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[19116] チェーンソーが世界を救うと信じて!《ネギま×Gears of War》
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2011/09/07 23:12
どうも幻痛です。

※ ゴッド・オブ・ウォーではありません。
チェーンソーで切りまくりの「Gears of War」シリーズとのクロス作品です。
チェーンソーを銃剣代わりにする兵士が「ネギま」の世界に行ったら? というお話。
旧題:『B・カーマインのセカンドライフ』を再投稿ついでにタイトルを分かりやすく、なおかつ文章を改訂しました(他にも色々)
タイトルでたいそうなことを抜かしていますが、チェーンソーで何とかなるのは死亡フラグ程度だと思います。

※「小説家になろう」にも投稿しております。

厳しい感想、ご指摘大歓迎!!



[19116] 第一話 A・カーマインのセカンドライフ
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/11/22 12:11
「オールクリア」
 緑という色のかわりに赤茶色が広がる乾燥した大地に声が響いた。
 そこには顔に布を纏った者たちが倒れ、うめき声を上げていた。それぞれが銃器を所持しており、その多くは破壊されている。もう兵器としての役目を果たすことは出来ないようだった。
 その異様な場に一人だけが佇んでいる。
 立っているのは少年であった。
 頭にはフルフェイスのヘルメットを装着しており、表情を知ることは出来ない。所々を金属のプレートで補強し、蒼いバイザーが暗闇の猫の瞳のように光っていた。
 戦闘服を纏い、その上には防弾チョッキを着込んでいる。捲くられた袖からは歳に不釣合いなほど鍛えられた二の腕が覗いていた。
「良し。お仕事完了だ」
 ヘルメットをつけた人物が声を上げる。手にはチェーンソー……否、チェーンソーが取り付けられた無骨な小銃を下げている。エンジン駆動のチェーンソーは小型とはいえ銃剣代わりに使うには大きく、チェーンソーに銃がついているようにさえ見えた。
 太もものホルスターには六連装でマグナム弾を発射することが出来るS&W M29コンバット・リボルバーが収められている。狩猟で熊を撃つのが一般的な大口径の銃は太陽の光を反射して輝いていた。
「仕事は難民の避難が完了するまでだ。戦闘行為だけが仕事じゃない」
 少年に答えたのは少女であった。少年と同じく戦闘服に身を包み、肩には小柄な少女の身長ほどもあるボルト・アクションライフルを斜めに掛けている。腰まである長い黒髪と褐色の肌が印象的である。
「ああ、そうだったな」
「全く。仕事は最後まで責任を持ってやれと言ったのはお前だろう?」
「……そんなことも言ったかな?」
 少女のあきれた声に、少年は首をかしげながら答えた。それをみて少女は黒髪を揺らしながら思わずため息をつく。
「そんな調子だから、さっきの戦闘でも狙撃手に狙われるんだ」
「お前が始末してくれただろう。安心して“ココ”を任せられる」
 そういって少年はヘルメットをコツコツと叩く。
「普通は“背後”を任せられると言うんじゃないか」
「どっちも似たようなもんさ。信頼しているんだ。それで説教は勘弁しろ」
「説教に聞こえるとしたら自分でも自覚しているはずだ。大体そうやっていつも……」
 クドクドと思春期の子どもを叱り付ける母親のように、揚げ足を取りに近い説教を続ける少女。段々と怒ることが目的になりつつあるソレを少年は聞き流し、無線ケースから無線機を取り出して話し始めた。
「アルファ1、アルファ1。こちらブラボー6。オーバー」
『ブラボー6、ブラボー6。こちらアルファ1。オーバー』
「アルファ1、こちらブラボー6。ブレイク、障害を無力化、損害なし。これより護衛に戻る。回収部隊を頼む。ブレイク、オーバー」
『こちらアルファ1。ブレイク、了解した。消費した弾薬の補充を忘れるな。ブレイク、オーバー』
「ブラボー6、了解。アウト」
 無線の先、魔法使いによるNGO団体「四音階の組み鈴(カンパヌラエ・テトラコルドネス)」の本部に連絡をいれ、ヘルメットの少年、アンソニー・カーマインはスタスタと歩き去った。
「あの時だって私が居なかったら……って、おい! 置いて行くな!」
 話しかけていた人物がいつの間にか姿を消し、後姿が小さく見える頃になって慌てて少女、マナ・アルカナはアンソニーの後を追いかけていった。



 アンソニー・カーマインは転生者だ。少なくとも、彼はそう認識している。
 彼が死んだのは驚くべきか、遙か未来の世界のことであった。元の世界の人類の科学技術は宇宙航行の術を得るほどまでに発展していた。そして人類は地球を飛び出して別の星へとその足を延ばしていた。
 たどり着いた星『惑星セラ』は人類が住むことができる有望な植民星となるはずであった。惑星の地下からは新たな資源が採掘された。発掘された液体の名は『イミュルシオン』。それはエネルギーとして利用でき、人類は安価で無尽蔵のエネルギーを得ることができた。
 しかし、新エネルギー開発による旧来の技術開発の破棄などにより、世界経済は破綻した。
 それ故、金のなる木であるイミュルシオンの産出国は周囲から妬まれた。
 そして、長い戦争が始まる。
 愚かな人類は星を変えても争い合い、終わりのない戦いを続けていた。
 しかし、何十年も続いた大戦は唐突に終わりを告げる。

 地底の住人、“ローカスト”が現れたのだ。

 灰褐色の肌をもつ地底人たちは圧倒的な物量戦で人類を攻め立てた。人類は下らない同族争いを止め、互いに手を取り合うことになる。そうしなければ立ち向かえないほどの戦争だったのだ。
 そうして人類とローカストの戦争が始まった。
 アンソニーは人類側の軍『COG』に所属する兵士であった。彼が一度目の人生で死んだのは戦場で故障した銃に気を取られ、遮蔽物から身を晒したためにローカストの狙撃手の餌食となったからだ。
 頑丈な筈のヘルメットを貫通し、頭を弾丸が貫く衝撃を感じた瞬間から、視界が霞んだかと思うと、彼は助産婦に取り上げられていたのだ。
 生まれた場所は人類誕生の地、地球であり、戦場であった。彼の親は魔法使いとその従者なのだそうだ。
 と言っても、直接聞いた訳ではない。
 彼の父親は戦場で亡くなり、母親はアンソニーを産んですぐに亡くなってしまった。彼に名前は無かった。名前を付けられる前に親が居なくなってしまったからだ。
 身寄りが無い彼は、両親の所属していたNGO団体“四音階の組み鈴”で引き取られた。便宜上、仮の名でジャックと呼ばれていたが、彼が言葉を話すようになると自分で名を決めた。
 アンソニー・カーマインと。


○○○○○○


 耳元でガミガミと説教を続けるマナの小言を聞き流しながら、アンソニーは自分の生い立ちを思い返していた。
 そしてふと気付いたことがある。
「なぁ」
「なんだ!」
 怒りのボルテージをそのままに返事を返すマナ。幼いながらにその表情は大人顔負けの威厳がある。外見的にせいぜい1○歳を超えた程度にしかみえないというのに。
 これは老けているのか、それとも成長が早いのか。後者と考えるほうが建設的且つ合理的であると思われる。
 そんなことより。
「俺の記憶が確かなら、昔のお前はもっと素直だった気がするんだが」
「えっ……」
 どういうわけか、あれほど口から思いつく限りの欠点を吐き出していたマナの口がふさがる。そして随分と狼狽えた様子でブルブルと震えだすと、消え入りそうな声を搾り出した。
「あ、だって……こういうのが好みだって……」
「好み?」
「言ってたじゃない……じゃなくて、言ってただろう?」
「……?」
 アンソニーは顎先、ヘルメットの先を撫でる様にして、自らの灰色であろう脳細胞を活性化させて「好み」をキーワード検索する。
 好み……。確か、いつの日か“四音階の組み鈴”の大人たちに相棒を組んでいるマナとの仲をからかわれた事があった事を思い出した。
 あの時、精神年齢がマナのソレより一回りも二回りも違うことを説明することも出来ず、仕方なしに「年上が好みなんだよ」などとほざいた気がする。
 肉体的になら兎も角、精神的に年上というと対象は三十代以上に限られてしまう。我ながらいい加減なことを言ったものだとも思ったが、大人たちは別の意味で受け取っていた。
「う~ん、確かにアンソニーは歳の割りに大人びた所があるからなァ」
「同世代のマナちゃんじゃ話が合わないって事か」
 などと、大人たちは当てが外れたような表情を作りつつ、「脈なしか」「賭けが……」と聞こえないような声量で呟く。何故その内容を知っているのかといえば、それが駄々漏れだっただけの話だ。
 どうやらこの大人たちはNGO団体として紛争地帯を渡り歩いているという立派な肩書きを持ちながら、裏でイタイケな子どもたちの甘酸っぱくもほろ苦い、下手をしたら一生のトラウマにもなりかねない恋愛事情を賭けの対象にしていたようだ。
 しかしながら、ソレを指摘してもこの男どもは笑いながら誤魔化す事だろう。憎たらしい限りだ。
 とは言え、育ててもらっている恩もあるので表立って怒るというのも不義理というもの。ここは一つ平和的な交渉をしようではないか。
「お姉ちゃんたちのトコに遊びに行ってくるよ」
「おッ、早速だな」
「ウチの女どもは気が強いから好みに合う奴がいるかね~」
「大丈夫だよ」
 元より口説きに行くわけではない。
「お兄ちゃんたちが子どもを駆けの対象にしていることを告げ口に行くだけだから」
 意図していなかったのだろう、ポカンと口を開けて硬直する男たち。きっと彼らは「やーめーろーよー! マナとはそんなんじゃないって! お姉ちゃんたちで証明してやるからな!」と図星を突かれると面白いように慌てふためく子どもの対応を想像していたのだろう。
 甘い。
「ま、待ってくれ!」
「バレたらどんな目に遭うか!」
 背後から聞こえる嘆きを聞き流し、足早に女性陣の元へと向かっていった。
 結果は上々であった。少なくとも、火炙りにされた者たちは二度とこんな事はしないはずだ。



「どうしたんだ? 急に黙り込んで」
「いや、なんでもない。好みのことだが、確かに年上が好みだって言ったな」
「だったら、こういう物言いが好きなんじゃないのか?」
(……なるほど)
 どうやらマナは身体は貧相でどうしようもないと判断して口調や性格を大人に近づけようとしているのだろう。
 マナにとって大人の女性というのは口うるさくも甲斐甲斐しく面倒をみるイメージのようだ。間違っているとはいいがたい。
 マナは嫌いではない。むしろ懐いてくれるので好きなほうだ。だが如何せん歳が違いすぎる。肉体的には二、三歳程度の差だろうが、精神的には20ほど差がある。どうしても子供としてしか見えない。
 単純にアンソニーの好みが胸の大きい女性というだけの理由もあるが、それを子どもに求めるのは酷だろう。というより、子どもを恋愛対象として考えるのはこの時代でも犯罪だったのではないだろうか。
「仕事中に余計なことを考えるな。腕が鈍るし、仕事に触る」
「そんなつもりじゃ……」
 アンソニーは自分のことを棚上げしてもっともらしいことを抜け抜けと言い、説教を食らった仕返しを実行する。
 意外と効果はあった。
 マナはたちまちオロオロと泣きそうな表情になりながら、なんとか怒られた分を取り返そうと口を開いては閉じるを繰り返す。
 こんな年相応の態度ができるこの娘は、先ほどの武装集団の武器を三、四百メートルほどの距離からピンポイントで撃ち抜くことが出来る天才だ。
 以前はそれほどの腕ではなかったが、パートナーを組むようになってからはメキメキと腕を上げていった。
 アンソニーは前線での戦闘は経験がある分得意ではあるが、狙撃が得意ではないので良いコンビである事は確かだ。
「別に怒っているわけじゃない。お前に何かあったら俺が困る」
 事実、アンソニーは以前まで大人と組んでいたが、能力的に認められたため自分の後輩(部下)であるマナとのコンビを任されたのだ。
 それゆえ、マナの失態はそのまま先輩(上官)であるアンソニーに返ってくる。それこそ怪我でもされたら、女たちにリンチにされた上で責任をとらされることだろう。
 例えどんな言い訳をしたとしても、アンソニーの運命は変えられないだろう。
 恐ろしい。
 アンソニーは想像して身を震わせた。
「そ、そうか! 困るのか!」
 テレテレと褐色の肌でも分かるくらいに顔を赤らめながら、マナは笑みを浮かべた。
 困ることを喜ばれても困る。ここは怒られていると思って俯きながら「気をつけます」とでも言うべきなのでは。
 まあ、そんなことを口うるさくいっても仕方のないことでもある。
 伊達に子供ながらに銃を扱えるように訓練されている訳ではない。勝手に気をつけることだろう。そう結論づけて気を引き攻め直す。
「さっさと護衛に戻るぞ。連絡もしちまったんだ」
「あ、待って!」
 歩幅が違うので普通に歩くとマナとの距離がどんどん離れていく。完全に口調が元に戻ってしまっているのは気が抜けたからだろう。
 トコトコと可愛らしくも必死についてくるマナの足音を聞きながら、アンソニーは妙なことになったものだと思った。
 あれほどウンザリしていた戦場に、一度死んでまで立っていることに。
「さっきから変だよ……違った、変だぞ」
 いつの間に傍まで来ていたマナが口調を意識しながら話しかけてきた。どうにも今日は考えごとが過ぎるようだ。
「何、お前の成長を嬉しく思っていただけだよ」
「そ、そそそそんな事! 私はまだまだ未熟だ!」
「分かってるよ。早いトコ俺からも卒業させてやる」
「──それは……嫌だ。まだ……」
 人のことは言えないなと思ってマナを褒めて誤魔化そうとしたが、何やら不安顔をされてしまった。
「当たり前だ。まだまだ訓練が必要だからな。しっかり俺の後に付いてこいよ」
 良く分からなかったが、とりあえず頭に手をポンと乗せて指示を出す。やりすぎると怒り出すので軽く一回だけ。
 それだけで十分だった様だ。
「──うんッ!」
 晴れやかな笑顔でマナは答えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



アンソニーさんの性格はよく分からないのでほとんどオリ主扱いになるかも。

原作での登場シーンが少なすぎる(泣)

二人の年齢は設定してありますが、伏せておきます。

正直時間軸がわからないので…(マナの話を信じたらこの時点での歳がヤバイことに)

補足:カーマインて誰ぞ? という人は某動画投稿サイトで検索すれば死に様が見れると思います。(グロ注意!)


誤字訂正:タイトルの「セカインドライフ」→「セカンドライフ」。恥ずかし過ぎる。報告感謝です。



[19116] 第二話 出会い
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/11/22 12:12
「ありがとうございました。今後もご贔屓に」
「こちらこそ。また頼みますよ」 
 プラチナブランドをなびかせながら、薄い碧眼の白人女性は笑みを浮かべて取引相手である『四音階の組み鈴』に所属する男性に別れを告げた。
 上質な白いスーツを纏った彼女は銃を持った護衛を引き連れながら、荷を運んできた大型の輸送機に乗り込む。
 輸送機に戻った『武器商人』は取引相手が見えなくなったところで盛大なため息をつく。
「たったコンテナ一つ分! って顔だな、ココ」
 護衛の一人、無精ひげを蓄えた白人男性が女性に話しかける。女性は鼻をならして同意した。
「全く。アレだけの量を私に運ばせるなんて燃料代の無駄だよ。会社のアホ共め! でも今回だけは許す! なぜなら次の取引相手は大口だからね!」
 そう言ってココと呼ばれた女性は輸送機に残っている荷物に目を向けた。『HCLI』と書かれたカバーに隠れたコンテナが貨物室に目いっぱい詰まっている。
「NGOの連中、払いは確実だけど一回の量が少ない。このまま次の買い手のところに行くから、そこで元をとろう!」
「帰り道が怖いねェ」
「フフーフ、私はジンクスなんて信じない! このフライトは最後までうまくいく筈だ!」
「自覚してるじゃん」
「機長! 離陸して!」
 護衛の言葉を無視してココは席に着きながらパイロットに指示を出し、次の取引相手に連絡を入れようとイリジウム携帯を手を伸ばす。
「そういえば」
「ん?」
「降りてくるときに見えたんだけど、NGO団体でも少年兵を雇っているんだね」
 電話を手に、着陸する前に目にした二人組みの子どもの話を持ち出すココ。戦場で銃を持った子どもは少年兵以外に居ない。一人はヘルメットを被り、もう一人は長い髪をした少女だった。
「人手不足なんじゃないの?」
「フーム」
 タバコを吹かしながら護衛が答える。たしかに紛争地域では少年兵など珍しくも無い。
「少年兵ねェ……」
 ココの呟きをかき消すように輸送機のエンジンがかかる。ヒト三人分ほどの大きなプロペラを四つ回転させながら輸送機は飛び立っていった。


○○○○○○


「よーし。運んでくれ」
 『武器商人』を見送った金髪を短く刈り上げた男性、ジャッカスは団員に指示を出し、自らも木箱の一つを抱えて簡易テントで作られたベースキャンプへと運ぶ。
 彼女たちが運んできた荷物は銃と弾薬だ。量にしてコンテナ一つ分はあるだろう。荷物は既に下ろされ、団のメンバーがキャンプへと荷を運び始めていた。
 そこに団員の一人であるローブを着た女性が声をかけてきた。その顔はフードに隠れて覗くことができない。
「ねえねえ。二人は何処に行ったの? 姿が見えないけど」
「二人?」
 二人と問われて一瞬考え込むが、団においていつも二人でいるメンバーと言えば思い当たる人物が居た。
「アンソニーとマナちゃんか? さっきまで此処にいたんだけどな……訓練じゃないのか?」
 戦闘が終わっても姿の見えない二人を心配しているのだろう。
「そう……」
「何だよ。いつもの事じゃないか。気になることでもあるのか」
 何やら神妙な声を出すフードの女性、ミランダに、荷物を地面に下ろしてジャッカスが尋ねる。
「だってェ、マナちゃんはあんなに可愛いのよ。アンソニーも常識はあると思うけど、思春期の男の子なんだから何か間違いがあったら……」
「間違いって……」
 ジャッカスは呆れてしまった。大人びたアンソニーなら兎も角、マナはまだ子どもだ。そんな二人が間違いを起こすことなど考えられない。
「いいえ! あんなに健気で可愛くて尽くしてくれる子はそうは居ないわ! 私がアンソニーだったら、甲斐甲斐しく世話を焼く何も知らないマナちゃんにエッチな悪戯の一つや二つ……心配ね」
「お前が心配だよ、俺は」
 若干引き気味に突っ込む。冗談で言っているのか本気なのか判断がつかないのがさらにジャッカスを不安がらせた。
「私がどうかしたのか?」
 噂をすれば何とやら。いつの間にかミランダの背後にライフルを担いだマナが立っていた。戦闘服をあちこちドロで汚し、何処となく不機嫌そうでいる。
「一人か。アンソニーは?」
「訓練を切り上げて銃の整備だそうだ。あんなモノに時間をかけるくらいなら私とのコンビネーションを磨くべきだというのに」
 フンッと鼻をならしてあからさまに不機嫌になるマナ。このあたりは歳相応の反応だ。
 銃の整備を「あんなもの」とは、どうやら大分機嫌が悪いらしい。銃というのはデリケートな代物だ。魔法と違って杖と呪文だけで事足りるという物ではない。屋外では砂が銃に入り込まないようにし、ガンオイルで定期的に磨いてやらないと暴発の恐れもある。
 銃使いであるマナはそんなことは百も承知の筈だ。命を左右する事柄を「あんなもの」扱いするほどに、アンソニーの側に居たいのだろう。
 ミランダの言う通り、確かに健気だ。
 『四音階の組み鈴』においてパートナーを組んでいるアンソニーとマナ。成人にも満たない歳の二人だが、戦闘においては大人たちに引けを取らない。
 近距離から中距離の戦闘を得意とするアンソニーに、天才的技術による狙撃で遠距離を得意とするマナは互いに欠点を補え合える良いコンビであった。
「だめよマナちゃん! そこは「私も一緒に整備する」って言って一緒に居ないと!」
「そ、そうなのか!?」
「そうよ~。そうすれば、もしマナちゃんが居なくなったとき、アンソニーは不安で仕方なくなってしまうの。そうすればもうコッチのものよ!」
「そうだったのか!」
「いや、その考え方はどうなんだ?」
 どうにもこの女性はマナをアンソニーにけしかけて遊んでいるようにジャッカスには見えた。というか、そんな幼馴染的なアプローチが仕込まれたものだと分かると、少し悲しくさえ思える。
 ついでにいえば、二人に間違いを起こさせようとしているのはミランダではないのだろうか。
「大丈夫よ! マナちゃんみたいな可愛い子は何をしたって初心な男の子は眩しく感じるはずだわ!」
「アンソニーが初心って……」
 ジャッカスにはアンソニーが初心な子どもとはとても思えなかった。
 アンソニーは物心ついた頃から頭を何かで覆うという妙な癖がある少年だった。初めは布を頭に巻きつけていたが、最近ではヘルメットを好んで着けている。あまりに長い期間その習慣を続けているので、素顔を知る人物は少ない。
 それだけならただの変わった少年だが、その言動は大人びていている。精神力もかなりのもので、銃弾が直ぐ脇を通り抜けても平然としている。歩き出すようになってからは誰が教えるわけでもなく銃器を扱いだし、マナほどでもないが腕も確かである。
 動作や重心の移動なども、訓練された軍人のような俊敏さと正確さがあり、上官である大人たちの命令も疑問なく従う。子どもっぽさとは無縁の人物であった。
 特に、銃撃戦の基本となる遮蔽物に身を隠す動作『カバーアクション』が大人のそれよりも徹底しており、時によっては逆に大人たちが注意されるほどだ。
「分かってないわね……男の子と言うのは常に女性の神秘さに惹かれるのも。それがより身近な人物であればあるほど、気付いたときの反動は大きいわ。そう……それは熱いパトスのように」
「おおッ……」
「いや、信じちゃ駄目だよマナちゃん」
 妄想に近いソレを熱弁するミランダの言葉に、感嘆の声を上げて感動するマナをたしなめる。子どもの素直さが悪い方向に行っているなとジャッカスは感じていた。
 マナの口調もはじめとは違って背伸びし始めた子どものようになっているのは、十中八九ミランダに吹き込まれたからだろう。
「じゃあどういう子だって言うのよ!」
 言うことを全て否定されてミランダは機嫌を損ねてしまったようだ。ジャッカスに食って掛かるように詰め寄る。
「俺よりマナちゃんの方が知ってるだろ?」
 それを制しながらマナに話を振った。
「私か?」
「そうだよ。アンソニーが“あんなに”感情的になったのは初めてだったじゃないか」
「ああ、あのことか……」
「何のことよ?」
 事情を知らないミランダはマナに問いかけた。今でこそパートナーとして組んではいるが、はじめからそうだった訳ではない。
「あれは私がアンソニーとパートナーを組んだ頃の話だ……」
 どことなく遠い目をしながらマナは語りだす。はじめて彼と出会ったあの日のことを。
「ほんの数ヶ月前だけどな」
「余計なことは言わなくていいの!」
 ジャッカスの空気を読まない捕捉をミランダは叱り飛ばした。


○○○○○○


 覆面をした変な男の子。
 それがマナがアンソニーに対して抱いた初めの印象だった。
 二度目の印象はヘルメットをした男の子になったけれど。
 彼女のような子どもはここでも珍しく、自然と歳が近いアンソニーと知り合うことになった。
「なぜヘルメットをつけているの?」
 出会った時、マナは挨拶よりも先にそう聞いた。戦場ならまだしも、その場はベースキャンプの中であった。防具をつけている意図が分からなかったのだ。
「安全のためだ」
「ここには敵はいないでしょ?」
「……落ち着くからだ」
「変なの」
 今思えば、あそこでヘルメットのセンスを褒めるべきだったのだろうかと、マナは思った。子どもながらに失礼なことを言ってしまったものだ。
「アンソニー。さっき言っていたマナちゃんだ。銃の腕前は確かだが、実践経験がない。鍛えてやってくれ」
「なんで俺が? ジャッカスがやればいいじゃないか」
「俺たちは次の作戦の準備がある。お前なら安心して任せられるからな」
「……命令なら聞くよ。不服だけどな」
 当時、マナの面倒をみる役割であったジャッカスはそう言ってアンソニーに任せた。何処となく含みのある言い方に、マナはほんの少しだけ不快になった。



「銃の扱いは得意なんだってな。なら、戦場での動きを教えてやる」
 天井の無い壁だけで作られたキルハウスと呼ばれる訓練施設に場所を移し、マナはアンソニーから戦場での動きを思えさせられた。
「まずは『カバー』だ。敵、特に銃を持った敵と相対する時は身を隠すアクションが基本だ」
 見よう見まねで遮蔽物に身体を張り付け、仮想敵に身体を見えないようにする。だが、不十分だったようだ。
「頭と尻が出てるぞ」
 そういってアンソニーは彼女の頭を影に押し込み、尻を蹴る。羞恥で顔が紅くなったのをマナは今でも覚えている。
「こんなことするより撃ったほうが早いよ」
「ほう。だったら実践形式で訓練するか」
 照れ隠しに言った一言だったが、アンソニーは真に受けたのか直ぐにペイント弾を持ってきた。
「一発でも俺に当てたらお前の勝ち。だが、俺が勝ったら大人しくカバーの訓練をしろ」
 元より訓練は受ける気ではあったが、なんだか下に見られている気がして思わずその提案を受けてしまった。
 当時のマナ自分の腕に驕りがあった。誰よりも早く敵を射抜き、誰よりも遠くの敵を屠ってきた。そんな自分がちょっと年上だからと言って偉そうに指示されるのが嫌だったのだ。



 結果だけを言うのなら、マナのペイント弾はアンソニーの身体にヒットした。彼のヘルメットに一発だけ。それも掠る程度のモノであった。対して私は体中に紅いペイントを施された。これが実弾だったなら、今頃は肉塊に成り下がっていただろう。
「敗因が分かるか?」
 ヘルメットを何処からか取り出した布で拭きながら彼は言った。拭くときでもヘルメットを脱がないので頭を拭いているようにも見える。
「私が身を晒したからか?」
 マナの戦法は視野を広く持ち、反動の小さな拳銃を二丁使って相手より先に狙い撃つことで無力化させるものだった。対してアンソニーは遮蔽物に終始身を隠し、マナのリロードの隙を狙って攻撃すると言うものだった。時によっては不意をつくように銃だけを突き出して銃撃を浴びせると言った攻撃を織り交ぜてくるので、モロに弾を受けてしまったのだ。
「わかってるなら良い。少なくとも、この状況ではお前の戦い方は褒められたモンじゃない。撃つよりも身を隠す事のほうが重要だと言うことだけ覚えとけ」
 その日の訓練はそれで終了だった。


「私はちゃんと当てたぞ……」
 はぐらかされた勝負の結果を思いながら、基地に備え付けられたシャワー室でマナは髪にこびりついたペイントを陰鬱な気持ちで洗い流した。

 全ての塗料を落とすのに数時間かかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

どうも幻痛です。

アンソニーとマナの出会いを書こうと思っていたらいつの間にか更なるクロスを書いていた…

その勢で一話に収まらなかったのはご愛嬌。

今後も他作品のクロスがあると思いますが、ソレほどまでに深く関わってくるわけではないので、原作を知っている必要はないと思います(私の書き方次第ですが)。

原作を知っていればより楽しめるとは思います。



[19116] 第三話 若気の至り
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/08/07 14:27
 マナを早々に基地に返したアンソニーは一人キルハウスに残り、機械仕掛けで起きあがる的を仮想敵として訓練を行っていた。
 射撃をしてカバー。
 カバーからの射撃。
 単純な動作を繰り返し繰り返し、早さの限界を追求し続ける。遮蔽物に体を隠すために深く体を沈める。膝を曲げた脚の間に体を押し込むようにして、年の割に大柄な体を潜めた。彼の体には砂鉄の詰まった重りが巻き付けられている。重量にして100キロ。ソレは訓練の度に数キロずつ増やされていた。
 誰かに強制されたわけではない。自らその重量を増やしていたのだ。大人たちはカーマインに、自身に対する甘えがないことを理由にして訓練などの割り振りを彼自身に一任させていた。
 新たに目標を撃ち倒し、アンソニーは直ぐに別のエリアへと移動を開始する。戦闘服は滝のように流れる汗を吸って重くなり、鍛え上げられた肉体には疲労が限界まで蓄積していた。
 ターゲットも残り一つになり、アンソニーはこれを終えてシャワーでも浴びようと、体に重くのし掛かる重りを歯を食いしばって持ち上げた。
 衝撃と共に、目の前が紅く染まる。
「あ?」
 間抜けな声を上げて、アンソニーは反射的に裾でヘルメットを拭う。バイザーを覆うように付着していたのは赤い液体であった。より正確に言えば、ペイント弾の塗料であった。
「隙だらけだったからつい」
 バイザーを染めるペイントを拭うカーマインに声がかけられる。声の主はマナであった。



 紅く染まる視界の先、迷彩ズボンに白いティーシャツというラフな格好で、キルハウスの出口に寄りかかる様にして立ってる。シャワーを浴びてきたのか、黒い髪は湿り気を帯びて一層際だって見えた。
 その手にはライフルが握られており、銃口からは僅かに硝煙が漂っていた。
 どうやらコレを撃ち込んだのはマナのようだ。何より本人がそう言っているのだ、間違いないだろう。
「夕飯の時間だ。そうそうに切り上げて食堂まで来いだって」
「夕飯?」
 言われて腕時計の針を見る。確かに、時計は18時を示している。マナが訓練を終えてからいつの間にか3時間ほど経過していた。どうやら訓練に熱中して気付かなかったようだ。
 どうやら何時までたっても戻ってこないカーマインを心配してわざわざ呼びに来てくれたらしい。マナの口ぶりからすると、誰かに頼まれたようだが。
 アンソニーはマナの艶っぽい黒髪を見ながら、
「随分と長いシャワーだったみたいだな」
「誰のせいだ!」
 マナは頬を染めて怒鳴った。どうやら髪についたペイントを落とすのに苦労したようだ。出会いがしらにペイント弾を食らわせたのも、その腹いせだろう。
「はいはい、俺が悪かったよ。身体を狙ったんだが、動きが速くて髪に当たっちまったのさ」
「私のせいにする気か!」
「そんなことは言ってないだろ」
 ペイントの件は子どもの悪戯として我慢することにする。避け切れなかったことに対する落ち度も感じていたからだ。
 前世の二の舞だなと、アンソニーは怒れるマナを余所に、汗を洗い流すためにシャワー室へと向かった。



「――なんで私がこんなこと……」
 シャワー室へと入っていくアンソニーを追いかけることも出来ず、マナは苛立ち紛れに呟いた。
 髪の汚れを洗い流した彼女は、大人たちに頼まれてアンソニーを呼びに行っていたのだ。仕返しついでに引き受けたが、頭にペイントを撃ち込まれても怒りもしない。肩透かしを食わされたようだ。
 アンソニーは子どもの癖に銃器の扱いに長けていた。マナもそれなりに自信はあったのだが、動きが妙に洗礼されているよう(なんというか、経験が違うというのか……)に見えたのだ。
 とにかく、大人顔負けの動きをするのは間違いなかった。
 幼かったマナは彼に嫉妬した。自分だけが特別だと思っていたのに、彼は彼女よりも特別だった。



 しばらくして、マンはアンソニーとコンビを組まされることになった。アンソニーもマナと組むことに抵抗があったようだが、それについては珍しく同意見だった。
 とにかく、マナはアンソニーに対して心を許してはいなかった。
 マナとカーマインが組まされてから数日後、マナは戦場にいた。



 初めての戦場は射的場だった。前線から距離をとり、後方からの狙撃を行う。いつもと何も変わらない。これはアンソニーがマナを最前線にあげるのを嫌がったからだ。
(大人たちは納得したが、私は違う)
 マナは苛立ちを呼吸をすることで抑えながら、ライフルの引き金を引く。ストック越しに伝わる衝撃と共に、スコープの先、ライフル弾に肩を貫かれた敵はコマのように半回転しながら地面へと倒れ、無力化された。
 ボルト・アクションライフルの薬室に次弾を装填し、取り付けられた高倍率スコープで敵の位置を把握する。スコープに刻まれたポイントの先にはアンソニーが重なっていた。魔法や銃を扱う大人たちに混じって大きな銃を振り回し、銃弾を敵に叩き込んでいる。 
 未だに彼の銃に取り付けられたチェーンソーの意味が分からない。
 近接戦闘をイメージしているのなら銃剣でもつければいいのだ。と、マナは思った。
 少なくとも、チェーンソーは材木を切るものであって肉を切るものではない。
 聞いた話では、アンソニーは初めのうちは普通の銃剣を使っていたそうだ。けれど、いつからかチェーンソーを取り付けていた。木々を切り倒すアレだ。
 取り付けた当初は重心が極端に前に移動した銃に振り回されていたが、銃のストックをはずしたり、チェーンソーを改造してとり回しを良くしていたらしい。
 気になって何故そんなモノを使うのかと聞くと、「こっちのほうがシックリ来るんだよ」と答えた。
 良く分からない。
 そんなものより拳銃かナイフを持っていけばいいと問うと「持ってるぞ」と言ってリボルバーを取り出した。
 六発しか撃てないリボルバーではあるが、構造が単純な分、故障が少ないので信頼性は高い。大口径のソレはストッピングパワーにも優れているだろう。マナには反動がきつすぎて使えたものではない。
 だが、サブウェポンの装弾数がたった六発ではムダに出来る弾は限られている。彼の射撃の腕は何度か見たが、精密射撃にはあまり向いていないように思えた。
 それについて指摘すると「いざというときに使えなかったら意味無いだろ? 弾数も重要だが、故障でもしたら悲惨だからな」と言っていた。
 言っていることは尤もだが、極端に故障が起こるのを怖がっているようにも思える。何か彼にそう思わせた事柄があったのだろうか。
 何にしろ、付き合いの浅いマナには分からなかった。
 ターゲットを数十ほど撃ち倒すと、間もなく戦闘は終わった。独裁政権の軍隊でも、魔法使いと従者たちには敵わない。
『マナ、こっちと合流しろ』
「わかった」
 ヘッドセットから流れるアンソニーの声に従い、辺りに潜んでいる敵が居ないのを確認しながら立ち上がる。ライフルを背中に移し、拳銃を手に警戒しながらアンソニーと合流しようと歩き始めた。
 彼女の持つ拳銃はアンソニーのもつリボルバーとは違い、反動の小さな小口径の弾丸を使用する。腕や足に撃ったところで致命傷にはならないが、急所にたたき込めば命を奪える。
 その筈だった。



 程なくしてアンソニーたちが待機するポイントにたどり着いた。
 周囲には呻きをあげる兵士が倒れ、マナを睨みつけていた。彼らの銃は残らず破壊されている。命を奪うのは良しとされていなかったからでもあるが、幼いアンソニーやマナに殺人の片棒を担がせたくなかったのだろう。大人たちは彼らの殺害を禁止していた。
 敵はマナには分からない言語で呪詛の言葉を吐き出している。言葉は分からないが、何を訴えようとしているのかは分かった。こんな子供に倒されて、プライドを傷つけられたのだろう。
 その中の一人、比較的軽傷の兵士が怒りを露わにしながら立ち上がろうとしていた。私は銃を突きつけて威嚇をするが、相手は激情に駆られて気にした様子もない。
 仕方なく脚に一発撃ち込む。兵士は悲鳴を上げながら無力化された。銃声に反応したのか、アンソニーがこちらを向いた。なんでもないと答えようとしたが、彼の目は私ではなく、その背後へと向けられていた。
 振り向きざまに銃を向ける。
 そこには、先ほど弾丸を撃ち込んだ兵士がいた。
 トッサに小口径の銃弾をたたき込む。しかし、盾のように突きだした兵士の鍛えられた腕に弾が阻まれ、致命傷にはならなかった。
 アンソニーたちが銃を構える音が聞こえる。だが、彼らと敵の間に立つようにしているマナが邪魔となり、発砲することが出来ずにいた。
(しくじった!)
 雄たけびと共に迫った敵は、マナの腕を掴んで引き寄せる。血だらけの腕で銃を奪い、もう一方の手でマナの首を締め付けた。
 奪われた銃を突きつけながら、兵士は大声でわめき散らしながらアンソニー達に銃を捨てるように命令した。
 大人達は直ぐに銃を捨て、魔法使いは杖を捨てた。だが、アンソニーは違った。銃を捨てるどころが、一歩一歩歩み寄ってくるではないか。
 それに気づいた兵士は銃をアンソニーに向け、互いに銃を突きつけあう形になった。
「アンソニー、よせ!」
「すいません。こいつは俺の責任です」
 その場にいた大人達の一人がアンソニーに命令するが、彼はソレを拒否した。
「お前、この状況で逃げられるとでも思ってるのか? そんな小娘、盾にもなりゃしねぇよ」
 銃を突きつけながらアンソニーが言う。兵士は大声で銃を捨てるように拳銃を突きつけ続けた。言葉も分からないのだろうが、出血と痛みに正常な思考が出来ないようだ。
 アンソニーの側にいたジャッカスが、
「アンソニー……銃を捨てるんだ。そいつは何をするかわからない」
 と敵を刺激しないように囁いた。
「……銃を捨てれば満足か?」
 そういいながら、アンソニーは銃を投げ捨てた。兵士に向かって。
 投げつけられた小銃は私の頭上を越えるような軌道であったが、マナは思わず怯む。それは兵士も同様であった。頭を庇おうとした兵士はマナを拘束していない方の腕、銃をもった腕をかざした。突きつけられていた銃が誰を狙うわけでもなく空を向く。
 マナは思わず見上げた空に浮かぶ太陽に目を眩ませながらも、ボンヤリとした視線の先、アンソニーがレッグホルスターからマグナムを抜くのが見えた。
 反射的に彼女は拘束された身を捩る。同時に兵士が吼えた。
 アンソニーが、敵が、互いに銃の引き金を絞る。マナは、アンソニーの両手に構えられたリボルバーのシリンダーが回転し、銃口が光ったのが見えた。
 敵の兵士の放った弾丸はアンソニーに頭部に突き刺さる。が、堅牢なヘルメットは火花を散らしながら小さな弾丸を弾き飛ばした。
 アンソニーから放たれた弾丸は舞い上がったマナの髪を数本引き裂き、そのまま背後の男の頭蓋を粉砕した。血と共にブヨブヨした肉片が大地に降り掛かる。
 頭部を破砕された兵士はゆっくりと仰向けに倒れた。乾燥した地面が血を吸い込み、黒く染まってゆく。
「あ……」
 思わず、マナの口から間の抜けた声が漏れる。
(私は――死ぬところだったのか?)
「ケガは?」
 呆然とするマナに、そうアンソニーは問いかける。見下ろすようにして佇む彼にマナは「無い」と答えながら顔を上げる。
 そして頬を張られた。
 パシッという乾いた音を耳に、彼女は頬が熱くなるのを感じた。
「お前にはまだ早い。戦場に出てくるな。もしまたあんな状況になったら、俺はお前も撃つ」
 怒鳴ることさえしなかったが、マナにその言葉は重くのしかかった。 




 基地に戻った一行。アンソニーはジャッカスに連れられて個室へ。マナは団の女性たちに怪我の有無をチェックされていた。
 遠くでアンソニーが怒鳴られているのが聞こえた。ソレがまるで自分に言われているように聞こえ、私は思わず体を震わせた。
 間接的とはいえ、命を奪ってしまったのだ。アンソニーがしかられているのも、そんな行為を『させてしまったこと』をジャッカスが悔いているのだろう。
 これで私は部隊を外されてしまうかもしれない。アンソニーともコンビも解消されるだろう。
 幼いながらも、当時の私はそう思っていた。
 そんな折り、側にいた団員の一人が、
「本当は内緒なんだけど、私もあなた達には仲良くなって欲しいからね」
 と、語りかけてきた。
「アンソニーはあなたの為にあんなことを言ったのよ」
「私の為?」
「マナちゃんみたいにかわいい女の子が危険な目に会うのは見たくないんだって」
「えッ!?」
 かわいい。そんなことはアンソニーの口から聞いたことがなかった。むしろ、手の掛かる子供程度の扱いだと認識していたからだ。
 虚を突かれて少し混乱していた私をみて女性は、
「戦場に子どもがいるのが本当は嫌なんだって、自分だって子どもの癖してね」
 マセてるとは思ったけど格好いいこと言うわよねと、女性は話を続けていた。



 それ以来だろうか、アンソニーにくっつくようにして生活をするようになったのは。
 子どもながらに恩を返したいと考えての行動だったが、今思えばそれ以外の気持ちもあったと思う。
 初めのうちは邪魔者扱いもされたが、数日もすれば文句も言われなくなった。
 私の決意を聞いてからは団の大人の女性たちは良くしてくれている。アンソニーのことについてなら、それこそ真剣な表情で話を聞いてくれるのだ。
 アンソニーの好みであろう言葉遣い、立ち振る舞いなどについてもだ。
 だが、「このまま行けば私の一人勝ち」「もっとプラトニックに進行させないと来月の給料が……」とよく分からないことを言っていたが、どう言うことなのだろう。
 私には分からなかった。
 結果的に、私は部隊を外されることも、アンソニーとコンビを解消されることもなかった。しかし、戦場にでることはしばらくの間禁止される事になった。
 戦場に出るなとは言われたが、訓練は別だ。当然のように、私はアンソニーの訓練につき合った。今までの自分を恥じて、彼の言うとおりに訓練した。
 そしてある日、彼は私に、
「前に言ったよな? 人質に取られたらお前も撃つって」
 と言った。そのまま話を続け、
「俺がそうなったら、お前が俺を撃て」
 と告げた。私は「何故そんなことを?」と聞くと、
「対等になりたいんだろ? これでお互いに人質になれなくなったな」
 少し笑いながら話しかけるアンソニーに、私は思わず声を上げた。
「よろしくな。相棒」
「うん!」
 初めて、彼にした笑顔だった。



「まったく、あんなにデカい石が挟まっていたとは……」
 マナが昔話に浸っている頃、アンソニーは愛銃の手入れを終え、マナとの今後の訓練スケジュールを確認するために彼女を捜していた。
 基地の内部をブラブラと歩き回ったが姿は見えなかったので、通りがかった団員に訪ねる。どうやら武器商人から買い求めた武器を運ぶ手伝いをしていたそうだ。
 なかなか協調性があってよい。どちらかというと一匹狼風な印象があったので喜ばしい限りだ。
 数分ほどで目的地にたどり着く。そこには何やら話し込むマナとジャッカス、ミランダの姿があった。
「という事があった」
 どうやらちょうど良く、話は終わったようだ。
「なんの話だ?」
 対して興味も無いが、なんとなくそう口に出して輪に入る。
「ひェッ!?」
 妙な声をだして振り返るマナ。背後から声をかけたので驚くとは思ったが、予想以上に反応が良かったので驚いた。
「……何だよ、変な声をだして」
「い、いや、なんでも……」
「まあいい。今後の訓練スケジュールを組むから来い。お前の意見も聞きたいからな」
「ああ、直ぐに行く」
「ミーテイングルームは使われてるから俺の部屋に来い」
「ああ、わかっ……え?」
「直ぐに来いよ」
 用件だけ伝えてその場を去る。背後でミランダの興奮した声が聞こえたが、マナの悲鳴のような声でかき消された。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
○後書きのようなモノ

疑問:ヘルメットで弾丸は防げるのか?
解:『killer7』のマスク・ド・スミスが頭突きで弾丸を弾くより有りかと。

…このネタが分かる人はかなりの通です。別にマスクを否定しているわけではありませんよ?(むしろ好き)

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○後書きのようなモノ

疑問:ヘルメットで弾丸は防げるのか?
解:『killer7』のマスク・ド・スミスが頭突きで弾丸を弾くより有りかと。

…このネタが分かる人はかなりの通です。別にマスクを否定しているわけではありませんよ?(むしろ好き)



[19116] 第四話 B・カーマインのセカンドライフ
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/03 13:17

 ベンジャミン・カーマインは闇に飲まれようとしていた。



 惑星セラで作られた組織、『統一連合政府軍(COG)』に所属するB・カーマイン二等兵。彼は地底からの侵略者"ローカスト"の攻撃から、マーカス・フェニックス軍曹率いるデルタ部隊と共に、人類に残された最後の拠点“ハシント”の防衛にあたっていた。今は亡き、彼の兄でもあるアンソニー・カーマインもこの部隊に所属していた。
 最後の拠点を落とされる前に相手を殲滅せんと行われる大規模戦闘。地底に拠点を構えるローカストを叩くために発案されたのは、歩兵を直接地底へと潜らせるという強襲作戦であった。敵の妨害を受けながらも地底へと突入したデルタ部隊の一人である、カーマインはそこで目を疑うものを見た。
「何だよ…何なんだよ、あれはッ!?」
 COG正式装備に身を包んだカーマインのヘルメットの蒼いバイザーが小刻みに揺れている。身に着けている首から足の先までを覆う分厚いアーマーは所々に敵味方の識別用に青く発光するようになっており、乱戦状態での誤射を少なくする働きをする。防弾防刃のアーマーは200キロ以上の重さがあるが、COG兵士は訓練によって極限まで身体を鍛えるので問題なく動くことが出来る。
「あのバカデカい芋虫野郎がハシントの地盤を食い破ったんだろう」
 フェニックスも同様の思いであったが、彼ほど動揺はせずに極普通に返した。むしろ合点がいったという表情だ。存在するものを食い尽すさんとする巨大なワームが、彼らが防衛していたハシントの地盤を掘り進み、町の一部を崩落させたのだった。彼らの視線の先には高層ビルの何倍もある体躯のワームが地面を掘り進みながら高速で移動をしている。連なった山が蠢くようなソレは、コンクリートの破片や民家の残骸を地上から落とし、ぽっかりと空いた地上には崩壊を免れたビルが覗いていた。
「まずは此処から脱出するぞ。芋虫はそのあとだ」
 崩落に巻き込まれた彼らも各所で救援を行っている味方のヘリコプターに救助を受けるべく、ヘリの着地が可能な高台で向かっていた。
 もちろん、すんなりと行くはずがない。ここはローカストのフィールドであって、人類はそのテリトリーにおびき寄せられたようなものだった。



「クソッ、奴らだ!」
 屋根が吹き飛び、倒壊した建物の二階に待機してヘリを待っていると、ローカストの集団が四方から襲いかかってきた。人類と長い戦争を行い続ける怪物は、人と同じような体の造りをしているがかなりの巨体で2メートル以上はある。体毛は一本も生えておらず、肌は白に近い灰色であった。 
「カバーだ!」
 フェニックスの声で各々が遮蔽物に身を隠しながら敵の集団に向けて銃弾を放つ。それに倣って、倒壊した建物の柱に身を隠し、銃だけを突き出して応戦するカーマイン。敵を視認しないで撃つブラインドファイアと呼ばれる技術で命中率はかなり低いが、牽制としては十分な力を発揮する。
 ローカスト達は銃弾に倒れながらも遮蔽物を利用してカーマインに近づいてくる。一匹のローカストがカーマインの隠れている遮蔽物に取り付き、大口径の銃口を遮蔽物の裏側へと向けた。
 しかし、そこに人影は無く、代わりに鎖のついたグレネードが取り付けられていた。グレネードはローカストの接近をセンサーで察知して青く点滅し、爆発と同時に煙を噴出した。爆風で仰け反るローカスト。爆発の煙に隠れるように背後に接近したカーマインは、アサルトライフルの下部に取り付けられた装置を起動する。
 黒煙を吐き出し唸りを上げるエンジンが、連なった刃を高速で躍らせる。銃剣代わりに標準装備されたエンジン駆動のチェーンソーだ。
 銃の軽く放り、上下を持ち替えると、一筋の線となった牙を上向きにしてローカストの股下から切り上げた。この世のモノとは思えぬ断末魔を上げてローカストの股が切り裂かれる。合金の刃は内臓と骨を砕き、磨り潰し、抉りながら肩口まで一気に切り裂いた。
「一匹やったぞ!!」
 大量の返り血を浴びながらカーマインは再びカバーポジションをとる。容赦のない銃弾が彼の隠れるレンガ造りの分厚い壁面の成れの果てを削り続ける。穴が開いた壁面に銃口を差し込んでライフル弾を撃ち続ける。
 要請したヘリが下りてくるその時までここを死守するために。



 上空から空気を切り裂く音がする。COGの汎用ヘリコプター"キングレイヴン"の羽音は耳障りな音だが、今は天使の囁きのようにも聞こえてくる。
「ヘリがきたぞ、乗り込むんだッ!」
 フェニックスの合図でチームがヘリに乗り込み始めた。
「おい、カーマインはどうした!?」
 機体の中にチームで唯一ヘルメットをかぶっている新兵のカーマインが見あたらない。余談だが、彼ら古参の兵がヘルメットをかぶらないのは彼らのヘルメットのバイザーが青く発光して目立つため、狙撃手の餌食に成りやすい為だ。
「軍曹、後ろは任せて下さい!」
 声はレイヴンの外から聞こえてきた。身を乗り出したフェニックスの視界に、ヘリを狙うローカストに銃撃を続けるカーマインの姿が映る。
「カーマイン、いいからさっさと乗るんだ!」
 最後まで残ってヘリの前で直立の姿勢で銃を撃ち続けるカーマイン。だが身を晒しながら銃を撃ち続ければいずれ・・・
「ぐあッ!?」
 撃たれる。
 あんな遮蔽物のないところで立ち上がっていたら、撃たれるのは当たり前だった。敵の放った銃弾はカーマインのアーマーの胸部当たり、盛大に火花を散らした。
「いわんこっちゃねぇ、引っ張れ!」
 衝撃でヘリにもたれ掛かったカーマインを数人がかりで中に引きずり込む。同時にヘリは上昇を始め、ローカストの射程距離から離れた。
「大丈夫か、あんなところで立ち上がるとわな。言っておいただろう。『カバー命』だってな。」
「すみません・・・でも、信じられない。やったんだ!」
 被弾したカーマインは別段負傷を負った様子が無い。分厚いアーマーに阻まれたのだ。興奮さめやらぬ様子で饒舌になるカーマイン。地底から抜け出すことが余程嬉しいのだろう。
 しかし、幸運だったのはそこまでだった。
 巨大ワームがヘリに接近していた。高速で動くワームの弾き上げた岩がヘリのノーターに当たり、竹トンボのように回転を始めた。
「うわあああぁあ!?」
「カーマイン!?」
 機体の床に寝そべるように乗り込んでいたカーマインは、遠心力で滑るように機外へと放り出されてしまった。
 滑り落ちたその先には大口を開けたリフトワームが待ちかまえていた。高層ビルを丸呑みに出来そうな大口にカーマインは落ちてゆく。巨大な闇が彼を飲みこんだ。



「うっ・・・此処は・・・?」
 どれほど時間がたったのだろうか、カーマインが眠りから覚めたのは湖の畔だった。覚えのない光景に周囲を見渡すと、倒れていた場所に散乱する装備を見つけることが出来た。
 装備は白い何かに覆われており、カーマインの体にも同様に白いもので汚れていた。
「・・・雪?」
 見上げればそこには青空が広がっている。雪が降っているのは近くの高山の雪が風で飛んできているのだろう。
「いつのまに地上に来たんだ?」
 なにはともあれ警戒を強化するべく、手早く武器を拾い集める。
 落下の衝撃で弾け飛んだと思われる武器を拾い集める。まずは"ランサーアサルトライフル"だ。人類側の主要な武器であるランサーは、アサルトライフルとしての機能と銃身下部に取り付けられたチェーンソーでの近接戦闘が可能な万能武器だ。チェーンソーによる一撃は人類よりも大柄なローカストを一撃で真っ二つにすることが出来る。
 次に拾ったのはロングショットライフル。射撃の度に薬室に弾を込める必要があるが、高倍率なスコープと高い命中率、大口径の殺傷力に信頼が置ける。
 右の太股に取り付けられているのはスナッブピストル。ロングショットライフルとは比べるまでも無いが、高い命中率と取り回しの良さでサブウェポンとしての働きをする。弾切れの際にはこれが命を永らえさせる。
 最後に拾ったのはフラググレネードとよばれる手榴弾だ。爆風と同時に無数の破片をまき散らす代物で、至近距離で爆発すれば肉片しか残らないほどの威力がある。センサーを内蔵しているため、スパイクを突き刺して壁や地面に取り付けて地雷として使用することも出来る。
 目に付いた装備を集めると周囲を見渡す余裕が出来た。湖の周囲には森が広がっている。だが見覚えがない光景であった。ハシントの周囲には枯れた草木しかなく、第一雪が降るような気候ではない。
「こちらカーマイン。フェニックス軍曹、応答してください!」
 ヘルメットに内蔵された無線機に向かって叫ぶ。だが返ってきたのは雑音ばかり。HQにも連絡を入れるが同様だった。思わず悪態をつく。
「あれは…?」
 仕方なしにあたりを見渡すと、森の中から黒煙が上がっているのが見えた。煙の元にはキングレイヴンのものと思われるノーターが覗いている。
「軍曹!みんな!」
 ライフルを背に、フラグを腰につるしてランサーを両手で握る。準備を整え森の中に足を踏み入れる。
 銃声が響いた。
「クソッ!」
 茂みを掻き分けて進んだ先、期待通りというべきかキングレイヴンがそこにあった。地面に突き刺さるように墜落したヘリに、灰色の怪物が『ハンマーバーストアサルトライフル』を向けている。ローカストのドローンだ。
「ニンゲンダー!!」
 ドローンはカーマインに気付くと、硝煙が漏れる銃口を向けながら叫ぶ。奴らは何故か人類の言葉を話すことができる。知能があることは分かっているが、カーマインにとってはただの敵だ。肉の塊だ。
「死にやがれッ!!」
 ドローンより早く、カーマインはランサーの引き金を絞った。50連装のマガジンから次々と銃身に入り込んだ弾丸は、ドローンの肉を抉り、爆ぜる。無数に放たれた弾丸の一発がローカストに額に突き刺さり、脳を露出させた。頭の無いローカストはハンマーバーストを撃ちながら吹き飛び、ヘリの残骸の傍に倒れこみ動かなくなった。
 カーマインは他に敵がいないのを確認して、縋る様な思いでヘリに駆け寄る。
「遅かったか…」
 操縦席には初期型のヘルメットを被ったパイロットの死体がある。首すじにぽっかりと開いた穴からは鮮血が漏れ、絶命している事だけは分かった。しかし、軍曹もほかの仲間の姿もない。死体がないだけマシかも知れないが、だとしたら何処に行ったのだろうか。
 機体の側面にある機銃をどかして更に中をのぞき込む。中にはいくつかの銃器と弾薬の詰まった箱が置いてあった。手持ちの弾薬は十分にあるので、弾が切れたらここに戻ってこよう。そう考えてカーマインは更に森の中へと足を踏み入れることにした。手に持ったランサーを握り直して警戒を強化する。一人ではローカストに立ち向かうのは至難の業だからだ。
 しばらく歩くと森が終わり、村が見えてきた。
「妙だな…ヘリから落ちたなら地底にいるはず何だけど…」
 ヘルメットを掻く動作をして困惑をあらわす。さらに近づくとある異変に気付いた。町の片隅で火の手が上がっていたのだ。
「ッ!? ローカスト共か!」
 味方の姿が見えなかったのは村に応援に行ったものだと解釈してカーマインは走る。村からは悲鳴が溢れ、爆音が響きわたっていた。



「――銃声がしない…?」
 村に到着したカーマインは耳を澄ませ、戦闘区域を知ろうとしたが、銃撃の音が一切響いてこないことを疑問に思っていた。さらに進むと、銃声の代わりに怒声と悲鳴が耳に入ってきた。
「助けて!」
「戦えるものは杖を持て!!」
 路地から出てきたカーマインは目の前を駆けていく人々をみた。悲鳴をあげる住人が掛けていく方とは逆方向に行く人々は何故か、魔法使いのようなローブを羽織っており、杖を手にしている。
「あんなので奴らと戦う気かよ!?」
 自警団ですら銃を持つというのに、彼らはただの棒きれで戦うつもりだということに絶句して呼び止めようとする。
「あんたたち、銃を持ってないなら下が・・・ッ!?」
 杖をもった集団を光が包み込んだかと思うと、そこには石像が列をなして立っていた。
「な・・・んだ…?」
 近寄り、触れてみる。ゴツゴツとした質感は石そのものだった。
「ローカストの新兵器・・・?」
「GUOOOooow!!」
「嫌ぁ!?」
 石像に見とれているカーマインの耳に、何かの声と女性の悲鳴が届いた。



 女性は女の子を抱えて半ば倒壊した家の壁にもたれ掛かるようにしていた。
 何故そのような格好をしているのかといえば、彼女の目前に異形の怪物が迫っていたからだった。異形は三メートルはあろうかという巨体で、肌は黒く染まっていた。
「嫌・・・こないで・・・」
「ママ・・・」
 平和な村に突如訪れた地獄。夫は近所の人たちと共に石にされ、彼女に残されたのは一人の娘だけ。それもこのままでは守れそうにもなかった。怪物は彼女たちの前に歩み寄ると、その女性の胴回りほどの大きさの両腕を振り上げ、二人を叩き潰そうとする。
「だれか…」
 彼女の願いを神は聞き入れたようだ。
 悪魔のこめかみに一筋の線が突き刺さったかと思うと、反対のこめかみから線が突き出し、水風船が破裂したかのように頭部が弾けた。悪魔の血と体は地面にふれる前に消え失せる。召還されたものたちはダメージを受けすぎると元の世界に送還されて姿を消した。
「大丈夫か!」
「へっ?あっ、ハイ!大丈夫です」
 急な出来事に呆気に取られていたが、駆け寄ってきた人物に声を掛けられ反射的に返事をした。
「良かった!民間人は早くここから離れてくれ!」
「はぁ? はい…そうします。ありがとう御座います!」
 駆け寄ってきた人物を見て彼女は絶句してしまった。魔法使いの村でこんなSFのようなアーマーを着込んでいるなんて、相当な変人かも知れないと思っていた。だが、カーマインの持つ長い銃の銃口から昇る煙をみて助けられたのだと分かり、素直に感謝をしてその場を離れた。
「誰だったのかしら…」
「きっと正義の味方だよ!」
「…そうね。じゃあ正義の味方さんの邪魔にならないように早く逃げましょうね」
「うんッ!」
 見かけは怪しいが、彼女たちにとってはヒーローに違いない。二人は急いで村から離れるべく、煙の揚がる方とは別の方向に駆けた。



 カーマインはホッと胸を撫で下ろした。ローカストとはどこか違う敵に対してどれほど有効か分からなかったが、ロングショットライフルは十分な結果を残した。
「あれは新種かな…いや、今は救出が先だな」
 死体が残らなかった理由は不明だが、今はそう結論付けてカーマインは走った。すでに戦闘区域なため、腰をかがめて敵の攻撃が当たりにくいように移動する“ローディラン”と呼ばれる走法だ。
 一際大きな怒声が響くエリアに近づくと、建物の壁に背を擦るようにして角の先を覗き見る。
 カーマインはそれを見て、一瞬だけヘルメットを脱いで頬を抓りたくなった。
 そこには棒切れから光を放ちながら戦う魔法使いと、ローカスト軍の家ほどの大きさのある生物兵器“ブルマック”のように巨大な異形が乱闘を繰り広げていた。
「まだ…夢の途中みたいだな…」
 軽く現実逃避をするカーマインであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次男登場。



[19116] 第五話 ランサーの使い道
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/05 21:27
 カーマインは唸りをあげる鋸状の刃を振るい、対象を切り刻む。削られた破片が勢い良くヘルメットにあたり視界が鈍るが、チェーンソーを起動中に目を瞑るような事はしない。対象を真っ二つにするまで攻撃の手を緩めるわけにはいかないからだ。
 その様子は、見る人によってはとても残酷に見えることだろう。しかし、彼は必死だった。
生きるために。そして、民衆のために。
「倒れるぞ~!」
 樹を斬っていた。



 ランサーで根本に切れ込みを入れられた樹が切れ込みとは反対の方向に倒れる。倒れる樹の下敷きにならないように声を張り上げ、周囲に注意を促すカーマイン。
「お疲れさん。いや~良い鋸だな。俺の斧と交換しないか?」
 筋肉質な身体にひげを蓄えた男性がカーマインに話しかける。手に下げられた無骨な斧は使い込まれているが、刃は爛々と輝いている。
「ははっ、駄目ですよ。一応、軍の備品なんですから」
「そりぁ残念だなぁ」
「「あははははっ」」
 斧を担いだ男性と話すカーマイン。カーマインは調理や暖を取るための薪を取るために木こりの仕事を手伝っていたのだ。
「しかし、本当に助かるよ。避難してきた者たちが多くて薪が足らなかったからな」
「いえいえ、軍人として人々に尽くすのは当たり前ですよ。それに困ったときはお互い様でしょう?」
「おおっ、良いこと言うねぇ~兄ちゃん」
「いえいえ、其れほどでも、ありますけどね~」
「「HAHAHAHAHA!!」」
 本日二度目の高笑いが森に響いた。
 なぜカーマインがこんなところで木こりの真似事をしているのかというと、それは数日前に遡る。




 突然、ファンタジーの世界に紛れ込んでしまったかのような錯覚に陥ったカーマインだったが、魔法使いが守るようにしている小さな子供の背後に、小型の異形と刃物を持った人形のようなモノが接近しているのに気づいて駆けだした。
『スプリングフィールドの血族を殺せ!』
『喰らいつくせ!』
 声に気づいた少年が振り向いた時には、敵意を持った存在が数メートル先まできているところであった。
「だ、誰か……助けて……お父さん……」
 後ずさる少年に異形達は迫り、人形の持つ刃が触れようとしたまさにその時、人形の腕が木っ端に散った。
「うおおおおぉ!!」
 カーマインの銃撃だ。中腰の姿勢から放たれた弾丸はマリオネットの球体間接を削りとばし、操り人形のように無様に宙を舞わせた。
 本来、戦場で身を晒すことは自殺行為だ。狙撃手の格好の的に成りかねない。しかし、今回は異形と人形の注意をこちらに向けることが目的なので、大声で奴らに自分の存在を知らせる必要があった。
 破壊された人形の背後にいた小型の怪物と人形がカーマインに向き直る。カーマインは少年が射線上に並ばないように回り込みながら、銃身が加熱して赤く染まるまで撃ち続ける。
 数十発の弾丸をその身に浴びた人形の下半身は粉々に吹き飛ばされ地面に沈む。その横をすり抜けた怪物はカーマインに肉薄した。
 50連弾倉の中身を撃ち尽くし、リロードする時間もない。ならばする事は一つ。
「きやがれ!!」
 ランサーに装備されたチェーンソーが排気口から黒煙を吐き散らす。異形は地面を滑るように移動し、カーマインの手前で飛び上がるようにして襲いかかった。
「オラァ!」
 ランサーで異形を受け止めるようにして接触させる。起動したランサーに触れてしまえば相手の反撃はまず無い。ランサーによる攻撃は相手の肉を削る。神経がズタズタに壊されるので痛みのあまりにショック死をする事も多々ある。
「ギャギャッ!?」
 唸るエンジン音に異形の悲鳴がかき消される。小柄な体は一秒足らずでランサーに両断された。
「楽勝だ」
 身体に纏わりつく臓物を振り払い、カーマインは下半身が砕かれた人形に近づく。まだ動けるようで人形が上体だけで刃物を振るって抵抗する。だが、カーマインはその刃物を蹴りとばすと人形を跨ぐように立ち、拳を振るった。一撃で人形の顔が歪み、二撃、三撃と殴り付けると動かなくなった。
「変な気分だぜ……」
 マネキンに殴りかかるような妙な感覚を覚えながらも、カーマインは子供に声をかけようとして子供を見る。しかし、少年の視線が自分の背後に向いているのに気付き、急いで振り返った。
「ぐッ!?」
 目の前を何かが遮ったかと思うと、カーマインの首に巨大な手が掴み掛かってきた。掴まれた衝撃でランサーが弾きとばされる。
「はな……し、やがれ……!」
 そこには6メーターはあろうかというホッソリとしたシルエットの異形がおり、片手でカーマインは持ち上げられていた。異形は彼を目の高さに持ち上げ、観察するようにしながら両手で首を絞めてきた。
「趣味が……悪い……」
 生命が消える瞬間を楽しもうとしているのだろう。顔を近づけてカーマインのヘルメットに触れそうな距離だ。
「ミンチにしてやる……!!」
 カーマインが腰に手を伸ばし、フラグを取り外すと異形の口内に殴り付けた。衝撃で異形の前歯は砕かれ、フラグの棘が肉に食い込み、甲高い電子音を響かせ点滅を始める。異形は片手でフラグを取り去ろうとするが、一度設置されたフラグは部分ごと取り外さないと外れない作りに成っているため出来ない。
「離しやがれ!!」
 カーマインは太股に取り付けられたスナッブピストルを抜くと自分を締め付ける異形の手首を打ち抜いた。一発では針が刺された程度の様子だったので、弾倉が空になるまで射撃を続ける。撃ち尽くされた弾倉が地面に落ちた頃には、異形の手首は半ばまで吹き飛ばされ、骨が露出していた。カーマインはピストルを振り上げ、骨に叩きつけた。
 数キロはある大型拳銃の重さと、鍛えられた腕力で骨は折れ、カーマインは異形の手からずり落ちた。
 異形は手の痛みと咥内の電子音に取り乱し、体を激しく揺すっていたが、電子音の間隔が次第に短くなるとフラグが光を発し、爆音が響く。
 紅蓮の炎と無数の破片が、異形の上半身を手のひら大の肉片に整形すると、異形は空間に溶けるように消え去った。
「ざまぁみやがれ!」
「なんだ、助けはいらなかったか」
 腕を振りあげ、勝ち鬨をあげるカーマインに声が掛けられた。そこには異形とファンタジーな戦いを繰り広げていた男がいた。
「こっちの台詞だよ」
「おっ、それは失礼したな」
 尻餅をついたままの状態のカーマインにローブの男が手を差し出した。カーマインは一瞬躊躇したが、男の手を取った。
「重っ!?」
「引っ張りあげておいて良く言うぜ……」
 カーマインの体重は装備を含め200㎏以上はある。それを軽々持ち上げるあたり、見かけ通りの優男ではないようだ。
 カーマインはランサーを拾うと子供を見る。子供は男の持っていた杖を持っているが、重すぎて満足に取り扱えないようだ。周囲を見渡すと、地面が抉れていたりする以外は異形の姿も死体もない。おそらく死んだら消える生き物なのだろう。聞いたことはないが、事実そうなのだから仕方がない。
「なあ、あんた。救援が来るまでこの子の面倒を見といてくれるか?」
「ん? あんたは出来ないのか?」
「……もう、時間がない。ネギ、言えた義理じゃねえが、元気に育て、幸せにな!」
「お父さん!」
 男は宙に浮いた。カーマインは今度こそ頬を抓ろうとしたがヘルメットに阻まれた。そのまま空高く上がっていくと、次第に男の姿が霞んでいった。残されたのは泣きじゃくる少年と半ば石化した少女、そしてヘルメットに突き指したカーマインだけだった。太陽が堕ち、月明かりが三人を照らしていた。



 それから三日後、空飛ぶウィザードたちが救援に来るまで、カーマインは彼らの面倒を見続けた。姉であるネカネにすがりつきながら少年は泣き続け、ネカネはカーマインの話を聞き、感謝をし続けた。カーマインがしたことはキングレイブンのパイロットを埋葬し、弾薬と銃器を運び出した事と、彼らが不安がらないように側にいて近場の民家から食料を拝借する事ぐらいだったが。
 救援部隊はカーマインを不審に思っていたが、ネカネとネギの弁明もあり、捕らえられるようなことはなかった。三人はウェールズの山奥の魔法使いの街に住むことになたったが、カーマインは素性が知れないため最高責任者である魔法学校の校長に呼び出しを受けていた。
「……そのヘルメットは外さんのか?」
「アイデンティティーまでは奪わせないぞ!!」
「……いや、すまんかった」
 武器の類を取り上げられたカーマインだったが、ヘルメットは死守してきた。
「君の言っておったCOGじゃがの、そんな軍は存在しておらんかったよ」
「そんなバカな!? この星でCOGが居ないはずないだろ!?」
「星?」
「そう、星」
「「…………」」
(精神の病気かの?)
(痴呆か?)
 結局、校長がカーマインの記憶を読んで危険はないと判断し、この世界についての説明を行った。初めは信じられなかったカーマインだが、実際に目の前で魔法を実演して貰い、星の位置を確認したりなど、ハシントのある星ではないと納得した様子だった。



 というようなやり取りがあり、人命救助を行っていたカーマインは人が良い校長に気に入られ、今は数人の避難民と住人のために薪をとる仕事を任されていた。
「カーマインさん、お疲れさまです」
「お兄ちゃん!差し入れだよ」
「ありがとうございます、サラさん、それにニアちゃんも」
 カーマインに助けられた親子は、たまにカーマインに差し入れに来たりと、色々と親切にして貰っている。
「食べるときでもヘルメットは外さないんですね・・・」
 こそこそと皆に背を向けてサンドイッチを貪り食う
カーマイン。
「外さないの、お兄ちゃん?」
「首がもげても外しません」
「「「…………」」」
 親子の目が怪しく光り、カーマインは冷や汗を流した。
「こらっ、止めっ・・・アッーーーーーー」
 そんなこんなで親交を深めた。



 数時間後、仕事を終え、ランサーを肩に担いで通りを歩くカーマイン。そんな怪しい人物に声をかけてきた少女がいる。
「カーマインさん」
「あぁ、ネカネちゃんか」
「その節はどうもありがとうございます」
「いやいや、当然のことだよ。ところでネギくんはまた?」
「ええ、部屋に籠もってしまって、どうやら魔法の勉強をしているようです」
「魔法の勉強か……」
「あっ、カーマインさんは知らないと思いますが魔法は杖だけでは使えないんですよ。呪文や知識がなければいけないんです」
「それで勉強か、なるほどね」
 恐らくは戦う力が欲しいのだろう。或いは勉強をすることで整理のつかない気持ちをごまかしている可能性もある。
 戦争中の国では、青年が敵と戦う力を欲して軍に入ることもある。それと似たようなものかとカーマインは思った。
「きっと、ネギなりの考えがあるんでしょう」
「だと良いんですが……」
 ネカネと別れ、カーマインは街の宿に向かった。自分に宛がわれた部屋に入ると、ランサーを壁に立てかけ、ベッドにヘルメットをつけたまま寝転んだ。
「さて、これからどうするか…街の人は優しいけど、戦争も無い。こんな所じゃ、兵士は浮いちゃうな」
 カーマインはこれからのことについて悩んでいた。ハシントでは戦死した兄の代わりに兵隊になったが、ここで新たな職種を見つけるか兵士として生きるのかを。
「手っ取り早いのは傭兵か…仕事道具は有るけど……」
 壁に立てかけたランサーを見る。弾倉に弾は入っていない。暴発の危険もあるし、ここでは戦闘も無いからだ。他の装備もまとめて机の上に置かれている。整備も完璧だ。
「それとも木こりでも続けるか…」
 カーマインは本気で迷っていた。


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旧作から微妙に改訂しています。



[19116] 第六話 仮契約
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/09 19:09
『クソッ! “サウザンド・マスター”……!!』
 “ソレ”は死にかけていた。
 人間のソレと同じように四肢のあった身体は千切れ飛び、残ったのは右腕とそれに乗っかるように残った頭部だけであった。右腕で地面をかくようにして這いずり回り、怨念の込められた呪詛の言葉を吐き出している。
 木々が生い茂る木漏れ日の中を這う肉切れ。背骨の一部が飛び出した身体からは大量の血が漏れ、地面に赤い線を残していった。
『コンナ所デ……朽チ果テルナド……!!!』
 “ソレ”は身体を捜していた。
 より強く、より硬く、何よりも強固な肉体を。
『――ッ?』
 見つけた。
 消え入りそうな視界の先、森の木々をへし折ってヘリがその機体を横たえていた。半ばからへし折れた機体は所々がスパークし、火花を散らしている。
 その残骸の傍、白に近い灰色の肌をもつ異形の死体があった。身体に残った無数の傷跡、銃弾によって撃ち抜かれた死体は、“ソレ”には完璧とはいえないが、十分に価値のあるものであった。
『ク、クハハッ……!! イイゾ、『新シイ身体』ダ!』
 “ソレ”は旧い身体を引きずりながら、新しい身体、ベンジャミンが撃ち殺したローカストの死体に擦り寄った。




「──死体が……ない……?」
 ベンジャミンはヘリの残骸の側に立ち、驚きの声を上げた。
 彼は、すっかり忘れていたヘリの存在を思い出したのだ。ヘリは壊れているとはいえ、機体には機銃が据え付けられ、内部には運びきれなかった武器弾薬がそのまま放置されていたのだ。
 このままにしておくのは危険と考え、それについて知り合い、魔法学校の校長に相談したところ、それの回収をしてくれることになったのだ。
 そして、回収部隊と共にこの地に舞い戻ったのである。
「パイロットの遺体を収容したときにはあったのに……どこに行ったんだ?」
 以前は確かにあったはずのローカストに死体が忽然と姿を消していた。
 野生動物に喰い荒らされたというなら分かるが、骨のひと欠片も、肉片もない。残されたのは乾いて黒く染まった血の後だけだ。
「どうした?」
「ああ、いや。なんでもない……」
 背後から回収部隊である魔法使いが声を掛けてきた。
(なんにせよ……あいつは死んでいた。何の問題もないだろう)
 曖昧な返事をして、彼は消失した死体を思考の片隅に追いやった。




 ある中東の紛争地帯。NGO団体“四音階の組み鈴”が戦闘を行う者たちを力で無力化し、血が流れるのを防いでいた。
 そんな彼らでも、人間である限り休息が必要である。彼らは仕事を終えると小さな村で休息をとっていた。
 そこから程近い、ほんの少し前まで銃弾が飛び交っていた野原には二人の人影があった。一つは大柄でヘルメットを被った少年。もう一方は小柄な少女であった。二人は野原の中央にポツンと生えている樹に寄りかかるように並んで座っていた。木の葉の隙間から漏れる柔らかい光が二人を照らしている。肌寒いとはいえ、今日は日が高く昇っており、日の下にいると汗をかきそうな陽気であった。
「アンソニー」
「なんだよ。今やっとウトウトしてきたのに」
 少女、マナの呼びかけに、少年、アンソニーは億劫そうに答えた。ヘルメットのせいでその表情までは読みとることができない。
「なぜ寝ようとするんだ。私との語らいを楽しめ」
「語らいねー…で、何のようだ?」
「誕生日のお願い、聞いてくれるかい?」
「あぁ、もうそんな時期になったのか・・・いいぜ。なんでも言ってみな」
 アンソニーは年長者として(身体年齢は殆ど同じ)度量のあるところを見せつけたかったのかもしれない。
「じゃあ……キスをしてくれ」
「は?」
 急に立ち上がったかと思うと、顔を赤らめモジモジと手を体の前で組むマナはそんなことをのたまった。その所作は普段の戦死としてのモノとは違い、少女のそれであった。
 一方アンソニーといえば、マナの恋する少女のように愛らしい行動さえイタズラかなにかだと思っていた。
 第一、今まで数回あった誕生日プレゼントは、カスタムガンや特注の弾丸などが殆どだったのだ。それが今回はキスだという。アンソニーがそう思うのも無理はなかった。
「何言ってんだよ。これでも長い付き合いなんだ、お前が本気かどうかぐらいすぐに分かる」
「えっ?」
 俯き加減だったマナの顔が上がる。その顔は真っ赤なままであったが、その目は驚きに満ちていた。
「最初に無理な条件を言っからちょっと無理な物をねだる気なんだろ? 交渉としては常套手段だしな」
「…………」
「悪いがその手は食わないぜ? 早く言ってみろよ。本当は何が欲しいんだ? お兄さんに言ってみろ」
「…………じゃあ、後ろを向いてくれないか?」
「後ろ? こうか?」
 アンソニーはさっとマナに後ろを向ける。
「そう……そのままじっとしていろ」
 マナは無防備に背中を向けたアンソニーに向かって銃弾を放った。火薬の爆発で銃身から押し出されたソレは、アンソニーのヘルメットとアーマーの隙間、首筋に突き刺さった。
「ぐぉ!?」
 少年ながらも立派な体格をしたアンソニーが地に草花の上に音をたてて倒れる。マナは“それ”を足で乱暴にひっくり返すと、アンソニーの腹の上に座り込んだ。
「体が、痺れ…ッ!?」
「依然送ってくれただろう? 特注品さ。きっとこうなるんじゃないかと思って持ってきておいて正解だったよ」
「ま、まさか…欲しいものっていうのは・・・」
「いくら鈍感でも分かっただろう? そう…それは」
「俺の命か!!?」
 アンソニーのヘルメットを銃弾が掠め、頭の隣に咲いていた花が吹き飛ぶ。銃弾はマナのもつ拳銃から放たれたものであった。
「期待した私がバカだった……」
 マナは銃を地面に置くと、アンソニーのヘルメットに手をかけた。
「よせッ!? やめるんだマナ!!」
 必死に体を捩らせて逃れようとするアンソニーであったが、体の自由が利かないため思うようにいかない。
「お互い同意の上でしたかったが、仕事上そんな悠長なことも言ってられないからね」
「た、頼む! ヘルメットだけは、後生だから!」
「外さないと『出来ない』だろう? 大丈夫、すぐに終わるさ」
「“ナニ”をする気なんだよ!?」
「この際だ。ベッドの上ではないが、最後まで逝こうじゃないか」
「何処に逝くんだよ!? 何だよ逝くって!!」
「初めてだが手順は知っている。大丈夫だ…痛くないようにするから…おい、来てくれ」
 マナはいったん手をとめると樹の影に向かって声を掛ける。そこから現れたのは白い毛むくじゃらのウサギほどの大きさの生物が飛び出してきた。
「なんだそいつは?」
「彼女はエマ・カモミール。『オコジョ妖精』だ」
「はじめまして、エマ・カモミールです」
 エマと名乗るオコジョは器用に上体を折ってお辞儀をする。とても礼儀正しいオコジョだ。アンソニーは他のオコジョ妖精などは見た事も無いが。
「エマとは最近知り合ってね。寝床を提供する代わりに今回のために手伝ってもらっているんだ。エマ、さっそくやってくれ」
「わかりました」
 エマは何処からともなくチョークのようなものを取り出すと、二人の周囲に魔法陣を描いた。草が生えている地面にチョークで陣が書けているあたり、ただのチョークではないようだが。
「準備は完了です。あとはキスをするだけですよ、マナさん」
「ありがとう。さて……覚悟はいいかな? アンソニー」
「よ、よすんだマナ。話し合おうじゃないか……」
 必死にマナを説得しようとするアンソニーに、龍宮は静かに訪ねた。
「・・・そんなに嫌なのか?」
 先ほどまでの強気は何処に行ったのか。親に叱られる子供のような表情になったマナに、アンソニーはほんの少しだけ罪悪感を感じていた。
「私たちが居るのは戦場だ。いつ死んでもおかしくない。……後悔したくないんだ」
「お前がそんなこと気にする必要はない」
「そんなッ!」
「お前が死ぬなんて事は、俺が生きてる限りさせない」
「アンソニー……」
「だからもっと自分を大事にするんだ。俺みたいな奴に初めてを捧げる必要は……って、何ヘルメットを外そうとしてるんだよ!?」
 アンソニーが話している最中、マナはヘルメットを外そうと再び手を動かしていた。
「今のは同意とみなしていいよね?」
「どこにそんな意味が含まれてたんだよ!?」
「大切な存在だって言ったじゃないか」
「"家族"って意味で言ったんだよ!?」
「大丈夫だ。この方法でも"家族"になれるから……」
 すでにマナの目にはアンソニー以外は映っていないようだ。アンソニーの気持ちを聞いて軽く正気を失っているようにも見える。
「や、止め……嫌ァー!!!?」
「情熱的です……」
 エマのうっとりした視線の先で、二人の影が一つに重なっていた。



 そんな彼らを遠くの茂みからのぞく人影があった。
「――いくらけしかけたからと言って、あれは許容できないんじゃないか?」
「彼女、まだ1○才だよね?」
「というか、あれってレイ……」
「ま、まぁ良いじゃない!青春と言うことで」
「そ、そうだな!青春だもんな!?」
 "四音階の組み鈴"の団員たちが二人の情事をしっかりと覗いていたのだ。
 彼らはマナに、アンソニーのように大口径の銃器を使用したいと相談しにきたのだ。先日、人質にされたことを思ってのことだと思われる。あるいは、単純にアンソニーの大口径に憧れただけかもしれない。
 とは言え、マナがあのような強攻策に出るとは思っておらず、大人たちは若干戸惑っている。
「帰ろうか……」
「そうね……見つかったら殺されそうだし」
「「「違いない」」」
 目の前に広がる光景から目をそらし、大人たちはその場を後にした。



 わずかに身じろぎをする二つの影。その側に色鮮やかなカードが落ちていることにマナが気づいたのは、日が沈みかけた頃であった。
「これが……パクティオーカード……」
 手に取ったカードにはマナ自身が描かれている。久しく着ていない可愛らしいワンピース姿の彼女は、前で交差するように大型の自動拳銃を所持している。拳銃はイスラエル製の「デザートイグール」に酷似していた。
(これで……少しは近づくことが出来たのだろうか?)
 マナは自問した。
("子供の身体"では、アンソニーのように反動の強い大口径は扱えない。これで……きっと……役にたてる)
 静かに、マナは決意を固めた。
「私もお兄ちゃんと・・・フフッ」
 エマの物騒なつぶやきは誰にも届くこともなく、エマの前にはアンソニーの被っていたヘルメットが転がっていた。



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どうも幻痛です。
今回キリがいいので若干短いですが投稿。

ちょうどいい文章の量ってどのくらいなのだろうか?(今回の文章量は4000字くらい)



[19116] 第七話 別れ
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/10 13:40
「やっときたな、アンソニー」
「……約束した覚えはないけどな」
 黒く長い髪に褐色の肌の美少女が少年に話しかける。少年は不機嫌そうな声を出しているが、その表情を伺い知る事が出来ない。少年は頑丈そうなフルフェイスのヘルメットを被っていたからだ。
「何を言っている。“パートナー”だろう?尽くすのは当たり前だろうに」
 フンと鼻を鳴らし、マナが胸を張る。何処となく誇らしげだ。
「裁判をやったら俺が勝つけどな」
「なんだ、怒っているのかい?"仮契約"の事を」
「……もういい。それで、一緒に訓練するのか?」
「当然だ。パートナーだからな」
「………」
 彼女は両手で二丁の大型自動拳銃を構え、少年は背負っていた自動小銃を構える。小銃の下部にはなぜか、小型のチェーンソーが取り付けられていた。
「まだそんな無粋なものをつけているだね」
「これの方が“殺り”やすいんだよ」
 二人の視線がぶつかり合う。視線同士が火花を散らしあっているようにも見えた。
「「ふっふっふっふっ」」



「またやってるのか」
「仲が良いな~」
「あと一週間でくっつくかな?」
「俺は三週間に賭けてる」
「あれっ?もう付き合ってるんじゃないの?」
 睨み合う子供たちを遠くからながめるのはNGO団体"四音階の組み鈴"のメンバーだ。彼らは世界中を渡り歩き、紛争地帯で戦ってきた魔法使いの集団だ。
「第一、俺は魔法なんてほとんど使えないぞ」
「使えるじゃないか。障壁だけだけど」
「障壁があれば頭を守れる。頭を守ってりゃ生き残れるんだよ!!!」
「……何かトラウマでもあるのかい?」
「それは置いといて。訓練方は前と同じ、実弾無しのペイント弾の使用。刃物はカバーをつけて、当たったら撃たれたのと同じ扱いだ」
「わかった。では一分後に」
「ヒーヒー言わせてやるぜ」
「言わせてくれるのかい?」
「………泣きべそかかせてやるぜ!!!」
 荒野に建てられた屋内戦闘用の張りぼての端と端に分かれる二人。きっかり一分後に二人はフィールドに入った。



 数分後。
 室内では銃撃の際に生じる閃光で満たされていた。それは途切れることなく、銃声を轟かせながら互いの弾倉が空になるまで続いた。
「マナ! なんだその戦い方は!身を隠せっていつも言ってるだろ!」
「当たらなければ、どうという事はないよ!」
「俺に喧嘩売ってんのか!? “カバー命”が俺の人生の指針なんだよ!!」
「相手の射線を読んでかわし、最適な角度で撃ち込む事こそが全てさ!!」
「カバーだ!!」
「ガ〇=カタだ!!!」
「「なら…」」
「「勝った方が正義だ!!!!」」



 喧嘩のような撃ち合いは二人が同時に弾切れになるまで続いた。
「ヘッ、やっぱりカバーが正義だ」
「……最後は接近戦だったじゃないか」
 フィールドから出てきた二人は勝負の結果について仲が良さそうに話していた。
「過程と結果が俺に勝利を示している」
「・・・・・・えい」
「止めろ!ヘルメットを脱がすな!?」
 カーマインのヘルメットに抱きつくマナ。彼女は満面の笑みを浮かべているが、カーマインは必死に引き剥がそうと目の前にぶら下がっているマナの腰に手をかけている。
「確か、マナちゃんが『戦いたい』って言い出したんだよね」
「そうだ。なんでも、『ケリ』をつけるとかなんとか」
 端からみればイチャついているようにしか見えない二人。そんな二人を四音階の組み鈴のメンバーは笑いながら見守っていた。
 そんな穏やかな日々がいつまでも続くものだと、全員が思っていたのだった。



「……嫌な空気だ」
「何名かこちらに向かっているな」
「"視える"か?」
「ああ、村人の避難を急ごう」
「大人たちは最前線だ。何人かが防衛ラインを抜けてきたんだろう」
 カーマインとマナは紛争地帯にある小さな村に来ていた。前線が段々と民間人の住む区画に近づいてきたため、避難誘導を行っていたのだ。
 広い範囲で集落が点在しているので、非戦闘員や戦闘が未熟なものが手分けして村々にまわっていたのだ。カーマインとマナはパートナーなので一緒に行動をしている。
 二人の戦闘技術は大人顔負けの腕前だが、子供ということもあり、このような分担になったのだった。
「食い止めるぞ、マナ」
「倒さないのかい?」
「可能ならな。避難が終了すれば俺たちの勝ちだ」
「了解だ、相棒」
 二人は村の広場に遮蔽物を設置し、トラップを仕掛けた。ワイヤーと手榴弾を繋げたものや、クレイモアと呼ばれる対人地雷を複数セットする。
「敵が視認できても攻撃はするな。トラップに引っかかるまで待て」
「了解」
 マナは民家の屋根に、カーマインは遮蔽物の一つに身を潜める。互いに無線で連絡を取り合いながら敵襲に備える
「来たぞ」
 マナはうつ伏せの状態でライフルのスコープを覗き、敵の接近を知らせた。
「手筈通りに……」
 敵は数匹の異形と術者が一人だけだ。大柄の術者はローブのようなものを纏い、既に手傷を負っている。とはいえ、危険なのに代わりはない。
 カーマインは息を潜め、小銃のセイフティを外す。マナもスコープ越しに異形の一体を照準に捕らえ続ける。
 術者の指示で異形が前進する。異形の一団の一体がトラップのゾーンに入ったのを視て、マナはライフルを握り直し、息を整えた。
「ギッ?」
 異形の一体がワイヤーに引っかかり、手榴弾のピンが外れ、起爆装置が作動する。
 刹那。
 手榴弾の破片が爆風と共に異形に襲いかかる。鉄片が異形の頭部を、腕を、足を吹き飛ばし、異形は元の世界に送還された。
 続いてマナのライフルが火を吹く。異形の一体が額に銃弾を受け、宙で一回転しながら溶けるように消えた。
 カーマインはマナの位置を悟られぬようにカバーと射撃を繰り返し、場を混乱させる。敵に致命傷をあたえるのは彼女の仕事だ。
 慌てた敵は移動しようとするが、設置されたトラップに引っかかり、数を減らしていく。
「アンソニー。今避難所から連絡があった。村人たちは無事到着したようだよ」
「こっちでも連絡があった。なら退くぞ……術者がいないぞ、何処に行った!?」
「こちらでは確認できない」
 カーマインが術者の姿が見えないのに気づき、マナに確認を求めるが、彼女もまた標的を見失ってしまった。
『コンナ子供ニこけニサレテイタノカ……』
「ッ!?」
 いつのまにかマナの背後にローブを着た術者が立っていた。彼女が拳銃を抜くより早く、術者が杖を振る方が早かった。



「おい、どうした!?」
 異形を全て倒したカーマインはマナから返事がないことに疑問を抱き、彼女がいるはずの屋根まで登ってきた。
 しかし、そこにはライフルと拳銃、無線が落ちているだけで、マナの姿はなかった。
 カーマインは残されたライフルを手に周囲を見渡す。そして、遙か遠くの崖のあたりに動く影を見つけ、ライフルのスコープを覗きみた。
 そこには、術者と体を縛られたマナがいた。




『コノ崖下ニアル町ガ見エルカ? アレガ、雇主ニ指示サレタ“たーげっと”ダ」
「それと私に何の関係がある!」
『人質ガイレバ手ハ出セナイダロウ? 特ニ、アノNGO団体ニトッテハ十分ナ保険ニナル』
 崖の近くまできた術者とマナは崖下に町を見下ろしていた。魔法を使ってココから飛びおりるつもりなのだろう。
 小脇に軽々と抱えられたマナは抵抗するが、術者に頭部を殴られ、軽い脳震盪を起こしてしまった。
『オトナシクシロ、誰モ助ケナド……」
「来たぞ」
『ッ!?』
 術者が障壁を張るよりもはやく、特注のチェーンソーがマナをつかむ術者の腕を切り落とす方が早かった。
『ギャ、アアアアァァァ!?』
 ローブの一部と共に“白濁した腕”が千切れ飛ぶ。鮮血が術者の腕が存在していた箇所から噴き出し、アンソニーとマナを紅く染め上げる。
「大丈夫か!」
「なんとかね……」
 縄を解き、未だ捕まれいた腕を振り払うマナ。外れた腕は肩から切り落とされ、地面に落ちると水っぽい音を立てた。
「何故、コンナニ早ク……餓鬼ガコンナ短時間で来レル距離デハナイゾ!」
「はッ、軍にいたころは200キロの装備で行軍していた。ヘルメットだけならもっと早く移動できる」
「なかなかタイミングを計れなかったが、さっきのどさくさに紛れて合図を送ったんだよ。……軍に居たのか?」
 マナもカーマインに気付いて反撃の機会を窺っていたのだ。カーマインは術者に銃を突きつけ、降伏するように呼びかける。
「人間ガ……降伏ナド、スルモノカ!」
「おぅ、そうかい、なら少しの間眠って貰おうか」
 カーマインは腰に下げたリボルバーを抜くと、術者に躊躇せず弾を放った。術者の額に突き刺さった小型の注射器のようなもので、中の薬品を注入することで相手に深い眠りをもたらす。術者は一秒足らずで身体を横たえさせた。
「直に大人たちも戻ってくる。こいつを運んじまおう」
「もっと言うことはないのかい?”顔に傷が付かなかったか“とか、”おなかは大丈夫か“とか。」
「俺が心配する事じゃないな。第一、怪我なんてしてないだろ」
「さすが。やはりパートナーには分かってしまうか」
「………」
 談笑する二人の背後で、術者の体が不気味に動く。それに気づいたのはカーマインだった。
「っ、マナ、後ろだ!」
「えっ、きゃッ!?」
 カーマインがマナを突き飛ばすと彼の体に無数の触手が突き刺さった。彼の血がマナに顔にかかる。カーマインの手から銃がこぼれ落ちた。
「キサマラ、楽ニハ死サセンゾ!」
 触手の伸びる術者のローブが不自然に蠢く。マナの行動は早かった。
「アデアット!」
 言葉と共にマナの手に無骨な自動拳銃が現れた。それでカーマインを貫く触手を撃ち抜こうとするが、術者の体を操る『何か』はカーマインの体を銃口にずらす。
「ムダダ、貴様ガ引キ金ヲヒクヨリモハヤク、私ハコイツヲ盾ニデキル」
「くそっ!」
 アンソニーの影から覗く腕や足を狙おうと銃口を向けるが、ローブのせいで位置がつかめずにいた。
 彼はホルスターに残ったリボルバーを抜こうと手を伸ばすが、新たに伸びた触手によって腕を貫ぬかれて苦悶の声を上げた。
「撃て……マナ……俺ごと撃て!!」
「出来るわけないだろ!!」
「今撃たなかったら町に被害が出る……お前も危険だ……撃て、今しかチャンスはないんだ!!」
「でも……でも!!」
「撃て!!」
「う……あああぁぁッ!!!」
 龍宮の拳銃から放たれた弾丸はカーマインを貫き、術者の体ごと蠢くローブを撃ち抜いた。
「グオォォォ!?」
 弾かれるように、異形となった術者はアンソニーもろとも崖から落ちていった。龍宮が駆け寄る。
「アンソニー!!」
 彼は落ちてはいなかった。崖から隆起する岩に何とかしがみついている。その身体は血にまみれ、徐々に岩を握る腕がはがれて行く。そして、彼は一人ではなかった。
『オノレ、人間ガァ!!』
 異形は触手を伸ばしたまま、アンソニーにぶら下がっている。激昂し、アンソニーを足場にして今にも上ってきそうであった。
「待ってろ、今……!」
「マナ!!」
 銃を向けるマナに、アンソニーが名を呼ぶ。彼は片腕で身体を保持すると、血まみれの腕を伸ばしてリボルバーに触れた。
「悪いな、嫌なこと頼んじまって。後は俺がやる」
「何を言って……」
 アンソニーは静かに、岩から手を“離した”。
「じゃあな……マナ……」
「ッ!? アンソニー!!」
 アンソニーは術者と共に、崖下へと落下を始めた。
『貴様ァ!!』
「悪いが付き合ってもらうぜ。お姫さまにお別れを言いな!!」
 アンソイニーは落ちながら、リボルバーの引き金を絞った。放たれた弾丸は術者を貫き、断末魔の悲鳴を上げさせる。
「アンソニー!!」
 銃声とマナの声が空しく響くと、彼女の持っていた銃が突然消えうせ、カードに戻った。
「……これは」
 色鮮やかだったカードはセピア調の色合いになっている。仮契約者の死亡によって起こる現象だ。
「嘘だ……こんな……」
 彼女はフラフラとした足取りでカーマインの取り落としたチェーンソー付きの銃の元に座り込むと、カードを胸に彼女は涙を流した。救援が来るまでそれは止まることはなかった。




 四音階の組み鈴が崖下を調べたところ、術者の遺体と、アンソニーが使用していたリボルバーが発見されたが、カーマインの遺体は発見できなかった。マナはしばらく森を探していたが、木の枝にペンダントが引っかかっているのに気づき、それを手に取った。
 そのペンダントはマナが無理矢理カーマインと撮った写真が入っているもので、彼女が彼に渡していたモノだった。写真はヘルメット姿のカーマインと、それに抱きつくようにしたマナが写っていた。
 彼女はペンダントを首にかけると森を後にした。
 彼女は彼の残していった銃を背負うようになった。団の大人たちは何も言わなかった。華奢な彼女が使いこなせるようになるまで何年もかかるだろう。
 しかし、彼女は諦めなかった。彼女は特別な日と、激戦が予想されるときだけ彼の銃を使った。そして生き残った。


 彼女はまだ戦場に居る。
 まるで何かを探すかのように。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

旧作を手直しはしましたが、対して変更はありません。

最近ゲームの『ブレイブルーCS』をやっているのですが、アラクネはいいキャラですね。
アラクネ主人公のSSとか書きたいな……
設定無視になるけれど。



[19116] 第八話 カーマインの生活(ウェールズ編)
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/11 14:13
 カーマインという人物が魔法使いの街に住んでいる。彼は木こりの仕事をしていて、他にも人々の手伝いや、災害時には率先して動くことで人々からの人気もある。たまに長期間のバイトがあると言って街を空けていると心配の声が上がるほどだ。
 何よりも、悪魔の集団から人々を守ったことが三年たった今でも語り継がれている。そんな彼は二年前から趣味にしているモノがある。木こりの男性から薦められたそれは・・・
「絶好調だぜ!!」
 彼は白い粉にまみれた坂道の上を二枚の板とスティックを操り下っていた。雪上の競技。スキーだ。



 彼は雪の積もった日はスキーに行くようにしている。寒くなると雪が積もるような気候の街なので、趣味にするには絶好の場所でもあったからだ。
 今日も仕事を終えた彼はまっさらな雪原を滑っていた。もちろんヘルメットは外さない。
「旦那ー! カーマインの旦那ー!!」
「ん? カモミールか、どうしたんだ?」
 カーマインに声をかけてきたのは白く長い胴体に尻尾を持つオコジョのカモミールだった。その姿こそオコジョだが、本当は人間で罪を犯した魔法使いはオコジョにされてしまうのだそうだ。最前戦に送られる罪よりは増しだと思うが。ネギによれば彼が罠にかかっているのを助けて以来、ネギに恩義を感じているのだそうだ。
「校長が呼んでますぜ」
「おっと、そうだった。今日は約束があったんだっけ」
 カーマインはカモミールを肩に乗せ、麓の街に向かって滑り出した。目指すのは一際大きな建物、ウェールズ魔法学校だ。



「すんませーん遅れてしまって・・・」
「おう、来たか」
 カーマインは校長室に来ていた。もちろんスキー道具を脇にかかえたままで。そこには先客がいた。
「あれ、お客さんでしたか」
「君がカーマイン君だね。初めまして、高畑・T・タカミ
チです」
「ベンジャミン・カーマインです。俺のこと知ってるんですか?」
「もちろん。ネギくんからよく聞いているよ。正義のヒーローだってね」
「そんな、大層なものじゃありませんよ」
「感謝しているんだ。僕はネギ君の父親とも知り合いでね。知人の子供が無事に済んだのは君のおかげだよ」
「いや、ネギの父親が頑張っていたのを手伝っただけですからどうって事ないですよ」
「そんな謙遜・・・・・・父親?」
「そう、父親」
「・・・ネギ君の?」
「そう、ネギの」
「「・・・・・・」」
「校長、僕はそろそろ失礼します。報告することが出来ましたので」
「うむ。気をつけてな」
 足早に校長室を後にする高畑をカーマインはそれを見送ると校長に向かった。
「それで、ご用件は?」
「ふむ。カーマイン君、バイアスロンに興味はあるかね?」
「バイアスロン・・・スキーしながら銃を撃つやつですか?」
「まあ、そんな感じらしいの。実は知人のバイアスロンのチームが人員不足らしくてな。スキーもできて銃も撃てる君を紹介しようと思うんじゃが」
「いいですけど・・・そんなに人がいないんですか?」
「魔法使いのがほとんどのチームじゃからの。銃を使いたがる魔法使いは極少数なんじゃ。」
「なるほど・・・でも俺は魔法使えませんけど」
「良い人材はよそからでも引っ張ってくるもんじゃろ」
「まぁ、それで良いなら俺は構いませんよ」
「では、早速連絡をしておくから準備をしておいてくれ」
「準備?」
「スキー用具はあるようじゃから、ライフルかの。一般的には競技用のライフルを使うらしいが、使いなれたモノがあれば持ってきてほしいそうじゃ」
「分かりました。整備をしておきますよ」
「では、頼んじゃぞ」
 カーマインは軽く敬礼すると、校長室を後にした。それを見て校長は電話をかける。
「儂じゃ。あの件じゃがの、了承してもらったぞ。さっそく来てくれ」



 後日、カーマインはヘルメットを含むフル装備で待ち合わせ場所にいた。銃を使うときはこちらの方が落ち着くようだ。
 しばらくすると空から数人の魔法使いがやってきて、カーマインの周囲に着地した。
 簡単な挨拶をすると、バイアスロンについての講義を受ける。バイアスロンは個人やスプリント、リレーなどをクロスカントリースキーを行いつつ、ポイントで射撃を行う競技で、クロスカントリースキー後の射撃は息が乱れて困難なのだと聞いた。
「それなら得意分野だ」
 カーマインの自信たっぷりの態度に、バイアスロンのチームは沸いた。実際、カーマインは戦場で常に移動しつつ精密射撃を行う、いわばプロのようなものだ。
 数ヶ月後、カーマインの所属したチームは魔法使いたちのチョットした噂になるほどの有名チームになったのは、また別の話だ。



 バイアスロンをする傍ら、カーマインは木こりの仕事の他にちょっとしたアルバイトをしている。カーマインにとっては店番をするより手慣れたことだ。
「右から敵の増援だ!中央から何人か連れてきてくれ!!」
『了解、今送ります』
 カーマインは物陰に隠れながら無線で後方に展開している部隊に指示を送る。銃弾がガリガリと遮蔽物を削り、魔法の炎が表面を黒く焦がした。カーマインは紛争地帯で傭兵のアルバイトをしていたのだ。
「ローカストどもに比べりゃ子供の水鉄砲みたいなもんだ・・・」
 カーマインは静かに呟いた。ローカストの戦法はローカストホールと呼ばれる地底から地上につながる穴を空けての奇襲と、数で押す物量戦が主流だ。対して相手は全体でこちらと同数か、倍程度だ。
「楽勝だ!」
 敵の攻撃が緩む瞬間がほんの少しだけ開くのを狙い、カバーポジションから顔を出してロングショットライフルで狙い撃つ。敵の位置はカバー中に把握しているため迷いはない。
 放たれた弾丸は魔法使いの肩を貫き、戦闘力を奪った。射撃を行ったせいで敵の攻撃が増すが、カーマインはすでにカバーポジションに戻っている。
「増援はまだか!」
『今着いた』
 返事と同時に空から炎や氷、雷が降り注ぐ。頭上を見上げるとそこには空に浮かぶ人影が無数にあった。
「魔法か・・・少し興味が湧いてきたな」
 カーマインの携行している火器では、迫撃砲のような爆撃は出来ない。故にカーマインは彼らの技術が便利に思えてきていた。
「支援、感謝する」
「君の胆力も相当なものだ。あれだけの攻撃を一人で凌ぐとは恐れいったよ」
 魔法使いの一人がカーマインに話しかける。彼らが来るまでカーマインは一人で此処を守っていたのだ。
「怪我人が多くてね。運ばせる人員も割く必要があったから仕方なくさ」
 カーマインの相手にしていた数は約10人。距離を詰められたらそれまでだが、カバーをしつつ、後退と射撃を繰り返し持ちこたえていたのだ。
「いや、それでも凄いよ。彼らはそこそこ名の売れた傭兵団だったからね」
「・・・・・・あれでか?」
「えっ・・・そうだけど」
「・・・よっぽどハシントは酷かったんだな・・・」
「ま、まぁとにかく助かったよ。報酬は本部でもらってくれ」
「ああ、じゃあそこらでノビてるやつらは任せるよ」
 魔法使いたちに軽く手を振って、カーマインは本部に向かった。それを見送った魔法使いに銃を持った女性が話しかけてきた。
「あれが噂の"ジェイソン"ですか?」
「そうだ。あんな物騒な武器を使うのだから、さぞかし危ない奴なのかと思って、奴らが勧誘する前に誘ったんだが、危ないどころか良い奴だったよ」
「ただ、武器の趣味は最悪ですけどね」
「違いない」
 カーマインのランサーは端から見れば凶悪以外の何者でもない。何しろチェーンソーなどという近接武装をつけたランサーは子供ほどの大きさであり、振り回すにはかなりの筋力がいる。
 ホラー映画の怪物と同じ通り名になるのも仕方がないことだ。そんな評価がついていることなど夢にも思わないカーマインは上機嫌で報酬を受け取りにいった。
 それでも傭兵の中にはカーマインと臆せずに付き合ってくれる者もおり、友情を深めるものもいれば二度と会いたくないという人物も出来た。そうして危険ながらも楽しい日々が過ぎてゆく。



 なぜカーマインがバイトをしているのかと言うと、ネギやネカネ、サラとニアのためだ。街の人が親切にしてくれるので、生活には困ることはないが、はじめの内はどうしても出費が嵩んでしまう。それを聞いたカーマインは匿名で彼女たちに寄付をしていたのだ。もとより、カーマインはあまり贅沢をする性格ではないので木こりの月収だけでやっていけるのだ。そのため、あまりの金を有効活用している。といっても、アルバイトをしないと足らない位の寄付は、明らかに彼の生活を圧迫しているが。
「最近、郵便で送られてくる封筒にお金が入っているんですよ。カーマインさんは心当たりありませんか?」
 カーマインはサラに家に招かれていた。定期的に顔を出して欲しいとニアに頼まれているからだ。
「さぁ、でもくれるというなら貰っちゃえばいいんじゃないですか」
「そうですね・・・私、本当はカーマインさんが寄付をしてくれると思っていたんです」
「まさか、俺はしがない木こりですよ。人に寄付する余裕はありません」
「でも、最近はよく郊外に出かけると聞いています。そこで仕事をしているんじゃないですか?」
「あれはスキーとバイアスロンの練習をしているんですよ。町中ではできませんからね」
「そう・・・ですか・・・」
「さて、そろそろ失礼します。バイ・・・バイアスロンの練習がありますので」
「えぁ、またいらっしゃって下さい」
「もちろん。今度はニアちゃんがいるときに来ますよ」
 そういってカーマインはサラの家を後にした。でも彼女は知っていた。郵便を配達にくる業者に話をきいて、この封筒を預けにきた人物の特長を。その人物は季節に関係なくフルフェイスのヘルメットを被っている。そしてそんな人物は彼以外にこの街にはいなかった。
 人物の特長を教えてくれた配達員も、彼女を不憫に思って彼の事を話したのだろう。
「・・・本当に、助けられてばかりですね・・・」
「お母さん。もう下に行ってもい~い?」
「ニア。良いわよ。もう用は済んだから」
 ニアに居留守を使わせ、まるで尋問のような事をしてしまったことを彼女は悔いていた。 



 時は流れ、季節は春。卒業の季節になった。カーマインはネギが魔法学校を飛び級で卒業すると聞き、卒業式に来ていたのだ。
「修行?」
「はい、ここでは卒業後、修行があってそれをこなすこと
で一人前になるんですよ」
 ネカネと談笑をしていると、ネギが卒業証書を手に駆け寄ってきた。彼の後ろにはアーニャと呼ばれる女の子もいる。
彼らはライバルのような関係で、一つ上にアーニャはネギと同時に卒業なのを複雑に思っていることだろう。
「ネギはどうだったの?私はロンドンで占い師よ」
「どこで修行することになったのかしら」
「まって、もう少しで浮かび上がるよ」
「何々・・・"日本で先生をやること"・・・」
「「「え~~ッ!?」」」
「日本で教師をするのか・・・十歳でも出来るものなのか?」
「そんなわけないでしょう!校長、どういうことなんですか!ネギはまだ10歳なんですよ」
「そーよそーよ!」
「卒業証書に書かれているのなら、立派な魔法使いになるために必要なことなんじゃろ」
「そんな・・・ああっ」
「あっ、お姉ちゃん!」
「おっと」
 あまりの出来事に倒れそうになるネカネをカーマインが片手で支える。下手をしたらランサーよりも軽い体重のネカネはカーマインには羽が乗ったようなものだ。
「まあ安心せい。修行地の学園長は儂の友人じゃからの。まっ、がんばりなさい」
「・・・ハイッ、わかりました!」
「あっ、カーマイン君」
「何です?」
「君もネギ君と一緒に日本へ行って欲しいんじゃ」
「俺もですか!?」
「うむ。引率兼コーチとしての」
「コーチ?なんの?」
「バイアスロンじゃよ。得意じゃろ?先方に連絡したとき、バイアスロン部のコーチが引退すると聞いてな、推薦
しておいた」
「随分急ですね・・・」
「サプライズじゃ」
「・・・・・・忘れてただけでしょ?」
「さて、ネカネ君を家まで運んであげなさい。いくら暖かくなっても此処で寝てしまっては風邪をひいてしまうからの」
「「「・・・・・・・・・」」」
「あっ、武器なんかはさすがに持っていけんじゃろうから儂の方で送っておくので心配いらんよ。それに、あの回収したヘリ。あれも直せるかもしれないと先方が修理を引き受けてくれてな、それも運んでおくぞ。もちろんヘルメットをつけたままでも飛行機に乗れるようにしておくからの」
「サー、ありがとうございます、サー!!!」
 ネギたちは見惚れてしまった。それほどまでに、カーマインの敬礼は美しかった。
「う~ん・・・」
 ネカネを落としてしまっていたが。



 そして出発当日、ネギは大きなバックパックを背負ってカーマインと一緒に飛行機乗り場に向かっていた。
「随分荷物が多いな」
「えぇ、いろいろと詰め込みすぎたかもしれません」
「少し持つよ」
「いえ、大丈夫です。魔力で強化してますから」
「そんなことも出来るんだな。知らなかったよ」
 そんな事を話しながら二人は校長が用意してくれた小型機に乗り込んだ。さすがにヘルメットを被った人物を旅客機に乗せるわけにはいかない。ついでに武器も。
「日本か~。僕、ワクワクしてきました!」
「俺は日本語を覚えるのまだ苦労しているよ・・・ネギは三日程度で覚えたんだろ?」
「そうですよ。結構簡単でした」
「・・・・・・しばらくはネギに通訳してもらうか・・・」
 ネギの秀才振りは驚嘆に値する。挨拶程度ならカーマインも何とかなるが、日本語はカーマインには難しすぎた。そもそも
 二人の乗る飛行機は離陸をはじめ、滑走路から飛び上がった。行き先は日本の麻帆良学園。
「あっ、ネギ」
「なんです?」
「向こうで挨拶したら俺バイトがあるからちょっと失礼するぞ」
「日本でもするんですか?」
「今回は日本で仕事らしいからな。ついでに受けておいた」
「あまり無理しないで下さいね」
「分かってるって」




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しばらくは殆ど旧作と変更が無いかもしれません。



[19116] 第九話 麻帆良にて
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/12 08:33
 ネギとカーマインは空港に着くと電車を使って麻帆良に向かう。ネギは身体より一回りも二回りも大きなリュックサックを揺らしている。大荷物でとても目立っているが、他の乗客には対して気にされてはいない。彼らの視線は隣の人物に向けられていた。その人物は横長のトランクと大きなバックを複数担いでいてコートを着込んでいる。確かに目立つがそれだけならネギと同じだ。しかし彼はフルフェイスのヘルメットを被っていたのだ。
「何かしら・・・」
「車掌さん呼んだほうがいいのかな・・・」
 カーマインは電車に乗り込んだことを後悔していた。これではまるで見世物ではないか。しかし、タクシーは乗車拒否をされるのでしかたがない。
「もうすぐ麻帆良ですね。カーマインさん」
「そうだな・・・そろそろ辛くなってきたから早く解放されたいよ」
「脱げば良いじゃないですか」
「ネギ、もし自分の頭を、腕を抜けと言われても出来るか?」
「無理ですよ!?」
「俺のヘルメットはそういうものなんだ」
「そうなんですか!?」」
 そんな会話をしていると、二人は麻帆良まで直行の電車がある駅に到着した。いざ乗り込もうとするカーマインの側に、何処からともなく黒ずくめの男が現れた。彼はカーマインにそっと近寄って耳打ちした。
「カーマインだな? 今夜の仕事の準備がある。すぐに来て貰おう」
「えっ、集合時間は夜のはずだろ?」
「ボスがより確実にミッションを遂行できるようにしろとの命令だ」
「そんなこと言われてもなぁ……でも前金は貰ってるし…」
「どうしました?」
「う~ん……」
 カーマインは逡巡した。ネギは歳のワリにシッカリしているがまだ子どもだ。ココで分かれるわけにはいかない。カーマインが断ろうと口を開きかけると、それよりもさきにネギが口を開いた。
「僕なら大丈夫ですよ。一人でも学園まで行けます。カーマインさんはお仕事を優先してください」
「しかし――いや、わかった。ネギ、悪いけど一人で学園に行って来てくれ」
 言葉を飲み込み、カーマインは申し訳なさそうな声音で言った。
「わかりました。此処まで来れば大丈夫です」
「ごめんな。学園長には明日挨拶に行くと言っておいてくれ」
「いいですよ、カーマインさんのせいじゃありませんし」
 そうしてカーマインはネギと別れ、黒ずくめの男と共に黒いバンに乗り込んだ。ネギはその後、麻帆良行きの電車でお姉さんたちに揉みくちゃにされたりして最終的に、二人組の女子に学園長室に案内してもらっていた。



 一方カーマインは未だに車で移動中だった。
 黒光りする車にスモークガラス。信号待ちの際にチラチラと視線を受けることが無いのは嬉しいが、時より横切る警察車両の視線が厳しい。
「失礼な事を聞くが、君は本当にカーマインなのか?」
 終始無言だった運転手が声をかけてくる。
「ん? どういう意味だ」
「最近、君のようにフルアーマーの傭兵が増えてきてな、顔が見えないと不安でね。間違っても雇ったとボスにしれたらただじゃ済まないからな」
「……俺はカーマインだよ。ほかにカーマインが居ない限り」
「そうか、ならいいんだ。忘れてくれ」
「それで? 今回の任務は制圧任務だと聞いてるけど」
「あぁ、可能ならな。最低でも、とある学舎で行われている研究技術を奪えればいい。あんたは敵を倒してくれればいい」
「奪うほどの技術なのか?だとしたら表向きは学業の場としてカモフラージュしてるって訳か」
「そんなところだ。詳しくは拠点にまでいってから話そう」
 そしてまた車内は沈黙が支配した。またしばらくは退屈な時間が続きそうだと、カーマインは思ったが、口には出さなかった。



 カーマインが車で移動している時。
 本来の目的地であった麻帆良学園都市にある麻帆良女子寮の一室にて二人の少女が何かの準備をしている。一人は小柄な身体にサイドポニーにキリッとしたつり目の少女、桜咲刹那と、アンソニーと共に育った頃とは比べものにならない程に立派に成長したマナの姿があった。
「真名、それはなんだ?」
 刹那は初めて目にする龍宮の装備に目を奪われた。それは映画で使いそうな自動小銃に、小型のチェーンソーが取り付けられたものだった。チェーンソーの刃は特注なのか一般的なそれとは違い、鮫の歯のように鋭利だ。
「ん、これかい? これは……まあ…思いでの品というのか、今日みたいな特別な日に持っていくんだ。」
「それで近接戦闘をするのか?」
「持っていくだけさ。これが私を救ってくれる」
 そういって龍宮はアンソニーの残した銃を背負う。今日は書類上の『彼の命日』だった。
「行こう刹那。今日は良いことがありそうだ」
「……サポートは任せる」
 颯爽と歩き出すマナに、刹那は竹刀袋を手に追従した。



「どう見ても麻帆良学園だな……」
 森の切れ目から覗く建物を目にして呟くカーマインの周囲には、異形と少数の人間がたむろしている。彼らは森の中にいた。辺りは暗く、空から大きな月明かりが照らしている。
「妙な仕事を引き受けちまったなあ……」
 事前に打ち合わせでどこに攻め込むのかを聞いておけばよかったと今更ながらに後悔する。まさか雇われ場所に攻め入るとは思いもしなかった。
 そんな彼に異形の一匹が話しかけてきた。
「どうしたアンちゃん。気分でも悪いんか?」
 妙なイントネーションで聞き取りづらいが、おそらく自分の挙動を心配しているのだろう。敵意は感じなかった。
「ナンデモナイ、アリガトウ」
 つたない日本語で返す。飛行機の中でネギの猛レッスンを受けたため、多少は聞き取りと語学力がついた。
「そうか、辛くなったら下がるんやで」
 そう言うと、頭から角を生やした異形は身体を揺すりながら森の奥深く、木の隙間から見える学園に向かって進んでいった。
「あれが妖怪ってやつか。いやに親しみやすい奴だな……隙をみて逃げ出すか。前金だけでも結構な額だし」
 言うやいなや、カーマインは集団から離れるように闇に紛れ込んだ。
「む? ジェイソン野郎はどうした?」
「さあな、血が見たくて先行してるんだろ、きっと」
「やっぱり危ない奴だったんだな」
「一緒に行動してたら敵と一緒に切り刻まれていたかもな」
「怖いな……」
「まあ、陽動にはなるだろう」
「そうだな、俺たちも行くとしよう」
 そう言って魔法使いたちも学園に向かった。



「さて、なんとか学園の人たちに敵が来たことを知らせなくちゃな」
 カーマインは森の中を月明かりを頼りに歩く。目標物が見えているため迷うことはないだろう。
「ん? でも敵も同じ方向を目指しているんだよな。ということは学園側が敵を警戒して防衛線を張っていても……」
 おかしくない、と言おうとしたカーマインのヘルメットが突如火花を散らし、側にあった木の幹が銃声と共に抉られた。
「ぬぉ!?」
 頭を揺さぶられ、視界が揺れる。カーマインは転がるようにすぐさまカバーポジションをとるが、狙撃手がどこから狙っているのかが全くわからない。撃たれていないところを見ると、この位置なら敵はこちらを捕捉できていないようだ。
「くそッ! 警告もなしかよ……誤解されているだけだと思うけど、下手に出たら撃たれかねない…」
 現状、彼方から接触してもらう必要があると、カーマインは思った。



「……似ていた」
「どうした龍宮。敵は倒したのか?」
「いや、外してしまった」
「珍しいな…」
「知人に似ていてね……」
「……友人か?」
 刹那は、敵がクラスメートであるマナと同業である傭兵かと思った。
「まだ、わからない」
「なら私が行こう。銃を使うのなら接近戦は苦手かもしれない」
「ああ、そうしてく――待て!」
 龍宮のライフルのスコープの先に木の陰から覗く銃が見える。それは軽く上下に揺れると、こちらに見える位置に放り投げられた。続いて弾倉が複数投げられ、拳銃とライフルも同様に投げ捨てられる。
「どうやら戦闘の必要は無いようだな」



 侵入者は両手をあげ、戦闘の意志がないとアピールしている。それに二人は警戒しながら近づいた。
「そのまま後ろを向いて膝をつけ」
 侵入者、カーマインは指示通りに膝をついて少女たちに背後を向けた。刹那は用意していたロープをつかってカーマインを後ろ手に縛る。マナは例の武器を構えて不審な動きを見逃さない。
「俺は敵じゃない。敵が来たのを知らせに来たんだ!」
「黙れ、敵の言うことなど真に受けん!」
「だからちょっと待ってくれって!」
「第一、お前以外の敵はとっくに排除されている!」
「うそぉ!?」
「おい」
 カーマインと刹那の問答にマナが割り込む。
「お前、アンソニー・・・か?」
「へ? 誰かと勘違いしてるんじゃないか。俺はベンジャミンだ。ベンジャミン・カーマイン」
「ベンジャミン・・・"カーマイン"・・・」
「まぁ、俺の兄貴はアンソニーって名前だけどな」
 反応は劇的だった。
「ッ!? じゃあ、お前の兄はアンソニー・カーマインなのか!」
「えっ、そうだけど・・・」
「お前の兄はどこにいるんだ!!」
 掴みかからんばかりの勢いで問いただす。手は腰元の拳銃に伸びかけていた。
「……死んだよ。名誉の戦死だ」
 真名は改めたベンジャミンと名乗る男をみた。男の背丈や声質からして年は青年以上だろう。アンソニーが生きているとしても、この男が弟だとしたら年をとりすぎている。
「他人のそら似か……」
 酷く落胆した龍宮を見て刹那とカーマインは首を傾げた。そこで不意に、何かが振動する音が響く。刹那はそれに気づいて携帯電話を取り出した。
「はい、刹那です。はい、今敵を拘束――えっ、本当ですか!? あっ、はい。分かりました。すぐにお連れします」
 刹那は電話を切るとカーマインの拘束を解いた。
「どうしたんだ?」
「あなたのことを学園長が呼んでいます。どうやらこちらの状況を把握していたようです」
「そうか、助かった~」
 頭の上に上げていた両手をため息混じりに下ろして、カーマインは安堵の声をあげた。
「龍宮はもう帰っていいぞ。敵襲も、もう終わりらしい」
「いや、私も行くよ。最後まで仕事をこなさなければ契約違反になる」




「昼間会えなかったのはそう言う事じゃったのか」
「スミマセンデシタ!!」
 日本式の謝罪、土下座を繰り出すカーマインを笑って許す学園長を見て龍宮と刹那に二人は顔を見合わせた。
「あぁ、二人とも。こちらはカーマン君じゃ。龍宮君はバイアスロン部じゃったな?彼はそこでコーチを担当してもらうことになっておる。よろしくしてやってくれ」
「確かに、新しくコーチがくることになっていましたが……」
「まぁ経緯は今の話の通りじゃ。彼の装備も回収しておいてくれたんじゃろ?ご苦労じゃったな」
 龍宮と刹那はカーマインに装備を渡す。彼に不信感を持つ二人にカーマインが持っていて欲しいと頼んでいたのだ。
「アリガトウ」
「英語でいいよ」
「そうかい?いやぁ、日本語は疲れてしょうがないよ」
「なれれば大丈夫さ。ところで、この武器なんだが……」
「あぁ、ランサーか」
「ランサー?」
 聞きなれぬ単語に思わず聞き返す。
「昔いた組織の装備でね。今も使っているんだ。弾の規格が合わなくて特注だけど。そういえば、君も似たような武器を使っているね」
「これは相棒のものでね。もしかしたら君のいた組織に関係があったのかもしれないな」
 マナはよくアンソニーとの話にCOGなど、ローカストなどの単語を聞いていた。もっとも、その話を信じると彼の年齢はマイナスになってしまうため、彼女は信じてはいなかった。
「へぇ、もしかしてCOGっていう組織かい?」
 カーマインは冗談半分で聞いた。彼の冗談は彼にしか分からないものであったが、彼女の反応は劇的だった。
「なっ・・・それを何処で!?」
「うわ、ちょっとぉ!?」
 カーマインの胸倉をつかみ、激しく詰問する。彼はアーマーを着ているのでマナはその隙間に器用に手を突っ込んでつかんでいた。
「おいッ、龍宮落ち着け!?」
「答えろ!! 何処でそれを知った!!」
「何処も何も、俺はそこに所属していたんだよ!?」
「嘘をつけ!!」
「龍宮ッ!!!」
「それくらいにしておきなさい」
 学園長が待ったをかける。さすがの龍宮も最高責任者には従うようだ。
「カーマイン君、君の"前の世界"の話は校長から聞いておるよ。もしかしたら龍宮君の言っておる"彼"の話に関係あるんじゃないかの?」
「ええっ!?さすがにそれは関係ないでしょ。だってもしそうなら彼女の言っているアンソニーは俺の……」
「てっとり早いのは、龍宮君に君の記憶を見せることだと思うがね?それに、君は彼女のコーチになるんじゃ。不和はない方がいいじゃろう?」
「いや、この話をする度に魔法使いに覗かれるんで見るのは良いんですけど、子供にちょっと刺激が……」
「見せろ」
「どうぞ!」
 龍宮にチェーンソーを首筋に突きつけられたカーマインは、記憶を見せるしか選択肢が無かった。



[19116] 第十話 カーマインの記憶
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/13 09:34
 マナは覗き見た。ベンジャミンの記憶を。

 惑星セラではローカストの戦争を機に、軍人が多く必要になった。それに応える形で、軍に入隊したアンソニー。ベンジャミンは兄が軍に入隊するのを見送っていた。
 だが、しばらくして軍から知らせがあった。兄、アンソニーの戦死だ。
 ベンジャミンは仇を取ろうとして兄と同じく軍に入った。
 人類は地底から攻め込むローカストの戦法に数十年たっても効果的な対策が取れず、徐々に人類はその数を減らしていった。
 カーマインは新兵が戦えるだけの知識を軍に叩き込まれ、ハシントの増援として送り込まれた。そのときの彼は、交通ルールをしらない小動物のように歩く危うかった。
 銃を持て余し、言動には覇気が無く、弾薬の装填も四苦八苦していた。
 幸い、COGのなかでも有名なマーカス・フェニックス軍曹のチームに所属する事になり、彼らの技術を盗んだカーマインは一つの答えを得た。

"カバー命"

 この言葉を最後まで守り通せば、彼はもう少し長生きができただろう。
 地盤が固いためローカストの奇襲を防ぐことができた町、ハシントに人類は集結し、力を蓄えた。
 しかし、それも巨大な芋虫"リフトワーム"によって地盤沈下を起こし、カーマインたちは蟲を処分しようと行動を開始したが、カーマイン教えを破り、結果的に蟲に飲まれてしまった。 
 そして気づいたときにはベンジャミンはウェールズにいた。そこで戦う人たちを悪魔から守り彼は村人にとっての英雄になった。
 だが、彼は自分が元の世界に戻れないことを悔やんだ。自分はおそらく戦死扱い、ならば弟たちが戦場に出ることになるだろう。
 そうなれば、繰り返しだ。カーマイン一族がすべて死に絶えるまでに戦争が終わらない限りは。
 でも、戻れなかった。多くの魔法使い、魔法学校の校長でさえ出来ぬなら、もう術は無い。
 彼は此処で、この世界で生きるしかなかった。過去を投げ出したまま・・・



「……アンソニーはあなたの兄……」
 カーマインの記憶を見た龍宮は一呼吸おいてから喋りだした。
 刹那もついでに見ていたが、軽く気分が悪くなっているようだ。フラグで人の四肢が吹き飛んだ辺りから顔を青ざめさせている。
「君の言うアンソニーに会ったことが無いから何とも言えないけど、COGの事を知っていたなら……俺みたいにどうやってかこの世界にきたCOG兵士かもしれない」
「分からないが、もしそうなら、私の知っているアンソニーがCOGやローカストのことを知っていてもおかしくはないな」
 互いに確証つかめないままであった。第一、情報が少なすぎる。わからないことを考えていても仕方がないと考えたのか、ベンは話題を変えた。
「それにしても、あんなに血なまぐさいものをみても大丈夫だったのか? いままで俺の記憶をみた魔法使いたちの半数はトラウマになったけど」
「立派な魔法使いを目指している"だけ"の人たちはそうだろうね。私はアンソニーと一緒に戦っていたんだ。彼と戦っていれば似たようなものは良く目にするからね」
 カーマインは龍宮の持つ小銃を見た。その形状はランサーを模しているようで、恐ろしく凶悪だ。
「……その武器をみればだいたい想像がつくよ。それで、君の知っているアンソニーは今どこに?」
「彼は……分からないんだ。だから探している」
「失踪したのか?」
「いや、私の目の前で崖から落ちたんだ……そのあと崖下を探したんだが、彼の姿はなかった」
「そうか……」
「龍宮君。もう、落ち着いたかね?」
「はい、学園長。申し訳ありません、お騒がせしてしまって」
「かまわんよ。生徒の悩みを解決するのも教育に携わるものの勤めじゃ。さて、もうすぐ朝になってしまうから二人は寮に、カーマイン君には教職員用の宿舎があるのでそちらで休んでくれ」
 そうして、龍宮とベンジャミンのファーストコンタクトが終わり、三人はそれぞれの宿舎に帰った。
 しかし翌朝、教員にカーマインの容姿が伝わっていなかったため、宿舎にヘルメットをかぶった変質者が出たという噂が学園をかけ巡った。



「今日から君たちバイアスロン部のコーチをすることになったベンジャミン・カーマインだ。ドウゾヨロシク」
 早朝、大学エリアにある射撃場に集まった生徒たちの前にカーマインの姿があった。その隣には、長身で締まった体つきの妙齢の女性がおり、黒いポニーテールをしている。かなりの美形だ。
 女性はバイアスロン部の顧問であり、英語を話せる彼女がカーマインの通訳を行い、部員達に彼の挨拶を伝える。
 しかし、彼らの表情には不信が見て取れる。何しろカーマインはジャージにヘルメットという意味不明な格好をしているからだ。
「カーマインさんは事情があってこのような格好をしているが、基本的に善良だ。みんな、カーマインさんの技術をしっかり学ぶんだぞ」
「「「…………」」」
「……まぁ、まずは俺の実力を見てもらいましょう。」
「そうですね。では早速、射撃をお願いします。」
 そういうとカーマインは射撃上に立った。バイアスロンは立ち撃ちや伏せ撃ちがあるが、立ったまま撃つ方が遙かに難しい。伏せていれば銃を固定できるが、立ったままでは腕力に頼るしかないからだ。
 カーマインはロングショットライフルをケースから取り出した。それを見た部員たちは息を飲む。それはバイアスロンで使うには大きすぎるからだ。移動するにも銃という代物は体に重くのしかかる。その大きすぎる銃は撃つときなどに照準がブレて仕方がないだろう。
 そんな彼らを余所に、カーマインは軽々とライフルを持ち上げると、数十メートル以上離れた的を狙う。
 的は金属製で、拳ほどの大きさのものが水平に五つ並んでいた。
 カーマインは構えると数秒もしない内に引き金を絞った。
 弾丸が金属を受け止める音が響きわたり、金属の的が倒れ、命中を示す。部員たちは感嘆の声を上げた。
 カーマインは続けて素早く弾薬を薬室に装填すると、再び銃口から火を噴き出させた。
 命中。
 装填。
 命中。
 装填。
 繰り返しの作業に一切の無駄がない。部員たちは狙いが撃つ前から定まっているような感覚に襲われていた。
「こんなもんか」
 ライフルのレバーを操作し空薬莢を排出し、部員たちに向き直るカーマイン。彼を見つめる生徒たちの視線には熱が籠もっていた。
「よーし、じゃあ今度は君たちの実力を見せてくれ」
「なら、私がやろう。」
「龍宮か。じゃあお願いするよ」
「カーマインさんは龍宮とお知り合いで?」
「昨日少し話した程度ですよ」
 龍宮がカーマインと同じように射撃を行う。的は狙いを違わず、弾丸は吸い込まれるように的を倒した。おまけに早い。
「……先生、コーチいらないんじゃないですか?」
「彼女が特別なんですよ、カーマインさん」
 顧問に耳打ちするカーマイン。彼女の反応を見る限り、龍宮の射撃センスが部内では一番優れているようだ。
「じゃあ、順番に見せてもらおうかな。まずは君からお願いするよ」
 そういってカーマインは全員の射撃が終わるまでじっと待っていた。



「みんな射撃はうまいですね」
 射撃を全員が終えたのを見て、カーマインは顧問に率直な感想を述べた。数発外すことがあっても、一発も当たらないということは無かった。
「龍宮君がいますから、彼女に触発されて皆が頑張ってくれているんですよ」
「あとはクロスカントリー後の射撃ですかね。といっても、ただやるんじゃ面白くないから……」
 そういって彼は近場においてあった鞄を取り出す。部員たちは怪訝そうな顔をしてそれを見ていたが、カーマインが中に入っていたものを身につけ始めると絶句した。
「よし、今俺は約200㎏のアーマーを身につけている。今から行うランニングで俺に抜かれないように走るんだ。ではランニングルートに運動しやすい格好で集合!」 
 カーマインはフル装備で武装までしている。素人目に見てもかなりゴツい。200㎏と聞いて部員の何人かは耳を疑っただろう。武装は彼なりのジョークだと部員は思っているが実銃だ。ジャージは綺麗に畳まれており、アーマーの下に着るインナーを初めから着ていたようだ。
 そんなやる気満々である、フルアーマーのカーマインに威圧されて、部員たちは急いで準備を始めた。
 



 山道の中に作られたランニングコースで怒声が響く。最後尾で走るカーマインの声だ。その後ろには顧問がマウンテンバイクで続き、彼の通訳を務めている。余談だが顧問の体つきは出るところが出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。カーマインはそれを見ながら走っているわけだ。
「走れ走れ! 俺に抜かれた奴はさらに10週追加だ!!」
「「「ハイ、コーチ!!」」」
「どんなに息が整わなくても、狙うときは一撃必殺!絶対に外すな!!!」
「「「ハイ、コーチ!!」」」
「よくやるよ……」
 まるで軍隊の訓練のような光景に龍宮は辟易していた。彼女は先頭を走っているが、ほかの部員は息も絶え絶えだ。
 通常のクロスカントリーとは違い、銃を背負ってのランニング、ましてや山道だ。学生には辛いものがある。
 しかし、カーマインはライフルを背負い、小銃を抱えて走っているのにまだまだ声量に衰えが感じられない。しまいには小銃に取り付けられたチェーンソーを起動させてビリの尻を切り刻まんと追いかけてくるのだ。
 部員たちはたまらず五体に鞭を打って走り続ける。通常のランニングとは段違いの速さで。
「ある意味では効果的かもしれないな……」
 小さくつぶやく龍宮の評価とは裏腹に、カーマインは別のことを考えていた。
(超楽しい……やられるのとやるとでこんなに差があるとは思いもしなかった)
 この訓練はカーマインたち新兵が教官から受けたものに似ている。というか同じだ。
 あの頃を思い返しながらカーマインのランサーはうなりをあげて部員たちを追い立てていた。
「カーマインさん、相手は学生ですので加減を……」
「今、良いところなんスよ!」
 興奮のあまり口調が体育会系になっているカーマイン。ランニングは龍宮を除いた全員がカーマインに抜かれるまで続いた。結局、射撃を行えたのは龍宮だけだった。
 朝からこのようなハードな訓練をしたバイアスロン部のマナを除いた面々は、その日の授業は寝て過ごすはめになった。



 初日ということもあって開始一時間もしないうちに、バイアスロン部とのファーストコンタクトを終えたカーマインは顧問と今後のスケジュールを決める話し合いをしてからネギを探していた。昨日別れてから連絡をとっていないので心配になったからだ。
 カーマインは学園長から聞いたネギの仕事場、女子校エリアに来ていた。
「あれって、朝噂になってた変質者?」
「朝倉に確認とったほうが良いのかな?」
 目立つ。限りなく、際限なく、悪い方向に。おまけに一度騒ぎを起こしているのだ。
 通報されるのも時間の問題かと考え始めた彼に、救世主が現れた。
「カーマイン君、久しぶりだね」
「あぁ、高畑さん。お久しぶりです。そしてお願いします。ネギの所に連れていって下さい!」
「ほら、指導員の高畑先生が声かけてるもの。やっぱり変質者なのよ」
「でも、もしかしたら新しい指導員か警備員かも知れないよ?」
「とてもそうは見えないけどね……」
「「…………」」
 少女たちの視線が痛い大人たちは早々にネギの担当する教室に向かった。



「ネギ先生―!!」
「アスナさん助けて――!!!」
 女子中等部に入った二人の前をネギと複数の少女たちが通り過ぎる。
「……ネギはモテるんだな」
「少し様子が変だったように見えたけどね」
「あっ、高畑先生と……変質者?」
 集団を追いかけるように駆けてきた少女が二人に気付いて立ち止まる。
「アスナ君、どうしたんだいこれは?」
「え~と、そう!!交流を深めるために鬼ゴッコをしているんです!!」
「校内でかい? 感心しないな」
「わ、私もそう思って止めさせようと追いかけていたんです!!」
「わかった。僕も手伝おう。カーマイン君、悪いけど……」
「手伝いますよ、もちろん」
「ありがとう。それじゃあ手分けして探そう。校内は広いからね」
 そういって三人は四方に散った。と思いきや、アスナは分かれた所に戻って高畑の後を追いかけていった。



 数分後、カーマインは大きな扉の前で先ほどの少女が立ち往生しているのを見つけ、声を掛けた。
「どうしたんだ?」
「えっ!?あ、アイ、キャントスピークイングリッシュ……」
「あぁ、そっか。ドウシタノ?」
 つたない日本語で話しかけると、アスナは虚を突かれた顔になった。
「あっ、日本語……ええと、この中にネギが居るみたいなんだけど開かなくて」
「オレガヤルヨ」
 カーマインも扉を開けようとするが、分厚い扉はビクともしない。
「み、宮崎さんダメです―!?」
「む、これは急を要するな」
「悲鳴!?早く開けないと……てっ!?」
 カーマインがどこからともなくランサーを取り出したのを見て、アスナは硬直した。
「サガッテテ」
「は、はい……」
 アスナが離れるのを確認してカーマインはランサーを起動した。



 中ではネギが貞操の危機に陥っていた。仰向けに倒れたネギに跨る少女、宮崎のどかの顔が少年に迫る。
「だ、誰か助けて―!?」
 ネギの唇に彼女の唇が触れようとしたまさにそのとき、エンジンが唸るような音が図書館の扉から響いた。
「「えっ」」
 ガリガリと響く音と共に、分厚い木製の扉から何かが突き出した。それは連なる刃が高速で回転するチェーンソーだった。それが扉を×の字に切り裂くと奥に引っ込む。
「「…………」」
 長い沈黙が続き、二人がなにかしらの行動を起こそうかと思ったそのとき、扉が蹴り破られた。
「うわわッ!?」
 ネギが飛んできた木片を魔法で強化した手で払い、さりげなくのどかを突き飛ばして危険地帯から脱出させていた。紳士だ。
 扉を破った人物はフルフェイスのヘルメットをかぶり、手にしたランサーを胸で構えていた。逆光の中、青く光る双眸がランサーを青く照らし、異様な威圧感を放っていた。映画が好きな人は誰でも思うであろうその佇まいは。
「ジェイソンだ―――!?」
 ネギは叫び、のどかは気を失った。その後、悲鳴を聞きつけた高畑になぜか羽交い絞めにされたカーマインは首を傾げていた。




「あっ、カーマイン君。ドアの修繕費を君の給料から差っ引いておくからの。」
「そんな……生活できなくなりますよ!」
 コーチの給料では多少の贅沢は出来るが、余計な出費には殊更弱い。
「じゃあ、別の仕事もやってもらおうかの」
「別の仕事?」
「そうじゃ。それならすぐに修繕費も稼げるぞ?」
「やります!」
(よしよし、貴重な戦力が手に入ったぞい)
 放課後、そんなやり取りが学園長室で行われていた。



[19116] 第十一話 広域指導員
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/14 09:52
 職員用の宿舎の一室。そこには巨大な金庫があり、今は開け放たれ中が見えていた。そこには大小様々な銃と各種弾薬が置かれている。
「これで最後……良し!」
 室内に居ながらヘルメットを被り、部屋着を着たベンジャミンはテーブルに広げた分解されたランサーを点検・整備していた。
 銃身の中を掃除し終えたカーマインはランサーを組立て始める。慣れた手つきで数分足らずで組み立てたランサーを軽く構えて異常がないか確認する。それが終わるとカーマインはランサーを金庫の中に入れ、分厚い戸を閉める。
「そろそろ時間だな……」
 壁に掛けられた時計を確認して部屋着からスーツに着替える。もちろんヘルメットをしたままだ。
「広域指導員だったか?用はガードマンみたいなモンだろ。楽勝、楽勝」
 傭兵兼、木こり兼、コーチの役職を持つカーマインは今日から学園長に紹介された新たな仕事、広域指導員の仕事をする事になっているのだ。広い学園の中ではトラブルが多かれ少なかれ起きるため、自由に動き回れる人員が重宝されるのだ。



 カーマインは宿舎を後にし、指導員のなんたるかを高畑に教えてもらうべく待ち合わせ場所に向かった。
「つっても、待ち合わせ場所が"騒ぎの起きている所"じゃ、適当に歩き回るしかないだろうな」
 ちなみにカーマインを見る生徒たちの視線は、不審人物を見るような物ではなく、好奇心と物珍しさだけだ。
 なぜかというと、学園長の計らいで麻帆良新聞部にカーマインが指導員になったことを顔写真付きで全校生徒に連絡を頼んでおいたのだ。そういった理由でカーマインはすんなり女子寮エリアに入ることが出来た。
「昼休みだから、人が多いな~」
 昼休みということもあってか、校舎の外に女生徒達が弁当を片手に、外にある庭の芝生に向かって歩いていく。
「……人が多いところでこそ"騒ぎ"が起こるもんだよな」
 そう考え、カーマインは女生徒達の流れに乗るようにして庭に向かった。



「おっ、早速発見!!」
 カーマインが庭に到着すると、ネギの生徒達と同じ制服をきた女生徒と、黒い制服を着た女生徒の集団が取っ組み合いの喧嘩をしている。軍にいた頃の軍人同士の喧嘩に比べたら、迫力なんてあったものではないが、周囲の女生徒達は違うらしく、遠巻きに見ることしかできないようだ。
「ん。高畑先生も発見!」
 中学生達の集団に近寄るスーツ姿のダンディな男を見つけたカーマイン。向こうもこちらに気づいたらしく、ハンドシグナルを送ってきた。なぜハンドシグナルを知っているのかは知らないが、”向こうの集団を任せる”とメッセージを送ってきたのだ。
 カーマインは親指を突き立て了承の合図をおくる。二人は同時に集団に近づき、タカミチはカーマインも面識のあるアスナと金髪のロングヘアーの女生徒をつまみあげ、カーマインは茶髪と黒髪の女生徒をつまみ上げた。二人とも片手で人を持ち上げているあたり、常人ではない。
「女の子が取っ組み合いの喧嘩なんてみっともないぞ」
「は、はい……」
「そうそう、年下をいじめるのはもっとみっともないぜ」
「ソ、ソーリー……」
 タカミチに叱られて顔を赤くするアスナと中学生達と、カーマインに英語で叱られて顔をひきつらせた女生徒達は早々に喧嘩をやめた。女生徒は完全にヘルメットにスーツ姿のカーマインに萎縮していたが。
「失礼します……」
 そういって黒い制服の女生徒達は去っていき、残されたアスナ達はタカミチにことの経緯を話し出した。
「向こうから仕掛けてきたんです!」
「それでも、手を出したら君の負けさ。アスナ君」
 さすがにタカミチは慣れたもので、生徒達の意見に正論で返す。ふむふむ、勉強になるなとカーマインはメモ帳に”正論で諭す”と記入していた。
「あ、あの……タカミチ、ありがとう」
「まあ、こういうこともあるさ」
 ネギがタカミチに謝罪と感謝をして、タカミチはそれを笑って済ませていた。
「カーマインさんもありがとうございます」
「これくらいなら問題ないよ。野郎共の仲裁よりマシさ」
「……やっぱりすごいですね、タカミチやカーマインさんは。僕なんか、担任なのに何にも出来なくて……」
「なーに、ネギにもすぐに出来るようになるさ。いつも頑張ってるからな」
「……カーマインさん」
 ネギの羨望の眼差しにカーマインは若干得意げになっていた。その後、授業があるためネギとその生徒達は教室へと戻っていった。
「高畑先生、今みたいな感じで学園内を巡回すれば良いんですか?」
「そうだよ。対応も問題なかったしね。あっ、でも悪質な人たちには君のやり方で指導しても構わないよ」
「えっ、いいんスか?じゃなくて……いいんですか?」
「言葉だけじゃ止められないときに限ってだけどね。外部から入ってきたりする輩もたまにいるから、そういった場合は僕に連絡してくれれば引き取りに行くよ。連絡用にこの携帯電話を渡しておくよ」
「これって先生達の連絡先が全部入ってるんですか?」
「仕事用の連絡先はね。紛失したり壊したりしなければ君の自由にしていいよ」
 カーマインは早速携帯を弄くり回す。日本語で操作するものかと思いきや、英語表記になっていたためカーマインでもすんなり扱えることが出来た。
「あっ! この携帯翻訳機能がついてるんですね」
「そうだよ。大学で発明したソフトがインストールされていてね。それなら英文で書いたメールを日本語に直して送ることも出来るからコミュニケーションが楽にとれるよ」
「日本語のメールを英文に訳することも出来るんですね。いやー便利だなぁ」
「気に入ったかい?後は学校が終わるまで巡回をしてくれれば仕事は終わりだよ。それじゃ、頑張ってね」
 高畑は再び巡回に戻っていった。カーマインは礼をいうと彼にならって巡回を再開した。




 数十分後。
「逃げろ、逃げるんだ!」
 着崩したファッションをした男が三人、なにかから逃げていた。その表情にはおびえが見え、恐怖のあまり腰が抜けている。
「こいつ、強ぇ……」
「ダメだ……逃げられない……」
「教育的指導!!」
「「「アッーーーーーー!?」」」
 カーマインは早速三人ほどの部外者を指導した。生徒ではないので指導というのは適当ではないが、気分で言っているだけなので問題無い。
 ファッション感覚でジムに言っているような優男達が相手では、筋骨隆々の元軍人であるカーマインが負ける筈もない。
「ありがとうございます!」
「いやいや、困ったことがあればまた呼んでくれ」
 絡まれていた女生徒に英語で返す。カーマインは簡単な日本語なら聞き取ることが出来るので、挨拶程度なら問題ない。女生徒は違う様だったが。
「へッ!? えっと……」
「……あッ、英語が分からないのか。それじゃあ、携帯持ってる?」
 カーマインは電話をかける仕草をして女生徒に携帯を出させる。
「えっと、電話ですか? はい、どうぞ」
「ありがとう。えっと……このアドレスに日本語訳で送って……良し。ほら、これを見ればわかるだろう?」
 カーマインは早速携帯電話の機能を使って彼女に日本語の文面を送った。そこには連絡先と授業に遅れていること気遣う内容が書かれていた。
 少女は改めてカーマインに感謝をし、授業が始まっているのに気づいてすぐに教室へと向かっていった。カーマインはそれを見送ると高畑に連絡を取ろうとして携帯を操作したが、不意に手元が暗くなったのに気づいて頭上を見上げた。
「ん?」
 顔を上げた先には白くて丸いものが迫ってきていた。それはカーマインの頭に激突すると空高く跳ね上がった。
「ぐおッ!?」
 衝撃でカーマインは仰向けに倒れる。ヘルメットを押さえながら唸るカーマインは、それが何なのかと確認しようと物体を探した。少し遠くで跳ねているそれはボールだった。
「痛ってーな。どこから飛んできたんだ?」
 首をさすりながらボールを抱えるカーマイン。彼の太い首を痛めるほどの威力を発揮させたボールの持ち主を捜すが、見渡す範囲内には人の姿が無かった。
「誰も居ない……生徒は授業中だし、また部外者か?」
 そこまで考えて、カーマインの耳に女性の声が届いてきた。声の聞こえてくる場所は彼の頭上。見上げると、校舎の屋上でボールが跳ねているのが見えた。
「あ・そ・こ・か~!!」
 カーマインはダッシュで屋上に向かおうとしたが、部外者を連れ出すのを思い出して、とりあえず三人を植木の隣に頭だけをだして埋めておいた。
「「「だれか助けてくれー!!」」」
 埋められた三人は放置されたまま、再び不審者として通報されるまで土を舐めることになった。


 屋上に続く階段をカーマインは駆け上がっていく。そして屋上への扉に到達しようかというところで、二人の人影が道を塞いでいるのに気づいた。
「高畑先生と確か……しずな先生でしたね?何でこんな所に居るんですか?」
「カーマイン君か、あれを見てごらん」
 屋上への扉を少しあけ、カーマインを促す高畑。それに従って屋上の様子をのぞき見るカーマイン。
「球遊びですか?」
「ドッジボールだよ。本来はネギ君のクラスが屋上を使用する時間だったんだけど、高等部とダブルブッキングしてしまったようでね」
「それで試合をして場所取りをしてるんですね」
「今はネギ君が勝者の商品になっているけどね」
「私は止めた方が良いと思うんですが……」
「しずな先生、彼は今後も困難なことに挑まなくちゃならない。手助けは必要な時だけにしたほうが彼のためになります。
「確かに……一理ある」
 カーマインはすんなり納得した。何事も自分で学んだ方がいい結果を残すのを経験的に知っていたからだ。しずなはまだ納得がいかない様子でいたが。
「私は少し不安なんですけどね……」
「なにかあったら二人で止めに行きますから大丈夫ですよ」
「……そうですね」
 三人は顔をドアの隙間から覗かせてことの成り行きを見学する。



 ネギの鼓舞があってか、ネギのクラスが勝利を収め、年長組は顔を歪めていた。
「勝ちましたね」
「そうだね。でも、まだ終わっていないよ」
「どういうことですか?」
 高畑の言葉に聞き返すカーマイン。そのとき、高等部の一人がアスナの背後からボールを投げつけたのだ。
 しかし、ネギが瞬時にアスナを庇い、魔法でボールを弾き飛ばした。余波で高等部の生徒を下着姿にしてしまった魔球は一直線にカーマインに向かっていった。
「ぐぽッ!?」
「カーマインさん!!」
 服はとれなかったが再びダウンしたカーマインだったが、高畑としずなによってなんとか立ち上がることが出来た。
「危ない……後一回ダウンしたら再起不能になる・・・」
「何を言っているんだい?」
「いや……こっちの話です」
 そんな会話をしていると、屋上から下着姿にされた高等部の生徒たちが逃げ込むように階段に駆け込んできた。そこにはカーマインや高畑が居るわけで。
「「「キャー!?」」」
「「ぷろッ!?」」
 二人は殴られ、冷たい床を舐めることなった。



「何をしているんだか……」
「どうした龍宮?」
「いや、なんとなく懐かしく思えてね」
「?」
 試合には出場せずにいた龍宮はベンジャミンにアンソニーの面影を重ね、何も知らぬ刹那は首を傾げていた。



「大丈夫かい」
 高畑は首をさすりながらカーマインに声を掛ける。頬には紅葉のように真っ赤になっていた。
「なんとか……一度目のダウンが転んだようなものだったので助かりました。ヘルメットがなければ死んでいたかもしれません」
「……それは幸いだったね。今夜も仕事があるから手伝ってくれるかい?」
「今夜? 何かあるんですか?」
「うん。君ならやり遂げられるよ。戦える装備で集合してくれ」
 戦える装備、つまりは戦闘が起る可能性があるということだと、カーマインは兵士としての雰囲気を漂わせた。
「……襲撃か」
「ご名答」
 カーマインは踵を返して屋上を後にする。夜に備えるために。



[19116] 第十二話 ガスマスクの集団
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/15 09:28
 宿舎に戻ったカーマインはスーツを脱ぎ捨てアーマーを着込む。そして金庫に手をかけると中からランサーとロングショットライフル、スナッブピストルとスモークグレネードを取り出し、ピストルは太股のホルスターに入れ、フラグを二つ腰に吊す。
 ロングショットライフルは小型の金庫から銃弾の入った箱を取り出して弾を込めると背中に装着した。
 次に、ランサーにマガジンを取り付け薬室に弾丸を送り込む。そしてチェーンソーを動かす燃料の残量を確認すると、金庫から取り出したナップザックを手に部屋を出た。
 部屋の外には二人の少女の姿があり、小柄な体に不釣り合いな野太刀をもつ刹那と、ギターケースを背負った龍宮がいた。
「準備は万全の様だね」
「龍宮ちゃんと刹那ちゃんか、迎えに来てくれたのかい?」
「はい、高畑先生から集合場所までご案内しろと」
「助かるよ、学園内はまだ少ししか知らないからね」
「指導員の仕事もしているらしいね。学校新聞にも出ていたよ」
「あぁ、学園長の計らいでね。でも取材がちょっとしつこいくらいだったから疲れちゃったよ……」
「それに比べたら今夜の仕事なんて楽なモノさ」
「だといいけどね……」
 三人は人々が寝静まった夜の学園を歩き、集合場所へと向かった。



 集合場所にはすでにこのエリアの担当者達が集まっていた。その中の一人、褐色の肌に眼鏡の男性がカーマインに気づいて声をかけた。
「やぁ、カーマイン君。久しぶりだね」
「ガンドルフィーニさん! いやぁ、お久しぶりです。去年の大会以来ですね」
「あぁ、君がここに来たというのは知っていたんだが、会いに行く時間がなくてね」
「二人はお知り合いなんですか?」
 意気投合している二人に刹那が声をかける。彼女には二人に接点があるとは思えなかったのだ。
「実は昔、友人の誘いでバイアスロンのチームに入っていてね。そのとき彼と知り合ったんだ」
「ガンドルフィーニさんは対戦相手だったから、いろいろ小競り合いがあったけど、今じゃ長い付き合いですからね」
「そうだね。とにかく今日からよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
 二人はしっかりと握手をした。挨拶でするような軽いものではなく、長年の友愛が感じられる握手だった。そんな二人の間に空から舞い降りた少女が敵集の知らせを運んできた。
「来たか……カーマイン君、皆への紹介はまたの機会に、今回は刹那君と龍宮君に付いて行ってくれ」
「分かりました。宜しくな、二人とも」



「此処が俺たちの担当エリアか……」
 三人の目の前には暗い闇に包まれた深い森が広がっていた。
「それで、どうする?」
「俺に考えがある」
 そう言うとカーマインは森の奥深くへと歩いていく。
「何処に行くんだい?」
「ちょっと内職をしにね」
 カーマインは敵が来ると思われるルート上の木の敵からは死角になる部分にナップザックから取り出したフラグを取り付けた。
「カーマインさん、それは……?」
「地雷さ。これで何匹かは巻き込まれてくれるはずだ」
 刹那の問いに答えるカーマイン。通訳は龍宮がやっているためコミュニケーションはとれている。カーマインはナップザックからフラグを何個も取り出して木の陰、茂みに仕掛けていく。
「……そんなに仕掛けたら、森が無くなるぞ」
「あっ」
 龍宮のツッコミに、間抜けな声を出すカーマインであった。



 学園からほど近い森に中に、黒い服で統一された集団が集合していた。彼らは全員が顔を覆うようなガスマスクをしており、見るものに妙な威圧感を感じさせる。
 ガスマスクにはキャニスターという有毒ガスを吸収する濾材が詰まった吸収缶がついており、ガスマスクの集団はそれが下部についた者や側面、パイプで繋がっている者など多種多様だ。
「聞いたか、学園側に"ジェイソン"の野郎が付いたって話だ」
「何ッ!? なんでアッチに付いてるんだ! 金じゃ動かない奴だぞ!」
 ガスマスクをしていると声が外に出にくいためマスクにはボイスエミッターと呼ばれる電気的に音声を増幅させる装置が取り付けられているため、声が機械的に処理されたような声がでる。余談だが、カーマインのヘルメットにも同じような装置が付いている。
「さあな。奴らに雇われたのか、もしかしたら洗脳でもされてるんじゃないのか?それか、"殺し"の許可が下りているのかもな」
「あぁ、なるほど……って!俺たちヤバいじゃねえか!?」
「狼狽えるな!!」
 ガスマスクをした傭兵達の弱音を遮るように大きな声が響く。傭兵達は声を発した人物に注目した。
 その人物は全身をアーマーと体のラインを強調するようなインナーを着ている。その割に性別がよくわからないという不思議な体格をしていた。その声も処理されているため男性とも女性ともつかないものであった。
 他の傭兵と同じく顔を覆うガスマスクをしており、そこから伸びる長い黒髪を一束に纏め、手には大型のショットガン、ごく一般的な銃身下部についたポンプを操作するポンプアクションのものではなく、レバーを操作することで弾丸を装填するタイプの銃を持っており、背には扱いやすい小型のコンバットボウと矢筒を背負っている。
「団長!」
「敵は少数だ。こっちが数で押せば必ず潰れる。俺たちは化け物どもの援護だけしていれば良いんだ」
「でも、相手には悪名高いカーマインの野郎がいるんですよ……俺達細切れ肉には成りたくないんです!」
「……相手はそんな野郎じゃないよ。私は知っているからね」
「そういえば、団長は学園に潜入してたんですよね。奴と接触したんですか?」
「あぁ、奴は通り名とは違って温厚な奴だったよ。チンピラに絡まれてた少女と連絡先を交換するような奴だ」
「……ロリコンだったのか。だとしたら、奴が学園側に付いたのも頷ける」
「そう言うことだ。いつも通りにやれば難しい仕事じゃない。根性見せな!!」
「「「へいッ!!!」」」
 団長と呼ばれた人物は部下たちが先行するのをみてショットガンのレバーを操作し、弾丸を薬室に装填する。
「チェーンソーの男……はたして、”当たり”か”ハズレ”か……」



「敵が来たよ。異形どもが先頭に、銃を持った連中が背後に付いている。それに魔法使いが数人」
「敵の装備は?」
「……コーチと同じような装備だね・・・突撃銃の下部にチェーンソー、それに……ガスマスク?」
「チェーンソーか……もしかしたら話に聞いていた俺の偽物か?」
 カーマインはしばらく逡巡していたが、今は敵を倒すのが先決だと割り切って指示をだす。
「刹那ちゃんは側面で待機して、頃合いをみて切り込んでくれ。俺たちは狙撃に徹するから」
「分かりました。サポートはお任せします」
 そう言って刹那は闇に消える。龍宮は樹上に身を潜め、カーマインは岩の陰に身を潜めた。
 数分後、敵の姿が視認できる距離まで来ると、カーマインはナップザックからスモークグレネードを取り出して投げられるような体制になる。
 異形が射程距離に入った瞬間。龍宮のライフルが火を噴いく。
 異形の頭部に指先ほどの穴があくと、その異形は消え入るように送還された。カーマインはスモークを敵の中央に放り投げると素早くライフルに持ち替える。
 スモークは異形の足下に落ち、電子音を響かせると爆風と濃い煙を敵に浴びせた。
 怯んだ隙をついて刹那が飛び出し、煙に紛れるようにして辻斬の如く切りかかった。足を止めずに気配を頼りに切り捨て続け、煙を抜けると再び身を隠した。
「敵が見えない!!」
「身を隠せ、狙われるぞ!!!」
 ガスマスクの集団は身を隠しているが、肩や足が遮蔽物からはみ出している。
「足下注意……ってな」
 カーマインはライフルで敵のはみ出した足を狙い、銃弾を放つ。狙いを違わず、銃弾はガスマスクの足に突き刺さった。
「痛っ!? なんだこりゃ……注射針か・……ぁ?」
「おいッ、どうした!?」
 被弾したガスマスクの男は足に突き刺さった注射器に似た弾丸を抜き、観察しようとすると突然地面に突っ伏した。
「イイねぇ!!」
 カーマインはさえ渡る技に自ら感嘆の声を上げて素早く弾丸を装填すると、倒れた味方に駆け寄った別のガスマスクの額に銃弾を突き刺した。
 カーマインの使う弾丸は学園が用意したもので、人に対してはこれを使うように指示されている。実弾を使うのは身の危険が迫ったときなどに限られているのだ。
「敵に増援部隊だ!!」
「了解!!」
 龍宮が叫び、カーマインが怒鳴るように返す。先行部隊が壊滅しようというときに数十人の増援が闇の中から現れたのだ。増援はカーマインや龍宮がいると思われる個所に向かって無差別に弾丸をばらまきだし、二人を遮蔽物に釘付けにして狙撃を防いだ。
「こう、撃たれてちゃ反撃もできない!」
「私は大丈夫さ」
 樹上から降りてきた龍宮はギターケースから特殊な形状をした銃のような装置を取り出した。銃口がないその銃は先端部分にカメラが取り付けられており、龍宮はさらにギターケースから大型の拳銃を取り出すとカメラのついた銃の先端にはめ込んだ。
「コーナーショットか?」
「あぁ、これなら身を晒す必要がないからね」
 コーナーショットとは装置の先端部分に取り付けられたカメラを付属のモニターで見ながら撃つことで、完全に身を隠した状態で狙撃ができる。先端部分に自動拳銃をはめ込み、手元のレバーで操作することでそれを左右120度ほどまで曲げることが可能な特殊武器だ。
 彼女はカーマインの隠れている岩陰からコーナーショトを突き出して狙いを定める。敵もそれに気づいて集中砲火を浴びせるが、撃たれる心配がないため狙撃に集中できる。
 計15発の麻酔弾を敵に打ち込む龍宮。吸い込まれるように15人の敵に突き刺さった麻酔は彼らを深い眠りへ導いた。
「下がってな!」
「「「団長!!」」」
 団長と呼ばれたガスマスクは背中のコンバットボウを構え、矢をつがえる。
「まさか……」
 その鏃のオレンジの発光を見てカーマインは叫んだ。
「伏せろ!!」
 カーマインは龍宮に覆い被さるようにして地面へと伏せる。直後、時速200㎞を越える速度で彼らの隠れる岩に突き刺さった。その矢が電子音を発し、轟音を響かせ紅蓮の炎と無数の破片を散らした。
「爆裂弾頭か!!?」
 鏃に込められた爆薬は岩を粉砕し、その大きさを半分以下にまで整形されていた。
「接近しろ!!」
「「「応!!!」」」
 敵は銃を撃ちながら二人に近づく。銃弾の雨から逃れる術がない二人は小さくなった岩陰に身を寄せあった。
「奴は殺すな! 生け捕りにしろ!!」
「こりゃ、ヤバイな……」



 敵は二人を包囲すると、二人の銃を取り上げるように指示を出した。
「銃を捨てろ!!」
 二人は銃を捨て、立ち上がる。両手を肩の高さまで上げて戦闘の意志がないことを表した。
「あっさり片が付いたなぁ」
「まだまだこれからさ」
「何を言って……」
 不適な笑みを浮かべる龍宮に、団長がショットガンを突きつける。彼女は足下のギターケースを軽く蹴る。すると、ケースから三つの物体が彼女の目の高さにまであがった。団長はそれを見ると、体を反射的に伏せながら叫んだ。
「グレネード!!!」
 宙に浮いたクレネードは爆風と濃い煙を吐き出し、辺り一面に漂う煙が視界を奪う。
「撃つなぁ!! 同士討ちするぞ!!」
「そんなこと言われても!?」
 ガスマスクの集団はマスクのおかげで息をするには困らないが、視界を奪われたため身動きが出来ない。そのうちの一人の視界に銀線が瞬いた。
「ぎゃあ!!?」
「どうした!?」
「煙に紛れて来るぞ!!」
 煙の中から響く苦痛の声に、ガスマスクの集団が恐慌状態陥った。一人、また一人と数を減らす味方に、団長は苛立ちを隠せなかった。



 煙幕が晴れる頃。無傷でいたのは団長だけだった。ほかのガスマスクたちは地面に突っ伏しているか痛みに悶絶している。刹那が煙に紛れて容赦ない峰うちを叩き込んだからだ。
「くそッ!!」
 団長はカーマインと龍宮に銃を突きつけられ、自分の武器を地面に投げ捨てるようにして手を挙げた。
「大人しくしていろよ……」
 カーマインが団長の後ろに回り込んで拘束しようとする。だが、団長はカーマインが拘束しようと武器を手放す隙をつき、軽業師のように高く飛び上がった。
「嘘ォ!?」
 団長はカーマインの背後に着地すると彼に組み付き、彼の太ももに取り付けられたホルスターの拳銃を奪って無防備な首筋に突きつけた。
「動くな!!」
「マジかよ……」
 一気に形勢を逆転され、呟くようなカーマインの声が場に響いた。


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チートでもない限り数の暴力にはかないません。



[19116] 第十三話 初仕事、失敗
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/15 19:43
「またか……」
 ライフルを構える龍宮の息が荒れる。彼女にとってはトラウマのようなものだ。特に、彼は“彼”に似ている。
「そのままゆっくりと武器を地面に置け。でないと、この男の命はないぞ」
「お、俺みたいなガリガリ、なんの役にも立たないぞ!?」
 カーマインの情けない悲鳴が響く。とてもガリガリと表現できる体はしていない。
 注意を引くためか、あるいは本心からの言葉なのか。どちらにしても、刹那とマナの二人は行動を起こすことが出来なかった。
 刹那は有効な手段が思いつかず、マナの銃の腕前に頼ろうとしていたが、マナの構えるライフルの銃口は風に揺れる草木のように安定しない。
「龍宮……?」
 刹那が見たマナの様子が普段のそれとは全く違っていた。呼吸がうまく出来ないのか、呼吸の回数が増え、額からは汗が滝のように流れ出していた。
 マナの腕前なら、カーマインを避けて背後のガスマスクに弾丸を撃ち込むことなど造作も無いはずだと、刹那は思っていたのだ。
「……今回の襲撃からは手を引かせてもらう。部下がこの様だからな」
「だったら人質を放せ!!」
「それは駄目だ。こいつを放した瞬間に撃たれたらたまらないのでな。貴様等の姿が見えなくなるまではこのままだ」
 そういって団長はカーマインに銃口を向けたままゆっくりと後退る。カーマインも為す術なくそれに追従した。
 しかし、そこで新たな乱入者が現れた。
 四人のいる近くの木が何の前触れもなく根本からへし折れると、そこから飛び出してきた大柄の異形が両者の中央に降り立ったのだ。
「……お前の差し金か?」
「私たちが雇った魔法使いはとっくにお前達に無力化されている。別の襲撃者がはなったんだろうな」
 カーマインが団長に問いかけるが、直接の関係は無いようだ。
 異形は四人を観察すると、もっとも近くにいたカーマイン達に唸り声を上げながら襲いかかってきた。
「なんで襲ってくるんだよ!?」
「知能が低すぎるんだろう、無差別に攻撃する程度の命令しかされていないんだ!!」
 団長はその場を離れようと、カーマインを引きずるように引っ張ろうとしたが、カーマインが重すぎてうまくいかない。
 もたついていると、異形が二人の頭上を飛び越え、行き先を遮るように立ちふさがった。
 しかし、異形のいる場所を見たカーマインは叫んだ。
「おいッ、そっちは……!」
「えっ?」
「グォ?」

 鳴り響く電子音。

「「あっ・・・」」

 轟音。

 カーマインはあらかじめ敵襲に備えてトラップを仕掛けていた。しかし、起動すると森が無くなると龍宮に指摘されたので、別のエリアで敵を待ち伏せていたのだ。
 だが、いつのまにか異形はそのエリアに入り込んでしまっていたのだ。
 哀れ、カーマインはいい感じに焦げ付き、地に沈んだ。四肢を吹き飛ばされなかったのは盾になった異形のおかげである。異形はフラグに連鎖爆破に耐えきれず、元の世界に帰った。
 共にいた団長と呼ばれたガスマスクの姿は見えない。爆発に巻き込まれたかとも思ったが、肉片も血痕も残っていないところを見ると爆風に紛れて逃げたのだろう。
 爆発によって森が燃え上がっているので、すぐに応援に控えていた味方が駆けつけてくるはずだ。
「まさか、カーマインさんはこれを見越して……」
「それは無い」
 刹那の勘違いに、龍宮が素早いツッコミをいれた。



 負傷したカーマインを連れて保健室までやってきたマナと刹那は駆けつけた高畑と共に、意識が戻るのを待っていた。
「偽物? カーマイン君のかい?」
「コーチはそう言っていました」
「ふむ……だとしても、何故彼なんだろう? 彼の真似をしてなにか得になるようなことが?」
「確かに、コーチは傭兵として優秀でしたが、真似をするようなレベルの人では無いはずです。せいぜい依頼が増えるくらいで」
「だとしたら、別の目的が?」
「恐らく」
「ところで、龍宮君」
「何でしょう」
「何故カーマインのヘルメットをとらないんだい?」
 ベットに横たわるカーマインをみて高畑が問いかける。けが人は処置がしやすい様に簡素な服を着せられるのだが、カーマインはいつもの通りヘルメットをつけたままだった。
「あぁ、失念していました。そういう人と接する機会が多かったので」
「そうかい……」
 龍宮は早速カーマインのヘルメットを外しにかかった。
「これは……」
「どうしたんだい?」
「ロックされてますね」
「……ヘルメットにそんな機能があったとは初耳だね」
「恐らく、自分でカスタムしたものだと思います。ここに暗証番号の入力装置が」
 ヘルメットの後頭部を指さして示す龍宮。確かにそこには小さなボタンが無数に並んでいた。
「……その位置じゃあ自分からは見えないのでは?」
「アーマーに手鏡が入ってますね」
「そこまでするほどの事なのか……」
 龍宮がそばに置かれたカーマインのアーマーから鏡を取り出すのを見て、あまりの徹底ぶりに高畑は眉間を押さえた。



「う~ん……ハッ!?」
 カーマインは身じろぎをするとベッドから跳ね起きた。
「すごい汗だよ。大丈夫なのか?」
 滝のような汗を、ヘルメットをかぶっているため首元から汗がダクダクと流れ出しているカーマインにタオルを渡しながら高畑は聞いた。
「何かよくわからない生き物に体を溶かされる夢を見たんだ……」
「悪夢だね」
「まったく……最悪の寝起きだ」
 カーマインは自分が眠っている間のことを高畑から聞く。ガスマスクの集団は一人も捕まえる事が出来ず、団長も取り逃がしたそうだ。
「団長はともかく、なんで麻酔を打たれたガスマスクたちが動けたんだ?」
「動けなかったよ。ほかのガスマスク達が現れて、全員回収していったそうだ。君が倒れていたから、こちらも追撃に回す人数がそろわなくてね……カーマイン君?」
 急に保健室に重苦しい空気が流れ、高畑の声を遮った。その根元はベッドの上で膝を抱えているカーマインであった。
「……いい気になっていたんだな、数年間の傭兵生活と、ちょっと小さな傭兵団をつぶしたぐらいで調子に乗って……結局、何にも成長しちゃいない……」
「ま、まぁ、たまにはこんな事もあるよ」
「あってはいけないことですけどね」
 高畑が必死に励まそうとしているのをよそに、マナは辛辣な言葉を掛けた。普段の彼女にしては妙に感情的だ。
「龍宮君!」
「私はもう帰ります。コーチも大丈夫な様ですし」
 彼女は三人に背を向けると保健室から出て行ってしまった。
「龍宮があんなに感情的になるのは初めてですね」
「僕も初めて見たよ。淡々と攻めるならまだしも、何か含んだような言い方をするのは」
 刹那と高畑は普段の彼女とは別の顔をみたような気持ちになった。そしてマナの叱責を受け、自分の失態をより深く受け止めたカーマインはベッドの隅で縮こまろうとしていた。
「ん?」
 そこでカーマインは、ベッドに立てかけられた弓と銃に気付いた。
「あのガスマスクのか……」
 それは団長が残していった武器であり、カーマイン共々回収されていたのだった。カーマインはそれを手にすると、しばし考え込むように俯いていた。
「高畑先生。これって貰っても良いですか?」
「敵の情報があるかどうかを調べてからならいいと思うけど……どうするんだい?」
「こいつで新しい武装を作ろうと思うんですよ」
「武器? そのままでは使えないのかな」
「もっと強力な奴にするんですよ」
 ヘルメットからもれる含み笑いに、刹那と高畑は顔を見合わせるばかりであった。
「そう……あってはいけない。……もう、二度と……」
 保健室のすぐ側の壁に身を預けた龍宮が呟く。その手にはアンソニーと龍宮の写真が納められたペンダントが光っていた。
「そうだろ……アンソニー」
 龍宮はペンダントに軽く口づけをすると、胸元に仕舞い込み、朝日に照らされる廊下を歩きだした。



 カーマインは日が昇ろうとしている中、宿舎へと戻っていた。そこでどこかに電話を掛けると、学園長から許可を貰い、拝借した武器を段ボールに梱包すると、箱を抱えて再び外に飛び出した。ちなみに、アーマーのままではとてつもなく目立つので、ジャージに着替えている。
 カーマインは学園からほど近いコンビニまで行くと、箱の宅配を頼んだ。ヘルメットでの入店は本来なら通報されてもおかしくはないが、麻帆良に程近いコンビニにはカーマインの容姿の情報が届いていたのでそれほどの混乱はなかった。
「あとは改造が終わるのを待つばかりだな」
 コンビニから出てきたカーマインは朝の湿った空気を肺に取り込むように深呼吸すると、空に上った太陽を見上げた。
「……まだ、生きているんだ。名誉挽回のチャンスはいくらでも来るさ」
 新米であるカーマインには失敗は付き物だったはじめの頃は銃弾の装填にも手間取り、フラグの投擲ミスで仲間を殺し掛けたこともあった。その気持ちをカーマインは今回の出来事で思い出したのだ。
 何度もリロードとフラグの投擲の練習をした。その甲斐あって、銃弾が飛び交う戦場の中でも最速でのリロードが可能になった。今回のことも、組み付かれないようにするために対策をすればいいのだ。
「……走って帰るか、いい天気だしな」
 そういってカーマインは掛けだした。麻帆良に向かって。



「あっ、コーチ」
「「「おはよーございまーす!!」」」
 カーマインがランニングをしながら麻帆良学園に向かっていると、バイアスロン部の朝のランニングに遭遇した。
「オハヨウ、ガンバッテイルネ」
「はいっ!目標が出来たので、俄然やる気がわいてきましたから」
「モクヒョウ?」
「カーマインコーチですよ。龍宮さんは天才じみたところがあって目標にしづらかったんですが、コーチは才能のかけらも感じられないのにあんなに技術があるじゃないですか」
「そうだね~、がんばれば私たちもコーチぐらいにはなれるかもって思ったし」
「「ね~」」
 バイアスロン部の女生徒たちが声を揃える。カーマインは思った。こんな自分でも、誰かに希望を与えていることに。そしてそれが自分に返ってくることにも喜びを感じていた。
「じゃあ、私たちは授業があるので失礼します」
「コーチも今度一緒に走りましょうね」
「アァ、モチロン!」
 駆けていく部員たちを見送ると、カーマインは指導員の仕事の準備をするために、宿舎へと帰っていった。



 職員の宿舎は男女別だが、門の入り口は同じなので異性の学校関係者があうことは不思議なことではない。
「あれ、先生。こんな朝早くどうしたんですか?」
 カーマインは女性職員の宿舎に向かう黒いポニーテールの女性、バイアスロン部の顧問に声を掛けた。
「ッ!? ……あっ、カーマインさん。おはようございます。ちょっと散歩に行っておりまして……」
「はぁ、随分早起きなんですねぇ」
「えぇ、まあ」
 そこでカーマインはあることに気づいた。
「……先生、その髪どうしたんですか?」
 カーマインの指摘した顧問のポニーテールの先が焦げたように縮れている。
「こ、これは……そう! 調理中に火に巻き込んでしまって……」
「えっ!? それは災難でしたね。怪我はありませんでしたか?」
「えぇ、お陰様で」
「お陰様?」
「ッ!? ……いえ、なんでも……」
「はぁ……おっと、もうこんな時間か。俺はそろそろ仕事がありますので失礼します」
 そういうとカーマインは男性職員用の宿舎へと向かっていった。それを見送った顧問はそそくさと彼女の部屋に向かった。



 部屋に入った顧問は荒々しく服を脱ぎ捨てながら部屋に備え付けのバスルームに入る。
「あの野郎……俺の大事な髪を……」
 放り投げられた大きめの下着からは分厚いパットがはみ出していた。
「"奴"じゃなかったようだが、この恨みは必ず晴らす、必ずだ……!」



[19116] 第十四話 麻帆良は治外法権
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/16 18:54
「ハカセー、いるかい?」
 朝早くからスーツに着替えたカーマインは指導員の仕事で学園内の巡回を行う前に、麻帆良工学部にある研究室へ訪れていた。研究室は色々なものが並んでいる。研究用のコンピュータや専門書の山、生活感のある冷蔵庫やキッチンも備え付けてある。
「う~ん……」
 うめき声はポツンと置かれたソファーから漏れた。ソファーには毛布がかかっており、その下でモゾモゾと何かが蠢いている。やがて毛布の下から少女が現れた。寝癖で髪の毛がボワボワと逆立っている。ネギの担当するクラスの生徒でもある葉加瀬聡美だ。彼女はその優れた頭脳から、中学生であるのに大学部の研究室に所属している秀才である。親しいヒトからはハカセの愛称で親しまれている。
「進展があったって聞いたからきたんだけど……ひどい格好だな。年頃の女の子がそれじゃあイケナイんじゃないか?」
 彼女の格好はシャツに下着とラフ過ぎる格好であった。散らかし放題の研究室を見ても、私生活では問題があるのが分かる。
 カーマインは足元に落ちていた白衣を払ってハカセに手渡した。彼は英語を話しているが、ハカセは海外の論文を読んだり研究者との交流があるので英語は堪能なのだ。
「ああ、いらっしゃいカーマインさん。例のヤツ出来てますよ」
「おお、もう出来たのか! いや、それよりも先にスカートを履いたほうがいいぞ」
 ハカセが下着のままなのを指摘してカーマインは目を逸らした。所謂マナーというものである。



 ハカセが着替え終えるのを待って、二人は研究棟の隣にあるドーム状の建物に足を踏み入れる。そこは、中央にある一メートルほどの大きさの丸っこい機械を囲むように機材が並んでいる部屋であった。
「これが……」
「そう! 『万能ジャック』こと“ジャック01”です!!」
 ハカセの声と共に、中央の台座に繋がれた機械、ジャックは四つのカメラアイを青く発光させる。ジャックは宙へと舞い上がった。胴体に収納されていた二本の腕がカチカチと音を立て、青い目がハカセとカーマインを見つめる。
「おおッ!!」
「すごいでしょ! カーマインさんの注文通り、ドアロックの解除、ハッキング、通信リンク確立、光学迷彩。何より、ジャックをこれだけ静かに浮かせるには苦労しましたよ。幸い私には……」
 カーマインの感嘆の声に気分を良くしたのか、ハカセはカーマインには理解しがたい専門用語を並べ立て、いかにジャックが優れているかを具体的な数値を提示しながら語った。
 ジャックはカーマインがハカセにアイデアを提供したものだ。モデルは、以前彼が所属していたCOGのデルタ部隊に支給されていたサポートロボットだ。ハカセが述べたように様々なスキルを持つ正しく『万能ジャック』と呼ばれる高性能さをもつ。
「……ということですかね。製造と維持にまだまだ難がありますから、一体しか作れていませんけど」
 長々と話を続けていたハカセはそう締めくくった。
「指示をするにはどうすれば?」
「音声認識出来ますので、ユーザー登録してあるカーマインさんが話すだけで命令出来ますよ。AIを積んでいるのである程度の応用力もあります」
「ようし。ジャック、この部屋を一周回ってみてくれ」
 ジャックはピピッと音をたてて命令を受理し、行動に移った。音もなく上昇したジャックは壁面ギリギリを飛行して再び元の位置に戻る。スムーズでキビキビとして動作だった。
「凄いな、完璧じゃないか。次は光学迷彩を起動してくれ」
 ジャックは指示通りに迷彩を起動させる。彼のボディがユラユラとぼやけたかと思うと、背景と同化する様にその姿を溶け込ませた……と思いきや、直ぐに迷彩がはがれてその姿を晒した。
「あれ? おかしいな~、昨日までは正常に動作したのに……」
 ハカセはジャックを呼び寄せてボディを弄繰り回す。ジャックは小動物のように身もだえした。くすぐったがっている様にも見える。
「う~ん……まだ調整が必要みたいですね。すいませんカーマインさん、わざわざ来てもらったのに。調整次第連絡しますから」
「いやいや、問題ないよ。俺もこんなに早くできるとは思いもしなかったから」
 ハカセの言葉にカーマインはそう返した。仕上がりがどうこうというより、ジャックが動くさまを見て興奮した様子である。
「あと、運ばれてきたヘリなんですが、殆ど作り直しなんでまだ時間がかかりますけど、直せますよ」
「ヘリも!? 凄いな……学生にそこまで技術力があるとは思わなかったよ」
 もともとは、ヘリを直してくれるという学園側の好意によってカーマインはハカセと知り合いになったのだ。ジャックはあくまで話のタネでしかなかったのだ。それを形にしてしまう辺り、ハカセの技術力は数年先をいっている。
「ヘリはまだ無理ですけど、ジャックはスタンガンか何かをつけてパトロールが出来るくらいまでに仕上げて提供しますよ!」
「楽しみだよ。本当に」
 寝起きにも関わらず、ハカセは決意表明をするとジャックにコードをつないでカタカタをキーボードをタイプして作業を開始した。カーマインも指導員の仕事があるのでハカセに別れを告げて仕事に戻った。



 カーマインは指導員の仕事で担当エリアである女子中等部と大学エリアを交互に巡回を続けていた。
「なんだか今日はみんなピリピリしているなぁ」
 彼はは道行く生徒たちが教科書片手に登校しているのを見てずいぶん真面目なんだなと考えていたが、明らかに雰囲気が違うのに気づき、首を傾げていた。
 そのとき、カーマインの視界にカラフルな色が飛び込んできた。
 それは服のそれであったが、来ている連中が問題だった。この麻帆良学園では私服の登校は許可されていない。すなわち、私服を着た成年間近の若い男達は部外者だと判断できる。仮に生徒だとしても注意の対象だ。
 指導員は警備員の仕事も兼ねているのでカーマインも例に漏れず声をかける。
「君たち、此処は部外者は立ち入り禁止だよ」
「アッ? 何ですか、英語でも言われても分かんないんですけど」
 つい英語で話しかけてしまったのは失敗だったが、彼らには日本語で話しかけても無意味だとカーマインはすぐに分かった。
「っていうか、何だその格好? コスプレかなんかですか。ダッセぇ」
「早く行こうぜ、逃げられた女を探さないと」
 年上に対する敬意も払う様子がない少年達はカーマインを無視してそのまま校舎へと向かう。ほおっておくわけにも行かず、カーマインは彼らの前に立ちふさがると日本語で再度警告した。
「文句があんなら、止めてみろよ。こっちは10人。あんたは一人だ。どっちが強いかなんて直ぐにわかるでしょ?」
 数を数えるくらいの教養はあるようだ。もっとも、戦争が起こっているわけではないのだから数えられない方がこの国ではおかしいのだが。
 カーマインはそのままじっと少年達の前に立ちふさがったままだ。しびれを切らした如何にも下っ端な金髪の少年がカーマインに詰め寄る。
「さっさと退けよ。痛い目みたくないでしょう? ガイジンサン。俺、空手やってるの。ワカル? カ・ラ・テ。お兄さんなんか一瞬だよ、イッシュ……ぷろぉ!?」
 歯並びの悪い金髪の少年は宙を舞った。緩やかな曲線を描いて飛ぶそれは少年達の頭上を越えて舗装された石畳に墜ちて動かなくなった。
「ヤッパリ、馬鹿ニハ“コレ”ダロウ?』
 カーマインは拳を顔の前で構え、日本語でチンピラに聞こえるように言った。銃器をもって殴れば敵を死に至らしめるほどの腕力を持つカーマインの一撃は貧弱なガキを宙に浮かせることなど造作もないことなのだ。
「やるじゃねえか外人さん。人が空飛ぶになんて始めて見たぜ」
 そう言って、少年達の中から一人、カーマインの前に立ちふさがる。段々と暖かくなってきたとは言え、まだまだ肌寒い季節の中、彼はたっぷりと筋肉の付いた二の腕を見せびらかすようにタンクトップという出で立ちであった。
「テメェ死んだぞ!? ケンちゃんが相手じゃ骨も残らねえぜ!!」
「「やっちゃえケンちゃん!!」」
 おそらく少年達のリーダー格なのだろうとカーマインは判断した。リーダーの登場に周囲の少年達が活気づく。
「今謝るなら許してやってもいい。そのかわり、黒髪のポニーテールの女をここにつれてこい。そしたら腕の一本で許してや……アベシッ!?」 
「「「ケンちゃーん!!!?」」」
「弱ッ……」
 ケンちゃんは先ほどの少年のようにきれいに弧を描きながら倒れた少年の上に落ちた。下敷きになった少年が声にならない悲鳴を上げたが些細なことだ。
 カーマインはそれなりにやるのかと思って少し本気を出したのだが、如何せん見せかけだけの肉体改造は戦場を生きた男の拳にはかなわなかったようだ。
「なんて卑劣な奴だ……口上の途中で殴りかかるなんて」
「許せねぇ。落し前つけてもらうぞ!!」
「やっちまえ!!」
 明らかな実力差を見せつけながらも戦おうとするのは男としては評価できるとカーマインは好感を持った。もっとも、今回については無謀であり逆恨みだ。
「落第点だな」
 カーマインは素手で二人を殴って痛くなった拳を振ると、おもむろに腰元に手を伸ばし、取り出したものを駆けてくる少年達に向けた。
 普段見ることが無い少年たちでも、映画などで知っているそのシルエット。それは鈍い光を反射させる大型拳銃だった。
「「「銃だぁ!?」」」
 少年たちが声を上げるが、カーマインは警告無しで発砲する。一人当たり一発ずつ。軍用拳銃のそれよりも大型なゴム弾が、人を面白い様に吹き飛ばす。



「まぁ許してくれよ。それに、此処に入ってきたこと事態が違法だからな、撃たれたって文句は言えないぜ」
 平和な日本ではそんなこともないのだが、彼のいた世界のことを考えれば仕方がないことかもしれない。
 大型すぎて懐には納められないスナッブピストルを腰のホルスターに戻し、顔や腹に青あざを作った少年達を後目に携帯を取り出して高畑に連絡をとるカーマイン。
「この学園じゃ滅多にケンカなんて起こらないってのに……」
 麻帆良学園の生徒はハメを外すことはあるが表だってケンカなどということは殆どない。時より運動部が小競り合いをする程度で集団リンチということもない。それよりも多いのは部外者が騒ぎを起こすことだ。
 少年達を一瞥して直ぐに目を覚ましそうにないのを確認すると近くのベンチに座り、別の連絡先に電話をかける。
「黒のポニーテールといえば・・・知り合いには一人しかいないな」
 カーマインの予測は当たっていた。



「今朝通勤途中に絡まれてしまって……振り切ったつもりだったんですが……」
「つけられていたって訳ですね」
 バイアスロン部顧問、長月ミサオとカーマインは昼休みのカフェでコーヒーを飲んでいた。カーマインは改造したヘルメットの隙間からコーヒーをストローで啜っていた。こんなゴツい男でも、蝶々が水や花の蜜を吸う様に似ているのは何故だろう。
「まぁ後は高畑先生が処理してくれるそうですから大丈夫だと思いますけど」
「ご迷惑をお掛けしてすいません。是非、お詫びをしたいのですが……」
「いや、仕事でしたことですし。第一長月さんに非はないでしょう?」
「それでもお礼がしたいんです。……そうだ!」



「あれで良かったのか?」
「あぁ、十分だ」
 カーマインに伸された少年たちは、薄暗い路地にいた。そこには彼ら以外にも人影があり、それ人物は奇妙なことにガスマスクを着けていた。
「じゃあさ、報酬くれよ。ホ・ウ・シュ・ウ!!」
「いいとも。これが報酬だ」
 ガスマスクが手を差し出すと、彼らはそれを手に取った。それは円柱型の手のひら程の大きさであった。
 少年がそれを見てふざけるなと声を張り上げようとするが、その手にした物が急に煙を噴出し始めたため、驚きの声をあげた。
「なんだこりゃ……!?」
 唐突に操り人形の糸が切れたかのように地面に突っ伏す少年たち。それをガスマスクの男はじっと見続けていた。



「へぇ~、この島全体が図書館になっているんですか」
 二人の目前には、湖に囲まれた小島に建つシックな建物があり、そこにつながる橋に二人は立っていた。
「えぇ、"図書館島"といって麻帆良の名所なんですよ」
「確かに、これは凄い」
 小島といっても、ちょっとした校舎よりも巨大な陸地に、小さな町があるように建物が建ち並んでいる。
 そもそも本を貯蔵するだけなのに此処までする必要があるのか疑問ではあったが、スケールの大きさに圧倒されていた。
「ところで長月さん」
「何でしょう?」
「なんでこんな夜遅くに来るんですか……?」
 対岸には光が点在し、図書館島も明かりが灯っている。辺りはすっかり暗くなっていた。
「私もカーマインさんも職務がありますからこんな時間になってしまって……迷惑でしたか?」
「そりゃあ嬉しいですけど、こんな時間にいい年した男女が二人っきりっていうのは……」
「大丈夫ですよ。カーマインさんのこと、信頼してますから」
「はぁ……」
「さぁ、行きましょうか」
 以外に押しに弱いのか、カーマインは長月の勢いに押され、とっくに閉館のはずなのに何故か開けられている正門から図書館に入っていった。



 地上部分にも図書館としての役割を果たすように本が並んでいるが、この島は地下に延びてさらに多くの蔵書を収めている。
 図書館島地下三階、そこは広いホールの様になっており、数十メートルはあろうかという本棚が不規則に乱立している。地震が起きたら酷い有様になるんだろうなと、カーマインはどこか冷静に観察していた。
「こりゃあ凄いですね」
「もっと凄いところがあるんですよ」
 そういうと、長月はカーマインの手を引いて階段を下りていく。
 さらに深部に降りてきた二人は暗く、照明がない本棚の影に来ていた。
「さぁ、カーマインさん。こっちですよ」
「待って下さいよ!」
 ほとんど視界がきかない暗闇のなか、カーマインは声を頼りに本棚を伝いながら進んでいた。
 カーマインの手が本棚に並んだ本に触れたとき、カチリと、何かスイッチを押すような音がした。
 途端。
「カーマインさん!?」
「うおッ!?」
 突然、カーマインのいた床が開いた。声を上げたカーマインの体は重力を思い出したかのように、その穴に吸い込まれるように墜ちていってしまった。
「あああぁぁぁ……!」
 カーマインの姿が穴に消え、叫び声が段々と遠くなっていくのを聞いた顧問は、落とし穴の蓋が閉まるのをみて顔に笑みを浮かべた。
「計画通り……」
 その笑みは普段の彼女を知る生徒達からは想像も出来ないほど黒かった。
 カーマインは気づいていなかったが、近くの本棚の影に"落とし穴有り"と書かれた看板が立てかけられていた。本来の場所から移動させた犯人は言うまでもない。
「さて、後はアリバイを作らなくちゃな……」
 そう言うと、長月はさっさともと来た道を歩いて行く。
 しかし、足下に転がる何かを踏みつけて体勢を崩してしまった。
「おっと」
 本棚に手を突いて転倒を免れた彼女だが、手をかけていた本が棚から抜け落ちると、足下から音がした。
「なッ!?」
 急いで飛び抜けようとするが、足場そのものが抜け落ち、そのまま落ちていってしまった。
「なあああぁぁぁ……!」
 深淵の闇に吸い込まれた長月の姿は、誰にも見つかることなく穴へと消えていった。




「なんだか、この世界に来た時を思い出すな……」
 滑り台のようになっている落とし穴の先は楽園だった。そう言っても過言では無いだろう。落ちたはずなのにそこには光があふれ、小さな滝がある。
 なんと表現すべきだろうか。恐ろしく澄んだ海と砂浜の中に、ぎっしりと本が詰まった本棚が漂着しているような光景が辺りに広がっていた。所々に図書館島に地上部のような趣の建物が点在している。
 地底に対するカーマインの印象が完璧に否定されていた。
「……こっちにも地底人がいたりして」
 前の“世界”での敵である地底人、ローカストやベルセルクを思い出して、カーマインは頭を振って想像をかき消した。
 ちなみに、ベルセルクというのはローカストの雌のことを指しており、三メートルはあろうかという体格を持ち、その気性は荒く、銃の弾丸も弾くという皮膚を持つため歩兵が立ち向かうには軌道上にある衛生からのレーザー砲による砲撃しか対応策が無いという文字通りの化け物だ。
 カーマイン自信、座学で知っているだけで実際に見たことはない。フェニックス軍曹に言わせれば会ったことが無い奴は幸せだとのことだ。
「ッ!?」
 ベルセルクがお花を持ってスキップする姿を想像しかけたカーマインの耳に、遠くから女性の悲鳴のような声が聞こえ、カーマインは拳銃片手に駆けだした。
 拳銃にはゴム弾が装填されている。変質者程度なら昏倒させられるほどの威力を秘めているため戦力としては十分だ。予備の弾倉もいくつか持っている。
 しかし、すぐに足を止めることになった。悲鳴の方が段々とカーマインに近づいて来たからだ。
 しかし、悲鳴を上げていると思われる人物どころか、人影も見えない。辺りを見渡し、首を傾げるカーマインはもう一度声の位置を探ろうと耳を澄ました。
 カーマインが今立っている場所は、水に周りを囲まれた砂地だった。周囲は開けており、人が居たらすぐに視界に入るはずだ。しかし、影も形も見えない。
 声の大きさから察するに、悲鳴を上げている人物はすぐ近くにいることは間違いなのだが。
「上?」
 不意に上から声が聞こえるのに気づいたカーマインが見上げたとき、彼の視界には収まった物は、白い布地と健康的な肌。そして二つそろった靴底だった。
「ふんもっふ!!?」
 数十キロの重さの物体が落下の衝撃を余すことなくカーマインのヘルメットに集中させた結果、カーマインは頭部を砂にめり込ませ、一点倒立をするはめになった。
 止まっていた時が動きだし、彼の宙に浮いた足と、落ちてきた物体、麻帆良学園中等部の制服を着た女性の一束にまとめられた長い髪が地面に落ちた。
「拙者としたことが……」
 カーマインの薄れかかった意識の中、そんな呟きが彼に耳に届いた時、彼の視界には血の色に染まったドクロを象ったレリーフが浮かび上がっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

どうも幻痛です。

血の色に染められたドクロのレリーフはカーマインの体力を示しています。これがはっきりと見えてしまったらダウンの状態になります。
GoW知らない人置いてけぼりですね、すみません。



[19116] 第十五話 軍人、時々指導員
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/17 10:42
 着地時にカーマインを足蹴にした少女、長瀬楓は気絶して水面に浮かぶネギやアスナ達を砂浜に上げると、彼女たちの顔を軽く叩いて起こし始めた。
「みんな、起きるでござる」
「うーん……」
「う……」
「気が付いたでござるか」
「あれ……長瀬さん……此処は?」
「図書館島の地下深くのようでござるね」
「そうだ、僕たち、英単語のトラップを間違えてゴーレムに落とされちゃったんだ……」
「……って、ここは何処なの~!?」
 ネギが落ちる直前の出来事を思い返していると、アスナが図書館とはほど遠い光景に声を張り上げた。
 そのとき、ネギの視界には見慣れた物体が転がっているのに気が付いた。
「ハッ、なんでカーマインさんが此処に!?」
「まッ、まずいです!? 許可無しにこんな深部まで来たことがばれたら……」
 小柄な少女、綾瀬夕江が違反行為の発覚を恐れてネギに進言する。
「とッ、とりあえず運びましょう!!」
 ひとまずカーマインを運ぼうと手をかけるが、諸事情で魔法を封印しているネギには重すぎてビクともしない。
 しかたなく生徒達に手伝ってもらいながらその場を離れた。
「「「重い……」」」
 それでも、引きずりながらでしか運ぶことが出来なかった。



 目を覚ましたカーマインは、自分を揺り起こすメガネをかけた少年を見て、首の痛みに唸りながら上体を起こした。その際、ヘルメットの中に入り込んだ砂が首元から砂時計の砂のように流れ落ちる。
「大丈夫ですか、カーマインさん」
「なんでネギが此処に。しかも……なんでパジャマなんだ?」
 スーツの上着が脱がされてシャツとズボンという身なりになっているのを確認して、カーマインはネギに問いかけた。ヘルメットを叩いて砂をすべて払うと、首を押さえて再び唸った。
「首が痛てェ……」
「えっと、僕たちはその……そ、それよりもッ! カーマインさんこそどうして此処に!?」
「何慌ててんだ? 俺は長月さんに誘われて図書館島に来ていて、その後……たぶん落とし穴に落ちた」
「長月さんというのは?」
「俺がコーチをしているバイアスロン部の顧問だよ。彼女の好意で学園内を案内してもらってたんだ。でも、なんで図書館に落とし穴なんか……」
「あ、それはですね。貴重な書物を守るタメなんだそうです」
「危ない図書館だなぁ……で、ネギと後ろの生徒たちはなんで此処に「さぁ、カーマインさん。まだ寝てないと駄目ですよ!! ほらっ」そ、そうか、じゃあもうちょっと横になってるよ……」
 ネギはカーマインを促して本棚の影に誘導する。カーマインは促されるままにそこで横になった。
「あっ、あとこれを」
「ん? 俺の銃か、ありがとう」
「気をつけて下さいね。生徒たちにはモデルガンって言っておきましたから」
「あぁ、気をつけるよ」
 カーマインは銃に付いた砂を払うと、腰のホルスターに納めた。
「では、僕も生徒に勉強を教えないといけませんので」
「おう。頑張ってな」
 遠くで、何処から調達した黒板の前で教鞭を執るネギと何人かの生徒を見てカーマインがヘルメットの中で微笑んだ。それは、弟の成長を喜ぶ兄弟のような感情であった。
 そんなカーマインの側に麻帆良中等部の制服を纏った長身で細目の女生徒が近づいてきた。
「大丈夫でござるか?」
 カーマインは、初めて聞く少女の訛に若干戸惑ったが日本語で返した。
「ダイジョウブ、コレデモ“タフ”ダカラ」
 返事を聞いた少女、楓は安堵したように見えた。
 カーマインの身を案じていたわけではない。日本語が通じなかったら困ったことになると思っていたからだ。
「拙者は長瀬楓でござる。ネギ坊主の生徒でござるよ」
「オレハ、ベンジャミン・カーマイン。カーマインデ良イヨ」
 カーマインは楓の太股をみて、自分にドロップキックをかましたのがこの少女だと確信した。
 しかし、そのことは言わない。言ったら変態みたいだからだ。
「長瀬さーん! あなたも勉強して下さーい!」
「あいあい。では失礼するでござる。お大事に」
 ネギに呼ばれ、楓もそちらに歩きだした。
(体つきからして、それなりに強そうでござるな。ただの変人指導員では無いということでござろう)
 楓は、ほとんど癖のようになっている“人間観察”をカーマインに対しても行っていた。
 それに彼は"銃"を持っていた。
 いくら常識が通用しない麻帆良学園でも"表"の住人がもっている筈がない。
(む~。真名と似たような感じの人種でござろうか?)
 楓は麻帆良の"裏"の顔を知らない。否、気づき始めている。
 彼女と親しい龍宮にも、同じような雰囲気が漂っているのを思い返しながら、楓はネギが教鞭を執っている輪の中に入っていった。



 一方その頃、カーマインと長月が落ちた穴の近くに数人分の黒い影があった。
 その影の一つが手に持つライトのスイッチを入れ、足下を照らす。その顔には無骨なガスマスクが装着されおり、素顔を隠していた。
「此処で痕跡が消えています」
 ライトで床を照らす防弾チョッキを着込んだガスマスクが、後ろで腕組みをしている影に向かって言った。軽装な彼らを組織では"スカウト"と呼んでいる、軽装故に機動力に優れた兵だ。
 影はガスマスクの隣に座りこみ、ライトの照らす先を見つめる。ほかの者達とは違い、全身をアーマーで包んだ"エリート"と呼ばれる彼ら。その顔にもガスマスクが付いていた。
「おまえ、そこに立ってみろ」
「こうですか?」
「その辺で何かに触るんだ。スイッチがあるはずだ」
 ライトを持つ男に指示をだしながら一歩下がったガスマスク。
 言われた通りにあたりの本棚に手を着け始めるガスマスクがある一つの本に触れた。
「あああああぁぁぁ……」
「良し、続け。すぐにゴースト副長も来るはずだ」
 長月同様に落ちてゆく部下を尻目に、背面に回していた銃を手に抱えるリーダー格。それに従いほかの部下、ガスマスクを被ったもの達が手に銃を抱えながら穴に飛び込む。
 リーダー格の男も、手にした銃、小銃にチューンソーを取り付けたものを抱えなおして穴に滑り込んだ。



 水面下で蠢く組織がカーマイン達に近づいていることなど露知らず、彼らはテストに向けて勉強をしていた。
 しかし、例外もある。
「本に囲まれて、あったかくて、ホント楽園やなー」
「一生此処にいてもいいです」
「あぁ、フンッ!! 全くだ。フンッ!!!」
 地下であるはずなのに、降り注ぐ柔らかな光を浴びながら本読む少女が二人。
 そして隣でおよそ100㎏のバーベルを上げ下げする、筋肉の塊のような体つきをした上半身裸のヘルメット野郎がいた。
「何してるんですか三人とも!! 特にカーマインさん!!?」
「ベンチプレス」
「そんなことを聞いてるんじゃありません!!」
「いやぁ、ポツンとトレーニング機器が置いてあったからつい。プロテインもあったぞ」
 膝くらいの高さの小さな本棚の上、そこに置かれた缶に詰められたプロテインをネギに見せるカーマイン。
 トレーニング機器を見つけたカーマインは、どうせなら見晴らしに良いところでやりたいとワザワザ運びこんでいたのだ。
 呆れながらも、ネギは思いついたことを実行しようとカーマインに告げた。
「カーマインさんも英語を教えてあげて下さいよ」
「オレが?」
 カーマインは、今度は両手にそれぞれ10㎏と彫られた鉄アレイを持ちながらルームランナーで走っていた。
「そうです。それに、日本語の勉強もしたらどうですか?ギブアンドテイクということで」
 ルームランナーから降りたカーマインは顎、ヘルメットの先をなでながら暫し思案する。そして了承した。
「そうだな。俺ももっと流暢に話したいしな」
 日本語のスキルアップを図るため、カーマインは脇に置いてあったプロテインを皆に背を向けてカブ飲みして彼女たちの勉強の輪に加わった。



 翌日、ネギたちのテストまで後一日。
「じゃあカーマインさん、これはなんて読みますか?」
「死んで屍、拾うもの無し!!」
「正解です。ではこれは?」
「我が輩は猫である。名前はまだ無い!!」
「どうしてスクワットしながらやるの?」
「あまりの重さに、バーがしなってます……」
 女生徒たちが見守る中、カーマインは数百キロはあろうかというバーベルを担ぎ、屈伸運動をしながらネギが黒板に書く日本語を読み当てていた。
「でも、だいぶアクセントも日本語っぽくなってきましたよ」
「応。やっぱり、筋トレしながらだと頭に入るゼ」
 カーマインはたった一日の勉強でだいぶ発音が矯正された様だった。もともと、詰め込みで覚えたため、正確な発音などを学んでいなかっただけなのだ。
 と、そこでカーマインはネギの髪に砂が付いているのに気づく。よくよく見ると、ネギの体中の至る所に砂が付いていた。
「ネギ、おまえ砂だらけじゃないか」
「そうですか?」
「ちょうどいいから体、洗ってやるよ」
「えっ、いいですよ!? そんなに毎日洗わなくても」
「毎日洗えよ……ほら、さっさと来い」
「イヤ~~~!?」
 ネギの首根っこをつかんで運ぶカーマイン。ネギが女の子のような悲鳴を響かせながら、水辺へと向かう二人であった。
「行っちゃったね」
「せっかくだから私たちも体、洗おうか」
「良いアルね。付き合うアルよ、アスナ」



 いやがるネギを水に放り込み、浮かんできたところで髪を乱暴に洗ってやるカーマイン。伊達に幼少の頃から弟たちの面倒を見ていたわけではないのだ。
「うぅ……」
 観念したのか、涙目ながらもおとなしくカーマインのなすがままになっているネギにカーマインが問いかける。
「そろそろ言ってくれてもいいんじゃないか?」
「実は、この図書館に頭が良くなる魔法の本があるときいたので、それを探しに来たんです」
「ほんとになんでもあるんだな、この図書館島は……でも、ネギはそれでいいのか?」
「えっ?」
「その場凌ぎにしかならないようなことをしても、次にまた同じことするつもりか? それじゃ終わりがないぞ」
「それは……」
「……でもまぁ、その場を凌がなくちゃ次もないからな。使えるものは何でも使うのも一つの手ではあるけど。それに、魔法を使わないのは何かの覚悟の現れなんだろ?」
「カーマインさん……」
「決めるのはお前さ。ほかの誰でもない」
「僕は……」
 ネギが口を開こうとしたとき。不意に、水音がしてカーマインがすぐさま振り返る。そこには薄汚れた格好の長月がいた。
「長月さん!? あなたも此処に落ちていたんですか」
「え~と、あの後私も落とし穴に落ちてしまいまして……」
「そうだったんですか。でも、もう大丈夫ですよ」
「カーマインさん、前、前を隠してください!?」
 長月に歩み寄るカーマイン、彼の息子をネギがタオルで隠しながら注意をする。長月は若干引き気味だった。そんなやりとりをしていると、今度はバカレンジャーと思われる悲鳴が響きわたった。
「次から次へと……行くぞネギ!」
 カーマインは砂浜に置いてあった着替えと銃を拾うと、颯爽と駆けだした。
「だから前、前を隠してください!!!」
「あっ、ちょっと私も!?」
 素っ裸のまま銃だけを持って駆け出すカーマインをバスタオル片手に追いかけるネギ。長月もそれに続いた。



 駆けつけた三人が見たのは、水浴びでもしていた所を襲われたのか、身体にバスタオルを巻いたバカレンジャー達と、まき絵を鷲掴みにしている石像であった
「うおッ、なんだァ!!?」
「動く石像(ゴーレム)ですよ、カーマインさん! きっと僕たちと一緒に落ちてきたんですよ!!」
 カーマインはいきなり現れた石像に面食らったが、まき絵が捕まっているのに気付いて、すぐさまスナッブピストルを抜き、ゴーレムの額を打ち抜いた。
『フォ!?』
「「モデルガンじゃなかったのー!?」」
 ゴム弾とはいえ、大口径の衝撃にひるむゴーレム。その隙を逃さず褐色の肌の中華娘、古菲が動いた。
「中国武術研究会部長の力、見るアルよー!」
 掛け声と共に、ゴーレムのふくらはぎに打ち込まれた拳が、石のゴーレムの身体に蜘蛛の巣状の皹を描いた。
 さらに体勢が崩れたゴーレムに、追い討ちを掛ける。追撃の蹴りがまき絵を掴むゴーレムの手首に突き刺さる。
「キャ!?」
 ゴーレムの手を離れ、宙に弾かれたまき絵をバスタオルを掴んだ楓が抱えて危なげなく着地する。バスタオルで裸の彼女を包むのも忘れない。
「……何者だ、あの二人は?」
「彼女たちは頭は悪いですけど、身体能力は人並みはずれているのです」
 カーマインが呆然と呟くのに、夕映が説明をした。
 そのとき、カーマインはゴーレムの後方で本棚の陰から現れた者たちに気がついた。
「あいつら……何で此処に!?」
『フォ?』
「「「誰?」」」
 忘れもしない。カーマインが夜の仕事をしたときに麻帆良に進入しようとしたガスマスクの連中だった。
「あの馬鹿……」
「ちょっと、長月さん!?」
 何故かガスマスクの方に走り出そうとした長月を、カーマインが腕を掴んで止めた。
 ガスマスクの一団は拳銃をもつカーマインと、腕を捕まれた長月をみて、いきなり発砲してきた。
「伏せろ!」
 カーマインが叫び、長瀬と古菲、アスナがほかのバカレンジャーをゴーレムの陰に押し込む。
『フォフォー!?』
 放たれた弾丸は彼女たちには当たらず、両者の中間に佇んでいたゴーレムの石の体を削るだけに止まった。
『危ないじゃろうが!』
 攻撃を受けて怒ったのか、ゴーレムの腕を払うようにした一撃で、比較的軽装なガスマスクの一人が吹き飛び、本棚に激突して沈黙した。
 衝撃ではじき飛ばされた銃がカーマインの足下の砂に突き刺さる。
「ネギ! おまえは長月さんと生徒たちを連れて逃げろ!!」
「カーマインさんは!?」
「おいおい、俺の仕事を忘れたのか? 生徒の安全を守るのも、指導員の仕事さ」
 カーマインは、ゴーレムによって弾き飛ばされた乱入者の銃を拾うと残弾をチェックして薬室に弾倉を送り込まれ手いるのを確認する。
「さて、本領発揮といきますか」
 腰元にタオルを巻いただけのマッチョの変態が格好をつけた。
「とりあえず服を着てください」
「……はい」



[19116] 第十六話 脱出
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/17 11:42
「ちょっとネギ! 大丈夫なの、カーマインさんだけ残して!?」
 走りながらも器用に、バスタオルを素肌に巻いただけの格好から制服に着替えるアスナがネギに怒鳴るように叫ぶ。ネギも同様に腰巻きタオルからパジャマに着替えていた。
「大丈夫です! あれでもカーマインさんは悪魔を一人で倒せるほどの実力者ですから!!」
「そうなの!?」
 信じられないと、アスナは思った。彼女のカーマインに対する印象は、筋トレ好きで人の良さそうな好青年といったところだ。それが、見たことはないが悪魔というファンタジーの中の強敵を倒すほどの能力があるのかと。
「「「悪魔?」」」
 アスナとネギを除くバカレンジャーが聞き耳を立て、聞きなれないフレーズを反復する。
「と、とにかく今は脱出が最優先です! 本のことは残念ですが、テストを受けられなければ意味がありません!!」
「そうです!」
「早く戻らないとテスト勉強の意味がないアル~」
「ニンニン」
 ネギは完全にカーマインを信頼しているようだ。ならば自分のやるべきことは決まった。
「そうね、さっさと地上に戻って勉強の続きをしないと!」



 仲間の一人を戦闘不能にされてガスマスクの一団は攻撃対象をゴーレムに変更したようだ。小銃による一斉射撃によってゴーレムの石に鎧が剥がされていく。
 しかし、その内側まで破壊することは叶わなかった。
 銃撃を受けても怯むことのない石像は、その巨体に比例した巨大な腕で殴り飛ばす。いかに堅牢なアーマーに身を包んでいても、その衝撃までを消すことは出来ない。
 その繰り返しを数回行っただけで、立っているのはゴーレムと服を着たカーマインだけになった。
『フォフォフォ、銃は効かんぞ。儂の体は人とは違うからの』
「知ってるよ。だからこうする」
 カーマインは勿体ぶるように語りかけると、拝借したチェーンソー付きの小銃をゴーレム向かって撃ち放った。
『フォフォフォ、無駄じゃ。儂には効かん!』
 ゴーレムは銃撃を物ともせず、アメフトの選手のような肩口から突っ込むようなタックルをカーマインに浴びせる。
 カーマインはそれをぎりぎりまで引きつけてから転がるようにして避ける。そしてその勢いを殺さず、水辺から離れ、本棚が密集した区画へと走り込む。
『逃がさんぞ~』
 それに続くようにゴーレムの後を追った。カーマインは時々振り返っては数発弾丸を撃ち込み、再び走り出すという行動を繰り返していた。ゴーレムがこちらを見失わないように。



『どこに行ったんじゃ~?』
 カーマインを追い続けて周囲に背の高い本棚が並ぶようにした場所に迷い込んだゴーレムはあたりを見渡す。
 そのとき、耳障りなエンジン音が辺りに響きわたった。
『なんじゃ~!?』
 何かを削るような音が響き、ついでミシミシを何かがきしむような音がし始める。音源を探ろうと周囲を見渡すゴーレムは、自分の体がいつの間にか影の中にいるのに気づいた。
 そして見上げた先には、二階建てのビルのような本棚が自分の元に倒れかかっている光景があった。
『フォ~~!!!?」』
 規格外の重量をもった本棚がゴーレムに覆い被さり、動きを封じる。その際、ゴーレムの首もとからハードカバーの本が転がり落ちてきた。本は砂の上を滑っていくと、その先にあった何かにぶつかって止まる。それは革靴を履いたカーマインの足であった。
「こいつがネギの言ってた"魔法の本"か」
 足下に転がった本を拾い上げるカーマイン。その手に持つ小銃は木屑にまみれていた。
『なんてことをするんじゃー! 本棚を切り倒すなどと!!』
 本棚で身動きが取れない状態でゴーレムが激昂する。対してカーマインは落ち着いたものだ。
「しょうがないだろ、銃が効かなかったんだから。とりあえず、これは貰っていくぜ。ネギたちに届けないと」
『ま、待つんじゃ~!?』
 本を抱えると、ゴーレムの叫びを背中に受けながらカーマインは走った。



 ネギたちの行き先を知るのは簡単だった。なにしろバスタオルが道を作るようにして落ちており、カーマインに彼らの行き先を示していたからだ。
「ネギ達は滝のなかに入っていったのか?」
 タオルが水しぶきをあげる滝壺の裏に続いているのをみてカーマインが訝しむ。しかし、裏にいって気づいた。何故かそこには非常口があったのだ。
「そういうことか……」
 ノブに手をかけて開く。その先は大きなホールの様になっているが、それだけだ。別の出口らしき物はない。
「あれっ?」
 さらによく見ようとカーマインが中に入る。そこで気づいた。広い円を描く壁面に沿って、螺旋階段のように階段がついており、それは遙か高くまで続いていたのだ。
「……エレベーターとかはないのか」
 愚痴を言いつつも、カーマインは本と小銃を抱えなおして階段を駆け上り始めた。




「あっ! あれってカーマインさんじゃないの!?」
 はじめに気づいたのはアスナだった。この螺旋階段は所どころに仕切があり、そこには問題がかかれていてそれを解かないと先に進めないようになっている。そこで足止めをされているときに気づいたのだ。
「本当だ、じゃあゴーレムもやっつけたんだね!」
「すごいアルな!」
 カーマインも彼女たちに気づいたのか、手を振っている。カーマインはネギ達よりも一段下におり、まだ距離が離れていた。
 だが、ゴーレムはまだ沈黙していなかった。
 突然カーマインの背後の壁が吹き飛ぶと、そこから巨体を揺らしながらゴーレムが飛び出してきたのだ。
「カーマインさん!?」
 ネギが叫び、カーマインに呼びかける。カーマインは手に持った本に、銃についたストラップを巻き付けると、それの端を持ってグルグルと回し始めた。
「受け取れ!」
 遠心力で加速された本がカーマインの手を離れ、ネギの元に届いた。衝撃で取り落としそうになるが、アスナが加勢してなんとか抱き止める。
「この本は!?」
 両手でしっかりと抱き止めた本を見て、ネギが叫ぶ。それはネギ達がこの図書館島にきた目的そのものであったからだ。
「走れ、追いつかれるぞ!!」
 そして再びカーマインとゴーレムの追いかけっこが始まった。ゴーレムはその巨体故か、階段の上では上体が大きすぎて壁面をガリガリと削りながら上ってくる。カーマインは散発的に銃を撃つが、効果がないのは知っているため期待はしていない。



「ちょっと不味いな……」
 意外に速度が速い。このままだと追いつかれる。そうカーマインは思っていた。
 手にある銃の残弾は残り少ない。これが尽きれば後はスナッブピストルに込められたゴム弾だけだ。
『フォフォフォ、くらえ~い』
 ゴーレムは自らが削り取った手のひら大の大きさの岩石の破片を持つと、カーマインに向かって投げつけた。手のひらと言ってもゴーレムの手だ。成人男性ほどの大きさがあるそれを受ければ命が危ない。
「うおおおぉ!!?」
 とっさに身を屈めやり過ごすカーマイン。しゃがみ込んだ彼のヘルメットに岩石が擦り、勢いを殺すことなく壁に向かって激突した。
 そのまま岩石は壁を転がるように移動し始め、上の段にいるネギ達にまで迫っていった。
「なんだ、魔法でもかかってんのか!?」
 カーマインはネギたちに向かう岩石をちょうどネギとカーマインから対面側にある所を狙って銃撃を行う。放たれたライフル弾は岩石を削りとばし、その内の一発が岩石の中央に突き刺さり、岩石を割った。
「くそッ! 弾切れだ!!」
 サッカーボールほどの大きさになったが、未だにネギたちに迫る岩石に、最高尾を走っていた長月が気づき、体を張って受け止めようとするが。
「ぐッ!?」
 岩石は止まったが、彼女の体が衝撃で弾かれ、階段から落ちてしまった。
「長月さん!!」
 ちょうど真上から落ちてくる影にカーマインが気づき、手を伸ばす。長月の手をつかむようにして何とか転落死は防いだものの、すぐには引き上げることが出来ないでいた。
「まずい……」
 カーマインが迫るゴーレムを見て悪態をついたとき、ちょうど両者の中間の壁が内側から爆発した。
『フォ~!?』
「ッ、今度はなんだ!?」
 砂埃が漂う中、壁の中から先ほどのガスマスクのような装備をした数人が飛び出してきた。そのうちの何人が長月が落ちかけているのを見るとカーマインを手伝うように彼女を引き上げ始め、残ったものたちはゴーレムに向かって銃撃を行った。
「団長、ご無事ですか!?」
「馬鹿ッ! 今は長月先生だ!!?」
 敵対している筈のカーマインを助けようとしているわけではないようだ。その視線は長月に向いている。しかし。
「団長?」
「「「ッ!?」」」
 カーマインの姿が眼中に無かったのか、失言だったと長月が口を押さえるように言葉を飲むが、カーマインには聞き捨てならないことであった。
「長月さんが団長って、どういうことだ!!?」
 詰問するカーマインをしばらく見つめる長月。だが、その口が開かれる前に、攻撃を続けていたガスマスクが階段の下に弾き落とされた。
『フォフォフォ~、ここは関係者以外立ち入り禁止じゃ。許可の無い者はお仕置きだべ~』
 迫るゴーレムに対し、残った数名のマスクが攻撃を引き継いだ。その中の一人、堅牢そうなアーマーを着込み、ドクロを模したペイントがされたガスマスクが、背負っていた小銃を長月に投げ渡した。
「行って下さい、時間を稼ぎます!」
 そういうと、カーマインと長月の背を軽く押し、そのマスクの男はゴーレムに向かっていった。
「ちょっと!?」
「いいから、来るんだ!」
 長月は戻ろうとするカーマインの手を引き、階段を駆け上る。ネギたちの後ろ姿が見える頃になってゴーレムの方を見ると、そこには自動車事故のように人が吹き飛び、螺旋階段の底に落ちていく兵士たちがいた。
 カーマインは長月を訝しげな目で睨むと、立ち止まって言った。
「聞きたいことは山ほどあるが、今はネギたちを此処から逃がすのを優先する。変なことはしないでもらおうか」
 長月はカーマインと向かい合うようにして立つ。その際、彼女の持つ銃がカーマインに向けられ、反射的にカーマインもスナッブピストルを突きつける。
 長月はフッと笑うと、銃をカーマインに掲げる。
「同感だね。私としても、子供の命は大事だ」
 ピストルを納め、銃を受け取ったカーマインはスリングを肩に掛け、背中に回す。
「さっさと行くぞ、ネギ。あの石像もまだ諦めていないようだしな」



 かくしてゴーレムとの階段登り競争が始まった訳だが、一時間ほど上っても未だに出口らしきモノが見あたらない。
 わずかに先を行っていたネギたちは、階段をふさぐように所々に設置されている石版を何かしらの方法で退かしていた。地上が近いのか、壁から木の根が生え始めている。
「足場が悪いな……」
 根が階段にまで及んでいるため木をつけて上らなければ足を捕られかねない。
「あうっ!?」
「夕映ちゃん!?」
 そんなとき、足を捕られた夕映が転んでしまったようだ。立ち上がれないようで、怪我をしているように見える。そんな彼女を、ネギは背負おうとしているが、魔法を封印しているため子供の身体能力しか持たない。故に、小柄な彼女の重さに押しつぶされてしまっていた。
 そんなこんなでネギたちに追いついたカーマインは、倒れたネギの上にいる夕映をひょいと肩に担ぎ、ネギに手を伸ばした。
「ほれ、ネギ。捕まれ」
「うぅ、ありがとうございます、カーマインさん……」
「……感謝をするべきなのですが、この扱いでは怒りが湧いてくるです……」
「そう言うなって。それに、やっと終わりが見えてきたぜ」
 そういって前方を指さすカーマイン。そこには"1F直通"とかかれた作業用エレベーターがあった。
「やっと着いたんですね!!」
「みんな急いで乗ってーっ!」
 疲れきっていた筈の少女たちは我先へとエレベーターに乗り込む。長月も乗り込み、カーマインは夕映を乗せると銃を構えてエレベーターの前に立て膝で待機する。
 だが、ブザーがエレベーターから漏れ、重量オーバーの警告灯が灯る。
「「「いやああああーーっ!?」」」
 その悲鳴は脱出のチャンスを奪われたことに対する悲鳴なのか、あるいは女としての"重量"に対する絶望なのか。
 カーマインの視線の先にはゴーレムが迫っている。ゆっくりとではあるが、着実に。後ろから聞こえる声は止む様子がない。
「何してるんだ! 急いで扉を閉め……」
 振り返ろうと顔を後ろに向けたカーマインの顔に何かが覆い被さった。手に取ってみると、それは赤い布地の服であった。確か古菲が着ていた変わった作りの……
「チャイナドレス?」
「カーマインさんが居るの忘れてたー!?」
「こっち見んといてー!?」
「みッ、見るなー!!?」
 怒声とともに、カーマインの顔面にハードカバーの本が突き刺さる。それと同時にエレベーターの警告灯が消え、『OK』の灯りが点る。
「カーマインさん、長月さん!乗ってください!」
 本を呻きながら引き抜いたカーマインは、なぜかエレベーターから降りている長月に気付いた。
「ありがとうね、子供先生。でも、二人が乗ったらエレベーターは動かなくなっちゃうから」
「さっさと行けネギ!俺たちは後から行く!」
 長月が外からエレベーター内に手を伸ばし、『閉』のボタンを押す。閉まる扉の先、二人の背後にはゴーレムの拳が迫っていた。
「カーマインさん!!!」
 閉まる扉の向こうで、大きな音が響いた。



[19116] 第十七話 ツナガリ
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/17 12:00
「カーマインさん……」
 高速で地上に向かうエレベーターの内部で、震える声で呟くネギに、アスナが優しく声をかける。
「きっと大丈夫よ。あんたの信じるカーマインさんが、こんな事でどうにかなるわけない……でしょう?」
「アスナさん……そうですね、きっと大丈夫です。僕たちはまだやるべき事がありますもんね!」
 ネギは自分に言い聞かせるように大きな声を発する。それに生徒たちも同意の意を示した。



 音を立てて閉まる背後のエレベーターを守るように、カーマインはゴーレムを睨む。共に残った長月は戦闘の邪魔になると判断してか、壁にくっつくようにして立っている。
『いくぞ~い!』
 扉が閉まるとほとんど同時に、石像の右腕が迫る。空気を切り裂きながら、上から叩き潰すかのように振るわれたその石腕を、転がるようにして前転して間一髪で避けた。そのままの勢いで、無防備になったゴーレムの胴体に"模倣ランサー"のチェーンソーをバッドをスイングするように叩きつける。ランサーのそれよりも軽快な音を響かせて、行進をする刃が石を細かい砂に変えて削り出した。
「くそっ、柔すぎだ!」
 本来木工用である刃がボロボロに欠けたチェーンソーに悪態を付く。合金で出来たランサーならば、胴を半ばまで削ることも出来たと確信するが、模造品では表面を削る程度の結果にしかならなかった。
「こっちに寄越せ!」
 背後から長月の声が響く。カーマインは反射的に小銃を上に向かって投げる。
 それを見た長月は未だにエレベーターの扉に突き刺さるゴーレムの腕に飛び乗り、駆けた。腕の半ばまで達する頃にはカーマインが投げたランサーを片手で受け取り、石像の肩に付いた首を守る鎧に足を掛け、銃を構えた。
「部下の仇だ……」
 乱暴に銃口をゴーレムの頭部、単眼の目が光る穴に突っ込む。マズルフラッシュが長月の顔を照らし、ゴーレムの兜から火花が飛び散った。小刻みにガクガクと揺れる石像の頭部は、弾倉一つ分を撃ち着くされると動かなくなった。宙に浮いていた無数の空薬莢が階段に落ちる音が嫌に耳に響いた。
「おおッ!!」
 光を失った兜が傾き、同時にゴーレムの胴体も傾く。カーマインはがら空きになったゴーレムに体重を乗せるようにして体をぶつけ、階段から奈落へと落とそうとした。察した長月はゴーレムから跳び退こうと背後に跳ぶ。
「なっ……!?」
 だが、力つきたと思われていた石像の目に光が灯り、石腕が彼女の胴を掴む。同様に、カーマインもタックルをしていたため抵抗も出来ずに巨大な手に捕まれてしまった。
『フォフォフォ~逃がさんぞい!』
「道連れにする気か!!?」
「また落ちるのかー!?」
 ゴーレムと、捕まれた二人はすでに底が見えなくなる程に深くなった螺旋階段の中央に落ちていく。カーマインは何処かで見た光景だと思った。
 そう、この世界に来たときと同じ。あのワームの咥内思わせた。



 銃声。
 轟音。
 二度目の目覚めは、酷く懐かしいモノだった。
 ファンタジーの世界の時と同じくうつ伏せに倒れ、起きあがれば半ば廃墟と化した町並み。そして何人かのCOG軍の兵士たち。
 ベンジャミンは本能的に、この光景が夢だと分かった。何しろ、此処は自分のいた事がない戦場。目の前には懐かしい顔ぶれが揃っている。マーカス・フェニックス軍曹、ドミニク・サンチャゴがいる。そしてなにより、これが夢だと確信させる人物。
「なんだ、くそっ!」
 ジャム(弾詰まり)を起こしたランサーを、なんとか直そうとする兵士。ベンジャミンの兄、アンソニー・カーマインの姿があった。
「兄貴……」
 ヘルメットを被っていても分かる。被っているからこそ分かる。ベンジャミンは近寄り、兄に手を伸ばす。しかし、その手はアンソニーの肩をすり抜けた。
「なんなんだ……」
 この夢は一体なんだと己に問う。しかし、それもすぐに止めた。なぜなら、兄の隠れる遮蔽物の向かい、廃車となった自動車の陰で光るものがあったからだ。戦場では何度かお目にかかったことがあるそれは狙撃銃のスコープの反射光。
「なぁ、これ壊れちまったのかなぁ?」
 対してアンソニーは近くにいたスキンヘッドの男にランサーを見せようと頭を上げる。
「駄目だ……よせ、よせ!!?」
 反射光から延びる白い筋。その筋の先には兄の頭があった。静かにヘルメットを侵入した弾丸は、アンソニーの頭蓋を砕き、抜き出るときにヘルメットと頭蓋骨の破片と、いくつかのブヨブヨした肉片を外に放出した。
 膝から落ちるように倒れ伏した兄の姿。文章で届けられるKIA(戦死)報告ではない、本当の死に様。
「ああッ……!?」
 理解できない。したくない。こんな、こんなもの。
 瞬間。世界が塗り変わった。



 そこは巨大な屋根から布状の壁が掛けられた大きなテントだった。戦場の野戦病棟の様にも見える。地面の上に置かれたテーブルの上には医療器具があり、その傍には数人の医者と、分娩台に乗せられた妊娠した女性。
 そして、その女性の股ぐらから生まれたばかりの赤子が取り上げられた。
 それをみた母親はにっこりと笑い、赤子を抱く。そして動かなくなった。体が悪かった訳ではないと思う。しかし、重傷を負っていた。その傷によって出産に体が耐えられなかったのだろう。医者の延命措置も空しく、母親は息を吹き返すことはなかった。
 その子供はローブや戦闘服を着た者たちによって引き取られた。そこからは時間が加速したかのようにベンジャミンには感じられた。
 子供が泣き出すのを筋骨隆々の男たちがオロオロしながらあやし、女性たちは赤子の愛くるしい笑顔に癒された。
 成長した赤子が一人で歩き始めた時、大人たちは盛大に祝った。
 少年の母親が名前を付ける前に亡くなったため、「ジャック」と名付けられた少年は、改めて自分の名を「アンソニー・カーマイン」と名付けた。このとき、ベンはこの少年がアンソニーであると理解した。
 少年に育った少年がフルフェイスのヘルメットを欲しがると男たちは数十種類のヘルメットを買いえた。
 銃を欲しがると、面白半分に男たちは銃を与え、撃たせた。初弾は外したものの、その後、弾が的を外すことは無かった。男たちは天才と誉め称え、女たちは男たちを半殺しにした。子供に銃を与えれば、常識的にはそうなるだろう。制裁の現場を後目に、少年はM4A1と呼ばれる銃に、滞在していた村人の持っていた小型チェーンソーを改造して取り付けていた。



 ヘルメット姿が定着した少年は少女と出会った。褐色の肌に、黒いストレートヘアが魅力的な少女だった。彼女もまた、天才と呼ばれていた。何処となくベンが知っている人物に似ていた。おそらくは幼少時代の龍宮だろうとあたりをつける。
 子供というのは、否、人というのは人に認められるのに喜びを感じる生き物だ。少女の龍宮もまた、喜びを感じていた。それが自分のためだけの称号だと。しかし、それが自分と同じ様な年齢の少年と同じように思われては面白くないと感じるのは、ある意味仕方がないことなのだろう。
 子供ながらに腕を競おうと、龍宮はアンソニーに勝負を挑んだ。ペイント弾を使用した勝負の結果、龍宮は惨敗した。それは仕方がないことだろう。この少年がアンソニーの記憶を引き継いでいれば、キャリアが違う。正面からの撃ち合いでは危険かもしれないが、彼特性のペイント風船が仕掛けられたエリアに誘導された時点で勝敗は決していた。
 卑怯と罵る龍宮に、アンソニーは冷ややかな反応しかしなかった。子供にはまだ早かったか、という彼の呟きを聞いた龍宮は怒り心頭し、それから幾度となく勝負が行われた。
 場面が変わり、今度はティーンエイジャーのような初々しいカップルになっている二人を見て、アンソニーがなにをしたのかすごく気になったベンジャミンだったが、再び場面が変わってしまったので思考の隅に追いやった。
 雪の降る場所で、二人は雪に紛れ込むように白い服で身体を多い、銃を片手に身を寄せあって暖を取っていた。火は焚かない。敵に見つかってしまうから。故に身体を寄せあう。映画のように裸にはならない。あんなことをしなくても、くっついているだけで十分に暖かいからだ。少女は映画のようにしたかった様だが。そして再び場面が変わる。
 今度はどこかの村で魔法使いと異形の化け物相手に、二人がコンビを組んで戦闘を行っている場面になった。龍宮の狙撃とアンソニーの攪乱に、敵部隊はその数を見る見る減らしていった。しかし、不意をつかれた龍宮が術者に背後を取られ、人質とされてしまった。からくも彼女の救出に成功したアンソニーであったが、術者の体から生えてきた触手に貫かれ、龍宮の牽制に使われてしまう。彼を助けようと龍宮は銃を構えるが、アンソニーに当たってしまうと思い、撃つことが出来なかった。しかし、アンソニーの願いと怒声に反射的に引き金を引き、アンソニーもろとも術者を撃ち抜いた龍宮。二人は崖の下に落ち、龍宮はその場に崩れ落ちた。
 再び画面が変わったが、今度はなにも見えない。いや、体の感覚がある。ということは目をつぶっているのか? しかし、自分の意志の通りにならないのを感じると、これもまた誰かの視点から見ていることなのかもしれない。
「チッ、コノ"宿主"ハ駄目ダナ……」
 すぐそばから声が聞こえた。金切り声のような耳障りな声だ。声の主と思われる足音が耳に届く。ズリズリと引きずるようなそれは耳元で止まると再び言葉を発した。
「……コノ身体ハ健康ダナ、ソレニ若イ……使ワセテモラウトシヨウ」
 肉を貫かれる衝撃。共に激痛が走る。誰かの記憶を追体験しているのか、痛みで目が覚めるようなことは無かった。
「フム……木ノ枝ガクッションニナッタノカ、マダ息ガアル。強イ身体ダ・・・脳ガ無事ナラ、身体ノ制御モシヤスイ。アノ“異形”ヨリハ劣ルガ、幾分マシダロウ。喜べ小僧。貴様ハ人間ヲ辞メラレルゾ」
 目が開かれる。そこに映った血だらけの両腕からは、無数の触手が生え、蛇のようにのたうっている。その先端が蛇の口の様に開き、小さな牙をギラつかせる触手が、再び身体を貫いた。
 その際、視界の隅で何か光るものが飛んで行くのを見た。
 それはペンダントのように見えた。



「大丈夫かい、カーマインくん?」
 目が覚める。いや、まだ夢の中かも知れない。今自分がいるのは見慣れた、学園の保健室、そのベッドの上だった。
 本来なら、あの螺旋階段の底にある石畳に叩きつけられているはずだ。それが学園長室にいるのは何故だ。
「階段から落ちたら危ないから、落下しても下で別のゴーレムが受け止めるようになっていたんだ。君や長月君、それにマスクの連中もね。僕は学園長のゴーレムが連絡をして来たから、回収に行ったんだ。あぁ、ネギ君たちは、今頃試験を受けている頃だよ」
 カーマインの態度を見て、そばに居た高畑が疑問の答えを伝えてきた。
「ゴーレムが……学園長の?」
「あれは学園長が動かしていたんだ。そもそも、ネギ君が彼処に行ったのも、学園長は把握していたんだよ。でも、君や、『SoP』が入り込んだのは想定外だったんだ」
「じゃあ俺がやったことって、たんなる引き立て役ってことか?」
 高畑に向かって言い放つ形になったが、カーマインは自分の滑稽さに呆れてでた言葉でもあった。もちろん高畑も気づいている。
「否定はしないよ。でも、マスクの連中は違う」
「さっき言っていたSoPって奴らか。何者なんなんです?」
「Sacrifice of Peace。日本語で言うところの“平和の犠牲”だね。長月君がそう言っていたよ。SoPはNGO団体として登録されていたんだけど、ここ最近はナリを潜めていたようでね。以前学園を襲ったマスク姿の連中もSoPに所属する者だということも分かっている」
「どういう関係なんです?」
「SoPのリーダー……という話だよ。長月という名前も偽名だろうね」
「彼女は今何処に?」
「リーダーとして、学園長が尋問している所だよ。手下たちは拘束してね。今は学園長室に居るはずだ。あと、彼女じゃなくて……」
 カーマイン高畑の言葉を遮るようにシーツを払いのけ、ベッドの隣に置かれたスナッブピストルを取り、下に置かれていた革靴を履くと颯爽と駆けだした。
「カーマイン君! 服、服を着ていって!!?」
 介抱するために服を脱がされた為、筋骨隆々な男が下着姿で銃を持ち駆けるのは危険過ぎた。視角的に。



[19116] 第十八話 吸血鬼の夜
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/17 20:13
 器用に着替えながらも、ベンジャミンの足は学園長室へと向かっていた。彼の想像では、長月は今頃魔法による、男のための夢の拷問を受けているはずだ。
「やめさせないと、それがダメならせめて、見守らないと!!!」
 若干思考が変な方向に入っているのは寝起きだからだと思いたい。もっとも、ベンジャミンが以前会った魔法使いの中には、口では言えないような拷問をする者も居たのだから、そんな想像もするのは仕方がないことなのかもしれない。
 スーツに着替え、学園長室に突入したベンジャミン。そこには学園長と談笑する長と学園長がいた。
「学園長!長月の処分は!?」
「おう、来たかカーマイン君。ちょうどその事で今話しとったところじゃよ」
「これからよろしくな。"上官殿"?」
「はッ?」



 ネギの担当するクラスが第一位となった期末テストを境に、麻帆良には新たな警備員たちが配属された。 
「誰か、助けて~!」
 ワンピース状の制服を着た麻帆良小等部の少女に、コート姿の男が迫る。
「ヒ~ヒッヒ、騒いでも誰も来やしねえよ!」
「待てぇぃ!」
 小等部の少女を拐かそうとする変質者。そこに現れたのは正義のヒーロー。その正義のヒーローは、戦闘服に身を包み、大半がプラスチックで作られた玩具のような銃を抱え、覆面代わりのガスマスクを付けていた。
「なんだ~テメェ!?」
「麻帆良警備員だ。今すぐその少女から汚らしい手を離すんだ、この変質者!!」
 ビシッと人差し指を突きつける戦闘服の男、その頭部に、スカルがプリントされたマスクが印象的だった。
「お前の方が変質者だ!」
 もっともな意見を言う変質者にかまわず、マスクの男、ゴーストは口上を続ける。
「もはや聞く耳持たん!者ども、かかれ~い!!」
 ゴーストのかけ声とともに、何処からともなく現れたマスクの集団が変質者を取り囲む。その全員が銃を構えていた。
「さて、どうする?」
「と、投降します!?」
「わ~ヒーローだ!はじめて見た!!」
 少女から手を離して両手を上に上げる変質者。拘束から逃れた少女は、ゴーストの元に駆け寄り、目を輝かせていた。
「大丈夫かい?」
「うん、平気!ヒーローが助けてくれたもの!!」
「そうか!でも、今は授業中だよ。よい子は学校に行かないといけないな。部下に送らせるから、教室に戻ってね」
「わかった!ありがとう、私のヒーロー!!」
 変質者の拘束を終えたマスクの一人が少女の手を取り、彼女を教室まで送る。少女はゴーストに向かって手を振っていたので、ゴーストは片手を腰にあて、もう一方の手で大きく優雅に振り返した。
 やがて少女の姿が校内に消えると、ゴーストは振り返った。そこにはスーツ姿のベンジャミンがいた。もちろん、ヘルメットも装着済みだ。
「これでいいのか?」
「おう、なかなかのモンだったよ。子供達には、変なトラウマを持たせるわけにはいかないからな。小等部の子たちの前ではヒーロー風に頼むぜ」
 そう、これらの演出はベンジャミンによるものだった。TVの影響を受けたソレは、子供たちに恐怖を覚えさせることなく救出する事ができる有効的な手段なのだ。色々と混ざってはいるが。
「とはいえ……このやり方は些か恥ずかしいな……」
「まあまあ、子供の心を救うのも警備員の仕事だよ。第一、あんたらがこの学園の結界を所々破るから、こんなに侵入者が増えたんだろ?」
「だから、こうやって君の命令に従っているんだ……だが、感謝している。団長や俺たちを正常な道に戻してくれてな」
「決めたのはあいつと学園長さ。俺は上に従っただけ」
「それでもさ。ついでに、ボスの気持ちにも答えてやってくれ」
「無理デス」



 学園長室にて。
「なに、今は傭兵のまねごとをしとるらしいからの。コチラに引き込んだんじゃ」
「だからって、敵だった奴らを味方にするんですかッ!?」
「それをいうなら、カーマイン君だってそうじゃろう?」
「グゥッ!?」
 確かに、カーマインは手違いとはいえ一度、麻帆良に攻めいったことがあった。
「あれはッ!」
「事実は消えん。じゃが、今の君は麻帆良を守る一人……じゃろ?」
 痛いところを突かれて反論もできない。考えてみれば、よく雇ってもらえたなとさえ思える。
「それに、どうやら彼らは暗示に掛かっとったようじゃ」
「暗示?」
「そうじゃ。思考を"ズラす"というのかの、仇が此処にいると思いこませるモノでな。なんでもヘルメットを被り、変わった銃を持つ男が、長月君の父親の敵と思わせていたんじゃ」
「……なんですか、そのピンポイントで俺を狙いそうな暗示はッ!?」
「この麻帆良にくる予定があり、なおかつ、ある程度の知名度がある。カーマイン君は魔法界の雑誌で表紙を飾ったこともあるじゃろう? 君がちょうど良かったのじゃろうな」
「……暗示っていうのは、そんなに効力が強いものなんですか?」
「いや、暗示自体は強力なモノじゃったが、それだけでは、君を仇だとは認識せんよ」
「じゃあなんで?」
「想像じゃが、長月君の仇と君の特徴が類似していたんじゃろ。君には思い当たりはないかね?」
 カーマインは学園長の問いを反復するように頭の中で整理する。自分と共通するモノ……すなわち"ヘルメット"と"変わった銃"。そういえば、昨夜見たあのイメージのアンソニーも、同じような装備をしていた。
「……」
「……まぁ、それはコチラとは関係のない話しでもある。それよりも、カーマイン君には彼らの管理を任せるぞい」
「管理? 監視とは違うんですか」
「もともと悪人と言うわけではない。誰が悪いというものでもないしの。しかし、長月君がそのまま集団のトップでいるのは反対意見が多かった。じゃから、そういう類にはカーマイン君が適任者という話でまとまったのじゃ。龍宮君は若いし、なにより団体行動が苦手とのことじゃ」
「そりゃあ、この学園には従軍者の経験がある人は居ないと思いますけど……」
「これは一応最終決定でもあるからの。引き受けておくれ。もちろん、給金もアップするぞい。それに、図書館の棚なんかを破壊したから、お金も入り用じゃろうて」
「……雇われ者の辛いところだ」
 天を仰ぐカーマイン。学園長はそれを微笑ましく見守っていた。



「さて、とりあえずあいつらに仕事を任せてもいいだろう」
 SoPの連中に警備員の指示を行って何日か過ぎ、いつの間にかネギも正式に先生として働くこととなり、担当するクラスも一つあがって三年生となっていた。カーマインも本職のコーチと指導員の仕事に戻ろうとしていた。
「最近どうも、変な噂が広まっているからな……」
 以前カーマインがチンピラから助け出した少女とメールをする際、彼女から"桜通りの吸血鬼"の噂を聞いていたのだ。
「確か、満月の夜、女子寮近くの桜並木に、黒いボロ布に包まれた吸血鬼が出るとか何とか……」
 うんうんと唸っていると、懐の携帯電話にコールが掛かった。ディスプレイにはネギの名前が表示されている。
「どうした、ネギ。まだ授業中じゃないのか?」
「そうなんですけど、それ所じゃないんですよ!まき絵さんが!?」
「まき絵って、ネギの生徒だな。何があった?」
「桜通りで倒れていたんですよ!いや、実際は寝てたらしいんですけど……とにかく保健室に来てください!」
「よくわからんが、すぐに行くよ」
 携帯を仕舞い、保健室へと駆け出す。噂と同じ場所で起きたということは、眉唾物だが、実際に被害が出ているので何かしらの事件の可能性も捨てきれない。
「いそがしくなりそうだ……」




「ふむ。外傷も無し、眠っているだけか……」
 ベッドで眠る少女、佐々木まき絵を見て、カーマインは胸をなで下ろす。ネギも同様のようだ。
「ほんの少しだけですけど、魔法の力を感じるんです。僕以外にも魔法を使う人が学園にいるんでしょうか……」
「そりゃいるよ」
「えっ!?」
 当然だといわんばかりのカーマインの口振りに、ネギは随分と驚いている。どうやら聞かされていなかったらしい。
 子供には関わらせたくないという思惑もあるかもしれなので、カーマインはそのまま話を続けた。
「なんだ、知らなかったのか? ……とにかく、事件の犯人は魔法が使えるということでいいのか」
「え~と、多分そうです。魔法の力を図書館島以外では初めて感じたので」
「わかった。俺の方でも警備員に知らせておくよ」
「お願いします」
 さて、忙しくなるぞと、カーマインは軽く首を鳴らして意気込む。ネギはそれを見て、何か考えを巡らせていた。



 とはいえ、集団で警戒したら犯人は出てこないかもしれない。捕まえることを優先するなら少数の方が良いだろう。
「「「ありがとうございましたー!」」」
「はい、ご苦労さん。ちゃんとマッサージしておくように」
 放課後、バイアスロン部でのコーチの仕事を終えたカーマイン。今日は満月なので、このまま桜通りの巡回を一人で行うつもりだ。そんなことを考えていると、部員の女生徒が数人集まり、その内の一人がベンジャミンに声を掛けてきた。
 その女生徒は、少し振り返って遠くで見ている友達と思われる生徒たちを見る。それに気づいて、少女たちは発破を掛けるように背中を少し押した。
 女生徒は何かを決心したかのような顔をして、俯いた顔を上げると、モジモジと前で組んでいた手を胸で合わせて言った。
「コッ、コーチ! いッ、一緒にご飯、食べに行きませんか!?」
 詰まりながらも、最後まで言葉を継げると、今度は身を震わせながらベンの答えを待つ。
「すまない、今日は指導員の仕事があってね。誘ってくれてありがとう」
「あ、いえいえ!こっちも無理を言ってしまって……」
 紅くなった顔が、影が落ちたかのように暗くなる。背後の女生徒たちも同じような反応だ。それを知ってか知らずか、カーマインは言葉を紡いだ。
「お詫びに、今度はこっちから誘うよ。嫌いなものとかある?」
 その言葉に、少女の顔がパァっと明るくなった。
「いえッ!ありません!」
 ベンジャミンは約束を取り付け、生徒たちと別れ、長月を呼んだ。今後の勤務について話をつけるためだ。
「モテるんだねぇカーマインコーチ?」
「よせよ。食事くらいで」
 ニヤニヤと笑みを浮かべる長月にベンジャミンは答える。
「お前、性格が変わってるぞ。というか、隠さなくていいのか?」
「別にかまやしないよ。もともと、素性を偽るためにやってただけだ。バレたら隠すこともない」
「男子部員たちには不評みたいだけどな」
「一部の連中には好評だ。女子にもな。大丈夫、お前以外には靡かないからさ」
「……ソレ、ナンナノ? そのシナを作る感じのアプローチ」
「いやぁなに、俺は好きなんだよ。お前みたいな奴が」
「なにって……ヘルメットがか?」
「違う。体つきや性格さ。粗っぽくなくて、非常に好みだ」 
 これだ。
 どういう訳か、図書館島での一件以来目を付けられてしまった様だ。普段の彼であれば喜ばしい限りなのだが、いかんせん重大な問題がある。
「あの~、あなたはその、アレですよね……隠してるけど……"男性"……ですよね」
「書類上は」
 どうでもいいという風に長月は返した。
「それがその~男性が男性にアプローチするのは……どうなのかな……?」
「別に不思議でもない。今や一般にも受け入れてくれる人はいるぞ」
「俺は"掘られるの"は御免なんだよ!!?」
「なら俺が"受け"にまわるからさ。どうだい、今夜あたり……」
 カーマインの腕をとり、カーマインよりは小柄な体格を活かして下から上目遣い見上げる仕草に不覚にも、カーマインはドキッとしてしまった。とても男性には見えない曲線を描く体のライン(胸はのぞく)に、モデル顔負けの美貌、そしてその妖艶さ。
「ほんとに男か……」
「巷では"男の娘"と言うらしいぞ? なんなら、"女"として振る舞ってやろうか」
 そんなやり取りを遠くから見ている先ほどの女生徒たち。
「まずいよ、このままじゃ!」
「そうよ!長月先生の大人の妖艶さに、カーマインさんが落とされちゃうかも!?」
 カーマインにとってはそんな気は一切ないのだが、何も知らない彼女たちにはそうでもないようだ。
「でも、どうすれば……」
「約束はしたんだから、そのあと一気に行くとこまで逝くのよ!!」
「イクって、なにをすれば……?」
「それはね……」
 ゴニョゴニョと耳打ちしている間に、カーマインはシフトの確認だけを済ませて桜通りへと行ってしまった。



 日が沈み、僅かな街灯が夜の桜を照らし、幻想的な雰囲気を作り出している。そんな桜通りのベンチに、カーマインは腰掛けていた。
「ふ~む。明るい時間帯じゃ、別に不審な人影もないし……出るとなると、今ぐらいの時間か」
 部活の後、桜並木の通りの巡回に当たっていたカーマインであったが、吸血鬼は噂通り、夜間から動き出すようだ。
「とは言っても、学内に生徒が居る時間帯だけしか獲物がいない訳だから、今夜仕掛けるなら今頃の筈……」
 そう言ってベンチから立ち上がり、巡回を再開する。一旦生徒たちが住む寮の方まで向かい、桜並木が終わる所で再び学校の方へと歩き出す。
「ん?」
 学校側から歩いてくる人影が見える。反射的に腰のピストルに手をかけるが、街灯に照らされた人物の服装を見て、女子中等部の制服であることに気づいた。女生徒は風で音を立てる桜に反応して、ビクビクと歩いている。
「……寮までエスコートしてやるか」
 今日の巡回は打ち切りだなと、カーマインが声を掛けようと息を吸い込んだその時、少女の近くの街灯に黒いボロ切れを纏った何かが降り立った。
「ッ!?」
 遠くてよく分からないが、ボロ切れからはみ出す長い金髪に小柄な体格。小等部の生徒と良いとこ勝負な人物が、人を襲う吸血鬼だというのか。
「待てーっ!!」
 駆け出そうと身を屈めると、学園側の通りからネギが杖に跨って文字通り飛んできた。そして、襲われた拍子に気絶してしまった少女を挟んでの魔法の撃ち合いが始まった。
「こいつは……もしかして、チャンスじゃないのか?」
 カーマインに背を向けたままの吸血鬼はこちらに気付いた様子もない。そこで、カーマインはある行動に出た。



(この人、強い!?)
 ネギは呪文を紡ぎながらも、吸血鬼の力量に舌を巻いていた。魔力は自分と比べるまでもないほど小さいが、魔法薬を用いた魔法の技術の高さに有効打を与えることができなかった。
 気絶してしまった生徒を守りながらでは、威力の大きな魔法を使うのは危険だ。
(どうしよう。このままじゃ宮崎さんも……って、アレ?)
 ネギの視線の隅、吸血鬼、否、生徒であるエヴァンジェリンの背後の桜の木に、隠れるようにしている人影が見えた。
「甘いな、ネギ先生。世の中には良い魔法使いと、悪い魔法使いが居るんだ……なッ!!?」
 とどめを刺そうと両手に魔法薬を構えたエヴァンジェリンに、木の影から飛び出した人物が飛びかかった。
「カーマインさん!?」
 それは、ネギにとって頼れる兄であり、父親代わりでもあるヘルメットの男、ベンジャミン・カーマインであった。



「ようネギ。大丈夫か?」
 驚いているネギに笑い掛けるように声を掛けるカーマイン。細い手首を捕まれた吸血鬼、幼女は未だに拘束を逃れようと、暴れ続けている。
「クソッ、放せ!この変質者!!」
「そうはいかないな。しかし、噂の吸血鬼がこんな小さな女の子だったとは……」
 下手に扱うと折れてしまいそうな細い腕を丁寧に押さえるのは以外に骨が折れる。鬼というから化け物のような容姿を想像していたが、人形のように可愛らしい少女にしか見えない。
「グ……チャ、茶々丸ー!!!!」
「チャチャ……?」
 不意に叫びだした吸血鬼に呆気にとられていると、カーマインを衝撃が襲った。
「アペッ!!?」
 ヘルメット越しに襲う衝撃。あまりの威力に、カーマインは頭から地面に叩きつけられてしまった。
「カーマインさん!?」
 叩きつけられてカーマインはすぐさま立ち上がろうとするが、再び足下を掬われたかのように突っ伏してしまう。
「クソッ……足が……」
 ぼやける視界の先に、マネキンの腕の様なものが飛んでいる。それにつながったワイヤーが腕を引っ張り、そのまま夜空の闇へと溶けていった。
「ネギっ! その子は俺が面倒を観る。おまえはあの子を追え!!」
 衝撃に脳震盪を起こしたカーマインは立ち上がることができない。拘束を逃れた吸血鬼はすでに掛けだしていた。戦うことができるのはネギしか居なくなってしまったため、犯人を捕まえるにはネギにがんばってもらうしかない。
「ッ!? 分かりました!宮崎さんをお願いします!!」
 逡巡したネギであったが、魔力を込めて高めた脚力で吸血鬼を追いかける。
「……チッ、こりゃ、すぐには動けないな」
 視界が定まらず、立ち上がることも出来ないというのに、大見得をきったものだとカーマインは思った。だが、騒ぎを聞きつけたのか、駆け寄ってくる足音に気付いて、カーマインはなんとか上体を起こして応援を待った。




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どうも幻痛です。

長月さんがタダの○○にしかみえない件について。
改訂の際、彼の性別を女性にしようかなとも思いましたがやめました。
誰が得をするの! というツッコミは受け付けません。ネギまはヒロイン過多なので仕方がないのです。

カーマインはチート主人公というわけではないので弱いです。
そんな彼がじわじわと活躍するのを楽しんでいただけたら幸いです。

感想、ご指摘、批評などがありましたら、お気軽にお書きください。励みになります。



[19116] 第十九話 お泊り
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/19 07:56
「あれっ、ここは何処だ?」
 カーマインは見知らぬ部屋のベッドの中にいた。上半身裸で。部屋は綺麗に片づいており、壁際には天井に届くほど大きな本棚が並んでいる。タイトルは日本語や英語で表記されており、「性」に関するワードが多く並んでいる。
 彼は記憶が曖昧な頭を振って思い出す。
「……確か、あの後ネギの生徒たちに会って、動けなかったから先生を呼んでもらうことになったんだよなぁ?」
 ヘルメットを押さえながら思い出すカーマイン。
「たしか、迎えにきたのは、部室で書類をまとめていた…長月だったような気が……ん?」
 不意に、カーマインの右手が何かに触れた。目をやると、それは上質の絹のように柔らかく、艶のある黒髪であった。
 その髪は白いシーツの上を放射状に広がり、白いシーツと黒い絹のコントラストの隙間から見える健康的な肌が、カーテンから差し込む陽の光と相まって、一つの絵画のような幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「………………」
 カーマインの思考は停止した。
 そこには、生まれたままの姿の長月が居た。ベッドの上で。上半身裸のカーマインの隣に。
「う……ん……」
 長月の呻く声で、カーマインの脳がフリーズ状態から起動し直した。
 しかし、事態をうまく飲み込めずに動き出すことが出来ない。
 結局、先に動き出したのは長月だった。
 寝ぼけ眼を手のひらで擦りながら、手頃な距離にあったシャツを羽織、俗に言う"女の子座り"という格好でカーマインに話しかける。
「なんだ、俺の寝顔に釘付けだったのか?」
 カーマインの視線を浴びるかのように笑み、髪をかき上げる。流し目でカーマインを見る目は並の男、いや、女も見とれるようなそれは、まさしく兵器。
「言ってくれれば、一晩中だって見せてやるのに……」
 長月は狭いベッドの上で豹のように四つん這いになり、カーマインの厚い胸板に手を置く。これが女性だったならばカーマインはそのまま押し倒していただろう。
「ひ……イヤーッ!!?」
 残念ながら、そうはならなかった。




「まったく、失礼な奴だ。こんな美人と一緒に寝れたことを喜ぶならまだしも、叫び出すとは」
「うるせぇよ!!」
 カーマインはアイロンがかけられたシャツを着ながら怒鳴った。長月も同様にシャツのボタンを留め、スーツに着替える。もちろん女性用だ。
 落ち着いて話を聞くと、長月はカーマインを拾って行った後男性職員寮にカーマインを連れて行こうとしたが、カーマインの部屋の鍵が紛失していることが分かり、仕方なしに長月の住む女性職員寮の部屋に運び込まれたのだそうだ。
「ほらッ、携帯にメールが来ていたぞ」
 長月はカーマインの携帯をベッド脇の充電器から外し、彼に放った。
「知らないアドレスだな……」
 片手でキャッチして、携帯に送られてきたメールを開く。そこには吸血鬼からとタイトルが表示されている。メールには「第三者にバラしたらまた生徒を襲う。バカな真似はするなよ。と、マスターが申しております」という記述があった。
(チッ、先手を打たれたか)
 カーマインの携帯のアドレスを何処で知ったのかは知らないが、こちらのことは相手に知られている様だ。ということは、ネギにも同様の連絡が行っているかもしれない。隣に長月が居ては電話も出来ない。メールでは時間がかかり面倒なので、直接会うしかないかとカーマインが考えていると、
「というか、お前が迎えに来てからの記憶がないんだが…」
「暴れたから眠らせた」
「…………おい」
「さっさと準備しろ。ほかの職員に見つかってもいいのか?」
 そう、早朝の今ならカーマインは誰にも見つからず寮から脱出出来る。仮にカーマインが一人でこの部屋から出ていって、ほかの職員に見つかったら不法侵入を疑われ、二人で出た所を見つかれば噂が立つ。非常に不本意な。
 なので、最悪見つかっても言い訳が出来るように二人で、見つからないように寮を出ることにした。



「なんだってこんな間抜けな脱出任務をしなきゃいけないんだ……」
「お前が言い出したんだろ。髪の手入れが済んでいないのに」
 纏めずに下ろした髪を撫でながら、長月が愚痴る。
「そのままでも十分綺麗だよ」
「……ありがとう」
 嘘は付いていない。ベンは意識して言ったものではないが、長月は不意を突かれたようだ。
 長月の部屋は二階にあり、今二人は一階へ繋がる階段にいた。長月が先行して人がいないのを確認してからカーマインが続く。何度かそれを繰り返して、二人は何とか寮の出口までたどり着いた。
「やっと出られた……」
「面倒なことをするなぁ、お前は」
 朝の日差しをその身に浴びて、カーマインは任務が無事に済んだことを喜んだ。長月のツッコミはあえて無視している。
「まだ正門が残っているぞ」
「大丈夫だよ、ここまで来たらもう安ゼ……」
「……コーチ……それに、長月先生……」
 正門を抜けた二人の前に、一人の女生徒がいた。彼女はバイアスロン部の一員で、カーマインを食事に誘った生徒だ。肩まであった髪を纏め、ジャージ姿でいるのを見ると、おそらく朝のジョギングをしていたのだろう。
 彼女から見て、カーマインと長月はどう見えるだろう。女性職員寮から二人で出てくる男女を。実際は違うが。
「ごッ、ごめんなさーい!!」
「違ーうッ!!?」
「早くなったな、次のレギュラー候補に入れておこう」
 以前部活動中に行ったテストを上回る速度で駆ける女生徒。そして届かぬ手を伸ばすカーマイン。長月は冷静に女生徒の評価を上げた。



 心に傷を負い、生徒には最悪の誤解されたカーマインは、すっかりうなだれながらも指導員の仕事を行い、ネギを探す。今は授業中だろうから、放課後にでも会って対策を練ることにしようと思案する。
 その最中、胸元の携帯電話から着信音が鳴る。
「またメールか……」
 再びメールの着信が来たのは昼を過ぎた頃だった。タイトルには吸血鬼よりと書かれている。本文には「マスターが『結界を越えた者がいる。私の機嫌を損ねたくなかったら、そっちで対処しろ』と申しております」とだけ書かれていた。
「……なんで吸血鬼がこんな指示をするんだ。縄張りを荒らされるのがイヤなのか?」
 というか、先ほどからメールの文面が第三者によって書かれたように見える。文面から察するに、吸血鬼の従者という奴かもしれない、とカーマインは推測した。
「もしかして、あの時の腕か……」
 吸血鬼を捕らえたときに襲ってきたあの"腕"を思い出すカーマイン。
「どうした?」
 いつのまにか、隣にいた長月が声をかけていた。前髪で切り揃えられたロングヘアーが、男物のスーツ姿にマッチしている。
「うォッ!? 急に出てくるな!!」
「つれない奴だな。寝所を共にした仲じゃねえか」
「誤解を招くようなことを……まぁいい」
 開きっぱなしの携帯を閉じて懐にしまうと、カーマインは長月に向き直って言った。
「長月。ゴーストたちに連絡を回してくれ。結界を越えた侵入者がいる。捕獲、危険な相手なら排除していい」
 カーマインをからかうような雰囲気を霧散させ、長月も仕事の顔つきになった。
「それはいいが……どこの情報だ?」
「俺の"上司"からさ」
 彼の問いに、カーマインは空を見上げて吐き捨てた。



『こちらアルファ。大学エリア、クリア!!』
『こちらブラボー。高校エリア、クリア!!』
『こちらチャーリー。小等部、クリア!!』
「了解。巡回を残して中等部に結集しろ、オーバー」
『『『了解!!』』』
 ゴーストは無線機に向かって指示を出すと、カーマインに向き直って報告をする。
「侵入者の姿は未だ見あたらず、残りは麻帆良学園都市、最奥の女子校エリアのみです!」
「ご苦労。やっぱり、ここに来たか」
 カーマインの考えでは、学園長や麻帆良の中心部に侵入してくるという検討はついていた。
「カーマイン、ハウンドの犬たちが獣の臭いを嗅ぎつけた。対象は女子寮に入ったようだ」
 長月が報告する。SoPのスカウト達の中には、訓練を受けた犬を相棒にしている者達がおり、彼らをハウンドと呼称している。その犬が侵入者を見つけたようだ。
「参ったな……許可がいるぞ此は…」
 女子寮エリアはいくら指導員でも男性は立ち入り禁止だ。よほどのことがない限り、男性が大半のSoPは入れない。
("上"に知らせると情報元を聞かれる。そうしたら吸血鬼からのメールを見せることになる。それだけは避けないと……)
「長月、たしか"ウィッチ"とか言う部隊が居たよな?」
「あぁ、いるぞ。女性隊員のみで構成された特殊チームだな」
「呼んでくれるか」
「もう来ているぞ」
「へッ?」
 寮の入り口近くには街路樹が植えられており、カーマインたちはそこに待機していた。そして、カーマインが間の抜けた声を上げるのが合図だったように、街路樹から五つの影が飛び降りてきた。
「うおッ!?」
「紹介しよう。我がSoPの精鋭部隊、"ウィッチ"だ!!」
 無駄に威勢のいい声で長月が哮る。その振り上げた腕の先には、体のラインがはっきりと浮き出たスーツを着た、ガスマスク姿の5人の隊員が整列していた。それぞれが、拳銃やマシンピストル、ナイフやブレードを帯びている。
「彼女たちは、SoPの中の選ばれた者たちだ。その身を特殊強化スーツで包み、その優れた身体能力こそが武器という俺好みの部隊だ!!!」
「お前の趣味かよ!?」
「もちろんだ。このためにトップになったと言っても過言ではない!!」
「……お前、ふつうに女が好きなんだな」
「いや、俺は"バイセクシャル"だ。どちらも"いける"!!」
「聞かなきゃよかった……」
 耳を塞いでうずくまるカーマインの背後で、長月はウィッチの隊員の体を舐めるように見ていた。
「……長月、女性隊員と"ウィッチ"だけを集めて寮の周囲を固めておいてくれ。男性隊員がいると寮生が落ち着かないだろうし」
「カーマインはどうするんだ?」
 自由に寮の中で動ける人物。ただ一人、カーマインが信頼できる者がいる。
「先生に頼むことにするよ」
 そういうと、カーマインは携帯を取り出し、連絡をする。連絡先はもちろんネギだ。
「もしもし、ネギか?カーマインだけど、実は侵入者がでてな、そっちに不審な………なに?」
「どうしたカーマイン。配備は終わったぞ?」
「……………なぁ、長月。今更部隊を撤収させろなんて言ったら怒るか?」
「………なんでも言うこと聞くと言うなら、考えてやらんこともない」




 所変わって寮の外れ。そこにはカーマインとネギ、アスネと白い小動物がいた。
「カモ、お前……俺がどれだけ面倒な手順を踏んだと思っていやがるッ!!」
「す、すみませんでしたァ!!?」
 日も暮れた女子寮の外で、体を降り曲げて器用に土下座をするフェレットに、怒鳴り散らすカーマイン。このフェレット、カーマインも面識があるアルベール・カモミールであり、件の侵入者であった。
「来るなら来るで、連絡の一つも寄越せばいいだろうが。なんで侵入者みたいな真似をしたんだ!! ……お陰で俺はSoPの連中に口裏あわせてもらうのに、どれほどの代償を払ったことか……」
 結局、SoPの女性隊員と、強化アーマーを着込こんだウィッチが、寮の周りをグルリと包囲して待機していたのを全くの無駄にしたカーマイン。彼女らになんと言えばいいのかを考えたあげく、長月が手を打ってくれると言ったが、その代償が大きかったのだ。
「こ、これには訳が……」
「へェ、俺を納得できるような訳なんだろうな」
「か、カーマインさん。もう夜も遅いですから、今日は勘弁してあげてください!?」
「……カモ、今日はこのぐらいにしといてやる。またこんなことがあったら、犬の餌になってもらうぞ」
「はい!」
(や、やばい…早く行動をお起こさねぇと、カーマインの旦那に殺される…)
「そういや、吸血鬼はどうなったんだ。俺のところに脅迫メールが来たんだが」
「あ、そうだ。聞いてくださいよカーマインさん!実は僕の担当クラスの生徒が吸血鬼だったんですよ!!」
「クラスメイトが吸血鬼?」
「そうなんですよ、しかも真祖なんです!」
「名前は?」
「エヴァンジェリンさんと、パートナーの茶々丸さんです」
「小さいほうがエヴァンジェリンか。分かった、こっちでも調べてみるよ。……今から深夜の"仕事"があるから、また日を改めて、対策を練ろう」
「わかりました…」
 今直ぐ逃げ出したい気持ちを抑えてネギが言う。
「なんの話ですかい?」
「あぁ、実はね……」
 ネギが、首を傾げているカモミールに事情をはなす。
「真祖!? やばいじゃないですか!!?」
「そうなんだよ~」
「兄貴! 俺っちにいい考えがありますぜ」



 ネギ達と別れたカーマインは自室のある寮の二階へ続く階段を上り、扉を開ける。鍵は掛かっていなかった。
「よく来たな、カーマイン」
「そりゃあ、俺の部屋だからな……」
 無骨な金庫と机と椅子が並ぶ部屋の中、大型のベッドに腰掛けるようにスーツを着た長月が足を組んでいた。
「いやぁ、骨が折れたぞ。あいつらを黙らせるのは」
「感謝している」
「言葉じゃなく、態度で示してほしいなぁ」
 上着を脱ぎながら、長月はカーマインのベッドに上がる。
「じゃ、早速頼むぞ。恋人のように、やさしくな」
 シーツの上に足を崩して座り、ネクタイを外す。カーマインはため息を一つついて、長月のシャツを脱がし始めた。ボタンの一つ一つを外し、長月の美肌が露わになる。
「明かりは消せ……恥ずかしいからな」
 若干顔を赤らめた長月がカーマインに言う。カーマインは関係ないとばかりに作業を進める。
「同性だろうが…」
「野暮なことは聞くなよ」
 渋々、カーマインは長月の言う通りに部屋の明かりを消す。
 その後、カーマインの部屋からは、嬌声ともとれなくもない声が一晩響いた。



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悪意のある終わり方ですが、マッサージです。



[19116] 第二十話 お泊り、再び
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/20 20:08
 薄暗い室内で、デスクトップPCから漏れる光が、麻帆良中等部の制服を着た女生徒二人を照らしている。その長身の一人は、人差し指からPCにつながるコネクターを展開し、操作を行っていた。それを興味なさげに見守る小柄な少女が言った。

「しかし……魔法使いが電気に頼るとはなー。あれか、ハイテクって奴か?」
「私も一応、そのハイテクですが……」

 小柄の少女に慎ましくツッコミを入れる長身の機械乙女。その声に、エヴァンジェリンは露骨に話を逸らした。

「……それにしても、アイツがあそこまでやる気になるとは思いもしなかったな」
「姉さんのことですか? おそらく、彼の持つ武器に興味をそそられたものと判断します」
「あぁ、まほネットで見た奴か……しかし、武器ねェ……揃いも揃って、趣味の悪い奴らが多いことだ」

 マスターも趣味がイイとはいえません。というツッコミは心の中で納め、チャチャマルは主人の機嫌をとることにした。




 窓から差し込む目映い光。その日差しはカーマインのヘルメットを照らしていた。長月の部屋でそうであったように、カーマインの部屋でも二人はベッドの上にいた。

「う~ん……」

 日の光に当てられ、隣で何故か裸のままでいる長月は光の刺激に唸っている。被っていたシーツが腰元まで下がり、無防備な肌を晒している。カーマインはシーツをかけてやった。思いやりというわけではなく、ただ単に見ていられなかったのだ。

「…………………おかしい」

 彼は自問した。なぜ裸なのか、いや、長月の事ではなく、カーマインがだ。カーマインは枕元にあった携帯電話を開く。定時起きられるようにアラームが設定してあるはずなのだが、鳴らなかったのを不審に思ったのだ。
 そこで携帯のカレンダーが目に入る。その日付を見て、カーマインは目を疑った。日にちが何日も余計に進んでいたのだ。

「いったい何が……………はッ!!?」

 まさか、とカーマインは思った。長月は分かれる際、手始めにとカーマインをカフェに誘った。その際、カーマインが用を足すために席を離れている間に飲み物が運ばれていたのだ。

「薬を盛られた!?」

 すでに一度経験している。もう一度あったとしてもおかしくはない。

(いやいやいやッ、そもそも!何故俺は奴のシャツを脱がしたんだ!!?)

 今にして思えば、あそこであんな雰囲気になること事態おかしいのだと、カーマインは気づいた。いや、気づくことができた。

(まさか………"あのあと"も続けて何かを飲まされたのか?)

 薬の効果が切れてきたおかげか、まともな思考を取り戻しながら、カーマインは長月を見る。あいも変わらずベッドの上で惰眠を貪っている彼の顔には、なんとも嫌らしい笑みが浮かんでいた。

(ありえる………というか、ほかに思いつかん!!)

 恐らく、寝ている間に何かを仕込まれたのだろう。ならば、このままでいるのは危険だ。色々な意味で。

「脱出ッ!!」

 素早くスーツに着替え、部屋を飛び出す。ネクタイはポケットに詰めたままであったが、巡回時に締めればいいだろう。

「………ぬ? ……いけねぇ。居心地が良すぎて、つい寝過ぎて獲物を逃がしてしまった」

 勢いよく開かれた扉の音で、長月はゆっくりと瞳を開き、実に物騒な事を呟いた。




「あッ、コーチ!おはようございまーす!!」
「えッ?あぁ、おはよう」

 命からがら魔の巣穴から逃げ出してきたカーマインは、バイアスロン部の子供たちに声をかけられた。

「随分久しぶりですね。大丈夫でしたか、ひどい風邪をひいたって聞きましたけど……」
「風邪?」
「えぇ、長月先生がそう言っていました」
(……あの野郎!!!!)

 どうやら、いやにありきたりな理由で長期欠勤をしていたようだ。無断で休ませなかっただけ増しというものなのだろうか。

「それよりコーチ。今夜の準備は大丈夫ですか?」
「準備?今夜って何かあるのか?」
「学園都市のメンテナンスですよ。年に二回、夜の八時から深夜十二時まで停電になるんです」
「停電か……」

 なんとも、面倒なことが重なるものだとカーマインは思った。それでも、長月と終わりのない眠りにつくよりはましだが。

「あと、宮内のことなんですけど……」
「宮内?」
「ほらッ、以前コーチを食事に誘った…」
「あぁ、あの子ね………」

 長月とカーマインが一緒に寮から出てくるのを見られて以来会っていないが、会ってもどんな顔をして会えばいいのか分からない。

「それとなく気にしてやってくださいね。それじゃあ、私たちも買い出しに行かないといけないんで」
「あぁ、またな」

 別れの挨拶もそこそこに、カーマインはネギの所に向かう。停電の備えはしていないが、傭兵時代に使っていたライトなどがあるので大丈夫だろうと判断したのだ。

「さて、ネギは………」
「カーマインさん」

 再びお呼びがかかり、カーマインが振り返る。そこには眼鏡をかけた妙齢の女性、しずながいた。カーマインは以前巡回中にあったことがあるので覚えていたのだ。

「しずな先生」
「もう風邪は大丈夫なようですね」
「………えぇ、まあ」
「病み上がりで申し訳ないのですが、今夜のことは聞いてますか?」
「今夜って、停電のことですか?」
「えぇ、停電後に生徒たちに出歩かないように聞かせているんですが、そうしない子もいるので、停電中の見回りをお願いしたいんですよ」
「わかりました。八時以降に生徒を見かけたら帰るように言えばいいんですね」
「はい。本当は別の仕事を頼みたかったのですが、病み上がりと言うことなので。それではお願いしますね」

 それだけ言うと、しずなは忙しそうに校舎へと向かっていった。それもそのはず。今はまだ昼過ぎなので、職員のほとんどは仕事中の筈だからだ。

「今ネギに会いに行ったら、生徒たちに何か感づかれそうだな」

 カーマインは思い悩む。以前カーマインの記事を載せた新聞部の記者もネギの生徒だと聞いた。

「あの子は勘が良さそうだったしな…」

 終始質問攻めだったのを思いだし嘆息する。ネギは授業中は携帯を切っているので連絡もできない。

「放課後まで仕事をするか……」

 結局、いつも道理に仕事をするしかないカーマインであった。





「ネギッ!」
「あッ、カーマインさん!」

 放課後、カーマインはネギが停電後の見回りをする所で会うことが出来た。

「吸血鬼のことなんだが……」
「それなら、カーマインさんが風邪で休んでいる間に何とかなりましたよ!」
「えッ?」

 話を聞くと、どうやら吸血鬼も風邪をひいていたらしく、担任として見舞いに行ったところ、ボイコットを決行していた彼女が授業に出てくれるようになったそうだ。

「いろいろ言いたいことはあるんだが……それって解決したことになるのか?」
「もちろんです! きっと僕の誠意が伝わったんですよ」
「……そうなのか?」

 激しく嫌な予感がしたが、カーマインは嬉しそうな笑みを浮かべてるネギに水をさす気にならなかった。

「それじゃあ、僕は寮の方を見てきますね」
「あぁ、俺も見回りに行かないとな」

 ネギに別れを告げ、カーマインも見回りの仕事に向かう。

「そういえば、しずな先生が言っていた別の仕事って言うのはなんなんだろうな?」

 見回りを行う先生たちは魔法のことをしらない"表"の住人ばかりだ。ということは、ガンドルフィーニのような
"裏"を知る者たちは別の仕事を受けているのだろうかと、カーマインは推測した。

(まぁ、吸血鬼に集中出来るから、あながち悪いことじゃないな)

 警備員としての役割を果たせていないのは心苦しいが、実力を知るガンドルフィーニがいるのならば大丈夫だろうと考え、カーマインは見回りを再開する。
 赤く染まる空の向こうで、夜の闇が近づいていた。

『こちらは放送部です。これより停電となります。学園生徒の皆さんは極力外出を控えてください』

 学園内に点在するスピーカーが停電の時間を知らせる。それが終わるとほぼ同時に、学園内のすべての光源が消える。近くを通りがかった女子寮からは、停電というちょっとした催しを楽しむ声が漏れていた。

「……月は欠けているな」

 地上の明かりが消えたことで、空に浮かぶ月がよりはっきりと見える。カーマインは吸血鬼が満月の夜に出てくるのを思い出し、手に提げた横長のトランクを握り直す。念のため、寮から持ってきたものであった。

「とはいえ、攻める側としてはこれ以上無いチャンスでもあるしな」

 街灯の明かりも消えた桜通り。そこにカーマインは足を運んでいた。
 以前の世界では、地底人が相手だったので、暗闇での戦闘も何度と無くあったのだ。そのなかでも、犬ほどの大きさの化け物が、体に爆薬を巻いて突進してくるのは未だに夢に見てしまうほどの恐怖であった。
 そんな彼を、本来の役目を果たせずにいる街灯の上、猫ほどの大きさの小さな影が見つめていた。

「ケケッ、ヤッパリコッチニ来ヤガッタナ」

 人型の影が二振りの剣を弄び、音を立てる。その小さな四肢には人間のものとは違う球体が間接にはめ込まれていた。

「貰ウゼ、手前ェノ"ランサー"ヲナ……」

 影、自立する戦闘マリオネットが空を舞った。



[19116] 第二十一話 マリオネット
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/21 19:44
 学園を狙う者たちから生徒や技術を守るため、常時結界を張り続ける麻帆良学園。電力によって張られるその結界は、メンテナンスの際には当然消える。そのため、"裏"を知る先生や生徒によって厳重な警備がされるのだ。
 その中には、カーマインと面識がある刹那やマナの二人もいた。二人は夜の闇の中、担当するエリアの警戒に当たっていた。そんな時、刹那がマナに問いかける。
「龍宮、最近カーマインさんを見ないが、何か知っていか?」
 生徒と警備員では会う機会も少ないが、この場に彼が居ないことが気になっていたようだ。マナはカーマインがコーチを勤めるバイアスロン部の一員であるため、何か知っているのではないかと声をかけたのだ。
「聞いた話では、風邪をひいたそうだ」
「風邪?」
「あぁ、まったく、自己管理も出来ない傭兵が現代に居るとは思いもしいなかったよ」
「なら、長月先生が居ないのは?」
「看病をしているそうだよ。"住み込み"でね」
「………そ、それは、つまり……」
 刹那は長月の本来の性別を知っている。それ故、マナの言い回しに変な想像をしてしまったのだ。
「まぁ、そうなのかもな……刹那は興味があるのか?」
「なッ!? な、な、何を言い出すんだいきなり!!?」
「顔が赤くなっていたぞ」
「…………お前はどうなんだ。その……」
「"同性同士で"ということか?」
「そ、そんなにハッキリと言うんじゃないッ!!」
「回りくどいのは嫌いでね」
「もういいッ! さっさと仕事を終えるぞ!!」
「はいはい。ウブな奴だな」
 刹那の反応についつい虐めてしまったマナも、その様をみて自分の過去を思い出していた。
(また、あの頃に戻れたらな……)
 手に持つライフルから漂うガンオイルの香りが鼻腔を擽り、彼女に心地よい記憶を思い出させた。二人で寄り添っていた頃のことを。
「必ず……取り戻す…」
 首から下げたペンダントを服の上から押さえるマナ。その瞳には、強い決意が顕れていた。


 その頃、麻帆良学園の敷地外の森林。
 そこにはコンテナを積んだ大型トレーラーが停まり、その周囲にはローブを着込んだ術者と数体の妖怪、そして外套纏った“ヘルメットを被った男”が集まっていた。
「それで、後ろの“荷物”は?」
 コンテナを指さしながら、従者がヘルメットを被った男に話しかける。
「サンプルだ」
「“サンプル”?」
「お試し品のような物だ。実戦で使うのは初めてだが、陽動には使えるだろう」
 男の物言いに、術者は眉間に皺を寄せた。
「そんな物に金は払えんぞ」
「はじめに言っただろう、サンプルだと。無料で提供しよう」
 訝しむように視線を強くする術者。男は気にした風もない。関係ないと言わんばかりの態度で軽く俯いている。
「……まあいい。何もないよりは、やりやすくなるだろう」
「では……」
 男はトレーラーの側面に付いているスイッチを操作する。連動してコンテナの扉の鍵が開き、中から軽自動車ほどの大きさの“イモムシのような生物”が飛び出し、真下にある地面に突き刺さった。
 イモムシのような生き物は体にはえた短い足を動かして地面を掘り進み、やがて人一人通れそうな穴が穿った。
 そして、トレーラーからさらに“人型の何か”がその穴へと降り立っていく。
 その数およそ50体。コンテナの面積から考えて、ギュウギュウに詰め込まれていたようだ。
「さて……我の“家族達”よ。わざわざ極東まで来たんだ。有意義なデータを提供してくれよ」
 ヘルメットをかぶった男、マナと共にいた頃よりも成長したアンソニーは呟いた。


「ケケケケッ!!」
「ッ!?」
 頭上から響いた得体の知れない声に、カーマインは反射的に転がるようにダイブする。長年染み込んだ動きを、彼の体は十分に覚えていた。
 直後、カーマインのいた石畳が砕かれ、土煙が舞った。
「アリャッ? 外シチマッタゼ」
 素早く膝を着きトランクを突き出すように構えるカーマイン。その先には、トランクとほぼ同じ背丈の人型が、その体には不釣り合いの大きさの剣を二振り握っていた。
「なんだお前はッ!」
 襲撃者は答えず、ゆるりと顔をカーマインに向けた。
「意外ニスバシッコイジャネェカ。ソウジャナクチャ面白クネエ」
「その球体間接……マリオネットか」
「ソウイウコッタ。御主人ガアノガキンチョヲト遊ンデイル間ハ、俺ニ付キ合ッテ貰ウゼ」
「御主人?」
「吸血鬼ッテ言ッタ方ガ分カリヤスイカ?」
「なら……尚更付き合っている暇は無い………なッ!!」
 言い終わらないうちに、カーマインは手に提げたトランクの取っ手を握り込む。すると、トランクの一部から無数の弾丸が飛び出した。
「オッ!」
 地面に突き刺さったままの剣を引き抜きつつ、軽やか動きでそれを避けるマリオネット。その飛び退いた場所に一列の弾痕が生成される。
「ヤッパシ、ソコニ入レテヤガッタカ。随分探シタゼ」
 カーマインはトランクを開け放ち、中に納められたランサーを取り出し、構える。
「探した?」
「テメェノ部屋サ。変ナ奴ガ邪魔シテキヤガッタガ、俺ノ敵ジャネェゼ」
「長月か……」
 どうやら、長月はあの後も彼の部屋に居座っていたらしい。そして、このマリオネットの襲撃に会ったようだ。
「オ前ノ女カ? 長イ髪ガ印象的ダッタゼ」
 あからさまな挑発に、カーマインはランサーを握りなおしただけに済ませた。男だという事は補足しない。誰も得をしないからだ
「ヘッ、マァイイ。サッサトクタバッテ、ソイツヲ俺ニ寄越シヤガレッ!」
 再び、マリオネットがカーマインに肉薄する。カーマインはランサーの引き金を絞り、弾丸でそれに答えた。
 小さな体を飛び跳ねるように小刻みに不規則に動かし、距離を詰めるマリオネットに、ランサーの弾丸は空しく石畳を抉るだけだった。
「速いッ!?」
「遅イゼ!」
 いともたやすくカーマインの懐に入り込んだマリオネットは、カーマインのヘルメットから除く首筋に向かって剣を振るう。
 カーマインはマリオネットの剣を、ランサーの刃で受け止めると、そのままランサーを起動した。
 砲号のようなエンジンが刃に命を吹き込む。唸りをあげる特殊合金の鎖刃が人形の剣を噛み砕き、首刈の一撃を防いだ。
「オッ、イイネェ。ソウデナクチャナ」
 武器を破壊されたというのに、人形は気にした素振りも無い。もっとも、人形故に表情というものも持ち合わせていないため、その感情の機微を感じ取るのは難しい。
 マリオネットは柄だけになった剣を弄びつつ、軽口をたたく。いたくランサーの威力が気に入ったようだ。
「大人シクソイツヲ渡スンナラ、見逃シテヤルゼ?」
「悪いが、今となっては一品ものなんでね。換えがないんだよ」
「ナオサラソソラレルゼ」
 他に同じものが無いという貴重なものだと聞いて、マリオネットは気味の悪い笑い声をあげる。実際には、キングレイブンの残骸からもいくつか回収されているのだが貴重であるという事にかわりない。
(しかし、やり辛いな……)
 笑い続けるマリオネットに対し、カーマインの心境は穏やかではなかった。
 寮のすぐ近くということもあって、銃撃も、地面に向かって撃ったり、相手の背後に建物が無いときにしか行うことが出来ない。その攻撃も、マリオネットの動きが速い上に小柄な体格もあってかランサーの銃撃もチェーンソーも、通用する気がしなかったのだ。
(部屋にあった"アレ"なら、あるいは……?)
 思考の片隅に、以前注文していた武器が送られてきていたのを思いだし、この場に持ってこなかったのを悔いるカーマイン。今から取りに向かっても、後ろから切りつけられるのが目に見えていた。
 しかし、このまま勝ち目の薄い戦いを続けるよりは、増しな考えかもしれない。
「何もしないよりは良いな……」
 そう考えると、カーマインは笑い続けるマリオネットに向かって弾丸をばらまき、背を向けて走り出した。
「オッ、鬼ゴッコカ?」
 急に背を向けたカーマインに、マリオネットは嬉嬉としてソレを追いかけようと駆け出す。


「オ~イ、イツマデ逃ゲル気ダァ?長スギルト、流石ニ飽キテクルゼ」
(やっぱり無謀だったか……)
 予想道理というか、いくらカーマインがアーマーを脱いでいるとはいえ、俊敏なマリオネットがその足に劣るわけがなかった。
 追撃を振り切れず、幾つかの斬撃を受けたカーマインのスーツは、所々裂けて肌が露出していた。
 距離を詰められなかったのは人形の嗜虐心故だろう。それもそろそろ限界であった。
「アラヨット!」
 マリオネットが柄のみなった剣を投擲する。それは当たったところで致命傷にもならないが、それは人形も百も承知であった。
「うおッ!?」
 柄はカーマインの踏み出した足の下に入り込み、バランスを崩したカーマインは勢い余って前転して仰向けに転がってしまった。
「イッテェな……あッ?」
 仰向けになったカーマインの視界に閃光が瞬く。そこには、遙か上空で杖に跨がり、無数の光弾に追尾されているネギの姿があった。
「ネギッ!」
「ヨソ見シテンジャネェッ!!」
「ッ!?」
 マリオネットの剣風を肌で感じたカーマインは、跳ね起きるようにして回避する。刺突の構えをとった人形が、カーマインのいた場所に突き刺さった。
「チャチャゼロ、そいつをしっかり足止めしておけよ!!」
「アイサー、御主人!!」
 深々と突き刺さった剣を引き抜きつつ答える人形、チャチャゼロに、漆黒のマントをなびかせネギを追うエヴァが命令をする。その視線は直ぐにネギを追った。
 新ためて命令を受けたチャチャゼロは、一本だけになった剣を弄びながらカーマインとの距離を詰める。その剣には紅い液体が付着していた。
「フ~ン。ソンダケ"ガタイ"ガ大キイト、カスリ傷デモ結構ナ量ガ出ルンダナァ」
 それを見て、カーマインは自分の体から流れ出るものに気づいた。スーツが背中に張り付くような不快感を感じる。それは心臓の鼓動と呼応するように段々と酷くなっていた。
「マァ、野郎ガ傷ヲ気ニスルナンテ事、言ワネェヨナ?」
 付いた血を払うようにチャチャゼロは大きく剣を振る。剣から離れたカーマインの血は、一筋の線となって血に刻まれた。
「"プランB"を考えておけば良かったな……」
 今にも駆けだしてきそうなチャチャゼロにランサーを構え、カーマインは上官の口癖を口にした。
 それがキッカケになったか、数メートルの距離を一気に詰めるチャチャゼロに、カーマインがランサーの引き金を引こうと力を込める。

 その両者の間に、無数の弾丸が突き刺さった。

「「ッ!?」」
 チャチャゼロは大きく後ろに跳ねて距離を取り、カーマインは銃を新たな乱入者に対して向けた。
 その照準の先には、手に大砲のような大きさの銃を持ち、背中には何か黒い奇妙な物体を背負った長月がいた。それらは体に無理矢理ベルトで固定され、手を離しても体からぶら下がるようになっている。おそらくは、長月がカーマインの部屋から持ち出したものだろう。そのスーツは所々に刃物で切り裂かれたような跡が残っていた。
「長月ッ!無事だったの……か?」
 思わぬ助太刀と、傷だらけながらも無事だった長月の姿に、カーマインは安堵の声を上げたが、フルフルと揺れる彼の体を見て、言葉が途切れた。
「……そこに居やがったかッ!!!」
 長月は両手に抱えていたカーマインの改造ショットガンを投げ捨てる。固定されているので、体に張り付くようにぶら下がるだけだったが。
 彼は背面に固定してあった奇妙な物体、カーマインが長月のコンバットボウを元に特注したボウガン"トルクボウ"を構えた。
「このクソ人形がァッ!! ……俺様の髪を台無しにしやがって……四肢を砕いて首を晒してやらァッ!!!!」
 彼の長い髪の先は、ほんの少しだけ切り取られたように不自然になっていた。


 長月はモーター駆動の強弓の引き金を絞る。上下に突き出た弓が、モーターの力によって引き絞られ、力を貯める。やがて爆発しそうな程に引き絞られた弦が、長月がトリガーから指を離すのに連動し、時速200キロ以上の速度で迫った。

 密接したカーマインとチャチャゼロ達に。

「ちょっとッ!?」
「ウオットォ!?」
 地面が揺れるような衝撃が二人を襲う。石畳に深々と突き刺さった矢からはオレンジの光が点滅し、両者の耳に電子音を響かせた。
「やばい!?」
 矢の特性を知っているカーマインはすぐさまその場を離れる。チャチャゼロも彼のただならぬ様子を見て大きく跳び退いた。
 途端、突き刺さった矢が爆炎をあげて炸裂し、チャチャゼロをカーマインはその煽りをうけて地面に叩きつけられた。
「グッ!?……おい、長月ッ、落ち着け!!」
 フラフラと立ち上がりながら、カーマインは正気を失っている長月の肩に手をかけて振り向かせる。
「ブッ!!?」
「うおッ!?」
 カーマインの存在を初めて認識したのか、長月はカーマインと目を合わせた。すると、急に長月が鼻と口を押さえ吹き出した。口元を覆う手の隙間から、赤い液体が漏れだしている。
「なんだ、どうしたッ!? 怪我でもしたのか!」
 どう見ても吐血にしか見えない状況に、カーマインは大慌てで長月に駆け寄る。しかし、長月はチラチラとこちらを見て顔を背けながら弱々しい声で言った。
「お、お前、なんて刺激的な格好をしてやがる……俺を殺す気か………」
「……本当に変態だったんだな」
 どうやら、切り刻まれたスーツの隙間から見えるカーマインの裸体に欲情し、鼻血を出しただけだったようだ。
「素っ裸ならまだしも、チラチラ魅せるというのは………新境地を開拓してしまった……」
「今すぐあいつに切り刻まれろ」
「嫌ダゼ俺ハ」
 チャチャゼロが長月の奇行に怯んでいる隙に、カーマインは彼の背負っている銃に手をかける。
「長月、その銃を貸せ!」
「なッ、おい、ちょっと待てって……ひゃッ!?」
 長月の身体に固定された銃を無理矢理はがそうとするカーマイン。しかし、体に無理矢理巻き付けたストラップに銃が絡み付き、外すことが出来なかった。
「どういう付け方をしたんだよッ!」
「し、仕方がないだろうッ!? 怒りでまともに考えていなかったんだッ!!」
 外そうとすればするほどストラップは締まり、長月を圧迫し始める。
「あッ、そんなに締めるッ、なぁ……」
 若干、その手の"プレイ"に見えなくもない。
「………モウイイカ?」
 痺れを切らしたチャチャゼロが剣を構えて駆け出す。対してカーマインたちは未だに絡まった銃を取るのに四苦苦八苦していた。
「あぁ、もう!長月、併せろ!!」
「なに? ……キャッ!?」
 女性のような悲鳴を上げてカーマインに抱えあげられる長月。
「ナンダァ、だんすデモ踊ンノカ?」
 笑みを浮かべながらも、チャチャゼロは距離を詰める。そして間合いに入ると同時に、飛びかかるようにして二人に迫った。
「踊る相手は選ぶさ」
 カーマインは長月のウエストに手をまわし、その身体を力で持ち上げる。ちょうど改造ショットガン"ナッシャーショットガン"の銃口が宙に舞うチャチャゼロに向くように。
「ッ!?」
 無表情なまま、チャチャゼロの瞳が大きく開かれる。カーマインは長月の背面に引っかかっているショットガンのレバーを操作して弾丸を込め、グリップを握った。
「一曲どうだ?」
 引き金にかけられたカーマインの指が引かれ、ショットガンの銃口から大粒の八つの鉛玉が火薬の爆風に押さて飛び出す。その弾丸の二つは夜空に吸い込まれ、三つはチャチャゼロの剣を砕き、残りの三つが小さな両足と片腕を吹き飛ばした。



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ラストのシーンはジャッキー・チェンが主演した映画「シティーハンター」を参考にしています。

一体何人がわかるのか?



[19116] 第二十二話 再会、そして
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/07/23 18:44
 麻帆良学園を囲む森の中、タクティカルスーツに身を包んだSoPの一団が闇に向かって銃弾を放つ。マズルフラッシュの瞬きに森の暗がりが照らし、暗闇を俊敏に移動する“何か”に銃弾が突き刺さる。高速で飛来した鉛玉は“何か”を弾き飛ばし、木の幹に叩きつけた。
 しかし、倒れたソレを乗り越えるように、新たに出現した"何か"がSoPに向かって襲いかかった。
「ゴースト隊長! キリがありません、そこら中から湧いてきます!?」
「耐えろッ! 此処を通したら後ろは学園だ。一匹も通すんじゃないぞ!」
 また一匹、いつもの髑髏がペイントされたマスクではなく、サングラスと頭蓋骨を模したバラクラバを被ったゴーストが放つ銃弾によって肉を抉られた"何か"が倒れる。
 だが、すぐに立ち上がってゴーストに襲いかかった。
 ゴーストは弾が切れた小銃を放り、太股に付けられたホルルターから引き抜いた拳銃を撃ち続ける。
 数発の弾丸が"何か"の頭部に命中し、今度こそ地面に突っ伏した。
「召喚された生き物じゃないな……」
 絶命したのにも関わらず、死体が消えないところを見ると現実に存在する生物だということが分かる。
 加えて銃弾を浴びても、急所に当たらない限りは直ぐにでも立ち上がってくる生命力はとても自然発生した生き物には思えなかった。
「生物兵器…?」

 “誰か”が造りだしたというのなら合点がいく。

『隊長ッ! 何匹か学園内に進入を許してしまいましたッ!』
 マスクに付けられた無線から、別の地点で防衛線を張っている部下の報告が入る。すぐにでも対処をしなければならないが、敵の数が多いため戦力を分断するのは危険であった。
「ウィッチを一人送れ、カーマインと団長にも連絡をまわすんだッ!」
『了解ッ、ミロを送ります』
 弾薬の切れたマガジンを落とし、新たな弾倉を銃底に押し込みながらゴーストは答えた。
 人数を割くことは出来ないが、精鋭のウィッチであれば一人でもこの程度の異形は対処出来るだろうと判断した。
「これ以上奴らの好き勝手にさせるな、此処を死守しろッ!」
『『『了解ッ!』』』
 ゴーストは森の暗がりから新たに湧きだした影に向かって、拳銃の引き金を絞った。



「チッ、俺モ"ヤキ"ガマワッチマタカぁ」
 残った右腕で上体を起こすようにして、チャチャゼロは呟いた。感情の籠もったものではなく、ただありのままを言葉にしたような言い方であった。 
「フ~、なんとか、凌いだな」
 ショットガンと長月を構える手を下ろし、体にたまった疲労感を吐き出すように大きな息を吐くカーマイン。
「……降ろせ」
「あッ、悪い」
 抱き抱えられた状態のままであった長月がかすれるような小さな声でいうのを聞き、カーマインは思い出したかのように絡み付いていたストラップをはずして彼を地面に立たせる。
 降ろされた長月は、体についた汚れを払いながら、カーマインに背中を向ける。
「どうした?」
 いつまで立っても無言のままでいる長月を不審に思い、声をかける。
「………いや、いつもと違って積極的なところを見せられて思わず……勃ッ「さて、捕虜を拘束してネギたちのところに応援に行くとするか!」……」
 極めて危険なことを言おうとした長月の言葉を遮り、カーマインはチャチャゼロを拘束するためにその場を離れた。
 カーマインは長月が銃を固定するために使用していたストラップを使ってチャチャゼロを拘束する。拘束といっても、残った右腕を胴体に巻き付けるだけで十分だった。
「携帯ノ"すとらっぷ"ジャネェゾ…」
「手がふさがると不便だからな。捨てていかないだけマシだろ?」
 カーマインはボロボロになったスーツのベルトに吊すようにして、チャチャゼロを持ち運ぶ。歩く度にユラユラと揺れる姿はどこか滑稽に見えた。
「しかし、カーマインも随分とボロボロにされたな」
 長月が彼の体を見ながら言う。さすがにもう鼻血を出すことは無いが、嫌らしい目つきであることに代わりはない。
「俺の事はいい。そういうお前だって、随分とボロボロだぞ?」
 話を変えようと話を振るカーマイン。彼の言葉の通り、長月のスーツも所々切り裂かれ、健康的な肌が露出していた。
 どこと無く、妙な色気が漂って見えなくもない。
「色っぽいか?」
 腰をクイッと動かしてポーズをとる長月に、カーマインは少しだけドキッとしてしまった。
 カーマインを攻めることは出来ない。長月の体型がスレンダーであり、艶のある長い髪が女性的な部分を強調してしまい。女にしか見えない事が悪いのだ。 
「バカなこといってないで、さっさといくぞ」
「はいはい。つまらないねェ」
 それぞれの武器を構え直し、二人と一体はネギたちが向かった先、学園の外れにある橋へと向かおうとすると、今までその役目を果たす事が出来ずにいた街頭に明かりが灯り始めた。
「電気が戻ったみたいだな」
「あぁ、急いでいこう」
「その必要は無いと思うぞ」
「何?」
 長月の言葉の意味がよくわからなかったカーマインが聞き返すと、彼はかみ砕いて説明し始めた。
「電力が戻ったということは、この学園の結界も戻るということだ。その中じゃ、エヴァンジェリンの奴も満足に戦えないだろう」
「結界? 電気と何の関係があるんだ」
「この学園は、色々と重要な土地だってことはわかるよな? 現実世界で魔法使いを囲っているんだから」
「あァ」
「それを良しと思わない連中にとっては鬱陶しいところでもある。だから、そういった連中の対策に、魔物や妖怪なんか存在を弾き出す結界を張っている。問題だったのはそれが電力を利用するということだ」
「じゃあ、停電の間は……」
「そう、玄関は開けっ放し、裏口も窓も全開の入り放題というわけさ。当然、あの吸血鬼も力を取り戻していただろうな」
 人差し指をビシッとカーマインに突きつけ、言葉を続ける長月。
「俺ガ動キ回レルヨウニナッタノモ、御主人ノ力ガ戻ッタカラダシナ。今ハ動ケヤシネェ」
「いいのか、そんなこと喋っちまって」
「ドウセ調ベリャ分カル事ダシナ」
 ストラップと化したチャチャゼロの補足を得て、長月はさらに話を続ける。
「だから、こんなに騒いでも誰も来ないのはメンテナンスの隙を狙う敵を防ぐために、主要な戦力が防衛にあたっているからなんだよ。今頃はゴースト達も後かたづけの最中だろうな。とは言っても、俺の携帯はそのクソ人形に細切れにされたお陰で連絡も取れないがな。おかげで、秘蔵の画像データまでおじゃんだ」
 なんの画像データかは知らないが、消えてよかったと思える不思議。この奇妙な感情はいったい何なのだろうか?
「なら、電力が戻った今は、エヴァンジェリンも?」
「如何に俺でも対象外な、その辺のガキと変わらん程に力を抑えられているだろうな」
「お前のストライクゾーンは聞いていない。」
「まぁ兎も角。あのショタっ娘でも対処できる位には弱体化してるってことだよ」
 どこと無く含みのあるニュアンスだが、話の先を聞くことの方が重要だと判断してカーマインは沈黙を選択した。
「だが……どうやらその結界も、役に立たないことも有るようだな」
「何?」
 長月がカーマインの背後を向いて呟く。手にしたショットガンのレバーを操作して次弾を装填するのを見て、カーマインは急いで振り向きながらランサーを構えた。
「グェッ」
 ブルンッと、彼の腰に括られたチャチャゼロが振り回されて呻きを上げた。
 そんな事よりも、カーマインの注意は前方の存在に向けられていた。

 そこには、異形がいた。

 明かりが灯った通りにたたずむ影、月明かりに照らされたその姿は異様であった。
 形は人型であるが、肌が灰色で上体の筋肉が大きな瘤のように隆起している。そしてそこからは無数の触手が蠢き、体を覆っているのはスパッツにようにフィットしたズボンだけであった。ズボンの先は人間の足と同じ形をしていたが、手と同じように鋭い爪が生えている。
 体中に木の葉がまとわりついているのを見ると、森の中から来たもののようだ。その猫背の異形はキョロキョロと何かを探すように頭を振っている。
「あれは……?」
 長月はショットガンを握る手に力を込める。
 それに答えるように、人型はこちらを向いた。
 異形は体毛の一切生えていない頭に埋まるように存在する目を二人に向ける。そして大きく裂けた口を開いて叫び声を上げた。

 金切り声のようなそれは、慟哭にも似ていた。

「来るぞッ!」
 肉付きの良い両腕を構えながら異形が走った。
 長月とカーマインの銃が火を噴く。
 無数の鉛と鉄球が異形の上体に突き刺さり、弾かれるようにして異形は石畳に叩きつけられ、動かなくなった。
「…随分あっさりだな。なんだコイツは?」
「……死体が残っているのを見ると、召還による生き物じゃないな」
 対象が地面に倒れたのを確認し、ランサーの銃口を下げて近づく。
 動かないのを確認して、カーマインは警戒を解く。
「この分だとほかにも居るかもしれない。ネギ達が心配だ」
 振り向いて長月に向かって提案する。長月も返事を返そうと口を開けた。
 しかし、次の瞬間には目が見開かれ、ショットガンの銃口が跳ね上がった。
「カーマイン!」
 その鬼気迫る表情に、トッサに転がるようにしてその場を離れるカーマイン。
 その背後には、倒れたはずの異形が立ち上がり、腕を振り上げていた。
 長月が間髪を入れずに発砲。
 彼が放つショットガンの散弾が、異形の振りかぶられた右腕を肩から吹き飛ばす。
 しかし、異形は怯まずに残った左腕をカーマインに向かって振りかぶった。
「クソがッ!」
 迫る剛腕をランサーのチェーンソーで迎えうつ。チェーンソーが白濁した異形の手を切り裂く。
 黒煙を吐き散らしながら、五本の指の中指と薬指の間にチェーンソーを押し進め、腕を両断しながら胴体に達するまでランサーを食い込ませた。
「ギャアアアアッ!!」
 腕を裂くようにランサーを押し進め、肩から首を切り跳ばす。
 人と同じ紅い血を噴出させながら、真っ二つにされた異形は起きあがることは無かったが、無数の銃弾をまともに浴びながらも襲い掛かってきた謎の生物。
 その驚異的な生命力を二人に見せつけた。
「オー。ヤッパシイイナァ、ソレ」
 チャチャゼロはランサーの威力に惚れ惚れとしていたが。



 二人が学園内に侵入した生物を倒した頃。学外に繋がる陸橋と呼べるほど大きな橋の上で、ネギとアスナとカモ、そして身体を覆う黒いマントを着た吸血鬼エヴァンジェリンとその従者、メイド服に身を包んだ茶々丸がいた。
 その一団と相対するようにして、カーマインたちを襲った異形の生物が三匹佇んでいる。
「なんなのよ、この変なのはッ!?」
「学園側から来たことを考えると、侵入した敵のようです」
 一般人であるアスナの問いを、茶々丸が答える。
「結界が発動しているのに存在しているのを見ると、生物兵器の類か」
「どッ、どういうことですか!?」
「簡単だよぼーや。あいつは敵だ。吹き飛ばせ」
「敵?」
 エヴァに疑問をぶつけようとネギが口を開くが、異形が襲いかかる方が先であった。
「うわわッ!? "魔弾の射手、連弾・光の11矢"!」
 反射的にではあるが、ネギから放たれた11個の光弾は異形の群にぶつかり、エヴァの期待道理に吹き飛ばした。
「なんだ、随分と張り合いのない奴だな」
「マスター、まだ終わっていません」
「何?」
 茶々丸の言葉の通り、所々に痣を作りながらも異形ははね起きるようにして再び襲いかかってきた。
「フンッ、大した生命力だ。ゴキブリ並だな」
「そんな、僕の魔法が効かない!?」
「絶対まずいですって!」
「ちょっと、何とかしなさいよ!」
「茶々丸、排除しろ」
「ハイ、マスター」
 騒ぎだすネギ達を余所に、エヴァは冷静に指令を出す。
 指示を受けた茶々丸は腰を落として異形の群を迎えうとうと構えた。
 が、そこで新たな乱入者が現れた。

 上から。

 巨大な橋を維持するために張られたワイヤーから降りて来たと思われる乱入者は、手に持った五十センチほどの長さのブレードを落下の勢いを利用して先頭の異形の頭に突き刺す。
 脳天を突き刺された異形は、頭をバウンドするようにうえに跳ね上げると、地面に仰向けに倒れ動かなくなる。
 乱入者はブレードを異形の頭に突き刺したままで立ち上がり、ネギ達を見据えるように立った。
 頭にはヘルメットに近い形のマスクをつけており、その表情を知ることは出来ない。
 体を覆っているのはボーディーアーマーというよりはボディスーツに近い代物で、肘や膝などは分厚い作りになっている。黒を基調としたそれらは一見すると影のように見える。
 そして腰元には木製ストックの銃がホルスターに納められていた。
「下がって……」
 女性の声をマスクの奥から響かせながら、影は腰に下げられた物を引き抜き、異形に向ける。
 切り詰められた木製ストックの水平二連式ショートバレルショットガンの引き金を引く。連動した撃鉄が薬室に込められた散弾の雷管を蹴飛ばして爆発を起こす。
 爆発は弾薬にギッシリと詰まった火薬に引火し、その燃焼ガスの膨張が無数の粒を押し出し、銃口から吐き出された散弾は一匹の頭蓋を粉砕した。
 親指で銃の根本の突起を操作して二発目のスラッグ弾を放ち、最後の一体の頭を風船のように破裂させる。
「「うッ……」」
 一連の出来事をまともに見てしまったネギとアスナの表情は暗い。しかし、それを気にすることは出来なかった。
「敵の増援です!」
 茶々丸が声を張り上げる。それを待っていたかのように、"学園内"から先ほどの異形が現れた。
「ふんッ、『大掃除』からこぼれたという事か。学園の者共の怠慢か……いや、捌ききれないほどの大群という事か」
「ま、また出た……」
「何だってんだよ!」
 青ざめるアスナ。肩にのったカモが怒鳴る。吸血鬼との戦いを終えて直ぐに巻き込まれた事態に、混乱しているようだ。
「私の後ろに……」
 そんな二人(一人と一匹)の前に、瞬く間に異形を倒したマスクの女性が立つ。
「"アレ"が何か知っているのか?」
「いや……急に出てきた。"地面"から…」
「地面?」
「どうやってかは分からない……地面に穴を開けてはいでてくる」
「他の連中はどうした?」
「防衛ラインを死守している……私がこぼれたモノを排除する」
 ショットガンの銃身を折るようにして空薬莢を排出する。赤と青の薬莢が地面に軽い音をたてて転がり、マスクの女性は腰のベルトに挟まった赤い弾を二つ取り出して銃身に込めた。
「それが……仕事」
「そんな指示をした覚えはねェぞ、ミロ」
 聞き覚えのある声と共に、異形の群れに一筋の光弾が突き刺さる。
 群れの背後から放たれたオレンジの光を放つ矢は異形の一匹に突き刺さり、弾き飛ばした。
「フッ!」
 ミロと呼ばれた女性は矢に弾かれ向かってきた異形を蹴り飛ばす。彼女のスーツのアクチュエータが『力み』を関知し、鍛え上げられた脚力を増幅する。
 弾かれた異形は宙を舞い、背中に突き刺さった爆裂弾頭の矢が電子音を響かせ爆発する。
 打ち上げ花火のように弾けた異形の血が降り注ぎ、その向こう側にトルクボウを構えた長月とカーマインが佇んでいた。



 カーマインたちがネギたちの元へ到着すると、そこにはネギたちに襲いかかる異形の生物の姿があった。そのうちの何体かは血を流してビクビクと蠢いている。
 長月の行動は早かった。
 手にしたトルクボウを異形の群れに向けて引き金を引く。トリガーに連動してモーターが駆動し、強靭な弦を巻き上げる。
 やがて弦が限界まで絞られると弾かれるようにオレンジの光弾が飛び出す。
 爆裂弾頭の矢は異形の一体の背後に突き刺さり、その衝撃で化け物は宙を舞った。
 弾かれた異形はネギたちに向かって跳ねたが、SoPの一員であろう人物に強烈な蹴りを見舞われた再び宙を舞った。
 やがて矢の爆裂弾頭が点滅を加速させ、異形は水風船のように湿った音をたててはじけた。
 無数の紅い雫が橋を汚し、血煙があたりを覆った。
「フッ、決まった……」
「アホッ!!」
 長月が誰に言うわけでもなく呟くと同時に、カーマインは彼の脳天に拳骨を落とした。
「な、何をする……」
 涙目でカーマインを見上げる長月。カーマインの腕部もプロテクターで覆われているため、殴られるとかなり痛い。
「射線を考えて撃てよ!そいつは貫通力があるからネギたちに当たるかも知れないだろうが!!」
「ちゃんと骨に向かって撃っただろう!!」
「わかるか!人命第一って習わなかったのか!!」
 ギャーギャーと喚き散らしながら言い争う二人に、ネギたちも異形たちも呆然としていた。
 が、異形たちは新たに出現した二人を脅威と判断したのだろう。残った四体がいっせいに襲い掛かった。
「ナッシャーショットガンを使え!それならあいつらでも吹き飛ばせる!」
「オーケイ!」
 ランサーを構えながらカーマインが怒鳴る。長月は背中に回していたショットガンとトルクボウを入れ替えて答えた。
 悲鳴のような叫び声を挙げて異形どもが襲い掛かる。両手を突き出して直進してくる様は異様だった。
「射線に注意しろよ」
「何度も言うな、わかっている!」
 二人は橋の隅にそれぞれ走った。


 カーマインのランサー、長月のショットガンの銃弾がクロスを描く。
 射線の交差する地点にいた異形たちが無数の銃弾を浴びて血飛沫をあげながら橋に倒れこんだ。
 だが、異形はすぐさま跳ね起きてカーマインたちに襲い掛かる。
 ネギたちと共に居たウィッチが一体の異形を撃つ。バック・ショットの無数のペレットが異形を背後から吹き飛ばして横転させた。
 倒れた異形は背後にいた異形に踏み潰されて鳴き声をあげる。
「くらいな」
 目前に迫った異形に長月のショットガンが火を噴く。無数の鉄球が異形に殺到し、その上体を引き裂き、弾け飛ばした。
 彼は地面に転がる異形に近寄ると足をかけて動きを固定してゼロ距離で引き金を絞り、頭蓋を四散させた。
「そっちに行ったぞ!」
「任せろ!」
 カーマインに向かった二体の異形。彼はランサーを振り上げてそれを迎え撃った。
 ただ直進する異形を肩口に刃を食い込ませて袈裟に切り裂く。残る一体には無数の弾丸を浴びせた。
 ランサーの弾丸は異形の足に次々と突き刺さって右足を吹き飛ばす。
「俺の家族に手を出すんじゃねェ!!」
 倒れて動けない異形にチェーンソウを見舞う。断末魔を残して異形は血しぶきと内蔵をまき散らした。
「粗方片づいたか」
「このショットガンは反動が強すぎるぞ」
 一息ついた長月は手をブラブラと振りながら文句を言う。ナッシャー・ショットガンの反動で手が痺れてしまったようだ。
「その分威力はお墨付きだ」
「象でも撃つのか? まぁ、こいつらにはちょうど良いかもしれないがな」
 ランサーに絡みついた腸をはぎ取りながらカーマインはネギたちの元へと向かった。


「カーマインさん!」
「遅れてすまん。大丈夫だったか?」
「えぇ、怪我はしていませんけど、アスナさんが……」
 ネギが振り返った先には口から泡を吹いたアスナがカモに看病されていた。どうやらカーマインのグロテスクな戦闘を間近で見て精神が耐えられなかったのだろう。
「……おい」
 傍らに控えていたエヴァが血塗れのカーマインに話かける。
「チャチャゼロと返してもらおうか」
「チャチャゼロ?」
「その腰に下げている奴だ」
「あ、こいつのことか……ハイ」
 指さされたチャチャゼロと取り外してエヴァに渡す。長月の話によれば力は封じられているということなので、渡しても問題ないと判断したのだ。チャチャゼロもカーマインの戦闘の被害に遭い、赤い液体が体から垂れていた。
「イヤ~、久シブリニ血ヲ浴ビタゼ」
「楽しそうで何よりだが、随分と情けない格好になったものだな」
「面目ネェ」
 悪びれた様子もなく、チャチャゼロは謝罪の言葉を口にした。
「フン、まあいい。役目は果たしてくれていたからな。茶々丸、こいつを綺麗にしてやれ」
「ハイ」
「アー、イイ気分ダッタンダケドナァ」
 渋々チャチャゼロはチャチャマルの取り出したハンカチで綺麗に血を拭われていく。エヴァは受け渡しの際についた血を嫌悪感と共に拭おうと思ったが、鼻をつく嗅ぎなれた臭いに気づき、ほんの一口だけ舐めた。
「これは!?」
 突然大声を上げたエヴァを一同が注視する。ミロは気絶したアスナを抱き抱え、カーマインはネギと長月に血を拭ってもらっていた。



 マナと刹那の両名は森の外れ、捕縛された術者が進入したと思われるポイントへと足を進めていた。
 指揮をとっていたと思われる術者は共に侵入したものがいると口を割り、ポイントにもっとも近かった二人にお呼びがかかったのだ。
「情報によるとこの当たりだが……」
「襲撃から大分時間がたっている。ダメで元々だ」
 周囲を警戒しながら二人はやがて森の切れ目へと出た。そこは開けたエリアで見晴らしがよい。そのため、無機質な大型トレーラーの姿を二人はすぐに認識した。
 大型トレーラーの側の地面には人が通れそうな大きさの穴が開き、その横では携帯端末をイジるヘルメット姿の男がいた。
 マナはその男の姿を見てバイアスロン部のコーチを思い出したがすぐに認識を改めた。体格が一回り小さい。とはいっても、マナよりも体格がよい体つきで、端末をイジる腕は鍛えられていた。
「動くな!!」
 数メートルほどの距離をあけて、アンソニーの形見であるチェンソー付きの銃を向ける。刹那も野太刀を構えて警戒を強めた。
 声に反応し、ゆっくりとヘルメットの男が振り返る。そして、
「おう、久しぶりだな」
 マナにとっては懐かしく、同時に耳を疑う声を吐き出した。



「何年ぶりだ? 二、三年位か」
 両手を広げ、今にも抱きつきそうな素振りで男、アンソニーは親しげに話しかける。
 マナは思わず銃口を外し、刹那は二人のやりとりを把握できずに戸惑った。
「まさか……アンソニー、なのか……?」
「なんだ。他に俺みたいな色男がいるのか? つれないじゃねえか」
 絞り出すように発したマナの言葉に、本当になんでもないかのようにアンソニーは答えた。
「アンソニー!」
 思わず、マナは駆け出した。たった数年でしかないが、長らく捜し求めていた重い人が見つかったのだ。
 だから、アンソニーの羽織っている外套が不自然に蠢くのに気づかなかった。
「龍宮!!」
 刹那が名を呼びながらマナを突き飛ばす。同時にアンソニーの外套から銃弾が飛び出した。
「くッ!?」
 刹那の野太刀が銃弾をはじく。神鳴流を扱う刹那は銃弾を見切ることは容易いことであったが、マナは何が起ったのか把握できていないようだ。
 いや、信じられないというほうが正しい。今の一撃は刹那が防いでくれなければ致命傷は免れないものだった。
「覚えているぞ。あの時の小娘だな。忌々しい限りだ」
 広げていた両手を下げ、アンソニーは外套をメクった。

 彼の体を“突き破って”伸びた触手が銃を握っていた。

「この身体はよく“馴染んで”な。なかなか気に入っているのだよ。今の一撃で死んでいれば、再会の喜びを抱いたまま死ねたのに、惜しいことをしたな」
 アンソニーの体を借りた“何か”が彼の口を操る。触手が持っていた拳銃を右手で受け取った“何か”は再び銃口をマナに向けた。
「それとも、再現するかね? あの時のように“私”共々『彼』を撃ち殺すか」
 アンソニーは構えた拳銃、コルト・パイソン六連発リボルバーの撃鉄をあげた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


再投稿、改訂終了しました!!
長かった……。


厳しい感想、ご指摘、批評などお気軽にお書き下さい。



[19116] 第二十三話 実験体13号
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/10/09 22:32
「アンソニー……」
 刹那に突き飛ばされて地面に座り込むながら、何が起きたのか分からないといった表情でマナは思い人の名を呼んだ。胸に抱えた小銃を持つ手は震えている。
「人間は僅かな時間で見違えるような成長をすると言うが、どうやら間違いだったようだな。今のお前は“あの時”と何も変わらん。失うことに怯えて何も出来ない小娘にすぎない」
 見下し、アンソニーは再びパイソンの引き金を引く。放たれた銃弾はマナに直進し、中間に立つ刹那は野太刀によって阻まれた。
「龍宮、早く立つんだ!」
 アンソニーから目を離さず、彼女は背後で地面に座り込むマナに怒鳴った。しかし、マナは呆然とした表情のままただアンソニーを見つめ続けるだけであった。今まさに銃を向けられているというのにだ。
「くッ!」
 アンソニーという名に聞き覚えはあるが、侵入者とマナの関わりを刹那は知らなかった。今のマナには援護は期待できないと判断して駆け出す。マナが自身の背後に隠れるように。
 誰かをかばいながら剣を振るというのは難しいものだ。
 アンソニーは目の前の刹那ではなくマナを優先的に狙っている。私怨か、或いは刹那に銃撃が効かないと判断しての事なのか。どちらにしても、早々に決着をつけるのが得策である。
 アンソニーは拳銃から弾丸を、胴体からはさらなる触手が伸ばして刹那を迎え討った。
「はァッ!」
 気合いと共に剣を振る。一太刀で弾丸を弾き、返す刃で赤く染まった触手の群をなぎ払った。
(とった!)
 地を力強く蹴り、数歩で必殺の間合いへと達する。上段から円を描く切っ先の軌道がアンソニーの身体に達しようとしていた。
 瞬間、ゾクリと首筋が泡立つ。
 考えるより先に身体が動いた。刹那は転がるようにして距離をとり、その場から大きく飛び退いた。空を切り裂き飛来した鉛玉は彼女が数瞬前にいた地面に降り注ぎ、爆ぜる。
「何のつもりだ龍宮!?」
 怒声を吐き出しながら振り返る。
 背後から刹那に銃弾を浴びせた者、マナはチェーンソー付きの銃から硝煙を昇らせていた。
「頼む……彼には手を出さないでくれ……」
「何を!」
「そのために! ……私は戦ってきたんだ」
 銃を構えるマナの瞳から涙が流れ出す。
 涙を流すマナを刹那は初めて見た。普段の毅然とした態度と、どこか達観した見方をする彼女は“自分”とは違い、迷いがない存在だと思っていたのだ。
「目の前にいるんだ! ……もう、失いたくない……」
 最後は懇願に近い響きが含まれていた。そこには仕事人としてではなく、少女のマナがいた。
「くッ……!」
 二つの銃口に晒されて、刹那は身じろぎ一つ出来なくなっていた。
「面白い! 実に醜いじゃないか。所詮貴様ら人間なぞ、互いに殺し合うのが似合いというものだ」
 思わぬ展開にアンソニーはヘルメットの奥で笑い声をあげた。
「もう少し見ていたいが、次の仕事の準備もあるのでね。終わりにしよう」
 アンソニーがマナに向けたパイソンの撃鉄を上げる。連動してシリンダーが回転し、鉛と火薬の詰まった弾丸を銃身に据えた。躊躇なく放たれた弾丸はマナの構えられた銃に当たり、彼女の手から弾きとばした。ランサーもどきは土の上を滑り、アンソニーの足下へと転がる。
「龍宮!」
「……」
 焦りで声を荒げる刹那に対して、マナは全てを受け入れるように目を閉じた。
「全てを受け入れて死ぬか……つまらん生き物だ……」
 冷笑ともとれる声色で、アンソニーは引き金に力を込めた。間にはマナを守るものは存在しない。
 銃声が響いた。
「……?」
 銃声が鳴り響いて数瞬。いまだに銃弾はマナの命を刈り取ることは無かった。
「ぬう……ッ!?」
 銃弾が貫いたのはアンソニーのパイソンであった。銃身がひしゃげたリボルバーはアンソニーの手を離れて落ちる。
彼の銃を握っていた手の指は、衝撃であらぬ方向へと折れ曲がっていた。
「動くな!」
 側の暗がり、森の中から特徴的な風貌の人物が飛び出してくる。銃口から硝煙をのぼらせるランサーを構えたベンジャミンが現れた。


 〇〇〇〇〇〇


「カーマインさん!」
「二人とも怪我はないか!」
 銃口をアンソニーに向けたまま、ベンジャミンは二人を気遣う。その呼吸は少し乱れていた。ここに来るまで相当に急いでいたものと思われる。
「ふむ。大した腕前だな。小銃で銃のみを撃ち抜くとは……少なくとも、この体の持ち主は出来そうにもない」
 アンソニーの手に変化が起こる。破壊の衝撃でねじ曲がった指がバキバキと音を立てて元に戻っていく。内出血を起こした指は青く染まっていた。アンソニーは正常に動作するかを確かめるように軽く手を握り、ベンに向き合った。そして頭を軽く傾げた。
「見覚えがある……いや、誰かの記憶が感じているのか?」
「動くなって言ってんだよ!!」
 何かを思い出すかのようにするアンソニーに対し、ランサーを突きつけるようにさらに一歩前進するベンジャミン。それを見てマナが腰元の銃を向けようとするが、背後から忍び寄る長月の手によって阻まれた。
 マナが振り返りながら腰元のホルスターからデザートイーグルを抜こうとする手を取って足を払う。体勢を崩したマナの手を引きながら地面に叩きつけた。
「がッ……!?」
 背中を強打したマナは肺に残った空気を吐き出して苦悶する。長月はデザートイーグルを取り上げて投げ捨てた。
「まほネットじゃ冷酷な殺し屋だって話だが、これじゃあ只のガキだな。感情的になりすぎだよ、龍宮」
 そのまま引き上げて間接をとって拘束する。自力では抜け出すのが困難な体勢だ。
「離せ長月ッ!」
「“先生”が抜けているぞ。銃は仲間に向けるもんじゃねェんだよ」
「アンソニーは……ッ!」
「殺す気はねぇよ。聞きたいことが出来ちまったからな……おい!」
 長月は侵入者、アンソニーに向かって、
「二つほど聞きたいことがある。まず……テメェ、俺の親父を殺しやがったな」
 耳元で長月の声を聞いたマナは震え上がった。それほどまでに殺気が込められていたのだ。
「SoPっていうNGOのリーダーだった男だよ。知ってるはずだ」
 嘘は許さないといった声色で問いつめる。いつものフザケた態度からは想像できないものだった。
「ああ、確か、難民の護衛をしていた男か。覚えているぞ、確かに私が殺した。子供を一人手元に置くだけで、抵抗もなくあっけなく死んでしまったがな」
 ヘルメットのバイザーから青い光を発しながらアンソニーは答えた。どこか思い出すのを楽しんでいるようにも見える。
「二つ目だ。お前があいつらを“造った”のか」
 敵を目の前にしても、長月は表情を変えずに質問を続ける。
「もしや、私の家族たちのことかな?」
「呼び方はどうでもいい。どうやって造った」
「アイディアはこの体の持ち主……そしてその情報はその一つ前の体で覚えた。たしか……」
 考え込むように間をおき、アンソニーは語りだした。
「“ローカスト”。そう呼ばれていたな」


 ○○○○○○


「ローカストだって……!?」
 ベンジャミンが聞き返すように問いつめる。ヘルメットの奥では信じられないといった表情を浮かべた。
「そうだ。堅牢な体に人間並の知能もある優れた種族だ。どういうわけか、イギリスのウェールズに遺体が転がっていたのでな。この身体になるまで使わせてもらった」
「ウェールズ……」
 ベンジャミンは数年前、ネギと出会った頃の出来事を思い出した。あの日、彼はこの世界へと落ち、そして一体のローカストを撃ち殺した。しかし、再びその場に赴くとローカストの死体は消えていた。
「ああ、思い出したぞ。その死体を作り出したのはお前だな。記憶を覗いたときに最後に見た顔だ。……いや、この記憶は……」
 軽く頭を振り、考え込むような素振りをしてアンソニーは顔を上げた。
「ああ、この体の持ち主の物か。ベンジャミン・カーマイン……宿主の弟か? ふむ……しかし妙だ。宿主の年齢は十代。どうみても成人以上のお前とでは年が違いすぎる」
「お前は……一体“何だ”!?」
「……貴様ら人間の呼び名で言えば“実験体13号”。もっとも、ただの記号に過ぎないがな。好きに呼べばいい」
 対して興味もないといった素振りでアンソニー、13号は答えた。
「手を挙げて膝を着け。拘束させてもらう」
「手を……こうかな?」
 手を挙げると同時に13号のコートがうごめき、影の中から無数の赤く染まった触手が勢いよく飛び出してきた。先端は鋭く、速度は肉を貫くには十分なものだった。
「チッ!」
 ベンは目の前に迫る触手に向かって銃撃を行う。伸ばされた四本の触手の内、二本の触手を打ち落とす。残された二本はベンではなく、背後にいた長月とマナに伸びた。
「グッ!?」
 長月はベンの影に隠れた触手から逃れることが出来ず、右肩を貫かれた。側にいたマナには触手が絡みつき、13号に元へと引きずられた。
「龍宮!」
 刹那の声が響く。13号はマナを捕らえた触手を引き込み、ベンたちにかざす肉の盾とした。
「野郎!」
「動くな。いちいち言わなくてもそれぐらいはわかるだろう?」
 突きつけられたランサーの銃口の先にマナをかざす。13号はさらに触手を伸ばし、側に落ちていたランサーもどきを手に納めた。
「懐かしいな。まるであの時のようではないか。もっとも、あの忌々しいガキは私の人形にまで堕ちてしまったがね」
 13号がマナの影に隠れるようにして囁く。マナは怒りのあまり顔を紅潮させた。
「さあ、どうする? ここで皆殺しにされるか、この娘を殺して私も殺すか選ばせてやってもいい。時間制限はあるがね」
「この……!」
 ベンジャミンはランサーを構えたまま動けなくなった。援軍も“ローカストもどき”の対処に戦力を割かれているので期待できない。人質をとられ、背後には負傷した長月。戦えるのはベンと刹那のみ。その二人も13号の視界に収まっているので不意打ちも出来ない。八方塞がりであった
「答えがでないようだな。なら、皆殺しだ」
 アンソニーの愛銃であるランサーもどきを13号は構えた。数年の時をかけて本来の持ち主の元へと戻った銃はアンソニーの体にしっくりと馴染んだ。
「この娘は一番最後にしておこう。その方が絶望も深まるというものだ」
 言うやいなや、13号が引き金を絞った。無数の弾丸がベンジャミンに殺到して彼の巨躯を吹き飛ばした。ライフル弾がランサーを弾きとばして宙を舞わせる。
「……ガ、アッ!?」
「カーマインさん!」
 刹那の悲痛な叫びが響く。衝撃で地面に倒れ込んだベンジャミンは無数の弾丸を受けてはいたものの、殆どがランサーに当たったようで左腕から血を流しているだけであった。
「とどめだ」
 再びアンソニーが引き金を引こうと力を込める。
 一か八か刹那が飛び出そうと姿勢を屈める。長月は負傷した右腕からこぼれたショットガンに手を伸ばそうとする。
 だが、その必要はなかった。
「ぬ……!」
 銃を握ったアンソニーの右手が不意に動く。
すると何を思ったか、彼はマナを拘束する触手を撃ち抜いた。肉片をまき散らしながら触手がちぎれ飛び、マナの体勢が崩れる。
「龍宮!」
 刹那は一気にかけだし、マナが倒れる前に抱えあげて距離をとった。追撃を想定してのことであったが、13号はそれどころではないようだ。
 彼は銃を自分の頭へとのばした。13号が慌てたように体からつきだした触手で右腕を押さえる。
「ちィ……! まだ反抗する気か」
 ギシギシと軋む音を立てながら触手が右手を押さえこむ。腕は押さえつけられながらも銃の引き金を絞った。銃口から炎を吐き出しながら、マガジンに込められたライフル弾がヘルメットの塗装をはぎ取る。が、破壊をするまでには至らなかった。
「ぐぅ……制御が……!」
 まるで別の意志を持っているかのように動く腕を、呻く13号はさらに触手を伸ばして腕を絡めとる。腕は血管が浮き出るほどに膨張し、触手に抵抗を続けた。
「……マナ」
「え……?」
 声色の違う声がヘルメットから漏れた。刹那に絡みつく触手を解いてもらっていたマナは思わず顔を上げる。
「……背は伸びても、まだまだ半人前みたいだな」
「アンソニー……!」
 マナは確信した。間違いない。彼だ。彼が自分の口で話していると。
「再会ついでで悪いんだけどな。一つ頼みがある」
「な、何だ!」
彼女は言葉を待った。期待する様に。縋るように。
「……俺を……殺せ」
 言葉も出なかった。



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 間があきましたが23話投稿です。
 やっとAとBが出会いました。
 少しばかり走り書きですが、何かありましたら感想掲示板までお気軽にお書き下さい。
 GoW3の長男が伝説的な兵士らしいので、弟たちにも素質はあるであろうと思う今日この頃。未確認ですが。
 幻痛でした。



[19116] 第二十四話 地底の住人
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/11/20 15:26

「な、何を言って──」
 マナは声を絞り出すのに、体中の力を振り絞る必要があった。その声も、耳をすまさなければ聞こえないほどか細いものであった。
 そんな彼女を知ってか知らずか、アンソニーは言葉を続ける。
「こいつは俺と“共生関係”にある。俺が死ねば、生きていくのに必要な生命力が絶たれてコイツも死ぬ。だから、今やるんだッ!」
「そんなことをしなくても、拘束してソイツを切り離せば──」
「コイツは俺の体とほとんど“同化”しちまってる。外科手術をしたって切り離せやしない」
「そんな……」
 言葉に詰まる。
 冷や汗が体からドッとあふれるのをマナは感じた。
 苦悶の声を上げながら、アンソニーは懇願した。
「いつまでも耐えられない……殺せッ!」
「出来るわけないだろうッ!?」
 マナはそれを聞き入れることができない。
 当然だった。もう一度会いたいという思い。あの頃に戻りたいという願いが彼女をここまで支えてきたのだから。
 アンソニーの背後、コートの背面部、襟の部分がモゾモゾと動き、不気味な声を発した。
『無駄ナ足掻キヲ……』
 呼応するように、ギリギリとアンソニーの腕にまとわりつく触手に力が込められる。
 腕の皮膚は青く染まり始め、ミシミシと軋んだ。

 ゴキリと、アンソニーの右腕が折れ曲がる。突き出した骨が皮膚を突き破った。

「約束しただろ、マナ」
 怒鳴り散らすような声は形を潜め、静かなアンソニーの声がマナの耳に届いた。
「俺たちはパートナーだ。“信じろ”」
「──ッ!」
 その言葉に、ピタリと、押さえきれなかったマナの震えが収まる。
 アンソニーの腕は力を失ったかのようにダラリとぶら下がり、ランサーもどきが指先に引っかかるようにして下を向いた。
 絡みついていた触手が折れた腕を補強するように巻き付く。
「──全く。手間をかけさせる」
 体の制御を取り戻した13号は持っていたランサーもどきを投げ捨てた。ランサーもどきはマナたちの左手に生えていた木に接触し、半ばから大きく折れ曲がった。もう使用することはかなわないだろう。
「長く同じ体に留まりすぎたか。抵抗する術を知られるとは」
 自嘲するように、13号がアンソニーの体から言葉を紡ぐ。
「どうやら、間違いないようだな。お前達に出会ったことで、体の制御を取り戻そうとしている。いささか、宿主を刺激しすぎてしまったようだな。──まあ、大したことではあるまい」
「はッ、“大したこと”ないだって?」
 長月が右肩を押さえながら吐き捨てる。押さえた傷口からは血が流れているが、その顔は弱った様子がなかった。
「お前を守るものはもうないんだぜ? さっきみたいな不意打ちも、二度も通じるとは思わないことだな」
「……果たしてそうかな?」
「あ?」
 13号は腕に絡ませた触手を蠢かせながら言う。
「簡単な事だよ。私自身……いや、“この体こそが人質”だと言うことだ」
「テメェ……!」
 負傷したベンジャミンがスナッブピストルを引き抜き、銃を構える。ピストルの弾丸は普段使用しているゴム弾ではなく、吸血鬼対策に弾倉には実弾が納められていた。
「全く、聞いていなかったのか? この体、“アンソニー・カーマイン”が人質だと言っているのだ」
 13号はその場にいる全員に聞こえるようにハッキリと言葉を発した。ヘルメットのバイザーはマナの方を向いている。
「どうやらそのお嬢さんはこの体にご執心のようだ。だから、少し手伝ってもらいたい。私がここから姿を消すまでその三人を見張っていて欲しい。そうすれば、“彼”は死なずにすむぞ?」
「……」
 マナは静かに立ち上がり、長月に投げ捨てられていたデザートイーグルを手に取った。
「そうだ。それで──ッ!?」
 ひどく狼狽したように13号の言葉が詰まる。
 その視線の先では、マナが両手で構えたデザートイーグルの銃口が向けられていたからだ。
「何のつもりだ! この人間の命が惜しくはないのか!?」
 13号は新たに触手を伸ばし、自らの首筋にへと鋭い先端を向ける。
「今すぐ銃をそいつらに向けろ。さもないと──」
「だったら殺せばいい」
 マナは拳銃というには巨大なフォルムのデザートイーグルの撃鉄をあげる。
「そうすれば貴様も死ぬんだろう。なら、アンソニーも本望だ」
 見透かしたように、彼女は決意を口にする。先ほどまでの狼狽えぶりが嘘のような凛々しさだった。
「貴様ッ!!」
「私たちは“パートナー”だ。互いに命を預けている。だからこそ、私が終わらせなければならない」
 マナの鋭い眼光がアンソニーを通して13号を貫いた。
「……──ガァッ!!」
 アンソニーの体から無数の触手が伸びる。先端は鋭く硬化し、少女の柔肌を引き裂かんと迫った。
 マナは引き金を絞った。
 放たれた大口径の弾丸は触手をチギリ飛ばし、13号諸ともアンソニーの体を貫いた。



 マナは照準の先、アンソニーの肉体に穴が開くのを見た。それは三年前のあの日から、夢に何度でてきたものと重なって見えた。
「……」 
 撃たれた13号は呆然と立ちすくみ、おもむろに体をみる。
 腹部には思いの外小さな穴があき、背中側の弾が抜けた穴は大きく裂けていた。
「ぬぅ……!?」
 傷口からはピンク色の筋繊維が覗き、思い出したかのように大量の血があふれ出した。ガクガクと膝が揺れ、たまらず地面に手を突いてしまう。
 マナは思わず駆け出しそうになる足をなんとか押しとどめる。
 “狙い通り”に事が運べば、アンソニーを救えるはずなのだ。
「が、あ……!」
 13号は唸った。
 致命傷ではないが出血がヒドい。そういう所を狙ったのだ。共生関係にあるアンソニーの死は、そのまま13号の死に繋がる。このままでは、13号はアンソニー諸とも命を失ってしまうはずだ。それを13号は避けようとするはずなのだ。
 決断は直ぐに下された。
「──用済みだな」
 13号はそう言い、早々にアンソニーの体を見限った。
 うずくまるアンソニーの背中がボコボコと盛り上がる。頑丈なコートを引き裂きながら、肉の塊がアンソニーの体から生えた。人の頭ほどの大きさの肉塊は脈打つようにうごめき、醜悪な姿を晒している。13号はアンソニーの体に巡らせていた触手を一本一本引き抜いていく。繋いでいた神経を切り、栄養をもらう管も同様に切り離す。
 引き抜かれた触手のそれぞれが血に塗れ、時折肉片をこびり付かせていた。
 そして、完全にアンソニーの体と分離した。“命”のリンクを断ち切ることで共倒れを防いぐ事に成功したのだ。
 最後の触手が引き抜かれると同時に、アンソニーは地面にドサリと倒れ込んだ。見る見るうちに地面に紅い池が広がる。荒い息がヘルメットの奥から漏れる。死がそこまで迫っているようだった。
 それが、我慢の限界だった。
「アンソニー!!」
 13号に向けて銃撃を行いながらアンソニーの元へと駆け寄る。
『ギヒャァ!?』
 放たれた弾丸は肉塊の一部を弾け飛ばし、アンソニーの元から大きく飛び退かせた。肉塊が悲鳴を上げながら地面を転がり、トレーラーの車体にぶつかって止まった。
「アンソニー、アンソニー!?」
 マナは倒れ伏すアンソニーの元へと駆け寄った。
 “はじめから殺すつもりなどなかった”のだ。
 共生関係にある13号とアンソニーはどちらが死んでも共倒れになる。だから、“13号自らがアンソニーの体から出ていくように”仕向けたのだ。
 少なくとも、息をしたままのアンソニーを解き放つことはできた。だが、アンソニーはマナの呼びかけに何の反応もしなかった。
「アンソニー……」
 悲痛な声が漏れる。ふれた肉体が急速に冷たくなっていくのを感じていた。
「気絶しただけだ」
 いつのまにか長月が側に立っていた。
 彼は着ていたボロボロの上着の袖を切り裂き、ソレでアンソニーの傷口を圧迫した。
「出血が酷い。すぐに運ばねぇと危険だ。応援もすぐに来るはずだが……」
「大丈夫なんですか?」
 刹那がトレーラーに叩きつけられた13号を睨みつけながら聞く。
「……龍宮、押さえていろ」
 問いに答えず、長月はマナにアンソニーに介護を任せて13号に歩み寄った。手にはショットガンを携えている。
「終わりだな」
 見下すように、長月は13号に視線を下ろした。
『終ワリダト? 違ウナ』
「なに?」
 言い終わると同時に、地面がわずかに振動した。木々が地面から伝わる振動に僅かに揺れる。それは徐々に大きく、ハッキリとした物になっていく。
『今カラ、始マルノダ』
 トレーラーの側、あいた大穴から叫び声のような鳴き声が響いた。地響きが足下からベンジャミンたちに伝わってくる。
 マナたちは見た。
 穴の縁から白く白濁した腕が覗き、その手にはAKー47カラシニコフ自動小銃が握られているのを。
「物陰に隠れろ!!」
 ベンジャミンが叫ぶ。
 彼は倒れたアンソニーの腕を掴んで引きずり、穴とは逆の位置にある数メートル先の木の影へと急いだ。長月も負傷した右腕を庇いながら続き、アンソニーの元へと行こうとするマナも木陰に押し込む。刹那もそれに従った。
 同時に、縁から伸びたカラシニコフが一斉に火を噴いた。


 〇〇〇〇〇〇


 背にした樹木が見る見るうちに削られていく。湿った木クズが周囲を舞った。
「クソッ!」
 銃弾の雨の中、アンソニーに覆い被さるように身を屈めて伏せることしかできないベンは吐き捨てた。
 側の木陰にはアンソニーのもとへと行こうとするマナを押しとどめる長月と刹那の姿がある。ランサーは遠くに転がっているので拾いに行くこともできない。
 銃声の音が多少まばらになるのを見計らい、ベンはスナッブピストルを撃ち返した。
 禄に狙いも付けられない。
 顔を出して撃ち返せばすぐに頭を吹き飛ばされるだろう。
 木を貫通した弾丸が音を立ててベンの目の前を横切る。削られた木が弾丸に耐えきれなくなっていた。
 穿たれた穴からは敵の姿が見えた。大穴からは先ほどの異形とは違う、もっと見慣れた生き物達が這い出してきている。
 白濁した皮膚。
 ゴツゴツと隆起した筋肉。
 顔にめり込むような瞳。
 随分と懐かしく、二度と会いたくない相手がそこにはいた。
「ローカスト……」
 ハシントで見たときと同じ生物がそこにはいた。違うのは装備している武器と服装ぐらいのものだ。カーゴパンツに上半身裸の者もいれば、弾帯を纏う者、サバイバルベストを着込む者もいる。
 ローカストたちは13号を囲むように円を描きながら銃撃を続ける。その集団の中から、一際大きなローカストが13号に歩み寄る。大柄なローカストは13号を抱きかかえるように抱え挙げた。わずかに残った触手が伸び、鋭く尖った先端がローカストを突き刺した。
「野郎、また寄生しやがった!」
 ローカストの手足がビクビクと痙攣する。やがて、流暢な言葉が発せられた。
「全く……楽しませてくれるな。もう少し遊んでやっても良かったが、直ぐに大きな仕事があるのでな。大した土産ではないが、受け取ってくれたまえ──皆殺しにしろ」
 新たな身体を蠢かし、13号は穴に飛び込んで姿を消した。同時に周囲を囲んでいたローカストたちが雄叫びと共にこちらに迫る。
「カーマイン!!」
 背後で長月が叫ぶ。
 振り返った先ではショットガンを抱えた長月が負傷していない左腕を伸ばしていた。
「銃を寄越せ!」
「ほらッ!」
 セイフティをかけてスナッブピストルを投げる。長月はソレを受け取るとショットガンを投げ返してきた。片手では扱いきれないと判断してのことだろう。
 そうしている間も銃声は止まらない。
 徐々にローカストたちが距離を詰めてきていた。
「奴らが距離を詰めてきたらこっちが不利だ。近寄らせるな!」
「分かってる!!」
 長月は遮蔽別にしている木の陰からローカストの膝を撃ち抜く。悲鳴をあげて倒れ伏すローカストの頭蓋にも弾丸を叩き込んだ。
 脳漿をぶちまけた死体を見て、ローカストたちはカーマインたちと同様に木陰へと身を隠す。
 それでいい。じっくり警戒してくれれば時間も稼げる。
「応援がすぐに来る! 持ちこたえろ!」
 長月が叫び、顔をだしたローカストに弾丸を叩き込む。
 カーマインは傍まで迫ってきたドローンの腕をショットガンで吹き飛ばす。レバーを中心に銃身を回転させ、両腕をなくしたドローンの頭に散弾を撃ち込んだ。強烈な反動が右腕を伝わり、ドローンは頭部を砕かれた。
「アンソニー!」
 マナは銃撃の合間を縫ってアンソニーの元に駆け寄り、傷口を押さえつける。見る見るうちに彼女の手が赤く染まった。
「弾切れだ!」
 新たにレバーを操作して弾丸を装填すると、長月がスナッブピストルのマガジンを排出しながら叫ぶ。
「これでラストだ!」
 ベルトに吊ったマガジンを投げ渡す。長月は銃を咥えてマガジンを受け取った。
「はッ!!」
 密集した木々に姿を隠しながら、刹那の野太刀が小銃ごとローカストを袈裟に両断する。更なる敵を切り捨てようとするが、複数の銃弾に攻め立てられて後退を余儀なくされた。
「地底に戻りやがれ!!」
 新たにローカストの胴体を吹き飛ばして銃をまわす。直ぐ傍まで迫っていたローカストに照準して引き金を引いた。
「うそだろ!?」
 カチンと軽い音をたてて、ショットガンが沈黙する。弾が切れていた。目の前には銃口をこちらに向けるローカスト。身を隠す暇もなく、弾もない。ベンジャミンは思わず目を背けた。
「シネー! グランドウォ──」
 片言の言葉を叫ぶローカストの頭が吹き飛ぶ。
 それは一体だけに留まらず、長月に肉薄する者、刹那に殴りかかる者も同様だった。 
「なに──」
「遅いぞゴースト!!」
「すみません、雑魚の相手に手間取りました」
 聞きなれた声と共に、森の暗がりが明るく照らされた。
 何重にも重なった銃声がローカストの群れを蹂躙する。
 三十秒ほどの銃撃が止むと、その場に立っているローカストはいなくなっていた。 
「寿命が縮むよ……」
 体中の力が抜け、地面に座り込む。負傷した左腕がひどく痛み出した。
「すぐに衛生兵を呼べ!」
 長月の声が闇夜に木霊する。森から現れたSoPが騒がしく行動するのを聞きながら、ベンジャミンは戦闘が終わったことにホッとした。


 〇〇〇〇〇〇


《血が止まらない。学園で処置しないと死ぬぞ!》
《だったらさっさと運べ!》
 周囲が騒がしく動くのを感じた。だが、その声も、身体に触れる感触も、自分とは別のモノのようにアンソニーは感じていた。
 目は閉じているはずだ。
 でなければ、辺りがこんなに暗いわけが無い。
 闇。
 そのまま、自分は闇にとらわれえるものだと思っていた。それが酷く安らかなことのようにも思えてしまう。
 だがどうしても、安らぎに身を包ませてくれるのを許してくれない声が響いていた。
《アンソニー!!》
 酷く懐かしい声が遠くで、いや、直ぐ傍で聞こえる。
《頼む……一人にしないでくれ……》
 “アノ頃”と違って、随分と弱気なことを言うようになったものだと思う。だが、そうさせたのは誰でもない自分だと分かっていた。
(──いつまでも、休んじゃいられないな)
 闇の中を泳ぎだす。
 頼りは声だけだった。
 “パートナーの声”だけがアンソニーを闇から救い出せるのだ。
「……」
 随分と久しぶりに自分の意思で瞼を開けることが出来た。
 直ぐに目に入ったのは天井。簡素なテントのモノでもなければ廃墟の崩れかかったソレでもない。汚れの一つもない綺麗なものだった。
 アンソニーは綺麗に整えられたシーツに横たわっていた。
 動かそうとした右腕はギプスで固定されていて動かない。
 左腕には管が繋がれ、そこから赤い液体が送られている。
 左の手は誰かに握られていた。褐色の肌のソレをアンソニーは何度も夢に見ていた。
 緩々と視線を上げる。
 そこには、随分と綺麗になった相棒の顔があった。
「とりあえず……何か被るものを持ってきてくれ」
 何故か、そんな言葉が口をついて出た。いつの間にかヘルメットを脱がされているのに違和感を覚えていたのだ。
 頬に強烈な衝撃が奔る。
「ぐおッ!?」
 再び闇に落ちそうになるのを歯を食いしばる事で耐える。
「な、何を──」
「二度だ」
 マナは肩を震わせながら吐き出した。
「はッ?」
「二度も私に撃たせたな」
「マナ……」
「一度でも最悪なのに、まさか二度もさせるとはな」
 今にも殴りだしそうな剣幕で少女は答えた。
「悪かった」
「謝るなバカ」
(バカ……)
 そんな言葉が出てくるとは思わず、口ごもってしまう。なんとか言い返そうと口を開くが、
「本当に──バカ……」
 マナは涙ぐんでいた。口をついて出そうになる言葉を飲み込み、
「会いたかったぜ。本当に」
 本心からの言葉を口にする。
「ずるいな……そんな風に言われたら何も言えなくなる」
 優しく笑いかけるマナの頬に、体中の力を振り絞ってアンソニーは手を添えた。彼女もその手に自分の手を重ねる。
「少しは背も伸びただろ」
「──バカ」
 マナの目から流れる滴が彼女の頬を伝わり、アンソニーの手に落ちた。


 〇〇〇〇〇〇


(また後にするか……)
 左腕を吊ったベンジャミンが部屋の外で壁を背にして立ってる。アンソニーの意識が戻るのを待って事情を聞こうとしてのことだったが、どうにも場違いのように思えたために躊躇っていたのだ。
(しかし……本当にアンソニーなのか?)
 未だに信じられなかった。
 ベンの下に届けられたのは死亡通告書ぐらいのもので、アンソニーの死体を見たわけではなかった。だが、死んだのは確実だった。
 だとしたら生まれ変わったとでも言うのだろうか。
 恐らくは未来の世界であろう自分たちの世界で死に、過去の世界、それも別の星で生まれ変わる。
 自分がこの世界に落ちてきたことに関連があるのだろうか。
(──まあ、本人かどうかは記憶を見ればわかるだろう)
 それまでは二人っきりにさせてやろう。
 そう結論付け、ベンジャミンは痛む身体を引き摺るようにしてその場を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 A復活! A復活! な話です。
 やっとメイン主人公が戻ってきました。



[19116] 第二十五話 穏やかな日常
Name: 幻痛◆c421c613 ID:051b1ee2
Date: 2010/12/12 11:04
「……それで、俺は危険ですか?」
 麻帆良学園長室。執務机に座る学園長の前には車椅子に乗ったアンソニーと、それを支えるマナの姿があった。部屋は薄暗く、闇の中に気配が潜んでいるのをアンソニーは感じていた。
 未だに傷の塞がらない体のままでここにきたのは、身の潔白を示すためだ。得体の知れない存在に操られていたとしても、学園に攻め込んだ事実は消せない。故に、最高責任者である学園長に記憶を見せていたのだ。ケガを負ったアンソニーの体を心配したマナは反対したが、こういう問題は早急に対処する必要があると押し切る形になった。
「──その前に聞いておきたいんじゃが」
「……ああ」
 神妙な面もちで顎髭をなでる学園長の疑問は察しがついた。
「記憶が飛び飛びなのは、俺の意識が表に出てきていない時期があったからです。アイツが俺の体を使っていても、記憶まで共有しているわけではないので」
 魔法によって全員に見せていた映像は所々が欠けていた。それはアンソニーが実験体13号との記憶を共有していないためだった。13号は一方的に記憶を覗けるくせに、こちらは出来ないというのだからたまったものではない。
「いや、そうではなくてな」
「え?」
「わしは君が“死んだ”記憶について聞きたいのじゃがな」
 記憶で見せたのは“この世界”での記憶だけではなく、“以前の世界”のものも含まれていた。
 とはいえ、どう説明したものか。
「……俺が死んだのは別の世界での話です。信じられないかもしれませんが──」
「信じるとも。前例がおるからの」
「ああ、ベンの奴か……」
「もう会ったのじゃな」
「ええ、懐かしいものも貰いました」
 コツコツと、自分の頭に収まったCOG御用達のヘルメットを叩く。ベンが被っているモノとは形状の違う別の種類ではあったが、“前の世界”で被っていたものと同じ形状の代物だった。ベンによれば死んだヘリパイロットのモノだったらしい。
「話はすんだのかな?」
「ええ、“アンソニーしか知らないこと”をいくつか話したので」
「内容を聞いても?」
「いつまでオネショをしていたとか、初恋の相手は誰だとか、あとは家族のことを話しただけです」
「おお、そうかそうか。それはいい方法じゃったの」
 学園長は楽しそうに笑う。アンソニーの扱いは、敵の影響下にあるかもしれない危険人物な訳であるから、このような対応は少し意外に思えた。
「ところで、“体は大丈夫”かな?」
 不意に、学園長の眼孔が鋭くなる。思わず視線を外したくなるが、何とか堪えた。もっとも、ヘルメットを被っているので学園長が視線外したかどうかなど判断できないのだが。
「はい。“体の隅々まで、全て自分の意識下に置いています”」
「ふむ。そうかそうか」
 優しい笑みを浮かべ、学園長は続けた。
「君が危険かどうか。答えを急ぐのは早急に思う。そこでじゃな、しばらくは君を監視することで信頼に値するかを見極めようと思う」
「監視……ですか」
 早い話が、現段階では信用もしないが突っぱねることもしないということだろうか。マナやアンソニーの件を差し引いてのことか、あるいは危険だとしてもすぐに押さえ込めるという自信の表れかもしれない。
「傷が癒えるまでは学園でその身を安全を保障するが、監視に人をつけさせてもらう。異論はあるかな?」
「命を救われたんだ。それ以上のことは望みません」
「うむ。ゆっくり休んでくれ」
 話が終わるやいなや、マナが車椅子を操って学園長室から退出する。周囲の影からは視線だけが突き刺さってきていたが、それ以上のことはなかった。



 病室へと続く廊下にキシキシと軋む車椅子の音が響く。通路の窓からは朝日が射し込み始めていた。
「悪いな」
 自然とアンソニーの口から言葉が漏れた。
「なにを謝っているんだ」
 優しげな声色でマナが答える。アンソニーはいくらか口ごもってから、
「話さなくて」
 長くなる言葉を端的にまとめた。冗談混じりで以前の記憶について話したこともあったが、本当のことだと明言したこともなかったのだ。
「幼い私では、理解できなかったよ」
「そうか」
 戸惑っているはずのマナの言葉に、アンソニーは内心で感謝した。

 いつのまにか病室の前に着いていた。
 マナはベッドのそばまで車いすを寄せて、点滴を車いすから移動させる。最後にアンソニーの体を支えるようにしてベッドに移した。柔らかなベッドは筋肉質な体を包み込み、安らかな気分にさせる。遮光カーテンをマナにあけてもらって朝日を浴びる。
「傷が塞がるにはしばらくかかるらしい。それまでは私が面倒を看よう」
 マナが点滴のチェックをしながら話しかける。どうやらこのまま部屋にいるつもりのようだった。
「そこまでする必要はない。どうせ俺は寝てるだけだからな」
 腹には大穴が空き、多くの血も失われている。しばらくは運動もできずに日々を過ごすことになるだろう。マナの学園での生活は聞いていたアンソニーは、彼女の学園生活に支障があってはいけないと思った上での言葉だった。
「まともな教育が受けられる環境なんだ。もったいないだろう。お前にだって自分の生活があるしな」
「私の生活は私のモノだ。自由にさせてもらう」
 キッパリとした口調だった。昔はある程度意見を聞いてくれていたのだが、今は違うらしい。
「……一緒にいても監視くらいしか出来ないぞ」
「一緒にいたいから、それでいい」
 ベッドの脇の椅子に腰を下ろしたマナはアンソニーを見つめながら言った。不思議なことに、アンソニーにはそれが幼かった頃のマナと重なって見えた。見かけは大分変わっているというのに、その眼差しは変わることがなかった。
「変わらないな。頑固なところくらいは変化があってもよかったと思っていたんだがな」
「すまない。だが、これだけは譲りたくないんだ」
 ギプスで固定されていない方の手をとり、マナは強く握ってきた。わずかに震えている。
「──今でも不安に思うんだ。もしかしたらこれが夢や幻で、少しでも目を離してしまったら、またあなたが消えてしまうのではないかって」
「なんだ、会えて嬉しくないのか」
「もちろん、嬉しいさ。言葉に出来ないくらいにね。──だから、また失うのが怖い」
 不安げに俯くマナに、アンソニーは力強い声で諭した。
「俺はちゃんとココにいる。まあ、アイツにアチコチ“イジられている”お陰で治りも多少は早いが、体は穴だらけだし、管もまだ外せない。でも生きてる。それでいいだろ?」
 ヘルメット越しに見つめる。端から見ればアイコンタクトなんてモノが出来るはずがないと思うかもしれないが、マナにはそれだけでわかったようだった。
「……わかった。学校へは行こう」
 答えながら、たっぷりと時間をかけて手を離し、マナは立ち上がった。背筋が伸び、凛々しさを感じさせた。
「だが、放課後にはまた来る。それだけは譲れない」
「ああ、俺もゆっくり体を休めておくよ」
 マナはドアの所で立ち止まると顔を向けて笑いかけた。
「大人しくしていろよ」
「心配しなくても、勝手にくたばったり居なくなったりしねェよ。信頼しろ」
「ああ、お大事に」
 マナは静かにドアを閉めて部屋から出ていった。

「……はぁ」
 廊下に響く足音が小さくなるのを見計らってため息をつく。腹の傷口が痛んだ。その傷の下で、ウゾウゾと触手が蠢くのを感じる。
 13号はアンソニーの体を使うにあたり、いろいろと改造を施していた。それは神経伝達の速度を上げたり、視力の向上のようなものだったが、その内の一つに体内を動き回る触手がある。この触手は体内で動きまわって外部からの衝撃を和らげたり、傷を治療する。その治癒能力には限度があるが、数日で動けるようにはなるだろう。ほかにも使い道がある触手だが、使おうとは思えなかった。学園長が体について質問したのもこれを知ってのことだろう。底が知れない人物だった。
「しかし……妙なことになっちまったなぁ」
 アンソニーは久しぶりに自由に出来るようになった体に違和感を覚えていた。13号に操られていた間の意識は殆ど表にでなかったため、マナと別れた日から過ぎた日数分ほどの時間を体感している訳ではないのだ。
 そのせいか、幼き頃の面影を残しながらも美しく成長した彼女を意識してしまっていた。
「……随分、綺麗になったなぁ」
 先ほどもベッドに上げられるときの行為でさえも心臓が高鳴るほどに。マナの体の曲線。流れる黒髪。暖かな温もり。どうにも刺激が強すぎた。
「思春期に戻ったみてぇだ……」
 早い話が性欲を持て余している。どうにも禁欲生活が響いたようで、いろいろとたまっている。未成年の体に引きずられるように肉欲も暴走気味であった。体が反応するのは仕方がないことなのだが、それはマナだからなのか、あるいは女性であるというだけなのかは判断がつかなかったが。
「はッ、ガキに欲情するなんて、誰にも言えねぇな」
「真名ちゃんに欲情したのか?」
「うぉッ!?」
 耳元から聞こえた声に飛び上がりそうになる。ズキリと傷口に刺すような痛みがはしった。声の主は左腕を吊ったヘルメットの男、ベンだった。
「ベンかよ、驚かせるんじゃねぇっての!」
「ああ、悪い」
 ちっとも悪びれた様子がないベンジャミンは笑いながら謝った。
「それで、何の用だよ。お前も話がしたくなったか?」
「それもあるけど、仕事もあってね」
「仕事? 学園のか?」
「いや、監視の」
 なんてことはないといった素振りでイスに腰を下ろすベンジャミン。しかしその言葉は聞き捨てならなかった。
「お前が監視するのか? 身内だぞ、俺たちは」
「厳密に言えば身内だったのは前の世界であって、生まれ変わったアンソニーとは血が繋がっているわけじゃないからな」
「そんな言い分が通るのかよ」
「まあ、単純に人手が足りないんだろうな。後片づけも暫くかかりそうだし」
 ローカストの襲撃の痕跡を掃除するのに多くの関係者たちが動き回っているので、ケガをして手持ちぶさたなベンジャミンに監視の仕事が回ってきたのだった。
「もちろん、ずっと俺が担当する訳じゃないよ。すぐに代わりが来ると思うし」
「まあ……そうだろうな」
 僅かな間があって、アンソニーから話しかけた。
「記憶は覗いたのか?」
「見てないよ。でも、聞かせてくれるんだろ?」
「ああ、お前も、俺が死んだ後の話を聞かせてくれよ」
 死に別れた兄弟との不思議な会話は交代が来るまで尽きることがなかった。


○○○○○○


 マナは浮かれに浮かれていた。それはクラスメートも知るところであったが、その理由までは知られることがなかった。
 ホームルームが終わり、いそいそと帰り支度をするとそのまま学校を後にする。真っ直ぐ帰宅するわけではなく、その足はアンソニーが治療を受けている建物へと向かっていた。足取りは軽く、そのままスキップでもしそうな勢いだった。その顔には笑みがあふれ、道行く人々を魅了させていく。
 そのままアンソニーがいる部屋の前に到着した彼女はドアに手をかけようとするが、そこで漏れ聞こえてくる声に気づいた。
「──っていうことがあってな」
「へえ、マナちゃんもそんな時代があったんだな」
「ああ、取り繕ってもやっぱりガキなんだよ」
 談笑する声はアンソニーとバイアスロン部コーチでもあるベンジャミンの物だった。内容はどうやら自分のことであると思い、マナは思わず聞き入った。
「でも、三年間も兄貴のことを探してたんだろ? 一途だねぇ」
「茶化すなよ」
(そんなことまで話していたのか……)
 二人の関係を知っている彼女ではあったが、親しげに話している二人に少しムッとしてしまう。本来ならば、ベンの居場所は自分が座るべきところであったのに。
「で、どうするの」
「どうするって、なにが?」
「マナちゃんだよ。その気持ちにぐらい、気づいてるんじゃないの」
 体が急に火照るのを感じる。心臓の鼓動は高鳴り、頬は赤く染まっているだろう。マナは慌てる自分をドコか冷静な部分で観察していた。それでも、観察できているだけでどうこう出来るという物ではなかった。
「ココは男らしくするところなんじゃない?」
「……どうしろってんだよ」
「告白するとか」
 いつしかドアに耳を当てていた。アンソニーの返答を聞き漏らさないように、長年培ってきた技術を立ち聞きにあてる。

「俺は──」

 今ならアンソニーの心臓の鼓動まで聞こえそうなほどに集中しているマナは、背後に佇む人影に気づかなかった。

「なにをやっておるんじゃ?」

「はうあッ!?」
 奇声を上げながら背後に顔を向ける。同時に銃を取り出そうとしていた手を慌てて押さえた。
 そこにはよくわからないといった表情でマナを見つめる学園長の姿があった。
「誰かいるのか?」
 室内からもアンソニーの声が聞こえる。忌々しい乱入者のせいで彼の本心を聞くチャンスを失ってしまったと、マナは鬼気迫る表情で学園長を睨みつけた。
「え……ワシ、何か悪いことした?」
 肝が冷えそうなマナの視線に、学園長は思わずたじろいだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アンソニーとベン、そしてマナとのやり取りを書きました。基本的にネギまの原作準拠の部分は省くか省略していくのでご了承下さい。



[19116] 第二十六話 デート?
Name: 幻痛◆c421c613 ID:9415d8cd
Date: 2011/01/15 22:33
 襲撃から二日後の麻帆良学園中等部校舎。
 その一室にて。
「えーと皆さん。来週から僕達3-Aは、京都・奈良へ修学旅行へ行くそーで……もー準備は済みましたかー!?」
「「「はーい!」」」
 ネギは生徒達の前で嬉しさを抑えきれないといった様子で朝礼を行う。そんな彼に負けず劣らず、龍宮真名は上機嫌であった。
それ自体は昨日もそうだったが、今日はその比ではなかった。登校してから笑みが絶えず、時折鼻歌が漏れている。
 今でこそネギに注目が集まっているが、朝礼が始まるまでは彼女にその視線が集まっていた。
「どうしたんだろ龍宮さん。すごい上機嫌だけど」
「きっと、エエ事があったんよー」
「そりゃあそうでしょうけど……」
 アスナと彼女の親友で学園長を祖父に持つ近衛木乃香(このえこのか)は、クラスメートと楽しそうにはしゃぐネギを余所に、マナの変貌っぷりを話し合っていた。あまり感情を表に出すのを見たことがないので気に掛かっていたのだ。
「さっき、ちょっと占ってみたんやけどな。どうやら昔別れた人との再会があったみたいなんよー」
「それって占いでしょ? まあ、木乃香が言うと当たってそうだけどね」
 占い研究会に所属する木乃香の言葉に少しあきれながらもアスナは答えた。真実を知るには直接聞けばいいのだが、いかんせん親しくしているわけではないので聞くのも気が引ける。
 つまり、想像して好奇心を満たすのが得策だということだった。
「うわー楽しみだな、修学旅行! 早く来週が来ないかなー!」
 ネギはそんなことに気づくことなくドタバタと手足をバタつかせて体から沸き上がる衝動を表現している。
「ネギ先生も嬉しそうやなー」
「──そうね」
 はしゃぐネギをみて笑いながら、アスナは昨日の事を思い出していた。
 大停電から一夜たった翌日。
 クラスメートの一人であり吸血鬼であったエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとネギたちはカフェでばったり出くわした。
 流れで相席することになり、話を続けていくうちにネギの父の話をした。
 なんでも、希代の悪であるエヴァンジェリンをサウザンドマスターであるネギの父親が麻帆良学園に縛りつける呪いをかけたのだそうだ。
 その話をする彼女はイライラしていたが、死んだことを話すとドコか悲しげになった。
「でもエヴァンジェリンさん。僕、父さんと──サウザンドマスターと会ったことがあるんです!」
「……何だと?」
 ネギの言葉をキッカケに、ネギは父との再会と、その父を探すために立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指していることを話した。
 その後の彼女は上機嫌になり、父の痕跡を探すネギにひとつのアドバイズを残した。
「京都に行ってみるがいい。どこかに奴が一時住んでいた家があるはずだ。奴の死が嘘だと言うのなら、そこには何か手がかりがあるかも知れん」
 ちょうどいいと言うべきか、一週間後の修学旅行の行き先が京都であるということが判明し、ネギは朝から元気なのだ。
「そういえばカーマインさんはあの後どうしたんだろ。昨日は姿が見えなかったし……」
 吸血鬼騒動が終わったと思えば、今度は化け物が現れ、それらを退治したベンジャミンとSoP達はすぐさまどこかへ行ってしまった。寮まで送り届けてくれたSFのような全身スーツを着込んだ女性もすぐに消えてしまい、それ以来音沙汰がない。
 ネギもカファでの会話があるまでは随分と心配していた様子だったが、今は父に会えるかも知れないと言う思いで少しはマシになったようだった。
(……まあ、ようやく日常に戻れるわね)
 どこか釈然としないながらも、アスナは普通の学園生活を送れる今を楽しむことにした。
「なーアスナ。放課後になったら、修学旅行の準備に買い物に行かへんー?」
「ああ、そっか。カバンとか買わないとイケないもんね」
「じゃあ、放課後に学園生協に行こなー」
 学園生活を楽しむ。まずは親友との買い物から始めるとしよう。


○○○○○○


 麻帆良学園には学園生協というものがある。売り物は食料であったり服であったり、雑貨など多種多様だ。寮で自炊する生徒にとっては心強い味方でもある。今は『修学旅行セール』のPOPが張り出されており、修学旅行を控えた学生で賑わっていた。
 その学園生協に、私服姿のマナと、ブカブカの服を着込んだアンソニーの姿があった。
「こんなのはどうだ? 動きやすいだろう」
「……そうだな」
 手にしたトレーナーをアンソニーに重ねながら勧めるマナに、適当に相槌を打った。
 アンソニーは車椅子に頼らずに自分の足で立っている。改造を施されたアンソニーの体は優れた回復を見せていた。傷は完全に塞がっているわけでもなく、病み上がりで足下が少しふらついてはいたが、多少の運動も問題ない程度に回復していた。
「気に入らないか?」
「いや、そういう訳じゃないんだがな……」
 あまり関心がないように見受けられるアンソニーにマナが気を使う。
「気に入るモノがなくても、いくつか買っておかないと服の替えが無くなるぞ」
「わかってるよ。いつまでも弟のお下がりを着る気にはなれないからな」
 ブカブカの服を引っ張りながら、アンソニーはため息をついた。
「学園長から学園内を歩き回る許可はもらったけどよ、俺は一文無しだぞ? 買い物なんかできるわけないだろう」
 先日、学園長が病室に訪れた際に、アンソニーに学園を歩き回る許可を出したのだ。こうしてマナと買い物に来ているのも、彼女がその話を聞いて身の回りの生活用品を揃えようと提案したからである。といっても、監視付きだが。
 学園に攻めいる形になったアンソニーには、自分の体以外の所持品を持ち合わせてなどいなかった。当然のように、金銭の類も持ち合わせていない。着ていたコートや服も穴だらけの上に血塗れで、着れたものではなかった。
「だから、私が買ってやると言ってるじゃないか」
「……金、持ってるのか?」
「あなたを探すのに集めていた物がある。それから切り崩せばいいから、何でも買えるぞ」
 幼い頃から──正確に言えば、アンソニーが失踪してから、マナは様々な仕事に手を伸ばしていた。その仕事の量に加えて完遂率の高い彼女の仕事ぶりは、既にある種の伝説として語られている。
 それもこれも、アンソニーを探し出すためだけの費用を蓄えるためだったのだが、目的を果たせてしまったために、ある程度の余裕が出来ていたのだ。
 アンソニーはマナと別れてからの記憶が殆ど無いので、マナの仕事の評価など知る由もない。そのおかげで、苦労をかけてしまったな、という程度でしか考えていなかったが。
「そうか……しかし、まさかこんな形でお前に養ってもらうことになるとは思わなかったよ」
 マナから服を受け取り、自分の体に当てながら側にあった鏡で変でないか確認する。
 ヘルメットが照明を反射していた。
 恐ろしく似合わない。
 特に変哲のないトレーナーは着る人を選ばずにその魅力を支えてくれるはずであったが、ヘルメットを被っているために強盗か何かにしか見えない。野戦服か戦闘スーツを着ていた方が似合いというものであった。
「マナ……」
「ん?」
 声のトーンを落としたアンソニーに、新たな服を選んでいたマナが視線をやる。
 対してアンソニーはガラスに写り込む自分の姿をマジマジと見つめていた。あまりの似合わなさに絶望したのかとも思ったが、その視線は別のモノを見ていた。
「気づいてるか?」
「見られていることを言っているのか」
 事も無げにマナが言う。その手は新たな衣類を選んでいた。
 アンソニーは病室を出てから誰かに監視されているような感覚を覚えていた。
 彼の考えが正しければ、この視線は監視のソレである。学園長も許可を言い渡す際に、そのようなことを言っていた。感じる視線は一つや二つではなく、ある程度の規模で監視が行われていると思われる。
「ああ。多分、泳がせてボロを出すのをまっているんだろう。こっちにそんな気が無くても、疑わしい行動は避けるべきだな」
「……そうだな。なら、いい考えがある」
 手をとめ、マナは少し笑みを浮かべながらアンソニーの腕をとった。
「なんだよ、急に」
 突然の事に戸惑いながらも、アンソニーは監視に気を使って大きな行動が出来ない。
「こうしていれば健全なカップルに見えるだろう? 監視の連中もそう思って、警戒が甘くなるかもしれない」
 学生の男女が買い物に来ているだけだ。警戒もなにもないだろう。
 そう言いながら、マナは胸の膨らみを押しつけた。服の上からでも存在を主張する物体は柔らかく形を変える。
 アンソニーは動揺を表に出さないように、大きく咳払いをした。
 実際のところ、監視の視線は確かにあった。
 しかし、大半の視線は学園生協を利用する学生のものであった。大柄でブカブカの服を着たヘルメットの男がいきなり現れれば視線を集めるのも当然であった。それに拍車をかけているのが付き従うマナである。クールビューティな雰囲気を持つマナの知名度は大きく、親しげな素振りで男性と共にいれば視線の一つや二つは集めるだろう。
 早い話が、集団に監視されていると判断したのは、アンソニーの勘違いである。
「そ、そうだな。古典的だが、効果的かもしれないな。うん」
「だろう? 私には特定の男性はいないから、はじめは色々と詮索されるかもしれないが、こうしておけば一緒にいても不自然ではなくなる。誰かに聞かれても恋人同士だと言えばいい。説明の手間も省ける」
 まるでその状態を“求めている”ような口振りのマナであったが、アンソニーは言葉のままに受け取った。他の対応の仕方など考えられないほどに内心は動揺していたのだ。
「暫く見ない内に、逞しくなったな」
「あなたの行方が分からなくなってから色々あったからね──出来れば、ずっと見ていて欲しかった」
 僅かに俯き、マナが悲しげな表情をする。それを見てアンソニーがヘルメットの中で思案するような顔になった。見えないが。
「……何か、俺にしてやれることはないか?」
「え?」
「埋め合わせがしたいって言ってるんだ」
「埋め合わせ?」
「ああ──今まで随分と苦労をかけちまったみたいだからな。俺に出来ることなら、何でもするぞ」
 アンソニーの言葉に、マナは顔を逸らした。アンソニーは感動の余りに泣き出しそうになって顔を逸らしたのだと思ったが、彼から見えないようにした彼女の顔には、“計画通り!”というような笑みを浮かべていた。
「……デート」
「なんだって?」
「デートがしたい。たまには、私も学生気分というものを味わいたいからね」
 可能な限り慎ましげに、マナはそう口にした。
「デートねェ」
 思いの外、普通の願いであったので虚を突かれてしまったが、それくらいならとアンソニーは思ってしまう。今しているのもデートとは違うのだろうかとツッコミを入れたくもなるが、余計に面倒なことになりそうなので割愛した。
「私だって女だ。デートくらいするさ」
「ああ、そうだったな」
「忘れていたのか?」
 冗談めかした言動ではあったが、マナは幾分不機嫌になったように見えた。
「そうじゃない。ただ、随分と昔のことのように思えてな」
 昔、つまりは三年前のことだが、似たようなことがあった。それは野戦装備を選んで着せるという、とても日常生活とはいいがたいものであったが。
「なら、新しい記憶にしよう」
「おい、あんまり引っ張るなよ」
 マナは抱きつく腕に力を込め、別の商品棚へとアンソニーを誘導する。その姿は仲睦まじいカップルそのものであり、来店していた生徒達は二人を羨ましげに、あるいは嫉妬を抱かせながら記憶していった。
 その生徒たちの中には、買い物に着ていたアスナと木乃香、そして二人に誘われて共に行動しているネギの姿もあった。 
「カーマインさん? ……じゃないわよね」
「ほらーうちの言ったとおりやろー」
「…………」
 騒ぐ二人に、ネギは静かに沈黙を保ったままであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ヒロインは超重要です。別に書いている作品にはヒロインがまだ出ていないので書きづらくてしかたがない。改めてヒロインの重要性を再認識しました。
 なので、ヒロインのいるこの作品では、ヒロインがいるから出来ることを大事にしたいと思っています。
 コノカの話し方がこれで正しいのか不安で仕方が無い。



[19116] 第二十七話 京都へ
Name: 幻痛◆c421c613 ID:9415d8cd
Date: 2011/09/07 23:11
 麻帆良学園学園長室。
「確かなのじゃな」
 重厚な作りの机に肘をついた学園長は、姿勢を正して立つベンジャミンと──その右肩あたりに浮遊するロボットに向かって言葉を交わす。
 まるで宙に固定されているかのように浮かぶ卵にも似た鋼のボディ。青く光る四つの瞳があたりをキョロキョロと見渡している。
 葉加瀬が作り上げた人工知能搭載部隊支援ロボット『JACK(ジャック)』であった。
 しかし、この場では、あり得ないほどに静かに空を漂う高性能ロボットに対して追求する者はいない。
「間違いない。あれは人間だ」
 少女の声が答える。
 そもそも、学園長の言葉は彼に向けられた者ではなかったのだ。
 声の主である少女はベンジャンの陰からゆらりと現れ、断定的な物言いで執務机に近づく。小柄な体を覆うように整えられた長い金髪がユラユラと怪しく揺れた。
「だけど……とても人間には見えなかったッスよ?」
 狼狽えたような声で話すベンに、
「茶々丸の精密検査にもしっかりと結果が出ている。──お前の連れているロボットにもデータが送られているはずだ」
 偉そうな少女──エヴァンジェリンは机に広げられていた無数の書類を指す。
 そこには先日の戦いで殺害したローカストたちの写真が写っていた。
 体内を切開した写真。開頭し、脳が剥き出しになった写真などグロテスクなものが多い。
 ジャックが自身の腹部──体の地面の方を向いた面からせり出してきたモニターをベンジャミンの前で開いた。
 モニターに次々と表示される写真にある文章が刻まれている。
 『種族:人間』と。
「みてくれが大分変わってはいるが、ベースが人間なんだろう。生物兵器の類だと思うが……」
「なんてこった…あれが人間だったのかよ……」
 非情な宣告に思わず頭を抱えてしまうベン。
 それは人間が化け物に変えられてしまったことに対してなのか、あるいは元人間の化け物を躊躇なく撃ち殺した自分に所行に対してなのか。その両方であるかもしれない。
「フム……なんにせよ、ほおっておくわけにはいかんの」
 思案を続けていた学園長はそう漏らす。彼はベンジャミンを見据えて、
「カーマイン君」
「はいッ!」
 只ならぬ学園長のオーラを感じ取り、思わず軍人のような返事をしてしまう。
「君は長月君達と一緒に13号の足取りを追ってくれ。必要であれば資金も出すからの」
「了解しました!」
 かかとをつけて敬礼する。ジャックもそれに倣ってマニュピレーターをカメラアイの前に翳した。
 彼らが部屋を後にするのを待ち、エヴァンジェリンが面倒くさそうに言う。
「いいのかジジイ」
「何がじゃ、エヴァンジェリン」
「奴はなんらかの方法によって生物を改造している。その手にかかったあの男──アンソニーとか言ったか? あいつが“ただの人間”のままだなんて本当に思っている訳ではあるまい」
「彼が人であるかどうかは儂には大した問題ではない。じゃが──」
 学園長の瞳が空を見つめる。
「彼には、どうなんじゃろうな」


 ■ ■ ■


 腕を見つめる。
 手首の内側で何かがウゾウゾと蠢いていた。皮膚の下を悠々と泳ぐ異物を見て、アンソニー・カーマインは小さくため息をついた。
「どうかしたんですか?」
 窓から外の景色を眺めていた隣の座席に座る少年──ネギが心配そうにヘルメットをのぞき込んだ。
「いや、なんでもない。新幹線に乗るのは初めてだから、少し疲れただけだ」
「そうなんですか? 僕なんか楽しくて全然疲れなんて感じませんよ!」
 そういい、ネギは窓から見える景色に視線を移しながらはしゃぎ始めた。接した時間は僅かだが、アンソニーはネギの普段の大人びた振る舞いから想像もつかない子供らしい彼の様子に顔を綻んだ。
 アンソニーが隣で喜びを表現する少年と共に、京都行きの新幹線に向かうことになったのは、つい先日の出来事であった。


 ■ ■ ■

 人、人、人。活気があるのは結構なことだが、こうにも人が多いと疲れてくる。
 カフェのテーブルに頬杖をつきながら、アンソニーはため息をついた。
 そして視線を向かい側に巡らせる。
 パクパクと、ブヨブヨとした何かを嬉しそうに口に納めているマナをみて口を開く。
「何なんだ。その得体の知れない食い物は」
 気色悪いと言わんばかりの問いに、マナは幸せそうな顔をアンソニーに向けた。
「餡蜜(あんみつ)だ。未確認物体のような言い方をするな。甘くてうまいぞ」
 あーんと、マナはスプーンに乗せた餡蜜をアンソニーに突きつける。
 よせよ、とアンソニーは首を振った。
「……お前、大人ぶってるくせに、年相応な物が好きだよな。子犬も好きだったし」
「幼い生き物は愛らしいものだよ。餡蜜は幼いわけではないが、好きだ」
 残念そうにスプーンを引っ込めるマナは思い出したかのように、
「幼いといえば、子供先生にはあったかい?」
「子供先生──マギステル・マギの息子って奴か。お前から話は聞いてたが、そんな重要人物に会うのを許されるような立場じゃねぇよ」
「興味はあるんだろう?」
「そりゃあな。ベンの奴にも関わりがある。会えるなら会ってみたい」 ベンの世間話には当然のようにネギの話も含まれていた。
 その話を聞く以前にも、マギステル・マギの名を聞いたことぐらいはある。興味がわかない訳がない。
「あなたが思っているよりも早く、その願いは叶いそうだよ」
 マナの言葉の真意がわからず、アンソニーは怪訝そうに身を竦めた。
 彼女が指をついっと上げる。
 自身の背後を指すように向けられた指先に従うように、振り返った。
「あの……ちょっとよろしいでしょうか?」
 もじもじと体の前で手を組む少年が緊張した面もちで立っていた。
「やあ、子供先生じゃないか」
 気軽に声をかけるマナに、
「マナ、この子は?」
「あ、初めまして。ネギ・スプリングフィールドといいます。麻帆良学園中等部の教師をやっています」
 礼儀正しい、誠実そうな少年だった。
 こいつが、あのナギ・スプリングフィールドの息子か。と、アンソニーは少年を見据えた。
「ああ、ベンから聞いてた子だな。俺はアンソニー。アンソニー・カーマインだ。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします!」
「10歳っていうからどうかと思ってたけど、しっかりしてる。まあ座れよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
 空いた席に座ったネギに向かい、アンソニーは耳を傾ける。
「あー……飲み物はどうだ? メニューが──」
「ほら」
「おう、ありがとよ」
 マナからメニューを渡されて子供が好きそうなメニューを選ぶが、日本語なので読めない。
「えーと……飲み物は兎も角、甘い物はどうだ? “アンミツ”は?」
「あ、いえ、大丈夫です。お気遣いなく」
 やんわりと少年──ネギは断ると、背筋を伸ばしてアンソニーを見つめた。ようやく話す踏ん切りがついたようだ。
「突然お邪魔してしまってすみません。龍宮さんも」
「構わないよ。彼も会いたがっていたし」
 ネギの謝罪に微笑みながら答えるマナ。アンソニーは聞きなれない名に、
「タツミヤ?」
「ああ、龍宮真名。今はそう名乗っている。あなたはマナと呼ぶのだから問題ないだろう」
「え、龍宮さんは龍宮さんじゃ──」
「ああ、なんでもないんだ。こっちの話さ。それよりも、何か話が有るんじゃなかったのかい?」
 アンソニーはまだ聞きたそうな素振りをしていたが、ネギが話し出したので椅子の背もたれに体を寄せた。
「あ、ありがとうございます! ……あの」
「ん?」
「もしかして、ベンジャミン・カーマインさんのお知り合いでしょうか?」
「ああ、兄弟だよ」
「じゃあ弟さんなんですね!」
「おと──! ……いや、その」
 思わず口ごもってしまう。
 そんな彼をしってか知らずか、ネギは話を続けた。
「聞いているかもしれませんが、僕はあなたのお兄さんと一緒に暮らしていたんです。短い時間だったかもしれないけど、僕はお父さんのように甘えさせてもらいました」
「あいつにそんな甲斐性があるとは思わなかったな」
 弟の新たな一面に、アンソニーは意外そうな声を出した。
 不意に、ネギが思い出したかのように、
「所で、マナさんとはどういうご関係なんですか? 随分仲が宜しいみたいですけど」
「恋人だ」
「ええっ!?」
 存外に、驚かれた。
 やはり中学生との恋人設定は、彼のような年端の行かぬ少年には無理があったか。などと考えるアンソニーを余所に、
「こ、個性的なひとですね」
 と、表情を強ばらせながらネギが言う。相手を気遣う心遣いが目に見えるようだ。
「そういえば龍宮さんは修学旅行の準備はできているんですか?」
「修学旅行……なんだソレ?」
「学校ぐるみの旅行のようなものだよ」
「へぇ、そういえば今日は一日中俺と一緒だったな。もう準備してあったのか?」
「いや、元より旅行に行くつもりは無い」
「「えッ?」」
 ネギとアンソニーの声が重なる。
「ど、どうしてですか!」
「そうだぞ。楽しそうな行事じゃねぇか」
「私はあなたの世話をしなければならない。側を離れてしまったらできないだろう」
 さも当然のようにマナが言う。
「行きましょうよー! 皆さんと一緒に旅行できる機会なんて滅多に無いんですから」
「学園長がこちらの要求を飲めば考えを改めるが……」
「要求って何ですか?」
「それは──」
 口を開きかけたマネを遮るように、音楽が鳴り響く。
 マナのもつ携帯電話のものだった。
「ちょっと失礼」
「あ、はい」
 断ってからマナは席を外して電話に出た。
 時折会話が聞こえてくるが、ネギもアンソニーも内容までも聞きとることができない。
「アンソニーさんからも説得してくださいよ! 恋人なんでしょう!?」
「いや……それはそうなんだがな。あいつも結構頑固なところがあるからなぁ」
 マナとは随分と古い付き合いである。
 だからこそ、彼女の考えを変える苦労というのも身を持って知っているのだ。
「ふむ。学園長もやっと決断したか。格安で仕事を受けた甲斐がある」
 そんなことをはなしていると、通話を終えたマナが席に戻ってきた。
「子供先生。やはり気が変わったよ。私も修学旅行に参加だ」
「ほんとですか!」
「ただし、彼も一緒にな」
「……オレか?」
 マナはネギに示すように、アンソニーに視線を向けた。


 ■ ■ ■


『まもなく、京都。京都に到着致します。お降りのお客様は──』
 新幹線のアナウンスに回想を遮られ、アンソニーは窓の外を見た。
 流れる景色が徐々に遅くなっていく。時期に停車するだろう。
「……こういうのも、悪くはないな」
 ネギは引率のために既に席を離れている。アンソニーの監視役もすぐに彼を迎えにくるだろう。
 座席の上部に荷台に載せた荷物を取り出していると、直ぐに迎えが来た。
「乗り心地はどうだった?」
 肩に置かれた手に、アンソニーは振り返った。
「快適だったよ。全然揺れないんだな」
 そこには監視役の──学生服に身を包んだマナの姿があった。
「それはよかった。なら行こうか。楽しい旅行だ」
「おう」
 学園町が突然旅行に随伴するように指示を出した理由というのも、アンソニーは聞いていた。
 彼女との買い物で手に入れた一張羅を身につけ、アンソニーはマナに促されて新幹線を後にした。


■ ■ ■


『もうすぐだ』
 薄暗い明かりの中で、声が響く。
 床から天井までを覆っている岩や土。それが広い空間──野球場が悠々と収まってしまうほどの広場を覆いつくしている。
 湿り気を帯びた壁には灯りが埋め込まれ、足元の凹凸が視認できる程に照らしていた。
『長く、力を蓄えてきた。それもようやく《日の目を見る》』
 広場の一部、壇上のように盛り上がった岩にローカストへと寄生した13号の姿があった。
『移動を始めろ。別働隊との連携で我らは地上への道を開ける。そして奴らは知るだろう』
 13号は階下の空間を見ながら声を轟かせる。空間には、白い肌をした人型の生き物達が銃器を手に唸り声を上げていた。
『この星に奴らの居場所は無いということをな』
 白濁した腕を振り上げ、ローカストの集団を鼓舞するように13号は声を張り上げた。
『コロセー!』
『ネダヤシダー!』
『ミナゴロシニシロー!』
 配下のローカスト達が同調するように腕を振り上げ、銃を振りかざす。集団は空間のはずれ、大きなトンネルに向かって地を揺らしながら移動を開始した。
『奴を出せ』
 13号は移動を開始した軍勢を他所に、近くの一体に声をかけて指示を飛ばす。ローカストは更に別のローカストへと声をかけ、壁際に置かれた物体へと歩みを進めた。
 それは巨大な檻であった。
 ぼろ布を被った檻は巨体のローカストでも見上げるほどで、布の隙間ら金属を打ち付ける音と鎖の鳴る音が響いている。
 ローカストたちは牢から伸びている鎖を数人係で引っ張りながら、牢を開け放った。
 ヌルリと、その檻と同等の──あるいはそれ以上の──巨人が現れた。
『中々の仕上がりだ』
 鎖に繋がれた巨人を目の前に、13号は値踏みするように近寄った。
 そのとき、巨人の腕から伸びていた鎖を持つローカストの手から鎖が滑る。
 枷を失った巨人の暴風の如く振るわれた腕が、13号の両の手を吹き飛ばした。
『素晴らしい。これこそ、舞台衣装に相応しい』
 肩口からもげた腕を気にもせず、13号は低く笑った。
 拘束が足りないと判断したローカストたちが新たに鎖を投げつけて巨人を押さえつける。
 それでも、腕を一本押さえつけるのに何人ものローカストが必要だった。
「大した喜びようだね」
 背後からかけられた幼さの残る声に、13号の笑い声が止まる。
「でも、あまり浮かれすぎないでね」
 振り返った先、少年が立っていた。足元には天井から染み出した水滴が作り出した水溜りが広がっている。
『貴様……何処から』
「仕事はしてもらうよ。そのために、出資しているんだから」
『言われずとも、そのつもりよ』
「なら、いいけどね」
 言うと、少年は水溜りに溶け込み──まるで始めからいなかったかのように──消えうせた。そこにはもう気配を感じることすら出来ない。
『水を利用した転移魔法か……まあいい。全てが終われば次は貴様らだ』
 13号は巨人に向き直った。
『押さえておけ』
 指示を飛ばし、巨人に膝を付けさせる。歩み寄る13号と巨人の顔が向き合う状態になり、巨人が大きな口を開けて威嚇するように吼えた。
『お前の身体を貰うぞ』
 13号は寄生していたローカストから本体である肉腫を蠢かし、その開かれた口へと飛び込んだ。



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 半年以上間が空きましたがなんとか投稿!
 文章がかなりガタガタな感がしますが、放置するよりはマシ! と考えた次第です。

 そういえば、私は「ネギま」はコミックスで読んでいるのですが、33巻読んだときにこの後の展開に変更を入れるか結構悩んでおりました。
 まあ、無理に入れる必要もないといえば無いんですが……

 とにかく、あまり投稿の期間が空かない様にしたいです。
 お待ちいただいた方々、真にありがとうございます!


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