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[18858] ルイズさんが109回目にして(以下略 (オリ主) 101話から
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2011/02/28 21:46
どうも、しゃきです。

この作品は私の拙作、
『ルイズさんが109回目にして平民を召喚しました』

の所謂2スレ目です。

この作品はゼロの使い魔の二次創作です。

オリ主視点が中心で話が進む事が多いため、オリ主の独断や偏見や勘違いが含まれることが結構あります。


【要注意要素】

・オリジナル主人公(笑)

才人ファンの方々申し訳ありません。



・こんなの●●じゃない!


この物語はフィクションです。実際の人物、団体、事件などにはおそらく全く関係ありません。


・この作品のジャンルって何?

パン屋が主の筈。
色んな意味で欝っぽい話もあるかもしれない。
某RPG風に言えば『皆が間違った方に必死すぎるお話』かも知れない。
決まったジャンルは?と問われてもわしにもわからん。




5月15日 101話完成。2スレ目作成。

2011/2/28 誘導先のURLが古くなっていたので編集しよう!⇒エラー!
      …成程業者対策か!なら仕方ないな⇒誘導用URL消去
      ご迷惑をお掛けします、申し訳ありません。



[18858] 第101話 君は俺のメイドなんだからな
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/15 21:53
達也専属のメイドのシエスタ。
メイドとはいえやっている事は達也の妹の真琴の遊び相手が主である。
これは便利屋扱いではないのかと彼女はふと思うのだが、達也はシエスタに対して、

『いつもありがとう』

と感謝の意を(一応)送っている。
また彼女の為にリフレッシュ休暇も設けている。
おおよそこの世界におけるメイドへの待遇としては破格すぎる。
そんな休暇の日にシエスタはトリスタニア・チクトンネ街にある『魅惑の妖精』亭に来ていた。
シエスタの格好はメイド服ではなく、淡い草色のワンピースに白いリボンのついた麦藁帽子を被っている。

「で、休暇を出された理由が新しいメイド服を準備するからって、何よそれ」

魅惑の妖精亭の看板娘でシエスタの従妹でもあるジェシカが呆れたような表情で言う。
シエスタは実家から送られてきた野菜を届けに来たのだがそこで彼女に捕まってしまった。

「学院支給の服じゃ専属って気がしないからって・・・」

「いや~、大事にされてるわねぇ~」

一見酷い扱いのシエスタだが、真琴を任されているほどの信頼度はあった。
シエスタとしては信頼されているのは嬉しいのだが、もう少し何というか、関係を進めたいというか。

「シエスタ、その様子じゃタツヤをモノにしていないみたいねぇ」

「ジェシカ・・・第一タツヤさんは奉公先のご主人様のうえ、恋人だって・・・」

「へえ・・・恋人ね」

「いいんだ、私は二番目で。二番目に愛される女性でいたい」

「それは典型的な負け犬思考よシエスタ!私なら恋人?問題ないね!と言うわよ!」

「タツヤさん、かなり一途みたいだし・・・ジェシカでも無理じゃないの?」

シエスタの指摘にジェシカは固まる。
ジェシカはかつて達也を誘惑したが鼻で笑われた屈辱の過去があるのだ。
今でもその時の事を悪夢として見る。
自分を鼻で笑ったあの男は今は一領地の主である。

「捨て身で誘惑するべきだったかも・・・」

「ジェシカ?」

「いいえ、何でもないわ」

未練タラタラの発言を誤魔化し、ジェシカはシエスタに意識を向けた。

「シエスタ、二番目でいいだなんて消極的な考えはいけないわ。そんなんじゃ何時まで経っても駄目駄目!」

「そうかなぁ・・・」

「そんなアンタに私からプレゼントがあるのよ」

ジェシカはポケットから紫色の小壜を取り出した。
壜の形は何故かハートであった。

「昨日、これを私に飲ませようとした馬鹿な貴族がいてね。怪しいから問い詰めたら、飲んだ人の魅力を向上させるとか言ってたけど、これ絶対惚れ薬よ!」

「惚れ薬!?それって禁制の品じゃ・・・」

「この薬の効果は1日しか効かないらしいわ。だからばれないって!これをアンタが飲んでタツヤの前に立てば、タツヤは一日だけアンタにメロメロのはずよ!」

「メロメロ・・・」

シエスタの頬が赤らむ。
この子は根は純粋なのだ。誰がなんと言おうとも!
ジェシカが無理やりシエスタの鞄に、謎の薬をねじ込む。

「たまには夢を見たっていいはずさ。恋愛ってのは戦争さね。恋人がいるからって容赦しちゃ駄目だよ」

シエスタは思わず頷いてしまった。


さて、翌日の夕方、魔法学院のルイズの部屋に戻ってきたシエスタは、机に肘をつき、謎の薬をじっと見つめていた。
これを使えば・・・これを飲めば・・・達也は自分に振り向いてくれるのか・・・?
いや、こんな怪しい薬で人の心を惑わすのは卑怯だ。
ルイズを見ろ!モンモランシーの失敗作の薬を飲んで、妹だとか訳の分からんことになったじゃないか!
魔法の薬は怖い!人の心を簡単に書き換えてしまう!
シエスタは達也とルイズの仲の良さは微笑ましく見ていたが、アレは正直話を聞いただけでも爆笑ものだった。

好き好きと達也に言われたら気持ちいいだろう。
1日だけなら・・・いやしかし・・・いやでも・・・
そんな葛藤を繰り返すシエスタ。まだ効果も分かっていないのに幸せである。
しかし・・・自分がこれを飲んだとして、もし達也以外の人物と鉢合わせしたら?
想像したらぞっとした。
きゃあきゃあと言いながら、シエスタは悶えていた。


モンモランシーは最近、不安でたまらなかった。
理由はそう、彼女の彼氏である、ギーシュ・ド・グラモンの事である。
最近付き合いが悪いと思えば、風呂を覗いたりしている。
原因はティファニアの不自然なアレか?と問いただしたら、彼は自分の姿しか見ていないと言った。
・・・いや、それはその、ちょっと嬉しかったのだが、そんなわざわざ覗かなくてもねえ?
彼は自分になかなか手を出そうとしない。
・・・まさか、自分に魅力が足りないせいか?あと少し成長するのを待っているのだろうか?
モンモランシーは自分の胸部を眺めた。・・・普通より小さいが形には自身はあるのだが・・・。

「ううむ・・・たまには私の方からアイツを喜ばせなきゃいけないかしら・・・」

モンモランシーは考えた。
要はもう少し自分が大人っぽくなればいいのだ。
惚れ薬はいけないことだが、自分を磨く為の薬の使用は禁じられてはいない。
まあ、塗り薬とかで顔の皺やシミを消す魔法薬とか売ってるしね。
人の精神に作用する薬じゃないから問題ないでしょ、と彼女は考え、薬の調合をする事にした。


そんなことを彼女が考えてる事など露知らず、ギーシュはいつもの溜まり場で酒を飲んでいた。
隊員達にあまり羽目を外さないように忠告したのだが、酔っ払いに何を言っても無駄であった。
あの覗き事件以降、自分達の地位は一部隊員を除き、最下層に落ちてしまった。
あれだけ女の子の話をしていた団員達も、次々と愛想をつかされ、毎晩自棄酒の日々である。
自分の彼女、モンモランシーはよく許してくれたと思う。
本当に涙が出るほど良い彼女をもった。たまに殺されそうになるが。

「諸君!所詮女など星の数ほどいる!学院にいる女が全てではない!彼女達は男達の熱き挑戦が理解できぬ愚か者たちである!むしろそのような女達から逃れられて幸運だったと思おうではないか!!」

「よく言ったギムリ!そうさ!女なんて此処にいるだけじゃないよな!」

「勇敢なる水精霊騎士団の隊員達よ!我々の戦いはまだこれからである!嘆く暇などない!この杯に誓おうではないか!賢い女を娶ろうと!」

酔っ払いたちが賛同するかのような咆哮をあげる。
こいつらは現在、学院の女子生徒達から虫けら以下の扱いである。
ギーシュですら虫けら同等の扱いなのだ。
正直後悔の念しかないが、自分がやった事を認め、反省の行動を示すしかない。
そんな酔っ払いの騒ぎに参加していない二人の隊員にギーシュは気付いた。
達也とレイナールである。
今やレイナールは騎士団1の女性人気を獲得している。
彼も内心満更ではないはずだ。この前なんか下級生に手作りのクッキーを貰って隠れて食べていたし。

・・・そして達也は相変わらず女性人気は低いままである。
まあ、一旦変態たちを逃がしてるからという理由もあるのだが、自分達の人気が下がった分、レイナールに人気が集中してしまったので、達也の人気は殆ど変化なし。正直物凄く不憫である。しかしこれが現実。達也もそれを受け入れていることであろう。

「レイナール、何故かお前の評価だけ上昇したよな」

「・・・僕だけは客寄せパンダになるつもりはまったくないんだが」

「またまた。鼻の下伸びてたくせによく言うぜ」

そう言って水を飲み干し、新しい水をグラスに注ぐ達也。
ギーシュに気付いたのか手招きしている。
気が紛れるかもしれない。ギーシュはそう思って、二人のいる所に移動した。

ギーシュが騎士団の連中の馬鹿騒ぎから少し離れて飲んでいたので、俺はギーシュをこちらに来させた。

「しかし、これから如何する?僕たちの評価は完全に地の底だ」

「・・・奉仕活動及び、与えられた任務で戦果をあげるしかないね・・・」

「社会的地位が底値状態で与えられる任務なんて大したもんじゃないだろ。軽率すぎだなお前ら。もしあの浴場に真琴がいたら俺は追っ手の中に加わっていたぜ?」

「・・・もし追っ手に加わっていたら如何するつもりだったんだ?」

「ん?そこに噴水のある泉があるじゃん?そこに裸で逆さ吊りにして、水に入れたり出したりを繰り返す」

「そういうことを素晴らしい笑顔で言うの止めてくれない?」

ギーシュが呆れたように言うが、それぐらいしないとわからんだろお前ら。



俺がルイズの部屋に戻ると、張り紙がしてあった。
どうやら俺の事を考慮してか、真琴が文字を書いているようだ。

『おにいちゃんへ。ただいまおままごとをやっています。おにいちゃんはおとーさんやくですので、がんばってね!まこと』

・・・意味が分かりません。
とりあえず俺は扉を開けてみた。
・・・何故シエスタが三つ指ついているのでしょうか?

「お帰りなさいませ、旦那様」

何だよ旦那様って。
俺が周りを見渡すと、ベッドの上でルイズがげんなりした表情で、

「おぎゃー・・・おぎゃー・・・」

などと言っており、それを真琴が、

「あらあらルイズちゃん、おねえちゃんの子守唄がいやなの?」

などと言っている。
・・・えーと、何これ?
真琴がこっちを向いて、シエスタを指差す。
・・・ふむ、シエスタはお母さん設定か。

「ただいま」

仕方ない、付き合うか。
誰の脚本か全く分からんが。
シエスタが激しく頬を染めている。息も荒く目も血走っている。

「だ、旦那様、お食事に致します?それともご入浴ですか?あ、あ、あ、そ、それとも・・・」

シエスタはシャツのボタンを握り締め、目を潤ませて言った。

「わたし?」

俺は即答した。

「寝る」

「第4の選択肢!?」

シエスタはよよよ・・・と崩れ落ちるが、そのうち何かに気付いたように顔を輝かせる。

「寝るという事は三人目が欲しいというアピール・・・!!なんて事・・・!旦那様の気持ち、しかと理解いたしました!」

「真琴ー、一緒に寝るかー」

「無視!?夫婦生活倦怠期の設定なんですか!?」

シエスタが俺の足に縋り付いてきた。

「後生です旦那様!シエスタを捨てないでくださいませ!」

「ええい!お前はルイズの世話があるだろうが!離せ離せーィ!」

「いいえ!私は今日は旦那様と寝るのです!」

「娘を優先しろー!?」

夜中に何をやっているんだろうな俺たちは。
食事お風呂私就寝の四択から、倦怠期の夫婦の悲しい現実を演じて如何すると言うのだ。
誰だよこの設定の演出は。



使用人女子寮の厨房に手伝いに来たシエスタは深い溜息をついていた。
そんな彼女の様子を見て、同僚達はシエスタに話しかけてくる。
彼女達はシエスタの恋の行方を応援しているので、色々世話を焼いてくるのだ。

「シエスタ、この香辛料を試してみなさいよ!彼なら喜ぶんじゃない?」

「いや、彼はパン作りが好きなんでしょう?やっぱりここはこの小麦粉でしょう」

「タツヤ君って、今や土地持ち貴族なんでしょう?シエスタ凄いわよ!アンタ見る目あるわ!」

使用人から達也は君付けで呼ばれている。
それは彼が厨房に出入りするようになってからずっとであり、貴族になっても誰も達也を様付けしていない。
貴族の人気度は男子からはそこそこある達也で、女子からはほぼない達也だが、平民からの人気は結構あった。
悪魔と呼ばれようがなんだろうが、平民出身で特に威張らず、目覚しい功績を残している達也は平民の星であった。
といっても熱狂的人気ではなく、あくまで「あの人はパネェ」という程度の人気であった。
まあ、知名度は凄いのだが。何故か様付けする平民より、若やら君付けする平民の方が多い。これはどういうことなのか!?

「タツヤ君は普通の貴族とは違って元は平民だものね。それにあのミス・ヴァリエールと仲が良いだけあって気さくじゃない」

「何度も手柄を立てた殿方ですものね。貴族のお嬢さん達からはあまり人気がないのが信じられないわ」

「甘いわね、ローラ。タツヤ様は量ではなく質で勝負のタイプよ、きっと」

「何ですって、ミレーユ、それは一体どういう事!?」

全く、いくら暇だからって盛り上がりすぎだろう。
シエスタは料理を作りながら同僚達の色恋沙汰の話に耳を傾けていた。

「そういえばシエスタ。その服はどうしたの?」

シエスタの着ているメイド服は学院支給のものではなかった。
達也がシエスタの為に製作を依頼したメイド服は学院支給のそれよりスカートの丈が短く、膝ぐらいの長さしかなかった。
フリルが多めで、胸上の赤いリボンがチャーミングだった。足にはニーソックスを履いていた。
全体的に学院支給のそれより、女性陣の評価は高そうなメイド服である。

「タツヤさんに頂いたの」

「まあ、羨ましいわ!」

基本的にメイドは自分達が何かを貰うということはない。
だが、シエスタの雇い主は違うようだ。
そういう雇い主に雇われたシエスタは、同僚達から羨ましがられていた。

「でもね、シエスタ。タツヤ君を振り向かせるなら、素肌にエプロンぐらいしないと!」

「無茶苦茶な・・・それははしたないのでは・・・?」

「もう裸も見せてるのに何言ってるのよ。裸エプロンは殿方の夢だって小説にも書いてあったわ!」

「そうよ!本当は大きなお皿に貴女を載せて、『私を食べて』という手もあるんだけど、それは流石に引くわ」

「だ、駄目よ!タツヤさんの妹さんのマコトちゃんもいるし・・・」

「あー・・・タツヤ君、妹さん想いだからねぇ・・・そんなことしたら怒るか・・・」

「くっ!他に手はないと言うの!?」

「皆の気持ちだけでも嬉しいわ。ありがとう。私は私なりに頑張ってみるわ」

シエスタは微笑んで言う。
その表情を見ると、同僚達は何も言えなくなるのだった。


そのチャンスはいきなりやって来た。
何と今日は達也は飲み会がなく、更にルイズと真琴は一緒に風呂に入りに行ったのだ!
つまり現在、シエスタは達也と二人っきりである。
真琴がいたらやれない裸エプロンだが、やるなら今である!
シエスタは達也から死角になっている場所で、服を脱ぎ始めた。

シエスタがお茶を持ってくると言って数分が過ぎた。
俺はぼんやりとお茶が来るのを待っていた。

「お待たせしました、タツヤさん」

「ああ、有難う・・・って何だその格好は!?」

シエスタの格好は男が一度は夢想する、裸エプロンだった。
裸の癖に黒ニーソとカチューシャはつけている。なんとマニアックな。

「暑いんです」

「今日はどちらかと言えば冷えるからお茶をお願いしたんだが」

「暑いのです」

「今すぐ外に出てみろ」

「嫌です。寒いじゃないですか」

「矛盾してるよね!?」

こんな冷える夜に裸エプロンなど自殺行為にも程があるだろう。
シエスタが風邪をひいてはいけないと思った俺はルイズのベッドから毛布を拝借し、シエスタの身体にかけてやった。

「タ、タツヤさん・・・」

「君が風邪をひいたら、困る」

何せ彼女が体調を崩したら真琴を見てくれる人がいないからな。
ルイズは真琴を見る目が怪しすぎるからな。シエスタに任せるのがベストなのだ。
まあ、ド・オルエニールに行けばマチルダというプロがいるが。

「今日は冷えるらしいからな。そんな格好は視覚的には素晴らしいが、それで君が体調を崩したら意味がないだろう。無理すんな。というか無理はさせない。シエスタ、君は俺のメイドなんだからな」

雇い主として彼女が体調をこのような無謀な行為で崩すのは見過ごす事は出来ない。
シエスタは感激したような面持ちで俺を見て、頷いた。
シエスタの寒そうな格好を見てたら俺まで寒くなってきた。

「じゃあ、俺はトイレ行くから、ちゃんと服着ろよ?」

「はい、お気遣い有難う御座います」

いや本当に服着ろよ?目の毒だし、普通に風邪ひくから。
俺は震えながらトイレに向かった。


部屋に一人残されたシエスタは鞄からジェシカに貰った謎の薬を取り出す。
お茶の入ったグラスを見て、シエスタは思う。
これをお茶に注いで達也に飲ませたら、自分は何もかも捨て去って彼に迫ることが出来るのではないのか?
だが、それは卑怯ではないのか?薬の力を借りてだなんて情けないにもほどがある。
うん、私はありのままの私で戦おう。
シエスタはハート型の壜の蓋を開けて、壜ごと薬を窓から投げ捨てた。
闇夜に壜が消えたその時、シエスタはほっとした。
同時に肌寒さに身を震わせ、着替えの為に服を取りに行った。



「うん、これで調合完了ね」

モンモランシーはスズリの広場で薬の調合を完成させていた。
夢中になっていたら夜になっていた。
今日は肌寒くなるのに迂闊だったか。
広場で取れる薬草を現地で調合するのに少し手間取った。
モンモランシーはビーカーに入った緑色の薬品を手に、部屋に戻ろうとした。
後はこれを自分の部屋に持ち帰って、自分で飲んでみる。
調合は間違っていないから、飲めばきっと胸が大きくなる筈!それも気持ち悪くない程度に!
笑いを堪えるモンモランシー。彼女は大人っぽいというのを少し勘違いしていた。
その天罰なのか、彼女の頭に何か落ちてきた。

「あ痛!?」

その何かはビーカーにも当たったような音をさせて地面に落ちた。
モンモランシーが頭をさすりながら見ると、そこにはハートの形をした壜が落ちていた。
中には紫色の液体がちょっとだけ残っている。

「これは・・・魔法薬?」

モンモランシーは壜を拾い上げて匂いを嗅いでみた。
この香りは・・・ん?
モンモランシーは自分が持っていたビーカーを見た。
緑色だった液体の色が黄色くなっていた。

「・・・まさか・・・混ざってしまったと言うの!?」

モンモランシーは泣きたくなった。
こうなっては当初の効果は期待できない。
はっきり言って今の自分にはゴミも同然である。

「処分しなきゃ・・・」

モンモランシーが肩を落としながら踵を返すと・・・

「お風呂気持ちよかったね!ルイズお姉ちゃん!」

「そうねぇ~。また入りに行きましょうね。それより喉が渇いたわー。あら、モンモランシー」

「ルイズ?」

「おお!?モンモランシー!それはもしかしてパインジュース!?丁度喉が渇いていたのよ!」

「あ、ちょっと待って!?」

モンモランシーの制止も聞かず、彼女が持っていたのがパインジュースと勘違いした上機嫌のルイズは、ビーカーに入った液体を一気飲みした。
・・・学習能力がない女である。

「おねえちゃん・・・それモンモランシーお姉ちゃんのジュースだよ?め!」

「あはは・・・ごめんごめん!それよりこれパインジュースじゃ・・・うっ!?」

突然ルイズは胸を押さえて苦しみ始めた。

「お姉ちゃん!?どうしたの!?」

「ルイズ!?言わんこっちゃない!大丈夫!?」

「うううううう・・・!!か、身体が熱いわ・・・!!」

良くみたらルイズの身体から煙のような蒸気が出ている。

「しっかりしなさい、ルイズ・フランソワーズ!」

「おねえちゃん!」

真琴は苦しむルイズを見て涙ぐんでいる。

「う、う・・・うわあああああああああ!!!」

ルイズの絶叫が広場に木霊したと同時に、彼女の身体から一気に蒸気が噴出し、彼女の姿が完全に隠れた。

「ルイズ!ルイズ!?」

モンモランシーは真琴を庇う位置に立ちながら、ルイズに呼びかける。
やがて蒸気は晴れていく・・・その中から人影が見える。

「ルイズ・・・大丈夫・・・?」

「ええ・・・モンモランシー・・・大丈夫よ・・・」

どうやら命に別状はないようだが、何だか妙である。
何故か声に艶がある気がするし、第一、ルイズの身長はあんなに高かったか?キュルケぐらいの背丈が・・・

「大丈夫どころか・・・いい気分よ・・・」

「おねえちゃん・・・?」

「ル、ルイズ・・・なの!?」

モンモランシー達の前に現れたのは妖艶な雰囲気を纏ったピンクのブロンド美女だった。
服のサイズが合わないのか、臍は丸出しで、スカートもあきらかにぱっつんぱっつんだった。
だが、それでもモンモランシーはその存在がルイズだと分かった。
・・・だって胸はそのままだもん。
そう、達也がいれば言うだろう。彼女達の目の前にいるのは『まな板カトレア』と形容するのが相応しい大きいけど小さいままのルイズだった。
ルイズはにやりと色っぽい笑みを浮かべ、モンモランシーに語りかけた。

「生まれ変わった気分だわ・・・自分が自分じゃないみたい。体中に愛が満ち溢れる感じ・・・お礼を言わなくてはね、モンモランシー」

「そ、それはどうも・・・!」

「この溢れ出る愛情を貴女達にも分けてあげたいと私は考えるわ・・・」

瞬間、モンモランシーの身体に悪寒が走った。
これは・・・ヤバイ!
目の前のアダルトルイズは舌なめずりしてこちらに近づいて来る。

「あなたはお兄さんの所に戻りなさい・・・!今のルイズは普通じゃないわ・・・!」

「え・・・?でもおねえちゃんは?」

「大丈夫、心配しないで。ルイズは私が元に戻すから。さ、行って!」

「う、うん!」

真琴は頷いて走り去った。

「・・・酷いわぁ、モンモランシー。真琴を逃がしちゃうなんて・・・あの子にも私の愛を受け取ってもらいたかったのに・・・」

「今のアンタは情操教育上悪いところが多すぎるのよ!」

「うふふ・・・分かっているわモンモランシー。二人きりになりたかったんでしょう?私と」

「・・・!?そんなわけ・・・」

モンモランシーが抗議しようとしたその時にはすでにルイズはモンモランシーの目の前まで距離を詰め、あっという間にその身体を抱きしめた。

「や、やめなさい!?」

「ほら・・・聞こえる?私の胸の鼓動・・・私、今、とても興奮しているのよ。貴女のせいなのよ・・・?」

「わかったから止めなさいよ!?」

「興奮している理由はたった一つのシンプルな理由よ」

「・・・・・!!」

「愛しているわ、モンモランシー」

そう言って、ルイズは暴れるモンモランシーを強く抱きしめて、彼女の唇に、自分の唇を押し当てた。
ルイズの大きさはキュルケと同じぐらいであり、力も強い。
モンモランシーはそのままルイズによって茂みの方に運ばれていった。

「ルイズ!お願いやめて!私たちは女同士でしょう!?」

「真実の愛の前には性別なんて無意味よ」

「や、やめて・・・むぐっ!?」

モンモランシーは思わず身体を振るわせた。
ルイズの舌が自分の口内に入ってきたのだ。
ルイズはモンモランシーのことなどお構いなしに彼女の服のボタンに手をかけた。

「ちょっと、待って、待ってよ・・・嫌・・・いやああああああああああああ!!!」

乙女の悲しき叫びが広場に木霊した。



十分後・・・・。
すっかり静かになった広場にはキュルケが通りかかっていた。
今日は冷える。湯冷めしないうちに部屋に戻らなければいけない。
キュルケは少し早足で歩いていた。
その時、目の前に立っている影を見つけた。

「誰・・・?貴女・・・?」

「誰とは酷いわね・・・キュルケ・・・この『香水』のモンモランシーを忘れたとでも言うの?」

キュルケの目の前に立つモンモランシーはまずバストが違った。
自分より少し小さいのだが、大きさはこれまでの彼女の比ではない。
見事な巻き髪は足元までのびている。
更に身長は自分と同じぐらいだった。

「アンタのようなモンモランシーは見たことないわね」

「冷たいのね・・・私たちはこんなにも熱く滾っているのに・・・」

キュルケの頬に冷たい汗が流れる。

「安心しなさいモンモランシー・・・キュルケは戸惑っているだけ」

キュルケの背後から声がした。

「貴女は・・・!?」

「キュルケ・・・情熱より素敵な炎を教えてあげるわ」


大きくなったけどある部分は小さいままのアダルトルイズが月明かりの下、にっこりと微笑むのだった。










(続く)


・シエスタのメイド服のイメージはサ●ラ3のメイドコンビの服です。



[18858] 第102話 今の君を見ることは出来ない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/16 20:28
トイレから戻って着替えたシエスタとまったりお茶を飲んでいた俺。
非常にお茶菓子が欲しい状況ではあるが贅沢は言うまい。
寒い夜には熱いお茶が大変宜しい。
しかもそのお茶はシエスタの故郷から送られてきた緑茶である。
おお、日本人に生まれてよかった!
緑茶を愛せぬ日本人など日本人の皮を被った何かだ。
羊羹か栗饅頭、あるいは団子が欲しい。

自分が淹れたお茶をほんわかした表情で飲む達也を見ると自然に顔が綻ぶ。
シエスタは一人、ささやかながらも幸せを噛み締めていた。
何も抱かれるだけが幸せな時間ではない。
こうして気になる人と、穏やかな時間を過ごすのもまた幸せである。

「お茶のおかわりは如何ですか?タツヤさん」

「ん?ああ、有難う」

達也の持つグラスにお茶を注ぐシエスタ。
嗚呼、このまま時間が止まってくれればいいのに。
シエスタが何処かの神様とやらにささやかな贅沢を望んだ。
だが、神様が選択したのは彼女の望みを無視したものだった。

「お、おにいちゃん!」

突然真琴が部屋に飛び込んできた。
その目には涙が浮かんでいる。
シエスタはただ事ではないと思った。
二人の時間を邪魔された事を咎める事など、彼女はしなかった。

真琴は泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
茶を噴きそうになったが何とか堪えた。偉いぞ俺。

「どうしたんだ真琴?誰かに苛められたのか?」

「ちがうの!大変なの!」

俺とシエスタは顔を見合わせる。

「落ち着いて話してごらん、真琴。どうしたんだい?」

「うん・・・」

俺は真琴の話を聞くことにした。


ベンチに腰掛けて、読書に夢中になっていたタバサ。
達也が見れば風邪をひくぞと言われそうだが、彼女にとって読書の時間とは風邪をひいても構わない程の至福の時間である。
彼女が現在読んでるのは恋愛小説。
貴族の青年と、平民の少女が心を通わせて様々な障害を乗り越えていく物語だった。
そんなフィクションの愛に触れていたタバサの耳に吐息が吹きかけられた。

「タバサ・・・私の小さな・・・タバサ・・・」

悪寒のするような艶かしい声がした。
振り向くと、髪がやや長めになり、更にスタイルが良くなった気がする親友がそこに立っていた。
熱っぽい目で自分を見ていた彼女は、すっと、自分の背中をかき抱く。
耳を甘噛みしてくる彼女は明らかに変である。

「タバサ・・・私たち・・・友達よね」

それは否定はしない。だが何だろう?何かが違う。かなり違う。
舌なめずりする彼女はいつもの彼女ではない。
キュルケの指が、自分の太ももを撫で上げ、そのままスカートの内部に侵入する。
何だ?何をする気だ?

タバサは残念な事にそっち方面の知識はゼロに等しい。
読んでいた小説も健全な恋愛小説であった。

「タバサ・・・貴女にはまだ教えていないことがたくさんあったわね。いい機会だから、わたしが教えてあげるわ・・・フィクションではない本当の大人の愛情の示し方をね・・・」

キュルケはそう言うと、一気にタバサのスカートの中の下着を召し取った。
タバサはその瞬間、自分の身が物凄く危ない事に気付き、キュルケから離れようともがいた。
だが、体格の差は如何ともしがたく、簡単にタバサはキュルケに押し倒され、その唇を奪われた。
キュルケはその舌をにゅるりとタバサの口に入れ込み、タバサの全身の力を奪うほどの力で吸い付く。
じゅるる・・・という音がする。この友人、自分の唾液を吸い込んでいる!?
タバサは戦慄し、何時如何なる時も手放さない杖を振った。

エア・ハンマー。
空気の槌が、キュルケの身体を吹き飛ばすが、キュルケは空中で体勢を整え、着地した。
その顔は笑顔である。

「うふふ・・・タバサ・・・貴女の愛、とても刺激的よ。でも、もっと素敵な愛情を貴女は知るべきよ・・・」

タバサは生まれて初めて感じた事のない恐怖に包まれた。
タバサはキュルケから離れる為、駆け出そうとした。
だが、周りを見て初めて気付いた。

「フフフ・・・何処へ行こうというのかしら・・・タバサ・・・」

「恐れる必要は何もないわ・・・すぐに生まれ変わった気分になるから・・・」

いつの間にか、自分は囲まれていた。
学院の女子生徒から、学院のメイドまで・・・!
百以上は確実にいるようだが、皆むせ返るような色気を振りまいている。
そんな女達が、自分に確実に迫っている。
タバサはあまりの恐怖から涙を浮かべた。
それを見たキュルケが微笑んで言った。

「怖いのね・・・大丈夫よタバサ・・・その涙はすぐに快感の涙に変わるから」

「さあ、皆さん。タバサに愛を教えてやりなさい!」

ピンクのブロンド髪の女性が言うと、タバサを包囲していた者達が、一斉に彼女に襲い掛かった。


男子用の浴場からあがった水精霊騎士隊隊長、ギーシュは恋人、モンモランシーの部屋に来たのだが、彼女は留守だった。
モンモランシーを探していた彼だったが、寮内に違和感を感じた。

「・・・ふむ・・・どういう事だ?人の気配が極端に少ない・・・」

この時間帯に寝るという生徒は皆無だ。
しかし、扉から漏れる光は少なく、廊下ですれ違う女子もいない。
一応女子寮ではあるが、この時間帯の来訪は禁止はされていない。
ここに達也がいる以上、隊長の自分が呼ぶためにこの寮に入るのも珍しくはない。
まあ、この時間帯は浴場にいるんだろう。しかし今日は冷えるから早く戻っていてもいいのではないのか?
ギーシュはモンモランシーの行方を知っていそうな者の部屋、ルイズの部屋を訪ねた。

「ギーシュだ。タツヤ、ルイズ。モンモランシーを知らないか?」

「ルイズはいない。ギーシュ、聞くがお前は正常か?」

「はあ?何を言っているんだね君は。人探しをしている僕を異常というのか?」

「・・・いや、ギーシュ。話がある。入ってきてくれ」

話?一体なんだろう?
ギーシュはルイズの部屋に入った。
中では達也と彼の妹の真琴、そして彼のメイドのシエスタがいた。
三人とも真剣な表情である。

「ギーシュ。どうやらまた厄介な事がルイズやモンモンの身に起こったみたいだ」

「・・・どういうことだい?」

「モンモランシーの所持していた液体をルイズがまた飲んだ」

「・・・・・・うん、分かった。また妙な事になったんだね。今度は姉かい?母親かい?」

「・・・いや、大きくなったらしい」

ギーシュは頭を抱えた。

頭を抱えたくなる気持ちは分かるが今は現実を直視せねばならない。
俺は真琴から聞いた話を更に続けた。

「モンモンが真琴を逃がしてくれたらしい・・・しかしルイズは一向に帰ってこない」

「モンモランシーの身に何かあったと言うのか!?」

「分からん。だが、大きいルイズの様子はただ事じゃなかったようだ」

「・・・くっ!一体、何が起きていると言うんだ!?」

「・・・とにかく、大事にならないうちに俺たちで・・・」

その時だった。
部屋の扉が強くノックされる。俺たちは思わず扉に振り向く。
怯える真琴。息を呑むシエスタ。

「誰だ!?」

ギーシュが叫ぶ。

「・・・!隊長、そこにいたのか!よかった!」

レイナールの声だった。彼は非常に焦った様子だった。
俺は扉を開いた。レイナールは、慌てた様子で部屋に入ってくる。

「どうした、レイナール!?」

「学院生徒・・・特に女子の様子が変だ!」

俺とギーシュは顔を見合わせた。
なんだか大事に既になっているようだった。
レイナール曰く、『愛の世界を目指す』とかほざく女達が、生徒、メイド、教師問わず襲い掛かり、同士を増やしているらしい。
・・・愛の世界ってなんだろう?男性陣は豹変した恋人達に混乱しているうちに殲滅されているようである。

「マリコルヌは率先して突撃したけど・・・」

「やられたんだな」

「ああ。他の騎士団員達も応戦しているが・・・何せ女性達だ。心のどこかで手加減をしてしまう。ミスタ・ギトーとかも、生徒を傷つけるわけにはいかないと言って、篭城しているようだ」

「どんな薬だ!?どんな薬だったんだモンモランシー!?」

ギーシュは恋人が持っていた薬を彼女がどのような用途で使う筈だったか想像してみた。
・・・一瞬で顔が青くなっていた。



魔法学院の食堂は完全に封鎖され、内部には男達が多数篭城していた。
貴族、平民問わず、彼らは混乱し、恐怖に駆られていた。

「ミスタ・コルベール、状況はどうかね?」

「かなり不味いですな、オールド・オスマン。この場に女性がいないという事は、すでに連中の勢力は学院生徒の半数程度に膨れ上がっていると」

「やれやれ。生徒が大半のようですから、迂闊に魔法も使えませんね」

「妙に発育してたり、色っぽくなっているのが気になるがの。はてさて、これは悪夢か極楽か・・・」

「良い夢だとしても、あんな愛など認めてはなりません」

コルベールの言葉に頷くオスマン氏。
食堂に篭城する男達に振り向き叫ぶ。

「諸君!何故こうなってしまったのかは分からぬ!だが諸君!我々はこの非生産的な行為を阻止せねばならない!」

オスマン氏は拳を握り、続けた。

「女と女が絡み合う光景は絶景じゃが、それを一般化させてはならぬ!諸君!彼女達の野望を打ち砕くのは我々男たちである!ここは男の良さを彼女達に今一度理解させようではないか!」

おおおおおおおお!!という咆哮が食堂に響く。
士気が上がろうとしたその時、封鎖していた食堂の扉が、粉砕された。
咆哮が一瞬で静まった。

崩壊した扉の前に立つ姿・・・

「ここにいたのですか。愛を否定する皆様」

「あ、貴女は・・・・・・!!」

コルベールが冷や汗を流す。体型も声も違うが、服装でわかった。
ギトーは目を細めて舌打ちした。

「ほう・・・その魔法・・・もしや君は・・・ミセス・シュヴルーズかね?」

月夜に浮かぶその女性・・・ミセス・シュヴルーズは中年というより20代前半の肌の張りと、キュルケに匹敵するスタイルをもって現れた。
その顔は無駄な脂肪がついておらず、皺も何もない美しい顔だった。

「そうですわ、オールド・オスマン。私は真実の愛を知り、若返った気分ですわ」

「ほう・・・その若さの秘訣を是非聞きたいところじゃが、生憎とワシらは押し付けられる愛はごめんなのじゃよ」

「うふふ・・・」

シュヴルーズの周りにはギラギラした瞳の女子達が並んでいる。
・・・皆、妙に色っぽい。男達のなかには下腹部を押さえるものもいた。

「オールド・オスマン・・・貴方がたにも真実の愛を教えましょう」

シュヴルーズが右手をあげると、女子達の間から、虚ろな目で笑っている男子生徒や教師や衛兵が現れた。

「非生産的な愛など存在いたしません・・・人は性別などという概念に囚われず愛し合えば世界は平和になるのです!」

「そんな愛に近寄られるのはお断りじゃな」

「さあ、お見せなさい!貴方がたの凶暴な愛を!」

「ひゃっはああああああああ!!!」

虚ろな目をした男達は一斉に食堂になだれ込んでいく。
それを見てギトーが無言で杖を振る。
なだれ込んできた男達はギトーの風の大槌によって吹き飛ばされた。
ギトーは杖をシュヴルーズに向けて言った。

「これしきの愛が凶暴とは可愛いものですね」

シュヴルーズは笑みを深めていった。


「これで学院の4分の3は愛に包まれたわね」

ルイズは悪魔のような笑みを浮かべて自分達の崇高な計画が上手くいっていることに満足していた。
浴場に集まっていた女子生徒たちに愛を伝え、平民にも愛を伝えるとは何というお人よしだろうか。
後は学院長が率いる残党に理解してもらえばいいだけだ。
この胸を突き上げる高鳴りを、自分だけではなく学院、この国、そしてハルケギニアに広める。
そうすれば無駄な戦争などなくなる。完璧である。やはり愛で世界は救われるのだ。
そして愛を受け入れた者は生まれ変わる。・・・自分の胸がないのは人々に愛を振りまいているからだろう。

「だけど・・・まだメインディッシュが残っているわ・・・」

そう、ルイズはこれ程に被害を拡大させたのに、まだ満足していない。
彼女にとってはこれまでのは前菜である。

「うふふ・・・マコト・・・今、行くわよ・・・」

ルイズは自分の目の前に集まる同志達を見る。

「皆さん!魔法学院は間もなく愛の炎に包まれることでしょう!それも時間の問題!その為に私はこれより、その鍵を連れてまいります!皆様はあと少しの間、愛を伝えてください!今よりこの世界を愛で包む伝説が始まるのです!」

『愛の御旗の下に!』

もはや、この集団は愛の狂信者と化していた。
行き過ぎた愛はもはや宗教と化し、狂信を生む。
それは悲劇の引き金になるのだ。
彼女達の魔の手は真琴に向けられていた。愉悦に満ちた表情のルイズ。
そう、今こそ自分はあの子と一つになるのだ!



だが、そんな真琴の健全育成を推奨する彼女の兄がそんな事を許す筈がなかった。

「寝言は寝て言いやがれ!」

狂信者達の上空から声が響いた。

「何者です!」

ルイズは声がした方へと顔を向けた。

「何が、何者です!だ!?恥ずかしい演説をしやがって!」

「・・・!!タツヤ!?」

「人の妹を襲う算段をしているようだが・・・そんなの許すかボケ!」

「襲うんじゃないわ。愛を伝えるの・・・その身でね!」

「同じじゃ馬鹿者!貴様らの愛は歪んでいる!無理やり襲い掛かって愛を伝えるなど、笑止千万!」

「愛のお陰で私たちは変われたわ」

「薬のせいだろ、それ!?」

「タツヤ、貴方も真実の愛を知れば生まれ変われるわ。さあ、一緒に新世界に行きましょう」

「生まれ変わる必要はないな」

達也は天馬の上で、デルフリンガーを抜き、ルイズに向けて言った。

「すでにこの状態の俺を受け入れた女に失礼だからなぁ!!」

「そんなに愛を伝えたいのなら、彼女達にも教えてくれたまえ」

広場の入り口にはギーシュが立っていた。
彼の表情は暗くて見えない。
ギーシュは薔薇の造花を掲げた。

「僕は、このような愛を認めない。このような君たちの姿を認めない!」

ギーシュの周りに百近い数のワルキューレが現れた。
剣などは持っていなかった。

ルイズは舌打ちした。
何故分かってくれないのだ。何故否定するのだ!
それはとてもいい事であるはずだ!それを否定するのか!?

「ルイズ。薬で得た姿など、真実ではないんだよ!」

「戦乙女達よ!丁重に彼女達に子守唄を歌ってやれ!」

ギーシュの号令と共に、女子生徒達に向かってワルキューレは突進していく。
傷つけるつもりはない。ただ拘束するだけだ。
悲鳴と怒号が響くが、ワルキューレは風の魔法によって破壊されていく。
更に炎も伸びてきて、ワルキューレを足止めする。
・・・だが、それを避けたワルキューレたちが次々と生徒を拘束していく。

「無粋な!」

ルイズは虚無魔法でワルキューレを爆破しやがった。

「無駄よ、タツヤ!私たちの愛の力の前には、あんた達の小細工なんて!」

「なら、こちらも人間で対抗するまでだ!騎士団、突撃せよ!丁重にな!」

レイナールの声が響くと、四方から水精霊騎士団たちが現れた。
なお、マリコルヌはギトーに吹き飛ばされたのでいません。
彼の代わりにギムリが叫ぶ。

「野郎ども!男を見せるのは今だぁぁぁ!!」

猛然と女子生徒の集団に突っ込んでいく狼達。
数は劣るが、こっちは訓練をしている。
現場は騒乱の渦に包まれた。

「テンマちゃん、真琴とシエスタを頼む」

ルイズはその声に振り返る。
達也が空に上がっていく妹達を見送っていた。

「タツヤ・・・・・・!!」

「今のお前に真琴は渡さん」

達也とルイズ。
敵対する筈なかった二人が敵対した瞬間だった。


その悲劇はギーシュにも起こっていた。
彼の目の前には、ギーシュに向かってゆっくりと近づいてくる影があった。
姿が違うが、ギーシュには分かる。
唇を噛み締めた少年の瞳から、一筋の涙がこぼれる。
哀しみの涙である。涙を拭いて、ギーシュは杖を取り出した。

「モンモランシー・・・君は何てモノを作ったんだい・・・?」

「・・・このような効果の薬を作った覚えはないわ。全ては事故なのよ・・・結果的には幸運だったけどね」

ギーシュは顔を歪めて、逸らした。

「ねえ、ギーシュ、今の私、魅力的でしょう?」

「・・・・・・」

ギーシュは答えない。

「ギーシュ・・・私を見て。そして囁いて。綺麗だ、魅力的だって・・・」

「モンモランシー・・・僕は・・・今の君を見ることは出来ない・・・いや、見たくはない」

「酷いわギーシュ・・・私は貴方の為に・・・貴方の為に・・・!!」

「僕はありのままの君を愛すと誓った筈だ・・・!」

ギーシュは涙を流しながら言う。

「無理に変わる必要なんてなかったんだよモンモランシー!君が自分に不安を抱える事はない!愛を伝えるまでもなく、僕は君を愛しているんだから!」

ギーシュは杖を向けて言った。

「モンモランシー、君が老婆だろうと、僕は言ってやるよ。『綺麗だ、愛してる』とね。だが、正気を失った君の姿を綺麗と言うつもりはない!」

ギーシュ・ド・グラモン、魂の叫びだった。


ルイズは俺を余裕の表情で見つめて言った。
私はまだ余裕よとでも言いたいのか。そうして自分の器を大きく見せたいのか。
背は大きいが胸は小さい。可哀想だが同情はしない。
俺の父の妹のアキさんがそんな感じだったからな。珍しくはない。

「タツヤ、私は座学は昔から本当に優秀だったのよ。そんな頭のいい私が、アンタの対策をしていないとでも思った?」

「頭が良いと成績が良いとは違うよね、馬鹿」

「ストレートにシンプルな悪口を言うな!?まあ、いいわ。アンタへの対策はこれよ!」

ルイズが左手を上げると、彼女の後ろから三つの影が現れた。
えーっと、スタイルが違うけど、左がキュルケだよな?おいおい、ぱっつんぱっつんだぞ・・・。
真ん中にいるのは・・・長い耳と金髪から・・・テファか。胸が臨界点を突破している。うむ、いいケツだ。
で、一番右が分からん。青いロングヘアの眼鏡美人である。青いマチルダ(若)と形容した方がいいな。スタイルもそれなりである。

「キュルケ、ティファニア、タバサ。うちの使い魔、アンタ達に貸してあげるわ」

「はいはい質問いいかー?」

「認めるわ。何?」

「キュルケとテファは辛うじて分かるが、そいつがタバサとかマジか?」

「マジよ?魅力的でしょう?」

「お前、タバサにまで負けてるな、胸囲的な意味で」

「やかましい!?女の魅力は胸だけじゃないわ!私は脚で勝負なの!」

「違うね、女の魅力ってのは、包容力さ!」

「その包容力で一緒に愛を育もうと言ってるのよ!」

ルイズがそう言うと、キュルケ達が俺に近づいてきた。

「いきなり三人相手でしかもこの面子とか贅沢極まりないと思わない?タツヤ?」

キュルケが背筋が凍るような笑みを浮かべている。

「タツヤ・・・私に・・・おともだちの先の世界を見せて?」

テファは潤みきった瞳で俺を見つめている。

「この身、元より貴方に捧げるつもりだった。気にしないで」

こいつは何を言っているのであろうか?
獲物を狙う肉食獣のような雰囲気を纏わせながら、三人の雌獅子は確実に俺と距離を詰める。
三人の美女に迫られるのは男冥利に尽きるが、正気を失った女は論外なのさ!
分身を作った俺は、各個撃破を命じた。

「どう考えても俺らが不利すぎやしませんか?」

「あたらなければどうという事もない!」

「ええーい!畜生!やってやるぜ!」

二体の分身はそれぞれ、キュルケとタバサに向かった。
俺の前にはテファが立っている。

「ふふふ・・・タツヤ。ティファニアを傷つけることが貴方に出来るかしら~?」

ルイズめ、その発言は色々とアウトだ。

「テファ、お友達の先の世界が見たいと言ったな」

「うん・・・タツヤ・・・」

俺はテファの手を取って言った。

「そうか、友達の先か。いいよ」

「え・・・!」

嬉しそうな表情をするテファ。
杏里という存在がいなければくらっと来たかも知れんな。ときめきはしたが。

「テファ、君には俺の親友となる権利をあげよう。そして親友の頼みを聞いてくれ。寝返れ」

「おのれタツヤ!その手を使うとは!?乙女の期待を投げ捨てるような発言をするとは貴方の血の色は何色!?」

「赤です」

「普通に答えるな」

「さあ、どうするどうするテファ?寝返ればお前の望む世界が待ってるかもよ~?」

「うううう・・・」

「駄目よティファニア!タツヤの口車に乗っちゃ!そうやって寝返ってもボロ雑巾のように使い捨てられてしまうわ!」

俺はどこぞの反逆の皇子か!?

「悩む必要はないでしょう!?ティファニア!」

「ほい、杖回収」

「あーーーーー!??」

俺は悩むテファの手から杖を奪い取り、その辺に投げ捨てた。
そのテファをギーシュのゴーレムが拘束する。
地面に押し付けられるテファ。おいおい、あまり乱暴にすんなよ。
テファは涙目で俺を見上げる。

「友達の君だからこそ、先にこういう形でいくのは良くないということさ、テファ」

俺はそんな彼女に友人として言う。
そして、俺は何かに引っ張られるように飛んでいく。
そのままキュルケに抱きしめられていた分身に突入。キュルケも当然吹っ飛んだ。

「いたた・・・随分と過激的なアタックね・・・」

「だからこそそこでノックアウトして欲しかったんだがな!」

「いいわ。私が貴方をノックアウトさせてやるから!」

彼女の杖から火の球が飛ぶ。
俺は喋る剣でその魔法を吸い込む。吐き出すわけにはいかない。
吐き出す必要もないしな。
俺はキュルケの懐に接近する。
当然キュルケは俺を抱きしめようと手を伸ばす。
彼女が俺に触れた瞬間、俺はキュルケの後ろに回りこんでいた。
キュルケはすぐに振り向く。俺は彼女の服のボタンを剣で撫でた。
ボタンが弾けて、飛んでいく。その瞬間、次々とボタンが弾け飛んでいく。

「野郎ども!こっちを見ろーーー!!」

俺はその瞬間叫んだ。
騎士隊隊員たちは一斉に俺のほうを見る。
俺がキュルケから離れた後、騎士隊隊員が見たのはキュルケの生乳だった。

「う、うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

野生の咆哮をあげながら、キュルケへと突っ込む馬鹿ども。

「タツヤ・・・くっ!」

キュルケが悔しそうに突っ込んでくる男たちに対応する為に片手で胸を隠しながら杖を構える。


「うわあああああああ!!」

分身の悲鳴が聞こえる。
見ればタバサが俺の分身を葬った後だった。

「私が守るのは分身ではない」

タバサが俺をとろんとした視線で俺を見る。

「私が全てを捧げると決心したのは、あなた」

タバサが俺を指さして言った。
こいつには誤魔化しは効かない。
俺はタバサに向かって手を広げた。
タバサは頷き、俺に向かって駆け出した。

「罠よ!タバサ!」

「罠と分かっても行く」

「その意気はよし!」

俺は腰に差した村雨を一気に引き抜いた。
その瞬間だった。タバサの動きが止まる。彼女の身に着けている服が下着ごと文字通り爆ぜた。
悪いな。今回はマントはなしだ。
杖も破壊された彼女には、ギーシュのゴーレムが二体がかりで押さえつけた。
これで彼女の裸体は見えないはず。

「お前は好きに生きろよ、タバサ」

「・・・・・・」

タバサは俺に手を伸ばしていたが、ゴーレムによって押さえつけられていたので動けなかった。

「・・・友人に対しても容赦ないわね、アンタ」

「ルイズ、俺の愛は高くつくぜ?」

ついに俺はルイズと対峙した。
こんな時が来るとは思わなかった。

「私は諦めた。愛の世界に貴方は不要!ヴァルハラでマコトが愛の世界の象徴となるのを見ていなさい!」

「愛ゆえにお前たちは恐怖を俺の妹に与え、愛ゆえにお前らは様々な人に哀しみを与えた。そんな貴様らが提唱する愛など俺はいらんわ!」

「ほざきなさい!」

ルイズは俺に向けて杖を振ろうとした。




シエスタが持っていた謎の薬は惚れ薬だったが粗悪品で効果時間は実に30分だった。
その反面、モンモランシーが調合した薬は完璧で、効果があるのは1日だけだった。
その二つの薬が混ざった薬の効果は惚れ薬と身体を一時的に魅力的に成長させる薬の両方の効果が出ていた。
この薬の効果は感染するが、下品極まりないその効果は少女達に消えぬ傷を負わせるのには十分だった。
何が言いたいかと言うと、薬の効果が切れたということである。



広場に女性たちの絶叫が響き渡った。
俺に服を斬られたルイズもその中の一人に入っていた。

この事件以降、女子達の地位も下がりまくり、結果的に俺たち騎士隊の地位は相対的に元に戻った。
ルイズやモンモランシーは大目玉を食らったが、退学はせずにすんだ。
それは非常に良かったのだが・・・。


「私は・・・もうおしまいだぁ・・・殺してくれぇ・・・」

「女に走るなんて・・・おえっぷ」

こんな光景が学院の日常となってしまった。
俺はこの事件を通して感じた。
人の持っている飲み物は迂闊に飲んではいけないと。

「うおあああああああ!!!殺してー!殺してー!私は女相手にー!女相手にいいいいいい!!」

「ミス・ヴァリエール!落ち着いてくださーい!?」

「ふにゃ?お兄ちゃん、何でわたしの目を隠すの~?」

「見てはいけません」

自室の窓から衝動的に飛び降りようとするルイズを必死で止めるシエスタ。
俺はその光景が教育上問題ありと思ったので、真琴の目を手で隠した。


ヴェストリの広場に露天風呂の掃除をしに来た俺は、ベンチで頭を抱えているベアトリスを見かけた。
・・・一体何があったのだろうか?

「何してんだ?」

「可笑しくなっていたとはいえ。、私はトンでもないことを・・・!」

「何やっていたんだお前」

「性別問わず胸を揉んでいた・・・うう・・・」

聞いた俺が馬鹿でした。

「ないものねだりか」

「やかましい!!?」

ベアトリスは半泣きで俺をぽかぽか殴り始めた。
俺は適当に避けながら、空を見上げた。



杏里、今日もトリステイン学院は平和です。




(続く)



[18858] 第103話 飛んで火に入る夏のルイズ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/25 14:27
魔法学院のパワーバランスが無事に一部を除いて戻ったのはかなり良い事である。
水精霊騎士団の名誉もこれで守られた。
やはり、俺たちはやるときはやれるんだ!と団員たちの士気も向上している。
反面、学院女子の大半がまだあの事件で深い傷をおっており、学院側は女子生徒達の心のケアに勤めているようだ。
ルイズ達のメンタルケアは学院に任せる事にして、俺は妹とシエスタを連れてド・オルエニールに・・・

「この野郎め・・・!傷心の私の心を癒すマコトを私から離すつもりなの!?」

「黙れ犯罪者予備軍!貴様の歪んだ愛に真琴を巻き込むな!」

「あれは妙な薬のせいなのよ!?私の意思じゃないわ!?」

「ルイズ、君はまだ疲れているんだ・・・薬の禁断症状はゆっくり治していかなければ・・・」

「人を薬物中毒者と断定するな!?」

「お兄ちゃん、わたし、ルイズお姉ちゃんに、お友達を紹介したい」

「うう・・・マコトはいい子ね・・・おねーさんは嬉しいわ」



とは言うものの、我が領地にはルイズに会わせたら騒動になりそうな存在が二人ほどいる訳ですが。
こちらがあの二人の安全の保障をすると言ったからにはその約束は守らねばならない。
あ、ミミズとかモグラとかは話が違ってくるよ?

「そういう訳なので気をつけろよ」

「ええい!?モグラ駆除中にそんな重要な事を言うな!?」

まあ、ワルドはここでは平民と同じ格好をして麦藁帽子に鍬を持っているのでどう見ても同一人物には思えない。
マチルダはここでは優しい孤児院のお母さんだからな。
この二人は領地の主力であるので、手放すわけにはいかないんだよね。

「若!旦那!そっちにミミズが!」

巨大ミミズが俺とワルドのほうへ向かってくる。
その巨大ミミズにありつこうと巨大モグラは追ってきた。
俺たちは嫌な顔をしてそのミミズ達に向けて、武器を構えた・・・構えた?

「ぴギャああああああああああああああ!!!!」

「「無理じゃああああああ!!!」」

ワルドと俺は一目散に逃げようと踵を返す。
ミミズとモグラは鳴き声を上げつつ、互いの生存権を賭けて死の追いかけっこをしている。
それに俺たちを巻き込むな!?地中でやれ!
こんなデカブツ、剣二つでなんとも出来んわ!?

「ゴンドラン様、このままでは若が!」

「うむ、任せたまえ」

「何この怪獣領地・・・」

ルイズは呆れた表情で巨大生物駆除に奮闘する領民達を見ていた。
隣では孤児院の子ども達が院長の手作りというお弁当を食べながら、その様子を観戦している。
圧倒的過ぎる怪物は子ども達には受け入れられているようだ。可笑しくないかなそれ?
ゴンドランが巨大モグラに炎の魔法を命中させる。
甲高い悲鳴をあげながら、モグラは暴れまわり、退却していく。
だが、巨大モグラのその悲鳴を聞いて新たにそのモグラよりも大きなモグラが地中より姿を現した。
でかい・・・!40メイルはあるだろうか。

「ちょ、何なんだコイツは!?」

「何か怒ってない?」

「しもうた!!」

達也の横にいる老人、カーネルは何かに気付いたように叫ぶ。

「今までワシらが戦っていたのは雌の方じゃったか!?」

「へ?」

「若、旦那。つまり・・・嫁のピンチに夫が現れたというわけですじゃ」

「つがいで来た!?」

「なんとも迷惑な夫婦愛だな!!」

ワルドが泣きそうになって悪態をつく。
ゴンドランは冷静に夫モグラに炎の竜を巻きつけるが、夫モグラは身震いすると、その炎の竜を払い除けた。

「・・・あ、まずい。死ぬかも」

ワルドは既に諦めモードである。
だが、夫モグラは俺たちに向かって来ず、巨大ミミズを俊敏な動きで咥えると嫁モグラと一緒に、彼女が開けた穴に戻っていった。

「・・・夫の方はこちらと戦うつもりはなかったようですな」

「餌だけとったら帰っていったよ・・・」

「女性は感情的ですからなぁ」

後に残されたのはボロボロになった巨大生物討伐隊と荒れまくりの畑だけだった。
ひとまず今日は命拾いしたワルド。あ、マチルダは別にばれてもいいんじゃないか?
怪物退治終了後、俺たちは、屋敷に戻った。
屋敷に戻ると、玄関の前で困った様子の隣に住むヘレン婆さんを見つけた。
彼女は俺や真琴を孫のように可愛がってくれる人である。

「あれ?ヘレンさん、どうしました?」

「あ、若。大変で御座います!お客様なのですが、なんとも怖い雰囲気を出している若奥さまで御座いまして・・・。どこぞの名のあるお方の奥方のようなのですが、これがまあ、怖いの何の・・・お顔立ちは何処となくルイズさまに似ているのですが・・・ええ」

「若奥さま・・・?母様じゃないわね。若作りだけど」

「お前、本人いないからって好き放題だな」

「その若奥さまはなにやら大きな荷物を持って、屋敷に・・・」

「荷物?」

ルイズが首をかしげている。
少し考えてルイズはヘレン婆さんに尋ねた。

「髪の色は?」

「見事な金髪です」

それを聞くと、ルイズは崩れ落ちた。

「へ、ヘレンさん。あの方は独身よ。奥方とか結婚とかあの人の前で言ったら恐ろしいことになるわ」

「ああ、お前の姉ちゃんがいるんだな。金髪だから長女の方か」

「エレオノール姉様・・・何で此処にいるのよ!?」

ルイズは焦った様子で屋敷に入っていく。
俺たちもそれに続いて屋敷に入っていった。

「あら、ルイズ」

屋敷の居間のソファにて、彼女はワインの入ったグラス片手にしっかり寛いでいた。

「あら、ルイズじゃないでしょう!?何やってるんですか姉様!?」

「ルイズ、私思うのよ。たまには郊外で暮らせば自分の視野が広がるだろうと。自宅とアカデミーの往復では何時まで経っても視野は狭いままよ」

「そうですね」

「今まで私はその狭い視野で物事を見れなかったから、良い結婚相手に巡り合えなかったのよ!つまり視野を広げれば良い結婚相手が見つかるわ!」

「こんなど田舎で視野も何もないでしょう。本当のところ、ここがアカデミーから近いので来たんでしょう」

「甘いわねルイズ。この田舎で評判の美女と紹介されれば、噂を聞きつけた大貴族達が私に結婚を申し込むに違いないわ」

「結婚適齢期を過ぎた貴女が何を夢見ているのですか」

「・・・貴女、いくら伝説の系統を使えるからって、最近調子に乗っているようね」

「いいえ、姉様。私は姉様に現実を教えて差し上げたまでですわ」

居間の入り口から覗いていたが・・・
どうやらルイズとエレオノールが険悪な雰囲気になって来た。
俺は女の醜い争いを真琴に見せるわけには行かないので、シエスタに真琴を部屋に連れて行くように指示した。
・・・っていうか、人の屋敷に住み着く気ですかアンタ。

「人の屋敷で魔法を用いた喧嘩しないでくれる?」

俺の存在に気付いたエレオノールは、ふんと言ってワインを飲んでいた。
人の家の酒を普通に飲むな。

「貴女達は同棲しているのかしら?」

エレオノールが怒りに満ちた目で俺を睨む。

「学院では仕方ない事ですが、此処で同棲とかしてませんよ?ルイズはこの領地ではあくまでお客さんです。準領民扱いですが」

俺がそう言うと、エレオノールは怒りを静めたようだ。
この領地に『領民』として登録されているのは俺と真琴とシエスタである。
ルイズはあくまでラ・ヴァリエール家の三女なのだ。
なお、孤児院の子ども達及びワルド、マチルダも領民である。
予定としては、テファもこの中に入れたい。ルイズ?知らん。
ルイズに前に来たのはワルドたちが来る前だ。その後に領民になった人も当然いるのだ。そういう人はルイズを知らない人もいる。
ルイズでそれなのだから、エレオノールを知ってる住民など、俺たちのほかには、ゴンドランかワルドしかいないだろう。

「・・・で、エレオノールさんはどうして此処に来たんですか?」

視野を広げるためならば、別に此処じゃなくても良かったはずだ。
彼女も大貴族の娘なんだから、そのアカデミーとやらの近くに住居を借りる事も出来たんじゃないのか?

「そういうところは大体家の父や母の監視が行き届いているのよ・・・」

「はぁ?監視って・・・」

「母様たちもこんなど田舎まで監視してないって事ね。ああ、姉様、何か言われたんですか?」

「相も変わらず結婚しろ結婚しろの無言のプレッシャーよ。主に母様からの」

「姉様結婚しないとちい姉様がいつまでも余裕かましたままですからね」

「そう!カトレアだって同じ穴の狢なのに、何故か余裕ぶっているのよ!許せないじゃないのそんなの。だから私は家を出ることにしたのよ」

「・・・結婚しろという重圧を、ちい姉様に丸投げしたんですか・・・」

「しかしよ、出たはいいけど、学院時代の友人は皆結婚してるわ。夫婦生活を邪魔したいけど、友情も壊れるからやめたわ。そうして考えた結果、丁度良い場所があったわ」

「それでこの領地に来たんですか・・・」

「巨大生物がいるのは若干気になるけど、それ以外は案外良い場所よ。アカデミーからも近いし」

ルイズが頭を抱えている。

「姉様・・・姉様は昔から、結婚前の男と女が暮らすとかありえないと言っていたではありませんか」

「聞いているわよ。その使い魔の彼はあまりこの屋敷にいないようじゃない」

「だからと言って、此処はタツヤの屋敷なのですから、他人から見れば、同棲も同じなんじゃないですか?ラ・ヴァリエール家の長女が爵位のない平貴族の家に住んでるとか・・・」

「心にも思ってない事を言うわね。ならば何故貴女はその平貴族といえ、その前は単なる平民だった男と普通に居れるのかしら?信頼してるからでしょう。貴女が信頼している人物を姉の私が頼るのは当然じゃない?」

「その理屈は物凄くおかしくないですか?」

「ルイズ、アンタの所有物は私の所有物でもあるのよ」

「この領地はタツヤ固有のものですけどね」

「何か良く分からん理屈を述べられているようですが、結論から言えばこの屋敷に置いて頂けないでしょうかと言いたいんですか?いいですよ。部屋は余ってるし。一通り屋敷の構造も把握してますし。一人住人が増えた所で全然構いません」

エレオノールは驚いたような表情を見せた。
いや、荷物まで持ってきといてそのリアクションはないだろう。

「まあ、ここに住むならば、あまり無茶な事を言わないのと、領民の皆さんのご好意を邪険にしないことだけは約束してください」

「そこまでしないわよ」

「あと、いくらワインが沢山あるからって、飲み過ぎないように」

「・・・な、何のことかしら~?」

「いや、そのワイン、地下に保存されてたものでしょうよ・・・」

「姉様・・・いくら結婚相手がいないからって、酒と結婚するとか引きます」

「ルイズ・・・いくら薬をやったからといって、女、それも幼女を襲おうとするなんて、人間の屑だと俺は思います」

「ぎゃああああああああああ!!!?それをここで言うなあああああああああ!?」

ルイズの発言に怒りを爆発させそうになっていたエレオノールは、俺の発言及び、ルイズの反応に、眼鏡を光らせ反応した。

「それは一体どういうことなの?」

「いやー、実はですねお姉さん」

「うおおおおお!!??言うな言うな!?言ったら貴様を殺して私も死ぬ!!」

「ルイズは黙ってて。で、どうしたと言うの?」

身を乗り出して俺に尋ねてきたエレオノールは、俺の話を聞き終わると、夜叉のような恐ろしい顔でルイズの方を向いた。

「何たる事を!?貴女は何たる事を!?」

「正気じゃなかったので無罪です!」

精神鑑定で精神症状ありと判断され無罪になるケースは俺の世界でもあるが、それって、被害者は泣き寝入りだよね?

「そう!私がその結論に至ったのはマコトが可愛いからです!」

「可愛いものを汚そうとする貴女が、私には理解できない!」

「だから正気じゃなかったと言ってるでしょうが!?」

まあ、ここは姉妹水入らずにしておこう。

「ああ!?タツヤ!場を散々かき乱しといて逃げるな!?」

「お姉さんと仲良くな、ルイズ。俺は妹と親交を温める」

「おのれえええええ!!私も連れて行けええええええ!!!」

「エレオノールさん、歓迎いたします。妹さんとゆっくり『お話』してください」

エレオノールはニヤリと哂い、頷いた。
ルイズの顔が青ざめる。
そのルイズを見て、エレオノールは舌なめずり。
ああ、ルイズ、お前のことは忘れないけど、自信はない。



こうしてド・オルニエールに新たな住人が増えた。

だが、その住人は領主の家に住んでいるという特殊性から、領民に様々な憶測をもたらした。
曰く、若は年上好きだったのか。
曰く、やっと身を固める気になったか。
曰く、嫌がらせかあの男!?
曰く、私よりは年上かい。よし。
・・・・・・・領民には順調に誤解されていた。

一方、エレオノールが家出した後のラ・ヴァリエール家。

「うおおおおおおおおおおお!!!!エレオノールが、エレオノールが家出してしまったああああああああ!!!」

ラ・ヴァリエール公爵が滝のような涙を流しながら、エレオノールが残した置手紙を握り締め絶叫していた。
カリーヌは長女の家出という事件に溜息をついていた。
ふむ・・・結婚については彼女に一任していたのだが、だんだん現実を知ってしまったのだろうか?
それはかなり悲しい事だが、だとしてもあのプライドの高い娘だ。アカデミーの仕事もあるし、不用意なことはしないと思うが。
なら、長女は何処に行ってしまったのだろうか?

「カトレア?何か知りませんか?」

「嫌がらせで出て行ったのは分かります。ですが、何処に行ったのかまでは・・・」

「ううううう・・・・!!もしやあまりに貴族に縁がないから平民に走ってしまったのではないか・・・・」

「有り得ないと思うのですが・・・」

カトレアは父の仮説を否定する。

「ふむ・・・エレオノールが向かいそうな場所ですか・・・」

あの長女の事だ。自分達の息のかかった場所に留まりはしないだろう。
だが、息のかかっていないところで滞在するとも考えられない。
カリーヌは考えた。自分の息のかかっていない、或いは関係が薄い土地は・・・あ。

「ド・オルエニールですわ、あなた」

「は?」

公爵は首を傾げるが、カトレアは目を見開いていた。

「おのれ姉様!そこまでして私に嫌がらせがしたいのですか!」

普段温厚なカトレアがいきなり怒りだした。
身体に障るはずなのだが、怒りが肉体を凌駕している。

「ド・オルエニールと言うと・・・ハッ!?」

公爵もやっと気付いたようだ。

「そう。婿殿の領地です」

「おのれあの男!!私からルイズを奪い、さらにはエレオノールまで!この切れ痔の礼も含め、もう一度よく話し合うべきか!」

何かとてつもない言いがかりだが、ルイズは汚れた疑惑があるのですよ、お父さん。
でも、ルイズのそれについては達也は何の落ち度もない。
しかし、公爵は怒り狂っている。

「落ち着いてください、あなた。これは好都合ではないですか」

「カリーヌ!お前はあの男との・・・ああ・・・そうだった・・・お前が連れてきたんだった・・・」

公爵はげんなりとした表情になっていく。
カリーヌは元からこの話題に関しては自分の味方ではない。
だが、だが!エレオノールは我が愛する娘なのだ!

達也がその気ではないのは知ってるが、人生どうなるか分からないではないか!
不安材料は極力取り除くべきではないのか!?

「あなた・・・エレオノールはもう27です。加えてあの性格です。あの子がなんと呼ばれているかご存知ですか?私は驚きましたよ」

「まあ、あれ程の美人ならば、やっかみで陰口ぐらい叩かれような」

「いいえ、あなた。私が耳にしているのは『憤怒』やら『嫉妬』やら『横暴』などです。酷いですわね~あんなにピュアなのに」

「娘の悪口なのに面白そうに言うお前が私は怖い!?」

「ちなみにカトレアは『薄幸(笑)』『怠惰』『聖母』と極端です」

「そうして私にまで火の粉を振りまくのを止めてください」

「私は婿殿が、エレオノールのそうした不名誉な二つ名を返上してくれる事を期待しています。ルイズの『ゼロ』という二つ名の意味を変えたように」

そう言うカリーヌの表情は間違いなく母親のものだった。
さもエレオノールがド・オルエニールに行っているかのような言い方である。
いや、実際行ってるんですけどね。




(続く)



[18858] 第104話 出版禁止の物語
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/25 14:28
ロマリア連合皇国。
ハルケギニアでは最古の国の一つに数えられるこの国は、ガリア王国真南のアウソーニャ半島に位置する都市国家連合体である。
始祖ブリミルの弟子の一人、聖フォルサテを祖王とする『ロマリア都市王国』は、当初はアウソーニャ半島の一都市国家に過ぎなかった。
しかし、聖なる国というプライドが暴走し、次々と周りの都市国家を併呑していった。
大王ジュリオ・チェザーレの時代には半島を飛び出し、ガリアの半分を占領した事もある。
そこが最盛期だったようで、ジュリオの時代が終わった後、ガリアの地からは追い出されてしまい、併合された都市国家群は、何度も独立、併合を繰り返した。
度重なる戦争後、ロマリアを頂点とする連合制を敷くことになった。その為なのか、各都市国家はそれぞれ我が道を行っていることが多く、特に外交戦略においては、ロマリアの意向に全然従わない国家もある。
そんな事だから、ロマリアはハルケギニアの列強国に比べて、国力で劣るロマリアの都市国家群は、自分達の存在意義を、ハルケギニアで広く信仰される『ブリミル教の中心地である』という点に強く求めるようになった。
ロマリアは始祖ブリミルが没した地である。祖王の聖フォルサテは墓守として、その地に王国を築いたのだ。
彼がその地に王国を築いたのは、ブリミルの眠りを外敵から守るためなのだが、その子孫達は何を勘違いしたのか都市ロマリアこそが、聖地に次ぐ神聖な場所であると、自分達の首都を規定した。その結果、ロマリアは皇国と呼ばれるようになり、その地には巨大な寺院、フォルサテ大聖堂が建設され、代々の王は教皇と呼ばれるようになり、全ての聖職者及び信者の頂点に立つことになっていた。

「光溢れる地とはよく言えたものですね。理想郷と言うより無法地帯ではありませんか」

トリステイン女王アンリエッタは、馬車の窓から覗く、ロマリアの街並みを眺めて溜息をついた。
宗教都市ロマリアは、ハルケギニア各地の神官達が『光溢れた土地』と、その存在を神聖化しているが、実際はハルケギニア中から流れてきた信者達が、仕事もすることもなく、ただ、配給のスープに列をなしている。その後ろでは着飾った神官達が談笑しながら、寺院の門をくぐっている。
・・・新教徒達が実践主義を唱えるのも致し方ないことだ、とアンリエッタは思った。
貴女の国の何処かの誰かさんの領地は実践主義っぽい事をやっているんですが。
まあ・・・その何処かの誰かさんはブリミル?何それ食べれるの?え?神様?知らんがな。という感じなのだが。
アンリエッタはふと視線をずらすと、目の前の席に腰掛け、居心地の悪そうに身を竦ませた銃士隊隊長の姿が見えた。
どうやら、いつもの鎖帷子ではなく、貴婦人が纏うようなドレスに身を包んでいるので、落ち着かないらしい。
まあ、そんな格好をしていれば、どこぞの名家のお嬢様のようなのだが、彼女は武人である。最近母性に目覚めたりしたが、基本は武人である。

「慣れぬ格好でしょうが、お似合いですよ?隊長殿」

「おからかいになりませぬよう。私の使い方をお間違えですぞ?このような服を着る為に、ロマリアくんだりまで来たわけではありませぬ」

「わたくしには護衛もこなせる有能な秘書が必要なのですよ。近衛隊長は剣を振るだけが仕事ではありません。時と場合に応じて、やんごとない身分のお方や、賓客を相手にすることもあるのです。一通りの作法を身につけていただかねば、わたくしが困ります」

アンリエッタはそうした意味も含めて達也を近衛隊の隊長にしようと企んでいたのだが、その隊長はギーシュになってしまっていた。
正直、今思うと地団太を踏みたいほど悔しいが、ギーシュもギーシュでそこそこ有能だと評価していた。

「しかし、剣や拳銃を身につけていないと、このような場所では落ち着きませぬ」

ウエストウッド村に滞在していた時はアニエスはその剣と拳銃を身につけることはあまりなかった。
理由は村の子どもが怖がるというほのぼのした理由だった。
ちなみにその武器を子ども達の手の届かないところに保管したのは達也である。
現在アニエスはドレスに戸惑っているが、これはウエストウッド村の滞在時、エプロンを着ける時も同様だった。
・・・今ではある意味戦闘服と化しているが。

「仕方ありませぬ。それがこの国の作法のようですから」

「万一の場合、陛下をお守りする事が出来ませぬ」

「肉の壁になるとはおっしゃらないのね」

「私が斃れたら、誰が陛下のご乱心を止めると言うのですか?」

アンリエッタとアニエスは互いににらみ合い、イヤ~な笑みを浮かべている。
この方々は、ロマリアの聖堂騎士団が守ってくれるとは本気で考えてはいないようだ。
アンリエッタ達は、とある式典に参加するために、はるばるこのロマリアまでやって来た。多忙の為来るのはやや遅れたが、それでも式典の2週間以上前には到着した。
・・・多忙という字をアンリエッタが本当に分かっているのか疑問だが、多分分かっていてもスルーだろう。

ロマリアは、周りを城壁で囲まれた古い都市である。
古代に造られた石畳の街道が、整然とした街並みの間を縫っている。
実に清潔感溢れる場所だった。この点は見習うべきか、とアンリエッタは思った。
大通りの向こうに六本の大きな塔が見えてくる。その形はトリステイン魔法学院に似ていた。まあ、この建築物をモデルに魔法学院は造られたのだから似ていて当たり前である。パクリ?オマージュと言いたまえ。

「あれが宗教庁ですか。魔法学院に似ておりますが、規模は全く違いますな」

「一魔法学院が宗教庁より規模があればそれはそれで問題でしょう。自尊心だけは強いですからね。・・・さて、どうやら到着のようですわね」

到着したはいいが、馬車のドアを開けに来る神官も貴族もいない。馬車寄せに並んだ衛兵たちは、礼を取ったまま動かない。
様子を伺っていると、玄関前に勢ぞろいした聖歌隊が、指揮者の杖の下、荘厳な賛美歌を歌い始めた。
これがロマリア流の歓迎のようだ。

「馬車の中で一曲聞かせるつもりですかな」

「大した演出ですわね。まあ、面白いかどうかで判断すれば微妙ですが」

アンリエッタからすれば歌を聴かされることには慣れていたし、ましてや賛美歌など耳が腐るほど聴いていたのでもはや飽きていた。
ド・オルエニールに来た時は、心が躍ったのだが・・・
歌が終わると、指揮者の少年が振り向いた。白みがかった金髪の美少年だった。

「月目?」

所謂オッドアイだが、ハルケギニアでは月目と呼ばれ、縁起悪いものとされている。
それなのに聖歌隊の指揮者とはよほどの事情があるのか。
アンリエッタは聖歌隊のもてなしを労う為、窓から左手を差し出した。社交辞令だ。
指揮者の少年は、右腕を身体の斜めに横切らせ、アンリエッタに礼を奉じて寄越し、そのままの格好で近づく。
それから恭しく、宝石でも扱うようにアンリエッタの左手を取り、唇をつけた。

「ようこそロマリアへ。お出迎え役のジュリオ・チェザーレと申します」

偽名だろうな、とアンリエッタは思った。
その少年は、アルビオンで七万を迎え撃つ(笑)達也を見送ったジュリオだった。

「貴方は神官ですね?」

「左様で御座います、陛下」

「まるで貴族のような立ち振る舞いですわ。いえ、感心しているのです」

「ずっと軍人同然の生活をしていたものですから、自然と身につきました。先だっての戦では、一武人として、陛下の軍の末席を汚しておりました」

「そうでしたか。ではお礼を申し上げなくては」

「あり難いお言葉、痛み入ります。それではこちらへ。我が主が陛下をお待ちで御座います」

ジュリオは馬車の扉を開けると、アンリエッタの手を取った。
アニエスもそれに続き。アンリエッタに同行していた使節団の一行も、それぞれやって来た出迎え役のロマリアの役人たちと挨拶を交わしていた。
彼らに手を振って、アンリエッタはアニエスのみを連れて、ジュリオの案内で先に進む。
その表情は達也を襲った時の狂乱の顔ではなく、一女王としての冷ややかとも思えるほどの微笑みだった。



一方、ド・オルエニール。
達也の屋敷の執務室。普段使われる事は滅多にないこの部屋に、達也はいた。
執務室内にはゴンドランと農夫らしき格好の男と、体格の良い女性がいた。

「えーっと、夫婦での申し込みですか」

「へえ、そうです」

「ちょっとアンタ!この方は領主様なのよ!そんな力のない返事で如何すんの!」

「し、しかしよう・・・こんなに若いとは・・・」

「貴族様になんて事いうんだいアンタは!前もそうして余計な事を言って追い出されたんじゃないのかい!」

「うう・・・スマネェ・・・」

「追い出されたとは穏やかではないな」

ゴンドランが不安そうに呟く。

「この領地は経験者、それも夫婦は優遇します。タロンさんとコロンさんでしたね?この領地には牧場として使用していた土地があります。そこを提供しましょう。畜産部門は我が領地に欲しい産業でした。私たちは貴方達の来訪を歓迎いたします」

あまりにもあっさり決まったので、この夫婦の妻の方、赤い髪をした女性、コロンは俺に対して、疑いの眼差しを向けた。

「失礼ですが領主様。土地まで提供してくれるのは嬉しいのですが、何か裏があるのではないでしょうか?」

「領地の特産品を増やしたい。畑だけでは限界がありますのでね。牧場は何とかしたかったんですよ」

まあ、家畜とかその品種にブランドがつけば収入も上がるんじゃないの?色んな病気に気をつけなければいけないが。
あのミミズがいる以上、この土地の土や牧草は栄養があるらしいし。
そもそも、此処で取れた農作物って余る場合が多いし、処理に困っていたんだよね。
家畜の糞は肥料になるしな。

「・・・私たちは貴方達の力が必要です。どうか、この領地の発展の為に力を貸していただけないでしょうか?」

「・・・この領地としてはあなた方を追い出すような真似は致しません。いえ、させません。あなた方を追い出した所が泣いて悔しがる程にこの領地を盛り上げて行きましょう」

この人たちは畜産部門なのでミミズの対策部隊には回さない。
しばらくは牧場経営に勤しんでもらう。性格にやや不安があるようだが、そんなのは些細な事である。
ゴンドランはニヤリと笑いながら、この牧場経営をしようとする夫婦に言った。

「無論、あなた方の子作りの環境も此方で整えますが?」

「え゛!?」

「随分ストレートに言うんですねェ・・・」

「まあ、この領地はまだまだ子どもが少ないですから。そういう期待も込めて夫婦は歓迎しているんですよ」

孤児院の子ども達は二十人に満たないし。
空きはまだ沢山あるから、その辺の孤児を拾って住まわせても良いんじゃないか?
まあ、それは流石にどうかとゴンドランに反対されたが。
この領地の次世代対策も急務である。
俺がいなくても勝手に発展していくような領地になって欲しいな。


達也が面接中のその頃。
どう見ても同棲してるとしか思えない同居人、エレオノールは屋敷地下の書庫にいた。
達也が来た時は鍵をされていた地下の扉だが、地下一階までは解放されていた。
魔法研究所主席であるエレオノールはもしかして研究の資料があるんじゃないかと、書庫に来たのだが・・・
書庫にあったのは絶版されている本や、自分の知らない本や、御伽噺の本などが並んでいた。勿論、現在もある書物もあったのだが。

「『始祖の愛した食事』・・・何このどうでもよさそうなタイトルの本」

固定化の魔法でもかかっているのだろうか?
随分書物の保存状態は良い。
魔法の研究の本もあったが、魔法研究所のそれとは違い、魔法の実用的な研究が記されていたものばかりだった。
例えば目玉焼きを効率よく作る為の火加減とか、スカートめくりがばれない程度の風の加減など・・・実用的?
下賎も程がある研究をこの地でやっていたというのだろうか?凄くアホらしいが。
エレオノールは本を本棚に戻した。ふと、一冊の本が彼女の目に止まった。

『根無し放浪記』

エレオノールはそのタイトルに覚えがあった。
確か、その内容が始祖を馬鹿にしているとかで出版禁止になった問題作らしい。
詳しい内容は自分も分からない。
見てみれば『根無し放浪記』は全部で30巻あるようだった。

「どんな内容なのかしら・・・?」

エレオノールは『根無し放浪記』第1巻を手にとって読み始めた。


そこそこ裕福な家に生まれた主人公、ニュングはまともに魔法が扱えない。
次男ということもあり、女性にも恵まれない悲しい人生を打破する為に、自分探しと称して若き身で旅に出ることにした。
でも、一人旅は何だかとっても寂しい。と、いう訳で使い魔を召喚して一緒に旅しようと考えた彼は、108回目にしてようやく召喚を成功させた。
煩悩の数と同じ回数、同じ呪文を唱えた彼の前に現れたのは、褐色の肌の幼女だった。

『おおーっと!?人間を召喚してしまった!?・・・いや、いいのか?』

『何言ってるのよアナタ。わたしは蛮人なんかじゃないわ』

訳が分からないといった様子の幼女はフィオと名乗る。
彼女の耳は長く尖っていた。
所謂エルフを召喚してしまった馬鹿の物語らしい。
自分探しの旅をする男、ニュングと、外の世界を知らないエルフの幼女、フィオが、フィオの故郷へ向かって旅をする話・・・というのが第1巻のあらすじだ。
問題なのがこの物語、ブリミル没後1000年が舞台なのである。
その時期は人とエルフは土地を巡って争っていた時期だ。それがロマリアなどの怒りを買ってしまったのだろうか?

『この俺、ニュングの二つ名は『根無し』!定住する家がないからな!』

『偉そうに言うな!』

所謂ホームレスの彼らがバイトしながら路銀を稼いだり、狩りをしたり、遊んだりしてだらだらと旅をする内容だった。
そこにフィオの姉と名乗るシンシアが現れるのだが、そこでフィオの故郷が滅ぼされた事を知らされる。
人間が滅ぼしたのかと聞けば、違うと言うシンシア。
彼女達の故郷を滅ぼしたのは他ならぬエルフであり、滅ぼされた理由はその故郷に住むエルフが、『ダークエルフ』と呼ばれる者達だから、ただそれだけの理由だった。そして、シンシアを追って来たエルフと戦闘するというのが第2巻である。

その後はエルフと戦ったり、人間と小競り合いを起こしたり、何故か城に招かれたり、宝物庫に侵入して書物を拝借したり、拝借した祈祷書の呪文を詠唱したら使えてしまったり、様々な騒動を繰り広げて行き、ニュングとシンシアが結婚したりした。この辺りも問題である。特に独身の身にとっては。
恋愛模様はニュングとシンシアが繰り広げていたのだが、それでは召喚された少女はどうだったのだろうか。
読み進めたいが、時間も遅い。また次の機会にしよう。
エレオノールは本を閉じ、書庫を後にした。



大聖堂には、途中で見かけた貧民達が集まり、毛布に包まって天井を見つめていた。
アンリエッタはその光景に驚く事になった。

「・・・彼らは?」

「アルビオンからやって来た難民たちです。行き先の手配が決まるまで、此処を一時の滞在所として解放しております」

「教皇聖下の御差配ですか?」

「勿論です」

ロマリアの象徴たる大聖堂を難民に開放するとは・・・いや、まあ、それが聖職者の仕事だろといえばそれまでだが、実際行なう者は多くはない。
此処にいる難民たちはロマリアが光の国と信じてやって来たはいいが、仕事もすることもないこの国は彼らにとっては闇しかない。
せめて彼らが新聞でも何処かで目にすれば、どっかの領地の求人を目にすることができたのだが・・・・・・。
ロマリア教皇、聖エイジス三十二世は、執務室で会談中とのことである。
十五分ほどすると、執務室の扉が開き、中から子ども達が現れたのでアンリエッタは驚いた。

「せいか、ありがとうございました」

年長と思しき少年が頭を下げると、周りの子ども達も一斉に頭を下げる。
そして子ども達は踵を返すと、笑いながら駆け去っていく。

「これは一体・・・?」

「ああ・・・あの子達は如何してるだろうか・・・」

アンリエッタは子ども達を微笑みながら見送っていたが、アニエスは何故か現在ド・オルエニールの孤児院にいる子ども達の事を思い出していた。親か!?
そんな二人を、ジュリオが促した。

「では、中へどうぞ。我が主がお待ちで御座います」


教皇の謁見室は、執務室というには雑然としており、本で埋め尽くされた部屋だった。
宗教書ばかりでなく、むしろ、歴史書が多い。特に戦史関連が多く、博物誌も数多くあった。
戯曲に小説、滑稽本まであった。
大振りな机の上には、『真訳・始祖の祈祷書』が積み上げられている。
その書物を片付けている、髪の長い、二十歳ほどの男性がいた。
彼は人の気配に振り向く。

「教皇聖下・・・」

聖エイジス三十二世ことヴィットーリオ・セレヴァレはアンリエッタ達を見ると微笑んだ。

「これはアンリエッタ殿。少々お待ちいただきたい。今すぐにでもおもてなしの準備をしますから・・・」

ジュリオが呆れたような声で言った。

「聖下、お言葉ですが、この日、この時刻にアンリエッタ女王陛下がトリステインからおいでになられるのはご存知でしたよね?」

「わ、わかっていますよジュリオ。ですがわたくしは彼らにこの時間、文字と算学を教える約束をしていたのだよ」

「それは昨日までの予定には入っていないようでしたが?」

「少年少女に知識を分け与えるのは大人の義務と思いませんか?ジュリオ」

「またその場の勢いで請け負ったんですか貴方は!?そんな事だから何時まで経ってもこの部屋の整理が出来ないんですよ!?」

「また増築すべきでしょうか」

「要らない本を捨てるか売りに出せばよいでしょう」

「知識の結晶を捨てるなどとんでもない!」

遠路はるばるここまで一国の女王を呼びつけておいて、待たせた上に何だろうか、この口げんかは。
まあ、破天荒な人物であることは分かるが。
教皇はアンリエッタ達に目を向けた。

「遠路はるばる、ようこそいらしてくださいました」

「いえ、敬虔なるブリミル教徒として、駆けつけて参りました」

アンリエッタはこの教皇の才を計る為にロマリアまでやって来た。
彼の背後で、本棚の本が落下しているのが少々気になるが、深々とアンリエッタは頭を垂れた。
公式の席でアンリエッタの上座に腰掛けることの出来る人物は二人。ガリア王ジョゼフとこのヴィットーリオの二人である。

「頭をおあげ下さい。何、あなたのお国の宰相殿が譲ってくれた帽子です。畏まる必要はございません」

トリステイン宰相マザリーニ枢機卿は、次期教皇と目された人物だったが、彼はトリステインという国が好きになり、ロマリアの帰国要請を断ったのである。

「マザリーニ殿は本当によくしてくださいますわ。では聖下。お言葉に甘え、質問をさせていただきます」

「なんなりと」

「この国の矛盾についてどうお考えでしょうか?」

「ええ、光溢れる国など、現状では幻想でしかありません。信仰が地に落ちたこの世界では、まず誰もが、目先の利益に汲々としている。その結果、神官たちが好き勝手に生き、民たちは日々のパンにさえ困っている。こちらとしても、各寺院に救貧院の設営を義務付けたり、免税の自由市を作り、安い値段でパンが手に入るように差配いたしています。その結果、わたくしを新教徒教皇と揶揄する輩も少なくありませんが、自称新教徒達は、自分が大きな分け前に預かりたい連中でしょう」

ヴィットーリオは心底迷惑だという表情で続けた。

「まあ・・・現状はそれが限界です。これ以上神官たちから権益を取り上げれば、確実に内乱になり、わたくしはこの帽子を取り上げられる事でしょう。貴賤や教義の違いで争う事は愚の骨頂です。人は皆、神の御子です。それが争うなどと!」

アンリエッタは静かに話を聞いていた。

「何故、信仰が地に落ち、神官達が、神の現世の利益を貪るための口実にするようになったのか?それは我々に力がないからなのです。わたくしは以前、貴女にお会いした時に言いました。『力が必要だ』と。人は自分の見たものしか信じません。ならば、見せ付けなければなりません。真の神の力を。神の奇跡によって、エルフたちから聖地を取り返す・・・。真の信仰への目覚ましとして、これ以上のものはありません」

「聖地を取り返すと言っても、6000年以上もエルフはあの場に留まっているのですよ?むしろ此方が奪う方でしょう」

「ええ、相応の抵抗はあるでしょうね」

ヴィットーリオは後ろを向くと、一つの本棚に向き直る。

「ふんっ!!!」

顔に似合わぬ掛け声をあげ、その本棚をずらそうとし始めた。
しかし、力が足りないのか顔を真っ赤にしても微動だにしない。

「ぐぬぬぬぬ・・・・・・はぁっ!!」

ヴィットーリオが一層気合を入れたその時だった。
可愛らしい音が謁見室に響いた。

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

ヴィットーリオはばつの悪そうな表情で言った。

「ジュリオ、助けて下さい」

「最初からそうおっしゃってください!?客人の前で放屁とか末代までの恥ですよ!?」

「いいえ、あれは放屁などでは御座いません。きっと、神の口笛が失敗したのでしょう」

「都合が悪い事は全て神のせいにしないように」

「申し訳ありません」

二人は本棚をずらし始めた。ずらした先にあったのは大きな鏡だった。
ヴィットーリオはジュリオから聖杖を受け取り、祈るような声で呪文を唱えた。
アンリエッタが今まで耳にした事のない、美しい賛美歌のような透き通った調べだった。
呪文が完成すると、ヴィットーリオは緩やかに、優しく、杖を鏡に向けて振り下ろした。
そうすると、鏡が光りだす。だが、その光は唐突に消えて、鏡にはこの部屋のものではない映像が映り始めた。
その光景を見て、アンリエッタは思い出した。
ド・オルエニール地下にあった鏡のことを。

「これは・・・」

「これが始祖の系統・・・虚無です」

「聖下・・・まさか貴方は・・・」

「はい。神はわたくしにこの奇跡の技をお与えくださいました。ですが、わたくし一人では足りません。多くの祈りによって、さらに大きな奇跡を呼ぶために我々は集まらなければなりません」

神々しい輝きに打たれながら、アンリエッタは息を呑む。
その身体が、かすかに、震えていた。







(続く)



[18858] 第105話 孤独が好きなんて中二病でしょう?
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/25 23:49
水精霊騎士隊の大半の隊員たちが行なった女子風呂覗き事件の学院側からの罰は、放課後の中庭掃除であった。
普段は使用人たちがこまめに行なっている仕事を彼らは罰として行なっていた。
破廉恥騎士隊といわれても仕方がない彼らだが、それを上回る破廉恥行為を学院女子達はやってしまったので、責めるに責められなかった。
また、中庭掃除は学院長のオスマン氏もやるべきとの声も上がったが、

『ワ、ワシがいない間、誰がこの学院の安全を守るんじゃ!?』

と言ってごねたが、コルベールとギトーによって連行され今に至る。

「優秀すぎる人材がいるのも考え物じゃの」

「学院長、自業自得でしょう」

ギーシュは呆れながらも手に持った箒を動かしている。
彼含め、大半の隊員たちが真面目に掃除を行なっているのだが、中には更に自分を貶めようとする漢もいた。
マリコルヌはそそくさと身を縮ませながら、女子生徒が固まっている場所に近づいた。

「駄目じゃないですかぁ、お嬢様がた・・・こんなにゴミをお散らかしになってェ・・・」

卑屈と歓喜が入り混じった笑みが何とも生理的嫌悪感を誘発する。
女生徒たちは泣きそうな顔になって、マリコルヌから離れようとする。
だが、マリコルヌはそっちにゴミがあるから・・・落ちているから・・・と何故か愉悦の表情で更に近づく。
恐怖に怯える女生徒達は逃げ惑う。マリコルヌは鼻息荒く追いかけようとするが・・・

「ゴミはお前だーー!?」

仲間たちの様子を監視しているレイナールがマリコルヌを蹴り飛ばした。
彼はこの水精霊騎士隊の良心として評価は一人図抜けていた。
そのレイナールは、大変憤慨した様子で、マリコルヌに言った。

「マリコルヌ!お前は更にこの騎士隊の名を貶める気か!?」

「そんなつもりは毛頭ない!僕は自分の欲望に素直なだけだ!」

「自制しろ馬鹿者!?」

「自制?そんなことしてたら僕はこんな体型じゃないよ」

「分かってるのに自制しない辺り手の施しようがないと言わざるを得ないね」

「ふん!男に罵られても不愉快なだけだ!女を連れてきて僕を罵りたまえ!」

「アンタの親が可哀想だわ」

ギーシュの様子を見に来ていたモンモランシーが冷たく言い放つ。

「そういう罵り方は地味に辛いのでやめていただけませんか?」

マリコルヌは涙目で懇願する。何とも情けない姿だが、誰も同情はしなかった。


魔法学院のルイズの部屋に戻ってきた俺とシエスタは、部屋の惨状に眉を顰めた。
まず何より酒臭い。部屋で酒盛りでもしていたのだろうか?
そこら中にワインの壜が転がっていた。
そして何故か、部屋にはルイズ、キュルケ、タバサ、そしてティファニアの四人が床やベッドですやすや寝ていた。
腹を出したり、下着姿だったり、半ケツだったり、目も当てられない状況である。

※プライバシー保護のため、誰がどうなっているのかは明記いたしません。ご了承ください。

こんな酒臭い部屋で眠る美少女達が今まで何をしていたのか気になるが、真琴の教育に悪いから止めてくれない?
その真琴は俺の背中で寝息を立てていた。正直寝ていてくれてよかった。

「どうしましょうか、タツヤさん・・・?」

シエスタが俺に聞いてくる。
このまま放置しても良いのだが、彼女達が風邪でもひいたら大事である。

「シエスタはこの部屋を片付けて置いてくれ。俺は酔い潰れたであろうこの三人を運ぶ。面倒だけどな」

「分かりました。変なことしちゃ駄目ですよ?」

「しねーよ」

俺はそう言って、まずルイズの部屋から近いキュルケから運ぶ事にした。
ふむ、見た目はムッチリとしているが、案外軽いな。
寝息が酒臭いが、まあ、我慢してやろう。
まったく、酒に飲まれて如何するんだよ。
俺が所謂お姫様抱っこの要領でキュルケを持ち上げると、シエスタが物欲しそうに俺を見つめていたが無視した。
しかし、案外軽いというだけで、実際は寝ているのだから、体重は俺の腕にかかっている。
・・・落とさないようにしないとなぁ。

炎が燃えていた。
キュルケはその炎の中に佇んでいた。
彼女の目の前には死んだ筈のメンヌヴィルが立っていた。

『あ、アンタはなんで・・・!?死んだ筈じゃないの・・・!?』

『炎のメイジの俺が、あれしきの炎で死ぬ筈なかろう・・・貴様の悲鳴を聴きに来たぞ・・・』

目の前の男は自分にとって恐怖の対象であった。
どうして今になってこの男が現れるのだ?復讐ならばコルベールを相手取ればいいじゃないか。
そうか、これは夢だ。死んだ者が生き返る事はない。ましてやこの男は焼き尽くされたじゃないか。
しかし、人間というものは強い恐怖に襲われると、ショック死する事もある。
悪夢で死ぬというのはあまりの恐怖にショック死したと考えられる。何とも情けない話であるが、キュルケにとってこの男は死して尚、自分の恐怖の象徴だった。
その恐怖から逃れる為に、人は目を覚ます。キュルケも例外ではなく、ハッとした様子で目覚めた。
目覚めると同時に頭痛と吐き気が彼女を襲う。

「う・・・気持ち悪・・・」

「起きたか酔っ払い」

「え?」

声のした方を見ると、達也が自分に毛布をかけていた。
達也の表情は呆れているようだった。
部屋の装飾から、此処は自分の部屋である。それは理解できる。
だが、それなら何故達也がこの部屋にいるのだ?
まさかこれも夢なのだろうか?夢から覚めたら夢とはなんというループだろうか。
しかし夢なら好き放題しても良いのではないか?
キュルケは、達也の手を掴んだ。

「何だよ?水が欲しいのか?」

キュルケは首を振る。
彼女の身体は悪夢のせいか震えていた。
彼女とて人間である。大人びてはいるが、少女の心もまだあるのだ。
如何してだろう?寂しい。寂しいという感情が自分の中に渦巻いている。
アルコールが入ったせいだろうか?普段の彼女からは考えられない程、今日のキュルケは弱気になっていた。
メイジ達にやられかけた時からか?メンヌヴィルに恐怖した時からか?エルフにズタズタにやられた時からか?
とにかく彼女の中の自信はやや危ういものになっていた。
トライアングルクラスの魔法を使えるといっても、実戦を潜り抜けた者達には敗れてきた。
魔法学院ではトップクラスのメイジだが、世界は広いのだ。
彼女はまだ若いのでそれ程気にすることはないのだが、それでも最近の体たらくは彼女のプライドを刺激していた。
学院では下手に力を持っている為、誰かに守られるという経験に乏しかった。
力を持つものには孤独が付きまとう。だからこそ、同じ力を持つタバサと友人になり、孤独を紛らわせようとした。
男と遊んで孤独を紛らわせようとした。だが、彼女にとってタバサは肩を並べて戦う友人である。
ましてやそこら辺の男は論外だった。誰も彼女の孤独を分からない。
キュルケも強い女性である。寂しさなど普段は微塵も感じさせない。彼女の熱がそのような冷たい孤独を隠していて、自分でも気付いていないのだ。

孤独を自覚したら、人は怯えてしまう。
ルイズは達也が七万に突っ込んで行った際、寝込むほど落ち込んだ。
タバサは感情を失う直前、孤独に怯え震えた。
ティファニアは初めて出来た友人との別れに孤独感を感じ涙した。
ではキュルケは?自分はどうなのだろうか?熱が冷めている状態の自分はただの女だ。
もしかしたら、自分が一番孤独に怯えているのではないのか?

「どうした?キュルケ」

「ねえ、タツヤ。私、寂しいの」

「寂しい?そりゃまた珍しい事もあるな」

「・・・慰めて」

「慰めろねぇ・・・」

酔っ払いの戯言かと思ったが、キュルケの表情からは不安しか見えなかった。
酒は人間を変えると言うが、キュルケは酔うと欝になるタイプか。
慰めろと聞いて、普段の彼女なら性的な意味でしか捉えられないが、欝傾向のこいつにそんな事をする男は・・・まあ、欲望に素直な奴なんだろうな。

「寝ろ」

「は?」

「気のせいだろうから寝ろ。お前は一人じゃないからな」

俺はキュルケの手をぎゅっと握ってやった。
この痛みはこいつが一人ではないという事の証である。
彼女が一人なわけない。一人ならば寂しさを知らないだろうから。
一人なら、俺が此処にいるわけないだろう?
一人なら、ルイズの部屋で寝ている説明はつかないだろう?
だから、キュルケが不安になる事はないのだ。

「タツヤの手、冷たいわね」

「今日は冷えるしな」

「人の冷たい手が心地よいと思ったのは初めてよ」

「俺の手より、水にぬらしたタオルの方がいいと思うぜ?」

「いいのよ。人肌が恋しいから・・・」

そう言ってキュルケは俺の手を自分の額に当てた。
人の手を熱冷ましシート扱いしないで欲しい。
程なく、キュルケは再び寝息を立てた。
それを確認して俺は彼女の額に当てていた手を離し、部屋を後にした。

ルイズの部屋には、テファとルイズがいまだ夢の中である。
タバサは恐らくシエスタが運んだのだろう。乱雑に置かれていた壜が片付けられている。
仕事が早いなと思いながら、俺はテファを持ち上げた。
トンでもない奇乳が零れ落ちそうである。寝苦しくないのか?

ひどい頭痛と共にティファニアは目を覚ました。
ルイズ達の部屋でおしゃべりしていた筈の自分はいつの間に自室に戻っていたのだろうか?
ワインを飲み始めてからの記憶があまりない。
どうやら随分飲みすぎたようだ。

「お?起こしちゃったか?」

「タ、タツヤ・・・?どうしてここに・・・?」

グラスに水を注いで来た達也の姿にティファニアは少々戸惑う。

「お前、ルイズの部屋でぐーすか寝ていたんだよ。お臍出してな。どんだけ飲んだんだよ?はい、水」

「あ、ありがとう・・・」

達也が渡した水を飲むティファニア。
その程よい冷たさが心地よいが、頭痛はおさまらない。
本気で飲み過ぎのようだった。

「・・・タツヤ・・・子ども達はどうしてる?」

「ああ、優秀な院長のお陰で皆元気にやっているよ」

「・・・そう・・・よかった・・・」

「時間が合えば、君をド・オルエニールに招待したいんだけどさ」

「うん。私も子ども達に会いたいし・・・タツヤの土地も見てみたい」

「綺麗な所もあるし危険なところもあるぞ?」

「それは何処でも一緒だよ・・・」

ド・オルエニールの危険は他の領地のそれとは違うのだが、まだ行った事のないティファニアが知る由もない。

「きっと、良いところなんだろうな・・・」

「住民は曲者ばっかりだけどな」

勿論その曲者の中には領主の俺も入っているのが悲しい。
俺は悪くない。環境が悪いんだ。
それでもティファニアならば、すぐに慣れるのだろうと思う。
そもそも巨大ミミズや巨大モグラという脅威がいるので、人畜無害なテファが迫害される謂れはない。
まあ、彼女の胸囲は十分脅威なのだが、そんなのは些細な問題だ。
人間だろうとエルフだろうと、住みたいと言う奴には文句は言わないし、来訪者は基本歓迎なのだ。
宗教上の問題なぞ知るか。人を助けるのは神じゃなくて人だろうよ。
そもそも、ド・オルエニールにおいて始祖ブリミル云々言っている者は一人もいない。
ゴンドランでさえ、

『これが始祖の試練ならば、私は始祖を恨む。何だこのミミズは!!』

と酒の席で言っていたらしいから。
神に祈って領地が発展するならいくらでも祈る。
実際に、農業と子宝の神様とか言って勝手に祭壇作ったし。祭ってあるのは何処からどう見てもミジ●グジさまだが。
だが、それは単なる気休めでしかない。実際動くのは人である。

「近いうちに行こう。テファ」

「うん」

「じゃあ、もう寝ろよ。明日も授業だろう?」

「うん・・・タツヤ、聞いていい?」

「何だい?」

「私、タツヤに出会えて良かったよ」

「馬鹿言うなよ。これからもっと良くなるのさ。お休み」

「うん、お休み」

俺が部屋から出る直前、

「信じてる」

と聞こえた気がしたが、恐らく気のせいだろう。
これで全部か。俺はルイズの部屋に戻った。

・・・で、我が主はあられもない格好で鼾をかいているわけだ。
こいつに惚れた男は大変だな。長所も多いが短所は更に多いぞこの女。

「おいコラ、露出狂。風邪ひくぞ。パジャマぐらい着ろ」

「う~ん・・・何よぉ~・・・身体が火照ってるんだから見逃してよ・・・」

「それは恐らく酒のせいだ。油断してると風邪の菌にやられるだろう?お前の風邪を俺の妹に移しでもしたら俺はお前を吊るし上げなければならん」

「でへへ・・・マコトとおそろいの病気・・・添い寝確実ね・・・」

「お前は隔離してやるから安心したまえ」

「悪魔かアンタは!?」

がばりと起き上がるルイズだったが、すぐに頭痛で頭を押さえる羽目になった。

「ほらほら、タダでさえ弱ってるんだからさ、ちゃんとパジャマ着ろよ」

俺はルイズお気に入りのピンクのパジャマを渡した。
ルイズは寝ぼけ眼でパジャマに着替える。

「うう・・・流石に飲み過ぎたわ・・・頭痛い・・・」

「自分の身体に合わせて飲まないからそうなる。ほら、水だ」

「気が利くじゃない」

「飲みすぎて漏らすなよ」

「漏らすか!?アイタタタ・・・」

「お前には前科があるじゃん」

「やめてよ、あれはびっくりしたから・・・」

ルイズは顔を赤くして毛布に顔を埋める。
ウェールズの二回目の死の際、ルイズは失禁したのだった。

俺はフェイスタオルを水に濡らし、ルイズの額にあてた。

「うえー・・・頭がスーッとする・・・」

「お前ら酔い潰れるほど何を話してたんだよ」

「秘密よ秘密。良い女は秘密が多いのよ」

「良い女は酔い潰れて下着姿で半ケツ状態で鼾かいたりしないよね?」

「うごおおおおおお・・・・!!貴様弱った私に精神攻撃を・・・」

ルイズは涙目で唸る。
その姿に久々に和んだ。

「弱ってるんだから寝ろよ」

「そうさせてもらうわ・・・あー・・・こりゃ二日酔いかもね・・・」

「年中酔ってるじゃん、お前」

「やかましい」

「お休み義妹よ。夢の中で真琴を汚すなよ?」

「大きなお世話よ、お義兄さま。お休み」

ルイズはそう言って、寝息を立て始めた。寝るの早いなおい。

「妬ましい・・・楽しそうで妬ましいです・・・」

「何やってんのシエスタ」

シエスタが部屋の入り口で身体を半分隠して物騒な事を呟いていた。
俺は彼女の協力に感謝した。
シエスタは頷くと、俺に言った。

「タツヤさん、タツヤさんにお客様が来ているようなんですけど・・・」

「客?」

「はい、どうぞ」

「アルビオンで別れて以来だね。元気だったかい?」

そう言って姿を現したのは、アルビオンで共に戦った竜騎士ルネ・フォンクだった。
あの時は俺に良くしてくれた男の来訪に、俺は少し懐かしさを覚えた。

「ああ、御陰様でな。何の因果か土地持ちにまでなっちまった」

「ははは。僕は首都警護騎士連隊に配属されたはいいが、毎日毎日哨戒飛行ばかりさ。退屈で堪らんよ」

「こんな夜に旧交を温めに来たわけじゃないだろう?どうした?」

「そうさ、僕は任務で来た。この手紙を君に届けたらすぐにとんぼ返りさ。人使いが荒すぎるよ全く。差出人が差出人だから、一応形式を取らせてもらうよ」

ルネはそう言うと、かっちりと軍人らしい直立をして、出来るだけ小声ではっきり言った。

「水精霊騎士隊副隊長及びド・オルニエール領主、タツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール殿。かしこくも女王陛下より、御親書を携えて参りました。謹んでお受け取り下さいますよう」

「嫌な予感がするので突返してくださいませ」

「君の気持ちは痛いほど分かるが、拒絶の選択肢はないよ?」

「ひどい話だと思わんかね」

「いいから、受け取れ。その場で開封し、中の指示に従うようとの仰せです」

「強制かよ」

俺は嫌々ながら、中の手紙を取り出した。
そこに書かれた文面を見て俺は溜息をつく。

「ルネ」

「なんだい?」

「伝言いいか?」

「一応聞こう」

「断る」

「却下」

「だよねー」

ささやかな抵抗は此処に潰えた。
アンリエッタからの手紙にはこう書かれていた。

『ギーシュ・ド・グラモン殿及びタツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール殿。女王陛下直属女官ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール嬢と魔法学院生徒ティファニア・ウエストウッド嬢を貴下の隊で護衛し、連合皇国首都ロマリアまで、至急来られたし』

更に追伸としてもう一枚の紙にこう書かれていた。

『追伸:タツヤ殿は縛ってでも連れて来なさい。以上』

はい、正直嫌です。
分身に代わりに行ってもらおうか。いや、ルイズかギーシュにばれるか?
シエスタ、真琴をまたお願いいたします・・・。




(続く)



[18858] 第106話 学生旅行ご一行様
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/29 18:35
俺たちのロマリア行きは公式のものではない。
よって、国から正式に飛行船などが借りれる筈もなく、至急来いと言われても困る。
フネがないならいけなくても仕方がない。大体ロマリアは遠いのだ。至急といっても無理無理。

「その筈なのに何故俺たちはフネに乗っているのでしょう?」

「学院長が骨を折ってくれてね。学生旅行用のフネを貸してくれたのだよ」

学生旅行用のフネといっても、無駄に無駄を積み重ねた改造の結果、無駄に性能がある訳の分からんフネである。
オスマン氏が購入したフネにコルベールが弄繰り回した結果なのかと思えば、彼以外の何者かが関与したっぽい『武装』もある。
表向きは学生旅行なので、引率者としてコルベールがこのフネに乗っている。

「なあ、ギーシュ・・・このフネの名前って何だっけ?」

「『ガンジョーダ』号」

「・・・・・・どんなネーミングセンスだ」

「何せ故障が一度もないと謳われてるからね。元々の名前は地味なものだったらしいけど、皆そう呼んでるし」

無駄に性能があると先程述べたが、ではどの辺が性能が高いのかといえば・・・
快速船で一週間かかる距離を二日で行く馬鹿っぷりといえば理解してもらえるだろうか?
このような速さで飛行すれば普通のフネは何処かぶっ壊れるらしいが、何故かこのフネは平気らしい。
正に頑丈にも程があるフネであるが、旅行用のフネに速さを追及してどうするのだ?
船酔いを訴える者も後をたたない。ルイズなんか三途の川を渡りかけていた。

『ウ、ウフフ・・・綺麗なお花畑・・・あれ?何故ウェールズさまがいらっしゃいますの?え、家庭菜園で御座いますの・・・?』

我が親友よ。君は早く成仏するべき。
何故三途の川近くでのんびりしまくっているのだ?
本当はこのフネの上で、決起集会を行なう予定だったのだが、船酔い患者の多さに事務的な報告しか出来なかった。
そりゃあ至急来いとは言われたけどさ・・・。
護衛対象のルイズが船酔いで倒れてはいるが、もう一人の護衛対象ティファニアも少し疲れた様子で船室にいるはずである。
テファのほうはレイナール達が護衛している。ルイズの方を俺とギーシュが護衛しているのだ。
船室の個室を堂々と使えるのはこの二人のみである。他は相部屋とかばっかりである。
厳正なるくじ引きの結果、俺の部屋はギーシュとゲスト二人と同じになった。
ん?ゲスト?タバサとキュルケである。一体何処から嗅ぎつけて来たのか、俺たちの極秘任務に同行するとか言い出した。
学生旅行に女子が二人しかいないのは色々可笑しいというのが彼女達の言い分だが、だったらモンモランシーを連れて来ればよかった!とギーシュがほざきやがったのでマリコルヌが大いに切れた。
ところで厳正なるくじ引きだった筈なのだが、先にも報告したように、俺がいる部屋の割り振りに不正があるという疑いがかけられた。
無論俺がそんな事をして何が得と言うわけでもないのだが、女子二人が都合よく一緒になり、都合よく俺とギーシュと同じの部屋になったのが気に入らないらしい。
お前らな、修学旅行で男女同じ部屋になるというのはギャルゲーやらでは男の夢かもしれんが、実際なったら気まずすぎるんだぞ?
お前らがどのような幻想を抱いているかは知らんが、俺としては男どもで集まって好きな女を言う事を罰ゲームにして何かしらのゲームをしたい。

「タツヤ・・・旅行気分でどうするんだよ・・・」

「ギーシュ、ロマリアの人を騙すためには心底旅行を楽しんでます的な空気を発散しなければならないのに、この惨状はなんだ?ルイズは船酔いでバケツと友達状態だし、ティファニアは悩ましい吐息を出して寝込んでいるとマリコルヌが報告していたし、キュルケも顔面蒼白だったじゃないか。タバサは風竜を使い魔にしてるだけあって平気そうだが・・・」

「・・・何で君は平気なんだろうな?」

「さあ?」

俺のルーンの力の中に『重力耐性』というものがあるが、それはGに耐性が出来るだけであり、乗り物が揺れることなどによる酔いには耐性が上昇するということはない。元々俺は乗り物に強いほうなのかな。

『おえっぷ』

俺たちがいるのはルイズのいる船室の扉の前である。
扉の中からルイズの乙女にあるまじき声が聞こえてくる。

『タ、タツヤ・・・助けて・・・バケツを・・・バケツを交換して・・・』

俺とギーシュはその願いを無視したかったが、フネ全体が酸っぱい匂いになるのは御免だったのでギーシュは新しいバケツを取りに行き、俺は船室に入った。

「タ、タツヤ・・・私が死んだら姫様には『ルイズは立派に散りました』と伝えてほしいわ」

「わかった。汚物まみれになりながらも最期まで船酔いと戦い事切れたと伝えよう」

「話聞いてた?」

「俺は事実になりそうなことを言ったまでだが」

俺はハンカチでルイズの口元を拭い、水を飲ませた。
弱っている人間に対しては俺はそこまで強くは出ません。精神的には弄りまくるが。

「このフネの形状自体はそんなに変なところはないから、学生旅行ですって言ってもロマリア官史は特に何も言わないとは思うけど・・・蒸気とか風石とか組み合わせてこんな速さだから、内部構造を見られたらやばいわね」

「その前にテファが危ないよな。確かロマリアじゃエルフはもとよりハーフエルフは異端も異端だろ?」

「信仰心がそこそこ薄いトリステインでさえエルフを恐れるんだから、ロマリアならば相当よ?もしかしたら有無を言わずに・・・」

「融通の利かない所のようだな、ロマリアって所は」

「そんなものよ。宗教に縛られすぎの国ってものはね。そういう訳だから、剣とかは袋に詰めたほうが良いわよ。携帯しちゃいけない規則だから」

成る程、郷に入っては郷に従いなさいということか。
自分の常識が他の常識ではないから、他の場所に行く時はそっちの常識に合わせねばならない。
それが出来ない奴が自分の常識を他に強制しようとするから面倒な揉め事が生まれるんだよ。
ド・オルニエールをロマリアの神官達が見たらブチ切れるんじゃないのか?祭ってるのはブリミルじゃなくてミジャ●ジさまだし。
まあ、実際動くのはそのブリミルじゃなくて俺たち生きてる人間だし、心の拠り所として神様を崇拝するのは良いかもしれないが、その神様が他人の神様とは限らんのだからな。まあ、八百万以上神様がいるよ~とかいう我が故郷も色んな宗教に喧嘩売っているのだが。

「相棒、そんなに考え込む事はねえんだぜ?現代の神官はおそらくブリミルの事を何も知らねえから。俺のおぼろげな記憶では何でこんなに崇拝されてるんだよって程の野郎だったからな」

この喋る剣はどうやらブリミルが生きていた時代に存在した年代ものの剣である。記憶は飛び飛びであるが、ブリミルの事は少し覚えているらしい。
でも俺はブリミルの人となりには興味はない。ただ『虚無』魔法を使えた人であるとの認識である。大体始祖の祈祷書の注意書きすら隠してしまっているドジ男に何を期待しろと言うのか。

「何事も先駆者ってのは過大評価されるってものなのさ」

「どんだけ始祖ブリミルを軽んじた発言してんのよアンタ」

そうだねルイズさん。一応毎日の食事は始祖ブリミルに感謝して食べてるモンねお前らの学院では。
ちなみにド・オルエニールでは普通に『いただきます』だった。俺が広めるまでもなくいただきますが既に浸透していた。
領民曰く、『ブリミルを祭ってみたはいいが、状況が良くなる事は全くなかったから』だそうである。
そんな領民がよくあの神様を祭る事を許してくれたものだが、『豊穣の神っぽい』という理由で祭る事にした。何だそれ。


さて、『ガンジョーダ』号は当初の予定通り二日でロマリア南部の港、チッタディラに到着した。
チッタディラは大きな湖の隣に発達した城塞都市であり、フネを浮かべるのに何かと都合が良いということで湖がそのまま港になっている。
岸辺から見えるいくつも伸びた桟橋には、様々なフネが横付けされていた。これだけ見るとただの港のようである。
ガンジョーダ号は見た目は地味なタダのフネの為、特に注目はされなかった。

「どう見ても学生旅行のご一行様だな」

俺はデルフリンガーと村雨を袋に入れた状態でフネを降りる。
この辺はまだいいが、都市に入れば武器などそのままで携帯してれば要らん揉め事になるらしい。
そもそも入国の際にむき出しの武器を携帯して入れると考える方が可笑しかったんだよな。

「あのフネは何で動いておるのだ?」

「はい、主に風石ですが、万が一のため蒸気の力を利用して推進力とする予備の装置もございます」

コルベールがメガネの官史に説明しているが、実際は蒸気がメインで風石はフネの航行速度を上げるためのものに過ぎない。
コルベールの説明に官史は眉を少々顰めたが、主に使っているのが魔法なので何も言わなかった。
彼らが説明している間、タバサがティファニアの帽子の下に隠れている長い耳を人間サイズの耳に変える魔法をかけていた。
・・・それっていいのだろうか?まあ、入国許可証は本物だし揉めるのも嫌だしいいのか?いいよな?いいよね?よーし。

さて、何事もなく順調にロマリアの都市にも辿りついた俺たちはこれからどうすれば良いのだろうか?
大体アンリエッタはお忍びでこの国に来ているらしいから、俺たちはアンリエッタに呼ばれてきたんだと馬鹿正直に言っても門前払いである。
このロマリアにいる神官たちは態度が尊大で妙に鼻につく。また、路地を見ればボロボロの格好をした子どもが座り込んでいたりする。
そのような存在に目もくれずに、この都市の神官達は煌びやかな格好で街を闊歩している。

「えー、それでは本当にロマリアの歴史について講義でもしましょうか?」

コルベールが俺たちに向かってそんな冗談を言うほど事態は詰まっている。
迎えぐらい寄越して欲しいし、それが出来なくても場所の指定ぐらいしろよ。
とりあえず俺たちはまだ人がいないであろう酒場で休憩する事にした。
酒場に客は神官風の人が一人いるだけだった。

「さて、想像以上だね・・・」

ギーシュがワインを飲みながらそう言う。
ハルケギニア中の神官から理想郷扱いされているロマリアだが、その実情は先の戦争で流れ着いた難民や孤児達が貧困に喘ぎ、その隣を平然と神官達が通り過ぎているものであった。大した神の使いがいたものである。

「トリステインの貴族も結構自尊心は高いが、ロマリアの神官達はそれ以上だな」

「始祖ブリミルが没した場所を護っているという自負が増長した結果なのかもね」

「大通り以外の衛生状態はあまり良くないみたいだ。トリスタニアにもああいう場所はあるけど此処はそれの比じゃないよ」

各々、ロマリアに来ての感想を言い合っている。
コルベールはそのような生徒の様子を静かに見守っている。
宗教家が下手に権威を持てばこうなる・・・か。
俺の世界の歴史上の人物に、その宗教の総本山のような場所を焼き討ちした偉人がいるが、確かあの人も坊主が政治に介入するなと言いたかったからだっけ?
政に宗教概念を持ち出されても困るしな、確かに。

「何か通りに騎士とか多くなかった?」

「団体行動しててよかったな。個人行動してたら間違いなく職務質問されてたぞ」

「何で僕を見るんだレイナール」

レイナールとマリコルヌが一触即発であるが、どうでも良いことなので無視しておく。
ルイズは紅茶を優雅に飲もうとしていたが、予想以上の熱さに舌を火傷して涙目である。何してんだお前は。
キュルケも呆れてそんなルイズを見ていた。タバサは読書中である。テファは右隣に座って紅茶を啜っている。
俺は酒場のメニューにあったフライドチキン(?)を齧りながら、俺たち以外の客であるフードを被った神官風の男を見ていた。
室内でフードを被る必要があるのか?コルベール先生だって被り物ははずしているんだぞ!
コルベールもそう思ったのか、険しい表情でそのフードの人物に声を掛けた。

「先程から我々を尾行しているようでしたが、今度は先回りですか?」

キラリと光るコルベールのメガネと頭が非常に格好良い。
やはりカッコいい人というのは毛の多さは関係ないのだ。
とはいえ尾行?全然気付かなかったけど。
フードの人物は笑い声と共に立ち上がった。

「流石と言うべきですか。ジャン・コルベール。気付いていないとは思ったのですが」

フードの下から出てきた顔に俺は見覚えがあったが、えーと確かジュリオだったな。
俺がアルビオンでルイズとなんちゃって結婚式をしたあとにこいつにルイズを預けて俺は七万に向かっていったんだっけ。
そういえばロマリアの神官だったな。
ジュリオは俺とルイズを見ると、にっこりと微笑んだ。
ルイズはフルーツをモシャモシャ食べながら手をあげて挨拶する。

「やあ、実に久しぶりだ。アルビオンで君を見送って以来だったな。折角歓迎のための余興を準備していたのに君たちと来たら普通に学生旅行を演じていたものだからその余興も無駄に終わってしまったよ。これからその後始末に骨を折ることになってしまう。どうしてくれるんだい?」

「普通に出迎えると言う選択肢はない訳?」

ルイズが呆れてジュリオに言う。ジュリオは肩を竦めながら言った。

「まあ、此方としても外部から見たロマリア観を知ることが出来てよかったよ」

「ところでお前は余興とか言っていたが何を仕込んでいたんだ?」

俺はジュリオに聞いてみた。
正直嫌な予感しかしなかったが、ネタ晴らしぐらいはしてもらっても良いだろう。

「騎士や神官に聖下がかどわかされたと噂を流してね。反応を見ていた。そうすれば君たちのような存在は真っ先に疑われると思ったからね。だが君たちは僕の思惑を嘲笑うように完全に学生旅行ご一行様になっていた。本当にロマリアの名所で講義していたしね」

これも一種の課外授業なのだから、授業をするのも当たり前と言っちゃあ当たり前だ。
ただでさえ騎士団の面々は授業の進行が遅れているらしいから尚更現地で授業をしなければならない。
俺は学院生徒じゃないので聞かなくても良いのだが、個人行動は慎むべきなので大人しくしていた。

「これから君たちがすることになる任務は過酷だから、力だけでなく知恵も駆使しなければいけないと思ってこのような回りくどい事をしたんだが・・・」

「運で乗り切ったというわけか」

「いや、ある意味一番必要な要素ではあるけど・・・何か納得はいかないな・・・」

ジュリオはつかつかとルイズとテファの元に向かい、優雅に一礼した。

「お呼びだてしておきながら、非礼を働こうとした事をお許し下さい。このような場所でご挨拶をするとは思いませんでしたが」

そのような気障な態度に騎士隊の連中は本能的に顔を顰めていた。
こんな所とはなんだ。何気にメシは美味いんだぞ!見ろ!タバサなんか本を読みつつ口いっぱいにフライドチキンを頬張って・・・え?
俺は自分の目の前にあった皿を見る。・・・皿は空である。
フライドチキンを頼んだのは俺だけのはずだ。・・・・・・俺は目の前に座るタバサに声を掛けた。

「美味しいか?フライドチキン」

「ふぉてみょ(とても)」

「やっぱりお前か!人の目の前にある食事を黙って取ってはいけないとお兄さん言ったでしょ!」

「ふぉとぇみょほぉうぃしょうだっとぁ(とても美味しそうだった)」

「そういう時は『食べて良い?』と事前に聞けよ」

タバサはしばらく考えて口に頬張っていたフライドチキンの骨を一つ摘み、口から取り出した。
唾液まみれの骨付きチキンを俺に向けて彼女は言った。

「食べる?」

「食うか!?すいませーん、フライドチキンもう一皿追加で」

「いや、ほのぼの空気を出すのは良いがね君たち。これから我らが大聖堂に君たちを案内したいんだけど」

「食事が先」

タバサは明らかに俺のフライドチキンをまだ狙っていた。

「いや、食事なら大聖堂にもありますから・・・」

「すぐ向かう。急いで」

「変わり身早っ!?」

タバサの頭の中は主に食事と母親が中心となっているようだ。
フライドチキンを待っている俺の腕をぐいぐい引っ張ってくる。
しかし俺は意地でも動かん。貴様のせいで俺はフライドチキンを2つしか食えてないんだぞ!12個あったフライドチキンのうち10個がこいつの腹の中に!

「お待たせいたしました。フライドチキンです」

「いただきます」

「ねえ、タツヤ、フライドチキン食べて良い?」

「どうぞ」

「わーい」

ルイズはこうして一言断って食べるのである。
何だかんだいってこいつはトリステインが誇る大貴族の三女であるのだ。
タバサは王族の筈なのだが・・・?
タバサは俺に何か訴えたそうに見つめてくる。

「・・・・・・」

「・・・・・・・・(もぐもぐ)」

「・・・・・・・ううっ」

「食べるか?」

「うん」

「うんじゃなくて早く案内したいんだが・・・あ、ついでに僕にも一個くれない?」

その後、何故か酒場はフライドチキンの臭いが充満するのだった。
大聖堂はどうしたお前ら。


(続く)




[18858] 第107話 主人公(笑)状態!!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/30 15:10
大聖堂に到着するとアンリエッタが待ち構えていた。
ルイズはアンリエッタに到着の挨拶をし、アンリエッタはそれに答えた。
だが、アンリエッタはこの国に俺たちを呼んだ理由を話してくれない。

「教皇聖下のご説明があとであります。彼の説明を聞くのが良いでしょう」

アンリエッタはルイズとテファに向けて言っていた為、俺には関係なさそうな事だ。

「とにかく長旅でお疲れでしょう。晩餐が用意されていますわ。まずはお腹を満たしてくださいまし」

フライドチキンで腹は既に満たされている訳ですが。
まあ、とにかく姫様はルイズとテファに用があるようですので、俺に被害はないようだ。


晩餐会は二つの部屋で行なわれた。
まずは水精霊騎士隊とコルベール、キュルケ、タバサに与えられた部屋はホストも不在で一同は気ままに食事を取ることになった。
ギーシュ達は出された食事を食べる気はしなかった。なぜならお腹は満たされているし、スープは不味いからである。
好き勝手に世間話をしている面々の中でただ一人、コルベールだけがなにやら考え込むようにして黙り込んでいた。
ギーシュはそんなコルベールが気になったのか、生徒代表として(間違ってはいない)コルベールに尋ねてみた。

「先生、どうされたんですか?先程から黙り込んだ様子で」

「ん・・・?」

コルベールは顔をあげた。
その時キュルケはコルベールが所持していた指輪を目ざとく見つけた。

「あら、ミスタ・コルベール。綺麗な指輪じゃありませんか」

「先生には珍しい趣味ですね。何か思い出すことでもあるんですか?」

「ロマリアの修道女と昔付き合っていたとか?」

コルベールが所持していたのは赤いルビーの指輪だった。
キュルケが冗談で言ったはずの言葉にコルベールは頷く。

「まあ、そんなところだよ」

コルベールの甘く切ない過去を勝手に捏造した彼の生徒達は『おお~』とコルベールの大人の恋愛を想像し感心した。
だが、若干一名、彼を仲間と感じていた漢が叫んだ。

「嘘だっ!!」

「マ、マリコルヌ!?」

覗き事件により取り巻きの女性が居なくなってしまった漢、マリコルヌが哀しみの咆哮をあげた。
彼は顔を真っ赤にして涙を浮かべながら悲痛な声でコルベールに言った。

「先生!僕は先生を己を苦しめる状況が違うとはいえある一点においては仲間だと信じていたのに!?どうして、どうして修道女との恋愛というある意味男のロマンをのうのうと行なっていたんですか!?妬ましい!妬ましい!やはりその頭部を光らせて女性を惑わしたんだ!クソ!なんて魔法を使うんだ!ポッチャリ系の僕には出来ませんよそんな高等技術!腹踊りなんて女性は喜ばないよ!この技術の差はどういうことですか?全ツルピカーナは全ポッチャリストと相容れないんですね?仲間だと思っていたのに・・・!汚いですよ流石ツルピカーナ汚い!」

「マリコルヌ、そんなに激しく怒らなくても・・・」

「私はハゲではありません!?」

「ミスタ・コルベール!?特定の単語に過剰に反応しすぎです!?」

「す、すみません・・・取り乱してしまいました・・・」

「というかマリコルヌが女にもてないのは容姿じゃなくて性癖のせいだと・・・おぶふ!?」

的確な指摘をした隊員はマリコルヌの風の魔法によって昏倒した。

「諸君、僕は女性が好きだ。大好きなのだよ。それの何が悪い!否!悪い筈があるまい!従って進んでスキンシップをとろうとするのは何ら間違ってはいない!」

「お前のスキンシップの仕方は生理的に無理」

「レイナール・・・貴様・・・一人だけ女子生徒の評価が異常だからといって調子に乗っているよね・・・?」

「お前の奇行は騎士隊全体の評判に影響するのだよ」

「はいはい、そこまでにしなさいよね。ここはトリステインじゃないんだし大掛かりな喧嘩をしたら牢屋行きよ?」

キュルケが手を叩いて二人の険悪な状況を仲裁する。
レイナールとマリコルヌはその仲裁に対して渋々と自分の席に座る事で答えた。
タバサはタバサで出されたスープを飲み干して、

「不味い。もう一杯」

と、おかわりを要求していた。


一方、廊下を挟んで隣の大晩餐室。
騒がしい隣の部屋とは違い、この部屋の人々は黙々と料理を口にしていた。
ルイズははじめて見る教皇に対して緊張してたし、テファに至ってはそれに加えて初めて見た女王陛下に対して可哀想に怯えていた。
アンリエッタもアニエスも何か考え込んでいるようだ。
テーブルの上座に座る、教皇聖エイジス三十二世こと、ヴィットーリオ・セレヴァレは隣に腰掛けるジュリオから本日の報告を受けていた。
先程ルイズ達は、教皇ヴィットーリオへの拝謁を許された。ジュリオとは違うタイプの美貌というに相応しい容姿にルイズは息を呑んだ。
彼が放つ慈愛のオーラは私欲を捨てた人間が放てる全てを包み込むような光だった。
この若さで教皇になった理由はここにあるのか・・・とルイズは思った。
それから始まった晩餐会では、ヴィットーリオは自分達の労をねぎらうばかりで、肝心な事は話してくれない。
どう考えてもハシバミ草のサラダは料理として出して良いのか良くないのかなんて心底どうでも良い話題だし、それで空気が良くなるとは思えない。
ルイズは自分とティファニアの隣に空いた席を見た。
ここには達也が座っていた。
達也は晩餐会がはじまる前に、ジュリオに『トイレは何処だ』と言って場所を教えられて出て行った。
お陰でこの部屋の空気は最悪に近いものがある。ちなみに達也の席には料理は置いていない。
そりゃあ、フライドチキンをタバサに次いで食べていたのだ。今更何か食べたいと言う訳がない。

「ども、すみません、遅くなりました」

そう言いながら達也が大晩餐室に入ってきた。
ルイズはひとまずホッとしたが、自分以上にティファニアの顔があからさまに輝いている。
まるで迷子寸前で親を見つけた幼児のような表情である。
達也が自分の席に座った直後、ジュリオの報告も終わったようで、教皇は深々と一同に頭を下げた。

「皆様、わたくしの使い魔が、妙な事を企んでいたようで・・・ご迷惑は御座いませんでしたか?」

ルイズは思わず飲んでいたワインを噴きそうになった。

「聖下・・・?今なんと?」

「ご迷惑は御座いませんでしたかと申し上げました。ジュリオ、別にそんな演出はしなくていいのですよ?もし彼女達に万が一の事があれば、我々はトリステインを完全に敵に回す事になります」

「軽率でした。申し訳ありません」

「そ、そうじゃなくて!今、聖下は使い魔とおっしゃいましたね?」

「はい。わたくしたちは兄弟です。伝説の力を宿し、人々を正しく導く為の力を与えられた、兄弟なのです」

教皇がそう言うと、ジュリオが右手の手袋を外した。
その右手にはルーンが刻まれている。

「僕は神の右手・・・ヴィンダールヴだ」

ティファニアがヴィンダールヴ・・・と呟く。
始祖ブリミルの四の使い魔のうちの一つ、ヴィンダールヴ・・・。突然の伝説の登場にルイズとティファニアは目を丸くしている。

「ティファニア嬢は未だ、使い魔をお持ちではありませんから、これで三人の担い手と一つの秘宝と二つの指輪が集まったということです」

何やら教皇は残念そうに達也を見ながら言った。

「さて、本日こうしてお集まりいただいたのは他でもない。わたくしは、貴女がたの協力を仰ぎたいのです」

「協力?」

「それはわたくしから説明いたしましょう」


アンリエッタの話を要約するとこうだ。

『聖地を取り返すにはお前らの力が必要だから力を貸せ』

ルイズは頭を抑えて言った。

「それではレコン・キスタの連中と変わりないように思えますが」

「そうではないようです。交渉することで、戦う事の愚を、あなたたちの力によって悟らせるのですって」

まるで他人事のような口ぶりなのが不思議だが、ルイズは尋ねた。

「何故、そうまでして聖地を回復する必要があるのです?」

今度は若き教皇が口を開いた。

「それが我々の心の拠り所だからですよ。何故戦いが起こるのか?我々は万物の霊長でありながら、どうして愚かにも同族で戦いを繰り広げるのか?簡単に言えば心の拠り所を失った状態だからです。我々は聖地を失ってより幾千年、自信を喪失した状態であったのです。異人たちに『心の拠り所』を占領されている・・・・・・。その状態が民族にとって健康な筈はありません。自信を失った心は、安易な代用品を求め、くだらない見栄や、多少の土地の取り合いで、我々はどれだけの無駄な血を流してきた事でしょう?聖地を取り返す。伝説の力によって。その時こそ、我々は真の自信に目覚めることでしょう。そして・・・我々は栄光の時代を築くことでしょう。ハルケギニアはその時初めて統一されることになります。そこにはもう、争いなどはありません」

淡々と統一などと言うが、それは幾度となく、ハルケギニアの各王が夢見てきた言葉である。
ルイズはその話に何処か引っかかりを覚えた。何だ?何かがおかしい。

「始祖ブリミルを祖と抱く我々は、みな、神と始祖のもと兄弟なのです」

その時、今まで退屈そうにしていた達也が口を開いた。
そういえばこの男に始祖ブリミルは一切関係ない。
ルイズは気付いた。達也の左手のルーンがやたら輝いている事。
そして達也の表情が今まで見たことのないように冷え切っていた事を。

「それはつまり、エルフの住む土地を剣で脅して巻き上げるということですね?」

「はい、そうです。あまり変わりはありませんね」

若き教皇はあっけなく達也の言葉を肯定する。
対する達也はすっと目を細める。
ルーンが赤く輝きだした。

「異人相手だからと言って容赦ありませんね」

「わたくしは、全ての者の幸せを祈るのは傲慢だと考えています。わたくしの手は小さい。神がわたくしに下さったこの手は、全てのものに慈愛を与えるには小さすぎるのです。わたくしはブリミル教徒だ。だからまず、ブリミル教徒の幸せを願う。わたくしは間違っているでしょうか?」

「ならば他の者はどうなっても構わないと?成る程、ご立派な事ですね」

ルイズは達也の様子が明らかにいつもと違うように思えてならなかった。
いつもならこんな冷たい表情でこの男は人に反論したりはしない。
一体、どうしてしまったというのか?あ、ひょっとしたら分身なのかもしれない。
ルイズはそう思い、達也をポカポカ殴ってみたが、一向に消える筈がない。それどころか、

「ルイズ、寂しいならテファに構ってもらえば?」

と、寂しい女扱いされてしまった。屈辱である。
様子がおかしい達也に対してアンリエッタは言った。

「タツヤ殿。わたくしもよく考えてみましたが、力によって、戦を防げる事ができたら・・・それも一つの正義だとわたくしが思うのも事実なのです」

「正義の名の下に戦争する気ですか貴方がたは。話を聞く限りではやる意味がないと思われる戦争を?聖地を取り返せば全てが上手くいく?馬鹿をいわないで下さいな。そんな考えである限り人間は何時まで経っても戦争を引き起こしますよ。欲しいものを手に入れたら人間というものはすぐに新しいものが欲しくなりますからねぇ?」

達也は呆れたようにだが、はっきりとした侮蔑の笑みを浮かべてはっきり言った。

「この戦争は反対です。虚無の力は万能ではないことはルイズを見てれば分かります。エルフだって馬鹿じゃない。対策だってして来るはずだ」

「タツヤ殿」

「姫様、私の言動を咎める前に貴女はまず挨拶するべき方がいる筈です」

そう言って達也はティファニアを見た。
彼女はアンリエッタから見れば従妹である。
ティファニアからすれば、唯一の血縁者である。
アンリエッタは立ち上がると、ティファニアの元へ歩いていく。

「初めまして。ティファニア殿。貴女の従姉のアンリエッタで御座います」

そう言ってアンリエッタはティファニアの手を握り、視線をその胸に移す。
・・・それから足元が震えているのだが大丈夫だろうか?
まあ、しかしアンリエッタはティファニアを抱きしめて、会えた事を喜んだ。
ティファニアも涙を流して抱きしめ返した。
・・・アンリエッタの足の震えが更に酷くなったような気がする。
こちらで感動のシーンを見せられているのに、もう一方では胃が痛くなる光景が見られた。
様子がおかしい達也と、若き教皇の会話である。

「わたくしはロマリア教皇に就任して三年になりますが、その間学んだ事があります。博愛では誰も救えないと」

「そりゃあ世界人類を対象にした博愛なら救う事は絵空事ですね。ですが貴方は貴方を頼って救いを求めてきた異教徒に対し、それを言って救わないんですか?」

「私の出来る範囲でやれる事をやるのみです」

「ならば此方に10人ブリミル教の難民がいて、もう片方には異教徒の10人の難民がいる。その場合は貴方は当然ブリミル教を救うのですね?先程の言葉からすれば」

「そう判断してもらっても構いません」

「成る程」

「貴方は違うのですか?」

「救いを求めるのならば出来る範囲でやれる事をやるのみでしょう?20人分のパンとスープぐらいは用意できる。職も紹介出来る。神は人を救いはしませんし、人を救うのは人なのです。ですが行動するのは自分自身。救いを求めるならば代価を払ってもらわねばいけません。タダで食住を提供などしませんしね」

頼られるという事はその人なら何とかしてくれると思うから頼むのだ。
人々がロマリアに来るのも、始祖ブリミル及び神官や教皇が何とかしてくれると思うからやって来る。
だが、頼る人を間違えた結果がロマリアにいる難民達である。
達也たちのド・オルエニールははじめて来た人にはやたらフレンドリーである。それは難民にも同じであるが、明らかに領地のために働こうという意思のないものは丁重にお帰りいただくことにしている。この領地に住む人々は何かしら領地に貢献しているのだ。
これは領民が一体となって領地を盛り上げようと思っているからである。最近は淡水魚を使った料理屋を開業したいという者がこの地を訪れている。
その料理屋に対して達也は寿司及び刺身を教えようとしている。・・・山葵どうすんの?

そのド・オルエニールの領民から達也の子を生むんじゃないかと素敵に誤解されている御婦人、エレオノールは書庫にて『根無し放浪記』の15巻を読んでいた。


エルフと結婚した人間ということでニュングは『悪魔に魂を売った』として人間に迫害されることになる。
シンシアはそんなニュングに尋ねる。『辛くはないのか』と。
だが、『根無し』のニュングは答える。

『他人を理解しようとせず、ただ悪魔悪魔とお前らを罵倒するようなあいつらの方が悪魔だぜ。子どもの教育に悪いと思わないのかね。大人の態度でその子の一生の半分以上が決まるのによ。大体あいつ等が言うブリミルが殺されたのは1000年以上前だぜ?知らんわそんな大昔の因縁なんぞ。引きずってる方が馬鹿っぽいだろうよ。血縁的にも全然ご先祖でもなんでもない奴を何でああも崇拝できるか俺には分からんな。で、なんだって?』

肝心なところを聞いていなかった。
このようなところがブリミル批判のようで宗教庁の琴線に触れたのだろう。
そもそも人間とエルフは長年敵同士として認識されている為、エルフと結婚している作品は検閲対象である。
この15巻では使い魔のフィオに肝心の使い魔のルーンがないのが読者にわかるように描写されている。

『何で使い魔にはあるはずのルーンがないんだい?』

『お前・・・幼女にルーン刻むとか普通に犯罪の臭いがするぞ・・・?』

妙な所で常識人の根無しである。
そして16巻。サブタイトルは『初恋』である。
エレオノールは少しワクワクしながら16巻を見始めた。
しばらく物語を見ていたエレオノールは首をかしげた。
確かにこの16巻はフィオの初恋のお話であったのだが・・・?


ルイズは注意深く達也と教皇の胃に穴が開くような会話を聞いていた。
どうやら教皇は虚無を集めるつもりだが、ガリアの虚無使い・・・ガリア王ジョゼフを教皇即位三周年記念式典を機におびき寄せ、自分やテファ、そして教皇自ら囮となり手を出しに来た所でまず使い魔のミョズニトニルンを捕獲し、交渉に持ち込み、ジョゼフを廃位に追い込むらしいが、いかんせん危険すぎる。
そもそもまずミョズニトニルンの時点で苦戦するのにこの上指揮者のジョゼフが来たら一体どうなるのだ。達也の話ではエルフもついているということだ。
自分が危険だからもっと慎重に行けと進言したが・・・

「我々に必要なのは勇気です。足りない力は勇気で補いましょう。これ以上、敵に力をつけられてしまう前に決着をつけねばなりません」

「ガリアは確かに気に入りませんが、勇気なんていう不確かなものに頼りまくってどうするんですか?」

達也はもはや教皇をせせら笑うように言っている。
その表情から察するに、『お前は守らんからなバーカ』と言いたげである。
本当に様子が変だ。一体彼の何が達也の怒りに触れているのだろう?顔か?
精神論で戦争が戦えるなら補給部隊はいらない。
現実は精神論では戦争は戦えない。神様なんて更に当てに出来ない。

「まあ、いきなり協力しろと言われても、すぐには納得出来ないと思われますのでゆっくりお考えください。きっと私の考えが正しいとお思いになるでしょうから」

「やれやれ・・・大博打に賛同しろとか悪魔の囁きにもほどがありますね。ルイズ、テファ。今日は疲れたと思うから早く寝よう。私・・・俺も疲れたから」

そう言って達也は教皇を冷たい目のまま見据える。教皇は笑顔のままその視線を見つめ返す。
ジュリオはその隣でやれやれと肩を竦めていた。ティファニアはおろおろしている。アンリエッタやアニエスもいつもと違う達也の様子に戸惑っているようだ。
達也は踵を返すと、大晩餐室を出て行った。って、おいおい!?

「ちょ、ちょっと待ちなさいよタツヤ!?」

ルイズはそう言いながら達也の後を追いかけていき、ティファニアもその後を追いかけていった。
達也はそのまま向かいの晩餐室に入って・・・一瞬動きを止めた。



「・・・ん?何で俺はこんな所に・・・って、何でお前ら泣いてるの」

晩餐室内の男達が言うには、マリコルヌの半生があまりに不憫で涙を流す輩が後をたたないらしい。

「所詮は彼女なんて幻・・・従って彼女が居るというギーシュ、君は幻の存在なんだよ・・・」

「戻って来いマリコルヌ!?悲しいけどこれ、現実なのよね!」

「うるさああああい!!現実はもっと僕に優しいはずなんだああああ!!」

泣き喚くマリコルヌ。
どうやらかなりの量を飲んだらしい。
俺は彼の悲しい半生に同情はするが、その考えはやめるべきだと思う。


達也のいきなりの豹変にルイズとティファニアは呆気に取られていた。
彼の左手のルーンはもう、光ってはいなかった。




―――分かり合えた例があると言うのにそれを例外と切り捨てるのはあまりに勿体無いです。

―――過ぎた力を得た人間の末路は何時だって悲惨なんです。

―――例え神様から与えられた力だとしても、人間は神様にはなれません。

―――私欲を捨てたとして、尊敬は得られるかもしれないですけど・・・。

―――でも、欲望丸出しの人間の方が私は好きなんですよ。

―――ごめんなさいね。私が出張っちゃって。達也君。

―――近いうちにまた、会いましょう。



(続く)



[18858] 第108話 煩悩まみれの幼女
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/30 15:05
晩餐会がお開きになり、俺たちは用意された部屋で休む事になったのだが、どうも寝付けない。
同じ部屋に居るルイズとテファはぐっすり寝ているのにも関わらずだ。
時刻はもう深夜になろうというところか。俺は夜型人間にでもなったというのか?
ルイズやテファがえらく俺を心配していたが、やはり晩餐会の場で居眠りしたのは不味かったのだろうか。
そのようなことを考えていると、誰かが部屋の扉を控えめにノックした。
扉を開けると、オッドアイの眩しいジュリオがランプを持って立っている。

「やあ、起きていたんだね」

「こんな夜遅くに訪問なんてお前には気配りというものはないのか」

「悪いとは思っているよ。もし寝ていたら朝に来る予定だったんだけど、起きてて良かった」

「何しに来たんだ?ルイズへの夜這いなら出ようか?」

「違うよ。僕の目的は君だ」

俺は密かにこの同性愛をカミングアウトした神官と距離をとった。

「いや、違うから。そう言う意味じゃないから。君に見せたいものがあって来たんだよ」

「同性愛の境地とでも言うのか。他をあたれ」

「だから違うって」

ジュリオは必死に誤解を解きたいようだが、誤解されるような事を言うお前が悪いのだ。
会話というのは人にわかるように言わなければいけないだろうよ。基本的に。
ジュリオに連れてこられたのは、大聖堂の地下にある肌寒い場所だった。
俺は深夜にこんな気が滅入りそうな場所に連れてきたジュリオに文句を言った。

「随分と不気味な所だな。お化け通路とかいって商売したらいいんじゃないか?」

「ははは。確かにね。でも此処は大昔の地下墓地がそのまま残っているから、本物が出るかもよ?」

「まあ、お寺の地下だから墓地があっても不思議じゃないけどよ・・・ここが貴様の墓場だ!とか言うのは勘弁しろよ?」

「言わないよそんな恥ずかしいこと・・・」

寒さに少し震えながら通路を進み、その先にあった錆び付いた鉄の扉をジュリオと一緒に開けて、真っ暗な部屋に出た。
部屋自体はかなりの広さのようで、声が遠くまで響く。

「すまない。すぐに灯りを点けるからな・・・」

そう言ってジュリオは魔法のランタンに手を突っ込み、ボタンを押す。
すると、部屋中に取り付けられたランタンが、一斉に光り輝いた。
そして明るくなった俺の視界に飛び込んできたのは・・・銃器だった。
それもハルケギニアのものじゃない。ハルケギニアにはあのような形状の銃はない。
よく見ればアルファベットの文字でENGLAND ROFの文字が躍っていた。
・・・どう見ても地球製の武器・・・だよな?
この世界にFNブローニングM1900とかブローニング・ハイパワーとかあるわけないしな。
サブマシンガンとかアサルトライフルとか論外だろう。

「東の地で僕たちの密偵が何百年もの昔から集めてきた品々さ。向こうじゃこういうものがたまに見つかる。エルフ達に見つからないように、此処まで運ぶのは結構大変だったらしい」

「東の地ね・・・」

シエスタの曾お祖父さんも確か東の地から飛んできたらしいな。まあ、関連性は薄いかもしれんが。

「まあ、正確に言うと『聖地』の近くでこれらの『武器』は発見されている。これで全部じゃない。見てみろ」

ジュリオは奥にある佇む小山のようなものを指し示す。
油布をかけられて全体は見えない。ジュリオがその油布を引っ張る。

「これは・・・!」

何のことはないが、此処にあるには異質なものであった。
二階建ての家のような大きさの塊は俺の世界では戦車と呼ばれる。
さて問題の戦車なのだが・・・おいおいおい!?何でまだ未配備のはずの戦車が此処にあるんだよ!?

「最近見つかったものでね。この中では一番新しいものだよ。凄いよなぁ、車の上に大砲を乗っけるなんて。大きいだけでなくこれはとても精密に出来ている。僕らはこれを『場違いな工芸品』と呼んでいる。どうだい?見覚えがあるんじゃないか?」

あるも何もこれは・・・そりゃあ此処に一年以上いる間に配備されたのかもしれないけど、こんな物が消えたら大変だろう。自衛隊は。
俺の目の前には日本の新戦車、コードネーム『TK-X』が佇んでいた。
こんなの俺にとっても場違いな工芸品すぎるわ!!自衛隊の皆さーん!?ここに新兵器がありますよー!?

「僕らはこのような武器だけではなく、過去に何度も君のような人間と接触している。だから、君が何者だか、僕はよく知っている。此処とは違う世界から来た人間・・・そうだろう?」

俺はジュリオの指摘を否定せずに頷いた。

「だからなんだって言うんだよ。武器の自慢をしたかっただけなのか?」

「まさか。僕が言いたいのは君と僕たちの目的地は一緒なのさ。聖地にはこれらがやって来た理由が隠されている。そこに行けば、必ず元の世界に戻れる方法も見つかる筈だ」

「言葉が矛盾しているな。『必ず戻れる方法が見つかる筈』?断定と仮定が混じってるぜ?まあ、聖地とやらにそれっぽいのがあるかもというのは俺も同意だけどな。で、これを見せてどうするんだい?」

「今回は君にこの場違いな工芸品を進呈したくて連れてきた」

「はあ?」

「この武器は君の世界から来た。強引だけど君の世界のものなんだから所有権はまず君に優先される。僕たちじゃこれを取り扱う事は出来ないし、量産も不可能だ。君たちの世界はトンでもない技術を持っているね。エルフ以上に敵に回したくないよ」

さてさて、この世界の軍隊と我が世界の軍隊がガチバトルしたらどっちが強いのだろうね。
長期戦になったら俺の世界の方が強そうだが。比べるだけ無駄か。

「聖地には穴がある。多分、何らかの虚無魔法が開けた穴なんだろう。だから聖地に行けば、君の帰る方法は見つかると思うよ」

「片道のみの可能性はあるがな。・・・お前らにとってはエルフは敵かもしれないが俺にとってはそうじゃないしな。まあ、こういうのを見て喜ぶ人もいるし、この戦車は貰っていくがな」

「銃は持っていかないのかい?」

「銃には慣れたくないんでな」

「やれやれ、変わっているね。便利だとは思うんだが・・・ま、いいだろう。夜分遅く悪かったね」

ジュリオは肩を竦めて笑った。胡散臭い事この上ない笑顔だった。
俺たちは武器庫から出て、俺とルイズとテファにあてがわれた部屋に戻った。
戻る途中、ジュリオが俺に尋ねてきた。

「今日は偉く熱かったじゃないか、タツヤ。戦争嫌いだという事は聞いていたけど、あそこまで露骨だとは思わなかったぜ」

「熱かった?何のことかは知らんがまあ、失礼であったのは事実だ。謝っておいてくれ」

晩餐会中に寝るのは流石に失礼すぎだったか。
ジュリオはわかったと頷き、

「今後、ああいう事は止めてくれよ?お互いの為にならないから」

「ああ、すまないな」

「それではお休みといっておこうか」

「男に言われてもあまり嬉しくないな。お互いに」

「全くだね。やはりお休みという相手は美少女に限る。今度個人的に飲みに行こう。僕が奢るから、女性について語り合おう」

「語り合ってどうするんだよ・・・」

意見が合わなければ拳で語り合いそうな話題だろう、それ。
ジュリオが去っていき、俺もようやく睡魔がこんにちはな状態になった。
・・・しかしだ。確かにベッドはあります。シングルベッドが3つあります。
真ん中が開いているわけですが、ベッド間の隙間がないのが非常に困る。
・・・まあ、いいか。俺は寝相は悪くはないし。
そう自分に言い聞かせて俺は眠りにつくことにした。





自分を呼び出した事で結果的に自分の命の恩人となった男と、自分のたった一人の肉親である姉は夫婦である。
自分はそんな二人に扶養されているわけなのだが、定住する家がないのだけが問題である。
そりゃぁ夫婦のあんた等は何処でも幸せなんだろうけどさ・・・。
見た目は少女、いや幼女とも思える自分の容姿では旅をしていたら親子扱いされる。

「そんな幼女に一人で薬草を摘んで来いとかどんな親ですか・・・」

それも使い魔の仕事だとか言うが、明らかに扶養しているんだからそれくらいしようよという意味だった。
少女は林の中を歩き、大きな木が生えている広場に出た。ここには花畑もあり、薬草も色々採れるのだ。

「ここは夫婦で来たらいいと思うんですけど・・・変な所で馬鹿ですねあの二人は・・・」

溜息をつく黒髪の少女、フィオは頭を掻きながら文句を言っている。
独り言を聞くものは誰もいないから言いたい放題だった。
フィオの容姿はその真紅の瞳、褐色の肌、そして長い耳を持った美少女である。
彼女はエルフの中でもダークエルフと呼ばれる種であり、エルフ内でも忌み嫌われる存在だった。
彼女の姉のシンシアも同じダークエルフだったのだが、ある日エルフの襲撃により滅びた村から逃げ延び、行方不明になっていた自分を探して彷徨っていた所を運良く自分達と合流できた。
・・・フィオとシンシアの命の恩人がシンシアの夫の人間、自称『根無し』のニュングという男である。
これが妙な自信家で前向きで面倒くさがりやで適当な男である。
おおよそ正義やら悪やらの概念とは無縁の男に何故姉が種族の壁を突き抜けて結婚したのかは恋をした事のない自分にはわからないのだが、姉を惹き付ける何かがあの男にあったのだろう。

このような身体に似合わず捻くれまくりの自分にも恋愛とかあるのだろうか・・・
フィオがそのようなことを思いながら花畑を歩いていると・・・

「行き倒れ?」

花畑の中に倒れている若者がいた。


疲れ果てて寝た筈なのにいきなり瞼の向こうが明るくなった気がした。
まさかとは思うが誰かが起きて灯りを点けたのか?
ええい、トイレなら灯りを点けずに行け!
俺は目を開けると・・・ムカつくぐらいの青空が広がっていた。・・・え?
少し視線をずらすと、俺を覗き込むようにして見ている少女がいた。

「ああ、死体と思っていたら生きてたんですね」

「お、お前は・・・」

「ああ、お気になさらず。私はただここに薬草を摘みに来た可憐な幼女ちゃんですから」

「可憐な幼女はそんな自己紹介はしない!?」

俺が飛び起きると自称幼女は「きゃあ~こわ~い」と棒読みで言った。
人を舐めているようにしか思えないその態度、そしてその容姿。
全てに見覚えがあった。少し肌の色は違うが・・・
目の前にいる幼女は間違いなくあの変態ルーンがトチ狂って擬人化した時の幼女形態と同じ姿だった。
目の前の幼女を見つめていると、

「おお?あまりの愛らしさに言葉を失ってしまったのですか?蛮族にも私の魅力を理解できたとは驚きですが幼女愛好はどうかと」

「自分で言ってて恥ずかしくないのか幼女(笑)」

「おのれ蛮族!私を嵌めましたね!?この私に此処までの辱めを・・・!」

「自意識過剰も大概にしろよクソガキ」

「ガキではありません!私にはフィオという高次な名前があるので末代まで称えなさい」

「普通」

「普通って言うな!?不愉快な蛮族めェ!貴方なんかお姉さまと一緒にミンチにして家畜の餌にしてやる!」

「何その悪役台詞」

「・・・はっ!?私としたことが取り乱してしまった・・・!これも貴方の罠なのですね!?幼女を釣るなんて何て鬼畜!」

「お前が勝手に自爆しまくっているだけだろう!?」

疲れる。こいつ凄い疲れる。
フィオと名乗る変態幼女は俺を指差して言った。

「しかしこれしきの策にまんまとかかる私ではないのです。これで勝ったとは思わないことですね」

「何の勝負だよこれ!?」

フィオは俺に対して逆恨みに近い怒りをぶつけていたのだが、突然クールに振舞いだした。
正直その対応は非常に厳しいものである。
俺たちが馬鹿な口論を続けていると・・・

「おーい、フィオー。何処でサボってるんだー?」

男の声である。フィオはその声に振り向き、怒鳴った。

「サボっていません!私を辱めた愚か者と言葉の暴力でフルボッコ中だったんです!」

「声が半泣きに聞こえるんだが」

「幻聴です!」

「んんー?誰と話してんだよお前・・・知らない人と話しちゃいけないって言ってんだろうよ」

姿を現したのはボサボサの茶髪と無精ひげを生やし、質素な服を着た男だった。

「ニュング!そういう場合ではありません!この男は私を嵌めようとしました!」

「勝手にお前が自爆しただけだろう。恥ずかしい幼女だな」

「また私を辱める発言を・・・!!もう許せません!ニュング、この男の殺害許可を」

「何言ってんのお前。恥ずかしい奴だな」

「私の味方はいないのですか!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
どうやら誰もいないようである。
フィオは絶望的な表情になる。

「何ですか!?ここは『ここにいるぞ!』とか言ってお姉様が現れる場面でしょう!?出てこないとか理解できない!?」

「「俺はお前が理解できない」」

会ったばかりの二人の男の気持ちが一つになった瞬間だった。
悶えるフィオを無視してニュングは俺に話しかけてきた。

「で、お前は誰だよ少年。フィオを半泣きにさせるとは幼女愛好の欠片もないような奴とは分かるが」

「俺は幼女には優しいですが、幼女(笑)には厳しいんです。俺は達也です。タツヤ=イナバ」

「聞き慣れない響きの名前だな。俺はニュング。人は俺様の事を『根無し』と呼ぶ。そんでこのちっこいのが俺の使い魔となっているエルフのフィオだ」

「根無しは自称じゃないですか」

「喧しい。ではタツヤ。後一人俺の愛妻を紹介したいからついて来い。そしてフィオ。お前は後でシンシアから説教な」

「お姉さまは私の味方です!?」

「それ以上に夫の俺の味方なんだよ。クックック」

「お、おのれ・・・!!」

歯軋りをするフィオに対して哂うニュング。どうやら複雑な関係のようだ。

「俺の嫁は史上最高の嫁に違いないからお前は羨ましさに地団駄を踏むと良いよ、タツヤ」

そんなことを言うニュング。
正直俺の未来の嫁に対する挑戦とも取れる発言だが、他人の嗜好に目くじらを立てる必要はない。

ニュングの妻のシンシアは確かに美人だった。
だが、その姿は褐色の肌の擬人化ルーン、大人の女形態と同じ姿だった。
・・・そもそもここはどういう世界だ?夢か?夢を見ているのか?
しかし頬を抓ってみたら痛い。昨今の夢は実にリアルである。

「その蛮族の少年は何処で拾ってきたのよ」

「フィオが拾おうとして翻弄されてた。面白そうだったので持ってきた」

「フィオが・・・?」

「辱められました」

「黙れ自爆幼女!」

「フィオ・・・貴女また余計な好奇心が先行したのね・・・」

呆れて言うシンシアの表情は何処か優しかった。



『根無し放浪記』16巻第2章『花畑』。
ニュング一行と謎の行き倒れの人間の少年はこうして出会った。






―――本来なら出会うはずのない者達はかくして出会いました。

―――5000年の月日を遡った彼と根無しの一行はつかの間の交流をしていきます。

―――ここが始まりなんですよ、達也君。

―――それでは、また。


達也の左手のルーンは淡い赤色の光を放っていた。







(続く)



[18858] 第109話 5000年前の家族
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/31 21:04
夢か現実かよく分からん状況で、俺は愉快な三人組の尋問を受ける羽目になった。
エルフと思っていたフィオとシンシアはダークエルフという種族であるらしい。
一般的なRPGとかではダークエルフはエルフと敵対する存在だったが、この世界のダークエルフ達はエルフと小競り合いはあったものの、あまり干渉せずに独自の文明を築いていたらしい。エルフよりは人間に寛容であるらしく『蛮族』とは呼ぶものの、こうして俺に対してもやや友好的である。

「つまりお前はロマリアで寝た筈なのにいつの間にか花畑で寝ていたと」

「何を言っているのかわからないと思いますが事実です」

「うん、実際よく分からんが、お前がこうして此処にいることは事実だからな」

茶髪のボサボサ髪を掻き毟りながら『根無し』のニュングは夕食のパンを齧った。
このパンは彼の妻の作品である。・・・クロワッサンだと?美味いじゃないか。

「それにしてもお前さんの話は分からんな。トリステイン、ガリア、アルビオン、ロマリアは知っているのにそこの当主の名前が全然違うし、俺たちの知らない国の名前もある。頭おかしいんじゃねえかと思ったが受け答えはハッキリしてるしな」

「冷静な狂人じゃないですか?でなければ私が辱められる訳がありません」

「俺から見たらお前は常時狂人だけどな」

「おのれ蛮族!またもや私を辱める言動を!」

「はいはい喧嘩しないの。それで、タツヤ君と言ったかしら?貴方は何処から来たの?ご家族は?」

どうやら此処がハルケギニアである事は間違いない。だがゲルマニアが存在しておらず、アルビオン王国が健在である。
更に言えばロマリアの名前が『ロマリア都市王国』である。あれ?連合皇国じゃなかった?
加えて各地を統治する者の名前が俺が知っているのとは全然違う。
ロマリアに到着した際のコルベールの講義で、かなり昔ロマリアはそんな名前だったという。
ならば俺が今いるのは過去の世界とでも言うのか?未来という可能性やパラレルワールドかもしれないが、過去というのが可能性が高い。
・・・どうして俺はそんな過去の世界とやらにいるんでしょうね?分からんがルーンのせいだと言うのか。
嘘をついて適当な事を言っても良いがそんな事をしても俺に得な事は何もない。
『こいつ頭大丈夫か?』と思われるのを覚悟して自分の仮説を言ってみよう。ルイズのときにそうしたように。

「どういえば良いのか・・・まあ、ちょっと未来から」

「「「はぁ?」」」

予想通りの反応で凄く嬉しいのだが、事実なんだから仕方ない。
俺は淡々と続ける。

「俺のいた時代からどのくらい昔かは分からないんですけど・・・」

せめて基準となるのがあればいいんだが・・・
過去ならば何を基準にすればいいんだろう。
これが日本の戦国時代にタイムスリップしたとか女だらけの三国志時代に来てしまったのなら武将の名前を聞けば大抵分かるのだが、何せ異世界の歴史なんて1年以上現地にいるがあまり分かってないもんね俺。相変わらず翻訳機能つきの喋る剣がなければ本も読めないし。
そういえばハルケギニアでえらく信仰されてるブリミルが降臨後6000年だとか騒いでたな。

「そうだ、始祖ブリミルが降臨して何年なんですか?」

「1000年ちょいぐらいだっけ?」

ニュングがシンシアに確認する。
シンシアは呆れながらニュングに言う。

「そうよ。全く宗教観念が全然ないのも困りものね」

「わっはっはっは!顔も知らん野郎の降臨祭など誰が祝うか」

「私たちからすればそいつは「世界を滅ぼす悪魔」とか「人間とエルフの関係を決定付けた元凶」やら「ダークエルフの激減のきっかけを作った男」ですからね。祝う気にもなれませんよ」

ダークエルフがエルフによって滅ぼされる寸前までになったのは『人間に寛容だから、手を組んでいらない知恵を付けさせかねない』との声が大きくなったからだという。その声が大きくなってしまったのも、始祖ブリミルが何かとんでもない事をしでかしたせいであり、エルフはブリミルを『悪魔』として嫌い、それを崇拝する人間も嫌っているというのだ。始祖ブリミルは人間に系統魔法を伝えたということで神様扱いだが、一方では悪魔扱いなのか・・・。
とはいえ始祖ブリミル降臨1000年という事はここは5000年ぐらい前の過去という事になる。

「分かりました・・・何を馬鹿なと思うかもしれませんが・・・俺は貴方達から見れば5000年ぐらい未来のハルケギニアに来てしまった異世界の人間です」

「未来人だけというだけでも眉唾なのにこの上異世界人と言うのか」

「やはり狂人ですね。ニュング、殺害許可をください」

「おまえ、殺害許可という単語を使いたいだけだろう」

「なんか響きがカッコいいじゃないですか」

「御免ね、私の妹はいつもはこうじゃないんだけど・・・」

「いいですよ。5000年後にも同じような奴はいますし」

「私を無個性と侮辱しましたね!?おのれ蛮族!幼女でダークエルフで黒い長髪で赤い眼という要素を持つこの私を無個性と切り捨てるとは!許せません!」

「お前のような欲望にまみれた幼女が愛でられてたまるか!?」

「まあ、そう言うなタツヤ。この幼女エルフは俺の最高の妻でありこいつの姉であるシンシアとの悲しいまでの差(肉体的な意味で)にコンプレックスを抱いているのだよ。見たまえシンシアのこの洗練された肉体を!加えて料理も上手いし、強いし、性格も俺好み!口はたまに悪いがそんなのはご褒美だろう常識的に考えて」

「ついさっき会ったばかりの子にそういう説明は凄く照れるんだけど」

「照れたお前の顔も俺は好きだぜ」

「し、知らない!」

茹蛸のように顔を真っ赤にしてニュングから顔を逸らすシンシア。
歯の浮くような台詞を言って笑うニュング。
身の毛もよだつような会話だが、そこには確かに愛情が溢れていた。
ああ、いいなあ。夫婦かあ・・・。

「いずれ私のような体型の女性が世間を震撼させると私は信じます」

フィオが負け惜しみのように言う。
安心しろ。お前のような体型の女で学院を震撼させる女が5000年後現れるから。
・・・さて、5000年前のハルケギニアに来たはいいが、どうやって帰れというのだろうか?
元の世界に一時的に帰った時のように時間制限で帰れるというのだろうか?でも説明も何もないしなぁ・・・。

ニュングは元々自分探しのために家を飛び出してぶらぶらとフィオとシンシアと共に旅をしているらしい。
フィオはニュングの使い魔らしいが、肝心のルーンは刻まれていない。
ニュング曰く『犯罪臭がするから』だそうだ。
フィオの故郷が滅ぼされて目的が無くなった為、気ままにぶらり旅していたのだが、エルフと戦ったり、人間と戦ったり、盗賊紛いの事をしたり、城に招かれたり、王様の娘、つまりお姫様に一方的に求愛されたり、それが元で軍隊から逃げる羽目になったり、ニュングが剣の収集を始めてみたり、フィオがミミズの下克上が見たいと言って巨大化させ、モグラと戦わせたり、しかし何かグロイのでシンシアがモグラも巨大化させたり、ニュングとシンシアが巨大生物見守る中で結婚式を挙げたり好き放題やっているらしかった。
ある程度話を済ませると、ニュングはニヤリと笑って言った。

「どうだったシンシア?コイツは嘘をついているか?」

「いいえ。言葉を選んでいたようだけど、嘘はついていないようよ。未来人で異世界人というのは信じられないけど、まあ、私たちの旅には信じられない事が結構あったからね。本当なんでしょうよ」

「あ、悪いなタツヤ。さっきまで嫁がお前の考えを魔法で読んでいたんだ。あんまり使いたくは無いんだが、旅をしていると良からぬ考えをする奴が接触してくることもいるからな。お前さんはそういう奴じゃなさそうで良かったよ」

いきなり衝撃のカミングアウトである。
正直良い気はしないが、嘘をつかれて良い気分の者もいないしな。

「どうせ私の未熟な身体にムラムラしているのを自制していたんでしょう!」

「いえ、そんな事は全く無かったわよ」

「お姉さま~!?」

「でも良かったわね。この子、私たちに対して敵意が無い所か好感を持っているみたいよ。これは珍しい状況じゃない?」

「ああ、そういえば大抵疑心を持った奴か敵意むき出しの相手ばっかりだったしな」

「あのトリステインのお姫様でさえ最初は警戒していたからね」

「馬鹿なんですよ多分この蛮族」

フィオが俺を指差して言った。天才と言うつもりはないが、その言い草はカチンと来るのだが。
この時代は人間とエルフの戦力差は拮抗しているらしく、だからエルフが憂いを残さないようにダークエルフを滅ぼした。
最近は人間側が押され気味らしい。
またロマリアの動きも活発になり始めたようで布教の一環と称して各地を飲み込んでいる。

「ま、お前さんにとっては過去の話なんだろうけどよ・・・」

「未来の事、聞かなくてよいのですか?ニュング」

「フィオ。未来ってのは分からないから面白いのさ」


未来を知ってどうすると言って笑う『根無し』。
宝箱は中が分からないから胸が躍るのだ。

※『根無し放浪記』16巻第3章『未来』より。





俺がこの状態で未来の世界はどうなっているのだろうか?
やっぱり分身が上手くやっているのだろうか?
不安で仕方ないが、5000年前にいる俺にはどうすることも出来ない。
現在俺は近くの湖で夕食の為の魚釣り中である。

「うぬぬ・・・!何故釣れないんでしょうか・・・」

俺の隣には釣竿を握り締めながら唸っているフィオの姿がある。
そりゃあ餌もつけずに釣り上げようと思ったら相当耐えなきゃいけないだろう。

「餌ぐらいつけたらどうだよ」

「食べ物で釣って魚を騙すとは鬼畜の所業です」

「釣り針そのものを魚に食わせようとしている方がどうかと思うんだが」

「そのような胆力を持った魚はきっと大物の風格があると確信しています」

「この湖にはその胆力をもった魚がいるというのか」

「餌に釣られる哀れな魚はいるようですけどね!フン!」

俺はさっきからどんどん釣り上げている訳だが、フィオの方は未だ収穫なしである。
魚を入れる桶は二つあり、俺の桶のほうはもう満杯になりそうなのだが、フィオは空である。
そのためフィオはどんどん不機嫌になっていく。
そろそろ戻ろうかと思ったその時だった。
フィオの竿が大きくしなった。

「キターーーーーーーー!!ついに挑戦者現る!」

フィオは小さな身体で一生懸命竿を引っ張るが、挑戦者の魚はそれを上回る力で引っ張る。

「うわわわ・・・!これは凄い大物ですよ!是が非とも釣り上げたい!うにゃ!?」

フィオは湖面から飛び出した魚の姿を見て戦慄した。
およそ4メイル以上ある鯰がフィオの竿にかかっていた。・・・っておい!でかすぎだろ!?

「あの野郎・・・!私を馬鹿にしているかのように見て・・・!魚類の癖に生意気です!」

「いや、無茶だろう!?どう見てもこの湖の主じゃねえか!?」

「上等です!ほわわわ!?」

フィオはどんどん湖の方にに引っ張られていく。
しかし彼女も意地を見せているつもりなのか、足を踏ん張り腰を入れている。
数分の格闘後だった。

「おっ、力が弱まったようです!これはチャンス!」

フィオが一気に竿を引っ張ると巨大鯰は湖面から飛び出した。
だが、その雄々しい姿にフィオが見惚れたその瞬間、巨大鯰は一気に湖の底へと飛び込んでいった。
その急激な力の発生により、フィオは竿を持ったまま湖へと引き込まれそうになった。

「あわわわわわわわ!?」

見ていて非常に面白い光景である。
何せ竿を持ったままのフィオが宙に舞っているのだ。
そしてフィオはそのまま湖の中へと消えていった。
・・・・・・嫌な、事件だったな。
いやいや、これは不味い。何とかしなければ!

巨大鯰に水中を引っ張りまわされているフィオは竿だけは離すまいと必死だった。
この獲物だけは確実に持って帰る!そうすれば姉も喜んでくれる筈だ。
そしてこのような脅威にも一人で何とかできると言う事を証明できる。
しかし困った。執念で竿を離さないのはいいのだが、この鯰、非常に元気だ。
このままでは先に自分が窒息してしまう。しかしこの獲物は・・・!
あれ?待てよ?もしコイツを仕留めても私泳げないじゃん。
・・・・・・ま、まさか!この鯰はそれを見越して!?なんという汚さ!汚いな流石汚い!
ああ、ヤバイヤバイ・・・鼻に水が入って痛い・・・。
おのれェ・・・!魚類の癖に私を弄んで・・・!水の中だから詠唱も出来ないし!

フィオは此処に来てようやく、自分が絶体絶命である事に気付いた。
弱っていく自分を嘲笑うように悠々と泳ぐ鯰。おのれ・・・!
竿を離せば良いかもしれない。でも自分は泳げない。おのれ・・・!!
こんな事で死ぬかもしれないという情けなさと恐怖。おのれェ・・・!!!
だがフィオは今まで隣にいた男の存在をすっかり忘れていた。
ましてや魚類である鯰がその男が何をしようとしているかなど知るわけが無かった。

拳大の石が巨大鯰の頭部に命中し、その衝撃で哀れ巨大鯰は意識を失った。
何が起きたのか分からないフィオ。窒息寸前である。
そのフィオをなんと下から抱えあげた者がいた。

「げほっ!げほっ!?」

「おお、生きてたな」

達也はホーミング投石を使い巨大鯰を水底から狙って見事命中(当たり前だが)させていた。
フィオと違い、達也は普通に泳げるのだが、泳ぐより『水中歩行』で進む方が早かった。
しかし溺れている状態のフィオに対しては早急に空気を吸わせるために泳いで湖面まで戻った。

俺はフィオが握り締めている釣竿を見た。
よほどあの巨大鯰を釣りたかったんだろうな。

「フィオ、良かったな。大物が釣れたぜ」

「と、当然です・・・」

俺はフィオを連れて岸に向かった。
フィオはしっかりと俺にしがみついていたが、竿は離さないままだった。
・・・で、どうすんのこの巨大鯰。桶には入らんぞ?持ち運びも不便なんだが。


二人の帰りを待つ状態のニュングとシンシア。
元々釣りはニュングの担当だが、達也に任せてみる事にしたのだ。

「全く、フィオが行かなくても良かったのにな」

「あの子はあれで負けず嫌いだからね。その辺はまだ子どもなんだけど・・・」

「得体の知れない男を信じちゃいけない!監視するだっけか?で、どう思うよシンシア。タツヤをさ」

「さあ?悪意は感じられないけど、それだけで良い人とは限らないしね」

「俺は面白いと思うんだがな。未来から来てしかも異世界人というじゃねえか。夢がある」

「元々夢見てるような男だものねアンタ」

「おうおう、毎日夢のようですよ。好きなように生きて好きな女と過ごせてな」

「はいはい。これで定住できる土地を見つけたら最高なんだけどね」

「根無しにそういう事言うなよ」

穏やかな時間が流れる。
その時、やっと達也達が姿を現した。

「おお、戻ってきたな・・・って何その魚!?」

「鯰」

「アンタ達どうしたの?そんなにびしょ濡れで・・・」

「お姉さま・・・フィオは、フィオは勇敢に戦いました・・・」

達也の背中で弱弱しくサムズアップするフィオ。
困ったような表情の達也の手には桶いっぱいの魚と巨大鯰が握られていた。
フィオの手は両方とも達也の濡れた服をしっかりと握り締めていた。
それを見たシンシアはくすっと笑うのだった。


※『根無し放浪記』16巻第5章『釣り』より。



ニュング達は一応追われる身である。
ダークエルフのフィオとシンシアがいる時点でエルフの殲滅対象であるからだ。
エルフと戦うと言っても、エルフもそんなに人員は裂けない筈だとシンシアは言う。
現在人間との戦いの真っ只中なのに主力級の戦士を追っ手に差し向ける事は出来ないと考えていた。
だが、だからと言って追っ手が来ない訳ではなかった。
何が言いたいかと言うと、現在僕たちはエルフの集団に囲まれています。
数はおよそ10人ほどだが、人間はエルフに対して10倍の戦力で立ち向かわなければいけないらしく、実質100人相手にしてると思ったほうが良い。

「今度は数で攻めて来たのかよ」

「闇の者を生かしておくわけにはいかぬ。貴様のような悪魔の力を行使する男もだ」

「好き放題言ってくれますね。私たちは貴方がたに何もしないというのに」

「まぁ・・・此方も抵抗はするけどね」

「タツヤ、剣は使えるな?」

「は、はい」

俺はニュングから貸してもらった鉄の剣を握り締めた。
ルーンが輝き、集中力が上がる。

「フン、蛮族一人増えた所でどうという事もない」

「無駄な争いを好まないんじゃなかったか?エルフって奴は」

「これは意味のある争いというものだ」

「俺の嫁と使い魔、そして俺を襲うのが有益だと?ハンッ!反吐が出るぜ!」

ニュングは杖を構えて高速で詠唱をし始めた。
その瞬間、シンシアとフィオは杖を振った。
俺たちの周りに白い球体のバリアのようなものが張られた。

「反射か。気をつけろ」

どうやらビダーシャルが使っていた反射の魔法らしい。

「いいのか?もうこっちは終わったぜ?」

ニュングが杖を振ると、エルフ達の目の前で爆発が起きた。
この魔法って・・・『爆発』!?虚無使いだったのこの人!?
しかも10人の一人一人の目の前で爆発を起こしている。ルイズではこんな芸当できない。
シンシア達が魔法で追撃を行なう。岩の槍や炎の暴風がエルフ達を襲っている。
うわーすごいなー。

「私たちの故郷を奪っておきながら厚かましいんですよ、貴方達」

エルフの一人を石の槍で串刺しにするフィオ。
急所を意図的に外しているのが何とも嫌らしい。

「欲は出さない方が良いと思うわよ?まるで今の貴方達は人間みたいだから」

炎に包まれるエルフの刺客達を見ながら呟くシンシア。
あのエルフが子どものようにあしらわれている。

「ダークエルフはすでに私たちしかいないのかもしれませんが、だからと言って滅ぼされる訳にもいかないんですよ」

「おのれ・・・悪魔め・・・!!」

「自分達が正義と勘違いしている奴の典型的な台詞だなぁ、ロマリアにもいたぜそんな奴。お前らは何故俺たちが抵抗するのか分かってないようだから言うが、俺たち家族の幸せを奪おうとしてる手前等の好きにはさせねぇ。お前らが聖者と言うなら俺は悪魔でもいい」

「大体貴方達は考えすぎです。こっちはひっそり暮らしていたのに被害妄想で私たちの同胞を殺して・・・恥を知ってください」

「人間も貴方達エルフも私たちの幸せの前に立ちはだかるなら容赦しないわ」

「貴様達の存在は許されないのだ・・・!」

なおも頑固に主張するエルフ。
ニュング達は溜息をつく。

「それを決めたのは一体誰なんだ?」

俺は素朴な疑問を投げかけた。
ダークエルフやハーフエルフが存在しちゃいけない理由って何だろう?
何かを不幸にするなら戦争している人間やエルフもその片棒担いでるじゃん。
まさか神様とか言わないよな?
ダークエルフやハーフエルフが直接言ったわけでもないよな?
誰だ?誰がそんなこと言ったんだ?
いや、言ったとしてもそいつに他種族の生き死にを決めるこできないじゃん。
神様じゃないだろう?人もエルフも。失笑モノだぜ。
俺は剣を構えて言った。

「そうして否定ばっかりしてたら分かり合える人物とも分かり合えず終わっちまうぜ。アンタらそれでいいのか?」

「もとより我々は蛮族や悪魔と馴れ合う気はない!」

「そうかい。惜しいよな。俺の世界では田舎娘や悪魔ッ娘、エルフにまで萌えを感じる奴らはごまんといるのに。お前らは勿体無いことしてるぜ」

「萌えってなんですか?」

「お前が聞くのかよ!?」

萌えという概念は当に理解していたと思っていたぞフィオ!?
人類皆兄弟と言うつもりは無いが、友好関係を築けるならば築いておいても良いじゃないか。
駄目なら駄目でいいのだから。干渉せずにいればいいので。

「蛮族め、我々に説教するつもりか?」

「俺は知っている。人とエルフが分かり合えることも。愛し合えることも。今は戦争中だからピンと来ないかもしれないけど、絶対分かり合うことができるんだ」

ニュングとシンシア、テファの両親。
異種間の愛が成就した例を俺は知っているし目の前で見せ付けられもした。
こいつらはそれを異端として排斥しようとしている。それは勿体無い事じゃないのか?

「あんた達はその可能性を摘んでしまうのか?人間より賢いんだろうアンタらは」

「そう、賢いからこそ、貴様らを廃すると決めた!」

「短絡的な頭の良さだな!畜生め!」

俺に襲い掛かってくるのは仮面を被ったエルフの剣士。
攻撃力はおそらく1400ぐらいである。
俺は襲いかかってくるエルフに対して、一旦剣を鞘に戻した後、一気に引き抜いた。

「1000年以上争うもの達が分かり合えるはずがあるまい・・・」

少し感情が篭った声で剣士は言う。剣は俺のいた場所に叩きつけられていた。まあ、避けたけど。
剣士の仮面にヒビが入る。

「いや、アンタの事が少し分かった」

剣士の仮面は真っ二つに割れた。
現れたのは美少女顔のエルフだった。

「アンタが女で」

そして俺は剣を鞘に納めた。
その瞬間、彼女が着ていた服が切り裂かれた。

「んなっ!?」

簡素な下着姿になってしまった女剣士は思わず胸を隠してその場にしゃがみこんだ。
ニュングが口笛を吹くと、シンシアに殴られた。

「下着はシンプルなものが好きだとな。それと美乳だな」

シンプルな下着が似合う美少女エルフ剣士。
何だか思春期の俺にはエロい想像しかできないが、行動には移しません。

「お、おのれ!私にこのような辱めを・・・!!」

「素早さがあがったと何故思わん」

「思うか!?」

「視覚的な効果も上がったな、痛い!?」

シンシアにまた殴られるニュング。
俺は濡れた服の変わりに羽織っていたマントをその剣士に渡した。
俺はこれでシャツとズボン姿である。

「くっ・・・!!覚えていろ貴様・・・!嫁入り前の乙女の柔肌をさらす等、あってはならないと言うに・・・!」

「その辺は気にしないほうがいいと思え。事故みたいなものだ。というか暗殺者がそのくらいでガタガタ抜かすな」

「く・・・くうう!!貴様!名は何と言う!?」

「はあ?」

「ホラホラタツヤ君。女性がアンタの名前を聞いてるのよ?」

シンシアがやれやれといった表情で言う。

「達也。タツヤ=イナバ」

「覚えたぞタツヤ。貴様の名前を!我が名はジャンヌ!我が誇りにかけていずれ貴様を・・・へっくち!」

「おのれジャンヌ!不意打ちで唾液を飛ばすとは何たる卑劣な行為!剣士の風上にもおけん!」

「ち、違う!?今のはただの生理現象・・・!?」

「やはり卑劣ですね。達也君、この女の殺害許可をください」

「お前まだそんなこと言ってるの?ほらほらジャンヌちゃんよ。鼻水を拭けって」

俺が鼻水の事を指摘すると、ジャンヌは真っ赤になって立ち上がった。
羞恥心に顔を歪めて、俺に対して指をさして言った。

「貴様はいずれ私が仕留める!これで勝ったと思うなよ!」

そう言って半泣きで走り去っていった。
残りの刺客達はどうしようと相談の結果、筏に乗せて川に流すという措置を取った。

エルフを憎んでいる筈の人間が言った、『僕たちは分かり合える』。
ニュングだけが特別だと思っていた。
だけど、自分を助けてくれたこの未来人ははっきりとそう言った。
明らかに敵意を持っているエルフですらあのような情けない姿にしてしまった。
この男が生きている未来はどのような状況なのか・・・。
ニュングは未来なんて知らない方がいいと言ったけど、自分は知りたいと思った。
何故だろうか。この蛮族・・・いや、タツヤの事が知りたいと思う自分がいた。
彼は自分と同じ誰かの使い魔である。話も合うんじゃないだろうか?

「それより今のが使い魔のルーンの力って奴かい?何かピカピカ光ってたけどよ」

「まあ、そうですね・・・服やら仮面とかしか斬れませんけど・・・」

「役に立つのか分からんな、それ。ちょっとそのルーン見せてくれないか?」

ニュングが興味を持ったのか、達也の左手をまじまじと見つめる。
しばらく見ているとほほうと言って笑った。

「見たことは無いが、読み方は分かるぜ。『フィッシング』だな。釣りか」

「釣りですね」

「何を釣るのかは知らないが、面白い。俺たちにもピッタリだな」

「ピッタリ?」

「ああ。『フィオ』に『タツヤ』に『シンシア』に『ニュング』。4人の名前を合わせて出来たみたいな名前が『釣り』だなんて痛快じゃないか」

「俺の名前の要素小さい『ッ』だけですか」

「わははは!気にするなよ。そうだったら面白いよなって意味なんだからよ!」

「人間二人とエルフ二人の絆のルーン・・・そう考えるのも悪くないですね」

「たった2日ほどの付き合いだが物凄い濃い2日だなおい。絆か・・・いい響きじゃねぇか。おし、決めたぜタツヤ。お前はこれから俺の弟分だ」

「えー、見た目マダオが兄貴分~?」

「今ならもれなく姉貴分として私がついて来ます」

「お前を姉と呼ぶのは抵抗がある。シンシアさんなら別だが」

「やはり胸か!あんなもの飾りじゃないですか!?」

フィオは俺に纏わりついてギャーギャー喚く。
シンシアは微笑んで言う。

「ラッキー。これで体のいいパシリが出来たわ♪」

「はっきり言うなよ!?」



根無し一行に新たな仲間が増えると思われた。
特にフィオはやたら彼に懐いており、それだけ見れば年相応の娘の姿だった。
だが、出会いがあれば別れもあるように、元々来訪者でしかなかった彼が帰る時は唐突に訪れた。
達也の身体が、三人の目の前で透け始めたのである。
彼の左手が赤く光っているのがフィオの目に付いた。
驚く一行だったが、達也はただ一人、諦めたような表情だった。

「ど、どういうことだこりゃあ・・・?」

「・・・原理は分かりませんけど、未来に帰ることになりそうです」

「そんな・・・折角、家族の一員が増えたと思ったのに・・・」

「すみません、唐突で・・・」

「唐突に現れて唐突に消えるなんて酷いと思わないんですか?人に借りを作っといてサヨナラって酷いでしょう」

「フィオ、俺たちは家族なんだろう?借りなんて思わなくていいよ」

「嫌です。私はそんな薄情なダークエルフではないのです。蛮族と一緒にしないで下さい」

フィオは目元をごしごしと擦る。

「5000年後なんてエルフでも生きてるかどうか分からない年数じゃないですか。もう会えないって事じゃないですか。そんなのあんまりじゃないですか」

「元々会えるはずが無かったんだよ、俺たちは」

「でも会ったじゃないですか。何かの縁があったということじゃないんですか?それを会えるはずが無かったと言って切り捨てると言うんですか貴方は」

フィオは俺を真っ直ぐ見据えて言った。

「私は蛮族と違って薄情ではないです。蛮族と違ってそう簡単に忘れる事はありません。貴方との出会いを忘れる事なんて無理です。よく分からないけど無理だと思います。過ごした時間が例え短いとしても、そんなの関係ないと思います」

彼女は彼女なりに俺に何かを伝えたいようだが、それが何なのかが分からないような感じだった。
俺はフィオと同じ視線になる為膝をついて言った。

「俺は忘れないさ。お前もニュングさんやシンシアさんも。家族の事を忘れる程、俺も薄情な男じゃないからな」

「当たり前です。一生覚えておきなさい。私も永遠に覚えておいてあげます」


その感情が彼女にはまだ分からなかった。
ただ、何も言わずに別れるのが嫌だった。

「ああ、覚えといてやるさ。有難く思え」

彼は根無し一行を見て、微笑みながら言った。

「このルーンを見たら貴方達を思い出せます。ありがとう」

「ああ、元気でな。未来がどうなってるかは知らんが」

「私たちも貴方のことは忘れないわ。人とエルフが分かり合える時代・・・そんな時代なら見てみたいけどね」

「俺もです」

そう言って彼は消えていった。
人が目の前で消えると言う驚くべき現象だったが、それを突っ込むものなど誰もいなかった。

「さて・・・別れもすんだところで寝ようぜ。未来が健やかになる事を願ってよ」

「ニュング」

フィオがニュングを呼ぶ。

「なんだよ?」

「私にルーンを刻んでください。使い魔のルーンを。私たちだけのルーンを」

「は?」

「ブリミルの形式でやる使い魔のルーンなんて私は要りません。あのルーンが私たちの絆を表すなら、私はそれをその身に刻みたい」

フィオは右手をニュングに差し出して言った。

「私は永遠に彼を忘れない為に、この身に刻む事を決めました。私たちの短くも深い絆を」

その夜、幼女の苦悶の声が響く事になった。
その日から名実共にフィオはニュングの使い魔として生きる事となる。
全ては幻だったのだろうか?否、違う。彼の存在は根無し一行の4人目の家族として彼らの心に刻まれているのだ。


※『根無し放浪記』16巻第7章『4人目』より。








意識が戻ると何故かまだ夜だった。
俺は頭を押さえながら起き上がる。

「あ、起きた」

ルイズがホッとしたような様子で俺を見ていた。

「アンタ丸二日ぐっすり寝てたのよ?ドンだけ疲労してたのよ?」

「丸二日だと!?」

その瞬間、物凄い空腹感に襲われる。

「ああ・・・情けない音出して・・・待ってなさいな。もうすぐ夕食の時間だから・・・」

「わーい、嬉しいなー」

「精進料理だけどね」

「肉を寄越せ!?」

ルイズは泣きそうな俺を見て笑いながら部屋を後にする。
ルイズが出て行ったのを見て俺は左手のルーンを見た。
その瞬間、ルーンが黄色に輝いた気がした。






とある屋敷の地下深くにある場所。
そこには一つの墓石があった。
墓標にはこう刻まれていた。

『根無しとその妻、此処に眠る』

その墓の周りには色とりどり、様々な種類の花々が咲いていた。
墓石の前に何者かが立っていた。
その者は墓石に花を添えて呟くように言った。

「おはよう、ニュング、お姉さま。久しぶりですね。5000年経ったわ・・・」

墓石の前に立つのは修道服を着た女性だった。
女性は長い白髪だったがその顔は若々しい。
赤い眼と長い耳が人間離れした神秘的な魅力を放っていた。

その右手には達也と同じルーンが躍っていた。




(続く)

・109話目だからと言って何が進展する訳でもなくw



[18858] 第110話 屋敷地下の出会い
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/02 16:13
教皇ヴィットーリオは礼拝堂で一人祈りを捧げていた。祈りの時間が彼の自由時間だった。
多忙を極める教皇にとって、唯一安らげる時間と言える、長い祈りの時間である。
祈る内容は日によって違う。例えばブリミル教の信者の幸福やら世界が平穏である事やら、休みが欲しいやら今日の夕餉はビーフシチューがいいやら様々である。
良いではないか。祈る内容は自由だ。自由時間なんだから。
今日、彼が祈っているのは孤児たちの幸せである。
子どもは世界の未来であると考えるヴィットーリオにとって、孤児が溢れる現状は嘆かわしい事なのだ。
うん、嘆く気持ちがあるのはいいのだが、飴玉を舐めながら祈るのはどうかと思います。
そんな状態で祈っていたのが神様はご不満なようであるようだ。礼拝堂の扉が開き、ヴィットーリオは思わず飴玉を飲み込み咽そうになった。
彼が振り向くと、聖堂騎士の案内でアニエスと頭が神々しい輝きを放つ中年男性がやって来た。

「アニエス殿ではありませんか。いかがなされましたゴホゲホ!?」

爽やかに決めようとした若き教皇だったが、咳と共に口から飴玉が出てきた。
聖堂騎士達がヴィットーリオを咎めるように言った。

「聖下!また飴を持ち込んでいたのですか!?今度は一体何処に隠していたんですか!」

「違います。私は神の力で体内で飴玉を作れるのです」

などと言いながら落としそうになった飴玉を口の中に入れて噛み砕く若き教皇。おい。
どうやらこの程度の事は日常茶飯事のようである。
いきなりトリステインに来た事といいこの教皇は破天荒な人物である。

「飴玉を舐めると集中力が増すとジュリオが言っていました。私はより良い祈りをする為に仕方なく舐めているのです」

「無理に舐めなくても良いではありませんか」

「より良い祈りの為ですから仕方がないのです」

日々の祈りは教皇の大事な仕事でもあるからして、その祈りに集中する事は確かに大事なのだ。
だからって飴玉を持ち込むのはどうかと思います教皇様。

「気を取り直しまして、アニエス殿、如何なされました?」

アニエスはハッとした表情になった。

「聖下に、お尋ねしたい義が御座います」

「ふむ、なにやら込み入った話の様子ですね。さてそちらの方も・・・」

神々しい光を頭部から放つ男、コルベールは神妙な顔で口を開いた。

「聖下に、お返しせねばいけないものが御座います」

「ほう。これはどちらも大事のようですね。ここではなんですから、執務室にどうぞ」


執務室にやってきたヴィットーリオは、椅子に腰掛けると二人を促した。

「まずは、おくつろぎ下さい。大事な話ほど楽な状態でするべきです」

コルベールは腰掛けたが、アニエスは腰掛けず、本題を切り出した。

「聖下、失礼の段、平にお赦し下さい。聖下は『ヴィットーリア』という女性をご存知ですか?二十年前、ダンデルグールの新教徒たちの村に逃げ込んだ女性の事を・・・」

ヴィットーリオは懐かしそうにそして悲しそうに言った。

「ええ、知っています。我が母です」

アニエスの顔が歪む。彼女の瞳には涙が浮かび、そのまま片膝をついた。
一方、コルベールは顔を俯かせた。

「聖下を一目見たその時から気になっていたのです。そのお顔立ちはあまりにもかのヴィットーリアさまに瓜二つ・・・」

「女性のような顔立ちだと子ども達によく言われますよ」

「聖下、母君の変わりにわたくしの感謝をお受け取り下さいませ。わたくしは貴方の御母君に、この命を救われたのです。卑劣な輩の陰謀で、わたくしの村が焼き払われた際・・・、ヴィットーリアさまはわたくしをお庇いになり、お命を失われたのです」

「・・・そうですか。子ども好きのあの人らしい最期だったようですね・・・」

続いて膝をついたのはコルベールだった。

「・・・聖下。貴方の御母君を炎で焼いたのは、他ならぬわたくしで御座います。わたくしの右手が杖を振り、この口が呪文を唱え、貴方の御母君のお命を焼いたので御座います・・・当時のわたくしは軍人でしたが、今でもその時の罪を背負い、今日まで生きてまいりました。隣のアニエス殿と同じく、聖下にはわたくしの命を自由にする権利があると考えます」

コルベールはなおも言葉を続ける。
アニエスは黙ったまま俯いていた。

「此処に、御母君の指輪が御座います。これをお受け取りになり、わたくしの処遇をお決め下さい」

ヴィットーリオはコルベールからルビーの指輪を受け取った。
その指輪を指に嵌めてから、穏やかな表情に戻った。

「・・・わたくしの指に、この『火のルビー』が戻るのは二十一年ぶりです。お礼を言わねばなりませんね。我々はこのルビーを捜しておりました。それがこのようにして指に戻りました。今日はよき日ではありませんか。本当に・・・」

「では聖下、わたくしの処遇を」

ヴィットーリオは首を横に振った。

「貴方は命令に従ったまで。責められるべきはそのような命令を下した者達です。そしてそのような命令を下した者達は既に罰を受けていると記憶しています」

ヴィットーリオは膝をついて、コルベールと同じ視線になった。

「ですが聖下・・・わたくしは・・・」

「もしわたくしがもう少し幼く、加えてこのような地位でなければ貴方に対して憤りの感情を覚えたはずでしょう。ですが・・・そのような事が理解できる地位に今のわたくしは就いています。貴方が責められるべきではないという事はわたくしは知っているのです。ですから貴方を裁くつもりなど、わたくしにはありません」

ヴィットーリオはコルベールに言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

「ミスタ・コルベール。現在の貴方は教師です。ならば貴方の贖罪はより良い未来を作るような若者をこの世界に輩出することだとわたくしは思います。これからのあなたに神と始祖の祝福があらん事を」

立場は人間を変えると言う。
ヴィットーリオは軍人が上官の命令に従わなければならないという常識は理解していた。
おそらく目の前のコルベールという男は優秀な軍人だったのだろう。
ただ、あの時の悲劇で戦いから身を引くほど人間的でもあったのだろう。
贖罪する気があるのならば死なせてはならない。


アニエスとコルベールが退室した執務室で、ヴィットーリオは火のルビーを見つめていた。
・・・母の形見のようなものになってしまったこの指輪を見て若き教皇は思い出したように執務室の机の引き出しを開け、その中に入っていた小箱を取り出した。
この小箱の中には固定化の魔法がかけられた羊皮紙が入っていた。
それはヴィットーリオに宛てられた母の最後の手紙であった。

「母上・・・やはり運命は私の手元に収まってしまったようです。結果的に貴女の行為は無駄というわけでしたね」

運命。
母はこの力を持ってしまった自分の運命を嘆いていた。
その運命から自分を救うつもりだったのだろうか。ある時彼女は火のルビーを持って逃げ出した。自分を置いて。
そんな母親を『異端』として時の教皇は異教徒狩りと称し、彼女を探す為だけに凄惨な殺戮の命令を出した。
母が逃げ出したせいで自分は余計な十字架を背負う事になった。
このままでは自分への風当たりが強くなると感じ、自分は人の何倍も努力したと胸を張って言える。
保身の為にこの地位まで上り詰める直前、自分は書庫の整理中、この手紙を見つけた。

『運命だと諦める事は簡単です。ですが愛する息子よ、私は貴方をそのような運命へ送り込む事はできません。馬鹿な母をお恨みください』

簡潔にただそれだけ書かれた手紙だった。
母は結局死んで、二十一年の時を経て、結局指輪は自分の手に収まった。
母の想い等、運命の前には儚いものでしかなかったという事である。
結局努力の結果自分が教皇にまで上り詰めたのも、指輪が戻ってきたのも全て運命なのだ。
教皇になって、自分はこの世界が辿らんとする運命を知った。
諦めれば確かに楽かもしれない。だが、納得は出来ない運命に対して抗う事は生物として間違ってはいない筈だ。
母は力が足りなかったから運命を変えれなかった。
だが、自分はどうだろう?力は集まってきている。自分も力を持っている。
未来の為、子ども達のため・・・この先待っている運命を黙って受け入れるつもりは自分にはなかった。
力があれば運命は変えられる。ならば変えてみせる。
それが教皇である自分の使命なのだから。




教皇即位記念式典は明後日である。
水精霊騎士隊は大聖堂の中庭で調練の最中だった。
表向きは式典に出席するアンリエッタの護衛なのだが、実際はアンリエッタと教皇の敵を捕まえる為に呼ばれたのだと知り、大張り切りなのだ。

「陛下は栄えある任務に我らをお選びになられた!教皇の御身を狙う悪辣なガリアの異端どもの陰謀を食い止めろ!」

マリコルヌが叫ぶと、一斉におおおおおおお!!!と地鳴りのような掛け声が飛ぶ。
虚無の説明を除いた計画をアンリエッタが説明したのだが、その虚無が大事だろうよ常識的に考えて。
この件で手柄を手柄をあげれば、故郷に凱旋できるので騎士隊の士気は物凄く高かった。
敵は大きなゴーレムを使うというので現在騎士隊はギーシュが作った巨大ワルキューレ相手に魔法をぶつけていた。

「ぎゃあああああ!?ギーシュ、もっと手加減してくれーー!!」

「何こいつ!?でかいのに速いー!?」

俊敏な動きで騎士隊を翻弄する巨大な戦乙女に騎士隊は大苦戦というか崩壊の危機である。
これではミョズニトニルン相手にはどうしようもないだろう。

「僕のワルキューレ相手にこれではね・・・」

「まあ、足止めにすらならんな。まあ、そこら辺は各自の創意工夫に期待しよう。俺も楽したいしな」

「やれやれ・・・創意工夫ね・・・。僕も出来る限りの事はするけど・・・ま、死なないように頑張ろうじゃないか」

ギーシュは溜息をついて、ワルキューレ相手に逃げ回る騎士隊を見つめた。



ルイズは教皇の執務室の前まで来ると、扉を叩いた。
話があると呼ばれて来たのだが一体なんだろう?どうせ碌なものではないとは思うのだが。
「どうぞ」と教皇の声がする。扉を開けると、椅子に腰掛けたヴィットーリオとジュリオ、そしてアンリエッタとティファニアの姿があった。

「お待ちしておりました」

教皇の指に光る指輪を見てルイズは目を見開く。

「聖下、それは・・・」

「ええ。先日、わたくしの指に戻ったばかりの『四の指輪』の一つ、火のルビーです」

「それでわたくしに用事とは・・・?」

「始祖の祈祷書を拝見させていただきたいのです。始祖の秘宝は、新たな呪文を目覚めさせる事が出来ます。わたくしはかつてこのロマリアに伝わる火のルビーと秘宝を用いて、呪文に目覚めたのです」

「どのような呪文ですか?」

「いやぁ・・・戦いに使用できるような呪文では御座いません。遠見の呪文に似た呪文ですよ。遠見ならば偵察にも役立つのでしょうが・・・それが映し出すのはハルケギニアの光景ではないのですよ」

ルイズのあからさまにがっかりした様子にヴィットーリオは苦笑する。

「虚無にもおおまかな系統があるのです。どうやらわたくしは移動系のようだ。使い魔も呪文もね」

「ではティファニアは?ガリアの担い手は?」

「それをこれから占うのです。さて、ではアンリエッタ女王陛下。風のルビーを彼女に」

アンリエッタは風のルビーをティファニアに差し出した。

「お受け取り下さいまし。この指輪は貴女の指におさまるのが道理。アルビオン王家の血筋を継ぐ担い手の貴女が・・・」

ティファニアはされるがままに、風のルビーを嵌める。
ルイズはヴィットーリオの指示に従い、始祖の祈祷書をティファニアに渡す。
だが、どういうわけか彼女に始祖の祈祷書は答えてくれなかった。
必要があれば読める筈なのだが、彼女に虚無の呪文は必要がないというのだろうか?

「・・・どうやらまだその時期ではないようだ。では、次はわたくしの番です」

若き教皇が祈祷書を受け取り、何のためらいも見せずに開く。
すると、祈祷書のページが光り輝く。
ルイズたちは思わずその光景に見入った。

「中級の中の上。世界扉・・・」

ヴィットーリオはそう言うと呪文の詠唱を始める。
ルイズはその様子を呆然と見守る。
世界の扉?ハルケギニアとは違う世界の光景が見えると彼は言った。
それってもしかしたら・・・もしかしたら・・・

教皇は途中で詠唱を打ち切り、程よい所で杖を振り下ろす。
虚無の威力は詠唱の時間に比例するから、ぶっ倒れるまで詠唱する訳にはいかなかったのだろう。
初めに見えたのは、豆粒ほどの点だった。徐々にその点は大きくなり、手鏡ほどの大きさになる。
鏡の中に映っているのは見たことも無い光景だった。高い塔がいくつも立ち並ぶ異国の風景だ。

「これは一体・・・この光景は・・・?」

「そうです。これこそ別の世界です。あなたたちの飛行機械や、我々の前に幾度となく現れた場違いな工芸品の故郷です」

この世界が・・・達也と真琴がいるべき世界だというのか・・・?
多くの塔が立ち並ぶ都市。その全てがハルケギニアとは比較にならない程の洗練された技術を感じる。

「わたくしが以前使えた呪文は、ただこの世界を映し出すものにすぎませんでした。だが、今度の呪文の世界扉は実際に向こうの世界に穴を開けることができるのです」

思いもよらないところで達也達を元の世界に戻す方法が見つかった。
ルイズはいてもたってもいられず、駆け出した。
その背をジュリオが呼び止める。

「おいおい、何処へ行くんだい?」

「決まっているじゃないの!タツヤに教えてあげんのよ。帰る方法が見つかったって」

散々帰りたいとぼやいていたアイツならば大層喜ぶことだろうと、ルイズは思っていた。

「そんなことされたら困るんだけどね。ぼくは彼に『聖地に向かえば帰る方法が見つかるかも』って言ったんだ。この魔法を見せたら彼が聖地に行く理由がなくなるじゃないか」

「元々タツヤにとっては聖地なんて関係ないでしょう!」

「もう一つ問題があります。今、ためしに小さな扉を開いてみましたが・・・倒れそうです。彼一人くぐれるほどの大きさを作ろうとしたら、わたくしは精神力を使い果たすと思われます。わたくしの虚無はハルケギニアの未来の為に使わねばなりません。彼を帰すだけに呪文を使う訳にはいかないのです」

「それにさ、ルイズ。彼が帰ってしまって本当にいいのかい?」

「それが私とアイツの約束なの。約束も守れない女にはなりたくないのよ」

とは言うものの、達也を素直に返す事に恐怖もあった。
これまでの日々を続ける事が出来るのか?またつまらない毎日が戻るだけではないのか?
そんな状態に今の自分は耐えられるのか?
でもそんな弱音を吐けば絶対アイツは笑って言うのだ。

『お前は一人じゃないだろう』

約束は守りたい。
これ以上自分達の世界のいざこざにアイツを巻き込む訳にはいかない。
彼はガンダールヴじゃないし、帰しても全然問題ないだろう。
アンリエッタはルイズに言う。

「タツヤ殿を帰さねばならないという考えも立派ですが、彼を帰さない事で救われる命もあると思います。帰してしまえばその命は救われないという事です」

「人生は選択肢の連続です。貴女が彼を帰すというのも正解、彼を残すと言うのもまた正解なのです。わたくし達の理想には出来れば彼の力も欲しいのです。それはつまり、彼の力を得ればハルケギニアは救われるやも知れないという事なのです」

「ルイズ、貴女は慎重に決めなければなりません」

ルイズは唇を噛んだ。
過大評価な気もしたが、達也はこれほどまでに必要とされている。
だが、達也にとっての正解なんてルイズには痛いほど分かっていた。
彼には愛する人が元の世界で待っているのだ。
達也にも真琴にも元の世界での未来があるのだ。
この世界の事を自分達の力だけで何とかしようと思わないのか?
全員が見つめる中、ルイズは悔しそうに俯くのだった。




一方その頃のド・オルエニール。
ルイズたちがいないのに学院にいるわけにはいかなかったシエスタと真琴はこの地にいた。
シエスタは屋敷の掃除に忙しく、真琴は暇で仕方なかった。
孤児院の皆は何か遠足に行っているらしく留守だった。
エレオノールも仕事で屋敷にいない。
好奇心旺盛な真琴は、屋敷の中を歩き回り、面白そうなものがないか見て回っていた。
やがて鍵の束を見つけ、何処の鍵かと探し回った。

「うわ~・・・真っ暗だぁ・・・」

やがて真琴は地下に繋がる階段を見つけ、ワクワクしながら降りていった。
この妹は兄なんぞより数倍好奇心が強い為、鍵が開いている扉より鍵が閉まっている扉の先の方を優先して調べようとする。
兄が王女と探索した場所を鍵を持って行けるところまで進んでいく。
戻る時の事など微塵も考えていないその足取りは軽く、やがて真琴は地下3階の小さな食堂がある扉を開けた。

「ほえ?」

「ん?」

食堂には先客がいた。
身体のラインがはっきり認識できる修道服に身を包み、その先客はパンを齧っていた。
赤い眼と白く長い髪が印象的だ。
背丈はマチルダと同じかやや低めであったが、身体のラインから出るところは出ているようだった。

「お姉ちゃん誰?」

「ほほう、可愛い来客ですね。それにしてもお姉さんとは・・・私もまだ捨てたものじゃないようですね」

嬉しそうに言う修道女。

「久しぶりに起きて出会った人間が幼女とは・・・ああ、すみませんねぇ。私はフィオ。この建物の大家さんみたいな凄い存在です」

「大家さん?」

「そうですよ~?」

「でもこのお屋敷、お兄ちゃんのお屋敷って皆が言ってたよ?」

「ふむ・・・私が寝ている間に当主が交代したようですね。あのヒヒ野郎に妹はいなかったはず・・・そもそも熟女好きだったし・・・そうですか、貴女のお兄様が今の当主というわけですね?ところでお嬢さん、貴女の名前を聞いていませんでしたね」

真琴は元気良く答えた。

「はい!因幡真琴です!こっちではマコト・イナバだって、お兄ちゃんが言っていました!」

「ほう・・・?イナバ?そうですか・・・」

フィオは心底愉快そうな表情になった。

「ではマコト。大家として私は貴女のお兄様に挨拶をしなければなりません」

「んとね。お兄ちゃんは今、ろまりあっていうところにおでかけしてるの!」

「ロマリア・・・ですか」

フィオは神妙な表情で考え込む。
やがてにんまりと笑い、真琴に礼を言った。

「マコト、有難う御座います。久々に遠出をする理由が出来たようです」

「はにゃ?どういたしまして」

真琴の頭を撫でるフィオ。くすぐったそうにする真琴を見て、更にフィオは微笑むのだった。








(続く)



[18858] 第111話 だったら鼻毛を抜いてみろ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/05 16:02
達也が自分の世界に戻る方法が見つかった。
ルイズとしては寂しくも歓迎するべき知らせであるのだが、どうやら上層部は難色どころか彼を必要としているようだ。
だが、結局は達也が決める事なのではないか?自分としては違う世界の住人である達也には自分の世界で過ごすべきだと思っている。
そう思ったルイズは達也に直接言ってみることにした。
きっと、今すぐ帰らせろとか言うんだろうな・・・ルイズはそんなことを思いながら達也を探した。

その頃、達也が副隊長を務める水精霊騎士隊はロマリアが誇る聖堂騎士達と険悪な雰囲気になっていた。
きっかけは些細な事である。簡単に言えば、聖堂騎士達が、訓練中の騎士隊をからかったことが血の気の多い騎士隊の隊員達の誇り(笑)に傷をつけたのである。
基本的にロマリアの聖堂騎士達の態度は尊大であり、常に上から目線である。
なんだ、お前らのところの副隊長と殆ど一緒じゃん。
ロマリアの聖堂騎士達はジュリオの罠にまんまと嵌って、必要以上に警戒しながら虚偽の任務に当たっていたのに、当のターゲットはあっさり城に案内されていた事に不満と憤りが溜まっていたのである。
正直、ジュリオにその不満をぶつけるべきなのだが、彼は教皇の側近中の側近といえる地位である。
なので立場的に弱そうな水精霊騎士隊に鬱憤をぶつける事にしたという訳である。
要するに弱いもの虐めである。

俺はその不毛な争いをパンを食べながら見学していた。
雰囲気が最悪といってもこの場でドンパチは禁止されてるし、聖堂騎士も俺たちに対して危害を加えたらタダではすまないと思うのだが。
挑発や煽りに対しては無視に限る。
まあ、他の団員たちにはそれが出来なかったようであるが。
普段冷静なレイナールですら怒りに顔を紅潮させているのだ。他の団員達が怒るのも無理ないか。

「だから修道女の下着は黒と相場が決まっているって言ってるだろう!!?」

「愚か者!修道女は汚れなき存在!純白に決まっているじゃないか!」

「その汚れを包み込んでしまうという意味で黒とは考えられないのかよ!」

「汚れを内包していない存在が修道女だ!」

などと、かれこれ一時間近くも激論が繰り広げられている。
黒派の水精霊騎士隊勢と、白派の聖堂騎士団勢が真剣な喋り場を開いています。
黒派筆頭、マリコルヌは目を血走らせて黒のロマンを熱弁している。
幼女が黒の下着を着ているだけでアダルティに見えるとかお前な・・・。
一方、白派筆頭のカルロとかいう男は女性の処女性の崇高さを唱えていた。
男はどの時代何処でも馬鹿であるが、どの世界でも同じのようである。

「女性との接触に穢れを感じる筈なんだけど、そのせいで余計に夢を持っているようだね」

俺と一緒に遠巻きで馬鹿な争いを見ていたギーシュは悲しそうに呟く。

「達也。何故、人は分かり合えないのだろうか?」

「まあ、世の中には様々な人がいるしな。人が分かり合うためにはそれを認識して様々な所で妥協や折り合いをつける柔軟さが必要だね」

「何か普通に答えたね、君」

「そもそも下着うんぬんであのような争いをする必要はないんだよ」

俺はパンを食べ終えて、争いの場に向かい、息を大きく吸った。

「諸君!聞け!」

俺の大声に両陣営は振り向いた。

「修道女の下着論議などもはや不要である。そのような事の為に我々が争うのは愚の骨頂!」

「何だと!タツヤ、お前は僕たちのロマンを否定すると言うのか!?」

「貴様はそれでも男か!?」

「落ち着くのだ諸君。俺とて諸君のロマンについては理解しているつもりだ。修道女のあの長いスカートの中身は健全な男子の永遠のテーマである事は同意である。しかしだ!下着の色などという固定概念に囚われては貴様らに明日はないと宣言しよう!」

「何!?どういうことだタツヤ!?」

「下着の色など初めからなかったのだよ」

「タツヤ!貴様は聖堂騎士の意見に同調すると言うのか!?見損なったぞ!」

「ふん。そちらにも少しは話の分かる者がいたという訳だな」

「落ち着け水精霊騎士隊の同士たちよ!考えてみろ。白も立派な色だ」

「何!?」

「そう言えばそうだな。ではどういうことだ?」

「俺は此処に新たな仮説を唱える。修道女は悪も受け入れ、尚且つその穢れを失わない・・・ならばそもそも下着などは要らない!そう!修道女は履いていないのだ!」

「「「「「な、なんだってーーーーーー!???」」」」」

一同は驚愕に包まれる。
その光景を想像したのか、鼻血を垂らすものまでいた。

「しかし!しかしだ!修道女の肝心の理想郷は俺たちには見る事が出来ない!何故だ!結構きわどい所まで見えるのに!」

「そ、そうだ!だから僕たちはこうして議論を・・・」

「諸君、世の中には見せるための下着もあるほどだ。下着を履いていたら下着の一部が見えるはずではないか?」

一同はハッとした様子だった。

「理解したようだな。そう!そもそも履いていないから下着など見えるはずも無いのだ!これは修道女、並びにあの修道服を製作した輩の巧妙な罠である!」

「そ、そうだったのか!?」

「し、しかしだ!それでは修道女はまるで痴女ではないか!お前は彼女達を愚弄するというのか?」

「考えてみたまえ、聖堂騎士の諸君。彼女達は神や始祖に操を立てている。つまりはすでに神と始祖に純潔を奪われているのだ!」

「「「なん・・・だと・・・」」」

「その発想は無かった!」

「嗚呼、何てことであろうか。あの身はすでに神と始祖の者と言ったばかりに彼女達は神に祝福という名の陵辱を知らぬ間に受けているのだ!そこに処女性はあるのか?否!あるものか!!彼女達は神と始祖に股を開いた痴女である!そんな痴女宣言を行なった者たちに下着などという崇高なものはもはやいらん!!」

「つまり修道女の皆さんは神及び始祖ブリミルの女であり、その証として処女性を偽り、履いていないという訳か」

「その通りだ。だが、覚えておきたまえ。これはあくまで仮説に過ぎない。しかし諸君、考えても見ろ。確かに神や始祖は偉大かもしれぬ。しかしだからと言って不特定多数、しかも万単位以上の女性と関係を持つことが許されるのか?聖職者としてではなく、男として諸君に問いかけ、俺の仮説発表は終わりとしたい。ご静聴感謝する」

俺はそう言って一礼し、その場に座る。
一同から大きな拍手を貰う。
聖職者としてではなく男として嘆き悲しむ者達の心が一つになった瞬間だった。
だが、しかしこのような感動的な光景に賛同しない者が現れた。

「阿呆かアンタは!?」

ルイズである。何しに来たんだお前は。

「アンタを探していたのよ!全く・・・見つかったと思えば馬鹿な演説してるし。何が神に股を開いたよ!?何が履いていないよ!?」

「お前は一時期履いていなかったろう」

「ぎゃあああああああ!?それを言うな!?」

「何やってるんだよ君たちは・・・・」

ギーシュが呆れて呟く。
ルイズは涙目で俺の腕をがっしりと掴んだ。

「と、とにかく話したい事があるの。ここじゃなんだから部屋に行くわよ」

「はあ?」

妙に強引なルイズに引きずられるように俺は連行されていく。
一体なんだというのだ?

なお、俺が連行されていった直後、今度は修道女の理想郷に茂みはあるのか否かという議論が開始された事は後でギーシュに聞いた。


自分達の部屋に帰ってきたはいいが、さっきからルイズは黙り込んだままである。
さて、用件は何なのであろうか。真琴を譲れと言えば断る。
長い沈黙の後、やっとルイズが口を開いた。

「アンタが元の世界に戻る方法が・・・見つかったわ」

「へ?」

思わず間抜けな声を出してしまったが、それ程衝撃的な告白だった。
待望の知らせに俺は小躍りしそうな精神状態である。
だが、ルイズの表情は冴えない。

「見つかったんだけど・・・肝心のその方法を使える人が・・・アンタを帰すのに難色を示してる」

「誰だよそれ」

「教皇聖下よ」

「あの人が俺を元の世界に戻す方法を?」

「ええ。虚無の魔法で『世界扉』っていうんだけど・・・それはアンタの世界と私たちの世界に穴を開けてつなげる魔法なの」

「虚無魔法か・・・」

虚無魔法はその効果は凄いが体力消費も凄い。
ゆえに非常に疲れるため、ルイズとかはあまり使わないように心掛けているのだ。
別の世界同士を繋げるほどの虚無魔法が消費する体力も相当なものだろう。
本心としては聖地などに行かずその世界扉で帰りたいのだが・・・。
今すぐ帰るわけに行かない。真琴より先に帰れるか!?
ルイズめ、邪魔者の俺をさっさと帰して真琴を我が物にしようとするつもりだろうがそうはいかん。

「私としてはアンタやマコトを帰してやりたいわ。でも世界はそれを良しとしていない。個人の願いと世界の願い、どちらを取ればいいと言うの?」

「世界が俺たちを帰すのを良しとしてないと?過大評価も程があるぜ」

「私も全く持って同感だけど、事実なのよ。アンタをそのままにすれば救える命もあるらしいって聖下や姫様は思っているみたいだけど・・・」

「実際そんな考え俺には知ったこっちゃないよな。だがな、ルイズ。俺はまだ帰れん。真琴を先に帰す或いは一緒に帰るまでは俺はこの世界にいなきゃならない」

「あんたが先に帰っても、ちゃんとマコトも帰すけど」

「お前は今までの自分の言動をもう一度思い返して発言すべき」

「人を犯罪者扱いするな!?」

だって真琴を一人残すにはこの世界は危険すぎる。
シエスタや孤児院の皆がいるからいいかも知れないが、この幼女愛好者が黙ってはいられないと思います。
そんな事はさせません。

「ま、とりあえずガリアの王様だっけ?あれを何とかすれば一旦落ち着くんだろう?その時に帰ればいいさね。エルフと事を構える気は俺はさらさらないしな」

ガリアについてはすでにスルー出来ない状況みたいだから。
実際命を狙われているようだし、真琴を残して帰れば真琴に目をつけられるかもしれない。
それだけは避けたいんだよ。俺としては。

「アンタが戦う事はないのよ?」

「俺だけが戦う訳じゃねぇだろうよ」

前と違ってたった一人で多数を相手取る訳ではない。
頼りがいがあるのかと言われれば疑問符がつくが仲間がいる。
一人ではできない事でも数がいれば何とかなるのかもしれない。一人よりかはかなりマシだ。
よく皆を巻き込みたくないとか格好いい主人公様が言うが、俺はそんなに強い訳でもないし。
何のために一緒に訓練してきたと思っているんだろうか。共に戦う為だろう。
俺一人苦労するのは嫌なので皆さんも苦労してください。

「ルイズ。俺たちだけが戦う訳じゃねぇんだ。皆で戦って皆で勝とう」

ルイズはハッとした様な表情になる。
教皇が虚無が神の力やらとかいうから錯覚していたが、戦争は自分達だけが頑張っただけで勝てるわけじゃないのだ。
達也が七万を壊滅状態に追い込んだのもそれまでの連合軍の戦いの積み重ねや運が重なり合ってやれたことだ。
たった一人の英雄のお陰で勝てるほど戦争は甘くない。

「そうね。やるからにはガリアの奴らをギャフンと言わせましょう!」

「ああ。本当は何もないほうがいいけど、そうもいかないみたいだからな」

降りかかる火の粉は払う。
ガリアのお偉いさんが心変わりして戦争しないっていうならいいが、現実はそう上手く行かないだろうよ。
戦争のドサクサで俺も狙われるだろうし、ならば受けてたつことも必要なんじゃないのか。
戦争は嫌だが、嫌だから戦いを放棄するのは違うんじゃないのか?違う気がする。

「俺たちは出来ることをやろう。人間にできる事なんて精々そんなことくらいさ」

俺は自分に言い聞かせるように言った。




悲しみを知りたい。涙を流したい。
ただそれだけの理由で自分を愛していると言った女を刺し殺してみた。
手塩にかけて育てた薔薇園も燃やしてみた。
だが、泣けなかった。心も何も感じなかった。
如何すれば俺は泣けるのであろうか。
心が震えるであろう事は粗方やってみた。だが泣けない。

狂王と呼ばれる男、ジョゼフは退屈そうな表情を浮かべ、自身の心を動かしそうな事を考えていた。
そんな彼の前にミョズニトニルンが報告に来た。

「ヨルムンガルドが十体、完成したとの報告がありました」

「そうか」

「それともう一つ。担い手が三人、ロマリアに集結しております」

「ほう・・・。それは豪華な事だ。よろしい。ヨルムンガルドを武装させて軍団の指揮を執れ」

「御意」

姿を消すミョズニトニルンを見るとジョゼフは伝声用の鉄管を取りあげた。
風魔法が付与された、声を遠くに伝える為の魔道具である。
携帯電話というより内線電話のような代物である。

「両軍艦隊司令に繋げ」

ジョゼフは世間話でもするかのような軽さで言った。

「両用艦隊、軍港サン・マロンにおいて軍団を搭載しろ。目標はロマリア連合皇国。宣戦布告?いらんよそんなもの。全てを潰せ。全てだ。同盟?ああ、それはどうでもいい。貴様らは以後、反乱軍を名乗れ。意味が分からん?気にするな。これは高度な政治的判断なのだからな。陰謀という奴だよはっはっはっは。上手くいけばロマリアはお前らにやるから。ああ、そうだ。本気だとも。そうだ。いいな」

そう言ってジョゼフは管をテーブルに置いて、またも退屈そうに玉座に腰掛けた。
ロマリアとの戦争をする気かと話し相手の提督は言ったが、今からするのは戦争ではなく虐殺なのだ。
そう、俺は俺にこのような力を与えた神ごとロマリアを虐殺するのだ。
神を、兄弟を、民をどれだけ殺せば俺は泣けるのだろうか?
世界を潰せば俺は泣けるだろうか?その罪に俺は泣けるだろうか?
嗚呼、俺は人だ。人だからこそ人として涙を流したいのだ。
なのに口からは笑い声しか出てくれない。愉快でもないのにだ。
嗚呼、泣いてみたい。涙を流してみたい。
嗚呼、世界は退屈だよ。シャルル。
何か面白い事はないだろうか。





ジョゼフがそう思っていた時、世界のどこかでクシャミをする人間とダークエルフがいたのは言うまでもない。



(続く)



[18858] 第112話 つまりはお前が一番危険なんだよ。
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/09 13:55
教皇の即位三周年記念式典は、都市ロマリアから北北東に三百リーグほど離れた、ガリアとの国境付近の街アクアレイアで行なわれる。
その期間は二週間。よくもまあ長いお祭りが好きな者達である。民族性とでも言うのか?
そのアクアレイアへ向けての出発の準備に、ロマリア大聖堂は大わらわであった。
水精霊騎士隊の面々はアンリエッタと共に御召艦に乗艦することになっていた。

「遠足の準備は出発前日までに終わらせておくべきだ。そう思うだろう?」

「一応護衛任務なんだが、準備を早く終わらせるべきなのは同感だね」

俺達は御召艦に既に乗艦している。
ギーシュやタバサなどがアクアレイアまでの旅のしおりを製作し、準備するものを書いて俺たちに配っておいたのだ。
完全に遠足気分だが、何もなければ本当にただの遠足である。
ギーシュとレイナールの二人は朝に達也によって用意された弁当を食べながら出発の時を待っていた。
達也は事情があって別の艦に乗ってやってくるらしい。
達也が騎士隊全員分の弁当を用意していた。弁当といってもサンドイッチが3つあるだけだった。
タマゴサンドとチキン南蛮サンドと野菜サンドが全員分用意されていた。同行できないせめてもの詫びのつもりらしい。

「しかし、下手をしたら命を落とすかもしれないんだよなぁ」

レイナールが野菜サンドを食べながら呟く。
そりゃあまあ、護衛任務である以上危険は勿論あるだろう。

「ガリアとの戦争か・・・教皇を襲うというのが間違いならいいんだけどね」

「間違いか・・・」

火の無いところには煙は立たない。
実際ガリアの手の者に襲われた経験があるギーシュはおそらくガリアは今回の式典で教皇を襲うに違いないと考えていた。
あのような高性能な巨大人形を擁するのだ。あれが幾つもあると考えて良いだろう。
一体だけでも化け物なのにあれがそれこそ編隊を組んで現れたら・・・!
考えるだけでも恐ろしいがその可能性は十分にある。
そのガリアの刺客をおちょくりまくりの存在が我が水精霊騎士隊副隊長と今しがたアンリエッタとアニエスの二人に連れられてやって来たルイズである。
彼女はティファニアと共にやって来たが、彼女達は白い神官服に身を包んでいた。
彼女達は巫女として式典に参加することになったとアニエスが説明していた。
アンリエッタもアニエスも、ティファニアも誰かを探しているようだ。
ギーシュはルイズの様子からして、ルイズは事情を知っているのかと思った。
ルイズはとんでもないほどにやる気がなさそうな表情をしている。人が見ていなかったら鼻を穿っていそうな顔である。こんな奴を巫女として参加させて良いのか!?

「あら・・・タツヤ殿がいませんわね・・・一体如何なされたのです?ルイズ、貴女何か知っていて?」

「タツヤは別の艦で来るそうです。何でも大荷物があるからとか」

「荷物?」

アンリエッタは達也から何も聞かされていないので彼が持ってくる荷物の事を知らない。
ルイズは達也から荷物の事を簡単に聞いている。説明によれば『デカイ』『重い』『ヤバイ』らしい。
・・・・・・ちっとも分からん!?
ちっとも分からないがとにかく荷物である事は間違いないらしく、達也はそちらの方に行っている。

「まあ、一応同行はするようですし、心配要らないと思いますわ、陛下」

正直ヴィットーリオへの半ば暴言とも言える発言から、達也はこの戦に参加しないと思っていた。
しかし蓋を開けてみればガリアには借りがあるから参加はしてやるという。
ただ、この艦にはいないというだけのことである。
正直異世界の一般人であった達也をこれ以上この世界の戦争に巻き込むのは悪い事だとは理解しているのだが・・・。
しかしそれは達也にとっては今更過ぎる反省ではないのか?


一方、達也は大荷物のTK-Xを搬入できる大きさのフネに乗り込み、コルベールと共に調整を行なっていた。
ハルケギニアでは超技術、達也にとっても最新鋭どころじゃない技術の結晶である10式戦車である。

「ふむ・・・どうやらこの戦車というものは2、3人で乗る事を想定して造られているようだな」

この新戦車はC4Iシステムなるものが搭載されているが、異世界においてこの性能はなんの役に立つのか?
喋る剣コンビですらこの最新鋭の兵器を人間が造ったという事が信じられない様子である。
紫電改の時も思ったが、こりゃ免許が必須だろう。
喋る剣ですらかなり試行錯誤しながら説明してくれる。
それによると、この戦車は40発ほどの砲弾が装填されていて、自動装填装置があり手間が余りかからないという。
指揮・射撃統制装置に関しては走行中も主砲の照準を自動的にセットする自動追尾機能があるという。何それ凄そう。
特にタッチパネル方式で主砲発射可能とか随分ハイテクである。
この戦車はどうやら3人乗りであり、車長、砲手、操縦手の3名で乗り込むようだ。
・・・誰が操縦するんでしょうか?誰が指示をするんでしょうか?
機動性、火力、更に防御力も既存の戦車と比べ高水準。あれ?日本って平和主義じゃなかった?
まあ、戦争を避けるためには仕方がないのだろう。抑止力ですねわかります。
しかし三人乗りかあ・・・イメージとしては一人で無双というのもあったがやはり戦車においても皆で戦うコンセプトはあるようだ。
やっぱり俺は乗らなきゃいけないんだろうね、この戦車。何たって貰ったのは俺だし。
コルベール先生はこれを動かす事は何とか出来る逸材だが・・・

「さて・・・タツヤ君。私はこの戦車向けのがそりんを作る作業に戻るよ」

「あ、はい。有難う御座いました」

「あのひこうきを見たときも驚いたが・・・これはそれ以上だな。私の今の知識では解明する事すら難しい」

コルベールはTK-Xを見つめながら言う。

「これをエルフではなく人間が作ったのか。人間もまだ捨てたものではないという事だな」

「戦争用ですよこれ・・・」

産業か技術などは戦争が起こると飛躍的に進歩するとか言うが、これを製作したのは変態技術国家ジャパンである。
このような技術の結晶が消えてしまい、向こうでは大慌てなのだろうが、こっちも混乱するんだが。
まあ、量産体制に入ってはいるだろうし、この新戦車は価格も良心的と聞いたことがある。
これ一つがなくなったからって国が滅ぶ訳でもあるまい。有難く使わせてもらいたいが俺は戦車の乗り方など知らん。
紫電改の時のように動かし方を喋る剣にレクチャーしてもらうか。
俺は自分で作った弁当を食べながら、戦車の計器を弄り始めた。



目的地のアクイレイアには結構早く到着した。
教皇のご到着ということで民衆は大歓迎ムードだった。
このアクイレイアの街は、石と土砂を使って埋め立てられたいくつもの人工島が組み合わさって完成した水上都市である。
教皇とトリステイン女王が大歓迎されているのを俺は上空から眺めていた。
戦車の動かし方は何となく分かった。後は試運転を重ねるばかりだ。
しかし、まだ普通自動車の運転免許も取得していないのにいきなり飛行機や戦車の運転を先に覚えようとは考えてみれば無謀もいいところである。
運転マニュアルなどあるわけもないので完全に喋る剣のナビだよりである。

「ドリフトしてても同じ方向に砲弾が撃てるとか凄いなぁ」

「敵さんからすれば厄介この上ないな。相棒、それで同乗者は決まったのかい?」

「暇なそうな人がいたのでそいつらに頼んだ」

「・・・・・・あのー、それって赤い髪の女性と青い髪の女の子の事ですよね?」

喋る刀、村雨が確認するかのように尋ねてきた。
正直異世界の超技術を前にして彼女達が理解を示してくれるのかはいささか疑問だが、車長と砲手は必要だしなぁ・・・。
運転は俺がするしかないし。操作方法の説明は喋る剣と刀が出来るし・・・。
キュルケとタバサは初めて超技術の結晶に触れるのだ。混乱もするのではないか。
まあ・・・砲撃はタッチパネルで簡単に出来るけど・・・。

「にしてもよくもまあこんなデカブツを運べる飛行船がロマリアにあったな」

「元々は難民への救援物資を大量に運ぶためのフネだったらしいけどな。積める量より運搬の早さを求めて今は小型化したフネが多いんだとさ。この戦車の重量以上の物資がこのフネには積めるんだけど、速度が遅いらしいんだよな」

速度が遅ければ空賊に襲われる可能性が高い。
折角の救援物資も奪われてしまっては元も子もない。
そこでロマリアはこのような大きなフネで物資を運ぶより少し小さくても機動力があるフネを制作し、量産した。
したがって教皇たちより先に出航したのに、まだ着陸さえ出来ていないのだ。このフネは。

「あー・・・下は賑やかだなぁ・・・」

ようやく降下する時には下にあんなにいた民衆の姿はまばらになっていた。
お前らそんなに教皇と王女が好きか!?


その日の夜。
アクイレイアの聖ルティア聖堂では、会議室の円形のテーブルに、今回の作戦を知る者たちが集められていた。
ルイズとギーシュはこの会議に参加できる権利を有していた為参加していた。
達也の姿はない。彼は名目上は水精霊騎士隊の副隊長なので参加しないと言って会議をギーシュに押し付けていた。
ルイズの隣にはガチガチになったティファニア、険しい表情のアンリエッタ、そしてアニエスがいる。
彼女達の対面上にはロマリア側の関係者達がいる。
今回の計画を聞かされたアクイレイア市長は事の重大さに身を震わせていた。
今回の計画、色んな意味で正気の沙汰ではないのだ。

「聖下・・・ガリアが聖下の御身を狙っているのはまことでありましょうか?」

「まず、間違いありません。あのガリア王はハルケギニアの王になりたいのです。その為には、神と始祖、そしてこのわたくしが邪魔なのですよ」

「だからといって聖下の御身を危険にさらすというのは承知できかねますな」

「市長殿の憂慮は当然です。ですが我々は水をも漏らさぬ陣容で敵を迎え撃つ予定です」

「予定はあくまで予定ですぞ?確定ではないのです。万全を期したはずが思わぬところで崩れ落ちた例は歴史を紐解いても数多くあったではありませんか」

そう、例えば最近の話だ。
アルビオン七万の軍が万全を期してトリステイン・ゲルマニア連合軍を追撃せんとしていたのにガリアの参入、サウスゴータの悪魔と言われる存在の奇襲によって彼らの目論みは崩れてしまったではないか。悪魔についてはその存在が噂になっているだけであまり分かっていないが、ガリアの参入で勝負が決したではないか。
ガリアはハルケギニア最強ともいえる軍事力を持っている。生半可な対策で撃退できる甘い相手ではない。
市長のその言葉に、ジュリオが立ち上がり、黒板に今回の作戦を書き始めた。

「ガリアの恐怖。それは皆さんが知っての通り、まず魔法にあります。その対策として聖堂の周囲をディテクト・マジックを発信する魔道具を用いた結界で囲みます。無論、聖堂には杖を持ち込めませんし、何らかの方法で魔法を使おうとしても、使用したその瞬間に見破られます。勿論それだけではありません。教皇の周りにはエア・シールドを幾重にも張り、その御身を守ります。通常の魔法や銃ではどうにもなりませんね」

「ではガリアが通常の武器ではないものを持ってきたときはどうされるのか?」

そこである。
ルイズとギーシュとティファニアはガリアが通常の兵器じゃないと思われる巨大人形を持っている事を知っている。
あんなものの前ではエア・シールドなど紙に等しい。
そして、そんなものを持っているガリアがこの機を逃すとは思えない。

「その時は国境付近に配置した我が軍四個連隊九千とロマリア皇国艦隊が相手をするまでです」

「国境付近ですと!?」

市長は驚愕の表情を浮かべる。
アンリエッタはこれはロマリアの挑発行為であるという事は理解していた。
この教皇は戦争を起こす気である。断言しよう。この男は戦争を嫌いと謳いながら積極的に戦争を起こそうとしている。
きっとガリアの方から仕掛けさせ、大義名分を得ようというのだろう。
だが国境付近に大軍を配置している事で事実上ロマリアの方がガリアに宣戦布告しているのだ。
そしてガリアは恐らくこの戦に乗るのだろう。虚無の担い手のルイズやティファニアを襲撃した輩がこのような担い手が一同に集まる場を襲わない訳はないからだ。
教皇の理想は知ったことではない。ここに来てしまった以上、自分はもう後には退けないのだろう。
この教皇がルイズやティファニアをこのままあっさり帰すとは思えない。
自分のやっている事にやましさなど微塵も感じていないのだ。どんな手を使ってでもこの二人は手元に置いておこうとするだろう。
彼にとって、ティファニアは扱いやすいかもしれない。自分が彼女を守ってやらないといけない。
ルイズは明らかに胡散臭そうな眼で教皇を見ているし、大丈夫なのではないか?
さて、その教皇が持て余していそうな存在が自分の陣営にいる。
水精霊騎士隊副隊長の達也である。人間の使い魔同士、ジュリオと話している所は何度か目撃するが、極めて友好的とは言えない。
教皇に対しては明らかに否定的な意見を言っていた。そして教皇も彼を四の使い魔の中から外していた。
教皇は達也を一体どう扱うつもりなのだろうか?伝説の四の使い魔ではない達也は戦略的価値に乏しいと判断しているのか?
アンリエッタは目を細め、教皇ヴィットーリオを見た。


ヴィットーリオはアンリエッタの読みどおりルイズとティファニアをあっさり手放す気はなかった。
自分や彼女達の力は聖地奪還のために必要だと彼は確信していた。
破滅の運命を栄光の未来に変えるために・・・簡単に諦める訳にはいかなかった。
始祖ブリミルが残した四の四を集結させる。それは自分の使命でもあるのだ。
だが、ガリアの担い手は自分の説得に耳を貸すような男ではなかった。
更にトリステインの担い手の使い魔は四の四に値する使い魔ではない。
アルビオンの担い手は使い魔すら召喚していない。
使い魔を召喚していないアルビオンの担い手はいい。召喚すればいいのだから。
ガリアの担い手は代わりが現れるだろう。残念だがこの戦で現在のガリアの担い手には退場してもらおう。
そしてトリステインの担い手の使い魔。これも簡単な話だ。今回の戦は勝ってもらわないと困るので頑張ってもらうが、戦後の混乱のうちに人知れず退場してもらいルイズには新しい使い魔を召喚してもらえばいい。使い魔の再召喚は前の使い魔が死なないといけないのだから。
あの場違いな工芸品を贈って信頼は得たはずである。
世界の未来の為に彼らには一足先にヴァルハラに行って貰おうではないか。
それで恒久の平和が訪れるのであれば安いものだ。恨まれると言っても少数に過ぎない。
聖地を奪還する為の小さな犠牲である。このような地位になれば大局的にモノを見なければならないのだ。


そう、確かに彼は世界の事を考えていた。
確かに彼はこの世界の未来を憂いていた。
確かに彼はこの世界の平和を願っていた。
確かに彼は人々の幸せを祈る存在であった。
故に彼は崇拝され、正義は彼にあるかに思える。
実際ハルケギニア人の多くが彼を正義として見ているだろう。


若き教皇は知らない。
ガリアの王はハルケギニアの王の座など望んではいない事を。
若き教皇は知らない。
その使い魔を排除すれば次はトリステインが敵になる事。
若き教皇は知るはずもない。
自分が棺桶に今、片足を突っ込んだ事など。
戦争の代償は自分にも降りかかるという事を彼は軽く見ていた。
神様とやらはどうでもいい所で平等なのだと言う事を彼は理解していなかった。



(続く)



[18858] 第113話 人間には欲がある。しかも際限がない。
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/10 22:19
さて、教皇即位三周年記念式典が始まった。
聖堂の外では教皇の姿を一目見ようと敬虔なブリミル教徒たちが最早暴徒と化している。
水精霊騎士隊はその混乱の真っ只中で交通整理のような仕事を行なっていた。

「はいはーい。押さないでくださーい。聖堂内は関係者以外立ち入り禁止となっていまーす」

「やいコラ!こっちはゲルマニアからわざわざ旅してきたんだ!ちょっとぐらいかまわねぇだろう!」

「はいはーい、そのままゲルマニアまで回れ右してくださーい」

「帰れと言うのか!?」

「この子牛に聖下から祝福をいただくまでは、俺は国に帰れないんだ!」

「はいはーい、こんな人がごった返しているところに子牛なんぞ連れてくるもんじゃありませーん。帰れー」

「はっきりいいやがった!?」

「教皇聖下に一目でいいからお会いさせろ!」

「そんな権限は俺たちにはありませーん。今は大人しく良い子にして待ってなさーい」

「話にならねぇ!?もっと偉い奴連れてきやがれ!」

「御免ねぇ?こっちも仕事だー。堪忍してくれー」

「うるせえ!怪我したくなかったらすっこんでろ!」

人間と言うのは集団であればあるほど気が強くなる傾向がある。
俺たちの前で暴徒と化しているブリミル教徒たちもその例に漏れずに警備をしている俺たちに怒りの矛先を向ける。

「こいつらをやっちまえ!」

ギーシュたちは魔法探知装置があるせいで魔法が使用できないらしい。
それはとても不便だが、俺には全く関係のないことである。
俺に向かって突進してくるブリミル教徒たち。
俺は黙って彼らに向かって前転をするのだった。
その日から聖堂を警護する騎士たちに反抗するものがいなくなったのは言うまでもない。


「顔が痛い・・・」

「腰が痛い・・・腕も痛い・・・」

ぼやく同僚達は俺の前転による効果に巻き込まれたものたちである。俺も頭が痛い。
ブリミルの暴徒達や水精霊騎士隊、そして聖堂騎士達まで巻き込んだ黒い塊は4,5分で消失したが、後に残ったのはぐったりした人間たちだけだった。
奇跡的に死傷者はいないが、平衡感覚が変になったものは続出した。
円滑な祭りの進行には多少の無茶も許容範囲だと思います。

「おい・・・お前ら・・・警備の交代の時間だ・・・」

息も絶え絶えの聖堂騎士達の仕事熱心ぶりに涙が出そうである。

「大丈夫か?すでに死にそうなんだが?」

「こ、これも仕事だ・・・仕事を放り出す訳にもいかん・・・早く交代しろ・・・」

「いいじゃないかタツヤ。休憩しようよ」

マリコルヌは俺の肩を叩きながら言う。
まあ、確かに小便にすら行かずに突っ立ってたしな。
ここは聖堂騎士達のご好意に甘えて休むとするか。

さて、我らが隊長ギーシュは式典の最中にガリアが攻めて来ると踏んでいる。
そこで休憩中の話題は『ガリアって、ドンだけ強いの?』ということだった。
軍の錬度はハルケギニア最強と言われているガリアである。
しかし俺たちは具体的な強さなど知らない。

「ならばタバサが尖兵と考えてみよう」

「彼女が尖兵クラス?ギーシュ、どういうことだ?」

「まあ、女性の身で尖兵とは感心しないが、タバサの実力は皆も知っての通りだろう。ガリアにはあのクラスのメイジが跋扈していると考えてかかれ!」

「いや、流石に死ぬから僕ら!?」

「タバサのような少女がぞろぞろいると言うのか!?何という楽園なんだ!一人ぐらい僕が好きと言う娘はいるだろうか・・・?」

「読書に夢中でお前には眼もくれないだろうよ」

「よーし、タツヤ。君の売った喧嘩、買ってあげようじゃないか」

「あのタバサがよりにもよって異性に興味をもつとでも思っているのか!」

「何だと!?彼女はまさか同性愛推奨者だとでも言うのか!?」

「クソッ!何て時代だ!あの騒ぎのせいで一体何人の乙女が百合の世界に目覚めてしまったんだ!」

「だからと言ってお前らは同姓に興味をもつなよ?真剣なら応援はするが対象が俺及び気の迷いでそんな事をすれば隊員全員から粛清されます」

「袋叩きかよ!?」

「当たり前だ!俺たちはそんな愛を育む為に集まったのではない!」

俺たちがこうやって集まったのはアンリエッタの陰謀じゃないか。
そこを忘れるなよ。ははは。
さて、そういえばルイズ達はどうしてるだろうか?
そろそろ巫女としてのお仕事のお祈りも休憩時間じゃなかったか?

さて一方のルイズ達は聖ルティア聖堂の祭壇での祈りを終えて昼餐に向かおうと立ち上がっていた。
窓の外の観衆に愛想を振りまくと、歓声が沸く。
何か自分やティファニアは聖女扱いされているようだ。
う~む、ちやほやされるのは実にいい気分だが、長くここにいたいという気にはなれない。
そもそも教皇ヴィットーリオという人物は愉快だがどこか胡散臭いのだ。
どうも始祖ブリミルや虚無の力を過信しすぎている気がする。
自分や彼が持つ虚無の系統は教皇曰く「神から選ばれた系統」らしいが、それならもっと乱発しても疲れないものにして欲しかった。

「ガリアはやっぱり私たちを襲うのかな・・・」

ティファニアが不安そうに自分に言う。
前例がある為間違いなくガリアは自分達を狙うだろう。

「・・・大丈夫よテファ。この辺りはロマリアで最も安全な場所の一つだから」

教皇の御身を守らなければならないためか、ヴィットーリオの周りの警備は厳重である。
その教皇の近くにいる自分達の安全もある程度は保障されているだろう。
そもそも戦争が起こってしまえば何処にも安全な場所などないのだが。
今まで戦争とは無縁の世界で過ごしていたティファニアをこのような戦争に巻き込むことは神の意思で片付けられるはずはない。
戦争を起こすつもりなのだ、この教皇は。
それにトリステインや自分達は巻き込まれるという迷惑すぎる話なのだ、これは。
使えるものは全て使ってしまおうとでも考えているのだろうか。

「その使えるものの中には貴方の力じゃないのも混じってるのは分かっているのかしら・・・?」

ルイズの呟きは誰にも聞こえない。
と、その時聖堂の裏口が開いた。

「おっ、まだいたようだな!」

「・・・ギーシュ?何よその格好?」

「見れば分かるだろう。道化師の格好だよ。それより今から昼餐だろう?ちょうど僕たちも暇なんだ。アクイレイア名物のゴンドラにでも乗って、のんびり息抜きしようじゃないか」

「息抜きかぁ・・・気遣いは嬉しいけど、何時襲撃があるかわからないし・・・」

「この街の罠の配置は完璧だった。少数レベルでの襲撃は不可能だと思う。まあ、軍隊でも持ってきたら罠も何もないだろうがね。その場合はすぐ分かると思うし心配する事はないと思うよ」

ギーシュは警備中にさりげなく街中を見て回り襲撃できそうな場所はないか見ていた。
その結果、そんなの何処にもないという事が分かった。

「そうね。ま、息抜きは必要よね。テファ、行きましょう?」

「う、うん・・・」

そろそろ猫かぶりの笑顔を浮かべるだけの作業は疲れて来た所だ。
こっちを勝手に呼んでおいて拘束するのは筋違いだとルイズは思う。
だからこのくらいの自由は貰う。誰が何と言おうと貰う。
いざとなったら責任はギーシュに擦り付ける!

「・・・そういえばギーシュ」

「何だい?」

「その格好に意味はあるの?」

「勿論さ。元の格好で休憩していたら民衆にサボっていると思われるからな。ロマリアの神官達がやりたい放題しているせいで彼らを襲って金品を奪う事件も起きているらしいからな。貴族らしい格好で休むのは危険だと聖堂騎士の人間が言っていた」

「・・・じゃあ私たちも着替えるべきかしら」

「君たちは神聖な巫女様だからね。逆にその格好でいる限り民衆は崇めるだけで手出しは出来ないだろう。まあ・・・手を出すという馬鹿はガリアの手の者だろうし」

「休憩とか言って下手すれば囮じゃないのよ」

「陛下と君たちを守るために僕らは派遣されたんだぜ?ちゃんと守るよ。今はお祭りだから巫女の周りに道化師がいてもおかしくないさ」

ギーシュは任せろと言ってルイズ達を連れてアクイレイア名物のゴンドラへ向かった。


水路に浮かべられたゴンドラの近くには仮装した水精霊騎士隊の面々が待ち構えていた。
全員、あの生真面目そうなレイナールでさえ道化師の格好をしていた。
・・・いや、「全員」じゃなかった。若干一名道化師ではなく別の何かに変装していた。
そいつは何処で調達したのか修道女が着る修道服に身を包んで仁王立ちしていた。
しかも薄く化粧まで施されている。阿呆か。どういう拘りだろうか。

「タ、タツヤ・・・アンタ・・・そんな趣味があっただなんて・・・!」

「人を女装癖があるように言うな。しかしその反応からすればかなりキモい事になっているみたいだな・・・」

「分かってるなら何でそんなに堂々としてんのよ」

「いや、恥じらいを出したら特殊な人たちに萌えられる恐れがあるので開き直って堂々としているんだが」

「そんな妙な方面の心配をしてどうすんのよ!?」

「ええい!気になる!誰か鏡を持ってこい!」

「大丈夫だよタツヤ。かわいいよ?」

「・・・いや、テファ。そんな純粋で可憐な眼で言うな。この状況においてかわいいという言葉は誉め言葉に値しないから」

「美しいとでも言って欲しいと言うのかね君は」

「ギーシュ、お前は頭が沸いているのか?そんな言葉を言われて誰が得をするというのだ」

この状況においては似合わないと言われるか爆笑されるかが正しい反応なのだが、誰も笑ってはくれないし似合わないとも言ってくれない。
酷い世の中である。正しいツッコミをしてくれないと身体を張ってボケる者は放置されて死んでしまう。
より良いツッコミがいてこそよりよい笑いは起きるというのにこの世界はどうなっているんでしょうか?
折角このような格好をしてるのだ。神様とやらに祈って聞いてみるか。
・・・・・・当然何も聞こえる筈がなかった。

その頃、ガリアの背骨と言われる火竜山脈を南北に突き破る街道にある関所ではちょっとした騒ぎが起きていた。
虎街道と呼ばれる街道は整備された頃、昼でも薄暗いので人食い虎の住処となっていた。
虎自体は既に討伐隊によって退治されたが、その次には山賊の住処になってしまった。
その山賊たちを恐れた人々が、山賊をかつての人食い虎になぞらえ、この街道を虎街道と呼ぶようになった。
しかし現在は山賊も出ず、ロマリアとガリアをつなぐ平和な街道の一つとして旅人達に愛される街道になっていた。
しかしそんな街道のガリア側の関所で、旅人や商人達は足止めをくらっていた。

「お役人さん、通れないってどういうことなんです?」

「うむ。教えてやりたいがな、我々も国境を封鎖しろとの命令しか受けておらぬ。追って沙汰があるまですまんが待っていただきたい」

「しかし、困るんですが。明日の晩までにこの荷をロマリアまで運ばないと、私の商売もあがったりなんですが」

「すまんな。だがこの国境封鎖によって出る民間の金銭的損害は全て国が保障するとのことだ」

「私は式典を楽しみにしていたんですがね・・・」

「それは私もだがこのような状況だ。まことに申し訳ない」

「サルディーニャに嫁いだ娘が病気なんですが」

「嫁ぎ先に任せるしかあるまい・・・この封鎖はいつになったら解かれるのか・・・今は共に待とうではないか」

集まった人々は困ったように顔を見合わせる。
その時、馬に乗った騎士が勢い込んで駆け込んできた。

「急報だ!」

「どうなされました?」

「両用艦隊で反乱だ!現在虎街道方面に進撃中!見れば分かる!」

騎士が指し示す方向から小さな点がいくつも現れ、徐々に大きくなって艦隊の形を取り始めた。
確かにあの艦隊は両用艦隊だが、軍艦旗を掲揚していない。それはガリア王政府からの指揮下を離れたという事だ。
艦隊はロマリア方面に向けて進撃している。亡命するつもりなのか?

「お役人さん、あの戦艦が吊っているやつは何ですか?ゴーレムかガーゴイルか分かりませんが」

「あの謎人形、甲冑着てるぞ?あんな巨大な甲冑良く造るよな」

「おいおい、この先はロマリアだぞ?」

役人は上空を通り過ぎていく艦隊を見て、眉を顰めるのであった。



元両用艦隊旗艦『シャルル・オルレアン』号の上甲板。
艦隊司令のクラヴィル卿は基本的に政治に興味がなく宗教にも疎い武人だった。
彼が受けた命令はこれだけである。

『反乱軍を装い、ロマリアを灰にせよ』

単純明快な命令ながらハルケギニアの人々の大多数の心の支えとなっているブリミル教の総本山を灰にせよとは神をも恐れぬ所業である。
この作戦が成功すればロマリアはそっくりそのまま自分にやるとあの王は言った。
世間では無能と言われているがあの王はやると言ったものはそのままやる男だ。
ロマリアほどの規模の土地ならば、王と呼ばれてもおかしくない。
クラヴィル卿の隣に控えるリュジニャン子爵が口を開いた。

「領土を灰にして如何なさるおつもりなのですかな、我が陛下は」

「何、宗教色が強い土地だ。神の土地から人間の土地に変える為の掃除と思えばいいのだよ」

「そこに住む人々まで巻き込んでですかな?」

「・・・思うところがないわけではないさ。国は人がいて成り立つのだからな。だがあの国の神官どもは死ねばヴァルハラに行ける等と言う事を本気で信じているようだからな。ならばその手伝いをしてやろうではないか。そんな場所があるというのならば死ぬのも奴らは怖くなどなかろう」

「ロマリアに住まう一般市民は如何なさいます?」

「さて・・・何処まで灰にするかは俺の裁量だ。ロマリアの命は神官どもだ。少なくとも奴らはそう思っているだろう。彼らだけを廃して俺が人々に対して善政を敷けば俺は後世に残る英雄のような存在になるんじゃないのか?」

「そこまで上手くいけば面白いのですがね。ですがそれには不安要素があります。サン・マロンで乗せたあの女とこの艦に括りつけた巨大な騎士人形。奴らは完全にロマリアを灰にしかねません。あの女の指揮下にあるのですからね、この艦隊は」

「ふむ・・・そうだな。今回の戦は腑に落ちない点はかなりある。それは士官達も同様だろう」

「ええ、風の噂では王都で花壇騎士団による反乱騒ぎが起こったようです」

「ああ、聞いている。だがすぐに鎮圧されたのだろう?全く命令に従いたくない気持ちは分かるがな、立場を考えろと忠告したいな」

「ええ、我々の仕事は上の命令に従う事が基本ですからね」

「そうして出世したんだもんな、俺たちは。まあ、若かったのさ」

「若さは羨ましい時もありますがね」

「子爵、艦隊の士官には全員領地をくれてやると伝えてくれ。俺一人じゃロマリアは治め切れんからな」

「クラヴィル卿。まだ我々は戦ってもいないのですぞ」

「ああ、勝ったらの話だよ。まあ、戦う以上負けるつもりもないがね」

「一応触れは出しておきます。ところでこの陰謀(笑)で何人死ぬのでしょうね」

「陰謀か・・・俺たちがやるべき事はこっちの損害を最小限にして勝つことさ。正直良心は痛むが、俺は今軍人として戦うのだ。神の使いとやらに挑んでやろうではないか」

クラヴィル卿は持っていたコインを弾く。
その時見張り員が震える声で叫んだ。

「左前方!ロマリア艦隊です!」

「ほう、国境付近に艦隊とは・・・随分と用意がいいな」

「神の国ですか・・・向こうも此方と戦いたくて仕方なかったようですな」

リュジニャン子爵は目を細めて言った。
クラヴィル卿は後ろに控えていた副官に向けて言った。

「旗を掲げずに敵を奇襲する事など若い頃には幾度もやっている。今更どうという事はない!全乗組員に伝えよ!敵はすでにやる気だ!神の使いを気取る者達を人の力をもって駆逐せよ!我々はガリアの奇襲隊である!皆、生き残れよ!以上!」


一方、『シャルル・オルレアン』号の砲甲板ではヴィレール少尉が不満そうな様子だった。
彼の回りにいる士官達は、先日訳も分からずに出撃準備を行なわされここまでやって来た。
噂では、ロマリアに戦を仕掛けるとの事だった。その意味が分からない。

「この戦に大義が欠片でもあるのか・・・?」

「分からない・・・何故僕たちがロマリアと戦わなければならないんだ?」

その時、先程までクラヴィルらの後ろに控えていた副官が上甲板から下りて来て、士官達に告げた。

「艦隊司令長官より両用艦隊全乗組員へ。今回の任務は奇襲戦である。そのはずだったのだが敵軍はすでに臨戦態勢で我々を待ち構えていた」

ざわめく士官達。副官はなおも続ける。

「敵はロマリア軍である。ロマリアの現状は神官のみが甘い汁を啜っており、本来の本分を果たしていないと我が王及び司令長官はお考えである。よってロマリア市民の為、我々は元凶となるロマリアの神官及び教皇を畏れながらも粛清する。なお、当作戦に参加した全将兵には特別恩賞が約束される。内容は全士官に爵位を与えることだ。兵には貴族籍を与えるとのこと。そのためには皆は生き残れ!以上!」

「ロマリアは同盟国ではありませんか!?」

「我々は反乱を起こしたと聞きました。それはガリアにたいしてでありますか?」

「違う。我々が叛旗を翻すのは神(笑)だ。さて、諸君らには選択肢が用意されている。内容は簡単だ。この艦を降りガリアの敵になるか、ガリアに残りロマリアと戦うかだ」

恐ろしいのはロマリアの現状についてこの副官は何ら嘘をついていないことである。
確かに人間を大事にする者ならばロマリアの現在の状況は捨て置かない筈だ。
だが、それは単なる詭弁ではないのか?

「つまり・・・我々に信仰心を捨てろとおっしゃるのか?」

「違うな、間違っているぞ少尉。我々が駆逐するのは民衆の困窮に目を貸さない神の使いどもと、彼らが信仰する形を変えた神だ。少尉の信ずる神はそのままだ」

その時、伝令がすっ飛んできた。

「ロマリア艦隊接近中!砲戦準備!」

「・・・詳しい話はお互い生き残ってからだな、少尉」

「・・・く!」

「お前の悔しさも分からんでもないがな、少尉。ならば神様に守ってもらうか?」

「人間を守るのは人間といいたいのでしょう!存じておりますよ!」

そう言ってヴィレールは持ち場へと走っていった。


接近してきたロマリア艦隊は五十隻ほど。どれも新造の艦ばかりである。
数では勝るガリア艦隊だが、油断は禁物だ。
ロマリア艦隊の全艦はすでに砲撃体形を取っている。
そのロマリア艦隊は信号を送って寄越してきた。

「接近中の国籍不明の艦隊に告ぐ。これより先はロマリア艦隊なり。繰り返す・・・」

「我々はガリア義勇艦隊なり。悪政を敷く王政府に耐えかね、正当な王を据えるべく立ち上がった義勇軍である。ついてはロマリアの協力を仰ぎたい。亡命許可をくださいな」

クラヴィル卿は笑いを堪えながら思った。
我ながら下手糞ないい訳である。子爵に任せたほうが良かったか。

「本国政府に問い合わせるゆえ、しばし待たれたし」

と返しながらもロマリア艦隊は更に距離をつめて来た。
おいおい、まだ問い合わせの返答には早すぎだろう。それ以上近づいたらあの女がどう動くか分からんではないか。
不用意に近づくという事は敵対行動と取られても構わんという事だ。

「迂闊にも程がありますな」

「いや・・・あの動き・・・こちらと一戦構えてもいいという動きだ」

「・・・我々は誘われたような状態というわけですかな?」

「誘われるなら美女がいいものだな」

「全くですな」

「司令長官」

いつの間にか自分達の後ろにいたのか。
陛下直属の女官という触れ込みの女、シェフィールドが立っていた。

「我々を降下させよ」

「ここは国境付近だが、良いのですか?」

「作戦は一刻を争います。ロマリアの艦隊の動きを見るに向こうもやる気のようですわ。このままだとこの艦隊は十ほど沈められても文句は言えませんよ?」

「分かりました。では・・・各艦に下令。積荷を投下すべし」

こうしてロマリアの地にヨルムンガルドが投下されていくのだった。
ロマリアを屠るべく投下された積荷の肩にシェフィールドは飛び乗り、凄惨な笑みを浮かべる。
そう、この時より虐殺が開始されるのだ。
全ては愛するジョゼフの為・・・愛に生きる女は狂気の作戦に感じる事はただそれだけだった。



愛の為にロマリアへ向かい、愛の為に全てを灰にしようとする女が一人。
全ては愛のため。そう、愛のため。
彼の愛を受けるならば自分はどのような行為もやる。
一途過ぎる愛は狂気にも繋がる。
ヨルムンガルドという力の前に、ロマリアの砲兵部隊は瞬く間に沈黙していく。
炎が兵士達を焼き尽くす。戦争など生温い。これは虐殺だ。
榴弾が兵士達の目の前で爆発する。壊滅していくロマリア軍。足止めにもならないようだ。
ロマリア軍が誇る砲亀兵の砲撃も効かないこの化け物相手になす術はない。
この化け物達が一斉に走り出した瞬間、その場は地獄と化した。
そう、聖なる国と言われるロマリアの地に地獄が出現してしまったのである。
辺りに響く悲鳴を聴きながら、シェフィールドは恍惚の表情を浮かべていた。



やはりこうなった、とアンリエッタは思ったが、今の自分に出来る事は何もないことに歯噛みした。
ガリアが戦を仕掛けてきた。ただその情報が事実としてアンリエッタの頭に染渡っていった。
民は今でも苦しんでいるのに戦で尚も苦しむ事だろう。
ロマリアの民はロマリアに生まれたことを不幸に思うことになるかもしれない。
既に杖は振られた。もう交渉や調停など生温い状況である。
昨日まで同盟国だった二国が血で血を洗う戦いをする。笑い話にもならない。

「聖下とガリアの王・・・わたくしにはどちらも同じに思えますわ」

彼女の呟きは誰にも聞こえなかったのが幸いだった。
なんて馬鹿なことをしているのだ。これが馬鹿なことと言わずに何と言うのか。
アンリエッタの目の前で、若き教皇は宣言していた。

「ガリアの異端どもは、エルフと手を組み、我らの殲滅を企図しています。わたくしは始祖と神の僕としてここに聖戦を宣言します」

そんな言葉がアンリエッタの耳に入る。
今、この男は何と言った?
聖戦。この世で人だけが行なう、果てのない殺し合い。
味方が全滅か敵の全滅で終結する狂気の戦だ。

「聖戦の完遂は、エルフより聖地を奪回する事により為すものとします。全ての神の戦士たちに祝福を」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

あえて言いたいが、そこまで付き合うつもりはないんですよ?私は。
そして断言してあげましょう、聖下。
貴方は、愚か者です。
戦争を起こした私も十分愚かですが、貴方はそれ以上の大馬鹿者です!
何故、何故男の人は戦いになるとこんなに生き生きするのだろうか?
何故ガリアの王はルイズ達を狙うんだ?何故教皇はこうまでして戦争をするんだ?
二人とも馬鹿だ!泣くのは民じゃないのか!?



二人の馬鹿の陰謀(笑)により始まったこの戦は聖戦となった。
戦いに聖なる要素が何処にあるのかは疑問であるが、とにかく聖戦は発布された。
神を打倒しようとする馬鹿と神を信仰しすぎる馬鹿が戦う。
お互いに相容れない存在であろう。争うのは時間の問題だったはずだ。

だがアンリエッタ、忘れるな。
お前の側にも彼らとは違うが前置きのつかない馬鹿がいたはずだ。




「ぶえっくしょい!!」

「きゃあああああ!?巫女服に鼻水がー!?」

「おいおい、大丈夫かいタツヤ?」

「すまん。生理現象を止めるなど、俺には出来なかった。無力なもんだな、人間って」

「クシャミする時は口を押さえなさい!?」

ルイズにむがああああ!と言った感じに詰め寄られた俺は彼女の頭を押さえてギーシュに渡された紙で鼻をかんだ。
ああ、テファさんや、風邪じゃないので慌てなくとも良いんだぜ。



誰かを愛する者がいる。
ある者を愛する者達は彼の言う事は神の声と同義だった。
またある者を愛している者も彼を絶対的な存在として彼の為に全てを灰にしようとしていた。
その者たちの不幸は、想いが一方的であることなのだ。
ある者は神などではないし、ある者は彼女の事など愛してはいなかった。


では、お前はどうなのだ?




―――その想いは誰にも負けることはなく

―――その想った月日も負けはしない。

―――私たちには確かに絆がある。

―――それだけで、それだけで不幸などではないのだ。

―――人間のように欲深くはないんですよ、私はね。






(続く)



[18858] 第114話 そろそろ怒るべきなのかしら?
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/11 11:09
ルイズとティファニアが聖ルティア聖堂の前に集った観衆達の前に姿を現すと、観衆達は歓声をあげた。
ガリアがロマリアに攻めて来たというのはあっという間に市民にまで伝わった。
そのため観衆からはガリアに対する激しい罵倒が飛んでいる。
水精霊騎士隊達はアンリエッタの命令でロマリアにいるガリアの参拝客を探し、見つけ次第保護し守る事を命じられていた。
そうでもしないと彼らに危険が及ぶと考えたのだろう。彼らにとって今回の襲撃は寝耳に水なのだ。

「皆様、ご心配には及びません。神と始祖はこの災厄の日の為に『聖女』を遣わされました。それが彼女・・・わたしの巫女をつとめていたミス・ヴァリエールです」

「聖女様!聖女ルイズ!」

何か妙に野太い歓声があがる。
聖女と呼ばれたルイズの表情は冴えない。
ティファニアはハーフエルフという出自の為、それを考慮して聖女扱いは避けた。
ルイズは彼女を庇う形で聖女扱いされるのを承諾した。

「わたくしは彼女に称号を与え、もって護国の聖人の列に彼女を叙する事を宣言します。この聖女が降臨された土地にちなみ、彼女を名づけましょう。『アクイレイアの聖女』と!」

大歓声があがる。
ルイズは不満であった。
かつての自分なら『聖女』扱いされたら有頂天になって裸踊りもやる勢いでいただろう。
だけどどうしてだろうか。こうやってつけられた異名など何の価値もなさそうだと思った。
私はまだ、何の結果も出していない。
そんな自分を聖女扱いし、戦場に放り出すとか頭がおかしいのではないか?
こういう異名は前もって『誰かから』与えられるものではないだろう。
ルイズの脳裏に先程自分の巫女服に鼻水をぶっ掛けた馬鹿の姿がよぎる。
あの馬鹿は『サウスゴータの悪魔』という異名を持っているとアンリエッタから聞いた。
それは敵兵が彼の起こした結果に対してつけた異名だった。
そういう過程でつけられる異名なら大歓迎だが、こうして与えられるのは何か違う気がした。

「彼女がいる限り、神の国ロマリアは、この水の都アクイレイア永久に不滅です。前線へと赴く彼女に祝福を!神よ、アクイレイアの聖女に恩寵に与えたまえ!」

神様は何もしてくれない。ルイズは最近本気でそう思うこともあった。
特に神様は自分でやるべき事をしない者に対して冷たい。
当たり前だろう。やるべきことをやっている者にも無反応が多いのだから。
ドラゴンかそれに匹敵する使い魔を得ようとした自分に対して神様とやらが与えてくれたのは108回の失敗と一人の大切な馬鹿だった。
決して自分が神の力を持っているからここまで来れた訳じゃない。
神様なんかより、身近にいた人々のほうがずっと自分を助けてくれた。
この国の人々はそのような神様を拠り所としている。それはいいだろう。
だが・・・神様は人助けが仕事じゃないと思うのだが。
祈って敵が殲滅できるのか?出来ないだろう?
天災を期待するのか?馬鹿じゃないのかそれこそ。
そして自分が死ねばこの国は滅ぶのか?この土地は消えるのか?何故そんな面倒な荷物を私に背負わせるのか。
しかし聖戦は始まってしまった。全く・・・この鬱憤はどうするべきかしら?


「で、聖女扱いされてしまった君を僕らが守りながら前線に行けと」

ギーシュが呆れながら呟いた。
ルイズは申し訳なさそうに頭を下げた。

「聖戦とか今の時代で発動されるとは思わなかったよ」

レイナールも怒りを抑えるような声で言っている。
聖戦はどちらかが滅びるまでやる戦争だ。そんな被害が互いに大きそうな博打、誰もやりたくない。
しかし今時それで喜ぶ困ったちゃんがいる。それがロマリアの神官と聖堂騎士である。
神官はどうでもいいのだが、聖堂騎士の中にはいい奴もいたのだ。そんな奴まで喜び勇んでいる。

「今の時代で聖戦を発動した聖下のご決断に君たちは何も思わないのかい?」

聖堂騎士を率いてルイズを護衛するカルロがやる気のなさげなギーシュ達を軽蔑するように言う。

「そうは言うがね、モノには限度があるだろう。元々他国の貴族であるルイズを担いで聖女扱いした挙句に前線に送り込むとか考えられないよ」

「そもそも僕たちが全滅したら意味がないだろう?相手はエルフだよ?」

「聖戦で死ねばその魂はヴァルハラに送られる。これ以上の名誉はないはずだが?」

「僕にとってのヴァルハラは天上ではないということさ」

ギーシュは天を指差した後、不敵に笑う。

「僕は愛するものの為に天上にいく訳にはいかない。彼女の為に僕は生きる。泥を啜ってもね。それが僕の最高の名誉さ」

「僕にとっての最も名誉な死に方は勿論腹上・・・」

「はいはーい、ちょっと黙ろうなマリコルヌ」

「ギ、ギムリ!?何をするんだ!僕は場を和ませようとしているんだよ!?」

「せんでいいわ!?そんな気遣い!」

背後で暴れるマリコルヌを無視してレイナールは言う。

「君たちは死んでもいいと考えている。でも僕たちは違う。聖戦といえば聞こえはいいが僕たちはこの戦で死ぬつもりは全くないのさ。馬鹿らしいじゃないか。他国の戦争なんだぜ?この戦争は僕たちにとって。同盟国だから?だったら何故前線に行く必要があるんだい?ルイズが何故聖女になる必要があるんだい?何故ティファニアのような娘が戦争をしなければならないんだい?全ては神のお導きとでも言うのかい?なら何故その神の声を聞いたはずの聖下はアクイレイアに残るんだい?先頭に立つべきはあの方だろう?」

「貴様、不敬が過ぎるぞ!聖下がご健在ならば、ハルケギニアは何度も蘇る!その為の策なのだ!」

「策?僕には自分だけ安全な場所にいるとしか思えないよ。いいかい?聖戦なんて発動した以上、発動したものにはそれなりの責任が発生するんだ。歴史を紐解いてみろ。聖戦を発動した者達は全て最前線で戦った!それは彼らには聖戦を発動したという責任があったからだ!その先人達は自分が顕在ならどうにかなると考えてるわけがないじゃないか!皆、後世に後を託して死んでいった!そう、死んでいったんだ!それが愚かな事だと僕たちは学習している筈なのに何で今になって聖戦を喜ぶんだよお前たちは!聖下が顕在ならハルケギニアは蘇る?馬鹿を言うな!国が人を基盤にしているという事はお前たちの国以外なら殆ど知っているぞ!?その人を犠牲にしてハルケギニアが蘇る?しかも何度も?現実を見ろよ!そんな都合のいいことが幾度も起こるわけがないじゃないか!神は特定の誰かにだけ都合のいい奇跡を起こしはしない!」

「カルロ、聖戦は決して人が死ぬ事への免罪にはならないと思う。こうなった以上僕たちも参加せねばならないと理解はするよ。僕たちが仕える方はその戦で数え切れないほどの業を背負った。完全な勝利を得たにも拘らずだ。聖戦というのだから今回はそれ以上の業が発生すると僕は思う。それを背負う覚悟は君たちにあるのか?あえて言えば僕たちにはないよ。そんなもの」

レイナールが感情的に、マリコルヌが冷静に言う。
彼らの言葉をカルロは黙って聞いている。腹は立つだろうに良く耐えている。

「そこまで考えていて、ならばお前たちは何故逃げずにこの場にいるんだ?」

カルロは搾り出すように神官ではなく人間としての疑問を水精霊騎士隊達に尋ねた。
ギーシュは何を言っているんだという顔で言った。

「ガリアには元々喧嘩を売られていたのでね。腹に据えかねていたのさ」

「隊長の意向には従うしかないだろう?」

「ハルケギニアの為とか大きすぎて僕たちには訳わかんないよ、カルロ。だったら範囲を小さくすればいい。ロマリアが襲われているんだろう?だったらその為に戦おうよ。僕たちは売られた喧嘩を買う為に戦う」

「そういう事よ、カルロ。私たちはトリステイン王国の女王陛下直属の水精霊騎士隊と女官。祖国の名誉と己の意地を脅かす輩とは誰とだって戦うわ。それがトリステインなのよ。文化の違いを堪能した所で一つ疑問があるんだけど?」

「なんだい聖女様?」

「私の使い魔は何処かしら?」

「後で来るって」

「あの野郎!こういう時に限っていないとは!私を守るつもりはないのかしら!?」

「・・・あるって即答できるのかい?」

「・・・ゴメン、出来ないわ」

何という信頼性の低さであろうか。
本当にこいつら大丈夫か?という聖堂騎士達の表情は不安でいっぱいだった。
神には極力頼らず、己の持てる力を駆使して戦う。
当たり前の事だが、当たり前に出来る者は少ない。
人は神になどなれない。だから工夫を凝らして持てる力を駆使して頑張るしかできないのだ。
戦争に善悪などない。人殺しが悪ならば戦場に立つ自分達はみんな悪なのだろう。
それを認めたくないから大義や正義を振りかざすのだ。
ただ、その二つの言葉が戦争を引き起こす言葉になってしまったのが悲しいが。

「さあ、皆・・・見えてきたぞ」

ギーシュが前方を見つめながら震える声で呟く。
気持ちは分かる。自分もあれを見た瞬間から震えが止まらない。
立ち上る黒煙。肉が焼けるような臭い。どれもロマリア側からのものだ。
状況は思った以上に悪いかもしれない。
そう思った矢先に、一人の騎士がルイズたちの前に現れた。
彼は酷い手傷を負っていた。特に右腕は完全に欠落しており出血は酷いものだった。左目も失っているようだ。
誰がどう見ても助からない。だが、彼はここまでやって来た。

「指揮官は・・・指揮官の方は・・・?」

「私です」

「おお・・・貴女はもしや連絡のあった巫女様・・・なんともお美しい・・・」

ギーシュやカルロに支えられながら騎士は戦況を報告する。
途中途中で血を吐きながら鬼気迫る表情で彼は伝えるべき事を伝える。

「敵勢は全長二十五メイルほどの甲冑人形どもです・・・先行部隊は全滅、様子を窺う為に出した斥候部隊もどうやら全滅するようです・・・」

その時、虎街道の入り口方面から爆発音が続けざまに聞こえてきた。
その轟音を騎士は悲しそうな様子で聞いていた・・・が、彼の終わりも近いようだ。

「お気をつけ下さい・・・この先は神の目も届かぬ地獄で御座います・・・」

一同は息を呑む。
それほどまでに絶望が広がっているのかと恐怖を感じるものもいた。
神の目が届かぬ地獄。そんな光景を今から見なければいけないのか?

「・・・はい。貴女のご忠告、有難く受け取らせていただきます」

だが、ルイズのその言葉も騎士にはもう聞こえていなかった。
彼は薄れゆく意識の中、残った左手を宙に彷徨わせている。

「マリー・・・父は何時までも・・・お前を・・・見守っているよ・・・ヘレン・・・マリーを頼む・・・私はもう・・・お前たちを・・・抱きしめること・・・は・・・」

それを最後に騎士の身体から力が抜け落ちた。
この騎士にも彼なりの人生があり家庭があったのだ。
これで最低二人の人生が奈落に突き落とされた事になる。
ロマリアの騎士である彼は最後に神の姿ではなく家族の姿を見たのだ。

爆発音が再び遠くから響いた。




TK-Xの調整も終わったのであとはいよいよ乗り込むだけである。
厳正な会議の結果、運転手はコルベールが行なう事になった。
勿論運転ナビは喋る剣の役割である。
砲撃手はタバサである。
何でもガリアには自分が手を下さないといけないという想いがあるようだ。
キュルケが彼女のサポートとして乗り込んでいる。タバサのいるスペースは大丈夫か?
で、俺は指示を出す係であると。一応こちら側の判断で砲撃も出来るようにしておいた。
3人乗りの戦車に4人乗っている。定員オーバーだろうよ!?
そう思いながら俺がTK-Xに乗り込もうとすると、俺に声を掛けてきたものがいた。ジュリオである。
彼は笑みを浮かべて俺を見ている。

「何だよ。出発の挨拶かよ」

「そんなものだよ。あと聞きたい事があってね。ルイズから聖下の力のことは聞いたかい?」

「まあ、大まかにはな」

「そうかい。ならば聞こう。それを知った上で何故君は戦うんだい?帰れるんだよ?」

「確かにそりゃあ魅力的だな。俺としてもさっさと帰りたいしな。でもそういう訳にもいかないんだよな」

「ほう?この世界に未練でも出来たかい?」

「未練か・・・確かにこの世界は嫌なところもあるけど好きさ。だけど・・・帰りたいのは変わらんさ」

俺が先に帰る訳にはいかない。
この世界には真琴もいるのだ。

「例えば俺が帰ると言ったとしてお前らは素直に帰したのか?」

俺が聞くとジュリオの目が細められる。

「それはないね。今だからいうけど、その瞬間、君が帰る場所は家ではなくヴァルハラとかいう場所になっていた。異世界などに行ってもルーンは消えない。そんな事をしても僕らが損をするだけだ。使い魔と主の絆が消えない限り新たな使い魔は召喚できない。僕たちの求めているのは四の使い魔。だから・・・」

ジュリオは俺に対して拳銃を向けた。

「そのような存在ではない君は生きていても邪魔なだけなんだよ」

「その四の使い魔を得る事が出来ればお前らは救われると言うのか?」

「その可能性は高いね」

「どの道お前らは俺を亡き者にするつもりって事かよ」

「君は不幸だったのさ。ルイズという虚無の担い手に召喚されて、四の使い魔ではなかった事がね。その時点でいずれはこうなる運命だったのさ」

「不幸に運命ねぇ・・・簡単に言ってくれんじゃねえか」

「そうでもないさ。僕たちは必死なんだよ。その為にはなんだってやってやる覚悟さ。聖地を奪回して世界を救うためなら、誰かの恨みも請け負ってやる」

「大層な夢だな。そんな夢みたいな事で俺を殺害しようとしてんの?すっげー迷惑なんだよなそういうの」

「そんな夢の為に僕たちは必死なのさ」

無造作に、本当に無造作にジュリオは引き金を引く。
1発の銃声が鳴り響き、何事かとTK-Xからコルベール達が顔を出した。
倒れ伏す達也を見て銃をしまうジュリオ。
だが、彼と親しいはずのキュルケたちは何も叫ばずに呆れるような視線でジュリオを見ていた。
ジュリオが何故だと思った瞬間、倒れていた達也が一瞬で掻き消えた。

「何!?」

「銃を人に向けて無造作に撃つようなお前らが」

ジュリオは背後からした声にとっさに振り向く。

「救われてたまるかああ!!!」

顎に強烈な衝撃を受けたジュリオはその場で一瞬意識を失った。
後に残されたのは拳を突き上げた状態の達也と倒れるジュリオだった。
この世界に来て溜まりに溜まったものを不幸や運命で片付けられてたまるか!
不意打ちのような一撃だが、相手は銃を持っているのだから仕方ない。
こんな馬鹿に拳銃は危ない玩具だ。没収しておこう。
ジュリオを気絶させたのは『変わり身の術』と『回り込み』と『居合』によるアッパーのおかげである。
人を殴るのは趣味ではないがこういう奴は殴っておかないと気がすまない。というか銃を向けていた以上お前は殺されてもおかしくないんだぜ?
俺は倒れていながらも俺を睨むジュリオに言った。

「求めているものがないからってお前らは人の命をなんだと思ってやがる。俺が生きていても邪魔だと?だから死んでくれだと?貴様ら神にでもなったつもりかよ」

「四の使い魔や・・・四の担い手が揃わなければ・・・エルフとは戦えない!聖地を奪還できない!世界も滅茶苦茶だ!お前なんかに何が分かるっていうんだ!僕らはこの世界や人々の為に色々動いてやってるんだぞ!」

ジュリオはいきなり泣き始めた。
まるで自分の思い通りにいかず癇癪を起こした子どものようだった。

「誰がそんなの決めたのか知らないけどさ。そうしてお前らがやっている事は与えられた玩具が違うから壊して新しいものを親に買ってもらおうと考えるガキの行動と同じだぜ?お前らに玩具を与えてあげている親・・・神か始祖もそんなガキに何時までも玩具を与える訳ねぇだろう。いつか怒られるぞお前ら」

神様とやらにも堪忍袋ぐらいはあるだろう。どんだけ懐が広いのかは知らないが。
そう、つまりガキなのだ。ガキのような者がロマリアには跋扈している。
人は持ちうるもので頑張らなければいけないのに、こいつ等はそうしようとしない。
当然ながら俺は死ぬ訳には行かない。ブリミルなんか知らんし、神に殉ずるつもりなどない。
ガリアとは戦う。それは決めた。だが同じ敵を持っているからといって味方とは限らないんだ。それが今日よくわかった。

「あとな、俺が生きていても邪魔だけって話だがな」

俺はTK-Xに乗り込みながら言った。

「お前らのような奴の邪魔なら全力でしてやる。だが、俺が死ぬと不幸になる奴に心当たりがあるんでな。だから俺は殺されてやる訳には行かない。特に世界の為にやってあげてるなんて寝言をほざく馬鹿どもにはな。今もっているもので何とかしようとしろよな、バーカ」

そうして俺はTK-Xに乗り込んだ。
タバサが俺に声をかけて来た。

「大丈夫?」

「すごく言ってて恥ずかしかったけど・・・大丈夫さ。それじゃあ怖いけど行こう!ルイズ達が泣き叫びながら逃げてそうだから」

そうしてジュリオが見守る前でTK-Xは動き始めた。
ジュリオは痛む顎を撫でながら呟いた。

「馬鹿って言った方が馬鹿だよ・・・バーカ」

皆、馬鹿ばかりである。
その場に正義などあるはずもなく、どいつもコイツも己の都合ばっかりだった。




―――四の使い魔。

―――それを持っていた始祖は異種族からは『悪魔』と呼ばれている。

―――それが何故なのかは『人間』は深く考えた事はない。

―――この星にとっては始祖は『悪魔』であったのだ。

―――間違えるなよ、『人間』。

―――貴様らはこの星の神などではないのだ。




(続く)



[18858] 第115話 感動の再会・・・あれ?
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/14 14:30
ロマリアとガリアの国境線付近は正に地獄の様相だった。
民衆を苦しめる神官達にもはや慈悲はなしという『大義』を手に入れたガリア軍は抵抗するロマリア勢を蹴散らし焼き尽くしていた。
ロマリア勢も必死だったがヨルムンガルドの猛攻には太刀打ちできず、更に言えばガリア艦隊の後方からの砲撃でもはや壊滅に等しい状況だった。
風石を動力とするヨルムンガルドの動きは素早く、上空に浮かぶロマリアの戦艦をジャンプして叩き落している。
違う世界のような光景をギーシュたちは呆然と見つめていた。
彼らはギーシュの使い魔のモグラが掘った穴に身を潜め、様子を窺っていた。
あの化け物にはルイズの使う魔法が効果があるようだがあんなに数がいてはルイズのほうが先に潰れる。
何せあの化け物はよりにもよって10体以上もいるのだ。
更に言えばその後方には百ぐらいの艦隊が浮かんでいる。
ゴメン。勝てるわけ無いから。自分達がどんなに頑張っても無理だから。
ならば自分達は生き残る事を考えねばならない。

「やはりアルビオンで見たやつと同じもののようだ」

「ギーシュ、あれは強いんだよな?」

「ああ。下手な魔法は効果がない。先住魔法がかかっているようだ」

少年達が息を呑むのが分かる。
圧倒的で絶対的な絶望を目の前にしたのだ。叫ばないだけ誉められたものである。
下手に飛び出す事は死にに行くようなものである。

「さて・・・如何したものかな、ギーシュ」

「何・・・簡単なことさ」

そもそも自分達は囮だ。
囮役は囮がやるべき事をするべきなのだ。
ギーシュは穴から飛び出し、薔薇の造花を掲げた。

「下手な魔法を使わなければいいのさ!」

薔薇の花びらが一斉に舞う。
ギーシュは険しい表情を浮かべていた。
その様子からレイナールはギーシュが大量の魔力を消費し何かをしようとしているのが分かった。
その時、大地が揺れた。


無慈悲に命を刈り取る巨人兵達は無数の艦隊の援護を受けロマリアを破壊せんと進んでいた。
シェフィールドは血と炎にまみれた光景を見てご機嫌だった。
ロマリアの抵抗など赤子の手を捻るも同然。
為すすべなく蹂躙され破壊されていく人間たちの数が多ければ多いほど自分はあの方に誉められる。
あの方に必要とされる為にはもっと、もっと必要だ。もっと破壊しなければ。ロマリアの全てを破壊するのが彼の望みなのだから。
一直線すぎる愛を貫く女の情念は凄まじいものがあった。
愛ゆえに彼女はロマリアの大地を食い荒らす。命を屠る。愛だから仕方ないなという問題であろうか?
だが、そういう愛には障害というものが付き物である。
左右を切り立った崖に囲まれた道はロマリアの都市部に続く道である。
その道の入り口に、そいつは待ち構えていた。
数は三体。だがどいつもコイツも大きい。
此方の巨人と同じく甲冑を着込み、剣も持っている。

「ほう・・・あの時のゴーレムとそっくりだねぇ・・・」

だが、次の瞬間、彼女の余裕は消えうせる。
三十メイルはあるかに思えるその巨体はその姿に似合わずにしなやかに俊敏に動き始めた。
そしてヨルムンガルドの一体に三体同時に斬りかかる。
するとヨルムンガルドの足が、首が、胴体が真っ二つにされてしまった。
違う!?コイツは以前のゴーレム等とは精度も力も違う!?
どういう事だ!?敵にはエルフなどはいない筈だぞ?ヨルムンガルドの防御をこうもあっさり・・・
混乱するシェフィールドの目の前で二体目が戦乙女によって切り裂かれた。


ギーシュは杖を自分のワルキューレ達に向ける騎士隊の皆に内心感謝した。
彼らの覚えているありったけの魔法で自分のワルキューレは強化されていた。
自分の足りない力は皆で補う。それが部隊ってものだ。
それが集団の力ってものだ。個人の力でどうにも出来ないのなら皆に助けてもらえばいい。
うちの副隊長はよくそういう感じで生き延びているじゃないか。
ギーシュの残りの魔力はスッカラカンである。今はレイナールに肩を貸してもらっている。

「一人の力じゃどうにもならないから皆の力で凄いゴーレムを作ろうか・・・やってみるものだね」

「だが・・・これではあの化け物は全滅できない。皆の魔力には限界があるからね」

「隊長、僕らは囮部隊だ。殲滅部隊じゃない。これぐらいで十分なんだよ」

ギーシュ達の目の前で一人、また一人と膝をつく騎士たち。
それと同時にゴーレムの動きも徐々に精彩を欠いていく。

「そろそろか・・・まあ、よくやれたよな。僕たちは」

「ああ、隊長」

「諸君!よくやってくれた!我々の仕事はひとまずこれまでだ!この先は後方に任せよう!撤退!」

水精霊騎士隊はその場から一目散に撤退し始めた。
彼らの背後で戦乙女達が嬲り殺しにされていく。
ドーピングの効果は終わり、地力で劣る戦乙女はヨルムンガルドの餌でしかなかった。


「みーつけた・・・」

シェフィールドは、恋焦がれた女の如く、楽しげで何処か恐ろしい声を漏らした。
やはりあのゴーレムはアルビオンで巨大ゴーレムを生み出した少年だ。
奴がここにいるならばこの先にはきっとあのトリステインの担い手がいる。
そして散々自分をコケにしてきたあのふざけた男がいる。

「幾千、幾万の軍勢だろうと全て滅ぼしてあげるよ」

負けはせぬ。
このような圧倒的な戦力を擁して負けてはあの方に捨てられるのだ。
ヨルムンガルドは力強く駆ける。
盲目的な愛をジョゼフに向けるシェフィールドであったが、彼女の愛はジョゼフに届いてはいない。
使い魔は主との絆の深さによってその強さはぐんぐん上がっていくという。
自分とジョゼフとの間にそのようなものは無い。

「そうさ、あの方は肝心な所で私が失敗するから呆れているんだ。お待ち下さいジョゼフ様。今日こそあの二人をこの世から消し去りましょう!」

シェフィールドは何か勘違いしているが、その二人は恋愛関係でも何でもないのである。
だが、彼女の目からはその二人には絆があるように見えた。
二人にとっては迷惑でしかない嫉妬に彼女は狂っていたのだ。


一方、ギーシュ達はフライなどを駆使して早々にルイズ達と合流していた。
どうだったんだよという表情のルイズと聖堂騎士達にギーシュの代わりにギムリが素晴らしくいい笑顔で答えた。

「無理!」

「「「「ええーーーーーっ!!??」」」」

「すまない。頑張ったんだけどあと十体以上ぐらいいるよ」

息も絶え絶えなギーシュがルイズに告げる。

「あ、そりゃ無理ね」

「納得してどうするんです!?」

「嫌ね、私にだって限界はあるわよ」

何気に後退しながらの会話である。
いや、ルイズ達からすれば後ろに向かって前進しているだけだが。
街道にはロマリアの伏兵が多数配置されているが、おそらく突破されてしまうだろう。
ルイズの虚無魔法を使えば1,2体ぐらいはあの化け物を破壊できるかもしれない。
しかしそれまでだ。すぐ燃料切れになる切り札(笑)では役に立たない。

「大口を叩いて皆の力で二体は倒したんだけどそれが限界さ。いやはや、修行が足りないとはこのことだね。はっはっは」

「最初からあんた等があの化け物を倒すなんて期待はしてなかったから二体でも全然誉めるべきことよ」

「はっきり言い過ぎだがまあ、喜んでおくよ」

「・・・で、僕らは何時まで後ろに向かって進めば良いのかな?隊長殿」

「そうだぞ?このままでは都市部に侵入を許してしまう。そうなれば僕たちが派兵された意味が無くなる!」

崖に囲まれた街道からは砲撃や爆発音のような轟音が鳴り響いている。
崖の街道の出口まで後退すればまたロマリア軍が集結してはいるのだが、あの化け物相手ではどうしようもないんじゃないのか?
人生は時に諦めも肝心である。出来ないものは出来ないと割り切る事も必要でしょう?
しかしこう簡単に諦めるのもどうだろう。

「うーん・・・せめて1体ぐらいは減らしたいわね・・・」

「ちょっと待てルイズ・・・まさか・・・」

「ええ!全員ここであの化け物を短時間迎え撃つわよ!」

「しかしルイズ!敵は大砲持参のうえに艦隊まで引き連れてるんだぞ!?」

「大丈夫大丈夫。不意打ちのつもりで魔法をぶっ放すし、ぶっ放した後は即刻逃げるし」

「およそ聖女に任命された人間の言うことじゃないね」

「聖女って肩書きは誰かに任命されて名乗るものじゃないのよ、坊や」

「君は何を大人ぶってるんだい?恥ずかしい奴だね」

「その色気の欠片も無い胸部でよくもまあ言えたもんだ」

「何でそこまで酷評されなきゃいけないのよ!?私の魅力は脚だと思うんだけど」

「さて、諸君、一旦ここであの化け物を迎え撃つ。聖堂騎士の皆もよろしいか」

「我々は聖女ルイズの意向に従うまでだからな。彼女の意向ならばそうしよう」

「畜生め!私の自己アピールを普通にスルーするな!寂しいじゃないのよ!?」

「君たち緊張感がないねぇ・・・」

レイナールの呟きが空しく響く。

「まあ、どうやらあの敵はかなり強力な攻撃なら効果はあるようだ。手数で攻めるのは駄目だ。無駄に魔力を消費するだけだからな」

「一点集中、一撃必殺戦法しか効果は無いのかい?」

「ああ、生半可な攻撃は効かない」

水精霊騎士隊と聖堂騎士たちがヨルムンガルドへの対策について意見を交換していた。
誰も無駄死にはしたくないのだ。生きる為ならどのような対策もする。
聖堂騎士は祖国を守る為、水精霊騎士達は故郷に生きて帰る為に困難に立ち向かわんとするのだ。
そして、彼ら共通の困難となる存在は姿を現す。

「見えたわ!」

「今だ!」

聖堂騎士達とルイズは同時に杖を振った。
ルイズの爆発魔法と聖堂騎士達の魔法が二体のヨルムンガルドに襲い掛かる。
大きな爆発が起こり、ヨルムンガルドのいた場所は砂煙で見えない。

「やったのか?」

カルロが呟くが、レイナールが険しい表情で言う。

「いや、欲張って二体同時に片付けようとしたから威力が分散されてしまったようだ」

「何!?」

煙の中からはヨルムンガルドが何事も無かったかのように立っていた。
ルイズは少し欲張ってしまった事をかなり後悔した。
冷や汗が滝のように流れる。今のでかなりの魔力を消費してしまったのだ。
足がかすかに震えている。おそらく自分は恐怖を感じている。

「無傷だと・・・!?」

「一点集中と言ったじゃないか、馬鹿が・・・!」

ヨルムンガルドの口と思わしき部分が開き、シェフィールドの声が響いた。

『お久しぶりねぇ、トリステインの虚無。私はこの日を随分待ち望んでいたわ。魔法が効かなくて残念ねぇ。そこのハエたちに二体も損害を受けたときは冷や汗ものだったけど所詮それまで。このヨルムンガルドの装甲は以前より格段に質が向上しているのよ。今まで散々に私やジョゼフさまをコケにした分、その命によって償わせてやるよ』

「はん!勝手な事を言ってくれるじゃないの!あんた等が勝手に私たちを襲ってくるからいけないんじゃないの。馬鹿じゃないの?」

『この状況でも尚、私のみならずジョゼフ様をコケに・・・!!』

「何回も痛い目を見ながら懲りないあんた等は十分に馬鹿よねぇ?そんな馬鹿に私がまともに付き合うわけがないじゃない?」

『何ィ・・・?』

ルイズ達は回れ右をしてそのまま『フライ』の魔法で空中に浮かび上がり、後ろに向かって全速前進し始めた。
早い話が逃げ出した。

『んなっ!?散々言ってそれかい!?アンタにはプライドというものがないのかい!?』

「アンタのようないい年して色ボケになっているおばさんには用は無いの。精々あんたは想像上の男相手に自慰行為に耽ってやりすぎて死ねばいいのよ」

ルイズのあんまりな言い草に流石のシェフィールドも頭に血が上りきった。

『貴様アアアアアアアアア!!!逃げるなアアアアアアア!!!!』

「オーッホッホッホ!逃げなきゃ死ぬじゃなーい?馬鹿じゃないのぉ?」

『うがああああああああああ!!!!!』

「ギーシュ・・・僕は思ったよ」

「マリコルヌ?」

フライで逃亡中のマリコルヌはルイズとシェフィールドの醜い言い争いを見ながらぽつりと言った。

「言葉責めも悪くは無いな・・・と」

「お前はいっぺん勇敢に戦って来い」

レイナールは冷徹にマリコルヌに吐き捨てた。
マリコルヌはそんなレイナールを見てやれやれといった感じに笑って言った。

「だが断る」

レイナールはこの瞬間、人生で最高にイラッとした事はいうまでも無い。

「もうすぐ開けた場所に出る!そこで一旦散開するぞ!」

カルロが聖堂騎士に叫びながら命令を伝える。

「諸君!僕から言える事は唯一つだ!『生きよう』!!」

ギーシュが全員に叫ぶ。一同は大きく頷いた。
そして一同は一挙に散開するのだった。

『ハエどもはどうでもいい!まずはお前からだよ虚無の担い手!!』

シェフィールドは初めからルイズ一人を狙っていた為、ルイズのいる方へヨルムンガルドを移動させようとした。
しかし次の瞬間、酷く鈍い音が響いた。
ルイズ達はその音に驚き、一斉にヨルムンガルドの方を振り向く。
巨大な化け物の頭が消し飛んでいた。
そして続けて何かが化け物の胸部に命中したような音が鳴り響くと、化け物の胸部には穴が開いていた。

「え・・・?」

『何・・・!?』

ルイズとシェフィールドは驚愕の呻きを漏らした。
何せ何処から攻撃されたのか分からないのだ。
更に轟音は鳴り響く。上空の戦艦が何隻か墜落していく。
ロマリア艦隊の砲撃がいくつか命中したのだ。まさかあの艦隊の砲撃か?
いや、そんなはずは無い!ハルケギニアの戦艦でこのヨルムンガルドは貫けないはずだ!
シェフィールドが混乱している間にヨルムンガルドの軍勢は次々と穴だらけになって爆ぜていく。
ロマリアの新兵器?そんな馬鹿な!?
シェフィールドはひとまずヨルムンガルド達を岩陰に隠れさせた。
しかし、その砲弾は岩などものともせず、一体のヨルムンガルドを貫いたのだった。


照準器を見ながら俺はタバサやコルベールにに指示を出していた。

「うーん、先生もっと右に行ってください。はい、そこでいいです。タバサ、いいよ」

俺がそう言うとタバサが主砲を発砲する為のスイッチ(タッチパネル)に触れる。
戦争というより遠距離からの作業である。
俺は照準を合わせる指示をするだけの役割であるが、まあ戦争には参加している。
なんかとてもズルイ兵器を持ってはいるが、まあ元々戦車はこれで使うためのもんだし。

「実際に動かしてみたら物凄い性能だね、これは。1200メイル以上離れた対象にあっさり砲弾が命中するとはな。操縦も結構簡単だし」

「でもなんだか作業的で戦ってる気がしないんだけど?」

「楽してズルして勝ちたい」

「いや・・・まあ、楽なのは同感なんだけど・・・」

キュルケはタッチパネルを押したそうにしているタバサを見ながら溜息をつく。

「虎街道の入り口付近であの化け物を全滅できたらいいよな・・・」

残り弾薬数の問題があるため上空の艦隊まで相手取る訳にはいかない。
弾薬がなくなればこの戦車はただの動く箱なのだ。
敵にやたら離れているのも万一砲口を何かで塞がれないようにするためである。
ヘタレと笑うが良い!あるジャーナリストも言っていたぞ!戦争は臆病なぐらいが丁度いいと!
おまけに撃ってる対象は人間じゃないから良心は全然痛まない!まさにゲーム感覚である。
調子に乗って撃っていたら警戒されたのか、ヨルムンガルド達は岩陰に隠れ始めていた。

「先生、ちょい右です。はいそこですね。はい、タバサいいよ」

タバサがタッチパネルに触れると岩陰に隠れていたヨルムンガルドは岩ごと貫かれた。
そして次々と砲弾はヨルムンガルドに襲い掛かり、哀れなヨルムンガルドはバラバラになった。
いやー的が凄いでかいから作業が楽だ。おまけに敵の射程外だし。
俺たちの視線の先の上空ではロマリア艦隊とガリア艦隊がドンパチを始めている。
それを見たら戦争という気になるが、こっちは殆ど後方で嫌がらせをしているだけだ。

「ここまであの化け物が来たという事はロマリア側の損害は結構なものだろうな」

コルベールは悲しそうに呟く。
神の国にいながら神の奇跡も何も無くただ無情に人生を終えた者達。
彼らは何を思って死んでいったのだろうか?

「タバサ、もう一回いいよ」

「発射」

俺はコルベールの呟きを聞きながらタバサに指示を出す。
ヨルムンガルドの残りが三体となった時、巨人達は撤退を始めた。
辺りから万歳!ロマリア万歳という声が聞こえるが、まだ勝ったわけではない。
俺は三体のうち一体に狙いをさだめてタバサに発射の指示をした。
タッチパネルを4回押すタバサ。弾の無駄遣いはやめてください。

「でかけりゃいいもんじゃないんだぜ、ファンタジーの皆さん」

俺はそう呟きながら、崩れ落ちていくヨルムンガルドを見つめた。
だが、俺はヨルムンガルドばっかり目が行っていて上空の艦隊の様子を見ていなかった。
艦隊からの砲撃が此方に飛んでくる。げェ!?
砲撃による衝撃が俺たちを襲う。
幸い直撃はしなかったものの・・・これは戦争だったよやっぱり。
俺はキュルケを見て言った。

「死ぬかと思った」

「奇遇ね、私もよ」

「でも良かったな、お互い生きてて」

「そうね」

俺たちは半泣きであった。
だがこの中でただ一人、空気が読めない男がいた。

「何という機動性だ!素晴らしい!なあ、タツヤ君。もう一回やって見てもいいかい?」

「「誰がやるか!?」」

「あの艦隊に撃ってもいい?」

タバサはただ一人冷静に呟くのだった。
そしてTK-Xは巨人の後を追うように虎街道の中へ進んでいく。・・・・・・え?


シェフィールドは既に廃墟と貸した宿場街でジョゼフの肖像画を見つめていた。
手駒のヨルムンガルドは既に二体。敵の姿はよく認識できなかったが、その威力は確認できた。
強力な敵に出会ったらまずは引くのだが、それが間に合わずこのような痛手をくらった。
このような失態、ジョゼフ様はお許しにはならないだろう、と思ったその瞬間、彼女は嗚咽を堪え切れなかった。
ヨルムンガルドはまた作ればいい。しかし、私は必要なのだろうか・・・?
その時、シェフィールドは聞きなれない音が近づいてくるのに気付いた。

「あれは・・・!?」

TK-X。
それが何なのかは彼女には分からなかった。
だが、廃墟となった宿場街を見るためなのか、その大きな動く箱から顔を覗かせたのは他ならぬ達也であった。
シェフィールドは歓喜した。これで名誉挽回が出来る!!
すぐさま彼女はヨルムンガルドを立ち上がらせた。
そして彼女は怨恨のこもった声で言った。

「会いたかった・・・会いたかったよ、アンタにはねェ!!!」

「その声はミョなんとか!!」

「全然覚えてないじゃないか!?」

「アンタやアンタの主のせいで私は何時まで経ってもあのお方に誉められない!愛されない!それはもう我慢ができないことなんだよ!」

「もしかしたらお前の主は幼女好きかもしれません。ほら、いやにルイズを狙うから・・・」

「そんなわけがあるかあああああ!!」

シェフィールドは既に冷静さを失っていた。
ヨルムンガルドを一斉に達也に襲い掛からせる。
一体は砲撃によって駆逐されたが、あと一体は攻撃が届く!!
と、思ったらその鉄の箱は急に後方へ動き出した。
そして砲撃を受けたヨルムンガルドの右腕が吹き飛んだ。
だが、それでもヨルムンガルドは飛び上がり、TK-Xの真上へ飛ぼうとした。


しかしその時、地中から何かが飛び出してきた。
その飛び出してきたものにヨルムンガルドは激突し、地面に叩きつけられた。
戦車内のコルベールが叫ぶ。

「何だこれは!?」

「・・・塔?」

「いや、塔じゃないでしょう・・・」

俺は知っていた。
突然現れたコイツを。というか知らない方がおかしい。
呆然とするシェフィールドは憎々しげに言った。

「まさか・・・ロマリアの使い魔かい!?このような醜悪な生物を従えるのは!?」

彼女の目の前には全長60メイルはあろうかという巨大ミミズがうねっていた。
はい、凄くキモいです。吐きそうです。というか、何でロマリアにいるのこいつ。

「このような大きなミミズは見たことがないぞ!?」

僕の領地に行けばほぼ毎日見れますが。

「生理的に無理な感じねこれ・・・」

「・・・・・・」

キュルケは頭を押さえながら巨大ミミズを見上げている。
タバサは何回か俺の領地に来た事はあるのでもはや見慣れている。
ロマリアの使い魔といえばジュリオだが、アイツは竜を従えてなかった?
俺がそう思っていると、ミミズの頭(?)から声が聞こえてきた。

「そのガラクタを従えているのは貴女ですか?あと、私はロマリアの使い魔などではありません」

「何!?女の声!?」

ミミズの頭部には一人の修道女が立っていた。
修道女はシェフィールドを見下すようにしていた。

「私は『根無し』の使い魔です」

巨大な何本もの岩の槍がヨルムンガルドを貫く。
シェフィールドはそれを見ると、舌打ちして後退していた。

「逃げましたか・・・ま、賢明ですね」

修道女は焼け野原状態の宿場街を見渡すと最後に俺を見て、笑顔で言った。

「お久しぶりですね、達也君」

懐かしそうに、愛しそうにそう言う白髪の修道女に俺は答えた。

「誰?」

俺を除くその場にいた全員がズッコケた。



(続く)



[18858] 第116話 続・文化の違いは恐ろしい 
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/18 22:00
突然俺の前に現れた見ず知らずの修道女。
雪のような白髪に赤い眼をしている美女だが、生憎と俺にこのような知り合いはいない。
なので変に相槌を打てばそれは彼女に失礼に当たるのだ。
俺がこの女性を「誰?」と言った背景にはこのような事があったからである。
それなのにこの女は俺の発言が理解出来ないといった様子で眉を顰めている。

「た、達也君・・・それは新手のギャグですか?」

「貴女は俺を知っているかもしれないけど、俺は貴女を知らないんだけど」

「そ、そんな・・・!?酷すぎやしませんか?」

「タツヤ君、本当に会った事がないご婦人なのかね?」

コルベールが心配そうに俺に尋ねるのだが知らんぞ俺は。

「見たことも無いですな」

「あります!絶対あります!貴方は私に忘れないと言ったじゃないですか!」

修道女はえらく必死である。
はて?俺はこの女に出会ったことはあったっけ?
忘れないといったからにはそれなりの仲である筈なのだがこのような女性にそういうことを言った覚えはとんとない。
しかしこの女性は俺が自分を知っているのをさも当然である事を信じ込んでいるようだ。
何とか思い出したいところなのだが・・・うん?そういえばこのご婦人は名を名乗ってはいないではないか。

「いかにも俺が悪いという様な言い草だがな、名乗らないお前も悪いと思うぞ」

「むむッ!?これは私とした事が・・・自分の身体の成長度合いも考えず浮かれきっていたようですね」

「成長度合い?」

「ふっふっふ。達也君、見なさいな。永き時をかけて磨きぬかれたこのスタイル!修道服にジャストフィットですよ!これは物凄くアダルトな魅力に溢れてはいませんか?いえ、答えなくともよろしいです。私には全てお見通しです。長きに渡り私は人間の男子の好みそうなツボとやらを研究して今まで待ち構えていたのです!ええそりゃあもう冷凍睡眠を試してみたり体内時計を止めてみたり人里に行ってちょっと勉強してみたり僕ッ娘という希少的な存在にも出会ったりなかなか大変でしたよ。ですがその苦労も全てはこの日のため!『根無し』のニュングが使い魔、フィオが貴方に妙齢の女性の姿で会いに来ましたよ!達也君!」

「チェンジで」

「うおーい!?それは一体どういうことですか達也君!?チェンジって交換ということですか!?何と交換しろというのですか!?今なら私の好感度なら幾らでも交換してあげますがいかがなさいますか?」

「上手いこといったつもりだろうが意味不明だ。30点」

「落第してしまった!?」

目の前で涙目になって頭を掻き毟る修道女の正体は判明した。
5000年前のハルケギニアで出会ったダークエルフの幼女が成長したらしいが、長生きしたな。
つーか若作りのババアじゃないか。何が妙齢の女性だ厚かましい。
永き時をかけて何を無駄な事をしてやがるんだこの女は。
ああ、お前の事は幼女姿ならば忘れてなかっただろうな。

「老けたな、フィオ」

「よりにもよってその言い草はちょっと酷すぎるでしょう。『綺麗になったね』とか黙って抱きしめるとかそういう再会の演出を期待していたのによりにもよって忘れたとか老けたとか貴方はそれでも血の通った生物ですか!?」

「フィオ、喋らなければ綺麗だな」

「とてつもなく良い笑顔で余計な一言を言ってくれやがりますね貴方は」

自称妙齢の女であるダークエルフは俺を睨みながら言う。
悪いがお前の妄想に付き合うほど俺は暇じゃなかとですたい。
向こうにとっては5000年ぶりの再会だろうが俺にはあまり久しぶりという感覚は無い。
そもそもこの白髪女状態はもはやあの時のフィオとは別人である。
胡散臭げに俺は白髪の修道女を見ていたが、当のそいつはTK-Xから此方の様子を窺っているキュルケとタバサを見て、何故か震えていた。


思わぬ誤算である。
感動的で素晴らしき再会を演出する事で頭がいっぱいだったせいで、今の自分の姿を達也が知らない可能性があることを失念していた。
せめて幼女姿になってから再会するべきだったか・・・。
フィオはおのれの迂闊さを呪った。
5000年越しに会ってもこの男はちっとも変わらない。
それが何となく嬉しいが、少々不満でもある。
言われっぱなしは癪なので何か言い返してやろうと視線を彷徨わせると・・・
フィオは達也の後ろで顔を覗かせている女の子を見つけてしまった。

一人目。
赤い髪で褐色の肌の巨乳の少女。
お、おのれ・・・悔しいが負けている・・・!!?

二人目。
青い髪で見た目幼女な眼鏡っ娘。
なん・・・だと・・・!?つるぺただと・・・!?

フィオは自分の胸部を見た。
ううむ、美乳で宜しいが大きさで言えば中途半端と言えなくも無い。
巨乳につるペたを連れた男・・・。
フィオはもうこの世にいない自分の主の事を思い出した。

「おのれ蛮族め!知らぬ間に巨乳と貧乳どちらも揃えているとは何という鬼畜!これでは私は道化ではありませんか!」

「知らんわ馬鹿者!?」

「うう・・・私のルーンの中の達也君はチェリーボーイなのに現実は女連れとは・・・!私は悲しいです」

フィオは半泣きでキュルケたちを指差して怒ったように言った。

「貴女達は一体達也君の何なのですか!?」

「貴女こそ何よと聞きたいんだけど」

「・・・・・・・」

「キュルケとタバサは結構親しい友達だな」

「ふーんだ!そんな事言って実際は【自主規制】とかフザケた関係に決まってるんです!人間の男女の友情は最終的にそうなるから危険だと近所でももっぱらの噂なんですからね!」

「そんなただれた関係じゃないんですけど!?偏見でモノを言うのは止めなさい!」

タバサの耳をキュルケが塞いでいるのはナイスだが、キュルケはこの馬鹿エルフの暴言をまともに聞いて顔を紅潮させている。
・・・何だか初々しい反応なのは気のせいだろうか?

「う、ううむ、またもや取り乱してしまいました・・・歳をとると気が短くなってしまうのは仕方ないですね・・・」

「歳?」

コルベールが眉を顰める。
女性の歳を気にするのは紳士のすることではないが、この女相手に紳士ぶるほど無駄な事は無い。
フィオはコルベールの疑問には答えず、TK-Xを見て目を輝かせていた。

「ところでなんですかこの大砲を積んだものは?見たこと無いんですけど」

「戦車だ。見ての通り戦いに使う車両だ」

「ふーん・・・どうやって動いているんですか?魔法ですか?」

「軽油(笑)」

「は?」

TK-Xの調整中に気付いたのだがこの戦車はディーゼルエンジンだった。
ガソリンで動く筈がない。それは基本中の基本である。
ディーゼルエンジンの燃料は確か軽油じゃなかったかという中途半端な知識を元に俺はコルベールに相談をした。

『成る程。その『けいゆ』とやらがこの戦車の『がそりん』というわけだな!』

どうやらコルベールは『ガソリン』を俺たちの世界の飛行機や車が動く燃料の総称と思っていたようだ。
魔法といっても様々な種類があるように彼はガソリンにも色々な種類があると考えていたようなのだ。
でもガソリンと軽油は別物ですから。
セタン価とかどう説明すればいいんでしょうか。
だがこのTK-X、抜かりは無かった。
だって燃料は普通に入っていたんだもの。最初から。
それの成分を調べたコルベールが軽油(のような何か)を生み出すのにそんなに時間はかからなかった。
・・・錬金の魔法ってすごいね。

「聞いたことも無い燃料ですね。それでこの見るからに重そうな金属の塊が動くのですか」

「動いたから困る」

「この戦車をここまで運ぶのにどれ程の労力を費やしたと思っているんだ君は・・・。そういう事は言っては駄目だよ」

コルベールは困ったように言う。
この戦車を運ぶにあたりロマリアにあった馬鹿でかいフネを使わせて貰った。
積載重量的にこの44tの戦車が載っても多分大丈夫だったのだが、流石に一点に44tが集中するのは不安だった。
日本でも空輸出来てるのかどうか分からんモノだ。技術が遅れているハルケギニアのフネは大丈夫とは言えない。
だが、そんな心配は全く無かった。

『少し浮かせるだけで良いんだな?』

『それだけで20人も必要とは思えんが・・・』

まず底が抜けるといけないから搬入の際、レビテーションを唱えさせた。
本来ならこの戦車以上の荷物を運ぶ事の出来るこのフネは鉄やら石やらで底を補強している。
一般的に木造が主流だった時代に造られたというこのフネは完全に輸送目的で製作されたこともあり頑丈に造ろうという製作者の想いがにじみ出ていた。
そんな頑丈なフネは燃費が非常に悪くさらに航行速度も遅いため、徐々に使われなくなっていったがこの度TK-Xを運ぶ為に引っ張り出されてきた。
頑丈とはいえ乱暴に置けば船の底が抜けると俺やコルベールは思ったのでそっと置くように指示したが、このフネはなんとも無いどころかあっさり浮き上がる事に成功した。まあ、浮き上がる際にレビテーションはかけさせたが。床がミシミシ言ってたんだから仕方がないだろう。
ただのフネなら空輸できないこの戦車は魔法の世界のフネで空輸する事が出来たわけだ。やっぱり魔法は便利だな。
現代日本の常識に囚われてはいけないとこの世界に一年以上いる俺が心掛けていることだが、戦車を空輸って地味に凄いだろう・・・。

普通に戦争に参加しているTK-Xがここまで来るのにも本当に色々な人の協力があったからなのだ。
現代日本で出来ない事がこの世界では出来るしこの世界で出来ない事が現代日本で出来る事もある。
本当に文化の違いというものは恐ろしいものだ。
戦車を造る技術がないこの世界は戦車を空輸する方法は存在しているのだ。
それを可能とするのは他でもない魔法という俺たちの世界では常識外のモノである。
そしてこの世界では魔法があるのが常識なのである。
常識って何だろうね?考えるだけ馬鹿馬鹿しいね。
このルーンといい、目の前のフィオといい常識を投げ捨てている輩が跋扈するこの世界で俺の世界の常識など通用しないのは分かっている。
ここに来て俺はいつも思う。

『有り得ない事は有り得ない』

・・・・・・ああ、有り得ない事はあったな。
具体的には何処かの義妹の胸部の成長だ。
俺から彼女に言える事は強く生きろということだけだ。

「達也君、私の話を聞いているんですか?」

「ああ。お前の胸は悪魔との契約で大きくしてもらったんだろう?」

「誰がそんな事をのたまいましたか!?それはあの赤い髪の女でしょう!?」

「失礼ね!私のは天然モノよ!」

「そんな莫迦な事があってたまりますか!言え!どんな悪魔と契約したんですか!私に紹介しなさい!」

「おい、欲望が滲み出ているぞお前」

フィオよ、お前は一体何しに来たんだ。

「無論、達也君に会いに来たのですよ。そして貴方を攫いに来ました」

「溝攫いでもしていろ、ババァ」

「畜生!!私なりにグッと来そうな言葉を選んだ筈なのに!!」

本気でこの馬鹿は何しに来たのだろうか。

「それは勿論、達也君に会いに来たのですよ」

フィオはそう言って自分の右手の甲を俺に見せた。地の文に返答するなよ。
彼女の右手甲に俺と同じ『フィッシング』のルーンが青く輝いていた。
フィオは瞳を潤ませて俺に言った。

「待った甲斐があったというものです。忘れなかった甲斐があったというものです。こうして貴方に会えたのですから」

フィオは微笑む。
その笑顔に俺は5000年前の彼女の姿を見た。

こうして俺とフィオはようやく『再会』を果たしたのだった。





その頃、ド・オルエニールの地にこの地に似つかわしくない豪華な馬車が到着した。
馬車は領内を進み、やがてゴンドランの屋敷の前で止まった。

「旦那・・・一体何なんでしょうね・・・」

領民に話しかけられるのは麦藁帽子を被った男、ワルドである。
彼は領内で採れる葡萄を運びながらどこかで見たことのある馬車に冷や汗が止まらない。

「すまない。この葡萄を運び終わったら私はしばらく身を隠す」

「別に構いませんが、いかがなさったんで?」

「天敵が現れたのだよ・・・」

ワルドは死んだ魚のような目で言う。
領民はそんなワルドの様子を見て、この人も色々大変なんだなと思った。

ゴンドランの屋敷の執務室内で、ゴンドランは苦虫を噛み潰したような表情でいた。
目の前の脅威は自分の愉快な生活を脅かす存在である。
その脅威となる存在は自分を内心見下ろしたような目で自分を見ていた。

「事前の連絡も無く突然やってくるとは、それでも公爵夫人かね?」

「人生に驚きは必要だと思います」

「驚く方の身にもなれ!?一体何のようだ!」

ゴンドランは目の前の脅威・・・カリーヌとその娘カトレアを前にたじろぐ事も無く用件を聞いた。

「この領内に我が娘、エレオノールがいる筈ですが?」

「ん?ああ・・・確かに住み着いているぞ」

「やはり・・・姉様・・・」

「今、何処にいるのです?」

「領主の屋敷にいる。領民からは領主夫人扱いされているが、そのような事実は一切ない・・・って聞いてる?」

「夫人?夫人ですって・・・?」

カリーヌの少し後方に立っていたカトレアからは黒いものが揺らいでいるように思える。
ゴンドランは怨念や憤怒、悲しみと嫉妬、様々な負の感情立ち込める、ラ・ヴァリエールの次女に声を掛けるのを躊躇した。
カリーヌですらカトレアを見ようとしていない。
カトレアは普段の温厚さは何処に行ったのか夜叉のような表情で叫んだ。

「おのれ姉様!!領民を懐柔し、有力者の妻という地位を奪いさぞ愉快な事でしょうね!ですが、そんな馬鹿なことは許しません。そんな嫌がらせはたくさんです。貴女は一生独身がお似合いなのです!夢の時間は終わりですよ姉様!現実を思い知らせてあげましょう!フッフッフ・・・」

「・・・お宅のお嬢さんはこんな方でしたっけ?」

「年頃の女の子には色々とあるものですよ」

「愉快な独身生活を私と送りましょうよ姉様・・・アーッハッハッハッハッハッハ・・・ウゴハァ!?」

「血を吐いた!?」

「身体が弱いのに馬鹿笑いするからですよ、カトレア。自重なさい」

「いいえ、母様・・・私は姉様に思い知らせねばならないのです。世の中には有り得ない事もあると・・・」

「姉の幸せを有り得ないといいますか」

「殺伐とした姉妹仲だなオイ」

ゴンドランは呆れながら呟く。
カリーヌはゴンドランに達也の屋敷の場所を聞きだし、ゴンドランの屋敷を後にした。


達也のお屋敷の玄関ではシエスタと真琴が花壇の花に水をあげていた。

「愛情いっぱい水いっぱい~♪水あげ過ぎで水ぶくれ~♪愛情あげすぎ反抗期~♪お母さんは悲しいわ~♪」

真琴が歌う謎の歌に苦笑いをしているシエスタ。
色々突っ込みたい気持ちもあるのだが、真琴が楽しそうだからいいだろう。
達也達はロマリアに行ってしまった。最近ロマリア辺りはガリアと緊張状態だと聞く。
シエスタは心配でたまらなかったが、達也達を信じて待つことにしていた。
本当は行かないでと叫びたい。でもそれが許されることはないのだ。
待つ側の事なんて考えた事はあるのだろうかあの人は。

そんな待ち人二人の前に珍しい客がきた。
馬車から降りてきたのは女性二人組。
シエスタはその二人に見覚えがあった。
ルイズの母親のカリーヌと姉のカトレアではないのか?

「ここが婿殿の屋敷ですか。思ったよりこぢんまりしていますね」

そりゃラ・ヴァリエールの城に比べたらどこもこぢんまりしてます。
シエスタはカリーヌ達に慌てて礼をする。

「カリーヌさん、カトレアお姉さん、こんにちわ!」

真琴は普通に笑顔で挨拶していた。
っておいぃぃぃ!?いいのかそれー!?

「あら、貴女は・・・」

「マコトちゃんね?お兄さんか姉様・・・エレオノールさんはいないかしら?」

「お兄ちゃんはルイズお姉ちゃんとお出かけしてるの!エレオノールおねーさんはお仕事なのよ」

「おのれ姉様!逃げましたね!?」

「カトレア、エレオノールは貴女と違い、職をちゃんと持っているのです」

「ぐっ!?し、しかし母様!私だって教師になる資格は持っています!」

「持っていてもそれを活用しなければゴミ同然!」

「ごふっ!?」

母の冷徹な一言に、カトレアは口元を手で押さえてうずくまる。
彼女が手を離すとそこには夥しい量の血がついていた。

「大丈夫!?カトレアお姉さん!」

「す、少し休めば大丈夫よ・・・貴女は優しいのね・・・」

「何が少し休めばですか。そう言ってここに居座る気でしょう」

「わ、私たちは構いませんから、お休みになってください・・・」

シエスタは畏まりながらカリーヌ達に言った。

「では、お言葉に甘えて・・・」

カトレアはそう言うと、真琴に背中を撫でられながら屋敷に入っていった。
カリーヌはその娘の後姿を情けなさそうに見つめ、再び屋敷の外観を見た。
何故だろう?来た事もないこの屋敷に何処か懐かしさを感じる。
屋敷に感じるのではない。この屋敷に流れる空気と言うべきなのか?
少々疑問に思ったが、たぶん気のせいだ。
カリーヌはそう思うことにして、屋敷の中へと入って行った。


その頃、ワルドはというと。

「何で俺が子守をしなければならんのだ」

「孤児院でやる事といえば子守に決まってるじゃないか」

「だからって何で俺がオムツをかえるなど・・・おうっち!?」

ワルドは乳児の小便を避ける事ができなかった。
これも孤児院に逃げ込んだ彼の自業自得である。

そんな彼の奮闘振りをマチルダは微笑みながら見ていた。


(続く)



[18858] 第117話 ご先祖様の贈り物
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/21 15:55
ヨルムンガルドを倒せば両用艦隊は撤退するのかと思えばそうではなく、どう見ても依然数の上ではガリア側のほうが勝っていた。
国境付近のロマリアの部隊があのヨルムンガルドに一掃されてしまったことでロマリア軍も疲弊しているのだ。
更に言えば相手はガリアの精鋭部隊であり、ロマリアは些細な抵抗で彼らの荷物を駆逐したに過ぎなかったのである。

「どういう事だよ!?あの化け物を倒せばあいつ等は降伏するんじゃないのか!?」

マリコルヌが喚く。
水精霊騎士隊の面々は現在、ルイズを連れて撤退中である。
ギーシュやルイズは魔法を使った事で疲労が激しい。
現在の部隊を指揮するのはレイナールとマリコルヌの二人だった。

「あの化け物はあくまで一兵士でしかなかったって事だよ!ガリアは本気でロマリアに戦争を仕掛けてきたってことさ!」

「まだ勝敗は分からないって事か・・・!クソ!」

聖堂騎士の一人が歯軋りしながら空を見た。
ガリアの艦隊にロマリアの艦隊は押され気味である。
ロマリアの包囲もガリア艦隊にとっては壁にすらならないという事なのか?

「聖戦か・・・ねえ、レイナール」

「何だ?マリコルヌ」

「聖戦で人間が得たものってこれまで何かあったかな・・・?」

「いいや。歴史を紐解けば、損ばかりしてるよ」

「じゃあ、何のために聖戦なんてするんだろう?」

「さあ?そんなの知らないね。どちらかが全滅するまでやる戦いなんて正気とは思えないと僕は思うから、聖戦を発動する者の気持ちなんて僕が分かる筈もない」

だが、聖戦は始まった。
レイナールの言う正気とは思えない戦い。
かつてハルケギニアの人類は聖戦で数多くのものを失ってきた。
命、財産、家族に友人・・・失うものが多すぎたため、割に合わないとして長年聖戦はなかった。
それが自分達が生きている時に行なわれるとは。

「本当に割に合わないね、全く!」

「文句をいう前に艦隊戦に巻き込まれないところまで退くぞ!」

ルイズはロマリアの戦艦がガリアの両用艦隊によって撃沈される所を現実味がない感覚で見ていた。
神の地といわれるロマリアの戦艦はガリアの錬度高き戦艦に落とされていった。
何が神だ。何が奇跡だ。何が神に与えられし力なもんか。
現実は自分はその神の力とやらを使ってヘロへロになってしまっているではないか。
信仰心など戦場では何の意味もないではないか。何が聖戦だ。
聖なる戦いとか響きはいいがやっている事は普通の戦争より性質が悪いじゃないか。
相手もこちらが聖戦気分で来ている以上慈悲など向けないだろう。

「どうして・・・私がこんな馬鹿馬鹿しいことに参加しなきゃならなかったんだろう」

正直、エルフとの戦争なんて御免である。
やりたいならロマリアの教皇だけでやれば良かったじゃないか。
自分の魔法の属性が虚無であるばかりに聖女と祭り上げられて命を狙われ・・・。
自分の特異な力は利用される運命であるのか?
利用されるだけされて自分は道化のように死んでいくのか?

「そんな馬鹿なこと・・・許せる訳ないじゃない」

利用されるのは断じて許せない。
私はラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ。
私は利用する側に回ってやるのよ!だからこんな所でへたばっている場合じゃないのよ!

ルイズは歯を食いしばり上空の艦隊を見上げた。
そして杖を握り締めて、鼻息荒く呪文を唱え始めた。
身体の中の力が抜けていく感覚がする気がした。

「・・・!?ちょっと、ルイズ!君は休んでなきゃいけないって!」

マリコルヌが慌てて言うがルイズは無視してガリア艦隊に向けて杖を振ろうとした。
だが、その振り上げた手はギーシュによって阻止されていた。
肩で息をする水精霊騎士隊隊長、ギーシュ・ド・グラモンはルイズを睨みつけながら言った。

「そんなヘロヘロの身体で、君は何をしようとしていた?」

「離してよ。もしかしたら戦艦一隻ぐらいは・・・」

「戦艦を撃沈するほどの威力の魔法をその状態でぶっ放そうとしてたのかい、君は?命はもっと大事にすべきだね」

「聖女なんて祭り上げられて、敵艦一隻落とせないようじゃ駄目だとは思わない?」

「思わないね。聖女様を敵前にさらすほど馬鹿な行為は紳士たる僕らは嫌う事さ。聖女の君は後ろで応援したりしてればいいのさ・・・」

「お生憎さまね、私はそのような真似はしないわ。皆で戦って、皆で勝ちたい・・・だから・・・私も戦うのよ」

ルイズはギーシュの手を振り解いた。
そのまま杖を振り下ろすかに思えたが、彼女はそうはしなかった。

「でも、命を大事にするってのは同感よギーシュ。今は無駄な力を使う前に回復を図るべきだったわね」

悔しいが今の自分では戦況を一変させるほどの能力はない。

「神の力か・・・戦ってるのは人間なのにね」

教皇は虚無の力を神が与えた力だと言った。
それを行使できる自分達は神の使いとでもいうつもりなのか?
確かにあの教皇は美男子だし何処か神々しい。
だが自分とティファニアに神々しさなどあるのか?
確かに申し訳ないがこの美少女っぷりは神レベルかもしれない。
ティファニアの胸部は神の悪戯としか思えない代物である。
しかし、それは虚無のおかげだと言うのか?

ルイズは空を見上げる。
聖戦はまだ始まったばかりである。



ド・オルエニールの達也の屋敷。
エレオノールの帰りを待つ事を理由にカリーヌ達はこの屋敷に居座っている。
だがこの屋敷にいるのはシエスタと真琴のみである。
この二人はカリーヌ及びカトレアに含むものなど何もない。
シエスタは現在、カトレアの看病(?)をしている。エレオノールの幸せを願わぬ妹は血を吐いて現在療養中であるのだ。
従って現在カリーヌは達也の妹である真琴を観察中である。

一方の真琴は別にカリーヌを接客する必要はないので自由に振舞っていた。
具体的にはカリーヌに食べてもらおうとシエスタが出したクッキーを普通に食べてしまっていた。
その食べる姿は小動物のようだったためカリーヌはクッキーを食べられた事よりその光景に和んでしまっていた。
この辺はルイズの母親であるといわざるを得ないが密かに毒見をさせるつもりで真琴を利用していたのは流石彼女と言える。
その結果クッキーは全て真琴に食べられてしまい、カリーヌは内心悲嘆に暮れていた。

「流石は婿殿の妹と言うべきか・・・!」

彼女の中で達也はどんな存在になっているのであろうか。
その達也の妹は現在鍵の束を持って何処かに行こうとしていた。
一体来客を置いて何処に行こうというのだろうか?
カリーヌは興味を持って真琴が向かう場所・・・屋敷の地下に向かった。

真琴は兄のお屋敷の地下を見つけて以来、来るたびに探検に勤しんでいた。
この屋敷は何だか探検するには十分なほどの広さがあり、更に何故か謎解き要素もあり、彼女の好奇心を刺激しているのである。

「えっと、ここはこの前開けたから、今度はこっちに行ってみようっと!」

おおよそ慎重などという単語を知らぬが如く真琴は先へ進んでいく。
その速度は密かに周囲を警戒しながら進むカリーヌが見失ってしまうほどの速さであった。
それは一体どういうことだろうか?
そう、カリーヌは見知らぬ屋敷の地下で迷ってしまったというわけである。

「さ、流石は婿殿の妹・・・!この私を煙に巻くとは・・・!しかし迂闊でした・・・尾行に夢中で帰り道が分かりませんよ、参ったなー(笑)」

長い廊下を歩きながらカリーヌは頭を掻く。
おおよそ公爵夫人の行動ではないが彼女の実家は貧乏貴族である。
たまには素が出てこんな行動をしても仕方ないな。多分。

「質素に見えたのは見掛けだけというわけですか。内部はこのような構造になっているとは・・・」

全く彼といい彼の屋敷といい自分を驚かせてくれる。
彼の住む世界には彼のような面白い人物だらけというのだろうか?
ルイズは彼を本気で故郷に帰す気でいるようだ。
彼には恋人がいるから・・・彼には彼の生活があるから・・・。
その気持ちは分からんでもないが、彼がここの生活を選ぶ事もあるのではないのか?
彼はここで様々な縁を得た筈だ。それを全て捨ててまで彼は自分の故郷に帰ると言うのか?
カリーヌはカリーヌで達也が元の世界に帰ることを考えている。
個人的にはエレオノールかカトレアをどうにかして欲しいと親心に思うのだが、彼には既に恋人がいるそうだ。

「まあ、恋人がいようがそんな事はどうでもいいんですが」

要は世継ぎを作るだけでも全く構わんのだ。
既に結婚適齢期をブッちぎった長女とブッちぎりそうな次女が心配なのだ。
貴族の娘はその性質上、世継ぎも造らなければ屑のような扱いである。
それはあんまりではないか。自分とは違い戦場で大暴れできるようなタマではないし・・・。
ルイズのように女王陛下とのコネがあるわけでもなく。
確かに自分は女王の母親のマリアンヌとはそこそこ仲はいいので、歳も近いルイズは運が良かったと言わざるを得ない。

「貧乏貴族同士で結婚していたらこうはいかなかったでしょうね」

虚無の力がルイズに現れたのもラ・ヴァリエール家が王家に縁ある一族だからである。
自分はただの貧乏貴族出身の女だからな・・・。
家の力が彼女達を悪意から守っているのだ。それについては幸運であるといえる。
だが、それ故にルイズは虚無などという訳の分からない力に振り回される事になったのだ。
それはもしかしたら不幸ではないのか?
虚無などに目覚めなければ、せめて普通の属性の魔法に目覚めていれば、普通に健やかに生きていけたのかもしれない。


そんな親らしい事を考えてはいるが、依然カリンちゃんは迷い道をクネクネしている状態だった。
扉を開け、階段を降りて、穴に落ちて、水路を抜け、また扉を開けて・・・。
そんな事を続けていたら、カリーヌは何故か屋内の筈なのに花が咲き乱れている場所に出た。
その場所の中央には墓石が一つあった。

「何々・・・?『根無しとしとその妻、此処に眠る』?墓ですか・・・元々この墓の主が作ったのでしょうか?」

カリーヌはもっとこの墓を調べてみようかと思い、墓石に触れてみた。

「!?」

すると墓石が突然輝き始め、突然その空間は夜中になったかのように暗くなり、咲き乱れる花からは小さな光が出てきていた。

「何かの仕掛け?」

警戒するカリーヌ。
目の前の墓石の上からぼんやりと何かが映り始めた。
それは人の形を作る。茶髪で長い髭を持った男だ。その男は椅子に座った状態で口を開いた。
カリーヌはその男に触れられないかと手を伸ばしてみたが、触れられない。
幽霊のようだと思ったが、そんな不気味さは感じない。

『ご先祖の墓参りに来てくれた殊勝な子孫たちへ。私の姿を見れているという事は私の血を受け継ぐ者たちが私と愛妻の墓石に触れたという事だろう。先祖を供養するというその気持ちは立派である。私は『根無し』のニュング。人は俺を何かニュング・フォン・ド・マイヤールとか呼んでるがそりゃ息子に冗談で言った名前だ。俺はただの根無しだ。だが、その根無しのご先祖の墓参りに来てくれたのは大変嬉しく思う。褒美を取らせたいところだが、俺の魔法は少々特殊でな。ブリミルの開発した魔法を使う奴には効果はないそうなんだ。まあ、一応贈り物はしてやるが、大抵何も起こらないから期待するなよ?』

おい、ちょっと待て。
今この幽霊映像は何と言った?
先祖?子孫?一体何のことだ?

『何年後か知らないがこの俺の贈り物を最大限に贈られる幸運な子孫に有難いお言葉を言ってやろう』

ニュングは優しい目をしながら語る。

『我が子孫よ。その力は決してゼロ等という無粋なものではない。俺は思うのだ。その力を使うのは人間。ならばその力を虚無とせんとするのもまた人間であると。お前のその力は何かをゼロにしてしまう力を秘めているやもしれん。それほどの力かもしれない。だが、俺はそんなのは認めない。人の可能性は無限大である。分かり合えないといわれた異種族間の関係など俺にとっては訳がないものだった。その力を神から貰ったものとして神を気取り虚無と為すか、その力を人の力として可能性を追求し無限と為すかは使うお前次第だ。人の可能性、俺はそれが破壊だとは断じて思えない。創造こそ人の可能性を育むものだと私は信じている。お前がその力に可能性を求めるならば、俺はその力を未来の為に使うことを望んでいる。人を助けるは人の力である。それを忘れるな・・・』

ニュングの映像は光の粒子となって消えた。
同時に辺りも明るくなった。

「・・・今のは一体・・・?」

その前に貴女は早く上に戻る方法を考えるべきなのでは?


その現象は突然起こった。
正気を疑われるかもしれないが右目と左目で見ている光景が違うのです。
俺は立ちくらみのような猛烈な不快感に襲われた。
右目はフィオ達を映しているのに左目は無数の艦隊を映している。
だが瞬きを何回かやったら元に戻った。

「どうしました?達也君」

「今、左目に無数の艦隊が見えたんだが・・・」

「思春期特有の悪い病気の患者だったんですね、達也君」

「中二病扱いするんじゃねえ!?」

「タツヤ、もうここには敵はいないようだしそろそろ戻る?艦隊と戦うルイズたちも気になるわ」

「戦車は対空能力はあんま期待できないんだがな・・・」

「・・・ふむ。話を聞いていれば要は空を飛べればいいんですね?その塊が」

「・・・は?」

「むっふっふっふ。伊達に長くは生きていませんよ達也君。私の熟成された術に感動して惚れ直すがいいです!」

「惚れる?誰が?」

「あっはっは、いやですねぇ~女の私から言わせちゃうんですか?」

「そうか、フィオ。知らなかったよ」

俺がそう言うと、フィオは照れた様に顔を赤らめた。

「ようやく理解できたのですね!」

そう言って両手を広げるフィオ。

「お前、相当のナルシストだな。自分に惚れ直すとか」

「分かってて言ってるでしょう!?分かってて言っているでしょう!!!??」

地団太を踏むフィオは半泣きである。
ゴメン、ちょっとイラっとしたからついやっちゃったんだ!
俺はキュルケたちに向き直って言った。

「そんじゃあ、戻るか。どうなってるかは知らんが」

キュルケたちは頷く。
俺はTK-Xに乗り込み、ハッチを閉めようとした。
が、その瞬間どうやったのかフィオが滑り込んできた。
定員3名の戦車に5名を乗せるとか窮屈ってレベルじゃねぇ!!

「フハハハハハ!私がいなければこの戦車は空中戦ができないのですよ、達也君!そしてこの狭い空間・・・あとはわかるなって痛い!?」

俺は修道服を着た耄碌ババアに愛の鉄拳をお見舞いした。

「うえ~ん、この人こんなか弱い女をぶちましたよ皆さん!?」

「アンタのようなか弱い女は存在しないわ」

キュルケが冷徹に吐き捨てるが、フィオは意に返さぬように言った。

「いるじゃないですか。私が」

「お前のその自信は何処から来るんだ」

「今の私は夢と希望と愛の塊です。正に至福の化身といっても過言ではないでしょう」

「厄介ごとの化身ですよね、お前」

「素敵です、達也君。私と苦労を分かち合うと言うのですね」

「耳までおかしいのかテメエ!?」

ぎゅうぎゅう詰めのTK-Xはひとまず戦場へと戻っていく。
もう戦闘が終わっていたらこの馬鹿を縛り上げて湖に沈めようと俺は密かに思うのだった。


ルイズは自分の体力が段々戻っていくのを感じていた。
息切れもしない、呼吸も正常である。
誰かが水魔法をずっとかけていてくれたせいか?いや、水魔法では魔力は回復しない。
まあ、これでひとまず爆発の一撃は与えられるかもしれない。
ギーシュは未だぐったりしているし、ロマリア側もまだ劣勢である。
嫌がらせ程度に一発ぶっ放すのもいいんじゃないか?やっぱり。
そう思ったルイズは杖を上空の艦隊に向けた。

「ルイズ・・・君は同じ事を・・・」

「大丈夫よ、ギーシュ。死にはしないから」

「え?」

「ロマリアはどうでもいいけど、私を狙うなんていい度胸ね!舐めんじゃないわよ!」

そう言ってルイズは杖を振り下ろした。
その瞬間、ルイズの視界に映っていたおおよそ三十隻のガリアのフネの目の前で爆発が次々と起こった。
その光景を唖然として見るルイズ達。
墜落していくガリアのフネ。それに動揺したのか艦隊の隊列が乱れていく。

「・・・だ、大惨事じゃない?」

「こ、これは一体・・・」

「見ろ!我が艦隊が押し始めたぞ!」

「奇跡だ!やはり貴女は聖女だったんだ!」

「・・・ふ、ふふん。やはり私は土壇場で力を発揮する女だったわね。自分の才能が怖いわ」

「そういうのはピンチになる前に発揮してくれないかい?」

ギーシュの正論にルイズは渇いた笑いを出して誤魔化した。

混乱の最中、撤退を始めるガリアの艦隊。
達也達が戻った時にはロマリア軍が勝ち鬨をあげている時だった。



(続く)



[18858] 第118話 4人集まろうが馬鹿は馬鹿のまま
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/23 17:23
砂漠に住まうというエルフの一部族「ネフテス」の統領テュリュークは人間達の間で起こった無駄とも思える争いについての情報を聞かされていた。
蛮族と自分達が呼ぶ「人間」は今回も同種で争う愚を犯している。
何年、何百年過ぎても人間は本質的には全く変わらない。
本来ならそんな愚かな事を続ける人間たちの戦争など、テュリュークの考える事ではないのだが何せこの戦争をしている人間たちの国「ガリア」に同胞でありネフテスの一員であるビターシャルが巻き込まれているのである。

「我々の力が蛮族に利用される事になったのか。・・・フン、姑息な事を考えるものだ」

しかしながらガリアの王はまだ話が分かる人物だと彼は評価していた。
エルフの政治形態である共和制に一定の理解を示してもくれたのだ。
更にはシャイターンの門に近づかないでほしいという要請には、ビターシャルの身柄をしばらくガリアにて預かることで了承を得た。

「まあ、姑息だが彼はまだ御しやすい。問題はガリアの相手だな」

ロマリア。
エルフである彼らにとって悪魔であるブリミルを崇拝する輩が集まる国。
そんな者達が自分達の願いを聞き入れてくれるとは思えない。
加えてそのロマリアの教皇を名乗る人間は悪魔の力を持つという話ではないか。
力に魅入られたその人間が、自分達を害すのではないのかとテュリュークは考えていた。

「崇拝する者が違う者同士は相容れぬ。やはり危険はロマリアか」

自分はエルフ達を危険から守らねばならない。
無駄な血は流さないのが自分達の信条だが、無駄ではないと思えばわりと容赦はないのだ。

「蛮族よ、貴様等がシャイターンの門に何を求めるかは知らぬ。だが・・・そこにあるのは貴様等が求めるものではない」

何故、あの門を自分達が悪魔の門と呼称したのか。
全てはあの悪魔のせいである。あの悪魔がこの星のバランスを崩してしまったのだ。
そんな悪魔を神同然に崇める者達をテュリュークは信用する事はできない。

「誕生があれば死もあるとはいえ・・・奴がやった事は称えられることではない筈なのだ」

このエルフが住まう土地をそのような者達に踏み荒らされる訳には行かない。
テュリュークは額に手を当てて考え込むように唸った。
既にそのための先手を打つ事を評議会で決定したのだが肝心の待ち人がなかなか来ない。
やっぱり歳だから身体にガタが来ているんだな。わっはっはっはっは!

「・・・とでも言いたげな表情だな。小僧」

「うおっ!??」

いつの間にかテュリュークの目の前に現れていた赤い鎧の女性。
長い金色の髪をポニーテールのように纏め、翡翠色の瞳は愉快そうにテュリュークを見据えている。
見た目は若々しいがとんでもない。この女、5000年以上生きている。
しかもこの女、それでも尚現役を貫いている。更に独身である。
何か自分より強い男じゃないと結婚しないと誓っているらしいが、彼女に勝てる男はそうはおらず、いても大抵妻子持ちの男であるし、何よりそのような腕を持った者は既に鬼籍に入っており、事実上この女の婿候補は皆無的な状況に追い込まれている。

「小僧とは何だ。統領と呼べ、統領と」

「はっ、幼き頃フル●ンで砂漠に頭から埋められていた小僧をそう呼ぶ気にはなれんなァ?助ける身にもなって欲しいものだな、豆粒坊や」

「おのれ・・・!!幼き頃の消したい過去を弄くりおって・・・!この老害剣士め!さっさと精霊たちの元に還れ!」

「すまんがそういう年長者を労らんような言動は聞こえんのだ。何より私よりお前が先に死にそうだな坊主。皺と白髪がまた増えたのではないか?」

「誰のせいだと思っているのだ!貴様が任務や調練に参加するたびに白い目で見られるのは私なんだぞ!」

「結果、若い奴らは鍛えられるのだ。問題あるまいて。まあ、水浴びしてたら未だに覗きは絶えんがな。これでは蛮族たる人間と変わらんぞ?どうにかせい」

「貴女が大往生すれば全て解決なんだが?」

「私の水浴び姿を見てギンギンになっていた小僧がよく言うわ。まあ、何処がギンギンになっていたのかは言わんがな」

「この糞ババア!さっさと往生しやがれ!!」

「ウホホホホホホ!テュリューク統領?言動がお下品でありますよ?」

「うるせェー!?大体なんでアンタは5000年も生きてんだよ!?」

「気合と強い情念と日々の鍛錬が不老で魅力的な肉体と精神を作り出すのだ」

「長い独身生活で培った腐れ根性の間違いだろうそれ!?」

「腐っているとは何事か。見ての通り私はまだ戦士として老練に達した現役だが女性としては生娘に近い新品女だ」

「アンタはもはや女の皮を被った何かだ。悪魔契約してなかろうな?」

「生来悪魔に出会ったことは一度のみ。それ以外はとるも足らぬものばかり。癪に障る者は2、3名いたがな」

「悪魔に出会った?契約はしなかったのか」

「したさ。『いずれ仕留める』とな」

「殺害予告という名の契約だな。で、その悪魔とはどうなったんだ」

「・・・5000年間勝ち逃げされっぱなしだ。全く、女を焦らしすぎる悪魔だな」

「焦らし過ぎた結果がそれか。私はその悪魔に恨み言を言いたい気分だ」

「ふん、恨み言なら一人で言うのだな。それで坊主。私に用件とは何だ?まさか弄られるのが快感とか言うなよ?斬るぞ?」

「そんな訳があるか!?貴女に評議会直々の任務だ」

「評議会直々?珍しいな、いつもは私に会うと苦い顔をする奴らが」

「貴女の腕を買ってのことだ。ジャンヌ殿」

「ふん、都合のいい事言って年寄りを使い倒して」

「お前のような老人がいるか!?」

テュリュークはジャンヌの抗議を一蹴するように怒鳴った。
ジャンヌはそんなテュリュークを指差しながら笑っていた。



外傷は魔法で治せても、内の体力は戻せないらしく、ルイズ及び水精霊騎士隊の奴らは前の戦闘の勝利で勢いづいたロマリア軍が奪ったガリアの南西部に位置した城塞都市カルカソンヌで死んだように眠っていた。
俺たちとしては勢い勇んで戦場に戻ってきたら何故かロマリアが勝っていたので、TK-Xが飛ぶ必要がなかった。
・・・もはやフィオの存在意義が問われる結果に、フィオ本人は、

『おのれ達也君!私を踊らせ楽しいのですか!』

と泣きながら言っていたが俺は無視しました。
馬鹿ヤロー!戦車は飛んじゃ駄目なんだよォ!!
戦闘機でやれよそんなもの!戦車のキャタピラが泣くだろ空飛んだら!キャタピラ舐めんなよてめー!
うむ、取り乱してしまった。ひとまず落ち着こうではないか。
俺の目の前ではとりあえず我が主、ルイズが健やかな寝息を立てている。
ここにマジックペンがあれば額に『肉』と書きたいほどの愛らしい寝顔であるが、ちょっと待っていただきたい。
この女、狸寝入りが得意なのだ。俺も以前、彼女を窒息させようとした事があるのだが返り討ちにあってしまった苦い経験がある。
人間は学習する生物でなくてはならない。それは俺もそうである。

「達也君、この人間が貴方の主とか言っているふざけた輩ですか」

「真剣に俺を召喚した女だ。事実に基づく事を言ったのに何故お前は冗談ととっている?」

「何故でしょう?始めて会ったはずなのに、相容れない感じがとってもします。何か自分の存在の危機を思わせるような・・・」

コイツの焦りはたぶん気のせいだろうが、フィオにとって何故かルイズは驚異的な存在に映ったらしい。
彼女は眠っている筈のルイズに手を伸ばす。何をする気だ。

「寝ている女の子を見かけたらまず胸を掴むんじゃないんですか?」

「黙れ耄碌ババア。その女は掴む胸などない」

「さらっと人を侮辱する発言をするなァーッ!!」

「やはり狸寝入りか貴様!」

「はっ!?しまった!あまりの怒りに作戦を忘れてしまったわ!?・・・ってそっちのシスターは誰よ?」

「よくぞ聞いてくれました」

フィオは胸を叩いて宣言した。

「主様!使い魔君を私にください!!」

「ゴメンねルイズ。この子、この台詞を人生で一度言ってみたかったという病気の子なんだよ」

「達也君!?私は至って正常です!?愛に狂ってはしまいそうですが!」

「まあ、いつも余計な一言を言ってしまう病気のお前のようなもんだ。持病持ち同士仲良くしてくれ」

「なにその持病!?特効薬はないの!?」

「残念ながら医学には限界というものがあるのだよ」

「アンタは医者か!?」

「これから俺をセラピスト・イナバと呼べ」

「私たちは精神を病んでるといいたいのかアンタはーー!!」

色んな意味で病んでるだろうお前ら。
何自分は凄く至って正常だぞ♪という風にほざく事ができるのだ?
俺を責める時は意気投合しやがって貴様ら!心底ウぜェ!
何かルイズがやっぱり胸で選ぶのかとか言ったりフィオがつるぺたが好きとか社会不適合者です不自然ですとかのたまっていました。
僕はこんな女性たちみたいなひとをおよめさんにもらいたくはないとおもいました。2ねんDぐみ、いなばたつや。
さて、この馬鹿達は放って置いて俺は同僚、水精霊騎士隊のお見舞いをすることにした。


個室が与えられていたルイズと違い、我が同僚たちは雑魚寝同然の大部屋で鼾をかいて寝ているものが大半であった。
そんな中、我らが団長、ギーシュ・ド・グラモンは、何か悩んでいるように唸っていた。
起きていたレイナールが俺に気付いた。

「おお、副隊長!何か凄いピンピンしてるじゃないか!」

「俺も俺なりに頑張ったんだが、物凄いなこりゃ。死屍累々じゃねえか」

「僕らも僕らなりに頑張ったということさ。まあ、丸々三日ゴロゴロしてる奴もいるがね」

「そうかい。まあ、お前らの健闘は称えるが、さっきからギーシュは何をやっているんだ?」

「手紙を書いているようだ」

「誰にだよ?」

「聞くだけ野暮というものだよ副隊長」

「モンモンか」

頷くレイナール。
どうやらこの隊長は恋人想いのようである。
良いんじゃないか。同じ世界に恋人が居るだけ俺よりましだ。
大事にしてやるといい。ギーシュもモンモンも友達だからな。幸せになってはほしい。
しかし当のギーシュは物凄く悩んでいるようである。
どういうことなのだろう?俺の疑問には憎々しげな目でギーシュを見つめるマリコルヌが答えてくれた。

「モンモランシーに今まで恋文をしたためた事がそういえばなかったから悩んでるんだとさ。全く死ねばいいと思わないか?」

「マリコルヌ。隊長の幸せを願わぬ隊員がいればその隊は発展はない。隊が発展すればお前を良いという変わった嗜好の女性もまた現れるやもしれん。心を広くもつんだマリコルヌ。狭い視野を持つ男に女は寄って来ない」

「しかし!だからと言って僕の目の前で嬉し恥ずかしイベントをやるだなんて!」

「落ち着けマリコルヌ!ここは大人になって隊長の初体験を見守るんだ!そして今後の参考にするんだ!」

「どうせ※がついてただしイケメンに何とかってつくんだろう!参考になるか!」

「煩いな!?静かにしてくれ!?」

ギーシュが呆れた目で俺たちに言う。
俺たちはこの男の力になりたいだけなのにそんな言い草はないだろう。
だがこの程度で崩壊するほどやわな絆じゃないんだぜ俺たちは!
俺はどうやら手紙の内容に煮詰まっている友を助ける為、一肌脱ぐ事にした。
・・・何を期待しているのか知らんがちゃんと真面目にアドバイスはするぞ?こっちも恋人持ちなんだし。
まあ、とりあえずギーシュが作った手紙を見てみるとするか。
例によって俺は文字が読めない為、レイナールが音読してくれた。

『僕の愛するモンモランシーへ。元気ですか?僕は死にそうですが元気です。この前ルイズを守るために皆と戦いました。僕たちは頑張って強大な敵をいくつか退ける事ができました。でもその代償は大きく、僕はヘロヘロで萎え気味です。早く会いたいです。戦争なんて嫌なので早くモンモランシーの所に戻りたいと思いました』

「「「・・・・・・・・・」」」

「自分の文才の無さに涙が出てくるようだよ」

「何か小さい子の作文っぽくなっているからその辺を変えてみよう」

俺はまずその辺りから考えてみるようにアドバイスをしてみた。
そうだな、俺がギーシュとして書くならば・・・・・・。

『ボクキトク スグキテクレ ギーシュ』

「これだけでモンモンはすぐに会いに来てくれると思うがこれではモンモンの精神状態がとんでもない事になりかねん」

「それこそ本当に僕は危篤状態になりそうなんだが」

「だから至極普通に考えれば、とりあえず会いたい事を伝えればいいんだ」

そういう訳でギーシュがモンモンを思って病まない事を伝える手紙を書いてみた。

『そのドリルのような巻き髪が夢の中で僕のお尻を貫く夢を見るほど、僕は君を想っています。僕のモンモランシー。ロマリアの地でも僕は君の素晴らしき巻き髪を忘れた事は無い。例え距離が離れていても僕はいつでも思い出すであろう、君の芸術的な巻き髪を』

「巻き髪しか誉めとらん!?それになんだその夢の内容!どうでも良すぎるわ!!」

「女性を誉める時はとりあえず3つ誉めればいい。モンモンの場合は巻き髪、雀斑、そしてルイズを凌駕するスタイルの良さだ」

「何それ!?外見的特徴しかないよね!?もっと内面的な所を誉めようと思わないのか君は!?」

「どんなに奇麗事を言っても人は外面を気にするのさ」

「恋人への手紙だ!?恋人への!!」

「次は僕の番か」

レイナールが眼鏡を押さえながら言うのを見て、ギーシュは若干期待の眼差しを彼に向けた。

「要は隊長がモンモランシーを異国の地で心配、即ち想っている事を伝えればいいんだ」

レイナールは自分の考えたモンモンへの手紙をしたためはじめた。

『親愛なるモンモランシーへ。ロマリアでの任務は大変ですが僕は何とか死なずに元気でやっています。モンモランシーはどうでしょうか?身体を壊したりはしていないでしょうか?最近減食による減量を行なっていると聞いています。正直僕のためにと思うその気持ちは嬉しいのですが、正直僕は感心しません。腹が減っているのに食べないと苛々の原因になりますし、食べる楽しみもなくなってしまいます。ひもじき減量は続きません。それでは逆に身体を壊してしまいます。ちゃんと朝昼晩食べて適度な運動を心掛けてください。あと日々の体温のチェックも欠かさずにしましょう。万が一の事があれば僕は嬉しいのですが、何分色々とまだ未熟なもの同士、試練がかなりの割合で待っている事でしょう。万が一の事があれば僕はすぐに飛んでいきます。その万が一の事も考えた場合、減食による減量は母体及び胎児にも・・・』

「っておおおいいい!!?いつの間にかモンモランシーがおめでたい事前提で書いてるじゃないか!?」

「恋人の誤った減量による悲劇を予想し諭すのが真の男ではないのか」

「過剰予測すぎるわ!?僕は彼女の母親か!?」

「母性と父性を併せ持つ男こそ、いい夫になるのさ」

「母性多すぎて鬱陶しいわ!?」

「全く、君たちは乙女心というものが分かってないな」

マリコルヌが溜息をつきながら俺たちに言った。うん、イラッっとしたよ?
ギーシュは心底不安そうにマリコルヌに尋ねた。

「マリコルヌ・・・大丈夫かい?」

「任せてくれ。僕は君らと違ってこういう事を書くことについては得意だからね。伊達に振られまくってないのさ」

そう言ってマリコルヌは手紙をしたため始めた。

『愛するモンモランシーへ。僕は日々、君の事を想い悶々としています。遠回しに言えばムラムラしています』

「って、待て待てーーーーー!!??なんだその手紙はーー!?」

「モンモランシーと悶々を掛けたこの高等な技術を君はけなすつもりかい?」

「高等な技術というよりそれは高等な変態が書いた手紙だろう!?」

「変態?何をいう!恋人にムラムラしない男はいないはずだ!僕なんかその辺をすれ違った平民の女性や幼女にムラムラ出来るんだぞ?」

「知るかァーーッ!?お前のそんな役に立ちそうにない特技など知るかーーー!?」

「マリコルヌ・・・その手紙じゃお前は振られるぞ流石に・・・」

俺は哀れみの視線をマリコルヌに送った。

「と言うか君も同じレベルだからねタツヤ。下品なのは君も同じだからね?」

「最終的に男女は下品な行為に行き着くのさ」

「愛の営みと言えーーーっ!?」


数日後、モンモランシーの元に届いた手紙にはこう書かれていた。

『愛するモンモランシーへ。僕も皆も元気すぎて困ります。早く帰りたいです』

「・・・一体向こうはどんな事が起きているのよ・・・?」

モンモランシーは手紙を見ながら呟いた。
心底自分の恋人が心配になった時だった。



一方、ルイズに用意された個室。

「達也君には恋人がいるですって・・・?」

「そうよ!だからアンタの野望はここに潰えたのよ!」

「青いですね、人間。私がその程度のことで怯むとでも?」

「何ですって!?」

「このフィオ、達也君を篭絡するぐらい訳がありません!!この美乳とスタイルと模擬演習54729回無敗の私は最早無敵!女の鑑ともいえる存在なのです!」

「本番は?」

「・・・・・・・・・」


鳥の鳴き声が空しく響き渡った。




(続く)



[18858] 第119話 とろけるチーズは●印
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/01 00:57
アンリエッタは聖戦という馬鹿げた決断をしたロマリア教皇に既に怒りを覚えてはいた。
しかしそれはまだ自制が効く程度の怒りである。
ティファニアが怯えるほどの怒気を孕み、彼女は今怒り狂っていた。
彼女を抑えるはずのアニエスも厳しい顔つきで正面に座るロマリア教皇を見据えている。
彼女達がこれ程までに憤慨している理由は一つである。
ジュリオが達也に銃を向け、撃った。
達也は別に聖人君子ではないので殺されなかったからいいやとは考えずちゃんとアンリエッタ達にこの事を報告していた。
考えてみれば当たり前である。味方のはずの者に銃を向けられて黙るというのがそもそも可笑しいのだ。

「随分と味な真似をしてくれるではないですか、聖下」

女王という立場を考えればこのように感情を剥き出しにして怒るのは誉められた行為ではあるまい。
だが、ここまでされては流石に言わなければいけないだろう。
使い魔がどうとか以前に彼は此方の国の騎士なのだ。領土も持っているのだ。
簡単に命を奪われてはその領地の住民が困るのだ。

「エルフとの戦いに備える為には適切な行為と思っていましたが・・・いささか認識が甘かったと感じてはいます」

達也がガンダールヴではない以上、いらないと思って彼の暗殺をジュリオに命じたのは他ならぬ教皇本人である。
ジュリオも乗り気ではなかったのだが、彼の嫌な予感は当たったようだ。
もうこんな命令はやめてくれとジュリオからも釘を刺されたのだ。

そもそも今回の戦争は、ヴィットーリオにとっても予想外の事が多かった。
予想以上にロマリア側の損害が多かった事。
ガリア側に投降しようという意思があるものが余りに少なかった事。
更に言えばロマリア市民の聖戦の支持が日毎に減少気味になっていく事であった。

攻め込んではいる。攻め込めてはいるのだ。
だがその分、此方の損害は増える一方だった。
無能王率いるガリア軍は何か此方を攻撃する大義を得ているようだった。
このままではエルフと戦う以前にロマリアの戦力が壊滅してしまうかもしれない。
そう思えるほど、敵軍のガリアの士気は高かった。

「此度の聖戦も長期にわたればガリアが盛り返すでしょう。そうなれば更に多くの人々の血を流す事となります。エルフと戦うと息巻いていましたが、それ以前で挫けそうですわね」

「耳の痛いところではありますが、だからこそこの戦いは早く終えなければなりません」

この戦いを早急に終わらせればガリアの戦力も多量に飲み込むことが可能だ。
そうなればエルフとの決戦にも臨むことができるはずである。
それは正に皮算用というに相応しい考えだがヴィットーリオはこのガリアとの戦いに負けるなどとは微塵も考えていないようだ。
アンリエッタは少なくともこの若き教皇を見ていてそう感じていた。
・・・自分が私怨に駆られて戦った時はどうだっただろうか?
自分は負けるとは微塵も思わず突き進み、戦後自分の愚かさを痛感したのではないのか。
正直戦後の方が彼女は愚かな行為を行なっていたような気がするのだが突っ込むまい。と、人の事は言えないアニエスは密かに思うのだった。

「とにかく聖下。貴方が我が国の騎士に手をあげた以上、わたくしはこの聖戦に加担する義理は御座いませぬ」

「困りましたね。それでは貴女は我が軍の聖女やそれを護る騎士団を連れて引き揚げてしまわれると?」

「そうしても文句は言えない行為を命じなさったのは貴方では?」

「真に耳が痛いことですね。ですが現状それは無理な相談です。彼らを退かせるにはあまりにも彼らは活躍しすぎた」

「・・・どういう意味です?」

「言葉どおりの意味ですよ。この聖戦のシンボルに彼らはなってしまっています。ガリアはそのシンボルたる騎士隊やミス・ヴァリエールを狙ってくるでしょう。彼らが壊滅すればロマリア軍の士気も下がりますからねぇ」

「・・・貴方は彼らを人質にしたおつもりですか?」

「これはこれは人聞きの悪い。彼らが我がロマリアの命運を握る重要な一団であることは国境地帯での戦いで証明されました。そのような者達が更に戦うのは当然でしょう」

「それがトリステインの騎士隊でなければ本当に素敵な事でしたのにね」

「はっはっは。我が同志達にも奮闘していただきたいものです」

ヌケヌケというこの教皇の目には悪気の欠片も無いのがアンリエッタの怒りに油を注ぐ。
この期に及んでこの男は自分が正しい事をやったがどうも上手くいってないようだ程度にしか現状を見ていないのだろう。
まあ確かに聖戦なんぞそんな精神じゃなければやってやろうと思わないのだが。

「何はともあれ彼らは我が側の看板を背負ってしまった。そのような存在に私たちは手を下すつもりは御座いませぬ。敵がどう考えるかは知りませんが」

「開き直りと思えますね。生殺与奪の権利をガリアに委ねるとでも?馬鹿馬鹿しい!そもそもガリア側はルイズやタツヤ殿の命を何遍も狙っているというのに!」

「己の運命は自ら切り開くものと思いませんか?アンリエッタ殿」

「それを貴方がいいますか・・・!!」

ヴィットーリオには考えがある。
この戦いを勝利で飾り、ジョゼフを消した後、タバサ辺りを女王に据えてガリアを操ろうという姑息な画を描く事を。
そうすることがエルフから聖地を奪還し世界を救うための絶対条件なのだ。
姑息だろうが卑劣だろうが世界を救うためならこんな事もする。
聖人君子のような博愛精神では世界は救えない。少々の犠牲を払ってでも大多数を生かす。
至極当然のことではないか。
既に時期女王に対して先手は打っている。後はこの餌に彼女が食いつくのを待つのみ。
何、報告では彼女は彼に良い感情を持っているらしいし、それを利用すればいい。
夢のような時間をくれてやる代わりに彼女には自分達の願いを聞いて欲しい。ただそれだけの事である。

だが、ヴィットーリオはミスを犯していた。
そのミスは至極単純である。若き教皇はこの期に及んで彼の性格を分かっていなかった。


さて、ヴィットーリオの言う彼女、タバサは自分にあてがわれた部屋の中でベッドに横たわっていたのだが、先程自分の元に達也がやって来た。
寝巻き姿でいいのかどうか迷ったがタバサは達也を招きいれた。

「・・・どうしたの?」

「ゴメンな。こんな夜中にさ・・・。話があるんだ」

「話・・・?」

「ああ。俺たちはやっとの事でこのガリア王国にやってこれたな。お前の憎い仇のいる、このガリアに。俺たちがここまで来たのもお前の復讐の手伝いがしたいからだ。その為には、俺たちと同じ紋章をつけてたほうが便利なんじゃねぇかと思ってさ。水精霊騎士隊に入って欲しいなーって思ってるわけよ」

タバサは怪訝な様子で達也を見た。
目の前の達也はどうにもこうにも爽やか過ぎる。
そして自分の知る彼は復讐の手伝いをしたい等言う男じゃない。
しかしそれは分かっているのに胸躍る自分もいた。

「・・・すまない、無理を言ってしまったな。話ってのは、もう一つ。単に会いたかったんだ。きっと、好きだからかな?」

この言葉でタバサはこれが夢か何かだと確信した。
夢でなければどんなにいいのか。だがしかし、あの男は夜中に女性の部屋にお忍びでただ会いたいからと侵入する男ではない。
まさか自分を欺く為に何者かが見せている幻覚だろうか。
タバサがそう思って目の前の達也をどうにかしようと思っていると。

「クックックックック・・・」

底冷えはするが何だか聞き覚えのある笑い声が響いてきた。

「だ、誰だ!?」

「誰だとォ?お前は自分の姿の大元も分からんのかァ~?ンッン~?いかんね君。それは許されざるべき愚行だろう」

なぜか口調は無駄に紳士ぶっているがこの声は、自分の知っている彼だった。

「俺の分身のような性格の分際で、何をナンパしとるか!くっせェ台詞吐きやがって!俺のキャラをとろかす気か!とろかすなら雪●にでも行ってろ!」

「お前は!俺の邪魔をする気か!?」

「クックックック・・・貴様はなぁにをしようとしていたぁ?おっと言わんでも良い!ずばり接吻後良い子の皆様にはお伝えできない行為を働くつもりだったのだろう?俺にはお見通しだ。だがそのような爽やかでバベル建設の要因になりそうな危険な行為をこの俺が許す訳あるまい・・・邪魔?喜んで!」

「貴様ぁ・・・!!未発達の女性との行為が誰得とでも言うのか!?」

「犯罪臭がプンプンだぜこの野郎め。タバサ」

私の知っている彼は私に語りかけた。
・・・で、何故かそこで目が覚めた。ああああああああ!?肝心な所で!??
しかし夢というのはそんなものであり、タバサが幾ら二度寝を敢行しても同じ夢は見れなかった。
な、何てことだ・・・!!幾ら夢の中とはいえそりゃあ余りに外道でなかろうか。

「・・・酷い夢」

タバサはベッドの上でポツリと呟くのだった。


一方、自分が夢の中で脚色されまくっているとは全く知らない達也は、カルカソンヌの北方に流れるリネン川付近にいた。
ここではロマリアとガリア両軍が川を挟んでにらみ合いをしていた。
矢玉や魔法も無論飛び交っていたが、一番飛び交っていたのは・・・

「ガリアはカエルを使った料理があるらしいが信じらんねぇな!」

「黙れや腐れ坊主ども!人の国のこと言えるのかよ!パンもワインも不味いじゃねぇか!!」

「良質の料理を味わいたいならトリステインへ!」

・・・何だか勧誘のような台詞が混じっていた気がするが気にしないでおこう。
異文化の料理をけなすのはまあ戦争だから仕方ないのであろうか。
まあ確かにロマリアのパンは美味いとは言えなかったが。
しかしカエルか。食用のカエルって普通にあるからこれはガリアはおかしくは無いだろう。
というか人の国の食文化にケチつけてやるな。余計なお世話だから。
そういう訳なのでパンを愛する俺としてはこの不毛な争いに参加する事は避けていた。
しかしこうにらみ合いが続いては物凄く暇だ。更に戦争中ともあって俺たちの精神が消耗していくのは当然だ。
それを避けるためには心を癒すとまでは言わないがともかく娯楽が必要なのである。
だが、ここは戦場である。どのような娯楽があると言うのか!

「いいのか?ギーシュ」

「・・・どういう意味だ?」

「その選択にお前は後悔しないのかという事だ」

「何だと・・・!?」

「クックックック・・・ギーシュ・・・早く選べよ・・・クックックック・・・」

ギーシュは己の選択を信じていた。
だが、一体どういうことだ?相手のこの不気味なまでの余裕・・・。
自分の選択は間違っていない筈である。しかし絶対とは言えない。
彼がそう思ったその時、自分の中の弱気な部分が彼の心を侵食していった。
嫌な汗が流れる。呼吸も乱れ、心拍数も上がる。
生唾を飲み込もうとしてギーシュは気付いた。
口内が恐ろしく渇いている。恐怖をしていると言うのか自分は!?
自分の選択が間違っているかもしれないという事に恐怖しているのか?
・・・・・・ギーシュは目を閉じ、最愛の女性の姿を思い浮かべた。
そうだな、モンモランシー。僕は間違わない。僕は僕を愛してくれる君の為に勝利を・・・掴む!

「取ったァァァァァァァ!!!」

ギーシュが己の運命を掛けて選択したカードは・・・

『Joker』

「ウグアアアアアアアアアアアアア!!!!!??」

「うえっへっへっへ!!どうだ悔しいかァー!ギーシュよ!何やら真剣に悩んでいたようだがその思考は全て無駄!考えるだけで無駄!無駄の嵐なのだー!!」

マリコルヌは歓喜の咆哮をあげた。
ギーシュは可哀相に握りこぶしを大地に打ちつけ男泣きをしていた。
単なるババ抜きにどんだけ本気なんだお前ら。

「ふふん、甘いわねギーシュ。こういうのは直感を信じるのよ」

ギーシュを見下すように笑うルイズはギーシュが力なく持つカードに手を伸ばした。

「この私の運命を切り開く力は直感によって成り立っているのよ!」

高笑いをあげながらカードを選択したルイズ。
空に向かってカードは掲げられる。

『Joker』

「・・・・・・お・・・あ・・・?あ・・・?」

余りのショックに言葉が出ない聖女。
そうだね、お前はいっつも厄介事に愛されているよね。
ギーシュはゆらりと顔をあげてルイズを指差し笑った。

「はっはっはっはっは!甘いのは君だなルイズ!直感で行動する前にまず考える事も重要なのだよ!!」

「そうです。やはり貴女を達也君の主とするには不安だと分かりました」

「・・・いいたい放題言ってくれちゃって・・・!!タツヤ!さっさと引きなさいよ!」

「はいはい。そらよ。はい、フィオ」

「割とあっさりしてるんですね・・・さてどちらを引きましょうか・・・」

「フィオ」

「はい?」

「どちらのカードにも俺の想いが込められている。右のカードには強い情念が、左には強い愛情がな。どちらを選ぶかはお前次第だ」

「・・・どういうつもりですか?」

「いや、何だ。お前は後カードは一枚しかない。万一俺の手札にお前の望む札があるのは望んでいるのと違う気がしてな」

「・・・そういう意味での想いですか。わかりました。このフィオ、達也君のその割り切れない態度を一蹴し、めくるめく世界へアイキャンフライするために運命を引き当てます!私のこの右手に今、精霊たちの力が宿ります!はァァァァァァァ!!!」

凄まじき執念と情念を込めて彼女は愛のための選択をした。
引いたのは彼の愛情が篭る左のカード!

『Joker』

「図ったな・・・図ったな達也君!!」

「精霊たちの力(笑)」

「うわあああああああ!!!恥ずかしい!!恥ずかしすぎる!!ぬあああああああ!!」

「クックックック・・・ババ抜きとは高度な心理戦を必要とされる娯楽・・・。俺がルイズのカードを引いた時点で無反応だった事に安心した事がお前の敗因だ」

「さ、流石です・・・達也君・・・この私を出し抜いたばかりではなく間抜けな主のフォローまで果たすとは・・・!ですが・・・私も終わりません」

フィオは後ろ手でマリコルヌに2枚の手札を突きつけた。

「さあ、哀れな子豚マリコルヌ。あなたの選択は二つです。敗北の札を取るのか、はたまた栄光の札を取るのか・・・ちなみに敗北の札は右です」

「・・・な、何だって・・・!?宣言しただと・・・!?」

マリコルヌは目の前の修道服を着た女の発言に混乱した。
この女、勝負を捨てているのか!?いや、まさかこの女は達也との一騎討ちを望んでいるのか?
しかし目の前の女の表情は読めない。無表情である。
彼女の言葉が真実だとすれば右がババだ。しかしそう思わせて左が・・・いやしかし裏を読んで・・・
マリコルヌは考えた。これは心理戦だ。心理戦では女がらみでは劣勢の自分だがこれはたかが娯楽ではないか・・・!

「さあ・・・どうするのですか?『坊や』」

「僕は決断力のある大人だ!坊やなどではない!そして大人はそのような甘言に惑わされない!!」

マリコルヌは左のカードを引き当てた。

『Joker』

「なん・・・だと・・・!?お前は・・・嘘をついたのか!?右と言ったじゃないか!?」

「ええ、言いましたよ・・・ですがそれは私から見た『右側』です」

「お・・・おのれええええええええええ!!!これだから現実の女はあああああ!!!ギーシュ!!引け!!」

マリコルヌが手札をギーシュに向けたその時、川の真ん中に位置した中州から盛大な歓声が起こった。
先程から一騎討ちの会場となっているその中州では血生臭い決闘が行なわれているのだろう。
まあ、参加する気は全く無いが。そういうのはロマリアとガリアでやれ。元々トリステインはゲストみたいなもんだから。

「悪いがマリコルヌ・・・これで勝負ありだ!」

「何ィ!?ババを引かぬだと!?」

「・・・・・・・」

ギーシュは無言である。
ああ、どっちにしても合う札が無かったんだな。
続いてルイズは安心したようにギーシュの札を取る。ハートの9とスペードの9が揃ったようだ。
ルイズは上機嫌で俺に手札を向ける。俺は黙ってルイズの手札から1枚抜き取る。
あ、揃った。

「あがりだ」

「何ですと!?私の達也君とのマンツーマンでの勝負が!何をやっているのですかルイズ!」

「勝負は時の運よ?さあ・・・ババ抜きを続けましょう」

「いや、今戦争中だから、形だけでも参加しようね君ら」

レイナールの冷静な呟きは誰も聞いていなかった。




時は少し遡り、カリーヌが達也の屋敷の地下において真琴を見失っていた頃。
当の真琴は今まで歩いた事も無い赤い通路を歩いていた。
彼女は彼女なりに帰り道を記憶した上で探検をしているのだが、それも怪しくなってきた。

「トランプのマークがついたドアかぁ・・・ここは来た事ないなぁ・・・」

ワクワク半分ドキドキ半分で扉を開いた。
そこは全体的に薄暗い部屋だった。
しかしながら真っ暗というわけではなく、埃っぽくもない。
ゴチャゴチャした雰囲気はなく、杖や水晶玉などが置かれていた。
水晶玉は薄暗い部屋の中でも分かるぐらいにキラキラしている。

「きれーい・・・」

真琴が水晶玉を手に取り観察していると、部屋の奥から、

「久々の人間ね・・・。まあ、小さな女の子だけど」

「ふえ?」

真琴は辺りを見回してみたが人の気配はない。

「こっちよこっち」

声のするほうに真琴は近づいてみた。
その先には青い宝石がついた杖が安置されていた。
宝石がピカピカと点滅し、それと同時に杖から声が聞こえてきた。

「何はともあれ久々の話し相手だわ。人間、私の話し相手になってちょうだい」

高圧的に杖は言う。
だが真琴は目をキラキラさせて喋る杖を取り上げた。

「うわー!杖が喋ったわー!」

「そりゃそうでしょうよ。私はインテリジェンスなワンドなんだから。喋るに決まってるわ。そんなことも知らないの・・・?」

「面白ーい!」

喋る杖をぶんぶんと振り回す真琴。

「ちょっと貴女!待ちなさいな!はしゃぎすぎよ!?もっと丁重に扱ってよ!?全く私の創造主のような娘ね・・・!魔力は高いのに杖の扱いは杜撰だなんて・・・やめて!傷が付くから!?」

そんな杖の願いも空しく、真琴はそれから数分間感動に我を忘れていた。



これが因幡真琴と喋る杖の出会いとなった。





(続く)



[18858] 第120話 悪魔と呼ばれる男、悪魔と呼ばれていた女
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/02 02:11
一応このハルケギニアの民達が信仰しているのはブリミル教が最も多く、ガリアもその例外ではない。
なので聖地ロマリアと戦うのは若干の躊躇いがあると思う。
しかしながらロマリア軍は聖戦の錦があるとはいえ侵略軍である。
その為ガリアは土足で祖国に上がってきたロマリアと戦うし、ロマリアの増える難民達を救済する為にロマリアを打倒するという考えもあるようだ。
言葉だけは立派だがそれなら何で俺やルイズを狙うのやら。放置しとけば平和なのに。

「にしても退屈ですね。何時までこんな川で睨みあいを続けるんです?」

フィオが眠そうな様子で呟く。
まあ、豪快に戦うのはいいのだがその場合川が凄く邪魔である。
川の真ん中の中州で頭に血の上った貴族が一騎討ちしているのだがこれで相手を全滅するのにドンだけかかるのか。
フィオが『参加していいですか?』とか言い出しそうで怖い。

「おー・・・向こうの相手は3人抜きかぁ・・・頑張るなぁ」

「あれは確か、西百合花壇騎士、ソワッソン男爵だ。その豪傑ぶりは国境を越え有名だ。生半可な腕じゃ殺されるね」

中州に立って軍旗を掲げる禿頭の大男、ソワッソン。
成る程、現代日本に生きた学生の俺でも強そうだという事は分かる。
レイナールの説明でその強さに確信がついただけで戦いたいとは思わない。

「どうした生臭坊主ども!俺に立ち向かおうという者はもうおらんのか!」

ソワッソンがロマリア軍に向かってそのような挑発を叫んだ。
悔しそうにソワッソンを睨むロマリアの兵士たち。
おいおい、誰もいないのかよ。と思ったらフィオが俺の肩を叩いた。

「何だよ」

「行きましょう」

「は?」

「このままここで一騎討ちごっこをしてても時間の無駄です。さっさと終わらせますよ達也君」

「ええー・・・俺としてはここでダラダラしたいんだけど」

「副隊長・・・全体の士気に関わる発言はよしてくれ・・・」

レイナールが呆れたように俺に言う。
ギーシュはやれやれといった風に首を振り俺に言った。

「まあ、相手は強いし二人がかりで行っても文句はないだろう。むしろ向こうの名が上がる行為なのだからね」

「そういう事です。達也君、私たちの愛の団結力を見せる時です」

「一人で行ってくださいませんか」

「そんなひどい・・・一緒に行ってくれますか?」

   ことわる

   嫌だね

ニア逃げる

「肯定の選択肢が一つもないじゃないですか!?どんだけ戦いたくないんですか!?しかも何逃げようとしてるんですか!?」

「ロマリアとガリアでやらせとけよ!?こんな一騎討ち!」

「そのロマリア側に戦う意思のある者が今はいないことが問題だから私達が愛の御旗の元に戦うんじゃないですか!」

「その理屈はとんでもなくおかしいだろう!?」

俺の抵抗も空しく、フィオに引きずられる形で俺は小舟に乗せられた。
頼みのルイズは後方で待機中なので俺を助けるどころかメシ食ってご満悦である。
あの野郎・・・聖女の恩恵を利用しまくってやがる・・・!

「頑張れよタツヤ!」

「畜生・・・女性と一緒に戦うとか・・・見せ付けやがって・・・」

応援する声が聞こえてくるが正直迷惑です!頑張りたくありません!
俺とフィオは小舟で男爵の前までやって来た。

「ほう・・・勝てぬと見越して二人で相手か。ロマリア人の臆病ぶりもここまで来たか」

「間違ってますね。私たちはロマリア人ではありません。ですが、貴方を倒す存在である事は間違いありません」

「フン、修道女の分際で大言を吐くものだ。決闘の場に立った以上、容赦はできん。怪我をしたくなければ今のうちに戻るんだな」

「こう言ってる事だし戻ろうぜ、フィオ」

だが俺の提案は彼女には聞こえていなかったようだ。

「私たち二人が出てきた以上・・・貴方がたに待つ未来は敗北です」

「ほう・・・大した自信だな。よかろう、そうまでいうなら最早戦うしかあるまい。名乗れ」

「根無しの修道女のフィオです」

フィオは胸を張って言った。
ソワッソンは聞かぬ名前だなと呟いて今度は俺のほうを見た。
ああ・・・やっぱり名を名乗らないといけないのな。

「トリステイン王国水精霊騎士隊、タツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルエニールだ・・・」

俺の名前を聞いて、ソワッソンは眉を顰めた。

「その名前、聞いたことがあるぞ。確か『サウスゴータの悪魔』だったな。アルビオンで7万を壊滅状態に追いやった者の名だ」

「・・・思い出したくない過去だね」

ソワッソン男爵は、後ろを振り向き叫んだ。

「諸君!聞くがいい!この方はかの『サウスゴータの悪魔』らしいぞ!」

するとガリア軍から大きなどよめきが起こった。
悪魔という異名が一人歩きしているのかもっとそれらしい容貌の者だと思われていたみたいだった。

「このような場所で悪魔退治ができるとは何とも僥倖じゃないか!」

「男爵!やっちまってください!」

ガリアの味方達に応援されるソワッソンは手を振ってそれに答える。
だが、そんな余裕をかますのを許すほど、俺たちはお人よしではなかった。
俺たちに対して背を向けているソワッソンに俺とフィオは強烈な蹴りをぶちかました。
ソワッソンは中州から落とされ川へ転落する。
水しぶきが上がると同時にフィオが石礫をソワッソンが落下した場所にぶつけていく。
川底にあった石達が次々とソワッソンに襲い掛かっていく。
やがてソワッソンはぷかりと水面に浮いてきた。無論、意識のない状態である。

「決闘中の相手に背中を見せるとは愚かにも程がありますね、男爵殿」

フィオがニヤリと笑って水面に浮かぶソワッソンを見下ろす。
そしてガリア軍の方を向いて手招きしながらこの女は言った。

「さあ、悪魔退治は続いていますよ?次の勇者は誰ですか?」

怒号と野次がロマリア側とガリア側から飛んできた。

「汚いぞ!恥を知れよ坊主共!そんな勝ち方して嬉しいのか!?」

「おいお前ら!貴族の礼はどうしたんだ!?ロマリアの名を汚す行為をするな!?」

全く、戦争だというのに貴族の礼とか汚いとか・・・
綺麗な戦争をしているつもりなのだろうかこいつ等は。

「フフフ・・・何とでも言うがいいのです。こんな勝ち方?勝てばいいのですよ。貴族の礼?関係ないですね。あと私たちはトリステインから来たのでロマリア人じゃありませんし」

「聞け!ロマリア、ガリアの兵士諸君!」

俺は両軍に向けて宣言した。

「5連勝したら交代していい?」

「「「「「却下!!」」」」」

即答で各方面からお叱りを受けてしまった。泣きたい。

「誰でもいい!あのふざけた奴らを倒せ!倒した奴には賞金三千エキューだ!」

ガリア側の川岸で興奮した将軍がそうまくし立てる。
そうすると賞金に目がくらんだ兵士達が我先にと小舟に群がり始めた。

「おーおー・・・富と名声に目がくらんだ貴族たちがやってくる・・・よりどりみどりですね達也君」

「お前な・・・幾ら暇だからってこういう事しないでくれよ・・・」

「何、ほんの鬱憤の解消です。さ、来ましたよ」

フィオは微笑んで、次の相手を見据えた。
俺は溜息をついてデルフリンガーを構えた。


一方、その頃。
喋る杖を入手した真琴は、その杖を日頃お世話になっているシエスタと屋敷に居候しているエレオノールに見せていた。
なんか訳の分からないものは大人に見せるべきと彼女は判断したのだ。
危険がなければ自分のものとして使用しようと思ったのである。

「インテリジェンスワンド?存在は聞いてるけど現物を見るのは始めてね」

魔法研究所で働くエレオノールは興味深そうに真琴の持ってきた杖を見ていた。
ちなみにカリーヌとカトレアは未だこの屋敷に滞在している為・・・。

「姉様、話はまだ終わっていませんわ。何時までこのような茶番を演じるおつもりです!?領主の妻を演じて独身ではないとのたまう事など神様が許しても私は許しません!!貴女は男関係で報われてはならないはずなのです!たまに身体を持て余してのた打ち回るという姿がお似合いな筈なのになんですかその余裕は!私にプレッシャーをかけるのがそんなにお好きなのですか!?」

「カトレア。今、私はそこそこ充実した日々を送っているわ。残念ね」

「何という良い笑顔でのたまいますか!」

「この際、婿殿を本気で頂いてはどうでしょう?子を作るだけでも構いません」

「「貴女は何を言っているのですか母様」」

「はぁ?貴女達には殆ど選ぶ権利などないのですよ?婚期を完全に逃しているじゃないですか貴女たちは。この際子だけでも産んでもらわないと困りますから」

「私は研究が恋人です」

「お黙りエレオノール!そんな優等生かぶれのような発言は通用しませんよ!」

「そうですよ姉様。貴女の恋人は一人身という環境ですわ」

「表へ出なさいなカトレア。病の前に私の手で貴女の人生を締めくくってあげるわ」

「うふふ、姉様。私はまだ白馬の王子が来てくれる筈ですから死ねませんわ」

「何時まで夢を見ているつもりかしら?床に伏せる時間が長いと現実までも夢のように思えるのかしら?」

「素敵ですねぇそんな生活。床に伏せるだけで王子様が・・・」

「二人とも、小さな子の前ではしたないですよ。それにカトレア、貴女に求婚する王子はおろか小さい頃の約束した殿方も存在しませんので現実を見なさい」

「・・・ウゴハァ!?」

「血を吐いた!?そ、そうだわ!いけなかったんだわ!容姿も良ければ性格も猫かぶりは完璧でそれだけ見れば『カトレアー私だー!結婚してくれー!』と言われてもいい素材なのに病弱というアドバンテージのおかげで家にこもりきりで男の目に止まる事がそもそも余りないからそういう思い出がルイズや私と違って皆無に等しい事を突付かれたらいけなかったんだわ!」

「・・・ゲブホァッ!??」

「更に血を吐いた!?」

「カトレアお姉ちゃんしっかりして!」

「だ、大丈夫・・・平気よ・・・私はまだ何も成していないのだから・・・」

ひとまず血を吐いたカトレアを休ませる為にシエスタは部屋まで彼女を送っていった。
エレオノールはそれを見送るとインテリジェンスワンドの方を見た。

「なかなか面白い姉妹仲のようね。貴女達は」

「余計なお世話よ。無機物の癖に家族内の問題に口出ししないで貰いたいわね」

「聞いてて面白かったわよ。私を作った彼女の妹もあんな感じだったと記憶してるから」

懐かしそうに喋る杖は呟く。
杖と世間話をしているのは変な話であるがこの杖は妙に友好的である。

「エレオノールお姉ちゃん、この子、危なくないの?」

「ん?ああ、今それを調べるから待ってなさいね」

「カトレアやルイズの時の対応より姉をしてますよ貴女」

カリーヌは苦笑いを浮かべて呟く。
良くも悪くも達也と真琴は色々な人々に影響を与えている。
エレオノールも家にいた時よりは穏やかな様子になっているようだ。
その反面カトレアは余裕がなくなってきているが。
見ている方は面白いが、当事者達はたまったものじゃないだろう。
達也が黙ってトリステインを出てガリアに乗り込んだときは本気で心配してしまったのは秘密だ。

「あまりベタベタ触らないでね。いい気分はしないから」

「杖なのになんて言い草なのよ。ふむ・・・見た感じ喋る以外は変わった所はないみたいね。この青い宝石は?」

「製作者の趣味よ。何でも魔法を発動しやすくする御呪いが込めてあるらしいわ。誰も使わないから私もあんまり覚えてないけど。魔力を練るのが下手糞なメイジには優しい機能ね。先生と呼んでもいいわよ」

「呼ばないわよ別に。私、そういうのには困っていないし」

「貴女はいいけど、私の持ち主になりそうなそこのお嬢ちゃんは違うでしょう?」

「わたし?」

「そうよ、真琴。私の持ち主は恐らく貴女になると思うわ。何せ私を起こしちゃったんだから」

「こんな小さな子に杖を持たせるのは感心しませんね」

「何、私はそういう人間の為に作られたようなものだから大丈夫よ。一種の安全機能のようなものよ私は。それを使い慣れた人間には無用なだけだけどね。元々インテリジェンス類は初心者にも優しい教導用の武器として作られた側面もあるのよ。最近は何か凄いような見方をするのもいるけど、自分の戦い方に自信のある人間に武器が喋りかけたら邪魔なだけでしょう?でも初心者はそうもいかないのよ。戦う時に助言をしてくれる存在なんてそうはいないし。私たちはそんな雛鳥達を巣立たせる手伝いをする為に意思を持たされてるのよ。全く、迷惑な話よね。戦争がなければ武器は無用だから暇だし」

「・・・そういう意味ではこの子に貴女を持たせても大丈夫って事かしら?」

「そりゃあ刃物とかだったら私も考えたわよ。でも見なさいよ私の姿。何処からどう見ても杖じゃない。仕込み剣というわけでもなし、宝石なければ見た目ただの棒よ?どの辺が危険だと言うの?危険性で言えば貴女の妹の方が真琴の目の毒でしょう」

「まあ・・・否定はできないわね確かに・・・うん、確かに目に付くものはないわ。はい」

エレオノールは喋る杖を真琴に渡した。

「そういえばお杖さんのお名前はなんて言うの?しゃべれるんだから名前もあるんでしょう?」

真琴は無邪気に聞いてきた。

「名前?ないけど?」

「え?ないの?」

「何だったら持ち主の真琴が付けなさいな。独創的な名前でも構わないから」

「えっとねー・・・それじゃあねー」

真琴は散々悩んで言った。

「じゃあ、お兄ちゃんのお屋敷で見つけたから『オルエニール』でいいや」

「土地の名前ですか。それでいいでしょう。ではオルちゃんとでも呼んで頂戴」

「はーい!オルちゃんせんせー!」

「良い返事ね。これからよろしく」

そういう訳で喋る杖『オルエニール』ことオルちゃんは真琴の所有物となったのである。


結局俺たちはガリアの貴族たちを次々相手する事になったのだが・・・
どうも初回のソワッソンのような強そうな強者の空気を纏った漢はおらず・・・
いつの間にか俺たちの首にガリア側は二万エキューをかけていた。

「誰でも良いから奴らを倒せ!!」

「よおし!次は俺様だ!そろそろ奴らは疲れているはずだからやれるはず!」

「仮定のみで前へ出るのは勇気ではなく無謀ですよ」

先程からフィオがノリノリで敵を倒してくれる。
俺はフィオが相手を倒す隙を作る囮である。

「この!?何故避ける!?」

「避けなきゃ痛いだろう」

相手の貴族の杖の突きをかわしたその時、フィオの魔法が炸裂して相手は川の中へ落ちてしまう。
人間離れした詠唱速度はダークエルフの彼女だからできる芸当である。

「これで20人ですか。そろそろ気も晴れてきましたね」

「これ以上、貴様らの好きにさせるか悪魔め!」

「悪魔ですか・・・かつて私はそう呼ばれていました。その時は嫌でしたが達也君とお揃いと思えばそれは誉め言葉ですね!」

「悪魔なんざ・・・呼ばれたかねぇよ!」

俺は相手の剣を居合いによって真っ二つにした後、蹴り飛ばして貴族を川に落とした。
フィオは微笑んで俺を見ている。何か文句でもあるのかよ。
俺がフィオを睨んでいると、向こう岸から黒い鉄仮面を被った長身の貴族が現れた。
その身なりは粗末なものである。ボロボロの側の上衣を着込み、色あせたマントを羽織っている。
その貴族の纏うものに何かフィオは感じたのか目を細める。そしてこっそりと俺の前に出てきた。
舟から下りた男は一礼した。

「名ぐらい名乗ったらどうですか?」

「生憎と名乗る名は持ち合わせていなくてな」

「そうですか。その辺の名ばかりの相手ではないようですね」

「参る!」

男は杖を構えると突っ込んできた。
彼は俺ではなくフィオを狙ってきた。
構えたレイピアのような軍杖が振り下ろす瞬間に青白く光る。

「あれは『ブレイド』!?」

ギーシュが叫ぶ。
メイジが接近戦の際に、この呪文を使い、杖を剣のように扱って戦う。
切れ味は剣とは違うものの、殺傷能力は高い呪文である。
フィオは虚をつかれたように立ちすくみ、その一撃をまともに受けてしまった。
フィオの肩口から腰にかけて仮面の男の杖が切り裂いていく。
一瞬の事であった。俺は声をあげる事も出来ずにいた。
そしてその直後俺は、男のいる方に向かって喋る剣を投げていた。


男は剣を避けるが、その剣を男の後ろに立って微笑んでいたフィオが受け取り、あっという間に男を切り裂こうと剣を振った。

「ちィっ!?」

男は焦ったように飛びのいたが、そこには喋る刀を持った俺がいた。

「せいやっ!」

気の抜けるような声だがこれでも居合で杖を破壊したのだ。
杖を破壊された男は膝をついた。
そして俺にしか聞こえないような声で呟いた。

「・・・・・・トリステインから来たといったな?タバサ様を知っているか?」

「・・・知ってるも何もこの戦場にいるけど」

「そうか・・・ならばお渡ししてもらいたいものがある」

男は立ち上がり、予備の杖を取り出して俺に斬りかかった。
どう考えても手抜きとしか思えない切りかかりように俺は答えてつばぜり合いを演じた。

「これから身代金が入った袋を渡す。その中に彼女に宛てた手紙がある。お渡ししてくれ」

「別にいいけど・・・直接会わないのか?」

「何・・・今の私は名乗る名すらない男だからな・・・さあ、上手くやれ」

「達也君!今お助けします!とあーっ!!」

空気の読めない修道女がこのナイスガイに飛び蹴りをぶちかました。
本当は穏便に済ませるはずだったのに仮面の男は川の中に落ちていった。
何やってんだお前は!?黒の下着とか着ているのだけはいっちょまえだな。
とにかく今回は疲れたので22勝した所で俺達は休む事にした。
ガリアからのブーイングが酷いが、馬鹿者!俺は疲れたんだ!

「そういう訳で次はギーシュだな」

「悪魔か君は!?」

「水精霊騎士隊の皆、何を他人事のように応援してるんだ?俺が行った以上お前らも行け。そして勝て」

「ええええええ!?そんな殺生な!?」

「勝てばいいだけの簡単なお仕事です」

俺は同僚たちに冷徹に言う。
無責任に応援するだけなのは許せん。
お前らも少しは功績を残しやがれ!!
俺はそんなことを思いながら同僚たちの健闘を祈った。




(続く)



[18858] 第121話 折角出て来たのに悪いが何故出て来た
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/09 17:20
どうやら幸運にも水精霊騎士隊の隊員達は一人も欠けることなく戦いを終えたようだ。
キュルケはカルカソンヌの真下にある小高い丘から遠眼鏡で騎士隊の戦いを見守っていた。
あのフィオとかいう謎の修道女は自分の予想以上に強く、更に言えば『分身』を使っていた。
一体何者なのかは知りたいところだが、ひとまず達也を守るという意思は見受けられた。

「結局、タツヤは二十二人を抜いてそれからは戦わなかったわね」

「身代金も結構貰っていたみたいね・・・あとでたかろうかしら?」

「ルイズ・・・どう考えても貴女の方がお金は持っているじゃない」

「日頃世話になっている主に貢物をするのが使い魔ってものじゃないかしら」

「そういうのは集ってまでやる事じゃないわよ」

ルイズは達也と出会ってから何故か歳相応と言うか子供っぽい所を無遠慮に見せるようになってきた。
それ以前の彼女は何処か背伸びしすぎて足が攣ったような有様だった。
口を開けば皮肉と不平不満ばかりで孤高を貫こうとしていたあの間違った方向に気高い彼女は何処に行ってしまったのだろうか?
優秀な二人の姉がいて自分だけゼロだったあの頃・・・ルイズは学者にでもなるのかというほど勉学に打ち込んでいた。
座学は現に魔法学院でトップクラスだった。それだけが取り得だと彼女は割り切っていたのかもしれない。
知識だけは無駄にあり実践が上手くいかない。結果だけを見るものにとっては彼女の努力は無駄かもしれない。
貴族は魔法が使えるのが常識のような風潮の中、念願かなって魔法の力を手に入れたルイズは賢さを何処かに投げ捨ててしまったのか?
いやいや、それでも座学は相変わらず優秀であるし、相変わらずそれなりの努力はしているのだろう。

「ルイズ・・・この戦いにおいてアンタの力は神から与えられた力って言われてるけどそこの所どう思ってるの?」

「虚無が神から与えられた力ね・・・うーん・・・私は教皇聖下みたいに熱心な信者じゃないけどさ。神様がこの力を私に取っておいてくれたとは思うかな」

「あら、てっきりこれは私の有り余る才能のお陰よとかいうかと思ったわ」

「そりゃあ一時期は神はいないとか本気で思ったこともあるわよ。でもね今はそうは思わないわ、実を言うとね」

「そりゃまたどうして?」

「タツヤがアルビオンで行方不明になったとき私たちは何かに祈ったわ。その時思ったのよね、人の心の中には確かに祈る対象としての神様がいるってね。人はすがる対象を求めて宗教にそれを求める。それは別にいいことよ。問題はそれをいいことに搾取したまんまの方よ。祈るのはタダなのにお金くれとか虫が良すぎでしょう!神様がお金持った所で使い道ないじゃないの!?」

「いや、それはやっぱり教会や聖堂などの維持費がかかるからじゃないの?」

「魔法で何とかしなさいよ!?その為の魔法じゃないの!?」

「いや、ね?人件費とか」

どうやらルイズは宗教自体に嫌悪感は持っていないらしい。
何で金をやらんといけないのだという点がご不満らしい。
おおよそ貴族の娘とは思えないほどのセコイ怒りである。

「神様も大変よねー、勝手に感謝されたり勝手に恨まれたりするんだから。難儀な職業ね」

神様を職業と申すか、この女。

「何言ってんの、私がやってる『聖女』も戦場の皆さんを鼓舞する職なのよ。恐らく聖下は私の保険にティファニアをついでに聖女に仕立て上げたに違いないわ」

「どうしてそう思うの?」

「巨乳好きと貧乳好き両方のニーズに合わせた聖女の選択だと思うのよ、私」

「そんな俗っぽい選び方をするの?ロマリアの教皇は・・・」

「何言ってるの!より良い信仰を得る為には民衆の嗜好を知らなければならないわ。女性向けは恐らくジュリオや聖下が担当してるだろうし、後は男性信者の指示を増やしたいが故に私たち二人を立てたに決まってるわ!ああ、美しさは罪よね」

「あー、はいはいそうだわねー」

キュルケはすでに話半分でしかルイズの世迷い事を聞いていなかった。


一方その頃、タバサはカルカソンヌの街に上るための崖の階段を歩いて上っていた。
シルフィードを使えばひとっ飛びなのだが、今は何だか歩きたい気分だった。
こうして自分の足で一歩一歩歩いていると、昔の事が思い出される。
幸せだった幼き頃・・・父のオルレアン大公が健在だったあの頃・・・。
祖父が死に、父が謀殺され、全てが壊れてしまったあの頃・・・。
伯父に父は殺され、母は心を狂わされ、悲しみの中無茶な任務を命じられたあの頃・・・。
化け物の巣窟の中で出会った仲間だった人。自分の師だったかも知れないあの人。自分の境遇を聞き、甘えていると言ったあの人・・・。
やがて悲しみは怒りとなり、伯父王への復讐心が育っていったあの頃・・・。
そしてあの人は死んでしまい・・・自分は仇を討って・・・『タバサ』は生まれた。
感情が消え、それこそ虚無感が漂うような雰囲気を纏うようになった。

そんな自分にも友人が出来た。
激しい情熱を内にも外にも放出するかのような少女、キュルケ。
誇り高いのは分かるが何か抜けている虚無の担い手、ルイズ。
頼れるがわりと鬱陶しい使い魔、シルフィード。
かけがえのない友人たちを大切にしたい、迷惑をかけたくない・・・。
そう思って自分は単身ガリアに乗り込んでまんまと囚われの身になってしまった。

その時、気付いた。
私は何も変わってなんかいない。
泣き虫だったあの幼い頃と・・・。
人は変われるが簡単にその根っこまでは変われない。
それを気付かせてくれたのは我が親友キュルケとそして・・・

タバサはその時、ふと人の気配に顔を上げた。
階段の折り返し地点に立っているのは、ロマリア神官にして、教皇ヴィットーリオのヴィンダールヴこと、ジュリオであった。
ジュリオは困ったような顔でタバサに声を掛けた。

「やあ、タバサ。健康の為に階段上りかい?精が出るね」

普通の女性ならばジュリオのハンサムな顔やオッドアイにやられて参ってしまうのだが、生憎タバサはその普通のカテゴリには入っていなかったようだった。
タバサはジュリオの挨拶を無視してその場を通り過ぎる。

「失礼。どうやら呼び方を間違えたようだ。シャルロット姫殿下」

「・・・知ってたの?」

「ええ、存じ上げていますよ。そもそもこのハルケギニアのことで、我々ロマリアが知らぬことなどほぼありません」

「陰謀にも長けている国と感じる」

「ほほう?」

「このような用意周到な侵攻は随分前から計画されたものと思われるし、何より・・・主のいない所で彼を殺害しようとした」

ジュリオは溜息をついて頭を掻く。
あの場では自分は失態を演じてしまった。大泣きもしたし本性も出てしまった。
もはやあの場にいたタバサにはクールな自分を演じるには無理がありすぎるのだとジュリオは感じている。

「まあそうですね・・・多少の読み違いはあれど、大筋は此方の狙い通りに進んではいます。予定通りリュティスに至る道もできましたしね」

「貴方達の予想の範囲内とでも言うの?」

「いえいえ・・・まさかガリア軍が此方を攻める大義名分を持っているとは思っても見ませんでしたよ。国内の顕著すぎる格差から聖地を名乗るのは不敬だと・・・成る程ロマリアは神官ばかりが甘い汁を啜っている現状がありますからね。僕の主もそれを何とかしようと思ってはいるのですが・・・結果が伴ってはいないですからね、残念ながら」

だから今日、信仰が地に落ちた状態となっているのだが、それでも救いを求めてロマリアへやってくるものは後を絶たない。
人を救うのは人間だが、現状のロマリアはその人さえも余裕がない状態である。
それこそ神様に頼って救ってもらうしかないな、とジュリオはたまに思うこともあるのだ。

「貴方達は何が目的?私を貴方達の人形とするつもりなの?」

「由緒ある王国を、本来の持ち主にお返しするお手伝いがしたいだけなんですがね」

「国は伯父王でもそれなりにやっていけている。その必要はないのに?」

「貴女の復讐のお手伝いと言ったら?」

「余計なお世話。これは個人的な問題。他人がおいそれと口を挟むものじゃない」

「やれやれ、ハルケギニアの姫君たちは頑固か一癖もある方々のようだ」

ジュリオは肩を竦めて言う。
聖戦の完遂にはまずジョゼフ王の打倒は必須なのだが、このガリアの地で彼を打倒するには神輿が必要である。
それが次期国王と目されていたオルレアン公の遺児、シャルロットである。
彼女が正統な王権を主張さえすればこれ以上の担ぎがいのある神輿はない。
オルレアン派の敵部隊の寝返りも期待できるかもしれない。

「とはいえ、ガリア側に戦う理由があるのが困ったところだ」

「・・・下手をすれば、私を担ぎ出したところで逆に怒りを買うことになるかもしれない」

「ええ、それが厄介極まりないんです。担ぎ方を誤ればガリアは今度こそ本気でロマリアを潰しにかかるでしょうね。理由はそうですね、シャルロット姫を戦争に利用しているとか人質にとってこちらを惑わせようとしているとか。こうなるとトリステインにも迷惑がかかることになりますね。身柄を保護しているのはトリステインのはずですから」

「・・・・・・」

「しかしまあ、ここまでは我が国の兵士やトリステインの援軍の頑張りもあり上手くいっています。策謀とか抜きにすればこれは喜ばしい事です」

「そのトリステインからの派遣された騎士を何故暗殺しようと?」

「全ては此方の都合ですよ。まあ、痛い授業料を払うことになりましたがね。正直言って『彼』は我々の計画外の存在なんですよ。我々が主催した舞踏会に合わせて皆は踊っているのに、彼は一人ひたすら食事を摂っているかのような行動ぶりですから。それだけなら無害なのですが、舞踏会の光景としては少々見苦しく感じましてね。舞台から降りてもらおうと思っていたのですが・・・」

「返り討ちに合ったと」

「ははは、どうやら彼は舞踏会会場の食事が御気に召していたようです。我々はその食事の邪魔をしてしまったのです。ですが放置してれば無害と判断した為、現在は彼の好きなようにやらせています。・・・まあ、踊っている人を食事に巻き込む所もあるようですが」

「分かる気がする」

良くも悪くも影響力のある男である。
放置してればいいやと判断したロマリアの教皇はその判断が本当に良かったかと推敲すべきである。
タバサは密かにそんなことを思った。


その日の夕方、観光のメッカでもあるカルカソンヌでルイズ達トリステイン組は一軒の宿屋が割り振られていた。
例によってその宿屋の一階は酒場となっており、水精霊騎士隊の面々はひとまず今回の戦いの勝利を祝っていた。
互いに生きてて良かった。案外何とかなるものだと肩を組んで喜び合うその光景の中で、俺は酔っ払いの相手をしていた。
酔っ払いどもは酒臭い息を俺に吐きかけ、上機嫌でワインの壜を振り回していた。非常に危険である。
酔っ払いの名前を具体的に言えばルイズ、フィオ、マリコルヌの3人である。
はっきり言って凄く面倒な面子である。助けになりそうな存在は我らが隊長ギーシュと言いたいのだが・・・

「モンモランシー・・・僕は帰りたいよ・・・ひっく・・・えっぐ・・・」

「隊長・・・君は酔ってるんだと思うが、そのような泣き言を言ってはいけないよ・・・」

どうやら酔った際に愛する彼女の事を思い出したらしく我らが隊長は泣き続けている。
その隊長のお相手をレイナールが務めているので、彼に援軍は期待できそうにない。
というか酔った時ぐらい泣き言言ってもいいじゃん。
相変わらず我が騎士隊の参謀殿は厳しい方である。
・・・さて、状況を整理しよう。ギーシュとレイナールが使えない以上、俺は他の人に援軍を求めねばならない。
タバサ・・・メシ食ってる。
キュルケ・・・まずい・・・ほろ酔い気味だ・・・。
テファ・・・戦力になるのか?

「正に孤立無援の状態だな」

「君は僕に助けを求めようとは思わないのかい?」

何故か俺の隣に座るのは、何故かここにいるロマリアの神官ジュリオである。
何でトリステインの宴会場にお前さんがいるのだね?
話を聞けばロマリアの方はかつて俺たちを嵌めようとした際に無駄に騎士達を動かしてしまったから居辛いとの事だった。
で、ここは知り合いが多いからとちゃっかりこの宴会に参加させてもらったというわけである。

「お前は教皇の直属だろう。そばにいなくていいのか」

「たまには羽を伸ばしてもいいと思うんだよね、僕は」

「あんな事があってこの場に来るお前の度胸を称えよう」

「かつての敵が手を組むとか素敵だと思うよ」

「ただ酒が飲みたかっただけだろ、お前」

「向こうは女の子いないもの・・・」

それが本音かよ。
微妙な空気の中、俺はジュリオを援軍として酔っ払いたちに挑む事になった。

「結局、男の人ってのはどのような胸がいいとおもうのれすかー?」

「どーせ胸ならなんだっていいんれしょー」

「断じて違う。いいかい?良き胸と言うのは形の良さだ。更に大きさも加えられる。その程よいバランスに男は惹かれていくんだ。フィオ、君のような何もかも中途半端な胸はよい評価を得られない。ルイズは問題外だ」

「私が問題外なら、タバサも仲間ねぇ~」

妙な仲間意識を持たれて迷惑そうなタバサ。
縋るような視線で俺を見る。
フィオは中途半端と言われたことにショックを隠し切れないようである。
俺は野菜サラダを食べながらルイズに言った。

「伸び代のないお前に仲間扱いされても・・・」

「おのれタツヤ!言ってはならない事を言ったわね!!?」

「どのような成長の可能性があろうともお前の成長は胸ではなく腹か尻だけだ!それがお前の運命だ!」

「やかましい!変えてやるわよそんな運命!!」

言ってる事は格好いいのだが、意味を考えればこの上なく情けない運命打破宣言である。

「達也君・・・私は中途半端な女なのですか?」

「ノーコメントでお願いします」

「おのれ達也君!!そこはお前は俺にとっては最高の女だとか言う場面でしょうに!!」

「思い通りにならないのが人生です」

5000年生きてきてそんなことも分からんのかこのダークエルフは。

「マリコルヌの胸のタイプを聞いても仕方ないわ。私達が聞きたいのは・・・あんた達よ。タツヤ、ジュリオ」

「いや、皆それぞれ魅力的だよ」

ジュリオがそうやってすぐ逃げた。
女性どもはそんな八方美人的答えをつまらなそうに聞いて視線を一斉に俺に向けた。
・・・何を期待に満ちた目で見てやがるお前ら。
胸のタイプを答えろと言うのか俺に。・・・誤魔化せない空気なので答えはするが。

「理想の胸?そりゃ姫様だろう」

俺の答えに一同は凍りつく。
アンリエッタは俺の恋人の杏里に生写しである。
杏里を直接知らないルイズ達に分かりやすいように言ったのだが。
マリコルヌが無言で俺の手をガッチリと握る。彼も同感らしい。

「おのれタツヤ!アンタ事もあろうにトリステインの玉座を狙っているのね!?」

「話が飛躍しすぎだ!?」

「こうなればその姫とやらを亡き者に・・・」

「その前にお前が老衰でくたばれババア!?」

酔っ払いの相手は本当に疲れる・・・
そんなことを痛感した夕暮れ時であった。

聖戦を止める為行動する事を決めたアンリエッタは達也達を残して王宮に戻って執務室に篭っていた。
国庫を空にすると同義の聖戦はやるべきではないと考えるアンリエッタはゲルマニアの誕生経緯を考えてそう思っていた。
ゲルマニアは聖戦で疲弊した諸侯が反乱を起こした結果誕生した国家である。
見たこともない聖地より、目先の生活が大事・・・人々はそう思って生活している。

「こういうときのための女王の位というわけですかね・・・」

アンリエッタは身を挺してこの聖戦を止める覚悟である。
ロマリアの教皇は話が通じない。というか聖戦を宣言したのは彼である。
ならばガリアの王に接触してみるしかない。
では使者でも送るか?生半可な使者では駄目だろう・・・。
そう思っていたからこそ、アンリエッタは後日、会食の席で重臣たちの前で宣言した。

「このわたくしが、直接ガリア王と交渉いたします」

食事を摂っていた重臣たちが一斉に噴出した。
重臣たちは無茶だ!とか遠足じゃないんですぞ!と喚き散らしている。
それもそのはず、彼女に万一の事があれば、後継者のいないトリステインは混乱の渦になる。

「だまらっしゃい!これはトリステインのみならず、ハルケギニア存亡の危機なのです!わたくしがいなくとも枢機卿も母君もいらっしゃるではございませんか」

「母を謀るとは娘ながら大したものです、アンリエッタ」

「母君?隠居暮らしには速すぎると思われますから、万一があれば頑張ってくださいまし」

「万一がないよう頑張ってくださいな」

この母はどうあっても隠居暮らしを謳歌したいようだ。

「わたくしは負ける賭けはしない主義です。最終的に勝つことこそ我がトリステイン王家の家訓のようなもの!それなりの用意はしてあります」

アンリエッタは書類が詰まった鞄を握り締め言い放つ。
この中には彼女が練り上げた外交案が入っている。
アンリエッタはトリステインだけで収まる器ではなかったことに枢機卿のマザリーニは嬉しく思った。
彼はアンリエッタの前に膝をつき、

「ご成長を嬉しく思います」

と、短く告げた。
枢機卿がそういうならば他の重臣たちも反対するわけには行かなかった。
こうしてアンリエッタはガリアに向かう事が決定したのだった。
会食が終わり、その部屋に枢機卿のマザリーニだけが残った。
彼は誰もいないと思われる室内で呟いた。

「さて・・・陛下はお前の目から見ても成長したと思うかね?私は成長したと思うがな」

「・・・・・・理想論ばかり振りかざす頃に比べればかなり成長しましたな」

「だろうな。・・・ガリアにはアニエス殿も帯同するが、お前にも影ながら同行して貰う。良いな」

「やれやれ・・・枢機卿も意地が悪い事を企みますな」

「お前の能力は本物だと信じている。この国を愛するその心もな」

「承知しました。陛下の御身、影ながら支えると致しましょう」

「頼む」

そう言うとマザリーニは部屋から退出した。
部屋の中には誰もいなくなった。




達也の世界。
高校3年生の三国杏里は恋人の妹が寂しくないよう定期的に因幡家を訪れている。
自身も今年受験で忙しい身ではあるのだが、それでも彼女は不満も全くなかった。
そもそも両親は家にいないことが多いから因幡家は彼女にとって第二の家同然である。

「ただいま、おば様!」

「あら、お帰り杏里ちゃん」

だからこうやって挨拶するのも自然である。
杏里が因幡家の居間に行くと、そこにはケーキが置かれていた。
達也の妹の瑞希がそのケーキをじっと見つめている。
・・・ああ、そうだったわね。今日は・・・

「よっしゃ、ひとまず全員揃ったな・・・」

達也の父は椅子に座ってそう言った。
息子と娘が一人ずつ行方知れずであるのが心配でたまらないのだが、今回はそんな雰囲気を持ってはいない。
今日は一年に一回のめでたい日なのだから。

「それじゃあ、主役はいない誕生会だが、始めるか!」

「はーい」

「「「「達也、18歳の誕生日おめでとー!」」」」

そう、この日、何処かの世界にいる彼らの大切な人は18歳になっていたのだ。
十八本の蝋燭の火が揺れている。
杏里はそれを見ながら恋人の帰還を信じ続けるのであった。



その頃、達也はというと、宿屋で寝ていた。
酔っ払いたちに付き合わされ身体と精神が限界を迎えたのだ。
隣では酔いつぶれたギーシュが寝息を立てている。
部屋は酒臭かった。

俺が目覚めると、そこは真っ白な空間だった。
またこの空間かよ。今度もウェールズが出てくるんじゃないだろうな。
少し離れた所から誰かが近づいてきた。俺は目を細めてその人物を見ようとした。

その人物は自分と同じ黒い髪に黒い目・・・というかどう見ても日本人のような格好である。
姿格好は同じ年齢位の男子であり、服も日本で一般的に着られている洋服であった。
だが、そいつの姿に俺は見覚えはなかった。

『よう・・・誕生日だってな、オメデトウ』

「誰だよお前は?見知らぬ奴に祝われても気持ち悪いだけだぞ」

『俺は数多ある物語の祖となる存在。いわば本物の物語の住人と言えばいいのかな?』

「は?よく分からんが、名前はないのか?」

『名前か・・・その物語では俺はこう呼ばれている・・・。『平賀才人』とな』

「おお!異世界に来て初めて身内以外の日本人に会えた!?でも思ったんだが、その言い回し恥ずかしいからやめた方がいいよ」

『大物っぽく出て来たのに何その言い草!?中二病扱いかよ!?』

「俺は数多なる物語の祖となる存在(笑)」

『(笑)つけんな!?畜生、何なんだこいつは!?』

よく分からんが目の前の男は憤慨している。
大物っぽく現れたが正直誰やねんお前。
あ、そういえば今日で俺は18なのかー・・・ハルケギニアの暦と地球の暦は違うから忘れそうだったぜ・・・。


一方、ド・オルエニールの達也の屋敷では真琴たちが達也の誕生日を勝手に祝っていた。
・・・・・・誕生日を忘れているのはどうやら達也だけだったようである。



(続く)



[18858] 第122話 難しい夢の後は踊りの時間
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/12 16:17
突然俺の目の前に現れた日本人のような少年『平賀才人』。
何か恥ずかしい称号を引っさげて現れたがコイツは一体何者なのだろう?
まあ、何者だとしても俺にとってはどうでもいいんですけどね。

『人の話を聞くという態度を取れよ、お前!?』

「やかましい!自分の誕生日を祝うのが見知らぬ男というこの悲しみが貴様に分かるか!?」

『知るか!?自分の誕生日を忘れていたんじゃないのかお前は!?』

「ハルケギニアの暦は俺んとこの暦と違うからややこしいんだよ!」

『何で俺にキレるんだよ!?』

目の前の男は俺の理不尽な怒りに怯んでいるようだ。
というか本当にコイツは一体何なんだ。人の夢に大物っぽく現れやがって。オーラは全くないが。

『全く・・・疲れる奴だよ・・・。そんなだからわざわざ俺が忠告しに来たんだけどな』

「は?」

男は俺を指差して言った。

『因幡達也。お前はハルケギニアという異世界で何がしたいんだ?』

「元の世界に帰りたい」

『・・・悩むかと思ったら即答か。なら何故帰らない?お前には恋人がいるし、妹を危険にも晒したくはないはずだ』

「色んなことを投げっぱなしで帰るのはどうかと思っただけさ」

『お前がそれを気にする理由が何処にある?妙な正義感や義務感?それはお前の自己満足じゃないのかよ?』

「さも自己満足が悪のような言い方だな。所詮人間なんぞそんなものだろうよ。俺は自分が満足する結果を求めて生きてるんだ。妥協し続けるのもいいのかもしれないけどそんなの気持ち悪いだけだろうよ。この世界で俺がやりたいというか見届けたいものがある。それだけで俺はここの世界にまだ留まる理由はある」

『そうしてお前は家族や待っている人々を傷つけていくのか?それは自分勝手だろうが』

「自分勝手ね・・・ああ、そうだな。俺は恋人がいのない男かもな。浮気されても仕方ないと思うよ」

『そう。お前は恋人を寝取られても文句は言えない環境にある』

「何が言いたいんだよ」

『それなのにお前はどうしてその愛情を貫けるんだ?何故回りは恵まれているのにそっちを見ようとしないんだ?』

「昼ドラもしくはハーレム系を見すぎじゃねえのお前。確かに美女に目を奪われるのは男の性だが、愛する女は俺の場合はたった一人しかいなかったのさ。全く、自分の守備範囲の狭さには愕然とするよな、わっはっはっは」

『・・・はっきり言ってお前のそのブレなさがつまらないんだが』

「・・・お前を楽しませる為に俺は日々を過ごしている訳じゃないんだが。大体人を捕まえてお前の人生つまらんとか兄弟でも殺されるほどの暴言だろう。別に俺は今のように人生にそんなに凄まじい変化は必要ないと思うし、これからもそう思うだろう。他人からすればそれはつまらん考えかもしれないけどさ、いいじゃんそんな人生でさ。そんな人生がいいよ。そんな人生じゃないみたいだが」

『お前のそのブレない態度でどれだけ皆が傷ついてる?お前のその妙なテンションは痛々しいとも思えるぜ。ルイズや姫様がお前にどれだけ振り回されてると思ってると思ってんだ!』

急に怒鳴った男。何だコイツ?ルイズと姫さんに何か思うことでもあるのか?
敵意満々だが、俺は短い人生中そういう相手に出会ったことは結構ある。
そういう相手に対してわざわざ友好的に接する必要はない。だって面倒だもん。しかも男だし。
しかも夢の登場人物の癖に何て言い草であろうか。
しかし俺もその二人には振り回されているのだがこの男は何を見ていたのだろうか?
妙なテンションとこの男は言うが、そうでもないとあんな連中と付き合えるか。こんなトンでも世界で生きれるか。
何お前?『俺はこの世界でも冷静沈着に生きれるぜ』とでも言うのか?できるか馬鹿者!?
それとも『もっと冷静になれ』と説教でもしたいのかお前は。
そんなことを俺が思っていると、黙っている俺を見て男は何を勘違いしたのか、勝ち誇った表情で言った。

『まあいいさ。俺が辿る物語と違って、お前の旅路の物語なんて誰の記憶にも残らないし、日の目を浴びる機会もないだろ。お前は所詮紛い物の世界の人物に過ぎないからな。紛い物の世界なんて誰も認めない。ま・・・俺も俺で無数にある紛い物の世界で色んな立場になってるからこういう事は言いたくないんだけどな。ま、お前がどんなにこれから先頑張っても、本物の世界の『俺』や『皆』を超える事はできないし、例え支持を受けようとも、贋作は本物じゃない。真実の世界は一つで、その世界の主人公はたった一人さ。その真実の世界の住人の俺から忠告があるんだ』

「ゴチャゴチャ訳の分からんことを・・・」

『訳が分からんでも聞け。お前が歩んでいる物語、この辺で終わってもいいと俺は思う。退き時を見誤ってズルズルここまで来てしまったんだ。終わりぐらい潔くした方がいいと思うぜ?俺はこれ以上、お前たちの醜態や、この世界の気持ち悪さを見続けるのは嫌なんだ。まあ、気にするな。偽者の世界が一つ終わりを迎えた所で誰も気にしない。むしろ喜ぶ奴もいるんじゃないか?やっと消えてくれたとかで』

「真摯なアドバイス感謝してやるよ。俺の人生や俺が歩む道を批評するのは勝手だ。でもな、『真実の世界の主人公』さんよ。俺たちはお前がどう思おうが勝手に生きて勝手に死んでいく。俺にとっての真実の世界はお前のいる世界じゃない。というか黙って聞いてたら真実の世界とか紛い物とかお前何言ってんの?何度も言うけど恥ずかしくないのか?例え俺の存在が何かの贋作だったとしても別に構わん。だってさ、同じ皿でも贋作は安いからな。本物は高いから近寄りがたい。お前がもしお前自身が言うように俺から見れば大層高尚な人物であるとしても、俺はそもそもお前に会った事はないし、会ってもいきなりその言い草だから敬意を払う事もないし。従ってお前の言う事等俺が聞くわけがないじゃない」

目の前の男は苦虫を噛み潰したような表情になる。
俺、コイツにここまで恨まれるようなことしたっけ?

『・・・俺はお前が嫌いだ。俺を蹴落として皆と楽しそうに過ごすお前が嫌いだ。俺より弱いのに微妙に評価されてるお前が嫌いだ。そして何よりも、ルイズを苛めまくるお前が大嫌いだ!』

「成る程、要は本来なら俺がその世界で俺TUEEEE!する筈だったかもしれないのになんかよく分からん存在の俺がここにいるから憎いと。何かゴメンなァ?変われるもんならマジで変わりたいんだが」

『出来たらここまでわざわざ来てお前に忠告しに来るか!!』

男は悔しそうに怒鳴る。
しかし怒鳴った所で所詮無駄な遠吠えである。
コイツの妄言を信用する訳ではないが現に俺はハルケギニアに召喚されてしまい、目の前の男は召喚されなかった。
嗚呼、何という双方にとって迷惑な事実であろうか。
変われるものなら変わってやりたいが変え方など分からん。
分からん以上、俺のハルケギニアでの生活はもうちょびっとだけ続くのだろう。

『クソ・・・!俺がそっちにいたらルイズを全力で守ってやるはずなのに・・・!!』

「守らんでも自分で何とかするぞ、あの女は」

『お前それでも使い魔か!!』

「主が強ければ使い魔は戦わなくていい。つまり身の回りの世話だけしとけばいい!つまり戦わなくていい!」

『2回言った!?そこまでして戦いたくないのか!?』

「戦う時は戦うけど必要な時以外は戦いたくないでござる」

『・・・やっぱりこんな奴にルイズは任せられねぇーー!?ちっくしょー!早く死んでしまえ!そしたらもしかすると俺が召喚されるかも知れないじゃないか!』

「残念ながら俺は死ねないんだな、これが」

恋人の為に、妹の為に、俺が死んだら悲しむ人の為に・・・俺は死ぬ訳にはいかないのだ。
生きて完全に元の世界に帰る為に俺は、くたばってはいけない。
俺の目の前で頭を激しく掻きながら男は俺に毒づく。
ルイズに対して過保護過ぎやしないかこいつ。まあいいや、こういうタイプにはこう言おう。

「安心しろ。ルイズが俺の目の前にいたらとりあえず出来る範囲で守る。その範囲にいなかったらその時は彼女の生命力に期待する」

『安心できんわ!?』

完全に安心できることなど人生にはないと言おうとした所で唐突に俺は目が覚めた。

「・・・・・・・・・何つー夢だ。男と二人きりとか萎えもいいとこだぜ」

「何だか恐ろしい夢を見ていたようだがそろそろ足をどけてくれタツヤ・・・」

「あん?」

俺が見ると、隣で寝ていたギーシュの腹に俺の右足が乗っかっていた。
そしてその時俺は大変なミスを犯してしまった。

「あ、悪い」

そう言って俺は足を最初にどかさず、身を起こしてしまったのだ。
当然ギーシュの腹の上の俺の足には体重がかかる。
そして運の悪い事に、ギーシュは先程まで酔いつぶれて寝ていたのだ。
ギーシュの顔色が急激に悪くなる。

「げ」

「うっぷ・・・」

「しまった・・・飲み込めギーシュ!!!」

「それは無茶・・・うぼ!?」

そして彼の口からは噴水の如く昨夜食べたものが噴出すのである。
その様子は汚さを通り越して一瞬の芸術と言うべき噴射ぶりである。
彼の口から出たとは思えない量の個体液体入り混じった芸術品はそのままギーシュの顔面へと落ちていくのだった。
その自らが噴出した混合物を顔にぶちまける羽目となった彼は新たな混合物を噴出すことになってしまったのは仕方がないことだった。
俺たちがいる部屋に響くのは美しいクラシック音楽などではなく男達の声にならない叫びだった。
当然ながら俺はその後、ギーシュに土下座して謝った。


部屋が諸事情により使えなくなったため、俺は宿屋の外にいた。
既に満天の星空が見える夜中である。現在宿屋の方々が全力で部屋の清掃中である。
他の奴らは飲みなおし或いは夜食を食べているもの様々である。
様々な偶然が重なって起こった悲劇とはいえ、ギーシュには悪い事をしてしまった。

『僕は汚れてしまったよモンモランシー・・・ふふふ・・・』

『実際汚いしな』

『誰のミスと思ってるんだ君は!?』

ギーシュは現在酒場で水を飲まされていることであろう。
俺は外でレイナールやギムリと共に夜のガリアの空をボーっと見上げていた。

「不幸な事故だった」

下着姿のギムリはギーシュの混合物噴射の余波を食らった一人である。
遠い目をしながら彼はそう呟く。

「まあ、僕たちも浮かれすぎた所もあるからね・・・」

ここはまだ戦場だというのに二日酔いしそうなほど飲んでどうするという事をレイナールは言いたいらしい。
近いうちにまた戦争は再開される。酔っている場合ではないのだ。

「理想を語るなんて柄じゃないけどさ・・・騎士隊の誰一人欠けることなく帰りたいものだね、副隊長」

「・・・ああ。そうなったらいいよな。本当に」

「でも・・・この戦争は聖戦だ。人は死んでいる」

レイナールは顔を伏せて言った。
彼らしくない酷く弱気な発言である。

「物事に絶対はない。幾らロマリアがブリミル教の聖地でも、ガリアにもブリミルを信仰する人は多い。神様は当てに出来ない」

「そもそもしてたのかよ」

「僕だって作戦が上手くいくように祈った事ぐらいあるさ。これでもブリミル教徒の端くれだからね」

レイナールは眼鏡を右手でくいッと上げて言った。
何だか妙に暗い雰囲気である。ギムリも寒いのか喋らないし。
そんな時、このような空気をぶち破ってくれそうな者が現れた。

「きゅい?三人ともこんな夜に何してるのね?」

タバサの使い魔シルフィードが人間の姿で俺たちの前に現れた。
というかお前、タバサはどうした。

「おねえさまはお友達と寝てるのね」

「お前は寝んのか」

「寝ようと思ったら三人をみつけたのね。暇だったから声をかけたのね!一体何をしてたのね?」

「天体観測」

俺の返答に、シルフィードは小首をかしげて、

「きゅい?」

と一声鳴いた。
すると今まで黙っていたギムリがシルフィードの方を向いて

「っ!?」

と何故か少し驚いたような表情をしていた。
・・・何で驚いてんだ?お前コイツを見たこと普通にあるじゃん。
シルフィードもそれに少し驚いたのか、ギムリを見てまた、

「きゅい?」

と鳴いた。
するとギムリは身体をのけぞらせて、

「っ!!?」

と、息を呑むかのごとく驚いていた。
シルフィードはそれを見て少し考えた後、

「きゅい」

「っ!?」

「きゅい?」

「っ!??」

「きゅいきゅい!」

「――っっ!!??」

シルフィードは上機嫌で鳴き始める。
ギムリはそれに合わせる様に下着姿で踊り始める。
宿屋の前で何やってるんだお前らは。
まあ、折角踊ってるから手拍子ぐらいはしてやるか。

数分後、宿屋の前では踊り狂うギムリを見に来たギャラリーで埋め尽くされていた。
彼の踊りは騒がしさに怒ったルイズが虚無魔法をブチかますまで続いた。
当然その魔法は俺たちにまで被害は広がったが、奇跡的に死傷者はゼロだった。
煤だらけになったギムリは満足そうな表情で意識を失っていた。
俺とレイナールはそれを見ながら、

「副隊長、戦場で調子に乗りすぎるとこうなるんだ。気をつけよう」

「味方の中に敵がいるじゃねえか!?」

後日、ギムリが何故あの場で踊ったのか問いただすと、シルフィードの可愛さに参っていたからという意味不明な答えが返ってきた。
それであんなにロボットダンスとかブレイクダンスとかするのかお前。
タバサの使い魔のシルフィードは、我が特攻隊長を狂わせる魔性の女である。
俺はそういう人を狂わせるような女性との付き合いは考えた方がいいと改めて思いました。

「私は魔性の女じゃないのね!?」

「分かったから胸倉掴んで揺り動かすのは止めろ」

次の戦いが始まるまで、せめてこのような馬鹿できる時間が多くありますように・・・
俺はそう、密かに願うのであった。


(続く)



[18858] 第123話 ロイヤル的な家庭内暴力
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/15 12:03
ロマリア宗教庁から突如聖敵にされてしまったガリア国民の混乱は尋常ではなかったが、ガリア軍やガリア王ジョゼフのお触れにより、国民達の感情はひとまず外敵ロマリア許すまじという感情が大多数であった。しかしながらブリミル教徒は連日リュティスの寺院に群がり、この戦争が一刻も早く終結する事を切に願っていた。
何ともいえない微妙な空気を漂わせたかつての華の都リュティスでは、この聖戦の行方で話題が持ちきりである。
占領軍として現れるであろうロマリア軍の統治を嫌う者達はそのロマリアの侵攻に怯えていた。
怯える心を奮起させていたのは、危機的状況にあるガリアを立て直そうと働く宮廷貴族たちである。
彼らは祖国の為に働くのだが、肝心の王がなにを考えているのかが全然分からず不安な日々を送る羽目になっている。

リュティスの郊外、ヴェルサルテイル宮殿の敷地内に建てられた迎賓館では閑散としていた。
考えても見ろ、こんな緊急事態に暢気に他国からの大使や文官が滞在している筈がない。
宮殿の主人であるガリア王のジョゼフはわざわざここにベッドを運び込ませて、仮宿舎としていた。
ベッドに座り、何ともつまらなそうに青い美髯を撫でながら床に置かれた古いチェストを眺めている。
そのチェストには、懐かしい過去が込められていた。

幼い頃、広い宮殿の中、五歳のシャルルと八歳のジョゼフはかくれんぼに興じていた。

『ハァ・・・!!ハァ・・・!!ハァ・・・!!』

幼い頃のジョゼフは荒い呼吸をしながら、自分の隠れるべき場所を焦りながら探していた。
小姓たちが使うチェストを見つけた彼は、唾を飲み込みその中へ隠れた。
このチェストは魔法によって中が三倍ほどの広さになっている。
蓋を閉め呼吸を整えると、ジョゼフの心に澄み切った何かが広がるのが分かった。
心が穏やかになっていく。落ち着いていくのが分かる。
いいぞ、ジョゼフ。俺は探して探してやっと見つけたのだ。一人になれる場所を。
ここにいるかぎり俺は見つからず、しまいには捜索願の触れまで出されるに違いない。
嗚呼、何と言う素晴らしい空間だろう。この空間を提供する小姓達の給金をあげてもいい気分になりそうだ。
だが、そんなジョゼフの穏やかな時もあっという間に終わりを告げた。

『兄さん・・・みいつけた』

シャルルが蓋を開けて顔を覗かせて言った。
ジョゼフはあまりの恐怖にちびりそうになったが、兄の面子もあるのか、威厳を持って言った。

『シャルル!?お、お前、何故ここが分かった!?』

『えへへ。『ディテクト・マジック』を使ったんだよ。そしたらここが光ったんだ。これ、マジックアイテムだったんだね!』

『お前、その歳でもう『ディテクト・マジック』を覚えたのか・・・なんて奴だと驚く所だが・・・』

シャルルは得意げな笑顔を浮かべた。

『だが、かくれんぼでその魔法は反則だ。もう一回お前が探す方だ、シャルル』

『えええええ!?何そのルール!?』

実に優秀な弟だった。よく出来た弟だった。
故に国民からの支持も自分の比ではなかった。万人に愛される君主となるはずだった。
だが、弟は完璧すぎたのだ。

「お前が悔しがる所はついに見れなかったな。貴様を殺す際もお前は笑っていた。何処の聖人君子だお前は?ガリアは聖敵だとよ、シャルル。まあ、俺がけしかけたんだがな。それでも何とも思わん。どうでもいい事に思えるのさ。あまりに面倒だから俺は考えたんだシャルル。そうだ、まとめて灰にしようとな。シャルル、貴様が作れなかった王国はあの世で作れ。どうやらこの国の人々は心の底ではお前が愛したガリアを同様に愛しているようだからな。せめて華々しく散らせようと思う。それが俺がお前に出来る手向けのようなものだ。そうしても俺が泣けるかどうかは知らんがな」

そこまで呟いた時、ドアが弾かれるようにして開かれた。
ジョゼフが煩わしそうにそちらを見ると、彼の目前には人の足が飛んできていた。
それを避けきれずにジョゼフは妙な呻きと共にその飛び蹴りを喰らってしまった。
ガリア王であるジョゼフを飛び蹴りで蹴り飛ばしたのは彼の娘であり、王女でもあるイザベラである。
彼女はタバサとは従姉妹の関係にあたり、タバサにいつも無理難題を押し付けている張本人であった。
彼女は大股で吹き飛んだ父王の元へとつかつかと歩いていき、彼の胸倉を掴んだ。
その表情は憤怒に満ちていたが、少し蒼白気味であった。

「父上、これは一体どういうことです?」

「どういう事とは?」

「ロマリアと戦争になったと聞き、外遊先のアルビオンから帰ってみればこの騒ぎ!しかも聖戦ですと?」

「正直、それがどうしたと言いたい」

「あぁ?それがどうしたですって?よりにもよってエルフと手を組むからこうなるのです!聖戦とか疲れるから嫌だと言ってたのは父上ではありませんでしたか?」

「誰と組もうが勝手だろう。むしろあの長耳どものほうが物分りはいいと俺は思うのだが」

父のその発言にイザベラは眉を顰めた。
そして思った。ついにおかしくなったかと。
そして自分を責めた。ああ!外遊なんて行くんじゃなかった!と。
イザベラは幼い頃、母が亡くなってからはこの父と定期的に話すことに決めていた。
普通は関係が浅くなるものだが、母の遺言で、父を見張っておけと言われたのでその通りにしていた。
見張っている間は大人しいのだが、この父、自分が目を離している隙にとんでもないことをするのだ。
シャルル暗殺や、エルフとの同盟などはその良い例である。

「で、聖戦は行なわれているわけなのですが、王国がなくなるかもしれませんね。私たちはどうなるのです?」

「知らんわ。気に入らんなら国を出ろ。何、母親似だからその辺の男はすぐ引っかかる。孫の顔は見せろよ」

「アンタは娘をその辺の男と結ばせる気ですかー!?」

「お前、男の選り好みしてたらすぐに結婚適齢期を過ぎてしまうぞ?時には妥協も必要だろう。しかもお前は性格に難があるのだ」

「父上に言われたくありませんね」

「同じような性格でも性別の違いで差があるのだ。自覚しろ」

「聖戦で戦死なさる前に死にますか?父上」

「娘に殺されるのは父親としてどうかと思うから却下だ。これ以上話しても俺の考えは変わらん。去れイザベラ。そろそろ貴様も箱庭から飛び出す時だ」

「ええ、出て行ってやりますとも!父上なんて大嫌い!」

「可愛く言ったつもりだろうが正直痛いぞ」

「大きなお世話です!!?」

イザベラは大股で、父王の寝室から出て行く。
騒がしい奴だ、と面倒くさそうに頭を掻くジョゼフ。
次いで現れたのは、長い黒い髪のシェフィールドであった。

「ミューズか」

「ビターシャル卿からより伝言です。例のものが出来上がったとのことです」

「そうか」

ジョゼフはにやりと笑うと、立ち上がった。



歩きながら、シェフィールドはこの一週間で集めた情報をジョゼフに報告した。
死体の見つからなかった裏切り者がタバサと接触しているかもしれない事。
ヨルムンガルドをほぼ全滅させてしまった事。
自分が焦りによって失敗を誘発してしまった事。
そして・・・。

「何?ロマリア側もエルフを味方につけている恐れがあるだと?」

「はい。その女によって私は撤退を余儀なくされました」

「エルフどもにロマリアの思想に賛同する者がいたのか」

「わかりません。ですがそのような存在と思われる女がいたのは事実です」

無論これはシェフィールドの仮説に過ぎず、彼女からすればあれほどまでの強力な魔法を単体で放つなど人間業ではないと思ったが故の危惧であった。

「面白い。謎の武器に謎の女エルフか。退屈の中にも刺激はあるようだな」

愉快そうなジョゼフの様子に、シェフィールドは軽い嫉妬を覚えた。
その二つの要素の中心にいる人物。忌々しきあの虚無の使い魔。
その存在をジョゼフが本格的に興味を持ったら自分は捨てられるのではないのか?
彼女は不安に駆られながら、ビターシャルの待つ礼拝堂へと進んでいった。


礼拝堂に入っていくとジョゼフは身震いした。

「お気づきになられましたか?」

「いや、寒い」

肩を竦めてジョゼフは言い、更に奥へ進む。
シェフィールドは先程言った自分の言葉が恥ずかしかった。
まあ、ジョゼフもジョゼフで彼女がどういう反応をするのか観察して何気に楽しんでいたのだが。
礼拝堂の地下へと続く階段を降りていくと、うっすらと煙が見えてきた。
下に行くにつれて煙は濃くなり、更に奥で激しく火が燃える音が聞こえる。
だが、不思議と気温は下がっていくように感じた。
やがて真冬並の寒さになっていった。吐く息が白い。

「炎はかなり上がっているが、気温は下がる。実に奇妙な光景だな」

「周囲の熱を吸い取り凝縮するのが『火石』ですから」

階段を降りた先の倉庫の真ん中には大きな櫓があり、その前ではビターシャルが一心不乱に呪文を唱えている。
彼の手の先には赤い拳大ほどの石があった。

「火石は完成したのか」

「火石の精製に完成という概念はないな。何を持って完成とするかはお前たちが決める事だ。我々は曖昧さを嫌うから適当に決める事はしない」

「やれやれ・・・人間批判は忘れんのだな」

「・・・お前たちはこれを何に使うのだ?」

「その前に聞きたいのだが、例えばその火石はどのくらいの土地を燃やすことができるのだ?」

「質問の意図は?」

「まあ、そんな細かい事はいいから答えてくれ」

「・・・そうだな。この大きさならば十から二十リーグは灰にできような。だが、お前たちの技術では解放することなど・・・」

「そんなもの、俺の虚無を使えば可能だ。だよな?ミューズ」

「ええ」

「虚無だと?お前がか?」

「隠してるつもりは全くなかったがな。エルフも案外鈍いのだな」

「理解できんな。お前たちにとってその力は切り札であるはずなのに、どうしておめおめと私の前に姿を現すのだ?」

「ハハハ!知った所でお前は如何する?俺を殺すか?それとも無用な争いは嫌と言うのか?」

「・・・残念ながら殺した所で新たな悪魔が復活するだけだ」

「面白い。俺が死んでも変わりはいるのか!」

「そういうことだ。少なくともお前なら御せると思った」

「確かにロマリアの頑固者どものような使い手が増えたら貴様らにとっては地獄だろうな。だからこそ貴様達は全力で俺の意に添わなければならんのさ。そういう意味では俺は、エルフと一番に分かり合える人間なのかもしれんな!」

ビターシャルは冷たい目でジョゼフを睨む。

「驕るな。これは分かり合うとは言わん」

「見解の相違というわけだな。まあいい。では先程のお前の質問に答えよう。だが、既に分かっているのではないのか?」

「・・・本気か貴様。これを同胞に使おうと言うのか貴様・・・!!」

「用いるんだな、これが」

「悪魔のようというか悪魔だな」

「火石を作ったのは何処のどいつだ?それに貴様は罵りこそすれど俺を止める気はないだろう?人間同士が何やっても関係ないからなぁ!そうだろう?」

「・・・やはり私はこの地に来るべきではなかったな」

「気にするな。ああは言ったが、結局悪いのは武器を作った者ではなく、使う者なのだからな。お前が気に病む必要はないから同じものを後二、三個作れ。安心しろ。使うのはあくまで俺だ。気にせず励むがいい!ハッハッハッハ!!」

高笑いするジョゼフを睨みながら、ビターシャルは火石を作る作業に戻った。


閑散としていた迎賓館に、久々に客がやって来た。
ジョゼフとしてはこんな状況でガリアへやってくるのは何処の馬鹿だと思い、その客人を歓迎した。
そして彼は、その客人の姿を見て破顔した。

「ごきげんよう、ジョゼフ殿」

「突然のご訪問だな。ようこそ、アンリエッタ殿」

哂うジョゼフに微笑むアンリエッタ。
そこに温かさなど微塵もなく彼らの間には吹雪が吹き荒れている。
ジョゼフの傍らにはシェフィールドが控え、アンリエッタの側にはアニエスが控えている。
アニエスはシェフィールドの姿を見て、アルビオンでルイズを襲った女だとすぐに思い出した。
かくして二人の王は対峙し、会談が始まる。
アニエスがアンリエッタの持ってきた鞄から書類を取り出し、ジョゼフの目の前に置いた。
ジョゼフはそれを無造作に手に取り、一枚ずつ読み始めた。

「・・・成る程。これは破格の提案だ。ハルケギニア列強の全ての王の上位としてハルケギニア大王の地位を築き、他国の王はそれに臣従する。ロマリアを除いてか」

「ええ、聖下におかれては、我らにただ権威を与える象徴として君臨していただきます」

「その初代大王に余を推薦すると言うのか?」

「はい。ただし条件は一つ。エルフと手を切る。これだけですわ」

「正に破格だね。だが、この申し出、ゲルマニアが首を縦に振るか?」

「もとより王として格下のゲルマニアにトリステインとガリアの連合に意を挟めるわけはございませんわ」

「言うではないか。いやはや、見損なっていたのだが大した政治家ではないか、アンリエッタ殿」

「お褒めに預かり恐縮ですわ。エルフではなく、わたくしが貴方をハルケギニアの王にして差し上げましょう」

「・・・目的はなんだね?」

「貴方がエルフと手を切れば、少なくとも人間同士が戦う聖戦は終わります。世界大戦より、無能王を抱く方がまだ赦せます」

「本格的にロマリアと余をぶつける気か」

「地獄も楽な方がいいでしょう?」

「最もだな。よろしい、では此方も条件を一つ提示したい」

「どうぞ」

「余の妃となれ」

「承りました」

「ほう、嫌がると思えば」

「わたくしでよければ、喜んで」

「・・・大した役者だよ、好いてもない男に抱かれる覚悟とは。だが恥ずかしながら余はそのような女を抱けぬ小心者でね、あまり本気にするな」

ジョゼフが笑うと、アンリエッタは屈辱からか、顔を真っ赤にさせた。

「ふん、大方初夜の晩に余の首を掻き切るつもりであったのだろう」

「その後家畜の餌にするつもりでしたのに・・・」

ジョゼフの笑みが少々引き攣った。

「やれやれ、とんでもない策士だな。危うく家畜の餌になる所であったわ。やはり人間は理性が大事だな。ああ、アンリエッタ殿、あなたはいい王になるだろうな」

「・・・それではお触れをお出し下さい。三国を統べる王が後ろにいるとなればロマリアも・・・」

「だが、真に残念ながらその提案には乗れん。これが余の理性の答えだ」

「・・・何が足りないとでも?」

「いやいや、むしろ十分すぎる。だがなアンリエッタ殿。そうではない、そうではないのだ。俺は別に世界など欲してはいない。大王の座なのどいらんのだよ。たしかに貴女の提示した条文は素晴らしいものだ。俺も舌を巻いたよ。だがな、残念ながら前提が違うのさ。貴女は言ったな、地獄も楽な方がいいと」

「ええ」

「俺はその楽ではない方の地獄が見たいのさ。だから、聖戦を止める気などない」

「お戯れを」

「いんや、俺は本気だよ?貴女方には理解はできないかもしれんがね」

アンリエッタは全身から汗が噴き出るのを感じた。
だが、倒れはしなかった。理解は出来ない。だが、この男はそれを平然と言い放った。
そういう存在だと理解をしなければならない。
彼は本気だ。本気すぎる。
あの若き教皇とは違うようで似ていると思うほど、この男は本気だった。

「まあ、ここに来たのも何かの縁、どうせなら地獄見物と洒落こみたまえ、アンリエッタ殿」

ジョゼフはそう言って再び笑った。
その笑い声はアンリエッタにとっては絶望の響きしかなかった。
そんな彼女の様子を見つめる影があったことはこの時点では誰も知らなかった。


(続く)



[18858] 第124話 5000年越しの恨み
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/26 00:07
新しい朝が来た。
俺は沸き上がる歓声で目を覚ました。

「うるせぇな・・・」

まるで早朝に爆走する選挙カーに対する不愉快さに似た感情を俺は覚え、窓を開けた。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

すぐに窓を閉めて、カーテンも閉めた。
どうでも良いがこの公害レベルの歓声も何処吹く風で眠っているルイズとフィオは図太い。
しかし世の中はこいつ等のような図太い人間だけではなかったようである。
別の部屋にいたティファニアとマリコルヌが俺たちの部屋にやって来たのがその証拠である。

「何だよ一体・・・頭がガンガンする・・・」

「一体、何がどうなってるの?タツヤ?」

「知らん。朝っぱらから元気な奴らが周囲の状況も省みずに騒いでるんじゃねえの?」

「敵が攻めてきたのかも知れないのに暢気な考えだね君は。どれ・・・」

マリコルヌが窓に近づき、カーテンの隙間から窓の外の様子を窺おうと俺たちの部屋に入り・・・

「おおっと!二日酔いによる影響で足がもつれたぁー!」

そう言って何故か窓の方とは逆方向のルイズたちが眠るベッドの方向にダイブした。
彼は緩やかな放物線を描き眠る乙女(笑)達の元に飛び込んでいった。
俺は一瞬の隙を突かれ、如何する事も出来なかった。
時が緩やかに進む感覚。そう感じるのに自分の身体は動かない。
ゆっくりと、実際は結構な速さでベッドに近づく英雄マリコルヌ。
その表情は愉悦の表情と共に勝利の確信が見て取れた。
マリコルヌのターゲットはどうやら方向や角度からしてフィオのようである。
ルイズは狙われていない。良いのか哀れなのか分からん。
ルイズが狙われてないのなら俺の出番はないな。

彼女は実は意識は覚醒しており、その際一計を案じていた。
意中の彼の心をかき乱す為に扇情的な寝相をあえて作り、彼を釣る。
正常な一般男子ならば、胸チラパンチラな今の自分の破廉恥ともいえる努力の餌に食いつくはず!
しかも今は出血サービスで臍も出しちゃったりなんかして!
くっくっくっく・・・目を閉じてるから彼の様子は詳しくは分からないがこれでムラムラするはず!
殿方は朝は何かと元気だと姉から知識を得た自分に死角はなし!
さあ、達也君!どーんと来ちゃってください!
彼女はささやかな期待を胸に秘めていた。これも愛ゆえの暴走というものである。

しかし本当に達也がドーンと来ちゃったら検閲という悲しみを背負わざるを得ない。
そんな事は彼女にとってはどうでもいいことであるのだが、そうは問屋が卸さなかった。
何かが近づくのを察知したフィオは薄目を開けて様子を見た。
気味の悪い恍惚の表情を浮かべたマリコルヌが、空を飛んでいるのが見えた。
彼女はその瞬間、目を見開いた。
魔法で吹き飛ばすか?詠唱が間に合わない!ならば!

「私に対して朝駆けとは!」

フィオは叫びながら身をよじり、マリコルヌのダイブを避けた。
ベッドから転げ落ちて床を転がり、戦闘態勢を取るフィオ。
だが、見据える先のマリコルヌは達也に拳骨を喰らっていた。

「痛い!?」

「何考えてんだお前は」

「すやすや眠る女の子と添い寝するのが僕の夢の一つなんだよォ~っ!?後生だタツヤ!手出しはしないから女の子と同じベッドで寝かせてくれェ~!!香りと温もりを僕にくれェ~!!」

マリコルヌは泣きながら達也に懇願している。

そもそもこの部屋割りの時も一番彼が渋った。
曰く、何故異性で同じ部屋に割り振られているのかという事なのだが、基本部屋割りはくじ引きだから。
今回は何故かそのくじ引きにルイズとフィオも参加していたせいで話がややこしくなった。
本来は女子は女子で固まって部屋を割り振られるのだが、本来女子が使っていた部屋が部屋のメンテナンスとか何とかで使えなかった。
仕方ないのでキュルケとテファとタバサが同じ部屋に泊まり、余ったルイズとフィオと同じ部屋になる男をクジで決めた。いいのかそれで。
俺がその当たりをひいたのだが、その際、マリコルヌは・・・。

『こ、これはまさしく陰謀だ!!』

と、俺に掴みかかる勢いであった。
いやさ、俺としてもね、野郎どもと同じ部屋の方が気楽だよ。
でもルイズと同じ部屋で寝るとか今更だし。
フィオもあれでそれなりの常識はあると信じます。多分。
色気も何もないが、マリコルヌは過剰に二人の身を案じていた。
フェミニスト根性に感心していたのに、今しがたの行動は一体どういうつもりなのか。

「こんな事ならモテている時に本懐を遂げていれば良かったと思う次第だよ」

「後悔先に立たずだな、マリコルヌ。その気持ちは共感できないこともないよ」

俺としても杏里が此方を好きと早い段階で分かっていたら回りくどい方法でデートとかせずに短期間でウフフな事になっていたと思うと残念としか思えん。
そうでなかった結果俺はこのハルケギニアという異世界に来てしまったわけで何故か戦争にも参加してるんだが。

「己の欲望のはけ口に私を利用しようとするとは・・・下劣極まりないですね」

吐き捨てるようにフィオが言うが、正直お前が言うなと言いたい気になるのは気のせいでしょうか?
フィオの罵倒にマリコルヌはうっとりとした表情を浮かべかすかに身悶えている。
朝っぱらから何というものを見せてくれるのだこいつ等は。
そして我が主は何時まで寝ているのだろうか。その豪胆さには舌を巻く勢いだが、そろそろ起きてもいいだろう。
俺は宿側から支給された抱き枕を抱いて寝ているルイズの肩を揺り動かした。

「おい、起きろよルイズ」

だがルイズは起きる気配もなく。
寝起きはいい方だと思っていたが、眠りが深いのだろうか?

「う~ん・・・見なさいタツヤ・・・私はやはり成長期真っ只中だったのよ・・・見なさいこの胸!」

どうやら夢の中で彼女は自身のコンプレックスを払拭しているらしい。
だが、都合のいい夢を何時までも見させているわけにはいかない。

「ルイズ、きっとそれは蜂に刺されたんだ。つまりはその胸の肥大化は蜂の毒によるものであり、したがってお前はもうじき死ぬ」

「んなわけあるか!!」

そう言ってルイズは跳ね起きた。
そんな彼女を呆れたように見る一同。
ルイズはそれを見ると、自分の胸を確認していた。
・・・どうやら現実を認識したようだ。彼女の目からは涙が一筋流れていた。

「儚い夢だったわ・・・」

「豪快な寝言だったな。あと言っておくが、お前の胸が大きくなったらカトレアさんと見分けがつかなくなる。それは面倒くさいからやめろ」

「何でアンタに私のバストアップを制限されなきゃならないのよ!?」

「心配しなくても成長の恐れはない」

「断言した!?」

「ルイズ、その体型も悪い事ばかりではないぜ?何せ実年齢より若く見られるからな」

「若くっていうか子ども扱いされるの間違いよねそれ」

「敵の油断を誘えるぞ、やったねルイズちゃん!」

「今の私は聖女扱いされてるんだけど?油断も何も過剰に警戒されて然るべきなのよ?」

「加えて我々はこのガリア侵攻軍の中でも先鋒として一応の活躍をしています。活躍というのはすぐに敵側にも伝わりますからね。達也君にもそれなりの警戒網は張られるでしょう」

したり顔でフィオが俺に忠告する。
聖女とされているルイズやテファを護って戦う俺たちは何故か先陣をきって戦う羽目になっていた。
なので良くも悪くも目立つのだ。

「結局、外の騒ぎは何なのかな?」

テファがそう言って窓を開けて目を細めた。

「なんだか人がたくさんいるよ」

「どれどれ・・・?」

マリコルヌが『遠見』の呪文を使って外の様子を見始める。
そのうちある一点を指差して言った。

「あれはロマリア軍・・・友軍だね。あれ?軍勢の中心に祭壇のようなモノが見えるぞ?」

ロマリア軍の中心には何やら大きな櫓が出現している。
今から演説でも始めるのか?敵の真ん前で大胆な・・・。
そう思っていると誰かが壇の上に上がってきた。

「教皇聖下だ!」

「説法でもする気かしら?」

「話し合いで解決するとでも思ってんのかな?」

「・・・とにかく何か動きがあることは明白。私達も動きますよ」

俺たちはフィオの提案に乗り、リネン川のほとりへと向かった。
その途中ギーシュ達や、キュルケとも合流したのだが・・・タバサの姿がない。

「タバサは?先に行ってるのか?」

「私が起きた時にはもういなかったわ。そっちと一緒にいると思ったんだけど・・・いないの?」

キュルケは困惑した様子で俺に言う。

「皆さん、見てください。面白いものが見えます」

フィオが正面を指差す。
俺たちがそちらの方向を見ると、まずはキュルケが目を見開いた。

「あの旗は・・・ガリア王の旗!?」

その旗の下にはロマリア教皇のヴィットーリオが立っていた。
あの優男には特に良い感情を抱いていない俺は胡散臭げに彼の挙動を見守る事にした。
教皇が手をあげると歓声は唐突に止み、一斉に祈りの体勢をとる。

「おいおい!?戦場のど真ん中でお祈りかよ!?」

特に祈っても風で戦況が左右される戦場でもあるまい。
ロマリア軍が祈りを捧げている頃、ガリア側は陣形を整えているように見えた。
やがて祈りが終わり、若き教皇は両手を広げた。

「敬虔なるブリミル教徒の皆さんに、本日は吉報をお伝え致します。対岸にいるガリア軍の皆様にも是非とも聞いていただきたい」


「ほう、ここで出てきたか。ロマリアの担い手」

小型のフリゲート艦に乗り込み、シェフィールドの持ち込んだ通信機器を使い、戦況の様子を窺うのはガリア王のジョゼフである。
その傍らにはシェフィールドが控え、後方にはアンリエッタとアニエスが後ろ手を縛られた状態で座らされている。
アンリエッタはこの戦場であの教皇が何をするのか興味はあったので耳をすませた。

「何かしら勝算があってのご登場だろうな。さて、教皇聖下。どのような奇跡を俺に見せてくれるのかな?なぁ?アンリエッタ殿」

「随分と余裕がおありですのね」

「実際余裕は多分にある。俺は今回最悪の地獄を見たい。憎悪と絶望が渦巻く戦場を作り出すための布石は既に打ってある。だがその前に舞台役者の主張を聞いてやろうではないか」

ジョゼフは心底つまらなそうに言う。
笑うまでもなく怒るだけでもなく、ただ退屈の極みであるかのように。


一方、ロマリア軍の対岸にいるガリア軍からは当然のように野次が飛んだ。

「戦争相手に説教かよ!侵略者!」

「とっとと国に帰って家畜相手に説法でもしていやがれ!」

「帰らないって言うなら、俺の魔法をお前らのケツにぶち込むぞ!」

そんな罵声を無視して教皇は言葉を続けた。

「ガリア軍の皆様、あなた方は間違っている。あなたがたが王と抱く人物は、このガリアの正統なる王ではありません。あなたがたが王として忠誠を捧げている人物は、次期王と目されていたオルレアン公を虐し、玉座を奪い取った強盗のような男です。貴方がたは、そんな男に忠誠を誓おうと言うのですか?それは神と始祖への侮辱であることを理解していただきたい」

「強盗行為を今やっているお前らがそれを言うのかよ!恥を知れ!」

「内政干渉もいいところだ!それこそ神と始祖への冒涜じゃねぇのか!」

「アンタは知らんかもしれないがな、王族のお家騒動なんて歴史から見ても珍しい事じゃないんだよ!」

「なり方はどうあれ、俺たちはジョゼフ様を王と認めた。正統な王ではない?彼はれっきとした王族であり王位継承候補であった。王になる資格は有していたんだ!」

「俺たちはガリアの地に忠誠を誓っている。それを踏み荒らす貴様らを俺たちは許さない!」

「どうやら見解の相違があるようだ。私たちは、あなた達を支配する為にこの地にやって来たわけではありません。あなた方の祖国に正統な王を戴かせる為にやってきたのです。我々は異教徒と手を組んだあなた方の王を、王と認めるわけにはいかないのです。それは、敬虔なるブリミル教徒である皆さんも、よくご存知のことです」

外交戦略と言ってはそれまでだが、たしかにジョゼフ王はエルフとの交流に熱心であることは事実であり、それを不安に思う兵士たちも多い。
エルフは古くから異教徒とされてブリミル教の敵とされている。
だが、信仰心など欠片もないジョゼフはその敵と何やら交流している。
基本的に現在のジョゼフが王であるガリアは信仰の自由が保障されている。
ブリミル教をただ一つの宗教とする人々からはそれは愚行にしか見えぬものであり、彼が『無能王』と罵られる要因となっていた。

ジョゼフの求めるものは混沌と自己の感情が揺り動かされる事となることであり、信仰の自由も彼が気まぐれに宣言したことであった。
それが結果的にエルフとの交流というブリミル教ではタブーとされる行為を平然と行なうことになったのだ。
無論、異教徒との外交に対して反対する声もあったが、ジョゼフはそう言う声を一笑に付した。

『何故エルフ達と交流するかだと?その方が面白い事になると感じたからだよ』

そう言ってジョゼフは反対派を煽るような発言をしている。
うまく行く訳がないと前評判を嘲笑うかのようにジョゼフは東方やエルフの里から仕入れた技術を率先して取り入れた。
元々強国であるガリアはハルケギニアでも頭一つ飛びぬけた技術を持つまでになっていた。
・・・だが、その技術とエルフの技能の結晶である筈のヨルムンガルドが謎の兵器によって粉砕されたと言う事実はガリアにも衝撃を与えた。

「それではあなた方が抱くべき、正統な王を紹介致しましょう。亡きオルレアン公が遺児、シャルロット姫殿下です」

教皇がそう言うと、壇の下から、神官たちを取り巻きに、タバサが現れた。
その格好は豪奢な王族の衣装である。眼鏡がない。ああ、わかっていない。

「やってくれたわね・・・どう説得したかわからないけどあの子を祭り上げるなんて」

キュルケがハルケギニアの姫に仕立て上げられた親友を見て、怒りを堪えるように呟いた。
ルイズは眉を顰めており、ギーシュ達は驚愕の表情を浮かべていた。

「・・・中々、エグイ真似をするじゃないですか。今の教皇は。ですが・・・」

フィオはガリア軍の方向を見やる。
タバサの登場に動揺しているのか、ガリア側は騒がしい。

「シャルロット様?あの折に暗殺されたのでは?」

「いや、身分を剥奪され、トリステインに御留学されたと聞いている」

「落ち着け諸君!」

動揺するガリア軍を一喝したのはソワッソン男爵であった。

「あのお方が真に今は亡きオルレアン公の遺児、シャルロット様御本人ならば、穏やかに過ごさせずこのような場に担ぎ出したロマリアのその卑劣さを責めよ!偽者であった場合はガリア全土を愚弄する行為と憤慨せよ!そう、どちらにせよこの場にあの方がいらっしゃるのは不自然であり、担ぎ出されることはシャルロット様としても不名誉なものと思え!」

「今、ディテクト・マジックが終わった。あの方には何の魔法もかけられていないようだ」

男爵の近くにいる鉄仮面をつけた騎士がそう言って膝をついた。
同じくタバサを調べていた何人かの貴族たちが膝をついていたのも見える。
ロマリア側がどのような手を使ってタバサを担ぎ出したかは知らないが、まあ碌な勧誘の仕方ではないのだろう。
ガリア軍は目の前にいるのが本物のシャルロット姫である事を知り、動揺が広がる一方である。
そんな中、懐かしそうにソワッソン男爵は言う。

「お懐かしゅうございます、シャルロット姫殿下。このような形で再度出遭いたくはありませんでした」

男爵の横から、ある貴族が鉄仮面をむしりとり、腕を振って叫んだ。

「私は東薔薇騎士団団長のバッソ・カステルモールと申す者!故あって傭兵に身をやつしているが、諸君、突然だが私はここにシャルロット様を玉座に迎えての、ガリア義勇軍の発足を宣言する!我と思うものはシャルロット様の下に集え!」

突然のカステルモールの宣言にガリア軍はどよめく。
その心の隙をヴィットーリオは突いた。

「ガリア軍の諸君、君たちの聡明で勇敢な頭脳で考えたまえ。君たちの無垢で善良なるその良心に問え。この旧い、由緒ある王国に相応しい王は誰か?リュティスで今も尚惰眠を貪る、無能王か、ここにおられるこれからこの聖エイジス三十二世自らが戴冠の儀式を執り行う予定の、才気溢れる若き女王か?よく考えたまえ」

その宣言に何人かのガリア兵士や貴族がカステルモールに続いていく。
恐らくあれが反ジョゼフ派なのだろう。だが、それは大軍からすれば少数といえる数ほどである。

「諸君、始祖と神の僕たるこのわたくしが認めた真の国王を、玉座に座らせる事を拒むと言うのか?あなた方は賊軍の汚名を被るつもりか?」

ヴィットーリオは若干強い口調で問いかける。
ガリア軍の至る所で議論が起きはじめた。いまだガリアでは何だかんだでブリミル教の信者は多いのだ。
そんな様子を俺たちは見ていた。成る程、自己の権威を最大限に利用した説得だな。

「不味いわね・・・ガリアに動揺が広がってる・・・もっと多くのガリア兵が寝返ればこの戦いは泥沼になってしまう」

ルイズは冷や汗を流しながらそんなことを呟いた。
教皇の周りは聖堂騎士達が固めている。
結論を急かすようにロマリアの艦隊が徐々に増えていく。
それに呼応するかのように一人、また一人と義勇軍に参加を表明する者が増えていく。
ジョゼフに不満を持つ者、勝ち馬に乗ろうとする者、信仰心により寝返る者・・・思惑は様々であった。
そんな様子を見てヴィットーリオや聖堂騎士、そしてジュリオは口元に笑みを浮かべていた。


「やれやれ・・・戦場のど真ん中で義勇軍を募るとは、元部下のカステルモール君も無謀な真似をする」

「結果的に裏切り者が現れているではありませんか」

「何、俺は他人の評価などあまり気にせず気ままに国政を行なっていたからな。当然反発は多いのだよ。むしろ裏切りが出ないほうが怪しいというものだ」

アンリエッタの悪態も何処吹く風といった様子のジョゼフは空を見つめて口元を吊り上げる。

「・・・まあ、だからと言って裏切り者を放置しておくほど俺はお人よしではないのだよ」

ジョゼフがそういったその時、彼方の空に巨大な炎の玉が出現し、弾けた。

「え・・・?」

アンリエッタは呆けたような声を出してしまった。

「・・・ん?予想していた威力より弱いな」

ジョゼフの不満にシェフィールドが答える。

「只今お試しになられたのは一番小さな火石です。ビターシャル卿は、此方の二番目の大きさのものを指したと思われます」

「なるほどな。俺の早合点だったか」

アンリエッタはロマリア艦隊の三分の一、そしてガリア艦隊の一部を焼き尽くした炎の玉を見て息を呑んだ。
炎を上げて墜落していくロマリアの艦隊を見て、ジョゼフの言う『地獄』の意味が分かった。
まるで小型の太陽の如く、全てを燃やしたあの炎はアニエスにも多大な衝撃を与えたようで、彼女も目を瞑り震えている。

「あなたは・・・あなたは自分が何をやったかお解かりですか!?」

「敵と裏切り者を焼き尽くした。まあ、少々味方も巻き込んでしまったがね。それがどうした?」

心底不思議そうな声でこの男はアンリエッタに逆に問いかけた。
絶句するアンリエッタに興味をなくし、ジョゼフは先程使った火石より大きい石を取り出した。

「さーて、今度はこれを使ってみるか。どうなるかな、と」

まるで些細な実験を試すかのような口調でジョゼフは言う。
アンリエッタはこの男が詠唱するルーンがルイズのそれと同じ事に気付いた。

「貴方がガリアの担い手・・・!!」

「それを知った所で何になる?俺を殺すかね?それは無駄らしいぞ?何せ代わりは幾らでもいるらしいからな。せっかくこれから地獄を見せてやるのだ。素直に傍観者になっておきたまえ」

「貴方は狂ってる!」

「単身ここに乗り込んできた貴女も十分狂った判断をしたと思うがね。まあ、それは勇気かもしれんが。まあ、残念ながら俺は至って正常だよ。正常で尚、地獄を彩るのだ。それに・・・」

ジョゼフは暗い笑みを浮かべて言った。

「この地獄の演出者は俺だけではない」


突然現れた炎の玉により、ロマリア艦隊ガリア艦隊双方のフネが多数消滅した信じられない光景を見て、リネン川に布陣した両軍は絶句していた。
その場に会った数十隻の艦は燃え尽きていた。
幾つかの艦が燃えながら墜落して行き、戦場では恐慌が発生した。
大混乱に包まれる戦場で、悲鳴と怒号が飛び交っている。

「おいおいおい!冗談じゃないぞ!?なんだ今の!」

ギーシュが焦りを表情に浮かべて叫んだ。
しかし彼の叫びは俺たちの総意でもある。

「あの威力・・・火石によるものだと思うのです・・・そんなに簡単に爆発はしないと思うのですが・・・」

フィオが空を見ながら呟く。
でも敵はその火石を爆発させる技術を持ってるんだろ!?

「・・・虚無よ!あれがガリアの虚無だわ!」

ルイズが叫ぶ。

「成る程。それならば火石に細工をするぐらいは可能ですね。しかし・・・今の攻撃で戦場は混乱しましたね」

「・・・!聖下が危険じゃないのか!?」

マリコルヌがそう言うと、キュルケが肩を竦めて言った。

「この場合、真っ先に退かせるでしょう?総大将なんだし」

「教皇と同じ場所にいるタバサが危険だろ!」

そう、教皇の傍らにはタバサがいるのだ。
この混乱に乗じてタバサたちが危険に晒されないとも限らない。

「諸君!ミス・タバサと聖下をお守りするぞ!」

ギーシュの号令に俺たちは頷いた。
だが、俺は見た。見てしまった。
その護るべき対象の教皇ヴィットーリオが何かに射抜かれ、膝をつく姿を。

「聖下ぁ!!!」

ジュリオの悲鳴が聞こえた。

「誰だ!聖下を狙うなどという神をも畏れぬ所業を行なったのは!!?」

聖堂騎士の一人が怒鳴っている。
・・・普通そう言われて名乗るものなのだろうか?
暗殺者なら逃げるんじゃないのか?
教皇の肩には矢が突き立っている。弓矢?

「あの矢は・・・」

フィオが険しい顔つきになった。
教皇はタバサが水の魔法によって回復を図っているようだが、何故か顔色は悪くなる一方に見えた。

「無駄だよ。その毒はお前達の『魔法』では解毒は不可能だ」

女の声がした。
俺たちがその声の方向に目を向けると、そこには軽鎧を着た弓兵の女性が立っていた。
普通と違うのは彼女の耳が長く尖っていた事だった。

「お・・・おい・・・まさかあれって・・・」

レイナールが声を震わせてギーシュに聞いた。

「まさかじゃなくても・・・エルフだろう」

ギーシュの顔面は蒼白である。
何でこんな所にエルフが・・・ってこっちにもダークエルフがいたね。

「本来なら私の仕事はここで終わりなのだが・・・そうもいかなくなったようだ。四百八十六年と四ヶ月と二十三日ぶりだな。生き残り」

「相変わらず粘着質な女ですね、ジャンヌ」

「貴様らによって味わった辛酸を思えば、忘れる訳もない」

「時には忘れる事も大事だと思いますよ。特に恨みなんてものはね」

「貴様の恋談義を聞く暇などない。今回こそ覚悟するのだな・・・それと本当に久しぶりだな。タツヤ・・・」

「・・・・・・・・」

「私は五千年もの間、貴様への恨みを募らせ生きてきた。何故人間のお前が五千年の時を経てもなお生きているのは知らんが、私にとっては僥倖!長生きはするものだよ!!ハッハッハッハッハ!」

「・・・誰?」

「・・・何?貴様・・・よもや忘れたのか・・・!!私にあのような辱めを与えておきながら・・・!!」

「アンタがどれ程の辱めをコイツに受けてんのかしらないけど、辱められた回数で言えば私は負けないわよ」

「ルイズ・・・何で張り合ってるんだ?」

「いや・・・私って懐が深いなーって、我ながら思うのよね」

「結局自画自賛かよ!?」

「話を聞かんか!?」

ジャンヌが怒鳴る。
・・・嫌、冗談だったんだがね・・・。
コイツは俺が帰る直前に出会ったあのエルフの剣士らしい。
フィオが怒るジャンヌを見て、彼女に同情の視線を送る。

「さて・・・ココからは私事。私は本懐を遂げる為にお前達二人の命を貰う」

ジャンヌは俺たちに剣を向けてそう宣言した。
それを受けてフィオは杖をジャンヌに向けて宣言した。

「ならば私は貴女を倒したのち、裸で逆さに吊るしあげましょう。ククク・・・」

「やはり貴様は悪魔だよ。外を歩けなくなるじゃないか」

「暗殺とかするような貴女が気軽に外に出歩かれても困るんですがね・・・」

フィオは杖を振り回しながら、軽口を叩き、そして表情を引き締めた。

「達也君、行ってきます。私の勝利を願ってください」

フィオはジャンヌを見据えながら俺に言った。

「ああ、頑張れ」

「はい!」

その瞬間、フィオの姿が掻き消えた。
そして、フィオはいつの間にかジャンヌの目の前に現れ、杖を振り下ろした。
ジャンヌはその杖の一撃を剣で受け止めた。
次の瞬間、フィオの身体から、彼女の分身体が八体現れた。

「串刺しになりなさい!」

フィオの分身体は一斉にジャンヌに向けて剣を突き出した。

「小賢しい!!」

だが、ジャンヌは目を細めて力任せに剣を振り回した。
風の槌に殴られたかのようにフィオの分身は吹き飛ばされて消えていく。
フィオは空中で体勢を整えて、杖をジャンヌに向けた。
すると地中から石の槍が無数に現れて、次々とジャンヌに向かっていく。
その中に何気に火の玉を織り交ぜている。
その怒涛の攻撃を難なく捌いていくジャンヌ。人間なら分身の時点で死んでるが、このエルフは規格外である。

「数撃てば当たる物ではないぞ!」

「可愛げがありませんね」

「そんな可愛げはいらんな」

鍔迫り合いをしている二人の戦いを息を呑んで見ている俺たちだが、後ろでは教皇の顔色はなおも悪くなっている。

「そんな可愛げを貴様が追求している間・・・私はな」

ジャンヌは剣を握ってない方の手でフィオの杖を掴んだ。
そしてジャンヌはフィオの腹を蹴り上げて重ねて剣を振り上げた。

「剣の鍛錬に明け暮れていたのだ!!」

剣の一撃を喰らったフィオは苦痛に顔を歪めて・・・何故か俺たちの居る方向に吹き飛んできた。

「うにゃああああああ!???」

悲鳴を上げながらフィオは気付いた。
このままでは達也のいる方に突っ込んでしまう!

「達也君ーー!!私を受け止めてーーー!!!」

いや、受け止めたら此方も巻き込まれて怪我するだろう!?
とはいえ避けたらフィオが戦えなくなる事は明白。
しかし身を護りたい!
そうして俺が取った行動は実に合理的なものだった。
要は変わり身の術を使って分身に犠牲になってもらいました。

「惜しい!分身じゃなくて本人に受け止めてもらいたかった・・・もう一回やっていいですか?」

「やるか馬鹿!?」

フィオは文句を言いながら立ち上がろうとすると、へたりと座り込んだ。

「へ・・・?あれ?立てません・・・?」

どうやら先程の一撃により、フィオは脳震盪を起こし、まともに動けないようである。
・・・どっちにしても俺危険じゃねえ?

「さあ、私の本命は貴様だ、タツヤ。剣を取れ」

ジャンヌがそう俺に言う。
フィオは脳震盪で動けないし、他の皆はエルフに勝てるかどうか・・・
まあ、特に一人で戦うつもりはないんですけどね?
俺はちらりとギーシュを見た。ギーシュたちは援護は任せろとばかりに頷く。
俺は喋る剣を抜き、構えた。

「いまだ諸君!タツヤを援護しろ!」

ギーシュの号令により、水精霊騎士隊の面々が一斉に魔法を発動した。
無数の魔法がジャンヌに襲い掛かるが・・・。

「無粋だな」

ジャンヌはそう言って手をかざすと、魔法が反転してこちらに戻ってきた。

「げ!?」

「馬鹿野郎!反射の魔法の存在を忘れたのか!!」

デルフリンガーが怒鳴る。あ、そうだった。
何とかいくつかは剣で吸い込んだのだが、後ろは情けない悲鳴があがっていた。
俺は皆の様子を見るため後方を確認した。うん、皆無事・・・。

「我々の決闘に他者の介入は不要だ。そして・・・決闘の最中に余所見とは余裕だな」

ジャンヌの声が急にすぐ近くでしたので俺はとっさに剣で身を護ろうとした。
鈍い音がして、手が以上に痺れる感覚を覚える。
ジャンヌは少し低い体勢で剣を振り上げた状態で、笑みさえ浮かべていた。
何でコイツは笑ってるんだ?随分と余裕じゃないかよ・・・。
なんかその笑みが気持ち悪く感じる。吐き気すら覚えるほどの嫌悪感である。
それから来る怒りなのか?身体が熱くなっていくのが分かる。
・・・あれ?俺は今怒っているのか?何で俺は怒ってるんだ?
何で・・・・・・・?



達也が自分の身体の火照りに戸惑っていたその時、ルイズが見たものは達也を守っていた彼の喋る剣、デルフリンガーの折れた刀身が地面に突き立ったこと。
その後胸から血を噴出しながらその場に大の字に倒れる自分の使い魔の姿だった。
そして彼の返り血を受けて倒れる達也を見下ろすエルフの女の冷たい瞳であった。

「た・・・タツヤーーーーーーーッ!!!!!」

リネン川付近に聖女の絶叫が木霊した。






(続く)



[18858] 第125話 傷まみれの桃から
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/09/26 21:14
今なら思える。長生きしてこれて本当に良かった。

エルフに追われて、人間に誤解されて、義兄となった主が先に旅立ち、姉も既に精霊の下に還っていった。
時々人里に行って色んな人にちょっかいを出してきたけど、孤独感との戦いの日々だった。
だけど、長く生きれば生きるほど、彼のいる未来へと近づいていくあの高揚感は人生を諦めるには抗いがたい誘惑であった。
振り返ってみれば五千年以上生きた。自分でも執念深い女だと思う。
しかしそのお陰で、彼と再会できた。
私にとっては五千年以上待ち焦がれた瞬間。彼にとってはさほど待っていなかった瞬間。
彼には想い人がいるようだったが、だからなんだと言うのだ?

『貴方がその方を想う以上に、恐らく私は貴方を想っていますよ達也君。何せ年季が違いますから』

ただ二日だけの交流でちょっと助けてもらった程度のきっかけ。
きっかけなんて思えばそんな些細な事である。
それでよくもまあ一人の男を五千年も想い続けることが出来るものである。
そう、かつて自分は言っていた気がした。
人間と違って自分は薄情ではないと。ずっと覚えていると。
その証として自分はこの右手にルーンを刻んでもらったはずだった。
そして自分はそれから長年、この彼と、家族の絆の証である刻印と共にあった。
異変は刻印を刻んで程無くしておきた。

『おめでとう。お前の『魔術』『歩行』技術のレベルが上がったぞ!』

エルフの刺客を追い散らした時、頭の中でこのような音声が聴こえたのだ。
温かみのある少年とも青年ともつかない声・・・
自分は結構長い間、その音声に翻弄されていたような気がする。
翻弄していたと同時に自分は確かに、その音声を聞くのが楽しみになっていたのだ。
音声が聞けるのは即ち自分が強くなったと感じた時だった。

『水の精霊の加護があるドレスだが、お前さんはそもそもサイズが合わない。ロリも考え物だという事だな!HAHAHAHA!』

『分身はほぼ使い捨てだがあまり邪険にしないで下さい。彼女達だって長生きしたいんだ』

『修道女の服っぽいが、何故か身体のラインがあからさまに分かる謎の服。今ならロザリオ付で御得感もある』

強くなるたびに、何か新しいものを知る度に、私は『彼』の声を聞けたのだ。
姿は見えなくとも、それが本人ではないとしても、私の中に彼はいた。
たとえあの根無しが編み出したこのルーンの幻影だとしても、私はそれで楽しかったのだ。
自慢ではないが私は元々そこそこ強いし、このルーンが便利な事もあって向かってくる刺客は徐々に弱く感じるまでに成長していた。
だが、そんな自分をしつこく追う執念深い女がいた。ジャンヌである。
妙にクソ真面目でプライド高いエルフの女剣士は私や私の家族に襲い掛かっては出し抜かれる日々であった。
そういえば真面目に戦った事はそんなになかった気がする。
・・・そうか、貴女は私とは違う方向性ながらも、彼を想って生きてきたんですね・・・
自分が愛情と言う感情を向けて生きてきたとすれば、ジャンヌは憎悪という感情を抱き生き延びてきたのだろう。

その執念は恐ろしいものだと思うが、自分だって他人のことは言えない。
別れの時に自分はひねくれた好意しか示す事は出来なかった。
五千年の月日は自分を成長させた。身体も心も。
それでも尚、初恋の相手を求めて執念深く生きているではないか。
同類だ。私とあのクソ真面目な美乳剣士は同類なのだ。
自分の心に大きな影響を及ぼした同じ男を思って長生きしすぎてるのだ。
だが・・・私はジャンヌの想いを叶えてやる訳にはいかないと思う。
あの女の願いは、自分の尊厳を傷付けた者に対する復讐だ。
復讐の成就は即ち、彼の死である。そうに違いないと思う。

そうはさせない。そんな事はさせない。
ええ、認めますよジャンヌ。胸糞悪いですが貴女はとんでもなく強い。
私も多分に無理をしなければいけません!
復讐自体が駄目だとは言わないが、黙ってその成就を見守る訳にはいかない。
やっと、ようやく五千年かけて再会した想い人を失いたくはなかった。

その愛は成就する事はないのかもしれない。
薄々ならずとも自分はそれを理解しているのかもしれない。
分からない、それは分からない。
自己分析は得意だと自負しているのだが・・・結局自分は信用ならんという事か?


「タツヤァーーーーッ!!」

彼の主である少女の悲鳴があがると同じくして、彼は倒れる。
当然、自分もそれを見ていた。
違う、あれは分身なんかじゃない。あれは彼本体だ。
本能的に自分はそう思った。分身は斬られた時点で倒れず、消えるからだ。
それを理解した瞬間、私は今まで言った覚えのない呼び方で『彼女』を呼んでいた。

「ジャンヌ・・・きぃぃィィさぁァァァまァァァァァあ!!!!!!!」

喉が破れるかと思える咆哮をあげて立ち上がったダークエルフ、フィオは目を血走らせながら杖をとった。
そして咆哮をあげた彼女と五千年近くも共にあった声は彼女にのみ伝わる音声でこれよりおこる事象を報告した。

『気力が限界値に達したぞ。種族:『ダークエルフ』の気力限界特典『赤くて三倍』を解放する。あまり無理はするなよ?限界超えてんだから』

音声が途切れる。
無理はするとも。何故なら目の前には血の中倒れ伏す達也。
そして倒すべき憎き敵がいるのだから。
例えこの雪のように白き髪が赤く染まろうとも、例え体中の血管が浮き上がろうとも、例え間欠泉の如く沸き上がる高揚に身を任せるという醜い姿でも。

「何・・・?何だその姿は・・・?ダークエルフにはそのような能力でも隠されているのか?」

そんな訳はない。あってたまるか。
ジャンヌの疑問が解決する前に、フィオの姿は文字通り掻き消えた。
ジャンヌが構えようとした次の瞬間、全体的に赤く染まったフィオは尖った爪でジャンヌの右肩を貫こうと突きを繰り出した。
・・・!?いつの間にこんなに近くにまで来ていたのだ!?

「くぁっ!!」

ジャンヌは思わず呻いてフィオの手を剣で弾いた。
弾かれた衝撃でか、フィオの繰り出した左腕は跳ね上がり、ゴキリという鈍い音がした。
ジャンヌはすぐにそれがフィオの肩が脱臼した際の音だと分かった。
痛みに意識が入っている隙に、ジャンヌは稲妻の如く速い突きを披露する為に剣を引こうとした。

「痛いなんて言ってられますかぁぁぁぁぁ!!!!!」

それより先にフィオは右手に持った杖での一撃をジャンヌの腹部に叩き込んだ。
鎧ごしながら胃液が逆流する感覚を覚えるジャンヌ。
だが、それを堪えてその拳をフィオの顔に叩き込もうとする。
しかし、フィオはその拳を額で受け止めた。
フィオの額はジャンヌの拳によって割れ、血がその顔を汚していく。
その瞬間、ジャンヌは見てしまった。
血濡れの顔で自分を睨みながらも哂う女が、自分の腹部に杖をトンと押し当てたのを。
地中から無数の土色の槍が飛び出し、ジャンヌは腹にその槍を突き立てられてしまった。

「き、貴様・・・ごふっ・・・!?」

「速度も威力も精度も三倍・・・まだまだいきますよ」

額から流れる鮮血を舌で舐めとったフィオはその手でジャンヌの腹に突き立つ土で出来た槍を掴み一気に引き抜いた。
ジャンヌは思わず膝をつきそうになる。だが、不屈の意志で踏みとどまる。
目の前の女の左腕はだらりと垂れ下がり、顔は血で真っ赤に染まって、その目だけが怪しく光り、自分を見据えていた。
今までこの女とまともに戦って来たことは皆無に等しかった。
先程の力が全力だと思ったがとんでもなかった。
ジャンヌはこの事実に思わず表情を綻ばせる。面白いではないか。
それでこそ、復讐のしがいがあるではないか!
ジャンヌは内心、目の前の女に詫びた。すまない、お前の実力を見誤っていた。
呆けてる暇などない。一撃を受けた以上、さっさと治療しないと。

「面白い!だが三倍程度で私の首はやれん!!」

剣を構えなおしたジャンヌは人間の目には止まらぬ速さで駆けた。
相対するフィオの目にはジャンヌが残像付きで此方に突進してくるのが辛うじて見えた。
そして剣を振る彼女の腕が何十本に見えて、フィオはそれを避けれる気にはなれなかった。
フィオが纏う修道服は何気に精霊の加護を受けている代物なので見た目とは裏腹に耐久力に優れている。
なので生半可な剣では斬れないはずなのだが、生憎今回の敵の剣は生半可ではなかった。

「残像にまで・・・攻撃を受けた気がするほどの・・・素早い剣技・・・というわけですか・・・がはっ・・・」

フィオの纏う修道服は大きく切り裂かれ、そこから覗く胸当てには大きな剣による傷が付けられ、更にそこから血が溢れ出ていた。
更にそこらかしこに切り傷があり、全ての傷から血が流れ出ている。
誰がどう見ても危険な状況である。
だが、それでも・・・フィオは哂っていた。

「何が可笑しい・・・貴様・・・」

「背中の傷は剣士の恥ですよね?ジャンヌ?」

「!??」

ドスッと衝撃がジャンヌの背中に伝わった。
その後何とも言えぬ熱さが背中から全身に伝わっていく。
口から何かが流れ出ていく・・・?血・・・?
はっとして後ろをジャンヌが見ると、目の前にいるはずのフィオが自分の背中に何かを突き刺していた。
それが何かを確認せずにジャンヌは剣を薙ぎ、後方にいたフィオを斬った。
斬られたフィオは消えてしまった。・・・分身である。

「撹乱のつもりか!」

「嫌がらせですよ・・・命懸けのね」

「ふざけた真似を!!」

ジャンヌは再び先程の構えで駆けようとした。

「・・・なっ・・・!?」

しかし、駆ける事は出来ず、ジャンヌはその場に膝をついてしまう。
力が抜け落ちる感覚がする。呼吸もやや荒くなり、疲労感が身体を支配し始める。
ジャンヌは吐き気を堪えてフィオに怒鳴った。

「何をした貴様!!?」

「言ったでしょう?嫌がらせですよ・・・命懸けのね」

ジャンヌの背中に突き立つものは先程ジャンヌによって折られたデルフリンガーの刀身であった。
フィオの分身が回収してジャンヌの背中に突き立てたのだ。
彼女が魔力を使った行動に出ようとすると、その刀身が魔力を吸い取ってしまう。
その吸い取られた魔力はデルフリンガーの折れた部分からダダ漏れである。

「精霊からの援護は期待しない方が良いんじゃないんですか?」

そう言って杖を構えるフィオに対して、ジャンヌは黙って剣を構える。

「見くびるなダークエルフ」

「お互い汚れすぎましたね・・・血に胃液、汚物・・・女としては感心できない格好です」

「・・・何が言いたい・・・?」

フィオは杖を天に掲げて言った。

「何・・・洗い流そうと言いたいんですよ」

フィオはそう言って杖をクルリと一回転させた。
その瞬間、ジャンヌたちが立つ大地が沈んだ。
一瞬、よろめくジャンヌ。しかしすぐに体勢を立て直す。
そこそこ深く大地は沈んだようだが、それがどうかしたのだろうか?
目の前ではフィオが更に杖を振り上げていた。

「さあ、存分に身体をお洗いなさい」

「!」

ジャンヌが振り向くと大量の水が彼女に向かって猛然と向かってきた。
リネン川方面から新たに川の道を作るように器用に大地を沈ませたフィオは、更にそのリネン川の水を増水させた。
これによりそれなりの勢いで川の水が襲い掛かってくるということだ。
大量の水に飲み込まれていく両者。
それをただ見守るだけしかできなかったルイズやギーシュ達。
しかし援護のタイミングを窺っていたギーシュはあることに気付いてしまった。

「あれ?もしかしてこの水流・・・タツヤも巻き込んでしまった・・・よね?」

「え?」

レイナールは思わず呆けた声を出してしまう。
そういえば達也は倒れてから誰も回収に向かわなかった。いや、向かえなかったと言うのが正しいだろう。
それほどまでに圧倒的な強さのジャンヌと狂ったような動きのフィオの戦いに巻き込まれるのは危険であったと判断できるのだが・・・。
ギーシュとレイナールは顔を見合わせて渇いた笑いを出し合う。

やがて魔法による障壁によって水流から身を守っていたフィオの姿が見えてきたと同時にルイズが喚いた。

「ちょっと!?タツヤまで一緒に流してしまってどうすんのよ!?」

「え?・・・・・・あ。やってしまいました」

「やってしまいましたじゃない!?何やってんのよアンタ!?」

何だかルイズもフィオもオロオロした様子で流れる川を見回していた。
恐らく達也を探しているのだろうが、肝心の達也の姿は何処にもない。

「おいおいおい!?どうするんだよ!?」

マリコルヌが捜索すべきかどうかギーシュに目で訴えかけるが、まだ戦闘中である。
そう簡単に捜索に人員を裂くわけにはいかないし、教皇が負傷し、毒によってダウンしているので更に動けない。
それはつまり達也を見捨てる判断を自分はしなければならないという事に、ギーシュは歯噛みした。
自分達が守っているティファニアは泣きそうな面持ちで達也を探したそうにしている。
それは自分達だって今すぐ探したいが・・・状況がそれを許しそうになかった。
だが放って置いたままなら確実に達也は遺体で見つかる。

「ええい、くそ!今は迷う暇はないか!水精霊騎士隊の諸君!今より人員の三分の一をタツヤの捜索に割り当てる!指揮はレイナールに任せるから・・・頼む」

「隊長・・・分かった。僕の方で人員は選ぶよ」

そう言ってレイナールは捜索隊の編成を始めた。
その時であった。

「たしかに色々なものが洗い流された気分だ。感謝せねばな」

フィオの目の前からジャンヌが飛び出してきた。
フィオは即座に対応しようとするが、その前にジャンヌの剣はフィオの胸のやや下辺りを貫いていた。
正に一瞬、彼女が気を抜いた隙の出来事だった。
ジャンヌは静かにゆっくりと剣を抜くと、それと同時にフィオは力なく倒れていった。

「これでダークエルフは完全に滅びる。長い仕事だったよ」

川の流れによって流されていくフィオを勝ち誇った目で見つめるジャンヌ。
ギーシュははっとして、レイナール達に命令した。

「皆!彼女を助けるんだ!早く治療を!」

ギーシュがそう言うと、レイナールたちは流されていくフィオを救出し、陸地にあげた。
そしてすぐに水のメイジによる治療が施される。

「・・・さて・・・これで私の気も済んだ。後は愉快な余生を送るとしようか・・・だがその前に傷を癒さねば・・・」

勝利の充足感と共に、ジャンヌは腹の怪我の治療をする為にエルフ特製の傷薬を取り出し、患部に塗り始めた。
酷くしみるが、傷口は見る見るうちに塞がっていく。
後は疲れを取る為に休めば完全に復活というわけだ。
五千年にも及ぶ復讐劇は終わった。私は、本懐を遂げたのだ・・・。
達成感という幸福感に包まれていく感覚。悪くはない。
これで我が長き人生に悔いもないと思える。それが幸福でたまらないのだ。

さて、今しがたフィオが戦闘中に気を抜いて敗北してしまったのを間近で見たにもかかわらず、勝利の余韻に浸るジャンヌ。
これはこの戦場において自分を超える兵がいないと確信しての態度であった。
五千年越しの復讐を成したのだ。余韻に浸りたい気分にもなるものである。
男を断った。周囲の横槍で他人の子育てはやってしまったが、それでもこれまでを研鑽に費やしてきた甲斐があったのだ。
正に悔いなき人生である。エルフの一族も後進は育っているし、後はその後進を育てる事に専念するか・・・と彼女は現在考えていた。
そんな気が抜けまくった彼女なので、戦場の変化などに気を配ることをしなかったのは彼女のミスである。
そしてその戦場の変化を見ていたのはルイズ、ギーシュ、キュルケなどの外野の皆さんであった。

ジャンヌの背後からは新たに作られた川の流れに従って、どんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が流れてきた。
・・・いや、でか過ぎないかあれ?軽くルイズの体長の二,三倍はあるじゃないか。
というか何で桃が流れてきてるの。戦時中の補給品か?ありえん(笑)
やがてその桃は川の真ん中で突っ立ってるジャンヌにぶつかった。

「ん?な!?何だ!この大きな桃は!?」

ジャンヌも流石にこの大きな桃には驚愕していた。
この戦場においてあまりに場違いなその大きな桃である。果たして彼女はどのような反応を・・・?

「持って帰りたいものだが・・・大きすぎるな」

どうやら持って帰るつもりらしいが、このままタダで帰らせるほどルイズ達は優しくなかった。
桃に夢中だったジャンヌの背中で小規模ながら爆発が起きた。

「ぐっ!?」

思わずよろめくジャンヌ。
罠か!?と思って後ろを見た。

「今は戦闘中でしょう?エルフの女剣士さま?」

そこにはルイズが立っていた。
杖をジャンヌに向けて、険しい表情で睨んでいた。
その後ろにはギーシュ達やキュルケたちもいた。

「貴様をこのまま帰すわけにはいかないな」

ギーシュが感情を押し殺すように言った。
ジャンヌははっと笑ってルイズたちに言った。

「私を討つつもりか?人の小童どもよ。私は生憎この桃の回収方法を考えるのに忙しいんだ。好物なのでね」

「その必要はないわ。その桃は私が頂くから。私も桃は大好きなのよ」

「エルフは黙って木の実でも食べていなさいな」

「やれやれ・・・人間の欲とは際限がないのだな。まあいい。敵討ちならば付き合おう。無駄に終わると思うがな」

そう言って剣をゆっくりと構えるジャンヌ。
その殺気に思わず震えてしまうキュルケ。
恐らくタバサを助けに行った時に出会ったエルフより遥かな高みにあの女はいるのだと悟った。
だが・・・恐れている場合などではない!
そう自分を鼓舞してキュルケは詠唱を始めた。


「さて・・・良い余興だったな」

今までジャンヌの暴れぶりを傍観していたガリア王ジョゼフは消化試合になるであろう戦いを打ち切らんとばかりの様子だ。
縛られているアンリエッタとアニエスは達也が斬られ倒れて更に流された事を知ると、言葉も出ずにただ俯いていたが、ジョゼフの言葉に顔をあげた。

「あの桃は気になるところだが、そろそろ大掃除といこうか」

ジョゼフは火石を掴んで、舷外に放ろうとした。
アンリエッタはそれを見ると思わず叫ばずにはいられなかった。

「逃げて!ルイズ、皆!逃げてェ!!」

ジョゼフの手から火石が放られようとしたその時だった。
ジョゼフたちが乗り込むフリゲート艦が大きく揺れた。

「む・・・?どうした?砲撃か?」

「いえ、そのような事はないと思われますが・・・?」

シェフィールドが戸惑ったようにこのフネを動かすガーゴイルに命令を下そうとするが、妙な違和感があった。

「ガーゴイルの数が合わない・・・?」

彼女が疑問に思ったその時だった。
またもやフネが揺れ、今度は爆発音まで聞こえた。これはただ事ではないとシェフィールドは思い、急ぎ確認しようとガーゴイルに命令する。
だが、そのガーゴイルは程なく舷外に墜落していくことになった。
そして、彼女達の前に自分たち以外の人間が姿を現した。

「やれやれ・・・久々の現場での工作活動は骨が折れる。だが、人間ではないから良心は痛まんな」

「何者だ、貴様・・・!!」

「その声は聞き覚えがあるぞ?確か私をレコン・キスタに勧誘した時にいた女の声だ」

「レコン・キスタ・・・懐かしい名だな」

ジョゼフが呟く。
シェフィールドは険しい目で尚も喚く。

「何者だと聞いている!」

「我が名はリッシュモン。既に貴族の名を剥奪されたただの罪人だ」

「リッシュモン・・・!?」

アンリエッタは驚愕に呻いた。
アニエスも目を見開いている。
まさかとは思うが、脱獄して自分たちを殺しに来たのか!?

「ほう?お前は何をしに来たのだ?そこに転がっている姫君に恨みを果たさんと?」

シェフィールドは嘲るようにリッシュモンに尋ねる。
リッシュモンはやれやれと首を振り、事も無げに言った。

「成長の見込みのあるものを潰すほど落ちぶれてはいないさ」

リッシュモンはアンリエッタの方を見て言った。

「陛下、先程の叫び、ややはしたなかったですな。御転婆な所はまだ残っているご様子。ですが貴女の行動は間違ってはおりません」

「よ、余計なお世話です・・・!」

「私が用があるのは・・・貴方がただ。ガリア王ジョゼフ、そしてその従者であるシェフィールド。その命をもらう」

リッシュモンの持つ杖から、巨大な火の玉が誕生した。

「ほう・・・?」

ジョゼフは愉快そうに笑うが、シェフィールドは即座にガーゴイルに命令を下す。
リッシュモンに無数のガーゴイルが襲い掛かる。

「人形に用はないのでね」

すぐにリッシュモンの風の魔法によってガーゴイル達はバラバラになってしまう。
リッシュモンは申し訳なさそうに言った。

「申し訳ありませぬ陛下、年頃の御婦人には少々おきつい光景を見せるやもしれませぬ」

「え?」

「よければ目を瞑る事を推奨いたします」

そう言ってリッシュモンは再び杖を構えて、火の玉を発生させるのだった。
アンリエッタは目を瞑らずその光景を見守っていた。



対峙するエルフは此方の魔法をはね返すと言う魔法を駆使する。
なのでいきなり全力で魔法をぶっ放せばそこで全滅は確実である。
そんなわけなのでちびちび魔法を放ってはジャンヌを近づかせないようにルイズ達は行動していた。
ギーシュ達が作り出すゴーレム達を盾にしながら、ルイズは自分がすべき事をしていた。
とにかくあの反則な魔法をどうにかしなければいけない。
そうしないと此方の魔法は通らない。
自分の手持ちのカードでその盾を崩せそうなものはある。それが『虚無』の魔法である。
だが、先程からあのジャンヌという女は此方に呪文を唱える時間を与えてくれない。
長い呪文を唱えていると、此方に強力な魔法をぶっ放してくるのだ。そのたびに此方の集中力を削いでくる。

「うざったい女ね!!」

「小癪な真似はさせん!」

ジャンヌの剣が、ギーシュのワルキューレを切り裂く。
同時に放たれたこちらの氷の矢ははね返されてしまう。
ああ!もういい!詠唱短くて良いからとにかくこっちの攻撃を通らそう!
ルイズはそう思い、動きながら詠唱を始めた。

ジャンヌがゆっくりと確実に此方に近づくたびに後ろの桃も動くのが実にシュールであるが、それを突っ込む暇などなかった。
このエルフを退治するためにルイズ達は必死で戦っていた。
対するジャンヌは良い余興とばかりに余裕の表情である。
薄れそうになる意識の中、魔法による治療を受けるフィオは歯を食いしばる。
周囲の制止も聞かず、震える身体でジャンヌのもとへ歩きだし、駆けて叫んだ。

「何?しぶとい女だな」

「フィオ!?」

「死に体の貴様に何が出来る!安らかに逝くのが嫌なら望みどおりにしてやる」

「させるかぁ!」

ジャンヌが行動しようとしたその時、ギーシュがワルキューレを一斉に突撃させる。
思わずそのゴーレムに対処が遅れたジャンヌは脇腹にその拳を喰らってしまった。

「おのれェ!!」

ジャンヌはワルキューレ達を剣にてまとめてなぎ倒すが、そこに既にフィオが駆け寄っていた。
『ブレイド』の魔法を杖にかけ、ジャンヌに切りかかろうとしていたのだ。

「貴女が先に逝きなさい!!」

そう叫んでフィオは杖を振る。
だがそれは身を逸らせたジャンヌの肩口を傷付ける事しかできなかった。
フィオはこの瞬間、目を少し見開き、その後フッと微笑んだ。
直後、フィオはジャンヌにより肩口から腰にかけて大きく斬られてしまった。
その瞬間、ルイズの詠唱は完成した。

「みんな、今よ!」

ルイズの絶叫と共に、水精霊騎士隊、そして聖堂騎士達の魔法が一斉に発動する。

「無駄な事を!!」

ジャンヌは反射の盾を展開するが、ルイズが放った光によってその盾がパリンという音と共に強制的に解除された。
そしてジャンヌは人間たちの魔法を多大に喰らってしまった。

「グワアアアアアアアアアぁ!!!!!」

魔法の衝撃で後方の大きな桃に傷が付いていく。その桃に寄り添うようにフィオは倒れている。
自分の血が川に還っていくのをフィオはぼんやりと見ていた。
すぐ近くでは憎き敵が魔法の炸裂によって悲鳴をあげているのに何て暢気なんだと思っていた。
人間によるエルフ退治。なんだか御伽噺のようではあるが、ルイズ達はやり遂げようとしていた。
短い付き合いだが悪くはない連中だったと、フィオはルイズ達を評価していた。
何かが抜け落ちていく感じがする。何かが消えていく感じがする。
その時、フィオの右手に刻まれたルーンが輝きだす。
彼女はその時、見た。

「・・・姉様・・・ニュング・・・私・・・頑張りましたよ」

彼女の前には半透明のかつての家族が立っていた。
彼女の主で姉の夫でもあったニュングの姿をした者は頭を掻いていた。

『そうだな。お前はよくやってたと思うよ』

「素直に誉めてはくれないんですね」

『結果だけ見ればボロ負けじゃないの、フィオ』

「流石に五千年も剣に費やした女は強かったんですよ・・・」

『お前長い間寝てたりしてたもんな』

「でも、そのお陰で達也君にまた会えました・・・きっと向こうでも会えると思うんですがどうでしょう?」

『少し良いか?』

フィオの脳内にいつもの声が聞こえてきた。
この声・・・達也そのものの声である。姿を見せた事は一度もないのだが、声でわかるので、五千年間自分は寂しくなんかなかった。

「何か?」

『俺の元となったその達也だがな、お前の後ろにいるようだ』

「ふえ・・・?」

フィオが間抜けな声を出したその時、ギーシュ達が放った魔法の一部が大きな桃に炸裂し、上半分が消失した。
その瞬間、ジャンヌはがくりと膝をついたが、生きていた。
だが、大変弱っている様子で多量に吐血もしていた。
フィオはその宿敵の様子を見て嫌味の一つでも言いたくなった。

「ねぇどんな気持ちですか?完全に舐めていた人間にここまでの重傷を負わされどんな気持ちですか?」

「やかましい・・・!私が未熟であっただけの事・・・ゴホッ!!貴様は早く死んでいろ・・・」

「嫌ですね。今死んだら・・・」

その時、桃の中から姿を現したのは・・・

「はぁ~・・・死ぬかと思った」

「!!?」

目を限界まで見開き驚くジャンヌ。
対して目を細めて微笑むフィオ。

「達也君の雄々しい姿が見れないじゃないですか」

そう呟き、フィオは愛しき人の雄々しき姿を見つめていた。



(続く)




[18858] 第126話 俺の中の永遠
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/30 02:08

喋る刀『村雨』を持った因幡達也が桃の中から立ち上がって周囲を見回した。
唖然とする一同を見て達也は首を傾げていた。
そんな達也をみかねたのか、彼の友人のギーシュが叫んだ。

「タツヤ!色々言いたい事があるが、とにかく今のままでは君は死ぬことになる!社会的に考えて!!」

「何だとギーシュ!そりゃ一体どういうことだ!?」

「つまり僕が言いたいことは紳士ならば隠せと言いたいのだ!」

「何をだ!俺にはとりあえず疚しいところは最近切れ痔疑惑があるくらいしかないぞ!?」

「自分の今の姿を見て見ろ!?」

「何?」

そう言われたので俺は自分の今の状況を確認した。
気持ち悪いと思ったら桃の果汁まみれだった俺の肉体には何処も異常がない。
『全回復』により身体も心もきわめて良好である。
なんで桃の中に閉じ込められていたのかはさっぱり分からん。
とはいえ、身も心もさっぱり気分な俺に何ら恥じるような所はない。
生まれ落ちた赤子のような格好で俺自身生まれ変わった気分・・・あれ?
生まれ落ちた赤子のような姿?・・・あるェ~?

「素敵です,達也君(ぽっ)」

「ぎゃああああああ!?何で全裸なんだ俺ーーー!?」

俺は叫んで隠すべき所を手で隠した。
だが、心底慌てていた俺は大きなミスを犯した。

「胸を隠して如何する副隊長!?」

「股間を隠せ馬鹿者ーーー!!!」

「ま、負けた・・・負けちまった・・・」

怒鳴りながら突っ込むレイナールとギーシュの隣で打ちひしがれるように膝をついているマリコルヌ。
女性陣は・・・ルイズは手で顔を覆っているが指の隙間から見ているのはバレバレだ。
テファはキュルケが彼女の目を塞いでいる。キュルケも目線を逸らしているが、チラチラ見ているのはばれている。
タバサは石のように動かず、ジャンヌも同じように固まっている。フィオは見るまでもなくガン見しているに決まっている。

「達也くーん・・・こっち向いてくださーい」

何時になく弱々しい声のフィオに振り向くと、血まみれというか血だるまの彼女が俺に微笑みかけていた。

「フィオ!?」

「えへへ・・・ゴメンなさいこのような姿で・・・」

「いや、俺も俺で全裸だし」

何故かお肌がつるつるすべすべになっているのが解せぬ。まるで赤子のような肌触りの俺の皮膚である。でも全裸。
フィオの側に駆け寄るのは良いのだが、川の冷たい水に対して俺の子孫繁殖工場袋が悲鳴を上げ縮こまった。
全裸って辛いな。

既にフィオの身体は熱が失われており、その唇はどす黒く変色していた。
これはたとえ皆が回復魔法をかけても手遅れだと感じた。
しかしそんな身体で、フィオは力強く俺の手を握った。

ただ、彼に触れていたかった。
彼の格好がどうあれ、私は構わなかった。むしろ全裸の方が直に彼の温もりが伝わってくる。
何かが抜け落ちていく自分の身体に心地よい何かが流れ込んでいく。
ああ、心地よい。今まで長生きしてきてこんな感覚は初めてだ。
本当に長生きはするものである。
気付けばニュングと姉の姿は消えていた。
フィオの視界にはただ、愛しき彼の驚愕と戸惑いと悲しみの入り混じった顔がある。

「達也君・・・貴方と過ごした時間は短くとも私は幸福に満ちた時間でした。貴方を思って生きていた時間は長すぎでしたが不幸ではありませんでした」

フィオはちらりと視線を外し、此方に向かって駆けてくるルイズ達を見て軽く息を吐いた。
自分はもとより、ジャンヌももはや死に体と判断しての行動だろうか?
聖堂騎士達は教皇の下に急いだが、水精霊騎士隊の面々は続々とフィオと達也の下に向かっていた。

「フィオ!しっかりしなさい!傷は意外に浅いかもしれないわ!」

「ルイズ・・・何処をどう見たら浅く見えるんですか・・・」

「フィオ、済まない!僕たちは援護も出来ず・・・!!」

「良いんですよ隊長さん・・・どうせあの状況で援護しても返り討ちでしたし・・・」

「フィオさん・・・」

「ティファニアさん・・・貴女は人とエルフが分かりあえた証拠として、めげずに堂々と生きてください・・・」

ティファニアが大きく頷くのを見てフィオは笑う。
そして彼女の視線は、膝をついて弱りきっているジャンヌに向いた。

「怨恨で動く事を否定はしませんし、貴女の強さも否定はしませんよジャンヌ・・・。貴女は確かに強かった・・・そのせいでダークエルフは生存競争から脱落ですよ」

そう、今正に一つの種族が滅亡する時なのだ。
それは果たして偉業か愚行か。どちらにせよ生存競争に負けた者の末路は滅びである。
しかしフィオは悲観もせずにジャンヌに言った。

「ですが・・・復讐の果てに、怨恨を元に強くなった結果・・・貴女は何を得ましたか?」

「得たとも。強さを。貴様はその私の強さによって死ぬのだ」

「そうですか。貴女の執念も相当なものですね・・・ですが・・・私もただでは死にませんよジャンヌ」

「何・・・っが!!?」

フィオがゆっくりと指を動かすと、ジャンヌが膝をついていた地中から石の槍が一振り突き出た。
ジャンヌはその槍によって胸を一突きされていた。

「貴女を生かしておくと、達也君が危険です・・・。これがせめてもの・・・ダークエルフ達の嫌がらせですよ」

「き・・・貴様ぁ・・・・っ!!」

「お互い長く生き過ぎました・・・執念深く生き続けるのはもう止めにしましょう」

「まだだ・・・!その男が生きている限り私の生きる意味は・・・残っていると言うに・・・!!」

ジャンヌは血を吐きながら、胸に槍を突き立てたままでなお、立ち上がった。
そして震える腕で剣を構えた。その先には達也とフィオがいた。

「達也君・・・」

服を着る暇などある訳なく、全裸で果汁まみれの俺はフィオから手を離し、瀕死のジャンヌと対峙した。
村雨を持つ手に力が篭る。頭の中が澄み渡っていく感覚に襲われる。
今度は全回復は使えない。分身もさっき使った。
生まれたまんまの姿で刀を構えるのはシュールでしかないが・・・何故か気にならなかった。

「どうせならお前も私やその女と共に死ね、タツヤァ!!」

咆哮をあげながら残像を残しながら俺に接近するジャンヌ。
折角の女性からのお誘いだが、涙を呑んでお断りする。
言っておくがお前が俺を恨むように、デルフを破壊し、フィオを死なせる要因となったお前を・・・
俺が恨んでない訳ないだろうが!

「お前が勝手に死にやがれ!ジャンヌッ!!」

俺はそう叫んで、鞘から村雨を抜き放った。

剣を上段に構えたまま、達也の前で制止したジャンヌ。
一方達也は、村雨を抜き放ち、すぐさま村雨を鞘に戻した。
その瞬間、ジャンヌが自身が信じて振ってきた剣が根元から折れた。
そして彼女が身に纏っていた衣服は弾け飛び、胸に刺さっていた槍も刺さっている所以外は綺麗に斬られていた。
彼女の五千年費やした強さは、今ここで終焉を迎えようとしていた。
皮肉にも強さを求める切欠となった存在により、その強さを折られてしまうという結末だった。
刺し違い覚悟で力を振り絞った戦士はその力を奪われ、力なく崩れ落ちてしまった。
倒れた先には彼女が五千年追い求めてきたふざけた男がいた。

力なく倒れるジャンヌを抱きとめる形になった俺だが、このまま投げ捨てるべきなのか迷っていた。
ジャンヌの身体からは既に力は感じられず、最早その命は風前の灯であった。
・・・っていうか衆人監視の中、互いに裸でこれはどうよ。女は血まみれ,俺は果汁まみれ!危険なにおいがプンプンするぜ!

「終わりか・・・私の五千年の意味は何だったのだ・・・」

ジャンヌが力なく呟く。
知らんわそんなもの。そもそも五千年とか生きすぎなんだよお前ら。

「五千年の間に・・・貴女は違う道を選ぶ事も出来た筈です・・・それを貴女は一回の敗北を根に持ってここまで生きてきた・・・この結末は貴女が選んだ道ですよ」

フィオがゆっくりと告げるとジャンヌは震える声で言う。

「・・・敗北を認めない私に待つのは・・・取り返しのつかぬ更なる敗北だった訳か・・・やはり私は・・・未熟だったのだな」

自嘲を含む笑みを浮かべるジャンヌ。
その表情は何処か寂しく悲しかった。

「何処が敗北ですか・・・貴女が欲を出さなければ貴女の大勝利だったのに勝手に負けたんですよ貴女は」

「人間を欲深いなどと言えんな・・・」

「そもそも人間は誰かに会いたいからって言って五千年も生きようとしません。私たちはもしかしたら人間より欲深いのでしょうね」

ジャンヌがどんどん重くなっていく感じがする。
力がどんどん抜けていっているのだ。

「良かったではありませんかジャンヌ。剣しか知らぬ生娘の貴女の最期は自分を倒した男の胸の中で。私が元気なら貴女を引き裂いていましたよ」

「・・・・・・・・」

「何とか言ったら如何ですか。正直妬みで貴女を殺したい気分なんですよ」

「・・・・・・・・・・・・・」

「何ですかもう。感想も言わずに逝ってしまったんですか。死んでもムカつく女ですね・・・」

そう、俺の腕の中で五千年も復讐に生きたエルフの誇り高き剣士、ジャンヌはその長すぎる生涯を終えた。
その表情はどこか穏やかに見えた。この生涯の終わりに彼女は何を見たのか、俺には分かるまい。

「達也君、達也君・・・いつまでもその女と抱き合ってないで早く私を誉めてください」

少し怒ったような声でフィオが俺を呼ぶ。
その身体はルイズとギーシュが支えている。
その周りをテファやキュルケにタバサ、水精霊騎士隊の皆が囲んでいる。
俺はジャンヌが流されないように横たえて、フィオの所に向かった。


戦場に雨が降り始めていた。
教皇ヴィットーリオは水魔法による治療を受けながら、すでに自分の命が残り短いものだと確信していた。
回復魔法をかけても一向に治らぬこの熱さ。
恐らく人間の魔法ではどうにもならない毒をあの矢に塗っていたのだろう。

「聖戦を発動した者は例外なく戦場で死す・・・か。成る程伝承は事実のようだ・・・」

「聖下!何を弱気な事を申されるのですか!?」

ジュリオが焦った面持ちでヴィットーリオに呼びかける。
彼も顔色がどんどん悪くなっていく主を見て焦っているのだ。

「ジュリオ・・・あのエルフは・・・どうなりました?」

「勝ちました。勝てたんですよエルフに・・・!勝てるんですよ僕達は・・・!」

「そうですか・・・頼もしい限りだ・・・」

「そうです!ですから聖下、御気を確かに」

「・・・ジュリオ、見ましたか?あの空の光を・・・あの恐ろしき光を」

射抜かれる前に起きたあの爆発の事を彼は言っているようだ。

「はい・・・!大変恐ろしゅうございました」

「あれはけして輝いてはならぬもの。それを容易く輝かせ味方もろとも消したあの男を私は教皇として、人間として許すわけにはいきません・・・」

ヴィットーリオは身を起こして空を見上げた。

「わたくしは聖敵ならぬ人類の敵であるあの男を討つまで、始祖の下に行かぬと宣言いたします。ジュリオ、皆さん・・・その時までどうかわたくしにお力をお貸し下さい」

力なく微笑む若き教皇の姿にロマリア軍は涙ぐみながら歓声をあげた。



長い間、孤独を紛らわす生活だった。
たまに外に出ては出会った人間をおちょくるのが何よりの暇つぶしであった。
素性を明かした人間はごく少数。そして以降変わらなかった人間は恐らく一人。
桃色の長い髪を靡かせ、何故か一人称が『ボク』である少女・・・。
彼女も生きていればもうそれなりによい歳であろう。
その少女とルイズはよく似ている。まあ、彼女は『ボク』なんて言わないが。
行動しては眠りの日々を重ね、ようやく私は再会を果たした。
五千年。思えば長く待たせたものである。
待つ間は不幸ではなく、再会してからはずっと幸福だった。
そして最期のこの時もきっと自分は幸福なのだろう。
達也君、皆さん。有難う。私は恐らくダークエルフ史始まって以来の幸せ者です。

「皆さん、有難う御座います。聞いての通り私はダークエルフ。広義の意味では異教徒の類の存在です・・・」

「関係ないだろうそんな事!」

「フィオ、そんな肩書きで私達が貴女を邪険にする訳ないじゃない」

「そうだフィオ。君は僕らの仲間の一人であり、恩人でもあるのだから・・・」

マリコルヌがキュルケがレイナールがそうフィオに声を掛ける。
そうだそうだと言う合いの手が周りからも聞こえる。
嗚呼・・・どうやら私の愛する人は良い友人たちに恵まれたようだ・・・。

「私、貴女と皆を見ていたら希望がもてるわ。人とエルフは分かり合う事は不可能じゃないって」

ティファニアが泣きそうな顔でフィオに言った。

「ええ・・・でもまず人同士が分かり合えないことにはどうしようもないですね」

「痛いところをついてくれるわね、半分死人なのに」

ルイズも笑いながら涙を流している。
どうも意外にこの少女は涙腺が緩いとフィオは思っていた。

「ふっふっふ・・・意味ありげなことを言って皆さんの心に爪痕を残すと言う作戦ですよ」

「大変迷惑な死に方だな」

ギーシュが呆れたように言う。
そしてフィオは最期に達也に向き直った。
彼の手を取ってフィオは達也に語りかけた。

「達也君・・・正直申しますと私は貴方が心配でなりません。私亡き後、毎晩の如く貴方が涙で枕を濡らすと思うと死ぬに死にきれません」

「何その心配!?いらん心配だっつーの!?」

「そこは冗談でも死なないでくれハニーと言うべきですよ・・・」

「死ぬなよ、ババァ」

「非常に惜しいです。ババァではなくハニーと言ってほしかったですよ・・・冗談でも良いから・・・」

唇を尖らせ軽く俺を睨むフィオ。
しかしすぐにその表情は柔らかくなる。

「あーあ・・・何でこんな愛し甲斐のない人を好きになってしまったんでしょうね・・・私」

そう悪態をつくがフィオはこの上なく幸せそうな顔で言う。

「改めてと言うのも可笑しいですが、達也君。過去も今も未来も死んでもなお、私は貴方が大好きです。例え貴方に想い人がいても、私はその想い人に負けない愛情を貴方に向けていますよ。達也君、貴方は私の幸せそのものです。貴方の幸せは私の幸せとは大げさですが・・・私は貴方に出会えて・・・貴方を想って長生きできて・・・本当に幸せでした。だから達也君・・・貴方もどうかこれから色々あるかもしれませんが幸せを勝ち取ってください・・・。貴方が笑って生きている事を私は精霊たちと共に見守り、嫉妬に狂う事にしておきますよ」

「凄まじくダイレクトな愛情の伝え方だな。妹以外でそこまで言われた事はないな・・・少し照れるぞ」

「照れるという事は私の告白が達也君の心を揺り動かしたという事ですか?嬉しいですね・・・五千年生きた経験の賜物ですね」

弱々しく笑うフィオは囁くように俺に言ってきた。

「達也君、達也君・・・大事な事を伝えたいので・・・ちょっと近寄ってもらっても構いませんか?」

「あん?皆の前でいいだろうよ」

「ちょっと恥ずかしいので・・・でも大事な事なので」

仕方がないので俺はフィオにもっと近づいてみた。
そしてフィオは俺の耳元でこう囁いた。

「達也君・・・私を忘れたら泣きますよ?」

そしてフィオは不意打ち的に俺の唇に、自らの唇を重ねた。
しまった・・・ベタ過ぎる罠に引っかかってしまった・・・。
唇を離したフィオはしてやったりという顔で言った。

「隙ありですね、達也君。もう少し警戒感を持ったほうがいいですよ?」

「肝に銘じとく」

「銘じてください。心配ですから」

その時だった。
俺の右手が物凄い熱を持ちだした。
顔を歪ませて右手を見ると、『フィッシング』のルーンが何故か右手にも現れていた。
フィオは笑みを浮かべて俺を見ている。
おい、どういうことだこれは。

「私の全てをあげちゃいます。きゃっ、言っちゃった」

「ルーンを継承させたのかてめえ!?どうやったんだ!?」

「人間には分かりえぬ方法ですよ。これで私は達也君の身に刻まれるのであった」

「身には刻むなよ!?」

「達也君・・・真っ暗の中で怒鳴らないで下さい・・・」

フィオは既に目が見えていなかった。
ルイズが息を呑んでいる。そんな風には全く見えなかったからだ。

「怖いですけど・・・確かに貴方を私は感じました・・・達也君・・・貴方の姿は見えずとも私は貴方と共にいました。だから・・・私もずっと貴方と共に・・・」

この女、堂々と死後のストーカー宣言である。
俺は心配しなくて良いから成仏しろと言おうとしたのだが、ある事に気付いた。
俺の手を握ったフィオの手からはもう力は無かった。
それでもなお、彼女は俺の手をずっと握っていたのだ。
顔を伏せるギーシュと肩を震わせるルイズに支えられ、俺の手をしっかり握った親愛なるダークエルフ、フィオ。
長年たった一人の男への愛に生きた女は最期に様々な人々の親愛に包まれて精霊たちのもとに旅立っていった。



幸福な人生を終えた筈の彼女は白い空間にやって来ていた。
目の前には白いテーブルと黒いソファが置かれている。
テーブルの上にはティーポッドが置かれ、カップが四つ置かれていた。

『ここが噂の天国とやらでしょうか?』

フィオは辺りを見回しながら呟く。
あんな執念深い人生でよくもまあ天国に来たと思えるなと自分でも思う。
しかし可笑しい。天国というならば国の体型を取っている筈である。
しかしここは如何見えも何処かの部屋である。
彼女が疑問に思っていたその時、フィオの後方の扉が開いた。

『やっぱりいたわよ、あなた。引越し早々見知った顔が』

『おっ!今回は仮想人格じゃないほうだよな?坊主、どうだ?』

『だからちゃんと名前を覚えてくださいと何度も言っているでしょう。あれは仮想人格じゃなくて本物ですよ多分。そもそも仮想人格は大分前に消えちゃったじゃないですか。だから技能説明は以降僕らで回していこうと決めたのにあんた等妹さんの所にいっちゃったじゃないですか』

『ああ、そうだったなァ・・・よう!義妹よ、元気か!』

『死んでる妹に元気もクソもないでしょ・・・』

フィオの目の前には死んだはずのニュングと姉のシンシア、そして彼女は会った事などないが、元アルビオンの皇子、ウェールズが口論をしていた。

『・・・これは一体どういう事です?私は皆に見送られて昇天したのでは?』

『死後の世界って言えばその通りなんだけどね。僕達は死してなお、達也を見守る為にここにいるんだ』

『まあー悪く言えば取り憑いてんだけどな。まあ、訳わからんだろうがとりあえずお仕事をしてもらおう』

『は?』

『いいからいいから。いきなり感動の再会が出来るかもよ?』

『ちょっと待ってください姉様!?説明をしてください!?』

『要するに、仲良き事は良き事かなよ、フィオ』

『訳が分かりませんよ!?』

シンシアに引きずられてフィオは悲鳴をあげながら扉から出て行った。
残されたのはウェールズとニュングだけだった。

『引きこもっていたアイツと違って、こっちに来る奴は多そうだな、坊主』

『まあ、タツヤは迷惑がると思いますけどね・・・』


フィオとジャンヌの遺体は引き上げられていった。
他の皆は川から上がって陣形を整えている。
俺は何時までも素っ裸でいるわけにもいかないので聖堂騎士達の予備の下着と法衣を貸してもらい、それを着ていた。
とはいえ、雨が降っているのですぐ濡れてしまうのだが。
いまだ戦場は膠着している。あの爆発が何時また起きるかも分からない。
戦場の混乱も沈静化し、またまともな戦争が再開されると思うと気が滅入る。
仲間を失い、水精霊騎士隊の皆も若干テンションが低めである。
俺はギーシュに休めと半ば無理やり命令されて、現在お休み中である。
でも少ししたら戻るつもりだ。というか戻れとルイズに言われた。鬼か貴様。

「デルフの兄さんもいなくなっちゃったんですね・・・」

喋る刀が寂しそうに俺に言う。
そう、長らく俺を導いていた喋る剣はもういないのだ。

「でも任せんしゃい!この村雨、見事デルフの兄さんの後継として、ビシバシズバズシャと鍛えるんでよろしく」

明らかに斬る気満々の訓練宣告である。
ところで詳しく聞いてなかったがお前はどのような特殊効果があるんだね?

「長い間だらけていたから忘れちゃった」

「折れろテメエ!?」

俺がそう言って村雨をぶん投げようとすると・・・。

『あー・・・テストテスト・・・只今送受信のテスト中・・・』

久しぶりの怪電波が俺の脳内を駆け巡った。
というか人の脳内でマイクテストすんじゃねえ!?

『初めまして久しぶりのまた会いましたね!色々挨拶は御座いますがとりあえずお久しぶりです。最近放送がないから油断してましたね。愛ゆえに蘇った貴方の私の怪電波です。随分放送サボっちゃったけど、諸事情だから仕方ないですね!それではご報告があります。レベルアップですよ達也君!』

その呆れるほどテンションの高い声は一体何だ。

『気にしないで下さい。それでは今回『剣術』『歩行』『釣り』『格闘』の新技能とその他得たものが結構ありますよー?ゆっくり聞いていってくださいな。まずは『剣術』技能が一定値に達しましたので、『居合』のレベルがMAXになっちゃいました。とりあえず回数制限はなくなりましたが相変わらず人は斬れませんよ?残念ですね!精々眼福的な意味で使うといいさ!死ねばいいのに』

おい!?今のちょっとさりげない怖さがあったぞ!?何か恨みでもあんのか!?

『続いて『歩行』新技能『倍速』を覚えました!早い話が通常の2倍の速さで走れます。単純に2倍です。例えば100m14秒で走るなら、7秒で走れます。基礎能力が結構重要なので頑張って鍛えてください。目には止まるぐらいの速さが限界だと思いますが。体育会の英雄にはなるでしょうね』

また使えるのか分からん技能だよ・・・

『更に『釣り』技能の新技能は『釣り上げ』です。何時でも何処でも釣り糸を垂らし、何かアイテムを釣り上げる事が出来ます。専用の釣竿は何と魔法のように取り出せちゃいます。ただしこの技能により釣竿を取り出した場合、分身を一体消費します。更に釣り上げる際何かえらいものを釣り上げてしまった場合、分身は一日休みのペナルティがあります。別に陸地でも使えるし、一旦釣竿出したら自分の意思でしまわない限り、一日ずっと出たまんまですから。存分に釣りをお楽しみ下さい。なお、幼女のハートは釣り上げれません』

誰もそんな事は聞いてません。

『お次は『格闘』新技能です!『当身回り込み』の回数制限が20に増えました!以上!』

早っ!?説明早い!?

『最後に貴方が得たものを発表していきます。まずは信頼度ですね。ルイズさんとお姫様とフィオさんとギーシュ君とキュルケさんとレイナール君とアニエスさんとタバサちゃんとティファニアさんと真琴ちゃんとその他数名の信頼度が大幅に上がってます。ちなみにマリコルヌ君の信頼度は変動が大きすぎです。これによって得た技能があります。技能の対応者はギーシュ君とフィオさんのお二人です。そう言うわけで二つ技能を覚えてます』

ウェールズの時は風の加護だったが、活用した事が殆どない。

『ちゃんと活用しましょうね~?ではギーシュ君対応のご褒美技能は『アクセサリ作成』です。要は手先が器用になり、アイテムの製作の完成品の質が大変よくなります。中高生男子が工作の時間に作るであろう逸物の模型も引くほどリアルに仕上がり見るだけで妊娠しそうになるので停学処分を下される悲しい事になるので気をつけてください』

どんな技術の無駄遣いだよそれ!?

『最後にフィオさん活用のご褒美技能は『意思疎通◎』です。要は会話できない動物と意思の疎通が完璧に出来ます。とはいえジュリオ君みたいな能力ではないので気をつけてください。ちなみに巨大ミミズさんは達也君を気に入っているみたいですよ。モグラは知らん』

ミミズに気に入られてもモグラにやられとるじゃん!?

『以上で新技能の報告を終わります。あと、個人的にお話したいことがあります』

え?何?
そう思っていたら俺の両手のルーンが輝きだした。
そして立体映像の如く俺の前に姿を現したのは・・・

『本日の報告は私、永遠の幼女に仕立て上げられた哀れなダークエルフの幽霊、フィオちゃんがお送りいたしました』

長い黒髪に寸胴ボディ、小麦色の肌に赤い眼・・・半透明だが間違いなく俺の目の前にいるのはフィオ(ただし幼女)であった。

『達也君。私たちは貴方の中で何時までも生きています。というか取り憑いています。どうか寂しがらずに生きてください』

「たち?」

『はい。ニュングと姉様、そしてウェールズとか言う人も憑いてます』

「多いわ!?成仏しろ!!?」

『ふっふっふ・・・この時を待っていたのです。名実共に私と達也君は一心同体!こんなに愉快な環境にいて成仏できるか!というのが公式見解です』

「死者は生きている者に迷惑をかけてはならんと思わんかね?」

『実害があるのは達也君だけなので大丈夫です』

「ふざけんなー!!?」

『達也君、ありがとう。本当に死んでも幸せになれるなんて思っていませんでした』

「綺麗に纏めようとするな!?」

『忘れないで下さい達也君。私たちは何時までも貴方を見守っています』

そう言ってフィオは俺の目の前から消えていき、ルーンの輝きもなくなった。
死んでも好き勝手な奴である。

「ったく・・・そんなに心配なのかよ・・・」

俺がそう呟くと、何処からか『『『『うん』』』』と聞こえた気がした。
戦場の雨はもうすっかり止み、日の光さえ見えていた。
そして遠くの空から大きな爆発音が聞こえたと同時に、戦場がにわかに騒がしくなった。
俺は休憩を終えて、皆の下に戻る事にした。

戦争はまだ終わっていない。





(続く)





[18858] 第127話 罪人の末路、ハルケギニアの未来(笑)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2011/10/16 17:45
陸地でフィオとジャンヌが死闘を終えた頃、フリゲート艦ではリッシュモンがジョゼフ達に杖を向けていた。
炎の玉は徐々に大きく、そして密度を増していく。
離れた所にいるアニエスの所にまで呻くような熱さが伝わってくる。
そのような炎の玉を面白そうに見るジョゼフは、火石を手で弄びながらリッシュモンに尋ねた。

「なかなか見事な魔法のようだが、貴様はその炎を持って一体どれ程の人間を焼いてきたのか是非聞いてみたいものだな」

「知りたいか。まあ聞いた所で如何すると言いたい所だが、偶然にも覚えているから答えよう。私が直接焼き尽くした人、部下に命じて殺した人数は合計一万四千九百九十九名だ。喜べ、貴様らのどちらかが記念すべき一万五千人目の犠牲者だ」

表情を変えず、事も無げに言うリッシュモン。
それどころか彼は少ないかねとばかりに肩を竦めている。
その様子を見てジョゼフは愉快そうに笑い、シェフィールドは戦慄するのだった。
それだけの人数を奪って来た人間が自分達の前に悠然と立っている事は異様な事なのだ。
アンリエッタやアニエスとしてもリッシュモンが来た所で事態が好転するかどうかなんて分からないのだ。
相手はガリアの虚無使い。地獄を望み作らんとする男である。
アンリエッタが考えて考え抜いた策も彼の前には無力同然。この男には一切の希望がない。欲もないのだ。
だがリッシュモンは違う。この男は欲により動くとアニエスやアンリエッタは考えていた。
得体の知れない存在の神を崇拝するより実益のある金を重視すると言い切ったこの男は、自らの利益や国の利益を優先的に選ぶ。
そこに感情などは存在せず、レコンキスタに参加を決めた時も、アンリエッタが国を滅ぼすと考えたからである。

しかし結局、彼のトリステイン復興計画は半ばで倒れ、彼は獄中の身と化した。
アンリエッタはそこそこ成長したため、彼もアンリエッタに対する評価を改めた。
このまま成長すれば、この若い女王はトリステインのみならず、ハルケギニア史に残る名となろうと。
それを獄中で聞かされた時は、何とも言えぬ感情に襲われたものである。
時代は自分を選ばず、若き女王を選ばんとしていた。
このまま時代の敗者として獄中で命終えると覚悟した時、宰相マザリーニが自分に最後の大仕事を命じた。
それは簡潔な内容だった。

『トリステインの、ハルケギニアの未来を身命を賭け守れ』

彼から命じられたのはただそれだけだったが、リッシュモンはその任務がまさしく命懸けのものであると確信していた。
アンリエッタに対するはガリアの『無能王』ジョゼフ。
彼の纏うものは正でも負でもなく、ただの虚無。何もないものだった。
薄汚れた欲望もなく、崇高な理念も何もない虚無のものであった。
対峙してみてそれがよく分かる。この男は一体何があってこのような人間のような何かになってしまったのか。
この男を守る女・・・シェフィールドからは愛情らしきものを感じるが、この男には何もない。

「中々の数ではないか。しかし分からんな。お前は確かそこのアンリエッタ姫の手によって裏切り者として生を終えるはずだったはず。憎くはないのか?」

「この方が理想ばかりに目をくらませた腑抜けならば、私も彼女を誅しよう。だが・・・思いのほか成長してるようでな」

「・・・その成長に賭けると言うわけか。だが無駄だよ。これより我が主がこの地を地獄と変えるのだからね。その王女がどれ程叫ぼうが成長しようが、それは止めれないのさ」

「地獄か・・・。好き好んで地獄を作ろうとする王に民はついて来ぬと言うのにな」

「おれは民なぞどうでもいいのだよ。むしろ面倒な存在だと思っている」

「言うではないか、ガリア王。では何故貴様は王になった」

「優越感に浸れると思ったからだ。俺が優れていると実感するにはこれしかないと思ったからだ。だが・・・残ったのは退屈と空虚感だけだったのさ。退屈を紛らわそうと政治をやって見てもつまらぬ。軍事に手を出してもつまらぬ。数多くの女を抱いてみても詰まらぬ、下らぬ。子育てをやってみても肝心の娘は反抗期で詰まらぬ。全てにおいて詰まらなく下らん事ばかりだったのさ。世間は俺を無能と罵るが、そんなことすら如何でもよくなる。ただ、変化がお望みなら大きな変化をもたらしてやろうと言うのだ。この大地を焼け野原にするなどしてな。此度の聖戦などは絶好の機会であろう」

「地獄を望むか、ガリア王」

「その通りだ。阿鼻叫喚の地獄を見れば、俺のココも震えるのではないかと思ってな」

ジョゼフは自らの胸を指で叩き、そう言った。

「特別な関係を持ったものは殆どその命を奪ったのだが、何にも感じんのだ。困ったものではないか。そうなれば統治しているこの地を焼き尽くすぐらいではないと俺の感情は震えんであろう?」

「ガリア王、人を万単位で殺している私が言おう。そのような事をしても貴様の心は震えん」

「何故言いきれる?」

「貴様の心は既に死んだも同然の様子だからな。お前の心は死人のまま成長し続け、絶望が日常となり更なる絶望を求めているに過ぎん。地獄を自らの手で作らんとしている者が、今更大地が焼け、人が多数死んだところで何故泣ける?そもそも手を下したものが泣く資格はない」

「貴様!口が過ぎるぞ!」

「すまないな。私も幾分か熱くなったようだ。仮にも一国の王にこの口の訊き様は無礼であるな。だが・・・私は地獄は未だに嫌いでね」

「臆病な事だな」

「黙れ女。臆病の感情無き者は得てして無謀な存在だ。臆病を笑う行為は自ら無謀なる者と宣言してると知れ」

リッシュモンはそう言って、杖を軽く振った。
すると、火の玉が三つに割れて、ジョゼフ達に向かっていった。
だが、その火の玉はガーゴイルに阻まれた。

「ほう・・・まだガーゴイルを残していたか」

「当然よ。私はこのお方を護る為、最善の策を常に講じているわ」

「貴様だけがその王を守るわけではあるまい。その王を守るべき兵士達がその男の裁量によって今しがた灰と消えたのをもう忘れたのか?」

リッシュモンは嘲笑を含んだ声で問いかける。

「そうだな、呆気ないものだったよ。だが、それがどうした?困った事にそれしきの事ではおれはどうも思えない。父に買ってもらった玩具のフネをなくした時の方が、よほど心が痛んだと記憶するぐらいだ」

「例えが不適切でしょう!!一体あれだけの艦隊に何人の人間が乗り組んでいたとお思いですか!それこそ数万規模ではありませんか!」

「父に買ってもらった・・・か」

リッシュモンはジョゼフを睨みながら再び杖を持つ手に力を込めた。
アンリエッタは悪魔かそれより強大で恐ろしいものを見るような目でジョゼフを睨みつけていた。
空虚な瞳でリッシュモンやアンリエッタを見るジョゼフは考えていた。
如何したらおれは泣けるのだろうかと。
あの男は既に自分の心は死んでいると断言した。
自分の心を震わせる可能性のある男は既に自分が殺した。
では一体如何したらおれは泣けるのだ?
本当におれの心は死んでしまったのだろうか?

「まあいいさ、私にとっては貴様が泣く泣かないなどどうでもいい」

リッシュモンはそう言って、自らの杖を自分の身体にあてた。
赤い光がリッシュモンを包んでいく。
その姿はまるで全身が炎に包まれているようだった。

「地獄が望みなら、その身で地獄の炎を味わうが良い」

リッシュモンを包む魔力の奔流が激しくなっていく。
アンリエッタとアニエスはその輝きに目を瞑りそうになった。
熱風が彼女達の肌にダメージを与えそうである。
リッシュモンはジョゼフ目掛けて駆け出した。
それを見てとっさにシェフィールドはガーゴイルをリッシュモンに襲い掛からせる。
ガーゴイルの攻撃がリッシュモンの身体に触れんとしたその時、ガーゴイルの体が蒸発するように消えていった。

「何!?」

「そのような人形で私の行進を阻む事は出来んよ」

驚愕するシェフィールドを小馬鹿にするような態度でリッシュモンは言う。
それを見て、ジョゼフは何やら呪文を呟いた。
その瞬間、リッシュモンの胸の付近で小さな爆発が起きた。
思わずリッシュモンはのけぞってしまう。

「ぐむうっ・・・・・・!?」

「踏みとどまるか。だが、何時まで持つかな」

呪文を唱える度に、リッシュモンは爆発に巻き込まれていく。
しかし倒れず少しずつ歩を進めていく。
徐々に血にまみれていくかつての忠臣の姿を見て、アンリエッタは目を背けたい気持ちに駆られた。
左目は潰れ、身体のそこらかしこが抉れ、骨が見えている箇所もあった。
それでもなおリッシュモンはジョゼフを見据えて立って歩いていた。

「さあ・・・私はまだ倒れていないぞ・・・?」

「何でそこまで・・・!!」

シェフィールドは思わずリッシュモンに問いかけていた。
赤を通り越して黒っぽい血にまみれた顔でもなお、リッシュモンは哂った。

「私は未来に希望を持ったからだ。青臭いし柄ではないが・・・このハルケギニアと我が愛する国トリステインの未来に希望が持てるからだ。貴様等がつまらないといった世界の未来が楽しみだからだ。勝手に貴様等が絶望した世界に希望を持って何が悪い。その未来の礎となるならば最早本望。出来すぎだと思うがな。この世界はまだ成長の見込みはある。それを遅らせようとする貴様らの考えは個人的に許せんのさ」

「許せぬならばどうする?その満身創痍の身体で我が主に挑むか?」

「出来ればそうしたいがな・・・。どうも私はそこまで歩みを進めることが出来ぬようだ」

「ならば貴様が行なっている行進は全くの無駄でしょう?何故倒れないの?」

リッシュモンはアンリエッタのほうを見ながら言った。

「無駄と思うか?」

「何?」

「私がここで行う事は無駄ではない。全て未来を勝ち取る為の布石に過ぎない」

リッシュモンは目を細めて微笑んだ。

「ですから、貴女はお気になさらずに」

「リッシュモン・・・!貴方は・・・!」

「銃士隊隊長殿。私は地獄で自らの罪からタコ殴りされに行く。陛下の御身並びに、ご自身の身を大事にしろ。よいな。それが私に対する復讐でもある。何故なら・・・私は死んで、そなたは生きるのだからな」

リッシュモンの羽織るマントから火が上がっていく。

「ガリア王。地獄を演出する者が、高みの見物する等許されんとは思わんかね?」

「何?」

「私の歩み止る場所・・・そこが貴様の・・・」

そう言ってリッシュモンの姿は陽炎のように揺らめき、一瞬でジョゼフの前に立っていたシェフィールドの前に移動していた。

「地獄の入り口だ」

リッシュモンはシェフィールドの服を掴み、自らと共に舷外へと身を放った。
あまりに一瞬の事でありジョゼフも、ガーゴイルも反応できなかった。

「ジョゼフ様・・・!!」

「紳士に反する行為だが・・・まあ、どうせ悪人だからな、私は。貴様がガーゴイルを操るのは見ていた。ああいう魔法媒体は操り手を潰すのが王道・・・そういう訳だ」

落下しながらリッシュモンは呪文を短く唱えて、自分の心臓付近に手を当てた。
その瞬間、リッシュモンの身体が眩く輝きだす。

「自爆するか貴様!?」

「自爆?違うな。自らを火葬するのだよ・・・貴様と共にな」

遠ざかるフリゲート艦を見ながらリッシュモンは炎に包まれていく。

「おのれ・・・!おのれ・・・!!ジョゼフ様ジョゼフ様ジョゼフ様ジョゼフ様ジョゼフ様ジョゼフ様・・・」

愛しい人の名前を呟きながら炎に包まれていくシェフィールド。
リッシュモンの身体が白く発光したその瞬間、爆発音と共に彼らの姿は無くなった。
その一部始終を見守っていたジョゼフは何も感じる事も無く、再び火石を取り出した。

「リッシュモン・・・」

「中々の余興だった。随分時間を食ってしまったがな」

「貴方は・・・!!」

「これでも残念に思っているのだよ?これでおれに新たな玩具を与える者が減ってしまったと。実に残念ではないか」

ジョゼフは暗い笑みを浮かべてアンリエッタたちに言った。

「哀悼の念を込めて、彼女には旅のお供をつけてやろう」

ジョゼフがそう言った次の瞬間、フリゲート艦の目の前で大きな爆発が起こった。
その衝撃でジョゼフはフリゲートの舷縁に叩きつけられた。
叩きつけられた弾みで火石が手から離れ、甲板の上に転がった。
アンリエッタとアニエスも先程の衝撃で拘束から逃れ自由の身になった。
しかし彼女達も身体を強く打ちつけ、動くのがやっとだった。
アンリエッタは甲板に転がる火石に気付いて、口にくわえた。

「あふぃえす!ふぉのふゅねふぁらふぉひぃおりわひょう!」

「すみません陛下、口の中のものを取り出して申し上げてくださいませ」

「アニエス!このフネから飛び降りますわよ!」

「承知いたしました!」

今すぐこの狂王を殺してしまいたいが、肝心の武器がない。
そのため彼女達は逃走するしかなかった。

「逃げても構わんぞ?」

だが、絶望は愉快そうな声をあげていた。
ジョゼフの手にはアンリエッタが奪った火石より更に大きな火石が握られていたのだ。
目を見開くアンリエッタたち。

「どちらにせよ、この地は地獄と化すのだからな」

「そんな・・・」

アンリエッタは崩れ落ちそうになる自分を心中で叱咤し、何とか立ったままでいられた。
絶望は更に彼女を包もうとする。
ハルケギニアの未来が、希望が、こんな男の為に失われるのか。
こんな男の為に罪なきものたちが蹂躙されていくのか。
こんな男の為に世界は地獄になるのか。こんな、こんな男の為に・・・!!
そう思うと憤りと悔しさと悲しさで涙が出てきた。

「涙か。羨ましい事だ。お前のその哀しみを、胸の痛みをおれにやれたらどんなに楽なのだろうな」

「神でも何でも構いませんから、どうか誰か、この男を止めてください。後生です・・・!世界がなくなる前に・・・!!」

「神か・・・生憎だかおれは信心はなくてな。しかしそうだな、神がいるのならば見せてやろう。世界が灰燼と化すさまをな」

ジョゼフが火石を手で弄んでいたその時だった。

「そ こ ま で よ !」

絶望の空に高らかと響く声が聞こえた。
アンリエッタはその聞き覚えのある声に対し、表情を輝かせたが、すぐにその存在を見て唖然となった。

フリゲート艦の前を飛ぶ風竜の背中には四人の姿があった。
何故か四人とも仮面舞踏会につけるような仮面をつけていた。

「・・・何だ貴様ら」

ジョゼフは興味深そうに尋ねた。
すると、赤い仮面をつけた女が妖艶な動きでポーズをとった。

「情熱の赤き炎、ゲルマニアレッド!」

続いて青い仮面をつけた小柄な者がやる気なさげにポーズをとった。

「壮麗たる青き雪風、ガリアブルー」

次に緑の仮面をつけた胸部がとんでもない女が恐る恐るポーズをとった。

「お、大いなる自然の恵み・・・アルビオングリーンッ」

最後に桃色の仮面をつけた者がノリノリでポーズをとった。

「永遠のメインヒロイン!トリステインピンク!!我ら、聖女戦隊ハルケレンジャーが双月に変わって参上よ!!」

そう自称・永遠のメインヒロイン(笑)が言うと、彼女たちが乗る風竜シルフィードがきゅいと元気よく鳴いた。

「は・・・恥ずかしいよ・・・」

「駄目よアルビオングリーン!この期に及んで恥ずかしい等と!ガリアの狂王ジョゼフ!ロイヤルホワイト・・・じゃなかった、アンリエッタ女王陛下を解放しなさい!」

「ちょっと待って!?ロイヤルホワイトって何!?わたくし!?ていうかそもそも何をやっているのですか貴女は!?答えなさいルイズ!?」

「違う!私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでは御座いません!永遠の皆の妹のトリステインピンクです!」

「ちょっとピンク!肩書きが変わってるわよ?」

「女には複数の顔があるのよレッド」

「ハッハッハッハッハ!!大変愉快な出し物ではないか!」

ジョゼフは心底愉快そうに笑った。聞いている者が不愉快になる位に笑った。

「皆さん、この男はこの地を火石によって焼き払い、地獄と化す事を望んでいます!!」

「何ですって!?」

アンリエッタの注意に驚く四人。

「その通りだよ、ハルケレンジャーの諸君。至極分かりやすい構図だ。おれを倒せば世界は救われ、おれを止めれなければ世界は地獄と化す。さあ・・・どうする?ガリアブルー?」

「あなただけは絶対に許さない」

「フハハハハハ!!ならば全力で止めてみるが良いさ!だが俺も地獄が見たいから、それなりに抵抗はするがな」

ジョゼフがそう言うと、残存していたガーゴイルたちが一斉に風竜目掛けて突撃してきた。

「みんな!!」

アンリエッタが叫ぶ。

「甘い、甘いわよジョゼフ!数で押し切ろうなんて正に小物の発想!出でよ聖堂騎士とその他の皆さん!」

ハルケレンジャーを取り囲むように聖堂騎士のペガサス達と水精霊騎士隊の隊員たちが現れた。

「誰がその他だ!」

マリコルヌが怒鳴るがルイズ・・・じゃなかったトリステインピンクは完全に無視していた。

「各員、群がるガーゴイルを蹴散らせ!」

レイナールが全員に号令をかけると、若き騎士達は猛然とガーゴイルに向かっていった。

「私たちにはこの通りナイトがいますわ。ですが、今の貴方は如何でしょうねぇ」

キュル・・・じゃなかった、ゲルマニアレッドがジョゼフに向かって言う。
なおもジョゼフは余裕の表情を浮かべている。

「何・・・どのような存在がいようが全てこれがあれば・・・」

ジョゼフが火石を掴む手の力を込めたその時、一輪の薔薇が彼の足元に突き刺さった。

「今度は何だ?」

「フフフフ・・・フハハハハハハ!」

ヤケクソ気味の笑い声が戦場に響き渡る。
その声を聞いたハルケレンジャーの皆さんは、一斉に棒読みで叫んだ。
いや、叫んだのはピンクだけだが。

「そのお声は・・・ナルシスト仮面様!」

そこにはジュリオと共に、彼の竜に跨った蝶の仮面をつけ、胸元を開いている変態・・・じゃなかった、ギーシュ・・・でもなかった、とにかく奇抜な姿の仮面の貴公子ナルシスト仮面であった!

「何この茶番・・・」

ジュリオは一人呆れながら呟く。
この宴会芸にも近い茶番を作り上げた者は自分を殴り飛ばしたあの男である。
シルフィードの偵察によりアンリエッタとアニエスが囚われの身であると聞いた彼は勝利の宴の為に用意しておいたあの小道具を使い、相手を唖然とさせようと提案していたのだ。正直意味が分からんが、囚われの姫を助けるのは正義のヒーローと相場は決まっているとは彼の談である。
そして当の彼だが・・・今、地上にいる。

そういえば俺の愛天馬こと『テンマちゃん』を連れて来るのを忘れていた。
そもそもロマリアには高速艦で来たからテンマちゃんを連れて行く余裕はなかった。
うーむ、呼べば来るだろうか?口笛はランダム性が強いし・・・。
・・・一応口笛込みで呼んでみる事にした。

「おーい!テンマちゃーん!」

そう言った後、俺は口笛を吹いた。
そうしたら程なく俺の愛天馬は空から猛然と駆けて来た。
・・・おや?誰か乗せてません?

「この暴れ天馬は一体何なんですか!真琴が死んでしまいますよ?」

「ふにゃにゃ・・・目がグルグルする・・・」

「あうあう・・・私は如何でもいいんですか・・・」

俺の愛天馬の背に乗っていたのは俺の妹の真琴とメイドのシエスタであった。
・・・・・・ちょっと待て!?どういうことだ一体!?
なあ、テンマちゃん!?どういうことだい!?

【しばらくお待ち下さい】

つまりはこういう事らしい。
テンマちゃんはあまりに暇なので俺の領地を尋ね、真琴とシエスタを乗せて空の散歩をしていたら呼ばれた気がしたので全力で来ましたということです。
ところでこの喋る杖は一体なんでしょう?
戦争中という事も忘れ、俺はこの場の状況を如何理解するか努める事にした。
メイドブラックとかどうだろう?

達也は普通に混乱していた。



(続く)





[18858] 第128話 称号:魔法少女見習い
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/08/05 18:44
これまでのあらすじ【空中編】

ロイヤルホワイト・・・じゃなかった、アンリエッタ女王を救出する為についに魔王ジョゼフの飛行船に辿りついた我らが聖女戦隊ハルケレンジャー!
だが、狡猾にもジョゼフは自分の力で戦おうとせず命無き配下を使いハルケレンジャーと愉快な仲間たちを苦しめる!
そこに薔薇と共に現れたのは謎の変態仮面・・・じゃなかった謎の仮面の貴公子(笑)ナルシスト仮面!
果たしてナルシスト仮面の登場によってハルケレンジャー達は勝利の鍵を掴む事が出来るのか!
そして囚われのアンリエッタとアニエスの運命は!?
あ、ジュリオさん、茶番とか言わないでもう少し付き合ってください。


ガーゴイルとの空中戦を展開する聖堂騎士達と水精霊騎士達は斬っても撃っても再生するガーゴイルに手を焼いていた。

「なんだコイツは!?気持ち悪いぞ!」

「どうやら水属性の魔法で動いてるようだ。この再生能力は尋常じゃない」

「いや、それはなんとなく分かるんだがな、そのだね」

聖堂騎士が炎の魔法でガーゴイルの上半身を吹き飛ばすと、ボゴッボゴッと音を立てながら下半身から新たな上半身が出てくる。
再生能力を持っているのだ、それは当たり前の光景なのだが再生した上半身は何故かテッカテカであり、更に粘液のような液体も付着していた。

「・・・ご覧の通り気持ちが悪い」

そう言いながら今度はガーゴイルの下半身の一部を消し飛ばす聖堂騎士は嫌そうな表情を浮かべている。

「全身もろとも消し飛ばせば良いんじゃないか?」

そう言いつつ水精霊騎士隊員は風の魔法で粉微塵になるまでガーゴイルを切り裂いていく。
ガーゴイルたちの動きは妙に単調な為か戦いやすいのだが・・・・・・。

「む・・・再生の方が速いか」

しかしながらガーゴイルの再生がべらぼうに速い為中々押し切る事が出来ない。
あれだ、普通の生物が細胞を分裂させる時一個が二個になるのに対してこいつ等は一個が二百五十六個になってるんじゃないの?と疑問に思えるほどの再生能力だ。いや、生物じゃないんだけどね。しかもべらぼうな再生能力は脅威だけどかなり弱いし。まるで戦う為の脳が用意されていないか、ただの突撃脳と思えるほどの弱さである。

「広範囲を攻撃する魔法を唱える暇がないのがもどかしいな」

「全くだな、正にこのような敵を蝿のような存在と言うんだろうね」

滅茶苦茶弱いが不死身のガーゴイルを相手にする野郎どもを囮にして、ルイズ・・・じゃなかったトリステインピンクはアンリエッタ奪還の機を窺っていた。
勢い勇んでトリステインに戻って何か策を練っていたらしいという事は知っていたが、あのお方は一体何をやろうとしていたのだろうか?
囚われの姫なんて彼女には似合いそうに無い役割である。

「まあ、陛下を出し抜き拘束するほどの使い手というわけね・・・だけど!」

トリステインピンクは風竜の背の上に立ち、杖をジョゼフに向けていた。
彼女の動きに呼応して、タバサ・・・じゃない、ガリアブルーも冷たいながらも熱い怒りを胸にして、杖をゆっくりとジョゼフに向ける。
その動きを見てジョゼフは鼻を鳴らす。

「その杖で果たすか?父の復讐を。せいぜいよく狙うのだな。おれの胸はここだ。おそらくお前の父が生きていれば一発でおれの胸を穿つだろうな。アイツは憎らしいほど優秀だったが、貴様は如何かな?」

「その口で父を語らないで。実に不愉快」

「そうか?おれは愉快だよ!地獄を見る前にこのような見世物を見ることが出来たのだからな!娘の道化のような姿にさぞ父も嘆くだろうな。いや、アイツは逆に大笑いするかもなァ!?」

「語るなと・・・言った!!」

感情的な声でガリアブルーは自らの仮面を剥ぎ取った。

「アハハハハハハ!!滑稽だなシャルロット!お友達とのお遊びはもう終わりかな?俺が言うのもなんだが友人付き合いは考えるべきだな!」

「ジョゼフ・・・・・・ッ!!!」

ガリアブルー・・・もといタバサの瞳には怒りの炎が上がっていた。
そして怒りに身を任せ、彼女は氷の矢を複数ジョゼフに向けて発射した。
全てジョゼフの急所目掛けての攻撃だったが、その攻撃は全て当たらなかった。
何故ならその場所にはジョゼフはいなかったからである。
何故だ?自分はちゃんとジョゼフの姿を見ながら魔法を発射した筈だ。
あの男に魔法が命中する直前まで、私ははっきりと見ていたはずじゃないか。
なのに何故あの男は悠然と余裕たっぷりに此方を眺めているんだ?

「欠伸が出るほどの遅さだな、シャルロット」

あの男はそう言って自分を嘲笑する。
いつもは冷静なタバサの頭が熱くなりかけたその時だった。

「恥ずかしいほど見え透いた挑発に引っかかるんじゃないわよ、タバサ」

親友の声が、自分の熱を冷ましてくれた。

「私からすれば親戚付き合いも考えた方が良いと思うから!」

「そう、血の繋がりよりも強い絆は確かにある」

飛竜の上で薔薇を掲げながら言うのはギ・・・じゃなくてナルシスト仮面である。
恥も外聞も捨てたかのような開き直りぶりが実に痛々しい。
実際彼の傍らにいるジュリオの氷のような視線が痛すぎる。
だが、謎のナルシスト仮面は気にしない。気にすると泣くから。

「それは愛で結ばれし絆!彼女や彼らは血のみでは得がたい宝を既に得ている。その絆がある限りタバサは何度でも立ち上がることが出来る!僕たちも誰かのためにと言うお前からすれば反吐が出るような理由で戦える!青臭いが尊い宝、貴様にはあるまいガリア王!」

「知った風な口をきくな小僧。ああ、確かに反吐が出るほど青臭いよ貴様らの安い友情劇は。愛だと?絆だと?そんなことで燃え上がれるのは貴様らのような現実を知らぬ小僧どもだ。王にしてもそこにいる全ての人民から祝福を受けた温室育ちの姫君とは違う。おれは蔑まれ比較され疎まれてもなお此処までやって来たのだ。王とはどす黒いまでの孤独に耐えうる器ではないと勤まらんのよ。そこに愛など絆など入る余地は無いのだ。シャルロット、貴様の父をおれが殺したのはそう言う理由もあるからだ。やつは優秀だったが最悪なまでに甘かった。人を信じすぎた。どのみち奴が王になっても騙されいいように使われ流れに簡単に踊らされる民衆に性格が良いともてはやされながら王としては何も出来ぬまま腐っていったのさ。祝福を万人から受ける王など所詮そのようなものよ!さて、シャルロット。愚痴のようになってしまったが俺はこのガリアを強い国にした。ロマリアなどに屈さぬ強い国にな。だが貴様はどうなのだ?おれを殺した後、貴様に待つのは祝福であろうが、所詮ロマリアの操り人形でしかない貴様に王が務まるか?務まらんよなァ?お前が玉座に座るという事はこの国をロマリアに売るという事と同義だからなァ?おお、なんということだろう。貴様の父も愛したガリアがロマリアの腐れ坊主たちの傘下になるのだ。ガリア史に残る愚行だよこれは。おれなんぞよりよっぽど愚行ではないかね?」

「何を言っているのですか!貴方はこの世界を地獄にすると言っていたではないですか!」

「そう、俺はこの世界を等しく地獄にするのだ。皆好きだろう?平等というやつは。貴族も神官も平民も男も女も地上のありとあらゆるものも全て地獄に叩き落す。誰もが泣き叫ぶ世界を俺は作るのだ」

「それこそ反吐が出る思想と知りなさい!」

「少なくとも愛や絆などというもので飾り立てている貴様らよりはおれの方がわかりやすいと思うがね」

ジョゼフは吐き捨てるように言ったあと、誰に向けるわけでもないように言った。

「おれでもな、昔はシャルルと共により良い国を作っていければと童心ながら思っていたよ。だがその考えはあまりに若すぎた。人間というのはどちらか白黒付けんと気が済まぬらしい。二人で共になど誰も許しはしてくれなかった。シャルロット、貴様は知らんであろう。王座継承の際の醜い派閥争いを。ガリアではよくあることらしいが、あの争いで何人、何十人の人間が死ぬことになった。それを諌める為に我が父が王位をおれに継承しても鎮圧はすぐ訪れなかった。理想はシャルルと共にガリアを強大で豊かな国にすることだったが、現実はシャルルを取り巻く蝿どもと争う羽目になっていた。シャルロット、お前は知るまい。ぬくぬくと庇護下で幸せに暮らしていたのだからな。お前は知るまい。あのイザベラでさえシャルルが死ぬ前は命を普通に狙われて、幾度も誘拐紛いの行為をされた事を。奴の侍女が幾度も奴の目の前で殺されていた事も貴様は知るまい。知らぬが故に貴様はそうやって自らが一番不幸のような顔をしているのだろう?おれは長いこと泣いていない。このような環境に身をおいていれば泣く事も叶わぬと諦めかけたこともあった。しかしおれは涙を流したいのだ。人間として涙を流したいのだ。だが、泣けぬ。心が当に死んでいるからだとよ。この火石を投じればウン十万の命が塵芥になると思っても最早何も感じぬ。だが、その地獄の光景を見れば何か思うこともあるかも知れぬだろう?」

タバサ達はジョゼフの言葉に耳を疑った。
この男は自分が泣きたいが為に今までこのような真似をやっていたのか?
それが行動原理としたら・・・なんて自分勝手なんだ!
そんな考えの為に・・・!!そんな考えの為に・・・!

「そんな貴方の感情的理由で父も母もあのような目にあったと言うの・・・?」

「そんな理由で私はアンタに命を狙われていた訳?」

「そんな単純な理由で私はエルフとかに酷い目にあわされた訳?」

「そんな理由でこの男は世界を焼こうと言うのですよ・・・」

「至極単純な理由さ。面白そうだから、感情が震えそうだから・・・それがおれの行動理念だ」

「「「「納得できるか!!」」」」

「納得せずとも良い。おれを理解する事など貴様らには不可能だからな」

ジョゼフはもう笑っていなかった。



これまでのあらすじ【地上編】

たつや は こんらん している!
おめでとう! まことは まほうつかい に なっていたぞ!
シエスタは ひさびさの でばん に ワクワク している!

とにかく落ち着こう。何事も落ち着いて状況を整理すれば事態は好転するのだ。

「落ち着くには釣りが一番だと思わんか?」

「戦場の空で釣りをしないでくださいよ、達也君」

喋る刀が冷静に俺に突っ込む。

「お兄ちゃん、釣れますか?」

可愛らしく小首をかしげて俺に尋ねる真琴は実に空気の読める優秀な妹である。
色々あったあとにこいつを見ると俺のガラスの十代的なハートは防弾ガラスに進化しそうな勢いで癒される。
彼女が持つ喋る杖・・・オルエニール通称『オルちゃん』という杖は真琴の魔法の指南役を自称している。
それを聞いた時俺は、俺の戦いの指南役であった喋る剣の事を思い出し、しんみりしそうになったが、真琴の前でそんな空気は出す訳には行かない。
滲み出しそうな感情を抑えて、俺はシエスタに聞いた。

「ウチの妹は何か魔法でも使えるのかよ?」

「は、はい・・・一応、一つ覚えたみたいです。見ますか?」

「見ますかって・・・危険だろうよ」

「甘く見ないで下さい兄様。私が初めから危険な魔法を教えるとでも思いましたか?まずは段階を踏んでから攻撃魔法やらは覚えさせます。特に真琴はこの世界の人間ではない為、術式が特殊で特に慎重にならなければなりません。さあ、真琴ちゃん、お兄さんに貴女の覚えた魔法を見せてあげましょう」

「はーい!」

そう言って杖を掲げる我が妹。
うーむ、術式が特殊って何なんだろう?

「テルミー・テルミー・テルテルミー・ズッコシ・バッコシ・イエスアイドゥ!つらいのつらいのとんでけー!」

そう言って俺に杖を向ける妹。
杖の先から緑色の光が現れ、俺を包んでいく。
気のせいだろうか、そこはかとなく意欲が沸いてきた気がする。

「どう?お兄ちゃん?」

「どうと言われてもな」

おかしいな?といった感じに首を捻る俺の妹。

「兄様。なんだか妙に意欲が沸いてはいませんか?」

「ん?おお、そうだな。やる気が少し上がったような気がする」

「ふむ、それではとりあえず成功のようですね」

「何今の魔法?なんか意味あるの?」

「今の魔法は『意欲向上』の魔法です。まだ真琴ちゃんはこの魔法を覚えたてなので効果は薄めですが、それでも若干の気力は向上しているはずなのです。もう少し錬度を上げれば、無気力な人間が途端にエネルギッシュな人間に変貌できるほどの魔法となります。メイジに分かりやすく言えば魔力を回復する魔法ですね」

つまりこの杖は何故かHP回復より先に、MP回復の魔法を真琴に覚えさせたと言うのだ。
カウンセリングいらずの魔法だが、何かずれている。
というかさっきの呪文は何だ。

「魔法を発動する為の始動呪文ですよ。真琴ちゃんは特殊な存在なので、ハルケギニアのメイジが通常使う魔法の使い方では魔法を発動させるのが難しいんです。なのでスムーズに魔法を使うため、真琴ちゃんは魔法発動の前に特殊な始動呪文を唱えなければいけないんですよ」

「凄いんですよ、この魔法。何せエレオノール様の眉間の皺が無くなったんですから」

「彼女の妹のカトレア嬢の苛々も解消できました」

「・・・エレオノールさんはともかく、カトレアさんの名前が何故出てくるんだ?」

「タツヤさんたちがお出かけになった後にあの・・・ミス・ヴァリエールの母君とカトレア様がいらっしゃいまして・・・」

「・・・え?」

ちょっと待て。来たのかあの人たちが!?
ワルドー!逃げてー!超逃げてー!!
俺の考えを読んだのか、シエスタが一枚の手紙を取り出した。
・・・何故か赤く染まっている気がするのは気のせいだろうか?
俺はそれを無言で受け取り、中身を見た。

『雇い主の領主様へ。げんきですか。わたしはいまストレスをためています。はたけでやさいをしゅうかくしました。かえったらたべてみてください。さいきんモグラやミミズが出てくる頻度が下がった気がするのは良いが、私の危機は現在物凄い勢いで上昇している。そう、見つかったのだ。よりにもよってラ・ヴァリエール公爵夫人にだ。私は今領内を必死に駆け回っている。このような時に領内のコミュニティを築いていて良かった。領内の住民は私を無償の好意で匿ってくれるのだ。こんなに嬉しい事はないだろう。だが、彼女の魔の手は確実に私に(手紙は此処で途切れている・・・)』

ワ、ワルドー!?
なんだ、何があったんだ!?

「私はこれをカリーヌ様から預かったんですけど・・・」

「手紙書く暇あったら逃げろよ・・・!!」

「ところでタツヤさん・・・何かとんでもない状況に見えるんですけどここ・・・」

俺たちの周りではガーゴイルと騎士たちの戦いが繰り広げられていた。
先程の大爆発で地上の軍は動けず、艦隊も後退していた。
味方をも巻き込んだ爆発にガリア軍も迂闊に動けない。
そのガリアの総大将がいると思われるフネに肉薄する聖堂騎士と水精霊騎士たち。
戦いは大詰めである。だが、いまだ混乱の渦中にある。
ロマリア教皇ヴィットーリオは毒矢を受け弱っている。
そしてガリア王は最早絶体絶命である。
この戦争、もしかして共倒れ・・・もしかしたらトリステインも含めて大ダメージを受けるんじゃないの?
シエスタの言うとおりとんでもない状況の真っ只中というのに何でしょう、妹いるだけでこの癒し空間。
今すぐ紅茶をシエスタに頼みそうな勢いだが、そうも行かない。
現に俺が提案した作戦(笑)でルイズ達は戦っている。
作戦を提示した以上、俺も戦わなきゃな。
その時、俺が握る釣竿に反応があった。うお!?マジで釣れんの?
引きはそんなに強くはないのですぐにそのアイテムは俺の手に渡った。
掌サイズのそのアイテムを見たら、俺には使えそうにないものでがっかりした。
その後それと同じアイテムがどんどん釣れたので、俺はそのアイテムに詳しそうな奴にこのアイテムの処遇を任せようと思った。

「綺麗な石だねー・・・」

真琴がそのアイテムを見て素直な感想を言っていた。

「こんなのどうするんですか兄様」

喋る杖が俺に尋ねてくるが、それは俺が決める事ではない。

「また碌なことになりそうにないわ・・・」

喋る刀がそう呟く。俺もそう思うが、彼女を信じるしかあるまい。

「で・・・タツヤさん・・・この仮面はなんですか?」

黒仮面を手にしたシエスタが俺に恐る恐る尋ねる。
俺はシエスタを見て爽やかにサムズアップするのだった。



唱える魔法を全てかわされ疲労感だけが残る、とタバサたちは感じていた。
ジョゼフは此方の魔法を意に介した様子はなくむしろ楽しむように避けていた。
その様子が女たちの苛々を加速させる。
ただ一人、攻撃手段を持たないティファニア・・・じゃない、アルビオングリーンは始祖の祈祷書を抱きしめ、戦争の行方をその目で見守っていた。
皆が頑張っているのに自分は役に立てないのが悲しく、悔しい。
守られるだけで本当にいいのであろうか。私も、私も誰かの役に立ちたい・・・!!
虚無の魔法というのは必要に応じて覚えることが出来る。
誰かの役に立ちたいと願う虚無の担い手のティファニアに始祖の祈祷書は輝きを持って答えた。
しかし、人一倍優しい彼女に始祖が与えた虚無は『爆発』ではなかった。
おおよそ戦いには使えぬと思えるその虚無の名。
それはヴィットーリオが二番目に覚えた虚無と同じものであった。

「・・・これじゃあ・・・みんなの力になれない・・・」

涙声で呟くアルビオングリーン。
いや、実際仮面の下では涙を流しているのだろう。
己の無力感に彼女は情けなくなった。
いけない、泣いてはいけない。まだ絶望には早すぎる。
自分達はその絶望と戦っているんだ。一人此処で押し潰されたらそれこそ皆に迷惑がかかる。
私たちは絶望に打ち勝たなければあの悪魔のような男には勝てないのだから!
・・・何だか急に前向きになれたな?
そう思って彼女が顔をあげると、一本の杖が彼女に向けられていた。
その杖を握っていたのは、この戦場にいるはずのない少女だった。

「え・・・?マ、マコトちゃん???」

「泣かないでテファお姉ちゃん!女の子は笑顔が一番だってお兄ちゃんが言ってた!」

「そういう事だ、テファ、いや、アルビオングリーン。何も今泣く必要はないぜ」

「タツヤ・・・な、何でマコトちゃんが・・・」

「色々事情がございまして・・・」

申し訳なさそうに項垂れるテンマちゃんが印象的だが、それ以上に真琴の後ろに座っているメイド服の仮面の少女が気になる。

「あ、あの・・・貴女は・・・?」

「伝説のメイド、メイド・イン・ブラックです」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・そ、そうなの・・・」

「何ですか!?ようやく出た感想がそれですか!?いっそ笑ってもらえれば良かったのにこれで生殺しじゃないですか!」

「シエスタお姉ちゃんカッコいいよ!」

「痛い!純真な瞳が痛い!!うう・・・これも専用メイドの宿命・・・女シエスタ!タツヤさんのメイドとして精一杯メイドインブラックをさせていただきます!」

「いや・・・もう嫌ならやらなくていいよ、無理しなくても・・・」

「いいえ!こうなったら破れかぶれです!故郷のみんな、お姉ちゃんは元気ですよ!」

「勧めといて何だが誰かこのメイドを止めて!?」

その時、俺たちの耳に怒鳴り声が聞こえた。

「「「「納得できるか!!!」」」」

「いいえ!私は納得していますとも!せめて一縷の輝きでも輝きたいのです!」

「落ち着けシエスタ!お前は戦争の混乱で精神が参ってるんだ!真琴、やりなさい」

「はーい」

「待ってください!私はいたって健康ですって!?」

「お兄ちゃん、シエスタお姉ちゃんはこう言ってるけど?」

「・・・分かったシエスタ。俺は君が輝くのを助けるよ」

「・・・!有難う御座います、タツヤさん・・・!もう一生ついていきます!」

「君は君の人生を歩むべき。さあ、主役は君だ!」

「はい!」

まあ、此処は特に危険はないし、大丈夫かな?
それより・・・あれがガリアの総大将って訳か。
威光があるかどうかなんぞ俺は知らんが、コイツが俺を狙っていたわけだな。
後方にはアンリエッタとアニエスの姿が見える。
迂闊にあのフネを攻撃したら彼女達にも危険があるのか。

「・・・・・・あの・・・タツヤさん」

「どうしたシエスタ?」

「なんて言えばいいんでしょう?」

「俺に聞くのかよ!?やっぱり君は主役にはなれない!」

「一介の平民の私がこんな場所で演説とかどんだけ度胸がいると思ってるんですか!?」

そう言うシエスタの身体は震えていた。
俺はそれを見て彼女に言った。

「シエスタ。ならば君に伝える事がある」

「は、はい・・・?」

「真琴を頼むよ」

「・・・はい!」

俺も大した人間じゃないのだ。
彼女にそれ以上を望むのはやめにしよう。
俺は出来る事しかやれないから出来ることをやるまで。
風に乗ってあのジョゼフ王の声が聞こえる。

「納得せずとも良い。おれを理解する事など貴様らには不可能だからな」

当たり前だろそんなの。
俺たちはお前じゃないんだから。

そもそも自分が一番信用できない中でそんな自分を大好きといったダークエルフの女、そんな自分と馬鹿やってくれる友。
自分を親友と認めた男、自分を家族と言った人たち。そして、異世界で俺を待つ人たち。
その繋がりの中で俺は皆のことを信用し、知りたいと思うのだ。
俺は一人ではどうしようも出来ない。この異世界でルイズとであったのを切欠に様々な人と出会うことになった。
その中には悲しい別れもあったけど、それは仕方のないことだったんだ。
孤独に耐えうる力は確かに必要なのかもしれないが、それは絆を否定する材料にはならないんじゃないの?

俺たちの周りには聖堂騎士や水精霊騎士の護衛が飛び回っている。
その中にはギムリの姿もあった。

「タツヤ!いたのか・・・っておいそのお嬢さんたちは・・・!?」

「ギムリ。護衛人数二人追加だ。いいな」

「おい、タツヤお前は・・・」

「お前が想像しているような華々しい事はしないぞ。死にたくないから」

「ええー・・・正面突破しないのかよ」

「するか阿呆!?」

こっちは死ねんのにそんな馬鹿な突撃かますか!?
俺はギムリに女勢を任せて、テンマちゃんを駆って空を疾走した。



(続く)




[18858] 第129話 まるで今まで腹心だったような存在感
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/08/09 17:59
一度は愛想をつかせて家出同然に出て行ったのはいいのだがやはり父が心配である。
何だかんだいって母亡き後の自分を見守っていたのはジョゼフである。
そう簡単に見捨てられなどはいない。最近愛人やらエルフやらとの交流が盛んだがあの男の本質は孤独である。
母の遺言がなければ彼女は父をこのまま見捨てるように育っていたのだろう。
だが、現ガリア王女イザベラはこのまま父親が完全な暗黒面に堕ちる事を良しとしなかったのである。
こんな身分なのだ、自分だって恨まれるような事はしてきた自覚はあった。
しかしそれを気にしているようではガリアの王族などやっていられないのだ。

『甘さを美徳と考える者もいるだろうが、この環境、その甘さにつけ込む輩もいるのでな』

父、ジョゼフが母が死んだ直後に自分に向けた言葉である。
何と言う非道な父親だと思っていたが、その時の父は何か小さく見えた記憶がある。
弟のような庇護された幸せを得る事もなかった彼を認め案じていた自分の母。
母の死にはいくつか不審な点があった。しばらく後で知ったのだが、母の死にはシャルル派が関与していたのだ。
イザベラはその時、大いに憎んだ。
敬愛する母が見るからに幸せそうな家族を支援する輩の手によって命を落としたのだ。

イザベラがタバサに対して無茶な任務を課すのもそういう背景があっての事だった。
むしろ命を奪わないのが不思議でならないとジョゼフは言っていた。
イザベラはタバサの実力を渋々ながら認めていた。
認めているから好きと言うわけではなく、イザベラはタバサが嫌いだった。
確かに実力はみとめよう。だがその為に人形のように感情を排したあの女が嫌いだった。
悲劇の少女気取りであろうか?お前はまだ母親が生きているだろう。お前は王族の娘だろう。
こうなるかもしれないという事は覚悟していなかったのか?
その人形同然の彼女にも友人が出来たと聞いている。自分がアルビオンに行っている間にあの人形のような女は父の指示で本国に戻されたらしいが、その友人達が彼女を救い出したらしい。結構な事だ。お前の何処が不幸だクソが、とイザベラは吐き出したい気分だった。

「如何なされました殿下?眉間がすごい事になられていますが?」

「少し嫌な事を思い出していただけです。それよりあのフリゲート艦には侵入できそうですか?」

「無論です・・・と言いたいところですが・・・」

イザベラを護衛する巨漢の男、ジャックは自分の後ろにいる青年を見た。
青年は不服そうに口を尖らせる。

「なんだよ兄さん」

「いや、お前は無鉄砲な所があるからな・・・それだけが心配でならんのだ」

「ドゥドゥー兄さんのせいで今まで簡単な任務も決死のサバイバルとなった事もありますものね」

「そんな事はもう忘れたね」

「忘れるな阿呆」

イザベラを護衛するは彼女の預かりである北花壇騎士でも潜入工作を得意(と言っている)とする通称『元素の兄弟』のジャックとドゥドゥーとジャネットの三人だった。
この三人を護衛としてイザベラは父のいるフリゲート艦へ急行していたのだが、どうも人選を間違えたのかもしれない。
ジャックはともかくドゥドゥーとジャネットが喧しいのだ。しかしながらこの三人はこの場にいない彼らの『兄』を含めて結構な戦果をあげているのも事実だった。
・・・ジャックの気苦労が耐えない気がした。

「どうやらあの艦に配備されているガーゴイル達は我々も敵と認識しそうです。殿下の御身を考えれば無理に突入するのは危険かと」

「いや、兄さん。俺がガーゴイルを蹴散らせばいいじゃないかよ」

「お前が突出した分殿下が危険に晒されるぞ?」

「あのガーゴイルはどうやら優秀な再生能力を持っているようですわ。兄さんが例え蹴散らした所で再生して囲まれてサヨウナラですわね」

「酷い!そんなに俺が信用できないのか!」

「コメントは控えさせていただきますわ」

「いっそはっきり言えよ!?」

「何とか突破口を見つけたいものなのだが・・・ん?」

ジャックの視界には、黒い天馬がコソコソとフリゲート艦に単身近づくのが見えた。
何故か艦に近づいているのに何もその天馬に近寄る気配がない。
自分も視界に入らなければ気付かなかっただろう。
イザベラも気付いたようで顔を青くさせていた。

「あの天馬に乗った者はロマリアの騎士の格好をしていました・・・まさか暗殺者!?」

「その可能性はありますね。如何なさいます?」

「決まっています。あの天馬を艦に近づけるわけにはいきません」

「承知いたしました。行くぞお前たち」

「腕が鳴るな、やっとこさ戦闘だ!」

「先走らないでよね兄さん」

ジャックたちはイザベラを守りながら黒い天馬のもとに急行した。
だが、彼らが接触しようとしているのはロマリアの暗殺者などではなかった。


クックックック・・・ハルケレンジャー及びナルシスト仮面With愉快な仲間たちは囮。
ガーゴイルたちの攻撃が皆に集中している間に俺は手薄そうな所からフリゲート艦に忍び込み人質を救出するのだ。
えーと、一挙に二人を救出したら手間がかかるから、飛べないアニエスさんから助けよう。姫さんは飛べるだろう、魔法使えるし。
ガリア王?こんな状況で彼のお命ちょうだいとかそこまでの欲は出さない。心底ムカつく輩であるが、人質の命が最優先なのよ。
大方戦争を止めようとしてガリア王に直訴したのだろうが失敗して人質になったってところか。
人質奪還とか警察でもない俺がよくやるよ・・・。

「ん・・・?どうしたテンマちゃん」

突然耳をピクピク動かして、ある方向を向いた愛天馬に俺は彼女が見るほうへと視線を向けた。
・・・何かこっちに来てるんですが。飛竜ですね、あれは。

「そこの黒天馬!動くな!」

男の声が聞こえる。
古今東西『動くな』と言われたら動くのが世の常だが、此処は止まってみた。

「って、本当に止まったーー!!?」

「しまった!追う事前提に動いてたから通り過ぎてしまう!」

「何をやっているのよ貴方達はーー!!」

俺の目の前を通り過ぎていく飛竜と悲しく響く悲鳴。馬鹿ではなかろうか。

「全く、兄さん達ったら、仕方がないわね」

いきなり背後から少女の声がした。
振り向くと、そこには血が通っていないかのような白い肌に鋭い翠眼が光る少女が俺の後ろに座っていた。
少女は杖を此方に向けようと動いた。
その瞬間弾かれるように俺は喋る刀を引き抜いた。

「んなっ!?」

少女は驚いているようだが、俺も内心心臓はバクバクである。
落ち着け因幡達也。別人だ。あの人がこの世界にいるわけねえだろうよ。
顔立ちが似ているだけだ。目の色も髪の色も服のセンスもまるっきり違う。
姫様と杏里の方がよっぽどそっくりだろう。何を迷う必要がある!

少女が持っていた杖は真っ二つに折れて空へと放り出された。

「あー!私の杖がー!!」

叫ぶ少女に俺が次にしてあげる事はただ一つ。
自らの上着を貸してやることだった。
空に少女の叫びが響く。

「ジャネット!!どうした!ジャネット!!」

通り過ぎていった飛竜が近づいてくる。
ううーむ、これは不味い事になった。上半身下着姿の後ろには俺が来ていた上着を着て身体を押さえているジャネットとか呼ばれた少女。
どう見ても事後です本当に有難う御座いました。と、誤解されそうな勢いである。

「貴様ァァァァァ!!ジャネットに何をしやがった!!」

若い男の怒声が響く。
うーむ、何と言おうか。
下手に刺激すれば命が危ないがこうも状況証拠が揃っていると最早俺の命は風前の灯である。
仕方がない、正直に言おう。

「この女がいきなり襲ってきたから返り討ちにしました」

「き、貴様・・・!!妹を痴女扱いの上陵辱したと言うのか!貴様、それでも人間か!!」

「何かえらく十八禁的思考をしているようだが、どちらかと言えば血生臭いほうだぞ?」

「キ、キ、ききききき、貴様ああああああああああ!!血生臭いだとおおおお!!?妹の純潔を奪ったんだな貴様あああああああ!!!」

最早止まらぬ俺と同じ年齢ぐらいの青年が吼える。
彼の前にいるゴツイ男は呆れながらも鋭い視線を向けている。
もう一人いるようだがよく見えない。

「安心しろ、妹さんの身体は傷一つ付いていないから」

「傷は付けていないが唾はつけたと言いたいんだろう貴様!!」

「うまいこと言ったつもりかてめえ!?」

「一つ問おう」

ゴツイ男が俺に射抜くような視線を向けて問いかけてきた。

「貴様はその艦に何用があって近づいていた」

別に隠す事であろうか。
そもそも今回の戦争はトリステインにはあまり関係ない。

「助けなきゃいけない人がいてな」

「何・・・?」

「この艦の中にその人がいるから、俺は助けに来たんだ」


孤立するフリゲート艦に近づく目的が『救出』のためとのたまう目の前の男をジャックは計りかねていた。
あの艦にはジョゼフ王とシェフィールド辺りしか人間はいなかったはずなのだが・・・?
そのどちらかをこの男は助けようと言うのか?
あの人を寄せ付けない感じのする二人を?

「助けにきただか知らないが、妹を傷物にしたお前を俺は許せないんだ!」

「勝手に傷物認定するなよ。妹さんが可哀想だろう」

「おのれ腐れ坊主め・・・!!」

「勘違いしないでくれよ。俺はロマリアの者じゃない。この服は借りた」

あっさり言うところからするとこの男は嘘はついていないのだろう。
服を借りたという事はロマリアにいる間諜か何かだろうか。
成る程、そう考えればロマリアに怪しまれずにこの戦争の中動ける。
見たことのない顔だがきっとこの男はガリアの者だろう。

そのジャックの考えは全く持って外れており、彼はガリアでもロマリアの者でもない。
しかも服は本当に借りているから始末におえない。
ガリア内に自分の知らない者がいても不思議ではない。
第一エルフと同盟していたことさえ最近知ったことなのだ。
自分達の与り知らぬ所で兵士が一人増えようが彼らには既に慣れていた事象であった。

彼らはこのフリゲート艦にトリステインの王女がいることなど夢にも思っていなかった。
イザベラも国が雇った傭兵か何かと認識していた。
そのため彼女は立ち上がり、目の前の男に向かって言った。

「貴方の腕を見込んで頼みたい事があるが、よろしいか?」

威厳を込めてイザベラは言う。
ジャネットを一蹴するその実力を見込んだのだ。
勘違いもはなはだしいが、イザベラたちはそれが真実と思い込んでいた。
目の前の男からは敵意が全く感じられない。
あの人形のように感情を消しているわけでもない。
ドゥドゥーの気迫に冷や汗をたらすその男の姿は何とも頼りなさげだが・・・。
「助けに来た」というその男の顔は何とも頼れそうな感じだったのだ。

「俺に出来る事ならな」

目の前の男は確かにそう言った。
イザベラはその返事に満足そうに頷いた。
ガリアはロマリアの思い通りにさせない。
幸運なのか不運なのかは知らないが、イザベラが得たカードはそのロマリアが手を焼く存在だった。


フッフッフッフ・・・。
何か知らんが正直に状況を説明すれば相手はキチンと分かってくれると言うのは本当だな。
正直一人で侵入するのは不安だったんだ。何か強そうな奴らだから、俺の身の安全もある程度保障されたというもの。
後はフリゲート艦にいる二人を奪還して帰るだけだ。

「名は何と言う?」

「タツヤと呼んでくれ。実の名は長いからな」

「そうか。俺はジャックだ。こっちの怒っている奴が弟のドゥドゥーで、お前の後ろで縮こまっているのが妹のジャネットだ」

「服代はあとで出します・・・」

「いいさ、我が妹にもいい薬になっただろう。戦場を遊び場気分でいるからな、弟達は。それで此方が我らが祖国王女の、イザベラ殿下だ。実物を見るのは初めてか?」

「・・・初めてですね」

ガリア王に娘いたんだな。
額は広いが美人さんである。しかし見るからにドSの相である。
系統としてはエレオノールのような臭いがする。
しかし先程のフリゲート艦へ侵入するのに俺の力を貸して欲しいと頼んだ時の物腰からするにちゃんと王族として育てられているという事は分かった。

「屈辱ですわ屈辱ですわ屈辱ですわ屈辱ですわ」

「ジャネット、だから気をつけるようにと兄さんから言われたろう。全くなまじ自分の力を過信するからそうなるんだ」

俺たちがこのような余裕ブチかましていられるのは、ひとえに俺に刻まれた刻印の力『忍び足』の力によるものだ。
魔法媒体であるガーゴイル達は俺たちの気配に全く気付く様子もなく、ハルケレンジャー達の方向ばっかりに行っている。
とはいえ万が一の事もあるので俺たちはコソコソしているのだ。
俺から父親の目的を聞いたイザベラは顔を手で覆っていた。

「まさか陛下がこの地を地獄とするのが目的とはな・・・」

「王様は自分を討てば世界は救われるとか言ってたけど・・・」

「当たり前だ!そう言うわけにはいかないだろうよ!陛下が討たれれば殿下は父を失い、ガリアはロマリアに飲み込まれるじゃないか!」

ドゥドゥーが感情的に言う。
だからと言って火石を投下すればやばい事は皆分かっている。
ガリアという国を強くした実績を持つ王の乱心ともいえる行動にジャック達は混乱している。
俺としてもジョゼフには散々迷惑を被っていたので彼の命など如何でもよかったのだが・・・。

「父上・・・これ以上地獄を背負い込まないで・・・!」

そう言って嘆く娘の姿を見たら、そうは言ってられないな。

「しっかりしろ王女さん。貴女が王の娘なら、娘の貴女にしか出来ない事もあるだろう」

「その通りです殿下。嘆くのは後でも出来ます。今は前を向き貴女の出来ることを考えましょう。我々も騎士としてお助け致します」

「なーに!危険があったら俺が助けますよ殿下!」

「殿下。給金は三割り増しで結構ですわ。あと服代」

「皆・・・分かりました。私はガリアの王女。ならば王女としてやるべきことを果たしましょう。他国に作られた次期女王等にはできない事を」

顔をあげたイザベラの目元には涙の跡がある。
しかしその目は光が宿り、しっかりと俺たちを見据えていた。
ガリア王女イザベラ、彼女は信頼する部下達の前でようやく女王の資質を見せた。


・・・・・・・ん?何か可笑しくないか?








一方、こちらは達也が帰るべき世界である。
因幡家の玄関口にある呼び鈴前にはランドセルを背負った少年が立っていた。

「まったくよー・・・いつになったらかえって来るんだよー」

少年は因幡家の呼び鈴を鳴らした。
すぐに応対として因幡家の大黒柱の一博の声が聞こえた。

『はい』

「すみませーん、真琴ちゃんにプリントだって先生が」

『ぬっ!?また来たな小僧!何度も言うように真琴はやれんとぐはァ!?』

インターホンの向こうから鈍い音とカエルが潰れるような声が聞こえたあと、女性の声が聞こえる。
真琴の母親である。

『あらあら、桂一郎君、いつもごめんなさいね?』

「い、いえ・・・慣れましたから・・・それに家も隣だし・・・」

因幡家の右隣の家が三国家ならば、左隣の家に住む少年、村田桂一郎は小学二年生。
因幡真琴とはそれこそ生まれた時からの知り合い、幼馴染であった。
ドイツのクォーターである為、少々日本人離れした顔立ちの彼は四人兄弟の末っ子である。
とはいえ自分は兄や姉とは歳が離れている。兄は今年十八歳で、姉は双子で今年十九である。
兄とはよく遊んでいるのだが、姉二人は自分が生まれるとすぐに遠くの全寮制の女子校に送還されたのであまり会わない。
むしろ今もあまり会わない。兄曰く帰ってきても面倒なだけらしいが。

「真琴ちゃんはまだ帰らないんですか」

『ええ・・・心配かけてごめんね・・・』

「いえ・・・じゃ、プリントは郵便受けにいれときますね」

『お願いね』

プリントを郵便受けに背伸びして入れた桂一郎は家に戻ろうとした。
そこに並んで帰ってきている自分の兄と、杏里がいた。

「あら、桂一郎君、こんにちは」

「こんにちは」

「おう、弟よ。偉大な兄を出迎えとは殊勝な心がけだな」

「兄ちゃん、何も成してないのに偉大もクソもないだろ」

「何を言うか!俺の川柳が昨日新聞に掲載されただろうが!ふははは!これで俺様の名も全国区じゃないか!」

「表彰も何もないただの風刺川柳だけどね。字余りだし」

三国杏里は桂一郎にとって憧れのお姉さんである。
美人で優しいのだ。幼い桂一郎が彼女に憧れるのも無理はないのだが・・・。
彼女の隣で大笑いしているのは兄である村田恭平だ。
文学と二次元少女を愛する兄が、一応幼馴染とはいえ杏里と並んでいるのは違和感がある。
本来その間にもう一人いなければいけないのだが・・・。その彼も今は行方不明なのだ。
彼が行方知れずになった頃、杏里は憔悴しきっていたのだが、最近はこうして明るい姿を取り戻した。
兄は『吹っ切れたのか?』と聞いたらしいが、杏里は『そんなわけないでしょ』と返したという。
女は分からんと兄は笑っていたことが記憶に新しい。

「そういえば杏里よォ」

この兄はその彼がどう思おうが構わず、杏里を下の名で呼ぶ。
『彼』は何故か『三国』と呼んでいたのに。

「明日は十回忌だな」

「・・・そうね」

桂一郎が生まれる少し前、杏里は一人っ子になってしまった。
十年前、杏里の双子の姉は交通事故で亡くなっている。
杏里の両親が家にあまり帰らないのは彼女の遺影を見たくないからだと兄は言っていた。

「全く・・・九回忌の時もいなかったし、達也の野郎は何処に行ってんだ?」

「帰ってくるよ・・・アイツは」

確信めいた言い方で杏里は笑っている。
因幡家長男・因幡達也。
桂一郎からすれば兄の幼馴染であり、杏里の恋人疑惑もある彼の所在も気になる所であった。

「そうかい。お前がそう言うならいいけどよォ・・・ん?」

不意に、恭平が何かに気付き前方を見ていた。
桂一郎もそれに倣って見ると誰かがこちらに向かって猛ダッシュしてきていた。
長い茶髪に白い肌、鋭い蒼い目をしたその方は、村田家の次女であった。
いや、アンタ寮生活じゃなかった?

「恭平!!どういうことか説明しろコラああああああ!!!!」

そう言いながら飛び膝蹴りを恭平にぶちかます十九歳女子。
その後ろから黒髪のショートヘアの女性が現れ、その蒼い瞳で恭平を冷たく見下ろして言った。
彼女も一応十九歳女子であり、桂一郎の姉で村田家長女である。

「事と次第によってはお前の命は永劫ないものと思いなさい」

「久々に再会した弟に浴びせかける言葉かよ!?」

「どういう事だよ!?たっちゃんが行方不明とか!前に帰ったとき姿見ないなと思えば!!」

「全く・・・お父さんが口を滑らせて良かったわ・・・全くふざけた事も起こったみたいだしねぇ・・・?」

村田家長女、村田湊(みなと)は杏里を睨みつける。
杏里は涼しい表情である。

「そうだ!いつの間にこの腹黒暴力女とたっちゃんが恋人同士になってんの!」

村田家次女、村田棗(なつめ)はあまりにも酷い言い方で杏里を指差して言う。
そして恭平の胸倉を掴んで揺さぶった。

「お前らグルか!?」

「い、いやさ。これは親父の考えでな?姉ちゃん達はキープとかそんなケチな事を言わず、素敵な男子と恋に落ちればという計画で」

「人を山奥の全寮制の女子校に押し込めて素敵な男性もクソもあるか!?学校の教師も男性はジジイばっかりじゃん!!」

「湊さん、棗さん。達也は私を選んでくれました。この三国杏里、彼の『恋人』そして将来の『妻』として『夫』の帰りを待ちたいと思いますわ」

「ついに本性を現したなこの女!!だから不安だったんだ!」

「最近恋人になったからってこの惚気ぶりだよ・・・」

「姉の屍を越え、私たちを出し抜いて、弟たちを味方につけさぞ高笑い物でしょうね、杏里。だけど茶番は終わりよ。何故なら私には切り札があるのだから」

湊は胸を張って言った。

「何せ私、村田湊は因幡達也と結婚の約束をしているのだからね!」

「姉さん・・・それって私達が五歳の頃じゃないか・・・」

「流石にその時代の約束を出されても引きますよ、湊さん」

「煩い煩い煩い!知らないだろうけど、実はもう一回結婚の約束はしたのよ!」

「いつだよそれ」

「私が小三のころよ!」

「だから引くがな!姉ちゃん、その時の約束なんて多分アイツは片手間にしか聞いてないだろ!?」

「哀れですね、昔の記憶を自らの都合のよいように捏造するとは」

「捏造って言うな!?」

「大体恋人らしい事なんてしたのかよー!」

「しましたよ」

「んなっ!?」

仰け反る棗に、湊は歯噛みしている。

「キスをしました」

「「小学生か!!」」

胸を張って言う杏里に湊と棗は同時に突っ込んだ。
なんだか不毛な口論になりそうだ。
桂一郎は呆れたように溜息をついて自らの家に入っていった。



元の世界でそんな口論がおこっている事も知らず、達也はフリゲート艦突入を前に欠伸をしていた。

「緊張感がないなぶえっくしょい!」

「お前もな、ドゥドゥー」

ジャックが呆れたように言う。
ジャネットはジャックの後ろに移動していた。

「さあ、突入しましょう」

イザベラの号令と共に、俺たちはフリゲート艦に侵入していった。
ガーゴイルに出会いませんように!



(続く)



村田恭平は第1話で達也に「思うんですが、そのデートの相手とは貴方の想像上の、架空の人物ではないでしょうか?」と言った奴です。



[18858] 第130話 彼の子を産んだ女
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/08/16 23:32
自分より若い者達が今正に敵の喉元まで迫っている。
自分だって若くしてこの地位にいるが、所詮第一候補が辞退して後の代わりでしかないと思った時もあった。
神から与えられた力と言ったはいいものの、教皇職というものは存外多忙なものである。
このような年齢で無欲でいろと言うのが無理な話であったが、そのような欲を消して生きねばならなかった。
世界の為には一つの小さな命は優先されない。それを仕方がないと納得できるまでに自分は染まってしまっている。
一応聖職者としては誉められたものではないだろうが此方も何十万以上の命を預かった身なのだ。
そのような決断をすることは珍しくも何ともないのだ。
いつだって人生は選択肢の連続であり、その時や未来を見据えて最善の選択をしなければならない。

「この戦いは世界にとって最善の選択になる可能性が高いと信じていたのですが・・・どうやら私個人にとっては悪い選択のようですね・・・ゴホッゴホッ!」

咳き込む若き教皇ヴィットーリオ。あのエルフの襲撃者によって受けた毒の矢は確実に彼の命を蝕んでいた。
何かが抜け落ちる感覚とこみ上げていく感覚がしている。
エルフの行動は彼の予想を超えて素早かった。
無益な殺生をしないというエルフが自分を狙ったという事はエルフ側はロマリア或いは自分を敵と認識しているという事だった。
そりゃあ幾度も彼らの領地に無断侵入して泥棒紛いの事をしていたのだ。腹にも据えかねているのかもしれない。
今までのツケが此処に来て自分に返ったということか。

「恨み言ではありませんが・・・先代達も厄介な物を押し付けてくれたものだ・・・」

口の中が血の味で満たされんとしている。
無理は出来ない身体だが、この聖戦を起こし、煽った自分がそのような事を言っている場合ではない。
自分を護る聖堂騎士達が目を見開いているのが見えた。

「今しばらく時間を稼ぐ事ぐらい私にも出来ます・・・。鬼畜の所為はもうさせません・・・!」

ヴィットーリオの指に嵌められた指輪が輝いたように見えた。
母が自分の手から遠ざけていたこの指輪は今自分の指にある。
このようなことにならないように彼女は抵抗したのだろうか?
自分がこのような事態にならないように・・・ただ普通の子として過ごせるようにと・・・。

「この時になって貴女の事を想うなど・・・私も所詮人の子だったという訳ですか、母よ」

まだ、死ねない・・・。
我が使命は世界を救う事。
それは人々の日常を守る事でもあるのだ。
あの男が放った光はそれを妨げるような恐ろしい光だ。
あれは輝かせてはならないから・・・!!

「私も人の子であるように・・・貴方も人の子の筈です・・・!!」

ヴィットーリオは錫杖を掲げた。
光が空に向かって伸びていった。


一方こちらはフリゲート艦。
達也達は既にフリゲート艦に潜入していた。

イザベラの姫さんを父親に合わせることがガリアの皆さんの目的らしいが、俺はそこまで付き合う義理はないのだ。
でも何故かガリアの姫さんと彼女を護る三人のうちのリーダーっぽい男は何だか一点の曇りなき眼で俺を見ているし・・・。
信頼されても困るのだが、彼らと敵対しても俺が困るので仕方がないから付き合うことにしました。
とりあえず俺たちは、慎重に艦内を進んだ。だが何故かガーゴイルはおらず、慎重に進むのが馬鹿らしくなった。

「私の説得は本当に父に届くのかしら・・・」

此処まで来てナーバスになっているガリアの姫さんだが、確実性はないのかよ。

「ご安心下さい、殿下。万一の為に我々がいるのですから」

おーい、その我々に俺も入ってるのか?

「・・・そうね、頼りにしているわよ四人共」

「頼られても困るんだけどな・・・」

「お前、何弱気な事を言ってるんだよ!」

そもそもの目的は俺とお前らじゃ違うし・・・。
何で勝手に勝利条件に『ガリア王女の防衛成功』が追加されてるんだ?
しかも説得は成功するかどうか分からんときたものだ。
説得成功率1%の惨劇に挑んでる場合じゃないんだよ!?
それでなくとも救出確率も高くはないのに・・・仕事を増やさないでほしいな・・・。

「タツヤ、この任務が完了すれば、謝礼はキチンと・・・」

「こんな時にそんな話をしてどうするんです?」

「いや、殿下はお前を発奮させようとしているのがわからんのか」

「変にやる気を出しても碌な事にならんと思うから、平常心がベストだと思う」

「変わってるな、お前」

ドゥードゥーとジャネットは変なものを見るようかの目で俺を見る。
いや、そりゃあ魔法使いの皆さんはやる気が魔法に直結するのかもしれないけどさぁ・・・。
剣士ってのはあまりやる気を出せば気迫云々より集中してないとか言われるじゃん。
俺は気迫が静かに滲み出すほどの域に達してませんから。

「だから姫。あんまり気負わずに」

「き、気負ってなんか・・・」

王族の事情はどうなのか知らないが親子の会話に遠慮は無用である。
そんなに気負うことなくイザベラは父親と話すべきだと俺は思う。
見捨てる事も出来るのだろうが、この姫は真摯に俺に助けを求めている。
力を貸して欲しいと言ってきた。
ガリアの姫という事はタバサに関係あるのかもしれない。
彼女の親友がいつだったか呟いていた気がする。
タバサはガリアに不当な扱いを受けていると。
タバサの味方の彼女はガリア王のジョゼフやそれに連なる王家に対する嫌悪感が感じられた。
俺も今のガリアは気に入らないのだが・・・。所詮俺は異世界人である。
気に入らないからといって他所の国をぶっ潰すとか割に合わない。
見捨てる事はできる・・・見捨てる事もできるのだが・・・。

「俺は貴女の親子の会話が円滑に行なわれるように助けるよ」

女性が助けを求めているのに無視するのは基本しないからな、俺は。

「頼むわ」

イザベラが微笑んで俺に言う。

「よし、ここだ」

ジャックの指示で俺たちはガリア王の待つ場所に突入した。



若き力が眼前で己の喉を食い破らんと戦う様を見ても何も感じない。
恐怖も高揚もない。何も思うことはないのだ。
初めのうちは楽しめたが既にジョゼフは詰まらなそうに目の前の戦闘を見ていた。

「楽しめると思ったがそうでもなかったなぁ・・・戦争すら俺の心を打たぬ。幼い頃はあんなに感動の連続であったのになぁ・・・シャルル、お前が羨ましかったかもしれんよ。このような感覚、お前はなかったんだろうしな。全く・・・あの頃に戻って心を取り戻したい気分だよ」

しかし時は無情に過ぎるのみであり、自分も歳を重ねていく。
心が磨り減り、涙を流せなくなっていった。
世界がつまらない、他人もつまらない、自分もつまらない・・・。
誹謗中傷に溢れた世界は様々な汚い思惑に包まれ自分を侵食していった。
対して弟は祝福に溢れた世界にいた。

「その結果がこれさ、シャルル。笑顔のみで生きられるほど世界は優しくなかったのさ」

その時だった。
ジョゼフが嵌めている『土のルビー』が輝きだした。

「何・・・?」

ジョゼフの渇いた心の中に『記憶』と言う名の雨が降り始めた。
これは一体なんだ。
ジョゼフは突如今は無きヴェルサルテイル宮殿の本丸である、グラン・トロワの一室、父王の執務室であった。

「このような時に白昼夢でも見ているのか俺は・・・?」

何ともいえない懐かしさが溢れている。
夢でも見ているような感覚だが何処か違和感があった。
その時、執務室に入ってくる人物の影が見えたので、ジョゼフはカーテンの陰に隠れた。
現れた人物は自らこの手にかけた弟、シャルルであった。
シャルルは父の執務机の中身を床にぶちまけた後、机の上に突っ伏し嗚咽を漏らし始めた。
そして彼は陰で兄が見ているのも知らずに独白した。

「何故・・・何故父さんは僕を王様にしてくれなかったんだ・・・!!可笑しいじゃないか・・・僕は兄さんよりも魔法も使える!家臣も民衆も僕を支持しているのに可笑しいじゃないか!何故だ!何故なんだ!!畜生・・・!!」

感情を露にして悔しがる弟の姿をジョゼフは眺めていた。
シャルルはガリア王家に伝わる秘宝の『土のルビー』を手に取っていた。
ジョゼフの指にも同じものが輝いている。

『ジョゼフ殿、聞こえますか』

突如響いた声に、ジョゼフは不愉快そうに眉を顰めた。

『なるほど、この茶番は貴様の仕業か、ヴィットーリオ』

『いいえ、私はその指輪に宿る記憶を引き出しただけです。今起こっていることは全て、実際に起きたものです』

『ふん・・・虚無呪文か』

『はい、『記録』です。対象物に込められた強い記憶を鮮明に脳裏に映し出す呪文です。貴方の指の土のルビーに宿る記憶を今、映しているのです』

『小癪な事を。俺を殺したいなら素直に殺せ』

『私は貴方を最後に人間として死なせるのですよ』

『余計なお世話と思わないのか?本当に余計なお世話だよ教皇よ』

『どういうことです』

『お前がこの記憶を俺に見せたお陰で確信したよ。シャルルを殺して正解だったとな。ヘラヘラしているようで中々に権力に対する欲求が強い弟ではないか。俺を暗殺しようとしていたシャルル派の者どもの暴走ではなく奴が直々に命令し俺を殺そうとしていたと、今ようやく合点がいった。おそらく俺に対する中傷も奴の差し金であった事がよく分かったさ』

「兄さんに勝つために、僕がどれだけ努力をしてきたと思ってるんだ。僕のほうが優秀だと証明するために、僕が見えないところでどれ程頑張ってきたと思ってるんだ!全て今日のためじゃないか!!」

『聞いたか教皇よ。俺はな、かつてこの弟と共に良い国を作らんと思っていたのさ。だが当のコイツはこのような事を考えていた・・・。どの道いい国なんぞ作れんかったのさ。全ては幻想でしかない。この弟は俺がその為に努力していた事も知らずに祝福と期待の中努力をしていたのだ。自己の優秀さを俺に見せるためにな』

ジョゼフは心底不愉快そうに吐き捨てる。

『情けないよ俺は。裏切られた気分だよ。結局現実はこのようなものさ。だがな悲しい筈なのに涙は出らん。何故か納得してしまったよ。嗚呼、やっぱりこんなものだろうなとな。清廉潔白な弟は所詮幻想だった。それが知れただけでも貴様には感謝の極みだよ。では、過去を振り返るのはもう止めにしよう。これからは現実が地獄となる様を見ながら死んで行け』

『いえ・・・私には見えるのです。貴方にはまだ希望があるという事を・・・』

苦しそうに言う教皇の声が消えたと同時にジョゼフは夢から覚めたような感覚に見舞われた。
一瞬呆けた様子の彼にアンリエッタ達は戸惑った様子で様子を窺っていた。
それに気付いたジョゼフは鼻を鳴らして言った。

「さて・・・そろそろ出し物は尽きたかと思われるな。そろそろ最期といこうか」

詠唱する為に口を開きかけたジョゼフ。
阻止しようと動こうとするアンリエッタとアニエス。
だが、その前に彼らを制止するかのような声がした。

「父上!!」

「・・・何・・・?何故貴様がここにいる」

「そ、それは・・・こういうことです!!いいわよ!」

突然、ジョゼフ達の前に現れたガリアの王女、イザベラは顔を紅潮させて誰かを呼んだ。

「!?」

「ど、どうして!?」

アンリエッタとアニエスは目を丸くしてその者を見た。
ロマリア製の法衣を着たその男はイザベラの隣に立つと、彼女の肩をそっと抱いて言った。
その男もイザベラも微妙であるが顔を赤くしていた。
アンリエッタとアニエスのこめかみに青筋ができた。
そして、男は口を開いた。

「お義父さん!娘さんとの仲を認めてください!!」

「・・・は?」

突如起こった自分の理解の範疇外の出来事にジョゼフはそう返すしか出来なかった。
畳み掛けるようにイザベラは言った。

「父上・・・実は私・・・できちゃいました」

「!!?」

娘の突然の告白にジョゼフは思わず何が?と質問したくなったがこの年齢の男女が『出来た』というのは『アレ』だとしか思えない。
何だろうか、この感情は。沸々と沸き上がるこの感情は殺意か哀しみか?
ジョゼフは気付いていなかったが、彼はこの時確かに感情が揺れていた。

「お前は・・・!確かに出て行けと言ったが・・・!!このような土産付きで帰ってくるとはな・・・!!流石の俺も意表をつかれたぞ・・・」

「父上はこの世界を地獄と化そうと聞き及んでいます。ですがこのイザベラ、未来の為にそれをさせるわけにはいかないのです!」

腹部を撫でながら言う娘にジョゼフは鬼の様な表情で男を睨んだ。

「貴様は一体何者だ・・・?」

「知ってるんじゃないのか?俺は・・・タツヤだ」

「トリステインの虚無の使い魔か・・・!」

イザベラがどういう事?と言う目で達也を見ている。
後方にいる元素の兄弟も「はぁ?」という表情をしている。

「どうやって娘に取り入ったのかは知らんが、イザベラ。そいつはロマリア側の人間だ」

「そんな・・・」

「それがどうかしたのか?敵味方を越えた関係だ。中々素晴らしいじゃないか」

「タ、タツヤ殿!正気なのか!?」

「ええ、アニエスさん。俺と彼女は国境を越えた関係です」

「おのれ・・・!おのれ・・・!タツヤさんめ!!私が目を離した隙にガリアの王女を!!おのれェェ・・・!!」

なんだかアンリエッタの声が怨念めいているが無視しよう。

「だから俺にこの姫と敵対する理由も意志もないな。若者を惑わすなよおっさん」

「言うではないか。フン、よもやこのような状況で縁がないと思った光景に当事者として参加する事になろうとは思いもしなかったぞ」

ジョゼフはフッと笑う。

「では祝福として壮大な花火を見せてやろう」

ジョゼフは火石を取り出して言う。

「父上!!」

止めようとするイザベラの横には既に達也はいなかった。
そこにいるのは分かっているのに彼は誰にも悟られる事なく、人間では有り得ない速さでジョゼフの前まで走って来ていた。

「気付かれないように移動するのは悲しいかな得意でなぁ!!」

だが、意表をついた所でどうだと言うのだ。
ジョゼフには虚無魔法『加速』がある。
彼は速さを制することで今まで身を守り敵を制してきた。
お前がどれほど走るのが速かろうが無駄な事だとばかりにジョゼフは詰まらなそうに達也の攻撃を避けるため動いた。
いつもの感覚。自分以外がゆっくりした感覚。
時さえ置き去りにする速さを得た自分はこの力のせいで戦いにも緊張感を失う事になってしまったのではないのか?

時を置き去りにする速さ。
正に光速に近い速さである事は言うまでもないのだろう。
だが、それゆえにジョゼフは自らより速い生物を知らない。
その油断からであろうか?

彼の目前には人間の拳が迫っていた。
その拳は吸い込まれるようにジョゼフの頬に炸裂した。
炸裂の瞬間、アンリエッタ達には一瞬消えたジョゼフが何故か達也に殴られている光景が見えた。
彼の手からは火石が転がり落ちていく。
その音が静かに響き渡る。

「な・・・に・・・?」

「これを奪えば良いのか?というかおっさん、何で身体張って邪魔してんの?」

転がり落ちた火石は達也が拾い上げていた。
頬を押さえて後退するジョゼフはもう火石を持っていない。
歯がいくつか折れている、とジョゼフは思った。
俺が殴られた?いや、あの男は意図的に殴ったつもりではないらしい。

「それを返してもらいたいんだが」

「いけませんタツヤさん!それを彼の手に渡しては!」

アンリエッタがそう言うのと同時にジョゼフは『加速』した。
目指すは達也の手にある火石である。
ついでに毒のナイフで刺しておくか。

だが、その僅かな殺気に反応するようにまたもやジョゼフの視界にはあの男の拳があった。
何かが破裂するかのような音が響いたと思うとジョゼフはいつの間にか壁に叩きつけられていた。

「いけませ・・・ん??」

アンリエッタが間の抜けた声で言う。
彼女からすればいつの間にかジョゼフが壁に叩きつけられているのだ。
達也は達也で手を振りながら涙目で痛いと言っている。
そして手に持った火石をイザベラに渡していた。

確かに達也はジョゼフと違い光速で走れはしない。
だが、彼の覚えている『居合』の説明を思い出してもらいたい。

『とんでもなく速い』

そう、どれぐらい速いかは明言されていないがとにかくとんでもなく速いのだ。
更に達也は人には有り得ない速さで走っている事から明らかに『倍速』を使っていたのは明白である。
『居合』×『倍速』=とんでもなく超速い居合になりました。
更に言えば居合の回数は無制限になって尚且つ居合の対象は拳でも許されている為、一部分の速さで言えば時間を突き破っているのだ。ええー何それ?
ちなみに『倍速』を使うと確実に早漏・・・おや誰か来たようだ?

まあ、速さの件はこれくらいにしてでは何故達也はジョゼフの強襲を殴り返す事が出来たのか?
簡単である。そこに来る事が分かっていたからである。
誤解があるといけないが、達也は新しいタイプの人類ではない。
ギーシュとの決闘やアルビオンへ行く途中の奇襲などで攻撃を避けまくっていた彼だが、それは攻撃がそこに来るからというのが分かってないと出来ない事であった。
何その能力と言うべきなのだが、この『フィッシング』のルーンはニュングとシンシアとフィオと達也の絆のルーンである。
絆を深めた相手に対応した力を使えるらしいのはギーシュやウェールズ対象のご褒美技能から分かるのだが、このルーンは初めからニュングとシンシアの絆は最大の状態であるのだ。仕様である。
そのニュングの力の恩恵は達也の成長速度に反映されている。そしてシンシアの力は『先読み』という形で達也に恩恵を与えている。
シンシアは人の心を読むことが出来たが、達也は何となくそいつがしようとしてることが分かる程度に弱体化されているが。
本質は全く理解はしていないがしようとすることは分かるので相手が敵意や殺意を向けてくればそれに応じた構えは取れる程度である。
感情を喪失している相手には全く意味のない能力だが、達也は誤解を招く作戦によって僅かながらジョゼフの感情を呼び起こせた。


そう、何故かこの男、ジョゼフの感情を震わせていたのであった。

誰もイザベラと結婚するとか言ってないのにお前ら早とちりも良い所だぜと言いたい。
まあ、発言は恥ずかしいのだが、イザベラもノリノリだった。
だが、この男も人の親だったという事か。
その情が残っておきながら世界を地獄にしようとは訳が分からない。

「おっさん、孫の顔は見たくはないのかよ」

「まままあまあまま孫ですってええええ!??」

何故かアンリエッタが恐慌していた。

「孫を見せる親は私にはいない・・・」

アニエスさん、この場を重くして如何するんだ。

「考えた事もないな・・・!!」

ジョゼフは立ち上がる。

「父上・・・」

「俺にそのような平民が享受する幸福は夢でしかないのだ!現実を見ろ若造。世界は悪い事ばかりではないと言うが裏を返せば嫌な事がそれ程までに多いという事だ。いつ来るかも分からん幸福に期待を寄せるほどの時間の余裕は俺には望まれていないのだよ。それこそ寝る間も惜しまず働き、国や国民のためとかという名目で俺はガリアを強くしていくが浴びせられる言葉は非難ばかりであった。そんな世界の未来など誰が楽しみにするのだ?信頼する者は誰もおらず、信頼したかった弟には裏切られ!そんな世界で希望を見つけろと言うのか!」

「本当に希望はないのかよ、おっさん」

「ない!」

「そんな絶望陛下のお前の前にどうしてこの姫さんたちは来てるんだよ。特にだ、そんな世界に絶望しまくってる馬鹿親父を見捨てないでここまでやって来た娘に何でアンタは自分の希望を託そうとしないんだよ!」

「俺の希望を託すにはイザベラには荷が重過ぎる。それに俺が娘に全てを託せば民衆は批難をイザベラにぶつけるだろう。一般的な認識では俺がシャルルを殺した悪党であり、イザベラはその娘だからな。シャルロットが王になれば国民は支持するだろうが、それはガリアがロマリアの手に落ちる事を意味している。どうするのだ?そうなれば?そこのアンリエッタ姫は俺をハルケギニアの王にすると言う解決策をとったが、嫌われ者の大王など面倒でしかない。結局後を託そうにも絶望しかないのだよ。なれば統一世界の障害となるロマリアや、悪王である俺などを丸ごと灰にして文句ばかり言う民衆どもに世界を託してみようと思ったのさ。予想はつくともそいつらには政治などできぬとな。そうなれば火石を投下する以上の地獄が待つだろうな。その時俺は真に悪王となる。死んでいるから関係はないがな」

「ちょっと言っていいかおっさん」

「何だ?反論でもあるのか?」

「現実を受け入れて諦めたような風に言ってるけどさ。一番現実に納得してないのはアンタなんじゃないのか?」

「・・・何だと?」

「現実を受け入れている奴はそんな事を思ったりはしないと思うんだ。受け入れていないからこそアンタは破壊という行動に移ってるんじゃないのか?希望はないとアンタは言ったが誰よりも希望を求めていたのはアンタじゃないのか?そしてぶっちゃけいままでの発言、恥ずかしくないのか?いい歳して」

「小僧・・・その発言、若いから言える物だぞ」

「ならジジイになっても言ってやるさ。さっきの発言をな!だけどその為には未来って奴が必要なんだよな」

俺はアンリエッタ達やイザベラたち、艦外のルイズたちを見たあと、ジョゼフを見て言った。

「だから・・・」

俺は村雨を構えてジョゼフに言った。

「未来を寄越せ、欝親父!!」

「未来はないぞ、小僧!!」

「寄越せって言ってるんだクソ親父!!」

そう叫んで俺は甲板の床に向かって刀を引き抜いた。
俺の居合は生物以外なら真っ二つに出来る・・・。
瞬間、床が真っ二つに割れて、その場の皆は空中に投げ出された。
無論、これでジョゼフは死ぬわけないだろう。メイジは飛べるし。
即座に俺を助けに来たテンマちゃんの背の上で、俺はイザベラを前に乗せ、アニエスを後ろに捕まらせていた。
ん?誰か忘れてないかと?別に問題はないはずであろう。

「お、おい・・・タツヤ殿・・・私を助けてくれたのは嬉しいのだが・・・陛下は・・・」

「陛下は飛行など造作もないはずでしょう」

「い、いや・・・どうせならば陛下も一緒に助ければ・・・」

「いや、俺はこの姫さん近くにいたから守らなきゃいけなかったし」

「優先順位間違ってないか?」

俺の前には借りてきた猫のように大人しいイザベラがいる。
どうやら彼女は父の姿を探しているようだ。

「殿下!」

すぐにジャック達が俺たちのもとにやって来た。
俺はイザベラをジャック達に預けた。

「一国の王をクソ親父呼ばわりとは打ち首モノよ?タツヤ」

イザベラは俺を見ながら怒ったように言う。

「一種の勢いで言ってしまった。他人の父親をクソ親父呼ばわりとは申し訳ない気持ちでいっぱいです。今度からは『お義父さん』と言います」

「それも問題発言でしょう!?」

ジャネットは呆れながら俺に言っている。
墜落していくフリゲート艦を見て騎士達は混乱している。
まあ、仕方ないのだが次は戦いは地上になるのか。
今度こそ他の皆に任せたい所だ・・・そう思ったその時、テンマちゃんが苦しそうな唸り声を上げた。
禍々しいオーラを感じる・・・。

意を決して俺はそちらを見た。
テンマちゃんの頭の上にはトリステイン女王アンリエッタが立ち、俺を単色の瞳で見下ろしていた。怖い。

「何か・・・わたくしに言うことでもあるのではなくて?」

低い声で言うアンリエッタ。
とりあえず今気付いた事があるので言ってみた。

「姫、その体勢ですと下着が見えます」

「そんな事を期待しているのではありません!!?」

アンリエッタは俺の胸倉を掴んで、怒りに顔を真っ赤に染めていた。

「わたくしの知らない間に敵国の姫君とおともだちに・・・!これは裏切り行為ですわ!」

「国境無き友情を俺は推奨しています」

「それではわたくしとタツヤさんとの身分無き関係は適応されるべきでしょう!」

「いや、そこはお仕事上許されないでしょう」

「急に仕事人的発言をしないでください!?ここは、姫、お助けに参上いたしましたといってわたくしが抱きつく場面のチャンスだったはず!」

「父上ではありませんが現実見なさいよ・・・」

「今、現実にすればいいと思いません?」

「職権濫用でしょう貴女」

「何です?聞こえませんねぇ?わたくしは思うのです、何事においても我を通しきった者が勝利者だと」

「支配欲の強い女性より包容力の強い女性が好きです」

と言いつつも我が恋人杏里もこんな感じです。本当に有難う御座います。
そんなことやっているうちに俺たちは地上に降り立った。
そこにはジョゼフが無傷で立っていた。
このような戦場に敵の対象が立っているって無警戒にもほどがない?

「父上・・・」

「こうして一人で荒地を踏みしめるのは弟と城を抜け出した時以来だな」

「・・・・・・」

「だが、その思い出ももはや感傷に浸るまでの価値もない」

ジョゼフは杖を俺に向けて言った。

「未来は簡単に寄越せん。小僧、未来を得たいならその手で勝ち取れ。それが生物の共通の使命だ」

ジョゼフはここで死ぬ気だ、とイザベラは思った。
結局自分は父の事をどれだけわかってやれたのであろうか?
孤独に心を病み此処まで突き進んできた彼には本当に安息の時はなかったのだろうか?

「現実に絶望するのは構わない。諦めるのもアンタの勝手だ。だけど・・・本当にそれで良いのかい?アンタは」

俺はイザベラを見た。
イザベラは涙を堪えた様子で父を見ている。

「まあ・・・俺にはどういえば分からんがこれだけは言えるぜ、おっさん」

「何をだ」

「娘にあんな顔をさせるなよ!アンタも親ならよ!」

「親にもなった事もない貴様が言うのか小僧!!」

「応よ、しかも他人の家庭に口出しさせてもらうぜ馬鹿親父!!」

雨は上がり、雲も晴れた。
大空の下、ついにガリア王はその杖を抜き、決死の戦いに身を任せる。
時を追い抜き、声もあげずに彼は虚無の加速を持って駆ける。
魔法を詠唱するよりこちらの方が速い。絶対的な速さと思っていた。
一瞬達也の手が光った気がした。
そう認識した瞬間、彼は認めざるを得なかった。

自分より速い生物に出会ったと。
その生物は手に何かを握っていた。その何かは緑色の光を発していた。
それが風石だとジョゼフが認識する頃にはその石は自分の下に飛んできていた。
風の槌で全身を殴られた感覚がし、ジョゼフは血を吐きながら弾かれるように吹っ飛んだ。

そして地面に叩きつけられる感覚と共に、ジョゼフの意識は一瞬暗転したのだった。



「まだだ・・・まだ俺は死んでいないぞ小僧・・・」

そう言いながら立ち上がるジョゼフの目は死人のそれに見える。
ああ・・・どうして俺はムキになって立ってるんだろうか?
世界を終わらせようとした悪党王が立っても誰も喜ばないではないか。
なあおい。どうして世界は俺にこんなにも冷たいんだ?
なあおい。どうして世界はこれ程までに辛い事に溢れてるんだ?
なあおい。どうして世界は夢を見ることさえ許されないんだ?
俺は間違っていたのか?なあおい、誰か答えて欲しいよ。
俺は黙ってシャルルに王位を譲ればよかったのか?なあ、そうなのか?

『貴方は間違ってなんかいませんよ』

誰かが自分に話しかけていた。
懐かしい、とても懐かしい女の声だった。

「お前は・・・お前は・・・!?」

『あら、貴方の娘を腹を痛めて命を縮めて産んだ私をお忘れになったのですか?』

元ガリア王国皇后にしてイザベラの母親、そしてジョゼフの妻であった女性が青いドレスとそれと同じ青く短めの髪を靡かせてジョゼフの前に立っていた。

「何で・・・お前が此処にいるのだ?」

『貴方が寂しがって自棄になっているからですよ。私以外の女性を抱いても寂しそうでしたね』

ジョゼフの前には彼に対して無償の愛を与えていた女が、彼を理解し彼の味方でいた女が佇む。
それはシェフィールドのような一方的な思いではなく、シャルルのような強がりではなく。
ただ、ジョゼフという男に惚れこんで彼の娘を産み、若くして逝った聖母のごとき女性、名はアリスンという。
だが、その女は死んでいる。死んでいるのだ。俺を認めて愛してくれた女はもういないのだ。だからこれは夢だ、夢なのだ。

『貴方。月並みですが私は死んでいません。貴方とイザベラが生きて私を忘れない限り、私は今も生きています』

「だが・・・お前はもう俺の手の届かない世界にいるではないか」

『夢の中でならこうして私は貴方に触れられます。貴方も私の存在を認めることが出来ます。貴方とイザベラが笑えば私も笑います。貴女達が悲しめば私も悲しいのです。寂しがる事はありませんのよ・・・』

『そうだ』

違う声が聞こえてきた。
その姿を見たとき、ジョゼフはついに目を見開いた。
彼の目の前に立つのは、彼を王の後継として任命した父であった。

「親父・・・」

『私がお前を王として任命した理由はお前自身が自らの力量を弁えていたからだ。シャルルは才能溢れる息子であったが少々欲深い所があったからな。対してお前はその弟とよりよい国を作らんとしようとしていた。私はそれを評価した。国王とは孤独に耐える力とともに人間をどう使うかを考える力が必要だ。シャルルはその為に金を使った。お前はその為に金ではなく頭を使っていた。そう考えたらお前のほうがガリアの未来を担うに相応しいと私は考えた。だが、お前は頭がよすぎたせいで世界に飽きてしまったのであろう?』

「シャルルが俺の評判を貶めたのは知っている。問題なのはそれが今でも尾を引いているという事さ。どのような善政を行なおうとも民衆は俺を否定する」

『そういう奴らは結局ガリアに留まっているではないか。自信を持て息子よ。彼らは此方の苦労など知るはずもないのだ。お前の政治能力は卓越している。故にガリアは強国になりハルケギニアでも屈指の富裕国になっている。お前の力だ。文句をいうのは外国に出たことのない者達だけだ。耳を貸すべきではなかったのだよ』

『貴方は口ではつまらないと言いながら、本当は誰よりもガリアを愛していたのではないですか?』

『お前は好き勝手やっていると言っている様だが、お前は誰よりもガリアを強くしようとしていた。名君だよお前は。だが、享受しているもの達は歴史が動いている事を知らないのだ。故に平気で否定する。エルフと交流して奴らの技術を取り込もうとするお前の姿勢は賞賛されるべきではないか?』

「だが・・・俺はもう戻れない所まで来てしまった」

『幸運だったな、息子よ』

「え」

『お前の娘はやはりお前の子であった』

『私や貴方と同じく、イザベラもガリアを愛しています。そして私と同じぐらい貴方を想っています』

『まあ、嫉妬深いのはお前に似てはいるがな。だが・・・お前の子であった』

『貴方と同じとは思いませんが、貴方がガリアへかけた想いは彼女しか継げません。何せ幼い頃から貴方を見続けていた私たちの娘なのですから』

『お前は希望など失ってはなかったんだよ、ジョゼフ。むしろ捨てたはずの希望がお前の元に戻ってきたではないか。いいか、ジョゼフ。もう一度目の前を見てみろ。よいな・・・』

そう言って父はジョゼフの前から消えた。

『あなた』

「アリスン・・・俺は何がいけなかったんだろうか・・・俺は何処から間違ったというのだろうか・・・」

『うーん、そうですね。間違いといえば娘が見ている前で愛人を侍らせていた辺りは教育上間違っていると言わざるを得ませんね』

「・・・ははっ・・・俺は駄目な父親だな」

『馬鹿言わないで下さいな。私にとっては最高の夫でしたよ』

「お前には敵わんな・・・」

『貴方をやりこめる女性は私しかいませんから』

「イザベラを身篭った時はやられたと思ったからな・・・懐かしい事だ」

目の前で透明になっていく亡き妻を眺めて呟くジョゼフの顔は綻んでいた。
嗚呼、夢だと、夢だと分かっているのに。
夢だとわかっているというのに。
何故、俺は泣いているのだ?
懐かしい二人に出会えたからか?別れが惜しいからか?分からない。
ただ、今のジョゼフは消えていくアリスンを見ながら涙を流すのみだった。
消えていく女性は微笑んでいるままだった。


達也に頭を掴まれて大地に叩きつけられたジョゼフはしばらくの間ピクリとも動かなかった。
その光景を見ていたイザベラは思わず叫ばずにはいられなかった。

「お父様!!」

そう言って倒れ伏す父の元に駆け寄るイザベラ。
それを止めずにアンリエッタ達は見守った。
その後方からルイズ達が降りてくる。なんとハルケレンジャーの正体はルイズたちだったのだー。

「陛下、お怪我はありませんか!?」

ルイズがアンリエッタに駆け寄る。
アンリエッタは『大丈夫』というジェスチャーをした後、達也達の方を向いた。
彼女達の横にはいつの間にかタバサの姿があった。

「何が・・・あったというの・・・?」

目の前には憎くて仕方のない伯父王を地に叩き伏せている達也。
その傍らには同じく憎い存在であるイザベラ。おそらくその周りにいるのは北花壇騎士・・・。
騎士達は達也を攻撃しようとせず、ただ、そこにいた。
まるで何かを隠すように。

「お父様・・・」

イザベラが父を呼ぶ。
父の顔は達也の手でよく見えないが死んではいないようだ。

「タツヤ、手を離して。これではお父様の顔が見えないわ」

「・・・だそうだがいいのかよおっさん、起きてるんだろう」

俺はジョゼフに聞いてみた。

「いや、良くはないな。父の泣き顔など、娘の教育上良くないからな」

俺の手からは無色の液体が流れ出てきていた。
どうやらいい夢が見れたらしいな、おっさん。
その夢はアンタの望みらしいぜ。『いい夢』なんてそんなものだろう?


『床上手』による効果により、涙を失った男は幸福な夢を見て、涙を取り戻した。



(続く)



[18858] 第131話 更に闘いたい者
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/08/22 23:57
涙が溢れ出ていた。
ずっと求めていた感覚だった。
声をあげるわけでもなく悲しみで流す訳でもなくただ、涙が溢れているのだ。
人間としての感情が戻った気がしてならない。
ジョゼフが流す涙は正に人間である事の証明に対する歓喜の涙であった。

「長い迷宮からやっと抜け出れた気分だ」

穏やかに静かに呟くジョゼフの顔から達也は手を離す。
ジョゼフの娘であるイザベラが見た父の顔は、涙で濡れたものであった。
情けないとは思えない。何故なら父の顔つきは明らかに変わっていたのだ。
やる気の失せたような表情はなく、何か吹っ切れたような表情だった。
濁りきったような目だったのが今は光が灯っているように見えた。
ジョゼフはゆっくりと立ち上がる。涙の後を拭こうともせずに陽光の下、彼は威風堂々としていた。
彼は立っているだけであった。立っているだけだったのに、アンリエッタやイザベラ、タバサなどは息を呑んだ。
誰だ・・・アレは一体誰だ・・・?
タバサとアンリエッタは離れた所に立つジョゼフに対して動けなかった。

『格』が圧倒的に違うと感じられた。

「ロマリア軍及びトリステインの有志の諸君」

ジョゼフは静かに口を開いた。
その声は戦場に澄み渡るものに感じられた。

「いよいよ最終局面だ。諸君が俺を討てば諸君の望みの一端は叶う」

穏やかな表情のジョゼフは堂々と言い放った。

「だが・・・そう簡単にガリアはやれんなァ・・・」

今まで自国について言及しなかった男が始めて母国を思う発言をした事に一同は驚いた。
この辺で初めて一同はジョゼフの様子が先程までとは明らかに違う事に気付いた。
何か強大な存在を相手取っている事に気づいた者のなかには足が震えて歯を鳴らしている者もいた。

「正直甘く見すぎていたのかもしれないな、僕たちは」

仮面を外したナルシスト仮面ことギーシュの横でジュリオは呟く。
今正に死に掛けている教皇ヴィットーリオは自分だけに『ジョゼフを救い、死なせてやる』と言っていた。
だが、どうだ?救った結果があれである。
あの佇まいは正に王の風格。ガリアを強国にしたと言われて何の不思議もない王の姿ではないか。
その眼光は国の脅威となる自分達を鋭く射抜き、眩く光っている。

「どうする?相手はたった一人だが・・・無事でいられる気がしないよ」

ギーシュの問いはジュリオも考えていた事である。
現に今のジョゼフは普通ではなく、悪の大王と言うより生ける英雄と言われても可笑しくない顔つきであった。

「けど・・・タダで帰してくれそうもないけどね」

「まあ、此処までガリアに攻めた僕らをあっさり帰しそうにないよね。あの王様は」

「正しくは今のガリア王はだろう?」

「全く、何処が無能王だよ。誰だよ彼をそんな風に言ったの。バリバリの愛国者っぽいじゃないか」

ジュリオは誰に言うまでもなくイラついたように言う。
ギーシュはそれを横目で見ながら騎士たちに言う。

「皆、気をつけろ!先程の相手は幻想と思え!僕らの相手は間違いなく時代の英雄の一人だ!」


父を英雄と言う敵軍を前に当の父は穏やかな、それでいて力強い表情を保っていた。
・・・自分は如何するべきなのであろうか?
イザベラの目的は父を止める事であった。
だが、今の父を止める自信はなかった。
一緒に戦う事も出来るが自分では足手まといにしかならないのだろう。
今の父に手を貸すことを父は望んでいないとイザベラは確信していた。
父は変われたのかもしれない。変わったのかもしれない。
父は最期に無能王としてではなく英雄と敵に認められて蹂躙されてしまうのか?
どちらにせよ父は此処で、死ぬ気だ。

「イザベラ」

「へ?あ、はい!?」

「下がっていろ」

有無を言わさぬように父は自分に言う。
父は後ろの元素の兄弟たちに目をやると自分を頼むとばかりに微笑んだ。

「殿下・・・」

「父上・・・お父様・・・」

「見ない方が良いと思うからな」

今まで見た覚えのないほどの優しい笑顔で父はそう言った。
その反面、イザベラの表情は悲しみが溢れる事になってしまったのだが。

「お父様・・・お父様・・・!!」

涙を流すイザベラを連れて行こうとするジャック達。
その手は虚空を彷徨う。ジャックも表情を歪ませてイザベラを連れて行こうとしている。
ジャネットは俯いているし、ドゥドゥーは非常に何か言いたそうにしていた。

「我が娘よ、お前は俺のようにはなるなよ・・・」

「お父様・・・」

そう言うと、父王は自分から視線を外した。
そして杖を掲げ、ロマリア軍の方向へ向けた。

「来るがいい、正義を掲げる若人達よ。その正義もろともガリア王であるこの俺が打ち砕いてやろう」

あからさまな敵意がロマリア軍の若者たちにぶつけられる。
これが・・・こんなのが無能王と呼ばれてたまるか!!
だが、戦慄を覚えるロマリアとトリステインの若者たちの中、全く恐れていない少女がいた。
それはルイズか?違う。彼女は戦いに参加していたからジョゼフの変わりぶりに混乱している。
全く恐れていない少女とはそもそもジョゼフを知らない真琴である。
テンマちゃんに乗った真琴は騎士達の後方から、不思議そうに辺りを見回していた。
その幼い彼女を守るようにシエスタとティファニアがいた。

「な、何だか、皆さんの様子が変ですね・・・怯えてると言うか躊躇しているというか・・・」

「う、うん・・・。さっきまでの元気が嘘みたい・・・」

戦いに慣れていないシエスタとティファニアは、戦場の張り詰めた空気に不安感を覚えていた。
だが、そもそも戦場とは無縁である真琴は、なんか皆元気ないなーという位にしか思ってなかった。
ジョゼフの豹変による威圧感など彼女が感じる訳もなく、彼女は彼女なりにこの重い空気をどうかしたいと考えているようだ。
周りの空気を明るいものにしたいという彼女の想いは別に間違ってはいない。
戦いの場においていい雰囲気を作ることは大事な事である。
まあ、真琴がそこまで考えている訳がないのだが。

「ねぇ、オルちゃん先生」

『何?真琴ちゃん』

「みんなを元気にしたいんだけど・・・できるかな?」

『そうねぇ。やってみてもいいんじゃない?』

普通は止めるか何かするものだが、この喋る杖は基本的に持ち手である真琴の意志を尊重するようである。
まあ、そもそも真琴の覚えている魔法は一つしかない上に危険も皆無なので任せているという事もあるのだが。
見た目は怪我もしていないがどうも皆は元気がない。ならば自分の魔法で元気にしてあげよう!
嗚呼、幼き善意とは何と尊いものであろうか?
危機感を募らせている若人たちを鼓舞するべく、幼き少女は高らかに詠唱する。

「テルミー・テルミー・テルテルミー・ズッコシ・バッコシ・イエスアイドゥ!つらいのつらいのとんでけー!」

杖の先から緑の光が放たれる。
輝きは申し訳ないが弱々しい。だが、その光は確かに届いていた。
しかし、真琴は思っても見なかった。
その光の先の人物は『普通に元気』であった。
普通に元気な奴を更に元気にして如何する?


『気力が一定値に達しました。武器名『村雨』特殊能力が解禁されます。エンカウント率の上昇が貴方に付与されました!』

「いらんわ!!?」

突然緑の光が俺に降り注いだかと思えばこの電波である。
思わず声をあげて怒鳴ってしまった。

『残念ながらこの能力は永久的に持続しちゃうのですが、逆に考えるんだ。困難を多く乗り越えたらその分人は強くなるんだと』

その前に過労死の恐れがあるわ!

『ちなみにエンカウント率とは敵とかじゃなくて『厄介事』のエンカウント率です。これもレアな剣を持つ弱そうな者のさだめじゃ・・・』

俺は某立志伝の足利●氏か!?狙われるのか俺は!?
此処に来て俺にプラスになるかどうか分からん特殊能力というか呪いが付与された訳なのだが・・・。
だが、今正に厄介事は起こっている。

「貴様もイザベラと共に行け小僧。今なら見逃そう。俺の涙に免じてな」

どうやら勘違いさせたままのようだ。
イザベラは出来ちゃったといっただけで誰も妊娠してるとは言ってない。
俺が孫の顔云々言ったのも誤解を招いたのかもしれないが、あんなの長生きして欲しい人にいう言葉の常套句じゃないか。
既にイザベラには俺がトリステインから来たナイスガイ(誇張アリ)という事は実は言ってる上で、イザベラの手伝いを改めて請け負ったのだ。
だってガリア人だって嘘ついても俺に得はないし。別に俺はジョゼフを殺す気はまったくないし。
国境を越えた関係というのは国境を越えた友情の事を言ったのに何で男と女ってだけでそう勘繰るんだ?全く早とちりが過ぎる親父だ。アンリエッタはわかってやってるようにしか思えない。
先程の光は多分真琴か・・・?
全く、見逃す言われて分かったというべきなのに、そんなつまらん姿を見せれないじゃないかよ。

「折角の心遣い恐悦至極だがな、俺は逃げない。アンタの娘さんの涙に免じてな」

「ならば、道を開けて貰おう。力ずくでな」

ジョゼフはナイフを構え、『加速』した。
ジョゼフは自分がやられた事を顧みて、この男をどうすれば打ち倒せるか考えた。
この男は自分のように自由に加速しながら動けるという訳ではないらしい。あくまで一部分だけが猛烈な速さなだけと仮定すると攻略法はおのずと見つかる。

『来たッ!』

あの男の放ったと思われる剣の一撃がジョゼフに襲い掛かる。
ジョゼフはとっさにナイフを投げ、なお加速した。
視線の中でナイフが紙の様に斬られて行くのが見えた。
ジョゼフはそのまま、左手で達也を殴りつけた。
確かな手ごたえを感じた。

ジョゼフの読みは当たっていた。
達也は高速移動が出来る訳ではなくあくまで居合の範囲で高速攻撃ができるだけであった。
正に一部分であれば速さを制する事ができる能力なのだが、高速移動し、それも手数で戦う相手には最初の攻撃さえ防げば無防備となりうるものでもあった。
もう一度攻撃するにしても振り切った手などを戻す時間のラグがある。
そのラグより早く攻撃できるジョゼフの攻撃は無論達也に攻撃が届く。
その答えに行き着いたジョゼフは見事と言わざるを得ないが、その先に更に問題があるとは彼は知る由もなかった。
何故なら手ごたえを掴んで振り切った拳の先には達也はいなかったのだから。

「言われたとおり開けたぜ、クソ親父。だけどな!」

腫れあがった顔が痛々しい達也は既に納刀していた。ジョゼフの後ろで。

「アンタが進む道は死の道じゃない!娘と家族をやり直せ、ジョゼフ!!」

振り向き様にジョゼフは顎を打ち抜かれた。
ただの拳ではない。達也の手には輝く石・・・『風石』が握られていた。
うん、石握って人殴るとか正に外道である。
だが、単純にして強力である。
そもそも刀による居合では服を破壊するだけ。銃や弓はそもそも持っていない。
後は拳しかないのだが、何もなければただ痛い。どうせなら相手にはダメージを与えたい。そこで達也が『釣り上げ』で多量に入手した風石の出番である。
お手ごろサイズの風石を握って殴るとか危険きわまりないのであるが、そこは『風の加護』の技能により風石の取り扱いによる危険をなくしていた。
現在の達也の状態は全身が風属性の塊のような状態である。風ではないのであしからず。
だが無論ジョゼフは知る由もない達也の技能『当身回り込み』は彼が風そのものを相手しているかのような錯覚を与えてしまった。
・・・・・・殺す気がないのなら石を握ったまま殴るなと言いたいが、何せ達也はコイツによって命を狙われていたのでその鬱憤晴らしで石を持ったまま殴った。
例え変わったとはいえ、その点については達也は根に持っていた。当たり前である。

「ゴグッ・・・・ァ!!?」

脳が揺さぶられる感覚がした。
視界が大きくぶれて、平衡感覚を失う。
だが・・・倒れない。倒れる訳にはいかない。簡単に倒れる訳にはいかない。
俺の背にはガリアの運命がかかっているんだ・・・俺の背には・・・!!
だから・・・倒れる訳には・・・

「小僧・・・舐めるなよ・・・!!俺も一国の王!そう簡単に日常に戻る事などできん!!」

倒れそうになる身体に鞭打ち、足を踏ん張る。
此処で屈す訳にはいかない。

「俺はガリアの王・・・!長年忘れた誇りを此処で取り戻した俺が此処で退くわけにはいかん・・・!!屈する訳にはいかん・・・!!」

ジョゼフは杖を高速で回しながら詠唱した。
達也はその場から急いで飛びのく。
達也のいた場所に小爆発が起きた。

「ほう・・・避けたか・・・だが逃がさんぞ小僧!!」

ジョゼフは今までにない集中力で呪文を高速詠唱する。
だが、彼は自らの戦う相手が一人ではない事を一瞬忘れていた。

「ぐおっ!?」

ジョゼフの背中で爆発が起こる。達也は目の前にいる。
待て・・・爆発だと・・・?
ジョゼフが痛む背中に顔を歪めつつその方向を見た。
そこにはトリステインの担い手が杖を掲げて叫んでいた。

「使い魔だけに戦わせる訳がないでしょう?ガリアの担い手さん?」

「フ・・・フフフ・・・使い魔と主は一身同体・・・それも長らく忘れていた基本だったな・・・だが詠唱は既に完成はした!」

接近していた達也に向かってジョゼフは杖を向けた。
達也は目を見開いている。
どうやら虚をつけたようだ。ふ・・・ざまあみろ。
威力はそうはないが、この男一人屠る程度の事はできる。
見ろ若人達よ。これが王の意地というものだ!!!

だが、その意地は達也の背中から発された声によってかき消された。

『相棒ッ!!俺を・・・俺を使えッ!!!』

瞬間、ジョゼフは魔法を発動した。
その刹那の時、達也は自らの背に背負ったデルフリンガー用の鞘を手に取った。
爆発が起こる。
だがその爆発はすぐにその鞘に吸収されてしまった。
その光景を見たジョゼフはただ、静かに目を閉じた。そして歯を食いしばった。

「だらっしゃアアアアアアアアア!!!!!」

そして達也はそのままその鞘をジョゼフの股間のグレープフルーツに直撃させたのである。
正に単純にして強力。顔を殴られると思っていたガリア王はこの強力な一撃に悲鳴も出さずにそのままゆっくりと大の字で倒れた。

『・・・・・・っておい、いきなり俺を野郎の股間にダイブさせるとは何考えてんだテメエ』

「黙れ無機物。凹んだ俺が馬鹿みたいじゃねぇか。生きてるならそう言え」

「デルフの兄さん・・・生きてたんですね・・・」

『もう剣じゃねえけどな。魔法を吸い込む鞘になっちまった』

村雨もデルフが生きてた事を喜んでいる。
俺は無機物同士の会話を聞きながらルイズ達の方を向いた。

「私の助けがあったからこそね!末代まで称えなさいよ、タツヤ!」

「完全に不意打ちで良くもそこまで言えるなお前。まあいいや、ルイズ、ありがとよ」

俺に駆け寄り胸を張って大笑いするルイズは非常に得意げである。

「待て・・・勝った気になるなよ・・・」

声がして振り向くと、ジョゼフが立ち上がろうとしていた。
俺はルイズを守るように立った。
ジョゼフは大分足に来ている様子だった。

「俺は倒れたままではいられん・・・俺は・・・俺の後ろにはガリアの運命が・・・!!」

「おっさん」

俺は執念深く立ち上がる誇り高き王に言った。

「アンタの後ろにはガリアの『未来』が立ってるぜ」

「・・・・・・イザベラ・・・?」

満身創痍のジョゼフの背を支えるように立っていたのは彼の娘、イザベラだった。
いや、イザベラだけではない。元素の兄弟たちもジョゼフの身体を支えていた。

「お父様・・・貴方の娘で私は本当に良かった・・・。国を最も愛した王の娘として私は貴方の後を継ぎます。だから・・・だから・・・もう無理はしないでください・・・。死に急がないで下さい・・・私は貴方から学ばねばならないことはたくさんあるのですから・・・」

「だから降伏しては・・・元も子も・・・」

その時、ロマリアの本陣付近から、伝令の天馬が駆けて来た。
天馬に跨る伝令兵の顔は蒼白だった。
そして兵士は達也たちにも聞こえるように叫んだ。

「も、申し上げます・・・!!聖下が・・・ヴィットーリオ教皇聖下が・・・お亡くなりになられました!!!」

そう言うと伝令兵は大声で泣き始めた。
聖堂騎士達は杖を落とす者、咽び泣く者ばかりだった。
アンリエッタは信じられないと言ったように目を見開き、ジュリオはギーシュに支えられ震えていた。
水精霊騎士達は脱力したように肩を落としていた。

「・・・する必要もなくなったようだな」

「そうみたいですね」

「そんな・・・教皇聖下が・・・」

ルイズも呆然としていた。

「小僧」

ジョゼフが俺に声を掛けた。

「全て上手く行くことなんて滅多にないのが、分かったか?」

「・・・・・・」

俺は無言で動けぬジョゼフに近づき、緊急用のロープを取り出しジョゼフの足と手を縛った。

「・・・?何をしているんだ?教皇はもう・・・」

「ああ、話を聞く限り教皇さんは亡くなったんだろうな。だがな、おっさん、イザベラ。俺はどこ所属でしょう?」

「・・・ま、まさか貴方・・・」

「そうだ!ロマリアの総大将は負けたが、トリステイン総大将は生きている!!つまり!おーい!皆ァ!ガリアの総大将を捕縛したぞー!!この戦い、トリステインの大勝利だー!!」

「「「「「「な、何ィーーーーーーー!!!???」」」」」」




ロマリアとガリアの大戦争は何故かトリステイン勝利というちょっと何を言っているのか分からない結末で終結することになるのである。
なお、ロマリア軍を率いていた若き教皇の死に顔は苦しみではなく、穏やかなものであったという。


達也は一人戦場に残っていた。
フィオとの再会と死別と更なる再会、デルフのダウングレード、ジャンヌの執念、真琴が魔法少女、イザベラとの出会い、ジョゼフとの戦い、教皇の死・・・様々な事がこの戦場で起こった。思うことはたくさんある。

「やめよう。感傷に浸るなんて事は」

踵を返して俺はみんなの元に帰ろうと歩を進めたその時だった。
何かが、足に当たった。

「指輪・・・?」

そこには指輪が転がっていた。
結晶のような石がはめ込まれている。

「なんだこれ?売ったら儲かるかな?」

俺はその指輪を拾い上げてみた。
すると何かやっぱり電波が流れてきた。

『『アンドバリの指輪』:マジックアイテムだが武器にもなります。この指輪の結晶は水の精霊とほぼ同じ成分の結晶体です。本来の使い方は精神操作や死者を動かすなど。まあ、そういう使い方をするより指に嵌めて結晶体を相手の目に当てるとかの方が確実にヤれる。喧嘩は目を狙うべき』

・・・あれ?何でこれがこんな所に転がってんの?



(続く)



[18858] 第132話 自国の事は極力自国で何とかしろ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/08/31 22:12
ロマリアとガリアの戦争は終わった。
レコンキスタとの戦争の際、ガリアが漁夫の利の得たように今回はトリステインが漁夫の利を得るというある意味趣返しにガリアの中枢は苦笑いを隠せなかったらしい。
トリステインの目的は聖戦の中止であった為その目的は達せられた。
ガリアもジョゼフが引退し、王座をタバサではなく娘のイザベラに引き継がせた。ジョゼフは隠居生活に入るという。
問題は教皇を失ったロマリアである。
教皇ヴィットーリオの戦死はロマリアならずハルケギニア全土に衝撃を与えたと同時に聖戦のジンクスの信憑性をますます強めてしまった。
戦争である以上、教皇も死ぬ恐れはあったとはいえまさか本当に死ぬとは夢にも思わなかったのだ。
ロマリアの民衆、特に孤児や難民達は彼の死を大いに嘆き悲しんだ。
ヴィットーリオが貧民層や孤児たちの救済に尽力していた事は厳然たる事実であり、彼らにとっては希望が失われた状態なのだ。

「此方の計画の進行が大幅に遅れるよ。何せ陣頭指揮を執るはずだった人物がいなくなったんだからね」

目を腫らしたジュリオが力なさげにそう言った。
主のいない執務室で彼はヴィットーリオがまとめていた書類を片付けていた。

「恐るべきはエルフの行動の速さね」

「速いというより的確さに驚かされるよ。聖下を直接狙ってくるなんてね」

ジャンヌというエルフの女剣士によってヴィットーリオは殺害されてしまった。
単身戦場に乗り込み、教皇の殺害を行なうとは大胆不敵というか何と言うか。
ルイズは改めてエルフの強大さを感じたのである。

「で、何で俺たちはまだトリステインに戻れないんでしょう?」

他の皆はもう既にトリステインに帰ったというのに俺とルイズにテファと真琴及びシエスタは未だにロマリアにいる訳だ。

「ルイズやティファニアは『聖女』だからね。戦後も民衆を元気付ける仕事があるのさ。こういう結果に終わってしまって民衆は動揺してるからね」

「戦後復興のシンボルにするのか?」

「そこまで大層な事は考えていないよ。ただ、祭り上げた以上、急にいなくなられても困るんだ。教皇が亡くなった以上、民衆は崇める対象を求めるのは当然だからね」

なお、教皇が死んでしまった為、世界扉で帰還するという目論みは崩壊した。
何かテファも使えるようになったらしいが水晶玉程度の大きさが限界だった。
つまり、現状俺が元の世界に戻るにはテファの成長待ちしかないのだ。

「それに今ロマリアから出たら君は無事に君の領地にいけないと思うんだが」

「アンタ本当にガリアの王女に何したのよ。連日勧誘の連絡が来てるのよ」

「さあ?タバサがいるからじゃないか?」

なお、タバサは現在ガリアにいる。
北花壇騎士である彼女は新王女即位の為の準備に駆り出されているのだ。
イザベラに思う所はあるのかもしれないが、イザベラも暇でなくなった以上タバサに嫌がらせをする暇などないのだ。
むしろ積極的に彼女の力を借りようとしているらしく即位の儀のその日までタバサが魔法学院に戻る事はなさそうなのだ。
まあ、元々タバサの親父はガリアでも人気があったらしいからその娘をどうこうしたら色々不味かったんだろう。

「なあ、ジュリオ」

「なんだい?」

「あの教皇さんがエルフのいる聖地奪還に拘ったのは何でだ?」

「・・・言える所までで良いかい?」

「あんまり難しい事は面倒だし、大事な所だけ言ってくれ」

「ああ。まずこのままではハルケギニアは未曾有の大災害に見舞われる所から話そうか」

「災害?」

「ああ、アルビオン大陸は知っているな?あの浮遊大陸はかつての災害によって浮かんだものなんだ。地下にある風石の力によってね。その時はアルビオン大陸だけがああして浮かんでいるんだが、最近の調査で分かったんだが、現在ハルケギニア中に埋まった風石が飽和してしまっている。このままじゃハルケギニアの大地はあちこちで浮き上がる。これは我々と魔法研究所が共同で出した結論さ。このままでは将来ハルケギニアの半分は人の住める土地ではなくなる」

「風石を採掘しまくりゃいいじゃん」

「僕らもそれを考えているんだがそれをするには莫大なコストと技術がいる。残念ながら僕らの技術では大量の風石を採掘する事なんて無理なんだ。それこそエルフの力でも借りないと。しかしエルフは此方を見下しているし、此方の協力をしようとしないからね」

「だからと言って聖地を奪還したところでさ、お前らに何が出来るんだよ」

「・・・聖地には扉がある。君が乗っていた「せんしゃ」や銃などは全て君の世界のものだ。そしてそれらは全て聖地の扉付近で見つかっている。あれほどの技術は僕らの世界の常識を当に超えている。そこに僕らは目をつけた」

「・・・もしかしてとは思うけどさ、その扉がある聖地を奪って扉の向こうの世界の技術を貰うとか考えてないよな」

「その技術を貸して貰うまでさ」

「お前ら、自分の世界の事は自分で何とかしろよ」

「事は急を要している。情けない話だが現状では君たちの世界に希望を託すしかないんだ」

「勝手に希望を託すなよ。少量とはいえ風石は採掘できる技術はあるんだろうが」

「だからそれじゃあ足りないんだって。まあ、聖下が亡くなった以上その計画も頓挫しちゃったよ」

「ぶっちゃけいきなり『異世界からきました、助けて!』と言われても助けるかどうか知らんがな」

「冷静に考えれば頭おかしいと思われるわね。私もタツヤを最初そんな感じで見てたし」

お前は携帯電話に対して異様に怯えてたけどな。

「まあ、大陸が浮遊して住む所がなくなって超ヤベェという事は理解したよ。要は地下に埋まった風石を何とかしなくちゃならなくてそのための技術が欲しいんだけど現状ないってことか。爆破すりゃいいんじゃないの?」

「地下でか?それこそ危険だよ。飽和状態になっている風石に爆発の衝撃を地下で与えたらそれこそ地上は大災害に見舞われる」

「結局掘り起こして地上で処理が一番か」

「なお、強力な魔法の衝撃で取ろうというのは無しだぞ?」

「ジュリオ、お前の能力はどんな動物でも扱える事だったよな」

「・・・何だい、いきなり」

「・・・アンタまさか・・・」

ルイズが冷や汗を垂らしながら俺に言う。

「ジュリオ、お前をド・オルエニールに招待しよう」

「ああっ!?やっぱりー!?」

「・・・?どういうことだい?こんな時に君の領地に行っても・・・」

「人というのは今持てるもの全てを駆使して頑張るべきだ。俺の世界に頼る前に、この世界で可能な事全てをすべきだと思う」

現実にはウルトラ●ンはいない。
世界の危機はその世界に生きる人々で何とかしろ。
その世界に生きる者、あるもの全てを駆使してその世界の危機は凌ぐべき(キリッ

「お前らの世界の底力はお前の思っている以上に力強いんじゃねえのか?」

「た、タツヤ・・・」

「いいこと言ったように言ってるけどアンタは関わり合いになりたくないからそう言ってるだけでしょう」

「俺はこれ以上この世界で戦いたくないんだけど。帰りたいし」

「生きるという事は戦うことよタツヤ。世界がどうであれ貴方は戦うべきなのよ」

「熱でもあるのかルイズ。本心を言えば真琴をナデナデする権利をあげてもいいぞ」

「こんなクソ忙しい時に自分だけ帰りますとか許されると思ってる?逃がさないわ」

あっさり本音をいいやがったぞこの女。

「俺は定時で帰りたいんだーー!!?」

「オーッホッホッホ!私の使い魔であるからにはキビキビ働いてもらうわよ!」

「俺が働いた分だけお前が楽できるのか」

「その通りよ」

「有給休暇を申請する」

「私を見殺しにするつもりか!?」

「見殺しとか人聞きの悪い。お前にはお前を聖女様と崇める哀れな民衆達が構ってくれるじゃないか。寂しくなんかない」

「嫌だ!アンタがいないとマコトもいなくなるじゃない!私はマコトの魔法の先生ぶりたいの!」

ルイズが真琴の魔法を見たとき、鼻血を噴出した事を俺は思い出していた。
折角座学が優秀なので家庭教師として真琴につけようとも考えていたのだが、その鼻血によって考えは霧散したのだった。

「・・・君が治める領地に、現状を変えるかもしれないものがあると言うのか?」

実質俺の領地を治めてるのはゴンドラン爺さんな訳だが、俺は一応自信ありげに頷いた。

「・・・いいさ。どうせ聖下が亡くなった以上、僕はすぐにお役御免でロマリアから追い出されかねない身。男からの誘いというのがなんとも味気のない話だが、乗ってやろうじゃないか。だがルイズ達は出来ればここに残して欲しいんだがな。人々の希望を取り戻すにはまだ時間が・・・」

「教皇一人死んだ程度で無くなる希望なんて希望じゃないだろ。確かにあの人の存在は大きかったのかもしれないけど、それで全てを諦める理由にはならないはずじゃないか?残された奴らは小さな幸せ見つけてダラダラ生きてりゃいいんだよ。しっかり生きようとするから余計な荷物を背負う事になるんじゃねえの?」

よくその人の分まで生きろとか言うけど、そいつの人生背負ってまで生きるなど並大抵の人間ではできない。
俺は俺として、ジュリオはジュリオとして、ルイズはルイズとして生きればいいのだ。
まあ、それでも背負って生きる奴を俺からどうこう言うつもりなど勿論無いのだが。
死んだウェールズやフィオの人生を俺は背負わない。ただ、二人の想いは受け取った。
俺はそれを胸に抱いて生きていくんじゃないかと思う。
まあ、この二人は背負わなくても取り憑いているわけなのだが。

「まあ、戦後の混乱期の今だからこそ、聖地ロマリアのお手並み拝見といきましょう。いい加減私もトリステインに帰りたいし、テファだってそう思ってるんじゃない?」

「・・・僕らは君たちを散々利用してきた」

急にジュリオはそう呟く。
その表情は暗かった。

「特にタツヤ、君は殺されかけた。他ならぬ僕に」

「そうだな」

あの日の事は今思い出しても腸が煮えくり返る思いだ。

「答えて欲しい。何故君はそんな僕に希望を提示してくれるんだ?普通見捨てるか殴るか殺すとか・・・それなりの処置をするんじゃないのか?」

「アホかお前、そりゃ何ていったってお前に利用価値があるからに決まってんだろうよ。それに殴るとかはもうやったじゃん」

「利用価値・・・か」

「お前な、こちとら豊かな領地じゃないんだ。親切心のみで勧誘とかしないさ。ド・オルエニール領民はほぼ全員何かしら働いている。孤児院にいる子どもですら農業に携わっている。それがどういうことか分かるか?人手が足りないんだよ人手が。成長しようにも肝心の農業はある障害によって成長を阻まれてるんだ。それを何とかする為の力をお前は持っていた。だから勧誘してるんだよ」

ゴンドラン曰く、俺にはもっと有名になって有能な人材を集めて欲しいらしいのだが、正直勘弁してほしい。
確かに有名な人物には有能な者も集まるとか言う話は聞いたことあるけどさぁ・・・。
有名になったらなったで腕自慢のチンピラメイジも来るじゃん。巨大生物見て逃げてたけど。まあ、怪獣決戦はあの領地ではよくあることだし・・・。
黙り込むジュリオに俺は尋ねた。

「なぁ、ジュリオ。こんな事聞くのは変だけどさ、お前は恋人はいるか?」

いれば好待遇で迎えれるのだが、よく考えればこいつはロマリアの坊主である。
しかし返答は坊主の概念を一蹴するようなものだった。

「・・・いるよ」

その時のジュリオの表情は何処か申し訳なさそうであった。
・・・何この反応?

「なら、その彼女も連れて来いよ。若い夫婦は大歓迎だから」

「・・・僕は・・・彼女を連れて行く資格などない男だよ・・・」


そう呟くジュリオの表情は自嘲の笑みが浮かんでいた。
だが、貴様の資格がどうだなど俺が知った事ではない。
恋人がいるならいるで幸せにしてやれ。離れていたら彼女は不安だろうがよ。
一緒にいてやれよ、同じ世界にいるんだろう?

「そんなの知らん。連れて来い」

「話聞いてた君?」

「駄目よジュリオ。恋人がいるといった以上、コイツは式の日取りまで計画するわ」

「そこまでせんわ馬鹿者!?あのな、恋人なら資格云々とか言ってんじゃねぇよ。掻っ攫ってきやがれ」

「・・・わかった。ならばお言葉に甘えるとしようか。あまりの可憐さに嫉妬するなよタツヤ」

ジュリオはそう言うと肩の荷が下りたかのような笑みを浮かべた。
その後、ジュリオは外出許可を取りに部屋を出て行った。
それに続いて俺とルイズも、テファたちが待つ部屋に戻った。
そこで俺はテファ建ちにド・オルエニールへ戻る事を伝えた。
ようやくトリステインに戻れる事もあり、テファはホッとした様子であった。

「そんなわけなので、シエスタ、弁当を準備してくれ」

「喜んで!」

「あ・・・私も手伝うよ・・・」

テファが席を立とうとした瞬間、シエスタは鬼気迫る表情で言った。

「やめて!?タツヤさんは私に頼んだんです!この手柄は渡しません!?」

「え、ええ!?」

困惑するテファ。というか手柄ってなんだシエスタ。

「これは試練!そう!タツヤさんの専属メイドとしてタツヤさん及び皆さんのお腹を十分に満足させるお弁当を私が単独で作れるかという愛の試練なのです!この試練に人の手を借りてはメイドの名折れ!これは私のメイドとしての主への忠誠心と愛情が試される機会なのですよ!?その機会を妨害しようだなんてティファニアさん・・・恐ろしい女!!」

「シエスタお姉ちゃん、お料理はみんなで作った方がたのしいんだよ?」

「ええ、そうですねマコトちゃん。それも事実です。でもね、女には退いてはいけない時があるんですよ・・・」

歴戦の戦士のような雰囲気でそう言う我が専属メイド。
我が妹はそんなシエスタに感心したように目を輝かせていた。

「いいよ、テファ、真琴。手伝いたいなら手伝いな」

俺はオロオロするテファに助け舟を出すように言った。
しかしそれに納得のいかないシエスタは涙目で言った。

「タツヤさん!?私だけじゃ物足りないと言うんですか!?」

「色々誤解を招きそうな言い方をするな!?」

「いいから早く作りなさいよあんた達・・・」

ルイズが頭を押さえながら呟いた。
それは俺も同感である。
不服そうに弁当の用意をしに行く女性陣を見送り、残されたのは俺とルイズのみだった。

「まさかアンタが人の恋路を後押しするとは思わなかったわ」

「お前は俺をどう見ていたんだよ?」

「愉快犯?」

「可愛い振りしてお前は酷い事を俺に言うよね、性犯罪者」

「ストレートに酷い事を私に言うわよねアンタ」

「人間素直が一番だろう」

「本音と建前を覚えろ貴様ー!うがー!!」

「ワハハハハハ!お前相手に建前何ぞ勿体無さ過ぎるわ!!」

「おのれタツヤ!何処までも私を馬鹿にして!あ、そうか、そういうことかー」

急にルイズは気持ちの悪い笑みを浮かべた。

「むっふっふっふ、やはり私は罪な女ね。そしてやはり流石私ね」

「急になんだよ」

「タツヤ!アンタはどうやら好きな娘には意地悪をするタイプね!」

「・・・は、恥ずかしい・・・」

俺はあまりの恥ずかしさに顔を覆った。

「フフフ、図星ね!ああ、好きな女性がいても惹かれる自分の容姿が怖いわ!そしてタツヤもかわいい所が・・・」

「恥ずかしい・・・痛い勘違いをしてどや顔で悦に浸ってる主が使い魔として恥ずかしい・・・ッ!!」

「やめろおおおおおお!!!指の隙間から哀れみの視線を私に向けるなああああ!!?そんな生温かい目で私を見るなああああ!!」

叫びながら壁に頭を打ちつけこの悲しい現実から意識を飛ばそうと努力するルイズの姿が余計に悲しい。
そんな主従を眺め(?)ながらこの二人との付き合いはそれなりに長い喋る鞘は呟く。

『成長せんね、こいつ等は』

ジュリオが外出許可を得て戻ってきた頃にはルイズは頭に大きな瘤を作っていた。
・・・・・・どうやら現実からは逃れられなかったようで部屋の隅っこでいじけていた。

「・・・何があったんだい?」

「勘違いの末の自己嫌悪中です」


そこに人数分の弁当を持ってシエスタたちがやって来た。
戦争は終わり、平和がスキップしながら戻ってくるのを感じた。



(続く)



[18858] 第133話 嫁が出来る!娘が出来た!?
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/09/01 23:58


現在俺たちはジュリオの恋人を迎えに行く為に空を移動中である。
テンマちゃんには俺、真琴、シエスタの3人、ジュリオの竜にはルイズとテファが乗っている。
ところで疑問に思ったのだが、ジュリオを連れて行くのは決定として、この男は何故未だにヴィンダールヴとしてのルーンが残っているのか。
使い魔のルーンは使い魔が死んだら消えるらしいが、その主たる者が死んでも消えるのではないのだろうか?
そのことについて座学優秀なルイズに聞いてみた。

「ああ、アンタの疑問は当然よね。使い魔のルーンは使い魔が死ぬと基本的には消えるわ。このシステムは召喚者が次の使い魔をすぐに呼び出せるように出来る此方としては大変ありがたい呪文なんだけど、その反面、主が先に死んでもだからと言ってルーンは消えないわよ。そういう呪いなんだから」

そういえば、フィオは一応の主のニュングが死んでもルーンはそのまま残っていた。
主が死んでもずっと忠誠を誓うって使い魔はどこぞのハチ公か。

「まあ、文句を言いたいのは分かるけど、この呪文は始祖ブリミルが作ったものだからね・・・歴史上改良に挑戦した人はいるらしいけど私の知る限り成功者はいないわ。にしてもブリミルってよほどいい使い魔に恵まれたんでしょうね」

基本的に使い魔は主を守るのが義務だから多くの使い魔は主より先に死ぬことが多いらしいので、今回のようなケースはあまりないらしいが、珍しいと言うほどではないらしい。全く持って使い魔には迷惑な話だ。

「まあ、かつての主の墓を守っていた使い魔の話はザラにあるし、美談の元になりやすい呪いという事は覚えておきなさいな」

「使い魔は一生、主に縛られて生きていくのか」

「主と使い魔は一心同体。主が死んでもその使い魔が生きてる限り、主の思いは引き継がれていくのよ」

「さっさと解呪魔法を作ってやれよ・・・」

「基本的に解呪する必要性がなかったからねぇ・・・その辺の研究はあまり進んでないのよ」

そもそも人間の使い魔自体が貴重な存在であるし、彼らの今後を考える事などなかったのだろう。
あったとしても肉壁としての役割しかないだろう人間の使い魔の未来などほぼ絶望的なのだ。
そう思えば俺やジュリオは特殊な能力を持っているだけ幸運なのかもしれない。

「まあ、当然主とのコンタクトが遮断された状態なんだから主の見ている風景なんて見えなくなるし、主への忠誠も次第に薄れていくと言う話もあるけどね」

「ふむ、要するにだ。このルーンは契約の証であると共に、『こいつはお手つき済』という証なのか」

「非常に分かりやすい使い魔童貞及び処女判別が出来る画期的なものよ」

「すまん、非常に気持ち悪いんだが」

俺たちの話を聞いていたジュリオが冷や汗を流しながら言った。
シエスタは一応真琴の耳を塞いでいた。優秀なメイドである。
一方、ティファニアはというと、小首をかしげて俺に尋ねてきた。

「タツヤ、どうていって、何?」

その時、耳を塞がれている真琴以外に電流走る。
こ、この奇乳少女は童貞の意味を知らんとね!?
あまりの衝撃に若干九州訛りになってしまったが、どうする?説明すべきか?
悩んでいたらルイズが俺を指差して言った。

「コイツのような男を言うのよ」

「捨てれなかった原因を作った貴様が何を言うか」

「捨てる?どうていというのはいらないものなの?」

「え」

ルイズも言葉に詰まってしまった。
仕方ない、できるだけソフトに説明するか。

『童帝(どう・てい):あらゆる欲望を破棄し、男として至高の域に達した者だけが与えられる名誉ある英雄の称号。その称号を付けしものは例えどのような境遇に陥ろうとも誘惑に惑わされず、己が信念を貫き世界を救う働きも時にはするほどの傑物となるであろう。【民明●房『世界の称号大辞典』より抜粋】』

「な、何だか凄い存在なんだね、どうていって」

「うむ」

「うむ、じゃないわよあんた。何そのトンでも称号!?●明書房って何よ!?」

「俺の世界じゃ有名な出版社だぞ?」

「知らんわ!?」

「さて、到着したぞ」

ジュリオが自分の竜を降下させる。
どうやらこの男は俺たちに対するスルー能力が高いようで寂しい。
自分だけ綺麗なままでいようという魂胆だろうがそうは行きません。
地味に俺は殺されそうになったことを根に持ってるんで。誰も許したとか言ってないんで。
眼下に迫るのは小さな修道院である。
ガリア北西部に突き出た幅二リーグ、長さ三十リーグほどの細長い半島の先端にぽつんとその建物はあった。
こんな島のほとんどが岩山で占められた孤島に修道院とか明らかに隔離施設じゃん。

「・・・此処は身寄りのない女性たちが修道女として生活してるんだ」

ジュリオは静かに呟いた。

「俗世から切り離された場所だな此処は。物理的に禁欲生活を強いられてるな」

「それが此処の女性たちは逞しくてね。僅かな変化でも小さな子どものように喜び、楽しむんだ。街の女性にはない感覚だよ」

人の幸せの定義なんぞ人それぞれなので隔離されていてもその人がそれで幸せならば構わない。
変に手を貸せばややこしい事になるからな。こういう退屈そうな環境でもここに住む人々にとっては楽しいものなのだろう。
自分の価値観を規準にして他者を不幸な人物として認定するのは極めて迷惑な考えだと思う。

「さて、その俗世から切り離された女性の園に行く訳なのだが・・・」

ジュリオが申し訳なさそうに俺を見る。
あーはいはい、あれだろう?男の俺は入っちゃ駄目なんだろう?
ルイズやテファは一応ロマリア公認聖女だし、真琴は明らかに汚れない乙女だ。
シエスタは・・・分からん。この子は果たして修道院に入ってもいいのであろうか?
ジュリオは此処に何度か来ている以上特別なんだろう。

「まあ、少しの間だから待っててくれよ。それじゃあ、行こうルイズ、ティファニア。君らが来てくれれば彼女達は喜ぶだろう」

「え、あ、うん・・・」

「じゃあ、タツヤ。私は行って来るわ」

「お兄ちゃん、行ってきます!」

「タツヤさん、ミス・ヴァリエールは私が見張っておきます」

「頼むよシエスタ・・・」

こういうときのシエスタは本当に頼りになる。
ルイズを止めれるのは現状このメイドしかいないのだ。
さて、俺は愛天馬ことテンマちゃんと取り残されたわけだ。

「岩山に囲まれた孤島の修道院か。セント・マルガリタ修道院ねぇ・・・」

「残念でしたねェ?『ドキッ★シスターだらけの花園』に入れなくて」

喋る刀が愉快そうに喋りかけてきた。何そのB級エロゲ臭プンプンのタイトル。

『相棒、今こそ滾る情熱を訓練に向けるときだぜ。とりあえずそこら辺の岩山を素手で登れ』

喋る鞘は相変わらず修行の鬼である。っていうか素手だと!?
ちょっと待て、何故既に俺の足は岩山に向かっているのだ!?

『言ってなかったか?俺は吸い込んだ魔力の分だけ持ち主の身体を動かす事が出来るんだぜ』

「出来るんだぜじゃねぇよ!?勝手に人の身体を動かすなっ!?」

『この試練を乗り越えたその時、相棒、お前は更なる高みにいけるぞ』

「行かんでいいから足を止めろこの呪いアイテム!!」

だが抵抗空しく俺はそびえ立つ岩山を素手のみで登るはめになったのだ。


達也が最早一般人がやるべきではない訓練を始めたその頃、ジュリオ達は修道院の中庭にいた。
修道院の様子はいきなり多人数で来たので随分と騒がしいとルイズは感じた。
中庭は流石に狭く、ジュリオが乗っていた風竜一匹でいっぱいになりそうな大きさだった。
宿舎と思われる建物から、年老いた修道院長がやって来て、客を迎えた。

「お久しぶりです、シスター」

ジュリオは笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。
修道院長もジュリオに頭を下げて、困惑したような顔でルイズたちを見た。

「助祭枢機卿どの・・・おいでになって早々、こう申し上げるのはなんですが、当院は外国の客人を歓迎するようなつくりではありませんが?」

ロマリア宗教庁でのジュリオの肩書きは助祭枢機卿だが、ヴィットーリオがいなくなった以上どうなるかは分からなかった。
ジュリオを良く思わない宗教庁の者も少なくない。それなりの仕事はしてきたつもりなのだが。

「ロマリアの神官として立ち寄らせていただきました。それに彼女達にこの施設の紹介もしておきたいと思いましたので・・・。先の戦争の『二人の聖女』のルイズ嬢とティファニア嬢と彼女らの従者です」

ジュリオがそう言うと老修道院長は恭しく頭を下げた。
ルイズ達は戸惑ったが、修道院長が頭を下げたのを見て真っ先に頭を下げた真琴に気付いて慌てて頭を下げた。
真琴としてはお辞儀されたのでし返しただけである。

「助祭枢機卿や聖女様のような始祖に近き尊き皆様を迎え入れるには、この場はいささか不如意に過ぎると存じます。ここは俗世から切り離された、身寄り無き少女達が神と始祖に近づくための修行場ですから・・・」

「別にそこまで恐縮されなくとも結構ですわ、シスター」

ルイズが声に恐怖の感情が混じる修道院長を宥めるように言った。
ジュリオは幾度と無くこの修道院に足を運んでいて更にこの度の戦争はガリアの住民として何かある訪問と思わせるには十分な条件が揃っているのだ。
だがその心配はおそらく杞憂であるとルイズは思った。

「亡き教皇聖下は、貴女の献身と信仰に対し、深い感謝と友情を感じていらっしゃいました。これは亡き教皇からのお気持ちでございます」

ジュリオは懐から皮袋を取り出し、修道院長に手渡した。
中身はキラキラ光る金貨がつまっていた。
修道院長は震えながら聖具の印を切り、それを受け取った。
彼女の目からは涙が零れ落ちていた。

「亡き聖下には本当に良くして頂きました。此度の戦争で命を落としたと聞いたときは耳を疑いました・・・」

「貴女の行為は本当に尊く賞賛されるべき行為であると思います。これは宗教庁の誰もが評価していることです。支援のほうはご心配なさらずに。この先もロマリアはあなた方の夢と未来を守る方針を堅持いたします」

そんな時、ジュリオを見つけた修道院に住む少女達が宿舎から飛び出してきた。
皆ジュリオにとって妹のような存在である。
ジュリオ自身も孤児院出身であり、同じような境遇の彼女達の様子は気になっていたのだ。

「竜のお兄さま!今日はどんなお話をしてくださるの?」

「その方々はだあれ?」

「まさかお兄さまの恋人?」

「違う違う。この人たちは僕の恋人じゃないよ。お話は後でしてあげるからね。それよりジョゼットはどこだい?」

どうやらジュリオの恋人はジョゼットというらしい。
好奇の視線を受け流しつつ、ルイズは少女達におされ気味になっているジュリオを見た。
少女達は顔を見合わせ、ニヤニヤ顔で言った。

「ご自分でお探しになられてはどうです?でも最近お兄さまが来ないから不機嫌でしたわ」

「それは怖い。彼女に謝らなくてはいけないな。それじゃ皆、女子同士の交流を楽しんでくれ。僕は修道院長とジョゼットと三人で話すことがあるから」

「え!?置いてきぼりなの!?」

「外で待ってる奴よりマシだろ?これも聖女の仕事と思って頑張ってくれ」

手をひらひらと振りながらジュリオは修道院長と共に礼拝堂の方へ向かっていく。
ほかに探す所などこんな小さな土地にはない。ジュリオはそれを知っていた。
置き去りにされたルイズは溜息を付き、目を輝かせる少女達と何を話すかを考えるのであった。


ジュリオは静かに礼拝堂の扉を開けた。
修道院長が気を利かせてくれたのか、彼女は外で待つと言ってくれた。
そのことに心の中で感謝をしつつ、ジュリオは始祖像の前で膝をつき祈りを捧げる銀髪の少女に視線を向けた。
少女はジュリオに気付いた様子もなく熱心に祈り続けている。フードの横からは少女の銀髪が零れ落ちている。
ジュリオは彼女の後姿を見ながら思う。
もし、あの戦争が計画通りになっていたら―――
それは即ち教皇は死なず、ガリアのジョゼフが死に、タバサが新たなガリアの王として即位するシナリオ。
聖地を奪還する為のシナリオ・・・・・・。
その計画通りに進めば自分は気軽に彼女に声を掛けることになり、彼女を利用する為に動いていたのだろう。
本心を殺し、演者として接すれば彼女との交流など簡単なものであった。
だが、今は違う、違うのだ。
この礼拝堂に『気持ち』をあげたときは助祭枢機卿の顔でいれたから簡単だった。
いつもの通りの顔であったし、苦ではなかった。
しかし、今、自分が彼女に伝えようとしているのは彼女を政治的に利用する謀略上の話ではなく、ましてやお堅い説法でもない。
掌に汗が滲んでいく。緊張しているのか、俺は?
全く、あの男め、此方の事情も考えず好き勝手言いやがって。
考えてみればこれは物凄く大変な事だろうが。掻っ攫えとかお前・・・。

「ジョゼット」

上ずりそうな声にならないようにジュリオは冷静に少女の名を呼んだ。
少女はそこでようやくジュリオの存在に気付いたように振り向いた。
あ、何か怒ってる。ここはとぼけよう!

「おいおい、どうした?何を怒ってるんだ?」

「怒るだなんて。まあ、前は二週に一度はいらしてくださったのに先月は全然いらして下さらなかったからどうしたのかなーと心配はしていました」

「すまない、色々忙しくてね」

「わかっています。ですが今までの習慣を乱されると調子が狂うのです。そうなると面白くありませんわ」

そこで不機嫌だった顔は満面の笑みに変わり、ジョゼットはジュリオに抱きついた。

「竜のお兄さま!」

「お、怒っていたんじゃないのかい?」

「ええ、怒っていましたわ。でも今はそんなことどうでもよくなってしまったの。だってわたしは、お兄さまが大好きなんだもの!」

最初は計画の駒としてしか見ていなかった少女はいつしか自分の中で変わっていった。
情が移ってしまったのかもしれない。だが、それでも今はもういい。
自分は彼女を騙しながら生きてきた。達也は自分を裁く気など毛頭ないだろう。
ならば、彼女に今までの嘘を――

「今日はどんな話をしてくださるの?」

無邪気に微笑むジョゼットを見てジュリオは少し動揺した。
おかしいな。今までこんな事はなかったのに。
緊張じゃない、そうか、俺は怯えているんだ。
今まで誤魔化しで生きてきた分、想いを伝えるのが怖いのだ。

「ジョゼット。今日は君に・・・とても・・・とても大事な話をしに来たんだ」

自分は神官、彼女は修道女。
教義には反するが、世の神官達はこっそり恋愛を謳歌しているしそれで罰があたったという事も皆無だ。

「大事な話・・・ですか?」

今、自分はどんな顔をしているだろうか?
少なくとも冷静ではないだろう。皮肉めいた微笑など浮かべる余裕など今の自分にはない。

「うん。ジョゼット、聞いてくれ」

腹は括った。
既にヴィットーリオという信じるべき道標がいない以上、これから先は自分は手探りで道を模索しなければならない。
だから、だから・・・・・・!!
聖下、貴方の想いに甘えさせていただきます・・・っ!


ジュリオはジョゼットの右手を取って意を決したように言った。

「僕と一緒に暮らさないか、ジョゼット」

静かな礼拝堂の中でジュリオの声だけが響き渡る。
ジュリオの前には面食らった様子のジョゼットがいた。
そして程なく、彼女の瞳からは一筋の雫が零れるのであった。

礼拝堂の外では、修道院長が此処に来るまでにジュリオに渡された書状を眺めていた。
その書状にはこの修道院の修道女であるジョゼットの身柄をロマリア宗教庁助祭枢機卿、ジュリオ・チェザーレ預かりとする旨の内容が書かれており、亡き教皇、ヴィットーリオの直筆のサインと宗教庁の認可の印も刻まれていた。
その文面を見たとき修道院長は改めて亡き教皇に敬意を払った。

その書面はまさしくヴィットーリオの遺言のようなものであった。
自分亡き後、彼の使い魔であるジュリオには自由に生きてもらいたいと若き教皇は考えていた。
思ったよりそれは速く訪れてしまったが、召喚して以降、大変な仕事を任せてしまった事にヴィットーリオは負い目を感じていたのだ。
更に彼は使い魔であるジュリオが計画に必要な人物、ジョゼットに惹かれているのを感じていた。
使い魔と主は一心同体。使い魔の感情が時たま主に流れてくる事もあるのだ。
故にヴィットーリオは聖戦前にこの書状をしたため、己の万が一の際においての遺言とした。
本当は聖戦が終結した後にカッコよく渡すつもりであったが・・・。
現実は彼が死亡し、その後遺品整理の際に書状が見つかった。
当然このことはジュリオの耳にも入っていた。
本来、異国にいる修道女を個人預かりする事は憚られることなのだが、これは教皇の遺言として処理された為、認められることになった。
後はジュリオが口説いてその女性を連れて帰ることが出来るかどうかであった。
ジョゼットがジュリオに付いて行く選択をした場合、ロマリアも誤魔化す準備はある。

ジュリオはその地位のせいで敵も少なからずいるが、彼の働きを評価する味方もいるのだ。

「本当に・・・惜しい方を亡くしてしまいました・・・」

修道院長は目を閉じて静かに呟いた。
遠くから修道女達の笑い声が聞こえてくる。女性同士盛り上がっているのだろうか。
彼女達が幸せなら、それは自分の幸せである。
後は礼拝堂の中の二人の未来を待つだけである。


ジュリオが始祖像の前で一世一代の告白をしているその時、達也は既に生傷だらけだった。
岩山に取り付いたはいいが転げ落ちる事数回、転落しかける事数十回・・・。
デルフリンガーの虐めとしか思えない訓練は登りきるまで続く。
もう手はボロボロで感覚はなくなってきた。
実際右手の生爪はほとんど剥がれそうだ。
足場になりそうな所を必死で探し、ロッククライミングに勤しむ達也の限界は近い。

「おい、無機物よ・・・」

『何だね相棒』

「一応聞くけどよ・・・のぼった後はどうすんだよ・・・」

『馬鹿かお前。自力で降りるに決まってんだろ。登頂しても下山するまでが山登りなんだぜ?』

思ったとおりの返答だがそれは死刑宣告である。
しかし途中で戻ろうとしてもこの馬鹿無機物が俺の身体を操り戻らせようとしない。
結局上るしかないのだ。全く、何でこんなファイト一発な修行をしなければならんのだ!?
おのれ・・・!今頃ルイズ達は同姓集まる場で弁当でも食べながら談笑してるんだろうな畜生!
痛む身体に鞭打ちながら慎重に岩山を這い登っていく俺だが、やがて這い上がりの終わりの時が来た。

「おお・・・」

岩山の頂上から見えたのは見渡す限りの海。
日の光に照らされてキラキラ光る大海原に心奪われる安息の時は俺には無い。

『んじゃ、降りようか』

「生物には休息というものが必要だとは思わんか?」

テメエは俺に背負われてるだけじゃねえか!?

『そんじゃ五分休憩するか』

頂上の尖った岩にしがみ付いて俺はようやく休息の時を迎えた。
それにしてもこの辺は本当に岩山だらけで他は何も無い。
魔物がいるんじゃないかと思ったがそんな様子はあまり無いと喋る鞘は言った。
その時、俺が転落した場合助ける為に帯同しているテンマちゃんが、何かに気付き、俺の服を軽く引っ張った。

「何だよ・・・?ん?」

俺がしがみ付いている岩山の少し左下の足場にそれはあった。
灰色で大き目の球体はそこにぽつんと置かれていた。

「・・・タマゴ?」

俺は慎重にそのタマゴの方に近づいた。
魔物の気配は無い。

「なあ、無機物。このタマゴみたいなのは何のタマゴだ?」

『ん?こりゃあ・・・』

見たところ結構大きいタマゴだ。
ダチョウとまでは行かないが鶏のそれを凌駕している。
下手に触ると割るかもしれないので触れはしない。
だが、タマゴらしきものは俺が触れてもいないのに突然ヒビが入った。

「ぬおっ!?見ていただけなのにヒビが入った!?もしかして俺は超能力者かなにかかー!?」

『阿呆。普通に孵化が始まっただけだろうよ』

「言ってみただけだから恥ずかしくもなんとも無いけどな」

『それより相棒。早く離れた方がいいと思うぞ』

「どうして?」

『あ、すまん。もう遅いわ』

「は?」

パリンっと何かが割れる音がしたから振り向いた。

「・・・え?」

「・・・・・・・・・」

『あっちゃ~・・・遅かったか・・・相棒、その卵は『ハーピー』のタマゴだったんだよ』

俺をつぶらな大きな瞳で見つめる上半身は完全に裸だが、下半身は羽毛に包まれ、手があるべき場所は小さな翼が生えた幼女・・・。
種族名『ハーピー』の赤ん坊が一番初めに見たものは俺である。

「なあ、デルフよ」

『なんだね?』

「ハーピーに刷り込み現象は当てはまるのかい?」

『ばっちり当てはまるぜ。良かったな。『お父さん』』

「身に覚えが在りませぬ!!?」

因幡達也、18歳。
未だ童貞の少年の叫びは岩山の上で空しく響くのだった。



【続く】




[18858] 第134話 幸運の害獣
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/09/02 23:48
悲しい事に紛れも無く俺は童貞であり子孫を残す行為は行なっていない。
つまりお父さんと呼ばれるのは不自然でありおかしいことなのだ。
だが刷り込みなら仕方ない訳で・・・。

「ぴー♪ぴー♪」

可愛らしく鳴きながら俺の肩の上に乗っている生まれたてのハーピー。
そもそもハーピーという生物は獰猛、姑息で群れを成して生活する奴らしい。
だがこの幼女はやたら人懐っこい。まあ、俺を親として認識しているからだろうが。
険しい岩山など、人が立ち入らないような場所に住んでいるこいつらの住処に偶々俺が登って来て偶然孵化の時に遭遇してしまったというわけだ。
嗚呼、本来のこの幼女の親よ。何か娘さんは俺を親だと勘違いしたみたいです。申し訳ない。

『相棒、育てる気なら今のうちに躾はしとけよ。ハーピーは頭もいいからな。ちゃんとした躾を行なえば野性みたいに人を襲うことは無くなる』

「ちょっと待て。育てるって俺は子育てを本格的にしたことはないぞ?」

精々瑞希や真琴が小さな頃に子育てを手伝った程度である。
オムツ替えたりご飯作ったり洗濯したりミルク作ったり・・・その結果瑞希は家事が苦手になってしまったが。
そういえばこれじゃいかんと思って瑞希に家事を教えようと思った矢先の異世界召喚だったもんな・・・。

『まず、人間の言葉を喋れるようにしなきゃな。まあ、放っておいても頭いいから覚えるだろうが、何事も躾ってのは必要だ』

俺は『意思疎通◎』のおかげでありがたい事に動物との意思疎通は可能だがそれ以外の人間の為に言葉の壁は取っ払うべきだった。

「意思疎通を可能にしようと言うのか・・・元の世界に帰りたいと言うのに何でファンタジー世界のモンスターの子育てをしなきゃならんのだ」

「ですがお兄さん、ちゃんと躾けないとそのハーピー、お兄さんの世界に普通に付いて来ますよ?そうなると不味いんじゃないんですか?」

「いや、確かにその通りなんだがよ、それは此方の世界でも不味いだろ」

『構わんだろうよ。ハーピーよりヤバイ生物を使い魔を連れて街中を闊歩しているメイジなんぞこの世界にはごまんといる。ほれ、あの赤い髪のねーちゃんの火トカゲなんか正にそうだろ。野生のハーピーは確かに害獣だが、お前さんの保護下においてちゃんと躾けてやれば人間世界にきちんと溶け込めるんだぜ?』

「でもよ、それってメイジが連れているから安心であって、メイジじゃない俺が連れていても何も安心はねえだろ。それに使い魔はあくまで相棒的存在であって、親子的存在じゃないだろうよ」

『そんなに難しく考えなさんな。ハーピーとはいえ飼いならせばその辺のペットと変わらん』

スマンが無機物よ、俺はそもそもペットは飼った事がないので戸惑ってるんだが?
そもそもハーピーの赤ん坊は何食うんだ?ミルクか?

「お兄さん、小さなハーピーの主食は小動物及び昆虫ですよ?」

『大きくなってくると家畜を襲う奴や時には人間を襲う奴もいるがな』

つまりはあれか?俺にその餌を調達しろというのか?

「仕方ないでしょうお兄さん。そのハーピーはお兄さんを親と刷り込まれてるんですから、餌の調達の仕方もお兄さんが教えないと」

そうは言うものの、この岩山にまともな生物がいるとは思えないのだが・・・
周りを海に囲まれた孤島の岩山の山頂から見えるのは空を飛びまわる水鳥のみである。
残念だが俺にあの自由に飛び回る鳥を撃ち落す術はない。
・・・鳥が駄目なら魚を釣るべきである。幸い周りは大海原。魚は結構いるはずだ。ハーピーが魚を食うか知らんが。

「テンマちゃん、協力してくれるか?」

俺の意図を汲み取ったのか、テンマちゃんは軽く鳴いて頷いた。
この天馬は本当に賢い。
俺はテンマちゃんの背に跨りひとまず地上まで降りた。
喋る鞘が文句を言っていたが無視した。
お前は俺に赤子を肩に乗せたまま岩山を素手で降りろと言うのか。
地上で両手の簡単な治療を済ませた後、『釣り上げ』用の釣竿を取り出した。
以前はこの釣竿で多量の風石を釣り上げたのだが、ぶっちゃけあのまま釣りまくっていれば世界救えたんじゃないか?
現実はなかなか上手く行かない思いつつ、俺は海釣りを開始した。テンマちゃんも大海原に向かって飛んでいった。

『ていうかお前の弁当を食わせろよ・・・』

「あれは俺のメシだ」

「妙な所は厳しいですねぇ」

幼いハーピーは自分の周りを飛ぶ蝶を目で追っている。
時々俺の肩から落ちそうになるのでその時は俺が身体を支えてやる。
コイツは生まれたばかりなのでまだ飛べない。羽ばたこうとするが飛べない。
後気付いたのだが、ハーピーって軽いんだな。人間の赤ん坊より遥かに軽い。肩に乗っててもあまり重さを感じない。
大きさは生まれたての赤ん坊より少し小さいぐらいなんだがな・・・。
それよりすぐ戻るって言ったのにルイズ達はなにやってんだ?


達也が不満に思っていたその頃、修道女達と談笑していたルイズ達の前にジュリオが戻ってきた。
彼の隣には長い銀髪の修道女が立っていた。

「待たせたね」

「その子がアンタの彼女ってわけ?」

「ああ。紹介するよ、彼女はジョゼット。僕の正真正銘の恋人さ」

ジュリオがそう言うとジョゼットの顔は真っ赤になって行く。
アーアー、幸せそうでいい事ですねー。
ジュリオやジョゼットのようにトントン拍子で上手く行く恋愛もあれば、ギーシュとモンモランシーのような喧嘩ばかりの恋愛もあり、達也のように苦難に満ちた恋愛もあり、自分やアンリエッタのように悲しい結末の恋愛もある。
ともすれば恋愛に嫌われまくっている自分の姉のような存在もいるのだ。
世界は不平等に満ちている。それは恋愛だってそうなのだ。
ワルドを王子様として見ていた過去をルイズは思い出し、現在のジョゼットの顔を見て思った。
昔の自分はこのような恋愛に憧れて、裏切られたんだと。
やれやれ、人の幸せを素直に祝福しないだなんて、私も姉様みたいになりそうね。
今は二人の新たな門出を祝うべきだ。

「上手く行ったのね、一応おめでとうと言っておくわ」

「聖女の君から祝福されるとは幸先がいいね。此処は有難うと言わせてもらおう」

ルイズはジョゼットの雰囲気が何処か感じた事のあるもののように思った。
一体何処で感じたものだっけ・・・?気のせいだろうか?
修道女達はジュリオの発言にきゃあきゃあ言って喧しい。
修道院長はそんな彼女たちを嗜めていた。

ジョゼットはそんな修道女たちの前に行き、一人ずつに挨拶していた。
ジュリオはその彼女を止める事も無く、優しい目で彼女を見ていた。

「流石に此処にいる全員を外に連れ出すことは出来ない・・・」

「アンタの目的はジョゼットさんを掻っ攫うことでしょう?他の女まで掻っ攫えば愛想つかされるわよ」

「此処の修道院にいる皆は僕の妹のような存在だからな・・・」

「だから外の世界を見せたいと思ってるの?」

「そうさ。此処の環境はかなり極端だからね。まあ、そのお陰で危険からも身を守れているんだが、心情としては人並みにおしゃれとかさせてあげたいよ」

「今は欲張るのはよしときなさいよ。アンタの今の立場は微妙なんでしょ?今は聖下の後ろ盾も無いんだし」

「ままならないな・・・本当、どうして現実はこう思い通りにならないんだろうな」

「世界は個人中心に回ってないからじゃない?というか恋人を連れ去る事が出来るのに思い通りにならんとかどんだけ贅沢なのよアンタ。テファを見なさいよ。あの子の方が思い通りにならないことが多すぎても弱音はかずに頑張っているのよ?」

人間とエルフの子というだけで、ティファニアは同じ学院の生徒の友人を作るのにも一騒動あったのだ。
異端審問されかけた彼女だが、それでも彼女は友人を勝ち取った。
ルイズは彼女の弱音を聞いた事がない。彼女は強い娘だと思う。
達也?アイツは基本弱音と文句ばっかりではないか。どちらかと言えば情けない部類の男だと思う。長生きはするだろうが。

やがてジョゼットは挨拶を終えてジュリオのもとに帰ってきた。
彼女の目は少々赤くなっており、涙の別れをした事を窺わせる。
戻ってきた彼女の前に修道院長が立つ。
ジョゼットは彼女に向けて深々と頭を下げた。

「お世話になりました。育てていただいた御恩は一生忘れません」

「いいのですよ、ジョゼット。必要とはいえ貴女のような若い娘をこのような所に閉じ込める事が始祖の御心に沿ったものではなかったのかもしれません。貴女はこれから外の世界で生きなければなりません。外の世界は理不尽な事や厳しい事が当然のようにあります・・・助祭枢機卿・・・ジュリオ殿と共にその困難に立ち向かえる強さをあなたが外の世界で育てていきなさい。そして彼と末永く幸せに暮らすのですよ?私はそれを望みます」

ジョゼットは頷き、ジュリオのもとに近づいた。

「行きましょう、お兄さま」

「・・・荷物はないのかい?」

「ええ。持って行かねばならないものなど、何一つありませんから」

正直裸一貫で異郷に行くのはこの上なく心配だが、ジョゼットはジュリオといるだけでそれだけで十分だった。

「そうか・・・。ジョゼット、君は僕が幸せにするよ」

「はい・・・!」

歯の浮くような言葉を言うジュリオに対して満面の笑みで答えるジョゼット。
それを見て真琴は興味深げだし、シエスタは羨ましそうに見ている。
ティファニアは感慨深げに二人を眺めていた。

「何この桃色空間、ふざけてるの?」

ルイズにいたっては苛々していた。
やはりこの女はラ・ヴァリエールの娘だった。

「では行こうか。それでは皆さん、始祖のご加護を!」

ジュリオはジョゼットを抱えあげると、風竜の背に乗せた。
更に聖女として同行したルイズとティファニアの手を取り、風竜に乗せた。
ルイズ達は物凄く居心地が悪かった。そりゃ目の前でイチャイチャされたらげんなりもするわ。死ねばいいのに。
ルイズのストレスは何故か上昇していた。



さて、取り残される形となったシエスタと真琴は達也のもとに戻る為、修道院を出た。
その場で待ってるかと思われたが、達也はその場にいなかった。

「お兄ちゃん、何処に行ったんだろう・・・?」

「あ、あそこにいますよ、真琴ちゃん」

シエスタが指差した先には何処で調達したのか釣竿を海に垂らし、のんびりしている達也が居た。
だが、その格好はボロボロであり、服は所々破れていた。
・・・この人は一体何をやっているんだろう・・・?

「おにいちゃーん!」

嬉しそうに叫びながら兄のもとに駆けて行く真琴。
シエスタは思考を中断してその後を追った。
真琴の声に反応して、達也は振り向いた。

「お、帰ってきたか」

何か顔は生傷だらけになっているが、達也は笑顔で真琴を迎えた。
・・・ん?ちょっと待て。彼の肩に乗っている生命体は一体なんだ?

「わ~!かわいい~!」

真琴の黄色い声でシエスタはそれが何なのかを認識した。
ハルケギニアでは家畜や田畑に被害を与える害獣ハーピーの雛(?)だった。
女性体しかいないこの種族だが、達也の肩にいる個体は女性特有の身体のラインは出来ておらず、幼子のような身体であった。まあ、当たり前なのだが。
・・・何で達也の肩に普通にいるのか分からないし、真琴がハーピーの頭を撫でても、ハーピーは危害を加える気配も無いのも意味が分からないが。

「修行馬鹿のせいで岩山を上る嵌めになってな。その時コイツのタマゴを見つけた」

「孵化に立ち会ったんですか?」

「うん。それでこのザマだよ。俺が親だと刷り込まれたみたいでさ」

「それでタツヤさんは何を?」

「コイツの餌を釣り上げようとしてるんだ。でも中々釣れないんだ・・・って、おおっ?」

達也の握る釣竿がしなる。何かがかかったようだ。

「なかなかの引きだぞこれ」

「お兄ちゃん、手伝わなくていい?」

「ああ、大丈夫だ。そろそろ釣り上がるから・・・それっと!」

ところで失念していたのだが『釣り上げ』で吊れるのは『アイテム』である。
何が言いたいかと言うと『魚類』は対象外であるという事だ。
おそらく多くの生物が『アイテム』として対象外だということだろう。
では俺が釣り上げたのは一体何なのか?

「・・・なんだこれ?貝の水着?」

俺が釣り上げたのはどう見ても女性の胸を隠す為に加工された貝の水着(?)であった。
おいおい、何だよこれ?

「タ、タツヤさん・・・何を釣り上げてるんですか・・・」

「釣れてしまったんだから仕方ないだろう」

俺は釣り上げた水着を手に取った。
これは一体なんだろう?貝だから投げたら武器になりそうだが・・・
そう思っていたらやっぱりいつものようにあの電波が飛び込んできた。

『人魚のビキニ:ただし人魚なので上しかない。これを人間が着用すると水中でも苦しゅうない。男が着用すると視覚的暴力があるのでやめろ。胸が寂しい女がつけても悲しいだけ。それなりの人がつけてこそ映える。人工ではなく天然モノのレアモノである』

・・・どうやら役立つアイテムのようだが、俺には装備できない代物のようだ。

「シエスタ。どうやら俺はこれを君にプレゼントしなければいけないようだ」

「え!?何ですか急に!?こ、こんな大胆なモノを私に・・・」

「何かいいもののようだからな。いつも真琴を世話してくれてる礼のようなものだよ。受け取ってくれ」

シエスタは俺から人魚のビキニを受け取った。
彼女はそれを大事そうに受け取り、俺に深々と頭を下げた。

「有難う御座いますタツヤさん」

「いいよ、礼なんてさ。拾い物みたいなもんだし。さて、俺たちも行こうか。テンマちゃん!」

俺が大声でテンマちゃんを呼ぶとテンマちゃんは空の彼方から猛スピードで駆けてきた。
その口には小魚が数匹咥えられていた。
これをすりつぶしてハーピーの子どもに食わせようと思うのだが、その旨をシエスタに伝えると彼女は俺の考えに反対した。

「駄目ですよタツヤさん、タツヤさんは口移しでその子にお魚を食べさせようと考えられているんでしょう?人間の口の中は案外雑菌だらけだから、そんなことしたらその子病気になってしまうかもしれませんよ?食べやすい大きさに切ってあげてそのままお魚をあげても問題はないと思います」

俺より多くの兄弟の長女であるシエスタがそう言うなら間違いは無いのかもしれない。
それより口移しはいけない事なのか・・・覚えておこう。
とはいえそうなると小魚をハーピーの小さな口に一口で入るぐらいの大きさに切らなければならない。

「・・・まさかとは思いますがお兄さん。私を使うんですか?」

「むしろお前以外に刃物はない」

「そこのメイドさんが刃物とか持っているんじゃないんですか」

「シエスタはあくまでメイドであって料理人じゃないからマイ包丁を持ち歩いてはいないぞ。諦めろ無機物B。これも平和利用だ」

「私が生臭くなります・・・って話を聞いてくださいお兄さん!?」

喋る刀の哀願を無視して俺は刀で小魚を切った。
案外やってみるもので、小魚は不器用ながら一口大に切れた。
それを俺たちはハーピーの子どもに与えた。
ハーピーは嬉しそうに小魚を頬張りぴーぴー鳴いていた。
その様子が愛らしいと感じたのか、真琴はハーピーの子どもを思わず抱きしめて頬擦りしていた。・・・いやー・・・和んだ。
真琴に抱きしめられても平然としているハーピーだが大丈夫なのだろうか?

『自分に餌をくれた存在だから敵ではないと認識してんじゃねえの?いくら頭いいと言ってもまだ赤子だかんな』

「そういうもんなのか・・・奥が深いなぁ」

「ねえねえ、お兄ちゃん!この子、何て名前なの?」

突然そんなことを我が妹は聞いてきた。
そう言えばそんなのまだ決めてない。

「お兄ちゃん、私が決めてもいい?」

上目遣いで聞いてくる我が妹。将来は男泣かせになりそうで怖いなあっはっは!

「一応名前の案を言ってみな」

「うんとね、この子髪の毛が蜜柑の色だから『ミカン』でいいよね!」

いや、確かにオレンジ色のショートカットだけどそれでいいのか我が妹よ。
と、思ったら真琴の所有する喋る杖が口を挟んできた。

「真琴ちゃん、もっと可愛く『ミーちゃん』でいいじゃない」

「ちゃっかり命名権を横取りしようとするな無機物C。あんまり変わらんだろ」

大きな目で幼いハーピーは俺を見つめる。
その目は『いったいどちらが私の名前なんだ』とでも言いたげだった。
あのなお前ら、身体的特徴を名前につけたらもしこいつが髪を青に染めたらどうすんだよ。
こういうのは変えようのないものを名前につけるんだよ。
コイツはハーピーだ。それはどのように抵抗しても変えようの無い事実だ。

「ハーピーは害獣として認識されてる。だがコイツにはそんな害獣として育っては欲しくないと思う。一般的なハーピーが俺たちに不幸をもたらす存在ならこいつは俺たちに幸運を届ける存在になればいいなと俺は思う。そういうわけで俺はコイツの名前は『ハピネス』がいいと思う」

「ぴぃ♪」

「おのれ兄様!親の貴方が提案したらその子は賛成するに決まってるじゃありませんか!!」

喋る杖が喧しいが、俺は気にせず真琴に聞いた。

「どうだ?この名前」

「幸せなら『ハッピー』の方がいいんじゃないの?」

「まあ、愛称をつけるとなればそう呼んでも良いんだけどな」

まさかいきなり妹に駄目出しを喰らうとは予想外だったが、真琴も了承してくれた。
だがひとまずハーピーの名前も決まり、俺たちはテンマちゃんと共に新たなお供を連れてド・オルエニールへと向かうのであった。


一方、先に島を飛び立ったジュリオ達。
ジョゼットは色々あって疲れたのかジュリオの腕に抱かれて眠っていた。
風竜の速度は快調であり、心地よい風がルイズ達の頬に当たる。
ルイズはジョゼットが眠ったのを確認してジュリオに尋ねた。

「幸せの絶頂のようね」

「そりゃあね。でもまあ大変なのはこれからさ」

「そうね。ところで快調に空を飛んでいるところ悪いんだけど」

「なんだい?」

「タツヤ達置いたままでド・オルエニールに入るつもりなの?」

「・・・・・・招待者を置いたままにしていた・・・」

「全く浮かれる気はわかるけどね、しっかりしなさいよ?貴方はこれから箱入り娘を魔境に放りこむんだから」

「噂に聞くだけだが、タツヤの領地はそんなに酷いのか?」

「見れば分かるわよ。見てるだけなら面白いし」

巨大生物が闊歩してるなど実際見て見なければその異様さは伝わらない。
ルイズの思わせぶりな発言にジュリオは少し不安になるのだった。


その頃のド・オルエニールでは再び活動が活発化した巨大ミミズの撃退から戻ったワルドが事後報告を済ませようとしていた。
その報告をゴンドランは静かに聞いていた。
報告を終えたワルドは泥まみれの顔を拭い、ゴンドランに言った。

「最近の蚯蚓どもは炎に耐性が出来た感じが否めませんな」

「うむ、お陰で焼くのに少々時間がかかる羽目になったな」

「火力が足りないのでは?」

「何だワルド。私が歳とでも言うのか」

「そんな事は言ってませんから杖をこちらにちらつかせるのは止めてください」

「しかし火に耐性が出来たのは事実だ。これは厄介な事だな・・・」

「ええ。そういえばロマリアとガリアの戦争が終わったのに奴は帰りませんな」

「若か。若の妹様も行方知れずだし、無事ならばよいのだが・・・」

「お陰でラ・ヴァリエール家の長女が毎日のように怒鳴り込んできますね」

「全く、説教をお前に任せて私は寝たい」

「お断りいたします。ラ・ヴァリエール家の者は苦手でして」

「そりゃ私もだ・・・やれやれ厄介な事だ」

ゴンドランは『厄介事といえば』と言って一通の封書を取り出した。

「何ですかそれは」

「見て分からんか?手紙だよ」

「それは分かりますって」

「トリステイン本国からと思ったら違ったよ。聞いて驚け、何故かガリアから若に向けての手紙が来てる。読むか?」

おおよそ機密など何処吹く風というかゴンドランは予め内容を確認しなければならない立場である。
とはいえほぼ無関係のワルドに見せるとかお茶目にも程がある。
ワルドは手紙を受け取ると静かに目を通した。
読み終わった後の彼の顔は少々げんなりしていた。

「何でガリアからこんな手紙が来てるんです?一体あの男は何をやらかしたのですか?」

「広報活動であろう。多分」

「自信なさげじゃないですか。全くこの印はガリア王家のもので差出人はよりにもよって・・・」

ワルドがつき返した手紙には確かにガリアの新女王のイザベラ1世の名がしたためられていた。
ゴンドランとワルドは溜息をつき、どうして問題がこうもやってくるのか本気で悩んだのだった。




【第六章:『五千年ごしの戦争』 完】



(続く)



[18858] 第135話 ガリア旅行ご一行様と言う名目
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/09/03 23:13
ド・オルニエールに帰ってジュリオとジョゼットを領民登録の手続きを終えた俺にゴンドランから渡されたのは一通の封書だった。

「何ですかこれ?」

「うむ、ガリア王室から直々の封書だ。中身を見てみたが中々面白い縁を作ってきたようだな、若」

最近文字を覚えようかなと思っているのだが、未だにハルケギニアの文字が読めない俺はゴンドランに代読してもらう事にした。

「若にはまず文字の勉強をしてもらわないといかんな。『親愛なる僕、タツヤへ。ガリアは現在人手が足りません。戦争の事後処理というのは中々大変です。私は父上のような王になれるかはどうかは分かりませんが、ガリアの為に皆と一緒に頑張りたいと思いますが人手が足りません。大事な事なので二回書きました。そういう訳なので私を助けると思ってガリアに来なさい。これは命令よ。いいわね?ガリアよりそれなりの愛を込めて。イザベラ1世』・・・ところで若。一体ガリア女王とはどのような関係で?」

「一日限りの関係の筈だったんだが何か勘違いしてらっしゃる・・・俺は一応トリステインの貴族という事になってますよね?」

「ええ、若の言うとおりですな」

「なのにどうしてガリアの女王から出頭命令が出るんでしょう?別に従わなくてもいいよね?」

「若、これは高度な外交戦略ですぞ。先方はトリステインとのより強固な同盟関係を欲していると見ました。そしてその大使にガリア側は若を指名してきたのです!」

トリステインへの大使ならタバサでいいじゃん。
基本俺はルイズの使い魔だぞ?何でトリステイン・ガリアの友好親善大使にならんといかんのだ!?
あとこの手紙の軽さは異常である。イザベラさん、アンタフランクすぎだろ!?
俺の周りの女王はおしとやかな人はいないなおい。やはり国のトップになる女性とはしたたかなものなのだろう。

「現状田舎領の領主でしかない俺を指名とか過剰評価にも程があるだろう。もっといい奴いるんじゃないの?」

「この出頭命令を拒否すればガリアとトリステインの間に妙なものが生まれかねませんな」

「行けと言うのかよ、ロマリアから帰ってきたばかりなのに」

正しくはガリア領から戻ってまたガリアに行くということである。
ふざけるな俺は寝たいんだ!
ジュリオにも彼がやるべきことを細かく指示しなきゃいけないのに・・・。

「彼の指示については私にお任せを。若いものの指導は年寄りの娯楽ですしな」

ゴンドランは明らかにこの領の生活を満喫していた。

「若はこの領地の領主であらせられる。したがって他国で名をあげればその名に惹かれて優秀な領民もやってくるのです」

「マジで広報担当だな俺は。というかなんでゴンドランさんがやらないんです?」

「私はご覧の通りジジイ。未来を見せるには歳をとりすぎております」

「そういうジジイに限って100歳以上生きるんですよね」

「心配なさらずに。何も一人で行けと申してはいません。新女王政権になったとはいえまだまだガリアの治安は不安定。護衛をつけます」

「護衛?」

「入れ」

ゴンドランがそう言うと執務室の扉が開き、凄く嫌そうな顔をしたワルドが貴族時代の格好で入ってきた。
彼の姿を見て俺も眉を顰めた。
今は領民とはいえ元・敵である。何か気まずいだろう・・・。

「まあ、知っての通りワルドはメイジとしては優秀です。護衛には十分でしょう」

「それってメイジ以外のところは悪いという意味だよね」

「貴様、本人目の前にして酷い言い草だな」

「ワルド、道中若をしっかり守れよ。万一の事あれば分かっていような」

「・・・御意」

何だろう?元敵なのにワルドに同情する自分がいる。

「ところで若、先程から気になっていたのですが、若の肩でお休みになっている幼女は一体何です?」

ゴンドランもワルドも俺の肩の上で眠っているハーピーの子ども、ハピネスを興味深げに見ている。
というかあんた等わかってて聞いてるだろう。

「まあ、向こうで色々あってさ、刷り込みで親と思われちゃったんだよ」

「ほう?ハーピーは人気の無い岩山にタマゴを産むというのにお前はそんな所で何をしていたのだ?」

「素手で岩山登頂してました」

「・・・いや、本当お前何してんの?」

仕方ねえじゃん、そもそもそれは俺の意思じゃないんだから。
コイツは置いて行こうにも一定距離から離れようとしないからな。
というか流石に怯えんなこの人たちは。
この場にいる野郎どもを恐怖のどん底に陥れられるのは恐らく『彼女』だけであろう。
ところでワルドはよく俺の護衛を引き受ける気になったな。

「お前の主の姉がここに住みつき、更にお前の妹やメイドが行方不明になった結果、彼女は母親を呼んで捜索するつもりらしいのだ」

「あれ?でもシエスタも真琴も戻ってるじゃん」

「ああ。だがよりにもよってあの結婚適齢期をブッちぎった長女は、それを奥方に伝えていないのだ」

「したがってラ・ヴァリエール公爵夫人は間もなくこの領地にやってくるはずだ」

「・・・なるほど、それは早くガリアに向かわないといけないな!」

「話が早くて助かります。いやぁ、若は賢いですなぁ!」

「いやいや、皆の助けがないと領主なんてとてもやれませんよー!」

「全くだな!」

「「「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」」」

「「「・・・・・・・・・・・・」」」

一通り笑った後俺たちは黙って辺りを見回した。
危険は何もないと感じたのか、ワルドはふっと笑った。

「こういう時に限って当の本人がいたりするが、現実はそうは上手い事はいきませんな」

「フッフッフッフ・・・安心したまえワルド。私が個人所有する諜報部の報告によればこの時間帯に公爵夫人が現れるのはあらゆる可能性を考慮しても不可能だ。情報を制するものは勝負を制すのだ!」

「というか諜報部をたった一人の中年女性の動向に使ってどうするんですか。というかこの領地に諜報部とか初耳なんですが」

「あくまで私個人の所有ですから」

ゴンドランはマジで大貴族だという事を痛感した発言であったが、そんな彼でも恐れるルイズの母ちゃんって一体・・・。

「誰の事を言ってるのか分からないけど、大声で陰口は感心しないよあんた等」

「「「!!??」」」

突然の呆れたような声に俺たちは弾かれたように振り返った。
そこには少し前までハルケギニア中で活躍していた『土くれ』のフーケことマチルダが頭を押さえながら立っていた。
彼女は領内の孤児院の院長をやっている関係でこの場に来ることは確かにあるのだからいても不思議はないが・・・。
どうやらマチルダは孤児院で保護する孤児をもっと増やしてもいいのではないのかということだった。どんだけ子育てに燃えてんだこの人。
是非ともハピネスの世話について意見を聞きたい所だが、

「ごめん、ハーピーの世話は私もしたこと無いわ」

ですよねー。
普通ハーピーの子どもはハーピーの親がやるものだものな。
餌はともかく飛ぶ訓練とかどうすんだ?自然に飛べるようになるのか?
こんな事なら生物の勉強をもっと真面目に・・・ってハーピーの育て方など俺の世界でやるか!

「ぴぃ・・・?」

人の気配が多くなってきたのに気付いたのか俺の肩の上で眠っていたハピネスが目を覚ました。
目を開けて一番、俺に頬擦りして来る。はいはい、おはようさん。
俺が頭を撫でるとハピネスは嬉しそうに鳴いた。
・・・何だよ人生の先輩共。ニヤニヤしながら俺を見るな。

「不幸なハーピーだ、この男を親と認識してしまうとは」

ワルドが目頭をわざとらしく押さえながら言っている。
言い返したいが俺は確かに子育て経験はないから不幸といえば不幸かもしれんな。

「その男の領地であくせく働くアンタがそれを言うのかね?」

マチルダが笑いながらそう言うとワルドは本気で泣きそうな声で、

「やかましい!」

と言っていた。哀れな奴である。
まあとにかく、どうやら俺はワルドと二人でガリアに向かう事になりそうである。
むさくるしい事この上ない。
そんなことを思ったその時だった。

「失礼します、議長、お話したい事が」

ノックもせずに執務室に入ってきたのは俺の屋敷に居候しているルイズの姉、エレオノールである。
そういえば元々の仕事場の関係でゴンドランは彼女の上司なのだ。
そういう意味では彼女がゴンドランのいるこの執務室に来るのは珍しい事ではないのだが、タイミングが悪すぎである。
エレオノールは俺を見ると、

「あら、あのメイドとマコトが帰って来てたからもしかしてと思ったけれど帰ってたのね。あら、マチルダ、貴女もいたのね」

俺は別に怒られるような事をしてないのでいいのだ。
マチルダはどうやら顔馴染みらしい。まあ、孤児院経営してるしな・・・。
問題は現在冷や汗を滝のように流しているこの男だった。
エレオノールもコイツの存在に気付いたようで物凄い剣幕でワルドに詰め寄る。

「ちょっと、何で貴方が此処にいるのかしら?」

「な、何故ってここに住んでいるからに決まっているではないですか。今回彼の護衛でガリアに向かうんですよ・・・お久しぶりですな、エレオノール様」

「挨拶する時は目を逸らさずにするべきではなくて?元子爵様?」

「だからと言って胸ぐら掴まなくてもいいでしょう!?」

「貴方が私の妹のルイズにした仕打ち、忘れたとは言わせませんからね。ルイズならず国まで裏切り負け犬のままよくもまあこの地にいますねぇ!?」

「エレオノールさん、その男は綺麗な嫁さん貰ってるからどちらかと言えば勝ち組です」

「やだよー!綺麗な若奥さまだなんてー!」

テレながら俺の背中を叩くマチルダ。
いや、俺は若奥さまとまでは言っていない。
喜ぶマチルダとは対照的にエレオノールは何故か今度は俺の胸ぐらを掴んだ。
その目は単色であり、非常に負のオーラが湧き出ているのが分かる。

「何でよ!?この男が結婚できてなんで私は結婚できないのよ!?世の中おかしいと思わない!?」

「あれですよ、エレオノールさん。駄目な男は母性本能をくすぐると言うでしょう?反面駄目な女性は・・・」

「見捨てられるとでも言うのか!?アンタはそう言いたいのか!?」

「俺の口からはとても言えません。ハルケギニアの一般的見地としてエレオノールさんのお歳ですと結婚適齢期を過ぎてるとか言いますが女性は三十からとも言いますしこれからだと思いますよ」

「しかし、若。そう余裕をぶちかましているといつの間にか四十、五十となってしまいます」

俺には杏里がいるので無理だが、『年上?超オッケー!』と言うぐらいの気概を持ったいい男と出会えるといいねお姉さん。
人間性的にはこの人は悪い人じゃないのでいい人は見つかると思うんだが・・・美人だし。

「ところでミス・ヴァリエール。良いのか?」

「何がですか!?」

「君は何か私に用があったのではないのかね?」

「ああ、そうでした・・・議長、実はしばらくの間、身を隠したいのです」

「・・・ほう?穏やかじゃないな。どういうことだね」

まあ、エレオノールが言わなくても彼女が言いたいことは俺たちには分かった。
簡単に言えばシエスタと真琴がいなくなったのを他国のスパイによる誘拐と勘違いしたエレ姉さんは犯人の抹殺の為に母親に協力を要請した。
実際は誘拐どころか真琴たちは戦場に放り込まれていたのだが、とにかく俺やルイズと縁深い二人を人質にした事でよからぬ事を考える輩がいるとでも吹き込んだのだろう。カリーヌは何だかんだ言いつつ娘に甘いので彼女の頼みを引き受け、やる気満々でド・オルエニールに向かっている・・・のだが、誘拐とかそんな事は全く無く俺もシエスタも真琴も無事に帰ってきたため、エレオノールは自らの早とちりに気付いた。
これだけなら笑って済むと思うんだが・・・違うの?

「議長・・・どうお考えになります?」

エレオノールは何かに怯えているようだ。

「そうだな。烈風カリンなら状況を勝手に判断して勝手な行動を取った者には常に罰を与えていたな」

ルイズの母ちゃんはそれはもう有名な人らしく、彼女が指揮する部隊は強いなりに厳しい戒律もあったらしい。
そうは全く見えないのであるが・・・。

「今回は完全に軍人の顔で来るのだろうな。で、私に何とかして欲しいと?残念だが軍人の烈風を何とかできるのはマリアンヌ太后しかおらん。諦めなさい」

「そ、そんな・・・」

「下手に逃げても彼女はすぐに君を捕まえるだろうな。まあ、これも早とちりをした自分が悪いと思い、素直に罰を受けるといい」

エレオノールはがくりと膝をつく。
いや、本当アンタの母ちゃんってそこまで怖いの?
確かに虎視眈々と俺をヴァリエール家に組み込もうとするのは怖いが、基本お茶目な人じゃないのか?
と、気付けばエレ姉さんは何故か俺とワルドを見て、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
俺とワルドはそれを見て顔が引き攣った。

「こうなれば・・・死なばもろともよ!議長、私もガリアに参ります!!」

「・・・ほう?若とワルドとか?護衛はもう間に合っているぞ?」

「護衛ではなく私は研究員としてガリアの地層調査に行くという名目にしてください」

「要は母から逃げる為にワルド助けてと」

「おい。お前が助けるという選択肢はないのか!?」

「俺はどちらかと言えば守られる方だ」

「・・・ふむ、そうなるとややこしいことになるな」

ゴンドランは顎に手を当てて考え込む。
そうか、もしエレ姉さんが俺たちに同行したら真琴達が残されてどの道カリーヌに追われる羽目になる。
そうなると俺たちもエレ姉さんの企みに加担した事になり・・・おいおい。

「ぴぃ?」

顔が青ざめていたのか、ハピネスが『どうしたの?』という感じで俺の顔を覗きこむ。
OK,エレ姉さんは完全に俺たちについて行くつもりだ。それを前提に話を考えよう。
真琴たちを何処かに避難させるか?孤児院は・・・駄目だな。すぐばれる。
魔法学院はどうだろう?・・・駄目だ、俺の目の届かない所で長期間ルイズと真琴を一緒にするのは危険だ。
ジュリオたちには新婚気分を味わっておいて欲しいのパス。
そうなると・・・・。

「だったら真琴とシエスタもこの際、ガリアに連れて行こう」

「何!?」

「大丈夫なのかい?」

「連れて行くといった以上、この二人は俺が守る。そしてその俺をアンタの旦那が守る。完璧だ」

「俺の負担が増えるだけではないか!?」

「成る程。この際まだ二人を行方不明のままにしておこうという事ですな」

「そうです。後はゴンドランさんが上手く誤魔化してください」

「正直、私が一番苦労する役割だと思うのだが・・・良しとしよう。それでは若、ガリアに今度は平和の使者としてお向かいになって下さいな」

俺が平和の使者とか世も末なのでそういう言い方はやめて欲しい。
こうしてやや大所帯で俺たちはガリアに向かう事になった。
いやぁ~、年上がいるっていいよな。保護者ぶらなくていいもの!


真琴たちに再びガリアに行くといったら、真琴は、

「わ~い!お兄ちゃんとお出かけ~!」

と言ってハピネスを抱きしめながら喜んでいた。ハピネスもぴーぴー笑顔で鳴いていた。
ふむ・・・こいつらは和むな・・・。

「私はタツヤさんのメイドです。貴方がついて来いと言えば何処へでもお供いたします」

シエスタのこの発言も少しじんと来ました。
本当に良く出来たメイドさんである。

人数の問題でワルドのグリフォンにはエレオノールが乗った。
真琴とシエスタはテンマちゃんに同乗している。

「ようやく俺のグリフォンについて行ける乗り物に巡りあえたようだな」

何か偉そうにマダオが言ってるが無視した。

「にいちゃーん!いってらっしゃーい!」

「ととさまー!あそびすぎちゃだめだよー!」

「マコちゃーん!おみやげよろしくー!」

「エレオノール様、若とのご旅行をお楽しみ下さいウフフ」

「シエスタちゃん、若をしっかり支えるのよ?」

見送りの領民達が何か好き放題に言ってくれている。
何か若干勘違いしている発言が聞こえたのは気のせいか?
マチルダも勿論見送りの中にいた。考えてみればこの領地に来て旦那がはじめて領外で仕事をするのだ。

「ワルド、しっかりやるんだよ」

「子ども扱いするな。全く・・・」

照れくさそうに顔を背けるワルドの頬に軽くキスするマチルダ。
あれが噂の行ってらっしゃいのキスである。クソ!何て時代だ!!?
俺とおそらくエレオノールは怨念がたっぷり篭った目でワルドを睨んだ。
ワルドのもとを離れたマチルダは今度は俺に声を掛けた。

「まあ、一応気をつけるんだね。何でアンタがガリアに呼ばれるのかは分からないが・・・物事には全て裏ってモンがあるんだ」

マチルダの目は真剣である。
物事には裏があるか・・・俺が呼ばれる事にも何か意味があるのだろうか・・・?
俺に外交的な意味は果たしてあるのだろうか?思い当たりはないのだが・・・。
ひょっとしてジョゼフを捕まえて『トリステインの勝利だ!』と言っちゃったから責任取れとか?だったら嫌だなぁ・・・。
不安な未来予想図を描いていた俺だが、真琴とハピネスが心配そうに見ているのに気付き、肩を竦めた。

「ま、今回も何とかなればいいと思うけどね」

「ちゃんと帰ってきなよ?アンタに万一の事があればマコトもメイドさんも多分ティファニアだって泣いて悲しむだろうからね。男なら女を泣かせちゃ駄目さね」

マチルダはそう言うが、俺は一番大事な女を泣かせてしまっている人生を歩んでいる。
まあ、これ以上親しい仲の女性を泣かすのもいけないな。
俺は頷き、不敵に笑った。

「いざとなったらアンタの旦那を盾にしても帰ってくるよ」

「いや、それはよしとくれ」

「物騒な会話はやめてくれない!?」

ワルドの焦ったような怒鳴り声が聞こえてくると、その場は笑い声に包まれるのであった。

「そろそろいいでしょう?行きましょう」

「ぴぃ!」

エレオノールとハピネスが早く行こうと俺たちを急かす。
領主と妹とハーピーの子どもとメイドとマダオと三十代直前独身女性のガリアへの旅はこうして始まったのである。

なお、カリーヌがド・オルエニールに到着したのはそれから半日後であった。



(続く)



[18858] 第136話 お前の属性には色がない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/09/11 15:43
正直エレ姉さんがガリアへの道中何か文句を言うのではないかと恐れたが特にそんな事はなかった。
魔法研究所という所で働いている彼女は一日二日の野営など普通だそうである。
シエスタはこれでたくましいし、ワルドが野営できないとか何かの冗談としか思えない。
俺はこの世界長いし、かつてギーシュと二人で命懸けで学院まで帰る最中野営はした事はある。
何が言いたいかというと、俺の妹である真琴は果たして野営出来るのだろうかという不安が兄として俺にはあるのだという事だ。
うむ、妹の安全を確保するのは兄である俺の役目である。

「ととさま、このキノコ、食べれるの?」

「それはムラサキイボネムリダケ。睡眠薬の原料にもなるキノコだ。好んで食べるようなものではないな」

和気藹々と会話するマダオと我が妹。
こういう旅に一番慣れているのがワルドである。だから道中にも様々な薀蓄を披露した。
そのため真琴は道端に生えている花やキノコについて尋ねまわっている。

「何と言うか・・・父親と娘に見えるわね」

「年齢の割りに歳食ってるように見えますし、ワルドは」

「タツヤさん、食事の用意が出来ました」

兄としてはかつての敵と戯れている妹を見るのは腸が煮えくり返りそうな想いだが、此処で無駄に水を差すのも如何なものか。

「とりあえずワルドの分のスープにあのキノコを大量に混入するか?」

「小者ねぇ・・・」

そりゃ元々一般市民ですし俺。
ハピネスはシエスタが集めた木の実や俺が採った昆虫を嬉しそうに食べている。
木の実はともかく昆虫をバリバリと食べる様子は中々グロい。うーむ、流石ハーピー・・・。
曲がりなりにもハピネスは魔物。彼女の食事マナーを何とかするのが今回の旅の目的ではない。

「ぴぃ?」

口から虫の足を生やしたハピネスが「どうしたの?」という顔で俺を見る。
別にお前の食事を食べようとは考えてはいないから安心して食事を続けてくださいな。
ガリアまでの道のりはこのように至極平和に過ぎて行った。
ガリアの用事も大した事ないといいよね!

「護衛が必要とされる外交に楽もクソもないだろう」

「夢見るのは若者の特権と思わないのか若白髪。お前が道中『ガリアは俺の夢を壊した連中だから嫌いなんだよね』とか言ってわざと遠回りしてガリアに着くのが予定より三日遅れたじゃん。お陰で食料は持ってきた分は底を付き現地調達する羽目になったし、エレ姉さんは恐怖により一時恐慌状態になったのではないかいなー?」

「過ぎてしまった事を振り返るより未来を向いて進むのが人間の強みだな」

何か誤魔化したぞこのマダオ。
まあ、マダオの我侭で予定より三日遅れながらようやくガリアには到着した。
うん、ガリアには到着したんだよ確かに。ガリア『領内』に。
何が言いたいのかと言うとだ。

「うわ~!きれ~い!」

「わあ・・・」

真琴とシエスタが感嘆の声をあげる。
うん、まあ、情緒豊かな娘さんならここは絶好のデートスポットだよな。

「な~んで俺たちはこんな所にいるんだろうな」

「普通に迷った結果でしょう」

エレオノールは頭を押さえて溜息をついた。
ここはラグドリアン湖のガリア側である。つまり目と鼻の先にトリステインはあるが一応俺たちはガリアにいるのだ。
高地にあるはずの湖に迷ってくるとはどんだけ迷ったんだ俺たちは。
・・・此処に来ると少し感傷的になるな。
親友が正真正銘の死を迎えたこの場所に、俺はまた来てしまった。
その親友を殺害した男と此処に来るとは、何とも微妙な気分でいっぱいだ。

『相棒。丁度いいじゃねえか』

背中の喋る鞘の言わんとしている事は分かっている。
俺は服の内ポケットから、アンドバリの指輪を取り出した。
この湖に巣食う水の精霊との約束を今果たす時である。
・・・でも、呼べば来るようなもんじゃないだろ。一回あった時もモンモンがいたから会えた訳で・・・。

「どうした」

ワルドが俺が唸っているのに気付き声を掛けてくる。

「なあ、水の精霊を呼ぶためにはこの面子で何とかなると思うか?」

「何?」

「水の精霊なんか呼んでどうするの?」

研究者として水の精霊に興味があるのかエレ姉さんも話に加わってきた。

「少し前に此処に来た時水の精霊に探し物を頼まれて・・・ようやくその探し物を探し当てたんだけど・・・呼べないことには意味がないと思って」

「出会ったことがあるなら呼べば現れるのではなくて?」

「うむ。精霊というのは約束した相手を何時までも覚えているものだからな」

「そういうノリでいいのかよ!?もっと厳かな儀式が必要なんだと思った」

「約束している相手に儀式を強要とか人間でもしない下劣な行動よ」

「いや・・・そこまで言いますか?」

「これだからヴァリエール家の女子は怖いのだ!?」

ワルドはそういえばヴァリエール家との付き合いは俺より長いよな・・・。
お前はどんだけその一族にトラウマを植えつけられているんだ。
・・・やはり深入りしすぎる前にさっさともとの世界に逃げ・・・じゃなくて帰らなきゃいけないな!

「じゃあ、呼んでみるか・・・」

俺はめいいっぱい息を吸い込んで叫んだ。

「水の精霊さーん!お届けモノでーす!!」

「・・・お前は宅配業者か」

ワルドの冷静な呟きはそんな呼び方で水の精霊は出て来んだろうというものだった。
だが、世の中は不思議なものであり、このような呼び方でもよかったらしい。

「来たな、世の理を無視する者よ」

俺の声を待ち構えていたように、水面は盛り上がり、以前であったモンモンそっくりの形の水の塊・・・水の精霊が姿を現した。
エレ姉さんとワルドはその姿に目を輝かせていた。はじめて見たのか?
真琴とシエスタはかなり驚いているが、まあ、普通はそうだよな。

「水の精霊さんよ、アンタが探してる指輪ってこれだろう?」

俺はアンドバリの指輪を水の精霊に見せた。

「・・・ふむ。確かにこれは間違いなく『アンドバリの指輪』。我との約束を果たしてくれた事を嬉しく思う」

「まあ、元々アンタのものなんだろう、それ。俺が持っていても仕方ないものだしな」

死体を操るなど、ホラーゲームの類で十分である。
死んでいる方には安らかに眠ってもらいたいのだ。
・・・ところで水の精霊は将来ハルケギニアの大陸が浮遊してしまうことについてどう考えているのか?

「我との約束を果たしてくれたお前に、頼みがある」

考えがまとまらないうちに何と水の精霊は俺に対して頼みがあると言っていた。
指輪の時はルイズの解毒薬との等価交換だったが、今回は何だろうか?

「我はお前たちよりも長くこの世界に生きている。我以外の精霊も長年この地の生命を見守ってきた。それこそ穏やかに健やかに見守ってきたのだ」

そもそも魔法云々抜きにして、この世界は四大元素の精霊の加護あって生物はその恩恵を受けて生きているのだ。
だがそれが今更俺に何の関係があると言うのか。

「だが最近、その穏やかな状況が異変を迎えている」

俺とワルドとエレ姉さんの表情は固くなる。
恐らく水の精霊が言わんとしている事は『大隆起』のことであろう。
特にこの世界の住人であるワルドたちには深刻な問題であろう。この二人が大隆起のことについて知ってる理由は俺は知らんが、この反応からすれば俺が知る前に知っていることは容易に想像できた。

「風の精霊の様子がいささかおかしいのだよ。以前にもこのようなことがあったのだがその時は大陸一つ浮遊させる事で納まった。だが今回はその規模ではない」

「そんな・・・!?大隆起の原因は地中の風石の飽和が原因じゃないの?」

「風石はいわば精霊の力の欠片のようなもの。それが飽和しているという事はすなわち風の精霊本体にも異常が起きているということだ」

「風石を採掘しまくって処理するって方法じゃ駄目なのか?」

「大元の風の精霊に異常があるのだ。欠片を採取した所でどうにもなるものではない」

「風の精霊は今、何処にいるのだ?」

「風の精霊は現在、浮遊大陸に存在している。だが、現状のお前たちではどうする事も出来ぬ」

「出来ぬなら何を頼むんだよ」

「まあ聞け。我は現状のお前たちでは無理と言っただけだ。異常状態に陥っている風の精霊は恐らく話など聞ける状態にないだろう」

「そもそも水の精霊のアナタとこうして話していること自体奇跡的なのよね、私たちからすれば」

「お前たちにやって欲しい事は風の精霊の異常を治めて欲しいのだ。だがその為には火の精霊、土の精霊の協力が必要だ。現状ではその二体の精霊に会う事も出来ぬだろう。・・・そこで我からお前に渡しておくものがある」

そう言うと水の精霊は身体を大きく震わせた。
モンモンの形をした身体は痙攣したような動きで震え、酷く気持ちが悪い。
終いには「うぷっ」とか言っている。やめろ!?
その吐き気を催すような声の後、水の精霊の身体から、青く輝く宝石のようなものが現れた。
見た目は綺麗なサファイアだが・・・。あれ一応鉱石だしな。

「その名もズバリ『水精のサファイア』。我の力を込めてある精霊石だ。これがあれば火の精霊や土の精霊にも会えるだろう。これをお前に託す」

「もう少しマシなネーミングはなかったのか?」

「名に特に意味はない。別にアクアマリンでも良かったがサファイアの方が高級感があるのだろう、お前たちは」

「何で俺たちに配慮した名前にしてんだ水の精霊!?」

「水の精霊ってお茶目だったのね・・・」

「人が来やすい場所に住んでいるから俗っぽくなってしまったのではないか?」

俗っぽい精霊って何だ!?
精霊の高尚さは投げ捨てるものだと言うのか!?
まあ、見た目モンモンの全裸だしTPOはすでに投げ捨てているが。
というかなんで俺は迷い込んだ湖で何気に世界の存亡に関わる事をやらされようとしてる訳?

「お前にこの事を頼んだ理由は二つあるのだよ。一つは私との約束を早急に果たした事。もう一つはお前の肩にいるそのハーピーだ」

「へ?」

「ぴぃ?」

肩に乗るハピネスと目を見合わせる俺。思わず撫でてしまった。
水の精霊はハピネスを指差して更に続けた。

「ハーピーは風の精霊の恩恵を多く与えられた魔獣だ。そのハーピーと共にいるお前は風の属性と相性が良いのだ」

いや、これは多分ウェールズとフィオの力であって俺固有の力じゃないから。
第一風属性と相性良かったら俺はワルドとも相性が良いとかご勘弁なことになる。
ところでペガサスは風属性なのであろうか?・・・風属性だったら水の精霊の言っている事が真実味を帯びて来るんだが・・・。
後で確認したら言うまでもなくペガサスは風属性の生物だとワルドが言ってました。
ええ~?風属性~?何か風属性って途中で空気っぽい扱われ方をされそうなんだけど~?
此処は王道に火属性とかさー。何かカッコいいじゃんよー。

「何が王道かは知らんが、相性が良いというだけでお前が風属性という訳ではない。あの桃色の髪の人間と同じだ。この場にいる人間の中ではお前とそこで水遊びをしている少女の二名が属性に色がない」

「色がない?」

エレ姉さんが信じられないといった感じで俺を見た。
どういうこと?

「属性に色がない状態というのは、二通りの状況が考えられるわ。一つは虚無の使い手。ルイズのような虚無の使い手の属性は風とか土とかに左右されないから、私たち研究者の中では『無色』として認識されているわ。人間というのは属性の相性が個体ごとに違う生物でね。メイジだろうが平民だろうがその人間には得意とされる属性があるというのが一般的なのよ。例えば私なら『土』の属性が得意だし・・・」

「俺は風の属性が得意だ」

「これは先天的に人間が持っている特性だから、勿論努力次第でメイジは違う属性の魔法とかは使えるんだけど・・・やっぱり自分が得意な魔法を人は使うわけだからね」

「だが、たまにその法則に当てはまらないものが現れる。先天的に二つの属性が得意な者ならばそう珍しくはないんだ。だが『無色』となると・・・」

「いるにはいるというレベルね。ま、そこそこ珍しいという感じよ。唯一無二じゃないのが貴方らしいわね」

成る程、それは血液型のRH-のようなレア度か。
まあ、それぐらいの程度なら『選ばれしもの』とかアホな事を思わなくて良いのかな。

「で、本題なんだけど『無色』のメイジは基本どの属性にも対応できる特性を持つわ。その属性を得意とする人よりかは覚えは遅いけど、努力で得意じゃない属性魔法を覚えようとする人より覚えは格段に早いわ」

それって器用貧乏と何が違うのか。
あとメイジではない俺に何の恩恵があると言うのか。

「無色の人間は我が精霊石を持っても水の属性に偏らぬ。偏らぬという事はこの先火の精霊や土の精霊と会って精霊石を持ったとしても不具合が起きぬという事だ」

「不具合?」

「一般的に自分の属性と違うマジックアイテムを使うとそのアイテムの属性に人間の身体が適応しようとして身体の不調が起きることがあるわ。特に精霊石のような密度の高いものは時には命の危険も起きたりするのよ。だから人間は今はマジックアイテムには魔法で細工をしてそのような事がないようにしてるのだけど、この精霊石はその細工が出来ないほど密度が濃いみたいだからね」

ふーん。別になんともないんだが。
違う世界の人間だからそういう属性とかないのだろうか?

「だが、この男は魔法は使わんからそれしかメリットがないが・・・問題は妹の方だろう」

「そうなのよね・・・マコトは形態は違うとはいえ魔法を使えているのだから・・・」

歴史的に『無色』のメイジは『何でも魔法をソツなく使える』という側面だけを利用されて碌な人生を送らない者が多いらしい。
何か天才のイメージがあったのだが、現実はそんなに甘くはないようだった。
しかしそんな自分の得意属性とかどうやって調べるんだよ?

「簡単だ。覚えた属性魔法の修得期間で判断するのだ」

「コモン・マジックは関係ないのか?」

「あれは属性魔法じゃないしな」

「魔法って難しいな」

「まとめた感想がそれか」

呆れたように溜息をつくワルド。
お前な、そもそも俺の世界に魔法なんてもんは一般的なものじゃないんだよ!
魔法なんて使えるといえばどこぞの病院への通院を勧められるんだぞ!?
あ、成る程。だからこの世界には無茶な奴らが多いのかーそーなのかー。

水の精霊は一応何故か俺を信頼した上で頼み事を俺に依頼しているようだ。
大陸の運命を何故かこの手に請け負った気がするが多分気のせいだろう。
火の精霊や土の精霊が何処にいるのかは知らんが、まあこの世界は嫌いじゃないしな。
誰がこの世界を救うのかは知らんが、その手伝いぐらいはしてもいい。
俺は水の精霊の頼みを引き受けることにした。


だがその前にイザベラに会いに行かなければ話しにならない。
しかし俺たちは迷い人!一体どうすればいいのか。
だが安心して欲しい。この近くにはタバサの実家の屋敷があるのだ!
そこで保護してもらい、そしてガリアの人に(希望はタバサ)迎えに来てもらえば安心安全にガリアの王宮に行けるのだよワトソン君!
向こうが呼び出したんだから迎えぐらい此方に寄越すべき。イザベラはそれぐらいの度量を俺たちに見せ付けるべき。

「お前には恥も外聞もないのか」

「下らないプライドなど必要ないな」

「どうぞご遠慮なさらずおくつろぎ下さい」

タバサの実家の屋敷ですっかりくつろぐ俺たちはガリアの迎えが来るまで此処で休む事になった。
ペルスランさん、しばらくの間よろしくお願いします。
俺はハピネスにミルクをあげながら軽く欠伸をするのだった。


(続くんです)


・夏風邪で死に掛けてたよ!



[18858] 第137話 初めての友人候補
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/09/22 14:29
何か大変な事を水の精霊に頼まれた訳ですが、俺たちの本来の仕事はガリア女王に謁見することである。
しかし運悪く道に迷ってしまったので俺は一応の友人であるタバサの実家の別荘に滞在しているのだ。
・・・何を言っているのか分からんと思うが、事実だから仕方ない。
ガリアからの迎えは数日中に来たが、迎えはタバサではなかった。

「・・・お前一人じゃなかったのかよ」

「遠足気分で来られても困るんですが」

俺たちをわざわざ迎えに来たのは『元素の兄弟』のドゥドゥーとジャネットだった。
一応ガリアの精鋭であるこいつらが何故俺の迎えに来たんだ。というかタバサはどうした。

「お前な、シャルロット様は一応は王族なんだから北花壇騎士以外にも色々忙しいんだぞ?」

「陛下も最初はシャルロット様を迎えにしようと考えていたのですけど、何せ多忙ですしね」

「多忙なら俺を呼ぶなよ。ガリアとはあんまり関係ないだろう」

「何言ってるんだ。ガリアの王権が一応交代した原因を作った奴が関係ないはずあるか」

俺は壊すだけの存在でありたいのだが、どうもこいつ等は再生まで俺を扱き使おうと企んでいるようだ。
というかガリアの事はガリアで何とかしてほしいものだがこいつ等は俺を逃がすつもりはそもそもないようである。
ああ!何てことだ!偶然出会った姫さんは地雷だったのだー!
いやまあね、一応美人さんだから会うだけなら別に構わんのだよ。恋人がいるとはいえ美女を観賞して評価するのは男の性である。
女性の方だって夫とか恋人と買いながら男性アイドルとかにお熱の奴なんて珍しくもなんともないだろう。
そういう訳なので俺がイザベラの姫さんに会うだけ、しかも呼ばれて会いに行くだけならば何ら批判される事は無いはずである。
愚痴を言いまくる俺を見かねたのか、ワルドとエレオノールが口を挟んできた。

「解せんな。何故立場的には他国の領主でなおかつ貴族の使い魔でしかないこの男をガリア女王がわざわざ呼び出すなどと。外交にしてもこの男にそれほどの価値があるとは思えんぞ?」

「王族の血統とかならば分かるのだけれど、話を聞いてれば戦場で偶々出会っただけの関係なのでしょう?」

「口約束とはいえ、『力になる』みたいなこと言っちゃったしな、俺」

「こういう政治的な問題になると口約束だけでは効力は薄いでしょう?ちゃんとガリア王女と貴方との盟約の書状がガリアとトリステインで認可されないと・・・」

「ああ、それは問題ありません。今回のタツヤの件につきましてはトリステイン女王陛下からも認可を受けて召集をかけていますわ」

「はあ!?」

アンリエッタが俺がガリアに行く事を認めただと?
よもや色々面倒くさくなって俺をガリアに押し付けるつもりなのか!?
おのれトリステイン首脳陣!お前ら俺を元の世界に戻す気ないんか!無いんだな!?

「そういう訳だから僕らは大手を振ってお前を城に連れて行けるのさ。何、用件が済んだらトリステインに戻れるさ!」

「そういえば用件の詳細をまだ教えてもらっていないな。護衛である以上、そのくらいは把握しておきたいのだが」

「本当は陛下から直接承るべきなのでしょうけど・・・どちらにせよ決定事項なので此処で言っても構わないでしょう」

ジャネットは俺を見て軽い溜息をつきながら言った。

「戦争後の治安は不安定なのは分かるでしょう?ガリア全土の現在の情勢は極めて不安定なのです。現在ガリア王政府は全力で治安の回復に努めています」

「その治安の回復に俺を駆り出すつもりなのかよ。辞めてくれよガリア臣民の人身掌握とかガリアの人で・・・」

「話は最後まで聞けよ。治安の回復は僕らでやっている。だがそれに人員を割きすぎて本来の魔物退治とかに向ける人員が不足して、現状傭兵を雇ってそれに割り振るしかないんだ」

「・・・おい待て。今何といった?魔物退治?傭兵?」

「お前たちガリアはこの男に魔物退治を依頼すると言うのか?」

「何、魔物といってもドラゴンとかじゃないから安心して欲しい」

「ふむ、村などで悪さをするゴブリン退治レベルか?それならば危険も・・・」

「いや、ワルド。仮にゴブリンだとして、俺を呼ぶほどのものなのか?」

「ゴブリンは弱いけど、群れて行動するとなかなか厄介な存在よ。まあ、とはいえそれ程の脅威ではないから・・・」

「・・・残念ながらゴブリンではありませんわ」

「何?」

「タツヤ。陛下がお前に退治して欲しい魔物は『吸血鬼』だそうだ」

「チェンジで」

「酒場で気に入らない女が接客してきた時のようなノリで断るな!?」

「兄さん・・・そのような酒場に何時行ったんですか・・・?」

「!?・・・しまった!!?」

「ふっ・・・迂闊すぎるな。そういう言動でボロを出すと俺のようにいつの間にか両腕が切り落とされた挙句田舎で巨大生物と畑の平和を守るため戦い、孤児に父扱いされる過酷な人生を送る羽目になる」

「前半はともかく後半は全然過酷じゃないわよね。何それ貴方、自分は今幸せの絶頂ですとでも言いたいわけ?」

「今正に首を貴女に締められ不幸のどん底に叩き落されかねない状況に陥っている男、ワルドです・・・おごごご・・・」

エレオノールにネックハンキングツリーをされているワルドを無視しつつ、俺は吸血鬼について二人に詳しく聞いてみた。

「ところで吸血鬼ってどんな風貌をしてるんだ?やっぱり人間と比べて犬歯らへんが長く鋭いのか?」

「それがな、見た目は人間と変わらない容姿なんだ。血を吸う直前まで牙は引っ込んでる。そのだな、お前の肩で寝ているハーピーと違って特に容姿も変えずにその状態でいるから始末に悪い」

「ドラゴンのような見た目で判断できないタイプの魔物ですからね。騎士団でも探し当てるのに苦労するのよ。此方の呪文でも正体は見抜けないし」

「聞けば聞くほど無理任務の臭いがプンプンするんだが」

「いや~、戦争を終わらせた功労者の君ならば吸血鬼の一匹二匹、チョロいじゃないのかと陛下は考えたんだと思うぜ」

「俺一人で戦争を終わらした訳じゃないんだが」

「それは百も承知だが、あの時のロマリアの気運は『ガリア王討つべし』だったのに、殺さずに生け捕りにした挙句トリステインの勝利とか言って『聖戦』自体を有耶無耶にした元凶はお前じゃんよ。いやね、正直僕もお前にはそれなりの感謝はしているんだぜ?」

「結果から見れば貴方は聖戦で失われる筈だった何千何万の命を救ったことになりますね。まあ、やり方は眉を顰める程の卑劣っぷりでしたが」

「その結果を陛下は評価してるし、お前との縁もあって吸血鬼討伐を依頼してるんだ。光栄な事だろう」

「いや、だからそういうガリア領内のことはガリアの兵で対処してくれと。何でそんなステルス能力含んだやばそうな相手を倒すとかを俺に頼むの」

俺との縁があるからといって吸血鬼討伐を頼んでどうする!?

「かつてシャルロット様もこの任務を行い、見事達成しているぞ」

だからお前も出来るんじゃないかとイザベラは思っているようだが過大評価すぎる。
大体領内の巨大生物の対応にも追われているんだぞ俺たちは!?
ワルドなんかその巨大生物討伐の責任者である事もあってさっさとド・オルエニールに帰りたいに違いないのに何故にそんな時間がかかりそうな任務を・・・。
・・・エレオノールは問題外だな。帰ったら母親が待ち構えてるし。
どうせ時間稼ぎ及び功績を残すためにこの任務に賛成する立場に立つんだろう。

「ぴぃ・・・?」

考え込む俺の顔を覗き込むハピネス。
此方の不安が分かっているのかは俺には詳しくは分からないが『そんな顔しないで』とでも言いたげに小さな頬を摺り寄せてくる。

「タバサが相手した吸血鬼と俺が相手する吸血鬼は同じじゃないだろ」

タバサがそもそも実力で俺に劣るとは到底思えない。
だが、もしかしたら今回の吸血鬼はタバサが相手した吸血鬼より悪質かもしれないのだ。
ワルドやらがいるとはいえ、無事に倒せる相手ではないようだ。

「吸血鬼は確かにまあ、危険だとも。先住の魔法は使うのもそうだが、何より吸血した人間を操る事が出来る」

その辺は俺が想像する吸血鬼像と大差は無い。
問題はその能力で吸血鬼は街一つ全滅させる事は珍しくないという事だ。
目に見える巨大蚯蚓とかの対策は容易に出来るのだが、姿が見えない相手への対策は難しいものがある。
そんなヤバイ奴を討伐とか何考えてるのでしょうか?
ドゥードゥーは頭を掻きながら俺に言ってきた。

「場所は以前、ミノタウロスをシャルロット様が討伐した近くの村、エズレ村だ。全く、折角ミノタウロスがいなくなったというのに不運な村じゃないか」

「と言われても俺はそんな情勢など知るわけがないのだが」

「その不運な村にお前は行くんだぜ?」

「そんな不運な村に行かされる俺たちは更に不幸なのだよ!?」

「はっはっはっは!更に経歴に箔がつく事なのに何処が不幸なんだ?」

「ならテメエが行けや!?」

「俺は今の地位で満足なんだよね」

「そういう現状維持最高的な言葉は人間から向上心を奪うと知るがいい!!」

向上心の欠片もない俺が言える立場ではないのだが、此処は言わせて貰う。
吸血鬼相手とかご勘弁!何とか姫さんを説得して任務の取り消しを所望したい!
タバサには多分風竜のシルフィードがいたから勝てたんだ!うんそうに違いない!
ワルドもエレオノールも難しい表情で俺を見ている。そのことから吸血鬼がいかに危ない存在という事は想像できる。

「・・・陛下は貴方に多大な期待を寄せられています」

「・・・?俺は姫さんにそこまで気に入られることは・・・」

「あの方は今まで友人はいなかったんだ。俺たちはあくまで騎士だし、シャルロット様との仲もギクシャクぎみだ。前王時代の陛下はいつもしかめっ面だったよ。俺たち兄弟は歳も近かったし、陛下の話し相手にはなれたんだが・・・友人にはなれなかったんだ」

「貴方と出会った際、実を言えば陛下は貴方をかなり警戒しておられました。ですが貴方は陛下には危害は加えていないどころか護っていましたし、陛下が救いたかった前王の命も取らずに戦争を終わらせました。それに対して貴方は特に褒美を要求しなかったではありませんか。陛下はそれに対して貴方に親愛の情を抱くことになったのです」

いや、だってさ。あの時は生き残る事しか考えてなかったし、変に恨みを買いたくなかったし。
娘の前で父親殺すとか、凡人のメンタルでは耐え切れないから。
何かやたら『背負う』とか『俺を恨め!』とかイケメンな考えの奴らには怒られそうだが、そんなもん背負いたくないから。
・・・まあ、ジョゼフの男性器官は殺しちまったかもしれんが、それで父の(股間の)仇!とか言われて追われるとは思わんしなぁ・・・。
それにしてもあの姫さんは俺に友情を感じているのか?いやまあ別に構わんが、いくら友情を感じてるからって限度があるでしょうに。
・・・ふむ、それにしても一市民の俺が王族レベルの人に友情を抱かれるまでになったのか。異世界だけど。
男女の友情は都市伝説とか言うがルイズとかキュルケとかテファとかベアトリスやタバサとか普通に女友達じゃん。
ん?姫様?あの人は仕事上の付き合いじゃん。何言ってんの?
杏里だって少し前までは女友達のカテゴリだったんだぞ?今は恋人だが。
王族が友人となった事で俺に何かメリットはあるのだろうか・・・?
・・・とりあえず他国の仕事を押し付けられるデメリットは判明したが。

「まあ、話はここまでにしてとりあえず王都に向かいましょう。陛下は貴方をお待ちしていますから」

「随分と気に入られているようだな、ククク」

生温かい目で俺を見て笑うワルドが心底ムカつく。
エレオノールは物凄い目で俺を睨み、

『う・ら・ぎ・る・の・か』

と口パクで言っていた。
裏切るって何が?

「お兄ちゃん、今度は何処にお出かけするの?」

真琴が無垢な笑顔を浮かべて俺に尋ねてくる。

「ああ、今度はお城にこのお兄ちゃんたちと一緒に行くんだよ」

「そうなの?」

真琴がドゥードゥー達を見ると、ジャネットは微笑んだ。
真琴はそれを見ると深々とお辞儀をして元気よい声で、

「お兄さん、お姉さん、よろしくお願いします!」

と言って満面の笑顔を咲かせた。
それを見たドゥードゥーは俺の耳元で言った。

「・・・あの子、お前と全然似てないな」

「正真正銘俺の妹だ。邪な感情を持ったら俺はお前を大海原に突き落とす」

「俺は年下は3歳下までしか許容しねえ!!」

「兄さん・・・自分の性癖を怒鳴ってどうするんですか・・・」

ジャネットは頭を抱えて兄の妄言に突っ込んだ。
男が自分の性癖を暴露したのならば同じ男の礼儀として性癖をばらさねばならん。

「そんなわけで人生の先輩、ワルド氏の性癖のカミングアウトをお楽しみください!」

「俺は母性溢れる女が好きだ!って何を言わせるのだ!?」

「言わせといてなんだがそれにピッタリの嫁がいるお前を俺は殺したいです」

「理不尽な殺意を護衛に向けるな!?」

「私は背が高くて実家がウチより裕福で容姿端麗で優しくて私の言うことを笑顔で肯定してくれる殿方がいいわね」

そんな妄言を言っているから婚期をブッちぎってしまうんですよ姉さん・・・。

「私はお兄ちゃんがいいー!」

と、嬉しい事を我が妹は言うのだが、将来これは彼女の中で黒歴史となる発言になるのだろう。

「ぴぃ!」

そう鳴いて俺の顔に擦り寄るハピネス。
ペットに懐かれるのは別に構わんが空しい。

「私の理想の人はもう、目の前にいます・・・きゃっ!言っちゃった!」

「いかんぞシエスタ。ワルドはマダオだが一応妻持ちなんだ。不倫はいかんぞ不倫は」

「畜生!!どうしてそのような結論に至るんですか貴方は!?」

半泣きで俺に詰め寄るシエスタ。面白い。

「私はしっかりした人がいいです。世話のかかる殿方はごめんですから」

ジャネットは兄を見ながらそんな事を言う。
当の兄は冷や汗を掻きながら渇いた笑いをあげていた。

「と、場の流れで自分の理想の異性をカミングアウトする皆さんでした。お前ら、場の空気に流されるなんてこの先の吸血鬼相手に大丈夫なのかよ」

「いきなり醒める事を言うな!?」

「タツヤさん!タツヤさんの理想のタイプはどのような女性なのですか!?」

「いい紳士というのは秘密を着飾るものだぞ、シエスタ」

「貴様のような紳士がいるか!?この小悪党!!皆言ったんだからお前も言え!」

「聞こえんなぁ~?ワルド、お前の発言から俺は確信したよ。お前はマザコンだな」

「違う!?俺は他人と比べて母に対する敬意が強いだけだ!?」

それがマザコンです有難う御座いました。
気にするな。俺だってシスコンですから。
俺の性癖に対する尋問を続けつつ、俺たちはガリアの王都に向かっていった。
向かうと言うか連行というか・・・とにかく俺はイザベラの姫さんと恐らくタバサと会うことになるのだ。
にしても吸血鬼か・・・。十字架の概念がこの世界にあるのか分からんから十字架は使えんな。
なら日光!と言いたいが夜しか活動せんだろうな。
・・・と、なると・・・。

・・・いつの間にか退治すること前提で考えている自分が悲しい。



(続く)


アイマス2より私は勇者30 SECONDの方が楽しみで仕方ない・・・と思ったら何だか大変な事になってるようですな。



[18858] 第138話 不相応な称号など重荷になって邪魔なだけ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/09/27 22:09
カルカソンヌにおける戦闘によって教皇ヴィットーリオの戦死とガリアの新女王の即位の衝撃はトリステイン魔法学院にも伝わっていた。
聖戦は終結したのだが、戦争は何処が勝ったのか分からない状態だった。
せめてもの救いはあの狂王がガリアの王ではないという事だろう。というのが一般的見地であった。
何せジョゼフはハルケギニアを灰にしようと考えていたのだ。誰よりも国を愛していた男は以後、悪魔として語られることになってしまうのだ。
教皇の戦死によって学院は暫く喪に服していたのだが、この度授業を再開する運びとなった。

「此度の戦は正に青天の霹靂じゃった。ハルケギニア全土を巻き込みかねない戦は、我々を恐怖のどん底に叩き落したものじゃ」

芝居がかった挙動でオスマン氏は魔法学院本塔二階の舞踏会ホールで演説を行なっていた。生徒達は神妙な顔で彼の声に耳を傾けている。
実際この度の戦争で生徒達はガリアに襲われるのではと戦々恐々としていた。
いくら魔法学院の教師達が頼もしいとはいえ、数の暴力には敵わない。
しかしその不安は杞憂であり、実際は早い段階で聖戦は終結した。
誰のお陰という訳でもない。大将を討ち取ったから討ち取ったものが戦争を全て終わらせた英雄となり得ないように。
この戦争では英雄は誕生しなかった。英雄は確かに戦場にいたにも拘らず、市民はそれを知ることはなかった。

「戦争の結果、失ったものも決して小さいものではなかった。だが、我々は今こうして無事に生きておる!教皇聖下が召されようとも神は我々を見捨ててはいないという事じゃな。陰謀あればそれを砕く鉄槌ありとはよく言ったものじゃ。狂王の陰謀を終焉へと導いた勇者たちは諸君らも知る者たちじゃ!それでは紹介しよう。水精霊騎士隊と始祖の巫女たちじゃ!」

達也を除いた水精霊騎士隊とルイズとティファニアが正装した格好で頬を染めてそこに立っていた。
彼らを称える大きな叫びの中、少年少女たちは照れくささで鼻を掻く者、俯く者、手を振るもの、投げキッスをする者などがいた。
魔法学院の生徒からすれば自分達と同年代の者達がガリアの戦争での功績をあげたのが知らされていたのだ。
彼らは一応初陣で華々しい(?)活躍をして、終戦に導いた事を評価されているのだ。
彼らには華々しい活躍の事しか聞かされていないため、そこまでの犠牲は知る由もない。
愛に生きた異種族の友人の死、未来を若き女王に託しジョゼフの片腕をもいだ男の死、そして教皇の死。
悪魔として死ぬはずであった男は、国を愛する英雄として生かされた。
更に言えば今のガリア女王はその娘なのだ。
双方痛み分けで終了したあの戦は英雄などいない戦いだと思っていた。

だがどうだ。
魔法学院に戻れば自分達は英雄扱いではないか。
確かに自分達は戦場でわけの分からない英雄ごっこに興じたが・・・。
そうか・・・誇って良いんだな。戦争から生きて帰れるのは。

「水精霊騎士隊万歳!万歳!」

万歳の合唱がなかなか止まない。
ギーシュはどれ程自分達は彼らの希望となってるんだと苦笑した。
レイナールは騎士隊の名誉の向上に満足げだし、マリコルヌは主に女子に向かって手を振っている。
ティファニアは恐縮して縮こまってしまっているし、ルイズはクールぶっているが明らかに口元が緩んでいる。
その様子を見てオスマン氏は満足げに頷き、少年少女を祝福した。

「うむうむ、わしは諸君らが自分の事のように誇らしい。何せ君たちはこの魔法学院学院長のこのわしが手塩にかけて育てたのじゃからな。君らはわしが育てたといってもよいだろう」

おいコラ。このジジイは一体唐突に何を言っているのだ?
アンタは授業とか受け持っていないだろう?
このジジイのウケ狙いとも思える発言に、歓声も段々小さくなっていく。
ギーシュはこれは不味いと思った。この悪くなっている空気、オスマン氏が何をしでかすか・・・!

「は、はい!オールド・オスマンの教育の賜物であります!」

直立するギーシュを見てオスマン氏は感動した面持ちでギーシュに近づいた。

「ギーシュ君。君は実にいい奴じゃな。わしはその謙虚な姿勢に感動を覚える。やはりその謙虚さが慢心を生まずこの度の戦果を生み出す原動力となったのであろう。そんなリーダーの鑑の君にわしからご褒美をあげよう」

やはり恩は積極的に売っておくべきである。
オスマン氏は何か勲章を自分達に授ける気なのだ。
ダイヤ付きの黄金宝杖でも貰えるんだろうか?それだったら自分達の出世は約束されるのだが・・・。
しかしギーシュの期待とは裏腹に、オスマン氏の言葉は違っていた。

「抱いていいよ」

瞬間、歓声は一瞬で止み、何故か一部で黄色い歓声が上がった。
ギーシュは一瞬、何を言われているのかが分からなかった。
・・・あ、ああ!そういう事か。オスマン氏はこう言いたいのだ!
生徒である自分達は自分の子も同然だから、親として子を称えるが如く抱擁でその偉業を称えようと!
つまりはそういう事かふざけるなこのジジイ!!
ギーシュのただならぬ様子に気付いたのか、オスマン氏は「ふむ」と言ってしばらく考える素振りを見せた。

「お、おお!これはうっかりしておった!このようなジジイに抱きしめられるなど思春期男子には逆に苦行じゃな!いやいやすまんすまん。わしとしたことがうっかりしておったわ。少し待ってもらおう!」

そう言ってオスマン氏はギーシュ達にその場に留まる事を命じたあと、ホールから出て行った。
しばらくして現れたのはオスマン氏ではなく、何故かきわどい下着を着けた妙齢の女性だった。

「待たせたのぉ!さあ、この魅惑の肢体に飛び込んでくるがよい!!」

「Oh・・・」

マリコルヌが鼻を押さえながら声を漏らす。
水精霊騎士団は全員あの女性が恐らく何らかの魔法で女性に化けたオスマン氏であることは分かっていた。
そうあれは中の人はジジイなのだ!それは分かっているのだ!だが、だが!
ティファニアまでとはいかないがその母性的で豊満なバスト。超安産型なヒップ。瑞々しいとまではいかないが成熟した大人の女性の肢体に思春期の少年達は前かがみにならざるを得なかった。

「が、学院長!?何を考えてるんですか!?」

レイナールが学院長の暴挙を批難するが彼も前屈みである。

「抱いていいわよ?ほっほっほ」

「喜んでェーーー!!」

マリコルヌが至福の表情でオスマン氏の下へいこうとする。
オスマン氏は素晴らしい笑顔で手を広げている。

「やめろ!マリコルヌ!!姿はあれだが中は老人の男だぞ!?」

「レイナール。例え中身がどうであれ、今僕が見ている妙齢の女性に僕は抱きしめられたいと思う!!中身がジジイだろうがいいじゃないか!」

「お前はそこまで女性に餓えていると言うのか!見損なったぞマリコルヌ!」

「黙れレイナール!そりゃぁ僕だって希望とすればティファニア見たいな女の子ときゃっきゃうふふとやりたいがそれをやったら僕は、僕は人間として駄目になってしまう!だが見たまえ!あの妙齢の女性はあちらから抱いてやると言っているんだ!これはチャンスだろうが!君だってあの姿にマイサンが反応しちまってるじゃないか!」

「こ、これは僕が未熟が故の反応だ!若気の至りと反省すべきだが、僕には自制心がある!」

「素直になれよレイナール!例え男でも良いじゃないか・・・」

「仮にも英雄扱いされているんだぞ僕たちは!?慎め!」

「英雄は色を好むというじゃないか!!」

「大衆の前で事に及ぶ英雄が何処にいるか!!」

「ここにいるぞ!!」

「止めろ、二人とも!見苦しいぞ!!」

ギーシュが醜態をさらすマリコルヌとレイナールを一喝した。
突如の大声にルイズは目を丸くしていた。

「学院長、お気持ちは嬉しいのですがお戯れはおよし下さい。我々は女王陛下の騎士。当然のことを行ったまでであります。それに、私を抱きしめてよいのは我が愛する女性のみでございます」

ギーシュの発言は会場の歓声を受けるには十分であった。
ギーシュの恋人であるモンモランシーは怒ったような声で、

「な、ななな、何を言い出すのよアイツは・・・!!??」

「顔がだらしなし過ぎるわよ、貴女」

キュルケが呆れたようにモンモランシーに指摘する。
モンモランシーの顔は茹蛸のように赤くなっており、眉尻は垂れ下がっていた。
はいはい、ごちそうさまですね。
キュルケが肩を竦めて再び前を見ると、オスマン氏が何故かミセス・シュヴルーズにとび蹴りをぶちかまされていた。
オスマン氏が化けていたのは若かりし頃のシュヴルーズだったのだ。
この戦の恩賞はオスマン氏の抱擁などではなく、隊長であるギーシュはシュヴァリエの称号。隊員は白毛精霊勲章を頂いた。
ルイズたちにはこの大変な時期の宗教庁からトリスタニアのジュノー管轄区司教の任命状が授けられた。
まさしく将来が約束されている面々であるが・・・。

「私も一応、あの戦争で働いたんだけどねぇ・・・」

キュルケは若干自分の扱いに不満を持っていた。
まあ、ゲルマニア人の自分がトリステインの勲章をホイホイ貰うのもどうかとは思うのだが。

「しかし、あの馬鹿は何処にいるの?ルイズはいるのにいないじゃない」

モンモランシーはこの場にいてもおかしくない達也を探しているようだ。
・・・忘れそうになるが達也は魔法学院の生徒ではないのでいなくても全然問題はないのだが。
割れんばかりの拍手の中、キュルケたちは達也の処遇について話していた。

「タツヤはすでにシュヴァリエで土地持ちなわけだけど彼には何の褒美があるんでしょうね」

キュルケは今は恐らく自分の領地にいると思う達也を思って溜息をつくのであった。




俺は何時までもこの世界にいるつもりはないし、テファが完全に世界扉の魔法を使いこなしたその時に帰るつもりだ。
この時点の騎士という称号も日本に戻れば無用の長物である。
無用なものである筈なのに今、この目の前のガリアの姫さんは何と言いましたか?

「・・・申し訳ありませんが、聞き間違いと思いますので今一度お願いします」

「んん?何だか期待していた反応じゃないわね?」

玉座で首を傾げるお嬢様は、ガリアの新女王のイザベラである。
タバサに会えるかと思えば彼女は別の仕事で今不在である。

「泣いて喜ぶと思ったのに変わっているのねぇ、貴方」

そりゃあまあ、今の発言を例えばギーシュが聞けば大層喜ぶはずだ。
彼だけではなく一般的な騎士レベルの貴族の者なら喜ぶ話であろう。
ただ例外というものは全てにおいて存在する訳で。
玉座の間には俺と護衛のワルドの二人が通されていた。
エレオノール達は別室で待機という形になっている。無論ハピネスは真琴に預けられている。

「・・・正直俺も耳を疑っている。一応もう一度聞いて確認したい」

ワルドが小声で言う。
そうだな。正直俺も同感だ。確認作業は必要だしな。
此処に来て挨拶して吸血鬼討伐の話を簡単にした後、大隆起の話を少しした。
それがある程度終わったあとに、唐突にイザベラは俺にこの話を切り出してきたのだ。

「仕方がないわね。じゃあもう一回言うわ。トリステイン女王アンリエッタからタツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルエニールにこの度の戦争に対しての恩賞が出ています。現在トリステインは人事異動の為に直接女王から恩賞を授ける事が難しい状況です。なので暫定的にガリアにてその恩賞を授けるようお願いいたしますとのことよ。それでその恩賞の内容は以下のものよ。此度の戦争での貴方の戦果は目覚しいものがありました。よってトリステイン王政府は協議の結果、タツヤ、貴方にその活躍に見合うはずの名誉を用意しました。つまり!ちゃんと聞いときなさいよ?タツヤ、アンタはこれより騎士ではなくなるわ!」

イザベラは俺を指差して高らかに言った。
その芝居がかった挙動に後ろにいるドゥドゥーなどは苦笑している。
せっかく一国の女王がノリノリでこんな馬鹿な挙動を行なっているのだから俺たちもそれに付き合うべきだ。
決して一回目に無反応でイザベラが涙目になったからするんじゃないぞ?

「な、なんだってーーー!??」

「うわははははは!!ざまあみやがれ小僧!お前に貴族など不似合いだったのだー!」

ワルドが凄い棒読みの台詞を仰々しく(?)言う。それにしてもこのマダオ、ノリノリである。

「タツヤ、君が貴族でなくなっても、俺が小間使いで雇ってやるぜー」

「その前に私を脱がした責任を生涯かけて償わせてやりますわー」

この馬鹿兄妹も棒読みでこの茶番に付き合っている。
物凄くフレンドリーな玉座の間である。ガリア大丈夫?

「うふふふ。皆、早とちりはいけないわよ?何せタツヤは貴族じゃなくなるわけじゃないしね」

「なんだって?姫さん、それは一体どういうことだい?」

俺はアメリカのB級ドラマのようなノリでイザベラに尋ねた。
いやもう、オチは分かっているんだけどな。

「何せタツヤはこれよりシュヴァリエではなくバロン、つまり男爵を名乗ることを許されたのだからね!」

「名乗らん!」

「却下よ!」

俺の抗議は即座に切り捨てられてしまった。
おいィ!?平民出身の貴族がそんな簡単に男爵とかなっていいのか!?
騎士だけでも色々なしがらみとかあるのに男爵とかいよいよヤバイんじゃねえの?
というかマジで俺を元の世界に帰す気ねえだろトリステイン王家というかアンリエッタは。

「本当なら男爵用の礼服とか支給すべきなんだけど、トリステインは今、少し面倒な事になっているらしいから後日支給するとのことよ。あと男爵の身からすれば破格の役職だけどタツヤ、貴方をトリステインとガリアの親善大使にする話も持ち上がっているけど?」

「それは勘弁してください」

「そう。ならその話はナシの方向で進めとくわ。えらくトリステインのお偉方に気に入られているようね」

「あまり気に入られすぎても困るんですがね・・・」

そう遠くないうちに変える算段だからな俺は。
まあ・・・精霊の頼みごとについては考え中だが。

「お前が子爵まで上り詰めたら俺は泣く」

「テメエは何を言ってんだ、元子爵」

お前が子爵の座を失ったのは自業自得だろうが。

「ところで貴族階級の事を俺は良く分からんのだが?男爵は騎士の上で子爵の下でいいのか?」

俺がワルドに聞くと、ワルドはやれやれと肩を竦めて俺に教えた。

「それぐらい常識だと思うがな。まあいいだろう。貴族の階級は大雑把に言って一番下に騎士がいる。続いて男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵、大公とかに続いていく。まあ大公などは王族とかがなっていることが多いから省くとして、お前は二番目に低い爵位を貰ったという事だ」

「ん?ちょっと待ってくれその順番からするとルイズの親父さんって相当偉いやん。よくもまあそんな人の娘の許婚になれたなお前」

「・・・思い出したくもないが此方も膨大な根回しを行なったのだよ。そうでもないと子爵のおれに公爵の娘を貰う約束など取り付けられるはずもあるまいて」

その膨大な根回しを一瞬で崩壊させて今に至ると。

「ザマアミロとでも言いたいか?だが現実は良く出来た美人の嫁を貰っているのだよ俺は。ザマアミロ!!」

「その結果公爵家の怒りを買い、公爵夫人の影に怯え、公爵の長女にいびられる毎日と」

「正に天国と地獄を往復するかのような人生とは思わんか」

「正直ざまあみろと言わざるを得ない」

「俺は一体何処で人生を間違ったと言うのか!?」

ワルドは頭を抱えて項垂れた。
貴族の根回しなんて俺には無縁だと思っていたんだがこれからはそういう事も考えないといけない立場になったのだろうか・・・?
・・・阿呆か。俺に政治的能力など期待できないしオルエニールの状況だって様々な人の協力で成り立っているのだ。
この上貴族の根回しもしろとか嫌過ぎる。やれと言われても出来ません。そう言うのが得意そうなゴンドラン爺さんにちょびっと立ち回りは教えてもらおうかな?

「まあ・・・正直貴方に男爵位を与えることについて反発する勢力も現れるかもしれないってのは確かかもね。ゲルマニアならともかくトリステインでは平民が男爵位まで貰えたってことは少なくとも私は聞いたことないから。調べれば一人はいるかもしれないけど」

「そんな大変な身分だからなりたくないって言ってるのに・・・」

「トリステインが嫌になったらガリアに来れば良いじゃない」

ルイズの使い魔と言うのが基本身分な俺がそんなことをすれば俺はラ・ヴァリエール家に総力を持って追われそうです。

「誘いは嬉しいですがね、お心だけ受け取っておきましょう。しかしトリステインって今人事異動中なんですか?」

「そうね、貴方も男爵だし知っておいたほうがいいかもね」

イザベラは最早他人事のようにトリステインの現状を言うため口を開いた。

「ロマリアの宗教庁は次期教皇にトリステインのマザリーニ枢機卿を指名したわ。全会一致でね」

「・・・やはり・・・か」

ワルドが呟く。
マザリーニってあのアンリエッタの執務室にいたおじさんだよな?
・・・凄い人だったんだなあの人。

「ワルド、何でやはりなんだ?」

「前ロマリア教皇・・・ヴィットーリオがその位に就けたのはそもそも枢機卿がロマリア教皇の座を辞退したからだ。その時はヴィットーリオ派とマザリーニ派が存在した為それが許された面もあったのだ。だが今は違う。擁立する候補がいないのだ。本来若い教皇がこんな形で死ぬとは想像していなかったのだろうな」

「代わりがいないからトリステインの枢機卿をいきなり教皇にするのか?」

「トリステインにもうまみがある話だからな。昨今の枢機卿は女王に対して真の忠誠を誓ったと言う話もあるしな」

「ロマリアとの関係がよくなるとでも言うのか?逆に枢機卿とか国の内部事情を知っている奴が他国のトップになったら弱みを握られたと思わないのか?」

「無論そのような点で反対もあったはずだろうな。まあしかしそのような理由ならばお前の爵位を与える為の儀をやっている場合ではないな」

そもそも枢機卿は教皇に次ぐ役職なので彼が教皇になっても何の不思議もない。
・・・あれ?何でそんな人がトリステインの内政をやっているの?
勿論トリステインにも内政専門の部門はあるわけで、それまでその部門を取り仕切っていたのがマザリーニで・・・。
ちゃんと内政に強い人材も育てような、トリステイン。だがゴンドラン爺さんはやらんぞ。

「ヴァリエール公爵が後任とかだったら俺は泣くぞ」

「あの人娘と離れるとかしないだろ」

「甘いな。娘に甘いからこそトリステインの内政部門に来て、人事に口出して娘達を秘書とかにするくらいの行為は平気でやるぞ?」

そうしれっと言い放つワルド。その発想はなかった。

「まあ決まってもいないことを仮定するのは此処までにして、今日は疲れたでしょう?連れの人も呼んで食事にしましょう。吸血鬼の依頼は明日からだし今日は休みなさいな。言い忘れてたけど、歓迎するわよタツヤ」

「俺ごときに直々のご歓迎のお言葉、真に恐悦至極でございます」

「ええ。それじゃあ夕食にしましょう」

そう言って立ち上がるイザベラ。
何か今日も大変な一日だった。正直過剰評価もいい加減にしてもらいたいものだが、断っても無駄なので受け入れよう。
早めに帰ればその辺は有耶無耶になるだろうからな!

「・・・まるで友人以上の扱われ方だな。本当にお前はガリアで女王とナニをしたんだ」

「ナニはしていないな」

「素で返すな馬鹿者」

ワルドに小声で怒られてしまった。

「何をコソコソしているの?女王を一人で歩かせるつもり?エスコートはするべきよね?」

「だとよドゥドゥー。気が利かないなお前」

「何でだ!明らかにお前に言ってるだろう!?」

「お前、俺がガリアの城の食事場所なんざ知っていると思うか?」

「前を歩くからお前が陛下をエスコートしろや男爵様!!」

「エスコートする為の礼法が足りません」

「そんな事は気にしなくていいからひとまずあの方のお手を取って歩幅に合わせて歩け。全く・・・」

ワルドは呆れたように俺に言う。
うーむ、いいのだろうか?俺には彼女がいるんだが・・・まあお偉いさんをエスコートするのは紳士の嗜みなんだろう。
なるほど、これも仕事か。仕事ならまあ、いいんだろうな。
まあ、女性の手を取るのは少し照れるのだが。

「という訳なので姫さん。お手を拝借」

「礼法もクソもないわねぇ。何その誘い方?」

イザベラはそう言って笑いながら右手を出した。
俺はその手を取ってぎこちなさ過ぎるエスコートを開始した。



まあ、もう片方の手はすぐに真琴に占領されてしまったのだが。
男爵とか騎士とかである以前に俺はコイツの兄だ。
それが、俺の誇るべき称号なんだ。






(続く)



[18858] 第139話 ド・オルエニールの美味しい水
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/10/04 11:20
彼女は一応魔法学院に通う身であるので学院が主催する勲章授与式には出なければいけないのは当然だった。
一応家の体裁というものを心得ている彼女はこの退屈な式が終わるのを心待ちにしていた。
聖女などと言う肩書きがあるので一応愛想笑いを浮かべて適当に手を振る。
その適当振りはキュルケやモンモランシー辺りにはばれるだろうが、それ以外にはわかりっこないであろう。
目の前で魅惑的な女性が身をくねらせているがあれの正体はジジイである。
盛大な拍手と沸き上がる歓声。悪い気はしないし誇らしい気分にも浸れる。
やはり人々の賞賛は気分のよいものであるのだ。
その心地よい賞賛の時間は終わり、彼女は魔法学院の寮に戻り、身支度を簡単に終わらせた。

「マコト・・・待っていて!おねーさんが今、行くわ!!」

血走った目で部屋を出るルイズ。
だが、愛しの義妹(自称)の元に行かんとする犯罪者正規軍(使い魔・談)の前に立ちはだかる女性がいた。
彼女と同じく『聖女』扱いされるティファニアと彼女と共にルイズの部屋に訪問しようとしていたギーシュとキュルケであった。

「ル、ルイズ・・・ちょっといいかな?」

一刻も早く真琴の下に向かいたいのに出鼻を挫かれてしまった。
少々不満な気分でいっぱいだがルイズは友人に当り散らす事もなく、テファの話を聞こうと思った。

「何?これから行く所があるから手短にね?」

「ご、ごめんね?実はね・・・戦争も一段落したから子供達に逢いに行きたいと思ってるんだけど・・・」

「え?」

「何だかんだでタツヤの領地に長くいたことがあるのは君だけだしね。僕ら騎士隊としても彼が治める土地を訪問したいんだよ」

「私も興味あるから行きたいんだけど、その為には道案内が必要と思わない?」

これは僥倖な申し出である。
ルイズはやや冷静になった脳でそう考えた。
勢いだけで無断でド・オルエニールに向かうより多人数で許可ありで行った方が後味悪くないのだ。
これで自分は大手を振ってド・オルエニールに行ける。駄目よルイズ。まだにやけるのは早いわ。

「ええ、いいわよ。丁度私も行こうと思っていたから」

「そ、そうなの?有難うルイズ!」

ルイズの手を取って喜ぶテファに若干の罪悪感を覚えながらルイズは微笑むのだった。


そうしてルイズ達は達也が治めるド・オルエニールに来たのだが、どうも領地の様子が可笑しい。
騎士隊といっても全員で来る訳ではなくギーシュとマリコルヌとレイナールといういつもの面々が同行していた。
トリスタニアやルイズの実家の領地に比べれば遥かに田舎であるド・オルエニールであるが、達也が来た時ほどに荒れておらず、きちんと整地がなされつつあった。
ド・オルエニール産の水と野菜は流通の品として市場に出回るまでになっていた。しかしながらそれだけでは領地は発展しない訳で・・・。

『農業中心といってもトリステイン内でも上位五番目にも入っていない規模だからな。蚯蚓やモグラがいなければもっと上を目指せるんだが・・・』

などと達也は言っていたが『水』を地元の名物として前面に出して売り出す事を他の領地はしていなかったのでこの部門としては他の領地より一歩先に出ている。
だって水は蚯蚓とモグラとは関係ないし。
ハルケギニアにおいて『水』を売るということは別に珍しくはない。
ガリアではラグドリアン湖の水を汲んで加工してそれを貿易の品として利用している。
だが、それはあくまで貿易品としてのものであった。
達也やゴンドラン率いるド・オルエニールは達也の知識をもとに領地の水を飲料水として売り出していた。
この品のメインターゲットは平民であると決めて売り出していた。
しかし最初はただの水を買うという事をトリステインの平民達は避けていた。そりゃ川の水とか汲んでその水を利用して生活している平民が多いハルケギニアで水を買う行為は道楽にしか思えなかったのだ。
更に水を汲むにも運ぶ方法が限られる平民達はわざわざ遠くに水を買うより地元の河川の水を汲んだほうが手間もかからなかったのだ。

達也達は『飲料水』として売り出していたのに平民達は生活必要水が売られていると思っていた為、その意識のズレが全然売れないという事態が生まれてしまった。
ゴンドランはこの事実に頭を悩ませていた。達也はじゃあどう考えても『飲料水』としか見えない量で売ればいいと考えた。
今までは水を売ればいいんだと樽で売っていたが、もっと小さな器に水を入れればいいのだと思った。
しかしながらハルケギニアにはペットボトルなどはない。そんな訳で達也は瓶に水を入れて売り出した。
水と一緒に領地で収穫した果実のジュースも壜に入れて売ることにした。そもそもワイン瓶が存在しているから瓶については困る事は全くなかった。
あくまで平民向けの飲料水の提供であるので値段も手頃、空瓶は小銭と交換するサービスも行なうと売り上げが上がっていった。

『そういう概念がないからその穴をついただけなんだけどな。まぁ、売れているんだからいいだろ』

商売においての正義は何だかんだ言いつつ売れることが正義なのである。
将来ペットボトルのようなものも作れたら良いが不幸な事に達也はペットボトルがどうやって出来ているかをよく分かっていない。
お前、ガソリンのオクタン価とかそういうのは分かるのに何でそれがわからないんだ!?
何はともあれこの飲料水の売り上げのお陰でド・オルエニールは密かに潤っているわけだ。
金銭面で潤いが出来てもまだ人材は不足している。土地柄ド田舎というイメージが強いのかなかなか若い夫婦が来てくれないのである。
何せ領地で一番若い男女の結婚を前提にした付き合いをしている二人がジュリオとジョゼットなのだ。

そんな人材不足の領地、ド・オルエニールに来た事はあるがすぐに領地から出てしまうことが多かった少女、ティファニアは今回、達也に会うことと、孤児院の子ども達とゆっくりとした時間を過ごす為にわざわざルイズまで連れてやって来た。
ギーシュやキュルケ達はそもそも達也の領地に来た事がなかったので、その一見のどかな風景に『田舎だな』という感想が漏れそうな勢いであった。

「自然豊かな土地って言うのかな?」

「家と家の間がかなり離れているな。かなりの田舎だね」

「ルイズ、タツヤのお屋敷は何処だい?」

ギーシュがルイズに尋ねる。
だが、ルイズは身体を震わせ俯いていた。

「・・・?どうしたのルイズ?何処か悪いの?」

キュルケが「頭が悪いのは知ってる」と言って場を和ませようとしたその時、ルイズは弾かれたようにいきなり走り始めた。

「マコトーーーーーッ!!!!」

「ちょっと待ってよルイズ!?何処へ行くんだ!?」

血走った目で荒い息を吐きながら全力疾走するルイズ。
幸いなのは彼女の基礎体力及び運動神経、更に言えば足の速さが大した事がなかったのでギーシュやレイナール、キュルケといった面々は彼女の全力疾走に楽々付いて行けたということである。なお、余談なのだが最後尾を走る事になったマリコルヌはキュルケとティファニアが走る様子を見てなのかある部分が膨張して一旦行方不明になった。これが若さゆえの過ちである。

賢者となったマリコルヌも合流し、ルイズ達はそのまま達也のお屋敷前に到着した。

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・こ、ここが・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・タツヤの・・・うっぷ・・・んぐっ・・・屋敷よ・・・おえっ」

「思ったより小さいな・・・」

「というか全力疾走する必要があったのか?」

「何を言っているんだいレイナール君。たまには走るのも鈍った身体に良いものじゃないか!」

「マリコルヌ・・・どうして最後尾を走った君が爽やかになっているんだ?」

「最後尾でしか見れない境地・・・僕はしかと見た!」

レイナールは思った。全く意味が分からないと。
マリコルヌはサムズアップしてその歯をきらりと光らせていた。

「ここにタツヤがいるのね」

「マコトもシエスタもいるはずだわ」

ついでに自分の姉も居候しているのだが、キュルケはともかくギーシュ達は自分の姉の事をよく知らない筈だ。
・・・紹介もしなきゃいけないんだろうな、多分。
ルイズは身なりを整え、深呼吸を一回して、屋敷の扉を叩き、笑顔で言った。

「マコト!お姉ちゃんだよ!」

この発言にギーシュ達は若干引いたが、ティファニアのみはニコニコしていた。
ルイズが勢い良く扉を開けると、そこにはいるはずのない女性が居た。

「貴女に妹なる存在は居ない筈ですよ、ルイズ」

ルイズはそのまま勢い良く扉を閉めた。
そしてギーシュ達のほうに振り返り、何事もなかったように言った。

「どうやら間違ったようだわ。私ったら舞い上がっているみたいねしっかりしなさい私」

その目に光はなく表情は虚ろである。

「とにかく此処はタツヤの屋敷ではない事は住人を見れば確定的に明らかよ。ひとまず一刻も早く此処から離れて・・・」

ルイズがこの場からの撤退を提案しかけたその時、屋敷の扉が突然吹き飛んだ。
哀れルイズは扉もろとも吹き飛ばされた。

「うにゃああああああああ!???」

「ル、ルイズーーー!??」

「い、一体何だ!?」

レイナールたちの後方まで吹き飛ばされたルイズはそのまま地面に墜落しかけたが、キュルケ達の『レビテーション』により無事に着地した。

「何を逃げようとしているのです?ルイズ」

「あ・・・あああ・・・これは一体どういうことなの・・・?何故、何故ここに貴女がいるのです!?」

「心配は無用ですルイズ。今回私は貴女ではなくエレオノールに用事があって来たのです。ですが当のエレオノールは雲隠れ・・・なので私はしばらくの間此処に滞在する事になったのですよ」

「姉様が・・・雲隠れ?どういうことですか母様!?」

「え・・・!?ルイズのお母さん!?」

レイナールとマリコルヌはカリーヌに出会った事がないので驚いているが、ギーシュとキュルケとティファニアはアルビオンで彼女と出会っているため、げんなりした表情だった。

「それは私が知りたい限りです。・・・丁度良かったわ、ルイズ」

「な、何がです?」

「婿殿は何処にいるのです?」

「は?い、いえ・・・此処にいるんじゃないんですか?」

「僕たちはタツヤに会いに来たんですが、タツヤはいないんですか?」

これ以上余計な詮索をされるとルイズが気絶しかねないのでギーシュは助け舟を出すようにカリーヌに尋ねた。

「ふむ・・・婿殿が貴女の側にいない時点でおかしいとは思っていましたがそうですか、知りませんか・・・全く、使い魔の管理も主の仕事なのですよ?」

「め、面目ありません・・・」

「それにしても妹君とメイドの彼女もいないとなると・・・」

「なん・・・だと・・・!?」

「家族旅行かもね」

「何でそういう結論になるかは分からないが、タツヤが妹さんとメイドを連れて遊びに行くのはあるかもね」

「成る程、家族旅行ですか。婿殿はエレオノールを家族として認識しているのですね」

カリーヌの笑みが邪悪である事にルイズは気付くが、それ以上に彼女には悲しみを背負っていた。

「おのれ・・・おのれタツヤ!!何処までも私からマコトを遠ざけると言うのね!?」

「遠ざけるも何も君は例の事件では彼女に邪な気持ちを・・・」

「アレは薬のせいよ!!??」

「そうよ!?アレは本意ではなかったのよ!というかそもそも貴女の彼女が発端でしょうギーシュ!」

「発端は彼女とはいえ騒動を広めたのは君らじゃないか!?」

「うう・・・思い出したくなかった・・・」

「僕はその時の記憶が曖昧なんだけど、一体何があったんだい?」

「嫌な事件だったとだけ言わせてもらおう」

そもそもあの事件を学院内でネタとして語れるのは達也含め数人ほどである。
ギーシュは女性の気持ちを尊重して、ネタとしては語らない。
レイナールはあの異常な状況を思い出したくもない。
その他男子生徒はあのカオス空間に理解が追いつかない。
マリコルヌは洗脳されて敵側であった。
ルイズ達は大事なものを奪われました状態なので語れるわけもない。
真琴やシエスタは詳しく知らないので語れるはずもない。

あの事件をネタとして語る人物はオスマン氏、マルトー、ギトーなどの根性の座った者や、達也ぐらいである。
達也の根性は座っているのではなく腐っているからだとルイズは思っている。ひでえ。
・・・だが学院外にこの話題を持ち出した者はたった一人だけである。


そのたった一人は現在、ガリアの王宮で夕食中である。
宮廷での教育で育ったイザベラは魔法学院での生活に興味を抱いていた。
イザベラ自身は魔法の才能は乏しい。だが学院生活にはある程度の憧憬の念があるのだ。
タバサは無口だし、学院の事など喋る訳がないので、学院で使い魔生活をやっていたはずが何故か男爵にまでなった達也の話をイザベラは聞きたいのである。

・・・そういう環境に育った人が違う環境の同世代の話を聞きたいという気持ちは理解は出来る。
しかし俺は学院で生活してたのであって、生徒じゃないからな。そこを踏まえて聞いてもらいたいのだ。

「それでいいから、学院生活で印象に残った事ってあった?」

「そうだな・・・魔法学院には結構危機的状況な場面があったんだ」

俺がそう言うと、ワルドがびくりと反応した。
いや、お前が何を思っているのかは大体分かるがな。

「で、最も魔法学院が危機に瀕した事件がある。それはある女性の一途な愛ゆえに起きた悲劇でした」

今度は俺と真琴の間に立っていたシエスタが反応する。
シエスタ、お前の心配は正しい。
ワルドは微妙な表情で、エレオノールは「それ言うの?」という顔である。
なお、真琴とハピネスは食事に夢中である。

「悲劇?何があったの?」

「うん、ある所に巻き髪がすげえ女の子がいてな・・・」

他の学院の奴らとは違い俺にとってあの事件は何の被害もない事件である。
ただ、妹の貞操の危機に憤慨する身としてはこの事件を風化させてはならないのだ。
とはいうものの、何も不特定多数にいう訳ではない。
この場合、イザベラが俺に質問したから俺はそれに答えるだけなのだ。
多分この事件はアンリエッタは知るわけがないのだが、何故かガリアの王女は知ることになる。
だが、問題はない。ガリア人のタバサも被害者だからな!
というか面白い話は皆で共有すべきである。これが全てである。

この事件を話した結果、ワルドはスープを噴出し、イザベラ達は大笑いしていた。
うん、まあ被害もない皆さんはこういう反応をするよね。

「あ、そうそう。この事件においての被害者にタバサもいたから」

と、俺が言うとイザベラとジャネットが物凄く動揺していた。
まあ・・・色んな意味で動揺するとは思うが・・・。
イザベラは頭を押さえて震える声で言った。

「先を越されたと憤るべきなのか、同性に逃げたかと憤るべきなのか私はどちらに憤ればいいの!?」

「王族の娘が汚された件については憤らないのですかお姫様」

「学院女子全てが汚されたんでしょ?そのうちの一人でしかないじゃない」

「詳細にいえば学院の女子生徒及び女性教員全員だな。シエスタとかは汚されてないし」

「成る程、貴女のメイドは行き後れたという事ね」

「行った奴は軒並みトラウマ持ったか新たな境地に目覚めたけどね」

此処まで言って普通に食事している我が妹は豪胆であるとしか言えないが、この話を黙って聞いていたドゥドゥーがゆっくりと口を開いた。

「その話を聞いていてある伝説のパーティーを思い出したぞ」

「兄さん?伝説のパーティーって?」

「その名も乱こあべしっ!!?」

ドゥドゥーの顔に彼の愛しき妹の鉄拳がめり込んでいた。

「年端も行かない子どもの前で何を言おうとしていたのかしら兄さん?」

「クックック・・・」

拳がめり込んだ状態でドゥドゥーは不気味に笑う。
その不気味さは後ろで食事をしていたハピネスが恐怖で俺に擦り寄るほどだった。
・・・奴の言いたいことは何となく分かるし、伝説のパーティーというものも何となく予想できる。

「ジャネット・・・兄は悲しいぞ!お前は俺が言わんとしていたパーティーを知っている!!何処で知った!よもや参加したとか言うんじゃないだろうなぁ!?」

「そんな訳ないでしょう!?私がそのような事をする女に見えますか!?」

「見えない事もない」

「兄さん!!??」

「妹が汚れた事を知ってさぞや悲しみを背負ったなドゥドゥー・・・」

「汚れた事にするな!?」

「ねぇ、タツヤ。伝説のパーティーって何?らんこまでは聞き取れたのだけれど?」

「知らなくていいと思います」

目の前で醜い争いをする兄弟を無視して俺たちは食事を続けるのだった。





――――私は悪くないのにどうして?
――――生きていく為に必要な事なのになんで悪いの?
――――私の何が悪いのなんて誰も説明できないじゃない。
――――誰も、誰も、だれも。

――――あのおねえちゃんだって私に答えを示さずに私を殺そうとした。

――――だけど答えを知るまで私は死んでなんかやらないんだから。

「ウフフ・・・ウフフフ・・・・・・」

暗がりに聞こえる少女の声。
かすかに見える肌には火傷らしき跡が見えていた。

達也の吸血鬼討伐は明日からである。


(続く)



[18858] 第140話 幼女相手に長い自論を展開する男、スパイダ【以下略】
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/10/09 10:14
エズレ村は鬱蒼と生い茂る森を背後に抱いた,小川に挟まれた小さな村である。
村にはわずかばかりの畑が広がっているだけの寒村である。
まるで俺が来た時のド・オルエニールである。・・・蚯蚓はいないよな?
かつてこの村はミノタウロスの脅威に曝されていた事もあったらしい。
そのミノタウロスの撃退したのが他でもないタバサである。
・・・よく分からんがタバサって凄いんだなと俺が感想を漏らすとワルドに呆れられました。
だが一難去ってまた一難とは良くいうものである。今度は村近くにに屍人鬼が目撃されたとの話が舞い込んだらしい。
屍人鬼がいるという事は近くに吸血鬼が存在しているという事だ。

「そういう訳で皆の衆、吸血鬼に会ったら背を向けて逃げずに視線を合わせながら徐々に後退するんだぞ!」

「タツヤさん、それはグリズリーに会った時の対処法です!?」

「そもそも擬態しているのだから誰が吸血鬼などわからんだろう」

現在俺たちが滞在しているのは村の外れに住む婆さん、ドミニクの家である。
彼女はタバサを知っており、話の流れでタバサの名を俺の口から聞くと宿の提供を買って出てくれた。
まあよくもこんな怪しげな5人と3匹(ハピネスとテンマちゃんとワルドのグリフォン)に友好的にできるものだ。
婆さんと一緒に暮らしているジジという少女と真琴もすぐに打ち解けていた。

「屍人鬼が出たのはつい最近なんですか?」

「ええ・・・戦争中に見たという者が居まして・・・それから数日中に従軍中の兵士様達が被害にあわれまして・・・」

「村人の中で吸血鬼にやられたと思われるものはいないのか?」

「此処最近は人の出入りが激しくて・・・戦火で家を失って逃げ延びたもの・・・孤児やら軍人やら最早何処で吸血鬼が来たのかは分かりません」

「戦乱に紛れてこの村近くに現れたという事ね・・・」

「・・・村の内部で疑心暗鬼が発生しているだろうな。村人が暴走する前に手早く見つけたいものだ」

「簡単に言うけど勝算はあるのかしら?」

「正直俺でも吸血鬼の相手は難しい面があるな」

ワルドは渋い表情で呟く。
人間と違い吸血鬼の生命力は凄まじいものがあるらしくまともに討伐するにはかなりの重労働らしい。
吸血鬼の奴とまともに戦うつもりなど最初からない。当たり前の事である。

「・・・元から居る村人で居なくなったという方はいらっしゃいますか?」

「いえ。元々この村にいる者達は戦争が終わってからほとんどこの村に帰っています。ですがこのまま吸血鬼騒動が続けばまた過疎化が進みます・・・」

「戦乱から逃げ延びてきた者は何処に?」

「村の東にある寺院で暮らしています」

「・・・その中に吸血鬼がいるんじゃねえの?」

「・・・その可能性は高いだろうけどそれなら妙ね?少なくとも戦時中にその吸血鬼は寺院に入ったのにどうして寺院の人々を屍人鬼にしていないのかしら?」

「明確な被害者が兵士のみと言うのも気になるな」

「・・・軍人・・・或いは貴族らしき人間を襲うとでも言うの?」

・・・見た目が貴族に見えない俺は兎も角、見た目は完全な貴族のワルド、完全無欠な貴族のエレオノールは顔を青くする。
貴族や軍人狙いってどんだけバトルマニアな吸血鬼だよ。何?武道派?ガチムチとでもいうのか!?
嫌やー!万一血を吸われるならガチムチ兄貴よりセクシーなおねーちゃんがいいー!!

「襲われた兵士は屍人鬼になった筈。それはどうした?」

「はい、他のメイジの兵士様達が討伐されました」

「それで終わりと思ったらこの辺で屍人鬼が目撃されたのかぁ・・・やっぱり村にいるのかな?」

「そう見ていいだろう。恐らく潜んでいる可能性が高いのはその寺院だろうが、あくまで可能性だ」

「そうね。仮に騎士や貴族を倒す為に吸血鬼がその身を護る為難民たちが居る寺院に居るとしたら何でその人々を屍人鬼にしていないのかも気になるわ」

・・・いや、確かにそれも気にはなるんだけどね?
俺は頭を掻きながらワルドたちに尋ねた。

「・・・吸血鬼は騎士やらメイジを襲うんだろ?だとしたらせめて尻尾を掴む為に囮が必要だよな」

「え」

「・・・お前が囮になるんじゃないのか?」

「何言ってんのこの髭。何で俺が人を超えた存在に対して単身、身を挺さなきゃならんのだ?」

俺が出て行った所で特に何ができる訳でもなく逃げ回る事しか出来んぞ?
未だに無駄なく出来る効果的な攻撃とか無いからな、俺は。

「吸血鬼はそもそも女性の血を好むんだろ?メイジの女性はエレオノールさんだけど、この人に何か会ったらこの村ごとラ・ヴァリエール家に消されかねない。従ってエレオノールさんが囮になるのは駄目だ。シエスタと真琴に至っては論外だな。で、残るは俺とお前だ、ワルド」

「二人で囮になると言うのか?」

「ほぼ正解。俺とお前で吸血鬼、最低でも屍人鬼を炙り出す。討伐できるかどうかは二の次だな」

ガリアとしては討伐してもらわないと困るのだろうが、トリステイン貴族の我々がそこまでする義理はあるのでしょうか?
まあ、中途半端に痛めつけたら復讐しに来るかもしれない事を考慮し、可能ならば討伐できたらいいな。
無論、その前におれ死ぬかもしれないが。
しかし吸血鬼とはいえ俺の命を簡単に取らせはしない。
奪うならどうぞワルドの血でも吸ってくださいな。


翌日、俺たちは戦火から落ち延びてきた人々が暮らす寺院を訪問する事になった。
とりあえず一番強そうなワルドを吸血鬼討伐の貴族として、エレオノールを彼の妻、俺とシエスタはワルドに仕える従者、真琴はワルド達の養女と言う設定で突撃した。
こういう事を提案したのは俺である。御免、保身を図ったんだ。
相手がメイジを襲うなら、それっぽい格好をしたワルドを前面に出そうと。
ワルドの妻設定にエレオノールは凄い難色を示したが、説得の末渋々了解してもらった。
名目的には吸血鬼を退治しに来たから、後は自分たちに任せて欲しいという挨拶のようなものである。

「想像以上に戦争は人々に傷をつけているようね」

「ああ。全く未来を担う子供達にこのような表情をさせるとはな」

「・・・・・・そうね」

ワルドとエレオノールは寺院内で死んだような目でいる子どもを見るたびに憤りを感じていた。
シエスタと真琴はそんな子供達に一人ずつ声を掛けていた。
真琴はペットと称したハピネスを子供達に紹介してニコニコ笑っていた。
シエスタはタルブの歌だろうか?歌を子供たちと一緒に歌っていた。
この行為がどれだけ戦火から逃れた子供たちに届くのだろうか?
なお、俺はというと―――

「ねぇねぇアンタ、本当にあの貴族様は大丈夫なのかい?」

「吸血鬼相手には今迄数々のメイジがやられたと聞くぞ?」

吸血鬼相手にワルドが戦えるのかどうか不安になっている大人たちに囲まれ質問攻めされていた。

「大丈夫ですよ。旦那様が勝てないのは奥様だけですから」

俺は営業スマイルで大人たちにそう答えると大人達はホッとしたような様子のものと疑わしげな目をする者が半々であった。

「お願いだよ!私たちは戦火から逃れて消耗してるんだ!このうえ吸血鬼まで出没してしまったら・・・私たちは何に希望を見出して生きればいいんだい!」

弱り目に祟り目とはよく言ったものだが希望なんて人に与えられるものじゃないだろ。
大の大人がそんなだから子供たちが不安になるんだろうよ。
見ろよ。来た時はあんなに暗い顔していた子供たちがシエスタたちの周りに集まって歌ったりハピネスを可愛いとかいって撫でたりしてるじゃねえか。
一時的な気晴らしかもしれないけど子ども達は何とか生きようとしているじゃねえか。
しっかりしろよ大人たち!希望なんてすぐそこにあるじゃんかよ!だから死んだ魚のような目で俺を見るなよ。

「お気を確かに奥さん。確かに世の中は嫌な事だらけですが絶望するほど腐ってもいません。旦那様も全力をお尽くしします。ですから皆さんも皆さんに出来ることを行なってください。皆さんがそのような状態では子どもたちは塞ぎこんだままです。物事の復興には気力が必要なのですから、空元気でも子どもたちには塞ぎこんでいる所を見せないで。それが皆さんが今、やるべきことだと私は思います」

何と言う偽善的発言だろうか。自分で言ってて吐き気を催すが、かといってこの大人達の他人任せの希望取得願望にも気持ち悪さを感じる。
少なくともド・オルエニールにはこんな人はいないな。鍬とかで巨大蚯蚓に立ち向かう元気な老人ばっかりだし。
希望も絶望もそこら辺に転がっているだろう。俺は杏里との関係に幾度か絶望しかけたが諦めずに生きてたら案外何とかなったぞ?
そりゃぁ願うだけじゃ人生上手くいかない事も多々あるだろうけど願わない人間より願う人間の方が強いだろ。
大体こいつらぽっと出のシエスタと真琴があっさりと子ども達の支持を受けている事に何も感じないのか?

「・・・ん?」

俺が大人たちに疑問を感じていると、部屋の隅に毛布を被ってうずくまっている子どもがいた。
その子どもは他の子ども達の輪に混ざることなくただじっとしていた。

「・・・あの、すみません。あの子は一体?」

俺は周りの大人の一人にあの子どもの事を尋ねた。
なんにせよぼっちの子どもは此方としては気になるのだ。名ばかりだが孤児院の設置を許可した身だしな。

「ああ・・・あの子も戦火で両親を亡くしてるんです。何でもメイジに両親を殺されたとかで・・・彼女自身も身体に火傷を負わされたんですよ。全く戦争の混乱とはひでえもんですよ」

「メイジに?」

「ええ。おそらく野盗の類でしょうがね。多分メイジが来たんで怖がってるんでしょう・・・実は最近屍人鬼を見かけたのもあの子なんです。それからは外も出歩かなくなっちまって・・・」

元々両親の殺害により精神を病んでしまった様子であったのに更に恐ろしいものを見たせいかもはやその幼い心は限界を迎えているらしい。
時たま空虚な笑みを浮かべるなどの行動が見られ、この寺院でも腫れ物を扱うような状況だそうだ。
俺は説明を聞くとうずくまっている子どものもとに向かい、目の前に座った。
声もかけず、俺は無言でうずくまる子どもを眺める。そして俺は自分で作ったパンを取り出し食べ始めた。
これは昨日寺院に行くと決定してから急遽大量に焼いたパンの余りものである。何の変哲もないコッペパンである。
我ながら上手くできたが、無性にジャムかマーガリンが欲しい。
パンを食べながら戦災孤児を無言で見つめる貴族の従者という光景に周りは憤りを覚えるかもしれない。
このクソ外道と罵られるだろうな。何でパンを恵んでやらんのだとか言ってな。
だがそんな善人の皆様の至極真っ当な意見に逆らう俺カッコいいとかは思ってはいないから。
何で何も意思を表さない奴にパンを恵まなきゃならんのだ。他の子どもたちは『パン持ってきたけど食べる?』とシエスタが言ったら喜んで食べるとか言ってるぞ。
食欲のないものに豪華な料理を出しても意味はないじゃん。
今は戦後の時期なので飽食とか言ってる場合じゃない所もあると聞いている。

改めてみると毛布の隙間から子どもの手が覗いている。
腕辺りには火傷の跡らしきものが見える。子ども相手にエグイ真似するもんだな。
俺がそんな無責任な感想を抱いていると目の前の子どもが顔をあげていた。
そこで初めて子どもの性別がわかった。可愛い女の子ですよみなさん。
だがその女の子の瞳は濁っているように見えた。

「おにいちゃんは・・・・・・」

か細い声で少女は俺に問う。

「おにいちゃんはメイジなの?」

「違うよ」

嘘はついていない。俺は貴族の称号を戴いてはいるが魔法は一切使えないからだ。

「まあ旦那様・・・あの偉そうな髭のオッサンはメイジだけどね。とっても強いメイジなんだぜ」

これも一応半分ぐらい本当である。嫁の尻に敷かれているが。
俺はそんなことよりこの少女にパンを渡した。
虫の鳴くような声でいる少女にはとりあえずパン食わせてまともに喋る元気をやるべき。
まあただのコッペパンでドンだけ元気になるんだと言う話だが。
少女はパンをじっと見つめていたが、しばらくして食べ始めた。

「このパンも小麦とかからつくられているんだよね」

「いきなりどうした嬢ちゃん」

「おにいちゃん、動物も植物もみんな生きているんだよね」

「ああ」

「ここで出るスープの中に入っているお肉も、魚もみんな生きてたんだよね」

「そうだな」

「全部殺して食べるんだよね」

「うん」

「どうしてそんなことするの?」

「食えるから」

「え?」

生きる為とか難しい話になるのであえて言わない。
だってそうだろうよ、古来より動物はそれが食べれるからその命を頂戴し糧とするのだ。

「食ってみて美味しければ更にそれを食べる。でも考えなしに食べると食料はあっという間に底をつく。だから人間は畑やら牧場やら作って自ら食料を生産しようとしてんだよ。だが動物にはそんな技術を持っていないからねー」

美味しいものに人は飛びつくと考えて俺の領地は農業や畜産業を中心に貿易しようかなとか考えてるのだ。
食べられるために生まれた生命・・・まあ実際そういう犠牲の上で人間は繁栄しているのであるからきっちりとその命に感謝はしなきゃな。
大体そんな殺したくないとかいってる奴は餓死一直線だろ、サプリメントとか無いじゃんこの世界。

「・・・じゃあさ、吸血鬼も同じなんじゃないの?」

「吸血鬼にとって人間の血が美味いかは知らんが、そうだな」

「だったら、その吸血鬼も生きる為に血を吸ってるんだよね?それの何処がいけないの?」

「うーん、生きる為なら仕方がないというんだけどさ、草食動物だって肉食動物に襲われると逃げたり抵抗したりするんだ。植物だって自衛の為に棘やら毒やらもっているものも多いしな。草食動物からすれば自分たちを食べる肉食動物が憎いはずさね。だが現実に生物は食べないと死ぬんだ。人間にとって人間が肉とか魚や野菜を食べるのは最早当たり前の事であってそれをわざわざ非難する奴は少ない。何せ普通に食べる分なら被害など無いんだからな。だが他の生物・・・この場合吸血鬼かな、そいつらが人間の血を吸う事は悪というのは自分たちに被害が来るからさ。だから人間はその脅威に怯えるか立ち向かうかして取り去ろうとする。捕食される奴は捕食者を正しいとは決して思わないからな。自然のルール的には全く問題ないんだぜ?例えば吸血鬼が単に肉が主食なら正に人間と共存はできるんだろうな。牛肉とかあげればいいし」

結局お互いに折り合いがつかないからこのような関係になったのだ。
だから敵対関係になっている訳である。
まあ相当度量の広い人が吸血鬼と愛し合うとか漫画とかではよくあるが、この世界の吸血鬼は死ぬまで血を吸うらしい。
蚊程度後の摂取量ならまだ良かったのに一度に一人をご馳走様するからいけないんだ。
更に言えば死者を操って手駒にするとかブリミル教的に考えてアウトだろう。
此処がトリステインだったら姫様のトラウマ再燃吸血鬼は消毒だ状態になるから助かったとも言えよう。

「・・・人間と吸血鬼の食生活の違いで人間にとって吸血鬼は悪になったの?」

「考えてみな、蚊に血を吸われた程度で人間はイラつくんだぜ?それが全部とか殲滅対象に立候補しているようなもんさ」

要は死なない程度に吸血並びに主食をちょいと変えるだけで大分印象は変わる。
そんなに血が欲しいならレバーを食えレバーを!

「蚊もだね、生きる為に吸血するんだが、その際感染症とか残すから次々殺されてるんだ。でも一向に絶滅はしない。奴らは進化の過程で音も無く俺らに近づき血を吸うかようになったからだ。これは種の保存の為の進化と言えよう。考えようによれば蚊も人間にとって殲滅対象になる生物だ。だが、奴らのせいで命を落とすケースは可能性としては低めだ。虫が嫌がる対策をすれば刺されるのを防ぐ事もできるしな。だが吸血鬼には万民が簡単にできる撃退法がない!そのうえ相手は高い知能を持っている。これは人間たちは怖がるよ。頭脳明晰な捕食者ほど厄介なもんはないからな」

「・・・吸血鬼も生きたいのに・・・」

「だから難しいのさ。吸血鬼はその性質上、人間の血をご馳走としているらしいからな。人間に干渉しなければ美味しいご飯にありつけやしない。しかし人間は食わせる気など毛頭ないからな。相手のほうが実力が上である以上、人々は怯えて疑わしきを罰して自分たちに危害を与えかねない存在をやたら排斥するのさ」

テファは今でさえ普通に学院に通えているがその前までは極力人目に触れない場所に住んでいた。
ハーフエルフである彼女は別に人間に危害を加えたりはしない。一部の男子諸君のジュニアには危害与えすぎだが。
危害を全く与えない友好的な存在だと分かったから彼女は友人に恵まれているのだ。
だが、吸血鬼はそうではないらしい。よほどの変わり者、例えば血より赤ワインが大好きな吸血鬼とかでない限り共存はありえない。
人間は捕食される側に居続けるには少々知恵を付けすぎたのだ。

「だが・・・君の両親を殺し、君の身体に火傷を負わせたメイジは仕方ないで済まされるものじゃないと俺は思うぜ?」

こんな将来有望そうな女の子の玉のお肌に傷をつけるとかトンでもねえ輩がいる。
何処の世界においても幼女は世界の宝であり、汚されてはならん存在なのだ。
何?男の子は?男の子は泥まみれで遊びまくるくらいが丁度良いんだよ!

「ま、俺たちは正義の味方とかじゃないから、与えられた仕事をするだけだよ。まあするのはあそこの旦那様だけどね」

「・・・お仕事で吸血鬼を殺すの?」

「さあ?俺は分からないよ。旦那様はお優しいひとだからねぇ~」

そう言って俺はにやけながらワルドを見る。
ワルドは俺を睨み返した。

「まあ旦那様も名誉やらお金やら正義感とか色々考えているらしいからね。すぐに終わると思うよ」

「・・・そう」

「ああ。そういや嬢ちゃんの名前を聞いてなかったなぁ、こりゃいけないな、紳士たるもの素敵なレディの名も聞かないとかやっぱり駄目だなぁ」

「・・・エルザ」

「俺はタツヤ。ヨロシクなエルザ。お前さんは美人ちゃんなんだから笑わないと駄目だぜ~?」

そう言って俺はエルザの頭を撫でた。
何か妙な視線を複数感じるのだが、無視しておこう。
俺は別にロリコンじゃない。杏里が別格なだけで美女は老若問わず好きなんでね。

「・・・パン、ありがとう」

俺はエルザの頭から手を離してできるだけ笑顔を作って言った。

「暇が出来ればもっと美味しいパンをあげるよ」

そう言って俺はワルドたちのもとに戻った。
結局エルザの笑顔は見れないままである。まあ、いいか。
俺は寺院の外で周囲を警戒すると言って外に出た。
そこで俺は大きく深呼吸をした。

『どうした相棒よ。ちびっ子と楽しくお喋りして緊張したか?』

喋る鞘がそう言って茶々を入れてくる。
成る程、額には冷や汗とも思える液体が発生している。

「ちげーよ無機物」

俺は気のない返答をして自らの両手を見た。
フィッシングの二つのルーンは淡く輝いている。
先程エルザを撫でた時に発生した光だ。
勿論、光が発生したという事は、エルザに対し愉快なルーンが反応したということである。


『吸血鬼エルザ:幼女のように見えるが貴方より年上。つまり合法ロリ。その美少女ぶりを武器にして油断している所をガブリ。コイツは存在自体が武器のような生物である。一般的に人間とは共存できない。勿論屍人鬼も操れます。これまでいくつもの村を壊滅させている可愛い振りしてやり手の幼女【年上】である。貴方がペドフィリアでは無い事を切に願っているのですよ!!そうですよね達也君は幼女愛好家ではないですよね・・・?そうですよね?』

後半は何故か仕事放棄してるような解説である。奴は死してなお俺をどうしたいというのだ!?
とにかくルーンは吸血鬼を武器として認証した。姫様のときの事があるので別に驚きはしないが。
またやりにくい容貌の殲滅対象だが・・・襲われるならメイジのワルドじゃね?

「命がかかる以上、共存は難しいねぇ・・・我ながら陳腐な表現だな」

俺はストックしていたオニオンパンを齧りながら自らの発言を反省するのだった。



(続く)



[18858] 第141話 火を使う時は回りの安全を考慮した上で使え
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/10/16 21:50
さて、吸血鬼の正体は把握した。後はどうやって退治するかである。
最早エルザは此方をメイジとして認識している以上、ワルド、エレオノール、シエスタ、真琴の誰かを襲う可能性が高い。
俺は唯一吸血鬼が襲う可能性が低い男である。
吸血鬼はメイジ及び若い女の子の血が好物である。
俺はメイジではないし女でもないので襲われる可能性は他の面々よりは少ないと考える。
そもそも吸血鬼なんて圧倒的な存在が来ればワルドとか普通に気付くだろ。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

ハピネスを抱いてトコトコと近づいてきたのは真琴である。
何やら上機嫌の様子だが一体何がそんなに嬉しいのであろうか。

「どうした?えらくご機嫌じゃないか」

「あのね、あたしね、新しい魔法を覚えたの!」

「・・・何ィ!?」

いつの間にか愛する妹が魔法使いの階段を上っていたことに俺は複雑な気持ちであった。
というか喋る杖はそこそこ本気で俺の妹を魔法を教えているようである。
教えるは別に構わんがあまりやりすぎは感心しない。

「御安心下さい兄様。今回真琴ちゃんが覚えたのも攻撃魔法ではありません」

「失敗したら爆発とかしないよな?」

「何を言っているんですか兄様。普通魔法失敗しても爆発なんてしませんよ?」

・・・ルイズはやっぱり普通の女ではないのか。
虚無の力を使いこなせるようになってもアイツは魔法の詠唱の時集中力が乱れた時未だに爆発しそうだからな・・・。
聖女ルイズと民衆に呼ばれようが俺の中ではあやつは『テロのルイズ』のままなのだ。

「兄様、では見てください」

「お兄ちゃん、見ててね!」

そげな愛らしゅう言われたら見らん訳にはいかんやろうもん。
思わず九州弁になってしまうほどに俺は真琴の新しい魔法を見学する事になった。
ゆっくりと深呼吸する真琴に対し、いつの間にか見学に来ていたシエスタとエレオノールとワルドと共に俺は内心応援をしていた。
シエスタはともかくあんたら何しに来たんだ。

「貴方が留守にしている間、マコトの相手をしていたのは私よ」

「魔法少女の新魔法披露は純粋にときめきを覚えるだろう」

ワルドの見学理由が成人男性としてどうかと思う。

「それじゃあ行くよ!」

空気が張り詰めていくような感覚がしている。
真琴の表情も真剣そのもので、兄として凛々しい妹の姿をカメラに収めたい気分がいっぱいです。
喋る杖を振り上げた真琴はその魔法の呪文を詠唱する。

「テルミーテルミーテルテルミー!パメルクラルクラリロリポップン!」

おいちょっと待て、カメラ止めろォーっ!?
しかしカメラがそもそもあるわけでもなく明らかにどこかで聞いたことのある呪文を唱えた後、真琴は杖を俺のほうに向けた。
その際にハートっぽい形の魔方陣が彼女の立つ場所に現れていた。

「あんな形の魔方陣見たことないんだけど・・・」

「いや、というか何あの呪文」

「色々妹に言いたいことはあるでしょうが、可愛いは正義ということで気にしない方向でいてください」

俺としても色々言いたいが俺の謎ルーンと同じくアレは気にしすぎたら負けの類のものだろう。
違うのは真琴のアレは可愛くて俺のルーンはムカつくという事だ。
・・・何か盛大な抗議が聞こえた気がするが幻聴だ。

「受けとって!」

杖の先端が光る。
光は徐々に収束していきやがて手のひらサイズの球体となり真琴の前に浮かんでいた。

「魔球『フレンドボール』!」

そう言って真琴は光の球を杖で打った・・・っておい!こっちに来るぞ!?
光の球はぐんぐんと俺の横にいたハピネスに向かって・・・ってちょっと待て!?攻撃魔法ではないのかこれ!?
だが当のハピネスは怯えた素振りも見せず迫る光の球をその小さな翼で・・・

「ぴゃっ!」

などと鳴いて払い除けた。・・・あれ?
光の球はそのまま地面に落ちて消えてしまった。
・・・で、何だったのこれ?

「ほにゃ?失敗したのかなせんせー?」

「いいえ真琴ちゃん。魔法自体は成功ですから落ち込まないで」

・・・なんだかよくわからんがアレで成功らしいです。
ああ、アレだな?いつでも何処でもノック練習が出来る野球少年大喜びの魔法なのか!
そんなもん何処で役に立つんだボケぇ!?
他の見学者も全員苦笑いを浮かべてしまってるじゃねえか!?

「・・・ま、まあ、次の魔法に期待ということで・・・」

見ろ!エレオノールさんも気を遣ってしまってるじゃねえか!?
ワルドは・・・っておい!笑うな!人の妹を笑うな!?
いやしかし真琴の扱う魔法はハルケギニアの一般的な魔法とは趣が違うというのがわかったな。
この辺は流石は俺の妹と言わざるを得ないが頭も痛くなるのも事実である。
父さん、母さん、瑞希。真琴が色物になりそうです・・・。
あ、俺ですか?とっくに色物です。変な亡霊に取り憑かれています。お払いがしたいです。


深夜―――。
真琴達女性達は既に眠りについていた。
いつ何処で吸血鬼や屍人鬼の襲撃が起こるかわからない為、ワルドと達也は寝ずの番をしていた。
一人で番をしていたら襲われてあっさりやられるかもしれない。二人ならもう一人が対応できるだろうと考えてこうなった。
まあ・・・向こうが吸血鬼&屍人鬼なんてタッグマッチ挑んできたら不味いんですけどね。

「・・・こうして俺たちは貴族でーすとか言って回って、吸血鬼が来なかったら帰ってもいいのかな」

「・・・さあな。吸血鬼は狡猾だ。帰る前日辺りに襲い掛かってくるやもしれんぞ?」

「人間と吸血鬼、狩って狩られての歴史は今も続くか・・・人間の知識が上がるたびに吸血鬼も成長するってか?」

「そう言われている。奴らは魔物の中では我々に近しく異なる存在だからな。我々が進化を辿れば近い奴らも進化する。そして血を吸う。そのような歴史が今まで何千年と続いている。一説にはエルフと人間の確執より長い因縁だとの説もあるぐらいだ」

それは暗に人間と吸血鬼は決して相容れぬ関係と言っている様なものだった。
ゲームとかでよくある人間と吸血鬼の触れ合いはこハルケギニアでは考えられぬ事なのかもしれない。

「吸血鬼に情をかけてはやられるのはこっちだということを人間は理解している。だが相手の外見は此方と変わらん。だから恐ろしく今までそれが原因で数々の村や町が自滅、壊滅に追いやられた」

ワルドは夜食のスープを飲み、溜息をつく。
彼だって吸血鬼を相手取るのは初めてなのだ。
達也は皿の中で揺れるスープを見ながら言った。

「吸血鬼はズルイ奴ならさ・・・今の俺たちのこの怯えにもつけ込んでくると思う。いつ来るかわからないこの緊張感・・・何処にいるのかわからないという恐怖感・・・それで俺たちの精神を削って磨り減らして・・・その様子を嘲笑いながら襲うんだ。いや、襲うんじゃない。食事だなこの場合」

「・・・食事か・・・そうだな。吸血鬼にとって我々は食料でしかない。ただその食し方が我々にとって恐怖の象徴なだけか・・・」

「だけどさ・・・」

達也が何かを言いかけたその時だった。
玄関からコンコンというノック音が聞こえた。
顔を見合わせる達也とワルド。
こんな深夜に来客?馬鹿を言え吸血鬼が出るかもしれないというのにわざわざ外出する奴がいるか。

「俺が開ける」

ワルドがそう言って玄関の扉を注意深く開こうとドアノブに手をかけたその瞬間だった。
突然何者かの腕が扉を突き破りワルドの首を鷲掴みにしてそのまま引き寄せた。
当然扉は破壊され、ワルドは外にドアごと出ることになった。

「な、何だよ!?」

狼狽する達也の目の前には倒れ伏すワルド、壊れた扉、そして血の気がないような様子の男がいた。
男はガリアの軍人が着ているような格好をしていた。

「ぐ・・・気をつけろ・・・!!出たぞ屍人鬼だ!」

ヨロヨロと立ち上がるワルドが達也に注意を促す。
それを受けて達也は剣を構えて対峙した。
だが、屍人鬼は人外ともいえる速さで達也に近づき、彼の顔目掛け拳を振るった。
達也は剣でそれを防いだが、その衝撃で腕が痺れてしまった。
屍人鬼はもう一方の手で達也を貫かんとするが、その前に横殴りに吹っ飛ばされた。
ワルドが『エア・ハンマー』の詠唱を完成させていたのだ。
だが、どう考えても直撃なはずなのに平然と立ち上がる屍人鬼。

「冗談のような耐久力だな・・・」

ワルドは自嘲気味に笑ってすぐさま次の行動に移った。

「打撃が駄目ならば斬撃はいかがかな!」

「喰らえっ!!」

ワルドの風の刃と達也の剣での攻撃が屍人鬼に襲い掛かる。
しかしその身を切り刻まれながらも屍人鬼は達也の剣を片手で掴んだ。
そしてそのまま投げ飛ばされたが、ワルドのレビテーションによってダメージを受ける事はなかった。

「ワルド、根気よくやったら斬れるかもよ?」

「気の遠くなるようなアドバイス感謝するよ畜生!」

屍人鬼が疾走し、先に魔法を使うワルドを標的にして殴りかかる。
それをワルドは巧みな杖さばきで捌いていくのだが、徐々に押し込まれていく。

「この・・・化け物が!!」

ワルドは屍人鬼の腹部に蹴りを入れる。
くの字に折れる屍人鬼だったが、吹き飛びどころか仰け反りもせず、そのままワルドの足を両手で取って地面に叩きつけた。

「が・・・!!?」

「はぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

その隙を狙い、達也が屍人鬼の首を狙って突きを行なうが屍人鬼は空いているほうの手で達也の剣を払い落とし、ワルドの足を離した手で達也の腹部を貫いた。

「が・・・ギャ・・・あああああああああ!!!!」

達也の苦悶の悲鳴が響く。
屍人鬼がそのまま手を抜き取ると達也は力なく倒れた。
しかし、まだ生きている。確かに生きている。剣の下に行こうと必死に動こうとしている。
屍人鬼はそれを眺めながら足を振り上げた。踏み潰すつもりなのだ。

「スクウェアメイジに何時までも背中を見せるな」

その声と同時に屍人鬼はワルドの近距離からの風の大槌にその身体を打ちつけられた。
常人がこれを受ければ骨がバラバラになる事は確実ではあるが、何せ相手は常人ではない。
立ち上がった屍人鬼は腕や足がありえない角度に曲がって更に首とか完全に180度曲がっていた。
しかしその化け物は鈍い音を響かせながらそれらを無理やりもとに戻していた。
そして悠然とワルドたちのもとに近づいてくる。

「く・・・!!」

ワルドは即座に風の魔法で足止めを試みようとするが屍人鬼はそれをものともせず近づき、ワルドの腹部に拳を叩き込んだ。
そして更に彼の顔を鷲掴みにして地面に叩きつけた。

「――――!!」

屍人鬼は驚異的な力でワルドと達也の首を掴み持ち上げた。
その無機質で濁りきった瞳が双月と二人を映す。
ワルドも達也も気を失った様子だが、時折苦しそうに呻いていた。

「あーあ。すごい強いって聞いたからどれ程のものかと思えば詰まらないわ・・・フフフ」

その時、深夜の時間には場違いな程の無邪気な声がした。

「せめてこのコぐらいは倒せるかなと思ったけど・・・所詮こんなものね」

月に照らされて現れたのは冷たい笑みを浮かべた少女、エルザであった。

「これなら残りの面々も楽に吸えそうね。ふふ、おにいちゃんって嘘つきね。この人全然弱いじゃない」

エルザは達也に近づき嘲るように言った。
本来はこの二人が屍人鬼を倒している隙に家の中の女性陣を襲い、その後二人の血も頂こうと思っていたのだが思った以上にこの二人があっさり負けたため余計な手間が省けた。この程度が護衛なら内部の者の血を吸うのは楽だろう。

「みんなの血を吸った後、一番最後にお兄ちゃんの血をゆっくりじっくり吸ってあげる・・・。パンのお礼よ・・・なんてね」

エルザの口からは白く光る牙が二本覘いている。吸血鬼である証拠である。

「その後は私の身体を焼いちゃったおねえちゃんに・・・ウフフ」

あくまで無邪気に、されど壊れた笑みを浮かべるエルザはまずワルドの血を吸おうと彼の首筋に向けて口を開く。
そして吸血鬼の少女の牙はゆっくりとワルドの首筋に喰い込んで・・・・・・・

「弱い・・・か。同感だよ全く」

瞬間、エルザはワルドごと大きな槌で殴られたように吹っ飛んだ。
エルザは屍人鬼に受け止められたが、ワルドは全身を強く打ちぐったりとしていた。

「・・・誰!?」

「誰とは心外だな」

ドミニクの家の破壊された玄関から姿を現したのは、黒衣とマントに身を包み悪魔のような陰惨な笑みを浮かべるワルドであった。

「奴の話を聞いたときには半信半疑であったが・・・これで納得したぞ。随分と人の心に付入り易い姿だな、化け物め」

「・・・よく出来た影じゃない。危うく血を吸うところだったわ」

「吸血鬼に誉められるとは思わなかったが・・・全然嬉しくはないな」

屍人鬼はワルドに向かい殴りかかった。
だがワルドは笑みを浮かべたままそれを次々とかわしていく。
ワルドはその間に詠唱を完成させ、屍人鬼の顔面に掌を押し当てる。

「操り人形のままでさぞ無念であろう?残せし家族に顔向けできんだろう?」

ワルドは悲哀に満ちた表情を一変させ、口元を醜く歪めつつ言った。

「だから顔向けできんようにしてやる」

その瞬間、ワルドの手と屍人鬼の顔との間から弾けるような爆発がおきた。
屍人鬼の顔面はその衝撃で抉られたようになり顔の原型を留めない状態になった。
赤く染まった顔面の中所々見える白いものは歯であろうか?

「中々の頑丈さではないか」

「貴方・・・その手・・・!?」

「義手だよ。生身の手では今の魔法は危険だからな」

先程の爆発で幾つかの指を形成していた部品が破壊された義手を弄びながらワルドは言った。

「だけど顔を破壊した所でそのコはまだ動けるわよ?」

「ますます化け物じみているな。実に虫唾が走る」

「私も笑いながら顔面を破壊する貴方を見て鳥肌が立ちそうよ。今度は楽しませてくれるのかしら?」

「どうかな。吸血鬼よ、俺はお前に尋ねたい。お前は何故人間の生き血を啜る?」

「決まっているわ・・・貴方たちが鳥を殺し、植物を採って食べるのと同じ・・・生きる為よ」

「その為にお前は次々と人間を殺していっている訳だな」

「貴方達も殺生の上に生きているじゃない?でも殺すだなんて言わないで。私の中には私が血を吸った人間の血が生きている・・・。貴方も私に血を吸われれば、私の中で生き続ける事ができるのよ・・・。それはとても素敵な事なのにみんな納得してくれないわ。どうしてかしらね?」

ワルドは肩を一瞬竦める。
その顔からは表情が消えていた。
エルザはそれをみてにっこりと笑う。
同時に顔が破壊された屍人鬼がワルドに襲い掛かる。
ワルドは屍人鬼の攻撃をかわし、駆け出す。

「逃がさない♪」

エルザはそう言って呪文を唱える。
彼女が唱えるはエルフなどと同じく先住の魔法である。
村に無数にある木々の枝が伸び、ワルドに襲い掛かる。
だがワルドも素早く詠唱し襲い掛かる枝を切り刻んでいく。

「へえ・・・屍人鬼の相手をしながら木の枝に対処するなんて中々すごいのね」

「触手っぽいのには慣れている」

ワルドは帽子を直しながら屍人鬼を蹴り飛ばし、即座に風の槌で吹き飛ばした。
ますます屍人鬼の顔面は削り取られていき、どろりとした返り血がワルドの服に付着する。
拭き落とす間もなく木の枝は襲いかかる。

「ちっ!」

ワルドは地面を転がって木の枝の攻撃を回避する。

「取ったわよ、おじちゃん」

エルザが勝利を取ったように手をかざすと無数の木の枝が方向転換してワルドに向かってくる。
だがその木々の攻撃は突如ワルドを護るように現れた土壁によって防がれた。

「え・・・?」

「・・・何をしているのよワルド」

女性の声である。
ドミニクの家の玄関には呆れた表情のエレオノールが杖を持って立っていた。
彼女のすぐ後ろには真琴が彼女の身体の影から顔を覗かせていた。
エルザはこの三人はそういえば親子だったなと思い出していた。
実際は血の繋がりもないし義理の親子でもない。ワルドはちゃんと嫁さんいます。

「実に面目ありませんな」

「へえ・・・起きていたのね」

「玄関を破壊したのが仇ね。普通起きるわよ?」

「あのコ・・・お兄ちゃんとお話してた・・・?」

「マコト・・・私から離れたら駄目よ?」

「う、うん」

これでこの二人は親子でもなんでもないとか言われてもエルザは納得しないだろう。

「子どもを守りながら私とヤルつもりなの?おばちゃん?」

エレオノールはこめかみに青筋を立てながらもエルザに言った。

「吸血鬼相手にそこまで図には乗っていないわ」

「吸血鬼。お前は言ったな。生きる為に人間の血を吸うと」

ワルドは立ち上がり、同じく立ち上がろうとする屍人鬼を見ながら言った。

「それがどうかした?」

「ああ、お前には知ってもらいたくてな。世の中には見た目は美味そうでも実際は――」

蝙蝠の飛ぶ姿が夜空に見える。
遠い昔、吸血鬼は蝙蝠が化けていたという話もあった。
エルザはふと蝙蝠が飛ぶ先を視線で追った。

「ぴゅいーーーっ!」

蝙蝠とは違う泣き声が夜空に響く。
そして月夜の下、此処より月に近い家の屋根の上に貴族のマントをたなびかせ、その男は立っていた。

「毒がある食べ物はこの世に沢山あるんだぜ、エルザ」

「・・・!!」

先程屍人鬼に腹を貫かれた筈の男がそこにいた。
エルザは一瞬目を見開いたがすぐに冷たい笑みを戻した。

「おにいちゃんもどうやらそのおじさんのような魔法をつかうようね?メイジじゃないって言ったのに嘘つき」

「分身できるのがメイジだけと思うなよ!」

「本体の俺!来い!」

「え?」

いつの間にか腹に穴の開いたままの達也が、屋根にいる達也の真下にいた。
・・・え?あの分身魔力の残骸とか全然感じないんだけど?
エルザが混乱していたら、屋根の上から達也が飛び降りた。真下の達也は大きく手を広げるが・・・
本物の達也は彼の本当に真上、つまり頭の上に落ちた。

「胸部に飛び込めよギャああああああああああ!???」

腹を貫かれた時とは別次元の悲鳴が夜空に木霊した。
立ち込める砂煙の中、達也が立ち上がる。

「いてて・・・やっぱり無駄に格好つけないで一階から来ればよかった・・・」

俺は地面に倒れ伏す分身を見た。
そこには腹に穴を開けたうえに首があらぬ方向を向いている自分の姿が・・・。
視界的に真琴に見えないのが不幸中の幸いであるが。

「お前ら!よくも俺の大切な分身をこんな目に!許さん!」

「とどめを刺した張本人が何を言ってるんだ!?」

俺の足元で分身が消えていく。そんな恨めしそうな目で見ないでくれる?
分身が消えた後、俺は辺りを見回した。
っておい!?何か顔が自主規制な何かがこっち来てる!?

「それが屍人鬼だ!頭はないがな!」

ワルドがだから一応気をつけろと叫ぶ。
一応ってお前ふざけんな!?どうすりゃ良いんだ!?
屍人鬼のパワーをわかり易く言えば脳のリミッターを解除した状態らしい。つまり殴られただけですごいダメージを受けるって事だ。
普通は剣の攻撃なんてよほどの使い手じゃない限り無謀なのだ。
どうしよう・・・俺の剣術って達人レベルとかじゃないし・・・居合は生物は斬れないし・・・。
・・・ん?生物?待てよ?屍人鬼って・・・一応死んだ人を吸血鬼が操ったものだよな・・・?
既に死んだ個体を生物というのか?どうなんだろうか?もしかして屍人鬼は魔法媒体とかの類じゃないのか?
俺は向かってくる屍人鬼を見た。その肌は驚きの白さである。
・・・けして生きてはいない。そう思えた。
殺人にはならんが死体損壊かもな。まあ、正当防衛だ!
俺は向かってくる大男に向かい、刀を抜いた。


そして俺は刀を振り抜き、そのまま鞘に納めた。
そう、振りぬくことが出来たのだ。


闇夜に浮かぶ双月の下、人々に恐れられる吸血鬼の忠実なる僕の屍人鬼は顔面を失っても尚戦った。
だが流石に上半身と下半身を離されては戦えなかった。
それでも主の命により身体は蠢く。主の命令を守る為にのたうつ死者の成れの果ては――

「気が重くなるわね」

エレオノールの土を油に変える『錬金』の魔法と、

「・・・・・・」

ワルドの発火の呪文によって灰燼と化すのだった。

「・・・っておい!ワルド!俺との位置関係計算しろよ!?あちちち!?」

「というか離れとけよ!?」

ついでに俺のマントも灰になってしまった。どうしよう?






(続く)



[18858] 第142話 酔っ払いに水を与える優しい男
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/11/04 00:45
焼け落ちたマントは着けたままで俺は吸血鬼と対峙した。
屍人鬼を失い一人となったのにエルザはなおも余裕の表情である。
おそらくこの程度では彼女は負けはしないと踏んでいるのであろう。
対する俺たちは全然無傷のエレオノールと真琴とシエスタ、やや疲労が見えるワルド、そしてマントが燃え、分身を一体使った俺である。

「魔法が使えない貴族かぁ・・・まんまと騙されちゃったよ、おにいちゃん」

ワルドもエレオノールも完全にメイジだし俺は魔法は使えない。
この世界の常識からすると俺がワルドたちの召使と説明されても誰も疑問に思わないのである。

「それに屍人鬼まで倒しちゃうなんて素敵だわ」

「・・・あんまり嬉しくないんだが」

「うふふ。いつも屍人鬼を倒しちゃうのは大嫌いなメイジだったからコレでも驚いているのよ」

エルザはクスクスと笑いながら言う。
その様子は外見とは裏腹に悪意に満ちているような気がする。
ねっとりと絡みつくような視線を俺に向け、エルザは言葉を紡ぐ。

「でもここまでだよおにいちゃん。メイジでもないおにいちゃんが吸血鬼の私を退治なんて出来っこないんだから」

「だそうなので頑張れワルド!」

「いきなり戦いを諦めてどうする貴様!?」

「つれないこと言わないでおにいちゃん・・・。そっちのおじさんと遊ぶのは飽きはじめていたのよ?おにいちゃんなら私を楽しませてくれると思うわ・・・私もメイジ以外と遊ぶのは楽しいからね」

一方的な嬲り殺しを楽しむタイプだこの幼女。
舌なめずりした後の口元に光る唾液が月明かりの中では妖しげだ。

「随分メイジを毛嫌いしてるんだな」

「ええ、両親がメイジに殺されたのは事実よ。それも私の目の前でねぇ・・・。それから三十年以上一人旅を続けて様々な場所で生きていたわ・・・メイジは大嫌いだけど好き嫌いは良くないから優先的に食べるようにしてるの。でも賢いメイジも中にはいてね・・・殺されかけた事もあったわ・・・。まあそういう場合は後になって仕返ししてきた。今は私を焼き殺そうとしたおねえちゃんを探していたんだけど・・・その前に獲物がやってきたんだ♪」

「執念深い化け物だな。そのような女にだけは好かれたくないものだ」

そう言ってワルドは詠唱をしようとするが、エルザの先住の魔法によって伸びる木の枝がそれを阻む。

「ちぃっ!」

すぐさまワルドは簡単な詠唱で風の刃を発生させてその枝を切り裂いていく。
更に枝はエレオノールたちにも襲い掛かろうとするが、エレオノールが自分達の周囲に土の壁を作り枝の侵食を押さえた。
だがこのままではエレオノールは攻撃に参加する事が出来ない。
ワルドも同様だ。伸びる枝から逃げ回る事で攻撃の機を逃している。

「私のご馳走は疲れてどうしようもなくなった後の恐怖に歪んだ人間の顔を見ながらの吸血・・・それが大好きなの」

なんとも悪趣味な嗜好である。
あれ?ちょっと待てワルドとエレオノールが攻撃に参加出来ないという事は・・・俺、孤立してるやん。

「おにいちゃんには後でゆっくりと絶望をあげるわ。仲間がやられていくのを見たらどんな顔するのか考えただけでもゾクゾクしちゃう・・・」

つまりコイツは俺などいつでも狩れると言いたいのだ。
確かに俺は魔法は使えない。攻撃手段も刀しかない。
だが、そんなものを黙って見ている程悠長な精神は持っていない。

「勝った気になるのは早すぎるだろ、エルザ!」

俺はその場から駆け出して、刀を抜いてエルザに斬りかかった。
エルザの先住の魔法で現れる木の根を切り飛ばし、彼女に接近する。
それを見ていたエルザは俺の周囲を囲むように木の根を出現させた。

「大人しくしててね・・・おにいちゃん」

木の根が俺の身体を拘束しようと伸びる。
切り払い、振り払いを続けるも、無数の枝はすぐに俺の身体に絡みついていく。
伸びてくる枝たちが次第に俺の身体を包んでいく。
その光景をうっとりした目でエルザが見ている。
彼女の小さな手が振り下ろされると、枝の締め付けが強くなった。

「痛いのはすぐに慣れるよ・・・待っててね。すぐに食べてあげるから・・・」

そう言ってエルザが後ろを向いたその時だった。

「なら前菜をくれてやるぜ!」

「!?」

突然エルザの口に何かが押し込まれた。
突然の事に目を白黒させるエルザは見た。

「う・・・げほっ!お、おにいちゃん・・・!?何で・・・」

まあ簡単なことなのだが先ほど枝に絡みつかれて締め付けられた際、変わり身の術を使いました。
その結果エルザの背後に降り立つ事が出来た。
問題はエルザの口に押し込んだのが何かという事である。
その答えは突如ふらついたエルザがよく知っていた。

「・・・・・・!?これは・・・まさか・・・」

「そうさエルザ。お前が今食べたのはニンニクだ」

「レディの嫌いなものを無理やり食べさせるなんて・・・ひどいわね」

「偏食は身体に毒だぜ、お嬢さん?」

吸血鬼はニンニクが苦手というのはこの世界でも通じるようだ。
エルザは胸を押さえ苦しんでいるようだ。
この隙にワルドに頑張ってもらいたいが、彼は未だに枝と格闘中である。
・・・分身がもう使えないのが痛いが、ニンニクを食べさせた以上此方が優位だろう。

「酷く胸焼けのする前菜をありがとう、おにいちゃん。ますますおにいちゃんをじっくりと食べたくなったわ」

「誰が前菜が終わりといったよ?」

「え?」

俺は呆けるエルザに向かってストックしているニンニクをもう一つ投げた。
ニンニクは手のひらサイズの為『ホーミング投石』の効果でエルザの口を狙って飛んでいく。
更に今度は食べやすいように四つに分かれて飛んでいる。コレは『分身魔球』の効果だな。
食べやすい大きさのニンニク達は次々とエルザの口の中に入っていく。

「あ・・・ああぁぁぁぁぁ・・・!!」

苦悶の声をあげながらその場に膝をつくエルザ。
ニンニクが身体に沁みて苦しんでいるのか?
どちらにしても弱っている事には違いない。ワルドの動きを追っていた枝たちも動きを止めてしまっている。
そしてその隙をワルドが見逃す筈がなかった。
彼が放った風の槌がエルザの小さな身体を跳ね飛ばし、エルザは交通事故でもあったかのように地面に叩きつけられ数回バウンドして倒れた。
倒れ伏すエルザの身体は時折びくりと痙攣しているかのようだった。

「油断はするな。吸血鬼のしぶとさは並じゃないらしいからな」

ワルドの警告どおりなのか、ボロ雑巾のようになっていたエルザは何事もなかったかのように立ち上がった。
・・・だが、何か様子がおかしい。顔が紅潮し、目が赤く光り、口元からは涎が垂れている。
更にその息は荒く、肩で息をしているのがよく分かるぐらいだ。

「・・・明らかに様子がおかしいな」

「身体が・・・からだがあついの・・・カラダガ・・・オカシイノ・・・」

「明らかにやばくね?なあワルド、ニンニクって吸血鬼が苦手なものなんだよな?」

「う・・・うむ。それは最早常識なのだが・・・」

「そうダヨ・・・わたシは・・・ニンニクがダイキラい・・・だって・・・」

エルザは俺たちに向けて幼女とは思えない酷く淫靡な笑みを浮かべた。

「自分が自分でなくなっちゃう気分にナルンダモノ・・・」

次の瞬間、エルザはワルドに踊りかか、彼の腹に拳を叩き込んだ。
あまりに一瞬の出来事にワルドは反応できず、その拳をまともに受けてしまった。
更にエルザの反対側の手が振り下ろされると、地面から伸びた太い枝がワルドに襲い掛かり彼を岩に叩き付けた。

「か・・・!!??」

ワルドはあまりの痛みに思わず呻いてしまった。
細い枝がその間に彼の身体に巻きつき、ワルドは身動きが取れなくなった。
攻撃はそれで終わりではなくワルドに巻き付いた枝は彼の身体を大きく持ち上げそのまま振り下ろし大地に叩き付けた。
その次は崖の岩肌に、その次は大地に、その次は木に・・・。
ワルドは己に巻き付いた枝によって滅茶苦茶に身体を叩きつけられ、やがてぐったりとしてしまった。

「ワルド・・・!!」

ワルドがやられた状況を目を見開いて見ていたエレオノールは土の壁を解除していた。
それを現在のエルザは見逃すわけもなく、即座に枝をエレオノールたちに対して伸ばした。

「エレオノールさん!」

俺が叫んだのが聞こえたのかエレオノールは即座に厚い土の壁を展開した。
その光景に俺は内心ホッとした。
だが、その安堵もすぐに終わった。
ワルドを屠った太い枝はエレオノールの土の壁など、濡れた紙を突き破るがの如くいとも簡単に貫いた。
何かが叩きつけられる大きな音がする。

「きゃあああああああ!!!」

シエスタの悲鳴が聞こえる。

「おねえちゃん!エレオノールおねえちゃん!」

真琴の悲痛な声が響く。

『相棒!ぼっとすんな!来るぞ!』

喋る鞘の警告で我に返った俺は即座に刀を構える。
その時には既に瞳を真紅で染めた吸血鬼が迫っていた。
無造作に振るわれた吸血鬼の右の手を刀で受け止める。
おいおい!刀に対して素手で攻撃してるぞこの幼女!?

「ウフ・・・」

ただ、哂っただけなのにこの悪寒。
右手が血に染まろうと気にもせずただ笑う。
さながら狂人の笑いに俺は恐怖を抱いた。
視線の端には壁に磔状態にされているエレオノールの拘束を解こうと奮闘するシエスタと真琴の姿が見える。
だがその足元には細い枝が徐々に迫っていた。

「逃げろシエスタ、真琴っ!!」

「「え?」」

俺が叫んだその瞬間、枝はシエスタと真琴の足に絡みつき始めた。

「い、いやあああああああ!!!??」

「あ、あわわわわわ!?」

二人の悲鳴が俺の耳に届くと同時に、目の前の吸血鬼は狂ったように笑った。

「ウフ・・・ウフフ・・・ウフフフ・・・・あはははははははははは!!!!」

そうして吸血鬼は俺の腹目掛けて蹴りを入れる。
だが俺は当て見回りこみで後ろにいく。
俺が攻撃しようとしたその時、人知を超えた速さでエルザは此方に爪を向けた。
・・・コレでは刀を納めれない!居合が使えない!!
攻撃される⇒当身で回り込む
そうして当身を繰り返していく俺なのだが、このままでは当身の回数が・・・!!

そして、その時は訪れた。
エルザの小さな足から繰り出された蹴りが俺の腹にモロに当たったのだ。
蹴られた俺は15メートルぐらいぶっ飛ばされて大木に激突した。
意識が一瞬飛びそうになった。いや、飛んでいた。
体が痛みで動かない。クソ!!
だが、このぐらい全回復すれば回復するんだよね!

両手のルーンが輝き傷を癒していくのが分かる。
だが、回復も終わったその瞬間、再びエルザが俺を蹴り飛ばした。
俺は今度は岩に叩きつけられてしまった。
頭を強く打って気持ちが悪い・・・!!
早く・・早く空気を吸わなきゃ・・・

「う・・・かっは・・・」

息を吸い込んで吐き出す。
だが吐き出した息と同時に何か変なものを吐き出した。
口元を拭うと手にはけして少なくない量の血がついていた。
血を見た瞬間吐き気を催した俺は、鉄の味がするのも構わず唾を飲み込んだ。
喉の奥から血がこみ上げていく感覚だ。動くと全身が俺のいう事を聞かない。
視界に小さな足が見えた。その足が一瞬見えなくなると大きな衝撃と共に俺は空中に放り出されて地面に叩きつけられた。
意識が混濁している。何かが見える・・・。

威風堂々と佇むジョゼフが。
父を思って泣き叫ぶ姫さんが。
皮肉たっぷりの表情をしたジュリオが。
読めない表情をしたヴィットーリオが。
呆れたような視線のレイナールが。
恐ろしい笑顔のカリーヌが。
不敵な様子のゴンドランが。
口げんかをしているエレオノールとカトレアが。
傷塗れのアニエスが。
生徒達を守る魔法学院の教師達が。
マチルダに耳を引っ張られるワルドが。
笑いあっているニュングたち三人が。
彼女をくれと暴れるマリコルヌが。
捕らわれの部屋で泣いているタバサが。
やれやれといった風に肩を竦めているキュルケが。
子ども達と歌を歌っているテファが。
こちらに向けて鳴いているテンマちゃんとハピネスが。
仲睦まじく寄り添いあうアンリエッタとウェールズが。
一人手持ち無沙汰にしているベアトリスが。
恋人に追いかけられているギーシュが。
料理を運んでくるシエスタやマルトーたちが。
母にどつかれる父が。
此方に笑顔で手を振る瑞希と真琴が。


・・・走馬灯か?縁起でもないだろうよ。
大体皆、俺の評価を上げ過ぎだろう。
それほどの事をしたと人は言うがこっちは必死だっただけなんだ。
逃げて守って利用して・・・男として情けないったらありゃしないじゃん。
見える・・・俺をこの世界に連れてきた奴の姿が・・・。

『タツヤ、アンタは私の宝物よ』

うるせぇ、バーカ。恥ずかしいこといってんじゃねぇよ。

『むきー!!人が折角誉めてるのにいいいい!!!』

消えていく姿は最後まで怒っていた。
悪いな、ルイズ。本当に恥ずかしいのでつい。
しかし、いよいよ年貢の納め時なのかな俺も・・・。
身体は痛むはずなのに感覚をあまり感じない。頭もぼんやりとしている。
何かが抜け落ちていく。あと少しで決定的になる何かが・・・。
その時、また何か見えた。
少女の足だった。

『あきらめないで、たーくん』

――――え?

『たーくんはまだやることがあるでしょ?』

――――お前は。

『わたしができないことをたーくんがやるんでしょ?』

――――お前は――

少女の足が消える。
そして俺は見た。
俯き泣いている少女がそこにいた。
少女はやがて成長しても泣いていた。

――何、泣いてんだよ。

少女・・・三国杏里は顔を上げ、何やら此方に来て悪態をついている。
声は聞こえない。いつもこの文句は聞き流している。
どうせ誰のせいだと思ってるんだみたいな事を言ってるんだろうな。
すまない、杏里。俺、挫けそうだったよ。
そうだよな、俺、お前の恋人だもんな。
お前のもとに生きて帰んなきゃいけないよな。
例え戦争だろうが特攻隊所属だろうが魔法世界で吸血鬼と戦おうが関係ない。
俺はどんな事があっても・・・生きて帰ると決めてる。
そうさ、真琴も連れて帰ってやるよ。絶対にだ。

約束は守るよ。

妄想の産物かもしれない。
いや、走馬灯だから確実にそうだろう。
だが、消えていく杏里は確実に笑顔だった。


意識がハッキリすると同時に猛烈な痛みがこみ上げる。
そうだ。意識が戻っても状況は最悪に近い。
身体は相変わらず動かないし、口からは結構血が流れてしまった。
瀕死の状態であるのは変わらないのだ。

『相棒、相棒!気付いたか!?』

喋る鞘が今まで俺に呼びかけを行なっていたようだ。
気付いたけど状況は最悪だぜ、相棒。

『相棒、確かにニンニクは吸血鬼が嫌いな食べ物だというのは大正解だ。だがあの様子を見て俺は推測したんだが、どうやらニンニクは吸血鬼にとっては人間でいう酒と似たような効果があるようだ!人間は酔うと理性が吹っ飛ぶ状態になる事があるだろう?酔った勢いの過ちとかよくある話だが、吸血鬼にとってニンニクは理性をすっ飛ばす食べ物だったんだ!吸血鬼は妙に自尊心は高いからな。理性を飛ばす食べ物を嫌う筈だぜ!今のアイツは本能に従って行動してる酔っ払いだ!』

吸血鬼の好物は若い女の血という。
成る程、正気を失ったエルザはゆっくりと真琴たちのほうに近づいている。
血は若ければ若い方がいいという・・・
彼女の赤い目が射抜いていたのは枝によって動けず涙目の真琴だった。

「ウフ・・・ウフフ・・・」

ワルドもエレオノールも重傷を負って気絶している今、意識があるのは俺と錯乱しているシエスタと恐怖で泣きそうになっている真琴だ。
あの野郎・・・真琴の血を吸ったらシエスタ、エレオノール、ワルドと来て俺を殺す気なんだろう。

「させ・・・るかよ・・・!!」

気を抜けばすぐに気絶してしまうほどの痛みに耐えることが出来るのはどうしてだ?
決まっているだろう。大切な妹が襲われようとしているのに暢気にオネンネなんて出来ない。
分かってるだろう俺?死んだらいけないんだぞ?
分かってるさ俺。だけどこのままじゃ死ぬよりキツイ光景が待ってると思うから・・・!!
そうならないために人は・・・俺はここで痛みに耐えて踏ん張って頑張らなきゃいけないんだ・・・!!
俺が暢気に気絶していたから亡くなった命もあるじゃないか!!
だから・・・だから・・・普通は動かん身体でも無理を押して動かすんだよ!!

「待ちやがれ酔っ払い幼女!!」

渾身の力を振り絞って俺は叫んだ。
口からまた血が零れる。
その声が届いたのか、エルザはゆっくりとその顔を向ける。
・・・テメエを酔わせたのは俺だしな、責任は取ってやるさ。

「タツヤさんっ!!」

「お兄ちゃん!」

俺の声を聞いて安心したかのような顔で二人が叫ぶ。
・・・戦うのは相変わらず嫌いだけど、誰かの希望になるってのも悪くない気分だな。
なんだか死亡フラグ満載の心情だが、死ぬ訳にはいかないからそんなもの叩き折ってやる!!
俺は刀をゆっくりエルザに向けて言った。

「エルザ、確かによ、人が動物や植物を食べるのとお前が人の血を吸うのは食事として変わらないし悪とは言えないだろうな・・・だが・・・!!」

俺はゆっくり刀を構えて言った。

「そいつらを・・・真琴を傷付けようとしたお前は俺にとって極悪でしかないんだよ!」

精神が高揚していくのが自分でも分かった。
そう、分かったが故に―――

『気力が最大値に達しました』

俺の両手が眩く輝き―――

『所持アクセサリ『水精のサファイア』の効果、発動します』

水の精霊から貰った精霊石が呼応するかのごとく青白い光を放ち始め――

『効果により――』

やがて俺の視界は光に包まれていき――

『水精の加護を一時会得致しました』

やがて光は水飛沫の如く弾けた。
燃え尽きたマントは再生し青く輝き、衣服は常に波打つようにうねっていた。
その身体はびしょ濡れで常に水が滴り落ちていた。
目は怪しく光り、黒い髪は艶々透明感抜群。
更に弾けた光が彼の同体に集合し水の鎧と化した。
そして持っていた刀の刀身がぼんやりと青白く輝き始めた。
最後に彼は一瞬目を閉じ開く。
その瞳はラグドリアンの湖の如く青く澄んでいた。

「・・・うおおっ!?何じゃこりゃあーーー!?」

俺は突然変わった自分の姿に動揺を隠せなかった。
なんか液体に包まれたような感覚はこの鎧の中心にある水精のサファイアのせいだろう。
・・・正直衣服が濡れて張り付いて気持ち悪い事この上ない。しかも何かうねってるし。
髪質が何故かよくなった気もするのだが、正直何の意味があるのか。

『そりゃこっちの台詞だぜ相棒!?一体どうなってやがるんだコレ!?』

喋る鞘も大混乱中である。
そういえばさっきから喋る刀は喋らんな。
青白く輝いてるし何か能力でも備わったのかな?

「オイ、喋る刀。調子はどうだ?」

『いやん♪私と達也君の仲なのにそんな他人行儀な♪』

何故かキャラが迷走していた。

「オイ、どうしちまったんだよ!?村雨はもっと後輩根性丸出しだろう!」

『今の私は村雨なんていう基本人格じゃないんですよ達也君!私は貴方の守護女神ともいえる存在のフィオさんですよ!』

「オイ、デルフ、参ったぜ。この刀悪霊が憑いてやがるぜ」

『特に珍しい話じゃねえしな。捨てれんのか?』

『捨てるだなんてとんでもありません!!私と達也君は例え命尽き果てようとも離れられぬ存在!言わば一心同体にしておしべとめしべが最初からくっ付いている関係と言っても過言ではないのに捨てるとは何事ですか!』

「過言過ぎるわ!死人の分際で何で刀に憑いてんだお前は!」

『私もよく分からないんですけど分かる事が一つだけあります』

「何が?」

『愛の力です』

「バカは死んでも治らんのかお前は!?」

『愛は不滅です』

俺の手に刻まれているルーンがチカチカと光っている。
このルーンの中で見守ってるみたいな事言ってたなそういえば。
あまりに一方的な愛の力に俺はげんなりしそうだった。
が、その時立ち上がった俺に攻撃をする為かエルザが猛獣のような勢いで俺に襲い掛かった。
あまりの速さに防御が間に合わない!
エルザの手が俺の胸を貫かんとする。
その手はいとも簡単に鎧を貫き、俺の肉体を通り、エルザはそのままの勢いで俺の反対側に移動した。
ハイ、俺は平然と立っている。・・・ん?
俺が振り向くとエルザはもう一撃を俺の鳩尾目掛け殴りつけた。
エルザの拳は俺の身体に吸い込まれ、反対側に飛び出た。
ちなみに全然痛くないです。・・・あれ?

エルザは俺を警戒するかのように飛びのき、睨みつける。
・・・いや、何がどうなっているのかさっぱり分からんのは俺もだ。
俺が首を傾げそうになっていると刀・・・フィオが予想を言った。

『コレは予想なんですが・・・今の達也君の身体って・・・水の精霊と同じ状態になってるんじゃないですか?』

「は?」

『いやつまり、水精の加護だから体が水精と同じになっちゃったと。水の身体なんですよ今。水に打撃は無意味ですし』

「クラゲより身体の構成が水分状態になったのか!?」

『100%純水人間なんて素敵です、達也君』

『だがそれって血とか吸われたら身体縮むんじゃないかね』

余計な事を言うな喋る鞘。
確かに今の俺の身体にストロー刺して飲まれでもしたら・・・想像したくない。
と思ったらエルザはすぐに牙を向き出しにして俺に噛み付いた。

「た、タツヤさーーーーん!!!??」

シエスタの悲鳴が響く。
やべ、一瞬の事で対応が遅れた。
・・・だがエルザは俺の首に牙を突き立て血を飲んでいるはずなのに俺は全く平気なんだが。
やがてエルザは困惑した様子で俺から離れた。

『どうなってやがんだ?』

「さあ?」

『達也君、デルフさん、コレは達也君が簡易的な水の精霊化したことによって起こる事ですが・・・恐らく今の達也君の血は真水であり吸血鬼にとっても食料にはなり得ない事が考えられます』

『だがしかしそれでも飲まれてんだから何かしら不調はあるはずだろうよ』

『そこです。今の達也君は簡易的な水の精霊です。なので自然界における水は基本的に達也君の味方です。達也君の力に極力なるように努めるでしょう。ただでさえ水の精霊というのは穏やかで情に厚いですし。それゆえ今の達也君を構成する水分が失われる時、即座にそれを補給する措置が取られていると思います。つまり達也君が血を吸われている間、大気中の水分及び地下水を吸収しているから達也君自身はなんともないんですよ!』

『なんだと!?本当なのかフィオ!』

とりあえず吸血されない事は分かった。
だがそれは防御が良くなっただけで、状況が良くなったわけではない。
向こうの方が速度は速いし・・・居合では効果的なダメージは与えられない。
水で効果的なダメージと言うとまず窒息か?

『とりあえず今の達也君があのチビッコ吸血鬼の口を手で塞げば溺れさせる事は可能と思いますけど・・・』

「そこまで近づくのに苦労するか」

何か衣服が水を吸っているのか普段よりやや動き辛いのが今の状況だ。
そのせいで反応は遅れてるし、隙も結構あるようだ。

『他に水で出来る事に思い当たりませんか、達也君?』

青白く光る刀、フィオは俺に考えを聞こうと意見を求める。

「・・・魔法では水魔法が怪我人の治療に秀でてるらしいけど、今の俺はそういう治療できるのかな?」

『出来るも何も普通の魔法より質の高い治療が出来ますよ多分。だって今は達也君は簡易的ですが精霊と同じ状態ですから』

『本来の精霊なら触れずに治療も可能なんだが、今のお前さんが本当に精霊みたいなモンなら最低でも触れなきゃならんだろうな』

とりあえず治療はできる身体だという事か。
防御に加えて回復もできると来た。ここまではコレまでの能力でもありそうなものだ。
後は水でできる攻撃か・・・。
威力がありそうなものといえば消防車とかが使うホースからの放水だ。
・・・うーん、だが放水する仕組みが分からんとできないオチだろうな・・・。
とにかくコレは保留だ。かめ●め波みたいに撃ちたいなとは思うけどな。
そういえば水でモノを切る事のできる技術があったよな。

「よし・・・」

『何か考え付いたんですか?』

手に対して集中力を高める。
手に流れる水の流れが圧縮され細くそれでいて激しくなっていく感覚がする。
手自体が鋭い剣に、指先が鋭いナイフになるかのごとき感覚・・・。
そうなる為の水の流れを俺は作らんと集中していた。
まだだ・・・まだ足りない・・・体中に水分が蓄えられる感覚がしている。
身体の水分が指先に集まる為自動的に補給されるのだ。
どうせ身体が水なんだから失敗しても痛くはない!

「今度は俺の番だ!エルザ!!」

研ぎ澄まされた集中が指に集まる。
それを目の前の吸血鬼に向かって一気に解放!!

「シャォッ!!」

振りぬいた手刀はエルザに炸裂するが・・・

「あれ?」

結果はエルザの服が濡れただけだった。

「・・・・・・・失敗か」

『お前は何をしたかったんだ、相棒』

所詮南●水鳥拳は俺しきの腕では会得できぬ代物だったらしい。
いや、スパッと切れたらカッコいいなーと思っただけなんですけど・・・。
あ、やべえ、集中切れたらなんだか尿意が・・・。
水分を補給しすぎた弊害が来てしまったのか俺の水分100%の身体は大量の余分な水の出口の解放を所望している。
俺の焦りが見えてしまったのか、エルザは俺に向けて無数の枝を向けてきた。
枝は俺にからみつこうとするが・・・どんどん枯れていくのだが。

『植物攻撃で大方達也君の水分を奪おうとしたんでしょうが多分、逆に枝の水分を吸い込んだんでしょう・・・あれ?達也君顔色悪いですよ?』

さて問題です。
膀胱決壊寸前に水分を取る事はよい事でしょうか?
断じてNoであると言わせてもらいたい。
俺の尿意は最早限界突破が時間の問題である。
だが待て、こんな所で小便など・・・ん?小便?

「エルザ・・・」

俺は呻きにも思える声でエルザに優しく言った。

「お前に同情はしないからな」

俺は濡れたズボンの股間のチャックをゆっくりと開き・・・

『え、達也君・・・』

「ダムが決壊する前に放水開始!!」

そのままの勢いで立小便を開始した。

猛烈な勢いで俺の精霊化した息子から水が飛び出す。
その威力は明らかに消防のホースのそれを超えていた。
故にエルザはその水流の威力に負けてしまいそのまま岩まで後退させられ、岩を背に純水の尿の放水をぶっ掛けられ続ける状態となった。
・・・一つ予想外だったのは尿によって排出される水分を補給される為俺の尿は精霊化が解けるまで全く終わらなかったということだ。
俺はその結果時間にして13分ほど丸出しであり、その間ワルドを回復してエレオノールの傷の手当てを丸出しのまま頼んだりやることはやった。
エルザは初めは抵抗していたがあまりの水の勢いに次第にぐったりして動かなくなった。

やがて精霊化が解けて俺の立小便も終わり、俺はズボンにジュニアをしまい、汗を拭う素振りをして言った。

「ふう、スッキリした」

『そりゃあんだけ出せばな』

「吸血鬼とはいえ幼女に放尿プレイとは鬼畜の所業だな貴様」

この光景を見せないように俺はシエスタたちの死角でやっていたのだが、放尿途中で復活させたワルドや喋る鞘は無論見ていたわけだ。
アホらしいといった表情のワルドは気絶しているエルザを縛り上げている。
それを見た俺はワルドに言った。

「幼女相手に縛りプレイとは外道の所為だな妻帯持ち」

「やかましい!!」

などと言いつつワルドは手早く猿轡をエルザに噛ませている。
妙に手慣れているな?嫁相手にやってんのか?

『ま、死ぬかと思ったが・・・』

「ああ、方法がどうだろうと、勝ちは勝ちだ」

全ては杏里のもとに帰る為・・・俺は恥も外聞も捨てて帰るために頑張る事を心に改めて誓うのだった。


(続く)


・な、なんて勝ち方だ・・・。



[18858] 第143話 賞味期限というよりラベルの偽装
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/11/08 10:29
ガリアを騒がせていた吸血鬼はこの幼い娘であった。
この娘にワルドやエレオノールは叩き伏せられてシエスタと真琴は危険に晒された。
今は縛られ猿轡を噛まされている状態だが、俺はこの吸血鬼の処遇をどうするべきか考えていた。
ワルドは殺すべきと言い、エレオノールは実験用に捕獲と言い、シエスタは俺に任せるといい、真琴は殺すのは駄目とか言ってます。

「・・・っていうかコイツ吸血鬼で生命力高いんだろ?どうやって殺すんだ?」

「火竜山脈の活火山の火口に放り込めば確実だ」

真顔でワルドはそう言う。
まあ、やたらカッコつけてやられたから私怨も入ってるんだろう。
なんとも器の小さな男で困る。その辺をゴンドラン爺さんにつけ込まれてるんだろう。

「それに実験動物として保護といっても吸血鬼を抑えられるんですか?」

「やり方は結構あるけど聞きたい?」

「・・・・・・いえ」

黒い笑みを浮かべるエレオノールが非常に怖い。
魔法研究所が何を調べているのかは知らんが実験動物という響きから碌な目にはあわんだろう。
何かマッドな奴もいそうな感じだし・・・。
そういえばゴンドラン爺さんはそこの偉い人じゃねーか。
・・・・・・この吸血鬼の不幸な末路が思い浮かぶのは確定的に明らかである。

「で、シエスタは本当に俺に判断を任せて良いのか?何か文句とかないのかい?」

「主の意見を立てる私は非常に優秀なメイドとは思いませんかタツヤさん」

「俺は君の意見が聞きたかったのにそれを俺に丸投げとか軽い失望感を覚えました」

「私の判断が間違っていたというのですか!?そんなバカな!!?」

大体意見を聞いてるのに俺の判断に任せるという意見は論外だろう。
殺さないで欲しいとか言ってる真琴未満じゃん。

「お兄ちゃん・・・」

真琴はただ俺を見つめている。
見た目は自分と同じ歳ぐらいの女の子をこうして拘束しているだけで心を痛めているのであろうか?
だが生かすにしてもどう説明するんだ?
生かして解放とか論外すぎるだろうよ。そもそも放っておいてこういう騒ぎになってるんだよ。
村や町を壊滅する力があるから退治を頼まれてるのだ。そう考えるとワルドの意見が最もまともである。
この村においておくのは無論論外だ。俺たちが戻るのは吸血鬼を退治した時なのだ。
とはいえエルザが犯人だったんだよと公表すれば公開処刑は免れない。
人間と吸血鬼、どちらも生きる為に行動しているのに敵対するしかない関係である。
エルザ本人も言っていた。メイジに両親を殺されていると。
彼女は生きて野放し状態ならばまたメイジを優先的に狙う活動をするのだろう。
この村に留まらなくても別の村で吸血鬼騒ぎが起こるだけじゃないか。

「で、お前は結局どうするのだ?この吸血鬼の実力は分かったろう。このような性質の悪い輩は危険だということもな」

「見た目は幼女だけどここにいる面々より長生きな分したたかだし、教育等で変わることは期待しない方が良いと思うわ」

「でも、それでも殺しちゃうのは・・・!」

「コイツは既に幾人もの人間を殺し、その屍を利用し更に被害を増やしていった。そのような者に同情は無用だ」

ワルドが真琴の意見を切り捨てる。
いや、お前も一応何人もの人殺してるよね。
レコン・キスタは屍も利用したよな?

「ほう?ワルドそりゃあ元レコン・キスタの人間としてのお前が言える立場かよ?」

「俺は一般論を述べたまでだ」

「帰ったらゴンドラン爺さんに同情ナシの仕事を課せと言っとくか?」

「貴様汚いぞ!?」

「同情は無用ですって言ったのお前やん。なら温情措置をあまりかける必要もなくね?」

「なくね?じゃないよ!?今の発言ナシ!例外もありうる!」

「この髭保身に走りましたよお姉さん。どう思います?」

「ワルド、語るに落ちたわね!大人しく母様の前に生贄として立ち、私を守りなさい!」

「アンタも保身に走りまくってるではないか!?俺には妻がいるんだ、命を投げ出すような真似はもうしたくないわ!」

「ねぇそれ嫌味?私にはそういう守るべきものが何もないから命を投げ出しても良いじゃないとか言いたい訳?きぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

エレオノールが癇癪をおこしてワルドの首を絞める。
ワルドは顔を青ざめさせて抵抗しているがエレオノールの剣幕に押され泡をふきかけていた。
その様子を見てもなお、心配そうな目で俺を見る真琴の頭を俺は撫でた。
俺の肩の上にいるハピネスは大きな目で俺を見つめていた。
その視線は俺がこの吸血鬼をどうするのかを見極めているような視線だった。

「決めたよ」

俺がそう言うと皆の視線が集中した。
俺は刀を抜きエルザの首元に突きつける。
真琴の息を飲むような様子が見えたその時、気を失っていたエルザがゆっくりと目を開けた。
縛られ、猿轡を噛まされ、更に包囲されて刀を突きつけられているこの状況で彼女に打開策もある訳もなく、ただのガラス球のような空虚な視線をただ俺に向けていた。

今まで彼女は食事と称して人間を嬲り殺しにしている側だった。
それが今はどうだ。彼女は嬲り殺しにされそうな状況ではないか。
動く事も喋る事も叶わず喉元に刃物を突きつけられ首を刎ねられようとしている。
自分がやっていたのは食事。人間だって他の動物を食べて生きながらえているじゃないか。
それを他の動物は食べられて幸せなんて下手な正当化をして、他の動物が自分達を食べるのは悪としている。
こんなふざけた事がまかり通って自分は殺されてしまうのか?
人間の敵とかいう人間が勝手に決めた理由で私は殺されるの?
エルザはかつてそれで殺されそうになった。忘れもしないあの人形のような少女。彼女に焼かれ殺されかけたのだ。
そして今度は首を刎ねられようとしている。今度はメイジではないが貴族であるこの男に。

『真琴を傷付けようとしたお前は俺にとって極悪でしかないんだよ!』

・・・嗚呼、そうか。
この男は自分にとって大切な人を自分に傷付けられようとしたから自分を悪としたんだっけ。
・・・ならば私だってそうだ。
大切な両親を殺したメイジは自分にとっての悪。
ならばメイジを積極的に殺している自分はその悪を排除しているだけ・・・そういうことなのではないのか?
悪を排除して何が悪いと言うのか?人間の戦争だってどちらもどっちなのに一方を悪と断罪して戦ってるじゃないか。
・・・なら、私はこの男にとっての悪なら・・・殺されても仕方ないのか・・・?
エルザはそんな事を思いながら達也をじっと見た。
他にも無数の視線を感じる中、彼女は達也を見ていた。
肩にハーピーの子どもを乗せて彼は自分を見下ろしていた。
戦いには勝者と敗者が存在し、勝者の意見は敗者は覆す事はできない事はエルザも分かっていた。
自然界での敗者の末路は死。
いよいよ来るべき時がきたのだ、とエルザは感じたのだった。
間抜けな最後だと思う。完全な水とはいえどう考えても尿を浴びせかけられ気絶し自由を奪われ首を刎ねられるとは。
口をふさがれ身動きも取れない。抵抗の仕様もないし命乞いも出来ない。
いっそ一思いにやって欲しいなと思いながら、彼女は終わりを覚悟した。

人が本当にわかり合う事ができるのならば戦争など起こりようもない。
人間関係など妥協と譲歩と探りあいなどの集合体である。
俺がルイズと何とかやっていけるのも杏里と恋人関係になれたのもそんな要素が絡んでいると思われる。

まあそんな難しいもん俺はよく分からんのだが外交とかその探りあいが重視されてるんじゃないかと思う。
その探りあいで優位に立てたほうが人間関係も外交でもリードできるってことらしい。
まあ確かにやたら友達になりましょうとかいう奴は不気味だし、俺とルイズも最初は寝首を掻こうとして返り討ちにあわせるような間柄だった。
だが小さく純粋な子ども達には本来そういう考えは通用しない。
彼らは好きなものは好きで嫌いなものは嫌いという事をはっきり言う。
年を取るにつれて嫌いな理由とか好きな理由とか理屈っぽくなっていくのは成長の証なのか或いは・・・。
まあ人類の思想やら進化を俺が語るなど傲慢にも程があるな。やめよう。

さて、このエルザの目から察するに彼女は死を勝手に覚悟しているようだ。
ワルドなんかは既に殺す気満々だし、エレオノールやシエスタは俺の判断を黙って見ている。
唯一真琴が唇を噛み締めて俺を見ている。
・・・いや、肩に乗っているハピネスの脚が捕まる強さが増している。
正直痛いのでそんなに力を入れなくていいから。

「ワルド」

「何だ」

「今一度確認するけどさ、俺は男爵位貰った貴族だよな?」

「ああ。認めたくはないがな」

「エレオノールさん」

「何よ?」

「そもそも領主クラスの貴族の屋敷ってどのくらい給仕さんっているんですか?」

「・・・個人差はあるけど最低でも10人はいるわよ?」

「なら全く問題ないな、シエスタ!」

「え!?何で私なんですか!?」

俺はうろたえるシエスタを他所に言った。

「このロリ吸血鬼を俺の二人目のメイドにするから!」

「何だと!?」

「ええ!?」

「タ、タツヤさん!?本気なんですかというかどうしてですか!?私のご奉仕が不足だとでもいうのですか!?だから言ってくださればそれこそ下の世話でも何でもする意気込みの私だけじゃご不満なんですか!?」

「下の世話はせんで宜しい!」

「クソっ!!」

悪態をつく我が専属メイド。何がクソだおい。下品だろうが。

「その前に吸血鬼を側に置くなど正気の沙汰とは思えん!人間と絶対相容れんと言われているのに・・・」

「相容れんとか言ってたエルフと前ガリア王はちゃんと交流できてたじゃん。それになワルド」

俺は刀を納めて呼吸を整えて言った。

「敵を引き込むなんてことは今にはじまった事じゃねえじゃないかよ」

「む・・・」

「私は正直身の危険を感じるから反対ね。おちおち屋敷で寝られもしないから」

「アンタはいい加減そろそろ実家に帰るべきでは?」

「い、嫌よ!帰ったら嫌に清々しい笑顔のカトレアに迎えられて勝手に仲間宣言される事が目に見えているわ!!」

「で、でもタツヤさん!その子が夜な夜なド・オルエニールの皆さんを襲うかもしれないじゃないですか!」

シエスタの抗議にはワルドは苦々しげに答えた。

「・・・夜な夜な?そんな事は不可能だ。夜中一人で出歩けばあの領地は蚯蚓とか土竜とかに遭遇する可能性が高いし、第一畑の警備の者が多数いるのにこんな幼女が歩いていれば直ぐに保護されてしまう・・・夜中の婦女子や子どもの出歩きは基本禁止だからな」

「俺が言うのもなんだがあそこは魔境だからな」

テファには悪いがそんなところに孤児院があり、ちゃんと経営が成り立っているのはマチルダや領内の皆さんのご協力があってこそです。
最近は魔物の扱いに長けたジュリオも来たし、徐々に人が増えている。
巨大蚯蚓が暴れ、巨大土竜が跋扈し、人々が逞しく、子ども達はのびのび暮らしているド・オルエニールに今更幼女の吸血鬼が増えた所でどうだというのだ。
むしろプロデュース次第では永遠の幼女キャラで売り出してそっち方面の人々の女神的扱いにも出来るんだぜ!やらないけど。
公爵家の娘のルイズが何をどう間違ってか、人気のキャバ嬢(?)になったこともあるじゃん。
そう考えれば吸血鬼のメイドなんてありふれてんじゃない?特に俺の故郷では。嗚呼、素晴らしき日本民族!
問題は吸血についてだがワインかトマトジュースで誤魔化せ!塩分濃い目で。駄目なら土竜か蚯蚓の血でも吸っとけ!

「何を言っているのか分からんという顔をしているぞ?」

俺を見つめるエルザの瞳に困惑の色が見えている。
そりゃそうだろう。殺されると思っていたら自分を給仕にすると言い出したのだから。
人を欺き人を殺してきた自分を知った人間が取る行動ではない。
俺は構わずエルザの猿轡を外した。

「どういうつもり?逃がすなら兎も角、吸血鬼を側に置いておくと言うの?」

「逃がすという選択肢はないね。逃がせば別の村で吸血騒ぎを起こすんだろうお前は」

「どうして私を殺そうとしないの?おにいちゃん言ったじゃない。私を悪だって。人間は悪人を殺すのはいいんでしょう?」

「悪だから殺すとは一言も俺は言ってないんだが?」

「でも人間と吸血鬼は」

「共存できない?」

「正体を知ったからには生きて行けないでしょう?常識じゃない、ハルケギニアでは」

「残念だったなぁ、エルザ。世の中には例外もあるという事さ」

「・・・あなたたちは私を殺しに来たんじゃないの?」

「退治しに来たな」

「なら」

「お前の生殺与奪の権利はこちらにあるしな。それに吸血鬼退治の任務は完遂した」

「・・・私は生きているのに?どう説明するのよ」

「お前さんぐらいの歳の給仕ぐらい世の中には結構いるんだよおばさん。何、村の人にはこの髭が給仕としての見込みがお前さんにあると判断したとか何とかでっち上げて連れて行くさ。吸血鬼は灰にしたからもうでないとか言って安心させたあとにな」

俺はワルドを指差しながらそういった。
ワルドは頭を抱えていたが無視した。

「どうして・・・そこまで・・・同情でもしたの?」

「するかなんちゃって幼女。こちとら人材が欲しいんだ。この際吸血鬼だろうがエルフだろうが話が通じるなら何だって構わん。エルザ、こういう形で大変申し訳ないが、お前の命は俺が預かる。お前は俺の屋敷の警備のメイドとして雇う。不届き者が領内に現れたらそいつの血を吸ってもいいぞ?」

ゴンドラン曰く最近密偵らしきものが領内をうろつき蚯蚓や土竜に襲われ畑が荒され迷惑しているらしいからな。
そういう奴が来て領内を荒すというなら此方にも対応策が必要だ。
領内の事は毅然と対応すべきである。それが領内の治安を守るための最善の策だろうと思う。
そういう奴を追い払うのと俺の屋敷の警護及び巨大生物から領内の女子どもを守る役割も果たしてもらいたい。
この領内に仕事を求めて無断で入る奴は皆無だ。何せ散々事前連絡ナシでの訪問はお断りしているからな。
基本アポなしで面接できるほど無用心ではないのだ。
まあ、行動力がヤバイエレオノールやカリーヌやらは無断で領内に入ってそうだが。

「同情とか殺されそうになった相手に感じるほどお目出度い思考はしていないぜ、俺は。ただ、今欲しい人材がお前だっただけだよ」

「・・・」

ワルドとマチルダの時もそうだった様に必要な人材が目の前にいればそれまでの立場がどうあろうと採用するのが当領地の人事である。
そこは非情のビジネス戦略(笑)の筈だったのだが何故か現状は和気藹々としている。コレは妙である。

「・・・わたしは人間をいっぱい殺してるのよ?危険とは思わないの?」

「思う」

即答である。

「おにいちゃんってバカ?ならどうして・・・」

「お前はそこの真琴が危険人物と思うか?真琴も一応牛とか豚とかの肉を食べてきてるんだぜ?お前は言ったよな?吸血鬼の吸血は食事で生きる為に必要だと。それ自体は悪の行為じゃないとお前は自分で言ってたじゃん」

「でも私が吸血したら人は死ぬわ」

「馬鹿か貴様。それはお前が吸いすぎなだけだろうこの偏食女。ちゃんと肉も野菜も穀物も食え!足りない鉄分はミルク及びレバーで補え!あとそれっぽい飲み物を
飲め成人ロリ!その代わり土竜の血は飲んでいいといっているんだよ」

「嫌よ、私人間の血がいいもん」

「貴様高級志向だろうがセレブ気取りは許さん。庶民の味は時に高級料理を超える!」

「土竜の血が庶民の味なんて聞いた事ないわ」

「そりゃそうだ、適当に言ったんだから。そもそも貴様のような卑劣な鬼畜外道は土竜の血で十分だ」

「ならお前の食べる料理も土竜の血で十分だろう」

ワルドが帽子を直しながら言った。
そっくりそのままお返しします、その言葉。あと俺に吸血衝動とかはないから。
この勧誘ははっきり言って賭けなのは分かっている。
吸血鬼が大人しく人間の庇護下におさまるなんてハルケギニアの常識では考えられない。
だけどよ、テファはエルフと人間が分かり合えた結果の産物じゃん。
子どもを作るとまでは絶対無いがエルフと人間でそこまでやれたんだから人間と吸血鬼がそれなりにいい関係で暮らせる場所があってもいいじゃん。
宗教上の理由?馬鹿を言うな!俺たちが祭ってる神様はブリミルじゃないだろう!ブリミル教の教えなど知らぬ存ぜぬ!

「ぴぃ・・・」

ハピネスが軽く鳴いて俺に頬擦りしてきた。
その表情は嬉しそうだった。
どうやら彼女は俺の決定を気に入ったようだった。

「エルザ、分かり合おうとは言わない。俺たちはなんせ歩み寄ってすらいないんだからな」

俺は一気に刀を抜き、エルザを拘束している縄を切断した。

「お前のこれからはお前が決めろ。戦うなら今度はワルドの意見が反映される。逃げるなら今度の刺客は恐らく優しくないぞ?何せお前の容姿は報告するからな。だがメイドになるならそれなりに譲歩はしてやるよ」

「・・・選択肢はないようなものね・・・」

エルザは目を閉じた。

「わかった。元々わたしはおにいちゃんにまけちゃったんだもん。わたしの命はもうおにいちゃんのものよ。煮るなり食べるなりすればいいじゃない」

「た、食べるなりですって!?破廉恥な!?」

「お前が言うのかシエスタ!?」

「食べたら完全に腐れ外道だなおい」

「外見はロリでも中身が腐ってるとでも言いたいのかワルド?」

「誰がそのような賞味期限偽装のような事を言ったか!?」

「あら、おにいちゃん?わたしは永遠に食べごろよ?」

「黙れ売れ残り」

「それは私にも喧嘩を売っているのかしら?」

エレオノールが暗い目をして俺に迫っていた。
俺は冷や汗をかいて彼女に言った。

「い、いや、そんな事はないよなワルド!」

「そうだな、エレオノール様はもはや産業廃棄物・・・ではなく瑞々しい果実ぐほぁ!?」

哀れワルドはエレオノールに殴り飛ばされた。
まだ三十代にもなっていない女性に産業廃棄物はないだろうよ・・・。

「タ、タツヤさん!私は今が旬で食べごろです!」

「そっか。じゃあそういう事でエルザは今日から俺のメイドね。帰ったら服のサイズを測るんでよろしく」

「おのれエルザ!貴女のせいでタツヤさんと私のいけない主従計画が破壊されてしまった!!」

どんな計画だそれ!?
あと人のマントで涙を拭くのは辞めてもらえませんかシエスタさん。
エレオノールさん、ここは人の家ですから勝手にお酒を持ち出して飲まないように!

「やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだ!」

真琴が満面で可憐な笑顔を浮かべ訳の分からん事を言って抱きついてくる。
肩の上ではハピネスがぴーぴー鳴いている。
お前ら騒ぐなよ・・・一応まだ夜明け前なんだぞ?
一気に日常の空気に戻った俺たちを目を丸くして見ていたエルザに俺は気付いた。

「エルザ」

「・・・何?」

「土竜の血はマジで飲めよ?」

「冗談じゃなかったの・・・?」

冗談だと思っていたお前の神経を疑う。
こうして俺たちはイザベラからの任務を一応遂行したのだった。
報酬は結構なお金(予定)と吸血鬼の幼女(詐欺)だった。
得したのかどうかは分からないが、何とかなった。
後は王宮で任務完了の処理してトリステインに戻るだけだ。
・・・カリーヌが帰ってればいいんだけどなぁ・・・。

その前に姫さんが余計な任務を追加していなければいいのだが。





(続く)



[18858] 第144話 ごーじゃすなマイステージ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/11/10 17:06
吸血鬼騒ぎも落ち着き、俺は任務の終了をイザベラに報告した。
イザベラは俺たちに労いの言葉を掛けたが、何やらいいたそうな表情をしていた。

「・・・気のせいかしら?マントの色が変わってない?」

俺のマントはタバサやイザベラの髪の色のような水色になっていた。
もともとのマントは黒っぽかっただけにこの変化は目立つのだろう。

「実は吸血鬼退治のときに燃えちゃいましてね、焼け焦げたままなのも格好がつかないから素材が同じマントを買ったんですよ。この色は姫のガリアと俺の友好の証のようなものと受けとってください」

「友好の証ですって?」

イザベラは訝しげに言う。
ガリア王家の皆さんは何故か髪の色が水色っぽいと感じた俺の発言だがだからと言って友好の証とか大嘘である。
トリステインから頂いたマントを燃やしたりしてしまったら普通は申請するなどして後、改めてマントを貰うらしいのだが、手続きが色々面倒なのですっ飛ばした。

「水色のマント着けて友好の証とか意味が分からないんだが」

任務帰りのイザベラの部下であるジャックが呆れた目で俺に言う。

「水色はガリアの色同然。この色を着けることによってトリステインとガリア並びに俺と姫の関係が緊密なものになるという願いを込めて等と言えば綺麗に収まるじゃん」

「収まるじゃんじゃないだろう。それだったら何か?俺とかはトリステインのイメージカラーのマントを着れば良いのか?」

「トリステインのイメージカラーって何だよ」

「何だろう?」

「「・・・・・・」」

「黒だな」

「ああ、黒だな」

「そこは白とかじゃないの!?そんなことより嬉しいこといってくれるじゃないタツヤ。冗談抜きでガリアに来ない?」

「その気持ちは嬉しく受け取っとくけど、俺は立場上トリステインにいなきゃいけませんから」

最近忘れそうになるが俺はトリステインの公女の使い魔なのだ。
その立場を忘れてガリアに住むぜ!などと言えば多方面に敵を作るはずだ。
案外ゴンドラン辺りは賛成してくれそうだが反対する奴の顔ぶれはそれ以上に凶悪な気がしてならない。
具体的に言えばルイズの母ちゃんだな。あと姫様。そもそもこの二人は俺を元の世界に帰す気はないだろうよ。

「そう・・・残念ね・・・」

イザベラとしては吸血鬼退治を本当にやって来た達也をこのまま手放したくないのだが、そもそもトリステインの男爵をガリアの事件に首を突っ込ませるという事自体異例なのでそう短期間に二度目のお願いをするわけにはいかないのだ。
そうポンポン達也にお願いしていたらガリアの騎士達の立場がなくなる恐れもあるとイザベラはジャックなどからも言われている。
イザベラとしては名残惜しいが、目的は達しているので今日のところは帰らせなければいけない。
何せこの男はトリステインの領地持ちの男爵様なのだ。根無し草の平民とか騎士とかだったら簡単に引き抜けたのに・・・。
だが覚えておれトリステイン。このイザベラは欲しい物は何が何でも手に入れなければ気がすまないのだから!
正直達也にとっては迷惑でしかない野望を胸に、イザベラは今日のところは笑顔で達也達をトリステインに戻す事に決めた。
笑顔とは元々攻撃的なものであるとは誰が言ったのか、達也はイザベラの笑みに何処か既視感を覚えるのだった。

姫さんに何か含むものがありそうとはいえガリアへの用件はこれで一段落ついた。
早く皆と一緒にトリステインに戻らないとな。
俺は玉座の間を出て皆が待っている部屋に向かっていた。
そこで俺を見つめる男がいたのに気付いた。

「・・・アンタはまだガリアにいたのか」

「出て行くには色々とやらなければいけない身なのでな」

俺の目の前にはタバサを救出した時に出会い戦ったエルフの男がいた。
敵意などは感じられないが元が無表情な男だから何をするか分からん。

「構えるな。お前を今どうこうしようとは考えていない」

「どうだかな。エルフは前の教皇を殺してるじゃないか」

「・・・我らの領地に攻め込まんと企む蛮族の長を潰して何が悪い?盗人猛々しいにも程がある。此方も制裁を加えただけだ」

「人類への警告のつもりかい?エルフさんよ」

「そう受けとってもらっても構わぬ。我々は意味のない戦いはせぬ主義だが領土問題となれば話は別だ」

エルフの男・・・ビダーシャルはこの度正式に彼の国・・・エルフの国ネフテスに帰還する為の挨拶をしに来たという。
ロマリアとガリアの戦いが有耶無耶になった以上、エルフの里に干渉しないという交渉は決裂も同然と判断したからだ。
そうなれば彼・・・ビダーシャルはネフテスからの召還を受けるのも仕方がないという訳だ。

「意味のない戦いね・・・なあ」

「何だ」

「ダークエルフを滅ぼした事に意味はあったのか?」

「そんな事を知ってどうする」

「興味本位だよ。戦いが嫌と言ってるエルフのあんたらだが実際はそうやって一種族を滅ぼした前科がある。その前科があってなんであんた等は聖人ぶっているんだ?」

「それは人間も同じであろう」

「ああそうさ。だから言ってるのさ。自己の都合である種族を滅ぼした人間とエルフは何も違わないんだよ。お前らは人間を蛮族と呼ぶけどさ、滅ぼされたダークエルフからすればあんた等も同じと俺は思うんだけどね。例え高度な文明を持っていようが関係ない。少なくともあんた等エルフが人間を蛮族と呼ぶ意味が俺には分からん」

「・・・我々が人間を蛮族というのは粗野なのは無論のこと、この星の自然を簡単に破壊するからだ。文明の発達と共にお前たちは驕り高ぶり自然を破壊しているではないか。自分たちが住む世界を傷付けた結果がこの度の世界の異変の原因なのではないか?」

「異変か・・・大陸が浮き上がるかもとかいうアレか」

「そうだ。異変はやがて拡散し取り返しのつかぬところまで進むだろう。6000年前、悪魔が厄災をおこさなければこのような事にはならなかった。お前たちが神の如く扱うブリミルは世界にとっては悪魔の所業をなして後世にまで残してしまった・・・今となってはどうしようもない事だがな」

「ブリミルがやった事を分かりやすく言ってくれよ。俺知らないんだ」

「奴は世界のバランスを壊した張本人なのだ。人類に未知の技術を伝えた結果多くの生命が失われた。人間以外の生命がな」

ビダーシャルは淡々とそれで居て何処か嫌悪するように言った。
人間以外の生命が失われたとは穏やかではない。
俺は始祖に対して何の感慨も持ってはいないが、ブリミルって奴は一体何をしたというんだ?

「シャイターンの門ってのを開いたのか?」

「門は開くだけならば無害だと思われていた。だが人間であったブリミルは扉の向こうの何かに惑い、悪魔と化した。我々の英雄が奴を殺さなければ世界はかなり早く滅亡の道を歩んでいた」

「何かってなんだよ」

「少なくともその時から人間は魔術なるものを使い始め、生態系のバランスを崩し始めた。それで増長した人類はエルフの村や町にまで侵攻して来た」

「で、数千年にわたる戦いがあったという訳だな」

「その通りだ」

「人間が天災で死のうが自業自得だと?」

「そういう事になるな」

星に意思があるのかどうかなど眉唾物の話だがそもそも俺にとってこの世界は眉唾塗れになりそうなことばかりだ。
というかこのエルフは他人事のように言っているが天災が起きたらお前らもただじゃすまないだろう。
・・・まあエルフの技術は人間のそれを上回っているらしいから彼らは彼らで生き残る術をもう発見しているのかもしれない。
俺にとってはこの世界の未来の大災害なんて関係ないのかもしれない。いや、確実に関係はないようにしたいんだ。
だが知ってしまったからには放っては置けないだろうが。実際もう地震活動は活発らしいしな。
まあよりにもよって水の精霊様から直々に世界救ってくれない?みたいなことを言われてるんだよね何故か。
こういうのって普通は精霊とかじゃなくて王様とかから頼まれるイメージがあるんだが・・・。
水の精霊はこの騒ぎは風の精霊が暴走してるからって言ったが・・・エルフからすれば星の怒り(笑)なんだとよ。

人間にとってもうエルフは大多数が悪と認識してしまったかもしれない。
エルフは当に人間を蛮族扱いしている。
だからと言って絶対分かり合えないという訳ではないようなのはテファの両親が証明した。

「・・・我々は我々の事で手一杯だ。お前たちはどうやら我々のいる場を奪うつもりだったろうが・・・四の悪魔は揃ってはいない」

ビダーシャルは俺を指差していった。

「お前が存在する限り、悪魔が現れる事はない。我々にとってお前の存在は非常に助かるのだよ。・・・その刻印が何かは分からぬが」

「色んな人が言ってたよ。俺が死ねば計画は滞りなく行う事ができるみたいな事をな」

「・・・成る程。形振り構っていなかったいなかったという事か。やはり前ロマリア教皇を討ったのは正解だな」

「戦争に正解も間違いもあるかよ。教皇が死んで喜ぶ奴もいれば嘆いていた奴もいる。あの人に希望を見出してた人もいたんだ。んなこと言ってたら暴徒が突っ込んでくるぜオッサン」

「・・・これは失言だったな。まさか蛮族に指摘されるとは」

「エルフも存外万能じゃないってことだろうよ」

「・・・フッ・・・その通りだな。万能ならば利用などされなかったからな」

ビダーシャルは自嘲気味に呟き止まっていた歩を進めた。
本来の彼の目的を果たさんとしているのだ。

「この先人間がどのような対応に出てくるのか注視しよう」

「それを俺に言ったって無意味だろ。姫さんに言えよ」

「・・・そうだな。その通りだ」

ビダーシャルはそのまま玉座の間に向かって行った。
俺はその姿を見送り、その後に皆のところに戻った。

という訳でようやくトリステインに戻れる訳なのだが、ド・オルエニールにはカリーヌがいるかもしれない。
このままではキツイお仕置きは確実だと震えるエレオノールと気まず過ぎて吐き気を催すワルドが気の毒で仕方がない。
二人とも今回の吸血鬼騒動では頑張ってくれて怪我までしたのでここは俺が一肌脱ぐしかない。
とはいえ俺は何も悪い事してないので別に見捨てても良いんだよな。

「こうなったら完全にガリアに亡命して・・・」

「母親から逃げるのに亡命してどうするんですか」

「嫁を取るか命をとるか・・・安定した職をとるかその日暮らしをとるか・・・」

「二つとも前者を取れよ」

何気に嫁のために死ねと言ってる自分がいた。
ガリアとしても親子の逃亡劇に巻き込まれたくはないだろう。

「たかが人間じゃない。何をそんなに怯えているのかしら?」

「そ、そうだわ!この吸血鬼を囮にすれば、母様の気が逸らせるかも・・・!!」

「母親相手に何他人を盾にしようとしてるの?親なんだからちゃんと接しなさいよ」

エルザは両親を殺されているので母親に対して右往左往するエレオノールにやけに冷たい。

「話をちゃんと聞いてくれる状況とは限らないわ・・・!!」

「なら、話を聞いてくれる状況にすれば?例えば適度に痛めつけるとか・・・」

「それが出来れば苦労はしないわ!」

「は?」

「というか親を適度に痛めつけるとかお前・・・」

一瞬親を大事にする心が備わってるんだなと評価しそうになったが、この吸血鬼はそんなんじゃなかった。

「う~ん・・・お姉ちゃんはおこられたくないんだよね?」

真琴が突然暗くなっていくばかりのエレオノールに言った。

「そうよ・・・どうすればいいのかしらね・・・」

「かんたんだよ!よろこぶことをすればいいんだよ!」

「喜ぶ事・・・?」

つまり不機嫌な人へのご機嫌取り、それも怒りを忘れるほどの事をすれば被害は最小限で済むかもと真琴は言いたいらしい。
ご機嫌とりか・・・カリーヌさんは何をすれば喜ぶんだ?
ハピネスを使った芸でもやるか?滑るか?
裸踊りでもやるか?公女だから却下だな。
ではどうする?モノで釣るにはいささか地位が高すぎる。
エレ姉さんが誰かと結婚?誰と?嘘がばれたらやばいからコレも駄目。

「怒りがぶっ飛ぶような事か・・・」

ストレスの発散はこの世界では何をやっているのだろうか?

「ワルド、ハルケギニアにおける大衆娯楽って何だ?」

「第一は演芸だろうな。最近は平民でも貴族でも共に楽しめる劇場などがあるときいている」

「演芸ねぇ・・・」

そういえば領地に演芸場はないな。
コレも将来招致出来るようにしないと人は入ってこないよな。

「そうだ演芸だよ!」

「何だ?一流の劇団でも招致して楽しませるとでも言うのか?」

「無駄よ。そういう事は実家で結構やっているから、その辺の一流劇団は見飽きているわよ」

「安心してくださいな。そんな一流劇団を呼ぶ金は使いません」

「「え?」」

エレオノールとワルドが互いに顔を見合わせ、それから俺を見た。
俺は携帯電話を取り出し、それから作戦を皆に伝えるのだった。


一方、ド・オルエニールには未だにカリーヌが滞在していた。
無論ルイズやギーシュなども未だにこの領地にいた。
完全に帰るタイミングを逃した。
ルイズは日に日に様子が可笑しくなり、テファは孤児院に入り浸り、ギーシュ達は何故かこの領地の名物といわれる巨大生物をカリーヌ指導の下狩りに行ったり・・・。
ぶっちゃけて言えば現在キュルケは大変暇であり、早く達也が戻ってこないかなぁ・・・と思いながら溜息をつく毎日だ。
彼女の側では達也の屋敷の居間のカーペットの上で仰向けになって倒れているルイズがいた。
彼女の目は単色ながら血走っていて、時折うわ言のように、

「マコト・・・マコト・・・マママママココココ」

などと不気味に口走っており正直近づきたくない。
昨日なんか「くけけけけけけけけけけ!」と笑い出したり、「かゆ・・・うま・・・」と言って錯乱したり非常に大変だった。
いや、使い魔の妹の心配じゃなくて使い魔を心配しろよアンタ。
暴れだしたら燃やして構わないとカリーヌのお墨つきなのだが、流石にそこまではしたくない。

「おのれタツヤ・・・何処までも私とマコトを引き離すつもりなのね・・・」

「何言ってんのよルイズ。マコトはどう考えてもアンタよりタツヤに懐いてるから、タツヤに着いていくに決まってるじゃない」

ルイズは起き上がりテーブルにおいてある紅茶を飲む。
そしてテーブルに突っ伏して愚痴を言いはじめた。

「大体相談もしないでガリアに行くとかどういうつもりかしら。一応使い魔よねアイツは」

「そうねぇ。頼りにされてないんじゃないの?」

本当はカリーヌが来るというのと急な呼び出しだったために相談する暇がなかったのが事実である。
しかしそんなことをルイズたちが知る由もない。
何でガリアに呼び出されたか、内容も知らされていないのだ。
まあ、言われたら言われたで飛び出していくのが目に見えるのでゴンドランが言わなかっただけなのだが。
そんな時、巨大生物との戦いからギーシュ達が戻ってきた。
ギーシュもマリコルヌもレイナールも泥まみれであり生傷だらけだった。

「あのような蚯蚓だけならまだしも土竜まで相手に出来るか!?」

「あの土竜はどう考えても知力が高いだろう。引き時がよすぎる」

「ルイズ、君の母上も呆れていたよ。大きければいいってモンじゃありませんとか怒って今、住民達と一緒に蚯蚓五体と土竜三匹と戦ってるよ・・・」

「ここの住民は本当に大変ね。ああいう化け物相手にやっているんでしょう?」

「そうね。でもタツヤやゴンドラン殿が来るまではやられ放題だったらしいわ」

「にしても珍しい奴に会ったな。ジュリオとかいったか、彼はここに住んでるんだな」

「そうよ。婚約者と一緒にね」

「彼が来て土竜が大人しくなったのはいいが、蚯蚓が更に増えてね・・・」

「・・・?土竜は大人しくなったのに?」

ルイズは改めてこの領地の巨大生物の異常さに震えた。
ジュリオの能力は確かにヴィットーリオが死んで弱まったのだろうが、それでも蚯蚓には効果がないとかどういうことだ?
そんな時、噂の人物が屋敷に訪ねてきた。
彼・・・ジュリオも泥まみれで顔は特に砂に塗れていた。

「酷い顔じゃない」

ルイズは素直な感想を言うとジュリオは苦笑しながら言った。

「どうにか追い払えたよ。それより聞いたか?」

「何を?」

「彼・・・タツヤがもう直ぐ帰ってくるんだってさ。近隣住民達が今、出迎えに行ってるようだが行くか?」

「領民総出で出迎えとか暇なのね~」

「全くだな。まあ、彼は男爵様になってしまってるようだから祝いたいんだろう」

「ぐずぐずしていられないわ。タツヤが帰るという事はマコトが私の元に帰ってくるという事!!」

急に蘇生したかのごとく立ち上がったルイズの瞳には涙が溢れ出てきていた。
ぎょっとした面持ちでルイズを見る一同。
ルイズは恍惚の表情で言った。

「こんなに嬉しい事はないわ・・・今行くわマコト!そして私の胸に飛び込んできてーー!!!」

まずい、かつてないほどの嬉しさに我を忘れてしまっている!
キュルケの脳裏にあの魔法学院での出来事が蘇る。
駆け出すルイズの後を急いで追うキュルケ。
駄目よ、ルイズ!冷静にならなきゃ!
そう彼女が叫ぼうとしたその時、玄関のドアが急に開き、ルイズは哀れドアに顔を打ちつけ、更に開ききったドアと玄関の壁の間に挟まれカエルが潰れたような声を出した。

「あら、ごめんなさいルイズ」

やってきたのは勿論彼女の母親であるカリーヌであった。
カリーヌは泥まみれになった男性陣を見て着替えるように指示し、達也達の出迎えに行きたい奴は行けと言った。
それを聞く限りではカリーヌは行かないといっているようなものだが何を言うか、彼女は行く気満々だった。
カリーヌの側では鼻から血を流すルイズがゆらりと立ち上がっていた。

既に日も沈みかけた頃にも拘らず、領民の大半が達也達を出迎えんと待ち構えた。
カリーヌ達は万が一の為の警備も行う為に周囲に気を配っていた。
だが危険な気配は何処にもない。
今日は恐らく満天の星空が見える夜になるだろう。
静かで優しい風が吹いている。心地よい風だ。
だがルイズはこのまま達也やエレオノールが帰ってくれば暴風吹き荒れる事になるんだと勝手に考えていた。
と、その時だった。
辺りが一段と薄暗くなり、領民達がざわつき始めた。
まさか魔物か何かかと思ったが空は平穏、何の気配もない。

「一体何なの・・・?」

ルイズは緊張感を持って辺りを見回した。
その時ある一箇所だけに光が集中していた。
そこには一人の女の子がいた。
誰?と言いそうになったが、キュルケだけが冷や汗をかいていた。

「あの子は・・・」

『皆さん、今日はド・オルエニール劇団野外公演に来てくれてありがと~!私は司会進行及び楽曲提供の永遠の歌姫、初●ルンで~す!』

「「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」」

『今日は顔見せだけで短い時間だけどいつかは作られる劇場の成功を祈って今からちょっとした出し物をしたいと思います!演目は勿論ルンちゃんと監督の赤裸々なロリでアダルトなお歌を・・・』

「待て永遠の馬鹿!」

その時、ルイズたちはもう聞きなれた声が響く。
舞台のように光がもう一方に集中した。
そこにはやはりあの男がいた。

「タ、タツヤ!?」

ルイズがそう叫んだ瞬間、領民達は一斉に騒ぎ出した。

「にーちゃん、おかえりー!」

「若ー!お帰りなさいませー!」

「若ー!馬鹿ー!」

「オイ誰だ今馬鹿って言ったろ!?」

『素晴らしい領民の人ですね、監督。私たちのことをバカップルとかもっと言っちゃってください!』

「お前とバカップルになるようなエピソードはございません。そんな事実も御座いません」

『それより何しにきたんですか?コレからお歌を歌おうとしたのに、デュエットでもしたいんですか?私としてはそのままドッキングも』

「待て待て待て待て!!その先は言わせんぞ!」

『ええ~!?』

「えー?じゃない。見ろ、この場には年端も行かない子ども達もいる。あり難いことに俺たちを出迎えしに来た子どもに何を聴かせるんだよお前。そういうネタはこういう時間帯ではだめだ。深夜帯にしろ」

『深夜帯ならいいんですか?』

「断る」

『ひ、酷い・・・謎の歌姫としてやって来たのに歌わせてすらもらえないなんて・・・!タツヤ君の鬼畜ー!幼女とスキャンダラスになって社会的に死ねばいいんダー!』

そう言って自称歌姫はわざとらしく闇の中に消えていった。
達也は何事もなかったように領民たちに挨拶した。

「よい子達はドッキングの意味をマチルダお姉さんやらに聞いちゃ駄目だぞ~?話は変わるがド・オルエニール領民の皆さんから、たまにこのような陳情がくるようです。『娯楽施設を作る予定はないのか』と。施設については検討いたしますが、今はそれを踏まえてこのような形の演芸を考えています。短い時間ですがどうか楽しんでいって下さい。演芸者は皆さんもご存知な人ですよ。それでは始めましょう。『豪華な私の舞台』開幕です!」

そう達也が言うと何処からともなく壮大な音楽が流れてきた。
同時に達也の背後から何か崩れ落ちる音がした。
先ほどの暗闇は何処へやら、眩しいほどの光の中に彼らは居た。
貴族っぽいといえば聞こえはいいが何かド派手な羽根やらついてる衣装を身に纏い、ワルドとエレオノールが堂々と立っていた。
彼らは歌う。迷える子羊たちに聞けと。見ろと。
彼らは高らかに叫ぶ。コレが俺たちの、俺たちが望む豪華な舞台だと!
その瞬間、光は広がり、ワルドたちの後ろで簡単な踊りを披露している真琴、エルザ、シエスタ、そして何故かさっきの立体映像の歌姫がいた。
野に咲く薔薇は甘い香りで二人を包む音楽にも似ておりこれは甘い思い出になるだろうと彼らは歌う。
夢の続きのような今夜の豪華な舞台を見ろ!のようなことを叫んで曲は壮大に豪華に終わり、舞台のセンターにいたハピネスが鳴くと同時に舞台は暗転した。
領民達はなんだかよく分からんが盛大な拍手を送ってくれた。

「ブラボー!!何か意味分からんがとにかくブラボー!!」

「キャーエレオノールサマー」

「キャーマコトチャーン」

「オイ今の後ろにいた金髪幼女は誰だ!?」

「ととさまかっこいいー!」

「シエスタちゃん・・・立派だったよ・・・」

「オイさっきの変な歌姫最後若に中指立ててたぞ」

以上が一般の領民の皆さんの声でした。
以下が一般じゃない方々の声になります。

「一体ガリアに何しに行ってたんだいあの馬鹿。まあ楽しそうだからいいけど」

この嫁、器がでかすぎる。

「ジュリオ様、今のはなんですか?」

「・・・領主の趣味だろ」

うるさい、その通りだ。

「アンコール!アンコール!というか幼女達をメインにしろよタツヤ!!」

「オイ、マリコルヌ!恥を晒すな!?」

「やれやれ・・・騒がしい帰還なことだ」

鼻息荒いマリコルヌを止めるレイナールの横で笑うギーシュを見て俺はああ、帰ってきたと思った。

「色々突っ込みたい所満載なわけなんだけど」

キュルケは頭を押さえて言っている。

「エレオノール・・・まさか演劇のスターになって殿方を誘惑する魂胆ですか・・・?それに何故ワルドがここに・・・?フ・・・フフ、成る程これは婿殿とゴンドランの策略ですか・・・!!」

何で嬉しそうなんですか貴女。

「アンコール!アンコール!マコトだけでいいからアンコール!オイコラタツヤ!マコトを出しなさいよ!!」

「何か症状酷くなってないかお前。流石に引くわ」

「病人扱いすんな!!」

「ルイズお姉ちゃんただいまー!」

瞬間、ルイズに電流が走った。
嗚呼、あの無邪気で無垢で可愛らしい笑顔・・・。
どれだけ私があの笑顔を見ていなかったか(※約6日程度です)!
ルイズの頬を熱いものが流れていく。身体の芯がポカポカするような感覚を覚え、同時に幸福感が身体と心を包み込む感覚がする。
はっきり言ってこいつは病気以外の何者でもない。
気づいた時にはルイズは駆け出していた。
そして彼女は最高の笑顔で叫んだ。

「マコトォーーーーっ!!」

だがマコトに抱きつかんと飛び掛った(!?)彼女に待っていたのは使い魔の手だった。

「むぎゅ!?」

俺の手に顔を突っ込ませたルイズはそのような間抜けな悲鳴をあげた。

「困りますなァ、お客さん。舞台女優へのお触りはご遠慮願いたい」

「お・・・おおお・・・おのれ・・・おのれぇ・・・おのれぇぇ!!タツヤァ!!貴方という男は真琴を独り占めするつもり!!?」

「可愛い妹を暴徒の手から守るのは兄の勤めだろう」

「暴徒ですって!?」

「ルイズ、深呼吸して後ろを見てみろ」

ルイズは言われたとおり深呼吸をして後ろを見た。
そこにはドン引きしている領民の姿があった。
更には暗闇の中猛禽類のような目を光らせるエレオノールと、能面のような表情になったカリーヌがゆらりと近づいていた。
その瞬間ルイズの全身の血の気がさっと引き、ようやく彼女は冷静に戻ったようだった。

「私は・・・何をやっていたのかしら?」

精一杯冷静を装い彼女は気丈に、淑やかに俺に尋ねる。

「ああ、とりあえずお前冷静になったようでよかったな。人間たるもの自分を見失わない事だ。諦めや混乱は折角の勝機を失うからな。まあ、お前の場合はその混乱によって自分がどうなっているかも分からないようだったが」

俺は眉を顰めながらルイズに言う。
真琴に会えて嬉しいお前の気持ちはいいのだが、いくらなんでもそこまで喜ばなくていいだろう。

「私は・・・どうなって・・・?」

「暗くてよかったな。近くで見らんと分からんぞ」

俺が下を見ながら言うとルイズも一瞬何かを悟ったような顔になった。
ここまで熱き思いを滾らせながらルイズはやって来た。
だが、そのような状態の、鼻血を出しながら突っ込んでくるルイズを真琴に抱きつかせる訳には行かなかった。
うん、まあ、それだけならいいんだよ。
問題はルイズが冷静になって見たのがキレてる姉+母だったことなんだな。
さぞ恐怖だったんだろう。いやそうに違いない。

「~~~~~~!!!!」

ルイズは自分の足元に広がる不自然な水溜りを見た。
そして俺は何事かと水溜りの方を見ようとする真琴の目を塞いだ。

「ふへ?なにするのおにいちゃーん?」

「だーれだ」

「おにいちゃんでしょ?いじわるー!」

「タツヤ・・・」

「何だルイズ」

「これは汗よね」

「だとすれば脱水症状ものだな。認めろルイズ。それはまさしくにょ・・・」

「にょわああああああ!!!??言うなあああああああ!!!!」

ド・オルエニールに公女の叫びが響く。
現実を認められぬ少女に迫るは恐怖の現実。
このあとルイズが更に悲鳴をあげた事は語るまでもない。
そして忘れた頃にエレオノールの悲鳴もあがった事は言うまでもなく、深夜にはワルドの泣き叫ぶ声と巨大生物の悲鳴が夜空に響いたのも言うまでもない。
そして翌日、カリーヌがゴンドランに近所迷惑だと珍しく怒られたのは特筆すべき事だった。

え、俺?何で怒られなきゃならんのだ?


(続く)



[18858] 第145話 恥ずかしい主従関係
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/11/19 12:19
ようやくトリステインに戻ってきたのはいいのだが問題というものは次から次へとやって来る。
具体的に言えば何故この領地にワルドとマチルダがいるのかという今更過ぎる質問に俺は非常に困った。
いや、確かにワルドやマチルダはお尋ね者なのかもしれないが此方はそれを承知で雇ったしな。
この領地の運営及び管理は俺がするらしいが若造一人で出来ないからゴンドランが来たんだ。
そのゴンドランすらOK出したんだから丸く収まったと思ったらこれだよ。

「・・・非常にいたたまれぬ空気なんだが」

「そりゃあ元カノと現妻に挟まれればな」

「しばらく見ないと思っていたら結婚してたのねぇ土くれ」

「アンタもフラフラしてないで一人の男に絞れば?そのうち微熱と言ってられなくなる歳になるわよ」

「くっ・・・!!なんだか勝ち誇られた気がするわ」

そりゃダンナとの関係良好で孤児院経営もうまくいっているマチルダは正にできる女だろう。
なんだかんだ言いつつ領内の巨大生物の脅威と戦うワルドも子ども達からはととさまなどと呼ばれている。
結婚した女の余裕なのかマチルダはキュルケの嫌味も先ほどから悉くかわしていた。
隣でその話を盗み聞きしていたエレオノールが泣きそうなので結婚話はやめてください。
カリーヌの話では特にラ・ヴァリエール公爵がワルドの首を真剣に狙っているらしいとワルドの恐怖を煽っていた。

「どういうことかお解かり?貴方は我が領地に喧嘩を売ったのです。そのリスクは・・・」

「・・・既に両腕を斬り飛ばされています」

ワルドの両腕は既に義手である。
人生に明確な正解があるとは思わないが、ワルドのやった事の報いはこの姿に集約されていた。
死ねば確かにそこで終わりだが、それでも彼の人生は、運命は死を選ばせなかった。
痛みを抱きそのまま生きろという事か。人を不幸にした者は五体満足の人として生きる資格を失うのであろうか。
少なくともワルドは両腕を失った。マチルダの話ではここに来るまでは無気力状態に等しいものだったという。
・・・俺たちの国でも死刑とかはあるが廃止にしろって話もある。その場合死刑に取って代わる刑を作るべきだろう。
罪が確定した者に与える罰は安らかな死ではなく奪われた生でいいじゃん。
まあ、遺族の気持ちも分かるがな。更生の余地ない奴もいるし。

「極刑よ極刑。この男はわたしの乙女の純情を弄び、姫様の信頼を裏切り更に盾突き刃まで向けた身です!」

ルイズはワルドを指差して怒鳴る。
不測の事態以外にコイツがこのように声を荒げるとは珍しい。
いやさ、そんな事は百も承知だよ。俺にとってもワルドは親友の仇だからな。
その辺は許したつもりは全くないし、ゴンドランとて国を裏切ったワルドに思うこともあるだろう。
巨大生物討伐隊の隊長に任命したのも遠回しに『死ね』とにこやかに宣告したも同然だがまだ生きてやがる。
しかも美人の妻同伴で子ども達から慕われているだと?何処の物語の主人公だテメエは。

「そうね、いつの間にか他の女と結婚して家庭を持っているのも許しがたい事実だわ」

「姉様!極刑に賛成してくれるんですか!?」

「ええルイズ。この男は乙女の敵。この場で即刻消滅させるべきよ」

「そうです!このような男は我々のような漢たちにとっても敵!即座に死刑です!」

マリコルヌが呼応してそんな事を言うが、お前さんワルドに何かされたっけ?
・・・まあ乙女(笑)や漢(笑)の妄言は置いといて感情論では俺もコイツはいっぺん死ぬべきとは思う。
だが領主の身分としてはそれも踏まえてコイツを招き入れた為死なせる訳にはいかないのだ。
・・・恐らくアンリエッタがここにいればワルドの命はないだろう。
ワルドはそれぐらい彼女の顔に泥どころか唾を塗りたくる行為をやっている。
トリステインにおいて彼が生きれる場所はない筈だったのに何の因果かコイツはやって来た。
まあ、素性は問わないし、招いた以上全力でサポートすると提言したのは俺だしな。

「乙女の純情は兎も角、ワルドはこの領地において犯罪行動は何一つ行っていない。元々何か起こしたらゴンドラン爺さん直々に処刑するだろうしな」

「でもタツヤ、コイツはラ・ヴァリエール家の!」

「ここはド・オルエニールだぜルイズ。別にラ・ヴァリエール傘下の領地じゃないしいーだろ」

「でも姫様のお気持ちは!?」

「この領内の事は俺が姫様から任せられている。わざわざお目付け役まで派遣してな。それを通して認可された人間だ。ルイズ、ワルドは既にこの領地の住民でありラ・ヴァリエールが勝手にコイツを裁くことは内政干渉じゃないの?もしこの人事で俺に責任が及び姫様の恨みを買うような事があればそれもいいさ」

「婿殿。それは即ちトリステインにいられなくなるという事と同義。その場合は行く当てはあるのですか?」

「最近できました」

エレオノールがハッとした様な様子で呟く。

「・・・ガリアね・・・!」

「おのれタツヤ!既に逃げ場所まで確保しているとは!今まで主に私から受けた恩は忘れたと言うの!?」

「恩着せがましい発言は慎むべきだルイズ。こういう助言を家族でもなんでもない使い魔ちゃんがしてくれる事に多大な感謝をお前はすべきだ」

「アンタの方が恩着せがましいわ!?」

「緊張感ないなあ」

ギーシュがポツリと呟く。
いや、緊張感あったらワルド死刑の方向だし。
ここは有耶無耶にしてしまおうとは思うんですがね。

「エレオノール、私は貴女に失望しました。一体今まで貴女は何をしていたというのです?みすみすガリアに婿殿を奪われる隙を与えてしまうとは。前々から言っているでしょう?既成事実さえ作って後は少しの我慢ができればよき妻になれると」

「何故私が怒らなければならないのです!?」

そりゃァ、我慢が出来てないからじゃないんですか?
私は研究と結婚しましたとか世継ぎを期待する方々からは迷惑すぎだし。
そういや私は国と結婚したとか何とかいって生涯独身を貫いた女王がいたよな。誰だっけ?

「で、結局そのワルドの処遇はどうするんだ?」

レイナールが呆れながらも俺に尋ねる。

「当然ながら現状維持だな。巨大生物対策にコイツはいたほうがいい」

「その程度の認識に感涙を隠せんな俺は!」

大体貴様がこの領地においてVIP待遇なわけないじゃん。
住む所と職を提供しただけでもありがたい事なんだぞ。
ちょっと恵まれた環境になってるからといって貴様の地位が向上するわけでもない。
ととさまで十分だろうよお前の称号は。

「タツヤ!それは私たちラ・ヴァリエールに対する宣戦布告のようなものよ!覚悟は出来てるの?」

ルイズが悪魔のような笑みを顔に貼り付けながら言う。

「・・・ルイズ。俺は、お前とは戦いたくはない」

「それは私とて同じ事。だが!私はアンタを倒してマコトを我が手にせねばならないのよ!その首貰ったー!」

などと喚きつつルイズは俺に掴みかかろうとする。
その手は明らかに俺の首を狙っているようだったので俺は護身のためルイズの頭を片手で押さえつけた。
その結果ルイズの動きはその場で止まり、彼女は腕を回したり空振りする蹴りを連発していた。

「くっ!この!この!」

「ほい」

「きゃん!」

俺が彼女の頭を軽く押すとルイズは軽い悲鳴をあげて尻餅をついた。
ルイズは俺を恨めしげに見た後立ち上がり、軽い舌打ちをした後言った。

「き、今日はこれぐらいにしてあげるわ」

「何じゃれあってるの貴方達」

エレオノールが頭を押さえながら言う。
異世界で俺の世界の様式美はわからんか。
ワルドは俺たちのじゃれあいを見ると軽く笑みを浮かべていた。
そして元婚約者に向かって言った。

「俺が知らない顔を引き出す者と巡りあったようだな」

「余計なお世話よ。今思えば貴女に向かって恥ずかしい顔を向けていたと思うわ」

「フ・・・」

「今は普通に恥ずかしい女だな」

「誰のせいよ!?」

「俺のせいじゃなくてお前のせいだろ」

「退路を防ぐな!大体アンタは使い魔なんだから私が恥ずかしいとアンタも恥ずかしいのよ!」

「成る程。お前のような恥ずかしい女が主で俺も恥ずかしい」

「責任を全て私に擦り付けるな!?もっと気の利いた台詞は言えないの?」

「うちの主が痴女で憂鬱だ」

「なお悪いわ!?」

「ハイ、どういうところが恥ずかしいと申しますとですね、小さな子・・・しかも同性を愛するという倒錯的な性癖や様々な奇行及びこの歳になってもお漏らしするという・・・ええ、そうなんです。で、でも人はそれなりにいいんですよ?前に挙げたのを除けば非常に。ええ、はい」

「フォローどころかただの変態じゃないそれじゃ!?」

「違うの?」

「真っ直ぐな目で言うな!?」

「ハイ、そうなんです。私はどうにか公爵を捕まえたというのに・・・ハイ。三人の娘は適齢期にもなっていますのに未だ・・・一番上なんかもう過ぎて売れ残り状態に・・・ハイ、二番目もです・・・末娘は最初の恋がトラウマで・・・」

「母様、悪乗りはやめてください!?」

「ルイズが変態という話から何故私に飛び火させるんですか母様!?」

孫の顔が見たいんじゃねーの?
俺は親子の喧嘩を無視してワルドに戻っていいと言った。
ワルドは肩を竦めて頷き、屋敷から去った。マチルダも彼に続いた。

「結婚かぁ・・・」

マリコルヌが呟く。彼だけではなくギーシュやキュルケも思うことがあるような表情だ。

「普通に考えたら僕らも考える歳なんだよな」

「相手がいる隊長はいいが、僕らはまだそれを考える相手がいないよ」

レイナールが軽く微笑んで言う。

「・・・余裕だなレイナール」

マリコルヌが低い声で言う。どうした?

「それは声を掛けただけで女子から逃げられる僕への当て付けかい?人気者は辛いなええ?」

「マリコルヌ。君のように極端に欲望丸出しでは異性は・・・」

「近づかんとでも言うのか!よーしわかった表へ出ろ坊や。君にはその余裕が幻想だという事を教えてやる!」

マリコルヌはレイナールを引っ張るように屋敷から出て行った。
・・・どう考えてもレイナールは恋人はすぐ出来ると思うんだが。

「ギーシュはやっぱりモンモンと?」

「そうありたいと願うよ。彼女がどう思ってるかは知らないが」

「今更ねぇ。モンモランシーも本心は貴女と添い遂げたいと願ってるわよ」

「そうか・・・」

「にしてもアレだけのプレイボーイだったギーシュを射止めるとかモンモランシーも幸せな女の子ねぇ。毎日気が気じゃないみたいだけど」

「女を侍らせていた前科あるしな」

「言うなよ・・・その話題を持ち出されるたび彼女は凄い形相で迫ってくるんだから」

ギーシュは青い顔でそんなことを言う。
俺はモンモンにそこまで想われているギーシュに言った。

「幸せな男だな、お前」

無論俺はいい意味で言ったので、ギーシュは照れくさそうに鼻を掻いた。
だがその後、自信に満ちた表情で彼は言った。

「ああ、世界一の、ね」

クッセぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
それと同時に殺してぇぇぇぇ!!!
畜生お前ら二人幸せの中死んでしまえ!!

「キュルケはどうだい?君も相手ぐらいはいるんじゃないのか?」

「私?添い遂げてもいい相手ならいるけど、ね」

「いるけど?恋人ではないのか?」

「中々身持ちが固くてねぇ・・・その分燃えるんだけど」

一体誰の事を言っているのか俺にはさっぱり分からんが、キュルケの恋は前途多難そうだ。
選り好みしなければとはよく言うが一生ものの選択なのだ。選り好みはするだろう。
まあ、この部屋にいる女子はそのハードルが極端に高いので・・・。
その結果ラ・ヴァリエール家は世継ぎ問題に直面しているわけだ。
いや~家が馬鹿でかいってのも問題だな。俺はこの領地は世襲にする気全くないからな。
ルイズたちははよ結婚して子ども産め。こういう世継ぎが大切になる世界では結婚しない女子は扱いが厳しいんじゃないの?
カリーヌも男子を産めなかった自分に責任を感じて結婚を勧めてるんだと思うぜ。
・・・いい人がいないんだろうなぁ・・・いても向こうが引くんだろうなぁ・・・。
そんな事を思っていると居間にエルザがお茶請けの菓子を持ってきた。彼女の服は後日仕立てる。
なお、シエスタは真琴とハピネスとテファと共に孤児院に遊びに行っている。

「何の話をしていたの?」

「恋人がいるかいないか、結婚するかしたい相手はいるかだよ」

「ふ~ん・・・私には関係ないわね」

「一応聞くが何でだ」

「貴方のメイドは、身も心もお兄ちゃんに汚されたも同然だから一生はなれる事は出来ないってシエスタが言ってた」

「馬鹿め。メイドは職業なのだから解雇通知をだせば離れる事はできる」

「・・・私にあのようなことをしておいて捨てる気なのお兄ちゃん・・・?」

「アレはただの放水でその軌道にお前がいただけだ」

「こちらはそうは思っていないのよ。わたしの身体と心を汚した責任はお兄ちゃんにはとってもらうわ」

「むしろ洗い流した事に感謝しろ」

「・・・なんだか穏やかじゃないね。一体その娘は何なんだい?」

「それに汚したって・・・」

「そのような行為は一切行なった覚えがありますん」

「どっちだよ!?」

問題はあの真水どころか完全に身体に優しいお水を小便と認定するかどうかである。
それならば身体を汚した事にはなるんだろうが俺はコイツにだけはそのことで責められる筋合いはない。
コイツは真琴に手をかけようとした極悪人だ。
その極悪人に対する説明などこれで十分ではないのか。

「お兄ちゃん?この人たちに説明して。女の子にいわせるのは・・・」

「こやつは奴隷にも等しき卑しき存在。然るに発する言葉は下ネタ多数。ご注意を」

「最悪な説明じゃない!?」

うるせぇ偽装幼女!幼女なら何をやっても許されると思ったか!
こちとらイ●オンで幼女の首が吹き飛ぶ場面を見て幼女も絶対的じゃないと思ったんだ!

「成る程下ネタなら仕方ないな」

「シエスタの上位互換ね」

「いや、シエスタが上位互換だろうよ」

少なくともシエスタの評価はあらゆる面で高いからな。
マジでメイドとして元の世界に連れ帰ってもいいぐらい仕事が出来るが、間に合ってるので。

「ああ、茶菓子ありがとう。後は呼ぶまで自由にしてくれ」

一応このメイドにも礼を言うと、このメイドはその場を動こうとしない。

「・・・礼を言われるとは思わなかったわ」

「感謝も出来ないような主と思われて実に不本意だ」

その頃、家族喧嘩をしていたラ・ヴァリエール家の三人だが、カリーヌはエルザを見ながら、

「今度は幼女を囲うとは・・・!」

などと憎々しげに呟き、エレオノールはギーシュの幸せオーラにあてられたのか、

「死にたい・・・」

と言って地面にのの字を書いていた。
なおルイズは壁に頭を打ちつけながらブツブツと、

「変態じゃない変態じゃない変態じゃない変態じゃない変態じゃない変態じゃない変態じゃない」

などと言っていた。怖い。
実に平和とも言えるワルドの処遇についての解決だが、物事というのは立て続けに起こるものだ。
蚯蚓、土竜と存在した巨大生物に新しい仲間がやって来た。

『シャアアアアアアアアアアアア!!!!!』

『ギャぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

『ビギイイイイイイイ!!!』

「・・・何・・・これ」

「一難さってまた一難かよ!!」

ワルドやジュリオ達の前で暴れるのは巨大蚯蚓と巨大土竜。
そして全長八十メイルはあるんじゃないかと思われる巨大蛇が畑を荒していた。
まあ、結果こいつ等はゴンドラン爺さんが焼き払った訳なのだが、また問題が増えてしまった。どうしよう?


(続く)



[18858] 第146話 ルイズに対しては3話でやってる
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/11/25 14:55
たまに忘れそうになるのだが俺は元の世界では高校生である。
異世界で使い魔やら領主やら騎士隊副隊長とか肩書きが加わろうとも俺は学生だ。
嗚呼、高校を休学、それもこのような形での休学を就職活動でどう説明しろというのだ。
・・・・・・やはり俺の進路はパン屋か公務員しかないのかもしれない。
そりゃあさ、この世界に留まれば元の世界で一生ありえないような暮らしを満喫できるんだろう。
だがこの世界には杏里はいないしな。似たような方はいるけどやんごとない方だし。
早いとこテファが成長してくれれば世界を救う(笑)大仕事をルイズたちに押し付け元の世界に戻れるのだ。
そういう事なので俺としてはテファが覚えたかもしれない『世界扉』の虚無魔法に期待している。
・・・何?薄情すぎやしないかだと?馬鹿を言え。この世界の危機はこの世界の奴らで何とかしやがれ。
何で異世界の住人に任せてんの精霊様?この世界にも知恵ある人間はいるんだ、そいつらに頼めよ!
嗚呼、馬鹿正直に指輪を返すんじゃなかった。
嗚呼、学生生活が懐かしい・・・。

「そんな訳でテファには頑張っていただきたいと思うんだが、どうだ?」

俺は自分で作ったガーリックパンを頬張りながらルイズに尋ねた。

「・・・針の穴程度ぐらいしか開けないみたいね」

ヴィットーリオのような大きな扉を発動させるには膨大な魔力は無論のこと強靭な精神力と集中力が必要なのだ。
或いは感情の爆発を起こすかなどで大きな扉が一瞬現れるかもしれないとのことだが、一瞬じゃ困ります。
ルイズは俺が作ったジャムパンを食べながら溜息をついて俺に言った。

「まあ・・・そちらの成長は中々上手く行かないけど、また胸は大きくなったらしいわ」

「あんだけでかいと垂れるんじゃねえの?」

「またはっきりと・・・垂れるどころか張りがあるわよ。あそこまで来たら妬みの感情も起きないわ」

「強がりはよせ。正直どう感じましたか?」

「正直実物を見てからの記憶に欠落があるほどの衝撃を受けたわ。そしてそれの半分、いえ四分の一もない自分の胸を見て本当に女子かと疑い確認したらなかったから安心したわ」

衝撃を受けてからの行動が公女のそれではない。

「で、そんな事はどうでもいいのよ」

「おう」

ルイズはホットミルクを啜り怒ったように言った。

「こんな夜明けもそろそろかなという時間に何の用よ!」

ルイズの怒りはもっともだ。
健やかに安らかに眠っていた所を俺によって妨害され早過ぎる朝食を摂っている。
この時間だと午前4時半ぐらいが妥当な時間帯だ。普通ならまだ寝てる。

「こういう夜明け前でしかできない俺の世界の伝統芸能があるのだ」

ルイズは俺の世界の文化や技術にコルベールほどではないが興味津々である少女である。
俺がそのような事を言うと一瞬目の色を変えたが、やはり睡眠を妨害してまでやることかと疑問にも思ってるようだ。

「芸能ってこの前のようなミュージカルみたいなもの?」

「あんな騒々しい舞台演芸など早朝にやるかよ」

「じゃあ何だっていうのよ」

実に不機嫌そうな様子である。
そもそも寝不足はお肌の敵であるからして自称乙女のルイズとしては迷惑で仕方ないのかもしれん。
だが考えてみろ、この屋敷には現在色んな人が惰眠を貪っているのだ。
そんな中早起きする俺たちには特権なるものがあってもよいのではないのか。

「ルイズ」

「何よ」

「大変信じられんだろうが俺は基本的には弱い立場の人間や苦難に立ち向かわんとする人間に出来る限りの支援を行ないたいと考える清く正しい心を持っている」

「そりゃ大変うそ臭い話ね」

「基本的にはと言ったろう。有事の際、例えば命がかかった場面では俺は迷いなく強い方につきたい」

「爽やかに最悪なこと言ってるわねアンタ。曲がりなりにも貴族の自覚はないの?」

「俺は貴族のプライドより自分の命の方が大事です」

「・・・それならば主である私とではどっちが大事?」

「当然、我が命が大事」

「残念ね。そこは私が大事と言ったら好感度がかなり上昇したのに」

「メリットがないです」

「言いきんなアホ使い魔!?」

アホとは何だアホとは。
これでも精一杯知恵を振り絞って生きてきたのだ。
そのような人間に対してアホとは実にけしからん。俺がアホならお前は変態だ。

「貴族論はこの際横に置いておこう。俺の目的は貴族としての意識向上なんかじゃない」

「向上心はもってほしいものだけどね。アンタ何を企んでいるの?」

「先ほど言ったように俺は苦難に立ち向かわんとする人間の味方だ。ゼロと蔑まれても強く生きていたお前にも味方していたし、ハーフエルフという種族の問題に苦しみながらも立ち向かっていたテファの助けもした。立場が非常に悪くなると分かっていながら覗きを敢行した水精霊騎士達の味方もした。そんな俺が今回お前に一時のご褒美をあげたいのだ。苦難ばかりでは人生は疲れてしまうからな」

「ご褒美とか随分上から目線ね」

「まあ聞け。褒美の内容なのだがお前とあともう一人にある娯楽を提供したいのだよ俺は」

「もう一人って誰よ」

「そろそろ来る頃だよ」

俺がそう言うと寝巻き姿のメタボ体型の少年、マリコルヌが居間にやって来た。

「来たよタツヤ。なんだい楽しい事って・・・?寝ようとしたけど何か気になって寝不足気味だ」

「マリコルヌ?何でコイツが・・・」

「さて、ご両人が揃った所で今から始める娯楽について発表したいと思う。寝起きドッキリだ」

「「は?」」

ルイズとマリコルヌは何それと言った表情で俺を見た。
そうだろう。寝起きドッキリなんて文化はハルケギニアにはあるまい。
だが我が故郷では今や早朝娯楽文化の定番となっているのだ。

「簡単に説明すれば寝ている奴に様々な悪戯をしたりしてそのリアクションを楽しむ娯楽だ。予期せぬ弱味も握れる事もある」

「それって寝ている側からすれば大迷惑じゃない?」

「終わればまた普通に寝てもらうだけだ。二度寝は幸福感があるからな」

大体寝起きドッキリは娯楽であって朝駆けとは違うからな。
よくそういう漫画アニメゲームとかでR指定な行為で主人公超得という展開も耳にはするがそんな不埒な行為はしない。
精々やるとやってもイ●リー●田程度の行為だ。アレが限界だ。
寝起きドッキリ自体が公序良俗に反してると言われればそれまでだが最低限のTPOは弁える。

「あくまでそういう行為ではないという訳か」

「寝込みを狙って貞操を奪うなど貴族のすることではなかろう」

「寝込みを狙ってるのは変わりはないんだけどね。話を聞いている限り詰まらなそうなんだけど、寝ていい?」

ルイズはどうやら睡眠欲の方を優先したいようだ。
うむ、ならば仕方がないな。
俺は乗り気のマリコルヌに向かってこの作戦のターゲットを言う。

「このドッキリのターゲットはギーシュ、キュルケ、テファ、あと真琴と他一名だ」

「流石に全員はやらないんだな」

「メイド勢は朝は早めだし働かなきゃいけない。エレオノールさんはお仕事あるしレイナールは何となく外した。ルイズの母ちゃんは命が危ない」

「成る程、暇そうな面子だね。・・・あれルイズ?目が血走ってないかい?」

マリコルヌのいうとおりルイズの目は寝不足のせいか血走っているように見えた。
だが俺は分かる。奴の鼻息は恐ろしく荒いことから、興奮しているのだ。
理由?お察し下さい。

「急に目が覚めたわ。私も参加するわ。嫌とは言わせないわ」

まくし立てるように言うルイズに俺たちは若干引いた。
そんな訳で俺たちは寝起きドッキリ作戦を開始するのだった。


【ドッキリその1:ギーシュの場合】

何事も初めは掴みが大事という訳で最初の生贄はギーシュに決定した。
まあ正直この面子じゃ誰得のターゲットだが、その分ドッキリも派手にしてる。
だがドッキリを敢行する前に言っておかなかければいけない台詞がある。

「みなさん、おはようございま~す。本日は私主催の寝起きドッキリ大会にご参加戴き有難う御座います。さて既に私たちはギーシュ隊長の部屋に潜入完了しました。どうですかルイズさん。男子の部屋ですよ」

「若干イカ臭いかもという心配もあったけどそうでもないわね」

限りなき小声で俺たちはギーシュの部屋で話している。
マリコルヌは既にノリノリで物音を立てぬように部屋内を物色中である。
彼は現在この部屋を防音仕様にするための細工中でもある。
ドッキリなのだから他の部屋に迷惑をかけてはならない。
懸命な方々ならもう分かるだろう。そう、ギーシュにやるドッキリはアレである。
ルイズが笑いを噛み殺しながら杖を少し振り上げた。
ギーシュは恋人の名前を呟きながらぐっすりと眠っている。
マリコルヌがこちらに戻ってきて工作が終了した旨を伝えてきた。
俺は頷いた後、出来るだけ爽やかな声で言った。

「敵襲ー!!」

次の瞬間ルイズは杖を振った。
彼女の杖が振られると小規模な爆発がギーシュの真上で起きた。

「!!!???」

ギーシュは爆発音と共に跳ね起き、勢い余ってベッドから落ちて頭を打っていた。
だが彼は頭を押さえながらも杖を取りいるはずがない敵に対して警戒するような態勢を取った。

「て、敵襲だと!?何者だ!?」

「とーう!!」

などとマリコルヌは叫びつつ、毛布や掛け布団をギーシュに向かって投げ放った。
毛布に包まれたギーシュは潰れたカエルのような声を出した。
俺とマリコルヌはギーシュが怯んだ隙に彼を毛布ごと持ち上げベッドの上に押さえつけた。
必死にもがくギーシュだが抵抗するとろくなことはないと言ったばかりにマリコルヌがギーシュの尻にカンチョーしていた。
別にそこまでノリノリにならなくてもいいのだがルイズが爆笑してるのでいいや。

「要救助者確保ー!」

爆発に巻き込まれた要救助者が救出されたという設定だった。
ギーシュも事態を大体把握したのかややぐったりした様子で大人しくしていた。
そりゃそうだ。こんな悪ふざけをする者など限られるからな。
持つべきものは我が友人。正に友情は大事である。
ようやく毛布から顔を出したギーシュに俺は小声で言った。

「お早う御座います隊長。刺激的な朝だな」

「主に尻にばっかり刺激があったんだが」

ルイズには見せないように配慮しているがマリコルヌのカンチョーのせいで前立腺が刺激されてしまったのか、隊長の隊長は直立不動である。
正直直立不動にはまだ早い時刻なので隊長の隊長には一刻も早いご就寝を勧めたい。

「・・・で、これは一体何なんだ?」

「寝起きドッキリ」

「命の危険の後に尻穴の危機を感じてドキドキはしたよ」

「ならば大成功だな!」

ドッキリの成功を祝して俺たち三人はハイタッチを交わす。
ギーシュは疲れたような目でそんな無邪気な俺たちを見ていた。

「・・・で、僕はもう寝てていいのかい?」

「いいけどトイレ行かなくていいのか?」

俺はギーシュの下腹部に視線を寄越しながら言った。
ギーシュはしばし沈黙した後口を開いた。

「・・・行った方がいいな」

賢明な判断、流石隊長である。


【ドッキリその2:キュルケの場合】

さてギーシュのドッキリはルイズたちにドッキリの何たるかを理解してもらう為の所謂前戯に過ぎない。
トイレに行って色んな意味でスッキリした結果目が完全に覚めてしまったギーシュも加えた俺たち四人はキュルケが寝ている個室に来た。
ここで本来警戒すべきなのは彼女の使い魔フレイムだが姿が全く見えないので同行していないのだろう。

「流石に婦女子の寝室に侵入するのは不味いのではないかね?」

「そうだなギーシュ。だが今お前は不思議なときめきを覚えている筈だ。違うか?」

俺もギーシュも心に決めた女性がいる。
だがそれでも不思議なときめきを覚えるのは事実だ。
相手もいないマリコルヌなんかは既にハイテンションである。

「私としては何の感慨もないんだけど」

そりゃこの感情は野郎にしか分からん。
静かに部屋の扉を俺は開ける。
部屋の中はキュルケの色気に満ちた香りがしているような気がした。
さて、婦女子相手に爆破ドッキリを仕掛けるわけにはいかない。
男は何事にも紳士たらなければならないのでそういう野蛮な行為はしてはいけない。
そんな訳で俺の手にあるのはやや太目の魚肉ソーセージです。
ド・オルエニール及び近海の魚のすり身を加工し製作したこの子どもにも人気の魚肉ソーセージを朝ごはんとして食べてもらおうというのだ。
安心したまえ、味は一級品だ。本当は串に刺して間に鶉の卵でも置いておきたかったんだが色々やばいのでやめた。
何?エッチなのはいけないだと?大丈夫、僕は18歳だから!
そもそもただ魚肉ソーセージの試食をしてもらうだけであり他意はないのだ。そっち方向に考えるから駄目なのだ。

俺たちの目の前で艶かしく寝返りをうつキュルケにマリコルヌは興奮してギーシュと軽くハイタッチしていた。
今回厳正な抽選(ジャンケン)の結果、キュルケにブツを食わせるのはルイズである。
ルイズがゆっくりとキュルケのベッドに近づく間、俺はあるものに気付いた。
部屋の中に備え付けられているテーブルの上に飲みかけのワインが入ったグラスがあったのだ。
マリコルヌもそのことに気付いたようでワイングラスを手に取り少し考えた後、いきなり飲み干した。
この男、寝起きドッキリの演出を分かってやがる!?

「何をしているんだね、君は!?」

「何を言っているんだい、僕は喉が渇いたからワインを飲んだだけだ」

俺は知ってる。マリコルヌはキュルケが口をつけたと思われるかすかな汚れを確認した後、ワインを飲んだ。
つまりコイツは間接キスを敢行したのだ!何て野郎だ!最高だ!

一方ルイズは魚肉ソーセージをキュルケの口元に近づけ、どうしたものかと思案していた。
小さな頃から魔法が使えない分勉学に勤しみ、恋愛ごとといえばワルドとの年の差交際ぐらいしかしたことのないルイズはキュルケのように男性経験が豊富というわけでもない。
だがてっきりワルドと一緒になると思い込んでいた頃は彼を喜ばせる為にその・・・そっち方面の知識をちょこッと齧った事はあるから無知というわけでもないのだ。
ただ勿論経験などないし、こんなときどうすればという応用もあるわけがない。
とりあえずルイズはソーセージをキュルケの口に押しやってみた。

「んん・・・っ」

口元の異物感に対して嫌がるような声をキュルケは出した。
・・・・・・なんだろうこの気持ちは?
加虐心とでも言うのか、そのような心がムクムクと芽生えてきそうな勢いだ。
何だかイケナイ気持ちになりかけた彼女に声を掛けたのは勿論この男だった。

「ルイズ、涎が出そうだぞ」

「・・・ハッ!?」

「ソーセージならたくさんあるから今は食欲を抑えろ」

すみません、食欲ではなく性欲です。
ともあれイケナイ欲望が収まったルイズはソーセージをキュルケの頬にぺちぺちと当てた。
毛布の隙間から零れ落ちそうな豊かなバストが見える。

「たまらん・・・ッ!!実にッ・・・!!」

マリコルヌは今にも血の涙を流しそうだった。
欲望に忠実すぎる様子が実に酷い。
お前この後テファのドッキリもあるんだぞ?

「正直寝巻き姿で良かったな、ギーシュ」

「下着とかだったらマリコルヌは暴走してるな」

俺としては全裸という危険もあったのだが意外に慎み深い所もあるキュルケはそんなことしないよな。
だがマリコルヌは荒い息を吐きながら俺たちに反論する。

「お前たちは・・・わかっていないんだ・・・!服の間からチラリと見える胸、太もも、臀部・・・!!そのチラリズムこそ非常にそそる・・・!!征服感と達成感が合わさる事によって生まれる相乗効果で興奮倍増で僕絶頂という訳さ・・・!!」

熱弁するお前に感心はするが尊敬はしない。

「も~・・・何よ・・・?」

マリコルヌの熱弁のせいなのかキュルケが不機嫌そうな声をあげて目を覚ましたようだ。
ルイズがそれに気付いてキュルケの口元にソーセージを突きつける。
それと同時に俺は言う。

「スタート!」

「は?」

起きたら何故か俺たちがいることについて理解が追いついてないようだ。
彼女の目の前にはルイズがピンク色の長めで太い棒を持って彼女に突きつけている。※魚肉ソーセージです。

「頑張って、キュルケ」

「何をよ!?」

「頑張れキュルケ」

「10秒経過」

「バクッといけ!」

突然応援されている事にキュルケは意味が分からないといった様子である。
やがてマリコルヌの応援から目の前のものは食べれると認識したのかキュルケはソーセージに齧り付いた。

「終了~!およそ27秒で終わったぞ」

「な、何?」

「キュルケ、今回の早朝早食い大会、暫定一位な訳だがどう思う?」

キュルケとしては早朝いきなり味は良かったが妙なものを応援されながら食べさせられて尚且つ達也がドアップで『どう思う』と言ってきて本当に訳がわからなかった。朝駆けにしては趣が可笑しすぎるし大体人数が可笑しいし面子も可笑しい。・・・?早朝早食い大会?

「それは名誉な事なのかしら」

「一位だしな」

「・・・わーい」

キュルケが力なく喜びの言葉を言う。
そして彼女はルイズから貰ったソーセージを食べつつ、俺たちを睨んだ。

「で、何なのよ。こんな大人数で」

「寝起きドッキリです」

「ワインテイスティングに来ました」

俺とマリコルヌはさも当然の如く言った。
キュルケはマリコルヌの言葉からテーブルを見て空のグラスを見つけて溜息を吐いた。
彼女がされたのはソーセージの試食とワインを飲まれただけである。
彼女の身には何ら被害はないので怒るといえば勝手に部屋に入られた事だろうがこの屋敷は達也所有である。
達也がどの部屋に入ろうが特には問題はないがマナーはどうした。

「此方の目的は終わったから寝てていいわよ」

「はぁ・・・そうさせてもらうけど・・・」

「そ。じゃお休みキュルケ」

そう言ってルイズはさっさと部屋から出て行く。続くようにマリコルヌ、ギーシュと出て行き最後に俺が出ようとする。

「タツヤ」

するとキュルケが俺に声を掛けてきた。

「何だ?もう寝て良いんだぜ?朝飯出来たら呼ぶが」

「ううん違うわ。私が言いたいのは『次は一人で来てね』ってことよ」

そう言って微笑むキュルケは実に淫靡な雰囲気を纏っていた。
そのようなアダルトな彼女のお誘いを聞き俺は笑いながら言った。

「分かった、ルイズにそう言っとく」

「意地悪ね貴方」

「そうさ、悪い男には引っかかるなよキュルケ」

俺はそう言ってキュルケの部屋を去った。
据え膳食わぬは男の恥と言うがそれは節操がないのを正当化しただけだと思う。
そんな悪い男に捕まって幸せにはなれる可能性は高いとはいわない。
さて、ドッキリはまだ続いている。次のターゲットは我が妹である。
・・・まあルイズが暴走しないように監視しておこう。

部屋に一人残されたキュルケはベッドに横たわり呟く。

「ま~たかわされちゃったわねぇ・・・」

ただの鈍感なら怒るのだが、あの男は此方の好意が解った上であのようにかわしているのではないか?
好意を一旦受け止めてそのまま放り投げる行為をする達也は悪い男だ。
だからこそ彼は自分に『悪い男には引っかかるな』と言ったのだろう。
打てば響くが此方が意図していた音と違う音で響く彼は無反応より性質が悪い。
でも打てば響いてくれるのだ。
キュルケの脳裏に浮かぶのは魔法学院が襲撃された時の達也の姿である。
物語に現れるような英雄のような姿は今も目に焼きついていた。

「微熱のキュルケ・・・か」

キュルケは自分の通り名を呟く。
微熱なら頭がぼうっとする程度だが、この感覚は違う。
今まで色々な男と関係を持ったがこの感覚は知らない。

「タツヤ、貴方はホント・・・」

微熱のうちに病気に対する対処をしなければ熱は下がらない。
残念ながらキュルケという少女は今までその微熱から酷くなる事がなかった。
そのため彼女のその病気に対する療法は自然治癒に任せていた。

「悪い男よ・・・」

だが自然治癒には限度というものがある。
そういう観点から抗生物質などの薬の服用は大事なのだ。

高熱に苦しんで人は始めてそれに気付くのだから。




(続く)



[18858] 第147話 芸人が本来やるべき仕事をしないでください
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/11/30 14:56
寝起きドッキリはあくまでドッキリであってそれ以上の危害をターゲットに与えてはならない。
そもそもドッキリ自体がその人の人となりやら本性らを知るための一種の心理テスト的な外面もあるらしい。
だが、ドッキリもやりすぎれば罪であり、バラしどころが肝心でもある。
その分寝起きドッキリは解り易い為怒るものなどあまり居ない。
ドッキリが終わればそのターゲットは二度寝してもいいし起きて別のターゲットのドッキリに参加してもいいのだ。
キュルケは二度寝を選択し、ギーシュは同行を選んだ。
この参加自由の娯楽は丁度中間点にさしかかるのだが・・・正直先ほどから妙な事になっている。

【ドッキリ3:真琴の場合】

今回のターゲットは真琴である。
我が愛する妹の寝起きドッキリは過激なものにはしない予定なのだが、しないと言っているのにコイツはどうやら人の話を聞いていないようだ。
そう、ルイズである。
彼女は先ほどから落ち着く事をせず、屈伸運動、シャドーボクシング、深呼吸にヒンズースクワット、果ては腹筋に腕立て、廊下を軽くダッシュしたりしていた。
・・・・・・・・・うん、俺も疑問に思ってるんだが、何でこの女は身体を温めてるんだろうね。というか廊下走るな。
それはマリコルヌも思ったのか、彼はその疑問を口に出した。

「ねぇ、ルイズは一体どうしてあのような運動をしているんだい?」

「ふむ・・・」

ギーシュが少し考え、彼なりの意見を言いはじめた。

「僕が思うに彼女は自らから溢れ出る情欲が暴走しないようにああいうそこそこ激しい運動をして悶々とした気を発散しているのではないか?」

「もしそうだとしたら、なんと健気な!」

「いや、マリコルヌ。健気もクソもない。同姓の幼女相手にああまでしなければ情欲を抑えきれないと言うか自制を普通に出来ない時点でおかしいだろう」

着ている服が汗でじっとりと湿り、額には汗が光り、爽やかなそれでいて欲望が滲み出ているような荒い息を吐き出していたルイズの意気込みは並大抵のものではない。
正直並大抵未満で十分なのにそこまで真琴が好きか。そのご好意には大変感謝だが貴様の毒牙から護るのが俺の仕事だ。
あの妙な夢・・・自分が主人公の筈だったとほざく野郎が現れた夢を見てから考えることがある。
ルイズは俺を宝と言ってくれた。正直その時は感動を覚えたのだが現状のこのザマでは敬意は払いたくない。

もし・・・もしだ。俺のような既に誰かにゾッコンの男を召喚せず、愛の就職活動中の同年代の若者を召喚してたらルイズはどうなっていたんだろうか。
ルイズは顔は文句なしに美少女、それは俺だって認めてやる。
女を誰とも決めずにフラフラしてる思春期男子なら顔だけで惹かれるだろうな。
そうなると好感を持ってルイズに接する事になるんだろうな。問題の性格は横に置いとくが。
俺が体験した事をそいつも経験するとは限らないが、恐らくルイズに異性として好感を持っている奴ならば普通に男女の関係になってるんじゃないか?
で、アルビオンで七万相手に突撃、戦死でご苦労さんと。
ジュリオとか前教皇、ジョゼフの死んだ使い魔の様子からすればルイズは虚無の担い手として『ガンダールヴ』なるものを召喚する予定ではなかったんだろうか?
だが残念、ご覧の有様だよHAHAHAHA!
呼ばれた当人としては全く持って笑えない。

前教皇の露骨なガッカリした顔やその後俺を殺そうとしたあの行動から、『ガンダールヴ』って相当凄い使い魔なのね。
お、だったらアルビオンでの七万人との戦いやガリアとの戦争もスマートに終わらせられたんじゃないの?
ひょっとしたら教皇サマも死なずに済んだのかもしれないしなぁ。でもあの人死んだのって総大将で押されてもないのに前線近くに出てきて目立ちすぎたからなあ。
ジョゼフでさえ一応安全そうな場所にいたのにな。
死人の悪手を責める気は全く無かったのだが、一応命を狙われたんでこのくらいの悪態はいいだろう。

悪いなぁルイズ。お前の使い魔は伝説の使い魔じゃなくてさ。
悪いなぁルイズ。フラフラしてなくて。
でもこれも人生の試練と思うがいいさ。
呼ばれた俺も迷惑してんだからお前も迷惑しろ。

だが試練の中にも休息は必要と俺は考えているためこのようなドッキリ企画を進行している。
ルイズの様子は兎も角、この扉を開けぬことには進行はしない。
それでは愛する妹よ、お前の貞操は兄ちゃんが守ってやるからな。
俺はそう決意して真琴の部屋の扉を開けた。

このド・オルエニールにおける真琴の部屋は俺やシエスタ、あるいは領内の有志の方々、果てはルイズが仕立て屋に頼んで作った人形などが陳列されていた。
俺が作った人形は流石に他に比べて不恰好だな。ウサギがクマに見える。蚯蚓のぬいぐるみは最早抱き枕状態だし。
だがあり難いことに真琴は俺の作ったぬいぐるみは自分に一番近い枕元に置いてくれている。
まさしく兄冥利に尽きる妹の愛で目頭が熱くなる勢いであるが、そんな彼女の寝顔はこれまた天使のごとき安らかな寝顔だった。
彼女のベッドの側の机ではハピネスもすやすや眠っており、警戒心の欠片も無い。
正直ハーピーらしく起きて騒ぐかと思えば、俺たちは完全に味方と認識しているようだ。愛い奴である。

「これはまた可愛らしい部屋だな」

「そうだねぇ、こう、女の子~って感じだよね。分かるかな?女性じゃなくて女の子」

ギーシュとマリコルヌが微笑ましそうに真琴の部屋の感想を言っている。
そうだな、色気は感じられないが少女特有の神聖さというのだろうか、そんな空気がこの部屋からは出ている。
穢れなき純真無垢な少女の寝室に穢れまくった俺たち四名というのも無粋である。
いや、そういう意味で穢れてるのはギーシュだけと思うのだが、ルイズとマリコルヌは思想が穢れており、俺はお世辞にも綺麗な奴とは言えない。
いずれ俺もギーシュと同じ理由で穢れたいのであるがまあいいだろう。
気を取り直し俺はすやすや眠る妹の頭を撫でてみた。

「ふみゅ・・・?」

すると真琴は可愛らしい声をあげた後、

「えへへ・・・」

と、眠りながら微笑むという素晴らしい芸当をやってのけた。
その様子を食い入るように見つめていたルイズは俺にでかしたという表情を見せていた。
その右手のガッツポーズは一体なんですかルイズさん。
・・・分かってるとも。ルイズよ、お前も触れ合いたいのだろう?
だが待て。寝ている幼い妹を撫でるのは兄貴の特権だと思うよ。
この神聖な行為を貴様は蹂躙しようとでも言うのかね?違うだろう?見たまえこの寝顔。動いても寝ていてもこの娘は天使だ。

・・・だが、次第にルイズの鼻息が荒くなっているのに気付いた俺は暴走する前にルイズを呼んだ。

「いいか、おさわりは顔のみ。しかも触れるだけ。極度に撫でたら起きちゃうからな」

「努力するわ」

「いや、努力じゃなくてそこは約束じゃないの君」

ルイズは眠っている真琴にゆっくりと手を伸ばした。
そしてその赤子のような手触りの肌に手で触れると、陶酔したかのような顔になり、身体を僅かに震わせた。

待ちに待ったこの瞬間がやってきたのだ。
兄公認で彼女に触れるこの瞬間、自分の身体の感覚を全て指先にこめていた。
そして触れた瞬間、彼女は多大なる幸福感とともに下品な意味で絶頂を迎えるという最悪な反応をした。
禁断症状に苦しむ毎日は正に雌伏の時であった。
待ちに待っていたのだ。
恥を忍びながらもこの瞬間を待っていたのだ。
愛情というものは実に尊きものだがある側面では醜くもある。
だが愛情はその醜ささえ超越することもある。
彼女の口元からは光るものが見える。ぶっちゃけてしまえば涎だ。
だが自分の口元を拭おうとせずルイズは真琴の柔らかそうな桃色の唇に嫌な息を吐きつつも触れた。
そしてその瞬間だった。

はむっ。
ルイズの指が真琴の口内に侵入した瞬間だった。
ルイズは瞬間、背筋を伸ばし、白目を剥いて震え始めた。
その間にも彼女の指は真琴の口や舌に蹂躙されており、先ほどから擬音で表現したらまんま成人指定のような卑猥な音がしていた。
そんな中、野郎どもはこのような話をしていた。

「ちょ、ちょっといいのかい?この光景・・・」

「・・・色々こみ上げるものはあるが、指はセーフだ。ギリギリな」

「そうだねぇ・・・こうして情景を見てなければ明らかに・・・」

「俺はルイズを吊るし上げ、釜茹でにしてたな」

「目が笑ってないよタツヤ・・・」

この光景に対して協議中であった。
そりゃ情景見てなきゃただのアレである。
音がね、アレだしね。『ぴちゃ』とか『ぐちゅ』とか『ぷはっ』とかやば過ぎだけど指だから何の問題も無い。
実際そういうプレイはあるらしいがメジャーは足だし、何の問題もない。
そう自分に言い聞かせて俺は惚けた様子のルイズの咥えられたほうの手を取ろうとした。
だが、その時、ルイズの咥えられてないほうの腕がゆっくりとあげられた。
・・・あれ?この体勢は?
そしてルイズは小さな声で確かにこう言った。

「私の人生、もう一片の悔いはないわ・・・っ!!」

「悔いが無ければ死ぬがいい!!」

「嫌よ!この幸福を永遠のものとするにはやはりタツヤ!貴方が邪魔なのよ!」

「ルイズ、幸福はたまに来るから幸福なのだ!」

「今の私はとても充実して最高に仕上がった状態よ。今なら!」

ルイズがそう言って杖を出そうとしたその時、俺は冷めたように言った。

「そうかそうか、時にルイズ」

「・・・命乞い?」

「いや、聞きたいんだが、そのスカートの奥から出てるその液体はなんですか?」

「・・・え?」

その瞬間、何故かギーシュが青ざめて引いた。
恐怖で漏らしたあの液体とは違うのは明らかだった。
やがてルイズもそれが何なのかに気付き、ガタガタと震え始めた。
そして真琴の口から指をとりだし、その場に寝転がってこう喚いた。

「私を殺せ!!殺してくれえええええ!!!」

「・・・どういうことだいギーシュ。あの液体は・・・」

「・・・汗ダヨ汗」

「人の妹に欲望丸出しの汗を垂らすなど貴様は全シスコンの敵である!よって後でカリーヌさんに告げ口します」

「お仕置きの内容はともかく、聞いた感じでは凄まじく低レベルだ」

ギーシュは頭を押さえて言う。
・・・まあ、近くでこんだけ騒いでれば当然なのだが気付くとベッドの上のターゲットが不思議そうな様子で起き上がっていた。

「うにゅ・・・?おにいちゃんにルイズおねえちゃんに・・・ギーシュおにいちゃんとマリコルヌおにいちゃん?どうしたの?」

「うおっ!?起きてるよタツヤ!?」

マリコルヌが驚いて俺に言うが、俺は至極冷静に真琴に言った。

「ハイ、真琴。お兄ちゃんと歌の時間です。『わたしのわったしの彼は~♪』」

「『アデ●ンス~♪』」

ニコニコ笑顔でコルベール先生にはキビしい歌を歌う真琴にルイズは恍惚の表情と共に鼻血を出す。
ハイ、寝起きで一芸できるかどうかのドッキリ大成功。次行くよ次。
とりあえずルイズは履き変えろ。そして切り替えろ。
俺は真琴にかつてルイズに歌った子守唄と同じ歌を歌い寝かしつけ、次のターゲットの部屋に向かった。

【ドッキリ4:ティファニアの場合】

むしろ野郎どもにとっては、特にマリコルヌのような奴にとってはテファがメインイベントであろう。
テファも心優しい女の子なので酷い事はしたくない。

「この先には正に女神がいるんだな」

妙に気合が入るマリコルヌの気持ちは分からんでもない。
いや、別にそういう事をするわけじゃないんでそこまで身だしなみを気にしなくてもいいぞ?
キュルケとは違う神秘的な魅力を持つテファの寝室に入るのだ、まあ、下品はだめだよな。

「あまり下品な事はやるなよ?絶対やるなよ?いいか絶対だぞ?」

俺はそう言って念を押すが、これはつまり何かやれという暗黙の依頼である。
マリコルヌはサムズアップした後頷いた。

「・・・テファに妙な真似をしたら爆破するから」

ルイズも念を押すが、お前が言うなと言いたい。
さあ、そろそろ行くぞ。奇乳が俺たちを待ち構えているんだからな!
妙な精神の高揚と共に俺は扉を開けた。

ティファニア・ウエストウッドは魅力的な少女である。
そのような魅力的な少女もここ最近の戦争で大層心を痛めてしまった。
・・・あのままアルビオンで静かに暮らしていれば戦争に巻き込まれる事も無かったのかもと思うと、彼女には悪い事をしたのかもしれない。
ルイズたちの話ではこの領地に来てのテファは孤児の子ども達と遊んだり世話をしたりして笑顔だった日が多かったらしい。
それは大変いい事なのだが、そうなると余計に外の世界に連れ出してよかったのかと考える。
・・・馬鹿馬鹿しい。よかったかどうかは本人が決める事だ。
今の彼女には同年代の友人がたくさんいる。それを彼女がどう思うかじゃないのか。
彼女の幸せは俺が決める事じゃないし俺にはそんな資格はない。
・・・彼女の真の幸福など俺が知るわけもないのだ。
幸福は人それぞれだ。表面上の幸福は大体人類共通で美味い物食べたり収入があったりとかだが個人の幸福など他人が知ることもない。

ルイズやギーシュ、テファやキュルケ、タバサに姫様や姫さん、マリコルヌにレイナールにモンモン、ジュリオやゴンドラン爺さん、ラ・ヴァリエールの人達やこの領内の人達、学院襲撃の際に出会った少女やジョゼフや死んだその使い魔の幸せも千差万別。
その全てを完全に幸せにしようだなんて不可能に等しい。
人生が幸福だったかどうかなんて結末の時にしか解らない。
他人からすれば恋人と添い遂げることなく死んだ我が親友ウェールズ、再会の時が生きていた時から考えれば一瞬しかなかった親愛なるダークエルフのフィオ、目的も遂げられず殺された前教皇ヴィットーリオ・・・他人からみたら悔いが残りまくる人生じゃないのかと思われるのだが。
・・・まあ、少なくともワルドは幸せと思うんだが。理不尽じゃね?

「何気にきちんと整頓されているな」

「一応他人の屋敷の部屋をあっという間に汚くするような女性に見えるか?」

「違いない」

ギーシュの感想にマリコルヌが突っ込むというある意味珍しい光景である。
だが、マリコルヌは机に置かれていたハンカチに注目していた。
まあ流石と言うべきかこの部屋に飲みかけや食べかけのものは一切置いておらず、マリコルヌも大変不満ながらも感心していた。

「食べ物を大事にする性格みたいね」

「むしろ一般的な貴族が当然のように飯を残してるんだがな」

「嘆かわしいわね」

何かこのハルケギニアにおいては食事を飲みかけ食べかけで席を立つ貴族は少なくない。
これに関しては魔法学院のマルトーもご立腹だった。
ルイズはそもそも食堂で飯を食べる事が少ないし、ギーシュも厨房で食べるようになって食事は残さない。
タバサとマリコルヌはそもそも残すどころかおかわりまでしてる。
その他は大体残してる。キュルケも例外ではない。
まあ、食いきれる量以上の量が出てるのも確かなのだが。

そう貴族の食事事情を考えるとマリコルヌはテファのものと思われるハンカチを手に取った。

「一般的な何の変哲も無いハンカチだな」

ギーシュのいうとおりマリコルヌの持つのは一般的な緑の無地のハンカチである。

「いや、変哲はある」

「何?」

「若干湿っている」

そもそもハンカチが湿っていても何の疑問も無いのだが、その後のマリコルヌの行動は疑問全開だった。
マリコルヌはおもむろにそのハンカチを口に入れ咀嚼しはじめたのだ!

「何をやっているのアンタ!?」

「それは食べ物ではないぞマリコルヌ!?」

お前この企画理解しすぎだろマリコルヌ!?
そのハンカチはまず間違いなくテファのものでありテファが触って何かしら手を拭いたなりした事は明白。
ならばそのテファの乙女の肌から分泌された僅かな汗、若干の垢もあるかもしれない。
それを水で薄めたとはいえそのハンカチに付着するはテファのエキス!!
その微量な体液が付着したその布を噛み締めるように租借する漢、マリコルヌに拍手を送りたいが賛辞は送れない。

「基本無味無臭だけどほのかに甘い香りがしたよ。優しい味だ」

何が優しい味だ。お前は優しくもない最高の変態紳士だ。
それでは儀式も終わった所で肝心のテファの寝顔チェックです。

「正に芸術作品として残したい美しさだね。キュルケとは違った魅力もある」

「何だろうねこの気持ち。キュルケの時は全裸で突撃したいって感じだったけど、ティファニアはその・・・侵してはいけない聖域のような・・・」

キュルケはなぁ。流石に男性経験が多いだけあって寝てる姿も男を誘惑できるのは流石だ。
でもテファはなぁ・・・。真琴と同じく無垢な面が押し出されてるな。
確かに真琴と違って色っぽいんだよ?マリコルヌは胸部をガン見してるし。

「・・・寝顔も色っぽいって女性としていいなぁとは思うわ」

ルイズがそうテファを見ながら呟く。

「ルイズ、まぁそう言いなさんな。お前も寝顔は可愛いんだよ?寝顔だけ」

「誉められていると思ったら貶されていたわ。どうしましょう?」

「ほう、お前も言葉の真意を読み取るまでに成長したか。お兄ちゃんは嬉しいぞ義妹よ」

「わーい、誉められたわとでも言うと思ったか!?」

「ルイズはノリツッコミを覚えた!やったねルイズちゃん!」

「むきーっ!馬鹿にしてー!!」

「貴様ら・・・僕の目の前でイチャイチャするんじゃないよ・・・」

「マリコルヌ、これは使い魔による主の調教です」

「おのれタツヤ!私は今アンタの本性を見たわ!私を調教して自分色に染め上げようという魂胆ね!でもそうはさせないわ!この私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは誇り高きラ・ヴァリエール家の公女!例えこの身は蹂躙されようとこの心までは犯せないものと知りなさい!!」

「さて、テファの寝巻き姿を確認しよう」

「そうだね」

「いささか抵抗感はあるのだが、いいだろう」

「決死の口上を華麗にスルーして進行するなぁ!?」

ルイズは俺の足をローキックしながら言った。痛いから。
さて、テファの寝巻きだが・・・ネグリジェとか着てるのかな。
ありえないけどバスローブとかだったらたまりませんなぁ、はっはっはっは!
そんな馬鹿なことを思いつつ俺はドキドキして毛布をめくった。

そうか、テファは白の下着なのか。
一瞬そのようなことを思った。そりゃそうだ。
彼女は下着姿で寝ていた。バ、馬鹿な!?下着だと!?
しかも胸当て・・・ブラのような下着は今にもはちきれそうであり寝返りなぞしようものなら・・・と思って俺は視線をやや下に向けた。
・・・あの零れ落ちそうな胸元に見えるはもしかして乳の輪と書いてるアレではないだろうか。そうかピンクかーってヤバイヤバイ!!
俺は即座に毛布を掛けなおし、期待に胸膨らませるマリコルヌとギーシュの方を見て言った。

「アクシデントの発生だ諸君」

「・・・どうしたの?」

ルイズが何だか心配そうに尋ねてくる。

「テファの寝巻きは下着だった」

「・・・世の中には裸で眠る者もいるんだ、下着姿で寝るくらいは・・・」

「・・・まさかタツヤ」

マリコルヌはどうやら気付いたようだ。
アレほど豊満な胸を持った少女が下着姿で寝ている。
眠っている時、そのままの体勢で眠り続ける事は難しい。
テファほどのボリュームの胸にあった下着は中々ない。それほど規格外の胸が寝ている際動いたらもしかしたら弾みで・・・?

「突起物の周りにあるピンク色が見えてる状態である!」

「ぬわんだとォォォォォォォォ!!!??」

あくまで小声で叫ぶマリコルヌの衝撃は計り知れない。
これはドッキリの筈がドッキリを仕掛けられたに等しい事件である。
マリコルヌは溢れ出る欲望が鼻から出そうになったのか鼻を押さえながらよろめいた。
見えてしまったのは事故として処理するとして、これ以上はテファの身体をさらけ出す訳にはいかない。
今回はドッキリという名の娯楽なのだからテファを傷付けてはいけないのだ。

「拝むだけでもいいから見せてくれ!」

「アホか!テファはこれでも身持ちが固いから意図的にそのようなことをすれば信頼度がガタ落ちになるぞ?」

「ぐぬぬ・・・欲望を取るか理性を取るか・・・欲望に決まってるだろうがぁぁぁぁぁ!!!」

そう意気込んで邪魔者の俺に襲いかかるマリコルヌだったが、ギーシュとルイズによってその身を拘束されてしまう。
娯楽とは常に理性的ではなくてはならない。
そう、加減が出来る者こそが娯楽を楽しむ資格があるのだ。
欲望を抑えきれないものが娯楽に興じれば待っているのは破滅だからな。
ルイズも物凄く頑張ったのにマリコルヌは何という体たらくだろうか。
徐々に彼の顔が悔しさに歪んでいくのが分かる。

「マリコルヌ、ここまで来てお預けは嫌だと言う様な顔はよせ」

「しかし!」

「不幸な事故によってお前の視覚を楽しませる事は出来なかった。だが人間の感覚はまだ他にある」

俺はあくまでテファの身体が見えない程度に毛布を持ち上げて、マリコルヌに手招きした。

「だからせめて嗅覚だけはその記憶に留めな」

制限時間実にたったの10秒の嗅覚による至福の時を俺はマリコルヌに用意したのだ。
歓喜のあまり涙目になるマリコルヌは10秒間毛布と布団の間から香るテファらしき臭いを堪能した。
堪能というより深呼吸を三回やって終了だが。
マリコルヌはその後深々と頭を下げていた。
・・・ご馳走様でしたとでも言いたいのだろうか?

「僕は今日と言う一時をけして忘れない。有難うタツヤ。君と友人で良かった」

非常に爽やかな顔で嬉しい事を言ってくれる小太りの友人だが、やった事がやった事なので評価が下がってる気がする。
テファへのドッキリをもってマリコルヌの出番は終了だ。
彼女へのドッキリがこのような状態で終わってしまうのが主催側としても大変残念だが仕方ない。
それでも彼は満足そうに自分の部屋に一人戻って行った。
・・・後に残るは飛び入りのギーシュと、元からいたルイズである。

「・・・これで終わりかしら?」

「まあ、良い余興だったのではないかな?それにしてもルイズはもっと自分を押さえた方がいいね」

「う、うるさいわね。マコトの愛らしさの前では理性なんてないわよ」

「・・・それはとんでもなく危険な発言じゃないか?」

疑問形でいうところがギーシュの優しさだろうが危険そのものである。
というかお前らなんで終わったと思ってるんだ?
部屋から出るまではドッキリは終わってないんだぞ?

「・・・?あ・・・れ?タツヤ・・・と・・・あれ・・・?」

あ、テファ起きた。
ギーシュは青ざめ、ルイズはしまったという表情になる。
何を慌てている。早朝ドッキリというのは向こうが悲鳴をあげる前に本題に入ってしまえば全く問題は無いのだ。

「それでは聖女様も起きた事ですのでこれより第一回美少女と添い寝の権利とオ●ーナを買う権利争奪ジャンケン大会決勝戦を行ないます。赤コーナー、幼女を愛する変態公女ルイズー!」

「変態は余計よ!?」

「青コーナー、我らが隊長、良いのかこの大会に参加して?ギーシュー!」

「ありがとう、ありがとう」

本当はギーシュのところにマリコルヌがいた予定なのだがその辺はアドリブだ。
そもそもジャンケンという概念がハルケギニアには無かった為説明に苦労するかなと思ったがすんなり受け入れられた。
そう考えるとこのゲームを生み出した先人は偉大すぎる。あと最初にグーを広めた喜劇王もだな。

「え、ええ?」

テファが混乱している間にやる事やりましょう。

「三回勝負ですよ!最初はグー!」

「ジャン!」

「ケン!」

「ポン!!」


第一回戦 ルイズ:チョキ  ギーシュ:グー

第二回戦 ルイズ:チョキ  ギーシュ:パー

とりあえず解説をしたい。
まず一回戦はルイズが敗北した。
この場合にチョキを出した理由については最初はグーから来ると俺は思っている。
ルイズの思考は恐らく最初はグーから相手が次に出すのはグーに勝てるパーである可能性が高く、ならばチョキ出そうという思考だったんだろう。
全く根拠がないので彼女は自分の策によって敗北したが、すぐに軌道修正し、前に相手が出した手に負ける手を出しやがった。
その結果ギーシュはルイズの策に嵌ってしまい敗北した。連続でチョキ出したよこの女。

「ギーシュ、次も私はチョキを出すわ」

そして三回戦直前,ルイズは心理戦を仕掛けてきた。
ギーシュはそれを聞いて少し考えたあと、俺に目配せをした。

「それでは泣いても笑ってもこれに勝ったら優勝だ!行くぞ!」

「ジャァァァァン」

「ケェェェェン!」

「ポンっ!」


第三回戦 ルイズ:チョキ  ギーシュ:チョキ  俺:グー


俺の大勝利だった。

「優勝者決定!優勝者は主催の俺!したがって添い寝権利も俺が頂く。無論行使する相手は真琴だからよろしく」

「な、何ですって!?テファじゃないの!?」

「俺は美少女と添い寝の権利と言っただけでテファと添い寝と明言した覚えは一度もない」

「お、おのれ!謀ったわねタツヤ!!」

「クククク・・・どうだ悔しかろう?悲しかろう恐ろしかろう?ギーシュに心理戦を仕掛けたは見事。だがその程度の知略では俺を出し抜くことは出来んわ!ぬわっはっはっはっは!!」

「なんて卑劣な・・・!!碌な死に方はしないわよアンタ!!」

「俺の希望する死に方は老衰及び腹上死です」

「そりゃ僕もだ」

「良かったわね、爆死させてあげるわ」

「クックックック・・・いいのかルイズ?こんな場所で爆破などすればテファも巻き込みお前は恐らくカリーヌさんに折檻されてしまうぞ」

「テ、テファを人質に取るつもり!?」

「違うなルイズ!俺は彼女の友人として彼女の安全を優先しているだけだ。テファを傷付ける事も厭わないお前の暴挙を貴族として使い魔としてそしてテファの友人として許すわけにゃあいかねえ!」

「お、おのれ!!これでは私が悪人みたいになってるじゃないの!」

「正義を自称する者が、幼女に指を咥えられて絶頂を迎えるか」

「それをここで言うな!?」

ギーシュはやれやれといったように首を軽く振り言った。

「ルイズ、どうやら君の旗色が悪くなってきたな」

「いいえ、ギーシュ。例え旗色が悪くなろうが、こんな外道に対して逃走はないのよ!」

ルイズはそう言って俺に殴りかかってきた。
薄暗い部屋で危ないから俺はそれを避けた。
避けた先は壁だった。

「へぎょ!?」

ルイズは壁に激突してフラフラになっていた。
もう、あまりはしゃぐな。危ないから。
そのような保護者同然の思考になるほどの余裕がある。
涙目のルイズの額を擦ってやりながら俺は言う。

「お前、笑いに身体張りすぎ」

「誰のせいよ誰の!?」

誰のせいだろうね?
一旦治療の為ルイズはギーシュと共に部屋から出て行った。
・・・あ、しまった。出て行くタイミング逃しちゃった。
後ろにはいまだ事態を把握できてないテファがいるわけだが。

「タ、タツヤ・・・」

不安げに俺の名前を呼ぶテファ。
いかん、このままでは泣かせてしまうやもしれん。
ふむ、まずは挨拶からだな。

「お早うテファ。でもまだ寝てていいぞ。俺もすぐ戻るし」

「・・・何で私の部屋に・・・?」

「寝顔を見に来ました」

「へぇッ!?」

「と言う寝起きドッキリだよ。ちょっとした悪戯心さ、悪かったなゴメンよ」

俺はしゃがんでテファと同じ目線の高さで謝った。
テファは毛布で少し顔を隠すようにして照れているようだ。
・・・まあ、寝顔見られたら恥ずかしいもんだしな。
彼女の長い耳が少し動いているのが見える。
人間とエルフが分かり合えた結果の存在である少女は世間の冷ややかな目には敏感である。
だけど彼女の周りはそんな目ばかりじゃない。
温かく彼女見守る目もある。中には熱い視線を送る野郎たちもいるが。

「あのねタツヤ」

「何だ?」

「こういう事をしちゃ駄目なんだよ。びっくりするから」

そういう目的でやってるから。

「驚いてたのか?」

「びっくりしたよ。起きたらタツヤ達が何かやってるんだもん」

ならば今回のドッキリも成功したという訳か。
主催側としてよかったと思うと同時にここは平謝りするべきかね。

「でも・・・」

テファはにっこりと微笑んで言った。

「目が覚めてすぐにタツヤがいたからびっくりする前に安心しちゃった」

「俺はお前の親じゃないぞテファ?」

「うん、分かってるよ。でも何だか安心したんだ・・・。最近まで気を張ってなきゃいけないことが多かったから・・・」

心優しき少女に襲い掛かる戦争の波は確実にテファの心を蝕んでいたのだ。
彼女には確かに同年代の友人が多い。ルイズたちも彼女を気にかけていたと聞く。
アルビオンの森の中で子どもたちと穏やかに暮らしていたテファの運命が変わる事になったのは恐らく俺と会ったせいなのかもしれない。
恨まれそうな状況なのにこの娘は俺を見て安心したとか言ってます。

「・・・テファ。俺は何時までもこの世界に留まる訳には行かない」

「・・・そうだね」

悲しそうな顔になるテファ。
そう、彼女が『世界扉』の魔法を使いこなせないとは言え覚えてしまった以上、俺と真琴が元の世界に帰れる術が出来てしまったのだ。

「いずれお別れのときもやってくる」

「・・・・・・」

何となく泣きそうな表情になっている。
所詮俺はこの世界にとっては余所者でしかない。
元の世界には俺を待つ者がいるから・・・俺は帰んなきゃいけないのだ。

「だがよ、俺がこの世界にいる限りさ、君は安心してていいんだ」

俺は今はルイズの使い魔。
何だかんだでルイズは死なせん。兄として妹の真琴も全力で守る。
この世界で出来た友人たちも出来る限り死なせたくはない。

「頼りないかもしれないかも知れないけどな、俺は・・・この世界にいる限り、君を守れる人間になれるよう努力するよ」

断じて断言はしない。努力するだけであり守るとは言ってない。
中々へたれてる発言だと我ながら情けなく思える。
だがテファはゆっくり首を振った。

「頼りなくないわ。私にとってタツヤは世界で一番頼れる人よ」

「俺より姫様やルイズの方が・・・」

「私を外に連れ出してくれたのは貴方じゃない」

・・・こりゃ参った。
テファは微塵も外の世界に来た事を恨んだ事はなさそうだ。

「そうか・・・」

「タツヤは私の居場所を作ってくれた。子ども達の居場所も作ってくれた・・・マチルダ姐さんの事だって・・・」

孤児院は村の若返りの計画の一環だし、マチルダはそんな中偶々やって来ただけだし・・・。
まあそういう事情でも彼女にとっては感謝するに値するんだろう。

「いや違うなテファ。子どもたちはともかく、君の居場所は君が作ったんだ」

恐らくその居場所はこれからも広がっていくだろうと思う。
結構な茨の道だがテファは負けないと信じよう。

「だから礼なんて言わなくていいのさ。それでも言いたいなら俺はどう致しましてというだけだけどな」

「タツヤはやさしいんだね・・・」

「優しい時はマシュマロのように優しいが厳しい時は非情だぞ?二面性を持った悪い人だよ俺は」

主にその非情な面は暴走したルイズに向けられるのだが。
テファはこう言ってくれるが俺は自分が優しいと思った事はない。
人生の難易度がハードな分、俺がイージーであるはずがない。
優しさだけでは愛は奪いきれないと言う歌もあったがホントその通りで人間厳しさも必要である。
まあ、自分に甘いような気がするのは仕方がないが。

「テファ、近いうちに・・・別に今日でも構わんが、寝巻きを買いに行こう」

正直これが言いたかった。
この世界において服を買わなければいけないのはテファ、エルザ、真琴である。
首都に繰り出してこの三人の服を買う。本当はマチルダ辺りが行きたいらしいのだが彼女は孤児院で忙しい。
・・・領主なのに暇そうだから街行ってと言われる俺も俺だが。

「え・・・?」

「分かりやすく言えば真琴と他数名の同伴のデートで御座いますよ、お嬢さん」

・・・初デートではないぞ、確認するが。
妹同伴のデートならもう杏里とやってるもんね。
大体行く筈だった杏里とのデートも誘ったのは俺だ。
デートなどと言えば聞こえが悪い?なら買出しだ。自分の服は自分で見たいだろう。
真琴も同伴するので保護者で俺も行く。というかテファを一人で街に出すか!?

「・・・うん・・・行く」

「そうか。なら決定だな。行くのはもっと後の時間だから寝てていいよ。んじゃおやすみ」

俺はそう言って彼女の部屋を出ようと立ち上がるのだが、その時テファの白い手が俺の手を掴んだ。

「どうした?」

「眠れないの・・・タツヤ」

縋るような視線、行って欲しくないという思いから彼女は達也の手を掴んだ。
このままいなくなりそうで寂しかった。
せめて自分が眠るまでは一緒にいて欲しかった。
達也は自分の最初のともだち。
そして大好きなともだちだったから。

その感情を世界はなんと呼ぶのか、ティファニアがそれを知るには経験が足りない。
だがその感情は嫌なものではない。むしろずっと持っていたら心が若返るらしかった。
例えば達也やギーシュ、ルイズやキュルケなどは簡単にその感情の説明は出来るだろう。
この四人はそういう対象がいた、もしくはいるのだから。

だが、タバサや真琴及びイザベラやらは出来ません。
何故なら経験がない。この感情の説明は未経験者は歓迎されない。

でも分かる事がある。
悪い気はしない・・・という事だった。
少女たちがこの想いを誰に向けるのかは未来でしかわからない。

この感情は彼女にはまだ説明できない。
そう、分かりたい。でも分からない。
どうして達也と会うとこんなにほっとするのか・・・。
そんなの達也にも分かりませんがな。HAHAHAHA!

縋りつくような視線を受けている達也は彼女にふっと微笑みかけて言った。

「しょうがないな」

と。
ティファニアの心臓の鼓動が大きくなった気がした。


ルイズの治療が終わり、ギーシュは彼女と共に達也の様子を見に来た。
まだティファニアの部屋にいないか確かめる為だった。
だがそんな心配は杞憂かのように達也は彼らを待ち構えるように立っていた。

「って・・・テファ!?」

「起きてしまったのか?」

達也の横にはティファニアがどこかガッカリしたような表情で立っていた。

「大丈夫かよルイズ」

「・・・何とかね」

「水を飲んだら落ち着いたみたいだ。ところでドッキリはもう終わりかね?」

「この屋敷にはドッキリを仕掛ける奴はいないでしょ?」

「・・・あと一人いるぞ」

「・・・何ですって?」

ルイズが訝しげに尋ねる。
俺は三人に後について来いと手招きした。
そして俺のまえには『地下』に続く扉があります。

「この扉は?」

「知らないようだから説明すると、地下室に続く階段部屋だな。この屋敷は地下の方が地上より広い」

「へー」

いずれこいつらと共に探検しようなと約束してそろそろ本題に入る事にした。
階段部屋に入り、途中の酒蔵部屋を抜け、書庫内の隠し通路を抜け、豪華なベッドがある部屋に出る。

「こんな場所がどうして地下にあるのよ!?」

「妙な雰囲気だね・・・装飾品がやけに豪華だ」

「ついて来てくれ」

この部屋にある大きな鏡・・・これは『ある場所』に繋がっている。

「・・・?鏡以外何もないじゃない」

「・・・それにしても凄い体験をした気がするんだが・・・一体どういう原理なんだ?」

「タツヤ・・・ここ、どこ?」

「この先にいる人が次のターゲットだ。始めにいっておくけど大声は厳禁な」

俺は正面の壁を押す。
すると壁が回転していくではないか!
その向こうの光景にルイズは特に声をあげそうになった。
続いてギーシュが冷や汗を垂らし、テファはまだ分からないように首をかしげている。

「ルイズ、質問だ。ここは何処かな?」

実際来ておいてなんだが俺も緊張している。

「こ、ここは・・・姫様の・・・アンリエッタ女王陛下の寝室よ・・・」

ルイズは顔を引き攣らせ言うが、俺の右手にある魚肉ソーセージを見るとムンクの叫びのような顔になってしまった。


【ドッキリ5:アンリエッタの場合】



(続く)



[18858] 第148話 愛の真実を映すは鏡
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/12/03 16:10
さあ、ドッキリもいよいよ終盤である。
まさかの王族がターゲットという命知らずにも程がある行為だが、此方としても一応男爵という爵位をくれた姫様にお礼の言葉を言いたい。
感謝するしないは別として何か名誉を承った以上、礼を述べるのは人として当たり前のことではないかいな?

「だからって早朝じゃなくてもいいでしょ!?公式に呼ばれた時にお礼を言えば良いじゃない!」

「物事は早く終わらせる事が大切だろう。公式に呼ばれる時より前に俺は元の世界に帰っちゃうかもしれへんやないかー」

何故かインチキ関西弁で受け答えする俺に胡散臭げな視線を送るルイズ。

「これはあまりにも畏れ多い行為だぞ!?タツヤ、君は命を投げ捨てるつもりかい?」

「大丈夫だギーシュ。俺はここで命や貞操を投げ出すつもりは一切ない」

「待て、後者の心配をする必要が何故あるんだ!?」

以前の件(※99話~100話)もあるので、俺はアンリエッタが凄まじき肉食女性という事を確信している。
というかアレを経験しといて無警戒で会える野郎は危機管理がなさ過ぎる。
我が親友が命を落としてしまったのは実に残念な事である。
彼が生存していれば紆余曲折の末、結ばれて後継者の為にいやんばかんうふんそこがお乳なのあはんみたいな行為に耽り、我が親友は搾り取られ腹上死という男の夢を完遂したのだろう。実に彼は無念だったと思う。童貞のまま死ぬとは彼の無念を思うだけでも涙が出そうである。
童貞脱出の道はかくも命懸けであることは俺も只今実感している訳だ。
昨今の性関連は俺が元の世界にいた時点で童貞は小学生で捨てたという奴もいた。全然捨てれない奴も居る。
後者は素直に援助したいが前者にはただ一言『死ね』という言葉を贈りたい気分である。後そんな小学生に股を開くな!
昔の元服ですら15歳だろうが!いきなり大人の階段上るんじゃねえ!?

・・・俺は例え杏里が中古だろうと構わない。
二回目の帰還の時、彼女は俺以外の男の部屋に行って襲われかけた直後だったらしい。
もし襲われて世間で言う杏里が寝取られる(と言っても当時は恋人じゃないのでこの表現は可笑しいが)事になっても奪い返すので此方としては全く問題はないが、世間はそうは見てくれないという事を杏里は分かっていたんだな。

俺はウェールズが死んでからのアンリエッタを見ながら思うことがある。
彼女のように何らかの理由で恋人が死んだら俺はどうなってしまうのかと。
ある人はあの世の恋人が悲しまぬように気丈に新たな恋を探し、ある人はその人との愛に殉じ、またある人は後を追い、ある人は廃人同然になる・・・。
さあ、俺はどうなる?どうなるんだろうな?あと二つは論外だもんな。
まあ、例え大切な人が死んでも生きている限り人は進まなきゃならない。
俺たちの時計はまだ止まってはいない。チクタクと時は刻まれている。
大切な人が死んでもその人との思い出は自分が生きている限り生きているというのは聊か陳腐であるが、忘れる必要はない。
全ては人生の糧。人の事を思う事は確かに尊き感情だ。俺も杏里は大好きだし、家族も大事だ。友人も大切だ。
だからと言ってあまりに思いすぎて自分が壊れてしまっては駄目だと思う。それを愛が深いという者もいるだろう。だけど壊れた姿は哀れなだけじゃん。
まあ、人間そんなに強い奴ばかりでもないし俺の考えはある一個人の考えに過ぎない。
俺は霊魂やらの存在を信じざるを得ない状況にあるしな。俺なんかの為にたまにでてくる親友や、あのやかましいダークエルフもどうやら側にいてくれてるようだ。
というか前者はいいのか?恋人の側にいなくて?もしかしたら霊魂って分身できんの?
まあ、そういう存在があると分かった以上、死んでもそいつは見守ってくれているというのが実感できる運が良いのか悪いのか分からん境遇にある。
普通はそんな実感ないしな。俺が特殊なだけだな。

アンリエッタは新たな恋を探しているようだが、その相手に俺だけは勘弁してくれ。
というか前回のアレは何かの間違いと言え。童貞にして美少女に対して身の危険を感じたのはアンタが初めてだ。

「それでは数々の危険は承知の上でドッキリを遂行したいと思います」

「冷や汗をダラダラ流すぐらいならやめちまいなさいよ」

「タツヤ・・・今なら戻れるわ。ね?やめよ?」

世間様から『聖女』と呼ばれている二人は此度のドッキリに引き気味である。
だが、ターゲットを前におめおめ帰ることなど一番やってはいけない事である。

「問おうギーシュ」

「何をだい?」

「お前たちは何故、ばれれば死ぬと分かっていた覗きを遂行した?」

「そ、それは君を元気付ける為に」

「だが俺は不在だった。それなのにお前たちは女体の為に命を賭けた。何故だ?」

「・・・それは・・・!」

「それは単純だとも。見たいからだ。人間の好奇心は時に理性をも超越しなければならない。それは何故か?その好奇心なくして人類の発展などないからだ!ギーシュ、お前たちが女体を見たいと思った気持ちは理解できる。ならば俺の今の欲求も理解してくれ」

「君の欲求とは?」

「姫様のリアクションが見たいです」

「それだけの為に命と名誉を捨てようと言うの、タツヤ!?」

「ルイズ、男という生物は馬鹿な生き物なんですよ」

「限度があるわ!?」

「ルイズ。確かにこのドッキリで失うものが出て来るかも知れない。だが考えてくれ。テファのようなハーフエルフやエルフ達と比べたら俺たちの命なんてちっぽけな物だ」

「それがどうかしたの?」

「分からんか?俺たちは短い命で何を成すかで人生の価値が決まるのだよ。確かにお前の言う名誉を守ろうとするのを良しとする生き方もある。だがしかし、それは安定を求めた無難な生き方だ。あの時ああしてればという考えに陥りやすい生き方だ。今、この時そのような選択をしていいとは俺は思わん。例え先に待つのが闇でも、今この時は俺は閃光のように生きて闇を光に変えてやろうではないか」

「せ、閃光のように・・・ですって・・・!?」

衝撃を受けたように固まるルイズ。
そう、このドッキリという名の娯楽において安定など無意味な言葉だ。
理性的に最高な刺激を求める為、安定など最初から投げ捨てている。
人生は何時だって挑戦であり試練である。
そのような人生に安定など求める事は人生終盤に差し掛かった者のみが言えることである。

「そう、閃光のようにだ。大丈夫だ姫様が起きたらすぐ逃げるから」

「・・・むむむ・・・」

「どうして迷うのか理解に苦しむが、陛下には危害は及ばないのか?」

「可笑しい事を。俺は姫様の騎士なんだぜ一応。危害なんて加えるかよ」

「・・・いやしかし・・・」

「ギーシュ。これはあくまで娯楽だ。それに俺はこの方の悲しむ顔は苦手でな」

「・・・その言葉、訂正はないな」

「男たるもの、淑女に対しては紳士でなくちゃな」

「・・・それって遠回しに私を淑女としてみてないって事になるんじゃないかしら?」

「お前が淑女?またまたご冗談を」

「このヤロー!馬鹿にして!私だって社交界ではラ・ヴァリエール家の三女は上品だとか言われてたんですからね!」

「上貧の間違いでは?」

「胸部を見ながら言うな!?」

軽妙なセクハラトークはこれぐらいにしてそろそろ本題に入ろう。
静かに寝息を立てるトリステインの王女の傍らに立ち、その寝顔を俺は眺めた。
やばい、泣きそうだ。どうもこの人見たら杏里そのものに見えるから困る。
うーん、王族の女性はやはり臭いが違うな。高級感がある。
しばらく眺めていると、眠っている姫の口がかすかに開いた。

「んん・・・ルイズ・・・これはわたくしのモノです・・・あん・・・違います。タツヤさんもわたくしのものです・・・貴女のものはわたくしのもの・・・わたくしのものはわたくしのものなのです・・・ふにゃ・・・」

「違います姫様、あのドレスも人形も靴も全て私のです」

何かトラウマでもあるのかルイズはそのような事を呟き始めていた。
テファがそのようなルイズの様子に引きながらも心配している。
というか俺はルイズの使い魔だがルイズの所有物にまで成り下がった覚えはありません。
元の世界に帰すという約束をした以上ルイズにとって俺は俺の世界からの借り物に過ぎないと思うんだが。

「では、失礼しますよ、姫様」

ジャイアニズムな夢を見ている最中非常に悪いのだが、ド・オルエニールが誇る魚肉ソーセージ、通称魚肉棒の味見をしてください。
王室お墨付きならこの食品はかなり売れてくれると思うんだ!
そんな訳で俺はこの魚肉棒をアンリエッタの口元に近づけたのだ。
そして魚肉棒が彼女の口元に触れたその瞬間、アンリエッタは一瞬眉を顰めたが、何と寝たままの状態で口を開け、魚肉棒にむしゃぶりついたのだった。
一瞬この人は食事の夢でも見ているのかと和みそうになったが、なんだか様子がおかしい。
食べ物の夢を見ていると仮定してみると可笑しい点がたくさんあります。
具体的な描写は出来るだけ避けたいが、あえて言うならばそれは吸う物でも舐めるものでもない。
これはあくまで食べるものだ。

「おいし・・・」

味は自信ありである。
OK、これで言質は取れた。女王も認めるこの美味さ!
これでこの魚肉棒は老若男女に馬鹿売れ間違いないぞウワハハハ!
肝心の魚肉棒はかじられた形跡もなく唾液塗れだがそれでも姫が恍惚の表情(寝てるけど)で唸るこの美味さ!
これはド・オルエニールのみならずトリステイン独自の名物になりそうな勢いである。

「そういう言質の取り方は駄目だろう」

「そうは言うが堂々と出向いてこれ食えと言って王室警備の皆さんが認めると思うか?」

俺は寝ているアンリエッタの口から魚肉棒を取り出し、彼女のベッドの近くの机に置いた。
アンリエッタは寝てはいるがその息は荒く、口元には唾液が少量だが光って見えた。
その有様を見て俺は思った。ここで終わらせようと。
ささっと目を覚ましてもらって挨拶して帰ろう。
挨拶の内容は男爵にしてくれてありがとうでいこう。
とりあえず口元を拭いてやらないとな、一応高貴な方だし・・・。
俺はハンカチを取り出しアンリエッタの口元に近づけた。
だが、その判断は間違っていた。

「!!!!」

俺の伸ばした右腕が何者かの手に掴まれていたのだ!
俺は戦慄しながらも冷静にその手の主を目で追った。

「フフフフフ・・・・ウフ・・・ウフフフフフフフ」

その先には身の毛もよだつような微笑を浮かべ、此方を見つめている女王様がいらっしゃいました。
ルイズ達はいつの間にか起きていたアンリエッタのこの微笑を見て固まっている。
そりゃそうだ、この場にいる以上俺たちは一蓮托生だし。
だが俺はジェスチャーでルイズたちに逃げろと伝えた。
一番初めに反応したのはギーシュだった。
彼は頷くとテファとルイズをつれて回転する壁の向こうに逃げた。
そうだ、いいぞ、逃げるんだ皆・・・!
出来れば俺も助けるという期待もしたけど儚い夢だった。
恐怖に潰されそうなのを堪えていると、アンリエッタは不気味な笑いを続けながら言った。

「今日は善き日です、そうは思いませんか?」

「ま、まだ日の出には早いですよ?」

「いいえ、善き日です。国の世継ぎを授かるには・・・ね。ウフ、ウフフ、ウフフフフフフフフフ」

「それはせめて昼ぐらいで判断してください。それでは」

俺は掴まれている手を振り払おうとする。
しかしその手は離れず、反対に俺はアンリエッタによってベッドに引きずりこまれてしまった。
目の前には寝起きのせいか濁った瞳に見えるアンリエッタの顔があった。
彼女の顔は見るからに上気しているんですが、風邪ですか?

「今日という今日は逃がしませんよ・・・フフフフフフフフ」

「束縛されるのは嫌です!?」

「安心なさってください。すぐに好きになりますわ」

アンリエッタの吐息が鼻腔をくすぐる。
なまじ杏里に生き写しなだけに挫けそうだ。
そもそもこの様な美少女、しかも高貴でエロい女性に誘惑されたら大抵の野郎はその誘惑の激流に身を任せ同化しそうだ。
だが残念なことに俺はその大抵の野郎のカテゴリーから弾き出された野郎らしい。
暴走する肉食獣に簡単に屈するほど俺は諦めは良くないのだ。
俺は近づいてくるアンリエッタの目に向かってフッと息を吹きかけた。

「ひゃんっ」

思わず目を閉じてしまうアンリエッタ。
その手の力が緩まったその瞬間、俺はベッドから転がり落ちるように脱出した。
俺は即座に立ち上がり、アンリエッタと距離をとった。
アンリエッタはゆらりと立ち上がり、右目を押さえて俺を恨めしげに睨んだ。
しかしそれは一瞬の事ですぐさまニヤリと微笑んだ。

「前のようにアニエスの助けを期待してはなりませんよ?この早朝にわたくしの寝室に侵入するという事は不埒者として成敗される覚悟があるという事ですわ」

「助けを呼ぶ必要はないですよ。アニエスさんには迷惑をかける事はないですから」

「・・・アニエスには随分とお優しいのですね・・・・・・妬ましい」

いや、アニエスは俺に対してほとんど被害を与えるという事はなかったので印象は良いぞ?
何処の世界においても強く優しい人格者は好かれると思うんだが。

「初めに言っておきますよ、姫様」

「まあ、愛を囁いてくださいますの?」

「ウェールズじゃあるまいし、んな事しませんよ」

そう言って俺はその場に跪いた。

「この度は私に男爵の位をお与えくださり感謝いたします。この世界に留まり続ける事は叶いませんがそれでもいる限り、私は陛下をお慕いする事を誓います」

要は社交辞令とは言え、これぐらいのお礼は言っておかなければいけない。
何せ俺を男爵にしたのは他ならぬ彼女なのだ。
アンリエッタはしばらくきょとんとしていたが、顔を引き締め女王の顔になった。

「貴方の忠誠は貴方の魂にあります。ですが・・・これからもよろしくお願いいたします、タツヤ殿」

「はい」

「そんな事より、そろそろわたくしに愛を誓ってくださりませんか?」

「流すな!?あとウェールズはどうした!?」

「ウェールズ様のことは今もお慕いしています・・・。ですが彼は申されました。新たな恋をせよと」

ああー、そんなこと言ってたね。

「わたくしは無理だと思っていましたが・・・この心の中に彼以外の殿方が巣食うようになったのです」

うっとりしたような様子でアンリエッタは俺を見る。
いや、そりゃあさ、生涯その人に愛を捧げなきゃいけないって事はないさ。
姫様もまだ若いから生涯死んだウェールズに操を立てろとか俺も言わないけどさ。
俺としても好意を向けられるのは悪い気はしないよ?でも俺は売約済みなんだよな。

「ウェールズ様も無茶な事をするお方で、わたくしは心を痛めていました。ですが貴方はそれ以上にわたくしの心を蹂躙していく事を何度もしました。七万に単身挑んだり、ガリアに乗り込んだり、ジョゼフと一騎討ちをなさったり・・・この度のガリアでの吸血鬼騒動も貴方が解決したと現女王から伺っています。そのことで貴方を正式にガリアの民にする魂胆も見えるほど・・・このままでは貴方もわたくしの元から去っていくのではないのかと思うと・・・わたくしは・・・!」

まあ、どの道去るとは思うのだが、ガリアの姫に取られるのはそんなに癪なのだろうか?
どちらにせよアンリエッタにとってウェールズの死は結構なトラウマのようだ。

「しかし、神はそんなわたくしを見捨てはいたしませんでした。今日この時が千載一遇の好機!タツヤさん、わたくしは貴方に恋人がいる話は存じております。ですがそれが何だというのです?そんな事は今のわたくしには障害にすらなりません!」

「ひ、人の嫌がる行為は慎むべきでは?」

「そのような行為を避けていては外交は出来ませぬ。わたくしは女王としてそれを学んでおります。安心してくださいタツヤさん、わたくしも不幸ながら生娘。共に己を高めあいましょう!」

「姫様、冷静になってくださいよ!理性なくしては人間は・・・!」

「そうですね、理性を取るか欲望を取るか・・・上に立つものとしては理性を・・・と言いたいところですが今は欲望ですわ!!」

そう言って猛然と俺に襲い掛かるアンリエッタ。
その手には杖が握られており、口は呪文を紡いでいた。
マリコルヌと同レベルかあんたは!?
彼女が放つのは水の魔法。なにやら粘性がありそうな水の矢が俺に襲い掛かってくる。
意思を持ったようにその水の矢は避けても追いすがってくる。コ、コイツはヤバイ!!

「さあ、観念してください」

アンリエッタが杖を振ると、水の矢は肥大化し、俺を包むようにして飲み込まんとした。
今にも覆いかぶさりそうな粘性の塊を見て、俺は歯噛みした。
そしてその瞬間、俺の両手のルーンが輝いた。

「ウフフ・・・これはあとでお掃除が必要ですね」

自らの魔法で拘束されたであろう達也の姿に期待し興奮した発情期の姫はゆっくりと歩を進める。
恋の暴走とはとかく恐ろしいものであり、何をするかわからない。
愛の暴走はすでにトリステイン魔法学院で起きたがアレは薬のせいだった。
このアンリエッタという少女はそれを素でやってしまうあたり、流石王族は違うと言わざるを得ない。
そんな見解で果たしていいのかどうかは不明だが、とにかくアンリエッタは期待に胸躍る気分で杖を翳した。

「!?これは・・・!?」

粘液に拘束されていたはずの達也はいない。・・・って待て、じゃあ達也は・・・!?

「あまりがっつくのも問題ですぜ、姫様」

「!!」

振り向くと、回転扉を開けて微笑んでいる達也がいた。
簡単に言えば達也は変わり身の術でやはり分身を犠牲に助かっていた。
何で女性の誘惑から逃れるのに分身一体消費するのか不明だが、貞操の危機だから仕方がない。

「何で?という顔ですね。俺はそれが見たかったんです」

「タツヤさん・・・わたくしの気持ちを受け取ってはくれませんの?」

「貴女の気持ちは痛いほど受け取りました。ですが姫、俺のちっぽけな腕では受け止め切れませんや。実に残念です」

愛というものは確かに尊いがあまり大きすぎるとうざったくなるのだ。
だから小さい中にも濃密なものの方が大抵上手くいくのだ。
アンリエッタはきっとウェールズの時はいささか消極的だった自分に反省をした結果がコレなのだ。
確かにアンタの愛情は分かるさ。ウェールズは?と聞いた俺が馬鹿みたいなほどにな。
でもさ、今の俺じゃ貴女の愛情を受け止める事は出来ない。
恐らくルイズの真琴に対する愛情も真琴は受け止め切れない。
だから回りの俺たちが彼女を自制させている。
それによってルイズは愛情を小出しする事を強制させられている。
結果、真琴は彼女の好意を受け止めて慕っているのだ。
・・・多分ルイズはその辺分かってないから暴走するんじゃないかな?

「・・・ではせめて・・・せめて・・・!!」

アンリエッタはそう言って俺に近づいてくる。

「この気持ちを静めるためにわたくしを抱きしめてくださいまし・・・!」

縋るように彼女は言う。
そう、彼女は国民に慕われて『聖女』扱いされているが孤独なのだ。
頂点に立つものはどす黒いまでの孤独に耐えねばならない。
この人はそこまで至るには人生経験が足りないのだ。
彼女は寂しい人なのだ。それは分かるさ。俺を最初で最後の親友といったウェールズもそうだったんだろうから。
潤んだ目で俺を見つめるアンリエッタの身体は僅かに震えている。
俺はしばらく考えたあと、アンリエッタの腕をとって引き寄せた。

「愛を囁く事は出来ませんし、抱きしめる事もしませんが・・・胸位は貸しますよ」

「まあ・・・背中だけじゃなかったんですか?」

「俺の背中は壁が使用中ですから」

「・・・ありがとう」

「どういたしまして」

目を閉じて俺に身体を預ける一国の女王。
コレくらいでアンリエッタの仕事が捗るなら安いモンだろう。
なあ、ウェールズ?お前の恋人は随分寂しがってるぜ?見守るだけじゃなく夢枕に立つぐらいしてやれ。
俺のそんな願いに反応するように左手のルーンが淡く輝く。
そして俺の左手は俺の意思とは無関係にアンリエッタの頭を軽く撫でた。
その時アンリエッタは驚いたように俺を見る。
そして彼女の瞳は少し見開かれていた。

「おかしいですね・・・今、一瞬、ウェールズ様とタツヤさんが重なって見えました・・・」

「だとしたらウェールズはちゃんと貴女を見守ってくれてるんでしょうね」

「・・・そうですか・・・そうだといいですね・・・」

そう言った後アンリエッタは顔を埋めてしまった。
きっと離れたら服が濡れてるんだろうなと思いながら俺はふと自分の正面にあった鏡を見つけた。
鏡に映った光景を見て俺はアンリエッタに言った。

「ええ、見守ってますよ。彼は」

大きな鏡に映る俺とアンリエッタ。
そのアンリエッタの傍らには彼女が愛した俺の親友が微笑んで立っていた。


こうして寝起きドッキリは大成功に終わった。
俺はアンリエッタを寝かしてそそくさ退散した。



で、そのアンリエッタを起こしに来たのがアニエスである。

「・・・冷静に考えれば何故私が・・・?」

彼女は溜息を付いて寝室の扉をノックした。
しかし返事はない。何かあったのか?

「陛下!」

と少し大声で呼んでみると、

「は~い・・・」

よかった、無事なようだ。
アニエスはホッとして扉を開けた。
そして固まった。

アンリエッタの寝室は粘液塗れになっていた。

「貴女は一体何をなさっていたのですか!?」

「あと少しで本懐を遂げる所でしたのに・・・!!」

「本懐って何ですか!?」

「ですが諦めませんよ。次こそは・・・!フッフッフッフ・・・アハハハハ・・・ファハハハハハハハハハ!!!」

高笑いをあげるアンリエッタにアニエスは冷たい目で言った。

「まず部屋を片付けてください」

「申し訳ありません・・・」

アンリエッタは部下の冷たい目にただ平謝りした。
そんな上司の姿に溜息をついたアニエスは、机の上にある桃色の肉棒に気付いた。

「陛下、これは・・・?」

「アニエス!それはわたくしのものです!」

急に鬼気迫る勢いになったアンリエッタに若干引くアニエス。
アンリエッタは達也が置いていった魚肉ソーセージを手にとってうっとりとした。
何度も言うがコレは食べ物である。さっさと食え。

「次はこのようなもので誤魔化しはされませんよ・・・」

アニエスはアンリエッタのこの言葉に若干戦慄を覚えた。
目の前では魚肉棒を勢いよく一国の女王が貪り食っていた。
そして今日もトリステインの一日が始まる。



なお、ド・オルエニール製の魚肉棒が市場に出回り始めたのはそれから僅か5日後の事だった。


(続く)



[18858] 第149話 毛根死滅の何が悪いんですか学院長!?
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/12/09 13:48
聖女と呼ばれようが王女の親衛隊の隊長だろうが肩書きがどうであろうとルイズ達は未だに学生の身である。
学生である以上本分である学業は疎かにすべきではない。
そういう訳で何時までもド・オルエニールに滞在できる訳もなく、魔法学院に戻らなければいけない。
無論俺も魔法学院に向かう事になる。ルイズの使い魔であると同時に水精霊騎士隊副隊長である俺はそれだけでも同行するには十分だった。
ゴンドランやジュリオたちに領地の事は任せておけばいいのだから、その点は心配はないのだ。
なお、エレオノールはカリーヌによって実家に強制送還されてしまうらしい。南無。
愛天馬であるテンマちゃんに真琴を乗せると、当然のようにエルザがその後ろに乗り、テンマちゃんの頭の上にはハピネスが陣取った。
・・・真琴はともかくエルザを連れて行くとか言った覚えはないんですが。

「何当然のように乗ってやがるお前は」

「私はおにいちゃんのメイドよ?同行するのは当然でしょう?」

「お前には屋敷を守るという意識はないのか」

「無機物を愛でるのも悪くはないけど私が愛でたいのはおにいちゃんなのよ」

ゆっくりと舌なめずりしながら言うエルザに対し反論するのはシエスタである。

「何を言ってるんですか貴女は!主人であるタツヤさんにそんな劣情を抱くなど、給仕の風上にも置けません!」

「アンタがそれを言うのかアンタが」

ルイズが呆れたようにシエスタに言う。
しかしシエスタは捲くし立てるように言った。

「何を言ってるんですかミス・ヴァリエール!私がタツヤさんに劣情を抱くような不埒な娘とでも思うのですか?」

「貴女はどう感じてるのか分からないけど、私はそう思うわよ」

「違います!私のタツヤさんに懸けるこの想いは断じて劣情などではありません!」

「どう見たって不純なものしか見えないんだけど」

「甘いですねミス・ヴァリエール」

ちっちっちなどとジェスチャーをしながらシエスタは胸を張って言った。

「不純だろうとそれが100%ならばそれは純粋なんですよ。そう!この想いは劣情などではなく給仕と主の情愛!純度100%の愛情を持って私は主のタツヤさんにご奉仕するんです!コレの何処が劣情なのですか!ミス・ヴァリエールのマコトちゃんに対する想いこそ、劣情そのものじゃないんですか!?」

「違うわ、間違っているわよシエスタ!私のマコトに対する愛は母性愛よ!」

実にうそ臭い愛情である。
そもそもお前は母親経験ないだろ。
母性愛ならばあのような反応(多すぎるので例も割愛)はしないだろう。
お前さんに母性自体がないとは言わんがお前の愛は断じて母性からくるそれとは違うだろ。

「愛の討論会はどうでもいいとして、エルザ、テンマちゃんから降りろ」

「ええー?わたしお留守番なんていやよ?」

「いいから降りろ」

「むー・・・」

文句を言いたそうに渋々とテンマちゃんから降りるエルザ。
不満タラタラの視線が俺に突き刺さっていた。
そこに喜色満面の笑みを浮かべてシエスタが言った。

「主人にあらぬ情を抱くからそのようになるんです。身の程を知りなさい!」

「何でアンタが勝ち誇ってんのよ」

ルイズの突っ込みも何処吹く風、シエスタは期待に満ちた目で俺を見る。
俺はテンマちゃんに跨り、真琴に話しかけた。

「しっかり捕まっておけよ、真琴」

「うん!」

「ぴぃ!」

「ああそうだな、ハピネスも落ちるなよ」

「ぴぃぴぃ!」

俺に声をかけられるとハピネスは嬉しそうな表情で俺に頬擦りして来た。
その後、俺は視線を下に向けていった。

「ホラ、エルザ。後ろに乗れ」

前に人間が二人もいると正直危ないのでエルザには後ろに乗ってもらう事にした。
だがそのまま移動すれば危ないと判断した俺は一旦エルザに下馬してもらった。
エルザは置いていかれると思ったようだが、ついて行きたいならいいぞ別に。
エルザはにやっと笑ってシエスタを見た。
シエスタは顔面蒼白の様子で、信じられんとでも言いたげだった。

「この体勢は後ろからやり放題ね、おにいちゃん」

「妙な真似をすれば振り落とすから」

「・・・幼女に対してそんな鬼畜な発言なんて・・・!」

「詐欺幼女にかける情けなどない」

「でも女性に対して・・・」

「俺はお前の耐久力を信じてる」

「嫌な信頼度ねそれ」

並大抵な事では吸血鬼は死なない。
痛めつけられても生きているということはマゾの素養があるという事だ。
ドM幼女とか誰が得するんだか知らないが。
そもそもコイツは幼女としては詐欺の部類だし。
幼女とは乙女の人生の一瞬の煌き、だから美しく愛らしい。
それを永遠としてしまっては有難味がないらしい。
それをこの詐欺幼女はわかっていないようである。

「それでタツヤさん私は何処に乗ればいいんですか?ええ分かってますわタツヤさんの前に抱かれるように乗るんですね分かっていますともこのシエスタには全て分かっていますとも!はいタツヤさん私は貴女の忠実な給仕ですわもとより貴方にならばこの御身を捧げても宜しいと・・・いえタツヤさんでないと駄目だって私は確信していますだってタツヤさんに抱かれるように乗馬すると思っただけで身体がとても火照っているんですもうタツヤさんたら触ってもないのに私をこんなにしてしまうなんて罪な人なんですかでもそんなところも私はお慕いしているんですけどねキャッ!言っちゃった!私ったら給仕の身で何て大胆な事を言っちゃったの?でもこれは真実なんですよタツヤさん私たちは主と給仕の関係などという小さな括りで終わるような関係ではない筈ですええそうに違いありません今こそのの枠を飛び越えて固定概念を払い除けた新たな主と給仕の関係を作りましょう是非作りましょうああ想像するだけで夢が膨らみますねタツヤさん私は子どもは兄弟よりたくさん欲しいですねええ大丈夫ですよ二人ならばどんな困難だって打ち砕けますから私凄く頑張りますからねだから私をご自由にタツヤさんが望むなら滅茶苦茶にしても私はそれでも幸福ですから構いませんさあタツヤさん私は何処に座るんですか?」

「悪いなシエスタ。このテンマちゃんは三人乗りなんだ。君はルイズの馬に乗らせてもらってくれ」

「息継ぎなしの努力が報われないなんてそんな事が許されるんですか!?」

「そういうのを無駄な努力と言うのよフッフッフ・・・」

「おのれエルザ・・・!!貴女さえいなければ・・・!!」

「いいからさっさと乗りなさいよ・・・」

こうして俺たちはトリステイン魔法学院に戻る事になったのである。
ロマリアに向かう前以来に戻るんだなそういえば。



トリステイン魔法学院の学院長室では魔法学院の学院長であるオールド・オスマンが相変わらず暇を持て余していた。
重厚なセコイアのテーブルに肘をつき鼻毛でも抜いていたのだが鼻血が出たためやむなく髭を一本一本抜き始めていたらコレが癖になってしまった。

「暇じゃ。ああ暇じゃ。戦争が終わって世は平和になった。人々の生活を脅かす脅威は当面去ったのは善き事だがこうも暇だと早く乱れろ平和と思わざるを得ないのぉ、そうは思わんかねミスタ・コルベール?」

ミスタ・コルベールは戦争の後、魔法学院の職に復帰し、何時も通り生徒達に授業を教えていた。
確かに戦争は刺激的な事かも知れない。
だがそうは言うがやはり平和は良いものなのだ。
コルベールとしては平穏の中、紫電改の整備をすることが何よりの安らぎとなっているのだ。
最近それにTK-Xも来てコルベールは正に至福の時を過ごしている。
それ以外では彼はギトーなどと酒を飲んだりしているので一応充実はしてはいる生活だ。

「私は別に現状に不満等はないのですが」

「果たしてそうだろうかミスタ?本当に君は今充実してると言えるのか?」

「オールド・オスマンは私に足りぬものがあると?」

もしかして授業の進行方法において不味いことでもあったのだろうか?
それについての非難については甘んじて受け入れる。
自分としては未知の技術の素晴らしさも交えきちんと教えているつもりなのだが・・・。

「まさか私の教師としての資質が足りぬと?」

「何をアホな事を。君の教員適性についてはワシが自信を持ってあると言ってやろう」

オスマン氏はサラッと言ったが、コルベールにとっては涙がでそうになるほど嬉しい言葉だった。

「で、では私に何が足りぬと?」

「頭髪と女じゃ」

「返せ!?私のささやかな感動を返せ!!」

「いや、冗談抜きで心配なのじゃよミスタ・コルベール。お前さんは未だ独身なんじゃろ?研究と結婚しましたと言いたいじゃろうが研究はお主の体調管理はしてくれんぞ?」

「至極真っ当な意見ご感謝いたしますが、私は自らの体調管理はしっかりしています!」

「否!それは嘘じゃ!健康管理をキチンとしている者はそのような頭の状態などならぬ!」

「!!!!?」

目を大きく見開くコルベールは思わず自分の頭を触れる。
手にある感触は自分の頭皮。そう、悲しいことに毛髪ではなく頭皮なのだ。

「ミスタ・コルベール、確かに人間は外見で決まるものではない。人間の魅力とはその本質なのじゃ。ワシは君の本質はある程度知っておる。過去も踏まえて君を教師として招いたのだ。君の人間性は実に魅力あるものだと言えよう。じゃが!そうは言っても第一印象で本質を見るものなどそうはおらぬ!何故か何故か!外見を見て人は思うのだ!こやつとお近づきになりたい、こやつとは距離をおきたいと!重ねて言うが君があの襲撃者と戦わなければほとんどの生徒は何時までも君を変人教師と思い近づこうとは思わなかっただろう。特に女性陣はな」

とは言うがその女性陣の中で、ルイズだけは彼の授業を目を輝かせながら聞いていた事をコルベールは知っていた。
信じられないだろうがルイズは座学では校内一の才女である。
虚無に目覚めていない頃の彼女は魔法では失敗ばかりしていたので目立たないが座学では教師陣も感心する成績だったのである。
名門の家に生まれて魔法がうまく使えない事に歯噛みしていた彼女はならばと座学を極めようとしていた。
彼女が座学を進めているうちに知った事は今の貴族が忘れかけていた平民との共存だった。
そのため自分に出来ない事が出来る者、例えば料理の腕を見込まれて雇われたマルトーや厨房の人々などがそれに当たる。
普通は大人になり領地を持ち統治するにつれてそれが分かっていくのだが、俺は領地を持つことの出来る一握りの貴族だけである。
昔のルイズはワルドと婚約した時からそのような知識を吸収し始めた。
領地を統治する側からすれば平民は蔑む者ではなく、領地を発展させる為の力となる存在である事・・・。
自分は魔法をうまく使えないことが分かっていたからこそ彼女は知識を吸収しようと必死であった。
ワルドでなくてもいつか自分は何処かの貴族に嫁ぐんだろうと思っていたから。
ただの貴族の娘が知らなくても良いことをルイズはそれを良しとせずに知った。
周りから『ゼロ』と蔑まれようとめげずに彼女は自らが目指す『貴族』を目標に突き進んでいた。

彼女のその姿が自分に重なったのか、コルベールは何かとルイズに目をかけていた。
だが彼も内心、何故ルイズは魔法が使えないのに魔法学院に入ったのかと思っていた。
ラ・ヴァリエールの家のプライドの為と彼女は言っていた。
家の名を汚さぬ為、座学ぐらいは出来ないと駄目とルイズは努力していた。
それこそ日夜、雨の日も風の日もである。
コルベールが研究していると外から爆発音が聞こえたこともある。何のことはない、ルイズが魔法の練習をしていたのだ。
それが正しい呪文であっても起こる現象は爆発。
コルベールは雨の中で呪文を失敗して悔し涙を流すルイズの姿を幾度も見ている。
その姿は言わないがオスマン氏もギトーもシュヴルーズだって見ている。
もしその努力すら認める者がいなければ彼女はどうなっていたのだろうか?
生徒達はまだ子供だ。ルイズの努力など歯牙にもかけないだろう。
結果が伴わなければ努力は無駄と言うがそうは思わない。その努力によって培われた経験はその人の宝なのだ。

魔法が使えないと言う理由だけで浮いた話題も何もなかったルイズは学院では孤立していた。
だがそれを教師であるコルベールたちは見逃さない。
トリステイン魔法学院は生徒達の居場所でなくてはならないのだから。
一年生の頃のルイズはとにかく教師との交流が多かった。
生徒は彼女に近づかない。だからなんだ?
だからと言って教師まで彼女を見捨てる理由にならないではないか。
大体トリステイン最強とまで噂される大貴族の三女がいじめで学院やめたとか広まったら血を見る。

コルベールが思い出すのは使い魔召喚でルイズが召喚に失敗した108回目の時である。
他の生徒は既に召喚に成功していた。土竜や火蜥蜴、竜を召喚した者もいる中で彼女だけが呪文を唱えていた。
何も起こらぬときもある、爆発する時もある。だが一向に成功の気配はない。
二年生に進級する際、使い魔を召喚しなければならないのは規則だ。
初めは嘲笑や野次も飛び交っていたが次第にざわつきはじめ、108回目の失敗の時は同情や憐憫の声もあったほどだ。
コルベールとしてももう辞めろと言いたかったが、涙目で109回目の詠唱を始めたルイズにそのような事は言えなかった。

『我が名は・・・っく』

コルベールだけが見えた。
109回目の詠唱を始めんとした彼女は既に悔し涙を流していた事を。

『我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!』

妙に覚えている。
その時のルイズの声は澄み渡っていた。

『五つの力を司るペンタゴン』

それは野次やらがなかったせいだと思っていた。

『我の運命に従いし『使い魔』を召喚せよ!』

ルイズの杖が目の前に振り下ろされるのを自分は見ていたのだ。
そして自分が知る限り、ルイズの魔法が成功した瞬間も自分は見ていた。

『開いた・・・』

思わず自分は呟いていた。
光り輝く鏡のようなゲートの前で呆けた様に立っているルイズ。
そのゲートの中から飛び出すように何かが出てきた。

『ぼふっ!?』

『ル、ルイズが何か召喚したぞー!?』

コルベールはゲートから出てきた者を確認した。
・・・人間、しかも少年である。格好は見慣れぬが貴族ではなさそうだ。

『あ・・・』

ルイズが何かに気付いたように口を開いた。

『アンタ誰?』

『人に名前を聞く前に自分から名乗るのが礼儀じゃないのかよ?因幡達也だよろしく』

―――そして『彼』はルイズの前に現れたのだ。

「聞いておるかミスタ・コルベール?」

「無論ですともオールド・オスマン。第一印象は確かに大事ですがしかし物事はそう単純ではありません。第一印象では人の全てが分かるとは言えません」

「無論、周囲が変人と言おうとも君を認めるものもいた。だが男性として見る者はいなかったようじゃの」

「私の手は血で汚れています。今更女体を抱こうなどとは」

「ミスタ、女体はいいぞ!女体は薄汚れた心を潤してくれる。ああ、フーケもといミス・ロングビルが秘書だった頃が懐かしいわい。いいケツじゃったのにのぉ・・・」

「・・・私に所帯を持てと?」

「人間誰にだって支えは必要じゃ。特にいい年の男にはの。だがそれにはまず身なりをどうにかせねばならぬ。ミスタ・コルベール、君には二つの選択肢がある」

「選択肢?」

「そうじゃ。髪を生やすかもしくは髪を全て剃るかじゃ」

「何その二択!?」

「ええい!前々から言いたいと思っておった!お主の今の頭部は女々しいのじゃ!何じゃ側頭部だけ毛を残しおって!」

「コレは自然現象に対する最後の防衛ラインなのです!コレを剃ってしまえば私は私でなくなります!?」

「ならば髪を生やすがよい!」

「しかし、オールド・オスマン。私も研究者であり男。頭髪については私自身幾度か試したのです」

「あ、試したんだ」

意外そうに言うオスマン氏を睨むコルベール。

「ですが効果はなしか材料が入手できそうにありません。私は教師として生徒達を導かねばならぬ身、そのような事で講義を休むなど・・・」

「そう言うと思ったぞ、ミスタ。君の職務に対する姿勢は賞賛できるものがある。そんな君にワシから頼みごとがあるのじゃ」

「・・・頼みごとですか?」

オスマン氏は悪戯ッ子のようににやりと笑っていった。

「そう。ある魔法薬を作る為の材料を採集してもらいたいのだ」

「それは一体なんです?」

「火竜山脈にしか生えぬ『火燐草』じゃ。書物で見たことはあろう?それを煎じて飲めば風邪などにかかりにくくなり、そのまま食べれば力が沸き上がる薬草じゃ。最近その火燐草の効力に毛生えの効果ありという事が分かってな。信頼できる効果があるという事じゃ」

オスマン氏はコルベールに悪魔の囁きを行なった。

「どうじゃ?頭皮に直射日光は辛くなる歳じゃろう?」

「・・・是非とも向かわせていただきます」

「よろしい。出発は明日からじゃ」

「ハイ」

コルベールはついに己が背負う呪縛から解き放たれる時が来たと思った。
その時だった。
学院長室に入ってきたのはミスタ・ギトー。コルベールよりいくらか若い教師だった。

「オールド・オスマン、ド・オルエニールに向かっていた生徒数名が帰還したようです」

「ご苦労。騒がしくなりそうだの。彼はいるのかね?」

「いますよ。ミス・ヴァリエールの使い魔ですからね」

「それと同時に彼女の初めての魔法の成果でもあったな、彼は」

あの使い魔の少年と出会い、ルイズの運命は大きく変わった。
孤独に近かった彼女の周りには人が集まり始め、何時しかこの学院の中心人物、そしてこの世界の重要人物までになっていた。
聖女として崇められるまでになったルイズだが、自分の使い魔には相変わらず崇められてなかった。
ルイズはもう自分達が守らなくてもいい存在だ。
オスマン氏はそんな教師っぽい事を考え、一抹の寂しさとともに微笑むのだった。

「何がおかしいのか知りませんがオールド・オスマン、今週中までに纏めなければいけない書類整理を早急にお願いします」

「そんなのあったっけ?」

「さっきまで退屈とか言ってましたよねアンタ!?」

そりゃ仕事しなけりゃ退屈に決まっていた。
ギトーたちの冷たい視線の中、渋々オスマン氏は仕事を始めるのだった。
そんな中コルベールは、紫電改を使って火竜山脈に行っていいか達也に聞くために彼の元に行くのだった。



(つづく)



[18858] 第150話 激しい励ましで怪我ないですか?
Name: しゃき◆e2ae8339 ID:3c45cbd5
Date: 2010/12/28 20:26
俺もこの世界に来て少し時間が経ちすぎたのだろうか?
トリステイン魔法学院に来て何故か俺は『帰ってきた』などという事を思ってしまった。
俺がこの魔法学院に戻ってもギーシュ達のような歓迎などはされまい。
一般的な貴族のボンボンから見れば俺はあくまで平民から成り上がった存在でしかないのだ。

「魔法学院は今日も平常運行ってわけか」

「何よタツヤ?盛大な宴でもあると思っていたの?」

ルイズがニヤニヤしながら俺に言う。
この野郎め、自分は聖女などと言われてるから歓迎されてるからって俺に対して優越感を覚えてると言うのか。

「まあ、平常運行なだけでもいいほうじゃない?アンタの今の立場はここの学院生徒にとっては羨望を覚える方が少ないはずよ」

・・・それはつまり俺の現在の待遇に嫉妬した若き貴族の坊ちゃん嬢ちゃんから非道な虐めを受ける可能性が大という事か?
出る杭は打たれると言うがそれはこの世界でも通用するという訳だ。

「やはり上履きを便所に捨てられるという仕打ちを受けるのだろうか?」

「微妙に低レベルな仕打ちね」

「タツヤは見た目が大した事がなさそうだしね」

ギーシュが何気に傷つく事を笑いながら言う。
人間やはり見た目が大事なのだろうか?見た目で人間を判断してたら何時か痛い目を見るとはよく言ったものだ。
残念ながら俺は苛められて快感を覚えるような性癖の持ち主ではない。
別に俺はマゾヒストの方を批判しているのではない。性癖は人それぞれだからいいんじゃないの?
そうは言うのだが限度というものはあります。その限度をブッちぎってるのが残念ながらこの場には二人か三人はいる。
ルイズとかシエスタとかマリコルヌとかルイズとかシエスタとかルイズとか。

「・・・もしそのような事を考えている輩がいたら考え直したほうがいいな」

「随分と自信満々じゃない、タツヤ」

キュルケが頼もしそうに俺を見ていた。
反面、ルイズは胡散臭そうな表情で俺に言った。

「その自信は一体何処から来るのよ?」

「もし俺に手を出せば確実に怪我をすることになるだろうな」

「それでこそ私の雇い主ね、ウフフ」

「た、タツヤさんに最初に雇われたのは私です!?でもタツヤさん、あまりそういう事をしたら・・・」

「ああ、そうだよな。そういう事をしたら痛いから気をつけるよ」

心配そうな表情のシエスタと何だか誇らしげなエルザに俺は言った。

「怪我するのは俺だしな」

「アンタかよ!?」

「一瞬君を頼もしく思った僕らの気持ちを返せ!?」

ルイズとギーシュが非難声明を俺にぶつけるが俺に返り討ちを期待するなよ。
大体俺は喧嘩とか好きな人種じゃないのよね。
自らに降りかかる虐めは無視するタイプなのですよ。
この世界では耐え忍ぶという行為は駄目なのだろうか?
ルイズもかつて苛められていた頃もあったが彼女は嫌味で返してたしな。

「お前さんたちが俺に対してある程度の信頼を置いてくれるのは嬉しいよ?だがな、あまり信頼されても困るわー」

俺は全知全能の神様じゃないのであまり頼られても困る。
それでも彼なら何とかしてくれると言われるような男ではないと自己分析できる。
俺だけで何とかするんじゃなくて皆で何とかして欲しい。
サウスゴータの戦いはあくまで例外中の例外なのだ。
水の精霊に頼まれた世界を救ったりどうしたりするのも俺は皆を巻き込む気満々なのだ。
この世界はルイズたちの世界だ。彼女達の世界の危機は俺が頑張って救うことはない。

「謙遜しているようには思えないわね」

「だって謙遜してないもん」

日本人は謙遜を美とする傾向が強いが、人間は素直が一番である。
向上心を持って『まだまだ』と言うのと謙遜して『まだまだ』と言うのは意味合いが違う。
謙遜しすぎる人間は逆に自分の価値を貶めてるという事もあるのだ。
適度に謙遜、適度に自重、たまに自己主張。
コレこそ世の中を上手く渡る為の術だと思った時期が俺にもありました。
俺の回りにいる輩は自己主張も激しいし自重も不足気味で謙遜は垂れ流すものみたいな考えが多い気がするのはなんでだろうね?

この世界では事なかれ主義は通用しない。
それは平和に守られた俺の世界でも眉を顰められるような主義主張なのだ。
戦争やファンタジーに塗れた世界でそんな平和主義を貫けるほど俺は楽観主義じゃない。
この世界に第9条なんぞ存在しない。平和の為に武器も魔法も捨てろなんて言ったら恐らく可哀想な人扱いだろうな。
自己の身を守るため俺は剣や刀を手にしてきたし、使えるものは何でも使った。
徒手空拳で敵を制することなど俺には不可能である。指先一つでダウン的な芸当は俺にはできません。

「歓迎されないからって拗ねちゃ駄目よタツヤ」

キュルケが笑いながらそんな事を言う。
どうやら俺は皆に誉めてもらいたいのだと思っているかのような言い振りだが誉めて伸びる子かもしれないじゃないか!
まあ姫様直々にお褒めを頂いた身分で何を言っているかといわれればそれまでだが。

「小者臭がするねぇ・・・。ねぇ、タツヤ。君の意見を聞きたいのだけれどいいかな?」

マリコルヌが何気に失礼な発言をしたのが気になったのが質問には答えよう。

「なんだよ?ルイズのパンツの色は主に黒中心だぞ」

「サラッと人の下着の嗜好を暴露してんじゃないわよ!?」

「というか僕の質問内容を全てそっち方向に考えないでくれ!?」

「むむむ」

「むむむじゃないわよ!?」

「はぁ・・・全く君は・・・。時々分からなくなるんだが何故君が男爵になれただろうね?」

「マリコルヌ、出世とは運とコネが大事だぞ」

「コネかぁ・・・!コネが大事なのかぁ・・・!!」

そもそも俺が騎士になったのはルイズの母であるカリーヌの画策のせいである。
あの人の考える事はよく分からんがとりあえず気には入られているらしい。
ルイズが主でなければここまでの出世はない。
ルイズが主でなければ俺はアンリエッタとは出会ってすらいないのだ。
おおよそ実力でのし上がった貴族の皆様には申し訳ないのだが俺が男爵になれたのは運とコネの力です。

「ぴ・・・?」

その時、俺の肩に乗っていたハピネスが何かを察知したように騒ぎ出した。
その直後、やや懐かしい声が聞こえてきた。

「おーーい!」

太陽の光に反射した頭部が神々しいあの方は、ミスタ・コルベールである。
彼は俺たちのほうに向かって飛んできた。
先生直々に出迎えなのはいいのだが中年男性一人じゃやけにせつない。
コルベールは俺たちの前に降り立つと、生徒や俺たちの姿を見回し笑顔で言った。

「やあやあ、無事に戻ったようで何よりじゃないか。時にタツヤ君、男爵になったのだったね、おめでとう」

「これで責任のようなものがずっしりと背中にのしかかるような気がします」

「何、人間たるもの責任の一つ二つ軽々と背負って一人前さ。・・・むむ?タツヤ君、そちらのお嬢さんと君の肩に乗っているのは・・・?」

「第二メイドのエルザと、ペットのハピネスです。見ての通りハピネスはハーピーの子どもです」

「・・・タツヤ君、私は君が未成年者略取をするようには思えないのだが・・・」

コルベールの視線はエルザに注がれているようだ。

「先生、エルザは魔法で幼女化している老女です」

「誰が老女よ」

エルザが文句を言ってるが無視である。
この辺りははっきりさせて置かなければいけない。
考えてみろ、もしこの学院にペドフィリアがいたらどうする?
万が一そのような性癖の奴がこのエセ幼女に恋したらどうする?
詐欺に引っかかったも同然だぞこの場合。

「魔法で若返ったと言うのかね!?どのような・・・」

俺は身を乗り出しそうになったコルベールを手で制した。
何となく分かる。この人はべらぼうに賢い人だ。
恐らく若返りの魔法を応用して頭を若返らせようと考えてるのだ。
しかし老いというのはいずれ実感せねばならぬ悲しい現実である。
その現実を直視して前向きに生きていく、これも人のあるべき姿ではなかろうか?

「先生、これは化粧のようなものです。根本的な解決にはなりません」

俺がそういった瞬間、コルベールは落胆したかのような表情になった。
というか貴方も授業で時々化粧して入りますやんか。主に頭に化粧して。

「根本的・・・タツヤ君・・・私の根本は本当に絶望的なのでしょうか・・・?」

「な、何か急に沈み始めたぞ・・・?」

げっそりしたような様子のコルベールにギーシュは引き気味である。
そりゃウケとか関係なく被り物をしてくるほどこの先生は自分の容姿に悩みを抱えてらっしゃるのだ。
改善の余地なしと思ったら落ち込みもするのかもしれない。

「そ、そんなことありませんわミスタ・コルベール!まだ貴方には希望が側頭部から後頭部にかけて残っているではありませんか」

ルイズがその毛を元にまた生える見込みがあるとコルベールに言った。

「そうですよ先生!例え上の毛が失われてもそれはそれでカッコいいと思いますよ!」

スキンヘッドでカッコいい人物なんか俺の世界ではごまんといる。
例え毛が失われてもそれが全て絶望というわけではないのだ。

「どんな励まし方だね君たちは」

ギーシュが呆れたように言うとコルベールがカッと目を見開いて言った。

「失敬な!私は禿げてはいません!?」

「言ってません!?」

何時にもましてそういう話題にデリケートになっている様子のコルベールだが、いっそ剃ってしまえばいいのに。
だが彼にはそうは出来ない一種のプライドというものがあるのかもしれない。
ただでさえ教師は心労が重なる職業である。貴族の子ども達を預かるのだからそれは責任重大であろう。
その重圧が彼の頭部に影響を及ぼしてもおかしくはない。コルベールの現状はいわば苦労の象徴と捉える事も出来る。
脱毛という耐え難い辛苦に見舞われても教員としての責務を果たす彼に俺は心から敬意を表している。
・・・しかしコルベール先生はこうなってるのに何で学院長はフサフサなんでしょうな?

「ま、まあいいでしょう。タツヤ君、実は君に頼みたい事があるんだがいいかな?」

「なんでしょうか?」

「実は火竜山脈にとある薬草を採取しにいきたいんだ。そのための足として『シデンカイ』を使いたいんだ。アレを一番うまく使えるのは君だからね、是非とも同行してもらいたいんだ」

まあ正式に言えばデルフリンガーと一緒にいる俺が一番紫電を上手く操縦できる。
コルベールも整備のついでに操縦方法も覚えてはいるのだがやはりまだ俺のほうが操縦は出来るらしい。
ガソリンやらエンジンやら作れてもやはり紫電改は彼にとってはまだまだオーバーテクノロジーの塊なのだ。
TK-Xとか論外すぎである。アレは現代っ子の俺でもあまりよく分からん。

「火竜山脈ってキュルケの使い魔の故郷じゃない」

「そうね、フレイムは火竜山脈のサラマンダーよ」

火竜山脈はロマリアとガリアの国境に位置する山脈である。
あの戦争の時にギーシュ達はこの山脈の虎街道にて作戦を遂行していた。
キュルケの使い魔であるサラマンダーのフレイムはこの地の出身である。
火竜山脈のサラマンダーは最上質であり、それを召喚したキュルケは相応の実力を持っている魔法使いという証明にもなっている。

それはそうとその火竜山脈に同行とか、最近ガリアから戻ってきたのにまたガリアに行くのかよ。
コルベールには結構世話になっている身としてこの頼みは無碍にはできません。

「火竜山脈って名の如く火の竜とか出るんじゃないのか?危険じゃねえの?」

「まあ、確かに魔物はいるかもしれないわ。でも火竜が出たなんて最近はないわ」

「火竜山脈の危険は魔物ではなくどちらかと言えば地震だな。あそこには活火山もあるから」

キュルケとギーシュの火竜山脈の説明に俺は不安になる。
天災の前に人間は往々にして無力である。

「安心したまえタツヤ君、私が付いているのだ。大怪我などさせんよ」

非常に頼もしい言い方であるがそれって大怪我でない怪我はするんだよね?

「あ、あの先生、同行者は他にいないんですか?」

同行者がいたほうが俺の生存率は上昇するかもしれない。
ああ、シエスタと真琴は駄目だな、危険らしいから。

「そうだね・・・こう言ってはなんだがミス・ヴァリエール達は最近色々あって授業に出ないことが多かった」

コルベールの言葉に苦笑する魔法学院生徒ども。
ああ、公欠扱いにも限界があるとは何と俗っぽいんだ。

「折角帰ってきたのだから、居なかった分の授業を受けるべきだな」

「先生、ルイズやギーシュ達は兎も角、私は出席率は高いと思われますが?」

キュルケが手をあげてコルベールに意見した。
だがコルベールは首を振って言った。

「しかし、他の生徒よりは低い」

「ぐぬぬ」

ぐぬぬじゃなくてもっと反論してください!?
学生の本分は勉学にある。それは何処も一緒である。
どうやら今回はコルベール先生とハピネスとの旅になりつつある。
ルイズ、テファ、ギーシュ、キュルケ、レイナールにマリコルヌは学生の本分をまずは全うしなければならないし、真琴とシエスタはお留守番。
残るはエルザだがコイツはルイズの魔の手から真琴を守る為に働いてもらおう。

「まあ、タツヤ。火竜山脈は環境は厳しいところだが、先生がいるんだ。大丈夫だろう」

「先生、タツヤをお願いします」

「任せなさい」

「お前は俺の親か」

ルイズの口調は心配そうな様子だが俺は見た。
下げる直前の奴の表情は開放感に満ちた笑顔だったのだ。
馬鹿め!俺がいない間に真琴を好きにしようと考えているようだが既に先手は打ってある!

「エルザ、俺がいない間、真琴と遊んでやってくれ。シエスタも頼む。ギーシュ達も一応見守っててくれ」

「・・・分かったわ」

「任せてくださいタツヤさん!このシエスタ、タツヤさんの専属メイド筆頭としてマコトちゃんを御守りいたします!」

「出来るだけ早く帰ってくるんだね。君は副隊長なのだから」

「副隊長、健闘を祈る」

「タツヤ、災難だねぇ」

他人の不幸は蜜の味の如くにやにやとしているマリコルヌが実にムカつく。

「気のせいかしら?私にマコトを任せず、メイドに任せるように聞こえたんだけど」

「そう言ったから安心しろ。お前の聴力は至極正常だと断言しよう」

お前は真琴ではなく学生の本分に集中しやがれ。

「フレイムを里帰りさせるのは当分先になりそうね・・・タツヤ、最近はないといっても用心に越した事はないわ」

「いざとなったら逃げます」

「アハハ、カッコ悪~」

キュルケは笑って俺の肩を叩いた。
格好悪くとも死ぬよりマシだ。死んだら本当に終わりだ。
俺は死ねない。この世界では俺は死ねない。死んだらいけない。

「タツヤ・・・」

テファが涙ぐんだ瞳で俺の手を取っていた。
彼女にとっての火竜山脈は戦場のイメージしかないのか、この面子の中ではかなり深刻そうな表情だった。

「気を・・・つけて・・・ね」

「ああ、適度に安心して待ってな」

「おにいちゃん、また何処かにお出かけ?」

「ああ、良い子にして待ってろよ。直ぐに戻る」

「うん!」

俺は冷静そのものなのでこう思えるのだが、薬草取りに行くだけなのにこんな死亡フラグ満載の状況を作る必要があるのだろうか?
ちらりとコルベールを見ると、彼もばつの悪そうな表情だった。
・・・まさかとは思うが実は下らない理由とかいうオチじゃねえだろうな?

コルベールは目の前で行なわれている事象を見て背中が冷や汗まみれになっていた。
彼は彼自身の欲望の為に火竜山脈に火燐草を採取しに行くのにこの様な戦地に送り出すような事をされては罪悪感で胸が痛すぎである。

「それでは先生、互いに怪我ないように慎重に行きましょう」

「失敬なタツヤ君、私は毛はありますよ」

「ナイーブ過ぎでしょうアンタ!?」

だがその罪悪感も脱毛危機の前では些細な事でしかなかった。
こうして達也は頭髪問題に苦しむ中年男性のお悩み解決に付き合うことになったのだ。





抹消された物語、【根無し放浪記】。
その存在を認めれば始祖の地位が揺らぐ可能性があった彼は二人の異種族と共にある山脈を訪れた。
そこには火を噴く竜が跋扈し、火山が時折噴火する厳しい環境であった。
抹消された物語は誰も見ることはない。誰も認めはしない。
現状ではただ一人の女性がその物語に目を通しているだけ。
現代では始祖が世界の英雄でありまた異種族の悪魔でもあった。
あくまでも伝説は彼にまつわる話ばかり。
抹消された根無しの者の話など風化するばかりだった。

今の人間たちには知る由もない。
人間が異種族と結婚し子を設けている事。
今の人間には知る訳がない。
人間が少数で火竜を退治した事。
今の人間は信じられるはずもない。
人間が精霊と協力して竜退治した事。
今の人間には知っているはずもない。
世界の危機は密かに迫っていて密かに終わった事。

そして誰も知るはずもない。
その精霊に彼らが『世の理を無視する者達』と呼ばれていた事。

だが、『彼ら』は知っている。
五千年後、同じように呼ばれる者が世界に現れる事を。

そしてその五千年後、達也はほぼ強制的にその山脈に向かう事になるのであった。






(続く)




[18858] 第151話 『かつて存在した』は『今はいない』という意味ではない
Name: しゃき◆e2ae8339 ID:3c45cbd5
Date: 2011/01/23 15:10
思えば紫電改に乗るのも久々のような気がする。
操縦における勘が失われていないかと思っていたが操縦桿を握ると何となく操縦法を思い出して来るのだろう。
人間の記憶もまだまだ捨てたものではないなと思いつつ火竜山脈に向かう俺たちである。
天気も良好、まさにフライト日和で何よりだが、若干不満はある。

「おはようタツヤ君!いやぁ~、このシデンカイで大空を翔ると思うと昨日は眠れなかったよ!」

目の下に隈を付けて笑うコルベールの数少ない髪の毛は所々はねていた。
俺の肩の上にはハピネスが大きな目をぱちくりさせながらコルベールを見ている。
朝からハイテンションの中年男性である。隈はあるがその瞳はキラキラしている。

『例によって土地勘がないお前に俺がありがたい道案内をしてやろう』

こういう機械などを操縦するときなぜか役立つ喋る鞘がムカつく言い方で俺に言う。
かなり上から目線でモノを言う無機物である。
確かにこいつのおかげで俺は体脂肪率が明らかに低そうな身体にはなりましたよ?
でもその因幡達也はワシが育てたみたいな態度はどうかと思いますよ。

『しかし見送りがいねえな相棒。お前さんのお仲間は友情より睡眠欲を優先する奴らばかりのようだなぁ』

「まだ日が昇る前だぜ?無機物のお前には縁がないだろうが有機生命体にとっては睡眠は大切なんだよ」

『しかしメイドの嬢ちゃんすらいねえとは』

まあ、確かに吸血鬼のエルザあたりはいても全く違和感がないと思うのだが、彼女とはビジネスライクな付き合いなので見送りまでは来ないんだろうと結論付けている。何せ戦って身柄を確保した関係だからそんなに信頼度は高くはない。

「・・・いや、見送りはいるようだよ」

コルベールが指差したその先には人間の見送りではなく、我が愛天馬のテンマちゃんがやって来ていた。
テンマちゃんは俺に歩み寄ると鼻を鳴らしながら俺にすり寄ってきた。
今回は彼女(確認するがテンマちゃんは雌である)を連れて行かないことにしている。
紫電改から乗り換えるようにテンマちゃんに乗っていた俺だがまた乗り換えるような行為に彼女はお冠なのだろうか?
しかしその瞳は自分に乗っていかない主に対する非難のそれではないようだ。

「どうしたテンマちゃん。急に甘えてきて」

俺はテンマちゃんを撫でながら聞いてみる。
無論答えはあるはずもなく、ただ彼女は視線を俺に送っていた。

「俺も不安だけど頑張るからさ、待っててよ」

まあ俺ががんばるよりコルベールに是非とも頑張っていただきたいのだが。
待っててくれと言ってもテンマちゃんはなお不安そうに俺を見つめている。
そんな彼女の様子を見かねたのかコルベールが俺に言った。

「どうやら同行したいようだな。タツヤ君」

コルベールはそう言うが彼の態度は紫電改を自分が操縦してもいいかなぁといった風に俺を見ていた。
ちょっと待て。貴方が操縦するなら最初から俺いらんだろう。
だが喋る鞘を持っていかれたままというのも少し不安なのでどのみちついていくのだが。
コルベールも喋る鞘のレクチャーがあれば彼は器用なので乗りこなして見せるだろう。
確かに今の俺の翼的存在はテンマちゃんなんだが紫電改もそうなんだよね。
紫電改の方がテンマちゃんより飛行速度は上なわけだし、テンマちゃんは生物である以上火竜山脈まで飛ぶのに小休止を幾度か挟まねばなるまい。コルベールは教師なのでのんびりもしていられまい。若干急がねばならないこの旅はテンマちゃんに結構な負担があると思うんだが?

だがそんな俺の心遣いなど知るかと言いたげにテンマちゃんは俺の服の袖をグイグイ引っ張ってくる。
この黒ペガサスは飛行型無機物に対抗心でも抱いているのだろうか?
俺はじっとテンマちゃんの目を見つめた。
今の俺には動物の意思が何となく分かる。これも両手のルーンの特殊能力の賜物である。
その俺がテンマちゃんの澄んだ瞳から窺い知った訴えは多分こうだと思う。

『タツヤが騎乗するのは私だけ』

・・・そのことについて俺はどうコメントせいと言うのか?
捉えようによっては非常に卑猥な意味になるんじゃないですかそれ?
その場合訂正したいのだが、テンマちゃんに俺が乗った場合、それは騎乗ではなく・・・いやなんでもない。
人馬一体という言葉はあるが本当に一体になる気は俺にはない。

『相棒、連れて行ってやんなよ。いじらしくもこのお嬢はお前さんと大空を駆けたいと意思表示してんだぞ』

「わかったよテンマちゃん。お前の健気なアピールに応えよう」

俺はコルベールに目配せした。紫電改を操縦するのはコルベールだ。
まあおそらくないとは思うが墜落しないように祈ろう。
俺はそんなことを思いながら張り切るテンマちゃんに跨った。
一応言っておくが乗馬的な意味で跨ったんだぞ?


火竜山脈は昔は虎が出るとか竜が出るとか騒がれていた土地である。
今は虎が人を襲ったりといった話は聞かれないのだが、それでも人間にとって危険な生物も多く存在している。
身近なところではキュルケの使い魔であるサラマンダーがそうだ。
フレイムは大人しいのだが中には気性の荒いタイプも存在し、時には人間を襲うこともあるという。
・・・当然ながら火も吹き出す恐ろしい生物である。
コルベール先生の持論は、火は破壊ではなく創造の源であるという。
確かに人間の生活において火は欠かすことのできないものではある。
だが火竜山脈に住まう生物たちが発する火は俺たちに危害を与えるものである。

「火燐草は山脈の奥地、活火山付近に群生しているんだ。普通に行けば険しい山道を進むことになるのだがこの『ひこうき』のおかげで随分と楽なものになるな」

「とはいえ紫電改は火山口付近に着陸は無理でしたね」

万が一噴火して紫電改に被害があったらたまらない。
この紫電改は『固定化』の魔法がかけられているとはいえ溶岩に耐えれるのか?
一応俺の世界でも珍しいモノなのでそういうことで失いたくはないんだよね。

「そうだな。やはり君のその黒天馬を同行させて正解だったようだ」

コルベールがそういうとテンマちゃんは誇らしげにヒヒンと鳴いた。
テンマちゃんなら確かに火山口付近でも全く問題なく飛行できるが・・・。

「ところで先生」

「なんだい?」

「先ほどから俺たちの周りでうねっている奇妙な物体は何でしょう?」

俺たちの周囲には赤いアメーバ状の何かが蠢いていた。
見た感じは物凄くプルンとしていて触り心地は良さそうである。

「ああ、それはレッドスライムだね。火竜山脈や火山付近に生息するわりとポピュラーな生物さ」

「スライムですか」

俺のイメージでのスライムは丸い目で微笑んでいるアレなのだがこれには目とかは全くない。
水の精霊もスライム状といえばそうだったのだがこの目の前の生き物にはあれほどの高尚さは感じない。

「餌として岩石や火などを捕食するんだ。敵を察知すると火を吐き出すが、攻撃の意思がないなら無害だ」

身体が赤いのは体内で火を生成しているかららしい。
このハルケギニアは改めてファンタジー世界なんだなぁと俺は思った。
蠢くスライムを興味津々で見つめるハピネスをぼーっと眺めるのもいいのだが、さっさと要件を済ませないとな。

「レッドスライムがいる以上易々とペガサスで火口付近に降り立つわけにはいかないな」

コルベールの話では火口に降り立った途端にスライムの攻撃を受けないとも限らないらしい。
火口付近にはスライムが更にいるらしく、なんか危ないらしい。
徒歩で行けというのか?見るからに険しそうなんだが。

火竜山脈で人が多く通る所は虎街道なのだが、ここは舗装も何もされてないただの山道である。
おおよそ4回ぐらいは足をひねりそうな感じである。
山登りは足と同時に腰にもくるらしいのだがコルベールは・・・あ、この人魔法使いでしたっけ。
・・・あれ?そうなるとキツイの俺だけですか?

「先生」

「何だい?」

「先生が戻るまで俺はここでレッドスライムと戯れるという選択肢はないんでしょうか?」

「何を言っているのだねタツヤ君。今日の我々の目的はそれではないだろう」

暗に待つことなどありえないと言っている。

「戯れるのも良いが火を噴かれるのがオチだよ?」

「テンマちゃんが使えない山登りなんて・・・」

「さあ、火燐草を求めて歩こう」

元気よく歩き出すコルベールの背中を見ながら俺はため息をついて歩き始めた。

「ぴ?」

ハピネスが俺の顔を覗き込んでいる。
いきなり辛そうな顔を見せてしまい不安にさせてしまったのだろうか?
中年男性と二人きりではない。俺にはこいつらがついているのだ。
女の子に心配されちゃ男の名折れである。俺はハピネスの頬を突き、コルベールの後を追った。

「ところで先生、火口付近に植物が生えるなんてその火燐草ってやつは相当生命力が高いんですね」

「そうだね。火燐草は東方などでは薬の材料として一般的に利用されているとも聞く。交易品としても昔は注目されてよく採取されていたんだ。だが火燐草を採取するためにかつて人間はその地域に住む生物たちの暮らしを脅かしてしまった。そのため一時期は火山付近に住む生物に人間達が危害を加えられていたんだ。虎街道の人食い虎はその危害のうちの一つでしかないよ」

「火燐草は火山口付近に生息する生物に守られてるんですね」

「そうだね。今はそう採取されることもないから生物たちの警戒も薄れてはいるようだがね」

「ところでそんな歴史を持つ火燐草に先生は何の用があるんですか?」

その瞬間、コルベールの歩みが止まった。
何だ何だ?何か竜っぽいのがいたのか!?
コルベールは不気味な笑みを張り付けたままこちらを振り向いた。

「君が知る必要はないのではないかな?」

「そりゃないですよ先生。ここまでついて来たんだ、何のために採取活動を行うのか知る必要はありますよ」

「・・・火燐草は君の指摘通り生命力の強い植物だ」

「はあ」

「東方では薬の材料として一般化されているらしいがこちらでもある薬の材料になるんだ」

「・・・どんな薬ですか?」

「育毛薬さ」

正に我欲剥き出しの答えだった。
その育毛薬をどこの箇所に使うかは見ればわかる。
俺の様子から罵倒でもするかと思ったのか、急にコルベールは涙目で俺にすがりついて来た。

「欲深いと言わないでくれ!私はまだ希望が残されているなら全力でその希望に縋り付きたいんだよ!?」

「それこそ一人で行けやアンタ!?」

「君だっていずれわかる!毎日鏡に映る自分の髪が少なくなっていくあの言い知れぬ恐怖と絶望感を!その姿を見て婦女子たち、あるいは生徒たちが私を憐みの視線で見ているのも知っている!」

「だったら開き直って全部剃り上げればいいじゃないですか」

「そう考えたこともあった。だがねタツヤ君。知ってのとおり私は独身だ」

「そうですね」

「私とて男だ。いつまでも研究と心中するわけにもいかん」

「だから髪を生やし、身だしなみを整えて女性と交際したいと?」

「ああ。確かに人は心だし、髪がなくともそれでもいいという婦女子も存在するだろう。だが!それは悲しいかな少数派なんだよ!」

どれほど綺麗事を並べても現実は綺麗事のようにならない。
優しい人が好きと言っても第一印象でその人の精神構造が分かるわけがない。
よく面接などで『あんな短い時間で何が分かるのか』という文句を聞く。
確かに俺もそう思うのだが、あれって半分以上第一印象の好みとかで決めてることもあると思う。
髪の毛がないのは本来生きる上で何の不便もない。そのはずである。
だが髪の毛がある人とない人の第一印象は何故かある人の方が良い傾向がある気がする。
印象が良いとかを抜きにしても髪の毛がないというだけで人の視線は否が応でも頭部に行ってしまう。
普通の定義を俺が言うわけにはいかないが、普通はある筈のものを持っていないとそこに注目されてしまうのだ。
それを差別と言って嫌う人も存在するのだが、そこは仕方ないのかもしれない。
俺だってこの世界のことを何も知らない時は妙な目で見られたのだから。

コルベールはその目を無くす為に育毛薬の材料を採取しに来たのだ。
自らの将来を考えた上の行為だろう。
彼が子孫を残すつもりがなければそもそもこのような事はしなくていいのだ。
未来のことを考えれば人はそれに向けて不安を取り除くために努力をせねばならない。
コルベールは要は婚活のためにこの様な事をしているのだ。

「この髪型では女性も私をくたびれたおっさんとしか思わないよ」

自嘲気味にそう言うコルベール。
ワルドたちが学院を襲撃した時の貴方はすごくカッコよかったんだが。

「俺は何気に先生の被り物が好きだったんですが・・・そうですか、そういう悩みなら仕方ないですね」

「女々しい欲望かもしれん。だが、身だしなみは必要さ」

コルベールに異性が寄り付かないのは容姿のせいだけではないと俺は思うのだが面白そうなので黙っておこう。
まあ、この世界のどこかに先生じゃないとダメって女性が存在すると俺は思う。
元の世界で女子に忌避されつつあった俺にも無事彼女が出来てるのだ。
コルベールのような人間性の高い人物ならば女性一人幸せにすることはできるだろう。

「何だか妙な話になったね」

「野郎同士の会話としては普通でしょう?女の子の話なんて」

「・・・そうだな。ところでタツヤ君の方はどうなのかね?」

「何がです?」

「女性関係だよ。君を慕う女性は私の目から見ても少なくはないとは思うが?」

この世界の女性の嗜好は俺の世界の女子と似て非なる。
俺は木の股から生まれたわけでもないし自分に向けられる感情を分からないと言うほど鈍感でもない。
他人の感情など敏感に反応するつもりなどない。元の世界では敵意の視線も向けられていた事もあった。
そんなのをいちいち気にしていたらもたないではないか。
俺のことが嫌いな奴とまで仲良くなる必要はない。この世界にだって嫌いな奴もいるしな。

だが、気にしないと分からないは違う。
自分に向けられる敵意が薄々分かるようにその逆の感情も分かるようになった。
きっとこんな状況を一般的に男子は憎々しげな目線で見るんだろうな。

「女性関係ですか」

「ああ」

「先生、俺には心に決めた女性がいます」

世間の男子が羨む状況だろうと俺の心は決まっている。

「俺を慕ってくれるのは嬉しいですが、俺はそれには応えれない」

「そうか・・・いや済まない。妙な質問をしたようだ」

「いやいいんですよ。学院長もハルケギニアで所帯持てとか勧めてきましたし」

「やれやれ・・・君のような若者を見ているとどの様な女性と添遂げるのか下世話を焼きたくなるんだ」

「その前にご自分をどうにかするべきでは?」

「はっはっは、全くだな。しかしまあ、君の心に決めた女性とはどの様な人物なのかなぁ・・・」

「決まってますよ先生。俺の彼女は世界一の女性です」

「恥ずかしげもなく良く言うね君は」

「俺が惚れた女性に恥ずべき所はないですよ」

「此方が照れそうな事を・・・その女性は幸せなのだな」

「さあ・・・どうでしょうね」

俺は元の世界で待っている杏里を想って目を伏せた。
訳の分からない世界に彼氏が放り込まれて彼女は幸せと言えるのだろうか?
傍に入れないという点では俺は最低な彼氏なのかもな。

「でも先生、確実に俺は幸せ者ですよ」

「そうか。私もそう言える人に出遭いたいものだな・・・」

毛生え薬の材料を探しに来たという何ともバカバカしい山登りで何で彼女自慢をしてるのか分からんが、コルベールの婚活の意欲は上昇したようである。
そしてここまで魔物の襲撃はなく、俺たちは火口付近に到着した。
現在は噴火の兆候は見られないがやはり熱気はある。
そんな場所にそれはあった。

「あれだよ、あの黒い草が火燐草だ」

火燐草は葉の模様が鱗のようになっていた。
手で触ってみると結構熱を持っていた。これが毛生え薬の材料になるのか・・・?
まあともかくこれで目的は済んだんだ、さっさと採取して帰ろう!

だがその時、テンマちゃんとハピネスが何かを威嚇するように唸り声をあげた。
テンマちゃんはともかくハピネスの唸り声は『む~っ』という風に頬を膨らませながらあげていた為和んだ。
だがその和みようも一瞬で吹き飛ぶ存在が火口から出現した。
瞬間、辺りが異様に明るくなったように感じられた。
今日は曇り空だったはずだが晴天のような明るさだった。
コルベールが空を見て固まっている。すごく嫌な予感がした。
耳元でハピネスが騒いでいる。心臓が警鐘を鳴らしていた。
テンマちゃんが戦闘態勢をとる。何だ!?何が来たんだ!?

「あ、あれは・・・!?」

俺の視線の先には炎に包まれた何かが存在していた。
コルベールが信じられないようなものを見るような表情で呟いた。

「成程・・・火竜山脈の名は伊達ではないか・・・!」

「先生!ありゃあ一体なんですか!?」

「ファイアー・ドレイク。火竜の一種だ。研究者としては姿を見れたことに喜ぶべきだろうが・・・」

炎の奥から姿を現したのは俺の世界のファンタジーなゲームでもたまにいるドラゴンの一種だった。
・・・何で長く人前に姿を現してないはずの竜が僕らの前に姿を現したんだろう?
俺は先ほどの幸せ者発言を撤回したい気分に襲われるのだった。



(続く)



[18858] 第152話 『ゆうれい』を思い浮かべたら負け
Name: しゃき◆e2ae8339 ID:3c45cbd5
Date: 2011/02/08 20:26
俺の世界にもドラゴンと言われる生物はいる。
コモドドラゴンとか言われる生物がいるのだがあれは走るのが速い肉食のオオトカゲである。
それ以外に特筆するところは身体がトカゲにしてはデカく毒持ちということか?
ただ現在俺たちの目の前に存在するそいつは火を纏い空を飛んでいるんです。
コモドドラゴンは飛ばないし火を纏ったら普通に焼死する。
正にファンタジー世界にのみ許されたドラゴンの登場に人生の危機である。

「い、今は竜とか出ないんじゃなかったんですか先生!?」

「目撃証言が無いというだけだ、存在はしていたというわけさ!」

この時の達也には知る由もないが現実世界の我々の世界でもこのケースは存在する。
絶滅していると思われていたクニマスが普通に現在も生存している事が判明した事がこれに近い事である。
目撃証言が無い、その種族に対する知識がない場合、その種族は絶滅同然の扱いを受ける。
実際クニマスは大変な発見なのに釣り上げてた漁師さんとか普通に食べてたらしい。なにそれこわい。
そんな実例があるなど知る由もない達也は半ば恐慌状態である。
炎を纏う火竜の姿は彼の眼には圧倒的に見えた。

「竜って言えばタバサのとか軍とかのを見たことしかないですよ俺」

「ファイアードレイクは竜としての格も高い。知能は韻竜に劣らないしね。何らかの宝を守るために存在するのだが・・・」

「火燐草がその宝だっていうんですか!?」

「いくら薬剤の材料になるからと言ってもファイアードレイクが守護するようなものじゃないよ。どうやらこの付近には火竜が守護する何かがあるようだね」

しかし俺たちの目的はあくまで火燐草である。
トレジャーハンターではない俺たちはファイアードレイクと敵対する意思などあるはずがない。精々竜に出遭ったら気を付けて逃げようぜという気構えがある程度である。
しかし、いるかも程度の竜に出遭う等俺たちは非常に運がいいのか悪いのか。
少なくとも今日のこの状況を帰って寝て忘れたいのは確実である。
先生の話からすれば火竜山脈と人間達とは自然の問題やらなんやで確執があったらしいので問答無用で攻撃される可能性もあるだろう。
出会い頭に挨拶もとい会釈ではなく攻撃とか敵対関係しか生まないんだ!やめろ巨大爬虫類!せめてここは警戒程度で手を打ってくれないか?警戒しながら俺たちの草摘みを見守るべきじゃないのかー!?
俺が自暴自棄的に混乱しているとコルベールが静かに語りかけた。

「いいかいタツヤ君?無闇に刺激してはいけない。ファイアードレイクは基本的に肉食だ。だが家畜の肉を好み人肉は好まない。よって静かにこの場を去れば何の被害も受けずにいられるはずだ。敵意を抱かないのは当然だが驚かせないようにここは細心の注意を払うんだ、いいね?」

俺はその意見に全面的に同意である。
髪の毛と自らの命を天秤にかけた場合、命の方が大事である。
俺は肯定の意思をコルベールに伝えるための返事をしようと口を開いた。
だが不運なことにこの時、ファイアードレイクが出現した時に発生した噴煙を吸ってしまった。

「は、ハックショーイ!!」

「細心どころか心太すぎる行為をやらかしてどうするんだい!?」

「出ちゃったモノは仕方ないでしょう!?」

「せめて口を塞いでやりなさい!?」

とっさの判断は実に大事である。
思わずやらかした行為の結果、火竜は此方を充血しすぎだ、目薬したら?とアドバイスしたくなるような真っ赤な目で俺たちを睨んできた。
コルベールが息を飲み込むのが分かる。俺も冷や汗が噴出している。
正に命がK点を突破しそうな現状である。だが待ってほしい、命の危険かもということというのは分かるが、果たして特にこの竜が守るまでもない植物を採取しに来た頭髪問題解決に奔走していた我々がこのような場所で落命という結末を迎えて良いモノか?断じて否であろう。
人間は追い詰められたときに実力以上の力を発揮することもある。成程、そういう時こそ人間の感覚は研ぎ澄まされ新たな境地に目覚めたかの如く凄まじい発想が生まれるのではなかろうか!?
それでは生まれろ、凄い発想!
俺は自らの脳に全てを委ね、目を閉じその発想を待った。

『それでは人生が終わるか始まるかの瀬戸際の達也君に対してのクイズです』

突如脳内に恥知らずのダークエルフに似た声が響いた。

『問題、これからどうしますか?』

そんな出題があっていいのか?

①あきらめて火口に身投げしてみる  ②笑顔で最期を迎えてみる
③人生を振り返ってみる        ④一か八か逃げる

まさかの四択であった。
っていうか起死回生の発想がこれかよ!?ほとんど死亡ENDじゃねえか!
逃げるにしても逃げれるかどうかも不明瞭。どうすれば、どうすれば・・・?

『ライフラインは三つ全て残ってますよ』

ライフラインってなんやねん。じゃあオーディエンスで。

『それでは会場の皆さん、ご協力をお願いします』

①あきらめて火口に身投げしてみる 34%  ②笑顔で最期を迎えてみる 16%
③人生を振り返ってみる      21%   ④一か八か逃げる     29%

会場の皆様、俺に死ねというのか。
ええい、テレホンだテレホン!

『それでは電話をお繋ぎいたします。もしもし』

『はーい、達也君!大ピンチのようですね!でも安心なされてください。このフィオが達也君の力になればどんな困難も貫いていけます!ええそりゃあ困難的な意味でも男女関係的な意味でも・・・』

切ってください。

『・・・ッチ、折角のライフラインを無駄にしてしまいましたね』

何だ今の舌打ちは。

『残りは50:50だけですが使用しますか?』

使用してみよう。

①あきらめて火口に身投げしてみる  
                   ④一か八か逃げる 

だから何で①が残ってんだよ!!?投身自殺なんぞしたくねえぞ!?
なんか④も死にそうだし碌な選択肢がないじゃないか!?
もうここは無理矢理生存の道を開拓するしかない!
そういえばさっき先生がこの火竜は知能は高いみたいなことを言っていた。
知能が高い竜といえばタバサの使い魔である。
タバサの使い魔は人語を理解するどころか人に化けれるしな。
目の前の火竜はその位の知能はあるということだ、人語理解位はできるんじゃないか?
そう仮説を立ててみた俺はコルベールに言った。

「先生・・・案ずることはありません!」

「何だって?何か策でもあるのかいタツヤ君?」

「考えてみてください、ファイアードレイクは格の高い竜なんです。そんな偉大な竜が人間のくしゃみ程度で怒り心頭になるほど矮小な胆力の持ち主とは到底思えません」

「た、確かにファイアードレイクの格は高いが、こちらが刺激してしまった以上、不機嫌になるに決まってるじゃないか」

「不機嫌だからといって即危害を加えるだなんてそれが格の高い竜のする事でしょうか?否!偉大な存在は常に悠然としているべきです。ましてやくしゃみ程度でブチ切れていてはファイアードレイクの名が泣き叫んだ挙句失禁するでしょうが!」

その時俺はいつの間にかファイアードレイクの唸り声が静まっていくのに気付いていた。
まさかとは思うが火をこちらに噴こうとしているのか?だとすればコルベールが気付くはずだ。
しかし彼は杖すら握ってない。俺は恐る恐るファイアードレイクを見た。
此方を睨む火竜は警戒感バリバリだったがその瞳に若干の戸惑いの色が見えた。
やはり此方の言葉は理解できるようだ。俺の発言はファイアードレイクに対しての畏怖と敬意が含まれているからな。
人語を理解できそうな火竜に対して俺は『格の高い存在は常に偉大であれ』などという無茶な理屈で見逃してもらおうと考えてるんだ。

「大体火燐草はファイアードレイクの守護対象じゃないんですからここで我々が採集活動を行うことに何の問題があると?我々は山の恵みに感謝しつつ火燐草を採り下山するのみじゃないですか」

その山の恵みに感謝するのは俺ではなくコルベールである。
火竜が空腹ならば俺たちが宝を狙ってなくても襲われる可能性もあるが、この竜は人肉を好まない。
そもそも火竜山脈には野生動物も多く、わざわざ人間を襲わなくともよいはずである。
あくまで宝の在り処に俺たちが接近したため、警戒のために姿を現したと考えるのが普通なのだが・・・。
だとすればどうして今まで目撃証言が無かったのだろうか?こんな圧倒的な存在見つかってもいいような?
肩の上のハピネスは恐怖しているのか震えている。テンマちゃんは何時でも攻撃OKという態勢である。
一方、人間二人は圧倒的存在を前に談笑しているというこの意味不明な状況にファイアードレイクも戸惑っているようである。
事態は膠着状態で時間だけが過ぎそうなその時だった。

『タチサレ・・・』

急に脳内に響くような声が聞こえてきた。
俺とコルベールは顔を見合わせた。

「何だ今の声は・・・?」

「まさか」

俺はファイアードレイクを見た。
炎を纏いし偉大な火竜は俺たちの方を見つめたままだった。

『ソノ植物ヲ採取シタラ即座ニタチサレ・・・』

その声は確かにファイアードレイクから聞こえていた。
・・・え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!??喋ったぁーーーー!!??

「先生ィーーー!?ファイアードレイクって喋るんですかぁーーっ!?」

「た、確かに知能は韻竜に匹敵するがファイアードレイクが人語を発するとは文献には記されていないぞ!?」

『相棒、俺とか村雨の嬢ちゃんは喋るのに今更何を言ってやがるンだ』

「黙れ無機物!?」

『ファイアー・ドレイク・・・確カニソウ呼バレテモ正解ダガ・・・私ニハ名ガアル』

「ファイアードレイクの上位種だというのか?」

コルベールがそう言うと、目の前の火竜は口元を釣り上げた。うわあ、怖え。

『我ガ名ハ・・・《ファフニール》』

その瞬間、火竜は翼を大きく広げて一回大きく吼えた。
コルベールは目を見開き唖然としている。
ん?ファフニール?どっかで聞いた気がするんだけど・・・北欧神話とかで出なかったけ?

「先生・・・ファフニールって・・・」

「ファフニールはファイアードレイクの一種だよ・・・」

コルベールはそう言って押し黙ってしまった。
彼の代わりに喋る鞘であるデルフリンガーが答えた。

『おったまげたね。相棒、俺も初めてお目にかかるがよ、ありゃ火の韻竜だぜ』

目の前にいるのはタバサの使い魔シルフィードと同じ韻竜だという。
だがその存在感と神々しさは比較にならんのだが?

『だがえらく大物が出てきたもんだな。こんな奴が守護するモンってのは並大抵なものじゃねえ』

『ほう、私の存在を知っているか。そこの人間は竦んでいるようだが・・・な』

先ほどより明瞭だが重厚な声が響く。
コルベールは火韻竜の出現に言葉を失っている。絶滅しているとされていた韻竜はタバサのシルフィードもそうだが今も生存している。
ただでさえ伝説的存在の韻竜を間近で見て圧倒されてしまったのか?

「先程も言った通り俺たちは火燐草を採りに来ただけだから、アンタは警戒する必要はないと思う」

俺は恐怖心を押し殺しながら火の韻竜に言った。

『人間の小僧よ、貴様らのような矮小な存在に反応してわざわざ私は姿を現しはせん』

ファフニールはそうきっぱりと言った。
じゃあなんで姿を現したというのか?

『水の・・・水の精霊の気配がしたから様子を伺いに来たのだ。貴様等は勝手にその植物を採取し立ち去るのだ』

ああ、そうですか。待ち人がいたんですか。
どうやら意外に平和的に目的は達せられそうだ。

「そういうわけなので先生」

「・・・っは!?な、何だい?」

「折角見逃してくれるんですから、さっさと目的を果たして下山しましょう」

「そ、そうだな」

コルベールは火韻竜が見ている中、火燐草を採取した。
よし、念願の火燐草を手に入れたぞ!

「さあ、珍しいのも見れたし帰ろうかタツヤ君。はは、ははは!」

「そうですね、いい土産話ができそうですね先生。はははは!」

『おいおいお前らあの韻竜が何守ってんのか聞かんのか?』

「黙れ無機物!世の中には聞かんで良いことだってあるだろうが!今の俺たちの宝は火燐草なんだよ!」

「その通りだ。確かに気にはなるが、今は目的を遂げることが一番さ」

『・・・あんまり理解できねえなぁ』

髪の毛の悩みなんぞ、無機物である貴様には分かるまい。
俺たちはひとまず胸を撫で下ろし、紫電改がある場所まで戻ろうと踵を返した。
だが、その時だった。

『待て』

背後から韻竜に呼び止められた。
待てと言われたら待ちたくなくなるのが人情だがここは人情を発揮させるところではない。
俺たちは冷や汗を流しながら視線を合わせた。
そして互いに頷き、振り向いた。

「な、何だね?」

先生、少し声が裏返ってます。

『貴様ではない、小僧、貴様に尋ねたいことがある』

コルベールが俺を見た。その表情は何をしたんだとでも言いたげである。
俺は火韻竜の深紅の瞳を見ながら息を呑んだ。

「な、何だよ?」

『何故、貴様から水の精霊の気配がする?』

「は?」

コルベールが何を言ってるんだとでも言いたげな声を出す。
だが俺には残念ながら心当たりがある。
水の精霊から貰った精霊石『水精のサファイア』にこの竜は反応したというのか。

「水の精霊から・・・これを託されたからです」

俺はそう言って精霊石を見せた。
青く輝く精霊石は特に磨いた記憶もないのに美しさを保っている。
火韻竜は暫く精霊石を眺めていた。

『・・・その精霊石を持った人間に我が先祖が不覚を取ったのは確か五千年前程だったな』

「へ?五千年前?」

『その精霊石が再び人間の手に託されたという事は成程、私は貴様をあの方に会わせねばならぬというわけか』

なんか一人・・・いや一匹で何か納得されてらっしゃるのですが?」

「あの方って誰?」

『大地の精霊・・・と言えば良いだろう』

「大地の精霊は火竜山脈にいるのか!?」

コルベールが驚いたように言う。

『その通りだ。貴様ら人間はこの地に火の精霊が存在するかと推測しているようだが実際は大地の精霊がいる』

そりゃあ火竜山脈って言うぐらいだから火っぽい精霊がいると学術者は思うんだろうな・・・。

「・・・という事は、ここで新しい精霊石が貰えるってことなんですか?」

俺がそう尋ねるとファフニールは一瞬押し黙った。

『そうするのが我が役目なのだがな・・・』

「ま、まさか会う資格があるかどうか私が試してやるとか言うんじゃ!?」

『そうではない。会わせてやりたいのは山々なのだ。だが今は事情がある』

「は?」

『大地の精霊はこの星の大地を統括する精霊だ。貴様らが食す穀物の成長もあの方の力あっての事だ』

それはそうだろう。この世界にとって精霊の力は不可欠のようなものがあるから。

『だが最近風の精霊に起こった異変で大地が荒らされてしまってな・・・』

「異変というのは頻発する地震の事かな?」

『それもある。後は大地の隆起であの方の加護で育った大地が荒らされ、精霊界のバランスがやや狂ってしまった』

「分かった、その荒れた大地を何とかするために、奔走してるんだ!」

そうしてくれた方が俺が何とかするより確実に早く世界は救われそうだ。
だがファフニールの口からは期待とは違った現状が語られた。

『いや、そんなアグレッシブな方ならそもそも貴様に会いに来ている筈だ。大地の精霊は最低限の加護を大地に与えることは維持しつつも、折角加護を与えた大地が荒らされることに失望感を感じてここ火竜山脈に閉じ籠り、私に守護を任せた。その日から地震の頻度が増したのは困りものだった。私も呼びかけるのだが『仕事はしている』などと言って出てこようとしない。加護を求めて人間達は祈祷などもしているが、それにも耳を貸さない。長期的に見てこのままでは星に生きる生物たちの餌となる草なども枯渇してしまう恐れがある。それには人間達はまだ気付いてないようだがな。その火燐草にしてもかつては火口を埋め尽くさんというぐらい生えていたが、精霊が最低限の仕事をしなくなった途端、土が見える比率の方が高くなってしまった。精霊は仕事は最低限してるというが・・・これは明らかに怠慢状態なのだ。そんな状態で精霊が貴様らに会うとは思えんのだ』

まさかの精霊引き籠り化である。
そして新たな世界の危機も発生したことを聞いてしまった。
何で?毛生え薬の材料探しに来ただけだぞ俺ら!?
だが大地の精霊に出遭わないと精霊石は貰えない。
別に俺がこの世界をどうこうしなくてもいいのだが、ここを見逃したらいけないような気がする。

「大地の精霊が籠っている場所は?」

『そこを今私が守護している場所なのだが・・・何だ小僧。大地の精霊を無理矢理引きずり出そうというのか?無駄だ。力ずくではどうにもできぬ。我が力でもあの方が籠る場所・・・火口に空いた洞穴奥の岩屋には傷一つもつかない』

「力でダメなら知恵を織り交ぜればいいんです」

『ほう・・・?策があるというのか?』

俺は試すような視線を投げかける火韻竜に自信を持って答えた。

「ある。今は引き籠ってる場合じゃないという事を大地の精霊に教えてやろう」

こうして俺たちは大地の精霊引き籠り終了計画の為に一肌脱ぐことになった。
この世界に漂うという大地の精の中核的存在がどんなものか見せてもらうとしよう。
俺はテンマちゃんとハピネスを撫で、俺を訝しげに見つめるファフニールを見返すのだった。

・・・やっぱり怖いよコイツ。


(続く)



[18858] 第153話 あんなものは飾りですが飾っておきたい
Name: しゃき◆e2ae8339 ID:3c45cbd5
Date: 2011/02/20 22:40
達也が火韻竜に出会っていた頃、トリステイン魔法学院では通常通りの授業が行われ通常通りの日常が送られていた。
平穏が一番の幸福とは言うものだがそれを実感するにはまだ早い少年少女たちは正直暇である。
こうして学生としての日常を謳歌できるのは恵まれた事だが若き少年少女達は平穏を退屈と見なして何処かに刺激的なことはないか模索中である。
その生徒たちが注目しているのは先の大戦で活躍した水精霊騎士隊と聖女として崇められた二人の女子だった。
授業中、退屈そうにペンを指で回していたキュルケは教室内における注目が既に教師に向けられていないことに気付いていた。

「一応私たちも戦ったのに注目度は段違いね。酷いと思わない?」

若干拗ねたような口ぶりでキュルケは言うが、その表情は拗ねたというより穏やかである。
それもそのはず、彼女の隣席には親友のタバサがいつもの無表情で座っていたからである。

「特に」

タバサだってガリアの王族という注目されても可笑しくない肩書きを持つのだが、彼女はこの学院にはシャルロットではなくタバサとして来ている。そうした理由なのか彼女は特に自分の出自を表だって公表することはなかった。

「しかし少し前までは女子の敵扱いされてたのに、功績あげたら手のひら返しなんてねぇ」

「・・・人の評価なんてそんなもの」

タバサはぽつりと言う。キュルケは軽く溜息をついた。
騎士隊達は再び黄色い声援を送られるようになっていた。熱い視線を送られ騎士隊の士気も上がることに喜んだのはレイナールである。

「この水精霊騎士隊に入って少々のトラブルはあったが概ねその地位は向上している・・・だけどこれからがもっと大事になるな」

人気と名声は騎士隊の地位を向上させる大事なものである。この度の戦争において彼らの地位は確実に上がっている。

「これからますます忙しくなるというに・・・何故か心が躍るな」

元々出世欲は高い方である。今のこの状況はレイナールにとって好ましい事だった。
だが、それでも不安要素というのは得てして存在するのだ。
その不安要素はレイナールのすぐ近くの席にいた。

「フフフ…待ちかねた時が来たんだ…」

などと呟きながらチラチラ周囲の様子を伺うのはマリコルヌである。
彼は自分を見ているであろう女子に微笑みかけては黄色い声を貰っている。
正に怪奇現象であるが名声とは恐ろしいものでマリコルヌがぽっちゃりイケメンに見える女子生徒がいたりするのだ。
その黄色い声を聞いてマリコルヌは鼻息を荒くした。
彼の口元は軽く吊り上って、歓喜の感情を懸命に抑えているようだった。

「フフフ…フフフ…落ち着け…まだここは落ち着くべき所だ…ハァハァ…ここで感情に押し流されては…」

直後マリコルヌは僅かに身震いした。レイナールはその時聞いてしまった。
身震いした直後、マリコルヌは小さくだが確実に、

「……ふぅ」

賢者になっていた。
マリコルヌの表情は実に晴れやかであり、何処となく垢抜けたように思えたが、レイナールはマリコルヌのそんな様子に戦慄を覚えていた。

「…アイツには要注意だな」

レイナールは静かに決意を固めるのであった。
一方、水精霊騎士隊の隊長であるギーシュは特に人気が出ていた。
初めのうちは浮かれていたギーシュで、自らの武勇を語る余裕もあった。
それを聞いてうっとりしたような目で女子生徒が近づいてから状況が変わった。
何処からともなく、ねっとりべっとりと絡みついた挙句締め上げめった刺しにするような視線がするのだ。

(殺気・・・だと・・・!?)

ギーシュがその殺気の大元を探すとすぐに分かった。
瞬間、彼の毛穴全てから冷たい汗が噴き出て、彼の下着は瞬く間に湿った。
それはまさに怨霊の如き禍々しい何かを纏っていた。

「ねえギーシュ」

口調はいつもと変わらぬギーシュの愛する少女、モンモランシーがやや遠くからにこやかに歩いてくる。
第三者からすれば微笑ましくも妬ましい光景かもしれない。
だが何故だろう?今、自分に迫っているのは確実な・・・死?
馬鹿な、モンモランシーが近づいてるだけだ。死ぬような目ならこれまで幾つかあった。
しかしあれは戦争とかそういう時だったじゃないか、今は穏やかな日常に・・・。

「私のギーシュ」

モンモランシーはあくまでにこやかに懐から何かを取り出した。
それは液体の入った小壜だった。中には無色透明の液体・・・?
それに私のギーシュってあまり言ってくれない呼び方で・・・?

「貴方に・・・いえ、貴方と一緒に飲みたいものがあるのよ」

そう言ってモンモランシーは小壜を見せる。

「な、何だい・・・?それは?」

「飲むと気持ちよくなれる薬よ」

「・・・!?」

一瞬、媚薬か何かかとギーシュは思った。
かつてそのような薬を作ろうとしてモンモランシーは主にルイズに被害を与えていることをギーシュは知っている。

「ま、また妙な薬を・・・媚薬がなくても僕は・・・」

「媚薬じゃないわよ・・・」

「え?」

モンモランシーは美しき花のような笑顔で言った。

「この薬は気持ちよく死ねる毒薬よ、ギーシュ」

「未来への逃亡!!」

ギーシュは輝ける未来にぶっちぎる為に駆けだした。

「貴方の未来は私と一緒に死ぬ事よギィィィシュゥゥゥゥゥ!!!!」

だがモンモランシーも永久の愛の成就の為に疾走した。
嗚呼、かくも嫉妬とは悲劇の引き金としかなり得ないのだろうか?

「モンモランシー!落ち着いてくれ!僕は毒を仰いで死にたくはない!」

「安心して、無味無臭だから」

「味についての心配をしてるんじゃない!?命の心配をしているんだ!」

愛し合う二人の平常通りの会話を聞き流しながらキュルケはルイズを見た。
ルイズは授業を真面目に聞いていた。意外のように思われているがルイズは座学は魔法学院屈指の優秀な成績者なのだ。
聖女と呼ばれる身分としては真面目は大いに好評価である。 
聖女として周囲の好奇の視線に晒されてはいるがルイズは至って気にすることもなく見た目は普通にしていた。
キュルケとしてはもう少し戸惑うかと思ったがそこは流石ラ・ヴァリエールかと思った。
だが、当のルイズは内心策略を巡らせていた。

(タツヤが留守にしている間が真琴とより仲を深める好機・・・でも真琴にはあのふざけたメイド二人がついてる・・・シエスタだけなら余裕だけど、あのエルザは何考えてるか分からないわ。口惜しいけど今は様子見が良いわね・・・)

そう、ルイズは鬼がいぬ間に真琴と義姉妹の契りを交わそうと企んでいた。
しかしそうなればまた帰りにくい状況になるかもと恐れた達也はメイド二人にルイズを必要以上に真琴に近づけないように頼んでいたのだ。

(おのれタツヤ・・・使い魔の分際で私から先手を取ろうだなんて生意気じゃないの。でも私を甘く見たわね・・・。いくら護衛がつこうが困難を打破するのがラ・ヴァリエールの人間なのよ・・・フッフッフ・・・クククク・・・アハハハハハ・・・アーッハッハッハッハ!!)

最早勝利を確信したように内心で大笑いするルイズ。
キュルケは不気味に微笑むルイズを見て、また変な事を考えてるなと思った。
そういえば聖女はまだ一人いた。ティファニアである。
彼女は自分たちの一つ下の学年に所属しているからあまり目が行き届かないが大丈夫なのだろうか?

そのティファニアも最近益々野郎どもの熱視線が酷くなり羞恥心に顔を俯かせる日々が続いていた。
彼女の友人であるベアトリスも授業中にそんな状況であることを見かねて注意をしようと口を開こうとした。
だが、その日の担当講師はそのような状況を見逃す人ではなかった。

「やれやれ、今はミス・ウエストウッドをモデルとした美術の時間じゃないんですがね」

そんな声がしたあと、指を鳴らすような音がした。
直後、テファを見ていた男子生徒の首が強制的に教卓へと向かされた。
何か『首がー!?』という叫びもしたが気にしないでおこう。

「可憐な花を愛でることも心のゆとりを持つという点には大事ですが、今は勉学の時間です。諸君、この教室内では皆等しく何の憂いもなく授業を受けることが可能です。ですが、それを妨害する輩はそうですね、次は首が痛くなる程度ではすみませんよ?」

『いいですね?』と念を押したように言ったギトーは授業を続けた。
彼は風の魔法で余所見をしている生徒全員の首を此方に向けたのだ。
好奇の視線から解放されたテファはほっとしたような様子だった。
だがその直後、何だか不安そうに表情を曇らせた。
今日はずっとこの調子である。

「・・・どうしたの?帰ってきてから落ち込んでるけど」

ベアトリスは友人としてテファに声をかけた。
だがテファの答えは決まっている。

「大丈夫だよ・・・私は平気だから」

「大丈夫じゃないからそんな顔してるんでしょう?」

「・・・大丈夫よ」

と言って溜息を吐く友人。
その姿は女性である自分も思わずハッとするほど悩ましい。
ふと我に返って周囲を伺うと男子たちがそわそわした様子でテファを見つめていた。

「嗚呼・・・あの悩ましげな姿・・・きっとアレは俺を想ってああなってるんだ」

「違うなマシュー、ミス・ウエストウッドは僕に想いを寄せて心苦しさに身悶えたい気分なのさ!」

「お前ら妄想もいい加減にしやがれ」

「ランド・・・!お前優等生ぶりやがって!」

「マシュー、キース。ミス・ウエストウッドはお前らに恋焦がれているのではない。僕に恋焦がれているのだ」

「「さーて、勉強、勉強」」

「ツッコンでくれよ!?」

とまあ、勝手な妄想で友人を汚す馬鹿達は放っておこう。
ティファニアの心配事は無論孤児のみんなは元気でやってるかも気になるのだが、彼らはマチルダが見ているのだからそんなに心病むことはない。彼女の心配事は大体達也である。

平民の間では男爵にまで上り詰めた達也は人気があるのだが、若い貴族の間では快く思わないのが多数派である。

『水精霊騎士団の諸君、迫真の演技、感謝する!我が名は水精霊騎士団副隊長、タツヤ・イナバ!副隊長としてお前たちを解放しに参上した!諸君!何を俯く必要がある!何を諦める必要がある!其処に夢と希望がある限り、貴様らに反省と後悔などないはずだ!顔をあげろ!空を見上げろ!お前たちは今こそ自由だ!今の貴様らは変態という名の屑だ!この失態をバネに屑から人間になってみせろ!諦めたらそこで試合終了だ!案ずる事はない!神が貴様らに微笑まずとも、悪魔は貴様らに対して爆笑で迎えてくれる!立てよ若者!貴様らはまだ上ったばかりだ!この長く遠い変態坂を!さあ行け変態ども!俺とレイナールはその坂を果敢に上っていく貴様らを誇りに思うぞ!』

この様な発言を覗き事件の時にしたばっかりに学院の殆どの女子を敵に回している。
水精霊騎士隊の欠点とまで学院女子には思われているが、まあ仕方ない。
騎士隊の女性人気は鰻上りだが、達也の女性人気は底辺組である。
まあ、彼の元いた世界でも女性人気は低い輩だったので今更である。
達也は水精霊騎士隊での行動での功績は大体騎士隊全体の手柄にしているのも人気が上がらん理由なのかもしれないが。
そういうわけで碌に事情を知らないものがティファニアがなぜ物憂げなのか理解出来はしない。
だが、ベアトリスには何となく分かるのだ。
あの馬鹿の話になるとテファは嬉しそうに話すから。


さて、その馬鹿だが大地の精霊引き籠り終了作戦の実行のため洞穴の大岩の前に立っていた。

「・・・この先に大地の精霊がいるんだな」

『そうだ。この大地を統括する精霊はこの岩の先だ。だが不思議な力によって岩は堅牢になっている』

居合で斬ろうかとも考えたが、そうすると精霊が暴れてしまう恐れがある。
あくまでも大地の精霊には自発的に外に出てもらわなければいけないのだ。

「タツヤ君、作戦は何だい?」

「ここで宴会します」

『何?』

「ここで騒げば大地の精霊も気になって出てくると思います」

『・・・大地の精霊はただ騒げば出てくるものではないぞ?』

「だから趣向を凝らすんです。大地の精霊が見たこともない宴を」

そう言って俺は少し精神を集中させた。
そうするとすぐに俺の体がぶれはじめて、分身が姿を現した。
コルベールはやや驚き、ファフニールは目を細めていた。

「・・・何だ?こんな薄暗い場所で俺は何をすればいいんだ?」

分身が訝しげに俺に尋ねる。

「日頃死にまくりのお前の労を労うためにここで娯楽を提供したい」

「何だって?それは本当か?」

「応ともよ。俺も心は痛めてたんだからな」

俺がそういうと分身は男泣きをした。

「っく・・・!出てくるたびに死に要員だった辛い日々がやっと報われるんだな・・・!」

「そうさ。じゃあ、宴の準備をしよう」

「ああ!」

涙を拭った分身は爽やかに返事をした。
俺はその返事に頷いて分身とコルベールに宴の準備をさせた。
困っている火韻竜の為に一肌脱ぐ。そう、そのための準備だ。



『・・・で、小僧』

「何だ?」

俺はファフニールの質問に答えた。
現在宴の準備はほぼ終わり、あとは仕上げだけだった。

『その・・・なんだ・・・』

「なんだよ?」

ファフニールは言いにくそうだったが漸く質問内容を言った。

『何故その二人は衣服を脱ぎ捨てる必要があるのだ?』

俺は肩に乗るハピネスの目を覆いながら答えた。

「失敬な、引き籠り脱出用の宴に全裸は基本だろう」

「失敬なのは手前だ馬鹿本体!!?」

「何で私も脱がねばならんのだね!?」

「恥ずかしがることはありません先生、立派ですから」

「論点がおかしい!?」

俺に食って掛かるのは全裸の分身とコルベールである。
やめてー、それ以上俺に迫らないでー。
俺は携帯電話を取り出し、仕上げの準備を始めた。

「おいこら!俺たちは一体今から何をさせられるんだ!?」

分身の悲鳴のような質問に俺は素晴らしき笑顔で言った。

「裸ミュージカル?」

「何で疑問形気味なんだよ!?」

「タ、タツヤ君・・・」

「先生、これは元々、先生の個人的な欲望から始まったイベント・・・。ならば問題の元凶として一肌脱ぐべきとは思いませんか?」

「物理的にすべて脱いじゃったよ!?」

「いえ、先生、それに分身も。貴方がたはまだ脱ぎきれてないものがあります」

「なんだと!?」

「それは一体・・・!?」

俺は頷いた後言った。

「それは裸が恥ずかしいという偏見です!!」

「「!!!??」」

「所詮生まれ落ちた瞬間は皆裸。この韻竜さんも裸!衣服を着るのは我々人類のみ!それはいい!ですが世界の危機である今こそ僕らは恥も外聞も投げ捨て、力いっぱい偏見を脱ぎ捨てた新しい気分でこの危機を乗り越えるべきなんだよ!」

「君の言いたいことは分かるが何も全裸になることは・・・」

「服着てても踊れるじゃんか・・・」

「馬鹿だな二人とも。所詮服を着てる姿は偽り。大地の精霊の心を開きこの岩から出てこらせるためには本音の自分を見せるのが必要なんです」

俺は来るものを拒む大岩に触れて言った。

「第一・・・大衆の前で脱ぐわけでないし、人は俺たちしかいないこの状況で裸になることが何が悪い?裸の何が悪い?世界の為に一肌脱ぐのが悪い事なのか分身?それが間違っている事なのか先生?違うか?違うか?違うかァッ!?」

「世界の為に・・・元々は私の私欲の為にこうなったんだ・・・くっ・・・やってやろうじゃないか!!」

「ちょ!?マジですか先生!?この馬鹿の提案に乗るの!?」

「分身よ。案ずるな」

「え?」

俺は聖母の如き慈愛の笑みを持って言った。

「お前が辱められることは俺が辱められると同義、全て終わったら介錯してやるから」

「殺害予告!?寧ろ今殺せ!?」

分身の願いもむなしく、俺は携帯電話の能力を発動させた。
あのふざけた歌姫(笑)の立体映像が現れる。それを見ながらファフニールは小声で疑問を俺にぶつけてきた。

『・・・小僧、貴様は何故脱がぬ?』

「本音をさらけ出しまくる生き方は俺には怖くて出来ないんで」

『悪魔かお前は』

まあ、そう呼ばれてるみたいだけど?
俺は歌姫に曲の指導をされる全裸の野郎二人を見ながら大地の精霊引き籠り脱出の作戦を更に練るのだった。



(続く)



[18858] 第154話 希望の破壊者
Name: しゃき◆e2ae8339 ID:3c45cbd5
Date: 2011/02/27 16:14
野郎の裸を見て汚らわしいと言うのならば温泉旅行など行けはしない。
俺はそこまで潔癖ではないが、中年男性と自分の分身の全裸を直視するのは些か微妙な気分である。
大体なぜ分身は俺の分身のはずなのに微かに違うんだ?性格は俺よりは好青年タイプなのは知ってるが、まさか肉体的にも違うとは。

「な、何だよ・・・自分の分身の裸をまじまじと見てさ・・・」

分身は引いたように俺に言う。
俺は肩を竦めて言った。

「お前の分身も引き籠ってるな」

「違う!これは引き籠ってるのではなく、人より股間の皮が余った結果だ!?」

分身の分身は本体の俺とは違う分身であった。

『はい、それでは私の歌に合わせて踊りましょうか』

「何のお遊戯会だよ」

歌姫(笑)は分身の裸など目もくれずに胡散臭い笑顔で手を叩いた。
とりあえず踊ることは決定しているのだが曲目は俺も分からん。
俺でさえそうなのだから先生や分身も困り果てた顔で言った。

「踊れと言われてもね・・・私は研究の毎日で舞踏は苦手だし・・・」

「曲調も分からなければ踊りようがないぞ?」

舞踏会に使われるような音楽は俺の携帯電話には入っていないはずである。
しかし歌姫(笑)はちっちっちと舌を鳴らして言った。

『曲を聞いて踊りを考えるなんてナンセンスですよ二人とも。どの様な曲が流れても悠然と自然に身体が動く・・・その動きこそが精霊の心を動かす踊りとなるのです』

要はこの歌姫は、考えず、感じたまま踊れと言いたいらしい。
お前はどこのアクションスターのような事を言うのかと突っ込みたくて仕方がない。
しかし自然な踊りが精霊の興味を引くという考えは案外悪くないのかもしれないな。

『お二人の踊りが上手くいき、更に私の放つ音楽との相乗効果によって精霊さんの興味を生みだせば最高です。さらに私の歌う姿にムラっときた達也君が襲いかかってくればベストです』

「先生、分身。適度に頑張ってください」

『ダメです!?適度だと達也君がムラムラしません!』

「というか見なきゃいいんだな」

『見て!?私の晴れ姿を見て!?』

「我々としては見ては欲しくないな・・・」

そもそも俺の興味を引きまくってどうするのだ。この馬鹿歌姫は趣旨を既に間違っている。
とにかく不恰好でもいいから感じたままに踊ればいいのだ。ダメならダメでまた考えればいいのだから。

『それじゃあ音楽流しまーす』

そう言って歌姫(変態)は鼻歌でメロディを流し始めた。
……コルベールは神妙な面持ちで音楽に聞き入ろうとしていたが俺と分身はその音楽が何なのか初めですぐに分かった。
そして歌姫(痴女)はおもむろに口を開いた。

『ふぇにーすもーんじゃー♪』

「舞踊どころか殴り合い推奨音楽じゃねえか!?」

分身がこんなので踊れるかと言いたげに抗議したその時だった。
突如コルベールが分身に対し、右の拳を突き出した。

「!?」

分身はかろうじてそれをかわして後ずさる。
いきなり何をすると言いたそうにコルベールを見て彼の表情が固まった。
俺がコルベールの方を見ると、彼はボクサーのようなファイティングボーズをとり、ターン、ターンと独自のステップでリズムを取りながらゆっくりと分身に接近していた。
その目はすでに狩人、悪魔の如き冷徹な目で分身を射抜いていた。
俺も思わず身の毛がよだつような感覚だったが何せコルベールは全裸、ステップを取りフットワークを見せるたび彼のアレもフットワークを取っているのを見てしまい笑いをこらえるのに必死だった。

「シッ!!」

「どわっ!?」

ニ撃で死亡する分身にとってはこの状況は凄まじく不味い。
どうやらあの曲の効果は対象人物をボクサーとして戦わせる効果があるようだが、分身はあくまで分身で人物とは見なされなかったからコルベールだけがボクサーになってしまったのか!?
……ちょい待て。何故ボクサーなんだよ!?

「おい馬鹿、何でここで全裸ボクシングを推奨する音楽を流してんだ!?」

『達也君、考えてみてもください。優れた拳闘者の戦いはまるで舞踊の如き華麗さ。そう!戦いとは時には自然な舞踊の形になるのです!』

「ヒットマンスタイルの踊り子なんて見たくもねえよ!?」

『興味深い趣向だが、もう一方の戦いは華麗とは言えんな』

ファフニールの言うとおり、分身は丸裸で逃げ惑うばかりで全然華麗ではない。
いくら分身とはいえ第三者視点で自分の情けない姿を見るのは何か腹立つ気分である。

「おい、分身!逃げてばかりじゃなくてお前も攻撃しろ!」

「無茶言うな!?ニ撃で死亡だぞ!?」

「介錯で死ぬのと殴打で死亡とどっちがいい?」

「死に方を選びたくはねえ!?と言うか死ぬのを前提に聞くな!?」

「ならば戦え!それが大地の精霊を震わす踊りとなる!」

「…くそぉ!!」

分身がこの先生き残るにはボクサーと化した先生に対してニ撃を貰わず戦い抜かねばならない。
ガードすら許されぬボクシング対決はまさにムリゲー状態だが先生はプロボクサーではない。
…まあ元軍属なので些か徒手空拳の経験もあるだろうが俺たちは現在進行形で鍛えているのだ。
俺の分身ならばその経験を活かし活路を見出すべき。

「考えてみろよ分身!先生はどうやらボクサータイプの戦いをしてる!」

「そ、それが如何したってんだよ!?おわわ!?」

先生のジャブから逃げるように飛び退く分身。
洞穴に流れる音楽は確かにボクシングが題材の映画に流れる曲である。
実際あの歌姫(外道)もそれを承知でこの選曲だろう。
だがその音楽の効果はコルベールだけに適用され、分身には適用外である。
こうなるとあのテーマはコルベールの応援ソングのようにも聞こえてしまうのだがここは応援適用外の分身を応援してやろう。

「だが分身!お前までボクシングをする必要はない!」

俺はそう言って喋る鞘を分身に放り投げた。

『ちょっと待て何すんだ相棒!?』

この鞘め、完全に傍観しようとしてやがった。
だがここからは気を抜いては分身の命にかかわる。村雨だと先生を万が一斬殺するかもしれないからここは鞘で何とか。
分身は喋る鞘を受け取り、コルベールに対して構えた。
コルベールがバックステップし、一呼吸置く。
分身の全身は冷や汗で輝いているように見える。

「フッ!」

コルベールが息を一瞬吐いたような音を出すと分身の懐に潜り込もうと身を屈ませ接近してきた。

『来るぞ!』

「分かってる!」

右脇腹を狙った拳を鞘で受ける分身。
だがそうなるともう一方ががら空きになってしまう。
コルベールはさらに踏み込みを強くして右拳を分身のこめかみ狙いで繰り出した。

「させるかァ!!」

分身は気合を入れるように叫んでその右拳を更に身を屈ませることによって回避しようとした。
その目論見通り右拳は空を切った。

「やった・・・!」

分身が思わずそう言ったその時だった。
俺はほっとしたような表情の分身に叫んだ。

「下だ馬鹿!」

そう言った瞬間、コルベールの振り上げられた左拳が分身の顎を直撃した。
衝撃からか、分身は限界までと言っても良いほど天を見る格好となっていた。
だがまだ一撃、セーフである。
しかし相手はボクサーになりきった元軍人。
敵が立つ限り仕留めにかかるのがルールである。
コルベールは分身の胸部目掛けて右拳を放とうと踏み込んだ。

『ふぇにーすもーんじゃー♪』

いやお前黙れ!?お前の選曲でこうなってるんだよ!?

「死ぬかァァァァァァッ!!!!」

分身はその目を血走らせ咆哮し、鞘を思い切り振りおろした。
その気迫に押されたのかコルベールは拳を引込め、分身と距離を取った。
一方分身は鞘を駆使して攻めに転じた。
昔の戦闘経験からか、コルベールはその一撃一撃を躱し、捌き、防いでいく。

『ほう…漸くそれらしくなってきたな』

ファフニールは感心したように呟いた。
若干切れて遠慮がない分身とトランス状態のコルベールの異種格闘戦は言われてみれば何かの舞踊のように流れるような動きをしていた。ぎこちなさは微塵もそこにはなく、死なないように必死で戦う分身と数々の戦闘経験から生まれる戦いをするコルベールがなかなか噛み合ってる。っていうか鞘振り回す相手に拳一つで戦ってるコルベールは魔法使いなんですが?
男だったら拳一つで勝負せんかいと言った奴は戦いで投石してたし、勝負は臨機応変にスタイルを変えるべきと思うのだが、さすがに男らしい戦い方を先生はしていると言わざるを得ない。

『やい、相棒の分身野郎!死にたくねえならもっと機敏に動け!相手の挙動をよく見て先も考えろ!自分の出来ることを見極めて判断して動け!そして攻めるときは迷うな!』

「俺は・・・俺は死に要員なんかじゃない!俺だってやれるんだァ!!」

血を吐くような叫びの後、猛然とコルベールに襲い掛かる全裸の分身。
いや~戦いだけ見てるとすごいシリアスなんだけど全裸なのが実に惜しいね。
でも宴は無礼講だから仕方ないな。

「俺は・・・俺は死なない!!」

「!!」

分身の鞘の一撃がコルベールの防御を弾き、決定的な隙が出来た。

「喰らえ!!哀と怒りと悲しみのぉぉぉぉ!!!」

喜怒哀楽の哀だけ強い分身のようである。

「メェェェェェェーーーーーーンンッ!!!」

コルベールの汗で光る頭部に打ち込まんとする分身。
その光る頭部に鞘が吸い込まれていくのがやけにスローに感じた。
そしてそのスローとも思えた一瞬の時にトランス状態のコルベールは驚くべき行動に出た。
彼は両方の拳を握ったままその鞘を両側から受け止めたのだ。
簡単に言えばグーでやる真剣白刃取りか。・・・って何ィィ!?

「鞘を止めた所でェ!!」

そう、鞘を両手で止めればその他ががら空きになる。
だから分身は空いた腹部に蹴りを入れようと目論んだが、コルベールはそれを膝で受けようという姿勢を見せた。

「ちッ!!」

分身が飛び退いたその時、トランス状態だったコルベールが初めて口を開いた。

「何人たりとも・・・」

「・・・?」

「私の頭皮と毛根を傷つけんとする者は・・・許さん・・・許さんぞぉぉああああああ!!!」

その時、コルベールの拳から炎が噴きあがって行くのが見えた。

「私の拳が怒りの炎で真っ赤に燃えていく・・・!頭皮を守れと轟き叫ぶ!!」

そこにいるのは分身を確実に仕留めに掛からんとする修羅が一人。
絶対的死の運命が目前にあるにも関わらず、今の分身の表情はどうだ?不敵な笑みを浮かべているじゃないか。

「先生、貴方の拳が怒りで真っ赤に燃えるならば、俺の掌にあるこの鞘は生きるための執念を纏い輝き叫びます!俺は!生きます!」

コルベールが纏う炎が魔法のそれだと確信したのか、分身は喋る鞘を構えて表情を引き締める。
ボクシング対剣術の異種格闘技戦は互いの気力勝負となりそう・・・なのだが、何で全裸やねん。

『ふぇにーすもーんじゃー♪♪』

歌姫(馬鹿)は未だノリノリで鼻歌中である。
…天照大神を大岩から出すときはちゃんとした裸踊りだったが、これただ戦ってるだけだよね?
何かフォローが必要なのかもしれない。正直分身死ぬだろうからな。

「聴こえるだろう大地の精霊!この二人は世界を終わらせないために戦ってる!それに比べお前は何だ?最低限の仕事をしてるから引き籠ってても問題ないと?」

『小僧・・・』

「一つ言ってやる大地の精霊。最低限の仕事しかしない奴はその程度の評価されない。つまり今のアンタに感謝する生物は明らかに水の精霊より少ないのだ!水の精霊はこの様な状況で世界を終わらせまいとの考えは持ってるんだからな。星の精霊ならば今こそアンタも働くべきなんじゃないのかよ!」

俺がそう叫ぶと、岩の向こうから響くように声が聞こえてきた。

『別に感謝されるために大地に恵みを与えているわけではない。そこで行っている茶番で我を引き出そうとするのは辞めて立ち去れ・・・』

『ですが大地の精霊よ。この小僧は水の精に認められし者です』

『人間に風の精霊を如何にか出来る?世迷い事ではないか。この星が滅ぶならばそれが星の運命、我ら精霊達の寿命だという事だろう』

「ちゃんと動けば生きれるかもしれない可能性を座して取り逃がすのかよアンタは」

それは今戦っている俺の分身の否定である。
それは今まで戦ってきた俺や仲間たちを否定する言葉である。

『いずれ星は寿命を迎える・・・それは生物の摂理だ』

「だが、それは今じゃねえんじゃないのか?」

『・・・何故貴様はそこまでこの世界を延命させたいのだ?我には分かる。貴様はこの世界と違う理の世界に生きる者。この世界がどうなろうとも貴様には関係はあるまい?』

「この世界が嫌いじゃないからだよ大地の精霊。理由はそれだけで十分だぜ引き籠り!」

『理解が出来ないな・・・』

「他人の考えてることなんざ分からんよ!俺たちはそいつじゃないんだからな、でもお前さんの今の姿勢は理解したぜ俺は」

『何・・・?』

俺は村雨をに手をかけ、大岩に近づいた。
背後で気を溜めている二人は無視して俺は大岩の前に来た。

「自ら部屋から出ないってなら、部屋から引きずり出すまでだ!」

そして一気に村雨を引き抜いた。
生物でもない無機質な大岩は俺の居合によって亀裂が入った。
即座に俺は村雨を戻し、次々と居合を繰り出した。
生物には全くダメージのない居合だが、生物以外なら斬れる。
洞穴の温度が上がっていくのを感じた。背後のコルベールの体が手を中心に真っ赤に輝いている。
対する分身は目を閉じ鞘を構えて清水の如き静けさを保っていた。

「たまには・・・」

俺はようやく動くのをやめて村雨を軽く振って後ろを向いて分身の方へ歩いて行き、集中しまくってる分身を忍び足を使ってばれない様にこっそりと背後に大岩が来るように移動させた。

「外の空気を吸うことも・・・」

俺が後退したと同時にコルベールは分身に向けて駆けだす。
分身の鞘を握る手が一瞬動く。

「健康には」

俺の前にコルベールの後ろ姿が重なった瞬間、俺の背後にはガタイの良いスマイルが眩しい良い男が現れた。

「いいぜ!」

その瞬間いい男は俺に向かって思い切り飛び蹴りをブチかました。
久々の分身移動であるが、分身の後ろには大きな岩があるので必然的に正面に突っ込むことになる。
しかしその正面にはトランス状態のコルベール。
そうなるとどうなるか?簡単だ。俺はコルベールごと分身の方へ移動するのである。
そして分身の背後には居合によって亀裂まみれになったいかにも崩れそうな大岩。
フフフ…完璧だ。これであの大岩は破壊できる!

しかしこの時俺は失念していた。
そしてすぐに思い出した。コルベールたちは今裸であったことを!
そして今俺は先生のケツに頭がジャストミートしそうな態勢で蹴られて飛んだ。
ま、不味い!このままでは景観的にマニアックな状態に陥ってしまう!

「先生、すみません!」

俺はとっさに手を突き出し、自らの顔を守った。
そして先生にぶつかった衝撃の直後、分身と思われる者の声が聞こえた。

「ちょ!?う、うおあああああああああああ!!!??」

「ぐあああああああああ!???」

アレ?悲鳴が二つ?まあいいや。
そう思った瞬間、何かが崩れるような音がした。

『崩れた!?』

ファフニールの声がする。
良かった、大岩は崩れたのか?

『達也君!?』

謎の歌姫(笑)の声も聞こえる。
衝撃からすればどうやら俺たちは向こう側についたようだ。
小石とかが目に入らないように瞑っていた目を俺は開けた。
そこには白目をむきそうになっていた分身がまず目に入った。

「漸く決まると思われた矢先に…何してくれんのお前…」

その目は何故戦いに横槍を入れたのだと言いたげな目だった。
いやお前そりゃ決まってるだろう。

「前振りのくせにして長すぎると思う」

「身も蓋も・・・な・・・い」

そう言って分身は消えた。
それと同時に砂煙も晴れて次に俺が見たのはコルベールの菊門に刺さった自分の手だった。
・・・!!!??
正確には俺の両手の中指と人差し指が突き刺さっている。
俺は急いでその指を引き抜かんとしたらコルベールから静止の声がかかった。

「や、やめた方がいい・・・タツヤ君・・・」

「先生!?どういう事ですか!?まさかそっち方面に開眼したんですか!?」

「違う!?私の性的嗜好はあくまで普通だ!?違うんだタツヤ君・・・その指を抜いたら・・・」

「・・・先生まさか便意を催してたんじゃ」

「それも違う・・・違うんだ」

「じゃあ、何がいけないんですか!?」

「私は・・・イボ痔なんだ」

「・・・・・・・・・ふん!」

俺は意を決して指を引き抜いたと同時にコルベールから離れた。
その瞬間彼の臀部から血が噴き出した。痔って怖いね。
コルベールは身体を暫く痙攣させたあとぐったりとしてしまった。
多分死んでないんで大丈夫だろう。

『大地の精霊よ・・・彼が水の精霊に認められし精霊石を持った人間です』

ファフニールがそう言うのに気付いて俺は顔を上げた。
そこに居たのは全身土気色、手足が岩石っぽい材質で身体に少し罅が見える明らかに人間とは思えない少女がいた。

『ぐぬぬ・・・まさか我の特製の大岩を破壊するとは・・・!』

土色少女は悔しそうに身体を震わせている。そうすると軽い地震が起きる。何コイツ。

『大地の精霊なのだから洞穴に引き籠っても問題はないはずなのに何故悪いように言われねばならんのだ!ファフニール、そうだろう?』

『今は非常時なのですから。水の精霊はきちんと働いてるではないですか』

『あやつは糞真面目だし奉仕精神溢れすぎだから特殊なんだ!風の精霊は暴れてるし、火の精霊は気ままではないか!だったら我もこうしてここに籠ってのんびりしたい!』

『だから非常時にそれはダメなんですって!?』

思った以上に大地の精霊はニート目指して邁進していたようだ。
籠るのは勝手だが今は用件を済ますため出てきてもらった。

「話してるところ悪いんですが、精霊石をください」

とっとと終わらせてとっとと帰りたい。俺の本心はこれで占められていた。
だが互いに早く終わらせたいはずなのに、この引き籠り脱出を果たした大地の精霊は言った。

『我ののんびり生活を邪魔した貴様なんぞにやるかバーカ!』

土色の舌なぞ出して可愛らしくしたつもりだろうが非常にムカつく。
ファフニールもイラっとしてるのか口元から火が漏れてる。

『大地の精霊よ、それはないだろう』

『我の倦怠生活を邪魔した無礼者に力を貸したくないだろうファフニール?』

『いえ、力を貸しても構わんと判断します』

『ちょっと!?裏切るのかファフニール!?』

『小僧、精霊石を出して貰おう』

「いいよ」

俺が精霊石を出すとファフニールは続けて言った。
大地の精霊は焦ったようにファフニールを見上げた。

『小僧、それを大地の精霊に向けて掲げよ』

「こうか?」

『ファフニール・・・貴様ぁ!?』

俺が精霊石を大地の精霊にかざした瞬間、精霊石が輝きだした。
青色の光は徐々に形を作って行き、やがて青白い人型の形となった。

『大地の精霊よ・・・私の声が聞こえるか?』

それは水の精霊の声だった。

『げェっ!!?水の精霊!?』

「どういう事だ?こんな力があるなんて言ってないだろ」

『精霊石は我が身体の一部。この精霊石と共に私はお前と共にある。お前が知らなかっただけでこうして姿を作って話すことも可能なのだよ』

そういう機能があるなら初めに言え!?

『お前の能力で解析していれば話し相手くらいになれることぐらい可能だったろうにお前は私の予想外の効果を発現させたではないか』

エルザとの戦いの時か。というか話せるならあの時助言位しろよ。

『お前が話しかけんから私も口出しはしなかった』

普通にそう返され反論ができません。
水の精霊は大地の精霊に諭すように言った。

『大地の精霊よ、この非常時に怠けは私が許さぬ。否が応でも力を貸してもらおう』

『ぐぬぬぬ・・・!風の精霊が暴れてるからという理由が不味かった』

この精霊、マジで怠けてただけかよ。
俺の肩に乗るハピネスも呆れ顔である。
大地の精霊はしぶしぶ身体を震わせ、やや悩ましい声を漏らして精霊石を出した。
何か黄色い精霊石だな。えっと、水がサファイアだったから・・・。

『それが我が認めし証となる精霊石《地精のトパーズ》だ。別にルビーでも良かったけど地のルビーはお前たちが既に作ってるからそれに配慮したわけじゃないんだからね!』

「・・・地精のルビーでも良かったんじゃないか?」

『配慮を考慮しろ!?』

「まあ、貰うけど本当にいいのかな」

俺がそういうとファフニールが言った。

『良いだろう。手段はどうあれ貴様は大地の精霊を引きずり出した。それで合格と思えば良い』

「そうか、なら喜んでおこうか」

俺はそう言うととりあえず新しい何かを入手した時に言っておきたかった言葉を言った。

「大地の精霊石、ゲットだぜ!」

「ぴっぴぃぴぃ♪」

何となくなのかハピネスも喜んでいる。
だがしかしやはりハーピーじゃ何だかしっくりこないな。
やったらやったですげえ恥ずかしい。
・・・ところで尻から血を出してる先生はどうしよう?紫電改まで連れて行くのは酷かもしれない。

「あのさ、ファフニール」

『なんだ?』

「・・・先生運んでくれないか?あの人火の魔法使うし、火つながりってことで」

『・・・・・・あの舞踊に免じて応じよう』

何故こいつがあの戦いとしか思えない茶番にいたく心を揺さぶられてるのかは全くわからんが、とにかく火燐草も大地の精霊石も入手したことだし、用事はすべて済ませた。帰ろう帰ろう。
こうして俺たちは火竜山脈を後にした。コルベールが気絶してるため紫電改は俺が乗りコルベールは衣服を着用させテンマちゃんに乗せた。その途中でさすがに目覚め運転を交代したのだがテンマちゃんの身体が血で汚れていた為帰りが行きより一日長くなってしまうようだ。
そのテンマちゃんの汚れを落とすために立ち寄った町でコルベールは薬を調合してくれる店に立ち寄り毛生え薬を作ったようだ。

「塗り薬とかじゃなくて粉薬で飲むものなんですね」

「ああ、これでこの頭とお別れだと思うと感情的になるよ」

「そうですね」

これで授業中のコルベール仮装大会を見れなくなるのは寂しいがこのために苦労したんだものな。
コルベールは宿で就寝前に薬を服用し、俺より先に眠りについた。
起きたら新しい自分か・・・毛生え薬かあ・・・俺も世話になっちまうのかな。
俺はその後厩に行き、テンマちゃんとハピネスと戯れた後再び宿に戻った。
野郎と相部屋など憂鬱だがまあ費用節約のためだ、仕方ない。
そう思いながら俺は部屋の扉を開け、ベッドに入りすぐに眠りにつこうとした。
だが予感というものがあるのかふと先生の眠るベッドを見ると、毛布の間から『何か』が出ていた。
それは徐々に伸びていくように見えた。まさか先生、あの薬は超強力な毛生え薬なのか?
何か嬉しくなって部屋の明かりをつけた。

「え?」

明かりをつけて見えたのはコルベールの禿げ上がった頭部だった。
ちょっと待て、じゃあ今伸びてるのは・・・?
部屋の床まで達さんとするのはまさしく長すぎだが毛のようだ。
・・・ちょっと待て、毛生え薬って、何処の毛が生えてんだ?
俺は思わず息を呑み、一気にコルベールのベッドの毛布を剥ぎ取った。

「!!?こ・・・これは!?」

俺が見た光景、それはコルベールの下腹部、局部あたりの衣服が物凄くこんもりとしていた。
そしてその隙間からするする伸びる黒い毛。

「せ、先生!?」

俺はコルベールを思わず起こした。
コルベールは俺の様子からただ事ではないと思ったのか飛び起きた。
だが、すぐに違和感に気付いた。

「何だ・・・これは?」

「先生の・・・毛です・・・っ!」

「何!?」

すぐに頭部に触れるがそこに毛はない。
顎を確かめる。ない。
胸を確かめる。少な目。
腕は・・・ない。脛?ここが元凶ではない・・・。
俺たちの顔は今物凄く青い事だろう。
コルベールは恐る恐る自らの息子の安否を確認した。

「・・・そんな・・・見えないだと・・・」

コルベールがもっとよく見ようと衣服を広げたその時、ビリッという音と共に大玉転がしの大玉の様な塊になった毛が飛び出してきた。
毛生え薬は毛生え薬でも上じゃなくて下の毛育毛すんのかよ!?
っていうか育毛半端ねえ!?火燐草から作る毛生え薬は危険すぎる!?
コルベールの表情は燃え尽きたように青さを通り越し真っ白だった。
真っ白になったコルベールとは対照的に黒々とした毛はすでにベッドを埋め尽くさんとしていた。
俺は合掌後、愛する我が仲間がいる厩で一夜を明かす事にするのだった。

その時一瞬、宿屋の方から、

「おのれ学院長ぉぉぉぉぉぉ!!!貴方のせいで私の希望が破壊されてしまったぁぁぁぁ!!」

などと聞こえてきた。
……世の中には恨みを買う悪い学院長もいるんだなぁ。怖い怖い。
俺は肩を竦め、厩でテンマちゃんたちと一緒に眠るのだった。


(続く)



[18858] 第155話 間違いなく『碌でもない』こと
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/03/06 01:20
五千年。
文字で書くのは簡単であるがそれはもう膨大な年月である。
人間にとっての五千年がそうであるようにエルフにとってもそれはもう長い年月である。
そんな長き年月を生きた生き字引とも言える存在、誇り高き女剣士ジャンヌが人間同士の戦いにて戦死した事はエルフ達に少なからず衝撃を与えていた。

この世に生まれ気付けばそこに居た存在がもういない。
確かにジャンヌはエルフの平均寿命から言っても凄まじく長命である。
エルフ達の中では『あのババアは不老不死の薬か何か飲んだんじゃね?』と言われるぐらいジャンヌは生き過ぎた。
数多のエルフの誕生とその最期を見届けた女傑の最期はエルフ達には想像もつかない位、彼女はエルフ達の日常に入り込んでいた。

「よもや本当に精霊達の御許に行く事になるとは・・・不老ではあったが不死身ではなかったのですな、貴女も」

現ネフテス統領テュリュークは自らを『小僧』と呼んでいた憎らしい姿を思い浮かべながら呟いた。
見た目若々しく、戦えば猛々しく。性格にやや小憎らしい所はあってもそれ以外は若き者達の規範となり続けた女性だった。
自分もネフテス統領として多少の影響力は持っているとは考えるが彼女に比べれば微々たるものだった。
彼女はたまにひょっこりと評議会議会室に現れ、倦怠しつつある議員たちに嫌味などを言って引っ掻き回していたこともある。
現在のエルフの国の評議会の大半の議員たちは変革を放棄し、自らの任期中に何も起こらないことを望む者ばかりである。
そんな議員たちにとってジャンヌは目の上の瘤であり、いざという時の切り札でもあったのだ。
その切り札を自分たちは失ってしまった。

確かにジャンヌは此方に攻め入る動きを見せたロマリア教皇の殺害に成功した。
彼女の腕ならば追手に追われようが返り討ちにして帰還できたはずなのだ。

「帰還できた筈なのに何故・・・?」

テュリュークはジャンヌに彼女が戦死することになった任務を伝えた際にジャンヌが言っていた言葉を思い出した。
確か彼女は五千年前、悪魔に出会って以降勝ち逃げされていると言っていた。
何かの冗談だとその時は思ったがもしやその悪魔は本当にいるのであろうか。
『いずれ仕留める』と息巻いていた彼女が戦場でその悪魔を目撃したら・・・?
思い出せ、あの蛮人達の戦争では何が起こっていたのか、帰還したビダーシャルの報告を思い出せ。
蛮人同士の争いは何故かロマリア側の総大将が致命傷を負っても続いたらしい。
ガリアの王が火石を使い何千人もの人間を殲滅した。理解しがたいことだが戦争中にそれをやったのだ。
その混乱の最中、ロマリア教皇はジャンヌに致命傷を負わされた。本来ならそこで戦が終わっても良かった。
だがあろうことかそのロマリア教皇が『聖戦』を発動していた為戦いはなおも続いた。
その最中におそらくジャンヌの身に何かが起こり、撤退することなく戦死したらしいのだ。
戦地を遠巻きに眺めていたビダーシャルの目を持ってしても戦場が混乱中でジャンヌが如何なっているかなどは確認は出来なかったらしい。
だが彼は不思議な光景を多々見たと言っていた。

曰く、突如濁流が戦場を駆け巡った。
曰く、その濁流からどんぶらこと大きな桃が流れていた。
曰く、桃が見えなくなったら爆発音がした。
曰く、眩い光が見えた直後、悲鳴がした。
曰く、ガリアの戦艦が何故か両断されていた。
曰く、何故か勝利国はガリアでもロマリアでもなかった。

・・・正直最初と四番目はともかく、あとは意味不明でビダーシャルは疲れているのだと思った。
ジャンヌが戦死したハードすぎる戦場で大きな桃が流れてるとかどういう冗談なのだろうか?

確かにここ最近可笑しなことは起こっている。
どうやら悪魔の力を持った蛮族が四人同時期に存在する時代になったと警戒はしていたが、鍵はこの時代に揃っていなかった。
それだけで安堵はしたが、危険分子であるロマリア教皇を排し、ガリア王を手懐けさえすれば悪魔の脅威からエルフ達を守ることが出来ると思っていた。実際それは上手くいっていたし、これで安心だと思っていた。
そう、安心だった筈なのだ。だが最近だ。ごく最近なのだ。
一部の精霊の力が何処かへ流れている、との報告があった。
エルフ達は精霊の力を駆使して魔法を使っている。エルフだけではない。亜人や幻獣や妖魔もこの先住魔法を使えるのは自然の力を味方につけているからだと信じているのだ。
だが、その精霊の力が具体的に言えば水の精霊魔法が此方の意図した効果より範囲が小さくなっているのだ。
別に精霊の力が弱まっているというわけではないのだ。だが何だか使いにくくなっている。
まるで『誰か』に優先して力を分け与えているから此方の精霊魔法の効果が薄まっているような感覚だった。
その影響からか、最近は水石を精製することがかなり難しい事になってしまった。
元々結晶精製は難度が高いのだが水石のみ更に難度が跳ね上がり、今や精製出来ても微々たる量になった。
・・・このままではオアシスの空調を快適な状態に保つことが難しくなると、魔法装置の管理者が嘆いていた。

「・・・今、確かに何かが動いている。我らの与り知らぬ場所で何かが」

テュリュークは険しい表情で呟く。
彼の悩み事はそれだけではない。ジャンヌの死により最近調子に乗ってきた勢力が彼の頭を痛めつけていた。
その者達は停滞と緩やかな退廃に向かっていく祖国に現れた狂信者とも思える集団だった。
自らが正しいと信じ、その他全てを認めないエゴの塊・・・。
『鉄血団結党』、そんな名称が彼の頭をよぎった。
彼らの思想は単純明快である。砂漠の民、エルフの敵は皆殺しという考えだ。
ロマリア教皇殺害も実は彼らの意見が一部採用された形なのだ。
彼らはガリア王も手にかけろと叫んでいたがそれは穏健派と称される者達の反対でそれはなしになった。

「最初はロマリア軍皆殺しとか叫んでおったしな、あやつらは」

それを鉄血団結党の長、エスマイールの口から聞いたときは正直引いた。
そんな輩達が水軍を私兵化状態に置いているのは大問題ではないか?
このまま彼らが力をつけていけば人類との大規模な争いは避けられない事態となる。
ロマリアの教皇を殺害した際も正直そうなるかもという危惧はあったのだ。
だが、そうはなっていない。そうはなっていないのだ。
それがテュリュークは不気味でならなかった。
エスマイールなどはエルフに恐れをなして攻める気すら起こしていないのだろうから今が好機だなどと叫んでいる。
確かに人間にエルフが負ける事はない。ないはずなのだ。
それはテュリュークも信じているし、他のエルフ達とて確信めいた想いを抱いているのだろう。
人類が独自の魔法を使おうともエルフの精霊魔法には及ばないのが常識なのだ。
悪魔の能力を使用できるのも微々たる数。魔法を行使する前に制すれば良いのだから過度に恐れなくとも良いはずである。
まあ近いうちにロマリア教皇に代わる悪魔の能力者が出現するだろうが、先手を取ればいいだけの話なのだ。
例えば使い手を誘拐して独房に入れれば人類は悪魔の力を最大限に行使できないのだから。
鉄血団結党などは使い手が現れればその度に殺せばいいと提案してるが現実的ではない。
そんな頻繁に殺していては向こうの防衛も堅固になるからである。
火石を戦争でそれも同族に使うという発想を持つ種族に対して彼らの見通しは些か甘い気がするとテュリュークは考えていた。
エルフは確かに人間より優れたものが多いが、エルフとて万能ではない。
ビダーシャルは結晶精製の能力をジョゼフに利用されていた。彼にとって非常に不本意な事だったであろう。
もし、真に万能なるものならばジョゼフを出し抜いたはずだとビダーシャルは言っていた。
エルフを利用した男を出し抜く者など存在が信じられないが、その男は戦争に敗れている。
これが一体どういう意味なのかはテュリュークは認めたくはなかった。

人間の中にエルフを利用したジョゼフを出し抜いた者が存在する。
その存在がいるとすればそれはエルフにとっても脅威である。
ビダーシャルの報告ではガリア前王ジョゼフはビダーシャルが良い意味でも悪い意味でも驚嘆するほど柔軟な考えの持ち主だったという。ビダーシャル自身が『敵に回せばそれ自体がエルフにとって脅威となる存在』と評価するほどの人物であったらしい。
だがそのジョゼフは負けたのだ。・・・一体誰に敗れたというのか?
ビダーシャルの報告を聞き終わった後、自分はそう尋ねたと記憶している。

『・・・『碌でもないただの人間』でしょうな』

ビダーシャルはそう答えた。
ビダーシャルはジョゼフを負かした者を知らない。
しかし彼はおおよその見当はついていると言いたげな表情で言った。
それでもって『碌でもないただの人間』と称した。
・・・普通エルフが人間を呼ぶときは『蛮人』の呼称を使う。
ビダーシャルが思い描いているその存在は確かに人間だろう。だが彼が『蛮人』と呼ばない存在なのだ。

『・・・我々の脅威となり得る存在なのかな?』

険しい目だったかもしれぬ視線でビダーシャルに尋ねた。

『扱い次第では。現状では《悪魔》の復活を妨げている存在ですが』

ビダーシャルは暗にその存在はエルフを助ける存在かもしれないと言っている。
だが余計な危害を加えればその存在は此方に仇なす存在となり得る・・・。
そんな存在を鉄血団結党が知ればどう動くだろうか?
知れたことである。彼らはその存在を排除しようと動くはずだろう。エルフの脅威は徹底的に殲滅するのが彼らの思想なのだから。
テュリュークとしては彼らにその存在が知られる前に一刻も早くその『碌でもないただの人間』とやらの身柄を押さえるべきかもしれないと考えた。そうでもしなければ余計な真似をしそうな連中がその存在に危害を与えて厄介事に発展しそうだからだ。それに彼らがその人間を殺した結果、悪魔が完全復活となれば目も当てられない。
そういうことになればエルフと人間の戦いは本格的なものになる可能性が極めて高い。
そのようなことは好ましい事とはいえないと判断したテュリュークは帰還したばかりのビダーシャルに次なる手を語るのだった。
全てはエルフの同族達を守るため。そう信じて。

「さて・・・『碌でもないただの人間』とやらは我々エルフに何をもたらしてくれるのか」

テュリュークもビダーシャルも知らない。
その『碌でもないただの人間』はジャンヌが五千年追い続けていた存在という事を。
その『碌でもないただの人間』は既に人間達の一部には『悪魔』と呼称されている事を。
その『碌でもないただの人間』が水石の精製難度を跳ね上げた原因である事を。
彼らは知る筈もない。

そろそろ土石の精製難度も上昇するという事実を。

・・・あれ?そう考えると十分に脅威じゃないか?
しかしエルフ達がそれを知ることなど現段階ではある筈もなかった。
精々『悪魔の復活を妨げている存在を保護する』という任務を秘密裏に遂行させることしかテュリュークには出来なかった。


一方、何故か重要人物として保護対象になってることなんて知る由もない自称『碌でもないただの人間』の因幡達也は無事にトリステイン魔法学院に帰還していた。頭髪ではなく陰毛が凄まじく伸びたコルベールだったが薬の効果は永続的ではなく、暫くして伸びは止まった。しかしながら毛の処理に大変時間がかかり、処理が終わったころには夜明けを迎えていた。
そのコルベールであるが、現在は血眼になって学院長のオスマン氏を探している。
だがオスマン氏はすでに先手を取っていた。コルベールが学院長室に怒鳴り込んで入った際、机に書置きが残されていた。

『髪が伸びてきたので散髪してきます。探さないでください。《オールド・オスマン》』

正に嫌がらせ或いは愉快犯的書置きである。
自らは下の毛が増毛するという有難くない結果に終わったのに唆した本人は散髪だと?
コルベールは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐な学院長を燃やさねばならぬと決心した。
コルベールは冗談はあまり分からぬ。
コルベールは学院の教師である。
杖を振い、生徒と交流して生きてきた。
しかし頭髪については、人一倍敏感であった。
コルベールは父も母も無く女房も絶賛募集中である。
そんな彼が守るべきものは生徒であり自らの頭髪である。
その頭髪にかける思いを冒涜した学院長が許せずコルベールは彼の捜索のため憤怒の念を抱きながら学院長室を飛び出したのだった。

「そういうわけで今日のコルベール先生の授業は先生が『走れコルベール』状態なので自習です」

俺がそう報告すると教室内は歓声に包まれた。

「走れコルベール状態ってのが意味分からんが自習なんだな?」

「そうだマリコルヌ。自習なのだから自主的な学習をする時間だ。新魔法の開発や魔法薬の調合レポート作成に使い魔との親睦、読書に女体談義に花咲かせようとそれが自らの身になれば大いに自由なんだと俺は思う」

そもそも自習時間に真面に自習する生徒が多い学院ではないだろう。
自習と聞いた瞬間、大半がお喋りに花を咲かせている。
まあ中にはモンモンことモンモランシーのように何やら怪しげな薬を調合してる者やタバサのように読書していたりする奴もいるし、ルイズやレイナールのように自習時間を有効に使ってマジで勉強してる学生もいる。ルイズは言動がアレだが座学は極めて優秀である。その種はこういう時間の努力にあるんだろう。

俺はルイズの使い魔である。
昨日の自分より良くあろうとする今のルイズの姿勢は好ましく素直に応援したい。
俺にできることはないだろうが、手伝える事があれば手を貸しても良いかもしれない。
俺はそんな殊勝な心を持ってそっとルイズに近づいた。
周りの雑音で遠くからは聞こえなかったが、どうやらルイズは何かブツブツ言ってた。
俺は数式とかやってんのかと暢気な事を思いつつ、耳を傾けた。

「タツヤが帰ってきたことでメイド達の警戒が緩む筈…タツヤも帰ったとはいえ疲れが残って集中力が減少してる筈だから隙は必ず生まれる筈…」

・・・一体何を企んでいるんでしょうかこの主は?

「まず不意打ちで爆発…それじゃあマコトに被害が…食事に睡眠薬を混入…」

「それより深夜に起きて襲うってのはどうだ?」

「それは試したけどあのエルザってチビメイドが起きてるから深夜より早朝がいいわね」

「成程、早朝ならば全員寝てる可能性があるな。しかしシエスタは思いの外早起きだぞ」

「そこは言葉巧みに誘導してシエスタにはタツヤを襲うよう上手く口を合わせておくわ」

「おお、そうなれば足止めも完璧だな」

「そうよ。問題は私が早起きできるかどうかなんだけど…こればっかりは早寝することが重要ね」

「早寝して早起きする…健康にも良い事だな」

「ええ、健康にも良い行動を持ってマコトも持っていく。これ以上完璧なプランはないわ」

「流石だな」

「ええ、自分の知将ぶりに惚れ惚れするわ」

「ああ、口に出さなきゃ完璧だったな」

俺がそう言ったその時ルイズは初めて此方を向いた。
そして彼女は目を限界まで見開いた直後、頭を抱え机に突っ伏した。

「違う、違うのよ!?脳内会議なんてしてないわよ私は!途中なんか声がリアルになったなぁ?まさか私の中に新しい人格が潜んでたなんて思ってないわ!?よもやその人格に絶賛されて自分の才能にうっとりしてたわけじゃないのよぉぉぉぉ!?」

俺はルイズの肩に手を置いて優しい声で言った。

「いつものことじゃん」

「ちょっと…見ないで…そんな生温かい目で私を見ないでェェェェ!?」

「分かった。この屑」

「一気に視線を氷点下にもしないで!?」

「貴女を熱い眼差しで見たくありません」

「普通に言うな!?」

ルイズは涙目で俺をぽかぽか殴り始めたがすぐに額を押さえられジタバタしていた。
そんな俺たちの様子をじっと見ていていたのか、ギーシュの声が聞こえた。

「あぁ~、いつもの魔法学院に漸く戻った気がする」

いつの間にか俺は魔法学院の日常に組み込まれていたらしい。
少し嬉しい気がしたが、俺は元の世界に帰る気満々なのは変わらないからね?


……でも少しだけ、少しだけ嬉しかった。



(続く)

・1スレ目が上がってるのは間違えてこの話を1スレ目に上げてしまったからです。ご迷惑お掛けして申し訳ありません。



[18858] 第156話 好敵手の『魔法』でポポポポ~ン
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/04/08 22:27
ルイズやギーシュやテファと違い、俺はこの世界では学生の身分ではない。
したがってわざわざ授業に参加することはないし、寝てても別にいいのだ。
この世界で俺が授業より優先されること。私的な面ならば妹の真琴の心のケアなのだろうが、生憎公的な面ではそれすら優先順位の下の方である。公務なんて正直ゴンドラン爺さんが受け持ってくれるんじゃないのかと思うのだが、領民達は俺がド・オルエニールにいるだけで心のゆとりなんてものが違うらしい。

「で、戻ってきて早々、巨大生物討伐隊に参加させられるとはどういう事だよ?」

「仕方なかろう。蚯蚓や土竜だけではなく蛇まで現れたのだ。近隣住民は喰われはしないかと不安なのだ」

俺の愚痴にワルドが諦めたように答える。
俺たちの眼前にはド・オルエニール名物、巨大生物の生存の為の闘争が繰り広げられている。
巨大な土竜が巨大蚯蚓を引っ掻き、巨大な蛇は土竜の頭部を飲み込まんとし、蚯蚓は蚯蚓で蛇の体を締め上げていた。
奴らが暴れるたびに此方の領内の田畑等に損害を与えるので俺たちはこいつ等を追い返さなければならない。
そういえばジュリオがこの巨大生物どもをエルフの住まう土地、砂漠の地に追いやればと提案し、彼の能力で巨大生物を支配せんとしたが全く効果はなく依然こいつ等はド・オルエニールに滞在したままである。

「とにかくこんな傍迷惑な喧嘩など領外でやってほしいものだな」

ワルドはそう言って杖を振り、俺と戦った時には見せたこともない巨大な真空の刃を放つ。
その刃は土竜と蛇の皮膚を切り裂き、その体からは鮮血が溢れ出た。
痛みでのた打ち回らんとする蛇は思わず土竜の頭部を放してしまう。
それを見逃さず、巨大蚯蚓がより一層締めつけの力を強くした。
不快なほどの悲鳴を巨大蛇は上げる。蛇の血が蚯蚓の滑った身体を彩っていく。

「グァオオアオアオ!!」

土竜は咆哮を上げて、鋭い爪を蛇の肉に食い込ませる。そしてそのまま切り裂いた。
巨大蛇は更に血を噴出し、土竜の顔は血濡れになった。
更に土竜は蚯蚓にも噛みつき、その肉を食いちぎった。
その痛みに蚯蚓は力が入ったかのように蛇をそのまま締めあげた。

「!!!」

蛇はその口からごぼりと血を吐き出し、身体を痙攣させた。

「ワルド、ありゃあの蛇死んだよな?」

「これで脅威が一つ減ったと喜ぶべきかな・・・いや待て!」

巨大蛇は目を見開くと赤い血ではなく無色透明の液体を蚯蚓と土竜に吐き出した。
その液体が土竜達の体に付着したその時、何かが焼けるような音と共に土竜は絶叫し、蚯蚓はのた打ち回った。

「ジャアアアアアアアアアアア!!!!!」

血を口から滴り落ちらせながら蛇は土竜に体当たりを敢行し、そのまま喉元に食らいつかんとした。
しかしその蛇の側頭部に蚯蚓の身体が襲い掛かった。
蛇はそのまま倒れ、土竜はその隙をついて地中に潜ろうとした。

「そのまま逃げるも良いがこの地に戻れぬように痛みを貴様らに味わあせてやろう!」

ワルドはそう言って真空の刃を放つ。
彼に続くように領民の討伐隊も一斉投石や矢を放つ。
俺は矢は使えないので投石隊に混じって石をどんどん投げた。
そのうちの一つが蛇の目に命中した。

「ギャアアアアアアアアアアア!!!」

蛇は苦しむよう叫んだ後、此方を睨んだ。
領民たちの軽い悲鳴が俺の耳に入った。
さながら蛇に睨まれたカエル気分なのかもしれないが生憎と俺たちはカエルなんかじゃないのだ。

「グルアアアアアアアアア!!!!」

だが投石に怒った大蛇を前に哀れなか弱き人間の俺達は圧倒的に戦力が足りなかった。

「やっぱ無理っぽい!」

「少し前のやる気に満ちた発言は如何した貴様!?」

ワルドは若干涙目で後ろに向かって前進し始めた。
それに続けと討伐隊である我々は一目散に走りだした。
大蛇は逃さんとばかりに咆哮しながら此方へ向かってきた。

「ビャアアアアアアアア!!!」

「GISYAAAAAAAA!?」

心なしか英文に聴こえた大蛇の悲鳴に俺たちは後ろを振り向く。
するとそこには我々の不倶戴天の敵である巨大蚯蚓が大蛇に絡みついているではないか!

「ボアアアアアアアア!!!」

更にあの巨大土竜までも此方を守るかの如く大蛇の前に立ちはだかり、大蛇に鋭い爪を一閃させている。
これは一体どういう事なのだろうか?

「ぬう・・・これはもしや」

低く渋みのある声がする。ゴンドランである。

「知っているのかゴンドランさん!」

「うむ、若。これは今まで激闘を繰り広げてきた我々討伐隊と巨大土竜・蚯蚓の間にいつの間にか好敵手としての絆が生まれたが故の現象なのやも知れぬ!」

「絆だと!?」

ワルドが驚いたように言う。無理もないだろう。今まで乗りこなせない魔獣はいないと豪語してきた彼だったがこの巨大生物は乗りこなす以前の超常的な存在だったのだから。

「僕でも無理だった奴らと絆だって・・・?そんな事が」

ジュリオが信じられぬように吐き捨てた。
彼の能力もってしても懐かぬ巨大生物。そんな者達にどの様な関係性を作れるというのか。

「若いな、お前たちは。激闘を重ねた好敵手達はやがて友情にも似た絆が生まれる。その生まれた絆はやがて一つの情念を生み出す!」

「その情念って・・・?」

俺がゴンドランに尋ねるとゴンドランは頷きながら言った。

「そう、その情念とは『お前を倒すのはこの俺だ』思想じゃ!!」

「何その思想!?」

この爺さんはいきなり何を言い出すのであろうか?

「何を阿呆を見るような目で見ておるか貴様ら!」

「アンタが阿呆な事を言うからだ!?」

「大体あのような規格外の生物たちにそんな感情が・・・」

ジュリオがそう言ったその時だった。

『勘違いするなよニンゲン達』

「「「「!!!?」」」」

俺達は確かに聞いた。そして見た。
巨大蛇を攻撃しながら此方を見つめる巨大な土竜の顔を。
その口は確かに動いており、その直後には声が響いていたのを俺たちは見たし聞いた。
俺のように何となく動物の感情が解るものやジュリオのように動物たちと心通わせるとかレベルじゃない。
その土竜は確かに喋っており、しかも皆に解る言語で話していたのだ。

「しゃ、喋った・・・!?」

『土竜だけじゃないです。ボクも喋れます』

「み、蚯蚓までだと!?」

「っていうか口はどこだよ」

ワルドと俺が驚く一方、ジュリオが微妙にずれた発言をしていた。

『我々は貴様等を護る為に戦うのではない』

『ボク達は新入りのこんな蛇野郎にこの地を荒れ果てさせるのが我慢ならないだけなんだ』

『この地の全てが我々の安住の地。食し、寝て、暴れ、生きて行ける貴重な故郷、この様な巨大爬虫類に渡してなるモノか!』

『ココの土はボクにとって過ごしやすいんだ!コイツなんかに好きにはさせない!この地を耕すニンゲン達もいないと困るんだ!』

俺は今まで誤解していた。
こいつ達は今までこの地を荒らす害獣どもとばかり思っていたが確かにこの地を愛する愛すべき住民だったのだ。
そのことに感動した領民達は「お前たち・・・」などと言いながら感涙していた。アホか。
ツンデレ巨大生物どもの郷土愛は大きいが、その愛情ゆえの行動でその土地は破壊されまくってるんですが?

「皆、巨大土竜と蚯蚓を援護せよ!」

ちょっと待てゴンドラン爺さん。
何感激の面持ちで勝手に号令しちゃってんの?
あーあ、皆もやる気満々で「応!」とか言っちゃったよどーすんの?
ワルドとか帽子を目深に被って巨大な好敵手に一礼しちゃったよ。

「タツヤ」

「ジュリオ・・・俺が言うのもなんだが何が何だか」

「これぞ夢の共闘という奴じゃないか?目的は僕達とて同じ。あの大蛇を蹴散らす事で領土は護られるなら僕はあの二体の巨大な生物に手を貸すよ」

そう言ってジュリオは皆と共に行こうとした。
だがその時であった。土竜でも蚯蚓でもましてや人間のものでもない声が辺りに響いた。

『笑わせてくれるな貴様等は・・・わらわを何者と心得る?』

ぞくりとするほどの妖艶で狂気を孕んだ声だった。
俺だけではなく皆の、土竜の、蚯蚓の動きも一瞬止まった。

「女の・・・声だと?」

ワルドが訝しげに言う。

『貴様・・・可笑しいと思っていたが・・・ただの大蛇ではあるまい!』

巨大土竜が爪を振ると巨大な蛇の上半身はいきなり罅割れて弾け飛んだ。
その衝撃で蚯蚓の拘束は外れてしまう。巨大蚯蚓が大地に倒れ伏した衝撃で地が揺れた。

『そう、これは仮の姿・・・人間達だけならこの姿でも十分だったが貴様らが愚かにも人間どもに与するならばわらわも真剣にならねばの』

「こ、これは・・・」

ゴンドランが唖然としたような声を出す。
そこに居たのは下半身は大蛇、そして上半身は人間の女である魔獣ラミア(ただしデカい)であったのだ!

『この姿を見た以上、この地に住まう者どもはわらわの餌と成り果てる。そう、わらわは捕食者、貴様等は餌でしかないのよ!シャハハハハハハハハハ!!』

巨大ラミアはそう言って口を大きく開けた。

「いかん!!」

ゴンドランの叫びと共にラミアの口からは巨大な火球が吐き出されようとしていた。
その矛先は俺たちではなく・・・。

「孤児院方向だと!?」

『人間の童のステーキは美味そうじゃ、今日は御馳走え!』

そう笑いながらラミアは火球を吐き出した。

「させるか!!」

ワルドが風の盾を魔法で作り出すも、火球は無情にもその盾を吹き飛ばした。
青ざめるワルドにラミアの尾が直撃した。
ワルドは吹き飛ばされた後、数回地をバウンドし、ズタボロになって動かなくなった。
その間にも火の玉は孤児院に近づいていく。

「させない・・・よ!」

火の玉は突如現れた土壁に直撃。土壁は崩壊したが火の玉は消し飛んだ。
土壁を作り出したのはマチルダ。またの名を『土くれ』のフーケだった。

「この孤児院の子供たちをアンタのメインディッシュにはさせないよ!」

『ほざくな人間。今のは唾を吐き捨てた程度に過ぎぬわ』

そう言ってラミアは大きな腕を広げた。
ラミアの目の前の空間から徐々に火球が膨らんでいく。
その大きさは孤児院など軽く飲み込む程度だった。

「ラミアって魔法使えるのかよ!」

「魔獣だからね・・・使えてもおかしくはないよ。でもこれほどの巨躯に見合った魔法の威力は・・・!」

ジュリオの懸念は多分当たっているはずだ。
そう思わせるほどの熱気と威圧感があの火の玉にあった。

『さて・・・餌の足掻きを見せてもらおうか?』

そう言ってラミアはにやりと笑う。その後巨大な火球を弾くようにマチルダに向けて飛ばした。
ちょっと待て!ここは旦那のワルドが護る所なのに今その旦那気絶中なんですが?
俺が思考を纏めるよりも早く、巨大蚯蚓と巨大土竜がその身を挺して火の玉を受けていた。

『何!?』

『させんよ・・・!!あの建物にいる人間は・・・後のこの大地を耕す存在なのだからな!』

うちの領地の孤児達の進路を勝手に決めるな。

『ならば貴様がこの大地の養分となるが良いわ!』

炎が土竜の皮膚を焼いていく。
焦げ臭い匂いが充満していく。
蚯蚓と土竜の悲鳴が響いていく。
このままでは焼き殺されるのは時間の問題だった。

「あの土竜達がやられたら次は僕らか。まずあの土竜達が炎を食い止めているうちに孤児達を避難させるべきだね」

「逃げれるかどうかは別・・・か」

ゴンドランとジュリオは乾いた笑みを浮かべてそんな事を言っていた。
最早俺たちの命は風前の灯であるかに思えた。
だがこういう場面で諦めたらそこで試合終了なのだ。
試合終了なのは分かってるがどうしよう?

『ウウウウウウウウ・・・!!』

『グルアアアアアア・・・』

『人間に味方するなど愚かな事だと貴様等は知っていると思ったのだがな』

『だから言ってるだろ・・・!』

『我々は人間などに味方はしていない・・・!』

そう。俺達は味方になったつもりはない。

『何・・・?』

「ラミア!俺達は味方同士じゃない!ただ『貴様の敵』であるだけだ!」

『貴様を倒してから』

「また俺たちは戦うんだ!」

共通の敵を倒す。
我々の今の目的はそれだけである。
大きな目的が出来た以上、弱気になってる場合じゃない。
好敵手という絆が最大限に達したその時不思議な事が起こった。
俺の両腕のルーンが眩い光を放ち、その光は土竜と蚯蚓に伸びていき、彼らを包んで・・・
そして、奇跡が起こった!

『何じゃ!?この光は・・・!!』

『この光は・・・』

「分からんだろう!」

俺は自信を持って言った。

「何が起こるかなんて俺にすら分からんのだからな!」

その瞬間だった。
光に包まれた巨大生物二体が宙に浮かび上がる。
そして俺たちの目の前では物理法則ガン無視の現象が起きた。
まず巨大蚯蚓の身体が七分割されました。
そのまま身体の四つはは、土竜の前足後ろ足にドッキングしました。
その先端からは機械風な手足が生え、頭は上を向いたままの二足歩行土竜の姿になりました。
ですがその頭も何故か胸部に移動したかと思うと十字に少し割れてそこから蒸気が噴出しています。
何もない頭部からは如何にも勇者っぽい頭部が現れました。
最期に背部に二つの蚯蚓のパーツがくっ付き、その下から爆音とともに炎が噴きだし、上部にはドリルが生えました。
それと同時に前足の蚯蚓部分に更にドリルが二つ生えました。
そして最頭部のコアみたいな宝石の所に俺の紋章と同じ刻印が光り輝くと、その勇者の眼が光ったのです。

『超ォォォォォォ地ィィィィィ神ンンンンン!!!!』

ついに、我々の待ち望んだ新たな勇者が姿を現した。
その名も大地の勇者、超地神である!

『何じゃそりゃあああああああああ!?』

『『巨大ラミアよ!この超地神が姿を現したからにはこの地に貴様の安住の地はないと思え!』』

名乗りを上げた勇者のもとに最後の蚯蚓のパーツが舞い降り、勇者がそれを掴むとそれは剣に変形したのです。







「・・・と、まあこういう展開になればドラマ的じゃないか?」

「人を討伐隊に駆立てといて現実逃避の妄想話をさせるな!?あと超地神って何よ!?」

「勇者ロボットだ」

「ろぼっとって何よ!?」

「携帯電話よりすごい超科学の産物であり男のロマンだ」

「なにそれタツヤの世界はそんなのが跋扈してるの!?」

「ククク・・・どうだろうな」

無論俺の知る限りそんなロボは空想上の産物である。

「ほらほらルイズ、早く逃げんと潰されるぞォ~?」

「嫌ァ~~!!?相変わらず何なのこの領地~!?」

俺とルイズは巨大生物の生存競争に巻き込まれないように逃げていた。
その姿をテファと怯えながら、真琴は此方を応援しながら観戦していた。
追記しておくと真琴の応援に奮起したルイズが良い所を見せようと爆発呪文を唱えて、実際蚯蚓に多大なダメージを与えたが代わりに畑が一つ潰れた。


その大惨事を林の奥からティファニアと同じく怯えながら見つめる影が多数あった事をこの時俺は知る由もなかった。


(続く)



[18858] 第157話 使い魔だが夢と希望と正義と愛の塊を掴んでしまった
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/05/04 10:50
目の前で起こる異常事態。
尋常ではない大きさの蚯蚓、土竜、蛇が互いの生存を賭けて争っている。
それだけでも自分たちの任務の障害になるというのにアレは一体なんだ?

「全員後ろに前進しながら投石及び弓矢で攻撃!魔法を使える奴らはバンバンやっちまえ!」

「目だ!目を狙え!蚯蚓は私がなんとかしよう!」

そう言った男が何かを振る動作をすると、風の刃が蚯蚓の身体を切り刻み、蚯蚓はのたうつ。
蚯蚓ののたうつ隙を見て蛇は蚯蚓に噛みつく。

『ビヤアアアアアアアア!!!!』

巨大蚯蚓の悲鳴のような不快な音が響いた直後人間達の歓声があがる。
蛇の牙が蚯蚓の肉を食い千切りそうな音がここまで聞こえてくる。

『グアアアアア!!』

その時土竜が咆哮し、蛇の頭部に鋭い爪を突き立てた。
その爪は蛇の頭部に刺さり貫通。そのまま蚯蚓の身体にもダメージを与えた。
あれでは蛇は即死であろう。この地に来るのは初めてである彼はそう思った。
だが土竜は上空を見ていた。

「!!若!あれを!」

「な、何だと!?アレは蛇の皮!?」

『ギシャアアアアアアアアア!!!』

「へ、蛇が飛んでいるだと・・・!?」

上空には咆哮をあげながら巨大蛇が落下してきていた。

「まさか今の刹那の瞬間に脱皮をしたというのか!?」

「どんな万国びっくりショーだよ!?」

巨大蛇はそのまま大口を開けて落下する。着地点にはちょうど土竜の頭があった。
あのまま丸呑みにする寸法なのだろうか?物陰から彼らはそう思っていた。
気のせいだろうか?土竜の退化している筈の目が光った気がした。

『ギュオアアアアアアアア!!!』

何と土竜は爪を蚯蚓に突き刺したまま、その前足を振り回し蚯蚓の巨体を落下する蛇に命中させたのだ。
側頭部に蚯蚓の巨体が直撃した蛇は最近開墾した畑に突っ込んだ。哀れ畑には大穴が出来、人間の悲鳴がした。

「ああ~!?オラの麦畑がァ~!!」

「ピーター、儂に任せよ。仇はとる」

「ゴンドランさん!」

「この地を荒らす巨大獣どもよ!貴様等はやり過ぎた!」

見た目はしょぼくれた老人が力強くそう言うと、その手からは巨大な、それはもう巨大な火球が現れた。
自分の仲間たちもざわめく。まさか人間にもこれ程の濃密な火を扱うものがいるのかと。
だが自分たちのものとはおそらく威力に差があるはずだ。

「焼き加減は調節出来ん!」

『『『ビャアアアアアアアアギャアアアアアアア!!!』』』

「「「「だああああああああああああ!???」」」」

人間と巨大生物両方の悲鳴が響いた。
巨大な火球はすっぽりと三匹の巨大生物たちを飲み込み、数回爆発を起こした後、天空高く火柱をあげていた。
その火柱の形はまさに十字架のようであり、人間より強力を自負する自分たちさえも見とれてしまいそうなものだった。
これ程までに強力な術は見たことはないが、これで目下の脅威はどうにかなったはずである。
現に見ろ、あの蚯蚓たちは倒れ伏して・・・え?
確かに蚯蚓は倒れている。蚯蚓だけ倒れている・・・ッ!!
火柱の中にはまだ二体いるはずだ。まさか蒸発でもしたか?

「完全には仕留めることは出来なかったか・・・!!」

老人の焦りを含む声が聞こえる。
直後、火柱の中から二つの影が視認できた。

「馬鹿な・・・」

思わず、呟いていた。
自分たちも驚嘆するほどの威力に見えた。
いや、見えただけで威力はそんなに無いのかもしれない。
そんなに無いはずなのに何故蚯蚓は倒れ伏している?あの爪に身を引き裂かれ、牙で貫かれても倒れないあの巨体を倒れさせた程度の威力はある筈なのに。
その二体、巨大土竜と巨大蛇は未だ噴きあがる火柱の中から現れた。

「まさか早めに終わらせるつもりで来た蛮人の地にこんな魔境があるとは・・・」

そう呟くのは薄茶色の髪に、白と灰色の中間程度の目を持つマッダーフである。
彼は外見こそ10代後半の出で立ちだが実際は37歳である。
一般的なエルフの寿命は人間の倍程度なのでマッダーフの容姿はエルフとしては常識の範疇である。
最近まで5000年以上生きてたジャンヌというエルフはエルフの中でも異常であり更に若さを保ってもいたため、エルフの間では『秘薬』でも使ってるという噂がまことしやかに流れていた。

「魔境だろうと蛮人は本当にどこでも住み着いているという事だ。全く度し難いな」

恐らく彼らは踏み込んではいけない聖域に踏み込んだ者たちなのだろう。
エルフの一行の隊長であるアリィーは線の細く若い男であるが実年齢は40歳である。

「で、目標のやつはどいつなんだい?」

マッダーフに尋ねられたアリィーは、自らの婚約者の叔父であるビダーシャルに聞いた特徴を持つ男を探し出した。

「・・・あれか。細い剣を持つマントの男だ。蛮人のメイジは武器は使わないから間違いはないな」

「で、どうする?この混乱の中無闇に飛び出せばこちらも多大な被害を被るぞ?」

「分かっている。どうにかして隙を・・・」

アリィーが決断を迷っていると、彼のそばにいた婚約者であるエルフの少女、ルクシャナが口を挟んだ。
彼女は眼前に広がる怪獣大戦争をキラキラした瞳で観戦していたのだ。

「ねえねえアリィー!」

「ダメだ!」

「まだ何も言ってないじゃない!」

「君の目がこの土地を探検したいと言っている!それはダメだと言っているじゃないか!」

「研究者として未開の地を探求したい気持ちはあって然りでしょう?それがダメって貴方は私に死ねと言うの?酷いわ!」

「君ね・・・この状況でアハハと出て行ったらますます収拾つかない事態になりかねんだろう!」

「さっきからここでずっと様子を窺ってるだけでよくもそんな事が言えるわね!大丈夫よ、ちょっと辺りを探るだけだし!偵察ってやつよ」

「おいおい・・・」

既に婚約者の頭の中はこの地の探検で埋め尽くされている。こうなったらもう聞かないことをアリィーは知っていた。
アリィーはため息をついて丸い顔に生真面目そうな雰囲気の若いエルフに声をかけた。」

「イドリス、彼女を頼む。危険から護ってくれ」

「何よそれ。護衛なんかいらないわ」

「イドリスは見張りも兼ねてるんだ」

「それってお守り役って事?全く失礼しちゃう!」

ルクシャナはぷりぷりしながら暗がりへ消えていく。それを追ってイドリスも消えて行った。
その姿を見てアリィーは深い深いため息をつき、火柱の中から出てきた二体の魔物の姿を見直した。


巨大蚯蚓はゴンドランの手によって葬られた。
これで蚯蚓肉の確保が出来て喜ぶべきなのだろうが、土竜と蛇は依然無事であった。
その事実が討伐隊の動揺を生み出しているのは俺から見ても明白であった。

「完全に炎に対して耐性を身につけているな。いやはや厄介なことだ」

「オラの麦畑が焦土と化してしもうた・・・」

「ピーター、また復興すれば良い。その時はワシも手伝おう」

「いや、アンタが焼いたんでしょう」

ワルドの的確な突込みにゴンドランは珍しく神妙な顔つきになっていた。
流石にあれほど盛大な魔法を使って全滅してない事がショックなのだろうか?

「炎がダメなら爆発はどうかしら?」

「さっきの火柱内で爆発は何度も起きてたのに?」

「私の爆発は年季もモノも違うわ。まあやってみるわよ!」

得意げにルイズは言うが一体その自信はどこから来るのでしょうか?
まあ魔法使いは自分の魔法に自信を持っている奴が殆どだし、ルイズもその虚無魔法で数々の苦難を乗り越えてるのでいい加減自信はあるのであろう。何か普通の魔法より強力らしい虚無の魔法が使えるからルイズは自分が切り札と確信してるのだ。誰もそんな事は言ってないのにも関わらずだ。

「括目しなさい巨大生物達!これがこの私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエールの真髄よ!」

そう啖呵を切って杖を構えるルイズ。
だが魔法と言うのは往々にして呪文というのを唱えねばならない。
それだけでも時間が掛かるというのに今の貴族らしい啖呵及び本人の長い名前を聞かされ大人しくしている獣たちではなかった。
ルイズが呪文を唱えている間に巨大蛇はゆっくりと口を開けた。

「不味い!飲み込む気か!?」

「おい大蛇!そいつを飲み込んだら残念キャラになるぞ!」

「仮にも主に何て言い草なのよこの馬鹿使い魔!!」

「む・・・!?いかん!詠唱を止め退くのだ!!」

ゴンドランが叫ぶと同時に俺は身を貫くような悪い予感がした。
目の前では大蛇の身体が赤く発光している。
俺は考えるより先に駆けて、ルイズの前に躍り出て叫んだ。

「逃げろ!」

「タツヤ!?ちょっと!?」

ルイズは風の様な速さで近づいたワルドの手によって救出されたが、俺はその場に取り残された。
・・・おいコラ、俺もついでに助けんか!?

『相棒、こいつはやべえぞ!』

「何がだよ!」

喋る鞘が警告ついでにとんでもない事を言い出した。

『あの蛇・・・爺さんの魔法を吸収して自分の力にしてやがる!!』

耐性が出来たってレベルじゃねえーーーーーっ!?

「待てよ!?それじゃああの蛇は・・・」

『火を噴くぞ!!』

『ギャシャアアアアアアア!!!』

不快な咆哮と共に大蛇は此方に向けて炎を吐き出した。
魔法吸収して炎を噴出すとかなんなんすかこれ?
疑問に思う間もなく炎は俺に襲い掛かる。

「ええい!!そっちが吸収ならば!」

俺は喋る鞘を掲げて炎に向けた。
炎はみるみる鞘に吸い込まれていく。元々魔法である以上、魔法を吸い込むデルフリンガー(鞘)の能力で吸収できるのだ。
だが蛇の炎を凌いでも、もう一匹巨大生物はいるのだ。
そいつは赤く光る爪を此方に向け、今にも振り下ろさんとしていた。
怪しく光ってるその爪を見て俺は死を意識した。だがそれも一瞬。
俺は帰りを待つ人の為にここでくたばるわけにはいかないのだ。

「こういう時に連携してんじゃねえよ獣野郎・・・!!」

その時、水精のサファイアが輝いた。
この感覚はあの時と同じだ。あのロリ吸血鬼との戦いの時と・・・!!

『グオオオオオ!!』

土竜が爪を振り下ろす。
しかしその時、今まで上がっていた火柱を消し飛ばす勢いの水柱が出現した。
水柱発生の勢いで巨大蛇は吹き飛ばされて木々をなぎ倒す。
土竜は突如発生した水柱に驚き、その場から飛び退く。
水柱は暫くして消え、現れたのは何もかもがびしょ濡れ状態の人間だった。

『グルルルル・・・』

警戒の唸り声をあげる土竜だが目の前の人間だった『何か』の存在に戸惑ってもいた。
目の前の存在は形容すればヒトの形をした水そのものであったのだから。
その存在の足元はぐっしょりと水が浸食している。やがて水たまりが現れ、焦土と化した畑を潤していく。
当然土竜の周りも水たまりで溢れかえることになるが、水は何も目に見える所のみに浸食はしていなかった。

『!!!??』

突然土竜がいた大地が急激に沈んだ。
土竜はなすすべなく大穴に落ちていく。何が起きたか分からぬ土竜であるが、起きた現象は簡単だった。
液状化による地盤沈下。元々水源豊かなド・オルエニールの水含め近辺の水はすべて今は達也の身体の構成の為に集まり、余った水はすべて自然に帰っている。それは周囲の水たまりが表しているのだが、放出される水は地下にも影響を与えている。
人間の重さならば別にどうってことないが巨大土竜の重さには耐えきれず地盤はあっけなく沈下。畑だった場所には大穴が開いてしまった。当然この畑の主であるピーター氏は泡を吹いて気絶したが。・・・畑完全に潰しちゃった♪


木陰から一連の流れを見ていたエルフ達はこの大決戦に一応の決着がついたことに安堵するとともに驚愕していた。

「・・・魔法は使わないのではないのか?」

「・・・そのはずなんだが・・・何だあれは」

唯の人間が精霊魔法どころか精霊そのものの力を使う。
アリィーのみならずその場のエルフ達は自分たちがやろうとしている任務の難度を心の中で跳ね上げた。
ビダーシャルのみならず巨大生物を退けたあの男は得体のしれない術を使っていた。
足元から広がる水により土竜の足元を液状化させる。本来なら津波等で押し流したり広範囲の水たまりを作って落とすというのが常套的水魔法の戦いなのだが、あの男は独特な戦いをしている。

「だが水に囲まれているのは好都合だ」

アリィーはこの場の者達を全員敵に回すことはしたくなかった。
エルフは無用な争いは好まないのでやや強引だが平和的な解決をすることにした。

「水よ。尊き命の水よ。あの者達に安らかなる眠りを与えよ」

指で印を切ったアリィーは呪文を解放した。周りの水を触媒とした眠りの霧はその場の人間達を眠らせていく。
その効果は絶大であり、土竜も含め全員が眠りについた。
元々巨大生物との戦いで疲労していた彼らになす術はなかったのか、全員安らかに眠っていた。

「さて、何事もなく任務は遂行できそうだな」

アリィーは倒れている達也の腕を掴み、そのまま抱きかかえた。
この男が尊敬するビダーシャルを倒したと意識すると恐怖心が生まれてしまう。
周囲を見回し警戒するものがないと確認すると、そのまま立ち去ろうとしたその時だった。
大地から突如、木の根が現れアリィー達に襲い掛かってきたのだ。

「何!?これは・・・先住魔法!?」

「何者だ!」

マッダーフの怒号と共に現れたのはまだ幼い少女に見えた。
だが彼女が纏う何かがエルフ達に危険を知らせていた。

「困るのよね。そのお兄ちゃんを攫っちゃうと」

「何者だと聞いている!」

「吸血鬼と言えば解る?」

「!!」

「この地には吸血鬼もいたか・・・蛮族の味方をするか!」

「人間とエルフどちらが気に入らないと言えばそっちの方が気に入らないのよ。だから今は私は人間の肩を持つ。そのお兄ちゃんは雇い主だしね」

「そうか・・・だが邪魔はさせん!」

アリィーは印を切り、水の壁を作った。

「この隙に逃げる気ってわけ?」

吸血鬼エルザが木の根を無数に壁の向こうに突撃させるが手ごたえはない。
・・・逃げられてしまったようだ。

「水で匂いを消したつもりか・・・まあいい線行ってるけど『血の匂い』はそうそう消えはしないわ」

ずぶぬれになったメイド服のまま妖しく目を光らせるエルザ。
住人達が目を覚ましたのはそれから数時間後であった。

ド・オルエニールの森の奥に設置されたエルフ達のキャンプは森の精霊力を利用した結界が張られている。
いわゆる人払いの結界であり、結界内は外から見えない状態となっていた。
アリィー達はここでルクシャナ達の帰りを待っていた。しばらくしてルクシャナ達は姿を見せた。
だが何か人数が増えている。

「ただいま」

「・・・おい、そいつらは誰だ」

イドリスは二人少女を背負っていた。二人とも気を失っている。
達也の横に横たえても動かない。

「・・・一人は蛮族の娘、もう一人は・・・エルフ!?」

「いやいや、純潔のエルフじゃないわ。多分この子はハーフよ」

達也の横で寝息を立てているのは真琴とティファニアであった。
彼女たちが一緒に歩いていたところをルクシャナは拉致ったらしい。
エルフ達は難色を示したがルクシャナとしては人間世界で暮らすエルフは貴重なサンプルなので連れ帰ろうと思ったようだ。
真琴についてはこのエルフと親しいと感じたためエルフをどう思ってるかどうかの参考人として拉致ったらしい。
それを聞いて頭が痛くなったのはアリィーである。

「・・・今は無事に砂漠に帰る事だけを考えよう。あの吸血鬼が追ってくる可能性は高いからな」

「吸血鬼!?ここって吸血鬼も暮らしているの?すごい!」

「お気楽だな君は・・・」

ひとまずエルフの一行は3人を連れて、故郷の砂漠に戻る準備を始めるのであった。


翌日。
ルイズが目を覚ますとそこはド・オルエニールの屋敷の寝室であった。
部屋の中には自分のクラスメイト達の姿がある。
キュルケにタバサにギーシュにマリコルヌにレイナール・・・シエスタにエルザもいる。
・・・あれ?何か足りない・・・?

「おお、起きたか」

ギーシュがほっとしたように言う。

「あれ・・・私っていつ寝たっけ・・・?」

「覚えていないの?」

キュルケの問いに頷くルイズ。部屋内を改めて見回すと、異変に気付いた。

「・・・タツヤは?」

「エルフに誘拐されたわよ」

淡々と事実を言うエルザ。ルイズの目が見開かれる。

「現在領内を捜索中」

タバサの言うとおり、領民が総力を挙げて領主の行方を追っているのか、外が慌ただしい。

「誘拐・・・?エルフに・・・?」

「私の雇い主も随分利用価値のある人のようね」

人間が彼を人質にラ・ヴァリエールに脅しをかける可能性はあった。
だがエルフがそれをして何の得があるのであろうか?

「ルイズ、それだけじゃない」

ギーシュの言葉はルイズを更にどん底に突き落とした。

「テファとマコトも攫われているようだ」

それを聞いた瞬間ルイズは立ち上がり、部屋に備え付けられた鏡の前に行き寝癖を直し、部屋を出て浴室に行き身を清め、新しい服に着替えて部屋に戻り、乱れたベッドを整えた。この間15分ほどである。
ルイズの動向を見守っていた仲間たちはルイズの行動に首をかしげる。
当のルイズは窓から差し込む朝日に照らされている。そして窓の外を少し見つめ、ぐっと足に力を入れた。

「ちょっとルイズ・・・」

「ちぇりやあああああああああああああああああ!!!」

奇声と共にルイズは窓を突き破りそのまま靴も履かず一目散に走り始めた。

「マコ、マコ、マコマコマコマコマコマコマコマコマコマコマコマコマコマコマコマコムワコォトヲオオオオオオオオ!!!」

「ルイズ!気を確かに持ちなさい!」

「待てよルイズ!?相手はエルフだぞ!?」

「そのエルフが私のマコトを攫った!嗚呼可哀想なマコト。恐怖におののいている事に違いないわ。そんな目にマコトをあわせているエルフなぞ許しはしないわ!」

鬼神の様な形相で走るルイズを追う学友たち。
ルイズは今一流アスリートの様なダイナミックかつ無駄のない走りだった。

「ルイズ!君は今気が触れている!」

「レイナール、私は至って冷静。ええ、冷静よ。簡単な事よエルフを追ってサーチアンドデストロイ!これ以上冷静な策はないわ!」

「アンタの倫理観がデストロイしてるわよ!?エルフ相手に無策で突撃しちゃダメだって!」

「だから策はあるわよ!見つけ次第殺すのよ」

「策と言えんだろうそれ!?」

「タバサ、アンタも止めなさいよ!」

「その策に賛成」

「乗るなよ!?」

それからルイズらの暴走を抑えるのに半日を要することになるのだが、それは別の話である。



その頃の達也はというと、彼も起床の時刻を迎えていた。

「・・・知らない天井だ」

いや冗談ではなく知らない天井を見てます。
どう考えても自宅やお屋敷の寝室ではない。部屋は脈絡のないモノばかりが飾られており頭がおかしくなりそうだ。
帽子掛けに何でバケツが掛かってんの?天井から傘は何本もぶら下がってるし悪趣味にもほどがある。

「・・・土竜を穴に嵌めて、それから眠くなって・・・」

自分の置かれている状況を整理していたらベッドの中で何かが蠢いている。
見れば両隣が盛り上がっているではないか。
大きさとしては右が小さく左は大きい。うむ、ここは礼法にのっとり小さい方から・・・。

「ん・・・」

可愛らしくも艶めかしい声を出したのは我が妹の真琴である。
・・・いつの間に一緒に俺は真琴と寝てたんでしょう。
健やかなる寝顔を見て真琴の頭を撫でた俺は大きな方を調べることにした。
やけに毛布が膨らんでいるがこれはなんだ?
俺が毛布越しにそれを掴んだ瞬間、むにっと随分やわらかい感触がした。
・・・成程この感触で予想は絞られた。ルイズじゃないな。俺は何を言ってるんだ?
俺は恐る恐る毛布をめくった。
そこには静かに寝息を立てるティファニアがいた。

「・・・・・・・・・」

俺は沈黙したまま自らの状態を確認した。・・・今日も朝から元気だ。汚れてもいない。
恐らくセーフだ。着衣は乱れてはいないからセーフだ。
そう、この状況に陥ってもなお俺は童貞のままである。
恐るべき理性の持ち主だな俺は。はっはっはっは。
だがその右手は彼女の奇乳を鷲掴みにしていた。・・・成程、これがおっぱいでござるか。
所詮は脂肪の塊と言うのだがこの塊には夢と希望が詰まっている事はよくわかる。
その誘惑に負けてこのまま揉むという選択肢は俺にはない。胸を触ったのは不可抗力だが揉むのは自己責任だ。
この子は俺の女ではないのだから毒牙にかけてはいけないのだ。
あの忌まわしい惚れ薬事件を覗けばこの可憐な女性は未だ綺麗な身体!そう、俺は人間だ。獣ではない理性ある人間だ!
本能に身を任せていいのは俺の息子だけだ!今日も直立不動で元気な姿で一安心!俺は枯れてなんかいない!
そう、俺は健康だ!皆!俺は健康だ、健康なんですよォォォォ!!

因幡達也、18歳。
彼の純潔は健康の喜びと共に守られたのである。
・・・で、ここはどこやねん。


(続く)





[18858] 第158話 砂漠の中心で童貞宣言
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/05/23 16:59
さて、状況を整理しようではないか。
ド・オルエニールにいたはずの俺が何故この様な悪趣味な部屋に寝ていたかだ。
こんな逢引の部屋なんて俺は御免だし、妹込みとかどこの鬼畜だ。
そもそも俺は疲労してたのか急に眠くなっただけなので戦勝祝いをした覚えはない。
つまりよくある酒に酔ってついつい致しちゃったという事はある筈がないのだ。

『安心しな相棒。お前さんはその娘っこに手出しはしてねえよ』

「む?お前いたのか」

壁に立てかけられていたのは喋る鞘のデルフリンガーと喋る刀の村雨と真琴の喋る杖のオルちゃん先生である。
おお、こいつ等なら事態の説明を出来る筈だ。

『いたのか?じゃないですよ。全くこの鞘の方と二人で喋ってるのもいい加減飽きるんですよ』

『冷たい事言ってくれるじゃねえか。俺だって相棒がスヤスヤ寝てるからお前さんたちと仕方なく話してんのさ』

「無機物同士で親交を温めるのはいいけどな、おいお前ら。いったい俺たちはどうなったんだ?」

『聞いて驚け相棒。お前さんはエルフに拉致られた』

・・・・・・は?どういう事だね君ィ?

『その二人も同様にエルフの集団によって攫われています』

「・・・何でこの二人も誘拐されてんの」

『知らねえなそりゃ。そっちの杖さんはどうよ』

『さあ?私も知りたいですね。エルフがハーフエルフであるそちらの娘に興味を示すのは分かりますが』

『相棒の妹ちゃんが攫われる理由がねえだろ』

「ところでここはエルフの国か?」

『その可能性が高いですね』

喋る刀はそう答える。

「・・・何で俺は拉致られたの?」

『分からんね』

喋る鞘は如何でもよさそうに答えた。

「この拉致は国際問題になり得るだろうか?」

『ご自分の価値を思い描けばよろしいのでは?』

何気に喋る杖は厳しかった。

『大丈夫だぜ心配すんな相棒。トリステインはお前が死んでも代わりはいるぜ!』

「慰めになっとらんわ折れろ無機物!!」

『落ち着け相棒!?いくら俺が他の物体に乗り移れるって言っても折られたらいい気分はしねえんだぞ!?』

「クックックック・・・その不愉快な気分を永遠に味あわせてやるわ!悶え苦しめ!」

拉致られたというのに我ながら緊張感のない会話だとは思うが、こういう時こそ平常心を保つ努力をせねばならんという経験を俺はこの世界で幾度も経験している。ここがどこなのかは知らん。だが一回訳の分からん世界へ飛ばされてるんだ。エルフの国だろうがここがハルケギニアという事は変わりない。平常心を保て、平常心だ。
だが腹の底から沸々と湧き上がるこの感情は何だろうか。あっけらかんと死亡宣告を出した無機物への憤りとは違う。
分かっている。俺を拉致した奴が真琴とテファも誘拐したという事に俺は憤ってるんだ。
・・・ハピネスはド・オルエニールにいるままなんだろうか?エルザあたりが非常食とか言ってないだろうな?

「ふみゅ・・・」

俺がペットの安否を気遣っていると真琴が目を覚ました。
真琴は寝ぼけ眼で辺りを見回すと気の抜けたような声を出した。

「あれぇ?何で私寝てたの?」

「真琴!怪我はないか?痛い所はないか?」

「ふえ?お兄ちゃん?ちょっと眠いけどない」

真琴はそう言ってにぱぁっと微笑む。
コイツに怪我がない事は幸いだったが現状を理解した時、真琴の精神的ダメージは計り知れない。

「う・・・ん」

真琴に続く様にテファも目覚めたようだ。
自分が寝ている事に気づき驚き、更に俺たちがいることに驚いたように目をぱちくりさせていた。

「タ、タツヤ!?どうして私・・・??」

「テファ、痛むところはないか?」

首を横に振るテファ。何でそのような事を聞くのかという顔だ。
うむ、良かった。万が一股付近が痛いと言ったら俺は死にたくなっていたと思う。
テファは辺りを見回して少々青ざめた表情で尋ねてきた。

「タツヤ・・・ここはどこなの?」

「ここはエルフの国です」

『えらく棒読みだなオイ』

しかしその棒読みのセリフでもテファは打ちのめされたような表情になっていた。
真琴は訳が分からないと言った表情である。そりゃそうだ、俺も訳わからん。

「ん?テファ、その服は何だ?」

「え、え?」

ティファニアの纏っている衣装はいつもの草色のワンピースではなくゆったりとして、ひらひらがたくさんついたローブを羽織っている。ううむ、どうしても胸元に視線が行ってしまう。何せワンピースの時には無かった生乳の谷間が見えるのだ。全体的な露出は減ろうとも悩ましさは上がってるような気がしてならない。

「これ・・・エルフの服だわ。母さんの形見のローブと似てるもの」

・・・という事は何だ?服はそのままの俺達兄妹とは別のVIP待遇をテファはされてるって事か?
かぁ~!!エルフの世界でもイケメンと美女が優遇されてるのかよ!
いや待てよ?着替えさせられてるってことは一度ひん剥かれたという訳・・・で・・・。

「・・・どうしたのタツヤ?」

俺はテファの顔をまっすぐ見た。改めて見ると凄く整った顔立ちだ。
何か恥ずかしくなってきたがこの娘は俺たちなんかよりも更に辱めを受けているのだ。

「おのれエルフ!この様な美少女をひん剥くとは神やブリなんとかが許しても俺が許さねえ!」

『珍しく熱くなってるとこ悪いが本音は自分も見たかったんじゃねえのかお前』

「おのれエルフめ!ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

『相当見たかったんだな相棒・・・』

『というかひん剥く以前にただ着替えさせただけだと思います』

喋る刀は冷静だった。
分かってるつーの。ちょっとふざけただけじゃん。
ふざけでもしないと俺までおかしくなりそうだからな。この誘拐の顛末がどうなるかは知らないが元の世界でも誘拐事件でやばいのは腐るほどあるからな。エルフは人間を下等として見てるらしいからテファはともかく俺達二人がどうなるか知れたもんじゃない。
もしかするとテファはハーフエルフだから俺たちより酷い扱いを受けるかもしれない。きっとこの部屋の向こうには見張りか何かいて何時でも俺たちの行動に対処できるように構えてるに違いない。
・・・舐めるなよ誘拐犯ども。こちととらまだ死ぬわけにはいかない。一人ぼっちで誘拐されてもそう思えるのに護るべき人々がそばにいれば尚更手段を選ばずだ。テファをひん剥いたとかでの怒りの発言は外面だけの怒りだ。
エルフなんぞに比べたら弱っちい俺だろうが、弱いなら弱いなりの活路がある筈だ。

黙ってしまった俺に不安を覚えたのかテファと真琴の視線が痛い。
どうやら真琴ですらこの状況がおかしいという事に気付いている。

「タツヤ・・・」

「お兄ちゃん・・・あたし達・・・どうなっちゃうの?」

縋るような視線をぶつけるのはいいが、正直どうしたものか。
何とかしたい気持ちは山々なのだが・・・。
その時部屋の扉が無造作に開けられた。

「っ!?」

咄嗟に二人をかばう様に移動する俺であるが、これは単なる気休めである。
村雨を何時でも抜き放つ事が出来る態勢は出来た。
とてつもなく怖い・・・!だが、腹を括るしかない!俺の後ろには俺を頼って震える女の子達がいるのだから。
部屋に入ってきたのは一人のエルフだった。そのエルフは何一つ身につけて無かった。
そして重要なのは、エルフは若い女性だった。吊り上った切れ長の瞳に、無造作に切り揃えられた金髪。そうだな、テファとルイズを足して2で割っていくつか余ったような容姿だな。主にルイズ寄りに。だって胸は寂しいし。
そのエルフは濡れた身体をタオルで拭いている。その姿はまるで妖精だがこちらは見惚れるほど心に余裕はない。

「あら?目が覚めたの?」

肌を見られても全く意識していないようだ。エルフの女性は部屋の真ん中まで行き、そこに建てられていたレイピアに突き立った干し果物にかぶりついていた。あーあ、胡坐なんてかいちゃって慎みってものが無いのかね。
どうやらあの女は俺を男性として見てないようだ。種族すら違うのだから犬の前で着替えてる感覚でしかないのか?

「目が覚めたついでに質問があるんだが」

「どうぞなんなりと。あ、わたしはルクシャナっていうの。よろしくね」

「俺は因幡達也だ。宜しくしたいところだが生憎そういう安心できる状況じゃなくてさ。まずここは何処だ」

「砂漠よ。わたし達の国ネフテス」

「わたし達って・・・エルフの国かよ」

「その通りよ」

テファが弾かれたように窓へと向かう。俺はその様子を横目で見た。
そして彼女は息を呑んでいた。

「砂漠・・・・・・」

蘇鉄の様な木々の隙間から覗くのは広大な砂の海。まさしくここはエルフの国であることを理解したテファは脱力し、そのまま崩れ落ちた。

「お姉ちゃん!?」

真琴がテファに駆け寄るが既に彼女は気を失っている。
あまりの衝撃に肉体が気絶という防衛行動を選んだのだ。

「その娘だけど、女の子が来たままってのもなんだから着替えさせたのよ」

「レディはもう一人いるんだがな」

「ああ、その子は合う服が無くてね。一応洗体と服の洗濯だけはしたけど」

「・・・俺は?」

「貴方はそのままよ」

「何その逆VIP待遇!?そんな野郎と女子を同じ部屋に寝かすとか貴様等には衛生面の配慮とかないのか!?」

「ある意味ご褒美のはずなのに何故怒られてるんだろう私?」

「俺にはご褒美かもしれんが女性陣には罰ゲームだろうよ。ところで俺たちはどんだけ寝てたんだ?」

「貴方たちを連れ出して今は8日目。その間寝てたわね」

「成程、意識してきたら股間が痒い気がしてきたぞ」

如何しよう何かカビとか生えてたら。
・・・む?そういえばこの痴女の様子からして水浴びをしてきたのか?
人間の常識でしか以後の流れは測れんが、一方は全裸で余裕綽々で此方を見ていて、俺らは見られている。
この痴女が此方に危害を与えるとすればまあ恰好からするにアレのような気がする。
痴女とはいえエルフ。此方になんぞ遅れは取らないと確信しているのか?
痴女に対するは童貞、美少女、幼女の3名。童貞のロングスピアはメンテナンスをしていない状態である。
狙うは美少女、つまりテファか。
絶望心を煽り心を折って無力化し同性をやっちまうなんてそれ何て鬼畜?どんだけマニアックやねん。

「次の質問、いいか?」

「どうぞ」

「何故俺を攫った?」

「理由は色々あるわ。まあ大部分は貴方がエルフを二人退けているからね。その事実は貴方がエルフにとって脅威であると判断されて、このまま蛮人側にいたらエルフ達の被害が増加するとして、それだったら監視下に置けばいいという事で攫っちゃったのよ。貴方は此方側では有名人なのよ?叔父様に勝ってあのジャンヌ様を討ったって・・・」

5000年も執念深く生きていたあのエルフの女剣士の名前をルクシャナは口にする。
分かっていない。ジャンヌは俺が討ったわけではない。
同じく執念深いダークエルフの女によって衰弱死させられたのだ。

「叔父様は貴方を褒めてたわよ。蛮人のくせに大したものだって」

すげえ上から目線の褒め様に嬉しさなど感じはしない。

「・・・この二人を攫った理由は?」

「この子、ハーフでしょ?」

てっきり虚無の使い手のようだから攫ったとでも言うかと思ったがまあ、見た目で虚無使いなんて分からんよな。
しかしハーフという事はばれてしまっている。だがこの痴女は目をキラキラさせて言った。

「私、その子にすっごく興味があるのよ!わたし、蛮人を研究している学者なんだけど、蛮人社会に暮らすハーフのエルフ、そのエルフと仲睦まじそうにしている蛮人の子ども!これは私たちの常識じゃ考えられない光景なんだから!」

俺達の常識では人前で全裸で胸を張って熱弁するのは考えられない行為なんですが。
さてはコイツ、露出狂タイプの痴女か。性犯罪者タイプではないのか?
いや、油断はできない。テファや真琴を見るこの女の目!熱を帯びているのを俺は見逃さない。
警戒している俺など気にしない様に、ルクシャナは俺にも言った。

「勿論、私は貴方にも興味はあるわよ!」

「俺は童貞だ!」

「そっちの興味じゃないんだけど一応覚えておくわ!」

「しまった誘導尋問か!?汚いなさすがエルフきたない」

「汚いのは8日間洗体してない貴方だと思うんだけど?」

「お前たちはミスを犯した。それは俺の身体を洗わなかった事だ!」

「わたしに危害を加える気?やめておきなさい。この家はわたしが契約している場所。わたしに危害を加えようとしたら一瞬で灰になるようになってるわ。あと逃げようったって周りは砂漠だから半日で日干しよ。わたしとしては貴重な研究対象を失いたくはないんだけど」

「安心しろ。エルフとはいえ婦女子を殴ったりする事はしない」

「それが賢明よ」

「8日間洗ってない睾丸のに臭いを染みつかせた手でのアイアンクローならよかろう!」

「やめてよ何か感染しそうじゃない!」

「研究対象の身体状況を詳しくわからせてやるぜ!」

「そう言ってわたしに触れた瞬間にドカンよ?」

「対策は講じられているというのか、ちっ!」

「殴るより最悪じゃないのよ全く・・・さて、今度は此方の質問に答えてもらうわよ?」

ルクシャナはキラキラした目で言ってきた。

「どうぞ」

「まず、貴方たちは何を食べているの?」

「人間は雑食だから基本何でも。最近食べたのは巨大蚯蚓肉のステーキだ」

「・・・アレ食べれるんだ」

「食感は外はコリコリ中はもちもちしているぞ」

それからルクシャナは住んでいる建物の見取り図やら家具の形などのハルケギニアの生活習慣から王政、農工商業の社会構造まで多岐にわたり質問してきた。俺は異世界人なのでこの世界の基本知識はルイズの授業に同伴した時の知識とオルエニールで得た知識しかないのであまり要領を得ない。テファも前は世捨て人状態の生活だったので面白いことなど皆無だ。
で、一通り質問を終えたルクシャナの反応は至極つまらなそうであった。

「うーん、ちょっと拍子抜けかな。貴方の治めてた土地の状況を見たときすごくワクワクしたのに」

「あんな状況が世界各国で起きててたまるか」

ド・オルエニールはハルケギニアでも特殊だと信じたい。
俺としてはそんな特殊な土地よりもっと普通の土地に行きたかったんや。

「でも何か違和感があるわね、貴方の言い方は」

ルクシャナは目を細め、俺を見つめる。
今までの会話で俺は嘘は言っていない。何が気になるというんだ?

「貴方の言い方だと、まるで外から蛮人の世界を見てみたような言い方よ?」

「・・・・・・外から、ね」

「それに私は貴方にも興味があると言ったわ。でも貴方の話はここ二年程度の話しかしてないわ。これはどういう事なのかしら?」

そりゃそうだ。俺はこの世界には二年ぐらいしかいない。
テファは世捨て人同然の生活で世間知らずな面もある。
真琴にいたっては論外だ。喋る無機物どもが人間社会の構造の全てを知ってるとは思えん。
そこから導かれる結論はただ一つだ。

「誘拐の人選を間違えたと言わざるを得ないなHAHAHAHA!」

「私はそうは思わないわね」

「アンタの知りたいことを知らない時点で間違いじゃないのかよ」

「貴方の二年間の前の話を私は知りたいんだけど?」

「過去を語るには俺たちは酷い出会いをしたと思わんか」

「言いたくない、か。まあいいわ。あと聞きたいんだけどこのティファニアだっけ?ハーフっていじめられるのやっぱり?」

俺の足元で寝息を立てるテファを指差すルクシャナ。
真琴はその彼女の様子を見てテファを護るように抱きしめていた。

「そんなこともあったよ。今は女神扱いだが」

「ふーん・・・成程ね。わたし達ってどれくらい嫌われてるの?」

「アンタらエルフはこの世界の人間にとって恐怖の対象みたいだな。人間が使えない強力な先住魔法ってやつを使ってハルケギニアの貴族を苦しめてきたわけなんだからな」

まあ俺だってタバサ救出の際やガリアとの戦いの時にエルフと戦ってその驚異の一端は知ってるが。

「えー?だってそっちが悪いでしょ?攻めてくるからしょうがなく応戦したんだから。貴方達って飽きもせずに数に任せて突っ込んでくるし」

「俺はアンタらを積極的に攻めたつもりはないがな。一時期聖地が何たら言ってた人はいたが」

「貴方たちが聖地って言ってるのは元々から私達の土地なのよ。それを勝手に聖地って言わないでくれる?」

「アンタらからすれば人間達の言い分がおかしいのか」

「そういう事。さて、じゃあ私は昼寝でもしてくるから貴方はさっさと表の泉で身体を洗いなさいよ」

そう言ってルクシャナは欠伸をしながら部屋を出て行く。
何てマイペースな奴なんだ。
俺と真琴は顔を見合わせた。真琴の顔は明らかに緊張で張りつめている。

「・・・真琴」

「・・・お兄ちゃん」

「一緒に風呂入るか?」

「うんっ!」

とにもかくにもまず風呂に入らねばいかん。
俺はテファを担いで真琴と一緒に表にあるという泉に向かう事にした。
・・・あ、着替えどうしよう?

―――それにしても誘拐か・・・誘拐されちまったのか俺たちは。




(続く)



[18858] 第159話 誠意をもって利用する外道
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/06/27 23:17
元々土地勘など皆無の上に砂漠のど真ん中とあっては例え逃げられそうな状況でも現実は逃げれない。
空でも飛べたりすれば話は別だが、それも人間たちの住む場所の方向が解ればの話だ。
外に出た時は案外涼しかったのでもしかしたら逃げれるかと思ったらこの涼しさはエルフの魔法によるものらしい。
魔法の効力の範囲外は灼熱地獄であり、半日も持たないというのは嘘ではないようだ。

「ここにいる限り砂漠の熱気にやられることは無いがそれでもどうにかしねえとな」

現在は夜中。俺たちは桟橋がある泉で水浴びをしていた。
ついでに俺は洗濯もやっているため現在俺はタオル一枚の姿である。
真琴は泉の浅瀬で遊んでいる。こういう時の真琴の無邪気さが救いだと思う。
なお、喋る鞘と杖は真琴の玩具と化しており、特に喋る鞘は悲痛な様子で叫んでいた。

『うおおお!?鞘の中に水を入れるなぁ!?ひいいい!?気持ち悪っ!?』

『私は杖ですから別に水中でも平気ですが金属の貴方は大変ですね』

『うおお!?塩水じゃなくても錆びるんだぞ!?やめてくれーーー!』

「アハハハハハハ!」

幸いにも我が妹には悲壮感たるものが皆無である。
喋る無機物たちと戯れる姿は非常に和む風景だ。

「砂漠のど真ん中のオアシスか・・・観光で来るなら美しい所だって言う余裕があるんだろうなぁ」

実際人間がこの地に観光に来ることはまず有り得ないのだが、結構大きな泉で遊んでいる真琴を見るとそんな願望にも似た言葉が出てしまう。やはり短い人生なのだから彼女みたいにポジティブに生きてみるというのも必要である。そうだポジティブだ!ポジティブになれ達也!誘拐なんて忌まわしい事だがこんなリゾート的な人質生活なんて普通の人生ではありえないことだ。どうせ逃げることが出来ないのなら最大限楽しもうではないか!

「エルフの魔法って凄いのね・・・わたし達もうこのまま帰れないのかな」

人間より長い時を生きれるティファニアは俺の横に腰掛け体育座りで先ほどからネガティブ発言を繰り返している。
美少女というのは目が死んでいようと美しいものだが、当人はたまったものではない。
母親が生まれた国に来れたのはいいが方法がよりにもよって拉致とか心の準備どころの話ではない。

「ねえタツヤ」

「うん?」

目が死んだままの美少女はタオル一枚の俺の方を向いて尋ねてきた。

「わたしの力・・・虚無の力ってその力を使える人がいなくなったら別の誰かに宿るんでしょ?」

「そうらしいな。死んじまった教皇様の虚無は誰に受け継がれたかは知らんがな」

「・・・エルフ達からすればこの力は悪魔の力と呼ばれて忌避されてるみたいね」

「そうだな」

俺がテファの意見に肯定するとテファは泉を見つめてうんと頷いて言った。

「ねえタツヤ。お願いがあるんだ」

「何だよ改まって」

「わたしを・・・殺してほしいの」

目に涙を溜め、今にも零れ落ちそうな様子で彼女は言った。

「な、なな、何で?」

「だってそうでしょ?何もできないで捕まっちゃうし、皆に迷惑をかけることになるし・・・このままここにいたら皆が大変なことになってもなにもできないし・・・」

「そんなの俺たちだって同じだろーよ。捕まってるしよ」

「・・・タツヤとマコトは大丈夫だよ。マコトは元々関係のない子だし、タツヤは今まで凄い事いっぱいやってきたじゃない。でも私は無理だよ・・・きっと足手まといになっちゃうから」

「このまま生きてても皆の迷惑になるからいっそ殺せというのかい?」

テファは真剣な表情で頷く。
死を覚悟するときは誰だって並大抵の決意ではない。自殺だろうが何だろうが死ぬという行為は替えが聞かない行為だからホイホイやれるわけがないと俺は考えている。テファは今、死を決意するぐらい追い詰められている。

「・・・タツヤ達は逃げて・・・お願いだから」

「お前に言われなくたって逃げるさ」

「ありがとう」

「だけどその時はお前も一緒だよ、テファ」

「でも・・・」

「でもじゃねぇよ。見ろよ真琴を」

俺達は無機物をとうとう水底に沈める真琴を見つめた。その表情は曇りなき笑顔であった。

「アイツは自分がここから帰れないなんて微塵も思っちゃいねえ。そりゃ少々不安もあるかもしれないけど、それでも今能天気に遊べるのはそれ以上に安心してるからだと思うぜ」

「安心・・・?」

「ああ。真琴の今の希望は俺たちだ。俺たちがいる限りは自分も諦めないと思ってるんだろうよ」

実際は如何だかは知らないが俺が単身ハルケギニアにいる間、真琴は塞ぎこんでいたらしい。
明るい表情ばっかりの真琴だが俺が消息不明になると泣きそうになっていたのだ。
瑞希がいなければどうなっていたのか・・・そう言えば瑞希はついに一人になっちまったが大丈夫なんだろうか?
杏里が何とか相手してくれてるとは思ってるが杏里もどうなってるのか分からない。
クソ、何か猛烈に不安になってきたぞ!?

「逃げれない・・・と言ったなテファ」

「うん・・・。エルフの魔法はすごいし・・・」

「凄かろうと何だろうとそれは諦めに足る理由になり得ねえ。そりゃ俺ももうだめだと思った事は多々あるし諦めも早い方だがよ、今回は諦めることはするわけにはいかねえのよ」

そう、ここで俺が逃げるのを諦めれば杏里たちとの再会が無くなってしまう。
俺はそんな大層な人間ではないと自覚はしているが、誰かの希望になっている事も知っている。
それが余計な積荷だろうと希望になっているのならば俺はその希望としての責務を果たそうじゃないか。
テファが諦めかけてるって事は俺はテファの希望なんかじゃないって事だろう。それはいいんだ。
だが真琴の希望である限り俺は諦めない。杏里や瑞希が俺の帰りを待っているのならば俺はそれに応えるしかない。
死亡フラグ?んなもん知るか。例え戦場で「俺この戦いが終わったら結婚するんだ」と言っても、俺はその言葉を現実にしてやる。

「それにエルフ達はお前が虚無使いってのは知らないはずだし、迂闊にも杖や刀はそのままだ。これじゃ逃げて良いぜ!と言ってるもんだ」

「・・・・・・」

「何事も綻びってのはあるさ。一見完璧に見えても物事には抜け穴ってのはあるもんさ」

「でもそんなのがあってもエルフ達から逃げれるとは・・・」

「それに何で諦め気味なんだよ。テファ、今のお前は一人なんかじゃないだろ」

「そうなればタツヤに迷惑がかかるじゃない!」

「迷惑なんざかけちまえ!!」

既に他人から凄まじき迷惑をかけられ、他人に物凄い迷惑をかけている俺からすれば今更迷惑を被ろうとどうでもいいような感じなのだ。その分誰かに迷惑を与えればいいのだ。主にルイズととかに。

「生きてる限り迷惑かけてもそれを返す機会はあるんだ。今、俺に迷惑をかけても後で返せばいいだけの話だろうが。だが死んじまったら返せないじゃないか。お前を殺せ?それこそ大迷惑だっつーの。俺にお前を殺した罪を背負って生きろってのか?そうなればお前の事を一生忘れない、お前は俺の中に生きてるから十分だってか?そんなの嫌だね。俺はお前を殺したくないから」

『何かごちゃごちゃ言ってますが結局一番最後だけが主な理由でしょう』

喋る刀の言うとおり俺はテファを殺したくはないし殺すつもりもない。
足手まといを切り捨ててまで助かりたくないという殊勝な心は俺は投げ捨てているが生憎真琴もテファも足手まといなんかじゃない。
二人とも俺の心を支えてくれてる大事な柱なんだ。切り捨てなんかできるかよ。

「でも私は・・・私には皆に・・・タツヤに護ってもらうほどの価値ある存在には思えないよ」

「価値のない人生を送ってると自覚してるやつはごまんといるだろうし、他人から見てもコイツ生ける屍だなと思われる人生を送ってるやつなんてその辺にごろごろいるよ。俺はそんな奴らにも人生の価値があるんですなんて聖人君子か似非宗教家みたいなことは言わない。価値がない人生を送っているならば価値無い人生を全うすればいいんだからな。テファ、お前が自分を価値無き存在と言うのはお前の勝手だ。護るだけ無駄ということを遠回しにいう事もお前の勝手だ。だったらよ、その無駄な事をやることは俺の勝手だよな?」

「タツヤ・・・」

「だから俺はその無駄な事をやる。お前がいくら絶望しようがお前の勝手だ。俺は勝手にお前と真琴を護るよ」

『自分勝手ですね』

「まあ、マジで無駄と思ったら切り捨てるのもありかな」

『上がった評価が一転奈落の底に行くような発言は慎んだ方がいいと思います』

馬鹿者、貴様は知らんのか。評価というのは上がり過ぎても面倒くさいんだぞ?
一日一歩、三日で三歩で二歩下がるぐらいが人生はちょうどいいのだ。

「おにーちゃーん!おねーちゃーん!二人とも一緒にあそぼーよー!」

真琴の元気な声が俺たちに向けられる。俺は真琴に手を振りながらテファに言った。

「ま、沈んだ心は遊んで晴らすのが一番さ。今は遊んで気分を晴らそうぜ、テファ」

そう言って俺は泉に飛び込んだ。

「・・・わかった」

直後にテファも立ち上がり、がばっと着ていたローブを脱ぎ下着姿になると、どぼんと飛び込んだ。
だが俺と違いそのまま沈み込んでなかなか浮かび上がってこない。
心配になったのか真琴も俺のところまでやってきた。

「お、お姉ちゃん浮かんでこないよ・・・?」

「ううむ・・・浮き袋は胸に二つあるように見えたんだが、アレはもしかして鉛なのか?」

だが一分ほど経つとテファは浮かび上がってきた。

「ぷはぁ!えへへ、前より長く潜っていられるようになったわ」

「お姉ちゃんすごい!」

真琴は純粋に長い間潜水していたテファに賞賛の言葉を送っている。
月明かりに照らされたテファの濡れた下着は彼女の破壊的な胸の形を浮かび上がらせている。
ん?ちょっと待て。そのうっすらと透けて見える桃色の突起は乳の首ではないですか?
テファも俺の視線に気づき顔を赤らめた。

「す、すまない」

「い、いいの。いいんだよ・・・タツヤに見られても・・・その・・・いいの」

それではガン見しようかとも思ったが真琴の手前なので止めた。
・・・俺は残念ながら犯罪級の朴念仁じゃないし、自分が他人に好かれるはずがないという考えにいたる程に寂しい人生を送っているとは思わない。俺は好きな女がいる。好きな女に好かれるためには自らがその女に好かれるように行動しなきゃならない。考えを少し変えてみなければならない。その人の気持ちを考えねばならない。
そう考えて行動してたら人がどういう行動を取ればどういう評価をするのか大体わかってくる。
俺がしている行動は大多数の者には受け入れられないかもしれない。実際元の世界の女子からは気持ち悪いやら言われてたしな。
自分を嫌う奴と仲良くする必要はない。俺に対してそう評価をする女は勝手にそういう評価をしていればいいのだ。どっかの恋愛ゲームの如く自分を心底嫌っている女と娘と結ばれる道を選ぶ予定は俺にはないからな。現実の恋愛なんて何故か男子が不利になってるような気もしないでもないが歳を重ねたら今度は女子の方の難易度が高まるからあまり選びすぎるのもヤバいって親父側の婆ちゃんが言ってた。
自分を嫌う奴との交流なんて最低限で良いと思っていた。そんな態度が人によっては『馬鹿にしている』と見られていたのかもしれない。悪いな?こちとらそちらさんの嫌悪なんざ感じ取ってるんだよ。何でそんな奴に無理に敬意を払わなきゃいけないんだ?馬鹿にはしてないぜ?相手にしてないだけだからな。それを馬鹿にしていると感じとるならばそれは自意識過剰ってもんだ。そちらさんが思ってるほど俺は興味は持っていないからな。勝手に被害妄想に取り憑かれて勝手に嫌いになっとけ。こちらはそんな様子を見て初めてそっちを馬鹿だなあという目で見るんだから。
ただ、自分に対して好意を示す人物にはこちらもそれなりの誠意をもって対応することにしている。好意を示す相手を邪険に扱うのは中二によくある症状だ。そういう相手を利用して自分の保身を図るのは小悪党のやる事だ。可笑しなことに俺は後者の側なのだ。この世界に来て特にそういう面があると思う。俺は皆がいなかったらどうなっていたか分からない。こういう言葉も俺が正義感溢れる熱血野郎ならば映える言葉なのかもしれないが、俺が言うと凄く胡散臭い。
俺は子どもが憧れるヒーローにはなれる器ではないと胸を張って言える。しかしそんな野郎である俺も守らなきゃいけないものぐらいある。こんな言葉、杏里や妹たち以外にはまかり間違ってルイズ位にしか言わないと思う。思っていた。だが純粋すぎる眩しいほどの好意を頬を赤らめて言う妖精の様な容姿と聖母の如き慈愛の心を持つ少女に対して、俺は―――。

「テファ」

「・・・な、なにかな?」

「俺は『絶対』君を護るよ」

そんな言葉を言ってしまっていた。

「タツヤ・・・ほんとう?」

テファの瞳が月の光のせいか、何だかいつもより輝いている。
ああ、綺麗だな畜生。本当に綺麗だよこの娘。
こんな娘が何で俺に好意を向けてくれるかね?奇跡過ぎだよ。
嗚呼、この娘を見てると益々自分が悪党だと思わされるよ。だけど・・・それは俺の正義なんだ。


思わず、聞き返してしまった。
ティファニアにとって今しがたの彼の言葉はもう一度耳にしたい甘美な言葉であった。
護るという言葉は今まで彼は結構言っていたし、実際護ってくれたこともある。
でもその時、彼が護ったのは自分だけじゃなかった。護った対象の先に自分を見ていなかった。
しかし今、彼は自分を見て確かに言ったのだ。絶対護ると。
頼りなさそうに言うわけでなく。軽いノリで言うわけでなく。
静かに、しかし明確に。
何で彼は自分を護るというのだろうか?こんな弱い自分は足手まといにしかならないのに・・・。
自尊心の為?違う。彼は人一倍自分の命を大事にする。足手まといを護るなんて危険な事を請け負う事なんてしない。
もしかして好意から?・・・違うかも。良くて友達だからだろう。
自分が段々嫌になっていく気がティファニアはした。護ると言った彼の言葉に疑念を抱くなんて。
彼の事は信じている。でも自分には彼の本心は見えない。だから少し不安なのだ。
ねえタツヤ?どうしてそういう事を言ってくれたの?どうして?

「タツヤ・・・ホントにホントなの?何で急にそういう事を」

彼は一瞬困ったような表情になったように見えた。

「目の保養代」

「えう」

にやりとして彼が言った言葉に少し引いてしまった。

「女性が身体を張って鼓舞してくれたんだから野郎が出来るのはその位だぜ」

「あうあう・・・」

羞恥心で顔が熱くなるのを感じていた。彼の顔が見れない。

「テファ」

呼んだ彼の顔を見る。その時、月が雲で隠れて彼の姿が闇に染まっていった。

「任せとけ」

その言葉とともに月が再び顔を出す。
月の光に再び照らされた彼はやっぱり自分を見ていて。

「その保養は脱出してもお釣りが出るぐらいだからな」

眩しい。ティファニアは達也を見てそう思った。
笑顔が眩しいとかそういう事ではないが、彼は眩しい。でも、もっと見ていたい。
いつの間にか此方の不安は和らいでいる。不思議な事もあるものだ。
難しく考えるのは悪い事ではないが馬鹿馬鹿しいと思えるようになった。
世の中は複雑な事も沢山ある。問題だって沢山あるし複雑なのだ。
しかしその解決策というのは意外と単純なのかもしれない。
彼が自分を護ると言ったのもそんなに難しい理由じゃないのかな、とティファニアは一人思い微笑んだ。

「タツヤ」

「おう」

「私、迷惑かけるかもしれないけど・・・頼っていいのよね?」

「ああ。報酬は手料理でいいや」

「うん、わかったわ」

ダメだと思うのはまだ先にしよう。
今は何とかなると思って生きていこう。諦めるにはまだ早い。
タツヤもマコトも、諦めていないんだから。


洗濯も終わり俺たちは目を覚ました時にいた部屋に戻っていた。
俺は背伸びをし、真琴たちに言った。

「さ、水浴びも楽しんだことだし、そろそろ寝るかね」

「そうね」

「俺は今日はソファで寝るから二人はベッドで寝な」

「え~!?お兄ちゃんと一緒に寝たいのに・・・」

『真琴ちゃん、その発言を五年後も言える?』

「言えるもん!」

「わ、私もタツヤとはおともだちだから一緒に寝てもいい・・・よ?」

「俺は寝相が悪いからな。いつの間にか二人を抱き枕にしてる可能性が高いし。低確率でさば折りをするかもしれん」

そう言って俺はソファに寝転び、女子二人に対して手でベッドに行けとジェスチャーをした。
テファ達はすぐにベッドに横になり、しばらくして寝息を立て始めた。
俺に対して好意を向けてくれるテファ・・・。思わず絶対護ると言っちまった。
・・・杏里。お前にもこの言葉は昔言ったよな。お前も昔、早めの中二病で勝手に世界に絶望してたことがあったよな。
アイツの『交通事故死』はお前の家庭を崩壊寸前にまで追いやったとお前は言ってた。おじさんとおばさんが未だに家にあまり帰らないのはその影響もあるってな。でも今はお前ら全員、ゆっくりとだが生きる道を選んでる。俺はここに来るまで幸い普通の人生を送れたけど、お前らはそうそうない経験してるもんな。杏里、君なんかは恋人が異世界行ってるもんな。・・・ま、早く帰って一般的な幸せを享受したいもんだな。それがアイツに対する最高の供養になると思うから。

―――あたしのゆめは、たーくんのおよめさんです!

いけないな。こういう状況での夜には懐かしい事を思い出しちまう。
衆人環視の中そう宣言したあの幼女は思い出の中だけの存在になった・・・はずだった。
でも、いるんだよな?まだ心配してんだよな?お前は優しい奴だったもんな?

―――あたしたちはずーっとずーっといっしょだよ!

心配すんなよ。俺も杏里もお前を忘れたりなんざしねえ。
だから俺より妹を・・・杏里を見守ってやれよ。
・・・さてさてそろそろ寝ようかな。
俺は少し昔を思い出しつつ瞳を閉じた。

達也が寝息を立て始めた時―――喋る鞘デルフリンガーは呆れたように呟いた。

『やれやれ・・・寝相が悪いとか強がりやがって・・・おめーの寝相はすこぶる良いくせによ。紳士気取ったつもりかい?・・・ん?』

無機物である自分だが何故か人間でいう視覚のようなものはある。デルフリンガーはその視覚が妙なものを捉えているのに気付いた。
達也のソファの上には小さな女の子が優しい表情で達也の寝顔を覗いているようだった。
その女の子は小さくか細い声で確かに言った。

―――ずっといっしょだから・・・たーくん・・・。

そう言った後彼女は此方を向いた。
デルフリンガーは何か言いたかったが言葉が見つからない。
よく見れば女の子は少々透けている。女の子はデルフリンガーにぺこりと頭を下げて言った。

―――たーくんをこれからもおねがいします・・・。

その言葉の後、女の子はすぅ・・・っと消えて行った。

『・・・な、何なんだよ一体・・・?』

月の光入る部屋に残ったのは三つの寝息と、喋る無機物たちだけだった。
そして夜は静かに更けていくのである。



(つづく)


・ルイージマンション2・・・だと・・・?



[18858] 第160話 男に比べて女の準備は長くても許してやってください
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/07/05 12:29
朝である。
新しい朝、希望の朝だとはよく言ったものだが誘拐された者の朝は果たして希望なのだろうか。
誘拐されたという事実がもしかしたら夢かもしれぬと俺は若干の無駄な期待をしつつ瞼を開いた。

「Oh・・・」

そこには確かに夢も希望も詰まったものが見えていた。
ティファニアの着ているゆったりとしたローブの胸元からは夢と希望とかその他いろんなサムシングを詰め込んだせいではちきれそうになっている乳房が彼女の寝息と共に上下しているのが見えた。
いや、アレはどう考えても目が行くだろ。それは仕方ない。男の朝の息子の仁王立ちぐらい仕方ない事なんだ。ナニを言いたいかというと俺の息子はテファに興奮しているのではなく単なる生理現象で立ち上がっているだけなのだ。

「朝っぱらから誰に言い訳しているんだ俺は」

簡単な身支度をした後にソファに座って俺はテファと真琴の寝顔をぼんやりと見つつ、たまに欠伸などしながら過ごした。
ところでこの部屋にある干し肉や果物類は食べていいのだろうか?あのルクシャナとかいうエルフの女性はここのモノをどうしようと気にしないような感じだったが・・・。

「毒でも入ってたら如何しようか」

此方の命にかかわる毒を盛っているとは考えにくいが、タバサの母ちゃんみたいに感情を無くす程度の薬を盛っている可能性もあるのかもしれない・・・いや、それも可能性は低い。あのルクシャナはここから食料をとって食べていたからな。腹も減ってるし、毒見の意味も兼ねて食べてみるか。

「う、う~ん・・・」

その時寝ているテファが悩ましげな声をあげて体勢を変えているのが見えた。ついでにそのゆったりとした首元がずり下がり夢と希望とあらゆる何かが詰まった貧乳派いわくただの脂肪袋と吐き捨てられしその膨らみにある人によっては黒いが彼女は桃色の突起ももろに見えた・・・ってオイィィィィ!?見えとりますがな御嬢さん!?確かに俺は今からご飯にありつこうとしてたし、この部屋にはおかずになる食材も結構あるが、まさかお前をオカズに飯を食えと言うのか!?待て待て。確かにオカズであるし共に『いただきます』を言われるやもしれぬ共通点があるかもしれんが、干し肉は体内に栄養分が摂取されるのに対してテファが持つそのオカズは栄養分が吐き出されるオカズじゃねーか。しかも吐き出すのは俺の口ではなく息子の口からだ。そんな栄養失調になりそうなオカズは一日の始まりである朝にはご遠慮願いたいところである。

「あら?起きているのね」

突然扉が開き、ルクシャナが姿を見せた。テファと真琴が寝ている手前、あまり事を荒立てたくはない。

「朝ご飯は食べてる?ここにあるものは食べていいのよ」

「干し肉に痺れ薬のようなものは塗ってないようだな」

「ここの食料は私も食べるのだから塗るわけないでしょ」

「ああ、そう」

そう言って俺は手に持っていた干し肉を口にして咀嚼する。ああ、米が愛おしい。

「ところで気になるんだけど」

「何だよ」

「アレは・・・本物なの?」

「あん?」

ルクシャナの指差す先にはテファのポロリ済みの乳房があった。
俺はルクシャナとテファの胸囲の戦闘力の脅威的な差を見比べて言った。

「この世に神様なんてものがいるとしたら何て不平等なんだろうか」

「今、すっごい憐みの言葉を言われた気がするんだけど」

「まあ自らの一物を見てそう思うのも無理はないが現実を見ろ。アレは人工物でもなんでもなく天然ものだ。いや凄いね異種族配合って。人間とエルフが分かり合えたらあのような戦闘力の子孫が出来上がるんだぜ」

「で、でも見た目が良くても中身が伴ってないというのも」

「少なくともテファは俺なんぞより人格は素晴らしい。性格面の問題は少々ネガティブ気味ってとこだが、そこがいいっていう野郎どもも結構いるんじゃねえの?」

「何この圧倒的敗北感」

「安心しろ。まだ正気を保ってるだけお前はマシだ」

ルイズは何しろ精神が崩壊しかけてたからな。

「しかし何だなお前。こうやって自由気ままに過ごさせて、もしかして俺らが自殺するとか考えなかったのかよ」

「変な事を言うのね。貴方とあの小さな方の子は死ぬとか全く考えてなさそうなのに。ま、もし今後そのような発言は慎むべきね。他のエルフの前なら貴方、心を奪われるから。評議会のおじいちゃんたちは貴方の心を奪えって大騒ぎしてたけどね」

「勝手な事を言いやがるね」

「ま、感謝してよね。わたしと叔父様が一生懸命反対したから、今貴方たちは無事でいられるのよ」

「何と言う感謝の押しつけ。だがまあ礼は言っておくか・・・ん?叔父って」

「あら、言ってなかった?私の叔父の名前はビダーシャル。貴方とは知らない仲ではないはずよ?」

タバサの母ちゃんの心を奪った薬を作ったあのエルフか。
あのエルフが俺の心を奪うのに反対した?どういう事なのだろうか。

「叔父様、貴方に興味を持ったみたいよ。いろいろ聞きたいことがあるらしいからそのうちあわせてあげる。わたしの叔父様はあれでも偉いんだから、一通りの望みは叶えられるわ」

「だったら一通り聞きたいこと聞かれたら答えてやるからそのあと普通に帰せとでも言うかね。あと俺の領地に来るときはもっと普通に来いってさ」

「人間とエルフは敵対してるのに普通に来いとか正気なの?」

「魔獣やら巨大生物やら吸血鬼が普通に跋扈してる領地にエルフが尋ねたところで何の問題もねえ。寧ろ意思が通じる分そちらの方がいいね。ま、エルフがそのおっさんやアンタみたいな人間に対してあからさまに敵対心を持ってなけりゃ歓迎なんだがな」

前ガリア王ジョゼフはエルフとの外交を積極的に行い、技術レベルを向上させていた。
この世界の人間の技術レベルはまだ高いとはいえない。だからてっとり早く技術の向上を狙うならその技術を持ったものを移住させればいいのだ。
人間とエルフの長い敵対の歴史など俺にはどうでもいい。この世界の歴史の因縁なんぞ俺の身体に流れてなんぞいないのだから。
確かに創作物の多くでは人とエルフは相互不干渉やら敵対とかが多いが例外もあってもいいじゃん。その例外の結晶がテファなんだから。また長い年月をかけて例外を普通にすればいいだろうよ。

「ま、頭の固いお偉いさんはそんなこと許さねえだろうがね」

「私の様な考えのエルフは自分で言うのもなんだけど奇特なのよ?」

「お前らの人間に対する感情は幼いころから学んできた教育の結果だろうよ。教育なんて教える奴の思想云々で簡単に真実が捻じ曲げられるって俺の爺さんが言ってた。お前が人間を蛮人と呼ぶのも人間が異常にエルフを恐れるのも全ては教育の結果だろうよ。歴史から見たら一目瞭然とか言ってるけどそれで真実を知った気でいるのは見当違いさね。所詮俺たちの真実は自分で直接見たもの・感じたこと並びにそれとある程度過ごしたことで見えるものがそいつの真実なのさ。自分が生まれる前の過去を持ち出して謝罪とか戦争だとか言われてもどうでもいいわけなんだ此方からすれば。歴史なんてもんは先人の成功と失敗例を見てそれを応用する術を学ぶだけなんだから自分の人生まで歴史に左右される必要は全くないんだよ。先代からの恨みつらみなんぞ教える必要は全くない。恨みなんぞ食い物の恨みで自然に覚える」

まあ、こんなこと言ってたら歴史学者や歴史ファン、宗教者に怒られそうだがな。

「ま、かくいう俺も色々偏見の塊ではあるんだけどな」

「恨みを否定はしないのね」

「するかよ。ただある程度折り合いはつけなきゃいけないけどな」

俺にとってこの世界で一番恨めしいのは間違いなくルイズである。
だが同時に一番感謝しなきゃならんのもルイズである。
この複雑怪奇で愛憎入り混じった感情を内包しつつ俺は日々ルイズの使い魔として感謝と恨みの念を贈呈してるのである。本人は涙目で喜んでいるのでいいのだが。

「・・・折り合いね・・・この娘もつけているのかしら」

「テファの両親は人間に殺されている」

「どういう事かしら」

「テファの親父さんはお偉いさんだった。母ちゃんはエルフであったけど恋愛結婚で出来たのがテファだ。でも親父さんの親族が快く思わなかったらしくてな。刺客を差し向けて両親は殺され、テファは森に逃れて人間の戦災孤児とともにひっそり暮らしてた。そうして慎ましくも幸せに暮らしてた所に俺と出会ったってわけ。最初は怯えてたがな。今じゃ人間の友達なんて普通にいる美少女さ」

ルクシャナは何やらメモを取りながら、俺の話を聞いていた。

「エルフの母親・・・名前は?」

「聞いてねえな」

「どうして」

「俺の故郷じゃ他人の親の事を詮索するのはマナー違反なのさ。最悪裁判にかけられることもある」

まあ実際は少し違うのだが、ルクシャナはふーんと言った様子でテファを見ていた。

「・・・教育の結果ね・・・。そういえば私達も6000年前に何が実際に起きたのかは知らないわね」

「6000年前?それってこちらの歴史ではブリミルってのが降臨した時じゃん。何があったって言われてるんだ?」

「大厄災」

「おお、何だか中二心をくすぐられるキーワードだな。それは一体何が起こったんだ?」

「6000年前、シャイターンの門に悪魔が・・・そのブリミルって奴が現れた時に起こったとされる出来事よ。当時、半分のエルフが死んだと言われてるわ」

「まあ大厄災って伝えられてるぐらいだし死人は出たろうが死者数を水増ししてんじゃないの?」

「まあ大昔の事だしそれもあるかもね。でも事実、少なくとも5000年は確実にエルフはシャイターンの門を守っているわ」

「5000年は確実に?」

「・・・最近まで5000年以上生きてた超長命なエルフがいたから」

「・・・そうか」

おそらくジャンヌの事だろうが俺は謝りはしない。
彼女はエルフの戦士として戦場に来て戦場に散ったまでの話。そもそも彼女は前教皇を殺害した時点で全ブリミル教徒の怨敵であり、俺にとってもフィオの死因を作った女なのだ。彼女の死体を晒そうという案も戦後出ていたが、余計な火種を産むべきではないというアンリエッタと並びにイザベラらの反対もありジャンヌの遺体はガリアのどこかにきちんと埋葬されている筈だ。

その時、橋の向こうから大きな何かが着水する音が響いた。

「アリィーだわ」

「誰?」

「私の婚約者よ、頑固だけど」

ルクシャナは立ち上がり婚約者を迎えるために扉を開けた。
扉の向こうには大きな風竜が一匹、桟橋に向かって泳いでおり、その背にはエルフが乗っていた。
大きな物音にテファと真琴も目を覚まし、外の状況に目を丸くしていた。
やがて部屋に大股で入ってきたエルフの顔を見て若干不愉快な気分になった。
種族云々はどうでもいいがこの男はいけ好かない。線の細い顔は高慢の色一色で達也達を見る目は動物や虫を見るような目だ。
成程、ルクシャナが奇特であるという理由が分かった。
アリィーは不機嫌そうにベッドに座っているテファ達を見て言った。

「おい、蛮人達に僕のベッドを使わせているのか?」

するとルクシャナが唇を尖らせて言った。

「別に貴方のってわけじゃないわよ?このベッドは来客用」

「どのみちエルフが使うベッドに蛮人を寝させるってのは感心しないな」

アリィーは此方をちらりと横目で見て言った。普通にムカつく野郎である。
出会ってすぐのギーシュや銃を突き付けてたジュリオなど比にならない。
俺は干し肉とパンをテファ達にあげた後、ルクシャナに言った。

「成程、マナー違反を知らず知らずに犯していたというわけか。不愉快な気分にさせてしまったようで申し訳ないから俺達のベッドを新しく発注もしくは制作してほしいな。デザインは此方で決めようか。お一人用のベッドではなく広々とした大きなベッドをな」

「あら、貴方結局彼女たちと寝たかったの?」

「貴女の婚約者はこの様な美少女達の残り香漂うベッドにも寝ない一途な方。ですが俺は彼女たちの保護者みたいなものだから」

「ならこのベッドも廃棄して新しいのに変えなきゃ」

「それはダメだろ。そもそも来客用のベッドだから使い方は間違っていないし、勿体ない。まあどこかの人は自分専用と思ってたみたいだが」

「そうね、恥ずかしいわね」

「婚約者なら婚約者のベッドにインしてフェードインしろよな」

「そうね婚約者なのにフェードインはおろかベッドインもしないとか考えられないわ」

「何故いきなり僕が責められてるんだ!?」

「動物や虫でさえ命懸けでフェードインしてるのに婚約者居ながら既に別のベッドでフェードインしている輩をどうして擁護できるのでしょうか」

「おい蛮人!?何だその目は!?そんなゴミを見るような目で僕を見るな!」

「ゴミに失礼じゃん」

「ちょっと、一応婚約者をゴミ以下扱いしないで」

「一応ってなんだよ!?」

「そうだな、ひょっとしたら見た目はゴミに見えても腹に抱え込んだ槍は国宝級かもしれないしな」

「そうよ。人は見た目じゃないんだから」

「何の話をしてるんだ君らは!?ルクシャナもそんな蛮人に付き合う必要はないだろう!」

「やだわ奥様、あの旦那様突きあうだなんて!欲求不満だぞ!」

「今日、私は大人になってしまうのかしら」

「このオープンスケベ!子供もいるんだぞ!発言に気をつけろ!」

「発言に気を付けるのは貴様等だぁぁぁ!!」

アリィーは顔を真っ赤にして怒鳴った。そんな婚約者の様子を見てルクシャナは腹を押さえて笑っていた。
いや~クールぶった奴をからかうのはすごい楽しい。

「ルクシャナ!君も君だ!蛮人と結託して僕をからかう等!」

「だって真面目ぶった貴方つまらないもの」

「笑顔で言い切った!?第一平気なのか?こんな危険な連中を飼っておいて君は・・・」

「危険という事は刺激的ということよアリィー。沢山楽しい話も聞かせてもらったし、攫いがいがあったわ」

ルクシャナがそういうとアリィーは更に不機嫌な表情になった。

「蛮人かぶれもいい加減にしろ。とにかく貴様等、表の竜に乗れ。ビダーシャル様がお呼びだ」

偉そうに言うアリィーであるがこちらの都合も考えていない発言である。

「断る」

「何だと?」

「女性が未だ食事中で着替えもまだなのに外出させようとするなんて思慮が足りないと思います」

「そうよアリィー。思慮に欠けるわ」

「だからアンタは婚約者のベッドにインする思慮もないんだよ」

「何でそこに戻るんだ!?関係ないだろうそれ!?ああ、もういい!僕は外で待っているから早く来い!」

そう言ってアリィーは外に出て行った。
やれやれクールぶっていたのが台無しだな。

「タ、タツヤ・・・私たちはどうなるの?」

「さあ?」

「安心しなさいな。殺されるなんてことは絶対ないから」

「よし、んじゃ本格的にメシを食べよう」

「・・・本格的にってアリィーはどうするのよ?」

「生物は適度な日光浴が必要だと思うんだ」

「・・・それもそうね。お腹も空いたし食べましょう」

それから準備もろもろもあり、部屋を出たのは80分後であり、俺たちが外に出た時にはアリィーが下着一枚で泉に入ろうとしていた為、、更に思慮どころか配慮も足りないと責められたことを追記しておく。


(続く)

・別に無双の方を忘れているわけじゃないよ?



[18858] 第161話 互いを知るためには一方的な質問はしないこと
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/08/16 19:59
半ば強制的に連行された俺たちがやってきたのはエルフの国ネフテスの首都アディール。
海上にいくつもの同心円状の埋め立て地が並び、その間を無数の船が行き交している。中世然としたハルケギニアの都市と比較すると、その技術力は二歩三歩抜け出ているといえよう。これだけ技術力が離れていればエルフが人間を蛮人と侮るのも無理はないのかもしれないが残念ながら俺や真琴は地球の大都会の光景を知っているのでこの国に対しては未だ発展途上であるのかという感想しか湧いてこないのも無理はないことであった。最も、ティファニアは目を丸くしてその光景に見入っていたが。

「貴方、あまり驚かないのね。空からアディールを見た蛮人はあまり多くないはずだけど」

「へえ・・・初めて来たけどいい街じゃないの」

「全然感情が籠ってないわね」

日本の東京、アメリカのニューヨーク等の高層ビル立ち並ぶ大都市を見たらテファは死ぬんじゃなかろうか?
最もテファが万が一日本なんぞに来てしまう緊急事態などがあればそんな高層ビル街などに連れて行かず世界一有名なネズミがいる夢の国に案内する方がはるかにましのような気がするのだが。しかしテファはそのネズミのことなど知るわけがないし行っても意味無いような気もする。・・・テファが、或いはルイズが日本に来たら・・・か。そういう事は妄想の中だけにしておくべきだな。

「・・・ここは蛮人達が住むどんな都市より栄えている筈なのに反応が薄いわね。そっちのハーフの娘の方が素直に驚いていて好感が持てるのに」

「拉致実行者に好感を持たれても困るんだが」

「バッサリね。つまらないわ」

「おい、ルクシャナ。蛮人の言う事に君が興味を持たなくても良いだろ」

アリィーが婚約者に不機嫌そうな声で言う。
まあ婚約者としては得体のしれない異種族の男に積極的に話しかけている恋人が心配なのだろう。
正直言ってその心配は杞憂にもほどがあるのだが・・・もしかしてこの男は結婚したら束縛するタイプなのかもしれない。
そんな事を思っていたら風竜が下降を始めていた。ぐんぐんと都市の中心に近づいていく。
その都市の中心こそアディールの中心『カスバ』であり、エルフの国ネフテスを動かす評議会が置かれた場所であった。
その屋上に到着すると、何人ものエルフの戦士たちが俺たちを出迎えた。何人かは俺とテファと真琴を見てニヤニヤとしていた。

「お兄ちゃん・・・ここ何だかいやだ」

緊張し、無言のテファに対し、この場所に何かを感じ取ったのか真琴が俺の手を取って縋り付いて来た。
何時も明るい我が妹は周囲の奇異の目線に怯えているようだ。
その時誰かがテファを指差すと、一斉にエルフ達は驚愕していた。その様子からどうやら良い事ではないらしく、一人のエルフが近づいてきてテファに文句を言い出した。しかし早口のエルフ語であるため通じない。日本語でおkと言いたい気分である。しかしそのエルフはテファの手を掴もうとしてきた。

「何するつもりだよ年頃の娘に」

達也が割って入ろうとすると、次々とエルフの手が伸びてきた。
時折『シャイターン!』という叫びも聞こえる。どうやら罵られているようだが日本語でおk。
何か押さえ込まれそうな雰囲気であるが、いや、実際押さえ込まれた。
そしてエルフの一人が腰に下げた短剣を引き抜き、押さえ込んだ達也の心臓目掛けて振り下ろした。
短剣は達也の胸に突き立てられてしまう。悪魔を倒したとばかりに輝く戦士の皆さんの表情。相変わらず無表情のアリィーとなんてことをするんだと言いたげなルクシャナの表情。叫ぶことも忘れたように固まるテファの表情。そして真琴は・・・

「ねえお兄ちゃん、あの人たち何をやってるのかな・・・?」

隣にいる俺に素朴な疑問を投げかけていた。

「あれが一人の美少女を巡って争う醜い野郎達の姿の図だ。見てごらんなさい、刃物まで取り出して。品性の欠片もないな」

「「「「「!!!???」」」」」

「酷いなぁ、暴漢から美少女を護ろうとしたら集団で襲い掛かられて挙句刺殺とは・・・これじゃあどちらが蛮族だか分からんな。そう思うだろう?分身よォ?」

俺は胸に短剣を突き立てられている分身に意見を求めた。

「・・・襲い掛かられるなら裸の美女たちの方が・・・よか・・・った」

等とたわけた意見を残して我が分身は消えていった。フン、俗物め。

「タ・・・タツヤ・・・」

テファが俺の名前を呼ぶ。彼女の華奢な腕はエルフの戦士が握ったままである。
エルフ達が呆気にとられている今がチャンスである。俺はテファに向かって駆け出した。
しかしエルフの戦士たちはすぐに正気に戻り、今度こそ俺を捕えようと手を伸ばす。
その動きは一流の動きであり、並の人間では容易く、鍛えた人間でも捕縛されかない統率され俊敏な動きだった。
だがその彼らの手はあえなく空を切ってしまう。
当たり前だろう?その時には俺は既にテファのところまで来てたんだから。

「タツヤ・・・今のは・・・?」

「ちょっと一生懸命走っただけだよ」

それは無論ハッタリであり、本当のところはエルフ達が手を伸ばしてきたその時に『倍速』の能力を発揮させて移動速度を2倍にしただけである。だがそれもあのエルフ達からすれば俺が急に消えたと錯覚してもおかしくはない。
敵地での振る舞いの例としては悪い気がしないでもないが、此方も分身がなければ殺されていたのだ。
そのような相手に対して話し合いとかする余裕なんてないだろうから、どうにかしてその余裕を作らねばならない。
ああいう此方を人間と侮り尚且つ悪魔として恐れているらしい相手を交渉につかせるにはまず、実力行使では難しい相手であると認識させることが必要なのだ。しかもここは一応敵地であるのだから中途半端に能力を出し惜しみはできない。
こういう敵意の目はいつ以来か?学校で大多数の女子に敵意の目で見られていたあの時か?或いは――
エルフの戦士たちにルクシャナがエルフの言葉で強めに叫んでいる。言い合いになるがアリィーが割って入ると戦士たちは憮然として離れていった。テファと真琴は怯えてしまって俺の後ろに隠れている。で、俺は何処に隠れろというのだね?

俺達を呼んだエルフ、ビダーシャルの執務室に通されると、警護の戦士たちは姿を消して、再びアリィーとルクシャナだけになった。
このカスバは綺麗な塗り壁で出来ており、ところどころに硬く焼いた淡い色のタイルが幾何学模様を描き、殺風景な部屋に彩りを与えている。これが清潔感溢れる部屋ってやつだ。しかし生活感は感じない。
目の前のビダーシャルは反射の魔法を使い、ガリアの両用艦隊を焼いた『火石』を作成したエルフである。

「久しぶりだな。蛮人の戦士よ」

「蛮人ね・・・アンタらの戦士のやり口を見てたらお前らが言うなと言いたいんだがな」

「失礼したな。しかし彼らも同種を護ろうと職務を果たしたにすぎん」

「よく言うぜ」

「まあ座れ。聞きたいことがある」

ビダーシャルは椅子に腰かけると、俺たちにも座るように促した。
俺達が全員椅子に腰かけると、ビダーシャルは質問を開始した。

「では単刀直入に尋ねよう。まずはお前が知る限りの・・・虚無と言ったか?その力を持つものの氏名をすべて述べてほしい。我々の方でも調査はしているが全てではないし、確実性が欲しいのでな」

「曲がりなりにも仲間陣営の秘密を話すと思うか?」

「此方にはいくらでも聞き出す方法はある。無駄な労力をかけさせない事だな」

ビダーシャルが手を上げると、白いローブを纏った若いエルフの女が入ってきた。
その手にはどろりとした謎の液体があった。まさか自白剤か!?
刀に手を伸ばそうとしたその瞬間、壁や床から腕の様な触手が無数に伸びて俺を拘束した。
ここで分身を使ってもいいがそうすればもうこの日は分身は使えない。
ったく、触手プレイを自分がする羽目になるとは!

「タツヤ!?」

「お兄ちゃん!」

「見てはダメだ二人とも・・・もが!?」

触手が俺の口をこじ開け、その中に白衣のエルフがどろりとした液体を流し込む。
うおっ!?何かすげえ苦い!?そう思った時から何だか身体が熱くなってきた。
頭がひどくぼんやりして仕方がない・・・。意識がまるでどこかに行ってしまうような・・・。
テファや真琴が俺を呼ぶ姿がどんどん遠ざかる気がした。
やがて声も聞こえなくなり俺の目の前は全て白一色になった。




時は少し遡り、五日ほど前になる。
達也達が誘拐されて三日も過ぎた頃であった。

「救助の隊を出すことが難しい?どういう事ですか!?」

「相手はエルフであり、わたくしたちには未知の『敵』なのです。今、我武者羅に突っ込んでは全滅する恐れがあります」

真琴(ついでに達也)が攫われ少々キレ気味のルイズと色んな意味でキレそうな様子のアンリエッタがトリステインの王宮にて対峙していた。突然の達也拉致事件はアンリエッタに大きな衝撃を与えていた。これまで様々な困難に直面してきた達也だったがとうとう年貢の納め時なのかとも絶望した。エルフの脅威はそれほど人間達にとって深い闇を落としていたのだ。
しかしアンリエッタの言葉を傍らで聞いていたアニエスは主の発言に肝を冷やしていた。アンリエッタは今確かにエルフを『敵』と言った。敵として彼女はエルフを見ている。そして今、突っ込んだら全滅するとも言った。

「あの・・・殿下」

「何ですかアニエス?」

「殿下はその・・・いずれエルフの地へ赴くつもりで?」

我ながらなんて馬鹿な事を聞いているんだとアニエスは思った。
だが彼女も本心では達也を救出したい気持ちでいるのである。
しかし彼女の立場はそれを許しはしないし、一人二人の事で多勢を危険にさらす行為は愚かしいことなのだ。
アンリエッタはふっと微笑みアニエスに言った。

「ええ、いずれ友好の印として赴く予定でした」

「でした?」

ルイズが訝しげに言ったが、アンリエッタは可憐な笑顔で言い放つ。

「残念ながら今の人間とエルフでは友好的な話し合いのテーブルにつくことは非常に困難であることが理解できました。ですがわたくし達は共にこの母なる大地に生きる生物。互いに共存しなければならないとわたくしは思うのです」

何か少しまともっぽい事を言っている気がしないでもない。
しかしこの姫の目を見てルイズたちは戦慄を覚えた。この女王・・・目が澱んでやがる・・・っ!!

「タツヤ殿達の救助は無論行う方向で進めますが、拉致を行った者達に対して二度とそのような卑劣で野蛮な真似を起こすことのない方法で行います。神聖ブリミル帝国との戦いの時やガリアとの戦争の時と違い今度は此方に有利な大義名分がありますから、心置きなく殺れ・・・ではなく『お話合い』ができます」

「殲滅戦でもなさる気ですか!?」

「そんな事はしませんよ。ただ此方との話し合いのテーブルに着いて下さる平和を愛する方がエルフ側にいるかどうか探るだけですから」

もし見つからなかったらどうするつもりなのだろうか・・・?アニエスはそう思ったが想像するだに恐ろしいので考えることを放棄した。

「個人的にはティファニアさんも攫われていますし。彼女を失えばウェールズにも申し訳が立ちません。エルフの件を長く調査してきたロマリアへの協力要請はすでに行っています。こちらはすでに手は打ち始めているのですよルイズ」

何という事だろうか。ルイズは自らの幼馴染の女王の行動の速さに驚くとともに恐怖すら感じていた。
自分がエルフの国へ行かせろと怒鳴り込んでみれば彼女は既にその準備を行っていたのだ。
しかも感情に任せず冷静に。アンリエッタはあくまで公人として達也の事は一言も言わず、自らの領地に無断侵入した挙句に住民を拉致した不届きなエルフ達に対して憤慨するという国主という役を演じているのだ。彼女の口から出たのはティファニアの事だけ。ウェールズに申し訳が立たないというのも無論本心であろう。しかし彼女の澱んだ瞳には確実に達也を拉致したエルフ達への形容するも恐ろしい情念が見て取れる。

「小を切れない無能な国主と罵るならそれも良いでしょう。しかし今、エルフ達の手にあるのは小とはわたくしは思えませんから」

「・・・お気持ちはお察しいたします」

「ありがとうルイズ」

「無理を申して申し訳ありませんでした。失礼いたします」

ルイズはぺこりと一礼した。そこにアンリエッタが声をかける。

「ルイズ。幼いころ、二人で言った事を覚えていますか?」

「・・・はい。大きくなったらトリステインを背負えるような立派な者になろうと言っていました」

「何の因果か今、わたくしは王女として。貴女は虚無の使い手としてこの国の中心人物となっています。無論この国を支える者は他に無数に存在いたしますが・・・わたくしたちもこの国を背負うべき存在になっているのかもしれません」

そういうアンリエッタの目にはすでに澱みは存在していなかった。

「はい。未だ未熟者ではありますが・・・」

「ルイズ、トリステインを背負うべき者たちとしてこの度の事件はこの国を愚弄されたも同じ事なのです。わたくしは王として友としてそして女としてこの事件を起こした者が憎くて仕方がありません」

「姫様・・・っ」

「わたくしはなるべく早く今回の事件の事態の解決を図ります。貴女は貴女の出来ることを行いなさい。たとえ相手がエルフであろうと」

「はい、トリステインを傷つける者は容赦は致しません」

「その通りです。では行きなさい」

アンリエッタがそう言うとルイズは一礼して王宮から退出していった。
いつの間にか外は薄暗い。アンリエッタは幼馴染の姿が見えなくなると溜息をついた。

「あの方は今も無事なのでしょうか・・・」

アンリエッタは徐々に闇に包まれる外を見ながら呟いた。

「陛下・・・恐れながら私はあの男が死ぬ光景を想像できません」

「アニエスは彼を本当に信頼しているのね」

「え、えぅ・・・!?そ、そのような・・・」

「私もウェールズの時はそうだった。何処かで彼は死ぬ事はないと祈りながらも思っていたわ。でも彼は死んでしまった」

彼は狡い死に方をした。
自分を守る為に死ぬと言ったのだ。そう言われては自分は何も言えない。
その結果、本当にウェールズは死んでしまった。何処かで自分を見守っていると言われても自分はもう彼に触れることは出来ない。

「あの男も同じ・・・だと?」

「嫌な女よね、私」

そう言ったアンリエッタの表情は薄暗くてアニエスにはあまり見えなかった。


ド・オルエニールの屋敷ではギーシュたちがルイズの帰りを待っていた。
皆、心配そうにルイズを見ていた。

「どうだったんだルイズ?」

ギーシュが尋ねる。

「救出隊を出すのは今は難しいそうよ。今はロマリアとかの協力要請の段階みたい」

「国として動くつもりはあるのかい?」

「相応の対策をしない限り動きはしないだろうけどね」

「って事はこのまま黙って待っておけという事かい?それじゃあ間に合わないかもしれないじゃないか!」

ギーシュが怒鳴るが、レイナールが反論する。

「隊長!確かに動きが早いに越したことはないが、迂闊に隊を組んでいってもエルフ相手なんだから全滅するぞ!?」

「だけど一応彼は国の英雄だろう?助けなきゃ不味いんじゃないのかい?」

マリコルヌが言うとおり本人はどの程度分かっているか知らないが達也はトリステイン平民にとって英雄扱いされているらしい。
平民のくせに男爵位まで貰っているのだから仕方ないが、そんな人物にもしものことがあれば国民は国に対する失望を覚えるのではないだろうか?

「そうね。でも今はレイナールの言うとおり迂闊に動くことは出来ないわ」

ルイズの言葉に一同は顔を見合わせた。あれほどエルフ許すまじと息巻いてた奴がこの有様なのだ。
ルイズは寝ると言って立ち上がり、自分が屋敷にいるときに使っている部屋に戻っていった。
ルイズが部屋に戻るのを見送る形になった一同は如何しようか思案している状況であった。

「ま・・・騎士隊の貴方たちは行こうとしても無理な話よね」

静寂を破ったのはエレオノールであった。

「貴方たちが護るのは女王陛下。その立場である貴方たちが勝手にエルフの国に行っていいわけがない。研究員である私も同じ。ココで行く行かないの決定権なんて初めからないのよ」

「しかし・・・彼は僕たちの仲間なんです!今まで彼は絶望的な状況でもいつの間にか生き残っていた。でも今回はエルフに四方八方を
塞がれてしまっているんだ!」

「だからと言って貴方たちが行けば助かるとでも?」

「可能性は上がるじゃないですか!」

「無駄死にする人数が増える可能性が?」

「・・・・・・っ!!」

思わずギーシュはエレオノールに掴みかかりそうになった。
しかしそれはマリコルヌの制止によって阻まれた。
ギーシュは攫われた友人に対して現状何もできないのを歯がゆく思っていた。
達也が死ぬとは思えない。だがそれは今まで彼が生きて帰ってきていたからだ。
どうあがいても絶望としか思えないこの状況を打破するなど無理なのではないか?とギーシュは思っていた。
そして思い知っていた。今の自分に出来ることは何もない事を。
そんなギーシュの唇を噛みしめる様子を見つめていたキュルケとタバサは静かに部屋を出て行くのであった。

―――そして翌日、行方不明者が大体四人程度増加したのである。



時は戻り再びカスバ。
ビダーシャルの問いにぽつり・・・ぽつりと答えていく達也の目はどんどん虚ろになっていく。
達也が知る限りの虚無の担い手は四人。その中には勿論ティファニアの名前もあった。

「なんだって!?彼女も継承者だったのか!」

「エルフの血を引く者に悪魔の力が宿るとはな」

驚くアリィーに対し、溜息をつくビダーシャル。

「タツヤ!しっかりして!」

「お兄ちゃん!どうしちゃったの!?」

二人の呼びかけにも答えず触手に絡め取られた達也にビダーシャルは質問を続ける。

「では次だ。お前の能力についてだ。その能力は一体――」

自らを負かした力の詳細。ビダーシャルはその謎も尋ねようとしたその時だった。
突然達也の身体を拘束していた触手が『分解』し始めたのである。

「何!?」

突然の事象に戸惑うアリィー。ビダーシャルの表情は驚愕に歪んでいた。

「その力は・・・シャイターン!?」

「何ですって!?」

驚くルクシャナ。この人間は魔法は使えないと言っていた。
実際そうなのだが現実はビダーシャルが言う『悪魔』の力を使用している。
そしてこの異様な雰囲気・・・なんだろう?まるで別人だ。
その事にはビダーシャルも気付いたようで、その何かに向かって言った。

「貴様は・・・何者だ?」

「五千年ぶりだなココも・・・お前らも」

「五千年?」

ルクシャナは首を傾げた。

「街並みは少々変わったようだが・・・お前らエルフは変わらないな」

その口ぶりは懐かしいものに出会ったようなものと失望が入り混じっていた。

「お前は何者だと言っている」

「見てわからないか?」

「姿はそれだが先ほどとは別物であるという事は分かる」

ビダーシャルの言葉に感心したように嗤ったそれはついに名乗った。
いや、それは名乗ったと言えるのであろうか?だが確かにその存在はこう言った。


―――俺は、『根無し』だ、と。




(続く)



[18858] 第162話 『消失』していなかった『(笑)』
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/09/01 18:28
ド・オルエニールの早朝。日の出前に目覚めたルイズは荷物をまとめ終えていた。
持っていくものは財布と、替えの下着、もしもの時の予備の杖などである。
これから自分はトリステインからガリア、サハラと国境を越える旅にでるのだ。
足は――ある。達也のペット一号ともいえるあの黒いペガサス『テンマちゃん』がいる。
自分に懐くかどうかは不明だがテンマちゃんの主の主であるルイズはここらで威厳を見せてやらなければならない。
国境を抜ける手段は無論強行突破など馬鹿げた事をするわけにはいかない。
こんなこともあろうかと花押は本物だがそれ以外は偽造の通行許可証を作ってあるのだ。

「・・・こんなこと母様や姉様に知られでもしたら・・・」

そんな事を想像して一瞬怯えが心を支配しそうになった。
もし自分の犯罪行為が明るみになったらその後の折檻が命の危険を心配するレベルであろう。

「でも母様だったら完全に強行突破しそうだから私の方が平和的な分、淑女っぽいわね」

淑女はそもそも公文偽造はしません。
だがルイズはそれで無理矢理自分を納得させる。
この救出劇に皆を巻き込むわけにはいかない。これは少人数で行った方が成功率は高いとルイズが判断した上での行動なのだから。
馬小屋に向かったルイズは、馬を鳴かせないように慎重に移動し、テンマちゃんの前へ来た。
静かに鞍を載せる自分をテンマちゃんは大人しく見ていた。
ルイズは自分を見つめる天馬を見て言った。

「貴女の主人を助けるために主人のご主人様である私に力を貸して頂戴」

達也の主という事はテンマちゃんの主であるという事も暗に匂わせ、真剣な表情と威厳をもって格の違いを知らしめようとの狙いがルイズにはあったのだが不幸なことにテンマちゃんの世話をしているのは達也とシエスタ、たまに真琴とエルザであり世話も何もしないルイズが自分の主と言われてもテンマちゃんにとっては何とも承服しかねる言葉であるため、テンマちゃんは抗議の為にルイズの頭を噛んだ。

「痛い痛い痛い!?やめてやめて!?今日早起きして髪のセットに結構時間かかったんだから唾液まみれにするのはやめて!?あいたたたた!?あ、ギブ。ギブギブ!やめて舌が髪にィ~!!」

今まで静かに事を運んできたのにここで大声を出したせいで馬小屋にいた馬たちが起きているのにも気づかず、ルイズは涙と唾液で顔を濡らしながらテンマちゃんに噛むのを止めるように懇願していた。

「・・・何をしているんですか?ミス・ヴァリエール・・・」

呆れたような声がした。誰かに見つかった!ルイズは半分顔を青ざめさせてどうにか来た人物を見た。
そこにはめいいっぱい荷物を背負ったシエスタと達也のペット二号のハピネスだった。
ハピネスはルイズの方に飛んできて何やってるの?と言わんばかりに小首をかしげていたが、やがて遊んでいるのだと勘違いをしたのか、ルイズの耳を甘噛みし始めた。

「ひィィィやぁぁぁぁ!?ちょ、何をやってふわぁぁぁ!??」

耳をはみはみされ頭を齧られる年頃の少女の姿という異様な光景を朝から見せられるシエスタは思った。
あれがトリステインが誇る大貴族の娘とか冗談でしょ?と。
嬌声混じりの(!?)悲鳴を聞き流しつつ現実逃避を図ろうとするシエスタだったが自分の目的を思い返して我に返った。
シエスタがテンマちゃんに一声かけると漸くルイズは解放された。
早朝にセットした髪はすでに凄惨たる有様になっていたというか臭い。

「はぁ・・・はぁ・・・シ、シエスタ?」

「はい、私です」

「何でここにいるの?起きるにはまだ早い時間でしょ?」

「ミス・ヴァリエールこそこの様な時間に獣相手に高度な自慰行為を働いて頭大丈夫ですか?二重の意味で」

「私に妙な性癖を勝手につけて可哀想な頭の持ち主の認定をするなこの妄想狂!?全く・・・何でいるのよ」

「わたしもタツヤさん達を迎えに行きます。連れて行ってください」

「ダメよ。今回は諦めなさい」

溜息をつきつつルイズはシエスタに言う。
しかしシエスタはその前に立ち塞がるように立って言った。

「嫌です。わたしも行きます」

「今から行くところを知ってるの?」

「知っています。エルフのところでしょう?」

「そうよ。貴女もエルフの怖さは知っているでしょう?」

「知っていますよ。でも行きます」

「何でよ!?貴女メイジでも戦いに特化した戦士でもなんでもないじゃない!エルフのところに行くという事はそんな身分でも危険があるのよ?ましてや一般人の貴女は死ににいくようなものだわ!?」

「わかります!わかっていますよ!でも!皆さんがそのような環境に身を投じて自分は何もせずただ待つということが出来るほどに情けないけどわたしは出来た人間じゃないんです!マコトちゃんや、ミス・ヴァリエールにも・・・タツヤさんにもし・・・何かあったら・・・わ、わたしは・・・生きていけないです・・・生きてる価値がないです・・・だからお願いです・・・連れて行ってください」

はらはらと涙を流すシエスタの姿にルイズは思わずOKを出しそうになるがぐっと堪える。

「やっぱり無理よ」

「じゃあ私騒ぎますから。皆にミス・ヴァリエールの出立を言います」

「じゃあ私は皆が駆けつける前に出立するわ」

元々これが自分に出来る事だと信じてやる事なのだ。ルイズに迷いはない。
アンリエッタも行動に移る準備は進めている。事態がもう動いている以上自分も動くのだ。

「そうですか。じゃあ私は勝手についていきます」

「あのねぇ・・・」

「ミス・ヴァリエール。貴女にテンマちゃんを乗りこなせるんですか?」

「・・・べ、別の馬で行くわよ」

「陸路でですか。それはそれは時間がかかるでしょうね」

「・・・く!」

恐らくこのメイド、自分が上手くテンマちゃんを乗りこなせるからって調子に乗っている。
ここで陸路を選択すればこのメイドは間違いなくエレオノールや最悪カリーヌに言いつけるに違いない。
そして自分は捕獲されTHE ENDである・・・。
このメイド、ここまで計算したうえで私の前に姿を現したというのか!?

「・・・大事な事だからもう一回言うわよ?エルフの国に行くのは自殺行為同然だけど・・・いいの?」

「行きます」

「・・・分かったわよ。もう、強情なんだから」

「弱気ではタツヤさんは振り向いてくれそうにありませんから」

「はいはい御馳走様の空回り。全くあの馬鹿に惚れる要素を見つけただけで賞賛に値するわ」

「それはミス・ヴァリエールとタツヤさんの関係がかなり近いところにあるから見えないだけなんですよ。羨ましいし妬ましい気分ですよ。さ、前へお願いします」

シエスタはテンマちゃんの鞍に荷物を括りつけるとあっさりテンマちゃんに跨った。
所詮これが何時も世話している者とそうでない者との差とでも言いたげにシエスタはルイズを見下ろした。
ルイズは歯噛みしたい気持ちだったがシエスタに倣ってテンマちゃんに跨った。

「さあ、テンマちゃん、行くのよ!」




しかし テンマちゃん は うごかない!▽
テンマちゃん は しずか に たたずんでいる!▽



「何でよ!?何で動かないのよ!?」

「フフフ・・・甘いですねミス・ヴァリエール。テンマちゃんは賢いから命令を聞くべき人の命令しか聞かないんです。そう、私の様な何時も世話をしている人物のいう事なら聞くんです!」

「だったらアンタが言いなさいよもう・・・」

「では・・・さあ、テンマちゃん?私をタツヤさんの元まで連れて行ってくださいね?」




しかし テンマちゃん は うごかない!▽
テンマちゃん は なまけている▽



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・・」」

「何故ですか!?何時も貴女の世話をしているのは私なんですよ!?」

「成程分かったわ」

「何がですかミス・ヴァリエール!?」

「自らの主に対して病的なまでな情念を抱く発情メイドにテンマちゃんは主の身の危険を察知して近づけさせまいと考えているんだわ!」

「なんですって!?それは本当なんですかテンマちゃん!?」

テンマちゃんはシエスタの疑問に答えるかのごとく彼女を見つめ、そして軽く鳴いた。

「テンマちゃんは雌・・・女の勘が主を護っているという事ね。その危険から主を護らんとする姿勢、まさに使い魔の鏡だわ。何で私はこの子を召喚できずあのアホを召喚してしまったのかしら?」

「それはミス・ヴァリエール自身も――」

「涼しい顔で何を言おうとしてるアンタは!?とにかくお願いテンマちゃん!今は本当に貴女の主が――」

ルイズが言葉を続けようとしたその時、シエスタに抱かれていたハピネスがルイズの前に移動してきた。
ハピネスはテンマちゃんを見上げると鳴きはじめた。

「ぴぃっ!ぴぃぴぴぴぃ!ぴゅえぴぃぴ!ぴぴぴぴ!」

「ヒン?ヒヒーン?」

「ぴゅえ!ぴぴぴぃぴぴぴーぴ!」

「ぶるる・・・」

「ぴぴぃ!」

「ヒヒヒーン!!」

「ぴぃーーー!!」

ハピネスとテンマちゃんが鳴いた直後、テンマちゃんは歩き出した。ルイズとシエスタは顔を見合わせた後、ハピネスを見た。
既にハピネスはテンマちゃんの頭の上に陣取っている。
ルイズとシエスタの言う事は聞かず、ハピネスの説得(?)には応じた・・・。これが意味するのは・・・そう、人徳である。
或いは初めからそもそも言葉が通じてないとか。どちらにせよ現在のルイズたちはハピネス以下の存在なのかと痛感させられるという悲しみを背負う嵌めになってしまった。これは幸先が良くない。一人旅をするはずが二人とマスコットとの旅になるのはいいが二人がマスコット以下というのは頂けない。ルイズたちはしょんぼりとしたまま屋敷の門を出ようとした。が、門のところに赤髪と青髪の少女らが杖を持って佇んでいた。キュルケとタバサである。

「キュルケ・・・タバサ・・・貴女たち何で・・・」

「ここにいるの?かしら?決まっているじゃないのよ。私達もタツヤを助けに行くからよ」

「あなただけでは心もとない。わたし達は一度エルフと戦っている。無策で行くより遥かにいい」

タバサがそう言うと彼女の使い魔であるシルフィードが傍らに降りてきた。

「そうなのね。どうせ行くなら危険は少ない方がいいのね!」

「わたし達は全員彼に助けられている。だから彼の危機に助けに行く事は不思議じゃない」

「助けられっぱなしは何か嫌だしね。偶には女性が男性を奪い返すってのも燃えるじゃないの」

ルイズは元よりシエスタは達也がギーシュを諌めなければ魔法学院にいられなくなったかもしれない。
キュルケは達也が来なければ学院襲撃の際に命を落としていたし、タバサはガリアで人形状態のままだった。
人助けが趣味なお人好しであればそれも納得できるが・・・どうもそうは見えない。
達也も昔のギーシュやマリコルヌやらと変わらないただの女好きの馬鹿男にすぎないとルイズたちは思ってる。
だけどその馬鹿は何遍も自分たちを文句を言いつつも助けている。その馬鹿を助けようという自分たちも大馬鹿の様な気がした。

「さ、行きましょう。タツヤも喜ぶわよ。こんな美女たちが迎えに来るんだから」

キュルケが自信満々な笑みを浮かべて言う。

「ええ、行きましょう。全く使い魔の分際で主に迎えに来させるなんてとんだ役立たずね!」

「戻ってきたらお説教ですね、ミス・ヴァリエール」

「そうね。それじゃさっさと行きましょう!マコトもテファも助けなきゃ」

ルイズとシエスタはテンマちゃんで、タバサとキュルケはシルフィードで空を舞う。
目の前には日の出の光景が広がる。微かに掛かった靄が日の出の美しさを演出している。

「綺麗・・・」

ルイズの後ろでシエスタが呟く。その直後であった。
背後からゴーゴーと何やら爆音が聞こえてきた。ルイズたちが後ろを振り向くと何やら大きな影が近づいてくる。

『そこのいつの間にかいなくなった四人組、止まりなさーい』

「ギーシュ!?」

キュルケが驚くのも無理はない。
ギーシュたちが乗ってきているのは今、学院にあるはずの高速飛行船である『ガンジョ―ダ号』なのだから。
ギーシュは魔法の拡声装置を使ってルイズたちに声をかけていた。その傍らにはレイナールやマリコルヌの姿が見える。
そして何故か魔法学院の教師であるコルベールやギトーの姿もあり、更にエレオノールもいた。
シルフィードとテンマちゃんはガンジョ―ダ号に向かって飛ぶ。その間ルイズは疑問に思っていた。
その疑問をルイズは甲板で仲間たちと合流して聞いた。

「ミスタ・コルベール!?何でここにいるんですか!ミスタ・ギトーも!」

困った顔のコルベールに対してギトーはとぼけるように言った。

「何、最近働きづめでしたので有給休暇を取っただけです。ミスタ・コルベールが学院から逃亡したやもしれぬ学院長を探すためにこのガンジョ―ダ号を使うとのことだったので私もついでに同席しただけです。そこに彼らが必死の形相で何かを探していたので事情を聞けば貴女たちがいなくなった、エルフの国に行ったかもしれないと言うではありませんか。それは大変なことですからガンジョ―ダ号を使って捜索してたんですよ。全く困ったものだ・・・有給で愉快な旅をする筈が生徒たちとエルフの国への旅行に行くとはね」

「え・・・って、どういう事ですか?」

「察しが悪いですねぇ。我々は我々でエルフの国に行き、ミス・ウエストウッドという大変有望な生徒を返してもらいに行くのですよ。ついでに貴女の使い魔も奪還しますけど、ね」

「話は全て彼らに聞いている。ミス・ヴァリエール、ミス・タバサ、ミス・ツェルスプトー。君たちは大変優秀なメイジだがまだ未熟でもある。君たちだけでエルフの国に行くのは大変危険だ」

「ですから引率は私達が引き受けます。これも教師の仕事ですから」

ギトーがそう言った直後、不機嫌そうな表情でエレオノールがルイズの前に立った。

「相談もなしに生意気な事をしてくれるわねルイズ」

「だって絶対反対するじゃないですか」

「そんなの母様もカトレアでもするわよ!貴女のやってるのは自分だけが良い子になろうとしてる行為なのよ!どうせ自分の使い魔が捕まったから自分でなんとかしなきゃとでも思ったんでしょう?」

「だって迷惑が・・・」

「迷惑なんて言葉が貴女の辞書にあったの?」

「ありますよそれぐらい!」

ギーシュが静かにルイズに語りかけた。

「タツヤから聞いてるよ。君はかつて一人で大軍を何とかしようとした事があるそうだね」

ルイズは言葉に詰まった。
あの時は達也に酒+睡眠薬のコンボで無理矢理眠らされて止められた。
ルイズはあの時一人で何とかしようと思って他に迷惑をかけまいと死まで覚悟していた。

「責任感が強いのも結構。だけど置いてけぼりを食らった方の気持ちも君にはわかる筈だろう?」

結局あの時は達也が自分の身代わりに大軍に突撃したのだ。
残された自分はあの時呪詛にも似た叫びをあげた記憶がある。
あの時は半狂乱になっていたと思う。

「今度はタツヤはいない。だから君の早まった考えを止める役は僕らがやるんだ」

ルイズは呆然と立ち尽くしていた。
達也の代わりを皆がやる。使い魔でもなんでもない皆が―――
ゼロのルイズと蔑まれて生きてきた日々がまるで嘘であるかのような現実を今の自分は受け止めきれないでいた。
出会いと言うのは自分だけではなく環境まで変えてしまう。
ルイズの場合は達也を召喚したことでそうなった。
ルイズはかつて自分が達也に言った言葉を思い返していた。『アンタは私の宝―』それは自分の力だけの評価としてそう言ったに過ぎない。そういう現実を受け止めて生きてやっていくために発した言葉だった。それを死なせては自分の人生が否定されるかもしれないと思ったからだった。
だが、その宝は更に自分に宝を投げ渡していたのだ。
地位も名誉もそしてかけがえのない友人も。まぁ、失ったものもあるが。主に威厳と知性と理性な意味で。
ルイズは感極まり後ろを向いた。そんなルイズの姿を呆れたように『仲間達』は見守るのであった。




「根無し――だと・・・!」

ビダーシャルは明らかに狼狽した声で言ったが、ティファニアは一体その単語が何を意味するのか分からなかった。
見ればアリィーや他のエルフ達も動揺している様子である。
ただ一人、ルクシャナがぽつりと言った。

「根無し・・・ね。『扉を覗いた者』として御伽噺では聞いた事があるわ」

『へぇ、俺達はお前等からすれば御伽噺の人物なんだな』

ビダーシャルは達也の形をした何かを睨みつけながら口を開いた。
それはティファニアが聞きたかったものでもあった。

「・・・『根無し』のニュング・・・5000年前、ジャンヌ様等の包囲を突破し『シャイターンの門』に辿りつき扉を開き、すぐ閉めて後にエルフの追撃から逃れた蛮人の男。殲滅したはずのダークエルフ二人と蛮人の少女一人を連れて扉を開き、少女を扉内に入れ・・・何を考えていたのだ貴様は」

『ただの人助けさ。迷い人を家に帰しただけでね。それだけなのにお前さんたちは好戦的だよな。今も何気に魔法を使おうとしているだろう?見えないように杖を持っても隠し方が下手糞なんだよ小僧。物騒だから』

達也の姿をしたニュングは右手を翳す。
エルフ達に緊張が走ったその時、ビダーシャルの目が見開かれた。
ニュングは鼻を穿りながらにやりと笑った。

『消しちゃったから』

「・・・・・・!!」

何が起こったのか分からないティファニアだったがアリィーの怒りの籠った声で何が起こったのか大体わかった。

「貴様・・・!!我々の杖を!」

『ああ、消したよ?不意打ちしようとしたんだろうがそんな事5000年も前に味わってるから今更なんだよ。ま、お前らの様な武器もった血気盛んな奴に対して生み出した平和的な魔法だ。俺の『消失』の魔法はな』

「杖を・・・消した?『消失』って・・・」

聞いたことのない魔法だとティファニアは言おうとした。

『ブリミルの野郎が書き残した魔法の対策とかは5000年前もエルフ達は進めていたが、俺の魔法には対策を講じてなかったようだな。ジャンヌは力押しで何とかしようとしてたけどな。その様子じゃそこのティファニア・・・だっけ?君の代でも俺の魔法は全く知られてないようで微妙な気分だ』

「貴方は一体・・・!?タツヤはどうしたの!?」

『タツヤ・・・俺らの四人目の仲間は生きてるさ。今は意識を失ってるから俺がフォローしてるだけだ。俺は一体なんだと言われても憑りついてる守護霊の様な何かと考えるのが近いな』

いや、守護霊は気絶しても身体は乗っ取らないから。

『タツヤは・・・俺たちも護っている。だからお前等に良いようにはさせねえよ』

ニュングはビダーシャル達に向かって言い放った。そして呟いた。

『五人目は・・・護らなくていいって言われたからな』

一瞬寂しそうな表情を見せたニュングだがすぐに笑みを浮かべる。

『だから安心しな。俺は別にタツヤに成り替わる気は全くない。すぐに返す』

ティファニアは胡散臭いが不思議と信用できそうな謎人格の達也の言葉に頷いた。
ニュングは頷いた後に困った様子で言った。

『済まないが君の兄ちゃんの身体を借りてる。だからそんな怖い顔でみないでおくれよ』

「うぅ~っ!!」

それでも睨みつけている真琴に苦笑してニュングは頭を掻くのであった。



そして当の達也と言えば―――

『よお』

「またお前かよ自称主人公(笑)」

『(笑)付けるなよ』

真っ白な空間で以前自らを『平賀才人』と名乗った何者かと再会していた。



(続く)



[18858] 第163話 結果を言わず過程を伝えて真実は闇になり
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/10/16 21:20
真っ白の空間。
俺は今までこの空間に何度来たことだろう。
少なくとも目の前にいる奴に出会うのは2回目なわけで。
平賀才人と名乗る謎の青年は前回とは違い敵意を発することもなく、ただ白の空間にある椅子に腰かけ俺を見ていた。

「さっきからじーっと見つめやがって。何か喋れ。それとも何だお前?見つめあうと素直にお喋りできないのか」

『お前の辿っている物語と俺が辿る筈だった物語は似て非なるモノだ』

「そりゃ主役さんよ。別の人物が全く同じ人生を歩むと思ったら大間違いも良い所だぜ」

『お前の辿る物語は誰の記憶にも戻らない紛い物。俺こそが真なる世界の物語の主人公・・・と俺はかつて言った』

「大変失礼にあたる発言だが確かに言ったな。それがどうした?」

『・・・なあ教えてくれ。もし・・・物語が未完で終わる場合、その物語の主人公や人物たちはどうなるんだ?』

「知るか。そりゃ確かに続き物の小説や漫画の作者が途中で亡くなって作品が終わるという事はあるが、その作品の人物がその後どうなるかなんて読み手の俺達が知るわけないだろうよ。結末を書いてない限り、その作品の時間はそこで止まったままだ。永遠にな」

『・・・・・・』

「そんな事を聞いてどうする自称主人公?」

自称『真世界の主人公様』は黙ったままである。何やら深刻そうな雰囲気だが、そうまで深刻になる理由なんてあるのか?

『これまで積み上げてきた物語だ・・・俺は終結させる』

「一人で何を言っているのか知らんがただ独白を聞かせるために会いにきたなら帰れ」

俺がそう言うと主人公様は俺を指差して言った。

『お前の物語は未だ進行中だな』

「死なない限り、人の物語は終わらないだろ」

まあ世の中には死んだ後も個としての物語を展開させる人生の人間もいるが、俺自身はそうは思えない。
自称主人公は俺を感情のこもらない目で見つめている。そのような趣味はないのだが?

『今お前が辿っている物語はお前の真なる物語じゃない』

「いきなり何を意味不明な事を言ってやがる」

『お前はこの世界・・・ハルケギニアで何かを成して帰ることが物語の終わりになると思っているのだろう?』

正直魔法中心の世界なんてとんでもなく危険なのだから俺としてはさっさと元の世界に帰りたい。
そのためにいろいろ模索してはいるのだが・・・この世界の友人たちには悪い気もしないことは無いがこの世界はやはり俺の世界ではないし、元の世界に待たせてるやつもいるから俺は帰らなきゃ・・・

『お前の物語はここで何かを成してからも続く』

「そんなの当り前じゃないかよ」

『人生的に・・・なんていう意味じゃねえぜ?』

「・・・何が言いたいんだよ」

『ここで意味ありげに沈黙するのもアリだけど――』

自称主人公は一瞬目を伏せて、その後俺を憐れむような目で見つめてきた。

『帰れば魔法に関わらず生きていけると考えてるんだろう?』

「俺の世界には魔法なんて――」

『それでもお前はこの先長い期間、魔法に関わっていく人生を送るハメになっていくぜ』

「はぁ?」

『予言してやるよ因幡達也。異世界に本来の『主人公』を差し置いて来てしまい新たに『主人公』になり替わってしまったお前の人生にその辺のその他一般人の様な平凡な人生が待っていると思うな。元の世界に戻ろうとお前に待っているのは『波乱』しかない。それが世間一般的に、或いはメタ的に言えば『主人公補正』を背負ってしまった者の運命なのさ』

「嫌な予言をしてくれるじゃねえかよ」

『何、ちょっとした親切心と嫌がらせさ。俺の忠告と言う名の甘言に屈さずにこの物語の主人公であることを選んだお前に正直俺は感心と嫉妬をしているんだ』

自称主人公は更に話を進める。

『因幡達也。お前には解決しなければいけない問題がある』

「・・・どうやったら元の世界に戻れるか、か?」

『そうだな。まずそれが一つ。もう一つは精霊石収集もあるな』

「四つ集めればハルケギニアの危機が救えるかもしれないとかって頼まれたけど・・・」

『そうだな。確かに水・地・風・火の精霊の力の塊の精霊石はこの世界のハルケギニアの危機を救う鍵だ。だがそれはお前の世界に戻る力としては足りないんだ』

「はあ!?世界救うレベルの力でも無理なのかよ!?」

『落ち着け。その四つでは難しいと俺は言ってるんだ。この世界の四大精霊はお前が集める火・水・風・地とゲームやらファンタジーでもお馴染みの精霊だが、その他で思い当たる精霊とかいるんじゃないか?』

そう言われるとゲームとかはもっと精霊がいたりする。
例えば闇とか光とか、雷とか氷とか・・・。

『この世界で認知されている精霊はその四体で間違いない。しかし人間はどんなに科学が発達しようとも世界のあらゆる面を知ったわけではない。科学が発達しておらず、ブリミル教という宗教に観念を固定されかけてるこの世界では尚更だ。・・・いや、或いは気づいていた奴は歴史上にはいたのだろうが異端扱いされたんだろーな。・・・その異端の知り合いがお前にいる訳なんだがな』

「どういう事だよ?」

『お前は不思議に思わなかったのか?お前の刀が喋ることが出来るのかなんて』

「そりゃ昔の人がそういう魔法で・・・」

『デルフもか?』

「ああ」

『デルフが生まれたのは人間の魔法が確立する前だぞ?』

「虚無ってのは便利な魔法だな」

『その虚無だが・・・何でその始祖のブリミルは『いきなり』その魔法を使えたんだ?それも水魔法や火魔法やら人間が使えないその時に』

「俺にはさっぱりわからん」

『だろうよ。だが簡単な話さ。ブリミルはその四つの精霊とは別に他の精霊との協力を取り付けていたのさ』

「他の精霊・・・?」

『いるんだよ。世界には他にも精霊が。お前が思い浮かべたであろう光と闇の精霊も存在している。この世界には18の精霊の力で成り立っている。まあ、中には人間の技術の進歩で生まれた精霊もいるがな。それはともかくブリミルが四大精霊の他の精霊を『その他』と分類してしまったことで残りの精霊の力は全て『虚無』として扱われたり『コモン・マジック』などとして分類されて日の目を見る事はそんなになかった。エルフ達ですら主に使用するのは四大精霊の力でそこに付与する『何か』は己の工夫によるものと思っているんだからな』

「18の精霊ってお前・・・頭痛くなるんだが」

『ブリミルが協力を取り付けた精霊は17。ブリミルはその時点でこの世界には17の精霊の力が宿ると思ってたんだろうな。始祖と呼ばれるだけあってブリミルの魔力はハルケギニア人類史以上トップクラスだった。17の精霊のうち四体を資質を持った人間にも使えるように改良したりしたのはまさにチートだな。残りの13の精霊の力を後継者に譲渡したりしたから以降も13の精霊は資質を持った後継者の一族に力を貸してきた・・・これがブリミルの系譜を持つトリステイン、ガリア、アルビオン、ロマリアに虚無使いが現れる理由ってわけだ。だがその系譜が始まった1000年後に異変が起きた。18番目を見つけた奴が現れたんだ。そいつこそお前の知り合いであるニュングってわけだ。ハルケギニアの有史以来18番目と13の虚無と分類された精霊を意識して使役してきたのはニュングだけ。18番目の精霊を使役できてたのはその系譜を持つ者だけってわけだな。まあ二人ともチートと言えばチートだな。人間やめてるよホント』

どう考えても人間には思えない自称主人公には言われたくないであろう。
だがそんな話をなぜ俺にする必要があるのだ?

『お前は今、四大精霊の力を集めている。それはこの世界を救うのに必須だから何も言わない。しかしこの世界からおさらばするつもりならば四つめを得て力を行使するときには必ずルイズを連れて行け』

「なんでだよ?ルイズが何か鍵にでもなんのか?虚無使いだから?テファでもよくない?」

『現在この世界で14の虚無と分類された精霊の力を行使できるのはルイズしかいないからだよ』

「―――え?」

『始祖ブリミルと根無しニュング・・・両方の系譜を持ち尚且つ資質を持った者は歴史上二人のみ。一人は無論ニュング本人。そしてもう一人はルイズだ。残りの虚無使いは皆13の精霊の力しか得れない。だがルイズは14の虚無に分類される力を行使できる。偶然だなおい。そんなルイズは何の因果か世界では『聖女』扱いだ。まさに元の世界に戻りたいと願うお前にとってはルイズは聖女以外の何物でもないぜ。現に彼女は―――おっと口が滑りそうになっちまった』

「何だよ滑らせろよ」

俺が不満を込めて言うと、自称主人公から預言者(笑)にクラスチェンジした青年はなら言ってやるとばかりに言った。

『別の世界ではルイズは既にお前をハルケギニアから脱出させているからな』

「成程、つまりこちらのルイズは無能であると」

『どうしてそんな結論に達するんだお前は!?それに遅かれ早かれお前もルイズの力有りきでこのハルケギニア世界から脱出する時が来るんだ。その事には希望を持っていいだろ?』

「別世界の俺と同じくこの世界から出れる希望はあるのか・・・真琴は?」

『安心しろ。ルイズはあの娘を本当に愛しく思っているから彼女が生きて家に帰りたいと言えば帰してやれるさ』

何だろうか、この嫌な違和感は。
何か見落としている、或いは聞きそびれている気がする。

「質問していいか?」

『何だ?』

「別の世界の俺は本当にハルケギニアから生きて出れているのか?」

『ああ。傍目から見れば羨ましい状況にいるぜ』

一度俺はあったかもしれない未来の世界とやらに行った記憶がある。
あの時は俺が杏里と一緒に喫茶店を経営している俺から見れば希望に満ちた羨ましい世界だった。
元の世界に戻って俺は杏里とああいう未来を目指すはずだった。
しかしこの青年は断言するように言った。平凡な生活はないと。魔法に関わる生活が待っていると。

『お前もいずれそこに『行ける』からな。今は精々この世界のゴールを目指して足掻けよ』

何だこのコイツの言葉の違和感は!?
コイツの口ぶりから俺がハルケギニアから脱出するのは確定している事のように思える。
確定した未来を俺に言ったとしてコイツに何の得があるんだ?

「質問を変えよう。ぶっちゃけ俺はハルケギニアから出れるの?」

『出れるとも』

あっさり断言されてしまった。
未来はよく変わりまくるというがこうも断言されては―――

『頑張らなくても帰れるならいいや―――とでも思っているのかよ、お前?』

「!」

『勘違いするなよ?確かにお前がこの世界から出れることは既にお前が二つ精霊石を所持していることからほぼ確定ルートだがそんなのはただのメインルートでしかない。例えば今でいえばその真琴ちゃんやテファが死亡で帰還ルートとか可能性はあるしな。要するにお前に伝えたかったのはその期間までの過程をどの様な結果にする事なんだ。お前がもう少し頑張っていればフィオは生存した状態で戦争を終えてたんだ。お前が切り捨てていたらワルドたちは敵のままで前教皇も生きてたままでお前を謀殺しかねないドロドロルートの可能性もあったんだ。結果はすべてに優先されるという意見もあるだろうが、過程も大事に決まってるだろうが。俺はお前がハルケギニアから脱出できるという事は知ってるだけでどういう経緯でどの様な状態で脱出するのなんざ知らねえんだよ。この世界から脱出するのがお前の一つのエンディングならそれも良いが状況云々でハッピーにもなるしバッドにもなるんだよ。その辺を考慮したうえで頑張らなくていいと思うならどうぞテファと真琴を見殺しにして世界から脱出するんだな』

「ある程度の結果は確定しても努力と苦労はしなきゃ良い状態にはならないって事かよ」

『そんなの当り前だろうが。それをせずに勝利をしてきた奴なんて人間として生物として終わってるからな。いや、生物の敵として定義すべきだろうな。だから因幡達也。お前はこの先更に努力すべきで更に苦労して生きるべきなんだ。何も不幸になっちまえとは俺は言わねえがな』

人間に欲がある限り、常に今よりも良い状態でありたいという欲望は続く。
確かにフィオは死んでしまったし、この世界の親友とも言えたウェールズも亡き者である。
教皇も代わって世界は若干混乱は続いているしエルフの動向も不穏すぎる。
テファや真琴の命も本当に危険なのかもしれない。
俺一人の力はこの世界にとってどれ程の力になるのかは知らない。そもそも俺はこの世界と心中する気は更々ない。
更々ないはずなのだがポイ捨てもできない。ふむ、将来片付けが出来なさそうな思考だな。

『で、質問は終わりか?こちらとしてもまだお前に言いたい事があるんだが』

「いや、今お前の発言の中に違和感を感じたから質問だ」

『答えるさ。答えれる範囲でな』

「ルイズの助けで俺はハルケギニア世界から『脱出』できると言ったな」

『ああ。真琴ちゃんは生きてりゃルイズによって家に帰れると答えたのはついさっきだ。それが?』

「お前はこうも言ったな。別世界の俺が脱出した先に俺も『行く』と」

『そうだな』

「お前は俺が帰るとは表現せず行くと表現した。これはつまり――」

『そうさ因幡達也。お前がハルケギニアを脱出したところで『苦労』は続くのさ。数多の『主人公』が経験しそれ以上の人間達が経験しなければ成長出来ない行いをお前はハルケギニアを脱出してやらなきゃいけないのさ!ま、どんな世界でと言うのは言わないけどな』

これが幻聴とかそういうのであってほしいが、これがもしかして真実の事とすれば俺はまだ家に帰れないんですか?
嫌じゃーっ!?何かさっきはルイズは無能じゃなくてチート的な血筋で世界の壁なんか取っ払えるような凄い女なんだよ的なフォローをこの預言者(笑)はやってたが本人の希望と全然違う場所に送るとか凄いけど肝心なところでドジを踏む奴みたいじゃないですかー!?っていうかそれってルイズそのまんまじゃないですか嫌だー!?ドジっ娘が萌属性の方には悪いが人生掛かってる場面でそんなかわいさ余って憎さ百倍的ドジを踏まれても萌えんわ!寧ろ怒りの炎で全焼するわ!?

俺が未来の主の致命的なドジぶりに改めて怒りの炎を燃やしているのを見ながら青年は静かに俺に言った。

『・・・例え魔法に関わらなくても、お前は苦労する事になるんだよ?因幡達也』

「へ?何で?」

『お前は忘れている・・・何、違う?聞かされていないのか?』

青年は少し驚いたように言う。俺には何の事だかさっぱりわからない。

『何だって?それは直接言う?・・・いいのかい?』

青年は何者かを気遣う様に言う。その何者かの姿は俺には見えない。
青年は俺の方に向き直り溜息を一つつくと口を開いた。

『因幡達也。お前の今の恋人・・・三国杏里に双子の姉がいた事は覚えているな?』

「10年以上前に事故で死んだよ」

『事故・・・ね。名前は覚えているか?』

「愛里。三国愛里だ。どこの北●の拳のキャラの名前だと思うけどな」

『そうか。どんな娘だった?』

「妹想いの明るさが飛びぬけた娘だったよ」

『・・・確認しようか。その愛里ちゃんは事故で死んだと』

「・・・ああ、下校途中にな。一緒に帰ってて巻き込まれた。俺は打ち所が悪くなかったんで生きてたけど1週間は気絶してたって聞いてる。俺は右腕を折って入院したけど愛里は即死だったとか聞いてる。退院した1か月後には遺影と御対面で死んだって気がしなかった。まあ三国家はショックがでかかったみたいだがな。特に杏里は1年以上は塞ぎこんでいたな」

『遺体は見れてないのか』

「気絶中だしな。今思えば、可哀想だったかもしれない」

『因幡・・・いや、達也』

謎の青年は少し考えるような素振りをした後にやや震える声で言った。

『お前は知っておかなきゃならないことがある。自分のためにもお前の恋人の為にも何より』

その時青年が座る椅子の右隣に新しく突如として椅子が現れる。
椅子が微かに動き、キィ・・・と音を立てた直後薄い緑のワンピースを着た幼い娘の姿が現れ―――!!?

『お前達をそばで見守り激励し続けてきたこの娘のためにも』

「お前は・・・・・・!!」

『たーくん・・・あいたかった・・・』




三国愛里。三国杏里の双子の姉。
その娘は7歳当時の『交通事故死』したあの当時の時のそのままの姿でそこに座っていた。
そして絞り出すような声で謎の青年は言う。

『―――窒息』

「え?」

俺はその時そいつが何を言い出すのか理解できなかった。

『三国愛里の―――『直接の』死因だよ』

そいつがその言葉を言っても理解できなかった。

『・・・・・・・・・』

身体を抱きかかえるようにして蹲り震える幼子の姿を見て俺は言葉が出なかった。
青年は口を開く。止めろ。言うな。

『達也。その娘は交通事故で死んではいない。その時の怪我はお前の方が重いからだ』

喉が異常に乾くのは何でだ?耳を塞ぎたくなる気が強いのは何故だ?

『交通事故死で半年ないしは一年以上も妹が塞ぎこみ、両親まで逃げるように家に近づかないのは何故だとか考えなかったのか?』

嫌な予感がする。俺が思っている以上に嫌な予感が。

『交通事故か成程、解釈しようとすればいくらでも解釈できるよな?』

そうだ解釈しようによっては確かに愛里は『交通事故』が原因で死んだと―――

『それはだが過程を結果として伝えたに過ぎない。本当の結果は――惨殺体で発見。死因は窒息。いわゆる幼女誘拐殺人の犠牲者となってしまったのさ』

俺を空の向こうから、そして傍で見守っていた幼馴染の最期を突き付けられたその時俺は―――

自称預言者(笑)を思い切りぶん殴っていた。
そして震える幼女の肩に手を置いて口元を指で拭う元・自称主人公様に言った。

「その話、胸糞悪すぎるから忘れるッ!!」

『ええ!?わすれちゃうの!?』

「忘れるとも!だけどお前が俺を見守ってくれたのは野郎としちゃあ情けないが・・・ありがとう。お前を忘れることは無いからこれからも見守ってくれ。挫け気味なガラスハートだからね、俺」

何か使命感バリバリの奴なら復讐とかに走りそうなんだけどそんな事しないから。
愛里は死んでしまった。過程は確かに悲惨でそれは三国家に暗い影を落としてるかもしれない。
それを見て愛里も多分悲しんでるだろ多分。

『たーくん・・・』

「情けない事にお前の復讐に生きることはしないけど、杏里共々お前も幸せにするように俺、頑張るからさ。だからさ、十分心配して期待して見ててくれ。たった一人の女と恋愛するために苦労する幼馴染の進む道ってやつをさ」

これが恋愛ゲームなら確実にクソゲーマゾゲーだがイベント自体は豊富な人生だ。
それに若い時の苦労は買って出もしろっていうしな。バーゲンセール中らしいが。
暗くウジウジすることも人間だが応援してくれてる死人どももいるんだ、ちょっぴり強がってみてもいいのではないか?

『忠告してやるぜ因幡達也。お前はすでに虚無に分類された精霊の力を幾つか借りてる。あと愛里ちゃんを殺した野郎は生きてる。それどころか出所してやがるぜ』

「ご忠告どうも。それと愛里ちゃんて馴れ馴れしいぜ誑し野郎」

『余計な世話だよ。じゃ、これからの人生頑張れよ』

「大きなお世話だ」

『たーくん、あのね・・・わたしはしんじゃってもずっとたーくんが・・・』

「『愛里ちゃん』」

あの時の呼び方で俺は三国愛里を呼んだ。
黒いショートボブの髪が揺れて生気のない黒い瞳が俺を見据える。

「それ以上言わないでくれ。泣くから」

『うん。見ないから。だいすき』

視界が滲み白く染まっていく。
声が聞こえる。俺を呼ぶ声が。その声に答えなければ。
視界が暗転する。身体の力が抜けていく気がした。
手に力がこもる。足に力が湧いてくる。心臓の鼓動が聞こえる。
瞼を開くのがめんどくさいと感じながらも開いてみた。

「タツヤ!」

「お兄ちゃん!」

ベッドに寝かされた俺が見たのは涙目の妹とテファであった。
・・・状況的に涙目になってもおかしくないのでここはひとまず安心させよう。

「おはよう二人とも。朝駆けは下腹部の生理現象的にやめてもらいたいぜ」

そう言ったら二人が何時もの俺だとか何とか言って抱きついてきたため勢い余って後頭部を壁にぶつけてまた愛里に会いに行きそうになったことは言うまでもない。




(続く)

・恋姫無双の二次創作って三国志の三次創作だと思うんだ。



[18858] 第164話 今は悪魔が微笑む時代なのよ!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/11/16 13:00
生きてきてまさか自分が監禁されることなど思いもしなかった。
俺達が閉じ込められている部屋はベッドが三つ、机も椅子もトイレも用意されてはいるが、がっしりとした分厚い鉄の扉が脱出を阻んでいる監獄であった。無論、抜け道なんて気の利いたものは見つからない。
真琴とテファはベッドに座り込み今にも泣きそうな感じである。
どうやら俺たちはエルフにとってはそれなりに危険な存在と認知された、とテファから聞いている。
そんな輩たちにエルフはどのような措置をとるのか・・・大体予想はつく。

「わたしたち・・・ほんとうに、心をうばわれちゃうのかな・・・」

「そんな・・・」

テファと真琴は涙混じりに言っている。普段はポジティブな我が妹も事の異常性に消沈している。
心を奪う。タバサの母親の例があるから、エルフは間違いなくやるだろう。
心を失えば、使い魔の能力向上の源である心の震えは起きない。まるっきりただの人形状態になってしまう・・・。
そのような状態になれば一生ここで人形の様な状態で暮らすことになるだろう。
必ず帰る。俺は杏里にそう宣言した。その誓いが踏みにじられていく。
人形のような人生。何も考えずに生きていけるという点では最高に楽な人生かもしれない。
だが、最高に楽な人生が幸福であると問われれば断じて俺はノーと答えてやる。
このまま座して心を奪われるのを待てば何も思考をせずに生きれるが、俺は何もかも失う。
残ってるのはただ、命だけ。そんな状態は幸福じゃないに決まってる。
生きてれば何かいいことがあると楽天的な思考にすらなれない。ただ、生きてるだけの状態に俺はなるつもりはない。
だからといって俺は死ぬわけにもいかない。テファや真琴も死なせるわけにもいかない。
俺の命とその二人の命、どちらか捧げれば一方は助かるという二者択一をエルフが出して来たら?一瞬そんな事も考えた。
それは、愚問であった。

「心を奪う・・・か。やるんだろうな。前例はあるし」

「わたし、母と同じ種族だからって、エルフは優しい人たちだって勝手に想像していたわ」

テファにとって彼女の母親はエルフの代表的存在であった。
彼女の母親は慈愛にあふれていた女性だったのだろうが、それでエルフ全体がそうだと想像するのは浅はかであった。
大体、人間でもそうだ。この世界で初めて会ったメイジがルイズだった俺が、ルイズがメイジの基本であると判断したらどんだけ大恥かくところだったんだよ。魔法失敗するたびに爆発する世界なんぞ恐ろしすぎる。

「こうなったら心を失う前に・・・」

「死んでやるってのかい?」

俺にそう言われてテファは口をつぐんだ。図星であったようだ。
ここから逃げれる可能性はあまりに小さく、逃げても周りは砂漠。エルフの魔法は強力で、ついに武器を取り上げられた俺たちでは抵抗しても無駄・・・なるほど、絶望的状況下だ。

「お兄ちゃん・・・こころを奪われるって・・・よくわからないけど笑ったり怒ったり泣いたりすることができなくなるんだよね・・・?それって生きてて楽しいのかなぁ・・・」

「別に何も考えてないわけじゃないわ。虚無の力はわたしにとってはやっぱり重荷だったんだって思ったわ。わたしは今まで肝心なところで見ているだけだった。世界を救うだなんてやっぱりわたしには出来ない。それにエルフ達がわたしたちを心を奪って生かしておくなんてきっと死なせると都合が悪いからだよね?それは人間にとっては良い事なのかもしれないから・・・この世界の何千万人の人との命と幸せはわたしの命と幸せを犠牲にしたら守れるのかな、そうしたら最期は、ティファニア、よくやった、ありがとうって褒めてもらえるかなって・・・考えたんだ」

「お兄ちゃん、わたしもそうだよ・・・いつもお兄ちゃんたちから守ってもらってばっかりで・・・みんなにめいわくばかりかけてるっておもってたんだよ・・・こんなわたしなんて・・・」

真琴の目から大粒の涙がこぼれていく。テファは泣くまいとしている。
そんなテファがさらに続ける。

「わたし、みんなとは仲良くなれたけど・・・やっぱり人間の世界もエルフの世界も私の居場所じゃない。どこでもわたしは疎まれ続ける。だから、最後ぐらい居場所が、欲しい」

随分悲壮感溢れる言葉を女性陣が言う中、俺は何故か冷静だった。
このまま感情的に怒鳴るのもいいのだが、と思う自分もいた。何でそんな悲しい事を言うんだ、と嘆きたい自分もいた。
だがそんな感情的な自分より冷静な自分が何故かいたのだ。
真琴は自分は役立たずだから切り捨てられた方がいいと思い込んでいる。
テファは自分の命が犠牲になれば数千万の命と幸せが守られる、最後ぐらい役に立ちたいと勝手に決めている。
・・・真琴がこの世界に来る前、さらに言えばテファに出会う直前のどこかの教会あたりで同じような事を言ってたアホがいたな。
あのアホも自分が犠牲になれば何とかなるみたいなことをほざいてたな。まあ、睡眠薬入りの酒を飲んで爆睡してたわけだが。

「自分の居場所ねぇ・・・」

この世界での俺の居場所は俺だけが作ったわけではない。ルイズも一緒に作ってくれた。
アンリエッタやギーシュたちが俺の居場所をどんどん広げていってくれた。
自分の居場所は自分で作れと言う奴もいるが、居場所なんて独善的に作れるものでものではない。
テファは気付いていないのだろうか?居場所を築く一歩を自分はもう踏み出してるというのを。
真琴は感じていないのだろうか?まさに現在進行形でルイズが真琴の居場所になろうと腐心していることを。腐りきってはいるが。
生憎だが俺はこの場でテファの居場所は俺だとか言う事はない。誰かの居場所になれる人間を目指したいものだが、その誰かはもう決まってる。というか予約済みの物件のはずなのにその予約の主の姉とその他数名が既に住み着いてる状態なのが今の俺なのだが・・・ん?あれれ?そうなると俺って・・・。

「テファ、真琴」

マイナスオーラ剥き出しの女性陣に俺は声をかけた。

「こんな絶望的な状況でどうかしてると思うだろうがな、何を諦める必要があるんだ?」

「わたしには何でタツヤが弱音を吐いてないのかが不思議だよ・・・」

「弱音か・・・吐くべき言葉は多分沢山あるけど、それ以上に俺にとっての希望はそこに二つも転がってるからな。悲観ばっかりはできねえよ」

「お兄ちゃん・・・でも・・・でもぉ・・・」

「わたし達に希望を持っても・・・」

「ああ、お前らは俺にとっての希望さね。お前らがいるから、俺は諦めずにこの場を何とかしようと思ったり、何とかいいとこ見せちゃろうなどと邪な事をおもったり、あわよくば嬉し恥ずかしハプニングもあるんじゃね?などとアホな事も考えれるんだよ。清く正しき一般男子においてこれ以上の希望があるって言えば贅沢だねホント」

一人だからこそ戦える場面もこの先の人生には、無論あるだろう。
だが、今は誰かのために頑張る場面なのだ。
邪な考えが半数以上だがこの二人の存在は俺のモチベーションの維持に貢献している。

「ま、希望を持たれるだけなら多大なる迷惑だろうけどな。だからよ、お前らはもっと俺に希望を持てよ」

「え?」

「お兄ちゃん・・・」

「俺は死ぬのは怖い、心を奪われるのも怖い、戦いも怖いし、魔法もルイズの母ちゃんやら姉ちゃんとかも怖い。ワルドやらも今はああだが何時反旗を翻すか分かんねえ。エルザだって怖いやつだ。この世界は俺にとって怖いものばっかりだよ。小便どころか脱糞しそうにこええよ。だけど俺には希望があった。ルイズがいた。キュルケやタバサがいた。ギーシュだっていた。デルフがいた。村雨もいた。俺を信じてくれた奴らがいた。そんな奴らがいるだけで俺はこの世界が好きになっていけた。小さな希望だったかもしれないけど俺はそうして今まで生きていけた。死ななくて済んだ。怖くても前に進まざるを得なかった。嫌だ嫌だと思うよ、こんなのさ。でも・・・悪い気はしない自分もいるんだ」

この世界に来た時の俺は防衛行動としてとりあえず冷静を装う行動をした。
だが、見知らぬ土地に来た時はマジで怖かった。
特にあの時は杏里と恋人とかじゃなかったしな。

「俺は今まで、いろんな希望に縋って、頼って何とか生きてきた。今回も何とかなるって信じてる。だからお前らも何とかなるって信じろよ」

きっと俺にとっては杏里や妹、そしてテファの様な俺を信じてくれる人がいる限り絶望が支配することなんてないだろう。
テファにとっても真琴にとっても希望はその辺に散らばっているはずだ。
大体お前らが誘拐されてルイズ辺りが黙ってると思ってんの?あの女は未遂とはいえ七万の軍勢に単身突撃しようとした女だぞ?
エルフの里に突撃するぐらいあのアホならやりかねんだろう。で、それにくっついてギーシュたちが来るんだろうね、多分。
エルフ達が悪魔の力とかいう虚無の力も真琴やらを救出するためにルイズはリミッター解除でバンバン使いかねん。例えエルフに悪魔め!と罵られようとも『今は悪魔が微笑む時代なのよ!』などと言ってエルフの世界を世紀末の様な荒野に変えてもおかしくない。
・・・・・・それは希望の類として計算していいのだろうか?一応聖女でしょアンタ。

「お前等の居場所は注意深く見渡せば、あるもんだよ。自分のことでいっぱいいっぱいかもしれないけど、たまには一息ついて見渡す余裕ぐらいないとな」

「タツヤ・・・」

「お兄ちゃん・・・」

「だから、ここか出たら、お前らは自分の立ち位置を確認するこったな」

「でも、どうやってここからでるの?」

「・・・・・・少なくともこの部屋から出れるであろう行為を今から俺はやる」

「え?」

俺は分厚い扉に向かって叫んだ。

「なあ!」

すると扉の向こうから見張りの者らしき声がした。

「何だ?」

「俺たちに残された時間ってどのくらいかな?」

「あと七日だ。感謝しろ。いきなり心を奪わないのは、我々のせめてもの慈悲なのだ。お前らに残された時間をせいぜい有効に使え」

「勝ち誇ってるところ悪いがな」

俺はそう言って木製の椅子に近づき、椅子を持ち上げ床にたたきつけて破壊した。

「タツヤ!?」

「お兄ちゃん!?なにしてるの!?」

俺は手ごろな椅子の破片を拾って言った。

「残された時間を有効に使うつもりなんてねえな。こちらの命を奪わず飼い殺しにするつもりだろうが、そうはいかねえんだよ」

俺は尖った木の破片を頸動脈に突き立てた。

「貴様・・・何をしている!?何をするつもりだ!?」

「決まってるだろう?嫌がらせだよ」

そして俺は突き立てた破片をそのまま思いきり突き刺した。
視界が真っ赤に染まっていく。テファ達が俺の名を狂ったように呼ぶ。
鉄のドアが開いたような音を聞いた時、俺の視界は赤から黒に染まった。



「タツヤぁぁぁぁぁぁぁ!!!!??」

「いやあああああああ!!!?お兄ちゃあああああああん!!」

泣き叫ぶ監禁者たちの声が演技と思い、水の魔道具を使い確認した見張りは驚愕した。
演技ではない。この蛮族、本当に自らの頸動脈に破片を突き刺した!?
死んでしまったら新たな担い手が蛮人の世界で生まれるということをこの男は知ってたのか!?
先ほどまで希望を持たせるような歯の浮くような言葉を紡いでいたのも残りの二人を後追いさせるための布石だとしたら・・・。
見張りはぞっとした。先ほどの会話の内容から監禁されている者達は蛮人の世界でもそこそこ重要なポジションにいると推測される。
実際はティファニアは聖女扱いされており、達也はガリアとロマリアの戦争をトリステインの勝利で終わらせた立役者なので重要どころの騒ぎではないのだが。
そんな者達がここで命を絶ってしまったら・・・間違いなく蛮人達は総力を持ってエルフの世界に攻めてくるだろう。此方側が格好の攻める大義名分を与えてしまうのだ。自殺しましたで納得するはずが、ない。

「クソ!見誤ってたのか!?我々が!」

見張りの二人は青ざめた表情で互いの顔を見合わせて頷き、扉を開けた。
そこには血濡れになり虚ろな目で倒れた達也に血まみれになりながら必死で呼びかけるティファニアと真琴の姿があった。

「タツヤ!タツヤぁ!!何でぇ!?どうして!!?」

「お兄ちゃん・・・!!やめてよ・・・おいてかないで・・・わたしをおいてかないでよぉぉ・・・」

部屋に入ってきた自分たちに気付くこともなく狂ったように達也の身体を揺り動かす二人の姿に見張りの二人は言葉を失った。
理解が出来ないのだ。諦める必要があるのか?と問うた者が、この場で死ぬ。
これ以上少女たちにダメージを与えるなど鬼畜の所業ではないか。そしていずれエルフの住まう地も地獄と化す・・・。
悪魔だ。この男は悪魔だ!!自らが死ぬ事で此方の目論見を破壊し、最悪の状況を引き起こそうとしている!

「くそ!おい!何としてでも死なせるわけにはいかないぞ!」

「う、うむ!」

見張りの二人は小さな杖を取り出し、救命措置としての魔法をかけようと血の海に沈む達也に近づくため、監禁部屋の中へ進んだ。
早くしないと完全に死ぬ。その焦りが見張りの二人の気を逸らせた。
見張りの一人が達也の身体に触れる。体温が失われている、と感じたその時だった。
達也の身体が、血がいきなり爆発したのだ。

「!!?」

血に染まっていくティファニア、真琴、そして見張りたち。
監禁部屋が鮮血で染まっていき、血の匂いが充満していく。嗅覚が、聴覚が麻痺した感覚に襲われる。
真琴たちは呆然と腰が抜けたように座り込む。その目は虚ろだ。
その虚ろな瞳でティファニアはふと疑問に思った。何かが足りない、と。
しかしもういいのだ。達也は死んだ。もう、希望は潰えたのだから・・・。
ところであなたたちはだあれ?ああ、みはりのえるふたちね?なんでここにいるの?
ああ、そういえばわたしたちがしんだらこまるものね。でも、ざんねんだったわね。

たつや、しんじゃった。しんじゃったもの。うふ、うふふふふふ、しんじゃったんだもの。
うふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!








この世には―――目には見えなくともどうにもならないものが存在している。
それは時として理不尽に君たちを襲う時がある。
一人ではそれに負けて、敗れて、壊れてしまうかもしれない。
神様に頼っても、神様は誰にだって平等に見守ってやるしか出来ない。
神様は何かを助けるなんて殊勝な心なんてない―――

現に一人の少女の心は壊される直前で。
一人の少女は血濡れで泣き叫んでるのに。
神様は少女たちに何もしない。してくれない。してやれない。

その少女たちに何かできる存在がいるとしたら――いるとしたら―――
そいつは彼女たちにとっての正義の使者――なのかもしれない。





ばしゃり、とおとがしたきがする。
きょうみは、ない。でも、みた。
わたしと、まことのあいだにたおれるひと。たつやじゃない。
ふたりのえるふのみはりがたおれていた。


なにかがおちたおとがした。
まことがかおをあげた。なんだろう?わたしもかおをあげた。
いすがふたつ、ころがっていた。

だれかが、たっている。












「これは酷い。分身の身で意見すればよくもまあこんなことする。外道だなお前」

「お前だってノリノリで後頭部を椅子で殴ったろ。十分外道さ」

こえが―――する。

「そうは言うが、テファや真琴に物凄い心の傷を与えたろ」

「それは済まないと思うからいっぺん死んでみました」

「いや、死んだからトラウマ持ったんだろ!?何言ってんの!?」

「かくなるうえは分身の切腹によって更なるお詫びをいたす次第で候」

「何が候。だ!?分身の命をもっといたわれ!更なるトラウマを植え付ける気か!?」

「シャンパンファイトでのイ●ローぐらい労わってますが」

「この分身をリスペクトしてない感じが今の生存に至ってると言いたいのか貴様は!?」

声が―――きこえる。

「テファ、真琴」

声が―――声が―――

「居場所も希望も簡単には見つからないかもしれない」

声が――わたし達に言っている。

「だけど――だけど、さ」

照れるような声で、声は―――わたし達に言ったんだ。

「お前らの居場所にも希望にもなれそうな奴は―――ここにいるからな!」

頼りない。世界で一番頼りない希望であり居場所。
でも、わたし達にとっては世界で一番信用できる希望であり居場所であった。
そしてわたし達の希望は高らかに言った。

「よっしゃ、逃げるぜみんな。俺達の居場所に帰るために。多分ルイズたちも来ると思うから」

上げて落としてまた上げる。本当に酷い人だ、とティファニアは達也の事を少し恨んだ。
この期に及んで仲間たちの力を更に借りようと目論んでいる。

「ハルケギニアの名も知らぬ住人の皆さんの幸せ願うは結構だが、そのために命を散らすなんて御免だ。だったら自分の幸せを祈るっての」

こんなに独善的な人なのに―――

「だからお前らも祈れ!自分の幸せをよ。人の幸せはそれからだ」

ティファニアは心がなくなると言う恐怖を、死ぬかもという恐怖をいつの間にか吹き飛ばされていた。
それは真琴も同じなのか、彼女の顔はみるみる歓喜の表情に変わっていた。

「帰ったらわかるよ。お前等は案外、みんなに好かれてるのが解るから」

「うん、タツヤの言うとおりだよ」

ティファニアは涙と血を拭うと、達也に抱きついていた。
彼女に続いて真琴も抱きついていた。
これにうろたえたのは達也である。

「おわっと!?どうした!?」

「あのねお兄ちゃん」

「何だ、真琴?」

「ホントに生きてる?ホントにホント?」

「死んでると思うならちゅーでもなんでもしたまえ。舌入れてやるから」

「ふぇぇ・・・本当に生きてるぅ・・・よかったぁぁ・・・」

こんなんで生きてると判断されてもな、と達也は悲しくなった。

「タツヤ」

「テファ、どうした?」

俺を見つめるテファの目は潤んでいた。
・・・あー・・・何かすげえ罪悪感を感じる。

「大好き。ありがとう」

そう言ってテファは俺の頬に唇をつけたわけだ。そう、これは唇を頬につけただけであって断じてキスではない!ただの肌と肌の接触なのだ!・・・どう考えてもキスでありちゅーであります本当にありがとうございました。

「こちらこそありがとな。テファ」

「え」

「これで必ず帰れるって確信したからな」


美少女からのキスは野郎を奮い立たせいつも以上の力を出させる。
いや、これが杏里からだったら限界点どころか天元突破しそうなんですが、それは今は言わない。

さあ、逃げよう。そう思って踵を返したその時だった。

「アンタたち、何をしているの?抱き合っちゃって・・・」

血の臭いに鼻を押さえたルクシャナが扉の向こうに立っていた。
俺は持っていた木の破片に力を込めて言った。

「見たな!?死ねえええええええ!!!」

「ちょっと待って!?照れ隠しで殺そうとするな!?」

その後、ルクシャナは実は俺たちを脱出させに来たという事が分かり、俺が速攻で土下座したのは言うまでもない話である。



(つづく)



[18858] 第165話 そして そのとき ふしぎなことが おこった!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2011/12/31 14:47
ルクシャナから無表情を装えと言われ、しばらく歩いて行る俺たち。
どうやらこのままとんずらできるようにルクシャナが手引きしてくれるようだ。
今の俺達は心を失ったという設定である。笑ってはいけない、笑ってはいけないのだ。
不安材料は真琴だったが、幼くとも空気は読めるのか、神妙な顔をして俯き歩いていた。

「前から評議会のおじいちゃんたちが来るわ。絶対に口を開かないで。私と同じタイミングで、頭を下げて」

ルクシャナは立ち止まり、俺たちにそう小声で囁いた。
そう言うので仕方なく、エルフ達に頭を下げる。すると先頭の初老のエルフが、すれ違いざまに声をかけてきた。

「済んだか?」

「はい」

「そうか。・・・『これ』がジャンヌ様を・・・とにかくよくやってくれた」

ちらりと俺を見た初老のエルフの眼に、不快な気分しか俺は覚えなかった。
その後エルフの一行は俺たちが囚われていた部屋の方向へ去った。
それと同時にルクシャナが言った。

「走るわよ」

「真琴、乗れ」

ルクシャナが言うと同時に、俺は真琴を背負い、テファと共にルクシャナを追った。
昏倒させたエルフから奪ったローブのフードを被り、顔が見えないように気を遣いつつ走る。

「しかし、貴方たちも無茶をするわね。私が来なければどうするつもりだったの?」

「そのまま逃げるに決まってんだろ」

「危険を冒して助けようとした私の気構えを溝に捨てるような発言ね」

「アンタも物好きだぜ。さっきの爺からの発言じゃあ、ジャンヌの仇扱いされてる俺を生け捕って英雄扱いされてそうじゃん。その名声を溝に捨てる気なのかい?」

「名声なんて私の知的欲求の足しにはならないわ。私が貴方たちに手を貸すのは学術的好奇心のなせる事よ。でも悪魔の復活やらエルフの殺害には協力しないからね。だから、今後は私と行動を共にすると誓って。決して逃げたりしないと、貴方たちの神様に」

「神様ね・・・」

こんな状況に陥れた神様に俺は誓いを立てたくはないんだが。
立てたら立てたで『それはどうでもいい!』と唾を吐きかけられそうだ。

「ま、殺しは寝覚めが悪いしな」

「じゃあ、急ぐわよ。そろそろ気づかれてもおかしくないから」

その予想は当たっていたのか、建物の玄関から出るころにはエルフの戦士とみられるものが、扉を封鎖しろなどと喚きたてていた。
しかし玄関にいる文官と言い合いになっており、門の封鎖はまだ時間がかかりそうだ。
玄関から出て見た光景は真琴やテファが感嘆の声を出すほど美しい街並みであったが、今はそんなのに構ってはいられない。

「さ、観光気分に浸ってないで行くわよ。目立たず、そして急いで」

評議会本部を中心として、四方八方に町並みは伸びている。
その一つに俺たちは飛び込んだ。街路は車道と歩道に分かれ、車道には竜に引かせた車が行き来していた。
ガラス張りの商店がいくつも並んでいる。どう考えてもトリステインのそれとは文明のレベルが違った。
行きかうエルフ達は俺たちに無関心である。

「ところで何処に俺たちは行くんだ?」

「私の旧い友人が住む屋敷よ」

「いたんだ、友人」

「あら、私に孤高の美しさを見たのかしら?」

「研究しすぎで変人扱いされて友人いなくてぼっちかと。あと何処に孤高の美しさが?」

「・・・一応婚約者もいる女の子にその言いぐさは無いでしょう、貴方・・・」

やがてルクシャナは、通りの横から延びる、運河へと通じる階段へと足を運んだ。
運河への道には青黒い海藻が生えており大変滑りやすくなっていた。
テファが何度も転びそうになっていたが、そのうちに俺の腕をがっしり掴んできた。
・・・奇乳が俺の腕に当たるのはまあ、不可抗力としよう。
だが、真琴を背負っているので大変走りにくい!
しかし真琴もテファも何故か俺を信頼しまくってる目をしている。
背には妹、腕にはおっぱいもといテファ!これは試練か!?誰か代われよ!見てたら羨ましい光景だろこれ!

「あれ・・・?おかしいわね・・・」

通りの喧騒とは裏腹に人がいない運河の道で突如ルクシャナが辺りを見回して言った。

「どうしたんだ?」

「ここに、私が用意した小舟があったんだけど・・・」

「ないのか?」

「ないわね。盗まれちゃったのかしら」

「やはり文明の進んだエルフ国家でも物盗りはあるのか。どこも物騒なことだな」

「そうね。これからはちゃんと用心しなきゃ」

「って、用心しなきゃじゃねえ!?どうすんだよ!?他のルートはないのか!?」

「今考えるわよ!」

その時だった。十五メイル離れた運河の向こう岸から声が響いた。

「小舟なら、僕が押収させてもらったよ」

「アリィー!!」

「何をやってるんだァァァァァァァァァァァァ!!?きみという女はァァァァァァァァァァァッ!!」

アリィーは端正な顔を歪ませて大声で叫んだ。
ルクシャナはそんな恋人の怒声に真っ向から反論した。

「貴方こそ何してくれてるのよ!?折角船を用意したのに押収とか!これはもう窃盗行為も同然よ!あの船の所有権は貴方にはないんだから!アリィー・・・夜の消極性からヘタレヘタレと思っても、誠実だからと思ってたけど・・・窃盗だなんて卑劣な行為をする殿方だとは思わなかったわ!語るに落ちたわね!」

「何でそこまで言われなきゃならないんだ!?明らかな民族反逆罪をしてるのは君じゃないか!?今からでも遅くないから、彼らを引き渡すんだ。そうすれば君のことは言わないから」

「窃盗は民族云々ではなく畜生にも勝る愚劣な行為よ。貴方こそここで小舟を返せば畜生以下の行動をばらさないであげるわ」

アリィーは頭を抱えた。ルクシャナの瞳には自分は正しい行為をしているという確信の光がある。
これが『間違った事はしていない』というのならば諭せたのかもしれないが、あの娘はいつだって自分が正しいと信じている。

「なんなんだきみは!?いや、いいやもう。腕ずくでも彼らを引っ張っていく」

「そんなことをしたら婚約解消よ。恋人の研究対象を奪う男なんて私は恋人とは認めないわ!」

「・・・ぼくはこれでも『ファーリス』の称号を持つ騎士だ。私事と使命は混同はしない」

「酷い!私より使命の方が大事だっていうの!?死ねばいいのに!」

「も、問答無用!」

半泣きのアリィーは腰から円曲した剣を引き抜いた。鏡のように刃面が輝く。
それを見たルクシャナは俺の方を向いて言った。

「さあ、蛮人!やっておしまい!」

「アラホラサッサーっておい!?痴話喧嘩に普通に巻き込むな!?」

「言っとくけど、殺しちゃだめよ。あんなのでも、わたしの大事な婚約者なんだから」

「はいはい、ゾッコンってわけだな」

俺は真琴を背から降ろした。

「お兄ちゃん・・・」

真琴が心配そうに俺を見ている。
俺はデルフが剣の時に入っていた鞘をテファに渡した。

「タツヤ・・・」

「テファ。デルフを預かっておいてくれ」

『おいおい、相棒よ。俺がいなくて大丈夫かよ』

軽口を叩く喋る鞘に俺は言った。

「お前の知識はテファ達の支えになる。万が一があれば・・・真琴とテファを逃がす算段を立ててくれ」

『相棒・・・お前』

「タツヤ!そんな万が一とか言わないでよ!私達・・・タツヤがいなくなったら」

「ああ、知ってるよ」

俺は村雨に手をかける。構えはこれで十分だ。
人に好かれる性分ではないと思っていた。でも人を嫌いにはならないとは誓っていた。
だって、好きな女がいたんだ。その女に好きになってもらうのに人間嫌いじゃ意味無いじゃないか。
今じゃその女が俺の帰還を信じてくれている。俺を好きと言ってくれた愛する女が俺の帰還を信じてくれる。
俺も信じていた。きっと帰れるって。また杏里の前に立つ、立てると。
今も信じている。帰れる。絶対に帰れるって。

「生きてりゃあ・・・別れるときもあるけど」

何時もいた存在が突如奪われた時もあった。
折角出来た親友が突如倒れた時もあった。
五千年もの時を経て会いに来た存在があっという間に果てた時もあった。
自分を利用しようとした存在が戦火に散ったこともあった。

「真琴、テファ」

もう、俺はコイツらのあの顔を見ているから。
いくら心が強いと言っても、俺は見ているから。
母国で昔、特攻隊として散る運命だった若者たちは、自分が死ぬって時には大事な人に悲しまないでくれとか遺書に書いてたりしたけど、そりゃ無理だなって本人たちも思ってんだろな。でもそう信じて国のために死ななきゃいけなかったんだろ。
だが、俺は特攻隊ではない。死ななきゃならないことも全くない。確かに死ぬかもしれない。でも絶対死ななきゃならない状況じゃない。遺書なんてかくわけにはいかない。そもそもここで死のうが国とか全く関係ないし。

「別れるときは、俺たちゃ笑顔だろ!」

俺は村雨を抜く。アリィーは何やら呪文を唱えると、ひとっ跳びに運河を越えて剣を振り下ろしてきた。
俺はそれを村雨で受け止めた。何だよこの攻撃の重さ!?

「そっちは殺す気満々じゃねえか」

「お前に死なれると困るが・・・お前を殺したいエルフは結構いるんだ。そちらのハーフも死んでも困るが、その時は新しい悪魔を連れてくればいい。そこの子どもは死んでも何も困らない」

「俺を殺せば咎めはされても英雄扱い、テファを殺しても代わりはいる、真琴は死んでもOK・・・ってわけか。対する俺は婚約者の頼みで殺しちゃダメ・・・何という縛りプレイだ」

ビダーシャルとの対戦では反射という魔法があった。
今回もそれを使われたら面倒である。まずは剣を奪う事を優先しなければ・・・。

「手での扱いには慣れてないから、力が入りすぎるかもしれない、な!」

明らかに故意に力入れてるだろお前。
ニ撃目も必殺の威力を持つ剣を俺は受けることはしなかった。
その考えに至った時にはすでに俺はアリィーの後ろに回り込んでいた。

「消えた・・・!?」

「力抜くなよ」

そう言って俺はアリィーの股間を蹴り上げた。

「!!!!????」

その瞬間、アリィーは股間を押さえて蹲り、苦悶の表情を浮かべのた打ち回った。

「ちょっと!殺しちゃだめだって言ったじゃない!アリィーの息子さんが死んじゃうじゃない!」

「生殖機能が失われても殿方を変わらず愛する・・・これぞ美しい愛だと思わんかエルフ」

「私だって子どもは欲しいんだけど」

「養子をとりなさい」

「腹を痛めて産んでみたいのよ?」

「ではほかの男を」

「アリィーの子を」

「僕の生殖機能はかろうじてまだ生きているから、その会話を直ちにやめろ!?」

よろよろと立ちあがるアリィー。脂汗の量が凄い。

「どうやら手では若干隙があったようだ。ぼくは君たち蛮人のように手で扱うのは得意じゃない」

「成程、要するに下手糞と。ルクシャナ、貴女の恋人は下手糞だって」

「そんなの、年月をかけてコツをつかめばいいのよ!要は経験よ経験!男は度胸!なんでもやってみるべきよ!」

「しかし彼の最大の武器である槍は折れかけですぜ?」

「それは私が何とかしなきゃいけないんでしょ!私は彼の婚約者なんだから努力はするわよ!」

「何の話をしているんだ君たちは!?そういう意味ではないから!全く剣の話なのに・・・剣はやはり彼らの意思に添わせてやるべきか」

アリィーの背後から、別の曲刀が四,五本浮かび上がり、蝶のように彼の周りを舞い始めた。

「では、好きにやりたまえ。君たちのやりやすいように」

アリィーがそう言うと曲刀たちは一斉に俺に向けて飛んできた。
変幻自在に飛ぶ曲刀たちは俺の死角を狙い襲ってくる。まるで刀が意思を持っているようだった。
徐々に俺の身体の傷が増えていく。少し前に全回復したからあのチートは使えない。
対するアリィーは余裕の表情である。あの野郎・・・此方が嬲り殺しにされるのを愉しんでやがる!

嬲り殺し状態の達也を見てルクシャナは困ったように言った。

「やっぱりアリィーの『意思剣』が相手では分が悪いのかしら?十分反則だしねあれ」

「暢気な事を言わないで、タツヤを助けてよ!?」

「オルちゃん先生、どうにかできないの?」

『難しいですね。お兄さんは居合をする余裕もなさそうですから。加えて攻撃魔法をしようにも真琴ちゃんはそれを覚えてないし、ティファニアさんなどの魔法を使おうにも、あのエルフの青年は相当の使い手です』

「そんな・・・」

「それにこのあたりの精霊の力は、全部アリィーにとられちゃってる。割り込めないわよ私達じゃ。むー・・・アリィーめ、眠りを使う気ね」

ティファニアが見ると、アリィーが小さく印を切る仕草をして、達也に向かって手を突き出していた。

「このままだと抵抗できずに死ぬわね」

「そんな!」

その時だった。ティファニアは達也が此方を見ているのに気付いた。
彼の口は自分にこう言っていた。
『信じろ』と。
ティファニアは大きく頷いた。




・・・・・・・・・何かすごい頷いてくれてるけどあの娘。
此方は流石にヤバいので『助けろ』と言ったのだが、なんか頷いて見てるだけだし・・・。
なんか妙に眠いのは奴の魔法のせいか。寝たくないが、曲刀が邪魔で奴に近づけない。
同じ理由で前転や居合も使えない。分身は役に立たない。反撃する対象がないから回り込めない。
特殊能力を封じられた。本当に死ぬのか?
思考中にも身体中を切り刻まれていく。このまま死ぬわけには・・・いかない!
痛みで意識を失いそうになる中、目の前のイケメン野郎に対する怒りが俺の心を揺らした。
その瞬間、水の精霊石が輝いた。

「なにあの光!?」

「あれって・・・」

『あの姿は・・・エルザさんとの戦いの時に・・・』

「タツヤ・・・?」

青く光るその姿は水の精霊の加護どころか、水の精霊っぽい何かになった達也だった。
水同然と化した達也の身体を曲刀たちが切りつけるが、達也の身体を通り抜けるだけで達也は無傷だった。
達也は無言でフィオの意思を宿した刀を握ると鞘に一旦納め、一気に引き抜いた。
その瞬間、曲刀は無残に切り刻まれてしまった。

「お得意の手品は攻略したぜ、色男」

「ほう・・・蛮族の身で水の精霊の力を得ているか。驚いたな。だが、それで勝ったつもりか?」

アリィーはまだ余裕の表情を崩さない。
その時、彼の背後の運河から、潜水艦が浮上するかの如く、ごぼごぼと何かかが浮き上がってきた。
そこから現れたのは銀の鱗を持つ巨大な竜であった。
水竜はいきなり俺に向かって細い水流を吐き出してきた。

「ちぃっ!」

俺は素早くその水流に向けて、エルザを撃退した方法で水流を発射した。

「へゥ!!?」

「ふえ!?」

『おいおい相棒・・・』

「なかなかの大きさね」

「下品な・・・」

テファ、真琴、デルフ、ルクシャナ、アリィーが俺の水流発射方法にそれぞれ感想を言っている。
・・・っていうか若干一名大きさを品評している馬鹿がいるだろ。ルクシャナ、てめえだよ。

「しかし僕のシャッラールには勝てないよ。例え身体を水にしようが対策なら結構あるのさ」

アリィーが呪文を唱えると、シャッラールと呼ばれた水竜が吐く水流の色が白く変わった。
その勢いは達也が放出する水の勢い以上であり、たちまち達也はその水流に飲み込まれた。

「タツヤ!?あの竜は一体なんなの!?」

「あれは海に住んでる竜よ。エルフの世界じゃポピュラーな存在ね。竜の中では最強扱いよ。あれはアリィーが飼ってるシャッラールね。でもあの白いのは・・・まさか」

ティファニアがルクシャナにその続きを聞こうとした時だった。
急に肌寒くなってきたのだ。見れば運河に氷が張っており、ここだけ真冬の様な白の世界になっていた。

『・・・やべえ!相棒!返事しろ!』

ティファニアが預かっていたデルフリンガーが焦ったように言う。
ティファニアは自分の心音が強くなっているのを感じた。

「貴様の動きを止める?簡単な事さ蛮族。貴様の身体が水と化したならば」

アリィーの言葉が妙に耳に残っていく。
徐々にその場の全体像が見えていく。水竜が吐いた白い水流の着弾点が、達也のいた場所が・・・。


―――――!!!!

「凍らせてしまえばいいんだからな」

そこには棺のような形の氷の中で白く姿を変えた達也が息子をズボンにしまった直後の様な体勢で凍り付いていた。
達也の姿は雪のように白くなり、その首には二つの精霊石が彼と同じく固まっていた。
白く、白く凍り付いてしまった水の精霊石。
全く動かない達也の姿。

『―――なんてこった』

ティファニアの手の中で呟くデルフリンガー。

「お・・・兄ちゃん・・・」

脱力したような声を出す真琴。

『・・・これは・・・』

言葉が出ない喋る杖。

「・・・やりすぎよアリィー・・・本当に婚約解消モノね」

残念そうに首を振るルクシャナ。

さっき、さっき、言ったじゃない。
別れるときは笑顔なんでしょ、笑顔なんでしょ?
このままじゃ皆泣きっぱなしになっちゃうじゃない。

「こんな別れ方・・・ないよね?そうだよね?達也・・・」

自然と涙があふれてくるティファニア。
きっとまた分身か何かなんだよね?そうだよね?
ティファニアが周りの何処を見ても達也はいない。そもそも彼は分身を出してはいないから。

「嫌だよ達也・・・冗談だって言ってよ・・・嘘だって。ドッキリでしたって・・・意地悪しないで出てきてよ・・・」

しかし彼が出てくる気配は一向にない。
何故ならそこで凍っているから。

『嬢ちゃん・・・相棒は間違いなくあそこで凍って・・・』

「タツヤ・・・嫌だ・・・行かないで・・・私を外の世界にもっと連れて行ってよ!お願いだから、タツヤ!!」

少女の血を吐くかのような悲痛な声が響く。
その時、呆然と凍りついた兄を見ていた妹とその杖だけが見た。
兄の白く凍り付いた右手が一瞬光った事。

兄が持っていたもう一つの精霊石が輝きだし、徐々に光が大きくなっているのを。






(続く)

2011年は色々ありましたね。2012年も色々ありそうですね。



[18858] 第166話 一人で護れる範囲は限度がある
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2012/02/21 13:11
因幡達也は凍っていた。それはもう完璧に凍っていた。
しかし肉体は氷と化しても、まだ意識は残っていた。
身体は完全に動かない。口も、瞳も動かせない。その中で彼は思考していた。
ああ、このまま眠くなって死ぬんだろうな、と。
彼の凍ってしまった瞳に映るは、自らを氷と化したエルフと大きな水竜。例え復帰しても勝てる相手じゃない。冷めた脳はそう判断してくる。自分は慢心しすぎであった。
その結果がこの有様である。

意識を保つのももう、長くない。
呼吸が、できない。
全てが、冷たい。

そんな中、聴こえてきた声だった。

『タツヤ・・・嫌だ・・・行かないで・・・私を外の世界に連れて行ってよ!お願いだから!タツヤぁ!!』

その声で冷めていた思考が少々溶けた。
自分が1人身ならここで死んでも仕方ないで納得していたかもしれない。
現に今、納得しかけていた。

やはり、自分は慢心している。調子に乗っていた。周りも見えていない。自分が可愛いだけだった。
杏里のため帰ると、自分は口では言っていた。あくまで人のためにと。
冗談きついぜ俺。さっきまで自分が死んだあとのことも考えず死んでもいいやって思考じゃなかったか?
俺は小者だ。杏里でさえ自己満足の道具にしてしまう最低の小者だ。
杏里、すまない。お前が俺に好意を抱いているのはこの上なく嬉しいのに、俺はこんなにも小者だ。
情けない男だ。本当に情けない。俺は情けない男だ―――ッ!!

助けたい『助けれない』
護りたい『護れない』
帰りたい『帰れない』
勝ちたい『勝てない』
死ねない『死ぬ』

情けない『情けない』
弱すぎる『弱すぎる』
馬鹿すぎる『馬鹿すぎる』

そうだよ、俺は弱い。ちっぽけすぎる。
元の世界の女子たちはそれを本能的に感じ取っていたから、俺を嫌っていたんだな。

・・・・・・じゃあ、杏里。お前は何で?
そんな疑問と共に、ふと、彼女の死んだ姉の笑顔が脳裏に浮かんだ気がした。

助けたい『助けれない』《だが、助ける》
護りたい『護れない』《絶対、護る》
帰りたい『帰れない』《必ず何時か、帰る》
死ねない『死ぬ』《死にたくない》

情けない『情けない』《それでもいい》
弱すぎる『弱すぎる』《それでもいい》
馬鹿すぎる『馬鹿すぎる』《それでもいい》

思えば・・・アイツの前では前向きっぽく振舞っていた。
そうでもしないと杏里は愛里の死から立ち直らないと思ったから。
ただの死別と思ってたから出来たのかもしれない。
ただの死別と思ったから俺はあの時―――



元の世界、因幡家。
因幡家3兄妹で唯一取り残された因幡瑞希は自分の部屋で兄の恋人である三国杏里に質問を投げかけた。

「ねえ、杏里さん」

少し前は杏里ちゃん、と呼んでいたのだが兄の恋人なのだ。
ただの幼馴染扱いはいけないだろうと瑞希は思ってさん付けだが周囲にはいきなりよそよそしくなったと不評である。

「何?瑞希ちゃん」

「お兄ちゃんのどこを好きになったの?」

兄の事は好きだが、瑞希は疑問を投げかけざるを得なかった。
村田家の姉妹にも聞いてみたことがある。
長女の湊の答えは、

『運命』

などと根拠不明なものであったため参考にならなかった。
だが、次女の棗は確信めいたように言っていた。

『ライバルがいるぐらい良い奴だって、改めてわかったから』

嬉しそうに彼女はそう言っていた。
ライバルって誰の事だろう?湊の事だろうか?
聞いては見たものの、何か納得できない瑞希は、杏里にも尋ねることにした。
正直言って、兄に対しての一般的な女子の反応は良くはないと思っている。
兄も学校の女子に不満や文句を言っていたし、自分の同級生の中にも、兄を変人扱いする者もいた。

「何でそんな事聞くの?」

「だって・・・お兄ちゃんさ、学校の女子たちから嫌われてるらしいし・・・私のクラスの子の中にもお兄ちゃんを変な人だって・・・」

「まあ・・・達也は馬鹿だし特別イケメンというわけでもないし、運動も消極的だし・・・そこだけ見れば近づいてみようとは思わないわね。でもそれって特に関係のない人の評価じゃない」

「そうだけど・・・」

「強がってるけど小心者で、臆病で見栄っ張り。口も悪い。女子からすれば普通は信用できないわ」

散々な言われようである。

「じゃあ、何で杏里さんはお兄ちゃんと恋人になったの?」

「だってアイツ・・・」

杏里は瞳を閉じて過去を回想する。
浮かぶのは自宅で姉の遺影を前に放心状態の幼き自分。
そこに現れた、退院した幼い達也。その頭には包帯が巻かれ、右腕にはギプスがある。
黙って自分が退院して初めて片手で作ってみたというパンを差し出す達也をあの時心底憎いと思った。
どうしてあの時さっさと意識を失ってしまったのか。お前が意識を失ってなければもしかしたら姉は攫われずに・・・!!
まあ、今考えれば意識があれば達也はその場で殺されていた可能性があるのであるが、そんな予測は当時の幼い杏里にはできなかった。

『いらない。かえって』

『いや、たべろよ。かおいろわるいぞ、お前』

『かえってよ!』

『たべねえのかよ』

『たべないってば!』

姉の遺影の前で自棄になる自分は怪我人に当たり散らしていた。
もし、姉が見ていたらすごく悲しいだったろうな・・・

『しかたねえな』

そう言って達也は持っていたパンを食べ始めた。
杏里は達也が姉の死の真相を知らないということを知っていた。
だからこんな暢気な行動ができるんだと彼を呪い殺したいとさえ思った。

『まじいな。なんかしょっぺえ』

愛里の遺影前に座る達也。
じっと、彼女の笑顔を見つめている。不味いパンを食べながら。
無性に腹が立つ。言ってやろう。お前が気絶していたからみすみすお姉ちゃんは殺されたと。

『ごめんな、愛里』

パンを食べながら達也は遺影に謝った。

『おれじゃ、トラックからお前をまもれなかった。ごめんよ』

なおも不味いパンを食べる達也。

『今のおれじゃあ・・・お前に手をあわせることもできない。ゴメン』

そして、パンを食べ終わる。

『でもさ、やくそくはするよ』

ギブスに巻かれた右手を愛里の遺影前に掲げる達也。痛いのか少し表情が歪む。

『おまえがまもってきた・・・おまえの杏里はおれがまもるから!おれは杏里にきらわれちゃったけど・・・おれはお前も杏里も好きだから、大好きだったから、だからきらわれてもぜったい、まもる!約束だからな!そんじゃな!』

そう言って三国家を去った達也。愛里の遺影前には先ほどとは形の違うパンが置かれていた。
幼い杏里は不味いパンを置いて行ったのかとそのパンに手を伸ばした。
まだ、温かみがあった。そういえば碌に食事をしていない。
杏里は思わず不味いと思われるパンを齧った。

『おねえちゃん・・・あのバカ・・・ウソついてたよ・・・』

ポロポロと涙が齧ったパンに落ちていく。
不味いわけが―――なかった。




「ずっと―――まもってくれたから」

始めは同情やらですぐ飽きると思っていた。
暫くすると義理か使命感で行ってるのではと思っていた。
嫌いだった。嫌いな奴に護られるのは嫌だった。
だからある時言ってやったのだ。

『もう一人でも大丈夫だから付きまとわないでくれる?ウザいから』

中学1年の時だったと思う。自分は彼にそう言った。
だが彼は少々考えて言ったのだ。

『大丈夫じゃないと思うから付きまとってるんだが』

『なっ・・・!もう私は中学生なの!子供じゃないの!』

『世間一般では子供じゃん』

『い、一緒に帰って友達とかに噂とかされると、恥ずかしいし・・・』

『若い時の恥は買ってでもしろって爺さんが言ってた』

『とにかく付きまとわないでよ!アンタの事、嫌いなんだから!』

『気にするな、俺は嫌いじゃないから』

『ぐぬぬぬぬぬ・・・!!』

『ま、お前さんを任せるにふさわしい野郎が出てきたらそいつに任せるよ』

アンタは私の保護者か何かか。
中学に上がって、達也への女子の評判はどんどん良くない方向に向かっていた。
私はそんなのに追い回されてると同情をかけられていた。
それでも強く生きてる、カッコいい、憧れる。
達也の評価は下がり、私の評価は何故か上がって行く。
見知らぬ男子から告白もされた。ラブレターだってもらっていた。
アイツは嫌い。でもアイツの家族は嫌いじゃない。
未だに姉の死から立ち直れない自分の両親含め、彼らは良くしてくれている。
だからご近所扱いを続けられている。アイツに目を瞑りさえすれば大丈夫。
それ以外は順風満帆な毎日。姉さん、私は強く生きれてます。

『杏里ちゃん、お兄ちゃん知らない?』

そう今よりもずっと幼い瑞希に言われたのは中学2年生の夏だった。
部活に励む自分が部活にも励まず自分を何処からか監視してるであろうストーカー野郎の事なんて知るわけがない。ただどういうわけか最近は視線は感じるが、これまでのように露骨に付きまとわれなくなっていた。村田姉妹などからはついに飽きられた、見捨てられたかと囃したてられたが、正直どうでもいい。そもそもあの姉妹はあのアホの何処がいいのか。そういえば死んだ姉もアイツを気に入っていた。自分もあのバカが姉を護っていたら仲良しのままだったかもしれない。
だがもうアイツとは上辺だけの付き合い。ただのいけ好かない幼馴染。だからどうでもいい。
自分を守ると抜かしたが、もう自分は何とかなるのだ。そんな必要はない。
違うクラスでも私は上手くやっている。もう必要以上の庇護は必要ないのだ。

『そういえば、真琴もいないなぁ。知らんか?』

因幡達也の父が妻に問う。
その妻はニコニコして言った。

『真琴の交友関係を広めてくるんだって、外に行きましたよ』

『4歳児連れてかよ。何をしてるんだアイツは』

相変わらず訳の分からない事をしているらしい。
4歳児ならば世話しなくても友人ぐらいできるだろう。
そんなお節介者、評価を下げるだけだというのに・・・。
その時の自分はそんな人間だった。人の評価を気にする人間。
幼馴染を姉を護れなかった罪人として嫌悪するだけの女。

中学3年の時だった。
もう一人の幼馴染、村田恭介と、姉が眠る墓地で鉢合わせした。
この男も勿論姉がどうやって死んだか知っている。
恭介は墓に添える花を持った私に言った。

『今年も、来たんだな』

『当たり前でしょ。お姉ちゃんなんだし』

『違うっての。見ろよアイツの墓』

姉が眠る墓石の前には何故かケースに入れられたコッペパンと手紙が2枚置かれていた。
一目でわかる。あのパンはアイツが作ったものだ。

『アイツにしちゃ珍しいな。パンと手紙を残していくなんて』

『珍しい?』

『ああ、毎年アイツはここで自分で作ったまっずいパンを自分で食べてた』

『何のためによ?』

『お前に食わせるパンはない・・・って意味らしいぜ。案外死んだこと何処かで引きずってたんじゃねえの?手紙は初だな』

恭介と杏里は愛里の墓前に来る。手を合わせた後、恭介は供えられたパンに手を伸ばした。
透明なケースに入れられたコッペパンを恭介はすまないと言ってちぎって口に入れた。

『・・・そうか、達也・・・お前』

恭介は目頭を押さえつつ、2枚の手紙を見た。

『お前って奴は・・・・・・』

言葉を失う恭介は手紙を杏里に渡した。
1枚目の手紙には短くこう書いてあった。

《10年近く御所望の手作りパン、どうぞ召し上がれ。摘み食いされるかもしれんが 達也》

そして2枚目にはこう書いていた。

《杏里へ 言えば食べさせてやるから摘み食いしてんじゃねえよ》

『食べてないわよ!?』

『達也は愛里のことについては踏ん切りがついたんだろうな』

『どういう事よ』

『そりゃお前、前から達也は・・・いや、これは本人から言うべきだな。秘密だよ』

この時は何なのかは分からなかった。
高校もアイツと同じだったが、なんかもう嫌悪感も消えていた。
高校生活初日、アイツと私は同じクラスだった。
自己紹介で高校での目標を言わなきゃならない時、アイツはこう言ったのだ。

『将来の土台を築きたい。具体的には彼女欲しい』

欲望丸出しであった。男子には凄く受けたが。
なんだか妙な予感はしたのだ。そしてその予感は当たってしまった。

『あ、ああ、杏里。次の日曜に付き合ってほしいんでござりゅぐっ』

武士になった上に噛んだ彼からのデートの誘い。
嫌な気分はしなかった。姉に対して義理を果たした彼の評価は自分の中では嫌悪まではいかないまでに修正されていた。だから少しの同情と感謝、そして彼とまた向き合いたいと思った。だから・・・。

『いいわよ』

『・・・なん・・・だと・・・?』

『聞こえなかったの?良いわよって言ったの』

『あ・・・ありがとう・・・ありがとうっ』

そう、彼と向き合うチャンス。改めて因幡達也を見るチャンス。
何だか可笑しくなった。デートの日も楽しみだった。
過去を思い返してゆっくり考えていくと、私は彼にも良い所はあるじゃないかと思った。
ストーカーだと思っていたあの日々も、彼は具体的な危険から護っていたのかもしれない。
あれ程きつい事言っていたのに、彼は人に自分の悪い噂を流さなかったと聞いている。
世間の目からも彼は自分を守っていたのでは・・・?そうなら聞いてみよう。
しかしデートに誘うとか初めてではないだろうか?などと自分もワクワクしていたのだ。

私は面倒くさい女だった。
護ってくれていたと思われる人物を憎み、図々しくも場合によっては許そうかなとこの時まで思っていた。

だから、罰が下ったのだ。

デート当日、因幡達也はこの世界から『消失』した。
その後の自分の転落人生は思い出すだけで恥ずかしい。
でも、彼は帰ってくると言った。自分の元に帰ると言ってくれた。
こんな面倒くさい女を見捨てない馬鹿な男。
それが因幡達也だと気付いたから、自分は彼の恋人になったのだ。

「私には達也しか付き合える人がいないからね。嫌なところは沢山あるわ。でも大好き」

そう、言える。
三国杏里の言葉に、因幡瑞希は妙に納得してしまうのであった。



俺は、弱い。
だが、だからどうしたというのだ。
今が弱かろうとも、1秒後にはそれより強くなれればいい。
1時間後でも、翌日でも、翌月でも、翌年でも。
弱い=護れないだなんて俺は思わない。認めない。
情けなかろうと、弱かろうと、馬鹿だろうと・・・どれだけ嫌われようと・・・勝ち目がなかろうと。
俺は・・・進むんだ!!

大地が唸る音がする。
身体に熱が戻っていく感覚がした。
燃えるような熱ではなく、包まれるような温もり・・・。
因幡達也は氷の中で確かに護るべき存在を見て、そして『敵』を睨みつけた。
瞬間、光が爆発するがの如く輝き、轟音とともに氷は砕けていく。

「何っ!?」

アリィーはいきなり起こった光景に目を疑った。
まさかあの人間は内側から氷を砕いたというのか!?
その疑問の直後、何とも言えない寒気がした。怖気かもしれない。
その怖気の原因の声がした。

「テファ、安心しな。護るって言ったろうよ?」

「ああ・・・タツヤ・・・」

「あの姿は・・・これは地の精霊の・・・!?」

全身が鉄の色と化し、瞳が真っ赤に染まった容貌になったが確かに因幡達也はそこに立っていた。

「くっ!だからどうした!氷を砕いたところで、貴様に何ができる!」

「ああ。俺一人じゃまたその水竜に蹂躙されちまうだろうな。しかもお前はこの辺の精霊と『お友達』ときたもんだ。大変だなこりゃあ」

アリィーは寒気が止まらなかった。状況はまだ自分に有利のはずである。
確かに意思剣は通用しないが自分には水竜がいる。負ける筈はないのだ。

「その通りだ。このあたりの精霊は僕が・・・っ!?」

アリィーは気付いた。気付いてしまった。
先ほどまで自分に味方していた精霊のうち、いくつかの力がなくなっている事を。

「教えてやるぜイケメン。友達ってのは・・・たまに裏切ることもあるんだぜ!」

そう言って右手に持つ刀を達也が降ると刀から光が噴出し、大地に降り注いだ。
地が揺れる。凍った川が砕かれる。何だ?何が起きるのだ!?
そして、大地の底から、それらは現れた。

「・・・!!!?」

アリィーが見たのは大小様々ながらすべて達也の姿をした土人形、いわゆるゴーレムの群れが大挙して自分たちを囲んでしまっている状況であった。見渡す限りのゴーレムは壮観ながらアリィーは絶句した。
絶句するアリィーに対して達也は一番大きな巨人サイズのゴーレムの上で言い放った。

「大地は全ての命の還る場所・・・無数の命が貴様の相手だ!アリィー!!」



(続く)



[18858] 第167話 やられるたびに学習し、また挑戦する
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2012/02/24 00:52
運河を埋め尽くさん数の土人形に包囲されたアリィーは多少驚きはしたが、すぐに冷静さを取り戻した。
数は多いが所詮土人形。水竜の攻撃は土などあっという間に崩壊させてしまうからだ。

「数が多かろうが、所詮は土の人形!恐れる必要はない!シャッラール!」

アリィーが水竜に呼びかけると、水竜は咆哮し、ゴーレムたちに向けて水流を放ち次々と崩壊させていく。次々と土に還っていくゴーレムたち。まさに水竜無双状態である。

「脆い!脆すぎるぞ!所詮はこんなものか!」

水竜によって蹂躙されていくゴーレムを見ながらアリィーは達也に向けて言い放った。
そう、どんなに力を得ようが、人間とエルフの実力差は歴然。それは誰もが認めるもの。
ハルケギニアにおいてはそれはメイジとそうでない者の実力差より遥かにはっきりしている常識である。
だからアリィーのこの発言は揺るぎない自信からくる発言である。そのはずである。
現に達也が出したと思われるゴーレムは悉く破壊されていくではないか。
数は多いが質は劣悪。所詮この程度。そう、この程度なのだ。
これは油断でもなんでもない。これが人間の限界なのだ。自信を持って断言できるはずなのだ。

ルクシャナは土人形の軍勢を蹴散らしていく婚約者の姿を見ていた。
戦いは数で決まるというがしかしながら戦力差としてみれば未だアリィーが有利である。
高らかに有利であることを叫ぶアリィーにルクシャナは誇らしさと呆れも感じた。
達也が復活した時は喜びの声をあげたティファニアや真琴も達也の劣勢に泣きそうな表情である。
だが、ルクシャナは思った。
本当に今の状況は、アリィーが有利なのか?いや、誰もが今の状況はアリィーが有利と言うだろう。
蹂躙されていく劣悪な耐久性のゴーレムと強力な水竜の差は歴然。加えて行使者の実力差も歴然ではないか。何を疑問に思う必要がある?現に達也は先ほどなすすべなく凍らされたではないか。いかに姿が変化しようとも達也が人間で、アリィーがエルフである限り、魔法勝負でアリィーが負ける筈がない。

そう、魔法の力で人間はエルフに勝てはしない。
虚無はエルフの魔法に匹敵はするものの、対策を練られたら人間はエルフに勝てない。
それがハルケギニアの現実であり常識である。
そう、魔法ならば勝てない。ただの魔法ならば。

「おーおー、折角の軍勢がゴミのようにやられてくなぁ」

「その程度の土人形では包囲しても無駄だな」

「ならいくらでも薙ぎ払ってくれよ」

「何!?」

達也がそう言って黄色にぼんやり光る刀を振るとアリィーと水竜の周囲にまたもやゴーレムたちが現れた。

「無駄だと言うのに!」

アリィーがそう言うと水竜が再び水流を放射する。
先ほどはこの一撃でゴーレムたちは掃討されていた。しかし、ゴーレムたちは今度は一斉に回避行動に移って行った。

「何!?避けた?」

「当たり前だろ?一度喰らった攻撃を簡単にもう一度ぼーっと立って食らう奴があるかよ」

「貴様の指示か!?」

アリィーが怒鳴るが、達也は何も答えない。彼の赤く染まった瞳は徐々に輝きを増すばかりである。

「シャッラール!薙ぎ払え!」

アリィーの指示で水竜は長い尾でゴーレムたちを攻撃した。
ゴーレムたちは避けれずに吹っ飛ばされていく。達也の周囲には吹き飛ばされたゴーレムたちが着水し、水しぶきがあがっていく。その数が多すぎてアリィーからは達也の姿が上手く確認できないほどになった。水竜の直接攻撃で続々とゴーレムたちは破壊されていく。更に追い討ちのように水流も放射されてどんどん土人形の数は減っていく。

「圧倒的だなオイ。水流を避けても直接攻撃が待つか」

「蛮族にしては小細工を使ったようだが、所詮は浅知恵だな!」

「そうだな。避けただけで満足しちゃいけないよな」

「何を・・・またか!?」

「そう、またさ」

達也が再び刀を振ると三度ゴーレムたちが出現した。
ゴーレムたちの手には石でできた剣が握られている。

「武器を持とうが!」

水竜の水流放射がゴーレムたちを襲うが、ゴーレムたちは回避する。
すかさず水竜が尾による直接攻撃に移ろうとするが、ゴーレムたちは微妙に距離を取り、その攻撃を回避した。尾が水面にたたきつけられる。

「だが距離を取っても無駄だ!」

距離があっても水流放射があるのだ。
だが、ゴーレムたちは水流が放射される前に一斉に水竜を包囲し、一斉に攻撃をする。
石の剣で水竜を攻撃するゴーレムたち。だが硬い鱗によって効果はいまひとつである。というか殆ど効いてない。

「ええい!邪魔くさい!」

水竜が水流放射を行い、近くのゴーレムを掃討する。
回避したゴーレムたちが包囲し攻撃する。効果はほとんどない。
水竜が身体を使って直接攻撃。おーっとゴーレムくん、ふきとばされたー!
回避したゴーレムたちが包囲して攻撃する。効果はほとんどない。
水竜が水流放射を行う。近くのゴーレムたちが消毒される。

回避したゴーレムたちのこうげき!こうかはいまひとつのようだ▼

水竜のアイアンテール!こうかは ばつぐんだ!▼

ゴーレムたちのいっせいこうげき! こうかはいまひとつのようだ!▼

「いい加減に消し飛べェェェェェェ!!!」

アリィーは水竜の水流攻撃に、ライトニングの魔法を同時に仕掛けた。
ゴーレムたちがその複合攻撃の前に消し飛んでいく。

「武器を持とうとも、シャッラールの固い鱗の前では無力だ!まだわからないのか蛮人!いかに挑もうともお前と僕では実力差が・・・」

「堅い防御だなぁ。流石はドラゴンか。片手剣程度では全然ダメージねーな」

「おい、まさか」

「はい、そのまさかです」

達也はまたも刀を振る。
そしてまたもやゴーレムたちが姿を現す。今度は石の片手剣のみならず、斧、大剣、槍に大槌を持った軍勢である。ゴーレムの軍勢は散開し、一度に水竜の攻撃を喰らわないように移動した。

「小賢しい!統率をとろうとその耐久性では!」

水竜が円を描く様に水流を放射する。
しかしゴーレムたちは回避する。そして接近し、各々の武器で攻撃をし始める。

『ゴォォ!?』

流石の水竜も少々ダメージを負ったらしく、呻いている。
ゴーレムたちは健気にそして一心不乱に石の武器を硬い鱗の身体に打ち付ける。斬りつける。突く。叩く叩く叩く。水竜も抵抗してゴーレムたちを吹き飛ばすが、ゴーレムたちの第二波が攻撃を開始する。アリィーもゴーレムたちを掃討するが、ゴーレムは次々とやってきて攻撃を加えていく。

「うっとおしい!」

アリィーが魔法でゴーレムを破壊する。
新しいゴーレムが攻撃に参加する。アリィーは詠唱を行う。
水竜が尾でゴーレムを叩き潰す。
新しいゴーレムが攻撃に参加する。水竜は呻きながら水流を発射する構えをとる。
アリィーと水竜が複合攻撃を行う。ゴーレムが消し飛ぶ。
新しいゴーレムたちが攻撃に参加する。
ゴーレムたちは一心不乱に、一生懸命に斬る斬る斬る。突く突く突く。叩く叩く叩く。打つ打つ打つ。
強力な一撃を受けて潰され、壊され、吹き飛ばされ、消し飛ぶ。

「近距離攻撃だけでは戦いは勝てないな」

などと達也が言い放ち、ゴーレムは更に現れる。
今度は拳大の石を持ったゴーレムと、弓矢を持ったゴーレムの姿がある。
石や矢が飛んでくることもあり、アリィーは詠唱に集中できない。

「くっ!どういう事だこれは!?」

魔法ならばとっくに魔力が枯渇しても良い規模のゴーレムをあの人間は生み出している。
それなのにゴーレムたちの動きの精度がどんどん良くなっているのはどういう事か。
アリィーの心中は既に焦りで占められている。婚約者の件で既に焦っているのに、目の前の異常事態にアリィーは吐きそうなほど気分が悪い気がした。

「もういい加減にしろ!今度こそ終わりだ!シャッラール!」

ゴーレムたちの細やかな猛攻など意に介さぬように水竜は細いが威力は折り紙つきの水流を達也に向けて発射した。

「お兄ちゃん!?」

『相棒!』

「タツヤ!?」

真琴、デルフリンガー、ティファニアの悲鳴がアリィーにも聞こえた。
達也は不意を突かれたのだろう、動けない。
終わった、アリィーはそう思った。
だがそれはフラグだよ馬鹿とでも彼を嘲笑うがの如く、達也は刀を両手で持ち、そのまま振り下ろした。
すると地中から今までのゴーレムの3倍はあるかのような巨大なゴーレムが現れ、達也の盾となるがの如く立ち塞がった。水流はそのゴーレムに命中し、ゴーレムはその威力で砕け散った。
無論、達也は無傷であった。

「仕留め損なったか!」

「頭を潰せばいいかと思ったな、イケメンさんよ。焦ってんのか?」

「黙れ!僕の優勢はまだ変わらない!」

「まだ・・・ね」

達也は邪悪な笑みを浮かべた。その目は爛々と赤く輝いている。
アリィーはその目を見て、達也が此方の焦りを見透かしているような気がしてならなかった。
いや、焦りだけではない。もしかして奴は此方の精神状態をすべて読み切ってるのではないか?
アリィーはそんなはずはないと自分に言い聞かせる。第一読心的な魔法をかけた形跡はない。かけられたなら気付くはずだろう。自分としたことが冷静じゃない。しっかりしろ。
戦いは冷静にならないといけない。混乱すれば勝てる勝負も・・・
アリィーが精神を整理していたその時であった。

「冷静になれば勝てる・・・エルフは人間より強いのにそんなこと考えてるのかい?」

「!!!??」

達也が嘲るような声でそう言ったのだ。
アリィーは整理しかけていた精神を再びかき乱されてしまった。
驚愕するアリィーの下でゴーレムたちに攻撃する水竜。ゴーレムたちは次々と吹き飛ばされ破壊されていく。

「あーあ・・・やっぱり一撃一撃の重さがなさすぎだなぁ・・・アリが象に攻撃してるようなもんだ」

破壊されていくゴーレムたちは黙々と水竜に攻撃をする。
達也はゴーレムたちと一緒に攻撃をしようとはせず、ゴーレムたちの動きを見守っているだけに見える。

「時たまチクリと痛がるけど結局その程度だしな。正直気が遠くなりそうじゃねえかこれ」

言ってる事は弱気そのものである。やる気の欠片もない。
アリィーは今まで達也の発言を次の小細工のため、何をしようか考えているのだと思った。
しかし、それならば何故声に出して言うのだ?考えてみればおかしいではないか。
次の戦法が予想できるような発言をして、一体何を考えているのだあの男は?
水竜の爪に引き裂かれるゴーレムを見て、「あー」と頭を抑える姿は何とも緊張感がない。

「・・・そういえば、俺言ったよな」

「何?」

思い出したように達也が口を開いた。

「無数の命がお前の相手だってな」

達也はアリィーを見据えながら静かに言う。
威圧感はない。底冷えもしない。だが不安は消えない。そんな声で達也は言った。

「その言葉に嘘はない。今お前は無数の命を相手にして、その命をゴミのように蹂躙している」

この男はいきなり何を言い出すのだ?こちらの罪悪感を増大させようと考えているのか?

「お前等が蹂躙した命は再び立ち上がり、どうにかしてお前等を打倒しようと今、頑張っている」

何だ?何が言いたい?

「何度も踏みつぶされ、消し飛ばされ、引き裂かれてもなお、立ち上がり、挑戦する」

お前は、何が言いたいんだ?

「俺はコイツらの命を使っている。こいつらの挑戦を見守っている。だから負けるたび俺も考える」

一体、どういう事なんだ!?

「こうすれば勝てるんじゃないか?こういうのをやってみたら?と考える」

アリィーはまさか、と思った。

「そして、伝える」

達也はそう言って刀を振った。

「アリィー」

アリィーの周囲の大地が盛り上がる。

「これが俺達の次の答えだ!」

大地から現れたのは水竜よりやや大きめの五体の巨大ゴーレムたちだった。
ゴーレムたちはそれぞれ石の棍棒を所持している。

「さっきまでがアリが象に攻撃しているような状況なら・・・こちらも象を連れてくればいい」

ゴーレムがそれぞれ棍棒を振りかぶる。
アリィーはそれを見てありったけの精神力を使い、電撃の呪文を完成させた。
自分でも驚くほどの速度である。彼の稲妻の呪文は二体のゴーレムを爆散させた。
同時に水竜も水の弾を吐き出し、ゴーレムを一体破壊する。

だが悲しいかな、ゴーレムはそもそも五体いたのである。
残り二体のゴーレムの攻撃は水竜の側頭部と腹部に直撃する。
よろめく水竜にゴーレムたちは更なる一撃を加えようと振りかぶる。

「舐めるなぁぁぁ!!」

アリィーは血走った目を見開くと再び稲妻を炸裂させる。
もう力は全て使った。だが、二体のゴーレムは破壊した。
水竜もほどなく回復するはず。あとはあのふざけた蛮人を何とかすれば・・・
アリィーは自分の勝利を信じていた。だが彼は失念していた。
達也が今までどこにいたというのかを。それをアリィーはすぐに思い出す。

「な、何っ!?」

回復しきっていない水竜と疲弊しきったアリィーの頭上には、何者かの影が見えた。
アリィーの目がどんどん見開いていく。その影の中、彼は見たからだ。
心の中を見透かされるような恐怖を煽る、あの赤く輝く目を。

「舐めていたのは・・・お前だよ!!」

達也の叫びと共に、巨人サイズのゴーレムが大槌を水竜の脳天に直撃させる。
一瞬ながら長い時がたった気がする。水竜は白目をむき、ゆっくりと水面に崩れ落ちた。
派手な水しぶきが立ち上がり、仰向けに水竜は運河に横たわる。
その様子を着地したゴーレムの上で見た後、達也は黄色く輝く刀に語りかけた。

「すっげぇ。マジで勝っちまったよ」

『言ったでしょう?エルフは根気がない奴が多いって』

刀から聞こえたのは女性らしき声。ただ、フィオとは違って落ち着きがある。

「でもまぁ、助かりました。ありがとう『シンシア』」

『どうも。私も久々にエルフに一泡吹かせることが出来て楽しかったわ。またね』

「ああ、ニュングによろしく」

ゴーレムから降りた達也がそう言うと、刀の輝きは消え、達也の外見も元に戻った。
達也が元に戻ると、巨人ゴーレムはもとの土となり、運河の中に消えた。
刀を鞘に納めた達也が次に見たものは、デルフリンガーを持ったティファニアと真琴が駆け寄ってくる姿であった。

「タツヤ!!」

「お兄ちゃん!!」

『相棒!おでれーた!俺は本当におでれーたぜ!』

「おお、お前ら」

達也がティファニア達の方へ歩みを進めようとしたとき、急に足の力が入らなくなった。

「おお?」



いかん、このままでは倒れるかもしれない。
俺は足に力を入れようとしたが、どうもうまくいかない。
しかし俺は気付いた。このまま倒れこめば俺はテファに受け止めてもらうパターンに入るのではないか?
うん、あれだよ。真琴でもいいけど、真琴は小さいから受け止めれない。
その分テファなら大丈夫。上手くいけば抱きとめられてすっごくオイシイ思いをするんじゃねえ?
うん、仕方ないやんか。実際足に力が入らんのよ。軌道修正とか無理だから。
そう、これは不可抗力なのだ。不可抗力に違いない。
テファ、うまく俺を受け止めてちょーだい!


しかし達也は失念していた。
確かに目測ではテファの胸に飛び込むことが出来るが、彼女は既にデルフリンガーを持っていたのだ。
哀れ達也は顔面から堅い鞘に突っ込み、停止した。
そして可憐な妖精の様な爆乳少女の前で、額から血を出しつつ、前のめりに倒れ伏すのである。

「タ、タツヤ!?」

「お兄ちゃん!?」

『何と不憫な・・・』

『相棒・・・その・・・何だ、すまん』

「儚い夢だった・・・」


顔を血で染めながら、俺はまた一つ深い悲しみを背負ったのだった。


【続く】



[18858] 第168話 人間を続けたいなら僕らと契約してよ!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2012/05/11 15:41
閃光に包まれたその時、達也は『声』を聴いた。
一瞬の出来事であるが、達也には長く感じた。
その声は妖精の美少女の声ではなく、落ち着きがありながら、どこか茶目っ気のある懐かしい声だった。
光の中で自分の身体に変化が起こる。
皮膚がどんどん鉄の色になっていく。口の中が、唾液が鉄っぽい味で満たされる。
しかし不安はどんどん消えていく。心に宿るは安心感。
そしてその『声』ははっきり聞こえた。

『お久しぶりね、達也くん』

自分が握る刀からその声はした。

「その声は・・・」

『覚えてるかしら?』

「ニュングの嫁さんの・・・シンシアさんだっけ?」

『あらあら、そんなにお似合いに見えたの~?』

微妙にウザかった。

『惚気は後にして、とりあえずあのエルフの坊やを倒したいの?』

「ああ」

『なら、任せなさいな。お姉さんの助言でエルフの青二才の度肝をヌいてあげましょ』

何かニュアンスが可笑しい気がしたが、アリィーを何とかしたいのは達也も同意である。
あのイケメンを倒すならダークエルフの知恵は必要かもしれない。

『今の貴方の味方は私と、この大地。それだけで十分よ。そしてその大地の力がこの氷を砕いてくれる』

喋る刀(シンシアVer)がそう言ったと同時に目の前で氷は砕けていった。
俺も驚いて声を上げそうになったが、シンシアは続ける。

『先ずは精神戦ね。達也くん、あの御嬢さんに挨拶しなさい』

アリィーに集中しなくていいのか?

『ここであの坊やに集中すれば、氷を砕いたことでいっぱいいっぱいだと思われるわ。それは坊やを調子づかせることになる。それは面倒なのよ。だから同行しているあのハーフの御嬢さんに声をかけて余裕であるポーズを見せなさい。それにあの御嬢さんも貴方を心配してるだろうし!』

「・・・・・・・・・」

俺は目を丸くして此方を見るアリィーから視線を外し、頬が涙で濡れているティファニアの方を向いて言った。

「テファ、安心しな。護るって言ったろうよ?」

「ああ・・・タツヤ・・・」

・・・くっせえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!自分で言っといて何だがこのセリフ臭すぎだろ!!?
なんかテファの顔を直視するのが恥ずかしかったので、隣にいた真琴にはサムズアップだけしといた。
真琴はそれだけで満面の向日葵畑のような笑顔になってくれた。

『合格です。次ですね。良い?達也くん。あの坊やは簡単に言えばこのあたりの精霊と友好関係を結び共同で貴方をフルボッコにしようとしているわ。ここは理解可能ね?』

理解できないと言ってる場合じゃないし、理解するしかないだろ。
アリィーはエルフで精霊魔法の使い手。人間からすれば精霊と手を組んでると言ってもいい。

『ですが今の達也くんの状態は特殊です。詳しく説明する暇はないけど、あえて説明をするなら、地の精霊は今、達也君に寝取られちゃったの。大人になるって悲しい事よね』

俺は火竜山脈で見た引き籠りの地の精霊を思い出した。
あの時は一応女性型・・・元々はアリィーの味方・・・アリィーの女・・・それを寝取った?

『ま、エルフは精霊は自分たちに力を貸すのがもはや当然とか思ってそうだからね。普通に共存したいならそもそもこのあたりの精霊の力を全部奪う形で行使する必要ないし』

俺の方がマシに見えたとか?

『そりゃ精霊も精霊石持ってる方を優先するわよ。何となく持ってるようだけど、精霊から直接もらったんでしょ?それ』

ん?王家の宝石とか風石とかとは違うのこれ?

『全然違うわよ。精霊が直接渡す精霊石は精霊の半身と同じ。いわば自分の身を渡したと同義よ』

それは一体どういう事なんでしょう?

『エルフやその道の研究者が聞いたら呆れるわね。その精霊石は貴方と精霊の橋渡し的なアイテム。いわばエンゲージリングみたいなものね。何か気に入られるような事でもしたの?』

土は知らんが、水の精霊にはアンドバリの指輪を返却した覚えがあるが。

『間違いなくそれね。精霊が生み出したアイテムは人間にとってもエルフにとっても希少。それを真面目に、それも人間が返却したことが水の精霊は感動をしたんでしょうね。エルフは長命でしかも約束は【いずれ必ず】守る種族だから精霊は一定の信頼を置いて精霊魔法の行使に力を貸してるけど、人間は特殊な人間が風石などの裏ワザを用いなければ似たような魔法は使えない。人間は短命だし欲深いから精霊のアイテムを返さないというのが精霊達の中で思われていたのに、今回貴方があっさり返したから例外もあるとして誓いと友好の証を授けたのでしょう』

風の精霊を止めて世界を救えなんて言われましたが。

『その期待に応えたら精霊達は貴方にかなりの信頼を置くでしょうね。精霊に近いとされているエルフですら、約束を反故にすることが結構多いんだもの、同じ人間が困難と思われる頼みごとを遂行してくれてるのは精霊には新鮮な気分でしょうね』

そういうもんかねぇ・・・?

『今の達也くんはエルフみたいに『契約』をして精霊の力を行使するというこの世界の常識を完全に無視して精霊の力を使える状態なのよね。私が存命だったころに人間で無理矢理精霊の力を行使しようとした阿呆がいたみたいだけど、大抵、結果は何も起こらないか、精霊の力がその人間を蝕み、狂人状態になっていたわ。あ、そうそう。私の旦那も精霊の力を借りてた時があったけど、流石に正式な契約をしてたわ。ま、彼一人じゃ契約なんて無理だったし、ダークエルフである妻の私の内助の功で契約できたってもんよ』

惚気はいいから。
話を聞く限り、俺の今の状態はよろしくないのか?

『逆よ。大変宜しいわ。何たって貴方は精霊に助けも何も求めていない。よって今の状況や、吸血鬼との戦いのときの変化は、この世界の精霊が『勝手に』貴方に力を貸している状態なのよ』

・・・力を貸してくれるってのは正直有難い。
物語の主人公さんならば、自分の持つ力を発揮し、ほぼ一人でテファを助けてしまうんだろう。
たった一人で。頼もしい姿を美少女に見せて。
それはヒーローとしてなら素晴らしい。まさに絵になる光景だ。
俺にそのような主人公補正がついていたら愛里は助かってたんじゃないの?

分かってる。そんな地上最強の生物まっしぐらの王道補正は俺にはない。

『達也くん・・・弱いのが悔しい?』

笑いたきゃ笑えよ。

『・・・・・・』

それにアンタの話を聞いて自信がついたんだ。

『え?』

今は刀と化しているシンシアが意外そうに言う。
その時、呆然としていたアリィーが口を開いた。

「だからどうした!氷を砕いたところで、貴様に何ができる!?」

『あの氷を砕くほどの能力があるとは考えないのかしらね?達也くん、今の貴方の身体は地の精霊の加護を凄く受けてるわ。生半可な攻撃は耐えれるし、打撃系の攻撃も手とかが硬化してるから・・・聞いてる?』

シンシアの声は呆れるような声だった。
しかし今の俺にはそれさえも遠く聞こえる。

叫びが聞こえる。
何を言っているのかは知らない。でも叫び声なんだ。
この耳に、肌に、魂に、その叫びは俺に何かを訴える。
この叫びは決して俺を応援するようなものではない。
かといって俺に対して向けられたものでもない。
この叫びは・・・この叫びは・・・?

―――オオオオオオオオ・・・・・・
―――アアアアアアアアアアア・・・・・・
―――ウウウウウウウウウウウウ・・・・・・・・

耳を塞ぎたくなるような負の思念が俺の身体に流れ込んでくる。
なんだ?この不愉快な叫びは・・・?
何だこの声は?この声を出してるのは誰なんだよ?

―――!!!?

突如叫びが止んだ。
同時に不愉快な気分も薄れてきた気がした。
だが、その直後、俺は確かに声を聞いたんだ。

―――我々の声が聞こえたのか?

え?

―――聞こえているのか?我らの、忘れられた『声』が。


忘れられたって・・・どういう意味だろうか?

―――どうやら聞こえているようだな、貴様には。

アンタは誰だよ。

―――我々は貴様等が虚無と呼び、名を無くし、世界に『忘れられた』精霊だ。

名無しの精霊?

―――火、水、風、土・・・四大の属性の精霊はその存在が認められたというに、我々は存在をなかったことにされた。今より、遥かに、遥かに古の話だ。その長き年月の中、我々の力を応用し始める者も現れた。そして、我々の本来の力を行使する可能性を持った者も・・・。だが、それでも我々は本来の名を取り戻すことは出来なかった。今まで我々の声を一端でも聞けたものは5000年前に一人存在した程度。その者ですら、我々の叫びの真意にはたどり着けなかった。独自の解釈をしていたからな、あの飄々とした人間は。だが・・・お前は奴よりはっきりと我々の声が聞こえているようだ。

姿は見えないが、その声には期待が込められているように感じた。

―――成程・・・お前は奴と違い、直接我々の力を行使できる者ではないようだ。それに今のその姿・・・何者かとの契約による副産物とみえる。

俺の脳裏に残念な美少女の半泣き顔がよぎった。

―――先天的に資格を有さず、後天的に無理矢理その恩恵を受けた者が、我々の声を聞くか・・・面白き事だ。貴様、面白いぞ。

ここで俺はこの声の主が1人ではないことに気付いた。
『我々』と言っている時点で気付いても良かった。

―――既に忘れ去られた我々と契約しようとする者は人間にもエルフなどにも存在しない。一抹の期待をこめて先天的にお前たちが言う『虚無』の者が我らに気付くか待っていたが・・・とうとう1人その域に達したのみ。

―――それから5000年、我々は未だ忘れられたままだ。 

・・・何が言いたいんだよお前らは結局さ。

―――貴様、我々の力を借りないか?

はあ?いきなりなんだよ?押し売りか?後でデカい請求とかあるんじゃないか?

―――我々はただ、自らの存在を世界に蘇らせたいだけだ。お前にはその宣伝をしてもらいたい。

精霊の分際で目立ちたがり気質かよお前ら!?

―――もう虚無や、四大の派生扱いは我々も止めてもらいたいのでな。

・・・変な扱いされそうなんだが。

―――世界に住まう精霊属性が4つしかいないと勘違いしている方が可笑しい。

―――確かに我々は四大より劣る存在やもしれん。地味なのかもしれん。だが、我々は存在している。

・・・地味だから派手に生まれ変わりたいと?

―――それもある。

・・・俺の意思を確認しに来たのは何故だ?

―――貴様の今の状態は、四大の精が勝手に力を貴様に流し込んでいる。そのような状態で貴様は力を使いこなせるとは到底思えん。いずれ貴様の自我は飲み込まれ、精霊と化すだろう。精霊が一方的に力を与えるというのはその者を気に入り、取り込もうとするということだ。今はその紋章のせいで進行は遥かに遅れているが、貴様の今の身体は通常の人間からはやや逸脱してしまっている。精霊寄りになってしまっていると言えばいいか。

精霊に・・・俺が?でも今の状態は精霊化じゃないか?

―――それは説明しづらいが・・・すべてはその紋章の効果であろう。今のお前はその紋章によってかろうじて精霊化の進行を食い止めている状態なのだ。

でも一方的って・・・俺は水の精霊からも土の精霊からも宝石を貰って認められたと思ったんだが。

―――精霊石は精霊の身体の一部。直々にもらったという事は、確かに信頼はされているのだろうが、それは正式な契約ではない。しかもお前はそれを通じて紋章の力とはいえ、精霊化までしてしまった。その際に歪な状態になってしまった。

―――通常は精霊石の力を媒体に魔法を行使する。それだけならば何の問題はない。しかし精霊化するという事はその力を直接取り込んだということだ。

・・・話が長くなりそうだなぁ・・・もっとわかりやすく説明をしてくれ。

―――では説明しよう、貴様にもわかりやすくな。

偉く親切なことである。

―――つまり、元々四大は精霊石を駆使してもしくは何らかの形で利用し、他の精霊への身分証明、そして現在不安定な風の精霊の安定を図ってもらいたいと考え、貴様に精霊石を譲渡したんだろう。確かに水、火、土の三大の力があれば風を抑えることも可能であろう。だがそれは貴様にその力を行使できる仲間がいることを、四大が知っている事が前提にある。精霊石を渡したという事は、少なくとも精霊がお前の近くにそういう者がいると感じたからなのだろう。

確かに土ならギーシュ、火ならキュルケ、水ならタバサやらが使えそうではあるが・・・

―――精霊はお前自身ではなく、お前の周りにいる仲間たちと共に風の精霊を止めてほしいと思っていた。が、ここで誤算があったのだろう。お前のその2つの紋章だ。

ルイズとの契約によってつけられた紋章と、フィオが死に際の執念でつけた紋章のことである。
俺の両手に宿る二人との契約の紋章は今、輝いている真っ最中であった。

―――1つだけであれば精霊化などしなかったであろう。ただ、2つだけであっても精霊化などしない。いや、普通はしない。人間が精霊化するなど、それこそ精霊石ではなく精霊との契約を経て、精霊との融合でもしない限り不可能だ。だが、貴様は精霊化をしてしまった。

―――信じられないが、信じることはできないが、お前のその紋章は積極的にお前を生き延びさせようとしている。まるで意思のあるかのように。

俺はフィオがつけた紋章を見た。俺を視線を向けたのと同時に紋章は輝きを増した気がした。
5000年以上生きて、ただ俺に逢うために、俺を護るためにその命を終わらせたダークエルフ。
死んでも憑りついて俺を護るあの馬鹿は、死ぬ直前に俺に呪いをかけた。

―――隷属の証である筈の紋章・・・だが貴様のその紋章にはその紋章をつけた者こそが貴様に永久の隷属・・・否、貴様たちの言葉で言えば愛情を証として残したように感じる。

あの女・・・俺にマーキングして死にやがったのか。なんて女だ。
俺はフィオの紋章を恨めしそうに見た。紋章は3回ほど点滅した。おのれ、してやったりというわけか。
そういう執念を持ちながら、俺の童貞を奪えんとは、流石は俺の鋼の意思と評価をせざるを得ない。
そう考えた瞬間、紋章がチカチカと激しく点滅し始めた。ククク・・・哀れなりフィオ!貴様の執念は俺の一途な意思に見事に阻まれたということだ!ウエッヘッヘッヘ!どうだ悔しいか?アーッハッハハハ!

―――何が要因かは知らんが、とにかくその紋章はお前の意思に反応し、精霊石を介して無理矢理精霊の力をお前に流し込み、お前を精霊化させた。その際に精霊からお前への直接の繋がりが出来たのだ。

だからと言ってそれで何で精霊がお気に召して、俺を精霊にしようとすんだ?

―――非常に言いにくいが、『無理矢理』というのが不味かった。

―――通常は何らかの形で『契約』を交し、何らかの『媒体』を通じて力を行使することでエルフや人間は精霊の恩恵を受けている。簡単に言えば合意の上で代わりを産みだして、そこから力をあげているのだ。エルフも人間も、使える力は決まっている。精霊からすれば痛くもかゆくもない。まあ、やたらに力を行使され迷惑がっていることも多々あるし、今の風の精霊の暴走も原因はそこにあるからな。しかし、お前の場合は前代未聞のことだった。

え?何か俺はしちゃったの?

―――お前はその媒体を通じてとはいえ、いきなり本体から力を頂いてしまった。

―――俗っぽい事を言えば、今まで純潔を頑なに護っていた乙女を貴様が●●●してしまったのだ。

……What?あんたらはなんばいいようとね?●●●?日本語っぽくすると●●?あ、やっぱ隠れる。これじゃ何のことかわかんねーじゃないか・・・でも、それじゃ逆に恨まれないか?

―――さらにわかりやすく言えば、今のお前はその後『責任を取れ』と言われ異様に懐かれている状況だ。

それ、なんて都合のいいエロゲ?

―――貴様、大したものだな、精霊に●●●同然のことをした挙句、その精霊に責任を取って貴様自身も精霊になるように工作されるとは。

●●●した精霊はヤンデレ風味でした、死にたい・・・ってどこの鬼畜最低主人公だ!それに俺は童貞だ!●●●した事実などない!

―――まあ、その様な力を得た以上、認知しろということだ。さて話を戻すぞ。お前の意思を確認する意味。簡単な事だ。これより我々はお前と正式に契約を交わしたいという意味だからな。

―――我々の声を聞けるものなどこれより先にいるか分からん。その間また忘れ去られることになるだろう。これは我々にとって存在を取り戻す好機なのだ。貴様と契約するのならば、な。

―――正式な契約ならば、お前が精霊化するようなことはない。 

―――正式な契約ならば、我々はお前の望む限りで力を貸す。

―――さあ、選べ、我が声届きし人間よ。我々の要望を受け入れるか。

―――我々の名を世に放つか。答えてくれ。

質問するけどいい?

―――認めよう。

寿命が縮まるとか、不幸になるとかのペナルティとかない?

―――性質上弱点はある。しかしそれは相性での話。そのような難点は正式な契約上起きない。

―――もし起きても、それはお前自身の性質だ。

・・・何で俺はアンタらの声が聞こえるんだろうな。

―――まず、お前のその紋章からは『虚無』の力が放たれていること。それで尚且つ精霊化という通常ありえない形になっていること。そしてこの地にはエルフ達によってすごく消費されている精霊の残骸が漂っており、我々の叫びが通りやすかったことがあげられる。

―――すべては運命・・・というには陳腐だろうな。通常は虚無の力を先天的に宿している者でも限られた者だけが声を聞けたのだ。だから・・・貴様は特別だったんだよ、おそらくな。

・・・いろんな奴のせいで特別になってしまった気がするが・・・ええい!また姿が変わるとかないよな!?

―――その姿は四大が優先される。姿かたちは変わらんよ。

ならば契約成立だ、忘れられた精霊達!

―――賢明な判断だ。ならばこれより我らは貴様に手を貸す。我は石の精霊。土に近き虚無の精だ。

―――私は古の精霊。火に近き虚無の精。お前の名を教えろ。

俺は因幡達也。認めたくはないけど・・・ただの使い魔だ!

名乗りを上げた瞬間、身体が熱くなる。
だが、外見上は全く変わらない。時間はどれくらいたった?ずっとぼーっとしてた気がする。

『達也くん?聞こえてる?もしもーし?』

シンシアの声が耳に入る。
目の前には俺を睨みつけるアリィーの姿。

『達也くん、ここは耐久力と上がった攻撃力を活かして接近戦を・・・達也くん?』

「ああ、アリィー、お前の言うとおりだ。俺一人じゃまたその水竜に蹂躙されちまうだろうな。しかもお前はこの辺の精霊と『お友達』ときたもんだ。大変だなこりゃ」

「その通りだ。このあたりの精霊は僕が・・・何!?」

アリィーが驚愕の表情を浮かべた。恐らくこのあたりの精霊を支配しているのが自分だけではないと分かったのだろう。エルフ達は虚無の力を悪魔の力とみなしている。その力は使わない。ならば残りの四大精霊の力のうちの土の力を俺に奪われたことに今、気付いたのだ。

そして、今の俺は土の力だけでは成しえないことを行なう。
一人では勝てない。そう思うが故の力。
友が決闘の際に見せたあの『魔法』。
ギーシュ、お前の戦い方、参考にさせてもらうぜ!
俺は刃先に、地に意思を念じた。俺が今、地の精霊であるなら!
俺に今、新しい力が宿っているというのなら!
この大地が命が育まれる場だというのなら!
俺はその命を利用してやる!

体内の熱が喋る刀に集まるのを感じた。

「教えてやるぜイケメン!友達ってのは、たまに裏切ることもあるんだぜ!」

らしくもなく叫んで俺は刀を振った。

『達也くん!?この力は・・・??』

自分の目の前から続々と湧き出る土色の分身。傍目からは無数のゴーレムを呼び出したと錯覚するだろう。それだけなら、シンシアは俺に何をしたのかと言わなかったのかもしれない。

「大地は全ての命の還る場所・・・無数の命が貴様の相手だ!アリィー!!」

そう言い放った俺に、シンシアは呟くように言った。

『まさかこのゴーレムたちの素体は・・・』

「この大地に眠る死者たちの残骸・・・ぶっちゃけ遺骨さ。見ろよ、エルフがいる地にこんだけあったぜ」

運河を埋め尽くさんとするような数の土の屍人形。
しかし今は蘇ったばかりで少々動きが鈍い。アリィーはそんな存在を水竜とともに蹂躙していく。

「おーおーせっかくの軍勢がゴミのように」

『しかしこれは相手への精神ダメージが大きいわ。達也くん、時間差で作り出すことはできる?』

「わかんねえけど・・・やれるかな」

『ついでにできるようであれば、ゴーレムたちに命令を送ってみて』

「あいよ」

しかし戦いに関してはプロではない俺だ。やられるたびに避けさせたり、石の剣を持たせたり、遠距離攻撃をさせたりする工夫をしてみたが、どれも水竜に蹂躙されるだけだ。武器を変えてみても無駄か・・・

『連携を取ってみたら?さっきも言ったけど時間差攻撃はやられる方はきついわ』

「じゃあ、波状攻撃でもしてみるか」

そういうわけで波状攻撃をしてみたが、アリィーも切れて俺に向けて攻撃してきた。
しかしゴーレムを盾にすることで難を逃れた。
明らかにアリィーはイラついている。

「仕留め損なったか!」

「頭を潰せばいいと思ったか?イケメンさんよ。焦ってんの?」

『挑発としてはいいわよ』

「黙れ!僕の優勢はまだ変わらない!」

「ほう、まだ・・・ね?」

『かかったわね。達也くん、今あのエルフはもしかしたら負けるんじゃと感じ始めてるわ。ココを逃すことは無くってよ』

シンシアのアドバイスを聞き俺は、出来る限り嘲りを込めてアリィーを挑発した。

「冷静になれば勝てる・・・エルフは人間より強いのにそんなこと考えてるのかい?」

「!!!??・・・貴様ぁぁあ!!!」

驚愕するアリィーの下でゴーレムたちに攻撃する水竜。ゴーレムたちは次々と吹き飛ばされ破壊されていく。

『とはいえ、このままでは泥仕合ね』

「あーあ・・・やっぱり一撃一撃の重さがなさすぎだなぁ・・・アリが象に攻撃してるようなもんだ」

『そう、攻撃力が足りなすぎるわ』

「時たまチクリと痛がるけど結局その程度だしな。正直気が遠くなりそうじゃねえかこれ」

『小さくても攻撃してるのは変わらないわ。さあ達也くん、じゃあどうすればいいかお分かり?』

無論、分かってるな?みたいに尋ねるシンシア。
ここで分かんねえと言ったらただのアホだ。
小さくて効果が薄いなら・・・大きくなればいい。

「そういえばアリィー。俺は言ったよな?」

「何?」

「無数の命がお前の相手だってな。その言葉に嘘はない。今お前は無数の命を相手にして、その命をゴミのように蹂躙している。お前等が蹂躙した命は再び立ち上がり、どうにかしてお前等を打倒しようと今、頑張っている。何度も踏みつぶされ、消し飛ばされ、引き裂かれてもなお、立ち上がり、挑戦する。俺はコイツらの命を使っている。こいつらの挑戦を見守っている。だから負けるたび俺も考える」

残骸と言えど命だ。散らされまくりは哀れであり、残骸元も報われまい。
ならば一度ぐらい一矢を報いさせてやろうではないか。そのために考える。

「こうすれば勝てるんじゃないか?こういうのをやってみたら?と考える。そして、伝える。アリィー、これが俺達の次の答えだ!」

巨大なゴーレムたちがアリィーを取り囲む。

「さっきまでがアリが象に攻撃しているような状況なら・・・こちらも象を連れてくればいい」

『ま、70点ってところね』

「え?」

次の瞬間、二体のゴーレムが爆散した、ってええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?んなのアリか!?

『相手はエルフよ。大きさの優位でも勝ち誇っちゃダメ。次の布石を打つべきよ』

目の前で更にゴーレムが破壊される。血走った目で叫ぶアリィー。これがエルフの本気か。
なら、手段は選んでおけない。俺は自分が乗っていた巨人サイズの土の屍人形に命令した。

「思いっきりジャンプするぞ!」

その瞬間、俺と屍は飛翔した。
眼下ではゴーレムたちが全滅するのが見えた。

「舐めるなぁぁぁぁぁぁあ!!!」

叫ぶアリィーの姿。ごめん、ちょっとだけ舐めてた。
俺はアリィーに内心謝り、刀の柄を握りしめた。
そして竜の脳天を見据えて叫んだ。

「俺以上に相手を・・・舐めていたのは・・・お前だよ!!」

『振り下ろして!』

シンシアが叫ぶと同時に竜の脳天に振り下ろされるゴーレムのハンマー。
一瞬ながら長い時がたった気がする。水竜は白目をむき、ゆっくりと水面に崩れ落ちた。
派手な水しぶきが立ち上がり、仰向けに水竜は運河に横たわる。
ここに、勝敗は決した。
俺は息を吐き出して心から言った。

「すっげぇ。マジで勝っちまったよ」

『言ったでしょう?エルフは根気がない奴が多いって』

「でもまぁ、助かりました。ありがとう『シンシア』」

『・・・どうも。私も久々にエルフに一泡吹かせることが出来て楽しかったわ。またね』

「ああ、ニュングによろしく」

巨人型屍人形から降りて、俺はシンシアに礼を言った。
シンシアは消えて、俺の姿も元に戻った。
後で見たのは駆け寄ってくるテファと真琴の姿であった。
何か今日は凄い疲れた。俺はそう思いながら真琴たちに笑顔を向けるのだった。



・・・と、ここまでは覚えてるのになぜかその後の記憶がない。
何かいい思いをしそうになったのにできなかったような気がする。
今、俺はどうなってるのかというと、運河を疾走中の小舟の上でテファの膝枕で横になってる・・・ようだ多分。多分って何故か?俺の視点からじゃ胸が邪魔で顔が見えんからだ。

「タツヤ・・・頭は痛む?」

「この声がどこから響くのかは俺には皆目見当がつかん」

「お兄ちゃん・・・テファお姉ちゃんだよ、忘れちゃった?」

「おお、真琴の姿は分かるが、テファの顔は見えんぞ」

「相棒・・・お前さん、世の童貞どもから呪い殺されるような状況なんだぜ・・・」

「デルフ、甘いな。かくいう俺も童貞でな。同族の呪いなど俺には効果がないのだ」

「オメエの性事情なんて聞きたくなかったよ」

「あら、貴方達ってそういう関係じゃなかったの?」

意外そうな声で言うのはエルフの女性、ルクシャナである。

「そういう関係に見られるのならば男にとって大変名誉だが、違うんだな。で、この舟って今どこに向かってんの?」

「旧い友達のところよ」

場所を聞いてもついてからのお楽しみとほざいたこの女は立場上、エルフの裏切者ではないのか?

「ま、なんとかなるわよ。それに私、シャイターンの門に何があるのか興味でてきたし。これから先はほとんどノープランだけど、ま、仲良くやりましょ」

あっけらかんに言うこの女を同行させて大丈夫なのだろうか?
ひとまず一応の同盟成立という事だ。無下にはしないでおこう。
俺との握手を終えるとルクシャナはテファの方を向いた。

「あなた、いろいろ言われてきたと思うけど、私は貴女を羨ましく思うわ。蛮人との混血とかロマンチックじゃない」

「そ、そう?」

「ええ、エルフ達の非礼はお詫びするわ。でもほんと貴女の胸は凄いわね・・・蛮人の血が混ざるとこんなになちゃうわけ?」

ルクシャナは目を細めると、テファの胸をはっしと掴み、ぐりぐりと捏ね回した。

「ひう!あう!やめて!やめて!?」

俺は即座に真琴の手を引いて恐らく初めて見るであろう生のイルカを指差した。

「真琴、水族館のガラス越しじゃないホントのイルカだぞ~、凄いなぁ」

「お兄ちゃん・・・テファお姉ちゃんが」

「見てはいけません!あれはR15的映像なんだ!お前にはまだ早い!」

「タツヤぁ~!助けてぇ~!!」

「ほれ、相棒。嬢ちゃんを守るんじゃなかったのかよ」

「アレは科学者特有の未知への探求心だ。人類及び生物の発展のために協力を惜しまない姿勢を俺は取っているんだ!」

「だが、見たいだろ正直」

「当たり前じゃぁ!!しかしここには年端もいかぬ娘もおるんや!ここで俺が欲望を解放したら示しがつかんのや~!!」

「真琴ちゃん、お兄様はティファニア嬢を助けねばなりません。私達は邪魔しないようにイルカを鑑賞しましょう」

「うん、オルちゃん先生」

喋る杖が俺の退路を断ってしまった。
俺はおそるおそる後ろを振り向く。ルクシャナはすでにテファの後方から胸を鷲掴みにしてこねくり回していた。

「ひ・・・う・・・や、やめ・・・ゃぁ・・・ふぁぁ・・・」

艶めかしい吐息と紅潮した頬。涙目で身をよじるテファの姿。
見、見た!?見てしまった・・・!!?
カ、カメラは!?カメラはないか!?携帯は・・・電池切れかクソっ!!?

「た・・・・・・タツ・・・ヤぁ・・・たす・・・け・・・ひゃあん!?」

身震いするテファを見て俺は言葉を失いそうになった。

落ち着け因幡達也。テファは清純キャラだが実際の純潔はあの悪夢の学園での事件で散らしちまってる!つまりは経験済みの偽・清純キャラ!・・・・・・あれ?そっちの方がエロくねえ?っていうかテファって胸が性感帯なんだな、参考になるって何考えてんだ俺は!?

「ルクシャナ!やめるんだ!」

「何よ、私はただ、知的好奇心を・・・!」

不満そうに言うルクシャナに俺は言った。

「それは知的好奇心ではない!無い物ねだりによる嫉妬だ!!」

「何ですって!?このもやもやした感情は知的好奇心ではなく嫉妬だというの!?」

「その通りだ!俺は知っている!無い物ねだりをしてもはや女というカテゴリをぶち壊した哀れな女を!お前はそんなダークサイドに行ってはいけない!」

「あ、貴方って人は・・・!ついさっき同盟をした私を案じるというの!?」

「フッ・・・俺たちは共犯者だろ?」

サムズアップした俺を見て、ルクシャナはテファの胸から手を放す。
解放されたテファは俺のもとにすり寄って涙目で言った。

「やっぱりわたしの胸っておかしいのかな・・・」

そのデカさはおかしいと言いたいが、そう言ったら泣くので俺は答えた。

「テファは魔性の女ってことさ」

「ま、魔性?」

「それほど魅力的ってことだよ。ま、自信持ちなって」

「タツヤ・・・」

あかん。また余計なフォローをしてしまった気がする。
俺は潤んだ瞳で俺を見つめるテファから視線をそらすのだった。





一方その頃、エルフの里に向かうガンジョ―ダ号では。

「ふぁ・・・ふぁ・・・びゅえっくしょおおおおらあああ!」

豪快すぎるくしゃみの後に何故か気合いを入れたルイズの姿があった。

「うおっ!?汚いよルイズ!?」

決戦に赴くために新調したマリコルヌのローブは哀れルイズの鼻水と唾まみれになった。

「全く・・・風邪でもひいたの?」

キュルケが呆れたようにルイズに言う。

「んー、体調に不調なところはないのになぁ・・・」

「誰かが噂をしてるんじゃないか?」

レイナールが言うとルイズは目を輝かせて言った。

「きっとマコトだわ!きっと『ルイズお姉ちゃん、さみしいよォ・・・』などと私を求める声が届いたに違いないわ!嗚呼、待っててねマコト!私はエルフを殲滅しても逢いに行くから!」

「もはや手遅れね」

「今に始まった事じゃないだろう・・・」

「・・・そうね」

キュルケとレイナールは頭を抑えた。
タバサはレイナールの意見に同意し、ルイズの奇行を眺めている。
ルイズの様子を見ながら、苦笑しつつギーシュが言った。

「大方、タツヤが君の悪口を言ってるんじゃないか?」

そう言った瞬間、ルイズの動きが止まった。

「おのれぇぇぇタツヤ!!私のいないところで陰口とは何と器の小さな男に成り下がったの!?そんな貴方にマコトの教育は任せられないわ!次に姿を見たら私直々に息の根を止めてやる!覚悟することね!」

胸も妹も気品もない妹を見て、姉であるエレオノールは涙が出そうになった。
その近くではエルザが「馬鹿じゃない・・・」と呟いていた。
その傍らに立っていたシエスタはただ一人祈っていた。

「ティファニアさん、マコトちゃん・・・・・・タツヤさん・・・御無事で・・・無事でいて・・・」

少女は祈っている。何処かで彼と繋がっているであろう、空に向かって。
少女はただ、彼の無事を空で祈っていた。


そして陸でも―――

「タツヤさん・・・薄情とは分かっています・・・でも・・・せめて生きて帰って・・・」

一度想い人を亡くした少女もまた、祈っていた。
始祖ブリミルの像に。そしているかもわからない神様とやらに。
一国の王女である彼女も祈るしかなかった。


一人では戦えない。
彼が、そう言っていたから。
せめて、思いだけでも彼の力になりたい――――
想いだけでも、届けたい。

あなたは一人じゃない。ひとりになんかさせない。

「首を洗って待ってなさい!タツヤ!!」

天に向かって叫ぶ馬鹿な少女もまた、彼の無事を信じているのだ。

「死ぬ事は容易に選択できないな。僕も、君も。なあ、タツヤ」

どこかにいると信じている親友に向けて、ギーシュは笑みを浮かべて呟くのだった。



(続く)






[18858] 第169話 貴様のような童貞などもげろ!いっそ●ね!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2012/09/02 11:49
エルフの国ネフテスの首都を脱出した達也たちは、イルカが引く小舟で航海中である。小舟の上ではティファニアと真琴が寝息を立てている。今起きているのは達也とルクシャナだけである。
日はすでに落ち、夜の海を照らすのは双つの月だけである。夜の海は、月明りで満ちて、さざ波に反射して銀色に光っている。
ティファニア達が眠ってから静かになった。達也とルクシャナは彼女たちが寝てから一言も会話をしていない。波の音だけが彼らの耳に入るだけだ。村雨もデルフリンガーも軽口を叩かず黙ったままである。

互いに無口ではない二人である。こう沈黙が続くと何だか気まずい。
全然警戒していないわけではない。達也からすれば、自分たちを襲ったエルフのアリィーの婚約者がルクシャナで、ルクシャナからすれば、婚約者を得体のしれない力で負かしたのが達也である。寧ろもっと警戒すべきである。
例えば負けた婚約者の仇などと言ってルクシャナが達也のお命を頂戴してもおかしくはないのだが、ルクシャナはそうする気は全くない。この男がいきなり発情して襲い掛かってきても逃げ切ろうと思えばやれることもない。しかしそんな兆候は全くない。悔しい話だが自分より魅力的な女性と言えるこのハーフエルフの少女にも何もしないヘタレなのだ。

ルクシャナはそんなヘタレの達也に対し、ようやく口を開いた。

「貴方さぁ・・・禁欲主義とか崇拝してるの?」

「さっきから大人しいと思ってたらいきなり何を言い出すんだお前は」

「だっておかしいじゃない。そこの妹ちゃんは除外するとして、とびきりの美女が二人いて、貴方ムラムラしないの?」

「してるよ」

正直、予想外の答えだった。
かなりあっさりと、普通に達也は自分たちにムラムラしてると答えた。
自分の婚約者だったら照れて怒るのだが・・・意外に奔放なのだろうか?

「じゃあ何もしないの?とくにその娘はどう見たって貴方に好意を持ってるじゃない。恋人でもいるの?」

「ああ」

「あら、そうなの」

なるほど、一途というわけか。
大方、恋人を裏切りたくないというわけか・・・ん?でもこの男は確か自分で童貞って言った筈・・・?

「やることはやれてないの?」

「悪かったな童貞で!?」

「いやいや、それは貴方の恋人が可哀想だなって」

「俺の童貞は可哀想ではないというのか!!?」

「いや、貴方の童貞は捨てようと思えば捨てれるでしょ。問題は待ちぼうけをくらってる恋人でしょ。待ってる身にもなりなさいよ。どんどん神経をすり減らして、ある日を境にポッキリ逝っちゃうかもよ?そこいらの男に何かの間違いで身体を許すかもしれないじゃない」

「・・・・・・」

「恋人でも夫婦でも絶対の絆なんてないのよ。強固なように見えてよく見ればボロボロなんてよくあるわ。世間では仲睦まじい夫婦って評判だった二人が些細な事で別れる事なんてエルフの世界でもある事だもの。契りが夫婦より強固ではない恋人関係なんて更に綻びがありそうなものよ」

自分とアリィーの関係もいつどうなるか分からない。
アリィーの事は確かに好きだ。だが、自分が彼に飽きてしまう事も、彼が自分に愛想を尽かす事も十分に考えられる関係なのだ。
・・・まあ、そういう可能性があるから恋愛は楽しいのだというのがルクシャナの持論ではあるが。

「貴方はその時どうするの?恋人が、別の男に抱かれたら?」

我ながら意地の悪い質問である。
だがルクシャナは知りたかった。この男は愛する者が自分を裏切る行為をしたらどうするんだろう。
達也は暫く考えて言った。

「寝取られかぁ・・・」

「そう、想像できる?」

「まぁ、つらい」

「そうよね。それで?」

「怒るよね」

「そりゃね。で、どうするの?」

「まぁ・・・此方にも非は大有りだしな」

「うん」

「遺憾ながら恋人関係を解消するよ」

「許して恋人関係を解消ではなく?相手の男は身体目当てかもしれないし、恋人も一夜の過ちかもしれないのに?」

「今の恋人とは夫婦になりたいと考えてるよ。大好きだしな。でもまだ恋人なんだよ」

「奪い返すとかそういう事は言わないの?」

「やだよ面倒くさい」

ルクシャナは目の前の男の返答に対し、意外と失望感も何もなかった。
なんとなく、これが普通なんだろうなと思った。
奪い返すのが面倒であると言ったのも、余計なトラブルを起こさない為だろう。痴情のもつれというのはなかなか面倒であるというのはルクシャナも分かっているつもりだ。

「意外に冷めてるのね」

「普通に悲しいし、普通に落ち込むし、死にたい気分にもなるだろうけどな。ただまあ・・・失恋で人生パアになっちまってもダメだろ」

「でも新しい恋人はもうできないかもしれないのよ?」

「それはまぁ、イヤだけど、まだ20も生きてない人生で生きがいになってくれた女に出会えたってだけで儲けもんだろ」

「そんな女性とすっぱり別れることが出来るの?」

「すっぱりは無理。会うたびに語尾に『びっち』をつけて会話してやる」

「まあ、何て器の小さい男なのかしら!彼女が気を病んで命を絶ったらどうするの?」

「新しい恋人との性活が上手くいってなかったんだなと、墓前で涙する」

「ド悪党ね貴方」

「元恋人の扱いなんてそんなもんじゃない?」

そんなものなんだろうか?
まあ、考えてみれば達也は今の彼女と別れても軽口くらいは叩ける関係は続けていけると発言しているから、少なくとも険悪な関係にはならないと思っているのだろう。自分を裏切った相手でも墓参りはする・・・多分この男は今の恋人が相当好きなのだろう。

「この娘への対応からして、恋人さんにかなりご執心と思ったけど・・・そう、そういう時が来たらそうするのね」

「そうだな。そういう時があればな」

「ふーん?何よその言い方。引っかかるじゃない?」

「そうか?」

「余裕そうよ貴方。まるでそんな事はありえないと言いたそう」

「絶対の絆は無いのは肯定するぜ。そういう事が起きれば、遺憾ながら俺は別れるという選択を選ぶ。引き留めたり、相手の男と血みどろの争いもしない。俺は童貞だし、アイツに寂し過ぎる思いをさせているのも知ってる」

達也からすれば絶対に帰れるという保証はどこにもない。
約束したとはいえ、永遠に会えないかもしれないのが、今の達也と恋人の杏里との確かな距離なのだ。
会えるという確率より、会えないという確率の方が絶対に高いこの状況で何を達也は信じているのだ?

「恋人の心はそんなにヤワじゃないとでも?」

「随分やわらかいぜ?」

「じゃあどんな余裕よ」

「余裕じゃねえよ。不安さ。そういう仮定の想像は幾度もしたことある。何せ超遠距離状態なんだ。素敵な男に出会い、惹かれることもあるかもしれない。そりゃもう俺なんかじゃ眩しすぎて仕方ねえ男がな」

俺は死んだウェールズの事を思い返す。
彼は正しく白馬の王子そのものであったし、俺なんかとは格が違う男子だった。
おそらく生きていたら、もうすでにアンリエッタとの結婚を正式に発表してただろう。
残されたアンリエッタは何故か俺にウェールズの幻影を見ているようだが、それはあくまで幻影であるに違いない。
俺は白馬の王子にはなれない。紳士を志してはいるが、王子というには品格が足りなすぎる。
品格といえばルイズに対して結婚詐欺を働いていたワルドもそうだ。
猫をかぶっていた時の奴は、ルイズにとっては王子様であったのだろう。今や嫁に尻に敷かれるマダオであるが、多分ラ・ヴァリエール家に婿として来てもそうなっていたと思う。

「例え戻った先が非情な現実だとしても、俺にはまだ希望は残ってるんだよ」

そう、たとえ最愛の恋人が自分を裏切ることがあっても。
俺にはまだ、帰りを待ってくれている女性はいるのだ。
その女性は間違いなく、間違いなく俺の帰りを待っている。
俺はすやすやと眠る真琴を見た。可愛い妹。俺はこの娘を兄として守らなければいけない。

「あきれた。恋人がいながら愛人でもいるの?その娘じゃ飽き足らず?」

「飽き足らずって何だよ!?手もつけてねえ!?」

「じゃあ、捨てられたって分かったら、次はその娘と添遂げる?それが希望と抜かすなら・・・」

「そのようなことを考える貴女の思考回路は取り換えた方がいいのではないでしょうか」

「蛮族に頭を心配された!?」

「ククク・・・俺にはすぐに下品な方に物事を考えるお前の方が野蛮に見えるぞォ!」

「下ネタは全知的生命体が潜在的に好むネタじゃないの!?」

「どこの常識だそれは!?安易に下ネタに走るのは見苦しいんだぞ!」

「高尚な笑いは蛮族には分からないじゃないの!下ネタならわかるでしょ!」

「お前の言う高尚な笑いってなんだよ」

「そうね、例えばアディールには大衆用の料理店があるのだけど、そこにアリィーと行ったのよ」

「ほう、ちゃんとデートとかしてんだな、羨ましいことだ」

「店員に食べる料理を言う時、アリィーはメニューを指差して『これとこれを頼む』と言ったのね」

「少々気取ってるが、まあ、恋人にいいところを見せたかったんだろーな。それで?」

「店員はアリィーが指差してる品目がわからなかったのか、『お名前をお願いいたします』と言ったのよ。そうしたらアリィーったら『僕はアリィーだ』と答えたのよ。どう?笑えるでしょう?」

「確かに笑える話だが、それはアンタの恋人が愛すべき馬鹿と言っているように聞こえるぞ」

「そうなのよ、そういうところが可愛いのよあの人」

「惚気かよ!?このスイーツ脳め、偶には苦い思いもしやがれ!」

他者の惚気を聞くことがこんなにも面倒くさいものとは。
俺も杏里の話を他人にするときには気をつけないといけない。
このスイーツ脳エルフの問いは杏里のみが俺の帰る理由で無い事の再確認でもあった。
そうさ、確かに杏里にはとても会いたい。多分杏里も俺に会いたいと思ってくれている。
でも、それだけじゃない。俺の帰りを待つのは何も杏里だけじゃない。
元の世界に帰って抱きしめたい女性は杏里だけじゃない。
それを浮気心かと思えるか?断じて否である。彼女とは恋人でも愛人でもなんでもない。
だけど、帰ったら抱きしめて再会を喜び合いたい。幸福にも俺はそんな女性が元の世界に二人もいるのだ。

やがてルクシャナも眠り、俺は小舟の上で一人夜空をぼんやり眺めていた。
そうしたら眠くなるかなと思っていたが、気絶していたせいなのか、まだ眠くならない。
ところでここは小舟の上なのだが、トイレは如何しよう。そんな事を考えていると、突然声をかけられた。

「まるで光の畑だね」

「テファか」

「タツヤ・・・わたしたち、これからどうなるのかしら?」

エルフのゆったりとした服に身を包んだティファニアが呟く。

「まあ、ルクシャナには悪いけど、第一目標はトリステインに戻ることだな。そのついでに聖地とやらが見れればいいけど、贅沢は言ってられん」

この地に旅行しに来たわけじゃないので一刻も早く帰りたい。
まあ、そのためにはルクシャナのわがままに少々付き合わなきゃならんのが難点である。

「タツヤは・・・すごいよ」

「何がさ」

「だって、こんな状況なのに、やることがわかってる。わたしなんか全然だめ。怖くて何も考えられない。タツヤが戦っていたときだって、わたしはなにもできなかった・・・」

そう言うと、ティファニアは、首を傾げて目をつむった。
起きて早々鬱になるのは月曜の朝だけにした方がいい。

「そりゃお前さんはか弱い女の子なんだ。仕方ないさ」

「でもルイズもアンリエッタ女王陛下だって、タツヤの言うか弱い女の子よ。わたしったらいざという時に勇気が出ない。どうしてなのかな・・・」

「あの二人がか弱い?」

俺はルイズとアンリエッタのこれまでの所業を思い返した。
・・・・・・・・・う、ううむ。そ、そうだな。ルイズはえーと、脳がちょっとか弱いな。姫様のか弱さは、あ、貞操観念がか弱いな!
我ながら見事な二人のか弱さフォローである。

「ねえ、どうしてタツヤはそんなにしっかりしてるの?冷静で、やらなくちゃいけないことがわかるの?」

「生きて早く帰りたいから」

「それだけ?」

「そんなもんだよ。まあ、人が勇気を出す場面なんて理由は様々さ。生存欲求のために戦う俺、名誉や誇りのために杖を取るルイズ、好きな人のために勇気を出すってこともあるな。ま、それは人によって違うがね」

「・・・わたしはどれもないから勇気がないのかな・・・」

ティファニアの表情が沈む。
母の同族であるエルフの実態、ハーフエルフである自分の境遇。考えてみれば、この様な状況で生きたいと言うほどの心の強さが今のテファにあるのか。
この娘は名誉や誇りと言った感情には無縁である。それに対して勇気を出せというのも酷だろう。

「好きな人か・・・よくわからないけど・・・どうやったらわかるのかな?」

「好きな人か」

「うん」

「まあ・・・参考になるかは知らないけど・・・まず、その人の事を知りたいって思う」

「それで?」

「知りたいが、全部知りたいに変わり、一緒に居たいと思い、いたらドキドキして、やがて抱きしめたいと思う。んで、潰れても良いほど抱きしめたいと思って、今度は苦しくなる」

「苦しいの?」

「ま、その人が自分に振り向くだけで苦しまないんだけどな。んで、やがてその人を自分のモノにしたいと考えてしまう。その人の心のみならず悪いところひっくるめて全部な。邪魔するものがあれば、それから奪っちまえ!と思ってもみる」

「うん、それで?」

「そんでもって力いっぱいキスしたいとか考えはじめ、心からその人に尽くしたいなどと考えることもある。そういう人が好きな人、ないしは愛する人って事じゃねえのか?」

俺がそう言うと、両耳をつまんだティファニアは目をつむる。

「・・・それじゃあ、やっぱりわたし・・・」

自分で言ってて恥ずかしい気分だが、まあ愛する人の基準なら俺の答えは間違っていないはずである。
しかしその気恥ずかしさはテファの一言でぶっ飛んだ。

「・・・タツヤのこと・・・好きなんだ・・・」

「・・・ど、どうしてそう思った?」

「だって、わたし、タツヤの隣にいるとドキドキするんだもの」

「緊張とかじゃなく?」

「うん。イヤな気分じゃないもん・・・」

漫画の主人公は展開の都合上、どうしようもなく鈍感だったりするが、生憎俺は狡い男である。
自分が生き残るためならば、友人知人の好意まで利用しようとしてきた。
そうして生きながらえてきた。無論俺に好意を示してくれたこの世界の友人たちには大感謝している。
自惚れる気は全くないが、少々その気があるだろうという異性の存在も認知している。
元の世界では女性に敵性生物扱い気味だった俺だったので、少し戸惑ったが、まあ、悪い気はしない。
恋なんてふとした切欠で霧散するようなものだし、まあせいぜい夢見て勝手に幻滅するんじゃないかと考えていた。
シエスタやらタバサやらキュルケやら・・・あの年齢は多感なのだ。もっと多くの恋ができるはずである。アンリエッタやガリアの姫らへんは知らんが。
まあこの人たちが俺に恋心持ってるなんてそれこそ自惚れなんですけどね!まあ、俺は杏里がいるしな!
と、高をくくっていた。既に心に決めた女がいるから大丈夫と思っていた。

だが俺は今、自分で言ってしまった。邪魔するものがあれば、奪っちまえと。
それは全ての人々の恋路に当てはまるというのに・・・失言である。
その結果がこれである。我ながら阿呆である。

「やっぱり、好きなんだわ。どうしよう・・・タツヤには心に決めた人がいるのに・・・」

「人が人を好きになるのに理由もないし、好きなだけなら枷もないんじゃないの?」

「でも・・・タツヤはわたしのこと好きじゃないでしょ?だったらこの気持ちはどうしたら・・・」

「まあ、日々を悶々として過ごしなさい。あとテファの事は好き嫌いで言えば好きだよ」

テファの事が嫌いかと言えば絶対にNOである。では好きかと問われると、そりゃまあねと答えるしかできない。
テファの気持ちに100%答えることが出来ない以上、テファには悶々としてもらうしかない。
いやぁ、美少女の夜のおかずになるとか、男冥利に尽きるね!なーっはっはっはっは!
聖女とか崇められたり、いきなり都会に出てしょぼくれたりして青春を過ごすより、年頃の娘なんだから、俗っぽく悶々としてても罰はあたるまい。
多分アンリエッタあたりは間違いなく悶々としてんじゃねえの?主にウェールズのせいで。

「そんなこと言われたら・・・わたし」

「帰るのもそうだけど、お前や真琴がいるから俺は頑張れる。多分真琴も、健気に頑張って俺を信頼してくれてる。だからテファ。君の気持ちはすげえ嬉しいよ。言ってくれなきゃわかんない事もあるしな」

「タツヤ・・・」

「君が好きな男に任せな!美少女の信頼は男にとっての何よりのエネルギーだからな!」

「タツヤ・・・わたし・・・タツヤを好きでいて良いの?」

テファは泣きそうな表情で俺を見た。
恋人がいる云々はもはや関係ない。自分を好きと言う女性が、自分に希望を預けると言うのならば、もはや理屈など関係ない。

「嫌いって言われるよりは遥かにいい」

「ありがとう・・・本当に優しいね」

そのとき、波を越えて小舟が揺れた。
俺はどうもなかったが、ティファニアが俺の方に倒れてきた。
気付けば彼女の顔が目の前にあった。その頬は火照っており、月明かりに眩しかった。
彼女はじっと俺を見つめていた。青い瞳は軽く潤んでいた。
双つの月が雲に隠れ、辺りは暗闇に包まれる。波の音だけが聞こえた。
不意に熱い吐息が近づく・・・ってちょっと待てィ!?いきなりすっ飛ばしすぎじゃなないか!?
俺はテファを冷静にさせようと、とりあえず手を自分の唇前に移動させた。
案の定、柔らかい何かが手に押し当てられた。

「色々すっ飛ばし過ぎだよ、テファ」

俺はテファを宥めるように言ったと思う。
だが、彼女の返答は俺の手を降ろす事だった。

「飛ばしてなんか・・・いないよ」

次の瞬間、柔らかい何かが俺の唇に押し当てられた。
あ、はい。嘘です。唇だけじゃありません。胸部に二つ、何かすごく強大ななにかも押し付けられてます。
つーか何だ?そういうムードなんだねこれ。童貞だからムード云々に関しては手探りなんだけど。
というか普通に口づけだな。その辺は純情で安心したといかそういう問題じゃない!?
雲の切れ間から再び月が姿を現すその時に、テファは俺から身体を離した。

「お月様が見ていない時は・・・夢の中の事なの」

「なんだ夢か。夢なら仕方ないな」

おどけて言ってみるが、実際は冷や汗ダラダラである。

「でも・・・わかったよ」

「何がだい?」

「わたし、タツヤのこと好きと思ってたの、違うみたい」

ここまでやって気の迷いとでもいうのかこの娘は。

「なんだよ、ムードとやらに流されちまったってのかい?分かんねえなぁ」

「好きなんかじゃない・・・大好きだもの」

「それも多分夢オチなんだろ・・・?」

テファはただ微笑んでいる。
双つの月はすでに俺たちに光を与えていた。

「わたし、タツヤから勇気をもらったよ」

「そうか。頑張れよ」

「うん」

あんなにオドオドしていたのがウソのようなテファの表情に、俺は頭を掻いた。
テファが頑張ると決めたんだ。俺も頑張らなきゃな。
真琴のため、杏里のため、テファのため・・・そして元の世界で俺の帰りを待っている瑞希のため。
俺はここで挫けちゃいけない。俺にだって希望はあるのだから。


―――ところで先ほどから尿意が半端ないのだが、テファはもう一度寝てくれないだろうか?



(続く)



[18858] 第170話 朽ち果てぬ想い、少し届く
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:3c45cbd5
Date: 2012/12/28 17:04
朝である。
昨夜、隣で寝息を立てているハーフエルフの美少女に接吻をかまされた、達也です。
そういえば最近、俺はパンを焼いていません。以前は自分の幸せの到達点だと散々思っていましたが、ここ最近はパン屋とはぜんぜん違う環境に身を置いているせいか、全然そんな気が起きません。

「これが初期設定放棄という悲しい現実なのか・・・」

いやいや。俺はまだ元の世界に戻るのを諦めてはいない。
この世界は嫌いじゃないが、やはり俺が帰らなきゃいけないのは、杏里や瑞希たちのいる世界なのだ。
このままこの世界で生きていくと決めるのは楽なんだろうが、それはいけないと思うから。

「お兄ちゃん、おはよう」

「おはよう、真琴」

真琴が目を覚まし、俺に挨拶をする。
海の上でいつものように挨拶をするというのが違和感ありすぎる。

「船酔いはないか?」

「うん」

「そっか」

しゃべる杖を握り締める我が妹は笑顔で答える。
朝日に照らされた眩しい笑顔は俺の希望である。

「あ」

そのとき、真琴が声を上げた。それにルクシャナが答えた。

「起きたのね。あれは竜の巣と呼ばれる群島よ」

「島?岩じゃん」

「あら、そっちの国では岩でも島として領土を主張してる国があるって書物で見たけど?」

「返す言葉もねえな、悪かった」

「とりあえず、私のお友達はあそこにいるわ」

「えー?あそこに?」

「お前の友人は鳥か魚かなにかか?」

「まあ、エルフやらは住めないけど、ついてからのお楽しみね」

触手のような巨大な岩が水面からいくつも伸びている異様な光景。
あそこが目的地だとルクシャナは言うが、いやな予感しかしません。

『とんでもねえ化け物だったりな』

『化け物というと?』

無機物どもが持ち主を無視して話をし出した。

『とりあえずすげえ巨大で、目が青いのが四つも五つもあって、蛸の十倍ぐらい触手がついてて、何故か粘々している体液が滴り落ちてて』

『ふむ、保温効果がある体液か何かでしょうか。あるいは獲物を逃さないための?』

『そんなやつがハーフの嬢ちゃんや、ちっこい嬢ちゃんを捕まえてだね、『げっへっへっへ、ねーちゃん、スケベしようやー』って舌なめずりをしてだね』

『なんと!異種配合も可能とは確かに化け物ですね!』

『おうよ!そうしてその化け物は抵抗できない哀れな嬢ちゃんたちの衣服のみを器用に溶かしちまう!』

『溶解液まで兼ね備えているとは!』

『そして恐ろしきその化け物の触手は一気に嬢ちゃんたちの純潔を』

「錆びろゴミ鞘!!」

俺は刀を抜いて、鞘だけを海水に入れた。

『ぎゃああああ!!海水に浸すなぁぁぁぁあ!!』

『そのような化け物が存在するとは、竜の巣・・・恐ろしい場所ですね』

「いや、いないわよそんな卑猥を形にした生物。いたら近づかないから。というかあんたたち、私の友人を何だと思ってるの?」

「おもしろいひと!」

『ろくでもない人ですね』

「同レベルと考えて、社会から爪弾きにされてしまった人」

『だから(禁則事項です)な化け物』

「・・・悲しいかな、一番近いのが最後ってどういうこと?」

「マジで!?」

「あ、人やエルフではないって意味だから。っていうか3番目!それはいったいどういうことよ!?」

「失礼、噛んでしまった」

「何処をどう噛んだらそうなるのよ!?」

そんな風に騒いでいたら、やがてティファニアも起きた。
前日あんなことがあったが、彼女はケロッとしている。
・・・まあいいや。あれは何かしらのノリか夢か何かだ。俺も意識はすまい。

「ついたわ」

蛸の触手のような岩の間を抜けると、ひときわ高くそびえた岩が見えた。
ルクシャナはイルカに命じ、小舟を止めてから言った。
ちなみに陸地は見えず、海のど真ん中である。

「ここからは海の中よ」

「・・・どうやって海の中を行けと?」

「泳げるでしょ?」

「俺はまあ、カナヅチじゃないが・・・真琴は?」

「この前プールで25m泳げたよ!」

「・・・そうか偉いな。テファは?」

「海なんか入ったこともない・・・」

この世の終わりのような表情をテファは浮かべていた。

「泳げても息が続くとは思えないぜ?」

「しょうがないわね」

ルクシャナはそう言うと、手のひらに海水を掬い、口語の呪文を唱えた。
すると海水が光り始めた。

「これを飲めばいいから」

真琴とテファが海水を飲む。塩辛いのか顔を顰めている。
ルクシャナは海水を俺に向けた。

「あなたも」

「あ、ああ・・・」

海水に顔を近づけたそのときだった。
水の精霊からもらった精霊石が輝きだした。

「え!?」

「タツヤ!?」

「お兄ちゃん!?」

3人の驚愕の声とともに俺は光に包まれ、輝きが無くなると、俺の身体は青白く、そして瑞々しくなっていた。

『おいおい・・・どういうことだよ相棒よ』

「わ、わかんないよ・・・突然」

今まで心が震えたら反応して変化していたが、今回はまったくわからん。
しかしその原因はすぐに喋る鞘の内側から分かった。

『フッフッフッフッフ・・・妙齢の女性の手に掬われた海水を飲むというマニアックなプレイなど、お天道様が許してもこの私が許さないのですよ達也君』

「この声は!?」

ルクシャナが困惑の声をあげる。
真琴とテファも何処から声がするのかと、きょろきょろしている。

『聞き覚えがあり過ぎるが一応聞いてやるぜ!誰だお前は!』

喋る鞘がそう怒鳴った瞬間、鞘から水が噴出し、柄が飛び出た。
大量に降ってくるかと思われた水は宙に浮かぶ鞘の上に朝日を背にして次々と集合していく。
それは次第に『人らしき』かたちを作っていく。いや、正直眩しいんですが。
やがて柄は俺の手に戻ってきたが、水はまだ宙に浮いていた。
焦れてきたのか、喋る鞘は再び言った。

『誰だお前はと聞いている!!』

目を見開くルクシャナ、怯え気味のテファ、俺の後ろに隠れる真琴。
その何かはその三者を見回したあと、俺にその『顔』を向けた。

『愛という名の地獄からの使者、ダークエルフのフィオ!』

『何ィ!?』

『雌猫の魔の手から達也君を守れとの使命により、ここに愛と嫉妬の鉄槌を下します!とぁぁぁぁ!!』

「うるさい」

『え?ぎゃあああああああ!??』

『へ?モルスァァァァァ!!??』

俺は喋る鞘を柄ごと瑞々しい半透明フィオに投げた。
喋る鞘は見事にフィオの顔面に直撃。元々が水であるせいか、半分首がもげた感じで彼女は吹っ飛び、海面に叩きつけられた。二者の悲鳴が海に消える。

「い、今のは・・・お兄ちゃん・・・」

「脳の腐った妖精さんだよ」

「いや、でもタツヤ、鞘さんが・・・剣も」

「精神的に悪影響のある武器は捨てたほうがいいと思うんだ」

「残念だけど、呪いの装備みたいよ」

ルクシャナが悲しそうに言うと、海中からものすごい勢いで半透明フィオと喋る鞘が飛び出した。

『なにしやがんだ相棒!?長い付き合いの俺を大海原に投棄しやがって!』

「お前なら戻ってくると俺は信じていた」

『何、信頼の絆があるんだなどと感動路線に話を持っていこうとしてやがる!?』

『達也君・・・私はいつまでも貴方のそばにいますよ・・・捨てられても裏切られても死んでも・・・ずっと貴方のそばに・・・フッフッフッフッフ・・・』

「ストーカーは犯罪です。告訴します」

『愛に対して法の盾で武装した!?達也君、まさに外道!』

『さすが相棒!俺らにできないことを平然とやってのける!そこに痺れもしないし、ましてや憧れもありえねえ!』

こいつらを相手してたら疲れるので、とっとと話を進めよう。
俺はギャーギャー言う馬鹿たちを無視して海水を飲んだ。

「これでいいのか?」

「え、ええ。これで水中でも呼吸可能よ。ところで何よそのスライム?のような女性。ダークエルフって変なの?」

「いや、あれを変というのは変という活字に大変失礼だ。お前は変だがな」

「それも失礼な言い草と思わないの?」

「失礼、噛んでしまった」

「だから、何処をどう噛んだのよ!?」

ルクシャナが俺に詰め寄った直後、フィオの怨念に満ちた声がした。

『憎らしい憎らしい・・・そうやって私以外の女性とフラグを立て、挙句に寝取りフラグも立てるとは・・・そんなに女性の心を弄んで楽しいんですかぁぁ!!』

「超楽しい。じゃあ、潜るか」

「え、でもタツヤ・・・」

「だいじょうぶかな・・・」

「大丈夫よ。息はできるから。ただ、服は重くなるから、なるべく軽装で行くわよ」

そう言うとルクシャナはがばっと服を脱ぎ下着姿になった。
細いしなやかな肢体が陽光の元に現れた。そのまま海に彼女は飛び込んだ。
続いて真琴が、下着姿になって飛び込んだ。ルクシャナが真琴の手をとる。
更にテファもキャミソールのような下着のみになって飛び込む。
なんか後ろのほうで『あの身体で達也君を誘惑・・・駄目だ!勝てません!』などと聞こえたが無視しよう。
で、俺はそのまま飛び込んだ。なんだか水の中にいるという感覚がない。

『ちょっとちょっと達也君!脱がないんですか!?』

「んー、この服に愛着はないし、なんか違和感もないし大丈夫だぜ?」

フィオが責めるように言ってきたので、俺は平気な事を伝えた。

『そりゃ確かに今の達也君は、海中でも全く問題なく活動できますよ?でも貴方を想う乙女心としては、達也君の身体を見てみたいなー、って期待しちゃうじゃないですか!そんな淡く切ない乙女心を反芻にするなんて、どんだけ乙女心をかき乱してくれやがるんですか!』

「いや、機能的に脱ぐ必要がないから」

『私達へのサービスと思って!』

「サービスは強要されてするモノじゃないと思うんだよ。わかるかい?」

『畜生め!諭すようにいわれてしまった!これじゃあ私が変態みたいじゃないですか!』

「それじゃあルクシャナ、頼む」

『スルー!!?』

俺達は小舟を引いていたイルカにしがみつき、水中へと潜った。
フィオの言った通り、俺は水中でも全く問題なく呼吸が出来た。
テファ達も呼吸が出来ているのか驚きの表情が見えた。

水中の旅は長くはなく、数分も泳ぐと、海底から伸びる岩柱が見えた。
イルカはまっすぐにその中腹に進んでいく。
その先には穴が開いており、イルカはその中に進んでいった。
穴の中は暗闇であったが、イルカは構わず進んでいく。イルカは超音波を出すから、闇でも関係ないのだろう。
次第に上が明るくなり、イルカは光に導かれるように泳いでいく。
そして、ざばん!という音と共に、俺たちは海面から顔を出した。

「すごーい・・・」

真琴が呟く。目に飛び込んできたのは劇場並みのデカさの空間だった。
ただ、劇場とは違って、海藻の腐ったようなにおいがするが。

「ここはさっきの岩の中よ」

「ここにともだちが?」

「ええ」

『達也君、今、逢引に使えそうだなって思いました?』

「変な空気になるから発言を慎め!?」

その時、空洞の奥から音がした。
テファと真琴が俺に寄り添ってきたので、フィオがジト目で俺を見ていた。
ルクシャナはそんな俺達を見て吹き出して言った。

「大丈夫よ」

ルクシャナはイルカの背から降りると、岩に手をかけて陸地に上がった。
すると闇の奥から、低い大きな声が聞こえた。

「いったい、誰だえ?このわらわの眠りを妨げるのは・・・」

「わたしよ。海母」

「うみはは?」

「おお、長耳のはねっかえり。わらわの娘。よくきたね」

ずし、と何か巨大なものが起き上がる気配がした。
みしみし、と地面を踏みしだく音とともに、闇の中から紺色に輝く巨体が姿を現した。
水竜である。アリィーのそれより遥かに大きい。

「一体何事だえ?今日は大所帯ではないか。それに・・・懐かしい顔も見えるね」

水竜はフィオの方を見て言った。
フィオは水竜を見上げてけだるそうに言った。

『前に会ったのは2046年前でしたね』

「おう、そうだったかの?しかし前に会った時とは全く違う様子だの?待ち人には会えたのかい?」

『ええ。もう、離れません。身体が朽ち果てようとも、絶対に』

「そうかい。・・・よかったね」

『はい。幸せですよ』

そう言って俺を見るフィオ。
何となく思った。馬鹿な女だと。
何となく思った。だったら死んでんじゃないよと。
何となく思った。照れくさいと。
何となく思った。俺は不幸だよと。


でも何となく言いたいけどやめた。

何となく思った。ありがとう、と。
でも何となく言いたかったけど止めた。

何となく思った。そこまで言うなら、と。
でも何となくその言葉を飲み込んだ。

でも、これだけはなんとなく言葉にしたんだ。

「そうか」

『はい?』

フィオは俺を見ている。今は俺の剣。今は俺の力。
そんな彼女は今、幸せだと言っている。傍にいると言っている。
裏切っても、捨てられても、死んでも。
何処までも彼女はずっと・・・・・・

だから、何となく俺は言った。

「なら、何処までもついて来てみな。フィオ」

『ええ、焼き餅やきながらついて参りますよ、達也君』

彼女の愛情には答えることはもうできない。
でもそんなこと、彼女は重々承知である。


それでも彼女はそれを些細の事と思っていた。

長すぎる年月を経て見つけた彼といることが彼女にとっての最大の幸福だったのだから。



―――たとえ、自分が死んでいる存在だとしても。




・・・あれ?何でいい話のようにまとめてるんだ?


(そういうわけで続く)




[18858] 第171話 人間の使い魔の最期
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:eb00c062
Date: 2013/12/30 02:44
何か前回はまるで良い話(笑)のようなまとめかたであったが、話は絶賛継続中である。
喋る水竜はティファニアを見て、一目でハーフエルフだとわかった。長く生きると大抵の事は分かるとは彼女(?)の弁である。しかし彼女でもルクシャナの企みは分からないらしい。

「今度は何を企んでいるんだい?お前は気紛れだからわからんよ」

「単刀直入に言うわ。わたしたちをしばらく匿って」

「おやおや、またいたずらをしたのかい?今度は何をしたというんだい?」

この女の奇行は日常茶飯事という事がよくわかる。
長く生きている韻竜でさえ狼狽させるとは実にとんでもない女だ。絶対ルイズと会わせてはいけないような気がする。

「そんな悪戯だなんて。子どもじゃないのよ私は」

「性質の悪い大人に成長したんだろ」

「いかにも」

「肯定しやがったよこの女」

自分のやっている事を分かった上で行動しているとは本当に嫌な女である。
喋る水竜は、そんなルクシャナに首を近づけて言った。

「でも、何かを持ち出したんだろう?」

「ええ、彼らをね」

ルクシャナは俺たちを指差して言った。喋る水竜は、俺たちに顔を近づけた。
テファと真琴がびくっと震えて、俺の背後に隠れた。その様子を見て水竜はかっかっかと笑って言った。

「安心おし。お前たちを食べるほど、悪食じゃないよ」

えうっ、と小さな悲鳴をあげるテファと涙目の真琴に水竜は優しげな声で言う。
健康的な男性諸君には御馳走であろうテファや一つ目の妖怪に怒られそうな方々にとっての御馳走であろう真琴は水竜にとっては劣悪な環境の犬の餌と同義らしい。いや、俺もなんだけどね?
水竜はしばらく俺たちを見つめて、

「どうやら、ただの人間じゃないようだね」

と言ったので、割って入るように水分100%の変態淑女がドヤ顔で言った。

『当たり前でしょう?私が見初めた御方ですよ。私の愛の加護を受けた達也君は愛の名の元に戦う聖戦士なのです!』

「アンタは身体も朽ち果てて脳も朽ち果ててしまったのかい?そういう意味じゃないんだがね」

『全て朽ち果てても愛は永遠なんです』

「お前の愛は重過ぎる。重過ぎて俺には装備出来ない。他をあたれ」

『人の想いを重装備扱いしないでください』

「話が進まないでしょ!まったく・・・彼らは悪魔の末裔よ」

水竜は俺達を無言で見つめている。気分は悪いが、俺は既に悪魔扱いされているので今更である。

「ふむ、よく来たね」

「え・・・あなたはわたしたちが憎くはないの?」

「アンタたちの先祖が、この土地に何をしたのかはよく知っているよ。今、アンタたちが何をしたいかってのも大体わかる

んだ」

「こんな磯臭い洞窟に住んでるのに、何でそこまでわかるのよ?」

ルクシャナがそう言うと水竜は笑いながら言った。

「祖母やそこの水の女、それに最近は話相手もいる。情報はこの様な洞窟にいても入ってくるもんさ」

「話相手?」

「そうじゃ。お前さんはまだ会っていないから知らんだろうがな」

このような洞窟内で話相手?見たところ浮浪者の類が流れ着いた形跡はない。
ではいったい誰がこの喋る水竜の話相手になっているというのだろうか?
俺の疑問はよそに話はどんどん進んでいく。

「悪魔の末裔よ。わらわはお前たちが別に憎くはないのじゃ」

「へえ、評議会のおじいちゃんたちとは違って話が分かるじゃない」

「お前たちエルフとは違って、わらわは滅びゆく種。この世のすべての出来事は、大いなる意思の思し召しと受け止めておる。滅ぶことも、新たな客を迎え入れることも・・・来たるべき大災厄でさえもじゃ」

「それってただ諦めているだけじゃないの」

憮然とした表情のルクシャナを見て水竜は嗤う。

「ふっふっふ、長耳の娘、わらわの娘。お前たちはわらわに悪魔を憎んでほしいのかい?あるいは味方になってやれとでも?」

「違うわよ。いくらなんでもそこまで驕ってはないから。とりあえず身を隠せる場所が欲しかったのともう一つ」

「なんじゃ?」

「聖地・・・シャイターンの門に行きたいのよ」

わりとあっさりルクシャナはその名を口にした。
水竜は首を振って呆れたように言った。

「それはお前たちエルフの方が詳しいだろうよ?」

「一部のエルフしか知らないのよ、その場所は。存在は皆知ってるのに場所を知らないなんて許せないじゃない。あなたな

ら場所ぐらい知っているでしょ?」

「確かにわらわは物知りの類じゃが、そこまでは知らぬよ」

「何よそれ。さっき情報は入ってくるって言ってたじゃない。これだから引き籠りは困るわ」

「何じゃその言いぐさは。いつしか助けてやった恩も忘れたのかえ?」

「それはそれ!これはこれ!」

「なんちゅう奴じゃ・・・」

義侠心もへったくれもないドライな発言に水竜は悲しそうに呟く。
このエルフはあれだ。お人好しから金を毟りとり、あげた方の揚げ足をとって一方的な勝者になるタイプだ。

「まあ、しばらくいるのは構わん。好きなだけいるがいい。お前たちには潮の匂いがきつかろうが」

「礼を言うわ」

「心にもない事を。それと久々に会えて懐かしかったぞ」

水竜は水そのもののフィオにそう言った。フィオは厳しい視線を水竜に向けて言った。

『・・・一つ良いですか、韻竜』

「なんじゃ?」

『惚けるのは無しにして答えてください』

「うむ、答えよう」

『貴女の話相手とは・・・このような場所にいる筈のない存在ですね?』

「・・・何故、そう思う?」

『貴女の『最近』は100年200年の話じゃないですから人間ではないことは分かります。ではエルフか?違いますね。少なく

とも貴女はその話相手にこのエルフと出会う前から会い続け、その相手はこのエルフから都合よく身を隠している。同族ならばそのような形跡を知的好奇心の塊の彼女が逃す訳がない。加えてそのエルフを貴女は自分の娘として可愛がっている。故意に引き合わせた事がないというのならば、そのエルフにとって貴女の話相手は安全ではない存在と思われます』

「そうだとして、一体誰なのよ?話相手って」

『一つ。私の様なダークエルフ。しかしこれは違うでしょう。ダークエルフは私の死を持って滅亡しています。次に他の海洋生物。これも違います。貴女の話相手になるような長命な生物はこの近海には貴女以外にいません。と、なると結構トンでも論になりますが・・・』

「・・・水の精霊かなにか?」

『私もそう思いましたが、現在、水の精霊と地の精霊は人間の世界にいるし、風の精霊は絶賛暴走中です。と、なると高い知性を持ち会話も可能であり、未だ私たちが出会っていない精霊は『彼女』だけです』

そう言って黙るフィオ。ルクシャナが唾を飲み込む音が俺には聴こえた。
テファはオロオロしてるし、真琴は話についていけていない。
俺もこいつらがなんの話をしているのかがよくわからん。だが何故だろう?喉の奥がチリチリする。

「全く・・・腐りきっていると思えば、死んでもよくわからんのぉ、お前は」

『私の真の理解者は姉たちと達也君だけで十分です』

「俺はお前の事は全く分からん」

『ならば今すぐ理解しあいましょう!さあさあ!』

「悪いが水相手に欲情はしない」

『スライムと逢引すると思えば!』

「スライムは水じゃないじゃん」

『こうして言葉責めをして私を新たなる愛の形へと誘う達也君に私はムラッと来るんですよ』

「やはり腐ってはいるんじゃのぉ・・・」

先ほどの賢そうな雰囲気はどこへやら、水というか液状媚薬の様なこの女はこちらの評価を下げまくりである。

「・・・しかし、お前の想像どおりじゃよ。わらわの話相手は」

『・・・そうでしょう』

「・・・人の子よ」

水竜は俺に視線を向けて言う。その目には憐憫の光が見えた。

「お前の成そうとしていることもわらわには大体わかる。分かったうえで言おう。今のお前では事は成せぬ」

「え?」

水竜が何のことを言っているのか少し分からなかった。
その時だった。

『その通りだ』

薄暗い洞窟内が明るく照らされ、洞窟内の気温が上昇していく。
その原因はすぐに分かった。そいつは巨大な水竜の後方の穴倉から現れた。
そいつは一人、輝き、燃えていた。
それは優しきものではなく、激しく燃えていた。紅く、紅く燃えていた。

『まるで別人ですね』

フィオが感情を込めずに言う。彼女の身体は今、蒸発をし始めている。

『あの男の従者か・・・無様な姿になったものだな』

『貴女も随分と哀れな燃え方をするようになったじゃないですか』

フィオの悪態に対し、更に紅く燃える女の身体。
フィオは蒸気を出しながら言った。

『馬鹿みたいな貴女は好きだったんですけどねぇ、火の精霊様?』

俺達の眼前に存在する紅く燃え盛る女。なぜかどろりとした炎を纏ったそれはまさしく火の精霊であった。

『地の精は少々賢いと思っていたのだがな・・・。このような軟弱で矮小な者に力を預けるとは』

「やれやれ・・・精霊殿、あまり熱くならないでいただきたいものじゃな」

『無理だな。水の精と地の精はこの者に力を託し、来たるべき大厄災に備える魂胆だろうが・・・とんだ見込違いだ。力に振り回され、それが自らの力と勘違いした見当違いの臆病者の人間に何が出来る?そのような天運任せの人選を振るい落とすのが私の務めだ。その者が精霊石を二つ所持している以上、私は試練を与えねばならない』

そう言って火の精霊は右手をあげた。
右手からは燃える剣や槍のようなものが次々と現れた。
炎の武器は精霊を囲むように回り始めた。

『人間もエルフも私の力を破壊のために使いすぎている。ならば私もそれに倣おう。火は貴様等に都合のいい力ではない事を理解してもらうか。命をもってな』

火のくせに氷の様な視線を俺に向けると精霊は右手を俺に向けた。
その瞬間、無数の燃え盛る武器が時折火柱をあげながら俺に迫ってきた。

『相棒!』

「んげ!?」

瞬間、水の精霊石が輝く。
達也の身体は液体と化し、火の精霊が放った武器は彼の身体を次々と貫通していく。

「何か反則よね、あの身体」

ルクシャナが呆れたように呟く。
ティファニアと真琴は突然の事で開いた口が塞がらない。

『達也君!火の精霊は今までのように口八丁で乗り切ることはできません!今はああして知性派ぶってますけど元は馬鹿っ

ぽい精霊でした。口で言うより、力で分からせるしかないんです!ニュングのときもそうでした!』

剣の姿に戻ったフィオは続けて言う。

『だから達也君、私と一緒に力を合わせた水の威力であの知性派(笑)をコテンパンに・・・』

そこでフィオは異変に気付いた。
炎の武器たちは依然、達也の水の身体を貫通している。
何故だ?今の彼に物理ダメージは効果がないはず。それも先ほどの攻撃で分かっているはずなのに。
なぜ火の精霊は攻撃をいまだ続けているのだ?

炎を纏う武器が達也の身体を貫く度に彼の身体は蒸発し続けている。
最早彼の身体は見た目は蒸気を纏っているようにしか見えない。洞窟内の湿度がどんどん上昇している。
蒸し暑さも感じているのか、ルクシャナたちも汗でびっしょりだ。

『火には水を・・・そう考えたのだろうが、それは貴様が純粋な水の精霊ならば効果はあろう。だが所詮、今の貴様は水の

精霊の力を借りて、精霊化したのみの不純物。あくまで人間が素体となっただけの存在だけだ』

火の精霊は冷たく言い放つ。
今の状態の達也が凍らされたことはあった。つい最近のことだからティファニア達はよく覚えている。

「あの身体は一見反則・・・だけど弱点はきちんとあったわ」

ルクシャナは冷静に言った。

「あの身体は温度変化にきわめて弱いのね。氷点下になったら凍るし、水温が上昇したら本来の身体が持たない」

「い、いまのタツヤはどうなっちゃってるの!?」

ティファニアの質問にルクシャナは答えた。

「高熱で倒れそうな状態ね」

「ええ!?」

ルクシャナの指摘は全くその通りであり、達也は今にも倒れそうな状態であった。
身体が異様に熱い。頭はぼーっとするし、手足も痺れはじめた。
意識は朦朧とするし、喉も腹も痛い。唾液が焼けるような熱さに感じる。
このままではなす術がない。達也は気を失いそうな状態で村雨を握った。

『あ、ちょっと達也く・・・!』

フィオの声が遠く感じる。
地の精霊石の光を微かに感じた達也の身体は鉄の色と化した。
ほどなくして岩の隙間から、砂の中から、海の中から土の屍兵が現れる。
アリィーを退けたときのあの現象だ、とルクシャナは思った。
しかしどういう事だろうか?その土人形たちの数が少ない。

『成程・・・朽ちた生命を糧に戦力を産みだすか。下劣だが戦場での盾には困らない能力だ。まさに臆病者にふさわしい』

だが火の精霊は動じず、憐れむように言った。

『だが、韻竜が長年住処とし、精霊が住み着くような隔離場に怨念渦巻く死人が多数いると思ったか?』

達也を守る土人形は僅か六体。あの土人形はアリィーの竜の攻撃に耐えれなかった。
相手が火の精霊なら更にどうしようもなく、紙切れのように斬られ貫かれていく。
気付けば達也の前に土人形はいない。そんな達也に精霊の武器たちが襲い掛かる。

『浅慮が過ぎるな。やはり見込み違いというものか』

切り裂かれ、貫かれ、達也の身体が跳ねていく。
ついには無数の武器に貫かれたまま燃やされていく達也。その表情には一点の曇りもなく・・・?え?

「その気持ちの悪い炎を消し飛ばしてやる!!」

武器に貫かれた達也の分身が消えると同時に、火の精霊の背後に現れた達也。
しかし火の精霊は即座に達也に手を向けた。

『後ろに回ればいいと思ったか?』

「!!」

火の精霊の手から火柱があがると同時に、精霊の武器たちは精霊の元へ戻ってくる。
達也は火柱に包まれながら墜落。墜落と同時に炎の槍に貫かれて燃えた。
そして残りの武器たちは火の精霊の真上に姿を現した達也に襲い掛かった。

「ぎっ・・・・・・!!!?」

身体中を切り裂かれ、焼かれる。
しかし、両手のルーンが反応。傷も、火傷も全て無くなる。
刀を構える達也。これで決まる、そう思った。
ティファニアも、真琴も泣きながらそう思った。
ルクシャナですら、そう思った。
痛みに耐え、一撃を!




『力を示すのに小細工は不要。その光は邪魔だな』

冷徹に、ただ冷徹にそんな声が聴こえた。

ティファニアと真琴は信じたくない光景を見ていた。
夢なら覚めてくれと思った。気を失ってしまいたいと思った。
でも、見離せなかった。

腹部には燃える槍が貫通し、達也は大地に叩きつけられる。
そこに燃え盛る剣、斧、槌、槍が彼の身体を焼き、斬り刻み、叩き潰し、貫いていく。
その身体にあったはずのもの・・・切り刻まれる身体には両腕が無かった。
あったはずの両腕は達也の身体とは少し離れた場所に無造作に転がっていた。
喋る鞘、デルフリンガーは胴体と離れた左腕に握られたままであった。

『相棒!おい、相棒!!』

デルフリンガーの叫びが虚しく響く。
チカ・・・チカ・・・と手に刻まれたルーンが今にも消えそうになっている。
脚を潰され、内臓を焼かれ、左目を斬られ、髪の毛は丸焦げ、身体のところどころが炭のように黒くなり、既に感覚がない。右目も光しか見えない。歯もほとんど残っていないし、舌も焦げている。その口からは黒い血のようなものが出ている。
・・・焦げ臭い。嗚呼、嗅覚は生きている。
―――何も、聞こえない。何も、何も―――・・・・・・

達也の身体は未だ徐々に焼かれている。その胴体の横には両断された携帯電話が転がっている。

真琴も、ティファニアも声が出ない。
名前を呼ぶこともできない。
だけど、これは理不尽すぎる。理不尽以外の何物でもない。
こんなの試練じゃない。ただの惨殺じゃないか。
気付いたら真琴が崩れ落ちていた。しかしティファニアは受け止めることが出来ない。

『さて、これで』

「これでじゃない!明らかにやりす――」

何を今更!ティファニアは今更止めようとするルクシャナにそう言おうとした。

『試練終了だ』

先ほど分身を貫いた炎の槍が達也の喉を貫く。びくんと痙攣する達也の身体。

「・・・熱くなりすぎじゃ・・・精霊殿」

水竜が呟くと同時に達也の動きがぱたりと止まる。
刀を握ったまま転がっている達也の手にはもう何も刻まれていなかった。



「――――――え?」

達也たちを救出するため砂漠へ向かう飛行船内。
ルイズは何か違和感を感じて声を出してしまった。

「どうしたの?」

キュルケがそんなルイズに声をかけた。
理由はない。ただ何となく声をかけた。

「いや、何か忘れ物をしているような・・・何かないような感じがして」

「忘れ物?」

「ええ」

ルイズが何だっけと首を傾げているところにギーシュとマリコルヌが姿を現した。

「キュルケ、ルイズは一体なにを悩んでいるんだい?」

「何か忘れ物をしたかもですって」

「忘れ物?」

ギーシュはおいおいという感じで頭を掻いた。
一方マリコルヌはやや考えて言った。

「わかった!生理用品を忘れたんだね!?ダメじゃないかルイズ!淑女としてそれはイカンですよ!」

「はぁ!?生理用品!?アンタ何馬鹿なことを・・・!?」

「だが安心したまえ!こんなこともあろうかとここにナプキンはあるのだ!」

「・・・おいマリコルヌ。何故君が女性用ナプキンを持っているのかね?」

「何を言うんだギーシュ君!これも紳士の嗜みじゃないか!寝ぼけたことを言ってるんじゃない!君だって愛しのモンモランシーが定期的な腹痛に襲われた時にこれを常備してれば、彼女に頼りにされること間違いなしだよ!」

「・・・致命的に間違っている気がするよ」

「貰っておくわ」

「貰うのかよ!?」

「そもそもルイズ、アンタ生理来てんの?」

「馬鹿にして!そうやってアンタは永遠に私を何処かで見下す事しかしないんだ!」

ギーシュは密かに思った。まだなんだな、と。
そうしてルイズの違和感はうやむやになってしまった。
使い魔との繋がりが絶たれたことなど彼女はまだ、知る由もなかった。





世にも珍しい人間の使い魔にして『サウスゴータの悪魔』。
戦功をあげ、領地を持ち、出世をしながらも平民たちと共に害獣退治の日々を送る。
領地内に珍妙な豊穣の神の像を作り、領内の発展を願っていた。
人望は高いのか低いのかよくわからず、無茶苦茶な事ばかりやっていた。
主である筈の少女に罵声を浴びせたり、放置プレイをかましたりするなど使い魔ぽくない人間であった。

無茶に見えてもいつの間にか何とかして見せた。
無茶苦茶だが、誰かの希望になっていた。

怖くても震えそうでも、彼は手段はともかく7万を相手に生き延びた。
日頃罵声を浴びせる主のために戦っていた。
悪意の炎に焼かれそうになった少女の前に現れた。
心を閉ざした少女の英雄になっていた。
世界に絶望した王に愛を思い出させた。
外の世界を知らない少女を外に連れ出した。

御伽噺のようだった。

だが、それは幻想だった。
強大な力の前には悪魔と呼ばれても、精霊の力を借りても、伝説の『虚無』の使い魔だとしても無力だった。
理不尽なる現実の前に彼女たちの英雄は無惨な最期を遂げた。




彼女たちの英雄、因幡達也という人間はこうして死んだのである。















――――アプリをダウンロード中です。お待ちください・・・



真っ二つになった『彼』の携帯電話がまだ動いていることなど誰も知らない。







(続く)



[18858] 第172話 怒れる幼女と爆発デビュー
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:eb00c062
Date: 2013/12/31 16:09
生命を燃やし尽くされた因幡達也。
恋人との再会も、自らの世界への帰還も、目の前にいた少女達を護ることも、友人たちと軽口を叩きあうことも、
全て、すべて何もかも終わった。

もう再び因幡達也という人間は立ち上がることは無い。
もう再び因幡達也という人間は声をあげることもない。
おお、達也よ、しんでしまうとはなさけない。

お前は勇者などではなく、所詮、ただの人間であった。
勇者は金を積めば蘇る。だがお前はただの人間。ただの人間は蘇ることなど不可能。
死んだからには死んだという事実が残るのだ。
ただの人間に、ただのちっぽけな生命にそれを覆すことはできない。

「い・・・いやああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!???」

だから例え最愛の妹が喉を潰さんが勢いで叫ぼうとも。

「た・・・タツ・・・・・・」

少女が声を失うほどの絶望に襲われようとも。

「・・・惨いわね」

エルフの少女が嫌悪感丸出しで吐き捨てようが。

「終わってみれば一方的じゃったの」

水竜が気持ちを既に切り替えようとも。

『当然だな。かつての精霊石の所持者と比較しても弱すぎる』

火の精霊が冷静に弱いと切り捨ててもそれは否定することはできない。
実際に因幡達也は戦いに敗れ、命を落とした。
その事実は何にも否定はできない。心臓の拍動はすでに止まり、腕は斬り飛ばされ、足と顔の半分は叩き潰され、胸部は骨が見えるほどに裂かれ、腹部は炭化している。ほとんど肉塊である。というかグロ画像である。
最早誰が見てもただの死体である。例え何かの霊薬で蘇生してもこれでは人として生きることは難しい惨状である。
しかもここは敵地である。霊薬を使用したとしても達也の命を救うには水の回復魔法をかけ続けなければならないが、そのような環境は整っていない。

誰がどう考えても文句はないほど、因幡達也という人間は蘇生できない。
七つ集めれば死者を蘇らせる玉などこの世界にはない。
今までが幸運すぎたのだ。アレだよ、物語でよくあるじゃないですか主人公補正。都合のいいことばかり起こるアレだよ。
その恩恵を受けてたような幸運ぶりだったんだよ何もかも。
大半の現実は違う。そんな補正はない。大半が勝者のもとに負けていく。
因幡達也も圧倒的な力の前に敗れ去っただけなのだ。その力の前に命を落としただけなのだ。
よくあることだ。確かに少女たちにとっては絶望的だろうが、そんなケースは腐るほどある。

ティファニアと真琴がやるべきことは悲しみを乗り越え、達也の想いを胸にエルフの国から脱出することだ。
そして事実を仲間たちに伝えた後に、改めて達也に哀悼の念を抱くことをこれからやらなければならない。
真琴に至っては何とかして自分の世界に戻り、両親や杏里にこの事実を言わなければならない。
なんと過酷なことを兄は背負わせたのだろう。しかしそれがこれから先の真琴のやるべきことなのである。

どうせアレも分身だろうと、どうせまた回復してあっさりと逆転するんだろうと、そんな無駄な希望を抱く方が・・・

―――アプリインストール完了。修復プログラムを起動します。
―――エラー。破損個所が多く、修復不能。

ですよねー。そんなにうまくいきませんよねー。
また何が大逆転の目があるんだと思わせといて叩き落とされるのはよくある事ですよねー。

―――破損データをフォーマットし、新たなデータを構築します。

・・・え?どういうこと?

未だ因幡達也の身体には火が残っている。いやいや、この状態で全回復してもまた火の精霊にやられるだけである。
無理矢理元に戻してもいかんだろ。それとも何か?死の淵から蘇って新たな能力に目覚めて俺かっけーとでもやるのか?
もうやめろよその展開。大体ルーンも消えているじゃないか。その携帯電話が動いているのはどうせアレだろ?謎ルーンやフィオの愛(笑)の力とでもいうんだろ?命を軽く扱いすぎじゃないの~?

―――新しいプログラムをインストール中・・・

『さて、私は再び眠りにつく。後の事は好きにするがいい』

「やれやれ・・・冷めるのも早いね・・・火の精霊よ。曲がりなりにもお前が焼き尽くした人間は、そこのか弱きものたちを護っていたのじゃ。謝罪ぐらいはしてもいいのでは?」

『弱い方が悪い。まあ、運がなかったなとだけは言っておこう。せめてあのダークエルフの主程度に強ければ、この様な事はなかったろうにな』

「なんて・・・」

震える声でティファニアは言う。
その言葉は火の精霊への怒りの言葉ではなかった。

「なんて言えばいいの?ルイズに・・・みんなに何て言えばいいの?タツヤが死んじゃったって・・・いなくなっちゃったって・・・もう帰ってこないって・・・そんなの・・・そんなのいえない・・・」

「こんな事言うのもなんだけど、しっかりしなさい。ここで貴女が壊れたらあの男が貴女を護っていた意味がないでしょ」

ルクシャナに気遣われるティファニア。
運が悪ければ命を落とす逃走の旅だ。こういうことも起こる。ただ、なんとなくそういう雰囲気をあの男は作らなかった。
ティファニアや妹を不安がらせないためだったのか・・・だとしてもこれからは彼女たちにも死の現実が重くのしかかるだろう。ルクシャナは肉塊となった達也に少し失望した。
もはや原型をとどめぬ死体の火を消そうと、半狂乱状態の真琴が杖を振り回している。

「ううわああぁぁ・・・ああああぁぁぁ・・・!!」

《真琴ちゃん、落ち着いて!危ないです!》

喋る杖の制止も聞かず、真琴は泣きじゃくりながら杖を振る。
兄を驚かせようと、魔法の勉強をしていた。
ハルケギニアの魔法では水の魔法が何となく相性が良かった。
いずれ兄に見せる筈であった弱い水の魔法を兄の遺骸に振りかける真琴の姿をルクシャナは哀れに思った。
火の精霊は真琴の姿をじっと見つめて言った。

『哀れだな。もはや命無き者に縋る弱き存在は』

「火の精霊よ・・・それは」

水竜が火の精霊の発言を咎めようとしたその時であった。

『!』

蒼い光が火の精霊目掛けて飛んできていた。
火の精霊はその光をかわしたが光は即座に方向転換し、火の精霊に直撃した。

『何っ!?』

「今の光は!?」

ルクシャナがはっとして真琴の姿を見た。

「・・・マコト?」

ティファニアも顔をあげ、息を呑んだ。
真琴が杖を構えて立っている。その小さな身体からは蒼い光が漏れだすように出ていた。
ルクシャナはその光が魔力であると思ったが、あの小さな身体から漏れ出すほどの大きな魔力は見たことがなかった。

「許さない・・・」

真琴は怒りの炎を瞳に宿し、火の精霊に向けて言った。
水竜は突如放たれた大きな魔力に驚きつつも、真琴に言った。

「いかん!いかんぞ娘!精霊相手に立ち向かおうなど!」

「うるさいっ!!!!」

「!!」

しかしその制止も真琴の咆哮一つで黙らせられた。韻竜が小娘一人の咆哮で、である。

『許さないならば如何するというのだ?』

「・・・・・・・・・決まってるじゃない」

杖を握りしめる真琴。その瞳には火の精霊しか映っていない。
ゆっくりとオルエニールという名の杖を精霊に向ける。
杖先に光が収束していくのがティファニアにもわかった。その光は徐々に大きくなっていく。

「『水に呑まれて地獄へ行け』」

真琴がそう言うと、杖先から猛烈な勢いで水が噴出し、意思を持つかのように火の精霊に向かっていった。

『・・・っち!!』

火の精霊はすぐさま炎の武器たちを展開し、迎え撃とうとする。

「それが・・・それがお兄ちゃんを・・・!!よくも・・・よくも・・・!!」

『私の武器がなすすべなく飲まれるほどの勢いか・・・』

真琴の杖から出る水の勢いは激しさを増し、簡単に火の精霊の武器を飲み込みバラバラにしてしまった。

「す、すごい・・・」

ティファニアは思わずそう呟いていた。

「でも危険よ、あの娘。見境なく力を使ってる。あのままじゃすぐに魔力は枯渇する・・・いえ、もうしててもおかしくないわ」

「そんな・・・でもそんな様子はないみたいだよ?」

「それが分からないのよ・・・一体何故・・・」

ルクシャナは謎を解こうと真琴を観察した。何か、何か種があるはずである。
だが、その疑問は火の精霊によって晴れることになる。

『ほう・・・水の精霊石を媒介に最小限の力で最大の力を発揮しているようだな。フン、それにしても中々才覚のある娘だな。先ほどの者より遥かに強いではないか』

真琴の杖を持たない手から光る石を見て感心したように火の精霊は言うが、種が分かればこちらのモノだ。
実力以上のことをしている娘の努力は評価するが、それは真の実力で無い。
襲い掛かる水の猛攻を潜り抜け、火の精霊は真琴に接近する。

『その余計な石を捨てさせればいいことだ!』

真琴に手を伸ばす火の精霊。

《不用意に近づきすぎですね、火の精霊。真琴ちゃん!》

「『おともだちになりましょう』フレンドボール!!」

桃色の光の球が火の精霊の動きを止める。自分の燃えるような戦意が失われていくのを精霊は感じていた。
浮かぶのは少女に対する親愛の情、友好の念に戦意は書き換えられていく。

『これ・・・は・・・!』

目の前の少女が愛おしく思えてきた。伸ばした手で今すぐこの少女を抱きしめたい念に火の精霊は襲われた。
そしてその誘惑は、耐えがたいものであり・・・甘美であった。

「でも」

真琴は杖を精霊に突き付け優しくそして冷淡に言った。

「ごめんね。やっぱりわたし、あなたのこと大嫌い」

至近距離から放たれた猛烈な勢いの水流に火の精霊は防御も出来ず、荒れ狂う水に呑まれそのまま岩盤に叩きつけられた。
さらに追い打ちのように蒼い光が複数襲い掛かる。衝撃で洞窟内の岩が破砕されていき、ついには小さな出口が出来るほどになった。
あまりの一方的な展開に開いた口が塞がらないティファニア、ルクシャナ、韻竜。

《子どもの癇癪は困りますが・・・まさかここまでとは私も思ってみませんでしたよ真琴ちゃん》

「オルちゃん先生・・・お兄ちゃんは・・・でも・・・」

《ええ・・・残念ですが・・・どんなに力があっても出来ない事もありますから・・・》

「うう・・・ひっく・・・ぐす・・・」

杖を握りしめたまま、静かに泣く真琴。
なんて虚しいんだ、とティファニアは思った。どんなに怒りをぶつけても達也が死んだという事実は消せない。
だけど、その原因を倒すことで少しは気分が晴れると思った。

「晴れやしないよ・・・タツヤ」

「・・・!気をつけなさい!精霊はこんな事では死なない!」

ルクシャナが叫ぶと同時に、海中から火の精霊が現れる。

『友情を叫んでおいて裏切りとは・・・下種め。娘、貴様に友情を今、不本意ながら感じている身として言おう。修正してやる!』

「・・・!先生これって!」

《友としての一撃をあの精霊は真琴ちゃんに送ろうとしています。敵意無き攻撃なので、フレンドボールの【命中した相手は対象に友情を感じ敵意を無くす】ルールに抵触しません!ですが精霊の一撃です・・・喰らったら怪我どころじゃないですよ!》

「・・・そう。その友達の大好きなお兄ちゃんを殺しておいてどの口が言うのかな・・・」

杖を構える真琴に対し、更に燃え上がる火の精霊。

『友の熱き拳で、その腐れきった根性を焼き尽くす!』

「うるさい人殺し!!」

杖から放たれる無数の水の矢を喰らいながら火の精霊は真琴に襲い掛かる。
ティファニアは我に返り、自分に何かできないか考えた。何か行動しようと杖を握る。
ルクシャナもそれに気付くが、もはや止めはしない。彼女がやることを見守ろうと思っていた。
ティファニアが杖を火の精霊に向ける。詠唱のために口を開く。

『遅い!』

「くぅっ・・・!!」

火の精霊の攻撃が真琴に届こうとしている。
ティファニアは叫んだ。かけがえのないあの残念な友が得意とする呪文を。

「『爆発』!!!」

瞬間、火の精霊の真後ろが爆発する。

『!!!』

「あうう!?」

爆風で吹き飛ばされる精霊と真琴。しかし両者の距離は開いた。
ティファニアは真琴にすぐに駆け寄った。

「ご、ごめん!大丈夫!?」

「い・・・いたた・・・テファお姉ちゃん・・・あぶないよ・・・」

《全くです。あのような至近距離で爆発をおこすなど・・・威力を抑えていなかったら、真琴ちゃんもバラバラですよ?》

「へうっ!?わ、私…夢中で・・・」

《夢中で…?》

オルエニールはティファニアの言葉に引っ掛かりを感じた。
そういえば、虚無の爆発呪文の力を抑えることのできる腕をこのハーフエルフは持っていたか?
いや、そうは見えない。・・・だったらそれが天然でできる天才なのか?大したやつだ・・・。


―――インストール完了。続いてデータの更新を行ないます。更新後、再起動を行ないます。更新データ1.09をインストール中・・・

『不意打ちとは効果的な。やはり仲間も同じ穴のムジナか』

「火の精霊よ、もういいであろう。これ以上わらわの住処を壊さんでおくれ」

『あの娘は私を地獄に落とすと言う。友にそのようなことを言わして放置などできん』

「・・・一体どうしてあの娘をそこまで気に入っとるんじゃ?」

―――インストール完了。再起動開始。

『いつの間にか、だ!』

再び真琴たちに向かう火の精霊。
真琴たちは反応が遅れてしまう。

《いけない!》

「真琴!」

ティファニアが真琴を護るようにして抱きかかえる。

「だめ!お姉ちゃん!」

―――パーソナルデータ更新完了。

「マコトは私が護るから・・・!タツヤ・・・!」

『ならば貴様ごと修正してやるだけよ!』

―――アプリ、起動。

真琴の小さな瞳はその時見た。自分たちに向かってくる火の精霊を。
ルクシャナは見た。子どもを抱きかかえるティファニアの姿を。
火の精霊は見ていた。隙だらけの少女たちの姿を。
ティファニアは目を瞑っていた。

だから『それ』が見えたのはこの洞窟の主しかいなかった。
その主でさえ、それが何なのか一瞬理解できなかった。
だが、かろうじて見えたそれは、まぎれもなく『手』であった。

『!!!?』

その手は水しぶきをあげながら火の精霊に一撃を与えた。
またもや岩盤に叩きつけられる火の精霊。今日は散々な日である。

『今度は何だ・・・!貴様かエルフの娘!』

ルクシャナは首を横に振る。ルクシャナだって何が起きているのか分からないのだ。
火の精霊はどこかへ飛んでいく先ほどの手を視線で追っていた。
―――そして、戦慄した。
ルクシャナも水しぶきを上げ、回転しながら飛んでいく手を見ていた。
―――そして、驚愕した。
真琴とティファニアはしばし呆然として、飛んでいる拳を見つめていた。
―――そして、落涙した。

『手』だけの何かはやがてある場所に戻った。
戻った瞬間にガシャンという機械音が聞こえたが、ルクシャナ達には聞きなれない音だった。

『貴様は確かに死んだはずだ』

戻った手の位置を調整する。具合は良好である。

『また小細工でもしたのか?これだから人間は・・・』

戻った手で腰に手を当てる。すると腹部が開く。

『!!?』

その光景に言葉を失う火の精霊。開けられた腹部内はボタンと文字や絵が映ったパネルがあった。
手がパネルに触れたあと、赤いボタンを押すと映像が切り替わる。

―――アプリを起動します。『砲』起動。

ガシャッという音がする。腹部を閉めた音だ。

「確かに人間、因幡達也は確かにお前に殺された」

そいつは火の精霊に向けて言った。

「だからあえて言ってやるよ火の精霊。よくも『俺』を殺したな。貴様のせいで俺は完全に人間をやめてしまった!」

かつて潰したはずの目が翠色に光る。
潰したはずの脚部が震えている。

「俺は」

水しぶきがあがる。

「童貞より先に」

跳躍する。

「人間を」

右手が脱落し、構える。

「やめたぞみんなぁぁぁ!!!」

瞬間、右腕から閃光が奔る。閃光は容易く洞窟の岩を貫く。
洞窟の高い天井に陽の光が降り注ぐ。薄暗い洞窟にいたので水竜は思わず目を細めた。
同時に火の精霊が地に叩きつけられた。

『な・・・んだ・・・何だ貴様は!?』

「お節介な馬鹿たちの機転で携帯電話と融合させられた」

『・・・・・・!?』

「お前の言う余計な力のせいで本来は人間として生き返るはずだったんだが、貴様、死体損壊にもほどがあるぞ。生き返ってもすぐ死ぬところだった」

脱落した手を拾って言葉を続ける。

「まあ、幸運にも高エネルギーが発生したからそれを餌に奴らは俺の身体の構築をした・・・が、人間として生き返る事は無理だった」

『ならば貴様は何だというのだ』

「機械人って言えば楽だが・・・あえて名乗ろう。俺の名前は因幡達也」

焼け焦げたはずの喉元には何故かマフラーが巻かれている。
真琴はその姿に兄や父が見ていたという英雄を思い出していた。
達也と名乗ったそいつはティファニアと真琴をちらりと見て言った。

「改造人間だ」



(続く)






[18858] 第173話 はじめてのひっさつわざ A指定
Name: しゃき◆c56270e7 ID:c25e07d4
Date: 2014/06/24 17:35
―――人間をやめた。
ティファニアは達也が何を言っているのかよく分からなかった。
そうだ、今までだって人知を超えたような力を出していたのに何を今更。

「タツヤ・・・」

名前を呼ぶ。何かがこみあげてくる。
今度こそ、本当に死んだと確信していた。
しかし彼は立っている。それはとても嬉しい事のはずなのに、『人間をやめた』という言葉が引っかかって仕方がない。

「テファ」

彼は自分の方を向かずに言った。

「君が知っている因幡達也という人間は確かに死んだ」

「でもタツヤはこうして!」

信じたくなかった。目の前にいるのはまさか亡霊とでも言うのか?
でも彼は見える。手を伸ばせば触れれるはずだ。
だからティファニアは彼に手を伸ばしかけた。
しかしそれを彼は制するように言った。

「お前の知ってる達也は手が飛んだりビーム出したりするのか?」

「わりと出来そうな気がする」

「既に人外扱いされてる!?」

何を今更。本当に何を今更であるか。
ティファニアは因幡達也という男に出来ない事はないとわりと本気で思っている。
それでも臆病だったり、虚勢を張ってみたり、マイナス面も沢山あるヒーローだ。
本で見た英雄譚のような戦いをせず、邪道ともいえるような戦い。
人はすでに彼に『悪魔』の二つ名を送っている。
世の評価はすでに彼を『人間』として扱っていない。
彼は認めないかもしれないが、彼は当の昔に『人をやめた』存在になっているのである。

「一体どうなってるのよ?貴方の今の身体は?」

ルクシャナの疑問はもっともである。
何せ達也の腹は何故かドアを開けたように開き、中には内臓ではなく、何かわけのわからない映像やボタンがあった。
さらに言えば、今まで魔力がありそうになかった彼の身体内部から噴出するように出ているこの緑の光は・・・?

「お兄ちゃん・・・どうしちゃったの・・・」

「真琴・・・心配かけたな。そしてごめんよ」

真琴に悲しそうな表情をして達也は言う。
何故謝るのだ?生きているのだから喜ぶべきではないのか?ルクシャナは軽い違和感を覚えた。

「お前は必ず、母さんたちの元に帰してやるから」

「え・・・お兄ちゃんは」

「心配すんな。兄ちゃんは・・・」

達也は真琴から火の精霊の方へ顔を向けた。

「もう少し、やる事があるからな」

『人間を止めてまで何を欲するか・・・それを堕落というのではないのか!人間は!』

「随分潔癖な人間としか出会ってないみたいだな、精霊さんよ」

『しかし、それでこの火の精霊を超えたと自惚れるなよ』

「・・・まさか熱くなっておるまいな?精霊殿?」

『立ち上がった事には賞賛するが、態度が気に入らん。まだ評価は弱き・・・卑怯者だ』

冷たく・・・しかし熱い炎が火の精霊の体から迸っている。水竜は困ったように溜息をついた。

「やれやれ・・・そこの小僧、やめる気はないかね?」

水竜は達也に意思確認をした。少し話しただけだが、水竜は達也はすでにあれだけやられたのだからもう諦めるのではないのかと期待した。そうすれば多少は穏便に・・・

「俺が卑怯者なら死体を損壊しすぎた貴様は下劣で鬼畜な破綻者だな。反吐が出るぜ」

はい、決定。穏便に終わらない。

「達也!そんな事言ったら火の精霊が本当に怒っちゃうよ!?」

「そうよ貴方、一度殺されてるのよ!?また死にたいの!?」

「お兄ちゃん・・・もうやめて・・・」

彼女たちは少なくとも穏便にもう終わりたいと思っているようだ。
先ほどまで大暴れしていた真琴まで『やめろ』と言っている。

『そこまで愚弄するからには覚悟できているのだな?』

静かに、しかし確実に火の精霊は怒っている。
ここまで来たら水竜といえど止めることは出来ない。

「覚悟だとぉ・・・?笑わせんなよ!」

達也の喉元のマフラーが光の粒子と姿を変え、緑の光と同化していく。
光は達也の右手に収束していく。輝きを増していく達也の右手。

「決めてんだよ。真琴を元の世界に返し、テファを皆のところへ帰し、そこの博識(笑)女をちゃんと婚約者とよりを戻させる覚悟を」
「ヨリ・・・戻るのかしらねぇ」

「ごめんねと言ってあとは昨夜はお楽しみ状態に持って行け」

「割と最低な提案ありがとう。っていうかそれ貴方の覚悟関係ないわよね」

『その程度の覚悟が何になる・・・?』

嘲るような精霊の声に達也は答える。

「この程度の覚悟だが・・・俺は突き通すしかない」

『矮小だな』

「そうか?だがその矮小な覚悟、テメェ如きを貫くには十分だと思うぜ」

光はやがて形を変え、槍のような形になった。
ティファニアやルクシャナはその槍の先端部分を見て達也の槍はただの槍ではないと思った。
その先端の刃となる部分は円錐型であり、周囲に螺旋状に刃が巻き付いていた。
まあ、いわゆるステップドリルが槍の刃になっているという安易な発想の槍である。
火の精霊はその形状に興味を少し惹かれたと同時に失望した。

『そのようなモノで貫くと?』

「貫くさ」

『過小評価しすぎだな。この期に及んで』

「妥当だろ」

『自惚れも大概にしろ』

「どうかな!」

ドリルが回転を始める。達也が姿勢をやや沈める。
このまま貫こうと達也は近づいてくるだろう。火の精霊は無駄な努力だと思いつつも返り討ちにするために構える。

『ならば貫いてみるがいい!』

「貫いてやるさ!ドリルマシンガンを喰らえ!!」

達也が叫ぶと高速回転するドリルの先端から無数の小さなドリルの弾丸が続々と発射された。

『ぬぅ!?』

虚を突かれた火の精霊にドリルの弾丸が直撃する。
弾丸は回転しながら精霊の体内に食い込み貫通していく。

『遠距離攻撃だと貴様!その槍で貫くのではなかったのか!?』

「何のことだ火の精霊?俺は一言もこれが槍だとは言っていないぞ?」

『ぬかす・・・!』

ぱららららという発射音は未だに続き、火の精霊に弾丸が襲い掛かる。
すぐに再生は可能だが、移動を阻害させてしまう。
火の精霊はイラつき、一気に片をつけようと体内から火炎を放射した。
ドリルの弾丸を飲み込み炎は達也に向かっていく。

「その手は喰わねェ!」

達也はドリルのついた武器(仮)を岩盤に突き立てる。
すぐに達也の姿を隠す様に岩壁が大地より現れた。

『防ぐか。ならばこれはどうか!』

火の精霊はすぐさま火球を岩壁に幾度も放った。
轟音と共に岩が砕ける音がした。しかしなおも攻撃を続ける精霊。
ティファニアと真琴はもう叫ぶ元気もない。ただ、達也の無事を祈っていた。
ルクシャナと水竜は「ああ、やはりだめか」と思っていた。
先ほどまで達也のいた場所は瓦礫の山である。
しかしだからといって、達也が下敷きになったわけではなかった。

「それも効かねえッ!!」

精霊の真下から達也は地を突き破り飛び出てきた。
そしてドリルの弾丸を再び精霊に撃ち込む。

『小癪な!』

精霊が弾丸を炎で迎撃すると、弾丸は破裂音と共に煙を出した。

『煙幕だと・・・小賢しい真似を・・・これで不意打ちするつもりか?』

火の精霊は炎を宿した腕で煙を払う。視界はすぐに良好になった。

『その程度か?・・・む?』

また隠れているかと思ったが、達也は煙が晴れた先に堂々と腕を組んで立っていた。
その視線はまっすぐと火の精霊を捕えている。その目の光には恐れはなかった。

『覚悟がある・・・少しは本当のようだな』

「俺の覚悟は貴様が思っているほど矮小じゃない。貴様は人間を、いや俺を過小評価しすぎだ。いや、それはかつての俺もそうだった。その結果がこのザマだ。人間として殺され、何をどう間違ったか改造人間に成り下がった。成り下がっちまったんだ。だが!俺は生きている!成り下がろうと何だろうと俺は生きている!」

達也は天に指差しながら吼えた。

「一度死んでも立ち上がり、貫き壊そう負け戦!ゼロの勝機を無理矢理造る!無限の壁が阻もうと、砕いて踏みつけ前へと進む!俺は何だ?俺は因幡達也だ。俺は何だってんだ?そう、俺は改造人間!だがこの想いは改造はされていない!だったらなんだ?そう!俺はまだ人間だ!ちっぽけな人間だが・・・あえて言おう!」

達也はドリルの様な武器を両手で持ち天へと向けた。

「精霊如きにィ・・・・・・!!」

『!』

「俺は殺されねえ!俺は!殺されてやらねェェェェェッ!!!」

『これは・・・!!』

達也の持つ武器が輝くと、ドリル部分が達也の右腕に同化した。
流れる時間がゆっくりに感じた。真琴の目の前の兄は右手にドリルを宿した。
現実感のないまま、そのドリルはゆっくりと回転し始めた。
達也もまだ現実感が足りない状態だった。覚悟もある。自分がこうなった、こうなってしまった認識もある。
だが、腕のドリルが回転を重ねると同時に彼の脳裏にはこれまでの人生が流れて行った。

三国姉妹に初めて出会った日。
妹が生まれて兄となった日。
あの娘が『いなくなった』あの日。
残った『あの娘』が憎しみの目で自分を見た日。
『あの娘』と和解したあの日。
あの娘とデートを約束したあの日。

ルイズに出会ったあの日。
ギーシュと決闘し、和解した日。
ワルドと戦い、ウェールズとアンリエッタに出会った日。
七万の軍勢に向かって転がった日。
ティファニアと出会ったあの日。
ルイズたちと再会したあの日。
真琴がこの世界に来た日。

あの娘とついに結ばれたあの日。
ルイズたちが痴女化したあの日。
タバサを助け、ガリア王と戦った日。
5千年前から来た彼女を失った日。
吸血鬼と戦った日。
エルフの里に来てしまった日。
エルフのイケメンと戦った日。

そして・・・人間は死んだ。多くの絆と思い出を壊されて。
だが・・・立っている。死んでも、今、生きている。
己の身体は既に人間のそれではない。人間であった時の思い出はもはや取り返すことは出来ない。
さようなら、人間としての日々。
そして、改めて宜しく因幡達也。俺はまだ生きている。
改造人間の因幡達也、俺はまだ生きている!それが現実なのだ!
純粋な人間の時の思い出が涙として流れる。それを改造人間は振り払い、前を向いた。

達也は大地を踏みしめ、回転する右腕をやや後ろに下げる。
地が、海が僅かに震えはじめる。同時に達也の所持する精霊石も輝く。
その輝きは達也の身体を包み、一層眩く輝く。

「な、なんなのこれ!?今度は一体なにが!?」

また妙なことが起きるのかとルクシャナは身構えた。
その慌てた様子を見て達也は可笑しくなりふっと笑った。

「安心しろルクシャナ」

「え?」

「これから起こるのは面白可笑しいびっくり現象じゃないから」

ルクシャナを見る達也の表情は自信に満ちていた。

「そう、これからやるのは・・・」

嗤っている。先ほどグチャグチャに敗北した相手を前に、あの男は嗤っていた。
その嗤いが向けられたのはルクシャナではなく火の精霊だった。

「火の精霊、お前に向けた必殺技だ!!」

『させるか愚か者が!!』

火の精霊が火炎を放射する。達也は即座にドリルで穴を掘り、穴の内部へ入り込んだ。

『逃がさん!』

炎は穴の内部に入り、達也を追う。しばらくして地響きがあった。

「タツヤ!?やられたの!?」

ティファニアがようやく声を出す。そんな彼女の心配はすぐに消し飛んだ。

『!!』

火の精霊は自分が放射した炎が押し返されている事に気付いた。
何事かと思ったが、すぐに力を込めようとしたその時だった。
穴の奥から水柱と共に達也が戻ってきた。

「何が逃がさんだ外道精霊!!それは此方のセリフだ!!」

『これは・・・海底まで掘り進んだのか!?』

「掘り進んだ先の海を水の精霊石の力で自らを押し上げるように仕向けたのか・・・あの小僧!」

水竜は達也の胸元に光る水の精霊石を見ながら叫ぶ。

「海の水を操っているの!?」

『海が・・・奴の肩を持つというのか!?』

「ひっさぁぁぁぁあつ!!!!」

噴きあがる海水の勢いのまま、達也は火の精霊に接近する。
火の精霊の炎は凄まじい勢いの海水に全てかき消される。海に混じる砂や小石も火を消していく。
同時に海水や石や砂が達也の右腕に集まっていく。

「ドリルゥゥゥ!!パァァァァァンチッッ!!!」

達也が放つ螺旋の拳は物凄い勢いのまま火の精霊の身体を貫通した。
火の精霊はそのまま海水と共に岩壁に叩きつけられた。その身体に大きな穴を空けて。

『ぐあっ!?』

苦悶の声をあげる精霊。誰が見ても達也の勝利であった。
精霊は大地へと堕ち、倒れ伏した。
誰がどう見ても自分は敗北した。これが他の二精霊が認めた人間(?)の力。
こうなっては自分も認めなくてはいけない。
達也を認めようと精霊はその身を起こそうとする。

『!』

しかし、その身を起こしたその場には達也がすでにいた。

「俺の勝ち・・・だがァァァァ!!」

達也の右腕が精霊の身にもう一つ穴を空けた。
自分を殺した相手への怨念の一撃。彼はしっかり根に持っていた。

『ぐふっ・・・!!』

達也は右腕をあげて精霊に背を向けた。

「調子に乗ってやり過ぎなんだよ糞精霊。だからやり返したのさ。やられたらやり返す。でも言い訳しやすいように8割返しだ」

『なんの・・・言い訳・・・だ』

「勿論」

達也は精霊を見下しながら言った。

「正当防衛のさ」

『・・・・・・』

「・・・過剰防衛じゃない?」

「やりすぎなのはこいつじゃん。俺、こんな身体になっちゃったじゃん。性的虐待・暴行レベルじゃねーぞ?何せ一度死んでる」

「返す言葉もない所だけど、アンタ生きてるじゃん」

「結果論乙。それに真琴とテファの精神的苦痛も考えれば消されなかっただけでもマシじゃねェ?」

というかルイズなら確実に火の精霊を消し飛ばしてるだろう。それと比べれば寛大な処置(笑)である。

「私も気疲れしたんだけど」

「勝手にしてれば?」

「当たり前のように言ったわねアンタ」

達也とルクシャナの口論を見ながら火の精霊が敗北を認め、達也が火の精霊石を貰ったのはこのあとすぐであった。

(続きます)

・改造主人公はもはや別キャラ。



[18858] 第174話 笑う石の冒険
Name: しゃき◆c56270e7 ID:df1f0092
Date: 2016/02/25 18:13
『おめでとう! たつやは かいぞうにんげん に しんか した!』

是非ともBボタンを連打したかったが、どうやらこの進化は石的なもので進化したものだったらしい。
妹を守るため、美少女を守るため、目前の敵を倒すため・・・
色々理由を付ければ、謎のパワーアップに説得力を持たせることは可能なのか?
覚悟完了!と息巻いたはいいが、あれは熱くなりすぎたのだ。
ほら、ビビ○ン声のあの人も砂漠の虎に言ってたじゃん。『アツクナラナイデ!マケルワ!』と。
少なくとも勝ったが、勝ったということは冷静になる時間も得たということである。

嗚呼、何故俺は熱くなりすぎたとはいえ――

『俺が卑怯者なら死体を損壊しすぎた貴様は下劣で鬼畜な破綻者だな。反吐が出るぜ』

などと挑発的な中二セリフをしたり顔で言ってたのだろうか。
嗚呼、何故だろうか。あの時の熱くなっていた自分がずいぶん前、だいたい1年半以上前の出来事に思えてしまう。
1年半もあれば全盛期過ぎるしね。あのころは良かったと振り返れるしね。うんうん、あの時俺は若かったんだよ。

しかしそれはおそらく気のせいである。すべては数十分前の出来事であり、目撃者も多数。
台詞は全部聞かれており、彼女らの記憶に残る。
秀逸な台詞ならば以後も語り継がれてネタになるが、中途半端な言葉は恥ずかしいだけである。
人の記憶には残らないが、自分の記憶には残る。そして死にたくなる。っていうか死んでいた。

そしてこの姿である。螺旋の拳と言ったはいいが、ドリルじゃん。
いや、ドリルじゃん。男のロマンと言ってる場合じゃない。ドリルじゃん。
しかも利き手がドリルじゃん。回るじゃん。手のひらくるくるじゃん。
更になんかさっき、小さなドリルがたくさん出たじゃん。危ないじゃん。
ドリルパンチとか言ってる場合じゃないじゃん。これ日常生活に不便じゃん。

あとビームも確か出たよね?これもついさっきの事なのに2年以上前の気がするね。不思議だね。
いや、ビームじゃん?光学系兵器じゃん?こっちが必殺技で良くない?
ドリルよりサイコ○ンの方がなんかスマートな気がするけど何故ドリルになったんだ?
若さゆえの過ちなのか、更新データ1.09とやらが粗悪品なのだろうか?
うん、きっと。いや確実に後者であると確信している。
っていうかなんなの?確か使い魔のルーンって使い魔死んだら消えるってルイズの授業で言ってたよね?
ならこれはなんなの?明らかにルーンとかそういったレベルじゃないだろうこれは。

《無論、愛の力です》

何か聞こえたような気がするが、おそらく過剰なストレスによる幻聴に過ぎない。
おそらく次は幻覚を見ることになるだろうから、早めの対策を練った方がいいと思う。
何せ一度死んでいるのだ。そのストレスは精神を壊すことになるだろう。
帰ったはいいが廃人なんて笑い話にもならない。そもそも改造人間になって帰るモチベーションにも影響が及ぶ。

《こちらで暮らせばいいじゃないですか》

えー、やだー。だってこの世界、生きたまま焼かれるんだぜ?

《そちらもあまり変わらないでしょうに》

・・・・・・

「と、まあ幻聴聞こえるレベルの状態なのだが、俺は大丈夫なのか?」

「どこをどう捉えれば大丈夫という結論に至るのか不明な状態で何を言うのかしら?」

「右手ドリルだしな。貫くぞワハハー」

「大丈夫、もう私は貫通済みよ!」

「虚勢を張って下ネタとは、名誉について考えさせられる発言だな」

『私はお前に貫かれたがな』

「この流れでその発言はアウトだろ・・・火の精霊の品格を問われるぞ」

『皮肉だったのに何故か憐れまれている・・・』

人同士のコミュニケーションは難しい。種族が違うなら尚更だ。
おお火の精霊よ。これに懲りずどんどん人間とコミュニケーションをしていただきたい。そのうちこの会話の意味がわかるから。そして理解した後に貴女が『人間ごときに穢された!くっ・・・!殺せ!』と言うようにになったら貴女は人間を理解しはじめたということになるだろう。そうなったら俺は何をするわけでもなく放置するが。

「とにかくこれで火と水と土か。あとは風だけど・・・」

「風の精霊が今芳しくない状態であるのはエルフの間でも有名よ。あのせいで浮遊する大陸もあるじゃない」

浮遊大陸アルビオン。空中を浮遊する大陸。彼の故郷。
麗しきアンリエッタが暴走する切欠となったであろう彼の死は惜しまれるべきか。
風の精霊に会うためにはそこに行かなければいけないのか?

「そういえば今、風の精霊が芳しくないから大陸が浮遊してるっていうけど、アルビオンって何時から浮いてんの?」

「少なくとも私が生まれる前から浮いてたわね。かなり昔と思うけど」

「そんなに長く芳しくないのかよ」

「この星からすれば私たちの種族が誕生して今までの時間なんて一瞬みたいなものよ。精霊にとってもほぼ同じでしょう」

考えるだけ無駄じゃないの?と肩をすくめるルクシャナ。

「火の精霊も同じように長く生きてきたのか」

「そういうこと」

「高齢者虐待をやってたんだな俺は」

「貴方って人間の屑ね」

「老人は若者に未来を託すべき」

その老人に丸焦げにされたので文句は言う権利はあるはずである。

「さて・・・もういいかの?」

でっかい水竜・・・通称『海母』が語りかける。わが妹とティファニアは俺とルクシャナの軽口の叩き合いに戸惑っているようだ。

「ここにはいくらいても構わん。面白い見世物も見せてもらったしの。好きなだけいるがいい。潮の匂いはきつかろうが」

「そうさせてもらうわ。身を隠すにはちょうどいいからここで休みましょう」

洞窟の奥へ戻る海母。その姿はすぐに消えた。



そこらに落ちていた海藻などを集めて火をつけた。これで真琴たちも暖が取れるだろう。
イルカが捕まえてきた魚介類を焼いて食べた。別に刺身にしても良かったのだが醤油がないんや・・・。

「これからどうすればいいんだろ・・・」

真琴がぽつりと言った。

「どうするって・・・」

ティファニアが俺を見る。
が、改造人間になってもご飯は食べられることの喜びに俺は感動していた。たぶん体内でバイオ燃料化するんじゃなかろうか?

「とりあえず今日は寝ましょ」

ルクシャナがあっさり言う。確かにここまでの疲労度は並大抵ではない。

「その提案に賛成するよ。でも夜這いするなよ」

「貴方が言うのそれ?そこまで堕ちてはいないわよ。少し女の子に頼りにされていい気になってるんじゃないわよ童貞くん」

「童貞の何が悪いの?」

「ここで純真な質問を投げかけないでよ」

『オメーら、一応純真な乙女っ娘もいるのに何言ってやがんの』

ついに無機物にまで注意されてしまうほど堕ちてしまった俺とエルフ熟女(笑)。
ここからどうするか。まずやゆっくり休んでいい案を考えよう。脳には休息が必要なのだから。







そもそも俺たちは誘拐されてきたのだ。トリステインに帰るためにルクシャナは立場を犠牲にしてまで脱走に協力している。
でもここは絶海の孤島だし、外で情報収集しようにも、そんなことをすれば追手に見つかるとのこと。
陸地についても真琴やテファを連れて砂漠横断は難しいという結論は出た。
どうにも悲観的になる。食べ物はイルカが取ってくれる。水は雨水を魔法にかけることで飲料用とした。その他生活用の水は水の精霊石の力で補った。え?飲料にできなかったのか?できるよ?ただ男の股間から出た真水を飲ませるってどうよ?
ルクシャナも脱出方法を考えているが「そのうちなんとかなる」の一言のみで使えない。
目の前にはイルカと戯れる妹と爆乳美少女。嗚呼、イイ笑顔だなぁ~。
最近テファたちは海の中によく潜っている。真琴も魔法の杖の指導のもと魔法をちびちび使えるみたいだ。
水中呼吸の魔法を利用し、彼女たちは海へ潜っている。魚たちが寄ってくると妹が興奮して報告している姿は可愛らしかった。
テファは水と相性が良いらしくすぐに自在に泳げている。環境は人を変えるというものだ。

「あのさ」

『なんだい相棒』

「今日で俺たちがここに来て何日だ?」

『今日で5日目だね』

「海で泳ぐ女たち・・・そして男一人今日も飯の支度に励む」

『そうだな。相棒の腕も上がったんじゃないのか?』

「ああ、食材は確かに採ってきてくれるよ。でも魚料理オンリーだな」

このまま続くと俺は職人街道一直線のような気がしてならない。

『でも嬢ちゃんたちはおいしいおいしいって言ってくれんじゃねえか』

「調味料は塩オンリーなのにか」

『・・・』

「なあ」

『あん?』

「いや・・・俺は恵まれてるのか?」

『どういうことだね?』

「美女が水着同然の格好で過ごしている中に男一人いることがだよ」

『一般的には羨ましがられるシチュエーションじゃね?』

「・・・」

『どうしたね?』

「・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・」

『うおっ、どうしたんでぇ、相棒!そんなため息なんてついちまってさぁ!?』

「・・・ああ?聞きたいか?」

『おう』

「今日も女たちは海へダイビングで楽しみ、俺は飯を作る」

『おう』

「昨日も作った。一昨日も作った。多分明日も作った」

『明らかに未来を過去のように言ってるがそうなるだろ』

「多分、明後日もその次の日も次の日も俺は飯を作り続ける。この洞窟で」

『はあ』

「毎日毎日同じことの繰り返しで生きてる気がしないんだYO!」

『そんなことねえよ相棒!相棒生きてるよ!なあ相棒!お前も遊べばいいんだよ!』

「遊ぶぅ~?」

『そうさね!こんな洞窟でも片手間に遊ぶことは出来らぁ!なあ相棒、古典的だが水切りをしようじゃねえか!』

「水切りだって?そんなことで俺は生きてる実感を得ることができるのかい?」

『その通りさ!水切りだって拘れば何回石が跳ねたか、技術を磨き記録を伸ばすことの喜びを実感できる!そりゃもう生きてる感満載よ!』

「え~?そういうものか~?確かに小さいころは川辺で遊んだけどさ~、一介の青年が水切りで生の実感を得れるかぁ~?」

『いいからいいから~デルフを信じて~♪いいからいいから~デルフを信じて~♪』

俺は手ごろな石を手に取り海面に向かって投げた。1、2、34567・・・8・・・8回だった。

『おう、8回か。次はフォームを変えたりして工夫してみな!』

「しなれ俺の腕!」

などと言ってみたり。石は9回跳ねた。ちょっぴり嬉しい。

『おうおう!楽しくなってきやがった!さあ相棒、次は10回を目指そうぜ!』

なんだか楽しくなってきたかもしれない。これが生きている実感というものなのか?
過去の自分を超えていく実感。それはまさしく生きているものだけにしかない感覚。
俺はこの石を持った手に、過去の自分を粉砕する力を込めた。
さあ、切り裂くように唸れ俺の腕!そして俺の思いに応えてくれ名もなき石よ!
石が俺の手から離れる。いい感触である。

石が水面へ飛び込み、跳ねる。勢いはある。
跳ねる。跳ねる。勢いはまだある。
跳ねる。跳ねる。跳ねる。俺の意思を汲み取るかの如く、石はまだ跳ねる。
跳ねる。まだ勢いはある。
跳ねる。まだいける。
跳ねる。石は『まだいけるぜ!』とばかりに9回目の跳躍を果たした。
俺には名もなき石の姿が宝石に見えた。今確かにあの石は輝いている!さあ、10回目の跳躍を見せてくれ!

「お待たせ~!今日は大きなエビが採れ・・・あべしっ!?」

ごしゅっ!という音が鳴り響く。
力なく落ちる俺の石。ぽちゃんという音が無常に響く。
続いて突然飛び出してきたルクシャナの手から逃れる大きなエビ。すぐに沈んで見えなくなった。
ルクシャナはエビが落ちたにも関わらず、白目を剥かんとしている。頭部には哀れ瘤でも作ってしまっている。
遅れて水面にテファと真琴が現れる。

「タツヤ!ルクシャナがエビを採ってくれて・・・!」

「貝もたくさんとれたよ!・・・ってあれ?」

二人もルクシャナの異常に気付く。まずい、もう沈み始めている。このままではいかん。せめて意識を!俺は叫んだ。

「エビが落ちたぞ!すぐに戻れ!メシ抜きだぞ!」

その言葉に沈みかけたルクシャナは覚醒した。
しかしすでに頭半分沈んでいたので彼女は右手を挙げ了解とばかりにサムズアップをした。
そして彼女はそのままゆっくり海に沈んでいった。
ルクシャナを追う様ににテファと真琴も海に潜っていった。
その姿を見送った俺は無機物に語りかけた。

「人がダイビング中に水切りは危険ということが実感できた」

『おう。それが生きてるって証拠さ』

「良い子はマネしちゃダメってやつだな」

『実に教育によろしいな』

「道徳授業に採用されるかな」

『されたらいいな』

「・・・ルクシャナにはあとで謝ろう」

『・・・そうだな』


大人になるって―――生きるって難しい―――
こうして改造人間になって6日目も無事に過ごせましたとさ。
・・・なにも進展していねえ・・・


(つづく)



[18858] 第175話 ファンタジー世界の海に眠るファンタジー〈ドリル)
Name: しゃき◆c56270e7 ID:df1f0092
Date: 2016/02/28 01:35
改造人間になったからといって別に水に弱くなったわけではない。
寧ろ、水の精霊石を所持しているのだ。強くなったはずである。
もともと泳げない、というわけではない。海の中が魅力的ではないというわけでもない。

海の中は花畑のような珊瑚が溢れかえっている。まさに壮観である。
珊瑚の間を色とりどりの魚が泳ぎ舞っており、何か世界の危機とか死線を彷徨うとかなにそれ?という気持ちになる。
その光景に魅入られたのかティファニアは俺を海の散歩に誘うのだが・・・

「この海、普通に鮫がいるのに危機感ねえな」

勿論、鮫からはイルカたちが守ってくれていると彼女たちは言うが、鮫以上の生物がいたら危ないと思う。
あるでしょ?ここはファンタジーな世界なんですよ?ドラゴンとか珍しくないんよ?
海を泳ぐ竜とか普通にいるんじゃないのか?

「そこんとこどうなのよ。竜とかいるだろ」

『そりゃいるさね。でもここら一帯はあの海母サマの縄張りだ。そう簡単に侵入はしねえって』

一応客人の身であるらしい俺たちに危害を加えようとすれば海母が黙っていないだろ、と喋る剣は言う。
この付近ならば、自由に泳ぎ回ってもいいということか。

『でなきゃ嬢ちゃんたちがあんないい顔で海に繰り出すことはなかろうよ』

海は命の源と言われるが、その命の源に浸かっているせいか真琴もテファも明るさを取り戻している。
一方俺はどうなんだろう?喋る剣と馬鹿な会話をするぐらいには心の余裕はあるつもりだが・・・

「お兄ちゃんも海で遊ぼうよ!」

真琴のお誘いの声がかかる。テファも笑顔で手招きしている。
ルクシャナはこちらを見てニタニタしている。なにが可笑しいのだろうか。気持ち悪いのだが。

お誘いを無下に断る理由はない。俺は海の中に入った。
水の精霊石の力で水中での呼吸は問題ない。さらにジェット噴射により高速移動も可能である(どこから噴射しているのかは想像にお任せする。あえて言えば下品であるので直接表現は避ける)。水中移動には何ら支障はない。よーし、お兄ちゃんはりきって遊んじゃうぞー!




4人で遊ぶ。
俺はそう思っていた。少なくとも海に入った時点では4人であったのだ。
ではなぜ俺はこの海中でティファニアと2人きりになってしまっているのか?
なにこれ?あの残念なエルフの差し金か?真琴もいつの間にかいないし・・・
おそらくこの状況を愉しんで、どこからか覗いているのだろう。
改造人間になる直前に俺はこの娘と接吻をした。ああ、石を投げるなら投げやがれ!だがな貴様ら!過ぎ去った過去を責めてももう、どうにもならないということを覚えておいて頂きたいんだ。寛容な心をもってこそ人間は豊かな心を育み、よりよい未来をつくることができるんだ!(キリッ


ティファニアは自己弁護を内心行っている達也をじっと見つめていた。
その彼の顔を見ていると思わず微笑んでしまう。
ルクシャナによってセッティングされたとはいえ、この蒼く澄んだ海中で、のんびり二人きりで過ごせる時間が、彼女にはすごく尊いものだと感じられたのである。

―――このまま・・・ずっとこのままだったらいいのに・・・

このまま辛いことはすべて忘れて、ここで達也と過ごせたら・・・そんな甘い想像をしたティファニアであったが、すぐにそのようなことを考えた自分を恥じた。ルイズたちはきっと、自分たちを心配しているのだから。それにそんな自分の願望を彼に言ったところで、彼は困るだけであろう。

因幡達也という男は分からない。聞けばすでに故郷に心に決めた女性がいるという。
ならば自分になんか優しくしないで、故郷に戻ってしまえばこのような気持ちにはならなかった。
自分は遊ばれているのか?なら何で彼は命がけで護って戦ってくれるのか?
自分の気持ちは届いているはず。何せキスまでしたのである。そこで突き放すこともできたはず。
どうして?タツヤは一体何を考えているの?
そんな疑問が感情と共に言葉となって飛び出した。ちなみに水中でも会話できる魔法は行使している。

「タツヤはどうして・・・命がけで・・・そんなになっちゃっても・・・私たちを護ってくれるの?」

ティファニアはじっと達也を見据えて言った。
何の脈略もなく言われた言葉。彼女は達也を理解したかった。

「そりゃ大事だからさ」

即答だった。

「俺にとってそういう存在だぞ、テファは」

ティファニアの頬がみるみるうちに染まっていく。思わず顔を伏せてしまう。

「だからあんまり自分を卑下するんじゃねーよ」

どうやら、達也はティファニアが自分が護ってもらう価値がないのでは?と不安になっていると認識しているようだ。
いやまあ、そう感じていることは事実といえば事実なのだが、いや、しかし、それでも何だか悪い気はしない。
正直凄く嬉しい。なんかまともに達也が見れない。今すぐ抱きしめたいと思うが、ティファニアはそのような本能のうずきに耐えられる強い女性であった。しかし例え心強くてもティファニアはまだ少女なのだ。


絶対この状況を愉しんでいるやつがいる。
ティファニアの突然の質問もおそらくルクシャナあたりの入れ知恵だろう。
仮にそうだとしたらもう少しネタに走るべきだったろうか?例えばテファを失うのは世界の損失だとか、報酬がテファの身柄だから頑張っちゃってるんよとか言っとけば笑え・・・なさそうだ。とくに後者はヤバい気がする。そいつはいくら何でもねーよ。さすがにテファも引くだろう。

「タツヤ・・・」

「ん?」

「わたしの全部を・・・あげる」

「What? Are you kidding me?」

思わず日本語を忘れてしまう衝撃であった。テファは何を言われたのかわからず半泣きである。
なんだこの駆け引きは?私の全部をあげるだと・・・!?
落ち着け、まずは落ち着け。これはきっと孔明か仲達あたりの罠だ。
あるいは連環の計の一環か何かだ。裏でルクシャナが何か企んでいるに違いない。
話の展開がおかしいではないか!話がうますぎだろ!
あの魔乳に細身の身体。妖精のように可憐で気立てがよく、心優しい女の子が『私の全部をあげる』だと・・・!?
いや、確かに彼女は自分を嫌ってないし、むしろ好意がなきゃキスを・・・

しまったーーーーーーーーー!!!!?
もしかしてあのキスでテファはタガが外れたのか!?あの後、何が起きたかといえば俺の改造人間化だ。
一度死んだにもかかわらず復活した俺を彼女は見ている。俺、死んでも蘇ってテファや真琴を護ってる状況だよね?
・・・もしかしてそのシチュエーションがテファのストライクゾーンど真ん中だったりするの?
え?俺ってもしかして地雷踏んだ?踏みしめてた?
みんなぁーーーー!!テファを落とすなら一度死んで蘇生しなきゃだぞーーー!!難易度高すぎ!

「テファ!」

「は、はい!?」

「そうホイホイ、自分を安売りしないの!」

さあ、この勢いで誤魔化せるか!?

「タツヤになら・・・」

盛っている!?この少女盛っている!?この程度の勢いでは止まらんか!?

「テファ!聞いてくれ!」

「な、なに?」

「タダより高いものはない!!」

「!?」

「よって自分の適正価格を認識してから・・・」

「ああああああああああ!!!まどろっこしいわね!!!」

ぬうっ!出てきたなルクシャナ!やはり貴様の仕業か!!

「こんな可愛らしい娘が童貞坊やに滅茶苦茶にしてと言ってるのに何をはぐらかしているの!?」

「やかましい!お前はテファをどうしたいんだ!?」

「ただ私は焚き付けただけよ。だって暇だし」

「可哀想に・・・老人の道楽に振り回される若者・・・」

「誰が老人よ!?大体適正価格ってなによ!?わけわかんないわよ!?」

「言った本人が言うのもなんだが同感だ!」

「お兄ちゃん・・・テファお姉ちゃんが可哀想だよ・・・」

「そーだそーだー妹の言う通りだー」

真琴の無垢な発言に乗る汚い老人(エルフ)。こうして若者の発言は汚い大人によって捻じ曲げられていくのである。そのような力に対して俺は断固No!と言わざるを得ない!

「すまねえ真琴・・・お兄ちゃんいけないヤツだな。反省しなきゃな。頭冷やしてくるよ」

俺はそう言って3人から離れていった。目指すは砂地の向こうの岩だ。
そこで身を隠し、ほとぼり冷めるまで食材探しをしようか。
ルクシャナあたりが「逃げただと!?」と言ってるが無視だ。

しばらく泳ぐと到着した。だが、何か違和感がある。
確かに岩があるが、付近の砂地は不自然に盛り上がっている。
まるでそこに、今まで何かあったかのようだ。
しかしひとまずここで休憩することには変わりない。
俺は砂地に腰かけた。

≪データを更新しました。情報を解析しています≫

ピコンっと音が鳴る。身体を確認すると腹あたりが青く光るのを確認した。
その光は徐々に頭部へ移動し、消えてしまった。

「データの更新って・・・え?何々?」

『どうした?』

デルフリンガーが声をかける。

「いや、もしかして、今俺らがいる下に何か武器が埋まってるみたい」

『武器だ?』

「ちょっと待て調べてみる」

≪解析中・・・解析中・・・武器種:戦艦と判明≫

「!!?」

どうやら下には戦艦が埋まっているようだ。かつてこのあたりで海戦でもあったか?
沈没船ならばお宝があるかもしれない。まあ、掘ってみなければわからない。
俺は土の精霊石の力で埋まっている船の下の大地を隆起させてみた。水上までは上げることは出来ないが砂上には上げることは可能である。
ゆっくりとゆっくりと姿を現す戦艦。さて、どういう戦艦であろうか。もしかしたら紫電改や10式戦車のように俺の世界の戦艦かもしれない。どうしよう大和とか長門とか浮上して来たら。正直感動するかもなぁ。兵器として使えるかどうかはべつだけど。
俺はゆっくりと浮上していく船を見ながら呑気にそう思っていた。


一方、時は少々遡り未だ空の旅を続けるルイズたち。
流石に空の旅をぶっ続けで行くはずもなく、途中補給などを行なっている。
目立った戦闘は皆無であるため、乗組員は健康であるが、救出目標の安否が不明なため、皆、焦りの表情が伺える。

「万全の準備をして乗り込むとはいえ、彼らは大丈夫かな」

レイナールがパスタを啜りながら言う。現在は夕食の時間である。

「生きてるとは思うよ。そうでないと困る」

マリコルヌはコーンスープを一口飲んで言う。空の旅は夜になれば寒い。今のうちに身体を温めておきたい。

「ティファニアや真琴嬢もいるのだ。必ず生きている。信じよう」

ギーシュはバラを弄びつつ友人の生還を信じている。
大丈夫。おそらく心配するだけ無駄なんだ。きっと笑顔で「死ぬかと思ったぜ!」などと言って帰ってくると男性陣は思っていた。

「・・・タバサ、どう思う?タツヤたちは」

「・・・彼なら、きっと」

「愚問だったわね。タツヤが私たちを遺して逝くわけないわね。ところでルイズは?」

キュルケは自分の友人が姿が見えないことに気付いた。
タバサは首を横に振った。知らないらしい。

「ミス・ヴァリエールでしたら、船室にお戻りになられてますよ」

答えたのはシエスタである。
彼女も心配でたまらないはずである。それを払拭するように彼女はメイドとしてせかせか働いている。

「そう、ならからかいに行きましょう」

「・・・」

キュルケとタバサはルイズの船室へ向かった。
船室ではルイズが杖を構えていた。何だか真剣な表情である。

「何してるのルイズ。杖なんて構えて」

「キュルケ?何ってそりゃあ使い魔の生存確認よ」

「生存確認?」

タバサが聞き返す。

「サモン・サーヴァントよ」

「ああ!」

キュルケは納得した。サモン・サーヴァントは現在契約している使い魔が生きている場合、召喚呪文が成り立たない。サーヴァントが行方不明でも、この呪文で生存確認ができるのである。生きていればゲートはでないし、死んでいれば・・・

「まあ、ここ数日開いてないから大丈夫と思うけどね」

ルイズは杖を構え、詠唱に入った。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ」

そして、目の前の空間に向かって、杖を振り下ろす。

「え」

「あ」

「・・・!」

ルイズ、キュルケ、タバサは息を呑んだ。
彼女たちの前には、白く光る鏡のような形をしたゲートがあった。

「そんな・・・」

キュルケがか細い声で呟く。

「・・・」

タバサは暗い表情で俯く。

「・・・扉よ・・・閉じて」

ルイズはゲートを閉めた。そして、力なくその場に座り込むのであった。

「そんな・・・マコトはどうなっちゃったのよ・・・?テファも・・・どういうことなの・・・」

答えてくれるものは今は、いない。



―――地球・日本・東京

突然目前に現れた鏡のようなものはあっという間に消えてしまった。
大事なノートパソコンを修理して、家に帰る途中、ウキウキしていた彼は、出会い系に登録したばかり。
彼女が欲しい、刺激がほしいと願う彼の目前に楕円形の光る鏡が現れた。

好奇心が刺激された。くぐれるかな?と思った。
とりあえず石ころを投げ入れてみたら、鏡の中に消えた。
まさかミ●ーワールドか!?とテンションがあがったのもつかの間、鏡は消えてしまったのだ。

「ああ・・・惜しいことしたなぁ・・・帰ろ」

まあ、残念だが、帰ればインターネットが出来て、彼女もできるかもしれない。
若干邪な気持ちを胸に17歳の少年―――平賀才人は帰路に着くのであった。



舞台は元に戻って海底。
ようやく戦艦の全貌が明らかになった。大和か武蔵かはたまた長門か・・・
そんな歴史的建造艦を期待して全体を見渡した。

『なかなか立派なもん掘り起こしたな、相棒!・・・どうした?』

「・・・俺が期待していた大戦中の軍艦じゃなかった」

『でもよ、立派じゃねえか。何が不満なんだ?』

「不満?何言ってんだよ」

『え?』

「俺が言いたいのは、なんでこんなもんが海底に埋まってんだってことだ」

それは確かに戦艦であった。
全長150m。全高38mはある。重量も1万トンクラスだろう。
砲門が各所にあるが、何より目立つのが艦首が巨大なドリルとなっていることだ。
こんな戦艦、達也の世界にはない。

だが、見たことはある。あまりのインパクトに覚えていた。
見たことがあるがゆえに信じられない。というか冗談じゃないの?

所属『地球防衛軍』の万能戦艦。

「ファンタジー世界に地球のファンタジー兵器が埋まってた」

『轟天』の名を冠す戦艦がハルケギニアにその姿を現したのである。






(つづく)



[18858] 第176話 やってみたら案外やれることもある
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:9734ffdc
Date: 2016/10/19 00:20
とんでもないものを見つけてしまった。
最強の怪獣王と南極で一線交え、大破しつつも封印に成功した方の万能戦艦が目の前にある。
ドリルは男の浪漫というが、ここまで分かり易くドリルってる戦艦はそうはない。

『こんなもん・・・って、相棒、こいつを知ってんのかい?またお前さんの世界の代物か?』

「厳密には違う。正しく言うなら俺の世界で生まれた架空の兵器だ」

『架空の兵器?』

「水陸空、果ては地中まで進める万能戦艦、それがこの轟天号なんだけど・・・」

『どうした?』

「デルフ、俺はこの世界がもしかしたら何処かで俺の世界と繋がっているんじゃないかと思ってた」

『・・・続けな』

「紫電改や新型戦車・・・どれも俺の世界に実在した、あるいはしている武器だ。そんなのがあるんだ。もしかしたらこの世界は実は俺のとこの世界と案外近しい世界なんじゃないか?・・・そう思っていたんだ」

『思っていた・・・?おいおい・・・』

「お前の想像は正しいよデルフ。この世界は実は・・・俺の知っている地球とは本来繋がっていないという仮説を俺は立ててしまった」

今まで元の世界に一時的に戻ったこともあり、てっきりこの世界と俺の世界は案外繋がってるんじゃないのかと思っていたが、俺の世界からしても異世界の兵器が現れたことでこの疑念が出てきてしまった。

「これは想像なんだけどさ」

『言ってみな』

「真琴がこの世界に来てしまったときは、まだ俺の世界とこの世界は繋がりはあったはずなんだ」

『おう』

「それがルイズの力であるならば、俺が火の精霊との戦闘で一度死んだとき、世界同士の繋がりは切れてしまったのではないか?と思うんだが」

『あくまで仮説だよな』

「ああ、最悪の仮説だけどさ」

とはいえこれは可能性は低いと俺は思っている。
確かに一度死んだ時点でルイズとの契約は終わってしまったのだろう。使い魔契約とはそういうものだと俺は認識している。
が、この改造人間として蘇生した力は間違いなくルイズではなくルーン自体のトンでも能力なのだろう。
頭が痛くなる幻聴曰く、愛の力は無敵らしいが、あのルーン自体が意思を持っており、その力で一時的とはいえ元の世界に戻る力を行使したと考えれば、まだ元の世界へ帰れる可能性は大いにあるはずなのだ。

希望を捨て去るにはまだ早い。ルイズとの主従契約は破棄されたが、まだまだあのルーンには振り回されるということだ。
それより驚くべきなのは怪獣王がいる世界の兵器がこの世界に流出しているということなのだ。
このままこの世界から地球に帰っても怪獣王がいる世界につながってしまう可能性もあるのだ。
俺のいた世界は魔法も怪獣もない世界なはずなのだ。何かのはずみで元の世界に戻った時も怪獣などが出た形跡などなにもなかった。

・・・じゃあこの戦艦は一体何なのだろうか?どう考えてもこの大きさはミニチュアの類ではない。
それにこの型の轟天号は大破したはずなのに、なぜ綺麗な状態で保存されているのか?
海底なのだから多少の腐食はあると思うんだが・・・まあ魔法の世界だし?精霊とか普通にいる世界だし?どっかの酔狂な魔法使いが保存したのかもしれない。あるいはこれを持て余したエルフとかか?
気になることは多々あるが、現状言えることはこれだ。

「間違いなくこの世界は別の世界と繋がりを持っている。それも俺の世界だけじゃない。ほかの幾つかの異なる世界にもだ」

『それは相棒にとっては朗報なのかい?』

「悲報寄りだなぁ。もしも偶然この世界から脱出できたとしても違う世界に行ってしまう可能性ができたからな」

『そりゃ難儀だね。で、だ』

「どうした?」

『動かせるの?これ?』

・・・えーと、どうなんだろう?超兵器なのは知っているが、起動するかどうかは別問題である。

『相棒、ちょっくら俺をこいつにひっつけてくれ。そうしたら大体わかる』

デルフリンガーの言うとおりに達也は海底に眠る轟天号に剣をくっつけた。

『ほうほう・・・なるほどね。こりゃあ確かにトンでもねえ。まともに動きゃあエルフたちも苦心したろうぜ』

「と、いうことは?」

『ああ、残念だがこれは『俺の力じゃ』動かねえよ。せいぜい海の魚たちの住処として機能するだけさ』

その言葉に正直落胆する。これだけの規模の戦艦だったら逃亡難度も低くなったろうに・・・
しかし、それでいいのかもしれない。この戦艦はこの世界のパワーバランスを破壊しかねない。
別に俺はエルフを殲滅する気はないのだ。可能であれば穏便に帰りたい。



ほかにもいろいろ探しては見たものの、結局は収穫はほぼなく、洞窟に戻ってきた。
このまま洞窟に籠っていればいずれエルフたちは自分たちを見つけるだろう。
戦えるのか?エルフは次は複数名、最悪艦隊で来るだろう。対してこちらは・・・
達也は自分以外の連れの顔を眺める。真琴、ティファニア、そしてルクシャナ。今はガールズトークに花を咲かせている。
それを自分は遠巻きに眺めているわけだ。まあ怪しい男である。
彼女たちに万一のことがあってはいけない。そんなことは達也は重々承知である。

『相棒、あんまり気負うんじゃねえぜ?』

「デルフよぅ」

『なんだよ』

「俺はさ、戦う前はいつも怖くて怖くて仕方なかった」

『おう、だろうな。お前さんはいつだってそうさね』

どこかで腹をくくって戦った。心を奮い立たせ戦った。
ギーシュやワルド。7万の軍勢やガリア王との戦いも。精霊やらエルフとの戦いだって―――
虚勢で自分を鼓舞し、虚を突き生き延びた。
だが、その運もこの洞窟内で一度尽きた。確かにあの時、火の精霊に焼かれ俺は死んだ。
死んだのに生きている。機械の身体を手に入れて。

「デルフ。一度死んだからって、死ぬ恐怖がなくなるわけじゃないんだな」

『それはお前さんがまだ、生きたいって思ってるからさ』

「女々しい人間と笑うかい?」

『笑っていいのかい?』

「笑ったら海の藻屑にしてやる」

『なんて横暴な奴なんだい、この野郎は。センチメンタリズムに浸っていると思えばよ』

「女性陣が平静を保っているんだ。男の子の俺がメソメソしてるわけにはいかねえだろ」

『情けねえもんな』

「俺はもう腹をくくったよ。怖がっている場合じゃない。真琴を、テファを、ついでにルクシャナを無事に脱出させる。その道を俺が切り開いてやる。協力頼むぜ、相棒」

『当然だ相棒。俺はそのためにお前の剣となってるんだからよ』







そのような決意を洞窟の隅っこで行なう男(改造人間)一人と喋る剣。
ガールトークをしている女性陣はその姿を少し引き気味に見ていた。

「ちょっと・・・大丈夫なのアレ?隅っこで剣片手にブツブツ言ってるんだけど・・・」

「タ、タツヤ・・・何も見つけられなかったから落ち込んでるのかな・・・?」

「お兄ちゃん・・・そっとしておいたほうがいいのかな・・・」

男の決意が空回りとはこのことである。






エルフの国ネフテスの首都アディール。評議会本部の最上階にある、評議会議会室。
議会席の上座の演台の席に座る議長は困ったような表情を浮かべて左右の議員席を見つめていた。
議長から向かって右の議員席に座るエルフが、糾弾の言葉を吐き出した。

「さて、ビダーシャル殿。此度の失態について、どう弁明されるのだ?」

勝ち誇ったような顔で言うのは評議会議員のエスマイールである。糾弾されているビダーシャルより若い彼は、短い前髪の下の吊りあがった目をギラギラと輝かせながら、政敵の失態をことさらに強調した。

「悪魔どもを逃がしたのは、あなたの姪という話ではないか」

「あの蛮人かぶれめ!」

そんなヤジもどこ吹く風と言ったように左側の議員席に腰かけたビダーシャルは水を啜っていた。
その表情は「だから何やねん?」と言っているような呆れが見えていた。

「これは由々しき事態です!悪魔の管理はビダーシャル殿にあり、その上逃がしたのがその姪とあっては、我々は陰謀を疑わざるを得ない!」

「我々とは具体的に誰を指すのだね?」

「ここにおられる議員の方々だ」

「ここには50人ほど議員がいるが君の意見に頷いているのはたかが4,5人程度ではないかね。それもすべてあなたのお友達ばかり。議員の方々と言って多数派を装うのは見ていて滑稽としか言いようがないんだが?なぁ少数派のエスマイール殿」

ここの議員たちは自分の任期が無事に終わることしか考えていない。したがって戦争などの波風立てまくりの行動はやりたくないのだ。エスマイールたちのような者たちはエルフ内でも少数派なのだ。もし戦争でも起こして自分の行動で失点でも起こせば、部族の不利益となる。その不利益の責任を取らされるのを議員の多数は嫌っているのだ。まあ、単に戦争したくないという者もいるにはいるが。現状としては蛮人と蔑む人間を笑えない状況である。

「まあ、とは言っても、確かに悪魔の管理責任は対策委員長であるわたしにあるし、姪のルクシャナの監督責任もわたしにある。そのうえ、彼女の教育は私がやった。罪を問うならわたしだけにしていただきたい」

エスマイールは、意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。

「そういうわけには参らぬ。どう考えてもこれは重大な民族反逆罪だ」

「それを決めるのは貴方ではなく、司法局ではないのかな」

「いやいや、貴方の姪御の逃げた先はご存じだろう?これはどう見ても、単なる民族反逆罪では収まらない。世が世なら、一族郎党すべてが首をはねられていたところだ。議員諸君。水軍からはこのような報告が届いている」

エスマイールは、鞄から書類を取り出した。隣の議員がそれを読み、目を丸くした。

「竜の巣だと!?」

議会室は騒然となった。
軍を派遣しろという者。悪魔を殺せばまた湧いてくるから捕まえろという者。
しかし竜の巣にいられるのは非常に不味いと狼狽える者・・・
それでもなお、ビダーシャルは涼しい顔であった。

「これで彼の姪が犯した罪が、尋常ではないことが分かっただろう。さて、これほどのこととなると、この件、単なる頭のおかしい少女の暴走とも考えにくいのだ。ビダーシャル殿はすべてを知ったうえで、彼女の手引きをしたのではないか?」

「聞き捨てなりませんな。どういうことですかな?」

エスマイールの言葉に呼応するようにアジャールという議員も言う。議会の面々は『また始まったよ』という空気になった。

「つまり、ビダーシャル殿は蛮人どもと手を組み、このエルフ世界を我が物にしようとしているということだ」

「そういえば彼は、蛮人の王の臣下となったこともありましたな!」

ここまでくると議会の面々はため息をつく者、頭を押さえる者が多数であった。そして多数派のだれもが思った。

―――だから、貴様らは少数派なのだ。と。

「とにかく彼の一族は危険だ!わたしはここに、かの一族の追放を提案する!」

「異議なし!」

エスマイール派が同調する。もうここまでくると失笑が漏れていた。
ビダーシャルからすれば自分で判断、行動しているエスマイールに見込みはあれど、思想はお話にならないので議論も疲れる。

「では、わたしとその一族が職を辞せば、あなたは満足されるのか?辞めていいの?」

ビダーシャルはあえてエスマイールの提案に乗った。

「!?わ、わたしが満足すればいいというものではない。ここにおられる議員たちが・・・」

しかし議会の議員たちの4分の3以上が首を横に振っている。
彼らは訴えている。『ここぞとばかりに逃げるな』と。ビダーシャルはえーと言いたげな表情を浮かべている。
自分を辞めさせるならば自分がこれまで負っていた責任をすべて負う覚悟がエスマイールには見られない。
ビダーシャルはそれではエスマイールを認めるわけにはいかない。それでも追放という手を取って権力を持ちたいなら持ってみろ。
経験上、大抵碌なことにはならない。

そのとき、一人の老エルフが議会室に現れた。完全な遅刻である。これまで黙っていた議長が遅刻を咎めると、老エルフはぺろっと舌を出すと頭を掻いてみせた。

「蛮人の仕草ではありませんか」

「ビダーシャル殿の姪御に教わった。あの子は蛮人の作法や慣習をよく知っておるでな。さて、議員諸君。話は全て聞かせてもらった。しかしわしとしては、議会の諸君がビダーシャル殿の罷免決議をしようが、これを拒否する」

「「横暴ですぞ!」」

エスマイールとそして何故かビダーシャルも叫ぶ。

「これは法に基づいた統領権限じゃ。」

現ネフテス統領テュリュークは言い放った。

「さて、聡明なる議員諸君。ビダーシャル殿を罷免すると騒いでおるが、蛮人世界に彼より精通している議員の方はおられるのかな?彼より蛮人の扱いに長けた方がおられるならどうぞ名乗り出るがよい」

その言葉で議員たちは皆、黙り込んでしまう。
そう、彼より人間世界を知っているエルフなど居はしないのだ。そもそもが人間世界を知るために派遣されたのがビダーシャルなのだから当たり前である。

「そういうわけでビダーシャル殿にはまだまだ、苦労してもらわねばならぬ」

多分その苦労は血尿が出る以上の苦労は確定であろう。
エスマイールは黙っていたが、ゆっくりと立ち上がる。

「いいでしょう。ですが、竜の巣の管轄は我が水軍にあります」

「で?」

「ビダーシャル殿は、引き続き蛮人の対策をなさればよろしいでしょう。わたしは目の前の危機に対処すべく、現実の力を行使させていただく。では失礼」



会議が終わり、議会室を出たビダーシャルの元に、戦支度に身を包んだアリィーが駆け寄ってくる。

「どうなりました!?」

「引き続き、蛮人対策委員長を務める」

「そうですか・・・それで・・・その」

「君の婚約者でありわたしの姪の民族反逆罪はもう、確定だな」

民族反逆罪は死罪である。アリィーは無念そうな表情を浮かべ、そして消した。

「どうにもなりませんか」

「逃げた場所が不味かった」

「よりにもよって竜の巣だなんて・・・」

「知らぬ存ぜぬでは誤魔化せん場所だ。水軍が彼らをマークしてなお捕えなかったのは、背後関係を調べるためだろう」

「なんですかそれ」

「ルクシャナの単独犯行とは思えなかった、そうだ」

「で、貴方を吊し上げですか?馬鹿馬鹿しい!大災厄が起こるかもしれないって時に部族間の争いだなんて」

「我々も蛮人を笑えぬということだよ。そしてこれが現実でもある」

「・・・水軍はどうするんですか?エスマイールの忠実な番犬たちは?」

水軍は、エスマイールを長とする一派、『鉄血団結党』の私兵集団となっていることは公然の秘密である。

「無論、彼らは民族の誇りをかけて、竜の巣に隠れているであろう悪魔と裏切り者をひっ捕らえに向かうだろう」

「ひっ捕らえる?」

「議会の命令はそうだ。だが、彼らは拡大解釈を行うだろう」

「ああ、お得意の」

「その通り」

「悪魔を捕え、生かしておく。これは統領やわたしのような所謂穏健派。そしてエスマイール率いる鉄血団結党はとにかく悪魔は皆殺しの強弁派だ。復活しようがそのたびに殺す。いくらでも殺す。裏切り者も何もかも。エルフの敵はとにかく殺す。そしてその勢いで悪魔どもを皆殺し・・・竜の巣はその理屈で行くと血で染まるな」

アリィーはルクシャナを想い歯噛みした。

「・・・ぼくはどうすればよろしいのでしょうか?」

「アリィー。君はルクシャナを愛しているかね」

アリィーは目を閉じる。言いたいことは山ほどある。頭にくることも無数にある。
だがそれを言わずに彼女に死なれたら自分はおかしくなってしまうだろう。
欠点は無数にある彼女だが、それでも彼女の愛すべきところはそれ以上にあると感じている。
だからアリィーは迷いなく言った。

「勿論です」

「よく言った」

ビダーシャルは笑った。

「そんなナイトな君にプレゼントだ」

懐からビダーシャルは一通の封筒を取り出した。

「これは?」

「紹介状だ。蛮人の国・・・ガリアで仕事をしていた時に、知り合った人物だ」

「・・・貴方は僕たちに亡命しろと?それも蛮人の国に」

「この件が片付くまでだ」

「いつになるんですか!?」

「さあ?とにかく姪を頼んだよ。アリィー」

そう頼まれては拒否できない。アリィーは一礼して走り去った。
その姿を見送り、ビダーシャルはテュリュークの執務室へ向かっていった。





アディールの水軍司令部。白壁の建物の上に参画の旗がいくつも翻っており、一番上には青と黄色のものはここが水軍司令部であることを示すものである。青は海、黄色は砂漠を示している。
桟橋には水軍の軍艦となる巨大な鯨のような姿をした鯨竜がおとなしく繋がれている。
その桟橋では一人のエルフの少女が厳しい目つきで『燃料補給』の作業を監督していた。

美しい金髪に、澄んだたれ気味の碧眼。もうとんでもない美少女だが、澄んだ瞳は冷たい。
身体にフィットする水軍士官服に身を包んだその姿は『鉄血団結党』の理想像であった。
水兵たちはそんな彼女を恐ろしげに見つめ、鯨竜に餌をあげている。
あの少女、美人だけどすごい怖い。それが水兵たちの共通認識である。ただしそれは若手の水兵たちの認識である。

ベテランの水兵たちからすればあの少女・・・ファーティマ・ハッタード少校は実戦を知らない厄介者という認識であった。
以前そのことでからかってみたら大真面目に

「わたしにはエルフの誇りがある。それに基づいた訓練も行ってきた。その二つには実戦の経験を超える価値があるのだ」

などと言った。大真面目にそれを信じていた。
ベテランの水兵たちは蛮人の海賊相手に海戦を幾度となく行っている。
それゆえはっきり言えるのだ。この娘は危なっかしいと。

ファーティマは伝令に呼ばれ桟橋を離れる。
この瞬間、少し水兵は緊張を解く。こういう精神状態のほうがいい仕事ができるのになと水兵たちは思った。


ファーティマが向かった先は司令部室であった。そこではエスマイールが窓の外を眺めていた。

「お待たせしました。エスマイール同志議員殿」

ファーティマは腕を胸に当てる、党の敬礼をしてみせた。

「きみに仕事を持ってきた。同志少校」

「なんなりと」

「竜の巣に向かった悪魔の末裔と、そやつらを逃した裏切り者を捕まえてほしいのだ」

「きょ、恐悦至極であります!そのような大任をわたくしめにおまかせくださるとは!」

「未だきみの忠誠に疑問を持つ輩もいるからね」

ファーティマは悔しげな顔になった。

「叔母は、我が部族の恥であります。しかしながら、わたしは叔母とは全く違います」

「知っているよ。きみの才能と忠誠は党内でも随一のものだ。わたしとしてはそんなきみに部族の汚名を返上する機会を与えたいのだよ」

「あ、ありがとうございます!」

「さて、議会から水軍に与えられた命令は、『竜の巣に赴き、悪魔と裏切り者を捕えろ』というものだが…、わたしの言いたいことはわかるかな?」

「はい」

力強くファーティマは頷いた。

「悪魔と裏切り者には死を」

「そうとも。我ら鉄の団結を誇る砂漠の民は、悪魔を滅ぼし続けるのだ。復活するなら何度でも。それこそが大いなる意志の御心にそうことになるだろう」

「ですが・・・わたしの指揮下の隊だけでは、戦力が心もとありません」

「きみは切り込み隊だったね」

「はい」

「きみたちを運び、支援する艦隊を一つ預けよう」

「しかし、わたしは少校にすぎませんが」

「それでは昇進だ。きみは今日から上校だ。そして、この作戦の指揮をとるのはきみだ」

「それでも艦隊司令は私の上官ですが」

「忘れたのかね?水軍では、党の序列が軍の階級に優越するのだよ」

エスマイールは不敵に笑った。
悪魔が現れば殺す。何度現れようとも。
裏切り者も殺す。エルフの敵はすべて殺す。

たとえ敵対心はなくとも芽は摘み取るべきである。
なるほどエスマイールの考えも民族保護の観点からすると理があるかもしれない。
戦力も申し分なし。あとは殲滅するだけであった。




エスマイールは自信満々であるが、誰も気づいていないのであろうか?
エルフの現世代で『虚無』の力を持った者に接したことのある者はビダーシャルただ一人。
そのビダーシャルは穏健派である。戦いを避けるべきと考えているものであった。
確かに訓練もしているだろう。誇りも持っているだろう。
だが、彼らには情報がない。不運かな、彼らは悪魔一行が戦っている場面を見ていない。
逃がした者たちを糾弾するだけだった。嘲笑するだけだった。自分たちはもっとうまくやると信じて。

彼らが悪魔と呼ぶ一行はその能力を持つのは悪魔に程遠い性格。
魔法使い見習い少女はまだまだ優しい少女。
裏切りのエルフは好奇心が異常にあるだけの前向き女。
悪魔とは程遠い女性陣である。

ではただ一人の男性はどうであろうか?
言うに及ばずである。今更羅列するのも面倒である。
その結果彼は人間サイドから「悪魔」の異名を頂いている。

≪情報更新中・・・最新の情報に更新しています・・・≫

≪H-NET 接続 最新情報を載せています≫

体内から発せられる電子音声に男は耳を傾け眼を閉じる。

≪速報 アディール司令部より 鯨竜艦出撃 数4 目的地は現在地と推定≫

≪H-NET 接続解除。続いてリカバリソフトのインストール続行≫

『今の自分でやれること』機械の身体に3つの精霊使役。考えうることを試し準備につなげる。

「使えるものはフルで使わなきゃ後悔するだろうしな。というわけでもうそろそろ追手が来るぞ皆」

「「「え?」」」

「・・・ちゃんと考えてたのか?」

「「「・・・・・・・・・」」」

(どうしよう・・・もしかしてあの男は人生あきらめて縮こまっているって話してたから何も考えてなかった)

(どう、どうすればタツヤが元気になるかなって思ってたとか言えない・・・)

(お姉ちゃんたちとのおはなしがたのしかった)

『相棒、嬢ちゃんたちは相棒を信じて任せるってよ』

「そこのエルフの少女だけは信ぴょう性がありません」

「それは失礼じゃないの?わたしは普段は信ぴょう性のあることしか言ってないわ。近所でもあの美しい娘は信ぴょう性のある子だと信じられているのよ」

「その近所は架空の場所では?」

「辛辣すぎる!?」



ルクシャナの称号が『妄想癖および統合●調症疑惑?』になった!







(つづく)



[18858] 第X話 真心喫茶の二人と常連客の才人君
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/13 00:31
【注意!】

この回は本編とはあまり関係ない与太話です。

ネタだらけです。メタだらけです。

この話には「平賀才人」が出てきますが、本編ではありませんし、本編とは違う世界の話ですので多分問題はありません。





平賀才人は今日も真心喫茶109にやって来た。
彼は少々不満げな顔をしていた。
いつもならば今日のおやつはタルトでも頼んでみるかとか思うのだが、今日はそんな気分じゃない。
眉を顰めた顔で彼は喫茶店の扉を開いた。

「店長!店長はいるかい!?」

才人がこの喫茶店の店長である因幡達也を呼ぶと、厨房からは彼の妻である杏里が顔を覗かせた
彼女は少し驚いた表情で才人を見た。

「あら、才人君じゃない。どうしたの?」

「どうしたじゃありませんよ!?念願かなって本編に出たのに何ですかあの扱いは!?確かに『平賀才人』は一応原作の主人公ですが、俺はあんな性格じゃありませんよ!これは陰謀に違いありません!責任者出て来い!」

「何を言ってるの才人君。この世界の才人君と本編に出てきた『平賀才人』と名乗る男は別人よ。そもそもこの世界の私たちと本編の私たちは違うって注意書きでも書いてあるじゃないの」

「どんだけメタな発言ですかそれ!?」

「まあ、いきなり登場して向こうの旦那をこき下ろして更に主人公宣言しちゃあ、流石に不評を買うのは当たり前よ。第一あれが本当に才人君なら、ルイズさんを頼むと達也に言うと思うわよ?あくまで121話から122話に出てきたのは『平賀才人』と名乗る男なんだから」

杏里はニコニコしながら才人に語りかける。
その間に杏里はサービスとか言って彼女特製のカプチーノを才人の前に差し出したのだが・・・
カプチーノが何故紫色になってるんでしょうか?さあ、皆で考えよう。

①何だかんだ言いつつ杏里による嫌がらせ。

②元々こういうものだよ?知らないの?

③私が作るからには色々工夫しなきゃ!と考えた結果。

④何かの沈殿物の色。

「さあ、どーれだ?」

「どーれだ?じゃないですよ!?明らかに飲めそうにないですよね!?何か奇妙な泡でてるし!?」

才人が謎の液体Xに怯んでいると、厨房奥から109店長の達也が現れた。

「おい杏里、また客に試作品を飲ませようとしてるのか」

「今日は葡萄色のカプチーノを作ってみたのよ」

「何をどうしたらそんなのが作れるんだお前は」

「偶然て怖いわね。自分の才能が恐ろしいわ。これから喫茶界の発明女王と呼ばれてもいいくらいよ」

「「偶然作った謎の液体を飲ませようとするな!?」」

才人と達也は困った初代看板娘に突っ込んだ。
達也は頭を押さえながら才人に話しかけた。

「まあ、今回も色々説明しなきゃいけないな。久々のX話だしな」

「向こうの私たちもついに新たな第一歩を踏み出したしね!」

「まあ、お前の出番は以降、あんまりない訳だがな」

「メインヒロインの筈なのにこの扱いは何かしら?最近の出番はアンタの誕生日を祝ったぐらいじゃない」

「お前は俺の心のメインヒロインであって109のメインヒロインと明記した覚えはないのだが」

「何だと貴様ーー!!それはアレか!?浮気フラグか!?浮気フラグなのね!?まだ現地妻を諦めていなかったのか!?そうだわ!きっとあのフィオって女がそうなのね!?異種間恋愛なんてベタベタすぎるわ!5000年思い続けていたとか一途にも程があるからね!」

「お前は挫け掛けてたもんな」

「杏里さん、店長はそうは言っても杏里さん一筋じゃないですか。考えすぎだと思います」

「別世界の話なのに罪悪感で身が引き裂かれそうな思いです。本当にすみませんでした・・・うう」

「ちょ!?泣く事ないでしょう!?」

「平賀、女の涙に簡単に騙されてはいけない。女の涙はいつでも使える武器だ。ただし男の涙はいざという時にしか使えない切り札。そんな切り札の涙を流せる人生を俺たちは送りたいな」

「何いい話に纏めようとしてるのよあんたは!?それにその発言は偏見がてんこ盛りなのよ!?」

「さて、平賀、本編122話に現れた極端にウザイ『平賀才人』と名乗る男のことだがな、あれはある種の怨念みたいなものだ。あの男も言ったとおり109の大元のゼロの使い魔の主人公は他ならぬ平賀才人だが、その才人は他人の夢に出てきて説教するような男か?違うよな?本物の平賀才人は『そうしてお前は家族や待っている人々を傷つけていくのか?それは自分勝手だろうが』なんて言って他人を責めるような真似はしないものな。だって当の才人も親の憔悴した姿をみているんだからな。妙なテンションな時もあるもんな結構。だから、あの男は平賀才人そのものじゃない。そんなわけがない。そもそも原作才人が来た所で最強になるほど109世界は甘くないしな。ミミズとかいるし。あれがもし本物の才人だとすれば、まず109ルイズからは嫌われると思うぞ。原作才人は案外上手くやるかもしれないが」

「?つまりあれは俺じゃないのか?」

「安心しろ平賀。109の主人公はお前じゃないと前書きに書いてある。つまりその時点で『真の主人公』を名乗る『平賀才人』は彼の言うように『贋作』の一つでしかないのさ。そもそも平賀才人には自分が『主人公』という概念がそもそもないからな。そして向こうの俺も言ったろう?夢の世界の住人の癖になんて言い草だと。あくまであの男は主人公の夢に出てきた存在。主人公に対する『敵意』の塊がたまたま平賀才人を装い現れただけなのさ。本人が言うには矛盾に満ちた発言が数多くあるからな、あの男には。要は主人公の自問自答が『過剰演出』によって夢に出てきたと考えてくれればいい。幼女は出ないがルーンの効果は続いてるからな」

「・・・という事は、結局俺本人は出てないってことかよ!?何だよそれ!釣りのつもりか!?」

「いや、今回のこれは釣りでもなんでもない。そもそも主人公がこれは夢じゃんとか言ってるしな。平賀才人に他人の夢に出る能力などない。あれは主人公に対する悪意、迷いが具現化した存在だ。主人公はまだまだ中二病なところがあるというわけだな」

「あれ結局一人芝居なの!?」

「まあ、ただしウェールズが出てきたのは一人芝居じゃないとだけは書いておこう。奴は明らかに主人公に憑いてるからな」

「王子何やってんの!?」

「才人ファンの方には混乱させたかもしれない。申し訳ない。だが109主人公は因幡達也で、109のハルケギニアには才人君は出てこない。109では召喚されてないし、彼は穏やかな日常を送っている設定だからな。今回の才人を名乗る男は達也の迷いの結晶と考えてくれて構わないし、無論何か勘違いした主人公(笑)と考えてくれても構わない。達也の物語はまだ続く予定だから見守っていてくれ」

「・・・結局俺は何時出れるんだ・・・」

「予定は未定だ」

「ふざけんな!?あ、それと聞きたかったんだけど」

才人はホットドッグを食べながら達也に聞いた。

「何だ?」

「その、主人公の妹の真琴ちゃんが、喋る杖を手に入れたんだけど?」

「ああ、原作にインテリジェンスワンドが出ていたのかどうかも知らず、喋る剣があるなら杖もあってもいいじゃんという軽い気持ちで作った捏造アイテムだな。皆様何だかリリカルの主人公みたいな事を不安に思っているのかもしれないが、あくまで真琴ちゃんはこの作品の良心だし、魔王化はしない・・・と思うよ?」

「何故疑問系なんだ?」

「人生は何が起こるか分からないものなのよ・・・」

杏里が遠い目をしながら呟く。・・・一体何があったのだろうか?

「で、結局ルンさん・・・あの擬人化幼女は一体何なのさ」

「それについてはフィオがすでにヒントを言っている。そんなに複雑じゃないぞ、あのルーンの正体は。ちゃんとその辺は回収しますのでご安心を」

「え、ヒント言ってんの?」

「うん。別に世界を揺るがすようなもんじゃないからな。残念ながら」

達也は肩を竦めてそう言うが、才人はそんなに軽くて良いのかと思った。

「・・・・・・最後に心配な事があるんだけど」

才人は神妙な面持ちで聞いた。

「122話でのレイナールとの会話は何かのフラグじゃないよね?」

「・・・戦争だからな。味方ばかりに都合のいいことは起きないよ。戦争だからな」

達也は真面目な顔になってそう言った。
才人はその表情に何処か果てしない不安を覚えた。

「ところで俺びっくりしたんだけどさ、ハルケギニアにも『ギアス』が存在するんだってな!」

「何でそんなにテンションが高いのよ・・・確かにそれは魔法として存在するけど・・・」

「まさかとは思うけどゼロの使い魔ってコー●ギアスの遥か昔の世界とかじゃないよな」

「いや、それはないでしょう・・・」

遥か昔の世界だったらなんだと言うのだ。
才人はコーヒーを飲みながらそんなことを思う。
そして、今度こそ本当に109世界の自分が出ることを切に願うのであった。



(X-4話 終了)



[18858] 第X話 真心喫茶109は年中無休だったらいいな
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:2642b484
Date: 2010/09/26 11:37
【注意!】

この回は本編とはあまり関係ない与太話です。

ネタだらけです。メタだらけです。

この話には「平賀才人」が出てきますが、本編ではありませんし、本編とは違う世界の話ですので多分問題はありません。





既に常連客の一員となってしまった平賀才人は今日も真心喫茶109に来てホットケーキを食べていた。
何だか過剰にホイップクリームがかけられているのが少々気になるが美味しいので文句は言えない。
最近は嫌な事があるとここに来ることが多い。本当は本編に出たい欲求があるのだが、何か大いなる意思によって出られない。
ならば此処で愚痴を言うのも良いじゃないかと思う。
原作主人公をないがしろにしやがって!俺は主人公なんだぞ!なのになんでWik●pediaでは二番目に名前が載ってるんだ!

「安心しなさいな、才人君。世の中には公式アニメで前作主人公どころかその友人にまで椅子を奪われ、クレジットが3番目になった主人公さんだっているんだから。貴方の存在価値は初めからクレジットが2番目だったカ●ーユ氏と同じくらいと思うわ!」

杏里さん、それはフォローになっているのかも分かりません。
才人はサービスのホットココアを飲みながら店主である因幡達也を探した。
・・・彼はすぐに見つかったが、調理作業をするわけでもなく何かを読んでいた。
自分の視線に気付いたのか達也は此方を見た。

「学生の身分で喫茶店に入り浸るとはお前は平成初期の人間か」

「貴方の中で平成初期の人間はどうなってるんですか?」

「恐らく夫は平成初期=バブル期=金持ち多い=喫茶店に入り浸る学生など沢山いるなどという訳の分からない論理を振りかざしているのよ!」

「どんだけ偏見持った目で平成初期を見つめているんですか!?」

「不景気は嫌だなぁ、平賀。どんなに努力しても就職できぬ者もいるこんな世の中は正にポイズンだとは思わんか」

「現役高校生の俺に暗い現実を見せようとしないで下さい」

「いかんぞ少年。今のうちに現実を直視しておかなければ来るべき暗黒の未来に裸一貫で赴く事になる。それは正に無謀な事だと知れ」

「既に喫茶店経営してるから余裕ねアンタ」

「余裕なわけないだろうよ。毎日毎日勉強のしっぱなしなんだよ?経営者も。まあ、そんな事はさておき、平賀,今日も何か言いたい事があるんじゃないのか?」

「あ、はい」

才人はココアを飲み干し、達也に愚痴るように言った。

「129話でオリジナルキャラが増加しましたが、あれって何かの意図があるんですか?大分前にこの作品の最終回は決まっていると言ってたけど、単にどんな終わりを迎えるにしても待つだけなら家族と杏里さんだけで良いじゃないですか。何故に真琴さんの幼馴染まで出す必要が・・・?」

達也はパン生地を捏ねながら答えた。

「そりゃお前・・・今回はただの顔出しのようなものだよ」

「顔出し?」

「うん、顔出し。ただ、必要だったから出した。某不幸少女の時とは違ってこいつ等は以降の話に出てくるよ。何か感想返事で書いてたよな?達也が元の世界に帰っても話は続くってさ。正直誰得やねんって話だけどね。ルイズさん好きの読者の皆様達とはもう少しの付き合いとも言ったしな」

「・・・あのさ、それってさ・・・」

「ハルケギニアでのお話は200話までには何とかしたいな」

「長いよ!?しかも希望かよ!?200話って携帯から見る読者の事も考えろ!?」

「考えてみろよ、平賀。阿呆な事だがこの作品も140話近い。此処まで見てくれている読者の皆様も設定とか忘れてたわ!とかそんな能力もあったねとか言うほど長く続いている。週刊ペースなら三周年直前だぞこの作品。万人にお勧めできる筈も無い作品だが、継続は力なりだなぁ!」

「力の発揮ぶりが全力で間違っている気もしますがね。展開も唐突なものが多いですしねこの作品」

「お前な、現実はいつも唐突なんだぞ?そうでなくても個人の目線からみればフラグなんざ早々分かる訳ねえだろ?大抵の人間の予想なんざ精々規模の小さい程度程しか分からんもんさ。リーマンショックの犠牲者がドンだけいたと思ってんだ?」

「無理やりそこに繋げてどうするの?」

「特に意味は無い」

オーブンからクロワッサンを取り出した達也はその中から一つを才人に渡した。
これはいつも彼が注文しているものである。
最近はホットケーキも頼むのだが。

「まあ、違う世界の俺の成長譚の話はいいじゃねえの」

そう言って達也はまた読書を再開した。

「・・・?一応仕事中なのに何見てるんです?資格の本ですか?」

「・・・なあ平賀」

「何です?」

クロワッサンを齧りながら才人は返答した。

「ToLO●Eるって超面白いよな」

「アンタ仕事中に何見てんだーーー!!??」

「何処の副長の別人格よ、貴方」

「しかし実に惜しい終わり方だったな。まあプライベートがあれだったからな」

「唐突なのはいつも通りとして・・・どうして今になってその話なんですか」

「いやな、某作者が高熱でうなされて暇を持て余している時に読んでいた漫画の一つがそれなんだよ。あれを見ていると身体の底から沸々と沸き上がる熱っぽさを感じるよな」

「普通に寝てろ!?」

「高熱だから熱っぽさがあるのは当たり前じゃない」

「連載終了から一年経ち、セカンドシーズンも始まるこの時期において無謀にもこの作品の二次創作を書きたいという衝動に見舞われてな。109の話の考案の傍らで適当にお話を考えていた」

「109を最優先に考えろよ!?横道にそれまくってんじゃねぇ!」

「恋姫無双のお話もありますよね、貴方」

「そちらも忘れてはいないし連載も投げ出してはない。ただ萌将伝を買って愛紗と恋の勇姿にwktkしていた結果、哀しみを背負っただけだ」

「嫌な事件だったわね・・・」

「・・・一体何があったんです?(才人君は17歳です)」

「お前は後一年待って哀しみを背負うがいい!さて、本来は主人公のいた世界をそもそもToL●VEる世界にしようと考えていたがそれは没になった。でもそれだと話が膨らまなかったんだよな。だから作品として独立させようと考えた。あ、勿論主人公は結城のリト氏だよ」

「リト氏?また例によって何か違うんですか?」

「そうだな、髪が黒いのと梨子が親戚として存在している程度の違いだな。その他チョイチョイ変えているね。ただその結果、悲しい事がおこってな」

「?何が起きたんです?」

「エロ分が少なくなって下ネタ分が増えた」

「109じゃねえか!?それいつもの109じゃねえか!?」

「まあ理想郷で連載するかはどうかは未定だが、連載する時はヨロシクとのことだ。さて、109の話題に戻そう。他に聞きたい事はないか?」

「109は今新章な訳ですが、ルイズがパーティにいないですよね?」

達也はコーヒーを淹れながら答える。

「ルイズ自体は新章でもチョイチョイ出てくるぞ。だって全然出てこないのも寂しいだろ。確かにルイズはヒロイン(笑)だが彼女が好きという読者もいたらいいなという希望を俺も持っているのだからな」

「希望かよ!?」

「ひとまず現段階で連載中のお話はルイズはレギュラーではないんだよな!前章の終盤直前までのヒロインなんて影も形もないぜ!」

「そもそも109のメインヒロインは私よ」

「いや、だからこの世界での俺の嫁はお前だが109で最終的にどうなるかは分からんからお前はメインヒロインではない」

「はっきり言いやがった!?嫁の私の前で『浮気するかもしれないけど堪忍してね♪』みたいなこと言いやがった!?」

「人生は選択肢の連続だ。不運な強制イベントのせいで達也の運命は変わってしまった。魔法に関わってしまった異世界の俺はこれからどんな人生を送るのかは展開次第だな。そもそも初期案では完全に寝取られたあとに元の世界に帰る展開だったからな」

「正に誰得ですね」

「達也にとってベストな展開が、今俺が置かれている環境、即ち杏里と一緒にのほほんと喫茶店を営んでいる状態だ。だがもうその未来はなくなったと読者も理解してもらいたい。何せ向こうの俺は魔法に関わってしまったからな。何が言いたいかと言うとこの作品は『魔法に追いかけられる主人公』の滑稽ぶりを観察する作品だということだ。古今東西魔法を使う作品は多いからな、ネタにはあまり困らん。ただ、一応言っておくと達也の世界に青子先生とかいないから」

「マジどうでもいい情報ですね」

しかし魔法使い作品か・・・広義の意味ではプ●キュアとかセーラー●ーンも入るのか?
まさかおジャ●女じゃねえよな・・・と才人は冷や汗を流す。

「平賀、なにを考えているかしらんがMAHO堂は達也の世界には無いぞ」

「アンタはエスパーか何かか!?」

「まあ、ハルケギニアで終わるような作品ではないとだけ言っておこうか。元の世界に戻る事が出来ればの話だが」

「此処まで話してハルケギニアから帰れないと思う読者がどれほどいようか!?」

ハルケギニアから帰って終わりじゃねえのかよこの作品!?
それ以降の話とか正にオリジナルでやれ状態じゃねえか!?

「いや、流石にもしハルケギニア編が終わってもとの世界での話をやるとしたら流石にゼロ魔板から移動せざるを得ないとは思っているぞ?まあルーンがゼロ魔世界で得たものだからそのままゼロ魔板でいいじゃんなんてことは考えてないし」

「読者が混乱しかねないでしょう?」

「それでなくても批判されかねない展開でしょうそれ」

「作品を作る以上批判は甘んじて受け止めねばならないという事を連載中に学んでいるからな。反省はしても自重はしないが」

「しろよ」

「さて、他に聞くことはないかな」

今度は杏里が手をあげた。珍しいな。

「何でかつての敵のワルドが達也君の護衛を引き受けるまでに甘くなってるんです?両腕切り落とされてるでしょう」

「そもそもゴンドラン自体、原作では才人を亡き者にしようとしているからな。109ではああなっているが。まあ、109はやたら登場人物がフレンドリーだよな。フレンドリー通り越して馬鹿な奴も多々いるが。そのはずなのに達也は結構酷い目にあってるな、何でだ?」

「原作には巨大蚯蚓とかいないですしね」

「貴方自身も他の登場人物を酷い目に合わせているじゃないですか」

そういえばこの作品ではギーシュとの決闘では引き分けていたなーと才人は思った。
しかしこの109で最も酷い目にあっているのはルイズでは無いのか?

「ワルドについては雇い主だしな、達也は。待遇も悪くは無い。日本で言えば保険その他もろもろ込みで基本給月75万+巨大生物討伐恩赦がついて住居ありで家賃無しだからな。設定上。ハルケギニアでも有数のグレー企業だな。生活には全然困らん待遇だ。なお、給料面で言えばワルドよりマチルダの方が上だ。日本では福祉や介護の給料は安いがド・オルエニールはそんな事は無いという設定である。ゴンドランぱねえな」

「ゴンドランのポケットマネーぱねえっすね」

「更に言えばマチルダの尻に敷かれてるしなワルドは。マチルダと達也の仲も良いほうだしな。迂闊に手を出せんのさ、ワルドは。ゴンドランも怖いしな」

「マダオだなあ・・・」

「主人公もマダオ要素たくさんあるんだがな。さて、ホットケーキお待ち」

「どうも。所で店長」

「なんだ」

「俺は何時になったら本編に出れるんすか?毎度の質問で申し訳ないんですが」

「下手に出てきたな・・・まあ、どこかで出てくるんじゃないの?」

「何その投げやりな返答!?俺の目を見ろ!?」

「何故に野郎の目を見つめなければならんのだ。見詰め合うと素直におしゃべり出来ない男なんだぞ俺は」

「白々しい!?」

「何でツンデレっぽいキャラに移行しようとしてるんですか貴方は」

「キャラ性の模索中だ。X話の俺のキャラ性はどうも弱めに思えるからな」

日本茶を啜りながら達也は肩を竦める。
どの口がそんな寝言を言うのだろうか?

「・・・そうですか。じゃあ最後の質問いいですか?」

「口の中のホットケーキを飲み込んだあとならな。何?」

「何でホットケーキが見えないぐらいのホイップクリームをかけたんですか?」

口元を拭く才人がさっきまで食べていたホットケーキの皿には夥しい量のホイップクリームが残っていた。

「常連さんへのサービスだ」

「嫌がらせだろう!?」

「そんな事は無いぞ?昨日来た「モンゴリ!」「モンゴリ!」と叫ぶM式な大男は喜んでこのホットケーキを食ってたぞ。そのあと声がルイズにそっくりな女の子が2皿食べてたしな」

「おい!?なんだ此処で唐突なクロスは!?二人とも甘党じゃねえか!?」

「何を今更。そいつらはこの店出来てすぐから来ているお得意さんだぞ。全く此処はベーカリーカフェであってスイーツカフェではないのに・・・お陰でスイーツのレパートリーとメロンパンの消費量が増えちまった。まあ、甘党専用メニューだけじゃなくて辛党御用達のメニューもあるんだけどね。ハバネロチャーハンとか激辛マーボーとか」

「ベーカリーカフェだよねここ!?何でチャーハン!?」

「そこらのファミレスよりメニューは多いぞ、悲しいことに」

「何せ初めから鯖のホイル蒸しがあったからね」

「鯨の刺身と牛丼と春雨スープもあったな」

「カフェで出すなンなモン!!」

「お前の怒りはごもっともだ。お詫びに唐揚げパン弐式をあげよう」

「唐揚げパン?ああ、パンに唐揚げを挟んだ・・・」

「いや、パンを唐揚げのように揚げただけだ」

「意味あんのかそれ!!?」

「味は鳥の唐揚げ風だが食べた後の空しさは異常だ」

一応食べてみた才人だったが、成る程味は鳥の唐揚げだが食べた感触はパンそのものだった。
から揚げにしたコッペパンという感じだ。外はサクサクなかはモッチリとでも言えばいいのか?アホか!?
普通に揚げパンを作れよと才人は思った。

「ところで平賀、風の噂で聞いたのだがアイ●ルマスターの2が発売されるらしいな」

「仮にもゼロ魔SSで何を言ってるんですか貴方は・・・まあしかし、事実ですよ。まだ発売もされていないのに男が出るとかプロデュースできないキャラがいたり荒れている様相が目立ちますが。ルイズに声が似ているキャラもプロデュース出来ないって話ですよ」

「まあ、チャレンジの方向性が何かずれている気もしないでもないが、何か多くのファンが悲しみを背負いそうな状況のようだな。後一応前作の半年後だよな?」

「そうですね。双海姉妹の成長度には驚きましたよ」

「俺はあれ見て思わず「何処のス●ロボWやねん」と突っ込んじまったよ。でもまあ成長期ならしかたないよな」

「成長期ですしね」

アイマスの話で盛り上がる夫と常連客を微笑ましく見守る杏里。
その後方からドアが開く際に鳴るベルの音が聞こえた。

「いらっしゃいませー!」

真心喫茶109は甘党にも辛党にも優しいベーカリーカフェ。
今日もその空気を吸いに様々なお客がやってくるのです。
・・・才人以外にも客はいるんだよ?本当だよ?



(X-5話 おしまい)






[18858] はじめての109 簡易人物紹介 (人物追加)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2014/06/24 17:30
はじめての109 人物紹介簡易版


因幡達也(いなば・たつや)

今作主人公。
後の恋人になる三国杏里との初デートの日にルイズに召喚される。
ルイズとの契約で彼女の使い魔になるのだが、今や兄と妹のような奇妙な関係に。
現在両手に『フィッシング』のルーンが刻まれている。
分身への扱いがかなり酷い。正に彼らの命は投げ捨てるもの。
色々あって三国杏里とは恋人同士である。もげろ。

魔法少女となってしまった妹、真琴に頭を抱えたい気分でいっぱいなんです。
将来の夢は第一志望はパン屋で、第二志望は何と教師である。おそらくギトーやコルベールなどを見て影響されたのかもしれない。
好きな諺は『勝てば官軍』。『逃げるが勝ち』。お前のような主人公で良いのか?
第129話で新たに登場した村田家の皆さんとは旧い仲。結婚の約束も事実だが半ば恐喝紛いに約束されている。
杏里の亡き双子の姉とは仲が良かったのだが、あくまで彼の初恋は杏里である。
少なくとも四人ぐらいの霊に取り憑かれている。非常に迷惑である。

何も考えていない馬鹿というより色々考えた末の馬鹿。
シリアスな説教はしないというよりお前はされる方だろ馬鹿!
杏里への愛情ゆえに他の女性の誘惑を一蹴している。
戦い方は実に酷く、例を挙げれば、

・金的、目潰し、囮に奇襲は当たり前。分身の命をゴミ同然に扱う。
・数万の軍勢相手に前転で応戦。
・敵が女子ならば高確率で脱げる(サービスになりうる方が)
・『おい、お前ら!この幼女の歌を聴け!』⇒全滅
・一対一の戦いはするが援護OK!(ただし自分だけ)
・いたいけな幼女に向かって全力放尿。
・死者を素体にして土人形を生成。相手が疲労しきるまで突撃。土人形が破壊?また出せばいいだろう?ワハハハハハ!(死者は死んでるからまた死んでもいいと言うのかこの屑野郎!)←New!!

正にお前のような主人公がいて良いのか状態である。むしろ悪役である。
アリィーとの戦いでは地の精霊の力+恩恵による刀の助言があったとはいえ、敵を精神的に追い詰め、嬲り殺し状態にするという主人公の風上にも置けない勝ち方をする。勝てばいいのだ何を使おうが!
子どもは好きだが別にロリでもペドでもない。
現在の所有武器は妖刀・村雨と喋る鞘デルフリンガー。・・・武器?
一応領主であり、領民にも慕われ(?)てはいる。
なお、この領の守り神はブリミルではなくミシャ●ジ様である。
アンドバリの指輪をあっさり水の精霊に返却したが、何故か暴走する風の精霊を止める依頼を請ける羽目に。
その結果吸血鬼と対決したりドラゴンと対峙したりエルフに誘拐されたりしてる。
基本杏里一筋だが、妹たちも彼の希望の対象である。
…が、171話で火の精霊の一方的な試練により惨殺される。ええーっ!?死んだぁ!?
主人公死んだぁー!?もげろもげろ言ってたけど両腕がもげたぁー!?何だこれー!?
…と思ったらすぐに復活…って改造人間んっ!?国産携帯電話と魔法融合すると人間ってロケッ●パンチやらロッ●バスターとか撃てるの!?科学の力ってすげー!?
・・・っていうかドリル!?必殺技ァ!?改造人間って必殺技必須なの!?
・・・っていうかちゃんとオリキャラじゃなく原作キャラと戦えよ。

現在水と土と火の精霊石を所持。
必殺技が出たって事はこれからちゃんと戦うのであろうか。


因幡達也(改造)

何か一回死んでいつの間にか携帯電話と融合して再誕した改造人間の主人公。
こうしてわざわざ別キャラとして紹介枠を設けたということは達也が元の人間に戻るのはない。
109がほぼなんでもあり状態な基本ギャグだとしてもないもんはない。
ロケット●ンチや●ックバスター、果てはドリルの銃やらパンチやら出す時点でもうおかしい。
一度死んで吹っ切れたのか、果ては人格まで書き換えられたのか熱血気味に。

火の精霊を卑怯者呼ばわりされながらもちゃんと倒してる。
まだ人間と言っているが、それはまだ人間の『意思』を持っているという意味である。
ティファニアや真琴を気遣う事も可能だし、ルクシャナと皮肉を言い合う事も可能。
だが身体内部は既に人間のそれではない。ドラゴン●ールの人造人間の方が遥かに人間。
人間の三大欲求である食欲、睡眠欲、性欲はあるにはあるが、殆ど意味はない。

(現状)

食欲:摂取は可能だが、栄養にはならない。ただの娯楽状態。
睡眠欲:特に意味はない。寝ることは可能。
性欲:中高生程度。だが生殖能力は失っている。
排泄:これは出来るが食べたモノが幾分か砕かれて出てくる。要は離乳食状態。栄養分はそのまま。
動力源:体内で飼ってるハムスターの親子がコロコロ内で走ってできる電力じゃない(適当)?

まさに人間としては死んでいる。というか中高生程度の性欲で生殖能力なしって・・・


ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール

原作メインヒロイン。
何か一部では釘●病の発症の要因となってるらしいが、109ルイズは原作ルイズとは別物になってしまっている。
本作ヒロイン(笑)。座学においては首席レベルの才女だが、魔法の成績は思わしくない。
108回の失敗の末、109回目でやっと召喚を成功させたはいいが、現れたのは異世界の一般市民。
凄い前向きな性格。そしてそれなりに責任感もある。
日頃から失言が多く、よく使い魔の達也から突っ込まれて悶え苦しむ姿が目撃されている。

最初は体型以外は大人びた所謂姉系の人物だったが、第3話の奇声から可笑しくなった。
第28話で妹系キャラに転身している。素晴らしい。だが彼女にとっては黒歴史である。
漏らすわ吐くわノーパンだわ卑怯戦法どんと来いだわ特にアンチされているわけでもないのに何この扱い。

『魅惑の妖精』亭のNo.2まで上り詰めるほどの美少女妹ぶりで、酒場の仕事を満喫していた。
また、そこで皿洗いの仕方を覚えた。

トリステイン女王、アンリエッタとは旧知の仲で、昔は拳で語り合う仲だったらしい。
完全に母親似である。

魔法薬の効果で成長しても一部分は成長してない。
しかしスリーサイズ B76/W53/H75 というのは実質Cカップじゃねえの?

感情表現豊かで、涙もよく流す。
達也の妹の真琴に対して姉ぶって愛情を注いでいる。
巨乳は彼女にとって天敵であり、ティファニアとの初対面では精神崩壊しかけていた。
タバサ救出戦に不参加。ただし彼女の分身が活躍していた。
その鬱憤を晴らすかのごとく大人化した時は学院を崩壊の危機に追いやるまで暴れた。
だがその結果、達也や読者に犯罪者扱いされるヒロイン。
原作ヒロインなのに新章のパーティにいないというレギュラー落ちの危機。
実際最近は出番が極端に減っているが出れば原作ヒロインの格の違い(笑)を見せてくれる。でも出番は少ない。このままだとティファニアに紹介順を奪われてしまう!ルイズちゃんぴーんち!

「汚れ役もできない薄幸のヒロインに紹介順を奪われるわけないじゃない!」

・・・流石である。


ギーシュ・ド・グラモン

我らが隊長にして苦労人である。
個性が強すぎる水精霊騎士隊の隊長である。
彼ですら隊員の中ではまともな方なのだから酷い。
何気に彼がいないと達也は生きていない超便利キャラ。
109の彼はモンモランシーにゾッコンなのだが、惜しむらくは彼女にそれが上手く伝わっていないこと。
達也と共同制作で風呂を作っている。
主人公より主人公らしい人物になっているが、実際序盤は第三の主人公扱いだった事は内緒である。
主人公の友人ランク1位である。元の世界の友人涙目である。
彼も最近出番が減っている。でも紹介は3番目という謎の優遇。


ティファニア・ウエストウッド

109においてもその爆乳ぶりが女性たちの自尊心を粉々にしてしまう罪な少女。
容姿性格共に申し分ないのであるが、第二次魔法薬騒動において汚されてしまった。
というか水精霊騎士どもの大半は彼女の裸を見ているのですが、そこの所はどう考えているのか。
フーケことマチルダ及び子ども達を領内で保護している達也に感謝している。
だが、彼女はその領地が巨大生物ひしめく魔境である事は知らない・・・。
おそらく彼女が『魅惑の妖精』亭で働けば人気は一番になるだろう。

どう考えても109の157話から及び原作19巻からのヒロイン。
原作20巻は完全にヒロインだった。以降はどうなるのか注目してます。
注目してるからどうにか原作は無事に完結してほしいと思う。
最近は達也に泣かされまくりであるが、その達也に『護る』とまで言われたテファマジヒロイン。そしてついに達也と口づけまでして告白までしちゃったテファ超ヒロイン。

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー

109においてはコルベールとフラグの一つも建っていないお方。
ゲルマニアからの留学生でとにかく存在がエロい。あとおっぱい。
しかしながらテファの登場によりそれまでの自信が崩壊している。
ヒロイン度でいえばテファぐらいヒロインしている。少なくともルイズよりかはヒロイン。
こう見えても初登場時は達也を警戒していたんですよ、皆さん。
魔法学院襲撃戦の時は完全にヒロインは彼女だった。
でもこういうキャラってなんで解説役とか便利屋とかの扱いになりやすいんだろうか?



タバサ

109においては腹ペコキャラである少女。
タバサ救出戦におけるヒロインである。
将来が非常に有望だが一部大きな御友達にはその姿は不評。このロリコンどもめ!
よってルイズからは裏切り者扱いされてます。
原作と違い、ガリアの女王にはなっていない。
おい、そしたらジョゼットどうなるんだよ!?いや、普通にジュリオの嫁になるんじゃね?
悲しい事に彼女も汚されてしまっている。というかあの事件によりトリステイン魔法学院女子はほぼ全て汚れてしまっている。
戦後において北花壇騎士に復帰している。
ただ、トリステインへの留学期間が終わった訳ではないらしい。


シエスタ

達也専属メイドさんである。
序盤は聖母のような優しい女性だったが、中盤辺りから可笑しい。
官能小説をルイズと見たり妄想で悶えたり思春期にはよくある姿を惜しげもなく見せる。
メイドとしての能力は非常に高く、達也も真琴の世話を任せるほど信頼している。
更には専用のメイド服まで作ってもらっているので、ある意味愛されている。
けして出番が少ないとか言ってはいけない。
大家族の長女であり、案外しっかりしている。
酒癖が非常に悪いが、オルエニールのお屋敷で酒を飲んだことはあまりない。
達也は彼女の全裸を堂々と見ている。責任取れと言ってはいけない。
新章において達也ご一行の唯一のおっぱい担当なのだが、3サイズからして彼女はそこまで巨乳ではない。
なにそれひどい。


三国杏里(みくにあんり)

達也の心のヒロインにして恋人である。109オリジナルキャラ。
109開始時は恋人同士ではなかった。
達也の心のヒロインであって、109のメインヒロインとは限らないのでご容赦ください。
容姿はアンリエッタに生き写しだが、その設定が達也の葛藤に直結した事はそんなにない。
やはり別人は別人として割り切っているのであろうか?
姉がいたのだが幼い頃『交通事故』で亡くしているらしい・・・のだが。
寂しさを紛らわせるように因幡家によく顔を出しているが、達也とデートする事はそれまでありませんでした。
達也が召喚されなかった未来では結婚し共に喫茶店を営んでいたが、109においてどうなるのかはまだ分からない。
姉関連で中学生の時まで達也を逆恨みしていたが、達也はそんな彼女の恨みを意に介することはなかった。
彼女が達也が自身を超える色男に靡いた場合、潔く身を退くという発言をされている。そんな時は生涯の友人になってしまうのだろう。


アンリエッタ・ド・トリステイン

トリステイン王国の王女、後に女王に即位した、ルイズの幼馴染。水系統の魔法を扱うトライアングルメイジ。おまけにナイスバディ。
幼い頃はルイズと拳で語る仲であったが、歳をとるにつれて恋する少女に変貌している。
アクティブな一面どころか、アクティブそのものである。
ウェールズが猛烈に後悔しているように未だ綺麗な身体であり、何気に109ハルケギニア女性陣では貴重な存在である。だが肉食系。
達也を元の世界に戻す気など微塵もなく、また正妻がいようが『私は一向に構わんッ!』とでも言う様な発言をする女王。ある意味ラスボス。
お屋敷地下探検ではついに達也と二人きりになるが、かわされまくっていた。
達也も流石に彼女の執念は痛いほど感じており、扱いが徐々にぞんざいになっている。
とはいうものの、ウェールズのことを忘れてしまったわけではなく、達也がウェールズの姿で現れた時涙を流していた。


ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド

序盤の強敵だったが今は戦うマダオである。
しかしながらコイツが一番幸せと思うのは作者だけだろうか。
メシウマ嫁と一定の給金がもらえる仕事につき生活には全く困っていない。どういうことだこれは!?
しかし上司が鬼であり、泣きそうになりながら巨大生物から領地の平和を守るヒーローである。
エレオノールが領内に住み着き非常にやりにくい。
描写はないのだが孤児院の子ども達からは『ととさま』と呼ばれているんです。
両腕とも義手であり、両方達也に斬り飛ばされている。
ある意味109で待遇がよい人物の一人。
新章においてまさかのパーティ加入。
元婚約者を差し置いてレギュラー化しそうな勢い。
マチルダさんとは事実上夫婦です。式は挙げていないが。
何このマダオ?子宝に恵まれて孫も含めた大家族に看取られて死ねば良いのに。
とか書いてたら吸血鬼編で本当に死にかけた。だが達也の有り余る体液により復活してる。ちっ。


アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン

トリステイン銃士隊隊長でアンリエッタ女王の腹心をつとめる女性。魔法の使えない平民であったが、メイジ以外の部下を求めるアンリエッタによりシュヴァリエの称号を与えられ貴族となる。と、此処までは原作と同じであるが、リッシュモンに敗北した辺りから彼女の運命は激変している。
109で最もヒロインしている人物であり、一時はマジでただの若奥様です本当に有難う御座います状態になった。
達也も立場上アンリエッタを助けなきゃいけない場面で彼女の救出を最優先するほどである。何という囚われのヒロイン。
生来ドSなのだが、達也や子ども達の前ではそれも引っ込み、むしろ母性溢れる一面を見せている。何というヒロイン。
109の良心的存在である。多分。そのうち達也の後方を三歩下がって歩くようになりそうなヒロインぶりである。
ただ最近彼女も出番が少ない。


フィオ

109オリジナルキャラ。
五千年以上生きたダークエルフであり、その大半の生を達也を想いながら過ごした女性。
ガリア・ロマリア戦争のヒロイン。
その魔力は人間のそれを軽く凌駕しており、彼女がいなければ更なる被害があった。
一応丁寧な言葉遣いだが何か可笑しい。
『根無し』の二つ名を持ち、『虚無』の使い手であったニュングの使い魔であり、また後に義妹となっている。
歴史的には一応彼女が最初の『フィッシング』のルーンの所持者となっている。
ヴィットーリオを襲撃したエルフ、ジャンヌとの戦いによって受けた傷がもとで戦死。
その魂は達也のルーンによって捕らわれ、正に死んでも一緒状態になった。
後に達也が水の精霊石の加護を受けた状態になると刀に憑依合体してる。
なので死んでも出張る恐ろしい女。


マリコルヌ・ド・グランドプレ

愛すべき変態もとい紳士である。
二つ名は「風上」。ルイズ達の同級生に当たる男子生徒で、風系統のドットメイジ。
しかしながら自分がモテぬ事からくる嫉妬からか、公衆の面前でいちゃつくカップルやいわゆるバカップルに激しい憎悪を抱いている。
この点においては達也と衝突する事が多く、いわばコメディにおけるライバル役。
生粋のドMだが、たまにはまともな時もあるんだよ・・・。


レイナール

我らが騎士隊の参謀。
ルイズ達の隣のクラスの男子生徒で、眼鏡が特徴的。アルビオン戦役では輜重隊を指揮し、退却時に部隊を纏め上げたことで表彰され、水精霊騎士隊に参加したという背景がありながらやってる事は実質騎士隊のまとめ役である。実質騎士隊は彼で持っている。
たまに悪乗りする事もあり、ギーシュの手紙作成の時は何故か懐妊の心配をしていた。
マリコルヌとは言い争う事が多いが、何故か達也にはない。彼においてはもう諦めているようである。


モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ

二つ名は「香水」。金髪縦ロールで後頭部に赤い大きなリボンをしているお嬢様。トリステイン魔法学院の生徒で、ルイズの級友。水系統の魔法を得意とする。
まあ、そうなのだが、109においての彼女は『モンモン』というあだ名で呼ばれることが多い。そしていつの間にか『香水』より定着。『モンモンことモンモランシー』は、達也が彼女を呼ぶ時に使用する。
109において貴重なツンデレ及びヤンデレ要員。
彼女がギーシュを振り向かせる為に作った魔法薬が騒動の一因となることもしばしばある。というかそれでトリステイン魔法学院は未曾有の危機に直面していた。


因幡真琴(いなばまこと)

達也の妹にして見習い魔法少女。
とにかく快活で優しく素直な少女。
ルイズは彼女にメロメロになっており、危うく犯罪行為を犯しかけていた。
まだ見習いなので魔法は一つしか覚えていない。
お兄ちゃんっ子であり、将来は兄のような男の子と結婚するとか言っている。やめておけ!
また、幼馴染に村田桂一郎という少年がいるが・・・恋愛感情までにはお互いなっていない。
109のオリジナルキャラである。
達也とティファニアとともにエルフに攫われてしまう。


エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール

ルイズの長姉で、ラ・ヴァリエール公爵家の長女。
何?27歳?何言ってるんだい、エレ姉さんは永遠の17歳だろとでも言っておけばトラブルにはならないぐらい気難しいお方。
オルエニールの皆さんは彼女が達也の連れてきた嫁だろうと睨んでいるがそんな事は全然ない。
学術的資料が多い達也の屋敷に住み着いてしまっている。
杏里という存在がいなければ、もしかしたら・・・あ、その前にテファとアニエスがいたわ。
しかしながら出て来ればそれこそヒロインのような扱いを受けるお方。
新章においてルイズを差し置いてパーティ加入。
一応研究者なので知識はルイズよりもあります。才女なんですよ一応。


カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ

ルイズの次姉で、ラ・ヴァリエール公爵家の次女。
原作ではこの上なく人格者であるのだが、109ではカリーヌも匙を投げるほどのまるで駄目な女略してマダオ状態になっていた。
姉が達也の領地に行った時は激怒し、彼女に罵詈雑言を浴びせかけていた。
しかしながら興奮しすぎると吐血してしまう薄幸の女性。・・・薄幸?


カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール

ルイズの母親で、ラ・ヴァリエール公爵夫人。
引退状態の原作とは違い普通に戦場に出てくるお方。
達也の天敵だが、彼女は達也に好感を持っており密かに達也を娘の夫として迎えようと策を講じている。
無論彼女も達也を元の世界に戻す気など微塵もない。
とりあえずワルドのトラウマになっています。
母は強しと言うが彼女の場合はチートレベルである。


ハピネス

達也のペットのハーピーの子ども。
当然109オリジナルキャラ。
真琴が魔法を覚え単なるマスコットキャラから脱却しそうな為、新たに現れた感がしないでもない。
一応幼女のカテゴリーに入るのかもしれない。
刷り込みのせいか達也が大好きでいつも彼の肩に乗って頬擦りをしている。おい達也。そいつをこっちによこせ!
達也は技能のおかげで彼女の気持ちが少しだけ分かっている。
ちなみに上半身はスッポンポンである。アグ●ーーース!!!
この子はエルフに攫われてはいません。


ジャン・コルベール

二つ名は「炎蛇」。トリステイン魔法学院の教師で、火のトライアングルメイジ。42歳独身。禿げ上がった頭部と眼鏡をかけた冴えない外見の中年男だが、その研究意欲はルイズが敬意を払うほどの人物。
達也の世界の技術に多大な関心を持っている。しかし魔法が発展している世界なので彼は大方変人扱いされている。
普段は温厚だが、生徒に害するものには容赦なく、かつての部下のメンヌヴィルにも一切妥協せずにその炎を浴びせた。
ギトーや達也から呆れられるほど不自然なカツラを被って授業に出てくることが多い。
したがって彼の前では『激しい』とかは『励ます』などの言葉を言うことは禁句とされている。
毛生え薬の原料となる『火燐草』を採取したのはいいのだが下の毛がボーボーになってしまい、それから学院長に対し殺意を持ち始めている。

シュヴルーズ

二つ名は「赤土」。トリステイン魔法学院の教師で、土のトライアングルメイジ。性格は基本温厚。
だが、トライアングルである事に少しコンプレックスを感じており彼女の前で『スクウェアになったよ!』などと喜ぶならまだしも自慢げに言うことは即ち死を意味する。
若い頃はそれはもう美人であったらしい。今は気の良い中年女性。だが尻は良い形(オスマン氏・談)らしい。
何か弱そうに思われているが、土くれのフーケを撃破寸前まで追い込んでいる。

ギトー

二つ名は「疾風」。トリステイン魔法学院の教師。
109において変わりすぎた男。
飄々として捉えどころのない性格だが、教師という職に誇りを持っている。
酒が大好きで何時もコルベールを誘って飲んでいる姿が見られている。
まともに当たればカリーヌには勝てないぐらいの強さ。その程度の強さ。・・・搦め手なら勝てるのかよ先生。
生徒は勿論達也でさえも教師として導く姿はもはや元キャラの原型を留めていない。


ヴィットーリオ・セレヴァレ

ロマリア皇国の支配者およびハルケギニア全土の神官と寺院の最高権威者である教皇。形式上の地位はハルケギニアの各国王よりも高い。虚無の担い手の1人で「移動」を司る・・・のだが109において彼は鬼籍に入ってしまった。
20歳前後という異例の若さで教皇に選ばれていて、即位後は清貧を重んじ、貧民の救済と腐敗する神官や寺院組織の改革に力を注ぐ。とてつもない美貌と身分の別なく柔らかい物腰で人に接することから、ロマリア市民の絶大な尊敬を集める。
彼の死によりロマリア国民は多大な悲しみに包まれている。(まあ、死んだお陰で聖戦が終わったのだが)
彼を手にかけたのが彼が危険視していたエルフであり、彼の暗殺は人間とエルフの戦争再開フラグその一だよ!
死に際に彼が見た景色は死んだ母の姿だったのか、達也がジョゼフに金的するところなのかは謎のまま。

平賀才人

原作の主人公である。原作ルイズとの関係の決着とか気になる次第である。
だが本編では彼の姿を騙った何者かが現れただけで彼自身は出てきていない。
だがX話ではレギュラー化しており、因幡夫婦といつもお話をしている。
歳相応にスケベで二次元も嗜む。出会い系サイトも利用している17歳。
真心喫茶109に入り浸っているが彼の来る時間帯は客がやや少ない。
本編での出番をくれ⇒適当に扱われる⇒嘆くはお約束である。
出番というがこの男、84話に出演している。どうやら瑞希と懇意にしているようだった。しかしキャバクラ通いも発覚している。
84話を見る限り、因幡家とはそれなりの付き合いをしているようだ。流石原作主人公は格が違った。
というか原作主人公の紹介がここかよ!


平賀才人(自称)

姿かたちは平賀才人だが痛い発言を連発する謎の存在。
109主人公の達也に『お前の物語は誰の記憶にも残らない』などと言っている。
いや、二次創作の主人公にそれを言うってどうなのよ?
本人曰く『本来なら達也の位置にいる筈だった存在』らしい。
原作基準なら才人が主人公な世界だし達也がイレギュラーという彼の意見も分かるが。
彼の発言からするに何週もゼロ魔世界を巡ってきたかのような気もするが多分気のせい。
どうせ109世界に来て逆行やら原作知識やら駆使して主人公最強でルイズはメロメロな事を考えてたのだろう。
しかし性格が違えば嗜好も違うのでたとえこの方が万が一109世界に来ても原作同様に人望が出来るかは知らん。
ここのルイズが果たして原作基準で逆行を幾度か経験した平賀才人を異性として見るのかは作者にもわからん。


ニュング

通称『根無し』。いうまでもなく109オリジナルキャラ。
ブリミル教蔓延るハルケギニアではその存在が抹消され、記録を綴った書物も禁書扱いされている『虚無』使い。
5000年前にダークエルフの姉妹であるシンシアとフィオと共に各地を放浪していた。
生前の姿はぼさぼさの茶髪に無精髭、質素な服を着込んだ人間男性だった。
何気にダークエルフと人間の結婚というある意味偉業を成し遂げている。
旅に出た理由は『自分探し』。魔術の素養があるくせに剣の収集が趣味である。
エルフ達からは『門を覗いた者』等と呼ばれちゃっている。っていうか5人目って誰よ?
現在は達也に憑りついているが、達也が自白剤を飲まされた際に現れる。
達也の身体で虚無魔法を使用するチート幽霊。というか109ハルケギニア世界でのチート的存在その2。お察しの通りその1は彼の子孫である可能性大のカリンちゃんである。というかこちらは死んでる分生きてるルイズママの方が性質が悪い。

一応、ここまで。
後は随時追加するという方向で。


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