語るのは、上から田吾作どん、権兵衛どん、与平どんだ。皆、記録更新を目指し、ハジメをかいがいしく世話している。
 
 負けるな、頑張れ、と応援され、漢ハジメ、意地を見せる。

「あと、三十分は余裕なんだゼ……」

 ハジメのその言葉を聞き、田吾作どん達は拍手し、大いに盛り上がる。

――流石、ハジメ!凄いや!

――ふ、もう一端の漢だな。

――ハジメ、凄い。これ、食べると良い。(シュコー)

 権兵衛どんが差し出した巨大なピザを齧りながら、サムズアップ。場は再び大きく沸いた。

 そして、迎えた5秒前。

 5

 4

 3

 2

 1

 パン!パパーン!!

 ゼロと同時にクラッカーの音が鳴り、紙ふぶきが舞う。

 記録更新を成したハジメは、未だ出掛けず、空腹に耐え、記録を塗り替えていく。

 ストップウォッチを握り締め、ハジメを見守る田吾作どん達の前からハジメが姿を消したのはそれから十分後のことだった。

 ハジメが姿を消してから、田吾作どん達は記録更新おめでとうパーティーを開き、大いに楽しんだらしい。



   *   *



 ハジメが向かったのは、とある神社だった。

 実は、つまみ喰いを耐える少し前に『体内』に幾つかの物体が落ちてきたのを感じたのだが、それは微弱な力だっため、放置していたのだ。
 それが先日、ハジメがつまみ喰いを我慢しだした頃、その飛来物が大きな力を発するのをハジメが感じた。そして今現在、幾つかの飛来物の一つが再び大きな力を発しているのを感じたのだ。
 ハジメはそれを目指して移動した。

 移動した先で目に付いたのは、犬らしき生物と白い服を着た少女だった。

 記録更新を成したハジメは既に我慢の限界を振り切っている。故に、委細構わず犬らしき生物に飛び掛り、その中から強い力を発していた塊を取り出す。

 ふむ、素晴らしい。

 輝く宝石の様な形をした力の塊を見てハジメは感嘆する。
 何やら外野がうるさいような気がするが、現在ハジメは取り込み中だ。
 そしてハジメは、力の塊をしばし眺めた後――

「いただきます」
――ガリン。ガリ、ガリガリガリ。ごっくん。

「ご馳走様でした」

 噛み砕いて、咀嚼した。
 流石、『体外』からの飛来物。結構、腹に溜まる。

 腹の虫が一先ず収まり、ハジメはようやく余裕を持って辺りを見回し、気付く。

 こちらを呆然とした表情で見つめるツインテールの少女と、フェレットもどきに。



 えまーじぇんしー。魔王少女を発見しました。



   *   *



 それは、ちょっと前のお話なの。

 なのはは不思議な夢を見たの。暗い森と、黒い影。それと戦う男の子。

 その夢が、きっと全ての始まりなの。



   *   *



 私立聖祥大附属小学校に通う三年生の高町なのはは、フェレットのユーノという小動物と出会い、ジュエルシード回収の手伝いをすることになった。

 そして今、神社でジュエルシードを取り込んだ犬を見つけて、頑張って戦っていかのだが、なかなか上手くいかず、なのはは焦っていた。

 どうしよう、このままじゃ女の人が怪我しちゃうかも…?!

 はやる心を持て余しながらも、懸命に戦っていたなのはの視界の端に、何かが映った。

「え?人?!」

「なんで?!あ、危ない!!」

 結界を張っていたはずなのに、いつの間にか現れたのは、紺色の甚平を着た高校生くらいの少年。その人が、暴走体に向かって歩き出したのだ。

 焦り、警告するなのは達の言葉を聞いているのか、いないのか。少年は歩みを緩めない。
 暴走体がその強靭な前足を振り下ろすものの、それをひらり、と軽くかわし、それを何度か繰り返して、ついに暴走体の目の前まで辿り着きいた。

 そして、次の瞬間。

 なのは達は目を見張る。

 少年は暴走体に腕を突き刺し、そのままジュエルシードを掴み出したのだ。
 そして、少年が次に取った行動を見て、なのは達は目が零れるんじゃないかという位、目を丸くする。
 
 少年は、少しジュエルシードを眺めた後、なんと、それを食べだしたのだ。

――ガリン。ガリ、ガリガリガリ。

 少年がジュエルシードを齧る音が辺りにむなしく響く。

――ごっくん。

 ついにジュエルシードを食べ終わった少年は、ようやくなのは達の存在に気付いたのか、こちらを見て目を丸くした。

 対するなのは達といえば、あまりの展開についていけず、ただ呆然と突っ立っていたのだった。



   *   *



 なのは達の心情など露知らず、ハジメはマイペースな態度を崩さず、なのは達を観察していた。

 あれって、魔王少女だよな。あのフェレットとツインテールの改造制服には見覚えがあるし。うーん。じゃあ、もしかして今喰った宝石モドキはジュエルシード?そういえば、シリアルナンバーが書いてあったな。

 ハジメは考え、検索する。

 うーん?やっぱり、ミッドチルダなんてもんは『体内』には無いな。どうにも確証が持てんな。

 故に、ハジメは聞いてみることにした。

「あー、そこのお嬢さん。もしかして、君は『翠屋』のお嬢さんの高町なのはちゃん?」

「ふぇっ?!そ、そうです、けど……」

「で、そっちはユーノ・スクライア?発掘を生業にしているスクライア一族の坊ちゃん?」

「え?!僕のことご存知なんですか?!」

 新たな混乱の火種を放り込んでおきながら、ハジメはユーノの質問を無視し、考え込む。

 やっぱ、どう考えても、この子達は魔王様御一行だよな。っつーことは、ミッドチルダは俺の『体外』に存在するわけで……。



 ニタァ……。



 思わず悪い笑顔を浮かべるハジメに、子供達は警戒する。

 そんな子供達の反応などこれっぽっちも気にせず、ハジメは頭の中の算盤を弾く。

 ミッドチルダが存在するなら、俺がやることは一つ。ジュエルシードを喰うのを我慢して、このまま成り行きを見守り、時が来るのを待つ事だ。

 今後の方針をたて、ハジメは嗤う。

嗚呼、実に楽しみじゃないか。

 そんなハジメに、なのは達が警戒も顕に話しかけてきた。

「お兄さん、誰なの?なんでなのは達の名前を知っているの?」

「あなたは、何者なんですか?」

 そんな子供達の質問に対して、ハジメはにっこりと笑顔を作り、答えた。

「あばよ、とっつぁ~ん」

「「ええ?!」」

 そう言うと共に、ハジメの姿は掻き消え、なのは達に大きな謎のみを残していったのであった。



 ちなみに、その数分後、紺色の甚平の少年が、翠屋のシュークリームを買い占めていった事をなのは達は知らない。








[19251] 第七話 苦行
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/04 17:26
   第七話 苦行



 四つ目のジュエルシードを無事に封印したその翌日。なのはは数日前に出会った少年の事を考えていた。

 あの人は一体何者なんだろう?

 突然現れて、ジュエルシードを簡単に回収し、それを食べてしまった。そして、瞬間移動みたいに、目の前から消えてしまった人。

 ユーノ君は魔方陣が出なかったから、魔法使いじゃないかもしれない、って言ってたけど……。

 魔法使いじゃなかったら、一体何だというのだろうか。魔法使い以外でそんな事が可能とは思えない。

 本当に、何者なんだろう。

 ぼんやりと、そんな事を考えていたなのはは、なのはの体調を心配したユーノに休暇をすすめられ、父がオーナー兼コーチを勤めるサッカーチーム『翠屋JFC』の応援に行くことになった。



   *   *



 さて。そんな、なのはのお探しの人物ハジメだが……。

――ガリガリガリ。

 眉間にしわを寄せながら、コップの中の氷を噛み砕いていた。

 嗚呼!まさか、ただ待つだけというのが、こんなにも苦しいだけだなんて!

 そうやって苛立つハジメが居るのは、なんと『翠屋』の店内であった。

 先日なのは達と会い、傍観を決めたハジメだったが、いざそれを始めると、それがとんでもない苦行となっていた。

 なのは達がジュエルシードを封印するたびに感知される強い力。それは、ハジメの空腹を実によく刺激してくれるのだ。

 くぅぅ。ご馳走が目の前にあるのに、喰えないこのもどかしさ!

 増す苛立ちと共にハジメが氷を噛み砕く速度が速くなる。

――ガリ、ガガガガガガ。

 もはや何処の工事現場だと言わんばかりの音だ。

 だが、そんなハジメを気にする様な人物は現在店内には居なかった。


――はふぅ。


 ハジメが入店して、何度目かの桃色な吐息が漏れた。

 現在『翠屋』店内は、女性達の熱い眼差しによる桃色空間となっている。

 原因はハジメの目の前に座る男、絶世の美貌を持つ神族、黎明である。

 今回、黎明は人間界用に、何処のモデルだとでも言いたくなるようなスタイリッシュな格好をしており、女性達の視線を集めている。

 そして、黎明に視線を向けているのは女性達だけではなかった。

 女性達の連れと思われる男性達からも、殺気の篭った視線を集めていたのである。まあ、黎明はちっとも気にしていないようだが。

「ハジメ様。そろそろお時間ではないでしょうか?」

「ああ……」

 そろそろ、なのはが帰ってくる時間だ。

 ハジメと黎明は会計を済まし、店を出て行く。

 さっさと店を出るハジメに対し、黎明は店内を振り返り、一つ微笑んでから店を出た。

 その後、黄色い悲鳴と殺気の篭ったどす黒いオーラが店内に溢れたという。



   *   *



 なのは達は『翠屋JFC』の勝利を祝い、『翠屋』で食事会を開いた。
 アリサ達にユーノが普通のフェレットとは違うと突っ込まれたが、それをどうにか誤魔化したなのは達は安堵の溜息をついた。

 その時だった。

(あれ?今の感じって……)

 なのはが視線を向けた先に居たのは、マネージャーの少女に駆け寄っていくキーパーの少年の姿。

「気のせい、だよね?」

 魔法の、ジュエルシードの気配らしきものを感じたのだが、なのはは二人をそのまま見送った。

 見送ってしまったのだった。



   *   *



さて、ハジメが『翠屋』を出て移動した先は、街中にある甘味屋である。

 つまり甘味屋のハシゴをしたわけであるが、この店でも黎明は視線を集めていた。

 女性達から桃色の熱視線を。
 男性達からどす黒い殺気の篭った視線を。
 そして、何故か一部の男性から桃色の灼熱の視線を。

 黎明は鳥肌を立てながら、そ知らぬふりで紅茶を飲んでいる。

 そんな黎明のことなど委細構わず、ハジメはその店のチャレンジメニュー『ビッグパフェ・FUJIYAMA』の攻略にかかっていた。

 ふ。この程度で俺を圧倒出来る筈がないだろう。

 意気込みも新たに、ハジメはスプーンを振りかざし、アイスの山につきたてた。

 そんな、物凄い勢いでパフェをかっ喰らうハジメと、鳥肌を立てる黎明を悲劇が襲うのは、その数分後のことである。



   *   *



 なのは達がジュエルシードの反応に気付き現場に向かったときには、すでに街は巨大樹木に侵食され、酷い状態になっていた。

 すぐにジュエルシードを回収しようとしたなのはだったが、次の瞬間、巨大樹木は消滅し、輝くジュエルシードと、核となった二人、マネージャーの少女とゴールキーパーの少年が姿を現した。

 巨大樹木が突然消えた事に驚くなのは達の目に、ジュエルシードに近付く一つの人影が映った。

「あ、あの人は…!」

 なのは達の前に現れたのは、神社で出会った少年だった。



   *   *



 それが起きたのは、ハジメがビッグパフェの最後の一口を食べようとした瞬間であった。

 壁を突き破り、植物の根が生えてきたのである。

 その根は勢いよく伸び、ハジメの持つスプーンを弾き飛ばした。



 宙を舞うスプーン。

 高く飛び上がったアイス。

 青ざめる黎明。



 ベチャリ。



 悲しい音を立てて、アイスは地面に着地した。



 恐怖のあまり小刻みに震えながらも、懸命に言葉を紡ごうとする黎明の前で、ハジメは痛ましい姿をした最後の一口をしばし見つめ、呟いた。

「マルカジリ」

 そう呟いた瞬間、巨大樹木は消滅し、核となった二人と、ジュエルシードが姿を現す。

 ハジメはゆっくりと歩き出した。

 ジュエルシードが、まるで怯えるように輝きを増すが、残念ながら軽々とハジメの手に収まってしまった。

 暗い目でハジメは手の中のジュエルシード見つめる。少々力を込めすぎて、ミシミシいっているが気にしない。ヒビが入ったとしても、どうせ今からする事には関係がないのだから。

「マルカジリ」

――ガリン。ガリガリガリ。ガガガガガ。ゾーリゾーリ。ごっくん。

 躊躇い無くハジメはジュエルシードを齧り、噛み砕き、すり潰し、咀嚼した。

 そして、晴れやかな顔をしたハジメは、青白い顔色で、両手に某有名な高いカップアイスを大量に抱えた黎明を回収し、現場を後にしたのであった。



   *   *



 事件の後、なのはは夕暮れの中、ひとり落ち込んでいた。


 割れた大地に、壊れかけた街。赤いサイレン。誰かの泣き声。


 それらは全て、なのはが阻止できたかもしれない事なのだ。

 なのはは決意する。

 「自分の精一杯」ではなく、本当の全力でジュエルシードを集めることを。二度と、こんな事を起こさない事を。

 決意を新たにしたなのはは、再び現れた少年のことを思い出す。

 ジュエルシードの暴走をいとも簡単に押さえ込み、食べてしまった少年。

 一体何者なのだろうか。


 次に会ったら、お話ししてみよう。


 なのははもう一つ決意を固め、オレンジ色の空を見上げたのだった。



   *   *



 その頃、『箱庭』では。

「黎明、まだかー?」

「もう少々お待ちください」

 まさか『OHANASHI』フラグが立っているなど露知らず、ハジメは某有名アイスを使った黎明作『ビックパフェ・リターン』を喰わんとスプーンを片手に卓袱台の前で行儀良く座っていたのだった。

「ハヤクシナイト オマエゴト マルカジリ」

「ひぃぃぃ?!」










[19251] 第八話 猪狩り
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/04 17:25
   第八話 猪狩り



 ある朝の事。

「牡丹鍋が食いたい……」

 急にそんな事を思ったハジメだったが、残念ながら『箱庭』には猪に似た生物は居ても、猪は生息していなかった。

 故に、ハジメは地球で猪狩りをすることにしたのだった――が。

 今、ハジメの手の中にあるのは猪ではなく。

「何で、ここにジュエルシードがあるんだ……」

 碧色の宝石、ジュエルシードだった。



   *   *



 フェイトは一人、森の中でジュエルシードを探していた。

「……見つけた」

 ジュエルシードのおおまかな位置を特定したフェイトは、アルフとの念話でその事を伝える。アルフからは、アルフが見たなのはの力量を聞き、通信を終了した。

 フェイトは先日出会った白い服の少女を思い浮かべるも、大した感慨も無くそれを打ち消した。

「たとえ誰であっても、母さんが望むのなら……」

 大好きな母のため、フェイトは森の中へ消えた。



   *   *



 ハジメがジュエルシードを見つけて、早数時間。

 ハジメは迷っていた。

 喰うべきか。喰わざるべきか。

 先日の樹木事件の時に、つい我慢できずにジュエルシードを喰ってしまったのだ。故に、今回は我慢すべきなのだが。

「俺の目の前に、探してもいないのに、偶然……」

 最早、運命?喰っていいと運命が俺に囁いている?

 口の中に溢れる唾を飲み込んで、ジュエルシードを喰う方向へ天秤が傾き始めたその瞬間。

「そのジュエル…いえ、石を渡して下さい」

 黒衣の魔法少女が現れた。



   *   *



 フェイト達が見つけたのは、ジュエルシードを持つ紺色の甚平を着た少年だった。

「そのジュエル…、いえ、石を渡して下さい」

 こちらを振り返った少年は、ジュエルシードを握り、無言でこちらを見つめてくる。

「それを渡して下さい」

 二度目の要求に、少年は口を開いた。

「……先に、俺が見つけた。タダでは渡せない」

 その台詞を聞き、フェイトは少年を警戒する。

 この少年、現地の人間かと思ったが、確実にジュエルシードの価値を知っている。只者ではないだろう。

「ジュエルシードを渡して!」

 フェイトは素早くバリアジャケットを展開し、バルディッシュで少年に斬りかかる、が――。

――ガ、リン。

「え…?」

 予想外の出来事に、フェイトは戦闘中にらしくない隙を作った。

 まあ、それも仕方の無いことなのかもしれない。少年はあろう事か口でバルディッシュの刃を受け止め、噛み砕いたのだから。

――ガリガリ、ごっくん。

 しかも、その少年。噛み砕いた刃をそのまま口に含み、咀嚼したのだ。

 あまりの出来事に、フェイトは呆然とするも、使い魔のアルフが少年に突っ込んでいった事で正気を取り戻す。

 少年は突っ込んできたアルフを簡単にいなし、その手を掴んで木に叩きつけた。

「ぐぅ…げほっ……」

 その衝撃でアルフは蹲り、フェイトはバルディッシュを構えなおす。

 レベルが違いすぎる。

 フェイトがそう冷や汗をかいていると、少年が口を開いた。

「交換条件だ」



   *   *



「交換条件だ」

 ハジメは襲いかかってきた黒衣の少女、フェイトと、使い魔のアルフにそう告げた。

「条件を満たせば、このジュエルシードを渡す」

 フェイト達はこちらを警戒しながら、尋ねる。

「交換条件って?」

「とても簡単な事だ。俺の獲物を変わりに獲ってきて欲しい」

「………」

「俺はこの山へはジュエルシードが欲しくて来たわけじゃないんだ。俺が欲しいものは別にある」

「………それは、何?」

「…げほっ、フェイト、やめ…な……ごほっ……」

 ハジメの交換条件に乗り気なフェイトをアルフが止める。こんな胡散臭い人間にフェイトを関わらせたくなかったのだ。

「でも、アルフ。どうしてもジュエルシードが必要なの。きっと私達じゃ、あの人に敵わない」

「でも……!」

 渋るアルフに、フェイトは強い眼差しを返した。

「あー。お嬢さん方。続きを言っても良い?」

 このままじゃ話が進まないと思ったハジメは、話に割り込んだ。
 ハジメとしては、決心が鈍る前にジュエルシードを手放したかったのだ。

「良いよ」

「フェイト!!」

「んじゃ、話すよ。俺の交換条件は俺の獲物、猪を獲ってくる事!」

 ハジメの出した条件に、フェイトとアルフは顔を見合わせる。

「「イノシシ?」」

「ん?知らないのか?」

 頭上に疑問符を飛ばす二人に、ハジメは懐から動物図鑑を取り出す。質量の法則を無視した光景だった。

 懐からにょきっと出てきた大きくて分厚い図鑑にフェイト達は目を丸くしながら、ハジメが指し示した動物の写真を見る。

「こいつを獲って来てくれ。ただし、親子連れだったりしたら見逃すこと。ちゃんと大人の猪を獲って来てくれよ」

「分かった」

「まあ、それ位なら大丈夫そうだね」

 頷くフェイト達に、ハジメは言葉を付け加える。

「ただし、一時間以内だ。それを超えたら……」

「「超えたら……?」」

 ハジメは徐にジュエルシードを口に持っていき……。

「コレ、クウ」


 がぶり。


「「?!」」

 フェイト達は確かに見た。ジュエルシードの端が欠けるのを。

 ジュエルシードが助けを求めるように点滅するのを見て、一刻の猶予も無い事を悟ったフェイト達は即座に森の中へ入って行った。



 そして一時間後。

 無事に猪をハジメに引渡し、フェイトは端の欠けたジュエルシードを封印した。

 封印し終わる頃にはすでにハジメの姿は無く、代わりに現れたのは、あの白い服の少女だった。

「あ、あなたは……」

「………」

 白と黒。

 二人の魔法少女の再会だった。



   *   *



 一方その頃。

 『箱庭』へ帰ったハジメを待ち受けていたのは――。


――ハジメ~。お腹すいたよ~。

――流石の俺も、限界だぜ……。

――………。(シュコー)


 鍋セットを用意し、お腹をすかせてハジメの帰宅を待っていた案山子トリオだった。

「ああ、ごめん、ごめん。すぐ用意するからな!」



 こうして、ようやくハジメと案山子トリオは牡丹鍋にありつけたのだった。














[19251] 第九話 時の庭園
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/04 16:52
   第九話 時の庭園



 フェイト達に遭遇してからというもの、ハジメは自分のジュエルシード遭遇率の高さから考慮し、時が来るまで『箱庭』で大人しく過ごすことにした。

 度々感じられるジュエルシードの気配にいらつきながら、ハジメはその日を待っていたが、ある日ついにその日がやってきた。

 『体内』に現れた大きな船。

 間違いなく、管理局艦船『アースラ』だろう。

 はやる心に背を押されるように、ハジメは田吾作どんにしばらく留守にすることを告げ。ハジメは『箱庭』から転移する。

 『アースラ』の真上に。



   *   *



 『アースラ』を真上から見下ろしながら、ハジメは思う。

 やっぱり、宇宙戦艦、って感じだな。

 宇宙空間を漂いながら、ハジメはゆっくりと『アースラ』の上へ降りる。

 艦内に侵入しても良いのだが、折角なので外から『アースラ』の外観を楽しむことにした。

 そうやってしばらくうろちょろしていると、『アースラ』がゆっくりと動き出した。

 ハジメは『アースラ』の上で胡坐をかきながら、事の流れに身を任せる。

 はてさて。何処へ行くのやら。



   *   *



 着いた先は『時の庭園』だった。

 そうだった。そんな所へも行くんだったなぁ。

 そんな事を思っていたハジメは、一つ思い出す。

 そういえば、とても面白いことが起きるんだった。

 ハジメは慌てて『アースラ』の上から飛び降り、『時の庭園』へ駆けて行った。



   *   *



 フェイト・テスタロッサは亡羊とした瞳で、考えていた。



 自分は母、プレシア・テスタロッサの実の娘ではなく、彼女の娘であるアリシアのクローンであること。

 自分は母にとって役立たずのお人形で、愛されてなどいなかったこと。

 そして、母に捨てられたこと。



 フェイトは思い出す。白い服の少女、なのはとの出会いと、戦いの日々を。



 なんで、こんな事をするのかって聞かれたな。

 ジュエルシードを巡って、戦ったな。

 危ないとき、手伝ってくれて、助けてくれたな。



 私は、ここで終わっちゃうの?



 「……ちがう」



 徐々に、フェイトの瞳に光が戻っていく。

「逃げれば良いってものじゃない」

 フェイトは思い出す。戦いの中、なのはが自分に伝えた言葉を。

「捨てれば良いってわけじゃ、もっとない」

 フェイトは立ち上がる。

「私達の全ては、まだ、始まってもいない」

 フェイトは自分の愛杖、バルディッシュを手に取った。

「バルディッシュ、いける?」

 一度は砕け、いまはかろうじて姿を保っているバルディッシュ。傷つき、辛いだろうに、バルディッシュは力強く輝き、フェイトの想いに応えた。



 瞳に光の戻ったフェイトは前をしっかりと見据え、宣言する。

「行こう、バルデッシュ。私は、今までの自分を終わらせる」

 これまでの事から逃げるのではなく、ましてや捨てるのでもなく、ただ、弱い自分との決着をつけよう。



   *   *



 管理局艦船『アースラ』の艦長、リンディ・ハオウランは真剣な表情でモニターを見つめていた。

 先程、フェイトが『時の庭園』へ向かい、なのは達と合流したようだ。

 こうして、ここに居る事しか出来ないなんて……。

 それが自分の責務とは分かってはいるが、子供を戦場に送り込むしか出来ない自分が情けなかった。

 そしてリンディは、多大な犠牲を払ってでも『アルハザード』へ旅立とうとするプレシアを次元震の進行を押さええる事で止めた。

 そんな時だった。

「艦長!『時の庭園』に誰か居ます!管理局の人間ではありません!」

 まさかの警告。

「なんですって?!モニターに映して!」

「はい!」

 そしてモニターに映し出されたのは、紺色の甚平を来た十代半ばと思われる少年だった。



   *   *



 『アースラ』から飛び降りたハジメだったが、飛び降りたはいいが、ハジメは迷子になっていた。

「ここは何処だ~」

 とりあえずジュエルシードの気配を追えばどうにかなるかと思っていたのだが、一向に目的地へ辿り着けない。しかも、この『時の庭園』はハジメの『体外』に在るのだ。ハジメは『体外』では転移が使えない。

「なんか、もう、面倒くさいな……」

 走り回っていたハジメだったが、意を決して目的地へ真っ直ぐ向かうことにした。

「よっと」

――ドゴォ!!

 まるでサッカーボールを蹴るかのような軽やかな動作で、ハジメは分厚い壁を蹴り破った。

「よいさぁ」

――ズゴォ!!

 ハジメは軽い掛け声と共に、次々に壁をぶち破っていき、ついに目的地へ辿り着いた。

 そしてハジメは目にした。


 ぽっかりと口を開いた虚数空間を。


 どうやら、すでにクライマックスを迎えていたらしい。

 そして、ハジメの目の前で、虚数空間へ落ちて行くプレシアとアリシア。


「ふむ。少々、邪魔だな」


 その呟きが聞こえたのか、アルフがこちらを振り返り「危険」だと、「逃げろ」と言っているが、ハジメは委細構わず、行動を開始する。


――ズルリ……。


 まるで分裂するかのように、ハジメから、もう一人のハジメが現れた。


 分裂したハジメは虚数空間へ飛び込み、プレシアとアリシアのポッドを掴み、そのまま外へ放り投げた。

 驚くフェイトを視界の端に捉えながら、分裂したハジメは至極楽しそうな顔をして虚数空間へ落ちていった。

 そして放り出されたプレシアは怒りも顕に魔術を放とうとしたが、背後に回ったオリジナルのハジメに意識を刈り取られ、倒れた。

「ふむ。まあ、世界に穴を開けてくれた事だし……」

 とりあえず、気絶させた責任くらいはとろうと、ハジメは、プレシアとアリシアのポッドを抱え、走り出した。



   *   *



 再びフェイトの前に現れた紺色の甚平の少年は、プレシア達を虚数空間から放り出し、連れ去ってしまった。

「母さん!アリシア!」

 フェイトはそれを追おうとするが、瓦礫の落下により床が崩れ、それは叶わなかった。

「フェイト!何処だい!?何処に居るんだよ!?返事をしておくれよ!!!」

 フェイトを見失い、アルフの必死な声が響く。
 
 かろうじてフェイトは落下をまぬがれたものの、未だ危険な状態であった。
 
 そんな時、天井をバスターで撃ち抜いたなのはが現れ、フェイトに手を差し出した。

「フェイトちゃん!」

 フェイトは飛翔し、迷わずなのはの手をとった。



 そして、彼女達は崩れる『時の庭園』を脱出したのであった。



   *   *



 ハジメは『アースラ』まで行くと、声を張り上げ、言う。

「おい!プレシア達を連れてきた。こいつ等だけでも、中へ入れろ!」

 数秒後、ハジメの真下に魔方陣が現れ、ハジメ達は『アースラ』の中へ転移した。

 そして――。


「……ずいぶん物騒な歓迎だな」


 転移した先に待っていたのは、武装した管理局の人間達だった。

『ごめんなさい。今の状況では、こうするしかないの』

 モニターにリンディが映し出され、ハジメに告げる。

『少しの間、拘束させていただきます』


――チェーンバインド!!


 ハジメに幾重にも鎖の様な形をした捕縛魔法が掛けれた、が。



「甘い、甘い」



――ぶちぃっ!!



 簡単に力技でチェーンバインドを弾き飛ばし、局員の間を縫うようにしてハジメは駆ける。

 扉は閉まっていたが、これもまた力技で吹き飛ばし、局員達が慌ててハジメを追うが、廊下は既に無人で、ハジメを見失ってしまった。

 それはブリッジでも同じで、ハジメを必死になって探すも、感知できず。

 『アースラ』の面々は、まんまとハジメの逃亡を許してしまったのだった。



   *   *



 とある『アースラ』の中の一室で、逃亡、潜伏に成功したハジメは、上機嫌で虚数空間へ飛び込んだ自身の意識を辿っていた。


 順調に落下中のようだ。


 ハジメは自分では世界の壁を超えられない。出来る事といえば、世界の壁を超える事の出来る存在に連れて行ってもらい、辿り着いた先の世界へ自由に行き来できる様に道を敷く位である。
 そして、今回。ハジメは運よく世界の壁に開いた穴から、虚数空間へ行くことが出来た。

 虚数空間の果て、辿り着く先にあるのは『アルハザード』か、それとも別世界か。



 何にせよ、とても楽しみだ。



 ハジメはうっそりと、嗤った。
















[19251] 第十話 アースラ七不思議
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/04 17:24
   第十話 アースラ七不思議



 ハジメは物凄く暇を持て余していた。

 フェイトとなのはの友情物語が繰り広げられ、プレシアが生き残ったことでアースラ内がごたごたしつつも、アースラはミッドチルダへ向けて発進した。

 それは別に良い。

 だが、すでに第97管理外世界、もとい地球を出発してから二週間は過ぎていた。

「まだ着かないのかよ……」

 ハジメはとある一室でだらしなく伸びていたが、しばらくして日課の散歩に行くことにした。

「今日は何処から行こうかねぇ」

 足音も無くハジメは歩き出した。



   *   *



「じゃあ、始めるよ」

 そう言ったのは時空管理局執務官補佐、エイミィ・リミエッタだ。

 現在、彼女を含め五人の人物がアースラ内の艦長室で額をつき合わせて話し込んでいた。

 5人の顔ぶれは、まず、艦長のリンディ、その息子のクロノ、そして執務官補佐のエイミィ、フェイト、フェイトの使い魔のアルフ、といった面々だった。

 何故この五人が顔を突き合わせているかというと、それはフェイトの為だった。

 あの事件、通称『PT事件』の後、フェイト達は拘束された。

 事件の首謀者はプレシア・テスタロッサであり、フェイトはプレシアに虐待されていたことも考慮され、監視下に置かれてはいるものの、その扱いは比較的自由だった。

 そんなフェイトが毎日していることといえば、プレシアの見舞いだった。

 本当なら看護をしたいところなのだが、プレシアは罪人であり、彼女には厳しい監視がついているため、フェイトに出来る事はあまりない。そして、医師からプレシアがフェイトを見たら興奮するかもしれない、それは避けるべきだ、との言葉を頂いてしまい、フェイトはプレシアの様子を見るのはモニター越しでしか許されなかった。
 そして今現在、ハジメによって気絶させられてから、プレシアは自らの病の所為で現在昏睡状態にあり、未だ目覚める様子を見せない。
 医師の言葉によれば、あと一ヶ月持つかどうか分からないとの事だった。

 そんな状況の中、フェイトは酷く落ち込み、食欲を失っていった。

 そんなフェイトを心配したのが彼女の使い魔のアルフと、艦長のリンディだった。

 どうにかフェイトを元気付けようと小さな食事会を開き、主催者のリンディの部屋に五人が集まったのである。

 和やかな、そして何処か緊張をはらんだ食事会は、何故か最近『アースラ』で起きている怪奇現象の話題になり、現在、七つの丸い魔力光を灯し、部屋を暗くした略式百物語スタイルへ移行していた。
 ちなみに、何故魔力光なのかというと、蝋燭に火を灯すのは危ない、ということらしい。

 そして、エイミィが厳かな口調で話し出した。

「これは、第97管理外世界を出発してから段々と見られるようになった現象なの……」



・七不思議・その1
 ロストロギア保管庫の亡霊

~ある保管庫警備の人間の証言~
 
 あれは、少し前の事です。
 俺は、いつもの様に保管庫の警備にあたっていました。
 警備の任に就いて数時間。そろそろ交代の時間だと思い、俺は最後の見回りをすることにしました。

「ん?何だ、あれは……」

 保管庫内の様子を見ようとモニターを覗いてみれば、モニターの端に薄っすらと、人影が映っているではありませんか。
 俺は驚き、モニターを監視している局員に言ってみれば、彼もまた驚いた表情で言いました。

「まさか!先程まで、誰も居なかったぞ?!」

 とにかく、俺は慌てて保管庫へ向かいましたが、保管庫の中には誰も居らず、また、ジュエルシードも無事でした。

 もう一度録画されたモニターを見てみれば、モニターには確かに人影が映っています。俺達は保管庫の出入り口の様子を見てみることにしました。

 すると、どうでしょう。
 出入り口が誰も居ないのに勝手に開閉したではありませんか。

 ですが、出入り口を誰かが通ったような痕跡はありません。
 ただ、ふっとジュエルシードの側に人影が現れただけなのです。

 俺達はもちろんこの映像を解析に回しましたが、未だ謎は解けてはいません。



「そして、誰が言い出したのか。その人影は、ジュエルシードが原因で亡くなった古代人の亡霊ではないか、という噂です」



 ふっ。

 一つ、魔力光が消えた。



   *   *



 その日、ハジメはジュエルシードの様子を見に行くことにした。

 ジュエルシードが保管してある場所には厳重なロックがかかっており、流石に壊して入ると面倒な事になりそうだった為、ハジメはシステムに侵入する事にした。
 廊下に設置してあった照明用のパネルに触れ、そこからシステムに侵入する。

「ほう…。これが異世界の科学か」

 ハジメはシステムに侵入すると同時に、とんでもないスピードで学習し、ミッドチルダの技術を習得する。

「ふむ。ここはこうして、あれはこっちに……」

 ハジメはシステムを理解するや否や、好き勝手いじくりだした。もちろんヘマなどしない。
 そして、ハジメは保管庫の扉を開け、数分後には閉まるようにセットした。

 ハジメは急いで保管庫に侵入し、丁度影が濃くなっている所に陣取って、ジュエルシードの様子を見る。

 相変わらず、空腹を刺激してくれる存在だ。

 とりあえず密航中であるため、喰いたいのを我慢してハジメは保管庫を抜け出した。



   *   *



・七不思議・その2
 消える料理

~ある見習いコックの証言~

 僕は管理局で見習いコックをさせて頂いています。
 そんな僕の練習時間は真夜中。
 時々、お腹を空かせた局員の方に簡単なものをお出ししたりしていますが、それも、ごく稀なことでした。
 これは、数日前からの事です。
 僕はいつも通り料理の練習をしていたんですが……。

「う~ん?何かが足りない……」

 練習で作った料理を一口。
 やはり、見習いの僕ではいま一つ何かが足りないようで、僕は悩んでいました。
 そんな時、遅番でお腹を空かせた局員の方が食堂にやってきて、何か軽いものを、と頼まれました。
 僕は作った料理をそのままテーブルに残し、キッチンでサンドイッチを作り、局員の方に渡しました。そして、残った料理を食べようとテーブルに戻ると……。

「あれ?無い……」

 僕が作った料理は既に無く、変わりにメモが一枚のこしてありました。


『塩が足りない。火力が足りない』


 確実に、僕の料理に対するコメントでした。

 僕は試しに、そのメモ書きに従い、料理を作ってみることにしました。

「美味しい……」

 食堂でお出しする料理と遜色ない味でした。

 僕は翌日料理長に試しにそれを食べてもらうと、料理長に合格点を貰い、その料理を任せてもらえるようになりました。

 その後、同じようなことが度々起こるようになりました。

 それが何度も起こるにもかかわらず、僕は未だにメモを残してくれた人を見たことがありません。もちろん人に聞いても誰もが知らないと答えます。一体、誰が僕にアドバイスをくれるのでしょうか?



「その後、彼はいろんな人にその話しをし、ついにはモニターで監視まですることになりました。ですが、結局それは誰なのかは分かりませんでした。何故なら、急にモニターにノイズが走り、そのノイズが消えた後、その料理は消えていたのです。それは、何度挑戦しても変わりませんでした。姿の見えないアドバイザー。一体、誰――いえ、それは人間なのでしょうか?」



 ふっ。

 一つ、魔力光が消えた。



   *   *



「お、またあった」

 ハジメはジュエルシードの様子を見た後、食堂へやってきた。
 食堂には無人の席に、湯気を立てた料理が置かれている。

「冷めたら美味しくなくなるから、俺が食べてあげよう」

 自分勝手な理屈を言い、ハジメは手を合わせ、食べ始める。
 密航者の癖に堂々とした食いっぷりだ。
 それもその筈。ハジメはすでに『アースラ』のシステムを掌握し、保険をかけていた。食堂に自分が来たら、食堂の監視カメラの映像にノイズが走るように細工したのだ。

「……ふむ。もう少し、辛味が欲しい」

 ハジメはメモを取り出し、空になった皿の上にコメントを書いたメモを置き、去っていった。



   *   *



・七不思議・その3
 モニターに映る人影

~とある夜勤の局員の証言~

 あれは夜勤の当番の日のことです。俺はいつものシフト通り業務に就きました。これといって特に変わったことも無く、業務を終える筈だったのですが……。

「あれ……、何だ?」

 同じ夜勤当番の同僚の声で、それは終わりを告げました。

 同僚が見つめるモニターに人が集まり、皆一様にして妙な表情になりました。

「船首に、何か居るな……」

「人影に見えるんだが……」

 皆で首を傾げました。

 だって、船首の上に立つ人物が居るのは次元空間です。人間が生身で活動出来る筈がありません。

 とにかくモニターの人影をアップで見てみようとしたのですが、途中でノイズが走り、上手くいきません。
 そして、しばらくしたら、その人影は消えてしまいました。

 一体、何なんでしょうか?



「時々、夜勤の連中によって目撃されているようなのですが、未だにその正体は分かっていません」



 ふっ。
 一つ、魔力光が消えた。



   *   *



 ハジメは船首にやってきていた。

 次元空間の力の奔流が気持ちいい。

 ハジメは大きな船に乗ったら、一度はやるべきだ、と思っていたことがある。それは……。

「次元空間に氷山ってあるんだろうか……」

 タイタニックごっこである。

 なんとも不吉な遊びではあるが、あの映画のワンシーンは忘れられない。

 両手を広げ、船首に立ち、一人タイタニック……。

「誰か連れてくればよかったかな……」

 宇宙だろうが、次元空間だろうがへっちゃらな案山子トリオを思い浮かべながら、ちょっと空しくなってきたハジメだった。



   *   *



・七不思議・その4
 幽霊からのメール

~某執務官の証言~

 あれは、数日前のこ――

「ちょっと待て、エイミィ。それは言わな――」

 ちょっと、クロノ君。遮らないでよ。

「いや、しかしだな」

 残念だけどクロノ君。これ、結構噂になってるから、本人の耳に届くのも時間の問題だよ。

「なら、別に今でなくとも……」

 だって、七不思議の一つになっちゃってるんだもん。これ言わないと、七不思議が完成しないじゃない。

「な、七不思議……」

 さっきから、七不思議、って言って紹介してるじゃないの。気付かなかったの?

「いや、その……」

 もー。クロノ君が邪魔するから、すっぱり簡単に言っちゃう。

「待て、エイミィ!」

 クロノ君に『リンディ茶は食への冒涜。即刻止めさせろ』ってメールが入ったんですって。

「………」

 ………。



「そのメールを送った人は未だに誰かは分かっていません。ですから、艦長。その、笑顔、ええと………」

――助けて、クロノ君!艦長の笑顔が恐いよ~!

――だから、止めたのに!!



 ふっ。

 一つ、魔力光が消された。



   *   *



「む。アンケートの結果が出たな」

 ハジメはシステムを掌握した後、調子に乗って極秘アンケートなる遊びを考え付いた。

 アンケートの内容は……。



『リンディ茶は人の飲み物ではない』

 YES 92%
 NO  0%

無回答 8%



「ふむ。やっぱり、皆そう思ってるんだな」

 この結果をクロノに送ってやろう。

 そう決めると、ハジメは行動を開始する。

 クロノが匿名のメールを受け取り、胃を痛めるのは、二時間後の事である。



   *   *



・七不思議・その5
 午前零時の歌声

~ある見回り局員の証言~

 あれは、第97管理外世界を出発してすぐの頃でした。

 オレが同僚と一緒に夜の見回をしていた時の事です。

「なぁ、何か聞こえないか?」

「え?」

 同僚がそう言い出し、オレは耳をすませました。

 そうすると、聞こえてくるではありませんか。

 聞こえてきた歌の歌詞を聴き、思わず身を震わせました。

 なんて恐ろしく、不気味な歌でしょう。

 その歌声は遠くから聞こえ、徐々に近付いてくるではありませんか。

 思わず、近付くでもなく、ただその場で歌声の主を待ってしまいました。

 そしてしばらくの後、その歌声の主は何処かの角で曲がったのか、徐々に遠ざかっていきました。

 思わずほっとしたのも束の間。



「あはははははははははははははは!!」



 背後から大きな笑い声が聞こえたのです。

 驚いて後ろを振り向くも誰も居らず、周囲を調べても、やはり誰も居ませんでした。



「その後、彼等がその歌声を聞いた廊下では、午前零時にその歌声が聞こえてくるそうです」



 ふっ。

 一つ、魔力光が消えた。



   *   *



 ハジメは暇だった。とにかく暇だった。夜中の零時に歌を歌ってしまう位暇だった。

 そうやって暇を持て余していると、向こうからカモ――じゃなく、人間の気配出した。

 丁度ハジメが歌っているのは怖い歌、『結んで開いて羅刹と骸』だ。


――ニヤリ。


 ハジメは不敵な笑顔を浮かべつつ、歌いながら彼らに近付く。

 そして、彼等と会う一つ前のブロックで曲がり、ブロック越しにすれ違った。

 そして、急いで彼等の後ろに回りこむ。

 そこでハジメが見たものは、ガタイのいい男があからさまに安堵していた様子だった。

「あはははははははははははははは!!」

 思わずハジメは爆笑してしまい、二人に見つかる前に慌てて逃げたのであった。



 その後、その悪戯に味をしめたハジメは、度々その廊下で人を待ち伏せ、驚かしている。



   *   *



・七不思議・その6
 デバイスについた歯形

~あるデバイスマイスターの証言~

 あれは一週間前のことです。私はいつものようにデバイスの調整を行っていました。

 その時、私は一つのストレージデバイスに妙な痕跡を見つけたのです。

「……歯形?」

 頑丈なデバイスに歯で噛んだような跡があるのです。

 私が前に見たときは、確かにこんな跡はありませんでした。

 そこで、私は調整中のインテリジェントデバイスに聞いてみることにしました。

「ねえ。この子、歯形がついてるんだけど。何か知らない?」

『I don’t know』

 知らない、と返答を貰い、私は首を傾げます。

 一体、いつこんな跡がついたのでしょうか?



「未だに、歯形の跡の謎は分かっていません。あ、あとその歯形のついてたデバイスってクロノ君のS2Uだから」

「なっ?!」



 ふっ。

 一つ、魔力光が消えた。



   *   *



 ハジメはつねづね疑問に思っていたことがある。

 それは――。

「デバイスって、喰うと腹が膨れるのかな?」

 ハジメは疑問を解消すべく、早速行動に移した。

 ハジメが潜り込んだのはデバイスの調整が行われている一室だった。

「おお。より取り見取り」

 ずらり、と並べられたデバイスの数々。

 ハジメは『廃棄』と書かれたダンボール箱に積まれたデバイスを手に取り、口に含んで噛み砕くが、ちっとも腹の足しにならなかった。

「やっぱ、壊れてるとダメなのか?」

 机の上に置いてあったストレージデバイスを口に含んでみたものの、やはり腹の足しにはなりそうに無いと思い、吐き出した。少し歯形がついてしまったようだが、まあ、気にしない。俺のじゃないし。

 ハジメは改めて部屋を見回し、インテリジェントデバイスを発見した。

「インテリジェントデバイスか……。これなら――」

『Noooooooooooooooo?!』

「………」

 ハジメの呟きはデバイスの悲鳴に掻き消された。

 声と一緒に喰う気まで一緒に消されたようで、ハジメはやかましいインテリジャントデバイスに話しかける。

「五月蝿い。黙れ。喰うぞ」

『OK!Boss!』

「よし。いいか、俺がここに来たことは誰にも言うなよ。言ったら喰うからな」

『All right! Boss!』

 その言葉を聞いて満足したハジメは、そのまま調整室を後にしたのだった。



   *   *



・七不思議・その7
 E-3ブロック廊下の巨大…

~とある女性局員の証言~

 あれは、あたしが交代に向かうため、E-3ブロックの廊下を歩いていた時の事です。

 あたしはいつも通りに廊下を歩いていたのですが、何処からか視線を感じていました。

 ですが、視線を感じるといっても、E-3ブロックの廊下は長い一本道で、人が隠れるような場所はありません。

 不気味に思ったあたしは急ぎ足で廊下を歩きますが、視線は未だにあたしを追いかけてきます。

 そんな時、ふと、天井を見上げました。


 あたしは、あれ程、恐ろしい思いをしたことがありません。


 そう。そこには、天井にいたのは、巨大なゴ――



「「「きゃぁぁぁぁぁぁっ?!!」」」

「エイミィ……。自分で話しておきながら悲鳴を上げるのか……」

「なんだい、あんなのが怖いのかい?ただの虫だろ?ゴキ――」

「「「その名前を言わないで!!」」」



 魔力光はいつの間にか消えていた。



   *   *



 ハジメはE-3ブロックの廊下に来ていた。

「ここは隠れる場所が無いんだよなぁ……」

 そう呟くと、ハジメは他の道を通るため、踵を返した。



 カサ……。



 廊下に居た、ミッドチルダから長い航海をしてきた小さな生物の存在には気付かずに……。









[19251] 第十一話 上陸
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/05 00:32
   第十一話 上陸



 よく晴れた日の午後、ミッドチルダに長い航海を終えた管理局艦船アースラが帰艦した。

 報告されていたロストロギア、ジュエルシードが慎重にアースラから下ろされ、慌しく人々が行きかう。

 そんな中。

 誰も知らない、危険人物が一人。

 ミッドチルダの大地を踏みしめた。



「ここが異世界……素晴らしい………」



 恍惚とした表情で、呟くのは紺色の甚平を着た食欲魔神ハジメだ。

 慌しく行きかう人々は、ハジメがあまりにも堂々とした態度で居るため、彼が密航者であることには気付かない。
 しかも、遠くから「きゃぁぁぁ?!Gぃぃぃぃ?!!」という悲鳴が聞こえ、それと共にうっかり魔法が放たれた。それをテロかと誤認した警備隊が出動し、混乱が生まれたため、余計に絵に描いたような凡庸な少年、ハジメを見咎めるような人間は居なかったのだ。

 混乱の御陰で、ハジメは特に問題を起こすことなく、楽に空港から出ることが出来た。

 こうして、アースラは数ある積荷の中で、最も危険な積荷を下ろしてしまったのだった。



   *   *



 ミッドチルダにある管理局の一室で、ユーノ・スクライアはちょっと拗ねていた。
 先日あったフェイトを元気付ける食事会に招かれなかったのだ。

「どうせ、僕なんて……。影薄いし、使い魔扱いだったし……」

 膝を抱えて、どんよりとした空気を纏うユーノに、エイミィが慌てる。

「ごめんね、ユーノ君。あの日、ユーノ君は一族の人と会う予定だったでしょ?あの日しか艦長の予定が空かなくって……」

 食事会のあった日、ユーノはスクライアの人間と会う予定だったのだ。スクライアの方ではあの事故の後、行方知れずになったユーノの生存を絶望視していた。そんな悲しみにくれる一族にユーノの生存を知らせる一報が入った。いてもたってもいられなくなった一族は、代表を選んでユーノの様子を見に来たのだ。
 そんな一族の、家族の再会を邪魔するなど、スクライア一族の必死ぶりを見ていたアースラの面々は出来なかった。
 故に、食事会はユーノを除いて開かれたのだ。
 別に日をずらせば良かったのでは、と思うだろうが、多忙な艦長職にあるリンディの予定があの日にしか合わなかったのだ。
 あの食事会の目的は、フェイトを元気付けることはもちろんそうだが、リンディとフェイトの交流を深める為のものでもあったのだ。
 
 リンディは、フェイトを養子にすることを考えていた。

 プレシアがまだ生きているうちにこんな事を考えるのは不謹慎かもしれないが、既にプレシアの死は避けられない現実だ。
 それに、フェイトは優秀な魔導師かもしれないが、まだまだ子供なのだ。いずれは保護者が必要になるだろう。

 そんな思惑もあって、ユーノには申し訳なくも、多忙な艦長の予定を優先したのだ。

「まあ、仕方ないって分かってはいますけど……」

 膝を抱えるのを止めたユーノは顔を上げ、溜息を吐く。

 あの食事会の日。スクライア一族との、家族との再会の日。
 再会した家族はユーノを見た瞬間号泣し、生きてて良かった、と繰り返しながらユーノを抱きしめた。
 それにはユーノも思わず涙ぐみ、涙の再会となった。たとえフェイトの食事会を事前に知っていたとしても、これでは食事会を優先する事は出来なかっただろう。
 ユーノだって、まだ九歳の子供なのだ。家族が恋しくなって当たり前だった。

 そんなユーノの子供らしい姿を見て、十四歳のクロノがちょっとバツの悪そうな顔をしたのは余談である。

 さて、エイミィとユーノがそんな遣り取りをしていたその頃。
 部屋の外では局員が慌しく動き回り、武装局員が管理局から出て行った。



 違法魔導師による事件発生。
 犯人はロストロギアを所持。
 人質をとって、逃走を図ろうとしている模様。

 人質は、紺色の甚平を着た、十台半ばの少年……。



   *   *



 とある壮年の武装局員の一人は、内心舌打ちしていた。

 まだまだ働き盛りではあるが、前線に立つのが厳しくなったと感じはじめたのは最近の事である。そんな時、今までの経験を生かし、局員を育てる教官にならないかと声がかかり、それを了承したのは昨日のことだ。

 まさか、最後の最後でこんな事件に行きあうとはな……。

 人生、思うようにはいかないものだ、と内心で苦笑しつつも、男は犯人の行動に細心の注意を払い、考える。

 人質にとられたのは紺色の甚平を着た十台半ばの少年だった。

 局員達が犯人を追い、ついに犯人を袋小路に追い詰めたと思った瞬間。
 犯人が背にしていた建物の窓が開き、少年が顔を出したのだ。

 犯人がそれを見逃すはずも無く、少年を窓から引きずり出して人質に取り、形勢逆転されてしまった。

 犯人がロストロギアを掲げて声高に叫ぶ。

「いいか!よく聞け!このロストロギアは俺が触れてる人間を一瞬で蒸発させることが出来る凶悪なものだ!こいつの命が惜しけりゃ、道を開けろぉ!!」

 犯人が手に持っているロストロギアは、使用者の任意で触れている人間を蒸発させられる危険なものだった。だが、このロストロギアは使用者が人間に触れなければ発動されない。その為、犯人をチェーンバインドなどで取り押さえ、犯人には触れずにロストロギアを奪えば言いだけの話だったのだが、人質をとられてしまった今、局員達は身動きをとれずにいた。

 人質になった少年は犯人が持つロストロギアを見つめて、恐怖のあまり固まってしまったようだ。

 まさか、ロストロギアを持つ凶悪な犯罪者が窓の外に居るなど思いもしなかっただろう。

 人質の少年の存在を思わず苦々しく感じながらも、同情する。

 局から応援が来るらしいが、はたしてこの状況が打破出来るかどうか……。

 緊迫した雰囲気の中、犯人が掲げていたロストロギアを胸元、少年の目の前に持ってきた。

 その、瞬間。



 がぶり。



 少年がロストロギアごと犯人の手に噛み付いたのだ。

「いってぇぇぇ?!」

 悲鳴と共に犯人は少年を振りほどき、同時にロストロギアからも手を離した。

 犯人は少年に手を上げようとしたが、局員がそれを許すはずも無く。


――チェーンバインド!


 局員数人の手により、バインドをかけられ、犯人は地面に転がった。

 これで一安心、と思いきや、局員達の耳に、妙な音が聞こえてきた。



 ゴリン。バキ。ゴリゴリゴリ。



 音の発生源。人質の少年の方を見やれば、少年は口をもごもごと動かし、何かを咀嚼したようだった。

 少年は何かを食べていたようだった。

 何を、食べていたのだろうか。

 局員達、ついでに犯人も少年に注目し、考える。その事実を否定したくて、考える。
 だが、残念ながら、常に真実は一つなのだ。

 少年の口に入ってものは何だったか。



 コイツ、ロストロギアを喰いやがった。



 唖然とする局員達や犯人の注目を浴びながら、少年はそれを気にするそぶりも見せず、出てきた窓から退出しようと窓に足をかけたのであった。



   *   *



 ハジメがそれを感じ取ったのはミッドチルダの都市をうろついていたときのことだった。

 なにやら、犯罪者が逃走中との事で、武装局員が街をうろついており、街は騒然としていた。

 そんな時、ハジメは微弱な力の流れを感じ取った。

 ミッドチルダはハジメの『体内』ではないので確信は持てないが、きっとロストロギアだろう。
 所有する魔導師がロストロギアに触れ、その力が微弱ながら解放されたように思えた。

 ハジメはその力の流れを頼りに建物に入り、それを見つけた。

 窓から引きずり出され、男が声高に何かを喚いているが、ハジメの目は男が持つロストロギアに釘付けだ。

 そんなハジメが、男が目の前にロストロギアを持ってきたとき躊躇するはずも無く……。



 がぶり。



 ロストロギアに、男の手に噛み付いた。

 正直、男の手が邪魔だったが、男はすぐにロストロギアから手を離したため、問題なくハジメはロストロギアを噛み砕いた。

 ハジメはロストロギアを咀嚼すると、もと来た道を戻ろうと窓に足をかけ、建物内に入った。

 ハジメは歩きながら呟く。

「まさか、着いて早々にロストロギアにお目にかかれるなんて……」

 何て素晴らしい世界なんだろうか。

 ハジメは食糧の宝庫たるミッドチルダをいたく気に入った。

 そうとなれば、ミッドチルダにいつでも来れるように道を敷く気が俄然湧いてくる。

 道を敷くのは簡単だ。

 ただ数日間ハジメがミッドチルダに滞在すれば、植物が根を張るように、自然と『ハジメ』と『ミッドチルダ』は繋がる。

 ハジメは後ろから何かが追ってくる気配を感じながらも、大して気にした様子も無く歩き続ける。

 次は、何処へ行こうか。



 とりあえず、『無限書庫』って、腹が膨れそうだよなぁ……。



 そんな事を考えながら、ハジメは建物を出て、街へ繰り出したのであった。












[19251] 第十二話 第一次無限書庫戦争
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/08 20:25
   第十二話 第一次無限書庫戦争



 無限書庫の司書は証言する。

 あの忌々しい紙魚が一体何処から入ったのかは分からないが、あの日から確かに無限書庫の司書達の戦いが始まったのだ、と。



   *   *



 昨年から無限書庫の司書を勤める男は、書庫の使いにくさに辟易していた。

「なんで、無限書庫に資料を請求するんだよ……。資料室から探せばいいじゃねえか……」

 司書の男、マイク・ローレンスがそうぼやいても仕方がない。
 請求された資料を探すのは、砂漠とまではいかずとも、砂浜の中から宝石を一粒探し出すのと同等な程困難なのだ。

 無限書庫に収められている膨大な量の書物は、どういう仕掛けかは分からないが、日々その量を増やしていっている。しかも、それが自動なものだから、どの本棚にどの本が新しく加えられたのかなんて分からない。司書が必死になって資料を探し、さあ、次の本棚だ、と思いきや、済んだはずの本棚の内容が変わっていました、なんてザラだ。
 時にそんな司書達の悲鳴が響く無限書庫なのだが、資料の請求が後を絶たない。
 何故なら、無限書庫内の書物には明確な記述が成されているわけでもないが、嘘が書かれていたことはない。時間がかかってでも正確な資料が欲しいといって、無限書庫に資料の請求がくるのだ。
 後を絶たない資料請求に、司書達はいっそ自分の足で調べに行け、と思ってしまう。
 一つの資料を見つけるためには、恐ろしく時間がかかる。それこそ、半年、一年はザラだ。
 そんなに待てるのなら、その間に自分の足で調べてきたほうが時間を有効活用できそうなものだが。

 今日この時、マイクもまた、終わりの見えない作業を悪態をつきながらこなしていた。

 そんな、いつもと特に代わり映えのしない日。

 彼は出会った。



 バリッ。むしゃむしゃ……。



「ん?何だ、この音は……?」

 まるで何かを、本をちぎるような、それでいて何かを食べているような音が聞こえた。

 よくよく辺りを見回せば、自分が居る所より下、書庫の深部に、人影が見えた。

 目を凝らしてみれば、それは十台半ばの紺色の甚平を着た少年だと分かった。

「…誰だ、アレは。見たことの無い顔だな……」

 そう呟きながら、少年を観察する。

 少年は、無造作に本棚から本を取り出し、腕に抱えていく。

 抱える本が十冊位になったとき、それは起こった。

「は?」

 思わずマイクの口から間抜けな声がこぼれた。



 少年は、腕に抱えていた本を、もりもり喰いだしたのだ。



 これが後に、無限書庫の司書達の天敵となる人物とのファーストコンタクトであった。



   *   *



 無限書庫の司書の一人、アニタ・ルーマスは仕事の合間の一服を楽しんでいた。

 今日の紅茶はアップルティ。彼女のお気に入りだった。

「ああ、ホント、忙しくて嫌になっちゃう」

 溜息と共に呟くも、今こうしている間にも仕事は増えていっているのだ。

「誰か、こういう作業が上手な人が入ってくれないかしら……」

 無限書庫はロストロギアで、その解析が為されていれば検索ツールなどを組み込めるのだろうが、残念ながらその仕組みは未だに分かってはいない。その為、司書達は長年の経験と勘で資料を探すしかなかった。
 司書達は日々資料請求に追われ、半泣きの状態だ。
 けれども、今の状態は昔よりマシな方だと古参の司書は語る。
 昔は現在使われている、資料の現在位置をやたらと範囲が広く大雑把ではあるが、それでも絞れる検索ツールが無かったのだ。
 その昔、現状に耐え切れず、知恵を引き千切る勢いで振り絞り、現在使われている検索ツール開発した英雄が出るまでは、無限書庫は司書の墓場と呼ばれていたらしい。

 それを聞いて以来、司書達の合言葉は、昔よりマシ、になった。

 アニタもまた、その言葉を胸に、再び仕事に戻ることにした。

 そんな時だった。


――ピー、ガガ……ちょ、やべぇ!まてこら!…あ、放送入ってる。あー、ごほん!



 無限書庫では滅多に使われることの無い、館内放送だった。



――緊急事態発生!職員は直ちに管理局に連絡、第六十八層に集合!紙魚が出やがったぁぁぁ!!!



「……ええ?!」



 司書達の、長きに渡る戦いの幕開けだった。



   *   *



 ハジメはお腹を空かせていた。

 異世界とハジメを繋げるのは少し力が要る作業だった。
 道中ロストロギアを喰ったとはいえ、少々足りなかったようだ。

 つまみ喰いをする時ほど危機的状態ではないものの、ハラヘリハラヘリと呪文のように繰り返し呟くほどには腹を空かせていた。

 そして、やってきた無限書庫。

 なんとこの無限書庫。書物の一つ一つが微弱ながらも魔力を帯びていた。

 ハジメにとって、ここは『体外』だ。その為、『体内』に居るときのように、一瞬で派手に喰い散らかすことは出来ない。『体外』での食事の仕方は、ハジメの口から摂取することに限られた。
 故に、ハジメは無限書庫を一瞬でパクリと食べられない。
 ハジメに出来ることといえば、食べやすいサイズに無限書庫を砕くか、書物をもりもり貪る位である。

 そして、ハジメは今回後者を選んだ。

 ハジメは無限書庫に侵入し、ある程度の深部に達すると、書物を貪り始めた。

「ハラヘリハラヘリ」

 もしゃもしゃと、山羊なんて目じゃない喰いっぷりだ。

 食べてる途中で司書に見つかってしまったが、ハジメは気にしない。

 ハジメの目には、既に食糧しか映っていなかった。

「てめ、何してやがる?!」

 司書の男が怒鳴るが、ハジメは新しい本を棚から抜き出し、喰らいつく。


 バリッ。むしゃむしゃ…。


「って、それ、俺が探してた本じゃねえかぁぁぁ?!」

 司書の悲鳴が響く中、ハジメは本を貪り続ける。

「ちょ、だから、本を喰うなぁぁぁ?!」

 司書がハジメを止めようと掴みかかるも、ハジメはひらりとそれを避ける。

 司書が追いかけ、ハジメは逃げながら本を拾い、引き抜き、齧りつく。

 司書はハジメを追いながら、無限書庫全体の危機と判断し、滅多に使われることの無い館内放送を流す。


――ピー、ガガ……ちょ、やべぇ!まてこら!…あ、放送入ってる。あー、ごほん!


――緊急事態発生!職員は直ちに管理局に連絡、第六十八層に集合!紙魚が出やがったぁぁぁ!!!


 そんな放送の中、ハジメの食欲は止まる事を知らず、なおも本を貪る。

 次第に追っ手が増えてきているが、ハジメの手は止まらない。


「紙魚って人間の事かよ!殺虫剤持ってきちまったじゃねえか?!」

「いや、人間なのか、アレ。本喰ってるんだけど」

「あああ?!あの本、アタシが探してた……」

「ちょっと待ってよ。もしかすると今まで食べられた中に、探してた本があったかもしれないわけ?」

「ありえるぞ。さっきも俺が探してた本を喰われた」

「……やばくね?」

 司書達の間に、痛い沈黙がおりるが、その間にもハジメはもりもり本を喰っている。

「今すぐ、アレを止めろ!」

「武装隊を連れて来い!!」

「むしろ殺せ!」

「冗談じゃないわよ?!」

「これ以上残業が増えたら彼女に振られんじゃねえか?!」

「……彼女?」

「え、オマエ、カノジョ、イタノ?」

「妬ましい妬ましい妬ましい…」

「え、あの、キミタチ。ちょ、マジ、それシャレにならな――」

「彼女持ちには死を!」

「ウラギリモノニハ制裁ヲ!」

「呪呪呪呪呪呪呪…」

「やめ――」

―――アッ?!


 男共の嫉妬にまみれた凄惨なる現場を尻目に、強き女達はハジメに対し、対策を考える。

「とりあえず、身動き取れなくするのが先よね」

「あんた、バインド使えるの?」

「ちょっとはね。貴女も使えるのよね?」

「まあね。じゃ、いくわよ」


――チェーンバインド!!


 チェーンバインドがハジメを拘束するも、ハジメは気にすることなく本を貪る。バインドがハジメを締め上げようと拘束する力を強くするが、それはハジメの行動を制限しきれず、遂には弾け飛んでしまった。

「嘘でしょ?!」

「ホントに、アレ、人間?」

 呆然とする女二人と、呪いの秘密結社の儀式さながらの様子の男達。
 彼らの元に次々と応援がよこされたが、遂に武装隊が来ることはなかった。

 なんでも、「内勤の皆様にも良い運動の機会が出来たようですね。なに、紙魚程度、犯罪者に比べれば可愛いものでしょう。おおっと、出撃だ。では、頑張ってくださいね」と、嫌味を言われ、拒否されたらしい。
 それを聞き、キレた司書達は、今後この部隊の資料請求は一番最後に回すように心に決め、司書総出で紙魚狩りと相成った。


「くぅっ、これしきのことで負けてなるものか!」

「ぐふっ、こんな所で、終わって…たま…る……」

「ああ?!死ぬな、死ぬなジョージィィィィ!!」

「うふふ、私、生きて帰れたら、あいつに素直に好きだって言うんだ」

「うう、きっと大丈夫。生きて帰れます。大丈夫!大丈夫です!」

「しまった、皆、俺の後ろへ!」

「し、司書長ぉぉぉぉ?!」

「おのれ、司書長の仇ぃぃぃ!!」


 何やら、悲喜こもごものドラマが展開されているが、ハジメはやっぱり気にしない。

 正直、バインドやら、突撃やら、砲撃魔法まで繰り出され、いい加減うっとおしくなったハジメは、とりあえず撫でる程度に反撃し、司書達の意識を刈り取っていく。

 そして、それなりにハジメの空腹が収まった頃には、周りは司書達の屍累々。

 ハジメはそれを放置して、無限書庫を後にした。

 そして、司書達は無限書庫を尋ねてきた某提督に発見されるまでそのままだったという。



 その後、ハジメに完敗した司書達は反省会を開き、今後の対策を立て始めた。

 ハジメが喰ったと思われる本の数は数十冊。

 何たる屈辱。

 もう、こんな事は無いんじゃない、という声は不思議と上がらず、彼等はその時に備えた。
 そして、それは正しかったことを彼等は数ヵ月後に体感する。

 こうして、ハジメこと、次元犯罪者『紙魚』との長きに渡る戦いの火蓋は切って落とされたのであった。



 そして、数年後。
 ユーノが無限書庫に就職するころには、ハジメとの熾烈なる戦いを生き抜いた司書という名の猛者達は、一人一人がとんでもない実力を持つようになる。
 なのはがエースオブエースとして名を馳せる頃には、武装隊を片手で捻るような魔窟と化すのは、どうでも良い余談である。






[19251] 第十三話 ヴォルケンリッターといっしょ
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/11 18:19

   第十三話 ヴォルケンリッターといっしょ



 澄み渡る青空を天狗が優雅に飛び、妖精達の弾幕が森の中で派手に響く。

 そんな長閑な幻想郷の風景に、無粋な恐怖の大魔王が降ってきた。



「めてお、すと、るあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいく!!!」



 ズゴォォォォォォォォォォン!!



 とんでもない爆音と衝撃が幻想郷を襲う。

 その爆心地で、ゆらりと立ち上がる人影があった。

「……面白かった。よし、もう一回」

「やめてぇぇぇぇ!!?」

 そう呟いて空に上がろうとするのは、言わずと知れた食欲の権化、ハジメである。

 そんなハジメに縋り付いて懇願するのは、食事係という名の生贄、スキマ妖怪紫だ。



 ハジメがミッドチルダに居ついて早数ヶ月。

 南で騒ぎが起これば食い荒らし、北で事件が起きれば丸呑みし。

 ミッドチルダではロストロギア関係の物もそうだが、それ以外の新兵器関係の事件発生率が高い。

 食糧の多さにうかれたハジメは、空腹に任せてどこぞの地下組織やら、研究施設を襲撃し、色々な物をもりもり喰っていった。
 そんなご機嫌なハジメとは裏腹に、地下組織も管理局も頭を抱えていた。
 地下組織は戦力や財産を奪われたためなのだが、管理局に関しては襲撃の最中に組織の悪事の証拠などをうっかり消し飛ばされたり、喰われたりしたためだ。
 そんな自由すぎるハジメは裏からも表からも目を付けられ、両サイドから多額の懸賞金が懸けられてしまった。

 やはり本人はこれっぽっちも気にしてはいなかったが。



 さて、その話題の人物ハジメが幻想郷に居るのには訳があった。

「お呼びたてしてしまい、申し訳御座いません」

 そう頭を下げたのは紫である。

 そう。今回ハジメは、紫の珍しい頼みで幻想郷に訪れていた。

「実は、確認していただきたい事がありまして……」

 そう言って案内された場所で待っていたのは、猿轡をされ、荒縄で簀巻きにされた男女三名だった。

 こちらを憎憎しげに睨み付けてくるが、ここに居る輩はその程度の眼力ではびくともしない。

 簀巻きにされた彼らを囲むのは、博霊の巫女たる博麗霊夢と、華胥の亡霊、西行寺幽々子。そして、何故か黎明まで居る。とりあえず、紙芝居屋スタイルで準備万端とばかりにサムズアップする姿が鬱陶しい。

 とりあえずお約束になりつつある拳を黎明に振り下ろし、駄菓子を強奪しながら尋ねる。

「それで、こいつらがどうかしたのか?」

 それに答えたのは霊夢だった。

「こいつらは幻想郷に侵入して、あろう事か人里を襲ったんです」

 しかも羽振りの良い商家の娘を、大事なお賽銭を沢山くれる娘を!

 怒りに燃える守銭奴の隣で、幽々子が自前の饅頭を頬張る。

「ひひゃもぉ、おひょわひぇひゃひょひゃ――」

「幽々子、口に入ってるものがなくなってから喋りなさい」

 口いっぱいに饅頭を詰め込んだ幽々子に、紫が溜息を吐きながら注意する。

「むぐぅ………ん、えっと、襲われた人間なんですが、外傷はないのに随分衰弱しちゃってたんです。妖術の類かとも思ったんですが、衰弱しただけで、操られているような様子は無かったし、被害者は数日で元通りに暮らせるようになったんです」

「けれど事件の内容が内容ですから、妖怪が疑われてしまって迷惑してたんです。それで、こうやって捕獲してみたんですが……」

 幽々子の説明を引き継いだ紫が、簀巻きにされた三人を見遣る。

「どうも、妖怪でも、人間でもないようなのです。なので、これからの処遇に困ってしまって」

 人間なら話は早かったのに。

 そうぼやく紫の言葉を聞いて、ハジメはここに何で呼ばれたのかを理解した。

「成程。俺を呼んだのはこいつらがこの世界の者かどうかを確かめるためか」

「はい」

 ハジメは三人に視線を移し、観察する。

 赤い長い髪の女と、小さな少女。そして、犬耳の男。

「……ん?おい、紫。今は何月だ」

「はい?ええと、もうすぐ師走に入りますが」

 師走。十二月。クリスマス。

「ああ、成程」

 得心し、ハジメは辺りを探る。

 少し離れた場所に、その存在が在った。

「ふむ……。よし、紫達はこの部屋から出て、待機してろ」

「え?」

「俺はちょっとこいつらと遊ぶから」

「……良いですけど、幻想郷を壊すような事はなさらないで下さいね」

 紫はそう言い置くと、白目をむきながら笑顔で気絶しているキモイ黎明を引き摺って、幽々子と霊夢を連れて部屋から出て行った。

 それを確認したハジメは、胸の中にある器官を作り出す。

 そして、それを作り終えると、簀巻きにされた三人の猿轡を外していった。

「……ぷはっ、テメェ、あたし達にこんなことで勝てたと思うなよ!」

「いや、実際お前負けてるよね。俺にじゃないけど、紫達に」

「ううっ」

「ヴィータ。私達がこんな状態なのは彼の所為では無いだろう」

「我々が未熟だったのだ」

 キリッとした表情で、簀巻きの二人は言う。

「……シグナムもザフィーラもそんな格好で言ったって、間抜けなだけだぞ」

 小さな少女、ヴィータは呆れた様子で言い、言われた二人、赤髪の女、シグナムと、犬耳の男、ザフィーラは眉間にしわを寄せた。

「大体、お前はあたし達の猿轡を外して、何をするつもりなんだよ。何聞かれたって何も喋らないぞ」

「ん?ああ、そんな事は分かってるし、お前らに喋ってもらう必要も感じないから」

「何?」

 シグナムが訝しげにハジメを見つめる。

「お前達、この世界の人間じゃ無い――いや、生物ですらないだろ?」

「………」

「お前達もある意味で妖怪とも言えなくも無いが、どちらかといえば高度な科学技術で作られた存在だから、あえて言うなら無機物生命体だな」

「……あの金髪の女もヨウカイという言葉を口にしていたが、ヨウカイとは何だ」

「ああ?何だ。お前ら何度もここに来てるのに、知らないのか?」

 ハジメは少し呆れた様子で説明する。

「妖怪ってのは、この世に存在するありとあらゆるものの進化形態の一つだ。しかも、結構残虐性が高い種であるうえに、人間にとっては捕食者だからな。俺はお前達が生きているのが不思議だ」

 淡々と語られる内容に、三人は捕まった時の事を思い出す。

 確かあの時、若い肉が三人分、だとか、尋問終わったら肉分けて、だとか言ってなかっただろうか。

 今まで何人もの主に仕え、戦いに身を投じてきたが、こんな生命の危機を感じたことは無かった。

 背に冷たいものが走り、三人は顔色を悪くする。

「しかし、ずるいよな、紫達。俺もヴォルケンリッターと遊びたかったのにさ。終わってから呼ぶだなんて」

 ハジメのボヤキを聞いて、三人が目を見開く。

「貴様!我々がヴルケンリッターだと知っていたのか?!」

「ああ、知っている。『闇の書』の守護騎士だろ?ミッドチルダではとても有名だそうじゃないか」

「テメェ…、管理局の人間か?」

「いや、違う。けど、お前達の味方じゃ無いのは確かだ」

 にやにやと笑うハジメを、簀巻き姿で三人が睨む。

「いろいろ知ってるぞ。そこの赤い髪の姉ちゃんは烈火の将シグナム。その隣のチビは――」

「誰がチビだ?!」

「お前だ、鉄槌の騎士ヴィータ。それから、そこの犬耳の兄ちゃんが守護獣ザフィーラ」

 そう言い終えて、ハジメは口の端を吊り上げ、言う。

「そして、もう一人、居るよなぁ」

 そう言った瞬間、ハジメの胸から手が生え、掌にリンカーコアを握りこむ。

「シャマル!」

 ヴィータの喜色に満ちた声が部屋に響く。

 腕が消え、ハジメが床に倒れた。

 シグナムとザフィーラは安堵の息を吐くものの、すぐに気を引き締め、身をよじる。

「…破っ!!」

 シグナムは縄を魔力で千切り、ザフィーラは狼形態に変身して縄から抜け出す。

「行くぞ」

「ああ」

「え、ちょ、待てよ!」

 未だ縄から脱出できていないヴィータが焦った声を上げ、それをシグナムは呆れた様子ながらも縄を剣で切った。

「サンキュー」

「ああ。さあ、誰か来る前に行くぞ」

「おう!」

 部屋から抜け出したヴォルケンリッターは気付かない。

 倒れたハジメが何事も無かったかのように立ち上がり、実に愉快そうに笑っていたのを。



   *   *



 森の中で身を潜め、金髪の女は息を潜めて辺りを窺っていた。

「シャマル」

 声をかけられ、金髪の女、湖の騎士シャマルは顔を上げる。

「良かった。特に怪我も無いようね」

「ああ。心配をかけたな」

「いいのよ。けど、気をつけてね。何かあったら、はやてちゃんが悲しむわ」

「そうだな。気をつけるよ」

 シャマルの小言に、シグナムは頷く。

 そんな二人の会話に、ヴィータが少し焦った様子で割り込んだ。

「なあ、そろそろ行こうぜ。ここは色々とヤバイ」

「我々では正直ここの住人には敵わない。ここにはあまり来ないほうが良いだろう」

「そうね。じゃあ、転移の準備を――」



「おや。もう、帰るのか?」



 シャマルの言葉を遮り、何処からか声が聞こえてきた。

「誰だ!」

「何処に……」

 周囲の気配を探るが、声の主は見つからない。

「何だよ、冷たい奴らだ。さっきまで面をつき合わせて喋ってたってのに」

 くつくつと嗤い声が響く。

「くそっ、何処にいやがる」

 ヴィータの呟きに、ハジメは答えた。



「此処さ」



 その声が聞こえた瞬間、シャマルの持っていた『闇の書』から手が生えてきた。

「ひっ?!」

 短い悲鳴を上げながらも、『闇の書』を手放さなかったのは、流石は湖の騎士、というところだろうか。

 ずるずると腕、頭、肩、胴、と這い出して、遂に『闇の書』からハジメが出てきた。

「…な、なんなんだよ、お前」

 ヴィータが信じられない、とばかりに顔を引き攣らせ、ハジメに問う。

 それにハジメはにこやかな顔で、答えた。

「俺か?俺の名はハジメ。俺は、お前たちの想像もつかないような存在さ」

 そしてハジメは実に楽しげな様子で告げる。



「さあ、遊ぼうぜ」



   *   *



「めてお、すと、るあぁぁぁぁぁぁいく!!」

 ズガァァァァァァン!!!

「いやぁぁぁ?!」

「ギャンッ!!」



「よし、もう一回だ」

 意気揚々とハジメは空へ上がる。

「ハジメ様ぁぁぁ!やめてくださいぃぃ!!」

「紫、もう無理よ。諦めましょう」

「壊さないでって言ったのにぃぃぃ!」

 嘆く紫を幽々子が慰める。



 そして、騒動は続く。



「ですとろぉぉぉぉぉい!!」

 ドゴォォォォォォォン!!!

「いってぇぇ?!目に砂が入った!」

「なんなんだ、あいつはぁぁぁ?!」



「あーいる、びー、ばぁぁぁぁぁぁぁっく!!」

 ドガァァァァァァァァ!!!

「キャインキャイン!!」

「ザフィーラ?!」

「完全に獣化してるな」

「そんな事言ってる場合?!」



 その後、ヴォルケンリッターはハジメが飽きるまで隕石鬼ごっこにつき合わされ、屍もかくや、というほうほうの体で家に逃げ帰り、はやてに大いに心配をかけることとなる。

 しかし、彼等は気付いていなかった。

 ハジメがわざとリンカーコアを作り出し、魔力を採集させ、わざわざ『闇の書』に道を作ったことを。

 彼等は知らない。

 近い将来、ハジメの暇つぶしという名の襲撃を受けることを。

 彼等は知らない。

 ハジメによる、『闇の書』の行く末を。



 誰も、まだ、知らない。









[19251] 第十四話 ディナー
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/15 01:08
   第十四話 ディナー



 ハジメは『箱庭』にある森に来ていた。

 目の前にはもみの木…に良く似た針葉樹。そして、ハジメが担いでいるのは斧だ。

 もうお解かりだろう。

 クリスマス・イブである。



「よいさぁぁぁぁ!」

 スパーン!!



 掛け声と共に斧をフルスイングして、斧らしからぬ切れ味で、もみの木モドキを一振りで切り倒す。

 三階建てのビルと同じくらいの大きさの木をハジメは軽々と担ぎ、家路につく。

 少し急がなくてはならない。

 何故なら、今年のイブは予定があるのだから。



   *   *



 はやては、穏やかなまどろみに身を任せようとしていた。

 全ての始まりは九歳の誕生日。

 一人ぼっちで寂しかったはやてに、四人の家族が出来た特別な日だ。

 家族が出来たその日からは、とても楽しい日々を過ごした。

 たとえ足の麻痺が進行し、入院を余儀なくされても、はやては幸せだった。

 家族が出来てからというもの、はやての周りは少しずつ賑やかになっていった。

 図書館でであったすずかを始め、なのはやフェイト、アリサとどんどん友達が出来た。

 はやては幸せだった。

 家族を失うまでは。

 突然、病院の屋上に来たと思えば、告げられたのは家族が魔力の採集を行っていたということ。そして、自分はもう助からないのだということ。

 そして、懇願するはやての目の前で、友人が家族を殺した。

 その瞬間、はやての怒りと悲しみがはじけ、ついにはやては『闇の書』の『真の主』となってしまった。

 そして、『闇の書』の起動と共に意識を失ったはやては、今は闇の中でまどろんでいた。

 銀髪と赤い瞳を持った女性が、はやてに穏やかな眠りを勧める。

「あなたの望みは、すべて私が叶えます」

 はたして、自分の望みとは何だっただろうか。

 朦朧とする意識で、考える。

 わたしの、望みは……。



 その時だった。



 ラン、ラン、ランララ、ランランラン……



 何か聞こえてきた。



 何だろう。何だか見逃してはいけない気がする。

 はやては根性で落ちそうになる瞼を開いた。

 はやての視界の端に映ったのは、紺色の甚平を着た少年だった。

 その少年が歩いた後は金色の光があふれ、まるで金色の草原のようだった。

 それは、いい。不思議な光景ではあるが、それは、とりあえず横へ置いとこう。

 問題は、その少年の後をついて歩く存在だ。

 はやての関西人の血が騒いだ。

「なんでやねん!!」

 我慢しきれず、華麗な裏手ツッコミをかます。



 はやての視線の先。

 そこには、金色の光の草原を、やたらと綺麗な顔をした兄ちゃんが、団子虫の様な某蟲の王様の着ぐるみを着てイイ笑顔で歩いていた。



「一気に目が覚めたわ…」

 はやてはそう呟きながら、少年と残念な美形を見つめる。

 はやての隣では、銀髪の美人が呆気に取られた様子で少年達を見ていた。

 少年達ははやて達の視線は気にせず突き進み、立ち止まる。

 そして……。



 どすっ。



 少年が闇に向かって、ストローを突き立てた。

 そして、少年は行動した。ストローの用途は一つしかない。



 ずずず~。



 少年は闇をストローで飲みだしたのだ。

 はやてを包んでいた闇が急速に薄くなり始める。

 それと同時に、はやての意識も何だかスッキリしたというか、保ちやすくなっていった。

 きっと、あの闇は悪いものだったのだろう。

「アレか。アレやな。『その者青き衣をまといて金色の野に降りたつべし。失われた大地との絆を結び ついに人々を清浄の地にみちびかん』伝説は、本当やったというわけやな」

 うんうん、と頷き、納得するはやてはもしかすると寝ぼけていたのかもしれない。

「姫姉様じゃないのが惜しいけど、伝説をこの目で見れるなんてな…」

 あの映画大好きやねん。わたしのバイブルや。
 そう呟くはやては、もしかすると、ではなく確実に寝ぼけているに違いない。そうであって欲しい。
 そしてはやては、青き衣ではなく、紺色の甚平を着た少年をキラキラとした瞳で見つめた。

 そんなはやての横では、『闇の書』の管制人格が未だ呆然とした面持ちで少年を見つめていた。

「まさか…入って来れるなんて……」

 ヴォルケンリッターとの隕石鬼ごっこの件を知る管制人格は、嫌な予感がしてならなかった。

 いつの間にか握り締めていた拳を開けば、じっとりと汗をかいている。

 頬が次第に引き攣っていくのを感じていると、はやてが話しかけてきた。

「なあ、お姉さん、誰なん?伝説のご一行だったりするん?」

 無邪気なはやての問いに、管制人格は全力で首を横に振った。

「私は、この『闇の書』の管制人格です」

 そう言って、管制人格は語りだす。

 今までのことと、今現在何が起こっているのかを。

「そっか……。なのはちゃん達、わたしを助けようとしてくれてるんや……」

 はやては嬉しそうにそう呟くと、管制人格を見つめる。

「今、防御プログラムは停止状態です」

 むしろ、ほぼ喰われていて跡形も残っていない。

「管理者権限は、主のものです」

「そっか、さすが伝説やな」

 伝説に失礼である。

「貴女の名前はリインフォース。祝福のエール、幸運の追い風…強く支えるもの」

 微笑みあう二人は、やがて金色の光に包まれた。



 はやてが再び目を開けると、そこには自分の家族と、友人達が揃っていた。

「良かった…。皆、無事やね……」

「はやてぇぇぇ!」

「はやてちゃん!」

「主はやて!」

「よかったぁぁ…」

 口々にはやての名を呼びながら、はやてに抱きついてくる。

 家族が居て、友達が居て。

 ああ、何て幸せなんだろう。

 はやてが幸せを噛み締めていると、人だかりの向こうに、紺色の甚平の少年が見えた。

「あの人が助けてくれたんよ」

 はやては笑顔で少年を指し、皆ははやての指す方へ視線を向けた。

「「ああっ?!あの時の!!」」

「あああああ、カミサマ、どうか、お助けくださいぃぃぃ」

「き、ききききさ、貴様!なななな何故此処にぃ?!」

「に、逃げろはやてぇ!隕石が来るぞ!」

「キャインキャインキャイン!!」

 なのは達は以前会った少年との再会に驚き、ヴォルケンリッターは神に祈ったり、震える手で剣を構えたりと忙しい。

 はやては、そんな家族や友人達の様子を見て、不思議そうに首をかしげた。

 そんな騒ぎの中、少年は平然とした様子ではやての元へ歩いてくる。

 それを友人達や家族は止めようとしたが、それを難なく掻い潜り、少年ははやての目の前に辿り着いた。

「えっと、あの、助けてもらってありが――」

 はやては、とりあえず助けてもらったお礼を言おうと口を開くが、言葉は最後まで言えなかった。

 何故なら……。



 ひょいっ。ぱくんちょ。



 はやての手から『闇の書』こと、『夜天の書』を取り上げ、食べてしまったのだ。

「ええぇぇぇぇ?!」

 ぎょっとして目を剥くはやての目の前で、少年はもぐもぐと口を動かす。

 そして……。



 ぺっ。



 吐き出した。

 吐き出された『夜天の書』はどういう訳か、小さなメモ帳サイズという変わり果てた姿をしていた。

 呆然とするはやて達を無視して、いつの間にか近くまで来ていた残念な美形が少年に声をかけた。

「ハジメ様。今ならデザートの時間に間に合うかと」

「ん?そうか。じゃあ、もうここには用は無いから、とっとと帰るか」

「はい」

 そして、彼等は一瞬で姿を消した。

 はやて達に何のフォローもいれず、痛い沈黙だけを残して……。



   *   *



 ハジメは『箱庭』に戻り、イチゴのムースを食べていた。明日のクリスマスはブッシュドノエルを食べる予定である。

 ムースの出来に満足していると、玄関の方から、黎明のすすり泣く声が聞こえてきた。着ぐるみが戸に嵌って入って来れないのだ。
 ハジメはそれを無視した。

 本日のハジメのイブのディナーは『闇の書』だった。

 全部食べてしまおうとも思ったのだが、ヴォルケンリッターと遊ぶのが楽しかったのと、以前繋げた道が喉に引っかかったのもあって、途中で吐き出したのだ。そこそこ腹が膨れたので問題ない。

 次はいつ遊びに行こうか、と考えながら、ハジメは黎明のすすり泣く声をバックに、また一口ムースを食べた。










 後日、リインフォースの言うところによると、完全に無事なシステムは転生機能と管制人格のみであり、守護騎士システムは転生機能とリンクが切れ、その存在は今回限りで終わりになるらしい。そして、採集機能は完全に失われ、『夜天の書』は転生機能のあるただのユニゾンデバイスとなった。
 しょんぼりするはやてに、守護騎士達は「最後の主がはやてである事が誇らしい」と言って笑い、はやてを慰めた。
 いろいろな事があって、慌しく日々が過ぎていく。
 新しい家族を迎えたはやては、次のステップへ進む。
 家族の犯した罪を共に償っていくために、動くようになった自分の足で、家族と共に歩いていくのだ。

 きっと、この先は色々な問題が待ち受けていて、大変な事だって沢山あるのだろう。
 
 けれど今、はやては確かに幸せなのだった。









[19251] 第十五話 吸血鬼の求婚
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/18 09:28



   第十五話 吸血鬼の求婚



「で、これは一体どういう状況なんだ?」

 ハジメは辺りを漂う紅い妖霧を掴み、綿飴のようにむしって食べる。
 なかなかのお味です。

 さて、本日ハジメは幻想郷に遊びに来たのだが、丁度良く、とでも言うべきか、幻想郷では異変の真っ最中だった。
 紅い霧ときたら『紅霧異変』だろうが、どうにも妖霧の質が想像していたものとは少し違う。この霧はやたらと甘いのだ。
 尋ねられた紫は思わず、という風に吹き出し、吸血鬼のカルロは憮然とした表情で腕を組んで沈黙を貫いた。その隣では、霊夢がつまらなさそうに欠伸をしている。

 ハジメは袖口からそっと金粒を取り出し、無言で霊夢に渡した。

「紅魔館に住む吸血鬼の姉妹の姉がカルロに一目惚れして、現在求婚の真っ最中です!」

 霊夢はつまらなさそうな態度を一変させ、さくっと歯切れよく言い放った。素晴らしい守銭奴っぷりだ。面白い。

 力の篭っていない金や宝石に価値を見出せないハジメは、時々こうやって霊夢で遊ぶ。
 霊夢にしてみればハジメは良いカモだった。
 実は霊夢は、ハジメが目の前に居るという事だけで命や博麗神社存続の危機、むしろ幻想郷の危機なのだという事を未だに理解し切れていない。
 若いって命知らずの代名詞ね、というのは古参妖怪の紫の言葉である。
 博麗神社にはハジメにとってご馳走ともいえる『陰陽玉』があるのだ。現在ミッドチルダという食糧庫があるので、しばらくの間は大丈夫だろうが、もし不測の事態でハジメの腹が急激に減るような事でもあれば、近場の『陰陽玉』が喰われる可能性が高い。霊夢は気付いちゃ居ないが、紫の苦労を笑えない立場に居るのだ。

 その事に霊夢が気付くのは数年後の事だが、そんな未来の事など今は思いもよらず、霊夢は金粒をいそいそと懐に仕舞った。

「ほー、求婚か。どうしてそういう事になったんだ?」

 ハジメはカルロに視線を移し、問う。
 
 カルロは、渋い顔をして沈黙を返した。

「紫?」

 カルロからの返答は期待できそうに無いと判断したハジメは、紫に視線を向ける。

「ふふ、あのですね。本当に可愛らしい、ベタな話なんですよ」

 紫は楽しそうに話し出す。

 それは、半月ほど前の話だそうだ。



   *   *



 その日、カルロは蝙蝠傘をさして日中の散歩を楽しんでいた。

 吸血鬼にとって日中は苦手とする時間帯ではあるが、カルロは太陽の光は嫌いではなかった。もし誰かに喧嘩を売られたとしても、たとえ日中であろうと、それを跳ね返すくらいの実力は有していた。

『吸血鬼異変』の後、夜に紫とカルロが正面から戦り合い、引き分けた事を知る者は意外と少ない。

 そんな幻想郷でも上位に数えられる実力者であるカルロだったが、スペルカードが出来てからというもの、暇を持て余していた。

 カルロはあまりスペルカードが好きではなかった。

 幻想郷のルールだから従ってはいるものの、やはりスペルカードを間に挟んで戦り合うよりも、自分の手で直接力を放ち、叩き込みたいのだ。

 半ばバトルジャンキーのような思考ではあるが、本来残虐性を持つ妖怪であるなら、当然の事とも言えた。

 とりあえずはルールに従ってはいるが、どうしても我慢できなくなったら幻想郷を出て行けば良いのだ。幸いなことに、自分は同族の者とは違い、人肉を好むというだけで、必ず食べなければいけないという訳ではなく、人の血だけでも生きていける。これなら、外の人の世にも紛れ込みやすいだろう。

 幻想郷内の吸血鬼のトップにあるまじき考えをつらつらとカルロが思い描いていると、前方に日傘をさした小さな人影が見えた。

 どうやら自分と同じ吸血鬼らしい。

 見たことのない顔であった為、最近来た『紅魔館』の吸血鬼だろう。

 カルロはそうあたりをつけると、にこやかに挨拶をした。

「こんにちは、お嬢さん。君は『紅魔館』の子かい?」

 外見年齢は十歳にも満たない小さな少女は、スカートをつまみ、ちょこりと膝を曲げて淑女の礼でカルロに答える。

「こんにちは、ミスタ。私は『紅魔館』の主、レミリア・スカーレットですわ」

 レミリアの丁寧な返答に、おや、とカルロは思い、微笑みを浮かべて礼を返す。

「ご丁寧にありがとう、レディ。私の名はカルロ・ド・ブラドー。よろしく」

 レミリアはカルロの名を聞いて、ぎょっとして目を見開く。

「では、この幻想郷の吸血鬼のトップというのは……」

「ああ、私の事だろうな」

 カルロがそう言った瞬間、カルロの足元が爆ぜた。

 ッガァァァン!!

「!」

 カルロはそれを飛んで回避するが、真紅の閃光弾がカルロを襲おう。

 だが、それもカルロは避ける。

 次々と攻撃が仕掛けられるなか、カルロはレミリアに尋ねる。

「レミリア、といったな。何故こんな事をするんだい?それに、現在、幻想郷ではスペルカード以外の決闘は禁じられている」

 その問いにレミリアは攻撃の手を緩めずに答える。

「簡単な事よ!あんたを倒して、私が吸血鬼達のトップに立つの!!」

 体面を気にし、上昇志向もあるらしいレミリアは、それを叶えられるだけの実力はあった。

 日中だというのに、次々に作られる紅い光弾。

 空気を切り裂き、恐ろしいスピードでカルロに襲い掛かる。



 が、カルロもまた、伊達に灰汁の強い吸血鬼達のトップを張ってはいなかった。



 ゆらり…。



 レミリアには、カルロが溶けて消えたように見えた。

 そして、カルロの姿を見失った瞬間。



 ズガガガガガガガガガガガ!!!



 おびただしい数の赤黒い光刃がレミリアに降り注いだ。

 これには、レミリアも慌てた。

 もちろん避け、直撃は避けたものの、致命的な事に日傘が破けてしまったのだ。



「あああああああああ!!!」



 光が体に触れた先から、体が気化していく。

 襲い来る痛みに、レミリアは悲鳴を上げた。

 この光景に驚いたのは、カルロだった。

 カルロは、まさかレミリアが光にあたると気化するなどと思いもしなかったのだ。

 カルロの引き連れる吸血鬼達は、カルロも含め、光に当たっても精々大火傷を負うぐらいで、レミリアのように一瞬で生命の危機に陥ることは無い。

「くそっ!」

 カルロにしては珍しい言葉を吐き捨て、急いで自分の持っていた蝙蝠傘をレミリアにさしかける。



 ジュウゥ……。



 光にあたり、身が焼けるが、レミリアのような同属の子供を見捨てる気にはなれなかった。

 レミリアの気化は幸いなことにすぐに収まり、随分と顔色が悪く、ぐったりとして気を失っているが、命に別状はなさそうだった。

 カルロはレミリアを抱え、急いで木陰に入る。

 カルロは顔に酷い火傷を負ったが、吸血鬼の生命力をもってすれば、この程度であれば数日のうちに跡形も無く直るだろう。

 木陰の向こうは燦々と太陽の光が降り注ぎ、壊れた日傘が転がっている。

 このままレミリアを放って帰るのも気がとがめ、カルロはレミリアが目を覚ますのを待つことにした。

 そして、レミリアは程なくして目を覚まし、自分の隣に座るカルロの惨状に目を剥いた。

「あなた、その顔……」

「ああ、少々ヘマをしてな。それで、具合はどうだ」

 カルロは明言することを避けたが、レミリアは覚えていた。気化する自分に、身が焼けるにも関わらず、カルロが傘をさしかけてくれたのだ。

「……あ、あり…が…と……具合は、最悪。けど、大丈夫よ」

 もにょもにょと口の中で礼を言い、レミリアはカルロに無事を告げた。

「そうか。では、悪いが君の日傘は私が壊してしまった。だから、まあ、せめてもの御詫びとして家まで送らせてはもらえないかな?」

 微笑むカルロの顔は、正直見るに耐えない酷い大火傷を負い、グロテスクな様だったが、レミリアの胸はどきどきと飛び跳ねた。

「い、いいわ。送らせてあげる!」

 青白いのに、頬を赤く染めるという芸当をこなしてレミリアは答えた。

 カルロはレミリアの微笑ましいツンデレな答えを聞き、レミリアに断ってからその身を抱き上げた。
 身長の関係上、カルロの足元に居たのではレミリアに光があたってしまうからだ。

「見苦しい顔が側にあって申し訳ないが、少しの間我慢してくれ」

 カルロの言葉に、レミリアは素直に頷きつつも、一言告げた。

「私は、見苦しいとは思わないわ」

 レミリアの言葉を聞いて、カルロは笑みを深め、『紅魔館』に向かって歩き出した。



 その翌日、お見舞いと称してレミリアがカルロの元を訪れ、カルロの顔に傷をつけた責任を取って、カルロの嫁になると言い出した。
 流石に年齢差が吸血鬼といえどもありすぎるし、カルロにそっちの趣味は無い。
 よって、カルロはレミリアを傷つけないようにやんわりと断ったのだが、レミリアは引かなかった。

 そうして、本気であることを証明すると言い出し、『紅霧異変』が始まったのである。



   *   *



 とりあえず、一言。

「このロリコン!」

「なっ?!」

「ハジメ様、最初に言う言葉がそれですか」

 ハジメの非難にカルロが絶句し、紫が呆れる。

「まあ、今回の騒動は子供の可愛い初恋が原因ですから、そう酷いこともしたくないんですよね」

 面白いし、と言って紫は笑う。

 そして、意中の人であるカルロは憔悴した様子だ。恐らくこの求婚騒ぎは幻想郷中に知れ渡っているのだろう。正に、心中お察しする、という状態だ。

「じゃあ、とりあえず、この霧は喰っても良いんだな」

 聞く前から、むしっては食べ、を繰り返しているが、ハジメはとりあえず紫に尋ねた。

「ええ、問題ありません。この霧はレミリアが吸血鬼のカルロと自分が過ごしやすくする為に作り出したものですから。一部の人間を除き、後の人間は耐えられないようですし」

「そうか」

 なら遠慮なく、と最初から遠慮などしていないくせに、心にも無い事を言って、ハジメは霧を喰いだす。

 むしっては食べ、むしっては食べ、それを繰り返していく度にどんどん霧は薄くなり、太陽の光が幻想郷に降り注ぐ。

 そして、カルロが蝙蝠傘をさすころに、それはやってきた。

「誰よ!私の霧を掃ったのは?!」

 肩を怒らせて飛んできたのは、レミリアだった。

「さては、あんたね!」

 霧をもりもり食べるハジメをレミリアは指差し、怒鳴る。



 ま、まずい!!



 その場に居たレミリアとハジメ以外は冷や汗をたらす。

「ちょっと、あの子ハジメ様を知らないの?」

「レミリアは最近幻想郷に来たうえに、あまり外部と接触してなかったみたいなのよ」

「カルロ!何で教えてあげなかったのよ?毎日会ってたんでしょう?」

「いや、まさか知らないとは思わなかったんだ。それに、最近周りが煩わしいし、断るのにも疲れてきて……」

 レミリアは霧以外に、一体どのような求婚をしたというのだろうか。
 ちょっと遠くを見るカルロの煤けた背に、紫と霊夢は引いた。

「ちょっと、あんた、聞いてるの!?」

 怒鳴るレミリアが段々煩わしくなってきたハジメは、パチン、と指を鳴らす。



「お呼びですか、ハジメさまぁぁぁぁぁぁ!!」



 ものっそい速さで爆走してこちらにやって来るのは、自転車紙芝居屋に扮した黎明である。

 ハジメはレミリアを指差し、黎明に告げる。

「紙芝居の客だ」

「お任せください、ハジメ様!私、全身全霊を持ってハジメ様の空腹記を余すことなく伝えます!」

 キラッキラしたイイ笑顔で張り切る黎明は、レミリアに向き直り、紙芝居を素早く設置する。

「では、始めます。なお、聞かないと気化させます」

「んなっ?!」

「レミリア、言うことを聞いたほうがいいわ。黎明って、一応神だから強いし、発光体にもなれるのよ」

「ええ?!」

「レミリア、幻想郷で暮らすなら聞いておくべきだ」

「……カルロがそう言うなら」

 レミリアは承諾し、紙芝居を見る。



 そして、三十分後。
 レミリアは今にも気化してしまいそうだった。

 そんなバケモノがこの世に居たの?

 俄かに信じられなかったが、カルロが堕ちた真祖をハジメが喰ったと言い、とにかくハジメに喧嘩を売るなとしつこく注意され、ようやく信じる気になったのだ。

 しかし、そうなると心配なのは妹のフランドールだ。

 あの子は気がふれているところがあるから、何をするか分からない。

 しかも、ハジメは愉快犯である。

 暇つぶしと称して『紅魔館』に乗り込んでくる可能性が大いにあった。

 心配なことだらけだわ。

 深い溜息を吐くレミリアを可哀想に思ったのか、カルロが優しく頭を撫でてきた。

 これだから、諦めきれないのよねぇ。

 いっぱしの女のような思考で、レミリアはカルロに撫でられるまま、目を細める。

 やっぱり、欲しいなぁ。

 そんな事を考えながら、レミリアはとりあえず、この瞬間はこの先の不安を忘れることにしたのだった。



 しばらくして霧を食べ終わったハジメが、二人のそんな様子を見て一言。

「このロリコン!」

「なっ?!違います!」

「そうよ、違うわよ。私はもう五百歳だもの!」

「まあ、ある意味では違うわね」

「あえて言うなら、光源氏計画かしら?」

「カルロ。子供に手を出したら神の怒りに触れますからね」

「このロリコン吸血鬼!」

「まあ、見た目だけならロリコンね」

「元気を出して、カルロ。たとえ貴方がロリコンでも、私達はトモダチよ」

「まあ、あと五百年は我慢しなさい」

「カルロ!私はいつでも大丈夫よ!五百年なんて待たなくてもいいわ!むしろ私が待てないわ!子供は何人が良い?私初めてなの、優しくしてね!」

「ちょ、やめなさい、レミリア!レディがそんな事を口にするんじゃありません!!」

「なんだか父親のようね」

「むしろ母親じゃない?」

「神は許しませんよ」

「このロリコンおかん吸血鬼!」

「違ぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!!」










[19251] 第十六話 チープ味覚ツアー
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/07/25 22:44


   第十六話 チープ味覚ツアー



 それは、とある午後のこと。

「ラーメンが食いたい」

 ハジメは突然そう思った。

 食べたいものは、ただのラーメンではない。

 学生達が愛用するような、安くて美味いラーメンが食いたいのだ。

「よし、ちょっと行ってくるかな」

 そう言って、ハジメは出掛けたのであった。



   *   *



「待てぇぇぇぇ!!」

「マコラー!!」

 日本でも有数の力の持ち主、GS界での有名人、GS美神令子は友人(?)である、六道冥子の式神を追っていた。

「横島君、冥子はどうしたのよ!?」

「いや、今はマコラ!マコラが先でしょ!?」

 美神の隣を走るのは、アルバイトの横島忠夫だ。美神の色香に惑わされ、激安の賃金で美神にこき使われているのだが、本人は不満はあるようだが、それでも辞めないのだから、それで良いのだろう。

「あ、美神さん!マコラ、あそこの角を曲がりましたよ!」

 美神のすぐ横を飛ぶのは、巫女さん姿の幽霊、おキヌだ。
 美神に成仏させてもらうために、現在、美神の元でアルバイト中である。

「マコラー!いい加減、観念して……って、ええ?!」

「なんだぁ?!」

「マコラ?!」

 曲がり角を曲がり、美神達が見たものは、紺色の甚平を着た少年と、その少年に頭を鷲掴みにされたマコラだった。

「?!!?!」

「あん?なんだ?これ、あんた達のか?」

 必死になってもがくマコラに対し、少年は涼しい顔をしてる。

「ああ、助かった。そのマコラは…」

「横島君、離れて!近づいちゃ駄目!」

 横島が安堵して少年に近づこうとするが、それを美神の鋭い声が制止する。

「え?美神さん?」

「その子、只者じゃないわ」

 美神は鋭く少年を睨み付ける。

 少年が掴むモノは、あのマコラなのだ。マコラは鬼であり、その力は人間など軽く凌駕する。
 見たところ、少年は霊力を手に込めているわけでも、特別な道具を使っているわけでもなさそうだった。この少年、只者ではない。

「なんだぁ?こいつ、あんた達のモノじゃないのか?」

「あ、いや!俺達のじゃないけど、知り合いの人のなんだ!」

 訝しげな少年の問いかけに、横島は慌てて答える。

「そうか。それじゃあ、ほれ、連れて行きなよ」

「お、おう。サンキュー」

「おい、お前。大人しく主人の元へ帰れよ。でないと喰っちまうからな」

「!!!!!」

 マコラは怯えた様子で美神の後ろへ隠れ、ガタガタと震えている。

「ちょ、ちょっとマコラ!?」

「!!!」

 マコラは美神にしがみついて離れない。

「んなぁ!?おい、マコラ!離れろ!羨ましいだろうが!!」

 マコラは首を横に振って、涙目になっている。

「ああ、もう。仕方ないわね」

 美神はマコラを剥がすのを諦めて、少年に向き直る。

「とりあえず、お礼を言っておくわね。ありがとう」

「どういたしまして」

 少年の返答はそっけないものの、その視線は美神から外れない。

「はっ!?駄目だぞ!美神さんの乳は俺のもんじゃぁぁぁ!!」

「誰の何がお前のものだぁぁぁ!?」

 そう言って美神の胸めがけてダイブする横島を、美神が張り手をかまして吹き飛ばす。

 壁に激突した横島を美神は放置して、おキヌと共にマコラを連れて去って行った。

「おい、大丈夫か?」

「こ、こんな事で俺の情熱は折れない…」

 派手に額から血を流しているが、元気そうである。

「なあ、お前、名前なんていうんだ?」

「あ?俺か?俺の名前は横島忠夫だ」

「そうか、横島か」

 少年は納得するような仕種を見せ、言う。

「俺の名前はハジメだ。なあ、横島。美味いラーメン屋、知らないか?」

 まさか、この目の前の少年が、想像もつかない大物中の大物である事など、横島は思いもしない。

 これが、横島とハジメのファーストコンタクトであった。



   *   *



「いやー。悪いな、俺まで奢ってもらっちゃって」

「別に良いぞ。他にも店を教えてもらえればな」

「よし、任せろ!次は、駅前にあるラーメン屋だ。あそこは、ラーメンも美味いが、炒飯が一番美味いんだ」

「ほーう」

 ハジメと横島は、すっかり意気投合し、ラーメン屋を回っていた。

 そして、横島のお勧めの店に入ってみると…。

「あら、ハジメ様」

 何故か紫が居た。

「紫?何でここに?」

「うおぉぉ!綺麗なねーちゃん!!」

 興奮する横島をよそに、こそこそと紫がハジメに耳打ちする。

「ここ、妖怪が店を出してるんです」

「ああ、成程」

 そう言って納得するハジメの背を、横島がつつく。

「ああ、はいはい。紫、こいつは横島。んで、横島、こいつは紫だ」

 ハジメは、とても大切な部分を省いて二人をそれぞれに紹介する。

「はじめまして、美しいお嬢さん。横島忠夫です」

「あら、ありがとう。私は八雲紫よ」

 キリッとした表情を作って自己紹介する横島に、紫は笑顔を返す。

 ご機嫌で席に座る横島に気をつけながら、ハジメは紫に聞く。

「まさか、ここで人肉を使ってるなんて事はないよな」

「大丈夫ですよ、使っていません。あまり栄養にはならないけど、美味しいから通っているだけですから」

 その返答に、ハジメは安堵する。

 正直、人肉を出そうが出すまいがハジメには関係ないのだが、街中で堂々とそんな物が出されていたら嫌だ。それも、横島がそれを食べていたら、物凄く嫌だ。

「ハジメ様、あの人間を気に入ったんですか?」

「なかなか、面白い人間だぞ」

 そう。ハジメは横島が気に入ったのだ。

 これほど素直で、真っ直ぐな人間は珍しい。

 人間の三大欲求の一つにやたらと傾いているようではあるが、こそこそしていないぶん、そこに厭らしさはなく、人の苦笑を誘う。

 人間的魅力に溢れた人間と言って良いだろう。

「アラ、横島サン。また来てくれたノ?」

 イントネーションに特徴のある喋り方をしたのは、この店の店主の娘で、妖怪でもある花梨だ。

「おう、花梨ちゃん!今日も可愛いね!」

「モウ、横島サンったら。何処かノオジサンみたいヨ!」

 くすくす笑いながら、花梨は注文を取って調理場に去って行った。

「どうやら良い人間みたいですね。あの子、なかなか気難しいのに、あんな良い笑顔見せちゃって……」

 花梨と横島の遣り取りを見て、紫は横島をそう評価する。

「だから言っただろう?面白い人間だって」

 そう言って笑うハジメに、紫も笑顔を返す。

 妖怪変化に好かれやすい横島忠夫。

 これからの彼の変化は、実に面白く、観察にしがいがあるものだ。

 花梨にセクハラをかまし、お盆で頭を強かに叩かれ、頭上に星をちらつかせる横島を横目に、ハジメは来たるべきその日を楽しみに思うのだった。

 






[19251] 第十七話 駅弁の旅
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2010/08/04 17:19


   第十七話 駅弁の旅



 その日、ハジメは全国津々浦々、駅弁を堪能するため、新幹線を待っていた。

「ふー、そろそろだな」

 山のように買い込んだ駅弁の一つを食べながら、時計を確認する。

 現在、午後十一時五十分。

 本来、有り得ない時間である。だが、ハジメにはこの時間帯に動いている新幹線に心当たりがあった。

「やっぱ、こういうのは雰囲気が大切だからな」

 最近、空腹具合に余裕の出来たハジメは、こうして雰囲気を楽しむ事をするようになった。

 そうして、新しい駅弁を食べるために、駅弁の蓋を開けた所で、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「ハ、ハジメじゃねえか! 何でこんな所に居るんだ?」

 それは、最近知り合った勤労少年、横島忠夫だった。



   *   *



「よっ!」

「よっ、じゃねえよ。何でこんな所に居るんだよ!?」

「何って、駅にいるんだ。目的は一つだろう」

 詰め寄る横島に、ハジメは軽く返す。

「目的って…、お前、まさか幽霊列車に乗るつもりなのかよ!?」

「そうだけど、何か問題でもあるか?」

「ありまくりじゃぁぁぁぁぁ!!」

 エキサイトする横島に、ハジメはやれやれ仕方が無いな、とばかりに自分の駅弁を一つ横島に差し出す。

「お前、腹が減ってるからそんなに怒りやすくなってるんだな。よし、これをやろう」

「あ、こりゃどうも……って、違ぁぁぁぁぁう!!」

「何だ、違うのか。じゃ、駅弁返せ」

 そんな横島達の会話を聞いて、美神は脱力する。

 前回の遭遇の時の事もあって、美神はハジメを目にした時から警戒していたのだ。

「しかも、横島君といつの間にあんなに仲良くなったのよ…」

 聞いてないわよ、と溜息を吐いた。

「ちょっと、横島君!」

「何すか、美神さん」

 美神は横島を呼んでこそこそと話す。

「何じゃないわよ。何者なの、あの子」

「いや、何者って言われても、ただの食い意地の張ったダチとした言いようが無いんですが…」

 驚異的なスピードで駅弁の山を崩すハジメに視線を向け、美神は言う。

「前回のマコラの事を覚えてるでしょ? マコラはああ見えてかなりの力を持つ『鬼』なのよ。あの子、只者じゃないわ」

「そ、そうなんすか?」

 その美神の言葉に、横島は戸惑いを見せる。
 あのハジメと初めて会った日から、横島はハジメと何度か接触し、ハジメの奢りで貧乏学生御用達店巡りをしたのだ。横島にとって、ハジメは気前の良い食道楽の友人だ。

「けど、あいつ悪い奴じゃ無いっすよ。何度か一緒に出かけたりしましたけど、特に変わった所も無かったし…。あ、けど、あの食いっぷりは只者じゃ無かったすけど」

 そう言って、横島は苦笑いしながら駅弁を貪るハジメを見遣る。
 あんなに有った駅弁が、今では三つしか残っていない。
 その様子を引き攣った表情で見守るのは、ハジメの側でふよふよ浮いている幽霊のおキヌだ。

「そう…。けど、用心するにこした事はないわ。もしかすると彼、魔術師かもしれないから」

「魔術師? ゴーストスイーパーとは何か違うんすか?」

 ゴーストスイーパーが使う力は、一般人の横島には『魔術』と同じに思えた。

「全然違うわよ。…そうね、今は時間が無いから簡単に話すけど、ゴーストスイーパーは内側の力を燃やすのに対し、魔術師は外から力を取り込んで、術を行使するの。それに、ゴーストスイーパーは外部に知られているけれど、魔術師は秘匿された存在なのよ。私もそれなりに長くこの世界に身を置いているけど、魔術師にはまだ会ったことは無いわね」

「へぇ、そうなんすか。イマイチピンとこないんですけど、滅多に見れない警戒心の強い野生動物みたいなんすね」

 横島の言い様に、美神は苦笑いする。

「そんな、野生動物みたいに甘い連中じゃないんだけどね。まあ、とにかく、出来ればあまり関わりあいになりたくない連中なのよ。魔術師の世界はエグイからね」

「え、エグイんすか…?」

 そう言って、横島が口元を引き攣らせた時だった。

 不意に、線路に霊気が走ったのだ。

「来たようね」

「げっ!?」

 美神の話に気を取られ、逃げ出すタイミングを逃した横島が呻く。

 ホームに入ってきたのは、怪しい光を灯した毛むくじゃらの列車。

 美神がその列車の側に立てば、うにょり、と入り口が開いた。

「さ、横島君、行くわよ!」

「いやじゃー! まだ死にとうないー!!」

「往生際が悪いわよ!」

 柱にしがみつく横島を引き剥がそうとする美神に、駅弁を全て食べ終わったハジメが声を掛ける。

「おい、乗らないんなら、俺が先に乗るぞ」

 そう言って、ハジメが列車に乗ろうとしたその瞬間。

 うにょり。

 入り口が閉じた。

「「「「………」」」」

 辺りに沈黙が落ちた。

 ぐわしっ!

「ああん? どういう意味だ、この野郎…」

 どこぞのヤーさんのようなメンチをきり、ハジメは列車をがっちりと掴む。

「開・け・ろ」

 ハジメの低い声に、列車は怯える様に震え、うにょり、と入り口を開けた。

「よし。最初から素直にそうすれば良いんだ」

 満足そうにハジメは一つ頷き、列車に乗り込んでいった。

「……本当に、あの子、何者なの?」

「さぁ……」

 その様子を、呆気に取られた様子で美神達は見ていた。



 美神達が乗った列車の中には、悪霊でいっぱいだった。

「どうするんすか、美神さん。あんな中、行けやしませんよ!」

 まだ死にたくない、と騒ぐ横島に、美神は言う。

「まあ、ちょっと待ちなさい。こんな事もあろうかと、力は弱いけど、ちゃんと役立ちそうな結界も持ってきたんだから。……ちょっと、アレだけどね」

 そして、取り出したものは…。

「美神さん…」

「これって…」

 横島とおキヌは生暖かい笑みを浮かべる。

「言わないで! 私もちょっと、アレかな、とは思ってるんだから!」

 美神が取り出したものは、細い注連縄を輪にしたようなもので、その輪の中に美神達が入るのだ。いわゆる、『電車ごっこ』である。

「けど、これ、三人入るのがやっとなのよね…」

 ちらり、と美神が見やるのは、ゆで卵を食べるハジメである。

「ん? ああ、俺の事は気にしないでくれ。必要ないから」

 余裕綽々の態度で、今度は蜜柑を剥き始める。

「そ、それなら、まあ…いいんだけど……」

 ハジメを魔術師ではないかと考える美神は、ハジメの言うとおりに気にしないことにした。

「それじゃあ、二人とも、行くわよ!」

「はい!」

「や、やっぱり嫌じゃぁぁぁ!!」

 嫌がる横島を無視して、美神達は悪霊の群れの中へと突っ込んで行った。



 美神達が悪霊の群れに突っ込んで行ってからしばらくしてハジメも動き出す。

「ふむ、そろそろ行くか」

 そして、ハジメは悪霊の群れへと足を踏み込む。

 悪霊はそんなハジメを見逃す筈もなく、ハジメを襲うが……。

「散れ。喰うぞ」

 ハジメの一睨みで、原始的な恐怖を思い出したのか、悪霊達は一斉に飛びのいた。

 それは、まるでモーセの『十戒』の様であった。

 そして、ハジメはグリーン車へと辿り着き、お土産はいかがですか、という添乗員から明太子や、その他色々な物を買い、美神達に追いついた。

 悪霊の塊に、美神がお札を貼っている。

「横島、終わったのか?」

「うおっ!? びっくりした、脅かすなよ」

 何処から取り出したのか、白米を大盛りにした丼に、先ほど買った明太子を乗せて食うハジメに、横島は口元を引き攣らせる。

「お前、一体何してきたんだよ…」

「土産を買って、今食ってる」

 もりもり食べるハジメに、横島は脱力した。

 その時だった。美神のお札によって、悪霊が祓われ、足元が崩壊しだしたのだ。

 横島達は急いで先頭車両へと走りこみ、それにハジメも白米をかきこみながら後へと続く。

 その先頭車両で待っていたのは、可愛い女性添乗員の格好をしたその新幹線の化身だった。

 なんでも、つくも神のように魂が宿った新幹線は、永きに渡る勤めが終わり、成仏しようとしていた所に、便乗して成仏しようと悪霊達にたかられたのだという。

「この新幹線は、回送ですよ、と何度言っても聞いてもらえなくて…」

 けれど、これでようやく成仏できる、と新幹線の化身は微笑んだ。

 かくして、幽霊列車の事件は幕を下ろしたのであった。



「おい、ハジメ。マジでこのまま新幹線に乗っていくつもなのか…?」

 横島はアイスを食うハジメに尋ねる。

「おー。あの世の駅弁を食いに行く」

 ハジメはそれに、平然とした態度で答えた。

「阿呆! あの世だぞ、あの世! 戻ってこれなくなるぞ!?」

「のーぷろぶれむ。もーまんたい、もーまんたい」

 ハジメはそう言うと、横島を外へと追い出す。

「うお、馬鹿、押すなよ!?」

「はい、さっさと出た出た」

「お前も出ろ!」

「俺は駅弁を食いに行く」

 新幹線の扉が閉まり、動き出す。

「こら、ハジメ! おい、さっさと降りろ!」

「しーゆあげいーん」

「馬鹿野郎ぉぉぉぉ!!」

「土産買ってくるからな~」

 ひらひらと手を振って、ハジメはあの世へと旅立っていった。



 一週間後。

「横島。土産買って来たぞ」

「マジかよ………」

 横島の手には、『銘菓・天国饅頭』が握られていた。








[19251] 第十八話 吸血鬼対決
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2011/01/10 11:49
   第十八話 吸血鬼対決



 それを知ったのは偶然だった。

「あ、横島」

「お! ハジメじゃねえか」

 鯛焼きを山ほど抱えたハジメと横島は、道端でバッタリ出くわしたのだった。

 二人は近くの公園に行き、話をする。

 ハジメは横島に鯛焼きを一つ分け、残りの鯛焼きを頬張っていく。

「ほー。ゴーストスイーパー試験か」

「そうなんだよ。今度俺も試験を受けることになっちゃってさー」

 ここから俺の輝かしいゴーストスイーパー人生が始まるんだ、と鯛焼き片手に横島は熱く語った。

「ふーん。面白そうだな。最終試験は見物に行くから、最後まで残れよ」

「おう! まかせとけ!」

 張り切る横島は意気揚々と去っていき、ハジメもまたその日を楽しみにしながら『箱庭』へ帰っていった。



   *   *



 それから数日後。

 横島は無事最終試験まで残ったらしい。

 最終試験一日目、ハジメはふと、思いついた。

「そうだ。カルロも連れて行こう」

 カルロの甥であるピートもゴーストスイーパー試験に参加しているはずだ。

 思い立ったが吉日とばかりに幻想郷を訪れ、ハジメはカルロを捕獲し、それに強引に引っ付いてきたレミリアを連れ、町外れの廃屋に居た。

「ふむ。俺としたことが、吸血鬼が日光に弱いというのを忘れていた」

 いやあ、うっかりうっかり、とちっとも反省の色を見せないハジメの横には、青白い顔で横たわる美男子と、それを心配そうに介抱する美幼女が居た。いわずと知れた、カルロとレミリアである。
 カルロは何の前触れも無く現れたハジメに一瞬で簀巻きにされ、「お前の甥の試合を見に行くぞ」という言葉と共に燦燦と降り注ぐ太陽の下へ拉致されたのだ。その時ちょうど遊びに来ていたレミリアは日傘を持っていたため、大事に至らなかったのだが、簀巻きにされたカルロは手で日光を遮ることも出来ず、顔に大火傷を負ってしまった。

「カルロ、大丈夫?」

「しばらく横になっていれば問題ないさ」

 心配そうにカルロの顔を覗き込むレミリアに、カルロは安心させるように微笑む。
 火傷のダメージなど、カルロにとっては大したことではない。それよりも問題は、カルロの顔が太陽の光で焼かれたとき、「おや、大変だ」という一言と共に、治療しようとハジメに注がれた力の方が問題だったのだ。
 ハジメが気まぐれによこした力は、ハジメにとっては髪の毛一本ほども力を込めていないものだったのだが、カルロにとっては恐ろしく強大なもので、体に馴染むまでに時間がかかりそうだった。恐らく、この気分の悪さが収まれば、以前よりも数段強くなっているだろう。
 怒るべきか、感謝すべきか悩み所だった。

「まあ、今日の夜までには馴染むだろう」

 ハジメはそう言って、懐から座布団と煎餅の入った器、そして湯のみと急須を取り出して寛ぎ始めた。
 そのマイペースな姿に、カルロとレミリアは何ともいえない気分になったが、賢明にも余計な事は言わなかった。

 そうして日中は廃屋でダラダラと過ごし、日が暮れる頃にはカルロの体調は回復した。

 その頃にはハジメは何処からともなくレトロな型のテレビを持ってきて、それを見ながら寝転んで煎餅を齧っていた。ちなみにテレビに映っているのはゴーストスイーパーの最終試験の様子である。テレビの画面の端に、『撮影・黎明』と表示されている。

 そして体調が回復したカルロとレミリアは、これまた何処からとも無く現れた卓袱台を囲み、テレビを横目に茶を啜っている。

「最近のゴーストスイーパーって質が落ちたんじゃないかしら?」

「そうだな。少なくとも幻想郷入りする前に会ったハンターは彼等とは次元が違う」

 厳しい評価を下す二人だが、判断基準が間違っているのには気付いていない。
そもそも、二人は力の桁が違う大妖怪なのだ。そんな彼等に立ち向かえるのは、それこそ超一流の実力を有した者になる。
 そんな超一流のゴーストスイーパーばかり見てきた二人は、ゴーストスイーパーの実力の平均値を高く見積もりすぎていた。
それをもし他のゴーストスイーパーが知れば、涙ながらに「それは違う」と説いただろうし、そもそも新人ゴーストスイーパーと比べるのが間違っている。
 
録画されたゴーストスイーパー達の試合を見ながら、自分の甥もあの程度なのだろうか、とカルロが思ったその時だった。


「ちょっと、もうちょっと丁寧に扱いなさいよ!」


 気の強そうな少女の甲高い声が聞こえてきたのだ。

「うるせぇガキだな……、さっさと歩け!」

「きゃっ!」

「アリサちゃん!」

 何やら下の階が騒がしい。

「うるさいわねぇ、何事かしら?」

「ふむ。少女二人に、男が五人、と言ったところだな」

 煩わしそうに眉を顰めるレミリアに、カルロが気配を探りながら答えた。

「こちらに向かってくるな」

 カルロがそう呟いた、その時、扉が開いた。



   *   *



 その日、アリサ・バニングスは親友の月村すずかと一緒に帰宅しようと車に乗って移動中だった。もう一人の親友の高町なのはは『魔法』の修行の為に不在だ。

 アリサとすずか、なのはは今年の春に小学六年生になった。

 この数年間で様々な出来事があった。

 なのはが『魔導師』になった事や、実はすずかが『吸血鬼』の一族であった事を知ったりした。
そして、大財閥の娘であるが為に誘拐された事もあった。その誘拐で、アリサはバニングス家に雇われたエージェント達の手によって救出されたが、そのときの恐怖は少なからずアリサの心に傷を残した。

 そして今日、車で下校中に襲撃に遭い、アリサはすずか共々、再び誘拐されたのだった。

 誘拐犯の数は五人。しかし、襲撃の際に見たその身体能力は異常であり、恐らく今回の誘拐は月村関係だろう。

 アリサは冷静にそう分析しながらも、心臓はバクバクと早鐘の如く打っている。

 恐い怖いコワイ!!
 
 心が悲鳴を上げるが、ここで負けるわけにはいかない。弱みを見せればつけこまれると、アリサは理解していた。上手く立ち回り、助けを待つのだ。

「ちょっと、もっと丁寧に扱いなさいよ!」



 アリサは夢にも思わない。

 まさか、誘拐犯やら、『吸血鬼』モドキの人間が可愛く見える程のトンデモない存在が、壁一枚向こうでダラダラしているなんて、思いもしなかったのだった。



   *   *



「だ、誰だ、お前達!?」

 誘拐犯が叫ぶが……。



 バリバリバリ。

 ずず~。

 ずず~。



 超無視。



 三人は煎餅を喰ったり茶を啜ったりとマイペースに寛いでいる。

「誰だって、聞いてんだよ!?」

「おい」

 激昂しそうな様子の男を、仲間の一人が落ち着けと嗜める。

「別に誰でも構わないだろ? どうせ見られたからには死んでもらうしかないんだからな」

「はっ、そうだな……」

誘拐犯達はハジメ達に視線を向け、暗い笑みを浮かべる。

 その言葉を聞いて慌てたのが、アリサとすずかだった。

「そこの三人、逃げて!」

「この人達、吸血鬼なの!!」

 口々にそう叫び、マイペースな三人に忠告した。

 そんな少女達の忠告に、茶を啜っていた二人、カルロとレミリアが反応した。

 そんな二人の様子に気付かず、誘拐犯の男は手を振りかざした。

「うるせぇっ!」

「きゃぁっ!?」

 パシッ、という乾いた音と共にアリサは床に崩れ落ちる。

「アリサちゃん!」

 その様子を見たすずかが、誘拐犯達を睨みつける。

 すずかはそろそろ我慢の限界を迎えようとしていた。

 アリサは『吸血鬼』である自分を受け入れてくれた大切な親友だ。もし、これ以上アリサを傷つけようとするなら、自分の『力』を使ってでもそれを阻止するつもりだった。
 例え、その異質な恐ろしい『力』の所為で、でアリサが自分から離れるようになろうとも……!

 そんな悲壮な決意をするすずかだったが、幸運というべきか、残念というべきか、その決意は悲しくなるほどに無駄に終わった。



「吸血鬼だと……?」

「惰弱な人間風情が、吸血鬼を名乗るですって……?」



 主にこの二人、カルロとレミリアの手によって、誘拐という名の演目は、強制的に幕を下ろされようとしていた。



   *   *



 ハジメはごろごろとだらしない格好で煎餅を貪りながら、テレビ観戦を続けている。

「ははは! いいぞ、横島、面白すぎる!」

 みっともない顔をしながら逃げ惑う横島を見ながら、ハジメは上機嫌だ。
 そんな上機嫌なハジメの背後では、目を覆うよう人外魔境な惨劇が繰り広げられていた。

「惰弱! 脆弱! 貧弱! 何たる弱さ! この程度で吸血鬼を騙るなど、片腹痛い!!」

「ひぎゃぁぁぁ!!」

「お、お母ちゃ、ぐふぅっ!?」

 カルロはギリギリ意識が飛ばない程度の絶妙な力加減で二人の男をたこ殴りにしている。

「うふふ。好きなだけ踊るといいわ。踊り疲れたその時が、あんたの最後よ」

「ひぃぃぃぃっ!?」

 レミリアは加減された小さな光弾を飛ばし、男はそれを必死になって避けるが、避けきれずにかすり傷が増え、着ていた服がボロボロになっていく。

 双方共に、一方的な展開であった。

 とりあえず、レミリアは男のストリップなんぞに興味は無いので、男が見苦しい格好になる前に光弾を男の腹に叩き込み、意識を刈り取った。
 ボロボロになった男を前に、レミリアは、ふと、ある事を思いつく。

「あ、けど、これがカルロなら……」

 レミリアは衣服が破け、素肌を晒すカルロを思い浮かべる。

 何て素敵なチラリズム。

「イイ……」

 思わず涎を垂らしそうになるものの、直ぐに正気に戻ったレミリアは、いやん、私ったらハシタナイ、と頬を赤く染めて、身をくねらせた。

 そんなレミリアを幸いにもカルロは見ていなかったが、その時確かに悪寒が背筋を這い登った。

「うっ、何か、悪寒が……」

 その悪寒により、うっかり力加減を間違えて、カルロは男達の意識を刈り取った。

「あ、しまった……」

 男達はカルロの足元に崩れ落ちた。

 レミリアが男を引き摺りながら、カルロの元へ近づく。

「カルロー、こっちは終わったわ」

「ああ、こちらも終わった」

 五分もかからず男達をボロ雑巾のようにしたカルロとレミリアは、男達をそのまま放置し、再びテレビ観戦に戻る。

「おお、二人とも。今、調度面白いところだぞ」

「ああ、ハジメ様のお気に入りの人間の試合ですか」

「あら? あの男、ドクター・カオス?」

 何事も無かったかのような三人の遣り取りに、部屋の隅で縮こまっているアリサとすずかは、ただ呆然としていた。

「……ええと、実は、あの誘拐犯は凄く弱かったって事?」

「……違うと思う」

 何ともまあ、あっけない幕切れだった。



   *   *



 ハジメがもう一度横島の活躍を見ようと、映像をまき戻ししていると、本日二番目の訪問者が現れた。

 その訪問者は、二十代前半の年頃の男女二名だった。

「すずか!」

「すずかちゃん、アリサちゃん、無事か!?」

 言わずと知れたカップル、月村忍と、その恋人、シスコンの高町恭也であった。

「お姉ちゃん!」

「あ、大丈夫です。大して怪我もしてません」

 忍がすずか達に駆け寄り、無事を確認して安堵の溜息を吐いた。そして恭也は。ボロボロになった男達を一瞥し、それを成したと思われるハジメ達に鋭い視線を向けた。

 恭也の刺すような鋭い視線をハジメ達は受けつつも、マイペースさを崩すことはせず、ケラケラと笑いながらテレビを見ている。

 徐に、恭也が口を開く。

「おい、あんた達――」

「あーっはっはっは! ここだ、ここ! 見ろ、この横島の顔!!」

 恭也の言葉に、ハジメの爆笑が被った。

「……おい、この男達をやったのは――」

「あっはっは! ドクターカオスも残念な面白さだ!!」

 またもやハジメの爆笑に恭也の言葉が掻き消された。

「……なあ、ちょっと、聞――」

「あははははははははははははははは!!」

 恭也はちょっと涙が出そうだ。

「ハジメ様。あの人間が、何か用があるようですよ」

「あ?」

 恭也の様子が気の毒になったのか、カルロがハジメに声をかけ、ハジメはようやく恭也に視線を向けた。

 恭也はカルロに少し感謝しながら口を開いた――が、しかし……。

「あんた達は――」

「四名様お帰り~」

 恭也が言葉を発した瞬間、ハジメがそう言い、一つ手を振った。

 その瞬間――。

「は?」

「え?」

「ひぅっ!?」

「きゃ、きゃぁぁぁぁぁ!?」

 恭也、忍、すずか、アリサの足元に巨大な穴が空き、吸い込まれるようにして落ちていった。

 四人が穴の中へと姿を消し、テレビの音だけが辺りに響く。

 穴が閉じ、元通りになった床をカルロとレミリアは見つめ、何かを悟った様な表情をして、遠くを見つめた。


――頑張れ。


 消えた四人の行方は知らずとも、きっと碌な事にはならないと二人は確信し、名も知らぬ四人の人間へエールを送った。

 辺りにはただ、ハジメの爆笑と、テレビの音が空しく響いていた。



   *   *



 さて、穴に落ちた四人だったが、ぺっ、と穴から吐き出された場所は意外とまともだった。

 その場所は、『警察署』。

 ハジメは拾得物は警察へ、という社会のルールを忠実に守り、四人を警察署へ飛ばしたのだ。

 だが、しかし……。

「えーっと、あの、俺達は怪しいものじゃなくて……」

「あの、えっと……」

「どうしよう、アリサちゃん……」

「あのー、バニングス家から誘拐に関する通報がありませんでしたか?」

 四人が飛ばされた場所は、確かに警察署だったのだが……。

「五月蝿い! 両手を上げろ!」

「はい、そうです、署内に侵入者が!」

「急に何もないところから現れやがった……」

「いや、何かトリックがあるはずだ。こんなに簡単に、しかも子供連れで侵入を許すなんて……。進入経路を吐かせなければ……」

 恭也達四人が飛ばされた場所は、沢山の机が並ぶ署内、『刑事課』のど真ん中だったのだ。

 万感の思いを込めて、恭也は呟く。


「何で、こんな事に……」


 ハジメと出遭ったのが運のつき。

 理不尽な迷惑を被る事。それは、ハジメと遭遇した者が必ず通る道の一つであった。






[19251] 第十九話 試合観戦
Name: ニガウリ◆92870b4e ID:68c9a700
Date: 2011/05/25 13:22
 第十九話 試合観戦



 恋人の妹を、妹の親友達を救出に向かった高町恭也が歩く自然災害と遭遇し、警察に飛ばされた挙句、銃刀法違反で臭い飯を食っている、その頃。
 歩く自然災害こと、ハジメはゴーストスイーパー資格試験の見物に来ていた。

「のっぴょっぴょーん!!」

 追い詰められた横島の一発ギャグにより、勝負の風向きが変わり、見事その煩悩により横島は勝利を収めた。
 そして、その試合を観覧していたハジメはというと……。

「だーっはっはっはっは! 馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ! あの女負けやがった! 横島が勝った! あははははははははははははははははははははは!!」

 案の定、爆笑していた。
 そして、ハジメに拉致されたレミリアとカルロは、ハジメの真後ろの席に座り、興味深そうに横島を見つめ、言う。

「ねえ、カルロ。最近の人間って、煩悩が霊力の源になるのね」

「ふーむ。彼が特殊なだけのような気がするが、我々が幻想郷に篭ってから随分と人間も様変わりしたようだな」

 二人はうっかり間違った常識を植えつけられそうになっていた。

 そして、第三試合。
 横島の相手は、メドーサの部下たる魔装術の使い手、陰念。
 気を抜けばあの世行き。素人に怪我は得た程度の実力だった横島は、結局相手の自爆により勝利を収めた。

「おお、見事な異形化だな。いっそ幻想郷に送ってやるか?」

「やめてあげて下さい」

「あの程度の実力じゃ、送った瞬間妖怪にうっかり殺されるかと……」

 誰も知らないところで陰念の死亡フラグが立っていた。



 さて、調度その頃、見事小竜姫の裏をかいたメドーサは、試験会場に入り、目に飛び込んできた光景を必死になって否定していた。

「いやいやいや、そんな、まさか、こんな所に居る筈が……。あれは幻よ。きっとそうに違いない」

 目をこすり、目薬をさし、再び見る。

「……幻であって欲しかった」

 メドーサはその場に崩れ落ちた。

「何で、ハジメ様が此処に居るのよ……」

 しかも、自分より強い大妖怪まで連れている。
 まさかの死亡フラグ、否、世界の破滅フラグの乱立にメドーサの心は折れそうだった。

「諦めてはいけません、メドーサ。諦めたらそこで試合終了ですよ」

「何で貴方まで居るんですか、黎明様……」

 魔族と神族の垣根を越えた食事係黎明に、慈愛に満ちた麗しい笑顔で慰められ、メドーサは泣きそうだ。
 そんな時だった。

「メドーサァァァァ!!」

 小竜姫が大声でメドーサの名を叫び、猛スピードでこちらに駆け寄ってきたのだ。そして、その声が聞こえたのはメドーサだけではなく……。

「ん? メドーサと、小竜姫?」

 ハジメがこちらを振り返った。
 それを見たメドーサは呟く。

「嗚呼、試合終了……」

「諦めてはいけません、まだ大丈夫ですよ!」

「メドーサ……って、黎明様? ……ひぃっ! ハ、ハジメ様!?」

 ハジメに気付いた小竜姫は短く悲鳴をあげ、慌てて後ろ手に神剣を隠す。
 顔色を悪くする彼女等の様子を気にすることなく、ハジメはこちらへ歩いてくる。

「何だ。二人とも試験を見に来たのか?」

「は、はい……」

「いえ、私は……あ、いえ、そうです。試合を見に来ました」

 青い顔で頷くメドーサを小竜姫は横目で見遣り、ハジメの質問を否定しようとしたが、思い直して肯定した。ここで変に興味をもたれて、引っ掻き回されても困るのだ。

「んで、黎明。ポップコーンは買ってきたのか?」

「はい、ハジメ様! フランクフルト、ホットドックも売っていたのでコーラと共に買って来ました! 吸血鬼用に血液パックもあります!」

 黎明は近くの座席に置いてある戦利品を指差し、ハジメに敬礼した。

「おー、ご苦労さん。おーい、カルロ、レミリア。血液パックが来たぞ」

 ハジメは大妖怪二人に声をかけた。

「ああ、ありがとうございます」

「うー、血液パックなの? 人間界の血液パックって、変な薬品が入ってる事があって美味しくないのよね……」

 素直に礼を言ったカルロに対し、レミリアは少し愚痴を零すが、その後礼を言って血液パックを受け取った。
 三人が黎明の戦利品を囲んでいると、息を切らした唐巣神父が小竜姫を見つけ、駆け寄ってきた。そして、何故かメドーサといがみ合う事もせず、顔を引き攣らせて一点を見つめている事に首をかしげた。

「あ、あの、小竜姫様……?」

 恐る恐る唐巣神父が小竜姫に声をかけると、小竜姫は口元を引き攣らせながら、言った。

「唐巣神父……。いいですか、あの少年には絶対に関わらないで下さい。もし関わったとしても、機嫌を損ねないようにして下さい。もし機嫌を損ねたら、何をおいても美味しい食べ物を捧げるように。良いですね?」

 小竜姫のただならぬ雰囲気に、唐巣神父は戸惑う。

「そうね。あの方には絶対に近づかないのが懸命だわ。へたしたら世界の破滅だもの。魔族だって世界の破滅なんて望まないわよ」

 肩を落とし、溜息を吐くメドーサに唐巣神父は目をむく。あのメドーサにここまで言わせるあの少年は一体何者なのだろうか?
 会場の一角に、実は魔族よりも危険な人物が居るなどとは思いもしない。

 唐巣神父の疑問を置き去りに、時間は過ぎ、次の試合が始まった。対戦カードは、ピート対雪之丞だ。

「お、カルロ。お前の甥っ子が出たぞ」

「ああ、あれがそうですか。しかし、弟にそっくりですね……」

 ハジメが指差す方にカルロは視線を向け、呟く。

「中身は似てないと良いんですが……」

 弟の頭の固さと言うか、阿呆っぽさを思い浮かべ、カルロは溜息を吐いた。
 そんなカルロの隣りで、あれが甥っ子か、叔父の妻たる私にとってもあの子は甥っ子、挨拶しなければ、等とレミリアは計画を立てていた。カルロ危うし。

 さて、ハジメ達が大人しく試合を観戦する中、それでも計画を実行しなければならないのがメドーサである。
 吸血鬼の能力に、神聖な力までも使い出したピートに雪之丞が苦戦している。このままでは計画が狂う可能性があると判断し、メドーサは勘九朗に指示を出した。



 ハジメと吸血鬼二人は確かに見た。試合が行われている舞台の結界に確かに小さな穴が空き、それがピートの足を貫いたのを。
 さて、それでハジメ達が不機嫌になるかといえば、そうでもなかった。

「んん? 何だ、あの横やり。どうせなら舞台の中に入れるなら、横島を入れれば良いのに。その方が断然面白いのに」

 鬼のような発言をしたのは、ポップコーンを貪り食うハジメだった。

「まあ、あの程度の不意打ちに気付かない甥の方が悪いですね。この程度じゃ、幻想郷では生き残れませんよ。妖怪同士の軽いお遊びで死にそうですね」

 カルロは自分の甥っ子に対し、辛口な意見を言った。

「まあまあ、カルロ。仕方が無いわよ。人間界育ちで、目立つような実力者は幻想郷入りしててあまり人間界に居ないもの。人間界で生き残るだけなら、あの位の実力で丁度いいのかもしれないわ。強すぎる力は、人は忌避するもの」

 レミリアのフォローを聞き、それもそうか、とカルロは思い、運ばれていく甥を見つめた。
 そんな二人の横で、ポップコーンとフランクフルト、ホットドックを食い終わったハジメは立ち上がる。

「さて、俺は横島に挨拶しに行くが、お前等はどうする? ピートにでも会いに行くか?」

 ハジメの言葉にカルトとレミリアは顔を見合わせ、答えた。

「いえ、私は幻想郷にかえろうかと思います。私が、これ以上ゴーストスイーパーばかりの会場に居るのも何かと不都合でしょうから」

「あら、カルロ、このまま帰っちゃうの? 甥っ子君に挨拶くらいしたほうが良いんじゃない?」

 カルロの妻です、という自己紹介を狙うレミリアがカルロにそう言うものの、カルロは首を横に振った。

「いや、自分で言うのもなんだが、私のような力を持つ叔父が居るのは、人間社会の中で生きるピートにとっては重荷になるだろう。先のことは分からないが、もっと確固たる地位を持った時に会うくらいが丁度良い。それに、急がずとも我々吸血鬼には時間が有り余っているからね」

 カルロの甥思いの優しい言葉にレミリアは胸がキュンキュンし、この男を絶対に逃してはいけないと思った。
 新たな決意を胸に、レミリアはカルロにへばりつき、ハジメに告げる。

「ハジメ様、私もカルロと帰ることにします」

「ふーん。そうか」

 ハジメはさして気にした様子もなく、腕を一振りして二人を幻想郷へと飛ばした。

 そんな三人の様子を見ていた唐巣神父は、目を剥いた。何故なら、彼の連れの二人をハジメが腕を一振りしただけで消し去ったように見えたからだ。
 他のゴーストスイーパー達は試合に視線を向けていたため、気付かなかったようだ。

「なっ……!?」

 驚いて声を上げた唐巣神父を見遣り、その視線の先を辿ってハジメに気付いたのは、横島だった。

「ん? あれは、ハジメ……か?」

 横島の呟きを聞き、唐巣神父は驚く。

「横島君、君は彼を知っているのかい?」

「え、ああ、はい。一応、ダチ……なのか?」

 曖昧な横島の答えに、唐巣神父はもう少し情報が欲しいと思ったが、自分の弟子の容態が気に掛かり、急いで救護室へと向かった。
 そんな唐巣神父の後を追いながら、横島は考えた。
 応援に来ると言っていたが、本当に来るとは思わなかった。男の応援で残念だったが、まあ、悪い気はしない。
 そうやって友情を感じている横島はきっと思いもしないだろう。
 まさか、お笑いを見るノリで、ハジメが自分の試合を爆笑しながら見ていたなんて……。そして、これからの試合も自分では笑えない、間抜けで笑えるシーンを期待しているだなんて、思いもしないのであった。





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