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[18717] 【習作】 ごった煮オムニバス 【短編集】
Name: 小話◆be027227 ID:24aa9268
Date: 2011/05/31 10:20
気ままに思いついたネタを投稿させて頂きます。
オリジナルも二次創作もごっちゃです。
実験作が含まれています。

実在の人物、団体、国家、その他とは一切関係ありません。

暇つぶしになれば幸いです。
ではごゆっくりどうぞ。



[18717] 転生者BLACK‐1
Name: 小話◆be027227 ID:b35051a3
Date: 2011/01/09 00:33
気がついた場所は白く靄がかかっている場所で手を伸ばしてみても自分の指さえ見えない場所であった。
不安になった俺は大声を出して誰か居ないのかと叫ぶ、どれ程叫んだか分からなくなった頃、頭の上から声が聞こえてきた。

「やあ、初めまして」

しかし声の主は見当たらない、しかしようやく出会えたのだこれを逃がすわけにはいかない。

「あの此処は何処なんでしょうか? 気がついたらこんな訳の分からない場所にいて困っています」 

途方にくれた声で話しかけると相手が軽い調子で応じてきた。

「まあそうだろうね、じゃあ説明してあげよう」

そう前置きして話し始めた内容は正直に言って呆れたものであった。

「つまり、あんたは神様で、俺はあんたの間違いで死んじまったと」
「そういうこと」
「ふざけんな! てめーなんて事しやがる」
「そんなこと言われてもねー」
「帰せ、戻せ、俺を生き返らせろー!」
「生き返りたいの?」

怒鳴り散らす俺に向って自称神様とやらはそんな当たり前の事を聞いてきやがった。

「当たり前だ!」
「しょうがないなあ、まあこっちのミスだしね、いいよ生き返っても」
「え、マジ?」
「マジマジ、こちとら全知全能の神様だよ、そんなの朝飯前のう○こだって」
「人の命をう○こと一緒にすんなよ」
「こっちからしたら虫も人も変わらないけどね、じゃあ普通に生き返らせればいいね」

ここで俺はふと考えた、折角神様とやらが目の前に居るのだ単純に生き返るだけなんて勿体無いじゃないかと、どうせならお土産の一つ二つ貰っても罰は当たらないはずだ。
だってコイツに言い分なら罰を当てるのもコイツだからな。

「一寸待て」
「なに、やっぱりこのまま死んどく?」
「んな訳なーだろ、あれだよお前神様なんだからこう生き返るにしても色付けてくれよ」
「めんどくさいなあ」
「うっせーつの、こちとらお前のせいで死んでんだから、そのくらいいーだろーが」

俺の言い分に対して溜息を吐くと自称神様とやらはおざなりな声で応じてきた。

「はいはい、分かったよ、でどうしたいの?」
「そうだなギルガメッシュの王の財宝とかネギみたいな超魔力とか、あとニコポナデポも欲しいな、それから……」
「つまり君等の言うところのチート能力が欲しいってこと?」

あーだこーだ言い募る俺に対して呆れた声で話しかけてくる神様。

「そう、そーだよ分かってるじゃん」
「それ無理」
「え?」

あっさりとこっちの希望を却下しやがった、なんでも神様は世界の管理も仕事の内だそうで余りにもバランスの欠いた存在はその世界を壊すことになるので無理だとか言いやがる。

「じゃあどーすんだよ!」
「そういう能力系ならお勧めは他の世界に転生するって選択かねえ」

つまりそんなチートな存在が許されるように作られた、漫画とかアニメみたいな世界になら能力持たせて生まれ変わらせてくれるって事らしい。
これは正直迷った、そんなチートな存在に生まれ変われるのだ、人生バラ色に違いないだろう。
しかし一人のオタクとして連載中のアレの続きとか来月発売のコレとかが気になってしょうがない。
ならここで取る選択肢は一つしかないじゃないか。

「なら黄金率だけで良い、一生金に困らない上に贅沢し放題だからな」
「転生しなくていいのかい? 他の世界なら好き勝手しほうだいだよ」
「赤ん坊からやり直すのも面倒だし、下手に才能持ってると苦労しそうだからな」
「……やれやれ、君みたいなのは初めてだなあ、じゃあ本当に黄金率だけ今の君を生き返らせれば良いんだね」
「おう! 金さえあれば後は何も要らねえよ」

こうして俺は生き返った、そして神様の言うとおりに一生金に困る事は無い生活が始まったわけだ。
何故なら俺を轢いたのはトンでもない金持ちの車で俺のこれからの生活費の一切をみてくれるって事になったからだ。
俺はそれの話をベッドの上で聞いている、動かない四肢と話すことも出来ない体を持ったままでだ。
俺は所謂ところの植物人間といわれる状態で生きている、今の俺に出来るのは聞くことと考えることの二つだけ泣きたいのに涙も出やしない。

『チクショウ嘘吐きめ、何が神様だ馬鹿野郎!』
『嘘なんか吐いてないよ』

頭の中にあの神様とやらに悪態を吐いていると声が聞こえてきやがった。

『なんだと、ふざけんな! どこがだよ』
『だって君が言ったんだぜ、黄金率の他は“何も要らない”ってね』
『あ……』
『くっくっく、大人しく転生してこっちを楽しませてくれてれば良かったのにねえ』
『それどういう意味だよ!』
『そのまんまだよ、君だって愚か者が自分の掌で踊っているのを見るのは楽しいと思うだろう?』
『て、てめえ!』
『その点、君は実につまらなかったけど、そのザマを見れただけで良しとするかね、じゃあ次のオモチャを探しに行くから…… そうそう君の寿命はあと百年にしといてあげたからね、それじゃあさようなら、二度と会う事もないけどね』
『待て、待ってくれ、おい!』

頭の中で神様を呼び続けるが本当に二度と声が聞こえることはなかった。
そして俺は百年の孤独を過ごす。



[18717] 転生者BLACK-2
Name: 小話◆be027227 ID:b35051a3
Date: 2010/05/09 19:21

気がついた場所は白く靄がかかっている場所で手を伸ばしてみても自分の指さえ見えない場所であった。
不安になった俺は大声を出して誰か居ないのかと叫ぶ、どれ程叫んだか分からなくなった頃、頭の上から声が聞こえてきた。

「やあ、初めまして」

しかし声の主は見当たらない、しかしようやく出会えたのだこれを逃がすわけにはいかない。

「あの此処は何処なんでしょうか? 気がついたらこんな訳の分からない場所にいて困っています」 

途方にくれた声で話しかけると相手が軽い調子で応じてきた。

「まあそうだろうね、じゃあ説明してあげよう」

そう前置きして話し始めた内容は正直に言って呆れたものであった。

「つまり、あんたは神様で、俺はあんたの間違いで死んじまったと」
「そういうこと」
「ふざけんな! てめーなんて事しやがる」
「そんなこと言われてもねー」
「帰せ、戻せ、俺を生き返らせろー!」
「生き返りたいの?」

怒鳴り散らす俺に向って自称神様とやらはそんな当たり前の事を聞いてきやがった。

「当たり前だ!」
「しょうがないなあ、まあこっちのミスだしね、いいよ生き返って」
「え、マジ?」
「マジマジ、こちとら全知全能の神様だよ、そんなの朝飯前のう○こだって」
「人の命をう○こと一緒にすんなよ」
「どーでも良いじゃん、じゃあやるよ」

これで生き返れると思った瞬間に俺の脳裏に素晴らしい考えが閃いた、これってもしかして転生チャンスじゃねーのってね。

「一寸待て」
「なに、やっぱりこのまま死んどく?」
「んな訳なーだろ、あれだよお前神様なんだからこう生き返るにしても色付けてくれよ」
「えーめんどくさいなあ」
「うっせーつの、こちとらお前のせいで死んでんだから、そのくらいいーだろーが」

俺の言い分に対して溜息を吐くと自称神様とやらはおざなりな声で応じてきた。

「ハイハイ分かったよ、それでどうしたいの?」
「そうだなギルガメッシュの王の財宝とかネギみたいな超魔力とか、あとニコポナデポも欲しいな、それから……」
「つまり君等の言うところのチート能力が欲しいってこと?」

あーだこーだ言い募る俺に対して呆れた声で話しかけてくる神様。

「そう、そーだよ分かってるじゃん」
「じゃあそれでもう良いよな」
「まだだ! どーせならアレだ好きな世界に送って転生させろ」
「もう何でも良いよ、じゃあ逝ってらっしゃい」
「応! ははは人生バラ色じゃあー」

こうして俺は転生を果した、新しく生まれ変わった俺はまさに無敵。
悪いやつらをぶっ飛ばして助けた美幼女から美熟女まで食いまくりハーレムを築くことに成功。
しかもその中の一人がお姫様だったからあっと言う間に王様になると、世界征服を企む帝国の手から祖国を守るだけでなくその戦争に勝利して世界統一を果して善政を敷くと飢餓も差別も無くなり世界は平和になったって訳だ。

「ふはっははははは、我が世の春が来たー!」








「はあ~」
「どうしたの?」

白い制服に身を包んだ若い女性が溜息を吐いたのを同僚が見逃さずに尋ねてくる、その問いに溜息を吐いた女がジト目を浮かべながらも返答を返した。

「あの患者さん、意識が無いのにずっと笑ってるのよ、なんだか気味が悪いわ」
「ああ、あの集中治療室の人」
「そうそう、いっつもニタニタして気持ち悪いのよね」
「確かトラックに轢かれたんだっけ?」

一人の愚痴からナースステーションにいた他の看護士たちも口々に件の人物のことを話し始める。

「なんでもニートだったとか」
「引き篭もりって聞いたけど」
「うっわ、最悪―」

最初はちょっとした軽口だったのが少しずつ悪口に変化しはじめた所で婦長が咳払いをして嗜める。

「その位にしておきなさい、それにあの患者さんは今日退院します」
「え、それってどういう事ですか?」
「ご家族が延命措置を断ったのよ」

その台詞に一瞬静かになる看護士たちだが人が命を失うのは病院では言葉は悪いが日常茶飯事である。

「分かったら、仕事に戻りなさい」

パンという手を叩く音で其々の職務と、患者の世話にと戻って行く。





「ああん、凄~い」
「はあはあ、もうだめじゃ、許してたもれ」
「僕もう我慢できないよ」
「うちを先にしてえな」
「わらわが一番であろ」

「愛い奴らよのお! 今日もたっぷりと楽しも……」

プツン
ツ―――――――――――。








後書き

ブラックジョークという事で一つ(笑)。



[18717] 転生者BLACK-3
Name: 小話◆be027227 ID:b35051a3
Date: 2010/07/29 21:45
気がついた場所は白く靄がかかっている場所で手を伸ばしてみても自分の指さえ見えない場所であった。
不安になった俺は大声を出して誰か居ないのかと叫ぶ、どれ程叫んだか分からなくなった頃、頭の上から声が聞こえてきた。

「やあ、初めまして」

しかし声の主は見当たらない、しかしようやく出会えたのだこれを逃がすわけにはいかない。

「あの此処は何処なんでしょうか? 気がついたらこんな訳の分からない場所にいて困っています」 

途方にくれた声で話しかけると相手が軽い調子で応じてきた。

「まあそうだろうね、じゃあ説明してあげよう」

そう前置きして話し始めた内容は正直に言って呆れたものであった。

「つまり、あんたは神様で、俺は死んじまったと」
「そういう事になるね」
「ふざけんな! まだやりたい事も沢山あったんだ、死ぬなんて冗談じゃねええ!」
「そんなこと言われてもねぇ」
「帰せ、戻せ、俺を生き返らせろー!」
「生き返りたいの?」

怒鳴り散らす俺に向って自称神様とやらはそんな当たり前の事を聞いてきやがった。

「当たり前だ!」
「まあ、生き返って貰っても良いんだけど、というか生き返って貰う心算だったんだけどねぇ……」

何故か言いよどむ声に続きを促すとこんな言葉を返してきやがった。

「君の態度って、頼みごとする人間の態度じゃないねぇ」
「え?」

なんか行き成り自称神様とやらの雰囲気が変わったよ、良く分からないけどこうプレッシャーみたいなものが全身から発散されてます。

「こっちも人気商売だからね、信者を獲得するには偶には奇跡の一つも見せてやらないとなって思っただけ、そこで偶々目に留まった君を蘇生してあげようかなと思ったんだけど……」
「な、ならさっさと生き返らせて」
「思ったのだけど、態々不快な人間を生き返らせることもないしね、君はこのまま消滅決定ね」
「な、そんな馬鹿な?!」

そんな馬鹿な、俺が読んでいたSSでは大体の神様って奴は只管下手に出てて、こっちの言うことには一切逆らわずにチート能力くれるものだったぞ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、謝るから!!」

俺は慌てて謝ろうとした、勘違いしていたが本当にコイツか神様なら俺の命はコイツの気分次第ってことじゃないか。
今の俺は何も出来ないのだ、なんとかして生き返らせて貰わなければならないという事実に思い至って冷や汗がどっと噴出した。
しかし次に神から出た言葉は、余りにも簡単な、無残な、そしてある意味至極真っ当な一言だった。

「消えろ」










神と称する存在以外が消え去った空間でそれはポツリと洩らした。

「やれやれ、今の人間はあんなのばかりなのかね、これでは箱庭が崩壊するよりも先に人が滅びそうだ、この辺りで少々間引きするべきか?」

さかしくも天に昇ろうとした塔を破壊したように、退廃に満ちた街を塩に変えたように、善良な家族と動物を残して水に攫わせたように、思い上がった人間を大陸ごと沈めたように。

「審判を下そう」

それは無常にも告げた。



[18717] 転生者BLACK‐4
Name: 小話◆be027227 ID:42a215e9
Date: 2010/10/16 00:48
俺は死んだ、目の前には白い髭の爺さん、良しテンプレ終了。

「じゃあ能力くれ」
「はやっ、まあネタだから良いか、サクサク行こう」
「そうだな、じゃあ無限の剣製下さい」
「はい、あげた」

神様から能力を貰った俺は、早速固有結界を発動させる。
足元から炎が噴きあがり、辺り一面を俺の心象風景たる赤い剣の丘が埋め尽くし無限の剣製が完成する、そこに突き立つのは夥しい数の刃たち、全てが贋作、しかし贋作故に尽きる事の無い……と思っていたら現出したのはお花畑であった。

「あれ?」

咲き乱れる花々、蝶々が舞い丘の上には白い一軒家がたっている、見るからに長閑な風景であった。

「なんでこんな風景が出てくるんだ?」
「そりゃあ、固有結界は個人の心象風景が現実を塗り替える訳だから、これが君の心象風景なんだろう」
「……キャンセルで、王の財宝とかのが良いよね、やっぱり」
「どうぞ」

改めて、王の財宝を得た俺は天を突きぬけるが如く叫ぶ。

「開け、ゲート・オブ・バビロン!」

声に合わせて、俺の後ろの空間が歪む、そこから出現する無数のアニメDVD、ライトノベル、ゲームソフト、漫画雑誌にコミック、あ、やべえエロゲとか出てきた。

「ストップ、ストーップ!」

慌てて蔵から出て来た物を拾い集めると蔵の中へと放り込む、あちこちに散らばったお陰で拾い集めるに苦労した。
しかもDVDとかCD割れてるし、BOXや漫画に傷が出来るしコンチクショウ。

「なんで、あんなのが出てくるの?!」
「え、だって王の財宝は自分が今まで集めた宝物が出てくる訳だから」
「……チェンジお願いします」

成る程、理解したぞ、つまり外的要因に拠る能力は地雷だということだな、ならば自分自身の身体能力強化ならイケるはずだ。
となれば無敵の能力【一方通行】を持てば俺TUEEEEという訳だ、これでカツる。

「OKだよ」
「お、よしじゃあ俺を殴って見てくれ」
「良いの?」
「ふふん、一方通行を得た以上無敵、さあ頼む」
「じゃあ、えい」
「ぶべらあっ?!」

殴られた俺は無様な叫びを上げながら、ニ回転程空中を舞って地面に落ちた。
すっげえ痛い、しばらく痛みで動けない俺は放置プレイされていたが、痛みが治まってきたところでむっくりと起き上がる。

「ちょっとおっ、反射しないんですけど!」
「ちゃんとベクトル計算したかい」
「へ? ベクトル計算て」
「その能力は正確なベクトル計算や知識が無いと上手く使えないのは理解してるでしょ」
「俺がするの?」
「君以外の誰がするって言うんだ」

えっとベクトル計算て何だっけ、たしか授業でやったはずだけど、屈折率てなんの法則でだすだったかな、右手の法則いや左手だったか、正直なところ数学や物理の授業なんて睡眠時間だったから全く覚えてないぞ。

「やり直しを要求する」

その後も数々の能力を試してみた、DB的な気の力は先ずは腕立て伏せから始める事になり、MSを貰っても操縦方法が分からず、錬金術は科学と同義、悪魔の実は不味くて食べられた物では無いし、最終手段として悪魔と合体しようとしたら乗っ取られかけた。

「ぜえぜえぜえ」
「いい加減にしてほしいんだけど」
「なんで全部が全部、努力とかリスクとか必要なんだよ」

もういい加減にして欲しいと詰め寄る俺に対して、初めてそいつは笑いかけて来た、その表情には覚えがある、でも何時何処で見たのかが思い出せない。

「何の代償も無しに手に入るものは無いのが当たり前なんだぞ」
「お、お前一体?」
「さあなあ、だが生まれ変わる手助けはしてやれたか」

さよならを告げる声と共に俺の体が落下を始める、足の下を見れば暗い底が見えない穴が広がっているばかりだ。

「ぎゃぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」











「はあっ」

がばっと起きた俺は荒い息を吐く、着ているTシャツは汗でベタベタで気持ちが悪い、どうやら新作RPGのキャラメイクをしている時に寝落ちしてしまったらしい。

「気持ち悪り、シャワーでも浴びるか」

何か怖い夢を見ていた事だけはおぼろげに覚えているが、内容までは思い出せない。
部屋の扉を開けてバスルームに足を運ぶ、服を脱いで脱衣所の鏡を見た瞬間、自分の背後に老人の姿が見えた気がした。
そうだあの顔は覚えがある、まだ子供だった頃に死んだ、あの人だ。

「明日は学校に行くかな」

また化けて出てこられても叶わないからな、爺さん。



[18717] ネギ魔改造(ネギが18歳だったら?)
Name: 小話◆be027227 ID:24aa9268
Date: 2011/01/09 00:38
正式名称をUnited Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国)と称するイギリスは、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドから構成されている連合王国である。
そのイギリスにおける勉学における最高学府たるカレッジ、そのなかでも世界に冠たる二大学府といえばケンブリッジとオックスフォードであろう。
その一つであるオックスフォードの講堂で卒業式が執り行われていた、出席している卒業生達はアカデミックローブに身を包み粛々と式に臨んでいる学生の一人に学帽から覗く赤い髪を襟足で無造作に括った青年がいる。
年のころは20歳に手が届くかどうかという当たりで、180cm程の長身に童顔でありながら真摯な表情をうかべる相貌は学内でも美形で通っており、形の良い鼻梁に申し訳なさそうに架けられた丸眼鏡が整った顔立ちから受ける硬質な雰囲気を緩和し、愛嬌のある印象へと変えている。
彼の名はネギ・スプリングフィールド、このオックスフォードの長い歴史の中においても天才と呼ばれた数少ない人間の一人であった。
その天才は16歳で入学を許され僅か2年で10以上の学士号、博士号を取得し今日の卒業を迎えたのであった。
卒業式の祝辞の中で当のネギ本人の意識は自らの故郷であるウェールズでの幼年学校での卒業式の頃に飛んでいた。

ウェールズの片田舎にある聖堂で執り行われた卒業式、祭壇に立つ白皙の老人の前に5名の人間が立っており自分の名前が呼ばれるのを静かに待つ、次々と名を呼ばれ卒業証書を手渡される中いよいよ最後の人間の名が老人の口から呼ばれた。

「ネギ・スプリングフィールド君」
「ハイ!」

大きな声と共に歩を進めたのは幼い頃の自分であるネギと呼ばれた少年、彼が証書を受け取ったことで式典は終わりを迎え校長であろう老人が祝福を授けて卒業生全員の声が聖堂に唱和すると式典は終わりを迎えた。
既に8年も前の懐かしい故郷での思い出の一ページに思いを馳せていると、前に立つ学長からあの時と同じように自分の名が呼ばれたのであの時と同じように返事を返して卒業証書を受け取る。
これでオックスフォードも卒業である、式典も終わり友人達は思い思いに過ごしているようだ、おそらくは今夜のプロムに誰を連れて行くかというような話題で盛り上がっているのだろう。

「ちょっとネギ、ぼけっとして歩いていないでよ!」
「アーニャ」

そんな事を考えつつネギ・スプリングフィールドが廊下を歩きながら手渡された卒業証書を広げて見ていると横から声がかけられた。
話しかけてきたのはネギと良く似た赤い髪を腰まで伸ばしてスレンダーな肢体をダブついた青いローブに身を包んだ美女である、彼女はネギの幼馴染のアンナ・ユーリエウナ・ココロウァである。
彼女の姿を認めて愛称であるアーニャと呼びかけて近くまで歩み寄る、するとそれを見咎めた級友たちが口々に囃し立てるが人好きのする笑顔で手を振ってかわすとアーニャの細い腰に手を添えて廊下の隅へと移動する。
彼女はここオックスフォードの生徒ではないがネギの卒業に際してとある使命を受けて彼の元を訪れていた。

「はい、これがネギのお爺様から預かってきたスクロールよ」
「ありがとうアーニャ」

受け取った巻物の封を解き、広げるとネギの祖父であるメルディアナ幼年学校の学長と従姉であるネカネの姿が浮かびあがってきた、更に驚く事に映像であるはずの姿が喋り始めたではないか。
只の紙から映像が浮かび音声が流れるなど現在の技術からは想像も出来ないが、手紙を見つめる二人には驚きは見られない。
それどころかまるで当たり前のことの様に受け止めて、浮かび上がった映像から様々な内容が語られるのを大人しく見つめている。
内容は卒業に対する祝福とネギのこれからの進路についてのものであった。そして最後に付け加えられた一言は驚くべき秘密を含んでいた。

「ではネギよ、新天地へと赴き修行に励みなさい、お前が《立派な魔法使い》になる事を望むぞ」

《魔法使い》自身の内にある魔力とその口から紡ぐ言霊によって世の理を自身の望む形へと変えることが可能な超常なりし技を扱う者達の総称である。
その力を時の権力者と神殿関係者により恐れられたが故に魔女狩りを始めとした迫害と討伐の末に歴史の表舞台より姿を消した神秘の使い手たち。
しかし一部の人間は権力機構と結びつき歴史の影と闇の中で営々とその存在を保持してきたのである。
ネギとアーニャの二人はその失われた神秘の体現者たる《魔法使い》の一員とであった。

「日本へ行って教師をする事かあ」
「なんだか、妙な試練よね」

アーニャは現在ロンドンで辻占い師として生計を立てながら、師の下で魔法の修行を続けている、しかしネギが試練として授けられて赴くのは遠い極東の地日本である。

「見聞を広めろって事かも、僕は視野が狭くなりがちだって此処の教授たちにも言われたしね」
「だからって、日本なんて遠いところじゃなくてもいいじゃない」

桜色の唇を可愛らしく窄めて拗ねる様子をみせる1歳年上の可愛らしい幼馴染の様子に苦笑を浮かべると、ネギは恭しく腰を折ってアーニャの手を取って告げる。

「そういえば今夜のプロムに一緒に行ってくれるパートナーがまだ決まっていないんだけど」
「申し出は嬉しいけど、ちゃんとエスコートしてくれるんでしょうね」
「はは、努力するよ」

プロムを終えてアーニャをコンパートメントまで送ったネギは旅立ちの準備を進め、卒業式から3日後、既に機上の人となっていた。
生まれ育ったイギリスの大地を眼下に望みながらこれから赴く場所へと想いをはせる。これから赴くのは極東にありながら故郷イギリスに劣らぬ神秘と伝承に彩られた国《日本》そしてネギ自身がいつか絶対に訪れたいと思っていた場所でもある。
それは15年前自分の前に姿を見せたのを最後にその消息を絶った父ナギ・スプリングフィールドが最期に滞在していた地でもあるからだ。
父も母も幼い頃から死んだと聞かされていた、しかしネギが3歳の時に暮らしていた村にある悲劇がもたらされた時に颯爽と現れた男は確かに自分の父だと名乗ったのだ。
その大きな背中をネギは忘れたことは無い、何時の日かあの背中に追いつきたいと思い続けている。

「父さん……」

彼の地への想いを巡らせる青年を乗せて飛行機は一路日本へと飛び続ける。


ネギが日本に降り立って初めて思ったのはゴチャゴチャしているであった、生まれ育ったウェールズは勿論のこと、イギリスの首都であるロンドンでも此処まで雑多な印象を持つことは無かったのだが、東京という街は力と倦怠が混ざり合って一種カオスな雰囲気を醸造していた。
特にネギが頭を悩ませたのが電車である、紹介してもらった赴任先は麻帆良学園という日本でも最大の学園都市なのだが其処へ到達する為には乗り継ぎを何度もせねばならず、次が目的の駅となった頃にはほっと胸を撫で下ろしたものである。

「やれやれ、初日から遅刻じゃ格好つかないから早めにホテルを出たのになぁ」

ガタガタと揺れる電車の吊り革に摑まりながら嘆息するネギの周囲は通学の生徒達でごったがえしている。
荷物を足元に置いて周りを見回すと何人かの女生徒が見知らぬ外国人の姿が珍しいのか此方をちらちらと見ているのが分かったのでニコリと微笑みかけると、途端にきゃあきゃあとした黄色い声が上がった。
暫し電車に揺られながら窓の外を眺めていると進行方向に巨大な木が見えてきた、その威容に眼を奪われていると電車内にアナウンスが流れる。

『麻帆良学園中央駅~お降りの方はお忘れ物に注意して下さい』

放送を耳にしたネギはようやく目的地に着いたと知って足元に置いておいたバックパックを肩にかけ布で包んだ棒状のものを持つと開いた列車の扉から一歩を踏み出した。
改札を抜けると喧騒と怒号が渦舞いていた、路面電車に乗り込む者、駐輪場に走る者、単純に自らの足で駆け出す者と移動手段は様々だが一斉に動き出す様はレミングの大移動のような風情である。

「うわっ凄い人だな、それにしても学園都市と聞いていたけど、やっぱりオックスフォードとは違うんだなあ」

人の多さに面食らうネギの耳に遅刻に関する放送が入ってきた、懐から懐中時計を取り出して時間を確認すると少し急がなくては到着がギリギリになりそうな時間であった。

「やばっもうこんな時間か、急がなくちゃ」

口の中で呟くとネギは目的地へ向けて力強く走り出した。

ネギが走り出した時と同じ頃、同じように走る集団の中に二人組みの女生徒がいた、一人はオレンジ係った赤い髪を頭の両脇でベルの付いた飾り紐を使ってサイドテールに結んだ快活そうな少女である、可愛らしい顔立ちの僅かに吊り上ったその瞳は左右で僅かに色彩が違う。
もう一人は黒い髪を腰まで伸ばしたおっとりとした雰囲気を醸し出した少女である、京人形のように整った顔立ちをして細めの瞳は緩やかに垂れているのが優しげな雰囲気を醸し出している。
朝の登校風景の中、友人同士であろう二人は走りながらも色々な事を話しながら駆け抜けてゆく。

「でもさあ木乃香、学園長の孫娘のあんたが何で新任教師の出迎えなんてするのよ」
「付きあわせてごめんなあ明日菜」
「木乃香には世話になってるし、気にしないでいいわよ」
「そうけ? 今日は運命の出会い有りって占いに出てたんよ、もしかしたら格好ええ人かもしれへんよ」
「ないない学園長の知り合いなんでしょ、そいつもジジイに決まってるじゃん」

サイドテールの子の名前が明日菜、黒髪の方が木乃香というらしい二人は微笑ましくも今日の占いとか好きな人の話題で盛り上がっているようだ。
話しながら走っている二人の横にネギが並んだ時に、聞くとも無しに横から聞こえてきた会話にふと横に眼を向けるとサイドテールの子の顔にある相が浮かんでいるのに気が付いた。
アーニャが占いの仕事をする時に付き合わされたお陰で一寸した面相判断くらいは出来るようになっていたのだが、その女の子の顔をみた瞬間にネギの口から思いもよらない呟きが漏れ出してしまっていた。

「あの子、失恋の相が出ているなあ」
「へ?」

雑踏の中で聞こえて来た男の声に反応して明日菜と呼ばれたツインテールの女の子が後ろを振り返ると背の高い赤毛の優男が此方を見ているところだった。
辺りをキョトキョトと見回すがその視線は間違いなく自分に向けられている上に周囲にいるのは自分が向かっている女子中学校の生徒たちばかりである、つまりさっきの言葉は自分に向けられて発せられたようである。
朝っぱらから冗談にしても、しかも見も知らない人間から「振られる」などと言われれば怒りよりも驚く方が先だろう、呆然とした表情を浮かべていた明日菜だったが、漸く意味を理解したのか可愛らしい顔を真赤にしてネギに食って掛かってきた。

「ちょっとどういうことよ! 適当に言ってるなら承知しないわよ!?」
「え? 聞こえてたの、ゴメンなさい、何か占いの話をしていたものだからつい」

まさか呟いただけの言葉が聞こえていたとは思っていなかったので驚いて謝罪するネギに対して、頭二つ分は低い位置からしかも見知らぬ外国人相手に文句を言えるというのはある意味凄い胆力だ。
自己主張が苦手と聞いていた日本人でも全員がそういう訳でもないらしいなどと場違いな事を思うネギに対して赤毛の女の子は言い募る。

「だいたい何で男の人が此処に居るんですか! ここは麻帆良学園都市の中でも奥にある女子校エリアですよ。 はっまさか痴漢? 誰かー!」
「いやちょっと待って、僕は」
「いやーはっはっは、良いんだよ明日菜君!」

違うと言いかけたネギの声を遮って校舎のほうから声が降ってきた、振り向けば窓枠から上半身を除かせた銀のフレームの眼鏡と仕立ての良いスーツに身を包んだ30半ばの男性が手を振っていた。

「高畑先生!」
「あ、タカミチ久しぶり!」
「ようこそネギ君、いやあネギ先生と言うべきだね。麻帆良学園へようこそ、どうだい此処は良い所だろう」

手を上げて挨拶するネギにネギのネクタイを掴んでいた明日菜とオロオロしながら成り行きを見守っていた木乃香の二人は吃驚した顔を向ける、自分たちの担任教師である高畑教諭の知り合いらしいのが短いやり取りで分かったからだ。
二人のやり取りをのんびりと見ていた木乃香がそこまで聞いたところでネギに向かって尋ねる。

「え、先生なん?」
「ハイ、今日からこの麻帆良学園で英語を教えることになりました、ネギ・スプリングフィールドです」
「え、ええーっ!?」
「ちょっと待って下さいよ、先生ってどういう事ですか」
「どうもこうも教育実習ってやつだよ、今日からA組の副担任になるし僕の出張中はネギ君が実質担任扱いだからよろしく頼むよ」

今まで食って掛かっていた人物が教師であるということに驚いたのか、途端にうろたえ始める明日菜に何時の間にか下りて来ていた高畑がネギの事を簡単に説明するがそれで納得出来るものでもないらしい、結局場所を学園長室へと移して詳しい説明を受けることになった。


麻帆良学園学園長、名を近衛近衛門という。外見は白眉白髭の好々爺といった風情だがその特徴的過ぎる後頭部をさして学園ぬらりひょんと生徒達から親しみと畏怖を込めて呼ばれている。

「ようこそネギ君、しかし修行とはいえ遥々日本まで来るとは大変じゃったな」
「いえ、これも修行の一環ですから大変とは思いません」
「うむ、中々に立派な心構えじゃ、ところでネギ君は恋人はおるのか、いないのなら木乃香なんぞどうじゃ」
「いややわ、おじーちゃん」

いきなり問題発言をして孫の木乃香に叩かれている学園長を華麗に流して話を進めることにした高畑は、ネギに対して麻帆良学園での仕事と生活について説明を始める、その話を横で聞いていた明日菜が抗議の声を上げた。

「ちょっと待ってください、教育実習生が副担任ってどういう事ですか。それに何で私達のクラスなんです」
「実は高畑君には出張に言ってもらいたい所があっての、3月一杯は学園に常駐できんのじゃよ。そこでネギ君に高畑君の代理を務めてもらおうと思っての」
「だからって何もコイツじゃなくても良いじゃないですか!」
「そんなに嫌わなくても……」

ネギの台詞にうっとなる明日菜だが朝から不快な一言を言われた身では堪らない、更に言えば淡い恋心を抱いている高畑の代わり等といわれれば複雑な心境が働き、中々素直には認められない。

「まあまあ明日菜君、ネギ君はオックスフォードを飛び級でしかも主席で卒業するほど優秀なんだよ、それに僕の出張はもう決まった事だから担任不在という訳にも行かないからね」

愛しの高畑からそう諭されてはいかに頑固者の明日菜でも矛を収めない訳にはいかない、渋々と納得すると先に教室に戻りますと告げて木乃香を連れ立って学園長室を後にした。

「やれやれ、嫌われちゃいましたね」
「そんな事はないよ、真っ直ぐで良い子だから大丈夫さ」
「それなら良いんですけど」
「フォフォフォまあ話を戻すがネギ君、君に課せられた試練は君が思っている以上に厄介じゃ、それでもこの試練を受けるかね? これが断れる最後の機会になるでな良く考えて返答して欲しい」

学園長は笑みを浮かべながらネギに尋ねてくるがその瞳には一切の笑みも浮かんではいない。
真剣な表情を向けてくる学園長と高畑に対してネギは背筋を正してから高らかに宣言した。

「若輩者ですが宜しくお願いします」
「よい返事じゃ、では指導教員を紹介しよう。 しずな君入ってきたまえ」

学園長の声に合わせて部屋に入ってきたのは20代後半とみえる美女であった、フレームレスの眼鏡が理知的な雰囲気を醸し出しているがそれに気が付く前に大概の男ならその巨大な母性に目が奪われるだろう。

「指導教員の源しずなです、よろしくお願いしますネギ先生」
「い、いえ此方こそお願いします」
「じゃあネギ君これA組の名簿ね、僕も教室までは一緒に行くから」

三人が連れ立って部屋を出て行くと学園長は笑い顔を納めて扉に鋭い眼差しを向けると一人口中で呟いた。

「彼がサウザンドマスターの後継者として英雄になれるか、それとも一介の魔法使いとして埋もれるかを知る為とはいえ自分の膝元からあえて離したこの極東の地で数々の試練を受けさせるとは、あちらの事態は深刻なようじゃな、君にかかった期待は余りにも大きいようじゃぞネギ君」

期待されているならば逆に手加減などは出来ない、そんな温情を掛けた評価ではネギがこれから向かい合うことになる彼自身の問題に打ち勝つ事など出来ないだろう。
だからこそ彼にはA組を受け持たせたのだ、彼女達はこの巨大な麻帆良学園内において特に選ばれて集められた特殊な血筋と才能の集りだ。
ネギが彼女達の心を掴み、その力を存分に振るうことが出来るようになれば、未来に起こりうる最悪の事態を回避もしくは解決できる可能性は高まるだろう。

「もちろん儂も未来の英雄候補に期待させてもらうとしようかの」

少々のやり過ぎも考慮に入れてあの英雄の息子を育て上げる事が自分達に委ねられたことならば、必ずややり遂げねばならないと決意した近衛近衛門は、先程までネギ達に見せていた人の良い表情を消して白い髭を撫でていた。



移動途中に職員室によって他の教職員に赴任の挨拶を済ませると高畑の先導で廊下を歩く、ネギは渡された名簿に目を通すと二人気になる名前を見つけた。
相坂さよ、そしてEvangeline.A.K.McDowellである、相坂の所には1940年からの在学が記載されており、これは50年以上の在学期間になる。
是だけでも異常だがエヴァンジェリンの名はそれ以上の衝撃をネギに与えていた、同姓同名の魔女を思い出したのである、闇の福音とも呼ばれたその魔女は御伽噺に語られるような《悪の魔法使い》として幼心に恐れ慄いたものである。
高畑が何も言ってこない以上は無論偶然の一致に過ぎないだろうが、ただそのエヴァの写真の横に困った時は相談しなさいと書かれているのがなにか妙な予感を抱かせる。
出来るならこの場で問い質したいが指導教諭の源女史が傍に居るので魔法関連の事に纏わる話はするべきではないと判断して名簿に目を戻す、先ずは全員の顔と名前を覚えるのが先決だ。

「着いたよ、此処が今日から君が働く2年A組の教室だ」

高畑はそういうと手で扉を指し示す、先ずは自分から踏み出せと促されたのだと分かりその意志に従って扉に手をかけて横に引いて開けると教室内に一歩を踏み出す。
ガラリと音がして開いた扉の上から黒板消しが落下してきた、古典的かつ定番の悪戯である、ネギ自身は真面目な性格ゆえにこの手の悪戯を仕掛けるのとは無縁であったが、パブリックスクールで監督生を努めた際に随分と詳しくなっていた。
余裕を持って手に持っていた名簿で頭の上をガードするとポフッと間抜けな音がして白い粉が頭上に舞うが被害は無い、こんな子供だましが通用する訳はないと余裕の表情を見せてそのまま黒板消しを手に持ち替えると、改めて一歩を踏み出した。
その瞬間に足首を何かに引っ掛けた感覚があった。

「えっ?」

多少の驚きと違和感をもって下を見れば踏み出した足が丁度張ってあるロープを引っ掛けたところであった、次の瞬間ネギは無様にもスッ転び、生徒達に盛大に笑われる事になる。
高畑も源もこの手の悪戯が仕掛けられているのは知っていただろうに事前に注意を促さないのは軽いレクリエーションとでも思っているのだろう、若しくはあそこまで見事に引っ掛かるとは思っていなかったかだ。
暫く笑い声が教室に響いた後で教壇に立った高畑から自分は3学期の間は出張が多くなって担任の仕事が難しくなりそうな事、その代りに副担任としてネギが着任したこと等の簡単な説明があり改めてネギを紹介した。
改めて教壇に立ったネギは気を取り直して自己紹介を始める。

「え~格好悪い所を見せてしまいましたが、今日から皆さんのクラスの副担任になりますネギ・スプリングフィールドです。 3学期の間だけの臨時ではありますが宜しくお願いします」
「きゃあ~っ!!!」

自己紹介を終えると一瞬の静寂の後に教室中が黄色い歓声で埋め尽くされた、普通の女子中学生からすれば背が高く、ハンサムな外国人の教育実習生ともなれば興味を引く存在であるのは想像に難くない。
我先にと手を上げた徒達から色々な質問が投げ掛けられるが、聖徳太子の様に10人の声を同時に聞き分けることが出来ないネギは何を聞かれているのかも分からない、そこで手を叩いて教室を静かにさせると改めて提案する。

「あ、あの僕も皆さんの事はまだ良く分かりませんから自己紹介をお願いします、その時に僕に関する質問を一つずつ受け付けたいと思います」

そう言って名簿に目を落とすと、手を上げて立ち上がった生徒が一人長めの髪を左側で一まとめに括った快活そうな女の子である。

「じゃあ私からね、私は明石裕奈、バスケ部所属です、ネギせんせーは何処の出身ですか?」
「明石裕奈さんですね、僕はイギリス、ウェールズの出です」

その後一人一人が自己紹介を兼ねてネギに質問をしてゆく、勿論自己紹介だけで質問をしない生徒もいたし、髪をアップに纏めた朝倉和美など部活が報道部ということもあってもっと色々と質問をしたいようであったりして反応は様々だ。

「大学はオックスフォードです」
「年齢は18歳になりました」
「身長と体重ですか、近頃計っていないのですが多分183cmの70㎏くらいですね」
「スポーツはフェンシングと乗馬を少々」
「恋人は居ません」

等々様々な質問を受けたネギだが最後に自己紹介をした豪奢な金の髪をしたアイスブルーの瞳を持つ女の子の台詞に面食らっていた。

「Evangeline.A.K.McDowellだ、ナギには世話になったからな、お前も宜しく頼むぞ、ククク」

エヴァンジェリンの名を持って自分の父親に世話になったと言うこの少女の正体に考えが行き、視線だけを高畑に向けるとにこやかに笑って返された、その表情から知りたければ自分で何とかしろといわれているのが分かったので視線を元に戻す。
クツクツと含み笑いを続けるエヴァンジェリンの正体が自分の予想通りなのだとしたら父親の情報を得る為には相当な代償が必要になるかもしれない。
だが困難を前にして引く選択肢はネギの中には無い、自分がこの極東の島国に来たのは己を鍛える為、そして父親の情報を集める為なのだから。
内心の動揺を表に出さないことに苦労しながらも初めて授業は終わりを迎えた、その後も英語を担当する各クラスを回って同じように自己紹介と授業をこなしてゆくと何時の間にか放課後になっていた。
ネギは職員室に戻る途中に中庭にあるモニュメントに腰掛けて空を仰いでいた。

「やれやれ、さすがに女子中学生のパワーってのはもの凄いなあ圧倒されそうだ、それに気になるのは彼女の正体が僕の想像通りだとしたら、とんでもない場所に来た気がするよ」

そう口に出すが表情はむしろ生き生きとしている、目の前に行方不明の父親に関する情報があるかも知れないのだ、むしろ沸き立つ気持ちを抑えるのに苦労している程である。
自動販売機で買ったミルクティーを飲みながら、明日からの事に想いを馳せていると視界の端によたよたとした足取りの女生徒の姿が映った。

「あれは…… そうだ僕のクラスの確か宮崎のどかさんだ、あのままじゃ危ないかな?」

確か宮崎のどかは図書委員の仕事をしていたはずだ、今もその仕事の途中なのか大量の本を両手に抱えて階段を降りているところだった。
その足取りは本の重量によってか危なっかしいふらふらとした足取りで、ネギが手伝おうかと立ち上がったその時にのどかは階段から足を踏み外した。

「きゃああああ!」
「危ない!」

ネギは父親を探すという目的の為に体もそれなりに鍛えていた、さらにイギリスに居た頃はフェンシングの大会では上位入賞の常連であった上に魔法の補助もあり身体能力は常人を上回る。
しかし現在の状況ではどう頑張ってもネギがのどかを受け止める前にのどかの体は地面に叩きつけられるだろう。
咄嗟にそう判断すると傍らに置いてあった布を巻きつけた細い棒を引きよせて布を解く、布の中から現れたのは複雑な形状に折れ曲がった木の杖であった。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル、吹け、一陣の風『風花、風塵乱舞』!」

ネギは杖を構えて力在る言葉を紡ぐ、その言霊に応えて風が渦を巻き落下するのどかの体をふわりと浮き上がらせる。
その瞬間に素早く飛び出したネギは落下地点に辿りつくとのどかの体を横抱きに受け止めた。

「大丈夫ですか宮崎さん、怪我はありませんか?」
「う、ん、ネギせんせー? え、ええっ?!」
「良かった、怪我は無いみたいですね」

ほんの短い間とはいえ気を失っていたらしいのどかが薄っすらと目を開けると自分が新任教師のネギに、しかも所謂お姫様抱っこの体勢で抱きかかえられていることに驚愕する。
のどかが吃驚しているのを尻目に怪我をしていないか抱きかかえた体を一通り見て、目立った怪我が無いのを確認してからのどかを地面に下して立たせると散らばった本を拾い始めるネギ。

「あ、ああ、あの」
「自分がどうなったか覚えていますか?」

思わぬ事態に思考が追いついていないのどかが質問をする前に、ネギから自分が如何したのかを問われてよく思い出せば確か階段を踏み外して落下したのだと思い出せる、思わず上を振り仰げば10m近い段差が見て取れた。
あそこから落ちたにしては怪我が全く無い事に驚き、そして先程自分がネギに抱えられていた事を思い出すと頓狂な声を上げて顔を真っ赤に染める。

「も、もももも、もしかしてネギ先生が助けてくれたんですか」
「どうやら怪我は無いようですね」

赤くなったのどかを脇にして散らばった本を広い集め終わったネギが立ち上がるのを見たのどかは慌てて声を掛ける。

「あああ、すいません、すいません、わた、私が持ちますう!」
「いえいえ、こんな重い本を女性に運ばせるなんて英国紳士の沽券に係わります」

慌てるのどかの様子に眼を細めてクスクスと笑うと、わざとおどけた振りで荷物を引き受けるネギ。

「さて、それじゃあ行きましょうか、何処に持って行くかの道案内をお願いしますね、それと大丈夫とは思いますがその後で保健室へ行きましょう」
「ハ、ハハ、ハイ!」

二人連れ立って麻帆良学園の自慢の一つである大図書館、通称図書館島へと歩いてゆく姿を見つめていた人影があったことにのどかは元よりネギすら気付いていなかった。
のどかが足を滑らせた瞬間、ネギよりも後方で見ていた人物が存在していた、神楽坂明日菜である。

「な、なに今の?」

明日菜はクラスの買い出しから教室に戻る途中でのどかが階段から落ちる所を目撃し自分の位置からは間に合わないと知りつつ駆け出そうとした、しかしその瞬間にネギが杖を構えて何かを唱えたのを偶然に視界の端に捕らえていた。
何をやったのか解らないが、その瞬間強い風が巻き起こり、のどかの体をふわりと浮き上がらせると駆け寄ったネギの腕の中にゆっくりと降りてきたのだ。
普通に考えれば在りえない光景を見て思わず隠れてしまったために、ネギにものどかにも気付かれてはいないようだ。
いま自分の目の前で起こった事をもう一度落ち着いて考えてみる、ネギ(高畑先生の代理が許せないので先生はつけない)が杖を構えて呪文みたいなものを唱えたら風が起こりました。
起こった出来事を単純に言い表せば、まるで漫画やTVゲームに出てくる魔法みたいではないか。

「……そんな、魔法みたいな馬鹿なこと在る訳ないよね、兎に角アイツを問い詰めて白状させてやる」

そう決心すると明日菜は二人の後を追って駆け出そうとした時、モニュメントの脇に置きっぱなしになっているバックパックを見つけた。
見覚えのあるその荷物は朝出合った時にネギが背負っていた物である、どうやら忘れていったらしい。
幾ら学園内といっても心無い人も居るかもしれない、そうなれば放置して在るバックを持ち去れる可能性も無いでは無いし、多分そうなったらネギが困るのは目に見えている。
気に喰わない男ではあるが、それは可哀相かも知れない。

「仕方ないな~もう」

そう呟いてバックを持ち上げようとするが大型のバックパックは見た目以上のかなりの重量があった、持ち上げるどころか押しても引いてもビクともしない。
明日菜は毎朝新聞配達のバイトをこなしている、うら若き乙女としては自慢できないが自分でも其れなりに腕力はあるほうだと思っていた。

「な、何これ? なんでこんなに重いのよ?」

その自分が全く動かせないバックとは一体何が詰まっているのか、少しの間動かないバックと格闘するがはっと自分が何をしようとしていたか気が付いた。

「ヤバッ、本屋ちゃん達を見失ったら元も子もないわ」

とりあえずバックは放っておいて後を追うことにする、もしも荷物が無くなってもそれはこんな場所に放っておいたネギが悪いのだと思う、二人を追って駆け出す明日菜は最後にチラリと置きっぱなしのバックを振り返った。



図書館島へ本を返却してのどかを保健室に送り届けたネギが中庭に置いていた荷物を取りに戻ってくるとバックの横に明日菜が退屈そうに座っていた。
手に持った荷物から缶ジュースを1本取り出して、ちびりと飲むと頬杖を突いてほうと息を吐き出すその横顔が、何故か故郷の従姉であるネカネを連想させる。
まだ日本に来て二日とたっていないのにホームシックかと自分の頭を軽く叩いてから所在無げにしている明日菜に声を掛けた。

「明日菜さん、こんな場所で何をしているんですか?」

そのネギの台詞に対してジトッとした眼差しを向ける明日菜とその眼つきが一寸怖かったので及び腰になるネギ。
僅かな間無言の時が過ぎて、明日菜が大きな溜息を吐くと口を開いた。

「誰かさんの荷物が置きっぱなしだったから、仕方なく見ててあげたのよ」
「あ、僕の荷物」
「一体何が入ってるのよ、置いていく訳にもいかないだろうと思って持ち上げようとしても重くて持ち上がんないし、あんたは何時まで経っても戻ってこないし、大体幾ら学園内だからって自分の荷物をほったらかしって何考えてるのよ」

明日菜が自分の荷物の為に態々ここに留まって居てくれたという事に驚くネギ、当然ネギも自分の荷物をそのまま放っておいた訳ではない、バックは開かない様に封印しているし、探知の魔法によって場所が判るようにしてある。
しかしこの少女は余り友好的ではない自分のバックが心配だったからという理由で寒空の中を見ていてくれたと言うことらしい。
次々と文句を並べてくる少女に対して、タカミチが言っていた真っ直ぐで良い子という評価を思い出して、成る程と微笑ましい気分になる。

「あはは、迷惑を掛けてしまったね、お礼に何でも言う事を聞くよ」
「何でも、本当に何でも聞くのね?」
「い、いやあ僕に出来る範囲でならね」

そう言われた明日菜は顎に手を当てて候補を幾つか考える、副担任を辞めろというのは何とか成りそうだが、それで高畑の出張が取り消しになる訳ではない。
それにクラスメイトは概ねネギの事を受け入れているようだし流石にクラスの担任不在は拙いだろう。
ならば違う事をと色々考えを巡らせるが、基本的にお馬鹿な上に根が真面目で善良な明日菜は中々考えが纏まらない。
あまり考えすぎて何だか如何でも良くなってきた明日菜は軽い気持ちで心に浮かんだ事を口にした。

「そうだ、ならあれを教えてよ、本屋ちゃんを助けた時にあんたなんか魔法みたいなもの使ってたでしょ?」

その言葉はネギの精神に多大なショックを与えていた、魔法使いは一般人にその正体を知られてはならない、これは魔法使いなら一番最初に叩き込まれる不文律である。
大多数の人間は異物を嫌う、それは肌の色だったり話す言葉だったりと様々だが魔法を使うということはそれだけで人間社会からは異端と見做される。
それが尤も噴出したのが件の魔女狩りという蛮行だ、魔女狩りでは本物の魔法使いよりも魔法使いに間違えられた、若しくは何らかの理由で仕立て上げられた人間が何万人も犠牲になっている。
今現在は各国政府の首脳レベルなら魔法使いの存在を知っている者も居るし、実際NGO関連では魔法という特殊技能を駆使して活躍している人間も居る。
正し当然の如くそんな人間は一部であり、多くの魔法使いは小さなコミュニティを構築して世界の裏のさらに影の中でその力を行使しているのだ。
ネギもこの麻帆良学園で充分な修行を終えたら、NGOとして世界を歩くのを目標にしてきたのである、当然ながら修行途中で生徒とはいえ一般人に自身が魔法使いであるとばれるなど論外である。
その為にネギは一瞬頭の中が真っ白になってしまった、この時もっと落ち着いて行動していれば違う未来が在った筈だが運命は常に若者を過酷な道へと誘う物の様だ、咄嗟に明日菜の口を塞いで小脇に抱えると近くの林に飛び込んだ。
これに驚いたのは明日菜の方である、行き成り声を出せないようにされた挙句人気の無い林の中に連れ込まれたのだ、乙女の貞操大ピンチな思考に至っても仕方なかろう。

「なんで明日菜さんが? 一体何処で見てたんですかあっ!」
「いやー、犯される! 強姦魔ー!」
「そんな事しませんから!」

明日菜は完全にパニック状態に陥っているらしく、ネギの言葉など完全に耳に入っていない。
その明日菜の姿をみてネギの頭に閃くものがあった、明日菜の記憶を改竄してしまおうというのである、魔法使いの掟の一つに魔法の隠匿があるこれは優先順位の高い掟で最悪魔力封印の上にオコジョに変化させられるという恐ろしい刑罰もありうる重罪なのだ。
故に万が一魔法が露見した際の緊急避難措置として他者の記憶を操作できる魔法が研究実用化されたのはある意味で当然であった。
ネギもこの手の魔法は一通り収めている、明日菜の記憶を消去するのも可能だろう。しかし記憶消去に関しては対象者によっては後遺症が残る可能性も否定できない。
前途のある少女に対して軽々しく使ってよいものでも無いと考えたネギは杖を構えて記憶の消去ではなく、記憶改ざんの呪文を唱え始める。
これは現実を誤魔化す認識阻害と似たような術式で術者にとって都合の悪い記憶を夢であり、対象者にとって当たり障りのない物へと記憶を改ざんする魔法である。
人間は自分の理解の及ばないものに出会った場合なんとかして整合性をつけて理解しようとする本能がある、それを応用したもので対象者に対する危険度はかなり低い、精々が白昼夢を見たと悩むぐらいですむだろう。
行き成り自分の周囲が輝き、空中に魔方陣が浮かび上がったのを見て明日菜がようやく自分の置かれた状況を把握して叫ぶ。

「ちょっとお、あたしに何する心算よ、この変態!」
「変態じゃありません、一寸記憶を弄らせてもらうだけです。安心してください今日の事は夢だと認識するようになるだけで後遺症はありませんから……たぶん」
「たぶんとか、そんな事言われて安心できるかー!」
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル、現は夢へ夢は現へ、深き眠りの中で逆転せよ!」
「いーやーあー!」

ネギの力強い言葉と共に魔方陣が一際強く輝いて呪文が完成し明日菜へと放たれた、光が明日菜の全身を包み込んで効果を発揮する、これで明日菜は今日一日の出来事を夢と混同することになる。
胸を撫で下ろすネギであったが事態は更に混沌としてゆく、魔法の効果が完全に発揮された瞬間、明日菜の体から服が飛び散った。

「え?」
「へ?」

間抜けな声を二人で上げて同様に動きを止める、ネギの視線は目の前に居る明日菜に向き、明日菜は自分の体を見下ろしている。
奇しくも二人の視線は全裸の明日菜に釘付けであった、静寂が辺りを包み、微妙な間をもたらす。

「うーきゃーあー!!」
「ぶおっ!」

明日菜の悲鳴が天高く響き渡りネギは思わず鼻血を噴いて倒れた。悲鳴を上げていた明日菜だがネギの方が気絶するというあり得ない事態に正気を取り戻すと倒れているネギから上着を引っぺがして蹴り起こす。

「もぺらっ!」

妙な悲鳴を上げてネギが意識を取り戻すと仁王立ちした明日菜が上から見下ろしていた。すでに眼は完全に据わっておりその迫力は子供の頃に遭遇した本気で怒った従姉のネカネに匹敵する形相である。
そのトラウマ級の迫力に思わず正座で畏まり地面に頭をこすり付けるネギ、イギリス人のくせに土下座である。

「ご、ごめんなさい!」
「謝って済む問題かー! よくもうら若き乙女の柔肌をおお」

迫力のある形相で色々と追求してくる明日菜に土下座したまま謝り続けたネギは何時の間にか自分が失われたはずの魔法を伝える人間の一人であること、魔法使いだとバレれば最悪オコジョにされてしまう事など気がつけば言わなくても良い様な事まで色々と喋ってしまっていた。
このあたり実はネギも相当に混乱していたのだろう。

「で、私の服を消したのはなんだったのよ」
「あれは初めに言ったとおり、記憶を曖昧にして夢だと認識させる魔法です。 精神に干渉する系統の呪文だから、どうして服が破けたのかは僕にもさっぱりだよ」
「だよ?」
「いえ、ですハイ」

明日菜は自分に怒られてしゅんと縮こまるネギを見ていると本当に自分より年上なのかと頭を抱えたくなってきたが、まるで捨てられた子犬みたいな風情と反省した様子から何時までも怒っているのも馬鹿らしくなってきた。

「はあ、もう良いわよ。わざとやった訳じゃないみたいだし本屋ちゃんも助けてくれたし許してあげるわよ」
「本当ですか、あのそれなら一つお願いが」
「魔法の事は黙ってろって言うんでしょ良いわよ、どうせ誰も信じないだろうしね」
「ありがとうございます、明日菜さん」

この短時間で完全に力関係が逆転してしまったネギと明日菜であった、二人は購買によって明日菜の破けた制服の代わりの制服を買って(当然ネギが出した)着替えをすませると連れ立って教室に向かって歩いていた。
その道中に明日菜はネギがどうして魔法使いになったのか、何の為に日本に来たのかなど様々な事を尋ねる、ネギも観念したのか大抵の事はそのまま正直に答えるようにしていた。

「じゃあ、その《マギステル・マギ》とかいう奴になりたいから麻帆良に修行に来たってこと? でも《立派な魔法使い》になるのにどうして教師になる必要があるのよ」
「その辺りは僕にも判りません、ただ与えられる試練は自分に足りないものを補うようなものが与えられるみたいですよ」

たとえばアーニャなどはロンドンで占い師をするように試練を与えられた、これもアーニャに足りない部分を考えればよく出来た試練ではないだろうか。
ネギの主観になるが幼いころのアーニャは割りと人の話を聞かない事があった、相手のことや意見よりも自分の意見に固執する傾向があったのだ、しかし占い師という職業は一種心理カウンセラー的な側面を持っている。
悩みはあるが医学として心理カウンセリングを受けるほどの物ではない、しかし誰かに悩みを聞いて欲しい、自分の背中を押して欲しいという願望は誰にでも存在する。
そういった悩みや葛藤を聞きだして、適切な助言を占いという形で相手に伝える事が占い師の仕事である。
これは相手の話をよく聞いて理解しなければ出来ない事だ、そして初めは散々だった評判も此処最近は良くなっていると聞いていた、勿論魔法使いである以上何らかの魔法と併用しての評判だろうが彼女自身が成長し相手の事を良く理解できなければ今の評判は無いはずである。
そう考えれば今の自分に足りないものがこの麻帆良で教師をする事によって補えるようになるはずだ、勿論自分に何が足りないのか何をすべきなのか自分でもよく考えないといけないだろう。

「ふーん、なら先生に必要なものが今のあんたには足りないってことね」
「なんか言い方がキツイですね、まあ試練の内容を考えればそうかも知れませんけど」

そんな会話をしていると廊下の先からクラス委員長を務める雪広あやかがやって来た、あやかは大人びた顔立ちをしたクォーター特有の淡い金髪をした少女で国内でも有数の企業である雪広財閥の次女にある、その経緯からかしっかりした性格で幼い頃より学級委員長を務める事が多く、今の2-Aでも当然のように委員長の役職についている。
あやかは此方を見つけると決して走りはしないがズカズカと足音高く早足で寄ってくる。

「何をしていますの明日菜さん! 買出しが終ったならさっさと教室に戻ってらっしゃい、しかもネギ先生と二人きりなんて如何いうおつもり?」

開口一番で怒られた明日菜はそこで自分が手に持っていた荷物を思い出した、じっと手を見るが今は何処にも無い。

「ああっしまった、どっかにやっちゃった?!」
「これですか?」
「そう、それ!」

ひょいと手に持っていたビニール袋を掲げてみせるネギ、それに気付いて慌てて引っ手繰ると中身を確認する明日菜と二人の様子を見て嘆息するあやか、あやかは気を取り直すと改めてネギに顔を向けて話しかけた。

「ネギ先生、先生はいま時間が空いておいでですか? もし宜しければ教室まで来ていただきたいのですが」
「あハイ、構いませんよ」
「そうですか、では此方へ、明日菜さんは先に教室まで戻って下さいな」
「はいはい、じゃあ先に行ってるから後お願いね」

委員長に言われて駆け出す明日菜の背中に廊下は走らないように声を掛けるネギと大げさに溜息を吐いてみせるあやか。
残された二人は委員長の先導で2-Aの教室へ向かって歩き出す。

「それで一体何の用ですか?」
「それは到着してのお楽しみですわ」

口元を隠して上品に笑うあやかと並んで歩いていくとすぐに教室の入口まで辿りついた、扉の前に立つと扉を開けるように促してきたので今朝の事も考慮に入れて慎重に開けたその瞬間パーンという軽い音が連続して響き、紙吹雪とテープが宙に舞う。

「ネギ先生、麻帆良学園にようこそ!」

異口同音に飛び出した歓迎の言葉に眼を見開いて驚いていると、あやかがにこやかに笑いながら背中を押してくるのに併せて教室の中に入る。
教室内を見回せば垂れ幕がさがっており、そこには歓迎の文字が躍っている。

「これは……」
「皆さんからネギ先生の歓迎会を開こうという意見がでまして、こういった次第になりましたの」
「あ、有り難うございます、凄く嬉しいです」

生徒たちの真ん中に押し出されてコップを手渡される、ジュースを注がれて乾杯の音頭で杯を掲げる。
その後はネギを中心にしながらも生徒たちや一緒に参加していた高畑やしずなたち教諭連も銘々に楽しんでいた。
そんな中で明日菜が高畑をジッと見つめていたのに気がついたネギが声をかけた。

「タカミチがどうかした?」
「うっさいわね、あんたには関係無いでしょ」
「う、そう言わずに、ほら僕一応先生ですし」
「そんな事言ったって……」

そっぽを向きながらネギと会話していた明日菜がそこまで口に出した所でおもむろに顔を向けるとネギの手を掴んで教室を出てゆく。
廊下をズンズンと進み階段の踊り場までネギを連れ出した明日菜は何かを企んでいるような表情を作ると口を開いた。

「あんた魔法使いなのよね、じゃあさ惚れ薬とか持ってないの?」
「惚れ薬?」
「そう、有るの? 無いの?」
「有るよ、でも惚れ薬をどうするか聞いても良いかな」

魔法界には惚れ薬の類は大量に存在する、もっともその殆どは効果の怪しいものだが中には人間の一生を左右するような物も存在する。
元々魔法使いなんて人種は多かれ少なかれ倫理観が欠如しているところがあるのだから、人間の本能に直接訴えかけるその手のアイテムが研究されるのは当然の事だ。
ネギの質問に口ごもる明日菜に向けてネギは優しく微笑みかけると諭すような口調で話し始めた。

「もしかしてタカミチに使おうとか思ってるなら止めた方が良いよ、惚れ薬では本当に幸せにはなれないから」
「なんでよ、相手に好きになって貰えれば幸せじゃない」
「そうだね、でもその幸せには常に恐怖がつきまとうんだ、もし薬の効果が切れたら、本当は自分の事を嫌っているんじゃないかって」
「そ、それは」

ネギは階段に腰掛けると話を続ける。

「僕の祖父が言っていました、我らの魔法は万能ではなく単なる技術にすぎない、本当の魔法とは僅かな勇気だって」
「……勇気?」
「僕もまだ実感はありませんけどね」
「バッカじゃないの、真顔でそんな臭い台詞言っちゃってさ!」

夕日を背にしてニッコリと笑うネギの表情に明日菜の顔が赤くなった、赤くなった顔を隠すようにしてネギに背を向けて階段を下りたところで、明日菜がネギの方を振り返ると両手を口に当てると頬を染めたまま叫ぶ。

「あんたさ、ちょっと良い奴かもね!」

明日菜はそれだけ言うと軽い足取りで教室へと向かって走り出す、その背中を見送ったネギは立ち上がってズボンの誇りを払う。

「この麻帆良で僕に何ができるのか、何をするべきなのか、まだ分からないけど《立派な魔法使い》になれるように頑張るよ、皆……父さん」

ネギは窓から見える夕日の向こうにある故郷の家族と行方不明の父親に向かって決意を新たにして生徒の待つ教室へと戻って行った。
後に世界を救う英雄、雷帝ネギ・スプリングフィールドの麻帆良での波乱万丈の生活はこうして始まった。



[18717] IS妄想劇場 篠ノ之箒編
Name: 小話◆be027227 ID:24aa9268
Date: 2011/05/31 10:21
その日の夜、私は何の気も無しに点けっぱなしになっていたTVから流れてきたニュースを聞いた瞬間、手に持っていたコップを取り落としてしまった。
繰り返し流されているそのニュースの内容がとんでもないものであったからだ、何しろ今まで女性にしか扱うことができなかった宇宙空間用マルチフォームスーツ、インフィニット・ストラトス(通称IS)を初めて起動させた男性が出現したという事件だった。
これだけでも十分に大きなニュースだが、しかしその重大ニュースも壊れたスピーカーのように連呼される特徴的すぎる名前と、画面に映し出された適当に切っただけの黒髪と負けん気の強そうな瞳をもった顔を見た瞬間に何処かへ飛んで行ってしまった。
映し出されているのは私、篠ノ之箒の幼馴染にして、その、は、初恋の相手の織斑一夏だったからだ。

「な、なんで一夏が?!」

思わずTVに食ってかかった私を責めることは誰も出来ないと思う。
その後、IS操縦者育成学校であるIS学園に私も一夏も入学し、紆余曲折あってイギリス、中国、フランス、ドイツの各国家代表候補生であるセシリア・オルコット、凰鈴音(ファン・リンイン)、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒら専用機持ちと友好を結び、私もIS開発者である姉の束から専用ISである紅椿を受け取った。
こう言っては何だが、私たちが入学以来何故か大きな事件が続発していたが、まあそれはこの際どうでも良い。
何故なら私にとって目下最大の問題はもっと別のところにあるのだからな。
だいたい一夏が悪いのだ、セシリアとのクラス代表をかけた決闘から始まって、中学時代の同級生である鈴とのクラス対抗試合、転校してきたシャルとタッグを組んでラウラと私のチームと対戦を経て、その、何だ、ええい、男振りを見せつけるからいかんのだ。
お陰で全員が一夏に対して特別な感情を持ってしまった、全く私だけにしておけば良いのに、いや、違うぞ、決して一夏にモテて欲しく無い訳では無いんだぞ。
その一夏が恰好良いのは単純に嬉しいし、誇らしい気持ちにもなる、ただ一夏は決定的に女心というものが分かっていない唐変木オブ唐変木なのが更に悪い。
まあそのおかげで他の連中のアプローチにも気がつかないんだから、それは良いのだが、しかし私の気持ち位察してくれてもいいだろう。
幼馴染なんだし、一夏の馬鹿者め……
まあそんなこんなで私たちが揃いも揃って一夏に惚れてしまった、特にラウラは初めは一夏を殺そうとか言っていたのに今では「嫁」呼ばわりしてベッドにも潜り込んだりするからな変わりすぎだ、全く羨まし……くなんか無いっ!
く、私がこんな気持ちになるのも全部一夏が悪い、私が苦手にしている姉に頭を下げてまで紅椿を得たのも一夏の力になりたいからだというのに。
はあ、しかも近頃は生徒会長の更識楯無先輩に連れられて生徒会に入ってしまうし、楯無会長も一夏を気に入っているようだし、一夏は一夏で年上に弱いし。
ま、まさかこのまま楯無さんと良い仲になんてことは! く、やはり私も何か行動を起こすべきかも知れん、なら先ずは戦力の分析からするべきか。
えっと、自分で言うのも何だがスタイルには少々自信がある、幼い頃から剣道で鍛えた腰や脚は引き締まってしるし、ちゃんと出るべき所は出ている。
というか、その、うん認めよう、私自身はあまり好きではないが、私はいわゆる巨乳というやつだ、仲間の中で一番大きいのはセシリアだがカップなら実は私の方が大きかったりするんだ。
いや大きくても良い事は無いんだ、肩は凝るし、可愛い下着は無いし、何より同性にもジロジロと見られたりして恥ずかしい。
しかし、あれだ一夏が、その、大きい胸が好きだと言うならこれは武器にならないだろうか、前に腕を組んだときは顔を赤らめていたような気がするし、いや待てよ、まさかと思うが、実は一夏は鈴やラウラのような平坦な方が好きだったらどうすれば、いや、普通の男は胸があるほうが好きだというし、ここはちょっとくらい大胆に迫っても……ってえ何を考えてるんだ私は!
イカンイカン、次にいこう、そうだな、家庭的な所をアピールするのは悪い事ではないな、料理は一通り作れる、特に和食が得意だ、一夏も料理はするしこれはポイント高いんじゃないかと思う、私がつくった唐揚げを美味しそうに食べてくれたし、ふふ。
も、もし一夏と結婚したなら専業主婦になって、勿論家計が大変なら共働きも悪くないが、絶対に一夏より早く帰って出迎えよう、こう三つ指をついてだな。

「お帰りなさい、一夏」

む、結婚したら呼び名は変えるべきか? えっと。

「一夏さん」

これではセシリアと同じだな、じゃあ。

「いっくん」

て、これは束姉さんが一夏を呼ぶときだ、なら。

「いっちゃん」

いや、無いな、これは無い、子供じゃないんだから、それなら。

「旦那様」

なんちゃって、なんちゃって! く、良い、これだ、これでいこう。
おっと出迎える服装にも気を使わないといかんな、ここは清楚なワンピースにエプロンとか、それとも紬に割烹着も悪くはない。
はっ、新婚なら伝え聞く、あの伝説のは、は、裸エプロンという選択肢も考慮にいれるべきなんだろうか?
それは、恥ずかしすぎる、駄目だ、いくら一夏の頼みでもそれは、でも一夏が「如何しても」と言うなら一度くらいは、してやっても、そしてこう言うんだ。

「お風呂にする? ご飯にする? それとも……」
「まずは箒にするよ」
「駄目だ、まだ汗を流してない」
「そんなこと気にしないさ、そうだ、なら一緒に風呂に入ろう」
「ば、馬鹿、何を言っているんだ、恥ずかしいじゃないか」
「俺たちに隠し事は無いだろう」
「それはそうだが、でも……」
「箒」
「あっ……」

って、ちがーう!
何を言ってるんだ私は、家庭的をアピールしようとして何でそっち方面に行くんだ、料理だろ、料理。
ふう、お茶が美味い、落ち着いたぞ、料理というなら鈴とシャルも料理上手だったな、鈴は流石に実家が中華料理屋だけあって前に食べさせてもらった酢豚は美味しかった。
シャルもフランスの家庭料理は一通り作れるし、セシリアとラウラは……、セシリアの料理は壊滅的だし、ラウラは軍隊料理だから味で負ける事は無いな、うん。
はあ、しかし何だな、一番の強敵は何と言っても織斑先生だな、一夏の実姉にして私たちの担任、私の姉である束の親友、第一回IS世界大会総合、及び格闘部門優勝者、今でも最強のIS操縦者であり、美人でスタイル抜群、なにより一夏はシスコンだし。
うう、はっきり言って千冬さんが相手だとまるっきり勝ち目が無い気がする、いや大丈夫だ、何しろ千冬さんと一夏は実の姉弟だからな、でも臨海学校で「一夏はやらん」とか言ってたし、でも私たちに「一夏が欲しければ奪ってみろ」とも言っていたし、あれってどんな意味で言ったのだろう。
それにしても、一夏は此処に来て短い間に凄く変わってきた、此方の身にもなれというんだ、私くらい一途じゃないと追いかけるだけでも大変なんだぞ。
それはセシリアたちも一緒だな、それに夏祭りの時にいた、確か五反田蘭って言ったっけ、あの子も来年には一夏を追いかけてくるだろうし、誰が相手だろうと負けられない。
一夏の白式と私の紅椿が一対のISであるなら、私と一夏もそうなってみせる、他の連中には悪いが一夏の隣は誰に譲る心算はないんだ、だから誰が相手だろうと正々堂々と勝ち取るまでだ。
覚悟しておけよ、一夏!



[18717] ゼロデミ 【ゼロ魔×マジシャンズ・アカデミー】
Name: 小話◆be027227 ID:24aa9268
Date: 2011/01/12 18:43
ハルケギニアにあるトリステイン王国、首都トリスタニアの郊外に建てられたトリステイン王立魔法学校に近い丘にて春の進級試験である使い魔召喚の儀が取り行われていた。
既に大半の生徒は自らの半身である使い魔を呼び出しており、今は最後の一人が儀式に臨んでいる所であった。
人垣の中心に進み出た桃色掛かった金髪の小柄な少女が手に持った杖を振るい、呪文を紡ぐ。
周囲に魔力が満ち溢れ、振り下ろされた杖に従って召喚陣を形成……せずに大爆発を起こす。
もうもうとした煙が晴れると周りにいる人間から大きな笑い声が上がった。

「さすがゼロのルイズだな」

ルイズと呼ばれた少女は既に何回も召喚を失敗し、その度に爆発を起こしていた。
正確に言うならばルイズは生まれてこのかた魔法を成功させた試しがない、トリステインでは貴族は例外なく魔法が使えるのだが、このルイズは有数の大貴族の三女として生を受けながらも全く魔法の才能が無いのだった。
故に付けられた二つ名は「ゼロ」魔法成功率「ゼロのルイズ」である。
どんな簡単な魔法を使おうとしてもこうして爆発を起こして失敗してしまう、普通魔法の失敗は何も起こらないので爆発するという事は魔力を集めて使用することは出来ているのだとは思うが、これを制御し自分の望む効果を引き出すことが出来ないというのが現状であろうか。

「ミス・ヴァリエール、今日は止めにしましょう」

年の割には髪の薄い教師、コルベールがルイズに声をかけるが、ルイズはコルベールをキッと睨むと最後にもう一度だけやらせてほしいと願い出た。
既に何十回と失敗しているのだ、このままもう一回増えたところで結果が変わるとは思えなかったが、目尻に涙を浮かべながら懇願してくるルイズに負けてこれが最後だと言い聞かせた。
その言葉を受け取ったルイズは今まで以上に精神を研ぎ澄まし呪文を唱え始める、胸中に渦巻くのは劣等感そして恐怖、ここで成功させなければ自分は本当にゼロになってしまう。
万感の思いを込めて杖を振り下ろす、しかし起こったのは今まで以上の大爆発。
ああ、やはり自分はゼロなんだとルイズが諦めかけたとき一陣の風が煙を引き飛ばした、途端に辺りがざわめきに包まれる。
何事かと思って視線を上げるとそこに黒い影が立っていた、黒い髪はシルクのビロードのようで翠の瞳は深い森を連想させる、紺色のワンピースにフリル付きの白いエプロンとヘッドドレスを着たメイドサーヴァント然とした美しい出で立ちの清楚可憐な娘であった。
しかし、彼女を見て一番に目につくのは頭の上にぴょこんと突き出た獣の尖り耳とふさふさの毛が生えた長い尻尾であろう。
右手にモップのようなものを携えた、獣耳の美しい亜人のメイドを見上げたルイズは声を張り上げる。

「あなたが私の使い魔なのね!」

美しいメイドはルイズを見ると桜色の口唇を開いた。

「いえ、違います」
「え?」

凛とした声で告げられた返答にルイズが固まる中、獣耳のメイドに纏わりついていた煙の残滓が吹き払われた時メイドの足元に何か否、誰かが転がっている事に気がついた。



時間は少々巻き戻る、その日平賀才人はノートパソコンの修理が終わって家に帰る途中であった、その帰り道に才人は奇妙な物を発見する。

「なんだこりゃ?」

それは高さ2m幅1m程で厚みは無く、僅かに宙に浮いている楕円形をした光る鏡のような物であった、元々大抵の事には動じない上に好奇心が強い性格をした才人は、これは何の自然現象だろうかと鏡のような物をじっと見つめた。
周りをぐるぐると回ったりしてみたが一向に正体が分からない、しばらく考えていたがやがて飽きたので脇を通り過ぎて家へ帰ろうとしたが此処で好奇心が刺激された。

「くぐってみたらどうなるんだろう?」

鏡の前に立ってじっと見つめる才人、その時彼の後方からけたたましい足音と声が聞こえて来た。

「お待ち下さい、御主人様」
「待てと言われて待つ奴は居ない!」

才人が声に反応して振り向いた瞬間、目に飛び込んできたのは長髪をなびかせて走る20位の男と、その男を追いかけた獣耳のメイドの、何故か柄に十字の槍と斧が付けられたモップが男の脳天に叩き落とされた瞬間であった。
驚愕で後ろに下がった瞬間に才人は鏡へ触ってしまった、途端吸い込まれるような感覚があり鏡の中へと落ちてゆく、咄嗟に男の服を掴むが勢い余った男もそのまま鏡へとダイブしてくる。
その後に「御主人様?!」という驚きの声を上げたメイドも躊躇なく鏡へと飛び込んできたのを見て才人は「ああ、秋葉原に近いよな」とかどうでも良い事が脳裏によぎったのだった。



場面を戻そう。
メイドの足元に転がっていたのは二人の人間であった、しかも一人の頭にはメイドが持っているモップに柄に付けられたハルバードの様な槍の穂先が突き刺さって血を流している。

「ひ、人殺し!」
「そう言う訳ではありませんが」

亜人が人を殺した現場を目撃したのかとビビるルイズの叫び声に、抑揚のない声で応じたメイドの前に教師であるコルベールが進み出る、使い魔召喚において主人たる術師以上の使い魔が召喚されることが稀にあるため、この儀式に立ちあうのは学院で最も実戦経験の豊富なコルベールの仕事であった。
ルイズの前に出たコルベールは油断なく相手を見据える、確かに亜人の身体能力は驚異だが魔法を使えない以上は自分が負けるとは思えない、先手を打って倒れている二人を救出する事も視野に入れて行動を起こそうとした時、亜人のメイドがちょっと困った顔を浮かべると頭に槍が刺さっている方に声をかける。

「御主人様、そろそろ起きてください」

すると以外にしっかりした声が返ってきた。

「ちゅー、してくれきゃやだ」
「いい加減にしないと怒りますよ」

冷淡な声音を発したメイドは頭に刺さったままのモップをグリグリと動かす。

「のおおっ、脳が脳が痛い」
「気のせいです」
「なんだ気のせいか」

男の頭からモップを抜き取ったメイドが以外にしっかりした様子で立ちあがった男の頭から流れる額の血を拭き取ると、男は何事も無かったような顔で周囲に視線を走らせる。
男を良く見れば歳の頃は20代半ば顔立ちそのものは整っており、背中まである黒髪も清潔な感じにまとまっているが何と言うか浮世離れした、何処か何かが欠落した―例えば重要なネジの何本かが抜け落ちた―ような茫洋とした雰囲気を漂わせている。
上着のポケットに両手を突っ込んで水底で揺れる水草のようにゆらゆらとした様子でコルベールとルイズの前まで歩いてくると唇を釣り上げて人好きのする笑顔を見せる。
ルイズは何故かその顔を怖いと感じたが、持ち前の気丈さで取り繕うと男に向かって声を張り上げた。

「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、貴方は誰」
「俺? 俺の名前は佐久間栄太郎」
「そう、サクマエイタロね、変な名前ね」
「そりゃあどうも、でそちらさんは?」
「私はジャン・コルベール、魔法学院の教師をしている」
「ふーん、なるほどね」

それだけを聞いた栄太郎が顎に手を当てて何かを考えているとルイズが一歩前に出てきてメイドに向かって話しかけてくる。

「ねえ、貴女が私の使い魔なんでしょ?」
「先程も言いましたが、私の主人は栄太郎様ですので、貴女の使い魔ではありません」
「ああ、エーネは俺のだからな、やらんぞ」
「じゃあエイタロも貴族なの? え、貴族が使い魔ってこと?」
「それも違うな、俺も呼ばれた感じはしなかった、たぶん君の使い魔は彼だろうね」

そう言って栄太郎は未だに目を回している少年に視線を向ける、ルイズも釣られてその少年を見れば、着ている服こそ奇妙だが何処にでもいるような普通の少年だ。

「そ、そんなあ」

そのやり取りを見ていた周囲の生徒からドッと笑い声が上がる、あれだけ苦労してようやく召喚できたのが唯の平民なんてとがっくりと肩を落とすルイズ。
始めにエーネを見た時に感じたトキメキを返せと言いたくなったので、コルベールの方を向いてもう1回やらせて欲しいと願うが、規則で召喚のやり直しは認められないと突っぱねられた。

「ははは、流石ゼロのルイズだな、平民を召喚するなんて」

嘲笑の浴びる中重い足取りで倒れた少年の傍まで歩み寄ると、丁度少年も意識を取り戻したところであった。
自分を見上げてくるポカンとした間抜け顔を見て気分がさらに落ち込んだルイズはぶっきら棒に少年に声をかける。

「あんた名前は」
「え、平賀才人」
「そう、サイト、あんた光栄に思いなさい、貴族にこんなことされるなんて普通は一生無いんだから」
「は? 何言ってんだ」
「黙れ、我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔となせ、ん」
「え、ちょっと待てって、んんっ」

呪文を唱えてキスをする事で使い魔との契約を結ぶ、ルイズとサイトの二人の様子を眺めていた栄太郎とエーネの瞳が光る。
それはルイズが使った魔法が二人の知るものとは違った術式であったからだ、実は栄太郎は自分の所属する世界では達人級の腕前を持つ魔法使いの一人である、その栄太郎が知らない術式などそうはあり得ない、それを承知しているエーネが己の主人である栄太郎の耳元へ口を寄せると小声で呼びかけた。

「御主人様」
「思った通り此処は俺たちの知らない異界らしいな、楽しくなってきた」

エーネの呼びかけに対して新しいおもちゃを手に入れた子供のような実に楽しそうにクツクツと笑う栄太郎。
その顔を見たエーネは深いため息を吐くと、栄太郎の視線の先にいるルイズとサイトにむかって口中にて「御愁傷様です」とエールを送った。



[18717] 最悪の物語1
Name: 小話◆be027227 ID:24aa9268
Date: 2011/06/02 10:44
最悪男1
大陸東部に位置する帝国の首都に程近い鬱蒼とした森に篝火が焚かれていた。
ゆらゆらと揺れる炎に照らし出されているのは、野卑な雰囲気の男達と傍らに蹲る女達、そして赤黒い染みのこびり付いた数々の荷物であった。
男達の風体はまちまちで一人として同じ格好の者はいないが、共通して剣呑な獲物を傍らに置いている。
篝火の周りで肉を焼き、酒を飲みながら語る言葉は粗雑であり、教養を感じさせるものではない。
事実、男達の正体は山賊、夜盗の類である。
今日も一仕事を終えてその戦利品を隠れ家である洞穴に持ち帰り、酒の肴に吟味をしていたところであった。
それなりの規模の商隊を襲い、金目の物ばかりか女まで手に入れる事が出来たのは男達には望外の喜びであった。
既に気の早い者など、手近な女を森に連れ出してせっせと腰を振っている。
女達も現在自分たちの生殺与奪を握っているのが目の前の男達であるという自覚がある者はむしろ積極的に応じてもいる。
そんな中で仕立ての良い服に身を包んだ、17~8の一人の少女を守るように、あるいは頼るように何人かの女が囲んでいる一団があった。
中心にいる少女はこの隊商を率いていた商人の娘で、今回の旅に両親と共についてきたのは王都にある商人の息子との婚礼の為に同行していたのだ。
その一団の目の前には山賊の中でも一際体格の良い男が下卑た笑いを顔に張り付けて座っている。
ニヤニヤと笑ってばかりいる男を少女がキッと睨みつけながら精一杯の虚勢を張って声を上げた。

「あなたがこの一団の首領ですか、私達をどうするつもりです?」
「くく、決まってるだろう。 適当に楽しんでから殺すか、売るかってところさ、お譲ちゃん」

その台詞を聞かされた少女は目を丸くして狼狽した、盗賊に襲われた女達が辿るには実に有り触れた末路ではあるが、そんなものは彼女の中では物語で聞かされるものであり、己が当事者になる事など無いはずの遠い出来事のはずであった。
しかし現実は無常にも彼女に物語の哀れな娘の役を回してきた、これが英雄譚ならば悪役に襲われる娘があわやという場面で主人公が助けに来る場面ではあるが、現実がそうではないことぐらいは知っている。
既に父親は殺され、母は夜盗の男に引き連れられて森へと姿を消していた、それが何を意味するのか分からぬものでもない。

「おい」

絶望に顔を曇らせる少女を見て嗜虐心をそそられたのか、夜盗の頭目が合図をすると周りにいた男達が立ちあがり少女を囲んでいた女達を引き剥がし組み敷いた。
衣服を引き裂く音と悲鳴が夜の闇に木霊する。

「お前の相手は俺だ」

そう口にしながらズボンを下ろし怒張した肉槍を少女に見せつけながら迫り、なんとか逃げようと駆けだした少女の腕を掴んで引きずり倒し、ブラウスを引き千切る。

「いやあー!」

引き裂かれた胸元からこぼれ落ちた双乳は意外にたっぷりとした量感を備えており、それが男を興奮させた。
暴れる少女に圧し掛かり白い肌に吸いつく、嫌がる少女によく見えるように殊更大げさに舌を出してベロベロと舐め上げ、桜色の突起にしゃぶりつくと歯を立てる。
たっぷりと柔肌の感触を楽しんでいると次第に諦めたのか少女の反応が薄くなって、ただ啜り泣きが聞こえてくるようになった。
その光景を眼下に見下ろして頭目は、下卑た笑いを浮かべる。

「すぐに良くしてやるよ」
「お楽しみはこっちの用事が済んでからにしてもらおう」

今まさに少女の純潔が奪われようとした瞬間、その場にそぐわぬ声が全員の耳に届いた。
その声はけして大きな声ではなかったが、ある種有無を言わせぬ圧力を持って全員の動きを止めていた。
そして森の暗闇の中から一つの影が悠然とした足取りで現れた、煌々と燃える篝火に照らし出されたのは酷く特徴に乏しい、しかしそれが故に美しい一人の男の姿であった。

「なんだ、手前?」

男の姿を見つけた頭目がズボンを引き上げながら凄んで見せるが、男はなの威圧を柳に風と受け流し、羽織っているコートから紙巻き煙草を取り出すと口に加えて指を鳴らす。
すると、指鳴りに合わせて煙草の先に火が灯り、紫煙を吐きだした。

「軍の魔導師か」

この世界には、超常の業たる魔道を操る者が少なからず存在する。
呪文を使い、常では行えぬ奇跡を生業とする御業の使い手、男が見せた指先から火を起こすのもそんな魔道の術であり、魔道を駆使する者を魔導師と呼ぶ。
しかも男が着ているコートは帝国軍の物であり襟には大尉の階級章が鈍い光を放っていた。

「た、助けて!」

頭目の拘束を脱した少女が男の元へと駆け出し脚に縋りつく、男は自分の脚に縋りつく少女を一瞥すると、ゆっくりと紫煙を吐きだしてから頭目に向かって声をかけた。

「手っ取り早く話をしようか、此処で仕事を続けたいなら上がりの7割を俺によこせ、そうすりゃ見逃してやる」

男の口から出たのはか弱い少女を助けようという気概でも、秩序を守護する軍人たる矜持でなく、己の利益のみを追求する冷淡な声音であった。

「……なに?」

頭目も言われた事を理解出来なかったのか、呆けたように聞き返す。

「聞こえなかったか? 上がりの7割を寄こすなら放っておいてやると言ったんだ。 ああ、今回は今までの分と合わせて有るもの全部貰っていくがな、ま、安いもんだろう」
「何を……言ってるの?」

むしろ清々しい程に淡々と言い切った男を見つめる少女の視線は、信じられぬという思いに溢れている。
帝国臣民を保護すべき役職の軍人、しかも大尉という高い階級にあるものが平然と民を見捨て夜盗に与する、否、夜盗を使役する立場に立とうとしているのだ。

「あ、あなたはそれでも帝国軍人なのですか?!」

ようやく、激昂するだけの気概が戻ったのか、少女は自らが縋りついていた脚から身を離し叫ぶ。
その様子を常と変らぬ態度で冷やかに見つめた男は、少女の糾弾などには元より興味がないのか、あっさり無視すると頭目に視線を戻す。

「さっさと答えろ」
「ふ、ふっはっはっはっは、面白い男だな、いいぜ手を組もうじゃねえか」

男の様子から満更冗談を言っているようにも見えない、なら軍人が仲間というのはこれから仕事をする上でプラスに働くだろう。

「ただし…… お前が俺の下に付くんだぜ兄ちゃん」

そう言いながら男の足元に革袋を一つ放り投げる、ジャラリという音がして緩んだ袋の口から金貨が顔を覗かせる。
男はその革袋を一瞥すると軽い足取りで近づき、踏みつけた。

「俺は全部貰っていくと言ったはずだが、まさか人間の言葉が理解できないほど馬鹿なのか?」

紫煙を燻らせながら語る男の態度は交渉ではない、それはまるで己こそが世界の全てを律しているのだというような傲岸不遜や傍若無人というような態度を通り越した態度である。
己の決定に逆らうものはない、その確固たる自信、むしろ確信があるという風情だ。

「いけねえなあ兄ちゃん、そんな態度は寿命を縮めるぜ」

男の態度に怒った様子も無く告げる頭目の言葉に従い、周りで動きを止めていた盗賊の一人が腰の剣を抜いて斬りつける。
魔導師は確かに強力な力の使い手だが、呪文を唱えさせなければ恐ろしくは無い。一挙動で使える魔術など精々が、先程男がやって見せたような、煙草の先に火をつける程度の威力しかないのが常識だ。

「欲張りは早死にするもんだぜ、兄ちゃん」
「俺もそう思うよ」

背後から迫る凶刃をかわすでも防ぐでもなく、ただぼうと立っているだけの男の最後をにやけた顔で眺めていた頭目の目が驚愕に見開かれる。
男の脳天を叩き割るはずの剣が、頭上数センチで動きを止めていた、手下が止めた訳で無い事はその呆けた表情からも明らかだ。
では背後から迫る一刀を防いだのは何らかの魔術によるものか、勢い良く迫る刃を防ぐ術があるからこその男の余裕の態度か。

「俺は分相応って言葉が好きでね、その分を考えればさっきの提案が妥当だと思うが」

余裕を崩さぬ男だが、その身は寸鉄も帯びぬ徒手空拳であり、防御の魔術を使っている以上は相手に此方をどうこうできる手段は無い。

「余裕ぶっているが、魔術の同時起動は出来まい! くたばれ」

頭目の叫びに合わせて周囲の夜盗が男目掛けて殺到する。

「……舞えよ風刃」

叫んではいない、大仰な動作も無い、しかし力ある言葉と共に一陣の風が辺りに吹き荒れると同時に腕が、脚が、首が空中に舞い踊り、胴が上下左右に分断されて辺りを赤一色に染め上げ、鉄錆の臭いが森の匂いを掻き消した。

「ふん、無駄手間か」

辺り一面の赤の中心に立つ男がけが、黒い軍用コートに一滴の飛沫すら纏わせずに悠然と紫煙を燻らせている。
指の一本も動かさずに、周囲に居た夜盗の悉くを惨殺してのけたにしては何の感慨も浮かばぬ顔であった。
発する言葉すら便利な道具が駄目になった程度の認識であるのが怖気をそそる。

「う、げえええええっ!」

噎せ返るような血の臭いと辺りに散乱する人間だった物を眼のあたりにして少女は込み上げる吐き気を堪え切れずに吐いた。
着ているものが地面に山積する肉塊から流れ出る赤に染まるのも構わずへたり込み、胃の腑が空になるまで全てを吐きだした。

「おい」

吐く物が無くなっても胃液を吐き続けていた少女に男が声をかける。

「……え、ぎゃっ!」

少女が涙と鼻水、涎、そして吐瀉物で汚れた顔をあげた瞬間に男のブーツが少女の腹にめり込み蹴り飛ばされる。
男は地面をバウンドしながら転がり、痛みにのた打ち回る少女に近寄ると、そのまま顔面を踏みつけた。

「お前のゲロがブーツにかかった、舐めて奇麗にしろ」

そう言って少女の眼前に突き出されたブーツには確かに少女自身が吐いた吐瀉物とそして此処まで歩いてきたときに着いた土と泥、そして散乱する死肉が付着している。
これを少女の舌で奇麗にしろというのか、この男は。
愕然として振り仰いだ男の顔には何の感情も読み取ることはできない、いや良く考えればこの男は現れた時から何の感情も表に出してはいなかったのではないだろうか。
いま、少女を見つめる視線も極北の大地を吹きすさぶ寒風のように冷やかだ、ここで否と唱えれば、先の運命は盗賊たちと何ら変わらぬと、その視線が告げている。

「う……うう」

少女は先程とは別の涙が頬を伝うのを懸命に堪えながらも、恐る恐る舌を伸ばして男のブーツを舐めあげようとした。

「待って下さい!」
「お母さん!」

少女の舌がブーツに触れようとしたとき森の中から声がかかった、よろめきつつ姿を現したのは少女の母親であった、歳は30を少し超えたところといった程度で申し訳程度に身にまとった服はあちらこちらが破けており、全身を赤に染め上げ脚の間からは一筋白い液体が流れていた。
その風体から察するに、森の中で犯されていた所に男の放った暴虐の風によって切り刻まれた夜盗の呪縛から逃がれて、娘の元へと駆け付けて来たのだろう。

「む、娘の不始末は私が責任を取ります、ですから何とぞ」

色々なショックが重なっているものの母親は娘を庇うように横に並ぶと、男のブーツを捧げ持ち躊躇いも見せずに舌を差し出して舐めはじめた。

「お母さん」

少女はボロボロと涙を零しながら自らの身代わりとなった母の姿を一心に見つめていた、自分に子供が出来たのならば、今の母のように子供の為になら己の身を差し出す事も厭わぬ強さを身につけようと少女は決心した。

「奇麗になりました」
「なら、そこらで寝ている連中を叩き起こして荷物を馬車に乗せろ、積み終えたら街へいくぞ」

ブーツの汚れを奇麗に舐め取った母親が男に掃除が終わったことを告げると丁度吸いきった煙草を血溜まりに投げ捨てて、さっさと馬車の御者台へと乗り込んでしまった。
言われた少女と母親が辺りを見回すと、連れて来られた女たちには毛ほどの傷も無く、ただ気絶しているだけだとわかった。
二人は手分けして女達を起こして回ると、夜盗に破られ血を吸って使い物にならなくなった服を取り返ると、男に指示されるままに荷物を馬車へと乗せはじめた。

「お母さん、あの人怖いわ、こんな事をしても本当に助けてくれるか分からないわ」
「しっ、それはお母さんも分かっているわ、でも此処がどこかも分からないのよ、今は従順に従っているしか出来ないわ、せめて街道にでるまでは我慢するしか」
「うん、お母さんがそう言うなら」

大きな荷物は馬車に積まれたままだったのが幸いして女達の細腕でも、指示された荷物を
馬車に積み込むにはさほどの時間はかからなかった。
月が中天にさしかかる頃には盗賊のアジトの中から持ち出した荷物の積み込みも終わり、男が疲れきってへたばる女達に馬車に乗るように促した。

「さっさと乗れ、街へ向かうぞ」

ちなみにこの男は、荷物の搬送には指一本たりとも動かしていない、他者を使役することが当然である王の様な風情で、踏ん反り返って煙草を吸いながら御者台の上で指図している姿が妙に様になっている。
御者台に座る男は、これだけは自分で馬を操り森の中を進み街道へでると馬首を巡らせて道を進む。
ゴトゴトという車輪の音が響く中、夜盗の襲撃から此処まで休む間も無かった女達は深い眠りについていた。
男が吹かしている5本目の煙草の煙が消えた頃、馬車が向かう先にぽつと小さな明かりが現れた。
そのまま進むと、その小さな明かりの中に現れたのは禿げ頭に丸眼鏡をかけた鼬のような印象の老人であった。
男は老人の傍で馬車を止めると一瞥もせず、簡潔に一言だけで指示を出す。

「さっさと積み荷を降ろせ」
「まいどありがとうございます」

老人はいやらしい愛想笑いを浮かべると片手を上げて合図を送る、すると光の届かない闇の中から頑丈な格子で組まれた別の馬車と何人かの屈強な男が現れた。
新たに現れた男達は手にロープを持ち次々に馬車の中へと乗り込んだ。

「いやっ?!」
「きゃあ?!」
「な、なにっ?!」

馬車の中で眠りについていたはずの女達の悲鳴が上がり、ドタバタとした争う音が聞こえたかと思うと、ロープに縛られ猿轡をされた女達が男たちに担ぎ出されてきた。
また女達を降ろす作業をしている連中とは別の人間が、他の荷物の点検にかかる。
そのまま女達が格子の付いた馬車へと運びこまれてゆくのを脇に、男は馬車を降りるとそのまま歩き始める、老人は男の横へ滑るように近寄ると会話を始めた。

「お疲れ様でございます」
「金と宝石の類は俺の家へ運び込んで、他の荷物はいつもどおりに適当に捌いておけ」
「なかなか大量ですな、質も悪くはないようで」
「売値を誤魔化す様な真似はするなよ」
「勿論ですとも、サイ様相手にそのような愚かな真似はいたしません」

畏まった老人は、眼鏡の奥の目を半月のようにした笑みを浮かべて追従する。

「ところで夜盗はどうされましたか」
「潰した」
「さようで、また勲章が増えますかな?」
「荷物も被害者も無しでは、小言を言われて終わりだろうよ」
「あ、あなたはっ!」

並んで歩く男と老人の会話に割り込んできた叫び声がある。
老人がその声がした方に視線を向ければ、格子に齧りつくようにして一人の少女が此方を睨みつけていた。

「これはどういう事ですかっ、助けてくれたのでは無いのっ?」

少女の分だけ猿轡が甘かったのだろう、少女は叫びながらも縋るような怒るような、それでいて戸惑っている視線を男へ向けている。
それも当然であろう、何しろ夜盗から救出されたと思っていたら、全く同じような扱いを再び受けているのだから、困惑するなという方が無理だろう。

「助ける? 何の事を言っているのか理解できんな、お前らは単に獲物というだけだ」

少女の叫びに対して、何の感慨も浮かべぬ鉄面皮で淡々と男にとっての事実だけを告げて去ってゆく。
確かに男は頭目に言っていた「獲物は全て貰ってゆく」とその獲物の中には女達も当然のように入っていた、だから此処まで連れて、否、運んできただけの事であったのだ。
その言葉に打ちのめされた少女と母親を初めとした他の女達も、奈落の底へ叩き落とされたような絶望の表情を浮かべている。
夜盗から助けられたと思ったら結果は変わらずというのだからむべなるかな。
しかも現役の軍人が係わっているとなれば、女たちは二度と陽の目をみることもかなうまいと知れる。

「お騒がせして申し訳ありません」

大人しくなった少女達を無視して老人がサイと呼ぶ男に頭を垂れる。

「構わん、彼女たちの未来を思うと同情するよ」

欠片すらそんな気が無いと誰が聞いても分かる声音でお為ごかしの言葉を口の端に乗せたサイの表情は全くの無表情である。
この男とはそれなりに長い付き合いのある老人ですら、彼の表情が動くのを見た事など殆どない、いや感情というものがあるのかすら疑いたくなるような男なのだ。

「お気をつけて」
「ああ」

老人は用意しておいた馬に跨り先に去ってゆく男へ言葉をかけるが、それが全くの無駄である事を知っている。
老人が知る限り彼が傷を負った事など一度としてない、一番初めの出会いは彼が僅か13歳の少年であった時に老人の率いる組織に乗り込んできた事にある。
老人の前に立つには屈強な護衛が何人もいた筈が、たった一人の少年によって全員が殺されていた。
いや殺されたというのは生温い表現だ、正しくはすり潰されていたというべきだろう。
その凄惨な光景の中で一筋の傷どころか返り血の一滴すら身に浴びずに泰然自若と佇むその姿に畏怖され、我知らずに膝を屈していたのだ。
今でも、あの恐怖は老人の心底に澱のように凝り固まっている。

「……化け物め」

既に遠くなった背中に向けて老人がポツリと零す、零してからまさか誰か、いやサイに聞かれてはいまいと、周りに居るのは自分の忠実な部下しかいないのだが、辺りを見回して一息吐いた。
今夜のうちに商品を選別し、明日にはサイの屋敷へと届けねば己の首が危ういと十ニ分に理解している。
あれは、そういう生き物なのだ。

「急げよ!」

老人は周りで忙しく働く手下に怒鳴ると、今日の商品を売り付ける所はどこが良いのかと思案を巡らせ始めた。


去ってゆく背中を見つめる瞳はもう一つあった、檻の中から先程までとはまるで違う暗い澱んだ少女の瞳がサイの背中に突き刺さっている。

「私は生き残るわ、そして必ず復讐してやる」

今日の理不尽は、明日にあった幸福を根こそぎに吹き飛ばした、その最たる存在があの男だと少女は見定めた。
これから少女の身に降りかかるのは、自分の想像を超えた事だろう。
だが、どんな恥辱も屈辱も乗り越えて生き延び、必ずやあの男に復讐の刃を届かせてやると少女、シャーリーの魂が深淵より叫んでいた。


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