「オールクリア」
緑という色のかわりに赤茶色が広がる乾燥した大地に声が響いた。
そこには顔に布を纏った者たちが倒れ、うめき声を上げていた。それぞれが銃器を所持しており、その多くは破壊されている。もう兵器としての役目を果たすことは出来ないようだった。
その異様な場に一人だけが佇んでいる。
立っているのは少年であった。
頭にはフルフェイスのヘルメットを装着しており、表情を知ることは出来ない。所々を金属のプレートで補強し、蒼いバイザーが暗闇の猫の瞳のように光っていた。
戦闘服を纏い、その上には防弾チョッキを着込んでいる。捲くられた袖からは歳に不釣合いなほど鍛えられた二の腕が覗いていた。
「良し。お仕事完了だ」
ヘルメットをつけた人物が声を上げる。手にはチェーンソー……否、チェーンソーが取り付けられた無骨な小銃を下げている。エンジン駆動のチェーンソーは小型とはいえ銃剣代わりに使うには大きく、チェーンソーに銃がついているようにさえ見えた。
太もものホルスターには六連装でマグナム弾を発射することが出来るS&W M29コンバット・リボルバーが収められている。狩猟で熊を撃つのが一般的な大口径の銃は太陽の光を反射して輝いていた。
「仕事は難民の避難が完了するまでだ。戦闘行為だけが仕事じゃない」
少年に答えたのは少女であった。少年と同じく戦闘服に身を包み、肩には小柄な少女の身長ほどもあるボルト・アクションライフルを斜めに掛けている。腰まである長い黒髪と褐色の肌が印象的である。
「ああ、そうだったな」
「全く。仕事は最後まで責任を持ってやれと言ったのはお前だろう?」
「……そんなことも言ったかな?」
少女のあきれた声に、少年は首をかしげながら答えた。それをみて少女は黒髪を揺らしながら思わずため息をつく。
「そんな調子だから、さっきの戦闘でも狙撃手に狙われるんだ」
「お前が始末してくれただろう。安心して“ココ”を任せられる」
そういって少年はヘルメットをコツコツと叩く。
「普通は“背後”を任せられると言うんじゃないか」
「どっちも似たようなもんさ。信頼しているんだ。それで説教は勘弁しろ」
「説教に聞こえるとしたら自分でも自覚しているはずだ。大体そうやっていつも……」
クドクドと思春期の子どもを叱り付ける母親のように、揚げ足を取りに近い説教を続ける少女。段々と怒ることが目的になりつつあるソレを少年は聞き流し、無線ケースから無線機を取り出して話し始めた。
「アルファ1、アルファ1。こちらブラボー6。オーバー」
『ブラボー6、ブラボー6。こちらアルファ1。オーバー』
「アルファ1、こちらブラボー6。ブレイク、障害を無力化、損害なし。これより護衛に戻る。回収部隊を頼む。ブレイク、オーバー」
『こちらアルファ1。ブレイク、了解した。消費した弾薬の補充を忘れるな。ブレイク、オーバー』
「ブラボー6、了解。アウト」
無線の先、魔法使いによるNGO団体「四音階の組み鈴(カンパヌラエ・テトラコルドネス)」の本部に連絡をいれ、ヘルメットの少年、アンソニー・カーマインはスタスタと歩き去った。
「あの時だって私が居なかったら……って、おい! 置いて行くな!」
話しかけていた人物がいつの間にか姿を消し、後姿が小さく見える頃になって慌てて少女、マナ・アルカナはアンソニーの後を追いかけていった。
アンソニー・カーマインは転生者だ。少なくとも、彼はそう認識している。
彼が死んだのは驚くべきか、遙か未来の世界のことであった。元の世界の人類の科学技術は宇宙航行の術を得るほどまでに発展していた。そして人類は地球を飛び出して別の星へとその足を延ばしていた。
たどり着いた星『惑星セラ』は人類が住むことができる有望な植民星となるはずであった。惑星の地下からは新たな資源が採掘された。発掘された液体の名は『イミュルシオン』。それはエネルギーとして利用でき、人類は安価で無尽蔵のエネルギーを得ることができた。
しかし、新エネルギー開発による旧来の技術開発の破棄などにより、世界経済は破綻した。
それ故、金のなる木であるイミュルシオンの産出国は周囲から妬まれた。
そして、長い戦争が始まる。
愚かな人類は星を変えても争い合い、終わりのない戦いを続けていた。
しかし、何十年も続いた大戦は唐突に終わりを告げる。
地底の住人、“ローカスト”が現れたのだ。
灰褐色の肌をもつ地底人たちは圧倒的な物量戦で人類を攻め立てた。人類は下らない同族争いを止め、互いに手を取り合うことになる。そうしなければ立ち向かえないほどの戦争だったのだ。
そうして人類とローカストの戦争が始まった。
アンソニーは人類側の軍『COG』に所属する兵士であった。彼が一度目の人生で死んだのは戦場で故障した銃に気を取られ、遮蔽物から身を晒したためにローカストの狙撃手の餌食となったからだ。
頑丈な筈のヘルメットを貫通し、頭を弾丸が貫く衝撃を感じた瞬間から、視界が霞んだかと思うと、彼は助産婦に取り上げられていたのだ。
生まれた場所は人類誕生の地、地球であり、戦場であった。彼の親は魔法使いとその従者なのだそうだ。
と言っても、直接聞いた訳ではない。
彼の父親は戦場で亡くなり、母親はアンソニーを産んですぐに亡くなってしまった。彼に名前は無かった。名前を付けられる前に親が居なくなってしまったからだ。
身寄りが無い彼は、両親の所属していたNGO団体“四音階の組み鈴”で引き取られた。便宜上、仮の名でジャックと呼ばれていたが、彼が言葉を話すようになると自分で名を決めた。
アンソニー・カーマインと。
○○○○○○
耳元でガミガミと説教を続けるマナの小言を聞き流しながら、アンソニーは自分の生い立ちを思い返していた。
そしてふと気付いたことがある。
「なぁ」
「なんだ!」
怒りのボルテージをそのままに返事を返すマナ。幼いながらにその表情は大人顔負けの威厳がある。外見的にせいぜい1○歳を超えた程度にしかみえないというのに。
これは老けているのか、それとも成長が早いのか。後者と考えるほうが建設的且つ合理的であると思われる。
そんなことより。
「俺の記憶が確かなら、昔のお前はもっと素直だった気がするんだが」
「えっ……」
どういうわけか、あれほど口から思いつく限りの欠点を吐き出していたマナの口がふさがる。そして随分と狼狽えた様子でブルブルと震えだすと、消え入りそうな声を搾り出した。
「あ、だって……こういうのが好みだって……」
「好み?」
「言ってたじゃない……じゃなくて、言ってただろう?」
「……?」
アンソニーは顎先、ヘルメットの先を撫でる様にして、自らの灰色であろう脳細胞を活性化させて「好み」をキーワード検索する。
好み……。確か、いつの日か“四音階の組み鈴”の大人たちに相棒を組んでいるマナとの仲をからかわれた事があった事を思い出した。
あの時、精神年齢がマナのソレより一回りも二回りも違うことを説明することも出来ず、仕方なしに「年上が好みなんだよ」などとほざいた気がする。
肉体的になら兎も角、精神的に年上というと対象は三十代以上に限られてしまう。我ながらいい加減なことを言ったものだとも思ったが、大人たちは別の意味で受け取っていた。
「う~ん、確かにアンソニーは歳の割りに大人びた所があるからなァ」
「同世代のマナちゃんじゃ話が合わないって事か」
などと、大人たちは当てが外れたような表情を作りつつ、「脈なしか」「賭けが……」と聞こえないような声量で呟く。何故その内容を知っているのかといえば、それが駄々漏れだっただけの話だ。
どうやらこの大人たちはNGO団体として紛争地帯を渡り歩いているという立派な肩書きを持ちながら、裏でイタイケな子どもたちの甘酸っぱくもほろ苦い、下手をしたら一生のトラウマにもなりかねない恋愛事情を賭けの対象にしていたようだ。
しかしながら、ソレを指摘してもこの男どもは笑いながら誤魔化す事だろう。憎たらしい限りだ。
とは言え、育ててもらっている恩もあるので表立って怒るというのも不義理というもの。ここは一つ平和的な交渉をしようではないか。
「お姉ちゃんたちのトコに遊びに行ってくるよ」
「おッ、早速だな」
「ウチの女どもは気が強いから好みに合う奴がいるかね~」
「大丈夫だよ」
元より口説きに行くわけではない。
「お兄ちゃんたちが子どもを駆けの対象にしていることを告げ口に行くだけだから」
意図していなかったのだろう、ポカンと口を開けて硬直する男たち。きっと彼らは「やーめーろーよー! マナとはそんなんじゃないって! お姉ちゃんたちで証明してやるからな!」と図星を突かれると面白いように慌てふためく子どもの対応を想像していたのだろう。
甘い。
「ま、待ってくれ!」
「バレたらどんな目に遭うか!」
背後から聞こえる嘆きを聞き流し、足早に女性陣の元へと向かっていった。
結果は上々であった。少なくとも、火炙りにされた者たちは二度とこんな事はしないはずだ。
「どうしたんだ? 急に黙り込んで」
「いや、なんでもない。好みのことだが、確かに年上が好みだって言ったな」
「だったら、こういう物言いが好きなんじゃないのか?」
(……なるほど)
どうやらマナは身体は貧相でどうしようもないと判断して口調や性格を大人に近づけようとしているのだろう。
マナにとって大人の女性というのは口うるさくも甲斐甲斐しく面倒をみるイメージのようだ。間違っているとはいいがたい。
マナは嫌いではない。むしろ懐いてくれるので好きなほうだ。だが如何せん歳が違いすぎる。肉体的には二、三歳程度の差だろうが、精神的には20ほど差がある。どうしても子供としてしか見えない。
単純にアンソニーの好みが胸の大きい女性というだけの理由もあるが、それを子どもに求めるのは酷だろう。というより、子どもを恋愛対象として考えるのはこの時代でも犯罪だったのではないだろうか。
「仕事中に余計なことを考えるな。腕が鈍るし、仕事に触る」
「そんなつもりじゃ……」
アンソニーは自分のことを棚上げしてもっともらしいことを抜け抜けと言い、説教を食らった仕返しを実行する。
意外と効果はあった。
マナはたちまちオロオロと泣きそうな表情になりながら、なんとか怒られた分を取り返そうと口を開いては閉じるを繰り返す。
こんな年相応の態度ができるこの娘は、先ほどの武装集団の武器を三、四百メートルほどの距離からピンポイントで撃ち抜くことが出来る天才だ。
以前はそれほどの腕ではなかったが、パートナーを組むようになってからはメキメキと腕を上げていった。
アンソニーは前線での戦闘は経験がある分得意ではあるが、狙撃が得意ではないので良いコンビである事は確かだ。
「別に怒っているわけじゃない。お前に何かあったら俺が困る」
事実、アンソニーは以前まで大人と組んでいたが、能力的に認められたため自分の後輩(部下)であるマナとのコンビを任されたのだ。
それゆえ、マナの失態はそのまま先輩(上官)であるアンソニーに返ってくる。それこそ怪我でもされたら、女たちにリンチにされた上で責任をとらされることだろう。
例えどんな言い訳をしたとしても、アンソニーの運命は変えられないだろう。
恐ろしい。
アンソニーは想像して身を震わせた。
「そ、そうか! 困るのか!」
テレテレと褐色の肌でも分かるくらいに顔を赤らめながら、マナは笑みを浮かべた。
困ることを喜ばれても困る。ここは怒られていると思って俯きながら「気をつけます」とでも言うべきなのでは。
まあ、そんなことを口うるさくいっても仕方のないことでもある。
伊達に子供ながらに銃を扱えるように訓練されている訳ではない。勝手に気をつけることだろう。そう結論づけて気を引き攻め直す。
「さっさと護衛に戻るぞ。連絡もしちまったんだ」
「あ、待って!」
歩幅が違うので普通に歩くとマナとの距離がどんどん離れていく。完全に口調が元に戻ってしまっているのは気が抜けたからだろう。
トコトコと可愛らしくも必死についてくるマナの足音を聞きながら、アンソニーは妙なことになったものだと思った。
あれほどウンザリしていた戦場に、一度死んでまで立っていることに。
「さっきから変だよ……違った、変だぞ」
いつの間に傍まで来ていたマナが口調を意識しながら話しかけてきた。どうにも今日は考えごとが過ぎるようだ。
「何、お前の成長を嬉しく思っていただけだよ」
「そ、そそそそんな事! 私はまだまだ未熟だ!」
「分かってるよ。早いトコ俺からも卒業させてやる」
「──それは……嫌だ。まだ……」
人のことは言えないなと思ってマナを褒めて誤魔化そうとしたが、何やら不安顔をされてしまった。
「当たり前だ。まだまだ訓練が必要だからな。しっかり俺の後に付いてこいよ」
良く分からなかったが、とりあえず頭に手をポンと乗せて指示を出す。やりすぎると怒り出すので軽く一回だけ。
それだけで十分だった様だ。
「──うんッ!」
晴れやかな笑顔でマナは答えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アンソニーさんの性格はよく分からないのでほとんどオリ主扱いになるかも。
原作での登場シーンが少なすぎる(泣)
二人の年齢は設定してありますが、伏せておきます。
正直時間軸がわからないので…(マナの話を信じたらこの時点での歳がヤバイことに)
補足:カーマインて誰ぞ? という人は某動画投稿サイトで検索すれば死に様が見れると思います。(グロ注意!)
誤字訂正:タイトルの「セカインドライフ」→「セカンドライフ」。恥ずかし過ぎる。報告感謝です。