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[18582] BLEACH El fuego no se apaga.(破面オリ主)
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/07/11 12:44
前書き



この作品はBLEACHの二次創作であり破面オリ主モノです。

基本的に原作に準拠した設定(単行本、wiki等利用)を目指しますが
初めての作品で矛盾点などあるかと思います。
指摘していただければ、ある程度変更可能であればしていきたいと思います。
独自設定、独自解釈があります。

川原正敏先生の作品が一部クロスしています。
2012.03.26にじファン規制に伴って技名削除、描写の一部を削除もしくは改定。

2010.09.12より「にじファン」様へ二重投稿を始めています。

2010.12.23チラ裏からその他板へ移動。

2012.03.26にじファン規制に伴い作品内の描写を一部変更。

2012.07.09にじファン閉鎖に伴い投稿をこちらに一本化



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 1
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/16 21:55
BLEACH El fuego no se apaga.1










夜の闇が世界を覆い尽くしている


暗い暗い闇色の空、星の瞬き一つ無いその空にはまるで薄笑いを浮かべたような三日月だけが爛々と輝き、その空の黒に相反するような純白の砂で出来た荒涼とした砂漠だけがその世界を形成する全てだった。
黒と白のモノトーンだけで彩られ、それ以外が排除されてしまったような世界は何も無いがゆえに美しさすら感じる。
生命というものがまるで感じられない世界は生きた人間が住まう世界ではない、人間が住む世界を現世と呼ぶのならばこの世界はその反存在と言えるだろう。
その世界は落ちた魂の行き着く先、死して人から人ならざる化け物となり人の魂を喰らう異形、心を失いその胸に喪失の証たる孔を空け、その堕落した本性を白い髑髏の仮面で隠したもの。
『虚(ホロウ)』そう呼ばれる災厄の具現達が住まう永遠の夜の世界。


『虚圏(ウェコムンド)』それがこの世界の名だ 


その虚圏の漆黒の空を一直線に横切るものがある。
それは虚ではなく、かといって漂う雲でもなく、それは間違いなく人の形をしていた。
その人影が旋風の如く駆ける、そう、その人影は間違いなく『空を駆けている』のだ。
そこに本当は地面があるのではないかと思わせるほどしっかりとその足で空を踏みしめ、その足の一蹴りで前へと進む。
その一蹴りは爆発的な推進力となり、一歩、また一歩と人影が進む、それは空を駆けるというより、むしろ本当に空を飛んでいると思わせる姿だった。

その人影は女性の形をしていた。
その身体には白い衣を纏い、背中には幅の広い鞘に収まった刀のような物を背負い、金色の髪は風に翻り月の燐光を浴びて淡く輝き、腹部から胸の下半分までもが顕になった白い衣から覗く褐色の肌も皇かなものだった。
顔の下半分がその衣に隠されてはいるが、金色の睫に縁取られた翡翠色の瞳からは、凛とした強靭な意志が見て取れた。
総じて美しいと表現していいであろう成熟した女性の姿をした人影は、見た目とは裏腹にその実余りにも危険な存在であった。

それは現世に住まう人間にとっては言うまでも無く、そしてこの虚圏に住まう虚にとっても同義だった。
彼女が悠々とこの夜空を駆けているのがその証拠と言えるだろう。
虚にとって人間とは捕食の対象でしかない、獅子が獲物を刈るが如く、絶対的な力を持って一方的に捕食する。
捕食する者とされる者、殺す側と殺される側、それは覆ることの無い摂理なのだろう。

しかし、おおよそ人の形―空を駆けている時点で普通ではない―をした彼女は殺されること無く夜空を駆ける。
では何故彼女が襲われないのか、何故殺されないのか、その答えは簡単だ。
絶対的な力を持ったものが捕食者、殺す側と定義するのならば、今この場所で最もそれに当てはまる存在はこの空を駆ける彼女なのだ。
それは見た目の話ではなく内側の話、人の形をしているがその中身は人とはかけ離れている存在。
此処は虚圏、異形の化け物たちが跋扈する夜の世界、そう、それは彼女とて例外ではない、彼女も等しく虚と同じ化け物なのである。




その空を駆ける女性、名を『ティア・ハリベル』と言う。
彼女は人ではなかった、そして虚でもなかった。いや、そのどちらでもあったモノとも言えるのかも知れない。

『破面(アランカル)』それが今の彼女を表す言葉。
虚として自らの本性を隠すための仮面を剥ぎ取りその本性を晒し、自らの魂の限界を超える事で、更なる力を求めた異常なる集団。
それが破面である。




人の魂が墜ち虚が生まれる、そして生まれた虚の胸には例外なく穴が穿たれている。
それは魂が墜ちた際に失われた心だと言われ、虚はその喪失した心を埋めるために生きた人間の魂を喰らうのだ。
初めに最も親しかった者を、最も愛していた者の魂を喰らいそれでも足りずに手当たり次第人間の魂を欲するようになる。
しかし、そうして魂を喰らい続けても喪失した心を埋めることは出来ず、失った渇きだけが虚を支配する。
そしてその衝動が著しく強い虚は遂には同胞たる虚を喰らいはじめるのだ。
そうして同胞を殺し、喰らい、共食いを続けた虚は折り重なり、混ざり合って一体の巨大な虚へとその姿を孵る。
曰く『大虚(メノスグランデ)』

通常の虚の何倍もの体躯と何十倍もの霊力を持つ大虚には三つの位階が存在し、最も下の位階『最下級大虚(ギリアン)』全てが同じ外見、黒い外套に身を包んだ巨躯の大虚、多くの虚が混ざり合ったため、思考すらままならず、理性と呼べるものは無くただ本能のみで行動する赤子のようなものだ。
しかし、まれにその大虚の中に『個』を持った固体が存在した。
その固体は同じ最下級大虚を捕食し、力を増大させ、遂にはその上位存在へ姿を変える。
『中級大虚(アジューカス)』身体は最下級大虚より一回りほど小さく、個々に違う姿を持つ最下級大虚を統率する存在、そして彼らも更なる共食いを続け、その連鎖は更なる強大な存在へと昇華する。
それは『最上大虚(ヴァストローデ)』
殺戮と共食いの螺旋、その負の連鎖は下へ下へと続く螺旋連環、そしてその螺旋の先端から零れ落ちた、一滴の結晶とでもよべばいいのか、この広大な見果てぬ夜の世界虚圏にも数体しか存在しないとされている、闇の結晶へと至るのだ。




彼女、ティア・ハリベルはかつて人であり、人として死を迎え虚としての生を受けた。
虚として生きた彼女は多くの魂と、また多くの同胞達を食み、大虚へと至った。
長い時間をかけ、最下級の証たる黒い外套を脱ぎ捨て、白い『鋼皮(イエロ)』に身を包んだ中級大虚へとその姿を変えた。
さらにさらに長い時間を掛け、肥大した肉体は洗練されるかのように小さくなり、遂にハリベルのその大きさは人間と変わらないまでに小さく、しかしその力は中級大虚とは比べ物にならないほど強大なものとなった。

そう、彼女は至ったのだ、『最上大虚』へと。


最上大虚へと至った彼女は同じメスの大虚を仲間とし、虚圏で生きていた。
ハリベルは無闇に他の大虚を殺める事は無かった。
『誰かを殺める事で力を得ようとは思わん。犠牲を強いれば、いずれ自分達も犠牲を強いられる。』
そう考えたハリベルは、襲ってきた大虚は撃退し、それが逃げれば追わず、殺さず、喰らうこともしなかった。
ただ仲間とともに生きる時間、それはかけがえの無い時間、しかし、それは永遠には続かない幻の時。

突如として現れた異常な大虚、仮面が割れたその大虚は圧倒的な力を持ってハリベルの世界を破壊した。
その大虚は以前ハリベル達を襲い、撃退し逃がした大虚だった。
その大虚に成すすべなく敗れ、仲間は無残に大地に倒れ、ハリベル自身も満身創痍だった。
ハリベルは自分の考えを呪った、自分があんな考えを持たなければ仲間達をこんな目に合わせることは無かったと、悔やむハリベルに無情にも敵の終焉の一撃が迫る。
しかしその一撃はハリベルを捉えることは無かった。

ハリベルの目の前でその大虚は身体を両断され絶命していた。

驚くハリベル、自分が手も足も出なかった相手が一瞬にして殺された事実、それも驚きだが更に彼女を驚かせたのは、それを行った者達の姿だった。

その男達はこの常闇の世界である虚圏にいるはずの無い存在だった。
人の形をしたそれは、現世に生きる人間ではなく、現世とも虚圏とも違う第三の世界『整(プラス)』と呼ばれる善の霊魂、虚からして見れば餌としての価値しかないそれらが住む世界、名を『尸魂界(ソウルソサエティ)』
その世界を守護し整を襲う虚を打ち倒す者、現世の霊を導く魂の調停者『死神』それが彼女の前に現れたのだ。

本来居るはずの無いものがこの夜の砂漠に降り立っていた。
この虚圏は居が跋扈する虚の世界、それ以外の者が侵入したのならばその存在はすぐさま駆逐され、白の砂漠に赤い染みを作るだろう。
しかし、その死神は彼女より少しだけ高い位置の砂丘から彼女を見下ろしていた。
その立ち姿からは虚に対する恐れや、自らが敵地とも呼べる場所の直中で、唯一人だけと言う危機にあると言う気配は微塵も無く、唯泰然とそこに立つのが当然の如く、彼女を見下ろしていた。
黒い着物の上に白のコートのようなものを羽織を纏ったその男、口元に浮かべた笑みが余裕から来るものか、それとも何らかの喜びから来るものかを推し量ることは、そのときの彼女には出来なかった。


彼女は見てしまったのだ、その男の瞳を――


この虚圏の空、星は無く唯全てを呑み込んでしまうのではないかという深い闇色の空、この世で最も暗い色だと言えるそれよりも尚、男の双瞳は暗かった。
唯の一瞬目が合っただけでその暗い闇に囚われ、底無しの沼に沈み込むように這い出すことも、逃げることも叶わず唯深く深く沈んでしまいそうな錯覚。
初めて感じる根源的恐怖、暗く重く恐ろしいほどの闇、唯の死神が抱えるには大きすぎる闇、その男はそれを有していた。

「――もっと強い力が欲しいだろう?君の仲間たちのためにも――」


男は静かにハリベルに話し掛ける。
周りの音は消え、その男の言葉だけが周囲に響く。

「力を持てば仲間に犠牲を強いることも無くなる、それが君の理想のはずだよ。 理想の姿を目にしたいとは思わないかい?」

「何なんだ・・・・・・貴様は・・・・・・」


「あの大虚に力を与えた者だよ。我々と共に来るといい、君を理想の下へと導こう・・・・・・」


この男『藍染惣右介』との遭遇により、彼女ティア・ハリベルは大虚以上の力を得ることとなる。
それが破面化、虚としての魂の限界強度を突破し、死神へとその魂の存在を近づけ更なる力を得る術。
そして彼女は居の仮面を脱ぎ捨て、人間から化け物へと変わったその肉体を、再び人と同じ姿に変え、しかし人とも虚とも隔絶された力を手にした。




ハリベルは空を駆ける。
彼ら破面には藍染から一つの指令が出されていた、曰く『最上大虚を探し出せ』
この余りに広大な虚圏の砂漠から、数体しか存在しないとされている最上大虚を探し出す
余りにも困難な指令、それでも彼ら破面はそれを実行しなくてはならない、藍染からの命である。
それだけで理由は十分なのだ、従わなければ待っているのは『死』
そう、彼らの殺生与奪はその全てが藍染の持つ圧倒的なまでの力によって握られているのだ。

しかし、本来これはハリベルが行う任務ではなかった。
ハリベルのように力を持つ破面は、本来このような探査任務にはつかず、藍染に従わない反乱分子の殲滅などが担当なのだ。
このような探索任務には下級の破面が行うのだが、その破面が何時までたっても戻らない。
その後何体かの破面を向かわせるもその全てが一体たりとも戻ることは無かった。
向かわせた破面はどれも最下級の出来そこないだったが、唯の大虚に遅れをとることはあり得ない。
同じ最下級大虚でも、破面化した者とそうでない者の間には、明確なまでの力の差が生まれるのだ。

そのこと如くが戻らない、離反したかあるいは殺されたか、前者ならばそれで良しハリベルクラスの破面から見れば、雑魚がいくらいなくなろうと問題ではない。しかし後者ならば話は変わってくる。
破面化した最下級大虚を退けるだけの力、それを持った者が居るという事になる。
少なくとも中級大虚、もしかすれば最上大虚が居る可能性もある、そうなれば下級の破面をいくら送った所で無意味だ、それゆえハリベルが探査任務に選ばれたのだ。

ハリベルが件の探査区域に指しかかると、小さな変化が起こった。
それは奇妙な光景だった。
永遠の夜の暗闇が支配する虚圏にほんの少し明かりが見えるのだ。

「あれか・・・・・・」

ハリベルはそう一言呟くと、その明かりを目指してより一層速く空を駆ける。
その先に何があるのか、今は何一つ分からない。
しかし、ハリベルの眼は臆することなく、唯真っ直ぐにその光を見据えていた。







空を駆ける黄金の女性は出会う
それは世界には無い一色
本来あり得ないが故にそれは美しく
それ故に異質なるモノ
その邂逅が行き着く先は・・・・・・




2010.9.11内容一部変更



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 2
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2011/10/26 18:57
BLEACH El fuego no se apaga.2










辺りを照らす妖光、力強く佇むそれは炎だった。


それは炎の柱とでも言えばいいのか、太い炎の柱が轟々と燃え盛り10m程の高さでま聳え立っている。
明らかな異常、異質な光景にもハリベルは決して動揺しなかった。
白い砂と黒い空、それ以外無い虚圏でこの燃え盛る紅い柱は、色彩と言う概念を失ったかのような世界に彩りを取り戻そうとしているかのようで、しかしそれ故に世界には受け入れられない、異質な存在だった。

ハリベルはその炎の柱を確認すると上空からゆっくりと、しかし油断無く降下し、その柱の中ほどの高さで止まる。
尚も轟々と燃え盛る炎を見据えるハリベル。
するとその炎の柱の中からハリベルの前に、ゆっくりと白い仮面が浮かび上がってきた。
それは人間の頭蓋骨、というよりむしろ草食動物のものを模したように縦長で、下顎骨の無い頭蓋の仮面だった。
それが炎に浮かび、瞳は無くただ虚ろな穴だけが開いた頭蓋の目は、しかし確実にハリベルを見ていた。

「何だ・・・・・・ また客か?最近は忙しくていけねぇな・・・・・・まぁ暇にならないと思えば儲けもんなのかねぇ・・・・・・」


その仮面はハリベルの姿を確認すると、そう言ってクククッと少し笑う。
それはその炎の柱がハリベルに対し、まったく脅威を抱いていないということをハリベル自身に認識させるには、十分なものだった。

「貴様は虚か?」


自身のことをまるで見下した態度、それでもハリベルは任務を優先した。
あくまで冷静に、何事にも心を揺らさずに居る事、それがハリベルのスタンスであり、その自制心がこの無礼な虚を一刀の下に沈めるという選択をとどまらせた。

「ハァ? 何だよ、この仮面見えてんだろ?だったら虚以外あり得ないだろうが。」


何を当たり前のことをといった風に炎の柱は語る、明らかにハリベルを馬鹿にした態度で語るそれはさらに言葉を続ける。

「それともアンタはこの虚圏で虚以外の奴に合った事があんのか?それともこの形が気になるか?そんなもんは瑣末なことだろ、肉が見えなきゃ虚じゃぁないとでも?ハッ、狭い了見だな、そんなんじゃぁ直ぐに死んじまうぜ?」


ハリベルの眉が僅かに動く、ハリベルとて相手が虚だということは判っている。
その奇妙な姿―炎に覆われているのかその肉体は見えない―に疑問を覚えはしたが、そんなことは確かに瑣末なことだ。
任務ゆえの確認事項、ハリベルはそれを行ったまで。
しかし、それをああもこちらを馬鹿にしたように返されては、如何なハリベルといえど多少の怒りを感じざるをえなかった。

「・・・・・・では貴様は最上大虚か?それとも中級大虚か? 答えろ。」


言葉と共に威圧もかねた霊圧がハリベルから放たれる。
威圧目的とはいえ、それはただの虚ならばそれだけで魂を押しつぶされ、絶命するほどの霊圧だった。
そんな彼女の霊圧の中、それを一身に受けながらも炎の柱は一切臆することなく、それが涼風だといわんばかりに、その炎も揺らぐ事無く燃え続けている。

「ハッ、最近来る奴らはそればっかりだな・・・・・・知らねぇよそんなもん。最下級じゃないってぇのだけは確かだがな、俺が最上だと言えばアンタは信じるのか?そもそも中級だ最上だって階級に意味があんのかよ。」


そんなハリベルの問を鼻で笑いながらそう語る炎の大虚、少なくとも最下級ではないと語るその大虚は言葉の意義をハリベルに問う。
相手が語る言葉をお前は全て信じるのかと、答えは往々にして否だろう。
それはこの世界ではあまりに愚かな行為なのだから。


「誰かが決めた階級で自分が上だ、下だと騒ぐなんてぇのは自分に自信の無ぇ小物のすることだ。喰いたい時に喰って殺したい時に殺す、所詮化け物の俺達に階級なんか必要ねぇんだよ!俺達虚の中で上か下かが判る時があるとすれば、それは相手を殺したときか、テメェが殺された時だけだろうが、馬鹿が。」


ハリベルのコメカミ辺りに薄らと青筋が立つ。
此方を侮り、見下したような態度に極めつけは馬鹿呼ばわり、許し難いものを見つけてしまったハリベルは、しかしその驚異的な自制心で自身を押さえ込む。
彼女の使命は”最上大虚を探し出す”こと、その可能性があるこの大虚は彼らの居城たる『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』へと連れ帰らなければならない。
そして彼女にはもう一つ、確認しなければならないことがあった。

「では最後の質問だ・・・・・・我等が同朋達をどうした?」


そう、元々この任務についていた破面の消息を、彼女は確認しなければならない。
そして目の前の大虚はそれを確実に知っている、ハリベルにはその確信があった。

「なんだぁ?アンタのお仲間が何処にイっちまおうが俺には関係ねぇよ、そもそもなんで俺に聞く?逃げ出しただけなんじゃねェのかよ.。」

「貴様は私を見て”また”と言った、それは少なくとも一度は私のような者が来たという事だ。そして最近来る”奴ら”が同じ質問をする言った、という事はそれが複数だということだ。唯の虚が何体もそんなことを聞きに来ることなどあり得ない、指令を帯びた我等が同朋以外はな。」


ハリベルの思考の冷えた部分は、この大虚の無礼な発言の中からしっかりと事実を導いていた。
そしてそこから確信を持って答えた。
この大虚が同朋達の行方を知る鍵であると、もっともその結末もハリベルは凡そ予想はついていたが・・・・・・

「ハッ、怒らせてこっちのペースに乗せようとも思ったが、存外冷えていやがる、面倒くせぇヤツだぜ。・・・・・・確かにアンタのお仲間は俺の所に来たぜ、アンタと同じ様に答えてやれば全員直ぐにキレて斬りかかって来やがる。ちょうど退屈してたもんだからよぉ、ちょっと遊んでやったのさ。」


またハリベルの問を鼻で笑いながらあっさりと認める大虚、そしてやはりかとハリベルは納得する。
ここに来る途中破面の能力の一つである『探査回路(ペスキス)』と呼ばれる霊圧による探査をかけたが、他の破面の霊圧は探知できなかった。

そしてこの大虚の発言をみるかぎり、遊んだとはほぼ殺したと同義であろうとハリベルは悟った。
ただの大虚が最下級とはいえ破面を相手取り打倒する、それも複数回にわたって、だ。
それだけでこの大虚がどれだけ強力な力を有している証明となるだろう、そして先ほどまでの会話で言葉による説得はこの大虚には向かないともハリベルは感じていた。
どうしたものかと悩むハリベルを他所に、大虚はさらに言葉を続ける。

「大体退屈凌ぎの為に遊んでやったヤツのことなんか一々覚えてるわけねぇだろ。退屈凌ぎの玩具なんてもんは動かなくなったら用済みだろうが、そうなればもう俺には関係ねぇのさ。だから俺は言ったぜ? 何処に”逝っちまおうが”関係ないってな!」


瞬間、ハリベルの目が細まり鋭さを増す。
あの大虚は何を言ったとハリベルは自問する、”玩具”と、”動かなくなったら用済み”と、そう目の前の大虚は言った。
それはハリベルにとって許されざる言葉だった、たとえ出来そこないとはいえ名も知らぬ同胞の破面達は、この大虚にとって明確な敵ではなく、唯の暇を潰すための玩具であったと、それは戦闘ではなく唯の遊戯であったと目の前の大虚は言い切ったのだ。
自ら斬りかかったとはいえ、彼らは戦士として戦うことは出来なかったのだ、彼らに待っていたのは予想外の結末、一方的な蹂躙だったのだろう、玩具相手に戦う者などいないのだから。

暇つぶしの相手とされて死ぬ、それを彼らが弱いせいだと誰が言えるものか。
戦士として戦いの中で死ぬことは叶わず、その死に誇りは無く、唯惨めに屍を晒しただけ。
それはハリベルの戦士としての矜持が許さなかった。

「・・・・・・そうか、では一度だけ聞こう。私と共に我が主の下へ来る気はあるか?そうすれば今以上の力を得る機会を与えよう。」


「ハッ、お断りだね。どうしても連れて行きてぇってんなら態々そんなこと聞かないで力ずくでそうしろよ。言ったろ? 言葉も! 階級も!そんなもんは意味は無ぇ!今、この時、この瞬間で最も意味があるものは”力”以外に存在しねぇ!アンタの力を見せろよ!俺の退屈を癒してくれよ!今までの奴らは歯応えが無かったし、直ぐ壊れちまいやがった。だがアンタは違う!その程度の霊圧が最大じゃ無ぇんだろ?見せてみろよ! アンタの力をヨォォ!!!!」


その叫びと同時に今まで柱のように真っ直ぐに聳えていた炎が歪み、その霊圧の爆発と共に四方へと広がりたちまち辺りは業火に包まれた。
天を焦がさんばかりの勢いで燃え盛る炎、そして発せられる熱は、息をすれば気道が焼け、中から燃え尽きるかのような灼熱。

その炎を眼下に、ハリベルは少し俯いたまま背に担いだ刀の鍔にある穴に指を掛ける。
そして勢い良く引き抜かれた刀はその勢いのまま一回転し、ハリベルの右手にその柄が握られる。
その握られた刀は奇妙な形だった、非常に幅の広い刀身でありながらその刀身の真ん中の部分が空洞となっている。

ハリベルはその右手で奇妙な刀を握り、空いた左手でゆっくりとその上着のジッパーを上げる。
肌蹴る白い上着、その下から現れたのは顔の下半分を隠す牙の付いた仮面、それが首から胸の頂点までの上部を覆い隠すように存在していた。
そして顕になった右の乳房の内側には『4』の刻印、そしてゆっくりと顔を上げるハリベルの目は、明確な敵を見るそれとなっていた。

「忠告はした・・・・・・言葉での説得は無理だと判断し、以降は力で捻じ伏せ捕縛して虚夜宮まで連れて行く。名も知らぬ大虚よ、貴様が退屈凌ぎと、玩具だと言ったものの力を・・・・・・思い知るがいい。」


次の瞬間黄金色の柱が天を衝く、ハリベルから発せられた黄金色の霊圧が、まるで空間そのものを震わせるかのように広がり、大気は悲鳴を上げる。
それを見た炎の大虚は臆するどころか、歓喜していた。

「ククククッ・・・・・・ハッハハハハハ!! その霊圧、最高だぜ女ァ!名は何だ! 最高に気分がいい!きっとこれから始まるのは最高の暇つぶしだ!だから覚えておいてやる、女ァ名前を教えろ!」


ハリベルの放つ霊圧に臆する事無く、それどころか歓喜している、その姿を見てハリベルは思う。
この大虚にとって戦いとは本当に唯の退屈凌ぎなのだろうかと。
この大虚が行き着く先、それは惨めな死ではないのかと、理性を持ちながら獣のように生き、力を持ちながらそれを暴としてしか振えず、戦士としての矜持も知らず、戦いに誇りすら持ない。
ただ殺し合い、負けて無為の死を遂げる、余りにも無為な死を。

「破面No.4 第4十刃(クアトロ・エスパーダ) ティア・ハリベルだ・・・・・・私も貴様の名を覚えてやろう、力ずくでも良いがな。」

「ハッ、上等!俺の名はフェルナンド、フェルナンド・アルディエンデだ! アンタを殺す男の名だ。刻んだか? 俺は刻んだ!アンタの名を、俺自身に!さァ始めようぜティア・ハリベル、愉しい殺し合いの始まりだァァアァァァ!!!」


炎は津波となってハリベルに襲い掛かる、それを迎え撃つべくハリベルも駆ける。
そして、戦いの幕は開いた。







紅い津波
黄金の閃光
大地爆ぜ、大気啼く
波踊り、黄金が謡う

戦いの行方を知るは
唯、天上に座す月


2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 3
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/12/05 00:09
BLEACH El fuego no se apaga.3










紅い景色、見渡す限りの紅、紅い炎の海が辺り一面に広がっている。

その紅い海は命を生み出し、育む母なる青き海とはまさしく逆、近づくもの全てに等しく死を与える生命の終焉、それはまるで冥界の海。
その海は明確な殺意を持って命に敵対し、その波は触れるもの全てを焼き尽くし、呑み込み、灰にしようとうねり荒ぶる。

その死招く海の上を人影が駆ける。
襲い来る荒波を避け、時にはその手に持った刀で波を切裂きながら、その海の上を駆け巡る人影がある。
放たれる斬激は、その一太刀一太刀の全が必殺の威力を込められた一撃であり、しかしその必殺の斬撃は未だ相手を傷付ける事叶わずにいた。
それは海とて同じ事であり、彼の炎の波は触れるものを全てを焼き尽くし一瞬のうちに灰へと変える筈が、その悉くは避けられ、または切裂かれ、未だ相手に掠り傷一つ負わせることが出来ないでいた。

フェルナンド・アルディエンデとティア・ハリベルの争いは、互いに有効な一撃を与えられぬまま時だけが過ぎていた。



「ハッ、何時までもチョロチョロと逃げ回ってんじゃねぇよ!デカイのは霊圧とその乳だけか?オラオラ!もっと俺を愉しませろよ!」


膠着状態の中、フェルナンドから放たれる言葉と共にハリベルに向けて幾つもの炎の波が四方八方から押し寄せる。
それは最早波というより壁と表現できるほどの高さ、ハリベルの何十倍もの高波が彼女を呑込み、押し潰し、海へと引きずり込まんと押し迫る。
しかし、ハリベルはそれを縫うように難なく避け、または刀で真っ二つに切裂き、その炎波の包囲網から脱出する。

「貴様こそこんな単調な攻撃では、いつまで経っても私を捕らえる事など出来ないぞ。それが全力か?ならば連れ帰る価値も無いな。」


「言ってろ!せっかくの暇潰しなんだ、いきなり全力出す馬鹿が何処にいるよ。アンタは自分の心配だけしてな!俺は加減が苦手でねぇ、焦がす程度なんて器用な真似は出来ねぇぞ。一発当たればアンタは死ぬが、いくら斬られても俺は死なねぇよ!」


フェルナンドの炎を斬り付けながら語るハリベルの攻撃を、まったく意に介さずにフェルナンドは炎をハリベルに向ける。
そう、互いに有効打がないという状況でありながら、二人の立場には明確な”差”が存在していた。
今や炎の海と形容出来るほど膨張したフェルナンドの炎は、半霊里に届くほどにまでになり、放つ炎の波は触れれば触れた者の命を瞬く間に焼き尽くす地獄の業火。
何時か呑み込まれてしまえば、ハリベルとて無傷ではすまないだろう。

代わってハリベルの放つ斬撃は、確かに物理的な威力として必殺の一撃といえるだろう。
炎すら切裂くそれは、しかしフェルナンドに致命的な一撃とはならなかった。
炎をいくら斬ろうとフェルナンドはさして怯む様子を見せず、まして負傷した様子など皆無だった。
攻撃が当たれば相手は傷つくフェルナンドと、攻撃をしても相手は無傷のままのハリベル、このままの状況が続けばどちらが優勢といえるかは、一目瞭然であった。

「・・・・・・まぁ、いいかげん避けられてばっかりってのは面白くねぇ。少しばっかり本気でいくぜ? 避けるんなら”うまく”避けるんだな!」


フェルナンドがそう言うや、ハリベルの足元の炎に変化が現れる。
ただ燃え盛っていただけの炎の一部が各所で渦を巻くように収束し、その渦の中心から太い円錐状の槍のように姿を変えた炎が、そこかしこからハリベルを下から串刺しにせんと迫る。
炎の海から生える太い幹のような槍、それは今までのように”面”として相手を押し潰そうとする炎ではなく、”点”として相手を貫こうとする攻撃。
炎の波を形成していた炎の量をそのままに、太い円錐状の槍の形に変化させることで炎と込められた霊圧は上がり、相手を貫くための速度と殺傷力を上げた攻撃。

その速度に眼を見張るハリベル、そしてそれに込められた霊圧を察知すると、今までのように切裂くことは今のままでは困難と判断し、その場を飛びのく。
そして次の瞬間にはハリベルの元居た位置を、フェルナンドの複数の槍が交錯するように貫いていた。

「・・・・・これが貴様の本気か?残念だ・・・このような騙し討ちが本気などと言うのならば程度が知れる。貴様に殺された同胞達への手向けに此処で散るがいい。」


フェルナンドの炎の槍を避け、フェルナンドの仮面へと向き直るハリベル。
そして放たれた言葉は落胆だった。

確かにこの炎の大虚は強いとハリベルは感じていた。だが今までの攻撃を鑑みるに、それは霊圧に限ったことなのではないかとも思っていた。
確かに一撃の威力は非常に高く、まともに喰らってしまえば自身とてダメージは避けられないだろう。
しかしその攻撃は単調なもので、毎回同じようなタイミングで迫ってくる波を避けることは、ハリベルにとっては余りに容易なことだった。
そしてあの炎の槍、速さ、込められた霊圧は見事なものだったが所詮は騙し討ち、少なからず本気を出してあの程度ならば、戦力としては不合格だとハリベルは判断した。
蛮勇を奮うだけの獣など必要ないのだ、その程度の存在であったかとハリベルは哀れみの視線を向ける。
そして、戦力として不合格ならば消す。

実際ハリベルにとって斬れない相手だからといって苦戦しているという事はなく、フェルナンドを倒す手段など彼女はいくらでも持っているのだ。
これ以上何も出ないのならば、彼に玩具として殺された同胞達にせめてもの手向けとしてこの炎の大虚の亡骸を捧げようと、ハリベルは刀を握る手に力を込める。
戦士として散れなかった者への手向けとして、彼の大虚を捧げる為に。

「ハッ、騙し討ちねぇ・・・・・・戦いは正々堂々ってか?・・・・・・まったく呆れるぜ。じゃぁなにか?正々堂々戦って死んだらそれもやむ無しってか?くだらねぇな、まったくもってくだらねぇぜ。化け物同士の戦いに、そんな考えはクソほどの価値も無ぇ!!死んだらそこで仕舞いだろうが!真正面から潰しても!後ろから串刺しにしようと!殺された方が間抜けなんだよ!!」


仮面の下の炎が横に割れて裂け、巨大な口のように開き、ハリベルの言葉を真っ向から否定し叫ぶフェルナンド。
燃え盛る炎はより一層その勢いを増す、それはフェルナンドの感情と同期しているかのように荒ぶっていた。
片や戦いとは戦士と戦士が誇りを賭けて戦う真向勝負と捉え、たとえ倒すべき敵においても戦士の矜持と誇りを持って、正面からぶつかる事をよしとするハリベル。
片や戦いとは愉しむもの、そして持て余すほどの時間を消費するための遊戯、そこには綺麗も汚いもなく、最後に戦場に立っていた者こそが正しいと、その過程で戦いを楽しみ、快楽を得るフェルナンド。
戦うという行為の捉え方がまったく違う二人、故に相容れない、故にその戦いは自然と熱を帯びる。

「それに俺の槍を避けてずいぶんいい気になってるみたいだがな・・・・・・あんなもんは避けられて当然なんだよ!本番はこっからだ!」


フェルナンドの言葉と共に、ハリベルの目の前で交差するように佇む何本もの炎の槍に変化が現れる。
炎のオブジェと化していた何本もの炎の槍のいたる所から、更に枝分かれするように幾つもの円錐の槍が、彼女目掛けて飛び出してくる。
急な展開にハリベルが後ろに飛び退くと、槍は更に枝分かれするようにその本数を増しながらハリベルを追い、眼下に広がる炎の海からも無数の槍がハリベルを貫かんと飛び出す。
避けても避けても迫り来る無数の炎の槍、それに追われるハリベルを見てフェルナンドは叫ぶ。

「だから言ったろうが”うまく”避けろってよ!アンタが俺の力の底を探ってるのなんてこっちはお見通しなんだよ!この炎はまさに俺自身、俺の意思でどんな形にも姿を変える変幻自在の炎だ!アンタが見たかったもんは見れたかよ!それじゃぁアンタはコイツで詰みだ!」


ハリベルを囲むように迫る槍の大群。遂に避けきれず、かえってその手に持つ刀で切り裂く事もできず、遂にハリベルは刀で槍を受け止める。
しかし槍を止めることが出来ず後方へと押され、槍はハリベルを貫かんと更にその勢いを増す。
それを押し留めようとするハリベルに影が射す、天に座す月の燐光を遮る影、直感的に振り返るハリベルの目に飛び込んできたのは、今までで一番大きな炎の壁だった。
槍を受け止めたままのハリベルが一直線にその壁へと向かう、そして次の瞬間にはハリベルはその炎の壁へと無数の槍と共に突き刺さり、その姿は壁へと埋没し見えなくなった。



「クッ! 」


壁が迫る一瞬、ハリベルの口からそんな苦渋の声が漏れた、それは自分の浅はかさを恨む声、戦士としてあるまじき行為をした自身への叱責。
ハリベルは理解したのだ、目の前の大虚が演じていたのだと。
力を持ちながらもその使い方を知らない愚かな大虚を、そうする事でハリベルのほんの少しの油断を誘っていたのだと。
単調な攻撃も、容易く切裂けた攻撃も、全ては考えられたものだった、そしてあの槍を避けた瞬間確かにハリベルは、愚かにもフェルナンドを侮ったのだ。

蛮勇を奮うだけの獣、と。


しかし、その実全てはフェルナンドの計画、愚かを装い、手を抜いて攻撃を避けさせハリベルに自分を侮らせ、相手が此方を侮った瞬間に素早く反撃。
避けた攻撃、終わった攻撃と注意の逸れたその槍からの奇襲めいた二段攻撃、その枝分かれする槍を避けるハリベルをその槍を持って誘導し、前面に意識を集中させることで、後ろの壁の発見を遅らせ、前面を槍、後ろを巨大な壁で覆い挟撃する。
それがフェルナンドが強いた勝利への道だったのだ。



そしてその壁はハリベルを呑み込み、今は静かに、まるで彼女の墓標のように聳える。

「ハッ、これで仕舞いだティア・ハリベル。アンタは強いが俺が勝つ!一瞬でも侮ったアンタの負けだ。俺の炎に焦がされて、塵一つなく消えちまいな!俺を侮った自分を呪いながらな!アンタにとっちゃ不本意だろうがな!それでも、勝ったのは! 俺だ!」


その墓標に向かってフェルナンドは自分の勝利を叫ぶ。
今はもう絶命したであろう相手に宣言する。
暇潰しにはちょうど良かったと、しかしほんの少し残念だともフェルナンドは思っていた。
彼女、ティア・ハリベルの力はこんなものだったのだろうか。
こんなにも簡単に殺せてしまうような存在だったのか。

最初に彼女を見た時、彼女の霊圧を感じた時、フェルナンドは直感的に感じていた、最高の殺し合いができるという確信を。
だが結果は不完全燃焼と言わざるをえない、フェルナンドは自分の直感が外れたことに、言い知れない不快感を感じていた。
自分の空虚を満たすのは、きっと彼女だと感じていたが故に・・・・・・





だが次の瞬間異変は唐突に起きた。
彼女を押し込めたはずの炎の墓標から一条の光が空に向かって飛び出した。
それは天の月を射抜かんばかりの黄金色の光の柱、そしてその光のが収まると、墓標は真っ二つに割れていた。
そしてその黄金色の柱が放たれたであろう場所には、同じく黄金色の霊圧を纏った人影が浮かぶ。

「何・・・だと!?」


その人影を見たフェルナンドから言葉が零れる、信じられないと、有り得る筈が無いと、自らの炎に巻かれ、貫かれ、押し潰されたはずの人物がそこに居た。
今までこんなことは一度たりとも無かった、何故生きているのか、どうやって自分の炎を防いだのか、フェルナンドには理解できなかった。
そんなフェルナンドに対し、黄金色の人影、ティア・ハリベルはゆっくりと口を開く。

「侮ったことは詫びようフェルナンド・アルディエンデ、これは私の不徳以外あり得ない。そしてお前がただの愚かなだけの大虚ではないことが判った。此処からは私も相応の力を持って戦おう、それが戦士としての礼というものだ.。」







炎海驚愕す

終焉の炎に焼かれて尚死なぬ者
終焉の海に沈められ尚蘇る者
それは炎海をして未知なるモノ

故に炎は・・・・・・





2010.05投稿

2010.09.27微改定





[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 4
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2011/10/26 18:58
BLEACH El fuego no se apaga.4











聳える壁はその中腹から真っ二つに割れていた。

巨大な壁を割ったのは、外側からの力ではなく内側からの力、しかし内側から破裂するように割れたその壁は、その内側に生命に存在を許さぬはずの業火の壁。
触れる全てを消し炭へと変え、ましてその内にあるものなど有象無象の区別など無く塵一つ残さなずこの世から消滅させる獄炎であった。
その壁を真っ二つに割ったハリベルはその手に持つ刀を天高く掲げ、悠然とその場に立っていた。
その服に多少の焦げ後は見えるものの、その身体は五体満足で炎によって与えられた火傷などは皆無だった。

フェルナンドにとってそれは異常なことだった。
今までこの炎を手に入れてから今この時まで、こんな事は起こったことは無かった。
彼の炎に呑まれて生きている者など居なかった。
彼の炎に触れて、無傷の者など居はしなかったのだ。

何より彼を驚かせていたのは、ハリベルの放った光によって彼の”炎が消し飛ばされている”という事だった。

「アンタ・・・・・・一体何しやがった・・・」


混乱と同様の中に居るであろうフェルナンドは、存外冷静な自分に驚いていた。
何故生きているのか、何故無傷なのか、どうやって脱出したのか疑問は尽きなかったが、フェルナンドにとって最も理解できない現象である”炎の消滅”という事態。
フェルナンドの炎は唯燃えているだけの純然たる炎ではない、彼の炎は彼の放つ霊圧そのものとも云えるものであり、その全てがフェルナンドの思いのままに操ることができる。
霊圧は斬れるものではなく、斬られたからといって消えてなくなるわけではない。
フェルナンドにとって彼の霊圧と炎は同義なのだ、それがハリベルの放った光によって消滅している、今までに無い現象にフェルナンドは冷静にならざるを得なかった。
此処で愚かにも思考を放棄し、敵へと襲い掛かることは死へと繋がる蛮行だった。

「その質問は何に対してだ?私が生きていることか?どうやって生き延びたかと言うことか?それとも・・・・・・貴様の炎が消えてなくなってしまった事に対してか?」

「っ!!」


まるで思考を見透かされたような返事に、思わず息を飲むフェルナンド。
未だ自らが裂いた壁から動かずに、フェルナンドの仮面が浮かぶ高く迫出した炎に正対しているハリベルの返答は、そのどれもがフェルナンドが求めるものであった。
そして、今の彼女からは先ほどまでフェルナンドが感じていた自身に対する侮りは一切なくなっていた。

「私が無傷だったのは単純な話だ、貴様の炎の殺傷能力以上に自分に纏わせる霊圧を上げた、それだけの話だ。多少服は焦げてしまったが問題ない、そして私が貴様の炎から抜け出せた理由と貴様の炎が消し飛んだ原因はコレだ」


そういうとハリベルは刀の切先をフェルナンドの仮面へと向ける。
次の瞬間、刀の切先へと急激にハリベルの霊圧が集まり、拳大の球形を形作る。
膨大な霊圧の収束、それを見てフェルナンドはハリベルが何をしたのか、そしてこれから何をしようとしているのかを理解する。
それは大虚以上の虚に許されたモノ、膨大な霊圧を持つからこそ行える技、放たれるそれは生命を刈り取る事だけを目的とした死を招く閃光。

そしてハリベルの一言で、黄金の球体からその死招く光は解放された。


「―― 虚閃(セロ)」


言葉と共に放たれた黄金色の光線、それは拳大の球体から発生し一気にその太さを増し、フェルナンドの仮面の浮かぶ炎を一瞬のうちに呑込んだ。
数瞬の後、ハリベルの放った虚閃は次第に細くなっていき、その後にはそれが通過したことを示す痕を残した炎だけが残っていた。

「今までの戦闘から見るに、貴様の炎は霊圧によって操られているようだ。斬れば他の炎と霊圧が結合し、消えることは無かった。故に斬撃で切り刻むより、霊圧を用いた攻撃によってその霊圧ごと消し飛ばした。そうして霊圧ごと霧散させてしまえば、さすがに再び操ることは出来まい」


ゆらゆらと燃え続ける眼下の炎の海に語るハリベル。
ハリベルが取った行動は、その全てがいたってシンプルなものだった。
炎に捲かれたのならば、その炎よりも強い霊圧を発する事でダメージを防いだだけの事。
斬撃などの物理的攻撃が効果が薄いのであれば霊的な攻撃、霊圧を用いた攻撃へとその方法を変えただけの事。
それは無理やりに発する霊圧を上げた訳ではなく、本来発しているそれに戻したというだけの事。
そしてそれにより導かれる結果は見ての通り、そしてその答えは単純『地力が違う』たったそれだけの事、それは余りに単純だが、それゆえにそれを破ること、その差を埋めることは難しい。

「霊圧は消えていない、まだ生きているのは判っている。続けるか、それとも此処で止めるかの返事を聞かせてもらおう。フェルナンド・アルディエンデ。」


燃え続ける炎の海に再びハリベルが語る。
すると、ハリベルの両脇に聳えるもはや墓標としての意味をなさなくなった壁が、ゆっくりとその根元に広がる海へと還っていく。
そしてそれと反比例するようにハリベルの眼前へと炎が海から迫出し、ハリベルの前で止まりそこからフェルナンドの仮面が浮かび上がる。

「ハッ、何が『消し飛ばしただけ』だ、とんでもねぇ霊圧込めて撃ちやがって。唯の大虚の虚閃ぐらいじゃ俺の炎は消えないってのによ、アンタのお仲間だってこんな事は出来なかった。それにあの二射目・・・・・・さすがに俺も多少肝を冷やしたぜ、まったく」


そう心底呆れたように語るフェルナンドの言葉に、ハリベルが返す。

「ほう、肝を冷やしたということは、あれには危険を感じたということか。やはりその仮面は炎とは別で特別ということか・・・・・・で、返答はどうする?続けるか、止めるのか。」


フェルナンドが言ったとおり彼の炎を消し飛ばすのは難しい、それは彼の霊圧が他の大虚に比べ、かなり強いこと――とはいっても大虚の中での話だが――に由来する。
彼自身、自分が中級か、あるいは最上に至っているのか判っていないようだが、どちらであったとしてもその霊圧の強さゆえ、相手の攻撃――虚閃のような霊圧的砲撃ー―によって炎が散り散りになることはあっても、霧散してしまうことは無かった。
それだけハリベルの放った虚閃、そしてそれに込められた霊圧は凄まじいものだったのだ。

そしてハリベルの言ったこともまた真実だった。
彼にとってその仮面は確かに特別なのだ、仮面こそが彼を”個”として証明する全てだった。

「チッ、余計なこと言っちまったか・・・・・・まぁいいさ、返事はもちろん続行だ!アンタだってあんだけの霊圧込めた虚閃が何十発も撃てるとは思えねぇ。それに楽しそうじゃねぇかよ!やっぱり俺の直感は間違ってなかった、アンタ最高だぜティア・ハリベル!やっぱりアンタとなら最高の暇潰しができる!俺の空虚を満たすのは、やっぱりアンタだ!!」


フェルナンドが選択したのは続行だった。
己の攻撃は、最早相手に決定的なダメージを与える事は叶わないかもしれない、代わりに相手は此方にダメージを与えられる手段を示した。
立場の逆転、しかしフェルナンドは止まらなかった。
それよりも戦闘が始まる前に感じた、一度は裏切られたとも思った自身の直感が、やはり外れていないことに歓喜していた。

それは彼にとってハリベルこそが最高の暇潰しの相手であると言う直感。
それは彼にとってハリベルこそが、その空虚な胸のうちを埋めてくれるかもしれないと言う直感。
その穿たれた喪失の証、ポッカリと空いたその穴をハリベルならば埋めてくれると言う直感。

それこそがフェルナンドが求めるもの、戦い、殺し、喰らい、そして戦う、その無限螺旋の中でフェルナンドが感じた空虚。
生きる事への『飽き』
なんの変り映えもしない世界への『飽き』
かといって、易々と殺されて終われるほど弱くも無かった彼の不幸。
それを癒してくれるかもしれない存在を彼は見つけたのだ。
今まで壊してきたどんな相手とも違う、こちらが壊されてしまうかも知れない相手、しかしそれ故に埋められるかも知れないと、実感出来るかもしれないとフェルナンドは思う。


そう――自分は今生きているのだという実感を


それを戦うことでしか、殺すことでしか感じられない彼は、それを癒す術を見つけたとしても未だ不幸ともいえなくも無いが

フェルナンドの叫びと共に、炎の海から無数の火柱が立ち上る。
そしてその全てがハリベルに向かって襲い掛かる。
ハリベルはそれを見て「そうか・・・・・・」と一言呟くと、臨戦体制を整える。
そして次の瞬間には火柱の群れがハリベルを呑込むかに思われたがそれはならなかった。
ハリベルの姿が一瞬ぶれたかと思うと、その場からその姿が消え去った。

「な、何だと!?」


その場から消えたハリベルにフェルナンドは驚愕する、今までの戦闘である程度ハリベルの速度は測れたつもりでいたフェルナンドにとってそれは想定外の事態だった。
そして、その一瞬の驚愕と停止をハリベルが見逃すはずは無かった。

「何処を見ている? コッチだ」


その声の発生源はフェルナンドの仮面の真上、瞬時にハリベルはそこまで移動していたのだ。
そして彼女の右手に握られた刀の切っ先には、すでに黄金色の球体が完成し、その主の号令を待つように光を放っていた。
声が聞こえ、反射的に回避行動をとったフェルナンドの仮面を、未だその射線上に捉えながらそれは解放さた。

「虚閃」


真上から放たれたそれは迫出していた炎を貫き、炎の海を貫き、その下にある虚圏の砂漠すら貫いて爆発を起こす。
その爆発によって巻き上げられた砂煙、その中で視界を遮られたハリベルに向かって殺気が走る。
一直線に心臓を目掛けて迫ったそれをハリベルは刀で受け止める、何故か正面から放たれたそれはフェルナンドの炎の槍であったが、今度はその槍の威力に押されるようなことは無かった。
槍を刀で受け止めたハリベルは、そん場から一歩も後退する事無く立っている、本来の霊圧を解放したハリベルにとってそれは造作も無いことだった。
しかし、同時に微かな違和感をハリベルは感じていた。

徐々に砂煙が晴れるとそこには虚閃を間一髪で避けたのであろうフェルナンドの仮面が炎に浮かんでいた。

「高速移動ってか・・・・・・消えたんじゃねぇかと思うほどの速さだな、なかなか捕まえるのに骨が折れそうだぜ。ホラ次ぎ来いよ! 直ぐに一発お見舞いしてやる!」


ハリベルがまるで消えたように見えた理由、それは『響転(ソニード)』と呼ばれる破面が使う高速移動術である。
それを用いたハリベルの奇襲を間一髪で避けたフェルナンドは、怯むどころか更に苛烈にその猛を燃え上がらせていた。
猛るフェルナンドに呼応するように彼自身ともいえる炎の海もより一層燃え上がる。

「それは私の響転を見切るということか?やれるものならやってみるがいい。・・・・・・それよりも何故正面から攻撃してきた? あの状況、貴様なら背後から仕掛けるものだと思っていたが・・・・・・」


フェルナンドを多少挑発するように語るハリベル、それは見下した発言ではなく、純粋に破って見せろと言う意図を含んでいた。
そしてハリベルは先ほど感じた疑問を口にする、あの自らの攻撃で視界をふさいでしまった一瞬、下策であったことは認めざるを得ない。
あの瞬間、今までの彼ならば確実に後ろから攻撃が来ると踏んでいたハリベルは、背後に神経を集中させていたが、実際攻撃がきたのは正面、その攻撃に逆に虚を衝かれた。
結果として防いだものの、それは先ほどまでの彼の言動や、行動原理からは違和感を感じるものだった。

「ハッ、別にたいした理由は無ぇよ。唯何と無くだよ何となく、雑魚なら別だがアンタは違う。アンタみたいに強い奴は初めてなんだ、よくわかんねぇけどアンタとは正面からやった方が楽しそうな気がしたんだよ。俺の直感がそう感じたってだけの話だ。さぁ、お喋りは此処までにしようぜ、此処から先は殺し合いだ!俺に実感させてくれよ! 俺を満たしてくれよ!なぁ! ティア・ハリベルゥゥゥゥ!!」


その言葉と共に炎の波が、火柱が、槍が再びハリベルへと迫る。
それを見ながらハリベルは思う、確かに言葉は無粋だと。
今は目の前の大虚だけに集中しよう、この大虚との戦いに興じようと、ハリベルの中の戦士がそう言っているような気が彼女にはしていた。
そして目の前の大虚に現れた僅かな変化を見極めようと。

「貴様のその願いかなえよう。私の全霊を持って貴様を打倒する。往くぞフェルナンド・アルディエンデ!」







第弐幕が開く
全霊で挑む戦舞台
戦いの詠響き
戦士は命を賭して舞踊る

命賭したるその舞は
命削るその舞は、
故になにより美しい





2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 5
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2011/10/26 19:00
BLEACH El fuego no se apaga.5










「ウォラァァァァアァァァ!!!」


裂帛の気合と共にフェルナンドが炎を放つ、自然に燃え上がるそれではなく、意思を持って獲物の命を刈り取らんとする炎。
辺り一面を覆い尽くす炎海から飛び出し、うねりを伴いながら上昇したそれは炎の竜巻を思わせ、標的目掛けて急降下する。
尋常ならざる速度で標的であるハリベルへと迫る炎、それを見たハリベルは、その手に持った刀を切っ先を下にして掲げる。

直後、炎はハリベルに直撃・・・・・・しなかった。

渦を巻く炎は、ハリベルの掲げる刀に遮られ、ハリベルの身体に届く事は無かった。
炎と刀の一瞬の拮抗。
そう、それは本当に一瞬の拮抗だった、競り負けたのは炎のほうだった。
炎を受け止めた刀をハリベルは何事も無かったかのように振り上げ、炎の竜巻はそれだけの動作でいとも容易く押し戻され、それどころかその刀の威力に四散して、大小の塊へとその姿を変えてしまった。


今までならこうも簡単に炎が散る事は無かった、いかなハリベルがその霊圧を解放したからといっても、依然唯の斬撃ではフェルナンドの炎を切裂きこそすれ、このようにバラバラの状態にもで追い込む事はなかった。

そう”唯の斬撃” だったならば

今、彼女の振るっている刀には真ん中の部分に空洞がある。
その部分には彼女の霊圧を集める事ができ、空洞に霊圧を集める事で彼女自身の斬撃を更に強化する事ができるのだ。
物理的な斬撃に霊圧的な補助を加える事で、威力と霊圧的攻撃の特性を持たせることでハリベルは彼の炎の竜巻を粉砕したのだ。

ハリベルの振るう刀の軌道をなぞるかのように黄金の帯がその後を追う。
空洞から漏れ出した霊圧が尾を引き、それを伴って戦うハリベルは本当に舞っているかのようだった。
第三者から見れば美しいその舞も、その刀を向けられた者からすれば、その美しい舞は即ち死を招く舞いと同義だった。

分散した炎に向けてハリベルがその光の帯を伴う刀を向ける。
ハリベルは刀の刃を上にして、切っ先をその炎に向けたまま顔の横辺りまで刀をもっていき、刀の背に左手を添える。
そして弓を引くように刀を持った右手を引き絞り、狙いを定め、限界まで引き絞ったその右腕に捻りを加えながら刀を突き出す。

「波蒼砲(オーラ・アズール)」


放たれた突きの威力に乗って空洞に集められた霊圧が飛び出す。
その霊圧は弓に番えられた矢が放たれるかのように、一直線に炎の塊へと向かい、それが突き刺さると同時に炎の塊は爆散、跡形も無く消え去っていた。



全霊を持って戦うと宣言したハリベルの戦い方は、冷静で冷徹で理性的に構築された戦いだった。
確かに霊圧を込めた虚閃を撃ち続ければいつかはフェルナンドを倒す事だろう。
しかし、それには膨大な霊圧がかかる事もまた事実、フェルナンドがどれだけの炎を持っているかわからない今、目先の利と安易な手段に頼った戦いをハリベルは良しとしなかった。

全霊を持って相手をするということは、何も相手の土俵で戦う事ではなく、ティア・ハリベルという戦士の戦い方をもって戦うということ。
そして、それを破って見せろというハリベルからフェルナンドへの隠れた挑戦状でもあった。
さらに、ハリベルの目的はフェルナンドを殺す事ではないのだ、あくまで彼を虚夜宮へと連れて行き藍染に引き合わせること、殺してしまえばそれは出来ない、故に無力化することを念頭に置いた戦いが要求されていると言う事もあった。
それ故にこの戦法、炎を分散させ、波蒼砲で消して殲滅する事で此方の霊圧の消費を抑えながら、フェルナンドの炎と霊圧を削り、戦闘不能状態まで追い込む。
ハリベルはそれに徹していた。



対してフェルナンドは圧倒的な攻撃力で蹂躙する様な戦いを好んでいた。
力と力がぶつかり合う、その鬩ぎ合いの中にこそ、表裏一体の勝負の中にこそ生きる実感はあるのだと考えていた。
ハリベルの虚閃をからくも避けたとき、一瞬でも死を感じた。死を感じるという事は、今この瞬間を間違いなく生きているという証明であり、その瞬間こそフェルナンドが求めた生の実感だった。

だがその実感を更に強いものにしてくれるであろう相手は、霊圧を削る事のみを目的とした行動を繰り返す。
そして今仕掛けた攻撃も、響転によって避けられ、忌々しい刀によって四散し、消し飛ばされた。

(クソッ、チマチマと面白くねぇ・・・・・・だがブチキレるだけじゃぁあの女には勝てねぇ。かといってこのまま無闇に攻撃したところで、炎を削られてこっちはジリ貧だ。・・・・・・だがまだあの女はこっちの大事なところには気付いちゃいねぇ、それは僥倖だが、実際俺の攻撃が通ったところでダメージがあるかも怪しい。だがこんな戦い方認めるわけにはいかねぇ!必ずあの女に一泡吹かせてやる!)


フェルナンドはそう決意すると――ある意味ハリベルの思い通りではあるが――それを実行するべく行動を開始する。
燃え盛る炎海からフェルナンドの意思によってまた竜巻が立ち昇る、しかし今度はそれが一本、また一本と増えていき遂には4本の竜巻がハリベルを囲むように立ち昇る。
その威容を見てもハリベルは動じることもなく、それどころか小さく溜息をつく。

「一本でダメなら四本か・・・・・・少し単純すぎるぞ。この竜巻をいくら増やしたところで私には届かない、届いたところで私の霊圧を超えられなければ私自身には届かんぞ?」


ハリベルが口にするそれは余りにも真実、数が増えようと、それが触れようと、今のハリベルにとっては問題ではないのだ。
この絶対優位の中でもハリベルは決してフェルナンドを侮らない、同じ愚を行うことは無い、それどころかこの状況をフェルナンドがどうやって覆すのかを楽しみにすらしていた。
彼女にとってもそれは異常な事だったが、この大虚はそれが出来ると、それだけの力をもっているとハリベルは確信していた。



かえってフェルナンドはハリベルの言葉に答えない、というより今はそんな余裕は無かった。
フェルナンドにとってこれは気付かれる訳にはいかないのだ、バレればそれだけで致命的な弱点を曝しているのと同じ事となる。
故に沈黙、言葉を語れば気付かれる、そういう直感を持った相手とフェルナンドは対しているのだ。
大きく動いたが故の弱点の露呈を、フェルナンドは隠そうとしていた。


そんなフェルナンドのあからさまな変化をハリベルが見逃すはずも無い、今まであれほど饒舌だった相手の突然の沈黙、何もないと思う方がおかしな話である。

(何だ? 急に黙り込んで何を考えている・・・・・・更なる攻撃か、それとも何かを待っているのか・・・ いや、こんなことは考えても無意味だな。何が来るにせよ冷静に対処すれば問題はない。さぁ、何を魅せる、フェルナンド・アルディエンデ)


ハリベルの思考は『見』 様子見である。
戦いにおいての思慮深さと、慎重な行動を旨とするハリベルらしい結論。
全てに対して冷静さを失わず、合理的に対処すれば危機は乗り切れる。
彼女を倒す手段があるとすれば、その冷静な思考以上の意表をついた一撃か、いくら冷静で合理的に対処しようとも防ぎきれないような圧倒的な力であろう。



互いが語らず睨みあう中、先に動いたのはフェルナンドだった。
ハリベルを囲むようにして聳えていた竜巻の一本が、ハリベルに向かって襲い掛かる。
ハリベルはそれを今までと同じように刀で防ごうと迎え撃つ、そして炎と刀はぶつかり合い拮抗する。
そして炎と刀の拮抗は崩れ、炎は競り負け、またも粉々になるはずだった。

「何!?」


その声を発したのはハリベルだった、今まで容易く押し返す事ができた炎の竜巻を押し返す事ができないのだ。
何故かは解らないが竜巻の威力が格段に上がっている。
そしてよく目を凝らして竜巻を見れば、それは今までのように炎が渦巻いているだけのものではなく、フェルナンドの放つ炎の槍のように高密度に収束された炎が回転しているのが見えた。

(密度を上げて威力を増したか、だがこの程度ならば押し返せる!)


竜巻の正体を見切るやそれを押し返そうと霊圧を上昇させるハリベル、それによって竜巻は押し返されるが今までのように四散する事はなかった。
だが、竜巻を押し返したハリベルに別の竜巻が迫り、さらに間髪置かずまた別の竜巻が迫る。
そしてハリベルはその炎の竜巻に囲まれ、その包囲網がハリベルを逃がすまいと四方から迫る。

(クッ、私をここから出さない心算か?だが一体何が目的だ、こうも攻め立てられては虚閃で吹き飛ばすことも出来ん・・・・・・そうか! 狙いはそれか!)


フェルナンドの意図を見切ったハリベルが、唯一箇所開いている上空へ脱出しようと駆ける。
しかしその脱出口も4本の竜巻の先端がぶつかり合うことで完全に閉ざされる、逃げ場なし。

「遅ぇよ、ティア・ハリベル!」


声がしたのはハリベルの真下、炎の海に浮かぶ仮面、そしてその炎が燃え上がり、二つに裂けるとそれは龍の顎の様に大きく開き、その開かれた顎の中には膨大な霊圧が込められた砲弾があった。

「なにも虚閃はアンタの専売特許じゃぁ無いって事さ!喰らいやがれぇぇぇ!!」


放たれるのはフェルナンドの炎と同じ紅い霊圧、それが今や炎の檻と化した空間を埋め尽くしていく。
しかし、ハリベルとて唯それを待っているほど愚かではない、再び上に上昇し、檻を破るべく霊圧を集める、そしてその収束が終わる前に檻の天蓋が崩れた。
いや、崩れたと言うよりは4本の竜巻が融合し、ハリベル目掛けて突撃してきたのだ、下からは特大の虚閃、上からは高密度の炎の嵐、逃げ場はない。

「ならば迎え撃つのみ!」


決意と共にハリベルは切っ先を下に向けて虚閃を放ち、霊圧を解放して襲い来る炎の嵐に備える。
そして訪れる極大の爆発、炎の檻はそれに耐え切れず四散する。
フェルナンドの炎と虚閃、ハリベルの霊圧と虚閃、その全て一箇所でぶつかり合い激しい爆発と爆風が発生する。



ハリベルはフェルナンドの虚閃の勢いと爆風でかなり上空まで吹き飛ばされていた。
霊圧の防御と、虚閃で虚閃を迎え撃って威力を殺したとはいえ、自身の霊圧も混ざり合って炸裂した白髪を受けてはハリベルとて無傷ではいられなかった。


上空から虚園の砂漠を見る、見渡す限りの白の中で一箇所だけが未だに紅い、それはフェルナンドが生きているという証明だった。
「しぶといな・・・・・・」そう零すハリベルの声には楽しさが滲んでいた、それは予想外のダメージを負った事への驚きか、フェルナンドが自分の予想道理の力を持っていたことに対する喜びなのか。
そんなハリベルがあることに気付く、上空からはじめて見たフェルナンドの炎海、その規模が明らかに狭くなっている。

そして見た。半霊里ほどあった炎の海は今や半分を少し上回る範囲、ハリベルを囲い炎の檻を形成していた竜巻は見る影も無いほど細くなり、あらぬ方向へと拉げていた。
そして炎の竜巻がゆっくりと海へと還る、すると炎の海が僅かだが確実にその範囲を広げたのだ。
ハリベルはそれを見逃さなかった。

(急激に上がった炎の威力と密度・・・・・・ なるほど、そういうカラクリか、ならばどうするか・・・・・・ このまま行けば終わりは近い、だが本当にこのまま終わっていいのだろうか・・・)




フェルナンドは消耗していた。

未だその炎は大地を覆っているが、その範囲は確実に狭くなっている。
今の一撃でどれほどダメージを与えられたかもわからない、仕留めきる事などできてはいないだろう。
だが、確実に一泡吹かせてやることは出来たと、それがまず第一歩だとフェルナンドは奮い立つ。
これからの戦いのためにも、まずは霊圧と炎の消費をどうにかしなければならないとフェルナンドは考えた、しかし、こればかりは急激に回復する事などありえない。
まして炎の方は尚更だとフェルナンドは内心愚痴る、取り敢えずの応急処置として、もはや原形を留めていない炎の竜巻を自身の身体に戻す。
これで霊圧の回復と、炎が戻った事により若干炎海が広がった感覚をフェルナンドは感じた。

「後はあの女がどれだけダメージを負ってるかだが・・・・・・」

「私がどうかしたか? フェルナンド」



零した呟きに答えが返ってきたことに、もはやフェルナンドは驚かなかった。
それは当然の結果、あの程度死死ぬなどとは微塵も考えられない存在。
服はボロボロになり、身体にも多少のダメージは負っているようだが、そんなものは相手にとってさして気になる程のものでない事もフェルナンドは理解していた。

「お互い随分ボロボロになったものだな・・・・・・唯の大虚にこんなに梃子摺るとは思ってもみなかった。」

「・・・・・・まるでもうこれで終わったみてぇな言い草だな、勝手に俺までボロボロにするんじゃねぇよ。アンタはこれから俺がもっとボロボロにして殺してやるんだ、減らず口叩いてないでかかって来いよ!


ハリベルの言葉、それは純粋な驚きと唯の大虚にとっては賛辞とも取れるだろう、だがその言葉を認めないといわんばかりに殺すと明言するフェルナンド。
しかしその言葉はハリベルに対してというより、むしろ自分に対しての言葉、そうして声に出して宣言する事で自身を奮い立てようとする。
声に出すことで、自分以外の者にその決意を伝えることで自分の中に引き下がれないという状況を作り出す。
不退転の覚悟、それをもってフェルナンドはハリベルに対した。
そんなフェルナンドにハリベルはあくまで冷静に、自らの見た事実を語る。

「そういきり立つな・・・・・・ 上空からは随分はっきり見えた。貴様の炎が狭まっているのも、貴様が炎を吸収、いや、元からあった場所に戻したと言うべきか・・・・・・収束していた炎を戻して炎が広がる様を見たといえば伝わるのか?貴様が炎を産み出していたのではなく、総量の決まった炎を操る様子が見えたよ」


遂にバレたか、とフェルナンドは内心苦々しい思いで溢れていた。
炎を産み出す者と、炎を操る者、同じ炎を扱う者でもそのあり方は違ってくる。
産み出す者は、無限ではないにしろ霊力が続く限り際限なく炎を生み出し、操り、戦う事ができる。
対して操る者は、今、持っている内包した炎こそが全てであり、いくら霊力が優れていようともそれが無くなってしまえば戦う事ができない。

後者であるフェルナンドはこの発覚を避けたかった。彼自身膨大な炎を内包する存在ではあった、しかし、今ある炎が無くなれば、それだけで自分が無力と成り下がる事を理解していた。
フェルナンドがどれだけの炎を産み出せるのかが判らなかったからこそ、ハリベルが霊圧を温存した戦いをしていたと言う事も理解していた。
だがそれが判ってしまった今、ハリベルは目の前で燃えている炎の全てを駆逐するだけでいい、霊圧を温存する必要はなくなったといえる。

「もはや勝敗は見えた、これ以上続ける事は自殺と同じだ。理性があるのならば退く事を学べ、お前は、負けたのだ・・・・・・」


ハリベルの残酷な宣言が響く。
そう、完全なる敗北、もはやフェルナンドに逆転の芽はない、いきなり霊圧が増える事も、新たな力に目覚めるなどという事はありはしない。
残酷なまでの敗北という事実、だが、だからといってそれを受け入れられるほど、フェルナンドは大人になりきれていなかった。

「そうかい・・・・・・一つだけ、アンタの間違いを修正しといてやるよ。俺は”炎を”操ってるんじゃねぇんだ、言ったろ? この炎は”俺自身”だと、それはそのまま言葉道理の意味さ、俺に肉体は”無い”。 この炎は俺の姿が長い年月の内に変化したもんだ。だから簡単に操れるし、元は肉体だから霊圧も発してる。そしてこの炎が消えるって事は、即ち俺が死ぬって言う事と同義なんだよ。」

「ならば尚の事止めておけ、悪戯に死を急ぐのは愚かな行為だ。貴様は大虚でありながら私に一太刀浴びせた、それは評価に値する。私と共に来いフェルナンド、私がお前を戦士にしよう」


フェルナンドの独白を受けて、ハリベルは尚の事だと終わりを告げる。
この眼下の炎が消えればフェルナンドは死ぬ、ならば彼は今まで文字道理命を削って戦っていたという事、この炎海こそが彼の全て。
今この場で失うには余りに惜しい存在、大虚でありながら上位の破面であるハリベルと紛い形にも戦える力。
未だ荒削りとはいえ、戦士たる資質を充分に持っている彼をハリベルは失うわけにはいかなかった。
刀を持っていない左手を差し出す、私と共に来いと、この手をとれと。


「素直にその手を取れるほど、俺が大人じゃねぇってのはもう判ってんだろ? それに俺は今漸く感じられそうなんだ、俺は今を生きているんだって実感を。…馬鹿みたいに長い時間を生きる俺達が、当たり前だと忘れちまうような、そんな感覚を俺はずっと求めてきたんだ。俺は馬鹿だからよ・・・・・・ 戦う事しかそれを感じる術を知らねぇんだ。だから俺は退けねぇんだよ、戦って、このまま死んでも俺が今を生きたということが感じられんなら、俺はそっちの方がいいんだ。 だから! 俺はァァアァ!!!」


フェルナンドは咆哮する。
それに呼応するように、彼の仮面を中心に炎海の炎の全てが飛び上がり、猛烈な速さで霊圧の暴風を伴い集まっていく。
範囲が狭くなっていたとはいえ、膨大は量の炎が一点に集中し、嵐と共に小さく圧縮されていく。

その暴風が収まった後に残ったのは、今までの無形の炎ではなく、確固たる形を持った炎、「炎の馬」が空に佇んでいた。
体高は3~4m程の巨大な馬、肌も、蹄も全ては赤い炎で構成され、その鬣は燃え上がる炎そのままにゆらゆらとたなびいていた。
一点に集められた炎と霊圧、今まで眼下に広がっていた炎の海が全て内包されたその姿、威風堂々としたその炎馬の顔には、この炎の絶対支配者たるフェルナンドの仮面があった。


「その姿・・・・・・それがお前の切り札という事か、どうしても続けるというのか? これ以上はいくら私でも殺さぬように戦う事などできないぞ?」


「完全収束するとこの姿になっちまうんだよ。これだって半分くらいの炎しかないしょぼくれたモンだがな、それにさっき言っただろうが、退くぐらいなら実感できる方をとるってよ。それに殺さない用にだと?始めっから誰もそんな事頼んでねぇんだよ!そういう心算で来いよ!俺はこれに全てを賭ける!俺の最後の攻撃だ、受けてもらうぜ! ティア・ハリベル!」


炎馬となったフェルナンドから赤い霊圧と炎が彼を覆うように噴出している。
最後の一撃、退いて永らえるくらいならば、ここで全てを出し切るほうを選ぶ、潔さとも無謀とも取れる行為。
しかし今のフェルナンドが持つ不退転の覚悟だけは本物だろう。

その気合と覚悟を受けハリベルは静かに瞳を閉じる。
このまま戦えば彼を殺してしまうかもしれない、故にこの一撃を避け、消耗した彼の四肢を落としてでも、無理矢理にでも虚夜宮へ連れていく事が任務を全うする事を考える上でもっとも合理的な選択。
だがそれでいいのかとハリベルは自問する、目の前であれだけの気合と、力と、そして覚悟を見せ付けられ、尚正面から受けずに戦うのか?それが戦士ティア。ハリベルの戦いなのか?

否、断じて否、相手の覚悟をこうも見せられ、それに答えられないような者は自らを戦士と呼ぶ事は出来ない。
挑まれた最後の勝負、それに背を向けるなどありえない、それは自分の戦士としての矜持に、そして何より相手の覚悟に泥を塗り、踏み躙るのと同じ非道。
事ここに至っては、此方も相応の覚悟と、相応の技をもって答えるのが戦士の礼。

カッと見開かれたハリベルの瞳。
其処には戦士として相手を倒すという決意以外存在しないような、苛烈な覚悟を秘めた瞳があった。

「ならばもはや何も語るまい、互いにこの一撃をもって幕としよう。この虚閃は特別だ、我等の中でも一部の者にしか許されない至高の虚閃。これを受けて消える事を誇りに思うがいい、フェルナンド・アルディエンデ」

そう言うとハリベルは自らの刀で指を切る。
流れた血は刀身を伝い刃にいきわたり、次いでその刀はフェルナンドへと向けられその切っ先に霊圧が収束する。
切っ先へと集まる霊圧に巻き上げられるように、刃に付着した彼女の血が霊圧と混ざり合いそれを切欠に唯の虚閃とは比べ物にならないほど膨大な量の霊圧が収束する。
1m程にまで巨大化した霊圧の塊を掲げたままハリベルは問う

「準備はいいか、フェルナンド。私の今撃てる最高の虚閃だ。その身に受けることを誇るがいい」

「ハッ、上等!アンタこそその虚閃が貫かれて自分が消炭にならないように、精々力を込めるんだな、往くぜ! ティア・ハリベル!」


言葉と共にフェルナンドが霊圧と炎を纏い疾走する。
四肢から爆発的な推進力が発生し、その一駆けでフェルナンドの姿は赤い流星と見紛うばかりの一条の光へと変わる。
一直線にハリベルへと迫るフェルナンド、至高の虚閃をもってそれを迎え撃つハリベル。
かくして両者の小筒の瞬間が訪れる。

「ウルァァァァアァァアァァァァ!!!!!」
「王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)」


全霊を賭けた流星と至高の砲撃、衝突の瞬間全ての音が消え去った。
夜の世界、虚園に朝が訪れたのではないかという程の閃光が生まれ、その後に置き去りにされた爆発音が響く。
衝突によって発生したエネルギーは砂漠を覆うドームを作り出し、辺りを覆う。
そして、閃光が収まりだし、高純度の霊圧動詞の衝突によって発生したエネルギーが収まり、そしてその後に残ったのは夜の静寂と、巨大なクレーターだった・・・・・・




衝突
閃光
爆発
後に残るものはあるのか

生の実感を願った彼
喪失の孔を抱えた彼
彼の孔は、未だ穿たれたままなのだろうか・・・






2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga.6
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/10/26 19:03






虚圏の白い砂漠が抉り取られる様にして出来たクレーター、膨大な量の光と、爆発で発生したエネルギーは次第に終息し、辺りは一瞬の夜明けから、また永遠の夜へとその姿を戻しつつあった。
抉られたクレーターからは未だ砂煙が上がり、その様はその瞬間を見ていない者をしても、その威力の凄まじさを雄弁に語っていた。
だが、誰が思うだろう、この異常な光景、大地は抉れ、砂は隆起し、未だ残る霊圧の残滓は、近づくのを躊躇うほど。
そしてこれを成したのがたった二人、しかもたった一撃の衝突の結末であるという事を。
両者がまさに全霊をかけた一撃、己が命を賭けた者と、その覚悟に応えようとした者、覚悟と覚悟の衝突、それこそがこの場に広がる景色の理由であった。


クレーターから立ち昇る砂煙が次第に収まりだす。
晴れつつある砂煙に映し出される影は二つ、一方は女性の形をした影、そしてもう一方は何とも形容しがたい形、人では無く、反って動物でも無く、形を成していない形、何かの塊という表現が一番適切ではないかと思われる影。
煙が晴れる、そして影は隠されていた実体を表す。
女性の形をした影は、黄金の髪に翡翠色の瞳、褐色の肌を白の衣で包んだ美しき破面、ティア・ハリベル。
形容しがたい影は、轟々と燃え盛り、焼き尽くす紅い業火の大虚、フェルナンド・アルディエンデ。
この巨大なクレーターを生み出した二人は、互いの必殺の一撃を生き延びていた。
生き延びたという点で二人は同じだろう、しかしその状態はまったく違っていた五体満足とまでとはいかないまでも、自らの足で大地に立つハリベルと、まさしく全身全霊を込めた特攻とハリベルの王虚の閃光を真正面から受けたフェルナンドは、もはや炎馬の形態をとる事ができなく、炎の身体を維持する事しかできないでいた。
体を左側を正面に半身の構えで油断無く佇むハリベルと唯己を維持するだけのフェルナンド、もはや戦闘は困難どころか完全に不可能の状態、ここに二人の戦いの決着は着いた。

「チッ、結局このザマか・・・・・・俺の全てを賭けたって、アンタの命に届かねぇ。 かといって生きた実感が得られたわけでもねぇ、唯ボロカスになって、無様に死んでいく訳だ。 ハッ、笑えるな・・・・・・」


フェルナンドは笑う、無様な自分を嘲笑う、全霊をかけた攻撃でもハリベルの命を奪うには足らず、求め続けた生の実感も結局得る事はできなかった。
ハリベルとの戦いの中で、ギリギリの勝負の中で確かに感じた感覚、戦いの喜びと、命と命のぶつかり合いの中で感じた生の実感。
この一撃で自分は死ぬだろう、だがそれでも自分が、この一瞬を生きたと感じられるならばそれでいいと思い放った最後の突撃、迎え撃つハリベルの攻撃を受け、その只中を突き進むなか彼が感じたのは、生の実感ではなく死の恐怖だった。
今まで死を体感しても感じなかった恐怖、それが彼の中でブクブクと膨れ上がっていった、死にたくないと感じた自分が生き残っている現状、それは自身が恐怖に負け退いたという事だとフェルナンドは思っていた。それ故にハリベルの命に届かなかったと、恐怖に退いた一歩、それがフェルナンドには屈辱的で、それ故に愚かで無様な自分を笑ったのだった。

「笑えるだろ? ティア・ハリベル、俺はビビっちまったのさ。 テメェが望んだものを手に入れようとしたその時に、俺は退いちまった。無様に・・・・・・生き残ったんだ」


自らの苦々しい思いを口にするフェルナンド。
己の一撃を正面から受けようと対したハリベルに、己の愚行を伝える。
そうしなければフェルナンドの気がすまなかった、最高の一撃、最高の殺し合い、それを自分が台無しにしたと、フェルナンドはハリベルに告げようとしたのだ、少し前の彼ならば考えられない行為、戦いというものへの向き合い方がフェルナンドの中で少しだけ変わっている、その証拠だともいえた。

「貴様の言いたい事は判った。だがそれの何が悪い、恐怖を感じた事の何が悪いというのだ。恐怖を感じない者など狂った獣と同じだ、恐怖を感じて尚戦場に立てるかどうか、戦いの中に身を置けるかどうか、それが戦士と獣を別ける境界だよ、フェルナンド」

「だが、俺は戦いの中で退いちまった。アンタは最高の一撃を放ったのに、俺はアンタに掠り傷一つ負わせてねぇ。それは俺が退いちまったせいで、それはアンタが言う戦いを侮辱した事にはならねぇのかよ?」


フェルナンドの苦々しい思いを、それど何処が悪いのだとハリベルは一蹴する。
戦いの中で恐怖を感じる事、そんなものは誰しもが感じている事なのだ、今までそれを直視してこなかったフェルナンドにとっては、それはさぞかし衝撃的で、屈辱的な事だったのかもしれない。
それは彼が戦いを愉悦の為だけに用いていた為でもあり、自身よりも強いものと相対した事が無かった為でもあったのだろう。
故に彼は初めて感じた感情である恐怖を受け入れがたかった。
ハリベルは言う、恐怖を感じる者と感じない者の違いを、恐怖を感じない者は唯の獣であると、恐怖を感じて尚戦場に立つものは戦士であると、故にお前は戦士であるとハリベルは確信した。

「確かに貴様は戦いの中で恐怖を感じた。だがそれならば何故逃げなかった? 向かってくる私の攻撃から身を翻し、かなた遠くまで飛び去ってしまわなかった? 貴様は恐怖を感じながらも私の攻撃の只中を進んだ、それの何処が戦いを侮辱する? 貴様は恐怖を感じながらも逃げ出さず、貫いたのだ貴様の覚悟を、そしてそれは私に届いた」


そう言ってハリベルは今まで半身にしていた身体をフェルナンドに正対させる。
そうして今までフェルナンドにとって死角となっていた彼女の右腕には、彼女の纏う白い衣は肩口から先は無く、刀を握った手から、腕、肩にかけての所々を熱傷が覆っていた。フェルナンドの全身全霊を賭けた最後の一撃は、間違いなく彼女に届いていたのだ。

「チッ、まったく・・・・・今まで右側を隠してたのはそういう訳か、こんなボロカスになった相手にまで自分の傷を隠すとは随分慎重なことで。やってられねぇな、まったく」


それを見るやフェルナンドは毒づく、自身の圧倒的有利、それどころか完全な勝利の中でも決して油断しないハリベルの振る舞いに、呆れを多分に含んだ言葉をかける、だが、その声には喜色が浮かんでいた。
いや、それもあるが、その喜びの最たる理由はきっと別、自身の一撃が彼女に届いていたという事実のためかもしれない。

「その言葉は褒め言葉として貰っておこう。戦いにおいて自分の弱味は見せない、戦士の心得の一つだ、覚えておけよ」

「ハッ、そうですか、クソッ、俺の負けで幕って事か・・・・・・だが悪い気はしねぇな。 初めて負けたってのに不思議なもんだぜ・・・・・・さぁ止めを差せよティア・ハリベル、戦いに、殺し合いに、その最後にはどっちかの血が流れねぇと、それは永遠に終わらねぇぞ」


戦いに、殺し合いに幕を引けとフェルナンドはハリベルに告げる。
命と命のやり取りの中で、どちらも生き延びるなどという事はありえない。
全てが丸く収まるなどという綺麗事は、大昔の御伽噺の中だけの所詮紛い物の幻想に過ぎず、現実はどちらかが血を流し、その命の火を消さなければ終わりにはならないのだ。
故に殺せとフェルナンドは語った。

「それはできない。貴様は私と共に来てもらう、それに貴様が言ったのだろう? 連れて行きたければ力ずくでそうしろと、それだけの力を私は示した心算だが、それとももう少し痛めつけられたいか?」

「なっ! アンタどういう心算だ! ここで俺を殺さねぇと、この殺し合いは終わらねぇと言っただろうが!何処に連れて行く心算かは知らねぇが、そこに連れて行っても、俺はアンタの命を狙うかもしれねぇんだぞ」


止めは差さない、ハリベルはそう答えた。
それはハリベルにとって当然の選択、元々彼女の使命はこの大虚を虚夜宮へと連れて行くこと、途中彼の意気に流され戦いに熱が入ってしまったのもまた事実ではあるが、それとこれはまた別の話なのだ。
そして使命以上にハリベルはフェルナンドを気に入っていた、初めにあったような、何者にも噛み付くむき出しの爪や牙の雰囲気は今はなく、禍々しい雰囲気も感じられない、まるで憑き物が落ちたような彼ならば、きっといい戦士となるとハリベルは感じていたのだ。
当然そのハリベルの返答が気に入らないフェルナンド、彼にとって戦いの終わりは常に何かの死によって締め括られるものであって、それが存在しないという事は、戦い自体が終わっていないという事。
そんな中途半端が許されるはずがないと、止めを差せと、差さなければ自分はお前の命を狙うと吼えるフェルナンド。
だが、ハリベルは確信していた、次に自分が放つ言葉を聴けばこの炎の大虚は確実に虚夜宮に行くと言う事を。


「それならば問題ない。いくら貴様が強くなろうとも、私が貴様に敗れる事などありはしないからだ。よく見ろ、そんなに消耗して私に負わせた傷が熱傷程度、私の命を奪うには、少々足りな過ぎるのではないか?この程度で命を狙うなどと口にするとは・・・・・・呆れてものも言えんな」

大げさに肩を落とし、最後には溜息のおまけをつけて放たれたハリベルの言葉、言っている言葉の全ては事実ではあるのだが、その言い方が余りにもフェルナンドを見下し、そんな事も判らないのかといった態度だった事は言うまでもない。
最初にフェルナンドがハリベルにとった態度そのままに言い放ったそれは、意外とそれを根に持っていたハリベルの意趣返しでもあり、フェルナンドを動かすには十分すぎるものであった。

「ほぅ・・・・・・それじゃあ何か?俺がいくら強くなってもアンタは殺せねぇと・・・ 俺程度に負ける訳が無ぇと・・・ 俺の言ってる事が口先だけだと・・・そう言いたい訳だ・・・・・・・・・・・  上等じゃねぇかコノヤロウ!! 何処にだって連れて行きやがれ!! そこで強くなって必ずアンタを俺の足元で跪かせて、今の発言を後悔させてやろうじゃねぇか!! 馬鹿にした態度とりやがって! クソ! 頭にきた! オラ何してんだ! さっさと連れて行きやがれ!! ティア・ハリベル!!!」 


フェルナンドの感情に呼応して彼の炎が怒髪天の勢いで燃え盛る。
余りにも単純・・・・・・ハリベル自身ここまで効果覿面とは思っていなかった為一瞬面喰ってしまう程の態度の変化。
ハリベルにとった自身の態度など棚上げにして怒るフェルナンドは早く連れて行けとハリベルをせかす。
これにてハリベルの任務は一応の達成を見たが、この後に起こるであろうことを思うと一瞬頭が痛くなるハリベルであった。






戦いは一応の幕を見る
紅い炎は満身創痍の中で
新たな境地の入口に立つ
その指針たる黄金は
この後の激動を未だ知らない








[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 7
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/12/05 00:09
BLEACH El fuego no se apaga.7











何処までも広がる虚園の砂漠、遮るもの無く、、暗い夜空と白い砂漠の境界線が視線の先に緩やかな地平線を曲線をえがく、それは何処まで行こうとも途切れる事はない。
その見果てぬ白の砂漠に聳えるものがある、それは虚園の自然に存在しない直線と、地平線と同じ曲線によって形作られ、全てを砂漠と同じ白で彩るそれは明らかに人工的に作られたものだった。

巨大、それしかその建造物を形容する言葉は無かった。視界に捉え、それに近付こうとしても一向に近付いた気がしない。
余りの大きさゆえに距離感は崩れ、砂漠以外の比較対象の少ない虚園ではそれを修正する事すら出来ない。
視界に捕らえているのに近付けない、現実として存在しているはずなのにまるで幻の様なその建造物、それこそが破面達を従える者、藍染惣右介の居城であり、破面(アランカル)達が巣食う美しくも危険な宮殿、『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』であった。



ハリベルはフェルナンドを伴ってその虚夜宮のある場所に居た。
虚夜宮『玉座の間(ドゥランテ・エンペラドル)』 宮殿の主である藍染惣右介が破面に命を下す場所。
その中央でハリベルとフェルナンドは、他の破面達が遠巻きに見守る中でこの宮殿の主を待っていた。
フェルナンドはこの虚夜宮に来る間に多少回復はしたものの、本来彼が持つ霊圧、そして炎には遠く及ばない状態であった。

ハリベルの横で仮面が収まる程度の炎の塊となり浮かぶフェルナンド、そしてその彼に注がれる眼、眼、眼。
視線から感じる感情は様々、値踏みするような視線、特に興味も無いといった視線、面白そうだという視線、あからさまな敵意を含んだ視線、そしてその他の大多数の視線から感じるのは、嘲り、嘲笑といった視線だった。
そしてその嘲笑と嘲りの視線はフェルナンドだけではなく、彼の隣にいるハリベルにも向いていた。

「オイオイオイ、第4十刃サマともあろう御方が、そんなゴミみたいなヤツを連れてくるのにそんなにボロボロになったのかよ。これは天下の第4十刃も地に堕ちたってもんだな!」


誰とも無くそんな声が聞こえる、それに次いで次々と同じような内容の言葉が飛ぶ、そしてそこかしこから隠そうともしない笑いが起こる。
現状のフェルナンドの霊圧をだけ見て格下だと決め付けた者による言葉、それが誰だったかは判らない、だがそれに同意するような笑いが広がる。
それは同時にハリベルに対するものでもあった、そんな格下の大虚に梃子摺ったばかりか、手傷を負わされて帰ってきた十刃、唯の破面ならばこれほどの嘲笑は受けなかった、彼女が十刃であるが故にそれは起こったのだ。


『十刃(エスパーダ)』 破面の中で1~10の数字の刻印を身体に刻み、No.11以下の破面を支配する権限を持つ破面。
その序列の決め方は至って単純、その破面が持つ”殺戮能力の高い順” それだけだ。
力こそが総てである彼らにとってそれは単純であり、最も理にかなった序列の決め方であった。
だがしかし、その十刃の一人、しかもNo.4という上位の十刃が手傷を負って帰ってきた、さぞかし強い大虚、それも最上大虚を連れて来たのだと思えば、その彼女の隣にいるのは仮面の浮かんだ火の玉一つ。
発する霊圧もそれほど大きいものではない、それは即ち彼ら破面にとっては取るに足らない雑魚であるという証、その雑魚に十刃が手傷を負わされて帰ってきた、力を信じる彼らからしてみればそれは許されない事であった。

故の嘲笑、そんな雑魚に傷つけられるとは笑わせると、そんな雑魚は自分達でも容易に殺せると、そしてそんな力の無い者が十刃などと笑わせると、そんな声が聞こえてくるような笑いそれが少しずつ広間に満ちる。


そんな笑い声の中ハリベルは瞳を閉じ唯じっとその場に立っていた。
その笑いは確かに聞こえるが、それは取るに足らない事、言いたい者には言わせておけばいい。
そして自身がこの隣にいるフェルナンドに傷を負わされた事は、紛れも無い事実であり、それは彼らにとっての十刃という力の絶対性を失わせかねない事実でもあった。
故にハリベルはその笑いの中で己の未熟さを再確認していた。

だがそんなハリベルの隣でその笑いに耐え切れそうに無い者が居る。
フェルナンドは機嫌が悪かった、唯でさえここに連れて来られる前にハリベルに「お前では私に勝てない」と言われ頭に来ているところに、まるで自分が見世物になた様に奇異の視線を向けられ、最後には嘲笑の嵐、平静で居られる方がどうかしている。
フェルナンドは耐え切れずハリベルに語りかけた。

「おいアンタ、こんなクソみたいな奴らに言いたい放題、笑わせ放題にしといていいのかよ?少しは頭にこないのかよ、えぇ?」

「笑いたい者は笑わせておけばいい。それに貴様に傷を負わされたのは事実だ、彼らの言葉には一理ある。十刃としての席に居ながら、その責の重さを私が理解しきれていなかった私の未熟さが招いた事だ、何を言うものでもない。」

「ハッ、違うな、アイツ等みんなアンタが妬ましいのさ。大した力も無ぇクセに、誰かが失敗すりゃぁそれを声高に叫ぶ、テメェが強くなる事よりも誰かの足を引っ張る事しか考えてねぇ。物陰に隠れて姿を見せずに女々しいことこの上無ぇ、そういう程度の低いクズなんだよ。」


周りに憚る事無くそう言い放つフェルナンド。
そんなフェルナンドの言葉は、笑い声が満ちる広間に異常な程良く通った。
瞬間笑い声が消える、そして嘲笑の視線はその総てが、殺意の篭った視線へと変わった。
空気が張り詰め静まり返る広間、その一瞬の静寂を打ち破るように、一体の破面がフェルナンドとハリベルの前へと歩み出る。

「オウ、誰が物陰に隠れてるって?雑魚が言うじゃねぇか、オレ達が足を引っ張る事しかできないクズかどうか、テメェ自身に判らせてやってもいいんだぜ?」


そういってフェルナンドを挑発する破面、身体は異常に大きく、鎧のように肥大した筋肉を身に纏い、動物のサイの骨のような仮面の名残をその頭に着けた破面、人型というよりはむしろまだ虚に近い形状をしたその破面はフェルナンドの仮面に顔を近づけてそう言った。
その視線には怒りが満ちており、そしてそれは明らかに格下を見る目つき、根拠の無い自信と相手を侮る愚かな態度、そんなサイの破面をハリベルが嗜める。

「止めろ。この大虚は藍染様に引き合わせることになっている、その邪魔をすれば容赦せんぞ。」

「黙っててもらおうか第4十刃サマよ! こんな雑魚にそのザマじゃオレは十刃なんて認められないね。十刃は力を持ってるからオレ達は従うんだ、それが示せないヤツは十刃じゃないんだよ!」


第4十刃であるハリベルに対して、憚る事無くそう叫ぶサイの破面。
彼が言った事は十刃以外の下位の破面が思っていた事だ、破面にとっては力こそ総て、それが示せない者に従う理由がどこにあるとNo.11以下の破面たちは思っていた。
そしてその破面達は、彼らをクズ呼ばわりした火の玉の大虚を、サイの破面が殺すのを見たがっていた。

「それじゃぁ藍染サマに引き合わせる前に、オレがコイツの強さを見てやるよ! 雑魚なんか会わせたって仕方ないからな!」


周りからの期待の視線を感じたのか、サイの破面はニヤニヤと笑いながら両手を広げて宣言する。
そう声高に叫ぶサイの破面に賛同するように多くの破面が叫ぶ、「やっちまえ」、「ブチ殺せ」と。
広場を喧騒が支配する、殺意の篭った視線がフェルナンドへと集中する、その中でフェルナンドは何も感じないような態度でハリベルと話していた。

「おい、アンタ、これは殺っちまっていいのか? 相手の力も測れねぇクズだ、死んじまっても問題ないだろ?」

「あぁ、私の言う事は聴かないらしいからな、お前がそう言わなければ、私が殺していた所だ。 だがもうすぐ藍染様がいらっしゃる、殺るなら手短にな」

「ハッ、時間を掛けるなだって? 笑わせんなよ、こんなクズ一匹消すのに時間なんか掛かると思ってるのか?」


広間を埋め尽くす怒号の中、フェルナンドとハリベルはそんなもの気にも留めない様子で語り合う。
その内容はいたって単純、目の前の愚か者をどうするか、という問題。
フェルナンドにとって機嫌の悪いところに、更に追い討ちをかけるかのように出てきた目障りな相手。
ハリベルにとっては十刃である自らの命に従わない破面、ただ笑らわれている内ならばよかったが、明らかな命令違反を見逃すほどハリベルは優しくはない。
そして二人の出した結論は、この破面の殺害だった、まるで肩に落ちた埃を払うかのような気軽さで、二人はそれを決定した。
それを目の前で聞いていたサイの破面は、怒り心頭といった様子で身体を震わせ直後大きく拳を振りかぶる。

「ふざけた事言いやがって! 今すぐブチ殺してやる!!」


叫びと同時に振りかざした拳をそのままフェルナンドの仮面目掛けて振り下ろす、その拳には霊圧が込められ、鎧のような筋肉と相まってその破壊力は見るも明らかだった、そして仮面へと拳が当たると思われた瞬間、フェルナンドの炎が弾けた。
炎は瞬時に膨れ上がり、瞬く間に大きくなると、そのままサイの破面を呑み込んでいた。

「ギャァアああアァァぁァアアあぁァァァアァァァ!!!」


炎に呑み込まれ、火達磨になった破面が断末魔の叫びを上げる。
だがそれも一瞬、次の瞬間にはもうその声は聞こえない、身体を焼く炎の痛みに耐え切れず、叫び声を上げるために大きく開かれたその口からフェルナンドの炎は身体の中へと入り込み、気道を焼き、肺を焼き、臓器を焼いた。
焼き爛れた喉は最早声を発することは無く、外側と内側の両方から焼き尽くされたサイの破面、すでにそこには炎だけがその場で人の形のまま燃え盛っていた。
呑み込んだ破面の形が次第に失われ最後には炎だけとなると、炎は次第に収まり、フェルナンドはまた先ほどと同じ火の玉の形に戻りハリベルの隣へと移動する。



広間に音は無かった、ほんの一瞬で総てが決着してしまったのだ、先ほどまでフェルナンドの前にいたサイの破面は今は居ない、その欠片すら残されていない、血痕すらなく、ただ彼が立っていた床に炎で出来た焦げ後が僅かに残っているのみだった。
その静寂の後に来るのはやはり怒号だった、目の前で同胞を焼き尽くされた破面達が一斉に叫びだしたのだ、様々な罵声が飛び交う、ありえないと、霊圧から考えてそれはあり得ない事なのだと、何か裏があるに決まっていると、そしてその総てに共通するのが「殺せ」という一つの意思だった。
まさに一触即発の気配、そしてそれは到底押さえ切れるものでは無くなりつつあった。

だが、その喧騒は一瞬で静まる、この男の登場によって。

「――やぁ、皆、遅れてしまってすまない。」


怒号と罵声が飛び交う広間に、さほど大きく発せられた訳ではない言葉が響く。
それはその男が持つ圧倒的な存在感、カリスマによるものか、それともこの場にいる総ての破面が根源的に抱える恐れによるものかは判らない、だがその一言だけで、広間は静まり返り、あれ程騒いでいた破面たちもそのなりを潜めた。

破面達がいる場所よりも、かなり高い位置に設けられた玉座に男がゆっくりと座る。
その玉座にはそこに広間から上るための階段は無く、断壁の上にあるそれは彼等とその男が隔絶された存在であることを示しているかのようだった。
破面達がまとう衣とは趣が違うものを身に纏った男、白を基調とした破面の衣に対して、男が着ているそれは黒を基調とし、その上から白の羽織を着た男、柔和な顔立ちで、常に笑みを浮かべてはいるが、その眼鏡の奥に誰よりも深い闇と欲望を詰め込んだ男、本来この虚園と敵対する存在、『尸魂界(ソウルソサエティ)』の死神でありながら、彼ら破面を産み出し支配する男、藍染惣右介その人であった。

「おかえりハリベル、任務ご苦労だったね、待たせてしまってすまない。尸魂界を出るのに少し手間取ってしまってね。」

「いえ、私こそ藍染様の御前にこのような無様を曝し、申し訳なく思います。」


先ほどまでの喧騒の理由を藍染は問わない、無論ここは彼の宮殿、事の顛末の総てを彼は知っている。
だが、そんなものは彼にとって小さな出来事、ただ粛々と己の目的だけに邁進する彼にとって、それは余りに小さな出来事だった。
故に彼は問わない、そして表面だけの労いをハリベルにかけた、心からの言葉ではないそれ、だがそれも仕方が無い事、藍染惣右介にとって”こころ”などというものは、理解の外にあるのだから。

「いいさ、それで彼なんだね? 君にその傷を負わせたという大虚は。」

「はい、この傷は間違いなくこの者との戦闘で負ったものです。戦闘によってこの者の霊圧も極端に減衰し、現在はその大半を失っている状態ですが御覧になられていた通り、最下位の破面クラスならば問題なく対処できるようです。」


周りを囲む破面達が一斉に息を呑む、放つ霊圧から雑魚だと決め付けていた大虚が、実はその霊圧の大半をハリベルとの戦闘で使い果たし――実際はハリベルに消し飛ばされたのだが――ていたという事実。
そしてその大半の霊圧を失った状態で最下位とはいえ破面を焼き殺したという事実。
奇異の眼から殺意の篭った目へと変わったそれが、今度は恐怖を映し出していた。




「そのようだね、名を聴かせてくれるかい? 荒ぶる炎の大虚よ。」

言葉と共に一面を霊圧が襲う、藍染から放たれた霊圧が、まるで総てを押えつけるかのように降り注ぐ。
笑みを浮かべ、頬杖をついたまま放たれるその霊圧の大きさに「ヒッ」と何処からとも無く小さな悲鳴が漏れるほどの霊圧の中で、フェルナンドは怯む事無く藍染の顔を睨み付ける。

「フェルナンド・・・・・・フェルナンド・アルディエンデだ。あんたが俺に力をくれるのか?」

「力を得られるかどうかは君次第だよ、フェルナンド。我ら破面は君を歓迎しよう。」

「そうかい・・・・・・一つ確認だが、俺が力をつけてこの女を殺したら、アンタはどうする?」


歓迎の言葉を述べる藍染にフェルナンドが問う、自身がハリベルを殺したならばお前はどうするのかと。
一瞬藍染の顔から笑みが消え、代わりに多少の驚きが浮かぶが、それもまた直ぐにいつもの笑みへと戻った。

「驚いたな・・・・・・君はハリベルを殺すつもりでココに来たのかい? 君がそれだけの力を付けたのならば、君の好きにするといい。だがきっとハリベルもそう簡単には殺されはしないよ、そうだろう?ハリベル。」

「無論です。まぁ、今のままでは相手にすらなりませんが。」


驚きながらも、いや、面白いものを見つけたといった風に殺害を容認するという藍染。
彼にとってはこれもまた余興に過ぎないのだろう。
そして、ハリベルの迎え撃つという発言に、フェルナンドは隣で「その言葉忘れんじゃねぇぞ」と念を押していた。
こうしてフェルナンドが虚夜宮で破面の一員となることが認められた。



だが、フェルナンドの加入のみでこの場が終わる事はなかった。



「ハリベル、実は一つ君に伝えなければならない事があるんだ。 破面No.3、『第3十刃(トレス・エスパーダ)』 ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが失踪した。」







王の言葉
それは絶対の宣誓
それに間違いはなく故に完全

駆け上がる階段
空席を埋める黒い翼
そしてそれは血によって贖われる




2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 8
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2011/12/06 21:20
BLEACH El fuego no se apaga.8











―― 破面No.3『第3十刃(トレス・エスパーダ)』 ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの失踪


それは任務で虚夜宮を空けていたハリベルにとって衝撃的なことであった。
自分よりも一つ上の位階、第3十刃であり、理性的で聡明、破面でありながら戦いを好まない性格をした彼女。
しかしその戦闘力は他を圧倒するほどの力だった。
その姿はハリベルにとってある意味理想的であった、戦う事は目的ではなく手段でしかなく、力を誇示するだけの戦いは獣のそれと変わらない。
自らを戦士と捉え、また自身も戦士であろうとしたネリエルの在り方は、無為の犠牲を好まないハリベル自身共感できる部分もあり、十刃の中で最も信のおける存在であった。
言葉を交わす機会も多くは無いがあった、彼女と彼女の従属官(フラシオン)が語り合う姿は主従を越えた信頼という未知の感覚ををハリベルに感じさせていた。

そしてそれはどこか好ましいものだとも。


その彼女の突然の失踪、ありえない・・・・・・そんな言葉がハリベルの頭に浮かぶ。
そもそも彼女が姿を消す理由が無いと、上位十刃として破面をまとめる事、また、戦いを好まぬ故に命が失われる事を嫌い、仲間を助けるという破面、いや、虚を含めた虚圏に棲む者の中でも稀有な行動をとる彼女。
理性あるが故に戦いではなく、対話を持って事を成そうとする彼女の姿勢は、虚夜宮に新たな秩序をもたらすきっかけとなる筈だった。
そしてネリエル自身そうなればいいと語っていた、それを成さずして、それを放棄するように彼女が消えるなどありえない。
では、何者かによって殺されたのか、それもまたあり得ないとその考えを斬って捨てるハリベル。
彼女は十刃だ、それもハリベル自身よりも上位の十刃、戦闘で敗北する事などほぼあり得ない。
そして一度戦闘となれば、戦士として相手と向かい合い、命を奪ったその後もその命を背負う覚悟を持って戦う、そんな彼女が、まさに戦士たる彼女が、唯の戦闘で負ける筈等がない。
だが現実として彼女はその行方をくらましていた。 何故だ そんな呟きがハリベルの頭に木霊する。

「・・・かい・・・・?・・ 聴いているかい? ハリベル。」


思考の海に沈んでいたハリベルの意識が急激に浮上する。
下を向き、考えに耽っていたハリベルが顔を上げると、玉座に腰掛けたままの藍染が、笑みを浮かべたままハリベルに声をかけていた。

「申し訳ありません、少々考えに耽っていました。御前での無礼、お許しを。」

「構わないさ、そんな些細な事で君たちを罰したりはしないよ。 ネリエルのことは残念だが、今は大事な時期だ。十刃の欠けは許されない、空席は埋められなければいけない。」

「お待ちください藍染様、せめてもう少しの間探査を続けて頂けないでしょうか、彼女がいきなり消えるなど・・・・・・」


藍染が暗にネリエルの捜索をしないと言った事に、ハリベルは待ったをかける。
確かに十刃に欠けが許されないと言う事は、ハリベル自身理解している、だがそれでもネリエルが失踪する理由が余りにも見当たらない。
何か裏に在るのではないかと考えるのは、むしろ自然な事に思えた。
それゆえにハリベルはネリエルの捜索を嘆願した。

「どうかおn「居なくなっちまったヤツなんかどうだっていいだろうが! グチグチうるせぇんだよ! ハリベルさんよぉ!」


ハリベルの言葉を阻むように、ハリベルよりも少し高い位置、短い長方形の柱の上に腰掛けた一体の破面がハリベルの言葉を遮った。

「ノイトラ・・・・・・」


そちらにハリベルが視線を向けると、そこには一体の破面がニヤニヤと笑みを浮かべながらハリベルを見下ろしていた。
外見は長身痩躯、黒い髪は肩まで伸び、手首には金色のリング、ゆったりとした袴に爪先の曲ったブーツを履き、左目には黒い眼帯、切れ長の細い眼でハリベルを見下し、大きく開かれた口の中に見える舌に『8』の刻印、ハリベルの言葉を遮った破面の名は『ノイトラ・ジルカ』 破面No.8 『第8十刃(オクターバ・エスパーダ)』 の席に座る男である。

「大方テメェが十刃の器じゃなかったって事に気付いたんだろうさ! 潔く身を引いて、外の砂漠に消えたんじゃねぇのかよ。」

「貴様・・・・・・それ以上彼女を侮辱すれば許さんぞ・・・」

「俺がテメェに許してもらう必要は無ェよ。メス同士の庇い合いか・・・反吐が出るぜ!!ココにも! 戦場にも!メスの居場所は無ェんだよ!」


ハリベルの視線に殺気が滲む。
前々からネリエルとハリベルに対して何かと噛み付いてくるノイトラを、ハリベルは常日頃は無視していた。
だが今回のネリエルに対する侮辱、そして自身とネリエルをメスと罵り、両者の戦士の誇りを傷つけたノイトラに、本来冷静で思慮深いハリベルでさえ自身を抑えられなくなっていた。

ノイトラはその視線を受け止め、ニヤついた顔はそのままにそれに答えるように睨み返し、腰を浮かせて臨戦態勢をとる。
その二人の様子に下位の破面達は震え、ハリベルとノイトラ以外の十刃は、我関せずといった態度でその様子を傍観していた。
それは無論フェルナンドにもいえることで、御託はいいから早く始めろという気配が彼の炎から溢れていた。



「二人とも、其処までだ。」



一触即発の気配の二人、その二人を強大な霊圧が襲う。
藍染から放たれる霊圧にハリベル、そしてノイトラもそれに耐えられるように足に力を込め、踏ん張るようにしてそれに耐える。
彼ら十刃をしてもそうして意識して耐えなければ、簡単に膝を着いてしまいそうな濃密な霊圧の波濤、それを苦も無く発する藍染。
互いに意識を藍染に集中していなければならない状況に追い込まれ、必然的に一触即発の事態は回避される。

「十刃の私闘は厳禁だと言った筈だよ、そんな事で十刃を欠く事はできない。そしてハリベル、ネリエルの事は既に決定事項だ。僕が決めた、それが理由だよ。わかるね?」


「・・・・・・はい、出過ぎた申し出お許しください。」


言外に反論は認めないという藍染の言葉、霊圧と共に放たれたそれは、ハリベルに藍染と出会った時のあの感覚を思い出させるのに充分なものだった。

「判ってくれて嬉しいよハリベル。ノイトラ、君もいいね?」


ノイトラにも同様に声をかける藍染、それをノイトラは「ケッ!」と小さく悪態をついて顔を背ける、余りに不躾な態度にも藍染は笑みを崩さない、そんな事は気にしないといった風でノイトラに更に声をかける。

「あぁ、それとノイトラ、悪戯は愉しかったかい?」


その言葉に顔を背けていたノイトラの目が一瞬だけ大きく見開かれる、そして藍染の方を見れば彼はいつもの笑みを崩さず、いや、ノイトラの反応を愉しむかのように微笑んでいた。
そう、藍染はノイトラに告げたのだ、自分は総てを知っていると。


ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクをノイトラ・ジルカが殺そうとした事を知っていると


苦虫を噛み潰したような顔で藍染を睨むノイトラ、そしてその視線を受けて尚笑みを浮かべる藍染。
自身がネリエルの頭をその仮面ごと割り、彼女の従属官と共に砂漠へと投げ捨てた事実を知っていると、この男は告げているのだと。

そしてノイトラは悟った、先ほどの言葉には更にもう一つ藍染の意思が隠れていると、悪戯はバレれば終わり、次はないという事を。
同時に、この男にとって自分が覚悟と決意を持って行った行為は、悪戯という一言で済んでしまう程取るに足らない出来事だったのかという悔しさと怒りがノイトラの中に渦巻いていた。
藍染の浮かべるその笑みは、自らの手の内で必死に足掻く者達を慈しむ様な笑みにも見え、またその命を自由に刈り取る事ができる愉悦の笑みにも見えた。


「さぁこの話はこれでお仕舞だ。 空席になってしまった第3十刃の席には、ハリベルに座ってもらうことになる、いいね?」


反論など出ない、出るはずが無い。
先ほどの霊圧、喩え自身に向けられたものでは無いとしても、その余波だけで下位の破面は沈黙し、十刃にしても、上の席が空いたのならば当然全員が繰り上がるのだから、文句などありはしない。
気骨のある下位の力ある破面達からしてみれば、自分が十刃に入る機会が回ってきたようなものだ、喜びこそすれ反論などありえない。

「第3十刃の席、確かに承りました。」


ハリベルがその場で膝を着き、藍染に頭を垂れる。
フェルナンドはそれをつまらなそうに眺めている、彼の目的は力を得ることで、それ以外はさっさと終わらせて貰いたいと言うのが、正直な感想だった、だがそれをこの場で口に出さない辺り、彼も多少なりとも空気は読める様だった。

「頼むよ、ハリベル。 ではハリベルの昇位に伴って、空席になってしまった第4十刃についてだが・・・・・・」


ハリベルが広間の中央からフェルナンドを伴って移動する、それを見届けて藍染は空位となった第4十刃について話し出す。
誰もが順番道理に十刃が昇位するものだと思っていた。
いきなり下位の破面が第4十刃に抜擢されるなどあり得る訳が無く、ハリベルの隣にいる大虚など論外だ、未だ破面化すらしていないものを十刃にすえるなどさすがの藍染でもしないだろうと、順当に下位の十刃が繰り上がっていくのだろうと、この広間にいる総ての破面が考えていた。

彼らの主を除いては


「第4十刃には彼になってもらおうと思う。 入ってくれ。」

「ハイ。」


藍染の言葉に鷹揚の全く無い声が返される。
藍染の座る玉座の後ろの暗い通路から浮き上がるように人影が現れる。
まるで血の通っていない雪のような肌、痩せた体つき、黒い髪に緑色の瞳、両目の下にまるで涙を流しているかの様な仮面紋(スティグマ)が奔り、頭には角の生えた兜のような仮面の名残を残し、コート状の白い衣をキッチリと着こなした破面が藍染の座る玉座の横に立つ。
その緑の瞳はまるで何も写さない硝子球の様で、一切の表情が変わらないその破面からは、生命というものがまるで感じられなかった。
”人形”その表現がもっとも彼の今の在り様を形容するのに相応しい言葉であり、しかしその破面の放つ存在感は人形のそれとは言えず、この場にいる破面総てにその存在を刻み付けるのに充分足りるものだった。


「紹介しよう。彼が新たに君たちの同胞となった破面、 『ウルキオラ・シファー』 だよ。 そして次の第4十刃だ。」


ウルキオラ・シファー、それがこの破面の名前だった。
藍染の紹介に、その隣で手を後ろで組んだまま佇むウルキオラ、たった今表れたその彼が第4十刃に任命された、それがどれほどの出来事なのかウルキオラとフェルナンド以外の総てが理解していた。
十刃、それも上位の席に、いきなり現れた者が座る、本来その力を認められてこそ座れるその位置にいきなり現れた者が座る、その異常性。
それを理解しているからこそ、殆どの者が藍染のその行動を理解できないでいた。

「そうだね、君たちの疑問はもっともだ。ではどうだろう? 今から十刃を除いた者達と彼が戦って、彼に勝てた者がいればその勝者が第4十刃となる。破格の条件だろう?」


藍染の言葉に広間がどよめき立つ、たった一体の破面を殺すだけで上位十刃の席が転がり込んでくる、下位の破面からしてみれば確かには格の条件だった。
更に十刃の参加はなし、いいところを圧倒的な力を持つ十刃に奪われる事もない、本来ありえない絶好の機会、そうなればこの戦いに参加しないわけが無い。
そこかしこから我こそはと思う破面が歩み出る、広間は多くの破面で埋め尽くされた。

「では始めよう。いいね? ウルキオラ。」

「ハイ、藍染様。」


藍染への返事と共にウルキオラが玉座のある位置から飛び降りる。
後ろで組んでいた手をコートのポケットに突っ込み、その白いコートの裾をはためかせながら静かに床へと着地するウルキオラ。
周りに居並ぶ自分よりも一回りから、大きいものでは二回りほどの体躯をした破面たちを一瞥し、眼を伏せて呟く。

「塵だな・・・・・・」


塵。

その一言が合図だった。
居並ぶ多くの破面が一斉にウルキオラに向けて襲い掛かる。
自らの拳で、或いはその手に持つ刀でウルキオラを抹殺せんと襲い掛かる。
一対多、多勢に無勢、圧倒的な戦力差と物量作戦によって、ウルキオラの命を刈り取り、自らが十刃になろうとする彼らの目には己の欲望のみが浮かび、ウルキオラという破面を見てはいなかった。
見えているのは十刃となった自らの姿、戦いの中で自らの夢想に溺れる破面達。
ある意味で彼らは幸せだったといえるかもしれない、己の思い描く最高の瞬間を見ながらその命を自らも知らぬうちに鎖したのだから。

その一言は合図だった。
藍染が見下ろす広間一面に無数の赤い花が咲き誇る合図、圧倒的な戦力差で命を刈り取ったのはウルキオラの方だった。


ある者は首と胴が離れ、またある者は縦に、または横に一刀の元に両断されていた、ウルキオラが行った事は何も特別ではなかった、移動し、斬る。
たったそれだけの行為、ただそれが余りにも速過ぎた為、斬られた者は自らが斬られた事も、また死んだという事も認識する間も無く絶命したのだった。
そこかしこで赤い花が咲く中で、ウルキオラはその白いコートに一滴の赤も付ける事無く広間に佇む。

「申し訳ありません藍染様。加減したのですが、この塵共は俺の想像以上の塵だった様です。」


何時抜刀したのか、その右手に持った刀を鞘へと戻しながら藍染へと謝罪するウルキオラ、加減して攻撃したがそれでも殺してしまったという彼に藍染は満足そうに微笑む。

「問題ないよウルキオラ。あの程度で殺される様では、彼らに元々十刃としての資格はなかった。それに君の言う塵の中にも力のある者はいただろう?」

「確かに・・・・・・」


そう言ったウルキオラが振り返る、赤い花が咲き誇る中でその一体だけが五体満足にその場に立っていた。
ウルキオラの攻撃を防いだの、その刀を左腕で支えるようにして身体の前に構え、肩で息をしている破面がそこにいた。

水浅葱色の髪、痩せ型ではあるが筋肉質の体つきでその腹部には孔が開き、前を肌蹴させた短めの白いジャケットのような衣を纏い、右の頬に右顎を象った仮面の名残をつけたその破面。
野生、そんな言葉を連想させる雰囲気を持つその破面はウルキオラの一撃を耐え、その命を永らえた。
好戦的なその目付きは、肉食動物のそれと酷似し、その眼光は未だウルキオラをしっかりと捉え、睨みつけていた。

「君は確か・・・破面No.12(アランカル・ドセ) グリムジョー・ジャガージャックだったね? どうだい、生き残ったのは君だけのようだがまだ続けるかい?」


未だウルキオラを睨みつけるグリムジョーに藍染は声をかける。
今やこの勝負、いや、藍染からしてみれば喜劇としか言いようが無いその舞台に立っているのは、グリムジョーただ一人。
続けるにしろ、ここで終わりにするにしろ、藍染にとってはどちらでもいいのだ。

数瞬の後グリムジョーはその刀を納め、ウルキオラと藍染に背を向け広間を出て行く、藍染、そしてウルキオラには見えない彼の顔には、弱い自分を呪う呪詛と、いつか這い上がりその喉笛を噛み千切ってやるという貪欲なまでの野望が入り混じっていた。

「では、これで正式にウルキオラが第4十刃だ、異論は無いね。」


藍染の言葉に広場の破面は沈黙をもって答える。
それを受け取った藍染は、いつも道理の笑みを浮かべる。
ウルキオラの力を認めさせるのと同時に、増えすぎた破面をこの機会に処理する、それが藍染の狙いでもあった。
既に十刃はほぼ完成形の破面といえる段階へと至っている、それならばそれ以外の実験体は処分してしまおうと藍染は考えていた。
そしてそれは計画道理に実行され、藍染は利だけをてにした。

だがその藍染の予想外の出来事も起こった、ウルキオラの攻撃からたった一体だけ生き残った破面、グリムジョー・ジャガージャック。
下位の破面の中にもまだ力を持ったものはいる、藍染にとっては興味深い出来事だった。
全てを掌握できるだけの力を持った自身、しかしそれでもこの世の総てを知り、統べるには未だ至らない事が、藍染には面白くて仕方が無い事だった。

沈黙の中一陣の光が奔る。
それはウルキオラへと一直線に向かい、彼へと当たる直前に彼の腕によって叩き落された。
床へと突き刺さったそれは、高密度の炎の塊だった。
ウルキオラはそれが飛来した方向を見る、それは先ほど第3十刃となったハリベルの隣、ゆらゆらと燃える炎の塊から撃ち出されたものの様だった。

「アンタ強いな、 そのうち俺の相手もしてくれよ。」


そう語る炎の塊を、ウルキオラはその硝子の瞳で映し出す。
無言で炎を睨むウルキオラと、ウルキオラの力を見て猛るフェルナンド、そしてその様子を見た藍染は、その笑みを一層深めるのだった。







形無きモノ
其は炎
形あるモノ
其は炎
無から有への転生
受肉
あげる叫びは歓喜のそれか




2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 9
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/12/05 00:10
BLEACH El fuego no se apaga.9











「では皆、今日はこれでにしよう。 ハリベル達以外は解散してくれ。」


藍染のその言葉で、玉座の間に集まっていた破面達は散り散りに解散する。
次第にその場にいる者の数は減り、そして閑散とする広間にはハリベルとフェルナンドを残すのみとなった。
それを確認すると藍染は玉座から立ち上がり、「ついて来たまえ」 といって玉座の後ろの通路に消えていった。

「行くぞ、フェルナンド。」


そう言ってフェルナンドに声を掛けたハリベルは、一息に玉座のある位置まで跳び上がる。
そのハリベルの言葉に面倒臭そうに「あいよ」とだけ答え、フェルナンドもそれに続きゆらゆらと舞い上がった。
玉座の後ろに続くその通路は一直線に長く続いていた。
何の装飾も無く、ただ点々と照明があるだけの薄暗いその通路をある程度進むと、フェルナンド達の前に開けた空間が現れた。
床は黒、そして四方を囲む壁と天井は白、広いその空間の中心に藍染が一人、フェルナンド達の方を向いて佇んでいた。

「良く来たね二人とも、では早速フェルナンドの破面化を始めようか。」


その場で軽く両手を広げる藍染、眼鏡の奥の暗い瞳、そしてその顔にはまるで張り付いているかのような笑みがあった。



『フェルナンド・アルディエンデ』
大虚としての位階は不明、しかしその力は大虚でありながら偵察任務中の出来損ないの破面を圧倒する。
性格は非常に好戦的、しかしただ己の力を振り回すだけの粗野な戦い方ではなく、自らの意思で力を制御し、最善の勝利の形に持っていく高い頭脳を有している。
特筆すべきはその炎、身体を構成する霊子の総てが炎に変化しており、故に肉体と呼べるものは存在しない、物質として存在しているのはその仮面のみで、その他の総ては炎の塊である。
その炎は形状、密度、温度などを自在に変化させる事が可能、霊圧を用いる事でその変化の精度は上がり、霊圧と混ざり合った彼の炎は、離れてもある程度の操作は可能である。
炎を収束させる事により、その威力は上昇する、完全に収束すれば帰刃(レスレクシオン)前ではあるが上位十刃に多少のダメージを負わせることが可能である。
現在はその有する霊圧、炎の大半は失われており、本人曰く全開状態の半分以下とのこと、その状態で最下位の破面を瞬時に焼き尽くす程の力を有している。



これが藍染がハリベルから聞いた報告の内容だった。
藍染の眼を引いたのはやはりその身体の構成、肉体というものが存在せず、その総てが霊子の段階から炎に変わっている。
今まで多くの大虚を見てきたが、フェルナンドのような大虚は思い当たらなかった。
故に今回の破面化は未知の部分が多く、それ故に藍染にとっては有意義な実験となる。
失敗したところでそのデータは手元に残り、成功すれば新たな破面が一体その配下に加わる。
基本的に藍染惣右介という死神は常に利を手にするように立ち回る、自らはリスクを犯さず、他を動かし、誘導し、欺き、そしてその結果として生まれたものの上澄みのみをその手中に収める。
彼にとってこれは実験でありそして遊戯、普通ではつまらない、何か未知の目新しい事象は起こらないものか、それが藍染の笑みの奥に潜む感情だった。


「なぁ、 あ~っと藍染だっけ? 一つ聴きてぇ事があるんだが、そもそも破面ってのはなんなんだ?」



手を広げ笑みを浮かべる藍染にフェルナンドは当然とも言える疑問をぶつける。
そもそもフェルナンドは破面というものについてほぼ何も知らないのだ、知っている事といえば破面は大虚が変化したものだということ位であった。

「フェルナンド、藍染様を呼び捨てにするとは不敬だぞ。」


藍染を呼び捨てにしたことで、フェルナンドの隣にいるハリベルがそれを嗜める。
それが気に入らないのか、フェルナンドはハリベルに食って掛かる。

「あぁん? じゃぁアンタは初めて会ったヤツをサマを付けて呼ぶのかよ。 俺は良く知りもしねぇヤツをそんな風には呼べないね。」

「藍染様は我ら破面の主だ、そのお方に敬称をつけるのは当然だろう。」

「そもそも俺はコイツに仕える為にココに来たんじゃねぇ。アンタを殺す力をくれるって言うからココに来てんだ。」


言い争う二人、多少置いていかれている藍染が二人をなだめる。

「いいんだよハリベル、その程度の事は。 そうだね、フェルナンドにはまず破面というものがなんなのかを知ってもらう事にしよう。」


そういうと藍染は中指で自らの眼鏡を少し上げ、フェルナンドに問いかける。

「フェルナンド、君が知っている破面というものは、大虚から昇華した存在という事は理解しているね?」


その問いに炎に浮かぶフェルナンドの仮面が縦に揺れる、それは肯定を意味しているのだろう。
それを受け藍染は更に話を進める。

「ではフェルナンド、君は死神のことは知っているかい? 私のように黒い着物『死覇装(しはくしょう)』を着ている人型の魂魄が死神だ。」

「あぁ、何度か現世にも尸魂界にも行ったからな。大して強くもなかったがな。」


そう答えるフェルナンドに藍染は「そうだろうね」と貼り付けた笑みではなく、本当に可笑しそうに笑う。
フェルナンドの感想が余りに彼の中で、的確に死神というものを捉えていたのだろう。
藍染にとっても、またフェルナンドにとっても死神というものは、力なく取るに足らない存在であるという事が。

「その死神には基本的な戦い方として斬術・白打・歩法・鬼道の四つがある。俗に言う『斬拳走鬼(ざんけんそうき)』 そしてそのどれもが鍛えた分だけ強くなる訳ではないんだ。それぞれ限界強度があり、極めれば何時かは死神の魂魄の強度の壁にぶつかる、それが即ちその死神の限界という事になる。」

「で、その死神の限界の話がどうやって破面に繋がんだよ。」

「まぁそう慌てないでくれ、限界というものはなんにでも存在する。それは君にも、ハリベルにも、――無論僕にもだ、だが死神がそれを越える方法があるんだよ・・・・・・ それが『死神の虚化』だ、死神と虚、相反する存在である二つは、しかしその魂魄だけを見れば実に似通っているんだ。死神としての限界を超え、虚に近付く事でその魂魄はより高みへと昇る事ができるのさ。」


死神の虚化、互いが互いを滅ぼさんとし、そうあることが当然であると定められているかのような関係の両者が歩み寄るような行為、それは最早禁忌としか言いようが無い事象。
だが人は愚かにも禁忌と言う言葉に引かれる、誰かに強く止められれば止められるほどそれは魅力を増し、美しさを増し、そして妖しさを増す。
誰しもがその禁忌の魔力に耐えることはできず、何時かは手を伸ばしてしまう、結局は遅いか早いかの違いなのだ。

「だからそれが何だってんだよ。俺は虚だ、死神じゃねぇ、そんな話と破面が関係あるのかって聴いてんだよ。」


破面とは何かを問うフェルナンドに対し、藍染は死神とは何か、そしてその限界とその突破法を語る。
全く噛みあわない両者の会話、しかしその実藍染はフェルナンドの問いに既に答えていた。
死神と虚、その関係性、それこそが藍染がフェルナンドに伝えた事だったのだ。

「判らないかい?フェルナンド、君も知っていたじゃないか、破面は虚が昇華した存在だと。そして僕は先ほど言った筈だよ、死神には限界があり、それを突破する方法が虚化だと。そしてこうも言った、虚と死神、一見して相反する存在の両者は、しかし魂魄だけを見れば似通った存在であると。」


藍染が笑みを浮かべてフェルナンドへと語る。
そしてその笑みは語っていた、もう判っただろう?と、それこそが君の求めた答えだと、そして君がこれから手にする力の正体だと。
ゆらゆらと燃えるフェルナンド、一瞬の静寂の後、フェルナンドが口を開いた。

「なるほどねぇ・・・・・・破面ってぇのは死神の逆、虚がその魂魄の限界を破って力を得たって訳だ。『虚の死神化』 それが破面て訳だな・・・」


「その通りだよフェルナンド。君の隣にいるハリベルも、そして広場にいたほぼ総ての破面も、僕の虚の死神化の技術を用いて破面化したんだ。破面とは虚が死神に近付き、人と同じ姿を得た者。虚の限界を超え、その力の核をそれぞれの斬魄刀に封じた者、力の増加量はそれぞれだが弱くなる事はまずありえない。姿形が必ずしも人間のそれになるわけではないが、力のある者はたいていは人型だよ。」


破面というものについて藍染は語る。
死神がその限界を超えるために虚に近付くならば、その逆もまた然り、虚が死神の力を得て進化した存在こそが破面であると。
虚としての力の核を斬魄刀と呼ばれる刀に封じる事で、人の形になるという事。
そしてその力は往々にして破面化する前より爆発的に増大する事。

その説明を聞いたフェルナンドはしばしの間考えた。
破面が虚の死神化によって生まれた事はわかった。だがそれで本当に強くなるのか、フェルナンドは疑問だった。
フェルナンドが戦った死神は皆弱く、そんなものに近付けば自身も弱くなってしまうのではないかと思ったのだ。

「なぁ、本当に死神なんかに近付いて強くなれるのかよ? そもそもその斬魄刀とやらに力を封じちまったら戦いづらくなるだろうが。」

「僕も不本意ながらその死神なのだけどね。 死神にもある程度は力を持った者もいる、今の君を殺す事が出来るものも少なくは無いだろう。近付くというよりも、死神の力を掌握するとでも考えていればいいよ。 それと斬魄刀の件だけど、力というのは常時解放していれば何時かは尽きてしまうものだ、虚の君たちは普段霊圧で力を抑えているけれど、それは余り効率の良い方法とはいえない。死神というのは刀の形に能力を封じる事で、霊圧の消費を抑え制御しやすくしているのさ。」


そういうと藍染は「見せた方が早いかな」と言い、自らの斬魄刀に手をかける。
そして、張り付いた笑みのまま引き抜いた斬魄刀を逆手に持ち、体の前で掲げる。

「これが僕の斬魄刀だ、破面達とは少し違うが良く見ておくといい、力の解放というのもがどういうものか。 ――砕けろ、『鏡花水月(きょうかすいげつ)』」


藍染が自らの斬魄刀の名を呼ぶ、『鏡花水月』それと同時に藍染の刀から濃い霧が噴出し、部屋に充満する、そして足元には水が流れ出し床一面を覆う水溜りのように広がった。
一瞬の内に変わった景色に驚愕するフェルナンド、隣にいたはずのハリベルすら見えない、しかし驚きはそれだけでは終わらなかった。
彼の目に藍染の姿が映る、先ほどと変わらぬ位置に藍染は立っていた、そう立っていたのだ藍染が”二人”

「「どうだい? フェルナンド、これが僕の斬魄刀『鏡花水月』の能力」」

「「辺りに立ち込める霧と流水が光を屈折、乱反射して虚像を作り出す」」

「「霊圧知覚すら狂わせる霧の中で、虚像と実像が入り乱れ相手を同士討ちさせる」」

「「これが僕の斬魄刀の能力だよ」」


二人の藍染が同時に自らの斬魄刀について語る。
同時に動く二つの口から、同じ声が重なるようにフェルナンドに語りかける。
そのどちらも同じ笑みを顔に貼り付け、どちらからも霊圧や気配は感じられる。
どちらが本物か全く見分けがつかない二人、そして両者が全く同じ動きでその手に持つ刀を鞘に収める。
すると辺りの霧も足元の水もその総てが一瞬で消え去り、元の空間に戻っていた。

「どうだい? フェルナンド、今のが斬魄刀の解放、ひいては僕の力の核だ。こんなものを常日頃から解放しているわけにもいかなくてね。君だって常にその炎を全開にしている訳ではないだろう? 効率の良い制御の方法が能力の斬魄刀化と思えば悪くは無いのではないかな。」


自らの力、斬魄刀を解放してフェルナンドに説明する藍染。
フェルナンド自身死神に近づくという事に少し引っかかった程度の疑問だったため、これ以上追求しようとは思っていなかった。
彼が此処、虚夜宮に来たのはあくまで力を得るため、ハリベルを殺すという目的のため、今のままではそれは叶わず、かといってこのまま破面化して直ぐ戦いを挑んでもそれは叶わないだろう。
だが幸いにもこの虚夜宮には破面が溢れている、中にはハリベルと同等の者もいるだろう、破面としての力をつけ再びハリベルに挑む、それが今のフェルナンドの目的だった。
故に破面化というものが本当に信用足りえるか、力を手に出来るかが不安でもあったが考えてみれば隣にいるハリベルは破面だ、自分を破ったのが破面という存在であるならば、その力は疑うものではないとフェルナンドは結論付けた。

破面というものがどういう存在であるか、という点が判ったという事はフェルナンドにとって収穫であった、何も知らぬままに流されるのは彼の性分に合わなかったからだ。
フェルナンドは破面化することを藍染に告げる、元から破面化しないという選択肢など存在しないのだから。

「判った、じゃぁさっさと破面化とやらをやってくれ。」

「あぁ、いいとも、 では破面化の術式を開始するよ。なに、時間は掛からないさ、次に目覚めるときは君もハリベルたちの同胞だ。」


藍染が片手を挙げる、するとフェルナンドを囲むように紫電を纏った細く黒い柱が床から飛び出す。
それに囲まれたフェルナンドを次は、白い正五面体の結界が包み込む。
フェルナンドを包み中空に浮かぶ結界の中は見えない、柱の中の結界はゆっくりと回転し、柱の放つ光を反射している。

「藍染様、これは・・・」


今まで見た事が無い破面化の術式にハリベルは藍染に戸惑いの声をかける。
藍染はその声を聴き、「あぁ」と笑いながら一言呟くとそれを説明する。

「これは初めて使う術式でね。本来破面化というのは簡単に言ってしまえば大虚の肉体を虚のそれから死神に近い存在へと組み替る様なものなのだけれど、フェルナンドにはその肉体がない、だからそれを再度構成しなければいけないのさ。破面化の技術自体は既にほぼ確立しているから、それほど危険というわけではないよ。」


そう説明する藍染の瞳には明らかに好奇の感情が浮かんでいた。
何事も無く終わっても良い、何か起こってくれても良い、むしろ何か起こってくれ。
新たに手にした玩具を試すかのような藍染、彼にとって命とはすべからく弄ぶために存在するのだろう。
そう、きっと自らの命すらも。




フェルナンドが五面体の結界に包まれて数刻が経った。
依然結界はゆっくりと回転し、柱には紫電が纏わり付く様にしている。
静寂に包まれる部屋の中には、ときより紫電から発せられる乾いた破裂音だけが響いていた。

「そろそろ仕上げだ・・・・・・」


藍染の言葉と共に状況は変化した。
ゆっくりと回転していた結界は徐々にその回転を早める。
柱に纏わり付いていた紫電は一斉に結界へと向かい、紫電は結界へと衝突する。
衝突によって生まれたエネルギーが風を巻き起こし、部屋の中を駆け巡る。
その風の中心で結界は更に回転をまし、その回転の残像によって結界は球を描く。

「さぁ、再誕の時だよ、フェルナンド・アルディエンデ。」


回転する球体、そしてそれに降り注ぐ紫電の雨、そしてその衝突に耐え切れず、遂に球の結界は罅割れ、崩壊した。

そしてその中から現れたのは人。
浮かぶようにして存在した結界が壊れ、そこから放り出されるようにして現れた人。
意識が無いのだろうか、力の入っていない手足を放り出す様にしたまま床へと落下していく、数瞬の後その人は床へと激突するだろう。
それを飛び出したハリベルが間一髪で受け止め、床への激突は回避された。

ハリベルに抱き抱えられる様にしている人、意識を失い眠っているかのようだった。
ハリベルと同じ黄金色の髪、眉も睫毛も黄金、短めのその髪は逆立ち後ろへと流れていた。
その体は線が細く痩せ型で、筋肉も余り付いていないその身体は見た目以上に軽く、力を入れれば容易く壊れてしまいそうだ。
顔には左の眉から、コメカミの辺りを通って左目の下を沿うように存在する仮面の名残、それは彼が破面であるということを証明するものだった。
顔立ちはなかなか端正で、その額の中心には紅い菱形の仮面紋が残っていた。

「これは・・・・・面白いことになったね・・・」


ハリベルの腕の中で眠るその”少年”を見て、藍染は今日一番の笑みを浮かべるのだった。







手に入れたのは巨大な力
過去が霞む戦う力
それを振るうは幼き童子
紅い力の鬼童子
立ちはだかるは金の女神
高きに座る金の女神

振るう力の行く先は・・・・・・




2010.05投稿


2010.09.28微改定




[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 10
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:33
BLEACH El fuego no se apaga.10







破面の頂点に君臨する十体の破面 「十刃(エスパーダ)」
彼らには様々な特権が与えられている。
No.11以下の破面に命令を下し支配する権限、その中から「従属官(フラシオン)」 と呼ばれる直属の部下選ぶ権限、そして虚夜宮の天蓋の下にはそれぞれに宮殿が与えられる。

余りにも巨大すぎる構造物である虚夜宮、その中にはこれもまた巨大な構造物がいくつも存在し、虚夜宮の天蓋には、不可思議にも虚圏の明けぬ夜空とは真逆の澄んだ青空が広がっている。
その青空の元、それぞれの十刃は与えられた宮殿でその日々を過ごす、その力に磨きをかける者、ただ何もせず時間が過ぎるのを待つ者、自らの興味の対象を探求する者、十体の十刃の十通りの過ごし方が其処にある。

その中の一つ、『第3宮(トレス・パラシオ)』その名が示すとおり、第3十刃を主とする宮殿である。
そしてその宮殿は前主を失い、新たなる主を迎えていた。
今その宮殿の広間に二つの人影が存在した。


「おいアンタ・・・・・・コイツは何の冗談だ?」

「此処は第3宮と呼ばれる場所だ。私が第3十刃になったことで此方に移る事になった。」

「そんな事聴いてんじゃねぇんだよ・・・・・・」

「では何故此処にお前を連れてきたかということか? 破面化の術式後、気絶していたお前の面倒を診る様にと藍染様からのご命令だったのだ。」


「誰がそんな説明しろっつったよ! 俺が聞きてぇのは! 何でこの俺が! こんな!人間の!ガキみたいな姿に! なってるかってことだァァ!!」


第3宮の中に、フェルナンドのある意味魂の叫びと呼べるものが木霊する。
彼にとってみればそれは当然の叫びだったといえよう、破面化の術式から目覚めた彼は、何故かその姿を人間の少年のそれへと変えられていた。
鏡を見たフェルナンドは愕然とした、ハリベルと同じ襟や袖口を黒く縁取られた白い装束、黄金の髪と眉、左目の周りに残る仮面、額の中心には小さな菱形の模様、そして鏡の中からこちらを見る己の炎と同じ紅い瞳。
そこまではよかった、しかし明らかに幼さを残すその顔、身体は細く、余計な肉どころか力強さを全く感じさせない細い腕と脚、目線も低くハリベルを見上げる自分、余りにも不条理、硝子細工で出来たいとも簡単に壊れるであろうその鏡像。
その姿は彼の精神からは余りにも不釣合いで、幼く、脆い人間の脆弱さを象徴するような未完成なその身体は、力を求めるフェルナンドには、到底許容できるものではなかった。

「あぁ、そんな事か。藍染様はお前の破面化に伴って新たな術式を試したと仰っていた。それはお前の炎を肉体に再構成するというものだった様だ、だが、お前の肉体たる炎は大半が失われた状態だった。そのまま術式を行ったため、現存する炎だけを用いた肉体の再構成が行われ、そのような子供の姿となったということだ。」


フェルナンドの憤慨を他所に、ハリベルは淡々と現在のフェルナンドの状況を説明した。
藍染の試した術式、破面化に伴う肉体の再構成術式である。既存の破面の総ては肉体のある大虚から破面へと変化したものだ。
大虚としての肉体からそれぞれの持つ大虚としての能力の核、そして肉体的特長を抜き出し斬魄刀へと封じる、そしてそれ以外の肉体は霊力の消費を抑えるため往々にして収縮し、その大きさを人間サイズにまで落とす。
彼ら破面も元をたどっていけば人間であり、それ故に大虚としての力の核を取り出した肉体が最も安定するのはその力を得る前の姿、即ち人間の姿という事なのだ。
しかし、総ての破面が完全な人間の姿となるわけではなく、確実に人間型になるのは最上大虚のみ、残りの二階級は破面化しても完全な人間の姿になれるかどうかは判らず、能力の低い、そして知能の低い者程人ではなく、虚に近い姿となる。
何故上位階級の大虚の方が人型となりやすいのか、といった理由は未だ解明されてはおらず、霊力の過多や、それまでに捕食した虚の数などの仮説は立てられて入るがどれも信憑性に欠けるものであった。


フェルナンドはその肉体そのものがすでに消失しており、その能力である炎とその身体は同一の存在となっている。
それ故に能力の核を抜き出した炎を肉体へと再構成するという工程が必要となった。
しかし、此処で問題が発生した、藍染の試した術式はその術式の開発者の意図を完璧に再現し、炎の再構成を行った。
今その術式にある全ての炎を肉体へと再構成する、それ自体はなんら問題のない事、しかしフェルナンドの炎はハリベルとの激闘によりその絶対量を半分以下にまで減らしていた。
術式は其処にある炎の全てを再構成する、其処にある炎を肉体へと再構成した、フェルナンドの半分にも満たない”減少した炎”を。
完全な状態とは言いがたいまま再構成された炎、少ないままの炎では当然何らかの問題が発生する。
そしてその術式が少ない炎から再構成される最も合理的な形を選定した、炎の量に見合った被験体のサイズ縮小である。
結果としてフェルナンドの見た目は人間の子供、12~14歳程の少年のそれへと変わっていた。
ある意味では減少した炎での破面化に於いても人型――子供ではあるが――になったフェルナンドの力の強さが伺える出来事ではあった。

「そんな事だと!? ふざけんじゃねぇ!! こんな姿まっぴらだ! こんな生き恥曝させやがって、元に戻せ!こんな姿じゃ強くなった訳がねぇ!」


しかしフェルナンドは自らの現状を認めることが出来ない。
憤慨此処に極まり、怒髪天を衝く勢いでハリベルに捲くし立てるフェルナンド、それをやれやれといった風で眼を閉じ二、三回軽く頭を振っるハリベル、尚も騒ぎ続けるフェルナンドに遂にハリベルが実力行使に出る。

「いい加減落ち着けフェルナンド、まだ話の途中だぞ。」


「ぐおぉぉぉ~! 何しやがる! 放しやがれ!」


がっしりとフェルナンドの頭を鷲掴みにして力を込め、強引にフェルナンドを持ち上げるハリベル。
女性に少年が頭を掴まれ片腕で持ち上げられるという光景、現実ではまずありえない光景が展開されていた。
フェルナンドはそのハリベルの腕を何とかはずそうと頭を掴む腕を両手で掴み力を込めるが、そんな事でハリベルが手を放すはずもなく、そのままの体勢でハリベルは話を続けた。

「いいか、お前がその姿になったのは炎の総量が減少したまま破面化したからだ。故に炎が回復していけば、人間が成長するようにその体も成長するだろうというのが藍染様のお考えだ。貴重な体験だぞ? 我等は多少の力の増加はあってもその姿が成長するなどという事はない。既に完成された肉体を持っているからな、しかしお前は違う。我等と同じ存在でありながら成長する破面、それがどのような変化をもたらすか、藍染様はたいへん興味を示しておられたよ。」


淡々と事の経緯を説明するハリベルを他所に、頭を掴まれている手を外そうともがくフェルナンド。
ジタバタと身体を動かすがその程度でハリベルが揺らぐはずも無く、その頭は一向に捉えられたままだった。
その必死の姿を見たハリベルは、その余りの必死さに「フッ」と小さく笑い声をもらす、そしてそれを聞いた瞬間フェルナンドの中で何かが切れた。

「放せって・・・・・・・ 言ってんだろうが!! クソがァァアァァあアァァァァ!!!」


咆哮と共にフェルナンドから霊圧が放出される。
ハリベルが漏らした笑い声を”嘲笑”と受け取ったフェルナンドから吹き上がる紅い麗圧。
その紅い霊圧は彼の怒りの感情と相まって激しく立ち上り、第3宮全体が揺れているかのように錯覚する程の圧力を備えていた。
フェルナンドを中心に外へ外へと広がる圧力、その霊圧にハリベルは驚きというよりは、むしろ感心していた。
半分以上の炎と霊圧を失い破面化したフェルナンド、その姿は子供であり、その見た目からハリベルも多少なりとも不安を覚えていた。

(霊圧と炎を失ったままでの破面化で力が落ちているのではないかと思ったが・・・・・・どうやら杞憂だったようだな。感じる霊圧は大虚だった頃のものと比べて上昇している、これでまだ万全の状態でないとは・・・・・・先が楽しみだな)


不安が杞憂だった事に安心するハリベル。
自分が傷を負ってまで連れて来た大虚が、この程度であるはずが無いという感情が今、目の前で放たれる霊圧によって証明されていた。
ハリベルの間近から吹き上がる霊圧、その勢いは凄まじいの一言に尽きるだろう。
それを形容するならばまさしく炎、フェルナンドというものを形容するにはそれ以外には無かった。
荒々しく燃え上がり、大地を焼き天を焦す、その炎は見るものを引き付け、しかし近付きすぎればそれは容赦なく総てを焼き尽くす。
その雄々しさこそハリベルがフェルナンドに見た戦士の姿、何者にも怯まず敵の事如くを打ち払う雄々しき戦士、今はまだその片鱗しか見えずともいつかそうなる、いや、自分がそうしてみせると思うハリベル。
ハリベル自身にもわからないその使命感が彼女の中には芽生えていた。

そう決意するハリベルに異変が起こる、正確には異変が起こったのは腕、フェルナンドの頭を鷲掴みにしている手に熱が奔る。
それは一気に広がり、それを感じたハリベルは瞬時にその手を離しフェルナンドから距離をとった。
そして今までフェルナンドを掴んでいた手を見てみれば、その手からは薄っすらとだが煙が上がっていた。
フェルナンドの霊圧と共に発生していた熱が、ハリベルの掌の鋼皮へと伝わり、その熱はハリベルが瞬時の判断でその手を放さなければ彼女の掌を黒く焦していたであろう程の熱量だった。

「ほぅ、霊圧が熱を持っているのか、それともその身体から発せられるものなのか・・・やはりお前は普通の破面とは違うようだな、フェルナンド。」

「黙れよティア・ハリベル・・・・・・この俺を見下して笑いやがって、もっと力を着けてからと思ったが止めだ。とりあえず一発殴らねぇと俺の気が治まらねぇ。」


ハリベルを睨むフェルナンド、腰を落とし状態を低くしたその姿はまるで人の姿をした肉食獣、そしてその少年の姿には余りにも似つかわしくないその眼、殺意を存分に含んだその眼で射抜かれているハリベルはそれを涼しげに受け止める。

「まったく・・・・・・ではやってみるがいい。同じ舞台に立った事で私とお前の差がはっきりと判るだろう、破面の戦いを教えてやる。」

「その澄ました顔ぶん殴ってやるよ!!」


言うやいなやフェルナンドが床を蹴ってハリベルへと飛び出す。
左腕を前に突き出しながら右腕を振りかぶり、真正面からハリベルへと迫るフェルナンドの目には最早ハリベル以外映っていない。
ただ真正面から突進するフェルナンド、渾身の力で握り締められた拳は、しかしハリベルの顔を捉える事は無く空を切り、上体を軽く反らしただけのハリベルにいとも簡単に避けられる。
ハリベルに攻撃を避けられたフェルナンドはそのまま床を磨る様にして着地し、返す刀で再びハリベルに迫るがそれもまた避けられる。
ハリベルは身体を逸らして、またはフェルナンドの拳を払いその軌道を変えてその総てを避けた。
その場から一歩も動かないハリベルを中心にフェルナンドが何度も飛び掛るが、その拳は悉く避けられ空を打つ。
それでも怒りに任せ繰り出されるフェルナンドの拳、しかし何度目かの交錯でその拳は避けられるのではなく、ハリベルの片手で掴まれ受け止められる。

「歯を食い縛れよフェルナンド・・・・・・」


拳を掴まれた状態のフェルナンドにハリベルがそう呟く、拳を掴まれその状況から脱出しようとするフェルナンド、しかしハリベルがその隙を与えるはずも無く、次の瞬間にはハリベルの右の拳がフェルナンドの腹部に突き刺さっていた。

「ガハッ!」


フェルナンドの肺から無理矢理に空気が外へと押し出される。
身体の一部を固定されたまま受けた衝撃は逃げ場を無くし、総てがダメージとしてフェルナンドを襲う。

「我ら破面の皮膚は鋼皮(イエロ)と呼ばれ、霊圧によってその硬度は増し、それは一種の盾であり鎧となる。そしてその硬度を攻撃に使用するだけで大抵の敵は打ち払える。その威力は・・・・・・今、身を持って知っただろう?」


掴んでいたフェルナンドの拳を離しながら語るハリベル。
フェルナンドはそのまま床に片膝を着き、片方の手を床につけもう片方の手で腹部を押さえる。
苦悶の表情を浮かべるフェルナンド。
フェルナンドは困惑していた、その腹部に広がる感覚、突き刺さった拳の衝撃とそこから広がるじわじわとした刺す様な感覚、長い間彼が忘れていた感覚。
炎の身体はいくら斬られても問題なく、たとえ消し飛ばされたとしてもどうという事はなかった。
しかし今、たった一撃の拳によってもたらされた感覚、久しく忘れていたその感覚、呼び起こされたその感覚は『痛み』だった。

「どうした、もう終わりか? 今まではあの炎の身体がお前から戦いの痛みを遠ざけていた。しかし今、肉体を持ったことでそれは再びお前の中に甦った。今までのような己の特性に頼った戦い方ではお前自身の身を滅ぼすぞ。」


『痛み』フェルナンドにとって久しく忘れていたその感覚、炎の身体はそれを感じることは無かった、しかしこれから破面として肉体を持って戦うということは、即ち痛みを持って戦うということ、今までのフェルナンドはそれが無いゆえ怒涛の攻撃が仕掛けられたとハリベルは言う。
そしてそれはフェルナンド自身の身をも滅ぼすと。

「上、等だ・・・ これが痛みだってんな・・・ら、これを感じるって事は、俺は、まだ死んでねぇって、事だろが・・・・・・ならそれも悪くねぇ、それに・・・・・・誰がこれぐらいで終わるかよ!!」


フェルナンドの腹部を押さえていた手に紅い霊圧が集中する。
それはみるみる収束し紅い宝玉を作り出してゆく。
至近距離からの虚閃、いかなハリベルとはいえこの距離から破面化したフェルナンドの虚閃を喰らえばダメージは避けられない。

しかしその虚閃が完成し、ハリベルへと向けてその光の奔流を解き放つ前に、フェルナンドの身体を衝撃が襲った。
その場から吹き飛ばされる様に一直線に壁へと向かい、そのまま壁へと激突したフェルナンドは壁にめり込み、その衝撃で亀裂が奔った壁が崩れ落ちる。
未完成のまま炸裂した自分の虚閃と、ハリベルが放ったであろう攻撃の二乗の衝撃がフェルナンドを貫いた。
その壁へと歩み寄るハリベル。

「今の技は『虚弾(バラ)』と言う自身の霊圧を拳に集め、固め打ち出す技だ。威力はそれほどでもないが、その速度は虚閃の二十倍、発動に掛かる時間も少ない。怒りに任せて大きな力を振り回せば勝てる訳ではないのだよフェルナンド・・・・・・と言ってももう聞こえてはいないか・・・」


フェルナンドに言葉をかけながら崩れた壁の瓦礫に歩み寄り、その瓦礫の中からフェルナンドを引きずり出すハリベル。
片腕を掴み上げられたフェルナンドは特に酷い外傷は無いものの、霊圧の炸裂と衝突によって完全に意識を失っており、首も手も足も力なくだらりと垂れ下げた状態だった。
破面化によってフェルナンドが手に入れた力は霊圧、能力ともに破面化以前のものより上昇していた。
だが、不完全な炎によって形成されてしまった不完全な肉体は、本来彼が万全の状態で得るそれよりも脆くなってしまっていた。
フェルナンドの虚閃と本気ではないにしろハリベルの放った虚弾、その霊圧の衝突には凄まじいものがあった。
ハリベル自身は威力が低いと言うが、それはあくまで彼女の基準であり、十刃以下の破面からすればそれは必殺の威力と言えた。
その虚弾と自身の虚閃の両方の霊圧が直撃したフェルナンド。
しかし以前のままの彼、炎というエネルギーの塊としての彼ならば耐えられた衝撃は肉体、それも不完全なものを手にしたためにその威力に耐え切る事ができなかったのだ。

「少々やりすぎたか・・・・・早い段階で自分の現状を知らせておいたほうが良いと思ったのだが・・・この身体で虚閃を撃とうとするとは、無茶をする・・・」

フェルナンドの現状を藍染より知らせられていたハリベルは、フェルナンドにこの事を教えようと戦った。実際霊圧も炎も減衰してしまっているフェルナンドに本気でかかる心算はなかったが、フェルナンドが虚閃を発動しようとした事で虚弾で応戦し、結果意識を刈り取ってしまったのだった。

(先ほど感じた霊圧は確かに上昇していた・・・・・・だが肉体の方がこれでは霊圧に肉体が耐えられないかもしれないな。この先どうなる事か・・・)


フェルナンドの現状を肌で感じ確認したハリベルはフェルナンドの今後を案じる。
破面化による霊圧の上昇に身体がついてこない、それは即ち全力での戦闘はできないという事、出来たとしてもそれは自らの体が自らの霊圧によって蝕まれるというリスクを背負った命がけの所業。

だがハリベルが案じているのはそのリスク自体ではなく、そのリスクを容易く実行してしまう彼の気性。
時に戦いの中でそのリスクを背負う事は必要だが、フェルナンドの場合それを容易く選んでしまい結果自身を死に至らしめてしまうだろう。
”生きている”という実感を得るには、死に際する必要があるというフェルナンドの考え方、その危うさをハリベルは危惧する。
必ずしも死に際する事だけが、戦いに生きる者の生を実感する術では無いというのに。





「それはあの大虚か・・・」


思案するハリベルに広間の入り口から彼女へと声をかける者がいた。
虚ろな緑色の硝子の瞳、それに感情は無く、写る総てに何の関心も無いといったそれでハリベル、そしてフェルナンドを見据える破面、ウルキオラがそこに立っていた。

「貴様、確かウルキオラと言ったか・・・何のようだ。新参の貴様が私に用事などあるはずもない。」

「確かに俺はお前に用などない。しかし、藍染様からお前への言伝を預かっている。お前が拾ったその塵は、当分お前が面倒を診ろとの仰せだ。用件は以上だ。」


藍染の言伝を告げるとウルキオラは踵を返し、その場から立ち去ろうとする。

「待て、何故貴様はフェルナンドの事を気にかけた。」


フェルナンドを床へと下ろし、立ち去ろうとするウルキオラをハリベルは呼び止める。
この広間に入ってウルキオラが最初に反応したのはフェルナンドのことだった。
何がウルキオラの琴線に触れたのかは判らないが、彼は破面化したフェルナンドを見てそれは本当にあの炎の大虚かと確認したのだ。
それはウルキオラにとって、フェルナンドは何か特別な存在なのではないかとハリベルは考えていた。

「・・・・・・俺に楯突いた塵が破面化した姿がそれかと確認しただけだ。だが破面化してもやはり塵は塵のままだった様だがな」

「塵か・・・確かに今のフェルナンドは貴様から見ればそうかもしれんな。」

「”今の”ではない、塵は”永遠に”塵のままだ」


フェルナンドを塵と罵るウルキオラ、いや彼にとって力無い存在は総て塵であり、それは有ろうが無かろうが全く問題にならない存在なのだろう。
今のフェルナンドはウルキオラにとってそういう存在、取るに足らない存在なのだ。
ハリベル自身今のフェルナンドでは、この目の前の破面に対抗する事ができない事は理解していた。
しかしハリベルのフェルナンドに対する評価はウルキオラのそれとは違っていた。

「確かに塵ならばな・・・だがフェルナンドは原石だ。今は無骨だがいずれ輝く、私がそうしてみせよう。」


”原石”今はまだ荒々しいその力と幼い身体は不釣合いで、どこか自らの死を望んでいるような気性は歪だが、それを乗り越えたとき必ず輝く原石。
ハリベルにはその確信が有った、戦いの中で初めて感じた恐怖に真っ向から立ち向かってみせる覚悟を見せたフェルナンド、それがどれだけ稀有な事か、逃げ出す事ができたものに立ち向かえる力、それは何よりも強く、何よりも尊いものなのだ。
それを持つフェルナンドは、いつかこの目の前の虚ろな瞳の破面にも届く力を秘めていると、ハリベルは確信していた。

「塵も石も変わらない、路傍に転がるそれなど、俺にとって価値が無いという点ではな・・・・・・言伝は確かに伝えた。」


それだけ言い残すとウルキオラは二度と振り返る事無く第3宮を後にした。
その後姿を見ながらハリベルが呟いた。

「コイツはいずれ貴様の視界に嫌でも入る事になるぞ、ウルキオラ。」







手に入れたのは破壊の力
己が身すら焼く破壊の力

慟哭する獣
踏み躙られた牙
研ぎ澄まされた爪は彼の者の喉を裂く




[18582] BLEACH El fuego no se apaga.11
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:34
BLEACH El fuego no se apaga.11






「クソッ!!」


吐き捨てられた言葉と共に前へと蹴り出される脚、その脚が砂漠に乱立する巨大な円柱の一部を粉々に粉砕する。
虚夜宮の天蓋の下に広がる砂漠で、破面No.12(アランカル・ドセ)グリムジョー・ジャガージャックはその湧き上がる怒の矛先を見出せず、その身の内に激しく荒ぶる感情を溜め込み続けていた。
彼のその怒りの理由は数週間前にあった一つの出来事、たった一体の破面に自分と同じ十刃以下の『数字持ち(ヌメロス)』が大量に殺されたのだ。


それもただ一方的に、そして圧倒的に。


その大量殺戮の引き金となったのは彼らの主、藍染惣右介によって出された一つの提案『この破面に勝てた者には第4十刃の席を与える』というものだった。
十刃以下の者達にとってそれはまさに破格の条件、グリムジョーにとってもそれは同じであり自らの力で十刃の座を勝ち取る絶好の機会、彼がそれを目の前にしてそれに手を伸ばさないなどという事はありえなかった。

”力”、それこそがグリムジョーが信じる唯一にして無二のものであり、自らの力にも絶対の自信を持っていた。
広間の中央へと歩み出た破面はグリムジョー以外にも大量に居た、その総てが転がり込んできた好機を逃すまいという野心を剥き出しにし、藍染の横に立つその破面、ウルキオラを見ていた。
高い位置にある藍染の座る玉座から、音も無く広間の床へと降り立ったウルキオラは、その広場にいる破面達を一瞥すると一言呟いた。

「塵だな」と。

明らかにその場にいる者たちを見下したその言葉、激昂にたるその言葉、その一言で戦いは始まりそしてそれは直ぐに終わった。
否、其処に戦いと呼べるものは一瞬たりとも存在しなかった、ウルキオラの言葉を切欠に彼へと襲い掛かる破面達は攻撃に移る動作の最中、既に絶命していたのだから。

そんな刹那の惨殺劇をグリムジョーが生き残ったのは偶然だった。
ウルキオラの言葉に怒りを覚え、他の破面同様に彼に向かって襲いかかろうとした瞬間、グリムジョーは己の探査回路を何かが掠めるような感覚を覚えた。
その正体はウルキオラが放つ霊圧だったのだろう、その場を支配するように一帯総てを覆い尽くすような重苦しい霊圧ではなく、ただ薄く研ぎ澄まされた様なまるで針のようなそれ、それを感じたグリムジョーの頭が考えるよりも早く彼の身体が反応した。
正しく野生の勘とでも言えばいいのか、それは我武者羅に抜き放った刀を前に翳し霊圧を解放する、そして次の瞬間訪れる衝撃、何かが見えたわけではなくただ前に出した刀は、グリムジョーの命を刈り取らんとしたウルキオラの刃を偶然にも防いだのだった。

それがグリムジョーには我慢ならなかった。
自らが本能的に察知した命の危機、そしてそれを回避しようと抜き放った刃は確かにグリムジョーの命を繋いだ。
しかし、自らの命を危機へと追いやったウルキオラの刃は、明らかに手加減されていたものだとグリムジョーは判ってしまったのだ。
ほんの一瞬の間に大量の破面を斬殺するだけの力を持ったウルキオラが、ただ我武者羅に突き出した刀にその攻撃を阻まれるはずは無い。

では何故グリムジョーが生き残っているのか、それはウルキオラが『相手を殺すつもりで』攻撃した訳ではないからだった。
ウルキオラはただ試しただけだったのだ、広間にいる破面達がどの程度の者なのかを、自らが振るった刀にどの程度対応できるかを見ただけ、無論避けねば命を刈り取る軌道で放たれた刀をどう避けるのか、それを見ただけなのだ。
結果としてその場にいたグリムジョー以外の数字持ち破面は皆絶命してしまった、唯の小手調べの一撃で。
そしてその小手調べの一撃に命の危機を感じ、唯必死に防ぐ事しかできなかった自身の”弱さ”にグリムジョーは怒っていた。
その怒りは渦を巻き、荒れ狂い、グリムジョーの身の内でのた打ち回り、今も彼を焦がし続けていた。

「いい加減に落ち着いたらどうだグリムジョー、そうして荒れたところで何も変わりはしない。」

「アァ? ウルセェぞシャウロン、ぶち殺されたくなかったら黙ってろ・・・・・・」


グリムジョーのやや後ろ辺りに佇んでいた破面がグリムジョーを諌めようと声をかける。
左目を覆い、横長に伸びた兜のような仮面、面長で痩身の破面、シャウロンと呼ばれたその破面は手を後ろに回し腰の辺りで手を組んで、彼を睨みつけ、ドスの利いた低い声で凄むグリムジョーに更に言葉を続ける。

「そういう訳にもいかない。お前は我らの王なのだ、破面化する前の我らを従え、その身の内に我らの血肉を取り込んだお前が、こんな事で何時までも燻ってもらうわけにはいかnグァッ!」

「黙ってろって言ったろうが・・・俺は今機嫌が悪い、ホントに殺すぞ・・・・・・」


荒ぶるグリムジョーを諌め様としたシャウロンの首を、グリムジョーの右手がめり込むほどの力を込めて締め上げ、その言葉を遮る。
もう少し力を込めれば如何に破面の体と言えど首は折られ、命は潰えるだろう。
燻っているなどということはグリムジョー自身わかっていた、現実として己が力より遥か高みに居る者が現れグリムジョーの信じてきた”力”というものをいとも簡単に打ち砕いていった。
敗北、それも今まで経験したことのない程圧倒的なそれをグリムジョーのプライドは許容しきれず、しかしどこかでそれを受け入れてしまっている自分が居るようで、その敗北を受け入れている自分がグリムジョーにとって何よりも恥ずべき存在であり、怒りの根源であった。

「ッ殺し・・・たければっ、殺すが、良い・・・・・・グッ、しかし、それで、その・・・怒りが、ッ収まらない、ことはッ、おまえ自身が・・・・・・一番わかって、いるだろう・・・・・・グハッ!」

「ッ! ウルセェって言ってんだろうが!!クソが!」


首を締め上げられ今にも折られそうになって尚、シャウロンは言葉を止めず、その両目はしっかりとグリムジョーを捉えていた。
まるでなにか見透かされているようなその視線にグリムジョーはギリッと奥歯をかみ締める。
声を荒げ、グリムジョーは首を掴んでいたシャウロンを円柱へと投げつけた。
背中から円柱へと叩きつけられるシャウロン、円柱には蜘蛛の巣のように罅が入り、地面に倒れこむシャウロンに崩れたその破片がパラパラと降り注ぐ。

「ゴホッ!ゴホッ!ッハァ、ハァ・・・・・・お前は、数字持ちなどで終わる器ではない。ゴホッ!我らの王としていずれ十刃となる存在だ、何時かはあのウルキオラすらも凌駕する・・・・・・そうあって貰わなければ我らの王足りえない。」


よろよろと起き上がり、掴まれていた首を摩りながらシャウロンはグリムジョーにそう告げた。
シャウロンと、他に数体の破面は破面化する前からグリムジョーと行動を共にしていた。
大虚として最上級を目指していた彼らは同じく大虚のグリムジョーと出会い、その強さこそ自分達を牽引する王たる存在とし、彼に付き従っていた。
しかし何時の頃かグリムジョー以外の大虚達は自らの限界を感じ、最上大虚へと至る事を諦めた。
それ故に、力を得ること叶わず、進化の道半ばで立ち止まってしまった自分達より遥かに強大な力を得た王が、こんなところで立ち止まってしまうのは我慢なら無かった。
それが今この場にいない他の者達の総意だとシャウロンは思っていた。

「チッ、ごちゃごちゃとウルセェヤツだ。・・・・・・そうだ、俺こそが王だ! いずれウルキオラの野郎には借りを返す、総てはそこからだ。」


そう、総ては其処からなのだ。敗北を感じたのならばその原因をなくせばいい、敗北を消すには勝利以外ありえない。
即ちウルキオラを打倒して地に這い蹲らせ、その頭蓋を踏み潰す、それ以外この屈辱と怒りを静める方法などありはしないと。
グリムジョーは思う、そのためには力がいる、更なる力が、圧倒的な力が、総てを超越する純粋な破壊の力がいると。
渦巻いていた怒りはその向かう先を見出し、グリムジョーの瞳には総てを破壊する狂気が宿っていた。

「それでこそ我等の王だ。この場にいないイールフォルトやエドラド達も喜ぶだろう。」

「あぁん? 何だよ、ヤツ等まだ回復して無ェのか。」

「あぁ、未だ全快には至っていない。この様な事・・・いったい何が目的なのか・・・・・・」

「そんなものは関係ねぇよ。襲ってくるなら返り討ちにして殺してやるだけだ。」


そう、この場にはシャウロン以外のグリムジョーに付き従う破面はいない。
その総て、いや、グリムジョーとシャウロン以外の数字持ちは、程度は違えど負傷し、その回復を図っていた。
その原因となったのは少し前から始まったある事件、数字の大きいものから順に何者かに襲われ、そのこと如くが打ち負かされ傷を負っていた。
独りになったところを狙われ一対一で勝負を挑まれる、唯それだけの出来事。
始めは破面同士の唯の小競り合いの延長かと思われたそれは、段々とその襲われる数字が小さくなるにつれ、噂として虚夜宮全体へとひろまって行った。
しかし、多くの者が襲われているのに誰一人としてその姿形を語ろうとしない、基本的に破面はプライドが高い、虚(ホロウ)より大虚(メノス)、大虚より破面(アランカル)となまじ強大な力を持っているが故にそれが破られるという事は、先のグリムジョーの例のようになかなかに許容しがたい事なのだ。
それ以前に誰が自分が負けたことを声高に語りたがるものか、それ故にこの襲撃犯の姿は未だ謎のままだった。

「残る数字持ちも私とお前のみ、用心に越した事はない、暫くは独りにならないことだ。」

「用心だ? そんなモンは必要ねぇよ、俺に楯突くヤツは誰だろうと殺す。それに鬱憤を晴らすにはちょうどいい相手だ。」


いずれ自分達の前にも現れるであろう襲撃犯、それに対して警戒しておけと言うシャウロンの言葉に、グリムジョーは獰猛な笑みを浮かべて答えた。
グリムジョーの中に仲間がやられた敵討ち、などという考えは欠片も存在していない、今あるのは闘争を求める本能。
ウルキオラを超える更なる力を求めるグリムジョーにとって、その力を得るための手段とは闘争以外なかった。
相手を殺しその命を奪う、それこそが自らの優生を証明する手段であり自らの力を確認し、また高める唯一の手段だとグリムジョーは考えていた。
ならばこの犯人は丁度良いと、自分以下の総ての数字持ちを打ち倒すその力、その命を奪う事は己の中で確実な力となって戻ってくる。
グリムジョーの中に用心や警戒といったものは無かった、あるのはこの犯人が目の前に現れるのを心待ちにする感情、それだけが彼の内を占めていた。

早く来い、早く俺の目の前に、俺がその喉笛を噛み千切ってやる、と。

「あまり侮るなよグリムジョー、相手は手だれだ。足元を掬われかねんぞ。」

「俺がやられるとでも思ってるのかよ? テメェは自分の心配だけしてやがれ、狙われてるのはテメェも同じだぜ。」

「・・・・・・分かっている。私とてそう易々とやられはせん。」


互いに己が立場を確認する二人、残る数字持ちは自分達のみ、今までの犯人の傾向から独りの時を狙い番号の大きいものから襲う。
グリムジョーの番号は『12』、シャウロンは『11』、数字持ちの番号は単純に破面として生まれた順番で決まる、数字の小さい者ほど古く、大きい者ほど最近になって生まれたという事だ。
しかし小さい数字の者が死亡、或いは戦力にならない場合はその数字は剥奪され番号は繰り上がる。
よって従属官となり、数字持ちとしての上位にいる必要がなくなったなどの例外はあるが、数字が小さい者ほどその実力は高くなり、そう容易く倒すことはできなくなる。
この場合数字の上ではグリムジョーよりシャウロンの方が上になるが、実力から言えばそれは逆転する。
破面化の折、未知の事象にいきなり自分達の王を曝す事を良しとしなかったシャウロンが、その身をもって破面化の安全性を確認したため、グリムジョーよりも先に破面化したシャウロンの数字の方が小さいのだった。
数字の上では次に狙われるのはグリムジョー、しかし、この犯人が見ているのが数字ではなく別のものだとしたら、或いはその順序は反転する可能性を孕んでいた。
それを踏まえたうえでシャウロンも気を引き締めていた。
そんなほんの少し張り詰めたような空気の二人に突然声が降ってきた。



「よう、話は済んだかよ? だったら今度は俺と遊んじゃぁくれねぇか?」


唐突にかけられた声に驚き、その声の主を確認すべく声のする方を向くグリムジョーとシャウロン。
虚夜宮の天蓋に存在する紛い物の太陽を背にするように、その声の主は聳える円柱の上に片膝を立てて腰掛けていた。
逆光になり姿ははっきりとは確認できない、しかしこの距離までグリムジョーとシャウロンの探査回路を掻い潜って接近したその人影、二人は自然と身構えていた。

「テメェ・・・・・・何者だ・・・」

「ハッ、随分と殺気だってるねぇ、言ったろ?ちょっと遊んじゃァくれねぇかって。コッチにもそれなりに事情ってもんがあってよ、さっさと終わらせたいってのが本音さ。 なぁ?破面No11.(アランカル・ウンデシーモ)シャウロン・クーファン、破面No12 グリムジョー・ジャガージャック。」


視線に殺気を滲ませて睨むグリムジョー、人影はそれを鼻で笑うと『遊んでくれ』と言う。
二人の番号と名前を言い当てた上で、だ。

「貴方が数字持ちを襲って回っている犯人ですか?何故この様な事を、全く持って理解不能です。」

「別にアンタ達に理解してもらう必要は無ェんだよ。コッチの事情はアンタ達には関係無ェ、そもそも世界なんてそんなもんだろが、無関係で理解の外の出来事で世界は満ちてんだよ。」

「・・・襲撃犯ということは否定しないのですね。では私達も襲いに来たと考えていいのですね?」


殺気を滲ませて相手を睨み続けるグリムジョーに代わってシャウロンが話し始める。
数字持ちを襲う、恐らくはあの人影がその犯人なのだろう、現に襲撃犯かとシャウロンが尋ねたが肯定も否定もしなかった。
その行為にいったい何の意味があるのか、シャウロンには分からなかった。
自らの力の誇示か、何者かの差し金か、はたまた更なる別な理由か、それを尋ねたところで答えが返って来る筈もなく、その問は無関係と言う言葉で切り捨てられた。

「ハッ、確かに否定はしねぇな。今んところやったヤツ等は全部ハズレでね、アンタ達二人の内どっちかがアタリじゃねぇとコッチとしては割に合わねぇんだよ。」

「ハズレ?それはどういう意味ですか?」

「弱かったって意味だよ。全くハナシにならねぇ、コッチだって好きでこんな面倒くせぇ事してる訳でもねぇのに、その上愉しむ事も出来やしねぇんじゃぁ時間の無駄だぜ全く。・・・・・・まぁいい、そろそろ始めようじゃねぇか。ヨッと!」

戦ってきた全ての数字持ち達をハズレ、弱いと斬って捨てたその人影。
決して数字持ち達の全てが弱い訳ではない、十刃には遠く及ばないものの唯の破面がその総てを一人で倒せるほど弱くも無いのだ。
それをして尚この人影はそれを弱いと言う、そしてその言葉に嘘偽りはない、本当にこの人影が襲撃犯だとしたら数字持ち達はこの人影に総て敗北しているのだから。

いい加減話すのに飽きたのか、円柱の上から人影が飛び降りた。
高所から飛び降りたというのにその人影はふわりとしゃがむ様に着地し、足元の砂がほんの僅かに舞い上がる。
舞い上がった砂が光を反射し、その白い光の中に降り立った人影がゆっくりと立ち上がる。

グリムジョーとシャウロンの瞳は驚愕で見開いていた。
降り立った襲撃犯、短めの金色の髪、左目を縁取るようにして存在する仮面の名残、そして額の中心にある菱形の紅い仮面紋、比較的標準的な破面の白い死覇装の袖を上腕の中程で折り、黒い裏地が関節のあたりまで覗いている。
猛禽類を思わせる鋭く紅い瞳が二人を射抜き、その腰に斬魄刀は挿していないもののその外見だけを見れば破面であることは疑いようが無かった。
しかしその降り立った襲撃犯は明らかに幼く、大人とは到底言えず、少年と言う言葉がその姿を形容する一番正しい言葉に思えた。
その容姿は二人が想像していた襲撃犯のそれから大きく逸脱し、いっそ何かの冗談だと言われたほうがよほど納得がいく事態だった。

「・・・・・・本当に貴方が襲撃犯なのですか?とてもそうは見えないようですが」


シャウロンはその姿を見た素直な観想を口にする。
いや、誰もがそう言うだろう。目の前の少年はその何倍もの体躯を持ち、何倍もの膂力を持つ破面を打ち倒したと言うのだ。
そんなシャウロンの言葉を聴いた襲撃犯の少年は心底落胆し、つまらなそうにその言葉に答えた。

「なんだ、結局アンタもその程度か・・・・・・興醒めだ、アンタも今までの奴等と同じで見た目に惑わされる三流ってこと・・・か。まぁ仕方ねぇ事かもしれねぇな、こんな形じゃぁよ。悪かったな、さっさと終わらせて帰らせて貰うわ。」


少年の落胆振りに困惑しながらも身構えるシャウロン。
見た目で惑わされる三流、そう評価された事に多少の不快感を感じながら、尚もシャウロンの瞳には疑念が篭っていた。
シャウロンとて少年の見た目だけで襲撃犯かどうかを疑ったわけではない、その身のこなしは強者のそれであることは分かる。
しかし少年から感じる霊圧はそれほど大きくなく、所詮子供が霊圧を解放してもそれほど大きくなるとも思えず、斬魄刀すら携帯していない姿は戦いに身を置く者として考えられない浅慮、一対一の状況を作ったとして一度ならば勝利を掴めようが、多くの破面総てに勝てるとはとてもではないが考えにくかった。
本当にこの少年が襲撃犯なのか? 本当は犯人は別にいて、この少年は此方の油断を誘う罠ではないか、シャウロンの頭に多くの可能性が浮かんでは消えていく。


しかしシャウロンがそれ以上思考することは無かった。
彼が最後に見たものは、自分の想像を軽く超える霊圧を放ち、眼前へと迫った襲撃犯の少年の紅い拳だけだった。



「またハズレか・・・この姿で油断してたってのを差し引いてもいくらなんだって脆すぎんだろ。あの女ならこんな一撃軽く避けやが・・・・・クソッ、思い出したくも無ぇ事思い出しちまったぜ。」


シャウロンを一撃の下に叩き伏せた少年、殴り飛ばされたシャウロンは砂漠の地面と平行に移動し、乱立する円柱の一本にその身体をめり込ませていた。
その打ち負かした相手の姿に不満を述べながら、一人自ら思い出したであろう不快な記憶に顔を歪め、足元の砂を軽く蹴る少年。

結局シャウロンは対応を間違えたのだ。
自らグリムジョーに対し侮りは足元を掬うと諭しておきながら、襲撃犯の姿を見て彼はどこかで侮ってしまった。
明らかに自分より小さく、脆いその姿、感じる霊圧も大きくない、自分が負ける要素がどこにある、と。
故に彼は目の前の少年から半ば意識を反らし、自らの思考に没頭してしまった、脅威足りえないモノから意識を逸らし、居もしない別の脅威の存在を自らの中に作り出してしまったのだ。
結果として彼は今その意識を闇へと落とし瓦礫の山へと埋められてしまった。
破面とは決してその姿形で力の優劣が決まる事などありえない、戦闘となれば尚の事、根拠の無い自信、自負を持ち込めば忽ちにその命は潰えるのだ。

「で、アンタはどうするよグリムジョー・ジャガージャック?一応”力”は見せたつもりなんだがな、というよりアンタがハズレの場合全滅だ、それだけは俺も避けた ッツ!!」


思い出した不快な記憶と折り合いをつけた少年がもう一人の標的、グリムジョーに話しかけながら振り向く。
少年にとってシャウロンはハズレだった、いや、総ての数字持ちが彼にとってハズレだった。
だが最後に残った一人、グリムジョーだけは違うと少年は確信していた。
少年は見ていたのだ、あの硝子のような緑の瞳の破面によって創られた斬殺空間から、たった一人だけ生き延びたその破面の姿を。
故に少年は期待していた、此処で退いてしまう様な相手ではない事は分かっている、今までの戦いは総て消化試合のようなもの、ノルマをこなしただけの事、しかし、これから始まるのは唯一自分が望んだ事、それだけのために此処まで続けてきたのだと少年は再確認していた。
軽口を叩きながらもその胸は期待に踊る、早くしろと早鐘を打つ。
言葉と共にグリムジョーの居る方へと振り返る少年。






次の瞬間、鮮血が宙を舞った。









砂時計を返そう
流れは逆転し
現在から過去へ

地に伏す少年は
見据えた未来で
何を得るのか・・・・・・





[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 12
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:35
BLEACH El fuego no se apaga.12






―― 時間は少し遡る



破面化の後、怒りに任せてハリベルへと挑み、結果軽々とあしらわれてしまったフェルナンド。
戦いの中で気絶し、意識を失うという愚を曝した彼は、その意識が戻るとすぐさま再びハリベルへと挑みかかった。
しかし、再び挑みかかったとてその実力差が埋まるはずもなく、それどころかダメージを負った身体はフェルナンドの意思に反し、思うとおりには動かず、まさに致命的ともいえる隙を何度もハリベルに曝してしまう。

そして結果は何度も繰り返される。
飛び掛り、返り討ちにあい、意識を失い、気が付けばまた飛び掛る、それを幾度繰り返しただろうか、いい加減その無意味な繰り返しに辟易したのか、それともフェルナンドを心配してなのかは判らないが、ハリベルがフェルナンドの攻撃を避けながら彼に話しかける。

「・・・もう止したらどうだフェルナンド、いい加減お前も分かっただろう、己が”暴”を振り回したところで私には届かないと。それでは大虚だった頃のお前以下だぞ、頭を冷やせ。」

そう言いながらハリベルはフェルナンドの拳を払い、拳を払ったその手でそのままフェルナンドの手首を掴むとフェルナンドの攻撃の勢いを利用し、自らの力も上乗せしてフェルナンドを背中から床に叩きつけた。
止めとばかりに床が陥没するほどの威力で叩きつけられたフェルナンド、その身体は殴られ、蹴られ、壁に床にと叩きつけられ無数の傷が覆う、まさに満身創痍といった状態だった。

フェルナンドの頭側に立って彼を見下ろすハリベルの言葉はもっともなモノだった。
今のフェルナンドは唯我武者羅に、何も考えずハリベル目掛けて突進する事しかしない猪だった。
本来の彼は戦いを愉しみながらも、自らの勝利のための道筋を考え、それを実行する賢さを秘めていた。
しかし今の彼は怒りに支配されたように唯目の前のハリベルに飛び掛るだけ、そこに策と呼べるものは無くただ己の力を振り回しているだけの、言ってみれば子供の喧嘩、いや、それ以下の状態に見えた。

「・・・ウルセェよ、そんなもんアンタに言われなくても判ってんだ。だがな・・・一度始めちまったからにはそう簡単には退けねぇだろうが。終われねぇだろうが。・・・・・・そういうもんだろうがよ。」

「・・・不器用なヤツだ。退く事を学べ、と言っただろう・・・・・・まぁ、言っても無駄だとは思うがな」


フェルナンドの怒りはとうの昔に収まっていた。
そして今の自分がどう足掻こうが、目の前の女性に届かない事も判っていた。
では何故挑み続けたのか、怒りが冷めているというのに、ダメージを追った身体ではハリベルに敵わないと理解しているのに、何故挑み続けたのか。


それはケジメだった。
たとえ怒りに身を任せ、我を忘れての行動だとしても、自らが先に手を出して始めた戦いに勝てないからといって背を向けることを、フェルナンドは良しとしなかった。
頭では判っている、このまま続けたとて自らが勝利を掴む事は不可能であると、しかしこれは、これだけは”理”で割り切れるものではなく、フェルナンドのそれよりももっと奥の部分が割り切ってしまうことを拒否していた。

それはどんな事にも共通する理念、始めたからには終わらせなければいけない、そして迎えるその終わりは自分の都合の良い様に終わらせてはいけない、結果としてそうなるのではなく、結果を捻じ曲げるように自ら中断するなどという事は、それだけでそこに至る総ての過程を腐敗させ、無価値で醜悪なものへと変えてしまう。

そして、フェルナンドにとってそれは戦いに最も持ち込んではいけないものだった。
戦いとは”死”と隣り合わせ、それ故に”生”を実感できる場所、フェルナンドにとって戦いとはそういうものなのだ。
自ら仕掛けた戦いを自ら止めると言う事は、”死”から逃げる事、即ち”生”の実感を諦める事、故にそれはフェルナンドにとって”死”なのだ。
戦いの最後は必ずどちらかが血を流し、どちらかが地に臥す。
それこそがフェルナンドの知る戦いであり、フェルナンドにとって勝てないからといって退くなどという事は許容できない事だった。

故にケジメ、実際ハリベルがフェルナンドを殺すと言う事は現時点でありえない。
ならばこの自らの愚かな行いにどうケジメをつけるか、結局戦うという事に背を向けられない、”死”に、そして”生”に背を向けられないフェルナンドがとった行動がこれだった。
意識を失うような状態まで戦い、実際意識を失って気が付けばまた戦って、そうして身体は悲鳴を上げ、やがて立つ事すら間々ならなくなり、それでも立ち上がりハリベルへと向かって拳を、脚を振りぬき、そして倒れて、遂には起き上がることすら出来ない状態になる。
戦いに敗れたものは”死”、それに準じた状態まで己を痛めつける、それがフェルナンドの結論だった。


いよいよ動けなくなったフェルナンドにハリベルが話しかける、不器用なフェルナンドを見て砂漠での死闘でも言った『退く事を学べ』と言う言葉を再び口にするハリベルは、しかしそんな言葉をフェルナンドが素直に聴くわけがないと理解していた、その白い衣で隠された口元にはきっと苦笑が浮かんでいる事だろう。
フェルナンドのその不器用さは決して嫌いではないと思うハリベル、そんなハリベルの言葉にフェルナンドは床に大の字になったままハリベルに答える。

「ハッ、判ってるじゃねぇか。それに俺も言ったろうが、俺はそんな大人じゃな・・・・・・チッ、締まらねぇな。」


ハリベルの言葉を鼻で笑い、同じように砂漠で口にした台詞で返そうとするフェルナンドだが”大人”という言葉で自ら地雷を踏んだらしく、バツが悪そうに舌打ちをする。
そんなフェルナンドを見てハリベルはまた苦笑を浮かべる。

そんなやり取りの後、ハリベルは今まで以上に真剣な眼差しでフェルナンドを見つめる。

「フェルナンド・・・」

「あん? 何だよ、笑いたきゃ笑いやがれ、クソ面白くもねぇ・・・」

「そうではない・・・・・・ フェルナンド、この戦いはこれで終わりだ。だが、お前がこれから力を付け、それを存分に使いこなし、何れまた私を殺そうと挑んでくると言うのならば、その時は私の持てる総ての力で相手をしよう。その為に私の元で学んでみる気はないか?」


床からハリベルを見上げるフェルナンドの瞳が驚きで大きく開かれる。
それもそのはず、ハリベルは自らを殺すと宣言したフェルナンドを傍に置き、更にその彼に戦いを教え、鍛えようと言うのだ。
命を狙っていると公言する相手を鍛えるという理解しがたい行動、フェルナンドの驚きは当然の事だろう。
自分を見下ろすハリベルの瞳をフェルナンドはその鋭い瞳で射抜く。
フェルナンドが見上げるその瞳には、その言葉が冗談の類ではない事を示す真摯さがあった。
決して自分が殺される筈がない等という侮りではない。
ともすれば自分が殺される、そういった可能性を充分に理解して尚の発言であると、純粋にフェルナンドを鍛え、強くしようという意思がその瞳からは伝わってきた。

絡む二人の視線、数秒か、それとも数分か、その状態のまま二人は見詰め合う。
そして最初に言葉を発したのはフェルナンドだった。

「・・・・・・アンタやっぱり変わってるな。普通自分のことを殺すなんて言ったヤツは遠ざけるもんだろうが、それを近くに置いて更に鍛えようってンだがらよ・・・・・・まぁ、近くに居たほうが俺としちゃぁ何かと都合が良い。イイぜ、その誘い、乗ってやるよ。」


フェルナンドはハリベルの提案を受けた。
それは確かにフェルナンドにとって都合が良い提案であったし、それ以上に自分に真正面から向けられた言葉を無視できるほど、彼が腐っていなかったという事だったのだろう。
何の打算もなく、策謀もなく、唯純粋に向けられた感情に背を向け逃げるような事は、フェルナンドにとって忌諱すべきものだった。

「そうか・・・では身体が治ったら早速始めよう。お前は破面化して本当に間もない、まずはその身体に慣れる事と、自分の能力を見極める事からはじめる。手始めに十刃以下の数字持ちを全員倒して来い。ただし殺すな、それが終わったら次の段階に入る。」

「アァ? なんだよ、アンタより弱い奴等とやりあって意味なんかあんのかよ? アンタが俺の相手をすればそれで済む話だろうが。」


誘いを受けたフェルナンドに対し、ハリベルは早速一つの課題を出した。
『十刃以下の数字持ちを全員倒す事、ただし殺害は不可』その内容にフェルナンドは異を唱える。
今、目の前に現時点で虚夜宮第三位の実力を持つハリベルが居る、だが何故それより下の者、弱い者と戦わなければいけないのか、最もな疑問であろうそれをハリベルは斬って捨てる。

「今のままでは私も加減し損ねてお前を殺してしまいかねん。それにお前はその肉体での戦闘経験が少なすぎる。戦いの勝敗を決するのは霊圧の大きさでも、武器の強さでも、能力の優劣でもない。総ては経験だ、お前はまず己を知らなければならない、相手である私を知るのはそれができてから、と言う事だ。」


ハリベルのその言葉は、結局のところ今のフェルナンドではどう足掻こうとも自身に勝てないというものだった。
それは破面としての強さもさることながら、今のフェルナンドに圧倒的に足りていないものが在るということだと、それが経験だと語るハリベル。
破面化して間もないフェルナンド、更に今までの特性上、肉体を用いた戦闘の経験はほぼ皆無、それ故にまずはそれを知る事からはじめろとハリベルは言う。
己の有利は何か、そして不利は何か、霊力は、霊圧はどの程度なのか、現在の肉体の特性、耐久力、移動速度、膂力、自らの限界、使用できる力、それに伴うリスク、それを補う策、上げればそれに際限はなく、そのどれも今現在フェルナンドが知らない事だった。
己を知らずして勝利なし、故に数字持ちとの戦闘でそれを見極めろとハリベルは言っているのだ。

「チッ、こんなザマじゃァどんだけ吼えたところで無駄だな。やってやろうじゃねぇか数字持ち狩り、少しぐらいは愉しめそうな奴はいるんだろうな?えぇ?ハリベルよぉ」

「殆どが冷静な貴様なら楽に倒せる程度だ、解放されれば多少梃子摺るだろうがそれも経験だろう。あぁ、それと・・・・・・・コイツはこの試練が終わるまで預かっておく。」

「あぁ?その刀がどうしたよ、そんなもん俺は知らねぇぞ。」


渋々、と言うより現状叩き伏せられ指一本動かせるような状態でないフェルナンドは、ハリベルの言葉を了承する。
それを聴いてハリベルは思い出したように壁際まで移動すると、そこに立て掛けてあった一振りの刀を持ちそれをフェルナンドの眼前へと突き出した。
白い鞘に納められたその刀、その鍔には炎のような模様が描かれ、柄の部分もまた炎のように紅い拵えだった。
見せられたその刀、全く見たこともないその刀、知らないはずのその刀、しかし何か惹きつけられる様な感覚をフェルナンドは覚えた。

「まったくお前は・・・藍染様の御説明を聞いていなかったのか?これはお前の斬魄刀だ、虚としての力の核を封じた刀、即ちお前の力の核だ。」


掲げた刀を説明するハリベルの表情に呆れが混じる。
フェルナンドが惹かれるような感覚を覚えるのは当然の事なのだ、何故ならそれは元々一つであったもの、己の内に存在していたもの、刀という物質へと変貌しようともそれは変わらない、己の一部であり総てだったものだったのだから。

「ケッ、そうかよ。まぁ精々丁重に扱えや、この俺の一部だ、ぞんざいに扱えば独りでにアンタに斬りかかるかもしれないぜ?」


己の刀、力の核だと告げられたフェルナンドは、特に気にした様子もなくそれを取り上げられることを受け入れた。
それに驚いたのはハリベルだ、フェルナンドのことである、真実を告げればきっと「返せ」と騒ぐだろうと予想していたが結果としては逆、あっさりとそれを受け入れてしまった。

「驚いたな、これはお前の物なのだぞ? それを手元に置かなくていいのか?それもこれから数字持ち達の相手をしなければいけないというのに。」

「構わねぇさ、数字持ちとやらを倒せば済むだけの話だろうが、それに刀なんか必要ねぇさ。テメェの事を知るにはテメェの身体だけでやった方が良いだろうがよ。」


若干戸惑ったハリベルがフェルナンドに理由を聞いてみれば、フェルナンドはさも当然と言った表情で答える。
自らの身体を、己を知るのに今は武器は邪魔だと、己の肉体と言う面での性能を見るのに武器は必要ないと。
武器はその手に握っただけで、そして振るっただけで相手を傷つける、それは力であるし、戦いはより力があったほうが有利ではある。

しかしその安易な力に頼っては、何れ破滅を呼ぶ。
武器の強さを己の強さと勘違いし、増長し、己を磨く事を止めてしまう。
それでは意味がない、今フェルナンドがやるべき事は大きな力を得ることではなく、その大きな力を受け止める器を作ること。
そのためには己の肉体に付加する形での力の増加はまだ必要ではない、あくまで己の内にある物のみで事を成すべきだとフェルナンドは考えたのだ。

「お前がそう言うのならば構わん。それが数字持ち達に対する侮りでないことを祈ろう・・・それとフェルナンド、数字持ちの中でも奴だけは、破面No12.グリムジョー・ジャガージャックだけには気をつけろ。あれは数字持ちの中でも別格だ。」

「グリムジョー? ・・・あぁ、あの広間で一体だけ生き残ったアイツか、そんなもん言われなくても判ってんよ。アイツは最後だ、愉しみは後に取っておかねぇと。なぁ、ハリベルよォ。」


ハリベルが唯一警戒しろと付け足した破面グリムジョー、広間でのあの殺戮の時までハリベルは彼の存在を知らなかった。
しかし、あの新たなNo4.、ウルキオラの攻撃を必死ながらも受け止め、命を永らえたその実力はハリベルの中でも評価に値した。
あれは一介の数字持ちが対応できるレベルの攻撃ではなかった。
ハリベル達十刃から見てウルキオラが手を抜いているのは明らかだったが、それでもあの攻撃は速かった。
それを紛いなりにも防いだグリムジョー、十刃には未だ届かないまでも、その実力は他の数字持ち達からは抜きん出ていると言えるだろう。

それを聞いたフェルナンドは気を引き締めるどころか、愉しそうに笑う。
フェルナンドとてあの広間にいたのだ、ウルキオラの攻撃も、そして生き残ったグリムジョーのことも覚えているだろう。
それをして尚愉しみだと笑うフェルナンド、その幼いつくりの顔に全く持って似合わない猛禽類の様な鋭い瞳は、既に獲物を捕らえているのだろう。

「ククククッ、嗚呼、今から愉しみで仕方ねぇなぁ。」

自然と笑い声が漏れる、そして身の内で燃え上がる魂の猛りを、フェルナンドは確かに感じていた・・・・・・







狂喜する
襲い来る獣の爪
それをして尚狂喜する

狂気する
襲い来る熱風の渦
それをして尚狂気する












ちょっとしたおまけ



「・・・・・・そういえば先ほどから随分と馴れ馴れしく私の名を呼んでいるなフェルナンド、仮にも私に師事するのだ、敬称ぐらい付けたらどうだ。」

「お断りだね。俺はアンタの下に付いたんじゃねぇ、立場はあくまで対等だ。それにアンタだって随分と前から俺の名を馴れ馴れしく呼んでんじゃねぇか。御相子だろうがよ、そんなにハリベルって呼ばれるのが嫌だってんなら『ティア』とでも呼んでやろうか?えぇ?」

「なッ!ティアだと!?誰がそんなことを言った!私は敬称を付けろと言ったのだ!」

「・・・・・・何そんなに動揺してんだよ・・・ちょっとした冗談じゃねぇか。止めろよな、そんな反応されっとコッチまで気まずくなんだろうが」

「五月蝿い!お、お前が余計な事を言ったのが原因だろうが!・・・もういい!敬称は要らんし呼び捨てで構わん。ただし・・・・・・分かっているな?」

「オ、オゥ・・・そう睨むんじゃねぇよ。ッたく分かってんよハリベル、これでいいだろうが、全くおかしな奴だぜ。」

「ハァ、誰のせいだと思っているんだ、まったく・・・・・・」










[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 13
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:37
BLEACH El fuego no se apaga.13










飛び散った鮮血は白い砂漠に紅い染みを残した。

シャウロンを降したフェルナンドは、最後に残った標的であるグリムジョーに振り返る。
結局のところハリベルの言ってよこした課題は、フェルナンドにとって思った以上に有意義なものだった。
確かに数字持ち(ヌメロス)、それも数の大きなものはフェルナンドにとって取るに足らないものだったが、しかし自らの身体を知る事や昔の身体との感覚のズレ、戦い方の違いなどを知るには丁度いい相手だったとも言えた。
口では全員ハズレだったと言うフェルナンドだが、数字が小さくなるにつれ中には多少の苦戦を強いられる者、解放されれば多少なりとも梃子摺る事もあった。
そしてその総ての経験が糧となり今フェルナンドの内にある、それを存分に振るえる相手も目の前にいる、待ち焦がれた再会とこれから始まる至高の時間にフェルナンドは歓喜していた。

「で、アンタはどうするよグリムジョー・ジャガージャック?一応力は見せたつもりなんだがな、というよりアンタがハズレの場合全滅だ、それだけは俺も避けた ッ!!」


グリムジョーに話しかけながら振り向くフェルナンド。
半ばまで振り返り、視線だけを先にグリムジョーへと向けた彼の視界に入ったのは、まさに眼前まで迫ったグリムジョーの指先だった。
ほんの数瞬の後にはその指先はフェルナンドの眼球に達し、それを楽々と突き破り、恐らくそれでも止まらず頭蓋を貫き、そしてその中身をあたり一面へと撒き散らす事だろう。

考えるよりも早く身体は反応した。
正しく眼前に迫った危機に、フェルナンドは瞬時に頭をずらしてそれを回避しようとする。
しかし高速で繰り出されるその突きを完全に避けきる事はできず、グリムジョーの貫き手によってザックリとそのコメカミ辺りを抉り取られてしまうフェルナンド。
それでもこの奇襲を避けられる辺り、フェルナンドは己が身体を完全に掌握したという事だろう。

頭をずらして攻撃を避け、その場で軽く屈みながらグリムジョーを見上げるフェルナンド。
グリムジョーの方も右腕を伸ばした状態でそれでも貫き手を避けたフェルナンドを見失う事無く、しっかりとフェルナンドを見据えていた。
刹那の交錯、見上げるフェルナンドと見下ろすグリムジョー、絡み合う視線。
しかしそれも一瞬、フェルナンドは弾かれる様に後方へと飛ぶとグリムジョーと距離をとる。

「人が話してる最中だってぇのに攻撃・・・かよ。 随分とまぁ手癖が悪いんだな、グリムジョーさんよォ。」


距離をとったグリムジョーを睨みつけながらも口の端を少し上げ、皮肉を零すフェルナンド。
対するグリムジョーはそれに言葉を返すでもなく、多少腰を落とした低い体勢を保ったまま濃厚な殺気を漂わせ無言でフェルナンドを睨みつけている。
皮肉げな笑みを浮かべたフェルナンドと唯無言で睨みつけるグリムジョー、それが両者の最初の邂逅であった。






グリムジョーが最初に件の襲撃者の姿を確認した時に抱いた感情は”怒り”だった。
何故なら襲撃犯を名乗るソレは明らかに子供の姿をしていた。
グリムジョーを前にして『遊んでくれ』と、暗に『自分と戦え』とそう発したその声はどこかまだ高い印象を与える音で、その顔の作りも未だ幼いという言葉が適当であった。

唯一違ったのは幼さとは無縁と思えるその瞳、鋭い刃物のようなその瞳、触れるもの総てを切裂き、その血を湛えたかのような紅い瞳。
そしてその瞳に浮かんでいたのは”喜色”だった。
それは命を刈り取る事を愉しむものではなく、ただ純粋に戦う事への喜びを滲ませていた。
戦いへの衝動、どちらが強いかという単純な解を得るためだけに拳を、刀を、持てる力の総てをぶつけ合える事が楽しくて仕方がないという喜び、それがその紅い瞳に満ちていた。

グリムジョーはそれが気に入らない。
自分を前にして、自分という王を前にしてそれに楯突き、更には自分との戦いを愉しもうとするその瞳が気に入らない。
グリムジョーにとって自分こそは”狩る者”であり、相手は”狩られる者”なのだ、相手はただ悲鳴をあげ、肉を裂かれ臓腑を撒き散らし無残に屍を曝すだけ存在なのだ。

それが喜色を浮かべた瞳で自分を見ている、自分を格上ではなく明らかに対等としてみている。
それは許されない事、弱肉強食、自然の連鎖、摂理を捻じ曲げるかのごとき行為。
その瞳を向けられていること自体がグリムジョーの怒りを加速させる。
自分との戦いを愉しもう等というふざけた思考が許せない、愉しむなどと考えた事を後悔させてその息の根を止めてやる。
グリムジョーの頭の中をその考えが占めていった。


そう考えていたグリムジョーの目の前で、襲撃犯の霊圧が一瞬膨れ上がり、シャウロンが殴り飛ばされていた。
しかしグリムジョーにとってそんなことはどうでも良い事だった、身体は既に駆け出し、引き絞られた右腕は渾身の力と速度でもって、襲撃犯の頭を貫かんと打ち出されていた。
必殺のタイミングで打ち放った貫き手は、寸前で避けられ相手の命を奪うまでには至らなかった。
しかし全く当たらなかったという訳ではなく、襲撃犯に傷を残していた。
右手の先から赤い雫がポタポタと流れ落ちる、それは実感、相手の命を傷つけたという殺意の証明。
息の根を止めるには至らなかった、しかしこれで良いともグリムジョーは思っていた。
自分との戦いを愉しもうとしたその考えを折り、四肢の総てを千切って切り刻み、許しを請うその口を踏み潰し、心臓を引き摺り出して眼前で握り潰す様を見せ付ける、絶命するその瞬間まで後悔させるのだ、グリムジョー・ジャガージャックという存在を舐めた事を。

(ブッ殺してやる、クソガキィ!!)


渦巻く感情のまま、グリムジョーは怒りを湛えたその瞳で襲撃犯を睨み続けていた・・・




―――


一瞬の交錯はそのまま静かに戦いの火蓋を切って落とした。
方やそのコメカミ辺りから血を流しながらも、どこか愉しげにその顔に笑みを貼り付けるフェルナンド。
方や体制を低くし、獲物を狙う肉食獣の如き雰囲気を漂わせ、その獲物たるフェルナンドを睨み続けるグリムジョー。
静かな睨み合い、二人の戦いは静かな立ち上がりを見せていた。

「ハッ、ダンマリかよ。まぁいいさ、コッチも別に御喋りに来た訳じゃぁねぇ。俺はフェルナンド、フェルナンド・アルディエンデだ、つい最近破面化したばっかりでねぇ。よろしく頼むぜ?先輩。」

「ッ・・・・・・・・・・・・」

辺りをグリムーの猛烈な殺気が包み込んでいるその中で、その殺気を一身に受け止めているであろうフェルナンドは、それを意に介さぬ様な素振りでグリムジョーに自らの名を名乗った。
グリムジョーはそんなフェルナンドの言葉にもやはり何一つ言葉を返さなかったが、フェルナンドに叩きつけられる殺気は先程よりも更に強いものになっていた。

フェルナンドは両の拳を軽く握り目線よりも少し低い位置で構える、そしてその口元に浮かぶ笑みが皮肉を込めたそれから変わる。
全身に叩きつけられる殺気、それを受けてフェルナンドの身体の内から湧き上がるものがあった、それは純粋な歓喜。
強い者と戦えるという事、命を削りあうような戦いができるという事、その末に得られる実感、それ以上のものなどフェルナンドの中には在りはしなかった。
フェルナンドの口角が上がる、ニィっと白い歯が覗く口元と、相手を射抜く瞳が作る笑顔は何とも凶悪なものだった。


拳を構えたフェルナンドと、両手を開いたまま少し腰を落とし、腕を下ろしたままのグリムジョー。
次の瞬間睨みあう両者から霊圧が吹き上がり、両者の足元の砂が爆ぜる。
一瞬の内に互いに手の届く領域の中まで移動した両者、最初に動いたのはグリムジョーだった。
手を開き、まるで爪を立てる様に力を込めたそれを、フェルナンドの首を横凪にするように振り抜く。
フェルナンドはそれをしっかりと確認して紙一重で避けると、更にグリムジョーの懐に大きく左足を一歩踏み込みその腹部を目掛けて右の拳を打ち込もうとする。
フェルナンドとグリムジョーの身長差では頭部を狙うことは難しい、シャウロンの時のように相手に油断があれば別だが今のグリムジョーにそれは無い、故に的としても大きい腹部を狙うフェルナンド。
充分な体勢で打ち出されたそれは、或いは先程シャウロンを一撃の下に沈めたそれと同等か、それ以上の威力を有していた。
しかしグリムジョーはその拳を左の掌で受け止めると、がっしりとその拳を掴みそのまま腕一本で力任せにフェルナンドの身体を頭上へと持ち上げ、そのまま一気に振り下ろした。

拳を掴まれたまま今まさに地面へと叩き付けられようとしているフェルナンド、地面と言っても砂地であるため例え叩き付けられようとも重大なダメージを負う事は無いだろう、だが態々叩きつけられてやる必要は無いと、自分の拳を掴んでいるグリムジョーへもう一方の拳を叩き込む。

「オラ!」


狙いは”手”さらに正確に言えばフェルナンドの拳を掴んでいる”指”、其処へ強烈な一撃を叩き込んだ。
掌全体から腕でなら受け止められる衝撃も、たった一本の指で受けきれるはずも無くグリムジョーはほんの少し顔を歪め、拳を掴んでいた手を離した。
拳から解放され、本来叩き付けられる筈だったフェルナンドの身体は宙へと抛り出される。
そのまま宙で一回転しながら砂漠へと着地するフェルナンドは片手を着きながら地面を擦り、砂煙を立てながら着地するとグリムジョーを確認しようと顔を上げた。
だがその直後、強烈な爆発音と共にグリムジョーの足元の砂漠には小さなクレーターが出現していたのだ。
それはグリムジョーが砂漠をその足で踏みつけた衝撃で誕生したもの。
そのグリムジョーが踏みつけた場所は、本当ならば叩きつけられたフェルナンドの頭部があったであろう場所だった。
もしフェルナンドがあのまま拳を掴まれ、その状態から脱出できなかったとしたら今頃彼の頭は砂漠を穿ったその力を受け、グリムジョーの足の下で無残に弾けていた事だろう。

「・・・・・・・・・フン。」


少し顎を上げてフェルナンドを見下ろすようにしたグリムジョーが、嘲笑うかのようにフェルナンドを見て鼻で笑う。
グリムジョーが態々砂漠を踏みつけたのは、一種の意思表示だった。
お前など一撃で殺せるのだという事、お前はそうやって必死に逃げなければ直ぐに殺されるという事、大地に臥しているお前とそれを見下ろす自身、それこそが本来のあるべき姿であり覆る事のない事実であると。
どちらが上でどちらが下か、それを明示するような意思表示。
しかし、そんなグリムジョーの姿を見ながらフェルナンドは己の昂りを感じていた。

(チッ、オレの事を見下して随分とまぁ嬉しそうだ・・・な。それにしても判っちゃいたがこれはなかなか・・・・・・簡単にオレの拳を受け止めるかよ。 だがまぁ、まだ始まったばっかりだ、愉しもうぜ?グリムジョーよぉ)


五秒にも満たない交錯は、完全にグリムジョーに歩があったと言える。
フェルナンドはグリムジョーの最初の一撃を容易に避けたものの、返しの一撃を容易く受け止められ更にそのまま捕らえられてしまっていた。
そして拳を掴まれたまま片腕で掴み上げられ、その手を外す事が出来ていなければ勝負は既についていたかもしれなかったのだ。

先の一瞬で単純に肉体的な力という部分に関して、フェルナンドは現状グリムジョーに遠く及ばないという事が証明された。
だがそれも当然と言えるかもしれない、多くの数持ちを倒してきたフェルナンドではあるがその身体は少年そのもの、対してグリムジョーは細身ではあるがその身体にはしなやかな筋肉の鎧を纏わせている。
身長、体重、筋肉量、骨格、あまりにも違う二人の肉体、フェルナンドがグリムジョーに対して力負けしてしまうのはある意味道理とも言えた。

だが、だからといってフェルナンドが容易く勝ちを諦めるかといえばそれは否だ。
そもそもフェルナンド自身グリムジョーや他の破面等の成熟した身体と比べ、自分の身体に肉体的な力で有利な点が無い事は判っていた。
小さく、細く、凡そ成熟とは程遠いその身体は、どう足掻こうとも力負けしてしまう。
ではフェルナンドはどのようにして数多くの数字持ち達を打ち倒してきたのか?
肉体的な力が足りない、ならばどうするか。
答えは単純である、足りないのならばそれを補えばいいのだ。





依然、余裕の態度を崩さずに居るグリムジョーにフェルナンドが襲い掛かる。
その場から動かないグリムジョー、フェルナンドは真正面からグリムジョーへと突っ込みその拳を打ち出すが、それはグリムジョーの右腕に難無く阻まれる。
しかしフェルナンドの攻撃はそれだけで終わらない、拳の連打、それはまるで拳の弾幕の様に、打つごとに回転を上げるかのようなその連打をしかしグリムジョーはその右腕一本で防ぎ続ける。

「チッ!」


舌打ちと共に今まで拳を受け続けていたグリムジョーが動いた。
力任せに右腕を薙ぎ、フェルナンドの攻撃をはじき返すとそのままフェルナンド目掛けて前蹴りを放つ。
その蹴りはフェルナンドの腹に見事に突き刺さり、フェルナンドの身体はくの字に折れ曲がると蹴りの勢いそのまま弾き飛ばされる。
普通に考えればそれで終わり、体格差に力の差、それは攻撃の威力に直結し、脆さを孕む少年の身体がその威力に耐えられる筈も無い。

だが、見事に蹴り飛ばされた筈のフェルナンドは、にもかかわらずふわりと砂漠に着地した。

(蹴りの感触が軽い。 あのガキ・・・俺の蹴りが当たる寸前に自分で後ろに飛びやがった。小細工だけは上等らしいな・・・・・・ )


グリムジョーはその蹴りの感触から、フェルナンドに然したるダメージが無い事は判っていた。
あまりにも軽い感触、本来ならば骨の二本や三本ならば折れても可笑しくない威力だったそれの感触とは、あまりにそれはかけ離れていたからだ。
故に相手が戦闘を続行するのになんら支障が無い事も分かっていた。

「オイ、クソガキ。 それがテメェの全力か?随分デカイ口叩いた割には情けねェな。地べたに這い蹲ってみっともなく謝るなら今のうちだぜ?」


嘲笑うかのようにフェルナンドを挑発するグリムジョー、実際此処まででグリムジョーにとってフェルナンドは脅威にはなりえていない。
発する霊圧こそそれなりのものだが、あくまでそれなり(・・・・)であるし、未だグリムジョー自身に目立った外傷は皆無であった。
それ故の余裕、身のこなしこそ目を見張るものがあるがそれだけ、故に余裕、グリムジョーの口元が愉悦の笑みで歪む。

「ハッ、まぁそう焦んじゃねぇよグリムジョー。どうにも俺は寝てたみたいだ・・・・・・アンタのお陰で漸く目が醒めた、こっからはちょっとばかり本気で行こうか!」


そんなグリムジョーの挑発を鼻で笑い飛ばしたフェルナンド。
今までの自分を眠っていたと証する彼の言葉はには、虚勢や強がりの類は感じられず、それが真実であると言わんばかりに彼は再びグリムジョーへと突撃する。
またしても正面から挑みかかるフェルナンドのそれはあまりにも愚直、あくまでも正面から打倒する事のみを目的としているかのようなその行動は、大虚だった頃の彼からしてみれば考えられないものだったろう。
正面から斬りかかろうと後ろから突き刺そうと結果は同じ、卑怯だと罵られようが勝利した方が正しいというフェルナンドの根本的な考えは恐らく変わってはいない。
だがハリベルとの真正面からのぶつかり合いが、フェルナンドに小さな変化をもたらしたのだろう。
取るに足らない相手ならばそれでもいいだろう、しかし己の目的、”生の実感”というものを得られるような戦いに、フェルナンドは後ろから突き刺すような戦い方を無意識に選ばなくなっていた。
己の目的に真摯に向き合った時、それにたどり着くための手段は恐らくはそれではないとフェルナンドの奥底の部分が感じたのだろう。
故にフェルナンドは真正面からグリムジョーへと挑む。


再びその拳でグリムジョーを攻撃するフェルナンドだが、今までと同じように右腕がそれを阻む。
しかし今回はそのまま拳の連打が始まるのではなかった。

拳を防いだグリムジョーの左膝がガクリと折れたのだ。
それはフェルナンドの左足の蹴りが内股側からグリムジョーの膝の裏を突き刺し、無理矢理に膝を曲げた為。
突然の出来事に驚くグリムジョーを他所にフェルナンドの攻撃は止まらない。
左膝を打ち抜いた蹴りは地面へと戻る事無くそのまま弧を描くように跳ね上がり、体勢を崩したグリムジョーの顔を目掛けて襲い掛かったのだ。
フェルナンドの蹴りがグリムジョーに迫る、太刀の一撃にも似たその蹴りをからくも鼻先で避けるグリムジョー、しかしフェルナンドはまだ止まらなかった。
フェルナンドは振り抜いた左足の勢いを利用し、更に身体を支えていた右足を踏み切ると体幹を軸に独楽の様にくるりと身体を回転させたのだ。
踏み切りと蹴りの勢いを利用し、一撃目の蹴りより深い部分を抉る右の足刀が再びグリムジョーへと迫る。

(もう一発、だと!?)


体勢を崩されたところを更に無理に蹴りを避けたグリムジョーは、最早そのフェルナンドの右足を避ける事はできなかった。
吸い込まれるようにフェルナンドの右足がグリムジョーの顔に直撃すし、衝撃が彼の脳を揺らす。
受けた衝撃は軽いものではないがしかし、グリムジョーの自尊心はその一撃で意識を飛ばす事を断固として拒否した。
意識を繋いだグリムジョーは怯まずに返す刀で右腕を振るい、その右の拳がフェルナンドを襲う。


(チッ! 入りが浅いか!)


仕留めたと思った蹴りはその実相手の意思を刈り取るには至らず、フェルナンドは内心舌打ちを零す。
しかしそんな思考の隙など与えないとでも言うかのように直後放たれたグリムジョーの拳。
自らを襲うグリムジョーの拳を両腕を十字に交差させ、その一撃を受け止め吹き飛ばされたフェルナンドはかろうじて砂漠に着地する。

しかしそこでフェルナンドを不運が襲った。
着地と同時に砂に足を取られ、彼は体勢を崩すどころか後ろに倒れ込みそうになってしまったのだ。


「ッ!!」


倒れそうになる身体を咄嗟に右手で支えるフェルナンド。
これを見たグリムジョーはそれを好機と捉え、フェルナンドとの間合いを一気に詰め覆いかぶさるように上体を屈め、右腕を振り上げた。
そこには今正に振り下ろさんとされる手刀が、それが自分を舐めた罪に対する断罪の刃だと言わんばかりの殺意を込めて放たれる時を待っていた。


「死ね! クソガキィ!!」


怨嗟と共に振り下ろされるグリムジョーの手刀。
或いはそれは当然の行動ではあった。
戦いの最中に体勢を崩し倒れこむという本来ありえない出来事、その致命的な隙を見逃さずに己の好機として活かし、戦いを決する。
本来ならばそれは正しい行動だった。

しかし今この場においてそれは正しい行動とは言いがたかった(・・・・・・・)。
眼を曇らせたのはその殺意かそれとも傲慢なまでの自尊心か、目先の勝利、愚かなる者へ死を与える瞬間を前にして、グリムジョーはそれに酔ってしまったのだ。






それが罠であると疑いもせずに。



「ハァァア!!!」


裂帛の気合と共にフェルナンドが仕掛ける。
倒れたと見せかけて(・・・・・)大地に着いた右手を支えにして無理やり下半身を持ち上げると、その勢いのまま自分の射程圏内に入ってきたグリムジョー目掛け下から蹴りを打ち上げたのだ。
自らの失態を装う事で再び自分の射程圏内へと再び収めたグリムジョーの頭部目掛けて奔しる蹴り、作戦は成功しその蹴りは寸分違わずグリムジョーの頭部へと再び吸い込まれるように迫る。


(何・・・だと!!?)


驚愕の表情で迫り来るそれを見るグリムジョー、彼からしてみればそれは予期せぬ反撃だった。
相手は体勢を崩し最早死に体、それに自分が止めを刺すというまさにその瞬間に自分の下から蹴りが伸びて来ようなどと誰が思うだろうか。
攻撃の態勢に入っているグリムジョーはその蹴りを大きく避ける事が出来ず、故に首だけを動かし何とかそれを避けようとする。

「ウォォオオオオ!」

グリムジョーから自然と零れる叫び、常の彼からは想像も出来ない必死さを感じさせるそれは、自らが負けることを認められないが故のものだったのだろうか。
ふざけるな、認められるものかと、自ら罠に嵌り負けるような事が、それもこんな奴に負ける事が許される筈が、いや許せる筈が無いと。
そしてその必死さは実る。

フェルナンドの間隙の一撃はグリムジョーの頬を掠めるのみに留まり、未だグリムジョーは健在であった。

「フン、惜しかったなクソガキ、だが、これで終いだぁぁ!!!」


相手の一撃が不発に終わり最早その体勢からの反撃などありはしないと、グリムジョーは勝ち誇ったような笑みを浮かべてフェルナンドを見下ろし、その手刀を振り下ろした。

しかし、その瞬間グリムジョーは自分の頬を一陣の風が撫でたような気がした。
野生の勘、とでも言えばいいのだろうか、彼はそれを感じそして敵を殺す間際の愉悦に浸りきる直前の所で見たのだ。

今まさに殺されるであろうフェルナンドの口元に、未だ笑みが浮かんでいる様子を。

直感、考えるよりも尚早くグリムジョーは自らのそれに従い攻撃を止め全力でその場から飛び退く。
あのまま攻撃していれば何かが起こる、明確な光景が浮かんだわけではないがそれでも薄ら寒いものを彼は感じたのだ。
そして直後に聞こえたのは轟音、見ればフェルナンドの右足の踵が砂漠に突き刺さりその周りに先程自分が作ったようなクレーターが出来上がっていた。

(クソがッ! 一度抜けた蹴りが戻ってくる・・・だと!?)


目を見開き、驚愕の表情を浮かべるグリムジョー。
そう、それ以外に今グリムジョーの目に映る光景を説明する方法は無かった。
フェルナンドは最初に打ち上げた蹴りが避けられると、支えにしていた右腕に力を込め蹴りと身体の勢いを止め、更に身体の重心を後方に抜くことで身体ごと飛び出した蹴りを再び自らの方へと呼び戻したのだ。

先程の独楽を模した蹴りと今回、傍から見れば同じ変則的な二段蹴りであるがしかしその威力は違ってくる。
グリムジョーにとって、先程の回転蹴りは予想外だったとはいえその目で捉え、来る事が分かっていた。
来る事が分かっているという事は、それに対して対応できるという事だ、避けるなり耐えるなりの選択が出来る、グリムジョーの場合耐えるという選択が出来た結果反撃に出る事ができた。

では今回の蹴りはどうだろうか。
同じ二連続の蹴りではあるが、後頭部を狙ったその二撃目をグリムジョーは捉えていなかった。
来ると分かっていないのだから避けるという選択は無く、さらに耐えるという選択も無い、それは迫る攻撃に対しそれを全くの無防備状態で受けるという事、そしてそれはあまりに無謀な行為。
今回は“野生の勘”によって救われたが、もしあのまま戻ってきた二撃目を喰らっていたのなら一瞬ではあるがグリムジョーの意識は飛んでいたかもしれない。

「ハッ! 今の(・・)も避ける・・・かよ。・・・・・・クククッはははははははははは!!!イイねぇ最高にイイ!今まで雑魚しか相手にしてねぇ分余計にイイぜ!あの女もそうだし、あのいけ好かねぇ緑目野郎もそうだ!此処には俺の望を叶えられそうなヤツがゴロゴロしていやがる!」


そんなグリムジョーを他所にフェルナンドは狂ったように嗤う。
純粋な喜び、攻撃を避けられたというのにそれが嬉しくてたまらないといった風のフェルナンド。

「さぁもっとだ!もっと!もっと!もっと!!アンタの力はそんなもんじゃないはずだ!魅せてくれよ!焦げ付くような魂の咆哮をよぉぉおお!!!」


叫ぶフェルナンド。
その表情は最早少年ではなく、ただ戦いに餓えた獣のそれだった・・・・・・














砂漠に立つ二体の獣
知りたい事は唯一つ
どちらが強いか
唯それだけ









2012.03.26改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 14
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:41
BLEACH El fuego no se apaga.14








「ハハハハハハハハハハハハハ!!!」


狂ったような笑い声が響く。

その声の主はフェルナンド、己が必殺のタイミングで放った攻撃が避けられてしまったにも拘らず彼は笑う。
それは虚勢等ではなく、ただ単純に嬉しくて仕方がないといった笑い声だった。


フェルナンドは先の一撃を放った瞬間、完璧に“入ったと”確信していた。
グリムジョーに対して放った蹴りは彼の視界から外れ、そして”戻る”蹴りはその意識からも外れた正に奇襲と言えるものだったからだ。
しかしグリムジョーはその完璧な奇襲を避けてみせた。
それはフェルナンドにとって想定外の出来事であったが、同時に想定外であることを喜ぶべき出来事でもあったのだ。

己の確信を覆す相手、それが目の前にいる。

それがフェルナンドには嬉しくてたまらなかった、ザックリと抉られたコメカミの痛みなどとうに感じない程の興奮と高揚。
想定道理の戦いなどつまらない、予定調和の戦いに意味など無い、戦いとは常に己の想像を裏切り続いていくもの、それを超えて相手を打ち倒してこそ戦いは真に意味を持ち、そうでなければ面白くないと。


「テメェ・・・・・・さっきのアレは何だ、蹴りが戻って来るだと?ふざけやがって・・・・・・」


一人歓喜の高笑いを続けるフェルナンドに、グリムジョーは憎憎しげな視線をぶつけながら話し掛ける。
グリムジョーが先程の攻撃を避けられたのは、彼の無意識の産物だった。
ほんの一瞬感じた感覚、それに頭が反応する前に体が反応した、瞬時に自らの攻撃を中断するとその場から全力で飛び退くという反射行動、それが結果としてフェルナンドの攻撃を避ける事に繋がっていた。

だが、グリムジョーにとってそれは信じられない事でもあった。
自らが感じた感覚、その場から飛び退く事を即決させた感覚、それは間違いなく“恐怖”であったのだ。
幼い容姿、そして愚かにも自分との戦いを愉しむと謳った一体の小さな破面に、一瞬とはいえ彼は恐怖したのだ。
そしてグリムジョーはその身に滾る怒りと同時に、フェルナンドという奇妙な破面を計りかねていた。


「ハッ、別にふざけてる心算は無ぇよ。コッチは不本意ながらもこんな形(なり)なもんでね、周りに比べてどうにも力は落ちる。まぁただ馬鹿みたいな殴り合いも嫌いじゃねぇんだが、非力な俺が手っ取り早く相手を殺るにはどうするか、と思って考えた結果ってぇ訳さ。お気に召したかよ、グリムジョー?」


グリムジョーの問にあっけなく答えるフェルナンド。
そう、少年の姿をしているフェルナンドにとって、戦闘の中で最も相手との差が生まれるのは純粋な”力”であった。
例外も居るには居るが大抵が成人した人間と同じような容姿をしている破面、その大抵の破面と少年の姿をしたフェルナンドではどうしてもその筋力量、骨格などから振るえる力に差が生まれる。
破面達の戦闘とは基本的に己の霊圧と膂力に頼った力押しである。
力と力のぶつけ合い、人の姿をしていたとしても、大虚という“獣”であった時の方が圧倒的に長い彼らにとって戦闘とはそういうものなのだろう。
知性を持っていたとしても、長い年月で染み付いたその本能というべきものはそう簡単に消え去りはしない。

それはフェルナンドとて同じであった。
ハリベルから言い渡された数字持ち(ヌメロス)を全員倒すという試練を始めた頃は、真正面からの力押しで楽に対応する事、それ以外の戦闘をしなかったのもいい例だろう。
しかし、相手の数が小さくなるにつれ“差”が明確になっていった。
決してフェルナンドが弱い訳ではない、むしろ霊圧などはフェルナンドの方が勝っているような相手に苦戦する事が多くなっていったのだ。
それは単純な力負けだった、フェルナンドのゆうに3倍はありそうな体躯の破面、その体躯に見合った猛烈な力を振り回すだけの相手にフェルナンドは苦戦したのだ。

フェルナンドにとってそれは屈辱だった。
明らかに格下の相手に苦戦を強いられる自身、それも総ては単純に力が弱いと言うただそれだけの事で。
だがだからと言って不平不満を漏らすことをフェルナンドはしなかった。
奥歯を噛締め拳を握り締めその屈辱に耐え、考えたのだ。
“力が弱い”
それを今すぐに変える事は出来ない、ならばどうするか、どうすればこの身体で奴等を倒す事ができるのか、そう考えた末にフェルナンドがたどり着いた答えのうちのひとつが“研鑽”だった。

ただ力をぶつけるのではなく、どのように力をぶつけるか、相手の何処その力をぶつければ効果的なのか、それらを行うのに最も適した動きとはどんなものか、その動きは戦いの中のどの瞬間に起こすのが最適なのか。
数字持ち達との戦闘の中でフェルナンドは少しずつそれらを試し、吟味し、付け足し、または切り捨ててそれを創り上げていった。

いかに効率良く相手を壊すか、それだけを追求して。

そして生み出されていったのが先ほどみせた体術。
五体を駆使し、いかにして相手を打倒し屈服させそして絶命たらしめるか。
それだけを念頭に置いて編み出されていった未だ完成には遠く数もそう多くないがしかし、それこそがフェルナンドが研鑽の後に得た“力”だった。

「チッ、まぁいい・・・・・・テメェがどんな攻め方をしようが関係な無ぇ、俺がテメェを殺すっていう結果は変わらねぇ。強いのは俺だ!」


フェルナンドをしっかりと見据え、グリムジョーは宣言する。
フェルナンドの放つ攻撃は確かに脅威ではある、自分の意識の外や、思いもしない場所から向かってくる攻撃はどうしても対応に遅れが出る。
だがグリムジョーにとってそれは二の次となっていた、身に滾る怒りのままに殺そうとした相手に感じた一瞬の恐怖、格下だと思っていた相手が急に自らと同等の位置にまで上がってきたような錯覚、それを振り払うように自分の方が強いとグリムジョーは宣言したのだ。

「あぁそうさ、それでイイぜグリムジョー。アンタは“ホンモノ”だ、あの女には『殺すな』と言われたがそんなものは関係ねぇ、そんな加減をして勝てるほどアンタは弱くない。本気のアンタを倒してこそ意味があるんだ、アンタを倒して俺は更に強くなる。」

「俺を倒す、だと? 相変わらずこの俺に勝てる気でいやがる・・・・・・・・クソ生意気な餓鬼が! その態度が! 眼が! 気に入らねぇんだヨォォ!!」


グリムジョーの叫びと共に彼の霊圧が開放される。
今までの比ではないその水浅葱色の奔流、フェルナンドの肌を突き刺すような殺気と共に放たれるその霊圧の凄まじさは、グリムジョーが何にもまして本気であるという事を如実にものがたっていた。

「ハッ、勝てる気かって? そんなもんは当たり前だろうが! 何処に始めから敗ける気で戦うヤツがいるものかよ! 必勝の覚悟もなしに戦いに挑む馬鹿野郎は、どんな世界でも真っ先に死んで逝くって決まってんだ! はじめようぜグリムジョー! こっからは・・・・・・殺し合いだァァアァァ!!」


霊圧を開放し、その身体から放つ圧力を何倍にも膨れ上がらせたグリムジョーにフェルナンドはまるで怯む様子など見せず、それどころか今で以上にその顔に笑みを刻み付けてグリムジョーに迫る。
そのフェルナンドに対し、グリムジョーは先程までの余裕の態度とはまるで違う、隙などまるで無い体勢でそれを正面から迎え撃った。

霊圧を更に開放したグリムジョーに対し、フェルナンドは先程のままの状態。
普通に考えたのならばフェルナンドの攻撃は霊圧を増したグリムジョーに然したるダメージを与えることは出来ないだろう。
グリムジョーとてそれは分かっている、どう足掻こうと目の前の小さな破面の攻撃は自身に届くことなどありはしないと、しかしグリムジョーにその事実から来る侮りは無かった。
目の前に迫る破面、フェルナンド・アルディエンデはそんな事実など軽々と乗り越えてくる、グリムジョーの第六感が、彼を救った野生の勘がそう強く叫んでいたのだ。



フェルナンドの拳がグリムジョーに迫る。
大きく振り被るのではなく、小さな動きで突き刺すように鋭く放たれるその拳、しかしその拳は当然のようにグリムジョーによって防がれる。
しかしそれは始まりの一撃、針のように鋭く、速い拳が幾度もグリムジョーを襲い続ける。
決して一撃で相手を打倒するための拳ではないフェルナンドのそれ、しかしこの一撃一撃の積み重ねがグリムジョーの精神を削り、ほんの少しの隙を生み、その隙を逃さず捉える事で相手を沈める。
フェルナンドが行っているのはそういう作業だった、燃え盛る己の感情の中にあって恐ろしく冷静な一部分が、相手を打倒する最も効率的な動きをフェルナンドに取らせていた。


「チッ!」


十数回にわたるフェルナンドの拳の連打によってグリムジョーの体勢が一瞬崩れる。
それはほんの僅かなものであるがフェルナンドはその一瞬を見逃さず、大地を蹴り、体勢の崩れたグリムジョーの顔面へとその拳を奔らせた。
電光の様なその拳、しかしフェルナンドの拳はグリムジョーの顔を捉える事は無く、またしても頬を掠るのみに終わる。

その一瞬、フェルナンドは何かに気が付いた様にハッとした表情を浮かべるが、それは既に遅く交錯の瞬間を逃さず、今度はグリムジョーが仕掛ける。
フェルナンドの拳を避けたグリムジョーはそのフェルナンドの拳の勢いに沿う様に顔を、そして体をその場で回転させ、振り向きざまにフェルナンドの頭部を薙ぐ様にその腕を伸ばす。
霊圧を纏い、五指を開き爪を突き立てるかのようなそのグリムジョーの一撃、本来のフェルナンドならばその攻撃の当たる瞬間自らその方向へと跳び、威力を半減させるだろう。

しかし今彼の身体は大地にその足を着けていない。
身長差のある相手への攻撃のためフェルナンドはどうしても跳び上がる必要があった、故にその体は中空にあり、そこに足場は無く結果としてグリムジョーの攻撃をモロにその身体に受けるほか無いのだ。

「クソッ!」

「ッ!!」


呟く言葉と共にフェルナンドの首筋の辺りにグリムジョーの一撃が叩き込まれる。
鈍い衝撃音と共にフェルナンドの身体が吹き飛ばされ、二回ほど砂漠を跳ねて止まった。
砂埃に隠れるフェルナンドの身体、だがそれをグリムジョーは油断無く睨みつける。


「さっさと立てクソガキ、あれぐらいで死んでないのは分かってる。それともそうやって地に這い蹲ってるのが好きなのか?アァ?」


大地に臥すフェルナンドに、グリムジョーはまるで立ち上がるのが当たり前といった風に挑発する。
その言葉にはフェルナンドは確実に立ってくるというどこか信頼にも似た奇妙な確信が篭っていた。

「・・・・・・誰が、地に這い蹲るのが好きなもんか・・・よっと!」


そんなグリムジョーの言葉に軽口を叩きながら、フェルナンドが軽々と立ち上がる。
パンパンと服についた砂を軽く叩いて落としている姿は、先程の攻撃など全く効いていないようにも見えたが、しかしその口元には確かに血が滲んでいた。

「さっきの隙はワザと、かよ。 さっきの御返しの心算か?やってくれるねぇ、まったく。」

「フン、テメェこそ完全じゃないにしろあの状態でよくアレを防げたもんだ。キッチリ土産まで置いていきやがって・・・・・・」


そう言うグリムジョーの腹部には、フェルナンドが付けたであろう蹴りの痕が残されていた。

先程グリムジョーが見せた一瞬の隙、それはフェルナンドがしたのと同じように相手を誘い込む罠だった。
連撃を受ける中でグリムジョーは僅かに怯んだようにみせ、フェルナンドの攻撃を自身の頭部へと向けさせる、フェルナンドとグリムジョーの身長差では、どうしてもフェルナンドは跳び上がらなければその拳はグリムジョーの頭部にとどかない。
一度自らの攻撃を後方に跳ぶことで無力化されたグリムジョーは、ワザとフェルナンドを跳ばせ、足場の無い中空へと誘い出し仕留め様としたのだ
その思惑は見事的中し、フェルナンドがそれを罠だと気が付いた時には既に遅く、グリムジョーの一撃はフェルナンドを捕らえることに成功した。

しかしフェルナンドも然る者、間一髪片腕をグリムジョーの攻撃と己の頭部の間へと捻じ込んでこれを防ぎ、大地という足場が無いのならば別の物を使うまでだといわんばかりに、最も近くにあるグリムジョーの“身体を蹴る”事でその身に受けるであろう彼の攻撃の威力を可能な限り削いだのだ。

そしてその蹴りはグリムジョーの腹部にその痕を残すほどの威力であった。
これは一つの事実を示す、『フェルナンドの攻撃は霊圧を増したグリムジョーにとどく』という事実、それは本来ならばあり得ない事、それを可能としたフェルナンド、それは一重に彼の決意、“覚悟”の差と言えた。

元々フェルナンドの数字持ち狩りには一つだけルールと呼べるものがあった。
それは彼がハリベルから言い渡されたもの、『殺すな』というたった一つの縛り、フェルナンドはそれを律儀にも守っていた。
いや、守っていたというよりはそれに値する相手が居なかったというべきか、殺す価値が無い、自らの命を賭して打ち倒すべき相手ではない、数字持ちとはフェルナンドにとってその程度の相手だった。
故に“倒す”という選択、言い換えれば“殺さないようにする”という事、それはフェルナンドにとって“手加減して戦う”という事と同義だった。
もちろんあからさまに手を抜いていたわけではない、どちらかといえばそれは内面的な話、ほんの少しの気構えの違い、それだけだ。

だが今、フェルナンドの目の前にいる数字持ちは違う。
他の者とは明らかに隔絶した力を持つ数字持ち、そんな相手を前に“倒す”などという気構えで勝利を得られるほど、彼らの住む世界は優しくはない。


故に“殺す”


“倒す”心算で繰り出した技と、“殺す”つもりで繰り出した技、全く同じ技だとしてもそれは別物だ。
それは気構えの差、決意の差、覚悟の差であり、そしてその“差”は明確な威力の差として現れる。
そうして放たれたフェルナンドの攻撃は、グリムジョーの霊圧の鎧を穿ちそしてその身体に傷痕を残したのだった。

「フン、まぁテメェの蹴りがとどいた事は正直それ程驚く事じゃねぇ。この程度の蹴りたいして効いてもいない・・・・・・だが何故霊圧を開放しねぇ、この上まだこの俺を舐めていやがるのか?」


霊圧の鎧を破られた事にグリムジョーはなんら動揺していなかった。
それ以上に彼が気になったのはやはり霊圧を開放しないフェルナンドだった、纏った霊圧とその体術のみで自身の身体を傷つけたことは脅威ではあるが、霊圧を開放すればそれはもっと容易に行える筈であった。
だがフェルナンドはそうはしない、あくまで今の霊圧で戦い続けているのだ、或いは意識的にそうしているかのように。

「ハッ、別にアンタを舐めてるわけじゃねェよ。 今の状態でもアンタに俺の攻撃はとどくんだ・・・それにアンタは相手に霊圧を開放しろと言われたら素直に従うのか? だが、それにしても最高に愉しいぜ、戦いはこうでなくっちゃな、このゾクゾクする感覚、この先だけに俺の求めるものがある。 俺の力がこの程度かどうかは、アンタ自身で確かめな! 」

「吹いたな・・・・・・ この・・・クソガキがァァァアアアア!!!」


叫ぶグリムジョーがフェルナンドへと向けて走り出す。
倒れるのではないかというほど低い前傾姿勢、地を走る獣の如く疾走するグリムジョーが瞬く間にフェルナンドへと迫る。
対してフェルナンドはその場で構えたまま動かず、グリムジョーを迎え撃つ。
その射程へとフェルナンドを捕らえたグリムジョーは、その速度を生かしたまま腕を振り被り、そのままフェルナンドを殴りつけた。
グリムジョーの鉄槌の如き一撃をフェルナンドは避けようとも、迎え撃とうともせずその腕を交差させて防ぐが、そのあまりの威力にそのまま後方へと吹き飛ばされる。
あたりの空気すら弾き飛ばし衝撃が後ろへと抜けるような凄まじい一撃、だがグリムジョーの攻撃はその一撃では終わらず、吹き飛ばされたフェルナンドにすぐさま追い付くと更に別の方向へと吹き飛ばした。

もう一撃、更に一撃と何度も防御の上から殴りつけられ、弾かれる様にその都度派手に吹き飛ばされるフェルナンド、実際にはグリムジョーの攻撃が当たる前に半ば自ら跳んでいるため、派手に吹き飛ばされてはいるが見た目ほどのダメージは無い。
だが完全にそれを殺しきれている訳ではなくダメージは少しずつ蓄積し、何れはその防御も崩されてしまうだろう。

(チッ、さっきのヤロウの一撃、何とか防ぎはしたが未だにダメージが抜けやしねぇ。 コッチは不抜けた蹴り一発を返した程度、単純な力は向こうの方が上・・・かよ・・・・・・イイねぇ、これが戦いってもんだ。 自分から死地に一歩踏み込まなけりゃ先が無ぇこの感覚、悪くないぜ。)


そう、フェルナンドは今、“避わさず”に受けているのではなく、“避わせず”に受けているのだ。

先程グリムジョーがフェルナンドの頭を狙った一撃、フェルナンドは腕で防ぎ、相手を蹴る事で跳び、その衝撃を可能な限り削る事には成功していた。
だが、フェルナンドの身体は元々耐久力が高くはない、その身体の頭部へと抜けた衝撃と防御に使用した片腕は未だ回復には至っておらず、結果としてフェルナンドはただ防御を固めるしかなかった。
しかしこれは袋小路、耐久力の低い身体は防御にはむかず、ダメージは蓄積し続け、更に挽回の機会は失われていく。

そんな状況の中、フェルナンドは自分の口元が緩むのを押さえ切れなかった。
危機的状況に追い込まれているにも拘らず、それがフェルナンドには愉しくてたまらないのだ。
まるでこの命の危機を求めていたかのように。


「ウオラぁぁァァァアアアア!!」


そのフェルナンドに迫るグリムジョー。
迸るその霊圧と叫び、その一撃でフェルナンドを仕留めんとばかりに更に加速して迫る。
振り上げられた右腕が振り下ろされればフェルナンドとて無事ではすまないかもしれない。
それを見てフェルナンドは交差させていた腕を解き、何時も道理の構えへと戻した。

無謀とも取れるその行為、今まで防御を固めていたが故に耐えていられた攻撃もそれを解いてしまえば耐えられるわけが無い、更にフェルナンドの身体は未だ回復も不完全、そんな身体でいったい何が出来るというのか。
それは対するグリムジョーも同様で、この状態で防御を解く意味を彼は見出せずにいた。


(防御を解いただと? 諦めでもしたか?・・・・・・いや、奴に限ってそれは無ぇ、何か仕掛けてくる気か・・・・・・フン、関係ねぇな!テメェが何をしようと勝つのは・・・俺だ!)


防御を解いたフェルナンドに一瞬困惑するグリムジョー、しかし次の瞬間にはその思考を捨てその右腕に込める力を、そして霊圧を更に強める。
何を仕掛けてくるかなど考えるだけ無駄であると、何をされても総て力で捻じ伏せてやると、勝つのは自分であると相手に、そして自身に証明するために。

「オオオォォォォォォ!!」

「ハァァァァアアアア!!」


互いの気合がその叫びへと変わる。
迫り来るグリムジョー、待ち構えるフェルナンド、そして激突は瞬く間に訪れた。
二人の霊圧の衝突はほんの一瞬の閃光と鈍い激突音を生む。
そして閃光が晴れた後、二人は未だその足で虚圏の砂漠にに立っていた。

唯一つ、違う事があったとするならば、グリムジョーの鳩尾にフェルナンドの肘が深々と突き刺さっている事だけだった。


「ゴフッ!」


グリムジョーの口から血塊が吐き出される。
霊圧の守りと鋼皮の守り、その二つの守りを突き抜けてもたらされた衝撃、半ば意識が飛ぶほどのそれを受けて尚グリムジョーが立っている理由は、最早意地だけだった。

衝突の瞬間、最大限に引き絞られたその右腕を解放し、フェルナンドをその拳で射殺さんとするグリムジョー。
その拳を迎撃するように、それに合わせてフェルナンドも左の拳で応戦する。
奔る二人の拳が互いの間でぶつかり合う、その力が拮抗したのはほんの一瞬だった、体格、膂力、纏う霊圧、その総てにおいて勝っているのはグリムジョー、そのグリムジョーの拳がこの競り合いに勝つのは自明の理であったろう。

当然のように撃ち負けるフェルナンド、しかしフェルナンドは渾身の力でもってグリムジョーの拳を弾く事には成功した。
受けることが出来ない拳を弾いた、今のフェルナンドの状態ならばそれでさえ充分、普通に考えれば此処から仕切り直し、新たな活路を開く切欠を掴んだと言えるだろう。

だがフェルナンドにそんな思考は存在しない。

グリムジョーの拳を弾いたフェルナンドは、そのままガラ空きになったグリムジョーの胴体へと踏み込む。
そしてグリムジョーの拳を弾いた左腕の肘を突き出すと、迫るグリムジョーの胴体の中心、鳩尾へと下から打ち上げるように叩き込んだのだ。
グリムジョー自身の突進力を利用し、カウンターで入ったフェルナンドの鳩尾への肘打ちは、間違いなくグリムジョーの命を奪おうとする一撃。
そのまま肘が背中から突き抜けなかったのは、一重にグリムジョーが一介の破面とは隔絶した存在だったためだろう。


「くそが・・・・・・ クソがぁぁアアあああああああ!!!」


朦朧とする意識、撃たれた瞬間全身を駆け抜けた電光に呼吸すら間々なら無かったグリムジョー。
何をされたのかも判らないがしかし、そのまま倒れてしまう事だけは認められないとしたグリムジョーは、意地と自尊心のみでその掌に霊圧を集中させる。
爆ぜるそれは大虚、破面の持つ霊圧の砲撃『虚閃(セロ)』、それをこの至近距離で炸裂させようというのだ。
込められた霊圧も少なく、かろうじて虚閃といえなくも無いその砲撃、本来の戦いならば意味を成さないほどの威力のそれ、しかし今のフェルナンドには充分な威力であり、さらに疲弊したフェルナンドにそれを避ける術はない、グリムジョーの虚閃に呑まれフェルナンドはまともな抵抗などできるはずも無く、大きく後ろへと吹き飛ばされてしまった。

吹き飛ばされたフェルナンドは、砂漠に着地すると同時によろけて倒れそうになるのを必死に堪える。
見ればそれはグリムジョーも同じのようなもので、互いにふらつきながらもその眼光の鋭さだけは失ってはいなかった。

「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・ハッ、もろにアレを喰らって、反撃してくる・・・かよ・・・・・・ まったく、アンタは最高だな。ハハッ! 正直、あれで仕留めたと思ったんだが・・・な。 チッ、しょうがねぇ、どうやらアンタを殺すには、俺ももう一歩死地に踏みこまなけりゃぁいけねぇらしい・・・・・・ 」

「・・・・・・何言ってやがる、テメェのそのふざけた言い草は・・・その、一歩とやらを踏みこめば、俺に勝てると言ってるのと同じだぞ・・・・・・馬鹿が。」


互いに傷だらけの二人、しかし実際にはグリムジョーよりもフェルナンドのほうが遥かに負っているダメージは大きかった。
元々耐久力のそれほど高くない身体に加え、度重なるグリムジョーの攻撃と虚閃を受けた結果と、そしてなにより相手を殺すつもりで放つ技は、同時にフェルナンド自身も傷つけていた。
グリムジョーの纏う霊圧を突き破るという事は実際容易な事ではない。
それこそ先程の肘の一撃も、グリムジョーの突進力を逆手に取ることで漸く実現したものだった。

しかし、それと同時にフェルナンドの左腕は使い物にならなくなっていた。
グリムジョーの拳を弾く為にぶつけた拳はその瞬間に砕けないまでも骨に罅が入り、鳩尾へと叩きつけた肘もグリムジョーの霊圧と鋼皮の壁にぶつかり同じような状況。

それでもグリムジョーを殺すまでには至らなかったフェルナンド、自らの左腕を犠牲として放った攻撃でも彼を殺すに足りないという事実。
故にフェルナンドは更に力を求める、だがそれは諸刃の剣でもあった。
それは彼の体質に起因する事象、耐久力の低いその身体は外的な要因による破壊に脆弱であるのと同時に、”内部的”なものにも脆弱であった。


『霊圧の開放』


破面のみならず、虚、大虚、死神に至るまで霊的な生物が自然と行うその行為、内なる霊力を外部へと発するそれ、それすらもフェルナンドの身体を傷つけるのだ。

無論全くそれが出来ないというわけではない、ある一定以上の霊圧を開放するとその霊圧はフェルナンド自身に牙を向く様に身体を蝕み、結果緩やかにフェルナンドの体は”自壊”していくのだ。
普通ならば開放をその一定以下に収めればいいと考えるだろう。
だが、彼らのいる世界は普通ではないのだ、戦う事、命のやり取りが日常、当たり前の世界で力に制限がかかっているという事はそれだけで不利な事。
自らの死を案じるばかりに殺されるのでは本末転倒、それは”逃げ”の思考でありフェルナンドの中にそんな思考は微塵もありはしない。

目の前にいるのは間違いなく強敵、それは即ち“求める先”が見えるかもしれない敵、フェルナンドの中にハリベルとの闘いで感じた感覚が蘇る。
ならば何を迷う事があると、いや、そもそもフェルナンドに迷いなどないのかもしれない。
単純に敵を打ち倒す為の、殺す為の手段として他の破面と同じように霊圧を開放する、彼の場合そこに自らが“自壊”していくという事象が追加されるだけなのだと。

故にフェルナンドが取る選択肢は唯一つ。

「だったら魅せてやるよ! 俺の“力”を! 俺の本気の霊圧ってヤツを!グリムジョー!あんたのその眼に・・・焼き付けてやるぜェェェエエ!!!」


天に向かってフェルナンドが吼える。
その咆哮に呼応するようにフェルナンドの奥底から膨れ上がっていく霊圧、尚も膨れ上がるそれはフェルナンドという人型の器に収まりきらず、極限まで押し留められた霊圧は、遂に外側へと爆ぜるように溢れ出す。

その奔流はまるで業火のようだった。
暴れ狂う紅い霊圧、大気はその霊圧に焼かれ、焦がされているかのように震え啼く、その紅い濃密な霊圧の中心に立つフェルナンド。
その紅い業火は、まるでその主たるフェルナンド自身すらも焼き尽くさんとするかのように狂い猛る。

そんなフェルナンドの姿を見つめるグリムジョー。
その眼に映るのは先ほどと同じ小さな破面、しかしその破面が纏う霊圧は尋常ならざるものだった。
放つ霊圧だけを見るならば、明らかに彼の全力の霊圧と同等のそれを纏う破面、先程まで自分を殺す等というふざけた事を言い放っていたその破面は今正にそれを実行できるという事を、自分が同じ次元に立っているという事をその霊圧を持って証明したのだった。

グリムジョーは恥じた、舐めていたのは自分のほうだったと。
そしてグリムジョーは認めた、王たる自分とこの目の前の破面は同等の力を有していると。
姿形で侮り、怒りに目を曇らせた事への後悔の念の中、ふとグリムジョーは自分の表情の変化に気付く。


「フ、フハハハ」


グリムジョーは嗤っていた、それはもう獰猛な笑みを浮かべていた。
その理由は決まっている、彼の目の前の破面、その破面が魅せた凄まじき力がグリムジョーを奮い立たせる。

グリムジョーもフェルナンドと同じなのだ、強くなりたい、何者よりも強くなりたい、その先に己の求めるものがあるのだから、と。


方や”王”を目指し、方や”生”を求める。


互いが求めるものを手に入れるには強者の存在が欠かせない、それを打ち倒し、乗り越えなければ求めるものは永遠に手に入らない。
そしてそれは今互いの目の前にいた。
互いが互いを強者であると認識し、乗り越えるべき対称だと認識したのだ。

即ち目の前の者はどうしようもなく敵であると。





語る言葉はもうそこには存在しなかった。
互いに一歩ずつ歩み寄る、最早二人の足に走る力は無い、いや、走ることに力を裂くくらいならばその力を相手を打倒する事に使おうと歩み寄る。
フェルナンドから溢れ出る霊圧に呼応するかのように、グリムジョーの霊圧も大きくなりそしてフェルナンドのそれもまた強さを増す。
本来持つ霊圧を超えたその力、純粋に殺す事だけを目指す二人が、互いの力を引き出しあうという妙。
迸る霊圧同士が触れ合い、弾け、それでも一歩ずつ近付く二人。
遂に互いの手がとどく距離まで近付いた瞬間、二人の拳が同時に奔った。

二人の拳が互いに突き刺さる。
防御など一切無い、相手の一撃を防ぐくらいならば相手より一撃多く放り込むまで、といった全力での殴り合い。
紅い霊圧を纏ったフェルナンドの拳はグリムジョーの霊圧を突き破りその鋼皮に叩き込まれる。
打ちつけた拳はその膨大な自身の霊圧に守られ、傷つく事は無かった。
対してグリムジョーも、己が水浅葱色の霊圧を纏わせた拳でフェルナンドを殴り続ける。

そこに華麗な技や、相手との駆け引きは存在しなかった。
唯両者共に足を止め、一歩も退かぬという気を滾らせ、相手をその拳の射程におさめたまま殴り続けるだけ。

「クククク」

「ハッハハハ」


互いの口から漏れるのは、苦悶のうめき声ではなく笑い声。
最早二人の間にあるのはこの瞬間のみ、唯この瞬間が愉しくて仕方が無いという感情のみ、強者との戦いに魂が震えることの歓喜のみだった。

「ゴホッ!クハッ!クハハハハハァ!」

「フハハッグハッ!ハッ!フハハはハは!」


辺りに響くのは拳が肉を撃つ鈍い音と、二人の嗤う声だけ。
互いに一歩も引く事無く、その場で殴り合いを続ける二人、それが永遠に続くかのように思えるほどの戦い。
しかし、永遠は幻想でしかない、互いの精神の高揚に対して、肉体がそれに追いつかなくなっていく。
フェルナンドは積み重ねたダメージと、自身の解放した霊圧によって蝕まれながらの戦闘に身体は悲鳴を上げ、グリムジョーもまた先程の戦闘によるダメージと霊圧を纏ったフェルナンドの拳によるダメージは限界を超えようとしていた。

自身の限界を悟りながらも二人はそれを続ける。
朦朧とする意識の中、一発殴られた事に反応して一発殴り返す、互いに一度も倒れず殴り合いを続ける二人は最早ボロボロだった。
だが止める者は何処にもいない、例え居たとしてもこの二人は止まらないだろう。
求めるもののためならば自らの死すら厭わない、自分というものを通すためならば死しても構わない、死ねば求めたものを手には入れられないという矛盾を抱えながらもそれ以外を知らない。
どこか似ている二人だからこそ、目の前にいるもう一人の自分に負けることは許されない。



顔は腫れ上がり、口も切れ血を流し、立っている事すら容易ではなくなった二人が動いたのはほぼ同時だった。
二人共何処にその力を残していたのかというほど、ボロボロの身体から想像もつかないほど強力な一撃が奔る。
これが最後の一撃、必殺、必滅の一撃である事は誰が見ても明らかだった。
打ち下ろすように迫るグリムジョーの拳と、打ち上げるように伸びるフェルナンドの拳、互いを捉えた拳が同時に両者の顔面に突き刺さる。
首から先が吹き飛ぶのではないかという衝撃が二人を襲う、打ち下ろされ、または打ち上げられた衝撃を必死に堪える両者、互いに倒れまいとするのは意地のみだった。

見上げるフェルナンドと見下ろすグリムジョー、その構図はくしくもこの戦いの始まりと同じものだった。
絡む視線、互いにボロボロになった相手を見やる。

「ハッ・・・・・・」

「フン・・・・・・」


嗤う、ただ相手を見て自然と零れたその笑み、互いが何を思ったのかは分からない、だがその嗤う声と同時に二人は崩れ落ちるように倒れた。
最早何処にも欠片ほどの力も残っていないというように、膝から砕け、同時に地に伏す二人。
だが倒れ方は、二人とも前のめりだった。







見下ろす女神
決着を迎えた戦い

女神の前に現れる
嵐を呼ぶ男

混沌空間顕現





2012.03.26改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga.15
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/12/05 00:11
BLEACH El fuego no se apaga.15












フェルナンドとグリムジョーの一戦、壮絶な殴り合いの果て二人は同時に倒れた。
そこに敗者はおらず、勝者もまたいなかった。

そんな二人の傍へと上空から降り立つ人影があった。
その人影は二人の傍へとふわりと降り立つと、一つ小さな溜息をつく。

「まったく・・・・・・見事にボロボロだな。だから別格だ、と言っただろう。それを相手に馬鹿正直に真正面から挑めばどうなるかなど判っていただろうに・・・・・・」


倒れているフェルナンドにそう語りかけるのはハリベルだった。



少しの間少し時間を戻そう。
自身が下した『数字持ち(ヌメロス)を総て打ち倒せ』という試練をこなすフェルナンドをハリベルは影から見ていた。
虚夜宮のそこかしこで数字持ち達と戦うフェルナンド、ハリベルはその光景を遠く離れた場所から自身の査回路(ペスキス)を用いて見ていた。
探査回路の扱いに長けた彼女だからこそ、フェルナンドの戦う姿を手にとるように見ることができた。

初めこそ力押しの下級の破面のような戦い方をしていたが、そのままですべてを打倒せるほど数字持ちも弱くはなかった。
幼く、不完全な身体は、圧倒的な膂力の前に軽々と吹き飛ばされる、そんな状況の中でもフェルナンドはあきらめた様子は見せず、劣る力を補おうと戦う方法を考え始めた。
それは次第に洗練されてゆき、無手によって相手をどう倒すべきかを追求した動きは、ハリベルすら時に感嘆するほどのものだった。

順当に数字持ちを倒していくフェルナンド、だがその戦いは次第に熱を失っていき、作業感が強まっていった。
それもそのはずだった、相手はフェルナンドの容姿のみを見て侮り、油断していた、それは彼にとってとてもつまらない事のようだった。
そんな戦いが続けば自然とその気勢も萎えていく、それはフェルナンド本人にすら判らない僅かな感情の下り坂、しかしハリベルから見れば、そのままその先に居るであろうグリムジョーに挑むのはあまりにも愚かな行為だった。

グリムジョーとの一戦を前にし、ハリベルは常の通り探査回路を用いて戦いを見るのではなく、その眼でフェルナンドの戦いを確かめようと密かに上空で待機していた。
そんなハリベルの眼下に現れたフェルナンドは、案の定下り坂の感情を抱えたままグリムジョーとNo.11の破面と相対した。

No.11の破面を軽くあしらうとそのままグリムジョーへと向き直ろうとするフェルナンド。
しかしハリベルから見ればその仕草はあまりにも迂闊で気が抜けていた。
あの苛烈な炎の大虚だった頃の彼ならば、こんな隙など曝すわけも無いというほど無警戒にグリムジョーに背を見せるフェルナンド。
数字持ち達との戦いは確かに彼に強さをもたらしたが、弱者との戦いが続いた結果、彼の中に僅かな、ほんの僅かな慢心が生まれていた事をハリベルは悟った。

結果としてフェルナンドはグリムジョーの背後からの攻撃をからくも回避したものの、傷を負う事となった。
ハリベルからしてみればそれは当然の結果、なんら驚く事などありはしない当然の結果だった。
その後も不用意な攻撃をグリムジョーに捕まり、あわや頭を踏み抜かれそうになるフェルナンドをハリベルは唯見下ろす。
慢心により自ら招いた危機、今後の糧となるであろうそれ、しかしこの危機を乗り越えられねば総ては無意味である。

(どうしたフェルナンド、お前の力はその程度ではあるまい。この程度の危機、乗り越えて魅せろ)


そう内で呟くハリベルの言葉が届いたかのようにフェルナンドが攻勢に出た。
変則的な回転蹴り、さらには倒立からの二段蹴りによって流れを掴むフェルナンド、しかしそれは惜しくもグリムジョーに避けられてしまう。
だがその直後、フェルナンドに劇的な変化が訪れる。
上空に居るハリベルにすら判るほど明らかに変化したフェルナンドの気配、戦いに打ち震える歓喜、そして必殺の気概がハリベルには感じ取れた。

(ようやくだな・・・・・・だがこの気配、私は殺すなと言っておいたはずだがやはり無理だったか。いや、今まで一人も殺していないほうが僥倖だったのだろうな・・・・・・)


そんなハリベルの思考を他所に戦いは加速していた。
先程以上に霊圧を増したグリムジョーがフェルナンドに猛攻を仕掛ける。
それに為すすべなく曝されるフェルナンドだが、刹那のタイミングによるカウンターによって逆にグリムジョーに大きなダメージを与えた。
しかしグリムジョーはそれでも倒れず、フェルナンドに虚閃を撃ち込んだ。

(あれは・・・・・・少々まずいな、死にはしないだろうが今のフェルナンドではまともに動けるかどうか・・・・・・ッ!!あの馬鹿者!あんな状態で霊圧を全開にするだと!?本当に死ぬぞ!)


グリムジョーの虚閃を何とか耐えたフェルナンドは、己の持つ霊圧を全開で開放していた。
それに驚愕するハリベル、それもそのはず彼女は知っているのだ、その危険性を、フェルナンドにとって全開での霊圧の開放は自らの肉体を崩壊させ、命を削っているのと同義であるという事を。
その状態のままグリムジョーと殴り合いを始めるフェルナンドを止めるべきか、ハリベルは一瞬迷うが首を横に振りその考えを否定する。

(・・・・・・あれは安易な選択ではない。今までの戦いで苦戦する場面はいくつもあった。だが、ただの一度もお前は霊圧を開放しなかった。この戦い、グリムジョーという破面が相手だからこそ、お前は開放を選択したのだな。そこまでして勝ちたいか、フェルナンド・・・・・・それを止める?この私が?フッ、無粋だな、私は止めん。戦士としてのお前の戦い、決着のときまで見とどけさせて貰おう。)


眼下では既にボロボロになった二人が未だ殴りあっていた。
一発殴っては一発殴り返され、一発殴られては一発殴り返す。
そんな殴り合いはあまりに無骨で、粗野で、華麗ではないがなぜか美しいとハリベルは思っていた。
そして互いに最後の一撃が両者同時に入り、崩れ落ちるのもまた同時であった。

(決着だな・・・・・・見事だ、お前の戦いは見せてもらったぞ、フェルナンド。)


倒れ臥すフェルナンドへの賞賛の言葉と共に、ハリベルはゆっくりとそのフェルナンドの傍へと降りていった。





砂漠へと降り立ったハリベルは二人へと近付くと、倒れている二人の小さい方、フェルナンドの袴の帯に手をかけると軽々とそのまま持ち上げる。
気絶し、全身の力が抜けているフェルナンドは、両手両足をだらりと下げたままピクリとも動かなかった。
そのフェルナンドをハリベルは軽く上へと持ち上げ、一瞬帯から手を離すと、そのままフェルナンドの腹部の辺りを脇に抱えるようにして持ち直した。
そしてフェルナンドを確保したハリベルの視線は、地に臥すもう一人に注がれた。

「さて、コレは回収したが問題はもう一人の方をどうするかだな・・・・・・連れのNo.11の方も直ぐには回復すまい、どうしたものか・・・・・・」


悩むハリベル、本来ならば彼女がグリムジョーを気にかける必要は無い。
数字持ちのトップといえど、上位十刃のハリベルとでは立場が違いすぎる、このまま放置されても文句など言えるものではないのだ。
だがハリベルはそうしようとはしなかった、フェルナンドの死闘、あれはこの破面だったからこそ実現したものであり、この戦いはフェルナンドにとって欠かせないものであった。
フェルナンドの成長を望むハリベルにとって、それを齎したグリムジョーをこのまま放置するというのは、些か気が退けるものがあった。
かといってさすがにフェルナンドを抱えたままグリムジョーほどの体躯の破面を抱えて移動は出来ない。
いっその事引き摺って行くか?などという考えがハリベルの中に浮かび始めた頃、それは現れた。


「ジャ――ン!ジャンジャジャンジャジャンジャーン・・・ハ――ン・・・ヘイッ!美しい淑女(セニョリータ)なにかお困りですかな?それならば吾輩! 破面No.6第6十刃(セスタ・エスパーダ)!ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカヂッ!!・・ ・ ・~~~~~!!!!」


聳える円柱の上から飛び降り、自らから奏でるリズムに乗って現れた男は、自分の名前を名乗りながら盛大に舌を噛んだようでその場でのた打ち回っていた・・・・・・

目の前で繰り広げられる混沌とした光景、人間で言えば40歳程の男性が自分の名前を言えずその舌を噛み、砂漠の上を痛みにのた打ち回り、砂埃を立てながらゴロゴロと転がりまわる様は、はっきり言って見るに耐えない、いや、目を逸らしたくなる光景だった。

それをただ見据えるハリベル、その光景を見ても特に動じた様子もないが、彼女のその視線は正に氷のように冷え切っていた。
そんなハリベルの視線に気付いたのか、男が砂埃を払いながら立ち上がる。

「(な、何のリアクションも無い方が吾輩傷付くのだが・・・・・・)ウォッホン!改めまして美しい淑女(セニョリータ)、吾輩は第6十刃、ドルドーニと申します。美しい淑女におかれましてはご機嫌麗しゅう、第3十刃、ティア・ハリベル殿とお見受けいたしますが、何事かお困りですかな?」

ハリベルのあまりの冷たい視線とノーリアクションに一瞬たじろぐ男、『ドルドーニ』とフルネームを言う事を諦めたその男は、ハリベルの前に向き直ると手を胸元に持っていきながら恭しくその頭を下げ、ハリベルに対して一礼する。
その仕草は、先程まで砂漠をのた打ち回っていた男とは思えないほど洗練された動きだったが、先程までの残念な光景が全てを台無しにしていた。

「第6十刃・・・・・・たしか、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオだったか、貴様、何故こんなところに居る。」

「おぉ! 吾輩の名を覚えて頂けているとは感激の極み、美しい女性とは外面だけでなく内面から輝くものだとは知ってはおりましたが、正に溢れ出る知性の輝きとでも申しま・・・・・・・・・・・・し、失礼、此処は吾輩の居城、第6宮(セスタ・パラシオ)の敷地内でして、そこで大きな霊圧の衝突が起こりましたゆえ何事かと向かってみれば、この少年(ニーニョ)と若者(ホベンズエロ)が闘っているではありませんか、止めようかとも思いましたが、なかなかどうして”熱い”戦いをしている。止めるのは無粋と、吾輩見ていることにした次第です。」


ドルドーニの歯の浮くような世辞をハリベルが一睨みで黙らせる。

ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ、破面No.6第6十刃(セスタ・エスパーダ)、人間で言えば40歳ほどの男性、190cm程はあろうかという長身、白い死覇装(しはくしょう)の袖の辺りにフリンジを付けて着飾り、そしてその死覇装を破らんばかりに隆起した鍛え上げられた筋肉と相まって、その体は更に一回り大きく見える。
額当てのように残された仮面の名残、髪の色は黒く短めに切り揃えられ、口髭と顎鬚を生やし紳士然とした態度を好む、破面としては古株であるが、未だ十刃の地位に座している。

というのがハリベルがこのドルドーニという破面に対して持つ情報の総てであり、それも外見と所作からの推測の上に成り立つ部分もあった。
だが、なんともこれほど饒舌に話すタイプとは考えていなかったのか、ハリベルも多少面食った状態だった。

黙っていれば何時まででもしゃべり続けそうなドルドーニを黙らせ、その場にいた理由を問いただしたハリベル、聴けばこの場所は彼の居城たる第6宮の敷地であり、そこで霊圧の衝突を感知、確認に来ればフェルナンドとグリムジョーが戦っていたというのだった。

(ホゥ、この男もしや・・・・・・)


そしてその後に続いた言葉がハリベルの琴線に触れた。
曰く、止めようかとも思ったが、あまりに”熱い”戦いゆえ、止めるのは無粋とその場で見ていた、と。
大方の反応として、己の居城の庭先で暴れる者を見つければ、問答無用で止めようとするのが普通である、しかしこのドルドーニという男はその暴れている者の暴れっぷりが気に入ったからと見ていたと言うのだ。

普通の対応とは明らかに違うそれ、しかしハリベルには少しその気持ちがわかった。
フェルナンドとグリムジョーの戦いはそれだけ惹きつけられるものがあった、殴り合う二人、たったそれだけの光景、しかし実力の伯仲し合う者同士が、その今持てる全力を持って相手を踏み越えようとする様は見るものを放さない凄まじさがあった。
それを”熱い”と表現したドルドーニ、二人の戦いぶりから感じ取った凄まじさ、魂に訴えかけるようなそれを表現するのにそれは的を射たものだった。
そしてそれを感じ取れるこの男も、内にその”熱さ”を秘めた戦士なのではないかとハリベルは考えていた。



「なるほど、貴様がここに居る理由は判った。だが、貴様に手を貸してもらう理由が私にはない。コレは私の弟子のようなもの、そしてそこに転がっている男はコレが戦った相手、コレの後始末ぐらい私がつけねばな。」


コレ、と脇に抱えたフェルナンドに視線を向けながら、ハリベルはドルドーニの提案を断ろうとする。
フェルナンドは認めないだろうが、ハリベルにとって自分の弟子のようなものでもあるし、転がっているグリムジョーはその弟子の成長を促した者、弟子の不始末は師の不始末、ならば自分が何とかしなければいけない、と踵を返しグリムジョーを拾い上げようと手を伸ばそうとするハリベルに、ドルドーニが物凄い勢いで迫る。

「い、いけません!美しい淑女(セニョリータ)!貴方のようなうら若き女性がこのような野獣の如き若造(ホベンズエロ)に触るなんて!いけません!断じていけません!美女と野獣より、美女と紳士の方が画になります!おっとそれは関係ないですが、いや、なんと言うかもう断じてノン!嗚呼、この男のむさ苦しい臭いが、貴方の死覇装に移り貴方の天上の花の如き芳しき香りが失われたとあってはこのドルドーニ!死んでも死に切れません!そもそも!その吾輩が変わりたいほど羨まし過ぎる格好で抱えられている少年(ニーニョ)も、貴方の弟子だと言うから泣く泣く見逃しているというのに、その上この若造まで貴方に触れられる栄誉に預かれると言うのなら、私が少年と殴り合えばよかった!!!」


ブンブンとまるで子供が駄々をこねるように腕を振りながら一息に捲くし立てるドルドーニ。
最早その姿に紳士たる優雅さの欠片も無く、その目から血の涙でも流しそうなほど必死な姿、後半は最早何を言っているのか判らない支離滅裂な事を口走ってはいたが、要するにハリベルがグリムジョーを運ぶのが気に入らないと言う事のようだった。
途中ハリベルの脇に抱えられているフェルナンドが羨ましいという発言もあったが、この男の冗談だという事にしておく。

「・・・・・・ならばどうしろと言うのだ、貴様がこの男を運ぶとでも?」


ドルドーニの勢いに若干押され気味のハリベル、ならばお前が運ぶのかとハリベルが問えばドルドーニはあっさりと答えた。

「もちろんです美しい淑女。そもそも女性の荷物を持つのは紳士の務め、このような若造の一人や二人や十人や十三人運ぶのは、吾輩にとって造作もないこと。それに吾輩の宮殿のほうが此処からは近い、この若造も、瓦礫の下の若造もこのドルドーニが責任を持って介抱いたしましょう。」


腰に手を当てながら胸を反らし、もう片方の手を胸の前に持って来るようにしてポーズをとりながらドルドーニが高らかに宣言する。
ハリベルに運ばせるぐらいならば、グリムジョーも、そして瓦礫の下敷きとなっているシャウロンも自身が面倒を診る、と。
そう言うやドルドーニは「失礼、美しい淑女」と一言ハリベルに頭を下げると、グリムジョーへとピョンピョンと軽くステップを踏みながら近付く、そしてグリムジョーの死覇装の首の辺りを猫を持ち上げるように親指と人差し指でつまむ。

「ハッハッハ~。残念だったな若造、美しい淑女の変わりにこの吾輩がお前を診てやろうではないか!」


何故か勝ち誇ったように気絶しているグリムジョーに話しかけるドルドーニ。
そうしてドルドーニは自然に、ごく自然に、まるで床に落としたモノを拾うかのように自然な仕草で、グリムジョーの身体を腕を伸ばしたまま自身の頭上高くまで持ち上げたのだ。

(ッ! あの男・・・・・・自分とそう背丈の変わらない男をああも簡単に持ち上げるとは・・・・・・伊達に十刃の座にいる訳ではないということか・・・・・・)


ハリベルが驚くのも無理はなかった。
ドルドーニとグリムジョー、身体の大きさで言えばドルドーニの方に分があるが、身長はさほど変わらない。
その者を片手で持ち上げる膂力、ドルドーニが纏う筋肉の鎧が見せかけではなく、鍛え上げられた実戦の為のモノだということをその行為がものがたっていた。



ハリベルはふと思う。
今まで自分は上だけを見ていたと、自分より下にいる者は身内以外には目もくれず、ただ上を、力を求めていたと。
己の理想のためには力が要る、二度と仲間が犠牲になる事が無いよう、それを実現するための力をただ求め続け、下を見ることを怠っていたと。

だが今、目の前にいる男、下位の十刃であるこの男も充分に力を持っている。
それがどれほどのものかは判らない、しかしそれは天賦の才ではなく、己に満足せず、鍛錬を重ねた末の強さである事がハリベルにはわかった。
男の持つ”厚み”がそれをものがたっていた、多くの苦汁を舐め、敗北を経験しながらも諦めず強者へと挑み続けた生き様の”厚み”。
軽薄な言動の裏に確かに存在するそれをハリベルは見ていた。

(この男も、グリムジョーも、そしてフェルナンドも、下を見ればこのような者達がまだまだいるのだろう。フェルナンドという存在を目にしていながらも私は気がつかなかった・・・・・・私も存外余裕の無いことだ・・・・・・理想を追うばかりに周りが見えていないとは・・・こんな私がフェルナンドの挑戦を”受けてたつ”だと?フッ、笑わせるな・・・・・・コレはもう一度、己に更なる磨きをかけなけねばなるまい・・・・・・)


気が付かなかった、いや、気付こうとしていなかった現実。
下から頂きを目指し階(きざはし)を上る者達、力を、才を持ちハリベルの居る場所を、そして更にその上を目指す者達がいるということ。
それに気付いたハリベルは今一度その気を引き締める。
もう一度己を鍛えなおし、下から昇る者達の壁たらんがために、と。

「礼をいう。ドルドーニ、貴様のおかげで私は気が付くことができた。」


そうしてこの事実に気がつかせてくれた張本人、ドルドーニに感謝の言葉を述べるハリベル。
感謝されたほうのドルドーニといえば、そのハリベルの言葉に目は点となり、ポカ~ンと口をあけたまま放心状態となっていた。

「・ ・ ・ ・ ・ ・ ッハ!な、なんともったいないお言葉!こんな襤褸切れが如き若造を運ぶだけの事に礼など不要です美しい淑女!」

放心状態から復旧したドルドーニが慌ててハリベルに答える。
ハリベルの礼をグリムジョーを運ぶ事に対してと勘違いしたのか、滅相もないとどこか恐縮した様子のドルドーニ。
片手に持ったグリムジョーを振り回しながら世辞を繰り返す。
そんな世辞がひと段落し、ドルドーニが瓦礫に埋まるシャウロンの元に向かおうとする前、彼がハリベルに向き直り話しかけた。

「それにしても美しい淑女(セニョリータ)は良い弟子をお持ちですな。少年(ニーニョ)のあの戦いぶり、まだまだ荒削りにも程がありますが、見ている者を熱くさせる、ただ愚直に進むそのさまは見ていて実に面白かった。吾輩も久しぶりに血が滾る思いでしたな。」


そう言ってハリベルに抱えられているフェルナンドへと視線を落とすドルドーニ。
その視線、瞳の奥には紳士然とした振る舞いとは別の、嵐のように激しい戦士の姿が映っていた。
ドルドーニの戦士の部分がフェルナンドとグリムジョー、二人の死闘によって奮い立っていた。
そしてその顔は今までのようなおどけた表情ではなく、戦う男のそれだった。

「・・・・・・おっと、コレは失敬。このような顔は女性の前で見せるものではありませんな。」

「いや、そのふざけた顔より先程の方が幾分かマシだった。」

「ハッハッハ、これは手厳しい。しかしその少年は本当に面白い、いつか戦ってみたいものですな、無論吾輩が勝ちますが。」


自分の顔が戦士のそれになっている事に気付いたドルドーニがハッとして慌てておどける。
そんなドルドーニの慌てぶりに、ハリベルは先程の表情のほうがマシだったと皮肉気に答えた。
互いに小さな笑いが漏れ、ドルドーニがおどけたように空いているほうの手を上げ、降参のポーズをとる。
そうして放たれた最後の言葉、何気ないその言葉に、いつか戦ってみたいというその言葉に、ドルドーニの本心が隠れているであろうことにハリベルは気がついた。

所詮戦いに生きる者は、それでしか互いを計れず、知る事もできないという事なのだろう。


「その言葉、コレが聴けば直ぐにでも貴様の元に飛んでいくだろうな。」

「ハハ、残念ながら今の少年(ニーニョ)では吾輩の相手にはなりませんよ。・・・・・・強く育ててください、その少年は伸びる。育て方次第で際限なく、何処までも、ね。ではそろそろお暇します、ではアディオス、美しい淑女(セニョリータ)。」


去り際におどけた顔ではなく、戦士としての顔で真剣にハリベルに言葉を伝えるドルドーニ。
『強く育ててください』と、それはフェルナンドのためを思っての言葉であるのと同時に、いつかこの先自分がフェルナンドとまみえることがあった時の事を幻視した言葉だったのかもしれない。
そう言って片手でグリムジョーを掴んだまま恭しく頭を下げたドルドーニは、円柱から飛び降りてきたときと同じリズムを口ずさみ、ステップを踏みながらシャウロンの埋まる瓦礫の方へと跳んでいった。
その後姿を見ながらハリベルは小さく呟く。

「ドルドーニか・・・・・・フッ、喰えん男だ・・・・・・」


そう一言呟き、踵を返すハリベル。
フェルナンドを脇に抱えたままふわりと砂煙も立てずに飛び上がると、一路自らの居城たる第3宮へとその足を進めるのだった。







姦しい
嗚呼姦しい
姦しい

女三人寄らば姦し






2010.09.28微改定




[18582] BLEACH El fuego no se apaga.16
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/16 22:00
BLEACH El fuego no se apaga.16









白い部屋。
床、天井、四方の壁、その総てが白一色の部屋。
それ程広いわけではないが総てが白で統一され、床と壁の境目が曖昧なその部屋は一瞬距離感を失うような部屋だった。

その部屋の中心、これまた白い寝台の上に横たわる少年。
純白の衣を身に纏い眠る少年、その皺一つ無い衣とは反対に、その身体にはそこかしこに傷痕が残っていた。
その傷を癒やすためなのか眠り続ける少年、その彼が眠る寝台を囲むように三体の人影が立っていた。
丸みを帯びたその人影は女性のようで、その中の一体が呟く。

「・・・・・・ホントにコイツが?」

「そうらしいね、とてもそうは見えないけど。」

「でも事実は事実ですわ。」


物珍しそうにしげしげと少年を見る人影達、その視線の先にいる少年は未だ眠ったまま動かない。
本当は死んでしまっているのではないかと思えるほど微動だにしないその身体、顔立ちは整っているゆえ、横たわるその姿は人形のようだった。
そんな三体の人影の中、少年の顔を覗き込むようにして見ていた一番背の低い影が勢いよく上体を起こす。

「アタシは信じられないね! こんなガキがアイツに勝てるわけがねぇ!」

「勝ったんじゃなくて引き分けたんだよ、アパッチ。それぐらい覚えときな!」

「うるせぇんだよ! ミラ・ローズ!」

「なんだと、このヤロォ!」


声を張り上げるアパッチと呼ばれた影を、三体の中で一番大きな影、ミラ・ローズが制するが効果は無く、逆に小さな諍いが起こる。
そんな二人を一歩下がってみている最後の人影が、服の袖でその口元を隠しながら大声で罵りあう二人に話しかける。

「およしなさいな、二人とも・・・・・・はしたないわ。まるで品性というものを感じないわね。」

「「ンだと!スンスン!てめェコラ!!」」


スンスンと呼ばれた最後の人影が、二人を嗜める、というには些か辛辣な言葉を二人にぶつける。
そんなスンスンの言葉に、今まで喧嘩腰で罵り合っていたアパッチとミラ・ローズの二人が同時にスンスンの方へと顔を向ける。
二人の視線を向けられたスンスンの方は、私は何も言っていませんといった風でそっぽを向いていた。

「スンスン! あんたはどう思うのさ! ホントにこんなガキがグリムジョーに勝ったと思えるのかよ!」

「だ・か・ら!勝ったんじゃなくて、引き分けだって言ってんだろうが!この馬鹿女!」


「だから、およしなさいと言っているでしょう。私だって驚きましたわ・・・・・・ でも他ならぬハリベル様がそう仰られたのよ?それだけで私達にとっては充分なのではなくて?」


そのスンスンの言葉にグッと押し黙るアパッチ。
それもそのはずだった、彼女たちにとって信じられない出来事であっても、それを自分たちに告げた人物は彼女らがただ一心に信じ、忠節を誓った人物。
その人物、ハリベルの語った言葉を疑うなどという事は、彼女らにとって不義であり、不忠であり、許されざる大罪であるのだ。
彼女達、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三体の破面は、彼女達が破面化するずっと以前より、その主たるハリベルすら最上大虚だった昔より彼女に仕え、共に虚圏の砂漠を駆けた者達。
主の命を絶対とし、傍を離れず、剣として、また盾として主への忠誠を示す者。
彼女達は、第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルの誇り高き『従属官(フラシオン)』なのだから。





ハリベルが彼女達の前にこの眠れる少年を抱えて現れたとき、この少年は身体中が傷だらけで、服は破れ、意識を失っていた。
抱えられている少年は言うまでも無くフェルナンド・アルディエンデである。
彼女達が一体この少年はなんなのかと問えば、数週間ほど前ハリベル自身が虚圏の砂漠へと赴き、連れて来た大虚が破面化した姿だと言う。
その言葉に彼女達は驚いた、その大虚は大虚でありながらハリベルに手傷を負わせた恐るべき存在であるからだ。
そんな彼女達を前にハリベルが発した言葉が、彼女達を更に驚愕させた。


「コレは私の元で鍛えると決めた。 手始めに今まで従属官を除いた総ての数字持ちと戦うように言ってあったのだが、最後に戦ったNo12. グリムジョー・ジャガージャックとの戦闘でこの有様だ。何とか”分けた”様だが、身体の損傷が大きい、下官に伝えて回復させてくれ。」


驚愕、それ以外彼女達の感情を表す言葉は無かった。
自らを傷つけた者を鍛えるという主の言葉もそうであるし、何より彼女達を驚かせたのが『グリムジョー・ジャガージャックと”分けた”』という一言だった。
ハリベルから見ればグリムジョーという破面はそれ程脅威ではない。

しかし彼女達からしてみればそれは別だ。
破面の序列において従属官だから、といって能力が高いわけではない、従属官とは数字持ちの中から十刃が選び直属の兵とした存在、力は数字持ちとさほど変わりはしないのだ。
もちろん十刃に選ばれるだけあって基本的に戦闘力は高い、だがそれはイコール”数字持ちの中で最強” という訳ではなく、現時点でその言葉に最も当てはまるのはグリムジョーであろう。

従属官であろうとも彼に勝てるものはおらず、引き分ける事も難しいのではないかという十刃以下の密かな考え。
己の力を信じ戦う彼らにとって決して口に出してはいけない考え、零すは己の非力を曝す愚かな行為、しかし覆しがたい本当の感情、それはアパッチをはじめとした彼女達も同じであった。
そんな彼女達の考えをハリベルの一言はあっさりと破壊したのだ。

彼女の脇に抱えられた少年が、グリムジョーと引き分けたという一言が。

到底信じられるものではないその言葉、他の誰かが吐いたならば一笑にふすであろうその言葉、しかしその言葉を放ったのは己が信義の剣を捧げた尊き主。
信じられない、しかし疑う事は許されない、二律背反、そんな感情が彼女達にこびり付いていた。








「……まぁそれもしょうがないですわ、"貴方達二人"の小さな脳でハリベル様の高尚な御言葉を理解しろという方が酷でしたわね、ゴメンナサイ。」


信じられないがやはり信じるしかない、そんな一瞬沈みかけた場の空気を和ませようとしたのか、それともただ思った事が零れただけなのか、スンスンからまた辛辣な言葉が漏れる。
恐らくは後者であろう、語尾についた謝罪の言葉は完全な棒読みで気持ちのかけらも入っていなかった、そして何気なくアパッチだけではなく、ミラ・ローズまで馬鹿にしているあたり、彼女にはある意味『毒舌家』として天性の才があると言えなくもない。

「「てめぇスンスン! アタシに喧嘩売ってんのか!」」

またしても声をそろえ、互いの額に青筋を浮かべながら叫ぶアパッチとミラ・ローズ、反目し合っているが、意外と気が合うのかもしれない。
そしてその二人の怒りを理解した上でまたスンスンが言葉の爆弾を投下し、喧騒は次第に大きくなっていった。




「お前達、一体何の騒ぎだ・・・・・・」


ハリベルが治療を終えたフェルナンドがいる部屋へと、その中で自分の従属官が言い争いをしていた。
もっとも、正確にに状況を説明するならば、アパッチとミラ・ローズの二人が大声で叫びスンスンに食って掛かるが、当のスンスンは何処吹く風のようで、隣で大声を上げている一方に食って掛かれば売り言葉に買い言葉、二人の感情の勢いは増し、そこにスンスンが焚き火に木をくべるより性質が悪い言葉の燃焼促進剤を投げ込み、また二人がスンスンに食って掛かるという無限地獄がそこには展開されていた。

「「ハ、ハリベル様!?」」


大声を張り上げていた二人、アパッチとミラ・ローズが同時に入室してきたハリベルに気がつき、慌ててハリベルに向き直る。
そんな二人を他所にスンスンはハリベルに軽く一礼し、二人の横にスッと並んぶ。
その顔には『暴れていたのはこの二人で私は関係ございません』といった表情が浮かんでいた。

「一応此処には怪我人がいる。あまり大きな声は出してやるな、いいな?」

「「ハイ・・・・・・申し訳ありませんでした。」」


そんなハリベルの窘めるうな言葉に頭を下げ謝罪するアパッチとミラ・ローズ、沈痛な面持ちの二人の隣に立っているスンスンが、追い討ちとばかりに呟く。

「ホントにもう、お馬鹿さん達ね・・・・・・」

((後で覚えとけよ!スンスン~!!))


そう呟いたスンスンのほうへ頭を下げた姿勢のままアパッチとミラ・ローズが首だけを回し、物凄い形相で睨みつける。
ハリベルに窘められた直後という事もあり大げさに反応できない二人、歯をギリギリと噛締め、視線だけでこの後やり返してやると語る二人だが、当然のようにそっぽを向いているスンスンであった。

「・・・・・・まぁいい。 で、具合はどうだ?フェルナンド。」




「ハッ、まぁそれなり、って所だな。 寝覚めは最悪だったがな。」




その声に寝台のほうへと振り返る三人、そこには先程まで眠っていたはずの少年が起き上がり、寝台の端に片膝を立てて腰掛けていた。
それは間違いなく寝台に横たわり、瞳を閉じ、生気なき人形の如く眠っていた少年、しかし今三人の瞳に映るそれは別物だった。
皮肉気に歪んだ口元、一気に血色のよくなった肌、そして圧倒的なまでの意思と存在感を放つその鋭い紅い瞳、それを見て三人は理解した。
これこそがこの少年の真実の姿、先程までの壊れそうな人形は幻だったのだと、主たるハリベルに一太刀浴びせ、数字持ち最強のグリムジョーと引き分けたという破面、フェルナンド・アルディエンデの真の姿だということを。

「で? ハリベル、このギャァギャァとうるせぇ女共は一体なんなんだ?傍でこれだけ騒がれたんじゃぁおちおち寝てもいられねぇぞ。」


フェルナンドは驚きの表情で自分の方へと振り返っているアパッチらを指差しながら、ハリベルに話しかける。
それも当然の疑問であろう、傷ついた身体は治療を施されたとはいえ全快には程遠く、その自らの傷を癒すためフェルナンドの身体は意思とは関係なく休息を欲していた。
そしてフェルナンドの身体は眠る事で余計な力の消費を抑え、より早い回復を行おうとしていたのだ。
しかしその眠りは妨げられる、体の治癒を優先させるため深くへと沈み込んだ意識を何かが無理矢理に引き上げるような感覚、一度それに気付いてしまえば例え無視しようとして耳に届くその喧騒、そしてそれは意識の浮上と共により大きく、鮮明に届く。

かくして覚醒へと至ったフェルナンドの意識、あまり良い目覚めとは言いがたいそれ、その原因を作った者達が一体何者なのかを知りたいと思うのはごく自然な事だろう。
そしてフェルナンドの背後から薄らと立ち昇る”怒気”も、きっとごく自然な事だろう。

「すまんな、フェルナンド。だがそう怒ってやるな、彼女達は私の従属官、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンだ。大虚の頃より私と共に歩んできた私の”仲間”だ。」

「”仲間”、ねぇ・・・・・・」


その怒気を隠そうともしないフェルナンドをハリベルは軽く宥めながら、アパッチら彼女の従属官を紹介した。
大虚の頃より共に歩んできた仲間、そう紹介されたフェルナンドは彼女の従属官一人ずつに視線を移す。

最初に視線を向けたのは、一番大きな声を張り上げていたアパッチと呼ばれた破面、額に仮面の名残が一本、角のように残り、肩口辺りで切り揃えられた髪の色は黒、左目の周りを縁取るように仮面紋(スティグマ)が残り、左右の瞳の色が違っていた。
死覇装は比較的標準なもので、半袖で淵が黒く、手には手袋を嵌めており、両の手首には大きめの腕輪が嵌められていた。
そして恐らくは短気で攻撃的な性格であろうことは、先程までの言動で明らかだった。

次に視線を向けたのは、これまた先程のアパッチと同じように大声を上げていたミラ・ロースと呼ばれる破面、頭部、そして首に仮面の名残を残し、背の中ほどまで伸びた黒髪には全体的にウェーブがかかっている。
身長は高く身体つきは筋肉質、そしてその身体を見せ付けるかのように非常に露出度の高い服装、上腕と腰の辺りに宝石のような装飾品を付け、斬魄刀は腰には挿さず、その手に握られている。
こちらもアパッチ同様攻撃的な性格であろうが、まだ落ち着いた雰囲気といったところだろう。

最後の一体はスンスンと呼ばれる破面、髪飾りのように頭部に残る仮面の名残、黒髪で腰にまで届くかといったほどの長髪、前髪は真っ直ぐに切り揃えられ、右の頬に桃色の仮面紋が点々と縦に三つ並んでいた。
死覇装はロングのワンピースのようで、腰の辺りにベルトのようなものが二本交差しており、特徴的なのは膝まで届くかという長い袖、癖なのかその長い袖で口元を隠すようにしている。
前の二人とは違い、言葉遣いは丁寧でどこかしとやかな雰囲気を出してはいるが、その丁寧な言葉で紡がれるのは相手の神経を逆なでする為だけの言葉であり、毒舌に関しては天性のものを持っているようだ。


「そうさ!あたしがハリベル様、第一の従属官!エミルー・アパッチ様よ! 」


それぞれを値踏みするようにしてみていたフェルナンドの方へ、アパッチが一歩踏み出しながら声高に叫ぶ。
胸を反らせ、親指で自分の胸元を差しながら、自慢げに、そして誇らしげに自らがハリベルの従属官であるとフェルナンドに示した。

「ハッ!馬鹿をお言いでないよ! アタシ、フランチェスカ・ミラ・ローズこそがハリベル様、第一の従属官さ!」


アパッチの叫びを隣で聞いていたミラ・ローズが、それを鼻で笑う。
どうにも『第一』という部分が引っかかったのかコチラも一歩前へと踏み出し、フェルナンドに自分こそがそうだと宣言するようにアパッチと同じように胸を反らせ、自慢げにハリベルの従属官であると名乗った。

「いやですわ二人とも、遂に数まで数えられなくなるなんて・・・・・・お初にお目にかかりますわ、私がハリベル様の真の第一従属官、シィアン・スンスンです。この二人はそのオマケですわ。」


前の二人にワザと哀れむような視線を向けるスンスン。
こちらもミラ・ローズ同様『第一』という部分が気になったらしく、その称号は自分こそが相応しいと『真の第一従属官』という言葉で他の二人との差別化を計ろうとしているようだった。
さらに二人をオマケ扱いし、感情を逆なですることも忘れないスンスンであった。

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」


三者ともに自分こそがハリベルの第一従属官であるとして譲らない、それぞれがそれぞれを無言で睨む。
半眼で睨みあう三者、アパッチとミラ・ローズはギリギリと歯と歯を擦り合わせイラついた様子で、スンスンは口元を隠しているので表情は読みずらいが、「貴方たち何を言っているの?」という感情がその瞳からありありと伺えた。

「あたしだ! 」 「アタシさ! 」 「私に決まっていますわ。」


同時に声を上げる三者、本来従属官の中で立場の上下などありはしない、従属官は皆同じ十刃直轄の兵である事に変わりは無いのだ。
彼女たちとてそれは知っている、他の十刃の従属官がこの様な事で争っていたら笑い飛ばしている事だろう。
しかし、いざ自分達の間でそれが起これば話は別だ、他の二人より立場が下なのが嫌なのではなく、他の二人の上に立ちたいというわけでもない。
ただ他の二人に劣っていると認めたくない、彼女たちの中にあるのはそれだけなのだ。

他の二人に劣っているという事は、それだけハリベルの役に立てないという事、それは彼女たちにとってこの上ない罪なのだ。


アパッチもミラ・ローズもスンスンも大虚の時代は、ただ『メス』であるが故に『オス』の大虚の標的となっていた。
固体の統計的に、メスの大虚は他に比べ身体が小さい、故に大型のオスの大虚の標的となりやすいのだ。
殺し殺される事が当たり前の虚圏の砂漠で、メスの大虚がただ一匹で生き残る事は至難の業、それは三人にとっても例外ではなく、狙われ、襲われ、それでも生き延び、しかしもうどうしようもない状況になった時、自らの死を確信した時、彼女は現れたのだ。

自分よりも小さく、自分よりも細く、自分よりも脆そうに見えた彼女は、自分を遥かに凌駕する莫大な霊圧を放ち、自分が覚悟した死の瞬間を呆気なく振り払ってしまった。
同じメスの大虚、しかし自分からでは未だ遠く、遥か向こう、たどり着けるか判らない場所である『最上大虚(ヴァストローデ)』に、そのメスの大虚は到達していた。
その出会いは彼女たちそれぞれにとって自らの理想との遭遇であった。
強く、ただ強く、何者よりも強く、逃げる事無く、怯える事無く、虚圏の砂漠をいく姿、それが彼女たちの理想。
その理想の姿であるハリベル、彼女と共に虚圏の砂漠を生きる内に彼女たちは互いに話し合うでもなく、それぞれその内に同じ思いを決意した。



この人の役に立ちたい、この人の為に生きたい、この人が進みたいと思う道を支えてあげたい、と。



三人は決してそれを互いに口に出したりはしない、本当に大切な思いや決意は己の中にしっかりとしまって置くものだから。
どんなに強い決意でも、言葉で零し、形を持たせてしまえば途端に色あせてしまう。
言葉に出す事で強まる決意とそうでないもの、不退転の覚悟と秘めたる決意、安っぽい言葉に乗せてしまえばその決意の重さまで軽くなってしまう。
故に三人はその決意を口には出さない、その秘めた決意は三人にとって己の命より思いのだから。

だから彼女たちは常に張り合う。
どんな些細な事でも、他人からすればどんなにくだらない事でも、この二人にだけは負けられないと、自分が一番ハリベルの役に立ち、ハリベルの為に生きているのだと、そう証明するために。


「あたしだって言ってんだろうが! このデカ女!!」

「アタシに決まってるだろうが! 単細胞!!」

「いい加減にしてくださいます? 私に決まっているのですから、低脳同士、二番と三番を取り合ってくださいまし。」

「「根暗は黙ってろ!!! 」」

「ネ、根暗・・・・・・」


秘めた決意は大したものだが、それを証明するための手段が些かそれを霞ませるような罵り合いを続ける三人。
最早互いの悪口が入り始めたそれは、収まりがつかない状況へと加速しているようで、それを目の前で繰り広げられている寝起きのフェルナンドにとっては苦痛以外のなにものでもなく、かといって軋む身体では割って入る事も叶わずただ一言「うるせぇ・・・・・・」と力なく呟くぐらいの事しかできなかった。

「・・・・・・フ、・・・フフ、フフフフフフ。いいですわ!それならこの際誰が一番なのかハッキリさせようではありませんこと?お馬鹿さん達には言葉が通じないようだから肉体言語で教えて差し上げますわ!!」


アパッチとミラ・ローズに『根暗』と言われてさすがにショックを受けたのか、俯いていたスンスンが急に笑い出し、ガバッと勢いよく身体を起こすと、この際誰が一番なのかハッキリさせようと言い出した、『根暗』発言で怒りのボルテージが一気に振り切れたようだ。

「いいぜ! やってやろうじゃないか!ボッコボコにしてやんよ!!」


そのスンスンの提案に待ってましたと言わんばかりにアパッチが同意する。
左手を右の肩に置き、右腕をブンブンと回しながら「ちゃっちゃとはじめようぜ!」と声を張り上げている。
その顔は獰猛な笑顔で、戦うことが本分である破面のある意味ただしい姿と言えた。

「こんな狭いところでやれる訳ないだろうが、この単細胞め!外に出るよ! 逃げるなら今のうちだぜ!」

「誰が逃げるか!」

「そうですわ! 私に歯向かった事を後悔させて差し上げますわ!」

「ハッ!上等!」


このままフェルナンドの寝台のある部屋で戦いを始めようとするアパッチをミラ・ローズが制する。
かといって戦い自体を止めるのではなく、もっと広い場所で決着を着けるということのようだった。
逃げてもいいぞというミラ・ローズの挑発にアパッチも、そしてスンスンもその意気を増していく。

そんな三人を黙ってみていたハリベル、さすがにこのままにしておくのはマズイと考えたのか三人を制止しようと話しかけた。
三人とも常からこのようないざこざは多々あるが、ハリベルの前で此処までそれが大きくなるのは珍しい方であり、見ていたハリベルも止めるのが少し遅れたが、ハリベルの言葉は素直に聞く三人である、どうとでもなるとハリベルは考えていた。

「お前達、いい加減にやめな「「「ハリベル様は黙っててください!!!」」」いか・・・・・・」


予想外の返答に面食らった様子のハリベル、制止の言葉に喰い気味で入ってきたその言葉にハリベルの思考はほんの一瞬停止する。

「オラ!じゃぁいくぜ!」

「お馬鹿さん達に世の厳しさを教えて差し上げますわ。」

「「てめェスンスンぜってェ泣かす!」」


ギャァギャァ言い合いながら部屋を出て行く三人、その声が遠く小さくなるなか部屋に残されたフェルナンドと立ち尽くすハリベル。
急に静かになった部屋、何故か気まずい空気の中、なんとなしか哀愁が漂うハリベルのその背中にフェルナンドが話しかける。

「あれがアンタの”仲間”ってぇやつか? 随分とまぁ・・・・・・賑やかだねぇ」

「まぁ、な・・・・・・」


フェルナンドの言葉にどこか力なく答えるハリベルだった。






芽生えたそれは
蝕むそれは
戦士ゆえの苦悩か


片割れの牙が戻り
双牙を得る















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.17
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:43
BLEACH El fuego no se apaga.17









アパッチ、ミラ・ローズ、スンスン、ハリベルの従属官三人がいなくなった部屋に残されたフェルナンドとハリベル。
若干影がかかったようなハリベルの背中、従属官三人に邪険にされたのがよほどショックだったのか、心なしか肩も少し落ちているような気がする。
普段の毅然とした態度でいる彼女からはなかなか想像し辛いその姿、事”戦い”という部分に関しては何処までも厳しく勇ましい彼女だが、一歩そこから離れると突発的な出来事や、感情の触れ幅が多少大きくなるようだ。

生きるため、戦うしかなかった彼女にとって今手にしているこの環境は、初めてのことも少なくないのだろうか。
戦士として完成されている故に、それ以外の部分が追いついていないような、そんな印象を受けるどこか、”人間くさい”彼女の姿、しかしそれも次第に霧散し、常の彼女の纏う雰囲気へと戻っていった。

「さてフェルナンド、その身体、未だ全快には程遠いだろう?今はもう少し休め・・・・・・ どうした?そんな顔をして・・・・・・」


起き上がってはいるものの、未だフェルナンドの身体がボロボロであることをハリベルは理解していた。
故にもうしばらく休めと言うハリベル、しかし見ればフェルナンドは奇妙な表情をしていた。
常に自信に満ち、皮肉気に歪めた口元をした表情ではなく、半眼でやや視線を落としたようにしているフェルナンド。
苛烈な彼の雰囲気はそこには無く、ただ何事か考え込むような表情は、日頃の彼と明らかに違うものだった。

寝台に腰掛け、立てていた片膝に肘を乗せ頬杖をつき、どうしたと問うハリベルのほうへ視線を向けずそっぽを向いたままフェルナンドが答える。

「別に大した事じゃねェよ・・・・・・ ただ、俺はグリムジョーの野郎に”負けちまった”んだな、と思っただけさ。」


ハリベルの方に視線も向けず答えたフェルナンド、その言葉にハリベルは驚いた。
”負けた”フェルナンドの口から出たその言葉、結果だけを見れば相討ちによる”引き分け”といえる先の死合、しかしフェルナンドはソレを負けと言い切った。
彼が負けたと口に出した事もそうだが、ハリベルを驚かせたのはそのあまりにあっさりとした言い様だった。

負けるとは死ぬ事。

それがフェルナンドの戦いの哲学。
その彼が3度も負け、そして生き延びたのだ。
ハリベルの知る、いや、ハリベルが考えるフェルナンド・アルディエンデという破面の性格から考えれば、今”負けた”などという事をそう簡単に口走るはずも無く。
そしてなによりそれを口に出したときの表情は、もっと憤怒や屈辱に歪み、大きな感情の爆発を伴うものであるはずだった。

だがしかし、今目の前であっさりと”負けた”と口にする彼の表情は、憤怒も、屈辱も一切窺うことはできなかった。
強いてその表情を表現するならば”惚けている”、簡単に言えば”ぼーっとしている”という状態であった。
あまりにハリベルの想像と違うフェルナンドの態度、しかしその口から負けたという言葉が出た事もまた事実、故にハリベルは問う、その問の答えも全て判った上でそれでもフェルナンドの口からそれを聴く為に。

「ほう・・・・・・ 両者同時に攻撃し、両者同時に地に倒れ、両者同時に気絶した。見事なまでの”引き分け”の様に見えたがお前はそれを”負け”という。何故だ? ”勝ち”では無いにしろ”負け”より”引き分け”の方がマシだと思うがな・・・・・・」


それはどこか甘い言葉、負けではなく引き分けでもいいのではないか、傍から見れば結果は引き分けに見えた、ならばそれでいいではないか、と。
あえてそう口にするハリベル、これでその言葉に乗ってしまうようでは自分の見込み違い、すぐさま此処から放り出して以降一切の関りを持たない、そんな考えを内に抱きつつ、しかしフェルナンドがそんな愚か者ではないとどこか確信めいた予感を持っての言葉。
その言葉にフェルナンドは顔を背け、頬杖をついたまま答える。

「何が”引き分け”だ・・・・・・ コッチは出せる全力を出し切ってボロクソになったが、アノ野郎は解放どころか斬魄刀すら抜いてねぇ。それでも野郎を倒したから”引き分け”だ、なんて恥知らずもいいような事口が裂けてもいえるかよ。あれは俺の”負け”なんだよ。」


発する声にもあまり鷹揚は無く、ただ淡々と事実のみを口にするようなフェルナンド。
しかし、その口から発せられた言葉はハリベルの考えたとおりのものだった。

確かに結果だけを見ればフェルナンドとグリムジョーの死合は”引き分け”で幕を閉じた、が、その内容を今一度良く見ればその評価は確実に変わってくる。
業をもって戦うフェルナンドと、霊圧による肉体強化で戦うグリムジョー、両者の戦いは霊圧で勝るグリムジョーが勝つかと思われたが、業を巧みに用いたフェルナンドが一矢を報い、フェルナンドの捨身の霊圧解放により戦いは五分へ、そして両者相討ちでの引き分けとなった。
客観的に先の戦いを見ればこんなところだろう。

しかしこの戦いには大きく欠けた部分がある。
肉体、あくまで”人型としての戦闘”ならばまだいいだろう、だが『破面』という存在の、戦いでの真骨頂はそれではないのだ。
破面化と共に別れたもう一つの姿、斬魄刀という刀の姿に押さえ込んだその本性、破面化で高位への昇華した肉体に更に己が力の本性を回帰させる事、『帰刃(レスレクシオン)』それこそが破面の戦いの真骨頂なのだ。

もう一度戦いを振り返る。
フェルナンドとグリムジョーは互いの”拳足をもって”戦った、最後まで、力尽き倒れるその時まで”殴り合って”戦ったのだ。
刀を持たないフェルナンドならばそれは当然、己の武器はその拳と足のみなのだがら。
しかしグリムジョーは違う、その腰にはしっかりと己の分身たる斬魄刀を挿しているのだ。
フェルナンドは”拳足をもって全力で”戦った、だがグリムジョーからすれば”斬魄刀を使わずに”戦ったのがあの死合なのだ。

出せるギリギリの力をもって戦ったフェルナンドと、ある意味余力を残していたグリムジョー。
だがグリムジョーも決して無意味な余裕から斬魄刀を抜かなかったわけではないのだろう。
グリムジョーからすれば自分を舐めた態度で挑んでくるフェルナンド。
そのフェルナンドが斬魄刀を持たず、使わない状況の元、自分だけがそれを抜き放ちあまつさえ解放して戦うなどという事を、グリムジョーのプライドが許さなかったのか。
あくまで同じ土俵の上に立ち、同じ条件下でフェルナンドを殺す事で自分が上であると証明して見せようとしたのかそれは定かではない。

結果、余力を残す形となったグリムジョーと相討ちとなったフェルナンド。
全力は出し切った、しかし相手に全力を出させる事ができず倒れた、そんなものは負けだろうとフェルナンドは言っているのだ。



そんな言葉を零すその姿はやはり常の彼とはあまりに懸離れていた。
戦いの結末に、勝敗にこだわるフェルナンドが、どこか自分が負けたことなどどうでもいいような態度をとっている。
ハリベルにしてもそれは不可解ではあった。

「ならばどうする? その傷が癒え、グリムジョーの傷も癒えればまた直ぐにでもお前はヤツに挑むのか?」


ハリベルは更にフェルナンドの奥深く、その考えを覗こうと質問する。
一体彼が今何を思い、考えているのか、それを知らねばハリベルがこの場所に来た”本当の”目的を果たす事などできなくなっていた。

「わからねぇ・・・・・・それがわからねぇんだよ、ハリベル。 いつもの俺なら今すぐにでも飛び出して、野郎に殴りかかってるはずだ。だが、今の俺にその気はねぇ・・・・・・ 俺はどっかおかしくなっちまったのかねぇ。アンタとやり合った時みたいにビビッて引いた訳でもねぇ・・・・・・じゃぁコイツは何だ? すっきりしねぇこの感じは何だ?空虚とは違うこの重てぇ感情は一体なんだってんだよ・・・・・・」


ハリベルの問にフェルナンドから言葉が零れる。
グリムジョーに挑むのかと問われたフェルナンドの答えはなんと『否』だった。
負けたという屈辱、彼ならば耐えられないであろうそれをして尚フェルナンドは挑まない、挑む気がないという。
そうしてハリベルの問に答えるにつれ、フェルナンドの表情に変化が現れる。
半眼で惚けていたような表情から徐々にだがその顔に別の表情が形作られていく。
頬杖をやめ、しかしその視線は落としたままでその手を胸の前へと持ってくると、純白の衣を片手で強く握り締める。

そして胸の中心を掴むようにしているフェルナンドに浮かぶ表情は”困惑”だった。
自分が何故グリムジョーに挑もうとしないのか、それは一体何故なのか、そして掴んだ胸の更に奥にこびり付くようにしてある、重い重い感情の正体は一体なんなのか、その全てをフェルナンドは計りかねている様だった。

ハリベルはそんなフェルナンドを黙って見つめる。
フェルナンドの抱える感情、その正体、グリムジョーという破面と戦った事で生まれたソレ、その理解しきれない感情の荒波、ハリベルはソレを見抜き、どこか嬉しくもありまたどこか寂しさも感じていた。

「ハリベル、アンタならコイツが何なのか分かるのか?アンタとの戦いで感じた”恐怖”とは違うこの感情がなんなのかを・・・・・・」


顔を上げたフェルナンドがハリベルに問う、この不可解な感情はなんなのかと。
彼がはじめてハリベルと戦い、そして初めて負けたときに感じた感情、命削る戦いの中でハリベルの一撃にその身を曝した瞬間に感じた初めての感情

”恐怖”

フェルナンドは今自分の内にあるこの不可解な感情がその恐怖に近しく、だがしかし非なるものではないかと感じていた。
故にフェルナンドはハリベルに問う、自分にはじめて恐怖を齎した彼女ならば、この似て非なる感情を知っているかもしれないと考えた故に。
そんなフェルナンドの問にハリベルは静かに答えた。

「・・・・・・ソレは”畏れ”だ。フェルナンド、お前はグリムジョーを畏れているのだ・・・・・・」

「ッ! ふざけんな! 俺はアイツにビビッてなんかいねぇ!!」


ハリベルの答えはフェルナンドの考えを否定した。

”畏れている”

ハリベルの口にしたその言葉、”恐怖”と”畏れ”言葉は違えどその意味はほぼ同じ、それ故にフェルナンドはその言葉を否定する。
自分はグリムジョーを恐れていないと、ソレは恐らくフェルナンドの本心からの言葉であるし、ハリベル自身もソレは分かっていた。
アノ戦い、グリムジョーはどうか定かではないが、フェルナンド自身は心底愉しくて仕方がなかったのだろう、己と同等の力を持ち己の全力を持ってして打倒しきれるかわからない相手、伯仲した実力のもの同士の戦いそれは格別のものがある。

だがそれ故に、そんな戦いであったが故にハリベルは確信していた、フェルナンドが”畏れ”ていると。

”恐怖”と”畏れ”、言葉は違えどその”言葉の”意味はほぼ同じ、ならばこの場でその言葉それぞれが”示す内容”こそが重要であり、ハリベルの言う”畏れ”と、フェルナンドの言う”恐怖”には明確な差が存在していた。

「確かにお前はグリムジョーとの戦いの中で”命を失う恐怖”を感じながらも、それに屈する事無く戦い抜いた・・・・・・だが、戦いが終わり、こうして目を覚まして冷静にその戦いを振り返った時、お前は気付いてしまった。自分とグリムジョーの“差”に、グリムジョーに手加減されていたかもしれないという現実に・・・・・・」

「うるせぇ!! 俺はそんな事考えちゃいねぇ!勝手に俺の事を分かった風な口を効くんじゃねぇよ!!」


“命を失う恐怖”
戦いに身を置くものにとって決して切り離す事のできない感情、そして切り離してはいけない感情。
戦士と獣を別ける境界線、分水嶺であるその感情、フェルナンドの言う恐怖とはそれのことなのだ。
その感情を胸に抱きながらもフェルナンドは戦ったのだ、グリムジョーという強き破面と、同等の力を持つと思った相手だからこそその全てを出し切り勝利しようとしたのだ。
しかし、それ故にフェルナンドに芽生えた新たなる感情、ハリベルはフェルナンドの再度の否定を無視して言葉を続ける。

「いや、お前は”畏れている”んだフェルナンド・・・・・・グリムジョーという破面を、この虚夜宮に来て初めて”対等”な戦いが出来た相手が更なる力を持っていたという現実、自分が対等だと認めた相手が自分以上の力を持っていたという現実・・・・・・」

「止めろ・・・・・・ 黙れ、ハリベル・・・・・・」


ハリベルが紡ぐ言葉の一つ一つがフェルナンドの内面を暴いていく。
安易に踏み込むべきではない領域、それを暴かれる不快感がフェルナンドの内にじわじわと広がっていく。
それに不快感を感じるという事実、それこそハリベルの言葉が真実であるという証明。

ハリベルは言葉を紡ぐ、彼女とて不快感を感じている。
己が内を他者に暴かれるという不快感と同等のそれ、他者の内に土足で入り込み暴き立てるという非道。
しかしそれをして尚ハリベルは言葉を止めない。
フェルナンドという破面が向き合わなければならない現実を伝えるために。

「お前は”畏れ”ているんだ・・・・・・ 自分が対等だと認めた相手に、自分が全力で挑み戦った相手に、“力”を使うに値しない、その”価値が無い存在”だと、そうグリムジョーに失望されているのではないかという事に対する畏れ・・・・・・それがおまえのその感情の正体だ。 」

「ッ・・・・・・・・・・・・ 」


ハリベルの継げた言葉に押し黙るフェルナンド。
それはハリベルが語る言葉によって己の感情の正体に気付き、それを認めたが故の沈黙だった。

価値が無い存在、それは必要とされず、あってもなくても同じである存在、故に無価値、故に、存在しない存在。
対等の存在である、それだけの力が自分にはある、その自負の裏で相手にその価値なしと、それに足る存在ではないと思われ、そして失望される悲しさ。
そしてそう思われているかもしれないという恐怖、フェルナンドの中にあるのは”命を失う恐怖”ではなく、自身が”取るに足らない存在という恐怖”、グリムジョーに失望されたという”畏れ”だとハリベルは言った。

『好敵手』という言葉がある。
同等の実力のもの同士、戦えばどちらに勝利が訪れるかなど分からず、ほんの小さな切欠、瞬間がそれを左右するほど実力の伯仲した者同士のことを指さす言葉である。
フェルナンドはグリムジョーと戦う中で、無意識に彼の事を好敵手であると、この者だけには簡単に負けることは出来ないと、そう感じていた。
それは互いの戦いに向かう姿勢が、どこかに通っていたためなのかもしれない。
互いに目指すものの為、それを妨げるモノ、立ちはだかるモノの全てを悉く粉砕し、その身が朽ち様とも決してそれを諦める事ができない不器用さ。
似通っているからこそ、だからこそこの者だけには負けられない、その思いがフェルナンドに強く根付いていた。

しかし、相討ちの末気絶し、目覚めたフェルナンドが冷静にあの戦いを思い返すと、其処にあるのは無様な”負け”という結果だけだった。
戦う事に、グリムジョーという対等の存在と戦う事に夢中で、フェルナンドが気付けていなかった現実が其処にはあった。
そして同時にこみ上げてきた感情、自分は加減されて戦い、いい様にあしらわれ、そして負けた、と。
更なる力をその身に持ちながらそれを使うに値しない、その価値が無い存在であると、そう思われているかもしれないという現実が其処にあり、それはフェルナンドにとってあまりに悔しく、そして怖ろしい事だったのだ。

ハリベルほどの実力者に挑み、加減される事と、グリムジョーという恐らく対等であろう者に挑み、加減され負けるという事。
その違い、フェルナンドとて口では『アンタを殺す』と言っているが、実際今のままでそれを成す事が不可能であるとも分かっていた。
それ故に己を鍛え、ハリベルの誘いにも乗り、こうして力を付け様としているのだ。

しかし、グリムジョーはおおよそ今の自分と同等であるとフェルナンドは考えていた。
同等の実力者、虚夜宮で出会う初めての相手、その相手に手を抜かれていたかもしれないという現実。
それがフェルナンドを苦しめる、手加減された事もそうであるし、何より自分が好敵手だと思った相手に、自分の存在を認めさせる事ができなかった己の“弱さ”。
自分が認めた相手であるが故に、その相手に失望され、蔑するモノとして見られる事をフェルナンドは恐れたのだ。

「・・・・・・・・・・・・ そうさ・・・・・・俺は野郎を倒す事も、認めさせる事も、刻み付けてやる事もできなかった。じゃぁ俺はどうすればいい・・・・・・ グリムジョーの野郎は俺にその力を残したまま戦いやがった。なら俺はどうすればいい・・・・・・ 野郎に俺という存在を刻み付けるにはどうすればいい、今のままじゃぁダメだ。今のままじゃ野郎の前に俺は・・・・・・ 立てねぇ・・・・・・」


沈黙の後にフェルナンドから言葉が零れる。
それはグリムジョーを恨む言葉ではなく、己の力不足を、不甲斐なさを、己の弱さを嘆く言葉。
畏れることは己の弱さで相手を失望させてしまったこと、それを拭い去るには今のままでは不可能だと、今のままでは先の二の舞、いや、それ以下の結果は目に見えている。
故に今のままではグリムジョーの前に立つことはできないと、フェルナンドは苦々しく言葉を紡ぐ、そしてその悔しさのあまり強く握られた拳からは、紅い雫が滴っていた。

そんなフェルナンドの姿を黙って見ていたハリベルが、フェルナンドの腰掛ける寝台に近付く。
その瞳は何を思うのか、真っ直ぐにフェルナンドを見据えていた。

「悔しいか、フェルナンド・・・・・・ 自分の力がヤツに届かない事が、自分の力をヤツに示せなかった事が、自分の弱さ故に相手を落胆させてしまったかもしれない事が・・・・・・」

「・・・・・・ あぁ、悔しいね・・・・・・ ハリベル、アンタに負けた時よりも・・・いや、今迄で一番悔しい。アノ野郎にだけは負けられねぇ、グリムジョーの野郎にだけは・・・・・・このままじゃ終われるわけがねぇ・・・・・・」


ハリベルの言葉に悔しさを滲ませながら答えるフェルナンド。
惚けた様な、どこか他人事のように自分を語っていた彼の姿は其処にはなかった。
負けたことへの屈辱や怒りはやはり無い、しかし今、彼にあるのは悔しさ、不甲斐なさ、そして絶えぬ闘志だった。

「そうか・・・・・・ ならば”コレ”を取れフェルナンド。この一振りを持って己の内の”畏れ”、断ち切るがいい。」


そう言ってハリベルは、その手に先程から握っていたモノをフェルナンドの眼前へと示した。
それを見たフェルナンドの瞳が大きく開かれる。

「そいつは俺の・・・・・・ だがハリベル、俺はまだそいつを取る訳にはいかねぇ、俺はまだ・・・・・・」


フェルナンドの眼前にハリベルが差し出したもの、それは”刀”だった。
ただの刀ではない、それはもう一人のフェルナンド・アルディエンデといっても過言ではないモノ、フェルナンドという破面の本性、本質、本能を詰め込んだ一振り、ただ一振りだけの彼だけの斬魄刀だった。
しかしフェルナンドはそれを取る事に躊躇いを見せた、それもそのはず、その刀をとるための条件を彼は満たせていないのだ。

『数字持ちを全て倒す』
それがこの刀を手にする条件、しかしフェルナンドはそれを満たしていない。
グリムジョーとの戦いを彼本人が”負け”であると認識している以上、それを取る事はできないのだ。
躊躇うフェルナンド、しかしそんな彼にハリベルは辛辣な言葉を浴びせる。

「フェルナンド・・・・・・ お前のその意地と誇り高い姿勢は賞賛に値する。しかしその意地が、誇りが、今お前の枷となっている。何故躊躇う、あの者に己を認めさせようとするお前が、私に悔しいと言ったお前が何故躊躇う。誇りを守る事は尊い事だ、だが誇りに縛られ道を誤るのは愚かな事だ。目の前に、お前の目の前に強くなれる可能性があるというのにそれを取らないのは誇りではない、お前の求めるものは何だ?そのために必要なものは何だ? その意地を通すことか?本当にそうなのか?」


ハリベルの言葉に彼女らしからぬ熱が篭る。
躊躇いを見せるフェルナンド、何処か覇気のないフェルナンド、そんな彼をハリベルは知らない。
ハリベルの知るフェルナンドは烈火の如き戦士なのだ、その彼が今見せる姿をハリベルは好ましいものと思えなかった。
そんな彼女の思いが更に紡がれる。

「私はお前がこの”刀”を持つに相応しい者となったと、ただ力という”刃”を振り回すだけの愚か者ではなく、それを制する”鞘”を持った戦士となれると感じた。故にコレを渡す事に決めた、私がそう決めたのだ。どうしても自分の意思でコレを取れないというのなら、私が押し付けたと思えばいい、仕方なく受け取ったに過ぎないとでも思えばいい。だがらコレを取れフェルナンド・・・・・・ 私にこれ以上そんな姿を見せるな・・・・・・」


フェルナンドへと紡がれるハリベルの思い。
それはフェルナンドの成長を認める言葉、刀を取るに足りると、私に挑むに足るであろう資質を見せたと、ハリベルはそうフェルナンドに言ったのだ。
だから刀を取れと、一時の意地に流され可能性を閉ざしてくれるなとハリベルは諭す様に語り掛ける。
どうしてもダメならば自分が押し付けた事にしてもいいと、そうまでしてハリベルはフェルナンドのこの状態を解消しようとする。
それは彼のためでもあるし、何より彼女自身のため、烈火の戦士の消沈を彼女は見ている事ができなかった。

そんなハリベルの言葉を黙って聴いていたフェルナンド。
瞳を閉じ、考え込むようにしてその言葉を聴いていたフェルナンドがゆっくりとその瞳を開き、真っ直ぐハリベルを見つめ、そしてバツが悪そうに小さく舌打ちをすると、ハリベルの言葉に答えるように言葉を返す。

「・・・・・・いいか、コレは俺の意思だ。 決してアンタに押し付けられたわけでも、仕方なくでもねぇ。俺が俺の為に決めた事だ、だからハリベル・・・・・・アンタこそ俺の前でそんな顔するんじゃねェよ・・・・・・」


そう言ってフェルナンドは眼前に差し出されていた刀を手に取る。
フェルナンドにしっかりと握られたその鞘、肌に吸い付くように自然にその手の内に収まるそれ、もう一人の自分と出会ったような、欠けていた一部が戻ったような奇妙な感覚をフェルナンドは覚えた。
彼が、彼の意思で、彼自身の為に取ったその刀、それはフェルナンド・アルディエンデがまた一つ戦士として成長した証でもあった。
そして何よりそうさせたハリベルこそが彼の成長の重要な因子だったのだろう。

フェルナンドが見たハリベルの表情、それはフェルナンドに己の小さな意地を曲げさせるに足るものだったのだから。


刀を取ったフェルナンドをハリベルはどこかほっとしたような表情で見つめる。
しかしその柔和な雰囲気はまた直ぐに霧散し、戦士としての顔の奥に隠れてしまった。

「フェルナンド、少し刀を抜いてみろ。」


戦士ハリベルがフェルナンドに刀を抜いてみる様促す。
フェルナンドは言われた通りその紅い柄に手をかけると、鞘から刃を少し引き出した。
引き出された鈍色の刃、何の変哲も無いその刃、フェルナンドはそれをじっと見つめ、一頻り見つめ終わるとゆっくりと刃を鞘に戻した。

「何が見えた・・・・・・」

「・・・・・・俺だ、俺が見えた。 荒れ狂うような猛火、立ち昇る炎の渦、猛々しい炎の、海・・・・・」


ハリベルの問いかけにフェルナンドが答える。
その鈍色の刃に映るもの、他者が見てもそれは見えず、その持ち主たるフェルナンドゆえか、それとも彼の成長の証なのだろうか、刃に映りこむ己の瞳の奥、それとも刃自身にか、或いはその両方なのか、フェルナンドにはハッキリとそれが見えていた。

猛々しい炎の海、火柱が立ち昇り、紅い波がうねる雄々しき炎が。

「それが、それこそが本当のお前の姿だ。 見失うなよ、フェルナンド・・・・・・」

「あぁ、俺はもう見失ったりしねぇ、俺は強くなる。強くなってヤツにも、そして、お前にも俺を、刻み、付けて、やる・・・ぜ・・・・・・ 」


刃に映るその姿、それこそが本当の自分である。
ハリベルはそれをフェルナンドに告げた、そしてそれをもう見失うなとも。
己という存在の体幹、それさえ失わなければ倒れる事はない、フェルナンドアルディエンデという存在は常に在るとハリベルは伝えようとしたのだ。
そんなハリベルの言葉にしっかりとその瞳に意思を灯して答えたフェルナンドだが、ボロボロの身体、そして無理矢理覚醒していた意識は限界を迎え、遂にそのまま寝台へと倒れてしまう。

あまりにも急に眠りに落ちてしまったフェルナンド。
それは無意識の緊張から解き放たれた故なのか、単純に肉体的に限界だったのか、今はそれを知る必要も無かった。
そんなフェルナンドの眠る寝台に、ハリベルが一歩ずつ近付く。
ゆっくりと小さな寝息を立てるフェルナンドを見るハリベル。
其処には己の弱さを悔いていた戦士も、また強き烈火の戦士もおらず、ただ一人の少年が眠っていた。

そんなフェルナンドの寝台にゆっくりと腰掛けるハリベル。
そしてフェルナンドの髪に指を掛けると、ゆっくりと、そしてやわらかくその手で梳る様に撫でる。
何を言うでもなく、ただフェルナンドの髪をすくハリベル。
その瞳は戦士のそれではなく、ただ優しさを湛えている様に見えた。

そして、ゆっくりとした時間だけが過ぎていった・・・・・・






獣の王

目覚めたそこは
混沌空間

嵐の男

眼に映るは
未来の闘争











[18582] BLEACH El fuego no se apaga.17.5
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/16 22:02
BLEACH El fuego no se apaga.17.5










彼が目を覚ますと、其処に見えたのは偽りの青空ではなく白い天井だった。
予想とは違う光景、しかし彼はそのことを然程気にするでもなくその視線はただ天井を見ていた。
恐らく彼が今”視て”いるのは天井などではなく彼の意識が失われる直前の風景、前後不覚、意識を失う前に自分が何をしていたのか、それを彼は思い出そうとしていた。

誰かが笑う声、金色の髪、自身の激しい怒り、それらが少しずつ彼の記憶の奥から浮かび上がる。
浮かび上がるそれは次第に鮮明になり、ぼやけていた出来事の輪郭もその形を取り戻すように再度形作られていく。
痛みと驚愕、強烈な意思、そこで彼は自分が戦っていた事を思い出す。
そしてその相手を思い出そうと更に記憶の奥に踏み込もうとした瞬間、見えたソレによって彼は全てを思い出した。

彼が見たそれは”瞳”
彼を射抜かんばかりに見据えるその瞳、それは血を湛えたかの様に色濃く、しかし一方で何処までも澄んでいる瞳、その者の意思を何よりも強く感じさせるその瞳。

紅い紅いその瞳を彼は思い出したのだ。


「ッ! クッ・・・・・・あのクソガキ・・・・・・」


全てを思い出し、急激に身体を起こした彼だがその身体の痛みに顔を歪ませる。
襲う痛みは戦いのそれ、紛れも無くあの少年との戦いによって生まれた傷による痛みだった。
動けないというわけではない、しかしその身体に確実に違和感を残すほど、少年の拳は彼にダメージを与えていた。

一つ少年に対して悪態をついた彼は、自分の置かれた状況を確認する。
彼が今まで眠っていた場所は少年と戦った青い天蓋の下ではなく、どこか屋内の一室らしく、白い壁に囲まれた部屋には小さな四角い窓が一つあるだけだった。
痛みは残っているもののその身体は確実に回復しており、この状況下それが何者かの手によるものであることは明白だった。
みれば彼が着ているのは少年との戦いで破れ、ボロボロになった彼の白い死覇装ではなく、多少趣向は違うものの一般的な白い死覇装に変えられていた。

何故自分がこんな場所にいるのか、此処が何処であるのかすら分からない状況、その状況を打開するため彼が自身の探査回路(ペスキス)を奔らせようとした瞬間、彼の耳に誰かの声が聞こえてきた。



「待っておくれ吾輩の美しいお花さん(フロール)、そんな仕事など抛って置いて吾輩と午後のお茶など愉しまないかい?なぁに心配は要らない、何せ此処は我輩の城、何人たりとも吾輩たちの甘い時間(チョコラテタイム)を邪魔など出来ないさ。」

「こ、困ります第6十刃(セスタ・エスパーダ)様・・・・・・」

「おぉ何たる事、第6十刃等と堅苦しい・・・・・・そんな呼び名などやめて、『ドルドーニ』と吾輩に優しくささやいておくれ美しいお花さん(フロール)。十刃と下官、階級と立場に隔てられた二人の恋・・・・・・まさに現世の文学に記されていた『ロミオとジュリエット』なる物語そのまま! 隔てられた二人の恋は今まさに燃え上がる!さぁ! 今こそ愛のくちづけを・・・・・・」

「ヒッ! い、いい加減にしてください!!」

「ンボハ!!!」


おそらく彼のいる部屋の入り口の前で行われていたであろうその会話。
どうやら男が女に言い寄り、迫ったところを返り討ちにされたようだ、なにせ彼の部屋にその言い寄っていたであろう男が、物凄い勢いで転がり込んできたのだがら。
部屋の床で小刻みに動く男、その男を入り口の辺りで見ていた女、どうやら下官であるその女は床に転がる男を一瞥すると「フン」と鼻を鳴らし、そっぽを向きそのまま歩き去ってしまった。

「ぬおぉ・・・・・・ この角度、的確に顎を捉える慧眼、そしてこの威力、申し分ない・・・・・・美しいお花さん(フロール)、吾輩と共にその平手で十刃の星を目指さないか?ひいてはそのために吾輩とお茶でも・・・・・・・・・・・・ま、待っておくれ吾輩の美しいお花さん(フロール)~~」


男は入り口に背を向けたままゆっくりと膝立ちになり、何事か呟くと後ろを振り返る。
しかし言葉をかけていたであろう女の姿は既にそこには無く、慌てて床を這うようにして入り口に近付くが女の姿は遥か遠くとなっているようで、四つん這いの体勢で伸ばされた片手は空を掴み、その姿は哀れとしか言いようが無いものだった。
そのままガックリとうな垂れる男、全体的に影を背負うようにしているその男の姿はどこか薄く、希薄にも見えた。

「アァ・・・・・・ また一つ吾輩の恋が散っていった・・・・・・吾輩が欲しいものは何時だって吾輩の手から滑り落ちていくのか、なんという無情・・・・・・その辺り、欲しいものを手に入れた君はどう思うかね? 破面No.12(アランカル・ドセ) グリムジョー・ジャガージャック君。」

「ッ!」


完璧に女性にフラれたであろう男が、四つん這いの体勢からゆっくりと立ち上がり振り返る。
先程までの軽薄な振る舞いではなく、洗練された立ち居振る舞いを見せるその男、両手でその口髭を整えながら向き直る男の姿は紳士然とし、見る者にその男の品位を伺わせる。


がしかし、その男の頬に付いた”真っ赤な紅葉の葉”のおかげで、その全ては台無しとなっていた。


彼、グリムジョー・ジャガージャックは驚いていた。
いきなり彼のいる部屋に転がり込んできた男、ただ騒々しいだけならばグリムジョーとてこれほど驚きはしなかった。
グリムジョーが驚いているのはもちろん目の前の男の”紅葉の葉”などではなく、その男の存在自体。
ただの破面ならば問題はなかった、数字持ちの実質的一位であるグリムジョーを知らぬ破面はそうはいなかったからだ。
しかし先程の女の発言がグリムジョーに驚きを齎していた。

”第6十刃(セスタ・エスパーダ)”

確かにあの下官の女はそう口にしたのをグリムジョーは聞き漏らさなかった。
あの場所にいたのはあの女と目の前の男のみ、必然的に誰が第6十刃なのかは分かるというものだ。
目の前の男こそ自分より遥か上、別次元の実力を持ち、この宮殿『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』の主、藍染惣右介の十の剣の一角を担う者なのだとグリムジョーは理解した。
そしてその十刃が自分の名を知っている、それは異常な事だった。
そして何よりグリムジョーを驚かせたのはその破面の最高位たる十刃が、彼を助けたという事実だった。

「テメェ・・・・・・ なにが目的だ・・・・・・」


目の前の十刃に対してグリムジョーが、訝しく思う感情を隠しもせず問いかける。
それも当然といえよう、そもそも十刃が一介の数字持ちを助け、治療する理由が彼には見つからなかった。
彼らが住む世界は慈悲や情け、助け合いなどという感情とは隔離された世界。
目の前で死に掛けている者がいても視線を向ける事も無く、助けを求められればその声が耳障りだと頭を踏み潰される、そんな殺伐とした世界なのだ。
そのなかにあって自分が助けられたという事実、漏れなくその世界の理の中で生きてきたグリムジョーにとって、それは理解不能な行いだった。

「おやおや、命の恩人に対してなんと言う口の聞き方。まだまだ”若い”な、そんな事では吾輩のような立派な紳士にはなれんぞ青年。目的かね? そんなものありはせんよ、しいて言うならば”目的”ではなく”対価”というべきか。な~に、人の城の庭先で殴り合っていた君達の戦いを観戦させて貰ったのでね、その対価として傷を治してあげたまでさ。」


グリムジョーの問に人差し指を立てて横に揺らしながら、軽く彼を窘める男。
グリムジョーにとってそんな男の言葉など届くはずも無く、重要な部分だけが彼の耳に届いた。
男は見ていたという、グリムジョーとあの少年、フェルナンド・アルディエンデとの戦いを、そしてそれを見た対価として自分を治したのだと。
グリムジョーの中にフェルナンドとの戦いの記憶が蘇る、そしてその表情は苦々しいものへと変わっていった。
しかし、そんなグリムジョーに構わず男は話し続けていた。

「なかなか良い戦いだったのでね、いいものを見せてもらっておきながら、それを創り上げた者をそのまま抛って置くのは吾輩の紳士道に反する。故に君を吾輩の城、第6宮(セスタ・パラシオ)まで招待したというわけだよ。あぁ、吾輩とした事が名を名乗るのを忘れていた、吾輩の名はドルドーニ。藍染様より『6』の数字を賜りし、嵐を呼ぶ男!ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオであ~る! ・・・・・・・・・・・・ヨシ!」


自分の名を言い終えた後に何故か小さくガッツポーズをする男。
第6十刃、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ、それがグリムジョーを助けた男の名だった。
グリムジョーにとって今はまだ雲の上の存在である十刃、それが何故自分とフェルナンドの戦いに興味を持ったのかは定かではないが、グリムジョーにとってそれはあまり好ましいものではなかった。

それは要するに見られていたという事だ、あの戦いの一部始終を、グリムジョーからしてみればあまりに無様なあの戦いを。


「いやはや、少年(ニーニョ)もなかなか頑張ってはいたが、やはりまだ君の方が強いようだ。斬魄刀も抜かずにあの少年の猛攻を防ぎきり、倒してしまったのだから。あの戦い、両者共に倒れはしたが、内容を見るに君の”勝ち”、といったところかな。」


そんなグリムジョーの感情を他所に、ドルドーニが先の戦いを振り返る。
結果的に両者相討ちとなりはしたが、その内容、そしてなによりグリムジョーが斬魄刀を抜かず拳足のみを持ってフェルナンドを打倒したという点をドルドーニは評価し、あの戦いの勝者はグリムジョーだったという私見を述べた。
おそらくある程度の実力者が見れば先の戦いはそう評価されるであろう、勝ったのはグリムジョーである、と。

しかし、その評価は他ならぬ勝者の言によって否定される。


「俺の”勝ち”だと? ふざけんじゃねぇぞ・・・・・・十刃の眼はとんだ節穴だな。」

「・・・・・・ほぅ、あれが”勝ち”ではない、と・・・・・・では一体なんだというのかね? 斬魄刀を抜かず、解放もせず、あえて少年(ニーニョ)と同じ舞台で戦う事で己との力の差を少年に思い知らせようとしたのだろう?今頃少年も分かったのではないかな、君との差を、それも含めて君の”勝ち”なのでは?」


勝者による勝利の否定、勝者に似つかわしくない苦渋の表情、それは何故の事か。
グリムジョーのその言葉にドルドーニが問いかける、その顔は偽りの仮面(ひょうじょう)を脱ぎ捨てた、戦士の顔となっていた。
そのドルドーニが問う、グリムジョーが勝利を否定する理由はなんなのかと。

グリムジョーはフェルナンドとの戦いの中で斬魄刀を抜こうとしなかった。
それは一重に彼のプライドがそれをよしとしなかったのだ、無手で挑んでくる相手、自分を舐めたような態度で挑んでくる相手、その相手に自らの愚かさと無力さを判らせる為に、グリムジョーはあえて斬魄刀を抜かずに戦っていた。
拳によって、相手の最も得意とする戦いにおいて勝利し、絶望を与えた後に殺す、グリムジョーはそう考えていた。

「”勝ち”じゃなきゃもう一つは”負け”に決まってるだろうが・・・・・・斬魄刀を使ってねぇ? 解放してねぇ?そんなものは後から取ってつけた言い訳じゃねぇか。あのクソガキに俺は全てにおいて勝っていた、力も、体躯も、経験も、全てだ。・・・・・・だが俺は倒れた、俺より弱いヤツと戦って倒れた、その時点で俺の”負け”だろうがよ。」


二人の人間がいるとしよう。
片方は一流の格闘家、もう片方はただの人間、その二人が戦ったとしてはたしてどちらが勝つだろうか?
結果は簡単だ、格闘家が勝つだろう。
だがもしも何らかの要因で、自分が倒れるのと引き換えにただの人間が格闘家に膝を着かせたとしよう、それでも格闘家は自身の勝利を叫ぶ事ができるだろうか?
答えは否だ。
周りがいくら”勝ちだ”といっても関係ない、本人のプライドがそれを許さない。
その勝利に手を伸ばせばそれは二流、自身の戦いに正面から向き合わず目先に栄光に囚われる愚行、一流と二流の境界線。

閑話休題、グリムジョーが言う”負け”とは後からいくら状況を整理し、客観的にその戦いを分析して勝敗を決しようともそれは無意味だという事。
どちらが強かった、どちらが優れていたなどという事はまったく関係ない瑣末な話だという事。
戦いの決するその瞬間に立っていた者こそ勝者でありそれ以外は皆、敗者だという事なのだ。
故にグリムジョーはドルドーニの言葉を否定し、自身が”負けた”と言ったのだ。

(なるほど・・・・・・ この青年(ホーベン)、ただの獣(ベスティア)かとも思ったが吾輩の思い違いのようだ。後々の楽しみがまた一つ増えたな・・・・・・)


そんなグリムジョーの言葉を黙って聴いていたドルドーニは、密かにグリムジョーへの評価を改めていた。
”獣”それがドルドーニのグリムジョーへの評価、理性ではなく本能でその爪を振るい、その本能の赴くまま眼前の敵を殺しつくす獣、それがドルドーニが見たグリムジョーという存在の核だった。
しかし、グリムジョーの勝者と敗者についての考え方を聞いたドルドーニはそれを改める。
勝者と敗者、つまり勝ちと負け、その概念、獣には”負ける”という概念などない、”勝つ”以外に生き残る術などないのだから。
故にどのような勝利にも喰らいつく貪欲さがある、しかしグリムジョーは己の”負け”という概念を持つ。
己の敗北を認める精神、己にとって傷としかならないそれ、だがそれを曲げられないその自身のプライドに対する高潔さ、それは獣ではなく戦う者に共通する勝負への向き合い方だった。
獣の性を律する戦士の片鱗を、ドルドーニは見ていた。

「ならば君はどうするのかね? もう一度少年と戦い、次こそは完膚なきまでに叩き潰し、完璧な勝利を得ようというのかい?」

「あぁ? そんなもん当然だろ。 あのクソガキは俺が殺す!・・・・・・だがそれは今じゃねぇがな。」

「なぜだね? 今ならば確実に君が勝つではないか。」


グリムジョーという破面に興味を持ったのか、ドルドーニは更に彼に問いかける。
彼にとって負けである戦い、フェルナンドとの戦いをどう決着させるのか、という問にグリムジョーは至極当たり前といった風で答えた。
歯向かう者、立ち塞がる者の全てを殺して進むかのようなグリムジョー、当然フェルナンドとの決着はつけなければならないと、しかしその彼がフェルナンドとの戦いは今すぐではないと言った。

何故今ではないのか、今戦えばグリムジョーは確実に勝てるだろう。
先の戦い、フェルナンドとグリムジョーの相打ちという形で決着を見たが、それはフェルナンドが薄氷の上を進み掴んだ奇跡の結果。
油断も驕りもない万全の状態のグリムジョーが初めから全力で戦っていれば、今のフェルナンドでは勝ち目はない。
それは誰しもが分かりきっている事でもあった。
確実な勝利を目の前にそれに手を伸ばさないグリムジョー、それが何故なのかが彼の口から語られる。

「あのクソガキは癪だが強い。 あのクソガキが今より強くなってあの忌々しい業が完成し、斬魄刀を持ち、解放し、そして最も強くなった時、その時こそ俺がヤツを殺すのに相応しい瞬間だ。あのクソガキの全力の全力をこの俺が破壊してこそ、俺の強さが証明される。」


そう、グリムジョーはフェルナンドとの戦いに臆したわけではない、むしろその逆、フェルナンドとの戦いを、フェルナンドという破面を殺すその瞬間に今から奮い立っているのだった。
故に今すぐ決着をつけることはしない、グリムジョーはフェルナンドという破面が更に成長し、力を付け、万全で最高の戦力を持ったその時、その最高の戦力の全てを凌駕して勝つと、そうする事で自身の強さを、より高みに昇るのが自分であると証明しようとしているのだ。

「俺はまだ強くなる・・・・・・ 血肉を切裂き、血肉を喰らい、より高みへ駆け上る。あのクソガキが追い着けない高みまでな・・・・・・その時はオッサン、アンタの喉笛も俺の牙で喰い千切ってやるよ。」


グリムジョーの中にある確信、自身の更なる成長の気配、皮肉にもフェルナンドとの戦いの中でグリムジョーは、自身の内に本来自分で操れる以上の霊力の存在を自覚していた。
己の内に未だ眠っていた更なる力、フェルナンドを殺す事だけを考えた純粋な願いに反応したかのように呼び覚まされたそれ。
それを自覚したとき、自身の更なる成長をグリムジョーは確信したのだ。
それは高みへと昇るための力、誰にも追い着かせずに力によって駆け上る階への切符、それを手にしたグリムジョーは何時かその階を上った先にいるであろうドルドーニに宣戦を布告する。
未だ見上げる存在であるドルドーニと同じ高さに立ち、その牙を持って打倒してやると。

そのグリムジョーの言葉を受けたドルドーニの顔に笑みが浮かぶ。
それは壮絶な笑み、口角は釣り上がり、だが瞳は鋭くグリムジョーを射抜く。
ドルドーニからすれば今はまだ取るに足らない数字持ちの一人、その数字持ちが自分と同じ”力の高み”まで這い上がり、そして彼の喉笛を食い破り、その座を奪い取ると宣言しているのだ。

ドルドーニにとってこれほど愉しみで待ち遠しいものなどなかった。
戦士として戦う事、そしてより高みを目指す事、ドルドーニとて第6の座で満足しているわけではない。
誰にも見せぬその内には、未だ頂点である第1位を狙う野心が渦巻いていた。
グリムジョーの宣言はドルドーニの抱える野心と同じだ、己の限界を区切らない、より高みを目指す者に最も必要な事がそれだ。

高みを目指す者の心意気、ドルドーニはグリムジョーからそれを感じていた、そして何時か本当に彼が目の前まで迫るであろう確信と、その時に行われるであろう戦いが待ち遠しくあった。

「大きく出るじゃないか若造(ホベンズエロ)が、いいだろう。吾輩の前に立つまでに精々その牙を研ぎ澄ませておきたまえ。」


グリムジョーの宣戦に対してドルドーニはそれを真正面から受ける。
紳士然としていても所詮彼もグリムジョーやフェルナンドと同じ、戦いの中を進む事しか出来ない化物なのだ。
何れ来る戦いを前にそれに思いを馳せるドルドーニ、対してグリムジョーはそのドルドーニの態度を余裕と受け取ったのか、小さく舌打ちをして立ち上がると、壁に四角く穴が開いただけの窓のほうへと歩いていく。

「余裕かよ・・・・・・ クソ忌々しいオッサンだぜ。必ず吠え面かかせてやる・・・・・・」

「おやおや気を悪くしたかね?まぁそれもしょうがない、吾輩の力の前では君もそしてあの少年(ニーニョ)も霞んでしまうのは仕方のないことさ。いやそもそも力以前にその存在感が違う! 見給え!このオーラを! 吾輩の城の者達はおそらく余りに恐れ多いのだろう、誰も吾輩を直視できない様子だ。だがしかし!いくら吾輩が万能でもこの溢れ出るオーラだけは止められないのだ!嗚呼、吾輩を見られない女性(フェメニーノ)たちが不憫でたまらないよ。」

グリムジョーが零した呟きに反応したドルドーニだが、なぜかその言葉は段々と違う方向へと向いていく。
自信ありげに胸を反らし、様々なポーズを取りながらグリムジョーへと言葉をかけるドルドーニ、しかし当のグリムジョーは小さな窓の前で袴のポケットに両手を突っ込んだまま、外を見続けていた。
グリムジョーにお構いなしに動くドルドーニ、ほんの先程までの戦士の表情はなりを潜め、女性に張り倒されていた彼が表に出ている様子だった。

そんなドルドーニを完全に無視していたグリムジョーが何事か思い出したように振り返り、ドルドーニに話しかける。

「おいオッサン。」

「なんだね? ツッコミも無しにこの吾輩を完全スルーしておいて、しかもオッサンとは心外な。吾輩のことはオッサンではなく紳士(セニョール)と呼びたまえ!紳士(セニョール)と!」

「チッ、うるせぇオッサンだな、テメェほんとに十刃だろうな?・・・・・・まぁいい、オッサン。 アンタ最初に俺が『欲しいものを手に入れた』とか言いやがったな、あれはどういう意味だ?」


ドルドーニの発言の事如くを無視し、グリムジョーは自分が聞きたかった事だけを口にした。

『欲しいものを手に入れた』

ドルドーニは確かにグリムジョーに最初に話しかけたときそう言った。
だがグリムジョーにはそれの見当が付かなかった、自分が一体何を欲し、何を手にしたというのか、それがグリムジョーにはわらかなかったのだ。
故にグリムジョーはその発言をしたドルドーニにその意味を問うた。
一体彼が何を欲し、何を手にしたのか、その答えを持つドルドーニはグリムジョーのその言葉に一瞬虚を衝かれた固まると、笑みを浮かべる。
先程のような獰猛な笑みではなく、自分だけが答えを知っているという愉悦の笑み、そしてその笑みが消え、真剣な表情となったドルドーニはその問に答えた。

「君は欲し、そして手に入れたではないか・・・・・・その力を存分に振るえ、その上で尚立ち上がり、君の命を脅かすかもしれない存在を。吾輩のように上ではなく、君以外の数字持ちのように下でもなく、”対等”の力を持ち、鎬を削る事ができる相手を。あの少年という”好敵手”を。」


ドルドーニが言ったグリムジョーが欲し、手に入れたもの、それはフェルナンドという破面の存在だった。
グリムジョーは強い、数字持ちに並び立つものはなくその力は圧倒的だった。
しかしそれ故に力を存分に発揮できる相手がいなかった、いくら強いといってもそれはあくまで数字持ちの中での話し、十刃クラスは次元が違う。
一人で強くなるには限界がある、一人で到達できる場所は彼が目指す高みには届かない、もう一人、同じく高みを目指し、伯仲した実力を持ったものが必要なのだ。
他の誰でもなく、ただ一人この者だけには負けられないという存在、それこそが今、力を求めるグリムジョーには必要だった。

最高の力を持ったフェルナンドを倒すといった事もそれを裏付ける。
それはグリムジョーの中でフェルナンドが、自分の全力を出して打倒するに相応しい存在だということ。
フェルナンドという破面がその領域にまで到達するという確信が、彼の中にあるということ。
それは即ち、グリムジョー・ジャガージャックは、フェルナンド・アルディエンデという破面を”対等の存在”と認めているという事に他ならなかった。
故にそれは”好敵手”足りえる存在であるとドルドーニは考えたのだ。

「あァ? 何を言うかと思えばとんだ思い違いだぜ、オッサン。俺があのクソガキと対等? 寝言は寝てから言いやがれ。」

「おっとこれは辛辣だ。 まぁ吾輩がそう思っただけの事、認めたくないならば構わんよ。・・・・・・難儀なものだね、君のその生き方は。」


ドルドーニの考えをグリムジョーは否定する。
彼にとってフェルナンドとは殺すべき存在で、それが対等、好敵手などというのはありえない事で、さらに自身がそれを認めているなどということは、それこそ認められないことだった。
多少の殺気を滲ませるグリムジョーにドルドーニはわざとらしく両手を上げ、降参のポーズをとる。

グリムジョーとフェルナンド
本人たちの知らぬところで互いが互いを好敵手としている。
フェルナンドは言わずともかな、グリムジョー自身はそれを認めていないが、フェルナンドという破面の存在を強く意識している事は間違いないだろう。
互いが互いを乗り越え、更に上を、力の高みを目指す。
片方がその終わりなき階を一歩上に踏み出せば、もう片方は更に上へとその歩を進める。
螺旋を描くその階を一歩でも、一瞬でも先へと。

「チッ、訊くだけ無駄だったな・・・・・・ 帰るぜ。」

「まだ休んでいた方が懸命だと思うがね。 少年(ニーニョ)の拳は効いただろうに・・・・・・まぁ吾輩なら平気だがね!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウゼェ・・・・・・ 」


ドルドーニの言葉の意味を確かめたグリムジョー。
その言葉の意味は彼にとってあまり意味をなすものではなかった、最早何も訊くことはないとグリムジョーはその場から去るとドルドーニに告げる。
対してドルドーニはグリムジョーの身体を気に掛けていた、重症ではないにしろその身体は未だ休息を必要としているのは明白だった、それゆえ気に掛けるような言葉を掛けていたのだがいつの間にか自慢にすり替わっている辺りがある意味彼らしい。
そしてドルドーニはグリムジョーに背を向けるようにして立つと、改めてグリムジョーに話しかける。

「フッフッフ、青年(ホーベン)よ。 君は力を求めているのだろう?今以上の更なる力をその手にし、そしてあの少年(ニーニョ)を、更にはこの吾輩をも打倒しようとするその心意気!吾輩感動した! 見ればあの少年にはそれはそれは美しい師匠(マエストゥロ)がいる様子。そこで吾輩は考えた、あの少年の好敵手たる青年にも、師匠たる存在が居てもいいのではないか!そしてその役目はこの吾輩ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ以外ありえない!さぁ青年よ! より高みを吾輩と共に目指そうではないか!!!・・・・・・・・・・・・・・・・むん?・・・・・・ なんと~~!!!」

グリムジョーに背を向けたままドルドーニが熱く語り始める。
その内容は奇しくもフェルナンドとハリベルのそれと同じ、というよりそのままであった。
フェルナンドとハリベルの関係を見たドルドーニは、密かにそれをうらやましく思っていた。
本来の破面にはありえないその関係性、そのなかで師が弟子を鍛え、そして師もまたその弟子の姿に新たな発見をする。
ドルドーニにはそれがとても美しく見えた。

そして今目の前には、力を求め、高みを目指す一人の破面がいる。
その青年のひめたる力、心意気、それを見抜いたドルドーニはグリムジョーの師になることを宣言したのだ。
しかしドルドーニの熱い宣言が終わっても一向にグリムジョーから返事は返ってこない。
何事かあったかとドルドーニが振り向くと同時に驚きが襲う。
眼が飛出るのではないかというほどの驚き、そこには既にグリムジョーの姿はなく、無残にも破壊され、とても見通しの良くなった壁だけが残されていた。

それはドルドーニが熱くその思いを語っている間に、さっさと窓のある”壁を蹴破って”外へと出て行ってしまったグリムジョー特製の出口だった。

それを半ば呆然として見ているドルドーニ、彼のグリムジョーの師匠になる計画は、彼の城の壁諸共無残に崩れ去ったのだった。
しばらくしてその状態から復旧したドルドーニ、見通しの良くなった壁の際まで進むと外の景色を眺めながら呟く。

「フラれてしまったな・・・・・・ やはり吾輩の欲しいものはこの手から滑り落ちるようだ。・・・・・・まぁフラれてしまったものはしょうがない、吾輩はただ待つのみ、青年(ホーベン)が吾輩の前に来るその時を、な。」


師としてグリムジョーを導き、強くする事は叶わなかったが、もう一つの楽しみ、何時か来る戦いの時を思いドルドーニは小さな笑みを浮かべる。
その時は持てる全力でグリムジョーを叩き潰そうとその胸に誓うドルドーニ、そして彼は「さてと」と一言呟いて、砕けた壁の欠片を拾い集め、壁を修理し始めた。

自らの城を自分で修理するその後姿は、やはり哀れなものだった。








相手を裂くための力

しかし己をも裂く力

才無くば鈍
才有らば煌

戦士よ

貫け









※あとがき

え~18話の前に挟んで見ました。

17話の内容に対し、グリムジョーはどう思っているのかを保管するのが目的
だったのですが、やはりパニーニが暴れた・・・・・・

というより彼のキャラが既に崩壊している気がする・・・・・・
そして何気にグリムジョーも今一掴めてないかも?

ちなみに『下官』というのは、原作で10番に頭を潰された人や、藍染に報告をしていた人の事です。
ある意味での独自設定ですね。
十刃や数字持ち、戦闘特化の破面を武官とするならば、彼らは文官にあたります。
実際ああいうのが沢山居ないと、虚夜宮を維持できない気がしまして出してみました。





 



[18582] BLEACH El fuego no se apaga.18
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:44
BLEACH El fuego no se apaga.18










白く、広大な空間が広がっている。
ずべてが白い空間、四方に壁、天井があるところを見るとそこは屋内なのだろう、しかしその広さに不釣合いなほど柱の数は少なく、高い天井と相まって非常に大きな空間が作り出されていた。

その広大な空間に響く音があった。
金属と金属がぶつかった様な甲高い音、そしてそれと同時に散る火花。
それは剣戟の音と光、その広大な空間の丁度中心辺りで断続的に発生するそれを、発生源より少し離れた位置で見る人影がある。
人影の数は3、そのどれもが丸みのある女性の姿をしていた。

3つの人影の正体、彼女達三人は第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルの従属官、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンだった。
3人は大きな白い正方形の石材のようなものが積み重なった上にそれぞれ座り、音と火花が散る方を黙って見つめている。

いや、黙って見つめている事しかできない、といったほうが正しいのか。
座っている、といっても彼女達三人の中で誰一人、まともに座っている者はいなかった。
アパッチは大きな石材の上に仰向けになり、首と両腕をだらりと石材の端から投げ出し、逆様になった視界で件の方向を見つめ、ミラ・ローズは更にその逆、石材の上でうつ伏せになり、両腕をたらして顔だけを上げている、一番まともなスンスンでさえその石材に寄り掛かるようにしてかろうじて座っているといった風だった。
これは決して彼女たちの行儀が悪いという訳ではなく、彼女たちがそうならざるを得ない状態である、という事だった。

一体何故か、それは至極簡単な事、彼女たちは今”疲れている”のだ。
それはもう彼女たちは疲れていた、それこそ今の状態から指一本、動かす事すら億劫になるほど疲れていた。
彼女たちがそんな状態になってしまった理由、それは彼女たちの主、ハリベルにあった。


今から数日前、彼女たちは小さな諍いから遂に互いへの実力行使に出た。
日ごろの小さな小競り合いの積み重ねがそこへ来て爆発したのだろう、第3宮の外の砂漠でそれはもう激しく戦った。
女同士の戦いというのは怖ろしいもの、”引く”という事がないそれは延々と続き、互いが顔を腫らし、その体力が尽きるまで続いた。
そして体力の消耗と共に頭が冷えてきたのか、このあまりに無意味な争いが終息へと向かったとき、彼女達に冷水の如き言葉が投掛けられた。


「終わりか? 」



声の主は、丁度彼女たちの背後に立っていた。
その声が誰のものであるか瞬時に理解した三人、ゆっくりと振り返ると、そこには腕を組み、氷のようなその瞳に怒りを滲ませたハリベルが、仁王立ちで待ち構えていた。
私闘を好まないハリベル、なにより三人がハリベルの制止を無視し、争いを始めたことがハリベルを怒らせていた。
更に言うならば、三人に『黙っていてくれ』と言われたショックが、彼女の怒りに火をつけたのかもしれない。
いや、おそらくそれが最たる理由だろうが、そんなハリベルの怒りの理由はさておき、三人はそのままハリベルの前で正座をさせられる、反論は一切認めない、というハリベルの気配を察知したのか物凄い速さで正座する三人、そしてそこから始まるのは説教だった。

制止を無視したことの叱責から始まり、私闘の愚かさ、従属官のあり方へと話は続き、更には日頃の三人の小競り合いへの叱り、生活態度への指摘、それぞれの戦い方の欠点、そしてそもそも戦士というものはというハリベルの戦士論まで、その説教はそれこそ三人の争い以上に延々と続いた。
ようやく説教が終わり半ばぐったりとした三人、しかし、ハリベルのお仕置きはまだ始まったばかりだった。
そのまま彼女達の性根を叩き直さんと、後に彼女達に”地獄”とまで言わせた特訓が開始されたのだ。
まずは腕立て、腹筋、スクワットなどの筋力トレーニングを各500×10セット、その後斬魄刀素振り10000回、響転による1kmダッシュ20本、霊圧解放状態の維持等など多くのメニューを漸く終え、息も絶え絶えに倒れ臥す3人に、ハリベルの死刑宣告が告げられる。

「では最後に、『虚夜宮(ラス・ノーチェス)外周部を1周』して終わりとする。」


その言葉に愕然とする三人。
今彼女たちが居る砂漠、青空の下の砂漠、しかしそこは”屋内”なのだ。
虚夜宮という言い表す言葉がないほど巨大な建造物の中、それが彼女たちの居る砂漠なのだ。
その虚夜宮の外周を回るなどどれほど時間がかかるか分からない、しかし彼女達の目の前でそれを告げた人物の眼は、明らかに本気の眼だった。
そして彼女達は数日を掛けてそれを達成し、今この空間で動けないほど疲弊し、未だ続く剣戟の光を見ているのだ。




「なぁ・・・・・・」


そんな3人のうち、仰向けでいるアパッチが他の二人に声をかける。
しかしそのアパッチの声にすら、反応するのが面倒なのかミラ・ローズもスンスンも無言だった。

「なぁってばよ!」

「なんだよ、ウルセェな・・・・・・」 「なんなんですの・・・・・・」


それでも二人に声をかけるアパッチに、ミラ・ローズとスンスンは面倒そうに答える。
それもしょうがないと言えよう、地獄の特訓が漸く終わったかと思えばハリベルにこの第3宮の『練武場(フォルティフィカール・ルガール)』に連れて来られ、休息もないまま件の剣戟を見せられているのだ。
見ながらも少しでも休みたい、というのが三人の共通の認識だろう。
それでも声を掛けたアパッチ、それには彼女なりの理由があった。

「アイツ・・・・・・・・・・・・ 本当に強いのか?」

「「・・・・・・・・・・・・」」


アパッチのその問に二人は無言だった。
それは他の二人も口に出さないまでも思っていたこと、目の前で繰り広げられる剣戟、それを行っているのは片方はもちろんこの第3宮の主ハリベル、そしてもう片方は破面No.12 グリムジョー・ジャガージャックと引き分けたとされる破面、金色の髪と紅い瞳の少年、フェルナンド・アルディエンデだった。
それぞれの斬魄刀を抜き放ち、刃を交える二人、響く音と飛び散る火花からその一撃には強烈な力が込められているのが分かる。
しかし、アパッチをはじめとした三人は、今まさにその斬魄刀を振り被り、ハリベルへと叩きつけるフェルナンドの姿を見て思っていた。

あの破面は本当に強いのか、と。

彼女達から見ても、その体躯の何処からそれ程の力が出るのかというほど、フェルナンドの刃には力が乗っていた。
攻めるフェルナンドと受けるハリベル、ハリベルが自ら受けに回っているというのが正しい表現だが、それは今然程関係のないことだった。
フェルナンドの放つ一撃はそれこそその全てが、必殺の一撃、と言って過言ではないほどの威力を有している、有してはいるのだが、彼女達から見れば”それだけ”なのだ。

ハリベルの配下という事もあり、彼女達はそれなりに刀の扱いに長けている。
それぞれ得物は違っても、その根底たるものは皆同じ、故に判るのだ、フェルナンドが刀を扱っている、とは言いがたいという事を。
今のフェルナンドは、ただ力任せに刀を振り回し、相手に叩きつけているだけに過ぎなかった。
斬魄刀を手に入れ日が浅いという事を差し引いてもあまりにも粗野、言ってしまえば今のフェルナンドは、その手に握るのが刀であろうが、ただの棒切れであろうが変わらない戦い方をしているのだ。

故に彼女達は思ってしまうのだ。
本当にこの破面は強いのか、本当にこの破面はグリムジョーと引き分けたのか、そして本当にこの破面は自分達の主、ティア・ハリベルが鍛える価値がある存在なのか、と。
そう彼女達に思わせてしまうほど、フェルナンドの振るう刀には”才”というものが感じられなかった。


――――――――


従属官である彼女達にすら見抜けるフェルナンドの”才”の無さ、それがその主たるハリベルに見抜けないはずも無かった。
初撃、彼女の刀とフェルナンドの刀がぶつかり合った瞬間、彼女は既にフェルナンドに”刀の才”が無いことを見抜いていた。
初めて彼方を握り、初めて刀を振るう、そんな初心者とも言うべき状態の者の振るう刀の一撃で、その”才”の有り無しを判断できるものなのか疑問は残る。
しかし、何事にも“才”のある者は”煌く”のだ。
まるでそうする事が当然といった風で、何十年、何百年、と先人が積み重ねてきた工程を吸収し、昇華する。
知らぬはずの事を昔から知っているかのように行える、それは刀の扱いであったり、太刀筋であったり、間合いであったりといった、長年の経験の上で身につくもの、それを”才”というものは一足飛びで吸収していく。

だがしかし、ハリベルはその”才の煌き”をフェルナンドの刃に見出す事はできなかった。
ハリベルから見るフェルナンドの振るう刃はあまりにも無骨、しかしそれは刀に振り回されている、というわけではない。
己の意思でその刀を振るい、その上で尚その刀は無骨極まりないのだ。
その刀は鍛えればある程度の強さにはなる、しかし、その全てが二流止まり、超一流との戦いにおいて、”刀”を用いた戦闘でフェルナンドが勝利できる可能性は皆無であろうと、ハリベルは見ていた。

「・・・・・・フェルナンド、お前に刀の才能は無いな・・・・・・」


フェルナンドが大きく振り被り、力任せに振り下ろした刀をハリベルが弾く。
それにより後方へと飛ばされるフェルナンド、フェルナンドが着地し、距離が開いたところでハリベルが切り出す。
才能が無いという一言、それは今まさに力を、彼の者に己を刻み付けんが為の力を欲するフェルナンドには、残酷とも言える宣言だったかもしれない。
しかし、ハリベルはあえてそれを口にし、フェルナンドにそれを告げる。
それがフェルナンドの今後を考えたとき最も合理的な選択である、刀に固執する事無く、刀の才無き者なりの戦いを早くから考える事の方が後の飛躍へと繋がると彼女は考えたからだ。
対してフェルナンドはそんなハリベルの宣言に特に顔色を変える事も無く、その手に持った刀を二、三回軽く振るとそのまま鞘へと納めてしまった。

「ま、そうだろうな・・・・・・ コイツを握った瞬間にそんな事はわかってたんだ。俺に刀(コイツ)を扱う才は無ェ、力任せに振ってはみたが、俺はアンタの太刀筋を見ちまってるからな・・・・・・ヒデェもんだぜ、我ながらよぉ。」


さすがに才が無いなどと言われれば、如何なフェルナンドといえども落ち込むか、怒るかと思っていたハリベルに返って来たのは、余りにもあっさりとしたフェルナンドの対応だった。
ハリベルはその対応の仕方に眉をひそめる。


先日、一度目を覚ましてから再び眠りに付いたフェルナンドは、順調すぎる程順調に回復し、自らが特訓を課していた彼女の従属官の帰還と時を同じくして、この練武場で初めて刀を合わせるはこびとなった。
刀を合わせる前、フェルナンドからは先日のような無気力感や惚けている様な気配は既に感じず、どうにか壁を乗り越えたものと思っていたハリベル。
しかし今、自らの”才”の無さを思い知ったフェルナンドが纏う気配が、何処と無く先日のものと似通っている、そう感じたハリベルに一抹の不安がよぎる。
乗り越えたものと思っていたフェルナンドの抱える”畏れ”、考えてみればそれはそう簡単にそれが乗り越えられるはずのものでもなく、安易にそう判断した自分をハリベルは悔いた。

「フェルナンド・・・・・・ 」


なんと声を掛けていいか判らない。
そんな感情が、零れた言葉からありありと伺えるようなハリベルの声。
だがフェルナンドはそれすらもあっさりと吹き飛ばした。

「あぁん? 何だよハリベルその顔は。 別に俺は落ち込んでなんかいねぇぞ?刀(コイツ)をうまい事使ってやれないのは悔しいが、別に刀(コイツ)だけが戦いの手段ってぇ訳でもねぇだろうが。それによ・・・・・・ 俺にはまだ”コイツ”が残ってる。」


どこか沈んだ様子のハリベルの顔を見たフェルナンドは、ガシガシと頭を掻きながら、おそらくハリベルが考えているであろう事を否定した。
本当にフェルナンドは落ち込んでいる訳ではなかったのだ。
彼の中でグリムジョーに対する”畏れ”についてはとっくに整理がついていた。
それは何も難しく考える必要など無い事だった、力が届かない、力が示せないのならば強くなればいいのだと。
貪欲に力を求め、業を磨き、その上でグリムジョーの前に立ち、刻み付ければいいだけの話なのだと。
悩みなどというものは意外と簡単に晴れてしまうもの、そして晴れてしまえば後は進むだけの事なのだ。

ハリベルにフェルナンドがどこか沈んでいるように見えた訳は、彼が言ったとおり『刀をうまく使ってやる事ができなかった』という事が理由だった。
刀の柄に手を置くようにして、そう語ったフェルナンド。
己の分身たるこの刀には何一つの非は無い、それを扱い、その刀剣としての力を十二分に発揮してやる事ができない自分、それが悔しいと、使いこなしてやる事ができない自分の非才が悔やまれると、フェルナンドはそう言ったのだ。

その吹っ切れた態度、そして己の非才を嘆かないフェルナンドの態度に驚くハリベル。
そうして驚いているハリベルへと向けられたモノ。
刀だけが戦いの手段ではないと、そして何より自分にはコレがあるとハリベルに示すように、強く握られたそれがハリベルに向けられる。
それはフェルナンドが破面化してから積み上げてきたものが宿るモノ、何十体もの破面を打ち倒してて来た彼の武器。

ハリベルに向けられたそれは”拳”

何千、いや何万と振り貫き、鍛え上げたそれ、未だ道半ばであるそれ、しかしフェルナンドという破面を語る上で既に重要な因子と成りつつあるそれ。
数々の数字持ちを打ち倒し、あのグリムジョーにすら届いたその拳は、明らかに”煌き”を放っていた。

たしかに”刀を極める”という才能は、フェルナンドにはないのかもしれない。
しかし、それを補って有り余る才能が、”無手を極める”という才能がフェルナンドにはあるのだ。
フェルナンド自身どこかでそれを自覚している。
己の積み上げてきたものの宿る拳は、それだけで信頼に足る彼だけの武器、それがある故にフェルナンドは、自身の”刀の才”の無さに嘆く事はなかったのだ。

(杞憂だったか、まったく・・・・・・ お前には驚かされてばかりだ、フェルナンド。確かにお前の”拳(ソレ)”は、煌きに満ちているよ・・・・・・)


自信に溢れ、拳を突き出すフェルナンドの姿に、ハリベルは自身の不安が杞憂だった事を悟り、安堵した。
フェルナンドの”畏れ”ていることは、グリムジョーに自身を認めさせることが出来ず、また、落胆させてしまったのではないかという畏れ。
ソレを克服するには強くなるしかない、そうする事でしかその畏れを断ち切る術はないのだ。
ハリベルが言わずともフェルナンドはソレを理解していた。
そして自ら強くなる為の道を見つけ出していたのだ。

「・・・・・・ なんだよ、ヘコんだかと思えばニヤつきやがって・・・・・・まぁいい、仕切りなおしだ。こっからが本番だぜ?」

「いいだろう。 私もお前の業がどれほどのものか、興味があった。来い、フェルナンド。」


沈んだかと思えば直ぐに和らいだハリベルの表情に、逆にフェルナンドの方が怪訝な表情になる。
観察眼とでも言えばいいのか、ハリベルの目元と雰囲気のみで、彼女の感情を大まかに読み取るフェルナンド。
そして刀を納めた状態で、戦いを再開しようというフェルナンドに、ハリベルはそれを受けて立った。
元々彼女もフェルナンドの業に興味があったのだ。
上空、第3者の視点から見ていても、フェルナンドの業は奇抜なものだった。
機先を制するという点では抜きん出ているそれ、第3者の視点だからこそ理解できた部分もあり、それがもし当事者として、いや、業を受ける側としてその場に立っていたならば、自分はどれほど対応できるのか、ハリベルはそれが知りたくなってしまったのだ。

「ハッ、じゃぁ遠慮なくいくぜぇぇえぇぇっと、なんだぁ!?」


間合いを詰め、今まさに飛び掛らんとしたフェルナンドを驚きが襲う。
腰に挿した彼の斬魄刀、それが突然光を放ったのだ。
フェルナンドの霊圧度同じ紅い光、斬魄刀を包み込むようなその光が収まると、そこには形が変化した彼の斬魄刀が在った。
今までごく一般的な刀の形をしていたフェルナンドの斬魄刀、しかし紅い光に包まれ、再び彼の眼に入ったそれは”刀”と呼ぶには少々形が違いすぎていた。
前と同じなのは白い鞘と紅い柄の拵えのみ、その長さは刀というよりは脇差に近くなり、鍔は無く、柄尻に紐が通る程の穴が開いていた。
刀身の幅も広くなり”刀”というよりは、どちらかといえば”鉈”に近い形状へと変化していた。
刀よりも総じて小型になったフェルナンドの斬魄刀、しかし突然に現れたその変化、それをハリベルは冷静に説明した。

「フェルナンド、その斬魄刀の変化は珍しいものではない。死神のそれとは違い、我々破面の斬魄刀の形状は画一的なモノではないのだ。その持ち主の最も得意とする戦闘の型、元あった力の象徴などその形は千差万別、お前の斬魄刀の変化、お前ならばその意図がわかるはずだ。」


破面の斬魄刀は、必ずしも”刀”としての形を保っているわけではない。
ハリベルの持つ斬魄刀でさえ、非常に幅広で、更にその中心部は空洞になっている。
刀剣という分類に収まらないものも多々あるのだ、それは破面ごとの戦闘方法、破面化前の力の象徴、精神の具現化などによる斬魄刀の変化が原因としてあった。
それが今、フェルナンドの斬魄刀に起こった現象、その変化が意味するもの、フェルナンドはいち早くそれを理解すると、ニッと嗤う。

「さすがに俺の分身だ、良く分かってる。 コレなら動き回っても邪魔にならねぇ。」


そう言うとフェルナンドは、腰の横に挿してあった刀をそのまま腰の後ろへと移し、二三度その柄尻を軽く叩く。
拳、そして脚、武器を持たず無手による戦闘を選択したフェルナンドにとって、嵩張り、動きを阻害する恐れのある刀は邪魔にしかならなかった。
その点、今の斬魄刀の形状は刀と比べ小型である事から、無手による戦闘に対する支障は軽減されたと言っていいだろう。
フェルナンドに合わせた斬魄刀の変化、彼にとってそれは利に働いていた。

「さて、刀(コイツ)もいい具合になった所ではじめるか?ハリベルよぉ」

「私の準備は既に出来ている。 いつでも掛かって来るがいい。」

「ハッ、上等ォォォオオ!!」


気勢を上げ、フェルナンドがハリベルの下へと駆ける。
両の拳を握り締め、その”才の煌き”を握り締め、それを見せ付けんとハリベルに迫る。
そして待ち構えるハリベルもまた、フェルナンドの”才の煌き”がどれ程のものか、その身をもって確かめんとしていた。


――――――――


「なぁ!」

「「・・・・・・・・・・・・」」

「なぁっていってんだろ!」

「「うるさい!」ですわ!」


興奮した様子で声を上げるのはアパッチ、それをミラ・ローズとスンスンが同時に黙らせる。
その様子は先程の無言でいた時と違い、アパッチ同様どこか興奮しているようだった。

アパッチら三人は先程の体勢のまま動かず、というより動けずにフェルナンドとハリベルの戦いを見続けていた。
先程フェルナンドの太刀筋等から、彼の強さに疑問を持ったアパッチの問に、ミラ・ローズとスンスンは答えなかった。
それは判断に困ったが故の無言、その刀捌き、太刀筋、間合い、どれをとってもフェルナンドに強者たる資質を、彼女達二人は見つけられなかった。
だが、彼女達が判断に踏み切れなかった理由、それは他ならぬハリベルの存在、主ハリベルがその手で鍛えると言った者が本当にこの程度なのか、その思いが彼女達二人に判断を留まらせていた。
それはアパッチも同じ事で、自分では判断のつかない事に二人の意見を聞いてみようとしたが、返って来たのは無言、結果判断は保留という形で戦いの行方を傍観する事となっていた。

その意思の保留状態が急激に変化したのは先程。
フェルナンドがその刀を鞘に納め、更にその刀が変化した頃からだった。
三人はフェルナンドが刀を納めた時点で、彼が戦う事を諦めたと考えていた。
”非才”そのあまりにどうしようもない事実が、彼に戦いを続ける事を諦めさせたのだ、と。

しかし現実は違っていた。
刀を納めながらも三人に伝わってくるフェルナンドの闘志に、些かの揺らぎも無かったのだ。
訝しむ様にフェルナンドを見る三人、そしてその三人の眼に映るのは拳を突き出したフェルナンドの姿だった。
それは如何なる事か、三人にはフェルナンドが、ハリベルに対して拳で挑むと宣言しているように見えた。
だがそれは余りに愚かな事、実力の遥かに上、そしてその手に刀を握る彼女たちの主ハリベルに対して、格下であるフェルナンドが無手で挑む、それを愚かと呼ばずしてなんと言おうか。
だが彼女達が愚行と称するそれは、紅き光の発現により現実のものとなった。
光に包まれたフェルナンドの斬魄刀、そしてその刀を挿し直すとフェルナンドはハリベル目掛け一直線に駆け出したのだ。


そして今、彼女たちの目の前で繰り広げられる戦い。
それは彼女達三人の予想を覆す光景だった。
その手に持った刀を振るうハリベル、その太刀筋は一言で言えば”流麗”、流れる水の如きその切っ先は止まる事無く、舞うが如き刀捌きで迫るフェルナンドを迎え撃つ。
対するフェルナンドは無手、迫り来るハリベルの刀をまさに紙一重で避わし、隙あらば懐に飛び込み拳を、蹴りを繰り出す様はまさに”猛火”。
相容れぬ性質が産み出す二人の激しい戦い、そして際立つのはフェルナンドの存在だった。

刀を持っていた時とはまるで別人、武器を手放して強くなるという理不尽が、彼女達の目の前で戦っていた。
振るわれる拳は未だどこか無骨さを残してはいるが、明らかに生きた拳、刀の非才とは比べ物にならない才能、それが宿る拳だった。
主たるハリベルに無手で挑み、尚対等に戦っている、振り下ろされる刀にその身を曝しながらも一歩も引かない姿勢、それは明らかな”強さの証明”、一瞬たりとも目を離せないその戦い、どこか興奮した様子でその戦いを見る3人の中ではすでに、フェルナンドという破面は”強者である”という評価が下されていた。

「うぉっしゃぁぁあああ!!」


食い入るように戦いを見ていた三人のうち、アパッチが突然大声を上げる。
仰向けだった体を勢い良く跳ね上げ、白い石材の上に立ち上がると、両手をあげて気合の叫びを上げた。
そしてその眼は大きく開かれ、爛々と輝いていた。

「ど、どうしたのさ、アパッチ。」

「かわいそうに・・・・・・ 遂におかしくなってしまったのね・・・・・・」


いきなりの事に驚くミラ・ローズと、アパッチがおかしくなってしまったと、ワザとらしく涙を拭うフリをしながら語るスンスン。
そんな二人にアパッチは興奮冷めやらぬといった風で捲くし立てる。

「うるせぇよ、 スンスン! 決まってんだろ、アイツと戦いに行くのさ!アイツ強ぇよ! アイツと戦えばきっとあたしももっと強くなれる!強くなるには強いヤツとやり合うのが一番だろ?だからアイツと戦うのさ!あんたたちはそこであたしが強くなるのをボケッと見てな!」


そう言って戦う二人の方へと駆け出すアパッチ。
それを後ろから見ていたミラ・ローズとスンスンだが、抜け駆けはさせないと慌ててその後を追っていった。

フェルナンドとハリベル、二人の戦いはアパッチら三人が乱入する形で幕を閉じた。
いきなり戦いに乱入してきた三人を怪訝に見つめるフェルナンドと、それを叱るハリベル。
叱られて尚フェルナンドと戦いたいという三人、それを困り顔で見つめるハリベルと、あっさりそれを了承するフェルナンド。
では誰からはじめるかと決めようとすれば、我が我がと例の如く三人が揉め始め、それを見ていたハリベルが、仕置きが足りなかったかと特訓の追加を決め、項垂れる三人。
面倒だからまとめて掛かって来いと三人に言うフェルナンドと、その言葉に意気を増した三人の戦いが始まる。

行っているのは手加減無しの戦い、互いが全力でぶつかり合い、その強さに磨きをかける。

男一人と、女四人、戦う事で互いを認め合う、そんな第3宮の日常がそこの日からはじまっていた。










暴虐の嵐

理由等無く

答え等無く

ただ理不尽に

蹂躙す













[18582] BLEACH El fuego no se apaga.19
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/16 22:03
BLEACH El fuego no se apaga.19










「ゲヒャ、ゲヒャヒャ、ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」


破壊された床や柱、辺り一面に耳障りな笑い声が響く。
その声に滲むのは喜色と愉悦、他の感情など皆無、心底愉しくて、可笑しくて仕方が無いといったその嗤い声。
天を仰ぐようにして笑う声の主、その大きな笑い声は辺りに反響し、更に大きくその場を支配する。
そうして嗤う声の主の足元には、倒れ臥す人影が三体。
そしてその人影は、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人だった・・・・・・







『十刃(エスパーダ)』

虚夜宮に居る全ての破面の中ならたった十体、彼らの主であり創造主たる男、藍染惣右介によって選ばれた精鋭中の精鋭。
たった十しかないその席は、彼らにとっては狭き門の先にあるその席、だがその席に至るための選出方法は極めて単純で、しかしその方法は彼ら破面ならば、いや彼らが破面だからこそ、その誰もが納得する理由があった。

”殺戮能力の高さ”

それだけ、ただそれだけが十刃になるための条件、生きた年月、人格、序列の高さ、そんなものは二の次どころか三の次、必要なのはその余りにも単純な一つ、しかしその一つは彼ら破面にとって何よりも優先され、何よりも意味を持つ絶対の真理だった。

そうして選ばれた十体の破面、No.0からNo.9までの数字を与えられた彼らには、それぞれに司る『死の形』があった。
人間が死にいたる要因、それが『死の形』、十刃一体につき一つ、その十刃の能力、思想、存在理由でもあるそれ。
その十刃の全てがそれに内包されている、といって過言ではないその形、それは彼らを表す言葉であると同時に、人間がどう足掻こうとも逃れる事のできない、不可避の終わりそのものだった。

『老い』、『犠牲』、『虚無』、『諦観』、『野心』、『陶酔』、『絶望』、『強欲』、『憤怒』

人間が避けて通る事のできない事象達、それを内包する十刃。
そして最後に残った『死の形』、それに対応する十刃は、未だ狂ったように笑い声を上げ続けるその声の主だった。






「これは・・・・・・ 一体何があったというのだ・・・・・・」


ハリベルがその巨大な広間『玉座の間(ドゥランテ・エンペラドル)』に入った瞬間目にしたのは、倒れ臥す己の従属官の姿だった。
十刃、そして藍染のみが参加する衆議、定期的に行われるそれに出席するため、ハリベルは一人で行動していた。
その衆議の後、藍染自らが十刃以下の破面への指示等を伝えるため、玉座の間へと他の破面は集まる手はずになっており、彼女の従属官であるアパッチ、ミラ・ローズ、スンスン、そして何故かフェルナンドも一足先に玉座の間へと移動していたはずだった。
アパッチ達の乱入により中断となった手合わせより、数ヶ月の時が経っていた。
あの後もフェルナンドとハリベルの三人の従属官はよく手合わせをし、その度にフェルナンドに倒され、アパッチなどが大声で悔しがるのが第3宮の常の風景となっていた。

だが今、その常の風景とは似ても似つかぬ光景、目の前の玉座の間に広がる惨状、それを見た彼女を困惑が支配する。
その場には他にも多くの破面がいた、その中で何故自分の従属官が傷つき倒れているのか、どのような経緯を辿れば今、目の前にある光景へと繋がるのか、理解、そして思考の外であるその光景に、ハリベルは立ち尽くしていた。

「よう・・・・・・ 随分と遅かったじゃねぇかよ。」


そうして立ち尽くす彼女に、少し高い位置から声がかかる。
声の主は腰の後ろに鉈のような斬魄刀を挿した、金髪と紅い眼の少年、フェルナンドであった。
フェルナンドはハリベルの方へ視線を向ける事無く、倒れ臥すアパッチら三人から視線を外さずに、ハリベルに話しかける。
円柱状の構造物が立ち並ぶ一角に陣取ったフェルナンドは、その上で胡坐をかき、頬杖をつくようにして三人のいる広間の中心を見ていた。

「フェルナンド、何なのだこれは!? あの娘達に一体何が・・・・・・」


どこか取り乱した様子で、フェルナンドの隣へとハリベルが響転をつかい一瞬で移動する。
その常の彼女らしからぬ様子が、彼女の動揺を如実に物語っているようだった。
そんなハリベルの様子を横目で確認したフェルナンドは、また直ぐ視線を戻し、簡潔に、そしてありのままの状況を説明した。

「何の事はねェよ。 アイツ等が三人がかりであのデブに飛び掛って返り討ちにあった・・・それだけの事さ。」

「なん・・・だと・・・・・・!?」


フェルナンドの淡々としたその言葉、それが簡潔にハリベルの耳に状況を伝える。
彼女の耳にはアパッチらが自分から飛び掛ったと聞こえた、ただそれだけの事だ、と。
ならば一体彼女達は誰に飛び掛ったのか、ハリベルの視線がもう一度地に臥す彼女達の方へと向けられる。
地に伏す彼女の従属官、そしてその倒れる三人の中心辺りにその人影は立っていた。
何故今まで聞こえなかったのか、辺りに響く醜悪で耳障りな嗤い声、その発生源は彼女の視線の先、つまりはその人影だった。
そしてその人影を確認したハリベルの瞳が、驚愕で大きく開かれる。

「何故だ・・・・・・ 何故ヤツがここに居る・・・・・・」


ハリベルから言葉が零れ落ちる。
それは否定の感情を含む言葉、今彼女の視線の先には、居るはずの無い者が映っていたのだ。

「なんだよ、お前あのデブの事知ってるのかよ。」


相変わらずハリベルの方へと視線を向けず、フェルナンドがハリベルに問う。
ハリベルが零した言葉から、彼女が件の者の事を多少なりとも知っているとみたのだろう、そしてその問にハリベルが答える。

「ヤツは・・・・・・ ヤツの名はネロ。 ネロ・マグリノ・クリーメン・・・・・・破面No.『2』 第2十刃(ゼクンダ・エスパーダ)だ・・・・・・」


その人影の名をハリベルは苦々しく口にする。
その者の名はネロ・マグリノ・クリーメン、破面No.2 そして第2十刃であるとハリベルは言った。

その人影、ネロと呼ばれた破面はとにかく大きかった。
身長はゆうに2mを超え、肥大したかのようなその身体は、異常に隆起した筋肉、そして脂肪に覆われており、重鈍な印象を見る者に与えていた。
白い死覇装は上半身全てを覆うことは出来ず、腕から肩口の辺りまでで一杯、そして胸の中心にはその身体にみあった大きな孔が開いている。
髪、そして瞳の色は緋色、長く伸びたそれは手入れなど皆無なのであろう、逆立ち、まるで獅子の鬣のように後ろに撫で付けられ、背の中程まで伸び。
恐竜の下顎を模したかのような仮面の名残が首から垂れ下がっていた。
右頬から額にまで至るように、二本の線が交差しながら菱形を作った紫色の仮面紋が奔り、そして己以外の全てを見下しているかのようなその緋色の瞳が、喜色に彩られながらアパッチ等を見下ろしていた。

「アレが、ねぇ・・・・・・ それで? 何であのデブがここに居るのをそんなに驚く。十刃なんだろ?アレ。」


相変わらず頬杖をつきながらフェルナンドがハリベルに問いかける。
十刃だというのなら、この玉座の間に居てもなんら疑問など無いのではないか、と。
衆議に出ていなかった、などという些細な事でハリベルがあれほど驚くはずも無いと、フェルナンドは考えたのだ。

「ヤツは・・・・・・ そもそも自分の宮殿から出てくること自体稀なのだ。何があろうと、それこそ藍染様がお越しになられていようとヤツには関係無い。自分以外の他者の存在などヤツにとっては塵芥も同じなのだ。自分の思い通りにならない事などヤツには存在しない、思い通りにならなければそうなる様にしてしまうのだ、力ずくで・・・な。・・・そして忌々しい事に、そうできるだけの力がヤツにはあるのだ。」


フェルナンドの問にハリベルは先程と同じ苦々しい口調、表情のまま答えた。
その声には明らかに嫌悪が混ざる、それはハリベルと、ネロという破面が永劫相容れぬ存在である事を滲ませていた。
規律、そして戦士としての礼を重んじるハリベル、しかしネロは違っていた。
規律も礼も何もかもを壊し進む、全て己の思い通り、その他を蹂躙し生きるネロ。
それは真逆、反転の方向性、進む道は決して交わる事のない平行線、ハリベルの語る声にはそれ故に彼女には珍しい他者への明確な嫌悪が含まれていたのだ。





「ゲヒャヒャヒャヒャ!! 弱ェ! 弱すぎるゼ!オラどうした! 立て!この雑魚メスが!さっさと立ってオレ様をもっと愉しませて・・・・・・みせろコラァ!!」


そうしてハリベルがフェルナンドに状況を確認にしている間に、広間の中心で変化が起こる。
醜く耳障りな嗤い声を上げていたネロ、一頻り嗤い終え、今度は倒れ臥す三人に罵声を浴びせる。
しかしその罵声にすら三人は反応しない、いやできないのだ、既に三人の意識は闇へと沈んでいる、だがネロは止まらなかった。
動かない三人を見るや、動かない事が悪いと言わんばかりに、自分を愉しませろと罵りながら丁度目の前に倒れていたミラ・ローズを躊躇無く、そして容赦無く蹴り飛ばしたのだ。
路傍に転がる小石の如く蹴り飛ばされたミラ・ローズは、そのままの勢いで柱に激突し、床に投げ出されるように転がった。

「テメェも! ・・・・・・テメェもだ!オレ様が立てって言ってんだぞ!死んでいようが立ち上がれ! このクズ共が!!」


ミラ・ローズだけでなく、アパッチ、そしてスンスンまでをも容赦無く蹴り飛ばすネロ。
だが決してその蹴りで死んでしまわぬ様に蹴る彼、もっと自分が愉しむために加減しているようだった。
そしてその口から吐き出される言葉は、余りにも理不尽、死して尚立ち上がれ、自分が命じているのだからそれが当たり前だ、と。
その暴虐極まりない振る舞い、その場にいる他の破面は囃し立てるでも止めるでもなくただ無言、目を逸らし、ただその暴虐の嵐が過ぎ去るのを待つのみだった。
しかしそれを攻めるものは誰もいない、何しろ相手は第2十刃、数字持ちと更にそれ以下である彼らにとって万一、いや億に一つの勝ち目もなく、飛び掛ったとて今目の前で繰り広げられる惨劇の、哀れな道化となるのは明白なのだ。



その光景を見て一人、ハリベルは拳を強く握り締める。
眉は険しくなり、襟に、そして仮面に隠されたその下の唇も強く噛締められている事だろう。
何かを必死で堪えているかのようなハリベル、そんな彼女の姿を横で感じ取ったのか、フェルナンドはハリベルに視線を向けぬまま話しかける。

「なんだ? 助けに行かねぇのか? あのままじゃ下手すりゃアイツ等・・・・・・死ぬかもしれないぜ?」


ありのまま、思った事を口にするフェルナンド。
必死で堪えるハリベルに、何故抛って置くのかと、助けに行かないのかと問いかける。
そして最後にこのまま行けば死ぬと、自分の大事な従属官は死んでしまうぞとハリベルに現実を突きつける。

”死”という言葉にハリベルはほんの少し、小さく反応した。
だがそれを何故か無理矢理押えつける、そして戦士としての貌をしたハリベルは、アパッチ等従属官に対して、そしておそらく自分に対しても残酷な一言を口にした。

「あの娘達は自分から手を出した。 相手の力量も測れず、己が力量も弁えず・・・な。その代償があの姿だ・・・・・・ あの娘達が自分で選択した姿だ、私が割って入り、助ける道理が・・・・・・無い・・・・・・」


それはおそらく彼女にとって苦渋の決断だったのだろう。
何よりも、何よりも規律と、そして戦士としての礼、在り方を重んじるが故の決断。
自分から挑んだ戦いならば自分で決着をつけるべきである、ハリベル、そしてフェルナンドにも共通する心構え。
戦士として己の戦いに責任を持つという事、それはハリベルの従属官である三人にも当然言える事であり、故にハリベルは彼女たちを助けないと決断したのだ。

たとえそれが感情というものを押し殺した決断であろうとも。


対してフェルナンドは、そんなハリベルの苦渋の決断にもなんら反応を示さなかった。
相変わらず隣にいるハリベルに視線を向ける事はなく、ただ三人の方だけを見据えているフェルナンド。
そして「そう・・・かよ。」 と小さく呟くと、フェルナンドはゆっくりとその場で立ち上がった。

「ま、お前がそう決めたんなら俺は何にも言わねぇよ。・・・・・・じゃぁ俺はちょっくら行って来るわ。」

そう言うとフェルナンドは円柱の上から飛び降り、アパッチ等のいる方向へと歩き出した。
それを見たハリベルが驚き、慌てた様子でフェルナンドを止める。

「待てフェルナンド、一体何をしに行くというのだ。」

「あぁ? 決まってんだろうが、あの三バカを回収しに行くんだよ。お前が行かねぇって言うんなら、俺が行くしかねぇじゃねぇか。」


制止するハリベルの言葉に、フェルナンドはその場で振り向き、それが当たり前だと言わんばかりの態度で答えた。
”三人を回収しに行く” この状況でそれは”助けに行く” と言っているのと同義だった。
フェルナンドから出たとは思えぬその言葉、他者に対して手を差し伸べるかの如き行為。
その発言に驚きを深めるハリベル、しかし一方でそれは余りに無謀な事、向かう先は暴虐の渦も同然の場所、いかなフェルナンドといえどその渦から逃れる事など出来るはずも無い場所なのだ。

「止めろフェルナンド・・・・・・ 今行けばお前まで殺されかねんぞ・・・・・・」


故にハリベルは止める。
その余りに無謀な行為を止める。
十刃は、それも上位十刃は別次元なのだ、その中でも更に異質な存在に立ち向おうとするフェルナンドのそれは、”勇”ではなく”無謀”だと。
制止の言葉をかけるハリベル、それにフェルナンドは背を向け、そしてまったく別の言葉を返した。

「そういえば一つ言い忘れてた事があったな・・・・・・アイツ等があのデブに飛び掛った理由だけどよ・・・・・・お前だぜ? ハリベル。」

「なに? 一体どういう・・・・・・」

「”淫売”、あのデブはアイツ等の目の前で、お前の事をそう言ったんだ。実力じゃなく身体を使って藍染に取り入った淫売女、ってな・・・・・・それを聴いた瞬間アイツ等ブチキレてヤツに飛び掛ったんだわ。・・・・・・それであのザマさ。」

「なん・・・だと・・・・・・?」


フェルナンドが語るこの事態の根源、始まりは、たった一言の侮蔑の言葉だった。
玉座の間へと突然姿を現した第2十刃たるネロの姿に、辺りにいた破面は困惑、そして戦慄していた。
破面ならば誰もが知っているその異常性、現れた災厄、彼等に緊張が奔っていた。
しかしその緊張など無意味な事だった、ネロは目に付いた破面に次々と難癖をつけては殺していく、それは余りに一方的、弁明の余地無く掻き消えていく破面達、そしてそれを嘲うかのようなネロの姿。
その行為に理由も、そして意味も存在などしていないのだろう、ただその時、殺したいと彼が思ったからそうしているだけ、感情を理性で抑制する、それがこの男には存在していないかのような、その一瞬の感情が先走り続けるような暴虐の振る舞い、しかしそれを止めようとした者がいた。

それがアパッチ等ハリベルの従属官三人だった。
常よりハリベルから戦士としての在り方、そして戦う者への礼というものを教えられた彼女たちにとって、今目の前で行われている一方的な命の搾取は、とても見過ごせるものではなかったのだ。
ハリベルの教えに従い、戦士としてネロの前に立つ三人、そしてネロは彼女達の姿を見て暫し考えたようなそぶりを見せると、口元を歪め、心底可笑しそうに彼女達に言い放った。

「ゲヒャ、メス共、お前等の事知ってるぜ? ”元|第4(クアトロ)”の奴隷だろ?しっかしあのメスもうまくやるもんだゼ、実力が無ぇもんだから無駄に育った身体つかって十刃になっちまうんだからよぉ。えぇ? 今だって藍染の野郎にしな垂れかかって御奉仕中か?とんだ淫売女だぜ、テメェらの御主人様はよぉ!!」


嗤う、愉快そうに、心底愉快そうに耳障りな嗤い声を上げるネロ。
吐き出されたのは侮蔑と嘲笑の言葉、ハリベルを貶めるためだけの言葉、そしてそれを聴いた瞬間彼女達は自らの斬魄刀を手にし、ネロに飛び掛っていた。
自分達のことならばいい、いくら馬鹿にされようが構わない。
だがしかし、コレだけは許せない、許す事ができないと、主たるハリベルを馬鹿にし、貶め、その存在を辱めるようなその言葉だけは許せない、と。
相手が第2十刃だと彼女達は理解していた、その実力が自分達が届かぬほど上である事も理解していた、だが目の前の者は言ってはならぬ事を口にしたのだ、それに対して実力が上だからなどという理由で彼女達は引かない、いや引けない、彼女達の誇り、彼女たちの夢であり、理想であるハリベルを馬鹿にされたまま引く事などできなかったのだ。
彼女達はハリベルが、尋常ではない鍛錬によって今の地位を勝ち取った事を知っている。
メスだがらと卑下され、それでも一歩一歩、力を示し、積み上げた地位だと知っている。
それ故に彼女達は許せない、その言葉は許せなかった。
ハリベルの積み上げた”誇り”に、泥を塗るその言葉が許せなかった。

清廉潔白、高潔なハリベル、その従属官であるという誉、それが彼女達にとっての全てなのだから。

そうして自体は冒頭の結末へと戻る。
怒りに燃えようとも、決死の覚悟を持とうとも、そんな事で埋まるほど彼女等と十刃との溝は狭く、そして浅くないのだ。
無残にも倒れ臥す三人、悔しさと、申し訳ないという思いのまま、彼女達の意識は墜ちていった。





明かされた真相にハリベルは更に強く拳を握る。
掌に爪が食い込み、握った拳から血が滴るほど強く、その拳を握る。
彼女に広がるのは自責の念、またしても自分のせいで彼女の周りに犠牲が生まれた事への後悔。
犠牲なき世界を自分が求めるほどに、犠牲が生まれるという矛盾。
それを生む自らの弱さ、自分が弱いばかりに強いてしまった犠牲、自分を慕い、思ってくれた者が自らの犠牲となってしまう。
ならば自分は一体どうすればいいのか、苦悩がハリベルを苛む。

「別にお前が悩むような事じゃねぇさ。 アイツ等は自分のやりたいこと、通したい筋を通したにすぎねぇ・・・・・・だがよぉ・・・ アイツ等の姿を見て、助けに行かなかったのは頂けねぇな。お前の立場も、心情も分かるさ、だがよぉ・・・アイツ等はお前の『仲間』なんだろ? 目の前で仲間がやられてるのを見て、立場だの心情だの矜持だの、そんなモンは二の次じゃねぇのか?」


自らを責めるハリベルにフェルナンドが投掛けた言葉は、慰めではなかった。
自分の従属官が、それ以上に『仲間』だと言った者が倒れている。
それを見て何故直ぐに助けに行かないと、その姿を目にした時、その場の自分の立場や矜持などというものは関係無いのではないのか、と。
フェルナンドはハリベルに背を向けたまま問い、更に言葉を続ける。

「俺はずっと一人だった。 虚圏の砂漠でたった一人殺し合いの螺旋の中にいた・・・・・・だがお前は違う、アイツ等っていう『仲間』がいた。俺はアイツ等とまだ数ヶ月の付き合いだ、だがアイツ等を見て俺にも『仲間』ってモンがどういうものか、ぼんやりとだが判った気がする。アイツ等は何を捨ててでも、それこそテメェの命を懸けてでもお前の”誇り”を守ろうとした。それが『仲間』ってヤツなんだろうな・・・・・・」


たった一人だったフェルナンド、彼が自分以外の存在と、これ程長い間いたのは初めてのことなのだろう。
そうしてフェルナンドがハリベルと三人の間に見たもの、それが彼が初めて見る『仲間』の姿だった。
その朧げな像を語るフェルナンドにハリベルは無言だった。


「勝てねぇなんて事アイツ等だって判ってただろうさ、だがそれでも戦わなきゃいけねぇ時ってもんがあるだろうよ。テメェの譲れねェもんの為に戦わなけりゃいけねぇ時があるだろうがよ。その結果が今のアイツ等の姿だ、俺は負けるのはキライだが、今のアイツ等の姿は悪くねェと思うぜ。それに比べて・・・・・・ 前にお前は俺に誇りで道を誤るのは愚かだと言った。じゃァ今のお前は何だ? テメェを偽ってまで戦士の在り方なんてもんに拘っていやがる・・・・・・くだらねぇな・・・ まったくもって、くだらねェゼ・・・・・・今のお前は、俺が殺す価値もねェよ。」


そう言って歩き出すフェルナンドに、ハリベルは声を掛ける事が出来なかった。

『仲間』

何よりも守ろうと、そのために強く”力”を求めた存在を、彼女は己の矜持のために切り捨てようとしたのだ。
己の矜持の為に、ハリベルは感情を無理矢理に押さえ込んだ。
フェルナンドはそれを「くだらない」、と一言で斬り捨てた。
そして今のハリベルは自分が殺すに値しない存在であると、フェルナンドはその言葉を叩きつけたのだった。

守るべきものはなんなのか、戦士としての矜持か、十刃としての立場か、それとも己の感情か。
ぐるぐるとハリベルの頭を巡る思考の波、何故自分は力を求めたのか、何故自分は誇りを尊ぶのか、何故自分は彼女達を見てすぐさま飛び出せなかったのか、何故、何故、何故、何故、巡る思考は渦を描く、しかしその答えは一向に出ない。

(私は・・・・・・ 私はどうして・・・・・・)


螺旋の思考に埋没するハリベル。
その下向きの螺旋、先に答えはあるのか、もしかしたら答え等無いのかもしれない、そして答えがあるとすればそれはその先でなく、もっと別の場所にあるのかもしれない。
俯くハリベル、そしてフェルナンドは更にその歩を進めていた。





「・・・・・・ なんだぁ? もう終いかよ。奴隷の躾もまともに出来ないのか、あの淫売女は・・・・・・ メスの存在理由なんてモンは!オスをどれだけ愉しませるかって事だけだろうが!木偶(デク)に用はねぇ! 死ね雑魚メス共が!」


相変わらず倒れた三人に罵声を浴びせ続けるネロ。
しかしそれも飽いたのか、その拳を目一杯振り上げ、近くに転がっていたスンスンの頭に振り下ろそうとする。
今までのように愉しむための加減は無く、その頭部を叩き潰すためだけに振るわれるその拳、動かなくなったのならば要らないとばかりにそれを振り下ろさんとするネロ、だが次の瞬間彼のその貌に強い衝撃が奔り、ネロはその手を止めてしまった。

「ようクソデブ。 動かねぇコイツ等とやってもつまらねぇだろ?俺が相手をしてやるからかかって来いよ。」


そうしてネロに声を掛けたのはフェルナンドだった。
身体に辺りを焦がすように燃え盛る紅い霊圧を纏い立つフェルナンド。
スンスンが殺されそうになったその瞬間、フェルナンドは響転によって一気にネロへと近付き、その勢いのまま跳び上がり、全力でネロの頬を蹴り抜いたのだ。
対して蹴られた方のネロは拳を振り上げたまま止まっていた。
そしてゆっくりと空いているほうの手がフェルナンドに蹴られた頬へと伸びる。
二三度頬を触ったネロは、振り上げていたほうの拳を下ろし、両手を下げた状態で、沈黙していた。

(チッ、クソが・・・・・・ 霊圧解放して蹴ったってのにまったく効いてねぇ・・・・・・こりゃ厳しいかもしれねぇな・・・・・・)


沈黙するネロを尻目にフェルナンドは内心舌打ちをする。
攻撃の瞬間、フェルナンドは己の霊圧を全開にして攻撃していた。
フェルナンドにとって霊圧解放は諸刃の剣、強すぎる霊圧と、逆に不完全な肉体、肉体は自身の霊圧に耐え切れず自らの身体にも牙を剥くのだ。
それでもフェルナンドは霊圧を解放して攻撃した、それは今までフェルナンドが冷静にアパッチ等がネロと戦う姿を見て、そして彼女等を嬲り続けるネロを見て出た結論、霊圧を解放せねば自分の攻撃は届かないという結論故だった。
しかしその結論故の攻撃も、さしてネロにダメージを与えた風でもなく、フェルナンドはこれからの戦いが厳しいものになると確信していた。

フェルナンドが内心で覚悟を決めている間に広間に変化が起こっていた。
ネロが暴れ、砕いた床や柱の欠片が弾けだしたのだ。
ネロを中心に広がるそれ、そして沈黙していたネロが不気味に呟きだす。

「蹴った? このオレ様を? このオレ様が蹴られたのか?あんな小蠅に? ・・・・・・・・・・・・ 許せねェ・・・・・・許せるはずがねぇ・・・ いや、許されねェ、許される筈がねェェェェェェエエエエ!!!!!」


突然の咆哮と共にネロの莫大な霊圧が爆発する。
それはネロを中心に、その周りのものを吹き飛ばすほどの圧力をもっていた。
それにより壁際まで吹き飛ばされるアパッチ等三人と、その場で何とか耐えるフェルナンド。

「小蠅が!! テメェ如きゴミムシがこのオレ様に触れただと?許されねェ!! オレ様は”神”だ! テメェ等如きカスは!このオレ様が許しているから生きていられる!そのカスがオレ様に触れたどころか蹴っただと?大罪だ! 大逆だ! 死んで詫びる事すら許されねェ!!いや、カスの存在そのものが許されねェ!ここに居るカス総てが同罪だ! テメェを殺したら他も全て皆殺しだ! ”神”に逆らった罰を受けろ!カス共がァァァああ!!!」


咆哮、その異常とも言える自尊心により自らを”神”と称するネロ。
他の破面の存在すら自分が許しているから存在できている、と豪語する彼。
自らの力を、そして存在を絶対と信じて疑わない精神、しかしその異常な自尊心と歪んだ精神には歯止めが無く、際限なく加速した彼は、遂にはフェルナンドのみならず、この場にいる破面全ての抹殺、という余りに理不尽な答えを導き出した。

その言葉で玉座の間は恐慌状態へ陥った。
我先にと逃げ出す破面達、出口に殺到する彼らの姿はまさに必死、しかしそれもそのはず、彼等が如何に戦いに生きる生物だとしても、やはり死にたくないのだから。
そうして玉座の間に残ったのは、ネロとフェルナンドを除き十数体となっていた。
未だその中心で霊圧を噴出し、叫び続ける男。

彼の名は破面No.2 『ネロ・マグリノ・クリーメン』、藍染惣右介の第2の剣であり、十刃の第二位、第2十刃(ゼクンダ・エスパーダ)に座す者、そしてその彼が司る死の形、人が避けえぬその形、彼を表すその形、それは

『暴走』










暴虐の嵐
総てを呑み込む

埋没する女神
答えは何処か・・・・・・







※あとがき

何とか今週中に投稿できました。

そして今回登場したのがアンケートを元に作ってみたキャラ「ネロ」です。
うわぁ~何コイツ? と思っていただければある意味狙い通りです。
現状は見た目、性格も劣化版ヤミーな感もありますが、今後違いを出せればと思います。
協力して頂いた皆様感謝です。

司る死の形ですが、ネロは『暴走』、ドルドーニが『野心』です。






[18582] BLEACH El fuego no se apaga.20
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/16 22:06
BLEACH El fuego no se apaga.20










”暴力”、まさにそうとしか表現出来ない程の霊圧の暴風、虚夜宮『玉座の間』に、それは吹き荒れていた。
その発生源は広間の中心で叫び、喚き散らす巨大な人影、ネロ・マグリノ・クリーメン。
頬を蹴られた、いや、触られたというそれだけの出来事が、この暴力的なまでの霊圧の渦を作り出していた。

その霊圧の中心から少し離れた位置、広間の中に在って円柱状の構造物が立ち並ぶ場所、ネロの霊圧解放により崩れたその場所に未だ立ち尽くすハリベルの姿があった。
ネロに挑みかかった事により、返り討ちにされ倒れた彼女の従属官、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスン。
その三人を、己の従属官である三人を見殺しにしてしまうところだった彼女、その事実が彼女を苛み続けていた。
そしてフェルナンドに突きつけられた言葉、「仲間がやられているのに何故直ぐ飛び出さなかったのか」という言葉が、彼女の思考の中で広がり、彼女を思考の海に埋没させていった。

(何故私はあの娘達を見殺しにするようなことを・・・・・・そんな事が許される筈が無い・・・・・・ では何故だ?・・・私は”力”を求めた、”力を”求めそれを示し、十刃の座まで上り詰めた・・・・・・それに私は固執したというのか? 立場に、責に固執するあまりあの娘達を犠牲にしてしまったのか?求めた”力”が、示した”力”が私を縛るというのか・・・・・・ならば・・・ ならば私が”力”を求めた事自体が間違いだったというのか・・・・・・・・・)


ハリベルはひたすら自問を繰り返す。
理解しがたい己の行動、その理解できない行動を理解しようとひたすら思考し、自問した。
結果としてアパッチ等従属官達を見殺しにするところだったハリベル、それがそもそもの間違いであるのは言うまでも無かった。
では何故そうなってしまったのか、今ハリベルにその答えは無く、ただ繰り返される自問は己への呪いと化す。
負の思考連鎖、考えれば考えるほどに深みに嵌るそれ。

ハリベルは自問する、自分は何故”力”を求めたのかと、求めたのは自身の理想の為、そして自分はそれを手に入れたと、辛酸を舐め、傷つき倒れながらも”力”を手にしたと。
そしてその”力”に見合う立場を得、そしてその立場に、そして責任に恥じぬ振る舞いをしてきた、と。
しかし現実に目の前に広がった光景、傷つき倒れ臥すのは己の従属官、それはまさしく彼女に再びの理想の崩壊を告げる光景だった。
それは手に入れた立場に、地位に、そして負うべき責任に重きをおいた、いや、固執してしまった彼女への罰なのだろうか。
上に立つものが負うべき責任、その重さ、それが判るハリベルだからこそ、判り過ぎてしまう彼女だからこそ陥った悲劇、そしてなにより戦う者としての在り方を尊ぶ彼女だからこそ陥った悲劇、それが彼女に襲い掛かったのだ。

故に彼女は思う。
ならば、理想を追い求め手にした”力”が何の意味も持たず、それにより得た地位と責が自身を縛り、今再びこの悪夢のような光景を見なければいけないというならば、そもそも自分が”力”を求めた事すら、”力”を手にした事すら間違いだったのか、と。


彼女、ティア・ハリベルは”力”を、それも強大な”力”を手にした。
しかしそれは何のためだったのであろうか、彼女が手にしたものは一体何のための”力”だったのであろうか、彼女が求めたものは、理想は、”力”によって得られる地位だったのか、それともその”力”と共にその内に築き上げた戦士としての誇りと在り方だったのか、だがそれは『否』だ。
真に彼女が求めたものは、その理想は、”力”を手に入れることでも、戦士としての誇りと在り方を全うする事でもないのだ。

未だ悩み続けるハリベル、負の思考、螺旋、連鎖、その只中にいる彼女は未だ”答え”に届かない。
しかし時間は無限ではなく有限、むしろそれは迫り来るのだ。
迫り来る時間、それは彼女に更なる悲劇を齎す秒読み、そしてハリベルに時は然程残されてはいなかった。





「グォォオォオォオォォオオオオ!!! 死に曝せ!!薄汚ねぇ小蠅がぁアァァアアアア!!!」


雄叫び、咆哮という言葉すら生ぬるい怨嗟を含んだその叫び、それと共に繰り出された拳に尋常ではない霊圧を纏わせたネロの一撃が床を粉々に粉砕する。
粉砕されたのは先程までフェルナンドの立っていた床、フェルナンドはその攻撃を紙一重で避けるが、込められた凄まじい霊圧の余波でその場から吹き飛ばされてしまう。

(クソ! 霊圧だけで吹き飛ばされる・・・かよ。)


吹き飛ばされたほうのフェルナンドは、その事実に悪態をつく。
自身とて霊圧を解放しているにも拘らず、それをして尚吹き飛ばされたネロの霊圧の凄まじさ、余波を受けるだけで身体が軋む程の威力、グリムジョーとすら真っ向から殴り合いを行えた霊圧解放状態のフェルナンドが、簡単に弾き飛ばされた事実からそれが如何に凄まじいかが伺える。
対して吹き飛ばした方のネロは、未だフェルナンドが死んでいないと見るやその巨体に似合わぬ速度でフェルナンドへと肉薄し、再びその拳を振り下ろす。
その拳には鍛錬を積み重ねたような洗練された動きは皆無だった、本能のみで振るわれる拳、ただ殺す為に振るわれるだけのそれは、まさしく暴力の具現であろう。
それに対し反撃を試みるフェルナンドだが、ネロの纏う圧倒的な霊圧の前にそれはあまりに無力、フェルナンドは拳と蹴りを数発ずつネロに対して叩き込みはしたが、そのどれもが急所を狙い捉えたにも拘らずネロは無傷だった。

結局のところ霊力、霊圧を用いて戦う破面、虚、そして死神の三者において共通する事柄がある。
それは、戦いとは戦闘の技術も然ることながら霊圧の大きさによる『霊圧の戦い』が大きく関わってくる、という事。
霊圧の高さは有利に働く事は多々あるが、それが不利になるという事はまず無い。
高い霊圧はそれだけで相手に対しての大きな有利となり、戦闘におけるひとつの勝利の要因となりえる。
それだけが勝敗を分けるか、といえばそれはありえない、だがあくまでひとつの要因として純然と存在する『霊圧の戦い』、そして今フェルナンドとネロの間で、その戦いはネロの圧勝だと言わざるを得なかった。
それでもフェルナンドは攻撃の手を緩めない、ネロの大振りの一撃を避わしては拳を放り込む。
それには彼なりの目的がった。

(アイツ等は・・・・・・ 大分離れた、か・・・・・・これでこっちの目的は達成、だな・・・・・・にしてもハリベルの奴、ウジウジと悩みやがって・・・・・・テメェが譲れねェことなら、他の事なんてのはかなぐり捨てちまえばいいものをよ・・・クソッ、イラつく。)


戦いの中、探査回路を使い三人の位置を確認するフェルナンド、そして彼の目的は最早半ば達成されていた。
アパッチ等三人を回収するのが彼の目的、何故そうしようと思ったのかは定かではないが、結果としてフェルナンドは彼女等を助ける事を選択した。
そして方法はどうアレそれは既に完了したといっていい状態だった。
怒り狂ったネロが解放した霊圧によって、彼女たち三人はそれぞれ遥か壁際までその身体を吹き飛ばされていたのだ。
結果としてネロの手の届く範囲から離脱した三人、そして彼女等の代わりにネロの新たな標的となったフェルナンドの存在により、彼女等はその命を繋ぎとめたのだ。

そんなフェルナンドに過ぎる思い、それはハリベルの姿だった。
何かを悩むように、そして必死に押さえ込むようにするハリベルの姿、そんな彼女の苦悩する姿はフェルナンドからすれば然も無い事だった。
彼女の考えやその悩みをフェルナンドは判っていた、判った上でフェルナンドにとってそれは然もない事なのだ。
それも当然だろう、彼は自分の欲求、求めるものにはとても素直なのだ。
求めるものが手に入る、その可能性があるのならばそれを一切躊躇わない、その彼から見て自分を押えつけるハリベルの姿は、その思いは判るが理解できないものであった。
そんな彼女の姿勢にフェルナンドはどことない不快感と、消化しきれぬ様な複雑な思いを感じていた。



束の間の思考、それは現状からの意識の乖離、しかしそれは彼らしからぬ一瞬の”緩み”、戦闘の最中に別の事にその思考を裂くという愚行、命がけの戦いの中でその一瞬の隙は、超一流の戦いの中では”隙だらけ”であると言い換えてもいいものだった。

そしてそれは確実にその一瞬を捉えた。


「余裕じゃねぇか・・・・・・ 小蠅がよぉ。」

「ッ! カハッ!!」

フェルナンドにとってまさに一瞬の隙をネロは確実に捉えていた。
フェルナンドの背後から張り手の要領で、その大きな手がフェルナンドの身体を床に叩き付けた。
避ける隙すらなく無残に叩きつけられるフェルナンド、その身体が床にめり込むほどの威力、そして霊圧の猛威による圧力はその一撃でフェルナンドの身体を戦闘が困難なほど傷つけていた。

「ゴフッ! ゴホッ! ゴフッ!」


ネロがその手を退け愉悦の表情を浮かべる中、フェルナンドはうつ伏せの状態から仰向けへと何とか体勢をかえる。
そしてその直後、内臓に損傷を負ってしまったのか、フェルナンドがその口から何度も血の塊を吐き出す。
体勢を変え、そして血を吐くフェルナンドの姿を先程までの怒りは何処へ行ったのか、というほどニンマリと、まるでそのフェルナンドの姿が滑稽であるかのように醜悪すぎる笑みを浮かべるネロ。
苦悶の表情を浮かべるフェルナンドを眼下にするネロ、しかし彼がこの程度で止まる筈などなかった。

「漸くだ・・・・・・ チョロチョロと逃げ回りやがって小蠅が。テメェみてぇなゴミムシは!オレ様の前で飛ぶ事すら許されねェ! 二度と飛べねェ様に潰してやる!こうやって!! 何度も! 何度も! 何度もなァ!!」


そう言うとネロはフェルナンドの頭を鷲掴みにして掴み上げ、そのままフェルナンドの頭を床に叩きつけた。
砕ける床がその衝撃の凄まじさを物語る、だがそれは一度では終わらなかった。
フェルナンドの頭を掴んだまま叩き付けたネロは、再びフェルナンドを持ち上げると先程同様床に叩き付けたのだ。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、加速するように繰り返し行われる凶行、そしてそれが愉快で仕方が無いといった風に狂った嗤い声を上げるネロ、狂った暴力がその場を支配していた。





思い悩むハリベルの耳に届いたのは轟音だった。
”力”という彼女を構成する柱の一つが揺らぐ中届いたその音、それはまさにフェルナンドがネロの一撃の下に叩き伏せられた音だった。
そして落としていた視線を上げた彼女が見たのはまたしても悪夢だった。
フェルナンドを叩き伏せたネロが、狂ったように嗤いながら何度もフェルナンドを叩きつける光景、それは彼女に近しい者がまたしても犠牲となるその光景だった。

「ッ! フェルナンド!!」


咄嗟に出た言葉と踏み出された足、そして伸ばされた手、それに気付いたハリベルはその瞳を大きく開いた。
不測の事態、咄嗟の出来事というものは、その者の本質を見る上で非常に有効な出来事だ。
いくら理性で捻じ伏せようとも、押えつけ、自制し、そして目を逸らそうとも、咄嗟に出てしまう”理性”ではなくその者の”感情”による行動。
そして今、フェルナンドが曝されている暴力とその光景が、ハリベルの|”感情”による行動(・・・・・・・)を引き出したのだった。

その伸ばされた手は、踏み出した足は一体何のためか、フェルナンドの危機に無意識に出たそれは何のためなのか。

それは『守る為』だ。

彼女の、ハリベルの理想は”力”を得る事でも、地位を得る事でも、まして誰かに認められることでもない。
立場などは後からついてきたものだ、誰からも認めてもらわなくても構わない、そして”力”とは目的ではなく手段でしかなかったのだ。
彼女の理想は『仲間が犠牲にならぬ事』、犠牲を強いれば何れ自らも犠牲を強いられる、自ら誰を殺める事も無く、仲間の為に他者の抑止力となり、そして盾となり『守る』事、それが彼女の理想の姿なのだ。

求めた”力”に、立場に、在り方に固執するあまり彼女が忘れていた事、求めたのは”力”ではなく”守る”事だった。
”力”とはそのための手段、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人を、自分に付き従いそして支えてくれた彼女等を、『仲間』を守る事こそが彼女の、ティア・ハリベルの真の願いだったのだ。

(あぁ・・・・・・ 本当に簡単な事だったのだな。何一つ関係ないのだ、私の内にあったこの願いに、思いに比べれば・・・な。お前の言うとおりだったよフェルナンド、私のくだらない固執が全てを曇らせた・・・・・・それに気付かせてくれたのはお前だ・・・・・・故に、お前を死なせはしない!)


瞳を閉じたハリベル、暗く重たかった彼女の内側は、今や晴れやかに澄み渡っていた。
簡単で、単純で、しかし忘れがちになるほど当たり前で些細な願い、後から後からと迫り来るものに覆い隠されるようになりがちな、しかし本当に大切なたった一つの願い。
それを再確認したハリベル、そしてそれを思い出させたフェルナンド、そして一瞬の瞑目の後、ハリベルの瞳が開かれる。
それは決意の瞳、それは覚悟の瞳、今だ行われる凶行を見据えハリベルは大きく一歩を踏み出す、決して死なせはしないという思いを胸に。
ハリベルは思う、”力”に固執したことは間違いだったと、しかし”力を”手に入れたことは間違いではなかったと。
それがあるから今、自分は彼の元へ駆けていけると、力無く止める事叶わず唯見ているのではなく、己が力をもって彼を救うために駆けて行ける、と。
いまだ半年の付き合いに満たない彼女と彼、言葉を交わすより拳と刀を交わした方が多いかもしれない二人、しかし彼女にとって彼はもう『仲間』だった。
ならば守る、何をおいても、それが彼女の理想であり求める些細な、しかしかけがえの無いものなのだから。





「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!! 死ね! 死ね小蠅が!このオレ様に! ”神”に逆らった報いを受けろ!頭蓋が割れ!目玉が飛び出し脳漿が零れ!無様に変わり果てた姿で許しを乞え! ”神”の前に跪け! そうすればその頭を一息に踏み砕いてやるぞ?ゲヒャヒャヒャヒャ、ヒャ・・・・・・ あん?なんだぁ? 何処に消えやがった?」


口汚い言葉でフェルナンドを罵りながら、ネロはその手を止めず、フェルナンドを床に叩きつけ続けていた。
ネロにとってこの凶行は当然の行為、自身を神と称して憚らない彼にとってそれに逆らったフェルナンドに対し、罰を与えるのは当然の事だった。
何度も叩きつけ、次第に頭蓋に罅が入り、砕け、飛び散る感触を夢想するネロの顔は、命を刈り取る優越感と、娯楽を愉しむが如き喜色が溢れるその心根の醜さを表すが如き笑顔が浮かんでいた。

しかしそのネロに違和感が走る。
その手にしかと握り、存分に叩きつけていた筈のフェルナンドの身体がいつの間にか彼の手の内から消えているのだ。
ネロは自分でも気付かぬ間に殺してしまったかと、陥没した床を見やるがそこにフェルナンドの姿は無く、周囲を見回す。
そして彼が視線の先に捕らえたフェルナンド、彼は自分の足で立つ事無く、何者かに抱えられるようにしてそこにいた。

「なんだ元4番、そのクソムシはオレ様が罰を与えている最中だ・・・・・・そこに置いてさっさと消えろ淫売女!・・・・・・あ~ぁ、そういえばそのゴミムシもお前が飼ってるんだったな、じゃァそれはテメェの色小姓か?こいつはイイ! 淫売にはお似合いだ!」


ネロが見たのはハリベルに抱えられたフェルナンドの姿だった。
左の脇に抱えられるようにしているフェルナンド、そしてハリベルの右手にはなぜか彼女の斬魄刀がしかと握られていた。
そのハリベルの姿を見たネロは彼女に、そしてフェルナンドにすら侮蔑の言葉を惜しまない。
自分以外の全てが彼にとって下の存在、それを罵って何が悪いと言わんばかりの彼の態度、しかしハリベルは冷静に、冷え切った声で呟いた。

「・・・・・・ 愚かな・・・・・・」

「なんだと? 良く聞こえなかったなぁ、 このオレ様がなんだって?」


ハリベルの口から零れたその言葉、ネロはそれを聞き漏らす事無く彼女に問う、その答えを間違えばおそらく次はハリベルがフェルナンドと同じ目に合うであろうその問、しかしハリベルは真っ向からそれを言い放った。

「愚かだ、と言ったのだ、ネロ・マリグノ・クリーメン。その言葉も、振る舞いも、そのその全てから愚かさが滲み出ているぞ。」

「そうか・・・・・・ どうやらテメェは死にたいらしいな、元4番。」


ネロに対しまったく引かずに言い放たれたハリベルの言葉、ネロという存在を全否定するようなそれ、その言葉は明らかに彼に突き刺すための言葉であり、その効果は充分、ネロは手を組み骨を鳴らしながらハリベルの言葉に青筋を立て怒りを顕にする。
だがそれすらもハリベルからすれば愚か極まりない行動に見えていた。

「やはり愚かだ・・・・・・ 自分が斬られている事すら気付いていないとは・・・な。」

「あぁ? 何を言って・・・・・・ なっ! 無ぇ・・・・・・オレ様の指が無ぇ!! この売女がぁぁああ!!!やりやがったなぁああ!!!」


ハリベルの握る斬魄刀から一滴の雫が落ちる。
それは血の雫、ハリベルはフェルナンドを掴むネロの手の指の一本を、その斬魄刀を持って斬り落としフェルナンドを助け出したのだ。
それはあまりに一瞬の出来事、興奮状態だったネロは己の指が落とされた痛みすら感じる事無く今に至っていたのだ。
ネロは眼前で手を組み指の骨を鳴らす仕草をするその時まで、自分の指が一本落とされている事に気づかなかった。
そしてそれに気がつくや訪れる激昂、触れられただけで引き起こされる理性の暴走と暴力の渦、それが指を落とされた等という事態となれば如何ほどのものか、しかしそれを前にハリベルは一歩も引く事は無かった。

それは唯一心に『守る』と決めた彼女の強さか、何者にももう二度と傷つけさせないと、アパッチも、ミラ・ローズも、スンスンも、そしてフェルナンドも、誰一人自分の目の前で傷つけさせてたまるかと言う彼女の強い決意がその場を引く事を許さなかった。

激昂し、喚き散らすネロ。
そしてその原因を作ったハリベルに、自身の体の一部を斬るという大罪人に神罰を与えるべく動き出そうとする。
しかしその直前、数箇所ある出入り口から暴虐の舞台と化した広間に、数体の人影が足を踏み入れた。
そしてその惨状と、中心に居りその原因であろうネロを確認すると、その中の一体、がっしりとした身体つきの老人が声を張り上げた。

「この悪ガキが!! 暴れるなら他でやらんか!!儂の往く道を瓦礫で埋めるとは何事じゃい!!!」

「うるせぇ! 叔父貴(おじき)は黙っててくれ!この売女オレ様の指を斬り落としやがった! 殺さねぇとオレ様の気が収まらねぇんだよ!!」


ネロに叔父貴と呼ばれたその老人、そして彼に続くように、また別の入り口からも人影が中心、ネロの方へと集まる。
その数は老人を含め”8体”、一様に個性と異彩を放ち、ネロの霊圧吹き乱れるこの場所にあって顔色一つ変えぬ豪胆さ、それだけでこの8体の人影の強さが伺えた。

「・・・・・・・・・・・・」

「無意味な・・・・・・」

「なんと粗暴な・・・・・・ まったくもって美しさというものが無い・・・」

「藍染様の宮殿に傷をつけるとは・・・・・・浅慮が過ぎるのでは? 第2十刃殿。」

「ケッ!・・・・・・」

「これはずいぶんとハデニヤッタモノダネ。」

「なんだよ終いか? もっとやれよ、つまらネェなぁ。」


思い思いにその惨状への感想を口にする人影たち、唯の破面ならばその言葉すら口に出来ない状況、それでも彼等は平然としていた。
それは一重に自負が在るゆえ、己の力に対する絶対の自負、唯の破面ならば戯言のようにしか聞こえないそれは、彼等には当てはまらない。
彼等は示したのだ、この虚夜宮に巣食う全ての破面にその実力を、その圧倒的な力と殺戮能力を。
彼等こそハリベル、そしてネロと同じ破面の頂点の一角を担う者達、十振りの剣、暗黒の座を担う魔獣、『十刃』なのだ。


破面No.1『第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)』 ”大帝” バラガン・ルイゼンバーン

破面No.2『第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)』ネロ・マリグノ・クリーメン

破面No.3『第3十刃(トレス・エスパーダ)』ティア・ハリベル

破面No.4『第4十刃(クアトロ・エスパーダ)』ウルキオラ・シファー

破面No.5『第5十刃(クイント・エスパーダ)』アベル・ライネス

破面No.6『第6十刃(セスタ・エスパーダ)』ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ

破面No.7『第7十刃(セプティマ・エスパーダ)』ゾマリ・ルルー

破面No.8『第8十刃(オクターバ・エスパーダ)』ノイトラ・ジルガ

破面No.9『第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)』アーロニーロ・アルルエリ

破面No.”10”『第”10”十刃(ディエス・エスパーダ)』ヤミー・リヤルゴ


以上十名をして『十刃』、折れる事なき創造主藍染惣右介の剣達、その十刃が今荒れ果てた『玉座の間』で一堂に会していた。





そうして十刃がそろい踏みした玉座の間、しかしネロの暴走は止まりはしなかった。
老人、バラガンの言葉に反しハリベルに襲い掛かろうとするネロ、しかし再び、先程よりも大きさを増した声がネロに降り注ぐ。

「だからお前は阿呆なのだ!!! 唯振り回すだけで何も考えておらん!蟻の方がお前より幾分マシじゃわい!・・・・・・それにそろそろ終いの時間じゃ・・・・・・」


一喝、唯気に入らないとその拳を振り回すネロをバラガンが一喝する。
しかしそれは彼のため、と言うわけではなくそれを見ることが不快極まりない、という唯それだけの事だった。
そして何かに気がついた様にバラガンが事の終わりを告げる。
ネロはその意味がわからない様子だったが、次の瞬間否応無しに理解した。

「縛道の九十九 “禁” 」


広場に静かに響いたその言葉、それと同時に変化は劇的に現れた。

「ッ!? クソ! なんだこいつは!!」


声を張り上げたのはネロ、見れば彼の腕に、いや全身に分厚く黒い帯のようなものが巻きつき、更にその上から鋲が突き刺さる事で彼を拘束していた。
しかし拘束されたネロはその有り余る力を持ってそれを引き千切ろうとする。
だがそれも更に響いた言葉によって無意味なものとなった。

「縛道の九十九 二番 ”卍禁(ばんきん)” 初曲『止繃(しりゅう)』、弐曲『百連閂(ひゃくれんさん)』、終曲『卍禁大封(ばんきんたいふう)』」


一息の内に紡がれた言葉、まるで歌うように連なった言葉はそれだけでネロを完全に拘束した。
『止繃』により何処からか発生した布はネロの顔以外を何十にも包み込み、『百連閂』で数十本に及ぶ鉄串がネロの身体に突き刺さり完全に固定、そして『卍禁大封』で空気中の霊子を集束し出来上がった巨大な石柱がネロの身体を押さえ込み、その場に捻じ伏せ拘束したのだった。

「クソ! クソ! なんだってんだ! 畜生!」


最早もがく事すらできないネロ、地に這い蹲らされた彼、そしてその彼の遥か上から声が降って来た。

「久しいね、ネロ。 こうして顔を合わせるのはどれくらいぶりかな?」

「テメェ・・・・・・」


その声の主を睨みつけるように見上げるネロ、その怒りの感情を隠そうともしない彼は、それを声の主へとその視線に乗せてぶつける。
しかしその視線を真正面から受けた声の主は、その顔に貼り付けた柔和そうな笑みを崩す事無く、ただネロを見下ろしていた。
声の主は”神”を自称するネロにその力を授けた者、彼いや、彼等全ての”創造主”たる者。

この広間にいる全ての破面の視線先に居るのは、目を逸らす事が許されないほどの圧倒的存在、その後ろにもう一人、破面ではない者を従えた男、藍染惣右介の姿だった。






暴虐が過ぎ去り
十の剣は集う

時は満ち
全ては掌の上

世界を崩し
いざ、天の座へ










※あとがき

今までである意味一番ボコボコにされた回。

前半アレだけ苦悩していたハリベルが
後半は空気になってしまったのは一重に作者の力量不足、悔やまれるなぁ・・・・・・
ハリベルの答えは一応この様な形にしてみました。
おそらく賛否あるかと思います、それなりにうまく落とせたと思うけど・・・・・・




[18582] BLEACH El fuego no se apaga.extra
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/16 22:08
BLEACH El fuego no se apaga.extra
















諸君お初にお目にかかる、吾輩の名はドルドーニ、全ての女性(フェメニーノ)の従属官にして虚夜宮、いや虚圏一の伊達男!
抱かれたい破面ランキング1位!(まぁ自称ではあるが・・・・・・)違いの解る男! 紳士 OF 紳士!
第6十刃(セスタ・エスパーダ) ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオであ~~~る。

本日は吾輩の華麗で優雅な一日というものを、諸君に特別にお見せしよう。
吾輩のように優雅でどこか渋さ漂う立派な紳士を目指すそこの君(ウステー)!!その目を皿のように見開いて吾輩の一挙手一投足を見逃さぬようその目に、そして記憶に焼き付けたまえよ!


吾輩の一日、それは優雅な一杯の紅茶から始まる。
虚夜宮の天蓋、偽りの空というのは少々無粋な感もあるが、吾輩の瞳にはしっかりとその天蓋の向こう、全てを飲み込んで余りあるような虚圏の暗く深い夜空が写っているので心配など無用さ!
そうして我が宮殿、第6宮の下官が紅茶を運んできた。
その下官はもちろん女性だ、朝から男のむさ苦しい顔など見ては一日陰鬱に過ごさねばなるまい?

「ありがとう。美しい小鳥(アーベ)ちゃん、どうだい?このまま吾輩と優雅なお茶の時間をすごさないかい?」


紅茶を持ってきてくれた小鳥ちゃんをお茶に誘う。
一人で飲む紅茶もいいが、目の前に美しい人がいた方がイイに決まっているだろう?
しかし小鳥ちゃんは、吾輩と目を合わせることも無く、しかしどこか冷たい目をしてそそくさと出て行ってしまった・・・・・・

さ・て・は・ 吾輩のあまりの凛々しさとお茶の誘いに気が動転し、なんと答えていいか判らず部屋を飛び出してしまったんだね小鳥ちゃん!
なんとい初心! 恥ずかしがり屋さんの小鳥ちゃんだ、恥ずかしさを誤魔化すためにあえて、あ・え・て・あんな目をしてしまったんだね、あぁ吾輩はなんと罪作りな男なのだ、また一人女性のハートを射止めてしまったよ。


さてお茶の時間も終わった、次は何をしようか・・・・・・
うん? 仕事は無いのかと?まぁあることはあるのだがね・・・・・・ 十刃の仕事は『戦う事』さ。
故に藍染様よりご命令が無い限りは、こうして待機するより他選択肢など無いのだよ。
かといってだらだらと一日を過ごすのは紳士の道に反する、常に華麗で優雅な吾輩に暇な時間など無いのだ、ではどうするか・・・・・・
そうだ! 今日は特別に君たちに吾輩の”弟子(アプレンディス)”を紹介しようではないか!
いやなに先日それはもう美しい淑女と出会う誉が在ったのだが、その際に拾ってきた破面、残念ながら男だがなかなかどうして見所のある者だった。
それ故この吾輩が直々に鍛えてやろうと考えたのだ、しかしこの破面がまたじゃじゃ馬で・・・・・・
この吾輩の弟子にならないか? と誘ってみれば壁を蹴破って帰ってしまう始末、さすがにあの壁を修理していたときは惨めだった・・・・・・
しか~し!! その程度で諦めるほど吾輩のハートは脆くない!例え虚閃の直撃を受けようとも、吾輩のこの燃えるハートを壊すことは出来ないのだよ!!
さぁそれでは吾輩の弟子である破面、グリムジョー・ジャガージャックの元へ行こうではないか!






「やぁ我が弟子(アプレンディス)グリムジョー! 師匠(マエストゥロ)である吾輩、ドルドーニが来てやったぞ!」

「・・・・・・チッ、またウルセェのが来た・・・・・・」


アレこそが吾輩の弟子グリムジョー、どうだいなかなか強そうだろう?ま、吾輩には遠く及ばんがね!
それにしても師匠を前にして舌打ちとは・・・・・・まだまだ反抗的な態度だね、だがしかし!それすらも許容する吾輩の器の大きさ! コレこそが我輩の紳士たる所以といってもいい!
まぁそれはさておき、吾輩は彼に何か特別な事を教えているわけではない、唯、戦うだけさ。
なに?それの何処が師匠かと? ノン、ノン、ノン、言葉で教え、手取り足取り教えた事など戦場ではまったくの無意味さ、戦いの中で編み出したもの、身に付けたものだけが真に戦場で意味を持つのだよ。

「では行くぞ! 我が弟子よ!」

「ウルセェんだよ! 弟子になった覚えはネェ!!」

「まだ言うか! 人にものを教わるのは恥ずかしい事ではないぞ!いい加減吾輩を”師匠”と呼びたまえ!!」

「誰が呼ぶか! 変態がぁぁああ!!」


彼、グリムジョーのいいところはその苛烈なまでの攻撃性と、貪欲な姿勢、いうなれば野心、ある意味吾輩に共通する部分ではある。
だが彼の悪いところは素直でないところ、いい加減吾輩の事を師匠と呼んでくれてもいいだろうに、まったく・・・・・・
確かに、いきなり彼の前に現れて吾輩が師匠だと言ったときの、彼のまるでゴミを見るような視線は今も忘れられんが・・・・・・それはまぁいいか。
そもそもあれかね? 彼は現世の秋葉原なる魔窟発祥のツンデレというやつかね?それともツンツンか? 意味は良く判らんが吾輩そんな気がする。

それにしても最近はやるようになった・・・・・・師匠として感慨深いものがある。
だがまだまだ、そう易々と超えられるわけにはいかんのでね、ほんのチョットだけ本気で相手をしてやろうではないか!
フハハハハ、受けてみるがいい! この肉体美より繰り出される、華麗なる脚技と剣技の乱舞を!!!






「ふぅ、では今日はこの辺で終わりにするとしようか。次に吾輩が遊び・・・ゲフン、ゲフン、”稽古”を付けにくるまでに少しはマシになっておきたまえよ、では、アディオス!我が弟子(アプレンディス)~~。」

「グッ・・・クソがぁ・・・・・・」


いやはやなんとも、大人気なく少々本気でやりすぎてしまったか、弟子は砂漠に這い蹲っているよ。
それなりにやるようにはなったが、まだ吾輩の前に立つには足りないな。
考えてみれば吾輩もおかしなことをしているものだ、吾輩を倒し、第6十刃の席を奪うといったこの男を鍛えている、というのだからな。
何れ来るその戦いが愉しみで、そのために、最高の戦いのために敵になるであろう者を鍛える、か・・・・・・
きっとあの|美しい淑女(セニョリータ) も同じような思いを抱いているのだろうか・・・・・・

はっ、これは共通の話題を手始めにした恋の予感なのか!?
それならば僥倖、彼を拾ったのは成功だったな!もしや吾輩”あの者”のように先見の力を手に入れたのか?
待っていてください|美しい淑女(セニョリータ)もう直ぐ貴方のドルドーニがお傍に参りますよ~~。





さて、弟子に修行をつけてやった後はシャワータイムだ。汗臭いままでは女性に嫌われてしまうだろう?
さすがに此処はお見せするわけには行かない、いろんな意味でダメだからね。
では暫し失礼するよ。
まぁその間暇だろうから、吾輩の美声を聞きながらまっていてくれたまえ。

「ジャーーーン、ジャンジャジャン、ジャジャンジャーーン、フンフフンフーン、フフンハーーン、フフーっ!!痛い! シャンプーが目に! 目に入ってしまった!痛い!地味に痛い!染みる~! 百歩譲って痛いのはいいが地味なのはいや~~!!」


・・・・・・
・・・・
・・



やぁ、諸君お待たせしたね。
え? 目は大丈夫かだって? 何を言っているんだい、吾輩がシャンプーが目に入って悶えるなどという無様を曝すわけが無いじゃないかぁ。
吾輩いつもシャンプーハットを装着してシャワーを浴びるからね!ホントだからね!
・・・・・・まぁいい、これからは宮殿とその周辺の見回りだ。
こんな事は十刃の仕事ではなく従属官の仕事なのだが、あいにく吾輩に従属官は居ないのでね。
なぜかって? 男の従属官などむさ苦しいだけでダメさ!なら女性ならばどうか、と? チッ、チッ、チ、解っていないね。
女性を従属官などと縛りつけるなんて事は、吾輩の道に、紳士の行いに反するのさ。

覚えておきたまえ、女性は”縛る”ものでなく”愛でる”ものなのだよ。



「やぁ美しいお花(フロール)さん、今日も一段と美しい、どうだい吾輩とお茶でも・・・・・・」
「また会ったね、美しい小鳥(アーベ)ちゃん、日に二度も会うとはまさに奇跡としか言いようが無い、ということおで吾輩とお茶を・・・・・・」
「これは美しい子猫(ガート)ちゃん、気まぐれついでに吾輩とお茶・・・・・・」


・・・・・・言っておくがこれはあくまでコミュニケーションの一環だからね?
決してやましい気持ちがあるとか、綺麗な女性とお茶がしたいとか、お近づきになりたいとかそういう不純な動機からじゃないからね?
現に声を掛けた全ての女性から「ごめんなさい」って言われてるんだからね・・・・・・
しかし吾輩は諦めない! 第6十刃の地位を使えば女性を従わせる事もできる、だがそんなものは下衆の行いだ。
吾輩は紳士、力で従わせるなどという無粋は許容できるわけが無い。
あくまで女性のために生きる男! それが吾輩ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ!頑張れ吾輩! 負けるな吾輩!





さて見回りも終わった。
此処からは吾輩の鍛錬の時間なのだが・・・・・・
申し訳ないが此処から先を見せるわけには行かないのだ。
別に実力を隠したいだとか、秘密の特訓をしているだとか、そんな理由ではないのだが、駄目なのだ。
それは何故か、と? ふむ、では一つ訊こう。

君たちは白鳥という鳥を知っているかい? 白く、大きく、そして優雅な美しい鳥だ。
白い翼は光を浴び煌くように輝き、両翼を広げ空を飛ぶ姿は美しく、そしてどこか雄々しさすら感じさせる。
そして水に浮かぶその姿は、まさに”優雅”という言葉が具現したかのごときそれ、見るものを離さない、惹きつける様な魅力を感じさせるのだ。

だが知っているかい?
彼等はその優雅に水に浮かんだ姿と裏腹に、その水の下では必死にその足を動かしているのだ。
一見彼等は優雅そのものだろう、しかし、見えぬ位置では、水の下では必死にその水を掻き、沈まぬよう、そして溺れぬように足掻いているのだ、その必死さを微塵も見せずに、ね。

吾輩はそうありたいと思う。
努力する姿や、泥にまみれる姿が無様だとは言わない。
彼等にとっての”美しい姿”とは、我等にとっての”強き姿”と同義なのだよ。
強者は自分が如何に努力したという事を口には出さない、なぜならそれは当然の事なのだよ、やって当たり前、強くなるには、そして強いままで居るにはそれは当然なのだよ。
彼等白鳥にしてもそれは同じさ、水面下で足掻くのは当然の行為、その足を止めれば沈んでしまうのだ、深い深い水底へと、ね。
吾輩はまだ沈む訳にはいかんのでね、吾輩はあの者を待たねばいかんのだよ、あの者が目の前に来るその時まで、十刃の椅子に座り続けていなければならないのさ。

あの者は、グリムジョーは確実に強くなっている。
それなのに吾輩が弱くなっては話にならんだろう?血を吐くほどの鍛錬を重ねようとも、あの者の前ではそれを見せるわけにはいかない。
吾輩は師匠だからね、迫り来る弟子にそう易々と乗り越えられては面目が立たないさ。
あの者の前、いや、他の誰の前でも吾輩は常に華麗で優雅で在らなければいけない、それが吾輩の紳士たる道。

故に吾輩は白鳥のようでありたい。


さてそれではここまでだ。
吾輩の華麗で優雅な一日は此処まで。
ここからは吾輩の水面下の時間。
必死になって水を掻かねばいけない時間なので、ね。


あぁ一つ言い忘れていた。この話は、吾輩と君との秘密(セクレート)、だからね?









※あとがき

番外編なぞ書いてみました。
ある意味この小説の中で異彩を放つ存在、ドルドーニがメインです。
作者の思いつく限りのネタ、というか笑ってほしいポイントを入れてみました。
基本ウザいドルドーニ、でも真剣な部分もあるというのを表現できていればいいなぁ

グリムジョー弟子フラグはこんな具合でどうでしょうか?
押しかけ弟子ならぬ、押しかけ師匠。

2010.10.24















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.21
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:49
BLEACH El fuego no se apaga.21










放たれる圧倒的な霊圧、唯そこに立っているだけでその場は彼に支配され、誰もその男から視線を外す事ができなくなっていた。

集う視線の先にいる男、暗めの茶色い髪、黒い淵の眼鏡の奥、髪と同じ茶の瞳にこの上ない暗黒を宿し、一見柔和そうに見える笑みをその貌に貼り付け、しかしその笑みは優しさからくるものとは真逆の性質を持っていた。
破面達が纏う白い衣とは違う黒い着物、『死覇装』をその身に纏い、その上から白く裾の辺りに文様をあしらった羽織を着た男。
その姿は『人』、虚圏に住む虚のような化け物でなく、それでいて破面でもなく、現世の脆弱な人間でもなかった。
その男は『死神』、魂の調整者、そして虚と破面と敵対する者、しかしその男は破面にとって敵対する相手ではなかった。
なぜなら彼こそが破面という存在を生み出した張本人、彼らに破面化という更なる力を与えた彼らの創造主。
計り知れぬ霊圧と、底知れぬ頭脳と智謀をもって全てをその掌に納めんとする男。

『藍染惣右介(あいぜんそうすけ)』

尸魂界(ソウルソサエティ)と呼ばれる善なる霊が住まう世界においてその中心、瀞霊廷を守護する『護廷十三隊』、その『五番隊隊長』である死神。
しかしその一方で己が目的のため破面を組織し、その頂点に君臨する彼らの創造主である。
破面達を、それも彼らの頂点たる『十刃』をその眼下に納め、藍染は泰然とその場に立っていた。
そして、その中心で藍染の放った『鬼道』によって組み伏せられているネロへ、藍染が声を掛ける。

「本当に久しいね、ネロ。 君は第2宮から出てこないから顔を見れて嬉しいよ。」


そう口にした藍染の顔は依然として笑顔、傍から見たその笑顔は実に優しく、本当にネロに合えた事がうれしいといった風に見えた。
しかし、この藍染惣右介という男の本質からすればそれは明らかに上辺だけ、ネロという破面の組み伏せられた姿か、はたまた未だその拘束を外そうともがこうとする彼の姿に向けられたものか、もしかするとそれすら違うのかもしれない。
藍染の浮かべる笑み、それには圧倒的に感情というものが欠落していた。
そう、彼の浮かべる笑みは感情からくるものではなく、あくまでそういう”貌の形”をつくっている、というだけなのだろう。

この男、藍染惣右介にとって笑顔とは、実に有効な手段の一つでしかない。
この貌の形を作っていれば大抵の相手はそれだけで自分との距離が近付いたと誤認し、簡単に手の内を曝す、そして曝させる事も容易であるという事、親しさから来る彼からすれば理解不能な”無条件の信頼”というものを得やすく、またその信頼という不確かな関係に答えてやる事で相手は彼を更に深く信頼し、そして心酔していくのだ。
心酔、そしてそれは力無き者達にとっての『憧れ』へと姿を変える。
そうなれば後は簡単、ほんの少しの言葉の誘導と、彼に都合のいい情報だけを渡してやれば、『憧れの隊長』を疑うものなど居はしない。
あとは藍染の思うまま、まるで道化のように彼の掌で踊り、哀れにも壊れ消えていくのだ。

藍染惣右介にとって最も理解から遠い『憧れ』という感情を抱いたまま・・・・・・



そうして藍染の偽笑と言葉を向けられた破面、ネロは藍染の言葉など関係なく吼える。

「テメェ藍染! 邪魔すんじゃネェよ! こいつを解け!そして俺にあの女を殺させろ!!」


己の感情と衝動のみを完遂させるため、何とかもがこうとしながらも藍染に吼えるネロ。
彼を拘束する術、もがく事すら間々成らないそれは『鬼道(きどう)』という死神の術、主に攻撃に用いる『破道(はどう)』と、防御、捕縛等に用いる『縛道(ばくどう)』の二種の術体系から成るものの総称である。
そして破道、縛道とも一から九十九番までの術があり、数字が大きくなる毎にその威力は大きくなる。
ネロを拘束する術は『縛道の九十九”禁”』、縛道の最高位の術であり、『封殺型』と呼ばれる捕縛した相手をそのまま攻撃する事ができる縛道のなかでも珍しい”攻撃する縛道”である。
現在のネロはその封殺型の最終段階まで至った状態で拘束されていた、本来彼の頭上に出現した石柱により相手を圧殺、消滅させる術ではあるが、使用者である藍染の意思により、押し留める状態で待機させている。
しかし使用者の霊圧により威力を大きく左右される鬼道、そして今回ネロを拘束する縛道を使っているのは超絶的な霊圧を持った藍染、死神の使う最高位の術に藍染の霊圧が加わったそれは、ネロが独力で抜け出せるほど軟ではなかった。

「それは困るな・・・・・・ ハリベルは大事な十刃だ、もちろん君もだよ、ネロ。そして今、十刃に欠けは許されない・・・・・・時が来たのだよ。 長い間あの死神達の児戯に付き合ってきたがそれも終わりだ。天の時、地の利、人の輪、その全てが今私に揃いつつある。もう少しで全てが私の手に落ちてくるのだよ・・・・・・」


掌を上にし、前へと差し出すように伸ばす藍染。
それはもはや自分が動かずとも、その伸ばした掌に欲するものは落ちてくる、全ては綿密な計画の下、時を費やし、舞台を整え、欺き利用し、育てた道化達によってその掌へと運ばれてくる結実を、自分は摘み取れば済むだけという絶対の自信、それがその掌からは伺えた。

「そんなもの関係あるか! オレ様は! 今!あの女を殺したいんだよ!! 俺の指を斬り落としたあの女を!」

「困ったな・・・・・・ どうにか気を納めてはくれないかい?バラガン、君からもネロに落ち着くよう言ってくれ。」


時が来た、という藍染の言葉、しかしネロはそんなものに興味はないとハリベルを殺させろと喚き散らす。
そんなネロの姿に困ったと口にしながらも、実際そんな様子など微塵も見せない藍染。
そうして喚くネロを落ち着かせるようにと、藍染はバラガンという名の破面に話を振るった。

バラガンと呼ばれた老人の破面、彼こそ十刃の頂点である『第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)』”大帝”バラガン・ルイゼンバーンであった。
白い髪に髭、皺の刻まれた顔など見た目は確かに老人、しかし大きくどっしりとした体躯とそれに見合った強靭そうな筋肉に覆われた身体は、彼を唯の老人という区分に納めるのを躊躇わせる程のものだった。
頭部にはまるで王冠を模したかのような仮面の名残と、白地に黒い毛皮をあしらったコートを纏い、腕輪、そして腰に付けた飾りは豪奢で位の高さを伺わせ、眼光は非常に鋭く、左の顎、そして額から右目を潰すように奔った傷は数々の戦いの経験を物語り、強大な体躯、そして放たれる存在感と重みはまさに老将かはたまたそれ以上、”王たる者”の風格を存分に宿したその姿は、まさに十刃の頂点に相応しき者であった。

「なんじゃい。 ボスの霊圧で黙らせれば済む話じゃァないか、まったく・・・・・・ネロ!! お前もいい加減黙らんか! 駄々をこねる餓鬼じゃァあるまい!指の一本程度でギャァギャァ騒ぐな!! 」

「叔父貴は黙っててくれって言っただろ! あの女を殺さないと俺の気はおさまらネェ!!」


話を振られた方のバラガンは、藍染がまったく困っていない事などお見通しではあった。
しかし“一応”は自分達のボスという事になっている藍染の言葉と、何より目の前で喚き散らすネロに業を煮やしたのか、ネロを黙らせようとする。
しかしそのバラガンの言葉も興奮した様子のネロには届かず、ネロはバラガンの言葉を聞き届けなかった。
そのネロの反論、それを聞いたバラガンの額やコメカミに幾本もの青筋が走り、直後玉座の間が揺れるほどの大音量が発生した。

「この・・・ 馬鹿垂れがぁぁぁあああ!!!いいか! これは儂の“命令”じゃ! 反論は許さん!大人しくしろ悪餓鬼めが!!!」


発せられたその大音量、怒気を存分に含んだそれが辺りに木霊し、玉座の間を満たす。
それを直接に向けられたネロはもとより、周りにいた十刃達すら顔をしかめ、中には大げさに耳を塞ぐ仕草をする者までいたが、藍染だけは以前その貌の形を崩さなかった。
明らかなバラガンの怒りを見せられ、さすがのネロも自分の置かれた状況がまずいとものだと漸く判断したのか、もがこうとするのを止め大人しくなる。

「チッ! ・・・・・・わかった、悪かったよ叔父貴。叔父貴の顔に免じて暴れるのは止めてやる、感謝しろ藍染。」

「あぁ。 わかっているよ、ネロ。」


バラガンに一喝され遂に暴れるのは止めるというネロ。
しかしその藍染に対する物言いは未だ上から、あくまで傲岸不遜、自らの創造主ともいえる藍染に礼をとらぬその態度は不敬とも言えるものだったが、藍染はそれすら許容しているかのようにネロに対して礼を言う。

バラガンの言葉には従い、藍染には不遜な態度をとる、それはネロの中では藍染よりもバラガンの方が強いという思いがあるからだった。
ネロはバラガンのその圧倒的なまでの殺戮能力を知っている、如何な最強たる自分の力をもってしても敵わないほど圧倒的な力、バラガンがそれを有しているが故にネロはバラガンだけには従うのだ。

彼が、ネロが信じるものが”殺戮の力”であるが故に。

しかし少なくともネロの中での藍染は違った。
戦闘、殺戮の能力よりも目を引くのはその言葉、相手を唆し、操り、陥れて斃すような詐術の類、そればかりがネロの目には映る。
それは彼にしてみれば裏でこそこそと動く鼠の様で、それが自分達の創造主であり頂点に立つ者であると彼は認められなかったのだ。
故にネロは例え藍染の術で地に這い蹲らされようとも、その傲岸不遜な態度を崩さなかった。





ネロが藍染によって拘束され、バラガンにより一喝されている後ろでハリベルは、手に持った斬魄刀を鞘へと戻し抱えていたフェルナンドを両手で床へとそっと下ろしていた。
みれば床へと横たえたフェルナンドの身体は傷だらけ、そして幾度も打ち付けられた頭部からは大量の出血が見て取れた。

(すまなかったフェルナンド・・・・・・ 本来ならば私がしなければいけない事を・・・・・・そうすればこんなにボロボロになる必要もなかったろうに・・・・・・)


意識を失い横たわるフェルナンドの姿は、本来ならば自分がなっていたかも知れない、いや、なっていなければいけない姿であるとハリベルはその白い死覇装と仮面によって隠された唇を強く噛む。
フェルナンドの出血は確かに多く、己の霊圧によって傷ついてはいるが幸い、と言っていいのか命の危機とまで至っていないのがハリベルの唯一の救いだった。
そんな彼女に正面から近寄ってきた人影が声を掛ける。

「少年(ニーニョ)は・・・無事、なようですな、美しい淑女(セニョリータ)。まったくもって少年も無茶をする・・・・・・よりによって彼に手を出すとは・・・だが女性を助けるために体を張るとはやはり見所がありますな・・・・・・」

「貴様、ドルドーニか・・・・・・」


正面から近付いて来たのは、何時ぞやフェルナンドとグリムジョーの戦いの折に現れた第6十刃、ドルドーニであった。
彼は横たわるフェルナンドの姿を確認し、一応無事であると確認するとどこか安堵の表情を浮かべハリベルに話しかけた。
十刃クラスともなれば得手不得手はあるにしても、離れた戦場の戦いを大まかにではあるがその探査回路を用いて知る事ができる。
ドルドーニはそれほど探査回路の扱いは得意ではないが、掴んだ霊圧の揺れは一つは明らかにネロのものと判り、それに三つの覚えのない霊圧がぶつかり、更にその後つい最近見知ったばかりの霊圧、フェルナンドの霊圧がぶつかったのは判っていた。
そうして玉座の間に入った瞬間、壁際に投げ出されるようにして倒れる三体の女性と、傷つきハリベルに抱えられるフェルナンドの姿を見てドルドーニは全てを悟ったのだった。

「理由はわかりませんが、少年(ニーニョ)のとった行動は無謀、であると同時に尊いものだと吾輩は思いますぞ。師として誇っていい。」


ドルドーニがハリベルに言葉をかけるが、その言葉に彼女は首を横に振る。

「誇れるものか・・・・・・ 私の愚かさをコレは見抜き、その犠牲となるところだったのだ。私はコレに教えられてばかりだ・・・・・・」

「・・・・・・ならば尚のこと誇るべきでしょう。少年がそうなったのもまた、貴方が師であったからなのだから・・・・・・」


ドルドーニはフェルナンドの行動は無謀であるが、尊くもあるとハリベルに語る。
どう足掻こうとも勝てる相手ではない、しかしその相手を前に己を、己の意思を貫くために挑む事は尊くもあり、同時にそれは彼の師として誇ってもいいことではないか、と。
だがそれを否定するハリベル、しかしドルドーニはそれすらも誇れと、フェルナンドが起こした行動、ハリベルの言う愚かさを見抜いた事実、それは彼の成長の証でも在りそれは師であるハリベルが彼に齎した変化、彼の師であるのならば彼の成長は誇ってやるべきだ、と。
だがそのドルドーニの言葉を否定する言葉が、ドルドーニの後ろから放たれる。



「無意味な・・・・・・ あまりにも無意味だ、その少年は・・・・・・」



「どういう事ですかな? 第5十刃(クイント・エスパーダ)アベル・ライネス殿・・・・・・」


ドルドーニの後ろから放たれた言葉は、傷つき倒れているフェルナンドを全否定する言葉だった。
それにドルドーニが言葉を返す、その声は常の彼に似合わずどこか硬い響きを宿していた。

「第3十刃の従属官達が第2十刃に殺されそうになっているのを、その少年は無意味にも助けようとした。勝てぬ相手に挑むのは無意味だ、戦いは勝てねば無意味なのだ、意思、誇り、他が為の戦い、そんな着飾るだけの不確かなもののために戦うのは無意味極まりない。あの状況での正しい選択は“従属官達を諦める”事だ、そうすればその少年は無意味に傷を負う事などなかった。」


あまりにも冷徹に冷淡に言い放たれる言葉、それを言い放った人物こそ第5十刃『アベル・ライネス』であった。
アベル・ライネスという破面を一目見た時、まず目に付くのはその仮面だろう。
両の目を隠し、鼻先へ向かって鳥の嘴の如く尖る様に前へと伸びたその仮面には、抽象的に描かれた”目”が仮面の先端を基点に四つ放射状に並んでいる。
目が隠れているためアベルからこちらを見ることは出来ない、出来ないはずなのだが何故か見透かされたような、或いはただの仮面の文様たる四つの”目”がこちらを見ているかのような錯覚に陥る、そんな不快感を見るものに与えていた。
髪は黒く短めで先端が跳ね上がり襟足だけが長く伸びており、背丈はそれほど高くなく、しかし足元までを覆い隠す袖付きの外套の様な白い死覇装を着込んでいる為、その身体つきまでは定かではなかった。

「ほ~う。 あのお嬢さん(エッラーダ)方は美しい淑女(セニョリータ)の従属官でしたか・・・・・・さすがは“千里眼”ですな、良く“視えて”いらっしゃる。しかし無意味・・・ですか・・・・・・ だが現に少年(ニーニョ)は傷つきながらもお嬢さん方を救っている。それすらも無意味と仰るのか?」

「それは結果論に過ぎない、第6十刃。 私はその少年の行動自体が無意味だと言っている。」

「あの娘達を救ったフェルナンドの行動の何処が無意味だというのだ!」


自分と同じように衆議に列席していたにも拘らず、まるでこの事態を眼前で目撃したかのように詳細を知っているようなアベルに、ドルドーニは感心したような風で二、三回手を叩く。
だがアベルの無意味という発言が彼の中で引っ掛かったのか、フェルナンドは自らがネロの前に立つ事でアパッチ等ハリベルの従属官を救った事になるのではないか、とアベルに問う。

しかしアベルはそれを一刀の元に切り捨てた。
確かにそうかもしれない、フェルナンドの介入で彼女等は救われはした。
しかしそれはあくまでも結果的にそうなった、というだけの話であり、そもそもアベル自身はそのフェルナンドがとった行動そのものが無意味だとドルドーニに答えるが、その発言に噛み付いたのはドルドーニではなくハリベルだった。

「らしくないな、第3十刃。 激昂か・・・・・・自分に向けるべきそれを私に向けないで貰いたい。 そもそもその少年が無意味に傷ついた原因は貴方だろう? 」

「クッ・・・・・・」


無意味であると、これほどまでに傷ついたフェルナンドの行為が無意味であると、そう言われてハリベルは黙っている事ができなかった。
常の彼女らしからぬ感情の昂ぶり、自分でもそれを押さえ切れなかったのだろうか、それとも自分に対する怒りすらその昂ぶりに乗せて吐き出してしまいたかったのか、アベルへとハリベルは声を荒げていた。
しかしアベルはまるでハリベルの感情すら見透かしたように淡々と、屑々と、まるでハリベルの激昴など気にも留めない様子で返す。
そして返された言葉はあまりにも客観的、それを受けたハリベルは己の拳を握り、黙るしかなかった。

「私が無意味だ、と言ったのはそもそも格上である第2十刃に挑んだその少年の浅はかさだ。 偶々運よく攻撃が当たっただけ、運よく第2十刃の霊圧解放で従属官等が吹き飛び、結果運よく離脱したというだけ、俯瞰で見れば先の一件はそんなものだ。 偶然の産物、勝機もそれに至る道筋もなにもかもがないまま戦いに挑む事を、無意味と言わずになんと言えというのだ? 貴方達は。」


淡々と告げられる事実、危うい中繋いだ命、それがアベルが認識する現状のフェルナンドの姿だった。
最初の一撃は避けられたかもしれない、ネロの霊圧解放でそのまま死んでいたかもしれない、弾かれた先が安全だとは限らない。
そのどれもがありえたかも知れない”もしも”の可能性、ただ助けると飛び出したフェルナンドの行いはアベルから見れば無意味で無謀なだけだった、と言う事なのだろう。

「言いたい事はわかりましたよアベル殿。 ・・・・・・まぁ少年もお嬢さん方も助かったのだから良いではありませんか。 それよりも、やはりすごいものですなその”千里眼”は、それとも今回の事は”先見”で知っておられたか? いやなに吾輩つい最近”先見”でもしたかのような拾物をしたのに気がつきましてそもそもあれは初めて美しい淑女にお会い・・・・・・・・・・・・」


アベルの言はドルドーニにも理解できた、そのあまりに事実と事象を客観的に分析したそれは相手に否応無しでその無謀さを突きつけるのだ。
そうして暗くなりそうだった場をなんとか持ち直そうとドルドーニが矢継ぎ早に話し続ける。
それは彼なりのハリベル気遣いだったのだろう。
そうして話しながらもドルドーニは思う、確かに客観的な事実だけを見ればフェルナンドの行為は無駄だったのかもしれない、しかし、その行動に至ったまでの感情と、その感情を持つまでの成長は決して間違いではないと、無意味ではないとも彼は感じていたのであった。






バラガンの一喝によりネロは暴れるのを止める。
そうしてその様子を確認した藍染が下げていた手を軽く振る、するとネロの上に鎮座していた巨大な石柱や彼を拘束していた布や帯は、その霊子の結合が解かれ、はらはらと霧散し、消えていった。
そうして拘束具から抜け出したネロは立ち上がると、肩を回すようにしながら首をゴキゴキと鳴らしながら藍染を見上げる。

「大事無いかい?ネロ。 急だったものだからあまり“加減して”あげる事ができなかった、悪かったね。」


自身の術による拘束から抜け出したネロを気遣う素振りを見せる藍染。
相変わらずの形を保った貌とその見え透いた言葉に、ネロは一つ舌打ちをした。
暴虐極まり、己の欲望のみを優先するネロの在り方から考えれば、これほどあっさりとした終わりもない。
それはある意味ありえない事、いくらバラガンの命令といえどこれほど簡単にネロは引き下がるだろうか、何者よりもその強さへの自負に溢れる彼が斬られてそう簡単に抜き放った暴刃を納められるだろうか、その一分の疑念、そしてやはりその疑念は現実のものとなる。

「まぁ叔父貴の命令だ、此処で“暴れるのは”止めてやる。だがなぁ・・・・・・ あの女を殺すのは別だぜ?藍染!!」


上からの物言いで在りながら不承不承といった風でこの場で暴れるのは止めると言うネロ。
しかし間を置いて続けられた言葉は、彼がなんら諦めていない事を如実に物語っていた。

一直線にハリベルへと向かうネロ。
あくまでその場で暴れるのは止めたが、ハリベルを殺すという行為自体を止めるとは言っていないと、嬉々としてハリベルへと突撃する。
それが暴れている、という事なのだが彼にそれを考える理性が今はない。
そのネロの姿に誰もが一瞬対応に遅れる、驚き、呆れ、諦め、傍観、そういった感情が飛び交う広間にあってハリベルだけはネロの暴走を捉えていた。
拘束されたからといって相手から注意を逸らす、などという愚行をハリベルがするはずもない。
予想外の感情の揺れはあったがギリギリ許容の範囲内、もとよりあの程度でネロを逃す心算などハリベルには欠片もなかった。
ネロが挑んでくるというのならばそれはハリベルにとって望むところなのだ。
ハリベルへと迫るネロ、迎え撃つハリベルは素早く斬魄刀を抜き放ちフェルナンドを背にして立つ、しかしその上位十刃同士の激突という前代未聞の状況は、思いもよらぬ一撃によって遮られた。



ネロを迎え撃とうと構えるハリベル、霊圧を高め激突の瞬間へと備える彼女の感覚を何かが掠めた。
刹那の出来事、それが何なのかとハリベルが思った瞬間、眼前から迫っていたはずのネロが轟音と共に床へと叩きつけられていた。
一瞬何が起こったのか判らなかったハリベル、しかし次の瞬間にはネロが叩きつけられている理由を、彼女は驚愕と共に理解していた。
叩きつけられたネロの前に立つのはハリベルが良く見知った紅い霊圧、先程まで意識を失い自分の後ろに横たわっているはずの人物、フェルナンドであった。

「少年(ニーニョ)!? 一体何が起こったというのだ・・・・・・」


ドルドーニは突然倒れたネロと、その前に立つフェルナンドの姿に驚きを隠せなかった。
つい先程までハリベルの後ろにいたはずの彼が彼女の前、ネロを叩き伏せて立っている。
そしてその瞬間も、どうやって其処に現れたのかもドルドーニは捉えきれていなかった。

「上空に跳び上がり落下と霊圧の解放の威力を乗せた踵落としを第2十刃の頭頂部に叩き込んだ・・・か。・・・・・・しかしこの霊圧・・・・・・あの少年、無意味にその命を散らした・・・か・・・・・・」


ドルドーニと違いアベルはその“特異性”によってフェルナンドの動きをほぼ完璧に捉えていた。
アベルの言う通りフェルナンドは上空へと跳び上がると、落下の勢いを乗せた踵落としをネロの頭部へと叩き込んでいたのだ。
まったく予想だにしない強力な攻撃によってネロは床へと叩きつけられ、床に顔をめり込ませる。
そしてフェルナンドを捉え切ったアベルは、そのフェルナンドの放つ霊圧を“視て”彼の死を予見していた。

「クソデブが・・・・・・ 好き放題殴りやがって・・・・・・それに、この女を殺すだぁ?・・・・・・ふざけんじゃねぇ・・・ふざけんじゃねぇぞ・・・・・・殺してやる・・・骨すら残さねぇ。 テメェの薄汚ねぇ存在そのものを消してやる・・・・・・」


フェルナンドはどこか様子がおかしかった。
常の彼以上の強い言葉を使い、なにより放たれている霊圧は異常極まりないほど強大なものだった。
全力の更に上、常軌を逸した量の霊圧を放つフェルナンド、しかしそれは彼にとって”死”を意味するほどの量だった。
流れ出ていた血はその霊圧の奔流によって蒸発し、傷は広がり、其処から流れる血もまた直ぐに蒸発してしまうほどの密度と熱を持ったその霊圧。
頭部に受けたダメージにより、彼の肉体が、そして無意識の精神が致死に至らぬよう押さえていた霊圧解放の箍、それが外れた事により流れ出した、フェルナンドの身体が受けきる事ができない程の爆発的霊圧によりフェルナンドは“一時的”にネロに対抗できるだけの力を得たのだ。

例えそれが生命を燃やし尽くす所業であったとしても。

そうしてネロを叩き伏せたフェルナンド、しかしそれだけでフェルナンドは止まらなかった。
そのまま攻撃を仕掛けるのかと思いきやそうはせず、代わりにその腰の後ろに回した鉈のような斬魄刀に手をかけた。

「ッ! 止めろフェルナンド!! それはお前には“まだ早すぎる”!!」


刀に手をかけるフェルナンドの姿を見て明らかに動揺するハリベル。
動揺と言うよりは焦りを色濃く見せるハリベル、彼女は知っているのだ、フェルナンドがその斬魄刀に手をかける事の意味を。
フェルナンドに刀を扱う”才”は無い、その彼が斬魄刀を抜こうとする理由など他には一つしかないのだ。

『刀剣解放』

刀の形に閉じ込めた己の力の核を、再び肉体に宿す破面としての真の戦闘形態の解放、今フェルナンドが行おうとしているのはそれなのだ。
しかし現状傷つき、何より未だ不完全であるフェルナンドの肉体では、己の力の核を受け止める事などできない。
もし今のまま解放すれば、逆に己の核の膨大な霊圧に肉体が耐え切れず、肉体の方が消滅してしまうだろう。
それが判っているハリベルは必死にフェルナンドを止めるよう声を張り上げ、彼の元へと駆ける。
しかしフェルナンドは止まらない。

「この女はな! この俺が殺すんだよ!! 他の誰にもこの女は渡さねぇ!! ポッと出がぁ・・・横から出てきて邪魔するな! テメェにこの女は殺させ無ぇ!!」


精神の箍が外れたフェルナンドは叫びながら斬魄刀を抜き放ち、逆手に持ったそれを頭上高く掲げる。
ハリベルは間に合わない、彼女が止めるよりも早くフェルナンドはその終焉の力を解き放ってしまう。
それでもハリベルは駆ける、こんなことで失うにはあまりにも惜しい才能、そしてそれ以上に『仲間』を失いたくないという思いが彼女を走らせる。
だが無情にもそのときは訪れた。

「『刻(きざ)めぇぇぇええ!! ヘ・・・リォ・・・・・ゥ・・・ぁ?・・・・・・・・・・・」


まさに今、フェルナンドがもう一人の自分の名を呼ぼうとする瞬間、ハリベルより早くフェルナンドの下へ辿り着いた者が居た。
その何者かがフェルナンドに自分の懐から出した小瓶に入った液体をかける、するとフェルナンドは一瞬のうちに意識を失い、背後に立ったその男に受け止められるように倒れてしまった。

「あららぁ~。この坊(ぼん)ホンマぼろぼろやわ、無茶しよるなぁ。」


倒れるフェルナンドを受け止める男、緊迫した雰囲気の中その男は飄々とし、その場の空気にそぐわない存在に見えた。
白よりも銀色に近い髪をしたその男、藍染と同じ黒い着物に此方は袖のない羽織を纏い、藍染とは違う種類の薄笑いを浮かべるその男。

『市丸ギン』という名のその男によって、この場は終着を見ようとしていた・・・・・・







蛇の毒が命を救う

匣は閉ざされた

そして罅は砕け

不死鳥が現れる












[18582] BLEACH El fuego no se apaga.22
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2011/01/10 17:24
BLEACH El fuego no se apaga.22










黄金の女神と緋色の暴君の激突は、紅い鬼童子によって阻まれた。
激情の中、紅い鬼童子はその命を燃やし尽すかの如く振舞う。
行先は”死”、しかし赤い鬼童子はそれを躊躇わない。
その凶行を止めたのは、銀色の蛇が持つ毒だった・・・・・・




「いやぁ~、ホンマに無茶しよる坊(ぼん)やなぁ~。2番サンに君が勝てる訳ないやんか。」

気を失ったかのようなフェルナンド、血だらけの彼の身体をその両肩を掴んで支えるようにしながら、まるで世間話でもしているかのような気軽さでその男は喋っていた。
目を引くのはやはりその髪の色、若者の外見にそぐわない白色の髪、いや、白色というより寧ろ銀色に近いそれは目元を多少隠す程度の長さで整えられ、光の反射によって一層際立って見えた。
着ているのは黒い着物、刀ではなく何故か脇差のみをその腰に挿し、そして袖は無いが藍染と同じ白の羽織を纏い、そしてその羽織の背中には『三』の文字が染め上げられていた。
糸の様に細められた目と持ち上げられた口角、男が現れてから常に浮かべているのは藍染と同じような笑み、しかしこの男の笑みは藍染の"笑み"とは違い意図的に作られたというよりは、もっと別のような。
覆い隠すのではなくそれ以外を知らない、というような印象を見る者に与えるその男。

彼の名は『市丸 ギン』

破面ではなく『死神』であり、藍染と同じ『護廷十三隊』においてその『三番隊隊長』を務め、なにより藍染自身がその”才能”を見つけ出し部下とした麒麟児であり、言うなれば藍染の右腕、矛盾と誤解を承知で言うのならば藍染惣右介がもっとも”信”を置いている人物であった。


「すんません藍染隊長、勝手に割って入ってもうて。チラっとしか見てへんけど、なんやオモロそうな坊やからこのまま死なすんは、どうにも惜しくなってしまって・・・・・・」


フェルナンドの肩を支えたまま、玉座から見下ろす藍染にダラリと頭を下げるギン。
”面白そう”、ギンがフェルナンドの自身の命を無視した凶行を止めた理由はそれだけだった。






藍染より一足先に玉座の間へと着いていたギンは、玉座の後ろにある通路の出入り口に寄り掛かりながら今回の事の一部始終を見ていたのだ。
三体の破面が圧倒的な暴力の前になす術なく曝され続ける、それを見ていたギンが何を思ったのかは定かではない。
ただその圧倒的な暴力を振るう破面、第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンが振り上げた拳を見たギンは唯、「終わりやな・・・・・・」と小さく呟いていた。
それが振り下ろされるのは時間の問題、そしてそう間を置かずして三体全てが死ぬだろうと予想し、ギンはその場を去ろうと踵を返す。

しかし、今まさに振り返らんとしたギンの視界の端が捉えた光景は、彼の想像の斜め上をいっていた。
拳を振り上げたネロの顔目掛けて、小さな破面が蹴りを叩き込んだのだ。

「ハ?」

思わず零れた呟きは、ギンの心境を如実に物語っていた。
仮にもネロは第2十刃、それに単身挑みかかるその小さな破面、そして何よりその行動が、ギンには今まさに死に瀕していた三体の破面を救おうとしているかのようにも見えた。
破面同士の繋がりとは”力の上下”のみなのだと考えていたギンにとって、その光景はあまりに予想外だった。
力無き者は淘汰される、そんな破面の世界にあってその小さな破面がとった行動はあまりに異常だった。
それ故ギンは通路の奥に向いていた足を止め、広間の方へと向き直る。

そして広場でネロの顔を蹴った小さな破面は高らかに、そして明らかに挑発するように言葉を紡いでいた。
見上げるほど大きな相手を見下すように、”「ようクソデブ。動かねぇコイツ等とやってもつまらねぇだろ?俺が相手をしてやるからかかって来いよ。」”と。

「なんやオモロそうな坊(ぼん)やなぁ~」


発せられたその言葉が全てを物語っていた。
その姿を見たギンの口角が常よりも更につりあがる。
それ以外知らない貌に更に喜色の度合いを増した笑みを浮かべ、眼下の小さな破面を見つめるギンの姿が其処にあった。






そうして小さな破面フェルナンドに興味を持ったギンは、そのフェルナンドの命の危機とも呼べる状況を打開した。
彼が誰よりも早くフェルナンドの下に駆け付けたのは、なにも速かったという訳ではなく、ただフェルナンドから目を離していなかったという事が大きい。
誰もがハリベルとネロの激突に意識が向く中で、ギンだけはそれよりもフェルナンドを見ていたのだ。
だがそれは心配というよりは寧ろ期待、あれで終わりか?もっとないのか? というギンの興味の視線が結果誰よりも早くフェルナンドの動きを気付かせ、誰よりも速く動き出す事ができた、というだけの事だった。

「いいんだ。 そんな事で君を咎めはしないよ、ギン。寧ろ止めてくれた事を感謝するよ、その彼はいろいろと”特別”だからね。」


謝罪するギンに対し藍染はそんなものは必要ないと答え、それよりもそのギンの行動に感謝するぐらいだ、と言った。
”特別”、藍染の口から零れたその言葉の意味とは何か、それはまだ定かではなく、それすらもこの藍染惣右介という男の詐術という可能性を多分に含んでいた。

「そんなら良かった。 そしたら坊は治療s・・・って、危ないなぁ、いきなり。」


藍染の許しの言葉にギンは下げていた頭を勢い良く上げ、そんな事などあったかといった雰囲気で飄々と振舞っていた。
そしてボロボロのまま気を失っているフェルナンドを治療させようとしたギンだが、その彼の首目掛けて閃光が奔った。
それは刀による一撃、ギンはそれを避けるとその一撃を放った者に先程と同じ、飄々とした雰囲気のまま話しかける。
咄嗟の事でフェルナンドの肩を放してしまったギン、そのまま床へと崩れるかと思われたフェルナンドの身体はその刀の一撃を放った者にしっかりと抱き止められていた。

「貴様・・・・・・ 市丸。 一体フェルナンドに何をした・・・・・・」


フェルナンドを抱きとめているのはハリベルだった。
刀を構え、その切っ先をギンへと向けたまま語る彼女の言葉には、明らかな怒気が含まれていた。
それもそうだろう、目の前で失われるはずだった彼女の『仲間』、解放によって死ぬ事はなかったがギンの行動によってまるで”死んだかのように”倒れた彼の姿を目にして、ハリベルは平静ではいられなかったのだ。

「なにすんねや4番サ・・・・・・あぁそうやった、今は3番サンやったね。 昇位しはったんやろ?僕も三番なんや、同じ三番同士仲良うしような?」

「そんな事はどうでもいい。 何をしたと聞いている・・・・・・」


そうして隠さず怒りを向けるハリベルに、ギンはやはり飄々と、向けられたその感情に気が付かないような素振りで、そして今し方彼女がその手に持つ斬魄刀ハリベルによって、自分の首を落としに来た事すらなかった事のように振舞う。
そうしてどこか掴み所の無いギンを前に、しかしハリベルはその雰囲気に流される事なく彼がフェルナンドに、自分の『仲間』に何をしたのかと問いただした。

「そんな事って・・・つれへんなぁ~。 ま、ええわ。何をした、言われても坊(ぼん)が大分危なそうやったから”この薬”をつこうたんや。『穿点』ゆう死神の薬でな、ホンマなら一滴で充分なんやけど君ら破面(アランカル)にちゃんと効くか判らへんかったから、一瓶まるごとつこたんや。効果は・・・ まぁ見ての通りやな。」


硬く、警戒を解かないハリベル、そんな彼女の様子を見て残念そうに肩を落とすギン。
しかしそれも束の間、未だ刀を向けるハリベルにギンはその懐から、彼の掌に収まるほど小さな薬瓶を取り出しハリベルへと見せる。

『穿点』、そう呼ばれたその薬瓶の中身、それは死神が用いる薬だと説明するギン。
穿点と呼ばれる薬は本来は一種の麻酔薬であり、液状でなく揮発させ、気体として吸入させて手術などの治療の際の麻酔として使用する薬である。
しかし皮膚などから液体のまま吸収した場合その者の体内での霊子の運動に過度に作用し、霊子の運動は急激に低下、その霊子の変化に伴い大抵の者は一滴皮膚に付着しただけで、卒倒してしまうほど強力な薬でもあった。

それを一瓶まるごとフェルナンドに使ったというギン。
本来一滴で卒倒するほど強力な薬を一瓶使い切る、というのは危険な行為ではあった。
しかし死神と似通っているといっても元は虚である破面達、本当に穿点が、死神の薬が効くという保障は無く、急を要する状態であったフェルナンドを止める為止む無く一瓶全てを使用したのだった。

「・・・・・・ 無事、なのだな?」

「心配せんでエエよ、ただ気を失ってるだけや。どっちかゆうたらそのボロボロの身体の方が危ないわ、はよう治療せんと僕が助けた意味なくなってまうで。」


ギンに対し、フェルナンドは無事なのかと確認するハリベル。
ギンが使った薬や、その効果などハリベルにとっては本当はどうでもいい事だった。
本当に彼女がその感情を顕にしてまで知りたかった事、気がかりだった事は、フェルナンドが無事なのかどうか唯それだけだった。
『仲間』というものを再確認した彼女にとって、今一度、目の前でそれを失うのは耐えられない事であった故に。
そうしてフェルナンドの無事を確認するハリベルに対しギンが返した答えは肯定。
それを聞いたハリベルは、ギンに向けていた斬魄刀を下ろし背に背負った鞘へと器用に納めた。

「そうか・・・・・・ 刀を向けた事は詫びよう。コレが世話になった。」


意識の無いフェルナンドを支えるようにしながら、ハリベルがギンへと頭を下げる。
ギンのほうはそのハリベルの姿を見てどこか謙遜したような風で軽く手を振ってそれを止めさせた。

「ええって、僕がすきでやった事やから。 その坊オモロそうやんか、こんなしょうもない事で死なれたらつまらんやろ?」


そう言ってハリベルに笑顔で語りかけるギン、本当にただ面白そうだから助けたというだけの理由で彼はフェルナンドの命を救ったのだった。
フェルナンドが、そしてギンが割って入った事によってネロとハリベルの戦いは回避された・・・・・・かのように見えた。
ハリベルに最早戦う気はなく、フェルナンドは意識を失い、もとよりギンは二人の戦いなどどうでも良かった。


だが一人、屈辱と怒りとその傲慢なまでの自尊心によって今にも爆発してしまいそうな男がいた。

「しょうもない事だと? オレ様を蹴ったならいざ知らず、オレ様の指を斬ったならいざ知らず、この”神”たるオレ様の頭を二度も足蹴にしたその小蠅の行為がしょうもない事だと?ゲハハ、そうか・・・・・・ お前等全員、よっぽど死にたいらしい・・・・・・なら死ね・・・今死ね・・・直ぐに死ね・・・・・・今、此処で、死に絶えやがれ!ゴミ共がぁあアァァあアア!!ウオォォォオァァアアァアァアアアア!!!』


床に叩きつけられた、というあまりに予想外の出来事によって今まで沈黙していたネロが一気に起き上がり、喚き散らし咆哮した。
彼にとってそれはありえない事、”神”たる自分の上からその頭を踏みつけるかのごとき攻撃が降ってきたのだ。
目の前の獲物であるハリベルへと集中していたネロは、その振ってきた二対の踵に気付く事ができず、結果その頭頂部に直撃を許してしまった。

そしてそれは彼に理性を放棄させるのに充分たる出来事であった。
ネロにとって最早フェルナンドが、ハリベルがという問題ではなくなっていた、目に映る全てが彼にとって殺すべき愚者にしか映らなくなっていたのだ。
そうして最も手近にいるギンへと拳を奔らせるネロ。
しかしギンの方はそれを避ける素振りすら見せず、相変わらずの笑顔のまま一言、小さく呟いた。

「あんまり”オイタ”が過ぎると怒られてまうで?」


小さく、けれど周りにいる者にしっかりと聞こえたその呟き、それはネロに宛てたものか、それとも彼が単に思った事を口にしただけなのか。
しかしその呟き程度でネロは止まるはずも無く、奔る拳はギンへと吸い込まれていく。
小さな呟きはそのまま彼の遺言となってしまうかに思えた、しかし次の瞬間その呟きに答える者がいた。



「その通りだ。 少々目に余るな、ネロ。」



静かながらも威厳に満ちたその声、それと同時に暴れまわるネロの胸の前、正確には彼の胸に空いた孔の前に指の先程の小さな正方形が現れた。
現れた正方形、そして変化は劇的に訪れる。
その小さな正方形が四方へと瞬時に弾けたのだ、弾け、膨大な光を発しながら広がるそれは光の帯となり、眩く発光する帯びの表と対照的にその裏側はその光を吸い込むかのごとき暗黒だった。
四方へと広がった帯はその方向性を一方向に、ネロの方へと揃え彼を幾重にも包み込むように覆い隠す。
光と闇の帯び、それに包まれていくネロ、そして包まれていく彼の姿は次第にその場の景色と同化していき、まるで断末魔のような叫びだけを残し最後にはネロの姿はなくなっていた。

静まり返る広間、その静けさは叫びが聞こえなくなったせいか、それともネロという暴虐の徒が消えてしまった事への驚きか、そうして静まり返る広間の破面たちの視線が注がれる先は、玉座に座りながら片腕を軽く前に出している藍染の姿だった。

「藍染様、アレは・・・・・・」


そうしてその場にいる全ての者の疑問を代弁するかのように、緑の瞳と雪の肌をもった破面、ウルキオラが藍染に問いかけた。
その問に藍染は然も無い事のように答える。

「あぁ、アレは君たちも知っている『反膜の匪(カハ・ネガシオン)』だよ、ウルキオラ。といっても君達十刃に渡している物とは少し違う、通常の反膜の匪は一つの閉次元に対象を幽閉するのだけれど、アレは"連続した"閉次元に対象を幽閉するんだ。一つ閉次元を破った先にはまた違う閉次元が、その先にもまた、といった具合に閉鎖された次元を意図的に捻り。連環状に並べ、更にそれ自体も閉じている、という事さ。言うなれば『連反膜の匪(カハ・ネガシオン・アタール)』と言ったところかな。」


そうしてウルキオラの問に答える藍染。
『反膜の匪』というのは藍染が十刃それぞれに与えた物であり、その用途は部下の処罰に使用するための道具だ。
対象の霊体を永久的に閉次元に幽閉することが出来るこの匪、数字持ちクラスではその閉次元から抜け出す事はかなわず、かといって霊体である彼等は霊子の濃い場所では呼吸するだけで存在し続けられる、故に餓えて死ぬことも無く永遠に閉じ込め続けられるのだ。
しかし反膜の匪は部下の処罰用に造られた側面が大きく、それ以上の霊圧を持つ十刃クラスへの使用は考慮されていない、故に対象の霊圧如何では自力で抜け出す事も可能なのだ。

しかし今回藍染がネロに対して使った『連反膜の匪』は違う。
十刃クラスたるネロならば、2~3時間で通常の反膜の匪の閉次元を破り、抜け出してしまうだろう。
だがその抜け出した先がまた閉次元なら、それを抜けた先もまた同じ、その先も、その先も、その先も、と連続して続く閉次元に閉じ込められたとしたらどうだろう、その全てを破壊し抜け出すというのは、現実的に不可能に近いのではないだろうか。
それこそが連反膜の匪の特異性なのだ、そしてその特異性は同時に一つの事実を物語る。

藍染はその意思一つで、十刃を永遠に幽閉する事が可能である、と。

「一つ宜しいでしょうか藍染様。 第2十刃殿は永遠に閉次元に囚われる、という事でしょうか。それでは十刃に空席が生まれるのでは?」


藍染の説明に対して一人の十刃が質問を投げかける。
髑髏の耳飾と首飾り、頭頂部にとげのような仮面の名残を残した浅黒い肌の大男、角張った顎に黒い仮面紋が奔り、眉は無く厚めの唇、服の上からでもわかる筋肉質な体形、後ろ手に腕を組みその手に斬魄刀を握ったまま藍染へと正対するその男は、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)『ゾマリ・ルルー』だった。

「心配は要らないよ。 ”鍵”さえあればコチラからなら何時でも扉を開く事ができるようにしてあるからね。だがネロには当分は中に居てもらう。 少し頭を冷やしてもらおうと思ってね、あのままでは玉座の間が崩壊してもおかしくなかった。私としても苦渋の決断だったよ。」


ゾマリの問にまるで他に手は無かったかのように話す藍染。
それこそ彼の実力を持って磨れば手などいくらでも在るのだ、唯彼の中で単に効率的に事を進めるには連反膜の匪が一番良かった、というだけの話、ネロをこの場から離す事と、連反膜の匪自体の起動、実証実験も兼ねての運用情報の蓄積、常に彼の元には”利”のみが残る、そうなるように立ち回るのが藍染惣右介の習性、とも言えた。

そうして離し終わると、藍染は玉座から立ち上がり二回ほど手を打ち鳴らした。
響くその音が更に彼への注目を集めさせる。

「さて・・・・・・ こうも誰もいないのでは私が話す意味も無いかな。今日はこれで解散とし、後日改めて集まってもらう事にしよう。では解散だ・・・・・・ ハリベル、君もフェルナンドを置いて下がりたまえ。彼の治療は私がしよう。」

「 お待ちください藍染様っ!・・・・・・!!」


ネロの暴走により閑散となった広間、数えるほどしか居なくなった破面達だけに話をしても意味は無いと、藍染はこの場は解散すると決した。
そしてハリベルを呼び止めると、フェルナンドを置いて下がるように云いつける、彼自身がフェルナンドを治療するから、と。
それに対しハリベルは難色を示した、それを伝えようと彼女が言葉を発した瞬間、まるで天井が振って来たかのように彼女はその場で押しつぶされるような感覚を味わっていた。
それは嫌というほど良く知るもの、藍染惣右介の放つ霊圧にほかならなかった。
それ自体が物理的に存在しているかのような圧倒的密度と量、それが彼女の上に今圧し掛かっていたのだ。

「私は”下がれ”と言ったよ、ハリベル。 今回の事は君にも責任がある、暫くは従属官と共に宮殿でゆっくり謹慎していてくれ。心配は要らない、フェルナンドは必ず治すよ、いいね?ハリベル。」


有無を言わさぬ霊圧の波濤、自身の望む答え以外は必要無いとでも言うかのようにハリベルへとその霊圧を向ける藍染。
決して全力を出して、必死になってその霊圧を出している様子は彼には無い、それこそが彼の信の実力を物語っていた。
先の折ネロはその教唆と詐術にたけた頭脳に目がいき、見落としているのだ、藍染惣右介は”力”を持って破面を支配しているという事を。
それを今身を持って味わっているハリベル、彼女の中でも葛藤はあったろう、しかし確実に、フェルナンドの身を案じるのならばその答えは自ずと導かれた。

「クッ・・・・・・ 申し訳、ありません・・・でし、た。・・・・・・出過ぎ、た申し出・・・お許しくだ、さい。


そうして彼女が折れた直後、その押し潰すかのごとき霊圧は嘘のように消え去った。
そして藍染は依然として笑顔のまま彼女を見下ろす。

「ありがとう、ハリベル。 わかってくれて私も嬉しいよ。では皆、後日会えるのを楽しみにしているよ。ギン、彼を頼む。」


そうしてハリベルに形ばかりの礼を告げた後、藍染はギンへとフェルナンドを連れてくるよう命じ、その玉座の裏に在る通路に消えていった。
藍染が居なくなった事により、ハリベル以外の十刃もそれぞれ自分の宮殿へと引き上げていく。
そして残ったハリベルにギンが近付き話しかける。

「ほんなら坊は預からせてもらうわ。・・・・・・心配いらへん、ちゃぁんと治して貰うよって。」

「すまん・・・・・・ 頼む・・・・・・」


ハリベルが抱きとめるようにして支えていたフェルナンドの身体を、ギンはゆっくりと持ち上げた。
そうして持ち上げたフェルナンドの身体は想像以上に軽く、それを今まで支えていたハリベルが気付かないはずも無く、そのどこか不安さを感じさせる瞳を見たギンは、常の笑顔とはまた別の、笑顔では在るのだが真剣な雰囲気をその身に纏わせハリベルに心配ない、と言った。
対してハリベルは唯一言、すまんと、そして頼む、というに留まった。
それだけで彼女の思いは伝わったろう、そしてギンはそれ以上彼女に声をかける事無く、藍染の消えた通路へと入っていった。





「あぁ、来たね、ギン。」


振り返るようにして部屋へと入ってきたギンを迎える藍染。
その藍染の前には一つの装置、人一人がゆうに入れそうな円筒状の透明な筒、そしてそれに繋がる無数の管と、なにやら良くわからない装置の類がギンの目の前に広がっていた。

「は~、いったいコレなんですのん? 藍染隊長。」


フェルナンドを抱えたままそう口にするギンに藍染はその装置を説明する。
要約すると円筒の中に対象者を入れ、意図的に霊子の濃度を増した薬液で満たす事で対象者の外傷、また霊子的欠損の修復と、それに伴う霊圧の回復を行う装置、という事のようだった。
研究者ではないギンにとって半分も理解できない内容だったが、フェルナンドの治療に使うという事はわかったようだった。

「では、始め様か・・・・・・」


フェルナンドの身体を円筒に納め、装置を起動する藍染。
どこか嬉々とした様子なのはフェルナンドの破面化の際と変わらなかった。
治療はする、しかしその結果何が起こるのか、何も起こらないのか、起こるのならば何が起こるのか、彼にとってわからない事、予想のつかない事ほどの”娯楽”は無いのかもしれない。
全てにおいて誰よりも抜きんで、先んじて解ってしまう藍染にとって普段わからないという事に触れる機会は少ない。
故にこの状況は彼にとって久々に触れる不確かであり、やはり”娯楽”なのだ。

それが例え他者の命を弄ぶ行為であっても。


円筒の中が薬液で満たされる。
その中をたゆたう様に浮かぶフェルナンド、その身体は過度の霊圧解放により崩壊が始まっていた。
傷口が裂け、そして人体ではありえない罅がその傷口から奔っていた。
肉体というよりは、朽ちていく石像の様な印象を受ける痛々しいフェルナンドの姿、それは代償の姿なのか、己の生命というものを省みずそれを火にくべ燃やし尽くしたが故の結末の姿、その一歩手前の状態が今のフェルナンドだった。

「藍染隊長、一つ聞いてもエエですか?」

「なんだい? ギン。」


嬉々として作業する藍染にギンは一つ疑問を投げかける。

「どうしてそこまで坊(ぼん)を気に掛けはるんです?」


ギンの言う事は至極的を射ていた。
そもそも何故藍染がコレほどまでフェルナンドに肩入れするのか、他の者にそれは理解できない事だろう。
その問に藍染は特に考え込む事も無くすんなりと答えた。

「君と同じだよ。 面白そうだからさ、彼は非常に興味深い個体だ、その存在自体が奇跡じみているんだよ。奇跡などという安い言葉を使いたくなるほど、ね。」


面白そうだから、藍染もギンと同じにフェルナンドに他とは違う何かを見出していた。
しかし藍染がギンと違うのは、ギンがフェルナンドの”在り方”に興味を抱いているのに対し、藍染はその”存在”の方に重きを置いているような、内面、精神はどうでもいい、あくまでその外郭としての”存在”が彼に興味を抱かせているようだった。

「やっぱりそう思いはりますか。 いやぁ~一目見てピンと来たんですわ、オモロい子ぉやって。イヅルとはまた違う種類ですけどね。」

「あぁ、彼は非常に興味深いよ、そして何より彼は私の”駒”として相応しい。重要な部分になりえる可能性がある。」

「重要な、ですか? そりゃまたいったい・・・って、なんやなんや?」


微妙にずれている二人の会話、見ているものがほんの少しずれているのだろう、そして藍染が口にした”重要”という部分を聞こうとギンが再び藍染に話しかけたときある変化が起こった。
フェルナンドの入った円筒に満たされた薬液から無数の気泡が上がり始めたのだ、それは加速度的に量を増していく、それは見たされた薬液が何らかの理由で沸騰しているという事を表していた。
そしてその理由など一つしかない、フェルナンド、彼がこの事態を巻き起こした理由だった。

「どうやらフェルナンドの身体が大量の熱を発しているようだね。薬液に満たされた霊子で穿点の効果が弱まったようだ、更に霊子を吸収して霊圧が急上昇している。これは装置が持たないな・・・・・・ギン私の傍へ・・・」


藍染は冷静に状況を把握していた。
現状に至るでの経緯を瞬時に把握し、それを余す事無くその頭脳に記憶する。
そして熱源たるフェルナンドの身体は更に身体中に罅を刻み、今にも砕けんほどとなっていた。
肉体が砕ける、それは”死”以外の何者でもない、そしてそれはフェルナンドに迫り、そしてその時は訪れた。

「縛道の八十一『断空』」


石が、硝子が砕け、割れるような音と共に残酷にもフェルナンドの身体が砕けた。
終焉の音、生命の終わりの音が響き、そしてその直後、罅の奥からまるで噴出すように紅い紅い炎が大量に噴出した。
それは一瞬で円筒を満たし、更に溶かし尽くして外へと飛び出す。
部屋を満たさんとばかりに荒れ狂う炎の奔流、しかし藍染は縛道の術によって自身の前に出現させた薄い光の壁によってそれを完全に防いでいた。
その壁に阻まれながらも尚も荒れ狂う炎、そして荒れ狂うようだった炎は次第に弱まり、そして収束し、部屋の中心で2mほどの火球となり落ち着いた。

荒れ狂っていた炎が一点に集まったそれは、炎と霊圧の塊だった。
集まり、尚も燃え続けるその火球、まるで小さな太陽が其処に顕われたのかという程の熱量を放ちながら回転するそれ。
それを藍染は光の壁越しに見ていた。

「藍染隊長、あれは一体なんですか?」


火球を指差しながら訪ねるギン、それは当然の疑問だった。
フェルナンドの身体からあふれ出た炎、本来、破面として肉体を失ったフェルナンドは”死んでいる”。
しかし目の前の小さな太陽からは明らかにフェルナンドの霊圧を感じるのだ。

「あれ”も”フェルナンドさ。 ・・・・・・ギン、一つ聞くが、魂魄が”最も安定する形”というのは知っているかい?」

「そりゃもちろん、”人型”です。」

「その通り、人の魂が種として最も長く、連綿として積み上げて来た形、それが”人型”だ。人間だろうと死神だろうと、そして虚だろうとそれが本当は一番安定する形なのだよ。」


魂の形、それが最も安定する形、それは人型であると藍染は語る。
人間という種族が積み上げて来た年月、そして親から子へと受け継がれるように連なる遺伝によって、魂の最も安定する形は”人型”なのだ。
人間、死神はもとより破面(アランカル)も元を辿れば人間の魂魄である事に変わりは無い、それ故力あるは面達は破面化の際人型をとるのだ。

「彼、フェルナンドは少し変わっていてね、大虚だった頃は肉体が無かったんだ。それ故自分の最も安定した形、というものも判らなかった。炎を収束すると馬の形になるそうだが、それはおそらく炎となる前の彼が馬の形をした虚だったのだろう。しかしそれすらも忘れてしまうほど彼は不安定な存在だったのだよ。」


大虚だった頃のフェルナンドの状態を語る藍染。
炎とは即ち無形である、確たる形の無い流動する”力”の塊、それを自我を持って己が身体としていたのがフェルナンドだった。
そしてそれはひどく不安定なものだと藍染は言うのだ。

「彼の破面化の際、私はいつもとは違う術式を試した。炎を用いて肉体を再構成する、という術式、しかしこの術式には欠点があった。それは"現状の"炎のみで再構成を行ってしまう点だ、彼はハリベルとの戦いで消耗していた。そのまま破面化を行った為彼の肉体は不完全に、小さく脆い少年のそれになってしまったのだよ。」

「はぁ~、それでこんなちっこい破面になってもうたんですか。」


フェルナンドという炎、その再構成と欠陥、ギンにそれを語る藍染だがその瞳はギンを見ておらず、未だ燃え盛る火球を見ていた。
消耗した炎による不完全な身体、それが現状のフェルナンドだった、そして藍染は更に言葉を続ける。

「先ほど言った魂の形、それはその魂魄が最も安定する形だ。だがもし、魂の形とそれが入る器の形が違っていたら・・・・・・器は溢れる魂を受けきれず、その重さに耐えられず何時かは割れてしまうだろう。そして今フェルナンドに起こっているのはまさにそれさ。ネロによる肉体への過度負荷、そして箍の外れた精神、回復を始めていた彼本来の霊圧が一気に噴出し、結果、彼の肉体と言う名の器は崩壊してしまったのさ。」


そう、魂と肉体の差、それがフェルナンドに起こった自称を全て説明する鍵だった。
肉体が魂を完全に受けきれていないという事実、小さな器に大量の水を入れれば零れるのは明白、そして魂という名の”重み”を持ったその水は何時か器を壊してしまう、霊圧を解放したフェルナンドが負傷するのはそのためだったのだ。
しかし、破面化よりおよそ半年、霊圧も回復してきていたフェルナンド、その彼にネロという破面が加えた尋常ならざる肉体への負荷と、おそらく彼がこの虚夜宮に来た最たる目的を邪魔されるという精神的な負荷が相まって箍は外れ、魂の水は一気に器たる肉体へ降り注いだのだ。
そしてフェルナンドの肉体はその圧倒的な圧力によって崩壊してしまったのだ。

「ほんならあの火の玉が坊(ぼん)ゆうことですか?でも、あれやと破面いうより大虚に戻ってしまったみたいやなぁ。」

「いや、そうでもないさ。 フェルナンドの魂は自身が最も安定する”人型”というものを知った。そして須らく魂は安定を望む、私の考えが正しいのならば・・・・・・始まったようだね・・・・・・」


その藍染の言葉が契機となったかのように、火球に変化が起きる。
2m程だった火球は更に小さく、その円の中心へ向かって収縮していった。
そして火球が収縮するにつれ現れるのは人間の四肢、その末端である手であり足であった。
尚も収縮を続ける火球、そして見え始めたのは腕であり脚であり、そして頭部と続き、遂に火球はまるでその肉体の胸に空いた孔に吸い込まれるかのように消え去り、その場に残ったのは一人の”青年”だけだった。

細身の身体、身長は160~170cm前後か、線は細いがその身体はしなやかさと力強さを備えたような筋肉に覆われていた。
髪は金色、短めで後ろに跳ね上がるよう流れ、後ろ髪だけは他と比べ少し長めであった。
胸の中心には黒い孔が穿たれ、額の中心には紅い菱形の仮面紋、左の眉からコメカミ、左目の下を添うように残った仮面の名残は健在で、今は閉じられている瞳はきっと燃えるような紅だろうことを予見させた。

そこには”成長した”フェルナンド・アルディエンデという名の破面が確かにいた。


「あららぁ、一気におおきゅうなってもうた。」


ギンが眉を上げ驚いたような素振りで呟く。
彼にしてみれば予想外の結末だろうそれ、しかしもう一人の男藍染は少し違っていた。
ギンの前に居る藍染は驚き、というよりも寧ろ歓喜の色を濃くしたような雰囲気。
所詮彼にとって”娯楽”以外の何者でもない今回の出来事だが、その結果は上々のものと言えたのだろう。
喜色を浮かべ、藍染が小さく呟く。

「やはり君は面白い、フェルナンド・アルディエンデ・・・・・・」


一層深い笑みをその貌に刻み付けた藍染が、フェルナンドの再誕を祝福していた。







蘇りし紅

十の剣に刻まれし

童子の躍動の記憶

剣達は何を思う・・・・・・










※あとがき

難産過ぎた・・・・・・
いろいろ出しすぎた前回、おかげで筆が進まない・・・・・・
そして結局今回もいろいろやらかした感はアリ。

『穿点』の設定や『連反膜の匪』は独自です。
出来るだけ違和感無いものに仕上げた心算だけどどうでしょうか?

魂云々についても独自です。
そしてフェルナンド成長フラグ回収、大体17~19歳くらいの
身体が出来上がったあたりと思ってください。
これでいろいろ動かしやすくなったかな。










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.23
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:53
BLEACH El fuego no se apaga.23








「陛下、何か良い事でも御座いましたか?」


玉座での一件の後、第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)バラガン・ルイゼンバーンは自身の宮殿へと戻り、数多の骨が組み合わさって出来た豪奢な椅子に腰掛けていた。
その後ろには装飾なのか赤い布が幾重にも折り重なるように天井から下がり、入り口からその椅子までを長く一直線に真っ赤な絨毯が敷かれ、その絨毯の両脇に膝を折り、頭を深く下げて居並ぶ彼の従属官達。
その中で最もバラガンの座る椅子に近い場所にいた、剣歯虎の頭蓋の仮面を被った三つ編みの従属官がバラガンへ話しかける。
そして数瞬の沈黙の後、バラガンがその鋭い視線を件の従属官へと向ける。

「・・・・・・わかるか・・・」


バラガンの口から紡がれたのは肯定の意。
従属官の語った事に対してやはりわかるか、とその口元を僅かに緩め答えた。

「はい、衆議より御戻りになられてからの雰囲気が幾分、和らいでおられました故。」

「フン、大した事でわないわ。 ネロの阿呆(アホウ)がボスに灸をすえられただけじゃい・・・・・・」

「はぁ・・・・・・ 第2十刃(ゼグンダ)が、ですか・・・・・・では”良い事”というのは一体・・・・・・」


従属官の”雰囲気が和らいだ”という言葉を鼻で笑いながら、バラガンはネロが藍染によって幽閉された事を明かした。
虚夜宮全体で見ればある意味大事件であるそれを、大した事ではないと切り捨てるバラガン、そんなバラガンの態度に幾分困惑しながらも従属官は、彼の雰囲気を和らげた”良い事”というのは何かと訪ねた。
その従属官の言葉にバラガンはまたも数瞬沈黙し、そして小さくククッと笑ったかと思うとそれを話しはじめた。

「なに・・・ ネロの馬鹿垂れが金髪の童(わっぱ)に良い様に叩き伏せられよったのだ。 ”力”をただ”暴”として振り回す事しかできん彼奴にはいい薬よ・・・・・・それにしてもあの童・・・・・・ ハリベルの奴が随分気にしていたようじゃったが何者か・・・・・・」


従属官に己の機嫌のいい理由を話すバラガン。
それはネロがあまりにもいい様に叩き伏せられたことが理由だった。
”叔父貴”、とバラガンの事を呼ぶネロ、初対面でネロはバラガンが第1十刃だと知るといきなり彼へと襲い掛かった。
虚夜宮で一番強い第1十刃、それを殺せば自分が最強だと証明できる、実に短絡的で単純な思考、しかしそれは戦う事しか知らぬ彼等にとって真理に近いものだった。
結果、なす総べなくバラガンに返り討ちにあったネロ、真っ向から力で捻じ伏せられたネロにとって初めての経験(敗北)、そして自分より強いとバラガンを認めた彼はバラガンの事を”叔父貴”と呼ぶようになっていた。
そうしてバラガンに対し一応の敬意を払うネロをバラガンも気には掛けていた、しかしその後もネロの振る舞いは癇癪を起した子供と同じだった。
その認識はバラガン以外の十刃、そしておそらくは彼らの創造主藍染も同じであろう。
しかしそれでもネロが第2十刃の地位でい続けられる、それは彼がそのどうしようもない性格を補って余りある”力”と、真なる力(・・・・)を持っているが故でも在った。


しかしそのネロが叩き伏せられる、それも子供の外見をした小さな破面に、だ。
それは意思無く、ただ感情の赴くまま暴れるだけのネロに訪れた転機であると、バラガンは考えていた。
振り回すだけでは駄目だという事を知る転機、”暴”を”理”でもって制し、戦う事こそが本来のあり方であることを知る転機であると。
しかしその転機を生かすも殺すも結局はネロ次第、幽閉された閉次元の中で少しでもネロが考えるという事を学べば、と思うバラガン。

そしてもう一つ、そもそもネロを叩き伏せたあの小さな破面、あれは一体何者なのかという事。
一瞬の、それこそ燃え尽きる前の蝋燭の火の如き一瞬の力、おそらく命と引き換えであろう力でもってネロを叩き伏せた少年、第3十刃であるハリベルがやけに気にしていたが一体何者か、バラガンの内に残る疑問、しかしそれはあっさりと解決する。

「金髪の童・・・・・・・・・ おそれながら陛下、それはおそらく『フェルナンド・アルディエンデ』という名の破面で御座いましょう。番号は未だ与えられておりませんが、先頃起こった『数字持ち(ヌメロス)狩り』を行った張本人である、という噂が虚夜宮全体でまことしやかに囁かれております。」

「ほぅ・・・・・・ あの童(わっぱ)が、のう・・・・・・」


バラガンの疑問に答えたのは跪いている従属官の中の一体、頭頂部から目元、鼻先にかけてと、顎の線に沿うように顔のほとんどを仮面で覆われている長髪の従属官だった。
その従属官が語るのはその金髪の童の名はフェルナンド・アルディエンデ、数ヶ月ほど前に起こった『数字持ち狩り』なる事件を起こした張本人である、というのだ。
それを聞いたバラガンはその言葉に多少驚いた様子だった。
バラガンもその事件事態は知っていた、だが所詮数字持ちの諍いであり、十刃、それもその頂にいる自分には関係の無い事と深く知ろうとはしなかった。
だが、彼の従属官が言う事が本当であればあの少年はたった一人で数字持ち全てを倒した、という事になるのだ。
数字持ち、といっても人数は多い、与えられる数字の最大がNo.99、現在その数字を持つものがいるかは不明ではあるが、その中から従属官を差し引こうとも、少なく見積もっても数十名近くいることに変わりは無い。
それをあの少年がたった一人で全て倒したという、俄かには信じられない事ではあるが、実際その片鱗を見ているバラガンにとってその事実は素直に受け入れられるものであった。

「フハハハハ、なるほど、あの童(わっぱ)がそうなのか!確かに光るものは持っておったわ・・・・・・ならば、一つ試してみる・・・か。」


バラガンは一つ大きく笑うと何事か納得したように頷く。
そして玉座のまでの一件を思い起こし、その記憶の中のフェルナンドの中に煌く”力”の片鱗を確かに見ていた。
そうしてバラガンは手を自分の顎に持っていき、二、三度その顎に蓄えた髭を撫でると口元を歪ませ、鋭い目付きで何事か思案するのであった・・・・・・




――――――――――





第4十刃(クアトロ・エスパーダ)、ウルキオラ・シファーは彼にあてがわれた宮殿の一室にて瞳を閉じ、佇んでいた。
部屋というものはその部屋の主の内側を映し出す鏡だ。
几帳面な者はその隅々までが整理され、逆に大雑把な者は乱雑に、精神が充実している者の部屋は明るく、病んでいる者は暗く淀んだそれとなる。
そして今、ウルキオラが佇むその部屋は、殆ど何も無い、装飾というものをまったく排した部屋だった。
それほど大きいという部屋ではない、しかしあまりにも何も無いゆえその部屋は実際よりも大きく見えた。
在るのは一脚の椅子と、切れ込みのように縦長に空いた採光用の窓だけだった。

その部屋がもし彼の内面を写しているとするならば、彼の内側は“空(から)”なのだろう。
何を求めるものでもなく、ただ淡々と、そして粛々と与えられたものだけを完遂する。
そこに自己の考えなどというものを挟むことすら彼には思いつかない、ただ粛々と主たる藍染の命だけを実行する、それが彼の存在する理由の全てなのだ。

瞳を閉じ佇むウルキオラ、その瞼に映る景色、それは玉座での出来事だった。
ネロとフェルナンドという二人の破面が起した事の顛末、実際にはネロが原因であるのだが今更何を言ったとて何かが変わるわけでもない。
そして争う二体の片割れの姿を見るのは二度目、正確には三度目ではあるが彼にとってそんな事はどうでもいい。

そう、どうでもいい事なのだ。

ウルキオラにとって玉座で起こった一件は所詮どうでもいい、瑣末な出来事にほかならなかった。
第2十刃と塵の諍い、周りはどうあれ彼、ウルキオラのこの事柄に対する認識などその程度だった、どちらが有利だった、どちらが優勢で結果どちらが勝利者と言えた、などという安い評論じみた事を彼はしない。
結果も、それに至る過程も知る必要など無い。
瑣末、瑣末の極み、ウルキオラにとって必要なのは藍染の命令を完遂する事であり、その他の出来事、それこそ他者の生き死に等は瑣末過ぎる出来事にほかならないのだ。

しかしその瑣末に過ぎない出来事がウルキオラの内から消えなかった。
思い返すウルキオラの瞼に移るフェルナンドの姿、何故か血塗れの彼、そして何故かその血塗れの彼は強大な力で第2十刃を叩き伏せる。
叩き伏せたネロを前に何事か叫ぶ彼、ウルキオラの理解の外に在るそれは感情の発露だろう、理性で押えつける事ができないその叫び、それはフェルナンドという破面の奥の奥、その更に奥である彼の最奥にある存在、容(かたち)無く、触れる事も見ることもできないが確かに存在するであろうそれが引き起こす叫びと”力”。

『心』

情報としては知っている、そういうものが存在するのだという知識をウルキオラは持っていた。
頭を割っても見えず、胸を裂いても見つからないそれ。
その現実としてその目で視る事も、その手で触る事もできない存在、あまりにも不確かなそれをウルキオラは理解できなかった。

瑣末な出来事の中に潜む小さな疑問。
フェルナンドという破面が見せた不可解な”力”、そしておそらくそれを引き出したであろう『心』という不確かな存在。
その疑問はウルキオラの内に小さな棘となり刺さった、命令のみを遂行する機械に近かったウルキオラの内側に芽生えた興味という感情。


『心(こころ)』とはなにか?


瞳を閉じ佇むウルキオラ、その”解”を求め思考に埋没する彼がその”解”にたどり着くのは、まだずっと先の事だった・・・・・・




―――――――――





「生き延びた・・・か・・・・・・」


第5宮、その中でも一際高い塔の最上階で、その宮殿の主、第5十刃(クイント・エスパーダ)『アベル・ライネス』は小さくそう呟いた。
アベルは自身の持つ”千里眼”なる能力によって、玉座の間を去った後、藍染によって連れて行かれたフェルナンドの状況、そして変化と再誕の全てを”視て”いたのだった。

『諦観』、アベルが象徴する死の形、諦めというそれは肉体ではなく精神の緩やかな死を意味していた。
アベルにとって諦めとは何事にも期待しないという事、期待というものには何の根拠も無く不確定であると同義であり、不確定とは即ち事象の揺らぎであるとし。
個人の利己的な感情が多分に含まれたそれは往々にして裏切られ、その揺らぎにり生まれた不必要な事柄は、結果として更に必要以上の無駄な労力を生む。
アベル・ライネスはそれを好まない。

期待、希望、安易にそして安直に信じたくなるそれは不確定であり参考に値せず、それにより生まれる揺らぎ、更にそれを解消する為の必要以上の労力、必要以上という事は即ち不必要、余剰であるそれは無駄でしかなく故に無意味である。
ならば初めから何事にも期待せず、いや、初めから余剰など無いとするならば残るのは必然性のみであり、完全である。

アベルの根底に流れるのはそういった思考、歪な考え、しかし本人が強く信じれば他者はどうあれそれが本人にとっての真理なのだ。


そして今日、そんな考えを持つアベルの前に一体の破面が姿を現した。
『フェルナンド・アルディエンデ』、直接会う事は初めてであったが、アベルは随分と前からフェルナンドの事を知っていた。
虚夜宮の其処彼処で起こる戦闘霊圧の衝突、あまりにも頻発するそれをアベルは無視していた。
理由は簡単、必要ないからだ、それを態々調べる事も、ましてや止める事も、彼にとってはあまりにも無意味で不必要極まりないものだった。

しかしここで彼の”千里眼”が災いする。
あまりにも”視えすぎて”しまうそれにより、アベルは嫌がおうにもその衝突を”視せ”てしまうのだ。
結果、各所で起こる霊圧の衝突に必ず居合わせる小さな破面の存在を、アベルは知る事となった。

その小さな破面が各所で起した衝突、そして今日愚かにも第2十刃へと挑みかかったという愚行も、アベルにとってあまりに理解できないものだった。
戦う事で強くなる、他者を助けるため戦い傷つく、アベルにとって無意味極まりない行為達。
多くの敵と戦を経験し、力を付けたとてそれに如何程の意味があるのか、破面も、そして死神達も持てる力の最大は決まっている。
上限が決まったもの同士の戦いにおいて勝利するのはより力の大きいものだ、力無い者がいくら努力という自己満足を重ねたとて結果は見えている、なのに何故その無意味な行為に時を費やすのか、と。
広間で第6十刃ドルドーニに語ったように、他が為の戦い、結果として自身に深い傷と死を招くような行為は無意味である、と。

アベルにとってあまりにも理解不能は行為を繰り返す破面、フェルナンド。
そして玉座の間で最後にアベルが見たのは、箍が外れたかのように荒ぶり、遂には己が霊圧の定められた限界を遥かに超えて放出し、死を迎えるであろうフェルナンドの姿だった。
それは他者にとっては美談と成るかもしれない、しかしアベルにとってそれは無為、談するに値しない無意味な結末であった。

藍染直下の配下、市丸ギンによって運ばれるフェルナンドの身体、治療すると藍染は語ったがそれが本当に為されるのか、それとも死してしまうのか、アベルはその結末を見届けるべく”千里眼”によってフェルナンドを追う。
それは自らが無為とした結末の行く末を確認するための作業、このまま小さな破面フェルナンドが死すならばやはり自分の考えは正しいと、そしてもしもフェルナンドが生き延びたとしても、アベルの中で行為自体の無意味さが消えたわけではなく結果、一体の破面が生き延びたというだけの事なのだ。

そして確認の結果は後者だった。
アベルが”視た”のは死の淵より舞い戻った、いや、死して尚蘇ったフェルナンド・アルディエンデの成長した姿だった。


「あの少年・・・いや、今は青年と言った方が適切か。彼は命を繋いだ・・・・・・ しかしそれに意味はあるのか?強く、そして雄々しく変わったその姿、彼はまた戦いに身を投じそして傷つき倒れる。何処までいってもそれは変わらない、無意味な死・・・・・・そんな結末に意味などあるのか・・・・・・」


アベルの呟き、自問を続けるかのようなそれを繰り返す。
フェルナンドは生き残った、無為の死を迎えるはずだった彼が生き残った事実。
彼の行為の無意味さは消えずアベルの心理は未だ揺るがない、しかし思慮深いアベルはその生き残ったという事実の意味を考える。
死す筈だった者が生き残った、それに意味はあるのかと、この後もこの生き残った破面は同じ事を繰り返すかもしれない、それに意味はあるのかと、変らぬ行い変らぬ結末を迎えるであろう命に意味はあるのか、と。

「いや、それを論ずるならば、そもそも私たち破面という存在に意味はあるのか・・・・・・」


アベルの自問は続く、ただ一人、塔の最上階で呟かれるそれに答えるものは、誰もいなかった・・・・・・





――――――――





第6十刃(セスタ・エスパーダ)であるドルドーニは自身の宮殿である第6宮へと戻るため、玉座の間がある建物の廊下を歩いていた。
その道中、思い返されるのは、やはり鮮烈に記憶へと刻まれたフェルナンドの姿。

傷つき、意識を失ってい倒れた彼が突如としてネロを叩き伏せるという出来事だった。
ドルドーニにとって第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンとは、あまり好きにはなれない部類の男だった。
粗野である、粗暴である、粗雑である、そんなことはまだ我慢できる話だ、しかし戦いにおいて、そして常においても他者に対する敬意というものを欠片も見せないネロ。
他者、特に女性の意思を第一に尊重するドルドーニにとって、そのあまりに身勝手で相手を見下し蔑むようなネロの態度は目に余るものがあった。

しかし、現実としてドルドーニにそのネロの蛮行を止める術はなかった。
第2と第6、間にあるのは三つの数字のみ、だがそれは果てしなく広く、遠く、そして深い渓谷のようにドルドーニとネロの間に横たわっていた。
ドルドーニとて今のままで終わるつもりなど毛頭ない、彼の司る死の形は『野心』、己の身引裂かれようとも上を目指す事をやめない貪欲なまでの欲望を指すそれなのだ。

だが今日、ドルドーニの前で彼以上にネロを止める術を持たないはずの破面が叩き伏せたのだ、傍若無人の極致たるネロ・マリグノ・クリーメンを。
その光景は鮮烈、そしてその鮮烈さは同時にドルドーニの内に火を灯す。

(少年…… 君は強い、力ではなくその精神が。君が生きるのか、それともこのまま死んでしまうのか、吾輩にはまだ分かりはしないがもし、もし君が生きていたならば吾輩は…… やはり君と戦ってみたい。 ただ純粋に戦士として君と……)


その灯った火の熱さを感じながら歩くドルドーニ。
そして少し進むと彼の眼に廊下の壁に寄りかかるようにして佇む一体の破面の姿が見えた。

「どうしたね? 我が弟子(アプレンディス)。まさか吾輩を待っていたのかい? それは殊勝なことだ、褒めてつかわそう。」


壁に寄り掛かるのは水浅葱色の髪をした野獣の気配を纏った男、グリムジョー・ジャガージャックだった。
ドルドーニの言葉に何も返さず、ただ一つ舌打ちをするグリムジョー。
そしておどけた様子だったドルドーニは、グリムジョーの前を通り過ぎた辺りで足を止め、背中越しに彼に再び話しかける。

「・・・・・・・・・心配かね?」


主語を欠いたその問、それにピクリと反応するのはグリムジョー、そして大きくそれを否定する。

「遂に頭がおかしくなったな、オッサン。 何で俺があんなクソガキの心配をしなくちゃならねぇ。」


ドルドーニの言葉を否定し、その言葉が的外れだと言わんばかりに笑うグリムジョー。
しかし、背を向けたままのドルドーニは「ふむ」と小さく零し、顎を摩るような仕草をしながら言葉を続ける。

「吾輩、”少年(ニーニョ)が”心配か、と訊いた覚えは無いのだが・・・ね。」


そのドルドーニの言葉に目を見開き、直後苦々しく顔を歪ませるグリムジョー。
それはある意味での証明、口では心配していないと言うグリムジョー、しかし心配していないと言いつつもその内では心配、とまではいかずともやはりその存在を強く意識しているという証明にほかならなかった。

それもそうだろう、グリムジョーの身体に何発もの拳と蹴りを叩き込み、自身もグリムジョーの攻撃をその身に受け、尚立ち上がり打倒しようと向かってくる小さな破面、最後は両者共に倒れ決着が着かなかった相手フェルナンド。
格下であるフェルナンドに意識を失わされた、という屈辱がその戦いを自身の”負け”であるとしたグリムジョーが、その”負け”を齎した相手を意識しないわけが無い。
何時の日か更に強くなったフェルナンドを打倒し、完膚なきまでの勝利を手にすると誓ったグリムジョーが、フェルナンドを意識しないわけが無いのだ。
そうして苦々しい顔のままのグリムジョーを他所に、ドルドーニが話題を帰る。

「そういえば何故こんな所に? まさか本当に吾輩を待っていたのかい?」


そう、ドルドーニの疑問は其処だった。
何故グリムジョーがこの場所にいたのか、それもまるで自分が来るのを待ち構えていたかのように、だ。
初めはそんな事はありえないとも考えたドルドーニだが、何時までもその場から去らずにいるグリムジョーを背に、或いはの可能性を口にしていた。

「・・・・・・ 一つ訊きてぇ事がある。」


ドルドーニの問にグリムジョーは更なる問で返した。
訊きたい事がある、その言葉にドルドーニは言葉では答えず、沈黙でその先を促した。

「今の俺と、さっきのクソガキ、戦ったらどっちが勝つ・・・・・・」


その質問は単純で、しかしグリムジョーにとって何よりも重要なものだった。
グリムジョーはあの場残っていたのだ、ネロの叫びに多くの破面が逃げ出し、霊圧吹き荒れたあの広間に残った十刃以外の数少ない破面の内の一体として。
そうしてその場に残ったグリムジョーが目撃したのは、自分との戦い以上にボロボロになったフェルナンドが、あの第2十刃ネロをその攻撃をもって叩き伏せるという場面だった。

衝撃、それはその場にいる全ての破面に共通する衝撃ではあった、しかし、グリムジョーにとってその衝撃は計り知れないものでもあった。
ほんの数ヶ月前、自分より下でありながらグリムジョーに迫る実力を見せたあの小さな破面が。
互いにボロボロになりながら戦ったあの小さな破面が、第2十刃を叩き伏せるという現実、今日まで過ごした時間は同じ、その中で自身が成長し、更なる力を付けたという自負があったグリムジョーに、それはあまりに衝撃的な光景だった。

故に知りたい。
自分とフェルナンド、今戦って強いのはどちらなのかと、シャウロン達に聞いたとてまともな答えは返ってこない、故にグリムジョーとて癪ではあるが、上位の実力者であるドルドーニにその問の答えを求めたのだった。

「少年(ニーニョ)のあれは命を燃やした特攻だよ。一概にあれが少年の実力とも言えまい・・・・・・しかし、”今の”青年(ホーベン)と”先程の”少年が戦ったら・・・か。その問の答えは、吾輩が答えねば解らない事かい?」

「ッ!・・・・・・」


グリムジョーの問にドルドーニは答えた、冷静に先程のフェルナンドの力を分析し、それが常時発揮されるようなものではないと答える。
だが、その答えは最後の明言を避ける、”今”と”先程”と言う言葉を強調したドルドーニ、そして問いを発したグリムジョーに返す。

この問に答える必要はあるのか、と。

この問の答えなど、もうその内にあるのではないの、と。


そのドルドーニの言葉に息を呑むグリムジョー。
そうなのだ、誰かに問うという行為、そしてそれが自身の行いや行く末に関わる場合、往々にしてその問の答えは既にその内に出ているのだ。
理解できないものを問うのではなく、どうしたらいいのか、どちらがいいのかといった選択を問う時、その答えは内にあるのだ。
問うというかたちでの確認作業、自信がない分を他者の意見で埋め、その”解”の確実性を高めようとする、それが今グリムジョーが行った問の正体であった。
グリムジョーの中に在る答え、それが自身の勝利か、はたまた敗北かは断定できない。
だが苦々しく、その眉間に寄せた皺を一層深くし、ギリッと奥歯を強く噛締めるグリムジョーの姿が全てを物語っているともいえた。
そしてそのグリムジョーに追い討ちをかけるかのように回答者、ドルドーニはその言葉を続ける。

「まぁいい。あえて(・・・)答えるのならばやはり青年(ホーベン)の”負け”だろう。 ”今の” ・・・・・・そうして自分の力に疑問を持っている青年では、”先程の”、唯一つだけを純粋に思う少年に及ぶはずも無い・・・・・・」


グリムジョーに背を向けたままのドルドーニ、その口から放たれるのは辛辣な言葉。
今、現在のグリムジョーではフェルナンドには勝てない、それは”力”が及ぶ及ばない以前の問題。
己の力が他者に勝っているのかそれとも負けているのか、そういう考え方をしている時点でその者は既に敗れている。
戦いに生きる者、生と死の境界に立ち続ける者が信じるべきは己の”力”、その己の”力”に疑問を持つ、即ち核たる柱が揺らいでいるも同義である。
負けているかもしれない、負けるかもしれない、そんな気概で戦いに望めば結果はひを見るより明らかだ。
まして相手は唯一つのために己の命すら平気で燃やし尽くす事を厭わない相手、それにそのような気概で望む、あまりにも無謀、あまりにも愚かしい、ドルドーニの言葉にはそれが詰まっていた。

以前苦々しい表情のままのグリムジョー。
何一つ語らず、ただ拳を握り締める。
過去、フェルナンドがグリムジョーに語った言葉、必勝の覚悟も無しに戦うものは死ぬ。
それがグリムジョーのうちに甦っていた。
そのグリムジョーにドルドーニは背を向けたまま一歩踏み出し、そして言葉をかける。

「着いて来るがいい我が弟子(アプレンディス)よ。 ”今の”ままで勝てぬというのならば強くなればいい。その疑問を感じるのならば、それを感じなくなるほど強くなればいい。己の内に揺るがぬ柱を創れ、疑う余地の無い強固な柱を創れ。そうして少年(ニーニョ)に、吾輩に挑むがいい。」


そう言い残し歩き出すドルドーニ。
振り返らず歩くドルドーニの姿を、その背を見るグリムジョー。
数瞬の後、彼は小さく舌打ちをしてポケットに手を突っ込み、その後を追う。



そうして歩く二人の後姿は、本当に師と弟子の様であった。







剣に刻まれし記憶

残るは四

陶酔、絶望、欲望、憤怒

剣思うは紅の記憶か












[18582] BLEACH El fuego no se apaga.24
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2011/12/06 21:27
BLEACH El fuego no se apaga.24










祈りを捧げる。


下賜された宮殿、その頂よりも更に上に見えるのは空と見紛うばかりの天蓋、その巨大な天蓋を突き抜けるように聳える通称『第五の塔』、その中でも一番高い塔の先、座禅を組み、指を複雑に曲げ、その両手をそれぞれ膝の上に置きながら瞑目し、星無き黒天にただ祈る。

第7十刃(セプティマ・エスパーダ)『ゾマリ・ルルー』はそうしてただ黙々と祈りを捧げる事を日課としていた。

捧げる祈りは一人のために、暗く冷たい闇空に輝く月よりも更に上に座す彼らの創造主、藍染惣右介へ。


それはゾマリにとって当然の行為。
”王”、それを奉るのは彼にとって当然の行為なのだ。
絶対的な支配、それを彼の前でいとも簡単に見せ付ける藍染惣右介。
その霊圧で、或いはその智謀によって他者を意のままとす、取り方はそれぞれあるだろう、しかしゾマリにとってその支配者たる藍染の姿はどこか神々しくさえ思えた。

”王”

支配者として君臨する者への称号。
それを冠するのに藍染以上に相応しい存在など無い、とゾマリに確信させるほどの圧倒的なその支配。
初めから”反抗する”と言う気概すら浮き出ぬほどの存在感と、膝を着き、傅く事が当たり前の行為にすら感じるその威容。
それを他の何一つを用いずに己が身から発する”気”のみで容易く実現してしまう藍染。

”支配”という能力に通じたゾマリだからこそ解るその”格”の違い。
支配者、”王“という名を冠するために生まれてきたのだとすら感じさせる藍染、それを奉る事にゾマリはなんら疑問を感じなかった。
簒奪、理想、利用、自由、服従、美学、我欲、破面が藍染惣右介の元に集いそして集団として形をとるという奇跡、その中に渦巻くそれぞれの感情、十いれば十の思惑があり、百いれば百の思惑がある。
その全てを内包した集団を支配する藍染、そしてゾマリが藍染の元に傅く理由は”崇拝”に近い感情、そしてそれに酔うゾマリが其処にはいた。

ただ黒天を仰ぎ瞑目するゾマリ。
それは神聖なまでの祈りの時間、無心に、ただ無心に祈るゾマリ、しかしそのゾマリの内をよぎる異物の影があった。
よぎるそれは紅い影、燃えるような紅がゾマリの祈りを乱す。

『フェルナンド・アルディエンデ』、その小さな破面は恐れ多くもゾマリが崇拝する藍染の目の前で、傅くどころか彼を無視し、第2十刃を叩き伏せたのだ。
ゾマリにとって重要だったのは第2十刃たるネロを叩き伏せたという事実よりも、未だ数字すら与えられぬ存在でありながら、偶然にも藍染の前に立つ栄誉を授かりながらもそれを意に介さず、無視するようなフェルナンドの行いだった。
精神の高揚、肉体的疲労、身体的肉体的限界に伴う視野狭窄、おそらく理由など上げ始めれば切りは無いのだろう。
しかし、そんな理由など関係なく、藍染という”王”を前にしたのならば傅く事こそ臣下の礼、それを蔑ろにした存在であるフェルナンドはゾマリの中で不興を買っていた。

「フェルナンド・アルディエンデ・・・・・・あの炎の大虚・・・ですか。 今回といい、あの時といい・・・・・・無礼という言葉を知らないようですね・・・ 」


閉じていた瞳を静かに開きながら言葉を零すゾマリ。
思い返されるのはフェルナンドをはじめて見たときのこと、フェルナンドが未だ大虚であった時分、虚夜宮へと連れられ藍染に始めて謁見したときのことだった。
その場にいたゾマリはある意味驚愕していた、それは当時第4十刃だったハリベルが負傷して帰ってきた事でも、それに連れられてやって来た炎の大虚が最下級の破面を一瞬で焼き尽くした事でもなく、その炎の大虚が藍染に対し、まるで対等かのように振舞う姿に、だった。
ただの大虚が虚夜宮、いや、虚圏全ての”王”足る者と対等に構える、それはゾマリにとって、その”王”を崇拝し、崇め奉るゾマリにとってもはや”罪”ですらあった。

そして今回の出来事、おそらく傷つき瀕死の重傷を負ったであろう”罪人”フェルナンド・アルディエンデ、しかし”死んだであろう”等という不確かな予想をゾマリはしない。

ゾマリ・ルルーという破面の本性はあくまで冷徹なのだ。
希望的観測、根拠なき想像であるそれをゾマリは好まない、本当に始末すべき者はその手に握った斬魄刀で、そして自らの手でその首を刎ねるまで、彼の中で決して死にはしないのだ。

「罪は償われなければなら無い・・・・・・そして罪人とは、須らく死をもって断ずるべきもの。そして・・・その役目は”王“の御使いたる、この私にこそ相応しい・・・・・・」


両の膝に置いていた手を広げるように闇空へと大きく伸ばすゾマリ。
その身に天に広がる空から振る暗光を浴びるかのように、そして発する言葉はまるで神からの啓示を受けたかのように紡がれていた。
罪人を断罪するは御使いの役目、自らを御使いと称するゾマリ、崇拝から盲信、そして遂に狂信へと至ったそれは時に一人歩きした自己解釈によって歪な結末を生む。
他者が見れば些細な出来事も、決して許せぬ大罪へと姿を変えるのだ。

ゾマリの瞳に映るのは御使いとして、王の尖兵として王の行く手を阻む者を、そして王に仇なす罪人を断じる自身の姿。
そのなんと崇高な事かとゾマリは一人愉悦に浸る。

「私は御使い、王に仇なす罪人を断ずる斬首の剣・・・・・・あぁ、その崇高なる使命、啓示は下った・・・後は・・・誅すのみ・・・・・・ 」


自らが発する言葉の一つ一つが、啓示そのものかのようにそれを噛締めるゾマリ。
その瞳はそれに酔うかのように細められる。

第7十刃、ゾマリ・ルルーその司る死の形は『陶酔』・・・・・・





――――――――――





「や、やめ、助けてくrグボァ!!」

巨大な三日月が一つの命を奪う。

三日月を振るうは長身痩躯、異常に細い身体つきをした黒髪の破面、左目には眼帯を、そして鋭い右目には苛立ちを浮かべそれを隠そうともしないその男。
腰布から大きめの輪が連なったような鎖を垂れ下げ、その先にあるのは今し方、名も知らぬ破面を屠り肉塊へと変えた黒い三日月。
長身であるその男をしても巨大と言わざるを得ないソレ、三日月の内側に刃があり、その背から長く伸びた棒状の柄、戦斧や鎚の方がよほど近いような形状をしたそれこそ、この男の異形の斬魄刀であった。

「チッ!・・・・・・」

一つ舌打ちを零す男、砂漠に下ろしていた三日月の斬魄刀を柄の先端を持ち、軽々とその肩に担ぎ上げ腰を下ろす。
その男の異形たる斬魄刀、刀としての常軌を逸した大きさの斬魄刀を、いとも簡単に持ち上げる男の膂力の凄まじさ、しかしそれすら彼にとってなんら誇るべきものでもなかった。

先の舌打ち、それは今や肉の塊へと姿を変えた破面への落胆。
何の歯応えもない相手、最後には命乞いという戦士として最も醜く恥ずべき行為を曝し死んだ破面への侮蔑の溜息。
降りかかった火の粉、自分と相手の実力も計れず威勢ばかりいい相手だった、それを払いのけただけの男にとって、それは彼の抱える苛つきを加速させるだけの出来事だった。
故に溜息の後、男がその肉塊に対して思考する事はなかった、いや、今から一瞬の後には既にその肉塊を作った事すら忘れているだろう。
それほどこの肉塊は男にとってどうでもいい物だった。

三日月を担ぐ男、名はノイトラ、第8十刃(オクターバ・エスパーダ)『ノイトラ・ジルガ』、ただ”最強“の二文字と”死”を追い求める男である。


「随分と荒れているな、ノイトラ・・・・・・」


そうして不機嫌を撒き散らすノイトラの前に一人の破面が現れる。
黄土色の神をした端正な顔立ちの男、額に金冠の様に仮面が残り、右の頬には水色の仮面紋が刻まれている。
服装はほぼ一般的な死覇装、腰に下げる斬魄刀はノイトラのもの程ではないが奇形であり、西洋風の造りで刀身の途中に環の形をした刃があるというなんとも変った斬魄刀だった。

「・・・・・・テスラか・・・ 何の用だ・・・」


ノイトラに『テスラ』と呼ばれたその破面は、破面No.50『テスラ・リンドクルツ』
自身の苛つきをぶつけるノイトラの前にたった彼は、ノイトラを気遣うように話しかける。

「何かあったのか? いつものお前らしくないぞ・・・・・・」

「あァ? 俺らしくないだと? テメェに俺の何がわかる。殺されたくなかったら消えろ、目障りだ。」


らしくない、という言葉にノイトラが噛み付く。
その人物の一定の行動原理から外れること、それを”らしくない”と定義するならばそれはいい迷惑だ。
そもそも自分の考える自分らしさと、他者の考えるその人らしさ等というものは始めからずれている。
そのずれている他者が定めたその人”らしさ”という枠からはみ出したからといって、一々気にされるのは可笑しな話なのだ。

ノイトラは枠に嵌められる事を嫌う、それも他者が勝手に定めたノイトラという破面の枠に嵌められる事を嫌う。
それは定められた枠から自分が出られない、と他者に言われている様で、自分の限界を他者が勝手に見定め、決め付けている様で、そうして枠に嵌められている事で自分がその中だけに納まってしまうかのようで我慢ならないのだ。
自分の限界を決めるのは自分のみ、そもそも自分に限界などなく、一度限界を定めればいくら足掻こうともそれ以上の存在には届かないのだ。
故にノイトラは怒る、テスラの定規によって測られ自分というものを語られたが故に。

殺気と共にぶつけられた言葉、しかしテスラはそれに怯む事無くノイトラの前に立ち続けた。
彼とてただ何と無くこの場に来たわけではない、ある一つの覚悟と決意を持って、今ノイトラの前に立っているのだ。
そしてその覚悟の下、決意した言葉を彼は口にした。

「・・・・・・いや、引くわけにはいかない。今日はお前に頼みたい事があるんだ・・・・・・・・・僕を・・・ お前の従属官(フラシオン)にしてくれ。」

「なに? ついに狂ったか、テスラよォ。 俺は従属官なんかいらねぇ、そんなもんは戦場で邪魔になるだけだ。」


テスラの願い、それは自身をノイトラの従属官にしてくれ、というものだった。
しかしノイトラはその願いをあっさりと断った。
彼にとって従属官、言うなれば『仲間』といった存在は邪魔でしかなかった。
それはノイトラが求める最高の戦いという場所に容易に水をさす異物、そもそも彼が求める”最強”という名の称号を手に入れるのに、仲間といった『補助』など必要としていないのだ。

唯一人、一個体としての”最強”、それこそがノイトラの求めるものなのだから。

「だいたいなんで俺を選ぶ、他にいるだろうが、例えばぞろぞろと従属官を侍らせて大将気取りの”堕ちた王様”とかがよォ。」


そう言ってクククッと笑うノイトラ、彼の言う”堕ちた王”とは第1十刃バラガンの事、彼は元々王だった、この虚圏全ての王だったのだ。
しかし、藍染惣右介という名の絶対的支配者の降臨により彼は王の座から堕ち、支配する側からされる側へとその立場を落としていた。

「違うんだノイトラ、僕は唯の従属官になりたいんじゃない。”お前の”従属官になりたいんだ。」


ふざけたように笑うノイトラの前で、テスラは真剣な眼差しで告げる。
ニヤついた笑みを浮かべていたノイトラからも笑みが消える、テスラの真剣な雰囲気、それが彼が本気であるということをノイトラに伝えていた。
そのノイトラの雰囲気を感じ取ったテスラ、そして彼は理由を話しはじめた。

「僕は・・・・・・ 負けたんだ。 小さな破面だった、子供の姿をした破面、しかし一目で強者だとわかる雰囲気を発するその破面に僕は負けた。善戦した心算だったんだが、懐に入られてからは一瞬だったよ、自分が殴られたのか、それとも蹴られたのかすら判らないほどに・・・ね。」


一人語るテスラ、それを黙って聞くノイトラ。
辺りは静かだった、先程まで命終わる断末魔が響いた場所とは思えないほどに。
テスラの独白は続く。

「確かに彼は強かった、しかしそれ以上に僕が愚かだった。相手が強者だと判って、そして戦う気だと判っていたのに、受ける側に回ってしまった。それで勝てるはずもない、そして解放すらせず挑んでくる相手に合わせるように自分も解放しなかった、始めから全力で攻めなければ結果など見えていた、というのに・・・ね。」


己の負けた記憶、その状況を淡々と離すテスラ。
相手の強さも然ることながら、それ以上に自分の愚かしさを呪う彼、それもそのはずだった。
戦いとはある意味主導権の取り合い、そしてそれは往々にして攻め合いである。
熟達した者、或いは圧倒的強者ならば、相手の攻撃を受ける事で逆に流れを掴む事もできるだろう、しかし未だその領域に至っていない彼等にとって戦いとはやはり攻め合いなのである。
そしてテスラは主導権をとる事ができず、結果敗北したのだった。

「チッ! 何が結果が見えていた、だ! テメェの負けを分析して何が楽しい!戦場で気を抜いたテメェが負けた、それだけの事だろうが!敵はなぁ・・・殺すんだよ!! 姿形も、上も下も関係ねぇ!自分が敵だと定めた奴は、なにをしてでも殺すんだよ!それが出来ねぇテメェの”甘さ”が不様な負けに繋がったんだ!」


ノイトラが叫ぶ、負けたことを受け入れたように話すテスラに、業を煮やしたのかノイトラが叫ぶ。
評論家を気取って何が楽しいと、敵と定めた者は殺さねばならない、その覚悟がない”甘さ”がお前に負けを呼び込んだのだ、と。
激昂するノイトラ、その怒りはテスラだけでなく自分にも向けられていた、彼の目の前で”最強”へと挑む小さな破面、そしてその破面は一瞬だがそれを凌駕した。
それはノイトラが求める自身の姿、それを他者に体現されるという屈辱、テスラへの叫びは己への鼓舞、殺せ、殺せと、邪魔するものは殺して進めと己を鼓舞する叫びでもあった。

「そうだ、そのあり方こそ僕がお前の従属官になろうと思った理由だ。僕は”甘い”、負けたというのにそれを受け入れられてしまうほどに、ね。でもお前は違う、唯一念に”最強”を目指すお前は違う、他の何も持たず、邪魔する者を屠り、唯強さだけを追い求める姿、僕にないそれをお前は持っている。だから僕は誰よりも近くでそれを見てみたい、お前が”最強”を手にするその瞬間を。」


己の”甘さ”、それを自覚しているテスラ、そしてその”甘さ”とは無縁のノイトラ。
故にテスラは見てみたいと言う、”甘さ”というものを一切持たないノイトラが手にする”最強”というものを。
それを誰よりも間近見るために、自分を従属官にしてくれと頼むテスラだが、ノイトラはやはりそれを否定する。

「うるせぇ野郎だ、”甘さ”なんてもんを持ち合わせてるうちは、天地がひっくり返っても、俺がテメェを従属官にすることは無ぇよ。」


それは事実上、テスラを従属官にすることは無いという事。
自己というものを形成する内在的な要因、そのうちの一つ、良くも悪くもその人物の一部を削り取らない限り願いを叶える事は無い、という宣言。

ノイトラはこれでテスラが諦める、と思っていた。
そう簡単に変る事などできない、それは人でも破面でも同じ事、そもそも”甘さ”などという中途半端を持ち合わせている者を傍に置くなどということはノイトラにとって本当に考えられない事でもあった。

「・・・・・・わかった・・・」


顔を伏せ俯くテスラ。
見た目から消沈しているかのように見える彼の姿を見てノイトラは、やはり諦めた、と思う。
それも当然だろう、やはりそう簡単に”甘さ”を斬り捨てるなどという事はできないのだ、と。
しかし、そのノイトラの考えをテスラの”覚悟”は上回っていた。

腰に挿していた刀を抜き放つテスラ。
そして刀を握りなおすと、あろう事かその切っ先を自身へと向け一息にその切っ先で自分の右目を貫いたのだ。

「ッな! テメェなにしてやがる!?」


そのテスラの行動に思わず驚きの声を上げるノイトラ。
それもその筈だ、消沈したかと思えばいきなり自分の目を貫く。
奇行ともいえるそれを目にした驚き、しかしテスラは自らの目を貫いた刀を退き、冷静に話し始める。

「ッツ!・・・・・・ これが、僕の”覚悟”だ。僕の”甘さ”は、今貫いた右目と”共に死んだ”、それに・・・隻眼になれば、少しはお前と同じ景色を見られるだろう?」


テスラの覚悟、己の右目を潰してまでも、破面といえど潰れた目に二度と光は戻らない、それをしてでも”甘さ”を捨て従属官になろうとする覚悟、残った左目がまるで炎を宿したかのように熱を持ち、ノイトラを射抜く。
対してノイトラもその左目の炎を確かに感じていた。
目を潰したからといってテスラの持つ”甘さ”が本当に消えたとは思わない、しかし、それをやってのける気概、己の”甘さ”を捨てるための一種の儀式かのようなそれ、それを間近で見たノイトラの内に多少の変化が起きていた。

「チッ! 馬鹿が・・・・・・ 付いて来たきゃ勝手にしな、だが俺の邪魔をしたら容赦なく殺す、いいな。」


そう言い放ち、立ち上がるとテスラに背をむけ歩き出すノイトラ。
そしてテスラはその後に続く。

その瞬間、もうテスラに右目の痛みなど無くなっていた。





――――――――――





漆黒の闇だけがある空間。
虚夜宮の天蓋の下では逆に珍しい暗闇、その中に響く醜悪な音。
鈍く、重く、裂けるように、折れるように、引きずり、捏ね、潰すように響くその音、そしてそれに混じる咀嚼音。
他の何も必要ない、それこそ先程見た紅い霊圧の破面など気にも留めずに、一心不乱に喰らいつく。
そう、暗闇の奥にいる者はたった今食事中なのだ。

「ネェ、今ノデ何体メ?」

「二万四千五百二十八体目だ。」


語り合う声が二つ、しかしその闇の奥にいる影は一つだった。
その影、丈の長いコートのような死覇装、そしてその襟や裾、袖口に布をふんだんに使った飾りを付け手には手袋を嵌めていた。
そしておそらく通常の人体構造から言えば頭があるであろう場所にそれはあった。
言うなれば巨大な試験管、その中には薄紅色の液体が満たされ、其処に二つの拳大の玉が浮かんでいる。
そう、その球こそこの影の頭だった、破面として完全な人型では無い、それはその者が最上大虚で無いという事を示す証であり、しかしそうでありながら浮かぶ二つの球にはそれぞれ『9』の刻印がしっかりと刻み付けられていた。

暗闇で食む者、名を第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)『アーロニーロ・アルルエリ』、十刃の中で唯一の”下級大虚(ギリアン)”階級の破面である。

人としての容を凡そしか持ち合わせていないアーロニーロ。
その最たるは、巨大な試験管に浮かぶ球体の頭部だろう。
浮かぶ二つの球体、それが彼の頭部、その球体それぞれに人格が存在し、一つの身体に二つの人格を持つ。
だが、二重人格者などとは違い、どちらかが表に出ているという訳ではなく、常に二つの人格が表層で存在しあっているのだ。

それは元々そういう容(かたち)として生まれたのか、それともそうならざるを得なかったのか、それは定かではない。
二つの人格、そして薬液のような液体に浮かぶ二つの球体は、それぞれ違った性質を持っていた。
一つは知的で思慮深そうな印象を、もう一つは幼く直情的な印象を見るものに与える。
もし、彼等が一つから二つに分かれたとするならば、それが分断の基準だろう。
二つを分けるのならば”理性”と”本能”、そしてその二つが分かれて存在しているからこそ、彼等は”彼等として”今も存在しているのだ。

「今ノ虚、面白イ能力ヲ持ッテイタネ。」

「あぁ、メタスタシア、とかいったか。 いや、志波海燕と言った方がいいな。」

「ソウダネ、ヘタナ大虚ヨリヨッポド強イヨ。コノ死神。」

彼等が今し方咀嚼し終えたのは虚だった。
他の破面はどうかわからないが、彼等にとって食事とは虚を喰らう事であり、それは彼等にとって何よりも重要な事であった。
そうして喰らい終えた虚、しかし今回の虚は少し変っていた。
その虚は明らかに違うものに見えた、化物、異形である虚とは違う外見、それはアーロニーロ達破面に近い”人型”をしていたのだ。

その虚を食らった後、アーロニーロの持つ”能力”が伝えた事実、その虚は死神と戦い、自身の持つ能力によって死神の霊体と融合した、という事だった。
そしてその死神の姿を乗っ取った虚は、しかし死神の仲間によって討たれ、虚圏へと戻ったのだった。

「今回は”アタリ”だったな・・・・・・ この戦闘力、なによりこの死神の知識、」

「ソノ全テガ僕ラノ”力”ニナル。」


喰らった虚が偶々持っていた能力、その能力の贄となった死神、そしてその全てを喰らったアーロニーロ。
彼の頭部のひとつが試験管の硝子に接するように近付き、そして試験管から頭部の一部が外へと出る。
尚も外へと出ようとする頭部、しかしその外へと出た部分は最早醜い球体のそれではなかった。
外と内、試験管の硝子を境界とし、二つの世界でその頭部はまったく違う外見を有し始めていた、それは球体ではなく人間の顔、黒髪は跳ねる様にその人物の快活さを表し、精悍な顔立ちはその人物の在り方を如実に物語っていた。

其処にもう試験管の頭部を持った異形はいなかった。
居るのは唯一人、死神。

「これでオレが、”志波海燕” だ。」


嗤う死神、おそらく本当の彼が一生することが無かったであろう、醜悪な笑みを浮かべる死神が其処にいた・・・・・・





――――――――――





「あ~~つまんねぇ。 あそこで止めるかよ普通、つまんねぇったらねぇ。」

床に横になりながらそう呟くのは巨体。
ネロと同等の巨体、人の下顎骨の形をした仮面の名残、濁赤色の眉とそれと同じ色の仮面紋が目元に挿されていた。
横になりながら手を伸ばし、大皿の上に載った料理を無造作に手で掴むとそのまま口へと放り込む。
巨体ゆえほんの4~5回手を伸ばせば皿の上から料理は無くなり、しかし彼が何を言うでもなく次の料理が運ばれてくる。

彼こそ残る最後の十刃、第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴであった。

先に彼が呟いたそれは玉座での出来事、ネロとハリベル、そしてフェルナンド、三者の戦いの結末が彼には不満だった。
内容が、理由が、そういったものはヤミーには関係ない。
唯不満、藍染の手によって強制的に終了となってしまった先の戦い、それが彼にとって不満なのだ。
理由は簡単。

”つまらないから” だ。

ヤミーにとって先の戦いは暇が潰れる絶好の喜劇であり、それ以外の勝ちを彼はその戦いになんら見出しては居なかった。
他人が死のうが生きようが彼にはまったく興味はない、だがやり合うなら派手にやれ、自分が楽しめるほど派手にやれ、それでどちらかが死ねば最高の喜劇だ。
その程度にしか先の戦いを捉えていないヤミー、しかしそれは藍染によって止められ有耶無耶の後にその場は終わった。

気落ちした、というよりはどこか不完全燃焼、不満な気持ちを残したまま自分の宮殿へと戻ったヤミー。
床に無造作に横になると、彼が何も言わずとも彼の前に運ばれる料理。
ヤミーも何も言わず唯それがあるのが当然といった風で、料理に手を伸ばす。

一見ただだらだらしているようにしか見えないその姿。
しかしこれも彼なりに理由というものがあった、彼にとって今は雌伏の時なのだ。
今は食べ、そして眠り、蓄えなければならない、それが今の彼にとっての戦いである、とも言えた。

一見何もせず、ただ時を浪費しているかのような状態であるそれこそが、ヤミーにとって”力”を得る一番の近道なのだった。

また一つ皿があき、下官が無言でヤミーの前に皿を置く。
しかし、ヤミーはその皿に手を付けず、あろう事かその皿を持ってきた下官を殴り飛ばした。
下官と十刃、最早比べる事すら無意味であるほどその力の差は歴然、結果その下官は頭部、それどころか上半身全てを消し飛ばされ絶命した。

「馬鹿が、俺はこれから寝るんだよ。それくらい分かれクズ。」


理不尽、あまりにも理不尽、しかしそれこそヤミーという破面を表すかのようなその行動。
彼にとって格下の者など、それこそ同属たる破面であろうが関係なく、そして躊躇うことなく殺す対象でしかない。
理由などあってないようなもの、そも理由など必要ないのだ彼に。

体勢を変え、下半身だけになった下官と、その血に浸った料理に背を向け眠るヤミー。
そのヤミーの背で他の下官が、もしかしたら自分だったかもしれない下半身と料理を下げる。
彼らの思いは唯一つ。

『どうか今、この”獣(ヤミー)”が目覚めませんように』という一心だけだった。







躊躇

射抜かれるは自身

刺さるは言葉、それとも・・・

黄金の女神

紅との再開










※あとがき

難産、というか後半はやっつけ感がつよいかも。
7番8番はすんなり、9番もまぁまぁ、問題は10番だった・・・・・・
中身なんてあってないような話になってしまった。

8番の話は個人的には意外と気に入ってます。

てゆうか最近主人公一切喋ってない・・・・・・
ちゃんと書けるかな~ 荒れてたら申し訳ない。


2010.11.20










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.25
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:55
BLEACH El fuego no se apaga.25










玉座の間、破面の創造主、藍染惣右介の目の前で起こった暴虐の坩堝から数日。
第2十刃、ネロ・マリグノ・クリーメンが幽閉された、という噂と共に虚夜宮には平穏が訪れていた。
それは此処、第3宮(トレス・パラシオ)でも変らず、しかし虚夜宮全体は平穏であれどここに居る者達の内は、決して穏やかではなかった。

「イテててて・・・ クッソ~、ネロの野郎め~~!」


身体を動かすと奔る痛み、その痛みにそれを自身に与えた者の名を忌々しげに呼ぶのは、肩口程の短い黒髪、左右違う色の瞳を持った女性、『アパッチ・ユニコーニオ』。

「五月蝿いね。 痛いのはみんな一緒なんだよ・・・少しは静かにしなよアパッチ。」


そのアパッチの恨み声に反応し、それを窘めるのは筋肉質な身体つき、ウェーブのかかった黒髪を背の中ほどまでのばした女性、『ミラ・ローズ・アマソナス』だった。
そしてそれに続くように最後の一人が言葉を発する。

「そうですわ。 その耳障りな声は傷に障りますの。」

「テメェ!スンスンふざけんじゃねッ! イテテ・・・・・・」


最後の一人、ミラ・ローズよりも長い黒髪、頭に髪飾りのような仮面の名残を飾り、長い袖で口元を隠しながらアパッチに対し毒舌を発揮するのは『スンスン・サーペント』、そのスンスンの言に噛み付くアパッチだが、痛みによってそれどころではない様だった。

彼女等三人、第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルの従属官(フラシオン)は無謀にも第2十刃ネロに挑み、なす総べなく返り討ちにされ、その傷を第3宮の一室で三人並んで寝台に横たわり、癒していた。

繰り広げられるいつものやり取り、アパッチとミラ・ローズの小さな小競り合いにスンスンが毒舌で割って入り大きくなるいざこざ。
しかし、そのいつものやり取りも今日この場に限っては、語弊はあろうがどこか精彩を欠いている印象を受けるものだった。
それは彼女等が傷付き臥せっている、ということも一つの理由としてあろう。
だが、本当の理由、彼女等が常の快活で活発な雰囲気を纏っていない本当の理由は別にあった。

その理由はやはり彼女等の主、ハリベルへと帰結するもの。
彼女等の内にあるのは悔しさ、そしてそれ以上にハリベルに対する”申し訳ない”、という気持ちだった。

彼女等の主ハリベルは私闘を好まない。
理由無き争いは獣のそれと同じ、理性を持ち、己の”力”を律する戦士たる者は,無闇な戦いは避けるべきであるとするハリベル。
その彼女の従属官たるアパッチ等もその考えを充分理解し、そうあろうと振舞ってきた。
しかし、玉座の間で今や彼女等の怨敵とすら言えるネロが放った言葉は,彼女達の怒りを瞬時に業火へと変じさせた。

彼女等とて判っていたのだ、私闘の愚かさ、そして相手と自分達の実力の如何ともし難い”差”の存在を。
それでも挑まずには、いや、殺そうとせずにいられなかったのだ、尊敬し敬愛するハリベルを”淫売”と呼んだ憎き者を。

結果として彼女等は当然とも言うべき敗北を喫した。
傷つき、倒れ臥してからの事を彼女等は覚えていない、しかし自分達が目指す戦士としての在り方に反した事だけは判っていた。
アパッチ等三人に後悔はなかった、もしあの場でネロの言葉を甘んじて受け退いていたら、彼女等はその不義から二度とハリベルの目を見ることはできなかっただろう。
しかし戦士としての在り方に反したものまた事実、それはアパッチ等にとって今まで自分達にその在り方を説き、導いてくれたハリベルに対する裏切りですらあった。
故の後悔、申し訳なさが満ちる彼女等の内、だが現実としてこうして生き残り、かといってネロを倒せたわけでもない彼女等、ハリベルの為、彼女の”誇り”を守るための戦いだった、しかし彼女等の前に立ちはだかる問題もまた、ハリベルであった。

「・・・・・・ハリベル様・・・ やっぱり怒ってるよな・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・・」」


意を決し、今まで三人の誰もが避けていた話題を口にしたのはアパッチだった。
それを聞いたミラ・ローズとスンスンは黙り込む、おそらく二人とてアパッチと同じことを考えていたのだろう。

「怒ってるな・・・ きっと・・・・・・」

「えぇ、教えを守れず、その上生き恥まで曝してしまっては・・・ね・・・・・・」


沈黙の後アパッチに同意するミラ・ローズとスンスン。
己を律する事もできず、かといって相手を討ち取る事もできず、討ち死にすらできなかった彼女等。
結局のところ三人ともハリベルにあわせる顔がないのだ。
そして彼女等にある一抹の不安、”怒り”ならまだいい、だがもし、最初に見るハリベルの顔に映るのが”怒り”ではなく”落胆”だったら。
それはアパッチ等三人にとって恐怖でしかない、主の為、ハリベルのために生きると決めた彼女等にとってそれは恐怖なのだ。

「「「 ハァ~~~~~~~ 」」」


奇しくも三人が同時に溜息をつく。
だが、邂逅は避けられず、その時は刻々と迫っていた。





――――――――――





「・・・・・・・・・・・・・・・フゥ・・・・・・」


響くのは靴音と溜息のみ。
一定の間隔で続くそれは、既に大分長い時間続いていた。
ハリベルは自分の宮殿の廊下を、正確にはアパッチ等彼女の従属官が休んでいる部屋の近くの廊下を、何度も行ったり来たりしていた。
それは躊躇いの感情、ただ彼女達に、自分の従属官である彼女達に会う、ただそれだけの事が躊躇われる。
理由などハリベルにも判っているのだ、それは自分の愚かさが生んだ罪であると。

彼女は自分の中の矜持、戦士としての在り方と誇りに囚われるあまり、自らの従属官を見殺しにしてしまうところだった。
だがそれはフェルナンドという替え難き存在により回避する事ができた、しかしそれはただ彼女等の命が助かったということであり、ハリベル自身が彼女等を見殺しにしてしまったかも知れないという事に変りはなかった。

そしてフェルナンドが危機に曝された時、自分の”本当の願い”というものを思い出したハリベル。
その願いを、『仲間』というものを再確認した彼女であったが、それ故に躊躇いが生まれていた。
なんとしても、何を措いても”守る”という決意は、確かにハリベルの内に何よりも深く刻まれたろう、しかし深く刻まれたが故にその対象たるアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人に今顔を合わせ、なんと言えばいいのか、彼女には判らなくなっていた。

戦士としての在り方、ハリベルはそれに固執した、しかし彼女はその在り方自身は今でも間違ってはいないと思っている。
間違ったのは自分自身、そう在ろう、そう在らねばならないと無意識に思い込み、自身をその枠に押し込めていた自分自身なのだと。
そして彼女が積み上げて来た戦士としての在り方や、それを誇りに思う事は間違いではないと。

だが、彼女の従属官である三人がそれに反したからといって、ハリベルに彼女達を責める権利はない。
そもそも彼女達に非はないのだ、在り方を強要してしまった自分、それに従ったまでの彼女達を責める権利など無いとハリベルは考えていた。
ならば気さくに、ただ「加減はどうだ?」と聴けばいい、切欠などその程度で充分なのだろう。
しかし今のハリベルにそれは出来なかった。


《何故? 何故助けてくれなかったのですか・・・・・・》


そんな台詞が彼女には聞こえた気がした。
それは幻聴であろう、しかしハリベルにとってそれは現実あり得る事であり、ハリベルの内より木霊するそれを彼女の従属官達は言う権利を持っているのだ。
それは恐怖、戦いの中で感じるそれとは別の恐怖。
『仲間』故に、大切な存在であるが故にもしそれを言われたら、という恐怖は計り知れない。
大切だ、と再度自覚したからこそその言葉はハリベルを抉るだろう、故の躊躇い、何度も何度も廊下を足早に行き来するハリベル、自分はこんなにも臆病だったのかと自覚するほどの躊躇いが其処にあった。
戦場ではなく、ただあの三人に拒絶される事がこれほど怖ろしい事か、と。

しかし何時までもこうしていたとて事態は好転するはずもない。

「・・・・・・・・・ ヨシッ・・・・・・」


小さく呟くハリベル、その呟きは己への鼓舞だった。
彼女等は自分を許さないかもしれない、なじられ、罵倒され、拒絶されてしまうかもしれない。
それでも構わない、それでも自分が謝らねばならない、と。
ただ一言「すまない」と、自分のせいで傷つけてしまった彼女等に謝らねばならないと。
そうしなければ、きっと自分は一生彼女等に真正面から向き合う事ができないのだから、と。

意を決し踏み出すハリベル。
邂逅は直ぐ其処まで迫っていた。





――――――――――





コンコンと扉を叩く音がする。

「は~い、開いてるよ。」


その音に反応し、ミラ・ローズが入室を許可する。
三人しかいない部屋、他の二人、アパッチとスンスンもさしてそれを咎める事はない。
第3宮、十刃の宮殿であるこの場所に客など来る筈もなく、ミラ・ローズはおおかた下官かなにかだろうと思い気軽に許可を出した。
当然の行為であるそれ、なんら不自然でもないその行為、しかし彼女は失念していた、此処が誰の宮殿であるか、唯一人、下官ではなくこの部屋を訪れる可能性がある人物がいた、ということを。

扉を叩く音がしてから数瞬、やや入室の許可が下りて後間を空けてゆっくりと扉が開く。
そしてその扉から入って来たのは、焦げ茶色の服を着た下官ではなく、白い死覇装を着た人物、スラリと伸びた手足、褐色の肌が死覇装に栄え、金色の髪は艶やかにその人物の頬を撫でていた。

「あっ・・・・・・・・・」


三人のうち誰ともなしにそんな呟きが零れる。
それは何時か来る邂逅ではあった、それが今訪れたに過ぎない事、彼女達の前に現れたのは下官ではなかった。
彼女達の主、敬愛する主、ティア・ハリベルが彼女達の前に立っていた。


そして訪れるのは沈黙、二、三歩入った入り口辺りに立つハリベルと、それぞれ寝台の上で上半身を起し硬直している三人。
普段ならば彼女等にこんな沈黙が訪れる事はない、ただ今だけは、この微妙なシコリを抱える今だけは、違っていた。
沈黙が部屋に満ちる、四人それぞれに何とかきっかけを作ろうとしてはいるようだがうまくいかず、声を発そうとしては躊躇い、止めてしまう、といったことを繰り返していた。

それがどれほど続いただろうか、一瞬だったかもしれないし、長い時間だったかもしれない、だが、いい加減このままではマズイと全員が思った頃、意を決しまるで頃合を見計らったかのように全員が同時に声を上げた。

「「「ハリベル様!」」」  「お前達・・・」

「「「申し訳ありませんでした!」」」  「すまなかった・・・・・・」


全員が同時に声を上げ、そして頭を下げていた。
謝罪、何を措いてもまずは、と全員がそれを口にする。
互いを大切に思うからこそ、相手に対する裏切りとすら取れる行為をしてしまった事への謝罪を、言い訳も何もなくただ申し訳ないという気持ちを伝えなければならないと。

「「「・・・・・・え?」」」


頭を下げる四人のうち、先にその異変に気がついたのはアパッチ等三人の方だった。
確かに彼女達に聞こえたのは”怒り”による叱責ではなく、「すまなかった」、という謝罪の言葉だった。
恐る恐る頭を上げる三人、そして目に飛び込んできたのは自分達の主が、よりにもよって部下である自分達に深々と頭を下げる姿だった。

「え? ちょっ、えぇ!?」

「御止めくださいハリベル様! 何故私(わたくし)達などに頭を下げられるのですか!」

「そうです! 止めてください!」


混乱するアパッチ、そして寝台から身を乗り出さんほどの勢いでハリベルに止めてくれと懇願するスンスンとミラ・ローズ。
それもそのはずだ、彼女等が覚悟していたのは叱責であり、まさか自分達の主から謝罪されるなどということは、露程も考えてはいなかったのだ。
頭を下げるのをやめてくれという二人と混乱状態の一人、しかしハリベルはその頭を下げたまま言う。

「いや、愚かだったのは私だ。 お前達は何一つ悪くない、”守る”と誓いながら戦士としての在り方に固執するあまりそれを忘れ、お前たちの危機を救う事もできず傷つけさせてしまった・・・・・・どうか、許して欲しい・・・・・・」


ハリベルの口から語られるのは彼女等が思っていたのとは真逆の言葉だった。
悪いのは全て自分だ、と語るハリベル、しかし彼女等にとってそれは違うのだ、悪いのはハリベルではなく自分達、真に頭を下げ許しを請うべきは自分達なのだ、と。

「違いますわ! 悪いのは私達の方です。誇り高きハリベル様の従属官たる私達が、私闘にはしった事こそ責められるべきですわ!」

「スンスンの言うとおりです! ハリベル様は何も悪くない!アタシ達が馬鹿だったんです! 申し訳ありませんでした!」


スンスンとミラ・ローズは叫び、再び頭を下げる。
ハリベルは何も悪くないと、悪いのは自分達だと叫び頭を下げる。
悪いのは、責められるべきは自分達だ、だから顔を上げてくれと願うかのように頭を下げる二人、そしてその二人に続くように、いや、二人以上に悲痛な叫びがそこに木霊した。

「やめてくれよ・・・・・・ なぁ・・・やめてくれよハリベル様! 何で謝るんだよ! 悪いのはあたし達だろ!?なのになんで謝るんだよ! それなのになんで、なんで・・・・・・ なんでそんな風に”震えてる”んだよ!あたし達が好きなのは! 誰にも負けない”強い”ハリベル様なのに!なんで!」


混乱の中、アパッチが見たのは頭を下げ、その肩を小刻みに震えさせているハリベルの姿だった。
アパッチにはそれがどこか幻にすら見えた、ありえないと、自分の知っているハリベルは、理想像たるハリベルがこんな姿を自分達に見せる筈は無いと。
アパッチの言葉にスンスンとミラ・ローズも再び顔を上げる。
そして眼にするのはアパッチの言葉通りのハリベルの姿、それは二人、いや、三人にとってとても衝撃的な光景であった。

「私は・・・・・・ お前達を傷つけさせてしまったことが、そしてそれを許してしまいそうだった自分が許せない。故にもう二度とあんな事はさせはしない。・・・だが同時に私は怖いんだ・・・・・・ お前達を失う事が、そして今、お前達に拒絶されるかもしれないと思うと、私は怖くてたまらない。」


独白、己の内にある弱さ、本来誰にも見せるべきではないその弱さ、しかしそれを見せられる相手を前にハリベルはそれを語る。
自分が怖れる事は何か、決意と、そして再認した尊さゆえの恐怖に苛まれるハリベル。

「そんな事ある分けない! あたし達がハリベル様を拒絶する何である訳ない!あたし達はハリベル様が来るなといっても何処までだって着いていく!」

「そうです! そんな事、怖がる必要なんてこれっぽっちもないです!アタシ達は”ハリベル様の”従属官なんですから!」


アパッチとミラ・ローズが矢継ぎ早にハリベルの言葉を否定する。
ありえないと、自分達がハリベルを拒絶するなどということはありえないと、それは誇りなのだ、彼女等にとっての。
ハリベルの従属官、その地位にいることが彼女等の誇りなのではなく、彼女の傍で彼女を支える事が、共に道を歩む事が彼女等の誇りなのだ。

「ハリベル様、顔を上げていただけますか?」


スンスンが静かにハリベルにそう頼む。
ハリベルもその言葉に漸く下げていた頭を上げ、三人と目を合わせる。

「私(わたくし)達は常にハリベル様のお傍にいますわ。そして今回と同じ事があればまた同じように行動するでしょう。」

「それは・・・・・・」


静かに語るスンスン、常の毒気も無く、しかし口元を隠す癖はそのままにハリベルを真っ直ぐ見据えて語る。

「それが私達の”誇り”だからです。 ハリベル様に教えて頂いたもの、そして自らが考え実践していく上で生まれた”誇り”ですわ。それによってまたこうして傷つく事もあるでしょう、でもそれをハリベル様が気に病む必要はありませんわ。ハリベル様はただ一言『付いて来い』と言って下さればいいのです、そうすれば私達は何処までも、そして何時までもお傍にいますわ。」


スンスンの言う彼女達の”誇り”、それはハリベルのために生きるという誇り、彼女に害をなし貶めようとする者のこと如くを排する事、そして常に彼女の傍で彼女を守り通す事、それこそが従属官たる三人の”誇り”なのだ。
そして自分達の傷を気に病む事は無いと、ハリベルにはただ一言、その一言をくれれば自分達は何処までも共にいけると。
必要とされている、という感覚、それだけがあれば自分達は貴方のために生きられると。
そんな自分達が貴方を拒絶するはずが無い、とスンスンはハリベルに伝えたのだった。

そのスンスンの言葉に力強く頷くアパッチとミラ・ローズ。
それを見たハリベルは思う、やはり自分は愚かで、しかしそれ以上に幸せなのだろうか、と。
最早多くを語る必要など無く、それでもただ一言、このすばらしき従属官達に言葉を送ろうとハリベルは口を開く。

「お前達・・・・・・ 本当に・・・ありがとう。」


そう言って再び頭を下げるハリベル、しかしそれは謝罪ではなく感謝の礼だった。
それを見たアパッチが悪戯な笑みを浮かべる。

「だ・か・ら、頭下げないでくださいよ、ね?ハリベル様。」


その声に顔を上げるハリベルだが、目に映るのは歯を見せニカッと笑うアパッチ、そしてミラ・ローズとスンスンの二人もまた笑顔だった。
それを見たハリベルもまた「フッ」と小さく笑う。

「これは一本とられた・・・か。」


そう零したハリベルの言葉で部屋の空気からしこりは取れ、常の彼女達の雰囲気へと戻りつつあった。
互いの想いというものを再認した彼女等、その結束は今後更に強固となるだろう。
だが今は、ただこの掛替えの無い時間を過ごす事だけが、彼女達にとって何より重要であった。





「よう、しぶとく生き残ったじゃねぇか、三バカ。」




その四人に、正確には寝台へ横たわる三人へと声がかかる。
四人がそちらに視線を送る、そして入口に立ち、三人へと声を掛けた男性の姿をその目に納めた。

ハリベルと同じ金色の髪、短めで後ろに跳ね上がるように、そして少し長めの後ろ髪は紐でぞんざいに縛られ一纏めにされている。
白い死覇装は袴はハリベルらと同じ様式で、しかし靴は履いておらず裸足、上着は袖が七分丈、正面はファスナーになっており、それを腹の中ほどまで下げ胸の中心に開いた孔が見えていた。
背の高さは大体160~170cm程度か、男性にしては小柄であるがその身体つきは華奢ではなく、しなやかで強靭そうな筋肉に適度に覆われていた。
そして何より目を引くのはその瞳、紅い、紅い瞳が四人を射抜くかのように鋭く彼女等を見据えていた。

「あ、アンタ・・・ もしかしてフェルナンドかい?」


その青年にいち早く話しかけたのはミラ・ローズだった。
青年にフェルナンドか?と問う彼女、まさに半信半疑だった、自分の知るフェルナンドはどう考えてもあそこまで大きくなく、もっと華奢な子供の姿なのだ。
では何故ミラ・ローズが青年をフェルナンドだと思ったのか、それは青年が言った『三バカ』という台詞によるもの、常フェルナンドはハリベルの従属官である三人を一纏めに呼ぶときは『三バカ』と呼んでいたのだ。
何度彼女等が拳を交えた”注意”を行おうともそれが改善されたためしは無く、結果、そう呼ばれる事が定着してしまった呼び名。
そしてそれを呼ぶのは唯一人、フェルナンド・アルディエンデいがいありえなかった。

「へぇ~、よく判ったじゃねぇかよ。で、どうだ?デブにこっ酷くやられた感想は。」


自身の変化をいち早く見抜いたミラ・ローズに感心しながらもフェルナンドは彼女等三人に近付いていった。
スッ、とハリベルの横をすり抜けて、だ。

「おいコラ、フェルナンド! デカくなったからって調子に乗ってんじゃないよ!いい加減『三バカ』って呼ぶの止めろ!」


近付いてくるフェルナンドに向かっていち早く食って掛かったアパッチ。
いい加減その呼称は止めろと怒鳴るがフェルナンドは何処吹く風だった。

「そうですわ、フェルナンドさん。おバカなのは”この二人”だけです、一括りにされては私(わたくし)心外ですわ。」

「「テメェ、スンスン!喧嘩売ってんのか!」」


アパッチの言葉に同意するように話すスンスン。
しかし内容はまったく違う、バカなのは自分以外の二人だけで自分は違う、一緒にされては迷惑だといわんばかりに言う彼女。
どうやらもうその毒は復活し、常のように二人へと振り撒かれている様だった。



そうしてギャァギャァと騒ぐ面々をハリベルは一歩下がった位置から見ていた。
目の前に広がるこの光景、喧騒、静謐とは無縁とも思える光景ではある、しかしこれが自分が望んだ光景でもあると、ハリベルは思っていた。

(守ろう・・・・・・ 私はこの光景を、何時までも・・・この命が続く限り。)


決意とは覚悟、そしてそれは自分との契約、誓いである。
誓いも新たにハリベルは、己の理想を求める事を決意した。

しかしそのハリベルにも一抹の不安は残る。
それはフェルナンドの事、彼女は彼を落胆させてしまったのだ、あの玉座の間で。


《今のお前は、俺が殺す価値もねェよ》


フェルナンドがハリベルに言い放ったその言葉、それがハリベルに未だ不安を残す。
愚かだった自分、それを認め乗り越えた今の自分、果たして今の自分は値するだろうか、再び彼の前に、フェルナンドの前に立つ者として値するだろうか、と。
喧騒、たった四人の喧騒を見つめるハリベル。
その守るべき風景の中に今や確かに居る一人の青年、その青年にとって今の自分はどう映るのかと、ハリベルはそれだけが気がかりだった。

「ハッ! あいも変わらずうるせぇヤツラだ。・・・・・・で? 憂いは晴れたかよ、ハリベル?」


喧騒の中、フェルナンドが不意にハリベルのほうへと振り返る。
振り返った肩越しに見える彼の表情、どこか人をくった様な薄い笑みを浮かべ、力強く、しかしどこか澄んだ紅い瞳でハリベルを見る。
『憂いは晴れたか』、その言葉に込められたフェルナンドの思い、それにハリベルはなんと答えようかと暫し悩む。

言いたい事は多くあった、傷の加減はいいのか、どうしてあんな無茶をしたのか、だがその言葉のどれもがどこか違う気がハリベルにはしていた。
だから、ただ純粋に、再びの邂逅で自然に浮かんだその言葉をハリベルは口にした。

「あぁ、晴れたよ。 ・・・よく戻った、フェルナンド。」


着飾った言葉ではない、気の利いた台詞という訳でもない。
だが、それが今、ハリベルが最も伝えたい一言だった。
無事に戻った『仲間』に対し、ただ一言伝えたかった言葉はそれだけだったのだ。

そんなハリベルの様子を見たフェルナンドは、一瞬だが口角を上げ笑みを深くしていた。

「そうかい、晴れたかい。 ならいいさ、それでこそハリベル、ってもんだ。」


そしてフェルナンドが発したその言葉、それだけでいい、それだけでハリベルには充分伝わっていた。
故にそれ以上をハリベルは語らない、後は来るべきその日のためにただ研鑽を積むのみなのだから。

一度は脅かされた日常、紆余曲折の後、それは再びこの場所に戻る事ができたのであった・・・・・・



































「そういえばフェルナンド・・・・・・」


再開より程なくして、なにか思い出したかのようにハリベルはフェルナンドに話しかける。

「あぁ? なんだよ。」


その言葉に身体ごと振り返り、ハリベルへと向き直るフェルナンド。
ハリベルはフェルナンドの正面まで近付くと、その手をフェルナンドの頭の上に載せ、ポンポンと二回ほど軽く叩く。
そしてなにかを確認したように「ふむ」と小さく呟くと、どうにもズレた事を口走った。

「お前・・・・・・・・・ ”少し”背が伸びたか?」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・え~~・・・・・・」」」


なんとも言えない微妙な空気がその場を支配する。
アパッチ等三人ですら気が付いたフェルナンドの見紛うばかりの成長。
フェルナンドからすれば念願の著しく成長した、本来あるべき姿に戻った今の身体。
それがハリベルにしてみれば、ただほんの少し背が伸びた程度になってしまっていた。
戦士として完璧であるハリベル、しかし一歩そこから離れると途端になにかがズレてしまう様だった。

「ほぅ・・・・・・そうか、そうか、そうか・・・やっぱりその辺はアンタらしいよハリベル・・・・・・どうにもアンタは、俺の、神経を、逆撫でするのが、うまいらしい・・・・・・上等だ! 今すぐ此処でぶっ殺してやる!!」


ポンポンと頭を叩かれた体勢のまま俯いていたフェルナンド、その怒りが一気に膨れ上がる。
それを察知したアパッチ等三人は痛む身体をおして、フェルナンドの身体にしがみ付く様にしてそれを押さえ込んだ。

「落ち着けフェルナンド!」

「そうだ!ハリベル様のアレは、今にはじまった事じゃねぇだろが!」

「そうですわ! 落ち着いてくださいまし!」


必死に止める三人、それを何とか振り切ろうと「放せ~!!」と叫びながらもがくフェルナンド。
そんなフェルナンドの様子をハリベルはまるで理解できず、小首を傾げるようにしていた。

「一体何を怒っているんだ? お前は。」


心底わからない、といった風で呟くハリベルを他所に、フェルナンドの叫びは虚夜宮へと響き渡るのだった。







値踏み

興味

好奇心

代償の支払

雷光は今、輝く









※あとがき

連休というのは偉大だ。
何せこの短期間で本編が更新できるのだからw

今回は三人娘とハリベルの関係。
そして出番がほぼ皆無だった主人公の登場でした。

今回は二段オチとなっています。
一段目でキレイな感じで、二段目でちょいぶっ飛んだ感アリw
別々ではなく一の後に二段目が着た、というかんじであります

ハリベルさんのリアクション楽しみにしてくださっていた方々、こんなんでどうでしょう?





[18582] BLEACH El fuego no se apaga.extra2
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/23 16:09
BLEACH El fuego no se apaga.extra2


















■は狼


果てなき砂漠で唯独り、孤独を食んで彷徨い歩く


■に近寄る者あらず


近寄る者は皆全て、■のせいで死に絶える

■は狼、砂漠に独り


誰か■に笑っておくれ・・・・・・







■は一体誰だろう?
あまりに長い時を生きたせいか、最早自分の名前すら思い出せない。
知っているのは極僅か、此処が何処かという事と、自分が”独り”だということだけ。
一体何時から自分は”独り”だったのか、それを考え、思い返すのが馬鹿らしくなるほどそうだった事だけは解っていた。
誰も■に近寄っては来ないんだ。
だってそうだろう?


誰も、自分から死にたがる奴なんて居ないんだから。


皆、死んでいくんだ、■の近くに来ると皆。
理由なんて解り切ってる、■のせいだ。
この強すぎる霊圧、全てはコレのせい、コレがあるから皆、死んでいく、皆、皆、死んでいく・・・・・・
何で■だけ、何で■だけがこんなめに合うんだろう?
別に強い事に拘りは無かったんだ、ただいつの間にか、それこそ他者を寄せ付けないほど■は強くなっていた。
理由なんてものは解らないし、今となっては知りたくも無い。
ただ目の前にある現実は非情で、■に近付く奴らは皆、■の霊圧に耐えられなくなり、魂が削れて死んでいくだけだった。





弱い奴が羨ましかった。
個々に強大な力を持たず、害される恐怖に怯えて生きる奴等、だけどそれ故に、弱い故に群れていられる。
自分以外の誰かと共に居る事が出来る、そう、奴らは皆、”独り”じゃないんだ・・・・・・

羨ましかった、何よりも、■の強さと引き換えに、その弱さを欲してしまうほどに。
贅沢だ、傲慢だと罵る奴も居るかもしれない、でも■は心底そう思っているんだ。
持つ者と持たざる者、力ある物と無い者、持たざる者が持つ物を、力ある者を羨むのと同じくらい■は持たざる者を羨んでいるんだ・・・・・・
だけどそれは叶わない、今更手に入れてしまったものを放り出す事は叶わない。

結局■はどうしようもなく、何も出来ず、この砂漠を彷徨い”孤独”の中に居るしかないんだ・・・・・・





嗚呼、■は一体何のために生まれてきたのか。
誰ともまみえず、ただただ果てしない白い砂漠を彷徨うためだけに生まれて来たのか。
ただただ、こうして”孤独”の中で生きていく為に生まれて来たのか、もしそうならそれのなんと残酷な事だろうか。
そんな■に、最近解った事がある。

”孤独”とは”死”だ。

”孤独”とは、”独り”とは誰にも知られていないという事に等しい。
誰からも認知されず、誰からも認識されずただ存在する存在。
誰の記憶に残る事もなく、ただ生命という活動を続ける存在は本当に”生きている”といえるだろうか?
その命ある霞のような存在は、そもそも生命体であるといえるのだろうか?

■にはそうは思えない。
そして何より”孤独”は押し潰すんだ、少しずつ、じわじわと、■の精神を押し潰すんだ。
求めるものは遠ざかり、また、求められる事もなく、それは自分という存在の価値の否定でしかないだろう。
そんなものに耐えられる筈がないんだ、無価値な存在を許してくれるほど、どんな世界も優しく出来てはいないのだから。
今までそれに耐えてきた、”孤独の重さ”に■は耐えてきた、だからといってこの先もずっとそれに耐えていられるのか?出来るかもしれないし出来ないかもしれない、それが訪れるのは百年先か千年先か、それとも明日か、もしかしたら数分後かもしれない。

それは恐怖だ、耐えられない”孤独”など恐怖以外の何者でもないだろう。
その恐怖を前に■に一体何が出来る? 何も出来やしない、ただそれに押し潰されて死ぬだけだ・・・・・・





また途方もない時間が過ぎた気がする。
でもそれは気のせいで、本当はまだほんの少ししか時間は過ぎていないのかもしれない。
まぁ結局のところ同じだろう、時間なんてもう意味がない、終わりが近付いているんだ。
■には解る、もう直ぐ自分は”孤独”に耐え切れなくなるだろう、ということが。
誰よりも、それこそ生きる命というもののなかで誰よりも長く、”孤独”と付き合い続けた自分だからこそ解るその時。
それを前に自分が何をすべきか考えてみた、だけどそんなもの考えつきはしない。
することなんか何もないんだ、ただ受け入れてやればいい、それでこの長い”孤独”ともさよならなんだから。
だがもし、もしも悔やまれる事があるとすれば、一度でいい、一度でいいから

誰かと手をつないでみたかった・・・・・・な。





もう駄目だ!耐えられない・・・・・・
”独り”は嫌だ! ”孤独”は嫌だ!もう”独りぼっち”は嫌なんだ!
何で■ばっかりがこんな目に合う? どうして?どうしてなんだ!
一緒に居たいだけなんだ、ただ誰かと、自分じゃない誰かとただ一緒に居たいだけなんだ。
それは、そう思う事はいけない事なのか? ただ誰かと一緒にいたいと願う事が、そんなにいけない事なのか?
もう充分だろう! ■は充分”孤独”の中にいただろう?もう嫌なんだ! 嫌なんだよ!
誰か・・・・・・ 誰でもいい・・・・・・ ■を此処から救ってくれ。

■の傍で、■だけに笑顔を見せてくれよ・・・・・・

それが誰にも届かない事なんて解っていた。
だけどもう誰かに縋るしかなかった、でも現実って奴はやっぱり何処までの非情で、そもそも誰も■に近づけないんだから助けなんてありはしないいんだ。
だったらもう、この耐えられない”孤独”から抜け出すには自分が、■自身がどうにかするしかない。
恐怖を前に、ただ受け入れるだけだと思っていたものに抗ってやるんだ。
そして”独り”じゃなくなるんだ。

仮面に手をかける。
顔を覆う仮面に両手をかけ、力を込める。
どうすればいいかなんて解らなかった、ただそうすればなにかが起こるという確信だけがあった。
それをした後、■がどうなるかなんて解らない。
それでも、たとえ■という存在が死んだとしても、”孤独”じゃなくなるなら、”独り”じゃなくなるなら、そっちの方がよっぽどマシだろう。
仮面が軋み、罅割れる、それでも力を込める事をやめることはない。

おそらくコレを剥いだ時、自分が消えるであろう直感が奔る。
それは本能の警告なのか、自分という存在の消滅に対する警告が直感として脳裏を奔り抜ける。
それでも止めない。
数瞬の後には仮面は剥れ、■という存在は消えるだろう。
でも、それでも、なにかが残る気がする。
そしてそれはきっと”孤独”ではないと■は思う。

高い音が響く、それが自分の仮面が剥れ、砕けた音だと認識するかしないかで、■の意識は白に染まった。
消えていく意識、その中でただ思う事がひとつ、理由は解らないがただ浮かんだのはたった一言。


『おめでとう』 という言葉だけだった。





――――――――――





『俺』が目覚めて最初に見たのは、薄い黄緑色の髪をした小さな子供だった。
そして一目見て直感した、|コイツ(・・・)は俺だ、と。
片割れであり、俺自身であり、そして|もう一人(・・・・)、という俺以外の存在であると。

「・・・・・・名前はあるか?」

「・・・リリネット。 ・・・・・・あんたこそ名前なんかあるの?あたしだったくせに。」

「・・・・・・スターク、だ。」


リリネット・・・か、いい名前じゃないかと内心で褒める。
そして俺も自分の名前を答えた、ただそれだけのやり取りが俺の内に響く。
俺にとってそれは独りじゃないんだと、俺じゃない誰かが傍にいるということを確信できた瞬間だったから。






『あたし』を呼ぶ声がする。
顔を上げるとそこには黒髪のデカい男が座っていた。
見て直ぐ解った、この男があたしの半身だって事が、もう一人の|あたし以外のあたし(・・・・・・・・・)だっていう事が。
名前を聞きながら、こっちに大きなボロボロの布切れを放り投げる男、名前はスタークっていうらしい。
その布切れを羽織ながらあたしはスタークに訊いた。

「・・・スターク、 ・・・・・・これから何するの・・・?」


そんなあたしの疑問にスタークはただ一言、「何だってできるさ・・・」と答えた。
だからあたしは更に訊いた。

「じゃぁ、どこへ行くの・・・?」


スタークはさっきと同じ、ちょっとぶっきらぼうな態度で「どこへでも」と答える。
そっけない態度、だけど不思議と嫌な感じはしなかった。
それはスタークがあたしだからなのか、それとも別の理由なのかよくわからなかったけど、今はそれでいい気がする。

「一緒に行こうぜ・・・・・・どこまでも・・・・・・」


スタークの言葉に、一緒(・・)という言葉にあたしは自然と笑っていた。
一緒、初めて誰かに言ってもらえたその言葉が、あたしには嬉しくてたまらなかった。
立ち上がるスタークに続くようにあたしも歩み寄る。

そうしてスタークの横に立って、スタークの手を握った。
スタークは一瞬驚いた顔をしたけど、ちゃんと手を握り返してくれた。

その握った手から、あたしは初めて自分以外のぬくもりを感じたんだ・・・・・・








俺|(あたし)は狼


果てなき砂漠をふらふらと、往くあてもなく彷徨い歩く


俺|(あたし)に近寄る者あらず


近寄る者は皆全て、俺|(あたし)のせいで死に絶える


俺|(あたし)は狼、砂漠を歩く


だけど俺|(あたし)は”独り”じゃないんだ・・・・・・










※あとがき

もうすぐ10万PV越えるよ記念という中途半端なタイミングでの記念作品です。
そして感謝の証として番外編でもあります。
これも全ては、日頃から本作品を読んで下さっている皆様あってのこと。
本当に感謝でゴザイマス。

さて、今回の番外編。
感謝の証と言いながら、半分は作者がもう我慢の限界だった、という部分も御座います。
孤独な二人をはやく書きたい、でも登場はまだ・・・・・・どうしたものか
という時にこの番外を思いつきました。

二人の背景について語られている部分が少なく、半分以上は捏造でありますが
自分なりにこんな感じではないか、と想像しながら書いてみました。
愉しんで頂ける内容になっているでしょうか?

感想をお待ちしております。

2010.11.23










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.26
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/03/26 10:59
BLEACH El fuego no se apaga.26










フェルナンド・アルディエンデの日常は自由だ。
その日の気分によって、その行動は大きく変ってしまう事もしばしばあるほど彼は何にも縛られない。
生活の基盤、というか衣食住の全ては彼が現在やっかいになっている第3十刃、ティア・ハリベルの下で充分事足りている。
フェルナンドの方もただやっかいになっているのも癪だ、と彼女の従属官の戦闘訓練などの相手をすることも少なくない。
だが、そうして彼が自分で決めた事以外、彼は何一つ縛られる事はなかった。

日がな一日屋上で寝転がり、天蓋に映る偽物の空を眺めてみたり。
フラッといなくなったかと思えば二、三日後に何事もなかったかのように戻ってみたり。
それをハリベルがいくら問い詰めようと、ヒラリヒラリと追及を避わし煙に巻き、まるで掴み所のない雲のように彼女をあしらってしまうのだ。

そして今日も、フェルナンドは思い立ったように第3宮を後にし、虚夜宮の天蓋の下に広がる砂漠を何処を目指すでもなく歩いていた。
別に目的があった訳ではないのだろう、あえて理由を問われれば、「なんとなく」と答えるしかないようなそんな思い付きの散歩のようなものだった。
だがしかし、その何となくの行動が、フェルナンドの下に些細な厄介事を呼び込んだ。

「・・・・・・で? アンタ達いつまで俺の後を付いて来る心算だ?いい加減鬱陶しいんだが・・・な・・・・・」


フェルナンドが軽く頭を掻きながらそんな呟きを零す。
フェルナンドが今立っているのは何処とも知れぬ白い砂漠、打ち捨てられたような太い柱や瓦礫が、そこかしこに散在する場所だった。
おおよそフェルナンドだけしかいないその場所、しかしそのフェルナンドの呟きから少し間を置いてそれらは現れた。

柱の影、瓦礫の影から現れたのは、フェルナンドと同じ白い服を着た破面たちだった。
そのどれもが成長したフェルナンドの身体と比べてもより大きく、屈強な身体つきをした破面達、それらがフェルナンドを囲み、まるで逃がさぬよう包囲するかのように佇んでいた。

「フェルナンド・アルディエンデだな?」

「ハッ! ようやく・・・かよ。それにしてもぞろぞろと・・・一体俺に何のようだ?」


その内の一体、長い金髪で顔の殆どを仮面で覆い隠した破面がフェルナンドの名を呼び、本人かどうかを確認するように話しかける。
それを鼻で笑いながら、顕われた見知らぬ破面達を、ぐるりと見回すフェルナンド。
その全てが険しい表情をし、明らかに自分に対して敵意を抱いているという事をフェルナンドが理解するのに、それほど時は必要としなかった。

(ったく、殺気滲ませてまぁ・・・しっかし何なんだ?コイツ等・・・・・・ こんだけ大勢に恨まれるような事した覚えは・・・・・・そういえばある・・・な、まぁお礼参り、ってのが妥当な線か・・・・・・)


内心、何故自分が殺気を向けられているのか見当が付かなかったフェルナンド。
なにか自分が恨みを買うようなことをしたかと考えてみれば、あっさりとその答えは出た。
『数字持ち(ヌメロス)狩り』、ハリベルの指示と自身の研鑽の為に行ったそれ、それによりかなりの人数を倒したフェルナンドである、恨みを一つも買っていない、という方がふざけた話ではあった。
それに思い至り、改めて自身を囲む破面の顔を見るフェルナンド、しかしそこで彼は違和感を覚えた。

(・・・・・・違う・・・な。 あの時戦った奴等じゃねぇ・・・・・・なら本当にコイツ等何者だ・・・?)


そう、フェルナンドを囲む面々は、彼が打ち倒してた数字持ちではなかった。
ならば一体彼等は何者なのか、フェルナンドの内にかすかな疑問が残る。
そんなフェルナンドを他所に一人の破面が声を上げる、しかしそれはフェルナンドの疑問に対する答えでは当然なく、開戦の合図だった。

「その”力”、試させてもらう。」


その長髪の破面の言葉と共に、フェルナンドを囲むうちの一体がフェルナンドに向かって正面から突進する。
しかし、フェルナンドはその破面を視界に捉えているにもかかわらす、何の反応もせず立っているだけだった。


結果から言えばその破面は“違えた”のだ。

真正面から挑む様は勇敢ではある、しかしそれは下策であろう、それはフェルナンドに対してという訳ではなく、どんな戦い、どんな相手に措いてでもそうなのだ。
格下が格上に挑むというならば、真正面は下策中の下策でしかない。
そう、その破面は”違えた”のだ、どちらが“上”で、“下”なのかを。
そして結末はあっさりと訪れる。


「グハッッ!!」


あまりにも哀れな断末魔を残し吹き飛ばされる破面。
真正面から対格差で押し潰しにかかったその破面、しかしフェルナンドはそれに動じる事無く、相手の攻撃が届くよりも早く相手の顎、胸部、そして鳩尾に連続で蹴りを見舞っていた。
それは何の変哲もないただの蹴りであり、しかし連続といってもほぼ同時と見紛う速さで繰り出されたその蹴り、衝撃自体もほぼ同時、ある意味三乗の威力で破面は吹き飛ばされその意識を手放していた。

「まぁなんだっていいか・・・ アンタ達が俺に仕掛けてきた、それが重要だ。それに丁度良かった、コッチも少し試したい事があってよぉ。いい練習台が転がり込んできたもんだぜ、まったく・・・・・・」」


襲われた、というのにフェルナンドは相変わらず自然体のままで、構えようとしなかった。
そしてあろう事かその転がり込んできた厄介事を、歓迎するかのような態度をとるフェルナンド。
だが、そんなフェルナンドの態度を見ても彼を囲む破面達は殺気を強めることこそすれ、激昂し、後先もなく飛び掛ってくるようなことはしなかった。
それは強烈な自制心か、或いは激昂すら凌駕するほどの強制力なのか、どちらにせよフェルナンドには関係のない話ではあった。

周りを囲む破面達、最初の一体が倒されて後、それほど間を置かずに別の破面がフェルナンドへと挑みかかる。
先程の光景を見ていたであろうその破面、正面から仕掛けるようなことはせず、フェルナンドの周りをぐるぐると回り彼の死角、死角へと移動する。
対してフェルナンドはあいも変わらず自然体のまま、ただ立っているというだけだった。
一見隙だらけに見えるその姿、しかしフェルナンドの周りを回る破面は、一向に仕掛ける様子を見せなかった。

ただぐるぐると回るだけの破面、機を伺い続けるその破面は今、手を出さないのではなく出せない(・・・・)のだ。
見えるのは打ち込んだ瞬間倒される自分の姿のみ、何処から攻めようとその姿しかその破面には思い浮かばなかった。

そんな破面とフェルナンドの視線が一瞬合う。
その視線に、紅く鋭いその視線に一瞬過ぎった闘気、それにその破面は瞬間耐える事ができなくなり、堪えきれず攻めに転じた。
フェルナンドの頭を狙った一撃、しかしそれはあえなく避けられる。

その一撃を避けたフェルナンドは、頭の横を通り過ぎた破面の手首を握ると、旋風の如き素早さでその破面の懐に身体を潜り込ませ、もう片方の手で袖を掴むとそのまま背負い込むようにその破面を投げ、頭から砂漠へと叩きつける。
砂漠、砂といってもやわらかく弾力に優れている、という訳ではない。
力こそ分散されるが、頭から叩きつけられれば叩きつけられた者の意識、そして下手をすれば命を刈り取る事すら簡単なのだ。

「さて、これで二人目・・・っと。 しかし今のは思ったより今一だな・・・・・・場所に左右されるってのがうまくねぇ・・・・・・」


難無く二人目も倒すフェルナンド。
頭から叩きつけられた破面は顔の半分ほどを砂漠に埋没させ、痙攣していた。
動いている事から殺してはいないようだが、とうのフェルナンドといえば何事か思案するように、コメカミの辺りを指で掻きながら考え込んでいた。
だが、そんなフェルナンドの思案など関係ないとばかりに、更にもう一体の破面が輪から進み出る。
それに気付いたフェルナンドは訝しむ様にその破面を睨みつけ、話しかけた。

「また一人だけでやる心算か? 来るんなら全員で来たほうがまだマシなんじゃねぇか?えぇ?」

「不正解(ノ・エス・エサクト)。 コチラにはコチラの事情、というものがある。貴様には関係ない。」


フェルナンドの問に答えたのは進み出た破面ではなく、最初と同じ長髪の破面だった。
周りを囲めるだけの人数、その数の有利というものを彼等は生かそうとしていない。
それがフェルナンドには理解できなかった。
最初はしょうがない、二度目もまぁ許容範囲だろう、しかし三度目、此処までくれば自分達と相手の実力差がどれ程のものか判る、というものだ。
おそらく実力でフェルナンドに劣っているであろう彼等、ならばその不足を補うには、自分達が現状フェルナンドに勝っている部分で補うというのが定石であり、そしてそれは今、『数の有利』以外なかった。

だが彼等はあくまで一人ずつフェルナンドに挑んでくる。
矜持か、信念か、或いは別の何かなのか、とにかく一人ずつ挑んでくる彼等に対するフェルナンドの疑問、それに対する長髪の破面の答えはただ「事情はあるが、貴様には関係ない」というそっけない回答で答えられた。

「そうかい・・・・・・ まぁ、俺としても練習台が多いに越した事はないんだが・・・な。」


そう呟くとフェルナンドはやや半身気味に体勢を変え、両足を開き、両腕をやや拳を開いた状態で目線より少し下にし、初めて構えを取った。
そして構えると共にフェルナンドから発せられる“気”
霊圧ではなく、ただ気迫が発せられているだけだが、その場にいる者は肌が粟立つような感覚を味わっていた。
そして思う、目の前にいるのはただの破面ではないと、それは今までの動きで判ってはいた、しかし実感として今、彼等は感じているのだ。


この破面は普通ではない・・・と。


それでも、それが実感できていても彼等が退く事はなかった。
囲みから一人出てきてはフェルナンドに挑みかかり、呆気なく倒されるという繰り返しを続ける。
最早それは個人の意思、というよりももっと大きなものに突き動かされているような様相を呈してきた。
おそらく金髪の破面がフェルナンドに言った、「コチラの事情」というものが大いに関係しているであろう事は明白であり、しかしそれはフェルナンドにとってはまったく関係のないことであった。




挑みかかってくる破面達、一対一の連続が続く中、フェルナンドはそれに飽きる事無く寧ろ愉しむようにそれを続けていた。
そうして戦うフェルナンド、最早戦っていると言えるかすら疑問ではあるが、そんなフェルナンドの戦い方に次第に若干ではあるが変化が現れる。
拳脚を用いた”打撃”をもって戦ってきたフェルナンド、しかし今、フェルナンドは打撃を主体としながらもそれに新たな要素を加えた戦い方をし始めていた。
それは先程破面を頭から砂漠へと叩きつけた投げ業であったり、拳といった近接攻撃よりも更に内側の間合い、肘による斬撃にも似た一撃を相手に見舞う事もあった。
更には相手の手足の関節などを、稼動方向とは逆に曲げて間接を極める事や、またそのまま骨を折るなどといった相手の外部的破壊以外の内部的破壊を目的とした戦闘方法も模索している様子だった。

そう、それは模索、フェルナンドは今、本当にこの襲い来る破面達を練習台として使い模索しているのだ、自分の戦闘スタイルというものを。
それは数字持ち狩りの時にも行った研鑽の延長線上にある物だった。
だがしかし、あの時と今でフェルナンド自身が決定的に違っているもの、それは”体格”だ。

子供の身体と、小柄ではあるが大人の身体、それには大きな差が生まれる、一つは筋肉や骨格の量や強度、もちろん上昇した霊圧もその一つに数えられるだろう。
だが、戦闘において近接格闘を主体とするフェルナンドにとって最も重要な点は、身体的成長によって得た”射程距離の延長”であった。
射程距離、格闘でいえば拳や蹴りが届く距離といえばいいのか、身体が成長したことによりフェルナンドのそれは子供の姿のときと比べ飛躍的に伸びていた。

成長した身体、伸びた手足、模索とは即ち昇華であり、フェルンドがいい練習台だと言ったのはこの点がやはり大きかった。
今までと同じ動作を今までと違う身体でする、それに伴う感覚的な差異を埋め、さらに成長によって可能となった動きを確認する。
今までどおりの動き、しかし“今のまま”でいることをフェルナンドは良しとはしない。
昇華とは今以上という事、それをフェルナンドは貪欲に目指しているのだ、普段飄々とした態度をしてはいてもその本質、”生”の実感を求め戦うという彼が求めるのは戦うための”力”なのだから。

「今のも違う・・・な。 とどめの前に一拍入るのはよくねぇ。それにただ背負って投げるだけじゃぁそもそも投げる必要が無ぇ・・・か。」


また一体、フェルナンドへと挑みかかった破面が倒れる。
今度の破面は一番初めと同じように、フェルナンドに背負われるようにして投げ飛ばされた。
しかし、今度は頭から叩き落すのではなく、背中から砂漠に落とすようにして投げるフェルナンド。
衝撃は確かにあるだろうが、それのみで相手を倒すほどの威力はその投げにはどうしても乗りづらかったのか、投げられた破面はその衝撃に耐えてみせた。
だが次の瞬間、砂漠へと投げ伏せれれたその破面が目にした光景、その破面が意識を失う直前に見た光景は、まさに眼前にまで迫るフェルナンドの足の裏だった。

フェルナンドは相手を砂漠へと叩きつけると、仰向けに倒れる相手の顔面をその足で強かに踏みつけたのだ。
顔を踏みつけられた相手は一瞬大きく痙攣し、その後意識を失ったかのように動かなくなった。
だが、殺してはいない。
フェルナンドは先程から相手をしている全ての破面達を意識を刈り取るまでに留め、命まで奪う事まではしていなかった。

「そもそも決着なんてもんは一瞬だ・・・・・・投げた、蹴った、倒した、これだって一瞬には多い。理想は全てを限りなく同時に・・・か 」

一人考え込むフェルナンド、模索するのは新たなる自分の戦い方。
こうして戦う中で彼はそれの糸口を掴み始めていた、朧気に見えるのは理想、相対した敵をどうすれば完殺できるかという事を追求した理想の動き、ただ殴って倒す、蹴って倒すのではなく、絶命に至るまでの間で更に殺している、殺しきっているという理想像。

囲みの数もだいぶ少なくなっていた。
最早突破は容易く、そもそも捕らえられているというよりは自分からこの場に留まっている、と言った方が正しいフェルナンド。
そして彼の前にまた一体、破面が進み出て挑みかかってくる。
さすがに今までの戦いをその目で見ていたその破面は、ある意味で善戦していた。
それはフェルナンドが今も思考にその重きを裂いているということが一つと、彼が見計らっている(・・・・・・・)為。

そうとは知らず自分が圧していると感じたのか、その破面は攻勢を強める。
不用意に繰り出されてくる拳、蹴り、その全てがフェルナンドからすれば不用意極まりないものに見えていた。
破面はその肉体自体が武器となる、鋼皮(イエロ)と呼ばれる鋼鉄のような皮膚と圧倒的膂力を持って相手を打倒できる身体、振り回せばそれだけで拳は凶器と化すだろう。
だが、その既に凶器である拳を更に凶(まが)つものに、殺すために研鑽するフェルナンドにとってそれはあまりに不様で不用意であり、愚かしく映っていた。

そしてフェルナンドが動く。
またしても不用意に迫り来る破面、その勢いを中段の蹴り一発で止めて奪い去ると、旋風の速さで相手の懐へと潜り込み先程と同じように投げを打つフェルナンド。
そこからはまさしく一瞬だった。
先程とは違い、両手で相手の手首を掴み腕の二の腕辺りを自分の肩に乗せて担ぐようにして投げを打つ。
すると破面の肘は本来曲る方向とは逆方向に無理矢理に曲げられ、挫かれ、そしてかかった加重に耐え切れず肘は拉げる様に砕け耳障りな音を上げた。
そうして相手の腕を極め、そして折り壊しながらも止まらず投げを打つフェルナンド。
投げ飛ばされた相手は天地が逆転し、頭が下、足が上という逆様の状態、そしてその頭部は砂漠へと吸い込まれるように墜ちて行く。
そのまま叩きつけられても、また万が一立ち上がろうとも腕を折られ、戦う事は不可能であろうその破面。

しかしフェルナンドはまだ止まらない。
腕を極め、投げ、そして折り破壊し、相手の頭が砂漠へと突き刺さるまさに直前に自らも相手を追うように跳び、逆さになった破面の喉笛に膝を押し付けるとそのまま砂漠に叩きつけた。
投げの威力とフェルナンドの全体重は細く脆い首に全て集約され、破面の喉笛はいとも簡単に押しつぶされ、首の骨は砕け、それに止まらずその破面の首は無残にも胴から千切れるように刎ねられてしまう。

まるで断頭台の様なその一撃。
極める、投げる、折る、そして壊し殺すという一連の動作の中に集約した要素達。
それぞれが単体ではなく一連の動作の中に納まり、連動し、調和しているということの重要性。
その一撃をもって相手を完殺する為だけの動き、荒削りではあるがまた一つ、フェルナンド・アルディエンデの求める”力”が昇華し、その姿を現した瞬間だった。


「・・・・・・まぁ、悪くは無ぇ・・・か。 まだまだ甘いが・・・・・・単体じゃなく、一連の動作として集約し、殺しきる・・・かよ。 ただまぁ、悔やまれるのは殺しちまったって事ぐらい・・・か。」


残心の後、スッと立ち上がったフェルナンド。
その一撃の評価は彼の中でも上々といった様子で、連動と集約という一つの道筋が見えるものだった。
しかしフェルナンドが視線を向ける先、其処に転がるソレを見ながら彼は一瞬悔いるような言葉を零す。
其処に転がるのは死体、腕があらぬ方向へと曲り、そして顔は潰れ鮮血に染まり動かないそれは死体以外の何者でもなかった。
そしてソレはフェルナンドの一撃の犠牲となった存在であり、フェルナンド自身まさに編み出したばかりのそれに加減など出来るはずも無く、全力で放ったそれは容易にその破面を絶命たらしめたのだった。

「感傷かい? フェルナンド・アルディエンデ。 それとも殺した事を後悔しているのか? 不正解(ノ・エス・エサクト)! 愚か過ぎるぞそれは。 そんな事では、君の“評価”は最低だと報告せねばなるまい。」


そんな一縷の後悔を漏らすかのようなフェルナンドに、長い金髪の破面が声をかける。
顔の殆どを仮面で隠し、口元意外はほぼ見えていないが、その口元には明らかな嘲笑が浮かんでいた。
感傷に浸ると言う破面として愚かしいとすら言えるフェルナンドの様子に対する嘲笑が。 


「ハッ! 別にコイツ等が“自分から”戦(や)りに来たってぇんなら何も問題ねぇさ。 損時はキッチリ殺してやるよ。・・・・・・だがなぁ、“覚悟”も何も無ぇでただ命令された(・・・・・)から戦うなんてのまで相手にしてられるかよ。 “覚悟”の無ぇのまで背負える程、俺の背中は広く無ぇ。それにそんな中途半端をいくら殺したところで、俺の欲しいモンは手に入る訳が無ぇから・・・な 」


長髪の破面の言葉を鼻で笑い、フェルナンドが悔いの理由を話す。
本来、フェルナンドは殺す事を躊躇わない。
それは戦いというものの中で見せる躊躇いとは“死”を招く源であり、そもそも戦いとは互いに自らの勝利と、そして“死”を覚悟して臨むべきものであるというフェルナンドの考えに基づくものだった。

しかし、先程から相手をしている数多くの破面達、だがフェルナンドにはその中に一人としてその“覚悟”の視える者はいなかった。
それは自らの勝利、そして“死”を考えていないという証であり、自らの意思で戦場に立つ者としてあり得ない行為であった。
ならば何故彼等は戦場に、フェルナンド・アルディエンデという男の前に立ち塞がったのか、それが自らの意思でないとするならば、答えは他者の意思によってということに、つまり“命ぜられて”戦場に立っているという事となる。
それが誰の意思か、何の目的があるのか、そこまではフェルナンドにはわからない。

だが、フェルナンドにとって彼等が彼らの意志でこの場にいない、ということだけで充分だった。
己の意思なき者、“覚悟”なき操り人形などいくら殺したところで、彼の求めるものは手に入るわけがないのだ。
自己と自己、拳と刀、そして魂と魂、その全てをかけ戦ったその先だけに彼が求めるものはあるのだから。

故にフェルナンドは彼等を殺す事はしなかった。
そして悔いたのは殺した事ではなく、“覚悟なき死”を背負ってしまった事へのそれであった。

「なるほど・・・・・・ 求めるのはあくまでも高潔な戦い、ということか。いいだろう、合格だ。フェルナンド・アルディエンデ、とある御方が貴様に会いたいと仰せだ、謁見の許可を誉れと思い、大人しく我等に着いて来い。」


フェルナンドの言葉から彼の意思を読み取ったのか、長髪の破面は納得したように頷くと、フェルナンドにとんでもない発言をぶつけてきた。
それはフェルナンドと合いたいと言う者がいる、誰かは明かさないが光栄な事だから大人しく言う事に従え、というなんとも不遜な言葉だった。
有無を言わさぬ発言、逆に感謝すら求めているような物言い、それを浴びせられたフェルナンド。
そんな物言いに、このフェルナンド・アルディエンデという男が謙り、跪き、感謝の言葉を述べる姿が想像できるだろうか。

言うまでもなく答えは『否』だ。
そもそもフェルナンドは誰にも縛られない。
ハリベルに戦う術を教わる事はあっても決して“下”ではなく、あくまで“対等”として接し、創造主たる藍染にすらその態度を変える事はなかった。
そんなフェルナンドに対して上から物を言う、そんな相手に対するフェルナンドの答えはやはり判り切ったものだった。

「ハッ! 寝言は寝て言いやがれ。 アンタ等のご主人様が誰かなんて俺は知らねぇし、知る必要もねぇ。態々雑魚をあてがって物見遊山気分が知らねぇが、こんなもんは命じた奴の底が知れる(・・・・・)。会いたいなら呼びつけんじゃなくて、テメェの足でテメェが来い、そう伝えろ。」


そう言い残すとフェルナンドはその場から立ち去ろうと歩を進める。
フェルナンドにとってもうこの場に留まる理由は何一つなかった、この場で彼は予想以上の収穫を得ていた。
模索と昇華、その前段階程度捉えていた彼にとって、この場で得た一つの到達点への導(しるべ)、そして得た新たなる“力”、それだけで彼には充分でありその他は余分であり、その余分の極致がこの不遜な招待だった。

「・・・・・・それは困る。 これも我等が陛下の望み、逃がすわけには行かない、多少手荒な事をしてでも連れて行かせてもらう!」


立ち去ろうとするフェルナンド、しかし長髪の破面は当然それを良しとはしない。
彼の言葉に呼応し、フェルナンドを囲んでいた破面達は一斉に動き、フェルナンドの行く手を塞ぐように立ち塞がる。
歩を止めるフェルナンドの前に生まれたそれは壁、一対多の壁であった。

彼等はこの時初めて『数の有利』を活かしたのだ、いかな目の前で一対一で圧倒的に、そして次々と仲間を打倒するこの男であっても、これだけの人数で一息に攻めれば勝てる、と。

そんな夢想を彼等は描いていた。



「勝てる・・・・・・そう思ってるな? だったら俺も容赦はしねぇ、俺の間合いに入れば・・・“殺す”・・・・・・」


その彼等を夢想から一気に現実へと引き戻す言葉が紡がれる。
高揚した精神に冷水を掛けられたかのように一息に、彼等は目の前の破面を注視した。
彼等に見えるその破面の顔は、しかし紡がれた言葉とは裏腹の無表情に近いものだった。
殺す、という強い言葉を口にしながら、その顔は静かな湖のように静けさを湛えていた、それが逆に彼等に恐怖を刻む。
その静けさ、しかしその破面が、フェルナンド・アルディエンデが放つ“気”は、紡がれた言葉が本当であると告げている。



間合いに入れば殺す



それが真実であると彼等は理解する。
そして彼等の恐怖の源はゆっくりと、彼らの壁に向かって再び歩を進める。
誰が最初に動いたかはわからない、しかし気がつけば壁を形成していた全ての破面が左右に別れていた。
その中心、ぽっかりと空いた壁の穴を、フェルナンドは悠々と進む。
だがその前にたった一人、立ち塞がる者がいた、それは長い金髪をしたあの破面であった。

「逃がしはしない、と言った筈だ・・・・・・」


そう口にし、腰を落として抜刀の構えをとる金髪の破面。
対してフェルナンドは淀みなくその歩を進め、間合いを詰める。
次第に詰まる二人の間合い、互いの間合いは近付き、そして重なる。
瞬間動いたのは長髪の破面だった、鞘に添えていた手の親指で斬魄刀の鍔を弾き、それを起爆剤として一息に刀身を抜き放とうとする。

「なん・・・だと!?」


しかしそれは叶わなかった。
抜き放とうとした長髪の破面の刀は、その刀身の中程までしか鞘から顕われる事はなかった。
柄を握った腕に力を込める長髪の破面、しかし刀は一向に抜ける気配は無い、そう、抜けるはずがないのだ。
彼の斬魄刀は今、フェルナンドによって完全に押さえ込まれている(・・・・・・・・・)のだから。


フェルナンドは間合いにはいった相手が刀を抜くと同時に更に間合いを詰め、その足の裏で刀の柄尻を押さえ抜刀を阻止していた。
本来ならばこのままもう一方の足で跳び上がり、相手の顔を蹴りぬくなどしてとどめを刺すのだが、フェルナンドはこの長髪の破面に関してはそうはしなかった。

「アンタ・・・・・・ 今、一回死んだぜ・・・わかったか? 俺とアンタの“差”が、己と命令の“差”がよぉ。アンタは殺さないでおいてやる。 だから必ず伝えろ、さっきの言葉をアンタのご主人様に・・・な。」


そう言い残し、長髪の破面の斬魄刀の柄を踏み台にして跳び上がり、その場を去るフェルナンド。
長髪の破面はそれを追う事はしなかった。
その場に残された長髪の破面、ギリッという奥歯を噛締める音だけがそこに残った。







勅命の重さ

跪く流断の士

血染めの衣

座してこそ王である










2012.03.26改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga.27
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2011/12/06 21:28
BLEACH El fuego no se apaga.27










荘厳、そして重苦しい雰囲気がその場を支配していた。
それを醸し出すのは豪奢な椅子にどっしりと座った一人の老人。
老人といってもその腕は太く屈強な筋肉に覆われ、胸板も厚く、老人であると判断できるのは年輪の如き年経た皺と、白い髪と蓄えた髭、そして重みのあるその言葉があればこそだろう。

「なんぞ言いたい事はあるか・・・・・・フィンドール。」


響く声に鷹揚はない。
その言葉からは何の感情も読み取る事はできなかった。
座したまま肘掛に寄り掛かるようにして頬杖をつき、第1十刃(プリメーラ・エスパーダ) “大帝” バラガン・ルイゼンバーンはその腰掛ける椅子より数段下がった場所で傅く、男にそう問うのだった。


傅く男、頭頂部から顎に至るまで顔の殆どを仮面で隠した、長い金髪の破面(アランカル)、名をフィンドール・キャリアス、第1十刃バラガンの従属官の一人にして、此度バラガン直々の勅命を受け、その任に就いていた男である。
その任務とはたった一人の破面をこの場に連れてくる、という傍から見れば至極簡単なもの。
だがその破面、彼の仕える王が興味を示すだけあって非常に厄介な存在であった。

名をフェルナンド・アルディエンデ、半年ほど前に現第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルが、直々に虚圏の白砂漠より連れ帰った大虚。

曰く、第3十刃を大虚でありながら追い詰めた。
曰く、その霊圧は上位十刃を凌駕する。
曰く、数字持ちの全てを一人で倒した。


挙げればそれこそ限が無いほど、その破面、フェルナンド・アルディエンデにまつわる噂が飛び交っていた。
良くも悪くも注目の的、と言う事なのだろう。
だが噂とはえてして尾ヒレがつくもの、飛び交うそれを全て鵜呑みにできるわけではないし、往々にして誇張されて伝播するものだが、しかしその全てが嘘という訳でもないのだろう。
現に彼等の王はその噂の主に興味を示している、そして彼等の王は見たというのだ、その破面が第2十刃を叩き伏せる様を。

故にフィンドールへとその命は下った。


『件の破面の実力を見定めよ。 そして儂の前に連れて来い。』


フィンドールへと下ったのはその一言のみ、しかしそれは王の勅命、それを拝命したフィンドールは最下級の破面、というよりは破面モドキとも呼ぶべき者達を掻き集め、フェルナンドの力を見定め、多少手荒なまねをしてでも彼が頂く王の御前へ連れて行こうとしたのだ。
しかし、結果的にそれは見事に失敗し、冒頭の場面へと帰結したのだった。


「早よう答えんか。 何故、あの童(わっぱ)が此処に居らん・・・・・・」


重い言葉、それが傅くフィンドールの背中に圧し掛かるように降る。
フィンドールの頬を一筋の汗が流れる、唯目の前にいるというだけで圧しかかる重圧は相当のものだった。
王の御前、その前に傅くのは彼一人、それが何を意味するのかなど明白であり、しかしバラガンはあえてフィンドールに問う。
そしてフィンドールは意を決したかのように早口に捲くし立てた。

「申し訳御座いません陛下! 奴めが一人となるのを待ち、モドキ共を使って奴めを囲み一体一体ぶつけ、奴めの力を見ましたところ、はっきり申し上げて想像以上で御座いました・・・・・・モドキ共では手も足も出ず、まるで弄ばれるかのように次々と倒され、それもほぼ全てのもどきを殺さずに無力化するというふzッ!!!」


捲くし立てるフィンドール、しかしそれは突如遮られる。
誰かが口を挟んだわけではなく、唯一つの出来事がそれを遮ったのだ。


彼が傅くその直ぐ隣の床に、深々と刺さった巨大な戦斧の一撃によって。


「戯けめが・・・・・・ 儂が何時、言い訳をしろといった。それ、早よう答えろ・・・・・・ 童(わっぱ)が居らんのに、何故、”貴様だけ戻った”。」


言うまでも無くその床に戦斧を投げつけ、深々と突き刺したのはバラガンだった。
豪奢な椅子に座したまま、そして頬杖をついたまま空いた片手の力のみで投げつけられたその戦斧、だがそうして投げつけられた斧は明らかにフィンドールを一撃の下に両断する威力を有していた。
問に答えず、ただ言い訳を捲くし立てるフィンドールの言葉を止めるのに、それ以上効果的なものは無かっただろう。
そしてバラガンは改めてフィンドールへと問う。
何故、フェルナンドがいないのかと、何故、彼がいないのにお前だけが此処に戻ってきたのか、と。

「大方あの童(わっぱ)にいい様にあしらわれたんじゃろうて・・・・・・不様よのぅ、フィンドール? 敵わず、殺されず、死ねず、不様を曝すしかできん・・・・・・それでも儂の従属官(フラシオン)か! 馬鹿垂れめが!!」


広間をバラガンの怒声が満たす。
任を果たせず、ただ手勢を失い、負けて戻った従属官。
彼から見ればあまりにも不様であるその姿、それに声を荒げる事をバラガンは押さえ切れなかった。

「よいか! 二度と儂の前で不様を曝すな! 曝せば次は、その斧が貴様を叩き割るぞ!」

「・・・・・・御意に。 しかしこのフィンドール、その時は陛下の御手を煩わせる事は御座いません。自らこの首、刎ねて御覧に入れます・・・・・・」


怒声を上げ己が従属官の失態を責めるバラガンであったが、その怒りに任せフィンドールを殺してしまう、等という事は無かった。
その場の感情に流される者は上に立つ資格などない、いくら荒ぶろうとも大局を見据えるものこそ王足りえるのだ。
その点で言えばバラガンは間違いなく王であろう。
不様を曝した部下、しかしそれを曝したのは数多くいる従属官の中でも上に属する者、そういった実力者がそう簡単に配下に加わる可能性は低い。
故にバラガンは許しを与える、上に属するが故に誅さねばならない場合もあるが、バラガンにとって今回の出来事はある意味予定調和の下の結果、とも言えた。

そしてフィンドールもそのバラガンの言葉に更に深く頭を下げ、そしてもしもの時は自ら首を刎ねると宣言した。
それは彼なりの気概だったのだろう、忠誠を誓う王に不様を曝すという屈辱、そして二度もそれに耐えられるほど彼は厚顔ではないようだった。

「フン! 多少の気概は残っておるようじゃのう。まぁ良いわ・・・・・・ してフィンドール、あの童、どれ程のものであった・・・・・・?」


フィンドールが見せた気概に多少バラガンの怒気も納まる。
そしてフィンドールに対して、件の破面、フェルナンドの事を問うバラガン。
フィンドールが先程矢継ぎ早に述べた言葉の中にあった、彼が今回投入したというモドキ達の全てをフェルナンドが無力化したという言葉、しかしそれはバラガンからしてみればフェルナンドの強さを測る目安には程遠かった。

バラガンは一度、フェルナンドの”力”を目にしている、はっきり言ってモドキ程度で相手が務まるとは到底思えはしなかったのだ。
しかし、例え務まらずとも、今回はぶつける事にこそ意味があった。
ぶつけたモドキ全てが打ち伏せられ、殺されようともバラガンの戦力に毛先程の揺るぎも出ない。
バラガンが見たかったのはそのモドキ相手に、フェルナンドがどうするのか、という事だった。

いなすのか、逃げるのか、倒すのか、それとも殺すのか、明らかに実力が下の者をぶつけてこそ、その者の戦いに於ける本質は見えてくる。
バラガンが見たかったのは”力”ではなく”本質”。
故に従属官の中でも上位に位置するフィンドールにその任を任せたのだ、フェルナンドの本質を見極めさせるために。
そしてフェルナンドが、自らの配下足りえるか否か、という事を試すために。


そう、第1十刃バラガンは、未だ番号すら持たないフェルナンド・アルディエンデという破面を、自らの”戦力”としようとしていたのだ。


「・・・・・・奴めの戦闘方法は徒手空拳、霊圧による攻撃を積極的には用いず、斬魄刀すら抜かず、己の肉体強化のみで相手を打倒する事を主眼に置いた戦い方をする破面で御座いました。自ら攻め打倒する事、また相手の攻撃を逆手に取り倒す事、そして霊圧ではなく己の”気”のみでその場を制する気迫、霊圧自体は定かではありませんが、近接格闘という部分では抜きん出ていると考えられます。」


バラガンの問にほんの一瞬間を置き、フィンドールが語りだす。
その間は彼の苛立つ感情を押さえ込むための間だった、語らねばならないのは忌々しき者の事であり、しかし忌々しくも自らの王への報告に私情を挟み、捻じ曲げる事は彼には出来なかった。

「モドキ共は一体を除いて生存、しかしその全てに甚大なダメージを負わせておりました・・・・・・奴めに何故殺さないのかと問えば、覚悟も無く・・・・・・ッ覚悟も無く、命ぜられ戦う者を殺しても意味が無い・・・と。」


一度言葉を詰まらせながらも話し続けるフィンドール。
それはフェルナンドが彼に示して見せた事、そして屈辱の記憶、ただ命令されたから戦う、そんな事では死ぬぞ、というフェルナンドの顔が忌々しくもフィンドールの脳裏をよぎる。
しかし現にフィンドールがこの場に未だ生きていられるのは、一重にフェルナンドが彼を”見逃した”という事の証明だろう。
いや、見逃したという言葉すら温い、”死”とは背負うもの、そして命ぜられたまま戦う彼、フィンドールを殺しその”死”を背負う事をフェルナンドは良しとしなかった。
そう、見逃したという言葉は温い、フェルナンドにとって彼は背負うに値しない存在、今彼が生きているという事はそう言われているのと同義なのだ。

「ほぅ・・・ あの童、なかなか言いよるわ・・・・・・それで? あの童、儂の誘いをなんと言って断りよった・・・・・・?」

「ッ! ・・・・・・そ、それは・・・・・・・・・」


フィンドールが語るフェルナンドの言葉を聞き、バラガンは蓄えた立派な髭を撫でながらククッと笑った。
そして、バラガンは遂に核心部分へと足を踏み入れようとする。
フィンドールにとって此処からがある意味で、一番の山場であろう。
王に、この絶対王にあの言葉を伝えなければならないのかと、不様を曝した自分に見せたあの怒気、身震いする程のそれを発した王にあの言葉を告げなければならないのかと、その後の王の反応、最早フィンドールにそれは想像すら出来なかった。

「何じゃい。 言うてみせぃ・・・・・・ 」

「お、畏れながら陛下! 奴めが申した事は、陛下の御耳に入れるのが憚られるほど無礼極まりない言葉、御耳汚しとなりましょう。それに奴めは”力”こそあれ、その気質は決して陛下の恩為にはなりえませぬ!寧ろこの第1宮に不和と不興を招く事は必定。どうか! どうかお考え直しを!」


フィンドールは必死に訴える、あの者は危険だと、フェルナンド・アルディエンデという破面は彼の王をしても決して御せる者ではないと。
それは敗北による僻みなどではなく、ただ純粋に彼が感じたフェルナンドという男の在り方から導き出された答えなのだろう。
取り方によっては王への反逆とも言える出過ぎた物言い、それをしても尚フィンドールはバラガンに思いとどまるよう進言したのだった。
しかしその懸命ともいえる進言も、バラガンに意味を成すことはなかった。

「違えるでないわ、フィンドール。 儂は貴様に意見など求めておらん、貴様は唯、童(わっぱ)の言葉をその口で語るカラクリよ・・・・・・この場で貴様の価値はそれ以外残っておらんと知れぃ・・・・・・」


まさに両断、そもフィンドールの言葉などバラガンに届くはずもなく、バラガンはその言葉に込めた圧力を増すようにしてフィンドールに語る。
おそらく次にフィンドールが口を開く時、バラガンの望む事を口にしなかったのなら、いかなバラガンとて彼を殺すだろう。


忠節を尽くせぬ従属官など、彼にとって何の価値も無いのだから。


「……畏まりました…… 奴めは畏れ多くも、陛下の招致の御言葉を一笑に伏し、不遜にも、陛下の事など知る必要はなく、この様にモドキ共をあてがって力を測る事は命じた者の底が知れる、と…… そして・・・そして、自分と会いたいのならば呼び寄せるのではなく、陛下に自ら足を運ぶように伝えろ…と。そう、申しておりました……」

バラガンの言葉に、ついにフィンドールはそれを口にした。
偽証は許されない、内容は包み隠さず、しかし出来る限り丁寧な言葉へと置き換えて、フェルナンドの言葉をバラガンへと伝える彼。

そしてフィンドールは彼以外の従属官が、驚愕する雰囲気を肌で感じていた。
それはそうだろう、とフィンドールはその雰囲気に一人納得する。
この虚夜宮のどこに第1十刃 “大帝“バラガン·ルイゼンバーンの言葉を一笑に付し、あまつさえバラガンに命ずるかの如く振る舞う破面がいるだろうか。

いるはずがない、それが彼らバラガンの従属官達の共通した認識であり、数多いる破面のほぼ全ての認識でもあった。
しかし今、例外が生まれたのだ、破面の頂点たる階級である十刃でもない、それどころか数字すら持たない一介の破面がそれをしたという事実、それを知った彼らに驚くな、と言う方が無理な話であった。

傅くフィンドールと、驚きに染まる従属官達、そんな彼らに何かが割れたような、そして崩れるような音が届く。
音の発生源は当然彼等から見て上段に位置する場所、正確にはそれは肘掛の先端が砕ける音であり、その肘掛は腰掛ける者によって粉々に握り潰されていた。

それを見た全員がその身を固くする。
肘掛けの先を握り潰し、背を丸めて俯いているのは彼らの主たるバラガン、見ればその肩はワナワナと震え、それが彼等には今にも爆発する火山の鳴動にすら見えた。
最早この先何が起こるのか、今だ傅くフィンドールにも、そして周りに控える他の従属官達にも予想がつかなかった。
だが、一つだけわかる事はこの火山が噴火する事だけは必定である、という事だけだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クッ・・・・・・」


そして彼等が恐れていた瞬間が訪れようとしている。
だがその場から逃げ出す事は許されるはずも無く、ただその瞬間を待つ事しかできない彼等、訪れる噴火の最前線でそのマグマを浴びる事だけが、彼等にできる唯一の事だった。
そして時は訪れる。

「・・・・・・ククッ・・・フハハ・・・・フハハハハハハハハ!!!あの童(わっぱ)! この儂によう言いよったわ!その物言い、儂に自ら来いという気骨!フハハハハ! 儂に対して欠片の物怖じも見せん態度、やはりあの童(わっぱ)は面白いわい!」


訪れたのは、物みな焼き尽くす灼熱のマグマではなく、豪胆で高らかな笑い声だった。
笑っているのだ、バラガン・ルイゼンバーンは笑っているのだ、自らの呼び声に応えず無視するどころか逆にお前が来いと、そう伝えられたその言葉に彼の王は笑っているのだ。

それに困惑するのは彼の従属官達だった。
おそらく物理的な破壊すら伴うであろう怒りが顕われるであろうと思っていた矢先に、響くのは高らかな笑い声、肩透かし、というよりは最早何が起こったのかの理解すら彼等は追い着いていなかった。
何故笑っているのか、自分が侮られているというのに何故それを笑うのか、困惑する彼等、だがバラガンは一人ご満悦の様子だった。

「愉快、愉快。 解るか?貴様達・・・・・・あの童はこの儂に喧嘩を売っておるのよ。それもハッタリでのうて本気で儂に勝てる気でおる。・・・・・・ なんとも愉快、こんな事をしよった輩はネロの阿呆以来じゃ。まっこと愉快よのぅ・・・・・・」


一頻り笑った後、バラガンはその意味を従属官達に明かした。
バラガン・ルイゼンバーンは王である、今やその地位こそおわれているが、その精神と纏う威厳に些かの蔭りも見せてはいなかった。
立場が、生まれが王を決めるのではない、王足らんとするその気概のみがその者を王たらしめ、臣下はその者を王として尽くすのだ。
その点で言えばバラガンは正しく今も王であった。

だが王とは同時に孤独なものだ。
尽くされ、崇められ、祀られ、何時しか神が如く昇華する存在、それが王である。
本人とは無関係に、上へ上へと祀り上げられ、何時しか対等と言える存在は何処にもいなくなってしまう。
バラガン自身はそれに微塵も違和感を感じる事はなかった、自分は王であり、そうあることが当然だと考える彼にとって祀り上げられる事は、極自然な事であった。
だが、同時に退屈である、ともバラガンは考えていた。
天上に座す事が当然である自分、だが誰一人いないその場所は退屈で、いつしか飽いてしまうのだ。



そんなバラガンの座す天上に、ある時扉を打ち破り、土足で踏み入ろうとする者が現れる。
その者は彼を前にしてこう言い放ったのだ、「お前の席をオレ様に寄こせ。」と。
バラガンにある種の衝撃が奔っていた、退屈に喘いでいた精神は一息にマグマの熱さを取り戻し、眠りについていた力が歓喜の叫びを上げるのを彼は聞いた。
その後の戦いはバラガンにとって愉快この上ないものとなった。
そしてそれを齎したのは現第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンであり、バラガンがネロを多少なりとも気にかけるのには、その事が少なからず影響していた。
自分の退屈を消して見せた、という事が。


そして今日、また一人天上の扉を、だがこちらは扉を蹴破るだけ蹴破って、お前など知らないとその場から去っていくという、方法でバラガンに火をつけようとしていた。
どちらも不遜極まりない態度、だがそれ故にバラガンにとっては稀有な者であった。
かたや座を寄こせと言い放ったネロと、かたやお前の都合など知った事か、会いたければ自分で来いと言い放ったフェルナンド。
バラガンを格上として扱うどころか片方は歯牙にもかけぬ物言い、そして両者に共通する溢れ出る自身の力への絶対の自負、それを自分へと向けられた矛から見て取ったバラガンには愉快でたまらなかった。

「そ、それでは陛下、奴めに会う為に奴めの下へと向かわれるのですか?」


予想外のバラガンの反応に、多少面食らった様子のフィンドールがバラガンへと問う。
これほど興味を示しているバラガンの様子、今すぐフェルナンドの下へと向かうと言い出しても決して不思議ではなかったろう。
しかしフィンドールへと返された言葉は、やはり王たるバラガンらしいものであった。

「戯けめが・・・ 何故儂が童相手に出向かねばならん。王とは座してこそ王よ・・・・・・ 流され、揺られ、グラつく樹に何が実る?張る根を持たぬ樹は大樹にはなれぬ。 王とは頂点であり、樹の幹であり、そして根よ。儂という幹に茂る枝葉である貴様達ならばわかるであろう、そのしなやかな頑強さが・・・な。」


王とは座してこそ王、王という存在の一つの本質、誰にも揺るがされる事がないその様、頂点であり中心であるその王の様こそが強固な国家を形成する一つの要因である。
故にバラガンは動かない。
自分から会いに行ってしまえばそれはバラガンの敗北であり、王の敗北は没落への第一歩でしかないのだから。

「それに、もう少し童の”力”も見てみたい。御誂え向きにそろそろ”アレ”の時期じゃろうて、問題はどうやって童を引っ張り出すか・・・じゃがな。」


バラガンが言葉を零す。
顎を摩るようにして眼光鋭く何事か思案し始めるバラガン。
その瞳は老人でも戦士でも、そして王ですらなく、ただ血を好む獣のそれであった。





――――――――――





「さて・・・ 今日こそは吐いてもらうぞ?フェルナンド・・・・・・」


ちょっとした厄介事の後、第3宮へと戻ったフェルナンド。
しかし戻った矢先、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人に取り囲まれ、そのまま腕を組んで仁王立ちするハリベルの前へと連れてこられていた。

「吐け・・・ と言われても、吐く事がねぇから吐きようがねぇよ。」


多少うんざりした声でハリベルに答えるフェルナンド。
確かに彼からすれば今日あった事は別段大した事ではなく、しかしある意味では大した事であったが彼にそれを言う気は毛頭なかった。
そんなフェルナンドの様子に堪りかねたのか、ハリベルではなくアパッチとミラ・ローズが声を上げる。

「おいコラ!フェルナンド! アンタ何時もふらふら何処ほっつき歩いてんのさ!」

「そうだよ・・・・・・ あんたいったい何やってんだい?」


そうして問い詰めようとする二人にフェルナンドは素っ気無く「関係ねぇよ。」と一言返すだけだった。
しかし尚も食い下がろうとする二人、しかしそれをスンスンが手で制し、替わりに彼女が質問をぶつけてきた。

「フェルナンドさん、私、別に貴方が何処で何をしていようと特に気にはなりませんの。でも今日は別ですわ・・・だって貴方・・・・・・」


そうして何時も癖で隠している口元を、更に隠すような仕草を見せるスンスン、見れば眉間にも多少の皺がよっていた。
それが何故なのか、理由は最後の一人の口から明かされた。

「血の臭いがする・・・・・・な。 今までこんな事はなかった、誰を殺した・・・フェルナンド・・・・・・」


血の臭い、ハリベルがそう口にすると三人も一様に顔をしかめる。
ハリベルからしても今回は状況が違っていた、いつも2,3日居なくなることはあったが、フェルナンドが血の臭いをさせて帰ってきたのは今回が初めてだった。
理由は解らない、だが最近の彼は無闇に誰かを殺すような者ではないと、ハリベルは感じていた。
大虚の頃のような毒気は抜け、頓に最近はどこか達観しているかのような、飄々とした雲の如く振舞うフェルナンドを見ていただけに、今回のそれは際立って見えた。

「殺した事前提・・・かよ。 まぁ間違っちゃぁいねぇけどな。なに、ちょっくら加減をしくじった、それだけの話さ。」

「いいから詳しく話せ・・・・・・ 言って置くが今日は逃がさんぞ?」

「・・・・・・チッ、まぁしょうがねぇ。血生臭い俺が悪い・・・ってか・・・・・・」

自分が誰かを殺した事前提で話が進んでいる事が、なんとも面白そうに軽く笑うフェルナンド。
そして内容は暈(ぼか)しに暈したが、理由を話した彼の言葉を、だがハリベルはそれだけでは許さず全て話せと言い切った。
そして念を押すように言葉を紡ぐハリベルに、遂に観念したのかフェルナンドは今日あった厄介な出来事の方を話して聞かせた。

「・・・っとまぁそんな所だな。」

「判った・・・・・・ だがあまり大事は避けろ、フェルナンド。時期が時期だ・・・ 要らぬ恨みは買わずにいろ・・・・・・」


厄介事の仔細を聞いたハリベルは、その血臭の理由に納得する。
言うなれば正当防衛、彼の場合ある意味過剰防衛気味ではあるが、それならば仕方が無いと納得するハリベル。
しかし同時にフェルナンドに多少の注意もした彼女、当然フェルナンドは彼女のその言葉が気になった。

「恨みは買うな・・・時期が時期・・・・・・か。おいハリベル、なにかあるのか? お前にしちゃぁ珍しい発言だと思うんだがな・・・・・・」


ハリベルの放った言葉、その全てが今後に何かが起こる事を示唆していた。
だがそれにフェルナンドは心当たりがない、故にハリベルに何が起こるのかフェルナンドは聞いたのだ。

「・・・・・・そうか、お前は今回が初めてだった・・・な。虚夜宮では定期的にある事が行われているんだ、それこそ今日お前が纏っているソレよりももっと血生臭いものではあるがな。」


ハリベルがフェルナンドに語る言葉、フェルナンドが初めて目にするその行事、数多いる破面達が己の欲望のみを原動力とし、血で血を洗う虐滅の渦、勝利者には栄光を、そして敗者には挫折と死を齎す二極の宴。


「強奪決闘(デュエロ・デスポハール)。それがもう直ぐ始まるのだ・・・・・・」







咆哮と血の海

血の海に沈む贄

贄の上に立つ栄光

栄光の産声

産声は全て自分だけの為に










※あとがき

前回久しぶりにメインだった主人公がまた端っこに追いやられてます・・・・・・
バラガン陛下が今回の主役。
原作より若干性格が丸くなっている感アリです。

王様っていうか殿様みたいな話し方になったよ・・・・・・

彼の従属官はとりあえずフィンドールと、もう一人くらいしか今まで描写していません
若干一名ものすごく濃いのがいますが・・・・・・出した方がいい?

感想頂ければ幸いです。














[18582] BLEACH El fuego no se apaga.28
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2012/10/08 17:15
BLEACH El fuego no se apaga.28









轟音が世界を揺らしている。

それは幾重にも折り重なり、そして互いが共鳴し音量を増した声の津波だった。
喧騒、そして数多の感情の坩堝と化したその場所で、二体の破面が激しく戦っていた。
その姿は人間というより寧ろ獣に近く、その姿からその二体の破面が刀剣解放、”帰刃(レスレクシオン)”状態で戦っているのは明白であった。

本来ならばソレは許されない。
虚夜宮、彼ら破面が住まう尋常ならざる巨大構造物、その天蓋の下での平時の刀剣解放は禁じられているのだ。
それは破面全てに対しての禁であり、十刃(エスパーダ)、数字持ち(ヌメロス)に対してもそれは同様だった。
禁じられてはいるのだが、かといって彼等がそれを律儀に守っているのか、と問われれば言葉を濁すより他ないだろう。

集団として形を成しているだけでも奇跡じみている彼等破面。
その個々の行動まで完全に縛る事など不可能であるし、なにより”力”を誇示したがる者達に、それを見せるなと言って素直に従うはずもないのだ。
さすがに十刃クラスでそれはないだろう(する必要がないとも言える)が、階位が下がるにつれその傾向は顕著であった。

しかし今、互いに本来の性(さが)を回帰させた姿で戦う二体の破面は、禁を無視しているという訳ではない。
今日、この場、この時に措いてはその禁は解かれ、彼等はその身の内にある全てをもって敵対者に挑む事ができるのだ。

今、この場で行われているのは解き放たれた魔獣達の宴、栄光を手にする為だけに、栄光を手放さぬ為だけに、敵対者を血の海へと沈めるその儀式。


『強奪決闘(デュエロ・デスポハール)』 この血に塗れ滴る宴はそう呼ばれていた。



一際大きな歓声が上がる。
二対の破面が戦う砂漠、円形でその直径はおおよそ100m程、それを囲むようにせり上がった高い壁があり、その上部、円形の壁を一周する形で多くの席が並んでいた。
だがその席に座しているものは少なく、皆一様に立ち上がり声を張り上げていた。
歓喜、賞賛、妬み、僻み、嘲笑、怒声、罵声、あらゆる感情が混ざり合ったそれは一つとなり轟音と化していた。

「勝負あり。 勝者No.75(セテンタ・イ・シンコ)マーズ・マーズ。 これによりNo.71(セテンタ・イ・ウーノ)バルロ・スーサイダルの号をNo.75が強奪、以降彼の者をNo.71とする。」


轟音の中一つの声が宣言する。
戦う二体以外にもう一人、誰よりも近くで二体の激しい戦いぶりを見続けていた褐色の肌の男、その男が片手を高く掲げそう宣言したのだ。
片方は血を流しながらもその足で砂漠に立ち、もう片方は相手と、そして自らが湛えた血の海に沈んでいる。
それは決着の光景であり、どちらが勝者で敗者なのかを何よりも如実に語る光景でもあった。

それゆえの宣言。
決着を告げたその言葉にまた一際大きな音の津波が押し寄せる。
その音の波の中で、勝者たる破面はその足で、敗者たる破面は下官達に引き摺られるようにその場を後にした。
後に残った血の海も、そう時を置かずして白い砂漠に吸われ、消えてしまう事だろう。
だがそれを待つ事はこの場ではありえない。
餓えた魔獣達はまだ、続々とこの場で戦い互いの”号”を奪い合うのだ。

彼ら破面に与えられた番号とは単純に生まれた順番である。
しかし、No.1からNo.10の番号のみは違う、それは特別な数字、抜きん出た殺戮能力を持つ者のみに与えられるその称号、羨望の的、それ故力を示したい者は少しでもその番号へと近付こうと上を目指すのだ、他者を殺し、その番号を奪う事によって。
そして、『強奪決闘』とは読んで字の如く、強奪するための戦いである。
それは勝者が敗者の全てを強奪するという単純な決闘、下位の者が勝てば”号”とを奪い、上位の者が勝てば”命”を奪う。

そして間違ってはならない事がひとつ、『この戦いは”入替”ではなく”強奪”である』という点だ。
負けて”号”が下がるのではなく、”号”は奪われ、奪われた者に残るものは何もない、その命すらも奪われる。
例え運よく生き残ったとしても既に今まで築いた地位は奪われた後、残っているのは惨めな敗北という結果のみ。
仕掛ける側も、そして受けて立つ側も必死の覚悟無しにいられない、まさに全てを賭けた奪い合いなのだ。






「・・・これが『強奪決闘』だ。 下位の者が上位の者を指名し、上位の”号”を賭けて戦う。勝敗はどちらかの死亡か戦闘不能、もっとも戦闘不能はめったにないがな・・・・・・そして途中で降参するという事は認められない。上位者は”号”を、下位者は”命”を賭けて争うのだ・・・・・・どうだ、 理解したか? フェルナンド・・・」

他の破面、数字持ちやそれ以下の破面達より高い位置に設けられた各十刃専用のテラス席から、行われる戦いを見下ろしハリベルがそう呟く。
その瞳に映るのはかつての自分が居た場所、駆け上がるために戦い、力を示し続けた場所だった。

「まぁ・・・な。 ようするに唯の喧嘩だろうが、それならこんな盛大にやる必要も無ぇよ。」


ハリベルの言葉に素っ気無く答えるフェルナンド。
彼にとってこの強奪決闘は特に意味を見出せないものであった。
彼は立場に拘りを持たない、誰かが決めた順番、上だ下だと階級に拘ることを彼はしない。
戦いたいのならば戦えばいい、他人が決めたルールに従う事などない、それがフェルナンドの考え方なのだ。

「第一、番号に何の意味があるってんだ? 番号をひけらかして自分が上だ、なんて言うのは三下だけだ。俺達の中で上か下かが分かるのは、相手を殺したときか、テメェが死んだ時だけだろうがよ。」


そうしていつかの台詞を再び口にするフェルナンド。
半年をかけて成長した彼だが、根底に流れるものはやはり変化していないという事だろう。
戦いに、そして己の目的の為に全てを賭ける熱さと、戦うという事にかけてのある種の冷酷さという部分は彼を構成する重要な因子であった。
そして、そう言いきったフェルナンドをハリベルは見据え、そしてまたその視線を会場の方へと戻す、そこではまた新たな戦いが始まっていた。

「そう言ってやるな、フェルナンド。 皆がお前のようではないのだ、現に私も高みの地位を目指した。そうしなければ手に入らないもの、そうならなければできない事、というものもあるのだ・・・・・・」


そうして地位を否定するフェルナンドを軽く窘めるハリベル。
たしかにただ戦うという点で言えば地位など不要なものだ、しかし、それ以外の事ではそれも不要とは言い切れない。
ハリベルで言えば彼女の目的、理想は『仲間を守る事』であり、その為には自分がただ強いだけでは駄目なのだ。
自身の強さはもちろんの事、いざという時に仲間を守ってやる事のできる強さ以外の”力”、地位という誰にも解りやすい記号、その地位の庇護下に居る彼女の仲間に手を出せばどうなるか、という抑止力としての地位、理想を求めた彼女には地位とはやはり必要なものだったのだ。

そうしてハリベルに窘められたフェルナンドは「そうかい。」と気のない返事を返しただけで、彼女の言に納得している様子はなかった。
フェルナンドにも、そしてハリベルにも譲れない部分であろうそれ、故にその話は此処まで、それ以上続ければ下の決闘とは無関係の戦いが始まる可能性を孕んでおり、それはフェルナンドが、そしてハリベルが望むかたちでの”始まり”ではなかった。



「・・・・・・おう、ハリベル。そういえばさっきからあそこで審判気取りの野郎は誰だ?どうにも破面には見えねぇんだがな・・・・・・」

「うん?・・・あぁ、あれは東仙統括官だ、審判ではなく立会人、といったところか。市丸ギン同様、”死神”としての藍染様の部下にあたる。」


半ば強引ではあったがフェルナンドが話題をかえる。
フェルナンドに問われた人物へと眼をやり、ハリベルが答える。
そこには砂漠と同じ白い羽織と、砂漠に映える黒い着物を着た人物が立っていた。

ハリベルが東仙統括官と呼んだその男、名を『東仙要』、褐色の肌をし、細身の身体つき、髪型が特徴的で髪をある程度の量で小分けにし、それを頭皮に添って三つ編みのようにして編みこんでおり、最後は後頭部で一つに纏めている。
首には襟巻き、手には指が見える形の黒皮の手袋、そして目元には眼鏡というよりゴーグルに近いものを掛けており、その視線は伺えなかった。
白い羽織には背中に『九』の一文字が染め抜かれており、藍染の『五』、市丸の『三』同様、彼が尸魂界(ソウルソサエティ)に措いてそれを守護する護廷十三隊の九番隊隊長である、という事を示していた。

「”死神”・・・か。 ・・・・・・ しかし、随分と変わった足運びをするもんだな、アイツ。」


そうして眼下で激しい破面同士の戦いに、着かず離れずの距離で動く東仙を見るフェルナンド。
彼が見た東仙という男の動きはどこか不思議なものだった。
安い表現だがまるで”後ろに目がある”かのように動くのだ、数字持ち同士の戦闘によって発生する余波、ときに後ろから襲うそれを東仙は顔を向けることもなく避わすのだ、まるで”何処に何が在るのか判っている”かのように。

「気付いたか、フェルナンド。 東仙統括官は生来盲目であるそうだ、それ故気配を感じる事に長けている。おかしな言い方だが、彼には自分の回り全てが”視えて”いるのだろう。」

「なるほど・・・ねぇ。 なら・・・・・・こんなのは・・・どうだ?」


ハリベルの『東仙が生来盲目である』という言葉を聞き、フェルナンドは彼の足運び、そして所作に納得した様子だった。
そしてなにか思いついたように笑みを浮かべ、テラスの淵まで進むと、眼下にいる東仙に視線を向ける。
次の瞬間、今まで目の前の破面達に注視していた東仙がフェルナンドの方を振り向いた。
目の前の戦いを見る事を放棄し、突如振り向いた東仙の視線の先に居るのは、どこか不敵な笑みを浮かべたフェルナンド。
彼にそのフェルナンドの笑みまでが”視えた”かは定かではない、しかしその光なき眼(まなこ)で東仙はフェルナンドを見据えると、眉をしかめ、そしてまた目の前の戦いへと意識と視線を戻したのだった。

「まったく・・・・・・ あまりふざけるな、フェルナンド。彼は冗談が通じるような人柄ではないぞ。」

「別にふざけちゃいねぇさ。 ただあの死神が”ホンモノ”か、って事を確認したかっただけだ。」


呆れたようなハリベルの声、しかしフェルナンドはそれに対しても不敵な笑みを崩さずに答える。
彼がしたのは単純な事だった、気配を感じる事に長けているという死神東仙、それを試すかのごとくほんの一瞬、絞りに絞った”殺気”をフェルナンドは東仙に向けてはなったのだ。
声の波と渦巻く感情が荒れ狂うこの場において、極僅かな自分へと向けられた殺気、隣にいたハリベルならばまだしもはたして東仙がそれに気付く事ができるか否か、フェルナンドはそれを見ようとしたのだ。
結果として東仙は見事にその殺気に気が付いて見せた、それも迷う事無くこの大勢の破面の中から彼だけを”視た”のだ。
それは気配を感じるという事以上に、東仙要という死神の能力の高さをフェルナンドが知るのに充分なものだった。
そしてその強さはフェルナンドにとって好ましいものであり、彼は笑みを深めるのだった。




一方フェルナンド達の眼下に広がる壁に囲まれた砂漠ではまた一つ戦いが終わり、そして先程とは違う破面達が戦っていた。
そのどちらもが既に帰刃状態、砂漠には巨大な一本角をもった海象を模した姿、上空には翼を広げた長く鋭い嘴の、巨大な啄木鳥の姿があった。
人と獣が半々というより獣の割合がかなり多いその姿、獣性を色濃く戻した姿は本能の形であろうか。
睨みあう両者、どちらが仕掛けたのか、どちらがその”号”を奪うために挑み、”号”を守るために受けてたったのか、今やそれを知る事に幾許の意味も無かった。

結局のところこの強奪決闘の場に立った時点で、どちらかは全てを失うのだ。
今現在どちらが上位でありどちらが下位なのか、それは数字の上での優劣だけを示すのみであり、これより繰り広げられるであろう戦いの表面的な優劣に等しい。
挑んだ者は勝てるという確信のもと挑むのであり、受ける者は拒否は許されずとも負ける気などありはしない。
強奪決闘の場において数字、”号”は奪う為のものであり、上下を示すものでは既に無いのだ。

勝った者が強いという純粋な闘争のみがその場所にはあり、他は霞む、いや、欲望だけはその場で更に輝きを増すのだろう。

「ギギャァァァアアア!!」

「グオォォオオォオオ!!」


両者が同時に咆哮する。
それは威嚇であり同時に自身への鼓舞、全てを賭けたこの場で、そもそも戦場において気圧されるという事は敗北を意味する。
互いに勝つと、それ以上に殺すという一念の下火蓋は切って落とされる。

両者の攻撃方法は奇しくも似通っていた。
海象はその力強い一本角で、啄木鳥は鋭いその嘴で攻撃を仕掛ける、両者とも相手を刺し貫く事に特化した武器を持ち、刺突から薙ぐような動きで相手を仕留めにかかる。
だが攻撃が似通っていても互いが得意とする戦場が違っていた。
上空の啄木鳥と砂漠の海象、空と陸にそれぞれ陣取った両者、それ故戦闘は刹那的な交錯となり、互いに相手を傷つけはするものの、それは決め手を欠くものであった。

決定打を欠いた戦い、それはどちらにとっても不本意であり、間延びした戦場はそれだけで気勢を削ぐ。
故に互いに示し合わせたかのように両者が動く、啄木鳥は今まで滞空していた位置より更に上へと上昇し、海象は上半身を大きく持ち上げるとその勢いで砂漠の砂へと潜っていった。
上空という開けた空間で、啄木鳥は加速をつけた一撃を放とうと、海象は砂漠を海とし、その中を泳ぐ事で勢いを増して飛び出し貫こうとする。

充分に加速を増した両者、急降下する啄木鳥を砂漠の海から飛び出した海象が迎え撃つ。
共にその攻撃を避ける事はしない、自身を一つの弾丸とし、避けるくらいならばこの一撃で仕留める方を選んだ両者、そして交錯する二つの流弾。
衝撃の後にあるのは互いに貫き、貫かれた両者の姿だった。
鏡合わせの様に互いを貫きあった両者、そして片方にとってそれは、攻撃を加えたのと同時に相手を”捕らえた”瞬間でもあった。


捉えたのは海象、結局のところ武器としたものの差が勝敗を別けたのだろう。
嘴で貫いた啄木鳥はその後の攻撃手段を持たなかった、しかし海象は違う、突き刺したのはあくまで角であり、それで仕留められずとも二の矢を海象は用意していたのだ。
開かれた口には禍々しい光を放つ光球があった、それに気付く啄木鳥だがもう遅い、放たれた極光は啄木鳥の身体を腹から上下に分断し、光を受け、最早肉塊となった下半身(それ)は無残に砂漠へと落下するのみだった。

角に残った上半身を首の一振りで地へと投げ捨て、一瞥すると帰刃状態を解く海象、砂漠へと着地する頃には最早そこにいるのは海象ではなく人型の大男だった。

「勝負あり。 勝者No.57(シンクエンダ イ シエテ) ネトラ・クエルノ。 挑戦者No.69(セセンタ イ ヌエベ) トレイト・トーバーを退け強奪を阻止、現状在位とする。」


その判り安すぎる勝敗、その結果、東仙が片手を掲げ決着を宣言する。
それにより大きく揺れる会場、勝者は何を語るでもなく片腕を天へと突き上げ、それにより音の波はより一層大きくなる。
勝者はその場を後にし、何も語れなくなった敗者は下官達によって肉片として処理された。
この虚圏において命とは育むものではなく殺すものであり、日常的にそれを繰り返したこの場にいるほぼ全ての破面においてそれは娯楽に等しかった。
広義の意味では同じ存在、仲間と呼んでいいものが一体また一体と目の前で、それも同じ同胞によって殺される様を嬉々として歓声を上げる彼ら破面は、やはりどこか決定的ななにかを失い、そして壊れてしまった存在なのかもしれない。
それでも彼等はそれを止める事はしない、何故ならそれが彼らの日常だからであり、今重要なのは”号”を奪い”力”を示すほか無いのだから。




「おっと、下も決着らしい・・・・・・にしてもアイツ等解放するとああいう形(なり)になんのかよ。アレなら俺も少しは楽しめた・・・か。」

「確かに・・・な。 だがそう侮るものではない、彼等は共に在位の者、しかし強奪決闘は”号”を”奪う”戦い、そして”号”を奪われながらも生き残った者もいる・・・・・・そういった者は怖ろしいぞ、なまじ一度負けを知っている分もう二度と負けられないという狂気に駆られているからな・・・・・・」


啄木鳥と海象の戦い、それを眺めながら呟くフェルナンドは、どこかつまらなそうな顔だった。
眼下で”号”を賭けて戦う者達はある意味で知った顔、自分が一度下した相手であるからだ。
帰刃状態で戦う彼等、フェルナンドとの戦いでその姿を”見せられた”者は少ない、何せ小さな姿のフェルナンドを見た彼等が抱くのは一様に油断であり、フェルナンド自身相手に十全の力を出させる等という事をするはずも無く、苦戦を強いられる場合もあったが、”業”を確立しはじめた頃からは勝負は早期に決する場合が多かった。
それをどこか悔やんでいるかのようなフェルナンドの物言い、それは全員と帰刃状態で戦っていたのならば、あるいはもう少し自分も戦う事を楽しめたかもしれないという欲なのかもしれない。

しかしそれはもうかなわぬ夢、彼等が今更解放してフェルナンドに挑んだところで、フェルナンドに対抗できるかといえば難しいだろう。
彼等とて成長しているはずではある、であるのだがフェルナンドの成長はその比ではない、そして彼等が刀剣解放という手段をとるように、フェルナンドにもあるのだ、彼等と同じ手段が既に・・・・・・


そんなどこかつまらなそうにするフェルナンドに、ハリベルが一つ釘を刺す。
そのフェルナンドの様子も仕方が無いとしながらも、この強奪決闘のもう一つの顔と言うべき部分を語るハリベル。
それは奪われながらも生き残った者、という存在。
決して多くない彼等は、しかしその彼等全てを奪われたのだ、今までいた場所からいとも簡単に転げ落ち、路傍の石に混じり、見下していた者に見下されるという屈辱と絶望、それは焦燥を呼び恐怖となり、いつしか狂気を帯びるのだ。
狂気を帯びた者とは怖ろしい、凶(まが)つ獣となった彼等、その狂気は時に想像以上の力をその者に齎し、再び階を駆け上がるのだ。

そして一人、狂気の獣がこの強奪決闘の場に姿を現した。

「続いて挑戦者、番外(エクセテシオン)イドロ・エイリアス。 そして強奪に指名したのは・・・・・・ No.12(ドセ) グリムジョー・ジャガージャック。」


その男が円形の砂漠へと姿を表すと、半数の者が笑い、もう半数が野次を飛ばしていた。
「負け犬」、「恥曝し」、「負け残り」、様々な罵声の嵐、しかし東仙がその男が指名したものの名を告げた瞬間、その全てはどよめきへと変った。
その只中にいるその男は長身の割には背中を丸め、猫背になっているせいかそれほど大きさを感じさせず、黒く長い髪に隠れたその瞳は、どこか虚ろで幽鬼のように佇んでいた。

彼、イドロ・エイリアスは元々No.20(ベインテ)に在位していた破面だった。
しかし、前回の強奪決闘、フェルナンドがまだこの虚夜宮に来る前に行われたそれで、彼は”号”を奪われたのだ。
奪ったものの名は『ルピ・アンテノール』、そのときの戦いは上位であるイドロを、ルピが一方的に弄るという散々たる内容であり。
見ているものの誰もが、このままイドロは殺されるものだと思っていた、だが現実は違っていたのだ。

「ごめ~ん。 僕もう君で遊ぶのあきちゃった、だ・か・ら~ちょっと寝ててくれる?」


イドロがその場で聞いたのはそんな台詞が最後だった。
次に目覚めた彼は全てを失っていた、地位を示す”号”は既に無く、残ったのは命と、奪われながらも生き残った者に打たれる烙印『番外』だけだった。
彼とて負けて生き残る気などなかったのだ、だが彼の意思など関係なく彼は生かされてしまった。
敗者、弱者の生死の選択権は常に勝者が持ち、その勝者たるルピは彼を生かす事を選んだ、だがそれは慈悲などという生易しく驕った感情ではなく、ただそうした方が相手にとって”屈辱的だから”という悪意から来るものだった。

そしてその悪意は見事に実を結び、イドロは侮蔑と嘲笑の渦に突き落とされる。
それはおそらく地獄の日々、今まで下だった者は遥か上に座り、路傍の石同然だったものと同格、いや、それ以下の扱い。
イドロの精神が荒み、影を宿すのにそう多くの時は必要ではなかった。


その彼が再び強奪決闘の場に立つ、そして目指すのは自らの”号”を奪った者ではなく、更にその上、実質的に数字持ち(ヌメロス)の頂点である男、グリムジョー・ジャガージャックだった。
何を思い彼がグリムジョーを選んだのかは判らない、しかしその虚ろで暗い瞳に浮かぶ感情は、地位や名誉を望む者のそれではなく、寧ろそんなものに興味を示していないような印象を見る者に与えていた。



どよめきの中、座席が設けられた壁の上から一体の破面が飛び降り、砂漠へと降り立つ。
特徴的な水浅葱色の髪、それと同じ瞳は鋭く、しかし静かに砂漠の中央に立つイドロへと向けられていた。
ポケットに両手を突っ込んだまま歩く男、グリムジョー。
幾分顎を上げ、同じ砂漠に立ちながらも相手を見下すようにしている彼に対し、イドロは目を合わせずやや前方の砂漠を見ていた。
歩を止めるグリムジョーの前には猫背のイドロがいた。
グリムジョーより長身であろうイドロは、しかし背を丸めている為その背の高さはグリムジョーと同じか少し低く見え、その風貌からは弱々しさすら漂っている。

その二人の丁度中間のあたりに陣取った東仙、特に両者を見ることもなく、片手を上へと持ち上げる。
東仙はあくまで立会人であって審判ではない、そもそもこの強奪決闘に明確なルールは一つしか存在せず、反則も何も存在しないこの戦いに審判は不要なのだ。
東仙はただ立ち会い、勝利者の名を告げ、そして明確に決められたルールを破ったものを粛清する為だけに彼はいるのだ。


「それでは・・・・・・ 始め!」


東仙の号令と共に彼の手は下へと振るわれる。
それは戦いの火蓋を切って落とし、血の海と肉片を作り出すことの合図だった。

「フフ・・・・・・ グ、グリムジョー・ジャガー、ジャック。お、お前をオレは殺さない・・・・・・ 殺さな、いで、奪ってやるんだ・・・・・・」


目の前にいるグリムジョーを見ようともせずにイドロが呟く。
それは彼の意思表示であり闇深い精神の顕現、だがグリムジョーはそんなイドロの言葉に何の反応も示さなかった。
だがイドロの方はそれすら意に介さず、一人口を動かす。

「お前、から奪っ、て・・・ 同じ、屈辱を味わっても・・・らうんだ・・・・・・あははぁ~。


常軌を逸した笑みを浮かべてグリムジョーの顔を見るイドロ。
これがイドロの目的、数字持ち最強のグリムジョーをどん底に叩き落すためだけに、彼はこの場に立ったのだ。
日々の嘲笑、屈辱に彩られた精神は歪み、そのイドロの歪みは奪った者へではなくそれよりも上に座して自身を見下す男、グリムジョーへと向けられていた。
見下ろすならば奪う、上に立つのならば奪う、奪って奪って、そして屈辱を味わうがいい、と。
陰鬱な日々は精神を捻じ切り、あらぬものどうしを繋げ、瞳は暗く、異彩と狂気を放った。

だがグリムジョーはそんな狂気に彩られたイドロを前に顔色一つ変えず、ただ一言、明確に呟く。


「さっさと来い・・・・・・ 『番外』。」



見下すすように放たれたその言葉、それがこの戦いの本当の幕開けを告げる言葉だった。







滑る泥の闇

湖の静謐

水底の獣

目覚めて振るわば

狂い裂き










※あとがき

ある意味自分も予想外の展開。
フェルナンド戦う気ゼロ
引っ張り出そうにもやる気なし
変りにグリムジョーが出張ってくるという展開です。

数字持ちの数字ですが、本来は単純に生まれた順です。
この作品では、それ以外の意味も持たせてみたいと考えてみましたが
ファンブック等の番号を見る限り、無理があるのは明白、しかし書いちゃったからなぁ・・・・・・
原作との齟齬は埋めたいけど、これはこれでありなんじゃないかと無理矢理納得してみる。



最後に、もし今回自分が行ったアンケートで不快な思いをした方がいましたら謝罪を。
言い訳をすれば不安だったというのが全てですが、アンケート自体が不快(というか痛い)という方もいる様子。
やらかしたのは自分ですので、申し訳ないです。

今後はもう少しものを考えてから投稿しようと決めました。
稚拙なものですが、少しでもこの作品をよくすることで謝罪になればと思います。


2010.12.10






[18582] BLEACH El fuego no se apaga.29
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2011/12/06 21:29
BLEACH El fuego no se apaga.29










幕を開けた戦いは、大方の予想を覆す展開を見せていた。
振るわれる刀、おおよそ正しい構えや、足運び、刀の軌道とは一目見て違うといえるそれが砂漠に鈍く光る。
ゆらりゆらりとまるで刀の重さに任せて腕を振るっているようなその姿、一見何の力も篭っていないようなそれが一太刀、また一太刀と繰り出され、攻め立てるように振るわれ続ける。

その振るわれる刃に曝されている方といえば、ただ不規則に襲い来るその刃を避わして、避わしてを続けるのみ。
あまりに不規則、そして変則的なその刃の軌道に戸惑っているのか、反撃らしい反撃を見せていなかった。
彼の身体の直ぐ傍を通り過ぎていく切っ先、振るわれる方は無表情にそれを眺め、振るう方は嬉々として刃を振るい続ける。

No.12 グリムジョー・ジャガージャックと、番外位イドロ・エイリアスの戦いは大方の予想を覆し、イドロが攻め立て、グリムジョーが反撃もなく避け続けるというある意味異常な光景を作り出していた。


「これは・・・・・・ どうにも理解できんな・・・・・・」

「 あの野郎・・・・・・」


そんな不可解な光景を、フェルナンドとハリベルは先程と同じテラスから眺めていた。
己が好敵手と定めた相手の名が呼ばれ、フェルナンドはその戦いを見るべくテラスの端へと、ハリベルもそれに続く形で眼下の砂漠を見ていた。
だが戦いが始まってからというもの、フェルナンドの目当てであるグリムジョーは一切反撃らしい反撃をせず、ただ相手の攻撃を避け続けるのみ。
そのあまりに不可解な光景にハリベルは困惑を浮かべ、フェルナンドの方はなんとも言いがたい怪訝な表情をしていた。

「・・・どう思う? フェルナンド・・・・・・」


ハリベルからフェルナンドに投げ掛けられる問、しかしフェルナンドは「知るかよ・・・・・・」、と答えるのみ。
問うたハリベルからしても理解できないのだ、フェルナンドとてそれは同じ事なのだろう、だが問わずにいれなかった彼女を責める事は出来ない、それほど彼らの眼下で繰り広げられる光景は不可解だったのだ。

その光景は端的に、そして簡潔に言ってしまえばグリムジョーが格下であるイドロに圧されている、というもの。
これがただの数字持ち同士の強奪決闘(デュエロ・デスポハール)だというのならばいい、だが今戦っているのは明らかに他と一線を隔す実力を持ったグリムジョーであり、それが元No.20であるといっても格下のイドロに攻め立てられるような様は、ある種異様なのだ。





そうして攻め立てられるグリムジョーを見下ろす二人、その二人に背後から声がかけられる。

「これはこれは美しい淑女(セニョリータ)、こんな血生臭い場所で出会えるとは吾輩なんたる幸運。こうしてお目にかかれるだけで吾輩今日一日、いや、今週の間は天にも上らん程の上機嫌で過ごせる事でしょう。なにせ美しい淑女はこの虚夜宮、さらに外の砂漠を含めた虚圏随一の美貌の持ち主、吾輩の『嗚呼、美しき女性破面番付』では既に殿堂入りでありますからな!」


ハリベルとフェルナンドの二人の背後から現われたのは、短い黒髪に丁寧に整えられた口髭と顎鬚の、屈強な壮年の男、第6十刃(セスタ・エスパーダ)ドルドーニであった。
その声に振り向く二人、だがドルドーニはといえば振り向いた二人にお構い無しに、ハリベルへ歯の浮くような台詞をこれでもかと繰り出していた。
とうのハリベルは、そのドルドーニの言葉に特に反応も見せず、そしてフェルナンドはといえば何か奇妙な生物でも見つけたかのような顔で眉をひそめ、目の前の生物を見ていた。

「おいハリベル。 ”コレ”は何だ・・・・・・?」


そう言って目の前の生物、ドルドーニを指差しながらハリベルに問いかけるフェルナンド。
指を指されたドルドーニは、「吾輩を指差すとは何事か!」と両腕をばたばたと動かし、地団駄を踏みながら怒るがフェルナンドはその姿を一切意に介さなかった。
それはハリベルも同じ事で、しかし問われたハリベルは、「あぁ」と何事か納得し、フェルナンドの問に答える。

「そういえばお前はまともに彼に会うのは初めてだったか・・・・・・彼はドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ、私と同じ十刃の一人にして『第6』の席に座す男だ。」


ハリベルの言葉に多少の驚きをフェルナンドは見せていた。
フェルナンドとドルドーニ、すでに邂逅を果たしているはず両者ではあるがそれには明確な違いがあった。
それはフェルナンドがドルドーニを知らない理由と直結する、なぜならドルドーニが彼の前に現れるとき、フェルナンドはいつも意識を失っていたのだ。
それは最初のグリムジョーとの戦いの後であり、第2十刃ネロとの戦いのあとでもそうだった。
意識を失っているのだから、当然その間のやり取りや、その場にいた人物の事など憶えている筈もなく、結果フェルナンドにとって今回の邂逅がドルドーニとの初対面という事となった。

「お初にお目にかかるね、少年(ニーニョ)。吾輩が第6十刃 ドルドーニであ~る。敬意を込めて紳士(セニョール)ドルドーニと呼び給え。」

対してドルドーニといえばハリベルの言葉に胸を張り、なにやら数回ポーズを決めながらフェルナンドに挨拶するが、自ら自称する”紳士”としてその行動が適切かどうかは疑問だった。

「少年・・・か、チッ! それで? 十刃のオッサンが一体何のようだ?」


なんとも面倒臭そうなものが表れたといった表情でドルドーニを見るフェルナンド、そしてぞんざいな態度で何故ドルドーニが来たのかを尋ねる、当然『紳士ドルドーニ』とは呼ばなかったが。
その態度は確かにドルドーニという未知の存在によるものもあるだろう、しかしその実はもっと別、具体的には眼下で繰り広げられる戦いが気になり、相手をするのが面倒であるという部分が大きかった。

「むぅ・・・ 少年まで吾輩をオッサン呼ばわりとは・・・・・・青年(ホーベン)といい、まったく最近の若者というのは敬う事を知らんようだ、嘆かわしい事であるな。そもそも今の君らが在るのも吾輩達、先達の破面がいればこそだという事を考えて貰っても吾輩、何の罰も当たらないと思うのだが?」

「・・・・・・ドルドーニ。 貴様本当に何をしに来たのだ・・・・・・?」


フェルナンドの自身の扱いに不満なのか、ドルドーニが愚痴を零し始める。
しかしそれすらももう一人、ハリベルによって無残にも流され、ドルドーニは盛大に肩を落とし、わざとらしく溜息をついて見せるがそれに対する反応はやはりなかった。

「うおっほん! あ~吾輩もこの戦いには少々興味があってね。何せあそこにいる青年とは何分浅からぬ仲、ということさ。」


気を取り直したドルドーニは一つ咳払いをすると、フェルナンドとハリベルのいるテラスの端まで歩み寄り、二人同様眼下の戦いを見据える。
その視線に捉えられているのは黒い幽鬼、イドロではなく水浅葱色の髪の男、グリムジョーであった。

「ほぅ、では貴様にあのグリムジョーが師事している、という話は本当だったのか。」

「師事、と言えるかどうかは判りませんが、手合わせをしているのは間違いでは在りませんよ、美しい淑女。」


ハリベルの言葉、それは風の噂で聞いた話し、第6十刃にNo.12が師事している、というものだった。
グリムジョーという男を知っているものからすれば、それは明らかに眉唾物の話し、あれほど自尊心の高い男が誰かに師事する、誰かの下につくなどということはありえない、と。
だが現実ハリベルはドルドーニの言葉と、彼の視線からそれがただの噂ではなく真実であると確信した。
それに対しドルドーニは曖昧ではあるがそれを認める。
その曖昧さは自分が師として認められているかどうかという部分も然ることながら、それが事実であった時、グリムジョーという男の今後を彼なりに考えたものだったのだろう。

「師匠・・・ねぇ・・・・・・ じゃぁ”アレ”もオッサンの指示かなんかかよ・・・・・・」


ハリベルの師匠という発言、それにフェルナンドは小さく呟くと、そちらを向く事すら惜しいと下を見据えたまま、ドルドーニの方に視線は向けずに彼へと問う。
その視線の先では相変わらず圧されている様に見えるグリムジョーの姿があった。
揺らめく切っ先は、もう少しでグリムジョーの鼻先を掠めるのではないかというほどの距離を通り過ぎていく、斬魄刀を振るうイドロの方はわざと当てない様にしているのか、そうしてギリギリで避けるグリムジョーの姿を愉しんでいるのか、嬉々として刃を振るい続けていた。

ドルドーニはそんな眼下の様子を見やると、ほんの少し口元に笑みを浮かべフェルナンドに答える。

「少年は、”どうであって欲しい”のだね?」

「あぁん? そいつは一体どういう意味だよ・・・・・・」


悪戯な笑いを浮かべながらフェルナンドにそう問いかけるドルドーニ。
その視線は先程までのふざけた態度を感じさせず、どこかフェルナンドを品定めしているかのようなそれだった。
対してフェルナンドはその言葉に眼下へと向けていた視線をきり、ドルドーニの方を見据える。
訊いて答えが返ってくるとも思っていなかったが、質問で返されるのは予想外だったのだろうか、フェルナンドの方もドルドーニの真意を探ろうと瞳は逸らさない。

「言葉通りの意味なのだが・・・ね・・・・・・まぁ”アレ”は吾輩がなn ッ、おや、どうやら動きがあったようだね。」


ドルドーニは話しかけた言葉を切り、視線を眼下へと戻す。
フェルナンドの方もドルドーニを見ていたが、眼下での霊圧の変化を感じ取り視線を戻していた。
ほんの一時目を逸らしただけで眼下の状況は一変していた、そこには爆ぜた霊圧によって弾かれたのか、やや壁際まで後退したグリムジョーと、そして中央には黒髪のイドロ・・・・・・ではなく、うねる白い異形が陣取っていた。





――――――――――





「ひはっ! ひはひゃひゃ。 どう、した~ 12番。当たるぞ~ もう少し、で当たるぞ~、ひひゃひゃにゃひゃ!」


狂った笑い声を上げながら斬魄刀を振るうのはイドロ・エイリアス。
対してその標的となっているグリムジョー・ジャガージャックは、己の腰に挿す斬魄刀を抜く事すらなく、ただひたすら自らに襲い掛かる刃を避け続けていた。
彼へと襲い来る刃は一言で言えば”蛇”のようだった。
ゆらゆらとその牙に乗る真意を隠しながら獲物に近付き、虚を突くかのような一撃で丸呑みにする。
逃げる獲物を必要に追い、決して逃がす事無く、獲物がどんなに離れようとも何時しか追い着く粘着質の殺意、それがイドロの刃にはこびり付き、それ故に”蛇”なのだった。

袈裟懸けに放たれた斬撃は、半ばで刺突に変化しさらにそれが刃を返して首を薙ぎに来る。
身体が大きく沈んだかと思えばその実沈んだのは身体だけ、長い手に逆手で握られた刃は上からグリムジョーを襲い、避けられれば躊躇いなく斬魄刀を手放し、持ち替えて追撃をする。

それは虚実という戦いの機微を無視した”虚”のみの剣技、それを態とグリムジョーに当てないようにして放つイドロ。
刃がその身の直ぐ傍を通り抜ける、ほんの少しでも踏み込んでいれば肉は裂け、血潮が弾けるであろうギリギリの距離を狙い澄まして放つイドロの行為は、相手を仕留める為のものでなく、ただ相手の恐怖を煽る為の行為だった。
彼がその”号”を剥奪されたときに感じた感情はやはり恐怖であり、イドロはグリムジョーを座から堕とす事よりも、まずはそのグリムジョーの顔が恐怖に歪む顔が見たいと、斬魄刀を奔らせる。

”号”などもはやイドロにとって何の意味もなく、目的は”奪う事”のみであり、”得る事”など眼中にないのだ。


「お、オレを『番外』と呼んだ・・・のに~。手も、足も、出ないのか? ふふひゃ! も、しかして、避けるのがうまくて・・・12番になれたのか?あはひゃひゃふひゃぁぁ~!!」

「・・・・・・・・・・・・」


気勢を増すイドロと無言のグリムジョーという構図は、それを見ている数字持ちの誰しもが予想していないものだった。
いくら変則的な刀捌きだとしても、それのみでグリムジョーがあそこまで圧し込まれるというのはおかしいと、ならばそれは刀捌き云々ではなく、純粋にグリムジョーよりイドロの方が強いのではないかと、そう疑念を抱かざるを得ない光景、彼らの前で繰り広げられるのはそれが真実なのではないかと錯覚してしまうほどの出来事だった。
一度抱いた疑念は急速に膨らみ、もしかすればグリムジョーは腰に挿した斬魄刀を抜かないのではなく、抜けないのではないか、その隙すら見つけられぬほど二人の力は隔たっているのではないかという妄想すら生み出していた。



そうした多くの疑念の目が見守る中で、しかしイドロはそれに流される事なく、ただ自分の目的と愉悦の為だけにその”蛇”を振るい続ける。
鎌首を持ち上げ、身を縮ませ、一息に飛び出し喰らいつく、それを避け続ける相手の姿、暗い暗い虚ろな瞳が今や爛々と輝き、しかしその輝きは暗さを増したが故の狂気の輝きだった。

彼の瞳に映るのは目の前のグリムジョーの顔が恐怖に歪む一瞬の顔、だがそれは彼の夢想であり、現実のグリムジョーは一切の表情というものを見せていなかったが、それすらイドロには関係ない。
彼が見ている夢想は彼の中の現実であり、彼がこの場に立っているのはその夢想を己以外の現実とするためなのだ。

「感じるか?グリム、ジョー・・・背後に近付く、オレの、気配を・・・・・・聞こえるか?お前に迫る足、音が・・・・・・俺が、引き摺り落としてやる。 肩に手を掛け、一気に・・・後ろに・・・引いてやる・・・・・・その先に足場なんてないんだぁ~ ・・・ふひゃ!落ちるぞ、堕ちるぞ、墜ちるぞぉ。 一息に地の底まで・・・・・・真っ、逆さまだ、あひゃひゃふひゃひゃひゃ!!」

「・・・・・・・・・・・・」

己の夢想と高まる感情、捲くし立てる言葉に酔いしれる様なイドロ。
見えるのは奈落へと落ちるグリムジョーの姿、かつての自分の姿、それを今度は自分が上から眺める姿。
なんという愉悦、なんという歓喜、なんという快楽、それが彼の内側を掻き毟る。
はやく見せろと掻き毟るのだ。

対してグリムジョーは無言、イロドの異常性に隠れてはいるが、これもまた異様な雰囲気をかもしていた。
無言であり無表情、おおよそ感情というものを表に出さないそれは、戦士としては一流なのかもしれないが、それだけに彼らしさという部分では違和感を拭えなかった。

「どう、した? 声も出ないか? ・・・・・・ならもっと・・・もっと、もっともっと!声が出ないように・・・してやる!『詰(なじ)れ!七頭蛇(キリム)!』」


イドロが更なる”力”を解放しようと動き出す。
手にした斬魄刀を逆手に持ち、それを自らの左胸へと一息に突き立てたのだ。
明らかな凶行、だが吹き出るべき血潮は見て取れず、破れた服の下にあるのは空洞であり、斬魄刀は胸の孔を通過しただけだった。
そして訪れる変化、名を呼ばれ、そして突き立てられた彼の分身はその力を回帰した。

爆発する霊圧の余波で弾かれるように壁際あたりに追いやられるグリムジョー。
それでも彼の表情に変化はない、そして爆ぜた霊圧とそれに巻き上げられた砂がたち込める中、その砂に映るうねるような影、それが晴れるとそこには背中から六つの蛇の頭を生やしたイドロの姿があった。
上半身の死覇装はなくなり、代わりにその身体は鱗に覆われ、足と指の爪は鋭く尖って曲り、見れば彼の顔自体も人と蛇が半分ずつ混ざり合ったように変化していた。
爬虫類独特の鋭く、縦に裂けた瞳は相変わらず暗さを色濃く宿し、シュルシュルと時折見える先が割れた舌が不気味さに拍車をかける。
背の六つの蛇は一つ目で、それぞれがうねりながら獲物であるグリムジョーを見つめ、舌なめずりを繰り返す。

帰刃状態となったイドロ・エイリアスは、その不気味さを更に増した姿でグリムジョーの前に立ちはだかった。


「どう、だぁ? 感じるか? 恐怖を・・・・・・これか、ら思う存分味わうんだ、ふひゃ! 殺さない、ぞ・・・どんなに、喚いても、殺さない。 生きたまま、お前の全、てを奪ってやるんだ~ひゃひゃ!」


刀剣解放し、強大となった自身の霊圧と身体、それに酔いしれながら夢想を加速させるイドロ。
最早彼にとって、自分の勝利は疑うべきものではなくなっていた。
この姿を見ても一向に動こうとしないグリムジョーの姿、それにかつての自分を重ねるイドロ、恐怖し動けなくなる身体、精神は既に屈し、断命の一振りを待つのみの自分、それが今のグリムジョーの姿だと彼は疑わなかった。

「オレの、刀一本避け、るのに・・・精、一杯だった、お、お前が、この、六頭の蛇を・・・避けられる、はずもない。ふひゃ!弄ってやるぞ、弄ってやるぞ。 四肢に噛み付き、胴を締め上げ、折れ、ないギリギリで・・・首も、締め上げるんだぁ~ふひゃひゃひゃ!!」


そう宣言し、グリムジョー目掛けて駆けイドロの背に生えた蛇達がその身を伸ばし、一斉に襲い掛かる。
イドロに狂気の笑みが浮かぶ、奪う瞬間の愉悦、相手の命を掌握し、生かすも殺すも全てをその掌に納め転がすような快感、イドロに溢れるのはそういった感情だった。
挫折と、屈辱と、虚無と絶望、その果てにあったのは羨望と嫉妬、そして復讐だけだったのだ。
しかし狂った精神による復讐、自分と同じもの全てを味あわせるためだけの復讐、その先などイドロにはない、目的が復讐であってその後など考えもしないのだ。
ただただ、その為だけにイドロはこの日まで生きてきたと言っても過言ではなく、その成就を前に夢想に浸るのは致し方ないことだともいえた。

グリムジョーへと迫る彼、背中で鎌首を持ち上げた蛇達はその身を引き絞り、そして一息にグリムジョー目掛けてその牙を奔らせる。
イドロが指摘したとおり、刀一本を避ける事に終始していたグリムジョーが六匹の蛇を避けられるとは思えず、それを見ている数字持ち達も、認めたくはないが自分達の最強の象徴が敗北する様を想像する。



しかし、夢想も想像も等しくはその者だけが見る幻であり、現実は何時だってそんなものを越えていくものなのだ。



グリムジョーへと迫るイドロの蛇、四方、いや六方から迫るそれはまるでグリムジョーに覆い被さるかの如くうねり来る。
それぞれに一つ、計六つの目がグリムジョーを捉えていた、しかし彼等蛇達がグリムジョーを捉えようとした瞬間、彼等の目を眩い蒼の閃光が覆い、それが彼等の見た最後の光景となった。


「この程度か・・・・・・ つまらねぇ・・・所詮は『番外』だな・・・・・・」


そんな呟きが会場全てに聞こえた気がした。
それだけ辺りは静まり返っているのだ、目の前で起こった光景に、グリムジョーが放った極光によって。
それは単純な虚閃であり、しかしその威力は絶大、ポケットから出した手に集まった凶悪なまでの霊圧は瞬時に砲弾を形成し、グリムジョーはただ掌を返し迫り来る蛇に向けてそれを放っただけで、イドロの蛇達はその頭を消し飛ばされたのだった。

「い、一体、何が・・・・・・ 何故だ・・・オレの・・・オレの、刀を、避けるだけしかで、きなかったのに・・・・・・そんな・・・ そんな、馬鹿な・・・・・・」


それに狼狽するのはイドロ、当然だろう、今まで自分が圧していると思っていた彼、もう少しで自分の描いた夢想の極地に至るはずだった彼、しかし目の前の現実は刀剣解放した自分の最たる攻撃手段が、一瞬にして消し飛ばされるというものだったのだから。
彼にあるのは疑問だけだろう、自分の刀を避けるだけしかできなかった男が反撃を、しかも圧倒的な反撃を繰り出したのだから。
そんな彼の疑問、そしてそれに答えられるのはこの場では唯一人だった。

「あぁ~ん? 誰が避けてたって? クズが・・・テメェの攻撃があのクソガキに、ちょいとばかり似てるかと思って”付き合ってやった”が、駄目だったな・・・・・・テメェのはクズの戦い方だ、正面から勝てないから裏をかくクズの戦い方、真正面から殺す事だけを考えてやがるあのクソガキとは似てもにつかねぇ・・・・・・」


イドロの疑問にあっさりと答えるグリムジョー。
彼は言うのだ、避けるしか出来なかったのではなく、ただお前に付き合ってやっただけだと、そうでなくては誰がお前のような者の相手などするものか、と。
グリムジョーが最初にイドロの剣技を見たときに思った事は、“似ている”だった。
その奇抜な動き、自分の意識の外から襲い来る攻撃、流れの中で変化する一撃一撃が似ていると、自分に刻み込んだあの忌まわしい少年のそれに。
それ故に彼は”あえて”刃を避け続けるという選択をしたのだった。

「う・・・うぁ、あぁ・・・・・・」

「テメェの刀は俺を激しくイラつかせた・・・・・・楽に死ねると思うなよ? 『番外』。」


グリムジョーがその身から殺気を放つ。
濃密なそれはまるで物質になったかのようにイドロに圧し掛かる。
一歩一歩イドロへと近付くグリムジョーの姿を、イドロはただ呻き、見ていることしかできなかった。
彼には判ってしまったのだ、どちらが強者で弱者なのか、引き摺り下ろすと息巻いていた自分のなんと愚かしい事か、と。
もう、目の前の死から逃れる事はできないのだと。

グリムジョーは怒っていた、忌まわしき少年と重なって見えたその刃、それは来るべき決着のための試金石になるはずだった。
だがそれは失敗であった。
避け続ける事を選択したグリムジョーがその刃に見たのは、その刃に重ねた拳から感じたものとは似ても似つかないものだったのだ。
フェルナンドの拳から感じるのは”熱さ”、ただ相手を打倒し、真正面から殺す事だけを純粋に貫く”熱さ”だった。
しかし、先程まで目の前で振るわれていた刃から感じるのは”熱さ”とは違うもの、相手の裏をかき欺いて落しいれてやろうという”卑屈さ”だった。

あまりにも不快、そしてそれは重なったあの少年の”熱さ”を濁らせ、自分とあの少年との戦いに泥を塗るものに彼は感じた。
ならばもう必要ないと、見せられるものがそれだけなのならばもう死ねと、グリムジョーは無理矢理に押さえていた自身の獣性を解放する。
無表情は消え去り、殺気の滲むその顔はイドロの狂気など霞むほどの凶気が浮かんでいた。
ただ目の前の不快を破壊する、刀など必要ない、この爪で引き裂き、侮辱した事を後悔しながら死んでいけ、そんな思いを存分に滾らせてグリムジョーはその歩を進めるていった・・・・・・





――――――――――





「やはり・・・か。」

「ハッ! 当然だろ。 あんなふざけた戦い方しといて圧されてる、ってのが無理があるぜ。」


テラスからそのグリムジョーの虚閃を見ていたハリベルとフェルナンド、互いに口にするのは”意外”ではなく”当然”という感情が篭った言葉。
彼等初めからグリムジョーが本気でない事はわかっていた。
他の数字持ち達とは違った意味での困惑、どうして圧されているのかではなく、何故無理矢理あの程度の相手に付き合うのか、という事だった。
そして何より二人に不自然さを覚えさせた事柄が一つあったのだ。

「ほぅ・・・ 美しい淑女(セニョリータ)はともかく、少年(ニーニョ)は気付いていたのかい?青年(ホーベン)の戦い方に。」

「・・・・・・馬鹿にしてんのか? オッサン。あんなもん誰が見たってふざけてんだろうが、態と相手の刀に”踏み込む”、なんてよ。」


ドルドーニが揶揄するようにフェルナンドに話しかけるが、それをフェルナンドは当然知っていたと答えた。
ドルドーニはともかくとして、ハリベルとフェルナンド、この二人がグリムジョーの戦い方を見て明らかに不自然さを感じた最たる理由。


それは、グリムジョーは迫り来るイドロの刃に退いて避けるのではなく、逆に踏み込んでいる、という事だった。


イドロがグリムジョーの身体のギリギリを狙い繰り出していた刃、だがグリムジョーはそれの上をいき、自ら踏み込んで更にその身の際まで刃を近づけていたのだ。
そんな事をする理由など見ている者に判る筈もなく、しかしそれが出来るという事はグリムジョーにはイドロの刃が完全に見えているという事に他ならず、そうしてグリムジョーが踏み込んでいることにイドロが気付いていない時点でこの二人の”差”は明確であり、勝敗など考えるだけ無駄な事だったのだ。

「さて・・・ もう見るものはねぇな。 俺は先に帰るぜ、ハリベル。」

「おや? いいのかい? 結末を見なくても。」


グリムジョーが虚閃を放ち、その力を見せ始めるとフェルナンドはテラスからはなれその場を後にしようとする。
それにドルドーニはこの先を見なくてもいいのかと訊くがフェルナンドは背を向けたままヒラヒラと手を振り「見なくても判る」と一言残してその場から出て行ってしまう。
残されたドルドーニはなんとも不思議なものを見ている気がしたが、それにハリベルが小さく笑って答えた。

「なに・・・滾っているのだろうさ。 自分の好敵手と定めた者が自分を意識している、それはアレにとって何よりも嬉しいのだろう・・・・・・一度は落胆させたかもしれないと思った相手が、その実自分の事を刻み付けていた・・・ならば自分は更に強くならねば・・・とな・・・・・・」

「なるほど・・・・・・ 見なくても判るのではなく、その実このまま見ていれば今、死合いたくなってしまう・・・と。それは両者ともまだ望むべきものではない・・・と。いやはやなんとも”熱い”ですな、少年は。」


ハリベルが語るフェルナンドの本当の理由、それは結果が判るから見ないのではなく、それ以上に今やるべき事ができてしまったからだという事だった。
それはただ力を求め、更なる強さを手に入れること、自分が定めた好敵手、一度は相手にとって自分は価値がないと思い、そしてそう思わせてしまった自分を悔いた彼にその相手が見せた爪痕。
自分は刻み込んでいたのだと、そして自分も深く刻み込んでいると、そう確信し彼は、それならばやる事はひとつだとその場を後にしたのだ。
ただ来たるべき時、恥じぬ戦いをするために、と。



一人その場を後にし、廊下を歩くフェルナンド、その耳に届くのは世界を揺らす歓声の轟音、それは決着の知らせでありどちらが勝者なのかなど想像の必要すらなかった。
それを背にしながら歩く彼の拳は強く、強く、そして硬く握り締められているのだった・・・・・・







それぞれの思惑

望通りの結果と

叶わぬ使命

臨む舞台と

相容れぬ者よ










※あとがき

王道です。テンプレとも言います。
圧されてた方が勝つのです。
そして戦いの結末はあえて書かないのです。
判りきってはいますがねw

最初の二人の会話が後半への伏線っぽくなってればいいなぁ。
そしてやっぱりドルドーニは出て来るよねw


それと今回で一応29話です。
切りよく次で30という事で、30話更新は『その他板』に行ってみようかと思います。

まぁウジウジ悩んでるのがもういい加減面倒だったのと。
この小説の中で、自分がどうしたらいいか他人に聞いたときには、既に答えは出ている。
なんて書いたことを思い出して、そんな事自分で言っといて、アンケートなぞで後押しを貰いたかっただけなんだと気付きました。

よって怖いけど板移動してみようかと思います。
怖いけどね・・・・・・








[18582] BLEACH El fuego no se apaga.30
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:14
BLEACH El fuego no se apaga.30










地響きのような音が鳴り止まぬ会場。
それは強者だけに送られる賛辞であり、その声の内容が賞賛であれ罵声であれそれは関係なく、それをその身に一身に受けているという事が既に強者、そして勝者である事の証明に他ならなかった。

そんな強者のための賛美歌が鳴り響く会場の廊下を、フェルナンドは一人歩いていた。
硬く握られた拳、口元に浮かべた笑み、そして鋭さを増した眼光が彼の昂ぶりを如実に示していた。

それもその筈なのだ、フェルナンド・アルディエンデという破面が自身の存在に深く刻み込んだ者のうちの一人、一度は対等と思い、しかしその実互いに持つ”力”は大きく隔たり、それ故戦いの中で落胆を与え、自分という存在を刻み付ける事が出来なかったと思っていた男。
その男、グリムジョー・ジャガージャックが自分と同じようにその身に、フェルナンドという存在を刻み付けていた、という事実。

相手の斬魄刀に自ら踏み込み、態と紙一重で交わして見せるその度胸と技。
そしてそれが出来ると言う事は即ち、相手の攻撃の全てに後の先が取れるという事に他ならず、それを自分の拳に見立てたと言う彼の言葉、フェルナンドにはそれが自身への挑戦状に聞こえていた。


これ位ならば避わせると、自分に掠るどころか逆に殺すと、そして・・・・・・お前はこの程度ではないだろうな? ・・・と。


グリムジョーにその意思があったかは定かではない。
しかしフェルナンドがそう受け取った以上それが彼にとっての真実であり、その事実に彼の血潮は沸き立っているのだ。

(いいぜ、グリムジョー・・・・・・ こいつは喧嘩だ。気取ったもんは何一つねぇ。 ただの喧嘩をしようじゃねぇか・・・・・・)


フェルナンドの口元の笑みが一層深くなる。
彼にとって戦いに大儀や正義、そもそも理由も必要ではないのだ。
強者が目の前にいる、どうしようもない強者が目の前にいる、そうなれば彼の持つ選択肢は一つしかない。
彼が求める”生きている実感”は彼にとって戦いの中にしかなく、それを感じるにはより強い者と戦う他に、彼は術を知らないのだ。

望むのは最高の舞台、いや、正確には場所など何処でもいい。
向かい合った両者がいれば、そこが最高の舞台となる。
それに臨むにはもっと、もっともっと強くなるのだと、そしてグリムジョーに、更にはあの女にも勝つのだと決意も新たに廊下を歩くフェルナンド。
だがその歩みを遮る者が現れる。

「少々待ってもらいましょう、フェルナンド・アルディエンデ。」


唐突に掛けられた声は、フェルナンドの行く先を遮るようにして現れた男から発せられたものだった。
東仙要と同じ褐色の肌、しかしこちらの方が明らかに強靭そうな身体つきをしており、前掛けが垂れ下がったような上着は、その隆起した肉体の形をなぞっていた。
耳には髑髏を模した飾り、眉はなく厚めの唇をし、後ろ手に組んだ手には斬魄刀が握られている。
そしてその体躯ゆえか、それとも別のものなのか眼前のフェルナンドを見下ろすようにして立つ男、その男に行くてを遮られたフェルナンドは歩を止め、その男と相対した。

「なんか用かよ。 ・・・・・・それよりまずテメェは誰だ?俺は今機嫌がいい・・・ だからくだらねぇ事で呼び止めんじゃねぇよ。」


おおよそ初対面の相手にとるべきものではないフェルナンドのその態度、明らかに相手にすることが面倒だという事を隠そうともしない彼。
だがそれも仕方が無い、フェルナンドが言うとおり彼は今機嫌がいいのだ、それも最高に昂ぶった状態、それが削がれてしまうのは誰だって気分のいいものではない筈だ。

「なるほど・・・・・・ やはり貴方は礼儀を知らぬ”獣”のようですね・・・」


そんなフェルナンドの態度に、その男はあからさまに落胆と侮蔑の態度を示す。
目を伏せ、軽く頭を左右に振りそう口にする男、それは挑発の類ではなく心底そう感じているような態度だった。

「ハッ! 言ってくれるぜ。 ならテメェはどうなんだ?初対面の相手に名も名乗らねぇ、それとも名乗らねぇのがテメェの礼儀か?」


自分を馬鹿にしたような態度をとるその男に、フェルナンドは怒る事はせず、逆に皮肉気な笑みを浮かべて言葉を返す。
名前も名乗らず相手の礼儀知らずを嘆く、そんなお前こそ礼儀知らずではないのかと、そんなお前に礼儀を語る資格があるのかと。
フェルナンドの言葉に男は若干の驚きを見せ、しかしそれは直ぐに霧散し表情から消えていた。

「確かに・・・一応考えるだけの頭脳は持っているようですね。・・・・・・いいでしょう。 私の名はゾマリ、崇高なる絶対支配者、藍染惣右介様より恐れ多くも『7』の数字を下賜されし愛の忠臣、『第7十刃(セプティマ・エスパーダ)』ゾマリ・ルルーです。 本来ならば貴方のような獣が言葉を交わすことすら出来ない存在ですよ。」

「チッ、十刃(エスパーダ)、十刃(エスパーダ)、十刃(エスパーダ)・・・か。どいつもこいつもうるせぇなぁ、それで? その偉い第7十刃サマが俺みたいな、はみ出し者に何の御用でございますかねぇ、っと。」


その男、第7十刃 ゾマリ・ルルーは高らかに宣言した。
半分はフェルナンドに指摘された礼儀としての名乗り、そしてもう半分はその自身が発する言葉に酔いしれながら。
彼にとって『7』という数字は何より特別なものであり、彼にとっての絶対者である藍染から下賜されたその数字は、誇るべき称号であり同時に藍染への忠節の証であった。

対して、フェルナンドはそれをウンザリした表情で見ていた。
階級、位階、順番、上下、ここにいる者は二言目にはそれを語る、フェルナンドにはそう感じてならなかった。
それは今まで強奪決闘(デュエロ・デスポハール)という戦いを見ていた、というせいもあるのだろう。
上だという証明である番号、フェルナンドにはひどく曖昧で無意味に見えるそれをさも誇らしげに、そして絶対のものとして謳う目の前の男に彼は辟易していた。

最高だった気分に水を刺した男、気落ちしたそれをこれ以上落したくないのか、フェルナンドは適当に相手が好くであろう態度であしらい、その場を去ろうとしていた。
まぁそれがどうにも嫌味が込められてしまったのは、仕方が無いことなのだろうが。
そのフェルナンドの態度にゾマリは表面上特に反応した様子を見せず、そして宣言した。

「はみ出し者・・・・・・ 言いえて妙ですね。その自覚があるのならば話は早いでしょう・・・・・・フェルナンド・アルディエンデ、私と強奪決闘の舞台で戦いなさい。言っておきますがこれは要望ではなく命令です、罪人は断罪せねばならない、そして衆目の下で首を刎ね、曝す事でしか罪を償う術はないのです。」


一方的であり高圧的に語られたその言葉、フェルナンドを罪人とし、その処刑を見せ付けるためだけに強奪決闘の舞台に上がれというその言葉。
それは即ち、自分に“殺されるために”戦えと言っているのと等しく、しかしゾマリの言葉に戯れの感情は微塵も挟まれておらず、彼が本気で、その余人が聞けば戯言と笑われるような事をフェルナンドに命じているということを伺わせた。

だがゾマリはフェルナンドという破面を知らない。
そもそも誰かに命ぜられればそれが何であれ、否と答えるのがフェルナンドなのだ。
誰にも、そして何にも縛られない彼、おそらくこの虚夜宮で藍染に次いで権力と実力を持つ第1十刃、”大帝”バラガンの言葉すら意に介さず、逆に命ずるほどの豪胆さを持つフェルナンドに対し、真っ向から”命令”だと言い放てば彼がなんと答えるか、彼を知る者ならば想像に難くないものといえるだろう。

そしてフェルナンドの口元が皮肉気に歪んだ。


「いいぜ。 やってやるよ、テメェと・・・な。」


予想とはえてして覆されるために在るというのだろうか、フェルナンドが口にしたのは”否定”ではなく”肯定”だった。
それは気落ちしたにせよ昂ぶっていた精神によるものか、それともただ目の前の男が気に入らないのか、はたまた純粋に戦いたいのか、それは定かではない。
だが今重要なのはフェルナンドがゾマリの言葉を受けたという事であり、それは即ち十刃という虚夜宮の一角に挑むという事に他ならないということだった。

「・・・・・・解せませんね。 殺す、と言われているのですよ?それとも罪を償うつもりになりましたか?」


あまりにもアッサリとその勝負を受けたフェルナンドに、言い出した本人であるゾマリも若干怪訝な表情をする。
それもその筈、首を刎ねると、殺すと、そう言われているにも拘らず、彼の目に映るフェルナンドは笑みを浮かべているのだ。
獰猛な笑み、正しく獣の笑みであるそれを浮かべるフェルナンド、そのフェルナンドはそんなゾマリの言葉を鼻で笑う。

「ハッ! そもそもその罪とやらに思い当たるもんが無ぇよ・・・・・・だがな、売られた喧嘩は買うさ。 大層なお題目で飾っちゃいるが、要するに俺が気に喰わねぇんだろ?だから殺したいんだろうがよ。 なんなら俺は今すぐでも構わねぇぞ?」

「なるほど・・・・・・ この崇高なる私の使命を、喧嘩などという低俗なものでしか捉えられないとは・・・・・・下賎な獣めが・・・・・・」


何の事はない、フェルナンドはただ売られた喧嘩を買っただけだと、そう言い切った。
相手が誰だろうと関係は無い、それが十刃だろうが、数字持ちだろうが、死神だろうが、それ以外の誰だろうが彼には関係ない。
”覚悟”を持って自分と相対した者がいる、己の意思でもって決断し、自分と相対した者がいる、それは既に彼にとって敵でありそれならば彼が取る選択肢は一つ、叩き伏せる事だけなのだ。

そんなフェルナンドの”喧嘩”という言葉にゾマリは隠す事無く侮蔑と嫌悪の視線を向ける。
崇高な使命、それが犯されたような感覚を味わうゾマリ、常の丁寧な口調から地金が覗いたかのような呪いめいた言葉が漏れる。
だがそれすらも押さえ込み、またしても丁寧な口調に戻し語りだすゾマリだが、心中は穏やかではなかった。

「いいでしょう。・・・その思い上がった態度とその命を代価として粛清してあげます。ですが先程のNo.12の戦いで今回の強奪決闘は終了、それを曲げてまで貴方を断罪して”差し上げる”程、私は暇ではありません。この次まで生まれた事を後悔しながら死の時を待っていなさい。」


それだけ言い残すとゾマリは響転でその場から消え去っていた。
最早一秒たりともその場に、フェルナンドと同じ場所に居たくなかったのだろう、そしてその場に残されたフェルナンドは誰もいなくなった廊下で一人呟く。

「そうさ・・・こいつは喧嘩だ。 それに・・・・・・アイツ等とやる前の肩慣らしには丁度よさそうだ・・・・・・」


ゾマリが去った廊下、そこには彼が言ったとおり一匹の”獣”が、その牙を覗かせていた・・・・・・





――――――――――





強奪決闘の会場は轟音に満たされていた。
しかし、その会場の中心に一人立つグリムジョーにそれは聞こえない。
ポケットに手を突っ込んだまま、眉間に深い皺を刻みつけ立ち尽くす彼。

まずもってその言葉に興味が無かった、それは賞賛でありこの場においてはそれに酔う事はなんら不思議でない筈だが、彼にあるのは胸に支える消化不良の思いだった。
歯向かって来た相手はグリムジョーにとって彼をイラつかせる事だけに終始し、結果として彼が思うよりも更に呆気なく、そして脆くもその屍の半ばを消し飛ばされ、断末魔の叫びのまま固まった顔を乗せた首を彼の足元に転がしていた。

それは何一つ得る事のない戦い、得たものがあるとするならばそれは不快感のみであり、苛烈な炎の記憶を霞ませ、濁らせるという愚かしい結末だった。

「チッ!・・・・・・」


グリムジョーから舌打ちが零れる。
最早自分より弱い者と戦う事に彼は意味を見出せていなかった。
対等な相手、そして上で彼を見下ろす者達、自分が戦うべき者はそちらであり、自分の持っている力のすべてはその者達と戦う事で己の強さを証明し、”王”として君臨するためだけに用いられるべきだとグリムジョーは考えていた。

(つまらねぇ・・・・・・ もっとだ、もっと・・・俺が求めてるのはこんな雑魚との遊びじゃ無ぇ。こんな雑魚をいくら殺しても意味が無ぇ・・・証明するんだ・・・ 俺こそが”王”だと。 誰も寄せ付けねぇ圧倒的な”王”だとな・・・・・・)


ポケットに入れられた彼の手が強く握り締められる。
戦いは終わったというのにグリムジョーの目は今だ獲物を捕らえているかのように鋭く、いや、捉えているのではなく求めているのかもしれない、彼の野望、”王”となるために通らねばならぬ戦いの相手を、全力で戦い、雄叫びを上げるような勝利が訪れるような相手を。

血が沸き立つような、意思とは関係なく肉体が歓喜し、魂が叫ぶような戦い、それに勝利する事で”王”へと至る階をまた一歩登る。
全ては通過点であり、しかしそれなくして彼の求めるものは決して手に入らない。
彼の求める”王”とは玉座に座して見下ろす王ではなく、全ての戦いに誰よりも先んじてその身を投じ、その全てを微塵に薙ぎ払う”戦の王”なのだ。

ならばそれに至るには戦うしかなく、戦って戦って戦い抜く事が、唯一の方法だった。

(そうだ・・・・・・ 俺は”王”になる。 立ち止まる事は在り得ねぇ、立ちはだかる者全てを薙ぎ払って進むのが”王”だ。牙は研いだ、柱は突き立てた、なら・・・・・・その喉笛、喰い千切らせてもらうぜ、オッサン。)


決意、決心、そして覚悟、気は満ち、また期は満ちたという思いがグリムジョーを満たす。
彼の中で成されたそれ、彼の視線と共にその意思と不完全燃焼の矛先は、最近嫌というほど覚えた霊圧の持ち主へと向けられる。
そう、彼の中では最初にその鍛え上げた牙を、爪を突き立てる相手は決まっていたのだ。
突然現われては自分を打ち倒し、地に這わせ去って行くその男、高らかな笑い声を上げながら余裕を見せ付けるその男、そしてその男と戦い、立ち上がるごとに自分が強くなっていく事を実感する日々。
そうして磨き上げた強さは、その男に全て叩きつけるために磨き上げたものなのだ。

その人物は彼が立つ砂漠よりもずっと上から彼を見下ろしていた。
顔に張り付いた笑みは壮絶で、グリムジョーを品定めするように、そして矛が向けられた事が愉しくて仕方が無いという顔をしていた。
グリムジョーは唯その人物を、第6十刃ドルドーニを見据えるのみであり、ドルドーニもまたグリムジョーを唯見下ろすのだった。
見下ろすドルドーニの顔から伺えるのはたった一つ。

『待っていた』という一つのみ。

だがその間には語る言葉は存在せず、また必要でもなかった。
それは二人が求めたものであり、いつか来るはずのもの、避ける必要は無く、寧ろそうなる事を望みその時のために研鑽を積んだもの。
どちらかは確実に倒れるだろう、だかそれがどうしたと、それこそが自分達の望だと言わんばかりに両者の気が静かにぶつかる。


二人の間に言葉は無い、しかし、決戦は今此処に約束されたのだった・・・・・・





――――――――――





「なんじゃと・・・? がはは! そいつはいい、手間が省けたわい。」


いくつかある十刃専用の観覧席でも一等豪華な席で、バラガンは繰り広げられる強奪決闘を見物していた。
本来この場は数字持ち達にとって”号”を上げるための場所であるのだが、十刃から見れば芽のある数字持ちを従属官とする見本市の側面も持っていた。
無論、十刃達もこの強奪決闘の対象ではある。
しかし十刃に挑む数字持ちなど早々現われるわけもなく、現われたとしても勝てる者などまずい無い。
バラガンが記憶している中で最も最近十刃になったのは第8十刃ノイトラ・ジルガであり、数字持ちでありながら第8の”号”を奪った数少ない例の一人でもあった。
だがそれも随分と前の話であり、結局のところノイトラの様な例は稀で、数字持ちの中では”号”を上げる事も然ることながらこの場で活躍し、従属官として取上げられる事を目的とするものも居るのだった。

バラガンは多くの従属官を抱え、その中でも序列を設け一つの王国、または軍としての機能を持たせていた。
そのバラガンにとってこの強奪決闘は部下を増やす機会でもあり、必ず足を運び、自らの目でそれを見物していた。
だが今回の強奪決闘は特に目を引くものも無く、最も見たかったあの金色の童も自ら出る様子は無く、数字を持たない彼を指名するものも居らず、舞台に引っ張り出す方策も浮かばぬ故に今回は見送り、次回自身の従属官の誰かしらをあてがおう考えていたバラガンに、ある意味吉報が齎された。

それは端的にいえば第7十刃 ゾマリ・ルルーが金色の童、フェルナンド・アルディエンデと戦うという報告だった。

バラガンにとってそれは僥倖だった。
十刃の一角、それが彼の童フェルナンドと戦う、自分の従属官より明らかに強いであろう十刃ゾマリならば、フェルナンドの実力を確かめるのになんら問題はないだろうと。
決してバラガン自身の従属官が弱いというわけではない、だが十刃を前にしては些か見劣りしてしまうのはしょうがない事であり、彼の目的のためにはより強者をぶつける事の方が都合がいい、というだけのことなのだ。

「ゾマリの奴もうまい事動いてくれたもんじゃな・・・・・・さてあの童(わっぱ)、奴を前にしてどう戦うか・・・・・・ククク。」


自然とバラガンから笑みが零れる。
それは優しさではなく獰猛な獣の笑み、繰り広げられる戦いはおそらく最高の見世物となるだろうという直感。
いや、直感というよりそもそも自分が興味を持った童、フェルナンドが絡んでいる時点で最高の見世物である事は確定している、と言ってもいいとさえバラガンは思っていた。
あとはそれがどういった見世物になるのか、舞劇か、喜劇か、それとも悲劇か、それはまだ誰にもわからない。

だができるなら、とバラガンは思う。
見たいのは美しい舞ではない、見たいのは涙を誘う三文芝居ではないと。
彼が見たいのは刃から赤が滴る狂乱の殺劇なのだ、刃が肉を裂き、骨を断ち、血潮を舞い上げ空を染める。
流れた血は憎しみを加速させ、憎しみは更なる惨劇を呼び、その末に立つのは血塗れの勝者、”大帝”バラガン・ルイゼンバーンが望むのは何時だって血に濡れた舞台であり、逆に言えばそれ以外の全ては彼が望んでいない、三流の結末でしかないのだ。

「さて童よ・・・・・・ お前は儂になにを魅せる?・・・クククク、ぐははははははは!!」





――――――――――





今回の強奪決闘は、グリムジョーの戦いを最後に幕を閉じた。
数字持ちの中から此度の強奪決闘において、十刃に挑戦するという者は出ず、十刃の中でも”号”を奪い合うという事は起きなかった。
多くの破面に比較的に何事も無く終わった、とされた今回の強奪決闘。
だがこの”何事も無く”という一言の中にはこの強奪決闘で死んでいった者達が含まれており、彼ら破面にとっては亡き者、死者の存在は語るべきものに在らず、語るべきはどうやって殺したかという事であり、それはやはり彼等が血を好む存在であるという証明であった。

「随分と嬉しそうだな、ドルドーニ・・・」


観覧席を共に後にしたドルドーニに、ハリベルが話しかける。
彼女の隣を歩く男、ドルドーニの顔は彼女が指摘したとおり、随分と嬉しそうだった。

「いやなに、美しい淑女(セニョリータ)と道中を共に出来れば、どんな男とてこのような顔になりましょう。まっこと光栄な事ですなぁ。」


そんなハリベルの言葉にドルドーニはいつも通りのおどけた風で答えるが、ハリベルはそれを見て小さく笑う。

「フッ、嘘をつくものではない。 あの破面、グリムジョーの挑戦がよほど嬉しかったのだろう?」


小さく笑ったハリベルが口にした言葉は、おそらく真実だろう。
ドルドーニがその顔に喜色を滲ませる理由、それは一重にグリムジョーからの無言の挑戦状ゆえだろう。
それは彼の望んだ戦い、いくら隠そうとしても隠し切れない猛々しい戦士としての彼が望んだ戦い、それがもう直ぐ実現するというのだから。

「はは、お見通し・・・ですかな。  青年(ホーベン)は強い、彼は私と手合わせをすればするほど強くなっていきます。それが吾輩には愉しみで仕方が無かったのですよ。いつかこの青年と”全力”で戦う時が来ると思うと身震いさえした、互いに全力を出す事無く戦っていましたがそれも終わりです。次にこの強奪決闘の舞台でまみえる時は吾輩の全力を持って応じる所存ですよ。」


なんとも嬉しそうに語るドルドーニ。
最初はハリベルとフェルナンドを羨み、無理矢理彼の元に押しかけ、師を気取っていた。
しかし、そうして彼と戦うにつれ日毎に強くなっていく彼の姿に、ドルドーニは本当に師として彼に接するようになっていった。
彼、グリムジョーが自分をどう思っていたかは判らない、だがそれがどうしたとドルドーニは思う。
師として敬われようが、怨敵として恨まれようが、結果として彼が強くなれば構いわしないと、その先にある戦いが在るのならば他は何もいらないのだと。
常に貪欲に、己の欲望のために、抱く野心のためにドルドーニは動く。
グリムジョーにとってドルドーニが壁であるのと同時に、ドルドーニにとってもグリムジョーは壁なのだ。
自ら創り上げた強大で強固な壁、それを乗り越えてこそ自分の野心の先、第1位の座に至るのだと、自らの力を高めるためにはより強大な障害が必要なのだと、そのためにドルドーニは自らの首筋に牙を突きたてると明言したグリムジョーを鍛えたのだ。

見込んだ才の先を見たいという欲と、自らの野望を試すために。


「そうか・・・・・・ その気持ち、判らんでもないがな・・・・・・」


ふと零れたハリベルの呟き、ドルドーニがグリムジョーと相対する事を心待ちにするように、ハリベルもまた、フェルナンドとの再戦を待っているのだ。
手合わせはする、手を抜くことはない、だがそれは殺し合いではないのだ。
破面全てにいえるのはその力は全て”殺す”事だけに特化しており、それ以外の戦いで全力など出るはずも無い。
ハリベルとフェルナンド、互いに全力で殺しあう事を決めている二人、おそらく相対せば最後に立っているのはどちらか一人だけだろう。
そのときが何時来るかは今だ判らない、だが隣で昂ぶる男の気持ちはハリベルにはよく判り、そして羨ましいものでもあった。



そうして歩く二人に、一つ甲高く張り上げられた声が響く。

「おうおう第3十刃サマ! 今日はあの死に損ないのガキじゃなくて、十刃の古狸を侍らせてんのかぁ~?ケッ! 第3十刃サマともあろう御方が随分と”尻軽で”いらっしゃる。ケケケケケ!」


ハリベルに不躾な言葉を浴びせるその男は、壁に寄り掛かり、甲高い声で笑っていた。
肩ほどの長さの黒髪に左目には眼帯、細すぎる手足と顔に貼り付けるのは相手を見下し、嘲うかのような笑みだった。
おおよそ異形としかいえない三日月形の斬魄刀を携えたその男が、その斬魄刀でもってハリベル達の行くてを遮る。

「・・・ノイトラ・・・・・・ 貴様、私に何の用だ・・・・・・・・」


彼女に話しかけたのは第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ノイトラ・ジルガ、見下ろすようにその釣りあがった瞳でハリベルを射抜く。
ハリベルの声に硬いものが混じる。
それは不躾な物言いによるものか、それともいつかのネリエルを侮辱した事によるものなのかは定かではないが、彼女が不快感を顕にするのは珍しい事でもあった。

「別に? メスに用事なんかねぇんだよ。 た~だ~、随分と”節操が無い”様子だから御注進を、と思っただけだ。ケケケ!」

「貴様ッ・・・・・・」


何処までもふざけ、不躾な態度をとるノイトラ。
彼がそうする理由はただ一つ、ハリベルが”メス”だから、という一点のみだった。
彼の持論は”メスがオスの上に立つな”であり、第3と第8という位階の差は彼にとって到底、認められるものではなかったのだ。

「まぁまぁ、美しい淑女。 そのような顔は貴方には似合いませんよ?・・・・・・それにしても第8十刃クン。 君の物言いはあまりに無礼ではないかね?ここは大人しく下がって隅で縮こまっていたまえよ。」


不快感を顕にするハリベルの前に進み出るようにして、ドルドーニが前に立つ。
そうしてドルドーニはハリベルを見下しているノイトラを、わざと見下すような態度をとった。
彼は”女性は全て愛でるもの”という信念の元に行動する男であり、ノイトラの態度は些か彼の信念からは看過できないものであった。

「うるせぇ! 第1世代の骨董品がしゃしゃり出てくんじゃねぇよ!」

「これは面白い事を言う。 君は”第8”、私は”第6”、ではその骨董品より位階の低い君は、それ以下という事になるねぇ。」

「ッ! このクソ狸がぁ!」


ノイトラの言葉を冷静に受け流すドルドーニと、ドルドーニの言葉に激昂するノイトラ。
この辺りは長い時を生きているドルドーニに歩があるといえた、ドルドーニにとって今だ若造であるノイトラを手玉に取ることなど容易い事なのだ。
若さゆえの直情的な振る舞いと、年経た老獪さ、この場においてはその老獪さが若さを上回った、ということだろう。

正しく一触即発の空気、互いに十刃同士、私闘は禁じられているとはいえ若さはそれを容易く破る。
床に下ろしていた斬魄刀を肩に担ぎ、そしてノイトラの斬魄刀を握る手に力が篭る。
ドルドーニの方も自然体にみせて、若干腰を落し備えていた。


だが、その激突を止める新たな人物が現われる。



「止めておくといい。 それは無意味だ。」


響いた声に鷹揚はなかった。
ただ淡々とした事実だけを口にしている、といった風で放たれるその言葉はハリベル達の後方から歩いてくる人物から放たれていた。
袖付きの外套で身体を覆い隠し、鳥の嘴を思わせる仮面で顔すらも隠し、その姿は一種異様であり仮面に刻まれた”目”の文様がそれを一層際立たせていた。
その場に現われたのは 第5十刃(クイント・エスパーダ)アベル・ライネスだった。

「この場で争う事にどんな意味がある? 矮小な自尊心を傷付けられた事への怒りか?矜持によって許せぬ者への粛清か?そんなものは無意味だ。 私たちの存在理由は藍染様の剣として外敵を討ち滅ぼす意外存在せず、そのように破面同士で争う事に意味などありはしない。無意味とは即ち不要だ、不要な事をするのは極めて愚かでしかないぞ?第6十刃、第8十刃。」


そう語りながらもアベルはその足を止めず歩き続ける。
足を止めて語る事に意味を見出せないのか、それともこの会話をすること自体本意ではないのかは定かではない。
そうして歩くアベルはハリベルの脇を何事も無いかのように通り過ぎようとしていた。

「第5(クイント)! 邪魔すんな! それともテメェも殺されてぇか!」

「それこそ止めておけ、我等の数字が持つ意味を知っているだろう?この序列は殺戮能力の高さ、そしてそれはどちらがより強いかを全ての破面に判りやすく見せ付けるものだ。 ”5”と”8”、どちらが上かなど考えずとも判るだろう?無意味なことだ。貴様は勝てんよ・・・何故なら・・・・・・」


威嚇するように声を上げるノイトラに、アベルは特に反応を見せず、放たれた言葉のみに淡々と答えた。
ノイトラにいくら強い言葉を放たれようとも、アベルがそれに動じる事はなかった。
そもそも動じる必要が無かった、アベルが語ったとおり二人の位階は差がある。
”5”と”8”という数字が示すそれは、しかしそれはあまりにも大きいのだ。

ハリベル、そしてその前に立つドルドーニの横を粛々と通り過ぎ、ついにノイトラの領域にまで歩を進めるアベル。
それはノイトラの斬魄刀の届く範囲であり、彼が一刀の下に叩き潰せるという範囲であった。
それでもアベルの歩みに些かの淀みも無かった、それはノイトラにこのアベルという破面が本当に自分(ノイトラ)が勝つことが出来ないと確信しているという事を理解させるのに充分だった。

一端言葉を切ったアベル、そしてノイトラの横を通り過ぎる瞬間、ノイトラだけに聞こえる大きさで何事かを呟いた。

直後ノイトラの瞳が大きく見開かれる。
それは驚愕の表情と共に、そしてギリッと奥歯を噛締めるとその顔は瞬時に怒りへと変わっていた。

「グラァァアアアアァアアァァァァアアアアアアア!!!!」


叫び、腹の底からこみ上げた怒りは喉を伝い、外界へその怨嗟をぶちまける。
担いだ斬魄刀を振り上げ、そして一息にアベルへと振り下ろすノイトラ。
衝撃で通路は崩れ、粉塵が辺りにたちこめる。
だが、その斬魄刀が振り下ろされた先にアベルの姿はなく、見えるのは床が抜けだいぶ下の階まで吹き抜けとなった穴だけだった。
怒りに燃え、肩で息をするようなノイトラがハリベルとドルドーニに向き直る。

「命拾いしたな・・・・・・ 決めたぜ・・・テメェ等の前にあのクソ忌々しい5番を殺す。」


それだけ言い残すと、ノイトラは三日月の斬魄刀を引き摺るようにしてその場を後にした。
もはや彼の目にはハリベルも、ドルドーニも映っていなかった。
映るのは忌々しき外套の破面、ノイトラの内面を狙い済ましたかのように抉ったその破面アベルの事だけだった。

(殺す・・・殺す、殺す、殺す! オレを腰抜け扱いしたアイツをぶっ殺してやる!!)


ノイトラにあるのは最早その一念のみ。
それほどまでにノイトラを激昂させたのはアベルの去り際の一言。
それは自尊心を抉るには充分な一言だった。
誰も知らぬはずのそれ、しかしアベルはこう言ったのだ。



「何故なら・・・・・・ 格上を倒すのならば、後ろから頭を割らねば勝てんのだろう?」と。








魔獣

理は無く

情は無く

あるのは本能と

血を好む性










※あとがき

30話になります。
実際それ以上かいてますが、数字上は30です。
勢いで始めたのに良くもったものです。 ホント。

今回はいろいろ詰め込みすぎた感はありますが
形になっているでしょうか?

チラ裏よりその他へ移動してきました、作者の更夜です。
話数も溜まったという事で、移動してみました。
誤字、脱字等あるかと思いますが、宜しければ今後もお付き合いよろしくお願いします。














[18582] BLEACH El fuego no se apaga. extra3
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/01/24 20:18
BLEACH El fuego no se apaga. extara3















俺は妬まない。

俺は喰らわない。

俺は奪わない。

俺は傲(おご)らない。

俺は惰(あなどら)らない。

俺は怒らない。

そして俺は


何一つ欲する事はない。








腕を振るえば、目の前の塵(ゴミ)は消える。

それは何の事はない作業だ、何一つ考える必要など無い。
何故歯向かうのか、何故命乞いをするのか、俺にはその理由が理解できない。

俺は塵に何も求めていない。
それは当然の事だ。
塵と語らうなどという事は在り得ない、そもそも塵の言葉を聞き取る術を俺は持たない。
目の前で叫ぶ塵、俺の耳に届くそれはただの雑音。
大音量のそれは俺をただ煩わせるだけだ、だから俺は腕を振るう。

振るえば音は消えていく。
指先に温いものが残るが、気にはならない。
何故ならそれは放っておけば、直に冷めてしまうからだ。

そして俺は湧き出た塵共を払い終え、|虚夜宮(ラス・ノーチェス)へと戻るだけだ。





「コロニーの殲滅、規模は大きかったが良くやってくれたね・・・ウルキオラ。」

「いえ、お褒め頂く程の事ではありません。」


俺達の主である藍染様から送られる言葉、それに小さく頭を下げる。
だが、そもそも俺はお言葉を頂く様な事等何一つしていない。
命ぜられたとおり藍染様に反旗を見せたコロニーの一つを消した、俺がしたのはそれだけだ。
特に時間を割いたわけでも、また時間をかけたわけでもない。
俺がしたのは沸いて出た塵共を、端から消すという作業のみ、塵を払うのに時がかかるはずもなく、終了したそれを誇るほどの事でもない。

瑣末だ、何もかもが。


「あぁ、そうだね。 君の相手をするには、彼等は些か脆弱過ぎたかな?」

「お言葉ながら、塵に強弱は存在しません。」


藍染様のお言葉を否定するのは意に反するが、それもしょうがない事だ。
脆弱、藍染様があの塵共をそう表現されたのは判る。
あれは脆弱という言葉すら当て嵌まらないほど脆かった。
しかし、”脆弱”という表現が存在するのならば、逆に”強靭”な塵も存在するという事になる。

それは在り得ない。
塵として生を受け、塵として生き、塵の中で生きるアレ等は塵にしかなれず、塵とは取るに足らない存在だ。
その中に俺達に通用する”強靭さ”などあるはずが無い。

故にアレ等は、諸共に取るに足らない脆弱な存在なのだ。


「成る程・・・・・・ 君にとって彼等の中の優劣など、参考に値しない、ということか・・・」

「ハイ、その通りです。考える意味がありません。」


明確な解。
アレ等の強弱を論ずる事自体に意味がない。
アレ等塵共の強弱は、アレ等の中でのみ通用する稚拙な関係性だ。
この世全てに通じる”強さ”の基準があれらには欠落している。
どちらが強いか、どちらが上か、声高に喧伝し、そしてそんなものに拘るアレ等はその時点で塵だ。
塵共の自尊心、塵共の虚栄心、その何もかもが俺の目には愚かに映る。
いや、愚かという言葉すら温いか、愚かというよりも思考にはさむ事も無いそれ。
俺にとって、塵共は理解の外の存在なのだ。

「では彼はどうだい? フェルナンド・アルディエンデ・・・・・・君の眼に彼はどう映ったかな?」

「・・・・・・・・・・・」


フェルナンド・アルディエンデとはあの破面の事だろうか?
第2十刃、ネロ・マリグノ・クリーメンと意味も無く戦い、しかし一瞬だが打ち倒したあの破面だろうか?
別に俺にとって奴はどうという事は無い存在だ。
そもそもその出来事自体が俺にとって瑣末でしかない、それに関わる人物などやはり俺にとっては瑣末なものなのだから。
瑣末の極みだ。

奴が生きようが、死のうが、俺に興味は無い。
たかが破面一匹死んだところで、それが俺に何の関係があると言うのか。
在りはしない。
俺はただ藍染様の命を忠実に実現するだけだ。
それ以外に必要な事などない。

だが・・・・・・


「藍染様。 ・・・一つ御訊きしても宜しいでしょうか。」


何故か俺の口は勝手に動いていた。


「おや? めずらしいね、君が疑問を持つというのは・・・何が訊きたいんだい? ウルキオラ。」


何故か藍染様は常よりの笑みを深くしていらっしゃられた。
俺がなにかに疑問を持った、ということが興味深かったのだろうか。
だが、そんなものは今俺が一番思っていることだ。
俺は一体どうしたのだろうか、口が、喉が、勝手に動き音を発する。
理性で止めようとするがもう遅い、それは外界へと放たれ、意味を持ってしまった。



「・・・・・・『心』 とは、なんですか?」



放たれたそれに藍染様は驚いている様子だった。
今まで見たこともないような表情、それほど俺が放った言葉は意外だったのだろうか。
それは放った本人である俺とて同じだった。
何故こんな事を訊いているのか、何故それを知ろうと思ったのか、それの方が俺には疑問だった。


「・・・・・・ 『心』か・・・ 何故それを知ろうと、知りたいと思ったんだい?」


藍染様は少し考え込むと、俺にそう尋ねてきた。
そんな事は俺が知りたかったが、藍染様に訊かれたからには答えねばならない。
俺が何故そんなものに興味を示したのか・・・・・・
そう考えると、浮かんだのは瑣末な者であるはずのあの破面の叫びだった。

「あの破面・・・・・・ 第2十刃と一瞬同等の力を出したあの破面、本来その全てにおいて劣っているはずのあの破面が引き出した力。霊圧でもなく、能力でもなく、内側から引き出したようなあの力。理論的な手段ではない力の発露、それを可能にする存在が『心』である、という超常の知識ある事を俺は知っています。」


口を突いて出た言葉はすらすらと、まるでそう語ると決めていたかのように紡がれていく。
自分でもわからないが、どうやら俺は狂ったようだ。
意味の無い疑問、意味の無い問、そんな不要なものを求める・・・・・・我ながら理解できない。

藍染様はただ黙って俺の言葉を促す。
俺は狂った発言を尚も続けるしかない。

「胸を裂いても視えず、頭蓋を砕こうとも視えず、だが存在すると、すくなくとも人間はそう信じている、という知識を俺は持っています。何故そんなものを信じるのか、何故そんな曖昧なものが存在できるのか・・・・・・俺には理解できません。」

「・・・故に知りたい、と・・・・・・そういう事かい? ウルキオラ。」

「ハイ・・・・・・」


藍染様が俺の言葉の最後を受ける形で、説明は終わった。
理解出来ない存在。
本来ならば理解する必要がないのならば、そのまま捨て置けばいい。
少なくとも今までの俺ならそうしていただろう。
だが、なぜかこれだけは捨て置く事ができなかったのか、疑問は理性と関係なく放たれてしまった。
それもこれもあの破面のせいなのか、だとしたら余計な事をしてくれたものだ。
おかげで俺は狂い、壊れたのだから。


「・・・・・・すまないね、ウルキオラ。 残念だが私はその”解”を持ち合わせていない。何故なら私にとっても『心』等という都合のいい存在は、”理解の外”でしかないからね。・・・・・・しいて言うならばそれは”幻想”だよ・・・それは理性を感情という揺れで表現した紛い物だろうね。」


藍染様の答えは、俺の”解”とはなりえなかったか・・・・・・
それも当然か、如何に藍染様が全能とて、存在し無いものを理解する事はできない。
人間は容易くそれを口にし、安直に存在を信じるがそんなものは本当は存在しないのだろう。
所詮は人間の信じるもの、それを理解しようというのが間違っていた・・・か。

「いえ、『心』というものが存在しない、という事が判っただけで問題ありません。お時間をとらせました。」


これ以上藍染様にお時間をとらせるわけにも行かない。
この場は一礼し、下がる事を選択する。
背を向け、大扉の前まで来ると、藍染様は何故か俺に声をかけられた。

「そうだ、ウルキオラ。 『心』が存在しないというのなら、君はフェルナンドのあの力は、一体何処からきたと思う?」


背中にかけられたその言葉。
確かに心が存在しなんと言うのならば、あの破面の力の出所は別のものとなる。
それは一体なにか、藍染様は俺にそれを訊いているのか。
それとも俺の矛盾をつくことで疑問を残そうとしているのか、だがそれはもう俺の中で決着がついている。

「あの破面の力、それが何処から来たとしても俺には関係ありません。・・・塵に強弱は、存在しないのですから・・・・・・」


それだけ言い残すと俺は部屋を後にする。

そうだ、関係ない。
それが『心』だろうが別のなにかだろうが、俺の前に立ちはだかる事はありえない。
所詮は塵、払わずとも放っておけば地に堕ちる。

それでも俺の前に現れるというのなら、腕を一振り、それで全ては終わるのだから・・・・・・






俺は妬まない。

俺は喰らわない。

俺は奪わない。

俺は傲(おご)らない。

俺は惰(あなどら)らない。

俺は怒らない。

そして俺は


何一つ欲する事はない。


視ろ。

世界に意味を求めたとて。

所詮無意味を悟るだけ。

だから俺は欲さない。


欲する事さえ無意味と知るから。










※あとがき


ウルキオラっぽくなっているだろうか?
人気のキャラだから怖いなw
詩は40巻と22巻の巻頭の詩を弄ってみました。











[18582] BLEACH El fuego no se apaga.31
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:13
BLEACH El fuego no se apaga.31










「せやぁぁぁああ!!」


気合充分に振り下ろされる一撃。
高く跳び上がり、大上段から一息に振り下ろされたそれは、狙い違わず標的の脳天目掛け叩き付けられる。
しかし、それは標的の脳天を割るに至らない。
刃の腹を手の甲で叩かれた事でその軌道はずれ、刃は標的の足元の砂を割り、吹き飛ばしながらも深々と突き刺さった。
そして深く刺さった刃は一瞬の硬直を意味し、その一瞬は致命的、その体勢のまま横合いから蹴り飛ばされてしまう。

「シッ!」


大上段からの攻撃は防がれたが、今だ標的を狙う手は絶えない。
次の攻撃は正面からではなく標的の死角から。
『釵』と呼ばれる斬る事よりも突く事を主眼に置いた三叉の剣、それが死角から標的を襲う。
迫るそれを標的は慌てる事無く蹴り上げていた足を素早く戻し、二度三度と連続して繰り出される死角からの突きを上体を振って避わすと、最後にしゃがむ事でそれを避け、通り過ぎた釵を握る腕をとるとそのまま背負い、投げの途中で手を離すことで投げ飛ばす。

「だっしゃぁぁああ!! もらったぜ!フェルナンド!!」


叫びと共に現われるのは三人目、攻撃は二段ではなく三段構えだった。
正面から注意を引き、その隙と死角をつくことで体勢を崩し、そこにとどめの攻撃を見舞う。
三人目はその両手に持った奇怪な刃を振り被ると、そのまま体勢の崩れた標的、フェルナンド目掛けて投げつけた。
投げをうった直後の体勢、崩れたそれに奇怪な刃が高速回転しながら、狂い無くフェルナンドへと迫る。
当たる、と仕掛ける三人が思った瞬間フェルナンドはその崩れた体勢から上へと跳び上がり、回転し迫る刃を避けてしまう。

準備も、順序も、拍子もその全てがほぼ完璧だった三人の攻撃、しかし間違いがあったとするならば、それは一般的な敵を前にした完璧であり、三人が相対しているのはその尺度には納まらない人物だったという事だろう。


先程までフェルナンドがいた位置を回転する刃が通過し、そして弧を描くようにそれを投げた者の元へ舞い戻る。
みれば別々、順々に襲い掛かってきた三人が一箇所に纏まっていた。
それは彼女等が意図した事ではなく、フェルナンドがそうなるように蹴り、投げ、避けた結果であり、戦いの最中それだけの余裕が彼にあるということを示していた。


「だぁ~~!! 今のはイケると思ったのに! 避けんじゃないよ!フェルナンド!」


自分に迫る刃を避けるな、というなんとも無茶な事を叫ぶのはアパッチ。
地団駄を踏みながら悔しがるアパッチ、彼女にしてみれば最高のタイミングで放った刃が、どうにもあっさりと避けられた事が気に入らないらしく、そんな文句をフェルナンドへとぶつけているようだ。

「普通は避けるだろうがよ・・・ それにお前・・・・・・不意打ちする相手に態々叫んで攻撃の瞬間を教えてどうする?まぁ、俺は避けやすかったが・・・な。」

「なッ! ・・・き、気合だよ!気合!ここぞって所で気合入れんのは当然だろ!」


フェルナンドはそんなアパッチの理不尽な怒りに、ごく普通に対応する。
無視しても良かったが、そうなるとそれはそれで五月蝿いと最近では学んだ彼、しかししっかりと皮肉を返す事は忘れない。
その皮肉も一見皮肉ではあるが、聞き様によっては彼なりの助言であるのだが、アパッチの性格上それを素直に受け入れられるはずも無く、苦しい言い訳を口走る。
そんな彼女の姿に残った二人、ミラ・ローズとスンスンは揃って「馬鹿だねぇ・・・」、「おバカさんですわ・・・」と呟いていた。
だがそんな呟きを零す二人にも、フェルナンドはしっかりと意識を向けている。

「お前等も他人事じゃねぇぞ? ミラ・ローズ、一撃で仕留められる威力はいいが、避けられた後に追撃の一つも入れられねぇようじゃぁ、いくら陽動でもお粗末だぜ?スンスン、テメェも死角から突きの連続は結構だが、もう少し変化を入れろ。死角から単調に攻めたんじゃ意味が無ぇだろうが。」


残った二人にも同様の助言をするフェルナンド。
最近では漸く『三バカ』から個々の名前を呼ぶようになっている様子だ。
彼の言葉にミラ・ローズ、そしてスンスンも痛いところを疲れたといった顔をする。
結局三人がかりで彼に傷一つ負わせる事が出来なかった、という事に変りはなく、それはとどめを担当したアパッチの責任というよりも、それまでに関わった三人すべての総合力で彼に劣っていた、という証なのだ。

そうして苦い顔をしているミラ・ローズとスンスンに、それ見たことかとアパッチが食って掛かる。
しかしそれは彼女にも同じ事であり、結局いつもと同じ三人寄らば姦しい、という状態へと移行していく。
三人の喧騒、誰が悪いというわけでもなく罵りあう三人。
そんな彼女達の姿にフェルナンドは溜息を零す。

「・・・・・・ 頼むぜ、お前等・・・・・・さっさと強くなってくれなけりゃ、何時までたっても俺の鍛錬にならねぇだろうがよ・・・・・・」


溜息に続いてフェルナンドが零した言葉、それが今、彼が彼女等に彼らしくもない助言までして戦っている理由だった。
先頃行われた強奪決闘(デュエロ・デスポハール)、そこで見た一つの戦いが、フェルナンドの闘志に火をつけていた。
交わしたわけでもない一方的な約束、いつか必ずまみえると決めている相手の力、そしてそれに呼応するように彼自身もまた更なる力を求めているのだ。
そのためには何が必要か、答えは簡単で強くなるには戦うしかない、というものだった。
一つでも多く戦う事、それだけが彼にとって強くなるための方法であり、その為に彼はハリベルの従属官である三人と戦っていた。
戦っていたのだが、三対一の状況でもフェルナンドは戦いを優位に進める。
三人が”連携”しているようで、結局のところフェルナンドにとってこの戦いは”一対一を三回”しているのと同じであり、それならば彼に負けはありえないのだった。

「ハリベル。 なんならお前もコイツ等と一緒に戦うか?コイツ等ならそれぐらいで丁度だろう?」


フェルナンドは振り返るようにしてその場にいるもう一人、彼女等従属官の主であるハリベルに話しかける。
ハリベルは少し離れた位置の、砂漠に突き刺さって折れたような柱の上に立ち、フェルナンド達を見ていた。

「それは少々この娘達を侮り過ぎているな、フェルナンド。確かに連携としては褒められたものではないが、この娘達は私の”最強”の従属官だ。私には、この娘達が他のどの十刃の従属官にも劣らぬという自負がある。」


フェルナンドの軽口にも似た言葉に、ハリベルはしっかりと、そして明確に言い放つ。


彼女等は私の”最強”の従属官である、と。


それはハリベルの過大評価でも、自身の自尊心から来るものでもなく、ただ純然とした事実として彼女の口から放たれた言葉だった。
それはハリベルから従属官であるミラ・ローズ、アパッチ、スンスンへと向けられた全幅の信頼の証。
例え今目の前でフェルナンドに軽々とあしらわれ様とも、それは些かの揺るぎもみせてはいなかった。

「なるほど・・・”最強”ねぇ・・・・・・ 悪くない響きではあるな。それに・・・・・・ どうやらお前のおかげで、少しは”マシ”になったみたいだし・・・な。」


ハリベルへと振り返っていたフェルナンドが、再び三人の方へと向き直る。
振り返る前から背中にそれを感じていたフェルナンドは、口元に笑みを浮かべ振り返った。
浮かべた笑みは嘲笑ではなく喜び、背中に感じていたそれは振り向き、眼前にしたことでフェルナンドはより強くそれを感じ取る。
振り向けばそこには姦しく騒ぐ彼女等の姿は無かった。
その眼は今まさに振り向いたフェルナンドだけに向けられ、そしてそれには強い意志が見て取れた。

姦しく騒いでいた彼女等に届いたハリベルの言葉。
たった一言のそれが、彼女等を今、劇的に変えているのだ。

彼女等の主は言った、”私の最強の従属官”と。

彼女等の主は言った、”他のどの従属官にも劣っていないという自負がある”と。

その言葉は彼女等にとって至高の言葉であり、そして決して裏切る事のできない言葉でもあった。
故に彼女等の瞳のは力が宿る。
その言葉を賜ったこの場で、これ以上主に不様を曝すわけには行かないと。

「悪いね、フェルナンド。 勝たせてもらうよ。」

「えぇ・・・ ハリベル様にあれ程の言葉を頂いて、これ以上の失態は許されませんもの。」

「あぁそうさ。 アタシらの”本気”を魅せてやるよ!」


ミラ・ローズ、スンスン、アパッチ、それぞれの決意、それぞれの意地、それは唯一へ集約し、それを言葉に乗せフェルナンドへとぶつける三人。
フェルナンドはそれを黙って受け止め、黙ったまま、そして微かな笑みを浮かべたまま拳を構える。

三人もそれぞれに刀を構えなおし、そして・・・解き放った。

「喰い散らせ!『金獅子将(レオーナ)』!!!」

「突き上げろ!『碧鹿闘女(シェルバ)』!!!」

「絞め殺せ・・・『白蛇姫(アナコンダ)』。」


それは解き放つ謳であり、それによってフェルナンドの眼前では三つの霊圧の爆発が起こった。
巻き上げられた砂は砂煙を起し、そしてそれが晴れるとその隙間から現われる三つの影。


正しく獅子の鬣の如く足元の砂漠に届くまでに伸びた黒髪、身体を覆うのは正しく必要最低限の鎧のみであり、それ以外は肌が顕になった格好で、右手に握られた両刃の刀は巨大、分厚く、大きく、刀剣の種類でいえば日本刀というより西洋の剣といったほうが適切なその刀を携えていた。
口元から覗くのはこちらも獅子の如く長く伸びた犬歯、そして眉間にはバツを描く仮面紋(エスティグマ)が刻まれたミラ・ローズ・アマソナス。


額の中心には短い角、そして額の両端から後方へ、中ほどから三本に別れ、弧を描く様にして伸びた鹿を思わせる長い角が生え、身に纏うのは白の死覇装ではなく、茶色い毛皮のツナギのような服。
両手の爪は鋭く伸び、左目を縁取るように刻まれていた仮面紋は右目にも刻まれ、その目じりに稲妻のような文様が加わったアパッチ・ユニコーニオ。


上半身には見た目大きな変化は見られなかったが、その下半身は最早人型のそれではなく蛇そのもの、まさしく半人半蛇のその姿身の丈は三人の誰よりも大きくなり、そして見た目変化の無い上半身の相変わらず長い袖は、時折不自然に蠢いている。
髪飾りのようだった仮面はそのまま大きくなり、右目の下にあった三点の仮面紋が左目の下にも同じく刻まれているスンスン・サーペント。



それが彼女等、第3十刃 ティア・ハリベルの従属官達の帰刃(レスレクシオン)状態の姿だった。
彼女等の虚という”化物”としての本来の姿と力を回帰させたその姿、明らかに殺傷能力を増した姿と跳ね上がった霊圧は、殺戮のための力だった。

「なるほど・・・な。 それがお前達の本当の姿、本当の力って訳だ・・・・・・」


だがフェルナンドはその殺戮の力を前にして笑っていた。
彼女等が解き放ったその力は、まず間違いなく彼自身に向けられるというのに彼は笑っているのだ。
別に気がふれた訳ではない、ただ彼は喜んでいるだけ。
漸く自分も”戦う”事ができる、ということに。




睨みあう四者、交わす言葉は無く、そして砂漠は弾けた。

それまで三人の攻撃を待っていたフェルナンドが、初めて自ら攻める。
アパッチを目掛けて走るフェルナンドは瞬く間にその距離を詰め、加速と共に拳を打ち出す。
対するアパッチもフェルナンド目掛け突進し、上半身と首を使い、その大きな角を振り被るとフェルナンドの拳目掛けて叩き付けた。

「ハッ!」

「ヘヘッ!」


衝突と衝撃、そして拮抗する角と拳、そしてそれを見て両者から小さな笑いが零れる。
だがそれはほんの束の間、彼を狙うのは一振りではなく三振りの刃なのだ。

アパッチと拮抗するフェルナンドに影かかかる。
上、それは日差しを遮り、上空から振り上げた巨大な剣を振り下ろそうとするミラ・ローズの姿だった。
その細腕の何処にそれを振り回す力があるのか、と思わせるほどの巨大な剣。
その重量と落下、増した霊圧と膂力によって、先程と比べ物にならない威力のそれがフェルナンドへ振り下ろされる。
先程フェルンドは避けられる事を考慮して、二の太刀も考えろと言ったがそんなものは必要ないと、初太刀で両断すれば済む話だと言わんばかりのその刃。
フェルナンドは拮抗していたアパッチの角を拳を開いて掴み、そのまま自分の方に引き寄せ彼女の顔面に膝を叩き込む。
だがミラ・ローズの剣は今まさに振り下ろされようとしており、如何にフェルナンドでもそれを完全に避けきる事は出来ない状況となっていた。

「チッ!」


フェルナンドから舌打ちが零れる。
最早避ける事は不可能、さすがにあの刃をただ受ければ腕の一本は持っていかれるかもしれないと、内心考えた彼はそれならばと、自分目掛けて降りてくるミラ・ローズへと向かって跳び上がった。

「なに!?」


跳び上がる事で距離を潰しに来たフェルナンドに驚くミラ・ローズ。
しかし彼女もその剣を止める心算はなく、来るなら来いとそのまま振り下ろした。
振り下ろされる刃、だがフェルナンドは尚もミラ・ローズに迫り、なんとその刃をその身に受けた。

受けた、といってもそれはミラ・ローズの剣の鍔元を無理矢理肩辺りに当てて威力を殺し、その身に刃は食い込んだものの両断までには至らないという出鱈目な受け方であった。
それを目の前にしたミラ・ローズは声も出ないといった様子、しかしフェルナンドがそれを逃す事はなく、そのまま彼女の顎に掌底を打ち込むとそのまま掌底の勢いで砂漠に叩きつけようとする。

そしてミラ・ローズの体を砂漠に叩きつけるその瞬間、最後の一人が狙い済ましたかのようにフェルナンドへと迫る。
まさしく地を這うようにして彼へと迫るのはスンスンだった。
下半身を波打ち、くねらせ、音も無くフェルナンドへと近付き、彼が攻撃をする瞬間を狙い攻撃を仕掛ける。
彼女の長い袖が蠢き、その中から巨大な蛇の頭が勢い良く飛び出す、口を大きく開きその牙を覗かせフェルナンドを丸呑みするかのように彼へと迫った。

さすがにそのタイミングでの攻撃を捌く事はフェルナンドにも出来ない。
ミラ・ローズに打ち込んだ掌底で砂漠に叩きつけそれとは逆の腕で、迫る蛇を受け止める。
蛇はフェルナンドの腕に噛み付き、その牙を深く彼の前腕に突き立てていた。

「捕まえましたわ、フェルナンドさん・・・・・・」


蛇を放ったスンスンが小さくそう呟く、”捕まえた”、確かに彼女はそう言った。
しかしフェルナンドからすれば捕らえたという意味がわからなかった。
捕らえたからどうというのか、捉えることが決着という訳でもあるまいに、と。
だが、その捕らえたという言葉の意味を彼は直ぐに理解した。

彼の眼に映る赤い霊圧、それは砲弾となり彼目掛け放たれていた。
放ったのは最初に倒したアパッチ。
それは額から血を流しながらも立ち上がり、強い意志の篭った瞳でフェルナンドを見据え放った虚閃(セロ)だった。

捕らえたとはこういう事だった、この虚閃から彼を逃さぬという意味での捕らえたという言葉。
此処に至るまでの流れは先程と同じ、囮を用いた陽動、しかし今回は一度倒したという相手がとどめ役という虚を突いたものだった。
個々の能力の上昇と、ハリベルからの気合がこの状況を作り出していた。

腕の蛇を振り払うには些か時が足りないフェルナンド。
迫る砲撃は数瞬の後に彼に着弾する、だというのに彼の顔には笑みが浮かんでいた。
そしてその笑みを浮かべたまま彼は赤い光に呑まれていくのだった。






「ざまぁみろ・・・・・・ やってやったぜ。」


虚閃の着弾による砂煙が立ちこめる中そう零すのはアパッチ、彼の膝が顔面に入った瞬間、意識が飛びそうになるところを気合だけで耐えた彼女は、見事彼に一矢報いた。
そんな彼女に近付くスンスンと、頭をさする様にしているミラ・ローズ。
ミラ・ローズの方は掌底と叩きつけられた衝撃によるダメージがまだ残っている様子だったが、スンスンの方はアパッチの虚閃でフェルナンド諸共蛇が消滅してしまったが、それは”一匹”のみの話でそれほど深刻という事ではない様子だった。

「イタタ・・・ まったく、あんな剣の受け方した奴なんて、あたし初めて見たよ・・・・・・」

「本当に出鱈目な殿方ですわね・・・・・・でも、漸く借りは返せましたわ。」


そんなスンスンの呟きに三人はそれぞれ頷いた。
さすがに解放までして無傷でいられたのでは、彼女等の沽券にかかわるといった所なのだろう。

「それにしてもアパッチ・・・あんたちょっとあの虚閃は強すぎやしないかい?いくらなんでも殺したりでもすればマズイだろ・・・・・・」

「あぁ? 可笑しな事言ってんじゃねぇよミラ・ローズ。アレくらいでアイツが死ぬわけねぇだろ。」


いくら沽券にかかわるといっても、解放状態での虚閃の直撃は大丈夫なのかと心配するミラ・ローズに、アパッチはさも当然といった風で答えた。
それは撃った本人が一番わかっていると、それほど加減したつもりもないが全力ではない虚閃、そしてそれを受けたのはあのフェルナンドなのだ、と。
それは奇妙な信頼、ある意味確信と言ってもいいアパッチの直感だった。
そしてそれは直ぐに証明される。

「ハッ! 悪くねぇ・・・な。 久しぶりだ、この感覚はよぉ。」


砂煙がはれたその先に居た彼はやはり健在だった。
腕を盾にしたのだろう、片腕は焼け焦げたような痕が残り、腕には蛇に噛まれた傷、肩には剣を受け止めた刀傷と満身創痍とはいはなくとも傷だらけのフェルナンドがそこに立っていた。
その姿を見たアパッチは「ホラ見ろ」と何故か得意げな様子をしていたが、それは今関係なかった。

「どうだ? フェルナンド・・・・・・ 私の従属官は強かろう?いい加減お前も”本気”を出してやってはどうだ?」


それは柱の上から彼女等の近くまで移動していた、ハリベルから放たれた言葉だった。
その口ぶりはどこか自慢気で、しかし言葉は彼女の従属官からしてみれば意外なものだった。

「ま、確かに・・・な。 これ位なら俺も”本気”でやってやってもいい・・・かよ。」


フェルナンドがそう零した直後、彼から霊圧が吹き上がる。
紅い紅い霊圧の怒涛、吹き上がるそれは明らかに強者の霊圧だった。
それをみて彼女等は漸く理解した、このフェルナンドという破面は解放した自分達を相手に”最低限の霊圧”のみで戦っていたのだと。
そして自分達が彼に傷を負わせた事により、彼は自分達に対して本当の力で臨もうとしているのだ、と。
三人の目が自然と鋭くなる。
それは臆しているのではなく、真正面からその霊圧に対するため、そしてどうすればそれに勝てるかを考えるためだった。

そして、誰が提案したわけでもなく、相談したわけでもなく、三人は同じ結論にいたり、それを口にした。

「ハリベル様・・・・・・ ”使います”。」


ハリベルにそう告げたのはミラ・ローズだった、”使う”とただ一言だけ告げる彼女。
他の二人は何も言わない、そしてハリベルも”何を”とは問わない。
何をしたいのか、何を使うのか、フェルナンド以外の四人は判っているのだ。
ハリベルから言葉は無い、しかし無言を肯定ととった三人は行動を起す。

右手を左腕に添えるアパッチ、その巨剣を左脇に当てるミラ・ローズ、そして左腕を前に突き出すスンスン。
フェルナンドはそれを黙って見つめる、何かするのは目に見えている、しかしそれを止めるような無粋を彼は好まない。

そして、彼の目の前で行われたのは奇行、ある者は腕を引き千切り、ある者は腕を斬り落し、ある者は腕を捻じ切る。
千切られ、斬られ、捻られ、体から離れただの肉塊と変ったそれを三人は上へと放り投げる。
そして謳うのだ、誕生の謳を。


「「「  混獣神(キメラ・パルカ)!!  」」」



放り投げられたそれぞれの腕が空中で一つになる。
混ざり合う三つの腕、次第に原形を止めなくなるそれは新たな形を創り出す。
そして産み出されたのは、形容しがたい異形の怪物だった。

人とも獣ともつかないその外見、楕円の穴が二つ、眼のように開いただけの白い仮面、そこから生える二本の角。
黒い髪、というよりは鬣の方が表現として近しい大量のそれが腰まで生え、上半身を強靭そうな筋肉で覆ったその異形。
下半身にはびっしりと体毛が生え、足は人のそれではなく動物の蹄をし、尾の部分には蛇をはやしている。
腕を捧げた三人の特徴を残しつつも、それはなお異形の怪物。
そう思わせるのはその異形がまとう雰囲気によるものか、意思を感じさせないその気配、ただただそこに居るだけで気味が悪いその気配、深く暗い目のくらむ大穴を覗いたかのような、そこに自分が落ちていくような錯覚を覚えさえるその気配が、その怪物を異常と認識させるのだろうか。

「『混獣神』、アタシ等の左腕から創った、アタシ等のペット。名前は『アヨン』、・・・・・・言っとくぜ、フェルナンド・・・アヨンは死ぬほど強いぜ?」


静かに語るアパッチ、その怪物の名をアヨン、彼女等が自らの左腕から創り出した異形。
そしてアパッチは自らの前で紅い霊圧を吹き上げるフェルナンドに、明確に言い放った、『アヨンは強い』と。
そう語る彼女の瞳には、誇張や自惚れは一切無かった、それは彼女の語った言葉が真実であるということを示し、彼女が、いや、彼女等がこのアヨンという異形の力に絶大な自信を持っている、という事に他ならなかった。

「強い・・・か。 イイじゃねぇかよ、強けりゃ強いだけイイに決まってる。求める先を得るための強さ、あの野郎に勝つための強さ、そしてハリベル・・・お前に勝つための強さを俺は求め続ける。戦い抜いたその先に、強さを得たその先にお前が居るなら俺は全てを薙ぎ倒して進んでやるよ・・・・・・」


アヨンは強い、その発言にフェルナンドは笑みを深める。
身体に傷を負いながら放つ霊圧に一分の陰りも無く、それどころか霊圧は増しているかのように吹き上がり続ける。
それは彼の決意、彼の誓い、必ずお前の前にたどり着くと、そして求めるものを手に入れてみせるという表れなのか。
そしてその霊圧を前に異形は叫んだ。


「グオオオオおオオオオガガオオオオオオゴオオオオォォォォオオオオオオオオォオオオオ!!!」


大地を揺らすほどの叫び、その叫びは異形を更に異形たらしめていた。
鬣の中から血走った目玉のようなものが現われ、そして首から鎖骨までが裂けそこに巨大な歯が並んだ口が現われる。
その大きく開かれた口から吐き出される大音量。
その叫びが何を意味するのか、そんなものは誰にもわからない。
だが、その叫びが何かしらの感情から来るものであり、それがフェルナンドに対するものであろうことだけは判っていた。

異形の怪物、アヨンがフェルナンドへ襲い掛かる。
アパッチ等三人の誰が命じたわけでもなく、ただ目の前にいたフェルナンドへアヨンは襲い掛かった。
その巨躯に似合わぬ異常な俊敏さ、大木のような腕が振り被られ、大振りでフェルナンド目掛けて放たれる。
だが、傷を負っているといっても相手はフェルナンドなのだ、いくら速かろうとも何の細工もない正面からの大振りが彼を捕らえられるはずなど無い。
迫ったそれを左手で受け流すように外へと払うフェルナンド、しかし異常はそこで現れた。
フェルナンドは突如左側から悪寒を感じる。
理由は判らない、ただ危険だと彼の直感がそう告げていた。
アヨンを払った腕で防御を固めるフェルナンド、こうしなければいけないという彼の本能的な部分がそうさせたのか、そしてそれは正解であった。

彼を衝撃が襲う。
今まで感じたどの衝撃よりも凄まじいかのようなそれ、それは彼の左側、固めた腕の防御の上から齎され、その防御はいとも簡単に破られ突き抜けていた。
その衝撃によりいとも簡単に吹き飛ばされるフェルナンド。
そして着地した先で彼が見たのは、腕の関節があらぬ方向に曲っているにもかかわらず、平然と立っているアヨンの姿だった。
折れている、通常ならば確実に折れている曲り方をしたその腕、だがアヨンは平然と、そしてその腕は何事も無かったかのように元へと戻ってしまった。

そう、フェルナンドを襲った衝撃は払われた腕の間接を曲げ、繰り出されたアヨンの拳によるものだった。
おおよそ生物としてありえないその攻撃、防げたのは僥倖だったとしか言いようが無いだろう。
本当に”防げた”と言えるのならば、だが。

(チッ! 左腕は”死んだ”な・・・・・・骨が砕けていやがる・・・ 肋骨も何本かいってるな、拳一発でこれ・・・かよ。 こいつは出鱈目だ・・・・・・だが・・・・・・)


アヨンの一撃、それだけでフェルナンドの左腕は使い物にならなくなっていた。
腕の骨は無残に砕けているだろう、そしてそれだけに留まらず肋骨、もしかすれば内臓の損傷もありえるかもしれない。
技術でも、技でもなく、ただ純粋な膂力のみで成されたその傷跡、生物としてありえぬその異常性がフェルナンドに多大なダメージを与えていた。

「言ったろ? フェルナンド、アヨンは強いってな・・・・・・早く止めねぇと死ぬぜ?」

「あぁ、悪いことは言わない。 止めるなら今のうちだよ。」

「フェルナンドさん。 今回ばかりは私も二人に同意ですわ。」


左腕を押さえるようにして立つフェルナンドに、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンがそれぞれ声をかける。
彼女等は誰よりもアヨンの強さを知っている、それを前にすればいかにフェルナンドといえど苦戦は避けられず、そして今、左腕を実質失った彼に最早勝ち目など無いと彼女等は知っているのだ。
だがそんな彼女達の純粋な心配も、今のフェルナンドには余計な世話でしかなかった。

「黙ってろお前等・・・・・・ 今から漸く楽しくなって来るとこだろうが。アヨン・・・だったか? お前強いな・・・・・・強くて強くて、俺は・・・・・ハハッ!俺は、笑いが止まらねぇよ。お前なら・・・ お前なら俺の”本当の本気”を出してもよさそうだ・・・・・・」


彼は笑っていた。
左腕を砕かれ、肋骨を折られ、虚閃の熱傷と刀傷と噛み痕をその身体に刻みつけながら笑っていた。
力を得るための戦い、追い込まれている自分、そして追い込んだ相手、その存在が彼を震わせる。
笑みが深くなる、刻まれた笑み、口角は上がり歯が覗く、しかし眼は鋭さだけを残し相手を射抜き、瞳にはこれ異常ない熱が篭る。
それはただの笑みでなく”獣の笑み”、獰猛な獣の笑みだった。

左腕を押さえていた手を離すフェルナンド。
左腕はただ肩からぶら下がっているだけで、だらりと垂れ下がる。
そして空いた右手を腰の後ろへ伸ばし、そしてそこに挿した斬魄刀に手を掛け、一息に抜き放つ。
引き抜かれたに鈍色の刃、研ぎ澄まされたそれはやはり彼自身であり鋭さが際立つ。

逆手に持ったその刃を高く高く、掲げるように頭上へと伸ばすフェルナンド。
誰もが、アヨンすらその姿に、目を奪われたかのように動かなかった。
そして一番高く掲げた姿で、勝ち名乗りのような拳を突き上げたその姿で、彼はその名を呼ぶのだった。



「刻め・・・・・・『輝煌帝(ヘリオガバルス)』!!!」










牙を研ぐ

爪を研ぐ

終着であり通過点

座すは暴風

その時の為

今はまだ

ただ、師弟として・・・











※あとがき

戦闘描写は難しい。
それにつきますね今回は。

あとペットの登場と、ちゃっかり解放する主人公、といった所です。ハイ。













[18582] BLEACH El fuego no se apaga.32
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:12
BLEACH El fuego no se apaga.32










「具合はどうだ? お前達。」


入室と共にそう声をかけるハリベル。
その部屋はいつかの白い部屋、寝台が三つ置かれた白い部屋であり、その寝台にはやはりいつかと同じ面々、彼女ハリベルの従属官であるアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの姿があった。

「具合と言われても、別段悪いところはありませんわ。ハリベル様。」


ハリベルの言葉にそう答えたのはスンスン、見れば確かにその顔の血色は良く、病気という訳ではなさそうであったがその左腕には肩まで包帯が何重にも巻かれており、そしてそれは他の二人にも同様に言えることのようであった。

「そうですね、アヨン(あいつ)を呼ぶと大概腕はこうなりますから・・・・・・まぁ今回は少し長引きそうですけど・・・・・・」


スンスンに続いて話すのはミラ・ローズ。
ハリベルにその包帯で巻かれた腕を軽く見せるようにしながら、心配する必要は無いと告げる。
その実彼女等の左腕は重症といっていい状態であったが、主に心配を掛けまいと彼女等はそれを口にすることは無い。
彼女等の左腕に巻かれている包帯、だがそれは怪我や負傷によるものではなく、彼女等の”切り札”を使用したための傷だった。

『混獣神 ”アヨン” 』

彼女等ハリベルの従属官三人の左腕が混ざり合う事で産まれる超常の獣、左腕三本から異常に肥大した肉と霊圧が産み出され誕生するその獣は”切り札”という言葉に相応しい圧倒的な破壊力を持っていた。
だが大きな力はそれに伴って反動、リスクを生む、彼女等がペットと呼称するアヨンの場合はリスクの一つとして、産みの親である彼女等の命令を絶対尊守することは無いという事がある。
産み出す事は出来ても彼女等従属官達にそれを御する術はない、アヨンという獣に理性や思考があるかは判らないが、アヨンは自らの思うままに行動するのだ。
いくら強く強大であろうとも、御する事のできないものはそれだけで欠陥品であり、戦力としての不安点である。
だがそれでも彼女等の”切り札”とされるのは、それすら補うほどアヨンが強力である、という事なのだろうが。

そしてもう一つ、産み出した後の反動、それが彼女等の腕に巻かれた包帯の理由だった。
アヨンを再び己の身体へと戻す、三本の腕へと戻すにあたり、戻したその腕は通常では考えられないほどの損傷を負っている。
筋繊維の断裂、腕各部の骨折、裂傷など、外部、内部に至るまで傷が腕を覆うようにしているのだ、それはアヨンという超常の獣の放つ霊圧と、肉体を省みぬ酷使によって刻まれた爪痕にほかならなかった。
だが見方によってはその程度で済んでいる、という見方すらある。
腕三本、反動も傷も三等分、アヨンという獣を呼び出したということに比べれば安いリスクといえる。
まぁそれでも当分の間彼女等の左腕は使い物にはならないのだが・・・・・・


そして、彼女等の腕が使い物にならなくなっている原因はもう一つあった。


「てか何なんですかハリベル様! フェルナンドの”アレ”は!反則! あんなの反則だぜ! 」


ミラ・ローズに続くように最後の一人、アパッチが叫ぶ。
腕を振り上げ、寝台から飛び出さんばかりの勢いで叫ぶアパッチだが、その直後、振り上げた左腕は重症という言葉通りの痛みを存分に発揮し、アパッチは顔を青ざめさせ寝台の上をのた打ち回っていた。

そうしてアパッチが腕の痛みも忘れて憤慨するもの、それが彼女等の腕が本来以上に使い物にならなくなっている理由だった。
アヨンによって酷使されたアヨン自身の身体、その酷使された状態を彼女等はその身に腕の形に戻して受け止める。
それはアヨン自身の酷使であると同時に、アヨンが”負った傷”まで彼女等が引き取るということであった。

アヨンが腕へと戻る際の身体状況がそのまま彼女等に引き継がれる。
そして、今回アヨンが彼女等によって腕へと戻された時、アヨンは身体の全身を、いや、内側の臓腑に達するほどの熱傷が覆っていた。
所謂丸焦げ状態、その状態のアヨンを戻した彼女等の左腕は、アヨンによる爪痕と同時にその熱傷まで引き継いでいたのだ。


そしてそれは直前までアヨンが戦っていた相手、フェルナンド・アルディエンデによって成されたものであった。



「まぁアレの元々の姿を思えば当然と言えば当然、なのだがな・・・・・・それにしても、まったく 凄まじい男だよ、アレは・・・・・・」


そう言って、アパッチの”反則”という言葉に苦笑を浮かべるハリベル。
そうして白い部屋にある窓の方へと歩くと、その窓から眼下に広がる砂漠を見る彼女。
そこに広がるのは白い砂漠と異様な光景。
所々が大きく、深く陥没した砂漠、それはただ砂漠が陥没したという訳ではなかった。
陥没したその全ての表面が粒状の砂ではなく、硝子のようにな個体で満遍なく覆われ硬質化していたのだった・・・・・・






――――――――――







拳を振るう。
青年は拳を振るう。
ただ目の前の男を打倒する為に、青年は拳を振るう。

それを受けるのは壮年の男。
男は独特の片足立ちの構えを取り、青年の強烈な攻撃を受け続ける。
それはその二人の男にとって既に日常、といっていい風景だった。
青年は強くなるために、壮年の男は強くなった青年と戦う為に、ただそれだけの為に彼等は戦っていた。
その二人の間にあるのは他に混じるものの無い純然たる”渇望”だけ。

”戦い”というものへの渇望だけだった。


「フハハハハ!! 今日は随分と拳が奔っているではないか青年(ホーベン)!いや、”逸っている”、と言ったほうがいいかい?」


荒れ狂う拳の青年、グリムジョー・ジャガージャックの攻撃を捌きながら壮年の男、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオはそう叫んだ。
”逸っている”、並々ならぬ勢いで繰り出されるグリムジョーの攻撃をドルドーニはそう評した。
攻撃の威力も然ることながら、繰り出される彼の拳はその一撃に込められた”熱”が違っていた。
ドルドーニの言葉にグリムジョーは言葉を返さない、逸っていると言われたその拳の”熱”を語る事は無い。
しかし、その”熱”の来る所をドルドーニは知っていた。

「やはり”彼の霊圧”は、君を滾らせるのに充分足るものだったようだ・・・ね!」


叫ぶドルドーニ。
そして言葉の最後と共に放たれた前蹴りの一撃で、グリムジョーを吹き飛ばし距離をとった。
そう、グリムジョーの拳に宿る”熱”とは滾る彼の闘志の表れであり、それをドルドーニは先頃感じた一つの霊圧によるものであると言ったのだ。

広大な虚夜宮の片隅から放たれた霊圧、それを感じ取ったドルドーニは瞬時にそれが誰の者であるかを悟った。
それは言葉で表そうとすれば熱気であり炎のような霊圧、熱く猛るそれはドルドーニの知る一人の破面(アランカル)の霊圧だった。
霊圧の持ち主は彼が気にかけるもう一人の”強き者”、フェルナンド・アルディエンデであり、それはドルドーニが気にかけるのと同じか、それ以上にグリムジョーにとっては避けて通れぬ相手の名であった。

「どうしたね? 青年。 先程からまったくしゃべる気配が無いが・・・これではまるで吾輩が一人でしゃべり続けているなにやら可哀相な人物だと、多くの誤解を孕んだまま伝わってしまうのだがね・・・・・・」


ドルドーニの蹴りによって距離をとらされたグリムジョー、そしてそんな彼に対するドルドーニの言葉にも彼は無言だった。
その拳から伝わる”熱”に似合わぬ口数の少なさ、さすがにドルドーニも不審に思ったのか気になる様子でグリムジョーに再び話しかける。
ワザとらしく肩を落とすドルドーニ、それが恐らく誇張した演技であろう事は誰が見ても明らかであり、出来ればふれたくもない手合いではあるが、そのふざけた態度にグリムジョーは漸く口を開く。

「あのクソガキは関係無ぇ・・・・・・ 」

「おぉ漸く話す気になったかね。 これで吾輩の可哀相な紳士イメージは払拭された、というものだ。だが・・・ 関係ない・・・か・・・・・・どうにも納得しかねる回答・・・ではあるねぇ。」


顎に生やした髭をなぞる様に撫でながら、ドルドーニは値踏みするような眼でグリムジョーを見る。
「関係ない」、グリムジョーはそう言いはしたが、ドルドーニからすればその言葉はあまり信に足るものではなかった。
他の、他の破面ならばいざ知らず、このグリムジョーという男がフェルナンドの霊圧を感じられないはずがないのだ。
そしてドルドーニが感じたフェルナンドの霊圧は想像以上に強力であった、おそらく帰刃(レスレクシオン)したと思われるその霊圧、その強力な霊圧を感じたであろうグリムジョーがそれに対し、何の興味も感想も持たないなどという事は、ドルドーニの中でいっそ嘘だと断じてもいいものだった。

そうして二人が沈黙する。
不機嫌な様子で睨みつけるグリムジョーと、何故か楽しそうに彼を見るドルドーニ。
この二人の間に語らいというものはそう多くない。
言葉を語り合う暇があるのならば、時はそれに費やすのではなく戦い、強くなる事に費やすのがこの二人の常。
言葉を語るのも戦いの中で、その殆どはドルドーニの一方的なものではあったがそれも多くはないといえるだろう。

傍から見れば少々変っている二人の関係。
ドルドーニはグリムジョーを”弟子”であるとしながらも、グリムジョーがドルドーニを”師”として認識しているかは謎だった。
彼は誰に問われようともドルドーニの事を語ることはしなかった。

それこそ彼に付き従うシャウロンをはじめとした、大虚時代からの配下にもそれを語る事はなく、問われても「お前には関係無ぇ」の一言で済ませてしまう始末。
不審に思うグリムジョーの配下達であったが、日に日に着実に、そして明らかに強くなっていくグリムジョーの姿を間近で見ることでその不安感は消えていった。
彼等にとって理由など何でもいいのだ、彼等の”王”は日を追う毎に強くなっていく、彼等にとって重要なのはその一点でありそれが何故かという事はそれほど重要ではなかった。


そう重要ではないのだ。
重要なのは呼び名ではなく本質であり、言葉に出さずともそれはそこにあるのだから。


「チッ!」


沈黙を破ったのはグリムジョーの舌打ちだった。
舌打ちと共に顔をそっぽに向ける彼。
不機嫌、というよりは寧ろ面倒だといった様子の彼、そんな彼をドルドーニは依然楽しそうに見ている。

「確かに、あのクソガキの霊圧は感じた。 悪くない霊圧だ・・・・・・だがな・・・ 今の俺に必要なのはアイツじゃ無ぇ。」


グリムジョーは静かに語る。
感じたフェルナンドの霊圧、それを”悪くない”としながらもそれは今自分には必要ではないと、彼はそう言ったのだ。
彼にとって避けて通れぬ相手の霊圧、彼の気質から言えば”悪くない”というのはある意味賛辞とも取れる言葉ではある。
しかしそう言いながらも彼はその霊圧を放つ者を今必要ないというのだ、それは一体何故か、ドルドーニも楽しそうな顔は崩さずともどこか怪訝な雰囲気を漏らしていた。

「おいオッサン。」

「何だね青年? というかオッサンではなく紳士(セニョール)、もしくは師匠(マエストゥロ)と呼び給えと吾輩何度も言っているだろう・・・・・・」


グリムジョーはドルドーニへと逸らしていた視線を向ける。
ドルドーニはおどけた物言いをしながらも、その瞳は決してふざけている様子ではなかった。

「黙ってろよ・・・いいか、俺がオッサンと”手を抜いて”戦(や)り合うのは今日が最後だ・・・・・・次は・・・ 次に戦るのは”戦場”で・・・だ。」


ドルドーニの瞳が僅かに見開かれる。
グリムジョーの発した言葉、それは何時かの強奪決闘(デュエロ・デスポハール)で叩きつけられた”挑戦”を明確に言葉にしたものだった。
無言の挑戦と無言の承諾、言葉無く、しかしそれにより交わされた”戦いの契り”、その後もこうして手合わせを続けていた二人にとってこのグリムジョーの言葉は”終わり”を告げるものだった。

「・・・・・・ 手を抜いて、か・・・ 互いに剣は抜けども解放はせず、霊圧を用いた技も使わず、肉体だけで戦うのは確かに限界ではある・・・・・・言われてみればこんなものは”ママゴト”と同じだねぇ・・・・・・いや、どこかで気付いていた、と言うべきかな。」


グリムジョーの言葉にドルドーニは静かに答えた。

手を抜いて戦う。

ドルドーニにとって位階では格下であるグリムジョーが放ったその言葉の、ただそれだけを訊けば随分と傲慢なもの聞こえるそれ、しかしドルドーニにそれを咎める様子や、怒りを覚える様子は無かった。
ドルドーニ自身わかってたのだ、手を抜いて戦ってるという意味を。
二人は互いの肉体のみを持って戦い続けていた。刀剣解放も、虚閃に代表される霊圧を用いた技も使わずに、霊圧による肉体強化のみで戦い続けた二人。
それは強くなる為の一つの方法論であるのと同時に、”全力を出してしまわぬようにする”というある種の制限でもあった。

片や虚夜宮十強の一角である第6十刃(セスタ・エスパーダ)、片やその十刃に最も近いとされる破面、その二人が全力で戦ってしまえばどうなるかなどは、想像する必要すらないほど明らかだった。
そもそも虚夜宮の天蓋の下での刀剣解放は慣例として禁止であり、その時点で全力を出すことなど出来はしない。
だがそんなものはあくまで慣例であり、第4十刃以上に課せられた厳守と比べ緩いものではある。
それでも十刃クラスの霊圧の衝突は虚夜宮に影響を齎すのは明白、それ故に解放や霊圧技の使用をドルドーニが禁止していた。


だが、それは結局のところ微温湯の中の戦いでしかない。


確かにグリムジョーとドルドーニの実力差があるうちならばいいだろう。
しかし日に日に強くなるグリムジョーの力、互いの差が埋まるにつれその戦いは熱さを、命を削るという熱さを無くして行くのもまた事実だった。
その無意味さ、それをドルドーニも、そしてグリムジョーも判っていたのだ。
互いが互いに求めるのは、互いの全てを賭けた戦い、互いにそれを望み、誓った二人にとってその前に微温湯に浸かるというのは、その後の熱を奪ってしまうかもしれない行為だった。

「オッサン、アンタを倒して俺は上に行く。アンタの居る席を奪うぜ・・・だがそんなもんじゃ終わらねぇ。 俺が目指すのは”王”だ、 ”戦いの王”だ、 その為に・・・その為に俺は、アンタを越えて行く。」


それはグリムジョーの宣言だった。
ただ己の力を振り回す獣そのものだった彼はもうそこに居なかった。
それは己の中の獣を殺したと言うことではなく、己の内に獣を内包した戦士となった証。

静かに、だが紡がれた言葉には絶対の自信が漲っている、そしてその自信は彼の瞳からも伝わっていた。
それはただの虚勢ではなく、自身の実力を知りそれに裏打ちされた自信。
薄く細いそれではなく、撓まず、曲らず、折れない精神の柱によって支えられたものであった。

「言う様になった・・・・・・ だがそう易々と譲れるほど、吾輩のいる場所は易くは無いよ、青年。だが・・・こうして挑まれたならばそれに答えるのが紳士の務め。改めて青年の挑戦を受けよう。 そして吾輩の”全力”を持って青年の相手をすると誓おうではないか!」


グリムジョーの宣言に、ドルドーニもまた宣言する。
全力をもって戦うと、微温湯ではなく、第6十刃に上り詰めた自身の持てる全てを持って戦うと、ドルドーニは高らかにそう宣言した。
ドルドーニの顔は愉悦に満ちる。
待ち望んだものはもう直ぐ彼の元に訪れると、愉悦を浮かべながらもその瞳には燃え盛る闘志が炎を灯している。

所詮彼等はどこまでいっても戦士なのだろう。
戦うことでしか己を証明できず、理解できず、他者と交わる事も出来ない不器用な存在。
言葉の語らいで表現できず、語るならば互いの拳を、刃を通して語らう事しか出来ない不器用な存在。
だがそれは、だがそれはどこか羨ましくもある、そんな在り方だった。

「なら今日はもう終いだ。 次ぎ合う時は殺し合い・・・・・・簡単に死ぬなよ? オッサン。」

「ふん! 吾輩を一体誰だと思っているのだね?吾輩は第6十刃ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ!虚夜宮の嵐を呼ぶ男にして全女性(フェメニーノ)の従属官!女性が吾輩を待っていてくれる限り吾輩は死んでも蘇るのだよ!ハハハハ!!」


おどけたドルドーニの態度とそれを面倒そうに眺めるグリムジョー。
それは常通りの姿、そして恐らくは最後の日常の姿。
次に互いがまみえるのは、ただ奪い合う事だけしかない決闘の場であり、そしてどちらかが奪われるのだ。

グリムジョーが踵を返す。
ドルドーニに背を向けその足を踏み出そうとした瞬間、ドルドーニはその背に声をかける。

「おぉ、忘れるところだったよ青年。 少年(ニーニョ)の霊圧が君の拳を逸らせた原因ではないとするならば、一体何がそうさせたというのだい?」


それはドルドーニの疑問だった。
彼はグリムジョーの逸る拳の原因は、フェルナンドが発した霊圧を感じたためのものだと思っていたのだ。
だがグリムジョーはそれを否定した。
では一体何が彼の拳を逸らせたのか、この場を逃せばこうして言葉を交わすことは無くなる、最後にドルドーニはそれが知りたかった。

「・・・大した理由じゃねぇ・・・・・・」

「ならば教えてくれてもいいではないか、青年。」


ドルドーニの問にグリムジョーは背を向けたままで答える。
一瞬の間の後、己の拳の逸りは大した理由ではないと、それだけを答えた。
それに対してドルドーニもならば教えてもいいだろうと食い下がる。
沈黙、グリムジョーの答えを待つドルドーニと、何事か迷うグリムジョー。
そしてやはり舌打ちをすると、グリムジョーは答えた。

「本気でアンタと戦りあったら・・・そう思うと俺の中の”獣”が表に出てきた・・・・・・それだけの話だ。 」


それだけ答えるとグリムジョーは響転(ソニード)でその場を後にした。
残されたドルドーニは目を丸くしたまま立ち尽くす。

フェルナンドの霊圧、それが彼の拳の逸りの原因だと思っていた。
だがそうではなかった。
自分が、自分との戦いが彼の拳の流行の、”熱”の正体だった。

「・・・・・・クッ・・・・クククッ・・・・・・」


声を漏らしながら俯くドルドーニ。
そうか、そうだったのかと。
彼の拳から感じた”熱”の来るところは少年(フェルナンド)ではなく、自分だったのかと。
それ程までにあの青年は自分と戦う事を望んでいるのか、と。

「クククッ・・・・ フハハハハハハ!!いいだろう青年! 吾輩はその”熱”に全力で応える!君の内にいる”獣”がその爪を!牙を!存分に振るい吾輩の内なる”嵐”と共に咆哮するような!そんな戦いを吾輩としようではないか!!!」


逸り猛るその拳、その拳とまみえることが今のドルドーニには待ち遠しかった。
互いの存在を喰らうために戦う事が待ち遠しかった。
その後にあるのは死かも知れない、だがそんなものは今考えることではないと。
今考えるべきはどうすれば彼の”熱”に応えられるか、という一点であり、それ以外は今はいらないのだ。
最早その約束の時に焦がれてるかのような自分が、ドルドーニには愉快で仕方が無かった。


嗤うドルドーニ、その声はただ歓喜に満ち満ちていた・・・・・・








暴悪

暴威

暴虐

暴慢

暴君の帰還










※あとがき

フェルナンドの解放を楽しみにしていた方、申し訳ないです。
今回は雰囲気だけですね。
次の解放まで姿は妄想でお願いします。

そして今回のメインは
グリムジョーとドルドーニは改めての宣戦布告でした。
この二人の関係、書き始めた当初はこうなることを予測もしていなかったなぁ。














[18582] BLEACH El fuego no se apaga.33
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/12/06 21:31
BLEACH El fuego no se apaga.33










白を基調とする虚夜宮(ラス・ノーチェス)においてその部屋だけはそれに反し、黒が全てを染め上げていた。
床、壁、天井、取り囲む六面全てが黒であり、そして装飾は何一つ無い言うなれば黒塗りの匪のような部屋。
その部屋にいるのは三人の男、やや癖毛の茶色い髪の男、糸のように細い目をした白銀髪の男、黒髪を編みこんだ浅黒の肌の男の三人。
それは虚夜宮における最高権力者達、『創造主』藍染惣右介とその部下である市丸ギン、東仙要の三人であった。

彼等三人がこの虚夜宮に揃うのは非情に稀な事だった。
その理由の一つとして彼等が本来所属する組織とその中での彼等の立場、というものがある。
彼等は”死神”と呼ばれる魂の調停者である。
死神とは現世で死した魂を『尸魂界(ソウルソサエティ)』へと導き、現世の霊なるものをそれを害する存在、『虚(ホロウ)』から守る存在。
そして死神とは”瀞霊廷(せいれいてい)”と呼ばれる尸魂界の中枢を守護する組織、護廷十三隊に所属している。

護廷十三隊に数多いる死神、その中で最も強く、信厚い者がその背中に”一”から”十三”の各数字を背負った『隊長』である。
今、この黒塗りの部屋に居並ぶ三人、藍染、市丸、東仙、彼等はその最も強く、信厚い者である護廷十三隊各隊の隊長なのだ。

その彼等が今、本来死神が行き来することが出来ない虚圏(ウェコムンド)にいるという事実。
それは即ち尸魂界における護廷十三隊隊長三人の不在、ということでありそれは通常の組織からすれば由々しき自体のはずであった。
しかし、現実に三人は虚圏に居り、そしてそれは尸魂界に知られることも、また不在による影響を与えることも無かった。


それは何故か。
まず理解しなければいけないのは隊長という者の持つ”力”だ。
死神の中でたったの十三人しかいない隊長、その中のどの一人をとっても一般的な死神と比べること自体無意味と思わせるほど隔絶した、霊圧、知識、戦闘技術を有している。
一般的な大虚(メノスグランデ)を相手にしても、最下級大虚(ギリアン)ならばそれこそ多数を相手にしたとて一人で何の問題もなく対処できるだろう。
隊士と呼ばれる一般の死神が束になっても一切の勝ち目が無い最下級大虚すら物の数ではない、それが隊長と呼ばれる者達の実力であり、それは隔絶した”力”の持ち主であるということの証明だった。

その隔絶した”力”を持つ隊長、その中の三人が瀞霊廷、更には尸魂界を離れているという事実。
護廷十三隊という”守護”を目的とする組織からすれば考えられない事実、しかしそれは今許容されているどころか望まれたことだった。


”尸魂界外縁部三箇所にて、大規模な黒腔(ガルガンダ)発生の兆候あり”


藍染をはじめとする三人がこの虚夜宮に揃った理由の全てはこの一報によるものだった。
突如として現われたその兆候。
黒腔とは虚等の虚圏に住むモノ達が尸魂界、または現世へと移動するために用いる通路のようなものである。
彼等だけに用いる事ができるその通路、それの発生の兆候があるということは即ち彼等が現れるということと同義だった。
そしてその大きさはただの虚とは比べられぬほど大きく、大虚の大量出現を死神に予感させた。

この報に護廷十三隊は速やかに隊長三人の”単独派遣”を決定した。
何故単独なのか、大規模な戦闘が予想される場所に何故隊長一人だけが派遣されるのか。
その理由は単純。

”邪魔”なのだ、隊長と呼ばれる者達が”全力で”その力を振るうには他の者は邪魔でしかない。
仲間を、部下を巻き込まぬように戦うという事はそちらに気を裂くということであり、戦闘に集中することを妨げる。
おそらく出現するのは最下級大虚、物の数ではないにしろその物量は恐ろしく、或いは中級大虚(アジューカス)も含まれるかもしれないという戦闘において、それは致命的な場面を作る可能性を秘めていた。
故に単独での派遣、そしてそれに抜擢されたのが藍染、市丸、東仙の三隊長だった。
そして彼等三人はそれぞれ別の発生の兆候のあった外縁部へと向かう。



”何故か”三箇所に分散し、”何故か”大量発生の兆候をみせ、そして”何故か”彼等三人が選抜されたが故に。










「宜しいのですか、藍染様・・・・・・」


そう口にしたのは浅黒の肌の男、東仙要。
彼はその光のない眼を言葉と共に藍染へと向ける。
その眼に光は無い、だがその代わりに疑問と不可解そうな意思が宿っていた。

「何がだい? 要。」


藍染はその東仙の問に、いつも通りの柔和そうな笑みを浮かべたまま答える。
何事かを確認するような東仙の言葉に、その言葉の意味するところを判っているだろうにあえて、何の事だ、と問い返した。

「あの者は十刃(エスパーダ)に・・・・・・いえ、藍染様の部下に相応しいとは思えません。あの者は”正義”ではなく”快楽”のためだけに力を使う、私はこのままあの者を幽閉し、破棄する事こそ藍染様の御為と思えてなりません・・・・・・」

「ありがとう、要。 君の忠節には感謝しているよ・・・・・・だが彼は必要なんだ、おそらくそれは他のどの十刃にも真似出来ない程・・・ね。」


二人の会話に挙がる人物、それは虚夜宮にいる誰よりも傲慢でいてしかし強者である者、第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)ネロ・マリグノ・クリーメンの事であった。
今はその眼に余る暴威と暴慢な行いによって、藍染に『連反膜の匪(カハ・ネガシオン・アタール)』と呼ばれる十刃専用の懲罰空間へと幽閉されているネロ。
東仙はネロの持つ力以上にその人格は藍染の部下として不適格であり、このまま破棄することを進言するが藍染はその注進を聞きながらもあえてネロは必要だと応える。

ネロの持つ必要性がなんなのか、東仙にそれは理解できなかった。
しかし、彼の盟主である藍染がそう決定した時点で東仙は「藍染様がそう決められたのでしたら・・・・・・」と答え、それ以上藍染に進言することを止めた。
彼にとってそれ以上の言葉は主への不敬に当たり、彼の重んじる”正義”に反する行いだったからだろう。
そして口を噤んだ東仙に代わり、もう一人の男が口を開いた。

「まぁ2番サンも随分長い間閉じ込められとったし、ええ加減頭も冷えとるやろ。問題ないんとちゃいますか?」


場にそぐわぬ飄々とした物言いの白銀髪の男、市丸ギンがそう口にする。
彼の言う通りネロが連反膜の匪の空間に幽閉されてから随分と時間が流れていた、如何に怒りに燃えていたネロといえどもこれだけの時間その怒りを持続させる事は不可能であろう。

「あぁ、もう頃合だろう。・・・それに彼には”舞台”に上がってもらわないといけない。」


市丸の言葉を肯定する藍染。
そして藍染はやはりいつもの笑みを浮かべたまま腕を前へと伸ばし指を鳴らす。

たったそれだけの仕草、そして小さく響いた音によって、三人の前の空間が歪む。
歪みは少しずつ大きくなりそして中心の一点へ向け収束し、そこからまるで中空に線を引いたように左右に黒い切れ込みが伸びる。
そして切れ込みはある程度の大きさにまで伸びきると上下へ、まるでゆっくりと口を開くかのごとく空間を押しのけて広がり、その口の中にはこの部屋よりも暗い空間が広がっていた。


そして開いた空間から溢れる霊圧。
風船へと閉じ込められた空気が一息に噴出すように、暗い空間から霊圧が噴出される。
その噴出す霊圧に藍染と市丸は先程のままの笑顔を、しかし東仙だけがその霊圧に眉間に皺を寄せていた。

だが次の瞬間、その噴出す霊圧以上の霊圧、いや、霊圧の塊が暗い空間から飛び出してきた。
そしてそれは開いた空間の真正面に立つ藍染目掛け、寸分違わぬ狙いを定め襲い掛かる。
しかし、藍染はその迫る霊圧の塊を前にしてもその笑みを崩さない。
直後、藍染へと直撃するかと思われた霊圧の塊は二振りの刀によって消滅する。

そして藍染の前には東仙と、そして市丸の二人が背を向け立ちはだかっていた、そう、そもそも飛来する霊圧に対して藍染がその笑みを崩す必要など無いのだ。
彼の両脇に控えていた二人、東仙要と市丸ギン、彼等がいる時点で藍染が傷を負うことなどありえない。
当然のように藍染を庇うように開いた空間の前に立つ二人、そしてその空間の中からゆっくりと囚われの囚人が姿を表した。

「藍染・・・・・・ テメェどういうつもりだ!!こんな辛気臭ぇ場所にこのオレ様を閉じ込めやがって!オレ様は”神”だぞ! テメェ如きが御しきれるとでも思ってやがるのか低能が!今此処で殺してやろうか!!」


現われたのはネロ・マリグノ・クリーメン。
相変わらずの巨体、肥大した筋肉とそれを更に覆う脂肪、後ろに撫で付けただけの緋色の髪と怒りを湛えた緋色の瞳。
ネロは藍染達の予想とは違いその怒りを今まで燃やし続けていた。
だがそれは彼が元々抱いていた怒りとは違うもの、彼の怒りが本来向いていたのは第3十刃ハリベルであり、藍染へではなかった。
しかし藍染のてによって閉鎖空間へと閉じ込められた彼の怒りはハリベルに向けたものもすべて藍染一人へと向いた。
ネロにとってその怒りの矛先はさほど重要ではなく、寧ろ重要なのは抱いた怒りを解消するという行為であり、その為にそれを向ける先など誰でもいい、ということなのだろう。

「貴様・・・・・・ 藍染様になんという暴言を・・・・・・今すぐ平伏し許しを請え、ネロ・マリグノ・クリーメン。」

「あぁん? 邪魔すんじゃねぇよ東仙!! 見えねぇその眼、潰されてぇか!!」


ネロの藍染に対する見過ごせぬほどの暴言に、東仙は怒気を隠しもせずにネロに謝罪を命ずるが、ネロはその言葉を聞かず矛先を東仙へと向ける。
ネロにとってこの如何ともしがたい怒りをぶちまけられるのならば、相手は誰でもいいのだ。
閉鎖空間への幽閉は彼に多大なストレスを齎していた。
何せその空間には彼しかいないのだ、一人だけの孤独、ネロにとってそれは問題ではなかったが自分一人しか居ないということは、自分以外の者がいないということ。
それは彼にとって奪う命が無いという事だった。
彼にとって他者の命を搾取するのは”神”として当然の行為だった。
”神”である自分が存在を許しているが故に他者は生きていることが出来る、そしてその許した命を奪う権利を自分が持っていると信じて疑わないネロにとって、奪う命の無い空間は苦痛だった。
そして苦痛は更なる怒りを燃え上がらせ、そして解放された今、彼はそれをぶちまけたくて仕方が無いのだ。
それの対象が藍染から東仙に変ったとて彼に然程の変わりは無い、今はただ一刻も早くこの怒りをぶちまけたい、ただただ肉を潰し、骨を砕き、命を奪う事で満たされたい、ネロの中にあるのはそれだけだった。

ネロの叫びに東仙は腰に挿した斬魄刀に手をかける。
東仙にとって藍染への不敬は万死に値する行為であった。
それを当然の行為として憚らないネロの存在は彼には許容できない歪みでしかなく、例え藍染の言葉に背く事になろうともこの男だけはこの場で斬り捨てるべきだと判断したのだ。
ネロはその東仙の気配に下卑な笑みを浮かべる、二人の間に緊張が高まるが藍染にそれを制するような気配は無かった。
だが、もう一人の人物がそれを止める。

「まぁまぁ、2番サンも要もそう気ぃ立てたらアカンて。今日は2番サンを外に出すゆう事で、ちょっとしたお土産があるんや。ね? 藍染隊長。」


緊張の高まる二人の間に割って入ったのは、やはり飄々とした市丸だった。
手を広げてまぁまぁと両者を制そうとする市丸、東仙はこれに冷静さを取り戻した様子だったが、ネロの方はせっかく怒りをぶつけられる所を止められ不機嫌さを増すが、土産という言葉にその食指が動いたようだった。

「市丸、テメェも一緒に殺されてぇらしいな・・・・・・あん?待てよ・・・土産だと? このオレ様を閉じ込めたことへの詫びってか。えぇ?藍染!」


市丸の発した”土産”という言葉に、ネロは怒りを抱えながらもまんざらではない様子だった。
彼からすればこの場で一番偉いのは自分であり、他の三人はずっと下の身分と変わりなかった。
その彼等が自分にたてつくという事がネロの怒りを加速させていたが、その彼等が土産という自らの立場を弁えたものを持参した、という事はネロの虚栄心を擽るに充分なものだったのだろう。

「 十刃に欠落を生まない為とはいえ君には不自由を強いてしまったからね。」


柔和な笑みを崩し、いかにも心苦しいといった表情を浮かべる藍染。
それが真実彼の感情によるものか、それとも上辺だけかは言うまでもないが、それでもネロに対し謝罪したという事実はネロにとって当然の行為でありながらも悪い気のしないものでも在った。

「大分自分の立場が判って来たじゃねぇかよ!それで? そんなもんより土産はなんだ?しょうもないもんだったらまとめてぶっ殺すぞ!」


藍染の態度に満足しながらも強気の姿勢を崩さないネロ。
その態度に再び東仙の怒りが増すが、市丸がそれを宥める。
そんなネロの言葉に藍染は、再びいつもの笑みを貼り付けるとネロに語りかける。


「それなんだが・・・・・・ 私達が尸魂界からコチラに来る際に”何故か”突然大規模な大虚の襲撃が有るという一報があったんだ。私とギン、要がその討伐にそれぞれあたったんだが、”不幸にも”我々が現場に到着するまでに、現地の住民の多くが大虚の被害にあってしまってね・・・・・・本当に”不幸な出来事”だと思わないかい?」

「それがどうした。 ゴミムシ共がいくら死んでもオレ様には関係ねぇよ!」


藍染が語ったのは彼等がこの虚夜宮へと来る際に起こったひとつの出来事だった。
ネロの言葉通りそれは彼にまったく関係なく、そして望むものでもない、だが藍染はそんなネロを「まぁ聞いてくれないか。」と制すると、再びその出来事を語り始める。

「尸魂界外縁部、別々の三箇所でほぼ同時に発生した巨大な黒腔、私達がそれぞれの担当区域に到着した頃にはそこに住んでいた者達は大虚の霊圧に中てられて瀕死となっていたよ。その数は三箇所合わせておおよそ”一万”、外縁部という瀞霊廷からあまりに離れたその場所故に、到着はどうしても遅くなり、結果として未曾有の被害を生んでしまった・・・・・・」


それはあまりに不幸な結末。
発生を察知したにも拘らずそれに間に合うことが出来ず、結果大量の命が失われたという現実。
藍染は俯き語る、ネロはその姿に何の興味も示さず、早く土産をよこせとイラつき始めていた。
だがそのイラつきも、藍染が発した言葉で消えうせた。
顔を上げ、その顔に悲痛な表情ではなく、笑みを浮かべた彼はネロにこう言ったのだ。




「その”一万”の魂を・・・・・・ ネロ、君の好きにしてくれて構わないよ。」と。



藍染がネロに対して持ってきた土産とは、尸魂界に住まう魂魄一万人分という大量の”命”だった。
食すも良し、犯すも良し、弄るも良し、殺すも良し、その全てをネロが決めて良いという一万の命、それが彼に対する土産と、彼の怒りを御する切り札だった。

もう判ると思うが、偶然にもネロを解放する時に大量の大虚の襲撃があるなどという好都合はありえない。
そもそも破面を支配する藍染が、大虚の百や千を支配できないはずが無いのだ。
そう、この出来事の全ては仕組まれていた、大虚の侵攻も、黒腔発生の箇所も、そして彼等三人が単独派遣任務につくという事も。
そして彼等三人は”不幸にも”大虚の犠牲となった魂魄を回収し、虚夜宮に持ち込んだのだ。

その全てをネロを御する”餌”とするために。


「ゲヒャ! ゲヒャヒャヒャヒャヒャ! 悪くねぇぞ藍染。一万の貢物かぁ・・・・・・ ゲヒャヒャヒャ!そんだけいれば充分だろ。殺して、喰って、殺してぇ・・・・・・ゲヒャヒャ! テメェ等低能にしちゃぁ良くやったほうだろうな、褒めてやるぜ!ゲヒャヒャヒャヒャ!!」


ネロはその用意された餌にしっかりと食いついた。
彼にとって命を奪う、搾取するというのは何にも増した快楽であり、それが脆い魂魄だろうと強力な魂魄であろうと関係は無かった。
どちらかといえば質より量、大量の命が自らの掌に納まりそれを握りつぶすような感覚、命乞いをするそれに一瞬の希望を与えてから突き落とす愉悦と、それがみせる断末魔。
それを想像するだけでネロの顔はニヤけていく、もう藍染達のことは彼には見えていない、見えているのは絶望に染まった弱者の姿だけだった。

「魂魄は全て第2宮(ゼグンダ・パラシオ)に届けてあるよ、後は存分に愉しんでくれ。」

「随分と手回しがいいじゃねぇか! 今回の事はオレ様へ貢物を持ってきたテメェ等の殊勝な態度に免じて、無かったことにしてやる。 ”神”の寛大な処置に感謝しろよ!ゲヒャヒャヒャヒャ!!」


先程までの怒りが嘘のように下卑な笑い声を上げながら、ネロはその場から去っていった。
怒りを納めた、いや、怒りを洗い流し、そして愉悦と快楽に浸るための玩具を目の前にぶら下げられたネロ。
あまりにも単純ではある、しかし自らの欲望に忠実に生きるこの男は誰よりもその生を謳歌しているといえるかもしれない。
それによって消えていく数多の命の柱に支えられながら。





「ひゃぁ~。 随分とご機嫌やったなぁ2番サン。僕等が思ってたより簡単でしたね、藍染隊長。」

「あぁ、彼は欲望に忠実だからね。 命さえ奪えるのならば他には何もいらないのさ。」


ネロが去った後の黒い部屋。
市丸は機嫌よく出て行ったネロの姿を思い出し、藍染も同様にその姿に苦笑をもらす。
だが、一人だけその空気に異を唱えるものがいた。

「藍染様・・・・・・ 私は・・・私は納得しかねます!何故藍染様ほどのお方があのような粗野な者に下手に出るのです!あれほどの無礼、藍染様に対する侮辱の数々!許しがたい! 藍染様、どうか私にあの者を断ずる許可を!」


東仙が叫ぶ。
深き忠節心、それを持つ彼にネロの藍染に対する侮辱の数々は、”悪”でしかなかった。
藍染の前に歩み出て傅くと、一息に捲くし立てた東仙の言葉、それを藍染は笑みを崩さず、それ以上に深めながら見下ろす。

「それは出来ないよ、要。 言っただろう? 彼にはやって貰わなければならない事があるんだ。」

「しかし!」

「それに”たった”一万程度の魂魄で、彼を”生かしておける”のならば安いものさ。もし彼がまだ刃向かう様だったら、流石に殺すしかなかったからね・・・・・・」


東仙の叫びに応える藍染の応えは当然、否。
その藍染の言葉に東仙は不敬、己の”正義”に反すると判っていながらもなお食い下がる。
その東仙の必死の言葉を手で制した藍染は、その真意の一端を語った。
藍染とてその眼に余るネロの行いと態度を良しとしている訳ではなかったのだ。
彼がネロを生かす理由は、単純に必要性があるからというだけであり、その必要性をその愚行の数々が上回れば藍染とて容赦なくネロを切り捨てるというのだ。
不和を呼ぶ獣、主の命を聞かず、ただ全てを壊し喰い散らかすだけの駄獣など、自分の”計画”には必要ないのだから、と。

「いくら言うたかて藍染隊長が考えかえる筈無いやんか、要。無駄や無駄、僕等は黙って藍染隊長の後をついて行ったらエエんや。」


ふわふわと浮かぶような言葉で市丸が、今だ納得がいかない様子の東仙に話しかける。
それでも東仙はどこか不満そうな表情を浮かべはしたが、それ以上藍染に食い下がる事はしなかった。

市丸の言葉、それはある意味的を射ていた。
藍染が”部下”として認めているたった二人の人物である市丸と東仙。
だがそれはあくまで”部下”であり、決して彼の”共犯者”でも、まして”理解者”でもないのだ。
全ては藍染自身が描き、藍染自身が彼の目的の為だけに動いているだけであり、二人からの助言も、中心も、嘆願も、藍染は必要としていない。
故に言葉を重ねたとてそれは無駄であり、彼等二人に出来るのは藍染惣右介の歩んだ道を後ろから歩くことだけ、それだけなのだ。

「そんな事はないさ。 君達の事は頼りにしているよ、ギン、要。」


市丸の言葉に藍染は柔和な笑みを、十人が見れば十人が『人が良さそうだ』と応えるほどの笑みを浮かべてそう言った。
その藍染の言葉に市丸もいつもの薄笑いを浮かべて、「ホンマ冗談がお好きですね。」と応える。

そして藍染が踵を返し、それに続くように二人がその後を追う。
出口へと向かって歩く三人。
藍染はどこか芝居がかった口調で一人語る。

「さて、それでは愚かなる死神達の待つ場所へ戻るとしよう。後は時が満ちるのを、彼等の児戯を眺めながら過ごすだけだ。三流役者の踊る三流の喜劇を・・・ね。」


黒い部屋に差し込む外光。
まるで光に向かって歩くような藍染達の姿。
だがその歩みを進める者達は、世界に暗黒と鮮血の大地を産み出す反逆者。

そして彼等は奪うのだ、安らかな平穏と、眩しかった日常を・・・・・・









求めたのは

望んだのは

全て唯一つの事

お前を殺し

アイツを殺し

そして俺は手に入れる

”最強”という名の十字架を・・・・・・










※あとがき

ネロ復活。
なんとも芯がぶれるというか
目先だけしか見えぬ男よ・・・・・・

ネロメインの心算が、藍染達の方が目立ったのは気のせいか?
”一万”という数字は適当、実際の総人口がわからん。
多いだろうか?少ないだろうか?う~ん・・・・・・





















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.34
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:12
BLEACH El fuego no se apaga.34









嫌いだった。

彼は自分を見る彼女の眼が嫌いだった。
彼を見る彼女の眼に映るのは、彼に対する”哀れみ”だけ、そしてそれは彼が最も嫌悪する感情だったからだ。
彼がいくら叫ぼうとも、彼が何度その刃を向けようとも、彼女が彼と向き合うことは無かった。
見える彼女の背中は彼に敗北感と、言い知れぬ不快感だけを残し、その感情を湛えた刃は終ぞ彼女を捕らえることは無かった。


彼が彼女の額に決意の烙印を刻んだ、その瞬間までは・・・・・・



彼、第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ノイトラ・ジルガは砂漠を歩いていた。
一歩一歩砂を踏みしめ、その手に持った腰布から鎖で繋がった巨大な三日月型の斬魄刀を、引き摺るようにして歩く彼。
その眉間と鼻筋には深い皺が刻まれ、眼は血走り、その顔にありありと怒りを浮かび上がらせたノイトラは砂漠を歩く。
今の彼を見れば誰しもが道を開ける、いや、道を開けるのでは駄目だろう、今の彼を見たならば、それを見た誰しもが一目散にその場を逃げ出す、視線が合えば問答無用で殺されると直感させるような、そんな濃密な殺気を彼はその身に纏わせていた。

ノイトラの纏う殺気、その原因はある破面のたった一言の言葉だった。
その言葉は彼にとって屈辱以外のなにものでもなかった。


《何故ならば・・・・・・》


再びあの言葉が、あの声が頭に木霊するのをノイトラは感じていた。
それだけで刻まれた皺はより一層深くなり、奥歯は噛締められる。


《何故ならば・・・・・・》


響く声が語るのは誰も知らぬ出来事。
それはノイトラの決意と、決別との儀式だった。
後ろ暗い思いは何一つ無く、己がより”高み”へと昇るためのその儀式、ノイトラが欲したのは”時”だった。
自分と彼女の間に横たわるのはただ”時”だけ、時をかけた”経験”だけが、ノイトラが確信する自分と彼女を隔てるたった一つの要因だった。
故に、手段など問わず彼はその”時”を手に入れることにした。
自分を哀れみ、情けを書ける視線を送る彼女、ネリエル・トゥ・オーデルシュバンクの頭をその三日月で割り、外の砂漠へと落すことで。


《何故ならば・・・・・・格上を倒すのならば・・・》


それは常軌を逸した手段だった。
普通に考えて頭を割られれば死ぬ。
だがノイトラはネリエルの頭を割りながらも、殺さぬよう生かしたのだ。
彼が欲したのは”時”、隔てる”経験”を埋める為だけの時だけが彼の欲したものであり、決着など一切望んでいなかった。
故に彼はネリエルを生かした。
生き残り、力を戻したネリエルを、正面から己の力のみで殺すために。



だが木霊する声の主の一言は、それを全否定した。




《何故ならば・・・・・・格上を倒すのならば、後ろから頭を割らねば勝てんのだろう?》




横たわる”時”、それ以外に自分と彼女を隔てるものは無いと信じていたノイトラにとって、それは最上の屈辱だった。
彼にはその言葉は、『お前は彼女に正面から勝つことは一生出来ない。不意を撃ち、眼を晦まし、姑息に策を弄さねば勝てないのだろう?』と言っているように聞こえてならなかった。
自分と彼女に”力”の差はなく、”経験”によって勝敗が決していると信じるノイトラにそれを許容することは出来なかった。
許せない、許せるはずが無い、そんな思いが彼を支配する。
斬魄刀を握る手にはより一層の力が篭り、呼吸は浅く、そして速くなっていった。
怒り、怒りだけが彼を支配する。

(殺す・・・・・・殺す、殺す殺す殺す。アイツを殺す、このオレをコケにしたアイツは、このオレを腰抜け扱いしたアイツは、このオレが殺してやる!)


漏れ出す霊圧にそれより更に濃密な殺気を混ぜ、ノイトラは砂漠を歩く。
己の探査神経(ペスキス)によって怨敵の大まかな居場所は判っている、何故か自分の宮殿ではなく、虚夜宮の外、何も無い砂漠から感じる怨敵の霊圧。
だがそれはノイトラにとって好都合だった、天蓋の下での私闘、それも十刃同士の私闘、いや、殺し合いをしようという彼にとってその標的たる者が天蓋の下に居ないという状況は、僥倖だったといえるだろう。
無論その標的が天蓋の下に居るからといって、彼が止まることはない。
結局のところその標的を、怨敵を殺す事だけが今の彼の全てであり、相手が天蓋の下に居ないのも”偶々いなかった”程度にしか捕らえていないだろう。
保身などノイトラには存在しない。
彼に今あるのは、怨敵、第5十刃(クイント・エスパーダ)アベル・ライネスを殺す、という一念だけだった。





――――――――――






「来たか・・・・・・」


ノイトラの視線の先の人物は、彼に背を向けたままそう呟いた。
その姿にノイトラの目の端が釣りあがる。
怒りの感情は彼の全身をマグマの如き熱を帯びて駆け巡り、解き放たれる瞬間を待つ。
彼の眼に映る白い外套に黒髪の人物、背を向けているにも拘らずノイトラが来るのを知っていた、或いは視ていたかのように声を発したのは、紛れも無くノイトラがその怒りを向ける相手、アベル・ライネスだった。
振り向けばその顔には眼の文様が入った仮面が着けられている事だろう。

「第8十刃、一応訊いておこう。 こんな場所に用事でもあるのか?此処から半径二霊里以内には、私達以外の霊圧は存在しないがな・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


背を向けたままアベルはノイトラへと話しかける。
対するノイトラは無言でアベルの背中を睨みつけ、斬魄刀を握る手に力を込める。
その気配を感じているであろうアベル。
しかし声にはまったくといっていいほど鷹揚は無く、淡々と紡がれる言葉からは何一つ感情というものを読み取る事はできなかった。
それはアベルが感情を抑えている、というわけではなく、ただアベルという破面の感情を起伏させる程の事が今この場にはないというだけ。
つまり、アベルはその背後をノイトラに抑えられているという状況にありながら、それをまったく意に介していないということに他ならないのだ。

「無言・・・か。 無意味だ・・・・・・ 口に出さねば、声に乗せねば物事は何一つ伝わることは無い。貴様が抱えるその無意味な怒りもな・・・・・・」

「ッ!! ・・・してやる・・・・・・殺してやる。第5(クイント)、俺をコケにしたテメェは・・・オレが、殺してやる・・・・・」


無言のノイトラをまるで挑発するかのようにアベルが語る。
そして怒りに燃えるノイトラは、そのアベルの言葉に更なる怒りを燃やし、遂に明確にアベルに対する殺意を口に出した。
アベルの言葉によりそう言わされている様に思えるその言葉。
しかしノイトラは、最早そんな些細な事など気にしない状態にまで移行し始めている。
だが、それほどの怒りを抱えながらノイトラはアベルに攻撃を仕掛けないでいた。
荒ぶる霊圧を撒き散らし、血走らせた眼でアベルの背を睨みつけるノイトラが、今だその背中に凶刃を振り下ろさない理由、それはアベルが彼に”背を向けている”という点に尽きる。

怒りに燃えた彼に木霊し続けたアベルの言葉。
格上を倒すのなら後ろから頭を割らねば勝てないのだろうという言葉、皮肉にもそれががノイトラにその手に持った凶つ三日月《斬魄刀》を振り下ろす事を止めさせていた。
このままソレを振り下ろし、後ろから頭を割ったのではアベルの言葉が、ノイトラにとって屈辱的なその言葉が真実であると自ら証明する事になってしまうと。
故にノイトラは背から攻撃する事をその残ったかすかな理性で圧し止め、アベルが振り返るのを待っていたのだ。
彼が受けた屈辱を濯ぐために、その屈辱を与えた相手を正面から叩き殺すために。


だがそれも、たった一言の言葉で崩れ去った。




「ならば無意味に立ち尽くさず、その斬魄刀で私に斬りかかればいい。・・・・・・せっかく、こうして”背を向けてやっている”のだから。




それは充分な言葉だった。
アベルの放ったその言葉は、ノイトラを突き刺し、抉り、理性の崩壊と、感情の防波堤を決壊させるのに充分な言葉だった。
ノイトラは自分の中で何かが引き千切れる音を聞いていた。
それは彼が彼として存在するための唯一の鎖が切れる音。
理性を持ち、己の意思で相手を、アベルを殺すために内側で荒れ狂う怒りを繋ぎ止めていた唯一の鎖が切れる音。
故にノイトラはもう止まれない。
切れた鎖は再び繋ぐ事叶わず、荒れ狂う怒りは外界へとその産声を上げた。

「■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!」


最早言葉ではないその咆哮が響く。
咆哮と共に振り上げられた、全ての破面の中でも一等巨大な斬魄刀が、箍の外れた肉体の渾身の力で持って振り下ろされる。
直後裁くには巨大な砂の柱が産まれた。
叩きつけられた衝撃は砂漠を割り、上方へ砂を吹き飛ばす。

ノイトラに今あるのは殺意だけ、怒りによって生まれた燃え滾る殺意だけが彼を満たしていた。
今のノイトラはアベルという”敵”を縊り殺す、その瞬間まで止まることのない殺戮生物に変っていた。
しかしその強烈なまでの一撃は、その”敵”を捕らえてはいなかった。

「無意味だ・・・・・・ いや、不様だな第8十刃。怒りで我を忘れ、不様に霊圧を撒き散らす、無意味で不様で・・・・・・醜い霊圧だ・・・・・・ それでは私には欠片の脅威にもならない。」


その声はノイトラの背後から発せられた。
何事も無かったかのように、まるで先程からそこに立っていたと言わんばかりに平然とアベルはそこに立っていた。
ノイトラが放った斬魄刀の渾身の一撃を、アベルは何の事も無く躱したのだ。

ノイトラは背後に立つアベルへと瞬時に振り向くと、そちらへと再び斬魄刀を叩きつける。
再び立ち昇る砂の柱、だがそれも捉えたのは砂漠の砂のみ、アベルを捕らえることは叶わなかった。
怒りに任せ、移動したアベルへと今度は斬魄刀をその手から離し、投げつける。
痩躯の何処にそれほどの膂力が在るのか、と疑いたくなる程の力がその投擲には込められていた。
元々の力に怒りという原初の感情が起爆剤となり、ノイトラはそれを振るう。
それはその全てが”必殺”の一撃、だがその必殺の一撃をもってしてもアベルはそのこと如くを躱し続ける。

「短慮、短絡、短気、その全てが貴様であり、その全てが無意味だ・・・・・・解らないのか? お前が此処に来たのは、私を”追ってきた”のでは無く、私が”追わせた”のだという事すら・・・・・・」


尚も悠々とノイトラの必殺の一撃達を躱すアベルはそう語った。
常のアベルらしからぬ饒舌、この状況では語る事すら無意味だと断じるであろうアベルらしからぬ行動、だがそれをしないということはこれにはアベルなりの意味がある、ということなのだろうか。
そして語られた言葉、それはこの何も無い砂漠にノイトラがアベルを追ってきたのではなく、アベルがノイトラに自身を追わせたという事だった。
そう、何も無い場所に意味も無くアベル・ライネスが赴くはずなど無い。
その行動には意味があり、それはノイトラをこの場所に誘い出す、というためだという事。
攻撃を躱しながら、アベルは更に言葉を続けた。

「貴様が私を狙っているのは解っていた。それはあまりに無意味だが、その無意味で私の宮殿を壊されては更に無意味だ。此処ならばその心配は皆無、無意味に藍染様の思考を煩わせる必要も無い。・・・・・・そして、貴様には言葉でなく、その身に教えたほうが早そうだと判断した。」


明確な解は時に無情ですらある。
アベルが語ったのは何も難しいことではない。
ノイトラが自分の命を狙っている事は知っていた、とアベルは言うのだ。
そして、それ自体は問題ではなく、そのノイトラの行動で自分の宮殿を壊されては困る、というそれだけの為にアベルはノイトラを誘い出したのだ。

これもまたノイトラにとっては屈辱的な言葉であろう。
いってしまえばまったく相手にされていないのと同じ、そして自分の命を狙う事がどれだけ無意味かを、アベルはノイトラにその身をもって教えてやると言う。
絶対的な自信、いや、アベルにとって確信によって放たれる言葉は、その全てがノイトラを抉る。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■!!!!!!!!」


声にならぬ叫びを上げノイトラは斬魄刀を振り回す。
腰布から斬魄刀へと繋がった鎖を掴み、正しくその先に繋がった斬魄刀を振り回してアベルを追い立てる。
当たれば一瞬で肉塊へと変えられるであろうその回る三日月は、だがしかしアベルには当たらない。

そしてノイトラの攻撃を躱し続けていたアベルが、遂に言葉通り行動に出る。
それは一瞬、ノイトラが感じたのは肩に何かがふれる感触。
その感触と同時にノイトラは本能のみで腕を薙ぎ、そこに居たなにかを振り払う。

「刺さらない・・・か。 歴代十刃”最高硬度”の鋼皮は飾りではない、といったところか。十刃”最弱”たる私の刀では刺さらぬも道理、我ながら無意味な一撃だ・・・・・・だが、その鋼皮すら無意味だ・・・・・・」


そう言ってふわりと着地したのはアベルだった。
ほんの数瞬前までノイトラの斬魄刀を躱し続けていたアベル、しかし今、ノイトラが肩に感じた感触はアベルの持つ斬魄刀が突き立てられようとしたために産まれたものだった。
袖突きの外套、その袖の中から生えている様に刀身だけを覗かせたその斬魄刀。
握る手の見えないそれは、覗く刀身だけを見れば小太刀程度の長さしかなかった。

だが、その斬魄刀が突き立てられたにも拘らず、ノイトラの肩は衣類に穴が開いただけに止まり、その肌からは出血どころか傷さえ付いていなかった。
それは一重にノイトラが持つ特徴によるもの。
ノイトラの鋼皮は他の破面、十刃にかかわらず、更には過去の十刃に遡っても尚、もっとも高い霊圧硬度を誇っていた。
並みの刃では傷一つ付かず、そしてそれにまかせた一方的な戦闘がノイトラの持ち味のひとつでもある。
その歴代最高の霊圧高度を持つノイトラの鋼皮、その鋼皮の前にアベルの刃は彼に傷を付けることができなかった。

普通に考えてそれは敗北を意味する。
相手を斬る事はかなわず、しかし相手の攻撃は自身を捕られれば傷を残す。
大虚だった頃のフェルナンドと、ハリベルの戦いと状況は同じといえるだろう。
ハリベルは霊圧を用いる事でその状況を覆した、しかし、ノイトラにそれが通用するかといえばそれはわからない。
怒りによって撒き散らされる霊圧と、最硬の鋼皮、並みの攻撃が通るとも思えず、何より自らを十刃”最弱”だと言い放ったアベルの刃が通るとは到底思えない。
だが、それすらもアベルに言わせれば、「無意味」だと言う。
自らを”最弱”と呼びつつもその自信、そもそも”最弱”で十刃第5位という事に疑問を感じざるを得ない。

「■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■!!!!!!!!」


しかしそんなものは今のノイトラには関係なかった。
咆哮と共に再び振り下ろされる斬魄刀、攻撃は苛烈さを増し、しかしそれに連れて単調なものへと変っていった。
もはや積み重ねたものなど無い”本能”だけで振るわれたそれは、威力はあれどただそれだけのモノになりつつあった。

「獣・・・それ以下だな。 ”理”無き爪は”暴”以前に”愚”だと知れ。・・・・・・いや、最早語ることすら無意味か・・・・・・いい加減その醜悪な霊圧を”視る”のは不快だ。 ”最弱”の私に倒されるがいい、第8十刃。」


袖から伸びていたアベルの斬魄刀が、シュルシュルと袖の中に納まっていく。
刃が通らぬのなら持つ必要が無いという事か、それとも刀すら必要ないということなのか。
それに刀が納まりきり、おそらくは空手となったであろうアベル。

そのアベルの輪郭がぶれる。
そしてノイトラの視界からアベルの姿は消失した。
だがノイトラは止まらない、吹き上げる膨大な霊圧と、振り回される凶つ三日月はその速度を増しながら彼の周りに剣の結界を作り出す。
近付けば死、それを容易く想像させるノイトラの剣戟、最も彼自身にそうした剣による結界等という事をしようという考えは無い。
ただただ振り回したそれが、結果としてそういう状況を作っているというだけに過ぎないのだ。
まさしくそれは”暴”であり、そして”愚”だった。
才覚による煌きはなく、力だけで振るわれ、更には怒りで濁らせた刀、アベルの言う”愚”とはそういう意味なのだろう。
アベルという破面だからこそ、その”愚”は際立って見えるのかもしれない。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!」


その姿は戦士というより獣に近かった。
ただ強さだけを、”最強”だけを求めるノイトラ。
強く、ただ強く、強ければ戦いを引き寄せ、そして戦いの中で呼吸できると、そして戦いの中で死ぬことが出来ると、どこかそうなる事を望んでいる節のある彼。
だが今の彼の姿は彼の望んだ姿なのだろうか、意思無き獣、自らが戦場にたっていることを自覚しているのか、それすらも怪しいような獣の姿。
怒りに我を忘れ、刀剣解放することすら失念したその姿。
それは本当に彼の求める”最強”の姿なのだろうか。
答えは彼にしかわからず、彼以外に解を持つ者などいない、そして終わりの時は来た。

「暗闇へと沈むといい・・・・・・第8十刃。」


その声はまたしても彼の、ノイトラの背後から発せられた。
それもただ背後というだけでなく、彼の剣の結界の内側、ノイトラの背の直ぐ後ろから発せられたものだった。
アベルの声がノイトラに届く、しかしノイトラに振り向く猶予は与えられなかった。

アベルの指がノイトラの首にふれる。

その直後の暗転。
ノイトラの視界が黒く、そして暗く染め上げられていく。
微かに残った糸のような意識も、数瞬の後には脆くも途切れ、暗い闇へと堕ちていくことだろう。
だが、意識の大半を奪われたためにノイトラは自身の怒りの海から覚醒していた。
その彼に淡々とアベルの言葉が届く、そしてそれは妙に静かに、そして確かに彼の耳に届いていた。

「貴様の首、その最も霊圧硬度の低い部分に先鋭化した虚弾(バラ)を数発、同一点に撃ち込んだ。如何に歴代最硬といえどこれには耐えられはしない・・・・・・たとえ”最弱”の私の虚弾であろうとも・・・な。」


そう、アベルは単純に虚弾を撃っただけだった。
ただその狙いが霊圧硬度の最も低い部分を”狙い澄ました”一撃だったというだけ。
首という神経の集中する場所、そこに受けた衝撃は最強の守りを貫き、意識を根こそぎ刈り取る。
そしてそれを可能としたのは、アベルの持つ”特異点”によるものだった。

「霊圧、速力、膂力、そのどれをとっても私は全十刃に劣る。だがそんなものは私には無意味だ。私が唯一貴様達に勝るもの、それは”視る”事だ。
私には霊圧、いや、”霊子の流れが見える”。距離を問わず貴様を取り巻く霊子、貴様が放つ霊子、その鋼皮の霊子密度すらな・・・・・・全てが私には視えている。歴代十刃”最高の霊圧知覚”、抜きん出た探査神経こそが私を第5まで押上げた唯一の武器だ。」


語られたアベルの特異点、どれをとっても十刃最弱であると言うアベルを十刃の中位まで押上げた唯一の武器、霊圧知覚。
破面、虚、死神、その全ては須らく霊子によって構成されている。
その動き、思考や肉体の反射があるように、霊子にも反射は存在し、それを視る事が出来れば”先の先”を取るのは容易なことなのだ。
そして、霊子を視るアベルにとって相手の攻撃を躱し、また、気付かれずに荒れ狂う霊圧を掻い潜るなどという事は容易なことであった。
その霊子の薄い部分、即ち鋼皮の硬度の低い部分を探すことすらも、その全てをアベルはその探査神経によって知覚していると言うのだ。

「解ったか? 第8十刃。 無意味なのだよ・・・・・・貴様が私に挑むという行為自体がな。 諦めろ、無意味を悟ったならば、覆せないのならば、後は諦め、受け入れる他、道などありはしない・・・・・・」


途切れる意識の寸前にノイトラが聞いたのはそんな言葉だった。
純然たる力の差、それをノイトラが信じる”力“という形で見せつけそして行為の無意味さを説くアベル。
無情なその言葉を頭に焼き付けながら、ノイトラの糸は切れ、闇へと沈んでいった。



「沈んだか・・・・・・ 無意味な事だ、全てが・・・・・・私の行動すらも・・・な。 ・・・・・・どうやら貴様の迎えも来た様だ、後一霊里程か、ならばこのまま放置しても問題あるまい・・・・・・」


そう呟いたアベルは、次の瞬間には最早その場にいなかった。
行動の意味、必要性を尊ぶアベルのこの行動は、アベル自身のいうとおりどこかアベルらしからぬものに見える。
本当にこれが、ノイトラに差を見せ付けることが必要だったのか、これによってノイトラが大人しく引くのか、それには何の確証も無い。
意味を求めるアベル、この行動は本当に宮殿を壊されたくないためなのか、それとも醜い霊圧による不快感からなのか、真意を知るものは彼以外なく、誰にもその真意は判らなかった。






――――――――――






「・・・! ・・・ト・・・ま! ・・・・・・トラ様!ノイトラ様! ご無事ですか!?」


聞こえる声に意識が覚醒する。
目を開ければそこには物好きにも自分の従属官になりたいと、片目を潰した男が居た。

「テスラ・・・・・・ 何しに来た・・・・・・」


上半身を起し、膝を立てて座り直すと声の主に向き直る。
心配そうな表情を浮かべる自らの従属官、テスラ・リンドクルツをぞんざいな言葉で遠ざけるノイトラ。
そんなノイトラの態度も気にせず、テスラは彼に声をかけた。

「ノイトラ様が第8宮から居なくなられたので、微かな霊圧を辿り此処まで追って来ました。」


そう語ったテスラの言葉には、一つだけ嘘が混じっていた。
微かな霊圧などではない、明らかな戦闘状態の霊圧の残滓とそれに混じった濃密な殺気の残り香、定めた主が何者かを殺そうとしてるのは明白であり、最近の彼を見ていれば誰を狙っているかなどテスラには直に解ってしまった。
止めなければ、とテスラが宮殿を飛び出し、次第濃くなる霊圧を辿った先で見つけたのは殺戮現場ではなく、倒れ臥す主の姿だったのだ。

「一体どうされたと言うのです。 第5十刃は何処にッ!!!」


テスラの頬に衝撃が奔る。
それは第5十刃と彼が口に出した瞬間襲った衝撃。
そしてそれを齎したのは、彼の主であるノイトラ以外ありえなかった。
裏拳で打ち据えられたテスラは、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
「何をするのです!」と口に出そうとしたテスラは寸前でそれを止めた、彼の眼に映る主ノイトラ、その目にはありありと怒りと屈辱が滲み出ており、言葉を発せばそのまま殺されるのは目に見えていたからだ。

「俺の前で、二度と、奴の名を、口に出すんじゃねぇ・・・・・・」

「・・・・・・申し訳、ありません・・・・・・・・・」


屈辱に歪むノイトラの口から途切れ途切れに語られた言葉、正しく怨嗟の篭ったそれにテスラはそれ以外の言葉を口に出来なかった。
ノイトラの怒りがひしひしと彼には感じられた、空気が肌を刺す様な感覚、それが全身を覆い尽くす。

怒りに歪むノイトラ、拳を握り締め、ギリッと奥歯が割れるのではないかと言うほど噛締めるのは屈辱の味。
これは一体何度目だろうかと、ネリエルもそうだったと、決してとどめを刺さないのだ。
十刃に欠けは許されないというそれだけの、たったそれだけのノイトラにとって”些細な理由”で”情け”をかける。
そしてまた今日、今度はアベル・ライネスによって彼はまた戦いの中で死ぬ事叶わず、”情け”によって生き延びたのだ。

(どいつもこいつも俺に・・・この俺に”情け”なんてクソ以下のものをかけやがる!哀れみ? 慈悲? 塵クズ以下の言葉でテメェを飾り立てやがる!敵は殺して叩き潰す! そうして生きてきたくせに、考える頭を持った瞬間にそれは”獣”だと御託を並べる!そうさ! 俺達は”獣”だ! 何処までいっても、血を求める本能は消せねぇ!本能に背くのが”戦士”なら、俺は”獣”で充分だ!!!)


情けなどいらない、情けなどかけない。
強くとも、弱くとも、赤子だろうと老人だろうと、戦場にたったなら情けは侮辱だ。
傷を与えておいて情けをかけるのは、自らが相手に刻んだ傷に慈悲という名の塩を塗りこむのと同じなのだ。

「ちくしょうが・・・・・・ ちくしょうが・・・ちくしょうが、ちくしょうがちくしょうが、ちくしょうがあああぁぁぁぁぁああああ!!!!ウォアアあアァァァァあアアアァァあああ!!!!」


慟哭の叫び。
その叫びは暗い砂漠に、遠く静かに木霊した。










平穏

小休止

偽物の空

だがそれも

悪くは無い










※あとがき

ノイトラブチギレからのボロ負け。
別に作者はノイトラ嫌いじゃありません。
前はちょい嫌いだったけど、これを書くにあたって読み返すと
”戦う”という事に純粋すぎるのかなぁなんて思いました。
的外れかもしれないけどね。















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.extra4
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/01/27 20:12
BLEACH El fuego no se apaga.extra4
























強くなりたい。

強くなりたい。

あの人のように。

あの人の背を守れるように。

あの人の為に生きれるように・・・・・・










あたしが初めてそいつを見た時、そいつはどっちかって言うと襤褸雑巾に近かった。
死覇装はボロボロ、身体もボロボロ、顔は特に酷くてボッコボコだった。
その癖そのボッコボコの顔は、気を失ってるくせに笑ってる、ヘンな奴だった。

「コレは私の元で鍛えると決めた。」


その後のハリベル様の言葉には、あたしだけじゃなく、ミラ・ローズもスンスンも驚いてた。
襤褸雑巾みたいなチビの破面を抱えて帰ってきたハリベル様は、あたし達にそう言ったんだ。
またなんでこんな奴を、それがあたしの素直な感想。
でもそれも、ハリベル様の次の一言で吹き飛んじまった。

「手始めに今まで従属官を除いた総ての数字持ちと戦うように言ってあったのだが、最後に戦ったNo12. グリムジョー・ジャガージャックとの戦闘でこの有様だ。何とか”分けた”様だが・・・・・・」


これを聞いたときのあたし達の顔は、きっと酷いものだったと思う。
だってそうだろう?
こんなチビが、あのグリムジョーと戦ったってだけでもとんでもねぇのに、”分けた”なんて言われれば誰だって驚くさ。
はっきり言って信じられない、でもハリベル様がそう言うなら信じる、でも信じられない、あん時のあたしは頭ん中ゴチャゴチャだったな。





次に見た時、そいつは寝台に寝ていた。
ボッコボコだった顔は腫れも引いて、いっそ綺麗に整ってた。
綺麗すぎて逆に気持ち悪いくらい、人形みたいな顔して寝てるそいつ。

「・・・・・・ホントにコイツが?」
「アタシは信じられないね! こんなガキがアイツに勝てるわけがねぇ!」
「あんたはどう思うのさ! ホントにこんなガキがグリムジョーに勝ったと思えるのかよ!」



その時あたしの口から出た言葉は、やっぱり全部疑問だった。
それは今思えば、やっぱり罪深い言葉だ。
なにせあたし達が信じるハリベル様が”白“と言っている物を、本当に”白”か?と疑うような言葉。
ありえないだろ? ハリベル様を疑うなんでさ。
馬鹿な話だよ。
自分じゃ勝てない相手に、自分より小さいヤツが勝ってはないにしろ、分けたからって嫉妬してる。
認められなかったのさ、現実を。
ホント、あたしらしくも無いよなぁ。

でもそんな嫉妬の馬鹿らしさは、目を覚ましたそいつの、フェルナンドの眼を見た瞬間に解ったんだ。
燃えるような真っ紅な瞳、あれは”炎”だった。
あぁ、コイツは本当にグリムジョーの野郎と戦ったんだな、ってあたしにも直に解る。
そういう強者の目つきをフェルナンドはしていたから。
チビでガキの癖に妙にデカイ態度、それが強者たるものの雰囲気なのか、それともアイツ自身のモノなのか、そん時あたしには解らなかったけど今ならハッキリ言える。

あれは絶対アイツの性格のせいだね! 間違いない!絶対に! あ~思い出してもムカつくぜ!





その後は・・・・・・
ハリベル様の”地獄の特訓”だったなぁ。

確かに頭にこれでもかって位血が上ってたのはあるよ。
ハリベル様がなんか言ってたのも、聞こえてはいたんだけどなぁ・・・・・・
失敗したぜ、あん時は。

思い出すだけで身体中痛くなるぜ・・・・・・
まさしく”地獄”だったな、あの特訓は。


でもその特訓が終わった後、あたしもミラ・ローズもスンスンも指一本動かすのが嫌になるような疲れの中で、あたしは見たんだ。
フェルナンドの本当の強さ、って奴を。

最初はハッキリ言って、ダメダメだった。
あたしたちから見ても解るくらい、アイツは刀ってモノを扱えてなかった。
あれなら刃の無い棒切れを振り回してたほうが、いっそ様になるんじゃないかって思えるくらい。
あれだけ強い眼をしてるくせに、グリムジョーと引き分けたって言うくせにあれは無いんじゃないか、ホントにアイツが強いのかどうか、あたし達は三人とも半信半疑になっちまってた。

二人の動きが止まって、フェルナンドの野郎は刀を鞘に納めちまった。
実際そん時はそれが当然だと思ってた。
ハリベル様にあんなヘナチョコの剣が通用する訳ないし、やっぱりその程度のヤツだったんだって思ってた。

でも違ってた。
あの馬鹿は、フェルナンドの馬鹿野郎は、ハリベル様に拳を突きつけたんだ。
直後アイツを紅い光が包んだ。
光が収まると、アイツの斬魄刀は一回り小さくなってて、アイツはそれを嬉しそうに撫でると、次の瞬間ハリベル様に突進してた。
それも刀も抜かず、拳でさ。

あぁアイツ馬鹿だ、そん時あたしはそう思った。
だってそうだろう? あたし達のハリベル様はメチャメチャ強いんだ。
そのハリベル様に素手で挑むのがどれだけ馬鹿なことか、誰よりも近くにいるあたし達には良くわかる。
きっとミラ・ローズもスンスンも、あたしと同じことを思ったに違いないさ。


だけど、そんなあたし達の常識はアイツには・・・・・・フェルナンドには通用しなかった。
ハリベル様は手加減してる、でもそれは殺す、殺さないという部分での手加減、まぁそれ以上もあったかもしれないけど、それはその時そんなに重要じゃなかった。
重要なのはたった一つ。
ハリベル様相手に、フェルナンドの野郎は拳と蹴りで、その五体だけで渡り合ってた、っていう事だけだった。

あたしの眼から見て二人の戦い方は真逆だった。
ハリベル様は流れる水のように、綺麗に舞うように戦う。
水は敵の攻撃を受け流し、時に思い通りに捌き、何時しか自分の流れに飲み込んでしまう。
フェルナンドの攻撃は火だ、それも何でも焼き尽くすような猛火。
阻むものの全てをその炎の一撃で焼き払って進む、何があっても止まらない。

ハリベル様の水はフェルナンドの炎を消すように、フェルナンドの炎はハリベル様の水すら焼き尽くすように、互いに抗い、戦ってた。


その時あたしは多分笑ってたと思う。
多分っていうのは、その光景があんまり鮮烈だから自分の顔がどんなだったかなんて、記憶に残ってないんだ。
あたしはフェルナンドの強さに、五体だけでハリベル様に挑むその気合に、一瞬で魅せられてた。
その強さに自分も近付きたいと、その強さがあればきっと、もっと、ハリベル様の役に立てると思ったから。

「うぉっしゃぁぁあああ!!」


そう思うと叫ばずにはいられなかった。
これで、これでまたあたしは強くなれる、強くなってハリベル様の役に立てる。
それだけがあたしの喜びだから。

ミラ・ローズとスンスンが驚いてた。
スンスンの野郎はまたふざけたこと言ってやがったけど、そん時はあんまり気にならなかった。
強くなりたい、強くなりたい、その思いはその時"強くなれる"っていう確信に変ってた。

「ハリベル様!!」


二人の間合いが離れた瞬間、あたしはそう叫びながらハリベル様に駆け寄ってた。
ハリベル様は大分驚いた顔、フェルナンドの野郎は・・・・・・どうせ「変なのが出てきた」とか思ってたに違いない。

「あたしも! あたしもアイツと戦(や)らせて下さい!!」


一歩大きく踏み出して、あたしは半分叫ぶようにそうハリベル様に頼んだ。
多少面食らった様子のハリベル様だったけど、何故かあたしの眼を見ると、急になんだか優しい目になって「そうか・・・・・・」って呟いた。
そんなあたしの後からミラ・ローズとスンスンも、あたしと同じようにフェルナンドと戦いたいって言い出しやがった。

最初に言い出したのはあたしなんだから、あたしが一番にやるのが筋だって言っても、当然あの二人が譲るわけなんて無い。
何なら先にあんた達から・・・・・・なんていつものお決まりの流れになっちまったおかげで、特訓が追加になったけど、そん時は特訓の辛さより目の前のフェルナンドと戦う事の方に目がいってたな。

「一人ずつじゃ面倒だ・・・・・・まとめてかかって来いよ、ハリベルのお供の三バカサンよぉ。」


結局誰が一番かで揉めてたあたし達に、フェルナンドの野郎はそう言い放ちやがった。
今となっては定番の、あのクソ忌々しい皮肉な笑い顔でコッチに手を出し、クイッと手で「来いよ」と言いやがる。
上から目線、思えばあん時からアイツは全然変ってねぇ。
いや、あん時は見た目ガキだったから尚更頭に来たっけな。

そうさ、アイツは・・・・・・フェルナンドは変らない。
流されない、揺るがない、靡かない。
そういう所は素直にスゲェって思う、絶対アイツには言わないけど、口が裂けても言わないけど。

結局あの後は三人がかりでいい様にボコられたっけ。
死なない程度に加減してやった、とかあの後言ってたけど、くらった拳はメチャクチャ効いたな・・・・・・
でもそれはアイツがあたし達が”女”だからって手加減してなかった証拠だ。
それが少しだけ嬉しかったりもした、でも痛いものは痛い。

「よう。 終わりかよ、三バカ。」


それぞれ床にぶっ倒れてるあたし達。
それにフェルナンドは悠々と立ったままそう言いやがった。
「終わりじゃねぇ!」 そう言ってやりたかったけど、悔しいが特訓の疲れとダメージでホントの限界だった。
でも、だからってこのまま気絶できるか! そう思って最後の力で腕を伸ばしてフェルナンドに向けた。
それで言ってやったんだ、宣言してやったんだ。



「纏めて、括んな・・・・・・ あたしはアパッチ。・・・アパッチ・ユニ、コーニオだ!いいか・・・・・・ 何時か・・・何時か、ぜってぇ勝ってやる!」ってな。








強くなりたい。

強くなりたい。

あの人のように。

あの人の背を守れるように。

あの人の為に生きれるように。


いや、違う・・・・・・


なりたいんじゃない。


強くなるんだ。


アイツのように。


強くなるんだ!











[18582] BLEACH El fuego no se apaga.35
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:10
BLEACH El fuego no se apaga.35











青い空を奔る雲は、悠々とその姿を変えながら流れる。
抜けるような蒼はどこまでも終わりなく世界を広げ、その先にある筈の今見えぬ星さえもその手に掴める錯覚を見る者に与えていた。



だがそれは偽り。



その空は行き止まりの空。
何処までも抜けるような蒼は現実ではただの壁、天蓋に施された淡い幻に過ぎなかった。


その偽りの空は破面達の巣くう城、虚夜宮の天蓋に描かれたもの。
いくつもの巨大な構造物とそれを取り巻く広大な砂漠、そしてその全てを悠々と覆い尽くす最早形容できぬ天蓋、という名の空。
虚圏に広がる永遠の夜空とは、まさに真逆の趣。
雲は動き、別れて混ざり、千切れて消えてまた生まれてを繰り返す。
しかし季節の移ろいも時の移ろいもなく、曇りも、雨も、嵐も雪も無くただ永遠の晴天だけを映すその空は、晴れ晴れしくも禍々しい異質な空だった。


何故そんなものが天蓋に施されているのか。
ただ城の敷地を覆うだけが役目の天蓋に、態々空を映し出す必要など無い。
覆うことが目的ならば、ただ無機質な壁面と同じ白い天蓋があれば事足りるのだ。
光無き事が問題なのならば、ただその広大な砂漠を照らすに足りる無数の光源があればいいのだ。

だがその難無く事足りる天蓋の拵えは、本来白いだけの天蓋には華美な蒼。
そしてそれを施したのは、誰あろう藍染惣右介その人だった。
おおよそ実利のみを追求する藍染惣右介という人物。
その藍染が施したというこの青空という名の装飾は、彼らしからぬものにも見える。


装飾、とは飾り立てることだ。
今あるものをより美しく、より豪奢に見せるための作業、天蓋という覆うことが目的のそれに、しかも広大な虚夜宮を覆う天蓋の全面に青空を映す事はまさしくそれであると言えよう。
だが、先も述べた通り藍染は実利を求める、それ以外を欲しない彼が装飾という必要過多を良しとするだろうか、必要性の無いものを天蓋に映し出すだろうか。

そんな事はありはしない。

虚夜宮を覆う天蓋に施された青空、それは藍染惣右介の”眼”だった。
青空より注ぐ光、その光の照らす範囲の全てを、藍染は見る事が出来るのだ。
青空は美しく、穏やかなそれではなく。
藍染が虚夜宮で起こるほぼ全てを自らが掌握するための装置でしかなく。
それが偶々青空だったというだけで、藍染にとってはそれが曇りであれ、夜であれ、雨であれ、夕暮れであれなんら変らない。
重要なのは破面達を掌握する事、そしてその全てを自分は見ていると、知っているのだと彼等破面達に印象付け、その精神を見えない檻へと閉じ込め支配するという、藍染にとっての”利”。
それ以外はただの戯れに過ぎないのだ。





そんな偽りと、畏怖と悪意の空をフェルナンドは一人、寝転がりながら眺めていた。

場所は第3宮、彼がこの虚夜宮へと連れてこられてから今日まで厄介になり続けている第3十刃、ティア・ハリベルの居城であるその宮殿の、一番高い塔の屋上に彼は居た。
そこは彼のお気に入りの場所のひとつ。
巨大な構造物同士が密集せず、広大な砂漠を隔てて点在する虚夜宮では、フェルナンドの居るその場所で彼の視界を遮るものは何一つ無く、見上げればそこには空しか見えなかった。

そこでフェルナンドは両手を頭の後ろで組み、仰向けに寝転がりながら、流れる雲を眺めていた。
青空に映える白は、何者に邪魔される事もなく、悠々と空を泳ぐ。
フェルナンドはただそれを眺める。
特に何をするでもなく、絶え間なく形を変え流れていく雲を眺める彼。

彼はそうして空を眺めているのが嫌いではなかった。
絶え間なく姿を変える雲、時に彼自身にも思いもよらぬ変化を見せるそれら。
その変化に富んだ雲が泳ぐ空を、フェルナンドは日がな一日ただ眺めて過ごすことも、少なくなかった。

決してその手に掴む事かなわず、一つの形に囚われず、その在り様を様々に変化させ続ける雲は、ある種彼の理想像に近かった。
それは内面的な事だけではなく、戦士として、戦う姿勢として、そして彼の目指す戦い方に近い、という事。
決して一つの形に拘る事無く、時々の状況に合わせ変化し、また進化し続ける。
ある種誰しもが求める戦いの理想像、フェルナンドとてそれは例外ではなく、その理想像を彼は雲に見ているのだろう。

だがそれも頭の端で考える程度、彼が此処でこうして空を眺めるのは、ただそうしているのが嫌いではないというだけだった。





「何が見える?」

「・・・・・・ ハリベル・・・か。」

そうして仰向けに寝転んだままのフェルナンドに、何者かが声をかけた。
その何者かは、ある意味誰よりもこの場にいることが相応しい人物。
何故ならそれはこの場所がその何者かの、彼女の居城であるが故、誰もがこの場に居る事に些かの疑問も抱かぬ人物、第3十刃ティア・ハリベルだった。

弱い風が彼女の、フェルナンドと同じ金の髪を軽くなびかせる。
それを片手で押さえながら、ハリベルは一言呟き、そのままその問の答えを待たずフェルナンドの横に座る。
片膝を立て、立てた膝に腕を乗せるようにして座る彼女。
その視線は空ではなく前方へ、フェルナンドの方を向くわけでもなく、何を見るでもなく前を見つめていた。

「何が見える? フェルナンド・・・・・・ 」


少し間を置いて、再びハリベルが口を開いた。
それは先程と同じ言葉、空を見るフェルナンドに一体何が見えるのか、と問う言葉だった。


「別に・・・・・・ 何か、を見てるわけじゃねぇよ。」

「その割には随分と長い間、見ていたようだったが・・・・・・この空、を。」


視線を合わせず語る二人。
何も真剣な話という事でもない、他愛ない会話。
この二人からすればある種珍しい光景ですらある語らいの姿。


「まぁ・・・な。 何かを見てる、っつうよりはこの広がる空を眺めてただけさ。お前こそ、随分長い間コッチを見てたが・・・なんか用でもあるのかよ。」

「気が付いていたのなら、声の一つも掛ければいいものを・・・・・・」

「それは、俺の台詞でもある・・・がな。」


ただ語り合う二人。
それは何も特別なことではなく、当然の姿。
その会話はなんら実りを求めるものではなかった。
お互いが思ったことを口にする。
それの行き来だけ、それはなんとも穏やかな雰囲気であり、破壊の権化たる破面の巣食うこの虚夜宮には似つかわしくないはずのもの。
しかし、今、この場ではそんな穏やかな空気が、空を行く雲の如くゆったりと流れていた。





「私は・・・・・・ お前が”この”空を好むとは思っていなかったよ。」


ふとハリベルが漏らした言葉。
それは、隣で今も尚空を眺めているフェルナンドの姿を見て、彼女が思ったこと。
この空は見た目とは裏腹に、ただ美しいだけのものではないと彼女は知っていた、そして勿論フェルナンドとてそれは知っていると。
それならば、彼がこうしてこの空を飽きずに眺め続けるというのは、どうにも彼女の中では腑に落ちない部分があったからだ。


「・・・どうしてまたそう思う?」

「・・・・・・ 言ってしまえばこの空は、藍染様の”眼”だ。この澄んだ蒼も、たゆたう雲も、その全てはまやかし・・・・・・お前がそういったものを好むのが、どうにも私には違和感があってな。」


フェルナンドの問に素直に答えるハリベル。
そんなハリベルの言葉に、フェルナンドは小さく笑う。


「ハッ! 確かに・・・な。 そう言われると気持ち悪ぃ事この上ねぇが、偽物だろうとなんだろうと、ただ眺めてる分にはいいだろう?止まらず、変化し続ける雲を見てるのは、悪くはねぇ・・・よ。」



「そういうものか・・・・・・」

「・・・・・・あぁ、そういうもの・・・さ。」


ハリベルの問に答えたフェルナンド。
その言葉にはおそらく嘘偽りはないのだろう。
ハリベルの耳に届いたフェルナンドの声は、とても穏やかだった。
遠くから眺めている分には悪くない、そう答えたフェルナンドの言葉。
ここで、”良い”ではなく”悪くない”と答える辺りが、彼の彼らしいところかもしれない。

そんなフェルナンドの答えに、ハリベルはまた小さく呟く。
そしてその呟きに、フェルナンドもまた答える。
まるで当たり前のように続く二人のやり取り、”戦い”という要素を除いてこれほど彼等が語らった事は、今までないかもしれなかった。
互いにその生と”戦い”という要素を切り離すことが出来ない二人、そんな二人が戦士ではなく、ただの一人として語らう。
それはある意味で”師弟”であり、ある意味で”友人”のような関係にも見えた。





「・・・・・・聞いた話ではフェルナンド。 お前第7十刃(セプティマ・エスパーダ)と戦うそうだな・・・・・・次の強奪決闘(デュエロ・デスポハール)で・・・・・・」


その後も他愛ない会話を続けていた二人。
そんな中、ハリベルがそう切り出した。
仰向けのフェルナンドにハリベルの表情をうかがい知ることは出来ないが、彼にはその声はどこか険があるものに聞こえた。


「あぁ、らしいな・・・・・・ ただの喧嘩さ、大した事じゃねぇよ。」

「あぁそうだろう。 ”聞いた話”では、第7(セプティマ)・・・ゾマリの方から戦う事を望んだそうじゃないか、まぁ”聞いた話”ではあるが・・・な。」

「・・・・・・・・・なんだよ・・・・・・随分拘るじゃねぇか。」


自分が十刃と戦うというのに、どこか他人事、そしてそれが別段大した事ではないと語るフェルナンド。
そしてその部分にはハリベルも同意なのだろう。
そこに至った経緯や、理由などというものは瑣末な事、紆余曲折を経ようとその場の勢いであろうと、戦うと決めたのならば何を慌てることもない。
ただ一念を、勝つという一念を刻み込めば済む話なのだから。

だが、それとは別にどうにもハリベルには引っ掛かる事があった。
此処へ、このフェルナンドのお気に入りの場所にまで足を運んだ理由の半分がそれである、と言っても過言ではなかった。


「なに、別に拘っているつもりは無い。ただそうと決まったのならば、私に一言あってもよかった・・・そう思っているだけだ。」

「・・・・・・・・・それを拘ってるって言うんだろうがよ・・・・・・」


要するに、そして端的に言ってしまえばハリベルは気に入らなかったのだ。
第7十刃と戦う事が決まったのはいい、その当時派手な行動は控えろと言っておいたが、向こうから戦いを望んだというのならば仕方が無い。
十刃を相手に退かず、それをただの喧嘩だと言ってのける豪胆さは流石とも言えるだろう。
だが、だがしかし、それを一切自分に教えなかったことがハリベルには気に入らなかった。



ハリベルがそれを知ったのはつい最近の事。
従属官であるアパッチ等に、「フェルナンドの野郎、ゾマリ相手にどんな戦い方をするんですかねぇ」と問われたときだった。
最初は何の話かと真剣に悩んだが、よくよく聞いてみればどうにもフェルナンドが第7十刃ゾマリ・ルルーと戦うという事のようだった。
その日、その時、その瞬間までその事実の一切を知らなかったハリベル。
前回の強奪決闘から随分と時間がたったというのに、それを知らなかったというのはある意味神懸かっていると言えなくもない。

それはさて置き、その事実をハリベルは気に入らなかった。
別に二人の関係は、何事も包み隠さず伝えるなどといったふざけた契約を結んでいるわけでもなく。
師と弟子という形でありながらも、その立場は対等でありフェルナンドが、またハリベルが互いに何事か報告しあう必要性もない。
ないのだが、一言言ってくれてもいいだろうというのがハリベルの考えであり、フェルナンドがそれを言ったからといって何があるわけでもないのだが、どこか納得できないというのが本音なのだろう。


「いいじゃねぇか、 もう知ってんだからよ。」

「まったく・・・・・・まぁいい。それでどうなんだ? お前はどれくらい相手の・・・ゾマリの事を知っている?」


拘っているというフェルナンドの言葉を聞き、その理不尽な感情を切り替えるハリベル。
納得いったのかと問われればおそらく否であろう、過ぎた事、だが過ぎた事ゆえに気にかかる。
相変わらず視線を合わせない二人だが、ただの会話にはそれで事足りるのだろう。
寝転がったままのフェルナンドに、ハリベルは件の相手、ゾマリ・ルルーに対しフェルナンドがどれほどの情報を持っているのかと確認する。

戦いとは”個“の持つ力も重要ながら、”個”の情報というものも重要になってくる。
相手を知る事は自らの有利となる、相手の武器は何か、能力は何か、行動、思考の癖、性格、外見的な特徴と内面的な特徴からおおよその力を読み取る事、そこから対策を立てること、そうした情報のあるなしは戦果に直結する要因の一つだった。


「別に・・・・・・ 知らねぇし知ろうとも思わねぇな。コソコソ嗅ぎまわるなんてのは性に合わねぇよ。」

「あの者は少々厄介だぞ? それでもか?」

「それでもだ。 ハリベル、判ってると思うが、もしお前が”それ”を知ってても教えんじゃねぇぞ。」


情報というものの価値、フェルナンドとてそれを知らぬわけでもなく。
しかし必要は無いと答える彼。
それもまた彼らしさなのだろう、弱点を突くのと弱点を探し回るのでは違うのだ。
勿論誰かから教えてもらったそれなど彼に何の価値も無い、もしそうして敵の弱点を知ろうとも彼は例え自らが窮地に立たされてもそれを突く事は無いだろう。
情報の価値と彼にとって価値があるものは違うのだ。

「判っている・・・・・・ 念押しなどせずとも・・・な。」


教えるなと念押しするフェルナンドの言葉に、皆まで言うなとハリベルが答えた。
フェルナンドが念押ししたことは、彼女にとっても同じこと。
与えられた情報から得られるのは、何処までいっても与えられた勝利でしかない。
そのどうしようもない無価値を彼女とて判っている、ということだろう。

「そうかい・・・・・・」


それだけ呟くと、フェルナンド再び空を眺める。
ハリベルもまたその隣に腰掛け、頬を撫でるかすかな風を感じていた。
先程までが嘘のように、二人は沈黙し、静かな時だけが流れ始める。
何を語るでもなく、かといってその沈黙に耐えられないという風でもなく。
そもそも互いに気を使いあうような間柄ではない二人、片方は気を使うなどという事とはどこか無縁にすら見える。
飾らない自分、ハリベルにとっては十刃という立場に囚われない姿であり、フェルナンドにとっては常通りの姿だった。


そんな沈黙と静かな時間がどれほど続いただろうか。
隣に、互いが手を延ばせば届く距離にいる他人の存在があるにも拘らず、二人にそれを疎む雰囲気はなかった。

人は誰しも自分の距離、自分の領域を持っている。
その領域は人それぞれ、そして人は誰しもその領域を他者に犯されることを本能的に嫌う。
それは自分というものを無遠慮に侵略され、踏み躙られる感覚、言い知れない不快感、自己を守る壁の崩壊である。

しかし、このおおよそ互いの領域を侵犯している二人にその雰囲気はない。
それは即ち、自らの領域にそのものが居る事を本能的に許している、という事。
その者の存在を己の中で認め、常にある者としているという事。

フェルナンドなどは否定するかもしれないが、それは”友”であるという事なのかもしれない。


「ハッ! こいつはいい・・・・・・」


沈黙を破ったのはフェルナンドのそんな言葉だった。
なにやら楽しそうにそう呟いた彼、そんな彼の方にハリベルが顔を向けると、彼は笑って上を、空を指差していた。

「見ろよハリベル。 あの雲、アパッチのヤツにそっくりだ。」


言われて空を見上げたハリベル。
そしてフェルナンドが指差した先にある雲を見る。
そこには一塊の雲、一本長く突き出した形の雲を持ったそれ、どうにも形は悪く、千切れかかった雲によりまるで大きく口を開いたアパッチの様だと、フェルナンドは笑う。

「聞けばあの娘が怒るぞ、フェルナンド・・・・・・・・・まぁ、似ていなくもないが・・・な。」


フェルナンドを窘めながらも、そのフェルナンドの言葉にどこか納得してしまったハリベル。
伸びた雲は彼女の角に、そして大きく口を開いたような姿は快活なアパッチの姿を髣髴とさせる、と。
そしてそう思ったとき、フェルナンドが言った”悪くない”という言葉にも、ハリベルは納得していた。
映し出されたそれ、決して本物ではないそれ、しかしこうして眺めるのも、悪くないのかもしれないと。

「あれは・・・ミラ・ローズ。 そんであれがスンスンのヤツってか?ハッ! あいつ等の間抜けっぷりが良くでていやがる」


指差す先にあるのはそれぞれ獅子と蛇の形に近い雲、絶えず形を変えるそれはその一時の形を歪ませ、なんとも愉快な形へと変化させていく。
それをみて皮肉気に笑うフェルナンドと、それを窘めるもどこかその形に納得してしまうハリベル。
そうして空を指すフェルナンドの隣に座っていたハリベルだが、何事か思案すると、そのままフェルナンドの隣に彼と同じように寝転がる。

「あん? ・・・・・・いいのか? 天下の第3十刃サマがそんなだらしない格好をしてよぉ。」


自分の隣に寝転がったハリベルを揶揄するようなフェルナンド。
だが、そんなフェルナンドの言葉など何処吹く風、気にせずそのまま横になり、フェルナンドと同じく空を眺めるハリベル。

「なに、構わんさ・・・・・・ 既に一人見ている、と思えばそれが何人増えても変らないだろう・・・・・・」


寝転がりながらそう口にするハリベル。
確かに彼等の姿はおそらくではあるが最低でも一人には捉えられている。
それは彼等の視線の先に広がる”目”の持ち主、常時その持ち主がその”眼”を用いているかは定かではない。
だが、その”眼”がある以上、見られていると思ったほうが懸命だろう。

それでもハリベルは常の彼女らしくない、だらしないと言われる様な屋上で寝転がるという姿を見せる。
それは十刃という責を負う彼女の本のひと時の小休止。
ただこうしてみたかった、というそれだけの話なのだ。

隣に寝転ぶ彼と同じように。

「それに・・・・・・」


なんともしまらない雰囲気の中、ハリベルが続ける。
二人の視線は空へ、広がる蒼い天蓋の海へ注がれていた。

「それに?」


フェルナンドはそのハリベルの呟きの先を促すようにそう口にした。
視線は空、海を泳ぐ白い雲を捕らえる。
彼にはその雲が、どこか海原をいく雄々しい鮫のようにも見えていた。

フェルナンドが視線を隣にいるハリベルへと向ける。
するとそこにはコチラを見ているハリベルの顔があった。
今日初めて二人の視線が絡む。
紅い瞳と翠の瞳、猛々しさと静けさをそれぞれ湛えた瞳が、それぞれを捉える。
互いの眼を見る二人、そしてハリベルが小さく笑う。

「それに・・・・・・ こうしてお前と同じ景色を見るのも・・・”悪くない”、そう思ったから・・・かもしれん。」


小さく笑いながらそう口にしたハリベルを、フェルナンドはなんとも言いがたい顔になって見つめていた。
だが、それも一瞬、いつも通りの皮肉気な笑みがそれを覆い隠す。
そして、フェルナンドも小さく笑い、視線を空へと戻しながら答える。

「ハッ! 言ってろよ、ったく・・・・・・」


視線を戻したフェルナンドと、それを追うように自分も視線を空へと戻すハリベル。
互いの瞳に映るのは、同じ景色、同じ空。
紅と翠の瞳に映る蒼穹の空。

今はただ同じ空を、同じ方向を向く彼等二人。
だが何時か、互いが向かい合う事を彼等は知っている。

それでも今、二人はこの青空を眺めるのだ。


二人、同じ方向を向いて・・・・・・









僕は満たしたい

この溢れる好奇を

だから君の

命を


犯(イジ)らせておくれ











※あとがき

グダグダ感あり・・・か?
時間の経過をどう表現するか判らん。
判らないから、話数を積む事で解消しようか・・・・・・


2011.01.30







[18582] BLEACH El fuego no se apaga.36
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/02/06 18:21
BLEACH El fuego no se apaga.36










その場所は暗い地の底。

まるで天上より差し込む光を拒むように、ただ暗黒に塗り固められたかのような場所。
暗黒が溜まるかのようなその場所は、ある種異界と呼ぶに相応しい雰囲気を存分に醸し出す。
だが虚夜宮という人間にとって既に異界であるその場所で、しかしその場所は更なる異界であった。


実際にその場所は地下ではなく、何の事は無いただの部屋だった。
にも拘らず、見る者に暗く、おどろおどろしい印象を与えるのは、その部屋に立ち込める色とりどりの煙のせいか、或いはその部屋の主の狂気によるものだろうか。
誰しもがその部屋の扉を開けることを躊躇する。
何故なら開けてしまえば否応無しに目にしてしまうからだ、自分という存在と明らかに次元の違う狂ったモノを。




「・・・・・・・・・たったの三十二秒・・・か・・・・・・高々この程度の投薬に耐えられないとは、やはり第一期、それもその残りカスでは脆すぎるな・・・・・・まぁいい。 お前達、コレを洗って薬液に漬けておけ、実験動物の餌くらいにはなるだろう。」


色とりどりの煙を上げるぐつぐつと煮立ったような薬液と、用途不明の器具が所狭しと押し込められ、生物のようにうねる管が無数に張り巡らされた壁面の一室で、その部屋の主はなんとも気軽にそう口にした。
そのあまりの気軽さ故に、その場で繰り広げられている事象すら、軽いものに感じてしまうほどのその言葉。
しかしその実は常軌を逸している。

部屋の中心に備え付けられた椅子。
その椅子に一体の破面が座っていた。
だがその破面はただ座っているだけではなく身体中を拘束され、そして頭の先からつま先までを無数の配線に覆われ、それと同等の数の管が身体中に突き立てられていた。
配線の先を辿れば無数の機械へとつながれ、何かしらを計測し。
管からは絶えず液体が流し込まれ、全身の血管だけが不自然に隆起し波打ち、明らかに正常ではない流れを目視できるほど。
口を大きく開き何かを叫ぼうとするその破面、その叫びは痛みなのか救いを求めるものなのか、だが予め喉を切開されたその破面の叫びは音にはならず唯虚しく口だけが開かれる。
身体中を拘束されているにも拘らずその拘束を引きちぎらんばかりにビクビクと全身が痙攣していたその破面は、一際大きく痙攣を起すと、口からは大量の泡と涎を、眼と鼻からは夥しい量の血液を、そして身体中の穴という穴から何かしらの体液を垂れ流し絶命した。


十人が見ればおそらく十人が、目を背けたくなるような凶行。
だがこの部屋の主はそれを平然とやってのける。
嬉々としてやってのける。
その凶行を前にして眼を背けるどころか、眼を見開き、その顔に満面の喜色を浮かべながら嬉々として観察するのだ。
目の前の出来事のほんの一部でも見逃さぬように、目の前で起こるかもしれない新たな現象に、まるで乙女のように恋焦がれながら見続けるのだ。



命が悲鳴を上げ続けるその光景を。




そうして狂気に恋焦がれる男、今目の前で命が消えた事を、いや、消した事を当然の犠牲と捕らえるその男の名はザエルアポロ、破面No.102(シエント・ドス)『ザエルアポロ・グランツ』だった。


桃色の髪と、それと同じ桃色の瞳。
所々跳ねた様な癖毛はそれなりに整えられ、手には白の手袋を、そしてその身を包むのはまるで医者の白衣のような形状の死覇装だった。
仮面の名残は眼鏡のように残り、彼に理知的な印象を与える。
だがその理知的な印象こそ彼にとっては何よりの仮面、その一見理知的で物静かな風貌からは想像出来ないほどの狂気を、この男はその内から溢れさせているのだから。


「まったく・・・・・・ この程度の破面(サンプル)では碌にデータを取ることもできないか・・・・・・低劣な存在が僕の研究の糧になれる栄光の瞬間なんだ、もう少し、ソソるもがき方をしてくれればいいものを・・・・・・」


その発言は自分の所業に、何の疑いも持っていないことを如実に示していた。
彼にとってそれは当然なのだろう、自分の研究とは何にもまして崇高であり、その過程に自分以外の他者がかかわれること自体が光栄な事だと、それこそその過程に加われるのだから命などいくらでも差し出すものだ、とすら考えているその言葉。
そう、彼にとって命とは彼の目的の為に”消費”される消耗品であり、それ以上の価値など見出されはしないのだ。


「ザエルアポロさまーっ、ザエルアポロさまーっ」


一人低劣と断じた破面が片付けられるサマをつまらなそうに眺めていたザエルアポロに、何者かが声をかける。
その声のほうへ彼が振り向くと、何者かが飛び跳ねるように彼に近付いてきた。

「ルミーナか、なんだ・・・・・・」


ルミーナ、そう呼ばれたのは奇怪な形をした破面だった。
人というよりは寧ろ球形に近い身体、そこから枝のように細い手足と押しつぶしたような醜面の破面がザエルアポロに近付く。
このルミーナと呼ばれた破面はザエルアポロの従属官であった。
本来従属官とは十刃のみに許された支配権の象徴、No.11以下を支配できるという特権階級であるということを示すための存在である。

だがザエルアポロは十刃ではない。

彼、ザエルアポロが持つ番号は”No.102” 、一見その数字の大きさから産まれの遅さか、それもと弱すぎるのかと錯覚しがちなその数字。
だが彼の持つ数字は数字持ち(ヌメロス)達の持つ数字とは意味合いが違う。
数字持ちは最大No.99まで、つまり2桁までしか存在しない。
だがザエルアポロの持つ番号はNo.102、”3桁”の数字である。
その本来ならば与えられる事のない数字、しかしその数字には数字持ち達の持つそれよりも尚意味があるのだ。

ザエルアポロは十刃ではない。
この説明には足りない部分がある。
ザエルアポロは、”現在は”十刃ではない、これが最も適当な言葉である。
”3桁の数字”、その本来ありえない数字は即ち”剥奪の証”、その三桁が示すのは『階級を剥奪されし者』、三桁の数字を持つ者の全てが元十刃。


『十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)』なのだ。


元十刃、その立場によってザエルアポロは従属官を配下においている。
本来ならば十刃落ちになった時点で従属官は支配から解放され、一介の数字持ちに戻るものである。
だが、ザエルアポロの抱える従属官は少々特殊だった。
彼の従属官のその全ては、彼が大虚を改造し、その改造大虚を藍染が破面化したものだった。
そうした工程で生まれた彼の従属官は、数字を持たず、そして破面としての機能よりも従属官としての機能を重視して精製されているため、従属官意外ではその存在意義をなさなかった。
故に限定的にザエルアポロは十刃落ちでありながら、従属官を使役する事を許されているのだ。

「きた! きた! イールフォルト!イールフォルトきた!」


その従属官の一体であるルミーナという破面は、ザエルアポロの前まで飛び跳ねながらやってくると、頭の上で手を叩きながらそう叫んだ。
まるで出来の悪い人形のように飛び跳ねるルミーナ、そのルミーナの報告にザエルアポロは「あぁ、そういえば」と呟き、何かに耳を澄ますように耳元へ片手を持っていった。

「・・・・・・本当だ、カスの割には最低限、時間通り行動するだけの知性だけはあるらしい。あのカスにしては上出来だろう。」


まるで塵でも見るかのような目つき。
そんな目つきをしたままザエルアポロは管と煙と薬液に満ちた部屋を後にする。
そして向かったのは別の一室。
そこは先程まで彼がいた場所とは打って変わって、普通といっていい部屋だった。
それほど大きくない部屋には、大き目の長机とその両端にそれぞれ置かれた椅子、それぞれの席にはカップに紅茶のような液体が用意されていた。



「やぁ、”兄さん”。 身体の調子はどうだい?」


部屋に入るなりそう口火を切ったのはザエルアポロだった。
先程までの明らかな侮蔑の視線は消え去り、にこやかな笑顔で両手を広げながら長机の端の席に座る男にそう話しかける。
本当に先程まで命を弄び、それを嬉々として見ていた男とは思えぬその態度。
そして話しかけられた方の男は、ザエルアポロの姿を確認すると一瞬であるが眉をしかめ、眼を細める。

「あ、あぁ。 悪くないぜ、”兄弟”・・・・・・」


一瞬、ほんの一瞬であるが口ごもるようにしてそう答えたのは、先程ルミーナがザエルアポロへと報告した人物。
名をイールフォルト、破面No.15(クインセ)『イールフォルト・”グランツ”』である。
金色の長髪、頭のやや前辺りから後ろへと仮面の名残があり、痩せ型の体系と端正な顔立ち。
だがその端正な顔も今は若干歪んで見えた。

そしてその名前イールフォルト・グランツ、そうグランツである。
それは何も偶然の一致ではなく明らかな縁を示し、互いが互いを呼ぶその呼び名通りの関係。
ザエルアポロ・グランツとイールフォルト・グランツは世にも珍しい破面の”兄弟”なのである。



「そうかい、それは良かった。 僕が治療した甲斐があったというものだね。さぁ、冷めないうちにどうぞ、兄さん。」


なんとも柔和な態度、心底安堵しているかのような態度で兄の前に置かれた紅茶を勧めながら、ザエルアポロはイールフォルトの対面に座った。
にこやかに、唯にこやかに、体調を気遣いその回復を喜ぶ姿は、誰が見ても献身的な出来た弟そのものだった。

「あぁ・・・ いや、なんだ・・・・・・ 用意してもらって悪いが遠慮しとくわ。直ぐに戻らねぇと・・・・・・」


それに対して兄であるイールフォルトは、なんとも歯切れの悪い態度だった。
勧められた紅茶をどこか躊躇うように断り、目の前に座る弟と視線も合わせようとしない、どこか萎縮しているようなその態度。
いや、それは萎縮などよりももっと直接的なものかもしれなかった。


「いいんだよ、兄さん。 僕が勝手にやった事だ、気にする必要は無いよ。」

「あ、あぁ、悪いな・・・・・・兄弟・・・・・・」

(くそっ! 早く此処から帰りてぇ。 一秒だってこんなヤツの近くにいたら俺は、俺は・・・・・・)


にこやかな弟と、どこか居心地の悪そうな兄。
その一見不自然な構図は、しかし彼等の立場を考えれば当然ですらあった。

兄であるイールフォルトは、数字持ちの中でもかなり小さい数字である”15”の数字を持っている。
それは彼が早い段階で破面になったということも然ることながら、その数字を今まで守り続ける事が出来た、という事でもある。
だがそれは確かに彼の実力でもあるが、ある種の偶像と神格化によってなされている部分も大きい。

強奪決闘(デュエロ・デスポハール)などの”号”の奪い合いでは、めったなことが無い限り10番台の破面が指名されることは無い。
それは下から這い上がってくる者にとってその番号は遠く、手の届かない錯覚と、No.12グリムジョーの存在によって10番台の破面全体がある種別格だと捉えられている節があるからだ。
グリムジョーと同じ10番台の破面、実力こそ彼に及ばないもののおそらくは強いという先入観と、その強者と戦う事で全てを失うというリスクを背負う下位の者にとって、イールフォルトのいる10番台とはある種禁忌に近かった。

そうしてなんとかNo.15を守り続ける兄、イールフォルト。
しかしその弟であるザエルアポロは違っていた。

彼の弟は現在No.102、非常に大きな数字はしかし、彼の弟が元十刃であるということを何よりも確かに示していた。
それは兄であるイールフォルトにとって喜ばしい事というよりも、むしろ引け目でしかなかった。
弟は今は違うが元十刃、それに引き換え自分は今の地位を守ることがやっと、十刃など夢見ることさえない、と。
そして何より彼が今居心地の悪い理由、それは目の前の弟自身にあった。

「・・・さん? 兄さん? 聞こえているかい?」

「ッ! あぁ悪いな兄弟、考え事をしちまってて・・・・・・」


かけられた言葉に不様にも大きく反応してしまったイールフォルト。
そんな兄をザエルアポロは心配した素振りで気遣う。
取り繕うようなイールフォルトの態度、それにも一瞬の間を置いてだが弟である彼はにこやかに答えた。


「・・・・・・・・ いや、いいんだよ兄さん。それにしてもあの時は驚いた、砂漠で兄さんが倒れているんだから。」


あくまでにこやかに語るザエルアポロ。
両手を広げ、本当に驚いたといった態度で語るのは随分と前の光景だった。







それはフェルナンドがハリベルの試練によって、数字持ちを片っ端から狩り倒していた時の事。
数字持ちのほぼ全てがその対象であったため、イールフォルトもその例に漏れずフェルナンドに襲われ見事敗北を喫していた。
おそらくは拳足による打撃、だがそれによって負った外傷は予想以上のものだった。
互いに鋼皮という守りがあるにも拘らず、それがまるで紙か布のような攻撃に曝されたイールフォルトは、己の敗北を知る前にその意識を手放してしまった。

そして彼が次に目を覚ましたのは知らない部屋の中。
蠢く管が壁中を覆い、薬液と機材の山の部屋の中心に据えられた寝台の上でだった。
その光景は彼にハッキリとある感情を刻み込む。
そしてそんな彼にかけられたのは、更に彼を追い込む最悪の声だった。

「目が覚めたかい? ”兄さん”・・・・・・」


その時、頭から冷水をかけられた錯覚を、イールフォルトは感じた。
振り向いたそこには彼の弟が、ザエルアポロが立っていたのだ。
光が反射した眼鏡によりその瞳は見えない、しかし中指でその眼鏡の位置を直すようにしている彼の口元を、イールフォルトは一生忘れられないだろう。



その喜色に歪んだ怖ろしい笑みを。



そして語られるのは砂漠に倒れていた自分を見つけ、自分が治療したという弟の言葉だった。
だがそんなものはイールフォルトにとってどうでもよかった。
彼は去りたかったのだ、一刻も早くこの場から、この明らかに異質で醜悪なこの空間から。
イールフォルトはザエルアポロが一通り話終えると、すぐさまそこから去ろうとする。
ザエルアポロはそんな兄を止めなかった、しかし最後に去り行く兄の背中にこう告げたのだ。


「傷の治り具合が気になるから、定期的に此処に通ってくれないかな?心配なんだよ、兄さんが・・・・・・」


背中にかけられた言葉は、ある種イールフォルトにとって死刑宣告に近かった。
此処に、この場所に何度も来なければならないのかと、そしてこの弟に何度も合わなければならないのかと。
怖ろしい、怖ろしい、自分の弟が怖ろしい。
イールフォルトにあるのはそんな感情だけ、出来ることならばもう二度と此処に、弟の領域に足を踏み入れたくは無いしかし、しかし花開いた恐怖はその弟の言葉を無視する事さえ出来なくなくさせていた。






「本当に驚いたよ、でももう大丈夫なようだ。感じる霊圧や全体的な霊子組成も問題なさそうだし・・・・・・完治、といっていいだろうね。」

「ほ、本当か!?」


それはイールフォルトにとってこれ以上ない程喜ばしい言葉だった。
問題ない、完治といって言い、それは即ちもう此処にくる必要が無い、という事。
あのおどろおどろしい部屋の近くへと、そしてこの弟の目の前に来る必要が無いという事なのだ。
思わず身を乗り出すイールフォルトに、ザエルアポロはやはりにこやかなままだった。

「あぁ、本当さ。 本当によかったよ、兄さんにとっても、そして僕にとっても・・・ね・・・・・・」


念押しをするように確認するイールフォルトに、ザエルアポロは本当だと再び答える。
そしてよかったと、本当によかったと笑みを浮かべた。
完治した事が兄にとっても、そして自分にとってもその出来事は喜ばしい事だった、と。

だがその最後の言葉はイールフォルトには聞こえなかった。
彼の中には今、もうこの場に来なくていいという喜びだけが満ちており、それ以外のものを、それこそ恐れる弟の言葉を受け入れる隙間などありはしなかった。

「そうか! じゃ、じゃぁ俺は帰らせてもらうぜ、あばよ兄弟。」


それだけ言い残すとイールフォルトはそそくさと席を立ち、その部屋から出て行ってしまった。
よほどこの場にいることが嫌だったのだろう。
それこそ脱兎のごとく去っていく兄を、ザエルアポロは眼鏡の位置を直しながら見送った。
そしてその顔からはにこやかな笑みは消え去り、塵を見下す視線と、イラつきが浮かび上がる。


「・・・・・・カスが・・・ 獅子の檻に放り込まれた鹿のように震える姿は、不快でしかなかったな・・・・・・アレが兄だと思うと全身の血液を入れ替えたくなる・・・・・・」


そう言いながら立ち上がるザエルアポロ。
そして先程までイールフォルトが座っていた席の方へと移動しながら、一人呟き続ける。

「あの面積の小さい脳味噌で必死に考えたのか・・・・・・出された紅茶に手をつけなかったのはある種奇跡だな。カスにも知能がある、ということが証明された瞬間だ・・・・・・」


そう語りながら、カップに満ちた本来ならイールフォルトが飲んだであろう紅茶を一息に飲み干すザエルアポロ。
飲み干した後も別段変った様子は彼には無かった。
それもそのはず、カップに満たされた液体は本当に唯の紅茶だっのだ、イールフォルトは内に渦巻く恐怖により警戒して口をつけなかったが、そんなことはザエルアポロには関係なく、目的は別にあった。

「まぁいい。 ちょうど”箱”が欲しかったところにアレが転がっていたのは僥倖だった・・・・・・録霊蟲(ろくれいちゅう)もしっかり羽化していた様だし、なによりあんなカスを僕が自ら治療してやったんだ、卵の百や弐百埋め込まれても文句など無いだろう。精々良い情報を僕に届けてくれよ・・・・・・兄さん?」


ザエルアポロの目的、それは兄であるイールフォルトの体内に埋め込んだ自分の作品、録霊蟲と呼ばれたそれが羽化しているか、その経過はどうかという事の確認以外なかった。
傷を癒したのも、こうして手厚くもてなしたのも、全ては自分の作品のため。
治療の際にその傷口から埋め込んだ録霊蟲の卵が彼の兄の霊圧を喰らい、肥え育っているかの確認。
自分の作品をより遠くへと運び、より多く情報を得るための”箱”を完品に近い状態にするためだけだったのだ。

自らの兄すらも唯の”箱“として見る、そしてそれ以上の価値を見出さない、それどころか価値を与えてやった事に感謝すらするべきだというザエルアポロの考え。
それは破錠している考え方、縁すら、繋がりすら彼にとっては手段としての価値すら見出せるものではなく。
価値とは即ちどれだけ自分の研究を昇華出来るかという一点のみ。
溢れる狂気をどれだけこの世に具現できるか、という唯一点のみなのだ。



「それにしても・・・・・・」


イールフォルトと相対した部屋から、再びあのおぞましい部屋へと戻ったザエルアポロは、誰に話すでもなく呟いた。
ぐるりと見渡したその視線は所狭しと置かれた機材と、薬液が満たされた無数の瓶や、床に転がる人の一部のような部品に注がれる。

「少々手狭になってきたな・・・・・・ 十刃でなくとも研究さえ出来れば問題なかったが、このままでは支障が出るかもしれない・・・・・・」


明らかに狭いと感じるその部屋を見渡すザエルアポロ。
別段研究さえ出来れば彼には何の問題もない、それこそ彼が十刃の座を手放したのもそれが理由だ。
十刃とは否応無しに藍染の命によって戦闘に赴く必要がある。
それは最上大虚(ヴァストローデ)の探索であったり、反乱分子の巣の殲滅であったりと多岐にわたる。
しかし、ザエルアポロにとってそれは、唯己の研究に費やす時間を奪われることに他ならなかった。

故に彼は十刃の座を明け渡し、十刃落ちとなってこうして研究三昧の日々を送っているのだ。
だが、その研究に支障が出る可能性が浮上した。
己の狂気を具現していくためには、どうしても場所が、設備が足りないということにザエルアポロは行き着いたのだ。


「十刃か・・・・・・ やはり宮殿規模での施設があるのは大きかった・・・か。まぁいい、十刃なんて”いつでもなれる”。脳味噌まで筋肉で出来ている奴等に僕が負ける理由が無い。誰でも楽にどかせるさ・・・・・・」


そうひとり結論付け、部屋の臆へと消えていくザエルアポロ。
口元に歪んだ笑みを浮かべながら放たれたその言葉は、決して楽観的な予測から来るものでは無かった。
彼の狂気、それはおそらく十刃の誰よりも抜きん出ている。
そしてその狂気は”戦闘力”としての側面でなく、”知識”として抜きん出ているのだ。

そう、彼ザエルアポロは”戦闘者”ではなく”研究者”。
どんな強者であろうと、彼の前では赤子以下へと姿を変える。
それは戦闘者ではなく研究者である故の事実。
時を掛け、その全てを、それこそ相手を構成する霊子一つまで丸裸にし、そして思いのままにその命を奪う事ができる。


そう、彼は研究者。

嘗て唯一人、”戦闘”としての殺戮能力ではなく、”頭脳”から生まれる殺戮能力によって十刃の座を手にした男。


その狂気はとどまるを知らず、そしてまた一人、また一人と、狂気への贄は積まれていくのだ。
おそらく永遠に訪れないであろう、彼の好奇が満ちるその時まで・・・・・・












崩れろ

崩れろ

深淵の月

彼方と此方を打ち崩せ

崩れて混ざり混沌を成せ

玉を飲み込め

全てを喰らえ









※あとがき

ザエルアポロさん登場。
ビビる兄と楽しいお茶会。

まぁどちらも楽しさなぞ微塵も感じてないだろうけど。










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.37
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:10













不可逆にして不可侵。



流れる川の如く、高きから低きへ流れるそれ。


決して止まる事も、ましてや戻る事などありえず。


逆らう事も叶わず、その抗いすらも易々と飲み込み、押し流す奔流。



それは”時間”。



過ぎ去るは早く、思い返せば届かず、そして見果てぬはその流れの先。


誰にも支配される事なく、しかし我等を支配し続ける。



そして歳月は、瞬きの幻想として過ぎ去るのだ・・・・・・
























「ンだと!? コラ! テメェぶっ殺されてぇのか!?」

「調子くれてんじゃねぇぞ!あぁ!? テメェこそ殺されてぇか!」


何の事はない喧騒、”力”が支配する世界ではそれこそが正義であり、その正義を持って敵対者を滅するのは道理だ。
そしてこの虚圏、虚夜宮においてもその道理は至極当然のものとされ、”力”による支配と正義が用いられていた。

しかし、虚夜宮においてこういった小さな小競り合いは、最近頻繁に起こっている。
些細な切欠から相手の命を奪い去る結果に、または両者が死亡する結果にまで繋がる、彼等にとっては小さな小競り合い。
常時ならばそれほど頻繁には起こらないその小競り合いが、今の虚夜宮では頻繁に発生する。
それが起こる理由は、今の彼等にその見に持った衝動と、”力”の捌け口が無い事に帰結する。
簡単に言ってしまえば、現在『強奪決闘(デュエロ・デスポハール)』と呼ばれる”力”を示し、”号”を奪い合うという決闘は開催されていない。

公然と、衆人環視の中行われる殺し合い。
”力”を示す高揚と、”号”を得る栄光、そして”命”を奪う快楽と愉悦、破面(アランカル)にとって内に渦巻く快感のほぼ全てを満たせる場所である強奪決闘。
それが行われていないと言う事は、衝動は逝き場を失い、膨れ上がると言う事。
膨れ上がった衝動は些細な切欠で容易にあふれ出し、一度抱える衝動をとどめたという事実は小さな火種で大きな爆発を産み出すのだ。
結果、小さな小競り合いはそのまま流血沙汰へ、そして命が潰えるまでの結果を生む。

では何故強奪決闘が開催されないのか。
それは、開催する者が、正確にはそれを許可するものとの連絡が取れない、と言う事。


彼等の創造主、藍染惣右介がある日を境にこの虚夜宮へと一切の姿を見せなくなったということだった。


ある程度定期的に行われている強奪決闘、しかしそれの開催と許可を出すのは最高権力者たる藍染惣右介、その人物がいなければ強奪決闘など開くことは出来ず、破面が勝手に行ったとしてもそこで得た”号”は何の意味もないただの数字に成り下がってしまう。
故に強奪決闘は行われない。
決闘のための闘技場の門は硬く閉ざされたまま、破面達の殺戮衝動を溜め込むための器は硬く閉ざされたままなのだ。


そう、藍染惣右介、市丸ギン、東仙要の三人はその姿の一切を見せず、時たま送られてくる命令だけが彼等の存在を示すのみだった。
そして藍染惣右介らを欠いたまま時は流れる。




紅い鬼童子フェルナンド・アルディエンデが、第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルにこの虚夜宮へと導かれ、”力”と、”好敵手”とそして自らの”求めるもの”の為に業を磨いていたあの日々から、2年の歳月が流れていた・・・・・・













BLEACH El fuego no se apaga.37












「此処にいたか、フェルナンド。 何をしている?招集がかかったのだぞ・・・・・・」


其処はいつかの屋上だった。
空はあの時と同じ晴天、其処にいる人物も、そして其処にその人物を探しに来た人物もまた同じ。
違うのはただあの時の語らいから、2年という歳月が流れたという事だけだった。


あの時と同じように屋上に寝転がり、空を眺めている人物を探しに来たのは、ティア・ハリベル。
相変わらず顔の下半分を隠し、煌きを帯びたような金色の髪は少しだけ伸びて、そしてあの時と同じように風に靡く。
金色の睫毛に縁取られた翠の瞳は、変らぬ強さと、そして美しさをもっていた。
そしてハリベルが探しに来た人物は、ハリベルの言葉に面倒くさそうに上半身を起すと、彼女と同じ金色の髪を片手でガシガシと掻きながら彼女の方へと視線を向ける。

「別に俺一人いなくてもいいだろうが・・・・・・今は空を眺めてぇ気分なんだよ。」


そう至極面倒そうに答えたのは、フェルナンド・アルディエンデ。
ハリベルを見上げるその紅い瞳には、苛烈さというより、今は面倒くさいといった感情の方が強く浮かんでいる
どうにも天邪鬼のきらいがある彼、呼び出しというものにはどうしても抗いたくなるのが性分のようだ。
だがそんなフェルナンドの態度など関係ないとばかりに、ハリベルは言葉を続けた。

「普段ならそれも許そう・・・・・・ だが今日は駄目だ。”2年ぶり”の招集、それも『全員必ず』という厳命付きで・・・だからな。」

「何ならこのまま抛って置いてくれりゃァいいものを・・・・・・」


ハリベルが告げた言葉にフェルナンドは小さく悪態をつくが、ハリベルの視線が強くなったのを察すると、一つ舌打ちをして立ち上がる。
立ち上がったフェルナンドは、2年前のあのときより幾分大きくなっていた。
それは身長が伸びたということではなく、言うなれば厚みが増したといったところか、身体つきがよりしっかりとし、身体を覆う筋肉はより鍛えられ、量を増したそれが彼を大きく見せる。
そしてハリベルの横まで移動すると、そのまま二人は並んで歩き出した。

「だがよぉ、一体藍染の野郎は今の今まで何してやがったんだ?まぁ、こっちにしてみりゃ、あのやたら胸糞悪い顔を見ないで済むんだから良かったんだが・・・な。」


並んで歩きながら、フェルナンドは隣にいるハリベルにそんな質問を投げかけた。
別にフェルナンドにとってしてみれば、藍染がいようがいまいが特に関係も問題もなく済んでいる。
彼の目的は彼にとってあくまで”戦いの先”にあるモノであり、藍染の存在は必要ではないからだ。
他の破面にしてみれば、何を今更と言った質問ではあるが、ハリベルはそれにもキッチリと対応する。

「それは私にも判らん。 ネロを解放した後、私達に『結実の時が近い』とだけ言い残し、以後は虚夜宮どころか虚圏にすら来られていない様子だ。 ”大帝”あたりならば何か知っているかもしれないがな。」


問に答えたハリベルの答え、しかしそれもどこか要領を得ないものであった。
藍染ら死神達は、第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)ネロ・マリグノ・クリーメンを幽閉から解放するとネロを除く十刃を招集し、こう告げたのだ。




『皆、聞いてくれ。 遂に私が待ち望んだ結実の時が来た。だがそのために私達は、当分の間此方に来ることが出来なくなってしまう。だが約束しよう。 次に私達が君達の前に現れたその時は、君達全員が ”最も望むモノ” を与えよう。』




それだけを言い残すと藍染達は尸魂界へと戻り、以降今日までの2年間、一切の姿を見せることはなかった。
そしてその言葉はすべての破面が知るところとなり、”最も望むモノ”とはいったい何なのかと葉面達は色めきたった。
結実とは一体何を指すのか、そして自分達が”最も望むモノ”とは一体なんなのか、だがハリベルにそれを知る術はなく、しかしそれを知らぬからと言って彼女はその場で藍染にそれを問うようなことはしなかった。
藍染が話さないと言う事は、自分達が知る必要のないことだと彼女は理解していたからだ。
故に彼女は藍染の意図も、この行動の真意も知らない。
それを素直にフェルナンドへと打ち明けるハリベル。
フェルナンドの方も、それほど興味があったわけでもなく、ただ何と無く訊いた程度の質問であった為、それ以上追求をすることはなかった。

二人はそのまま屋上の縁辺りまで来ると、躊躇いなく飛び降りる。
彼等のいた屋上は、ハリベルの居城である第3宮の頂上ともいえる場所、それなりの高さではあるが彼等にとってそれは脅威ではない。
そのまま宙を蹴るようにして二人は空を駆けた。
追いすがる自らの影すら断ち切る速度で駆ける二人、二人が向かう先は先程まで彼らが居た宮殿を軽々と超える巨大な構造物。
おそらくこの虚夜宮の天蓋が覆う場所からならば、何処からでも見ることが出来るであろうそれは、名を『奉王宮』。
王を奉じる宮殿、いや、自らを王として奉じろと云わんばかりの威容を誇るその宮殿は、正しくこの虚夜宮の王の為の宮殿だった。

その宮殿にあるのは今は空の玉座。
彼等破面の主だけが座る事の許された、荘厳な玉座があるのだ。
そして、フェルナンドとハリベルが、その玉座のある奉王宮へと向かう理由は唯一つ。
2年の間、座る者の居なかった玉座へと帰還するのだ、彼等の”王”が、藍染惣右介という名の黒き王が。





フェルナンドとハリベルが奉王宮の中にある玉座の間へと入ると、其処には既に多くの破面達が集まっていた。
十刃(エスパーダ)、数字持ち(ヌメロス)、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)、そしてその他の破面が玉座の間へと一堂に会する。
周りを見やるフェルナンドの瞳に映った彼等の表情は、それぞれの思惑の数だけあり、藍染の帰還を喜ぶ者、逆に忌々しく思う者、興味がなといった者や興味はあるが表には出さぬようにしている者、それぞれがそれぞれの思惑を抱えこの場に集っていた。

だが、フェルナンドが見たのはそんな彼等に共通する一つの感情、それは”畏怖”。
”王”の帰還は象徴の復活であると同時に、力による更なる絶対支配の再臨でもあるのだ。
あるモノはそれを畏れ、またある者は王の力に恐怖する。
それは即ち、彼等の王が破面という力ある存在達が、一様に恐れおののく感情を見せるだけの力を持った者であると言う証明。
それが藍染惣右介だという事の証明だろう。


そんな畏怖を浮かべる一団を横目に、フェルナンドはハリベルと共に玉座の間の一角へと向かう。
玉座の間には彼等の居る床よりも、かなり高い位置に据えられた玉座以外に椅子などはなく、代わりに様々な形の柱や角張った構造物などが点々と配置され、それぞれの破面が思い思いの場所に座っている。
そして誰が決めたわけでもなく、玉座に近付くに連れ破面の強さは増し、扉から玉座までを一般の破面、数字持ち、十刃落ち、十刃とその従属官といった順で並んでいた。

それらの破面に目もくれず歩くハリベルとフェルナンド。
だが、フェルナンドはその視線の端にある破面を捉えていた。
水浅葱色の髪をした野性味溢れる男の破面、グリムジョー・ジャガージャック。
捕らえた視線の先のグリムジョーは、フェルナンドが戦った時の彼よりも幾分落ち着いた雰囲気であり、しかし放つ霊圧はあの時のまま触れる者を容赦なく噛み殺す獣の雰囲気を残していた。
そんな彼の姿を見ると、フェルナンドは小さく笑う。
隣にいるハリベルがちらりと彼に視線を送るが、彼の表情を見ると此方は小さく溜息をついて何も言わずに歩を進めた。

フェルナンドはそんなグリムジョーの姿を見られただけで、ある意味此処に来た甲斐はあったと思っていた。
面倒な呼び出し、別に従ってやる理由もないのだが、それでも此処にこなければ見られなかったと、自分と同じように己が目的のため研鑽を積み、明らかに強くなっているグリムジョーの姿を。
ハリベルはそんなフェルナンドの姿を見て思う。
これが、先程まで面倒だ何だと言ってごねていた男のする顔かと、金色の髪の間から覗く紅い瞳は爛々と輝きを増し、今にも戦いたくて仕方がないといった顔。
最近などは戦う事も然ることながら、空や月を眺めることが多い彼だが、やはりその根底にはどうしようもなく戦いを求める性があるのだと、そう確信させるようなフェルナンドの顔が、ハリベルには何故か嬉しくもあり、普段からもう少し此方の顔を見せてくれれば・・・・・・といった思いもあった。




玉座に近付くに連れ、破面の数は減る。
それは当然の事であり、玉座の最も近くにいるのは十刃とその従属官。
『全員必ず』という厳命が出ているにも拘らず、何名かの姿は今だ見えず、おそらく現われることもないのだろう。

ハリベルとフェルナンドも先にその場へと赴いていたアパッチ等と合流し、今回の命令を出した張本人の帰還を待つ。
本来ならばフェルナンドがこの位置にまで来ることはありえない。
彼は破面化の後も番号を持たず、そしてハリベルと共にいるからといって彼女の従属官というわけでもない。
藍染の命により、彼女の客分として扱われているだけであり、破面としての立場は非常に曖昧なのだ。

だが、誰もそれを声高に叫んだりはしなかった。
そもそも十刃達にとってすれば、たかが破面の一人がその場にいたからといってとやかく言うことでもなく、そしてそれは十刃落ちにしても同じこと。
そして、その後方を取り巻く数字持ち、彼等は苦々しげな視線をフェルナンドに送りながらも、決して叫びはしなかった。
言うなれば彼等は敗者なのだ。
今とは違う、見た目子供のフェルナンドに彼等は悉く敗北を喫している。
そして敗者が勝者に向かって何を叫ぼうとも、それは唯の遠吠えであり、叫べば己が惨めさと愚かさを喧伝するだけの事。
故に彼等は叫ばない、それ以上己の自尊心を傷つけないために。


そうして十刃たちがまばらに座る中、フェルナンドはハリベル達から少し離れた位置で一人石柱に腰掛けた。
別に彼女等から離れた事に意味はない。
しかし其処にはもしかすれば彼なりの矜持があるのかもしれなかった。

彼なりの線引き、彼の中に引かれた線、その先を踏み越える事、それ以上の馴れ合う事はしない、という彼なりの矜持が。


そうして一人座るフェルナンドに、いくつかの視線が向けられる。
一つは 第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルー、 そしてもう一つが第1十刃(プリメーラ・エスパーダ) ”大帝” バラガン・ルイゼンバーンであった。

バラガンの方はなにやら値踏みするような視線で、口元にニンマリと笑みを浮かべながらフェルナンドを見ていた。
その視線からもなにやら愉しげな雰囲気が伺われ、しかしバラガンの後ろに控える従属官の一人からは危惧と敵意がフェルナンドに送られていた。
バラガンの視線の理由、それは彼がフェルナンドに対し、興味を持っているということ。
彼の従属官と末端の兵をフェルナンドにぶつけたバラガンは、その従属官達を軽々と倒したフェルナンドに興味を持った。
そして何より彼の琴線に触れたのは、フェルナンドが彼の従属官に向かってはいた言葉。


自分に会いたいのならば、呼びつけるのではなく自分の足で俺の前に来い。


それはそう易々と口に出来る言葉ではない。
言い放った相手はこの虚夜宮に居るどの破面よりも強力な者、一度はこの虚圏を統べた”王”なのだ。
その人物に対して、喩えそうだと知らずともその言葉を言い放つ気概、それがバラガンには愉しくて仕方が無かった。

だが、バラガンとて”王”である。
来いと言われたからといって、はいそうですか、と行く筈もなく、決して自らフェルナンドに近付こうとはしなかった。
それはバラガンの”王”としての矜持、いや、王としてのあり方そのもの。
”王”は揺るがない、”王”は流されない、そして”王”とは決して屈さない、と。
行けば一度発した己が言葉を曲げることに、そして何より唯の破面一人に”王”たる自分が屈した事になる、と。
故にバラガンはこの2年間、決してフェルナンドの元にいくことはなかった。

まぁ、彼が行かないというだけで、色々とちょっかいは出していたようではあるが。




そしてもう一人、バラガンの値踏みする愉しげな視線とはまさに逆、明らかな敵意と侮蔑の視線を送るものが居る。
それはゾマリ・ルルー、自らを藍染の忠臣と宣言する狂信者である。
ゾマリにとってフェルナンドという存在は、そもそも存在していること自体が罪だった。
自らの創造主にして絶対的なる支配者、藍染に対して礼節も、敬意もなく無礼な態度をとる。
それだけでゾマリにとっては万死に値する蛮行であった。

それゆえにゾマリは決意したのだ。
罪とは罰せねばならぬと、そして罰とは須らく首を刎ねる以外ありえないと。
その結論に達したゾマリはすぐさまそのための行動に移った。
フェルナンドに対し、強奪決闘において自分と戦うよう命じたのだ。
そしてその命にフェルナンドは応えた、そのときの彼の精神の昂ぶりもあったろうが、何より売られた喧嘩ならば買うとフェルナンドはそう宣言したのだ。

だが、ゾマリを不幸が襲う。
藍染惣右介がこの虚夜宮を長きに渡り空けると言うのだ。
それは即ち、強奪決闘が実質行われないということ、それは衆人環視の仲、愚か者を断罪する場を奪われることを意味していた。
しかし、ゾマリが何より不幸に思ったのは藍染惣右介がこの虚夜宮をあけるという事実。
”神”とすら崇拝する藍染の不在は、彼にある種の絶望を与えた。
そしてその絶望は更なる”祈り”と”崇拝”へと姿を変え、2年という歳月によって熟成されたそれらと、それらから来るフェルナンドに対する”憎悪”は留まるを知らなかった。




そんな視線にもフェルナンドは何処吹く風、なんらそれらを気にする様子はない。
気にしたところで仕方が無いのだ、他人が自分をどう思っていようが知ったことではなく、それが戦いたい相手ならばいざ知らず“どうでもいい”様な相手ならば尚のこと。
故に彼はそちらを気にする事無く、唯石柱に腰掛けていた。



だが、そんな彼の視線は、たった一つの霊圧によって玉座へと向けられた。



「オォ・・・・・・オオオオオオオオオ!」


そんな言葉にもならぬ歓喜をあげる声がする。
それは玉座の裏から近付いてくる、一つの霊圧に向けられた歓喜。



そう、彼等の前に今、再臨するのだ。








彼等の”王”が。











「やぁ、皆、久しいね・・・・・・」


そんな気安い言葉と、浮かべた笑みは2年前の”王”そのままだった。
だが今は死神達の着る”黒い死覇装”ではなく、破面達が着るのと同じ”白い死覇装”に袖を通し、黒縁の眼鏡はなく、そして髪を掻き揚げて後ろへと流した姿の”王”。
見た目は確かに変った、しかしその瞳は、眼鏡という薄い硝子が無くなったが故に、よりはっきりと見えるその瞳に湛えられた暗黒の意思は、2年前を遥かに凌ぐ邪悪を浮かべている。


そう、今”王”は再臨したのだ、藍染惣右介という名の”王”が。



誰とも無く雄叫びを上げる破面。
それは歓喜なのか別の何かなのか、彼の湛える暗黒は彼等破面など軽がると飲み込むのだろう。
故に破面達は歓喜するのか、暗黒という彼等の根源をその男に見るが為に。

地鳴りの雄叫びを藍染は片手を上げて制した。
それだけの動作で雄叫びはピタリと止んでしまう。
圧倒的なカリスマ、それがこの男を”王”へと押上げる一つの要因でもあった。


「まずは長らく城を空けた事を詫びよう。 だが皆、喜んで欲しい・・・・・・私は手にしたんだ、 世界を”崩す”為の鍵を。」


そう言って藍染は手を懐にもっていき、そして其処から何かを取り出す。
それは掌に収まるほどの小さな球、彼の瞳に浮かぶのと同じ暗黒色の球だった。
手にとったそれを魅せるようにしながら、藍染は謳う様に言葉を紡ぐ。

「これが世界を崩す鍵、名を『崩玉(ほうぎょく)』という。そしてコレこそ君達に私が約束した、君達が”最も望むモノ”なのだよ。」


崩玉、そう呼ばれた小さな球。
だが、破面からしてみれば自分達が”最も望むモノ”がその球だとは思えず、ざわめきが広間を包む。
しかし、藍染はそれなど見越していたかのように貼り付けた笑みを強め、更に言葉を続けた。

「君達の言いたい事は判る。 だが聞いて欲しい、この崩玉は唯の飾りではない。この崩玉には”力”があるんだ、”虚と死神の境界を取り払う力”がね・・・・・・」


その言葉に広間は更にざわめきを増す。
虚と死神の境界を取り払う、それによって生まれるのが破面であり、今更その力を持ち出したとて今既に破面化している自分達に、一体何の意味があるのかと。
自分達が”最も欲しいモノ”はそんなものではなく、もっと直接的なものであると。


「そう、今更な話かもしれない。 だが敢えて言おう。君達は今だ『不完全な破面』である・・・と。」


ざわめきは、どよめきに変った。
不完全、それは完全では無いという事、破面として不完全ということは即ち不良品と言われているのと同じなのだ。
一体それはどういうことか、知能の低いものはその藍染の言葉に怒りを顕にし、考えるだけの知能のある者もまた、その言葉の真意を測りかねていた。

「破面とは本来、『完全な崩玉』をもってのみ完成する存在。しかし君達は私の創り出した『不完全な崩玉』によって産まれた謂わば『不完全な破面』という事なんだ。・・・・・・だが安心して欲しい、私が手にしたこの崩玉と、私の創ったもう一つの崩玉。この二つを合わせる事で崩玉は真に完成し、全てを崩す鍵へと変るのだよ・・・・・・」


どこか芝居がかったように語る藍染。
その言葉に出てきた二つの”崩玉”の存在、彼等破面は崩玉の能力によって産まれる。
藍染がそれを彼等に説明していたかは定かではないが、崩玉によって産まれる事は事実であり、藍染は百年以上前にその事実にたどり着いていた。
しかし、彼の崩玉は不完全だった。
彼は自らの崩玉の為に、多くの死神と、また多くの死神の才を持った者の魂を削り、その全てを崩玉に与えた。
しかし彼の崩玉は完成には至らず、結果彼が生み出した破面は不完全が産み出した不完全な存在になってしまったのだ。
不完全と言ってもほぼ完全に近い不完全、生まれる破面に問題などなく、その力も充分なものではあった、しかしそれでも不完全は不完全なのだ、そしてその不完全と言う事実は破面達にとって大きな衝撃だった。

それは完璧な強さを手にしたと思っていた多くの破面にとっての衝撃。
自分達は虚、大虚、その上を行く優良種であり、負けることなどありえない完璧な存在だと言う夢想。
それが脆くも崩れ去った瞬間なのだから。

モドキや数字持ち達が何処かで持っていた幻想、しかしそれは十刃には存在せずそれほどの動揺は見えなかった。
だがそれでも疑問は残る。

「それで? ボス・・・・・・ その石ころが、儂等の”最も望むモノ”になる理由はなんじゃい。」


その場にいる破面の中で最も位の高いバラガンが、全てを代表する形で藍染に問う。
彼がしきりに説明する崩玉という名の球、だがそれが”最も望むモノ”であると言う理由が今だ説明されていないという事を。
最もと言うからにはそれ相応のモノであるのだろう?と言外に問うバラガンの視線に、藍染は常通りの笑みで見返すとこう答えた。


「あぁ、そうだね。 では一つと問おうか、”不完全”とはなんだい?」


誰もがその禅問答のような藍染の問に言葉を噤む。

不完全とは何だ?

簡単に考えればそれは欠けているという事。
文字一つ、数字一つ欠けただけでその意味が大きく変ってしまう様に、あくまで完全に近く、しかし決して届かないもの。
永遠に頂点に立つ事ができない、それが不完全。
だが今、それを問うことに意味などあるのか、殆どの破面がそう思い口を噤む中、たった一人声を上げる者がいた。


「・・・ “余地”がある、ってことだ・・・・・・」


その言葉の発生源に、おそらくこの場にいるもののすべての視線が集まっていた。
視線の先に居るのは石柱に腰掛ける金髪と紅い瞳の破面、フェルナンド・アルディエンデだった。
その集まる視線など意に介さず、フェルナンドは自分より高い位置にいる藍染を見据えてそう答えた。


「不完全、ってェ事は完全じゃぁ無ぇって事だ。そもそも完全なんてもんが在るとも思えねぇが、不完全ならまだまだ上にいける。俺達で言えば”強くなる余地がある”・・・・・・ってェことじゃねぇのかよ?えぇ? 藍染・・・・・・」


フェルナンドの言葉に藍染はその笑みを深めた。
それがすべての破面に、フェルナンドの言葉が藍染の求める答えだと言う事を理解させる。


「そうだよ、フェルナンド。 不完全とは完全になれるという事、そして君達が求める完全とは一体なんだい?君達が”最も望むモノ”とは一体なんだい? 煌びやかな宝石かい?それとも褒章かい? いいや違う。 君達が望むのは“戦場”だ、その“戦場”で振るう“力”だ。誰よりも強く、雄々しく、何者をも寄せ付けない強大な”力”だ。」


掌に乗せた崩玉を上へと差し出すようにしながら、藍染が語る。
その言葉は力強く、彼の語る言葉の全ては、まるで太古の昔より定められた法の様に厳粛で、聞くもの全てを引き付け話さない。
圧倒的なカリスマと、荘厳な言葉はまさしくこの男が”王”であることを示す。


「故に私が与えよう。 君達に、戦場で振るう為の”力”を!君達が最も望む”強き力”を! この崩玉によって君達の境界は打払われ、更なる力と、それによって更なる混沌を世界に満たすそのために!」




それは王の宣誓だった。
眼下に蠢く魔獣である破面、それらを統べる魔獣の王、藍染惣右介。
魔獣たちは更なる力の脈動に歓喜し、”王”はその姿に笑みを深める。
力を増した彼等は世界の脅威となり、そしてその脅威を打払おうと、愚かにも動く者達の姿を想像して。

”王”は一人笑みを深める。

彼だけは、知っているからだ。


すべては、彼のために捧げられる贄ということを・・・・・・











遠吠えの残響

低く

遠く

空へと消える


お前はきっと

優しすぎる










※あとがき

キングクリムゾンが発動しました。
もうこれしか手が思いつかなかった・・・・・・

前回からでは想像も出来ないであろう、すっとばしっぷりに
作者も驚いています。

今回はツッコミどころがおおいかも。















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.38
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/12/06 21:35
BLEACH El fuego no se apaga.38











破面(アランカル)の王、藍染惣右介の帰還と、彼等に告げられた”不完全”という名の事実。
それは彼等に多大な衝撃と、しかしそれ以上の好機を告げる言葉だった。
より高みへと昇るための手段、更なる殺戮をしえる”力”を得るための手段が彼等の前に明示されたのだ。
それを前に心踊らぬ破面など居ない、誰しもが己が更なる”力”の脈動をその身に感じずにはいられない。
奉王宮(レイアドラス・パラシオ)、玉座の間(デュランテ・エンペラドル)にはそんな彼等破面の熱気が溢れていた。


しかし、世界はそれほど容易く何かを得られるようには出来ていない。



「皆・・・・・・ 強き力を前に高揚している所悪いが、一つだけ言わなければならない事がある。この『崩玉(ほうぎょく)』は今はまだ休眠状態、その状態での瞬間的覚醒により君達を再破面化するのだが、ここにいる全てを一瞬で再破面化するのは、いかな崩玉といえども困難なんだ・・・・・・」



自分が得られるかもしれない力を前に、どこか興奮した様子だった破面達に告げられたのは、彼等にとって残念な知らせだった。
彼等の王、藍染惣右介がその手に持つ崩玉と呼ばれる物質、彼が語るにはそれは今だ休眠状態であり、本来の覚醒状態には至っていないということ。
その状態でも瞬間的な覚醒状態にすることで、完全な破面化を行うことは出来ると。
しかし、その瞬間的覚醒ではこの場にいる百を超える破面の全てを再破面化するのは、困難だということだった。


「瞬間的な覚醒と休眠の繰り返しは崩玉に多大な負荷を与え、悪戯に衰弱させてしまう。それは私の望むところではないんだ、無論君達にとっても同じことだろう?衰弱し、弱った崩玉による再破面化など・・・ね。」


藍染が語る言葉は王としての命令というよりも、どこか諭すような言葉に聞こえた。
もしも仮に全員を破面化しようとすればどうなるか、次第力を失っていくその黒い球、それによって再破面化される自分達は本当に”完全”な破面となれるのだろうか、と。

絡めとられるのだ、藍染惣右介の詐術の糸に。


「よって今回は、現十刃(エスパーダ)のみを・・・・・・いや、そうだな・・・・・・ 現十刃と、十刃が指名した"1体のみ"を再破面化の対象としようか。皆、異存は無いね?」


藍染ははじめから、全ての破面を崩玉によって再破面化する心算など無い。
そもそもこの崩玉と呼ばれる物質の"本当の能力"は、ただ虚と死神の境界を取り払うなどといった些細なものではないのだ。
藍染がこの崩玉に求めているのは、この物質の本当の力の方。
彼にとって破面化などは、崩玉が真に目覚めるまでの座興でしかない。
そしてその座興に崩玉を使うのは、十刃クラスの強力な破面のみと決めていた。

故に彼は全ての破面に崩玉は休眠状態であり、過度の使用は衰弱とそれによる再破面化失敗を匂わせた。
失敗するとも、出来ないとも藍染はいっていない。
しかし、衰弱した崩玉を使用する事を藍染が懸念している、と言うだけで破面達は不安に陥る。
そして彼等は言葉により誘導される、君達も同じだろうと、言外に再破面化は失敗の可能性を孕んでおり、君達はそれを望まないだろうと。

そうして嵌められた枷、その後に十刃のみの再破面化の提案。
枷によって動かぬ思考、いや動けぬ思考への提案。
そもそも提案といっても、彼等にとって藍染が口にしたのならばそれは決定事項だ。
あくまで皆が納得した、という形をとっているだけで、全ては藍染の思うまま。
絶対王政による統治、それに逆らうものなどありはしないのだから。





その後粛々と事は進んだ。
今この場にいた十刃達は、藍染が言ったとおり一人一名、破面の名を指定していく。

「そうさのぅ・・・・・・ なら儂は従属官(フラシオン)から・・・・・・ジオ! 貴様を選んでやろう。 儂からの褒美じゃ、儂の為により一層励めぃ。」


そう言って自分の従属官から一人を選んだのはバラガン。
選ばれた従属官は、堪えきれぬのかその顔に笑みを浮かべてバラガンへと傅くと、より一層の忠誠を叫んだ。
再破面化をするのはあくまで藍染なのだが、まるで自分がそうさせているかのような態度のバラガン。
王者の風格、というよりもある種の隠れた意思表示なのかもしれなかった。

「・・・・・・申し訳ありません、藍染様。 私は誰も指名する心算はありません。この娘達から一人だけを遇することなど出来ませんので。」


次に答えたのはハリベルだった。
当然のように第2十刃たるネロがこの場に来ている筈もなく、バラガンに続く形で答えたハリベル。
しかしハリベルは誰も指名することは無かった。
彼女の従属官は三人、大虚時代から従える彼女等の誰か一人を優遇し、再破面化するなど彼女には考えられなかった。

そしてもう一人、彼女の思考をよぎった破面、フェルナンド・アルディエンデ。
だが彼女は彼の名を指名することはしなかった。
彼が自分から求めたのならばいざ知らず、勝手に自分の思いだけを押し付けたところで彼が首を縦に振るとも、ましてやそれに応えるとも思えなかったからだ。

(アレが私の言った通りに動くなどありえん。・・・・・・まぁ、そうであればこそアレらしい、とも言えるが・・・な。)


そんなどこか満足そうなハリベルの答えに藍染はほんの一瞬間を置くと、それを承知した。


「指名しません。」

「同じく。 誰を指そうと無意味です。」


続いて答えたのは第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー、そして第5十刃(クイント・エスパーダ)アベル・ライネスだった。
互いに言葉は簡潔であり、それ以上語る事などないといった雰囲気を纏った二人。
互いに従属官を持たず、誰とも関りを持とうとしない二人にとっては、そもそも指名する対象自体がいない様子だ。


「それでは吾輩は、破面No.12(アランカル・ドセ)の青年(ホーベン)を指名させて頂きますぞ!」


その言葉に広間がどよめく。
第6十刃(セスタ・エスパーダ) ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ、彼が指名したのは最も十刃に近いとされる数字持ち(ヌメロス)、破面No.12 グリムジョー・ジャガージャックだった。
そして広間がどよめいた最たる理由は、グリムジョーは次の強奪決闘で第6十刃に対し『十刃超え』を挑む、という噂のためであった。
数字持ちが十刃へと挑戦し、その座を奪う事を指す十刃超え。
第6十刃が自らに挑んでくるであろう者に対し、力を得る機会を与える。
そのある種奇行に広間はどよめいていた。



そして、そのどよめきは次の第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーによって更に大きくなる。




「では私は、破面No.nada(アランカル・ナーダ)フェルナンド・アルディエンデを指名します。」


どよめきは大きさを増し広間を満たす。
ゾマリが指名したのは、ある意味この虚夜宮で一時期語り草となった破面の名、フェルナンド・アルディエンデだった。
そして此方も強奪決闘による『十刃超え』が行われるとされた二人だった。
もっとも、此方は事情が違い、ゾマリの方が戦う事を望んでいるということだったが、それを知る者は少ない。

「私だけが藍染様より更なる”力”を賜り、無力な彼の者を処断するのは容易い事です。しかし、彼の者には私と同じ”力”を得るための機会を与え、同じ地平へと立たせた後、絶望と、そして懺悔の言葉を叫ばせねばなりません。」


ゾマリの思考は、フェルナンドをどれだけ完全に罰するかに傾注していた。
同じ地平、同じ機会を得ても自分の方が上であるのは当然であり、どれだけ足掻こうとも超えられぬ存在と、それを生み出した”神”に対する不敬を嘆かせ、懺悔させた後首を刎ねる事。
ゾマリがフェルナンドを指名したのはその為、その為だけに指名したのだ。
彼にとっての大罪人を。

だが、問題なのは指名したゾマリではなく、指名された方のフェルナンドである。
元来彼はこうして誰かに指図されることを嫌う。
そしてなによりだれかに”与えられる”ことを嫌う。
”力”とは己で磨き、高め、身に付けるものであり、誰かに与えられるべきものではないのだ。

フェルナンドは己の名を指名したゾマリには一瞥もくれず、高みにいる男、藍染へと視線を向けるとこう問いかけた。

「藍染・・・・・・ 再破面化、ってぇのは誰も皆、同じだけ強くなるのかよ。」


「・・・・・・いいや、そんなことはないよ、フェルナンド。あくまで境界を取り払うのが崩玉の力、その先にある個々の”力”がどれ程かまでは判らない。微々たるものか、強大かはね・・・・・・ だが”力”が増すことに変りはないよ。・・・・・・もっとも、君にそれだけの”力”があり、そしてそれを扱えるかもまた、判らないがね。」


フェルナンドの問に一拍置き、そしてどこか挑発的な答えを藍染は返した。
浮かんだ笑みとその言葉は、フェルナンドにこう言っていたのだ。


お前に崩玉によって引き出された力が扱えるのか、そもそもそれだけの力があるのかと。


そんな藍染の言葉をフェルナンドは鼻で小さく笑うと、「上等。」とだけ答え、それ以上何も語らなかった。
その沈黙は即ち了承、ゾマリの指名というよりは藍染の挑発に対し、眼にもの見せてやるといったその態度は、藍染にとっては”誤算”の上に産まれた”嬉しい誤算”であり、ゾマリにとってはより怒りを燃え上がらせる起爆剤となった。


「ボクハ・・・・・・ どうでもいい。」


第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリは、何の興味もなさそうにそれだけ答えると沈黙し、何も語らなくなる。
これで”この場にいる”十刃全てが藍染に答えを告げ終えた。
第10十刃(ディエス・エスパーダ) ヤミー・リヤルゴは現在虚夜宮に居らず、そして第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ノイトラ・ジルガもまた、この虚夜宮にいなかった。

ヤミーの方は単純に外に出ているだけ、しかしノイトラの方は違う。
彼は藍染が長きに渡り虚夜宮を空ける少し前から、虚圏の砂漠へとその姿を消していた。
その理由は誰にも判らない、ただ彼が前回の強奪決闘の後消えたことだけは事実であり、しかし藍染はそれを追求せず十刃のまま在位とし、虚夜宮を離れていた。
彼が何故消えたのか、何時戻るのかは誰にも判らず、しかし藍染は笑みを崩さず言い放つ。

「心配は無いよ。 全ては私の下に集まる様に出来ているからね。」と。


こうして王の帰還は終了した。
そして最後に王の口から放たれたのは、破面達が待ち望んだ言葉だった。


「皆、長きに渡り内に留めていたであろうその殺戮の衝動を、私が解放しよう。一週間後、強奪決闘を開催する。 存分に殺しあってくれ。」


その言葉と共に広間は轟音の歓喜に満たされた。
歓喜、歓喜以外の何者でもないその叫び、欲した殺戮の許可が今下りたのだ。
その轟音の歓喜は、暫くの間鳴り止む事はなかった・・・・・・









――――――――――









王たる者、藍染惣右介の帰還より数日。
フェルナンドは虚夜宮の天蓋の上、まるで見果てぬ白い大地のようなその場所で一人夜空と、三日月を眺めていた。
此処もまた、フェルナンドのお気に入りの場所だった。
天蓋に映る青空ではなく、全てを飲み込み、星すらない闇色の空を彼は眺める。
本来ならばこの天蓋の上よりも更に上、天蓋から突き出した五本の塔、通称『第5の塔』と呼ばれる場所の上の方がより空に近い場所ではある。
しかし、その場所には常に先約、というよりも先客がおり、その先客はフェルナンドの存在を疎む者であったため、フェルナンドも態々自分からそれに近付くのも馬鹿らしいと、広い天蓋の上に両手を頭の後ろで組み、横になって空を眺めていた。



あれから再破面化は滞りなく終了した。
一人ずつ別々に、藍染によって再破面化された十刃とその他の破面達。
再破面化後、己の霊圧を確かめるようにそれを解放する者、再破面化後何事も無かったかのように去る者、なにやら考え込んだ風でその場を去って行く者など、その反応は様々であった。
フェルナンドはといえば、再破面化の術式が行われた部屋から出ると、掌を見つめ、握ってはひらいてを数度繰り返すと、一度その掌を強く握って拳をつくり、そしてポケットへと両手を突っ込むと、何事も無い様子でその場を後にした。





「隣、あいてるかい?」



寝転ぶフェルナンド、そんな彼に唐突に言葉がかけられる。
フェルナンドの瞳が一瞬大きく開かれる。
それもそうだろう、その言葉が自分に掛けられるまで、フェルナンドはその人物の存在をまったく感知していなかったのだから。

横を見やるフェルナンド、其処には長身で濡れたような黒髪に顎の先に鬚を生やした男が立っていた。
男は声をかけた相手であるフェルナンドの答えを待たずに、「よっこらしょ」などと大仰に声を出しながら彼の隣に座る。

「・・・・・・ あいてる、と言った覚えは無ぇんだが・・・な。」


そうして隣に腰掛けた黒髪の男に、フェルナンドは上体を起して座りなおすとそう言った。
フェルナンドが今まで見かけたことがないその男、フェルナンド自身破面全てを知っているかと言われれば否と答えるが、彼にとってその男は確実にはじめてみる男だった。

気が付いてしまえば、その男の存在は異様だった。
フェルナンドとて自分を過大評価しているわけではない。
ないのだがこれほどの距離に、それこそ自分の隣にまで他者が接近し、それに気がつかないという事はありえない、と。
そしてそれほどの事ができる存在に、今の今まで気がつかない筈がない、と。


隣に座る、というたったそれだけの事、それだけの事で隣にいる男が尋常ならざる存在であると、フェルナンドは確信していた。


「まぁいいじゃねぇか、お互い暇そうだ・・・・・・それにこの場所はお前さんの、って訳じゃないだろ?」


フェルナンドの隣に座った男は、フェルナンドの言葉にそう答えると後ろに倒れるように寝転がる。
その男は隣にいるフェルナンドをまったく警戒する事無く、無防備に仰向けになり、両手を頭の後へ、そして足を組むとなんともリラックスした姿勢で寝転がっていた。
隣で寝転がるあまりにも無防備なその男、フェルナンドは若干困惑気味であったが、皮肉気に口元を歪ませるとこう言い放った。

「なら此処が俺の場所だ、って言ったらアンタはどうするんだ?」


相手の言葉の虚を突く発言、所詮揚げ足取りではあるがフェルナンドは構わずそれを口にした。
此処が本当にフェルナンドの場所だ、という訳などなく、それでもおおよそ初対面であろう自分に此処まで無防備に対する男が、その問に一体なんと答えるのかとフェルナンドは考えていた。
強硬に居座るのか、悪かったとその場を去るのか、それとも自分の方を力づくでも退ける心算なのか、別段答えを期待しているわけでもないが何となく口にしたフェルナンドのその問い。
寝転がった男はそんなフェルナンドの問に、なんともアッサリと答える。


「だったらちょっと間借りさせてくれよ。これだけ広いんだ、男一人寝転がる場所くらい余ってるだろ?」



返された言葉にフェルナンドは一瞬、彼らしからぬ呆気にとられた表情を浮かべる。
今の彼の顔は、いつもならばハリベルや彼女の従属官である、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンがする顔であり、フェルナンドの唯我独尊な言動や、彼の戦い方を見た時の彼女等のと同じだった。
周りは見渡す限りの白い地平、これが屋根の上だという事を忘れさせるようなその場所にいる彼等二人。
そんな場所を自分の場所だ、と言い放ったフェルナンドに、寝転がった男はその広さの中で男が一人寝転がれる分だけを間借りさせてくれと言ったのだ。
この広さを前にたったそれだけで言いというその男、そしてなによりフェルナンドの皮肉に真正面から答えた言葉。
その男の態度はまるで柳のようだった、強い雨にも吹きすさぶ風にもそのしなやかさで全てを受け流してしまうような、そんな雰囲気をその男は持っていたのだ。

「ハッ! そりゃそうだ、こんだけ広い場所で、男一人分貸せないようじゃぁ、”狭量”もいいとこだぜ。」


呆気にとられた表情だったフェルナンドが、途端に笑う。
この広い屋根の上と、その上でたった一人分の場所だけを求める男、そして嘘ではあるがその場所の持ち主である自分。
これだけの広さの中で一人分しかいらないという男の言葉に、それを拒否したのならば自分はどれほど”狭い”男か。
”狭い”場所だけで良いと言う男を拒否する”狭い”自分、その姿を想像したフェルナンドは、それが面白くて仕方がない様子だった。
それゆえに彼は笑ったのだ、なんとも他人とはズレた笑いのツボかもしれないが、彼もまた彼の気付かぬ所で第3宮《住処》の色に染まったということだろうか。

「お前さん・・・ 変ってるな・・・・・・」


隣で笑っているフェルナンドに、寝転がった男は少し驚いたような表情を浮かべた。
彼がこの虚夜宮と呼ばれる場所に来たのはほんの数日前、だがそれでもこの場所がどういう場所かはわかっていた。
同じ種族、いわば同胞たちが集う場所、しかしその同胞たちはお互いにいがみ合い、”力”の優劣によって相手を支配し、また支配された者が転じて支配した者の命を奪う。

彼にとってそれはなんとも物悲しい事だった。
彼にとって、いや、彼と彼の連れにとって、自分以外の”他者”というものはそれだけで”特別”なのだ。
その”特別”をいとも簡単に自分で壊してしまうこの虚夜宮の住人達、”唯、傍にいる”というそのなにものにも変えがたい”特別”を自ら手放していく同胞たちの姿は彼にとっては悲しいものでしかなかった。

それでも彼にとって此処にいる者達は同胞であり、そして”特別”なのだ。


だが、今彼の隣で笑っている背年はどこか違っていた。
この数日で彼が見てきた同胞達、彼等ならばこんな自分の態度を見れば怒りはすれどこんな風に笑いはしないだろうと。
何かが違う、思えばこうして声を掛けたのもこの場所で一人寝転がっていた彼の姿に、どこか近しいものを感じた自分がいたような気がすると、その男は思っていた。

「変ってる・・・かよ。 アンタには言われたかねぇな。それだけ”強い”のに、それを欠片も見せようとしやがらねぇアンタには・・・よぉ。」


一頻り笑い終えたフェルナンドは、男の呟きにそう答えた。
口元に浮かんだ笑みは皮肉なそれではなく、もっと純粋な感情を見せるものに変わり、紅い瞳には彼らしい強烈な意思が浮かぶ。
それを見た男は一つ溜息をつくと、二、三度頭を掻く。

「別に見せびらかす為に強く”なっちまった”訳じゃねぇよ。・・・・・・言っとくが、アンタとは戦(や)らねぇぞ。」

「言ってくれるねぇ。 俺とじゃ戦っても意味がない・・・てか。」


どこかはき捨てるように紡がれた男の言葉。
それは自らの力がどこか疎ましい、とすら思っているような印象を与える言葉だった。
そしてフェルナンドを制する様な言葉を続けた男に、フェルナンドは強い意志を残したままの瞳で言葉を続ける。
そう言いながらフェルナンドは座ったまま腰をほんの少し浮かす。
しかし、男はそれを知ってか知らずか話を続けた。

「違う。”意味がない”んじゃなくて、やる”心算がない”って言ってんだよ。俺とお前さんは言うなれば”仲間”だ。 俺の強さは”仲間”同士で殺しあう為のもんじゃねぇんだよ。」


答えた男の声には先程までにはなかった、明確な意思が篭っていた。
その意思はフェルナンドの瞳に篭ったそれと同じ、決して譲る心算のないその男の”生き方”そのものだった。
それを見たフェルナンドは一つ息を吐くと、浮かしていた腰を落し座りなおす。
別にフェルナンドにこの男へ襲いかかろうという意思はなかった、だがこれほどの強者がこの些細な動作を見逃すとも思えず、故にその反応によって見定めようとしたのだ、この男の芯なる部分を。

結果それは予想以上のモノをフェルナンドに見せる。
戦いに移行するかもしれない場面、相手が体勢を整えようとするその瞬間にも男は一切動こうとはしなかった。
そして語られた言葉はその男の行動によって裏打ちされた、真実の言葉としてフェルナンドへと届く。

この男の”曲げられない生き方”として。


「”仲間”ねぇ・・・・・・ アイツ等といいアンタといい。まったく、皆揃ってお優しいことだ・・・・・・」

「殺伐としたのよりよっぽどイイだろが。 俺は、静かにダラダラ生きられたらそれで良いんだよ。」


ほんの一瞬訪れそうだった戦い気配は最早霧散し、静かな夜空の下で二人はその後もまったく身の無い会話を続けた。
二人の会話は弾んでいるとは到底言えないものだったが、それも彼等には丁度良いものだったようだ。
この広い虚夜宮の中でこの日、この場所を選んだ彼等二人、どこか気の合う部分もあったのだろうか、互い月しかない夜空を眺め語り合う。
そうして暫く語り合ったのち、男の方が何かに気が付いたように身体を起し、立ち上がる。

「っと、どうにも”連れ”が俺を探してるみたいだ。 るかったな、いい暇潰しになった・・・・・・」


男はそれだけ言い残すとそのまま歩き去ろうとする。
だが、数歩進むと「あぁ・・・」と何かを思い出したようにフェルナンドの方へと振り向いた。

「そういえば、まだ聞いてなかったな。 お前さんの名前・・・・・・」


振り返った男は至極当たり前のようにそれを口にした。
初対面の相手、そしてその初対面の相手と何故か長い間語り合っていたにも拘らず、男も、そしてフェルナンドも互いの名前を教えていなかったのだ。
名前とはその人物を表す記号、別段それを知っているからといってその人物を深く知っているか、ということはイコールではない。
だがそれは通過儀礼、他者と他者のかかわりの最初の一歩、それを飛ばして語り合いそれを気にもしていなかった二人、やはりどこか似ている部分がある様子だった。

「・・・・・・フェルナンド、フェルナンド・アルディエンデだ。そういうアンタはなんて名だ?」


名を答えたフェルナンド、そして男の方は小さく「フェルナンド・・・ね。」と呟き、踵を返す。
そして二、三歩進んだ後に片手を上げて後ろ手に振りながら、自分の名を口にした。




「スターク・・・・・・ コヨーテ・スターク、だ。」









越えた先に見えるのは

”王”たる己に続く道


今この場で見(まみ)えるのは

己が”待望”の士


さぁ

殺し合いをはじめようか・・・・・・











※あとがき

原作に近くなり、漸く”孤独な二人”の片割れが登場。
長かった・・・・・・
ある意味この二人を出したくて、スタンドを使ったといっても過言・・・・・・ではあるか。

前半部分は大分無理矢理間があるね、自分で読んでも。
まぁフェルナンドを再破面化するにはこれしか思いつかなかったんだ・・・・・・
そしてゾマリは空気がデフォ
























[18582] BLEACH El fuego no se apaga.extara5
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/12/06 21:36
BLEACH El fuego no se apaga.extara5




















「じゃぁ、今日から私達は”家族”ね。」


貴方がくれたその言葉


たったその一言が


私の胸に


響いて消えぬ










「あんたたつは・・・誰っスか・・・・・・?」


私達の前で力なく起き上がったのは、他の誰でもない、変わり果てた貴女だった。
何もかもが小さく縮み、脆く、そして幼い姿へと変ってしまった貴女。
誰よりも優しく、そして凛々しかった貴女の瞳は、今は朦朧として私達を見上げる。
その額から痛々しくも血を流しながら、貴女が口にしたその言葉は。

この世の何より、絶望に近いものだった。




私がはじめて貴女とであったのは、私がまだ唯の数字持ちだった頃。
私と我が終生の友、ドンドチャッカにとって貴女は雲の上どころか、この生涯を費やしたとて届かぬ高みにいる存在だった。
同じ虚夜宮にいながら、言葉など交わせるはずもない貴女と我等。

だがそれは当然の事。
数字持ちの中で中の下である我等と、破面の頂点たる十刃、それも上位十刃である貴女。
交わらない、交わるべきではなく、それを夢見る事さえ無意味に感じる関係。
そんなあまりにも気迫で、いっそ関わる事などあり得ないといってしまった方が正しいような、そんな貴女と私達は、何故かあの日出会ってしまった。


「ゆくぞ! ドンドチャッカ!」

「おうでヤンス! ペッシェ!」


掛け声と共に互いの斬魄刀がぶつかり合う。
正確には私の斬魄刀と、ドンドチャッカの金棒のような斬魄刀がだが、それは今どうでもいいことだ。
互いにしっかりと大地を踏みしめ、一心不乱に斬魄刀を振るう。
だがその互いの刀が私とドンドチャッカの体に傷を付けることはなかった、互いの刃は全て相手によって防がれてしまうからだ。
それだけ私とドンドチャッカの間に力の差はなかった。
故にどちらかに形勢が傾くことなどなく、常からこの千日手のような状況は良くある光景ですらあった。

「ヌゥオリャリャリャリャリャリャリャ!!!」

「オラオラオラオラオラオラオラでヤンス~!!」


傍から聞けばなんと気の抜けた叫びか、しかし私達は何時だって本気で大真面目だった。
別に強くなんて十刃になりたいだとか、そういった考えは私にはなかった。
おそらくはドンドチャッカの方もそうは思っていなかったと思う。

唯私が求めたのは、この終生の友の危機を救えるだけのささやかな強さだけだったのだから。


「ぺ、ペッシェ~。 オイラ疲れたでヤンス~~。」

数分打ち合った後、互いに距離をとるとドンドチャッカはなんとも気の抜けた声を上げ、そのまま尻餅をつくようにその場に座り込み、そのまま後ろへと倒れてしまう。
私と違いドンドチャッカは、人間よりも虚に近い形をした破面だった。
簡単に言ってしまえば外見は二頭身、よくて三頭身といったところであり、手や足は大きいにも拘らず其処から胴体へと繋がる腕や脚は極端に細いという、いってしまえば不均衡な身体つきをしていた。
特にその頭の大きさは眼を引き、頭が大きいのか身体が小さいのかがある意味些細な事に感じてしまうほど、初めて見るものには衝撃的であろう。

座り込んで後ろに倒れたのもその身体に対して大きい頭の重さに攣られた感が強い気もする。
そうして倒れこんだドンドチャッカだが、何故か手足をバタバタと動かすと止まり、そして先程よりも更に激しく手足をバタつかせるを繰り返し始める。
一体何をしているのかと流石の私も気になった頃、ドンドチャッカの口からその理由は叫ばれた。

「お・・・・・・お、起きれないでヤンス~!ぺぺぺぺ・・・ペッシェ~助けて欲しいでヤンス~~!」

「何やっとるんじゃ! お前は!!」


我が終生の友、ドンドチャッカの醜態に私の魂の叫び(ツッコミ)が木霊する。
急いで彼に駆け寄り、頭を抱えるようにして何とか起してやるとドンドチャッカは「ありがとうでヤンス~」と礼を言う。
その言葉に、別に礼を言われるような事などしていないと私は思った。
何故ならそれは当然の事、友を助けることに理由など要らず、またそれに礼など不要なのだから。
そしてこの光景は私の日常であり、私にとってその日常は居心地のいいものだった。
血の塗り込められたような破面の世界、破面の日常とは即ち戦いであり殺し合いだ。
だが私はそんな日常は好まない、こうしてドンドチャッカと二人で愉しく過ごす事の方が、私にはよっぽど貴重であり、日常だった。



「クス・・・・・・」




その時、小さな笑い声が私の耳に届いた。
自然とその声の方へと視線を向ける私。
そしてその視線の先に立っていたのは、美しい緑色の髪をした女性。

息が止まる。
そんな感覚だった、その方が目の前にいることに、私の息は止まってしまった。
遠巻きに、本当に遠巻きにしか見たことが無かった存在。
その方がその身に日の光を浴びているとするならば、所詮私達は日陰者もいいところだ。
そしてその方の名を、私は半ば呆然としながら呟いていた。

「第3十刃(トレス・エスパーダ) ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク・・・様・・・・・・」


それが私達と貴女の初めての出会い。

ふわりとした長く、美しい髪。
鼻筋から頬へと伸びた桃色の仮面紋(エスティグマ)、大きな瞳は遠巻きに見たときに感じた”強さ”よりも、どこか”優しさ”を感じさせる眼差しで私達を見つめていた。

それはあまりの出来事、本来まみえる事など無い存在が目の前にいるという異常。
ドンドチャッカも同様な様子で、あの時は「アワワワワ」と言葉にならない声を発していた。
呆然とする私は思わずドンドチャッカの頭を支える手を離してしまう。

重力とは偉大なもので、支えがなくなったドンドチャッカの頭は再び床に吸いつけられるように落ちる。
だが今回はその頭と床の間に、私の足があった。
当然頭は重力の力に逆らわずに、そして正確に私の足へと重量を伴って落下する。

「ウォォォオオ!私の足がァァああ! 何をしているのだドンドチャッカ!早く起きるのだ! 私の、私の足が下敷きニィィィ!!」

「お、起きれないんでヤンス~! ペッシェさっさと助けろでヤンス~!」

「ヌォ!? 何気に命令口調で責めて来よったな!?って、その為にまずはこの頭をどけるのだ! 」

「だから起きれないんでヤンスよぉ~~」

「ノォォォウ!なんという無限地獄!?」


・・・・・・今思えばなんとも初対面で醜態を曝したものだと思う。
だがそれでも貴女はその姿を微笑ましい様子で見守っていた。
それが何故なのか私には判らなかったが、そんな貴女の様子に何故か私は嬉しさにも似た感情を抱いていた。

「貴方たち、何時もとても愉しそうね。」


何とかあの無限地獄から脱出した私達、そんな醜態を曝した私達に貴女は柔和な表情で話しかけてこられた。
そのとき私はその言葉に違和感を感じていた、”何時も”という一言、それは今日だけではなく日頃から私達を知っているということなのではないのか、と。
だがその考えは思い上がりも甚だしいもの。
上位十刃と数字持ち、見上げる者と見下ろす者、そして往々にして見下ろす者は”個”を捉えない。
下にいる者は全て一括り、その他であり、弱者であり、取るに足らぬ存在なのだ。
故にありえないのだと、この方が常から自分達を見ているなどということはありえないのだと、その時の私はその事実を否定した。



「そう、とても愉しそう。まるで兄弟みたいに・・・・・・ねぇ貴方たち? よかったら私の従属官に・・・・・・いいえ、私の家族になってくれない?」



だから貴女が放ったその言葉に、私は暫し反応できなかった。
ドンドチャッカもまるで顎が外れたかのように、口を大きく開けたまま隣で固まっている。
当然の反応だろう、なにせ目の前にいるのは上位十刃である第3十刃、その第3十刃が私達をその従属官にしようと、いや、それよりも”家族”という言葉を使った意味が私たちには計りかねる事柄だった。

「い、一体何故・・・・・・ 何故、私達を従属官などにされたがるのです・・・・・・私達より強い破面など、それこそゴロゴロしているでしょう・・・・・・」

「従属官ではなくて家族よ。 従わせて隷属させるなんて私には出来ないもの。私はね・・・・・・ 戦う事が好きではないの・・・・・・」

「戦いを、好まれない・・・と?」


私が口にした疑問に、貴女は明確な意思で答えられた。
”従属官ではなく家族”、おそらく強さなど求めていないというその言葉、そして次いで語られた言葉は私達を支配する心算では無いという事を私に感じさせた。
そして最後の言葉、破面としてあるまじき発言であるそれ、しかしその言葉に私は共感を覚えていた。
戦ってなんになるのだ、相手を殺し、自分の優性を見せつけ、その先に一体何があるのかと。

「そう・・・・・・ 私達は運よく進化し、理性を取り戻したわ。でも戦う事は”本能”の部類、そして理性を取り戻した私達は本来ならその理性で本能を御さなければいけないと思うの。必要以上の戦いを避けることが、理性を持った私達がするべき本当の姿・・・・・・」


優しく、柔和だったあなたの顔に、どこか影がさしたように私は感じていた。
僅か揺れる瞳は、悲しさを滲ませる。
その悲しみの感情が、私にあなたの言葉が嘘偽りない本心であることを確信させた。
あぁ、本当にこの方は戦いを好まれないのだ、と。

「でも私は十刃、そして十刃の使命は”戦い”・・・・・・矛盾してるわね、戦いが好きではないと言ったのに、結局戦う事から逃れられないんだもの・・・・・・でもね、そんな時貴方たちを見つけたの。貴方達は何時も愉しそう、この虚夜宮で貴方達の周りだけが、私にはまるで別の世界のようだったわ・・・・・・だからね? 私も貴方達の世界に混ぜて欲しいの。」


戦いを好まぬ思いと、戦う事が使命である立場、二律背反の後に貴女は私達を見つけたと言う。
貴女の言葉は全てが私に共感を覚えさせた。

「それは・・・・・・私達を従属官にしても、可能なのではないのですか?」

「いいえ、貴方達を押えつけ縛るのでは意味がないと思うの。貴方達はとても自由、それを奪ってしまうのはとても残酷なことだわ。私には出来ないし、する心算もないけれど・・・・・・家族っていうのは従い、従わせる様な関係ではないわ。ただ共にいる、そしてそれになんら疑問を感じない、いることが当たり前の関係。そして、それだけで満たされるような関係、私は・・・・・・貴方達とそんな風にいられたらいいと思うの。」


私の疑問、その疑問に貴女は笑顔でそう答えた。
私にはその笑顔が眩しかった、美しく、しかしどこか愛くるしいその笑顔がとても、とても・・・・・・
隣にいるドンドチャッカの方を見る、するとドンドチャッカも私のほうを見ていた。
視線が合うと私達は小さく頷きあう。
言葉は要らない、終生の友たる私達の間に、そのとき言葉は必要なかった。
瞳に宿る意思から互いの思いは伝わったのだから。

「私などで宜しいのならば、私は貴女のお傍に・・・・・・」

「お、オイラもがんばるでヤンス!」


互いに口にしたのは申し出を受けるという意思。
私にも、そしてドンドチャッカにも判ったのだ、この方は強く、しかしどこか儚いと。
故に、その強さに隠れた儚さを、ほんの少しでも支えようと。
そして、貴女はとても嬉しそうにその言葉を下さったのだ。
私に響いて、消えぬ言葉。



「じゃぁ、今日から私達は”家族”ね。」と。




幸福だった、貴女と・・・・・・ ネル様とドンドチャッカと三人で過ごす日々は、私にとってただ幸福だった。
共にいて判ったのは、ネル様はどうにもズレている、というか根はなんとも言い表しきれない、ふわふわとした方だった。
私達が遠巻きから眺めていた時に感じた印象とは、明らかに違う雰囲気。
ほおっておけば何かしら壊す、叩けば直るといって叩いて壊す、掃除をすればする前より散らかる、模様替えをするといって結局壁をぶち抜く、花に水をやるといってそのまま部屋を水浸しにする等など。
上げれば切など無いほどにネル様は、戦う事意外は壊滅的だった・・・・・・

だが、それでも私は、私達は幸福だったのだ。
そんなネル様といられることが、ネル様と共に過ごす日常、戦いのない平和で穏やかで、でも少しだけ騒がしい日常が私には幸福で、何よりも大切なものになっていた。



だが



かけがえの無い幸福な時は




凶月によって





奪われてしまった・・・・・・









凶月の一撃は、私達の目の前で、私達の何より大切な方を切裂いた。
頭から大量の血を流し膝から崩れ倒れるネル様。
それを唯見ていることしか出来なかったのだ。
なんという不義か、なんという無力さか、大切な・・・何より大切な家族を、私達に家族をくれた方を私は守ることすら出来なかったのだから。

そのままネル様と共に私達は虚圏の砂漠へと投げ捨てられる。
だがそれはまだ運が良かった、あのままあの場に残されれば、私達はともかくネル様は確実に奴に、ザエルアポロに捕らえられただろう。
あの狂った男に捕らえられればネル様に再起の道は無い。
故にこれは幸運だと、私は自分にそう言い聞かせるほかなかった。
そうでなければ目の前で横たわるネル様の姿に、私は壊れてしまっていただろうから。


しかし、事態はそれに留まらなかった。
ネル様の身体から霊圧が一気に流れ出す。
器の底が抜けたように、一息に抜け落ちていく寝る様の霊圧、そしてその後に残ったのは幼く変わり果てたネル様の姿だった。
そうして幼くなったネル様、だがその幼い姿で起き上がると私達の方を見上げる。
よかったと、正直私はそのときそう思っていた。
死んでしまった訳ではないと、姿は変られたが生きておられると、それだけでよかった。

だが、放たれた言葉は私を絶望に叩き落した。


「あんたたつは・・・ 誰っスか・・・・・・?」


そして事態は今に至る。
絶望、その思いが私を支配する。

「記憶を・・・なくしておられるのか・・・・・・!!」


口をついて出た言葉は、今の全てを物語っていた。
失われている・・・・・・記憶を、自分が何者で、此処が何処で、そして・・・・・・私達が誰なのかを・・・・・・
それはまさしく喪失感だった。
失われてしまった、私達という存在を、私達と共に過ごされた全てを。

私達という”家族”を・・・・・・


「ぺぺ・・・ペッシェ・・・・・・」

「騒ぐな!」


ネル様の様子に取り乱しそうになるドンドチャッカを諌める。
そしてそれは同時に自分に対しても言えることだった。
なにを・・・・・・なにを絶望しているのかと、事ここに至っては絶望するより先にやるべき事があるだろうと。
記憶を、思い出をなくされたからといってそれで終わりなのか。
それがないならもうお前達はこの方と、ネル様と共にいることはしないのかと自分に問いかける。

否! 断じて否!

記憶が何だというのだ、思い出をなくされたからなんだというのだ、私達がネル様といることに、いたいと思ったことにそれは関係のないことだ。
私は決して強くはない、しかし、だがしかし、大切な者を守れるだけの強さは持っている心算だ。
ならば、やる事など決まっているのだ。

「ネル様は死んだ、記憶を、力を奪われて・・・・・・最早此処に居られるのはネル様ではない。だから・・・・・・・」


決意だ、今必要なのは決意。
何があっても成し遂げるという決意、終わりなどなく、しかし成し遂げてみせるという確固たる決意が。
隣にいるドンドチャッカに、目の前に居られる幼い姿のネル様に、そして自分自身に宣言するのだ、その決意を。


「お守りするのだ・・・・・・ ノイトラから、ザエルアポロから、苦痛から、困難から、ありとあらゆる災厄から、このか弱くなられたネル様を、命をとしてお守りするのだ。それがネル様を主と定めた我等の・・・・・・ネル様から”家族”を頂いた我等の、唯一残された最後の使命だ。」


思えば私達は頂いてばかりだった。
私達はただネル様と共にいただけ、それだけ、私たちばかりが幸福なときを頂き、ネル様になんら返すことなど出来なかった。
だから私達に残されたのは、この幼く、そしてか弱くなられたネル様を、この身を賭してお守りすることのみ。
それが私達がネル様に返せる唯一のものなのだ。

「か・・・ぞく・・・・・・?」


不意にネル様がそう呟く、相変わらず額から血を流しながら朦朧として私達を見つめるネル様。
その口から放たれた言葉は、私には確かに聞こえた、”家族”という一言が。
ドンドチャッカもその言葉に息を呑んでいるのが判る。
そして幼いネル様は、途切れ途切れに言葉を紡ごうとされる。



「ぺ、っしぇ・・・・・・ どん・・・どちゃ、か・・・・・・たい、せつ・・・・ かぞく・・・・・・・・・うぅっ・・・・頭、痛いっス・・・・・・」



あぁ、なんという事だろうか。
失われておられない、記憶の全てを、力の全てを失われたネル様。
しかし、失われておられなかった。
たとえこれが、ただ一時のものだろうと私には構わない。
ほんの欠片でも、本当に一欠けらでも残っておられたのならば構わないのだ。
私達という存在が、私達という”家族”という存在が、ネル様の内に残っていたのならば。

「う・・・うぅ・・・・・うをぉぉおおおおん!ペッシェ! ペッシェ~~~」

「あぁ・・・・・・あぁ」


滝のような涙を流すドンドチャッカは、涙を流しながら私の名を呼ぶ。
私もただそれに応えるだけで精一杯だ。
溢れるものを止める事が出来ない。
涙も、感情も、今は止めることなど出来ないのだ。

そっと目の前のネル様を抱き寄せる。
朦朧とされているネル様は、ただされるがまま私の腕の中に納まった。
小さく軽いネル様。抱き締めればそのまま壊れてしまいそうなネル様。
その儚さに私は決意を更に強固にする。
そして腕に収まったネル様に涙声で言うのだ。

「私はペッシェ、彼はドンドチャッカ、そしてお前はネル、ネル・トゥ・・・私の・・・私達の・・・・・・」


貴女がくれた大切な一言を。




「私達の・・・家族だ・・・・・・」










「じゃぁ、今日から私達は”家族”ね。」


貴方がくれたその言葉


たったその一言が


私の胸に


響いて消えぬ



「たい、せつ・・・・・・かぞく・・・・・・」


貴女再びくれた言葉


たったその一言に


涙が溢れ


私は誓う


必ず守ると


誓いを立てる










※あとがき

番外5です。
ネリエルトリオ(?)がメインとなります。
前回からあんまり空いていませんが、タイミング的に此処しか入れるところがなかった。
捏造甚だしいですが、どうだったでしょうか?
若干の無理やり感が・・・・・・

番外なのに本編1話分位あるという・・・・・・








[18582] BLEACH El fuego no se apaga.39
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:06
BLEACH El fuego no se apaga.39










闘技場、それは何よりも純粋な闘争の場。
その場に立てば何よりも意味があるのは、磨き上げた己の”力”のみ。
他が介する余地の無い、純粋な”力”と”力”のぶつかり合いだけが全ての優劣を決し、勝者と敗者の二極を生み出す。

そして今、その勝者と敗者は決していた。

静まり返る闘技場、本来ならば怒号と罵声と喧騒の坩堝たるその場所は今、水をうった様な静けさだけが支配していた。
その静けさの中、衆目の中心に立っているのは一人、片方は地に伏し、流れる血は白い砂を赤に染め上げる。
見下ろす者と見下ろされる者、砂を踏みしめる者と砂を食む者、明瞭なる結末、それは明らかな勝者と敗者の図式であり決着の光景。
誰がどう見たところでその図式に、その光景に、その結末に変化などありえない。

そう、決したのだ。

グリムジョー・ジャガージャックと、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ。
両者の意地を賭けた戦いが・・・・・・





――――――――――





腕が宙を飛ぶ。

直後闘技場の中に響く悲鳴、しかしその悲鳴はそれを見た者達から発せられる大音量の声によって掻き消された。
胴から離れ宙を舞った腕は回転しながら砂漠へと落ち血を滴らせる。
その悲惨ともいえる光景に闘技場の熱は増し、戦う者もその熱に浮かされるように更なる惨劇を繰り広げる。

『強奪決闘(デュエロ・デスポハール)』、前回よりに2年の時を置いて再び開かれた血塗られた殺戮舞台は、熟成期間を、いや、押さえ込まれ続けた衝動を一杯に湛え、湛えきれずにそれを溢れさせながら狂乱の詩を奏でていた。


「勝負あり。 勝者No.71(セテンタ・イ・ウーノ)マーズ・マーズ。 これによりNo.70(セテンタ)セガール・ヴェガリーの号をNo.71が強奪。 以降、彼の者をNo.69とする。」


勝ち名乗りが響くと歓声は更に大きいものとなった。
立会人『東仙 要(とうせん かなめ)』によってなされたそれ、黒い着物ではなく破面が纏う白い死覇装に身を包み、編み上げて一つにまとめていた髪を下ろした彼は、しかし外見は変ろうとも前回となんら変る様子もなく、淡々と破面同士の殺し合いに立ち会い続けていた。
東仙の言葉にまた一つ温度を上げたような闘技場、しかしその熱は今だ最高潮には程遠い。
いや、おそらく彼等の熱はそのときまで最高潮になることはないだろう。
彼等とて皆知っているのだ、今目の前で行われている下位数字持ち同士の戦い、そんなものが霞んで見えるほどの戦いがこの後待っているということを。

『十刃越え』という最高の殺し合いが待っているという事を。







「フッ! ハッ! フッ! シッ! セイ!!」


部屋に響くのは息遣いと空気を裂く音だけだった。
その部屋は強奪決闘に出場する者の控え室のような場所、事前に出場が決まっている者にはこうして部屋が割り当てられ、いざその時までを自由に過ごす事ができる。
決して大きくはないその部屋、その中心で男が一人裂帛の気合と共にその脚を振りぬき空気を裂いていた。
額には薄っすらとだが汗を滲ませ、その瞳は苛烈、ただ一心不乱に空を蹴る様はどこか鬼気迫るものすら感じさせた。

「セリャ!! ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・フゥーッ。 ・・・・・・そろそろ時間・・・かね。」


息を切らすほどの動き、一頻りそれを続けると男は止まり、切れた息を整える。
入念な準備運動、身体はおそらくこれ以上ない最高の状態を保っていると、そしてその時に最高の状態で戦闘ができるようにと男は入念に準備をしていた。
それも全てはこれから始まるであろうたった一度の戦いのため、そう、この男にとってその戦いはそれ程の準備をさせるほど重要なものだった。
相対するのは自らが育てたようなものである一人の若者、その若者と最高の戦いをするためだけに、男は今日、この日、この時に自らを最高の状態に仕上げてきたのだ。

「さて・・・・・・ それでは、行くとしようか・・・・・・」


姿見の前に立ち、そこに映る自分の姿を確認して男はそう呟く。
鏡に映る男の姿はいつもと変らない、しかしその内側はいつもより若干の緊張を抱えていた。
そんな若干の緊張の中でも身嗜みを整える事を忘れない男は、姿見からの離れ際に一度軽く髭を整える。
そして第6十刃(セスタ・エスパーダ)ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオは、約束の場所へ向かうため、その部屋から出て行った。





――――――――――






ドルドーニが控え室から出て行った頃と時を同じくし、闘技場の舞台を挟んだ反対側の控え室にまだその男は居た。
唯一人だけでいたドルドーニとは違い、その控え室にはその男意外にも数人の破面がいたが、その部屋もまた静まり返っていた。
重苦しい訳ではない、だがその部屋の空気は何故か言葉を発する事を躊躇わせるような雰囲気が漂う。
それはその部屋の一番奥で長椅子に前屈みで腰掛け、片手の拳をもう片方の手で包むようにしている男の纏う気によるものか。
眼を閉じ、ただ静かに座る男、何をするでもないその男の雰囲気に周りに控える者達は、知らず気圧されているようだった。

「グリムジョー、そろそろ時間だ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


長椅子に座す男、グリムジョーにそう声をかけたのは彼に付き従う破面の中の一人、シャウロンだった。
シャウロンの言葉にグリムジョーは返事を返すでもなく、ゆっくりと眼を開くと立ち上がり、無言のまま控え室を出て行く。
残された者達にそれを追う者は居ない、それは追ったところで無意味だからだ。
闘技場、その舞台に上がることができるのは彼ひとり、付いて行ったとて彼等に何が出来るという訳でもなく、彼等に出来ることといえば他の破面同様、彼等の”王”が戦う様を眺める事だけだった。

「なぁ兄弟・・・・・・ グリムジョーのヤツは大丈夫なのか?」


グリムジョーの去った控え室に残った破面のうちの一人、金髪の優男風の破面、イールフォルトがシャウロンに話しかける。
その問はひどく抽象的で、しかしそれでもシャウロンには彼の言いたい事が、いや、彼が代表して言ったシャウロン以外の破面の共通の疑問に対する問いとしては充分だった。

「問題はないだろう・・・・・・ 恐らくは・・・だがな・・・・・・」


だがしかし、シャウロンの答えもまた確信に欠けるものだった。
それは問が抽象的だから、というわけではなく問に込められた疑問の全てに彼は明確な答えを持ち合わせていない、ということなのだろう。
彼とて、彼等とて自らの”王”を疑いたくはない、しかしそう思わせるほど彼等の知る”王”と今の”王”の姿は懸離れているのだ。

「シャウロン・・・・・・ 俺とてグリムジョーの力を疑うわけじゃねェ・・・・・・しかし今のアイツからは昔の気配が感じられん。血を求めるような餓えた野獣の気配が・・・・・・。」


シャウロンの言葉に異を唱えたのは、筋肉質の巨体、鼻の頭に仮面の名残を残した一体の破面、破面No.13(アランカル・トレッセ)エドラド・リオネスだった。
エドラドの言葉、それが何よりこの場に居る全員の感じる疑問であり、違和感の核心。
グリムジョーはつよくなっている、それはこの場に居る全員が間違いなく感じている事実であり、疑う余地はない。
しかし、そうなっていくにつれグリムジョーから消えていったモノがあると彼等は感じていた。

エドラド曰く”野獣の気配”。

彼等が知るグリムジョーという男は近付く者全てに牙を突き立てるような、その爪も牙も常に血に濡れている様なそんな男だった。
それは狂気であり、しかしその狂気が、全てを殺しつくし己の強さを証明しようとする一種のカリスマが、彼等を惹きつけていた。
しかし、今のグリムジョーに彼等はその狂気を感じられないのだ。
確かに身体から発する気配、一種の凄味という点では昔と今では比べようもない。
しかし表に見えぬ狂気、姿を見せぬ野生、それは等しく彼等にとっての不安であり、彼等はグリムジョーが強さと引き換えに”牙”を折られてしまったのではないかと感じていた。

「・・・・・・案ずるな・・・ 我等はグリムジョーに従うと決めたのだ、ならば案ずるな・・・・・・我等の”王”を・・・・・・」


控え室の沸きあがった脚を絡めとるような不安感、シャウロンはその不安を自身の足元にも感じながらあえて言う。
案ずるなと、それは他の仲間にも、そして何より自分自身に言い聞かせるための言葉。
そう、彼等には結局何もすることが出来ない、その不安を内に抱えながらもただ見ている事しか出来はしないのだ、その戦いの行く末を・・・・・・






「続いて挑戦者。破面No.12(アランカル・ドセ)グリムジョー・ジャガージャック。 強奪に指名したのは・・・・・・第6十刃(セスタ・エスパーダ) ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ。」


東仙の淡々とした言葉に続いたそれは正しく轟音、この日一番の歓声が闘技場を取り巻き、支配する。
2年という時間、その間押し込められていた殺戮衝動は徐々に加速し、今この時をもって最高潮に達しようとしていた。
円形の闘技場、その両端に聳える縦長の巨大な門が同時に開き始める。
そして現れる二人の男、片方は自分に浴びせられる歓声、罵声、謗り、罵りをその身に受けながらもそれら全てを飲み込み、両手を広げ余裕の態度で歩き、もう片方は同じように浴びせられる言葉の波濤を悉く無視し、ただ前だけを睨み付ける様にして歩く。

一見正反対に見える二人の男、しかしこの場に立っている彼等は同じなのだ。
首に鋼鉄の環をかけられ、それに繋がる鎖を引き千切らんばかりにあらぶる獣、それは獅子であり虎であり、しかしそれ以上の獣に他ならず。
ただその鎖が解かれるのを、首の輪が外されるのを今か今かと待ち侘びる魔獣なのだ。

闘技場の中央まで歩み、距離を保ったまま互いに睨みあう両者。
ポケットに両手を突っ込んだまま、やや猫背で下から睨み上げるようにして相手を見るのは、水浅葱色の髪の男グリムジョー。
対して腰に手をあて、胸を反らせ顎を上げ、見下ろすようにしているのは壮年の男ドルドーニ。
空気は二人を中心にして渦巻くように、その場の全てを惹きつけるようにして旋回する。

「これは『十刃越え』である。 よってこの場に居る者、この場でこれから始まる戦いを見ている全ての者の安全は保障されない。それでもいい者のみこの場に残れ。」


東仙が放った言葉は最終勧告だった。
それはこの場に居る全ての者に放たれた言葉、破面の頂点たる十刃とそれに順ずる者の戦い。
闘技場には結界が施され、内部の戦闘による余波などは観覧席まで届かぬ造りとなっている、しかし、それはあくまで十刃以下の戦闘での話であり、この結界は十刃クラスの戦闘を考慮されていない。
故の最後勧告、これから先は彼等を守る結界は存在しないと考えたほうが妥当であり、その十刃クラスの戦闘にその身を曝す覚悟のある者だけがこの場に残れ、という勧告なのだ。

しかしその勧告は、この熱気と狂気に浮かされた闘技場では些か温かった。
だれもその場を去る者など居ない、むしろその言葉に、これから始まる戦闘の凄まじさを予見させるその言葉に闘技場の温度は増すばかりだ。
東仙は一応その様子を確認すると、片手を挙げる。
それだけの所作が全てを物語っていた、切って落とされるという事実を、戦いの火蓋が切って落とされるという事実を。

「それでは・・・・・・」


東仙がその腕を振り下ろす。
その先にあるのは両者の間に張り詰めた緊張の糸、それを東仙はその手刀をもって斬りおとした。
プツン、という音が聞こえたかのような一振り、そして放たれる言葉が後戻りのない開幕を告げる。

「始め! 」





瞬間空気は爆ぜた。

東仙の言葉より一瞬のまもなく爆ぜる空気、そして闘技場の中央では先程まで距離をもって睨み合っていたグリムジョーとドルドーニが鍔迫り合いの状態となっていた。
見ている者の大半がそれだけで置いていかれた展開、そもそもただ熱に浮かされてこの場に残った者達にこの戦いを見る資格などありはしなかった。
現にそういった者がこうして置いていかれている現実、あまりに実力が違いすぎるのだ、所詮物見遊山気分で残った者と闘技場でぶつかり合う彼等では。

闘技場の中央で拮抗するグリムジョーとドルドーニ。
ドルドーニの方は余裕からなのかそれとも愉悦なのかその顔に笑みを浮かべながら、グリムジョーの方はただ静かに相手を睨みつけながら鍔迫り合う。
だが地力、というよりも膂力で勝るのは明らかに身体の大きいドルドーニ。
鍔迫り合いはそのままドルドーニの方が有利となり、遂にグリムジョーは後方へと弾き飛ばされる。
だがグリムジョーとてただ弾き飛ばされるはずもなく、空中で体勢を整えるとそのまま霊子によって足場を作り再び、今度は上から打ち下ろすようにその刀を振るう。
片腕で力任せに、しかし煌きを帯びたその太刀筋をドルドーニはその刀と、刀の背に腕を押し当てて受け止める。

受け止めた瞬間轟音と共にドルドーニの両足が砂漠へと沈む。
グリムジョーの刀を受け止めた衝撃はドルドーニが踏みしめていた脚をそのまま砂漠へと埋没させるほどのものだった。
まるで大地を揺らすような衝撃、しかしドルドーニはそれを受け止めてもその笑みを崩さない。

そして砂漠は轟音と共に爆ぜる。
砂漠が爆ぜると同時に、今まで上からドルドーニを押し潰さんばかりの勢いで攻め立てていたグリムジョーの身体が真横へ弾き飛ばされ、そのまま砂漠に叩きつけられる。
満足な受身も取れず不規則に転がるグリムジョー、そして壁際まで吹き飛ばされた彼が目にしたのは、その片足を天高く掲げたようにしているドルドーニの姿だった。

(クソが・・・・・・ 蹴り・・・か?)


恐らくは蹴り、砂漠に埋まったなど何の障害にもならない強力な蹴りを真横から見舞われた、と直感するグリムジョー。
身体が勝手に動き紛い形にも防御は出来ていた、しかしあの状態から蹴りを受けるとは思っていなかった故に遅れた反応、内心それに舌打ちするグリムジョー、だがまだ始まったばかり、戦い始まったばかりなのだ、それにいちいち固執するほど彼は幼くない。
瞬時に頭を切り替えて立ち上がる。

すると視線の先に立つドルドーニは、巻き上げた砂と共に掲げた脚を戻しながら片足立ちになり、空いている手を前へ突き出し、刀を頭上に掲げるような独特の構えをする。
ドルドーニの顔から笑みが消えていた。
先程までの笑いは消え、引き締まった表情でグリムジョーを見据える彼。
その顔、そしてその構えは彼が良く知っているもの、こうして相対した数など数え切れず2年前のあの時よりも更に隙を感じさせないそれは、いっそ打ち崩すのが不可能なのではないかと錯覚するほどだった。

「・・・・・・・・・ハッ!」


だがそんな考えを、自らのそんな考えをグリムジョーは笑い飛ばす。
そんなものは戦(や)る前から判っていたことだと、それを打ち崩し、あの顔に一撃を見舞う事がまず始まりだと。
そして乗り越え、座を奪う事が自分の”道”の始まりなのだと、その為に自分は強くなったのだと奮い立つ。

しかし、奮い立つグリムジョーよりもドルドーニの方が早かった。

壁際に立つグリムジョーに追撃とばかりに迫るドルドーニ。
一息に距離を潰し、再びグリムジョーにその刃を振り下ろす。
グリムジョーはその勢いに圧されるばかり。
尚も苛烈に攻め立てるドルドーニ、しかし攻め立てるのはその刃だけではない。

(チッ! 距離が詰められねぇ!)


刀の間合い、刃で相手を傷つけるのならば、相手を己の刀の間合いに納めなければならない。
如何に相手の間合いを外し己に優位な間合いで戦うか、刀を用いた戦いではこれは重要な因子である。
そして今、グリムジョーは己に優位な間合いを掴むことができず、結果攻め立てられ続けている。

その理由はたった一つ、ドルドーニには刀より間合いの長い”二振りの刃”があったからだ。

グリムジョーの臍の前辺りを空気が切裂く。
もう少し踏み込んでいれば、恐らく鋼皮(イエロ)があろうとも腹が斬られていただろうその一撃。
そしてその一撃により意識が下を向いたほんの一瞬、その一瞬を狙い澄ました鈍色の一撃がグリムジョーの頭部を襲う。
紙一重でそれを避わすも今度は切裂くのではなく、打ち抜くような一撃が彼の胸を直撃する。

「ウグッ・・・・・・クッ!」


破面とて体の構造は人間と酷似している。
強烈な胸への一撃は一瞬呼吸を停止させ、受けた衝撃は逃げ場なく身体を駆け巡る。
またしても弾き飛ばされ、それでも視線だけは切らなかったグリムジョーの目に映ったのは、片足を前へ突き出したドルドーニの姿。

そう、ドルドーニが持つ”二振りの刃”とはその脚、その脚から生み出される蹴りであった。


破面というのはその個体ごとに何かしら突出した能力がある。
それは斬魄刀を解放した状態の特殊な能力であったり、解放せずとも使用出来る能力、それは誰よりも硬い鋼皮であったり、誰よりも鋭い探査回路であったり様々だ。
そういった際立って突出した能力を持つ者が、破面の上位を占めている。
そしてドルドーニもまた、その例に漏れない存在であった。

彼は鋼皮も探査回路も響転も、その全てが平均を大きく上回ってはいるが突出して高いという訳ではなかった。
解放状態の能力もシンプルなもので、際立って特殊という訳でもない。
本来ならばそんな彼が十刃の地位に着ける筈もない、しかし彼は第6の座におり、他の追随を許さない。

それは何故か、それは彼が肉体を、更に言えばその肉体を用いた”体術”を極めようとしたからだ。
通常、破面の戦闘というのはその肉体の強度に任せた力押し、または力の核たる斬魄刀を用いた剣技である。
だがドルドーニはそれを良しとしなかった、力押しは彼の美学に反し、剣技は一流ではあるが超一流には足らない。
ならばどうするか、考えた末ドルドーニの至った答えは”体術”それも”蹴技”に重きを置いたもの。
洗練された足運び、美しい軌道から生み出される圧倒的破壊力、優雅さに潜む殺意、彼が求めたのは正しくそういった”洗練された闘技”だったのだ。

他の破面が極めようとしなかったものを極める、それをするのは容易なことではない。
しかしドルドーニは諦める事を知らなかった。
それ故に極められたのだろう、破面という強力な肉体から繰り出される”体術”というものを。
刀でもなく、霊圧による技でもなく、戦闘において間合いというものを支配するにたるその”蹴技”というものを。

そして今、ドルドーニを十刃へと導いた彼の結晶たるその脚は、グリムジョーに向かってその牙を剥き出しにしているのだ。


蹴り飛ばされ間が開き、しかしそれは直に詰められ、そして詰められた間合いはドルドーニが支配する。
それが闘技場の円の中で繰り返される。
十刃への道は易くはない、それをまざまざと見せ付けるかのような光景、その苛烈さ。
おそらくこれがドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオの戦士としての姿、苛烈に、そして激烈に、まさに阿修羅の如く攻め立てる。
その顔に普段のふざけた印象など欠片も浮かびはしなかった。
あるのは目の前の相手を打ち倒すことだけを考える戦士の顔のみ、その意思が、その気が、すべてを物語っている。


お前を倒す、という一念を。


攻め立てられるグリムジョー、間合いを開くことも出来ず、かといって自分の間合いを作ることもできず、ただ防戦を強いら続ける。
そんな如何ともしがたい状況を打破するために、グリムジョーが動いた。
ドルドーニの蹴りが奔る。
グリムジョーはなんとそれを、自身の胴にモロに喰らったのだ。
だがグリムジョーとてただその蹴りを喰らったわけではない、胴へと入ったドルドーニの蹴り脚に素早く腕を絡めて固定する。
そして刀を放り投げると、なんとその掌に蒼い砲弾が形成されていったのだ。
接近戦を仕掛けても駄目ならば退いて遠距離からの攻撃、ではなく更なる近距離、超接近戦を仕掛けようというのだ。
グリムジョーに退くという考えは無い。
退くぐらいならば死ぬ、それが彼なのだ。
故の選択、故の決断、そしてその決断と選択は実る・・・・・・かに見えた。

「やっと・・・かね。 随分と待たせるじゃないか青年(ホーベン)、だが・・・読んでいたよ・・・・・・」


そう、グリムジョーの選択は読まれていた。
年の功、いや、長年の経験の差なのか、それともこの状況を何度も何度も想定した結果なのか。
何にしてもドルドーニはグリムジョーの手を読んでいた。
グリムジョーが砲弾を形成する最中、器用に刀を持ったまま両手を握りその人差し指と小指を立て合わせると、そこに出来た四角形の中には瞬時に赤黒い砲弾が形成された。

「 虚・閃 」


速い、グリムジョーがそう思った瞬間には既に、砲撃の言葉が放たれていた。
赤黒い霊圧に呑まれ吹き飛ばされるグリムジョー、対してドルドーニは平然とその光景を眺める。
その顔から、その表情から彼の感情を読むことは出来なかった。

砲撃は楽々グリムジョーを壁に、そして結界に叩きつける。
その虚閃の衝撃に揺れる闘技場、砂埃が辺りにたちこめるがドルドーニが視線を切ることはない。
そして砂埃が晴れたその場所には、無傷とは言えずとも今だ健在のグリムジョーが立っていた。

「咄嗟に自身も虚閃を放って、吾輩の虚閃の威力を弱めたのかい?まぁまぁ、と言ったところかな・・・・・・だが・・・・・・」


冷静にグリムジョーの状況を分析するドルドーニ。
グリムジョーの方といえば咄嗟に威力は弱めたものの、虚閃をモロに喰らってしまったがために多少息が切れていた。
だがそれも一瞬の事、直に平静を取り戻すと近くに突き刺さっていた自分の斬魄刀を引き抜き、再び構える。
しかしドルドーニは、そんなグリムジョーなど意に介していないかのように話し続ける。

「一体何時までそうやって”御行儀良くしている”心算か知らないが、そんなものは見たくないのだよ。まぁ第1幕はこの程度・・・ それでは・・・・・・・・」


一端言葉を切ったドルドーニは片足立ちの構えを解き、両足で砂漠に立つと刀を天高く突き上げる。
高まる霊圧、空気は螺旋を描いてドルドーニを中心に収束していく。
そして呼び出されるのは、彼がその内に飼い慣らした暴威を振るう魔鳥だった。


「旋れ、暴風男爵(ヒラルダ)。」


呼ばれたその名に応える様に、空気は甲高い金切り声を上げて響き渡る。
砂は巻き上げられ、円形の闘技場は暴れ狂う風に支配された。
のた打ち回り、時に壁を削り取らんばかりに暴れる暴風、そしてその暴風の支配者の声が響く。



「さぁ・・・ 第2幕の幕開けだ・・・・・・」











判っていた

この結末は

知っていた

この結末は


だが

男とは

それに抗う生き物なのだよ









※あとがき

あいも変わらず戦闘は難しい。
そして世界的大災害。
”揺れる”とか、”波濤”とか書いていいのかと、過敏に反応する自分がいる。









[18582] BLEACH El fuego no se apaga.40
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:05
BLEACH El fuego no se apaga.40










「さぁ・・・ 第2幕の幕開けだ・・・・・・ 」


砂を巻き上げる暴風の中から放たれた言葉は、どこか荘厳な雰囲気を纏っていた。
グリムジョーの視界を覆う砂嵐、その奥から発せられるその声は彼が嫌でも聞き間違えぬ声色。
だがその声に彼が良く知るふざけた印象は皆無、感じるのは硬く、情の無い冷徹さだけだった。
その懸離れた印象、しかしこれこそがあの男の本性なのだとグリムジョーは理解した、そしてそれを理解すると同時に彼の内でナニカがのそりと起き上がる。
だがそれは微々たる感触、嵐の奥から感じる霊圧を前にした彼はそれを掴む事無く立ち尽くすだけだった。

次第グリムジョーの視界を覆っていた砂嵐が晴れる。
そしてその奥から現れたのは、おそらく彼がこの虚圏で最も多く戦い、最も多く打ち倒され、そして最も多くのモノを魅せられた男。
第6十刃(セスタ・エスパーダ) ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオという男の、本当の姿だった。

『帰刃(レスレクシオン)』と呼ばれる破面の刀剣解放。
刀の形に封じた己の力の”核”を解放し、自らの肉体に本来の虚としての能力を回帰させた姿。
その姿は正しく千差万別、破面化前の肉体の姿に限りなく回帰する者、人間の容に虚の身体が混ざる者、そして能力としての力を色濃く回帰させる者。
砂嵐の奥から姿を表したドルドーニの姿は、帰刃前の姿と然程違いはなかった。
額当ての様だった仮面はほんの少し大きくなり、両肩から山羊の様な角が生え、そして脚は足首から膝までを覆う鎧が、そして膝から太腿の付け根辺りまでを巻きつくように別の鎧が覆っていた。
外見的な変化から言えば他の破面に比べ、それほど大きな変化は見受けられない。
しかし、明らかな変化が彼の両脇に聳え立っていた。


脚を覆う鎧、その両足首の辺りには煙突状の突起があり、そしてそこから噴出し、噴き上げ、逆巻き聳えているのだ、二本の巨大な竜巻が。


砂が覆う大地から聳えた二本の竜巻、その竜巻に挟まれる様にして立つドルドーニ。
吹き出された風は彼の霊圧と混ざり合い、質量を持っているかのごとく濃密に見える
その竜巻は正しくその名に恥じぬ暴風、しかしそれは暴風でありながら一つの意思の下に統一され、その姿は見る者に恐れと、一方で優美さという相反した属性を備えているようだった。

グリムジョーは初めて見るドルドーニの帰刃に、知らず拳を握る。
その姿は、その霊圧は、今も昔も彼の前に立っていたドルドーニとは比べ物にならなかった。

彼の背に詰めたい汗が一筋落ちる。
いや、背中だけではない、背骨を丸ごと氷柱と入れ替えられたかのような錯覚。
それは恐怖、例えようもない恐怖、今までその男から感じた事のない恐怖を、グリムジョーは確かに感じていた。

だが彼はその拳を握る。
恐怖は感じる、だが退かない、退かないという覚悟が彼に拳を握らせる。
それは”強さ”だ。
恐ろしいものから逃げ出したいという本能を覆す強さ、その恐怖すら打ち倒そうとする強さに他ならないのだ。

そしてその恐怖を打ち砕いてこそ”王”なのだ、その証明なのだ。
これこそが彼の求めた戦いの姿、強大な敵が目の前に立ちそれに誰よりも先に挑みかかり打倒する、彼の目指す”王”の姿、王の戦場。
そう、彼が一心に求めた戦場が今目の前にあるのだ。
そしてこの戦場で勝利してこそ始まる彼の王道、強大な敵を打ち倒してこそ始まる王道が。



「ゆくぞ、青年(ホーベン)。・・・・・・”避わすなよ”?」



ドルドーニの言葉と共に彼の竜巻に変化が起こる。
聳える竜巻、その根元から一つ分かれる様にして新たな竜巻が、いや、竜巻というよりも風と霊圧の塊のようなものが現われる。
それはただ風の塊ではなく、明確に形を持った存在にも見えた。
蛇のようにしなやかな動き、鎌首を持ち上げたようなそれの先端には鳥の嘴を思わせる意匠が現われ、風塊であるにも関わらず生命を感じさせるようなその外見。
そしてその風塊の発生と同時に、ドルドーニはその場で片足を振りぬき蹴りを繰り出す。
何の変哲もない蹴り、先程グリムジョーが嫌というほど苦しめられた蹴り、それが繰り出されると同時にグリムジョーにそれは飛来した。

蹴りと同時に生まれた風塊、それがグリムジョー目掛けて猛然と襲い掛かったのだ。
ただの風の塊ではない、超高圧の空気の塊と十刃の霊圧が混ざり合ったそれは、本来触れる事の出来ないものに物質としての存在を与え、世界に、そして敵対者を圧殺するだけの質量を与えられていた。
グリムジョーは飛来する風塊に驚きながらもその手に持った刀を使い、それを正面から受け止めようと、いや、受け止めるに留まらず弾き返さんとして迎え撃つ。
両者の激突、それは即ち霊圧の衝突であり発生する衝撃は闘技場を覆う結界では受け止めきれず、余波が四方八方に飛散する。
風塊を受け止めたグリムジョー、しかし想像以上の圧力は彼の身体をその場に止まらせることを許さず、再び壁と結界に叩きつけた。
そんなグリムジョーの様子にドルドーニは高笑いを上げる。

「ふはははは! そうだ!それでいいのだよ青年!避ける事は即ち逃げる事だ、それが悪いとも腑抜けとも言わないが、今この場ではそれは悪手。どんな戦場でも敵地に踏み込まねば勝利などありはしない!相手が強者ならば尚の事! 今、青年に必要なのは避わす事ではなく、例え傷を負おうとも踏み込むことさ!」


先程までの鬼気迫る様子が嘘のように笑うドルドーニ。
だが笑いながらもその攻撃に緩みなどは生まれず、風塊は尚もグリムジョーを押し潰す。

「グッ・・・・・・ クッそっ、がぁぁぁぁああああ!!」


押し潰されていくグリムジョーはその圧力に耐え、そして咆哮と共に霊圧と膂力にものをいわせ風塊を弾き返した。
蛇のようだった風塊はその頭と身体の中ほどまでを吹き飛ばされ、霧散していったが、風塊は完全に消えることはなく、残った部分から新たに生えるように、そして失った頭部の辺りの空気を吸い集めるかのようにして再生する。

「良くぞ弾いた、・・・・・・では次は少々重いぞ。暴風の嘴(ビーク・テンペスター)!」


自分のくり出した風の塊を弾かれたというのに、ドルドーニに悔しさの表情ない。
あるのは喜色、自分の攻撃が弾かれた事が嬉しくて仕方ないという、普通に考えてありえない感情が今の彼からはありありと見て取れる。
そしてその喜色に彩られた声は更なる攻勢の一手を告げた。

ドルドーニの両脇に聳える竜巻、そのそこかしこからグリムジョーが弾き飛ばした風塊が勢い良く飛び出してくる。
うねり、或いは荒ぶる様にして生まれ来る風塊達、その一つ一つに込められた霊圧も先ほどの一撃よりも上であり、それがただの蹴りではなく一つの技として完成をみている事をグリムジョーに示すかのようだった。

風塊が一斉にグリムジョーに向かい疾風の進撃を開始していく。
その数おおよそ十、その全てがひとつの標的であるグリムジョー目掛けて殺到する。
対するグリムジョーはその視界全てを覆う程の猛威の嘴を前にし、しかし退く事はなく前に出る。
彼とてドルドーニに言われずとも判っているのだ、どんな戦いでも前に出ないものに勝利は訪れないと、勝利の果実は常に自らの目の前に、しかし手を伸ばし身体を一杯に伸ばさねば、それに手が届く事となどないのだから、と。

風塊が自分にぶつかるよりも早く自らの手に持った斬魄刀を握り締め、それを風塊へと叩きつけるグリムジョー。
先程とは違い圧されることなく拮抗する姿は、やはり気構え、決意の差なのか。
退かぬという決意が更なる力を彼に与えたかのように風塊と互するグリムジョー。
だが今回の敵は一つではない。
拮抗するグリムジョーを横合いから別の風塊が強襲する。
刀を横なぎにするようにしてそれにも何とか対応するグリムジョーだったが、現状で数の差はそのまま有利不利を表すものだった。
グリムジョーに襲い掛かる風塊の群れは、彼の迎撃を掻い潜りその膨大な圧力で迫り遂にその身体を捉える。

「グハッ!」


腹部に空いた孔、その丁度上辺り、人間で言う鳩尾の辺りに強烈な一撃を見舞われるグリムジョー。
下から突き上げるような風塊の一撃はそのまま彼を上へと弾き飛ばす。
そしてそこに群がるようにして襲い掛かる嘴の群れ、右に左にと弾かれるようにして上空を行ったり来たりするグリムジョーの身体。
その光景は一言でいえば嬲っているとしか見えなかった、強烈な一撃はしかしそれだけで絶命に足るものではなく、まるで親鳥に餌を与えられた雛達が、狩りの真似事でその餌をつつきまわすような、ある種残酷な光景を思わせた。

「どうしたね! 青年!いいようにやられてばかりじゃないか!それでは勝利は掴めないぞ! 身体を満たせ!気構えで! 決意で! 勝利の意志で! 確信で!そして”新たに得たその力”で! ”いつまで微温湯の延長”でいるつもりだ!此処は戦場、存在を喰らいあう殺し合いの場だという事を自覚しろ!この馬鹿弟子がぁぁあ!!」


まるで嘲うかのようだったドルドーニの言葉は次第熱を帯び、最後には叫びへと変っていた。
ドルドーニは感じていた、最初の数合打ち合っただけでグリムジョーの内にある違和感を。
何故か押さえ込んでいる、それがドルドーニの感じた感触、何を、何故なのかという事をドルドーニは理解していた。
それは彼がグリムジョーと向き合った時間と、彼の内にもあったある種予感めいた感覚。

だが、ドルドーニはそれが気に入らない。
彼が2年もの間待ち望んだこの戦場に、それは何にも増した不純物なのだ。

ドルドーニは自身の感じた予感に従い、一方的とも言える攻勢に出ていた。
それは勝利するための手段、負ける心算など誰にだってなくそれゆえの攻勢であり、そうしなければ恐らく自分は勝てないという予感がドルドーニにはあった。
だがそれでも、戦いが進むにつれてドルドーニは自らの勝利も然ることながら、目の前で燻る様な男の姿に我慢ならなくなっていった。
あれほど清々しく濃い殺気を滲ませる男が何故か悩んでる、押さえ込んでいる、そんな姿はドルドーニにとって不快でしかないもの。
故にドルドーニは声を発し導き、そしてまた今、声を荒げたのだ。


彼にとって最高な不出来な弟子の為に。


叫びと共に数本の風塊が更なる上空からグリムジョーへと襲い掛かり砂漠へと叩きつける。
それは風塊であるが、同時に男の鉄拳でもあった。
優しく語り聞かせることなど出来ない、言葉は常に足らないもの、故に一言よりも一撃の拳を見舞うのだ。
いい加減に目を覚ませ、と。

立ち上がる砂煙、グリムジョーを叩きつけた風塊は鎌首を持ち上げるようにして砂漠からその頭を引き上げる。
観覧席から見ている数多くの破面達、彼等にとって先程から続く完全な死を思わせる場面の数々。
恐らく自分があの場に立ち、あの一撃を食らったならば確実に死んでいるという確信を持たせる、そんな場面が次から次に彼等の眼前では繰り広げられる。
それが彼等と闘技場に立つ二人の違い。
立っている場所、見ている景色が違いすぎる、それを如実に物語る光景。
しかし彼等に死を思わせるそんな光景の中でも、光景の中の人物は死ぬ事はなく、再び立ち上がってくるのだ。

「・・・・・・弟子に、なった、覚えは・・・無ぇ・・・・・・」


砂煙が晴れる砂漠、上空からの爆撃のような攻撃の爆心地にあってグリムジョーは、膝を折るギリギリといった状態で立っていた。
最早意地、膝はつかない、屈さないという意地が彼を支える。
そしてその口から発せられる言葉もまた彼の意地、弱音など吐かない、吐けない、そういった意地を感じさせる言葉が零れる。

「フン! あくまでそう言うか・・・・・・ だが今はそんな事はどうでもいい。どうだね、ここまで痛めつけられればいい加減判っただろう?青年が勝つには”解放”するしかない、ということが。」


そう、全ての違和感はそこに集約される。
何故グリムジョーはここに至るまでその真の力を解放しないのか、何故帰刃しないのか、身体は痛めつけられ、満足に反撃も出来ない状況、それにも拘らず何故帰刃しないのか、圧倒的な光景の前にそれを多くの破面が忘れていたが、グリムジョーはまだ帰刃、刀剣解放をしていないのだ。
そのドルドーニの言葉にグリムジョーの顔が一瞬曇る。
彼とて判っている、その重要性、その必然性、だがしかし、しかしと彼は迷いを見せるのだ。
そんなグリムジョーの様子にドルドーニは更に言葉を続ける、そして語られるのはグリムジョーの迷いそのものだった。

「それほどまでに”与えられた”力という事が不満かね?吾輩に情けを”かけられた”という事が不快かね?それとも・・・・・・ その内に生まれた力が、吾輩を”凌駕してしまっている”ということがうしろめたいのかね!!」


ドルドーニの叫びにグリムジョーはその眼を見開いた。
彼が語った言葉はどれもがグリムジョーの内側を見透かしたかのように、的確に射抜く。
そして最後に語られた事、凌駕してしまっていると、ドルドーニがそう口にしたことがグリムジョーがこの醜態とも言える状況を曝していることの理由だった。

不満ではあった、どこまでも先達として自分を子ども扱いするその男が。
不快ではあった、まるでそうしなければ自分の相手としては不足だというようなその男の態度が。
だが、だがしかし、その男の計らいによって得た機会が、あの黒い宝玉によって齎された力はグリムジョーにとって想像を超えるものだった。
今までの、この瞬間に至るまでの全てが嘘だったかのように増大した己の力、地道に積み重ねるのではなく抜け道のように上昇する力、あり得ない、力を何よりも欲したというのにあり得てはいけないとすら感じるような、そんな力。
そしてなにより彼はその力を得た瞬間に確信めいた予感を得ていたのだ、既に超えてしまっている、と。

自惚れでも無く、自画自賛でもなく、純然たる事実としての予感。
あれほど高く見えた壁を自分はまるでなんの努力もせずに飛び越えてしまったような感覚、グリムジョーにとってそれは恥にも似た感覚だった。
故にグリムジョーはそれを解き放つことを躊躇ってしまうのだ、与えられて掴んだ力、まるで安易に手に入ってしまった力に頼ることが恥だといわんばかりに。


だが、ドルドーニにとってはそれこそが何よりも屈辱的だった。


「若造(ホベンズエロ)! お前はいつからそんな”優しさ”を身に付けた!その”優しさ”は向けられた者にとってこれ以上無い”哀れみ”だ!手に入れたのならそれはもうお前のモノだ!手段も、経緯も、そんなものは関係ない! お前の目指すのは誰にでも優しく手を伸ばす優しき王か?違うだろう! お前が・・・お前が目指すのは!」


ドルドーニの叫び、それは何よりも真っ直ぐな言葉。
煙に巻くでもなく、おどけるでもなく,ただ戦士としての彼が発する魂の叫び。
彼の知るグリムジョーはこんな残酷な優しさなど持ち合わせない、哀れみなどみせない、強さと力を純粋すぎるほどに求めるのがカレノシルグリムジョー・ジャガージャックなのだ。
故にドルドーニは叫ぶ、彼の目を覚まさせるために、彼に解き放たせるために。
彼が求めて止まない目指す姿を。


「お前が目指すのは”戦いの王”だろう! 敵をなぎ倒し、差し伸べられた手すら斬り落し、全てを破壊する戦いの王だろう!その王に優しさはいるのか? 哀れみはいるのか?必要なものはそんなものではない! 必要なのは!その内に眠った荒ぶる獣一匹だけだ!!」


そうして叫ぶ彼の姿は、常彼が求める紳士としての振る舞いからは逸脱したものだった。
しかし、彼をそうさせるほどの思いが今の彼からは伝わる。
誰よりもこの瞬間を待ち望み、誰よりも入念に準備を重ね、最高の状態をつくってまで舞台へと上がった彼だからこそ、相手の不甲斐なさに我慢ならなかったのだ。

その不甲斐なさを突けば呆気なく勝てる。
それこそドルドーニが決着をつけようと思えば、その場面はいくらでもあった。
だが彼はそれをしなかった。
最初はそうする心算だったのだろう、彼の中にあった予感めいた感覚、崩玉による再破面化はドルドーニにそれほどの力は齎さなかった。
それは崩玉との相性なのか、それとももっと別の要因なのか、ドルドーニが思い至ったのは別の要因、気構え、いや、もっと素直な”想い”といった部分だった。

勝つ、勝てる、勝って当然、だがしかし。
グリムジョーとの戦いを前に彼の内にあったのはそんな想い。
十中八九、九割九分九厘自分は勝つ、だがしかし、その一厘を埋める事を彼はどうしても出来なかった。
グリムジョーという男の才能、その力が彼にそれを許さなかったのだ。
そのほんの少しの不安、自らの力に対する不安、それを崩玉という物質は見透かしたのだと、再破面後、ドルドーニは一人理解した。

自らを信じられない者に力など得られようはずもない、と。

だからこそ彼は決着を急いだ、勝つためにはそれしかなく、短期決戦による決着、それも解放の暇(いとま)すら与えないと。
その為に彼は入念な準備の下この場に立ったのだ。
体調を整え、余念なく身体を創り、温め、臨んだのだ。
だがどうだ、目の前の青年はそんな自分の覚悟を前にしてもなにやらくだらない事で悩んでいる。
だからドルドーニは方向を変えた、短期決戦ではなくこのどうしようもない馬鹿弟子の十全を引き出してやろう、と。
その上でなんとしても勝ってやるのだ、と。

故に彼は叫ぶのだ、グリムジョーという男を解き放つために。


「解き放て青年! 全てを! 全てを吾輩に魅せてみろ!お前が望んだ戦場だ! 余所を見るな!気を裂くな!解き放ち”獣”となるのだ!」


ドルドーニのぶつける言葉の一つ一つが、グリムジョーの頭を横合いから殴りつけるように響く。
”優しさ”と”哀れみ”、目指すべき姿、その為の力、一足飛びで手にしてしまった力だと思っていグリムジョー。
しかしそれは誤解なのだ。
崩玉とはその者の内側から”力”を引き出す物質、その者に元から力がなかったのならば引き出される”力”などありはしない。
だがグリムジョーにはそれがあった、そしてそれはただ眠っていたわけではなく、それを引き出すにたる器と、引き出せるだけの才覚と、そしてたゆまぬ研鑽の上に成り立った確固たる彼が持つべき”力”なのだ。
それを誰に咎められる事があろうか、誰に後ろ指差される所以があろうか。
ありはしない、彼が手にしたのは彼だけが手に出来る力、彼が腹の底から望み、声張り裂けるほど望んだ力なのだから。

「ハハッ・・・・・・」

(そういう事・・・か。 結局俺はまだ微温湯に浸かったままだった、って事。口でデカイ事喚こうが結局は中途半端なチンピラだ・・・・・・)


気構えも、決意も、あるものだと思っていた。
だが実際はこの体たらくとグリムジョーから小さく笑いが零れる。
目の前の男はこれ程までにこの戦いに備えていた、だがその男の前に自分が曝したのは不様だけ。
そしてさらに不様にもこうしてまたあの男に教えられる始末、と。

(あのオッサンの言う通りだぜ、 優しさ? 哀れみ?・・・・・・要らねぇんだよ! そんなもんは!一度敵と定めたなら、ソイツをブッ殺す為に手段なんぞ選ばねぇ!俺を舐めたヤツは殺す! 俺の邪魔をするヤツも殺す!俺の前に立ちはだかるヤツは! 全力でブッ殺すんだ!!俺はそうやって生きてきた! 今までも!これからも! )


グリムジョーは刀を持っていない空いた手を握り締め、そして力いっぱい脚を殴りつける。
今まで折らぬ様に必死だったその脚は、その一撃によって膝を着くどころか再びしっかり根を張りグリムジョーを支える。
俯いていたグリムジョーの顔が正面を見る、その前に立つドルドーニは彼のその顔を見て満足そうに、そして嬉しそうに壮絶な笑みを浮かべる。

その瞳には迷いはなかった。
そして雑多な感情も無かった。
あるのは一念、ただ一念、目の前の敵を喰らい殺すという殺意の一念だけだった。
息は浅く、心臓は早鐘を打つ、グリムジョーはここへ来て己の昂ぶりと、己がうちで解き放たれる事を待つ”獣”の存在を自覚した。
檻に爪を立て、牙を立て、必死にその檻から抜け出そうとする”獣”の存在。
それは逃げ出すためではなく、ただ殺す為にここから出せという、グリムジョーの殺意の塊。

それを自覚したグリムジョーは笑う。
なら出してやると、その檻から出してやると、そして存分に殺してやろうと笑みを浮かべる。
その手に持った刀、力の核を封じ込めた斬魄刀を鞘の上辺りで刃をねかせて構えるグリムジョー。
そしてその斬魄刀の鍔元辺りに、爪を立てるようにして片手をかざした。

纏う雰囲気が変る。
グリムジョーの纏う雰囲気は先程とは明らかに違っていた。
迷い無く、ただ殺すという一念だけを背負った彼、本来黒い筈のその感情は何故か今だけは清々しさすら感じる。
そしてドルドーニがその内の”暴風”を呼び起こしたのと同じように、グリムジョーもまた呼ぶのだ。
内に荒ぶる”獣”の名を。



「軋(きし)れ! 豹王(パンテラ)!!」



霊圧が爆発を伴うように弾ける。
砂煙が生まれ、しかしその砂煙すら中心から発せられる霊圧の波濤によって直に掻き消された。
立っていたのは蒼い男。
腰よりも遥かに伸びた蒼い長髪は猛獣の鬣を思わせ、右頬の牙を模した仮面は無くなり口元から覗く鋭い牙が猛獣の印象を強くさせる。
体を覆うのは線に合った細身の鎧、身体全体を覆うそれは装飾など一切無く、ただ白一色で防御だけを目的としていた。
手の爪は延び鋭く曲がり、そして何よりその下半身は人間ではなく、獣のそれであった。

多少猫背で立つグリムジョー。
そしてその状態から天を仰いだ彼の口から、咆哮放たれる。

「ウォォオォォオオオオオオオオオオ!!!」


その叫びは解き放たれた歓喜の叫び。
内側に閉じ込められていた”獣”は今、その全ての楔を解き放ち、咆哮しているのだ。
まるで地響きのような叫びに揺さぶられる闘技場。
だがその中でその叫びを嬉々として見つめるのはドルドーニ。
遂に彼が望むモノは出揃った、これこそが彼の求めたもの、手に入る勝利を一度預けてまで求めたものだった。


先に仕掛けたのはまたしてもドルドーニだった。
脚の一振りと共に待機していた風塊の一つがグリムジョーへと突撃する。
それは様子見ではなく必殺の意を乗せた一撃、それに対しグリムジョーは正面からそれに対峙し、片手で受け止めると無造作に払うようにして消し飛ばしてしまう。
だがそれはドルドーニも予想していた事、解放すればその力が遥かに上昇するなどということは想定済みであり、それによる動揺は彼には無かった。
そう、それによる動揺は。


一払いで風塊を消し飛ばしたグリムジョー、その姿が瞬時に消える。
ドルドーニにとってそれはありえない事、視線を切ったわけでもなく相手が消えるなどということはありはしないと。
しかしそんな思考の余裕など彼には残されていなかった。

ドルドーニの頭部、正確には頬に未曾有の衝撃が奔る。
そのまま何が起こったのかも判らず一直線に壁に叩きつけられるドルドーニ。
パラパラと外壁を崩しながら立ち上がった彼が見たのは、先程まで自分が立っていた場所に蹴りを撃った体勢のまま立つグリムジョーだった。

(なんと・・・・・・ 吾輩は蹴られた・・・のか?)


グリムジョーの姿を確認するまで、自分が殴られたのか蹴られたのかすらドルドーニには判らなかった。
それ程の速力、獣の下半身が生む人間体など比べるにあたわぬ爆発的加速力。
そうして壁際でドルドーニが見ている景色は、開始直後にグリムジョーが見ていた景色と似通っていた。

「ふふっ・・・・・・ふははははは!! いいぞ青年!これこそ吾輩が求めた戦いだ! 君が求め、吾輩も求め!互いを打倒する事だけを目的にした最高の舞台!然らば交わそう! 血の杯を!!」


自分が攻撃を喰らった事にドルドーニは燃え上がる。
当然だ、これこそ彼が望んだものなのだから、血沸き肉踊るとはよく言ったもの、正しくドルドーニは今その状態だった。
昂ぶりはとどまるを知らず、しかし頭の芯は逆に冷えていき敵対者たるグリムジョーを倒すことだけを考える。

噴出し、逆巻く竜巻は更にその暴威を加速させ、生まれる風塊もまた更なる霊圧によって硬度を増す。
だが、グリムジョーに怯んだ様子はない。
決意の眼差しだけがドルドーニを睨みつける。

動いたのは二人同時だった。
グリムジョーはその身一つで、ドルドーニは風塊の全てと自らも共に駆けていた。
程無くしての激突、奇策などありはしなかった、あるのは真正面からの激突だけ、それ以外の選択肢は彼等二人には最早存在しなかった。
風塊とグリムジョーの爪が激突する。
霊圧同士の衝突は拮抗を生み、しかしそれは一瞬、風塊はグリムジョーの指の間を抜けるようにして四つに裂かれながら消えていく。
風塊を裂きながらもグリムジョーは止まらず、ドルドーニに向かって駆ける。
再び遅い来る風塊のこと如くを払い、叩き潰し、切裂きながら駆ける。

それは何時かの光景、来る日も来る日も繰り返した光景、あの時は結局届かなかった。
だが今度こそ届いてみせる、越えてみせると、その為に手にした力で、手段も経緯ももう関係ない、全力をもって倒してみせると。
ドルドーニもそのグリムジョーの気概が届くからこそ、己の求める戦いだからこそ退かない。
己が風塊の悉くが容易く壊されようとも怯まない、それは結局は能力の技、彼が極めたのは己が身一つで相手を蹴り倒すことなのだから。

そして激突の時は来た。
上から振り下ろすようにその長い脚を叩きつけるはドルドーニ、それを下から迎え撃ち、逆に蹴り殺さんとするのはグリムジョー。
両者の脚はそのまま、何の細工も無くただ力任せに振るわれ、それゆえに純粋に蹴りだけの威力が優劣を決する。

「ヌォォォオオオオオオオオ!!」

「うぅらぁぁあああああああ!!」


叫び、そして鈍い音が闘技場に響き、霊圧を纏った蹴り同士は押しつぶし、或いは吹き飛ばさんとして鬩ぎ合うのだ。
数瞬の拮抗、そして蹴りよりもぶつけあった霊圧は互いの圧力に耐え切れず反発し、二人の身体もそれと同時に弾かれる。
闘技場の端と端まで弾かれる二人、再び突進しぶつかり合うかと思われたがそうではなかった。


「ふっふははははは!! やはり最高だよ青年!吾輩の鎧に“罅が入る”とは思わなかった。・・・・・・どうだね? こうして何時までも戦い合っていたいのはやまやまだが、それでは些か芸が無い。ここは一つ、お互い最強の攻撃を持って雌雄を決す、というのは。」


片膝を折るようにして足を持ち上げたドルドーニ、その脚を覆う鎧には先程まではなかった大きな罅があった。
ぶつかり合った蹴り、弾けたとしてもその衝撃は凄まじく、ドルドーニの鎧にはその爪痕として罅が入ったのだ。
それに驚愕はなく、更に昂ぶりを増すドルドーニ。
そして放たれた言葉は決着の提案だった。
互いに己がもつ最強の技を、それをもって互いの優劣を、雌雄を、勝敗を決そうと言うのだ。

「・・・・・・なんだっていい。 勝つのは・・・俺だ!!」


対するグリムジョーはドルドーニの申し出を受けた。
勝つ、その一念がグリムジョーを動かし、殺戮を求める性が退くことを許さない。
決着の方法など些細な事なのだ、今の彼にとっては尚の事、どうあっても、どんな方法でもただ勝利だけしか彼には見えていないのだから。

「ならば決そう! この長きに渡る我等の道を!どちらかが地に伏し! またどちらかの命が消えようとも構わない!この一瞬に生きられるのならば! 吾輩の生涯に何一つの悔いなど無い!!」


ドルドーニの叫びを皮切りに二人から膨大な霊圧が吹き上がる。
それが語るのは本当にこの一撃が最後だという証、何一つ残さず、その全てを搾り出し、搾りかすを絞って最後の一滴まで出しつくすという気概。
これが決着、彼等の決着の時なのだ、誰も邪魔する者無くただ二人だけの、二人だけが出せる決着の時なのだ。

ドルドーニの脚の鎧から更なる暴風が巻き上がり、それに乗ってドルドーニ自身も上空へと舞い上がり始める。
対してグリムジョーはそのまま、地上で霊圧を噴き上げ両手を合わせるようにして下へと向けていた。
ドルドーニの竜巻は地上を離れ、彼を追うようにして上空へと昇る。
そして二つだった竜巻はドルドーニを挟み込むように次第一つとなり、ただ合わさるのではなく掛け合わせるかのようにその威力は上昇していく。
最早彼自身が一つの巨大な竜巻、そう表現して過言ではない状況、尚加速し、尚込められる霊圧は必殺の構え。
グリムジョーもいよいよその最強の技の片鱗を見せ始める。
噴き上げ、纏っていた霊圧は彼の五指、爪の先へと加速度的に集約し、超高密度の塊へとその姿を変えていく。
爪の先、指、手の甲、腕へと次第伸びて行くその塊は更に長く、そしてそれは彼の野生の象徴たる獣の爪、敵を引き裂き、喉を掻ききるための武器となっていく。

上空には巨大な竜巻が、地上には十本の光の柱。
激突は避けられず、誰もとめるものは無い決着が訪れる。


「ゆくぞ青年! 我が全霊をその身に受けよ! 暴風の巨嘴鳥(トウカン・テンペスター・フィン)!!!」

「喰らいやがれ! 豹王の爪(デスガロン)!!!」


螺旋の先端をグリムジョーへと定め巨大な竜巻は一息に砂漠へと、対する光の柱はその十の爪光をもってその竜巻を砕断せんとする。
衝突する螺旋と曲線、互いを削りあうようにしている様は正しくそれを操る二人そのもの。
自らの命を削り、相手の命を削る、そうして戦いの中に生きなければ息すら出来ない、そんな彼等。
故に激しく燃やすのだ、誰よりもその命を。


「「うぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」」


重なり合う叫び、重なり合う気合、重なり合う中でも自分が上だと譲らない、そんな叫び。
永遠に続くかのような相克はある種彼等二人の望みなのか。
この時間が、この戦いが、この戦場が永遠に続けばどれだけ満たされるだろうかと。
だがそれすらも幻想だった。
そんな想いは幻想、そして永遠を望むのは二人ではなく一人だけ。
片方はそうなればこう言うだろう、「俺は、永遠なんぞいらねぇよ」と。

そう、それが全て。
今、この瞬間の戦いを望んだ者とその先の自分を望んだ者、今という瞬間を求めた者と未来を求めた者。
そして世界は進化し続けるもの、その中で生きる者は、常に未来を見続ける者だけなのだ。
螺旋に爪が食い込む。
そして爪は食い込むに留まらず、遂に巨大な竜巻は砕断され爆発を伴って周囲へと四散した。
それが結末、竜巻が爪に巻けた、それは即ちグリムジョーがドルドーニに勝った、という事実を示すのだ。

砂煙が立ち込める闘技場、その上に立ち、肩で息をするグリムジョー。
文字通り霊圧の全てを込めた最強の技、それを放てば如何にグリムジョーとて平静で居られる筈もない。
だが今、グリムジョーはその”気”を納めてはいなかった。
確かに竜巻は斬った、手応えもあった、だがまだ終わりではない、あの男が地に伏す姿を見るまでは終わりではないのだ。

砂煙は次第に晴れ、そしてグリムジョーの視界も晴れる。
その先に居るのはやはりあの男、今だその脚で大地に立つあの男、ドルドーニだった。
見れば既に帰刃状態ではなく通常の状態、再刀剣化したのかそれとも帰刃状態を維持できなくなったのかそれは定かではなく、重要でもない。
グリムジョーにとって重要なのは、ドルドーニが今だその脚で立っているという事、ならば終わりでは無いという事なのだ。

「ふはは。 まったくもって・・・見事なものだ、こうも容易く吾輩最強の技が破られるとは・・・ねぇ。・・・・・・だがそれでいい、それでいいのだよ青年。君に”優しさ”は必要ない、必要なのは強烈なまでのその本能だ。 ”獣”を抑えるな、全ては壊して進むがいい。それが君の決めた”王道”ならば・・・・・・」


語るドルドーニ。
その身体からは最早戦えるだけの霊圧は感じられず、無理に平静を装い話しているのは明らかだった。
だがグリムジョーはその霊圧を納めない、危惧しているわけではない、それが彼なりの礼なのだ。
最後まで”敵”として立ち会うという彼なりの。

「ふん、一丁前に気など使いよって・・・・・・だが悪い気はしないがね。 吾輩に悔いは無い、全てが満ち満ちている・・・・・・君の勝ちだ、”グリムジョー・ジャガージャック”。」


言うなりドルドーニの胸が裂け血が噴出す、そして膝から崩れるドルドーニ。
グリムジョーを青年でも若造でもなくその名を呼び倒れる彼。
それは一人の男が一人の若者を”男”として認めた瞬間だった。
膝から崩れ、その身体を投げ出すように砂漠に倒れるドルドーニは、暗さを増す視界と思考の中にいた。

(判っていたのだ・・・・・・ こうして正面から対峙すれば吾輩は負けるだろう、と。だが今はそれでよかった・・・・・・ あのまま勝っていれば悔いが残る。何故あの時という悔いが一生残る・・・・・・そんなものは御免被るよ、 例え負けても悔いは残さん。最後の一撃、吾輩に最早余力は無かった、故に全力を振るえる最後に君と打ち合えた事は吾輩の誇りだよ・・・・・・グラシアス、我がたった一人の弟子(アプレンディス)・・・・・・)


地に伏すドルドーニ。
それは決着の光景、しかし闘技場は静寂に包まれていた。
誰もがその壮絶な戦いに魅入られ、声を発することが出来ずに居る。
その中心で今だ砂漠に立つのはグリムジョー。

見下ろす先には地に伏している自分が目指した男の姿。
それを確認して彼は漸く自分の勝利を確信した。
そしてこみ上げる想い、言葉にはならぬ想いはその内に留まりきらず咆哮となって色を持った。

静寂に響く咆哮。
暫くの間、その咆哮だけが闘技場に響くのであった・・・・・・












王の黒き笑み

背中合わせの三日月

戦舞

全てはその掌中に









※あとがき

グリムジョーVSドルドーニ完結編。
過去最長じゃないか?これ。
言ってしまえば原作通りな訳だが
出来る限り”熱く”してみたけど、伝わってるかなぁ


















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.41
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:04
BLEACH El fuego no se apaga.41










虚空に響く遠吠え、それは静寂が満たす闘技場に残響を残しながら消えていく。

数多の感情をその声にならぬ音に乗せて吐き出す男、グリムジョー・ジャガージャック。
そしてその足元には、肩口から反対の脇に抜けるようにしてその胸をザックリと切裂かれ、倒れ伏す男、第6十刃(セスタ・エスパーダ)ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ。

いや、先の表現は適当ではない。
正しく言うならば”元”第6十刃。
そうなのだ、彼が地に伏しているという事はそういう事なのだ。
この場は強奪決闘(デュエロ・デスポハール)、互いが互いの”号”と”命”を賭けて競う殺戮舞台、そして第6十刃であったドルドーニという男が地に伏しているという事は彼が敗者であるという事を示し、それを両の脚で砂漠に立ち見下ろしているグリムジョーが勝者であるという証明する。
激闘の末に訪れた結末の光景、そしてその結末に終止符を打つ言葉が叫ばれた。

「勝者あり! 勝者破面No.12(アランカル・ドセ)グリムジョー・ジャガージャック! これにより第6十刃ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオの号をNo.12が強奪!十刃越えを認め、以降彼の者を新たなる第6十刃とする!」


十刃越え成る。
普段よりも若干大きく声を上げた東仙によって宣言されたそれ。
誰よりも近く、ぶつかり合う霊圧を避けながらその戦いを見続けた立会人、東仙要。
何者も介入する事叶わぬ戦いに立ち会った男が告げた宣言と、その戦いを例え蚊帳の外とはいえ見ていた多くの破面達。
その眼に焼きついた光景、それが夢や幻の類でなく現実だという宣言が静まり返った闘技場に響くと、闘技場は一気に地響きにも似た轟音に包まれた。
十刃を倒した、数字持ちがそれを成した、例え自分達とは隔絶した力を持っていたとしても、それを成したグリムジョーの姿は彼等にとってある種、希望ですらあったのだ。
故の歓喜、そして強力な力同士の激突は純粋に彼等の本能を揺さぶり、熱は最高潮となっていく。

だがその轟音の嵐の中心にあって、グリムジョーはそれをまったく意に介さない様子だった。
それもそのはず、彼はそんな賛美や歓喜の為に戦った訳ではないからだ、彼が求めたのは”王への道”、その第一歩。
それはこの決着までの過程であり、決着の後などさして意味は無く、彼にとって重要なのは己の力で打ち勝ちそして勝ち取ったという事実だけだった。
故にグリムジョーはその轟音に何一つ応える事無く、解放状態を解いて刀を鞘に納めると、先程と同じ大扉からその場を後にした。


対して地に伏しているドルドーニには、下官が通常の手続き通りそれを処理しようと近付いていく。
そう、それは最早作業、この強奪決闘において勝敗の後地に伏しているのは物言わぬ肉塊にほかならず、下官達もそういった意識でドルドーニへと近付いていった。
だが近付きその肉塊に触れた下官たちが大いに慌て始める。
何故ならただの肉塊だと思っていたものは今だ脈動していたからだ、弱くはあるがそれでも確かに。
その脈動は命の鼓動、ドルドーニという男は肩口から脇に抜けるようにその胸を深く切裂かれようとも生きている、という証拠だった。

下官達は慌てながらも数人がかりでドルドーニの身体を持ち上げ、その場を下がっていく。
死んでいるのならばただ処理するだけだが、生きているとなればその命は救わねばならない。
だがそれは慈悲などではなく、下官にとってそうしなければ自分達の首が飛ぶという事。
彼等破面の命は彼等個人のものではない、その所有権の全ては創造主たる藍染惣右介が握っており、例え敗けたといえど十刃まで上り詰めた者の命を自分達の怠慢で失った、となればその責は彼等の命で償いより他無いからだ。
運ばれていくドルドーニに意識は無い、この後彼が生きるか、それとも死ぬかはまだ誰にもわからぬ事柄であった・・・・・・


そうしてドルドーニが運ばれる間も闘技場の熱は収まらず、轟音を響かせ続けていた。
彼等の内にあるのは十刃越えの衝撃も然ることながら、更なる殺戮を求める感情。
それは留まるを知らぬ感情、もっと、もっと、もっとと際限なく膨れ上がる快楽の叫び、より強い刺激を求め続けるあくなき欲望の坩堝
その坩堝の中、一等高い席に座していた男が静かに立ち上がると手を叩き、拍手を送る。

轟音と欲望の坩堝に居た多くの破面達、だがその半数が男が立ち上がったことで、更にその半分が耳に届いた上から降る拍手の音に、そして残った全ての破面は静まり返る周りとその視線の先に居る男の姿に叫ぶ事を止めていた。
再び静まり返る闘技場には、一定の間隔で打ち鳴らされる拍手だけが響く。

その音の先、破面達が見上げる視線の先に立つのは藍染惣右介。
暗い瞳に笑顔を造り貼り付けた男、静まり返った闘技場に響いた拍手が少しの間続いたかと思うと、藍染はどこか厳かに声を発した。

「素晴らしい戦いだったよ。 二人には私も心から賛辞を送ろう・・・・・・」


にこやかに、そして本当にそう思っていると言わんばかりの言葉が降る。
しかし本当のところではこの男の言葉に真実があるかは判らない、そう誰にもわからないのだ。
あまりにもこの男が超越しているために、あまりにも懸離れているが故に。

「さて、皆。 これ程の戦いを見れば次の戦いにも、否応無く期待が高まるというものだろう・・・・・・」


そうして藍染から放たれたのはグリムジョーとドルドーニの戦いと同じ十刃越え、もう一つの十刃越えについてだった。
だがその十刃越えはどこか毛色が違うもの、互いの全霊をかけた正しく決闘と言っていいグリムジョーとドルドーニの戦いとは、その趣を異にしている。
戦う事を望んだのは片方、その理由もまた酷く歪みをみせ、それを受けてたった者もまたその瞬間の滾りをぶつけるためという、おおよそ意地や信念、誇りをかけた決闘とは言いづらいものであるのだが、それを知るものは少ない。

「ゾマリ・・・ そしてフェルナンドの二人には、先をも越える素晴らしい戦いを期待する事としよう・・・・・・」


そう、藍染の言葉通りこの第6十刃超えの後に控えるはもう一つの十刃越え、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルー対 破面No.nada(アランカル・ナーダ)所謂番号無しである破面、フェルナンド・アルディエンデという本来あり得ない組み合わせの第7十刃越えが待っているのだ。

この時、藍染の言葉に対し闘技場の閉ざされた扉の前で控えていたゾマリは、藍染から下賜される言葉に対し深々と礼をとっていた。
彼にとってそれは当然の行為であり、”神”からの言葉、彼にとって啓示であるそれを賜ったとなればその胸中は語るべくも無い。
より一層の奮起と、彼にとって忌まわしき大罪人であるフェルナンドを誅する事を更に深くその胸に刻み込むゾマリ、だがそうして扉の前で深々と頭を下げていたのはある意味彼にとって僥倖だったかもしれない。
何故ならばその扉を開け放ったその先、闘技場の円を挟んで反対側の扉の上では、その憎き怨敵が事もあろうに寝そべったまま彼にとっての啓示である藍染の言葉を聞いていたのだから。

壁際に座り足を投げ出してそのまま後ろに倒れこむようにしているフェルナンド、不遜にも寝そべり瞳を閉じて藍染に一瞥すらくれない様はそれだけでゾマリの怒りの導火線に火をつける、いや、それどころか導火線に火薬をぶちまけ、松明を投げ込むように一息に爆発させるのには充分なものだった筈だ。

その不遜極まりない態度にそれを見た多くの破面達も一様に眼を見開き、そして目を逸らす。
普通に考えてあり得ない、そんなことをしていれば最悪そのまま殺されてもおかしくは無いといえるフェルナンドの態度、そんな相手とは関わり合いになりたくない、と考えるのは如何程も不思議なことではないだろう。
フェルナンドの近くに居た破面達も少しずつ彼の傍から離れるように移動し、遂には彼の回りに不可視の壁が出来たかのように其処だけがぽっかりと人影が消えていた。

そんな様子を睨むのは闘技場の中央でフェルナンドを見上げる東仙要、東仙の思考はどちらかといえばゾマリに近いものがあり、不義や不忠、そして彼の”正義”に悖る者に対して欠片の容赦も無い部分があった。
その東仙の怒りを知ってかしら知らずか、まぁおそらく知っていて無視しているであろうフェルナンド、そんな彼の下に不可視の壁を軽々と踏み越え、靴音を鳴らしながら近づく者があった。
靴音の主は壁の上に寝転ぶフェルナンドへと一直線に近付くと、腕を振り上げそのまま何の躊躇いも無くフェルナンドの頭目掛けて手刀を振り下ろす。

直後、激突音と破砕音が生じる。
音の後少々の砂煙が起こり、そしてパラパラと崩れる壁の角、そして煙が晴れたその壁に手の半ばまで食い込んでいる靴音の主の手刀があった。
一部始終を見ていた破面達からしても何が起こったか分からないという光景、いきなり現われた靴音の主、その金色の髪を靡かせながら近付いたその人物は、同じく金色の髪をしたフェルナンドの頭を何の躊躇いも無く叩き割ろうとしたのだ。
まったくもって理解不能、そんな出来事が起こったその場でしかし、混乱する周りとは裏腹に当事者達はいたって普通だった。

「なにしやがるハリベル。 今のは避けなけりゃ、”そこそこ”マズイ一撃だぜ?」

「なに、避けたのだから問題あるまい・・・・・・それに当たったとて”そこそこ”マズイというだけで、死にはしないのだろう?」

「ハッ! 確かに・・・な。 だが当たってやる理由にはならねぇよ。」


混乱は輪をかけて大きくなる。
完全に頭を叩き割ったであろう一撃を放ったのは第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベル、そしてその一撃はフェルナンドの頭を割る事は無く、首を軽く動かした最小の動作によって避けられていた。
そして交わされる会話、一連の出来事に対してその会話はあまりにも日常という雰囲気を強く醸している。
故の混乱、見ている者達からすれば理解に苦しむ事の連続、しかしそれを他所に会話は続く。

「それで? 人様の頭をカチ割ろうとした理由は何だ?」

「あれぐらいせんとお前は起きんだろう?それに口で言って判らないと判っている相手に言って聞かせるほど、私は愚かではないのでな。」

「・・・別に俺が寝てようが起きてようが関係ねぇだろうが。第一寝ちゃいねぇよ、 目を瞑ってただけだ。」

「それが悪いと言っている。 普段なら許すがこの場は藍染様の御前だ、居住まい位正すのが礼というものだ。」


会話から察するところ、ハリベルが手刀を叩き下ろした理由はフェルナンドの態度を正す為、という事のようだった。
理由だけ聞けばそれは正しく正論だろう、この場において最上位の存在である藍染を前にしてそれを寝転がって、しかも目すら開けずに居るというのは不敬ではある。
あるのだがそれを正そうとした行為が正しいのか、ということは別問題。
寝ているところを起そうという時の選択肢、その一番上に来るのが頭を叩き割る威力を持った手刀というのは如何なものか。
それが周りでその光景を見ていた破面達の総意、彼等とて血と殺戮を好む性はもっているがそれとはまた一線を隔す様なやりとりを平然と行う二人に、彼等は皆たじろぐように一歩下がった。

だが彼等にとって異常な光景に映るそれも、フェルナンドとハリベルの二人からすればある種日常の風景。
若干威力の違いはあれど、フェルナンドに言って聞かせるということを半ば諦めつつあるハリベルは、こうした直接的手段に出ることが多くあった。
だがその”致死の一撃《注意》”がフェルナンドに対して効果があったか、という部分はまた別の話でもあるが。
ハリベルの一撃と言葉を受け、フェルナンドはそれを小さく鼻で笑うと上体を勢い良く持ち上げ、片膝を立てるようにして座りなおす。

「ハッ! 別に関係無ぇだろうが、座って様が寝て様がよ。第一藍染が咎めて無ぇんだから問題ないだろうが。えぇ?」

「敬称をつけろ、それとそういう問題ではない。藍染様がお前の戦いに期待すると仰っているのだ、私はそれに対して礼の一つもとれ、と言っている。」

「それこそ関係無ぇ。何が素晴らしい戦いだ、グリムジョーの野郎もあのオッサンも誰かに見せる為に戦った訳じゃねぇだろうが。外野があれこれ期待してんじゃねぇよ、野郎は野郎の為に、俺は俺の為に戦るだけだ。」


応酬される言葉のどちらもが、ある種正論ではあった。
ハリベルは”礼”を説き、フェルナンドは”我”を貫く。

フェルナンドにとって周りの視線や評価など露ほども気にかけるものでなく、求めるのも、また通すのも全ては己の内から沸きあがる衝動。
自分に対する他者の期待などは彼にとって煩わしいものでしかなく、それに応える義理も、そして意義も見出せるものではないのだ。
そんなフェルナンドだからこそハリベルは礼節を説く。
半ば言葉で語ろうとも伝わらない事を知りつつも、それを止めることはない。
己を貫く事は難しく、そして時としてそれは無用の敵を多く作り出す結果を招く。
フェルナンドならばそれすらも薙ぎ倒し進むだろう、だがそれでは何時か彼という存在が磨り減ってしまうようなそんな感覚をハリベルは覚えていた。
故に、それはあまりにも惜しい故にハリベルはフェルナンドに最低限の礼節は教え込むべきだ、と考えていた。
それが彼女の生真面目な性格と相まって、先程のように限度を超える注意にまで発展しているわけではあるが。

そんなフェルナンドの答えにハリベルが更なる追求をしようとする。
だがそれは藍染の言葉によって遮られてしまった。

「いいんだよ、ハリベル。 私は気にならないし、その程度の事で彼を咎めはしないさ。・・・・・・それにそれでこそ彼らしい、とも言える。存分に戦ってくれ、フェルナンド。」


ハリベルの行動を遮った藍染の言葉にフェルナンドは、口角を上げ皮肉気な笑みを浮かべただけで答えはしなかった。
だがその笑みは明らかに「言われるまでも無い」という意思を浮かべ、それを見るハリベルは一人小さく溜息をつく。
そしてフェルナンドが壁の上から闘技場へと飛び降りようとした瞬間、今度はその行動を遮るように再び藍染が言葉を発した。

「だがその戦いの前に、私から皆に一つ提案がある。数字持ち対十刃、番号無し対十刃、どちらも皆にとって血の沸き立つような組み合わせだろう。だが・・・・・・ 君達は見たくはないかい? ”十刃対十刃”の戦い・・・というものを。」


闘技場は再び静寂に包まれる。
だがそれはほんのひと時の静寂、藍染が落した爆弾の如き言葉。
それは数瞬の間を置いて闘技場の中心に、いや、彼等多くの破面の脳へと直撃し、そして爆発を起す。
内側で起こった爆発、そしてそれは彼等の喉からまさしく魂の叫びとなって、肯定の意を轟かせた。

それはそうだろう、十刃対十刃、本来十刃の地位に着いたものはそれ程上を目指すことは無い。
正確にはその意思があろうとも、それを表に見せる事はまず無い、と言うべきか。
彼等十刃の序列は殺戮能力の高さ、そして隣り合った数字とてそれが持つ力の差は大きいのだ。
例え彼等に上を目指す意思があろうともそれは容易なことではなく、その意思を表し上位に挑むには完全な勝利の確信と自負がなければなせるものではない。
それがあろうともその戦いの後、自分が五体満足であるという保証は無く、最悪勝つには勝ったが十刃に留まることが叶わぬほどの傷を負い、十刃の地位を剥奪されるという本末転倒な結末すらありえる。
それはあまりにも不様な結末、そしてそれを選択するのはあまりにも愚かだ。
十刃に与えられる数々の特権、そして頂点から眺める景色を知ってしまえばそれを失う事は恐怖ですらある。
故に動かない、いや動けない、十刃がこの強奪決闘で同じ十刃を指名するなどと言う事は本来ありえないことなのだ。

だが、その十刃対十刃の決闘が藍染の口から提示される。
それは十刃の位にとどかぬ者達にとって見果てぬ頂の激突であり、そして打算的な者からすれば一度に2つの席が空くかも知れないという事でもあった。
血飛沫舞う殺戮劇、血で血を洗う惨殺劇、そして潰える命と生まれる空席、どう転んだとてその場にいるほぼ全ての破面に利が大きいこの提案と、なによりもその戦いを見たい、という純粋な欲望が闘技場で叫びを上げていた。

その叫びの中、藍染はそれを制するように軽く手を上げる。
ただそれだけの動作で闘技場は再び野静寂を取り戻す、正しく完全なる支配を示すかのような光景がそこにはあった。

「皆の気持ちはわかった。 ではゾマリとフェルナンドの戦いの後に・・・と思っていたのだが・・・・・・どうやらもう来てしまったようだね・・・・・・」


藍染がそう零し、そして視線を下へと向ける。
そこにあるのはフェルナンドが座る壁の下にある大扉、その奥におそらくは藍染が来てしまった、といった者が近付いているのだろう。
一度送った視線を切ると、藍染は黒い笑みを浮かべたまま再び声を発する。

「さて、本来これは予定していなかった決闘だ、十刃にもこの事実は伝えていない。そのなかで誰か”戦ってもいい”と言ってくれる者はいるかい?」


驚く事に藍染は自分で十刃対十刃を提案しておきながら、まるで組み合わせを決めてなかったと口にする。
そして誰か十刃の中から舞台に上がってくれないか、と。
この場に居る十刃は、バラガン、ハリベル、アベル、アーロニーロ、そしてヤミーの計5人。
ネロが来ないのは当然、ウルキオラもまた任務によってこの場には居ない、既に地位を追われたドルドーニ、決闘を控えるゾマリを除けばおのずと一人、誰がこの決闘に出場してくるかは判り切っていた。
ならばその相手を誰がするのか、藍染はそれをあえて彼等十刃に任せたのだ。

いや、任せたように見せたのだ。


「ブハハ! だったら俺が殺ってやr「私が、戦いましょう。」・・・んだコラ! アベル! 横取りかよ!」


最初に大声をあげたのは第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴだった。
おそらくはグリムジョーとドルドーニの戦いを見て、見ているだけではつまらないといった所なのだろう。
大きく笑いながら名乗りを上げよとしたところ、それを遮ったのはさして大声ではないにしろ明確な意思の篭った声を上げた第5十刃(クイント・エスパーダ)アベル・ライネスだった。

「その無意味な大声で叫ぶな第10十刃(ディエス)、耳障りだ。それに横取りと言うならば貴様の方だろうな・・・・・・」

「あぁん? どういう意味だコラ。」


十刃用の観覧席、そのテラスから身を乗り出すようにしてアベルに食って掛るヤミーだったが、アベルはもう話すことなどないという雰囲気でそれを無視する。
そしてヤミーの存在を消し去ったかのように、藍染に話しかける。

「宜しいでしょうか、藍染様。 いや・・・おそらくそれが御望みかと・・・・・・」


藍染に軽く頭を下げ、礼をとった体勢のアベルがそう告げる。
自分が戦う、という事でいいだろうかと、そしておそらくはそれが貴方の望みなのだろうと。
見透かしている、と言うよりは考えを汲み取ったというようなアベルの物言い、そしてそれに対して藍染は笑みを深くして答える。

「あぁ、構わないよアベル。 それが”適任”というものだろう、君のように聡い部下を持てた事に感謝しなくてはいけないね。・・・ヤミー、君もそれでいいね?」


アベルの申し出を快諾した藍染は、どこか満足そうにも見えた。
所詮児戯ではあるが思い通りに事が運ぶ、というのは誰だろうと悪い気はしないだろう。
そうして戦う事を申し出たアベルに形ばかりの感謝を述べると、ヤミーにはどこか言い含めるように、しかし拒否は許さないといった風で退く事を了承然る。
ヤミーはどこか納得いかない様子ではあったが、渋々藍染の言葉を了承した。


ヤミーが退いた事を確認すると、アベルは再び藍染に一礼しテラスからそのまま砂漠へと音も無く飛び降りる。
白い外套のような死覇装が落下によって靡くが、ゆっくりとした落下速度はそれが靡くだけにとどまり、バタバタと音を立てるものではなく。
落下するというよりは、むしろ水底へゆっくりと沈んでいくかのようにすら見えるアベルの姿。
そして如何程の砂煙すら立てずに砂漠へと着地するその姿は、見る者をどこか近寄らせず遠ざけるような雰囲気を纏っていた。

アベルが闘技場の砂漠に着地するのと時を同じくして、アベルの立っている場所よりも離れている方、フェルナンドの足元にある縦長の大扉が音を立てて開き始める。
扉の奥から空気が流れ込んだのだろうが、幾分砂を巻き上げるようにして起こった風がアベルの髪を揺らす。
幾分の冷気を感じさせるそれは、その扉の奥に居る者の持つ雰囲気ゆえなのか、だがアベルは特に気にする事も無く中央へと向かって歩を進め始めた。

「無意味だ・・・・・・ 何もかもが・・・・・・」


歩を進めながら小さく呟くアベル。
それは虚空に消える独り言なのか、それと扉の奥にいるであろう者に対する独白なのか。
『諦観』という死を司るアベル、全てを諦め希望など見出さずただ緩やかに死んでいく精神の死、それがアベルの司る死なのだ。

「私に倒され、今までどうやって私の”千里眼”から逃れていたかは”あえて”問うまい・・・・・・」


尚も呟くアベル、そしてその呟きに呼応するように開いた大扉の奥から音が響く。
それは鉄がぶつかり、擦れるような音、そして何かを引き摺るような、途切れ途切れに起こる音だった。
踏み出した脚の一歩に応ずるように生じる音、それがゆっくりと、しかし確実に大きくなっていく。

「だがそれは無意味だ。 時を重ねたとて埋まるものなどありはしない。貴様に出来るのは諦めるより他ありはしないのだ・・・・・・」


その音はアベルにも聞こえていた。
もう少しで中央へとたどり着くアベルに対し、その音ももう少しで扉の奥の暗がりから日のあたる場所に出ようとしている。
だがそれをアベルは無意味と断ずるのだ。
もうアベルにはその扉の奥の人物が誰かわかっていた、いや、そんなものはこの闘技場に来た瞬間に判っていたのだ。
この2年間まったく捉えられなかった霊圧がこの会場に足を踏み入れた瞬間、鮮明にアベルには感じ取れた。
その霊圧の持ち主にそんな技能は無く、ならばアベルという十刃最高の霊圧知覚の持ち主に2年の間毛先程の霊圧もつかませない、などという事が出来るのは一人しかいない。
理由もその他一切の何もかもが判らない、何故こんな事をしたのかという疑問すら。
だがアベルにとってそれはさして重要ではなかった。


アベルにとって、全ては無意味でしかないのだから。


鉄と、何かを引き摺る音が止む。
音の主は大扉の外、砂漠へとその足を踏み入れていた。
背を曲げ、その顔は髪の毛に隠れ見ることは出来ない。
肩口程度までだった髪は長く伸び背の中程までに達し、2年の時を置いたせいなのか細い腕や脚も幾分太さを増したように見える。
そして見た目の変化の最たるものはその手にしっかりと握った斬魄刀、巨大な三日月を思わせたそれは大きさを増し、更にはその形状も三日月を二つ、背中合わせにしたようなものへと変化していた。
昔の斬魄刀とくらべ明らかに増した重量であるそれを砂漠へ下ろし、後ろに引き摺った跡が残る。
その姿を確認し、中央へと至ったアベルが呟く。

「そう言っただろう? 第8十刃(オクターバ)よ・・・・・・」


大扉を背にし、どこか幽鬼を思わせるような気配を纏う男。
かつてアベルに挑み、虚圏の砂漠において手も足も出ずに惨敗を喫した男。
そしてその砂漠で慟哭の叫びを上げた男。
第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ノイトラ・ジルガがそこには立っていた。




「さぁ、舞台は整った。 アベル、ノイトラ、二人とも存分に・・・殺しあってくれ・・・・・・」



舞台に役者が揃う。
舞台には天上より降る藍染の言葉。
そしてその藍染の顔にはやはり、黒い笑みが浮かぶのであった・・・・・・









毒蟲の晩餐

黙する蟷螂

黒の橙

白日の下に

その眼、背けるなかれ




















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.42
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/04/10 14:28
BLEACH El fuego no se apaga.42










時が遡る。

男は屈辱にまみれていた。
半ば自我を失い、その身に溢れていた殺意と怒りに任せて襲い掛かった男。
本当ならば自らの意思で屠りたかっただろう、だが理性の鎖は引き千切られ、暴走した怒りが全てを塗りつぶしていく。
それでも、それでもこの憎き敵を屠れるのならばいい、男は何処かそう思うことで理性を手放す事を認めていた。
しかし男がその自我を取り戻し、そしてそれを闇に沈める直前に見た光景は、血の海に沈む憎き敵の姿ではなく、まるで砂を食む様に砂漠に横たわった自分を見下ろしているであろう、怨敵の足。

目覚めた男はただひたすらに叫びをあげる。
それは怨嗟の叫びか、それもと別の何かなのか、ただ判ることはひとつだけ。
ノイトラ・ジルガはアベル・ライネスに手も足も出せずに惨敗を喫した、ということだけだった。










叫び、言葉ではなくその音が尽きるまで叫び続けたノイトラは、一人砂漠に立ち尽くしていた。
傍には彼の従属官であるテスラ・リンドクルツの姿もあったが、今のノイトラにそれを気にする素振りはなかった。
ただただ己の敗北に、それもかつて無いほどの惨敗に彼の内なる業火は燃え盛り、そして彼自身を燃やし尽くしてしまったかのように立ち尽くす彼。
一太刀も浴びせる事無く、そして”情け”という最大の屈辱を施されつながれた己の命、それは正しく恥辱の結末。
今こうして生きている事すら彼にとっては恥であり、いっそその手に持つ斬魄刀で自らの首を刎ねてしまった方がましと思える程、それ程の屈辱の極地に彼は立っていた。
だが同時にノイトラの中にそれを留める思いもあった。
それは”逃げ”だと、勝てぬからといって死を選ぶのは逃げる事だと、そして逃げた先にあるのは”永遠の敗北”である、と。
葛藤、示された二つの道、再び歩くのかそれとも歩を止めるのか、自尊心を守るべきか、更なる屈辱にまみれるべきか、答えなどそう易々度出るはずも無い問がノイトラの内に浮かんでは消えていく。

だがそうして悩むノイトラに、第3の道が示される。



「”力”が・・・・・・欲しいかい?」




唐突に響いた声、ノイトラでも、ましてやテスラでも無い第3の人物の声が響く。
その声は破面ならば誰もが知っており、また忘れられるはずもない人物のもの。

「藍・・・染、様・・・・・・」


ノイトラよりも先にテスラが搾り出すようにして男の名を呼ぶ。
そう、声の主は他でもない藍染惣右介自身であり、ここに居る事はありえない人物。
そして何よりも彼等を驚かせたのは、その人物がこの場にいる事でも、この距離までその人物が近付いてきた事に気がつかなかったことでもなく、その人物からまったく"霊圧を感じない"という事だった。
あり得ないのだ、霊圧を抑えているのではなくまったく感じない、などということは。
それ故にノイトラ、そしてテスラの顔は驚愕に染まる、その目で捉えているにもかかわらずまるで亡霊でも見たかのように。

「驚かせてしまったかい? すまない事をしたね、だが許して欲しい。コレを使って私の霊圧を”感じられないと誤認”させなくては、いかに私でも気付かれてしまっただろうから・・・ね。」


藍染は驚きに染まるノイトラ達の顔から察したように、自分の現状について謝罪を述べた。
そうして謝った後、藍染はその手に持ったものを彼等二人に見せるようにして前に出す。
それは刀、藍染惣右介が持つ斬魄刀であり、銘を『鏡花水月(きょうかすいげつ)』という一振りの刀だった。
その能力は『霧と流水による乱反射で、敵を同士討ちさせる』というもののはずだった。


だがそれは偽りなのだ。



藍染の持つ斬魄刀、鏡花水月。
その本当の能力、それは『 完全催眠 』である。
条件を満たした相手の五感、そして霊感の全てを支配し、対象を誤認させることが出来るというその能力。
蠅を龍に見せることも、最愛の者を殺した敵を最愛の者に見せることも、また、対象の霊圧を感知出来ないと認識させるなどという事も、ある種全てが容易に成し遂げられる、正しく最強、いや、最凶の斬魄刀なのだ。


そうして藍染がその抜きはなった斬魄刀の能力を使ってまでこの場に居る。
その能力を知るノイトラであっても、その理由は判らなかった。
一体何故、何故この男が此処にいるのかという疑問、だがそれよりも、いや、そんな事よりもノイトラには聞きたいことがあった。

「”力”だt・・・ ですか・・・・・・?」

「無理に敬意を払う必要は無いよ、ノイトラ。それは瑣末な事だ・・・・・・ そうだね、もう一度言おうか・・・ ”力”が欲しいかい? ノイトラ。」


そう、ノイトラが聞きたかったのはそれだけ。
藍染の言葉の真意、”力”という存在。
それが欲しいか、という藍染の問の意味だけだった。

「私はね、君を評価している心算だ・・・・・・だが、この先で”力”を得られるかは君次第、そこから生きて出られるかもまた、君次第。眠る事すら間々ならず、終わりの見えぬ闇の中で君の命は常に危機に曝され続けるだろう。それでも・・・・・・ 何の確証も無い賭けだとしても、君は”力”を求めるかい?」


謳うように語る藍染の言葉には、それが容易では無いという事を物語る雰囲気が浮かぶ。
何処で、何をするのか、それによってどうなるのか、その全てが闇に包まれている道、おそらくは地獄へと繋がるのであろうその道、それが今、ノイトラに示された第3の選択肢だった。

そして示された第3の選択肢に、ノイトラの拳は力強く握り締められるのであった・・・・・・






――――――――――











闘技場には歓声、というよりはどよめきの方が多く響いていた。
第5十刃 アベル・ライネスの対戦相手として現われたのは、第8十刃ノイトラ・ジルガ。
その二人の数字の差、実に”3”。
たった一つ上に上がるだけで、その力の差が現われる破面の世界においてその”3”という数字、そしてそれがただの数字持ちではなく、十刃という別次元の存在においてならば、その数字の表すものが如何に大きいかは想像に難くない。
闘技場を見下ろす殆どの破面は、その巡り合わせに哀れさを感じていた。
なんという不運、勝ち目など無い、と。


だがそれは何処までも的はずれな意見だ。


一般的なものの見方、相対する者通しの力を俯瞰から己の小さな物差しで図った的はずれの縮図。
測るべき尺度が間違っている、そして間違った尺度から生まれるのは間違った絵図面、愚味なる結末の光景なのだ。

そもそもノイトラにとってコレは不運などではない。
僥倖、何にもました僥倖、暗い地獄を生き抜いた彼に降り注いだ光明なのだ。
だが、ノイトラにそれを喜ぶような気配は無い。
入り口で一度立ち止まった彼は、再びその斬魄刀を引き摺りながら一歩一歩中央へ、ゆっくりと歩いていく。
その姿はある種異様さを纏う。
普段、攻撃的で威圧的な印象を与える彼らしからぬその雰囲気、それはアベルにとっても疑問であった。


(なんだ・・・・・・? 第8十刃(オクターバ)の雰囲気が明らかに違う。霊子の流れもあの不様な濁流を感じさせない・・・・・・というより寧ろ・・・・・・)


そう、気配や雰囲気といった個人の感性に由来した感覚ではなく、アベルはその十刃最高の霊圧知覚によって霊子の流れを視る。
故に確固たる確証の下、ノイトラの変化を誰よりも明確に認識し、それゆえに戸惑いを見せていた。
2年前、まさしく醜悪の極みたる霊圧を放っていたノイトラ、だが今アベルに視えるそれは明らかに違う。


(・・・・・・淀みが見受けられない。 流れ出る霊圧は最小限・・・抑えている? この男がか? 力を誇示する事が生き甲斐の様なこの男がか?)


ノイトラが見せる明らかな変化、放たれる霊圧は最小限であり、それは見る者からすればノイトラという破面の存在を一回り小さく誤認させるような、そんな印象を与えるものだった。
だがアベルには更にその先が視えている。
ただ最小限に抑えているのではない、その霊圧の流れはどこに滞留することもなく足元らか頭頂、そしてその上へと抜けるように淀みなく流れ続けているのだ。
上位の十刃ならばいい、霊圧操作に長ける者ならば誰でも出来る事柄だろう。
だが、このノイトラという男がそれをしている、それが何よりアベルにとっての違和感。

巨大な武器、吹き上がる霊圧、誰にあってもその自らの強力さ、強靭さを誇示するようなノイトラ。
それを知っている故に生じる違和感。
別人のような印象を与える彼に、アベルは僅かながら困惑を抱えていた。


「これより、第5十刃(クイント・エスパーダ)アベル・ライネス 対 第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ノイトラ・ジルガの強奪決闘を開始する。 しかし!今回は変則的な強奪決闘となる。 よって勝てば”号”を、もし敗けて尚その命をつなげば”十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)”ではなく、号を下げる事で十刃在位となることも可能とする。」


立会人、東仙要のこの宣言は数瞬の後闘技場に罵詈雑言の嵐を生んだ。
それもそのはず、うまく行けば一息に二つの席が空くと考ええいた一部の破面からすれば、今の東仙の発言はなんら旨みの無いものだったからだ。
自分達の利己的な皮算用を棚に上げ、そんなものは無効だと騒ぎ立てる破面達。
誇りも何もない、愚かな言葉が飛び交う。
そんな者が十刃の席につけるはずもない、ということすら失念するというその愚かさを、自ら吹聴していることにすら気付かずに。


十刃の中にそんな恥知らずな事をする者など居ないのだ。
あくまでそういった条件がこの決闘にはある、というだけのことであり、それを受けるか否かは個々に任されている。
そして敗けても十刃で居る。などという厚顔無恥は輩は十刃足りえない。
先の東仙の宣言、いや、おそらく藍染からそう言えと言われたであろう言葉が語るのはこういう事だ。



生き残って不様を曝したくばそれで構わない・・・だが、その恥辱に耐えられないならば、命を賭して戦え、と。



アベルに、勿論ノイトラにもその恥辱に耐えられるだけの図太さはなく。
もともとノイトラはこの一戦にて死のうとも勝つという覚悟を固めており、アベルもまた負ける心算など毛先程もないのだ。
敗北とは死である。
何の共通点もなかった二人に、唯一つ共通していた認識がそれだった。
故にこの戦いの後立つのは一人、先程のグリムジョーとドルドーニのように互いを殺そうとする戦い、だが違うのは死ぬほうはおそらく形すら残さず消え去る、という点だけだろう。

両者の沈黙を了承と取って、東仙がその手を上へと伸ばす。
そして振り下ろすと同時に「はじめ!」と叫ぶ事で、罵詈雑言の嵐の中、アベル対ノイトラの戦いは火蓋を切った。



号令が為されて後も、二人は動かなかった。
ノイトラならば号令すら待たず斬りかかってもおかしくはなかったが、彼は微動だにせず、そして今も動かない。
対してアベルもまた動かなかった。
アベルの戦い方を考えれば、今先に仕掛ける利点は少ない。
霊子の流れを読み、相手の隙を見つけ、最も脆い部分を貫き殺す。
それがアベルの戦い方、先の先という非常に単純であるが最小限の労力で目標を殺す、という事を考えれば理想的でもある。
だが微動だにしないノイトラ、その霊子の流れにこれといって淀みも薄い部分もなく、簡単に言えば攻めあぐねている状況にも見える。


(なるほど・・・・・・ 悪戯に霊圧を放つのではなく、最小に抑えることで斑を押さえている・・・といったところか。だがそれは・・・・・・)


「無意味だ・・・・・・」


その呟きと共にアベルの輪郭がぶれ、次の瞬間にはノイトラの背後10m程離れた位置までノイトラを通過するように移動していた。
そして驚くべきはアベルが通り過ぎた後、残されたノイトラの腕に一筋の赤い傷跡が出来ていた、という事。
見ればアベルの白い外套の袖からは白刃が覗き、その切っ先からぽつぽつと滴るのは赤い液体。砂漠に丸い小さな染みをつくるそれは血だった。
そう、アベルはすれ違い様にノイトラの腕を斬り付けていたのだ。

「2年・・・・・・ 醜かった霊圧は、視るに耐えるものにはなった。だが、それだけでは私には勝てない。 歳月は等しく、私もまた2年間で前へと進んだ。・・・・・・お前の鋼皮(イエロ)を切裂ける程度には・・・な。」


2年という時間は膨大だ。
日数にして730日、時間にして17,520時間、分ならば1,051200分、そして秒にすれば63,072000秒。
そしてその膨大な時は誰にも等しく与えられる。
ノイトラにも、そしてアベルにもだ。

この場に居る破面達からしてみれば、このアベルの一太刀は何の変哲もない一撃だろう。
だがそれは間違いだ。
2年前、誰の眼にも触れる事無く戦った両者、そしてその時アベルの刀はノイトラの鋼皮に阻まれ、その肌を切裂くどころか突きたてる事すら間々ならなかった。
アベルの斬魄刀の刃に対し、ノイトラが持つ歴代十刃最高硬度の鋼皮は充分すぎるほどの守りとして機能し、刃を退けた。
だがしかし、2年という歳月を積んだアベルはそのノイトラの鋼皮に対し一矢を報いる。
深くはない、出血もそれ程でもない、だが確かに切裂いたのだ、阻む事を許さなかったのだ、その刃の一撃を。

「霊圧を抑えた弊害、如何に強固といえど鋼皮だけの硬度では、私の刃は防げないようだな・・・・・・第8十刃(オクターバ)。」


そう、その一筋の赤い線はまさしく弊害だった。
霊圧を押さえ込み、淀みなく、そして斑無くそれを纏うノイトラ。
鋼皮の霊子密度の低い部分は霊圧によって補い、今のノイトラは正しく一枚の岩のように強固な存在となっている。
だがその繊細な霊圧操作は彼という破面には不向きなのだろう、御しきれる霊圧は自然と少なく、それ故に彼はアベルの一撃によって傷を負ったのだ。
本来のノイトラはその荒れ狂う霊圧と、それにより強化された鋼皮の硬度という堅牢な守りを下地に力で押し切る戦い方をする。
敢えてそれを捨てたかのような今の彼になら、アベルの研鑽を積んだ刃ならば届くのだ。
霊圧を落とせば斬られ、上げればそこは相手の独壇場、袋小路、前門の虎後門の狼、はやくもノイトラに先はなかった。


そんなノイトラにアベルは更に攻撃を加える。
だが如何に斬れる様になったと言えどノイトラの鋼皮は堅牢、ノイトラも緩慢な動きながら回避を試みる中で致命傷を与えるのは、さすがに至難の業である。
数十回の交錯の後、再びアベルが距離を置くようにしてノイトラに対する。
アベルから視るノイトラの姿は服を切り刻まれ、そして無数の傷をその身に刻みながらもしっかりとその足で砂漠に立っていた。
確かにアベルは致命傷を与えていない、不甲斐ない事であるがそれが十刃最弱たるアベルの現状の攻撃では限界なのだろう。
だが、それでも此処まで痛めつけられているにも拘らず、ノイトラに一切の揺るぎが視られないというのはどうだ。
戦いの始まりに抱えた僅かな困惑、それがアベルの中で徐々に大きくなる。

(・・・・・・何故反撃して来ない。 霊子を斑無く纏ったとて勝利は無いと、如何に奴とて理解しているはず・・・・・・意地・・・か? ならば余りにも無意味、それを通してなんになるというのだ、愚かしい・・・・・・諦めてしまえば全て楽になるというのに・・・・・・)


無意味、アベルには今のノイトラの行動が理解できなかった。
アベルから視てもノイトラに勝機らしい勝機はなく、おそらくはこれからも訪れないと、では何故この無意味な戦いを続けるのかと、考えたところでアベルにそれは判らず、理解も出来ず、ならば考える事すら無意味だとアベルは断じる。
無意味を続ける意味をアベルは理解できないのだ、無意味を悟れば諦めてしまえ、そう考える故に。

そうして己の考えに埋没していきそうだったアベルの耳に、ジャリっと砂を踏む音がする。
音の方向に居るのは勿論ノイトラ、そしてそのノイトラから立ち昇る霊圧にアベルは明らかな変化を視た。
歪に歪む、というよりはどこか内側に収縮するように変化していくノイトラの霊圧、そしてその動きは全ての破面に共通するものだとアベルは見抜いていた。

「解放・・・か。 以前よりは理性というものが残っていたようだな、第8十刃。だがそれをしたとて無意味だという事を知るだけだ・・・・・・」


そう呟いたアベルは、ノイトラが開放しようとしていると知りながらそれを阻止しようとはしない。
変化する霊圧ならばアベルが隙をつくなど容易だろう、だがアベルはそれをせず傍観を選択した。
アベルにとって相手が解放しているかいないかすら些細な事、そしてノイトラに無意味を悟らせるには解放させた方がより明確に理解させられると判断したのだ。
その越えられぬ壁というものを。

ノイトラは、片手でその巨大な双月の斬魄刀を頭上高く掲げる。
背中を合わせたかのような月、または湖面に映った鏡合わせの様な月を連想させるその斬魄刀、掲げられたそれはまさしく月そのものでありその引力が辺りの砂を巻き上げる。
そしてその薄い砂の幕がノイトラを包み込んだとき、今日彼ははじめてその口を開き声を発した。


「祈れ・・・・・・聖哭螳螂(サンタテレサ)!!」


声と共に今まで抑えつけられていた霊圧は、まるで水瓶を逆さにしたように溢れ出た。
砂の幕は爆ぜ、辺りに砂煙が立ちこめる。
そして疎の砂煙の向こうにアベルが視たのは、まるで巨大な三日月のような影。
その影はしかし三日月ではなく、崩れるようにしてその輪郭を崩し分かれていく。
影を照らし出した砂煙の画面が晴れると、そこには三日月の主である男、ノイトラ・ジルガが立っていた。

側頭部に三日月を模した角を生やし、左目に付けた眼帯は弾け、その下からは虚としての証である喪失の孔が、眉間の辺りから斜めに十字の傷跡のような仮面紋(エスティグマ)が刻まれ、顕になった顔に表情はない。
体に受けた無数の傷跡は刀剣解放による霊圧の上昇で、一時的に跳ね上がった治癒力によって完治していた。
そしてなにより眼を引くもの、それは鎌。
巨大、そして非常に鋭い印象を与える大鎌が実に4本。
そしてそれを掴む人間の腕というよりも、それに甲虫類の外骨格を纏ったかのような硬質な印象を与えるそれもまた4本、ノイトラの身体から生えているのだ。

その銘の通り昆虫の螳螂、その捕食者たる攻撃性をその身に宿したかのようなノイトラの姿。
だがアベルはそれを前にし、些かの動揺も見せてはいなかった。

「なるほど。大した霊圧だ・・・・・・ だが清流のように御しきれる訳でもないその霊圧を私の前で曝した、という事は。諦めたと解釈してかまわないのか?」


そう、アベルの言う通りノイトラの解放は強大な霊圧をあたりに撒き散らしている。
しかしそれは先程の解放前のように、寸分の隙も無く御されていたものとは違い、アベルから視れば斑のあるものであった。
つまりアベルにとっては漸く本来の戦い方の出来る状態であり、それを曝したという事はアベルからしてみれば倒してくれと言っているのと同義なのだ。
そうして語るアベルに対し、ノイトラはただ無言。
どこか不気味さすら漂う態度だが、その理由など推測するだけ無意味だとアベルは斬って捨てる。
曝したならば、それを突かれ様とも文句などあるはずは無いだろう、と。
何の容赦も、慈悲も無く、その薄皮で守られた急所を貫いてやろう、と。

アベルはその霊圧知覚をもってしてノイトラの霊圧の流れ、霊子の流れ、鋼皮の霊子密度までの全てを視る。
溢れる霊圧、確かに均整がとられ垂れ流すのではなく御されているのが良くわかると、アベルは評価するがそれもまだ甘さを多分に残していると。
そして4本ある腕のうち僅かながら霊子の流れ、そして量の多い1本を視つけ、それが初撃に用いられる事を察すると、更に鋼皮の霊子密度、霊圧の流れ、勢いなどを加味し最も最適な攻撃部位を導き出す。


(・・・・・・皮肉なものだ。 解放したが故に、お前はこの一撃によって死に絶える、とは・・・な。)


最適な攻撃部位を導き出したアベルは、内心そのノイトラの不運を哀れむ。
あのまま、解放しないままいればまだ少しは長く生きられた、と。
だがそれはもしもの可能性に過ぎず、現実にその可能性は美しく見える幻に過ぎない。
非情なる現実、それだけが常に彼等の前には広がり続けるのだから。



アベルが再び響転(ソニード)によってその姿を消す。
そしてノイトラにはその影すら掴むことはできなかった。
ノイトラの探査神経を、掻い潜るようにして移動するアベルを捕らえるのは至難の技なのだ。
知覚から消え去った相手にノイトラは、余りにも無防備にその姿を曝し続ける、防御する素振りすらなくただ軽くその手に握った大鎌を構えたまま。
そしてノイトラの知覚が追いつくその前に、アベルは勝敗を決するために動いた。

アベルが現われたのはノイトラの正面、それもノイトラの間合いをはずしたその完全な内側だった。
そして袖から覗く刃、更にはもう片方のてを袖の上から握った斬魄刀の柄尻にそえ、一息にノイトラの胸の中心、心臓を目掛けて突き出そうというのだ。
アベルが視た、そして導き出した最適な場所、それは人、虚、死神、破面、その全てにおいて共通する絶死の点と重なっていたのだ。
霊圧、霊子密度、そしてそこに至るまでの道筋の全てが出来上がっていたかのようにそこが浮かび上がった。
ノイトラの意思とは関係なく、彼の身体がアベルに殺してくれといっているかのような、そんな場所がこの決着を齎す場所。
如何にノイトラの鋼皮であろうと、如何に十刃最弱であるアベルの刃であろうと、突き立てれば貫き、突き立てられれば死ぬ、まさしく決死、決着の瞬間が訪れようとしていた。













「やっと捕まえたぜ・・・・・・ クソ5番・・・・・・!」







その言葉が放たれるまでは。




砂柱、それも特大のそれが闘技場から上空へと生茂る。
その光景を見ていた者達からしても、何が起こったかを理解できない展開。
かろうじてアベルの動きを追えていた者からすれば、まさしく止めの瞬間に起こった異常。
闘技場の砂の大半を巻き上げたかと思えるほどの巨大な柱は、しかし直ぐに形を失い、崩れ、大量の砂煙を撒き散らし砂漠へとその姿を戻していく。
立ち込める砂煙、視界を覆うそれが晴れるか晴れないかという所で、その砂煙の中から声が聞こえた。


「人が大人しくしてりゃァ調子に乗って斬りやがって・・・・・・だがそんなもんは構うもんかよ、えぇ? 第5十刃(クイント)。だが、今のを避けるとは恐れ入ったぜ・・・まぁ・・・・・・」


聞こえるのはノイトラの声、先刻まで黙りこくっていた彼が饒舌に語る。
言葉から察するに今の巨大な砂柱はノイトラによって作られたもの、そしてそれはノイトラの攻撃でありアベルはそれを避けているという事だった。
だが、ノイトラは攻撃を避けられたというのに随分と冷静な様子をみせる。
それは虚勢ではないのだろう、事実として彼には余裕があるのだ。
砂埃が収まりはじめ、ノイトラ以外のもう一人の姿がその輪郭から徐々に現われ始める。
それは勿論アベルの事であり、こうしてノイトラが生きているという事はアベルの必殺の一撃はノイトラの心臓を貫けなかったという事。

そしてその代償は大きいものだった。


「まぁ・・・・・・ ”完全に”避わせた、ってぇ訳じゃなさそうだがなぁ~。」


完全に晴れた砂埃、そこから現れたのは白い外套の袖をその血で染め上げたアベルの姿だった。
肩の辺りから上腕の中程までをザックリと抉られるように傷を負った左腕、その傷口を押さえるようにして立つアベル。
それはありえない光景、霊子を視、そして流れを読むアベルの能力は一種の予知である。
”先視”と呼ばれるそれはアベルが視た全てを総合的に判断した後、下される予言。
意思に関係なく、霊子の反射すら読み解くアベルが傷を負うというのは異常事態なのだ。

「全て・・・・・・ この、瞬間の為・・・の、罠だった、という事・・・か・・・・・・」

「布石、と言えよ第5十刃。 くくく・・・くははははは!どうだよ? テメェが俺を殺せると思った瞬間に、殺されそうになった気分はよぉ!えぇ!」


おかしくて仕方がないといった風で笑うノイトラに対し、アベルは珍しくも苦い表情を見せていた。
そう、全てはノイトラが仕掛けた罠だったのだ。
霊圧を抑え、アベルに対して警戒と対処をしていると思わせ、その対処の不十分さと未熟さ、予想外にもアベルの刃がノイトラの鋼皮を貫いた事すらノイトラに有利に運んだ。
霊圧操作は未熟だ、という印象をアベルに植え付けた後の解放、膨大な量の霊圧を正確に御し切れていない姿を見せることで印象は更に強まり、アベルは不自由な戦いを強いられたこともあり、本来の戦法によって決着を着けるために動く。


その全てが”出来上がっていた道筋”だとは気付かずに。


解放後、ノイトラは自分に出来る霊圧操作の全てを駆使し、自然に、あくまでも自然な流れとなるように全てを操った。
霊圧の流れ、鋼皮の硬度、更には自分の重心や身体の各部位の力の入れ具合まで、その全てを駆使して罠を張ったのだ。
自分の心臓こそ今、最も自分の弱点である、と。

ノイトラにとってこれは罠でありそして賭けだった。
賭けに負け、少しでも疑問をもたれれば自分は死ぬだろう、という賭け。
心臓意外にも急所などいくらでもある、なによりこの罠に気付かれれば勝ち目は消える。
だがそれでもノイトラはそれに賭けた、霊子に関係なくその意識、神経の全ては眼前に集中しアベルが現われるのを待ち構える。
それ故に動けず、背後から攻撃されればそれこそ心臓が貫かれるまで気が付かないほどに。

そしてノイトラはその賭けに勝った。
アベルが現われた瞬間、ノイトラは内に溜め込んだ霊圧を瞬間的に、そして爆発的に解放する。
2年の間、彼がいた地獄において彼の霊圧は2年前に比べ飛躍的に上昇していたのだ。
それを瞬時に解放する事によってノイトラは、アベル”だからこそ”隙が生まれると確信していた。

霊子を視るアベル、その目の前で想像を超える霊子が吹き上がればどうなるか。
考えて欲しい、暗闇でいきなり目の前から光を照らされた時、貴方ならどうなるだろうか。
空を見上げ、そのまま太陽を直視すれば貴方の目はどうなるだろうか。
答えは簡単だ、焼きついてしまう。
それに至らずとも一瞬視界は失われてしまうのだ。
アベルに起こったのはそういった現象、霊圧知覚のは人と同じ、知覚の大部分を視覚に頼る人間と同じなのだ。
それ故、目の前で突如として爆発した霊圧にアベルは瞬間その視界を奪われる。
そしてその突然の出来事を把握するため、ほんの一瞬隙が生まれるのだ。
すべてを捉えるかの如き眼が、この時ばかりはアベルに災いを齎す。

一瞬の隙、致命的であるそれを曝したアベルに降り注いだのは、4つの大鎌による渾身の一振り達だった。
間合いが外れていようが関係ない、この一撃の為だけに生きて来たと言っていいノイトラのそれは、視覚を失いながらもその他の感覚でそれを補ったアベルによって避けられはするが、一撃だけ強力な斬撃を与えていた。

これが先の出来事の全て。
いつも通り淡々と勝利を手にしようとしたアベルは、薄氷を踏むようなノイトラの罠に捕らえられ、その螳螂の鎌に首を差し出すところだったのだ。
まさしく執念の一撃、どうすれば勝てるのかという事を、そしてその為に地獄のような場所を生き抜いたが故の一撃。
それが今、ノイトラによって成されたのだ。

「様ぁ無ェな! 何が諦めたのか、だ。俺は! 例え首だけになってもテメェの喉笛噛み千切って殺してやる!俺が! ”最強”だ!!」


叫ぶのはノイトラ。
手に持った大鎌の一振りをアベルへと向け、宣言する。
自分は諦める事はないと、例え力尽きようともその時はお前を道連れにしてやると。
そして、お前を倒し、自分こそが最強であると証明すると。

最強という称号への拘り、おそらく全ての十刃の中でノイトラ以上にそれに拘る者はいないだろう。
戦いの中で生き、戦いの中で死ぬ事を望むノイトラ。
最強とは戦いを引き寄せる称号、故に最強ならば戦いは常に自分の傍にある。
それこそ彼の望み、故に求めるのだ、最強という称号を。

「最強・・・か。 無意味だ、そんなものは。では、お前が敵を全て討ち・・・滅ぼし、屍の山の頂点に立った時・・・・・・誰がお前の”最強”を証明する? 誰もいない、屍の世界で・・・自分の最強を声高に叫ぶお前のそれを、誰が証明するのだ・・・・・・判るか? ”最強”などというのは只の言葉だ。、無意味な幻想なのだよ第8十刃・・・・・・」


叫ぶノイトラに腕を押さえながらも、アベルは冷淡に言い放つ。
”最強”などというものは存在しないと、そんなものは幻想で、只の言葉に過ぎないと。
相容れない、何処までも、何時までも、目指すもの、求めるものが違いすぎる両者。
故に彼等は、相容れないが故に抹消しようとするのだ、敵対する邪魔者を。

「ケッ! テメェの言う事なんぞ知ったことか!最強は証明してもらうもんじゃねぇ! 示すもんだ!判ったら死んどけ!!」

「この問答自体が無意味・・・か。 だが私もそう易々と死ぬ訳にはいかない。今の一撃で私を殺せなかった事を悔やめ、第8十刃!」


振り下ろされたノイトラの大鎌を後ろに跳んで避けるアベル。
腕から流れる血を振りまきながらも、動きは精彩を欠くことはなかった。
そして再び砂漠へと着地すると、袖に隠れたまま左腕の傷を押さえていた右手を離す。
血に染まった外套、その右袖から現われたのはアベルの斬魄刀。
アベルはその斬魄刀を、眼の文様が刻まれた仮面の前に構える。
袖がずり落ち、初めて現われたアベルの右腕は白く、想像以上に細いものだった。
刀を握り、刃を上に向けるようにして丁度視線の先には鍔が来るほどの高さに構えるアベル。
そしてノイトラがしたのと同じように、霊圧を内向きに収束し、銘を呼ぶと共に解放した。


「透かせ・・・・・・ 『鶚貴妃(スパルナ)』・・・・・・」


解号と共にアベルの霊圧が吹き上がり、螺旋を描いて昇るそれは竜巻となる。
その細い竜巻、垂直に、そして高速で回転するそれ、うねる事無くただ真っ直ぐに伸びるそれは風の柱にも見えた。
巻き上がるその竜巻、それとは別に上空からひらひらと何かが舞い降りてくる。
空に浮かぶようにしてゆっくりと落ちてくるそれは黒く、柔らかかった。

「羽・・・だぁ?」


目の前に降りて来たそれを確認したノイトラがそう呟く。
そう、上空から降り注いだのは“羽”、大量の羽が闘技場の砂漠に降り注いでいるのだ。
そして竜巻にも変化が起こる。
何の前触れも無く、竜巻がその中程から左右に分断され、掻き消される様にして消えたのだ。


現われたのは黒い翼だった。
その翼の羽ばたき一つで自らを包んでいた竜巻を裂き、消し飛ばし、無数の黒い羽を撒き散らすようにして現われたそれは、それだけで見るものの目を奪うかのように荘厳で、まるで黒い十字架のようにすら見える。
翼を大きく広げたまま、空中に留まるように浮かぶ翼の主、白い外套を脱ぎ捨て、そして顔を覆い隠すようだった不気味な仮面もまた、今の翼の主には存在しなかった。


「何・・・だと・・・・・・!?」



その姿を見たノイトラから、自然と声が漏れた。
驚愕、それ以外の感情を微塵も含まないその声色が、ノイトラの動揺を如実に語っている。
だがそれは仕方が無いことかもしれない。
誰がその姿を予想しただろう、一体どれだけの破面がその事実を知っていただろう。
おそらくは一握り、十刃すら知りえたかは怪しいそれは、だが紛れも無い真実として今、彼等の目の前に顕現している。


その黒翼は背中ではなく腰の後ろ辺りから生えており、広げた大きさはおおよそ5m程。
羽ばたけば黒い羽がはらはらと舞い降り、白い砂漠に黒を彩る。
だがその翼よりもなによりも、彼等破面達の目を引いたのはそのアベルの容姿だった。

短く、襟足だけが長かった黒髪は、全体が膝に届くほど長く伸び背中へと流れ、両側からほんの一房ずつが肩にかかるようにして後ろに流れる。
身体の線は細く、肌は病的に白く、白いというより青白いと言った方が適切ではないかというほど。
しかし、その青白く細い線にあっても性を主張するその輪郭は丸みをおび、決して大ぶりではないがそれでも艶やかさが漂う。
肩から背中に掛けては大きく開かれ青白い肌が顕になり、それ以外を覆うのはやや後ろが長く、鳥の尾羽を思わせる優美な漆黒のドレス。
手を覆う手袋は此方も漆黒で、二の腕までを覆い隠し、胸のビスチェと同じラインを保っていた。
そしてその顔には、不気味さの漂っていた眼の文様があしらわれた嘴の仮面はなく、鼻の辺りまでを身体を覆うドレスと同じ漆黒のヴェールが。
そして唇には薄紫色のルージュがひかれ、艶やかであるがどこか怪しさを醸しだす。



「どうした、第8十刃? それ程この姿が意外だったか?私は今まで一言も、自分が”男だ”と言った覚えは無いのだが・・・な。」




そう、その姿はまさしく女性そのもの。
第5十刃 アベル・ライネス、誰もが男であると、そう考え、決め付け、疑わなかった人物の本当の姿。
中性的ではあったが男であると、外套に包まれ見ることは叶わぬがその内にあるのは男の姿だと、真実疑うことがなかった。
それは固定観念、ネリエル、そしてハリベルという存在がありながらどこかでメスが十刃に立てるはずが無い、という卑下する考えが多くの破面の眼を暗く濁らせた結果がこの驚愕に繋がるのだ。

そうして驚愕の視線を一身に受けるアベル。
その黒い姿は、美しき花嫁を思わせるが、しかし一方で死を悼む喪服にも見える。
人生の始まりを告げる花嫁と、人生の終わりを見送る喪服の女、相反する属性を今のアベルはその身に纏っているのだ。
浴びせられる視線を露ほども意に介さず、眼下に半ば呆然と佇むノイトラを見る彼女。


「無意味な驚愕、無意味な眼差し、性別などという微々たるものにこれ程までに揺れる・・・・・・あまりに幼く、そしてあまりにも無意味だ・・・・・・」


どこか辟易した様子で呟くアベル。
彼女からすれば性別などというものすら無意味なのだろうか、ただ生物を弐分する記号でしかないのだろうか。
そしてそれに囚われる多くの破面が、彼女にとって無意味に縛られる無意味な存在ということなのだろうか。



「第8十刃、もう一度だけ言おう。 先の一撃で私を仕留められなかった事を・・・・・・悔やむがいい・・・・・・」











舞い飛ぶ黒い嵐

六つの大鎌

一対の翼

啄ばむのか

それとも噛み切るのか


結末は


咆哮に消える・・・・・・











※あとがき

アベル・・・・・・ 女性でしたw
意外だと思ってもらえれば幸い。
そしてノイトラは結局不意打ちになってしまった・・・・・・
うまく書いてやれない自分が恨めしいです。
結局ご都合主義になってしまったよ・・・・・・










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.43
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/02/06 16:58
BLEACH El fuego no se apaga.43










黒い十字架。

白い砂漠に白い壁、白を基調とする虚夜宮においてその十字架は浮かび上がるように鮮烈で、見る者の目を引く。
だが目を引くのはその異色によるものだけでなく、十字架のもつ美しさ故なのか。
細身に身に付けた漆黒のドレス、それが映える青白いほど透き通った肌、それがまた漆黒を引き立てる相乗の美。
黒い絹糸のように皇かな髪は風に揺れ、さらさらと音を立てるかのよう。
目元を隔す黒のヴェール、唇には薄紫のルージュ、均整の取れた顔立ちと漂う妖しさは例え目元が見えずともその者の美しさを密かに語る。

そう、それは十字架。

天界や、神といった西洋の思想から言えばこの場所は万魔殿、しかしそこに舞い降りたのは神の御印たる十字架。
しかしそれは漆黒の逆十字、天から堕ちた翼持つ女神の肖像、人に仇成す存在である破面、十刃が一。
十刃第5位、アベル・ライネスという名の十字架が降臨したのだった。



「こうして解放したのは何時ぶりだろうか・・・・・・全てが鮮明だ。 視える全てが、風景が、世界が、そして・・・・・・貴様がな、第8十刃(オクターバ)・・・・・・」


闘技場へと振り渡る言葉には、紛れもない感情の色が見えていた。
おおよそ、アベル・ライネスという存在から感じられることなど無かった色。
ある種の満足感、高揚といった正の感情が、その色が言葉から感じられる。

「私は貴様を見誤っていた。 私に解放させた事は評価に値する。・・・・・・その無意味な驚愕の顔さえ視せなければ・・・な。」


アベルの言葉通りノイトラの顔は驚きに染まっていた。
ただ解放しただけならば彼はこれほど驚かなかっただろう。
解放した姿が如何に特異であれ、彼はこれほど驚く事は無かっただろう。
だが、だがどうしても、彼は冷静を保てる境界線の際までその理性を振ってしまった。
そのたった一つの事柄が、只の記号だと割り切れば済むものが、彼の顔に驚愕を映し出したのだ。



アベル・ライネスが”女性である”という一つの事柄が。



「どいつも・・・・・・ どいつもこいつも、俺の邪魔をしやがるのは皆、”女”ばかり・・・・・・見下し、哀れみ、慈悲という名の自己満足で、俺の牙に泥を塗る・・・・・・」


低く、地の底から搾り出したようなノイトラの声が響く。
アベルの姿を見上げるのではなく、俯く様にして放たれる言葉。
それはノイトラ・ジルガという破面の逆鱗、メスに劣るという事は彼にとって禁忌に等しく、決して許容できるものではなかった。
2年前の彼ならばこのまま理性の鎖は脆くも千切れ、”愚”を曝すだけの獣以下の存在へと成り果てていただろう。

「だがな・・・・・・ だが、”そんなもんは、どうだっていい”。俺は、テメェさえ殺せれば充分なんだよ第5十刃。テメェが女だろうが男だろうが、関係ねぇんだ。」


その手に持った黒い羽を握りつぶすようにして、再び顔を上げるノイトラ。
再びアベルと対峙したその顔に、最早驚愕は、そして怒り狂った気配は無かった。
あるのは純粋な”青い怒り”
敵と自分の区別すらなく諸共に焼き尽くし、触れる全てを消炭にするような怒りではなく、ただ己の敵と定めた相手だけを殺す為、理性を保ちながら完全に燃焼する怒りがノイトラに浮かんでいた。

「ほぅ・・・・・・ 霊子の揺らぎを見る限り、その言葉、偽ではなさそうだ・・・・・・だが判らないな、メスだからという無意味な理由で前第3十刃を付狙った貴様がどうしてそう言える?2年の間に趣旨変えしたか?」

「テメェに話して聞かせる心算は無ぇ。 それに・・・・・・これから死ぬヤツが聞いたところで、そんなもんは”無意味”だろうが。」

「・・・・・・確かに。 貴様の2年に興味はあれど、これから死ぬ者が語る過去など無意味だ、今貴様が語るべきは、遺言より他あるまい。」


言葉、意地の応酬、そしてアベルの言葉が契機となった。
ノイトラは握りつぶした羽を投げ捨て、砂漠に突き刺した大鎌をその手に握る。
4本の大鎌は振り被られ、その大きさと相まってノイトラ自身の存在感自体を巨大化させていく。
対してアベルは中空に留まったまま微動だにしなかった。
その様子は一見して、ノイトラの攻撃を受けて立つ余裕の現われに見える。
強者たる余裕、上位者として下位の者の攻撃を受けてたつという度量の大きさなのか。

しかし、そうではない。
アベルの攻撃は既に始まろうとしているのだ。

アベルの留まる中空、そこで丁度彼女が背にしている空間が渦を巻くようにして収束する。
否、収束しているのは空間ではなく霊子、収束する渦の数は四つ、そのどれもが掻き集められる様にして中心へと集まり、そしてその収束は何時しかアベルの霊圧と同じ、灰色の破滅呼ぶ砲弾を造り出した。

「啄ばめ・・・・・・ 収虚閃(セロ・レウニールセ)。」


アベルがゆっくりと片手を挙げ、ノイトラを指差すように向ける。
するとその令を待っていたかのように、四条の灰光がノイトラを目掛け襲い掛かる。
撃ち下ろされる様なそれは狂いなくノイトラを捕らえ、飲み込むべく迫り、ノイトラは迫り来る灰色の光をそれぞれその手に持つ大鎌をもって受け止めた。
前へと突き出されるようにされた大鎌、腕を伸ばし、渾身の力でもってその光を受け止めるノイトラ。
弾かれそうになる大鎌をその膂力にものを言わせて押さえ込み、アベルの放った四条の収虚閃と拮抗させる。
いや、それだけではない。
ノイトラの足が一歩、また一歩と前に出る。
そう、ノイトラはアベルの放つ収虚閃をその大鎌で受け止めながら、前進しているのだ。
倒すべき、殺すべき相手へと向かい一歩ずつ。

拮抗する灰光と大鎌、その拮抗は進歩だ。
5番と8番、数字でみれば如何程のさも無いそれは、しかし十刃に置き換えれば大いなる隔たりだ。
それが今、紛い形にも均衡を保ち、それだけで終わらず大鎌の男はその歩を進める。
アベルが全力を出していないのか、それともノイトラが力をつけたのか、理由はどうあれ現実としてノイトラは攻撃を受けながらも退かず、アベルに対抗しているのだった。





――――――――――






そうしてアベルの灰光を受け止めるノイトラを、高みより見下ろす藍染の顔にはやはり黒い笑みが浮かぶ。

「あら~。 5番サンが女の子やったのも驚いたけど、8番サンもやるもんやなぁ。・・・・・・藍染様、一体・・・彼に何をしはったんです?」


感嘆の声を上げたのは、藍染の隣に控えていた市丸ギンだった。
彼からしてみれば眼下に広がる光景は、想像以上のものであり、彼が言ったとおりアベルが女性であった事は当然の事ながら、そのアベルに対抗するノイトラの姿もまた、驚きの対象だった。
その市丸の疑問に、藍染は「そうだね・・・・・・」と小さく前置きし、語り始める。

「ギン。 君は”蟲毒(こどく)”というものを知っているかい?」

「はぁ、蟲毒・・・ですか?」

「そう、蟲毒・・・・・・ 現世において古代では、一つの壺の中で様々な毒虫、更には蜘蛛、蜥蜴や蛙といった生物を閉じ込め、に互いを喰らい合わせ、最後に残った一匹を呪物として用いたそうだ。その思想、私には非常に興味深かった・・・・・・だから創ったのだよ、私も。」


蟲毒という耳慣れぬ言葉に、市丸は聞き返すようにして藍染の言葉を待った。
藍染が語るところ、蟲毒と呼ばれるものは一種の儀式であるという事、”呪い”という非科学、超常の産物を体現させると信じられていた時代において、その蟲毒という手法は用いられていたと。
空腹の中、殺し、喰らい合う。
喰らうのはその血肉だけではなく、その者の持つ毒までも、そしてなにより殺された者の怨念をその身に取り込み、最後に残った一匹を蟲毒と称し完成とする。
藍染はその蟲毒といった呪詛的手法に興味を示し、それを創ったというのだ。
それを聞く市丸は、無言のまま一体何処にそれを、といった視線を藍染に送る。
藍染もその無言の問に答えるように語りだした。

「この闘技場、これこそが私の蟲毒の壺そのものさ。互いに命を懸けて殺しあった者達、勝利者の歓喜、だがそれに倍する敗者の怨念がこの場には満ちている。血肉を撒き散らす戦いの末、死した者の怨念、勝者を嫉む嫉妬、この場に立つことすら許されない自らの弱さへの蔑視と裏返された鬱屈、まさしく怨毒の壺に相応しいと思わないかい?」

「・・・・・・なんやあんまり愉しそうな話とちゃいますね。」

「そうかい? だが座興とはそういうものさ。しかしね、ギン・・・ これではまだ”足りない”のさ。いかに怨念があれどその器が、肉体が無ければ蟲毒は成立しない。だから私はこの闘技場を選んだ・・・・・・ここならば、器を見つけるのに事欠く事はないからね・・・・・・」


藍染の語る蟲毒の内容に、市丸は若干の不快感を滲ませる。
おおよそ趣味が良いとは言いがたいその内容、しかし藍染はそんなことは気にせずに自らの蟲毒を語る。
闘技場という場所、本来ならば命ががけで戦うその場に藍染は、自らの思惑を持ち込んだ。
いや、そうではない。

その藍染の思惑のためだけに、この闘技場は造られたのだ。


「この闘技場の地下にはね、ギン。 特別な結界が構築してあるんだ、”魂魄の輪廻を阻害する”結界が・・・ね。」


藍染がいとも簡単に口にしたその言葉は、世界に対する反逆の言葉だった。
魂とは輪廻する。
世界に満ちる魂、現世、そして死後の世界である尸魂界(ソウルソサエティ)、まるで天秤のような関係性である二つの世界の魂の均衡は常に保たれているのだ。
それはこの虚圏でも同じ事、死した魂は霊子へと還り、そして長い年月をかけて現世へと輪廻するのだ。
だが藍染はその輪廻すら掌中に納めんとする。
まさしく大逆、それ以外の言葉で形容できぬほどの罪をこの男は、平然とやってのけているのだ。

「ギン、君はどう思う? 生まれ、生き、そして死に、また生まれる。その全てを誰かに管理されているかのように生きる・・・・・・産声をあげ、再びそれを上げる瞬間に至るまで、私達は”支配されている”・・・とは思わないかい?」

「それは・・・・・・」

「誰に許されてそれを行うのか、誰がそれを望んだのか、誰にも答えることは出来ず、そして私はそれを望まない。 もしそれに、誰の許しも必要ないと言うのなら・・・・・・私も支配しようじゃないか、その魂の輪廻と言うものを・・・・・・
この闘技場で死んだ破面達は、一体何処に行くと思う? 皆諸共にその地下の結界に突き落とされるのさ。そして霊子に還り輪廻する事を許されず、其処に満ちた怨念に獲り憑かれ、互いの肉と怨念を喰らい合うのさ・・・・・・」


瞳の暗さを増したかのような藍染。
その言葉には、彼の真意が、本当が見え隠れしているようだった。
太古よりそう決められていた、均衡を崩すことは許されないと。
だが何故自分がそれに従わねばならないのか、なぜその支配を自分は受け入れなければいけないのかと。


「ノイトラはね、この2年間その結界の内側でその亡者と怨念を相手に殺し合い、そして喰らっていたのだよ。濃縮された怨念、それを取り込み己の力としたんだろうね。本当にそれが可能なのかは判らない・・・・・・だが力とはそういうものさ、自分がそれを”得た”と思った瞬間から、それはもうその手のうちに”在る”という事なのだろうね・・・・・・」


そう言うと藍染は肘掛に肘をつくようにして座りなおす。
もう語ることはないといった雰囲気で、再び眼下で行われる戦いに興じるために。
それを見る市丸もまた、その雰囲気を察したのか声をかけることはしなかった。
只一つ、この男の哀れさを感じながら・・・・・・





――――――――――





一歩一歩、アベルへと近付くノイトラ。
近付くにつれ、その大鎌で受け止める灰色の光は威力を増していく。
それでもノイトラが歩みを止めることは無かった。
彼がアベルを殺すには、その大鎌のとどく距離まで近付かねばならず、直接攻撃以外に戦闘方法を持たない彼には愚直な前進より他に、選択肢は無かったのだ。

そうして近付くノイトラに対し、アベルはその灰色の虚閃を緩めなかった。
アベルの収虚閃は自らの霊圧の余剰分を収束して放つ技、余りを掻き集めただけの虚閃ではあるが、それ故に霊圧消費は少なく、何よりその照射時間の長さが最大の武器である。
虚閃として放った霊圧すら還元率は大分低いながらも回収し、再びの砲撃とする。
通常の十刃が放つ虚閃に比べ、その時間は倍にも達する長さなのだ。

(遅くはあるが、確実な一歩を選択したか・・・・・・全身の霊圧といい、予想以上の成長を遂げている。・・・・・・評価には値する・・・か。)


虚閃を放ちながらも、ノイトラを観察する余裕を見せるアベル。
自分の虚閃を受け止め続け、尚且つその足を進める。
無理に弾き返すのではなく、受け止め、更には流す事でその身にかかる負担を軽減している様が、アベルには良く視得ていた。
その姿は2年前と同じ男とは想像もつかないほど、確実な成長、そしてなにより精神的な強さが今アベルが視るノイトラにはあった。


「グッ・・・・・・ ウルラァァァアアァアアア!!


アベルへと近付いていたノイトラ。
ノイトラはその歩みを止めやや大きめに足を開き、しっかりと砂漠を掴むようにして立つ。
そして大鎌を持つ4腕の筋肉が一回り隆起したかと思うと、大鎌に受けていた四条の光を文字通り四方へと弾き飛ばした。
4本のうち2本は砂漠へ突き刺さり爆塵をあげ、もう二本は斜め上に弾き飛ばされ闘技場と観覧席を隔てる結界へ衝突し、猛烈な光を発する。
中空に留まるアベルにまで届くほどの爆塵、アベルから視ればまるで雲海を視るかの如きそれ、そしてその中から砂煙の尾を引くように勢い良く飛び出してきたのはノイトラだった。
アベルよりも更に上、そこから大鎌を振り被った格好でアベル目掛けて急降下するノイトラ。
4本の凶月の欠片が鈍く光り、、アベルにその刃を突き立てんと襲い掛かる。

しかし飛来する月光の刃を前に、アベルはなんら動く様子を見せない。
それどころか上空から落下するノイトラに対し、一瞥すらくれる様子もなかった。
だがそれはアベルにとってなんら問題ではなく、そもそも今のアベルに視線を向けるといった動作すらそれ程必要ではないのだ。
それを行わずとも、アベルには全てが視えている。

そう、全てが。

ノイトラの刃が数瞬の後にはアベルを捕らえるか、というその時、ついにアベルが動いた。
動いたと言っても彼女がしたのはその翼で羽ばたいた、という只それだけの事。
だがそのそれだけの事が、現状に劇的な変化を齎した。
ノイトラの身体が、アベル目掛けて落下していたノイトラの身体が再び上空へと昇ったのだ、まるで弾かれるように。

(なに!? なんだ、これは! クソッ!圧し、戻される・・・・・・!)

そのまま体勢を崩したノイトラは、砂漠へと落下し激突寸前で体勢を立て直すと砂漠に突き刺さるように着地する。
不快な事象が自分の身体を襲ったことにノイトラは困惑していた。
確かに自分はアベルに対しその刃を向け、数瞬の後には打ち込んでいたはずなのにそれが叶わなかったと。
なにか巨大なものに圧し戻されるようにして弾かれたのは、一体なんなのかと。
目の前にいたはずの敵はまた上空へと、そしてその敵がした事と言えばただその黒い翼を羽ばたいただけだと言うのに、と。

「解せないか? 何故自分が落されたのか。 簡単な事だ、お前が無意味に発した霊圧、私はそれを流れに乗せ、押し返したのだ。たったそれだけ、しかし効果は絶大。 お前の霊圧が強力になったが故に・・・な。」


簡単な事、アベルはそれをそう言い切った。
ノイトラの発する霊圧、それをアベルはその羽ばたきによって作った霊子の流れに乗せ、そのままノイトラにぶつけたのだ。
言うは易し、行うは難し、相手が無意識に発する霊圧を全て把握し、その流れを予測し、流れを自分の霊圧、霊子を持って誘導し一つの大きな流れとして相手にぶつける。
精密すぎる霊圧操作、全てを視る”千里眼”を持つアベルだからこそ出来る技であることは言うまでもない事だった。

「さて・・・・・・ 私の収虚閃を受け止め、更には弾き反撃にまで至った事は評価に値する。だが無意味だ・・・・・・ 宣言しよう、次の収虚閃の数は”六”だ。どうする? いい加減出したらどうだ、無意味に隠すその”残り2本の腕”を。」


見通す、何処までも。
アベルは宣言する、次の収虚閃は六条となると、そしてそれを防ぐにはノイトラが隠しているという腕を出さねばならないと。
外見からそれを判断する事は不可能、それはある種ノイトラにとっての切り札、勝利するために手段の一切を選ばぬノイトラ。
それが奇襲であろうが不意打ちであろうが、彼が求めるのは勝利であり過程ではないのだ。
重要なのは結果、勝利したという結果、敵を殺し、自分の方が強いという事を証明したという結果だけ。
故にノイトラは隠していた、ここぞという時の為のまさしく”奥の手”を。

「・・・・・・チッ! どこまでも見透かしやがって・・・・・・何でも知ってるって顔して俺を見下しやがる。俺の方が弱ェと決め付けやがる・・・・・・満足か? 俺をコケにして・・・・・・ えぇ?満足かって・・・訊いてんだよ!!」

「・・・・・・・無意味な問いだな、第8十刃。満足する、しないという問題ではない。 それが私にとって、そして貴様にとっての純然たる事実だ。」


何処までも噛み合わない二人、それは平行線、何処までも、そして何時までも交わる事のない二本の線。
だがその線には“差”がある。
灰色の線は、常に黄色い線の一歩先を往くのだ。
黄色の線が如何に必死に喰らいつこうとすれども、その牙が届く事はなく、牙は空を噛むにとどまるのみ。
追いつけない、追い越せない、故に腹が立つ、故に気に入らない、故に・・・・・・

「うるせぇ!! 事実が何だってんだ! なら俺が捻じ曲げてやる!テメェが謳うクソ以下の事実を!! 見やがれ!コイツが俺の、全力だァァァああ!!!」


それはノイトラの魂の叫びだった。
突きつけられた事実、そしてそれはおそらく真実なのだろう。
客観的にみてノイトラに勝機は無く、死肉と怨念を糧として身につけた”力”をもってしてもそれは覆らない。
だが、だからと言ってそれを納得する訳がない、出来る訳が無いのだ、彼が、ノイトラが男であるが故に。

彼の目的、それは戦いに生きる事。
呼吸一つとってもそれは常に戦場、戦いの中においてするものであると、そして戦いは更なる戦いを引き寄せ、その連鎖の中自分は死ぬのだと。
戦いを求めるための最強、そして何より死を求めるための最強。
戦いの中で死ぬ事、それ以外は彼にとって恥を曝すことに他ならず、その恥を忍んでまで立ったこの戦場で勝てぬからといって退くことなど、彼に出来よう筈もない。


ノイトラの脇の下、両の肋(あばら)の辺りから4腕と同じ外骨格を纏ったような腕が生える。
それを含め6腕となったノイトラは、更にその増えた腕の手首を返すように動かす。
すると手首の付根から黒い棒状の物体が飛び出し、そしてその棒から跳ね上がるようにして鈍い色の刃が現われ、大鎌となる。
6本の腕、6振りの大鎌、そして先程よりも更に増して吹き上がる黄色に輝く霊圧。
雄々しき姿、まさにそれが彼の全力である、ということを示していた。


そしてそのノイトラに六条の灰光が降り注ぐ。
降り注いだ光はその全てをノイトラの大鎌によって防がれるが、アベルはそれに構う事無く照射を続ける。

「叫び、罵り、粗暴を振舞いながらその実、霊圧は多くを語る・・・・・・無意味にもまだ私に挑み、そして勝つと、そう考えているのがその研がれた霊圧から良くわかる。無意味だ・・・・・・ 何故諦めない・・・・・・」

「テメェには一生判りゃしねぇよ。 何でもかんでもテメェで決め付けて、始めっから諦めてるテメェにはな!」


降り注ぐ光を受けながらも、ノイトラは一歩たりとも退かなかった。
負けられない、いや負けない、それも違う、勝つのだと、その気概によって降り注ぐうちの一本を掻き消す。
しかしアベルは慌てる事無く次の砲弾を用意し、即座に照射を再開する。
それすら無意味だと言わんばかりに。

「違うな・・・・・・ 私は決め付けているのではなく、理解しているのだ。私に、そして他人に可能な事、不可能な事というものを。」

「それが決め付けてるって言ってんだよ! 霊子が見えるご大層な眼だか知らねぇが、その眼で俺の上っ面と、内臓が視えたら俺の全てを判ったとでも言う心算かよ!クソ5番!」

「・・・そうだ。 それさえ視えれば事足りる。判断材料としては過分とも言えるな。」


冷淡な声が響く。
感情の色を見せたかと思えたその声、しかし今はその色はなりを潜め無色に、そして無機質に変化していた。
怒りと、そして勝つという意気を噴き上げるノイトラに対し、アベルは余りにも平坦。
起伏を見せないその声でノイトラの言葉を肯定する。
霊圧と、霊子の流れと、そして肉体を構成する霊子構造、これだけを視れば全ては済むものと、それ以上何がいるのかと彼女の声は彼女が、真実そう思っていることをその冷淡さで表す。
余りにも歪で、しかし彼女にとっての真実を。

「ふざけんじゃねぇ!! 俺をテメェが計るだと・・・?俺は”最強”だ! 俺は俺の”最強”を!俺自身の手で示す!テメェが端から諦めて、一生出来ねぇ事を!この俺が示してやる! 最初から逃げ腰の腰抜けが・・・・・・俺の・・・ 邪魔を、すんじゃねぇェェエエエエ!!!」


叫びと共にノイトラは更に霊圧を解放する。
放たれるそれはアベルの灰光を押し退け、形を成せぬ程切り刻んだ。
ノイトラのそれは限界を超えるような行い。
自分の身体、自身の今後、その全てを度外視し、ただ一瞬目の前に浮かぶ十字架を叩き折る力を、自らの内から呼び起さんと。
死肉を喰らい、怨念に蝕まれ、出会い、失い、それでも失わなかった己。
その己という証を打ち立てるためにノイトラは今を駆ける、今こそが駆け抜けるときだと。

ノイトラは砂漠を駆けると、一息に跳び、アベルの眼前へと瞬時に移動する。
振り被られた大鎌は先程よりも増えた6本、必殺を誓った6撃を前に、アベルはやはり動かない。

一発目の斬撃が振り下ろされる。
だがそれは途中で止まり、しかし弾かれる事はなかった。

(想定以上の霊圧・・・!? 全てを弾くのは不可能か・・・・・・ならば!)


ノイトラの必殺を誓った一撃は、アベルの想定以上の霊圧を纏い彼女に襲い掛かっていた。
本来ならこの一撃だけでノイトラの身体ごと弾き返そうとしていたアベルだが、彼女に視えているもの以上の力をノイトラは発揮している。
それに若干の困惑を内心で浮かべながら、アベルは即座に別の方法に出た。

アベルの眼前で彼女の霊圧と、いや、己と彼女の霊圧と拮抗していたノイトラの腕が、グシャリと音を立ててあらぬ方向へと曲がる。
それはアベルが面としてノイトラを押し返すのではなく、方向性を持たせて霊子を流し、ノイトラの腕を捻るようにした為。
ノイトラを激痛が襲う。
しかしその程度で今のノイトラが止まることはなかった。
2本目、3本目と攻撃するノイトラの腕は、しかしその全てを捻折り曲げられる。
それでもノイトラは止まらない。
彼の矜持、彼の決意がそれを許さないが故に。

(気でも振れたか、第8十刃? このままでは貴様の十刃としての・・・いや、破面としての未来が終わるぞ。無意味な戦闘によって無意味な傷跡を残すのは愚かしいにも程があるというのに・・・・・・貴様は一体何がしたいと言うのだ・・・・・・)


思考するアベル。
だがその思考に明確な答えは出ない。
出るはずが無いのだ、如何に素晴らしい眼を持とうと、如何に相手の霊子を視、如何に相手の動きを高い精度で予想できようと、その答えは出ない。
それは彼女の眼でも視る事が出来ないから、そして誰しもがその眼にすることが出来ないから、故に触れ合い、互いに確かめ合うことでしか存在できない存在の為。


”こころ”という破面にとって何よりも近く、そして遠い存在ゆえだった。


一瞬の思考はしかしアベルに一瞬の隙を生んだ。
振り下ろされたのは1本ではなく3本。
ノイトラの持つ残り全ての大鎌が、アベルを突き刺し、切裂かんと振り下ろされた。

アベルは弾き返す事が不可能だと瞬時に判断すると、その翼を渾身羽ばたき、響転によってその場を逃れる。
黒い髪は波打つように揺れ、ドレスもその裾を僅かに揺らす。
それは彼女が移動したため、そしてそれは回避行動、そう、避けたのだ、ノイトラの一撃を、全てを有利に運んでいたはずのアベルが。
ノイトラはその必殺の一振りが避けられると、襲い来る激痛に耐えながら砂漠へと下りた。
そのまま留まってもよかったが、今は足場に割く霊圧すら惜しいと、そうするくらいならば全てを手に握った大鎌へ送るためにと。

対してアベルは自分の現状に戸惑っていた。
何故自分が避けなければいけないのか、解放前ならばいざ知らず、帰刃状態での回避など今までした事が無かったと。
そしてふと、アベルがその手を視れば、赤が、赤い液体が流れていた。
それはほんの少しではあるが、彼女がノイトラによって傷を負ったということ、傷を負わされたという事の証明。
その傷を視て、アベルは己の一瞬を悔いた。
只の一瞬、思考が挟まれたせいで自分は状況を悪くした。
それはあまりにも非効率的、言ってしまえば無意味な行為でしかないとアベルは結論付ける。
無意味な思考、ならばその思考した内容自体が無意味だと。
そうして悲しくも結論付けてしまった。


そしてアベルは決断する。
これ以上戦闘を長引かせるのは得策ではないと、長引けば先程のような状況が、そしてまたあの無意味な思考が浮かび上がるのではないかと。
故にアベルは勝負を決するために動き出す。


「貴様の無意味な特攻に付き合わされるのは不快だ・・・・・・故に早々に決着とさせてもらおう、第8十刃。」

「なに・・・言ってやがる。 それはテメェが決めることじゃねぇだろうが・・・・・・」

「いいや、私が決めることだ。 見えるか? 貴様の周りにあるモノが・・・・・・」


アベルの言葉に視線を奔らせるノイトラ。
彼の周りにある物、白い壁、白い砂、それだけの筈だった、ただノイトラの目にはもう一つ、異彩を放つモノが映ってしまった。
そう、それは”黒”。
白い砂漠のそこかしこに、黒い羽が落ちているのだ。
敷き詰められるほどではないにしろ、闘技場の円形の砂漠に満遍なく配された黒い羽、それはノイトラの周りでも同じ事だった。

「私が・・・・・・ 無意味に羽を撒き散らしていたと、そう思っていたのか?ならば稀に見る浅慮だな、第8十刃。 知るがいい・・・・・・その”黒い羽の全て”が、貴様を啄ばむという事を。」


ノイトラが跳び上がろうとするのと、アベルがその翼をはためかせるのは同時だった。
強い風がノイトラを圧し戻し、砂漠へと釘付けにする。
そしてその風は砂と無数の黒い羽を舞い上がらせ、その風に乗せ運んでいく。
乱気流、乱れる風のうねりと視界を覆う砂と黒。
最早ノイトラからアベルの姿を見ることは叶わず、彼はその檻に閉じ込められてしまった。
アベルの創り出した黒い檻に。

(チッ! なんだ!? コイツは・・・・・・ 何も、見えねぇ!)


捻られ、折り曲げられた腕はダラリと垂れ下がり、健在である腕の一本を目の前に翳すノイトラ。
しかし視界は砂と、それ以上の黒い羽に遮られまったく無いといった状態。
この状況を生んだのは間違いなくアベルであり、いったい自分をここに閉じ込めてどうする心算なのかと怪しむノイトラだったが、それは後手。
既にアベルは体勢を整え、攻撃は始まろうとしていた。

(ッ!・・・なに!? 斬られている・・・だと?あの女ァ、一体何しやがった!)


残された腕の一本に鋭い痛みが奔り、ノイトラはその腕を確認した。
するとそこには一筋の赤い傷跡、そうそれは間違いなく鋭利な刃物によって切裂かれたのと同じ傷跡だった。
何時斬られたのかすら判らぬほどの早業、一体誰が、そんなことを考えるノイトラだがそんな事は判り切っていたと再認する。
アベル・ライネス、今この場でこんな事をやってのけるのは、あの忌々しい女しかいないと確信したノイトラ。
しかし方法がわからない。
どうやって斬りつけたのかすら、だがその思考の余裕をアベルが与えるはずが無かった。
次々と、ノイトラの身体、それも身体のあちらこちらが鋭い何かで切裂かれていく。
刃物が近くにあるわけでもなく、在るのはアベルの黒い羽のみであるというのに。

「羽・・・? 羽が啄ばむ・・・・・・? ッ!クソがぁ! 嵌めやがったな! 5番(クイント)ォォオオオ!!」

「嵌めたのではない。 貴様風に言うなら、”布石”だろう?第8十刃。 私は始めから用意していたのだよ、私の”黒い刃達”を・・・・・・」


ノイトラの叫びに、黒い視界の向こうからアベルの声が答えた。
そう、ノイトラの周りを飛び交う黒い羽、その全てがアベルの”刃”なのだ。
彼女の霊圧を通す事で刃となる黒い羽、アベルはそれでノイトラを覆いまさしく刃の檻を創り出していたのだ。

それに気付いたノイトラは、それから抜け出すべく残った3本の大鎌を振るう。
しかし、振るった大鎌がアベルの刃達を捉えることはなかった。
まるでノイトラの大鎌を避けるようにして舞う刃達、そして避けたそれはノイトラを嘲うかのように彼に傷跡を刻んでいく。

「クソが・・・・・・ クソッタレがぁぁぁぁああああ!!!!」

「無意味だよ、第8十刃。 こればかりは本当に無意味だ。今、私はもてる探査神経(ペスキス)のほぼ全てで貴様を完全に捕らえている。そしてその私が操るその檻から抜け出すことは不可能。貴様は既に詰んでいるんだよ。」


アベルの刃は霊圧の流れに乗っている。
その流れをアベルは完全に制御し、また標的であるノイトラの全てをも捉えた彼女の前では彼は余りに無力。
刃を叩き落そうにも、刃はノイトラの放つその霊圧の大きさ故に避けてしまうのだ。

上空から落ちる一枚の紙を掴み取ろうと、また、水中に漂うモノを掴もうとする時、早く、そして強く掴もうとすればするほどそれは逃げるようにして手をすり抜ける。
それと同じなのだ、空気中なら空気の流れが、水中なら水の流れが、見えぬそれはしかし確かに私達の動きによって生じ、それによって欲しいものはすり抜けていくのだ、その手から。
今、ノイトラに起こっているのはそういう事。
強い霊圧、強力な一撃は強いが為に流れを生み、それによって黒い羽はその一撃をすり抜け、そしてその流れに巻き込まれるようにしてノイトラを切裂くのだ。

これがアベルの必勝の構え。
その大量の刃で相手を包囲し、閉じ込め、そして屠る。
超精密な霊圧操作を要求するそれは、千里眼によって全てを把握できる彼女だからこそ出来る技、


「短剣の軍勢(エヘルシト・ダーガ)。 黒翼の檻の中、啄ばまれ、潰えるがいい・・・・・・」


その呟きはノイトラにとって死刑宣告に等しかった。
如何にその霊圧を増そうとも、如何に限界を超えようとも、それが逆に彼を追い詰める。
そして探査神経のほぼ全てを使って彼を捕らえているのはアベル。
手加減、慈悲といったものは今、この場に挟むはずのない人物、故に彼の死は最早確定事項。
別ったのはたった一瞬、一瞬でも早くノイトラが跳び上がっていれば結果は変ったのかもしれない。
だがそれも今は無意味な事。
現実として彼は捕らえられ、このまま切り刻まれるしかないのだから。





























そう、誰もが思っていた。

















「あぁん? この”神”たるオレ様に、何の許可も無く飛んでんじゃねぇよ!塵雀がぁぁああ!!」










狂乱の暴君が現れる、その瞬間までは・・・・・・









その男

暴を好むが性

その男

暴を振るうが性

その男

全てを殺すが性










※あとがき
ノイトラにも成長と見せ場を作ってみた。
でも、決着も何も全てをアイツが持っていくという展開。

これで許して。

これが今の所の作者の限界。









[18582] BLEACH El fuego no se apaga.44
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:17
BLEACH El fuego no se apaga.44










下卑な声と、それが飛来するのは同時だった。

飛来するのは緋色の弾丸。
瞬きの間に疾走するそれは、まるで吸い込まれるように美しき黒翼を撃ち抜いていた。

「な・・・に・・・・・・?」


そう呟いたのはアベル。
中空に留まり、眼下で吹き乱れる砂と黒い羽の嵐の全てを制御していた彼女の口から零れたそれ。
驚愕というよりむしろ不可解といった声色のそれは、自らの翼の片割れにおこった事態への困惑の色。
黒い翼に空いた穴、翼の中心が打ち抜かれているという現象に彼女はその困惑を隠せない。

それもその筈、彼女にとって、いや彼女だからこそその困惑は大きさを増すのだ。
アベルという破面の最たる能力、十刃最高の霊圧知覚を持つ彼女。
身の回り、それも全方向をくまなく視るその探査神経(ペスキス)は、本気になればそれこそ千里の彼方すら見通せるのではないかと言われるほど。
無論そんな事は不可能なのだが、そう思わせるだけの能力を彼女は有している。
その彼女が傷を負った、それもノイトラが与えたような小さなものではなく、彼女を脅かすほどの大きなものを。
翼へと送った視線、それを彼女はゆっくりと別の方向へ向ける。


「第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)・・・・・・ネロ・マリグノ・クリーメン・・・ 貴様・・・・・・。」


その視線の先には巨大な男が一人。
筋肉と、それ以上の贅肉でその身体を固めた大男。
手入れなど皆無のボサボサの緋色の髪、鬣を思わせるそれを靡かせながらゲラゲラと下品な笑い声を上げるその男。
首から龍の顎(あぎと)を思わせる仮面を下げ、その顔に紫の仮面紋(エスティグマ)を刻みつけ笑う男の名はネロ。
ネロ・マリグノ・クリーメン、この虚夜宮において最低、最悪、暴威と暴慢の限りを尽くす暴君がそこには立っていた。

視線を送り、ネロの姿を確認するもアベルはそのままゆっくりと落ちるようにして砂漠へと着地する。
翼に負った傷はある種、彼女にとって最も避けねばならないものだった。
超高精度での霊圧操作、霊子の流れを読み取りそれすらも御するその全ては、彼女の翼が行っているのだ。

彼女にとっての不幸は只一つ。
その抜きん出た探査神経のほぼ全てを使ってノイトラに対していた事。
ほんの一瞬でも彼女を脅かし、そして無意味な思考を行わせた敵を確実に、そして迅速に屠るためのその行為。
常の彼女が使う探査神経を”円”とするならば、今の彼女が使っていたのは”点”。
自分を中心にしたのではなく、標的であるノイトラを中心としその全てを、それこそ揺れる髪の一本すら捕らえようという尋常ならざる精度での探査神経を彼女は使用していた。

しかしそれが彼女に災厄を招き入れる。

闘技場という一対一の空間、そして彼以外の敵の存在を考慮する必要が無かったからこそ使用した。
だがそれは裏を返せば自身の守りを薄くするも同義。
集中する余り疎かになる、しかし敵は自身の檻の中であり完全に自身の監視下にあると、それならば何の問題もないはずという考えは、たった一体の災害に近い破面の登場で崩れ去ったのだ。

彼女に手痛すぎる傷を残した上で。


「ゲハハハハ! そうだ! それでいいんだよ!塵ほどの価値も無ぇテメェらは、オレ様に見下され初めて生きてる価値があるんだからなぁ!!」


砂漠へと下りたアベル、片方の翼を大きく傷つけられたため、砂漠に吹き荒れていた霊圧の嵐は止み、黒い羽もはらはらと再び砂漠へと舞い落ちる。
観覧席よりその姿を見下ろすネロは、それを満足そうに大声を張り上げて笑う。
響く笑い声にも、そして叫ぶ言葉にも、その全てに一切の嘘偽りは無く。
ネロという破面は、本当に本心からその存在する全てを見下している。
自分こそが至高の存在であるということ、それを欠片も疑う事無く信じて、いや、確信しているのだ。

「何の、心算だ・・・・・・ 第2十刃(ゼグンダ)・・・・・・」

「あぁん? テメェ耳が無ェのか? ”神”たるオレ様の許可なく飛ぶんじゃねぇと、オレ様が言っただろうが。神の言葉だ、従わねぇんなら制裁は当然だろうが!塵屑!」


アベルの問にネロは憮然として答える。
自分の許可なく飛ぶことは罪であると、それを神たる自分が罰して何が悪いと。
彼が考え、誰に言うわけでもなく、しかし自分が布いた法に従えと彼は言い切るのだ。
それが当然であると言わんばかりに。

ネロは拳を振り被り、そして突き出す。
そしてそこから生まれるのは、アベルの翼を貫いた緋色の弾丸。
虚弾(バラ)と呼ばれる破面共通の技であるそれを、何の躊躇いも無くアベルにむけて撃ち放つネロ。
しかしアベルも只でそれを喰らう心算などなく、冷静に回避する。
常時のアベルであれば、これくらいのことは当然出来るのだ、故にその翼に負った傷は異常と言える。

「判っていないのか? これは強奪決闘。 貴様が気紛れで介入すべきものではない、という事が。」

「知るかよ! 玩具も皆、殺しつくしてオレ様が暇だから態々出向いてやったんだ。派手な殺し合いをみせろ! オレ様を満足させる為に死ね!」


暇だから、たったそれだけの気紛れでこの場に現われたネロ。
玩具というのは2年前、藍染が彼に用意した一万人分の魂魄のことだろうか、それを殺し尽してしまったというネロ。
そしてその暇だからというたったそれだけの理由で、決闘に横から割り込んだのだ。
あまりに無粋、無粋の極地たる行動。
だがネロ本人にそんな自覚は露ほども無い。
あるのは只一つ、神たる自分の暇をそれ以下の塵芥の類が愉しませるのは、当然の義務だという捻れ、屈折した思考のみ。


その余りに愚かしく、独善的で自己中心的な行動でこの決闘の場は穢されたのだ。


ネロはアベルの言葉などお構い無し、両腕から交互に虚弾をアベル目掛けて撃ち続ける。
アベルとてそれを避け続けているのだが、そんなことすらネロにはお構いなし。
闘技場は見る間に惨状を増し、砂は抉れ、壁は結界が在るにも拘らず罅割れ、崩れていく。
アベルと同じようにこの闘技場事態も傷ついていた。
度重なる破面同士の戦闘、そして極めつけは十刃クラスの連戦。
本来それを考慮されていないこの場所に、もうこれ以上の衝撃を防ぐことも、崩壊を止める事も出来る訳が無かった。

(クッ・・・・・・ 第8十刃以上に論理的思考の無い・・・・・・只の単細胞が・・・宮殿に篭り、虚飾と陶酔で塗り固めた偽天の座に収まっていればいいものを・・・・・・)


そうしてネロの攻撃を避けつつもアベルは一人、内心毒づいていた。
アベルにとって理論的思考の無い者は、取るに足らない存在である。
先程のノイトラとのやり取りをみれば判るとおり、彼女に感情面での機微を期待するのは難しく。
それから派生する理論を無視した行動もまた、理解から遠い存在なのだ。

だがネロはそのノイトラ以上に理論というものが当て嵌まらなかった。
まずもって論理的思考というものを、ネロが持ち合わせているかが怪しい。
自分の正当性、それこそが万物に共通する真理だと盲信し、一分の疑いも抱かないネロ。
何故、どうして、という思考がその考えには挟まれていないのだ、自分がこう考えている、故にそれは正しく従わぬ方が悪い、それを罰して何が悪いと。

今もゲラゲラと醜悪な笑い声を上げ続けるネロ。
その姿をアベルはそのヴェール越しに眼にし、嫌悪感を顕にする。
そしてあんなモノに傷を付けられた事を何よりも恥じていた。

「逃げ回ってんじゃねぇよ! 派手に弾けて死ね! 雀女ぁぁああ!!」


叫びと共にネロは大きく振り被り、今までで一番強力であろう虚弾を放つ。
しかしアベルは確実にそれを捕らえている。
そのアベルがただ真っ直ぐに飛んでくるだけの霊圧の塊を、避けられない筈がないのだ。
いや、”筈がない筈だった”。

(何時までも無意味な攻撃を・・・・・・そんなものに当たるはずがなッ・・・何だと!?)


響転による回避を試みるアベル。
しかし初動へと移ろうとした瞬間、彼女の膝がガクリと落ちる。
彼女も気がつかなかったある種の盲点、それはほんの一瞬顔を覗かせた疲労によるものだった。
その千里眼と呼ばれる類稀な探査神経を持って他者の全てを見透かすアベル。
更に解放する事でその能力は増し、相手の内部構造すら視ようと思えば視えてしまう程、しかしそうして能力を使うには並々ならぬ集中力が必要である。
集中する事、それだけならばいいだろう、だが”集中する事”と”集中し続ける事”は違うのだ。
特にアベルの場合、今この状況に至るまでノイトラと戦っており、その戦いの中精密な霊圧操作とそれに付随する探査神経の常時全力使用。
更には切り札である『短剣の軍勢』を使用した結果、アベルは彼女が気付かぬほど疲労をその身に抱えていた。
他者を見透かすアベル、しかしそれ故に自分を、自分という存在を見るということを彼女は蔑ろにしてしまったのだ。
それが今、この瞬間顔を覗かせた、この最悪の瞬間に。


(クッ・・・・・・ 避けられな・・・か。 我ながら呆気なく、そして不様な最後だな・・・・・・)


避けられないと、そう悟った瞬間アベルは諦めた。
彼女の司る死は『諦観』、何もかもを諦めてしまう悲しい価値観。
そして彼女は今、自分が生き残ることすら諦めてしまったのだ、どう足掻こうときっと自分が助かることは無いと。
そうして瞳を閉じ、己の生を諦め、死を受け入れようとするアベル。



「何諦めてやがんだよ・・・・・・ クソ5番。」



そんな声がアベルの耳に届いた。
ネロの襲撃によってその探査神経を向ける事を止めた存在。
その存在の声が今、彼女に向かって投げかけられたのだ。

「貴様・・・・・・ 一体何をしているのだ・・・・・・」


顔を上げたアベル、その視界に映ったのは自分を殺す為に飛来した緋色の弾丸を、その手に持つ大鎌で受け止めている男の姿。
ボロボロの白い死覇装、そして身体中、顔も、腕も、脚も、胴も、その手に握った大鎌すらも傷で覆いつくし、大量の血を流しながらもその男は立っていた。

まるで死に瀕したアベルを、その身を挺して護かのように。


「ハァァァ、ウラァァアア!!」


咆哮と共に緋色の弾丸をその大鎌で打ち返す。
傷だらけで痛んだ大鎌は、その衝撃に耐え切れずに砕けた。
そして男の腕もまた、その一本が耐え切れずにダラリと垂れ下がる。
だがしかし、それでも確実にアベルはその危機を脱したのだ、先程まで自分が殺そうとしていた相手、ノイトラ・ジルガの手によって。

アベルにはその光景は理解できなかった。
何故この男が自分を助けるのか、何故自分を殺そうとした相手を、何故、何故、何故と思考だけが巡る。
論理的に考えてまず理由が無い、あったとしてもその身を危険に曝してまでそうする価値がない。
あり得ないのだ、アベルにとってその光景は。


だがそうして、まるでアベルらしくもない気の抜けた様子でいる彼女に、ノイトラは無遠慮に近付く。
そして彼女の髪を鷲掴みにすると、そのまま自分の方へと引き寄せた。

「何諦めてんだって訊いてんだよ! 俺を此処まで襤褸カスにしやがったテメェが何諦めてやがる! ふざけんじゃねぇぞ! テメェの諦めは!テメェ自身が泥の中を這い回って足掻くのを、足掻いてでも生き残ろうとするのが不様だと!そう思ってるからじゃねぇか! えぇ!」


引き寄せられたアベルに映るのは、怒りに燃えるノイトラの瞳だった。
それも自分が此処まで傷つけられた事よりも、アベルが足掻く事を諦めた事に対する怒りにに燃えていたのだ。

「何でも諦めた振りしやがって・・・・・・本当はテメェが不様に足掻くのが許せねぇだけだろうが! その不様を曝すぐらいなら! 泥を這いずり、呑む位なら諦めちまった方が楽だとでも思ってんだろうが! それが気に喰わねぇんだよ! そんなヤツが俺の上にいるのが!スかして見下して、不様を曝す俺を嘲いやがる! 俺は諦めねぇ! 泥に塗(まみ)れても必ず勝つ!テメェに気概は無ぇのかよ! 5番(クイント)! 」


その叫びはおそらく彼の本心なのだろう。
男と女、オスとメスという己の拘り、2年の時を費やしそのちっぽけな価値観から抜け出した彼には、色眼鏡ごしでなく彼女を見た彼にはそれが良く見えていた。
無意味だ、諦めろと口にする彼女、しかし彼にはそれが気に喰わなかった。
その無意味は、その諦めは、挑戦することを放棄し、自分を守ろうとする口実にしか彼には見えなかったからだ。
自分という存在を一点の汚れなく守りたい、その為に泥に塗れるような事はしない、ならば諦めてしまえばいいと、そんな思考が彼には見えた。
無論それは間違いかもしれない、だがそれでも彼はそう感じたのだ。
それ故に彼は負けられないと、泥の中を這い回り続けた彼だからこそ負けるわけにはいかないと、必ず勝つと誓っているのだ。

「貴様が、何を、言っているのか・・・・・・私には・・・理解できない・・・・・・」

「だったら引込んでろ! 戦場に女は! それ以上に勝利を諦めた奴は必要無ぇんだよ!!」


途切れ途切れ答えるアベル、しかし彼女にノイトラの言葉は理解できなかった。
いくら考えたとて答えが出ない、自分の諦めは論理的、そして総合的に出た結論によるもので、気概などといったありもしない不確定要素は参考に値しない筈なのにと。
そんなまるで急に弱ったかのようなアベルを、ノイトラは髪を掴んだまま持ち上げると蹴り飛ばし、壁の際まで吹き飛ばす。
その言葉通り必要ないと、諦め、勝利の意思無く戦場に立つ者など必要ないとして。

「ゲハハハ!! とんだ茶番だなぁ~、えぇ? 8番の羽蟲よぉ。にしてもアレは5番だったのか? 見た目じゃ判らなかったぜ。だが・・・それにしてもどういう心算だ? このオレ様の邪魔をするとはよぉ~。」

「・・・・・・臭ぇなぁ・・・・・・ 臭くて堪らねぇ・・・・・・テメェの臭ぇ息が、ここまで臭うぜ・・・汚ぇブタが。」

「何だと?  あぁそうか・・・ 死に損なったから死にてェんだろう?この・・・・・・羽蟲がぁ!」


それまで気分良く醜悪な笑いを上げていたネロ、しかしノイトラの一言はそれを一瞬にして憤怒に変えた。
観覧席から勢い良く飛び降りるネロ。
急転直下、爆発が起きたかのような豪音を轟かせて砂漠へと着地する。


「そんな襤褸クソの身体で、オレ様に楯突いた事は褒めてやるよ!だから・・・・・・ じっくり甚振ってから少しずつ殺してやる!」


砂漠に降り立った巨漢、指をボキボキと鳴らすようにしてノイトラに近付いていく様には、怒りと、そして命を刈り取る事への快楽が滲む。
対するノイトラは満身創痍、ネロの虚弾を打ち返しはしたものの、立っているのが奇跡ともいえる状態。
もともとアベルの諦めた様子があまりに気に喰わない、というそれだけで動かした身体だった、それ故今、彼にネロに対する勝機は欠片も無い。
だがそれでもノイトラはその手に持った大鎌を構える。
その数は既に2本にまで減っていたが、それでも彼は戦う事を諦めはしなかったのだ。

だが、気概は何にも増して戦場を左右するが、それでも決定的に変えるほどの力は今は無く。
満身創痍と完全無欠の戦いは、どう転ぼうと完全無欠の暴君に歩があった。

「おらおらどうした! デカイ口を叩いたんだ・・・その大層な鎌でオレ様に抗って見せろや! 羽蟲ィィイ!!」


ネロはその巨体に似合わぬ速度でノイトラを追い立て、攻撃を加え続ける。
それも一撃必殺ではなく、ただ甚振り、詰る為に加減を加えて。
張り手、鉄拳、前蹴り、踏み付け、その全てにおいてノイトラの身体は面白いように宙を飛ぶ。
それは既に戦いとは呼べず、一方的虐殺以外に他ならなかった。
誰もそれを止める者はいない、誰だって死にたくは無いからだ、態々死地に飛び込むような真似をしたがるものなど居る筈も無いのだから。

「ケッ! つまらねぇなぁ~。 そう思わねぇか?羽蟲。 これじゃァ人間共を殺し合わせてた時の方がよっぽど面白かったぜ・・・・・・」


大きな手でノイトラの頭を鷲掴みにし、持ち上げながらネロはそう零した。
その顔は憤怒から心底つまらないといった落胆へと変わり、しかしその手に込められた力は緩むことは無くノイトラの頭を締め上げる。
ノイトラは然したる反撃も出来ず、ただされるがままにネロの攻撃にその身を曝し続けていた。
これがアベルとの戦いの様に布石だったならばいい、だが今のノイトラにはそれを行うほどの力すら残っていなかった。
その証拠に頭を掴まれたままのノイトラからは急速に霊圧が抜け、そしてその姿は6腕の魔戦士から常の姿へ、そして6振りの月の欠片達は再び背中合わせの双月へとその姿を戻してしまったからだ。

「ゲハハ! ゲハハハハハ!! おいおい勘弁してくれよ!この程度で解放が解除されるようじゃァとても十刃は名乗れねぇなぁ~。そんな塵はこのオレ様が綺麗サッパリ消し飛ばした方が、オレ様の世界のため、ってもんだろ!」


極度の霊圧消費と、重度の身体的外傷の数々、それはノイトラに帰刃(レスレクシオン)の維持すら困難にさせた。
だがそれは当然、帰刃とは破面にとっての切り札、爆発的霊圧の上昇と殺傷能力の上昇はそれと同等に霊圧も消費する。
更にノイトラは自分の限界すら超えた霊圧をアベルとの戦いで見せ、更にアベルの必殺の計をその身に隙間無く受け止めている。
その上でのネロの攻撃、ノイトラの身体が耐え切れるはず等ありはしないのだ。

それをネロは大声で笑う。
それに至る経緯も、そこまでに至る思いの全てを知らず、知っていたとしてもこの男は大声で笑うだろう。
不様だと、見るに耐えないと、そしてお前は弱者であると。

手に掴んだノイトラをそのまま振り被ると、ネロは勢い良くその身体を投げ飛ばした。
面白いように砂漠と平行に飛ぶノイトラの身体、そして壁に達すると彼の体は壁へと大の字になって深くめり込んだ。
衝撃で壁には大きく亀裂が奔り、めり込んだノイトラは気を失ったのか、うな垂れるようにして頭を下げる。

「塵掃除にはデカ過ぎるが・・・・・・ 久々にぶっ放したくなっちまったぜ。オレ様も虚閃をよぉ・・・・・・」


ニヤニヤと投げつけたノイトラの姿を眺めながらネロはそう呟いた。
目の前、そしてその瞬間の衝動というものをこの破面は何よりも優先する。
その先の展望、それをすればどうなるか、などということをこの破面は一切考慮しない。
何故ならそれは正しい行為だから、何にも増して正しい行為、まさしく神の行いなのだからと。

呟きの後、ネロは口を大きく開け、息を吸い込むようにして造り出す、その緋色の砲弾を。
見る間に膨れ上がるその砲弾、禍々しく光る緋色はネロという破面の愉悦の弾丸。
命を刈り取る弾丸なのだ。

「ガァァァアアアア!!!!」


まさしく吼えるようにして放たれた虚閃。
だがそれは通常の虚閃ではなく、一つの弾丸から幾本もの虚閃が同時に放たれる異様なものだった。
それはノイトラだけでなく、ノイトラが貼り付けにされた壁、更には観覧席に至るまでの全てをその射程に納め進軍する。
直後の着弾、壁に張り巡らされた結界にも着弾したその光の軍勢は、いとも簡単にその壁を貫き、壊してしまう。
綻びをみせていた結界は、その虚閃の群れに対しあまりに無力だった。

その後訪れるのは悲鳴の嵐と崩壊の音。
安全であったはずの観覧席は脆くも崩壊し、物見気分で戦いを眺めていた多くの破面達に襲い掛かるのは、死を告げる緋色の光り。
光に飲まれ消える者、命は繋いだが避けきれず体の一部を失った者、運よく避けたが瓦礫の下敷きになった者、たった一撃の虚閃が闘技場の一部を崩し、阿鼻叫喚の舞台を作り出してしまったのだ。

「ゲハ!ゲハハハハハ!! どうだよオレ様の『吼虚閃(セロ・グリタール)』はよぉ!呆れるほどの威力だと思わねぇか? えぇ!」


誰に言う訳でもなく、自身の強力なる攻撃に酔うネロ。
それは愉悦であり陶酔、他の誰にも出来ない事、それは即ち自分が特別であり誰よりも上に立っている事に他ならないと。
そうである事を証明しているといわんばかりの笑い声が響く。
狙った標的であるノイトラ、それ以外の多くの破面を巻き込み、闘技場を破壊しながらもそれになんら負い目を感じない。
おそらくそれを責められればこの男ならばこう言うだろう。
自分が攻撃する方向に居た方が悪いと、そしてそれで壊れるような構造のこの闘技場が脆すぎるのだと、故に自分に非はなく悪いのはお前達だと。
そうして笑うネロ、眼前には崩れた闘技場の瓦礫と失われた壁、粉塵とそこかしこから上がる煙が広がる。
闘技場はその一角を失い、その様子を見ていた多くの破面達は強力無比なネロが放った虚閃に恐怖していた。
一部の破面はその後先を考えない傍若無人な振る舞いに溜息をついていたが、それはまた別の話。
粉塵が収まり始め、視界は徐々に開けていく。
だがその視界が開けようが開けまいが、ネロにとってそれは重要なことではなかった。
何故なら全ては消し飛んでいるからだ。
壁に貼り付けたノイトラも、その彼がいた壁も、彼がそこに居たという痕跡の全てを自分が消し去ったと、ネロは確信している。
当然の結末、強力無比たる己の虚閃、それを正面から受けて生きているはずが無いという絶対の自負、それだけがネロには溢れていた。

「ゲハハ! ゲハハハハハ・・・あぁん?」


だからそれは予想外。
吹き飛んだはずの壁、その一角が者の見事に残っている。
そう、ノイトラがめり込んだ壁だけがぽっかりと、崩壊から免れ、そして逆に抜け落ちたかのように。
不可解な現象、だがそれは誰によるものか直にわかった。

「5番・・・・・ テメェ、薄汚いメスの分際で何オレ様の楽しみ奪ってんだよ。」

「奪ったと・・・言うなら、貴様のほうだ・・・・・・この男は、私、の獲物だ・・・・・・ 食い意地の張った、醜い、獣に・・・くれてやる道理が、無い・・・・・・」

「そいつを殺すのがテメェの目的だろうが!だったら代わりにオレ様が殺してやろうっていってんだよ!」

「必要、ない・・・・・・ この男は、私が、殺す・・・・・・その無意味な大声を・・・上げるな、口を・・・閉じていろ・・・・・・」


そう、ノイトラがネロの虚閃によって死んでいない理由。
それはノイトラがそうした様に、今度はアベルがノイトラを護った為だった。
残った片方の羽を盾にし、その上を霊子を滑らせるようにしてネロの虚閃を逸らしたアベル。
だがそれでも衝撃は凄まじく、受け流すだけの作業ですら疲労を色濃くした声が彼女の限界を知らせている。
それでも彼女は護りきった、壁で気を失い、無防備を曝すノイトラを。
ノイトラが気を失っていたのはある意味幸いだったかもしれない。
何故ならこうして彼女に護られた、という現実を目の当たりにすれば彼は二度と立ち上がることは出来なかっただろうから。

「私は・・・ この、男の言葉が・・・ 理解できない。私の、諦めは、合理性に基づいた・・・ 完全な結論だ・・・・・・だが、その結論を、合理性を、この男は超えて魅せた。・・・・・・私には不可能な、事を、一瞬でもやって、のけた・・・・・・ならば・・・ ならば私の、完全性を証明する・・・には、この男を殺すより、他、無い。 故に・・・貴様に殺させる訳には、1いかない。」


途切れ途切れに語るその言葉は、彼女の奥底の言葉。
自分という確固たる存在、その考え方を否定された彼女。
自分には不可能、そして他者であるノイトラには不可能だと全てを断じた彼女。
しかし、ノイトラは彼女の攻撃から生き残り、更には彼女を救って見せた。
彼女の把握しているノイトラの能力ではおそらく不可能だと、出来る訳が無いはずのその行動を彼はやってのけたのだ。

それは彼女にとって価値観の崩壊に他ならない。
そして価値観の喪失は、自己の喪失と同義だ。
故に彼女はそれを認めるわけにはいかない、彼女が築き上げて来たものがたった一瞬の変数によって覆されるなどあってはならないと。
ではどうするか、それは勝利するしかない、勝利し、証明するしかない。
自分が間違っていないという事を。

だから彼女はノイトラを護ったのだ。
自分を証明するためには、自分を脅かした者を倒し、そして証明するより他無いと。

「チッ! 興醒めだ・・・・・・ 仲良しゴッコなんか見せやがって、反吐が出る・・・・・・そんなにその羽蟲を護りたいなら、そうして護りながら死に曝せ!塵屑がぁぁぁあああ!!」


吐き捨てるような言葉、心底気持ちの悪いものを見たような、そんな表情を臆面も無く浮かべるネロ。
庇いあう事、助け合う事、それはネロにとって馬鹿らしい行為。
それを見て笑い、罵ることもあれば、今のように怒りを見せることもある。
要するに気分次第なのだ、彼にとって全ての事は、全てを握っていると盲信する彼だからこそそれは顕著に現われる。

「テメェ等塵屑に、生きてる価値も理由もありはしねぇんだよ!せめてオレ様に殺される事で価値を見出せ!塵共が!」


ネロは再び息を吸い込み緋色の砲弾を形成しようとする。
それも先程以上に霊圧を込めたものを、その様子を見ながらアベルはその探査神経を上へ、彼等の主の下へ向けた。

(・・・・・・動く様子はない・・・か。結局私達は、貴方にとって駒でしかないのですね、藍染様。そして・・・それ程までに私が、邪魔ですか・・・・・・)


内心呟くアベル。
そう、彼女は知っていた、藍染が彼女を”疎んでいる”という事実を。
彼女の能力は藍染にとって不確定要素、如何に藍染の鏡花水月が全てを欺く完全催眠能力を持っていようとも、アベルの能力はその優位性を崩す恐れがある。
霊子を見るアベルならば、その催眠かであってもその違和感に気がつく可能性を充分に持っているのだ。
故に藍染にとってアベルという破面は強力であっても、必要ではない破面。
それどころか喉元に抱えた逆襲の短剣にすらなりえる存在、そんなものは必要ない、それ故に藍染はノイトラをけしかけ、そして今の状況すら静観しているのだ。


(そうだよ、アベル。 君は聡く優秀だが、私の部下に”聡明すぎる”者は必要ないんだ。君の能力は私に唯一、毒を飲ませる可能性がある。故に君には退席してもらわねばならない。 十刃の座から・・・ね。)


この惨状を見下ろす藍染の眼は、まるでそう語っているかのように、そして口元には黒い微笑が浮かぶ。
全て、全ては藍染の意のまま、この虚圏で藍染の思い通りにならない事などありはしないのだ。

砲弾は時期に完成を見、そして一息に放たれる。
先程は何とかそらせたが、今度もうまくいくとは限らない。
いや、おそらくはうまくいかないだろう御、アベルは内心結論に達する。
だがそれでも何故か、彼女はその場を引く気にはならなかった。
例え死ぬこととなろうとも、彼女らしくない結末を迎えようとも、そこを退く気にだけはならなかったのだ。

砲弾は完成した。
そして今か今かと解き放たれるのを待っている。
身構えるアベルに力は無い、しかしそんなことなど関係なしにネロはその口の中に出来た砲弾を解放しようとした。





















「汚ぇ口は閉じてろよ。 クソデブ。」





その瞬間、声と共にネロの下顎が強烈に蹴り上げられる。
無理矢理に閉じられた口、しかし砲弾は既に発射体勢、行き場を失ったそれはネロの口を暴れ周り幾本かの歯を吹き飛ばして外へと押し出された。

それは金色の髪を振り乱し、ネロの間合いの内側に瞬時に現われると、弧を描き、開脚するようにして上へと蹴りを見舞っていた。
蹴ったというより突き刺したという方が似合っているような、そんな一撃。
うめき声すら上げずに口から漏れ出す破滅の光を撒き散らすネロ。
しかし金色の乱入者はそれだけでは止まらず、足を戻すとそのままネロの腹部の前へ拳を構える。
そして次の瞬間、口から光を漏らし続けるネロの身体はくの字に折れ曲がり、反対の壁まで吹き飛ばされた。
ただ拳を構えただけに見えるその動作、しかし確実にそれによってネロは吹き飛ばされたのだ。

しかし吹き飛ばされながらもネロはその怖ろしいまでの執念を見せる。
半ば漏れ出した緋色の光り、しかしそれを再び集め一筋の虚閃としてはなったのだ。
金色の乱入者すら予想外、反応の遅れたそれは一直線にアベルへと、そしてその後ろにいるノイトラへと向かっていく。

「チッ!」


乱入者が声を上げるが時既に遅し。
乱入者の横を高速で横切り、その緋色の光は駆ける。
愚かなる者を屠る神の神罰として、命という代価を払わせるために。

そして着弾。
爆発と轟音、そして粉塵を伴うそれは間違いなく虚閃が着弾したことを示す証。
残っていた壁は崩壊し、光が消えた跡には何一つ残っていなかった。

「ゲッ!ゲハ、ゲハハ!ゴハッ・・・・・・ったぞ・・・ 殺じてやっだぞ塵共めが! ゴフッ、えぇ、残念だっだなぁ~、あの時の小蠅!」


壁から這い出してきたネロは、口から大量の血を吐き出しながらも笑っていた。
突然の奇襲により攻撃を喰らいはしたが、それでも奪ってやったと。
せっかく助けに来ただろうにそれが叶わず、残念だったなと見下すように笑う。
それに対するは小蠅と呼ばれた金色の乱入者、紅い瞳でネロを睨みつけるその乱入者は言うまでも無くフェルナンド。
理由は判らないがこうして闘技場に乱入してまで止めたネロの砲弾。
だがそれは止めきれずに最悪の形でその男を喜ばせる結果となってしまう。
しかし、フェルナンドの顔に悔しさは欠片も浮かんでいなかった。

「クソデブ。 良く見ろよ、つうか探査神経ってもんが無ぇのか?テメェには。」

「何言ってやがる! 見ろ! あの消し飛んだ跡を!オレ様の虚閃だぞ! 生きていられる筈が・・・・ねぇ・・・・・・」


フェルナンドに浮かんだのは、いつもと同じ皮肉気な笑み。
どこか呆れるようにしてネロに話しかけるその姿は、どこかというより本当に呆れている様子だった。

フェルナンドにそう言われても、ネロは目に映る光景に真実を見出そうとする。
眼に映る件の場所は崩れ去り跡形の無く消し飛んでいた、それこそが真実だと、自分が殺し消し飛ばしたと声高に叫ぶネロだが、その鈍い探査神経に引っ掛かる霊圧が二つ。
さすがに気がついてしまえばもう他所を見ることなどで気はしない。
その探査神経こそが真実を語り、自分が浸っていた愉悦はあまりにも滑稽であるという事を。


崩れていない闘技場の壁、観覧席の辺りにその霊圧はあった。
一つは壁に貼り付けたノイトラのもの、もう一つは虫の息だったアベルのもの、そして最後、三つ目の”知らない霊圧”がそこにはあった。

視線を向けるネロ。
その先にはやはり二人の姿があり、そしてそのどちらもネロに背を向けた一人の男によって抱えられていた。
ノイトラをゆっくりと床へ下ろし、意識の在るアベルを丁重に下ろす男。
そして男は二人を下ろし終えると振り返り、ネロを見据える。


男は細身ながらもがっしりとした骨格、野生的というよりはどこか擦れているような気だるい雰囲気で佇んでいた。
身に纏う白い死覇装は比較的標準的であるが、上着の裾は半分だけが長く、結んだ腰紐の端がやや長く垂れ下がっている印象。
胸の中心に孔を穿ち、首にはネロと同じこちらは人骨の下顎骨のような仮面の名残を残す。
肩口辺りまで伸びたバラバラの黒髪を後ろへ流し、顎の先には髭が、そしてその眉は難しそうに寄せられ、その瞳には身体から発する雰囲気とは違う強烈な意思を湛えていた。

「テメェ・・・・・・ 何者だ・・・・・・」


見下ろされている、という事に不快感を滲ませながらもネロはその男に問う。
充分な威圧感と、そして霊圧を込めたその言葉、しかし男は押し寄せるその霊圧をまるで柳のように受け流し、やり過ごしてしまう。
まるで一陣の風がその頬を撫でただけかの如く。
その男はそうしてネロを見据えたまま、彼の問に簡潔に答えた。




「・・・・・・コヨーテ・スターク。 只の・・・新入りさ・・・・・・」












孤高なる狼

暴虐の王

百眼僧正

紅い修羅


終わりのはじまり









※あとがき

だいぶ早めの更新。

そしてやっとここまで漕ぎ着けたかな、といったところ。

主人公も顔を出したし、いよいよ加速し始めるかな。













[18582] BLEACH El fuego no se apaga.45
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/02/06 16:59
BLEACH El fuego no se apaga.45










「・・・コヨーテ・スターク。 只の・・・新入りさ・・・・・・」


軽くもなく、かといって重くもなく、いたって凡庸に響くその声。
誰かと問われたから答えた、下手に出て取り入る心算も、まして自分を大きく見せるつもりなど皆無の声。
ネロの放った虚閃から逃れた高い闘技場の壁、その上からネロを見下ろすようにしている顎鬚の男。
風貌はいたって凡庸、どちらかと言えば見るものにやる気がないと断じられるような男は、ネロの問に答えた後もその黒髪を無遠慮にガシガシと掻いている姿は、何か面倒ごとでも抱えたかのようだった。

「新入り、だぁ? オイコラ、テメェ・・・・・・誰の邪魔したか判ってんだろうな! オレ様はお前等塵屑が、到底たどり着けない高みにいる”神”だぞ!新入りの目立ちたがりが! 塵の底辺はオレ様の威光の前に隅で縮こまってるのが礼儀だと知らねぇのか!」


まさしく吼えるかの如く、見下ろされるというネロにとって耐え難い行為、そらに彼の最も愉悦の時である搾取の瞬間を邪魔された事がそれに拍車をかけていた。
先程と同じ霊圧を伴った咆哮がスタークを襲う。
しかしスタークに動じた様子はなく、それどころかその咆哮に対して小さく溜息をつく始末だ。

「・・・・・・目立ちたくはなかったし、出来りゃ隅っこの方でゆっくりもしてたいかったんだがな・・・・・・」


溜息の後に続いたのはそんな呟きだった。
反論するどころか、出来ればネロの言う通りにしていたかったと、そう呟いたのだ。
字面、言葉だけを聞けばなんいう面倒くさがりの言葉か、だがしかし、彼の行動はその言葉通りではなく寧ろ逆。
ノイトラ、そしてアベルを救出するということは今この場において何より目立つことであり、そして隅でゆっくりしたいといっていた彼は行動を起していた。
表面だけを見れば面倒くさがりの言葉、しかしその語尾にはこう続いているのだ、"していたかった"と。


「テメェもだ小蠅! 覚えてるぞ! テメェ昔オレ様の頭を足蹴にしただけじゃなく、またオレ様に触れやがったな!あの時痛めつけてやったのを忘れたか!あぁん!?」


スタークの小さな呟きは彼には届かなかったのか、ネロの矛先はもう一人の乱入者、フェルナンドへと向けられる。
なんだかんだと罵るネロ、しかしフェルナンドの視線は先程までのネロと同じくスタークの方を向いていた。
その顔には大げさではないにしろ確実に喜色が浮かんでおり、たった一度の邂逅の後、再び現われたその男がやはり自分の睨んだとおりの強者である事を確認できた事が、その理由なのだろう。

そうしてネロに一瞥すらくれないフェルナンドの横を、緋色の弾丸が通り過ぎる。
実際にはフェルナンドを狙っていたのだろうが、それは寸前で彼に避わされ、着弾を見ることはなかった。

「無視してんじゃねぇよ・・・小蠅・・・・・・殺されてぇのか?」

「ハッ! そいつは笑えるな、クソデブ。まぁこっちもそれなりに頭にキテはいるんだ・・・・・・もう百発ほど殴ってその顔、整形してやろうか?」


一瞬にして温度の下がったネロの声、目の前に神たる自分が居り言葉を発しているにも拘らず、それを無視する。
それだけでも万死に値するが、更には一瞥すらくれないなど自身に対する冒涜以外ないと、ネロは怒っていた。
対してフェルナンドもまた若干の怒りを抱えていた。
粛々と進んでいた決闘、好敵手たる男の全力の戦いと、戦士としての熱。
この場には怨念が満ちている、と藍染は言ったが、フェルナンドには一対一で戦う破面達の戦士としての意地が、その熱さが満ちているように感じていた。

眼を閉じればそれは顕著に感じられ、肌を刺すようなその熱は決して悪いものではなく、寧ろ彼の中の熱さを更に加速させる。
出場者として控え室に入るようにいわれてはいたが、そんな事は知ったことではないと、暗い壁に囲まれた部屋に閉じこもるくらいならばこの熱さを感じている方が、よっぽどイイと彼は観覧席に居座っていたのだ。
順番が後ろへと送られる中、それでもフェルナンドはそれが苦ではなかった。
グリムジョーとドルドーニ、更にはアベルとノイトラ、違いすぎる戦場ではあるがその熱は同じ。
グリムジョーの野生の熱さも、ドルドーニの嵐風の熱さも、ノイトラの激情の熱さも、そしてアベルの冷たい熱さも、その全てがフェルナンドにはどこか心地よく、昂ぶりを加速させるものだった。


しかし、その熱で満ちた闘技場は穢れを孕む。


理由なき介入、それもただ愉悦を満たすためだけの蛮行は、それだけで熱を奪い、泥を塗る。
2年という歳月の経過、それぞれが何かしらの成長と変化を遂げる中で、その男はまったく変化を見ることがなかったのだろう。
いや、変化を拒み、今が完成しているという考え。
それは沈み、凝り固まり、遂には強靭な鉄をも凌ぐ硬さの”欲”の塊と為るかの如く。
欲望、自身の愉悦を満たす、それが全てであり他は消費される手段であると考える思考の持ち主であるネロが、全てを台無しにしたのだ。


まさに衆人環視の中、暴威を振るうネロ。
愚味その戦場は見るに絶えず、一気に気勢をそがれたフェルナンドは沈黙を選択した。
耳に届く声に不快感を感じながらも、黙っていたとてこの場には藍染がいる、明らかな蛮行であるネロの行動を咎めないはずもない、と。
しかし藍染は沈黙を護り、立会人である東仙もまたネロの凶行に対し割って入る気配は無かった。
自分が出ればややこしくなる、と珍しく気を利かせてみた結果は見事裏切られ、フェルナンドの眼下では魔獣が猛威を振るい続ける。

そこが限界点だった。

いい加減下衆の行いを見ているのはフェルナンドにとって不快でしかなく、それは彼の内で極まり、彼の中で一瞬でもこの場を収める間を与えたにも拘らずそれは為されなかった。
ならばそれは彼にとって遮るものは何もない、という事。
誰も止めずにいるのならば、誰もが眼を背けるのならば、自分があの愚味な獣を殴り飛ばしたとて一体何の問題があるのかと。


そうして闘技場へと降り立ったフェルナンド。
もとより目の前の魔獣を倒すつもりでいる彼と、コケにされて我慢出来る筈のないネロ。
緊張、一触即発の雰囲気が辺りを包み込み始めていた・・・・・・






――――――――――







フェルナンドとネロの睨み合いが始まった最中、前しか見えないネロから忘れ去られた様子のスターク。
ネロの中では出しゃばった只の新入りである故に、それが顕著だったのかもしれない。
そんなスタークの元に一人の男が息を切らし走りよってくる。

「ノイトラ様! ご無事ですか!」


スタークの横を通り過ぎ、一直線に血塗れのノイトラの下へ駆け寄ったのは、彼の従属官であるテスラ・リンドクルツ。
己が主と定めた男の無残な姿に動揺しながら、無事とは言えずとも生きている、という事に安堵の息を零す。

「すまない・・・そして、感謝する・・・・・・」


ノイトラの安否を確認したテスラは、意識を失っている主を支えて立ち上がりると振り返り、スタークにそう告げた。
言葉を受けたほうのスタークは若干ではあるが何故か驚いたような表情をみせる。
しかしそれを直に仕舞い込むと、先程と同じように頭を掻きながら空いている方の手をヒラヒラとテスラに対して振ってみせる。

「あぁ~別に・・・・・・ 俺が助けたかっただけだ、お前さんに感謝されるような事じゃないよ・・・・・・」


なんともバツが悪そうにそれだけ告げると、「さっさと行きな・・・」と続けテスラを促すスターク。
テスラはその言葉にもう一度頭を下げると、急ぎノイトラを治癒するために運んでいった。
それを見送ったスタークは小さく溜息をつく、そんな彼に今度はもう一人、彼に助け出されたアベルが話しかける。

「貴様は・・・・・・ 一体、何だ・・・・・・?」

「言っただろ? 只の新入り・・・ってな。」

「そうでは、ない。 貴様・・・貴様程の霊圧に・・・・・・何故・・・私が気付かなかった、のだ・・・・・・」


アベルの言葉はスタークが”誰か”、ではなく”何か”ということを問うものだった。
探査神経の鈍いネロは気がつかなかった、そしてこの場にいる多くの破面も別の理由で気がつく事はないだろう。
だがアベルは気がついた、その卓越した探査神経故に気ががついたのだ、目の前の男の異常性に。
フェルナンドはそれを気配と直感で感じていたが、感じるのではなく理解していた。
明らかに自分よりも上、自身が十刃最弱であるということを差し引いてもスタークの力は彼女を著しく超えていたのだ。

「人より影は薄い方でね・・・・・・まぁそんな事気にしなさんな、お嬢さん。 さて、俺は用事があるもんでね、だが・・・お前さんを抛って置く訳にもなぁ・・・・・・」

「ならば彼女は私が、責任を持って預かろう。」


アベルの問いをはぐらかす様に答えるスタークは、用事があると言う。
しかし傷ついたアベルをそのままにするのも気が曳けるのか、どうしたものかと思案していた。
助けたいから助けた、といった割にはその後のことは特に考えていないようで、先程の事は本当に衝動的な行動だった事を伺わせる。
そうして悩むスターク、そんな彼に助け舟の声がかかった。

「お前さんは?」

「第3十刃 ハリベルだ。 第5十刃、そこにいるアベルと同じ十刃、という事になるか・・・・・・」


助け舟として現われたのはハリベルだった。
座り込むアベルの隣まで歩み寄ると、ハリベルはそのままアベルに肩を貸すようにして立たせる。
ハリベルに寄り掛かるようにして立ち上がったアベル、ハリベルの行動に対し特に抵抗する素振りを見せないのは度重なった心労と疲労が噴出し、その消耗具合が限界寸前といったところなのだろう。
そんな彼女達の様子を確認したスタークは、「さてと」と小さく呟いた後、ハリベルへと視線を向けた。

「すまんね・・・・・・だが、お前さんなら大丈夫そうだ。」

「あぁ、任せてもらおう。同じ女だ、それに・・・此方も一人逃がしてしまったからな、手が空いている。」


スタークの言葉にハリベルは苦笑しながら答える。
彼女が逃がしたというのは、言うまでもなくフェルナンド。
態度をただす事も然ることながら、フェルナンドを大人しく観戦させる為に彼女は彼の下へ行ったのだ。
だが結果としてハリベルが止めるより早くフェルナンドは闘技場に降り立ち、そして次の瞬間にはネロに痛烈な蹴りを見舞っていた。
もくろみの失敗したハリベル、結果手が空いた彼女は従属官がいないアベルを引き取る為スタークの下へと向かっていたのだ。

苦笑交じりだったハリベル、しかしスタークが踵を返し背を向けた瞬間に彼女は彼に声を掛けた。

「行くのか?」


ただ一言、何処へ、何故、どうして、そういった類のものを排し、ただ簡潔に放たれた言葉。
それはハリベルがスタークのとろうとしている行動を確信しているためなのか。
誰もが思い、そして実行しないだろう選択肢、今まさにフェルナンドがとったその選択肢をこの男も取ろうとしているという確信が。

「あぁ・・・・・・ アイツは・・・”やりすぎた”。」


それだけを言い残し、スタークの姿はハリベルの前から消えていた。
去り際にみせた表情は硬く、何かしらの決意めいたものをハリベルに感じさせる。
そし再びスタークが現われたのは眼下の戦場。
ネロと対峙するように、そしてフェルナンドに並び立つようにして彼はその身を戦場へと投じたのだった。






――――――――――






その場に満ちる空気はチリチリと音を立てるように張り詰めている。
それは霊圧の衝突以前に互いが放つ”気”の衝突によるもの。
気勢、気合、気運、気概、怒気、そして殺気、そうした内在的なもの全てを総じて”気”と表現するならば、この場はまさしく気に満ちていた。

睨み合うフェルナンドとネロ。
互いに殺(や)る気の面では充分すぎるだろう。
ふとした拍子、例えば壁が崩れ、小さな破片が落ちるといったそんな些細な事で二人は殺し合いをはじめる。
そういった緊張感が其処に満ちていた。

「両者とも待て。 お前達が戦う事は許可されていない。」


そんな緊張感の二人に割って入ったのは立会人である東仙要だった。
両者の丁度中間、その場所にたった彼は二人が戦う事を許可されていないとし、止めようとする。
そんな東仙の登場に笑い声を上げたのはフェルナンドだった。

「ハッ! 今頃登場とは随分と怠慢な立会人だな。なら、なんでそこのクソデブが入ってきた段階で止めねぇんだよ。そいつが横槍入れるのは許可が下りてた、とでも言う心算か?」

「そうだ。 藍染様より第2十刃への許可は下りている。」


皮肉気に笑いながら東仙へと言葉を投げつけるフェルナンド。
確かに立会人という公正の立場にいる東仙の行動は不可解なものだった。
ネロという決闘にとって異分子の乱入、今の状況を認めないというのならばネロが介入した時点で止めないのはおかしな話。
それを皮肉ったフェルナンドの言葉に、東仙はアッサリと答えた。
藍染様が許可している、と。

それが全てなのだろう。
この虚夜宮においてそれが全て、藍染惣右介の意思こそが絶対であり、この場での真理に違いないのだから。

「ゲハハハ! 当然だな! オレ様は誰にも縛られねぇ!そもそもオレ様は”神”だ。 藍染程度に許可を貰う必要すらねぇんだよ!!」


一人ご満悦といった風で笑うのはネロ。
その言葉には東仙も眉間を寄せ、若干の不快感を示している。
対してフェルナンドは視線を上へ、遥か上にいる藍染へと向けていた。
そうしたとて藍染が見えるわけではない、しかし、それでもフェルナンドはそうして睨み付けねば気が済まなかったのだ。

(無粋だな・・・・・・ テメェの都合のためには勝負にだって平気で水をさす・・・ってか。反吐が出るぜ、藍染・・・・・・)


見えぬ相手、しかしそれに向かって意思を乗せたかのような眼光を向けるフェルナンド。
だがいくら睨んだところでそれは無意味、藍染にその意思がとどくことなどありはしなかった。
視線を戻し東仙を睨むフェルナンド、東仙はただ必要なことは言ったと、そして藍染の決定である以上闘うことを認めはしないと続ける。

「フェルナンド・アルディエンデ。貴様には強奪決闘が控えている。それ以外での戦闘は認められない。」

「ゴチャゴチャ五月蝿ぇんだよ・・・・・・ 俺は頭にキテるって言っただろうが。」

「それは関係ない。 藍染様の決定である以上戦闘は許されない。もし第2十刃に手を出せば、その時は私が貴様を誅殺する。」


無粋な思惑によって穢された熱。
心地よかったそれを穢された事は、フェルナンドにとって許しがたいものだった。

故に怒る。

フェルナンドの周りにあった小石が弾ける様にして消えていく。
霊圧でもなく、ただ彼から漏れ出した怒気に押しつぶされるようにして。
そんなフェルナンドを前にして、東仙もまた退く事はなかった。
藍染への忠義、藍染の言葉こそ彼の最も優先するべきものであり、それを守らぬと言うのならば即ちそれは悪であると。
そして自分の前で悪を行うというのならば誅するのみと。



「まぁ落ち着けよ、フェルナンド。」


フェルナンドの重心が僅かに前に傾き、今まさに飛び出さんとした瞬間、声と共に彼の肩に手がかかった。
軽く置かれたその手、だがその効果は絶大、背後を取られるという最大の不覚とそれに気がつかなかった自分の加熱ぶり、フェルナンドにそれを理解させるのにその手は充分な効果を持っていた。

「スターク・・・・・・ アンタが俺も俺を止めるのか?」


冷えた声がフェルナンドから零れた。
怒りによる過度の加熱、それは視野を狭める要因の一つであり、総じて未熟さの具現である。
普段の彼ならそんな事はないのだろうが、彼とて戦いに生きる者、戦いを穢すような行いは許せるはずもない。
ましてその戦いとは彼の捜し求めるもの、”生きているという実感”を得るために彼が持つ唯一の手段なのだ。
戦いの穢れとは即ち彼にとって、求めたものまでも穢れるような、そんな感覚といえばいいか、故にフェルナンドは怒りを燃やしていた。

しかしそれは突如彼の傍へと現れたスタークによって鎮火される。
怒りによって狭められた視野、そうでなくともこの男ならば可能だったかもしれないが、こうして接近を許したのはフェルナンドの未熟だ。
戦場で未熟を曝す事、その先は死以外なくフェルナンドはこの場で一度死んでいても不思議ではない。
それが逆に彼を冷静にした、冷静に怒気を納め、しかし殺気だけは収まる事無くフェルナンドを包んでいた。

「そうだ。 お前さんの気持ちもわかるが・・・な。此処は、俺に預けちゃくれないか?」

顔だけをスタークに向け、彼を睨むようにしているフェルナンドにスタークは真剣な眼差しでそう答えた。
気持ちはわかると、しかしそれでも自分はお前を止めると、そう答えるスターク。
真剣で、静かで、僅かな憤りとそして悲しみを綯交ぜにしたその瞳、それは彼の優しさでありそしてそれ故に感じる痛みなのか。
その痛み、何の理由もなく失われていく命の痛み、そしてその失われゆく命とはスタークにとって等しく、漸く手に入れたものなのだ。

「・・・・・・・・・チッ! そういう眼は苦手だ、他人の為に悲しむ・・・かよ。物好きめ・・・・・・」


スタークの自分を見る眼を覗いたフェルナンドは、視線を切り吐き捨てるようにそう呟いた。
どこか苦い表情のフェルナンド、他人を思いやる、他人の為に悲しむ、他人と手をとり合う、そのどれもがフェルナンドには難解すぎるもの。
彼に理解できない感情を映すスタークの瞳、その瞳にフェルナンドは不快感と言うよりむしろ責められているとすら感じていた。
自分にはそういった瞳はつくれない、自分に出来るのは他人の戦いを穢した存在に怒りを燃やす事だけだったと。
それが悪いとは思わない、しかしフェルナンドには、自身の怒りがその瞳の前では酷く薄いものに見えてしまう気がしてならなかった。

だがそれは同じ事なのだろう。
フェルナンドが感じた怒りも、スタークの瞳に映る悲しみも、根源は同じなのだ。


「立会人さん。 悪いんだが藍染サマに、俺とこのデカイのが戦う許可をくれないか、と聞いちゃもらえないかい?


フェルナンドの肩を二度ほど軽く叩き、スタークは東仙に向かって一歩前に出る。
そして彼の口から出たのは、この場にいるほぼ全ての破面の想像を超えるものだった。
あまりに軽く放たれたその言葉、しかしその意味は重い。
十刃、それも第2十刃、破面の頂点から数え2番目にいる者に対してのそれは挑戦状だった。
ざわめきが包む闘技場、しかしその中で東仙は冷静なままだった。

「悪いがそれは出来ない相談だ。 義憤に駆られた心意気は素晴らしいが、安易に命を捨てる選択をするのは愚かしい。藍染様に問う事もないだろう、私の権限でそれは了承できnッ!・・・・・・暫し待て。」


スタークの願いに対し、東仙はそれを一刀の下に斬り捨てようとする。
確かにそうだろう。
lスタークの提案は無謀でしかない、数字すら持たないそれも新入りが、第2十刃に挑むことの愚かさは誰もが判る事だ。
特にネロという破面はその暴虐な振る舞いの数々から、ただでさえ恐れられる存在。
皆が腹の底に不満を抱えながらも、それを形にすれば待っているのは死、だけだ。

スタークのとった行動は、多くの破面から見ればその我慢ならない状況を打破すべく起したもの。
暴虐の限りを尽くす振る舞いに、それを正す為の義憤に駆られた尊い行為であり、同時に最も愚かな行為だった。
それを知るが故に東仙は斬り捨てる。
無用に命を落す事は愚かしいと、その選択は義憤ではなく特攻の類だと。
そうしてスタークの願いに否を突きつけようとする東仙、しかしその寸前、彼はその言葉を止めスタークに向かって掌を向けると暫し待て、と言い放った。


「っ! ・・・・・・本当によろしいのですか?はい・・・いえ、そのような事は・・・・・・はい、判りました。」


スタークに向けた掌と逆の手を軽く耳に当てるようにして、何事か呟き続ける東仙。
その間も闘技場のざわめきは収まらず、決して大きくないそれは漣(さざなみ)のように辺りを包む。

「ゲハハハ! 面白い冗談だなぁ、新入り。 オレ様と戦いたいだと?相手の力も計れねぇのか? テメェじゃぁオレ様の相手は2秒と出来ねぇよ!ゲハハハハハ!!」


その漣の中、ネロはスタークの発した言葉が心底おかしいと笑い声を上げていた。
口からは微量の血を撒き散らし、しかしそんなものにすら気をとめず笑うネロ。
只の新入りが自分と戦うと豪語する現実、常のネロなら自身を甘く見られ激昂するような場面だが、ネロから見ればあまりにも傲慢な自負を見せるスタークの姿は滑稽ですらあった。
この只の新入りは、自分と戦い尚且つ何故か勝つつもりでいる、ということが。

「冗談だったらよかったんだがな・・・・・・」


高笑いを続けるネロの声にまぎれ、スタークのその呟きが彼にとどくことはなかった。
悲しみの浮かぶ瞳、しかしその瞳には同時に決意めいたものも浮かんでいた。
その決意が、スタークにそう呟かせたのかもしれない。
決意はある、しかしそれでもその決意は彼にとっては辛く、悲しいものでしかないのだから。

「静粛に! 簡潔に伝える。 藍染様は第2十刃とこの破面との戦闘を許可された。よってこの二人の戦闘は咎められるものではない。」


東仙の言葉で一瞬静まり返った闘技場。
その後に起こったのは再びのざわめきだった。
歓声でも怒号でもなく、只ざわざわと空気が揺れるような音。
それは戸惑いの音だろう、藍染惣右介という絶対の君臨者が降した許可、何故それを許すのか、何故フェルナンド・アルディエンデではなくこの初めて見る新入りなのか、そういった戸惑いがざわめきとして音を持ったのだ。
真意は見えず、しかし下された許可は何にも増してこの場で絶対の力を持ていた。



ざわめきが支配する闘技場。
そんな漣の中、それを断ち切るように一筋の光が奔る。
光の色は緋色、それは只真っ直ぐに奔りそして砂漠は爆ぜた。

「ゲハハ! 言っただろうが2秒と持たねぇ、ってなぁ!テメェが欲しがってた藍染のお許しが出たんだ、その後死んだなら文句は言えないよなぁ!」


緋色の光り、それはネロが放った虚弾(バラ)であり魔獣の最初の、そして終わりの一噛み。
ネロに藍染の許可など意味はない。
彼にとって藍染は詐術で全てを支配しようとする弱者であり、それに従う理由などないのだ。
故に整えた戦場を待つ必要など彼にはない、戦いたいならばやってやる、しかしお前の思い通りには動いてやるものかというネロの意思がそこにはあったのだろう。

砂煙収まると、そこには一人の人影があった。
そこに立っているのはフェルナンド、見れば片方の拳の甲から白い煙が立ちこめ、足元には砂が弾けて陥没した後が見える。
おそらくはネロの放った虚弾をその手の甲で叩き落し、砂漠へとぶつけた後であろう。
だがそこにいるのはフェルナンド一人、フェルナンドより一歩前に立っていた件の破面、コヨーテ・スタークの姿は既になかった。

「なんだぁ? テメェは生きてんのか小蠅。 お前ごと消し飛ばす心算だったが失敗したな、お前程度の塵ならカス程の霊圧の虚弾で死ぬと思っていたんだがなぁ。」


ニヤニヤと下卑な笑いを浮かべながらそう口にするネロ。
フェルナンドを甘く見ている、というよりは自身の絶対的力への自負がそうさせたのか。
さほど霊圧を込めていないという言葉とは裏腹な虚弾、充分な威力のそれをカス程度と呼ぶことがその証拠だろう。
自負、絶対的、そして圧倒的である自身の力への自負こそこの男の歪んだ人格の一端と言える。

「だが・・・あの新入りは消し飛んだらしいな。ゲハハ! 塵めが! 口ほどにもなさ過ぎるぜ!」


フェルナンドが生きていることを以外がりながらも、それ以上にスタークを消し飛ばしたことに愉悦するネロ。
彼にとって所詮は雑魚である相手、取るに足らない存在であると断じたスターク、しかし殺したという喜びは同じといわんばかりに笑うネロの姿は一層醜いものだった。
搾取するものの愉悦、その快楽に浸る姿、狂気に見開かれる瞳、割れるように裂ける口元、それがネロだからではなく誰もが畏怖と恐怖を感じる表情。
それをして笑うこと自体が既に狂っている証明であり、化物の証明。


「だから・・・テメェには探査神経(ペスキス)、てもんが無ぇのかよ、クソデブ。」


フェルナンドの声、怒りが収まり常の彼に戻った彼の呆れを含んだ声が落ちる。
その言葉に怪訝な表情を浮かべるネロだが、その理由は直にわかった。



「お前さんはやりすぎる・・・・・・ ここで暴れられると余計な犠牲が出るんでね。悪いが付き合ってもらうぜ。」



その声はネロの直ぐ傍、まさしく眼下といっていい場所から聞こえていた。
ネロが視線を向ければそこには黒髪の男、彼が消し飛ばしたと、そう思っていた男はその実生きており完全にネロの間合いの内側に立っていたのだ。
半ば反射といった具合で、間合いの内にいるスタークに攻撃を試みるネロ。
しかしそれが彼に届くよりも随分と早く、スタークの手がネロの首を鷲掴みにした。

「グェ・・・!」


筋肉と贅肉で武装された首は太く、スタークの手でも締め上げるには至らない。
しかし今必要なのはそれではなく、スタークはガッチリとネロの首を掴むとそのまま場所を移動するように響転(ソニード)によって移動を開始する。
目指すのは上空。
遥か遥か上空の偽りの空、虚夜宮の天蓋のその外。
このネロという破面の力は侮るべきでなく、それによって生じる被害を最小に納めるため、そしてなにより”自分も全力を振るう為”にスタークは虚圏の夜空の下を目指していた。
その響転はまさしく風の如く、ぐんぐんと天蓋は近付き、スタークはその天蓋に向けて何の予備動作も無く虚閃を放ち穴を穿った。
バラバラと崩れる天蓋の欠片を通り過ぎ、遂に青空ではなく暗い夜空の下へと至ったスタークとネロ。
其処が彼等の戦場。

暗い暗い夜に浮び、燐光放つ三日月が見守る、静かな静かな戦場だった。








ネロという災害が消え去った闘技場は一瞬弛緩していた。
誰もが少しの安堵を感じ、スタークを哀れみ、極少数は彼の見せた力の片鱗に戦慄を覚える。
しかし命を繋いだ、という安堵が大半を占めるその戦場で一人不完全燃焼の男がいた。

「チッ! 結局スタークの野郎に、クソデブは持ってかれちまった・・・かよ。」


そう、フェルナンドだ、獲物はスタークに譲る形となり、いい具合に昂ぶっていた自身の熱は彼にとって不様な怒りでその熱さを若干下げていた。
だがそれは仕方が無い事、此処で怒りに任せ暴れれば彼はおそらく手に出来ない。
求めるもの、生きているという実感、ただ忘我の内に戦う中でそれを見つけられるのならば、彼は大虚の頃とっくにそれを見つけられていただろうから。

「まぁいい・・・か。 漸くだと思えばよぉ・・・・・・」


まるでスタークのように、その金色の髪を掻きながら呟くフェルナンド。
気持ちを切り替え、逃がした魚を思うよりも目の前にいる魚を見ることにしようと考える。
そう、目の前にいる魚を。

フェルナンドはおもむろに腕を上げる。
上げた先にあるのは闘技場の大扉、その大扉に向かって掌をかざすようにするフェルナンド。
そしてかざした掌には直ぐに変化が現われる。
紅い霊圧、フェルナンドの紅い霊圧がその掌へと集中し、紅い砲弾を作り出す。

弛緩し、安堵した闘技場に吹き荒れる再びの戦いの香り。
そう、ネロの登場はあくまで不測の事態。
本来ならばこの戦場は第5十刃対第8十刃の決闘の場であるが、二人がいなくなりそれはもう叶わないだろう。
ならば次は、次は一体誰の戦場だったか。

決まっている。
一人はこの男フェルナンドアルディエンデ。
荒れ狂う自身の霊圧にその髪を靡かせながら立つ紅い修羅。

「なぁ、そう思うだろう・・・・・・?」


そして紅い霊圧の砲弾は完成し、何を待つでもなしに大扉へと向かって放たれた。
紅い流星の如きその虚閃(セロ)は一直線に大扉へと向かい、結界という守りを失っていた大扉は容易く貫かれ崩れ去る。
バラバラと崩れ落ちる大扉、粉塵がたちこめるもゆっくりとではあるがそれは収まっていく。

そんな粉塵に映る影、人型の影は周りの惨状に動じる事無く佇んでいる。
そうして立つ人影に対し、フェルナンドは言う。
熱が冷めた、といってもそれは微々たるもの、この男の熱が消えるはずもなく猛禽類のような瞳は揺れる事無くその人影を射抜いていた。



「アンタも・・・よぉ!」



晴れた粉塵から現われたのは、この強奪決闘最後の十刃。
泰然とした風で立つ十刃第7位の男。
第7十刃(セプティマ・エスパーダ) ゾマリ・ルルー。
この戦場に立つ資格を有する最後の男であった・・・・・・










忠義の剣

断頭台

愛とは平等

愛とは与えるもの

そして愛とは

支配する事












※あとがき

う~ん。
難産だった。

大きな山場は無い・・・かな。
今後への状況推移、が主になってしまった。
まぁ、こういう回も必要・・・という事で。





[18582] BLEACH El fuego no se apaga.46
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/03/26 11:08
BLEACH El fuego no se apaga.46








崩れた闘技場の大扉、崩壊する残骸とそれが巻き起こす粉塵の影から現われたのは、黄色の瞳、浅黒い肌の大男。
筋骨隆々、角張った顎に三本の黒い仮面紋が奔り、厚めの唇を一文字にした表情は憮然とした印象を感じさせる。
薄手の死覇装を着込み後ろ手に組んだ手に自らの斬魄刀を握り、まるで何事も無かったかのようにその場に立つ男は第7位の十刃。
第7十刃(セプティマ・エスパーダ) ゾマリ・ルルー。
その顔にも、態度にも感情の色を表すものを伺わせないその男、だがその男こそフェルナンドをこの強奪決闘の舞台に上げた張本人であり、その上で彼を誅殺すると本人の前で宣言した人物だった。

「さぁ、お互い随分待たされた・・・・・・はじめようぜ、第7十刃サンよォ。」


無表情のゾマリに対するフェルナンド、その顔は戦いを欲する顔となっていた。
スタークにネロという相手を奪われた形にはなったが、それは彼の中で決着がついていた。
奪われたのは自分が曝した未熟さ故、怒り、それに身を任せ飛び出し、周り全てに牙を剥き、結果視野を狭めスタークに背後をとられる。
戦士としてあるまじき行為、怒りは力を与えると同時に力以外を奪い去っていくのだ。
そして戦いとは往々にして力のみで勝てるものでなく、それに身を任せたのはフェルナンドの未熟。
曝したそれは取り消せるものでなく、それを曝した罰は受けねばならない。
結果、フェルナンドはネロをスタークに譲った。
曝した未熟、そしてスタークの瞳に浮かんだ悲しみに、彼が耐えられなかった故に。

「獣・・・・・・ やはりアナタにはその言葉がよく似合う。捧げるべき主君に背き、ただ己の為だけに牙を振るう・・・・・・まったくもって許し難い・・・・・・」


フェルナンドの戦いの気配をその身に受けながら、ゾマリは臆する事無く歩き出した。
その最中、頭を何度か振りながら言葉を零す彼。
その言葉はフェルナンドの姿、フェルナンドの気配、その全てを指して”獣”と断じ、零れ落ちるその全てに哀れみの感情を深く乗せていた。

「ハッ! 別に誰に許してもらう必要は無ェよ。俺は、俺の求めるものを得るために”力”を得たんだ。あんな無粋な輩(・・・・)に仕える為じゃないんで・・・な。」


ゾマリの呟きをフェルナンドは鼻で笑い飛ばす。
まるで哀れみを含んだその言葉の何を恥じるべきなのかがわからない、といった風で。
当然だろう、フェルナンドにとって力は他が為に費やすものではない。
今まで結果としてそうなった状況はあれど、その全ては彼の行動原理からくるものの副産物。
彼が今も昔も、そしてこれからも求めるのは一つ、”生きている実感”だけであり、その手段は戦う事、そして戦うための力を振るうことの何処に哀れまれねばならない理由が在ろうか。
そして捧げるべき主君など彼には必要ない、全ては己の為に、ましてや自分の目的の為に戦士同士の戦いに平気で水を差す様な、厚顔で無粋な輩に仕える道理が彼には無かった。

「・・・・・・その物言い・・・・・・ その全てが侮辱と冒涜以外でないと・・・その事に気がつかない時点で、アナタはやはり獣・・・・・・いや、それ以下の愚物ですね。」


歩を進めながらもフェルナンドの言葉に応ずるゾマリだが、言葉が出るまでには些かの間があった。
その間が何を示すのか、おそらく何かしらの感情を押さえつけたであろうその間。
その感情こそ彼の本心、あくまで彼の口から零れる言葉は丁寧だが、しかし丁寧ゆえに滲む。


滲むのだ。
彼の怒りが。


「アナタが言うその力、アナタが得たというその力、ではその力はいったい誰から頂いたものか、それすら理解せず己がものだとそれを振るう・・・・・・
なんと嘆かわしく、愚かしいことか・・・・・・ ”王”とは慈悲深く、アナタのような愚物にすらその恩恵を分け与える。だがそれを”王”の為に使わないというのならば・・・・・・誅されねばならないのですよ。」


一人語るゾマリ。
淀みなく前へ、フェルナンドへと向かって歩くその姿は、彼の精神を表す。
揺れず、止まらず、疑わず、彼の考えは一本道、信じるものが疑いを抱く余地すらない”王”であるが故の一本道。
疑いは即ち冒涜であり、それ以上に心酔し崇拝する”王”の代行者を自負するゾマリ。
故にぶれない、故に唆されない、故に猛進する。
代行者としての使命を果たそうと。

彼の王とは言うまでもなく藍染惣右介その人。
絶対的な支配者、逃れられぬ支配の具現はそれだけで彼には盲信に値する。
そしてその神がもたらした数多の恩恵の上に自分達は居ると、その恩恵に報いる事は当然の義務でありそれを蔑ろに、更には礼すらとらないフェルナンドの存在は、ゾマリにとって容認できるものでないのだ。
故に彼は宣言する。
フェルナンドからある程度の距離をとった位置で止まったゾマリは、再び宣言したのだ。


「よって私がアナタを断罪して差し上げましょう。罪状は不敬と冒涜、刑は・・・・・・ ”斬首”です。」



身長差からか、はたまたその態度ゆえか、フェルナンドを見下ろすようにして放たれたそれは、死刑宣告。
丁寧に、まるでそれが世界共通の望であるかのように語るゾマリには、微塵の迷いも躊躇いも見えなかった。
あるのは使命感。
王の代行者、御使いである自分に課せられたであろう最上の使命、それを果たさんとする強烈なまでの使命感だけ。

「不敬も冒涜も、なにも覚えは無ェんだが・・・な。まぁいいさ、大層なお題目は済んだらしい・・・・・・はじめようぜ、喧嘩を・・・よぉ!」


対するフェルナンドも変化したゾマリの気配を察したのか、戦いの気配を色濃くする。
自然体の体勢からゾマリへと向き直ると、身体を半身気味にしながら両足を肩幅程度に、両腕は目線より下あたりに構え、拳は硬く握りこむのではなくやや開いた状態にして構えを取る。
それは彼が本気の証。
取るに足らぬ相手ならば、彼はその構えをとることはない。
それは切り替える事。
精神的なものはもとより、自分の中で決めた動作、フェルナンドの場合ならばその構えをとることで切り替えるのだ、日常と戦場、それを明確に。


高まる戦いの気配に、立会人である東仙はその腕を高く上げる。
彼の先程までのフェルナンドに対する戦いの意思は消えていた。
あるのは只粛々と、主である藍染から命ぜられた使命、立会人としての使命を全うするという考えだけ。

「それでは・・・・・・はじめ!」





振り下ろされた腕は火蓋を切って落とす。
先に仕掛けたのはフェルナンドだった。
東仙の開始の合図と共にゾマリに向かって飛び出したフェルナンドは、怖ろしい速度でゾマリとの間合いを潰し、一瞬で自分の間合いに彼を納める。
そしてその突撃の勢いを残したまま片足を跳ね上げ、ゾマリの顔面目掛け上段蹴りを叩き込まんとしていた。
まさに電光石火、残像すら残さずその蹴りは一瞬にしてゾマリの顔にまで到達しようとする。

(ほぅ・・・・・・ これは想像以上に速い・・・大帝殿が一目置くのも頷けます・・・・・・が・・・)


フェルナンドの蹴りがゾマリの顔を捉える。
何の防御もなく、無防備にそれを受ければ昏倒するは必至、いや、昏倒で済めばいいだろう、二度と目覚める事などない可能性の方が強いそれ。
そう、即ち死だ。
それを前にゾマリはなんら動く気配を見せなかった。
只無防備に、只立ち尽くすそのサマは一見フェルナンドの蹴りに対応できていないかのようで、その実違っていたのだ。


当たる、とそれを見る誰もがそう思った瞬間それは起こった。
只無防備に立ち尽くしていたゾマリ、そのゾマリの身体が一瞬ぶれるとそのまま消え去ってしまう。
ありえない光景、ほんの数瞬、いや、刹那の後にはフェルナンドの蹴りが当たるかと思われた、だがそれは結果何もない中空を通過するに終わる。
一体何が起こったのか、そんな当惑を見るものに与えるその光景、しかしそんな困惑の隙すらありはしなかった。




「私の方が“ 速い ”・・・・・・」




その声はフェルナンドの傍らから。
今までフェルナンドの正面にいたはずのその声の持ち主、しかしそれは一瞬にしてフェルナンドの側面へと回っていた。
そしてその言葉と共に煌き奔るのは鈍色の光。
横向きに一振り、他の何を狙うわけでもなくフェルナンドの首だけを通り過ぎようとするその一閃は、寸前の所で首を捕らえるには至らなかった。

沈み込むようにしてその一振りを避けるフェルナンド。
目の前から消え去った相手の横合いからの攻撃、余裕があった訳ではない、だが対応できない程の攻撃でもなかったそれを避けた彼は、そのまま距離を置くことはせずに再び攻撃に転じる。
素早く戻した蹴り足はそのまま次は砂漠を蹴り推力へ、沈みこんだ身体もそのままに剣を振りぬいた体勢のゾマリの、そのガラ空きの胴を目掛け渾身の拳を打ち込まんとする。

拳は奔り、そのままゾマリの鳩尾へ。
振りぬいた刀が戻るには些か足りないであろうフェルナンドの拳、防御という手段を失ったゾマリは本来ならばその攻撃に身を曝す以外ない。
そうしてなにも起せぬまま突き刺さるフェルナンドの拳。
めり込む、というよりは本当に突き刺さったかのようなその光景は、戦いの早期決着をうかがわせる光景だった。

だが違う。

それを誰よりも強く感じているのはフェルナンドだろう。
眼に映る光景は、自分の拳が相手の身体に突き刺さる姿、だがその突き刺さった拳からは“何も感じない”のだ。
正確には何かを貫いた感覚はある、しかしそれは眼に映る光景から想像できるものとは違うのだ。
肉を裂き抉る感覚も、骨が拉(ひしゃ)げ、砕ける感覚も其処にはなかった。
そう、相手を貫いたというのにまるで本当は、そこに何も無いかのように。


「”ハズレ”ですよ。 それは・・・・・・」


違和感を感じるフェルナンドに、その違和感を作り出したであろう男の声が降る。
それはまたしてもフェルナンドの横から。
だがフェルナンドの前には確かに自分の拳に貫かれたその男が、ゾマリが立っているのだ。
が、そんな事で思考を止めるのは戦いのさなかにおいてあまりに愚か、再び自分の首を襲うゾマリの凶刃をフェルナンドは、咄嗟に状態を反らす事で避わす。
が、もとより今の彼の体勢は崩れており、回避に適するものではない。
結果、確かに刃による斬撃は避わせはしたが、体勢を大いに崩したフェルナンドはそのまま砂漠に両手を着き、後方回転しながらゾマリとの距離をとった。
そしてある程度ゾマリから離れて顔を上げた彼の眼に映ったのは、砂漠に立つ二人の(・・・)ゾマリ・ルルー。

「双児響転(ヘルメス・ソニード)、通常の響転に私独自のステップを加える事で生まれる云わば分身のようなものです。言ってみれば手品の類、お遊びですが・・・・・・アナタ程度の相手には丁度いいでしょう」


フェルナンドが身体を貫いた方のゾマリが残像のように消えていく中、再び彼の首を刈りに来ていた方のゾマリはそう口にした。
双児響転、ゾマリの言からすればそれは彼独自の響転という事なのだろう。
只残像で分身を作り出すのではない、それ自体が彼の霊圧で少なからず物理的法則を受けるほどの存在になる分身。
いや、分裂したといったほうが近いのか、ともかくフェルナンドが攻撃したのはその分裂体であり、本体ではなかった、という事のようだった。

「・・・・・・随分と速く動くじゃねぇか。そのデカイ図体の割りによぉ・・・・・・大体俺と同じぐらいか、とは踏んでたんだが・・・な。」


そうしてフェルナンドの攻撃を受けたのが分裂体の方だと説明するゾマリに、別段悔しがる様子もなく答えるフェルナンド。
そのゾマリの速さ、それはある意味フェルナンドの想像を超えたものだったようで、最低でも自分と同程度と考えていた様子からそれは窺い知れる。
だがその自分とゾマリを”同列”として扱う、という事がまた一つゾマリの不興を買う事となった。

「愚かな思考。 大方自分の想像以上だった私の速度に、内心焦っているのでしょう? それを敢えてそう思っていたと口にすることで、精神の安定を図ろうと? ・・・まったくもって愚かしい・・・・・・ そもそも前提が間違っているのですよ、私とアナタが”同列”だ、という思考が 」


言い終わるか終わらないか、その瞬間にゾマリの身体が消える。
まるで自らの影すら追いつかせぬと言わんばかりの響転、それをもってゾマリが再び現われたのはフェルナンドの正面。
刀を振り上げた姿勢で現われたゾマリ、しかしその姿は一人ではなく今度は“三人”だった。

「そう、それこそが驕りであり、不遜であり、冒涜。私は藍染様より”7”の数字を下賜されし御使いたる第7十刃。そして私の響転は十刃中最速(・・・・・)。私とアナタは”同列”ではない。云わば”隔絶”されているのですよ、速さの地平、その端と端で・・・・・・」


不遜、冒涜、同列ととること自体がそれに値する罪であると、そうフェルナンドの言を断じるかのようにして振り下ろされる三振の刃。
頭上高くから振り下ろされるそれは、断頭台の刃に似て無慈悲に刈り取る死招きの輝き。
三方を囲まれ、フェルナンドにそれを避ける術があるとは思えない。
あるのはその拳と脚そして腰に挿した己が斬魄刀のみ、しかしフェルナンドに刀の才は無い。
壊滅的でなくともその才は”二流”なのだ、とてもその刀一本で乗り切れるような才能の煌きを放つものではない。

が、フェルナンドがこの局面でみせたのは、いつもと変らぬ笑み。
どこか他人を食ったような皮肉気な、そんな笑みを彼はいまだ浮かべているのだ。

自分が囲まれた状況、それであってもフェルナンドの行動はいつもと変わらなかった。
真正面に立つぞマリには突き刺さるような前蹴りを見舞い、両脇に立つゾマリの一方からの攻撃は斬魄刀を握る手を無理やり殴りつける事で止めたフェルナンド。

しかし此処まで。
二人を反撃で圧しとどめたフェルナンドではあるが迫る刃の数は三。
あと一撃を残し彼の体勢は些か反撃には適さないものになり、手詰まりといえる状態に陥っていた。

(獲った! 所詮アナタはこの程度、曝した罪をその首を持って償いなさい。愚かしい獣めが!)


ゾマリを確信が通り抜ける。
彼からしてみればフェルナンドは格下もいいところの相手であり、その相手に三体の双児響転で挑めば獲るのは容易いと。
その根拠はなくとも真理に近い核心をもって下した攻撃。
そしてその確信は見事的中し、今まさに相手は手詰まり、がら空きとなった首を刎ねる事のなんと容易い事か。
振り下ろされる刃は何一つ迷う事無く勝利へ、首を刎ね、曝し、罪を償わせるために奔った。



だが、その刃は首にかかる寸前で止まる。


「な・・・なんだと!?」



その呟きはゾマリから零れていた。
獲った、という確信。
その確信のもと奔っていた自分の刃は、フェルナンドの首にかかる直前止まった、いや、“止められてしまった”のだ。


「驚く程の話じゃねぇだろう? 第7十刃サンよォ・・・・・・たかが刃を掴んだ(・・・・・)ぐらい・・・なぁ・・・・・・」


状況はフェルナンドの言葉が全てを物語っていた。
ゾマリが振り下ろした最後の刃、首を刎ねようとするその刃をフェルナンドは只単純に掴んで止めたのだ。
掴んだ、といっても掌で握り込むようにして止めたのではなく、軽く握っていた拳、その人差し指と中指の間にゾマリの斬魄刀の刃を挟み込むようにして掴み、止めている。
それはまさしく刹那の業。
早ければ掴めず、また遅ければ手を真っ二つにする斬撃、その刹那の拍子をフェルナンドは掴み、刃をも掴んだのだ。

ゾマリは先程までの無表情を驚愕に染める。
目の前で件の破面がやってみせた事、不可能とは言い切れないそれ、そしてこうして現実として目の前にあるということはこの破面にとってそれは不可能ではないことの証明だった。
だが出来るだろうか、少なくとも自分に同じことが出来るだろうか。
ただ真正面から振り下ろされ、そして来ると判っており、尚且つ十全の体勢ならばゾマリにも容易いであろうその御業。
しかし目の前の破面は体勢を崩し、虚を突かれ、それをして更に指二本でそれをやってみせたのだ。

ありえない、そんな思いがゾマリに膨れ上がる。
それが出来る出来ないの話ではない、その破面がそれをしたという事が彼にとっては重要。
格下、自分とは隔絶された存在であるはずの破面、罪深き愚物にそんなことが出来る筈がないというゾマリの自尊心がそれを否定しようとするのだ。


「・・・・・・クッ!」


分裂体は消え、残るのはゾマリの本体。
その本体といえばフェルナンドに刀を掴まれたゾマリであり、存外強い力で掴まれたそれを無理矢理外した彼は一度フェルナンドと距離を置いた。
ありえない事をしでかした罪深き者、偶然なのか必然なのか、確かめようがないにしろその出来事はゾマリを揺らす。
戦いとは精神の安定。
安定した精神は戦いを冷静に見つめ、勝利への道筋を照らし出す月光。
しかしそれが揺れればとたん道筋は消えうせ、勝利は遠のくのだ。
故に揺れる、ということは敗北に繋がる一つの要因、それをゾマリは充分に理解し一呼吸の後にその揺れを小さく留める。
そう、彼にとってこの戦いは勝利して当然の戦い、負けなど許されない、いや、はじめから彼にとって負けなどありないのだから。


「なるほど・・・・・・ 流石は藍染様がお与えになった力だ、愚物にもこれ程の能力を与えられるとはまさしく”王”の御業、といった所でしょう。だが・・・調子に乗らない方が懸命です。 私の双児響転は三体だけではない、最大数は・・・・・・五体です。 五対一、いかに藍染様の御業が優れていようとも、この戦力差を覆せるものではありません、まして扱うのがアナタでは・・・ね・・・・・・」


ゾマリが至った結論、精神を揺らさずにすべてに理由をつける答えはそれしかなかった。
優れているのはこの破面ではなく、この破面に力を与えた彼の王、藍染惣右介の御業によるものだと。
先程の出来事は王の御業による能力、それがほんの一瞬現われたに過ぎず、この破面が持ちうるものを凌駕しているのだと。
そうでなければ先の出来事に説明などつけられるはずもない、と。

そう結論付けたゾマリはいよいよ本気でフェルナンドを仕留めにかかる事を宣言する。
双児響転、その最大の分裂数である五体、それをもってフェルナンドを断罪すべく仕掛けると宣言するのだ。


「知るかよ・・・・・・ 三体だろうが五体だろうがやることは同じだ。それに・・・コッチは一対多でやるのは慣れてるんでねぇ・・・・・・御託が済んだならさっさと来いよ、無粋な輩の御使いさんよォ・・・・・・」

「ギッ・・・・・・侮辱も大概にしろ! この・・・駄獣めが!」


ゾマリの見下すような言葉の雨を、フェルナンドはバッサリと斬り捨てる。
三体が五体に増えようが知った事ではないと、やることは結局同じ、戦って倒す以外にないと。
更にフェルナンドは普段から一対多数の戦いには慣れたいた、ハリベルの従属官三人を一手に相手にすることが出来る彼にとって多数との戦いは苦手の部類には入らず、むしろ彼の目指す理想形は一人で大軍を打倒するような、そんな姿だったからだ。
故にフェルナンドは怯まない、二度追い込まれていたとしても怯むことはないのだ。
そして怯まないと同時に彼の言葉はゾマリの神経をこれでもかと逆撫でしていた。

彼が崇拝する王を無粋な輩と言った事も然ることながら、まるで彼自身の使命たる王の代行者、御使いという崇高なものすらも小馬鹿にしたようなフェルナンドの物言いは、揺れを抑えた精神をかき乱すには充分だったのだろう。
鬼のような形相となったゾマリ、丁寧な口調すらかなぐり捨て吐き捨てる言葉、おそらく腹の底に抱え続けた言葉は遂に日の目を見ることとなったようだ。



其処から始まった光景はある種異常だった。
闘技場、四分の一ほどを崩壊させたその場所の中心である砂漠には七人の人影が。
一人は立会人である東仙要、付かず離れずの距離で決闘の行方を見守っていた。
もう一人はその決闘の主役であるフェルナンド・アルディエンデ、襲い来る刃の事如くを避け、或いは捌きつつも纏った服はそこかしこが斬れ、しかし出血が薄っすらとしか見られないところを見れば、彼が自身を襲い来る攻撃を紙一重で避わしているのが伺えるだろう。
残るは五人、その全員が同じ顔、同じ身体つき、そして同じ剣捌きで同じ標的を襲う。
闘技場を所狭しと駆け回るフェルナンドの周りを囲み、張り付くようにしてその首を落とそうとするのはゾマリ・ルルー。
一対一の決闘においてその光景は五対一、しかしその実は一対一というなんとも奇怪なものがそこには広がっていたのだ。

襲い来る幾多もの刃をフェルナンドは避わし、その全てとはいかずともゾマリに対し反撃を試みる。
仰け反って避わすと同時にそのまま倒立し放つ『弧月』や、攻撃に対してカウンターとなる『朔光』といった業を用いつつ、しかしその全てがまるで空を切るかのごとく不発に終わる。
当たった感触は何時も同じなんともいえない手応えの無さのみで、しかし迫る刃だけは殺気の乗った現実だった。


(チッ! どうしても速度では負ける・・・かよ。まぁそこで張り合っても仕方がねぇか・・・・・・大体ヤロウの考えは読めてきた。 後はそれが当たるかどうか・・・・・・賭けだな、だがそういうのは嫌いじゃねぇ・・・・・・!)


襲い来る刃を避け、今連続の回転蹴りである『旋風』で反撃しながらも、フェルナンドは考えをめぐらせる。
勝利への思考、戦いの最中でも止める事許されぬそれが彼の頭の中を光速で駆け巡り続けていく。
速度ではどうしても劣る、流石は十刃最速と言うだけの事はあると認めるフェルナンド、かといって其処で張り合ったところで何があるでもなく、負けている、劣っているなら他から補えばいいと考えを決める。
後は賭け、攻防の間にゾマリの大方の思考は読めたというフェルナンドだが、それは完璧というわけではなく、どうしても賭けの要素が絡んでくる。

だがフェルナンドは決断した。
往くと、その賭けの道を往くと。
その先に勝利があるのならば往くと、そうしなければ駄目だというのなら迷うことはしないと。
そしてそんな賭けは嫌いではない、と。




終始動き回り続けていたフェルナンドが止まる。
砂漠にしっかりと足を着け、どっしりと構えるかのようなその姿。
だがそれは下策といえる。
止まれば囲まれるのは必定、動き回っていたとて半ば同じではあったが完全に囲まれるという事の危険度の差は大きい。

(・・・・・・諦めたのか? いや、あの不遜なる態度、それほど殊勝ではあるまい。だがなんにしろ私にとっては好機! 決着をつけさせてもらいましょう、念には念を入れて・・・ねぇ・・・・・・)


フェルナンドの姿を見たゾマリは、それを訝しがりながらも好機と捉えた。
何かある、それは判っている、だがあの破面の考えることなど高が知れているという考え。
強者特有の考え方、何が起こっても自分が負けるということを考えられない思考、絶対の自負による驕り。
フェルナンドの驕りを断罪するというゾマリも、その実では驕っているのだ、自分でも気がつかぬほどに。


足を止めたフェルナンドを仕留めんと、刃は間を置かずに襲い掛かっていた。
その数は四、四方から襲い来る刃は死を宣告する悪魔の指先。
その指先をフェルナンドは驚異的とも言える反射で避わしていくが、足を止めた弊害か紙一重とまではいかずに身体に浅い刀傷を負っていく。
だが、それでもフェルナンドはその悪魔の指先を、死を招き、死へと誘うその指先の全てを避けてみせた。
体勢を崩しながらも、しかし確実に避けて見せたのだ。



四本の刀を。





「・・・・・・刑を、執行しますよ。 愚かなる獣・・・・・・」




背後、集中は切らさずとも体勢が崩れたフェルナンドの背後にそれは立っていた。
念には念を、という言葉通りゾマリは分裂体での決着ではなく、体勢を崩す事を優先して攻撃し、最後の一撃のための状況を作り出したのだ。
背後を取る、という相手にとって屈辱的な状況を。
背後とは不覚の現れ、それを取られたのは例え策を弄されようとも一重にフェルナンドに責がある。

天高く掲げられたゾマリの斬魄刀。
そして激昂の後再び無表情となった顔で静かにそれを宣言する。

終わりだ、と。

言葉から間を置かずに刃は放たれた。
振り下ろすというあまりにも単純な動作、間違いようの無い動作がフェルナンドへと迫りそして血潮が弾けた。

振り返ったフェルナンドの左の肩口、そこに刃は食い込んだ。
フェルナンドが体勢を変えたため斬首に至らなかった結果の光景。
そして肩から切り落とされてもおかしくない斬撃が肩口に食い込む程度で済んでいるのは、フェルナンドが片手でゾマリの腕を止めた結果だった。
振り向き様、肉に刃が食い込んでいきながらもフェルナンドはゾマリの腕を掴み、それ以上の刃の進入を防いだのだ。

「悪足掻きを・・・・・・ 何れ償うべき罪、永らえたとて結果が同じならば、その命に意味などありはしませんよ。」


フェルナンドの対応にウンザリしたようにゾマリは答えた。
永らえてなんになると、お前が自分に殺されるのは決定事項、それが今か先かの違いしかないなかで何故足掻くのかと。
尚も振り下ろそうとするゾマリの腕を止めるフェルナンドを侮蔑の瞳で見るゾマリ。
悪足掻き、不様で不様で、まるで見るに耐えないとそうその瞳は語っている。
が、フェルナンドはそんなものの何一つを気にしていなかった。





「よぉ・・・・・・ テメェは“ホンモノ”か・・・・・・?」




一つ零し、ゾマリの腕をしっかりと掴んだままフェルナンドは一歩、ゾマリへと踏み込む。
そして空いていた右の拳を握りこむとそのままゾマリのわき腹辺り、そこから拳一つ分無い程度の位置までもっていく。
その動作を見ていたゾマリは別段何の反応も見せなかった。
振り被ったならまだしも、そんな位置から拳を放っていったい何が出来ると、所詮は悪足掻きの延長程度でしかなく、そんなものに構う暇があるならこのまま腕の一本も斬り落とした方がよほど断罪足りえるとしたのだ。
その行為から視線を切り、再び自分の刀の方へと視線を向けたゾマリ。






だがそれは大きな間違い。





フェルナンド・アルディエンデは近接戦闘に特化した破面。
その彼を相手に密着状態が如何に危険か、ゾマリは理解していなかった。
たった拳一つ分に満たない隙間、その隙間が自分にとって如何に危険で、フェルナンドにとって如何に有利な間合いかを理解していなかった。
そして、最後にゾマリは理解していなかった。


自分が背後を“とった”のではなく、フェルナンドに“とらされた”、ということにも・・・・・・



闘技場に鈍く耳に残るような音が響く。
敢えて表現するならば肉が潰れ、骨が潰れ、そこに鉄の板を叩いて凹ませたかのような音、といえばいいか。
とにかく胸に重く残る嫌悪感を感じさせる音が闘技場に響いた。

その直後闘技場の様子は劇的な変化を見せる。
吹き飛んだのだ、片方が。
闘技場で戦っていた二人の内一方、それも終始攻め立てていたであろう方が、第7十刃ゾマリ・ルルーが吹き飛んでいるのだ。
理屈も何も無い、ただ目に見える光景が全て、その光景を言い表す言葉はやはりゾマリが吹き飛ばされたという一言、それが全てだった。

そのゾマリが吹き飛んだ基点となった場所、そこに立つのは当然の如くフェルナンド・アルディエンデ。
左の肩から血を流しながら、右の拳を振りぬいた体勢で立つフェルナンドの姿。
吹き飛んだゾマリとそのフェルナンドの姿から想像できる経緯は一つ、フェルナンドの攻撃でゾマリが吹き飛ばされた、という単純なもの。
そしてそれは間違いではなく、拳一つに満たない隙間がフェルナンドに起死回生の一撃を与えたのだった。






「ハッ! この感触は・・・どうやら賭けは俺の勝ち・・・らしいな 」










乾坤一擲

驕るは九死

しかし一生を得る

天上の戦

狼の片割れ

何を思う・・・・・・





2012.03.26改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga.47
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/03/26 11:12
BLEACH El fuego no se apaga.47








吹き飛ばされる浅黒の大男。
吹き飛ばしたのは金色の髪の青年。
何が起こったのか、何故そうなったのか、それはある意味瑣末なことなのかもしれない。

重要なのは結末。
闘技場の砂漠を囲むようにしてそれを見る者達の目に映った光景。
その光景を見た者は一様にこう言うだろう。


十刃を、番号無しが一撃で吹き飛ばした、と。



拳を振りぬいた体勢でいたフェルナンドが残心を終え姿勢を戻す。
その左肩には今だ彼が吹き飛ばした男の斬魄刀がしっかりと食い込んでいたが、彼にそれを気にする様子はなかった。
確かにフェルナンドの肩はその刃によって斬られはしていたが、傷はそれ程深い訳ではなく、精々一寸程度、人であれば判らないが生憎彼等は人でなしの破面(アランカル)だ、死にはしないといった所だろう。

対してもう一人の男、浅黒の大男ゾマリ・ルルーは混乱の極地にいた。
何が自分のみに起きたのか彼にはわからなかった、かろうじて判るのはあの時フェルナンドが自分の脇腹に添えるようにして出した右の拳、アレが原因だということだけ。
ゾマリにとってそれだけは確定だった。
なにせ吹き飛ばされ、砂漠に膝を着く屈辱を味わい口から血を吐き出しながら触った自分の脇腹は、信じられない事に拳大の陥没を刻まれていたのだ。
猛烈な痛み、鋼皮(イエロ)の守りなど役に立たないという程の衝撃は、彼の内と外を一撃で破壊していた。

「ギザ・・・マ・・・・・・ 私・・・に、一体、なにを・・・しだ・・・・・・!」


ゾマリのその形相は、既に無表情とは懸離れたものだった。
相手を見下ろすようなそれではなく、困惑、屈辱と怒り、そして激痛に歪む苦悶が入り混じった様な、そんな顔でフェルナンドを見る彼。
額からは一気に脂汗が噴出し、呼吸は浅く整うことは無い。
浮かぶのは明らかなダメージ。
たった一撃、拳一つ分にも満たない隙間から放たれた一撃、しかしその絶大な力の一撃によってゾマリは今砂漠に膝を付いているのだ。

「別に? 何も特別な事はしちゃいねぇよ。 ただ、力一杯殴っただけだ。」


荒れ狂う感情とそれを上回るかのような痛みを抱えたゾマリの問に対し、フェルナンドは何を包み隠すでもなく答える。
それはそうだろう、何をした、と問われれば彼の持つ答えは一つ、“殴った”という単純なもの以外ない。
フェルナンドに他の解など無いのだ、ただ付け加えるならばそれが彼の言ったとおり“力一杯”だった、という事以外。

先程放ったフェルナンドの一撃、それは突き詰めれば本当に彼の言ったとおり力一杯殴りつけた拳。
だがその“力一杯”というのが曲者、拳をほぼ相手に密着させた状態からというのは如何に腕力の強い者でも、そう威力のある攻撃など出来ない。
体勢的不利はそのまま攻撃の威力となり、結果悪足掻き程度の攻撃にしかならないのだ。

だが、フェルナンドがそんな攻撃をよしとする訳がない。
超密着状態、誰もが有効打を持たない間合いだからこそフェルナンドは磨く、拳の届く範囲で自分に死角などあってはならないと。
腕だけでは駄目、体の捻りを加えてもまだ弱いという試行錯誤、もっぱらその試行錯誤の相手はハリベルの従属官三人であり、今この光景を見ているであろう彼女等は、一様に自分の脇腹を摩っている事だろう。

そんな膨大な試行錯誤と尊い犠牲の生まれたのが先の一撃。
現世で言うところの寸頸と呼ばれるそれに酷似した一撃は、全身の力を、それこそ腕であり胴でありそれを支える下半身、更にそれらを覆う大量の筋肉が産む莫大な力、それを支える基盤たる骨の強度、そしてその莫大な力を円滑に伝える全身の間接、更には霊力という駆け巡る奔流、そしてその動作の膨大な反復。
全てが連動し、収束し、昇華した巨大な力、それが相手にほぼ密着した状態の拳から放たれるのだ。
その先にあるのは死、よくて骨と内臓の著しい損傷。
先ず初見で避けられるはずもなく、こうしてゾマリが生きているのは一重に彼が十刃まで上り詰めた実力者ゆえだろう。


「ふざげるな!! ゴホッ! ・・・た、ただ殴っただけだと?それだけの事で、この、私が膝を・・・ キザマ程度を相手に、膝を付ぐものか!」


当然ではあるがゾマリがそれを認められるはずも無い。
彼の自尊心、それも絶対的王である藍染の御使いを自称する彼の自尊心が、ただ殴られたというだけで膝を付いた事を認められるはずも無いのだ。
なにかある、そうに決まっている、そうでなければ、そうでなければ自分より格下であるフェルナンドが自分に膝を付かせる事など出来る筈がないと。
疑いというよりも彼の中では確信に近い感情が否定するのだ。
只の打撃だ、という事実を。

「アンタがどう考えようと、俺には関係ねぇんだが・・・な。まぁ、賭けに勝ったのが俺だった、って事さ・・・・・・」

「賭け・・・だと・・・・・・!? そうか!やはりぞうか! そうでなければおかしい!ゴホッ、所詮、運に任せた、攻撃!そうでなければ“最速”たる私が、キサマの攻撃を受けるなど、ありえる筈がない!」


フェルナンドが零した呟き、それに対し声を大にして叫ぶゾマリ。
賭け、という運の要素が絡む攻撃、それが全てだと。
その運任せの攻撃、どちらに転ぶかもわからない攻撃が偶々自分を捕らえたに過ぎないと、ゾマリは確信していた。

「・・・・・・確かに“運”だったな。 アンタが“俺の背後を”とるかどうかは・・・・・・まぁ歩が悪い賭けじゃなかった。 十中八九当たる・・・と思ってたさ、アンタは絶対背後に来る、ってな。」

「ふざけた事を・・・・・・ アナタ程度が私の行動を予測した・・・と?」

「あぁ。 アンタははじめっから正面から攻撃して来なかった。 “決め”は大抵後ろをとろうとする・・・・・・大方俺に屈辱を、とでも思ってやがったんだろう?だから賭けた・・・・・・ 足を止めればアンタは必ず背後に来る。はじめは違っても俺の首を獲る時は必ず来る、ってなぁ。」


フェルナンドの賭け、それはゾマリが来るかどうかという賭け。
しかしその賭けは決して歩の悪いものではないと、彼は確信を持ていた。
最後の一撃、その瞬間に至るまでの全ての攻防、その全てでゾマリは必ずといっていいほど背後を、フェルナンドの背後を取ろうとしていた。
動き回る事で確かに攻撃を避ける事は出来る、しかし自分の攻撃は悉く避けられ、当たったとしても分裂体のみ。
その状況を打破するため、フェルナンドは賭けたのだ、足を止めた自分の背後にゾマリは来る、ということに。

今までほぼ全て背後を取りに来ていたゾマリ。
だが足を止めたその時、再び其処に来るとは限らない。
別から来れば背後に気を張っている自分は、避けられる保障はないと。
だがそれをする価値はあった、このまま攻撃を避け続けて何になるのか、それが戦いと呼べるのか、自身になんの危険も背負わずに勝利など獲られるはずが無い。
危機を乗り越えた先に勝利があるというのなら、フェルナンドはいくのだ。


そして彼は掴んだ、一撃を、回生の一撃を穿つ機会を。


「・・・認めない・・・・・・ 認められるものか!私がアナタ程度に見透かされたなどという事が、認められるはずが無い!」


なんと滑稽な事か、ゾマリからすればそう思えてくる現状。
確かにフェルナンドの言ったとおりだった、この破面に最大の屈辱を与えるにはどうするべきか、それを考えたときゾマリが思い至った答えはまさしくそれ。
戦士、自らをそう自覚するものにとって最大の屈辱、背後を取られ死す事。

最も大きな死角であり、それ故に戦士たるもの常に気を張り獲られることを許さぬ背後。
その背後を取りどうしようもない実力差を判らせ、いや、背後を取られたことすら気付かないという最大の屈辱に沈め、後悔の海に沈める事。
それがゾマリの考えた屈辱的な死と、最上の勝利の姿。

だがフェルナンドはその考えを見透かし、敢えて踏み込ませ利用したというのだ。
ゾマリにそれを認められるはずが無い、格下であるフェルナンドに言うなれば操られたという現実。
”支配”を知る彼からすれば、フェルナンドに自身を支配されたのとそれは同義であり、これ以上ないほどの屈辱なのだ。

「知るかよ、アンタが認める認めないなんてもんは・・・な。コッチだって無傷って訳じゃねぇ、見ろよ。アンタの刀がいい具合にめり込んで、やがる・・・クッ!っと。」


叫ぶゾマリに対し、フェルナンドは知った事かとそれをバッサリと斬り捨ててしまった。
確かにそうなのかもしれない。
認めるも認めないも、その個人の了見の中の話でしかなく、それを押し付けたところで押し付けられた方からすれば関係ないのだ。
そんなゾマリの叫びなど何処吹く風、といった風でフェルナンドは自分の左肩に食い込むゾマリの斬魄刀に手をかける。
今の今まで刀が肩に刺さったままだったというのがおかしな話ではあるが、フェルナンドの放った脇腹への一撃、その威力に思わずそれを放してしまったゾマリ。
そうして刀を肩から外す様子をゾマリは苦々しくも見つけている。

斬魄刀とは死神、そして破面に共通する全ての鍵といっていい。
死神はその霊力を押し固め刃とし、その手に持った己が内にいる斬魄刀本体の名を呼ぶことで更なる力を発揮し、戦う。
破面とて同じ、虚としての力の核を封じ刃と成したそれ、その名を呼ぶことで彼等は真の姿と力を解放するのだ。
その斬魄刀が己が手の内にない、というのは彼等にとって翼をもがれたに等しく、そのまま戦闘を行えば結果など見えている。

ゾマリの不覚、それはフェルナンドの攻撃をその驕りによって受けたことも然ることながら、その手から斬魄刀を手放してしまった事。
そしてその斬魄刀を敵が所持している、ということに他ならない。
現状を見ればこの勝負は決したといっていいだろう。
ゾマリが受けたダメージはあまりに大きすぎる、肋骨の多くは砕け、内臓にも深刻なダメージを追っている可能性があり、そんな状態、十全でない状態では如何に十刃最速と謳われようと、その十全の速さを発揮する事などできないのだ。


たった一撃、フェルナンドはたった一撃で十刃最速の足を奪った、その一撃はどちらにとっても重い一撃となったのだ。


どうしようもない状況。
ゾマリにとってはある意味絶体絶命といえる状況。
どうやってそれを打破するか、多少回復したのか脇腹を押さえながらも立ち上がったゾマリ、そのゾマリに鈍色の流星が奔る。
流星はゾマリの目の前の砂漠へと一直線に奔り、そして突き刺さった。


「・・・これは一体何の心算です・・・・・・」

「何の心算もねぇよ。 抜け、アンタの刀だ・・・・・・」


ゾマリの正面、その砂漠に突き刺さった鈍色の流星、それは刀だった。
そう刀だ、斬魄刀、丁寧にも一振りされ血が飛ばされた第7十刃ゾマリ・ルルーの斬魄刀がそこには突き刺さっていた。
突き刺さった刀を見たゾマリは困惑の声でその理由をフェルナンドに問う、一体何の心算だと。
だがフェルナンドは答えない、というか答えるべき解がないといった風で左手に持った自分の斬魄刀を鞘に収めながら答えた。
そう、フェルナンドに他意はない。
他意はないのだ、その言葉が全て、自分の肉を半ば切裂き止っていた刀、それをただ持ち主に返した、というそれだけの事。
言葉通り、それはお前の刀だから返した、だから抜け、と言い放ったのだ。


「・・・・・・私は、私は今までこれ以上の屈辱を知りません・・・・・・フェルナンド・アルディエンデ、愚かなる獣よ・・・・・・不遜なる態度、藍染様への度重なる不忠、そして・・・・・・そしてその傲慢が過ぎる驕り! 許し難い! 何にも増して!」


そう、フェルナンドに他意はない、だがそれがない故にその行いはあまりにも残酷だった。
ゾマリの顔には苦悶も屈辱もなくなりただ怒りだけが、激怒の表情だけがありありと浮かぶ。
屈辱、その行動はあまりにもゾマリにとって屈辱的。
自分の圧倒的有利を呆気なく手放すフェルナンドの行動、そしてその行動はゾマリに確信させる。
その圧倒的有利(斬魄刀)を返そうとも、この破面は自分に勝つ気でいる、という事を。
許し難い傲慢、度が過ぎる驕り、どこまでも不遜なその態度、その全てがゾマリの癇に障り逆鱗を掻き毟る。
王である藍染への忠義と崇拝が彼の全て、その王を穢し尚且つ自分自身をも軽んじるこの破面を、ゾマリは今、猛烈に殺したかった。

「それで結構! 漸く喧嘩らしくなって来たじゃねぇか!えぇ! お題目なんかいらねぇ! 気に入らない、だから倒す!戦いにこれ以上の理由は余分なだけなんだよ!」

「黙りなさい! 例え怒りに染まったとて、アナタのような獣と同じ考えを私は抱かない!この刀・・・ 私に返した事を後悔して死になさい!鎮まれ! 『呪眼僧伽(ブルヘリア)』!!」


高まったゾマリの怒りに、フェルナンドははじめて叫んだ。
そう、彼が待ち望んだのはそういった反応。
フェルナンドが望んだのは只の喧嘩なのだ、制裁、誅殺、断罪などといった御託の類、大義名分に頼った戦いなど彼は一切望んでいない。
あるのは個と個の戦い、何も介在するもののないただ戦うことだけを目的とした戦いなのだ。

そんなフェルナンドの叫びにすらゾマリは異を唱える。
たとえ怒りに染まり、目の前のフェルナンドに憎しみを持って挑もうともそれが喧嘩という低俗なものになることはない、と。
あくまでこれは誅殺、その為の決闘であると。

そしてゾマリは叫びながら突き刺さった斬魄刀を抜き放つ。
再び帰ってきた自分の斬魄刀、だが今彼にそれを感じる余裕はない。
引き抜き、そして構えると彼はすぐさまそれを叫ぶ。
真なる姿、真なる能力を呼び覚ますその名を。

霊圧の上昇、悲鳴を上げる大気と闘技場、その中で一人獣の笑みを浮かべるフェルナンド。
戦いは次の段階に移行しようとしていた・・・・・・







――――――――――







フェルナンドとゾマリの戦いが始まるその幾分か前。
その小さな破面は焦っていた。
頭には片方の角が折れた兜の仮面の名残を被り、肩口でそろえた色の薄い黄緑色の髪、瞳もまた非常に薄い紫色で、息を切らしながら走っている。
振られる腕も踏み出し脚も一言で言えば華奢であり、とてもではないが戦闘に堪えられるようには見えないその破面は今、焦っていた。



その小さな破面は常にもう一人の破面と行動を共にしていた。
何時も傍らにいた大きいほうの破面は、この目の前で行われる決闘を見ながら終始不機嫌で、難しい顔をして、そしてその不機嫌さよりも尚深い悲しみをその瞳に浮かべていた。
小さな破面とてそれは同じだった。
傍らに立つ大きな破面の服の裾をその手でギュッと握りながら、それでも目を逸らす事をしないのは、小さな破面なりの意地なのかもしれない。

「・・・・・・別に、見てなくてもいいんだぜ・・・・・・?」


そんな小さな破面の雰囲気を察したのか、大きな破面はぶっきらぼうにもその破面を気遣って見せる。
自分は一切闘技場から視線を切らないまま、見たくなければ見なくていいと。

「だったら・・・自分だって見なきゃいいじゃん・・・・・・」


大きな破面の気遣いにも、その小さな破面は視線を逸らす事はしなかった。
それは一重に大きな破面の為。
自分だけが痛みと悲しみから遠ざかるのは、小さい破面には耐えられなかった。
大きい破面だけがそれを背負おうとするのは卑怯だと思っていた。
痛みも、悲しみも、楽しみも、嬉しさも、全て二人で分かち合うのだと、小さい破面は決めていたのだから。



だが、たった一体の破面の登場が繋がる二人を別つ。
暴虐、暴慢を尽くし、目の前に命があるということすら目に映らないかのように振舞うその巨大な破面。
その振る舞いを見た小さな破面の手は、先程より強い力で裾をつかみ、そしてかすかに震えていた。
その裾を掴む手に、大きな破面の手がそっと重なる。

ぬくもり、震える手に感じたぬくもりは自分以外の他者の体温。
そしてそのぬくもりは絶対的な安心感、だがその手のぬくもりに小さな破面の手が緩んだ瞬間、大きな破面は小さく呟く。


「ここで大人しくしてろよ? ・・・・・・リリネット。」



「えっ?」と、リリネットと呼ばれた小さな破面が呟いたときには、すでに大きな破面は其処にはいなかった。
彷徨う視線、リリネットの視線が次にその大きな破面を捉えたのは闘技場のど真ん中、巨大な破面に対するようにして立っているその姿だった。
そしてリリネットが声を上げるよりも早く事態はめまぐるしく変化する。
緋色の霊圧が飛び砂漠は弾け、砂煙が晴れた其処には大きな破面の姿はなく、その姿は巨大な破面の懐、そして大きな破面はそのまま巨大な破面の首を掴むと上へ、リリネットだからこそ感じたその動き、そして大きな破面はリリネットを残し天蓋の外へとその姿を消してしまった。


リリネットは焦っていた。
置いてけぼりを食らった事も然ることながら、また背負わせてしまうと。
大きな破面は何時もそうだと内心愚痴るリリネット。
何時だって自分ひとりで背負おうとする、自分が居るのに、せっかく“二人になった”のに何時も何時も、と。
それが大きな破面の優しさである事もリリネットは理解していた、失いたくない、失わせてなるものか、ならば泥も火の粉も敵の刃も、その全てを自分が受けようという、そういう優しさ。
だがそんなものはリリネットとて同じなのだ。
失いたくない、絶対に一人になんかしないという思いは同じなのだ。

だから焦る。
大きい破面の力を疑うわけではない。
でももし、万が一、あの巨大な破面が強かったらと思うとリリネットは焦らずにはいられない。

だから自分が、自分が傍にいなければ、とリリネットは焦る。
闘技場の通路、皆が舞台たる砂漠へとその視線を向け閑散とするその通路を、リリネットは一人上に向かって走っていた。
どうすればいいかなんて判っていない、でも上へ、とにかく上へとリリネットは駆けているのだ。


「ハァ、ハァ・・・・・・ 馬鹿・・・・・・・スタークの大馬鹿! いっつも、一人で、カッコつけて・・・いっつも一人で、背負い・・・込んで! 」


走りながらも口をつくのは恨み言ばかり。
大きな破面、スタークに対する恨み言ばかり。
気に入らない、気に入らないと、子ども扱いが気に入らない、護っているという考えが気に入らない、自分は護られるために生まれてきたわけじゃないと。
どっちが元かも判らない。
でもどちらを護るだとか、そういう関係ではないだろうとリリネットは思う。
片方が片方を、ではなく、両方が共に支えあい寄り添って生きるために、自分達はいるんだからと。



「わぷっ!」


一心不乱に走るリリネット。
誰もいない通路は好都合であり、全力で駆け抜けるリリネットはそのまま全速力で角を曲ろうとする。
だがその角の先には思わぬ壁があった。
全力で走っていたリリネットは無論止まる事など出来ずに、その壁へと正面からぶつかってしまう。

どこか可愛らしい声を漏らしながらぶつかるリリネット。
そしてそのまま後ろに倒れるか、と思いきやそうはならなかった。





「あらぁ、ビックリしたなぁ~。 どや? 怪我ないか? ちっこい破面サン?」




リリネットがぶつかった壁、それが倒れ掛かったリリネットの腕を掴み、それを阻止していた。
銀色の髪に糸のように細い眼、笑ったまま固まったような顔に意匠は違うがリリネット達破面と同じ白い死覇装を纏った男。
仮面もなく、仮面紋もなく、漏れ出す霊圧すら破面の者でないその男は死神、リリネットがぶつかった壁の名は『市丸ギン』といった。

一度リリネットの身体をひょいと持ち上げて立たせると、市丸はリリネットに視線を合わせるようにしてしゃがむ。
リリネットの方も急いでいるのだが、自分からぶつかった手前ばつが悪そうであった。

「なんや急いどったみたいやけど、ちゃ~んと前見なアカンで?ええな? ほな、僕はもう行くよって。 “上のドンパチ見て来い”言われてしもたんや。ほなな、ちっこい”坊”。」


ポンポンとリリネットの頭を二度ほど叩くと、市丸は立ち上がりその場を去ろうとする。
が、去り際に市丸が残した言葉は、リリネットの脳天から身体を駆け巡るような衝撃を残していた。
振り返ったリリネット、その視線の先には意外と歩くのが早いのか遠ざかりつつある市丸の姿が、急ぎ後を追いかけるリリネット。
此処でコイツを逃す訳にはいかない、といった風で必至に後を追い、そして横合いから市丸の脛を目掛け強かに蹴りを放った。


ゴン、という鈍い音が響き、その格好のまま固まる二人。
そして廊下を半ばすべるようにして蹴りを放ったリリネットは、そのまま蹴った足を押さえて床をのた打ち回る。


「なにすんねや?坊。 いきなり蹴るなんてヒドイやないか。」


のた打ち回るリリネットに対し、市丸は別段痛みを感じていないといった風で転がるリリネットに話しかける。
市丸からしてみればなんとも理解できない初対面の破面の行動に、若干困惑していたがあまりそれは表に出ていないようだった。


「ッ~~~~!! ちょっとアンタ!いったいどんな脛の硬さしてんのさ! 」

「どんな、言われても普通やで? 坊こそ一体どないしたんや。」


自分から蹴っておいて何ともな言い草であるが、リリネットは瞳に涙を溜めながら市丸を指差しながら叫ぶ。
そんな理不尽なリリネットの言葉に市丸は普通に答えたが、その光景はなんとも微妙ではあった。
まぁ行動の選択やその他もろもろに疑問はあるが、ここまでして自分を止めた小さな破面に市丸は理由を問う。
おそらくは先ほど急いでいた用件に関することなのだろうとアタリは付けていたが、リリネットの答えはまさにその通りだった。


「アンタ上にいくんだろ? だったらアタシも一緒に連れてってよ!お願いだ!」

「・・・・・・ 止めとき。 君が面白半分で見に行っていいもんと違う。命は大事にするもんや、行けば君・・・・・・死ぬで。」


リリネットの答えは明確。
上に、上に行くといった市丸に自分も連れて行け、というもの。
自分で向かったのでは遅すぎる、悔しいが自分に間に合う程の力はないとリリネットは理解していた、だからこれはリリネットにとって天恵であり、唯一残された道なのだ。
だが市丸はそれを止めようとする。
其処に至るまでの経緯も何も知らない市丸からすれば、この小さな破面が言う言葉は軽いものに聞こえた。
故に止める、幼い容姿の破面、感じる力も大きくないその破面があの化物と、その化物を有無を言わさず連れ去った破面の戦闘の現場にいれば、
どうなる蚊など目に見えていたからだ。


「違う! 面白半分なんかじゃない! アタシが・・・アタシがいなきゃスタークが・・・・・・スタークが死んじゃうかもしれないんだ!そんなの駄目だ! ゼッタイ駄目なんだ!」


それは何にも増した必死の叫びだった。
スタークが死ぬ、何時も傍にいたスタークが死ぬ、そんなものリリネットに耐えられる筈がない。
本当にそうなるかは判らない、可能性は低いのかもしれない、だがそれでもゼロではない。
だから行く、何処へだろうと駆けつける、自分が居るのは護られるためではないと、自分もまたスタークを護るのだという決意がその薄い紫の瞳には刻み付けられていた。


「・・・スターク・・・・・・ あの破面の兄さんの名前か?坊はずっと・・・あのスタークいう兄さんと一緒やったんか?」


リリネットの必死の声と瞳に映る熱意、それを感じた市丸。
スタークと呼ばれたあの破面、その破面とこの小さな破面はどういう関係なのか、市丸は知らなかったがずっと一緒だったのか、と問えば小さな破面はコクリと頷く。

「アタシとスタークはずっと一緒だった。 生まれた時からずっと・・・・・・だから行くんだ。 傷つけさせたりしない、アタシが一緒にいて(・・・・・)護るんだ!」

「っ!・・・・・・・・・」


頷いた後俯くようにしていたリリネット、その手が握り締められそして再び上げた顔には、強靭な意志があった。
見た目は幼子、しかしその中身は確固たる人格を持った精神が宿っている事を感じさせる、そんな強い意思。
ずっと一緒だった、ずっと一緒に生きてきた、大切な大切な存在、だから傷つけさせはしない、だから自分が護るのだと。

その決意の視線と言葉、それは市丸にとって過去の自分とダブって見えた。
生まれた場所は違っていた、だが支えあって生きてきた、ずっと一緒に生きるのだと、そう思っていた。
だが現実は残酷で、大切だったものは傷つけられた、彼はそれを許さなかった、許せなかった。
だから何時か、何時か必ず作ろうとした、大切なものが“泣かないで住む世界”を、その為に大切なものから“離れる”事になろうとも。


(・・・・・・同じや。 この子も、僕も、大事なもんが傷つくのが見とぉないんや・・・・・・でも違うのは、この子は傍で、僕は遠くで護ろうとしてる事。どっちも同じ、でもどっちも違う・・・・・・僕は・・・僕はあの時、どっちを選んどったらよかった思う?・・・なぁ、乱菊・・・・・・)


心の呟きは儚く、ただ響いて消えていく。
どちらも同じ、だがどちらも違う。
方法の正しさ、選択の正しさ、それは一概に言えたものでなく、言うなればどちらもが正解であり、またどちらも不正解。
傍にいることで護れる事、遠く離れたからこそ護れる事、片方しか選べないというのならそのどちらもが正解。
そして重要なのは選択したその道で何を成したか、という事なのだろう。


「・・・・・・わかった、 連れてったる。 大事な人の為、やもんな。」


再びしゃがみ込んでリリネットの頭をポンポンと叩いた市丸は、リリネットの願いを受け入れた。
大切な人、大事な人、その為に生きる事を示したリリネットの願いを、市丸は無碍にすることが出来なかったのだ。
自分もまた、大切な人の為に生きているが故に。

「ほんなら行くで、坊。 ちゃんと付いて来ぃや。」

「・・・・・・・・・違う。」


立ち上がった市丸がリリネットを伴い上へと向かおうとする。
しかし市丸が歩き出してもリリネットはその場から動かない。
どうかしたのかと市丸が振り返ると、プルプルと振るえるリリネットの姿がそこにあった。
今更になって震えているのか、と思い市丸が近付くとリリネットはガバッと顔を挙げ、市丸の顔を指差しながら叫んだ。





「いいか! アタシはリリネット! リリネット・ジンジャーバック!男じゃなくて”女”だ! よく覚えとけ、糸目!!」












天上の戦

月下の決闘

暴慢なる竜骨

狂乱し

割れた狼

逡巡に惑うか














[18582] BLEACH El fuego no se apaga.48
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/05/08 20:03
BLEACH El fuego no se apaga.48










今、月だけがその二人を見ていた。


白い天蓋を群青の輝きは容易く突き破り、それを追うようにして飛び出してきた一つの塊は宙で弾け二つに分かれる。
大きな塊と小さな塊に分かれたそれ、片方は滑る様に、もう片方は削るようにして着地し、群青の光が穿った穴を中心に止まった。

袴に付いた砂埃を面倒そうに手で払うのは分かれた小さい方の塊、コヨーテ・スターク。
ぞんざいに払われた埃は幾分残ってはいたがその程度なら気にならないのか、スタークは視線を今だ砂煙に埋もれる大きな塊へとその視線を向けた。
その瞳、灰色がかった青い瞳は射抜くような鋭さは感じられないが、どこか見透かすような雰囲気を感じさせる。


「クソ塵の新入りがぁ! このオレ様の呼吸を一瞬でも止めただと?お前みたいな塵が生きていられるのは、このオレ様の存在あってこそだと知らねぇのか!こいつは神殺しに等しい原罪だ! 死に続けて詫びろ!塵めが!!」


自らが削り取った天蓋から生まれた砂煙を割るようにして、叫びながら姿を現したのは第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)ネロ・マリグノ・クリーメン。
巨体を揺らすようにして歩を進める姿は、まるで壁が迫るような威圧感を見るものに与える。
巨大な身体、そして其処から迸る膨大な霊圧がそう感じさせるのか、一回りも二回りも大きく錯視するようなネロの姿を前に、しかしスタークはなんら怯んだ様子を見せなかった。
声高に叫ぶネロ、その叫びの内容はやはり暴慢で自己中心的、いや、”的”ではない。
彼にとって世界の中心こそは自分、その中心を脅かす、神を脅かす事が罪でなくてなんだと言うのだと。
それ故の発言、それゆえの咆哮が月下の白い地平に響き渡る。

「・・・・・・・・・」

「何だ新入り! オレ様に恐れをなしたか? オレ様に背いた罪を今頃自覚したのか?今更遅いんだよ 塵め! テメェの死は確定事項だ、オレ様が決めた、だから確定。それが世界の理である”神”の意思だ! ゲハハハハ!!」


スタークはただ黙っていた、目の前で下卑な笑い声を上げるネロ、目の前で自らを神と称するネロ、そのネロの姿をスタークはただ、黙ってみていた。
言っている事は理解できなかった、何が面白いのかも彼には判らなかった、ネロという破面が何を目指し何処へ向かっているのか、何を求め何を成そうとしているのか、その全てがスタークには理解どころか想像すら出来なかった。
だからスタークは知りたかった、たった一つの事を、スタークにとっては何よりも重要である事が、この破面には一体どういったものであるのかということを。


「・・・・・・一つ・・・ アンタに訊きたい・・・・・・」

「ゲハハハハ! あぁん? なんだ? 今更、神である俺に縋ろうってぇのか?塵が・・・・・・ まぁいいだろう。 神の慈悲だ、死ぬ前に慈悲を受ける事を泣いて喜べ、新入り。」


スタークが発した言葉、ネロはその問に答えるという。
特に考えがあるわけではない、しいて言えば虫の居所がよかった、と言う程度だろうがスタークにとっては良い方に事は転んだ。
灰色がかった青の瞳はしっかりとネロを捉え、真っ直ぐに見据える。



「アンタにとって・・・・・・ アンタにとって俺達は・・・アンタと同じ破面は一体どういう存在なんだ?」



その問は何の変哲もなく、何の捻りもなく、ただ真っ直ぐな問だった。
ネロという破面、その彼にとって彼以外の破面とは一体なんなのか、他者を卑下するようなこの破面にとって、彼以外の破面はその瞳にどう映っているのか、スタークは知りたかったのだ。


彼にとってはその存在、それ自体が”特別”であるが故に。


「・・・・・・ゲハッ・・・・・・ゲハ、ゲハハハハハハ!!褒めてやるよ新入り! 笑わせるじゃねぇか、えぇ?他の破面? いや、それ以上に"アンタと同じ"、だと?・・・・・・ゲハハハ! 誰と誰が同じだって?テメェら塵とこのオレ様が同じ?ゲハハハッゴホッ、ゴホ! 駄目だ、腹が割れる、ゲハハ、ゲハハハハ!!」


スタークの真っ直ぐな問に帰ってきたのは嘲笑、それも特大の嘲笑、いっそ爆笑しているとも言えるのものだった。
何一つ笑える部分などないその問い、しかしネロは笑う。
この上なく可笑しいと、その問があまりにずれていると言わんばかりに笑うのだ。


「テメェら塵とオレ様が同じ筈無ェじゃねぇか!判るか? オレ様は”神”、至高の存在。 お前達は塵、一吹きで消え去る哀れな塵屑と同じ。どういう存在も何も無いんだよ! しいて言えば娯楽だ、オレ様が殺して愉しむ為に産まれる娯楽人形だ。・・・・・・そうだな、今度からお前等は娯楽人形に格上げしてやろう。派手に弾けたヤツは褒めてやっても良い。ゲハハハハ!!」


これがこの男の理論。
独善的、自己中心で自尊心に溺れ、見下す事に価値を見出す。
そもそも見下しているという感覚があるかすら怪しい、何故なら彼にとってそれは当然だから、神が人を見下ろすのを当然としているかのように彼にとってそれは当然なのだ。
自分以外の他者を塵と呼ばわり、殺すための娯楽人形と呼ばわり、そう呼ぶことすら慈悲のように考える思考。
破綻している、破滅的で狂気に溢れしかしその狂気すら正気と疑わない男、ネロ・マリグノ・クリーメン。
悪の結晶ともいえる破面達の中において、その結晶を絞り生まれた最後の一滴かのような男。
悪だけがそこにはあり、悪だけがある故にそれが悪だと知る事ができない、そしてそれを知る必要すら感じない、そんな男の理論がそこにはあった。

スタークはそうして笑うネロの笑い声を、瞳を閉じて聞いていた。
その言葉、自らが問うた故に返ってきたその言葉はやはり、彼に理解できるものではなかった。
彼にとって自分達以外の存在、自分達と共にいることができる存在、他者という存在はそれだけで特別なのだ。
強すぎる霊圧、それによって魂が削れ死んでいく虚や大虚を彼等はそれこそ山のように見てきた。
彼等が何をしたわけでもない、ただ皆が死んでいく光景、それをただ見ていることしか出来ない自分達、空しく、遣る瀬無く、そして悲しい光景。

故に彼等は此処に来て漸く見つけられた、自分達以外と呼べる他者という存在を。
だから”特別”、他者というだけで彼と彼の連れにとっては何よりも特別。

その特別の名は”仲間”。

他者を、仲間を何よりも欲した彼等にとっての特別。
だがその特別な存在をネロは笑い飛ばす、塵だと、人形だと笑い飛ばす。

価値観は個人のもの、誰もが共有できるものではなく共有するべきでもない。
だがしかし、相容れない価値観は時に”相容れるべきでない”価値観となる。
それが今なのだ。
ネロは知らない、だがスタークは知った。

この巨大な破面と自分は相容れない、いや、相容れてはいけないのだと。


「さぁて、最後にオレ様を愉しませた事は褒めてやるよ。だから次は・・・・・・ 派手に汚ぇ血を撒き散らして弾けてみせろ!新入りィィ!!」


一頻り侮辱に満ちた笑い声を上げたネロ。
それが治まるとネロは一息にその拳を振りかぶり、それをスタークに向けて突き出した。
風を巻き込み、その風すら蹴散らすようなその拳。
その拳の加速と共に収束し、圧縮された霊圧の塊はそのまま拳の狙う先、スタークを目掛けて飛び出していた。
虚弾(バラ)と呼ばれる破面の基本的戦闘術、固めた霊圧を打ち出すという単純な攻撃はしかしそれ故に強力で、膨大な霊圧を持つ十刃クラスの虚弾はそれだけで脅威。
それが、その緋色の弾丸がスタークを目掛け夜空を駆ける。
虚閃の20倍とも言われる速度で迫るそれ、視認など到底不可能であるそれがスタークを捉えようとしていた。


だがそれは叶わない。


振り上げられた一本の腕。
自分の目の前を払うようにして動かされたそれによって、緋色の弾丸は砕けながらあらぬ方向へと弾かれてしまった。
黒く、軽い癖毛の様に波打った髪が揺れる。
その揺れる髪の毛から覗くのは開かれた双瞳、眉間には皺がより眉が幾分しかめられたせいかその表情は厳しさを増していた。


「判った・・・・・・ アンタは何れ全てを殺す・・・・・・俺の欲しかったものも、俺の大切なヤツも・・・だから・・・・・・ 俺はアンタを殺さなくちゃならねぇ・・・・・・」


静かに響いたスタークの声。
深い群青色の霊圧が静かに広がり、その場を支配していく。
帯から鞘を少し引き出し、添えた左手で鍔を弾くと右腕は滑るようにしてその刃を引き抜いた。
鈍く光る刀身に彼の霊圧の光が映りこみ、その刃は蒼を纏うかのように光る。

それを引き抜くという事、それが彼にとってどれほど重い決断か。
出来れば殺したくない、どんなに救い様がなく、どんなに傲慢な者だろうと殺したくは無い。
何故ならそれは”仲間”だから、彼にとって、スタークにとって破面とは等しく仲間であり、上も下もありはしないのだ。


だが彼は刀を引き抜く。
殺したくは無い、しかしそうしなければ護れない。
大切な人、大切な仲間、大切な日々というものを。



「俺の”仲間”を護るため、”仲間”のアンタを、俺は・・・斬るぜ・・・・・・」



その言葉は何処までも矛盾を孕み、しかしその矛盾を抱えてでも成さねばならないという想いに溢れていた。
決断、冷静さと悲しさと遣る瀬無さが綯交ぜになったようなスタークの心情、矛盾を感じる決断が彼に与えるのはそんな想いだけ。
引き抜いた刀の切っ先を斜め下にして構えるスタークの姿は、口にした決意に比べ何処か揺らいで見えた。


「オレ様を斬る・・・だと? ゲハハハ! 塵が!オレ様の虚弾を弾いた位で随分デカく出たじゃねぇか。まぁいい、テメェは精々オレ様を斬れる様に足掻け、まぁ・・・・・・無駄だとは思うがなぁ!!」


スタークの言葉を一笑にふしたネロは、そのまま両手から虚弾を打ち出す。
弾幕のようにして打ち出されるそれは忽ちスタークの前を覆い尽くし、緋色の壁を作り出した。
込められた霊圧も先ほど以上、より硬質化した虚弾は速度を伴い全てを圧殺するかのような威圧感を生む。
だがスタークには慌てた様子も恐怖した様子もなかった。

下を向いていた切っ先はそのまま上へと向かい、片手で振り上げられた刀は上段へ、そして振り下ろされた刃は硬い緋色の壁を一刀の下に切裂いてしまった。
容易く、あまりにも容易くそれを成したスターク。
硬くとも薄い虚弾の壁など彼にとっては紙も同然、己が技量で持って両断するのは容易いと、そしてその行為は言外に虚弾(それ)は自分には通用しない、とネロに示しているも同義だった。

その様子を苦々しい表情でネロは見据える。
所詮は塵、雑魚であると断じた相手に本気ではないとはいえ、自分の虚弾を二度に渡って防がれては面白くはないと。
既に殺すと決めた相手、だがそのイラつきはその相手に更なる死を上乗せする事を彼に決定させる。

だがネロがその傲慢な決定を下している最中、既にスタークは動いていた。
響転(ソニード)、破面の高速移動術、己の影を断ち切る速度で移動したスタークが次に現われたのは、下の闘技場のときと同じくネロの直ぐ目の前。
瞬間移動にすら感じるそれをもって間合いを一瞬で潰したスターク、そして下段に構えられた刀は弧を描いて奔り、もう一つ。
赤い血潮の弧を描く月を宙に作り出していた。


「なん・・・だ、と?」


呟きを零したのはネロ、目の前、振り上げられた刀に映りこんだ自分の顔は驚愕に染まり、そしてその刀とそれに映る自分の顔の間には、宙を舞う赤いしぶきが舞っていた。
それは一体何か、何処から流れ何処へ行き何故生まれたのか、一瞬理解する事を拒んだ彼の頭脳はしかしむき出しの腹部に走る痛みで否応なしに理解する。

自分が、斬られたのだという事を。


「悪いな・・・・・・ 斬っちまえそうだ・・・・・・」


彼の眼下から聞こえたそんな呟き、それが契機となった。
理解を拒んだ現実は一息に理解され、そして業火は、怒りの業火は瞬時に燃え上がる。
傷は深くない、彼がその暴慢と怠惰によって身につけた肉が斬られただけで、生命になんら支障は無い。
だがそんな事は問題ではなかった、問題なのは斬られたという事、いや、斬ったという事、愚かなる塵、自身が殺すための娯楽人形風情が自身を逆に傷つけたという事実、それだけあれば彼を激怒らせるには充分だった。


「この・・・・・・ ゴぉぉぉぉミぃぃがァァァアアアア!!!!」



拳を振り上げそして叩き落す。
スタークはそれを素早く避け距離をとったが、拳はそのままネロの足元の天蓋へと埋まった。
直後足元の天蓋は大きく陥没し、亀裂が四方八方へと長く伸びる。
吹き上がり暴れまわる緋色の霊圧、渦を巻き地を叩き、それそのものが怒りという感情が形を持ったものかのように荒れ狂う。
彼、ネロ・マリグノ・クリーメンが怒りを顕にするのはこれで何度目か、だが今回は今までの怒りとは次元が違う。
足蹴にされた、指を切られた、そんなものは些細な事とすら感じる怒りが辺りを包み渦巻く。


「塵が塵が塵が塵がァァあぁ!! オレ様を斬りやがって!斬りやがて斬りやがって! 血が流れたじゃねぇか! ”神”の血だぞ? テメェら塵虫を生かしてやってる神が血を流したんだぞ!お前が流させた! ぶっ殺してやる! 殺して殺して殺して!霊子の欠片すら残さねぇほど殺してやるぞ! 塵ぃぃぃぃぃいいいいぃぃ!!!」


その形相はまさしく怒り一色といった様子、相手を見下すのではなく、睨みつけるようにしているネロ。
鼻筋には幾本もの皺がより、眉間にも深い皺が刻まれ、浅い呼吸と剥き出しになった歯は食い縛られギリギリと音を立てるかのよう。
緋色の髪の毛は逆立つように持ち上がり、その怒気と霊圧によって大気は震え、締め上げられたかのような悲痛な鳴き声を上げる。
ネロ・マリグノ・クリーメン、神を自称して憚らない男、その振る舞いは暴虐無人であるが忘れてはいけない。
この男は第2十刃、虚夜宮最強の十刃第2位の実力を持つ魔人である、という事を。


腰に挿した斬魄刀をネロは荒々しく抜き放つ。
その斬魄刀もその巨体に似合う巨大なもの、ネロが持つゆえ普通に見えるという代物であり、刀というより大剣に近い代物だった。
それを抜き放ったネロ、その斬魄刀を振り被ると次の瞬間には距離を置いていたスタークの目の前へと移動し、そして振り下ろしていた。
その光景にスタークの眼が若干見開かれるが、ネロにとってそれは知った事ではない。
何の躊躇いも無くそれどころか逸るように振り下ろされた刃、天蓋にまで達したそれはまるで爆発を伴ったかのように其処を消し飛ばす。
その煙の中から飛び出すスターク、驚きは下がそれでもその攻撃を避けるのは彼の実力ゆえか、だがネロの攻撃はそれだけに留まらない。
スタークが飛び出したのを見るとそれを追って響転によって移動し、大上段から叩き下ろすように再び剣を振るう。
巨大な身体、贅肉に覆われたとてその下には他を圧倒するほどの筋肉が隠れ、それが生み出す力はまさしく強力無双、その一太刀をも交わしたスタークだったが、鉄槌にも似た斬撃はスタークを執拗に追い続ける。


「死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ねぇぇ! 塵ぃぃぃいいぃい!!」


(こいつは・・・ 甘く見すぎたか・・・・・・出鱈目だが強い。 暴れてるだけだってぇのに・・・・・・いや、違うな。 こいつは確かに強いが、問題は其処じゃねぇ。問題は・・・俺、か・・・・・・)


互いに宙に浮いたまま攻防を続ける二人。
太刀筋も何も無い、ただ獲物目掛けて振られるだけの剣、だがそのどれもが必殺の威力を十二分に有し、暴れまわる故の不規則さが困惑を生む。
それはスタークの読みの甘さなのか、いや、誰にだって予想を上回る事などいくらでも起こる。
ネロ、筋肉とそれを覆い隠す贅肉の鎧を纏った巨大な破面、だれが予想しただろう、この破面がここまで速く動けるということを。
スタークを追い越すわけではない、だが最低限追従し続けられる体力と速力、それがこの巨体には備わっている。
刀による全力の攻撃を延延続けられるほどの力も備わっている。

その外見から防御、または虚閃などを使用した砲撃を得意とする破面と判断されやすく、現にスタークも虚弾の使用頻度からそう判断したが実際は違う。
神を自称するだけあってネロは大抵の事をこなす、近接、中距離、遠距離、その全てに対応する能力を有している。
何が得意で何が不得意と言うわけでもない、あえてネロの長所を言うなれば”殺す事に”長けていると言えるのだ。
それも技能ではなく、本能的な部分での長所、故にそれは型に嵌らず命を奪う事を知っている。


だが問題はもっと別、スタークが攻め立てられ続ける理由はもっと別のところにあった。

それは”迷い”だ。

斬る、と口にしながら、このままこのネロという存在を許せば何れ大事なものを失うと理解しながら、それでもスタークには迷いがあった。
決意を持った、決断を下した、そうしたと思っていた、思いたかったというスタークの内面。
その決意が、決断がホンモノならば、斬るという意思が真実ならば先ほどの一太刀で決着は付いていたかもしれない。
腹部という中途半端すぎる場所でなく、首を刎ねてしまえば決着は容易だったのかもしれない。

だがスタークにそれは出来なかった、理由を彼に問うたとて判らないと言うだけだろう。
判らないがそれでも殺せなかったという現実が、彼の迷いの証明、この期に及んで彼は逡巡している、口にした決意は偽物ではないが真実ホンモノでもなく、彼にとってはやはりネロとて”仲間”の内側という事なのだろう。


「逃げんじゃねぇよ! 塵新入りがぁ! 威勢がいいのは最初だけか!!さっさと死にやがれ! 死ね死ね死ね死ね死ね!!塵屑ぅぅう!! グアラァァァァァアアァァアァァ!!」


喚き散らすように、しかしその手に握った斬魄刀の攻撃を止める事無くネロは叫ぶ。
スタークの最初の一太刀から幾分時間は過ぎたが、その攻撃に衰えは無い。
刀を振るう、と言うよりは寧ろもう振り回すと言った風の攻撃であるにも拘らず、その威力は今だ絶大だった。
対するスタークは最初の一太刀以降その手に握った刀を振るう事はなく、ただ眉間に皺を寄せた表情でネロの攻撃を捌き、避け続ける。

迷いは刃を鈍らせ、鈍った刃は決意を揺るがせる、揺らいだ決意は更なる迷いを生みまた、刃は鈍る。
そんな連鎖の最中にいるスタークと、対してネロはその逆、燃え上がるという事は天井を知らずに際限なく、怒りの贄に怒りをくべるかのようにして激しく燃え上がり敵を燃やし尽くさんとする。

迷い抱かぬ殺意と迷い彷徨う決意、その行方など知れている。


(面倒くせぇ事になっちまったな・・・・・・ガラじゃねぇ事した俺が悪いのか?まったくよぉ・・・・・・ リリネットのヤツは・・・怒ってるな。置いてけぼりをくらわせちまった。 ・・・まぁいいか、アイツが生きてりゃそれで・・・・・・)


そう、知れた行方とはそういう事。
このまま行けばスタークは死ぬ、という事。
何の反撃もしないのならばその先は死、戦いにおいて相手を殺す事を躊躇うならば死、迷いを孕んだ刃を握るならその刃は何れ自身の喉を貫く、その先は死あるのみなのだから。

刃を避わしながらも、スタークは一人そんな思考を浮かべ始める。
結局自分に仲間を斬る事は出来ないのだと、いつかこの天蓋の上で出会った破面フェルナンドに言ったように、自分の力は仲間同士で殺しあうためにあるのではないのだ、と。

その思考は全てを納得しようとしている。
その思考は死を前にした者の思考であり、何の悔いも残さず逝けるかどうかを考える思考。
敗北者の思考だった。


何一つ、思い残す事はないとして逝けるかどうか、大切な人が生きていてくれればそれで自分は満足なのだと。

























「スターーーーーク!!! 真面目にやれぇぇぇ!!」









響いたのは今だ幼さを残す声の叫びだった。
振り下ろされるネロの刃、それを前にした瞬間スタークに届いたその声に、彼の眼は見開かれそして眠っていた刃は振り下ろされた刃を受け止め、そして弾き返していた。
自分でも何故そうしたのか判らないスターク、だが彼の身体は響いたその声に反応し、応えたのだ。

チラと上空から天蓋を見下ろせば其処には人影が二つ。
一つはよく判らないが、もう一つは遠目からでもしっかりと判るその姿。
頬の辺りに両手を添えるようにして叫ぶその姿、見間違うはずもないその姿は彼が何よりも、誰よりも大切な人の姿だったのだから。


「あの馬鹿・・・・・・」


小さく零れたのはそんな言葉。
大人しくしていろと言って置いた筈だと、其処に居ろと言って置いた筈だと、そんな想いを完全に無視してこの場に来てしまったもう一人の自分に対する呟き。
ちょっと位は言う事を訊けよ、と内心で零すスタークの姿が其処にあった。
強大な敵を前にしてもそちらが気になってしまう程、スタークにとって重要な者の登場は、しかし彼の不の意思を取り払う兆しであった。





「なんだ? 塵が増えたか? クソがぁ!! オレ様は今機嫌が悪いんだよ!オレ様の視界に入った罪で死ね、塵餓鬼がぁぁぁ!!」



だがその兆しはこの男にとっては邪魔な存在でしかない。
怒りに燃え、その怒りの一太刀を防がれた、そこに新たに現われた彼にとって塵である存在。
言うなればそれは居合わせた不幸、避けられたのでなく防がれたという事がまた一つ、ネロの怒りの温度を上げ、あろう事かその怒りの矛先は現われた二つの人影に向けられた。

叫び終わるなりその口には緋色の砲弾が産まれ、そこから数条の虚閃がすべて天蓋へ、人影を飲み込まんと放たれた。
”吼虚閃(セロ・グリタール)” ネロの膨大な霊圧を圧縮して放つ虚閃、一発分の虚閃の砲弾に無理矢理に霊圧を詰め込み、炸裂させる事で幾本もの虚閃を生み出し、広域を殲滅する虚閃。
本人にも虚閃の行く先は制御できず、ただ多くを殺す事を目的としたそれをたった二人に向けて使用するネロ。
下の天蓋のことなど知った事ではない、考える必要も無い、あるのは殺すという行為、その正当性だけで充分だと。


「クッ! リリネット!!」


その光景を見たスタークに色濃く焦りが浮かぶ。
あんなものを喰らえば死んでしまう。
馬鹿げた霊圧、闘技場で使用したものに比べ明らかに強力なその虚閃軍。
アレは駄目だ、アレはまずいと、あんなものを浴びせられれば死んでしまう、大切な人が死んでしまうとスタークは焦る。

届くかは微妙だ、今から間に入ることができるかは微妙。
だが行かねばならばい、出来る出来ないではなく、やらねばならない。
救えるのは自分、救いたいのも自分、ならばやる事はひとつだと。
例えこの身を盾にしても、例え四肢を失う事となろうとも構わない、大事なのは自分ではなく他者、もう一人の自分、自分を孤独の砂漠から救ってくれた大事な大事な自分以外の存在。

その為ならば死すら厭わない。


「頼むッ・・・・・・!」


スタークのそんな呟き、その呟きからそう間を置かずして緋色の雨は、天蓋を濡らす事無く、降り注いだ・・・・・・












賭け事

絶対王と髑髏大帝

愛の瞳

映るのは

彼の者の死か












※あとがき

スタークvsネロ開始。

斬る、としながらも自分の想いがそれを鈍らせる
殺したくないんだもんね。

リリネットの一声で復活するとか
少年漫画的王道も入れてみましたw

相変わらずネロは残念なヤツw

















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.49
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:19
BLEACH El fuego no se apaga.49










(フン! 上も騒がしくなって来よったわい・・・・・・)


豪奢な椅子に深く腰掛け、肘掛に肘を立てて頬杖を付くように座った老人は内心そう呟いた。
遠くから木霊するように響く爆発音、その音源は彼が今いる場所よりももっと高い高い場所から響いている。
そんな音を聞きながらも動じる様子なく座すその老人。

第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)バラガン・ルイゼンバーン。
自ら”大帝”を称し、そしてその冠した称号に恥じぬ王気を溢れさせる筋骨隆々の老人は、その響く音に意識を向ける。

(ネロの阿呆(アホウ)が暴れだしたか・・・・・・まったく、考え無しに暴れよって・・・・・・欠片も成長しとらん。 ・・・・・・が、じゃからこそアレは”強い”ともいえるが・・・のぅ。)


音源へと向けた意思、そして探査神経はその音の源が第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンである事をバラガンに教えた。
響く音、そして探査神経にかかるネロの霊圧、其処から鑑みるにネロの行動に論理的思考は見られず、おそらくは衝動的に暴れまわっているだけだろうと推察するバラガン。
藍染惣右介に幽閉され、そして解放されて後2年。
何かしらの成長を遂げるには短いかもしれないが、変化を起こすという点では決してそうとも言えない月日。
しかしバラガンの感じたネロは、幽閉される以前、それどころか彼が初めてネロに出会ったときから欠片も変ってはいなかった。

斬り捨てるには充分な理由がそこにはあった。
成長しない者、成長しようとしないも者、成長できないと限界を定めた者、バラガンにとってそれらは不要な存在。
伸びる事無く、伸びる努力を怠り、ここまででいいと満足する。
花の咲かない木はいらない、花をつけず、枝葉すら伸ばす事がないのなら切り倒してしまえ、と。

だがバラガンはネロを切り倒す事はしなかった。
それはネロが先に上げた例から漏れる為、成長しないのではない、成長しようとしないのでもない、限界など決して定めていない。
ただ暴威を振るう、それが当然であるかのように、奪う事が呼吸であるかのように。
”暴”を”理”でもって制する事は必要な事だ、それが戦士としてのあり方なのだから。
しかし、それは戦士としての枠にネロという事象を当て嵌めた場合の話しであり、何よりネロは戦士ではない。
ネロのアレは戦いではない、命あるものに等しく襲い掛かり奪う災害、戦っているのではなく一方的に蹂躙する事こそネロという破面の存在定義なのだ。

それが正しいとバラガンは思うわけではなかった。
戦士としての在り様を身に付ける事は、ネロという破面が一つ上の段階へ進む為必要な事。
だがそれで弱くなるのでは話にならない、ネロという破面がとるべき二つの道、そのどちらもがわかる故にバラガンがネロを切ることは今だないのだ。

(それにしてもあの若造・・・・・・ ネロの阿呆を有無を言わさず連れ去る実力がありながら、何故戦わん・・・・・・?臆病・・・という訳でもあるまいに・・・・・・それにあの若造には”ボス”も一枚噛んでおる様子・・・・・・キナ臭いことじゃい。)


ネロの事も然ることながら、バラガンが気にかかるのはネロを一瞬にして闘技場から連れ出した一人の破面。
その眼で捉えるまで存在すら気が付かなかったその男。
取るに足らぬと無意識で他の破面と一絡げにしていたのか、いきなり現れたようなその男はまさしく刹那の間にネロの喉を掴み、そのまま闘技場から消え去った。


去り際、バラガンに膨大な霊圧の気配を感じさせたまま。


バラガンが感じたのはあくまで気配、それがどれほどの霊圧かはわからないがそれでもネロという規格外の存在に然したる抵抗も許さず、連れ去るというのは生半可な実力でなせる事ではない。
ネロに迫る、或いは同等、それ程でなければ説明はつかないのだ。

しかし、今バラガンが探査神経に感じるのは荒れ狂うネロの霊圧。
もう一人の男の霊圧も大したものではあるが、その霊圧から戦っている気配をバラガンは感じ取ることは出来なかった。
不可解な事、自ら戦いを望み、それこそ許可までとって連れ出した相手と戦わないという不思議。
そしてその不可解な出来事と同等にバラガンが危惧するのは藍染惣右介。

藍染があの男にネロと戦う許可を出した、という事実。
本来ならば枝葉である破面の言葉が藍染に届くなどということはありえない中、藍染はそれを聞届けそして許可を降した。
ありえない。
座興だったのかとも考えるバラガンだが、その考えは彼自身に否定される。
彼の知る藍染は座興と称しながらも、その実その全てにおいて”利”を求める男。
下す決定に無駄は無く、無意味と思える事柄もいつかは彼にとって大きな”利”を齎す布石なのだ。
故にありえない。
藍染があの男に許可を出した、という事実には必ず裏があるとバラガンはほぼ確信していたのだ。

そしてその確信は動き出した。



《やぁ、バラガン。 少し良いかい?》



突如バラガンの頭に響くのは藍染の声。
驚きながらもそれは表に出さず視線だけを動かし、周りを確認すると彼の従属官達に藍染の声は聞こえていないのか、彼等の視線は闘技場の砂漠へと向けられていた。


《心配要らないよ。 私の声は今、君にしか聞こえていないからね。》


まるでバラガンの心理を読んだかのように、藍染の声が再び響く。
それに若干の不快感を滲ませながら、バラガンは視線をやや上へ、藍染がいる一番高い観覧席の方へと向ける。
そして視線におさまる藍染の姿、相変わらず気に喰わない笑顔を貼り付けていると、バラガンはまた顔をしかめた。

《なんじゃい。 なんぞ儂に用事でもあるのか?》

《用事、と言うほどのものではないよ。 ただ、ギンを”上”に行かせてしまってね、話し相手がいないんだ。相手をしてくれるかい?》

《フン! 断れもせんのじゃろうが・・・・・・それに前置きは要らん。 何を狙っておる。》


バラガンの視線に藍染はやはり笑顔を貼り付けたまま応えた。
『天廷空羅(てんていくうら)』、死神の術である鬼道、その中で捕捉した対象との交信を可能とする術。
本来ならば多くの仲間に情報を伝播する事を目的とするこの術で、藍染はバラガンと二人だけでの交信を試みた。

傍に控えさせていた市丸ギンに”上”、ネロとスタークの戦いを見させに行かせた為話し相手がいないと、なんとも彼らしからぬふざけた理由でのこの会談。
しかし、言外に断る事は許されないという圧力を言葉に込めたそれに、バラガンは一つ鼻で笑うと了承するが、バラガンも然るもの。
藍染の話し相手がいないなどというふざけた前置きなど必要ないと、本題を言えと言って切り返した。

口先、腹の底を隠した化かし合いなど他所でやれと。
バラガンとて弁は立つがそういったものを彼は好まず、藍染が何かしら狙っているという確信があったゆえの発言。
そんなバラガンに藍染は小さく笑うと、一つの提案を持ちかけた。


《狙っている、とは心外だな。 私は“何も狙ってなどいない”よ。こうして二つの戦いを見るのもいいが、それでは些か面白みに欠ける・・・・・・そこで、だ。 どうだい? 私と君で一つ、賭けをしないかい?》


その提案とは”賭け”。
二つの戦場、繰り広げられる二つの戦い。
それも悪くはない、しかしそれだけではなくもう一つ楽しみがあってもいいのではないか、と藍染は言うのだ。

《賭け・・・じゃと?》

《そう。 簡単な事さ、”上の戦い、勝者はどちらか”という単純な賭けだよ。勝敗はギンが見届ける。 あぁ、心配しなくても彼に手出しはさせないよ。無論私もしない、それではつまらないから・・・ね。》


藍染の言葉を訝しむバラガン。
賭け、という予想外の提案はそれだけではバラガンになんら脅威とはならない。
だが持ちかけてくる相手は藍染惣右介、”利”を重んじる男が何の勝機もない賭けを仕掛けてくるだろうか、ありえる訳がない、必ず裏があると怪しむバラガンを他所に藍染は賭けの内容を公開した。

天蓋の上、そこで戦う二人の内、勝者はどちらか。

単純極まりない賭け、そしてバラガンには見え透いている賭けだ。


《フン! なんともふざけた賭けじゃな。 じゃが何を賭ける?ボスが欲しがる”モノ”を儂が持っておるとは思えんのじゃがなぁ・・・・・・》

《あぁ、それは簡単な事さ。 君には”座”を明け渡してもらえればそれでいい。もしネロが負ければ君には第2十刃(ゼグンダ)になってもらう。》

《なんじゃと・・・・・・?》


王と王、先王と現王、そして支配する者とされる者。
彼等の関係はそんなものだった、バラガンにとっては忌々しい事この上なく、それでも圧倒的な”力”で持って彼等を支配する藍染。
その藍染が欲するもの、ただ欲しいというだけならば有無を言わさず奪えばいい、しかし”賭け“等というふざけた事を言ってまで藍染が欲するものに、バラガンは思い当たる節がなかった。

だが藍染はその欲するものをいとも簡単に明かす。
それは”座”だった。
バラガンの冠する称号、第1十刃(プリメーラ)。
この虚夜宮で最も強く、殺戮に長けた者にのみ冠する事を許される称号、そして座す位階の名。
藍染は賭けの対象としてそれを差し出せ、とそう口にしたのだ。


《随分と・・・ ふざけた事を言ったもんじゃな、ボス・・・・・・それを口にするからには、儂が勝った時の見返りもさぞ、大きいはずじゃのう・・・・・・?》


明らかに温度が下がり、数段低くなった声のバラガン。
それは気配にも及び、突然機嫌の悪くなった主に対し、従属官達は何事かと訝しむがそれを口に出せば自分の首が跳ぶかも知れないほどの主の気配はそれすら許さない。
戦々恐々と言った雰囲気の従属官を他所に、バラガンは藍染を挑発する。


既にバラガンは一度”座”から追い落とされていた。
それは”王の座”、虚圏の王として君臨していたバラガン、圧倒的な力の前に敵などなくその圧倒的過ぎる自身の力にどこか飽いてしまうほどの、それ程の力によって手中としていた王の座。
だがその座は彼の前に突如として現れた藍染によって、脆くも崩れさり、そして奪われた。

その後に残ったのは屈辱。
殺すでもなく部下として仕えろ、と言う藍染にバラガンは燃え滾る怒りを飲み込み、従った。
だがその飲み込んだ怒りは消えることなく永劫燃え続ける地獄の猛火、いつか、いつか必ず追い落とすと、再び”王の座”を奪い返すと誓ったがゆえの隷属。

その隷属の中、彼から”王”を奪った男はさらに彼を追い落とそうと言うのだ。
許容など到底出来よう筈もない、燃え盛る屈辱、それを隠そうともしないバラガンにしかし藍染はただ笑顔を貼り付けたまま、その怒りに脅威など露ほども感じていないと言わんばかりの態度。
そしてバラガンの自分の座を明け渡すに釣り合う代価を見せてみろ、という問に藍染は再びいとも簡単にそれを口にした。



《そうだね・・・・・・ では私も”座”をかけようか。 ”王の座”、私が君から貰った玉座を賭けよう。君が勝てば再び君は”王”だ・・・・・・ 互いに”座”を賭ける、これ以上に釣り合うものは無い・・・君もそう思うだろう?》



笑みの藍染から投げかけられた言葉に、バラガンは眼を見開く。
王の座、玉座という栄光の頂。
藍染はバラガンの第1十刃の座とその玉座を賭けようと言うのだ。
”座”という性質からすればそれは釣り合っていた、しかしその重みは決して釣り合っているとはいえない。
それでも藍染は賭けの供物としてそれを差し出すと、いとも簡単に言い放つ。
それすらもバラガンにとっては屈辱的であったが、それ以上にバラガンが気にかかったのはそれを、その重みを藍染が知らぬはずが無いという事。
この男がそう簡単に手中としたものを手放す筈が無い、という事。

その賭け、藍染が提案したその賭けに、彼は確実に勝てる気でいるという事だった。


《フン! 見え透いた賭けに煌びやかな供物・・・・・・それ程あの若造は強い・・・か。 最早賭けの体裁だけしか保っておらんのう。もし儂がこの賭けを受けなんだらどうする心算だったんじゃ、ボス?》


《まるで私がスタークに賭ける、とでも言いたげだね。別に君が退いたとて私は責めないよ。・・・・・・だがどんな戦場にも不測の事態は付き物、勝敗など毛先程の差で容易く変る。それに・・・受けなかったら、と言うという事はこの賭け、受けるという事だろう?》


《まぁそういう事じゃい。 その賭け、受けるぞボス。》



その会話はある種の通過儀礼。
バラガンは思った事、感じた事をそのまま口にし、藍染はそれを理解しながらも知らぬ存ぜぬ、腹の底で何を考えているかを見せびらかしながらそれでも隠すフリをして応じる
ワザとスタークの名を出したのがそのいい例だろう。
若造としか口にしないバラガン、誰もが知らなかったネロを強襲した破面の名を自分は知っている、そしてその実力もと言外に伝える藍染。
だが藍染にはそうしてもバラガンがこの賭けに乗ってくる、という確信があった。

何故ならそれは彼が今も”王”であるから。
王とは退く事が許されない存在、王が退く事は、王が逃げる事は根幹を揺るがす。
揺らぐ王に使える臣はなく、揺らぐ王に国を治めることは出来ない。
王とは前へ進む者、王とは座して尚掴み取る者、例え罠であるとわかっていても進みその先で栄光を掴み取る者こそ王者足り得るのだ。

故にバラガンは退かない。
それが、その賭けが藍染が張り巡らせた罠だと知りつつも退かない。
玉座などという煌びやかな罠にかかったわけではない、王として立つそのあり方が退く事を許さない。
そして何より、藍染が送り込んだ刺客よりもネロの方が強いという確信が、バラガンにはあったからだ。


《では、私はスタークに・・・・・・》

《儂は当然ネロの馬鹿タレに・・・・・・》


互いの選択に二人は異を唱えたりはしない。
それもまた通過儀礼。
判り切った選択、しかしそれ以外ない選択。


《賭けるのは互いの”座”という訳だ・・・・・・おや? どうやら下の戦場も賑わいだしたようだね・・・・・・ではバラガン、後はただ愉しみに待つとしようか・・・・・・彼等と彼等の行方、というものを・・・・・・》


賭けが成り藍染はその笑みを増す。
そして賭けが成ったその直後、彼が見下ろす闘技場に向けて歓声が沸いた。
その歓声、そして歓声が向けられた光景に藍染の笑みは更に増していく。
上の戦い、それも然ることながら下の戦いもまた、彼にとっては愉しみなものであった。



(さぁ・・・・・・ 2年ぶりの君は、私に何を魅せてくれるんだい?フェルナンド・アルディエンデ・・・・・・)














――――――――――




























「フハハハッハハ! お嬢さん方、そう固くならず吾輩と一緒に、少年(ニーニョ)の戦いを観戦しようではありませんか!あぁ、因みに吾輩の横、空いてますぞ? 遠慮なく座ってくれ給え。」

「「オッサン! そこどけよ!!」」

「・・・・・・・・・」

「まぁまぁ、可愛い小鹿(シエルボ)ちゃんも可愛い小獅子(レオン)ちゃんも落ち着きたまえ。それと吾輩の事は紳士(セニョール)または叔父様と呼んでくれて一向に構わないよ?あぁ、お薦めは断然、叔父様だがね!」

「「誰が呼ぶか!!」」


なんとも姦しいやり取りがそこには響いていた。
髭を生やした包帯だらけの男、その男に食って掛るのは左右の瞳の色が違う女性と、褐色で長身の女性。
そんな女性達の声が届いているのかいないのか、男は一人黙っている長い黒髪の女性にも声をかける。

「さぁ、可愛い白蛇(セルピエンテ)ちゃんも恥ずかしがらずに吾輩を、叔父様と呼んでごらん!さぁ!!」

「・・・・・・・・・」

「?? おやおや? どうしたね可愛い白蛇ちゃん?」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・あれ?」

「・・・・・・・・・」










「無視!? 無視なの!? 紳士とか叔父様とかそういう段階ですらなく、いきなり無視なのォォォ!?」
















ハリベルが傷ついたアベルを伴って、自らに与えられた観覧席へと戻ると、そこには混沌が広がっていた。
アベルは道中、解放を維持できなくなり常の白い外套姿へ戻り気を失っており、そんなアベルを気遣いながら戻ったハリベル。
彼女の従属官、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンが姦しいのはいつもの事なのだが、そこに一人の異物が、眼下の砂漠で何よりも熱い戦いを繰り広げた男の一人が混ざった事で、その姦しさは輪をかけて大きくなっていた。


「ドルドーニ・・・・・・ 貴様、一体何をしているのだ・・・・・・?」


普段冷静なハリベルでさえ若干呆れさせるようなその光景、壮年の男性が若い女性に無視されたことに絶叫し、そして項垂れるというあまりに痛々しい姿。
そしてなにより本来居る筈も無い、いや、居れる筈もない人物、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオが観覧席のテラス、その一等いい場所に陣取って彼女の従属官と噛み合わない会話を繰り広げている光景が彼女の前には広がっていたのだ。。

「む、無視はヒドイ・・・・・・ ? おぉ!!これは美しい淑女(セニョリ~~タ)。やはりいつ見てもお美しい、まさしく一服の清涼剤の如き涼しげな眼差し!吾輩恋に落ちても宜しいですか?」


ハリベルを見つけると、ドルドーニは大げさな仕草で彼女に世辞の嵐を見舞った。
本来ならば絶対安静であろうこの男、それは当然グリムジョーから受けた傷がこの短時間で塞がる筈も無く、身体中に包帯を巻いている姿は痛々しくあるはずなのだが、この男の雰囲気ゆえかそれは感じない。

「私は何をしている、と訊いたのだがな・・・・・・」

「何を、と言われましても、この程度の傷で病床に寝転がり少年(ニーニョ)の戦いを見れないとは、あまりに理不尽。よって戦いを見るため治療から抜け出し、どうせ見るなら美しい女性に囲まれようと思い此処に来た次第。いやはや美しい淑女もお美しいが、お嬢さん方も今後が楽しみなことですn・・・・・・やや、その淑女は一体!?」


ハリベルの問に何の迷いも無く答えるドルドーニ。
彼としてはグリムジョーに勝ち、そのままフェルナンドの戦いを見る算段だったがそれは叶わず、気が付けば自分は病床の上。
だがしかし、傷を負ったからといって彼の少年の戦いを見逃すのは惜しいと抜け出してきた、というのだ。
その後に若干不純な動機も垣間見えたが、ドルドーニはその視線をハリベルが肩を貸す女性へと向け、そして瞬時にその前まで移動していた。


「あぁ、お嬢さん。 まるで眠り姫が如きたおやかなお姿よ・・・・・・今まで吾輩、貴方の様な美しい方に出会った事はありません。もし許されるのならば、きっとこの世の何よりも美しいであろうその声を、不肖この吾輩に聞かせて頂くことは出来ませんか・・・・・・」


もはやそれはこの男の性(さが)なのだろう。
歯の浮く台詞を並ばせながら、恭しく跪くドルドーニ。
何故か戻らなかった仮面によって、その素顔を晒していたアベルにまるで臣下の礼をとるかのように振舞う彼。
そんな彼にハリベルは普段どおりの声で真実を突きつけた。

「彼女は第5十刃(クイント)・・・ アベル・ライネスだ・・・・・・今は気を失っている、あまり騒ぐな・・・・・・」

「な、なん・・・ですと・・・・・・!?」


雷に撃たれたかのようにその顔を驚愕に染めるドルドーニ。
アベルの素顔、というよりも女性だったということがそれ程衝撃なのか。
いや、それよりもアベルが女性だったという事に気がつかなかった事の方が、彼にとっては衝撃だったようだ。

「そ、そんな・・・・・・ 吾輩が今まで気が付かなかった・・・だと?クッ! このドルドーニ、一生の不覚っ・・・・・・!」


血涙を流しそうな顔で拳を握り締めるドルドーニ。
気が付かなかった事がそれ程の事なのか、自身の不覚を悔いている様子だった。


そんなドルドーニを他所に、ハリベルはアベルを近くにあった大きめの長椅子に横たえる。
眠るようにしているアベル、その顔を時折苦悶に染める彼女、その肌は一層青白く消耗している事を伺わせた。

「スンスン。 すまないが彼女の介抱を頼む。」

「はい。畏まりましたわ、ハリベル様。」


ハリベルは他の従属官、アパッチとミラ・ローズから少し離れた位置に立っていたスンスンにアベルの介抱を頼む。
他の二人に比べそういった部分にスンスンは長けており、スンスンも手馴れた様子で取り掛かった。
彼女等はアベルとノイトラの戦いをその眼で見ている分、驚きもい小さい様子で他の二人は手持ち無沙汰なのか居心地が悪そうだった。


「・・・・・・で、傷は本当にいいのか、ドルドーニ。」

「美しい淑女に心配していただけるのは嬉しい限りですが、これしきの傷で倒れる吾輩ではありません。それにこれは”誇り”でもありますからな。」


アベルをスンスンに預け、ハリベルはドルドーニに向き直るとそう口にした。
平気な顔をしているが、実際その動きはどこか精彩を欠いていることをハリベルは見抜いていた。
それは当然、肩からわき腹に抜ける大きな傷、それ以外にも戦いの爪痕はドルドーニの体に刻み付けられ彼の命を脅かしたのだ。
だがドルドーニはそれを口にはしない。
男などというものは皆そうなのだ、痛くとも痛くない、辛くとも辛くない、本当のことは口に出さずに耐える。
それが善意の心配の前ならばなおの事、言える訳が無い。

それ以上にドルドーニにとってその傷は、彼の言葉どおり”誇り”だった。
全力、何の遠慮も無く叩き込まれた一撃、故に誇り。
そしてその傷を与えた者が自分を超えていったという事の証明、それ故に誇りなのだ。


「そうか・・・・・・ やはり私は貴様が羨ましいよ・・・・・・」

「何を仰る。 誇りあろうと負けは負け、今の吾輩は只の破面ですぞ?」

「ならそれを悔いているのか?」

「いいえ、欠片も。」


ドルドーニの誇りある態度、彼をそうさせる戦い、ハリベルはそれを素直に羨ましいと言った。
対してドルドーニはそうは言っても負けは負けだと、肩をすくめる様にしておどけてみせる。
只の破面、十刃からの落差は如何ほどのものか、数々の特権は剥奪されその身に残ったのは誇りある傷だけ。
ならばそれを悔いているのか、と問われればドルドーニは真剣な面持ちで否と応えた。
悔いるはずが無いと、何一つ、あるのは満ち満ちた想いだけだと。

そんなドルドーニを見て、ハリベルはやはり羨ましいと内心思うのだった。



「ハリベル様!」


大きな歓声が闘技場に響き、それにつられてテラスから身を乗り出したアパッチが叫ぶ。
その声は目にした光景に対する驚きか、急かすようにして呼ばれたハリベルはドルドーニと共にテラスへと移動した。

「ほぅ・・・・・・」

「おや、これはこれは・・・・・・」


ハリベル、ドルドーニから零れたのはそんな言葉。
アパッチ、ミラ・ローズと共に眼下の砂漠を見下ろす二人。
そこにアベルの介抱が一段落したのかスンスンも合流し、その観覧席にいる全員が一様に砂漠に注視する。

眼下にあるのは三つの人影。
一つは立会人東仙要。
もう一つは彼等がよく知る人物、フェルナンド・アルディエンデ。
そして最後の一つ、最早人としての形を放棄したその姿で高笑いを上げるのは、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルー。
彼女等の耳に響く笑い声は、まるで勝利を確信したかのようなそれであった。










「クハハハハハハ!! どうしました愚かなる獣よ!その腕、その腕ではもう戦えないでしょう?ハハハハ! それは貴方が招いたもの、傲慢にも私に解放させてしまったが故の代償!まったくもって愚か! 救済に値しない愚かさの爪痕ですよ!ハハ! ハハハハッハハハ!」


狂ったように笑うのは最早、人ではなかった。
眼、眼、眼。
身体を覆うようにしてある眼の大軍。
その眼には等しく狂気を宿し、その狂気はすべて眼前の罪人へと向けられていた。

ゾマリはただ狂ったように笑う。
それはあまりの愚かさ故。
一度は得た確実なる勝利を自らの傲慢さで手放し、そしてその傲慢さによって傷を負った男の愚かさ故。
笑うしかないと、笑う以外にこの状況に正しい選択はないとまで彼は感じているだろう。

彼の目の前、少し離れた場所で立つ愚かな男。
名をフェルナンド・アルディエンデ。


彼の眼は今、確かに見ていた。
左腕を力なく、ダラリとぶら下げるようにしているフェルナンドの姿を。
痛みかそれとも悔いなのか、俯くフェルナンドの姿を。
その左腕にしっかりと刻まれた自らの『愛』の証を。


故に笑う。
奪ってやったと、その男が最も信じるものを、拳という手段を支配してやったと。
明らかな優位。
一度は逃げていった絶対的な有利を、彼は再びその掌中に納めたと確信していた。




だから彼は気付かなかった。





優位を確信し、それに溺れた故に気付かなかった。







多くの眼を見開いているのに気付かなかった。










俯くフェルナンドの顔が、修羅の喜色に染まっているという事を・・・・・・











愛眼

暴緋

深蒼

紅鬼

真なるは

須らく化生









※あとがき

前半が想像以上に長くなった・・・・・・
悪い癖だな、勢いで書くのは。

でも後半は勢いが全てというw
久しぶりに出てきたら、もうなにがなにやら
暴風男爵といより暴走男爵?



















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.50
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/03/26 11:20
BLEACH El fuego no se apaga.50












最初に砂漠に響いたのは、グキリという嫌な音だった。

その音の発生源は金色の髪をした青年の左腕、見れば青年の腕は肘から下が本来捻る事ができる範囲の限界を超え、親指が逆を向いているのではないかというほど捻り上げられていた。
なんとも不可解な光景、敵を前にし何の前触れも無くいきなり自分の腕を捻りあげる、そんな事をする必要が今、どこにあろうか。
あるはずが無い、しかも自らの五体を凶器として使用するこの青年からすれば尚の事、現に青年の顔にも僅かばかりであるが疑問の色が浮かんでいた。


そう、疑問が浮かんでいるのだ。
自分の五体という名の凶器、それが“自分の意思に反旗を翻した”ということに。














「鎮まれ 『 呪眼僧伽(ブルヘリア)』!!」


叫ばれたその名は主に、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーに劇的な変化を齎した。
大きく足を開き掌を胸の前で叩き合わせるゾマリ。
その間彼の斬魄刀は、彼の腹の前、中空に横たわるようにして留まり続ける。
手を叩き合わせたと同時にゾマリの首は耳障りな音を立てながら真横に倒れ、そして黄色い瞳が暗い光を放った。
すると腹の前に留まっていた斬魄刀はベキベキと音を立てながら拉(ひしゃ)げ、菱形に折れ曲がるとそこから白い粘液のようなものが噴出し、ゾマリの体を包み込む。
見る間に全身を包み込まれたゾマリ、彼の体に纏わり付くようにして流れる白い液体は必要以上な分だけが彼の身体を伝い砂漠へと零れ、気泡を弾けさせるようにして白い水溜りを作った。

後の現われたもの、それは異形。
上半身は今だ人の面影を残してはいたが、下半身に至っては既にそれは人の域を出、足は無く端的に最も近いもので表現するならばカボチャの様。
褐色の肌が見えるのは顔と掌程度で、残り全ては白い外皮に覆われそして異形となった彼の身体には眼が、首、胸、腹、腕、そして人ならざる下半身、その全てを目が多い尽くしていた。
瞼無く見開かれた眼、彼の回り全てを睨むでもなくただ写す様な眼があったのだ。

憮然とした表情のゾマリ、対するフェルナンドはその顔を喜色に染める。
フェルナンドからすればここからが本番、全力の相手、全力の喧嘩、だからこそ価値がある。
求めるものはきっと戦いの先、それも命削る戦いの先、その先を見るためにはより高い次元の戦いが必要なのだ。

フェルナンドの喜色を他所に、激怒に染まっていたその顔を無表情へと戻したゾマリは胸の前で合わせていた手を離し、その右腕をフェルナンドへと向けられた。
開かれた掌にもやはり眼は存在し、それがフェルナンドへと向けられ、彼を視界へと収める。



そしてその瞳は、収縮するように暗い光を帯びた。



直感は即断の行動へと移る。
”来る”、そう感じたフェルナンドは直感とほぼ同時に動き出し、その場から飛び退いた。
何かは判らないがそうするべきであるという直感に従い、動いたフェルナンド。
ゾマリの左側に回りこむようにして移動した彼、しかしフェルナンドが目にしたのはただ右腕を前へと突き出すゾマリの姿。
別段何かが変わったわけではない、それ故に不可解な光景。
向けられた右腕には確かに攻撃の意思が宿っていた、それ故に避わした、何の不思議もない行動の結果は不可思議な光景を生んでいるのだ。


「避けましたか・・・・・・ 意外と臆病な反応ですね・・・・・・」

「別に普通だろうが、ならアンタは俺の拳を避けないとでも?」

「えぇ避けませんよ。 何故なら既に・・・・・・“避ける必要が無いのですから” 」

自らの腕の前から移動したフェルナンドへ、ゾマリは冷ややかな声を掛けた。
それは何処までも見下すような、侮蔑するような響きを宿し、そしてその行動すらも愚かさの証といわんばかりの声色。
そして彼は言うのだ、避けるという事は臆病の現われであり、自分は避けないと。


いや、避ける必要が無いのだと。


その言葉にフェルナンドの眉がほんの少ししかめられる。
怪訝な表情、何を言っているのか判らないがそう言うからには、何かしら理由があるのだと。
その理由とは一体何かという疑問、しかし浮かんだ疑問は即座に解決される。
彼に起こった違和感によって。

「っ! 何だ・・・こいつは・・・・・・?」


零れた呟きが全てを物語る。
フェルナンドにそう呟かせるほどその出来事は不可解だった。
動かないのだ、彼の左腕が。
見れば左腕にはなにやら奇妙な文様、黒い円の周りに八枚の葉をあしらった様な文様が浮かび上がっていた。
そしてその文様が浮かんだ左腕はまるで彼の意思から離れたような、左腕から伝わる感覚はそのままにただ動かすという命令だけが伝わらないかの様な、まるで自分の左腕が“反旗を翻した”ような感覚。
それが今、フェルナンドを襲っていた。

「気が付きましたか。 愚鈍なる貴方にしてははやく気が付いた方…と言えるでしょう。貴方は私の右腕、正確にはこの”眼”に脅威を感じた、それは間違いではありませんよ。そして避けた心算でいたようですがそれは間違い。何故なら既にその左腕は“私のモノ”だからです・・・・・・」

「そいつは一体・・・どういう意味だ?」


フェルナンドの方へと向き直りながら、ゾマリはその顔をニヤリと歪ませる。
さしずめ自分の仕掛けた罠に嵌った、愚かな獣を見るかのように。
フェルナンドが自分の右腕が向けられた事でその場から飛び退いた事を、臆病だと言いながらもゾマリはそれが正しかったという。
脅威を感じた事に間違いは無いと、しかしその脅威からフェルナンドが逃れる事は出来ていないと。

そしてそのニヤついた笑みを深めながら、ゾマリは言うのだ。
フェルナンドの左腕は、もう自分のモノであると。

「支配権・・・・・・ ものには全て支配権が存在します。上司は部下、民衆は王、雲は風、破面で言えば十刃と従属官だと言えばアナタにでも理解できますか?我が呪眼僧伽の能力・・・・・・ それはこの眼で”見つめたものの支配権を奪う”能力。私はこの能力を『愛(アモール)』と呼んでいます。」


それぞれの手で上と下を指差しながらそう語るゾマリ。
彼の能力、それは彼の身体を覆う眼が見つめた存在の支配権を奪い、自分の支配下に強制的に加えるというもの。
自らの能力を愛と呼ぶゾマリ、彼にとってその能力はまさしく愛そのものなのだろう。
無能な者、無用な者、そういった意味を成さぬ者達を彼は自らが与える愛によって縛り、支配する。
意味成さぬ者に意味を持たせるように、支配してやる事で初めて意味を持つかのように、その支配こそ正統な行いであり誰もが望むものであると疑わないから。

「まぁ、アナタに言葉で説明したところで理解出来る筈もありません。その身を持って知りなさい、アナタの左腕が私の支配下にあり、私の思うとおりに動くという事を!」


言葉と同時にフェルナンドの左腕は彼の意思を無視して動き出す。
掌を返すようにして動く彼の腕、下げられた腕は外側へとひらかれ関節の動く限界を迎えた。
しかし彼の左腕は止まらない。
間接の存在など無視するかのように、フェルナンドが鍛え上げた腕の筋肉の力に任せてギチギチと尚も腕を捻り続ける。
そして訪れる耳に残る不快音。
発せられたその音は、フェルナンドの左腕が断末魔であり、彼の左腕が使い物にならなくなったであろう事を示していた。


「・・・・・・クククク・・・・フハハハハハ!無力! 私の前ではアナタのような愚かな獣はあまりにも無力!捻じ切ってしまってもよかったのですがそれではあまりにも滑稽すぎる。骨もおそらく折れてはいないでしょう? そう加減したのですから、そうしてその左腕がただぶら下がっているだけの棒になるように加減したのですからねぇ・・・・・・」


ゾマリの顔に浮かぶ嘲笑。
フェルナンドの左腕をいとも簡単に破壊した彼、それもただ破壊したのではない、筋力にものをいわせ千切る事も出来た、骨を折る事も容易かった、しかし彼はそれぞせずに通常腕を動かす事などできない程度に破壊を留めたのだ。
それは手加減ではなく一重に屈辱のため。
フェルナンドという破面にただただ屈辱を与えるための行為。
拳脚による打撃に特化した破面フェルナンド、その彼の手段を奪う、攻撃手段である拳という形を残した上でしかし使えないという屈辱を味あわせる、それだけの行為だった。

「ハハハはハハ! どうです? その使い物にならない左腕で私を殴れますか?出来はしない! 故に避ける必要は無い、と言ったのですよ!フハハハハ! 不様! 滑稽! やはりアナタは私の足元にも及ばぬ存在なのです!」


笑うゾマリは言う。
だから言っただろうと、だから避ける必要はないと言っただろうと。
見ればフェルナンドの左腕に浮かんでいた文様は既に消えていた、おそらくそれもゾマリの意思、もう使えない腕を支配しても仕方がないという意思の表れか。
そしてゾマリの言葉、確かに彼の言葉は真実だった、使えぬ拳、普通に考えて折れていないにしろ腕全体を挫いたような腕で満足な攻撃など出来よう筈もない。
まんまと自分の術中に嵌ったフェルナンドをゾマリは言葉でも責め立てた。
対するフェルナンドは痛みなのか、それとも悔しさなのかその顔を伏せておりゾマリに表情を窺うことはできなかったが、そんな事は彼に必要ではなかった。
決まっているのだ、彼にはあの伏せられた顔は屈辱に歪んでいると、解放を許した自分の愚かさを呪っているのだと決まっているのだから。


そうして重大な誤解を孕んだまま、ゾマリはただ笑い続けていた。








――――――――――








「左・・・だな・・・・・・」

「左ですね。」

「そうですわね、左でしょう。」

「絶対ェ左に決まってる!」


観覧席、砂漠にいるフェルナンドとゾマリを見下ろす形でハリベル等は口々にそう言った。
その眼には呆れと確信が満ち、誰一人それに異を唱える事はしない。
まるで彼女等の中でそれが常識であるかのように。

「あ~美しい淑女(セニョリータ)にお嬢さん方、一体何のお話ですかな?吾輩、まったく内容が掴めないのですが・・・・・・」


そんな彼女等の中で唯一人、同意しかねる存在はドルドーニ。
彼女等が口々に零す” 左 ”という単語、その意味を彼は図りかねていたのだ。

「もしや少年(ニーニョ)が壊された左腕の事ですかな?まぁ切り落とされた訳ではありませんし、養生すれば問題はないでしょう。・・・・・・少年が生きて戻れば・・・ですがな。」


彼女等が言う” 左 ”という単語が、どうやらフェルナンドの左腕だという当たりをつけたドルドーニ、おそらくは心配しているのだろうと踏んで彼はハリベル等を気遣うようにそう口にした。
そうした優しさは年の功、年長者たる所以と言えるだろう。

が、そんなドルドーニに帰ってきたのは随分と冷ややかな視線と溜息と、コイツ何言ってんだ?という疑問の視線だった。


「おい、オッサン。何“ズレた事”言ってんだよ!」

「そうさね。 あたし等は何一つ心配なんかしちゃいないさ。」

「・・・無能・・・・・・?」


まず帰ってきたのは従属官三人の言葉。
三者三様の返答ではあるが、共通しているのはどうやら彼女等は何一つ、欠片もフェルナンドを心配しているわけでは無いという事だった。
心配ないという心遣いを”ズレている”とまで言い放つ彼女等、ドルドーニの困惑は深まるばかりだったが、その困惑はハリベルの返事で更に深まっていく。


「違うのだ、ドルドーニ。 貴様は私達がフェルナンドを心配していると思ったようだが、それは違う。私達が言っていた” 左 ”とは、これからの戦いでフェルナンドの初撃は、間違いなく左腕での打撃(・・・・・・)だ、という意味なのだ。」

「・・・・・・・・・・・・は?」


ハリベルの言葉に続き、充分な間を空けてドルドーニはなんとも間の抜けた声を上げた。
ドルドーニの耳がおかしくなったのでなければ、彼の耳には間違いなくこう届いたのだ。

フェルナンドは必ず左腕でゾマリを殴る、と。

しかしそれは現実的ではない。
というよりもありえないのだ、あの左腕は使えない、元十刃であるドルドーニの目に狂いは無い。
あれを動かす事は容易ではなく、もし動かせたとしてもそれであの腕は完全に死ぬ可能性すらあると。
彼等破面は人間と体構造はほぼ同じ、いかに強度が並外れているといっても無理をすれば動かなくなるのは道理というものだった。

「いやいやいや、あの腕で・・・ですかな?しかし、それはなんとも無謀というものでは・・・・・・」

「そう思うのも無理は無い。 ・・・・・・だがアレは往く。いや、“アレだからこそ”往くだろう・・・な。」


確認するようなドルドーニにハリベルは確信に満ちた瞳と声で応える。
フェルナンドとはそういう男だと、あの程度であの男が止まる等ありえない。
左腕は挫いた、左腕は使えない、相手がそう思っている、だからこそ往くと。
そう思っている相手を思い切り殴り飛ばすのだろうと。


「そうだぜオッサン。 腕を挫いた位でアイツが止まるかよ。寧ろ燃えてんじゃねぇか?」

「だろうね。 本当にフェルナンドのヤツを止めたきゃ折るしかない。いや、折っても止まらないかもな。」

「あら、やっぱりおバカさん同士、仲がよろしいわね。・・・・・・まぁ、私(わたくし)もあれでは甘いと思いますが・・・・・・」

「「うっせぇぞ! スンスン!!」」


続いてアパッチ、ミラ・ローズもハリベルに同意するように声を上げる。
彼女等の場合は予想というよりも経験なのだろう。
幾度と無くフェルナンドにそういった思考の外からの攻撃を見舞われ続けた彼女等、だからこそ判る。
フェルナンドはあの程度では止まらないと。

「・・・・・・なんとも・・・ 不思議な間柄ですな、少年と美しい淑女(セニョリータ)達は・・・・・・」

「そうなのか? 私達にはもう日常なのでな・・・・・・さて、それでも信じられないのならその眼で確かめるといい・・・・・・そろそろ、戦場が動きそうだ・・・・・・」


奇妙な信頼、ドルドーニには彼女等とフェルナンドの関係はそう見えた。
自分とグリムジョーとはまた違う、どこか通じ合っているかのようなその間柄。
今まで見た事が無いその在り様に、ドルドーニは不思議な感覚を味わいながらも、今だ信じられずにいた。
そうなればもう方法は一つしかない。
ドルドーニは黙って見据える事にした。
見るしかない、確かめるしかないのだ、自分自身のその瞳で。

フェルナンド・アルディエンデが自分の想像を超える存在であるという証明を。






――――――――――







「クハハハハハハ!! どうしました愚かなる獣よ!その腕、その腕ではもう戦えないでしょう?ハハハハ!それは貴方が招いたもの、傲慢にも私に解放させてしまったが故の代償!まったくもって愚か!救済に値しない愚かさの爪痕ですよ!ハハ! ハハハハッハハハ!」


狂い笑う声は自らの絶対優位に酔う。
片腕は奪った、これで自分が受けた数々の屈辱と脇腹の痛みを帳消しに出来たか、といえば否だろう。
まったくもって釣り合わない、受けた屈辱、そして何にも増して彼の”王”へ対する不遜はこの破面が、自身の死をもってのみ贖える罪。
王の御使い、代行者、その下賜された使命の始まりにゾマリは酔っていた。

陶酔。
己の絶対的支配力と、下賜された王命の遂行、これ以上に彼を満たすものは無く、恍惚の境地に立った彼はやはり狂ったように笑うのだ。
見える光景は今だ砂漠に立つ大罪人ではなく、その大罪人が穢れを孕んだ血を流しつくし地に這い、許しを請うようにして頭を垂れる姿。
垂れた頭を稲穂を刈り取るようにして斬り飛ばす光景。
それが今ゾマリの中にある全てだった。


対するフェルナンドは左腕をダラリと下げ、そして顔は俯いていた。
右手だけを上げた構えはしかし、彼の意思がまだ折れていないという事を知らしめるのには充分だっただろう。
高笑いを上げるゾマリなど眼中に無いのか、フェルナンドは無言のまま立ち尽くす。

「さぁ、どうしました愚かなる獣よ。はやくその残った四肢で私を倒して御覧なさい。まぁ、私に近付く事ができなければそれも叶いませんがね、幾ら近接戦闘に長けているといっても、アナタの間合いに入らなければどうという事も無い。私の支配は絶対! その前にあなたは屈するのです!」


ゾマリの言う事はまさしく正論だ。
近接戦闘に長けるフェルナンド、その分野ならばゾマリは彼に勝つことは出来ないだろう。
だが、勝てないのならば態々それで勝負をする必要は無いのだ、勝つ事、断罪が目的であるゾマリにとって自らを危険におく必要など無い。
相手の手の届かぬ間合いから一方的に此方は攻撃を仕掛ける事ができる、ならばそれを選択する事になんら不思議は無い。
一芸に長けたフェルナンド、そしてゾマリもまた一芸に長けてはいるがその相性はゾマリに歩があると言えるだろう。

声高に自身の有利を叫ぶゾマリに、フェルナンドはただただ無言だった。
その無言は一体何故なのか、常の彼なら皮肉の一つも返しそうなものだがその口は閉ざされている。
ゾマリの眼には屈辱と後悔に沈んでいるように見えるフェルナンドの姿、しかしその実は違う。
彼の顔は今、喜色を浮かべているのだ。

それは壮絶な笑み、痛みを紛らわすわけではない、自棄になったなどもっての他、彼は今愉しいのだ。
置かれた自分の状況は打破するに容易ではなく身体は十全ではない。
しかし、しかしそれでも彼は愉しい。
いかにしてこの状況を突破するのか、この状況この状態の自分は一体何処まで戦えるのか、それを考えると彼は喜びで背が震える。
それは狂った思考だ、しかし彼にとってこれ以上ない正常な思考であり、それ故に彼の顔には喜色が浮かぶ。

只の笑みではない、壮絶な修羅の笑みが。



フェルナンドの影が消える。
小さな砂煙を立て、フェルナンドは立ち尽くしていた場所からその姿を消した。
響転による移動、影を絶つ速度で動き回るフェルナンドは今、視認できる状態ではない。
それは即ちゾマリの支配、「愛」を受けないということなのだが、それではあまりにも決め手に欠ける。

「なんと! 不様にも逃げ回りますか!だがそれでいい、それがアナタには似合いというものでしょう。ですが、ただ逃げ回るだけでは勝てませんよ!私に、この私に近付いてこなければ・・・ねぇ。」


対するゾマリは動かなかった。
フェルナンドの行動を嘲いながらも彼は動かない。
それは解放状態の彼はその能力と形状ゆえ十刃最速とは言い難い状態であるためと、なによりも今の彼には動く必要が無いのだ。
相手は嫌でも自分の傍に、傍にこなくてはならない。
そして傍に来る、ということは自身の視界に入るという事、そしてそれはゾマリにとって勝利の瞬間と同義だったからだ。


(さぁ、いつまで不様に逃げ回る気が知りませんが、早く来なさい。直ぐに殺して・・・・・・ いいえ、まだです。もっともっと、更なる屈辱を味あわせて差し上げましょう・・・・・・)


歪に変る顔をゾマリは抑えられない。
優位と陶酔、その中にいる彼にそれを抑える事など不可能だった。
早く、早く来い、そして自分の支配を受けろ、受けて更なる屈辱に沈め。
そんな思考がゾマリを駆け巡る。


そして期待に胸膨らませるゾマリに、待望の瞬間が訪れた。



影を絶ったままフェルナンドが消えて後数分、時たま起こる砂煙と空を切る音だけが彼がその場にいる証明だった。
ゾマリを中心とし、おそらくその周りを回るようにして動いていたであろうフェルナンド、その姿が遂に顕となる。
ゾマリの背後、そこに突如現われた人影。
中空に飛びゾマリの頭目掛け蹴りを放つ寸前の体勢のフェルナンドが、そこに現われたのだ。
背後からの奇襲、完全なタイミング、只の戦闘ならばこれで決着といえる場面。

しかし、これは只の戦闘でなくそしてそこは背後ですらなかった。


「捉えましたよ。」


彼の背、そこにも眼はあるのだ。
背中にある眼が複数、暗い輝きを放ち収束する。
そしてフェルナンドの身体に刻まれる多くの文様、脚に、肩に、胸にと刻まれるそれは支配と敗北の烙印。
逃れられぬ支配の中、命ぜられるまま彼の身体は彼の意思を裏切り、そして彼に反逆するだろう。
ニヤリと口を歪ませるゾマリ、勝ったという確信、断罪の瞬間の夢想、しかしその歪んだ口は驚愕の形へと変る。
何故ならそれはありえない光景をその眼達が見たから。



フェルナンドの身体、文様を刻まれた彼の身体がゆらゆらと歪み、そして霧散したのだ。




「双児(ヘルメス)・・・・ 双児響転(ヘルメス・ソニード)・・・だと・・・・・・!?」



一目見てゾマリは理解した。
何故ならそれは彼が、彼だけが持つ技術だったはずのもの。
彼が編み出した独自のステップを織り交ぜた、彼だけの響転。
それを使ったのだ。
彼の敵であるフェルナンドが。


ゾマリの『愛』を受けて後霧散するフェルナンドの分裂体。
その霊圧を纏った残像が消えるのと時を同じくし、もう一人のフェルナンドがゾマリの正面に現われる。
動揺駆け抜けるゾマリ、しかし彼とて十刃である。
駆け抜けるそれをして尚、彼の身体は顕われたフェルナンドの姿に反応し、右腕を突き出しその掌の眼による支配を試みていた。
視界に入れば、意識して見つめさえすればそれでお終い。
何より早い意思の雷撃、脳から掌までを貫くそれをしかしフェルナンドは読んでいたかのように超人的反応で回避する。
神速の踏み込み、退いて避けるのではなく踏み込んで避わすという彼らしさ、そして踏み込んだそこは彼の間合いだった。

再度の密着状態。
当然構えられるのは右の拳、フェルナンドがゾマリに対し多大なダメージを与えた一撃への布石。
それを見た誰もがまたあの一撃が来ると感じ、そしてゾマリもまた同じだった。
その拳は危険だという意識、なまじ無防備に喰らっていたためその意識は極度に高まっていたのだ。


そして彼はその脅威であり危険な拳の無力化を執行した。



「貰いますよ! その右腕も!!」




そう、彼の身体の眼は掌だけではない、腕にも、胸にも、そして腹にもそれは存在するのだ。
構えられるフェルナンドの右の拳、しかしその動作は見られていた、多くの眼達に。
捉えられた右腕、ゾマリがそうと思えばその右腕は瞬時に彼に支配されるだろう。
そしてそれが成った暁には勝利が、ゾマリの勝利がほぼ確定する。
如何にフェルナンドといえど両腕を失えばその戦闘力は格段に下がり、勝利は夢と消えるのだ。
























だがそれは、その支配が、“本当に成れば”の話ではある。












ゾマリ・ルルーの失敗は止めてしまった事。
左腕は奪った、左腕は壊した、左腕は使えない、だから左腕からの攻撃は無い、ある筈が無いと。
更に言えば彼自身が右腕を伸ばしていた事も大きかった。
腹部ならば別ではあるが、もしフェルナンドがゾマリの頭部を狙うのならばゾマリの伸ばした右腕は障害となる。
腕を避け内側からの打撃は不可能、かといって腕の外側からではフェルナンドのリーチでは届かないと。
まぁその仮定も全てはフェルナンドの左腕が使える、という前提での話であり、実際その場でそれを考える事の方が難しかったのかもしれない。
何故ならゾマリの中でその可能性は完全に排除されてしまっていたのだから。

それゆえの停止、思考の停止であり決め付けた結論。
ありえない、ある筈が無い、その状況の中でフェルナンドの右腕からは恐るべき威力の大砲がその放火を放とうとしている。
ゾマリの中に生まれた彼も気付かぬ程小さな恐怖、蘇るような激痛の再来は彼に当然のようにそちらへの注視を選択させる。

故に気が付かない。
その眼の群れ達は捕らえていたというのに気が付かない、いや、気付けない。






フェルナンド・アルディエンデの“左の拳が”固く握られている、という事に。








「グッェ・・・・・・」


漏れたのは不恰好な声。
その声が漏れ、そしてゾマリ・ルルーが次の瞬間に感じたのは激痛だった。
今まさに脅威となる敵の右腕を支配しようとした瞬間に走ったその痛み。
しかしその右腕は今だ放たれること無く彼の視界に収まっており、そして痛みが訪れたのは相手の拳が構えられた自身の左側ではなく、“右側から”だった。
その痛みと衝撃はゾマリの顎を的確に貫き、彼の身体をそのまま吹き飛ばす。
転がるようにして砂漠を跳ねる彼の身体、理解できない痛みと理解できない状況はそのまま動揺へとつながる。

(い、一体何が・・・・・・ 何が起こったのです!)


転がりながらも起き上がるゾマリ、自身に走った再びの激痛、その理由も判らぬまま痛みは思考すら鈍らせ続ける。
しかし痛みは思考を鈍らせながらも自身の存在を叫ぶ、そしてゾマリが感じるのは顎の痛みだけではないのだ。
ゾマリが自身の身体を確認しようと奔らせた視線、そこには明らかな異常があった、どうしてそうなったのかは判らない、しかし確実にそれは起こり、視認し認識したが故に痛みは更なる叫びを上げる。


痛みを上げるのは彼の右腕。
ダラリと下がりそして関節の稼動方向とは逆に折れ曲がったその腕は、激痛をもって存在を叫ぶ。
そう、折れているのだ、ゾマリ・ルルーの右腕は。


右腕を庇うように左腕を添えるゾマリ。
ありえない、顎に奔る痛みも右腕の痛みも、その全てが本来ありえてはいけないものの筈。
だが彼が今その眼の群れで捉える人影が、そのありえない出来事の理由である事だけは彼にも判った。

“左腕を”振りぬき、鋭い眼光でゾマリを睨みならがもその口元に笑みを浮かべる。
フェルナンド・アルディエンデこそがこの出来事の原因であるという事が。








――――――――――









「まさか・・・・・・ 本当に左腕で殴るとは・・・・・・それもあれは只の打撃ではない。 一体なんなのだ・・・・・・」


観覧席からその一部始終を見ていたドルドーニからはその全てがよく見えた。
しかし見ていたのと理解していたのとでは違う。
双児響転と呼ばれる第7十刃独自の技術をフェルナンドが使った事も驚きだったが、それ以上に彼を驚かせたのはフェルナンドの左腕が放った攻撃。
先程来からハリベル等が言っていた通りフェルナンドは左腕でゾマリを殴った。
なんとも無茶であり無謀であり、驚嘆に値する行動。
そしてその左腕の攻撃が放たれた後、ゾマリは打ち抜かれた顎だけではなくその右腕を折られていたのだ。


それも左腕の“打撃と同時”に。



「どうやら相手の腕関節を自身の攻撃時に逆に極め打撃の瞬間にそのまま無理やりに折り、本来外からは届かないはずの拳を叩き込んだ様だな。まったく・・・ 左だとは思っていたが、更に折にいった・・・か。」


ドルドーニの戸惑いを伺わせる声に、ハリベルはそう応えた。
ハリベル自身初めて見るその一撃、おそらく本来は相手の打撃に合わせる様にして用いる技と思われ、相手の腕の外側からでは打ち込む事が出来ない打撃を相手の腕を折る事で無理やりに叩き込む攻撃なのだろうと推測するハリベル。
まさしくフェルナンドがやったのはそういう事、今回は偶々ゾマリが腕を伸ばしていたのがフェルナンドには幸いし、ゾマリには災いした形となったのだ。

「・・・はは。 恐れ入りましたな、少年(ニーニョ)には・・・・・・」

「第7十刃は相手が悪かった。 アレ相手でなくともああも手加減を加えては何れ大きな代償を払うのは見え透いている。絶対の自負、自身の力に酔って見誤ったな・・・・・・相手の本質というものを。」


脱帽、といった風のドルドーニ。
捻られ、挫かれ、本来ならば使う事叶わぬはずの左腕。
それを意志の力だけで動かし戦うフェルナンド、下手をすればその腕は動かなくなる可能性もある。
しかしドルドーニはそれでも彼は同じ場面で躊躇無くそれを使うと確信した。
それがこの破面の本質、勝利、その先の求めるもののためならば己が犠牲など厭わないという事を。

そしてハリベルはそれを理解した上でゾマリの失策を感じていた。
”陶酔”、司る死に違わず彼は酔いしれていた、自らの絶対的支配力に、その前には何者も無力であるという事に。
屈辱と不敬を断ずるためにと、そして屈辱を与えようと自ら戦いを長引かせる事を選択したと言う事に。
戦いとは瞬間だ。
決着など一瞬だ。
長引くのは互いの力が拮抗しているが故であり、それ以外は自己満足。
そして長引けば長引くほど勝利と敗北の距離は近付き、そして背中合わせとなりどちらにもその顔を覗かせていくのだ。

眼下の戦闘はその類。
ゾマリ・ルルーに勝機は多々あった、しかしその全てを彼は力に酔うことで逃し続け、そしてその度に多大な傷を負い続けている。
対してフェルナンドは傷を負いながらもその気勢は留まるを知らず、それどころか傷を負い、追い詰められるほどに彼の纏う気配は鋭く、研ぎ澄まされ、そして燃え上がる。

ハリベルが見る眼下の戦場。
傷は五分、能力はゾマリに優位がありしかし、ハリベルにとって既にフェルナンドの勝利は疑うべきものではなくなっていた。







――――――――――








「貴様・・・・・・ 何故双児響転を・・・・・・いや、それ以上に何故その、左腕が使え・・・るッ!その腕は、私が、破壊、したはずだ。 何故、何故だ!答えろ!!」



不可解と痛み、激痛の中ゾマリは右腕を庇いフェルナンドを睨みつける。
どうして双児響転が使えたかはこの際彼にとってどうでもよくなっていた、ただ、破壊したはずの左腕がその攻撃を放ったことだけが、ゾマリには理解できなかったのだ。
確かに骨は折れていない、しかしそれだけ。
筋は伸び、筋肉は断裂をおこし、とても動かせるものではない左腕。
それが攻撃をするというありえない出来事は、ゾマリを動揺と困惑に陥れていた。


「・・・・・・温いんだよ、テメェは・・・・・・」

「温い・・・だと?」



困惑のゾマリに帰ってきたのはフェルナンドのそんな言葉。
何を指しているのか理解できないゾマリは、ただその言葉を繰り返す。
しかしフェルナンドはそんなゾマリの様子など構わず、思うとおり言葉を紡ぎ続ける。


「あの時、俺の左腕を奪ったあの時・・・・・・ テメェは最低でも腕を折るべきだった。捻じ切れたんなら捻じ切るべきだった。 俺なら間違いなく折る、折れる時に折る。与えられる最大の攻撃をぶち込むのが戦場の理。だがテメェはダメだ・・・・・・ ただ俺を笑うために加減しやがった、使えないと決め付けやがった・・・・・・」


静かにかたるフェルナンドの言葉、それは戦場の理だった。
ただ相手に屈辱を与えるためとゾマリは加減していた。
もっと大きなダメージを与えられる機会を作りながら、それを生かす事をせずに戦いを続ける愚。
ただ己が愉悦にためにそうしたという取るに足らない愚かな選択。
フェルナンドはそれをして” 温い ”と言う。
自分ならば折ると、折れる時に確実に折ると、それが戦い、それが戦場の理だと。


「だから俺は決めた。 テメェの顔を殴るのは“左”だと、テメェが使えねぇと決め付けたこの拳をぶち込んでやると。御誂え向きに眼晦ましには重宝するもんがあったからな・・・・・・あんだけ見たんだ、足の運びくらい覚えるだろ?見せ過ぎなんだよ切り札を、それも含めてテメェは” 温い ”んだ。」



” 温い ”、フェルナンドはゾマリの全てをその一言に尽きるかのように断じた。
双児響転も、『愛』というなの支配の眼も、確かに驚異的ではあるがその脅威を曇らせているのはほかでもないゾマリ自身。
屈辱を、断罪を、誅殺を下す為にと先延ばし、鹿を追い立てる獅子にでもなったかのように振舞い続けたゾマリ。
しかしそれは間違いでしかないとフェルナンドは言う。
そしてフェルナンドの言葉どおりゾマリは手痛い反撃を受けた、双児響転という彼独自の響転もこの至近距離で見続けたフェルナンドはその脚運びを体得し、利用した。
右腕から放たれるであろう“あの一撃”に恐怖し、意識を逸らした。

その結果、鹿を追い立てた獅子たるゾマリは、鹿の放った予想外の咆哮の前に重大な傷を負ったのだ。


「ふざけた事を・・・・・・ ふざけた事を言うな!私が温いだと!? まるで私が戦場を理解していないような口ぶりで!私のかけた慈悲を踏みつけにして! ならば死ね!我が『愛』を破ったわけでもない愚か獣めが!」


コメカミに額にと青筋をいく本も浮かべ激怒するゾマリ。
フェルナンドの放つ温いと言う言葉に侮蔑の色を見つけたのか、その激昂は留まるを知らなかった。
だがそれでもゾマリの言う事にもいまだ真実はある。
そう、フェルナンドはゾマリにダメージを与えはしたが、彼の『愛』を破ったわけではないのだ。
その支配の力は今だ健在、先程は予想外の痛みに意識は乱れ、右腕を奪うには至らなかったがそれも時間の問題であるのは自明の理である。


「死ね!死ね!死ね! 我が支配の前に死nッ!!な、何だこの霊圧は・・・・・・!!」



ただ怒りに負かせ、全身の眼を見開きフェルナンドを睨む。
冷静で礼節な振る舞いを見せたゾマリの姿はもうそこには無い。
あるのは仮面の下に隠れていた本性なのか、それをしてフェルナンドの死を望む彼、しかし彼の眼がフェルナンドを見つめようとした瞬間、彼を感じた事もない霊圧が負った。
その発生源は上、観覧席ではなく、上空の空でもなく更にその上、天蓋の上から圧し掛かるような霊圧。

それが“二つ”、ゾマリにははっきりと感じ取れた。


「第2十刃が解放? 馬鹿な・・・・・・ いや、それ以上にもう一つの霊圧は何だ・・・・・・?第2十刃と同等だと? 一体誰が、誰なのだ!?」


激昂する精神を冷やすかのような霊圧の波濤。
一つは第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンの霊圧、しかしそれは只の霊圧ではなく莫大なそれ。
そしてその莫大な霊圧が示すのは一つ、第2十刃が刀剣解放を行った、という事実。
ただでさえ化物じみたネロ、それが解放するという事はそれだけで驚異的な出来事であり、しかしゾマリを更に驚かせたのはそれと同じ大きさの霊圧が“もう一つある”ということだった。

ありえない。
今日何度目になるかわからないそんな言葉が、ゾマリに浮かぶ。
第1十刃であるバラガンはこの場にいた、第3十刃も同様、第4十刃はこの場にはいないが感じる霊圧は彼のものではないと。
では誰が、第2十刃という虚夜宮のトップに相当する霊圧の持ち主と同等のそれを放つのは、一体誰なのかと。
激昂にも増す畏怖と脅威、ゾマリをそれが襲う。



しかしそんななか響いたのは笑い声だった。



「・・・クククッ! ・・・・クハハ!・・・・・フハハハハハハ! 最高だ!!やっぱり俺の睨んだとおりアンタは強ぇよ、スターク!それもまだ全開じゃねぇんだろ? きっとそうだ!そうに決まってる! 俺には判るぜスターク!最高だ! 最高に気分がいい!! 」


笑い声を上げるのはフェルナンドだった。
ゾマリ同様彼も感じ取った二つの霊圧、ゾマリが畏怖と脅威を感じたそれをフェルナンドは笑うのだ。
それも狂ったのではなく、歓喜の声を上げて。


「あぁそうだとも。 上がこれだけ派手にやってんだ、下の俺達がこんなチマチマした戦いなんてしてられねぇ!だったらやるしか無ぇだろう! えぇ! 派手にやるしかねぇだろうって・・・言ってんだよ!!」


ゾマリに語りかける様に、しかしその実ゾマリなど眼中に無く燃え上がるフェルナンド。
感じた霊圧はまさしく戦いの狼煙、これから始まるのは全力の殺し合いだと言う事を示す狼煙。
それがフェルナンドを熱く燃え滾らせる。
感じてしまったからには、触れてしてしまったからにはもう止まれないと。


そう叫びながらフェルナンドは勢いよく腕を腰の後ろに回し、斬魄刀を引き抜く。
フェルナンドからはまるで燃え滾るような紅い霊圧が吹き上がり、そして引き抜かれた斬魄刀もまたその紅に負けぬほどの煌きを放つ。
逆手に持たれた斬魄刀、それをまるで勝ち名乗りかのように天高く突き上げるフェルナンド。
渦巻く霊圧、内向きに収束する霊圧は臨界を超え、そして掲げた片割れの銘を呼ぶと同時に解き放たれた。








「刻めぇぇええ!! 『輝煌帝(ヘリオガバルス)』!!!!」








砂漠には一本の巨大な火柱が産まれた。
膨大な炎の柱は天を衝かんと上へ伸び、膨大な炎に見合った熱を発し続ける。
荒れ狂うのではなくただ上へ上へと燃え上がる火柱、それは男の生き様を表しているのか。
ただ上へ、目指すものへと脇目も振らず邁進するかのような、そんな生き様に。


火柱は次第細くなり、中心へと向かっていく。
そして火柱の中腹辺り、火柱が細くなるに攣れ顕になるのは一つの影。
腕や脚から見え始めたその影は、次第その姿をはっきりと見せはじめ、そして火柱が消えるとその影の全身は顕となる。

身体つきに変化は無い。
筋肉質な身体、強靭でなにものをも弾くような鋼の身体、纏っていた死覇装は上着が無くなり上半身が顕と成っていた。
袴は前のように足首で絞られ、足は裸足のまま。
額に穿たれた紅い菱形の仮面紋(エスティグマ)は、その頂点が延び、何処か十字架を思わせる。
紅い瞳は爛々と輝き、その輝きが瞳の紅をより鮮烈にさせていた。

さほど変化の見えないその姿、身体つきから外見に至るまでを虚としての本質に戻す刀剣解放『帰刃(レスレクシオン)』、ある者は角を生やし、ある者は強固な外装をまとい、そしてある者は翼をはためかせと大きな変化を齎すそれは、フェルナンドにさほどの変化を齎してはいないかに見えた。

しかし、解放前と解放後では彼の姿は明らかに違っていた。
身体つきは変わっていない、眼光の鋭さはそのまま、しかし彼は燃えているのだ、轟々と。
そう、それは気概の話ではなく身体の話。



フェルナンド・アルディエンデの身体は今、炎となって燃えているのだ。



正確に言えば燃え盛っているのは彼の髪と帯、そして袴の下部。
袴は膝の上を過ぎたあたりから徐々に赤みを増し、そして脛まで来た頃にはそれは袴でなく完全な炎となって燃え盛る。
後ろでぞんざいに一纏めに縛られていた髪は解かれ、長く伸びた金髪は風に揺れながら。
髪は後ろへと流れ、逆立つように跳ねながら立ち上がり、そしてそれは次第金から色を変えていく。
首の後ろを過ぎた頃から徐々に金髪は赤髪へと、そして腰を通り過ぎればそれは最早赤い髪ではなく、轟々と燃え盛る紅い炎となっていた。


二度ほど首をかしげ、コキコキと骨を鳴らすフェルナンド。
そして彼は胸の前で両の拳を一度叩き合わせると、獰猛な笑みを浮かべて叫ぶ。





「やってやろうじゃねぇか! 派手な喧嘩をよぉぉ!!」
















竜の咆哮地を穿つ

狼の咆哮天を衝く

竜の化身暴を成し

狼の化身誅を成す

群れなす怒り

降り注ぐ。















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.51
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/05/28 17:52
BLEACH El fuego no se apaga.51










暴威なる咆哮は天へと降り注ぎ、地を削らんとする。
虚閃、それも数条、数十条にも及ぶ虚閃が地を削ったたった一つの理由は、命を奪う事に他ならず。
それもただ”自分の視界に入った”という理由に満たないような理由でそれは降ったのだ。

根絶やしに、消し去るために、細くはあるが大量の虚閃はたった二つの命を奪うためだけに放たれ、その緋色の破滅の光を身に受ければその者は自分が死んだという事を認識する前に息絶える事だろう。
過分、あまりにも過分なその威力、それを何の躊躇いもなく放つネロ・マリグノ・クリーメン。
彼にとって真理ともいえるこの行動、目に付く命を殺さずにはいられない、ただ等しく命を殺す為に行き、殺すための理由を探しているかのようなこの男は”神”を自称し、制裁と鉄槌の名を持って命を殺す。

そう、全ては奪い、殺す為に。


だが今、その暴慢な理に抗おうとする者が空を駆ける。
コヨーテ・スターク。
彼が駆けるたった一つにして何よりも重い理由、それは降り注ぐ破光の先に何よりも大切な者がいるため。
自分を孤独の砂漠から掬い上げてくれたたった一人の他人、別け合い、分かち合い、支え、共に歩いてきた存在がいるため。
失えるはずは無く、失う事など考えたくも無い存在がその先にはいたのだ。

故に彼は駆けた。
ただ護るために、大切な者を護るために。
自分などどうなっても構わない、だから、だからアイツだけはどうか助けてくれとその内側で叫びながら。
自己を省みず、ただ護るという一念のままに駆ける彼、その尊さ、その悲しさ。




そして、爆音が辺りを包み込んだ。





















「ゲハハハハ! 死んだか? 死んだのか? 死んだんだろうが!死んだに決まってんだろうがよ!!ゲハハハハヒハハ! 塵共が! オレ様の視界を汚した罪は重いんだよ!それにしてもあの新入りも馬鹿なこった、自分からオレ様の吼虚閃(セロ・グリタール)の餌食になりに行くたぁな!いや、馬鹿だから喰らいに行った・・・のか?ゲヒャヒャヒャヒャ!!」


爆音の後に響いたのは、大音量で笑うネロの下品な声だった。
一面を爆煙が包んだ天蓋の大地、それを上空から見下ろすようにして笑うネロ。
その狂い笑う姿は大きく膨らんだ腹を抑えるように、まさしく腹を抱えて笑うといった風で、ただただその光景が愉快で仕方が無いと物語っていた。
奪い去ったのは二つの命、いや、三つの命か。
一つは見た事も無い小さな子供、彼にとって見る事すら値しない小さな命であったがそれでも、視界に入ったという罪とも言えぬ罪で殺したと。
もう一つは見た事がある優男、藍染惣右介が連れてきた彼の腹心であるという男『市丸ギン』。
それでもネロにそんな肩書きなど一切の効果を持たず、小さな子供諸共吹き飛ばし殺したと。
そして最後はつい先程までその手で握る斬魄刀で殺そうとしていた、自分に傷を負わせた許し難い新入り。
理由はネロには想像もつかないが、それでも何故かその新入りは自ら彼自身が放った吼虚閃へとその身を投げたしたのだと。

彼の中で間違いなく奪われた命たち、それを愉快だと笑うネロ。
命の価値、その重さ、こうと決める事など叶わないそれを彼はまるで埃以下のように扱い、踏み潰し、その様を見て笑う。
明らかな異常性、しかしその異常性もこの男にとっては至極全うで正常な思考。
それに則ってネロは殺したと叫び、そして笑っていた。



「いやぁ~吃驚したなぁ。 上がってきた途端コレや、ホンマ物騒でアカンな虚夜宮(ここ)は。」



爆煙が晴れ始めた隙間、そこから漏れるように聞こえたのはどこか間延びしたような、至極ゆったりとした口調の声だった。
まるで日常の会話のように紡がれる言葉たちはその光景にはとても不釣合いで、しかしその不釣合いも日常にしてしまえるほど、その男の持つ雰囲気は独特だった。
銀に近い色の髪は揺れ、糸のように細い眼とつり上がったような口元はその場に似つかわしくない笑顔、顔の前の煙を片手を振って払うようにして現われたのは、ネロが殺したと思っていた者達の内の一人、市丸ギンだった。


「なんだ市丸! テメェ生きてやがったのか。大人しくオレ様に殺されてりゃいいものを・・・・・・だがまあいい、お前程度いつでも殺せる。 今回は運よく生き延びたテメェを生かしてやる。神の慈悲だ、ありがたく思え死神。」

「はぁ、そらどうも。 でもええんか2番サン、そんな事言うて。」

「あぁん? 塵滓のテメェらが神である俺に出来る返事は”ハイ”と”ありがとう御座います”だけだ。よぉ~く覚えとけ! それに塵二匹は始末したんだ、テメェは生き延びた慈悲に縋ってればいいんだよ!だが、一撃で殺しちまったのは失敗だったがなぁ、まったく・・・強すぎるオレ様の力は罪だぜ! ゲハハハハ!!」


降り注ぐ虚閃から生き延びた市丸。
その姿を確認すると、ネロは死んでいればよかったと口にしながらも今回は見逃すといってその場を収めた。
だがそれはなんとも彼らしくない行動、生きていた事すら罪だといって殺そうとする方が余程彼らしく、あっさりと引き下がる事に違和感すらある。
市丸もそう感じたのか、驚きながらも気の抜けたような返事を返した。
言ってしまえばそれは気まぐれに過ぎなかった。

ネロという破面は刹那を生きる。
過去を振り返ることなど無く、未来を思い筋道を立てることもしない。
彼にあるのは今、今この瞬間どうしたいか、それだけなのだ。
今回の市丸に対する対応もそれに準じ、ただ生かしてやろうと思っただけの事に過ぎないという事。
それだけの事だった。


「まぁ生き延びて生かしてくれる言うんならエエけど・・・・・・それやったら"こっちの二人も"生かしてあげる、いう事になるで?」



生意気な新入りを殺したということも然ることながら、何度も縊り殺す心算だった相手を一撃の下に沈めてしまうほどの自身の虚閃の威力に酔いしれていたネロ。
下卑な笑い声を上げながら死を笑う彼に、市丸はいたって普通の会話のようにそれを言い放つ。
顔の前で煙を払っていた手で自分の横の方を指差す市丸。
そして煙に隠れた天蓋の大地が見え始めるのと同時に、薄くなり始めた爆煙に影が浮かび上がる。
輪郭のぼやけた影は煙が晴れるにしたがって鮮明になり、そして人型をとっていく。

晴れた煙、そして顕になった人影は、ネロに背中を向けながらも自らの肩越しに彼を睨み、そしてしっかりとネロと小さな破面の間に隔たるようにして立つスタークの姿であった。








リリネットには最初何が起こったのか判らなかった。
市丸に連れられスタークの下へ、青空を映す天蓋の外へとやってきた彼女。
自分に置いてけぼりを食らわし、そしてまた一人全てを背負おうとする大切な片割れを追って此処まで来た彼女。
その眼に映った片割れは巨大な破面に押される一方で、しかしそれは一重に片割れの気概によるものだとリリネットには直ぐ見て取れた。
故に彼女は叫んだ。
ふざけるなと、どうせ自分がいなくなっても大丈夫程度に思っているんだろうと理解し、リリネットは怒る。
良い訳が無いと、いなくなっても大丈夫なわけが無いと、だから彼女は叫んだ、自分に出来る精一杯の大きな声で。


その後の記憶はリリネットにはほんの少ししかない。
あるのは敵の剣を弾き返す片割れの姿、そして目の前を覆うかのような緋色の光り。
疑問の声が彼女から零れるよりもはやく光は彼女に迫り、そして彼女を爆音が包んだ。

迫る光と爆音に、リリネットは咄嗟に硬く眼を閉じた。
眼を閉じながらも彼女は緋色の光を感じ、しかしその光は何かに遮られたのかなにか自分に影が差したことを感じる彼女。
少し経ってリリネットが恐る恐るその閉じた目をあけると、そこにはもう緋色の光の群れは無く、替わりによく見知った人影がたっていた。


「・・・・・・スター「馬鹿野郎ッ!!」 ッ!」


そのよく見知った人影の名を呼ぼうとした瞬間、リリネットに言葉の雷が落ちる。
人影、スタークは彼らしくもなく怒りを顕にし、リリネットを叱りつけたのだ。

「大人しくしてろっつっただろうが!それがこんなところまで来ちまって・・・・・・判ってんのか、 此処は戦場なんだぞ! お前が一人で来たってどうしようもない場所なんだ。危ねぇ場所なんだよ! わかったらさっさと下に戻ってろ!」


一息に捲くし立てるスターク。
ネロを睨んでいた視線を戻し、正面からリリネットを叱る姿は兄妹、というより親と子のような光景。
何故こんな危ないところに来た、来ては駄目だと言った筈だ、大人しくして居ろと言った筈だろうと。
間一髪で間に合い、失わずにすんだ安心感よりもスタークにはそれが重要だった。
何のために遠ざけて戦ったのか、その意味を失わせるようなリリネットの行動。
自分が一人で戦えば済む話、自分が一人で背負えばいい話、態々この苦しみを分け合う事など無い、ただ傍にいてくれるだけで自分はこれ以上ないほどのものを貰っているのだと。
だからせめて、辛い思いだけはさせまいとしたスターク、それ故に語気は強められてしまうのだろう。

「なっ! なんだよそれ! アタシはスタークが心配で・・・・・・だ、大体さっきのはなんだよ! スタークさっきもう面倒くさいとか、別に俺が死んでもいいとか思ってただろ!ふっざけんな! 大体いつもはやる気無いくせにいきなりカッコつけんなよな!それであのデカイのにやられそうになるとかホント信じらんない!ベ~~だ!」

「なんだとこの野郎!人の気も知らねぇで・・・・・・コッチがどんだけ心配したと思ってんだ!まともに喰らってたら死んでんだぞ!」


スタークの一喝に対し、リリネットも負けじと応戦を開始する。
スタークがここは危ない場所だから近づけたくないと思っている事など、リリネットははじめから判っている。
それでも来ようと思ったのは、一重に彼を心配する気持ちがそうさせたのであり、自分ばかりが相手のことを考えているようなスタークの発言はリリネットには許容しかねるものだった。
そして一方的に叱られたまま彼女が追われるはずも無く、強がりのような言葉が口をついて出て行く。
最後には舌を出してしまう始末、なんとも反省の無い、というよりも素直ではない態度のリリネット。
そんなリリネットの態度にスタークも同じ温度で対応し、二人は段々と親子の光景から兄妹の光景へと様変わりしていく。

「だいたいアンタだアンタ。 リリネットを此処まで連れて来たんなら、最後までキッチリ面倒診てくれ、死神さんよ・・・・・・」

「いや~堪忍やで? 君がコッチに来ぇへんかったらこの子、守ったっても良かったんやけど・・・・・・君が2番サンの攻撃を受け止めるいうなら話は別や。僕、藍染隊長から君らの戦いには手出し無用や言われてるよって、この位置で嬢ちゃん守ろうとするとどうしても君らの戦いに手出しする事になってまうからね。」


スタークの憤りの矛先、それは近くにいた市丸にも向けられる。
流石にリリネットが一人で此処まで来ることは不可能であり、誰かが手を貸したのは明白。
そしてそれは誰かと問われれば、此処にいる第三者、市丸以外ありえなかったからだ。
しかしそんなスタークの責めるような口調も、市丸は何処吹く風、手出しが出来ないのだから仕方がないという一言で逃げおうせる。

「ほんなら僕は遠くから見とるよって。 ・・・その子、大事にせなアカンよ・・・・・・」


去り際にポツリと一言零し、市丸はその場から消えた。
霊圧の感触からさほど遠くにいった、という訳でもなさそうだがこれは本当に手を出す気がないのだとスタークは理解する。
市丸のそんな態度にスタークは深い溜息をこぼすが、そんなスタークにはお構い無しに、彼の背中には殺気の塊のような一撃が飛来した。

「ッつ・・・・・・!」


振り返りもせず刀を振るったスターク。
僅かに声を漏らすもスタークはそれを刀で捉え、振りぬく。
刃と、そして何か硬いものがぶつかり合ったかのような音が響き、そして弾かれた硬質は天蓋を砕き穴を穿った。

「塵がぁ・・・・・・ オレ様を無視するんじゃねぇよ!!オレ様は”神”だぞ! テメェら塵がオレ様に向けるのは敬いだけだ!生き延びたんなら丁度いい! まだ殺したりねぇ!このオレ様を傷つけた罪はこんなもんじゃ償えねぇんだよ!あと軽く百回ほどオレ様に殺されろ! 塵カス新入りぃぃぃ!」

「・・・無視なんかしてねぇよ・・・・・・するわけ無いだろ? アンタだけは・・・な・・・・・・」

「ゲハハハハ! 殊勝な事だ! 褒めてやる。だが・・・・・・ その”襤褸カスの腕”じゃぁ次は厳しそうだなぁ、えぇ?そんな餓鬼なんぞ見殺しにすればいいんだよ!馬鹿が! ゲハ!ゲハヒハハハハ!!」


スタークに飛来し、そして彼の斬魄刀によって弾かれたのは緋色の弾丸。
上空から撃ち下ろされたネロの虚弾であった。
自らが放った吼虚閃、その圧倒的攻性能力によってリリネットを、ひいてはスタークを殺したと思っていたネロ。
しかし現実彼等は今だ息をし、瞳には生の輝きを宿し、確固としてこの場に立っていた。
その光景、ネロにとってはあまりにも面白くない光景。
奪ったはずの命が生きている、それもまるで何事も無かったかのように彼の眼下で言い合いすらする始末。
しかし命が繋がれた事も、自らの攻撃が命奪うに至らなかった事も、ネロにはどうと言うことではなかった。

ただ一つ、許せない事は一つだけ。
彼等は今、自分の存在を無視しているという事。

”神”である自身、その圧倒的なまでの存在感を前に彼等はそれを無視していると。
神を前にした愚衆の行動はただ一つ、跪き、頭を垂れ地に擦り付け、その額を泥で汚しながらも感謝と賛辞を述べる事以外ありえないと。
それをしない彼等、それどころか此方を見ようともしない彼等、それはネロが怒りを表すのには充分だった。
怒りと愉悦、起伏する感情線、底見えぬ谷と雲を貫く山が交互に訪れるかのようなネロの感情、愉悦の谷を見た彼が次に昇るのは当然怒りの山。
故の虚弾、最も硬度を上げた強烈な一撃を見舞う彼に不意打ちなどという思考は無い。
あるのは鉄槌、神の粛清という名の鉄槌という感情のみ。

対するスタークはネロの怒りの大音声に対し、何処か静かで重い声。
声の重さ、言葉の重さは決意の重さ、先程よりも明らかに増した重みは何故か。
理由は定かではなくしかし、スタークの中で何かが、何かが決定したということだろう。


しかし、その決意も何もかもを水泡に帰してしまう事柄があった。


「えっ・・・・・? スター、ク・・・・・・その腕・・・・・・」


下卑なネロの笑い声が響く中、小さくか細いその声は何故かよく聞こえた。
リリネットの呟き、先程まで子供の癇癪のように意地を張っていた彼女、しかしその眼に映った彼の腕、ネロの攻撃を受け止めるために振り上げられた右腕、先程までリリネットから死角となるようにして隠されていた右腕は肘から先の袖は無く、残った袖の端は焼け焦げ、そして斬魄刀を握る彼の腕もまた、同じように焼け焦げ爛れていたのだ。

ネロが笑うその傷、まるで襤褸だと笑うその傷はいつ出来たかなど明らかな傷。
駆け抜け、形振り構わず、自らすら厭わずに割って入った。
当然それが限界。
割って入る事、間にはいる事、破滅の緋から大切な者を護る事こそが目的でありそれ以外は無かった。
結局のところ迫り来る光を斬魄刀で受け止めることになり、当然のようにその光はスタークの刃だけでなく彼の腕も飲み込んだのだ。

そして負った傷。
リリネットの行動を叱りながらも心配させまいと隠していた腕、注意してはいたが飛来した弾丸を止めるにはそれしかなく結果腕はリリネットの眼に触れてしまった。
不安と悲しみと、そして後悔に染まるリリネットの顔、それを見てスタークは小さく舌打ちをし、バツの悪そうな顔で頭を掻いた。


「・・・・・・気にすんな。 只、俺が間の抜けた受け止め方をした、それだけの話だ。」


自分が悪いと、そして言外にお前のせいではないと、そう言い聞かせるようなスタークの声。
彼に出来る精一杯、ただ彼は護りたかっただけで彼女さえ生きていたなら自分の腕の一本ぐらいどうと言うものでもないのだ。
が、現実はそうはいかず、その焼け爛れた腕を見たリリネットは瞳に涙を浮かべ、俯きながら手を伸ばしスタークの死覇装の裾をギュッと握る。
近すぎず、しかし遠くない距離、ふれ合い、”他人を感じられる距離”に納まる二人。


「・・・ごめん、スターク・・・・・・ アタシ、スタークが心配で、スタークの力になりたくて・・・・・・スタークの事、護りたくて・・・・・・」


ぽつぽつと零れる言葉に強がりは感じられず、リリネットの本心が垣間見れた。
ただただ心配だった、それが彼女の全て。
それをただ伝える、素直に、そして真摯に。


「スタークはいつもそうだ。 危ない事も、辛い事も、悲しい事も、みんな独り占めしちゃうんだ・・・・・・それがスタークの優しさだってアタシにも判るよ?でも・・・でもそんなのアタシは嫌だ。せっかく二人になったんだ、だったら辛い事も、悲しい事も、楽しい事も、嬉しい事も、みんな二人で分け合わなくっちゃダメだ・・・・・・」


隣に立っていながら、彼女は背中ばかりを見ていた。
同じ存在、しかし違う存在であり強く、そして自分は弱いと。
強さによって護る、傷つけない為に、敵から、災厄から、襲い来る全ての害なすモノから。
それは判る、だが、しかし、それでも、与えられるのは幸福だけで、それ以外の全てを一人背負おうとするその背中は彼女には悲しすぎた。
二人になった意味はなんだっただろうか、片方が片方を護るためか、片方が背負い片方が享受する為か。


いいや違う。


リリネットはずっとそう感じていた。
理屈もなにもなく、それだけは違うと。
ずっと伝えられなかった言葉、背中に声をかけたとて届かぬ言葉、それを今、彼女は正面からスタークにぶつけていた。


「だからアタシも・・・・・・ スタークを護りたかったんだ。何が出来るかわかんないけど、それでも護ってやりたかったんだ・・・・・・ でも、ダメだな・・・・・・結局アタシが来たからスタークに怪我させちまった・・・・・・ハハ・・・ やっぱりアタシは・・・ 足手纏いだ・・・・・・」


自嘲気味の笑いが零れる。
護りたいと思って此処まで来た、何が出来るか判らないまま、それでも何かしなければと。
そしてその結果は大切なものに血を流させる。
なんという皮肉、なんという不様な結末かとリリネットは自分を笑った。
想いだけ、それだけでは何も出来ないと、力なき想いでは何も、何一つ出来ることはないのだと。
悲しさと不甲斐なさとで彼女の頬を涙がつたう。



そんな彼女の頭に大きな手は優しく置かれた。




























のは始めだけで、その大きな手はそのまま彼女の頭を鷲掴みにすると、ぐるぐるとその場で円を描くようにして回しだす。


「えっ? ちょっ! なっ! 何すんのさ~~! や~め~ろ~よ~~!!」


結構な勢いをつけて回される彼女の頭。
視界もまたぐるぐると回り、間延びするような声はリリネットの頭の中までがぐるぐると回っている事を伺わせる。
その勢いがついたまま離される大きな手、リリネットは暫くの間その勢いのままフラフラとよろめいていた。

「ハァ、ハァ・・・ うぇ、気持ちワル・・・・・・って!てんめぇスターク! 何すんのさ!」


よろめきながらも自分を取り戻したリリネット。
即、この回る世界の犯人であるスタークに食って掛る。
せっかく自分が伝えたかった事がいえたというのに、台無しだとばかりに。


「それだ・・・ それでいいんだよお前は。 湿気た面してんじゃねぇよ、ったく・・・・・・いいか? お前は今のままでいいんだよ。 ガキがごちゃごちゃ要らねぇこと考えんな、お前の言いたい事はちゃんと・・・判ったからよ。」



飛び掛らんばかりのリリネットに返ってきたのは、そんな言葉だった。
目の前で消沈し、涙を流す片割れの姿、スタークにそれはどうしようもない後悔を感じさせた。
結局自分がしてきた事は自己満足、大切にする、危険にはあわせない、自分を殺してでもコイツにだけは悲しみを、苦しみを味合わせはしないと。
そうしてきた自分の行動、しかし実際はそれ自体がなによりも深くこの小さな片割れを傷つけてしまっていたと。
リリネットはきっとずっと前からそう感じていたのだろう。
それを自分は見てやろうとしなかった、感じ取ってやろうとしなかったと。

(何が”護る”だ・・・・・・ ガキを泣かして・・・傷つけて、遠ざけて、勝手に一人で背負い込んで、それで護ってる心算になってただけじゃねぇか。それをこうして真正面から向けられるまで気が付けねぇとは・・・な。ザマぁ無いぜ、まったく・・・・・・)


何処までも身勝手な思考だったのか、護るという一念、それに間違いは無かったのかもしれないがしかし、結果は護りたい者を悲しませた。
内心スタークは自分の馬鹿さ加減に呆れを感じる。
独りよがりの思考、あれほど独りを拒んでいたのにいつしか独りで全てを背負おうとしていた自分。
それに気が付いたのは自分ではなくもう一人の自分で、そしてその涙を見るまで自分は気付かなかったと。

世界にたった一人だけ、何よりも大切なものを泣かせたのは自分だったのだと。


自然とスタークは無事な左手をリリネットの頭に乗せていた。
触ればその小ささがよりよく判るもう一人の自分。
その小さな身体一杯に詰め込んだ想いをスタークは感じ取っていた。
さびしさ、悲しさ、不甲斐なさに遣る瀬無さ、自分は弱いからと口に出さなかった彼女の想い、感じ取ったその想いは彼の何よりも深い部分に染み渡る。
そしてそれを感じ取ったスタークはいつの間にかリリネットの頭を掴んでぐるぐると円を描いていた。
その行動にさして意味は無い、しいて言えばこうすればきっと沈んだ様子の彼女が元に戻る気がしただけ。

活発で気の強い跳ねっ返り。
そんな彼女が彼の唯一の救い。
孤独から掬い上げてくれた救いであり、背負った全ての重みも彼女の笑顔が忘れさせてくれた。
独りではない、そう感じられるだけで彼にはそれ以上の幸福などない。

自分が流させてしまった涙なら、せめてそれを止めるのも自分であろうとスタークは行動していた。
方法は微妙、しかしそれは些細な事だと、やはり彼女には涙より元気な姿の方が似合うのだからと。


最初何をスタークが言い出したのかわからない様子だったリリネット。
しかしよくよく反芻し、それが自分の言葉は届いたのだと知ると照れくさそうに、しかし嬉しさを滲ませてニカッといい笑顔をスタークに返した。
彼等の間にあった小さく、しかし深い溝は少しだが縮まり、そして埋まる。
そしてそれは彼等がまた一つ、他人という存在を知った証でもあった。









「茶番は終わったか? 塵。 なら・・・そろそろ殺してもいいよなぁ?」


振ってきたその言葉には、呆れと汚物でも見るかのような侮蔑の感情がしっかりと刻まれていた。
上空から見下ろしていたネロ。
その怒りの眼差しに映ったのは茶番劇。
涙、謝罪、寛容、そのネロにとっての茶番劇が見せたのは彼にとって等しく”弱さ”。
そもそも支えあう、共に生きるなどという言葉をネロは好かない。
彼にとってはその言葉は弱者の証明、一人で生きる力がない弱者が都合よく群れなす為の言い訳に過ぎないからだ。

燃え上がるようだった彼の怒りは次第その色合いを変え、怒りの炎は赤から黒へ、どす黒いものへと趣を変えた。
群れなければ生きられない、弱者はしかし束になろうと弱者でしかなくそれが自分に盾突いたのだとネロは理解した。
故にその怒りは憎しみすら纏う。
弱者の刃がこの身に届いたという彼の人生において最たる汚点。
絶対的強者である自分を弱者が傷つけたという罪、”神”に対し、愚民が石投げるが如き暴挙、許せるはずもない、と。


「・・・意外だな。 アンタなら直ぐに斬り掛かって来るもんだと思ってたんだが・・・・・・。」

「慈悲だ。 テメェら塵程度いつでも消せる。なら最後に弱者同士、傷を舐め合う茶番でも・・・と思ったが・・・・・・ 思った以上に虫唾が走る光景だった・・・・・・どうしてくれる、オレ様は今、不快だぞ。それも今までに無いほど物凄くだ・・・・・・えぇ? どうしてくれるんだ? 新入りぃぃぃぃいいい!!!」


リリネットを庇うようにして上空のネロと正対するスターク。
彼の言葉どおりネロという破面の今までの所業を鑑みれば、話の途中に何かしら仕掛けてもよかっただろう。
だがネロはそうはせず、待っていた。
彼等二人の話が終わるのを。

ネロはそれを慈悲だという。
弱者の傷の舐め合い、彼にとっては三文芝居以下の茶番劇ではあろうが、それでも見せてみろという慈悲だった。
しかし、その茶番劇はネロに憎しみすら抱かせるほど虫唾の走る光景だった。
先も話したとおりネロにとってその光景は”弱さ”の証明、支えあうという都合のいい言い訳を並べ立てる愚かしい光景に他ならなかったからだ。
そして憎しみは不快感となってネロを支配する。
吼えるネロ、身に巣食う不快感をどうしてくれると、どうやってこの罪を贖うのかいってみろと、ネロは吼えていた。
だがそのネロの咆哮に、スタークは静かに、しかし明確に答えた。



「だったら消してやるよ・・・・・ アンタの存在ごと・・・な。」

「なんだとぉ・・・・・・?」


強い言葉、何にも増して強い言葉。
存在を消す、お前という存在が消えればその不快感も消えるだろうとスタークは言い放ったのだ。
”仲間”は殺せない、それが全であれ悪であれ、仲間と定めた枠のうちにいるならば自分には殺せないと、そう考えていたスタークから放たれたそれは言葉の強さ以上に意味を持つ。



「アンタはコイツを殺そうとした・・・・・・俺の何より大事なもんを。 判るか? いや、アンタには判らねぇだろうな、俺の怒りは。 いいか? 大事なもんを傷つけられて黙っていられるヤツなんていないんだよ。アンタは俺の”仲間だった”・・・ だがな、コイツに手を出した瞬間から、アンタは俺の・・・・・・” 敵 ”だ。 」



それは決意と決別。
許せないのは此方も同じだと。
大事なものが傷つけられようとする、そんなものは誰だって許せず許容できるものではない。
そしてその大事なものを傷つけようとした者もまた、許してやれるはずも無いのだ。
憎しみ、コヨーテ・スタークという破面がはじめてて抱いた感情、それも”仲間”であるはずの破面に対して抱いた感情。
だがそれは正等で、間違いは無い感情でもある。

リリネットがスタークを護りたいと思うのと同じぐらい、スタークもまたリリネットを護ろうとしているのだから。


「”敵”・・・だと? テメェがオレ様の敵?ふざけた事言ってんじゃねぇよ! テメェは塵だ!塵芥だ! 敵ってのは対等な力があって始めて存在する、テメェと俺の何処が対等だっていう心算だ!あぁん!? 」

「デカイ声出すなよ、うるせぇな・・・・・・威嚇の心算か? だったら止めとけ、そいつは無駄だ。”アンタ程度”にビビる訳ねぇだろ?この・・・俺が・・・・・・」


「な・・・に・・・・・・?」



群青の霊圧は夜空の如く天蓋を覆った。
大気が震え、空は啼き、地は揺れるかの如く。
荒れ狂うわけでもなく、ただ水面を広げるかのように覆い尽くす霊圧。
スタークから広がるそれはまさしく強者の証、ネロの霊圧に拮抗するかのごときその霊圧は強大で、そしてその霊圧はネロの理論を用いれば”敵”として立つには充分なものだった。


「解放しろよ、第2十刃。」

「なんだと? テメェ・・・・・・ このオレ様に命令とはどういう心算だ!」


見上げながらもどこか降るようなその言葉はスターク。
霊圧の拮抗をして敵と認めさせた相手に対し、更に奥の手である解放を要求する様は泰然とし、灰色がかった蒼い瞳はネロを射抜き続ける。
新入りであるスタークが第2十刃であるネロにとる態度としては、あまりにも憮然としたものだったがそれに違和感を感じなかったのは生来の彼の気質なのか。


「命令なんかしちゃいねぇよ。 ただそうした方が”アンタの為”だ、ってだけの事だ。なにせ・・・・・・ いきなり死なれちゃコッチも困るから・・・な。」


それは傲慢が過ぎるような言葉だったと言える。
スタークが言い放ったのは難しい事ではない。
解放しなければお前は死ぬと、ネロに向かってそう言い放っただけ。
まるでネロの身を案じるかのようなそれは、言うなれば自分の方が圧倒的であるという意味とも取れる。
そしてその前ではお前など、簡単に消す事ができると。
しかしそれでは困る。
そう、死なれては困るのだ簡単には。


そんなスタークの言葉は彼の思惑通り引き金となった。
ブチブチと音を立てるようにネロの額、コメカミには無数の青筋が隆起していく。
ネロ・マリグノ・クリーメン、破面の”神”を自称し、それに違わぬ力と暴虐の限りを尽くす男。
誰しもが彼を畏怖し、彼の視線から逃れ、彼の手の届かぬ場所を望む。
彼にとってそれは当然であり、神である自分は全て思い通りにしていいという思考の下彼は生きていた。

しかし、今眼下にいる破面は畏怖も恐怖もなにも自分に対して抱かず、お前を簡単に殺せるとまで言い放った。
最大の怒りはそのまま手に握る斬魄刀へ、大剣が如き巨大な斬魄刀は彼の怒りに震える手によって震え、音を立てる。

「塵ぃ・・・・・・ そこまで言うならみせてやる。神の力を、霊圧が同等だからっていい気になるな、圧倒的な神を前にして自分の愚かさを呪え!」


ネロから噴出す霊圧が更にその激しさを増す。
地上から放たれるスタークの霊圧を押し込めるように、上空から押しつぶすように放たれるそれをしかし、スタークは顔色一つ変えずに拮抗させる。
群青と緋色、境界をして二つに分かれた空、美しい朝焼けか夕焼けの海を思わせる空、だが禍々しく、近付けば死をもたらす化生の空。


「いくぜ、リリネット。 力・・・貸してくれるか?」


隣に立つリリネットの頭に再び手を載せ、ネロを睨みつけたままスタークはそうリリネットに問う。
戦場には近づけたくなかった、危ない目にも本当は今だってあわせたくない。
だが、決めた。

全て二人で分け合うと。
辛い事もあるだろう、悲しい事もあるだろう、だがそれでも片方が背負い込むのではなく、半分はもう片方が背負おう、そうすれば半分、二等分で少しは軽くなるだろう、と。


「当然! スタークに怪我させたんだ! 絶対ェ許さない!」



両者の準備が整う。
上空と地上、二つに分かれた群青と緋色の世界の中、互いがただ互いを殺す為に研ぎ澄ませる。
霊圧を、意識を、そして刃を。


計った訳ではなく、示し合わせたわけでもなく。
だがしかしそれは同時だった。
内向きに収束する霊圧、自己の根源へと向かい細胞の一つ一つが来るべき変容に供え、そして時を待っている。
溜め込まれた霊圧はやがて臨界に達し、内側から爆発を起し言霊を伴って外界へ。

刀という器に押し込めた力。
本能であり、本性であり、己を象徴するもの。
癒しなどなく、救いなどなく、ただただ殺戮だけを目的に研ぎ澄まし続けた魔性なる力。



そしてスタークとネロは同時に化物の力、その銘を、力持つ言霊で解き放った。



















「皆殺(みなごろ)せェェェエエエエ!! 『 暴君竜(ティラノサウロ)』!!!」



「蹴散らせ・・・・・・ 『群狼(ロス・ロボス)』。」















竜の顎(アギト)

狼の瞳

五月雨

荒れ狂い

失え










※あとがき

どうしてこうなった・・・・・・

本当は解放後の描写まで、とおもってたけど
中盤長くなりすぎた。

でもこれはこれでアリかなぁ、なんて思って投稿。

もはや捏造だなw











[18582] BLEACH El fuego no se apaga.52
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/06/05 23:38
BLEACH El fuego no se apaga.52











「皆殺(みなごろ)せェェェエエエエ!! 『 暴君竜(ティラノサウロ)』!!!」



「蹴散らせ・・・・・・ 『群狼(ロス・ロボス)』。」



互い叫ぶのは自らの名。
切り離し、別ち、封じた本性。
今それを再び結び、合わせ、解き放つための儀式。

膨大な霊圧は互いの境界線で火花を散らすように弾け、それでもお互いを主張するように相手を押し込めようと鬩ぎ合う。
破壊という単一の方向にしか向かないその力、しかし今必要なのはまさしくそれ。
どちらもが憎しみを持って相手と対し、それをもって打倒する為。
それだけの為に今、彼等は叫ぶのだ。


リリネットの頭に手を置いたスターク。
撫でるわけではなくただ置かれたその手、そしてその手を感じたリリネットはその瞳を閉じた。
苦痛も恐れもその表情には無い、ただあるのは安堵。
彼女にとってそれは呼吸にすら等しい感覚、何か特別な事をするわけではない、ただ還るという動作なのだ。

瞳を閉じたリリネットの姿は瞬時に”消えた”。
霧散したわけではなく、ただ頭に置かれた手のぬくもりに還る、リリネットが消えたのはそんな理由。
そう、リリネットは今その身体という器を脱し、スタークの中へと還ったのだ。


これが彼、いや、彼等の解放の儀式。
彼、コヨーテ・スタークと彼女、リリネット・ジンジャーバックは誰よりも特別な破面。
破面化時に他の大虚がその身体と斬魄刀へと分ける肉体と能力、しかし彼等は本来刀として分けるその能力を”二つの身体”に分けたのだ。

一人で二人、二人で一人の破面(アランカル)。
それが彼らという存在、そしてその彼等が再び一つに還る時、彼等はその真なる姿を顕現させるのだ。


「ふぅ・・・・・・ よっこいしょ・・・っと。」


自らが巻き起こした霊子の嵐、その中から聞こえたのはやや低い男性の声。
わざとらしく声を上げ、嵐の残滓を纏いながら立ち上がったのはコヨーテ・スターク。
左目には眼帯と照準機の合わさったような仮面を着け、黒い髪は相変わらず癖毛で波打っている。
纏っていた白い死覇装は白のコートと黒いズボンに、白いコートの背中からは分厚い黒のベルトが二本長く延び、両腕の肘辺りに一本ずつ繋がり垂れ下がっていた

服装的な変化、和装から洋装へと変った彼、そして今の彼を色で評するならばそれは”灰色”だった。
膝から脛、踝にかけてと、そして白いコートの襟元、肘から袖口に、そして腰から膝の裏辺りまでに至るコートの裾の全てを灰色の毛皮が覆っていたのだ。
それは煌びやかで皇(すべら)かな美しい毛皮ではなく、ただ無骨で野性味に溢れた毛皮、群れを成しながらもただ孤高な狼のそれに見えた。
灰色の男スターク。
その彼の変化として最も最たるものはその両手に握った二丁の拳銃だろう。
弾倉は見られず、黒で塗り固められたような大きな銃身とその中程から伸びた独特な引き金、そして銃把には銀の狼の意匠が刻まれていた。


両手に握った二丁拳銃、その片方で軽く肩を叩きながら上を見上げるスターク。
彼から発せられる霊圧は先程の非ではなく、しかし上空から押しつぶす霊圧はそれに拮抗していた。
そしてスタークの眼に映るのはその霊圧の主であろう者の姿、しかしそこにあるのは人の姿ではなくただ巨大な一枚岩。
空中に浮かぶ巨大な岩の姿だった。


空中の巨岩、ただただ巨大なそれが空に浮かんでいるという怪、ありえざる光景がそこに広がる。
やや楕円形で表面は整っているわけではなく凹凸のある岩肌、その姿は只の岩であると同時に何処か卵の様な印象すら与える。
浮かぶ岩という奇怪な物体、しかしそれはその巨岩が本物の岩だったなら、の話であり実際は違う。
その巨岩、固く、大きく、雄々しいその岩は紛れも無く霊圧を放つものであり、その霊圧は緋色、そしてその色の霊圧の持ち主などしれている。
ネロ・マリグノ・クリーメン、全てを思うとおりと信じる暴慢の神、贅肉を纏うかのような巨体の彼は今、その姿を常以上の巨大な岩へと変えていたのだ。

宙に浮かぶ巨岩、スタークはそれを注意深く睨む。
解放という戦闘能力の格段の増加、それを前に気を抜く事は自殺行為に等しく、解放とはえてして特異な能力の発現と同義である。
故の注視、ただ霊圧が噴出すのではなく突如として現われた緋色の霊子を振りまく巨岩は、それを更に厳にさせるには充分すぎた。


(さて・・・・・・ 鬼が出るか蛇が出るか・・・・・・まぁ、どっちが出ようとやる事は変らない・・・か。)


内心そう呟くスターク、どんな姿となって現われるかは未知数、しかしそれでもやる事など変わらないと。
既に”敵”と定めた相手、姿形がなんであれ彼が取るべき道は既に一つ、そしてその一つは何にも増した怒りの行く先なのだ。

そして遂に、スタークの視線の先で巨岩に変化が起こる。
巨岩の頂上部、岩の卵の先端から小さな欠片が弾けるように砕けた。
その小さな欠片、小さな罅は呼び水となり罅は加速度的に巨岩全体へと広がっていく。
罅割れ、そしてそれにより所々が崩れ始める巨岩、そうして巨岩を日々が覆いつくしたその時、巨岩は内側から爆発するかのように四方八方へと爆裂したのだ。






「ゲハ! ゲハハハハハ!! ”神”の降臨に歓喜しろ塵共!!見やがれこの漲る力を! 神々しい姿を! 誰にも屈しないまさしく神以外の何者でもないこの姿を!!そして呪え! このオレ様に解放させた愚か過ぎるテメェをなぁ・・・・・・新入りぃぃぃぃぃいい!!!」


放たれる言葉はまるで衝撃波のように大気を震わせ、歪ませるかの如く。
巨岩の卵を割り、その中から現われたのはやはりネロ、ネロ・マリグノ・クリーメン。
そしてその姿は解放前にも増して大きく見え、そして何処までも攻撃的だった。

何より見る者の目を引くのはその左腕、巨体であるネロをして更に巨大だと言わざるを得ないその左腕は彼の身長を易々と超え、倍に届くほどの長さにまでその姿を変えていた。
そしてその巨大さに負けじと存在を主張するのは左腕の先、本来、手があるべき場所に彼の手は無く、代わりにあるのは顎(あぎと)。
閉じられて尚その牙は鋭く光り、眼光は鋭く、荒々しいその威容は何にも増して捕食者という言葉が似合うような竜の頭に変っていたのだ。
左腕の約三分の一をしめる巨大な竜頭、そこから伸びる上腕もまた太く大きく、何よりまるで切り立った山のように乱立するまるで鉱石のような岩が覆い。
左肩もまた隆起した無骨な岩、触れずとも見ただけで硬いと判るような岩の剣が如き太く無骨に尖った棘に覆われ、上へと長く伸びる。

巨大な左腕、多大な衝撃を見るものに与えるそれ、しかしネロの変化はこれだけにとどまらない。
左腕を覆っていた黒く尖った岩の如き鎧、それは彼の身体全身に及び、左腕ほどではないにしろその棘は隆起し彼を包み込む。
背を丸めたようなその姿勢、背中にも多くの岩の棘は生い茂り、正面から見るとまるで胸から首が生えた様、人というより獣に近い外見へ。
右腕は人型ではあるものの棘で覆われ固く鋭い爪を持ち、顔には竜の牙を模した額宛が顔の輪郭に沿って顎までを覆いつくす。
足は既に人型ではなく竜脚そのもの、無骨な棘に覆われた脚は人とは逆に膝が曲がり三本の鋭く大きい爪がつま先で光る。
身体全体が前傾姿勢、その巨体の崩れた重心を一手に保つのが長く、そして太く伸びたまるで岩でできたような尾。

そのほぼ全てを黒く硬い岩で覆われたネロ。
見えるのは顔の僅かな部分と、そして緋色に染まった風に靡かぬ硬い髪だけであり、まさしく今の彼は黒い岩山のようだった。



神々しさよりも寧ろ禍々しさが際立つその姿、『暴君竜』の名に相応しき黒き竜は今、この場に岩の殻を破り生まれ落ちたのだ。


「どうした! 神を前にして竦んだか! 今更遅ぇんだよ塵がぁ!!このオレ様の姿を拝めた事を誇って死に曝せぇぇぇええ!!!」


暴竜となったネロ、まさしく人より竜に近い身体となった彼が動く。
踏みしめられた脚、三本の爪がまるで空に食い込んだかのようにしっかりとそれを踏みしめ、そして彼の身体は隕石となって一息にスターク目掛けて落ちた。
空を蹴ると同時に振り上げられた顎(あぎと)の左腕を叩き付けるネロ。
それだけの作業、叩き付けるというそれだけの作業で頑強な虚夜宮の天蓋は容易く砕け、そしてその地点を中心として放射状に深く長い罅とそれに伴う隆起した瓦礫を産み出す。
天蓋の巨大な罅、それはそのまま左腕の威力を物語るがしかしその一撃はスタークを捉えてはいなかった。

ネロが振り下ろした左腕をさもなく避けたスターク。
そして避けざま彼は左手に持った銃の銃口をネロへと向け、それを引き絞った。


放たれたのは群青の砲火だった。
大虚、そして破面、その全てに共通し誰しもが撃つ事ができるそれは基本的能力。
誰もが扱えるが故にその技はどこか軽んじられ、個々が持つ固有能力こそが有用であると決め付けられる。
しかし、基本的で単純な攻撃であるからこそ意味はある。
只の破面ならばそれは取るに足らぬ一撃、しかし、超絶たる霊圧を持った者が放つそれは違うのだ。
霊圧を撃つというただ単純な攻撃は単純であるが故に、それだけに弱点がない。
放たれた放火の名は『虚閃(セロ)』、やや距離をもって放たれたその群青の波濤は狙い違わず、ネロを飲み込んだ。

だがネロを飲み込んだにも拘らずスタークの砲火は止まない。
二回、三回と引き金を引くごとに虚閃は銃口から放たれ、その全てが寸分の狂いもなくネロがいる地点を飲み込んでいく。
更に数度の砲火の後スタークはその銃口を下げ、腰に下げた灰色の毛皮で覆われた銃嚢へと左の銃を戻す。

《よっしゃ! ザマみろ! アタシとスタークにかかればあんなヤツイチコロだぜ!》


響いた声はスタークが手に持つ黒い銃から。
幼さを残したその声は彼の片割れ、リリネット・ジンジャーバックのものでありどうやら彼等が一つになったとき、リリネットはその銃へと姿を変えた様だった。

「ちょっと黙ってろリリネット・・・・・・」

《えぇ! なんでだよスターク。 もう終わっただろ!》

「・・・・・・こんな簡単に終わるなら、最初にやり合ってた時にケリはついてるさ。たとえ俺の剣に迷いがあったとしても・・・な。」


自分とスターク、一つになった自分達の能力、その強さをリリネットは理解していた。
そしてそれ故に勝利したと彼女は言ったのだ、強力な虚閃を一度ではなく何度も浴びせかけそれでも生きていられる訳がないと。
自分達の力を理解しているが故にその勝利は確定し、故に終わったと。
しかしスタークは毛先程もその緊張を緩めてはいなかった。
確かにリリネットは自分達の力を理解しているだろう、それはスタークも同じことでありしかし、スタークにはもうひとつ知っている事がある。
それはネロという破面の力、解放前、躊躇う刃の行く先すら定まらなかったスターク。
確かに躊躇い、迷いのある刃では敵を斬ることなどできない、しかしたとえ迷っていたとしても実力が懸離れていれば刃は敵にとどき、その実力差故にその勝負は決してしまうだろう。

だがそれは起こらなかった。
ネロはスタークと対峙し、運ではなく確実な実力で生き残りそして攻め立てていたのだ。
それはネロという破面が純粋に力持つ者であるという証明、その力の向く先がすてべを殺す暴虐であったとしても今は関係なく、その力を持つ者であるが故にスタークには確信があった。
この程度でネロが死ぬ筈がないと。



「ゲハハハッハハ! 終いか? 足りねぇなぁ~、この程度じゃ”今の”オレ様の鋼皮は抜けねぇんだよ!!」



スタークの予想通りネロは生きていた。
爆風と霊子の奔流から現れたネロの姿は健在そのもの、巨大な左腕を盾にするようにしてスタークの群青の弾丸を防いだのだろうか、しかしその左腕に傷などは見当たらなく、それどころか何故か彼の腕に乱立する岩の棘はその鋭さを”増している”かのようだった。

(やっぱり・・・か。 見た目通り硬いな、それにどうやら厄介な仕掛けもありそうだ・・・・・・)


ネロの健在ぶりにスタークは冷静だった。
相手が生きていた、その程度で揺らぐような精神を今の彼は持たない。
あるのは一つ、敵を倒すという目的の下にある冷めた理性、燃え上がりながら加速するフェルナンドとは違う、どちらかといえばハリベルの様な戦いへの考え方が伺えた。

「塵がぁ! いくらテメェが解放しようと、カス程度の虚閃じゃぁオレ様に届くはずが無ぇんだよ!!判ったならオレ様にさっさと殺させろ! 何度も何度も何度もなぁぁぁああ!!」


天蓋をその長い尾でしたたかに叩き、その反動でスタークへと向かい跳び上がるネロ。
叩きつけられた天蓋はまた大きくひび割れ、大小の瓦礫となってあたりに飛散する。
巨体が生む存在的圧力、壁というより寧ろ山が迫ってくるような感覚はそれだけで重圧となり相手の足を竦ませるだろう。
しかしスタークにその気配は無い。
再び自身へと突撃してくるネロに対し、今度は右手に握った銃を向けその引き金を引き絞る。
放たれるのは再びの群青の放火、しかし今度は先程の比ではなく程太く、速く、そして力に満ちた虚閃が放たれる。
同じ銃というものから放たれたそれは先程のものを弾丸とするならば、まさしく砲弾であり一発で先程の数発を凌駕する程の威力が見て取れた。
再び砲火に沈むネロ、群青の光に飲まれその姿は見えなくなる。
しかしそれでもスタークの砲火がその銃口からおさまる事はなく、太く強力な虚閃の放出は続いた。
そんな群青の放火、光の帯から最初に見えたのは鋭いものの先端、まず上下から四本、そこから順々に現われたのは牙だった。
黒く光る鋭い牙、虚閃の奔流から現われたのはまさにそれであり、その牙の正体は顎を開いた竜のそれ。
開かれた顎、スタークの強力な虚閃の中をものともせずその竜の頭は進み、今その姿を現しそしてそのままスタークを丸呑みにせんと迫っていたのだ。


「っと!」


竜の顎はその頑強で力強い輪郭に違わず、猛烈な勢いを伴って閉じる。
それは咬むというより寧ろ削り取るかのような印象、そこにあった空間というものをすべて削り取り口の中に収めたかのような、そんな規格外の一撃。
それをからくも避わしたスターク、虚閃の放出を瞬時に中断して回避を選択した彼、ほんの一瞬でもその判断が遅れれば彼の身体は今頃あの顎の中にあったかもしれない。

「避けるのだけは上手いらしいなぁ、新入りぃ。だが頭の方は随分と弱いらしい・・・・・・オレ様にテメェの虚閃は効かねぇと、今言ったばかりだろうがよ!」


吼えるのネロの声には何処か優越感が滲んでいた。
それもそうだろう、放たれる虚閃は確かに強力なものに分類されはするが、彼自身を傷つけるには至らないのだ。
怒りもあろうがそれをして尚その愉悦は大きく、そしてその愉悦は彼にまた自身が神という盲質を強める要因となっていく。

「なるほど・・・な・・・・・・ 」

「あぁん? 何がなるほど、だ。 今更理解したのか塵が!これだから塵は困るぜ・・・・・・ まぁ、神である俺と同じ次元で話が出来るはずも無いがな!ゲハハハハ!!」


何かに納得したのか、スタークは小さく呟く。
スタークの様子をネロはそれをただ見下し笑い飛ばすが、それはまた別の方向、スタークが納得したこととは別である。
そんなネロの様子に構うことなくスタークは納得の理由を明かし始めた。


「アンタのその鋼皮、そいつはどうやら”攻撃される度に鋭く尖っていく”らしいな。敵の攻撃を通さず、攻撃される度にアンタの身体はより鋭利な武器に覆われていく、って訳だ・・・・・・」

「なんだぁ? テメェもうそれが判ったのか。ゲハハハ! テメェの言う通りオレ様の『黒曜鋼皮(イエロ・オブシディアン)』は最強の守りであると同時にオレ様の武器だ!敵の攻撃を受ければ受けただけ黒曜鋼皮は割れ、その鋭さを増し、そして霊圧で研がれていく!テメェの攻撃は全部オレ様を更に強くする意味しか無ぇんだよ!!」


スタークが見抜いたのは先程、虚閃連射後のネロの変化。
外見上そう変ったわけではないがただ一つ、彼の身体を覆う無骨な岩の棘が何故かその鋭さを増していた、ということの理由だった。
何故ネロの黒い鋼皮がその鋭さを増したのか、それは微々たる変化ではあったが捨て置けるほど軽い変化でもなく、ではそれが起こったのは何が切欠で変化が起こる前後には一体何が起こっただろうか、スタークが考えたのはそんな事。
単純にネロの意思による変化なのか、とも考えたがそれはあまりに考えづらい事柄、その意思で変化できるというなら何も段階を置いてする意味が無い。
霊圧の上昇なども見られない事から、肉体的変容という線も消え、では一体何が残るかと考えたスタークが思い至ったのは、変化の前と後の間にあった事柄。
自身の虚閃という答えだった。

しかしそれはあくまで仮説の域を出ず、おそらくそうだろうという決め付けの思考のまま戦う事は敗北を招きかねない下策。
故にスタークは確かめることにしたのだ、もう一度ネロに、今度はより強力な虚閃を撃つ事によって。
結果は重畳、予想通り自らの虚閃をものともせずに現われたネロの姿はより鋭利な印象へと変り、なによりその黒い岩のような鎧がパキッと音を立て、より鋭利な断面をつくっていく様を彼はその眼で捉えたのだ。


『黒曜鋼皮』、スタークの指摘にアッサリとその正体を明かしたネロ。
彼の全身を覆う岩山の如きそれは彼の鋼皮であり、切り立った岩山を連想させるその鋼皮は硬く、そして割れやすいという矛盾した性質を持っていた。
敵の攻撃を防ぐには充分であり、しかし敵の攻撃によって割れていく鋼皮。
しかし割れれば割れるほどその鋭さは増し、敵の、そして自身の放つ霊圧によってその鋭い岩は砥石で研がれていくかのように更に鋭利さを増していく。
時が経てば経つほどその姿は鋭くなっていき、ただ腕を振るう、ただその尾を振るうだけでそこには何十もの刃が付いて来るのだ。
触れる事すら叶わなくなっていくであろうその身体は、まさしく自身を”神”と自称する彼の思想そのもの、と言えるかもしれない。


「判ったらいい加減さっさと死ね! 塵がぁ!!『竜吼虚閃(ドラゴ・グリタール・セロ』!!」

「チッ・・・・・・!」


スタークに己への攻撃の無意味さを語ったネロは、そのまま戦いを決しようとする。
巨大な左腕、その竜の顎が再び開き、スタークの方へと向けられる。
何かを感じ取ったのかスタークはその場から上へ、上空へと移動するがそんな事などお構い無しにネロの左腕は彼の後を追いかけ、そしてひらかれた巨大な顎の中にはこれまた巨大で禍々しい緋色の光を放つ砲弾が形成された。
形作られた緋色の砲弾、それは充分な溜めをもって一息にスタークに向けて放たれる。
巨大な砲弾から産まれるのは巨大な虚閃、ではなく普通よりもやや太い程度のもの、しかしその数は尋常ではなく、十や二十ではきかない数の虚閃がスターク目掛け、いや、スタークだけではなくまるで夜空全てを撃ち貫かんと闇夜を駆けた。

上空へと移動したスタークは自らに迫る緋色の壁が如き虚閃郡を確認すると、右手の銃を銃嚢へと納め先程納めた左の銃を抜き放つと、緋色の壁に向かって構え、そして引き金を引く。
放たれるのは先程と同じ群青の砲火、だがそれはあまりにも非力に見えた。
面を制圧するネロの緋色の砲火に対し、スタークのそれは点、それもまるで針が壁を穿とうとしているかのごとく何処までも非力。
しかし退く事などできない、そもそも退く場所が無い、空を消し去らんとさえしているかのようなネロの虚閃、何処に退く場所、逃げられる場所があるというのか。
進むしかない、穿つしかない、無闇に迎え撃つのではなくただ細く、研ぎ澄まし細く細く、壁を穿つしかないのだ。


だがその姿は非力なる抵抗だったのか。
スタークの姿はあえなく緋色の壁の中へと消えてしまう。
壁の中は荒れ狂う攻勢の霊子、ただ敵意だけを向ける暴虐の檻、その只中にスタークはその身を沈めるよりほかなかったのだ。








「ゲハハハ! 呆気無ぇ! オレ様の! 神の一吼でテメェら塵は存在すら残さず消え去るんだ!まさに神! 命を片手に握るこの感覚! 握り潰すこの感覚が堪らねぇんだよ!!ゲハハハハ!!!」


緋色の砲火はそれ程長くは続かずに治まった。
その後に響くのは笑い声、もう幾度と無く響いたそれはしかし、いつまで経っても耳障りな下卑なもの。
その声に、その言葉に見えるのは何処までも傲慢な色、命というと尊いものを何の躊躇いも無く殺し、その感覚に酔いしれる怖ろしき色。
掌に乗った命、生かすも殺すも掌の持ち主次第となったとき、ネロは躊躇い無くその手を握る、力の限り、そして笑みを浮かべたまま。
それはある意味彼の生き様、自分以外の命に娯楽以外の価値を見出さない彼の生き様そのもの。
掌から伝わる砕け、潰れ、そして滴る感覚こそ彼が何処までも求め続ける命が終わる感覚、命を奪ったという感覚。
それに酔い、震え、更に求めるという破綻した者、それこそがネロ・マリグノ・クリーメンなのだろう。




「悪いが・・・そう簡単に握り潰されちゃやれねぇな・・・・・・」


声がしたのは高笑いを上げるネロの左側から。
そしてその声の持ち主は言わずともかなスタークであった。
ネロが放った緋色の壁と見紛うばかりの虚閃、竜吼虚閃。
その虚閃郡の中をスタークはからくも生き延びたのだ。
壁、といっても実際は虚閃の群れであり少なからずではあるが隙間はある。
スタークは左手に構えた銃から発射される自身の虚閃で持って自分に都合の悪い虚閃、自身に直撃するであろう虚閃だけを撃ち落しその群れの中を進んでいたのだ。
ネロの放った技は確かに強力無比であり、とみに大量虐殺に関しては頭一つも二つも抜きん出た性能を誇っている。
しかしそれはあくまで大量の獲物を殺す事においてであり、一対一という現在の状況においては些か不似合いな技でもあったのだ。

それを生き延びたスタークは言うが早いか言葉と同時に右手を振り上げる。
すると彼の背中から右腕へと繋がった黒い革のベルトから霊子があふれ出し、瞬時に彼の手の中に霊子で構築された刀が出来上がる。
既に振り上げるという動作が終わっている右腕、そして後はただ振り下ろされる右腕。
振り下ろされた霊子の刀はそのままネロの黒岩の棘を目掛けて奔り、数本を根元から両断した。


「グオラァァ!!」


棘が斬り飛ばされた後、ネロはその巨大な左腕を払うようにして横薙ぎに振るうが、スタークはからくもそれを避ける。
見た目以上にネロの動きは速く、巨大であるということは愚鈍であるという考えは彼には通用しないようだった。

「テメェ新入り! 塵の分際でダラダラ生き延びてんじゃねぇよ!」

「・・・・・・」


ネロはそう叫びながら二、三度スタークに対し追撃を加えるが、反撃ではなく何故か避ける事に重きを置いたかのようなスタークの軌道には流石についていけない様子だった。
近付いたとてスタークはその右手に握った霊子の刀で攻撃を弾き、また距離をとるを繰り返す。
大きく速いとは言っても流石に大きすぎるネロ。
小回りという点では圧倒的にスタークに分があり、弾かれ、距離を置かれればそれ故に追いきれていないというのが現状なのだろう。


「ちょろちょろとぉぉぉぉ!! 逃げてんじゃねぇ!!」


ネロの叫びと共に今度は彼自身の口から虚閃が放たれる。
吼虚閃ではなく通常の虚閃、一条の光となって進むそれをスタークは右手の霊子の刀を消し、素早く右の銃嚢に納まった銃を抜くと引き金を引き応戦した。
ぶつかり合う虚閃と虚閃、緋色と群青の鬩ぎ合いはしかし一瞬で、緋色の砲火は群青に圧し負けネロはその身体をまたしても群青色の光に沈める。
しかしそれは彼にとってなんら問題のない事。
それどころか攻撃を浴びれば浴びるほど彼はより鋭く、研ぎ澄まされていくのだ。


「効かねぇ、効かねぇ、効かねぇんだよ! 塵がぁぁぁぁ!!」


叫びを上げながら尚スタークに追いすがるように迫るネロという名の岩の山。
しかしスタークの方といえば、ネロの激情を他所に冷静に戦況と状況を見定めていた。

(なるほど・・・・・・ 棘を斬っても後から後から生えてくる、いや、岩が生まれてくるって寸法かよ・・・・・・それなら幾ら割れようが問題は無い・・・か。ったく・・・面倒な事だ・・・・・・)


そう、スタークはただ逃げ回っている訳ではない。
ネロの虚閃を逃れて後、斬り落とした彼の岩の棘。
時を置き観察すると、斬り落とされたネロの棘はその根元から再び隆起し始め、またはじめの無骨な岩の棘へとその姿を戻していった。
それはつまり、ネロの鋼皮は再生、いや、新たに生まれ続けているという事。
割れて後、斬られて後、そのしたから馳走が隆起していくかのように次々と新たな岩の鋼皮は生まれ、ネロの身体を覆い続けているという事だった。
幾ら割れようが傷つけられようが問題ない、割れ続けて短く、そして無くなる事も無い。
まるで無限に再生しているかのような鋼皮、攻撃に特化し、しかし強力な護り、それをして黒曜鋼皮ということなのだろう。



「だがそれでも・・・・・・ 俺が・・・俺達が勝つ・・・・・・・!」











背中合わせ

常に二人

常に一人

翻り覗け










※あとがき


ギリギリもいいところの更新だ。

しかもずいぶんと尻切れ蜻蛉。
次への繋ぎの感じが強いけどもご容赦願います。

ただ作者のテンションだけは高い。
その理由は「UNMASKED」の小説を読めば判りますw



















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.53
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:19
BLEACH El fuego no se apaga.53











闇色の空は暗く、その暗さは全てを飲み込む暗黒の証。
その証をもってその場所は、化生達の住まう場所である事を物語る。
暗い黒だけをもって塗りつぶされた空、深い深い黒い空、だがしかし、その黒い空は今色に満ちていた。

まるで夜空に咲く花火のように群青の光と緋色の光が交錯し、衝突し、そして弾ける様はただ美しくもある。
しかしその光は見る者の目を奪うと共に命すら奪う禍々しき光。
互いに相手を死に至らしめんと放つ光すら、漆黒の空にはただ美しく栄えてしまうのか、化生住まう虚圏(ウェコムンド)の色彩を排した世界にはその光すら劇的な変化だったといえるだろう。

二色の光はただ一直線に奔り、時にその本数を増やしながら交錯する。
時折その光の交錯点では刃鳴りと火花が弾け、そして再び光が放たれ続けた。

第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ) ネロ・マリグノ・クリーメンと二人で一人の破面(アランカル)、コヨーテ・スタークとリリネット・ジンジャーバックは猛烈な砲撃戦と刃を削るかのような接近戦をめまぐるしい速さで展開していたのだ。


「随分粘るじゃねぇか新入りぃ! そんなに生きる事に必死か!見苦しく命に執着するってのか? 塵の命に執着する程の価値なんか無ェんだよ!だからさっさと・・・・・・ 死ねやぁぁぁ!!」


自らの口、そして左腕の巨大な竜の顎から虚閃を放ちスタークを撃ち落さんとするネロ。
彼からすれば小さすぎるその的は素早くその虚閃を避け、今だ直撃らしい直撃を与えるには至っていなかった。
その様、彼からすれば無意味な反撃しかして来ない無意味に逃げ回る様なスタークの姿は無様以外に他ならない。
散発的な反撃、攻撃を避けただ時を稼ぐかのようなその姿、それはネロから見れば”逃げの姿勢”、そしてその逃げは死にたくないという願望の現われであった。
死にたくないから逃げる、自らの命に、生に執着し永らえる事だけを考えるかのようなそれは滑稽と言うよりも寧ろ見苦しさすらネロには感じらた。
何故ならそれは無駄な事、彼にとってその命への終着は無駄な事だからだ。
”塵”、自分以外の全てをそう称するネロにとって、無価値である塵がその生命に執着する事もまた無価値極まりない事であるから。

虚閃を放ったネロがスタークへと肉薄する。
人とは比べ物にならないその下肢、つま先というよりも鋭い爪が宙をしっかと踏みしめ、巨大に膨張した大腿から伝わる規格外の力は余すところなど無く全てが推力へと、彼の身体を一塊の砲弾とするための推力へと変換させる。
踏み出したその瞬間から既に最速、初速など無くいきなり最高速度をたたき出しスタークへと突進する。
左肩を前に出すように突進するネロ。
だがそれは只の突進ではなく、岩の剣山が突き進むのと同義であり、スタークの虚閃を浴び続けたネロの黒曜鋼皮(イエロ・オブシディアン)は既に岩というより無数の剣が乱立していると言った方が正しいほど研ぎ澄まされつつあったのだ。



迫り来る剣の群れと化したネロを、スタークは迎え撃つ。
先程まで撃っていた左の銃を銃嚢へと素早く納め、背中から腕へと繋がる黒い皮製の弾倉から霊子を集め産まれる霊子の刀。
銃という武器は間合いが命、近付かれすぎれば有効な攻撃手段は限られ、与えられるダメージもおのずと下がる。
ただ突っ込んでくるだけの相手ならばそれをされようとも間合いを潰される前に撃ち落すのが上策だろう、だがこのネロという破面はその程度では止まるわけがない。
間合いを潰されてから対応したのでは遅い相手、故にスタークは銃をしまい刀を手にする。
だがこれは攻撃というよりも防御の意味合いが強く、剣という物理的なものを防ぐならば同じようなものの方がまだマシだというだけの事。
そもそも突進してくる剣の群れに態々付き合ってやる必要も無く、ギリギリまでネロを引き付けるとスタークは身体を翻すようにしてネロという名の岩の山を回避する。

巨体から発せられる圧力、撒き散らされる霊圧、そして猛烈な速さで迫るネロであるがただ真っ直ぐ自分に向かって迫ってくるだけの相手に遅れなどとりよう筈も無く。
身体を翻したスタークの横を通り過ぎるだけのネロ。
砲撃戦に業を煮やせば突進し、しかしそれは敵を捕らえる事かなわず再び吼えるように虚閃を放つ。
ネロが繰り返したのはそんな行動、あまりに短絡的、あまりに稚拙なその行動は先程来よりの一種定型となりつつあり、それに付き合わされるスタークからしても無意味さすら酔うものであった。



だが、戦いに定型などありえるのだろうか。
剣の型、戦術、戦略、連綿と積み上げられてきた定石という名の道。
しかし、そのどれもが時をかけ削ぎ落とし単純かつ強固という側面を持ちながら、時に敗れ去る。
それは戦いに定石、定型などないという証明であり、それはこの戦場においても同じ事。
繰り返すのは無意味な行為、しかしその無意味さに付き合ってしまうが故に気が付かない。
気が付かない故に生まれる僅かな緩み、弛緩。

”また同じ事の繰り返し”、という本人すら自覚の無い決め付けてしまう思考がそこには生まれていたのだ。




《スターク!!》


叫び声が聞こえたのは彼が右手に握る黒い銃から。
片割れであるリリネットの意思が宿ったその銃から発せられた声にスタークは反応し、その視界の端に僅か見えたものを捉えた。
それは黒く長く、そして何処までも攻撃的な無数の棘に覆われた尾。
彼の横を通り過ぎたはずのネロから生えた黒岩の尾であった。
先程まで、こうして突進を繰り返すネロの身体にただ追従するように通過して行ったその黒い尾は、今回だけはそうではなく、通過する勢いのままスタークを切裂き抉ろうという軌道を描いていた。

迫る黒い尾をスタークは霊子の刀を使い受け止める。
しかし、備えていたわけではない攻撃は不意ゆえに自然その威力を増し、長くそして岩の剣で覆われたネロの尾はまるで鎖鋸のようにスタークの刀を削っていく。
いつ果てるともない連刃、スタークは解放後はじめてその表情に苦悶を浮かべ、己が僅かな緩みを悔やんだ。

そう、戦いに無意味などあるはずが無いのだ。
特に実力を持ったものの戦いのそれは削り落とされるべき部分、無意味、無駄、無用なるものをそぎ落としてこそ戦い。
すべては相手の命を死に至らしめるための行動であり同時に結末への布石、ネロとてそれは例外ではなかった。
叫ぶ声も、罵りも、ただ力任せに見えた突進も、その実全ては一瞬への布石。
同じ事を繰り返す事で生まれる相手の油断、ほんの僅か、数瞬にも満たないそれを狙い済まし絶命至らしめる。

こと命を奪うという事に関してネロという破面は抜きん出ている。
その圧倒的な攻撃性能、その圧倒的な命への嗅覚、そして他を寄せ付けない命を奪う事への執着。
それをして第2十刃(ゼグンダ・エスターダ)、それをしてネロ・マリグノ・クリーメンなのだ。


火花と甲高い音を存分に響かせる鎖鋸と霊子の刀の衝突。
やがて鎖鋸は根元である岩山、ネロに追従しスタークの下から離れていった。
スタークがその手に握る刀、その刃は度重なる黒い刃の乱撃に耐え切れず刃毀れをおこし、今尚ボロボロと崩れている。

(ちょっとばかし危なかった・・・な。 助かったぜ、リリネット・・・・・・だが、ヤツの鋼皮・・・・・・ 一体どうなってやがる・・・・・・?)


それを見やりながらスタークは片割れの存在に感謝していた。
二人で一人というものの利点、それは二つの思考、意思が並行しているという点。
今で言えばスタークは度重なるネロの突進に僅かな緩みを見せていた。
それはおそらくリリネットとて同じであり、どちらかといえば彼女の方がその傾向は強かったとも言える。
しかし主観、便宜上の本体といえるスタークからは見えなかったネロの攻撃は、今やその姿を銃へと変えたリリネットからは見えていた。
迫り来る攻撃に対して対応が遅れている片割れに対し、警鐘を鳴らす。
一人ではどうしても生まれる小さな穴、思考の小さな穴をもう一人が埋める。
視界に捉え、思考し、予測し、そして伝える事で彼等二人の死角は極限まで少なくなっているのだ。

今回はそれがスタークを救った、片割れであるリリネットの叫びがあったからこそスタークは僅かな緩みの淵から瞬時に帰ってくる事ができたのだろう。
だがしかし、窮地を脱したといえどスタークには疑問が残った。
そらは彼の視線の先にある刃毀れをおこした刀、あれだけの乱撃を受けたのだからそれはある意味し方がないと言えるかもしれない。
しかし、その刃毀れは本来ならばありえない現象。
ぶつかり合う岩の剣と霊子の刀、拮抗し火花を散らしていたそれ。

だが思い出して欲しい、スタークの刀は始め、ネロの岩の剣を切り裂いていたのだ。
ネロの鋼皮が回復する、新しく生まれるということを確認するためスタークはその手に持った刀で確かに彼の鋼皮を切り裂いた。
それはネロの鋼皮の固さに対してスタークの刀、その威力が勝っていたという事。
もちろん武器の威力だけで切れ味が決まるわけではない、しかしスタークは先程と同じように、同じ刀を造り出しネロの刃を受け、それでもネロの岩の剣はきり飛ばされること無く逆にスタークの刃を削り取って行ったのだ。

不可解、顔に、表情に出さずとも僅かに滲むスタークが纏ったそんな気配。
そうした感情の変化は戦場では色濃く映る。
そしてその変化を見逃すほどネロの目は曇ってはいなかった。


「解せねぇか? 新入りぃ。そりゃぁそうだよなぁ、さっきまではテメェのその出来損ないの刀で斬れてたオレ様の鋼皮が、どういう訳か斬れなくなっちまったんだろう?判る、判るぜその気持ち。 判らない事は怖いよなぁ?不安だよなぁ? えぇ?」


ニヤニヤと笑いながらスタークを見下ろすようにして宙に立つネロ。
互い立つのは空の上、しかしネロは常にスタークより高い位置を保っている。
それは戦場の有利不利を嫌ってではなく、ただ自分より上に立たれるのが気に食わないという単純なもの、そうして見下ろす事こそが自分の在り様だというネロの考え故に。
そうして見下ろし、ニヤつきながらネロはスタークの疑問は当然だと言い放つ。
その疑問、判らない、解せないという気持ち、それを嘲いながらネロは”神”の慈悲として答えを与えた。

「塵にも判る様に教えてやろう。 ゲハハ!よぉく聞いとけよ? オレ様の鋼皮、黒曜鋼皮はなぁ・・・・・・新たに生まれれば生まれるほど硬度を増していくのさ!割れやすく脆い鋼皮は尖り、研ぎ澄まされながら洗練され、次第硬くなりそして遂には割れなくなる!その時テメェ等塵は絶望するのさ! オレ様は最強の矛と盾を手にし、テメェ等は道化!そのお手伝いだったって事を知ってなぁ!!」


恐るべきはネロ。
アッサリと自らの鋼皮の能力を明かしたかと思っていた矢先、彼はまだその性能を隠していた。
脆く割れやすい、しかし割れるほど鋭く、霊圧を浴びるほど研がれていくような彼の鋼皮、その岩の剣。
割れ、研がれ短くなりながらも後より生まれる新しい鋼皮に押上げられるようにして途絶える事無く、常にネロの身体を覆い続けるそれ。
しかし新たに生まれる岩の鋼皮は次第その硬度を増していき、相手の攻撃で割れる彼の鋼皮は遂には割れなくなる。

それは単純に防御力が上がった、というだけの話ではない。
鋼皮が割れることが無くなった、それは即ち無傷であるということ、そしてそれは相手の攻撃を”完全に遮断した”という事なのだ。
研がれながらも割れていく鋼皮、ならばそのすべてを割ってしまえばいいというのは愚かな考え。
ネロの鋼皮はそういった輩を跳ね返す最強の守り。
割るという目的、ダメージを見込めないにしてもそれは行えていた敵にとってそれは死刑宣告に等しい。

何故なら鋼皮を割る事すら出来ない攻撃は、ネロの身体に届くはずも無いからだ。

打つ手無し。
敵対者たるネロは鋭い無数の岩の剣をその鋼皮に宿し、此方の攻撃はその鋼皮によって最早完全に防がれる。
そしてその手伝いをしていたのは自分、自分が攻撃し、割り続けた事により鋼皮は硬度を増していったのだから。
戦いにおいて気概は重要な因子、気概、気勢、気合、それを叩き折るネロの鋼皮、その真実。

ネロという”神”を自称する彼の考える”神”という存在の体現。
その身に何人(なんぴと)の手がとどく事も無く、触れる事すらできない存在。
触れればその罪深さに身は切り裂かれ、そして愚かなる反抗はその全てが神の贄としかならない。
無敵、そんな言葉が頭をよぎるかのようなネロという存在、そしてその相手を嘲うかのような性能を秘めた鋼皮をしてネロは高らかに勝利を宣言するのだ。

「どうだ塵がぁ! テメェはもうオレ様にとどかない!虚閃しか撃てないその無力な銃も! その手に握った竹光も!今後一切オレ様の身体に傷一つつけられはしねぇ!絶望だ! テメェには絶望しかねぇ! ”付属品”の餓鬼を吸収して粋がってたがそれも終わりだ!!オレ様の! 神の前に平伏せ!ゲハハハハハ!!」


確かにネロの言う事は正しくはあった。
スタークとて今だその全てを見せた訳ではなく、虚閃の威力も上げる事は可能だった。
しかし、それは先の見えた戦いでもある。
いくら攻撃の威力を上げようともいつかはそれは弾かれ、その前にネロの霊圧が尽きる可能性にかけるのはあまりに薄い賭け。

どうするべきか、スタークはそれを悩む。
手が無いわけではない、それこそやりようによっては幾らでも打開策は出るだろう。
だが今、最も効率的で最も効果が期待できる手段は一つ、しかしそれは躊躇われる一手でもあった。
護ると決めた、しかしそれは独りよがりの考え。
それに気が付く事は出来た、しかし、この選択肢はそれをしてもスタークに躊躇いを覚えさせてしまうのだ。
一人逡巡するスターク、しかし彼のその一瞬の迷いを片割れは察知し、そして言い放った。























《スターク・・・・・・ ”アタシと替わってよ”。》













彼が握る銃からその声は零れた。
気負うわけでも、焦るわけでもなくただ淡々と。
二つの思考、片方はそれを躊躇いしかしもう片方はそれを請う。
どうするべきか、どうしなくてはならないかは二人とも判っている、手段として最も有効であると。
故に小さな片割れは言うのだ。
自分と替わってくれ、という決意の台詞を。

「・・・・・・・・・やれんのか? 」


充分な間を置いてスタークが零したのはたったの一言だけだった。
否定する事も、拒否する事もスタークには出来た、しかし、それをしてしまうのはつい先程の涙を無碍にする行い。
護りたいという自分と同じ思いを抱いた片割れの決意、それを無碍にする事は酷な事だ。
故に間は空き、充分な思考と選ばれた言葉を発するスターク。
その一言にそれ以上の多くの意味は込められ、リリネットへと向かっていく。

《大丈夫。 ”今の”アタシなら・・・・・・それにこれ以外にいい方法・・・ないでしょ?》


スタークの言葉に答えたリリネットの声は、どこか落ち着いた印象を与えるものだった。
活発で勝気な様子よりむしろ大人びた印象を与えるその雰囲気。
それは彼女もまた戦いに身を置くが故の変化なのか、その落ち着いた様子は頼もしさすら感じられた。

「・・・・・・わかった。 ただ、無理だけはすんなよ?いいな? 」

《うん。 わかってる・・・・・・ 》


二人だけにしか通じない会話。
何をどうするという言葉を欠いたそれでも、二人は通じ合う。
多くを語る必要など最早無い、今の彼等には必要ない。
やる事は決まった、誰よりも今近くにいる二人のやる事はひとつに絞られたのだ。

スタークは右手に握っていた銃すらも銃嚢に納め、更には左手に握っていたボロボロの霊子の刀すらその結合を解き、霊子へと還す。
無手、丸腰の状態となったスターク。
ネロはその様子を絶望の現われとみたのか更なる高笑いを上げ、侮蔑の声を上げる。
しかし今のスターク達にそれは届かない。
ただ今、彼等がやる事はひとつだけであり、そのひとつは決して勝利を諦めるという事ではなかったのだから。

瞳を閉じるスターク。
身体は脱力し自然体に、しかし霊圧は衰える事無く吹き上がりまるで彼の身体を覆うようにして吹き上がり次第その姿を見えなくさせる。
群青の柱、ただ上を目指し貫くようなそれはスタークを完全に覆い隠し、一瞬強く光ったかと思うと爆発した
爆発に伴う霊子の乱気流、視界は遮られネロはスタークの位置を見失った。
右から左から叩きつけられる霊子を伴い白く濁った風をしかしものともしないネロ。
彼にとって今や視界を失った事はなんら問題ではないのだ、何故ならどんな攻撃が来ようとも彼の磐石の鋼皮がある限り、彼が傷を負うことなどないのだから。





「いくよ・・・・・・”スターク”!」



《あぁ・・・ ぶちかませ、”リリネット”!》






そうしてニヤけた顔のままただ風が治まり行くのを待つネロ。
その彼の耳に、風に乗り何処からか声が聞こえた。
聞こえる声は当然先程まで相対していた敵の声であり、この塞がれた視界の中何かしてくるのは明白。
それを察知し、理解しながらもネロは何一つ行動を起さない。
する必要が無いから、防御などという行動すら最早彼には必要ない、”神”の外套は既に完成し誰も自分を傷つける事など叶わないのだからと。

傲慢、暴慢、不遜であり外道、省みず、慢心し、酔いしれる。
それだけの実力、それだけの性能を持っているからこそ出来る余裕、ネロがいるのはそんな境地。


しかしそれは総じて”油断”である。


スタークの攻撃を浴び続け、硬度を増しに増したネロの鋼皮。
最早ただの虚閃では割る事すら困難な段階にまで達したそれは、スタークの攻撃を悉く弾く事だろう。
しかしネロは考えていない。
それはあくまで”普通の”虚閃であったらという限定的なものであり、それだけしか攻撃手段が無いなどという馬鹿げた事などありはしないという事を。





「喰らいな! 『圧縮装弾虚閃(セロ・コンプレシオン)』!!」





視界を覆い尽くすような白く濁った霊子の風。
それに穴を穿つように放たれたのは一筋の虚閃だった。
一般的な虚閃よりも明らかに細いその虚閃、しかしその緑色の虚閃は白い風を払い除けながら進み、まったく勢いを衰えさせる事ないまままるで暗い夜空に一筋の線が何処までも続くように浮かび上がっていた。

世界を二分するかのような群青色の細い線、それは二、三度の明滅の後、空に解け消える。
辺りを包んでいた白く濁った風は完全に霧散し、残されたのは巨大な黒い岩山ともう一つ。

靡くのは肩口で切りそろえられ、前に行くにつれて少しずつ長く伸びた黄緑色の髪。
絹糸のように細いその髪から見え隠れするのは、静かではあるが意志の強さを感じさせる非常に薄い紫の瞳。
左目には眼帯と照準気が合わさったような仮面の名残を、それがコメカミまで伸びそこから先の折れた角が生えていた。
スラリと伸びた手と足、身体は丸みを帯び女性的な印象を強くし、上半身を覆うのは皮製の黒いビキニ。
狼が刻印された大きいバックルのベルトと丈の短いホットパンツ、そして長くしなやかな足の腿までを覆うのはローヒールのサイハイブーツ。
そしてスタークが着ていたのと同じ白と灰色の毛皮のコート、しかし袖に腕を通し肩にかける程度で前は肌蹴たままだった。

総じて”大人の”女性、背は高くはないがそれでもそう思わせるだけの雰囲気を纏った女性が、そこには立っていた。
一丁の、彼女の身の丈以上の巨大な銃をその脇に携えて。


「ギャァァァアアアア!!! 痛ぇ! 痛ぇイテェ痛ぇぇ!!ふざけんな! テメェ何者だ!! オレ様の!オレ様の腹に・・・腹に穴がぁぁぁああ!! グギャァァァアァア!!!」


巨大な銃を携えた女性、抱えた銃は拳銃というより猟銃、対物小銃近く、長く伸びた銃床には銀の狼の意匠、弾倉なく、全体を黒で固められたような頑強な印象と、そして引き金付近にあるのとは別にもう一つ、銃身の横から飛び出した銃把が備えられていた。

その女性の前方に鎮座していた黒く巨大な岩山が揺れ、悲鳴を上げる。
かろうじて人型を保っていた右手をかざし、腹部を押さえる岩山、ネロ。
その手にはドクドクと流れる赤い液体が、そして彼の胸に穿たれた孔とは違う”穴”が彼の腹には穿たれ、彼の身体を挟んだ向こう側の景色を覗かせていた。

放たれた細く、何処までも伸びるかのような一筋の虚閃。
白い風を穿ち、まるで空に鎮座する月すら穿ち割らんとしたかのようなその一筋の緑の流星は、進む先、月との間にあった巨大な岩山すら“貫通して”いたのだ。


「クソが、クソガクソガァァ!! 何者だテメェ!どっから現われた! あの新入りを何処に隠した!!それ以上に判ってんのか! テメェが傷つけたのは”神”だぞ!この虚圏の頂点であるオレ様という名の”神”なんだぞ!!あぁん? 何とか言えや! 塵ィィィィィ!!!」


「・・・・・・うっさいんだよ、デブ。 」


痛み、それも特大の痛み。
それを味わいながらネロは唾を撒き散らし叫んだ。
本来ありえないはずの出来事、彼の今の姿、解放をして痛みを味わうなどということをネロは今まで経験した事がなかった。
その痛みと、無いより目の前にいる見た事もない女性に彼は混乱を喫していた。
いたはずのスタークは消え、現われたのは女。
逃がしたか、或いは別なのか、そんな思考とそれ以上にそんな事よりこの痛みを与えた女が何者なのか、ネロには見等も付かなかった。
そうしてただ大声を張り上げるネロに対し、黄緑色の髪の女性はただ一言、簡潔に拒絶の色を滲ませた一言を叩きつける。



「アタシが誰かって? まぁアンタには一生判りそうもないから教えといてあげるよ・・・・・・アタシの名前はリリネット。 リリネット・ジンジャーバック。アンタがさっきまで戦ってたコヨーテ・スタークの片割れ・・・・・・アンタが付属品扱いした女だよ。」


「何・・・だと・・・・・・!?」



痛みに顔を歪ませていたネロは、驚きに顔を歪ませる事となる。
リリネット・ジンジャーバック。
その名前に聞き覚えは無く、どんな顔かだったかもネロには定かではない。
だがしかし、自分が付属品扱いし、微々たる能力上昇の為に吸収された小さな破面は彼の記憶の片隅に存在していた。
そして今、目の前にいる女性は彼にその小さな破面、付属品だと言い放ったその破面こそ自分だと告げたのだ。


「馬鹿な! テメェ・・・付属品は餓鬼だったはずだ!それにあの新入りは何処に逃げた! 」


《・・・逃げちゃいねぇよ・・・・・・》


理解できない、そんな感情が存分に乗ったネロの言葉。
今目の前にいるのはどう見ても子供ではなく大人、しかし彼が付属品と罵ったのは子供の破面。
さらにはリリネットが出てきたからといって、だからどうしたというのだとネロは言うのだ、先程まで戦っていた、いや、殺そうとしていた新入り、スタークという名の破面は一体何処に消えたというのかと叫ぶネロ。
そのネロの叫びに答えたのは低い男性の声、それは先程までネロと対峙していたスタークの声であり、しかしその声は今、リリネットが抱える巨大な銃から響くのだ。

「どういう事だ!あぁん!?」



「なんだ、まだ判んないの? アタシとスタークは元々一人、二人で一人の破面(アランカル)。」

《そして俺達はどっちが本体でも、どっちが付属品でもない・・・・・・》

「アタシ達は互いに支えあう、片方が表になれば片方が裏になるコインと同じ事・・・・・・アタシが表ならスタークが裏に。」

《俺が表ならリリネットが裏、ってな・・・・・・どっちも表でどっちも裏、片方が”人”なら片方はそれを支えるための”銃”になるのさ・・・・・・》



二人で一人の破面、コヨーテ・スターク=リリネット・ジンジャーバックであり、リリネット・ジンジャーバック=コヨーテ・スターク。
それが彼等の本当の名前、そしてスタークが表の男性の姿も、リリネットが表の女性の姿も、そのどちらもが彼等の”本当の姿”なのだ。

「ま、なんでか知らないけどアタシが表になると大人になっちゃうんだけどね。気に入ってるから別にいいんだけど。」

《見た目は・・・な。 中身はガキのまんまだろうが。》

「う、うっさい!スタークは黙って次の装弾圧縮しとけばいいの!」

《ヘイヘイ・・・・・・》


その空気は戦場にはそぐわないながらも、実に彼等らしいものだった。
自分が抱える銃に噛み付かんばかりの勢いのリリネットと、銃であるが故に判らないがおそらくはそっぽを向いたまま答えているであろうスターク。
大人の女性の姿ではあるが、スタークの言う通りその中身は小さな子供のリリネットと同じなのだろう。
奇異な光景にも見えるそれはしかし彼等の日常でもあり、戦場に不釣合いではあるが彼らがそれを見せるという事は逆に周りが見えているという事。
緊迫すべき場面でそれが見せられるということは、それをして尚、起こりえる事態に対応できるからなのだろう。


だから避わせる、迫り来る緋色の閃光も。


「・・・・・随分余裕の無い事するんだね。 今アタシ達話してたんだけど?」

「うるせぇんだよ塵ィ!! テメェ等が誰だとか、裏だ表だなんてぇのはもうどうでもいい!この痛みぃ・・・・・・ 許せるはずがねぇ!!テメェの身体も穴あきにしねぇと俺の気が治まらねぇんだよ!塵ぃぃぃい!!!」


ネロが自らの口から放った虚閃、それをリリネットはヒラリと避わす。
身の丈以上の巨銃、いっそ大砲といったほうが適切かもしれないそれを抱えながらも、その素早さはスタークに引けをとらなかった。
だがネロはそんな事はお構いなし、痛みと怒りに燃えながら次々と虚閃を放ち続ける。
今だかつて味わった事のない屈辱と痛み、腹部に穿たれた穴はその象徴、自動的に黒曜鋼皮が盛上り、棘が絡み合うようにして今やその穴は見えないがそれはあくまで表面的なもの、肉体の喪失、穿たれた腹部の再生までは如何に彼でも易々とは行えない。
鋼皮とはあくまで皮膚の延長であり肉体の内と外を隔てる境界線、外皮なのだ。
外向きにいくら強く、再生を繰り返し硬度を増すとしてもそれは外側への話、解放し肉体の強度を増しているといっても”再生”は行えない。

それが破面という存在のある種の弱点。
大虚に備わる”超速再生”と呼ばれる霊圧を使用した肉体の瞬間再生能力を、彼等破面は失っている。
それは大虚から破面に進化する際に失われ、故に彼らは腕を切り落とされれば隻腕に、目を潰されれば盲目になってしまう。
力を得、死神、ひいては人という外殻に近付いたがために失った”再生能力”。
それ故に、如何にネロが傷跡を塞ごうともそれは何の解決にもならないのだ。

受けた痛み、失った肉体は戻らない。
ならばその痛みも何もかも、同じように返してやらねば、いや、それ以上、倍返し出なければ彼の気は治まらない。
故に撃つ。
ネロはその緋色の閃光を発し続けるのだ。


《・・・・・・いけるぞ、リリネット》


そんなネロを他所に二人は淡々と事態を進める。
巨銃、スタークが発したその言葉がリリネットに次の行動を促していた。


「オッケー、スターク!」


届いた声にリリネットはネロの虚閃の連射を避けながら叫ぶように応え、抱えた銃を構えた。
巨大な銃、その銃床の付根辺りを脇に挟み込むようにして構え片手で引き金の付いた銃把を、もう片方の手で銃身の横から飛び出した銃把を握り構えるリリネット。
荒れ狂うかのようなネロの虚閃の中、足を止めしっかりと宙に立つ様に空を踏みしめるリリネット。
戦いの最中足を止めることは褒められたものではないが、必殺の一撃にはどうしようもなくリスクが伴う。
これはそういった類の一撃、足を止めるリスクと天秤にかけたとき勝利がその重さで勝るという一撃。

そうして足を止めたリリネット、しかし運悪く彼女の正面から緋色の虚閃が迫る。
その虚閃は敵を容赦なく飲み込む禍波、怒りを糧にその威力を増し、歯止め無く暴走するような命奪う閃光。
だがリリネットは動かない。
銃をしっかりと構えたまま、微動だにする様子すら見せないのだ。
必殺の一撃とは翻せば必滅の一撃、それは相手を殺すのと同時に自らも死のリスク、必滅を背負うという一撃。
それがまさに今、そのリスクを避けることは即ち勝利を自ら手放すのと同義、そして自ら手放した勝利は自然相手の手中に収まる。
それが勝負、死合いという極限では尚更に。

故に動けない、いや、動かない。

真正面から迫る緋色の波は迫る毎その威圧感をまして行く。
銃を構えたままのリリネット、しかしその瞳に恐れはなく、ただ必殺の意だけが浮かび、揺れる事はなかった。



「許せないのはコッチも同じ。 アタシの大切なものを傷つけようとするなら容赦なんかしない!アタシも・・・護るんだ!!」



揺れない瞳は揺れない決意の表れか、迫る緋色を前にしてリリネットは叫ぶ。
護られ続けた自分、護りたくとも護れなかった自分、しかし今、この瞬間においては護れる自分。
奪わせない、傷つけさせない、そんな強い決意が今彼女を動かす全て。



そして彼女は、その引き金を引き絞った・・・・・・












何も無い

何も残らない

唯一つを失えば

何一つとして残らない

狂信者よ

炎海に沈め










※あとがき


やっちまいましたな・・・・・・

言ってしまえば魔改造ですな・・・・・・

一切後悔はしていませんがね!

ぶっちゃけアリだとすら思ってます。
元々一人なんだから、どっちが本体って訳でもないでしょうに。
そういった部分ではextara2が若干前フリになってますかね。

それとリリネットの銃、書いた本人ですら説明が不足しているのは自覚しています。
銃の知識が無いからどうにも上手くいかなかった。

簡単にイメージしてもらうなら、スタークの銃+ガナーザクウォーリアかな?






















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.54
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:20
BLEACH El fuego no se apaga.54











彼の人生は順調だった。

生前という遠い昔の事まではわからないが、死後という今を見る限りおそらくは順調だった事だろう。
今という瞬間を見ただけでそう思ってしまえるほど、彼の人生は順調だった。

他より突出した霊圧、元々高かった知能、そして圧倒的な能力。
”支配”という絶対的なそれをもって彼は死後、第二の人生を、虚(ホロウ)としての人生を謳歌していた。
はじめは彼もその他の虚と同様に人間を襲いその魂を喰らう、という本能の部類の中で生きていた。
しかし、いつしか彼は人間を襲って喰らう事よりも、人間をその能力で支配し、思うように操る事に快感を見出していく。
自らの意思を残したままの人間はただ操られるまま、その自らの肉体に起こったありえない出来事に困惑し恐怖する。
だが人間の身体は持ち主である本人の意思など無視して動いてしまう。

意思を離れ動く身体、伸ばされる両腕、徐々に強く握られる両手、そしてその両手が握るのは自由を奪われ支配された人間の愛する者の首。
身に起こった不可解な出来事よりも、人間は意志を離れた自分の身体が行う凶行に悲鳴を上げる。
やめろ、とまれと叫ぶ口とは裏腹に、人間の両手はその人間が愛してやまない者の命を奪おうと強く握られていく。
愛する者の困惑と疑問の眼差しを受けながら、人間は恐怖と絶望の淵から底へと突き落とされた様に苦しみの声を上げながらしかし、その手を緩める事は出来ない。

いつしか愛する者の呼吸は止まり、それでも締め上げられた首はゴキリという音を立てて折れ曲がる。
両の手が離されればそれはまるで手折られた花のように地へ落ち、路傍で踏みつけられた草木と変わらない姿を人間に晒すのだ。
絶望、怨嗟、恐怖と憎しみ、向ける先の無いそれが人間の中を支配し慟哭の叫びをあげさせる。







それを彼は後ろから眺め、笑うのだ。




耳にと届くのは心地よい悲しみの叫び、眼に映るのは血の涙を流し膝を折るちっぽけな人間。
何の理由も無く、何の前触れも無く自らの愛する者を自らが殺すという想像もしなかった出来事。
人間の”心”というものが壊れるには充分な出来事。
その壊れゆく様を彼は笑い、見下し、観察する。


”彼の意思”が人間に手に”奪わせた”、人間の愛する者の魂を喰らいながら。



これこそが支配だと言わんばかりに、一方的に命じ実行させる支配というものだと言わんばかりに。
支配し、その快感と喜劇でしかない涙する人間の姿を眺め、それに浸る愉悦の瞬間こそ彼の至福のとき。
自らの圧倒的な支配に酔うことこそ彼の生きがいだった。



だが、そうして人間を使って自らの愉悦を満たしていた彼に予期せぬ変化が訪れる。
それは”渇き”だった。
どうしようもない渇き、喉ではなく、腹でもなく、しかし全身を襲う猛烈な渇き、枯渇感とでもいうべき猛烈なそれが彼を苦しめていく。
渇き、餓える彼。
いくら人間を殺し喰らい、ときたま彼を殺しに来る死神を殺し喰らってもその渇きは一向に癒える事は無かった。
猛烈な渇きは比を追う毎強くなり発狂寸前にまで追い込まれた彼。
そんな彼の視界の端に偶然にも一体の虚が捉えられる。

そこから終わりまでは速かった、気が付けば彼は虚の血肉を喰らっていた。
必死に、ただただ必死になって肉を噛み千切り血を啜る。
訪れたのはこの上ない充足感、自分が虚を殺し喰らっているという事をその充足感は彼に理解させたがそれでも彼が止まる事は無く、一体の名もない虚はその姿を消してしまう。
それはまるで砂漠に落とされた一滴の水、瞬く間に吸収されるそれは彼を襲う”渇き”に対抗する唯一の手段がそれであると彼に明示していた。


同属、虚を殺し、喰らえという事を。


理解してからの行動というものは早く、彼は手当たり次第に同属を殺し喰らっていく。
餓え以上の渇きを消し去るためにと一体でも多く虚を殺し、喰らう彼。
しかしそれでも”渇き”の根本は消え去る事無く彼の中に在り続け次第虚を喰らう事でも彼の渇きは癒えなくなってしまう。

順調だった彼の人生、それに立ち込めた暗雲はしかし彼に再びの転機を齎す。
”渇き”という不測の事態、それを抱えるのは彼だけではなかったのだ。
同じ”渇き”を抱えた虚、どういう理屈か、あるいは奥底に眠った化生としての本能なのか、同じ苦しみを抱えた彼らは何故か一箇所に集まっていく。
そして集まった先ではじまるのは螺旋の晩餐。
互いに殺し合い、喰らい合い、血と肉とに別れ、或いは腹におさまる事で同化しながら彼らは次第に”ひとつ”になっていく。

そして最後に残るのは一体の巨大な化物。
頭から黒い外套を被り、白い仮面以外何も彩るものが無いかのような巨大な虚、大虚(メノスグランデ)。
それも大虚の中で最下層である最下級大虚(ギリアン)の誕生である。

しかしその最下級大虚は画一的な仮面ではなく、大量の眼をもった仮面をつけていた。
それは虚が集まって出来た大虚にあって”個”という自我を失わなかった証、百を超える虚の集合の中”一”を保ち続けた者の証。
彼という自我、彼という個、彼の他者を支配し自らが上であるという強烈なまでの自尊心が、彼という”一”を存在させ続けた証だった。


”渇き”という逆境から彼は更なる力を持って生還した。
そして得た力は強大、彼は再び自らの力に酔いしれる。
力に酔う、というのは総じて愚かな結末を招く事となるが、その時の彼はどうやらその例から漏れる存在だった様子。
彼の”支配”は完全無欠、愚鈍な最下級大虚など恐れるに足らず、さらにその上位存在である中級大虚(アジューカス)ですら彼の敵ではなかった。
彼が誇る”眼”の威力、その一点を持って彼は逆らうものを悉く屈服させそれを糧として生きていく。
そうして糧を得つづけ、彼がその身体を覆い隠す黒い外套を脱ぐ事にそう時間はかからなかった。


黒から白へ、その色を変えた彼の身体。
黒い外套は強靭な白い外皮へと変わり、身体は小さく縮んでも霊圧は反比例するようにより強大となっていく。
仮面のみに留まっていた”眼”は身体全体にいきわたり、彼の視線そして人生にも死角は無いものとなった。
彼の敵は彼を害する前に彼によって支配され、その時の気分如何で終わりが決まる。
首をゆっくりと捻じ切るか、身体中の間接という間接を一つずつ外していくか、自分の内蔵を全て自分の手で引き出させるか、総じて悪趣味な死に様、殺し方を彼は嘲笑の下実行する。
それこそが”支配”、何人も寄せ付けない支配の姿である事を確認し、そしてそれに酔いながら。
支配とは絶対、絶対とは唯一無二、その支配力を有する自身こそは誰よりも優れ、その支配を受ける事は他者にとって誉れですらある。
そんな独りよがりで狂った持論、しかし彼にとっての真理、支配とは絶対、そしてそれを受ける事は至上の喜びですらあると。











持論、真理、自らが定めた理(ことわり)の至高性。
疑う余地すらなく存在し続ける”支配”という力。
全てを平伏させるこの世で最も尊い力の名。



そして彼が崇拝する”支配”は、遂に彼の前に具現した。




「私に仕える気はあるかい?」




彼の能力をおそらくその男は知っていた。
それでも尚、男は彼の正面に立ち、彼に向かってそんな台詞を言い放ったのだ。
彼の視界に入る、それは即ち自らの自由を放棄したという事と同義なのだ、だが男にそんな気配は微塵も無い。
あるのはただ圧倒的な存在感、ただ立っているだけの男はしかしその気配だけで他を圧倒する。
薄く笑った顔も、黒縁の眼鏡の奥に見える暗すぎる瞳も、そして発する常軌を逸した霊圧も、全てその男にとってはごく自然なことでしかし他者にとっては尋常ならざるもの。

彼は、支配の眼を持った彼はそんないきなり現われ、自分に仕える気はあるかと彼に問う男を前にただ呆然と立ち尽くしていた。
見た目は人間、しかし霊圧から見て死神であろうその男。
死神が虚である自分を殺そうとするのではなく生かし、尚且つ自分の配下に加えようとする不思議。
異常である、そして何より傲慢であるその言葉。
”支配”を有する彼を支配しようという傲慢、それも死神という彼にとっては取るに足らない存在が、だ。
彼の能力からすればその男が立っている位置はまさしく必殺の間合いの内側、もとより視界に入ってきた時点で彼の勝利は、支配は確実に成ったと言っていいのだ。
傲慢なる死神の言、不遜ともいえるその態度、支配を支配しようという理に逆らうかの如き振る舞い。




しかし、それを前にして彼は能力を持ってその死神の男を支配する事はなかった。
何故ならその男が発する気配、纏う気、視線から、表情の機微から、頭の先から指先、そして足の先に至るまでから、それら全てを合わせその男という”存在”が発するものは、彼が信じ、崇拝してやまない”支配”そのものだったからだ。

何より彼を魅了したのはそれがその男の能力ではなく、存在であったということ。
能力という云わば技能の一つとして他者を支配するのではなく、その男はただそこに立っているというだけで彼以外の存在を支配している。
それは人という形に収まる筈がないほどの力、超自然的ともいえる存在感。
古来英雄、革命家と呼ばれる人間達が悉く有していたそれ、他を惹きつけてやまない能力ではない才覚の部類に当たるもの。
”王”の資質とでも呼ぶべきそれを存分に有し、そしてそれを意識して振るう事ができるこの死神の男はただその場に立ち、ただ彼を見つめるだけ。

しかし彼には言葉が聞こえる。
降り注ぐように、闇空しかない虚園にあってそれは彼に光を指したかのように注がれていた。
そこにあることが当然、そうあるべきが当然だとその男の気配は、纏う気は彼に言うのだ。




私の前に屈せ、と。




”王”の言葉。
彼にとってそれは天啓だった。
支配という力を他の誰よりも理解し、信じ、崇拝する彼だからこそその言葉は天啓たりえた。
彼は自身の能力とその男との差を理解した。
自分の支配はただ押さえつけ、無理矢理に権利を剥奪するものと。
しかし、しかし目の前にいるその男の発する支配は彼から何一つ奪う事無く、そうあることが理だと告げる。

彼はその膝を折る事に何の疑問も感じなかった。
”格”が違う。
支配の格、存在の格、立っている場所、見ている景色、その全てが違いすぎる。
余人が求めて手に入るものでなく、しかしそれを当然と、ごく自然な事だと振るう男。
彼が求めた彼自身の理想像はその男であり、しかし今はそれを口にすることすら憚られるほど大それた事だと彼は認識していた。

届くはずが無いと、この男、いや、この方に届く者など居はしないと。
支配の愉悦、しかしそれ以上にこの絶対的支配者に仕えられるという幸運。
支配されるという事に何の違和感も感じないのは、彼が支配という力を知る故に。

絶対の支配とは、至高の喜びであるが故に。



死神の男、藍染惣右介に屈した彼はそこで更なる力を得る。

破面化。

虚、大虚、それらを象徴する仮面。
それを脱ぎ捨てる事で更なる力を得る方法。
藍染惣右介はその方法を確立し、自らの軍勢を創り上げていた。

そして彼もまた破面化を経て力はより強大となっていく。
人の身体、脆く儚く、彼にとって愉悦の為に心と共に壊しつくしたその入れ物にその身をやつした彼。
しかし彼に後悔はない。
何故ならそれは彼の”王”、藍染によって為されたものであったから。
王の言葉、王の行い、それらは疑う余地など彼にとって皆無、故に後悔などは存在しないのだ。

破面という桁外れの力を有する化生達。
その中にあって彼は頭角を現し、上へ上へと昇っていく。
それはただただ王の為に、王に仇なす者をより多く排するためには自らの力を高めるより他無いと。
そう、全ては王の為、支配の具現たる王の為、その支配を更に揺るぎ無いものにするのが自身の勤め、その為に命奪う事こそ自身の宿命と。
なにも王である藍染がそれを望んだわけでも、彼に命じたわけでもない。
しかし彼はそれが天意であると、勅命であると信じて疑わないのだ。

勅命、天意、天啓、そして彼に下賜されたのは『7(セプティマ) 』の号。
下賜された数字を身体に刻み彼は自らを天意の、王意の代行者、御使いとして歩みだした。


これが彼の、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーが歩んだ軌跡。
何の問題もなく、それどころか余人が羨むほど軽やかに階段を駆け上がったかのような彼の人生。
順風満帆、不利に出会おうともその悉くを乗り越え、更なる力へと換えてきた彼の人生はまさしく順調だったといえるだろう。







そう、順調”だった”・・・と。







王の御使い、一桁の数字を賜りし者達の名を十刃(エスパーダ)。
しかし彼らはゾマリとは違い、それぞれの思惑や突きつけられた支配に対し否応無く従っている部分があった。
中には藍染に対し、崇拝とまでは行かずとも敬意を払うものもあったがそれもまたゾマリとは違ったもの。
崇め奉る事こそ自分達の”王”に対し自分達が許される唯一の振る舞いと理解しているゾマリは、只の敬意ですら軽く感じられた。

だがそれは詮無き事。
如何にゾマリが自らの理想と信仰を説いたとて、十刃という個性の塊のような集団がそれに同調するわけも無いのだ。
故にゾマリは唯一人、王の御使いたる使命を遂行せんと動く。
王の歩む道、ただ真っ直ぐに些かも曲る事無く一直線に敷かれるべき道、その行く先、進む先の万難を排する事こそ自らの使命として。
だが彼が奉る”王”に本来、万難等というものは存在しない。
それがあると思う事すら不敬に当たる、そう思わせるほど”王”の力は底知れず、そして強大だった。
だがそれでも、王からすれば何の障害にすらならない存在であっても王が進む道にあることがゾマリには許しがたかった。
故に排する。
逆らう者、否を唱える者、それらを悉く排しゾマリは王の進む道を整える。
万難にはなりえない存在達、しかし王を煩わせる事すらあってはならないと。
進む道は清廉潔白に、一転の汚れなく敷かれた絨毯、或いは万里の彼方まで続く小石一つ無い道、覇道とも言うべき道。
自らは露払いとして、そして尖兵として蹂躙するのみと。


しかし、そうして覇道の露払いを行うゾマリの前に”石”が現れた。


これから進むであろう道の真ん中に忽然と現われた小さな石、ただそこを歩くのみならば気にも留めないであろう小さな石。
しかしゾマリはそれに気がつき、どうしようもなくその石を嫌悪した。
跨げば、或いは無視すれば済む筈のそれを彼はどうしようもなく排したくなったのだ。
只の小石、それが道の真ん中にまるで鎮座しているかのようにあるという不快感、そうあることが当然、誰も自分を退かせはしないというゾマリからすればなんの根拠も無い自負がその石には溢れていた。
故にゾマリはその石を踏み潰すことに、いや、踏み潰すのではなく存在を消し去る事を決断した。
彼にとってあまりに不遜なその石を、あまりに不快なその石を。



力の差は歴然のはずだった。
ゾマリは今まで挫折というものを知らず、歩む傍から道が開けるように順調に、そして順当に力を付けて来た。
それゆえの自負、自分は確実に強いという自負があり、故にその自分が下位の者に後れをとるなどということは想像すら出来ない夢幻の域。
その自負に間違いは無い、現実彼は強くその能力は確かに他を圧倒し彼に勝利を呼び込むだろう。

だがしかし、彼は溺れているのだ。
その強力無比な能力に、”支配”を奪うという誰も逆らう事が出来ないであろう自身の能力がある故に。
行き過ぎた自負、即ちそれは溺れ酔いしれる陶酔であり傲慢でしかない。
だがそれに彼は気付かない。
何故なら酔いしれているから、溺れ、甘美なる酒の海に身を沈めるかのように酔いしれているから。
自らの傲慢とも取れる自負と高すぎる自尊心、忠誠という名を借りた身勝手に。

そして気が付かないからこそ他者のそれが眼に栄える。
自分以外の他者が自分と同じように酔いしれているのが無意識に眼に映るのだ。
それが彼には気に入らない、何にも増して。
陶酔は、甘美なる美酒は自分にのみ許されるべきだという捻れた思考が彼を突き動かす。
その捻れた思考の先に居たのが件の小石、フェルナンド・アルディエンデという名の彼にとっての小さな小石だった。


粛清、断罪、王命、そのどれもが借り物の理由。
そしてその借り物の理由で覆い隠されていたのはゾマリ・ルルーの醜い怒り。
許せない、ただ暴として力を振るうう数字も持たない破面風情が自分に出来ない事を平然とやってのけた事が。
”王”に対する不遜、自分が膝を屈し、それが当然の理とまで理解した相手にまるで対等に振舞う下郎。
それはフェルナンドという破面が支配されていないという証明、自分が支配された相手に支配されなかった事の証明。
そして支配を跳ね除けたという事は自分よりあの愚かしい破面が”上”だという事の証明となってしまうと。



許せない、何にも増して。



鬱屈した思考、達観と静寂の表層からは伺えない”不”。
身に渦巻くそれをしかし自覚せず、王命、断罪、御使いの使命を声高に叫ぶゾマリ。

そして開かれた戦端は彼が望んだものとは違いすぎていた。


勝っていたはずだった。
体躯も、霊圧も、速さも、剣技も何もかもが。
事実彼は戦いを優位に進め、圧していたと言って良かっただろう。
しかし戦いは必ず相手に、フェルナンドに傾いていく。

只の一撃、打ち抜かれた拳で彼の”最速”は奪われた。
許容しきれない事態だった。
自分が追い込んだと思った相手、しかしその実追い込まれ誘い込まれていたのは自分だったという現実。
認められない現実がそこにはあり、怒りのままに彼は真の姿を解放する。


真の姿、支配の眼を有する白の僧正。
見開かれた眼はゾマリに告げる、奪え、奪え、屈服させろと。
その言葉にゾマリは従い、フェルナンドの腕を奪う事で屈辱を与えんとした。
結果は成功、フェルナンドの左腕は破壊されとても動かせるはずが無い状態に追い込まれる。
ゾマリはその姿に、フェルナンドのその姿に歓喜していた。
当然だ、やはり自分は強く、支配は絶対であるとその時フェルナンドの姿は彼に物語っていたから。
支配とは絶対、そしてその支配を有する自分が屈した藍染惣右介という”王”の支配はさらに究極。
その支配を跳ね除けることなど出来はしない、自分が屈した支配を跳ね除ける事など不可能、故に自分方が”上”であると。
笑う自身と俯く敵、その構図こそ彼が最も望む図式。
見下す者と見下される者の図式、勝者と敗者の図式なのだ。


だがそれをして尚、戦いはフェルナンドへと傾いていった。


左腕、ゾマリが破壊したと思っていたそれをフェルナンドは攻撃に使い、尚且つ彼の右腕を打撃に絡めて折ったのだ。
ありえない戦法、少なくともゾマリには一生思いつかない方法、壊れた左腕を使うという常軌を逸したフェルナンドの攻撃によってゾマリはまたしても傷を負ってしまう。
混乱と困惑の中ゾマリはそのありえない出来事を必死で否定していた。
自分が傷を負う、それも開放した姿で、だ。
ありえない、解放前と解放後では傷を負うという意味合いの重さが違いすぎると。
ありえない、ありえない、ありえない、内心でその事実を否定するゾマリ、しかし彼の打ち抜かれた顎と折れた右腕はその痛みが現実である事を必死で彼に伝えている。


「・・・・・・温いんだよ、テメェは・・・・・・」


そんなゾマリに叩きつけられたのはそんな痛烈な言葉だった。
温いと、自らの快楽の為に相手への攻撃を中途半端に止めたお前は”温い”と路傍の石、フェルナンドは言い放った。
ふざけた物言い、そして何処までも自分を見下したかのような物言い。
自分に向かってそんな物言いは許されない、自分は支配者だと、”王”である藍染惣右介に支配という能力を持って”最も近い”存在だと。
お前は”下”だ、何処までも、地の底より尚暗く深い深淵に立ち、自身は”点”に最も近い存在だと。
我慢の限界。
最早容赦など無い、見開いた五十の眼、その全てを持って貴様を支配し、貴様自身の力で持って貴様という存在を引き千切るとゾマリは決定する。
容赦など無く、ただ全力で。
そしてこの時が、初めてゾマリ・ルルーが何の驕りも侮りも無くフェルナンド・アルディエンデという存在を見た瞬間。
愚かなる獣と御使いではなく、ただ”敵”として認識した瞬間。

















だがそれは、些か遅きに失した。










彼の眼に映ったのは炎の柱だった。
紅く、ただ紅く燃え盛るその柱は何処か神々しくさえあり、しかしゾマリはそれを全力で否定していた。
そう、その燃え盛る炎の柱は彼の”敵”なのだ。
フェルナンド・アルディエンデの刀剣解放、帰刃(レスレクシオン)。
燃え盛るのは長く伸びた金の髪と帯、そして袴。
鍛え上げられた上半身は顕となり、その力強さはそれだけで他を圧倒する。
瞳は爛々と輝きただ戦いに胸躍らせるかのように、ニィと持ち上げられた口角、嗤っている、獰猛に歯を覗かせて。

霊圧も何もかもが紅く、そしてその紅は全てを燃やし尽くすように。
離れた位置でも肌を焼くような熱風を生じさせ、しかしそんなものは派生した余波に過ぎずなんの攻撃ですらないのだろう。
視線の先で拳を叩き合わせ、叫ぶフェルナンドを睨むゾマリ。
両の拳を叩き合わせるという事は、解放による超回復によって彼の左腕は回復したという事なのだろう。
もともと壊れた左腕でも何の躊躇いも無く使う手合、治った治っていないなどというのは瑣末な問題か。
そう瑣末、相手が回復したかどうかなどという事は瑣末な事だ。
ゾマリがするべきことはただ一つ、敵を屠る事一つ。
その磨き上げた究極の一をもって、支配という名の絶対をもって殺す事のみ。





そしてゾマリの身体中の眼は暗く光り、時は”今”へと追いついた。







――――――――――







「解放したからどうしたというのです!!そんなもの私の前では無意味! 私の『愛《アモール》』受けなさい!!」






叫びと共に放たれるのは愛という名の烙印。
支配者の刻印であり押し付けの愛。
ゾマリ・ルルーの身体に無数存在する”眼”、その数五十あまりのほぼ半数から放たれる暗い光は叫び声と共にどれ一つ他所を向く事無く、中空に立つフェルナンドに向かい疾走し、そして”直撃した”。


「ハァ、ハァ、はぁ、はっ・・・はは、ははは・・・・・・ふはハははははははははは!!!無意味! 解放すら私の”愛”の前では無意味!やはり支配とは絶対にして孤高! お前のようなものが私に勝てるはずが、私の上の筈があるものか!そして最早私に油断はない! 即刻その五体、引き千切ってくれる!!」


命中したのは絶対の支配。
相手の支配権を奪うという誰も抗えない力の烙印。
それをしてゾマリは己が勝利を叫んだ。
当然だろう、最早敵に逆転の目などなく、後は自分が敵の身体を敵の力で引き裂き、千切れば事は終わるのだから。
完全勝利、油断らしい油断をした覚えはゾマリには無いが受けた傷と痛み、しかしそれでも勝利に変わりはない。
故に叫ぶ、故に笑う、その勝利を。
束の間の勝利を。








「随分と愉しそうじゃねぇかよ。 えぇ? 十刃サンよぉ・・・・・・」







その声は彼の視線の先から、身体中、それこそ隙間無く頭の先から足の先までを刻印に埋められた男から。
今や炎の化身となったフェルナンド・アルディエンデから放たれていた。

「馬鹿・・・な・・・・・・ 」


ゾマリから零れた驚愕は今の彼唯一の感情。
ただ刻印を受けただけではない、フェルナンドはその頭にも確実に刻印を受けているのだ。
それはゾマリからすれば完全勝利の場所。
ゾマリの能力『愛』は刻印を刻んだ部位の支配権を剥奪し、己がものとする能力。
だがそれにはひとつ例外がある。
それは”頭部”、意思の集合たる脳があるこの場所に刻印を穿つ事で彼は身体全体を支配できるのだ。

「ありえない・・・・・・ ありえない、ありえないありえないぃ!!貴様何故意識がある! 何故そうも平然としている!何故私の支配が”効いていない”!!」


そう、勝利の光景を眼にしたあまりゾマリは失念していた。
自らの愛、自らの支配がフェルナンドに有効となっているかを確かめる事を。
そして顕現した不可解はゾマリからある意味で完全に余裕を奪い去っていた。
そうなのだ、フェルナンドの意識があることでわかるようにゾマリの支配は彼に効いていない。
身体に刻印を穿たれたというのに、無数の刻印を刻まれたというのに、だ。

「コタエロォォォ!! フェルナンド・アルディエンデェェェェエエ!!」


怨嗟がそのまま物質化してしまいそうなほど濃い叫び。
支配という彼の絶対を崩されそうになったゾマリはただ恨みを込め叫んだ。


「うるせぇなぁ・・・・・・ 簡単な事じゃねぇか。テメェの攻撃は俺には”届いてねぇ”んだよ。」


ごく自然に、首筋を伸ばし軽く筋を伸ばすように傾げながらフェルナンドは応えた。
届いていない、ゾマリの問にそう答えたフェルナンド。
的を射ているようでそうでないような答え、しかしその答えは次の瞬間白日のものとなった。


何処がはじめかはおそらく誰も判らないだろう。
ゾマリとてそれは判らず、それよりも目の前で起こった信じられない光景にただ驚きを隠せずに居たのだ。
黒い点に八枚の葉を放射状にあしらった様なゾマリの刻印、フェルナンドの身体に刻まれているであろうその刻印がどれともなしに”燃え上がった”。
端から燃え上がるようにその姿を消していく刻印達、フェルナンドはごく自然に、何か特別な動作をするでもなくただ立っているだけ。
それでも刻印は燃え上がり続け、そしてその姿を完全に消すのにさほど時間は要さなかった。


「そんな・・・馬鹿、な・・・・・・」



愕然とした呟きは何処までも彼の内面を表していた。
消える。
自分の刻印が、力の刻印が、支配の刻印が。
それも消え去ったのではなく”消し去られた”のだ、たった一体の破面によって。
どのような原理原則を用いたのかは判らない、しかし事実として彼の眼に映るのはただ轟々と燃え盛る炎髪の男。

ギリと奥歯を噛締め砕いてしまいそうな音が鳴る。
ゾマリ・ルルーにとって何よりもありえない事態、そしてありえてはならない事態。
それは”支配の敗北”に他ならない。
『愛』という名の支配、それを今、彼は目の前で覆されたのだ。
支配を尊び崇拝する彼、そんな彼がその光景を許せるはずもなく。



「ウォォォォオオオォオオォォオオ!! 受けろ!受けろ受けろ受けろ受けろ受けろ受けろウケロォォォォオ!!私の『愛《支配》』をぉぉぉおおぉお!!!」



ゾマリの身体に残る全ての目が暗く光り力を発する。
支配の力、何者も抗えないはずの強大で、不可侵で、そして圧倒的で絶対の力。
冷静な姿などそこには無く、額に汗をながし目を見開き、口を大きく開けて叫びを上げるゾマリ。
達観の僧の姿はそこには無く、ただただ認められないものを認めたくないという感情だけを浮かべる。






「それで? 気は済んだかよ。 えぇ? 」





それでも、ただ認めたくないという感情だけの支配は届く事は無かった。
ゾマリの狂気にも似た叫びと共に放た『愛』、しかしフェルナンドは平然と佇む。
それもその筈だ、何故ならゾマリの刻印は今度はフェルナンドの身体に到達する前、瞬時に燃え尽きてしまったのだから。


最早ゾマリは呆然と、ただ呆然と立ち尽くすのみ。
支配は今崩れ去った。
たった一体の破面に、その全ては瓦解させられたのだ。

「何故だ・・・・ どうして・・・・・・どうして支配できない・・・・・・ 」


理解不能の現象、瞳は戸惑いに揺れ、同じく震える両の掌を見つめるようにして俯くゾマリ。
信仰の崩壊は個の消失、依って立つ地の崩壊は根幹を薙ぎ倒す。
揺れ惑うゾマリ、最早回復の兆しすらおぼろげな彼に声は降る。


「言っただろうが、届いてねぇってよ。虚閃でも何でもねぇテメェの霊圧なんざ、俺の霊圧が焼き尽くしちまっただけの話さ。一回目はくらってみるのも面白いかと思ったが駄目だな・・・・・・俺の肌に届く前に止まって燃えちまいやがった。」


そう、それは支配するしないではなくその段階にすら至っていないという事。
フェルナンドの放つ紅い炎の如き霊圧、それを前に攻勢能力の欠片もないゾマリの『愛』はあまりに脆弱だったのだ。
もの皆焼き尽くす炎、それを思わせるフェルナンドの霊圧、それは物質に留まらず霊圧すら焼き尽くしていた。
ゾマリの霊圧、『愛』は彼に届く前に彼の霊圧という炎に焼き尽くされ、彼に届く頃にはその力を失っていたのだ。


「さて、もういいだろ? テメェの番はこれで終わり・・・・・・次は・・・”俺の番”でいいよなぁ!!」



叫び、そしてフェルナンドは僅かな炎の欠片を残しその場から消えた。
ついで動いたのはゾマリ、いや、正確には動いたのではなく彼の身体は吹き飛ばされていた。
腹からくの字に曲り、宙へと吹き飛ばされるゾマリ。
その顔は再び驚愕の極地へ、瞬きにも満たない間に彼の間合いは潰され、そこは彼の敵の間合い。
腹部へと打ち込まれた一撃は見る者にまるで突き抜けた衝撃が見えるかの如き凄まじさを感じさせるもの。
防御も何も無く吹き飛ばされるゾマリ、腹部に奔るのは激痛という言葉すら生ぬるい痛み、殴られたというより突き刺さったかのような拳の一撃。
腹から背に腕が貫通しなかったのは一重に彼が十刃としての性能であり僥倖、生きているというただそれだけで僥倖だと思える一撃だった。
だが彼への攻撃は止まらない。
宙へと吹き飛ばされたゾマリにかかる影、そして彼がその影を視認するより速く奔る衝撃。
肩に一撃、叩き下ろされたのはおそらく踵落とし、それをもって宙へと吹き飛ばされたゾマリの身体は砂漠に叩き落される。
仰向けに叩きつけられたゾマリ、瞳は開いているが痛みで思考は追いつかず、ただ浅い息を繰り返すのみ。
だがその一瞬の休息すら彼の敵は許してはくれない。
ゾマリの視界を覆う砂煙から現われたのは足。
上空から充分な加速をつけて叩き下ろされるその足は、ゾマリの顔ないし首を踏み抜かんとしていた足刀だった。

“死”

ゾマリに明確な自身の死が見える。
今までありえなかった死の光景、それも自分の死の光景が。
そして死を前にしてとる行動など一つ、抗う事。
痛みにさいなまれ、死を目の前にしながらも彼とて十刃、そして最速の十刃。
残る力を振り絞った響転(ソニード)でその死の光景、それを招く敵の攻撃から離れ距離をとる。


その行動、感じた感情の名に蓋をして。






「ハッ! 意外と臆病な反応だな、十刃サンよぉ・・・・・・」


ゾマリが距離をとった砂煙、その中から現われた炎の男はゾマリにそう呟いた。
いつか自分が口にした台詞が帰ってくる、ゾマリにとって苦く屈辱的なそれだが今はそれどころではない。
激痛と疲労、受けたのは都合三発、だがそれだけで彼の体力は根こそぎ持っていかれた。
打撃の痛み、骨も折れているだろう痛み、そして何より腹と両肩を刺し抉るように苛む”熱傷”が彼の息を荒くする。


(馬鹿な・・・・・・! 私がまったく眼で追えていないだと!?ヤツの位置がわかるのは攻撃を喰らった後だけ、それも反撃どころではない強力なそれの後だけだ!そしてこの傷っ! 肉を抉り骨を砕き、なにより触れただけで此方の鋼皮が焼け爛れるなどありえないではないか!)


声を発する事などできない、しかし思考は高速で回転ししかし答えらしい答えも無くただ否定の感情だけが加速していく。
ありえない、今日何度目かもわからない否定の言葉、それが駆け巡るゾマリの内側。
速さ、強さ、攻撃の威力、その何もかもが桁を外れている。
下位、それも数字すら持たない者の力を逸脱していると。
認められない、自分は今追い込まれている、しかしそれは認められないとゾマリは否定だけを繰り返し続けていた。


「右腕完全骨折、顎骨には罅、肋骨の何本かの骨折と罅、鎖骨にも罅で腹と両肩に熱傷、その他大小の傷が多数・・・と。あぁ、左の脇腹はある程度回復してるのか・・・・・・」


なんとしても否定せんと思考を繰り返すゾマリに聞こえたのはそんなフェルナンドの声。
そしてその内容はゾマリ自身の傷、ダメージの度合いだった。

「それが・・・・・・ どうしたと、いうのです。グッ・・・・・・」


そう、それを口にする理由がゾマリにはわからない。
態々それを言わずともそんな事は彼自身がよく判っている。
重症、それも戦闘続行など困難なほどの重症であると。
それを今更何故口にする必要があるのか、自分の戦果を誇らしげにでも語る心算かとゾマリはフェルナンドを睨みつける。
さぞ気分がいいだろうと、自らが刻み付けた傷の数々を列挙するのはさぞ気持ちがいいだろうと。


だがしかし、フェルナンドはそんな心算など欠片もなく、そしてこう言い放った。







「大した事じゃねぇさ、ちょっとした確認だ。よかったぜ、どうやら”まだまだ軽症”らしい。これならまだ派手な喧嘩が出来るってもんだろうが!」





この破面は一体何を言っているのか、ゾマリには理解できなかった。
軽症、フェルナンドはゾマリに対しそう言い放ったのだ。
誰が見ても明らかな重傷を負った相手に、戦う事など困難であろう相手に平然と嬉々として。

逸している、明らかに。
普通ではない、明らかに。
おそらくは狂っているのだと、ゾマリははじめて理解した。
この破面は狂っている、この何処が軽症か、このどこがまだまだ戦えると言うのかと。

”支配”が『愛』が効くのならばまだ手はあった、だがこの敵にはそれは効かない。
ではどうすればいい、退く事はできない、ではどうすればいいと。


そこで彼は思い至る。
自分にはすでにもう”何も残っていない”という事に。
彼という大地、彼という天、彼という世界の根幹を支えていた”支配”という名の柱。
だがしかし、それは既に瓦解し、崩壊した。
では、支配の柱が崩壊した彼の世界には一体何が残るだろうか。


そう、何も無い。


何一つ無い、彼という存在を支えるのはたった一本の柱だけだったのだから。
それが崩れ去った今、彼には何も残っていなかった。
支配からなる愉悦も、恍惚も、陶酔も何もかも、支配を失った彼には届かぬ幻想に過ぎない。

瓦解の音が響く。
彼という存在が崩れる音、自己価値の崩壊音。
存在価値の消失、であり至高の王に最も近かった自身は無価値へと落ちていくと。

なんと薄い、なんと薄い事か。
たった一つを失うだけでこうも薄い背中へと成り果てたゾマリ。
何一つ背負う事無く、背負う事を放棄し愉悦の海に浸り溺れ続けたツケはいま訪れた。
皆それぞれがそれぞれの信念を背負い生きている。
それは彼も同じ事、だが彼の信念は他者を害し愉悦に溺れる事、なんと薄くなんと軽くおぞましい事か。
故に瓦解は訪れた、それも彼が小石と、路傍の石と決め付けた炎の化身によって。





「認められるものかぁぁぁあああ!!!私は絶対者だ!私は支配者だ! 誰もが私に平伏し誰もが私に逆らえない!こんな! こんな事が! こんな姿が認められてたまるものかぁぁぁあぁアア!!!」





だがゾマリにそれを認められるはずも無い。
ただ支配だけも盲信し、支配を有する自分こそ最も尊いとすら考えた彼。
その彼が自分の失態、支配の瓦解など認めるわけが無い。

ゾマリの身体中の目から黄色の霊圧が放たれ彼の前でぶつかりフェルナンドへ向け放たれる。
それは紛れも無い攻勢の霊圧、虚閃、彼に残された唯一の攻撃手段。
それこそ身体に残る全てを込めた虚閃は禍々しく光りフェルナンドへと迫る。
虚閃、禍々しくも光るそれは意地の光り、認められないというゾマリの意地が乗り移りその虚閃は常軌を逸した威力となってフェルナンドへと猛進していく。


対するフェルナンドは迫り来るそれを見てただ嗤っていた。
獰猛な笑みは、それだけで彼の血が熱くなっている事を如実に語る。
彼が待っていたのはこういう戦い、断罪だ、粛清だなどという言葉遊びなど彼には何の意味も無い。
戦いに過分な意味を求めてはいけない。
意味なき戦いは愚かだが、意味で飾り立てた戦いは愚味に過ぎる。
戦う事の理由など単純でいい、そして単純だからこそ、一つの方向にしか向いていないからこそ力は集約され増し高まるのだから。


「いいじゃねぇか!! これこそが戦いだろうが!これを超えていくからこそ意味があるんだろうがよ!派手な喧嘩だ! こいつは喧嘩だ! 喧嘩なんだよぉォォオオ!!」


叫びフェルナンドは右足を退く。
充分な貯めを右足におき、そして右腕を引き絞りながら拳を硬く握り締める。
左手は前へ、迫り来る黄色の虚閃へと向けられた。
握り締めた拳には次第彼の霊圧が収束し、燃え盛るように紅く紅く輝く。
そう、今彼の腕は燃えていた。
それは比喩ではなく彼の腕は人間の形を保ちながら、しかし今炎の腕へとその姿を変えていたのだ。
燃え盛る彼の腕、炎となっても力強く握られた拳ははっきりと判り、その拳に乗るのは必殺の意。
今や肩から肩甲骨にかけてまでが炎となったフェルナンド、炎髪は激しく燃え上がり、肩から背に掛けての炎もそれに負けじと燃え吹き上がる。

眼前へと迫った虚閃を前にフェルナンドの準備は整っていた。
迎撃、そして反撃であり猛撃の拳。
既に限界まで引き絞られた炎の腕はただ解放のときを待つ。
迫る虚閃は禍々しさを増しながら、遂にフェルナンドを飲み込まんと牙をむいた。
今まさに伸ばした左腕に虚閃が触れるその瞬間、迎撃としてはあまりに遅いだろう拍子、しかしフェルナンドの顔にはただ獰猛な笑みだけが。
嬉々とした笑みだけが浮かび、そして右手を封じる意思の枷は解き放たれ、彼の拳は解放される。

振り遅れているはずの右の拳、しかしその拳は最早拳ではなく、炎に拳の意を乗せたそれは黄色の虚閃より先に着弾し、瞬間、紅く力強い波濤となって黄色の虚閃ごとその撃ち手であるゾマリ・ルルーの身体を飲み込んだ。

彼の者の断末魔の如き叫びと共に。











情を棄てよ

理を排せ

心を閉ざし

全てを封じ


禍招く

”獣”とならん












※あとがき

下の戦い一応の決着篇。
随分とまぁあっさりと・・・・・・瞬殺?

しかもある意味ゾマリがメインっぽい。
でも必要な気がしたんだ。
彼という人物をこうしてしまった自分としては、ね。
別に嫌いじゃないんだけどね。










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.55
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/07/03 15:36
BLEACH El fuego no se apaga.55











緋色の閃光が迫り来る。
破滅の光り、虐殺の咆哮、ただ命を奪う事しかできない緋色の光り。
それを前にし、白と灰色のコートを翻しながらその女性は微動だにしなかった。
彼女目掛け一直線に、彼女を殺すという意を存分に滾らせた光を前に彼女は動けない、いや動かないのだ。
脇に抱え込まれるようにして構えられた巨大すぎる銃、いっそ大砲だと言ってしまった方がわかり易い様なそれを構え女性は動かない。
それは彼女もまた意を示しているが故。
必殺の意、今まさに放たれるであろう砲火に乗せた覚悟を示しているが故。

眼前に迫り来る緋色の光、それをして瞳を揺らす事無く銃を構える彼女。
緋色を写す薄紫の瞳は緋色の光よりもその光の先を、それを放った黒き剣の山を射抜く。
他の景色を排し、それこそ迫る緋色の光すら余計であるとして排し貫く彼女。
そして、引き金は引き絞られた・・・・・・







奔った極光は緑。
細く細く、極限まで絞られしかし僅かの威力すら落とさず、それこそ絞られる事でより威力を増したかのような緑色の細い虚閃は、彼女に迫っていた緋色の光を何の苦も無く貫き、瞬く間に掻き消しながら進み再び虚園の夜空を二分する境界線を描いた。

『圧縮装弾虚閃(セロ・コンプレシオン)』
リリネット・ジンジャーバックが放った虚閃の名。
表である”人”の彼女と、裏である”銃”のコヨーテ・スタークによって放たれるその虚閃。
その名の通り圧縮し、装弾された弾丸を極限まで絞り放つことで”点”としての圧倒的貫通力と弾速、そして威力を併せ持つ技。
だが恐るべきはその圧縮率、ネロの吼虚閃(セロ・グリタール)が数発分の虚閃を無理矢理押しつぶして放つのに対し、リリネットとスタークが放った圧縮装弾虚閃は圧縮するという工程を片方が集中し担う事で、完全に統制されネロとは比べ物にならない量の虚閃を圧縮している。
先の一撃、ネロの腹に風穴を開けた一撃でおおよそ虚閃”百発分”、それも一介の破面ではなく霊圧を見ればネロと肩を並べるほどの者の放つ虚閃がだ。

百を百としてではなく、百を一として放てるという異常性。
それに耐えうるスタークという名の銃、その為の巨大さ、取り回しの悪さであり重さではあるがそれを鑑みても目を奪われるは圧倒的な破壊力だ。
何故ならば、今となっては十刃最高硬度を誇るノイトラ・ジルガの鋼皮すら凌ぐであろう彼の黒曜鋼皮(イエロ・オブシディアン)を、割るのではなく貫通したのだから、それも苦も無くという言葉を窺わせて。


その圧縮装弾虚閃の第二射、ネロがその怒りのままに放った虚閃を難なく貫いた攻撃。
やや撃ち下ろし気味で放たれたリリネットの虚閃は遠く彼方の砂漠を貫き、虚夜宮の高さにすら引けをとらない巨大な爆発を産み出した。
放たれた虚閃、その圧縮弾数実に千発。
四桁に及ぶ虚閃の一撃、どうしようもないほどの威力によって彼方で発生した爆発は間を置きながらもその爆風と衝撃波を彼女に伝え、黄緑色の髪と、そして白と灰のコートが翻った。


「ごめん、スターク。 ちょっと外したみたいだ・・・・・・」

《・・・気にすんな。 それに外したんじゃなくてヤツが避けたらしい・・・・・・流石は第2十刃、って事なんだろうがな・・・面倒なこった・・・・・・》



爆風の強い風、そして空間が爆ぜた事による衝撃波を前にリリネットはその瞳を閉じる事無く、冷静に眼前の敵を見据える。
そして零れた言葉は謝罪、放った圧倒的攻撃に対して眼前の敵はそれに見合わずその身体の形を残していたのだ。
心臓を狙ったリリネットの千の一撃を標的である黒き剣の山、ネロ・マリグノ・クリーメンは寸前で避わしていた。

巨大な剣の山と化し隆起した左肩を根こそぎ抉り取られながらも。

放たれた虚閃の大きさは同じ、しかし、込められた力は単純に見ても十倍。
そして千を一として放つということは、百を一としたそれよりも自然威力が高まるのは自明の理。
ただ腹部を貫通したのみの最初の一撃、だが二撃目の圧縮装弾虚閃はネロの左肩を貫き、それだけに留まらずその周りの彼の岩剣の鎧も、そして彼の肉体も抉り取っていったのだ。
圧倒的な威力、そうとしか言いようが無いリリネットが放つ虚閃、だがそれをネロは生き延びた。

それは本能、リリネットの虚閃を前にし、まさにそうとしか言いようが無いものがネロを突き動かしたのだ。
理由も思考もない、ただその身に感じた感覚、おそらく彼にとって人生において一度しかなかった感覚、”大帝”バラガン・ルイゼンバーンへ挑み返り討ちの目に合わされた折に感じた感覚が叫んだのだろう。
避わせ、避けろ、抗え、何をおいてもその一撃に、例え痛みを覚えようとも、例え矜持に反そうとも、でなければ死ぬぞ、何者でもないただ確実な死だけがお前に降りかかるぞ、と。

その感覚の名は”恐怖”
圧倒的に迫る死に感じる恐怖であり、ネロ・マリグノ・クリーメンという破面にとって自身へと一身に集まるものであり、同時に彼の内側からは最も遠かっただあろう感覚。
それがネロを突き動かし、左肩、そこから繋がる左腕が僅かに残った肩を介して胴とかろうじて繋がっている状況ではあるが、彼の”命”を取り留めた感覚の名であった。

しかし恐怖を感じるという事は同時に、それを彼の身に覚えさせた者は彼にとって脅威であるという事の証明でもある。
だがそれは許されない事だ。
少なくとも彼、ネロにとっては許されない、許される筈が無い事。
見た事もない新入り、不遜にも彼に楯突き、更には彼を敵として倒すと、そして簡単に死んでもらっては困るとまで言い放った不貞の輩。
ただ一方的に虐殺するべき対象に、虐殺者である自身が脅威を感じたという現実。

許し難い。
ネロにとっては何よりも。
”弱者”とすら呼べぬはずの塵が、至高の”神”である彼に弓を引き、その番えられた矢に神が脅威を感じるなどという事はあってはならないのだ。


「塵が・・・・・・ 塵が、塵が塵が、塵が塵が塵が塵がゴミガァァァアァアアァアアア!!!オレ様は”神”だ!! その神に対してテメェは何をした!!!グゥアァァアア!! オレ様の! 神たるオレ様の血肉が失われる!痛ぇ!! ふざけんじゃねぇ! 死ね死ね死ねシネェェエ!!クソ塵が! ありえてたまるか! お前等に塵に!オレ様に殺される為だけに生きてる娯楽人形に!このオレ様を傷つける許しを与えた覚えは無ぇ!!クソがぁあぁぁあぁあ!!!」



支離滅裂な叫びは、しかし彼の精神を物語る。
多くの感情と感覚、怒りであり痛みであり、そして僅かな恐怖とそれを否定する傲慢なまでの自尊心。
それらが綯交ぜとなれば思考など追いつくはずも無く、思考無くただ垂れ流される叫びは理を欠きながら叫ばれるのだ。

ぶらりとただ垂れ下がるだけのネロの左腕。
巨大で強力無比な彼の左腕、竜の顎(アギト)を持つ命を殺し喰らう彼の左腕は最早動かない。
当然だろう、破面という強大な力を持つ存在、肉体の強度は人間を軽々と上回る。
しかし、いかに強力で頑強な身体とて構造は人のそれとそれ程替わりはなく、肩の大部分を喪失した状態で腕を動かすことなど出来ない。
フェルナンド・アルディエンデは腕全体を挫かれようともただその”意”をもって無理矢理に動かしたが、これは状況が違いすぎる。
意をもって動かそうにも、そもそも動かすものが存在しない、肉も骨も肩を構成する肉体をネロは喪失している。
故に彼の左腕は完全に”死に体”、動かすことなど叶いはしないのだ。


「グァラァァァアアァアア!! 死にさらせ塵がぁぁあ!!神を殺そうとした罪を償え!! その塵滓以下の命を差し出せ!殺してやる! 殺してやる殺してやる、殺してやるぞ!!ガァアァアァアアアア!!!」


叫ぶが早いかネロはリリネット目掛け神速の加速で持って突進する。
左の巨椀はただ彼の加速に追従するのみとなっていたが、今の彼にそんな事を考える思考は存在しなかった。
ただ殺す事、それだけが今ネロを支配しつつあり、それだけを追い求める彼に左腕を気遣う思考は余分でしかない。
ネロの視界から周りの景色が徐々に消えていく、いや、消えていくというより標的であるリリネット以外の景色は赤く染まっていった。
視界の端から徐々に、中心に捉えたリリネットの姿を覆いつくさんとして徐々に広がる赤がネロを支配しつつ、リリネットに肉薄したネロはただ大きく振り被った右腕をリリネットへと叩きつけようと振り下ろす。

リリネットはその一撃を大きく後方へ跳ぶことで避わすがネロはそれだけで止まらず、再び宙を蹴りリリネットを追うように迫っていた。
繰り出されるのは右手の斬撃にも似た爪と、無数に乱立する岩の剣で武装した彼の尾、或いは強力な下肢での蹴り等、ただ支離滅裂の叫びを繰り返しながらリリネットを追い立てるネロではあったが、その実追い立てる攻撃の全ては感情の揺れを感じさせない的確なものであった。
それは一重にネロ・マリグノ・クリーメンという破面の根源。
ただ命を奪う事だけに特化し、それを暴慢の意をもって振るう彼ではあったがその力は本物。
殺す、余計な感情を排し、それこそ暴慢な意を排して振るわれるそれはただ貪欲なまでに命を奪おうと動くのだ。
理性、感情、情動、その全ての箍が緩み、顔を覗かせるネロ・マリグノ・クリーメンの力、暴竜の片鱗、それが今リリネットを追い立てる。


「まだかよ! スターク!!」


荒れ狂いしかし研ぎ澄まされる暴竜の攻撃を前に、リリネットはやや大きな声で抱える銃、スタークに声を飛ばす。
余裕をもって避わせてはいるが、こうも攻め立てられ距離を潰されてはいかにリリネットとて焦りの一つも見せるだろう。
リリネットは遠距離からの圧倒的突破力と攻撃力による戦闘を得意とする破面。
遠距離攻撃に特化する、ということは当然近距離での戦闘は想定しておらず、強大な威力を得るための代償である巨大な銃は取り回しが悪く近距離では使い物にならない。
まして間合いの内側に入られればそれは由々しき事態、彼女が単独で戦闘をするならばそれは死すら意味する事態なのだ。
それゆえ距離を潰し、間合いを潰し、攻撃の隙を与えまいとするネロの行動は彼女にとっては厄介極まりないもの。
故に叫んでしまう、片割れの名を。


《もうちょい待ってろ! 流石に”千発”の後はキツイ。だがもう少しだ、お前は”これしか無い”んだから気合入れて避けろよ!》

「わかってる! アタシだって出来れば”狼”は使いたくないんだ。」

《あぁ・・・・・・ だから判ってんな?やばかったら・・・・・・》

「うん。 いつでも大丈夫・・・・・・」


ネロの尾による横薙ぎを宙返りをするようにして避わしながら、スタークの言葉に再び叫ぶようにして答えるリリネット。
装弾を催促していた先程の彼女の言、それにスタークは厳しさを滲ませながらも答えた。
虚閃という名の弾丸、その圧縮は技量と集中を必要とし、それ故に次弾の圧縮には時間を要する。
先も、そして今もリリネットがネロの攻撃に反撃すらせずに避け続けるのはそういった理由。
そしてなによりリリネットがもつ攻撃手段は、スタークという名の銃から放たれる圧縮装弾虚閃以外に存在しない。
いや、厳密にはもう一つ攻撃手段はあるのだが、出来れば使いたくないという言葉からそれを積極的に使用する事は考えづらく、結果たった一つの攻撃手段しか持たないのがリリネット・ジンジャーバック=コヨーテ・スタークという姿の二人の欠点。
強力な一撃を持つ故の弊害か、唯一つに特化したためにそれ以外を行えない、攻守のバランスなどという事を無視した攻撃性能が今、この場においては仇となっていた。


「オォオォオォォオオオオォオオオ!!! 死ねぇ!!死ね! シネ! 死ねぇぇえぇぁああああああ!!!ウォアァアアァアア!! 」


叫ばれる言葉に最早理性は見えない。
ただ死を、敵を死に至らしめんとする本能だけがネロを支配していく。
理性を失う事に反比例するようにより鋭くなるネロの攻撃。
それは己の持つ力を彼自身がもてあましていたという事なのか、それとも理性というものがあるが故に、己が暴慢を満たさんと彼がしていた為に埋もれていたものなのか。
ネロという破面のおそらく最高の形、もし彼が戦士として鍛錬を積み、己が力を過信、慢心する事無く進んだ先にあったかもしれない鋭さ。
戦士ネロ・マリグノ・クリーメンの姿がおそらく今リリネットを追い立てている鋭さの正体。

しかしそれは叶わぬ姿。
何処までいこうともネロは戦士にはなれない。
理性の箍、感情の箍が外れかけていたとしても、そこで見え隠れした姿、攻撃の鋭さが如何に素晴らしかろうともそれは幻。
ネロ・マリグノ・クリーメンの性は他者を己が欲望を満たす為の道具としてしか見れない”暴虐の徒”であり、その暴を意識して振るう”暴君”でしかないのだから。


《いけるぞ! リリネット!》


ネロの攻撃を跳びはねる様にして避わし続けていたリリネットに、遂に待ち望んだ言葉が届く。
その言葉に反応し、リリネットは叩きつけられたネロの黒い岩の尾を紙一重で避わすと、乱立する剣の腹の部分を強かに蹴り無理矢理に距離をとる。
間合いは必殺、敵は攻撃後の僅かな硬直を彼女に晒し、彼女に自身の勝利を疑わせるものは何一つない。


「喰らいな! 圧縮装弾虚閃(セロ・コンプレシオン)!!」


引き絞られた引き金、長く伸びた銃身の先にある細く絞られたような銃口から放たれたのは緑色の極光。
速く、研ぎ澄まされ何者をも貫く狼姫の一撃は、放たれた瞬間に既に必殺。
徐々に硬くなっていくネロの黒曜鋼皮をもってしても防ぐ事はかなわず、今すぐ硬化することは出来ないその鋼皮では守りにはあまりにも薄い。

故に決着。
リリネットはもとよりおそらくスタークすらもどこかでそう思ったであろうその光景。
神速にまで達したかのような攻撃の速度は避わす事など叶うはずがないだろうと。
引き金を引いた瞬間が決着、二度の砲撃でリリネットの誤差は修正され、狙いを違う事などないと。
故に決着。
誰しもがそう思う光景がそこにはあった。







「アカンわ。 そら、ちょっと甘すぎるなぁ。」







その声の主は市丸ギン。
戦場より遠く離れた場所、白い羽織と銀色の髪を靡かせながら戦場を見守る彼から零れたのはそんな言葉。
誰に言うでもない、まして戦う者達に届くとも届けようともしているわけでもないその言葉。
しかし確信に満ちたかのようなその言葉。
笑顔の下に隠れた怜悧な彼の一面がそう告げる。
甘いと、そんなにも簡単に決着が着くわけがないと、仮にも神を自称していた者をそう易々と討(と)れる筈がないと。


そしてその言葉は図らずも現実となった。



「嘘・・・でしょ・・・・・・ 」


零れた呟きには驚愕しかなかった。
銃口から放たれた緑の極光はその威力を存分に発揮し遠く彼方の空へと消えていた。
しかし、しかしそれを放ったリリネットの目には異常なものが映る。
それはネロ・マリグノ・クリーメンの姿。
ネロが居る事、それ自体になんら異常な事はない筈、だがそれは何より異常なのだ。
リリネットが放った必殺の極光、その光が治まりそこに立つのはネロ、ネロ・マリグノ・クリーメン。

”無傷の”ネロ・マリグノ・クリーメンがそこに立っていたのだ。


それは、彼がそこに立つという事は証。
肩を抉り取られたその姿、腹部に開いた穴は鋼皮の棘によって塞がれて入るが、その隙間からは血が零れ落ちる。

しかしそれだけ。

ネロが負っている傷はそれだけ。
そう、三度放たれた極光によって負った傷は二つ。
それは即ち無傷の証。
ネロが三度目に放たれたリリネットの圧縮装弾虚閃を完全に避わしたという証なのだ。


「銃ゆう武器は確かに強力や。 速いし強い、おまけに相手の間合いの外から好き放題攻撃できる。願ったり叶ったりの武器や。 でもなぁ・・・・・・そんな万能はありえへん。 銃には欠点がある、それは弾は絶対に”銃口の向いとる方”に”真っ直ぐ”にしか飛ばんゆう事。なら後はその向きと、撃つ拍子さえ掴んでもうたら避けられるゆう算段や。えらい強力な一撃も、ただ避けられたら目も当てられんゆう事やねぇ。」


独り言、呟きの域を出ないその言葉はしかし的確で的を射ていた。
銃という武器、その有用性、破面達は虚閃という遠距離攻撃をもっているがそれを主に使う者はいない。
その爪で、或いはその牙で敵を殺し喰らってきた過去を持つ彼らは皆一様に肉体による戦闘に特化していく。
それは獣の本能であり、闘争の姿。
それに対する銃という武器は実に有効なものと言える。
なにしろ間合いが違いすぎる、相手は近付かねば攻撃を出来ずしかし銃はお構い無しに攻撃が可能。
より遠くから、自らの身の安全を確保しつつ如何に相手を仕留めるかを追及した武器、それが強力でないはずが無い。

しかし、市丸はそれを理解した上で欠点を指摘した。
銃という武器がもつ最たる欠点、それは直線的な攻撃であるという事。
込められた弾は火薬の炸裂によって銃身を高速で進み銃口より発射される、そして弾はただ真っ直ぐに標的目掛けて奔り射抜く。
そう、銃とは銃口から真っ直ぐに伸びた直線上にいる敵しか射抜けない武器。
標的との最短距離をいく弾丸、直線上を走る弾丸、しかし理解してしまえばどうという事はない。
ネロがしたのは至極簡単な事、市丸が示したとおり銃口の向きから射線を導き、放たれる寸前で回避しただけ。
だがそれは簡単なことであってその実そうではない、早ければ気付かれ遅ければ射抜かれる、刹那の攻防、”撃つ”というリリネットの”意”を捉えたネロの感覚の勝利。
リリネットの圧縮装弾虚閃は威力を極限まで高めるために、その範囲を絞り放たれる。
それが彼女には災いだったと言えるのかもしれない、そうして絞られているからこそネロは刹那の勝利を手にした。
研ぎ澄まされた今の彼、理解しての行動ではなくただ本能がそれを行わせた結果彼は生き延びたのだ。


「グァオォォオオオォオオオォオオ!!! 」



その刹那の勝利とは裏腹に、ネロの咆哮は次第言葉を失っていく。
言葉は無く、ただ叫ぶ事が今の自分を表すのだと言わんばかりに、その太い喉を震わせ大気を震わせる。
失われつつもただ一つ彼から失われないのは、”殺す”という彼にとって最も重要な事柄。
それさえあれば彼はネロ・マリグノ・クリーメンたり得るとさえいえる行為。
今それが彼には満ち、他は彼方へと排除されている。
そして踏み込まれた一歩は、まるで距離など無かったかのように瞬時にリリネットへと肉薄していた。

そこは絶死の間合い。
巨大すぎる銃は取り回しが悪く、肉薄されれば只の巨塊と成り下がる。
しかしリリネットは動けない。
強力な攻撃にはリスクが伴う、それは彼女の攻撃手段がそれしかない事もそうであるが、砲撃後の隙というのは消せるものではない。
なにより自らの必殺の一撃を完全に避けられたという衝撃は動揺を誘い、彼女に精彩を欠かせるには充分。
必殺の一撃の裏返しは必滅の一撃、そしてその必滅とは自らの破滅を表し振り上げられたネロの右腕はまさしく彼女にとっての必滅であった。












そう、”彼女にとって”は。













ガチャリ、という音がしたのはネロの眼下。
リリネット・ジンジャーバックが今の今まで立っていた場所から。
振り上げた右腕はそのままに、ネロの瞳が音の方へと向けられる。
そして向けられた瞳に映るもの、それは黒く塗り固められた”二つの”銃口。
その先に居るのは小柄で白地に灰色の毛皮のコートを羽織った黄緑色の髪の女性ではなく、波をうつ黒い癖毛に顎鬚を生やし、彼女と同じコートを身に纏った長身の男の姿。
コヨーテ・スタークが彼の眼前に二丁の銃を構え立っていたのだ。


「言ったろう? 俺とリリネットは二人で一人、一枚のコインの裏と表、そのコインの裏と表が返るのに、一瞬の隙もありはしないんだよ。」



そうして引き絞られる二つの引き金。
連射に適した左の銃、強力な一撃に適した右の銃、その特性など無視した強烈な連射がネロの顔面にほぼ距離の無い位置から浴びせ掛けられる。
攻撃の反動でその場から後ろへと飛ばされるスタークだがそれでもお構い無しに、ただ虚閃を撃ち続けた。
ネロの守り、黒曜鋼皮が唯一覆っていない彼の顔、おそらく彼が晒している唯一の弱点らしい弱点に放り込む、何十発という虚閃を。
スタークがその銃撃を止めたころにはネロが居たであろう場所は砲撃による霊子の乱れとネロの鋼皮に弾かれた虚閃の残滓とで爆煙の山が出来、ネロがいたであろう場所を包み込んでる。


《ごめん、スターク・・・・・・ 迷惑かけちゃって・・・・・・》

「ったく・・・ 迷惑なんて思って無ぇよ。 俺等の生き方はこういうもんだろうが、二人で支え、補えばいいんだよ。」

《うん・・・ ありがと・・・・・・》


二丁の銃へとその姿を再び変えたリリネット、自らの窮地を救ったスタークにどこか後ろめたさを感じたのか、彼女の口から零れたのは謝罪だった。
しかしスタークはそんなものは必要ないという。
彼にとって、いや彼らにとってそれは当然の事なのだろう。
支えあい生きてきた彼ら、片方の危機をもう片方が救うことになんの疑問があるというのか。

そうしたリリネットとの短い会話の中でも、スタークはその視線をネロを包む爆煙から外さない。
残心、仕留めたかも定かではない相手に警戒を解くほど彼は愚かではない。


(さて、あれでどれだけ効いてるもんかねぇ・・・・・・俺だって”狼”は使いたくない。 だが、”切り札”の方が駄目ならやるしかない・・・か。)


一瞬の思考、逡巡の間にネロを包んだ煙が晴れていく。
そこには当然のように黒い巨岩が、ネロが立っていた。
しかし違うのはネロが俯きその顔からはいまだ煙が上がっているという事、やはり無防備な顔にスタークの虚閃の乱撃はネロにとっても痛手という事か。
だがスタークはその姿を見てほんの少し眉をしかめる。
本当ならあれで頭が消し飛んでくれた方がよかったと、おそらく効いていない訳ではないがそれでも効果は薄かったという事に、眉をしかめずに入られないスターク。
しかし、そのスタークに追い討ちをかける出来事が今、起きようとしていた。


煙が晴れ、視界も晴れ、互いの姿を確認できるまでにいたってもネロに動く気配が見えなくなった。
それはどうにも不可解な事。
先程まで支離滅裂に叫び、言葉すら失ったかのように吼えていたネロが、動かず、そして叫ぶ事もしなくなったのだ。
つい先程までの行動が嘘のように、俯き動かないネロ。
その姿に怪訝な表情を浮かべるのはスターク。
まるで勢いを失ったかのようなネロの姿、顔面への攻撃が彼の気勢を削いだのか、はたまた別の何かなのか。
暴威を振るっていた者の急停止、それがスタークには何処か不気味にすら感じていた。



そしてその感覚は間違いではない。
嵐の前の静けさ、それも只の嵐ではない。
理性の箍、感情の箍、そして本能の箍、厳重に架せられた数々の錠前。
ネロ・マリグノ・クリーメンという破面の本質を何重ものそれらは覆い、鍵をかけ、締め上げていた。


だがしかし、その全ては今外れようとしている。


ネロという破面がかつて感じた事が無いほどの怒り、かつて感じた事が無いほどの痛み、そして感じた感情を許容できないという圧倒的な圧迫感。
理性が押しつぶされ、感情は振り切れ、そして本能は際限なく加速しとどまる事をしない。
すべての停止装置が今彼の中で破壊され、それを失った彼の全てがが際限なく燃え上がり、或いは加速し、そして限界を超えそれでも止まらない。
止まれないのだ。





「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」





最早それは言葉ではなく、叫びと呼ぶ事すら生易しいものだった。
肺に溜まった空気を全て吐き出し叫んでも足りないような大音量と、それだけで世界を吹き飛ばすかのような衝撃を伴ったそれがネロの口から放たれる。
跳ね上げられた顔に皮膚は無く、筋繊維が顕と成ったその顔に爛々と輝くのは、緋色の瞳を失っい赤に染まり見開かれた眼。
それは血の色であり彼が最も好む色。
視界の全てが赤に染まり、それでも飽き足らず赤を求める魔獣の眼。
全てが振り切れもはや人の姿に違和感すら感じるその化物は咆哮の後、劇的な変化を顕す。


失われた左の肩、その断面から瞬時に肉が盛上り肩を形成し、それでも飽きたらず膨張を続ける肉はその内側から黒い岩の剣を生み出しながら遂にその先端に竜の顎を創り出した。
新たに左肩より生まれた竜は瞬時に黒の鋼皮に覆われ、肩が再生を果たした事により左腕の竜もまた息を吹き返したかのように顎を開く。
そして変化はそれだけに留まらない。
右腕の爪は更に長く鋭く伸び、腕の大きさはそのままにその手だけは巨大に、不恰好ながらも変化を果たし、背中に乱立していた岩の剣山もその長さと本数を増していき最早ハリネズミの様相。
一本だけだった尾は同じ根元より一息のうちに伸びたもう二本の尾により三本に、皮膚を失った顔はその全てを黒い鋼皮の鎧に覆われ、爛々と輝く眼以外は見えなくなり、怒りの意匠を伺わせる外観へと変化を遂げた。

双頭の竜、三叉の尾、長い爪と覆いつくす剣の群れ。
果たした変化は最早、人型を捨てた姿。
人よりも竜に近い姿へと変化したネロ。
それも本来超速再生という能力を失っているはずの破面が肩を再生し、更には新たな肉体の部位を産み出すという規格外。
化物、そうとしか言いようが無い今のネロの姿とその性能。

それは一重に彼という破面の異常性。
有り余る霊圧、それを破壊と殺戮の為に使うネロ。
破面はその個々が抱える霊圧を無意識下で押さえ込んでいる。
なぜなら霊圧の全てを開放すれば待っているのは”死”だからだ。
まずもって肉体が耐えられない、強すぎる霊圧、肉体が受け止め切れない霊圧はそれだけで肉体を傷つける。

フェルナンドがいい例だろう。
子供の姿だったころの彼は、霊圧だけは不釣合いなほど強く、それを開放する事で力を得る事はできたが同時に霊圧を肉体の許容する以上に解放する度、自らの肉体にも多大なダメージを負っていた。
それが自明の理、無意味な自殺行為でしかないのだ。


だがネロは違う。
肉体がその完全な霊圧の解放に耐えられる。
しかし、彼自身がそれを意識して行えるわけではない。
無意識下で抑えているものを意識して外す事は容易ではないのだ。
だが今のネロはおおよそ意識と呼べるものが無い。
理性も、感情も、そして本能までもが停止、或いは振り切れ、本来それで止まるはずの肉体はしかし止まらず更なる加速と燃焼を続け限界は破壊される。
その後にあるのが無意識の開放。
霊圧が噴出し、負った傷はその莫大な霊圧によって無理矢理に修復されそれで終わらず更なる強靭で強力無比な肉体を求め、構成した。
意思を離れただただ強力な力を求め、止まる事無く最早意思すら止める事叶わずに。
産み出したのだ、魔獣を、双頭の暴竜を。

莫大な霊圧はその殆どを回復と進化に費やされ、しかし明らかに纏うそれも強力になっている。
その姿を目の当たりにし、その霊圧を目の当たりにしたスタークからどうにも面倒そうな溜息が漏れた。


「はぁ・・・・・・ こいつはどうも・・・ 骨が折れそうなこったな・・・・・・」



溜息と呟きは大きすぎる咆哮に掻き消され闇へと消えた。


ネロ・マリグノ・クリーメン。
第2十刃にして虚園の”神”を自称して憚らない暴君。





そして、彼が十刃として司る”死の形”、それは・・・・・・







”暴走”











歯止め無き暴

暴れ狂いしかし止まらず

途絶えぬ弾丸

飲み込む群青

王の名の下に

執行す











※あとがき
ネロ、暴走するの回。
箍と言う箍、その全てを解放した彼に残ったのは
本能よりも濃い根源的な部分で命を殺すことを求めている。
まさに根っからの殺戮者、と言うことかな。



[18582] BLEACH El fuego no se apaga.56
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/07/12 00:39
BLEACH El fuego no se apaga.56











彼の視界に今や色彩は無い。
いや、正確には色はある。

それは赤。

その一色だけが彼の視界を塗りつぶし、他を排し景色を写していた。
何故そうなったのか、何が起こったのか、本来ならば疑問に思うべき事態であるが彼はそれを気にも留めない。
ただあるのは”薄い”という気持ち。
目に映る赤、視界を塗りつぶした赤、しかしその赤は彼からすれば酷く薄い赤。
もっと、もっともっと濃く、もっともっと鮮烈で、もっともっと艶やかな赤を彼は求めていた。
他には何もいらず、考える必要も無く、ただ求めていた。
自分の視界が赤に染まった事、その理由を求めるよりも尚、赤を求める彼。

彼にとっては今やその理由とやらは瑣末に過ぎないのだろう。
最も重要なのは、この薄い赤を濃い赤へと変える事だけ。
そしてその方法だけが彼の中には今満ちている。



より濃い赤を見るためには、全てを殺せばいいのだという事が。








「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」


咆哮と呼ぶには生易しい衝撃波を伴ったそれは、双頭の竜の口より発せられる雄叫び。
人としての形をかろうじて保っていたころの彼の口は、堅い岩の外皮に覆われすでにその顔諸共覆われ、怒りの意匠が掘り込まれたような岩の仮面にはただ爛々と輝く赤い目だけが見えていた。
吹き上がる霊圧は緋色の爆風となって辺り一面に撒き散らされ、そこがもし空中ではなく地上であったなら大地の悉くは割れ、爆ぜ、塵となっていただろう。
まるでこの世の殺意がその意を行うためだけに形を持ち、雄叫びを上げるかのような姿。
左右非対称の外見は歪さを強調し、しかしその歪さこそその者にとっては最も似合うものですらある。

ネロ・マリグノ・クリーメン。
虚園の神を自称し、憚らず、思うがままに振舞い、そして蹂躙する暴虐の嵐の名。
十刃として司る彼の死の形こそ今の彼を何よりも端的に顕す。

曰く”暴走”。

肉体、精神、その全ての箍、錠前が壊れ、止まる事無く加速し、行く末すら定まらずただ猛威を振りまく。
ネロに起こっているのはそういった類の出来事。
本来無意識に押さえ込まれた霊圧、それは自身の肉体と精神を安定して保つための一種の防衛本能に近い行為。
しかしネロはその防衛本能を破壊し、理性を放棄し、本能を凌駕し、意思と呼べる全てを手放して押さえ込まれた霊圧を開放した。
その対価として得たのが今の彼の姿。
消し飛んだ肩の肉を補いながらそれ以上に膨張し生まれた二本目の竜頭、歪に巨大化した右手、新たに生えた岩の尾、そしてより強固に全身を覆う黒い鎧。
機能ではなくただ殺すというために大きく、或いは鋭く変化したその姿は恐ろしさすら漂う。

まるで底なしかのような霊圧にものを言わせた再生と強化を得た代わりに、彼が失ったのは彼自身。
愉悦も、快楽も、喜びも、悲しみも、怒りも、その何もかもを彼は手放した。
無意識に押さえ込まれたものを無理矢理に表へと引き出すことへの代償。
本来許容できないものを扱うために、しかし許容できる範囲が決まっていると言うならばその為の場所を空けてやればいいとでも言うかのように、かれはその膨大な霊圧を得るために、自らを定めるものを手放していったのだ。

今の彼にあるのは最低限のものだけ。
理由もとうに失った、しかし譲れ無いものだけ。
ただ敵を、それ以上に命を殺す為に必要なものだけ。

そう、殺意だけだった。



衝撃波のような雄叫びの後、ネロはその竜脚をもって一息に宙を駆けスタークへと肉薄する。
その後にあったのはただ一方的な乱撃の舞台だった。
竜爪が、竜脚が、竜牙が、そして竜鱗までもがスタークを切裂き、或いは引き千切らんと乱舞する。
反撃の暇(いとま)など無くそれ以上に反撃に転じる事すら考えられないかのような乱撃は、一つの区切りも迎える事無くスタークを追い立て続ける。
その悉くをギリギリの間合いで避わし続けるスターク。
大きく避ければ危機は減る、しかし同時に勝機も減る。
命の奪い合いとは常に表裏一体の理の中にあり、転じる事に刹那の間すらないのだ。
それ故にスタークは間合いを詰める。
銃という特殊な武器、本来間合いは開いていてもそれ程勝機を逃すものではない。
しかし、本能の部類でリリネットの射撃を避けたネロならば、スタークの攻撃も避けられてしまう可能性は捨てきれない。
故に接近する。
避けられぬ距離からの掃射をスタークは狙っていた。


乱撃の最中、振り上げられたのは手首から先が異様に巨大化した右腕。
巨大な掌とそこから伸びる五指、そして五爪、肩から腕が今まで通りである為その巨大さは際立ち、そして明らかに広がった攻撃範囲でもってスタークを切裂こうと振り下ろされる。
だがスタークはネロの右腕から繰り出された素早く強烈な攻撃をギリギリで避わすと銃を構え、反撃を試みた。

しかしネロの攻撃はこれだけに止まらない。
右腕の攻撃は空を切り、しかしネロの身体はその右腕の勢いのまま前転するように回転していく。
そして現われるのは無数の黒き剣と見紛うばかりの岩の棘が乱立した背中。
右腕よりも更に攻撃範囲が広く、そして殺傷能力に優れたそれがスタークへと襲い掛かる。
いかにスタークとて隙間無く乱立する剣の群れを掻い潜れるはずも無く、紙一重での回避を断念し後ろへと飛び退いた。

そしてそこは絶対の安全圏、二段構えの攻撃の外側、背中の剣さえやり過ごしてしまえば後は背中を向ける敵の姿があるだけの場所。
背中というのは全てにおいて共通の死角であり、それを晒す事は負けに直結してもおかしくない場所。
故にそこは絶対の安全圏であると同時に絶死の間合いとなるべき場所でもある。

が、今は違った。
スタークとてそれを理解していた。
右腕、背中、それをやり過ごしたとておそらく次があるという直感。
戦いにおいて自らの行く末を左右するものがスタークに警鐘を鳴らしていたのである。

そして黒い岩山の影から現われたのは三本の大太刀。
無数の棘に覆われ長く伸びた黒い三本の尾、身体の回転に合わせて振り下ろされ叩きつけられようとするその様は巨大な太刀にも似た雰囲気を感じさせる。
飛び退いた筈の絶対の安全圏は、一転し太刀による攻撃の最上の間合いへとその姿を変えた。
それをネロ自身が狙っていたとは考えづらい。
何よりそういった”思考”は今の彼には無く、強いて言えば彼の”殺意”という唯一残されたものがその動きを可能にしている。
どうすれば殺せるかという事をその殺意が追い求めていたが故に。

振り下ろされる三本の太刀、それを前にスタークは左右の銃を構えそのうちの一本を集中的に撃ちぬいた。
黒い岩の鋼皮、霊圧を込めたスタークの弾丸はまだそれに対して有効で、黒い棘を蹴散らしながら三本のうち一本を圧しとどめる事には成功する。
それによりややタイミングのずれた太刀と太刀の間をすり抜けるように響転によって移動したスターク。
そしてその彼の眼に晒されるのは今度こそガラ空きとなったネロの背中。

そして構えられる二丁の銃、硬度が増しているといってもその銃から撃ち出される虚閃が完全に弾かれたわけでもなく、今だ削れる事は先の一撃で証明済み、ならば再生を上回る速度と物量、そして威力でもって攻撃すればいいと考えたスタークは構えた銃の引き金を引こうとする。


が、しかしそれは叶わなかった。


彼が引き金を引こうとした瞬間、彼の視界の端に光る緋色の極光。
僅か、捉えたというのはあまりに微かなそれは、しかし彼に再びの警鐘を打ち鳴らす。
しかしそれは些か遅きに失し、彼を横合いから一発の虚閃が襲ったのだ。
彼を飲み込むには充分な範囲と、そして威力を伴ったその虚閃は竜の顎(アギト)から。
肩から新たに生じた双頭の竜の片割れは、本来あるべき骨格の稼働範囲など無視し、回転する肉体に引かれる事などお構い無し、回転に逆らうようにその首を捻り背中へとその鼻先を向けると、開いた口から強烈な虚閃をスタークへと見舞っていたのだ。

その竜頭の動きは既に常識の範疇から外れ、しかしそれ故にスタークへと”虚”を突いた一撃を見舞う事に成功していた。
明らかに首の骨が折れる挙動、首が一蹴したかのようなその動きをして尚、その首の先の竜頭は顎を開き、雄叫びを上げる。
それはネロが既に外れているという事を顕すには充分。
暴走した霊圧、暴走した肉体は既に常識という範疇から外れ、彼が唯一残した殺意を具現するためならばどんな事でも可能と判断するかのように、不可能すらその肉体を破壊しながらでも成してしまおうとするかのように動く。
そこに痛みは無い、痛みという感覚すら今の彼には無い、殺した後にある愉悦を感じる事すら今の彼には無い。
今の彼に最も重要なのは”殺す”という行為であり、それによって何かを満たそうとしてるわけではないからだ。


「■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」


捻れた首は瞬時に元に戻り、何事も無かったかのようにうねりながら雄叫びを上げる。
双頭の竜による雄叫びの重奏、雄々しくも耳障りなその声は暗い夜空に吸い込まれきらずに辺りを満たす。
まるで世界が揺れているかのように錯覚してしまいそうな音の波は、まるで全てを、それこそ生物と非生物の区別無く殺すと宣言しているかのようにさえ聞こえた。

その雄叫びの中、ネロから離れた位置で宙に奔る霊子の残滓。
その後に現われたのは白と灰色の毛皮のコートを纏ったスターク。
小さく溜息をつきながら視線をネロへと向けた彼、そこに映るのはいまだ雄叫びを上げ続けるネロの姿。
それを見て再びの溜息をつきながら、スタークは銃嚢へと両の銃をしまう。


「やってくれるな、まったく・・・・・・ 流石に避け切れなかった・・・か・・・・・・」

《スターク・・・・・・ 》

「心配要らねぇよ・・・・・・ 大した傷じゃない。だがあそこでああ来る・・・か。 こりゃ接近戦はマズそうだな、どうせあの馬鹿げた動きもあれだけって事はないだろ・・・・・・ったく、面倒な事になっちまったな・・・・・・」


呟きながらスタークは自らの足へと視線を落とす。
そこにはまるで脛から下が焼け焦げたような彼自身の右足、ネロが放ったスタークの”虚”を突いたかのような一撃。
スタークはそれを察知し、即座に回避行動に移ったがそれでも間に合わず、ネロの虚閃にその右足をもって行かれたのだ。
その傷を心配そうに気遣うリリネット、そんな彼女の言葉にスタークは問題ない風で答える。
実際ネロの間近からある程度の距離を置いた現在地までを片足で駆けたスターク。
移動という点で言えばまったく問題は無いが、戦闘においては不安が残らないわけではない。
更に予想外であったネロの動き、首が捻れ折れることすら関係無しに彼を狙い撃った様はスタークにとって不安材料でしかなかった。

予想、それは経験から導かれる積み重ねの幻視。
数多の戦いを潜り抜けた者のそれは、経験の裏打ちによってより確実性を増していく。
敵が次にどう動くか、何を狙っているのか、数多ある選択肢から或いは可能性からの取捨選択、思考を読み、戦いの流れを読み、身体の微細な動きを読み、そこから導かれる敵の一手。
そして戦いが高度になるにつれそれは先読みの戦いとなる。
一手先、二手先、と敵に先んじる事を己が利としての戦い、心静かに戦う者に見られる極地の思考。
スタークという破面はどちらかと言えばこちらに分類される戦士。

敵を見通す事に長けたその戦い、しかし今のネロにその戦い方は通用しなかった。
まずもって読める思考が無い、行動原理に殺意という一過性はあるもそれだけで流れを読めるはずも無く、自らの身体の稼働範囲、傷つく事など無視した攻撃はそもそも読めるものではない。
手詰まり感が否めないその状況、スターク自身も面倒な事と言っている通りあまりに割に合わない戦いですらある。


しかし、スタークの瞳は戦いを投げたそれではない。


口では面倒だと言いながらも、その瞳にあるのは勝利への道筋を探す狼の意。
どうすれば勝てる、どうすれば倒せる、どうすれば殺せる。
それを探し続ける餓えた狼の意が、彼に瞳には浮かんでいた。
如何に相手が強くなろうとそんな事は彼には今関係なく、彼にあるのは大切なものを傷つけられそうになった事への蒼く燃える怒りと、その大切なものを必ず守るという強い決意。
それがあるからスタークは諦める事は無いのだ。


「さて、どうするか・・・・・・って、オイオイ。いきなりどうなってんだ?あれは・・・・・・」


痛む右足を意識から切り離し、戦いへと意識を向けたスターク。
上げた視線の先に映るのは黒く巨大な岩山とそこから生える竜の頭と尾。
だがその巨大な岩山を見たスタークは驚きと困惑の声を上げる。
それは視線の先で起こった不可解、考えられない光景によるもの。


スタークの視線の先にいるネロ、その彼は今、双竜の顎から幾本もの虚閃を無差別に、それこそ天地の区別無くただ無差別に吐き出し、連射していたのだ。


冴え渡り、尚且つ意表をつくかのような攻撃を見せたのは最初だけ。
ネロが、その殺意が追い求めた最良の形を見せられたのは、本当に最初の一合だけだったのだ。
冴えは影を潜め、ただ暴が暴として、そのあらん限りを撒き散らすその光景。
殺意の最良すらもが暴れだし、ただ粗野で粗暴、見るに耐えないながらしかし、力のみは本物であるが故に手におえない。
何を狙うでもなく、何か目的があるわけでもなく、ただただ降り注ぎ、或いは天を逆昇る緋色の雨。
雄叫びと、竜の顎から放たれる虚閃、竜吼虚閃(ドラゴ・グリタール・セロ)はただ無差別に放たれ続ける。
空の彼方、或いは地平線の彼方、時には眼下に広がる砂漠、そして彼等の居城である虚夜宮を掠めるようにして放たれ続ける虚閃群。
その行動に、とうに意味は無かった。
スタークを仕留めたのか、そうでないのかも今のネロには判っているか怪しい。
それは今のネロが一つの命を奪う事に執着しているのではなく、ただ命さえ奪えれば何でもいいと、殺戮し、虐殺し、よりこの赤の世界を濃くできればそれでいいとしている為。
質よりも量、大量の血が彼の視界を染め上げる事だけが今、彼がその殺意でもって求めるただ一つ。

故に荒ぶる。
もっともっと殺させろと、その叫びはただの音ではなく虚閃を伴った雄叫びへとその姿を変え、いまや降り注ぐ暴雨とすら思える。
災害、ネロ・マリグノ・クリーメンを称するのに最も端的なのはこの言葉かもしれない。
暴君も、暴虐の徒も、そして彼が自称する”神”もすべては霞む、今の彼の姿の前では。
前触れ無くただ等しく降り注ぎ、無慈悲に、そして救いなく奪い去っていくその様はまさに災害。
巨大な台風、それが唯一つの肉体に収まったかのような、虚閃を雨の如く降らせる彼の姿はそう思わせるに充分たるものだった。

考えなど無く、ただ無計画に際限なく放たれ続ける虚閃。
暴雨の中鳴り響き天を引き裂かんばかりの雷が如き雄叫び。
まるで自分の霊圧に底等無いと言わんばかりの姿、霊圧を弱め数を増やしたわけではなく、常時以上の霊圧を込めた虚閃の大軍。
抛っておけば程無くこの場が更地になるのではないかというほどの暴雨。
それはネロが意図した行動ではないのかもしれない。


暴走。


行動に理由も意思も感情も何も無い、理論的思考は無く、説明する事さえ不可能。
どうしてそれに至ったのか、また至るのかを論じるのはあまりに無謀でありそもそもたどり着けるはずも無い。
何故ならそれに理由など無いから、思考も、理論も存在しないから。
唯一ある殺意だけが彼の指針を決め、その感情すら暴走し、何のためのそれだったのかすら忘れている始末。
故に行動に意味は無い。
ただ撒き散らされた災害と同じという事。

それを前にし、スタークは意を決した。
こんな馬鹿げた者をこのまま抛っては置けないと、彼ら二人がいるのは天蓋の上、そしてその下には同胞が、数多くの同胞が居りこのままでは目の前の竜の餌食になることは目に見えていた。
天蓋の下にいる者にとっては今はどうという事は無い存在であるスターク。
しかしスタークにとっては、スタークとリリネットの二人にとっては彼らは等しく尊い存在。

ならばどうするか、問わずとも答えなど決まっている。
彼自身が決着をつけるという答えが。

銃嚢に納めていた彼の分身を引き抜くスターク。
銃把を握る手に力が篭り、霊圧はただ巨大に発するのではなく細く研ぎ澄まされる。
穿つ、それは大河の奔流ではなく一滴の水が如く。
自らの意思をそう在らんと変革し、その意思を弾丸に乗せるために。

宙を左足で蹴り、その一歩でネロを最も彼の武器が有効である間合いで捕らえたスターク。
近すぎず、しかし遠すぎず、敵を捉え逃がさぬ間合いでありスタークの必殺の間合い。
もっともこれから彼が放とうとしている技を敵が避ける術は無い。
一度放てば敵がその欠片すら残さず消え去るまで続くかのようなスタークがもつ”切り札”。
故に間合いなど関係ないのだが、それは気構えの問題。
自らの状況、それが最良のものであるという自覚、それがある故に自分は負けないという一種の暗示。
強き想いとは力へと直結する。
自分は負けないという気概が無く戦いに挑む者が負けるのと同じ事であり、”負けない”と考えるか”勝つ”と考えるかの違い。
それをもってスタークは殺意すら暴走させ、命奪う暴雨の源となったネロと対峙したのだ。


再び自らの視界に現れたスタークをネロは岩の仮面に埋もれた瞳と、双頭の竜の瞳、合わせて六つの瞳でその姿を確認した。
しかし、今の彼にスタークをスタークとして認識する術は無い。
あれだけの屈辱、あれだけの痛みとそして僅かばかりの恐怖という恥にも似た感情を抱かせた相手、それが目の前に再び現われたというのに彼にはそれを認識する術が無い。
人も獣も、破面も大虚も死神も、今の彼には等しく同じ。
ただ殺戮の対象という区切りでしか認識できない。
血を撒き散らす肉塊としてしか。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■!!!!!」



左腕、そして左肩の竜の顎が岩で覆われ閉ざされたネロの言葉を代弁するように雄叫びを上げる。
如何なる意思も乗らず、ただ叫ぶ事だけが彼に出来る唯一と言わんばかりに。
前方へ、スタークへと叩きつけられるようにして放たれた重奏の衝撃波だがスタークはそれを叩きつけられて尚平然とし、それはまるで柳を思わせた。


「相変わらず声だけはデカイな・・・・・・だが言ったろう? 威嚇の心算ならそいつは無駄だ。・・・・・・まぁ、これを言ってもきっと無駄、なんだろうが・・・な・・・・・・」


雄叫びと衝撃波、それを全身に浴びてもスタークは揺るがない。
それはリリネットと同じ揺るがない瞳と決意、倒すという、そして護るという決意がそうさせる。
故に揺るがない、何の覚悟も無いただ撒き散らされるだけの力には。


「■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」


だがスタークの揺るがぬ決意もそして僅かに浮かんだ悲しみも、全てネロには届かない。
繰り返されるのはただ何の意味も無い雄叫び。
何の感情も映さない音、暴走した殺意すらその音には乗らず最早彼に自分という”個”の概念があるかすら怪しくなりつつあった。
大きく開かれた二つの顎(アギト)、顎の付け根まで、いや、それ以上にまるで首までが半ば裂けているかのように大きく開かれたその顎に出来上がるのは無数の砲弾。
そのどれもが無理矢理に押さえ込まれ、圧縮された霊圧の塊であり即ち竜吼虚閃と呼ばれるネロが虚閃の原型。
リリネットとスタークが放つ圧縮装弾虚閃に比べればあまりに歪なそれは、しかし歪であるが故に禍々しさを帯びている。
そしてその禍々しさはネロという破面には似合いすぎる代物、無数の砲弾が顎の中で解き放たれるその時を待つ。


「なんだよ、そういう事ならこっちも望むところだ。手間が省けたな・・・・・・ 」


二つの顎に生まれた無数の砲弾を前に、スタークはそう零した。
まるで脅威を感じていないかのようなその言葉。
そしてそれを待っていたとすら言いたげなその言葉をスタークは発したのだ。

スッと両手に握られた銃の銃口がネロへと向けられる。
それは迎え撃つという合図、ネロの双頭の竜が放つ強力な虚閃を迎え撃つというスタークの意思表示。
単純に竜頭が増え二倍となったその量、そして尋常ならざる霊圧をもってして形成された砲弾の威力、それをスタークは逃げる事無く正面から迎え撃とうというのだ。


そんなスタークの決意、意思表示など今のネロに伝わるはずは無い。
ただ殺意の砲弾が完成したという理由で、或いは血肉が弾け赤く視界が染まる事を望んで緋色の砲弾は放たれた。
無数の砲弾からさらに生まれる数える事すら馬鹿らしくなる数の虚閃の群れ。
そのどれもが触れただけで命を奪う死の光、そのどれもがネロが暴走の果てに産み出した虐殺の雨。

それを前にスタークは銃を構える。
目の前を覆うほどの緋色の群れを前にやはりその瞳は揺れない。
精神は波立つ事無く、全てを見通すかのようなその灰色がかった蒼い瞳はただ見据え、そして引き金は引き絞られた。








「――――― 無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)。」







小さく、しかし明確に発せられたその言葉、そしてその後の変化は劇的だった。
目の前を覆うかのようだったネロが放った緋色の虚閃群、竜吼虚閃。
その強大な波濤はスタークを飲み込む事無く、それどころか彼の遥か手前で押し留められていた。



スタークの銃から放たれる際限ない虚閃の嵐によって。



威力、弾速、連射性、そのどれもが規格外だった。
ネロの放つ虚閃の群れ、その虚閃一発に対し数え切れないほどの虚閃が迎え撃つようにぶつかっていく。
まったく衰える事が無いその攻撃、ネロの虚閃が点によって面を覆い尽くすものとするならば、スタークのそれは点など生ぬるいまさしく壁そのもの。
それを何の苦も無く行っているスターク、そして銃として彼を支えるリリネットの二人。
無限装弾虚閃、リリネットの圧縮装弾虚閃が”千”を”一”として放つ攻撃とするならば、スタークのそれは”千”を”千”として、しかし一度に放つかのように、そしてそれを維持し続けられるかのうような攻撃。
完全な面制圧、敵に逃げ場など与えない単純且つ苛烈な攻撃。
それをしてスタークはネロの虚閃を迎え撃ったのだ。

いや、”迎え撃った”という言葉には語弊がある。
攻撃をしたのはネロが先、それに合わせたスタークは確かに迎え撃ったともいえる。
しかし今攻撃をしてるのはネロではなくスターク。
スタークは今攻め立て、そしてネロは押されているのだ。

その証拠にじりじりと緋色の光が根元へと向かって後退を始める。
押し込むのは当然群青色の壁、僅かの衰えも見せずただ淡々と、しかし確実に緋色の光を圧し戻していく。
ネロの虚閃はスタークのそれと似て無数の虚閃を放つ技。
しかしそこには違いがある。
それはスタークの虚閃が関する”無限”という名。
ネロの虚閃には限りがあり、そしてスタークのそれに”限りは無い”という事、細々とした違いは多々あれど全てはそこへ集約される。
そして有限と無限のぶつかり合いに勝利するのは必然、無限であるのだ。

最早竜頭の鼻先まで圧し戻されたネロの虚閃。
スタークは面で制圧していた虚閃を器用に撃ち分け二つに絞り、双頭の竜へと撃ち続ける。
顎を閉じる事もできず、ただ押し込まれ続けるネロ。
そして有限とは終わりがあるという事、ついにネロの虚閃はその照射を終え消え去ってしまう。
それはよくもった方といえるだろう、無限を相手に有限が出来た抵抗という点で言えばよくもった方、だがしかしそれだけ、そしてスタークの攻撃はまだ終わっていない。

開かれた竜の顎(アギト)、そこにスタークの無数の弾丸が次々に叩き込まれる。
際限無く、次々と、止む事無く叩き込まれ続ける群青の弾丸。
口の中にまでネロの鋼皮、黒曜鋼皮は存在せず外皮に比べれば格段にやわらかいその肉を突き破るのに、スタークの虚閃が苦労するはずも無い。
次々と撃ち込まれる弾丸は肉を裂きしかしそれでも収まらない。
見る間に膨れ上がる双竜の頭、そして腕であり首。
だが硬すぎる外皮はその膨張を許さず、自らの肉体の膨張すら押さえ込んでしまう。


押さえ込まれた膨張、しかし無限に撃ち込まれる弾丸は止まらず、次第その砲撃の勢いに圧されネロの身体は天蓋へと落とされていく。
天蓋に脚が着き、しかしそれでも無慈悲な弾丸達はネロに襲いかかり続ける。
足元の大地、天蓋に罅が入り徐々に彼の身体が沈んで行こうともお構い無しに。

それが戦い。
無慈悲に、容赦なく、敵と定めたならばそんなものをみせる事無く進む。
それこそが戦いであり、スタークが選んだ道。


「悪いな・・・・・・ アンタには、容赦はしないって決めてんだ。」


膨れ上がりしかし押さえ込まれた膨張は、竜の頭から徐々にその根元へと広がっていく。
鋼皮は押さえ込める限界に達し、ひび割れを起ししかしいまだその存在を全うするために新たに生まれ、そして硬くなりしかし割れていった。
最早限界、もしネロに今も痛みというものがあり、苦しみというものがあったならば叫び声を上げていたかもしれない。
しかしそれも群青の弾丸によって叶わず、発しようとした音は群青の流れに圧され喉へと戻っていくだろう。

双頭の先からの膨張は肩という竜と竜が交わる部分にまで達し、それでも撃ち続けられる弾丸と霊圧を内包したそれは、外皮と膨張の危うい均衡によって形をとどめていた。
いまや雄々しき竜の姿はそこに無い。
あるのは醜く肥大した最早竜とは呼べない膨張した肉とそれを覆う黒い岩。
悲しきその姿、しかし自分の現状すら今のネロには判らないのかもしれない。


何も無い、最早彼には何も無い。
雄叫びすら今の彼はあげる事ができない。



そして遂に、均衡は尚も打ち込まれる弾丸によって崩され、彼の肉は巨大な爆発を伴い、天蓋を巻き込んで爆ぜた。




崩れ落ちる天蓋、今まで奇跡的に形をとどめていたそれが今崩れた。
大きな穴を開け、しかしその破片すら消し飛ばした爆発。
膨大な量の霊圧が圧し留められ、限界を迎えたために起こった爆発は蒼い火柱のような霊圧と爆煙を発生させた。


「殺った・・・か? ・・・・・・いや、まだ生きてる。 ”下”に落ちたってのかよ。 こいつはどうもマズい・・・な。」


爆発によって乱れた霊子の流れ、その中にあってスタークはいち早くネロの生存と行方を掴んだ。
天蓋へと押し込んでしまったのは拙かったと内心で零すスターク。
あのまま消し飛んでいたならば問題は無かったが、霊圧を見る限りネロはいまだ生きており、天蓋の上にその身体が見えずまた感じられない事から天蓋の下へと探査回路を広げれば案の定、高速で落下するネロを感知する。
それもどういう確率か、広い虚夜宮の中で今もっとも命が集まる闘技場へと落下するネロの姿を。

小さな舌打ち、それは悪運を引き寄せるネロに対してか、それとも戦場を移したというのに結局意味を成さなかった自分の間抜けさに対してか。
しかしそれでもスタークは駆けねばならない。
今あの場所にネロを解き放つ事はあまりにも危険、理性の欠片すらなく、ただ殺戮を行おうとする彼を解き放つのはあまりにも危険であるが故に。
その為に彼は駆ける、暗い夜空から明るい晴天の下へと急ぐように。








――――――――――






炎の波濤、拳の意を乗せた炎拳とも呼べる一撃はその行く先にあった事如くを灰燼と化し、無に帰した。
波濤が治まると炎へと変わっていた拳、そして腕は人のそれへと戻り、残心の後フェルナンドはその構えを解く。
元々崩れていた闘技場の一角、それが今は何も無く外へと繋がる巨大な穴となり果てていた。
瓦礫も、そこで息絶えていた破面もそして彼が戦っていた相手、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーすらも飲み込んだフェルナンドの炎はそれらを何の区別も無く焼き尽くし、消し去った。
火葬、そう呼ぶしかないその出来事。
その場面を見ていた多くの破面は言葉を失っている。
解放の後あまりにも呆気なく訪れたその結末、十刃が文字通り手も足も出ず、いや、出す事すらなく圧倒的な敗北を喫したという事実。
元々弱っていた闘技場の結界だが、しかしものともせず突き破り、まるで彼方まで炎で道を開いたかのような一撃。
世の開闢にも似た炎の波は、言葉を失わせるには充分に強力で、なにより美しかった。


「ぼさっとしてんじゃねぇよ。 終いだ、俺は行くぜ。」


炎髪を靡かせながらフェルナンドは立会人である東仙に対しそれだけ告げると踵を返し、その場を後にする。
一瞬目の前の出来事に呆けていた東仙は、しかし慌てた様子を見せずにフェルナンドの勝利を宣言した。
だがフェルナンドはそれを背にし、別段気にしている様子すら見せない。

彼からしてみればその場所は既に用済みの場所であった。
戦いが過ぎ去ったその場所は既に彼の居場所ではなく、戦いの内にこそ目的を見出すフェルナンドにとって”終わった”場所は無意味だったのだ。
戦いの方も確かに面白くはあったが未だ燃え尽きるほどのそれではなく、当然それで彼の求めるものが手に入ったわけも無くまだ彼の胸は空虚。
十刃が相手でも満たされない彼の実感、そしてそれを得るにはただ強者であるというだけではなく恐らくはもっと別の、”力”だけではない何かを持つ相手が必要だと、フェルナンドは感じ始めていた。


(確かに厄介で強い相手だった・・・・・・だがそれだけだ。 それだけ、他に何も無ぇ・・・・・・ 俺が求めてんのはこれじゃ無ぇ、もっと熱く血が滾るような敵だ。血が沸き立ち、だが身震いが止まらねぇ様な、そんな戦いだ。グリムジョー、ウルキオラ、スターク、そしてハリベル・・・・・・やっぱりお前らしか居ないのか、俺の答えをみせてくれる敵ってぇのは・・・よぉ・・・・・・)


戦いの後に残ったのは空虚の実感。
そしてそれを満たす術を更に求めるフェルナンドの姿だった。
戦って、戦って、戦い続けた先にある”生”の実感。
追い求めるのはそれ一つ、他は余分で瑣末な事。
故に彼は戦いを求める、戦いが終わったその瞬間から次の戦いを。
空虚を実感したが故にそれは強く、彼の瞳にはより強い炎が宿ったかのように紅を深める。
全ては究極の戦いの先にあるだろう、たった一つを手に入れるために、と。


背に降りかかる歓声は無い。
罵声も、謗りも罵りも、その背にかかるものは何も無かった。
皆が無言、それぞれがそれぞれに思う事はあれど口には出さない。
無音の闘技場を悠然と歩くフェルナンド、その姿は堂々としたものでただ触れれば火傷では済まない熱を帯びていた。





その無音の闘技場に突如巨大な音が響く。
音の主は巨大な砂柱を伴って現われ、それを雄叫びによって消し飛ばした。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」


雷の如き雄叫びは、割れた岩の仮面の下から覗く口から。
牙を剥き出しにし、口が裂けているのではないかと思わせるほど大きく開いたそれから発せられた大音量は、それだけでその場を支配した。


「ハッ! 随分と派手にやられた様じゃねぇかよ、えぇ?クソデブ・・・・・・」


縦長の大扉の前より闘技場の中央へと落下したそれを見たフェルナンドはそう呟いた。
見た目は明らかに変わり、そこから本人である事を推察するのは些か困難ではあるが、発せられた霊圧の感触は間違いなく彼のもの。
第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ) ネロ・マリグノ・クリーメンのものであった。
だがフェルナンドの眼に映るその姿は奇怪極まるもの。
ネロの身体を覆っているかのような岩は所々砕け、その裂け目から血を滴らせ右腕はおかしな方向へ曲り、垂れ下がる。
背中に生えている棘は悉くが折れ、或いは拉げ、そして何より左腕が肩口より先を失い、その付根から大量の血を流し続けていた。

明らかに瀕死といえるその姿、だが今尚続くその雄叫びに痛みや苦しみの色は無い。
そもそも感情の色がその雄叫びにはなかった。
理由など要らずただ叫ばずにはいられないといった風のネロの姿。
尋常ではない、それだけがその姿を見た全ての破面の共通した見解でありそれは正しかった。


ネロの霊圧が一瞬膨れ上がる。
すると折れた右腕は跳ねるように暴れまわりながら元通りに。
そして腕を失った左肩は、その根元から肉が盛上ると竜の首が伸びるのではなく、左肩から直接巨大な竜の顎(アギト)が生まれ、誕生の雄叫びを上げたのだ。
最早”異形”と言うより他無いその姿。
人を捨て竜となり、竜を捨て魔となったその姿でネロは吼える。

そして雄叫びと共に生まれたのは、巨大な竜の顎から放たれた極太の虚閃だった。
何の前触れも無く突如として放たれた虚閃は闘技場の一角をそこにいた破面ごと消し飛ばし、消失させる。
突然の凶行、それは今にはじまったことではないがそれでも理解不能の行動は、それを見た者達を恐慌に陥らせるには充分すぎた。
ただ命を奪う、という行動しか出来なくなったネロがその蛮意を存分に振るい続ける。
彼の視界の赤は深まり、それでも満たされずただもっと多くの赤を求めるネロ。


「見境なし・・・か。 とてもじゃねぇが見るに耐えねぇな。」


そんな言葉がフェルナンドから漏れる。
それは最早戦いとすら呼べない暴力であり、それ故にネロらしくしかし、醜悪でもあった。
意志なき力の愚かさ、それが今闘技場に産み落とされ如何なく振るわれ続ける。
意思も、目的も無いその行動。
それ故に醜さと愚味は際立ち見るに耐えない。


そしてそれはフェルナンドのみならず、この場に居る力ある者達の総意でもあった。



叩きつけられた拳によって豪奢な椅子の肘掛が崩れる。
そこに座す老人、第1十刃(プリメーラ・エスパーダ) ”大帝”バラガン・ルイゼンバーンはその顔を怒りに染めていた。
眼下で繰り広げられるあまりに醜悪な見世物、何の意思も無く暴走する目をかけていた者の姿は彼を怒らせるのに充分すぎた。

「馬鹿タレめが・・・・・・ 御すべき力に溺れ、更に溺れた力に飲まれるとは・・・・・・なんという醜態! 十刃の恥曝しめが!最早彼奴に何の価値もありはせん。聞こえておるか! ボス! この賭け儂の負けじゃ!あのような愚物に僅かばかりでも期待した儂の愚かさよ・・・・・・席などくれてやる! 誰なりと座らせるがいい!!」


轟々と燃える怒りの中、バラガンはネロを完全に斬って捨てた。
少しでも、ほんの少しでもネロが成長し、戦士たらんとするならばバラガンもここまでの怒りを見せないあっただろう。
だがしかし、彼の眼下に広がるのは己が力に飲まれた愚か者の姿。
暴を”振るう”のではなく暴に”振るわれる”見るに耐えない末路の姿だった。

故にバラガンは怒った、そして何よりそんな愚物を見抜けなかった自らの愚かさに彼は怒った。
虚園の王が聞いて呆れると、あの程度の者を見抜けずに何が王かと、そしてあのような醜悪なものが勝ち取る醜悪な勝利で玉座を得るなど耐えられないと。
それ故バラガンは藍染に向かって叫ぶとそのまま観覧席を後にした。
もしこのまま見ていれば彼自身、他の破面など気にせずネロに”死”を吹きかけてしまいそうだったため。
賭けという訳の判らぬ単語を叫ぶ主をして、しかしその後に続くかのようにバラガンの従属官達もその場を後にしていく。
従属官を引きつれ大股で肩をいからせながら歩くバラガン。
その瞳に浮かぶ怒り、そしてその怒りに隠れた哀れみが何処か悲しさを誘っていた。





「フフッ・・・・・・ 」


ネロが暴れ、バラガンが去った闘技場で藍染は一人笑みを深めていた。
眼下で繰り広げられるのは、些か滑稽に過ぎる喜劇。
その主役たるネロの姿は藍染の想像以上に醜悪で、しかし滑稽な道化だった。

だがその微かな笑い声を聞き取ったのか否か、ネロが藍染へと向けて竜の顎を開き、そして虚閃を放ったのだ。
極太の虚閃、極光は奔りしかし藍染は座したまま動くことは無い。
それが当然であるかのように、それをせずとも自分には何の問題も無いという事を示すように。
そして事実、藍染に迫った緋色の光は上空から降り注いだ群青の雨によって遮られた。


「すまなかったね、スターク。 おかげで私は無事だ。」

「別に・・・・・・ それに俺が何もしなくても、怪我一つなかったと思いますがね。」

「そんな事はないさ、感謝しているよ。」

「へいへい・・・・・・」


群青の射手は上空から藍染に背を向けるようにして彼とネロの間へと降り立った。
藍染の謝辞にどこか呆れた風で答えたのはスターク。
天蓋よりネロを追い、駆けつけた彼が見たのは消し飛んだ無数の命の残滓だった。
護れなかった、そんな苦い思いがスタークには浮かび、ギリと奥歯を噛ませる。


「すんませんね、藍染サマ。 俺が・・・”俺達”が直ぐに終わらせますんで。」


そう言って両手の銃を銃嚢へと納めようとするスターク。
それは決意の表れなのだろう。
この状況で銃を納めるという事は銃を用いた”切り札”、無限装弾虚閃ではなく別の何かを示唆する行為。
そしてそれは即ち、スターク、そしてリリネットが使用を躊躇った”狼”というものに他ならない。
それは覚悟、使いたくないといったものを使う、使わざるを得ない状況を前にそう決断する覚悟の現われ。
多少の強張りをみせるスタークの表情がそれを物語る。



が、それは思わぬ人物によって止められた。





「いいや、いいんだよスターク。 彼の相手は私がしよう。」



そう言って立ち上がったのは彼の後ろにある玉座に座していた彼等の”王”。
笑みを浮かべ、しかし暗い瞳で世界を見る尸魂界はじまって以来の大逆人。
世界をその掌中に納めんと、いや、世界は既にその掌中だと言わんばかりに誰も座った事が無い”天の座”に自分こそが相応しいと豪語し、そう言えるだけの尋常ならざる力を持つ異端の死神。

その人物こそ、”絶対王” 藍染惣右介その人であった。











君は優秀だ

他の誰よりも

だから

君は

私の為に

消えてくれるかい?











※あとがき

ほぼ二日で書き上げた。
時間無さすぎ、休出しすぎ・・・・・・

ネロがエライ事になってきたな・・・・・・
ここまでの心算は無かったんだけど
これもまた暴走かな。

















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.57
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:21
BLEACH El fuego no se apaga.57











「いいや、いいんだよスターク。 彼の相手は私がしよう。」



さほど大きい訳でも無く、しかしその声は絶対的な力を帯びていた。
やや低く、しかしよく透るその声。
口元に笑みを浮かべ、だがその瞳には虚園の夜空より尚暗い闇を宿したその声の主の名は藍染惣右介。
虚夜宮において唯一人に座すことを許された玉座の主、死神でありながら破面という存在を生み出し、束ね、支配する絶対の王はその言葉と共に静かに玉座から立ち上がった。

眼下には未だ雄叫びを上げる魔獣の姿。
第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ) ネロ・マリグノ・クリーメン、その成れの果て。
暴走した精神、暴走した肉体、それをしてなお暴走に暴走を繰り返した彼の姿は既に人型を捨てている。
しかしネロに止まる気配は無い、それどころか加速しているとすら思える。
雄叫びを上げ、そして肩から生えた巨大すぎる竜の顎(アギト)から時折放たれる極太の虚閃は今尚闘技場を崩していた。

その姿を藍染は笑みを浮かべて見下ろす。
笑み、怒りでも悲しみでも憤りでも哀れみでもなく、ただ笑みを浮かべている。
まるで全てを判っていたかのように、まるで全てが上手くいったとでも言わんばかりに。
その笑みからはただ絶対的な自信と、自負が溢れていた。


「は~、それにしても二番サン、益々けったいな格好になってしまいよったなぁ。もう面影も殆ど残っとらへんのとちゃいます?」

「戻ったね、 ギン。 ご苦労。 」


そうして眼下のネロを見下ろしていた藍染の隣に、白い羽織を靡かせる様にして降り立ったのは銀髪の死神、市丸ギン。
藍染の”眼”として天蓋の上で戦うスタークとネロの戦いを見守っていた彼。
しかし天蓋の上で戦いの決着は着かず、二人が図らずも天蓋の下へと降りたことから彼もまた天蓋の下へと降りてきたのだ。


「あら? もしかして隊長自ら二番サンと戦(や)りはるんですか?」

「あぁ、これもまた必要な事なんだ。彼らにとって、そして私にとって・・・ね。 」


何処か意味深な言葉を残し、藍染はスタークと市丸の前から掻き消えるようにして姿を消した。
その言葉が持つ意味、藍染がネロという御せぬ駒を生かし続けていた理由。
藍染が自ら戦いに挑むという由々しき事態、しかしそうして戦場に赴いたであろう藍染の姿に市丸、そしてスタークも何一つの不安を感じてはいなかった。
藍染惣右介という”王”の力を知っているが故に。








闘技場の砂漠、その中央に陣取り意味も何も無い雄叫びを上げ続けるネロ。
その声というより音と言った方がいいかもしれないそれに、感情の色は何一つ無かった。
ただ叫び、雄叫びを上げずにはいられないというそれだけの理由、叫ぶ事に理由は無くただ叫ばなければいられないネロ。
何もかもをなくしつつ駆る彼は、次第動きにすら精彩を欠いていく。
虚閃もただ放たれるだけで狙いなど一切つけず、三本の尾はただ意味も無く暴れまわるようにして砂漠を叩く。
その姿はどこか痛々しくさえあり、しかしそんな感情を抱けるものはこの場にはいなかった。
皆が必死なのだ、ネロという脅威から逃れるために必死にその場から逃げ惑う。

愉悦の為に他者を殺していたネロ、しかし今の彼にはそれすらなく、それ故に性質が悪い。
理論だった攻撃ではないそれは、突如として放たれそして理解不能な位置を撃ち抜いていく。
一介の破面がとても避けられるものではなく、まして下官、モドキといった位が低いものからすればなおの事。
ただ彼らは自らの運だけを頼りにこの場から逃げようとしているのだった。
押し迫るかのごとき暴雨から。


「みっともねぇなぁ、えぇ? クソデブ。それじゃぁ餓鬼が暴れてるのと変わらねぇよ。」


そんな虚閃の暴雨と雷の叫びの中心たるネロに、今話しかける者が居た。
フェルナンド・アルディエンデ、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーとの強奪決闘、十刃越えを終えてこの場から去ろうとしていた彼はあろう事か未だその場から去る事無く、縦長の大扉の前に座り、ネロと相対していた。

それはあまりに無謀というもの。
敵、と呼べるかは疑問であるがそれでも味方ではない者の前で座るというのはリスクが大きすぎる。
初動、重心、その他もろもろ座っているという事は不利に働く場合があるからだ。
いかに解放したままであるといってもそれはあまりに浅薄、ネロという存在を軽く見ているとしか言いようがない行為。
それをフェルナンドがしているという事への疑問、拭えぬ不可解がそこにはあった。


だがそれは常人から見たならば、ということに尽きるだろう。
今、フェルナンドが座りながらも対しているモノは既に”人”ですらない魔獣。
そんな疑問を感じる事など無く、そして相手がフェルナンドであるという認識すらなく、ただ声がしていたというあまりにもな理由で彼の端が裂けたかのような人の口からフェルナンド目掛けて虚閃は放たれる。
緋色の閃光は瞬時に駆けフェルナンドを焼き尽くさんとして迫るが、それは片手を前に突き出したフェルナンドが創り出した炎の壁によって阻まれてしまった。
高密度の炎と霊圧、それによて阻まれたネロの虚閃。
だがネロはそれになんら動揺する様子を見せず、それ以前に動揺という感情の揺れを失った彼にそれは存在せず、人の口が駄目ならば竜の口でといわんばかりにフェルナンドへ向けてその左肩の竜の顎を向けた。
開かれる顎、鋭い牙が鎖鋸のように並び唾液を滴らせる様は醜悪で、しかし強烈な“力”を感じさせる。
だがそれを前にしてもフェルナンドは動かない、それは油断でもなんでもなく彼が理解しているから。


この場の主役、それはネロでも自分ではなく彼であるという事が。




「ハッ! 変ったのは形と馬鹿みたいな霊圧だけか。ったく、何遍も言わせんじゃねぇよ、テメェに、探査神経(ペスキス)ってもんは、無ぇのかよ。それにテメェは俺の獲物じゃ無ぇ、俺はただ此処で見物だ。そら、テメェの相手はテメェの”後ろに”いるだろうが。」


「そういう事だよ、ネロ・・・・・・ 」


竜の顎の射線上にながら、フェルナンドが勤めて冷静でありそして戦いの気配を見せていなかった理由。
それはネロと戦うのは自分ではないと理解していたが為。
もともとネロはスタークに譲った獲物であり、それが目の前に再び現われたからといってこれ幸いと喰らい付く様な野犬まがいの行いをフェルナンドがよしとするはずが無い。
誰彼構わず牙を剥くのは威嚇と同じ、牙とは本当の戦いまで研ぎ澄ましておくものなのだから。

フェルナンドはネロの虚閃を弾くために前に突き出していた手で彼の後ろを指差した。
その指先にいるものこそネロが今、最も戦わなければいけない相手。
探査神経が無いのか、とネロに言い放ったフェルナンドだが実際彼がその者の存在に気が付いたのは探査神経もあるが、戦闘後の研ぎ澄まされた感覚ゆえだった。
暴れるネロの霊圧、その暴風に紛れフェルナンドに走った直感。
そして見上げた視線の先には、まるで自分がそちらを向くことが判っていたかのように彼を見下ろす暗い瞳があった。
故にフェルナンドは気がつけた、瞳の奥、その真意は闇に包まれ見えないながらもその男が纏う気配を見たために。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」


指が指された先、それを見たというよりも後ろから聞こえた声に反応し、ネロはその巨体を振り返らせる。
まるで黒い岩山が動くかの如く、ぶつかり合う黒い岩の棘が大小の音を立てながら振り返った彼の赤に染まった視界に映ったのは一人の人影。
それが誰か、何者なのか、今の彼には判断出来ず理解も出来ない。
発せられた雄叫びはその人物に対してなのか、それともまた何の意味ももたない喉を通り過ぎた音の波なのか。
真正面から音の波を受け、しかしその人物、藍染惣右介は涼やかな風かの如くそれをやり過ごす。
彼にとってその衝撃をともなく音は、眼を細める必要すらない春風なのか。
藍染の姿を察し、東仙がネロとの間に入ろうとするがそれは藍染が僅かに上げた手によってとめられる。
そしてただ泰然とネロと相対する藍染、そしてネロが目の前の人物を誰とも判断出来ないのとは違い、その藍染は自分が誰で、何者かをネロが理解する事を求めてはいなかった。


「凄まじい霊圧だ。 その姿も”力”を追い求めた末ならば君に相応しい。・・・・・・しかしネロ、先程の君の行動は看過できないな。」


上辺だけの褒め言葉を述べ、ネロと相対した藍染。
それ程離れていない二人の距離は、それこそネロが一息だ藍染にその爪を突き立てられる距離。
何の優劣も区別もなく、ある意味平等でしかし無慈悲にその爪を、牙を振るう今のネロに対しその距離感は非常に危うい。
こちらが対話の姿勢をみせたとてネロにそれが通ずる筈も無く、噛み付かれ、引き裂かれるのは微々たる時の差でしかない。
だがそんなネロを前にして藍染は常通りの笑みと、何処か芝居がかった口調をそのままに相対していた。

「君の先程の虚閃、 スタークが止めなければアレは私に当たっていたよ。これがどういう事か判るかい? 私は君達の”王”であり、君は・・・君達は私の”臣”にすぎない。そして先の虚閃は”王”に対する”臣”の反逆に当たるとは思わないかい?王とは寛容であるべきだが、寛容と甘さは違う。先の攻撃、理性が無いからといって許されるものではないよ、ネロ。」


淡々と、しかし明確に発せられた言葉は言うなればネロの未来を閉ざすような言葉。
王である藍染、その藍染に対してネロが放ったのは完璧なまでに殺意が篭った死の閃光。
そしてそれは逆臣の刃、王の喉下を突き刺し、或いは心臓を貫かんとする逆臣の刃そのもの。
ネロの普段の行い、藍染への態度、そのどれをとっても良き臣とはいえなかっただろう。
しかし、それは藍染が寛容という名の下許していたというだけにすぎない、殊更ネロに対して寛容に振舞っていた藍染、ともすれば優遇とすら感じられるそれは恐らく間違いではないだろう。
それはただただ藍染にとってネロが必要な駒であったが故、しかしそれもこれまで。
先の一撃はネロに対する優遇をもってしても目に余り、そして決定的だったのだ。


「残念だよ、ネロ。 君は非常に優秀だった。ある意味他の誰よりも、こうして私自ら手を下さねばならないのは辛い事だ。だがこれも”王”の務め、反逆には”力”を持って制裁とするより他の選択肢など、ありはしないだろう?」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」


藍染の言葉など理解していないネロが吼える。
それを前に肩を落とし、本当に残念そうに藍染は語った。
だがそれは何処までも上から降る言葉。
凶悪な霊圧を放ち、衝撃を伴う雄叫びを発し、醜悪ながらも暴力が具現したかのような外見を持ったネロを前に藍染は何一つ怯んだ様子を見せない。
その様子はまさに痛恨、しかしそれもまた上辺だけのもの。
その薄い皮の下には何時も以上に深められた笑みが隠れている事だろう。



何故ならこうして彼自らネロを処分する事こそ、藍染の目的なのだから。



それこそ理由など何でも良かった。
不敬が過ぎる、命令に背いた、争いを起しすぎた、それこそ上げれば限が無いほどネロを処分する口実など溢れている。
それを今までしなかったのは一重にこの時、この瞬間、この場において処分するため。

藍染が創り上げた集団、破面という名の化生たちが成すその集団、それは一つの目的の為に集まったのでも利害が一致したため形成された集団でもない。
彼らは皆一様に藍染惣右介という一人の死神が、自らの目的の為に彼等の意思など関係なくその”力”によって使役し、支配した集団。
云わば”力の支配”によって形成された集団なのだ。
それは絶対的な支配の形、逆らう事は許されず逆らえばそれ即ち死。
表立って見せしめを殺すのではない、ただ彼等破面の中に圧倒的な恐怖を、恐怖より生まれた彼らに恐怖を刻み付ける藍染の絶対的な力、それによる支配の形。
それはあまりに圧倒的で彼らに逆らうという思考を与えない。
自由に振舞わせ、それぞれの思惑を許し、しかしその実彼等の奥底を雁字搦めに絡めとる恐怖の鎖こそ、藍染が彼らを繋ぐ手綱。
それをして”力の支配”、圧倒的なそれを見せ付けることこそ彼等破面は藍染に着き従うのだ。


だが、圧倒的に見えるそれもその実脆くある。
恐怖とは与えすぎれば壊れ、しかし与え無さすぎれば弛緩してしまう。
時を置けばおくほど、恐怖を与えられていた者達はその恐怖を急速に忘却の彼方へと押しやり、忘れてしまう。
それは”力の支配”にとっては看過できぬ事態。
言うなれば絡め獲っていた奥底の鎖が緩みだすという事、そして緩んだ手綱を引いたとて彼らは思い通りには動かないという事なのだ。

藍染惣右介の計画、その第一歩である『崩玉(ほうぎょく)』の入手にはどうしても時間が必要だった。
それは長い長い下準備の末、万全をもって彼の手の零れ落ちる一滴に他ならず。
万全を期すためには詰めを誤ることはできない。
そしてその誤ることの出来ない詰めを、尸魂界と虚園を行き来する中で行うことは計画の万全を期す上では危うい事。
その為藍染は2年の間この虚園に、そして虚夜宮に足を踏み入れることは出来なかった。

2年。
短く、しかし長くもある月日。
そしてその年月は、彼等破面の恐怖の鎖を緩めるには充分すぎる月日でもあった。
少しずつ、藍染という絶対の恐怖の対象がいないことによって緩んでいく鎖。
誰もが藍染惣右介の絶対的”力”を恐怖と共に薄めていき、それは”力”によって集団を形成するうえであってはならない王に対する侮り。
居ない者に従う事はできない、そして従わずとも何を恐れる事があろうかという思考の芽生えとなる。
集団の崩壊は藍染が望むものではなく、彼の目的のための戦力として破面達は必要だった。

それ故に藍染が導き出した答え。
それは実に単純で、しかし効果的な答え。



薄まり、緩んでしまったのなら再び与えればいいと。



それもただの破面ではなく恐怖と畏怖と暴力、それを一身に集める者を凌駕する圧倒的な”力の恐怖”を、と。



ネロ・マリグノ・クリーメン。
自らを”神”と称していた暴君。
暴虐を尽くし、暴慢を飲み干し、味方ともいえる破面からすら恐れ、避けられる恐怖の対象。
その生き様はまさしく”悪”であり、誰もが疎み畏怖する者。
これこそが彼が今まで藍染に”生かされ”続けていた理由。


”力の支配”を再び強固にする為だけの生贄それが、それだけがネロの藍染にとっての存在価値だった。



「どうしたんだい? 先程から叫ぶばかりじゃないか。此処は君の領域だろう? その爪で、その牙で、私を引き裂こうとは思わないのかい?」


前傾姿勢で雄叫びを上げ続けるネロと、それを前に佇む藍染。
その構図は一見あまりに危ういものに見えたが、どちらが危うく、またどちらが危うくないのかは見た目から受ける印象とは違っていた。
両手をやや広げるようにして僅かばかりあげる藍染。
さぁ、とまるで攻撃を待っているかのように腕を広げる仕草には余裕が溢れていた。
対してネロは三本の尾で砂漠を打ち鳴らしながらも雄叫びを上げるにとどまり、その鋭い爪を振り上げる事も、まして巨大な竜の顎を向けることもしない。
誰とも判らぬ相手、そもそも相手というより赤を撒き散らす肉塊程度にしか他者を認識出来なくなってしまったネロ、本来ならばこれほど藍染が語る暇すら与えず彼は飛び掛っていることだろう。
しかし、現実として藍染は傷どころかまともな攻撃すら受けていない、その不思議、その違和感、それはいつしか逃げ惑う事をやめ、眼下の戦いに再びその目を向け始めていた多くの者達にも共通する疑問だった。

いったい何故ネロは藍染に攻撃しないのか、圧倒的な霊圧を誇る藍染も今はさほど霊圧を発しているわけではなく、寧ろ霊圧はネロが勝っているといってもいい。
刀すら抜いておらず、両手を広げ武器らしい武器を持たない藍染と、その身体の全てが今や武器といえるネロ。
それが何故こうも、まるで攻めあぐねていると言わんばかりの緊張を生むのか、誰もが理解できなかった。


ネロのその行動を見るまでは。




一歩。
ただ一歩、藍染がその足を踏み出す。
間合いを詰めるという訳でもなくただ一歩、何気なく踏み出されたそれ。
そして何故かネロもまた一歩を踏む。
しかし此方は前に出るのではなく、”後ろへと下がる様に”一歩を退いて、だ。


まるで藍染の一歩から”遠ざかろうと”する様に。



「後退りかい? 君らしくないな、ネロ。それではまるで・・・・・・ 君が、私に、”恐怖している”様に見えるぞ。」




後退り、引き下がる事。
相手を、敵を前にして敵の一歩から引き下がる事は危機を感じる防衛本能。
これ以上近付かれる事は危険だ、そしてこれ以上自ら近付く事も危険だ、保たれた一歩の間合いは即ちネロという化生が危機を感じたという現われに他ならない。
理性を失くし、感情を失くし、本能すら投げ捨てただ殺す事だけを追い求める魔獣へとその身を堕としたネロ。
その彼が藍染を前にし、その一歩に危機を感じたという事実は本来ならばありえない。
危機を感じるという事、即ちそれを生む恐怖という感情をネロは失っている。
故に危機を、危険を感じるなどという事はありえず、己が身を裂かれていようとも獲物を殺す事を優先するはずなのだ。

だが事実、ネロはその足を退いた。
それは何故か?
答えは藍染の言葉どおり、まるでありえないものを見たような口ぶりでしかし、確信に満ちている言葉通り。
ネロ・マリグノ・クリーメンは理も、情も失っている、だが藍染はネロに対し何か特別な事をするわけでもなく、ただ前に立ち己が存在を認識させるだけで彼の失われた恐怖を呼び起こしたのだ。
霊圧が強大なわけでもない、禍々しい武器を持つわけでもない。
しかし、ネロがその赤に染まった視界に捕らえたのは他の誰と同じように赤く染まる獲物の姿ではなく、まるでそこだけが切り取られ、或いは塗りつぶされたかのように闇色に染まった藍染惣右介の姿だった。
視界に映る他とは違う姿、そしてその闇は何処までも深く全ての飲み込み這い出る事を許さない。
何もかもをなくしてしまったネロが見たありえないもの、それに対する僅かばかりの不安が彼の内には再び芽生え、芽を出したそれは”恐怖”と言う名の華を咲かせたのだ。

そしてその恐怖の華は何もかもを持たぬゆえ急速にネロを支配していく。
今のネロにその恐怖を押さえ込む術はない、理性による否定も、感情を移し変える事も、尊大な自尊心で覆い隠す事も、今までの彼が藍染に対して行えた全ての誤魔化しは獣となってしまった彼には出来なかった。
故に恐怖する、根源的な恐怖は呼び起こされそれは後退りとして表へと姿を現したのだ。

藍染惣右介という男へ、ネロが覆い隠していた恐怖と畏怖の証明として。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」


雄叫びが響き渡る。
まるで藍染の言葉を否定するかのように、自らの内にある恐怖すらその叫びで追い出そうとするかのように。
それもまたネロという破面が呼び戻した感情なのだろうか、認められないと、恐怖、畏怖、そんなものが自分の内にあると言うことが認められないと。
叫ぶ声に浮かぶのは”否定”であり、その否定の意は振り上げられた右腕が証明する。
五指を開き、鋭い爪を光らせるネロ。
吹き上がる緋色の霊圧の光を映したそれは、ついに藍染へと振り下ろされる。

完全な反逆の形として。








「ありがとう、ネロ。 やはり君は”優秀だ”。」






爪にその身を晒しながら、誰にも聞こえない音量で呟かれたのは感謝だった。
誰でもない、藍染からネロへの感謝の言葉。
この一撃を持って全ては整ったと、虚閃の誤射では未だ弱く、しかし明確な殺意を込めたこの爪は反逆に足り、そして制裁にたる代物だと。
故の感謝、愚かなる道化への感謝であり、哀れで滑稽な生贄への感謝だった。


「縛道の九十九 “禁”」



それは力を行使するための言葉。
そして言葉と共に現われた変化は激烈だった。
振り下ろされたネロの爪は藍染のまさしく眼前で止まる。
それはネロが振り下ろす事をやめたのではなく、藍染が振り下ろせないようにネロを拘束したため。
ネロの身体には今黒い皮製のベルトが巻きつき、それこそ彼の鋼皮の刃などお構い無しにきつく締め上げ、拘束していたのだ。


「縛道の九十九 二番 ”卍禁(ばんきん)” 初曲『止繃(しりゅう)』、弐曲『百連閂(ひゃくれんさん)』・・・・・・ここまでで充分かな。」


更に紡がれるのはより強固な拘束の術。
霊子によってあまれた白い布とそれを固定する無数の鉄串、その布すらもネロの刃で裂かれる事は無く、逆に締め上げる事で悉くを折り、鉄の串は鋼皮などないかのように深々と彼の肉に突き刺さった。
拘束され身動きできず倒れふしたネロ。
竜の顎は無数の鉄串に貫かれ縫い止められ開くこと叶わず、人の口には布が巻きつき音を閉ざした。


「些細な違いはあれどあの時と・・・ 2年前のあの時と同じだね、ネロ。あの時は”終曲”までだったが今回はそれも必要ないだろう。判るかい? 目に視えるものは同じでも、違っているんだよ・・・そう、何もかもがね。」


倒れ伏すネロと見下ろす藍染。
それはまさしく2年前と同じ光景、ハリベルを殺そうとするネロの凶行を止めるため、今と同じように藍染が今と同じ術を用いてネロを拘束したときと同じ光景。
縛道の九十九 二番 ”卍禁”、その完成形である”終曲”『卍禁大封(ばんきんたいふう)』をもって藍染がネロを拘束したあの時と同じなのだ。
だが今はあの時とは違う点もある。
一つはネロの姿、人ですらなくなったネロの姿ともう一つ、今回の拘束は“弐曲まで”で止まっているという事、そしてネロの霊圧が桁違いに上がっているにも拘らず、その彼を現状身動き一つ出来ない状態で拘束出来ているという事だ。
威力の低い術で以前より強くなった者を拘束できる、その不思議がそこにはあった。


「覚えているかな、ネロ。 2年前のあの時、君に架けたこの術を解いた時私は君にこう言ったんだ。 ”急な事で力を加減してやれなかった”と。あれは咄嗟の事で”全力を出してしまった”、という意味ではないんだよ。あれはね・・・・・・ 咄嗟の事で、極力絞りはしたが”君を殺さぬよう力を絞りきれていなかったら”済まない、という意味だったんだ。」


その告白はどこまでも桁外れなものだった。
そこかしこで息を呑む音と、驚愕の雰囲気、そして恐怖の気配が滲みだす。
あの光景を、2年前のあの光景を見ているものからすればその衝撃は尚大きいだろう。
2年前、術をもってネロを拘束した藍染、その時もネロは身動き一つとることができなかった。
それは術の威力も然ることながら、込められた霊圧が強大過ぎる故だと誰しもが思っていたのだ。
しかし、語られた真実は彼等の考えを根底から覆す。
全力ではなく絞っていたと、それも殺してしまわぬよう極力、最低限の出力を目指して。
そんな操作は本来必要ではない、術をかけるということは霊圧を込めるという事。
しかし藍染は言うのだ、”絞った”と。
その強大すぎる霊圧を本来必要無い最低限に絞るという操作をしなければ、あの時ネロを殺していた、と。

規格外、何処までも。
その強大すぎる力はすでに彼ら破面の想像の域を超えていた。
想像を絶する者、そしてそれは同時に怖ろしい者。
逆らう術はない、逆らうという思考すら浮かべたその時には自分は死ぬだろう、そんな思いが破面達に広がっていく。


「判るかい?ネロ。 私はそう思えば何時でも君を殺せたんだ。君は自由に奔放に振舞っていた心算でも、その実全て私が許していたからに過ぎないんだよ。今、君には皆の恐怖と畏怖と、怨念、恨みが詰まっている。しかし彼らにそれを晴らす術はない。 圧倒的な恐怖を振りまくのが君だとしたら、それを苦も無く処分する私は、彼らの目にどう映るのだろうね・・・・・・」


観覧席には届かない、しかしネロにだけは届く音量で語る藍染。
その顔にはやはり笑みが張り付く。
全てが掌の上、自由など本当は存在せず全ては藍染の掌の上の出来事。
ネロ・マリグノ・クリーメンという存在は、虚夜宮の不平と不満、恐怖、畏怖、恨み、不の感情の全てが満たされた受け皿。
ネロの傲慢な性を見抜き、自らそれを認めるような振る舞いを獲った藍染。
その藍染の振る舞いはネロの傲慢を助長し、そして何時しか暴走した彼の傲慢は自らを”神”と自称するまでにいたる。
それすらも藍染の掌の上、ネロの役目は一身に恐怖を集める事。
集められた恐怖、誰しもが煙たがり、しかし勝つ術がない相手。

それをたった一人で、圧倒的に処分する藍染惣右介は一体彼らにどう映るのだろうか。
”王”か、”英雄”か、”神”か、それとも彼等の”死”そのものか。
藍染にとってはどれでも構わない。
ただ一つ”力”を、彼らには決して届かない圧倒的な”力”の存在を魅せられればそれでいい。



彼等の内に藍染の持つ”力への恐怖”が生まれればそれでいいのだ。




「さて、一方的な語らいにこれ以上意味などありはしない。最後の時だよ、ネロ。君は何処までも私の思惑通りに動いてくれた、君の役目はここで終わりだ。これは私のせめてもの礼だ、棺は・・・私が用意しよう。」



終わりの時が来る。
身動きも出来ず、雄叫びすら上げられず、ただ砂漠へと縛り付けられるネロ。
最早彼に抵抗する術はない。
只の拘束術式で彼の鋼皮の刃は折られ、竜の顎は縫いつけられた。
桁違いの霊圧と再生のたびに人から離れる肉体を持とうともそれに今意味は無い。
遅い来るであろう終末の一撃にネロは耐えられないだろう。
霊圧の差とは絶対的に越えられない壁、そしていまネロの前に聳え立つのは天を鎖すかの如きそれなのだ。

故に死。
待つのは死。
ネロ・マリグノ・クリーメンの先には最早、死以外の選択肢は無かった。



藍染の片手が上に伸ばされる。
そして天を指すように伸びる人差し指。
直後襲ったのは全てを押しつぶすような霊圧の波濤だった。
まるで天井がそこにはあり、それが降下し押しつぶすような感覚。
それはネロだけにではなく闘技場全体へと及び、霊圧に当てられ気を失う者、ガチガチと歯を鳴らし蹲る者、片膝を付くにとどまる者など差はあれど全てに等しく降り注いでいた。
王の、藍染惣右介の霊圧、全てを押しつぶすかのような、まるで物理的に存在するかのような濃密でしかし冷たく、何処までも暗いその霊圧。
それこそ舞台の総仕上げとでも言わんばかりに、見せ付けるのは処分の光景だけではなくそれを行う自分の力だと。
何者をも抗えぬ”王”の力であり、お前達の”創造主”の力であると。
それを存分に感じさせ、そして藍染は詠った、ネロにとっての葬送曲であり鎮魂歌を。



「滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器、湧きあがり・否定し痺れ・瞬き眠りを妨げる、爬行する鉄の王女、絶えず自壊する泥の人形、結合せよ、反発せよ、地に満ち己の無力を知れ。破道の九十 ・・・・・・”黒棺”。」



ネロを包み込んだのは巨大な黒い直方体だった。
四方を取り囲むようにして現われた線、それらが頂点へと向かって延び、直方体の辺が完成するとその後は早かった。
黒い、何処までも黒く暗い光。
その直方体の内側を満たしたそれはただ全てを飲み込む黒い光だった。
破道の九十”黒棺”、黒い光は重力の波、囲われた範囲の中を駆け巡るそれはぶつかり合い、反発し、時に巨大な波となって対象を切り刻み、そして押しつぶす。
包まれた後生き残る事は至難、そしてこれは”詠唱破棄”と呼ばれる簡易的発動ではなく”完全詠唱”とよばれる術の力を十全で発揮する手段を踏まれ放たれたもの。
それに藍染惣右介の超絶的霊圧が合わさった時、それはまさしく屠った者のための棺となるのだ。


(感謝するよ、ネロ。 君は本当に、誰よりも優秀な”捨て駒”だった。)



藍染の内心の呟きは誰にもとどく事は無い。
それでもその言葉は藍染惣右介の数少ない真実だった。

重力の波濤、その奔流へと飲み込まれたネロ。
理性無く、感情も無く、ただ恐怖だけが満たされたその身体。
その彼の視界は赤ではなく黒に染まった。
何も見えない、何も聞こえない暗闇の中彼の身体は押しつぶされ消滅の一途を辿る。
これが終わり、彼の終わり、暴慢を尽くし、命を命とも思わず殺しつくし、捨て駒としてしか他者に必要とされなかった彼の終わり。
棺の内、拘束が解けた彼は断末魔の如き雄叫びを上げる。


しかし、その雄叫びすらも重力の波に飲まれ、誰に届く事も無くその身同様、闇へと消え去るのだった・・・・・・































カツン、カツンと靴の音が響く。
何もない、誰も居ないその場所に、その靴の音は異様によく響いた。
そこは第2宮(ゼグンダ・パラシオ)、今は亡き虚飾の神が居城だった場所。
その場所を唯一人歩くのは、まさしくその場所の主を屠った男藍染惣右介。

あの後、ネロを処分した後藍染はその場で解散を命じた。
各々が勝ち取った”号”、その他の事後処理は後日藍染の居城である奉王宮にて行うと通達し、その場は解散となる。
多くの命が散り、最後には恐怖が満たした強奪決闘は終了したのだ。


そして藍染はその足でこの場所に、第2宮へと赴いた。
何もないように見えてその実その場所には無数の跡が見えた。
血痕、刀傷、割れた床に折れた柱、そして濃密なまでの怨念と腐臭。
藍染がこの場所を訪れたのは興味深い報告を目にしたため。
2年前、藍染がネロへと渡した一万の魂達、その末路が藍染の興味を惹いたのだ。

報告によればネロはその一万の魂を喰らうのではなく、その全てに殺し合いをさせていたというのだ。
武器を与え、ある程度の数を一箇所に集め、そしてただ一言、彼らにとって唯一の救いを見せびらかす。

「最後まで生き残ったヤツは尸魂界に帰してやってもいい。」

その一言は余りに甘く、魅力的だった。
元々尸魂界外縁部は治安が悪く、殺し合いなど日常茶飯事、元々彼らが持つ狂気と一縷の望み、生きてこの化物達の住処から帰れるという望みは彼らに容易く凶行を選択させる。
その後に広がったのは人と人の殺し合いだった。
皆が必死に、ただ自分が生き残るために他者の命を奪い続ける光景。
切裂き、或いは殴り、貫き、噛み千切る。
時が経つにつれそれは人ではなく獣のような戦いに様相を変えていった。
それは彼等の人格が崩壊していったという事もあるが、それ以上に彼らが人から”外れていった”という事の証明だろう。
その手を血に染め、それを拭う事すら許されず、命を奪った呵責と生き残りたいという欲望。
奪われた命達は怨念へと姿を変え、怨念の満ちたその場所は更なる血によって濡らされる。
人の身がそんなものに耐えられるはずも無く、彼らは一様に人ではなくなっていったという。

その報告を見た時、藍染は可能性を感じた。
自分が闘技場の地価に建設した実験場。
あの場所から生まれた虚と、ネロが殺し合わせた人間たちは同じではないかと。
怨念を背負い、それに食い殺されしかし止まらず殺しあう。
それは、その先には藍染惣右介が求める彼の目的のための道具、そうなる為の施術に耐えられる者が居るかもしれない。
その期待をこめ、藍染はその場所を訪れたのだ。


そして見つけた。


「やぁ、君が九千九百九十九の魂、その怨念と怨嗟を背負った生き残りかい?」


問いかけた藍染の言葉に答えは返っては来なかった。
膝を抱え込むようにして座るのは少年。
膝を抱え、片手の親指の爪をかむようにして虚ろな目をした金髪の少年がそこには居た。
この場には彼以外の気配は無い。
故にこの少年が一万の魂、その唯一の生き残りである事は間違いなかった。
虚ろなその目は藍染を捉えてはいない、何を見るでもなくただ開かれているそれはとっくにこの少年の精神が死んでいることを意味していた。

それを見て藍染は笑みを深める。
素晴らしいと、怨念と怨嗟と、呵責と欲望に苛まれしかしこの少年の肉体は生きていた。
藍染にとってこの少年の精神など瑣末に過ぎないもの、重要なのは肉体、藍染が求める能力を持てるかどうかの施術に耐えられる肉体だけなのだ。


「辛かったかい? それとも苦しかったかい?もし君がそれを疎み、忘れたいというのならば私が忘れさせてあげよう。思いを発する事も、考えを巡らせる事も、過去を思い出すことも私は君に求めない。私が君に安らぎを与えてあげよう・・・・・・」


藍染の言葉に虚ろだった少年の目が向けられる。
藍染の顔を見ているというよりはただそれを写しているに近いその紫の瞳。

「ア・・・ウァ・・・・・・」

目の下の隈、こびり付き爪の間に入り固まった他人の血、そして藍染へと伸ばされる手。
言葉にならぬ呟きと共に伸ばされたそれは少年の救いを求める願いなのか、その手を握った藍染は笑みを深めた。
思わぬ収穫、そしてこの少年は”アタリ”だという直感。
これで藍染の計画はまたひとつ問題を消化した、後はただ邁進するのみ、己が手に入れたいものの為に全てを犠牲にして。

そして藍染は感謝する。
それこそ本当に、心底感謝した。
つい先程自らの手にかけた愚かしい捨て駒に、この少年を偶然にも創り上げた愚かな道化に。



(ありがとう、ネロ。 君はやはり誰よりも優秀だったよ・・・・・・)



深められた黒い笑み、少年はただそれを見上げていた。











新たなる座

新たなる主

埋まる十の円卓

遅れ来る者

去りゆく者よ・・・・・・










※あとがき


強奪決闘篇はこれにて終了。
な、長かった・・・・・・
これでようやく原作に入る準備が整った・・・かな?
この後はちょっと溜まってる番外を書きまして、数話挟んで原作・・・かな。
まぁ予定通り進んだためしなんか無いんで、あくまでそうなったらいいな、程度です。

ちなみに、ネロの死に様にはもう1パターンありました。
闘技場への墜落後、解放が解け意識を取り戻し、しかし藍染さんに拘束、処分されそうになると
恐怖に苛まれ命乞いをします。
当然却下され、今度はバラガンに「なんなら従属官になってもいい」ぐらいの発言。
バラガン無言のまま砂漠へ降り立ち、ネロの頭に手を置きます。
そして当然”老い”発動。
「馬鹿タレが・・・ 命乞いなど塵がすることよ。貴様は今までそれを聞き届けた事があるか?ありもせん事を他人に望むなど以ての外よ。せめてもの情けじゃ、儂自ら殺してやる。」
そしてネロ盛大な喚き声と共にご臨終。

簡単に言うとこんな感じですかね。
まぁ余りにもも救いが無いかなw
一体本編とどっちがよかったんだろうか?
























[18582] BLEACH El fuego no se apaga.extra6
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/07/31 21:01
BLEACH El fuego no se apaga.extra6






























俺達は反発する

私達は反発する

俺達は譲らない

私達は譲れない

それが己の往く道だから
















「それは違うな、間違っているぞフェルナンド。」

「そいつはコッチの台詞だ。 間違ってんのはお前のほうだぜ、ハリベル。」


ぶつかる視線に火花が散る幻想が見える。

やや距離を置きながらも決して視線は切らず、互いを睨みあう二人。
その二人とは第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルと破面Mo.nada(アランカル・ナーダ)番号無しの破面(アランカル) フェルナンド・アルディエンデ。
その雰囲気は険悪といったものではないにしろ、互い何か譲れ無いものがあるのだろうか、一歩すら退く気は無いという雰囲気がありありと浮かんでいた。
フェルナンドに比べやや身長が高いハリベルは見下ろすように、対してフェルナンドは状況から言えば見上げている筈なのだが、そんな雰囲気など感じさせない尊大さを纏い対峙していた。

本来こんな事はありえない。
破面という集団において番号の序列というものはそのまま力の序列に直結する。
数字持ち(ヌメロス)の間ならば多少の誤差はあるにしろ、その上、十刃(エスパーダ)においては数字とは力そのもの。
より数字の小さい者ほど殺戮能力に優れている、というのが虚夜宮における絶対の真理。
その中で”3”の数字を背負う彼女、ティア・ハリベルにこのような態度を取れるものがどれだけいようか、それも同じ十刃ではなく番号すら持たない破面の中で。


「あれ? あの二人”また”やってんのかよ・・・・・・」

「みたいだね・・・・・・ で? 今度は一体何が原因なんだい?」

「あら二人とも随分と遅かったのね。 私(わたくし)心配したんですのよ?貴方達が練武場(フォルティフィカール・ルガール)の場所さえ思い出せなくなったのかと思って。」

「「馬鹿にしてんのか! スンスン!」」


睨みあう二人、その二人から離れた位置にあるその空間への入り口から二人の人影が現われる。
左右の瞳の色が違う小柄な女性はエミルー・アパッチ、大柄で筋肉質の快活そうな女性はフランチェスカ・ミラ・ローズ。
どちらも睨み合いを続けるティア・ハリベルの従属官であった。
その場所、ハリベルの居城である第3宮にある練武場に入るなり何処かげんなりした様子で肩を落とすアパッチ。
次いでミラ・ローズも、「またか・・・」という雰囲気をありありと浮かばせながら先にその場に来ていた彼女等と同じ従属官、シィアン・スンスンへと話しかけた。
何処か棘、というか毒の篭ったスンスンの応対に二人揃って食って掛るアパッチとミラ・ローズ。
そんな二人を意に介しながらあえて流すスンスン、このやり取りは恐らく永遠に変らない事を伺わせるものだった。


「いいや、間違っているのはお前のほうだフェルナンド。その場合敵の戦力が明確になるまで様子を見る事が最善だ。敵の力も策も判らず攻める事は自らの首をしめる事に繋がる可能性がある。」

「それが間違ってるって言ってんだよ! 敵の能力も策も関係あるか、それに付き合うほうが馬鹿なだけだろうが。俺なら能力を使わせる暇を与えないって言ってんだよ!」

「ほぅ・・・・・・ それは遠まわしに私が馬鹿だと言っているのか?敵の攻撃に付き合う私は馬鹿だと・・・・・ならばお前はなんなのだ、そもそもこれは敵が新たな能力を使用したという前提の話であって、能力を使わせないなどという馬鹿げた発言こそ、そもそも本末転倒だとは思わんのか!」

「なんだと! この堅物の分からず屋が!」

「そちらこそ意地っ張りの頑固者め!」









「説明・・・いりまして?」

「「いや、いい・・・・・・」」

長い袖に隠れた指先でちょんちょんとフェルナンドとハリベルの方を指し、振り返るようにしてアパッチとミラ・ローズに告げるスンスン。
言葉とは雄弁で、先の二人の会話を聞いていればおおよそ何が原因かはわかることだろう。

はじめは簡単な問答だった。
もし、自分と実力が拮抗している相手がいたとして、その相手が新たに何らかの能力を使用したと仮定したとき、どう対処する事が最善であるか、という戦闘理論を問うただけの事。
これに対し、ハリベルはその冷静な判断力から無闇に敵に攻め込む事無く、敵の能力を把握した上でそれを凌駕し、倒す事を。
フェルナンドは能力など関係なく、苛烈に攻め続け押し切り、打倒する事を語った。

それはどちらも正しいのかもしれない。
そもそもこの問にははじめから正しい答えなど存在しない。
戦い方、それに定石と呼ばれるものはあれど”正しい戦い方”というものはない、そもそも毎回同じ戦場が続くなどという事などなく、その場、その時、その瞬間の最善こそが言うなれば”正しい”のだ。
この問の本当の目的は一つの考えに囚われず、他者の考えを聞くことで自分とは違った視野から戦いを見る事を養うためのもの。
本来ならばこの問いかけを行ったハリベルが抑えなければいけない場面だったのだろうが、どうにもこの二人、退くという事を知らない。

自分の考えの方が正しいと言い出したのはどちらだったか、それは今となっては瑣末ですらあった。
問題なのはどちらも退く気がまったく無いという事
そしてこれは今回が初めての事ではない。

事ある毎に二人の意見は対立し、こうして睨み合いは起こっていた。
それは二人の生き方、考え方、そして在り方が余りにも違うゆえ。
水の如く流麗に、何物にも流されず受け流し、しかしいつしか全てを押し流す大河の如きハリベルと、炎のように苛烈に、何者にも遮られず、遮られればそれごと焼き尽くしただ、己のが思うままに広がる炎海フェルナンド。
何もかもが真逆といっていい二人、故に二人の意見は違え、そして論争は熱を帯びていくのだ。


「あぁ、もういい判った・・・・・・こうやっていくら口で言ったって判んねぇんだ。だったらコイツで決める他無いだろうが、えぇ?ハリベルよぉ。」

「これは奇遇だなフェルナンド。 私も今丁度その考えに思い至ったところだ。最近は随分と力を付けたようだが、それもまた私には遠く及ばないという事を思い知らせてやろう・・・・・・」


言い争いを続けていた二人だったが、フェルナンドが遂にといった具合に両手を挙げその論争を止めた。
もはや論争というよりは口喧嘩に等しくなっていたそれ、しかし止めたという事は折れたという事かと、従属官の三人はある意味胸を撫で下ろす。




が、そう簡単に折れないのがこのフェルナンドという破面である。



口で言ったところで判らない、ならばその段階はもう終わりだと、そして口で言って判らない者に物事を判らせる方法など一つしかないといわんばかりにその硬く握った拳をハリベルに向けて突き出したのだ。
対してハリベルも普段の彼女からは想像も付かないほど血が上っていたのだろう。
あっけなくそのフェルナンドの誘いに乗り背に背負った刀の鍔にその指を掛ける。

これに慌てたのは従属官の三人、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンだ。
よもやここまで発展するとは思っていなかった三人。
そんなところで気が合わなくてもいいだろうにと、本当にこの二人はよく判らないと三人それぞれに内心で零す。
抛っておけば何れ収まると踏んでいた口喧嘩は今や第3宮の存続に関わる大事へとその姿を変えていたのだ。
彼女等の脳裏に最悪の景色がありありと浮かぶ。
崩れた壁、折れた柱、そこにあるのは自分達の暮らす宮殿の成れの果て、瓦礫の山でありその上で今だ戦う主ともう一人の姿。


これはマズイ。
三人の思考が久々に協調した瞬間であった。



「「「スト~~ップ! 二人ともスト~~ップ!」」ですわ!」


睨み合い今にも戦いを始めそうな二人の間に滑り込むようにして割って入る三人。
その顔には一様に焦りと、そこから来る冷や汗が滲んでいる。
ハリベルの前にはアパッチが、フェルナンドの前にはミラ・ローズが割って入り、スンスンはその中央でどちらにも加勢できる状態を作る。
ある意味見事な連携、彼女達の錬度の高さを伺わせるそれはしかし、この場においてはどこか悲しく映る。

「ハリベル様やめましょうって、こんな”つまらない事”で宮殿壊すなんてシャレにならないですって!」

「フェルナンド! アンタもいい加減しときなよ。”どっちでもいい”だろそんな事。」

「そうですわ。 お二人とも気を静めてくださいまし。」


二人を何とかして静めようと必死の説得を試みる三人。
それは必死になるだろう。
何故ならもしここで二人を止められなければ彼女等は今日から宿無し、そしてもしこの二人が”本当に”全力で戦ったら彼女等とて無事で済む保障はない。
故に必死、とにかく止める事、静める事を優先する三人。


だがそれが災いの元。
静める事を優先する余り、必死になり過ぎたばかりに零れる。
重要性の違い、当事者と第三者の違い、それ故に零れる。

どうしようもない失言というものが。



「つまらない・・・事・・・・・・?」

「どっちでもいい・・・・・・だぁ?」


熱を持っていた空間が急速に凍結する。
それはしかしハリベルとフェルナンドの闘気が静まった、という訳ではなかった。
反転、熱は振り切れ冷へ、どうしようもない冷たさを感じさせる声と共に二人から呟かれたのはそんな言葉。
ここへ来てアパッチとミラ・ローズは自分達の失言を自覚する。
だが時既に遅し、零れた言葉を再び呑む事など叶わず、零れた言葉は言霊となり届く、今最も届いてはいけなかった二人へと。


「一体何がつまらない事だというんだ?アパッチ。私の戦い、その考え方の何処がつまらないと?」

「ハッ! こいつは笑えるなぁミラ・ローズ。どっちでもいい、だぁ? それはなにか? 俺の考えもハリベルの考えもお前にとっちゃぁ大差ないって言いてぇのか?」


言葉の地雷、それも出来れば避けられたそれはしかし確実に起爆していた。
最早フェルナンド、ハリベルに互いを武によって制するという気配は消えた。
しかし、治まらない”気”はまさに今、二人の間にいる三人へと向けられている。
割って入ったつもりが今は挟まれていると言った方が、三人の状況を表すには正しいかもしれない。

そしてこうなると、途端息が合う人物たちがいた。


「おい聞いたかよハリベル。 俺達の戦いの考え方はコイツ等からしたらまだまだ甘いらしいぜ?」

「あぁ、確かに私も聞いたぞフェルナンド。どうやらこの娘達には私達が及びもしない素晴らしい理論があるらしい。これは早急に私達もご指導頂かないといけないとは思わないか?」

「あぁそうだ。 そうだとも。 えぇ? そう思うだろう?お前達三人も・・・よぉ。」



これが先程まで睨み合う様にして戦いの一歩手前にいた者達なのか、と疑いたくなるほど息の合った二人。
”若干の”拡大解釈によって歪められたアパッチ等の言葉は、二人によって今や彼女等を追い詰める鎖であり槍。
弁明を試みようにも一睨みで黙らされ、特に二人の前に立つアパッチとミラ・ローズは先程にもまして自らの危機を悟り、冷や汗が止まらない様子だった。


「「で、お前は何処に行こうってんだスンスン。」」


フェルナンドとハリベルの注意がアパッチ、ミラ・ローズに向いているのをいいことに、一人静かにその場から遁走を諮ろうとしたのはスンスン。
しかしそれは他ならぬ同じ従属官の二人に肩を掴まれることで阻止される。
この状況のマズさは三人とも同じ、その中で一人逃げるなど許さないというアパッチ等の執念がその肩を掴ませた。
二人の目には一様に「お前一人逃がしてたまるか!」という意が浮かんでおり、口元を隠しながら小さく悲鳴を上げたスンスンは悪くないだろう。


「さて、それではご教授願おうか・・・・・・三人とも準備はいいか?」

「当然問題ないよなぁ。何せ俺達に”指導”する立場だぜ?まったく俺達程度を相手に”指導”してくれるとは恐れ入る。」


まったくもって気が合うのか合わないのか、先程の姿など嘘のように二人は協調する。
三人を挟み込むようにして立つフェルナンドとハリベル。
そして二人はまるで鏡合わせの様に手を組み、ポキポキと指を鳴らす。
その瞳は紅と翠の光が爛々と輝き、どこか楽しそうですらあった。

気が合わない二人、しかし気の合う二人。
二律背反、しかしそれがこの二人。


そして響き渡ったのは三色の悲鳴は哀れなり。



そんな第3宮の一日・・・・・・












俺達は反発する

私達は反発する

俺達は譲らない

私達は譲れない

それが己の往く道だから


だから俺達は

だから私達は


認め合う


互いの譲れぬ”道”を知るから













※あとがき

番外篇6の投稿となります。
フェルとハリベルのほのぼの(?)とした日常・・・・・・
を書こうとして見事脱線しているw
まぁ本気じゃなくて小競り合い程度かとは思いますが。

若干キャラが崩壊していますが
番外という事でお見逃しください。

57話感想の返信はまた後日。












[18582] BLEACH El fuego no se apaga.extra7
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/08/06 23:35
BLEACH El fuego no se apaga.extra7


























キミが想うその世界に

ボクの居場所はありますか?


















「さいなら、乱菊・・・・・・ ご免な・・・・・・」



ボクが言えたんは、そんな一言だけやった。
でもボクにはそれしか言えへんかった。
なにせこれはボクが背負わなアカン事、ボクが決めて、ボクが望んでした事や。
これが、こうする事がボクの”目的”への一番の近道、遠回りは出来へん、する心算もあらへん、だからボクはその手を振り払ってでも行かなならんかったんや。


例えそのせいで、涙を流させる事になったとしても。


乱菊を泣かせる事になったとしても。



自分で言っといてホンマ本末転倒もエエとこやとは思う。
死神になって、あの時乱菊がとられたもんを取り返して、乱菊が泣かんでもすむようにしたるって思うて、でもそうする為に結局乱菊を一番泣かしとるんはボク。
しょうもない話や、ホンマ、しょうもない・・・・・・









でもボクは決めたんや。
焼け落ちた僕等の小屋、倒れた乱菊、すれ違った死神達とその死神が持っとったモノ、そして・・・そしてそれを受け取ったあの人。
その光景、そしてあの人の暗くて何も写さない眼を見たあの時、僕の中で全ては繋がったんや。
壊された僕等の平穏、乱菊が倒れとったんもその後長い事目ぇを覚まさへんかったんも、みんなみんなコイツのせいやって。

コイツが、親玉なんやって。



ボクの中に黒い炎が燈ったのがその時わかった。
その炎はボクの中で直ぐに大きくなって、でもボクはそれを外には出さんように、悟らせんようにしたんや。
出せば悲しませる、乱菊はその時の事を忘れとったから。
あの時何があったのかボクは知らん、せやけど何をされたにせよそれはきっと辛い記憶や、だったらそんなもん忘れとった方がエエにきまっとる。
せやからボクはその炎を外には出さん、悟らせもせぇへん、一人で・・・・・・一人でやるって決めたから。

色々考えて、考えて考えてこれが一番やって判ったんは、僕自身が死神に・・・・・・あの人と同じ死神になるゆう事やった。
僕はまだ弱かった、霊力をもっとる言うてもそれはホンマに持っとるだけや。
使い方も判らんし斬魄刀も持ってへん、そんなんで勝てるはずが・・・取り戻せる筈がない事ぐらいボクかてわかっとった。
せやから決めたんや、死神になるって。
死神になって、力をつけて、そんであの人の近くに潜り込んでそして・・・・・・そしていつかこの黒い炎を吐き出したるんやって。

手始めにあの死神を・・・・・・乱菊から”何か”を奪っていった死神をボクは・・・・・・殺した。
刃物なんてその辺に転がっとったもんで充分。
戦い方なんてあの時のボクが知るわけないし、向こうは一人いうても死神、戦うことが仕事みたいなもんや。
それでもボクは、ボクの内側を焦しよる黒い炎の燃え滾るまま、気が付いたときには初めて人の命を奪っとった。

そん時のボクは恐れも、悲しさも、辛さも何にも感じひんかった。
手に感じた肉を貫く感触も、頬を伝った血の暖かさも、それが急に熱を失っていく感覚もどっか他人事。
それはきっと、そん時のボクにとってその死神の命なんてまったく取るに足らんもんやったからかも知れん。
恨みはあった思う、憎しみもあったんやと思う、でもそれはこの死神へやのうて別の、もっと上の、あの暗い瞳の死神に向いとったんや。
そこで、そこで初めてボクはこの胸を焦す黒い炎の正体が、ボクの復讐心やって事に気がついたんや。


殺した死神の死覇装を剥ぎ取って、ボクは雪の中を歩いた。
白い雪景色の中で奪った死覇装を羽織ったボクの姿は浮き上がったように、拒絶されたように映っとったと思う。
でもそん時のボクはそれでエエ思うとった。
それでエエ、人を殺したボクと乱菊の世界が別々になったんやったらそれは寧ろエエ事や。

ボクはもう後戻り出来へん、進む道は一本だけ、歩いた後は端から崩れる一本道。
崩れた後に残るのは奈落や、落ちるわけにはいかん奈落、落ちたら終わりや、落ちたらそこで終い、何にも手に入らんと・・・何にも取り戻せへんままで終いや。
崩れた道の根っこには乱菊が立っとる。
でもボクは振り返らへん。
道が崩れていくのは僥倖やった、崩れれば追いかけては来られへん。
乱菊はボクと違って死神なんかにならんでエエんや、乱菊はただ平穏に・・・出来れば笑っとってくれたらボクはそれでエエんや・・・・・・


でももし・・・・・・

でももしそん時・・・ ボクが振り返っていたなら。
もしそん時振り返って、乱菊の事を見ていたらなら。
もしかしたらボクの・・・ボク等の”今”は変っとったかもしれへんなって、最近になって思う事がある。


でもそれはもう意味のない幻想なんや。
ボク等の世界はボク自身が引き裂いた。
手が届かんように、声が届かんように、そして災厄が降りかからんように・・・・・・





”死神殺し”
死覇装を奪ったボクを捕まえようとやってきた死神はボクに向かって口々にそう言いよった。
何を今更、そん時のボクはそう思うとった。
当たり前の事を口にされてもなんも響くわけないやんか、って。


「そうや・・・・・・ ボクが殺した。あんなんが死神なんて笑わせるわ。あれやったらボクが死神になったほうがよっぽどマシやで。」


ボクの口から出たんは存外に強い言葉やった。
ボクを捕まえに来た死神にも見覚えがあった。
あの死神と・・・ボクが殺した死神と同じようにあの人に傅いていた死神。
それが判っとったから知らずボクの語気も強まったんかもしらん。
それにそん時のボクには判っとったんや、ここに来たんはコイツ等だけやない、あの人も一緒やって。


「面白い事を言うね、”死神殺し”の少年。なら私が試してあげようか? 君が・・・死神になれるかどうかを。」


それが・・・それがボクが初めてあの人を・・・・・・藍染惣右介を真正面から見た瞬間やった。
顔には柔和で人のよさそうな笑みを貼り付けて、そんでもその黒縁の眼鏡の奥にある瞳はこれ以上ないほど暗かった。
ホンマあん時からアホみたいな霊圧しよって、それをまだ子供のボクにぶつけるんやから始末に終えんわ。
そしてその霊圧に震える身体を必死に隠しながら僕は見た、あの人の目を。

あの目は何にも見てへん。
真正面からあの人と向き合って、ボクはそう確信した。
アレは硝子球かなんかと一緒や、景色は映ってもそんだけ。
人が映ろうが虚が映ろうがあの目にはみんな一緒に見えてんねやって、そう確信した。
あの人は人を人とも思わんのや無くて、自分以外を”人”やなくて”物”と思っとる。
はなっからあの人には”人”が見えとらん。
あるんは”道具”かなんかと同じ扱いだけで、使い捨ての鼻紙みたいなもんや。

そんでもボクは真正面から対峙せなアカンかった。
子供の頃のボクがいくら背伸びしたってあの人に勝てん事ぐらい判っとった。
せやからボクも利用してやろう思うたんや。
ボクの内を焦がす黒い炎、その復讐心を燃え上がらせる矛先であるあの人を利用して、復讐してやるんやって。

ボクの大事なもんに手ぇ出した報いは、キッチリ返してやる為に。


「ならボクがコイツ等みんな殺したら、ボクを死神にしてくれる?」


顔には・・・僕の顔にはそん時あの人と同じ笑顔が張り付いていよった。
昔っからこんな顔やったけど、そん時のボクの笑顔は楽しさや嬉しさやのうて、”人を騙す為”の笑顔やった。
それはあの人から最初に学んだ事。
人を上手く使うには、思い通りに動かして自分の目的を達成するにはこれが一番いいって、それだけはあの人に会ってよかった思う。
笑顔で人を騙す。
自分の心、奥底は分厚い笑顔の仮面で覆い隠して見せへんで。
三日月みたいになった仮面の目の奥に、本当の瞳を隠しておく。
歪んだ仮面の口の奥で、本音は音になることは無い。

他人を騙す笑顔の仮面。
そしてボク自身も騙す笑顔の仮面を、ボクはその時手に入れた。


そしてその仮面で・・・ 心を燃やす黒い炎にその笑顔の仮面でボクは蓋をしたんや。
あの人の傍で、誰よりも近くで待つために。
誰よりも近くで刃を研ぐために。
研いだ刃でいつか必ず、喉下を突き刺してやるために。


「君は本当に面白い事を言うね、”死神殺し”の少年。・・・・・・いいだろう、君がもし彼らを全て倒せたなら、私が君を死神にしてあげよう。」


あの人はそん時、貼り付けた笑み以上に笑っとった気がした。
きっとあの人にとってそん時のボクは取るに足らない存在やったんやろうけど、暇つぶしと興味の対象位にはなっとったんやと思う。
それも出来るならやってみせろ程度のもんやろうけど。

なんにせよボクは最初の一歩を上手く踏み出した。
あれがボクのはじまりの一歩。
目の前に立ちはだかる死神達を見ても、そん時のボクに不安は無かった。
それはボクが強いからいう意味やのうて、やらなアカンっていう覚悟があったから。

ボクが取り返す。
奪われたもんを。
奪われた全てを。
乱菊が奪われたもんも、貧しくても平穏な日々も、そして・・・ボク自身の幸せも。
すべて・・・すべて取り返してみせる。
例えどんだけこの手が血で汚れようとも、例えどんだけ忌み嫌われようとも、嘘吐きと、裏切り者と罵られようとも絶対に・・・・・・

そう・・・絶対に・・・・・・








「驚いたな・・・・・・ 年端もいかず、霊力の何たるかも知らない少年がこれ程のものを魅せるとは・・・・・・名を聞こうか”死神殺し”の少年。」


「ギン・・・・・・ 市丸ギンや。 よろしゅう頼むな、死神はん・・・・・・」


血染めの死覇装。
それも自分のやのうて相手の返り血でや。
あの人は本当に驚いた様子でボクを見とった。
でもその驚きは直ぐになりを潜めて、あの笑みに戻る。
名を訊くあの人にボクはあの人と同じ種類の笑顔で答えた。
それがその時ボクにできた精一杯。

そこで僕の意識は途切れた。
極度の緊張と戦闘の疲労、そして終始浴び続けたあの人の霊圧はボクを衰弱させるには充分なもんやった。
それがボクとあの人の出会いで、ボクの復讐の始まり。


そしてそれももう少し・・・・・・ もう少しで全部終いや。
何もかもがもう直ぐ動き出す。
そうなったらいくらあの人でも全部は把握しきれへん。
計画にも必ずどこかで綻びが出る。

その時が・・・・・・
その時が唯一の機会なんや。

あの人が油断するほんの一瞬。
その時の為だけにボクは生きてきた、強うなった。

何処までいっても自己満足やって事ぐらいボクにかて判ってる。
でもそれでエエ。
ボクはどうなったって構わへんねや。




ただ乱菊はきっと怒っとるやろうな。
ホンマ・・・ 死神になってまでボクを追っかけてくる事なかったのになぁ。
こんな・・・ こんな裏切ってばかりの碌でも無い男、朴っといたらエエのにな・・・・・・

この戦いが終わった後、全てが上手く転がったとしても、ボク等の世界が全部元通りになることなんて・・・・・・そんな御伽噺みたいな事なんて、あるはず無いのにな・・・・・・


そう思えばあの時、別れ際に謝っといたんは正解やったかもしらん。
きっともう乱菊の目をみて謝れる事なんてなさそうやし。

あぁ、きっとそうや。
あれが正解やったんや。
久しぶりに笑顔の仮面の奥から零れたボクの”本音”。
あれが伝えられただけできっとそれは正解やたんや。
ならよかった。
後はただ、進むだけやから。


全てが終わる、その時まで。






「また部下で遊ばはって・・・・・・ 意地が悪いなぁ・・・・・・」

「見ていたのか・・・・ギン。」


白々しい台詞やったけど、それを追求する心算なんてない。
この人は何でもお見通しや、そしてこの人はああやって掌で命を弄ぶんが癖みたいなもんや。
せやからボクも本気で意地が悪いなんて言わへん。
そんなもん、言わんでも誰にもわかることやから。


「予定に寸分の狂いも無い。 最上級(ヴァストローデ)を揃え、十刃(エスパーダ)が揃えば・・・・・・ ”我々”の道に、敵など無い。」


死んでいった最下級(ギリアン)なんぞ気にも留めず外を眺めながらそう口にするこの人は、本当にそう思っていた。
確かに敵は無いかもしれん、破面の力は圧倒的や。
それに加えて要(かなめ)もいる、そしてなによりこの人は例え十刃が全て倒れても一人で全て終わらせるだろう。
だからこの人は言う、”敵は無い”と。

でもそれは間違いや。
確かに進む道にて気は無いかもしれん。
歩みの先に敵は無いかもしれん。
でもその道は”我々”やのうて、アンタが一人で進む道や。
アンタは精々前だけを見て、その道を進んだらエエ。
ボクかて前だけを見て進むよって。


アンタのガラ空きの、その背中を目掛けてなぁ・・・・・・

















キミが想うその世界に

ボクの居場所はありますか?

ボクとキミは離れたけれど

二度と交わらないけれど

それでもキミの

想う世界に

キミの世界のキミの隣に

ボクの居場所はありますか?















※あとがき

番外篇7投稿となります。

そして今回はエセ関西(京都?)弁が終始炸裂しています。
難しいね、方言って。(まぁ自分も標準語かと言われればそうじゃないけれどもw
自分の話している言葉じゃ無いってだけで、こうも書き辛いのか。

誤字、というか誤用があればご報告ください。









[18582] BLEACH El fuego no se apaga.58
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:22
BLEACH El fuego no se apaga.58
















血に染まり悲鳴を上げ、血に染まり勝利を叫ぶ。
血に濡れた手を洗うのは新たに滴る血の雫であり、故に彼等の手から血が拭われることはない。
歓喜を叫び、怨嗟を叫び、雄叫びと罵声、賞賛とそれ以上の嫉みを溜め込んだ闘技場は今や見る影も無い。
”号”を得た者、失った者、勝利を得た者とその影で命を落とした者。
彼らを突き動かすのは突き詰めれば欲であり、我欲を満たさんが為の闘争は終着をみた。

終着の光景は鮮烈。
砂漠に形作られた黒い棺は黒い魔竜を一瞬にして飲み込み、悲鳴の欠片すら残さずに閉じられた。
棺は竜の悲鳴の代わりに低く重く、そして暗い叫びのような残響を残し消える。
その叫びが終わり閉じられた黒い棺が開かれた後には、もう何も残っていなかった。
ネロ・マリグノ・クリーメンが存在していたという証明は何も。


いや、正確には一つだけ残ったものがある。
それは何よりも重い”畏怖”と”恐怖”。
全てを殺しつくすかのような黒き竜を前に尚その顔には笑みを湛え。
何をするでもなくただそこに居るだけで竜を怯ませ、脅えさせる存在感。
腰に挿した斬魄刀を抜くことすらせず、ただ己が圧倒的な霊圧とそれを用いた術によって触れる事すらなく竜を屠った規格外の力。
それはまさに”死”を連想させる。
誰もが自らを無意識に黒き竜に、ネロ・マリグノ・クリーメンという名の竜に置き換えそして戦慄した。
勝てる訳が無いと、前に立てば自分に待っているのは”死”だけだと、怖ろしい、ただ怖ろしいと、そして認識するのだ、その怖ろしい存在こそ自分達の王であると。


藍染惣右介という名の我等の”王”であると。













僅かばかりの時が流れ、その場所には再び多くの破面達が集結していた。
その場所の名は『奉王宮』、虚夜宮における藍染惣右介の居城でありその中の一角、この虚夜宮で唯一人藍染のみが座ることを許される王の証明、玉座の据えられた広間、『玉座の間』である。

度重なる闘技場の破壊と崩落、それに巻き込まれ、或いはネロによる無差別な虐殺によって恐慌状態となった破面達。
その場を逃げ出した者も多く、そのまま強奪決闘(デュエロ・デスポハール)は終了となり本来その場で言い渡されるはずの最終的な”号”の通知等は行われなかった。
残った者だけに通達するという手段もあったが、今回の強奪決闘は”図らずも”四つの十刃越えを抱え込むものとなり、その結末を皆が納得行く形でという建前の下、今日改めての通達となったのだ。


下官、破面もどき、号を持たぬ破面から数字持ち(ヌメロス)、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)、そして付き従う従属官を連れた十刃(エスパーダ)達。
彼等の居る場所よりも高い位置に据えられた玉座に近付くほど強くなるその並びは彼らにとって誇らしいものであり、それ以上に羨望と嫉妬を呼び起こす。
見える背中は大きく、しかしいつかお前を血の海に沈めてやるという殺意が満ち、それを背に浴びながらも平然とする者達の連なり。
下位では微々たる変動はあるものの、長らく不動であったその最前列に構える虚夜宮の十傑。
背に刺さる視線を平然と、いやそれ以上に感じる事すら不要だといえる実力を個々に持つ十体の破面、十刃。

それが今回大きく動いた。
二つの十刃越えは誰の眼にも明らかな結末。
片方が片方をその力をもって降し、或いは殺したという勝者と敗者の構図を。
もう一つの十刃越えは誰もが勝利者を決められない結末。
片方が戦いを優位に進め、とどめの一歩手前まで迫るも横槍によって沈み、最後は両者共に闘技場を去るという水入り、言うなれば引き分けの構図を。
最後の一つ、これは十刃越えと言っていいのかも怪しい代物で誰もが困惑を抱える結末。
虚夜宮の”暴力”の結晶をいとも簡単に連れ去り、それをも超える霊圧を発してみせ、再び現われたその結晶に瀕死の重症と呼んでいい傷を負わせていたが、”王”の登場により決着が着いたという結末。

この四つの十刃越え。
その結末がどういったものを迎えるのか、下官やもどき、数字持ち、それ以上に十刃達も興味はあった。
順当に行ったとて大きな変動が訪れることは必定。
そして何事も順当に、順調に行くはずが無いのがこの虚夜宮という場所であり、その認識になんら間違いなど無い。
故に興味がある。
先の戦い、その結末、行く末に。



「皆、よく集まってくれた。 先の強奪決闘、その顛末を知る君達なら判ると思うが、あのような形でしか終わらせることが出来なかったのは”悲しい事”だ・・・・・・だが皆には覚えておいて欲しい。 私はあの選択が間違いだとは思わない。そして、同じ事が起これば私は、同じように”力”をもって制するという事を。」


玉座の後ろにある通路から現われた藍染は、一度ぐるりと眼下の破面達を見回すとそう口にした。
その顔には僅かながらの悲痛さを滲ませ、しかし強い意思を持って続いた言葉に多くの破面は息を呑む。
彼らに浮かぶのは一様に恐怖の感情。
僅かではある、表情を変化させるにも至らない僅かな恐怖。
しかし浮かんだそれを藍染は見透かす。
それは藍染の確認作業であり、彼等の内に恐怖の華が開いたかどうかを知る為の言葉。
僅かばかり浮かんだそれを藍染は満足そうに見下ろし、普段どおりの”笑み”を貼り付け玉座へと腰掛けた。


「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。先に行われた強奪決闘、その結果を皆に伝えるためだ。本来ならばその場で言い渡された”号”を得て終わりとなるのだが、今回はそれ以上に皆が知りたいことが多いと思ってね。そう・・・・・・ 新たなる十刃が誰なのかという事を。」


玉座に深く腰掛けた藍染、その光景は余りにも似合いで、やはりこの玉座に座すべきはこの男であるという事を再認識させるものだった。
そして藍染が語ったのは強奪決闘その結果について、彼の言う通り下位の者達の決闘ならばこのように再び全員を集めてまで言い渡す必要など無いだろう。
だが今回は違う。
虚夜宮の中でも実力の突出した十刃がその席の多くを入れ替える、いや、奪われ剥奪されともすれば簒奪される
その出来事はただそういう事があった、という情報の伝播だけで納得するには些か無理があった。
故の招集、そもそも異論など上がるはずも無いがしかしそれでも皆に直接伝え、そして皆が”納得したという形”こそを必要とし今回の招集はかけられたのだ。




事の中心にいる十刃達、その反応はそれぞれであった。
多くの従属官を引き連れたバラガン僅かばかりの怒気、というよりも苛立ちを滲ませながら豪奢な椅子に腰掛け、藍染を睨みつける。
それは玉座に座す藍染への苛立ちであり、なにより自らが招いた失態に対する自身への苛立ち。
己が願望により目を曇らせた自身への苛立ちに他ならず、しかし王である自らが犯した失態がこの上なく愚かだった事を自覚するゆえの苛立ちだった。

ハリベルはどこか複雑な心境を抱えその場に立っていた。
恐らく彼女がこの虚夜宮へと連れてきた者、フェルナンド・アルディエンデは今日自分と同じ十刃という位階まで登り詰める事だろう。
それは喜ばしい事であるし、何よりいつかと思っていた約束の時が近付いたという事でもあった。
しかしそれは同時にもう二度と、”手合わせ”という形で彼と戦うことは無いという事でもある。
”十刃同士の私闘は厳禁”
秩序を重んじる彼女にとってそれは当然の事であり、それ故に”手合わせ”という形をとろうとも彼女がそれを選択することは無いだろう。
それゆえの寂しさ、しかしそれ以上に再び相見える瞬間への期待が彼女には高まっていた。

が、今はそれすらも瑣末。
彼女が今もっとも危惧しているのは一つ。


フェルナンド・アルディエンデが、素直に十刃の席に着くか否かの一点のみであった。



第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファーはただ目を閉じ佇んでいた。
彼にとって他の十刃がどうなったのか、そもそも新たな十刃が誰なのか等ということは瑣末の極み。
関係ない、彼がその思考を揺らす必要すらない出来事、それが彼にとっての強奪決闘とその顛末。
故に彼は目を閉じていた。
その目で見ることすら、必要は無いといわんばかりに。


自らに向けられた奇異の視線を無意味と内心断じながら、アベル・ライネスはその場に立っていた。
相変わらずの白い外套のような死覇装、手も足も見えず存在を隠すようなその外套を身に纏い、しかし今彼女は奇異の視線に晒される。
それは彼女の顔に、あの嘴を模し、目の文様が刻まれた仮面がないからだ。
あるのは黒い厚手のヴェール、普通ならば視界を遮るそれも彼女にとってはなんら障害にならず、仮面の代わりに彼女の顔の上半分を覆い隠していた。
元々隠していたわけでもない性別、しかし既に周知の事実となったそれを再び仮面で覆い隠すのは無意味と断じた彼女は、代替としてそれそれ選択した。」
顔を隠す、というよりも自らの視界を覆う事を目的としたそれ、裸眼では見えすぎるその目を覆うことだけを目的にしたそれは無意味を嫌う彼女らしい選択ともいえた。
向けられた奇異の視線、しかしその中で他とは違う一つの視線も感じながら、彼女はただ佇む。

その内に一つの決断を抱えて。


第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ノイトラ・ジルガは藍染の言葉など意にも介さず、ただ一人だけを見ていた。
アベル・ライネス、彼に屈辱を与え、彼が越えることを望みなによりそのあり方、考え方が気に喰わない相手。
達観、ともすれば諦観をそのあり方とする彼女は、彼にとって何処までも気に喰わない相手だった。
彼は諦めない、たとえ腕を全て落とされようと、両の足をもがれ様と、その意思さえ残っていれば決して諦めない。
戦いの内側に居る間は決して勝利を諦めない、その末に自らが死んでも構いはしないのだ、戦いの内側で死ぬ、最後まで戦って死ぬ事こそ彼が追い求めるものだから。
故に彼はアベル・ライネスを睨む。
彼の中でまだあの戦いは終結を迎えてはいない。
両者共に生きているなどという都合のいい結末を彼は許せないから、それが彼の戦いの哲学なのだろうから。


残る二名、第9と第10であるアーロニーロ・アルルエリとヤミー・リヤルゴにとってはこの結末がどう転ぼうが関係は無かった。
アーロニーロに関していえば彼が負う役目ゆえに十刃からの排斥は考えづらく、何より自分がまったく絡んでいない強奪決闘などやっていようがいまいが関係なかった。
ヤミーに関してもそれは同じで、しいて言えば今日この場でなにか面白いことが起こればそれはそれで儲けもの程度にしか考えていない。
そもそもヤミーにとって強奪決闘は茶番にしか映らない。
誰が最強か、それを論ずることすら彼には無意味。
自らの”号”を知る彼からしてみれば。



そして残る十刃、第6十刃(セスタ・エスパーダ)ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオと第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーはこの場にはいない。

正確には片方はこの場に来ることを良しとせず、もう片方は来る事すら出来ないと言った方がいいだろう。
ゾマリ・ルルーという存在は既にフェルナンドによって葬られ、灰燼へと帰した。
戦いの結末としてこれ以上ないほどの勝利と敗北の図式、片方が生き片方が死ぬ。
それに則りフェルナンドは生き、ゾマリは死んだのだ。

引き替え第6十刃であるドルドーニは傷を負いながらも存命、しかし彼はこの場に来る事はなかった。

”既にこの身は十刃ではない。”

それだけが彼が語った言葉。
十刃ですらない自身が藍染に拝謁する事は出来ないと語り、何より今更告げられずとも彼自身誰が今最も第6十刃に相応しい者であるかを理解している故に、彼はこの場に来る事はない。
門出を祝うなどという事を望むような男ではないと、ドルドーニは理解しているから、そしてあの男にとって第6の座は”到達点”ではなく”通過点”であると知っているから。

そして自らがいない事で語りかけているのだ、お前が第6十刃なのだ、と。




「それでは皆に紹介しようか、新たな十刃達を。そしてその頂点、第1十刃は彼だ・・・・・・前に来てくれるかい? ”スターク”。」



それぞれの思惑を抱えた十刃達、それを前に藍染は新たなる十刃を告げ始める。
そして最初に呼ばれた名前、その名に広間がざわりという音と共に揺れた。
”スターク”、藍染は確かにそういったのだ、第1十刃と、”バラガン”ではなく”スターク”という名を。
広間全体を、一体どういうことだというざわつきが支配する。
最初に多くの視線が向かったのはバラガンへ、藍染の発言に対し彼がどういった反応をするのか、それが藍染の一存なのかそれともバラガンも承知のことなのか、困惑と疑問の視線がバラガンへと向かう。
視線の先のバラガンは、脇に控えた従属官が驚きで声を上げようつするのを軽く手を上げて制していた。
おそらくどういう事かを問おうとした従属官を制するバラガン、そしてその行為は同時にこの出来事がバラガンも承知の事である事を、見る者達に感じさせる行為だった。

次いで視線の群れが向かったのは藍染。
呼んだはいいがその人影は十刃達のいる最前列にはおらず、一体何処にいるのかと探す破面達は自然藍染の視線を追うために彼へと目を向ける。
そして彼らが見た藍染の視線は遠くを、彼ら多くの破面達がいる場所よりもさらに後ろを見ていた。
視線が一斉に後ろを向く。
そして彼等の視線が捉えたのは、広間へと入るための大扉に寄りかかるようにして面倒くさそうに頭を掻いている一人の男と、その隣に立つ小柄な少女だった。

扉の前の男、スタークは一つ盛大な溜息をついた後藍染の座す玉座の方へと歩き出し、少女の方も同じように後に続いた。
彼らが視界に捕らえたその男、彼らはその男の事を知っていた。
いや、知っているというよりも見たことがあると言う方が正しいだろう。
強奪決闘の最中、第5と第8十刃の決闘に乱入した第2十刃ネロの凶行から彼らを救い、そして闘技場から瞬く間にネロを連れ去った男。
そして天蓋の上でネロに相当、いやネロを凌駕する霊圧を発してみせた男それが彼、スタークだったのだ。

最前列へと向かうスターク。
その前を遮るようにしていた破面達は自然、道を開けるようにその場を退いていった。
その視線に困惑と、疑問を、それ以上に殺気と怨念じみた感情を滲ませながら。
しかしスタークはそれを意に介した様子もなく開かれた道を進む、対して少女、リリネットのほうはそれに過敏に反応したのか何の反応も示さないスタークの代わりだと言わんばかりに、あかんべぇをしてみせるも頭上から降ってきた拳骨によってそれを止められる。
そんなやり取りをしながらスタークとリリネットは遂に最前列の更に前、玉座の最も近くへとその歩を進めていた。


「態々後ろで霊圧を抑えていることなど無いだろう?キミは第1十刃(プリメーラ)なんだ、もっと誇ってくれないか?スターク。」

「・・・・・・ガラじゃないんですよ、そういうの。」

「フフッ、まぁいいさ。 キミがどう思おうともキミが示した実力は第1に相応しい。・・・・・・そう思うだろう? バラガン。」


藍染がどこか親しみを込めるように語りかけた言葉に、スタークは先程と同じように頭を掻きながら答えた。
第1十刃、この虚夜宮でもっとも殺戮能力に長けた者に与えら得る称号、それはお前にこそ相応しいと語る藍染だが、スタークはただ自分のガラではないと言う。
本来ならば誇るべきそれも彼にとってはそれほど価値のある物では無いという事なのだろうか、しかしその様子を見ても藍染は咎める事はせずただ笑みを浮かべていた。
そして、藍染は事もあろうにスタークの実力が第1に相応しいものだという事の証明をバラガンに、現第1十刃のバラガンに求めたのだ。
空気が凍りついたように静まり返る広間。
現第1十刃のバラガンに対して、その座を簒奪する者をそれに相応しいかどうかを評価して見せろと言う藍染の言葉は酷以外のなにものでもないだろう。
ともすればこの場が死地に変る可能性すら秘めたその言葉、しかしバラガンも然る者、そのうちに救う感情など露ほども見せない。


「・・・・・・その若造がネロの阿呆(アホウ)を追い詰め、殺す一歩手前だったのは事実。正面から戦えば儂とて無事では済まん・・・・・・何よりボスが決めたことじゃ、逆らう余地など端からありはせん・・・・・・」


それは事実上バラガンが位を下げる事を認める言葉だった。
決して自分が劣っていると言っているわけではないだろう、しかし、戦えば無事ではすまないこともまた事実。
なにより藍染の決定こそ全てであるこの虚夜宮において、一人我を張ったと意味など無いとバラガンは語った。
そしてその口から藍染との”賭け”については一切零れることはなかった。
それもまた王の矜持、賭けに負けたから仕方なく座を譲るという言い訳は余りに無粋で惨めな代物。
確かにこれは”賭け”によって成された降格ではあるが、しかしそれ以上にそれを招いた自身の愚かさがバラガンには際立っていた。
故に認める、王として、自らの失態を戒めるために。


「そんな事はないさ。 ただキミに”認めてもらう”事が、皆に対して最も説得力がある。なにせキミは今でも”王”なのだから。」

「フン、どこまでも言いよるわ・・・・・・なら儂はあの阿呆の後釜、という事か。なんとも座り心地の悪そうな事じゃい。」

「そう言わないでくれ。 ネロの処断は避けられない事だった、そしてキミにはこれからも私を支えてもらわねば困る。」


互い本心は見せない会話。
上辺を取り繕い、しかし他者には解らぬ様に刃を交わすかのようなそれ。
なにも本物の刀を交わすことだけが戦いではない、こうした戦いも確かに存在する。
水面下、互い主導権を握り合うための舌戦、武勇ではなく知略の戦い。
派手さは無く、しかし場合によっては”武”に勝るそれ、そうして二人は刃を交わしているのだ。


「皆も聞いたとおり第1十刃にはスタークを、そして空位となった第2十刃にはバラガンに座ってもらう。更に第3にはハリベル、第4はウルキオラがそれぞれ在位のままで皆、異論は無いだろう。そして次は・・・・・・ アベル、ノイトラ、前に出てくれるかい?」


言葉の刃の交わしあいが終わり、藍染が決定事項として第1から第4十刃の名を告げた。
そう、ここまでは決定事項であり多くの破面達からしてもバラガンの事を差し引けばおおむね予想通り。
しかしここからは違う。
藍染によってそれぞれ前へと進み出た二つの人影。
アベルとノイトラは互い距離を置きながらも藍染へと正対する。
進み出た二人は決着が着かなかった決闘の当事者、互いボロボロとなりしかし決しなかった戦いの当事者だった。
勝利者もなく、敗者もなく、互い生き延びしかし決さねばならない。
どちらが勝者なのか、そして敗者なのかを。

ネロの介入前までを見れば勝者は明らかにアベルだろう。
短剣の軍勢(エヘルシト・ダーガ)、そう呼ばれたアベル・ライネス必殺の計によりノイトラは死を迎えるはずだった。
だがそれはそう”なったであろう”未来であり、どこまでいっても想像でしかない。
もしかすればあの状況からノイトラは抜け出し、反撃し、そして勝利を収めていたかもしれない。
誰にもそれは否定できないのだ、アベルの勝利を想像するのと同じように、ノイトラの勝利もまた如何様にも想像出来る可能性を持っているから。
故に誰もが知りたいのだろう、どちらが勝利者でありどちらがその”号”を奪われる敗者であるのかを。
藍染がどういった決定を下すのかを。


「二人にはすまない事をしたね。 私がネロを遇するあまり、キミ達の戦いに水を指す結果となってしまった。・・・・・・これは私の不徳ゆえの結末だね、しかし決着はつけなくてはいけない。十刃に欠けは許されない、特にこれからを考えれば尚更・・・ね。決定を下す前に二人とも、何か言いたい事はあるかい?」


まず藍染は謝罪の言葉を述べた。
決闘の未完は自らが招いた不徳、ネロを優遇する余りの不慮の出来事であったと。
しかしその言葉は上辺だけなのだろう。
藍染惣右介の言動、それに多く用いられるその手法。
まず相手を気遣い、時に褒め称え、謝辞を述べる。
それは相手の精神を僅かばかり緩めるための手管、強大な力を持つ自身が下手に出るという行為は相手にとっては恐れ多く、時には優越感すらあるもの。
だがそれは最初だけ、謝り、時に感謝しながらその後に続く言葉は否定を許されない決定事項であり、誰もがそれに逆らえない。
相手が、藍染が一度下手に出たことによって生じる僅かばかりの罪悪感、向こうは一度謝罪し、或いは感謝を述べた、ならば自分もある程度の譲歩はしてもいいだろうという思考の芽生え。
故に許してしまう、多少無理のある願いであろうとも。
逆らう事は元から許されず、しかし相手はそれを振りかざすのではなく自分に”頼んで”いるのだと錯覚してしまう。


それが藍染惣右介の狙いであるとも知らずに。


先のアベルとノイトラに対する言もそうだ。
謝り、どこか謙りながらもその後に続く言葉は決定的なもの。
おそらく藍染の中で答えは出ており、そしてその思うとおりに進める心算が垣間見える言葉たち。
それでも一応彼ら二人に意見を求める方向へと向け、しかしそれを踏まえたという形をとって自らが望む形へ導く。
藍染惣右介にとって重要なのは、”思い通りの結果”であり、そこにたどり着くまでのそれぞれの意思などと言うものは始めから存在していないのだ。

「・・・・・・では、私から一つよろしいでしょうか?」

「なんだい? アベル。 まさかとは思うが自分こそ勝利者に相応しい、等という事をキミが言うとも思えないのだが・・・・・・」


二人へと言葉を求めた藍染、そしてそれに帰ってきたのはアベルの言葉だった。
一つ、言いたい事があるというアベル。
それを藍染は寛容に受け入れるが、一つ釘を打つことも忘れない。
勝利を声高に叫ぶ様な者は十刃たりえない、”武”による戦いの勝利とは血に濡れた結果であり、言葉によって齎されるものではないのだから。
だがそんな事はアベルとて先刻承知、彼女が言いたい事はそんなことではなかった。



「無論です。 言葉による勝利など無意味極まりない。私が言いたい事・・・・・・ いえ、聞き届けていただきたい事は一つ。私が
”十刃を辞す事”をお許し頂きたいのです。」



その言葉は多くの者に衝撃を伴って聞こえた。

十刃を辞す。

かつてこんな事を願い出たものがいただろうか。
数々の特権と、自らの力を示すための階級、その頂点に立つ十刃。
それらをアベルは自ら捨てるという、不可解であり不可思議なその決意、彼女が口にした言葉は余りにも理に叶っていなかった。


「それは本気かい?アベル。 十刃の・・・・・・第5十刃の位をキミは自ら捨てるというのかい?」

「そうです。 今の私ではおそらく十刃としては不足でしょう。そのような者がただ特権と位階にしがみ付く事は不様であり無意味だ・・・・・・ならば潔く一度身を退く事が最良の答えと判断しました。そして出来れば空位となる第5の座は、現第8十刃(オクターバ)に預けさせて頂きたく存じます。」


流石の藍染もこのアベルの申し出は予想の範疇にはなかったらしく、珍しく驚きの表情をみせる。
対してアベルは顔の半分は隠れていたとしても、その僅かに見える表情、雰囲気に揺らぎはない。
熟考の末の回答、自らが相応しくないが為に十刃を辞すという選択。
合理的な彼女の自身への客観的観測に基づく結論がそこには見えた。
そしてさらに周囲を驚かせたのは、自らが座した第5の座が空位となるため、そこに第8十刃、ノイトラを据えて欲しいと言うのだ。
受け取り用によっては事実上の敗北宣言とも取れるその言葉。
負けを認め、彼こそが第5に相応しいとでもいいたげなその言葉は周囲を驚かせる。

しかし、驚きではなくその言葉を怒りを持って聞いていた者が在った。


「ふざけんんじゃねぇ・・・・・・ふざけんじゃねぇぞ! 第5(クイント)!!なんだその腑抜けた台詞は! なんだその選択は!俺を第5の座に・・・だと? ふざけんじゃねぇ!!施しの心算か! 哀れみの心算か! どこまで・・・・・・どこまで俺を虚仮にすれば気が済みやがるんだ、テメェは!!」


その叫びは純粋な怒りだった。
十刃を辞す、その言葉だけでもノイトラにとっては怒るに充分であり、その後に続いた自分を第5の座にという台詞で彼の怒りは一息に頂点を振り切った。
その言葉はノイトラからすればどこまでも自身を馬鹿にし、哀れみ、見下しているかのようだったのだ。
確かに自分は負けそうになっていた、あのまま行けば十中八九負け、そして死んでいただろう。
だがそれでよかったともノイトラは思うのだ。
戦いの内側で死ねればそれでいい、勝利を積み重ね、”最強”を手にし、そして死ねれば尚いいがそれでも、戦いの内側で死ねるならば本望であると。
だが現実こうして自身は生き残り、そして敵であるアベルもまた生き残った。
ならば、ならばと、ならば再び戦いによって雌雄を決するより他選択肢などありはしないと彼は考えていたのだ。

だが現実は違う。
アベルは戦う事ではなく十刃を辞すことを選択した。
そしてそれはノイトラにとってこの上ない”逃げ”だった、勝ち逃げだった。
自らを瀕死に追いやった相手は勝ち逃げを決め込み、そして空位となった座をお前にやろうとまで言い放つのだ。
虚飾、どこまでも、煌びやかなその座はしかし勝ち取ったものではなく、譲られた愚者の座だった。
ノイトラの怒りはもっとも、そしてその怒りが彼の手を伸ばし、アベルに掴みかかろうとしたのもまたしょうがない事でもあった。


「無意味だな、第8十刃。 そうやって不様な霊圧を撒き散らしても私に勝てない事は、貴様がよく知っているだろうに・・・・・・それに貴様は勘違いをしている。 無意味に怒るのは貴様の勝手だが、よく私の言葉を思い返してみるが良い。私が何時貴様に座を”譲る”といった? 私はこう言ったのだ座を”預ける”と・・・・・・」


ひらりと、それこそ舞う羽の如くノイトラの掴みかかろうとする腕を避わすアベル。
彼女からすればその腕を避けることは容易、怒りで乱れた霊圧では彼女には届かない。
それを忘れるほどノイトラの怒りは凄まじく、それ故に彼が心底怒っているのだという事を伺わせる。
そのノイトラに対しアベルはいつもの通り、鷹揚の少ない声で言葉を返した。

自分は座を”譲る”のではなく”預ける”のだ、と。


「先の戦い、私はそこで必要以上の傷を負った。特に”翼”に傷を負うという事は私にとっては死活問題に等しい。私の翼はその特性上非常に繊細だ、傷が塞がろうともそう簡単に機能が回復するものではない。故に今の私では十刃には不足なのだ、戦闘力の落ちたものは十刃足り得ないのは当然だろう?」


語られるのは真実の理由。
アベルが十刃の座を辞す理由だった。
ノイトラとの強奪決闘、そのなかでアベルは解放後の自身の翼に多大なダメージを負った。
穴が穿たれ、その表面に強力な虚閃を受けたことによる傷を抱え、彼女の翼は傷ついているのだ。
ただ飛ぶことが目的のそれならば、今日までの期間をおけばある程度の回復は見込めただろう。
だが彼女の翼は飛ぶことよりも彼女自身の能力に直結する重要な機関のひとつだった。
その目で霊子の流れすら見る女性アベル。
そして解放後はその黒い翼をもって精密で微細な霊子を感じ、或いは操作する事で戦うのが彼女なのだ。
故にその翼は生命線、そして微細な霊子操作を可能にするその翼は精密機器の集合体ともいえる代物で、そう簡単に回復が見込めるようなものではない。

それこそが理由、彼女が辞す理由なのだ。
翼という生命線を欠いた今の彼女では十刃として求められる殺戮能力を、自身のそれを十全に発揮できない。
それ故に彼女は十刃の座を辞そうと言うのだ、客観的で合理的な結論の下。


「だがこの傷は決して癒えない傷ではない。 時を置くことで回復は充分に見込めるだろう。だから私は貴様に”座”を預けるのだ、私が回復した暁には再び貴様と戦い、”号”を奪い返し、そして・・・・・・貴様の死をもって私の完全性を再び証明するために。その為に、一度くらいは泥にまみれるのも悪くはあるまい。」


そう、アベルの真意はそこに終結した。
”今の”自分では不足、そして座は”譲る”のではなく”預ける”と。
始めから彼女の言葉に”諦め”は存在していなかった。
傷を負ったままの自分では十刃たりえない故に今は辞す、しかし、傷が癒えたその時は再び十刃へと舞い戻ろうと。
その為に自分の座は貴様に預けてやろうとアベルは言っているのだ。
だがそれは確実に勝てるという目論見の下にある言葉ではない。
ノイトラ・ジルガはアベル・ライネスの先見にも似た予想を、一瞬ではあるが越えて見せた。
それは彼女にとって自らの価値観、それから導かれる完全な理論の崩壊を意味している。
許されるものではない、価値観の崩壊は自己の崩壊にすら等しくそれを容易に認められるような者がこの場にいるはずもない。
それ故彼女は傷が癒えたその時は、再び戦い、そして自らを再び証明することを望む。
なにもノイトラだけが戦いを望んでいたわけではないのだ、アベルもまた自分の譲れぬもののため再び戦うことを望んでいたのだ。


「この俺を間繋ぎに・・・だと!? ケッ!どこまでもふざけた事言いやがって・・・・・・その言葉、忘れんじゃねぇぞ。 テメェの傷が癒えたその時は、どっちが強いか必ずハッキリさせてやるぜ。あぁん? 十刃落ち(プリバロン)よぉ・・・・・・」

「その挑発は無意味だが・・・・・・まぁ受けるだけなら問題あるまい、第5十刃(クイント)よ。」


アベルの言葉に怒気を滲ませていたノイトラから怒気が薄まっていく。
彼にとって戦いを諦めたこと、そして何より情けをかけられたことが怒りの原動力であり、それが情けではなく再戦の誓いであるというならば話は別なのだ。
そして今すぐ戦っても意味がないことも彼は理解した。
敵が今傷を負っている状況、そこを攻めて卑怯だ卑劣だとさわぐのは偽善者だ。
戦いとは常にそういうものであり、互いが十全で戦えることの方が稀とも言える。
だが今、ノイトラはそれを望んでいた。
このアベルという破面だけは真正面から、完全となった彼女を真正面から叩き潰さねば自分は進めないという直感。
ネリエルと同じ、経験を積んだ自分が彼女と相対したいと思ったのと同じようにアベルにもまた正面から、そして勝つ事が自身の”最強”の証明となると。


「・・・・・・話は、終わったかな? 些か私の考えていたものとは違ったが、キミ達が納得しているというのならばいいだろう。では第5十刃(クイント・エスパーダ) には新たにノイトラを、そしてアベルは十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)となってもらう。二人とも、これからも私を支えてくれ。」


若干置いて行かれていた感がある藍染が、決着を告げる。
第5にはノイトラ、十刃落ちにはアベル、これがこの二人の決着が着かなかった戦いの決着。
そして図らずも藍染の思い描いた決着に近いもの。
元々アベルを排斥するために整えたノイトラとの強奪決闘。
ネロがアベルを殺す事がもっとも効率的ではあったがそれは叶わず、次点として十刃から排し、十刃落ちとして遠ざける心算でいた藍染。
図らずもそれは彼ら二人の合意という最も理想的な形で叶い、藍染はその笑みを深める。
廻っていると、世界は今自分の思い通りに、それ以上に思いもしない部分までが自分に都合のいいようにと。
これが天の座、世界の中心、願えば全て叶ってしまいそうな錯覚を覚えるほどの力だと。


「では次は第6十刃だが・・・・・・ その前に今し方空位となってしまった第8十刃を決めようか。私にとっても少々”想定外”の出来事でね、これという者がいないのだが・・・・・・誰か、自分こそが十刃に相応しいというものはいるかい?」


アベルとノイトラが下がり、再び藍染が口を開く。
ノイトラが第5となり、アベルが十刃落ちとなった今、第8の座は空位となった。
それは藍染とて予想していたことだが、それでも口に出さないのは彼のいやらしさとも言える。
今もって十刃は完成しつつある、そして第8の座に誰が座ろうともその磐石は揺らぐ事ないと。
ならば座りたいというものを座らせるのもまた、一興だろうと。
ざわざわと揺れる広間、こんなにも簡単に十刃の座が手に入ることへの僅かばかりの不安と牽制がその場を支配する。
容易には動けない、そんな空気の中その空気など意に介さず、それ以上に異質な空気を纏ったものが前へと進み出た。



「ではその第8の座、僕にくれませんか?藍染様。 最近少々研究室が手狭でして・・・・・・僕としては苦もなく十刃の施設を手に入れられるならもうけものですし。」



進み出た者、桃色の狂気がそこには立っていた。









巡る円卓

狂気と獣

そして修羅

満つる座をして

黒き思惑











※あとがき

一話にする心算が何この分量・・・・・・
分割となりました、悪い癖だな・・・・・・

そしてまたしても主人公登場せず
次はでますのでお待ちください。




















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.59
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/07/31 21:07
BLEACH El fuego no se apaga.59













進み出た者は他の破面に比べ、何処か異質な空気を纏っていた。
それは突き刺すような殺気でも、押しつぶすような威圧感でもなく言ってしまえば気味が悪いもの。
何処かおどろおどろしい粘着質の瘴気と言ったらいいのか、そしてそれを纏った男は中指で眼鏡型に残った仮面の名残をくいと持ち上げる。
口元には口が裂けたような深い笑みを湛え、その目に輝くのは爛々とした狂気。
そう狂気だ、この男の纏う雰囲気、それは壊れ狂った者だけが発することができる狂気そのものだった。


「ザエルアポロ。 キミが”再び”十刃になると言うのかい?十刃の責務によって自らの時間を削られる事を嫌い、十刃の座を降りたキミが。」


ザエルアポロ、藍染によってそう呼ばれたその男。
名をザエルアポロ・グランツ、その階級は破面No.102(シエント・ドス)でありその三桁の数字が示すのは、彼が十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)であるという事実。
桃色で独特の癖毛は整えられ、手には白の手袋、同じく白の死覇装はどこか人間の医者が纏う白衣のような印象を与える。
しかし彼は医者ではない、彼は”研究者”なのだ。
目に視えるもの見えないもの、触れられるものそうでないもの、何故見えないのか、何故触れられないのかが判らないことが彼には我慢ならない。
それこそこの世で自分の理解の外にあるものが存在する事が許せない。
故に彼は考え、試み、実証し、理解する研究者。

だがそれには犠牲が伴う。
彼が、ザエルアポロが知りたい事は常に命の犠牲なくしては知り得ない事ばかり。
そして彼はその命の犠牲を”尊い”犠牲ではなく、自分が知識を得るという崇高な目的の為の”当然の”犠牲と捉えている。
彼が纏う狂気とはそういった類の命を軽んじる、いや、目に映るそれは命ですらないという狂気。
恍惚の中命を弄ぶ狂人研究者、それがザエルアポロなのだ。


「昔とは状況が違いますので。 研究と義務との比率を考えたとき、例え義務としての任務に時間をとられようとも、宮殿規模の施設が手に入るのならば今の僕なら、研究はよりはかどるかと思いまして。僕にとって”利”の大きい御提案です、受けない方がどうかしているかと。」


どこか恭しく藍染に対し頭を下げるザエルアポロ。
その様子は一見すれば礼節を弁えた良き臣と見えるだろうが、恐らくその実態は違う。
その実態はどちらかと言えば藍染惣右介に近いだろう。
騙し、陥れ、思い通りに進め、犠牲をして”利”を得る。
そしてどちらも全ては”自分だけのため”であり、他の犠牲など知ったことではない。
その性(さが)を思えばこうした良き臣の姿など面の皮、その下に潜むのは己の実利だけを追い求める利己主義者でしかなかった。


「なるほど・・・・・・ 私としては他に名乗り出るものがなければキミになってもらって構わないが・・・・・・どうだい? 誰か他に名乗り出るものはあるかな?その時はザエルアポロとどちらが相応しいか、”証明”してもらうことになるのだが・・・・・・」


ザエルアポロの答えに藍染が返した言葉、それが全ての決定打となった。
藍染にどんな思惑があるのかは判らない、しかし藍染が放った言葉、どちらが相応しいか証明してもらうという言葉は事実上の戦闘を意味する。
それも只の戦闘ではない、ザエルアポロ・グランツという名の狂人との戦闘をだ。
戦いの中の出来事、不慮の事故、不測の事態に時の運、言い方などそれこそ幾らでもあるそれを利用しこの狂人は恐らく何かを仕掛けるだろう。
そういう性だ、そういう男でそういう生き方、あり方の破面だということは誰もが知っている周知の事実。
そのザエルアポロと戦う、そんな事は自分から彼の実験材料に諸手を挙げて志願するようなものだ。
そして彼の実験材料になるということは即ち、世にも怖ろしい死を見るということに他ならない。

そう、その言葉は決定打。
誰もが目を背ける、藍染から、ザエルアポロから、そして自らの死から。
その後も誰が名乗り出るはずもなく、充分な時間を置いた後藍染はその口を開いた。


「誰もいないようだね。 では第8十刃にはNo.102 ザエルアポロを再び十刃へと格上げし、その席を担ってもらう。よろしくたのむよ、ザエルアポロ。(精々、私の掌の上で己が知欲を満たしてくれたまえ。)」

「畏まりました。 藍染様。( ・・・ふん、死神風情が・・・・・・僕の知識を利用する心算か知らないが、逆に僕が利用してあげるよ・・・・・・)」


思惑をそれぞれに抱えながら、第8の座は埋まる。
どちらもその目的のため、それがなんであれ始めから利用するためだけに互いを尊重する。
知識と謀略の渦、謀略と詐術の渦、二人の間で渦巻くのはそれ。
謀り合い、それを表には出さない。
顔には笑みを、内には毒の刃を抱え二人の邂逅は終了した。


「それでは次は第6十刃(セスタ・エスパーダ)だ。これは皆が納得する形だろうね。 そうだろう?グリムジョー・ジャガージャック。」


笑みを湛えた藍染が見下ろす先、一本の折れた柱の上に彼は腰掛けていた。
柱の下には付き従うかのように数体の破面が、柱の上の彼が自分達の王であるとするかのように。
柱の上の彼、グリムジョー・ジャガージャック。
顔はやや伏せたまま、目線だけを藍染に向けるその様はまるで藍染を睨みつけているかのよう。
全てを殺すと、その意を存分に湛えたその水浅葱色の瞳はしかし赤を湛えたかのように滾る。
これがこの男の真なる姿か、内なる獣を解放し、飼い慣らすのではなく思うがままに解き放った男の姿か。
気配は静かだ、だがしかしその目を見れば明らかだろう。
この男が戦いを欲しているという事が。


「発する気、気配、霊圧、そのどれもが2年前とは比べ物にならない・・・・・・ウルキオラに敗れたあの時に比べて・・・ね。よい師を見つけたね、グリムジョー。そして師であったドルドーニには感謝しなくてはいけない。彼のおかげで私の十刃はより磐石となったということを・・・・・・」


その藍染の言葉は真実だった。
今のグリムジョーは過去の彼とは違う。
力を付けた、力を磨いた、力を支配しそして凌駕した。
彼の師は戦い方など一度も教えなかった、いいとも悪いとも、合っているとも間違っているとも言わなかった。
ただ彼が求めれば彼が力尽きるまで戦う、彼の師がしたのはそれだけ。
だがそれこそが彼に力を与えた。
濃縮された戦闘経験、戦いに正解はなくならば積み重ねるしかない。
あらゆる状況に対応できる自身の力、あらゆる敵を凌駕できる自身の力を。

そして彼は凌駕した。
彼に力を、その力の全てを導いた師を。
故に彼はここに居るのだ。
並み居る破面の最前列、誰に劣る事もなく、誰に蔑まれることもなく、そんな言葉を全て己が示した”力”によって捻じ伏せて彼は居るのだ。

今、十刃の一角として。


「・・・・・・いや、ドルドーニだけではないか。力を磨いたのはドルドーニだが、その力の根源は、力を求めた理由は違う。理由、衝動、渇望と言った方が正しいかな。 君は求めた、凌駕するための力を・・・・・・彼を凌駕するための力を・・・ね。 」


藍染が続けた言葉にグリムジョーの視線はほんの一瞬だが強くなった。
彼に力を与えたのはドルドーニだけではないと藍染は言ったのだ。
そしてそれは間違いではない。
確かに戦い、力を磨き、身につけさせたのはドルドーニだろう。
だが、そうしてグリムジョーが力を望んだ理由、追い求めた理由は別にある。
求める衝動、求めるという渇望を糧に彼は力を得た。
その理由、衝動の理由は別にあるのだ。


「フフッ。 ではグリムジョー、ドルドーニより奪い取った第6十刃(セスタ・エスパーダ)の座、受けてくれるかい?」


「・・・・・・ハイ。 」


問と答えは簡潔。
だがあえて告げるのではなく答えさせる事に意味があるその問い。
一方的に押し付けるのではなく、彼が彼の意思を持って受諾し、そして仕えるという形こそが重要。
王は何も強要しない、ただ意思を尊重するということが重要なのだ。
たとえそれが断る事など無いような問であったとしても。


グリムジョーの答えに満足そうに藍染は一度頷くと。
最後となった者へと視線を向ける。
藍染惣右介にとってある種予想がつかない相手であり、重要な因子を孕む相手。
彼をもって十刃は完成となり、彼の揺るがぬ城は完成する。



「グリムジョーは押し通すため力を求た・・・・・・そしてそれはきっとキミも同じなのだろうね。圧倒的な力でゾマリを凌駕し、屠り、それでも恐らくは実力の一端を覗かせただけのキミと同じ。キミもまた”力”を求め、その渇望にも似た衝動によってそれを得た。自分という生き方を押し通す為の力をね。・・・・・・私の言葉に間違いはあるかな?フェルナンド・アルディエンデ。 」


藍染の言葉の矛先は下。
その先はやはり最前列の中の一人へ。
元々十刃が座するはずのその最前列に、思えばその男は始めから平然と座っていた。
まるでそうある事が当然かのように。
ある種の客分であるという事を差し引いてもそれは異常なこと。
だが誰もそれを咎めない。
王である藍染も、その臣である十刃も、そして更にそれを支える多くの破面達の誰もが。
彼らは皆知っているのだ、その男が持つ力を。
ある者はその目で、ある者はその耳で、またある者はその身をもって知っているのだ。
そこが、その男が本来相応し居場所であると。


フェルナンド・アルディエンデ。
黄金色の髪と紅く鋭い眼光を持つ修羅の如き男。
その拳でもって己が力を示し。
溺れる事無く修練を積み。
苛烈なる戦いをもって十刃を降した男。
彼は今、虚夜宮の高みへとその手を掛けているのだ。
その眼光で藍染惣右介を確と捉えながら。


「そう怖い顔をしないでくれ。 それではまるで敵を見るような顔だよ、フェルナンド。まぁそんな事はどうでもいい・・・・・・ゾマリを倒し、奪い得た第7十刃(セプティマ・エスパーダ)の座。当然、受けてもらえると思っていいのかな? 」


藍染の言葉通り、なにか機嫌でも悪いのか彼を睨みつけるフェルナンドに、しかし笑顔のまま語る藍染。
それは虚勢などでは断じてなく、本当に敵と見做していないかのような態度。
尊大であるがそれでもこの男にはそれが当然だと思わせる雰囲気がある。
その雰囲気をして、フェルナンドにもグリムジョーと同じように自らが奪った座に着くかどうかを尋ねる藍染。
断る理由が無いその問い、示した力に相応しいく用意された座に付く事になんら違和感も疑問も挟まる余地など無い。

無い筈だった。




「あぁ。 そんなもんは当然”お断り”だ。」




誰しもが受けるものと、そう思っていた藍染からの問いという名の命令。
だがフェルナンドはいとも簡単にそれを蹴った。
それは数瞬の思案すらなく、彼の中で既に決まっていた事として放たれたのだ。
涼しい顔、というよりは何処か機嫌が悪そうな彼の表情は、ここにこうしている事すら不快だと言っているかのよう。

どちらにせよ申し出を断ったフェルナンド。
至極当然にそれを言い放った本人とは別に、何故か慌てるのは周りだった。
多くの破面はフェルナンドが何を言っているのか、聞こえはしても理解は出来ず、理解できたとしても納得など尚出来ないだろう。
ざわざわと浮き足立つ広間、その中でハリベルは「やはりか・・・・・・」という雰囲気を存分に吐露し、額に片手を当てて軽く頭を振る。
そしてバラガン等は大袈裟ではないにしろ、「いい気味だ」という雰囲気を滲ませ口元を歪ませていた。


「理由を・・・・・・ 聞かせてくれるかな、フェルナンド・・・・・・」


ざわつき、浮き足立つ広間の中、藍染はいまだ余裕でその顔に笑みを湛えたままだった。
予想外と言うほどのものではないと、藍染の中でこういった答えが返ってくる可能性は充分に考えられるものであったのだ。
それ故に問う、何故なのかと。
それによって自分の出方を考えるために。


「俺には階級なんてもんは必要無ぇからだ。 位の上下にどれだけの価値がある?そんなもんに欠片ほどの意味もありはし無ぇ。重要なのは示した力だ、それだけが全てを証明する。そもそも俺は十刃なんて位階が欲しくてヤロウと戦ったんじゃ無ぇ、俺の目的は戦いで、その後に残ったもんに意味も興味もありゃしねぇんだよ。」


簡潔に示されるそれは、彼が貫くもの。
位階の上下、それに一体どれだけの意味があるのか、どれだけの力があるというのかという言葉。
番号をひけらかし、上だ、下だと叫ぶ事はあまりにも愚か。
それは番号の大きさが強さに直結するこの虚夜宮では当たり前だと思われがちだが、実際それは間違いでもある。

何故ならそれは他ならぬ強奪決闘が証明している事。
号を奪うための強奪決闘、だが号を奪われるということは即ち、下位の者が上位の者より優れているという事を指す。
それならば数字の大きさだけで強さを測ることなど元から出来ないという事だ。

その事実、それは虚夜宮の根幹を揺るがすようなもの。
強さが、数字の示す強さが一つの大きな秩序である虚夜宮において、それの崩壊は秩序の崩壊に等しい。
もちろんそれだけが全てではない、だが大きな要因でもある。
無意味な位階、それを自分が欲する必要がどこにあるとフェルナンドは言うのだ。
それ故に彼は位階よりもその仮定、それを得るために示した自身の力こそ重要だという。
位階という判りやすいようでその実曖昧なものではなく、それぞれがそれぞれの目で見、肌で感じたものこそ重要なのだと。

そしてなにより、フェルナンドは位階を求めてゾマリと戦ったわけではない。
彼はゾマリとの戦いを終始こういっていた、”喧嘩”と。
そう、フェルナンドにとって先の戦いは強奪決闘でも十刃越えでもなく、ただの喧嘩に等しいものなのだ。
粗野で野蛮に聞こえるが、しかし突き詰めれば、飾り立てるものが無ければ戦いとは喧嘩である。
お互いがお互いの主張をぶつけ、それを押し退け押し通すために他者を叩きのめす。
戦いという要素の始まり、フェルナンドはただそれを全うしただけなのだ。

それ故にその後に残ったもの、今回で言えば第7十刃の座等というものは彼にとって余分なものであり、必要すら無いものなのだ。


「なるほど、確かに君の言う事もある意味での真実ではある。だが、世とは往々にして真実のみで形作られるものではないのだよ。」


フェルナンドの答えを聞き、藍染は笑みを湛えたまま静かに語る。
その顔に焦りは無い、自らを蔑ろにされたような状況でもこの男に漲るのは圧倒的余裕。
それは不気味とすら言えるほどの余裕だった。


「確かにそうだろうな、アンタには真実よりも裏に隠れたものの方が興味を惹くらしい。だが、思惑やら計画やら、そんなもんはテメェの頭ん中だけで巡らせとけ。他人の戦いに横槍入れて平気な顔してるような無粋は見たくも無ぇ。第7十刃とかいうご大層な位だか知らないが、無粋な輩に仕える心算は俺には無ぇんだよ。」

「フフッ、それは心外だな。 私の対応も遅れはしたがあの時私は何もしていないよ、全てはネロの暴走によるものだ。それともキミはネロの全てを私が操っていた・・・とでも言う心算かい?」

「よく言う、やっぱりテメェは無粋だ・・・・・・」


フェルナンドが発する言葉は常に明確な拒絶を孕んでいた。
位階の無意味さ、彼にとっての必要の無さと、なにより位を得たことで藍染に仕えるという事を彼は良しとしない。
決定的だったのはノイトラとアベルの強奪決闘。
藍染はその思惑の為にネロという魔獣の乱入を見逃し、アベルを屠ろうとしていた。
それまで両者が互いの存在と、なにより意地と誇りをかけて戦っていたその戦場にこれ以上無い汚泥を投げつけるかのように。

無粋、余りにも。
両者の戦いはフェルナンドにとっては好ましい部類に入り、しかしそれは一瞬にして穢れる。
穢したのはネロではあるが、それ以上に全てを把握しながら表に立つ事無く”利”のみを得ようとする藍染にフェルナンドは怒りを覚えた。
ただの小競り合い程度ならばいい、だが目の前で行われていた戦いは互い全霊をかけたそれ。
それを見ても何も感じず、ただ己が目的の手段としてしか見ない藍染の行いはフェルナンドにとって無粋極まり無いものだったのだ。

その感情、無粋とまで呼ばれようとも藍染は今だ余裕。
あくまで不慮であり、不測の事態だと言い放つ。
誰もがそんなものは嘘だと理解している、だが藍染がそういうならばそれが”真実”。
なぜなら彼は”王”だから。
誰も逆らう事ができない絶対の王だからだ。



「取り消せ、フェルナンド・アルディエンデ。」



僅かな鍔鳴りと、その言葉がかけられたのは同時だった。
フェルナンドの首筋に冷たい刃が触れる。
僅かでも力が篭ればそのまま首を落としそうな勢いが伝わるその刃。
滲むような怒りを湛えたその声、それはフェルナンドの横から放たれ、浅黒い肌の男は盲目のその目でフェルナンドを睨みつける。
藍染が尸魂界(ソウルソサエティ)から連れてきた彼の部下、東仙要がフェルナンドにその刃を突きつけた本人だった。


「これはこれは、怠慢が過ぎる統括官殿。・・・で? この刃は一体どういう心算だ? 」

「先の言葉、取り消せと言っている!フェルナンド・アルディエンデ! 」

「お断りだ。 自分の言葉を曲げる心算は無ぇ。」

「貴様ッ・・・! 」


主である藍染への暴言、なにより藍染を再三に亘り”無粋”呼ばわりするフェルナンドにたまりかねた東仙は、藍染に許しを請う前にその刃を奔らせていたのだ。
首筋に刃を突き当て、僅かでも避ければ逆に首が飛ぶように。
だがこの破面は避ける事などせず、それどころか向かう気配は自分ではなく今だ主である藍染に。
その言葉通り曲げないという意を気配で示していた。


「止すんだ、要。 」


フェルナンドの返答に本当に首を刎ねる事もじさぬと、刀を握る手に力を込めた東仙に藍染の言葉が降る。
静かに、しかし明確な言葉。
だが、東仙とてこのまま止まれるはずも無く。


「藍染様! このような者の存在は虚夜宮の秩序を乱します!秩序を乱す者、それは”悪”! 処断する許可を!」

「私は”止めろ”と言っているんだよ、要。 今、彼と話しているのは私だ、邪魔をしないでくれ。」

「しかし! ・・・・・・クッ! 」


強大な霊圧と共に放たれた言葉、”止めろ”という藍染の言葉に東仙は僅かに逡巡をみせるが、刃を退いた。
目の前にいるのは彼にとって”悪”でしかない存在。
しかし彼の主がその悪を”是”とするならば、東仙にそれを断ずることは出来ない。
ネロの時と同じように。


「すまなかったね、フェルナンド。 だが要の行動はその御し難いまでの忠義によるもの、許してやって欲しい。」

「知るかよ。 俺は言いたい事は言った、帰らせてもらうぜ。」


今だその重苦しい霊圧を発したまま、笑みの藍染は心無い謝罪だけを述べる。
藍染にとって何処までも言葉とは手段でしかなく、言葉を尽くすなどという事は彼には存在し無い概念なのだろう。
平たい謝罪、本当に言葉面、音だけの謝罪をフェルナンドは斬って捨てる。
それと同時にフェルナンドは踵を返し、その場から立ち去ろうとしていた。
彼の言葉どおり言いたい事を言い終え、その後に残るものなど知ったことではないという風に。
その行動、それは本当に彼が位階に、十刃という座に興味が無いという事の証明であり、それは破面という力を示す事を性とする化生にとっては異質ともいえるものであった。
自分こそが強い、それを示す事は彼らにとって存在意義にも等しく。
それをする事無くしかし強力な力を持つフェルナンドは、異質、異様であり不可思議な存在であった。


「逃げるのかい? フェルナンド。 」


背を向け、歩き出したフェルナンドに対し、藍染が放り投げた静かだがしかしこれ以上ない言葉。
”逃げる”と、藍染は沿うフェルナンドに対し言い放ったのだ。
それが耳に届くとフェルナンドの歩みはピタリと止まる。
シンと静まり返る広場の中、それからの声はよく響いた。


「逃げる・・・だと? 笑えるな、藍染。 俺が一体何から逃げてるって言う心算だ?」


背を向けたままのフェルナンド。
振り返る事もなく、ただ藍染に背を向けたままで語りだす彼。
それは振り返る事を良しとし無いためか、それとも振り返ってしまえば引き返せないためなのか。
ただただ響くその声、静かで通るその声が今は逆に耳に痛い。
静か過ぎるその声が今はただ、周囲に不安を撒き散らす。


「あぁ、勘違いさせていたらすまない。 何もキミが”私から”逃げる、という意味ではないんだ。キミにそんな事はありえないだろう? 私が言いたいのはね、フェルナンド・・・・・・キミがキミの”行動によって生まれた結果”から逃げるのか、という事だよ。」


振り向かないフェルナンドに藍染は笑みを湛えたまま語りかける。
逃げる、と自分が投げかけた言葉の真意。
行動による結果、藍染惣右介という人物からではなく、自分が齎した結果、結末から逃げるのかと。
その逃げは本当に君が求める縛られない生き方なのかと。


「フェルナンド、キミは何にも囚われず生きてきた。それはこれからも変らないだろうし、変える必要も無い。・・・・・・だが、キミが起した行動、選んだ選択とその結末が、君の望んだものと違うからといって放り出すのは、自由ではなく逃避だよ。」

「・・・・・・・・・」


何者にも囚われず自由に、それは耳に心地よく誰もが望むものかも知れない。
だが、そんなものはこの世の何処を探したとて存在し無いのだ。
自由奔放に振舞い、誰の言う事も聞かず、関係ない、知ったことではないと言えるのは確かに力ある物の特権だろう。
フェルナンドは力を示し、数字を持たずともそういった振る舞いを他者に認めさせるだけの実力を魅せた。
それは驚くべき事であるし、驚嘆、賞賛に値することなのかもしれない。
だが、今の彼と今までの彼では状況が違いすぎる。

彼は自らが望まなくとも十刃の一角を下したのだ、強奪決闘という”号”を奪い合う戦いの中で。
そしてそれに勝利したという事は、こうして藍染が告げずとも既に十刃の座は彼の、フェルナンドの手の中にあるということ。
フェルナンドが幾ら認めずとも、彼は既に破面達の中では第7十刃の座についているのだ。
それが事実、覆しようのない現実であり彼の行動の結末。
だがフェルナンドはそれを良しとし無い、自分には関係のないことだと、知ったことではないと言い放つ。
今までの通りに。

それは何も無い者の振る舞いでしかなく、今の彼にその振る舞いは許されないのだ。


「キミが望む望まざるは既に通り過ぎた議論だ。君は既に座を手中とし、そして座しているのだよ。それはキミにとって何にもまして不自由なのかもしれない、だがそれはキミが招いたもの、キミが起し、キミが決し、キミが残した結果によるものだ。それから逃げる事はキミという破面の進む道から目を背ける事と同じだとは思わないか?」


そう、彼が必要ないと言った階級、それはしかし彼にとって不必要ではあるが、多くの破面にとっては必要なもの。
目的は様々であれ彼らは皆、高みを目指し血を流す。
その血が築き上げ、染込んだ座はそう簡単に蹴れるものではない。
なによりそれを蹴る事は自らの行い、招いた結末に目を背ける事と同じだ。
フェルンンドは自身の望む望まざるを通り越し、既に十刃であり、その行動には”不自由という名の責任”が伴う。
それから目を背け、逃げるのかと藍染はそう言っているのだ。


「フェルナンド、キミが何者にも囚われず、自由に振舞いたいと言うのならば此処を去るがいい。だが、君が求めるものが此処にあるというのなら、キミは君が掴んだ不自由を認めなければならない。真の自由とは、数ある不自由と戦った先にこそあるものだと、私はそう考える。キミはどう思う? フェルナンド・アルディエンデ。」


不自由、フェルナンドの場合十刃という名の座。
今彼は藍染により選択を迫られていた。
我を通す事でこの虚夜宮を去るか、此処に残り不自由と戦いながら己が目的、求めるものを探すのか。
二つに一つ、二者択一の問い。

”数ある不自由と戦わずして、真の自由は得られない”という藍染の言葉。

真理に等しいその言葉がフェルンドに突き刺さる。
逃げると言う言葉、それが癪に障り止めた足。
だがその後に続いた言葉たちは、どれもが彼を射抜くもの。
何者にも反抗するだけが自由ではない、それは自由に振舞うのではなく別のものであると。
そう、藍染の言葉通り誰もが不自由と戦っているのだ、座というものに縛られ、しかしその中で各々が思い描く目的の為に。
あのスタークですらその不自由を良しとし、十刃の、それもその頂点という厄介ごとを受け入れた。
それもまた目的のため、全ては不自由の先にある目的と、自由のためなのだ。


(気に喰わねぇな・・・・・・ が、ヤロウの言う事にも真実はある・・・か。アレを殺したのは俺だ、なら背負うべきは俺・・・かよ。)


静かだがしかし重たかったフェルナンドが纏う雰囲気が霧散する。
相変わらず背は向けたまま、藍染の方を見ようともし無いが、その雰囲気は既に一触即発のそれとは違っていた。
それは何かしらの変化か、フェルナンドという破面が何か変わったという事を意味するのか。
向けられた背、その背に向けられた降る視線とその他多くの視線。
誰もが待ち、誰もが考える、その答えを。


「・・・・・・一つだけ、条件がある。 」

「なんだい? 」

「テメェの命令は聞かねぇ。 俺はテメェの部下になる心算は欠片も無ぇ、それだけは覚えておけ。」

「そんな事か・・・・・・ 構わないよフェルナンド。私は押えつける事は好まない、キミがキミの意思で、十刃として私に”協力”してくれるだけで充分だ。」

「そうかよ・・・・・・ なら、今度こそ話は終わりだ。」


短いやり取り、だがそれは劇的な変化と結果でもある。
フェルナンドが示したのはただ一つ、命令は聞かないという一点のみ。
それを藍染はアッサリと了承し、全ては決着した。


そう、フェルナンドが第7十刃の座を受ける、という形で。


止めていた歩みを再び進め、フェルナンドは広間を後にする。
残ったのは静寂、まるで彼が嵐であったかのような静寂だった。
その静寂の中、一つ手を叩いた音が響き視線はその音の方へ、藍染惣右介へと再び集まる。


「さて、残る十刃、第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)にアーロニーロ、そして第10十刃(ディエス・エスパーダ)にヤミーの二名を在位とし今日此処に新たなる十刃が完成した。何にもまして強固で堅牢で、戦いとなれば苛烈であり超絶の集団、私の剣、十刃が・・・ね。」


そう、ここにそれは完成した。
入替を繰り返し、弱者を排し強者を求め、その強者を排した最強の十傑。
迫る敵の事如くを圧しとどめ、押し返し、そして殺し尽くす最強の集団。
殺戮という単一の方向性しか持たず、しかしそれ故に突出した存在たち。
数多の血を流し、数多の血を啜り、昇華し、生まれ出でた化生たち。


第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スターク=リリネット・ジンジャーバック。

第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ) ”大帝” バラガン・ルイゼンバーン。

第3十刃(トレス・エスパーダ) ティア・ハリベル。

第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー。

第5十刃(クイント・エスパーダ) ノイトラ・ジルガ。

第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャック。

第7十刃(セプティマ・エスパーダ)フェルナンド・アルディエンデ。

第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ザエルアポロ・グランツ。

第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリ。

第10十刃(ディエス・エスパーダ) ヤミー・リヤルゴ。


以上十名をして十刃。
藍染惣右介の十本の剣であり、向けられる者達からすれば悪夢か災厄でしかない存在たち。
それが今此処に完成し、藍染惣右介の戦力は磐石を喫しつつある。
目的のため、彼の行く道を、進む道の尖兵であり露払い。
血に染め上げることしか出来ないがそれでも必要な戦力たち。
それは完成を見、それ故に藍染の黒い笑みは深まる。



「ここに私の剣は完成を見た。 皆・・・・・これからも良く私を支えてくれ・・・・・・ 」



比類なき霊圧と黒い野望、混沌渦巻く瞳の主は笑う。
新たなる十刃、その誕生と祝福を。
断われよう筈もない言葉に、その黒い笑みを添えて。












呑み込まれる

遠ざかる。

重なる蹄の音

重なる嘲笑


呑み込まれる


呑み込まれる











※あとがき

前回長くなってしまった話の後編です。

今回の悩みどころはただ一つ。
「絶対断わるであろうフェルナンドを、どうやって十刃にするか」でした。
難産・・・・・・
何とかもっていったけど、どうでしょうか?

ちなみに
”真の自由とは、数ある不自由と戦った先にこそあるもの”
という台詞は、高橋ヒロシ先生著「WORST」で印象深かった台詞のオマージュ。
実際に花木九里虎に米澤が言ったのは
”数ある不自由と戦わずして 自由は手にできねーんだぜ”ですがね。



















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.60
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:22
BLEACH El fuego no se apaga.60













新たなる十刃(エスパーダ)の誕生。
挿げ替えられた首は四つ、そう四つだ。
この数は異常な事。
十刃という虚夜宮最強の戦力をそれぞれが有する集団の中で、四つの首が、席が入れ替わるという異常事態。
だがそれは現実に起こり、その入替は下らぬ策や騙し討ちの類ではなくただ純粋な力によって成されたと、誰もが認識していた。

異常な事態、しかし彼等破面が崇拝するのはどこまでも”力”であり、それは他の何よりも雄弁に語る。
力の形はそれぞれ、純粋な武であり、一人の軍団であり、禍々しき知であるようにそれぞれだ。
だがそのそれぞれの有するものは紛れも無く力。
そしてその力を示した彼らをして、多くの破面は思い知るだろう。
誰一人、その座に相応しく無い者などいない、という事を。











「チッ! 面倒くせぇこったぜ・・・・・・ 」


虚園(ウェコムンド)の闇空の下、フェルナンド・アルディエンデは舌打ちをし、一人愚痴を零した。
目線を上げれば何もかもを飲み込む暗い空、下を見れば白く美しく、しかし生命の存在を拒むかのように延々と続く枯れ果てた砂漠。
黒白の世界、以前の彼がその長い人生を過ごした場所であり、そしておそらくこれからも更に長い人生を歩む場所、虚園。
破面(アランカル)である彼は今、破面の居城たる虚夜宮(ラス・ノーチェス)ではなく何も無い虚園の砂漠にいた。

目的は単純、殲滅だ。

新たに彼が手に入れた彼の不自由であり、しかし背負うべきものの為に。
彼が新たに手に入れた『第7十刃(セプティマ・エスパーダ)』という号の責務の為に。






――――――――――






「良く来たね。 フェルナンド。」


彼の上から降る言葉はいつもの如く笑みを湛えた声。
余裕か、術(すべ)か、それとも別の何かなのか、男の湛えた笑みは確かな笑顔であると同時に何処までも他者を萎縮させる。
その笑顔の主、藍染惣右介。
彼の告げた言葉によってフェルナンドが十刃となって後数日、彼は再びフェルナンドを玉座の間へと呼び出していた。


だがフェルナンドがそう容易く藍染の呼び出しに応じるはずは無い。
ただでさえ自らが招いたとはいえ不自由な十刃という号を背負ったフェルナンド。
そして宣言どおり彼は藍染の部下になった心算など欠片もなく、その居を第7宮(セプティマ・パラシオ)に移しはしたがそれだけ。
下官に何を要求するわけでも、号をもって何かを命ずるわけでもなく、ただ本当に寝床を変えた程度の扱いしかしていなかった。
そんな彼が藍染からの呼び出しだからといって”十刃として”馳せ参じるなどあろう筈もなく。

しかし、その辺りは藍染の方が一枚上手と言ったところか。
そもそも”武”を誇るフェルナンドが”知”、あるいは他者を御する事に長ける藍染に及ぶはずも無く。
藍染が用意した彼を動かすのに最も適切で確実な人物によって、彼は半ば連行される形で玉座の間へと来る羽目になったのだった。


「キミも手間をかけてしまったね、ハリベル。私の言葉よりキミの言葉の方が彼には届くと思ったんだ。」

「いえ。 一度はこの者を預かった身としては不甲斐ない限りです。申し訳ありません。 」

「ケッ! アホらしい・・・・・・」


藍染の言葉になんとも気まずそうに答えるのはハリベル。
彼女の下に下官より藍染の言葉が伝えられたのは少し前。
それによりればどうやら藍染の再三の呼び出しにもフェルナンドが応じず、出来ればハリベルに彼を連れてくる事を頼めないかとの事。
それを聞いたハリベルは下官には悟られぬよう溜息を零しそれを了承した。
第7宮へと急ぎ向かったハリベル。
如何に雲のように掴み所の無いフェルナンドとはいえ今は昔とは違い、ハリベルと同じ”一ケタ”である。
それは不自由という名の責務を背負うとう事であり、なにより実質上は藍染惣右介の部下である。
なによりフェルナンドの行為は十刃という責務を鑑みずとも礼を欠く行為であり、ハリベルに見過ごせるはずも無かった。

第7宮へと着いてみれば案の定、フェルナンドは宮殿屋上にて寝転がり、何時かのように空を眺めていた。
それも、ハリベルが来ている事などとっくに判っているだろうに、だ。
そこからの展開など言わずともかな、棘のある言葉の応酬と睨み合い、霊圧のぶつかり合いにまで及び、とにかく来いというハリベルの怒気を前に渋々と言った様子でフェルナンドが続いた、といった具合である。

藍染に対して頭を下げ、一時は自らが預かり、しかし礼の一つもとらないフェルナンドの態度を我が事のように詫びるハリベルと、その隣に立つフェルナンド。
なんとも対照的な光景に藍染は僅かばかりその笑みを歪に深める。


「まぁいいさ、さてフェルナンド。 今日はキミに渡すものが”二つ”あるんだ。」

「渡すもの・・・だと? 」


訝しむようなフェルナンドの声に「そうだよ。」とだけ答えた藍染がチラと目線を彼らから外す。
その先には一人の下官が何かを盆の上に乗せ、恭しく運んでいた。
その下官はフェルナンドの前まで移動すると、跪き、その盆を彼に献上するかのように頭上へと掲げる。
ハリベルはその光景を知っている様子で黙って見守り、フェルナンドはその盆の上へとその視線を向けた。


「” 7 ”・・・・・・ なるほど、俺の数字・・・かよ。」


その盆の上には淡く光を放ちながら浮かぶ一文字の数字が。
” 7 ”という数字が浮かんでいた。
その数字は誰あろうフェルナンドが今持つ号と同じ数字。
彼が第7十刃であるという事の証明、その為の数字だった。


「十刃はその身に自らの号を刻むんだ。 あぁ、場所は身体の何処でも構わないよ、それは重要じゃない。 ”号”を”刻む”事こそが重要なんだ。 」


自らを証明する号を刻む事。
それは証明であり宣言。
自らが十刃であるという宣言であり、それを刻み負ったという証明だった。
身体に刻まれた号から逃げる事はかなわず、常にそれを意識し、戦う。
そしてそれを背負ったからには戦場で敗北は許されない。
十刃の敗北は藍染惣右介の剣が折れるのと同じ、それは何にもまして許されない。
それが例え望まぬ号であろうとも、一度背負ったからには敵に折られる事は許されない剣となる事を、それをその身に刻み、証明することをその数字は指すのだ。

十刃という最強の号を背負う事で。


「ハッ! 随分とご大層なこった。 まぁいいさ、背負ったところで俺が俺である事になんら違いは無ぇ。」


自分に対し、恭しく献上されるそれをフェルナンドは無造作に掴むと軽く上に放り投げる。
一瞬驚いた表情を見せるハリベルだったが、その後のフェルナンドの行動でそれは杞憂となった。
放り投げた後フェルナンドはその場でやや猫背になる。
放り投げられた数字は最高到達点を過ぎると緩やかに落下を始め、そしてフェルナンドの背中へと着地した。
彼の着る白い死覇装をすり抜けるようにして数字はフェルナンドの背に、正確には右の肩甲骨辺りへと着地し、一瞬僅かに強く光るのみ。
だが確実に、今確実にそれは刻まれた。
” 7 ”という数字、十刃であるという明確な証明が今、フェルナンドの背には刻まれたのだ。


「そうだね。 これは只の通過儀礼だ。 キミがそうあろうとする事、それこそが必要なのだよ。それでは次だ、キミに渡すもう一つのもの・・・・・・『死の形』についてだね。」


藍染もフェルナンドの言葉に同意を示す。
彼にとってもこれは通過儀礼、そうあるべくして行われるだけの儀式にすぎない。
数字を刻む事は確かに重要な事ではあるが、藍染にとって重要なのはフェルナンドが数字をその身に刻む事よりも、彼が十刃であるという事実。
それがあれば例えもし彼が数字を刻む事を拒んだとて問題ですらないとさえ、彼は考えていた。
だが事は彼が思うより容易く進み、それがまた藍染自身に自分が天の座、中心に納まっていることを実感させていた。


「死の形・・・だと? それが何だってんだよ。」

「フフッ。 まぁ聞いてくれ。 十刃にはそれぞれがそれぞれに司る”死の形”が存在する。それは人が数多持つ死の要因の一つであり、同時に十刃それぞれの思想、能力、存在理由でもある。その者の起源と言ってもいいかもしれない、そしてキミにもそれは存在するんだ。」

「そうかい・・・・・・ なら何なんだ? その俺の司る死の形ってぇのは。」


十刃という虚夜宮の最高戦力。
そのそれぞれが司り、また抱えるのは人の死の要因たる形、その概念。
現十刃を例に挙げるのならば、”孤独”、”老化”、”犠牲”、”虚無”、”絶望”、”破壊”、”狂気”、”強欲”、”憤怒”。
それらは人があまた持つ死の形の一つであり、それを司る彼ら十刃が人にとって”死”以外の何者でもないことを意味する。
ある者はその思想により、またある者はその能力により司る死は表され、その死の形を起源とする彼らはそれだけに純粋な化物と言えるだろう。
そしてフェルナンドにもまた、その死の形は存在する。
だがそれは十刃になったから存在するのではない、彼らは皆その死の形を内包して存在するのだ。
誰に与えられた訳でも、決められ、押し付けられた訳でもない。
常にその内側にあり、そして発露するものこそが彼らそれぞれの”死の形”。

藍染のそんな言葉に何処か挑発するような眼差しを向けるフェルナンド。
隣にいるハリベルが窘めようとするがそれは藍染によって制される。
フェルナンドの瞳は語っていた、お前に俺の生き様がわかるのかと、お前に俺を解ぜるのかと。
その瞳を藍染は笑みをもって受け止める。
あぁ判ると、その瞳の奥に燃え滾る炎、その奥に見え隠れするお前という存在の根本が、と。




「キミが司る死の形、それは・・・・・・『飢餓(きが)』だ。
それは空腹であり何より癒える事ない渇きと似て、その後に待つ死の形。だが渇きとは肉体だけではなくその内側にも言える。求め、手を伸ばし、届かず、だが何時か必ずとその手を伸ばすことを諦めない。絶望的なまでの渇きを抱え、それを潤し、満たすために骨と皮になっても進む様は、キミの”理由”の姿に良く似ているとは思わないかい?フェルナンド。」


「・・・・・・・・・・」



藍染が言い放ったフェルナンドの死の形、それは『飢餓』

水に餓え、食物に餓え、だがそれは手に入らず、何時しか身体は干乾びそして死を迎える。
何に満たされる事もなく、ただただ空になっていく身体を抱えしかし、その内側からは絶えず求める思いだけが叶わぬというのに溢れ出す。
その欲求、満たされぬ身体を、満たされぬ思いを満たそうとする様を藍染は似ているというのだ。
フェルナンドに、どうしようもなく己が”生の実感”を求め続ける彼の生き様に。
誰が無理だと言おうとも耳を傾けず、直向に、時に頑ななまでに求め、邁進する彼の姿に。

”生”という名の飢えを満たそうとするその姿に。


「・・・ククッ。 クハハハハハ!! 言うじゃねぇか藍染。確かにそうだ、そうに違いない。 俺はきっと餓えている、どうしようもなく・・・なぁ。その死の形、悪くないぜ・・・・・・」


黙って藍染の言葉を聞いていたフェルナンドは笑う。
それはもう盛大に。
藍染の言葉、語る死の形、その理由、どれもが彼には愉快でならなかった。
なぜならそれは正しかったから。
そう、フェルナンド・アルディエンデは餓えている。
生の実感に、その実感を感じさせてくれるであろう至高の戦いに。
内面を言い当てられたという不快感はそこには無く、ただそうだと、自らはそういう存在だという事の再確認が出来た事がフェルナンドには愉快でならなかった。


「気に入ってもらえて何よりだよ。 ならば事のついでだ、一つ頼まれ事をしてはくれないか、フェルナンド。」

「なんだ? 俺を持ち上げておいて本当の目的はそれか?ハッ! 言っておくがお断りだぜ、機嫌はいいが俺はテメェの部下じゃ無ぇ。命令は聞かないと言っといた筈だろうが。 」

「よせ、フェルナンド。 お前は既に十刃、号を得、その身に数字を刻んだのだ。そのような勝手が許される立場ではないのだぞ。」

「いいんだよ、ハリベル。 これでいい、これでこそ彼らしい。キミもそう思いはするのだろう? 」

「公と私の別はつけねばなりません。 」


続けざまに藍染が語ったのは、頼みごとがあるという言葉。
事のついで、ややフェルナンドを持ち上げてからのそれは何か見え透いたものすらある。
だがフェルナンドとて愚かではない。
確かに機嫌は良かっただろう、だが彼は自らが最初に言い放ったとおり、藍染の部下ではないと再び口にした。
見え透いた方法、ついでだといいつつもそれは恐らく命令なのだろうという雰囲気を察知し、フェルナンドはそれに否を叩きつける。
だがそれを制したのは藍染ではなくハリベル。
幾ら口でそう語ろうとも立場としてその号を受け、今まさにその身に刻んだ数字の重さを自覚しろというハリベルの言葉は間違いではない。
間違いではないのだが、それは誰にとって間違いではないのかという部分がこの二人、いや、自分と他人を別ける境界なのかもしれなかった。


「実直だね、ハリベル。 キミのそういった部分は評価に値するよ。だが今はいいんだ。 それにフェルナンド、これは命令ではないよ。言っただろう? ”頼まれ事だ”と・・・・・・そう、これは命令ではなく”頼み事”さ。私から、キミへの・・・ね。 」


フェルナンドに苦言を呈するハリベルを制する藍染。
その言葉の最後には、こうする彼の姿はキミも彼らしいと思っているのだろう?という雰囲気をもった言葉が添えられる。
それに対し答えるハリベルは、あくまで公(おおやけ)と私事(わたくしごと)は別けるべきであり、例え思ったとしても口には出さないと答えた。
その時点で思っていることは確定なのだが、それについての言及は避けられたようだ。

そして藍染はそんなハリベルとのやり取りの後こういった。

命令ではなく、頼み事だと。

あくまでこれは王から臣への命令ではなく、藍染惣右介という個人からフェルナンド・アルディエンデという個人への頼み事だと。
言ってしまえば言葉遊びの類、その域を出ない藍染の言葉。
命令ではなく頼み事、違うのは見た目だけ。
王から臣という上から下への位階を伴った言葉ではなく、その位階を取り払いあたかも同列の存在からのものであるという見た目。
だがやはりそれは見た目だけ、言葉は降り、そして搦め手は一つのみとは限らない。


「内容は”殲滅”だ。 ”十刃として”の任務、その”一環として”の不穏分子の殲滅。数はそう多くは無いし、キミが殺す必要も無いと思えば殺さずとも構わない。逆らう、という気概さえ確実に折ってくれればね。キミにしてみれば”造作も無い”事の筈だが・・・・・・どうだい? フェルナンド、”頼まれてくれるかい”?」


そう、それは搦め手。
直接ではない、ただ言葉の端々に折り込まれ、しかし完全には隠されていない符丁の存在。
丁寧にもフェルナンドとハリベルの足元に虚園の地図までが現われ、件の地点を表示している。
頼むという言葉を口にしながら、フェルナンドが背負う事を自らよしとした”十刃としての不自由”をチラつかせる言葉、そして状況。
断る事は藍染が造作も無いと言った事すらこなせぬ弱さを表し、そして突き刺すのではない、ただ軽くつつくだけの言葉の針がフェルナンドには今、纏わり付いていた。


「随分と・・・汚ぇやり口じゃねぇか・・・・・・端っからこうする心算だったのが透けて見えるぜ、藍染。まぁそれも、”あえて”見せてるんだろうがな・・・・・・チッ! これが不自由・・・かよ。 面倒なこった・・・・・・」

「おや? それは私の頼みを了承した、と取っていいのかな?」

「・・・・・・あぁ。 だがこれっきりだ。 この不自由は俺が自分で背負うことを決めた、だから今回はそれもしょうがねぇ・・・・・・が、次は無ぇぞ、藍染。 」


剣呑とした空気、それが辺りを包みしかし藍染はその笑みを崩さない。
そのフェルナンドが放つ”気”さえも彼には心地良いものかのように、鋭い眼光を向ける彼を見下ろす藍染。
不可視の檻、目に見え、武によって突破できる檻ではなく、その内側を絡め取る言葉の檻、不自由の檻。
その檻は今回、見事にフェルナンドという獣を閉じ込め、思うように御することに成功する。
だが、檻に閉じ込められ、それを自覚しているこの獣がそう易々とそのままでいるはずが無い。
そして獣は捕らえられたのではなく自らその檻の中にいるのだ、その意思を持って。
故にその檻は檻でありながら彼の獣を拘束するには足りず、何れ破られる。

人の身を持つ獣、その一撃で容易く。


語るべき事は終わったと、フェルナンドは藍染の言葉を待たずしてその場から去る。
振り向かず、ただ虚園の砂漠に面倒事を始末しに向かうために。
その背に責務から感じた気負いは無い。
あるのは手早く事を済ませ、面倒ごとから解放されたいという気持ちともう一つ。
どうせ行くならば、そこに自身の身が震えるような強者の影はないだろうかという希望。

『飢餓』を冠する者らしい、戦いと強者への飢えであった。






「よろしかったのですか?」


フェルナンドが去って後、ハリベルは藍染へとそう問いかける。
主語を欠いたその問い、何が、という事を明確にはせず、しかし言わずとも伝わる多くの問い。
あのまま行かせてよかったのか、上下の区切り無く曖昧なままでいいのか、一度はっきりとさせるべきなのではないのか。
その問いには多くの疑問が、ハリベルの実直さから来る疑問が含まれる。
だが藍染はそれらを全て理解した上で微笑んだまま答えた。


「キミとて彼には甘いだろう?」

「・・・・・・私自身はそうは思っておりません。」

「それが判っていない時点で、やはりキミは彼に甘いのさ。まぁいい。 私にとって彼は”有用”なのだよ、それが全て、他に余分な理由など必要はないだろう?」


そう、藍染惣右介にとって甘さは理解より遠い感情。
その無意味さ、不要さを理解する藍染にとって甘さなどというものは不確かな揺れでしかないのだ。
有用性、藍染惣右介にとって他者の評価とはその一言に尽きる。
彼にとってどれだけ有用であるか、どれだけ優秀な駒であるか、それが唯一無二の判断材料。
それからすればフェルナンドは彼にとっては有用であるといえるだろう。
藍染がその言葉の計をもってしても十刃へと座らせた事が、その証明であるといえる。


「さて、それでは私は彼の”戦果”を期待して待つこととしよう。キミも下がっていいよ、ハリベル。 ご苦労だったね。」


そう言って一人、玉座の後ろへと消える藍染。
残されたハリベルは一人、恐らく一筋縄では行かない頼み事へと向かったフェルナンドを危惧するのであった。






――――――――――







そして話は冒頭へと帰結する。
宙に立ち、見下ろすように件の場所を見るフェルナンド。
そこには多くの虚(ホロウ)、最下級大虚(ギリアン)、中級大虚(アジューカス)の姿があった。
そして彼らは一様にそこで形成された集合体、というよりは掻き集められたかのように統率の取れていない動きを見せる。
まるで何かに備え、集められたかのように。


「さて・・・・・・ 面倒事はさっさと済ませる・・・か。」


そう零すとフェルナンドは足場としていた霊子を解き、そのまま真下へと真っ直ぐ落下する。
ぐんぐんと速度を増し、しかし体幹はぶれずに真っ直ぐ、眼下の集団の中心目掛け。
それは流星のように落下し、そして砂漠へと着弾した。

突如として起こった衝撃。
その場にいた虚や大虚達は何事かとそちらへと視線を向ける。
何かが落ちてきた、彼らからしてみればこの程度の認識しかなく、誰もが予想だにしない。
これから自分達に起こるのは、災厄以外の何者でも無いという事を。

落下地点を取り囲むように多くの大虚達が集まる。
円形にぽっかりと空いたその部分以外を埋め尽くすように、好奇という名の感情によって彼らは近付いていた。
彼らは一人一人が禍々しいまでの力を持つ虚という存在、悪性の塊でありたとえ何が起こってもこれだけの戦力があれば簡単に切り抜けられると、そう思っていた。
故にその瞳は好奇に染まるのだ、絶対的な自負、自らの、そして集団としての戦力、例え寄せ集めだとしてもこれだけの数を相手に出来る存在などいるはずが無く、その好奇は何処か見下すような視線となって落下地点へと向けられる。



狭い視野に狭い知識、狭い了見。
それらを容易く凌駕する存在を知らないが故に。




最初に大気が震えた。
それを感じ取れたのは、恐らく中級大虚でも一握りだろう。
だがそれはもう遅い、感じ取れる事と対処できることは違うのだ。
その後彼ら落下地点を取り囲む群集を劇的な変化が襲う。
吹き上がり、辺りを支配したのは紅い霊圧。
血の紅、炎の紅であり、そして彼らにとっては死の紅。
落下の衝撃によって立ち込めた砂煙は霊圧の波濤によって瞬時に払われ、落ちてきたもの、いや、落ちてきた者の姿は顕となる。
彼ら虚、とくに大虚達からすれば小さく、脆く見えるその外見。
だが彼らは今身をもって理解している、それは見た目だけの話し、発する霊圧は彼らを軽々と凌駕しまるで砂漠に縫い付けられたかのように動くことは叶わない。
金色の髪は靡き、白い上着もはためく。
口元は皮肉気に歪み、その紅い霊圧よりも尚紅い双瞳は貫かんばかりの眼光を見せていた。
破面、誰もがその者がそう呼ばれる存在であることを察知し、しかし彼らが知るそれとは桁違いであることもまた認識する。
そして紅い霊圧の中、その持ち主が静かに声を発した。


「一度しか言わねぇぞ。 ・・・・・・散れ。二度と逆らおうと思うな、確かにヤロウは気に喰わないが・・・な。逆らわないと誓うなら生きてこの場から逃がしてやる。だが・・・・・・ それでも逆らう気概があるなら俺が・・・・・・ ”殺す”・・・・・・ 」


あぁ、これが死だ、彼らはそれを理解した。
言葉は脅かすでもなく、ただ淡々と告げるだけだった。
だがそれだけにこの破面、フェルナンドが本気でそう思っていることを雄弁に語り、その言葉が偽りではない事を彼らに知らせる。
そして何より、強大な霊圧の中放たれた言葉、そして”殺す”と言う言葉と共に放たれた”気”。
それが決定打だった。
あんなものに耐えられるわけが無いと、あんなものを向けられてまだその言葉に逆らうことなどあろう筈がないと。
霊圧だけで感じていた自らの死の幻視、それが確実なものとなって彼等を襲い、殺した。
これが死、逆らうことなど始めから愚かだったと思わせるほどの死。
ほぼ全ての群集はそのフェルナンドの霊圧と気に呑まれ完膚なきまでに折られていた、反骨を、その気概を。



だが、それは”ほぼ”であり全てではなかったのだ。




「ケッケケケケ。 怖い怖い。 霊圧だけで殺されちまいそうだ。」


群集を割ってすすでたのは巨大なトカゲのような虚。
白い外皮、首から腹にかけては赤、居並ぶ黒い外套の最下級大虚と比べれば小さいながらも、大きさで言えばフェルナンドよりはるかに大きいそれは、その虚が中級大虚であることを示していた。
わざとらしく器用に肩をすくめ、語る言葉とは裏腹にその仮面の奥に潜む瞳は恐れよりも余裕が見て取れる。
後ろ足二本で立ち上がり、人間のような振る舞いを見せるその中級大虚。
細いがしなやかそうな手脚とその先にある鋭い爪、一本伸びた角と小さな仮面に対し、首から背中、胴は太めでありトカゲというより寧ろ羽のない竜のような印象。
それが進み出たのだ、フェルナンドの正面に。


「ハッ! そう思うならさっさと散れ。 警告は一度までだ、その後で俺に向かってくるなら容赦はし無いぜ?面倒事は手早く片付けたいんでなぁ。 」

「まぁそう言うなよ、破面のニイサン。ゆっくりしていきな・・・・・・ そのまま干乾びちまうぐらいになぁ。ケッケケケケ。」


フェルナンドの正面に立ち、その霊圧と気を受けながらその中級大虚は平然と、どこかフェルナンドを馬鹿にしたかのような笑い声を上げる。
再三、フェルナンドという人物を鑑みれば破格ともいえる警告をして、その中級大虚はそれを拒絶した。
それもフェルナンドを挑発するかのような言葉を添えて。
いや、挑発ですらない、その言葉はいっているのだ、殺す、と。


「なるほど・・・・・・ ただの寄せ集めかと思えば、それなりに気骨のあるヤツもいるらしい・・・・・・まぁ、それが本物か、は別として・・・な。どうだ? 他には居ねぇのか? ・・・・・・そうかい・・・ならさっさと散れ、目障りだ。」


図らずもそれなりに戦えるであろう敵の登場に、フェルナンドの口角が上がる。
なかば嵌められ、押し付けられたものではあるが戦える、というのならばこの際どうでもいいと。
では他にも多少気骨のある者はいないのか、とフェルナンドが問うてみても答えは無く皆フェルナンドに気圧されたまま。
そうなればもう用はない、と言わんばかりに眼光を強めたフェルナンドのそれが契機となった。

わらわらと我先にと逃げ出す虚、最下級、そして中級大虚。
彼らとて命は惜しい、ここで逃げて永らえるのならばそれを選択することに迷いなど無いのだろう。
だがこうして逃げていった者達に先など無い。
往々にして強き者達に”永らえよう”等という思考は存在しない。
刹那を積み重ね、その全てに勝利してきたものが強き者。
刹那の闘争、それから逃げずに立ち向い、勝利し続けたものが強き者なのだ。
故に今、フェルナンドに背を向けた者達に先は無い。
ある者は喰われ、ある者は斬られ、またある者は退化し、ある者はそれに耐えかね死ぬだろう。
如何に敵が強大であっても、立ち向うべき時、そこで踏み出さないものに未来など無いのだから。


「ケケケ。 脆いなぁ・・・・・・ そうは思わないかい?ニイサン。 あの藍染とかいう死神に堪りかね、倒すと息巻いていた連中がニイサンの気当たり一つでこのザマだ。脆すぎて逆に笑えるぜ、ケッケケケ。」


先ほどまで溢れかえっていたその場所は、今や閑散としていた。
居るのは向かい合った一人と一匹。
見上げるような巨体と、小柄の男。
巨体の方は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ去った群衆を皮肉り、笑う。

この場に集まっていた多くの虚達は皆、藍染惣右介という死神が突如として虚の嘔吐して振舞う事を良しとしていなかった。
それ故に集まり、反抗勢力として立とうとしていたのだ。
だが現実は叫ぶばかり。
死神風情が、思い上がるな、簡単に殺せる、周りの奴等も同罪だ、皆殺しだと好き放題。
その叫びのなんと空しいことか、行動が伴わないそれのなんと愚かしいことか。
結果、彼らはただ睨まれただけで逃げ去った。
フェルナンドの”武”を目の当たりにすることも無く、彼の目の前に居る中級大虚の言う通り気当たりだけで容易く。


「それはテメェが他の連中とは違って特別だ、とでも言いてぇのか?だったら底が知れるな、トカゲ。 自分が特別、なんて思ってるヤツにろくなのは居ねぇんだよ、経験上・・・な。」

「そうじゃないさ。 ただせっかく自分で選べるのに逃げを選択すんのは勿体無い、そう思っただけさね。一度しかない機会かも知れないってのによ。」


それは妙な構図であった。
眼光鋭いフェルナンドと、それを前に平然としているかのような中級大虚。
どうにも不均等で釣り合いが取れておらず、まるで友人かなにかのように語り合う。
だが彼らは完全な初対面。
友人などでは決してなく、今この瞬間に友情が芽生える等ということもない。
現に彼等の間では霊圧がチリチリと焦げ付き、火花を散らすかのように鬩ぎあっている。
そう、彼らは既に立っているのだ、戦いの地平に。


「名を・・・ 聞かせてくれるかい。 ニイサン。」

「・・・・・・フェルナンド・アルディエンデだ。」

「俺はサラマ。 サラマ・R・アルゴだ。 アンタとは相性がよさそうな気がするんでね、楽しくやろうぜ?フェルナンドのニイサンよぉ。」












呑み込まれる

重なる叫び

残響

呑み込まれる

呑み込まれる











※あとがき

いいように操られる主人公・・・・・・
口先の魔術師に勝てるはずもなし。

数字、死の形の授与は独自です。

一応『飢餓』という事にしてみました。
こう・・・餓えてる感じ?

この短めの話を挟んで原作に入りたいと思います。
・・・短くなるよね? きっと・・・・・・























[18582] BLEACH El fuego no se apaga.61
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/03/26 11:27
BLEACH El fuego no se apaga.61










満ちるのは気。
大きく燃え上るかの如き紅い霊圧と、それには劣るが吹き上がるのは赤紫色の霊圧。
その霊圧を引き連れて二つの影が激突していた。
自身の倍はゆうにあるある巨体へと挑みかかるのは紅い霊圧の主、フェルナンド。
自分より小さいながらも恐るべき圧力を放ち迫るフェルナンドを相手取るのは、巨大なトカゲの様な中級大虚(アジューカス)サラマ・R・アルゴス。
十刃として赴いた殲滅任務、その地で唯一人フェルナンドの前に立ったのがこの中級大虚だった。

流線型の身体の線、それを覆う白い外皮があり顎から喉、そして腹の辺りまでは赤色でやや小さい爬虫類らしい仮面と、そこから伸びる首は太く力強さを感じさせ、胴、そして尾に至るまで引き締まった肉が詰まっていることを伺わせる。
細めではある後足二本で立ち上がり、その先には鋭い爪が三本、腕の方も同様に細くしかしこちらは人とまでは行かずとも五指が揃っていた。
放つ霊圧からも恐らくその中級大虚が強いであろうという事を存分に伺わせるものではあったが、しかしそれは中級大虚の中での話し。

今その中級大虚、サラマが相手にしているのはその上、それもただ手を伸ばせば届くという次元ではない相手、破面(アランカル)である。
それを知ってか知らずか戦いを挑んだサラマという中級大虚は、彼と同じ大虚達から見れば阿呆の類だろう。
勝てる訳がない相手に挑むのは愚かしいと、十人居れば十人がそう答えたかもしれない。
負けて死ぬより逃げて永らえる方が利口である、と。

だがこのサラマという中級大虚はそれを選択しなかった。
理由は定かではないが、しかし選択しなかったのだ。
明らかに自分が不利であることが判り切っているこの戦場を。


「ハァァァアアア!!」


幾度かの激突の後、裂帛の気合と共に、五爪の一撃が奔る。
身長差による上からの打ち下ろし、そして明らかに歩がある筋量とそれからくる膂力によってそれは敵を引き裂く一撃となる。
サラマが放ったその一撃、フェルナンドはその一撃を払い落とすようにして避わすとその払う動作の回転を利用し、くるりと廻りながら飛び上がるとその勢いのままサラマの仮面に廻し蹴りを叩き込む。
本来ならこの一撃で終わり、破面と中級大虚、身体の大きさは大虚に歩はあれど強さは往々にして破面に歩がある。
それ故顔面に痛烈な一撃を見舞えば大抵片はついてしまうのだ。
が、このサラマという中級大虚、見た目以上に頑丈なのかそのフェルナンドの一撃を耐え、今だその意思を残し立っている。

その光景にニィと口を歪ませるフェルナンドが、ならばこれならどうだと言わんばかりに砂漠を蹴るとサラマへと更に肉薄した。


「シッ!!」


放たれたのは拳の連撃。
迫るフェルナンドに対し、咄嗟に顔の前で腕を十字に交差させ攻撃に備えたサラマの、その防御の上からお構い無しに放たれるそれは拳の雨。
猛火の如きその攻め様、相手に付入る隙を与えずただ押し迫る猛火の勢いによって敵を圧倒し、呑み込む。
フェルナンドという破面を象徴するかの如き攻め様は、防御の上からとはいえど敵には響く。


(ケケ。 防御を固めてこれかよ。 まいったねぇ・・・・・・が、やられっぱなしってのも格好がつかんでしょう!)


拳の雨の中防御を固め、それをして尚、全身に響くフェルナンドの拳にサラマが内心愚痴る。
一撃貰うごとに防御は押し込まれ、腕の骨は軋み悲鳴を上げていた。
が、そこに後悔の色はない。
状況的には追い詰められている、と言われても仕方が無い状況。
もともと中級大虚が正面から破面に挑むこと事態間違っている、そう言われても仕方ない状況の中、サラマは今だ飄々としていた。


「ッシャァァアアァアア!!」


咆哮と共にサラマが十字に交差させていた腕を力任せに押し解き、フェルナンドの拳の雨ごと彼を押し戻す。
だがそう簡単にフェルナンドも下がるはずもなく、僅か圧し戻されたに止まりそこは今だ彼の間合い。
再び襲いかかろうとするフェルナンドにサラマは押し解いた右腕を振り上げ、フェルナンドが前に出る前に振り下ろす。
それはまるで刃の一撃に似て、切裂くというより断ち切るが如き一撃はフェルナンド目掛け振り下ろされる。
だが直線的な攻撃はフェルナンドに容易に見切られ、腕が下げられた事で身体は連動し、肩、そして頭も下へと降りた事によりフェルナンドの間合いへと侵入してしまっていた。
斬撃にも似た一撃を見切り避わしたフェルナンドは、同時に右の上段蹴りをくり出しサラマの頭を再び打ち抜こうとする。
吸い込まれるようにサラマへと迫るフェルナンドの蹴り、しかしサラマに焦りの色はなく寧ろその瞳はギラつきを増していた。


「フッ!!」


短く吐かれた息、サラマの口から漏れたそれは彼の意気の表れか。
その実この流れは彼の思い描いた通りに進んでいた。
先の一撃は避けられ、それまでにおこなった幾度かの攻撃もその全ては有効打にはなりえていない現状。
その流れの中くり出した一撃、”質”を変えた攻撃といえどそう易々とフェルナンドには通用し無いとサラマは理解していた。
が、しかし彼はそれを繰り出す。
云わばそれは布石だ、同じような攻撃、避わす事は容易でそこからの攻撃もまた容易であると。
そして一度“避わした”という思考さえ植えられれば充分であると。


振り下ろされたサラマの腕、その肘が返り掌もまた返る。
下を向いていた爪は上へ、そして返った腕は先にも増した勢いで振り上げられた。
まるで返す刀の一閃が如く。

サラマの頭を打ち抜くために伸びたフェルナンドの脚。
それを下から刈り取るようにして迫るサラマの右腕。
腕が僅か上へと戻り、サラマの上体が起きた事でフェルナンドの蹴りはサラマの鼻先を掠めるにとどまってしまった。
必殺の裏に潜む必滅の一撃、フェルナンドに迫るのはその類の攻撃。
サラマという中級大虚が自ら呼び入れたフェルナンドにとって必滅であり、彼にとっては必殺となりえる一撃。



が、フェルナンドはその”上”をいった。



振り抜かれた右の蹴りは避わされはしたが、勢いを止める事無く進み弧を描く。
フェルナンドの描く弧の軌道、そしてサラマが描こうとした直線の軌道はほんの僅かの差で交わる事はなく、無情にもフェルナンドの脚の踵の直ぐ傍を通過するにとどまってしまった。
もしフェルナンドが避けられたという事に僅かでも動揺し、その動きに硬直を見せていたなら彼は右脚の先を失っていたかもしれない。
だが、フェルナンドは動じる事無く蹴りを振り抜く事で結果的にサラマの逆撃を避わしてみせたのだ。
しかしそれはただ単純にフェルナンドが攻撃を外した事に動揺しなかった、という訳ではない。
何故なら彼の攻撃は今だ終わってはいなかったからだ。

彼の右脚が描いた弧、それは止まる事無く加速し円の軌道を描き出す。
振り抜かれた脚の加速に合わせる様にフェルナンドは軸足としていた左脚で砂漠を蹴ったのだ。


(なッ! おいおい嘘だろ!? その体勢からもう一発かい!)


驚きと共にサラマの見開かれた眼が捉えたのは予想外の動きと、そこから繰り出されるであろう一撃。
跳ね上がりながら回転するフェルナンドの身体、初撃での蹴りの加速と軸足に溜まった力による再加速、さらに上体を捻る事でそれは増し、体幹を中心として一回転するその姿は独楽の如く。
サラマの返す刀の一撃を避け、そして放たれるのは止まる事無く放たれた二撃目の蹴り(・・・・・・)。
伸びた左脚、その蹴りは一撃目よりも深くを抉る軌道を描き、そしてフェルナンドの踵がサラマの仮面、その右頬の辺りに直撃した。


やや斜め上へと跳ね上げられたサラマの頭。
頭が弾き飛ばされてもおかしくはないような一撃を、太く強靭そうな彼の首は何とか受け止め頭部と首は繋がったまま。
しかし頭部に受けたであろう衝撃は凄まじいもの、何度も言うが大虚と破面ではその強度からして違うのだ、その点から見れば頭部が残っていることの方がある意味奇跡的とも言えた。
受けたであろう衝撃はそのまま後ろに倒れたとてなんら不思議は無いのだが、サラマはその場で数度踏鞴(たたら)を踏みながらも、その脚と尾によって身体を支えて立っており、何とか意識は繋いだ様子だった。


「ハッ! もろに喰らった割りにはまだ立ってる・・・かよ。悪くないぜ、トカゲ。 」


蹴りを見舞いそのまま着地したフェルナンド。
構えを解く事無く、しかし口元の皮肉気な笑みは僅かだが深まっていた。
独楽を模した蹴りの連撃、それをもってしても目の前の中級大虚は倒れてはいない。
状態を見る限り無理をしているのは目に見えているが、それは今関係ないこと。
重要なのは彼の前に今だこの大虚は立ち、それは戦いの意思を示す行為だという事。
故に深まる。
身体がどうのという事ではなくその意思が折れない事に、戦いを諦めないかのようなその意気に。
深まるのだ、フェルナンドの笑みは。


「ニイサンやるねぇ・・・・・・ ケケケ、あんなの見た事ないぜ。ッツぅ~痛ぇなぁ~、頭が吹き飛んだかと思った。」


その目は笑っていた。
仮面の口の端から赤い血を流し、脚に力が入らないのか膝が笑い、しかしそれでも倒れてしまう事を良しとはせず。
身長差により見下ろす形となったサラマの目は苦境に立ちながらそれでも、笑っていたのだ。
フェルナンドと同じように、純粋に戦いを楽しいと思う笑みで。


「吹き飛ばす心算で蹴ってんだよ。 吹き飛ばなかったテメェが頑丈だったってだけの話だ。ただのトカゲじゃぁ無ぇって事か・・・・・・」

「ケッケケケ。 そいつは褒められた、と思っていいのかい? まぁこっちもただのトカゲの心算は無い・・・からねぇ。」

「だったらもう少し見せてみろよ。 “ただの”じゃ無ぇところを・・・よぉ!」

「言われなくても・・・・・・ その心算さね!」


フェルナンドの拳とサラマの拳がぶつかり合う。
拮抗は一瞬、サラマの拳はフェルナンドのそれより大きいながらしかし、後方へと弾き飛ばされる。
種族としての違い、それがこの戦場においての絶対的格差。
容易に埋める事などかなわず、ましてこの戦場のみで凌駕することなど不可能に近いそれ。
フェルナンドにとっては絶対的有利であり、サラマにとっては決定的不利。

しかし両者にそれを考慮する心算などない。
フェルナンドは己が力が勝っていたとしても、その拳に込める力になんら翳りは無く。
サラマとて力が劣っていたとしてもそれを悔いる事はない。
現に片方の拳が弾かれた傍からもう片方の拳を突き出し、フェルナンドを迎え撃とうという気概を見せるサラマ。

気概のみで戦場は覆らない、しかし気概すらなくては勝利などありえない。
明確ではなく、しかし思い描くのは常に勝利の光景。
それなくして戦場に立てばそれは死、勝利を求めずして残るのは死のみなのだ。


拳が、或いは蹴りが、それらが二人の間で交錯する。
打ち出される砲弾のようなフェルナンドの拳に対して、サラマのそれはいうなれば鞭。
しなやかな腕と脚を利用したそれを駆使し、彼はフェルナンドに迫る。
しかしそれでもフェルナンドは下がらない。
まるでその場に根の生えた大樹の如く、或いは鎮座する巨岩の如く。
退かぬ、下がらぬという意思かそれとも、自分を下がらせて見せろという挑発か、そのフェルナンドに対しサラマはさらに苛烈に攻勢を強めていく。

幾合か続いたその苛烈なる攻防の中、サラマは砂漠を蹴り宙へと跳び上がった。
巨体はそれを感じさせぬほど軽やかに跳び、やや体勢を斜めにした彼はその落下の勢いに乗せ打ち下ろすように鞭の蹴りをくり出す。
しなるようなその蹴り、爬虫類、ひいては動物特有の曲線的脚部に集約された力を存分に乗せたそれがフェルナンドへと迫る。
が、フェルナンドはそれを完全に見切り、蹴りは彼の鼻先を掠めるか掠めないかのギリギリの位置を無情に通過してしまう。
それはサラマの攻撃は完全にフェルナンドの眼によって見切られている、という証だった。

巨体だがしかし膂力では敵わず、奔らせた拳の悉くは弾かれ、そして蹴りは見切られる。
どう足掻いたとてそれは勝利には足りぬ結果達。
足りないのだ、それでは足りないのだ、勝利には。


ならばどうするか。
とどかず、足りぬと言うのならばどうするか。
サラマには答えがあった、それも目の前に。
足りぬ、とどかぬというのなら“上乗せ”するしかない。

とどかず足りぬそれ、それを凌駕するために用いるのが例え“他人の力”としても。


「ウラァァァアアア!!」


咆哮博撃。
蹴りを避わされたサラマはしかし、その体の回転を止める事無く。
脚はフェルナンドの鼻先を通過し、半ば彼に背を向ける形となっても首を捻り、その視界に彼を捉えるサラマ。
そして振り下ろす。
確かとその目に捉え振り下ろす、彼の蹴りと同じ軌道を描き、しかし脚に倍するほどの射程を持った彼の白く太い尾を。

砂漠に響く鈍い衝撃音、そして起こる砂煙。
サラマがとったのは二段構えの攻撃。
蹴りなど当然避けられる事は承知の上、先程の刃のような手刀と同じではあるがそんなものは織り込み済みの事と。
同じような手が二度通用する相手ではないことも承知ではいたが、それでも勝つには賭けに出るより他、彼に道など無い。
故の選択、蹴りは避けられ、しかしその後から来るのが本命である尾による一撃。
打ち込むにはそれより他道は無く、しかしその一撃、その動作はサラマが思う以上の精度で放たれていた。

その理由は簡単。
彼は目の前で見て、そしてその身に受けて体感したのだ、同種の一撃を。
つい先程、フェルナンドという彼が戦っている相手から。

経験の反映、それがサラマの攻撃の制度と鋭さを上げた要因。
ただ思い描いたのとそれに経験が加わることで、思い描いただけの動きはより正確に、そして精密に再現されたのだ。
フェルナンドの一撃を体感した事によって。


「思った以上に上手くいったか。・・・・・・が、使い手じゃない俺が見様見真似じゃこの程度、とどきはしない・・・って事かい。」


尾を叩きつけ、半ば背を向けながらも着弾点を見据えていたサラマはそう零す。
彼にとってもその動きは予想以上に上手くいったもの、それは結果的には重畳と言えたがしかし、彼の言葉どおりそれは“思った以上”であった、という事だけであり“とどいた”という事とは別であった。

砂煙が晴れる中現われるのは一つの人影。
頭上で両手を交差し、太く、白く難い外皮に覆われたサラマの尾を受け止めているのはフェルナンド。
衝撃波凄まじく、あたりの砂を弾き飛ばすほどのその尾の一撃を彼はその身、その腕でもって受け止めたのだ。
顔はやや俯くように、そしてその下を向いたままのフェルナンド。
そしてそのこめかみ辺りからは一筋の赤い線が流れていた。


(ケケ。 とどきはしなくても無傷、って訳じゃぁない・・・か。あの一撃は喰らって正解だったってところかッ!!!)


フェルナンドが流した一筋の血、それを見たサラマは内心、僅かなりとも上手くいった自身の攻撃を評価いていた。
が、次の瞬間かれは背筋に感じたゾクリという感触に、一も二も無くその場を飛び退く。
充分すぎる距離をフェルナンドとの間にとり身構えるサラマ。
だがその全身は粟立ち、冷や汗と僅かな震えが彼を襲う。
彼の視界に捉えられているのは、見た目の変らぬフェルナンドの姿。
だが、彼には今そのフェルナンドが別人に見えていた。
姿形は変らない、だがその“気”が、放たれるそれが明らかに先程とは違っていた。

先程の殺気漲るそれとも違う、怒りや憎しみといった感情とも違うそれは、ただその場にいるだけで恐怖を呼び起こされるような威圧感。
気圧されるというのがある意味最も適切で、まるで目の前にいるのは人の形をした別物。
破面とも違う化物と相対しているかのような感覚をサラマは今、全身で感じていた。


「それが・・・・・・ それがニイサンの“本気”ってやつかい?さっきまでので、充分本気だとばかり思ってたんだが・・・・・・ケケケ、コイツは見誤ってたかねぇ。」


「・・・・・・“本気”だったさ。 だが・・・・・・いいのを貰って“起きてきた”、ってぇところだろう・・・な。」


ゆっくりと頭上で交差していた腕を解くフェルナンド。
サラマはそれを信じられないものでも見ているかのように、そしてそれは言葉としても現われる。
先程まで自分が必死に喰らいついていた男の実力。
本気であると、そう確信できるものをもっていたサラマにとっては驚きでしかなく。
そう思い込んでいた自分に僅かばかりの悔しさを滲ませるが、しかしフェルナンドはそれを否定する。

本気であったと。
何にもまして本人がそう語ることの意味。
手加減、というものを好まない彼らしいその答え、だがしかし、本気ではあったがフェルナンドの言葉にはその先があった。
“起きてきた”
まるで自分の中に何かが眠っていたかのようなその答え。
彼自身にも感覚的なそれは、しかし確実に、そして明確に変化を齎している。

下ろされた腕、そして俯き加減だった顔は上げられ、見えたその顔には壮絶な笑みが浮かんでいた。
ニィと歪み、牙の如き犬歯をのぞかせる口元と、相手を睨み、そのまま射抜いて絶命至らしめんとしているかのような瞳。
化生、虚や破面といった類のそれではなく、別物のそれを思わせるその笑み。
フェルナンドの内より起きてきたそれが彼にその笑みを浮かばさせるのか、それとも彼の気質によるものか。
どちらにせよその笑みは語っていた。
焦がれ、渇き、飢え望む彼の願いというものを。


「悪くないぜ、トカゲ。 “ただの”トカゲじゃぁないってのは判った。久しぶりに目を覚まさせてくれた礼だ、“本気”の“上”を魅せてやるよ。」

「ケケケ。 今のままで俺にはもう充分なんだが・・・ねぇ。」

「そういう台詞は笑いながら言うもんじゃねぇよ。・・・・・・いくぜ? ――― 刻めぇぇ! 『輝煌帝(ヘリオガバルス)』!!!」


内側で目を覚ましたもの、飢え、渇望の権化でありフェルナンド・アルディエンデを象徴するもの。
自らの内で目覚めたそれ、久々に戦いのうちで目覚めたそれにフェルナンドは滾りを見せる。
それを目覚めさせた相手に向けて。
ただの中級大虚、戦いぶりは素晴らしいが何処までいこうとも相手はただの中級大虚、そういう見方も出来るだろう。
だがこの中級大虚の攻撃でフェルナンドは僅かばかり、ほんの僅かばかりの傷を負った。
掠り傷とはいえど傷は傷、それを与え、目を覚まさせた相手が本気というものを望んでいるというのなら魅せてやろうと、フェルナンドはその腰の後ろに挿した斬魄刀を抜き放つ。

そんなフェルナンドに、サラマはおどけた風で今のままでも充分だと答えて見せる。
だがそんな上辺の言葉など誰も信じないだろう。
何故なら彼の目は笑い、待ち望んでいるかのようにギラつきを見せているから。
弱気な発言の裏に、本当の真意を潜ませているからだ。


本気の力を見せてくれ、という真意が。


抜き放たれた刃に映るのは紅の霊圧。
燃え上がり、燃え盛り、燃え散らす炎の霊圧。
遮るものの悉くを打ち倒し進む炎海の炎がその刃に映り込み、そして銘と共に力は解放された。

天を衝き立ち昇る火柱と巻き起こる熱風。
ものみな焼き尽くす炎は解き放たれ、集約され、人の形へと収まる。
収束する火柱から現われたのは炎の化身となったフェルナンド。
金の髪は半ばより赤みを増しそして炎髪へと変わり、帯も、そして袴の下部もまた炎へと変じていた。
霊圧はそれ自体が熱を持ったかのように吹き上がり、空気をチリチリと焦すよう。
気はさらに燃え上がるようにその威圧感を増し、その場を支配する。


刀剣解放。
破面の真価であり切り札と呼ぶべきその力。
それを中級大虚に向けて使用する事の過剰さ。
本来そんな事はせずともフェルナンドの勝利は揺るがない。
目覚めたものが求めるまま、その拳を振るえば勝利はその手中となることだろう。
だが、フェルナンドは解放を選択した。
それは純粋に中級大虚という破面には到底及ばない存在でありながら、自分に一矢報いたサラマへの敬意ともう一つ。
もし自分が解放したならば、この中級大虚はどこまで拮抗することが出来るのか、或いは更なる驚きと目覚めを齎すのではないかという興味故に。
好奇、フェルナンドには珍しいその感覚が彼に刀剣解放という過剰戦力の使用を選択させていたのだ。


「ケッケケケ。 こいつは・・・・・・ 化物だねぇ・・・ニイサン・・・・・・」

「そうだろうよ。 だが・・・俺もテメェもそう考えれば大差は無ぇ。ただ戦いを求める化物だろうが。 」


解放し、炎を纏いまた一体となったかのようなフェルナンドを見たサラマが呟く。
その肌が感じるのは絶対的な戦力差。
先程でもかろうじて手の先、爪の突端が足元に届いたかどうかといった状態であった彼にとって、その後にフェルナンドが魅せた”気”とこの刀剣解放は絶対的なまでの差を見せ付けられるには充分過ぎた。
だが、彼の声に絶望は無い。
不安も、恐怖も、そして畏れも、その声には含まれてはいた。
だが、それを押し退けて前面に現われているのは賞賛にも似た感情。
高められたその力、それと相対せること、そしてそれを自分という存在に魅せてくれたという事への感謝にも似た感覚。
サラマを今だ立たせているのと同じように、戦いに対する感謝がそこにはあった。


「じゃぁ行こうか、ニイサン・・・・・・ウラァァアアァアアア!!」


叫びと共にサラマはフェルナンドに突撃する。
その叫びは自らを鼓舞するために、叫びにより粟立ちと畏れを追い出そうとするかのように。
しなやかで筋肉の塊かのようなサラマの全身が産み出す加速力、像がぶれる様なそれをしてサラマはフェルナンドに肉薄し、拳をくり出した。
今打てる最高のそれ、しかしフェルナンドはそれを払いのけるようにして防ぐと、サラマが次の行動を起す前に腹部に数発の拳を放り込んだ。


「ッガハッッ!! 」


自らの突進力が加算されたフェルナンドの目にも止まらぬ連撃の拳。
腹部に放り込まれたそれはサラマの胴をくの字に折り曲げ、突進による慣性など無いかのように後方へと吹き飛ばす。
そのサラマが砂漠に投げ付けられるより前に、フェルナンドは次の初動へと入り終える。
瞬間フェルナンドが立っていた場所には僅かな炎だけが残り彼の姿は消え、次の瞬間には今だ吹き飛ばされた状態のサラマの隣へと移動していた。
そして振り上げられたフェルナンドの脚。
何の躊躇いも無く振り下ろされるその蹴りは、僅かな炎の尾を引きながら再びサラマの腹部に突き刺さり、砂漠へと叩きつける。
苦悶の声すら上げる事無く叩きつけられるサラマ。
たった数発、十にも満たない打撃によって彼は先程以上の自身の窮状を理解した。


(化物め・・・・・・ 何にも見えやしないじゃないか・・・・・・ケケケ、まったく・・・運が良いのか悪いのか・・・・・・だがやっぱり最初の直感は当たってたな、相性は悪くなさそうだ。まぁ、偶然なんて事でもなし、当たり前なのかもしれんが・・・ねぇ。)


いいように放り込まれた拳と蹴り、身体に刻み付けられた痛みは激烈であり、その身に受けたことでより自分の相手が化け物であるという事を自覚するサラマ。
こうしてフェルナンドと見えられたことは彼にとって幸運といえるのか、それとも隔絶された力は彼にとって不幸な出来事なのか。
ただ、彼の目にいまだ力が残っていることを鑑みれば恐らくは前者なのだろう。
そして力を残した瞳は、今だ逆転の可能性を彼自身が信じていることの表れなのかもしれない。
それがどれだけ薄く、細い望であろうとも。


「炎・・・か。 ケケケ、ニイサンには、似合いだな。俺も、ゴホッゴホ!俺も炎は嫌いじゃないんでね、楽しくなりそうだ・・・・・・」

「ボロカスでも口は達者なまま・・・か。 見栄か虚勢か、どっちにしろ手は抜かねぇから安心しろ。」

「嬉しい事言ってくれるじゃ、ないか。 なら付き合ってもらおうか・・・・・・とことんまで・・・ねぇ!」


サラマに漲るのは気概、気合、気勢。
精神は今だ折れず、それどころかフェルナンドの炎に呼応するように燃える。
彼にとってこの戦力差は始めから判っていた事。
自分より相手の方が数段強い事など判りきっていた事なのだ。
それがこの期に及んで、二段三段とその強さが上がったとて然したる違いなど無い。


が、それは気構えの話であり、肉体はその精神の昂ぶりに追従は出来なかった。


ほぼ一方的に受けた打撃の数々。
それは確実にサラマの身体を痛めつけ、戦うという機能を削り取っていた。
視線は定まらず、足元はふらつき、呼吸は浅く、拳も蹴りも奔らない。
全ては蓄積されたダメージによるものであり、フェルナンドの的確な攻撃による結果。
ただこの場合それだけの攻撃を受けて今だ原形を留め、尚且つ意識を保っていられるサラマの方を褒めるべきなのかもしれないが、それは詮無き事。

それでもサラマは止まらない。
そしてフェルナンドもまたその手を緩めることは無い。
一の攻撃に対し返ってくるのは倍以上の数の雨。
それを受け吹き飛ばされ、そしてまた特攻するを繰り返すサラマ。
彼に他の手段は無い。
出来るのはこれしかなく、後は待つだけしか出来ない。
サラマが唯一現状を打破できる状況が訪れる事を。


「粘るなぁトカゲ。 勝てねぇ、と判ってようが関係無ぇ、押し通すか・・・テメェの道を・・・・・・」

「ゲホッ・・・・・ ケッ、ケケ・・・・・・ 勝てない、と決まった訳、じゃぁ無いから・・・ねぇ。何だってそう・・・だろう? 諦めた、方が、馬鹿を見るのさ・・・・・・」

「違いねぇ。 ならコイツを・・・くれてやるよ。」


フェルナンドが片手を天高く掲げる。
すると彼の掌は炎へと変り、そこから勢い良く紅い炎が噴出した。
紅い炎はみるみるあふれ出し渦巻き、掌の上に巨大な炎の塊を作り出す。
直径にして5mはあろうかという炎球、炎が織り交ざり膨大な熱量を発するそれをフェルナンドは掲げていた。


「こういう攻撃は不慣れでな、調節が効かねぇんだが・・・・・・ただ丸焼きにするにはもってこいだろう?」

「ケケケ・・・・・・ 言ってくれる、ねぇ・・・・・・」

「終いだぜ。トカゲ。 喰らいな!」


振り被り、投げ付けるようにして腕を振るうフェルナンド。
その動きに合わせるかのように炎球は飛び出し、砂漠を焦しながらサラマへと一直線に向かう。
彼を呑み込み、内から外からと焼き尽くし、灰燼へと帰す為に。

フェルナンドにしてもその攻撃方法は模索の域を出ないものであった。
近接戦闘に長けているフェルナンド、それは彼自身も自らの長所として自覚しており何より絶対の自信がある領域。
だが反対に中、遠距離の戦闘となればその戦力は格段に下がることもまた事実。
彼が十刃となるきっかけとなった前第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーとの戦闘でもそれは証明されており。
結局のところ敵の油断と、傷を負って敵を間合いへと引き込むという手法でしか致命傷を与えるには至らなかった。
一芸に長ける、といえば聞こえは良いがそれはつけ込まれる隙と同義。
フェルナンドがそれをよしとするはずも無く、まずは一つの手段としてこの炎球を打ち出す方法を考えたのだ。

だがそれをこの場で試すのは、決してサラマが彼に劣り、格好の標的だからという訳ではない。
自らの業は恐らく未完成の代物。
そしてそれは往々にして破られるのは自明の理、何故ならそれは未完成であり未熟、付入る隙など幾らでもある代物だからだ。
故にフェルナンドはサラマに対しそれを使用した。
フェルナンドのサラマに対する評価は決して低くは無い。
もしかすればこの攻撃は避けられる可能性すら充分にあると。

だがそれでいい。
そうでなければ業は磨かれない。
始めから完成している業などこの世に存在し無いのだ。
数多の試行錯誤、その道程の中思わぬ反撃を食らうことも十分に考えられる。
だがそれでいい。
そうしなければフェルナンドが求める業は完成しない。
未熟な攻撃、それを使用する理由。
それはサラマという中級大虚との戦いで、フェルナンドが求める業に近づける可能性の存在。
そうフェルナンドに思わせるだけのものを、サラマは血反吐を吐きながらも彼に見せていた。
このサラマという名の中級大虚ならば、覆すという確信めいた予想がフェルナンドにはあったのだ。


そしてそれは、彼の予想通り現実となる。



「あぁ、“喰らわせ”てもらうぜ、ニイサン。」



着弾の直前、サラマの口から零れたのはそんな言葉。
そして大きく開かれる彼の顎(アギト)。
開かれたそれはまるであたりの空気を全て呑み込むかのように吸い上げる。


フェルナンドが放った炎球さえも。


丸呑み、そんな言葉が良く似合うそのサラマの行動。
フェルナンドが放った炎球はサラマの顎から喉を通り、そして腹へと収まった。
腹へとそれを納めた後、サラマの口から零れた小さなゲップと共に僅かばかり炎が吐き出される。
が、それだけ。
別段サラマに変化は無くフェルナンドの炎に焦され、燃え尽きていくような様子もない。
端的に、そして的確に言ってしまえばサラマは“喰った”のだ。
フェルナンドが放った炎球を。


「ハッ! こいつは・・・また・・・・・・」


半ば呆れたようなフェルナンドの声。
避わすだろう、防ぐだろうという予想はあった。
それは確信めいていたし、結果だけを見ればそういえなくもないと。
だが、まさか喰うとは思っていなかったフェルナンドにとってその光景は衝撃的であったし、呆れすら覚えさせていたのだ。


「ふぃ~、 ご馳走さん。 いや~ニイサン炎熱系だってのに能力使わないから、このまま殴り殺されるんじゃないかとハラハラしたぜ。ケッケケケ、まぁ何にせよこれで“回復出来た”からコッチとしては問題ないんだがねぇ。」


言うなりサラマの身体中の傷が癒えていく。
超速再生、霊圧を消費して傷を回復するその手段は、破面が破面化の際に失う能力。
だがそのサラマの超速再生はどこか毛色が違い、元通りというよりは逆に力が漲っているかのような印象すら与えるものだった。


「テメェ・・・ 喰った俺の炎を・・・・・・」

「あぁ、存分に使わせてもらってるよ。 言っただろう?俺とニイサンは相性がよさそうだ・・・って。」


そう、今サラマの身体に漲っているのは彼の力だけではなく、彼が喰らったフェルナンドの力もであった。
膨大な熱量、その内に秘められたエネルギーをサラマは取り込み、自らのものとした。
サラマに残された唯一の道、それがこれ。
彼自身の唯一の能力を持ってフェルナンドの力を我がものとする事。
炎を喰らう事だけが、彼に残された唯一無二の逆転の目だったのだ。


「ニイサンの言う通り俺は“ただの”トカゲじゃぁない。 “火喰いトカゲ(サラマンダー)”、それが俺さ・・・・・・さてニイサン、もう少しだけ・・・付き合ってもらおうかね。」


首から背中、尾の先、吹き上がる赤紫の霊圧の中でも特に濃いそれはまるで炎のように見えた。

火喰いトカゲ(サラマンダー)。

それがサラマ・R・アルゴス。
炎の化身と炎を喰らう竜の戦い。
燃やし呑み込むのか、喰らい呑み込むのか。

戦いの天秤は今だ揺れたままであった・・・・・・













呑み込まれる

決着の時

鬩げ

呑み込まれる

思惑の仲へ

呑み込まれる
















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.62
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/03/26 11:31
BLEACH El fuego no se apaga.62











「ニイサンの言う通り俺は”ただの”トカゲじゃぁない。 ”火喰いトカゲ(サラマンダー)”、それが俺さ・・・・・・さてニイサン、もう少しだけ・・・付き合ってもらおうかね。」


滾る赤紫色の霊圧。
首から背にかけて、そして尾の先から殊更に濃く立ち昇るそれはまるで燃える炎のようだった。
身体には見るからに力が漲り、先程までのボロボロの姿からは想像出来ない程。
飄々としたその気質こそ変らないものの、明らかに力を増したであろう事は想像に難くない。

”火喰いトカゲ”

自らをそう称した中級大虚(アジューカス)、サラマ・R・アルゴス。
炎の化身たる男、フェルナンド・アルディエンデが放った炎球を彼はその身体に取り込んだのだ。
その名が示すとおり炎を“喰らい尽くして”。

「ハッ! 随分と・・・・・・“都合のいい”能力だな。えぇ? トカゲよぉ・・・・・・」


燃え盛るかのような霊圧を噴き上げるサラマに対し、フェルナンドが呟く。
確かにその能力はまるで彼という存在を“狙い済ました”かの様。
炎を己の武器とするフェルナンドにとって、サラマという存在はまさしく”天敵”と呼べるものと言えた。
それが偶々、十刃として赴いた初めての戦闘において現われるという現実。
運命、という安い言葉を思わず使いたくなる程の、いや、それ以上の何かを勘繰らずにはいられないかのような出来過ぎた出会いがそこにはあった。


「ケッケケケ、まぁそう言いなさんな。 火喰いトカゲ(サラマンダー)なんて言ってはいるが、便宜上それが一番しっくり来るってだけの話さね。正確にはもうちっとばかし違う能力な訳なんだが・・・ね。」

「・・・・・・・・・・・・」


サラマはフェルナンドの言葉に鼻の頭をポリポリと掻きながら答える。
戦いの最中だというのにその余裕、能力から来るのかそれとも生来の気質か、おそらく後者であろうそれでフェルナンドに対峙するサラマ。
火を喰うという行為を見せておきながら、自身の持つ能力は厳密にはそれとは違うと匂わせるかのような彼の言。
真実か、あるいはペテンなのか、真偽は彼以外には判らずそしてフェルナンドはそれを問いただす事も無く無言であった。


「訊かないのかい? 本当の俺の能力がなんなのか・・・って。」

「ハッ! 馬鹿らしい。 ならテメェは俺が訊けば答えんのか?テメェ自身の能力を態々自分でバラす意味なんか無ぇし、そんな事したがるのはただの阿呆(アホウ)だ。それに知りたきゃ俺が俺のやり方で調べりゃいいだけの話だろ?こうやって・・・なぁ・・・・・・ 」


一刀両断。
自らの能力が気にならないのかというサラマの問いを、問えば答える訳でもなしとフェルナンドは即断をもって返す。
そして問うて答えぬは戦いにおいてはある意味当然の事。
能力の秘匿、その重要性は戦場において大きな有利となる。
敵にそれを知られる事なく、また知られる前に倒してしまう事が一つの理想形であるように。
戦いとは如何に手の内を見せずに勝つかであるという点を考え、さらにあるにしろないにしろそれを匂わせる事もまた駆け引きの内側。
それにどう対処するのか、どう凌駕するのかもまた戦いという事。
敵に解き明かされ、看破されたのならいざ知らず、ただ自らの能力を絶対として疑わずに敵に説く事は総じて愚かであり、下策、敗北を呼び込む。
能力とは隠すもの、そして言葉ではなく自らの力で解き明かすものとフェルナンドは言うのだ。
故にフェルナンドは問わない。
ただ彼の場合言葉で知るくらいならば、力ずくで解き明かす事に意義を見出している様子ではあった。

その証拠にフェルナンドの掌が再び天へと伸ばされる。
掌は肌色から紅へと変わり、吹き上がる炎は渦を巻き、織り交ざりながら炎球を形作った。
先程と同じ、いやそれ以上の大きさとなった炎球。
当然大きさを増したそれは威力も上がっている事だろう、そしてフェルナンドの眼は言っているのだ。
もう一度受けられるのかと、喰らえるのかと。


「ケケ、こいつはなんとも・・・・・・ 意地っ張りな御人だねぇ、ニイサンは。」


その姿を見たサラマは一度驚いた表情を見せる、がそれはその後に続いた心底面白いものを見たかのような笑みで消されていく。
炎球を構えるフェルナンド、それはもう一度それを放つという意思表示。
それは余り頭のいい方法とは言いづらい選択だ。
一度それを呑み込み、喰らい我が物とした相手にもう一度同じ攻撃をするという選択。
たしかに炎の量は増し、炎球も大きくなってはいるがそれだけで凌駕出来るのかどうかは定かではない。
下手をすれば更に相手に力を与えるのとその選択は同義であり、上策とは言いがたいもの。
今までの状況を鑑みれば炎球の様に炎を放つような攻撃は避け、接近戦による打撃で決着を着けることが今もっとも理に適った選択と言えるだろう。


「意地を張って通すのが道だ。 枉げて退く道なんて端から持って無ぇんだよ。」


だがいくら理に適っていようとも、自らの選択が上策と言い難いものと判っていようとも、この男は進む。
元々破られて上等という気概で放った一撃、それを見事破って魅せたサラマ。
ならば自分も破って魅せねば釣り合いが取れないと、すくなくともフェルナンドの中でそれは決定された。
能力を持って能力を破り返す、という選択が。


「ケッケケケ。 なら・・・ やって魅せてくれよ、ニイサン。」

「あぁ。 やってやる・・・よッ!」


炎球が再びサラマへと投げ付けられる。
轟々と燃え盛る炎、それを前にサラマは平然と佇みそして顎(アギト)を開く。
そこからは先程の再現と同じ。
大きく息を吸い込む要領で胸をそらせるように一息で炎を飲み込むサラマ。
炎の大小などまるで関係ないとでもいいたげな吸い込む動作。
嚥下する喉の動きの後立ち昇る彼の霊圧はより激しさを増していく。

しかしフェルナンドもこれでは終わらない。
一発でだめならば二発、三発と両の掌から炎球を産み出しては投げ付けるを繰り返す。
弾幕とまでは言えずとも押し迫るかのような炎球の群れ、サラマはそれを時折避けながらも喰らう動作を繰り返す。
意地、いや半ば意固地ともとれるようなフェルナンドの様子。
これならどうだ、こうすればどうだ、そうしたらお前はどうするのだ、魅せてみろ魅せてみろと嬉々として炎を投げ付ける様は戦いというものがこの男にとって格別で、満たすという行為そのものであることを伺わせる。

十数程の炎球を打ち出して後、フェルナンドがその手を止めた。
その視線の先には先の比ではない霊圧を燻らせるサラマの姿。
いまや身体より背負う霊圧の方が大きいのではないかというサラマの姿があった。
フェルナンドの炎を喰らい、その悉くを自らのものとして立つサラマ。
背負う霊圧は強大、しかしそれは同時にフェルナンドの放った炎球の持つ力が強力であったという事の証明でもある。
褒めるべきは強力な攻撃を惜しげもなく放ち続けたフェルナンドか、それともそれを喰らい、押しつぶされる事なく立っているサラマの方か。
どちらにせよ状況だけを見れば、この一連のやり取りはサラマに利のあるものであった事は間違いない事であった。


「ゲプ。 流石に腹一杯・・・ってヤツだな。 量というか質というか、どっちにせよ俺にとっちゃありがたい事だったがね。どうだい? ニイサン。 何か判ったかい? 」

「それなり・・・ってぇところだな。」

「ケケ。そいつは良かった。 ・・・あぁ、こっちも奢って貰ってばかりじゃなんだ、そろそろ攻めてもいいかい?」

「一々訊くなよ、来たきゃ来な。 待ってくれ、なんて恥知らずな事俺が言うとでも思ってやがんのか?」


霊圧を背負い飄々と。
燻らせる赤紫、目元に浮かぶ笑みは愉悦ではなく喜び。
まだ戦えるという、先程よりもなお戦えるという喜びに満ちているサラマ。
炎球を喰らい続けた彼が遂に攻撃を受け止める側から攻撃を与える側へと立場を入れ替えようと動く。
踏み出した脚は砂を噛締めるように音を立て、身体は矢を番えた弓、その引き絞られた弦のように放たれるを待つ。

対するフェルナンドもまた構え、時を待っていた。
軽く前に出された腕、僅か握られた拳を目線のやや下に、左脚を前に出し半身気味で構えるフェルナンド。
状況はおそらく彼自身がより悪くした、と言えるものであったがそれでも彼の顔には笑みが。
牙を剥いた笑みが浮かんでいた。


「なら・・・いかせてもらおうか!!」


言葉が終わるや否やサラマが飛び出す。
番えられた矢は射られ、フェルナンドという的目掛けて飛ぶサラマ。
赤紫の霊圧は尾を引きながらサラマに続き、大きなそれは圧力としてサラマを一回りも二回りも大きく見せる。
それを前にしてもフェルナンドに退く気配は微塵も無い。
いや、始めから彼に”退く”という概念が存在していないかのように。
前へ、ただ前へ、進むことでしか求められず、l手に入らないものを彼が求めているが故に。



今や全身が放たれた矢となったサラマ。
その突撃力から突き出された腕がフェルナンドを襲う。
開かれた手と突き立てられる様に伸ばされた爪、その掌と迎え撃つようにして放たれたフェルナンドの拳がぶつかり合う。
ぶつかり合う掌と拳、衝撃は放射状に拡散し大気が爆ぜる。
鬩ぎあう掌と拳、互いを凌駕しようという一瞬の中の鍔迫り合い。
先程は一も二も無く弾かれたサラマの攻撃は、今拮抗するにまで至っていたのだ。
独力ではなく上乗せ、しかしそれでも”力”であることに変りは無く存分に振るうそれはまさしくサラマという中級大虚(アジューカス)が持つ力。
が、拮抗とは釣り合った力でのみ生まれるものでありそう長く続くものではない。
徐々にではあるが片方が押し込まれていく掌と拳、そして押し込まれているのは掌の方であった。


「ハッ! こいつは俺の炎を褒めりゃ良いのか?それともテメェを褒めてやりゃいいのか・・・どっちだと思うよ? トカゲよぉ・・・・・・」


突進力と奪い我がものとした霊圧の上乗せをもってしても優位はフェルナンド。
その拮抗は彼の中でも評価に値するものなのか、言葉を交わす余裕を見せる彼。
如何に破面(アランカル)の霊圧、それも十刃(エスパーダ)のそれを得たとしてもそれを扱う身体は中級大虚。
生物としての構造、強度、肉体的限界、そのどれもが懸離れた次元にある存在を霊圧の過多だけで凌駕するのは厳しい。
その霊圧も奪われたとはいえ今だ余力があるフェルナンドを前にすれば尚更である。


「ケケ。 出来ればそいつは俺を褒めてもらいたい・・・ねぇ!!」


掌を押し戻されるサラマ。
だが諦めの様子は微塵もなくそれどころか戦いの意思はその瞳に溢れていた。
そしてその意思と言葉に呼応するように彼に変化が起こる。
変化が起こったのは正確には彼の背後、特に濃く炎のように立ち昇っていた背と尾の先の霊圧、ゆらゆらと立ち昇っていたその霊圧が一斉に方向性を持ち噴射されるように爆ぜたのだ。
サラマの背を押すように、そして押し込まれた掌を再び押し返すように。

ぶつかり、鬩ぎあっていた掌と拳。
拮抗の後僅か上回りつつあった拳を掌は再び押し戻し、そして遂には“押し返した”。


「オォオオォオオオオ!!!」


叫び、魂の咆哮が響く。
奪い喰らった霊圧を背負い、そしてそれを推力としてフェルナンドを押し込むサラマ。
砂漠に根を張ったかのようなフェルナンドの脚が遂に動き、サラマの圧力に圧されて彼ともども砂漠を削り滑る。
爆ぜ押し出す腕と爪、その爪がとどいたとて果たしてフェルナンドに傷を負わせられるのかは彼には判らない。
だが今彼に重要なのは自らの力が通用し、ただ一瞬でも凌駕出来るのか否かという部分。
先程は簡単に弾かれた攻撃、しかし今ならばどうか、少なくとも拮抗は出来た今ならばどうか。
自分は届くのか、高みに、その高みに手をかける資格があるのか、確かめずにはいられない。
飄々とした振る舞い、しかしその奥に覗く彼の熱い部分が叫ばせる、魂の咆哮を。

戦士の雄叫びを。

赤紫の流星が白い砂漠に一筋の線を描きながら、紅い炎の壁を貫かんと進む。
雄叫びを上げ進むサラマ、無言で拳に力を込め続けるフェルナンド。
裂帛の気合と静かなるをして闘争は加速していく。
押し込まれ続けるフェルナンド、しかし彼とてそのままをよしとするはずも無く、彼から吹き上がる霊圧が増すとサラマの突進はその威力を削がれ、弱まっていった。
だがサラマとてそれで終われる筈もなく、それが駄目ならと拳脚の乱撃をもって凄絶なまでにフェルナンドに攻めかかる。
その拳も蹴りも噴出す霊圧によって加速し、増幅された威力を持ってフェルナンドを捉え、打ち据える。
十合、二十合、三十、四十と止まる事無く繰り出される乱撃。
その事如くをフェルナンドは防ぎながらもその身に受け、しかし倒れる様子は見せない。
ただ笑みを浮かべ、サラマを睨みつけながらその暴風が如き攻撃の只中にいるフェルナンド。
紅い瞳に陰りは無く、ただサラマの瞳を射抜き続ける。


(ケケ。 効いてるのか効いてないのか・・・・・・コッチはニイサンの前に立ってるだけで精神削られてんだから、それぐらい見せてくれたってバチはあたらんでしょうに・・・・・・ったく、難儀なもんだねぇ。)


苛烈な攻めの中、いまだ思考には余裕を残すかのようなサラマであったがそれは風前の灯といった様子。
もともとフェルナンドとの地力の差は歴然で、そこに来て彼の”本気”を目の当たりとした彼の精神は削られる一方。
フェルナンドの瞳を見ればそこにあるのは自分が負ける姿の幻視、それは戦いの最中において禁忌に近い想像であり振り払うべきもの。
だが対峙するからには否応無くそれはサラマを襲い、しかし己が持つべきは勝利の姿という二律背反。
精神をすり減らすのにはそれは充分な理由であり、ここまで彼が持っているのは普段の彼の気質によるものが大きいといえるだろう。

そして精神の磨り減りは如何に威力を増しているとて拳には伝わり、鈍りとなって現われ五十を越えた乱撃は遂に終わりを見せた。




「終(しま)いか・・・・・・?」




乱撃に訪れた終わりは僅かなもの。
だがそれをこの男はただ待ち続けていた。
ガラにも無く防御を固め、捌き、ただ耐えるという行為。
それはまるでサラマという中級大虚の全てを、十全を見たいが為。
霊圧同士の衝突により生まれた白煙、その隙間から覗くのは紅の眼光。
そしてその瞳は語るのだ、十全を出せと、だがそれでも自分が勝つと、己に絶対の自信があるが故に。

言葉に反応したサラマ。
彼の瞳に映ったのは人の肌ではなく、肘から先が炎となったフェルナンドの腕。
燃え上がり、先程まで彼が放っていた炎とは格が違う密度と威力を秘めているであろうことが一目で判るそれを見た瞬間彼はその腕の範囲から逃れるように跳ぶ。

アレは駄目だ、アレは無理だ、アレを受ければただでは済まない。


そして何より、アレは自分が“喰える限度を越えている”と。



直後、彼の鼻先を掠めるかのようにその炎が通過する。
ただしたから打ち上げるようにして放たれたフェルナンドの腕、そしてその射線上に生まれた竜巻のような炎の柱。
そう、それは炎の竜巻だった。
肘から先は炎へと変じ、そして炎は竜巻となってサラマの鼻先を通過したのだ。

竜巻は一瞬闇夜を照らすとその形を崩し、熱風を伴いながら瞬時にフェルナンドの下へと舞い戻るようにして赤い腕を形作ると、再びフェルナンドの腕となる。
とうのフェルナンドはその腕を見ながら二、三度拳を握っては開きを繰り返す。
その仕草はまるで、あぁ、こんな使い方もあるか、といった風で頭で考えたというよりは身体が勝手に動いた、といった風。
考えるよりも先に反応したそれ、加減も何も無くただ屠るために放たれたそれ。
それを避けたサラマの反応は、ここへ来ておそらく最高潮と言って良いだろう。

だがその一撃を“避けてしまった”事が、彼に、そしてフェルナンドにとって決定的な行為であった。


「避けた・・・な、トカゲ。 どうした? 避けずに喰えばよかったじゃねぇかよ。俺の、炎なんだから・・・よぉ。」

「・・・・・・言ったろ、今は腹が一杯でね。知ってるか? 暴飲暴食は身体を壊すんだぜ?ニイサン。」

「知るかよ。 ・・・まぁ何にせよアタリはついた、後はまぁ・・・・・・試してみりゃ判る話・・・かよ。」


何故喰わない、何故炎を喰わないと問うフェルナンド。
半ば察しはついていたが、それでも言うのはより確信を得るため。
何処まで掴んでいるのかは彼にとっても定かではないが、それを飄々とした言で煙に巻こうというのか、サラマはおどけた様子でそれに答える。
だがフェルナンドにそんなものが通用するはずも無く、後はやはり自分で確かめるといった風で再び掌を天に掲げた。
現われるのは炎の球。
轟々と燃え盛るそれを掲げるフェルナンドと、対峙するサラマ。
だがそれは既に効果は無いと証明されたも同然の攻撃。
サラマが喰らい、己が力としてしまうのが落ちの彼に対しては欠陥とも言える攻撃であった。


「なんだい? また驕ってくれるってのかい? 」


当然それを見てもサラマは怯まない。
彼にとって最早フェルナンドの炎球は脅威とは言い難く、補給の意味合いすらある。
これを喰らえばもう暫く戦える、そんな思考がよぎるサラマ。
だが、そんな思考を抱えて勝てるほどフェルナンド・アルディエンデは甘くない。
そしていつまでも破られた攻撃を続けるほどフェルナンド・アルディエンデは愚かではなかった。


「あぁ、くれてやるよ。 だがこんなにデカくちゃ喰い辛いだろう?だから・・・・・・ 俺が“喰い易い”ようにしてやるよ。こうやって・・・なぁ・・・・・・」


瞬間、燃え盛っていた炎球は形を崩し、再び掌へと吸い込まれるように戻っていく。
怪訝な雰囲気でそれを見るサラマ。
その行動に意味を見出せず、ただ何故か僅かばかりの不安だけが彼を苛む。
本能、そういった根源的な部分が警鐘を鳴らしているかのように。

掌に収まるように収束した炎。
それが収まりきるとフェルナンドは、天に掲げた掌を強く強く握り締める。
指の隙間から微々たる炎が零れそれでも強く、強く。
そして掲げられていた腕は下ろされ、同時に開いた手の上には紅い何かが乗っていた。
巨大ではない、だが掌には収まりきらない程度のそれ。
過去彼が破面化する前の炎海であった頃、ハリベルとの戦いにおいて使用した技の一つ。
炎を収束しまるで槍のように敵を貫かんとした炎の形であり、そこから派生した幾本もの棘。
その趣を感じさせるそれは約15cm程度で細長く、先端が尖った円錐形をしており頂点とは逆の円錐の底に当たる部分はいまだ炎のまま揺らめいていた。


(おいおい・・・・・・ アレだけの炎をそんなになるまで無理矢理霊圧で押し固めた、ってぇのか?)


僅かばかりの不安は驚愕となってサラマを襲う。
同じ炎、総量からすればこれもまた同じ、しかしその密度は桁外れであった。
巨大な炎球のその全てを己が霊圧を持って無理矢理に押し固めたフェルナンド。
炎球の全てを内包する炎の棘、それを前にサラマは驚愕そして戦慄の表情を見せることしか出来ない。

そんなサラマを他所に掌の上で遊ぶようにして二、三度軽くそれを投げ、感触を確かめるようなフェルナンド。
だが次の瞬間、まるで腕が消えたのかと思うほどの神速が如き振りにより、その炎の棘をサラマに向けて投擲したのだ。

狙いはサラマの頭、眉間の中心。
炎の尾を引きながら飛翔する棘はしかし狙いを違い、サラマの仮面、その頬を切裂き背に背負った赤紫の霊圧に穴を穿って通過していく。
そして一泊の間を置いて、サラマの後ろで起こったのは爆発だった。
棘が何かに当たったのか、太く大きな火柱を上げて燃える着弾地点、それを振り返り確認してしまうサラマ。
戦いの最中において相手から目を逸らすという愚、しかしそれをしても背後で起こった出来事は強烈なもの。
もしアレが自分の身体に刺さっていたなら、想像するだけで冷や汗が噴出す代物。
そしてあの炎はサラマが己が能力を持ってして喰える限界を超えている類、故に防御も適わぬ代物であった。


「チッ。 形は上々、だが思い通りの場所にはいかなかった・・・かよ。これじゃぁテメェに効果があるのか無ぇのか判らねぇなぁ・・・・・・」


己が放った一撃、威力は上々としても狙いを違えた為に、本当に確かめたかった事は判らずじまいのフェルナンド。
ただ対するサラマの表情からおそらくはそれでアタリだろう、という確信は得ていた。


「まぁいい。 トカゲ、テメェには喰える限界があるんだろう?だがそれは“量”じゃなく“質”、硬さ、密度みたいなもんだ。液体は呑めても固体は無理、だから俺の竜巻は避けたんだろう?俺の身体が直接変化してんだ、テメェに投げつけた炎とじゃぁ格が違うから・・・な。」

「・・・・・・・・・・・・」

「ダンマリ・・・か。 だがここでのそれは肯定と同じだぜ?・・・まぁそれでもいい、俺は俺のやり方で確かめればいいだけの話だ。」


フェルナンドが見当をつけたサラマの能力。
それはサラマにも食べられるものとそうで無いものがある、という事。
質、フェルナンドの言をすれば硬さ、或いは密度といった類。
水はすんなりと呑み込めても固体となれば話は別であるのと同じ事。
総量は何処までも同じ二つの炎、片方はそのまま、もう片方は霊圧を持って押し固め、大きさは小さいがそれでも硬度はそのままのものの比ではない炎。
どちらも等しく炎であるがしかし、違う炎。
サラマが喰らい、我が物と出来るのは前者の炎だけである、フェルナンドはそうアタリをつけていたのだ。
それゆえの炎の棘、投擲する炎、密度を増し、硬度を増し、霊圧によって無理矢理押し固められた炎はそれ故に炸裂し爆発する。
格闘ではなく能力を使用した戦闘、その足がかりともいえるものをフェルナンドはその手中とし始めていた。


再びフェルナンドの手が強く握られる。
今度は掲げる事無く、炎球を産み出すことも無くしかし開かれた掌には炎の棘があった。
炎球を一々発生させるのは無駄な行為、一度実践してしまえば自分の能力なのだ、応用などいくらでもきくと言わんばかりのフェルナンド。
その証拠に掌の上にある棘は一本ではなく三本。
馬鹿げた圧縮率の炎の塊、棘が三本乗っており、それを指と指の間に挟みこみ、サラマにフェルナンドは対峙した。


「どの辺から・・・・・・ 俺の能力にアタリをつけてたんだい?」


口を開いたサラマ、そして零れたのは疑問だった。
そうフェルナンドに問うた時点で、フェルナンドの予想は当たっていると言っている様なものではあるが、今の彼にそれは重要ではない。
知りたいのはこの男がどこから見抜いていたのか、という事。
知ったとて無意味ではあるが、それでも知りたいと、知る事がこの男の”底”を知ることに繋がるような気が彼にはしていた。


「テメェが最初に炎を喰った時だ。炎が喰えるなら何故俺が解放した時にそうしない、ってな。なにせ俺は炎の塊みてぇなもんだ、なら何故喰わない、何度も接近してきたってぇのに何故喰わない、何故炎球を投げるまで喰わないのかってなぁ。」

「なら・・・何度も炎を投げつけたのは・・・・・・」

「無理矢理喰わせれば破裂するのか、とも思ったんでな。結果としては失敗だったが、存外面白い事になったのは重畳だったぜ。楽しめたから・・・な。」


出鱈目、サラマの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
殆ど始めからこの男はサラマの能力にアタリをつけていた。
確信ではない、しかし疑問を挟む余地は十分にあったと、そしてそれを捨て去らず思考し戦っていたのだ。
フェルナンドからしてみれば炎球の乱打も一つの可能性を潰す作業、霊圧を喰う、というのならば食わせ続ければ限界が訪れ、そのまま限界を超えさせれば爆ぜるのではないか、という事の確認に過ぎなかった。
実際サラマは無闇矢鱈に喰らうことはせず、御しきれるだけのものしか喰らわなかったためそうはならなかったが、自分の不利を呼び込む結果を残す可能性があるにも拘らず、躊躇無くそれを実行するフェルナンドの潔さ。
そしてその呼び込んだ不利すら再び自らの力で凌駕してしまう大胆さ、度量、格の違い。


「おっかないニイサンだ・・・・・・ 化物みたいな気、ふざけた霊圧、馬鹿げた炎、そのうえコッチの事はお見通し・・・か。底知れない御人だねぇ・・・・・・」

「ハッ! 底なんて無ぇんだよ・・・・・・」

「ケッケケケ。 違いない。 アンタに底は無いのかもしれない、抗ったところでただ深くに呑まれて消えるだけ・・・ってか。」


どこか吹っ切れた様子のサラマ。
勝てない。
いつからか彼の中に芽生えていたそんな想い。
それは実力か、或いは別に理由があるのか、ただサラマには今、フェルナンドに自分が勝る姿は思い描くことが出来なかった。
始めから無理な話ではあった、適当に切上げてしまうというてもあった、しかし、対峙してみて本気で戦いたいと思わされた。
爪は届かず、牙は届かず、炎を喰らってもなお届かず、しかし悔しさは無い。
全てを出し切った、その全てをこの男は受けきり、その上で自分の遥か上を悠々と飛んでいたのだ。

サラマが背負っていた赤紫の霊圧が揺れ、そして消えていく。
それ以外の彼が放っていた霊圧も全て、戦いの気配を微塵も残さず治まっていく。
怪訝な表情を浮かべそれを見るフェルナンドを他所に、サラマは両の手を高く上げると高らかに宣言した。





「俺、降参するわ。 ニイサンみたいな化物の相手は俺じゃぁつとまらないし、割にもあわねぇよ。やめやめ~~。」





その後に訪れたのはなんとも気まずい沈黙。
ほんの数瞬前まで命がけの戦いをしていた片方が、その全てを放り出して降参すると言い出したのだ。
如何にフェルナンドとて呆気にとられずにはいられないだろう。
なにかの策か、とも思われるサラマの行動であったが纏う雰囲気、なにより仮面の奥の瞳が彼の言葉が真実である事を伺わせる様に疲れきったものだったのが決定打となった。


「テメェ・・・・・・ ふざけてんのか?」

「いやいや、コッチは大真面目さね。 中級大虚の俺じゃぁ正直端から勝てる訳無いって事。能力の相性ったってそんなもんで覆るほどニイサンが弱い訳無ぇし、事実殺す気でかかってまともに攻撃の一つも入れられないんじゃ話しにならんでしょうが。頑張ってみてもこんなもんさ、人生気合と勢いだけじゃ乗り切れんって事さね。」


若干の怒気を孕んだフェルナンドの声、しかしサラマは飄々と、上げた両手を器用に振りながらそれに対する。
勝つ気ではいた、殺す心算でかかった、しかし倒せず、殺せず、まともな攻撃一つ入れていない。
肉体の差か、能力の差か、あるいはそれ以前のもっと根源的な部分によるものか、なんにせよ勝てないと完全に悟ったからには戦う意味が最早サラマには無い、ということだろう。
戦士として通用するか否か、という点では確かに最後までいってみたいという気はあったが、今はまだ死ねない理由が彼にはあった。


「・・・・・・チッ! 馬鹿らしい・・・・・・興が削がれた。 殺し合いの一歩手前、って事で今回は殺さないでいてやるよ。そもそも藍染の“頼み事”とやらはもう済んだ、その後の事でとやかく言うほど小さい男でもないだろうし・・・なぁ。」


言うなりフェルナンドの炎が一箇所へと急速に収束する。
身体を覆うかのようだった炎、立ち昇る紅い霊圧も全てが収束し、そして出来上がった短めの鍔の無い斬魄刀を握るとフェルナンドはそれを腰の後ろの鞘へと納めた。
それは完全な戦いの終わりを意味する。
解放を解き、再刀剣化した力の核を納めたフェルナンド。
彼という人物からしてみればいやにアッサリとした引き際な気もする。
だが元々乗り気ではない今回の殲滅任務、任務というものの内容を考えれば既に砂漠に降り立った時点で完遂しており、その後のサラマとの戦闘は座興の部類に入るもの。
やや本気になりはしたが、それでも彼の飢えを満たすには些か足りない戦闘であったのもまた事実。
能力の開発、という点で見れば利はあったものであり、更に言えばこの飄々としたふざけた中級大虚は彼の中で”悪くない”部類に入る者であったため、といった所か。


「ケッケケケ。 これで一件落着ってね。 あ~ぁシンドイ、もう当分ニイサンと戦(や)るのは御免だぜ。」

「そうかよ。 ・・・・・・あぁそうだ、ひとつ忘れてた。」

「ん? どうかしたかい? ニイサン。」


ドスンと尻餅をつくようにして座り込むサラマ。
実際それが限界だったのだろう、如何にフェルナンドの霊圧を吸収していたといっても身体は中級大虚、破面との戦闘にそう長く耐えられる筈も無いのだ。
そうして座り込むサラマに近付くのはフェルナンド。
忘れていた、という言葉を吐きながら近付く彼をサラマは特に警戒する風も無く迎える。

それは油断といっては言いすぎであり、しかし緩みではあっただろう。
近付いて来たフェルナンドの片足がまるで掻き消えるようにしてサラマの視界からなくなる。
ついで襲ったのは頭部に奔る尋常ではない衝撃、力を抜き、気を抜いていたサラマには対抗することは出来ず、備えていたわけでもない身体はもろにそれを喰らってしまった。
頭部から吹き飛ばされるようにしてそれに追従するサラマの身体。
砂漠と平行に移動し、飛んでいく彼はその進行方向にある砂丘へと直撃した。
全てはフェルナンドが放った一撃の蹴りによって。


「そいつでチャラだ、いろいろと・・・なぁ。」


それだけ言い残し砂漠を去るフェルナンド。
いろいろに含まれるのは何であったのかは判らない。
ただ思い当たる節のある者には判る、という類の事だろう。
例えばたった今、頭を蹴りぬかれ砂漠に突っ伏している者などは。


「ケッ、ケケ・・・ 化物め・・・・・・やっぱり、割に合わない・・・ぜ・・・・・・」


それだけ呟くとサラマはその意識を手放した。










――――――――――











暗い廊下、明かりはポツポツと灯るのみで全てを照らすには至らない。
その廊下に響くのは靴音。
数は二つ、どちらも同じ方向へと進み、しかし並び立つのではなく片方がもう片方の後ろに続く形のようだった。


「よかったのかい?」


先行する靴音の主がそう呟く。
暗い廊下でその表情はわからずとも、声色はどこか見透かし、笑みを浮かべている様子。
声色から男であり、雰囲気は”上”に立つものといった様子だった。


「何の事です?」


後ろに続いていた靴音の主は、呟かれた声にそう応えた。
此方の声も男のようで、声が聞こえたのは最初に声を発した方よりも上の位置から、頭一つ分ほど抜きん出ているのか、後ろに続く方は長身、というより巨躯と伺える。
その返事に「フフッ」と小さく笑うのは先行する男。


「せっかく野に出たというのに、戻ってきてしまってよかったのか・・・・・・と訊いた心算だったのだがね。 言葉とは難しいものだ・・・・・・」

「あぁ、そういうことですかい。 別に構いやしませんよ、野にいるより此処に居た方が今は何かと面白そうだ、ってだけの話でさぁ。」


互いに淀みなく進む二つの靴音。
先に見える出口まではもう暫くあり、この語らいももう少し続きそうであった。
明かりの傍を通り過ぎた靴音の二人。
照らし出されたのは茶色の髪とついで黒髪、そのどちらも口元には笑みを浮かべていた。


「キミならば最上級大虚(ヴァストローデ)にも至れる器だと、私は考えていたのだが・・・・・・少し残念だよ。」

「そいつはどうも。 それなら仮面を半ば叩き割っちまったあの人に、文句言ってもらえますかい?まぁどっちにしろ俺じゃぁ最上級は無理だったでしょうが・・・ね。」

「ほぅ・・・・・・ 殊勝な事だね、参考までに聞かせてもらえるかな?キミが至れない理由・・・というものを。」


互い笑みを浮かべる茶髪と黒髪の男。
だがどちらも互いを見てはいない、一人は遥か先を、もう一人は出口の先を。
会話が噛みあっているのがある種不思議ですらあるその二人。
茶髪の男は黒髪の男が言った言葉に興味を抱いたのか、理由を問う。
参考までに、暇潰しに、座興の類として求められるそれに、黒髪の男は別段嫌がる様子もなく答えた。


「中級と最上級を分ける明確な理由なんて特に無いとは思いますがね。ただ・・・俺があの人を見て思ったのは・・・・・・”欲”ですよ。それもその欲以外全て捨てたっていい、っていうとびっきりの”我欲”。そういうぶっ壊れた部分が分れ目なんじゃないかって、俺はあそこまで貪欲にはなれそうに無いもんで・・・・・・まぁ、合ってるかどうかなんて判りませんがね。」

「フフッ・・・なるほど、思いのほか興味深い・・・・・・」


進む二人、出口はもう近い。
再び照らされた二人の内、先行する茶色の髪の男の顔には張り付いたような黒い笑みが浮かんでいた。
その笑みは暗く、何処までも、何もかもを飲み込んでいく混沌に見える。
軽やかに語る茶髪の男の声とは異なる様子で、それがまた不気味さを煽っていた。


「何にせよ今回は良くやってくれた。 キミのおかげで炎熱系の能力に対する有効な対処法の確立と、その実用化に措ける問題点、さらに最高クラスのサンプルを入手できたよ。私も彼を“飼い慣らした”甲斐があった・・・というものだ。惜しむらくはキミの能力では対抗するには至らない、という点だろうね。」

「そりゃ俺にだってよく判ってますよ。 相性がいい、ってだけでそれ様の能力じゃ無いもんでね。あんなもんは始めから使えないようにしちまうか、底なしの胃袋かなんかをもって来なけりゃ相手になりませんわな。」


出口間近で二人は一度立ち止まった。
正確には先行する茶髪の男が止まったため、黒髪の男も止まったということなのだが。
茶髪の男は振り返ると黒髪の男を見上げる。
見上げられているというのに黒髪の男は、まるで自分が見下されているような圧迫感をその男から感じていた。
暗い笑み、そしてそれより尚暗い瞳。
背筋が冷える錯覚を覚える黒髪の男、戦いの中で感じる恐怖よりも何よりも、その瞳から感じる薄ら寒い恐怖の方が勝っているとさえ彼には思えた。


「感謝しているよ、“サラマ”。 キミのおかげで私の計画は全て順調に進んだといっていい。」

「そいつはどうも、“藍染様”。 」

「それでは行こうか、始まりを告げるために・・・ね。」


サラマ、サラマ・R・アルゴス。
それが後ろに続いていた黒髪の男の名。
正確には破面化したサラマ・R・アルゴスだった。
そして彼を従え、そして今もまた存在感によって彼を恐怖させている男は言わずもがな藍染(あいぜん)惣右介(そうすけ)。
全ては、そう全てはやはりこの男の掌の上。
何者も抗えない絶対王の掌の上という事なのか。

再び踵を返し、暗い廊下から光が照らすその先へと歩を進める藍染。
その後に続くようにしてサラマもまた、光の下に歩を進める。


「やっぱり、割に合わねぇなぁ・・・・・・」


そんな誰に当てるでもない呟きを、暗い廊下に残しながら・・・・・・












橙の髪

黒い衣

映る姿は

敵に能(あた)わず














[18582] BLEACH El fuego no se apaga.63
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/09/19 17:50
BLEACH El fuego no se apaga.63











白い壁と黒い床、その中央にはこちらも黒塗りで設えられた長机、それを囲むようにして背もたれの長い椅子が十一脚並んでいた。
そこは虚夜宮の頂点達、十刃(エスパーダ)のみが座すことを許された椅子。
特に指定された席は無く、それ故位階をそこから推し量ることは出来ないがしかし、彼らが皆尋常ならざる力を持ち、彼等以外の全てに対する脅威であることだけは変らなかった。

今、その部屋にある椅子に座っているのは二人、向かい合うわけでも、ましてや隣同士という訳でもなく。
長机を挟んで座っている人物は勿論二人とも十刃。
黒髪に涙の後のような緑色の仮面紋(エスティグマ)、角の生えた兜の仮面の名残と首元までしっかりと締められたコート型の白い死覇装を纏い、目を閉じて座るその男は第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー。
もう一人は金色の髪に額には紅い菱形の仮面紋、左目を縁取る仮面の名残を持ち死覇装の袖をまくり、ファスナーを腹の辺りまで開け胸元を肌蹴させ、口元に皮肉気な笑みを浮かべた男、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)フェルナンド・アルディエンデ。

この場所に二人が共にいること、それは何も偶然という訳ではない。
藍染惣右介。
言ってしまえば全てはこの一人の男に起因する。
フェルナンドは藍染によって半ば嵌められる形で”頼まれた”殲滅任務、その事後報告。
といってもその任務が彼の手によって完遂されてより既に数日が過ぎており、報告と呼ぶには些か遅すぎる部分もあったが、藍染が今まで何も言ってこないことをいい事に別段何もしなかったフェルナンド。
しかし、遂に藍染より参集してくれという知らせが届き、面倒ながらもこれで終わりだとこの場に来たという次第。
対してウルキオラもまた藍染によってこの場に呼び出されていたが、フェルナンドとは違い藍染からの呼び出しだ、という理由だけで何を言うでもなくこの場へと参集していた。

面倒ごとを済ませたいだけのフェルナンドと、疑うことなき忠誠を見せるウルキオラ。
あり方、そして考え方もおそらくは別方向を向いているであろう二人。
何一つ求めないウルキオラと唯一つを求めるフェルナンド、僅かな違いであるがしかし決定的な違いを抱える二人。
互い会話をするでもなく、ただ時は過ぎ続ける。
だがそれはこの二人にとって苦痛ではない、それはどちらも語らうことなど求めていないから。
相容れるものの無い二人が口を開けばそれは衝突の始まり、そして彼等の衝突とは即ち殺し合いであり、フェルナンドとしてはそれもまた良しと言ったものだろうが、ウルキオラにとっては瑣末なことでしかない。


そう、戦うことも、フェルナンドという存在自体も。



「待たせてしまったようだね、二人とも。」


無言の空間、その静寂の空気はその声で破られた。
十段ほどの階段、その上にあった白い両開きの扉から現われたのは破面の王、藍染惣右介。
どこか芝居がかった声でそう告げる藍染は、その後ろに一人の破面を伴っていた。
黒い髪に黒い瞳、右眼の下辺りに僅かに残った仮面の名残と、左の頬には切りつけられた傷跡のような仮面紋。
巨躯と、それを覆う鎧のようなしなやかな筋肉が見て取れ、頑丈そうな印象。
口元には不敵な笑みが浮かび、その瞳は座す二人のうちの一方、フェルナンドの方を向いているような気がした。


二人のいる長机へと歩み寄る藍染。
そしてその周りに並ぶ背もたれの長い椅子、その中でも一等大きなそれに腰掛ける。
黒髪の男は椅子に掛ける事無く藍染の座る椅子の斜め後ろに控えるようにして立っていた。


「御用件は何でしょうか? 藍染様。」


藍染が座り一息つくなりウルキオラはそう切り出した。
彼は余り回りまわった物言いをしない。
まるで機械の様に淡々と、与えられた命令だけを完全に完遂する。
そこに自身の思考や感情を挟む事は無く、ただ藍染の命と望む結果だけを奉じるのだ。
故に語らう必要を彼は見出さない、必要なのは主の命のみ、それ以外は瑣末であると。


「そう慌てる事もないだろう、ウルキオラ。 先ずは紅茶でもどうだい?無論キミも・・・ね、フェルナンド。」

「・・・・・・・・・」


藍染の答えにウルキオラは再びその口を噤んだ。
別にウルキオラに紅茶を嗜む習慣があるわけではない。
だが主である藍染が慌てるな、というのならば自分はただ言葉を待つのみとそれ以上の言及を避けただけ。
能動的ではない、受動的でしかしそれを寸分違わず完遂するのがこの男なのだ。


「要らねぇよ、そんなもん。 俺が此処に来たのは面倒事を終わらせるためだけだ・・・・・・」


両の腕を組み、椅子に腰掛けていたフェルナンド。
視線すら藍染には向けず、藍染の申し出を一刀の下に切り捨てた彼。
紅茶、というよりは藍染の勿体つけたかのような演出が気に入らないのだろうか、そしてウルキオラとは違い藍染の言葉を待つ、などという事をする心算も無い彼。
あくまで能動的、ともすれば我が強すぎる感もあるがそうでもなければこの虚園で生き残れるはずもない、という事か。


「テメェから”頼まれた”任務とやらは終了した。あれで逆らってくる気概のあるようなのは居無ぇだろうさ。」


完結で明瞭な報告、しかしそこに嘘は何一つ無い。
敵として何一つを満たしていなかった彼の地の虚達。
殺す価値すら見出せぬ彼らをフェルナンドはその”気”をもって征し、気概の事如くを叩き折った。
怯えしか写さなくなった彼等の瞳を見る限りもう二度と逆らう事は考えられない、と。


「そうか・・・・・・ 殲滅任務、とは言ったものの殺さずとも構わないと言ったのも私だ。その口ぶりから気概は折ってくれた様子。フフッ、今回の”頼み事”はキミにとっては少々簡単すぎたかな?」

「まぁ・・・な。 ”測るには”もう少し足りなかっただろうさ。」


藍染の言葉、そしてそれに対するフェルナンドの答え。
どちらも互いの腹積もりを理解した上でそれに言及する事はない。
今回に限って言えばどちらかと言えばフェルナンドの負けである事には変らないのだ。
言葉巧みに方向を決められ、赴いた先では奇跡じみた能力を持った相手が待っている。
偶然にしては出来すぎの出会い、そしてそれから答えを導き出す事はそれほど難しい事ではない。
彼の勝利すら予定調和の一部であり、気に入らないながらもその流れに乗らざるをえなかった時点でフェルナンドの敗北なのだ。




笑みを深める藍染と、藍染を直視しないながらも皮肉を飛ばすフェルナンド。
そのやり取りを藍染の後ろに控えた黒髪の巨躯は、堪えるようにククッと笑ってみていた。


(足りなかった・・・か。 まぁ足りないというよりはアンタが化物過ぎた、って方が正確なんだが・・・ねぇ。)


内心零す黒髪の男、足りなかった、という部分はおそらく自分の事が当てはまることを理解しているだけに苦笑が漏れる。
だがそれでも悔しさは無かった。
元々あの時点で自分が彼に勝てる要素など探すほうが難しいぐらいのもの、予定調和である以前に負ける事は自然の理にすら近い。
それでも足りなかった、の前に”もう少し”という言葉がついているだけ救いがある、とすら思えてならない彼。
取るに足らない、よりはまぁ楽しめたくらいに思ってもらっていた方が面目は立つ、というものだろう。

もっとも、今や同じ土俵にたったからにはそう簡単に”足りない“と言わせる心算も無いわけではあるが。



「それで? テメェは何でこんな所に居やがるんだ、”トカゲ”。」



その言葉に驚いたのは黒髪の男だった。
此方に一瞥もくれる事無く、しかし彼の男は見抜いていたと。
姿は変った、大虚から破面となって霊圧にも変化はあった、だがこの男はなんなくそれを見抜いたと。
自分が、自分が彼と戦い敗れた者、サラマ・R・アルゴスであると。


「気が付いていたのかい? フェルナンド。」

「当たり前だ。 一度戦った相手の霊圧だぞ? 姿(ナリ)が変ろうが霊圧の感触が変ろうが、それで気が付かないほど阿呆になった覚えは無ぇんでな。」


笑みを深める藍染にフェルナンドは相変わらず視線を向けず答える。
姿が変った、破面化によって霊圧は大虚のそれとは比べるべくも無くなった、だがしかし、それだけで見失う事などないと。
一度戦い、その霊圧をその身で感じたからには如何に感触は違おうともその根幹を忘れるわけが無いとフェルナンドは言うのだ。


「ケケ。 それが判ってて”足りない”、と言っちまう辺りがニイサンらしいねぇ。」


鼻の頭を掻きながら声を発したサラマ。
巨躯ではあるがその仕草や言葉からはどこか軽やかな印象を受ける。
元々彼が持つ気質がそうさせるのか、それともそういった人物を演じているのか、どちらにせよその気安さは不快なものではないように思えた。


「ハッ! 足り無ぇものに足り無ぇと言って何が悪い。それにしてもこれまた随分と都合よく破面化したもんだな・・・えぇ?」


サラマの僅かばかりの皮肉も、フェルナンドはさも当然といった風で切り返す。
そしてフェルナンドから零れる言葉は、既に判りきっていた藍染とサラマの繋がりへと。
フェルナンドがサラマを下してよりそれ程の日数は経っておらず、その中でサラマが破面化する、というのは余りにも都合が良すぎるというフェルナンド。
だがその問いは結局は通過儀礼であり、互いに判り切ってはいるがそれでも知らぬ顔をするのが藍染惣右介の手管である。


「フフッ。 結果はどうあれキミを相手に彼は生き残ったそうじゃないか。中級大虚でその実力、野に置いておくには惜しい人材だと思ってね。」

「ついでに言えばニイサンが俺の面を割ってくれちまったもんだから、俺には破面化するか死ぬかの二択しか残ってなかった訳さ。まぁ死ぬのはまだ御免なんでねぇ。 此方サンの申し出を受けたわけよ。」


互いの言葉から面識は浅い、という事を匂わせる二人。
結局そんなものは無意味なのかもしれないが、様式美というものはなんにでも存在し、今この場で必要なのは自分達は初対面に等しいという見た目であった。
もっとも藍染、そしてサラマからしてもこの破面化は予定外。
破面とは大虚よりも高い完成度を持つ、そしてその完成度とは”手を加える余地”が少ない事を指す。
完成されたものに手を加える事は時として蛇足となり、完成度を下げる結果を残す可能性があり、破面化後での”成長”はあったとしても”外部的調整”は意味を成さないのだ。

藍染は彼の目的のため、そしてその目的のための手段として”ある能力”を欲していた。
サラマはその能力を体現できる可能性を持っており、それ故に今回フェルナンドと戦わせることを決めたのである。
そしてサラマの能力は藍染が求めるそれに一定の効果を上げ、そこから派生する様々な問題点、そして改善点を彼に示した。
しかし肝心のサラマは戦いの後仮面を割られてしまう。

仮面を割られる、という事は虚、そして大虚に至るまで全てに共通する忌み事である。
彼等の仮面とは人として”こころ”の中心を失い、そこに喪失の孔を開け、剥き出しとなった本能を覆い隠すという意味合いがある。
その仮面が割れてしまえば本能は剥き出しとなり、剥き出しとなった本能はせっかく呼び戻した理性をいとも簡単に喰い尽くし、彼らをただの獣以下に貶める。
そこから再び理性を呼び戻す事は不可能に近く、それ故仮面を割られたサラマに残されている道は実質一つだけ、破面化以外なかったのだ。

サラマという能力の体現者を失う結果となった藍染。
彼とすれば予想以上の被害、とも言えるものだがしかし、彼は今、天運すら味方につけているのか。
サラマを失おうとも彼には今や何の痛手すらない。
必要な情報はえた、能力の基礎的な研究も済んでいる、後はその改造に耐えられる器を用意するだけでありそれは既に済んでいるのだ。

ネロ・マリグノ・クリーメンが創り出した、人の業を背負う少年として。


「面が割れただけで済んだならもうけものだと思うがな。」

「ケッケケ。 まぁ・・・ね。 これでニイサンとは同じ土俵・・・って事になるわけだ。」

「ほぅ・・・・・・ それは俺と決着がつけたい、って事か?」


自分がサラマの面を割ったにも拘らず、何一つ悪びれた様子は無いフェルナンド。
サラマの方も別にそれを理由に彼を恨んでいるという訳でもなく、どちらかと言えばもうけもの、といった程度。
そしてサラマの同じ破面である、という発言はフェルナンドの琴線に触れたのか、視線を向けなかったフェルナンドは遂にそん視線をサラマへと向ける。
力強い視線がサラマを射抜き、その視線を受けながらもサラマは不敵な笑みを浮かべしかし、あの時と同じように両手を挙げた。


「冗談さ。 言っただろう? ニイサンとはもう当分戦りたくない・・・ってね。」


フルフルと首を振り、降参といった様子のサラマ。
なんとも毒気を抜かれるその仕草に、フェルナンドも視線に込める力を緩める。

だが彼は聞き逃さなかった、サラマは”当分戦りたくない”と言い、それは”二度と戦りたくない”とは意味合いが違う、という事を。


「フェルナンド、サラマ、随分とキミ達は気が合うようだね。そこでどうだろう? フェルナンド、サラマをキミの・・・従属官にしてみてはどうだい?」


二人の会話をその間で聞いていた藍染、その藍染から放たれた言葉は唐突なものだった。
サラマをフェルナンドの従属官に。
無理な話ではない、フェルナンドは今や十刃、従属官として下位の破面をその支配下に置く事になんら不思議は無い。
が、その提案が出されたのが藍染というのが問題である。
この男が自分に何の利益も無い事を提示するだろうか?
答えは否である、その言葉の裏には何かしら思惑があると考えるほうが自然であり、あながち今回も間違ってはいないだろう。

もっとも、その思惑以前にフェルナンドの答えなど決まっていたのだが。


「お断りだ。」

「・・・・・・でしょうね。」


当然のようにフェルナンドの答えは拒絶。
そしてそれに続くように発せられたサラマの言葉も、そうだと思っていた、という感情を滲ませていた。


「悪い話ではない・・・と思うが。 キミもサラマの力は判っているだろう?」

「確かに・・・な。 だが従属官なんてもん俺には必要ない、そんなもんが居れば戦いが”薄まる”。」


薄まる。
それは感覚的な部分に過ぎないが、フェルナンドにとってはそれこそ重要なもの。
求めるものは命削る戦いの先にある、と考えるフェルナンドにとって戦いは常に一人だけのもの。
傍に自分以外の者などいらず、余計な者の存在は濃密な戦いを薄くさせる要因でしかないのだろう。


「だから言ったでしょう? 藍染様。 この人が首を縦に振るわけないってね。(そもそもこの人に”首輪”嵌めようなんてのが、そもそも間違ってんですよ・・・・・・)」


フェルナンドを援護するようなサラマ。
フェルナンドが従属官などというものを好むとも求めるとも思っていなかった彼にとって、フェルナンドの発言はいわば当然のものであり、サラマを首輪とし、そして”良くなる鈴”として用いようとしていた藍染からしてみれば、その考えは鈴の付いた首輪によって妨げられたといってもよかった。
かといってサラマがフェルナンドから離れる、という事が決まったわけではないのだが。


「・・・・・・仕方が無い、従属官を選ぶのは十刃の権利、それを無理強いする事はしないよ。」


僅かな間を置き、しかしその笑みは僅かも崩れる事無く藍染はアッサリと引き下がった。
常ならば詐術と話術によって巧みに思考を誘導し、彼の思い描く結果を手に入れる藍染らしからぬほどの引き際。
逆にそれが不安を煽るような引き際ではあるが、今はそれを考えるときでもなく。
この話は終わりだといわんばかりに藍染はフェルナンドではないもう一方、ウルキオラへとその視線を向けた。







「待たせてしまったね、ウルキオラ。」

「いえ・・・・・・」


にこやかな藍染と表情というものを感じさせないウルキオラ。
まるで鋼鉄で形作られ冷たさしか感じないその顔、白というよりもやや灰色よりのその肌が無機質さを際立たせる彼。
鷹揚など無いその声には何一つ感情は浮かんでいなかった。


「今日キミを呼んだのは他でもない、ある人物を君の眼で査定してもらいたいんだ・・・・・・あぁ、フェルナンドも見ていくといい、これがその人物だよ・・・・・・」


藍染の言葉が終わると、彼らが囲む黒塗りの長机の中心が円形に凹み、凹んだ部分が螺旋状に開くとそこから映像が浮かび上がる。
見える風景は虚園でも虚夜宮でもなく、和風のつくりの建物と黒い着物を纏い刀を振るう一団、そして映像が主立って捉えているのは彼らと同じように黒い着物を纏い、しかし誰の眼にも鮮やかな橙色の髪をした一人の青年だった。


「彼の名は『黒崎(くろさき)一護(いちご)』、死神代行と呼ばれる死神が人間にその能力を譲渡して死神の力を得た者だ。この映像は私が尸魂界において崩玉を得る為に動いた際、”僅かばかりの犠牲”として死ぬ筈だった死神の少女を助けようと現世から乗り込んできた彼らを捉えた映像だよ。」


橙色の髪の少年、名を黒崎一護。
身の丈ほどの大刀、鍔も柄も無い出刃包丁のようなそれを背負った少年は多くの死神達と戦い、そして戦いを経る事に急速にその戦闘力を増していくのが映像からも見て取れた。
霊圧、体捌き、剣術、そのどれもが荒削りで我流であるがそれでも必死で戦う少年の姿。

が、彼等破面にそんな必死さなどは何一つ響く事はない。


「この塵を・・・ですか?」

「確かにな、話にならねぇぞ。」


居合わせた十刃の評価は評価にも値し無いようなものだった。
この程度の人間をどう査定すればいいのか、既に結果など見えていると言いたげなウルキオラ。
疑問を挟まない彼にすらそう思わせるほど、ウルキオラにその橙色の少年は取るに足らない存在に見えた。
それはフェルナンドも同様で、態々呼び止めてまで見せる価値がその映像には何一つないとすら彼に思わせる代物。
死神の程度もこれならば自分の求めるような戦いは彼らには期待できないと、評価せざるを得ないものだった。


「そうだね、この彼ではキミ達がそう思うのも無理は無い。だがここからが”面白い”ところなんだよ・・・・・・」


最低の評価を下す二人に対し、藍染は意味深な笑みを浮かべる。
その藍染の言葉に呼応するように場面は切り立った崖の上に、緋色の髪の少年はそこで桃色の霊圧を纏う青年と対峙していた。
戦況は圧倒的に桃色の青年が優位、血塗れの少年はしかし諦めず立ち上がりそして強大な霊圧を放ち爆発させた。
立ち昇る砂煙、それが渦を巻くように収束し晴れる。
そしてその煙が晴れた場所に立っていたのは橙色の少年、姿の変った少年だった。
手に握る刀は柄尻に鎖を下げ卍型の鍔、身の丈ほどの長さの漆黒の刀となり、身に纏うのは黒いロングコートの様に変化した死覇装。
そしてその少年はそこから圧倒的な速力をもって桃色の青年を凌駕していく。


「『卍解(ばんかい)』。 死神が用いる斬魄刀戦術最終奥義、本来習得に最低でも10年以上の時を必要とするそれを、この少年はたったの3日で習得した。恐るべき成長率だとは思わないかい? 」


画面では少年が青年を圧倒し続け、青年が操っていた桃色の波を解き、彼らを覆うように剣の葬列を産み出していた。
卍解と呼ばれる死神達の奥義、それをたった3日で習得するという離れ業。
”才”がある、という言葉だけでは片付けられない出来事なのだろう、藍染の眼には珍しく喜色が浮かんでいた。


「ではその成長率が、俺にこの塵を査定させる理由である・・・と。」


ウルキオラが藍染の言わんとする事を察するように語る。
成長率、才ある死神に比べてその成長率は尋常ではない。
故に、もしこのまま成長が続くような事があればこの少年は藍染の前に立ちはだかる、という可能性を持っていると。
その可能性があるのかどうかを査定せよと、藍染は言っているのだろうとウルキオラは理解していた。


「確かにそれもある・・・が、本当に見せたいのはこの後なんだよ。」


映像に映る戦況は少年が圧しているものから再び拮抗へと移行していった。
第三者の目線から見るそれは戦況をよりよく見渡せる、それは少年の速力が明らかに遅くなっていく事を如実に顕していた。
次第追いつかれ、そして追い越され反応できず、それでも力を行使する少年は遂にその足を止めてしまう。
そこから訪れるのは終わりの瞬間だろう、誰もがそう思い、藍染が本当に見せたいものの真意を測りかねる中、それは起こった。


「 ! 」

「ハッ! なるほど・・・・・・」

「こいつはまた・・・・・・」


ウルキオラとフェルナンド、そして盗み見るようにして映像を見ていたサラマからそれぞれ零れるもの。
その映像に映った少年黒崎一護、振り下ろされた桃色の青年の刀を素手で握り締める彼が俯くその顔を上げた時、彼の顔には舞い違いなく虚の仮面が張り付いていた。
顔の四分の一を覆い隠すようなそれは辺りの霊子を集め、尚も覆いつくさんと増殖する。
その後、黒い霊圧を放ちながら仮面を着けた橙色の少年黒崎一護は、圧倒的な戦力を持って再び桃色の青年を圧倒する。
だがそれは”人”としてではなく明らかに化物、”虚”としての戦い方であり異様でしかなかった。


「どうだい? この少年、黒崎一護は片鱗ではあるが『虚化(ホロウ化)』というものを見せたのだよ。私も100年程前にキミ達破面を産み出す過程として、”死神の虚化”を研究した時期があった。結果として出来たのは不様な”失敗作”だけだったがね・・・・・・だが彼は独力で虚化という魂の限界を超えるすべを見出した、非常に興味深い個体なのさ。」


映像が終わり藍染が彼らにそれを見せた理由を語る。
虚化、と呼ばれる魂の限界を超える方法、黒崎一護という少年はその成長率も然ることながら更に上の力すら手に入れようとしているのだと。
そして死神よりも虚、そして破面に近い存在である彼をフェルナンドらに見せたのだ。
揺れ、危ういこの少年を。


「ウルキオラ、キミに頼みたいのはこの少年の査定。キミがどう思ったか、で構わないよ。 この少年をその眼で見て、霊圧を感じ、どれだけ成長しているか、そしてキミがどう思ったかを報告してくれ。だがもし、キミから見てこの少年が我々の妨げとなると思ったそのときは”殺して構わない”。人選はキミに任せる、誰を連れて行っても構わないよ・・・・・・無論、ここに居るフェルナンドでも・・・ね。」

「こんな塵が我等の妨げとなるとは思えません。・・・・・・が、御命令とあらば遂行します。この程度の任務、俺一人だけで十分でしょう。」

そう、藍染惣右介にとってこれは座興の部類に入るもの。
しかしただの座興ではなくそれなりに価値あるもの。
それ故にウルキオラに任せるのだ、私情というものを一切挟まず冷淡で客観的に物事を見、そして完璧な報告を可能とする彼に。
対してウルキオラは珍しくも自分の意見を述べていた。
藍染が気にかけるこの少年、確かに虚化と呼ばれる力の増大はあったがそれでも取るに足らない塵である事に変わりはないと。
塵がいくら力を付けようと元が塵である以上塵は塵のままであると。
だがそれでも命令は命令、そして命令は完遂されねばならず赴く事になんら不満など無い彼。
そしてウルキオラは立ち上がると藍染に軽く一礼しその場を去った。
すでにそこにいる必要はなく、果たすべきは命令の完遂であるというように。
何も映さぬその瞳に、橙の少年の姿を映すために。





「いいのかい? フェルナンド。 キミも行って構わないんだよ?」


ウルキオラに続き、もはや何の用事もなくなったフェルナンドもまたその場を去ろうと立ち上がる。
だがその背にかけられたのは藍染の言葉、気にならないのか、行きたくば行くがいいとささやくそれをフェルナンドは一蹴する。


「興味が無ぇ。 ウルキオラの野郎が言った通りあのガキじゃ相手にもならねぇよ、俺にも・・・あのウルキオラにもな。見る価値も無い様なガキ一匹の為に態々現世くんだりまで誰が行くかよ。」


それは歯牙にもかけぬ物言いだった。
役不足、全てはそこに集約される。
今のままのあの少年では戦ったところで結果など見えている、十回やろうが百回やろうが勝つのは自分だと。
そんなものに何の意味があるのか、勝利が見え透いた戦いに何の意味があるのか、命削る戦いは先など見えない。
先の見えぬ中勝利を信じ、確信へと変えて勝利するのが戦いである彼にとって、今の橙の少年、黒崎一護は取るに足らない存在でしかなかった。


「そうかな? あの少年の成長率は異常だよ。もしかすればそう遠くない未来で彼はキミにも、そしてウルキオラにも追いつく可能性すらあると、私は思っている。」

「ハッ! 随分と甘い見通しだ、テメェらしくも無ぇ。あのガキに何を期待してるか知らねぇが、もしあのガキが俺の前に覚悟を持って立ったなら。その時は容赦なく・・・・・・潰すぜ?」


それだけ言うとフェルナンドはウルキオラとは違う扉からその場を後にした。
その背中から先の言葉は真実だろうことを物語ったまま。







「さってと、じゃぁ俺も行きますわ。」


フェルナンドが去って後、二度ほど首を鳴らすとサラマもまたその場から動き出す。
向かう先はフェルナンドが出たのと同じ扉、当然だ、彼はフェルナンドの後を追うのだから。


「サラマ、キミを信頼しない訳ではないが従属官の件、頼んでもいいんだね?」


僅かばかりの霊圧の解放と共に放たれる藍染の言葉がサラマへと降る。
藍染の思惑では先程の段階でサラマを従属官とする心算でいた。
しかし、その思惑はサラマ自身に潰されたと言って等しく、その責は当然負ってくれるのだろう?とその言葉は言外に語っている。
良くなる鈴も抑える首輪も鳴らなければ、嵌められていなければ意味などないのだからと。


「だから言ったでしょう? 従属官なんてあの人は絶対作りゃしませんて。」

「・・・・・・ではどうする心算だい?」


また藍染の霊圧が強くサラマに圧し掛かる。
物事は全て己が掌中のうち、その上で己を謀る様な者を藍染は許さない。

それが自らが手塩にかけて”改造”した大虚であり、その中での唯一の成功例であったとしても。


「・・・やりようは何も従属官だけじゃない、って事ですよ。あの人たぶん押し付けられたりするのが邪魔なんですよ。それに”従属官”なんてお題目が付いちゃ余計嫌がるに決まってる。別に階級なんて要らないんですよ、あの人は・・・・・・それと、いい加減霊圧納めてくれませんかねぇ、立ってるのもしんどいんですわ。」


従属官、名が付くそれはそのまま重さとなる。
そしてその重さを嫌うものが居るのもまた事実。
フェルナンドの場合十刃という名すら煩わしく思っているだけに、その上従属官などというものを抱えてはそれこそ要らぬ荷物でしかない。
ならばどうするか、サラマの答えはなんとも単純なもの。
別に従属官である必要は無い、従属官として配下に加わる必要は無い、要は近くに居ればそれで良く、位階を用いる必要も無いと言うのだ。
そうして説明した最後に、どこか情けない声で霊圧を抑えてくれという辺りがなんとも彼らしく、締まらない三枚目な印象を与えるのだが。


「・・・・・・フフッ、キミは面白い男だ。いいだろう、キミの思うとおりにするがいい。結果さえ出してくれれば私に不満など無いよ。」


発する霊圧を納め、藍染はその笑みを深めた。
サラマの方も大げさに息を漏らし、辛さをこれ見よがしに見せる。
そのご、そそくさとフェルナンドの後を追う様にその部屋を出て行くサラマ。
残された藍染は一人頬杖を付いて微笑む。


「私の前に障害など無い。 全ては私の掌の上、天に立つ私の思惑の内。残すは一つ、私の思い通りに彼が成長するか否か、その為の邪魔はされたくないのでね、キミには大人しくしていてもらうよ・・・・・・フェルナンド。」



天に立つ男、藍染惣右介。
その思惑はいまだ遥か高き雲の上に・・・・・・














従属官?

馬鹿言っちゃいけねぇ

俺は

アンタの

子分になりに来たんだぜ?
















※あとがき


まずは1週間空いてしまった事に謝罪を。
申し訳ないです。

テンションが上がらず筆もノらず、といった状態でした。

だがしかし、いざ書き始めると意外とスラスラ
気の持ちようは大事だと知りました。


そしてようやっと原作主人公お目見えw
まぁ映像の中、ということですがね。



2011.9.19
内容を僅かに修正。


















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.64
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:24
BLEACH El fuego no se apaga.64











見上げるのはいつもと変らぬ偽りの空。
あてがわれた巨大な宮殿、ただ権力を主張するためだけに巨大化を辿ったかのようなその宮殿は彼にとっては過分でしかない。
積み重ねられた業(ごう)の宮殿、欲望の上塗りとも取れるその宮殿の新たな主となってしまった彼、背負う事は彼自身納得の事、しかしその欲望の連鎖に彼が連なる事はないだろう。
なぜなら彼に権力は無意味だから、そしてその権力を振るう事もまた彼は好まない故。

その巨大さこそが”力”の証明だなどという事は彼にとっては理解できない思考であり、本当ならこんな宮殿すら彼には必要ない。
背負うべき名は既にその背に刻まれている、そして背負う事もまた納得している。
それがあれば充分、そしてそれこそが証明でありそれさえあればいい。
宮殿に居るからではない、そこに居られる資格を彼自身が示した力によって得たことこそが重要。
そこに居らずとも、例えそこが無くとも彼はその称号を背負うに相応しく、異を唱える者は無い。
故にその宮殿は彼にとって不要に近いものであり、しかし誰よりも彼に相応しい場所である。

不要な宮殿、しかしながらもその屋上から眺める空は、偽りであっても彼には悪くないものであった。



「第七十刃(セプティマ・エスパーダ)様。」

「・・・・・・なんだ・・・? 」


屋上で空を見上げ横になっていた宮殿の主、フェルナンドに声がかかる。
藍染の宮殿、『奉王宮』に出向いた翌日、別段やることも無いフェルナンドは空を眺めていたのだ。
仰向けのままチラとフェルナンドが横を見ればそこには膝を付き、傅いて頭を垂れている者が一人。
細い縦縞がいくつも入った茶色の死覇装を身に纏うその人物は破面ではあるが、破面としては使えない者、『下官』であった。
破面ではあるが彼らは戦うことを前提としない破面。
姿形は人に近い、破面化後に人型を確実に取れるのは高位の大虚(メノス)のみであり、下位の大虚、さらに普通の虚と格が下がるにつれ破面化後も人よりは化生に近い外見となる。
そう考えると彼等下官は高位の大虚という事になるが、彼らは皆須らく下位のそれか只の虚が破面化したものだ。
では何故彼らが人型をとっているか、その理由は簡単、彼らは破面化前に“そうなるように調整”されているからだ。
戦闘能力よりも人型である、という事を優先して破面化されたのが彼等下官。
化物として戦い、殺す事が日常であるこの虚園で戦うことを求められもしない彼らは、破面という分類に入るのかどうかも怪しくある。

そんな彼等の存在理由は十刃(エスパーダ)、数字持ち(ヌメロス)といった戦闘用破面の補佐、補助である。
高位の大虚である戦闘用破面は皆、破面化後は人型となる、その身の回りを補佐するのに化物である虚の身体は不向き。
それゆえに“同じ人型である”、ということが優先され彼らは調整後、破面化されたのだ。
更に言えば下官とは消耗品としての側面が強く、広大な虚夜宮を管理するにはとにかく数が要る。
それならば虚園に腐るほど居る虚を調整したほうが、高位で人型になるものを連れてくるより手間がないといったところか。

閑話休題、そうした大勢の中の一人である下官はフェルナンドの方を見ることもなく、頭を垂れたまま用件を口にした。

「第3十刃(トレス・エスパーダ)様が従属官の方々と共にお越しです。」

「ハリベルが・・・かよ。 用件は何だ?」

「存じ上げません。 第3十刃様が第7十刃様を呼べとの事でしたので、お呼びに参った次第です。」


あくまでも事務的にフェルナンドに告げられたのは、彼の宮殿『第7宮(セプティマ・パラシオ)』に第3十刃、ティア・ハリベルがその従属官達を伴って来ている、という事だった。
予想などつく筈もない突然の来訪、それを伝えた下官にハリベルの用向きは何だと問うてみても答えは知らぬの一言だけ。
彼らは皆あくまで事務的に仕事をこなす、そう調整されたのかはたまた彼らが皆一様に真面目なのかは論ずるべきでもないが、彼等の眼をみるかぎり、真面目というよりは寧ろ諦めのような感情が強く浮かび、下官というものに分類された時点で先の無い自分達の存在を、“そういうもの”だと割り切っている様子にも見えた。
そんな眼をした下官はただ同じ十刃でありしかし更に高位であるハリベルの命を優先し、内容を問うでもなくただ言われた通りにフェルナンドを呼びに来た様子。
職務には忠実である、しかし自らの思考を閉じたかのようなその振る舞いは物悲しさすら感じられた。


「居無ぇと伝えろ・・・と言っても無駄か・・・・・・ったく何だってんだ・・・・・・」


至極面倒くさそうに起き上がったフェルナンドは、傅く下官にヒラヒラと手を振って下がる様に促す。
傅いたままの下官はその雰囲気を察し、更に深く頭を下げるとその場から立ち去った。
その後、軽く伸びをしたフェルナンドはハリベルが待つであろう宮殿の入り口へとその歩を進めるが、その足取りは緩やか。
急ぐ心算など欠片もなく、そもそもハリベルがこの宮殿を訪れる時というのは先の藍染の頼み事然り、決まって彼にとっての厄介事と相場は決まっている。
急ぐ心算がないのは元々の気質故でもあるが、その歩みが殊更遅くなるのも仕方が無いことに思えた。







「「 遅い!! 」」


フェルナンドが第七宮のエントランスホールに姿を見せるなりそんな声が飛ぶ。
視線を向ければ小柄で左右の瞳が違う女性と、長いウェーブがかった黒髪に褐色の肌の女性がフェルナンドを指差しながら叫んでいた。
フェルナンドにとってはどちらも見慣れた者、そしてその後ろに立つ人影もまたよく見慣れた者である。


「あいも変わらず・・・ 五月蝿ぇな・・・・・・」


ホールへと続く階段を下りながら呟くフェルナンド。
ハリベルは別として彼女等に会うのは久方ぶり、それ故日常的だったその声は何時にもまして大きく聞こえるのだろう。
前傾姿勢、まるで犬が敵を威嚇して唸る様な姿を思わせるのはハリベルの従属官の一人であるエミルー・アパッチ。
もう一人はこちらもハリベルの従属官で、アパッチ程ではないにしろ自分ではなくハリベルを待たせた事を怒っている様子のフランチェスカ・ミラ・ローズ。
三人いるハリベルの従属官の中で五月蝿い方の二人である。


「もう少し速く来れませんでしたの?フェルナンドさん・・・・・・」

「悪いか? 」

「えぇ。 悪いですわ。 」


ホールへと降り立ったフェルナンドに二人の後ろに佇んでいた人影の一人が話しかけた。
長いストレートの黒髪で癖なのか口元を隠すようにして話す女性、ハリベルの三人目の従属官、シィアン・スンスンである。
常日頃毒を言葉に浮かばせる彼女、フェルナンドに贈る言葉にも些かその傾向が見える。


((いいぞ!スンスンもっと言ってやれ!))


フェルナンド相手に物怖じもせずに悪いと言ってのけるスンスンの豪胆さ。
それを見たアパッチとミラ・ローズは、内心でスンスンを煽る。
彼女等とてフェルナンドに怖ける心算などないが、言葉で勝つ見込みがあるのはスンスンが一番だろう事は理解している。
それ故下手に口を挟む事はせず、スンスンの毒舌に期待を込めた様子だった。

が、そんな期待は常に裏切られる為だけに存在する。


「フェルナンドさんが来ないおかけで、そこのおバカ二人が五月蝿くて仕方ありませんでしたの。私(わたくし)、同じ従属官として恥ずかしくてもう・・・・・・」

「「 てめぇスンスン!! 裏切りやがったな!!」」


言葉の矛先は真逆へと向かいアパッチ等へと突き刺さる。
言うなりスンスンは、ギャァギャァと喚きたてる二人を他所にあさっての方を向いている始末。
溜息を吐くのはフェルナンド、彼が五月蝿いながらも日常として見ていた風景が、場所を移しそこには広がっていた。


「で? 本当に何しに来たんだ、ハリベル。 」

「久しい・・・という程でもないか。 何、別段用事があった訳ではないのだがな・・・・・・道を尋ねられたついでにお前の顔を見に来ただけだ。」

「道・・・だと? ハッ! それでテメェがここに居るのかよ、トカゲ・・・・・・」


騒がしい三人を他所にフェルナンドは、彼女等の後ろに立つハリベルに話しかける。
彼と同じ金色の髪と彼とは違う翠色の瞳、乳房の下半分が見えている露出の高い死覇装を着ながらも、鼻までを覆い隠す襟で顔の下半分を覆い隠したその女性。
幅の広い鞘に収まった斬魄刀を背負った彼女こそ第3十刃、ティア・ハリベルその人である。
何をしにきたと問うフェルナンドの言葉に、ハリベルは濁すでもはぐらかすでもなくただ事実だけを答えた。
言ってしまえばその答えは道案内、なんとも第3十刃がする仕事とも思えない事ではあるが場所がここであったが故という事だろう。
それを受けてフェルナンドはその視線をハリベルの更に後ろ、彼女の従属官ではない巨躯の人物へと向ける。
そして向けられた視線に巨躯の人物は口元に不敵な笑みを浮かべて受け止めていた。


「いや~ 昨日ぶりだねぇニイサン。まっさかいきなり見失うとは思ってなかったもんだから焦った焦った、此処の場所も知らなかったしねぇ。(今更藍染様に訊きには戻れんし)それにしてもこちらのアネサンに出会えたのは我ながら”運が良かった”。道案内までしてもらって在り難い限りでさぁ。」

「気にする事はない。 それ程大した事はしていないのだから。」

「いやぁ~アネサンは器がデカくていらっしゃる。ニイサンもそう思うでしょう? 」


不敵な笑みを浮かべながらも口を開けばその不敵さが失せるのがこの男。
黒髪と黒い瞳、左頬に奔る傷跡のような仮面紋(エスティグマ)、筋骨隆々という訳ではないが2mを越える巨躯であるその男の名はサラマ・R・アルゴス。
破面化後の彼にフェルナンドが出会うのはこれで二度目、一度目は昨日であり藍染が彼にサラマを引き合せた時。
何かしらの思惑を持ってであろうがサラマを従属官にしてはどうだ、と言う藍染の言葉を斬り捨てて以来であった。
サラマの話しぶりからすればフェルナンドが去った後彼をサラマが追っていた、という様子。
しかし見事に見失い途方にくれていたところを翌日、”偶然にも”通りかかったハリベルに道を尋ね此処まで来た次第だと言う。

なんとも間の抜けたような出来事に見える一部始終、運よくハリベルに出会わなければどうしていたのだろうかと疑いたくなるような行き当たりばったり。
今回は運よくハリベルに巡り合えたからいいようなものの、それでもハリベルが名も知らぬ破面化したての者に取り合う事をしかなった可能性を鑑みれば、昨日の今日でこの場にいることすら驚きといえる。
言い換えればそれはサラマが強運を持っている、とも言えるのだがそれが”本当に”強運なのかは別の話であった。


「何しに来た、トカゲ。 まさかとは思うが今更自分を俺の従属官にしてくれ、なんてつまらねぇ事言いに来たんじゃねぇだろうな?」


対するフェルナンドはその何処かのらりくらりとしたサラマに付き合うような事はせず、ただ射抜くように彼を睨みつける。
フェルナンドが思いつく彼がこの場に来た理由は幾つかあるが、その最たるものは先の場でも出た従属官の話だろうとアタリをつけていた。
思えばいやにアッサリと藍染が退いた事も彼には違和感があり、彼が無理矢理従属官を決めるのではなく、サラマ自身が望んで従属官になりたいと言わせた方が可能性は高い、とでも考えたのだろうと予想するフェルナンド。

だがそれでは駄目だ。
情に絆されて、などという事を藍染が当てにするとも思えないが、当然そんなものはフェルナンドにはありえない。
従属官などというものは彼にとっては不要な荷物そのものだ、”薄まる”と彼が表現するように戦いにおいてそれを濃度、濃さとして見た時、自分は常に一人でなければならない。
並び立つ者がいれば確かに戦いは速く終結するだろう、だがフェルナンドが戦う理由は戦いの終結ではなくその過程にある。
結果ではなく過程、その過程の中で自分は生きているのだという実感を求める彼にとって、それを求めるための戦場に他者の存在は不必要。
更に言えば従属官、などという飾り立てた言葉も彼には不要でしかなく、彼が背負うべきは倒し殺してきた者達と” 7 ”という数字で一杯で、それ以上に背負う事は苦痛でしかないのだった。


「ほぅ・・・ フェルナンド、この男はお前の従属官候補だったのか。意外だな、お前が従属官を従えるとは・・・・・・」

「違うな、ハリベル。 俺はコイツを従属官にする心算は無ぇ。お前はどうだか知らないが、邪魔なだけだ。 俺にとっては・・・な。」


居合わせたハリベルが従属官という言葉に反応する。
彼女からすればそれは意外中の意外、彼女の知るフェルナンドという男は一人を好む男。
それは彼女等と共に過ごしていた日々の中でも変らず、共に居はするが彼の中の線引きから先には決して踏み込んでくることは無かった。
一人を好むフェルナンド、そんな彼女の知る彼の姿からすれば従属官を迎えるなどという事は意外でしかない。
そしてその意外さはやはり当の本人によって証明される。

従属官をとる気は無い。
はっきりと、明確に発せられる否定と拒絶。
不要なものは不要だと、誰の眼を気にするでも誰かに気を使うでもなく言い放つのがこの男。
ハリベルの意外を肯定する言葉がフェルナンドの口から紡がれる。
その言葉を聞き、やはりか、と内心零すハリベル。
だがだからといって従属官を迎えた方がいい、などという事を彼女は口にしない。
十刃となって後、一人ぐらいは従属官を迎えてもいいのではないか、などという事を彼女は口にしないのだ。

何故なら既に彼は彼女と同じ高さに立っているから。
十刃、という虚夜宮最高位の場所に立っているから。
同じ十刃として十刃の特権である従属官の選任権を行使するかしないかは、彼に任されるべきもの。
所詮外野であるハリベルがあれこれと口を出すべき事項ではないのだ。

故にハリベルは口を鎖す。
内心、これは芽がないな・・・ と理解しているだけに。
如何にこのサラマと呼ばれた破面が懇願しようとも、フェルナンドが従属官として彼を向かえる事は無いと。
本心から従属官になりたいと彼が思っているのならば不憫な事だ、とすら思うハリベル。


しかし、当のサラマは気にする様子もなくこう言い放った。





「邪魔ですかい・・・・・・ ケケ、歯に衣着せぬとはニイサンらしい。だけど勘違いしてもらっちゃ困る、従属官?馬鹿言っちゃいけねぇ、俺はねニイサン。アンタの・・・・・・ ”子分に”なりに来たんだぜ?」





何一つ飾る事無く、ごく自然に放たれたそんな言葉。
ヤイヤイと騒いでいたハリベルの従属官達すら黙らせるそれは、誰もが予想外だったという証拠だろう。
子分、従属官ではなく子分になりにきたと、サラマはそう言い放ったのだ。
不可思議なるその真意、疑問だけが頭に浮かぶ中フェルナンドが口を開く。


「子分・・・かよ。 だがそれがどうした、要は言葉面が変っただけで従属官と変りゃしねぇぞ。」


言ってしまえばそういう事。
こんなものは方便の類、言葉遊びである。
耳に届く音、字面が変っただけで中身など殆ど変りはしないという事。
そんなものだけでフェルナンドを騙しおおせる筈などなく、しかしサラマもまだ退かず不敵な笑みは浮かんだまま。


「ケッケケ、でもそれだけで随分と違うでしょう?ニイサンが嫌であろう重荷だって減る、それに俺は一度ニイサンにボロ負けしてるからねぇ、負けた奴が負かした奴につくのはそれ程不思議な事じゃないと思うけどね。」

「言い訳はそれだけか? ならさっさと消えろ。」


それでもフェルナンドの答えは否。
理屈で彼を説く事は至難、やってのけられるのはおそらく虚夜宮で藍染惣右介唯一人だろう。
いくらそれを捏ねようとも一度否と決めたからには、そう簡単に覆せるものでもない。
それを覆せるだけのものをサラマがフェルナンドに提示できるかどうか、それが今求められるもの。
サラマの言を斬って捨てたフェルナンドは、踵を返し階段を上る。
話は終わり、そんな雰囲気を背で語るフェルナンド、その背にサラマは言葉を投げかける。


「俺は別に従属官の地位なんて要らないんですよ、ニイサンに護って貰おうとも思わないし、ニイサンの戦場に手を出す心算だって更々無い。そんな事して諸共殺されちゃぁ割に合わないんでね。ただニイサンの近くに居れば俺も、もう少しぐらいは強くなれそうな気がするんですよ。」


背にかかる言葉、歩みを止めないフェルナンドはしかしその言葉に何処か懐かしさを覚えていた。
言葉のやり取りも、使われる言葉のどれもがあの時とは違うがしかし、その中身がきっと似ていたのだろう。
それはフェルナンドが破面となってまもなくの事、ハリベルへと挑みかかりその実力の前に敗北を喫したときの事。
床に大の字となり、指一本動かせなくなったフェルナンドにハリベルは、自分に挑む心算があるのならば自分の下で学んでみる気はないか、と言ったのだ。
その時、そのハリベルの問いにフェルナンドはこう答えた。

近くに居た方が何かと都合が良い。

それはフェルナンドが何れハリベルと戦うことを望み、その為に力を付け、更にその者の近くに居る事でより強くなる事を望んだ為に出た言葉。
図らずもサラマはそれに似た言葉をフェルナンドに向けて口にしたのだ。
フェルナンドとハリベル、その台詞を言った者と言われた者の前で、同じ趣旨の台詞をそれを口にした者に向けて。
だがフェルナンドの歩みは止まらない。
それではまだ足りないと、図らずもではあるがそれは所詮情に訴えかける代物であり、意味など無いと。

そんなフェルナンドの内心など知らぬサラマ。
やはり一筋縄ではいかないか、と思いながらもそれが何故か嬉しく思っている自分に、自分も大概馬鹿だと自嘲を浮かべる。
先程語った言葉、それは勿論本心であるし、嘘偽りを並べたとてこの男にとどく事は無いと直感している彼。
ならば此処は後腐れなく、自分の思いとは別のもう一つの真実も告げてしまう事を決定し、あとは出たとこ勝負と腹を括る。


「とまぁここまでが”俺の理由”でしてね。 後はもう一つ”藍染様の理由”ってのもあるんですが、こっちの方が単純ですよ?何せアンタに首輪着けようって腹積もりらしいですからね。まぁ、その首輪ってのは俺の事ですが・・・ね。」


おそらくそれは秘すべき事柄。
首輪をつけようという相手に態々それを明かす意味などありはしない。
しかし、サラマは本来最後まで秘すべきそれを今明かしてしまった。
驚いたのはその場にいたサラマ以外の者達だろう。
従属官の三人は展開についていけず、ハリベルは藍染が何故そんな事をするのかを気にかける。
そしてその驚きはフェルナンドも同じ事で、それは歩みを止めるには充分な様子だった。


「トカゲ・・・・・・ 何だってそんな事を俺にバラす。それを言っちまえば、普通は絶対にテメェを傍には置く訳無ぇと考えなかったか?」

「でしょうね。 俺だって普通はこんな事黙ってますよ、相手がニイサンじゃぁ無かったら・・・ね。」


サラマに背を向けたままのフェルナンド。
その背に不敵な笑みを浮かべるサラマ。
真意の探りあい、どちらが優勢かというものでもなくただ、互いの腹の底にある本音を見つけ出そうという戦い。
だが今フェルナンドがその足を止めている現状を見れば、サラマが一歩先をいっている様に見える。


「ニイサンにはあまり嘘は通用しそうに無いと思ってね。こっちも言っちまった方が後が楽だし、何より俺が首輪だと判っていて、それを嵌めようってのを見せ付けられて、それからニイサンが逃げるとは思えないし・・・ねぇ。」


サラマがフェルナンドを納得させるために用意したもの、賭けたものは一つ。
フェルナンドの性、退く、逃げる、という事を彼は好まない。
退くぐらいならば進む、逃げるくらいならば進み続ける、それが死地であろうとも関係は無い、それが彼の性なのだ。
目の前に逃げ道を用意され、或いは逃げても構わないと言われれば彼はその意思の逆をいく。
あえて困難な道を選択するが如く、その身を危険と滅びに晒し続ける。

サラマが賭けたのはそんなフェルナンドの性。
僅かな戦いの中、フェルナンドの人物像を読み取った彼が出来る唯一の策。
見え透いた挑発、しかし見え透いているからこそこの男はその道を行くだろうという直感。
あえて相手の敷いた道に乗り、その道の末に相手の思惑を打倒する事こそこの男の歩み方であるという直感が、サラマには見えていた。


「なるほど・・・・・・ 確かに俺相手にこれ以上有効な事は無い・・・か。それに藍染に一泡吹かせるのも一興・・・かよ。」


振り返り再び階段を下りるフェルナンド。
顔には獰猛な笑みが浮かび、”入って”いるのが見て取れる。
その顔を見てサラマは不敵な笑みを更に深めた。


「笑う・・・かよ。 いけ好かねぇ顔だ。」

「ニイサンこそ、その怖い顔どうにかした方がいいんじゃないですかい?」

「俺は元々こんな顔だ。」

「なら俺も元々こんな顔だからしょうがない、って事にしといてください。」

「ハッ! 笑えるな。」


歩み寄り止るフェルナンド。
頭二つ以上は違う背丈の二人、見上げながらも見下ろし、見下ろしながらも圧される。
きっとそれは奇妙な関係、王と臣ではなく、主と隷でもない。
ことこの虚夜宮でその関係性は奇妙なものとなるだろう。


「俺の戦いの邪魔だけはするな、それが条件だ。後は好きにしな、見張るなり何なり・・・な。」

「俺は良い子分なんでね、余計な事はしませんよ。」


それだけで充分だった。
尊大なやり取りも、どちらが上だと示す事も、そこには無い。
あるのは認める意思と仕える、というよりは近くに居る事。
上に立つ者として命令を下すわけでもなく、下だからといって謙るわけでもない。
今までとさして変らないのだ、この二人はきっと。


「何にせよ上手く纏まった様子だな。 こんな事ならば態々私を”待ち伏せる”必要も無かったかもしれんな、サラマとやら。」


話が一段楽したのを見計らいハリベルが声を発する。
それを受けてギョッとした表情を浮かべるのはサラマだ。
待ち伏せる、そうハリベルが口にした事に彼は驚きを見せる。
それも仕方が無い事だろう、なにせその言葉は的を射ていたのだから。


「気付いて・・・いたんですかい? 」

「当たり前だろう? ああも測ったように現われれば疑いもする。それでも邪な気配は無かった故、ついでにフェルナンドの顔でも見に行くのも良いか、とお前に付き合ってやったまでだ。」

「こいつはどうにも・・・・・・ ニイサンの周りは化物だらけですかい・・・・・・」

「褒め言葉、として受けてやろう。」


フェルナンドの子分となるためサラマは、ハリベルというフェルナンドに最も近い人物を用いる事にしていた。
別に何かを期待して、という訳ではないがその場で援護の一つでもあれば上等といった程度、その思惑は見事成功しこの場に彼女を伴ってくることも出来た。
しかし、その実はサラマが彼女を連れてきた、というよりはその思惑を見透かした上で彼女がサラマに付き合ったという事。
偶然を装った出会いも何もかも、ハリベルは見抜いた上でサラマの茶番に付き合っていたのだ。

それを知らされた当のサラマは、ケケケと笑うと両手を挙げて降参、といった様子。
化物の周りはやはり化物だらけだと思い知らされたようだった。
それでも笑っていられるのは、彼の強みといえるだろうが。


「おうコラ! デカイの! 従属官になったってんならアタシらはアンタの先輩って訳だ、敬語使えよ敬語!」

「随分とガラの悪い先輩じゃないのさ、アパッチ。それにコイツは従属官じゃなくて子分だ、子分。」

「うっせぇんだよミラ・ローズ! 従属官も子分もさして変んねぇじゃねぇか!」

「その違いを今まで論じていたのでしょう?あぁ、その小さな脳では理解できなかったのね?可哀相・・・・・・」

「馬鹿にしてんのか! スンスン!!」


降参の様子のサラマの前に、アパッチが進み出て下からねめつける様に睨みを利かせる。
細かい事は抜きとして同じ十刃の下に付く者として先輩風を吹かせようとするアパッチ。
しかしそんな彼女の行動も、他の二人の従属官に間違いを指摘されなんとも締まらない。
その辺が実に彼女らしいといえば彼女らしいのだが、悲しくも面子は潰れたと言っていいだろう。


「いやぁ~元気の良い嬢チャン達ですねぇ。・・・・・・にしてもニイサンがこの環境に居た、と思うと俺は激しい違和感を覚えますが・・・ね。」

「うるせぇよ。 良い子分の心算なら余計な事は言うんじゃねぇよ・・・・・・」

「ケッケケケ。 親分の気持ちを代弁するのも良い子分の仕事だ、と思いましてね。」

「確かに、良い子分じゃないかフェルナンド。」


またも三人で姦しい事この上ない三人を他所に、精神年齢の高い三人。
サラマの言葉になんとも複雑そうな顔をするフェルナンドと、フェルナンドの言葉に”良い子分”として答えるサラマ。
そんな二人のやり取りに、軍配はサラマにあると見たハリベルがフッと小さく笑いながら続いた。


かつて第3宮で繰り広げられた日常がそこにはあり、そして今、その中に新しい者が加わる。
それが良い変化を生むのか、はたまた別のものを産み出すのかはまだ判らない。


ただ、相性は良さそうだし悪い気はしない、と思うサラマがそこに居たのだった。













砕かれた瞳

緑が弾け

追憶す

橙の死神に

何を視るのか














※あとがき

サラマ子分になるの巻。
しかも若干無理矢理w

ハリベルと三人娘が出ると急に日常感が増しますね。
書いてて嫌いじゃない回でした。
言葉の掛け合いは個人的にお気に入りです。














[18582] BLEACH El fuego no se apaga.65
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/09/19 20:20
BLEACH El fuego no se apaga.65













《全十刃(エスパーダ)、及びNo.20までの数字持ち(ヌメロス)に通達する。本日正午、奉王宮『玉座の間』へと参集せよ。》



大気を揺らす事無く、音の波を用いずに直接頭に響いたその声。
驚く者、無反応な者、逡巡すらなく動く者と、無視を決め込もうとする者。
反応はそれぞれにあれど、総じてそれが響いたという事は彼らはそれなりの実力者であるという事。
与えられた数字がおおよそ実力を示す虚夜宮において、その上位層と呼べる者達が一様に呼び出される事は少ない。
それが成され様としてるという事は、そうするだけの理由があるという事。
情報らしい情報すら開示されていない現状で、彼らにその理由を推し量る事は難しくはある。

しかし、彼らに不安は欠片も無い。
何故なら彼らが歩む道は”覇道”であるから。
藍染惣右介という彼等の絶対王が歩む圧倒的なまでの覇道であるから。
故に彼らに不安は無い。
恐怖より生まれた彼等破面(アランカル)に唯一恐怖を与える者。
その歩みは彼らにとって月光のように眩く、その眩さに彼らは誘われ進む。

僅かばかりの不安など、その眩さが晦まし、消してしまうが故に。







「で、ニイサンは当然無視を決め込もうとしている訳ですかい・・・・・・」


第7宮(セプティマ・パラシオ)の屋上、そこには寝転がる者とそれをやれやれといった様子で見下ろす者。
見下ろす方の名はサラマ・R・アルゴス、寝転がる方の名はフェルナンド・アルディエンデ。
つい先日彼の子分となったサラマ、その彼が屋上へと足を運べばやはり当然のようにフェルナンドは寝転がっていた。
頭に響いた報によれば参集の時刻は正午、しかし寝転がる男に動こうなどという気配は微塵も無い。
が、それも半ば予想が出来ていただけにサラマに焦りの色は見えなかった。
困ったような顔をしてフェルナンドへと近付くサラマだが、その実困っているようにも見えないのは気質ゆえか。
それでも彼をせっつくのもサラマの仕事であり、割に合わないと言いながらも律儀にこなす辺り、義理堅い性格なのだろう。


「聞こえといて無視、しかも天蓋に堂々と姿を晒す・・・と。正直挑発にしか見えないのは俺だけですかい?」

「そう見えるんならそう・・・ なんだろうさ・・・・・・」


僅かばかりの嫌味を浮かばせた言葉も、ヒラリと避わされてしまうサラマ。
それでも口元には不敵な笑みだけは浮かび続け、見た目の余裕は崩さない。


「ここに来た、って事はテメェにも聞こえたらしいな・・・・・・」

「えぇまぁ。 数字持ちって訳でもないですが、俺は色々と事情が込み合ってますから・・・ね。」

「・・・・・・流石は”首輪”、ってぇ事かよ。」

「ケケ、こいつはお褒めに預かりどうも。」


フェルナンドの嫌味にも笑顔で答えるサラマ。
そう、本来先程の報はサラマには聞こえ得る筈は無い。
何故なら彼は数字持ちでも、まして十刃でもないからだ。
破面化したのも然程前という訳でもなく、一週間は経っていないだろう。
では何故彼がその報を聞き取り、おそらく無視を決め込むであろうとアタリをつけフェルナンドの下に来れたのか。
理由は簡単、彼が”特別”であるから。

何せ彼の役目は”首輪”だ。
まぁ機能しているかいないかは別として、ではあるがそれでも首輪である事に違いは無い。
そして首輪とは何も繋いで止めるだけが仕事ではなく、ある意思の下思い通りに御するのもまた仕事であるのだ。
その仕事を考えたとき、その”ある意思”というものを首輪は理解していなくてはならない。
故に今回の報はサラマに届いたのだ、ある意思のものであるが故に。


「まぁそんなしがない首輪としては、ニイサンには玉座の間に行って貰いたいんですがね。」

「興味が無ぇ。 ウルキオラとヤミーの野郎が帰ってきたんだ、話なんて一つしか無ぇだろうし、それ程収穫があるとも思え無ぇよ。何せ相手はあの死神のガキだ・・・・・・ 」


やや自分を卑下するようにしてフェルナンドを促そうとするサラマ。
しかし、そんなサラマの言葉もフェルナンドは取り合うことをしない。
屋上にいたフェルナンドが感じとった空間の揺れ、破面が用いる『解空(デスコレール)』と呼ばれる現世、尸魂界(ソウルソサエティ)への移動術特有のそれと、その後感じ取ったウルキオラとヤミーの霊圧。
それだけあれば充分だった。
ウルキオラ達が何処へ行き、何をして戻り、そして何の為に参集が掛かったのかを予想するのには。
元々興味無しと断じた死神の少年の事など今更改めて見る必要も無いと、フェルナンドは決定していたのだ。


「そんなこったろうと思いましたがね。でもどうです? もし何かニイサンの興味をソソるような情報が一緒に持ちえられていたら、と考えたら。それにあの死神のボウズだって急に強くなってるかもしれませんよ?」

「そう都合よく進む訳が無ぇだろうが。 昨日の今日で強くなれりゃ世話無ぇぜ。」

「(ケケ、なっちまいそうな人がそれを言いますかい)まぁまぁ、子分の心情、”頼み”を酌んでやるのも親分の仕事、と思っちゃぁくれませんか?」


結局は過程の話ではあるが、サラマは”もしも”という情報でフェルナンドを動かそうとする。
それは甘美な言葉であるし、あらゆる可能性の幻視。
故に完全に捨てきることなど適わず、それはフェルナンドの答えを見ても明らか、否定的ではあるが完全には斬り捨てていないからも明らかであった。
そんなフェルナンドの答えに、もう一押しとサラマは攻勢に出る。
情に訴えかけるようなそれはフェルナンドには無力ではあるが、今は言葉を重ねることに意味があると。
しかし、そのサラマの言葉は意外な形でフェルナンドに届いていた。


「・・・・・・・・・」

「ど、どうかしたんですかい? ニイサン。」


先程まで何処吹く風であったフェルナンドの表情が、露骨に険しくなる。
嫌悪感、と言えばいいのか、顔をしかめ眉間に皺を寄せ眼を細める様は、嫌なものでも見たか聴いたかをした様子だった。
そんな明らかに変ったフェルナンドの表情に、サラマも動揺を見せる。
何かマズい事でも言ったかと思うサラマに、フェルナンドは苦々しい声で答えた。


「どっかで聞いたな、その胸糞悪い”頼み”ってぇ台詞・・・・・・」

「え? あぁ、そ、そうですかい・・・・・・」

「流石はあのヤロウが寄越した首輪なだけある・・・か。頭も切れるんだろうしよく似てやがる・・・・・・」

「あの~、なんだかぜんぜん褒められてる気がしないんですがねぇ・・・・・・」

「当たり前ぇだ、褒めて無ぇんだから・・・な。」


なんとも緩慢な動きで起き上がるのはフェルナンド。
動作からやる気も何も感じないが、どうにも気圧されるような気配だけは感じられる。
サラマは知らないが故に気付かないが、この流れは彼が藍染に一杯食わされたものとどこか似通っていた。
その流れの中でこれは”頼み事だ”、といった旨の言葉を言ったのが良くなかったのだろう。
フェルナンドにとってはあまり思い出したくない部類のその記憶、というよりは言葉によって藍染のあの笑みが彼の目の前には浮かび、それが彼に件の顔をさせた原因でもあった。


「まぁいい。 別にテメェの心情なりを酌む心算はさらさら無ぇが、これでまた厄介事を押し付けられでもしたらそれこそ馬鹿らしい。不自由ってぇのは窮屈なもんだぜ、なぁ首輪よぉ・・・・・・」


立ち上がったフェルナンドはサラマの横を通り過ぎながらそんな言葉を零した。
内容から言えば玉座の間には行く、という事だっただけにサラマとしては上々の出来ではあるのだが、最後に浴びせかけられた言葉にどうにも嫌な汗が流れるサラマ。
知らぬうちに地雷を踏みしめていたかのような感覚に渇いた笑いだけが零れる。
固まったように動かぬ彼の身体、漸く動けたのはフェルナンドが屋上からその姿を消して後であり、そんなサラマはそのまま屋上へ大の字で倒れこんだ。


「はぁ・・・やっぱり割に合わねぇな・・・・・・一々おっかないっての。 それにしても藍染様、アンタ一体ニイサンに何したんですかい・・・・・・?」


至極当然ではあるが、身に覚えの無い感情をぶつけられ辟易するサラマ。
もっとも、その感情の出処に関しては藍染によってしっかりと、その片棒を担がされている事を彼は知るよしもなかった。


















暗く広いその空間。
端から端を見通すことは適わず、光は進むにつれ闇に呑まれ無明と化す。
その闇の中ただ一角だけが僅かに明るく、そこに彼らは在った。

皆一様に白い衣をまとい、個々に砕けた仮面をつけた彼らは破面。
人とそう見た目が変らぬ者、人に倍する巨躯を誇る者、人の形をしながらも明らかに”外れている”者。
その姿は人と同じく千差万別、しかし皆違う彼らが共通している事もある。
それは彼らが一様に”害をなす者”であるという事、命を殺し、居場所を壊し、全てを奪い去るだけの機能しか持たない日常への侵略者であるという点だ。

だが彼らにとってはそれこそが日常。
命を殺し、壊し、奪う事が彼等の日常であり呼吸にすら等しいもの。
故に彼らは害をなす者。
その呼吸に等しい行為を、ただ当然に行使する為に。



「皆、急な呼び出しですまない。 」



その害なす者たちに声が降る。
彼らがいる場所よりも高い位置に設けられた一脚の椅子。
過度な装飾など一切無く、ただ白いその椅子は玉座だった。

彼等の王、絶対王 藍染惣右介(あいぜんそうすけ)。
白いその椅子に腰掛けながら眼下に集った二十の破面にそう告げる彼の声はとても気安い印象を与える。
しかし彼は王、その気安さの仮面に隠れた冷徹さと深慮遠謀、そして圧倒的な”力”によって彼らを束ねる王なのだ。
白い玉座、それに腰掛ける様も実に相応しく威厳に溢れる。
だがそれはその白い玉座が彼の為に設えられた為、等という事ではない。

玉座に座るから王なのではなく、王が座るからこそ玉座。
相応しく見えるのはそれが彼の為の玉座だからではなく、彼から放たれる”王気”故。
究極的に言えば彼が座る全ての椅子が玉座であり、豪奢さで飾る必要など無いという事なのだ。


「 中身も話さずに呼び付けるだけ呼び付けるとは・・・・・・相変わらずじゃのぉ、ボス。」


玉座へと腰掛けた藍染、その藍染に言葉を投げかけるのは筋骨隆々の老人。
王冠型の仮面の名残と年経た皺、顔に刻まれた傷跡と鋭い眼光を持つのは第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ) ”大帝”バラガン・ルイゼンバーン。
それは王に対する言葉としては不適切ではあったが、誰もそれを咎める事はしない。
とうの藍染もそれは同じで、彼からすればそんな”些細な事”に囚われるのは愚かしいことなのだろう。


「そう言わないでくれバラガン。 何せつい先程だったものでね、前もって知らせておくという訳にもいかなかったんだ。」


バラガンからの棘のある言葉にも、藍染はその笑みを崩す事無く答える。
実際どうなのか、という部分はきっと誰にもわからないだろう、しかし藍染がそうだと言うのならこの時この場ではそれが真実なのだ。
追求する事はおそらくは徒労に終わる部類、そもそも智謀に関して藍染惣右介に適う者はそうは居ない。
煙のように逃れ、霧のように覆い隠し、紡がれる言葉もまた実体を掴ませない幻惑。
その夢幻夢想を捉える事は至難であり、また捉えたとしてそれに意味などない。
何故なら彼らは臣であり、藍染は王であるから。
王の真意が何処に向かうのか等、彼らが知ったとて意味など無いのだ。
それが何処に向けられ、何処に向かうこととなろうとも彼らにとれる選択肢は一つ、王の後に続き、またその尖兵となって全てを殺す。
遮る全てを殺す事以外に彼らに出来ることはなく、真意を知る事よりもそちらの方が彼らにとっては余程重要なことであるのだから。

それを知るバラガンはあえて追求する事無く、フンと鼻を鳴らしてそれ以上口を開くことはな無かった。
そんなバラガンを藍染は笑みを浮かべたまま見届けると、丁度その瞬間扉の開く音が暗い空間に響き、コツコツと床を叩く二人分の足音が藍染と破面達の居る場所へと近付いて来る。


「只今戻りました、藍染様。」


闇から現われたのは二人の男。
一人は平均的な身長にやや細身の身体つき、黒髪で角の着いた兜のような仮面の名残を持ち、病的なまでに白い肌と感情を一切感じさせない緑色の瞳で藍染を見上げるのは虚夜宮の十傑、十刃。
その一角を担うのがこの男第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー。
もう一人はそのウルキオラをやすやすと越える巨躯を持ち、やや褐色気味の肌と、下顎骨を思わせる仮面の名残に頭には角のような突起があり、襟足から伸びた硬めの髪が後ろに束ねられていた。
人のような外見ではありながらどこか化物じみて見えるその男もまたウルキオラと同じ十刃である第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴ。

しかし常と変らぬウルキオラとは違い、ヤミーの方は血と泥にまみれ、何よりその右腕は上腕の中ほどからものの見事に、それこそ美しくある断面を晒し切断されていた。
目にした光景に僅か破面達の気が揺らぐ。
末席の10とはいえヤミーは十刃、それがこれ程の手傷を負わされるという事態は彼らにとってはあるべきではない事であった。


「おかえり。 ウルキオラ、ヤミー。さっそくだが見せてくれ、キミが現世で見たもの、感じた事を。我等二十の同胞の前に、その全てを・・・ね。」


そのヤミーの姿を眼下にし、しかし藍染はそれに触れる事無く話を進める。
今回の招集はこの二名の帰還によって発せられたものだった。
藍染の命を受け任務へと赴いたウルキオラ。
そして任務のため現世へと向かうウルキオラに、暇つぶしにと無理に同行を頼んだのがヤミー。
その任務の理由を知るものは少なく、この場でそれを知るのは片手にも満たない数だろう。
故に彼等多くの破面達はその二人の帰還が何を意味し、そして何を齎すのかを知らずにいる。

やや暗い笑みを浮かべた藍染、その言葉からも判るとおり、彼等二人が赴いた先は現世。
脆く脆弱な人間達の住まう世界であり、彼らにとっては酷くつまらなく生き辛い場所。
そこで感じた全て、そこで見た全てを藍染はこの場に居る二十の破面に伝えてくれと、ウルキオラに言うのだ。


「ハイ・・・・・・ 」


ひどく鷹揚の無い声。
無感情のその声が響くとウルキオラはその手を自らの目に向ける。
眼球へと近付いていくその手、その指。
それは淀みなく、そして止まることなく眼球へと近付き、そして遂には瞼の裏へと侵入した。
白い指は眼球をつまみ、抉ろうと力を込める。
おそらくは嫌悪と恐怖の対象でしかないその行為、自らの眼球を自らひねり出そうという意味を成さないその行為。
誰もが目を背けたくなるような異常な光景を、しかしウルキオラは能面のような表情で、それこそ痛みなど些かも見せずに遂行する。
それはその行為を見ている者達にもいえることで、その異常な光景を誰一人嫌悪や恐怖の眼差しで見るものは無い。

狂っているのだ、彼も彼らも。



「どうぞ・・・御覧下さい・・・・・・ 」



自らの眼球を苦もなさげにひねり出したウルキオラ。
伽藍洞となった瞳のあと、痛々しくしかし魔的なそれを気にすることも無く、ウルキオラは今し方ひねり出した眼球をぞんざいに握ったままその手を前へと伸ばす。
そして、先の言葉と同時に握ったその瞳を、自らの瞳を何の躊躇いも無くその手で握り潰したのだ。

まるで硝子球のように砕け弾ける緑の瞳。
砕かれた欠片はまるで風に誘われるように舞い、その最中大きな欠片は次第小さくなり小さくなり、粒子を経て更に砕けたそれは玉座の間へと広がっていった。
破面達はその瞳を砕く行為に何の反応も示さずに目を閉じる。
次第広がる瞳の粒子たちは、遂に広間へといきわたりそれを吸い込んだ破面達に届けていった。
ウルキオラ・シファーが現世で見たこ事、感じた事、その全ての事柄を。

それが彼の能力なのか、それともこの場にそういった機能が設けられているのかは定かではない。
だが今重要なのはそのどちらかを論ずることではなく情報。
ウルキオラの記憶が情報として伝わることであり、その伝播の過程などは語る意味を成さないのだ。
情報が伝わるという一点だけが必要とされ、そしてその必要事項は今十二分に機能していた。


破面達に見えるのは、やや砂嵐が掛かった画面のような風景。
共に現世へと赴いたヤミーへと愚かにも挑みかかる人間と、返り討ちにあったその人間を見たことも無い術によって癒しながらヤミーに攻撃とも呼べない無意味な行為を行う人間、そしてその人間達を庇うようにして現われた橙色の髪をした死神。
姿が変り霊圧が跳ね上がった橙の死神はいとも簡単にヤミーの右腕を斬り飛ばすと、そのまま一方的な攻勢に転じた。
傷だけが増えていくヤミーを前に攻勢に出ていた橙の死神は、しかし突然としてその動きを鈍らせた。
それを機に攻守は逆転し、死神はヤミーによって押し込まれるが、その死神を庇うように更に増援が現われる。
浦原喜助、四楓院夜一、情報と一致する外見を持った二人、ヤミーは四楓院夜一の拳足による打撃によってたった二撃の下に地に這い、浦原喜助の技によって虚閃すら防がれる。
そしてそれが戦いの終わりだった。
これ以上の戦闘は無意味であり、さしあたっての任務は終えたと判断したウルキオラは退くことを選択する。
最後に見えるのは空間の裂け目が閉じきる間際の光景、うな垂れ血にまみれながら肩で息をする橙色の髪の死神。
その姿にウルキオラが感じたのは無価値。
態々殺す価値すらなく、ただ揺れる霊圧を御し切れていない正にも負にも容易く転ぶ死神もどき。
そんな評価が彼らに見える最後だった。


「・・・・・・成程。 ヤミーの腕を斬り落とす霊圧硬度には目を見張るものがある。が、総合的に見て『この程度では殺す価値なし』、と判断したという訳か・・・・・・」

「はい。 頂いた情報以上のものはありませんでした、ご命令では”妨げになるようなら”殺せ、との事でしたので。それに― 」

「微温(ぬり)ィな・・・・・・ 妨げになる、ならないなんてのは関係無ぇ。殺せって一言が入ってんなら殺した方がいいに決まってんだろうが!」

「・・・・・・グリムジョー。」


藍染の言葉に対し補足としての説明をするウルキオラ。
しかしその言葉は一人の破面により遮られる。
水浅葱色の髪、右の頬に右顎を象ったような仮面の名残を着け、挑発するような、まるで野生の獣のように好戦的な眼差しを向けるその男。
胡坐をかいて座り、背後には数名の従属官を従えた男の名はグリムジョー。
第6十刃(セスタ・エスパーダ) グリムジョー・ジャガージャックであった。


「大体ヤミー! テメェはボコボコにやられて不様に腕まで落とされてんじゃねぇか!遊びの心算で付いてってそのザマじゃぁ目も当てられねぇな。あぁ!?」

「テメェ・・・グリムジョー。 俺がここまでやられたのは下駄男と黒い女にだ、あいつ等が来なけりゃ今頃あのガキは俺が殺してたのが判らねぇのか。」

「わからねぇ奴だな・・・・・・ 俺ならその二人も纏めて殺すって言ってんだよ!」


次にグリムジョーの矛先が向いたのはヤミー。
自ら無理にウルキオラの現世行きに同行し、暇潰しの心算が予想外の深手を負って返ってきた彼。
十刃にあるまじきその失態、あまつさえ誰一人殺す事無く戦場から退いた恥曝しとグリムジョーは怒りを顕にする。
敵ならば殺せ、遮り、立ちはだかるのならば誰であろうと殺せ、これがグリムジョーの考え方であり彼の真理。
そのグリムジョーにヤミーの姿は逃げたように映っていた。


グリムジョーの挑発めいた言動にヤミーが前に出ようとする。
それをウルキオラは「止せ。」と呟きながら手を上げて制した。
頭に血が上りやすいヤミーに対し、ウルキオラはまるで氷のように冷たいそれが流れているかのように、冷静に、そして冷徹にグリムジョーへと対する。


「グリムジョー。 確かにこの塵を今殺すのは容易い。だが藍染様が興味を示されているのはこの塵の成長率だ、俺からみてもこの塵の潜在能力は相当なものだった。が、それはその大きさに不釣合いなほど不安定、放っておけばおそらくは自滅する可能性も、コチラの手駒と出来る可能性もあると俺は判断した。」



ウルキオラの緑の瞳がグリムジョーを捉え、淡々と語る。
彼から見てあの橙色の死神を殺すことは容易いことだった。
それこそあの死神が自分が死んだ事すら気付かせる無く殺すことも難しくないだろう。
だが、ウルキオラが藍染から命ぜられた任務はあくまで査定、そして脅威を感じなかった時点で”殺す”という選択肢は発生しないのだ。
そしてその査定の中、あまりに大きく揺れる死神の霊圧、おそらくは藍染が言っていた『虚化』が原因だろうと当たりをつけたウルキオラは、ここで殺してしまうよりも、上手くすればこちら側に取り込める可能性も充分にあると判断したのだ。
驚異的な潜在能力とそれを引き出す成長率、引き出されるに連れて揺れる霊圧と虚の気配、引き込めれば強力な破面として戦力となり藍染の歩む覇道はより磐石となると。
藍染の命令は殺すことよりも、寧ろそういった今後の可能性を判断するための材料を欲したものだと考えたウルキオラは、あえて橙色の死神を生かしたのだ。


「チッ! ・・・・・・馬鹿が。 それが微温ィって言ってんだよ!こんなガキ一人に何が出来る! それにもしソイツがテメェの予想以上にデカくなって、俺らに楯突いて来たらどうする心算だ、えぇ!?」


だがグリムジョーにそんなウルキオラの理屈は通用しない。
何故なら彼が感情に生きているから、感情の全てを理屈で制することなど誰にも不可能であるからだ。
そしてその感情からの言葉は存外間違いでもない。
可能性とはどこまでも不確定であり、確かに死神が自滅して堕ち、コチラの手駒と出来る可能性もあるだろうが、それと同じぐらいに件の死神が急成長を遂げ彼らに刃向かう可能性もありえるのだ。
その二つを比べたとき、一体どちらが有益であるのか。
グリムジョーの答えは簡単、不確定な戦力を期待するぐらいならば殺してしまえばいい、刃向かう可能性が少しでもあるのなら殺してしまった方がいい。
故にウルキオラの対応は彼にとって何処までも微温く、癪に障るものだったのだ。

が、そのグリムジョーの感情的な言葉にもウルキオラは何一つその内側を見せる事無く淡々と。
それこそ至極当然であり何の迷いすらなく、そして確実に遂行するという確信を持って言い放った。




「その時は俺が始末するさ・・・・・・ それで文句は無いだろう?」




あまりにも冷淡に、そして微塵の疑いもなく放たれた言葉。
始末は自分で付けると、ウルキオラはグリムジョーにそう言った。
それは自分の失態は自分で決着を付ける、という意味でもあるし同時に、例えどれほど敵が強大になろうとも自分に及ぶ事は無いという自身への絶対の自負、いや、確信に満ち満ちていた。
その言い様、当然その心算だというウルキオラの言葉に勢いを削がれるグリムジョー。
そしてそこが終わりだと彼らに王の言葉が降った。


「・・・そうだな、それで構わないよウルキオラ。君の好きにするといい。」


終わりである。
それ以上の追及も言及も、彼等の王は望んでいない。
故に終わり。
この話はここで、ウルキオラの自由にさせるという判断で終わりとなる。
だがそれはあくまでも藍染にとってそちらの方が何かと都合がいいという事であり、彼がウルキオラの意思を尊重した、などという事では断じて無いという事だけは確かだった。


「有難う御座います・・・・・・」


藍染へと向き直り、頭を下げるウルキオラ。
別段自分の考えが尊重されたことに彼は感慨を持たず、藍染がそう決めたのならば従うまでといった様子。
自分の意思は無く、あくまで優先されるのは藍染の意思であるという雰囲気を纏うウルキオラ。
そして今回の参集はこれにて終了となり、破面達は思い思いに解散していく。

結局のところこの参集に然したる意味は無かった。
見せられた映像も多くの破面にとってはなんら価値がある物ではなく、寧ろだからどうしたという部類に入るものだろう。
見えたのは脆弱な人間と死神、唯一価値があったといえるかもしれないのは尸魂界(ソウルソサエティ)における最上位の実力者、その一端を見られたという部分だけであり、それでも”危機”と呼ぶには些か足りないものだった。
故に多くの破面にとって今回の参集、そして見せられた映像は無意味であり無価値な代物。



だが、それでいい。



多くにとっては無価値、しかし一部にとっては無価値ではないのだ。
ではその一部とは誰か。
それは当然これを見せることを決めた人物、藍染惣右介。

彼にとって今、映像の死神『黒崎 一護』が死んでしまうのは些か困る。
今彼が破面と、それも上位のそれと戦えば死ぬのは明らかなのだ。
だから、だからこそ藍染はこの死神、黒崎一護の姿を彼等破面に見せた。

価値無し。

大多数の意見。
無価値に興味を示す者は無い。
ウルキオラという破面でも屈指の実力者が障害にすらならないと断じた事で、彼等の黒崎一護に対する興味は失せたと言っていいだろう。
それでいいのだ。
藍染はこれにより時を稼いだ。
黒崎一護がより強く成長するための時、何れ自らが手にする”力”を更に磨くための時を。
そして黒崎一護をより強く育てる為の策もまた、既に藍染にはあった。

頭を下げるウルキオラの姿を今だ不満さを滲ませて睨む男、グリムジョー。
彼は彼の言う微温さを許容する事はできないだろう。
故に彼は行動に出る、微温さではなく業火の苛烈さを持って敵に対する彼だからこそ必ず行動にでると藍染は見抜いていた。

”力”、それの成長を促すために必要なのは壁。
それもただの壁ではない、低くては意味が無く、しかしギリギリで乗り越えられるような壁でも駄目なのだ。
特に黒崎一護という人物を考えたとき、必要なのは圧倒的に高い壁。
頂は見えず、乗り越えること叶わぬような圧倒的な壁の存在、普通の者ならば超える事を諦めてしまうようなそれが、黒崎一護にとっては最も適した壁の大きさ。
何故ならそれを前にした時、黒崎一護は諦めないのだ。
超える事を、打ち倒す事を、打ち破る事を決して諦めないのだ。
そしてその諦めないという強い決意は、黒崎一護に幾度と無く”力”を与え、成長させてきた。

今回必要なのもまたその大きな壁。
破面、その最上位たる十刃。
その中でも好戦的な部類に入り、特殊な能力ではなくその爪と牙によって敵を凌駕する野獣グリムジョー。
藍染惣右介にとって黒崎一護の成長を促すのには”丁度良い”壁。

故に彼は黙認する。
グリムジョーが配下の従属官に指示を出したことも。
彼が何処に向かうことも。
そしてまた解空が開かれる事の何もかも。
後はおりをみて黒崎一護が死なない程度で退かせれば済む話だと。






だがそんな藍染にも見落としはある。
グリムジョーの不満を見定める事で彼はらしくもなくそれを見逃した。
今後の展望、それに割いた僅かな思考の時間故に。
それは些細な事で、そして彼に着けた”首輪”の存在も僅かばかりの油断を誘ったのかもしれない。

だから彼は見逃した、珍しく参集に応じていた金色の男の事を。
つまらなそうに、面倒そうな雰囲気で僅かばかりのイラつきを滲ませていた彼の表情を見逃していた。


映像を見終わったその直後、ほんの一瞬だけではあるがその金色の男の口角が、ニィと持ち上がっていた事を。























三日月が照らす夜。
立ち並ぶコンクリートのビルの群れたち。
そのうち一棟屋上、その縁に腰掛けるようにしてその男は居た。
月光が照らし出す彼の姿は逆光で表情までは見えないが、その雰囲気は常の彼らしく攻撃的なもの。
触れれば斬られ、千切られ、噛み砕かれるような、そんな雰囲気だった。


「・・・・・・揃ったか。 」


チラと視線を上げればそこには先程まではなかった人影がある。
数は5人、何れも宙に立ち只人ではない事は確かだった。
そう、彼らは人ではなく人に害する者、破面。
ビルに腰掛ける男、第6十刃 グリムジョー・ジャガージャックを筆頭とし、残る5人は彼を王として仕える従属官。
左目から頭部にかけて横長の仮面の名残を着けた、痩躯に細面で辮髪を結った男、破面No.11(アランカル・ウンデシーモ)シャウロン・クーファン。
鼻の頭に仮面の名残を載せ、左側半分が坊主右側半分が長髪といった髪形をした巨漢の男、破面No.13(アランカル・トレッセ)エドラド・リオネス。
頭の右半分を覆う仮面を残し、エドラド程ではないが肥満型の巨漢の男、破面No.14(アランカル・カトルセ)ナキーム・グリンディーナ。
角の付いた左前頭骨の仮面、金髪で長髪、どこか伊達男風の男は破面No.15(アランカル・クインセ)イールフォルト・グランツ。
頭に大きな半月上の仮面を載せ、その右半分に布を巻きつけた口から尖った歯が覗く男、破面No.16(アランカル・ディエシセイス)ディロイ・リンカー。


「誰にも見られて無ぇだろうな? 」

「無論だ。 」

「・・・・・・チッ。」


グリムジョーの問いに従属官を代表してシャウロンが答える。
おそらく彼が従属官の中でのトップという事なのだろう。
そんなシャウロンの言葉に僅か間を置いて舌打ちをするグリムジョー、一体なんなのかは定かではないが、然程大した事でもないだろうと判断したシャウロンはそのまま言葉を続けた。


「此処へ来る途中、複数の強い霊圧を感じた。ウルキオラの報告とは一致しない・・・・・・」

「・・・・・・探査神経(ペスキス)を全開にしろ。」


シャウロンの言葉、報告とは一致しない複数の強い霊圧の存在。
グリムジョーとて感知していたそれを、探査神経を解放する事でより正確に捕捉する。
それこそ強い霊圧だけではなく、辺り一帯に存在する僅かな霊圧を放つ者全てをも。


「「「「「 !!! 」」」」」


探査神経を全開にした事でグリムジョー以外の破面はついにその存在に気がついた。
探査神経により僅かでも霊圧を放つものは捕捉できる。
それは当然今霊圧を抑えている彼ら自体にも及ぶ事で、しかしそれは目の前にいるのだから捕捉出来て当然。
言うなればその霊圧を放つ者が居る事は当然の事なのだ。

だが、彼等の探査神経はありえないものを感知した。
報告とは一致しない複数の霊圧ではない、予想以上に強い霊圧でもない。
それは彼らが知っているが、今この場に居る筈の無い者の霊圧。

彼ら五人の視線が一斉に上空へ、彼等のいる更に上へと向けられる。
そこにあったのは人影。
この距離に至るまで発見できなかった事はこの際どうでも良く、その居る筈の無い人物の存在が彼らを困惑させる。

月光に照らされる金色の髪、照らされる事で陰影の付いた鍛え上げられた肉体、月を背負う様にして立ち、本来逆光でその表情は見えないはずにも拘らず何故か爛々と輝いて見える鮮血を湛えたような真紅の瞳。
居る筈の無い人物、彼らにとっては苦い記憶を呼び起こさせるその人物の名はフェルナンド。


第7十刃(セプティマ・エスパーダ)フェルナンド・アルディエンデが月夜にその姿を照らされていたのだ。


「何しに来た・・・・・・クソガキ。」

「ハッ! 流石にテメェは気付いてる・・・かよ。まぁそうでなくちゃいけねぇが・・・な。」

動揺する従属官をして唯一人、王たるグリムジョーだけは冷静だった。
それも当然だろう、何故なら彼一人だけは探査神経を解放する以前からフェルナンドの存在に気がついていたのだから。
シャウロンに問うた言葉、その後の舌打ちの理由はこれ。
彼らがフェルナンドの存在に気がついていない、という愚かしさに向けられたものだった。
だが彼らを責めるのは筋違いでもある、何故ならそれは仕方が無い事。
実力が違いすぎるのだ、彼らとフェルナンドとでは。
彼らとグリムジョーの実力がどうしようもなく隔たっているのと同じだけ、彼らとフェルナンドの実力もまた隔たっているのだから。


「俺はテメェが何しに来たかを訊いてんだ・・・・・・」


立ち上がり、睨みつける様にしてフェルナンドを見上げるグリムジョー。
別段怒りを顕にしている、という訳でもないが友好的な雰囲気など在ろう筈も無く、その視線に乗るのはどこまでいっても敵意だけ。
それを受けてフェルナンドはゆっくりと彼等の下へと降下していく。
小柄でありながら従属官を圧倒する存在感はグリムジョーに共通するものがあり、知らず従属官達の緊張は高まる。
この二人がこの距離感でこうして言葉を交わすこと事態彼等には想定外の事態であり、何が起こっても不思議ではないと思わせるものだった。

ゆっくりとした降下が終わり、グリムジョーと同じビルの上へと降り立つフェルナンド。
数瞬視線がぶつかるが、それを機に何かが起こるわけでもなく。
ただ口元をニィと歪ませるフェルナンドと、それを不機嫌そうに睨むグリムジョーの姿がそこにあるだけ。
そしてフェルナンドの口が開くと、彼はこう言い放った。



「別にテメェ等を止めに来た訳じゃ無ぇよ。今回は偶々目的が同じだっただけだ、だから俺にも戦(や)らせろよ・・・・・・グリムジョー。」












静寂の破壊

警鐘は遅く

戦火に呑まれる

破壊の権化

飢餓の旅人

黒は赤に

染まりゆく
















※あとがき

原作に入りました、とやっと胸を張って言える。
だいたい22巻終わりから23巻中ほど位ですかね。

あんまり原作の台詞を崩さずに
しかしまるまる使うのは憚られると苦心中。

楽はしたが楽をするのと手を抜くのは違うかな・・・と。

次回は何とか死神達を出したいな、と思ってます。














[18582] BLEACH El fuego no se apaga.66
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/10/08 17:27
BLEACH El fuego no se apaga.66












「別にテメェ等を止めに来た訳じゃ無ぇよ。今回は偶々目的が同じだっただけだ、だから俺にも戦らせろよ・・・・・・グリムジョー」




やや見上げるようにして放たれ、しかし何処までも同列の言葉。
視線の高さ、身長差、そんなものに上下優劣を判断する材料など無く、そして彼らは何処までも同格だった。
水浅葱色の髪の男、グリムジョー・ジャガージャック、黄金色の髪の男、フェルナンド・アルディエンデ。
共に十刃(エスパーダ)でありそれぞれが背負う数字は” 6 ” と ” 7 ” という近しい数字。
数字の上で上位に立つのはグリムジョーの方であるが、その数字もまた彼らにとっては意味など無いもの。
彼等の背負う数字はそれぞれに”通過点”であり”不自由の証”でしかなく、共に目指すもの、求めるものを手に入れるのには必ずしも必要ではなかった。
だが例え不用であろうとも彼らがそれを背負っている事に異議を唱える者はない。
何故なら彼らにはそれを背負うに相応しい”力”があるから。
誰もが真似を出来るものでもなく、そしてしようとしても出来ない事を彼らは平然とやってのける。
それだけの力を、単一で汎用性は無く、しかし超絶なる”破壊の力”をその身に宿し使役しているから。

故に彼らは十刃。
彼らには不用であろうとも、誰よりも相応しい者。
その二人が今現世にて、まもなく戦場と化すであろうこの場所で邂逅を果たしていた。








「なんだと・・・・・・?」


フェルナンドの言葉に訝しげに言葉を返すグリムジョー。
彼の従属官であるシャウロン達が現世へと侵入したのと時を同じくし、フェルナンドが彼らと同じように現世、空座(からくら)町と呼ばれる場所に出現したのをグリムジョーは探知していた。
理由などは判るはずもなく、おそらくの可能性ではあるが彼の従属官が後をつけられ、そして彼が侵攻を開始する前に止めようという藍染の差し金か、とも考えていたグリムジョーにとってフェルナンドの先の言葉は少々予想外ではあった。


「別に難しい話、って訳でも無ぇさ。 お前等はお前等で勝手に人間でも死神でも殺せばいい。俺の方も勝手に戦うからな。 ・・・・・・が、ゲタの男と黒い体術使いの女は俺に寄越せ。この二人だけは俺が貰う。 後の残りはテメェらに”くれてやる”よ、簡単だろう?」


さも当然、といった風で語るのはフェルナンド。
グリムジョーを前にして気負いも萎縮の欠片も無く、普段通りの皮肉気な笑みを浮かべる彼。
彼が言うには何も”共闘”などという事ではなく、”別々”に互いに戦いたいように戦えばいいとの事。
だが一点だけ、彼らがウルキオラの報告で視る事となった”ゲタの男”と”黒い女”だけは自分に戦わせろというもの。
残りの敵には特に興味は無い様子で、好きに殺せば良いとさえ言う始末。

獲物の数からすればアタリハズレはあろうが明らかにグリムジョー達の方が多いだろう。
だがその物言いはどうにも癇に障るものであったのも確かだった。


「オイコラ、フェルナンド。 テメェ十刃になったからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。何で俺達がテメェに獲物を恵んで貰わなくちゃならねぇ」

「確かに・・・・・・ まるでアナタの残した獲物を啄ばむが如く・・・到底受け入れられるものではありませんね 」


このフェルナンドの提案にグリムジョーよりも先に否を唱えたのは、彼の従属官であるエドラドとシャウロンだった。
他の従属官も声さえ出さないが同じ雰囲気なのが見て取れる。
そう、フェルナンドの言葉は”二人だけでいい”と同時に、”二人意外は要らない”とも聞こえる。
そして言われる方からすればそれは、残りの自分が”興味の無い獲物” を ”恵んでやる”と言われているのと同じなのだ。

それは屈辱だろう。
本人にその自覚があるかはわからないがフェルナンドの言葉はそういった意図で彼らに届き、彼らはそれを拒んでいるのだ。
獲物を恵まれる、などという事は戦いに生きる者にとって屈辱と恥辱でしかないが故に。



「・・・・・・好きにしろ・・・・・・ 」



だが、彼等の王であり主であるグリムジョーから出た言葉は、肯定であった。
その言葉に従属官達は、何を言っているんだという風で驚きの表情を見せる。
フェルナンドの言を認める、などという類の事がグリムジョーの口から吐かれるなどという事は予想外。
それはフェルナンドも同じ事で、いやにアッサリと受け入れるグリムジョーの態度を今度は逆にフェルナンドが訝しんでいた。


が、やはりグリムジョーの真意は別にあった。



ツカツカと歩を進めるグリムジョー。
それ程離れていた訳ではないフェルナンドとの距離は直ぐに詰まり、二人の距離は遂には人一人分という超至近距離にまで接近する。
見上げるフェルナンドと見下ろすグリムジョー。
約頭一つ分ほど違う二人の身長、見下ろされる事は不快であるが今はどうでもよく。
見下ろすグリムジョーの顔には怒りというよりも、挑発的な意図を浮かばせた睨み付けるような笑みがあった。


「俺もテメェも、殺したいだけ殺せば済む話だ。獲物なんぞ選んでる方が馬鹿を見るぜ? 俺が皆殺しにした死体の中にテメェの目当ての残骸があったところで、俺より早くソイツを見つけられなかったテメェがノロマだった、ってだけの話だろうが」



そう、この男には端から譲るという選択肢は存在しない。
フェルナンドが相手となればそれは尚の事、二人だけでいい等というのは悠長な話であり、結果皆殺しとすることが決まっている彼の中ではそれが二人だろうが十人だろうが、それこそ百人だろうが結果は同じ。
殺し尽くすという結果は同じなのだ。


「ゲタの男? 体術使いの女? 知った事じゃ無ぇな。テメェの目的なんてもんは俺には関係無いんだよ!ウルキオラもテメェも存外 微温(ぬり)ぃ事だ・・・・・・敵は全員皆殺しなんて事は、大昔から決まってんだろうが!敵は殺す・・・ 徹底的にだ!! 」


叩きつけられるのは圧倒的殺意の嵐。
これこそがグリムジョー・ジャガージャックの本質。
敵は殺す、薙ぎ倒し、蹂躙し、撃滅する。
そうして進む道こそ彼の往く”王道”であるが故に、彼が目指す”戦いの王”の姿であるが故に。
その殺意の嵐の強烈さ、近くにいる彼の従属官ですら顔を歪ませているほど。
だが、その殺意を誰よりも近くで受け止める男の顔だけは違い、口角を吊り上げる笑みであった。


「微温い・・・かよ。 言ってくれる・・・・・・だが俺はあの二人以外の相手をする心算は無ぇ。更に言えばゲタの男よりもあの黒い女、あの女の体術に興味があるだけの話だ。テメェの考えは良くわかった。 殺したけりゃ殺したいだけ殺してりゃ良い・・・・・・だがな、俺の獲物は俺のもんだ、譲る心算なんか無ぇし、横取りする心算なら・・・容赦はしねぇぞ?」

「容赦だと? 相変わらずよく吼える口だ・・・・・・出来るもんならやってみな、その時はテメェが死ぬだけの話だ。・・・・・・チッ! 霊圧が動き始めたか。全員霊圧は捕捉したな? いくぜ・・・ 一匹も逃がすな!皆殺しにしろ!! 」



溢れる殺意には殺意で返す。
口角をニィと吊り上げたフェルナンドは、グリムジョーの瞳を正面から見据えて返した。
グリムジョーの言っている事はおそらく正しい、敵に情けをかけるのは三流、情けなどというものは自己満足と陶酔でしかなく、絶対的優位を振りかざしている傲慢さだ。
そして傲慢に身を委ねる者は足元を容易くすくわれ、死ぬ。
戦いとは何処までも苛烈に、緩める事無く勧めるべきもので僅かでも情けを見せればそれは負けなのだ。
徹底的にそして圧倒的に蹂躙してこそ勝利、それが彼ら破面にとっての戦いであり勝利の姿である事は誰の目にも明らか。

だが、だからといって自分を曲げる事などフェルナンドに出来よう筈もない。
皆殺しにしてしまった方が確かに都合はいいのだろう。
しかしそれは敵に限っての話であり、フェルナンドはまだ死神を敵と認識していない。
正確には今だ敵足りえないといったところか、故に興味対象以外を手間をかけてまで殺すのは彼にとって無駄、敵足りえず、求めるものも得られそうにない戦いなど座興の部類であり今それは必要とされていないのだから。

それでも、自分の興味対象まで奪われたのでは面白いはずも無く。
譲る心算など毛頭無いという事を明確に口にするフェルナンド。
彼の目的はウルキオラの持ち帰った情報の中にいた黒い女、ヤミーをその拳足のみで叩き伏せる女だった。
身のこなしも、拳と蹴りの鋭さも、何よりその速さも、その全てがフェルナンドには新鮮に映るもの。
映像ではなく自身の目でそれを見てみたいという思い、フェルナンドが態々現世まで足を運ぶ気になったのは単純にそれだけであり、それを邪魔させる心算など毛頭ないのだ。
殺気を浴びせるグリムジョーに対し、同程度のそれを返すことでその言葉には意思が乗る、本気だという意思が、邪魔をすればお前からでも殺してやると。

だがそれで怯むグリムジョーではない。
彼からしてみればある意味そちらの方が、死神を皆殺しにするより余程面白いものといえる。
やれるものならやってみろ、という挑発に挑発を返すような瞳、滾る意思を湛えたそれで紅い瞳を射抜く彼。

が、その二人が放つ殺気が仇となった。
霊圧を押さえていたというのにあふれ出した殺気は大気を啼かせ、辺りに伝播していた。
そして戦いに身を置く死神達はその異変を察知したのだろう、彼らが捕捉した霊圧に動きが見え始めたのだ。
といってもこれが状況を不利にした、という訳ではない。
元々戦闘になることは明らかであり彼らには奇襲をかける等という予定も無かったのだ。

正面から叩き潰す、策など必要なくこれで充分であると。
力への絶対的自信、フェルナンドやグリムジョーだけではなくシャウロン等従属官にもまた、死神に遅れなどとる筈がないという自負があった。
故にこれは何の不利にもならない事。
グリムジョーがフェルナンドの前から動き、中空へと移動する。
そして彼の号令と共に彼の従属官達は弾ける様に四方へと散らばっていった。
一瞬にして見えなくなる彼等の姿、響転(ソニード)による移動、さしあたり近くにいる者、大きな霊圧を目指す者と行動方針は分かれたが問題など無い。

皆殺しにするという意思だけが共通していれば、何一つ問題など無いのだから。

そんな従属官達を見送る形となったグリムジョー。
フェルナンドもまたその場に残っており、そのフェルナンドへ一瞥をくれるとグリムジョーもまたその場から掻き消える。
更に僅かな間を置いてフェルナンドもまた、その場から掻き消えるようにしていなくなった。


残ったのは月光照らすビルの群れと静寂の夜。
そしてその夜はまもなく、その静謐を打ち破られようとしていた。










――――――――――










「ッ! なんだ、この殺気・・・・・・ 空が啼いてる・・・?」


突如として無差別に襲い掛かったのは殺気の波だった。
近くではなく、ある程度距離を置いてはいるがはっきりと殺気だとわかるのは、彼がつい最近からそれを受ける事を日常としてしまったからか、それともその殺気の鋭さ故か。
悲鳴を上げるかのような空の異変を感じ取ったのは一人の少年とその隣に立つ小柄な少女。
少年の名は『黒崎一護(くろさき いちご)』、橙色の髪に茶色の瞳、細身ではあるが均整がとれガッシリとした身体を高校指定の制服に包んだ彼は普通の高校生、という訳ではない。

”死神代行(しにがみだいこう)”

それが彼の二足の草鞋。
人でありながら死神の力を手にし、世にあまねく人の魂に害なす者、虚(ホロウ)を死神と連携して退治する魂の調節者。
そして死神代行でありながら死神が属する組織、護廷十三隊の隊長格にもひけをとらない霊圧と戦力を有し、尸魂界(ソウルソサエティ)の中心、瀞霊廷全てを巻き込んだ通称『藍染の乱』最大の功労者でもあった。


その遠くから響くような殺気を感じながら、一護は隣に立つ少女へとその視線を向ける。
小柄で黒髪、肩にかかる長さのそれは後ろ髪が跳ね上がり、大きな目はつり目がちで強さと同時にどこか繊細さも感じさせる。
彼女の名は『朽木(くちき) ルキア』、死神の組織護廷十三隊の十三番隊に所属する死神。
現世での任務中思わぬ事態により負傷し、緊急措置として一護に死神の力を譲渡した本人であり、黒崎一護の運命を変えた人物。
そして藍染の乱では藍染の目的、崩玉の入手の為に施された策によって処刑される寸前で黒崎一護が救い出した人物でもあった。


「待て、今調べて・・・・・・ッ!! この霊圧は!」

「クソッ! この霊圧・・・! 間違い無ェ、破面(やつら)だ! ルキア!!」

「わかっている! 」


一護と同じようにその殺気を感じ取ったルキアは、伝令神機(でんれいしんき)と呼ばれる携帯電話のような死神の情報端末を操作する。
だがその最中、殺気を感じた方向から今度は強大な霊圧が迸った。
感じる霊圧は大小、差異こそあれ全て数日前に現世へと出現した二体の化物、破面のものと同種のもの。
そしてそれは、破面の再びの現世侵攻を示していた。

一護の声に画面に齧り付く勢いで目を向けるルキア。
画面には感知した破面の霊圧が点となって次々と浮かび上がる。
そしてその点が一つ、また一つと浮かび上がるのと同時にルキアの表情は険しさを増していった。


「1・・・ 2・・・ 7体だと!? ・・・多い・・・!」


険しさが一層強まるルキアの表情。
然程間をおかず、それもこれだけの量の戦力が現世へと侵攻してくる事は死神側からすれば予想外の事。
先の破面出現によって現世へ先遣隊として送り込まれている死神の数は6人であり、一護を入れても敵と同数。
戦力、能力共に未知数である相手に対し、数の利が無いのは不安要素ではあったが、今はそれを悔やむ時ではなかった。


「こっちに向かって来てんのか!? 」

「いや、霊圧を探っていた様だがこちらには向かって来てはいない。・・・・・・だが奴等、近くにある霊圧反応へと迷わず向かっている・・・・・・」

「どういう事だよ!? 」


敵の出現、そしてそれが攻めて来ているという現状。
迎撃するためか一護がルキアに敵の動向を問うが、その答えは彼にとっては不可解なものだった。
何故なら敵である破面は彼には目もくれず他の霊圧反応へと向かっている、というのだ。
自惚れる心算は無いが先の侵攻の際、破面が自分を探していた事から今回のそれも自分が目的だと考えていた一護。
しかし現実侵攻して来た破面達は彼など”眼中に無い”かのように散り散りとなっている。
一護にとって不可解である敵の動き、そしてその不可解の理由は彼の予想を超える残酷な形である可能性を彼の隣にいる少女、ルキアが彼に告げた。



「霊圧の大小は関係ない・・・という事だ。奴等は・・・ この町にいる少しでも霊圧のある者を全て・・・・・・ ”皆殺しにする” 心算だ・・・! 」



一護に衝撃が奔る。
そう、それは”眼中に無い”のではない。
同じなのだ、誰を狙おうが誰から襲おうが、最後に残る形は。
彼等の目的、皆殺しという終わりの形は。


「先の殺気に反応して恋次(れんじ)や日番谷(ひつがや)隊長は既に迎撃に動いている様だ。だが・・・・・・ッ! まずいぞ一護! 茶渡(さど)に向かって一体・・・・・・近付いている・・・! 」

「ッ!! 」


夜の静謐は破られ警鐘は鳴り響く。
だがそれは自分の命ではなく友の命、その危機の警鐘。

戦火の夜が開く、そしてその夜明けはまだ、遠かった。












――――――――――










青い氷で出来た翼、それに突き刺さるのは白く長い爪。
爪はいとも容易く翼へと突き刺さり、分厚い氷で出来たその翼はあっけなく裁断された。


「フム・・・・・・流石は隊長格。 これだけの戦力差を見せられて尚立ち向ってくるとは素晴らしい!実に・・・ね 」


異様に長く鋭い刃のような爪に付いた血を払うようにして語るのはシャウロン・クーファン。
長く伸びた両腕と、更に長く伸びた指、そして鋏のように鋭い爪、上半身と辮髪は昆虫の様な装甲覆われ、長く伸びた辮髪の装甲の先には大きな鋏状の刃が付いていた。
その姿は人というよりも化物に近い、そう姿を見れば一目瞭然それが解放状態だという事が伺える。
『五鋏蟲(ティヘレタ)』、という名の彼の斬魄刀が解放され、本来持つ力の核を回帰させたその姿。

それに対しているのは腕と背中に竜を模したかのような氷の鎧と翼を纏った死神の少年。
人で言えば年の頃おおよそ10歳前後、しかしその見た目などは死神にとって然程意味はない。
月光照り返す銀髪、碧眼の瞳は力強く凛とした雰囲気を湛えてシャウロンを見据え揺れる事無く。
小柄ではあるが放たれる霊圧は十二分に力を宿し、氷を纏ったせいかそれとも気質からか冷たさを感じさせる外見と、しかしその内側に紅蓮の様な熱さを秘めたその少年。
名を『日番谷(ひつがや) 冬獅郎(とうしろう)』、護廷十三隊十番隊隊長にして史上最年少で隊長となった天才児である。

しかしその冬獅郎の纏う死神の証、黒い死覇装は所々を彼自身が流す血によって赤く染め上げられていた。
そう、今彼は圧倒的に不利な状況に立っている。
死神が持つ斬魄刀、その斬魄刀戦術の奥義たる卍解をして彼は押されているのだ。
白く長い爪を打ち鳴らす目の前の男、シャウロン・クーファンに。


切裂かれた冬獅郎の氷の翼、それを含む彼が纏う卍解『大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)』。
氷雪系と呼ばれる死神の斬魄刀の分類の中で最強を誇るそれは、例え切裂かれたとしても大気中の水分によって幾らでも再生する。
現に切裂かれた筈の翼もその断面から再生を始め、時を置かずに元通りとなった。
が、現状彼が劣勢であることに変りはない、副官である松本乱菊も早々に下され、戦えるのは彼のみの状況。
実際一太刀も敵に攻撃を与えられていない情況は、不利を通り越していた。


(チッ。 予想以上に強い・・・・・・ だが” 許可 ”が下りるまでは俺が時を稼ぐより他無い・・・か)


血を流し荒い息をしながらも冬獅郎は冷静だった。
敵はこちらの予想を超える戦力を有し、”今のまま”では勝利すら拾えない。
故に勝利できるその時まで、その時が来るまで耐えるより他無いと。
そして只時を稼ぐだけではなく、何か一つでもこちらが有利となるものを見つけなければと。


「シャウロン・クーファンと言ったか・・・・・・一つ訊きてぇ。 てめぇは自分を破面No.11(アランカル・ウンデシーモ)、つまり11番目と言ったな。 それはてめぇの力の格が破面の中で上から11番目・・・ってことか?」


冬獅郎の口をついて出たのはそんな言葉だった。
ただ徒に逃げ回り時を稼ぐことも出来る、だが同じ時を稼ぐならば一つでも有用なものを。
破面という彼ら死神からすれば多くの未知が存在する敵を前にした時、最も必要だと彼が判断したのは”情報”だった。
問えば敵が答えるという訳でもない、しかし問わねば欠片すら拾えない。
答えればよし、答えずとも何かしら別のものが拾えればいいと、不足しすぎている敵の情報の入手こそが重要であると冬獅郎は考えたのだ。


「・・・・・・そうですね。 確かにそういった側面を持っている事も否定はしません。基本的に私達が最初に与えられる番号は生まれた順番です。しかし上位の番号を持つ者を倒す事で奪い、自身の番号を上げることも可能なのです。ですから一概には言えませんが、番号は”生まれた順”であり”強さの序列”でもあるのです」


冬獅郎の問いに律儀にもシャウロンは丁寧に答えた。
それは優位であるための余裕なのか、それともこれから殺す相手に情報を渡しても問題ないと判断したのかは定かではない。
だが、その答えもひどく曖昧なもの。
強さの序列かそうでないかという問いに、”そうでありまたそうでない”という答えはあまりに揺れが大きいもの。

しかし、これが正答なのだ。
彼等の数字には揺らぎがある。
生まれた順である番号と、それを強奪決闘によって奪い上げるという側面。
下位だから弱い、という判断は早計であり、おそらくシャウロンよりも強い破面は下位にもいる事だろう。
それでも彼らが10番台の番号を死守できているのはグリムジョーという絶対的な強者の存在があったためであるのだがそれは今論ずる事ではなく。
ともかくとしてシャウロンの答えは正しくはあるが、冬獅郎にとっては番号は当てにならないといった程度のものであった。

が、続くシャウロンの言葉が日番谷の動揺を誘う。



「ただし・・・・・・ ”No.11(わたし)より上には”そんな考えは無意味ですが・・・ね」

「 !? 」



そう、要領を得ず揺らぎがある数字と力の関係。
しかしそれは11番以下に限っての事、そこから上は別次元の話。
揺らぎなどというものを抱えては足を踏み入れる事すら出来ず、半端な力で手を伸ばせば死を自身に招く世界。
疑問を感じているような冬獅郎を他所に、シャウロンは彼を絶望に叩き落すような愉悦を感じながら言葉を紡いでいく。


「判りやすく言いましょうか? 私より上には『十刃(エスパーダ) 』と呼ばれる破面が更に10人存在します。彼等の殺戮能力は私達の比ではありませんよ?純粋な殺戮者の集団・・・・・・それが十刃であり彼らを下すことは同じ十刃でも難しい。判りますか? 無意味なのですよ。 番号によって彼らの強さを推し量ろうとする事など。彼等の強さはハッキリ言って別次元。 今のアナタのように足掻く暇すら、彼等は与えてはくれませんよ」

「―― ・・・!」


無意味。
番号の大きさ、それによって推し量れるおおよその実力。
そんな思考は無意味だとシャウロンは言う。
それは決して誇張ではない、事実として彼は言っているのだ、無意味であると。
日番谷が息を呑むのが見て取れる。
そのシャウロンの言葉が、語る雰囲気がそれが嘘ではない事を証明していると判ってしまったが故に。
だが、シャウロンの言葉はいまだ止まらず、絶望は更に深まる。


「・・・・・・そして、更に言うならば現在コチラに侵攻した中に居るのですよ、十刃が・・・・・・それも『 2体 』・・・ね 」


突き落とすには充分すぎるのかもしれないその言葉。
現在目の前にいるシャウロンに図らずも圧されている冬獅郎にとって、彼が”別次元”と呼ぶ者の存在。
それが2体、殺戮という単一の機能に特化した化物が更に2体この現世へと降り立っているというのだ。


「一人目は藍染様より第6の数字を与えられし者、『第6十刃(セスタ・エスパーダ)』グリムジョー・ジャガージャック。・・・・・・そしてもう一人は同じく第7の数字を与えられし者、『第7十刃(セプティマ・エスパーダ)』フェルナンド・アルディエンデ。 どうです?どちらもアナタ達にとっては死と絶望と同義の名・・・ですよ・・・・・・」





告げられた名。
姿も威容も何もかもが不明ではあるがしかし、どこか重く圧し掛かるそれ。
それを感じた冬獅郎は、今後続くであろう破面との戦いが一筋縄ではいかない事を確信するのだった。













――――――――――













「残念だったな。 袖白雪(そでのしらゆき)は”地面を凍らせる剣”ではない。この刀で描いた円にかかる天地、その全てが袖白雪の・・・氷結領域だ」



時は僅かばかり遡る。


聳えるのは氷の柱。
天高く間で伸びたそれには、まるで琥珀に閉じ込められた太古の昆虫のようにも見える破面が一体。
名をディ・ロイ・リンカー、グリムジョーの従属官の中でも最下位ではあるが彼とて破面、一介の死神に遅れをとるものではない。
しかし彼の相手をしたのは、不運にも”一介の”死神ではなくそれ以上の実力を秘めた者だった。

朽木ルキア、それが彼を屠った死神の名。
聳え立つ氷の柱に囚われた彼はその肌のみならず瞬時に体の内側までを凍りつかされた。
その後、間を置かずして崩壊する氷の柱、そして既にその身を凍らせていたディ・ロイの身体もまた、その崩壊と共に崩れ往く。
そしてルキアが氷の柱に背を向け、刀を一払いした時には彼の存在はこの世から消えていた。







「うーでーがピョンと鳴~る♪ 」

「いででででででぇ~~!! 腕折れる腕折れる!ギャオオオオぁぁぁぁ~~! 」


苦も無く、という訳ではないが破面との初遭遇を勝利で飾ったルキアを迎えたのは、気の抜けたやり取り。
まぁ約一名に関しては骨折の危機ではあるのだが、止める気も失せるような光景ではあった。
そんなやり取りをしているのは死神の姿となった黒崎一護と、制服姿のルキア。
正確には制服姿のルキアの義骸に入っている義魂丸のチャッピーであるのだが、それは言及するに足りないだろう。


「何をしているのだ、たわけ共・・・・・・ 」


戦いよりも寧ろこの光景を目の前にした方が余程疲れる、といった風のルキア。
ルキアに止められた事でからくも骨折の危機を脱した一護は、いまだルキアの義骸に組み伏されたままながら、彼女へと視線を向ける。


「ルキア・・・お前無事なのか? アイツはどうしたんだ!?倒したのかよ!? 」

「無論倒した。 でなければこうして戻って来られる筈があるまい」


矢継ぎ早に声を発する一護に、ルキアは至極当然といった風で答えた。
あまり大げさなそれは返って嫌味となるが、一護のそれは仕方が無い事。
何せ彼は今日始めて彼女が死神としてまともに戦うところを見たのだ。
現世任務で深手を負い、今日に至るまで霊力の減衰などの理由から戦線に加わる事が出来なかった彼女、それ故に死神としての彼女の戦闘力を知らない一護は、その無事を心配していたのだ。


「あっ・・・・・・ お前、その斬魄刀・・・・・・」


そして一護の視線は自然と彼女がその手に握る白い斬魄刀へと向かう。
刀、というにはそれは余りにも潔白だった。
人を、また化物を斬る為に拵えられた刀という武器、鉄で出来た鈍色のそれは研ぎ澄まされ確かに美しいが、ルキアの持つ刀はそれとは別の美しさを持っているように一護には見えた。


「『袖白雪』、ルキア様が持つ氷雪系の斬魄刀にして、現在、尸魂界で最も美しいと言われる、刃も、鍔も、柄も、全てが純白の斬魄刀・・・だピョン」

「台無しだな、お前・・・・・・」


ルキアの義魂丸チャッピーの最後の一言が残念な説明はさて置き、その斬魄刀は確かに美しかった。
説明のとおり刃、鍔、柄、そして柄頭から伸びた長い帯に至るすべてが白いその斬魄刀。
そして斬魄刀を持つ、という事はルキアが完全に死神としての力を取り戻しかつ、席官にも食い込むであろう実力を有している事を伺わせるものであった。


「ルキア様は本来席官クラスの実力をお持ちのお方。だけど席官ともなればヒラ隊士に比べて危険は格段に増す・・・・・・だからそれを嫌った“ある方”が隊長達に密かに根回しをして、ルキア様を席官候補から外させた・・・・・・」

「ある・・・方・・・?」

「そう・・・・・・ 朽木 白哉(くちき びゃくや)様・・・・・・ だピョン 」

「・・・だからいろいろ全部台無しだよな、お前・・・・・・」


チャッピーの説明は続く。
それは本来ルキアの実力は今の境遇よりも上であるという事だった。
今現在ルキアは十三番隊に所属してはいるものの、席官と呼ばれる上位隊士ではなく官位の無いヒラ、下級隊士である。
しかしそれは彼女の実力が足りていないという訳ではなく、一重にある人物の不器用すぎる思いゆえだった。

朽木白哉、ルキアの血の繋がらぬ義理の兄。
四大貴族の一、正一位の称号を持つ大貴族の当主である彼。
彼には死に別れた妻がおり名を”緋真(ひさな)” といった。
そしてその緋真こそがルキアの実の姉であり、病に伏し、命の火が消える寸前に緋真が白哉に託したのがルキアの事だった。

”守ってやってくれ”と”兄と呼ばせてやってくれ”と、姉として共にいる事が出来なかった自分の代わりに、姉として守ってやることが出来なかった弱い自分の代わりにと。
その妻の最初で最後の我儘を白哉は聞き届け、ルキアを義妹とし、そして危険が及ばぬようにと守り続けていたのだ。
結果としてその白哉の不器用すぎる守るという意思が、ルキアを実力とは釣り合わないヒラ隊士につける事となった。
だがそれでも、例え席官ではなくとも育つものは育ち、才ある芽は芽吹き花を咲かせる。
その結果が今のルキアであり、守られながらも他人を守れるだけの強さを見につけた彼女は、破面という難敵を退けられるまでに至っていた。


が、その不器用な兄の優しさもチャッピーの残念な語尾が台無しにしているわけであるが。


一護の若干ゲンナリとしたツッコミに再び彼の腕を折ろうとするチャッピー。
そんな様子を呆れた顔で見ているルキアが、そのやり取りをやめさせ、他の戦場への援護に向かうことを提案しようとしたその時。












彼等の心臓はその気配を感じ、ドクンと跳ね上がった。





















「・・・何だ? ディ・ロイの奴は殺られたのかよ?仕方ねぇな・・・・・ 俺が纏めて殺すとするか。第6十刃(セスタ・エスパーダ) グリムジョーだ。よろしく頼むぜ? 死神ぃ! 」









現われたのは水浅葱色の髪をした男。
丈の短い白い上着、筋肉質な身体つきと鳩尾の辺りには彼ら特有の孔が開いていた。
ギラつく双瞳、楽しくて仕方が無いといった風につりあがる口角、そして何より発せられる野獣の如く荒々しい霊圧。
化物、そんな言葉が浮かんで嵌るような、そんな印象をその男は一護とルキアに与えていた。


(何だ・・・ 此奴(こやつ)の霊圧は・・・!?此奴も破面・・・!? しかし本当に同じ種族なのか・・・・・・霊圧のレベルが・・・ ”違いすぎる” !)


ゆっくりと降下してくる水浅葱色の男、グリムジョー。
だが目の前の男から感じる霊圧にルキアは困惑を隠せない。

違いすぎるのだ。
先程彼女が戦い、勝利した破面とはその何もかもが。
発する霊圧も、気配も、威圧感も、そして漲る殺気も、その何もかもが違いすぎる。
同じ種族だというのに此処までの差が開く、それが敵の実力、これから自分が戦うであろう敵の実力。
ルキアに戦慄が奔り、そしてそれは一護にも同じ事が言えた。

敵の出現により主の義骸を守る事を第一とする義魂丸のチャッピーはいち早く戦場を離脱し、一護はその拘束から開放される。
そして素早く立ち上がると背に背負った自身の斬魄刀、唾も柄も無い、ただ研ぎ澄まされた刃だけの斬魄刀である大刀『斬月(ざんげつ)』を構えた。
彼にも判っているのだ、目の前の敵が如何に危険であるが、そしてその敵が自分達を確実に殺す心算でいる事が。
殺気に満ちたその霊圧、それを前にして一護は斬月を握る手に一層の力を込める。
敵の一挙手一投足、それこそ眉の動き一つ見逃さないために集中する。
そう、そうしなければいけないと彼の中で誰かが叫ぶのだ、そうしなければいけない、そうしなければ”一瞬で終わる”と。


が、その一護の集中が見たのは不可解な行動だった。
外したのだ、彼等から。
目の前に現われたグリムジョーという破面は、何故か彼らからその視線を、意識を外したのだ。



まるで彼等以上に意思を向けるべき者が現われたかのように。



(ッ! よし! ) 「一護!! 一端退くぞ!! 」


意識を外すという敵の愚行。
それを一護同様見逃さなかったルキアが声を上げ叫ぶ。
今この場でこの敵とぶつかる事は避けられるのなら避けるべきだと。
敵の放つ霊圧は隊長格にゆうに匹敵し、自分一人ではとうてい敵いそうも無いと。
一護と共闘すれば或いは勝機はあるかもしれないが、今の一護は”万全ではない”。
虚化と呼ばれる現象により、彼の戦力は今非常に不安定で、下手をすれば完全に虚へと堕ちてしまう可能性がある中での戦闘は極力避けさせるべきだと判断した彼女は、迷わず撤退を決めたのだ。

その判断は正しく、勝てない敵に挑むのは勇猛ではなく蛮勇、特攻でしかない。
故にその判断は正しかったのだ、敵が”グリムジョー唯一人”であったのならば。






















「女ァ・・・ 悪ぃが逃がす訳にはいかねぇな・・・・・・お前等には興味は無ぇが、どっちでも構わねぇから吐いて貰うぜ?あの二人の居場所を・・・よぉ・・・・・・ 」







唐突に背後から掛けられる声。
そして先程まで何も感じなかった背後からは、彼等の前に立つグリムジョーと同質の霊圧と、気。
威圧感というよりは寧ろ呑み込む様なそれに二人は視線を後ろへと向ける。



そしてそこに立っていたのは金色の髪を靡かせた、紅い霊圧の修羅であった。














前門の豹

後門の業火

どちらもが死地にて

逃げ場など無し















※あとがき

視点や時系列があっちこっちに飛びましたが、申し訳ない。

従属官達の戦闘を描写する心算も無いので
言わせたい台詞は今回言ってもらう事になりました。

そしてまたしても無理ゲー感が強くなってしまったかな?






2011.9.24誤字「ヘタレ」を修正。







[18582] BLEACH El fuego no se apaga.67
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/10/03 19:08
BLEACH El fuego no se apaga.67












彼等二人の前に立つのは、荒々しく、野獣の如き殺気を惜しげもなく撒き散らす男。
彼等二人の後ろに立つのは、殺気というよりは威圧感、存在感に近くしかし異質なそれを纏う男。
どちらもが白い衣に身を包み、そのどちらもが胴に孔を穿っている。
そして穿たれたその孔は喪失の証であり同時に人ならざる者の証。

破面(アランカル)

人と同じ姿の器、しかし人とは次元の違う化生。
それこそ余りにも容易く他者の命を奪い去る事が出来る力を有した者。
その化生が二匹彼等を、死神代行 黒崎一護と死神朽木ルキアを挟むようにして今、その場に立っていた。


(クソッ! 何なんだコイツ等・・・・・・とんでもねぇ・・・・・・! )


内心で零す一護の言葉が全てを物語っていた。
二体の破面に挟まれる形となってしまった一護とルキア。
前に進む事も退く事も、ましてや下手に動く事すら出来ずにその場に釘付けにされてしまう二人。
ただそうしているだけだというのに一護も、そしてルキアも全身から汗が噴出すような緊張感を覚えていた。
それは強烈な殺気と気当りに前後から挟まれたが故の緊張。
どちらか一方に意識を振りすぎればそれだけで命取りとなりかねないような、二人にはそんな予感が過ぎり、それ故に集中の糸は限界近くまで張り詰めたまま。
それだけの重圧の中に今二人は居り、それは何が切欠で切れるとも知れない綱の上を渡るが如く。
ただただ状況は時を置くにつれ彼らに不利に傾いていくという、非常に厳しいものだった。


「・・・・・・クソガキ。 テメェ何の心算だ・・・・・・」


不意に口を開いたのは一護達の目の前に立っていた破面。
グリムジョーと名乗ったその破面は、一護とルキアなど眼中にまるで無いかのように彼等の背後、そこに立つもう一体の破面へと話し掛ける。
放たれる殺気は相変わらず荒々しく、その表情には若干のイラつきが見て取れるような気がした。


「何の心算も何も無ぇよ。 思ったより速くテメェの従属官(フラシオン)が殺(や)られたんだ、”それなり”の奴かもしくは”目当ての奴等”かと思って此処に来た・・・ってだけの話さ 」


おそらく浴びせかけられている殺気の量は一護達となんら変らないにも拘らず、その金髪の破面はどこか皮肉気な笑みすら浮か平然とそれを受け止め、グリムジョーの問いに答えていた。
まるでそれが日常的な一コマだとでも言わんばかりに、まるでこんな殺気は挨拶程度だとでも言わんばかりに。

” 化物 ”そんな言葉がそのやり取りを見ていたルキアに過ぎる。
彼女が死神として戦ってきた敵、虚(ホロウ)とは違う、ただ差異があって違うのではなく次元が違う化物。
住む世界が、身を置いている世界が、戦いの次元が、彼女の基準としていたものとは懸離れている。
只の会話で彼女にそう思わせてしまうほど、彼等のやり取りは彼女の眼には異常に映っていた。


「・・・・・・チッ。 だったらコイツ等は”ハズレ”だ、テメェが探してる奴等じゃ無い。 他を当たるんだな」

「ハッ! 確かに違う・・・が、別に構わねぇさ。あてもなく探すより、コイツ等のどっちかに吐かせた方が早ぇに決まってる」

「・・・先に見つけたのは俺だ、俺がブチ殺す。二匹共な・・・・・・ 文句は言わせねぇ 」

「違うな。 見つけたのは同時だ、此処へ来たのも・・・な。だから俺にもコイツ等を殺る権利はあるに決まってんだろうが」


獲物を挟み言い合う破面二人。
まるで一護達の存在など無いかのように己の意見だけをぶつけ合う。
そこに譲歩などというものは存在せず、ただ我を通す事だけが存在した。
どちらも決して退かないその場の雰囲気、グリムジョーの方は睨みつけるように、もう片方の方は口元に笑みを浮かべたままそのグリムジョーの強烈な意思を受け止めしかし怯まない。
その態度にグリムジョーの表情は更に険しさを増したかのようだった。


「・・・・・・邪魔すんならテメェから殺すぞ、クソガキが・・・・・・」

「ハッ! 俺の台詞だったそれをテメェが言う・・・かよ。だがまぁ、それはどこまでもソソられる話ではあるが・・・なぁ・・・・・・」


立ちはだかるのならば、邪魔をするのならば殺す。
それが例え同じ種族、同じ破面という存在であっても些かの躊躇いも無く。
グリムジョーが発した言葉からはそんな意思がありありと見て取れた。
それは人間、死神というモノから見れば異常。
何処までも” 個 ”を、そして” 我 ”を追及し、協調や同調といったものをまるで嫌悪でもするかのような振る舞い。
そしてその考えは何もグリムジョーだけのものではなく、その意、その異常性を前にしてもう一人の破面はニィとその笑みを深めている。
怯む事など皆無、その笑みに浮かぶ感情はどこまでも喜色でありお前を殺すという言葉をこの破面が嬉々として受け止めている事の証明に他ならないという事実。
それもまた異常なのだ、殺すという強い言葉を歓喜を持って受け止める事。
そしておそらくは只で殺される心算など皆無であり、逆に殺してやろうかという意思すら透けて見えるその笑み。


ここへ来て一護、そしてルキアも理解した。
目の前にいるこの破面はおそらく、破面と呼ばれる種族の中でも一等”外れている者”であろうという事を。
化物の集団である破面、その化物の集団の中でも更に化物と呼ばれる部類に入る尋常ならざる者達であるという事を。
化物の中の化物、それは生粋の強者であるという事実を示し、命を刈り取る者の証明。

それを前に足を止める事の愚かさ、状況に流される事の無意味さ、ただ時だけが過ぎるのみでそれが事態を好転に導く可能性の希薄さ。
ただただ雰囲気に、状況に、殺気に気迫に異常さに呑まれ行動を起さず、” 下手に動けない ”という自らが架した呪縛によって自らを大地に縛り付けるようにしている一護達の現状。


それは怯えだ。


力ある者を前にし、その力に、どうしようもないかのようなその差に彼等の心は震え、怯えていたのだ。
だがそれは仕方の無い事でもある。
誰しもがそんな心の弱さを持ち合わせており、それが顔を覗かせるのは彼らが至極全うな精神と生き方をしてきた証でもある。

しかし、戦場に”全うな精神”等というものは必要ない。

そして今彼らに必要なのは、状況を静観する事ではなく状況を作り出す事。
流されるのではなく自らが流れとなって現状を動かし、事態を動かし、好転には足らずとも今を打破しようと自らが動く事。
目の前にチラつく死の予感をして尚、前へ前へと進もうとする” 覚悟 ”を見せることより他無いのだ。

死地に踏み入って尚、自らの往く先を見据え信じる”覚悟”を見せるより他、道など無いのだ。



(何やってんだよ・・・・・・ 退けば老いるぞ・・・臆せば死ぬぞ!・・・・・・ビビってんじゃ無ぇよ、俺! 俺が此処で止まってる間にも、誰かが危ねぇ目に会ってるかもしれねぇじゃねぇか!だったら進めよ俺! 俺が・・・護るんだ!!)



決意とは、覚悟とは、強く瞳に浮かぶもの。
そしてその瞳に覚悟と決意を浮かべたのは一護だった。
立ち止まらない、退かない、臆さない。
彼の分身、彼が持つ斬魄刀、斬月から贈られた言葉を心の内で呟く一護。
只進み、愚直でも進み、足を前へと踏み出す事をやめない事が彼の強み。
精神の揺れはいまだ大きい、甘さも多分に残してはいるのだろう、だがそれでも。
それでも彼の決意は、覚悟は確実に彼に力を、踏み出し進み、護るための力を与えるのだ。


「・・・・・・いくぜ、ルキア 」

「ああ・・・・・・ 」


呟くように零れたその声には、怯え等の負の感情は見えなかった。
あるのは言葉通りの意思だけ。

行く、と。

進むという意思だけがその声には乗り、それはやや遅れてではあるが一護と同じように覚悟を決めたルキアに確と伝わる。
踏み出したのは二人同時。
一護は前方へ、そしてルキアは後方へと示し合わせた訳でもなく同時に踏み出した。

今彼らに出来る最善は、最悪の状況を避ける事。
目の前の尋常ならざる破面が二体同時に彼らに襲い掛かって来る、という状況を回避する事だった。
二対二ではなく一対一、もしもどちらか一方が倒れたとき、二対一となれば状況は不利を通り越して逆転が不可能なものとなるだろう。
それは一見破面側にも言える事ではあるが、実力が突出した者に敵の数などはそう問題ではない。
だがそれでも一護達にとっては一対一でも歩が悪い事には変りは無い。
しかし、ただ状況を静観し、無意味に過ごすよりは余程そうする価値はあると、彼等二人は決断したのだ。

既に飛び出しと同時に一護とルキアの斬魄刀は振り被られ、それぞれの前に立つ破面へと向けて初太刀は振り下ろされる。
状況を見るのではなく初太刀から相手を倒しに行くその太刀筋、一護達に残された道は少なく、此れが今彼らに出来る精一杯でありそれはある意味実ったと言えるものだった。


破面達二人からしてみれば、今や死神二人の姿は間にある風景に近いものだった。
意識を向けるべきはその風景の一部ではなく、この場で唯一自分の敵足りえるだろう相手のみ。
それ故に意識を一護達に向けてはおらず、結果彼等の瞬時の攻撃は奇襲めいたそれとなり彼等二人に襲いかかったのだ。
覚悟を決めた彼等死神二人それぞれの一撃、それを奇襲めいたそれで受ける事となった破面二人。
当然備えていた相手ではない者からの攻撃に、彼等破面二人は意表を突かれるか形となる。



が、それはあくまで奇襲”めいた”攻撃であり、それでは彼等二人には足りなかった。


「なっ!? 」

「くっ!! 」



それそれ一護とルキアから声が漏れる。
それは驚きと苦い思いの浮かぶ声。
一護の驚きは加減など無く振り下ろした自身の斬魄刀、斬月という名の彼がただ斬る事だけを追求し研ぎ澄ませたかのような斬魄刀を、その腰に挿した刀でもなんでもない、破面グリムジョーの前腕だけで受け止められ、そこに傷一つ残していないという事に。
ルキアの苦い声はコチラも加減無く一撃で仕留める覚悟を持って振り下ろした斬魄刀が、鼻先を掠めるか掠めないかのギリギリで敵を捉えられなかったという事、そしてそれは自分が外したのではなく、目の前の破面が完全に太刀筋を見切って避けた事が判ってしまった為だった。

初太刀によって決する事は始めから目的ではなかった一護達。
言うなればどうしようもなく彼等に自分一人を意識させる事が目的であり、それは達成されたといっていいのだがそれでも、近付き、刃を振るったからこそ見える” 差 ”には動揺を隠せない様子だった。


「なんだ? テメェ・・・ せっかく生かしてやってたのに、よっぽど死にたいらしいな・・・・・・」


尚その両腕に力を込め、刃を押し切ろうとする一護。
しかしそれでもグリムジョーの片手はピクリとも動かず、そして薄っすらとも傷つく事は無い。
それどころか刃が突き立てられようとしているにも拘らず、グリムジョーは平然と言葉を発していた。
平然と、何もなかったように。
そう、何もないのだ、彼にとって今の状況は何もないのと同じ、危機を感じる必要性がまったくない普通の状況でしかなかった。

露骨ですらある実力差、そして圧しても切れぬそれは、一護が過去一度体験した感触と酷似していた。
それは一護が尸魂界きっての戦闘凶である凶獣、更木 剣八(ざらき けんぱち)を相手取った時と近い感触。
意識して研ぎ澄ました自身の霊圧と刃、それが無意識に敵が発する霊圧に負け、傷を負わせる事が叶わない。
ただ剣八のときと違うのは、発する霊圧ではなく破面の外皮、鋼皮(イエロ)の硬度を一護の剣が上回っていないという事なのだが一護にそれを知る術はなかった。


「無手の相手にいきなり斬りかかる・・・かよ。ハッ! 存外死神も悪くないもんだ・・・な 」


対してルキアの方は初太刀が避けられると同時にやや後方へと跳び目の前の破面と距離を置いた。
初太刀が避わされて尚その場に止まるのは下策、何故ならそこは敵の間合いの只中であり自分にとっての危険地帯。
例え前に出る覚悟を決めようとも敵の間合いも掴めていない中では、無策で攻め続けるのは覚悟ではなく無謀な事。
よって彼女は距離をとった、緊張は最大に高められ刃の切っ先は常に敵を捕らえたままで。

だが彼女と相対していた破面はといえば、その彼女の攻撃がよほど意外だったかのようで、しかし顔には驚きではなく喜色が浮かんでいた。
どこまでも、どこまでもその破面には喜色が浮かぶ。
それは戦いというものが好きなのか、あるいは意外だった事が嬉しいのかは定かではないが、言えるのはその破面にとって今のルキアの行動は思った以上に喜ばしいものだったのだろう、という事だけであり、それは同時にルキアの攻撃はこの破面にとってその程度。
危機を感じる以前のものでしかない事の証明でもあった。


そして、二つに分かれた戦場は急激に加速した。


「ゥラァァ!! 」

短く吐かれた気の入った言葉。
それは一護と相対する破面、グリムジョーのものだった。
声と同時に発せられたのは彼の霊圧、一護の斬魄刀と拮抗する彼の腕の甲から発せられた水浅葱色の霊圧は一護の斬魄刀を容易に押し返し、それにとどまらず一護の身体ごとそれを弾き飛ばした。


「フン・・・・・・ 死神風情が・・・・・・まぁいい。 テメェとの決着は死神共を皆殺しにした後にしといてやるよ、クソガキ」、


一護をその霊圧で吹き飛ばしたグリムジョーは、一度弾かれる一護を鼻で笑うと、もう一人の破面に今度は視線すら向けずにそう言い放つ。
そして次の瞬間にはまるで掻き消えるようにその場から姿を消してしまった。
おそらくは弾き飛ばした一護を追ったのであろう破面グリムジョー、そしてその場に残されるルキアともう一人の破面。
ある意味一護とルキアの目論見は成功した、と言っていいのだろう。
戦場は二つに分かれ、同時に襲われるという挟撃の状況は回避された。
だが此処からが彼等二人にとっての本番、明らかな化物をたった一人でそれぞれが相手にしなくてはいけないという事実。
彼等にとっての正念場であり瀬戸際が始まったのだ。


(どうする・・・・・・? 初太刀は見切られ避わされた。もし同じ事をしたとしも避わされるのが道理、ならば直接攻撃ではなく鬼道系の攻撃で撹乱してやれば・・・・・・)


一護が吹き飛ばされ戦場を弾き出されてもルキアは動じなかった。
正確には動じるという隙を見せることはなく、それは見せなかったと言うよりは見せられなかったという表現の方が適切。
意識を割けば隙が生まれる、そして隙が生まれれば戦いは決してしまうのだ、自らの死をもって。
故にルキアは動じず、自分の勝利のための道筋を、その可能性を瞬時に思考し続ける。
それは決して勝利を諦めていない事の証明、敵が強大だという事など関係はない、勝利を諦めず絶えず模索する事がその者に勝利を呼び込むのだから。


「ハッ! まぁそう気張るなよ、死神。 俺は別にお前と戦う心算は無ぇよ、お前に興味は無いんでな・・・・・・ただ俺の質問に答えさえすれば何処へなりとも消えて構わねぇし、追いもしねぇよ」

(何・・・ 此奴(こやつ)、一体何を・・・・・・?)


だがそうして一人気を張るルキアとは対照的に、彼女の目の前に破面は戦いの気配を見せはしなかった。
気当たりはそのままに、おそらく生来のもので御し切れていないかのようなそれを発したままで、しかしその破面に殺気はない。
そして、ただその破面はルキアに質問があると言うのだ。
まるで気安く、道でも尋ねるかのように。
そのあまりの不釣合いに困惑を浮かべるルキア、もしや何かの罠かと疑ってしまった彼女は決して間違いではないだろう。
だが、そんな罠は始めから無く、その破面は本当に只質問を口にした。


「話は簡単だ・・・ さっきの死神のガキ、あのガキがヤミーの野郎に殺されそうになった時助けにはいった二人・・・・・・『 ゲタの男 』と『 黒い体術使いの女 』、その二人の居場所さえ吐いてくれればテメェは用済みなんでな・・・・・・」

(ッ!! )


それを聞くなりルキアは内心僅かながら動揺してしまう。。
確かに自分達が現世へと赴く際、最初の破面侵攻時に一護達の救援のため二人が向かった事は情報として彼女も知っていた。
ゲタの男とは名を『浦原 喜助(うらはら きすけ)』、現世にて浦原商店と言う名の店の店長をしているが、その実はとある事件によって尸魂界を追われた死神であり、追われる以前の職は護廷十三隊十二番隊隊長にして同隊技術開発局初代局長を務めた鬼才。
そしてもう一人、黒い体術使いの女の名は『四楓院夜一(しほういん よるいち)』、彼女もまた浦原喜助同様追われる身の上。
浦原喜助が尸魂界を追われる切欠となった事件において、彼の逃走を幇助した罪によって追われる彼女は元大貴族。
天賜兵装番『四楓院家』の当主にして四楓院家が代々長を務める隠密機動総司令官と護廷十三隊二番隊隊長を兼務した女傑。

その二人を目の前の破面は探していると言うのだ。
理由は定かではない、が、何かしら思惑を持って二人を探している事は事実。
ルキアには想像でしかない可能性ではあるが、もしかすれば藍染が障害となる可能性がある二人を排除しろと命じているのかもしれないという考えすら浮かんだ。。
そしてその可能性は充分に考えられ、それ故彼女は僅か見せた動揺を即座に仕舞い込んだ。


「どうだ? 知ってんのかそれとも知らねぇのか、早いとこ答えろ死神」

「・・・・・・もし、私が貴様の言う二人の居場所を知っていたとして、私が・・・それを素直に答えると思うのか?」

「答えるさ。 テメェだってこんな簡単な問答で”死にたくはない”、だろう・・・・・・?」


問う破面、余計な時間は使いたくないのか僅か急かすようなそれに、ルキアは是でも否でもなく答える。
戦いにおいて単純な戦力は脅威である。
しかし、それと同等に大事なのは精神力。
強大な戦力もそれを振るう者の精神が追いつかねば、伴わねば腐り果てる。
真に怖ろしいのは冷静な暴力であり、怒りの熱に浮かされたそれは脅威ではないのと同じように、精神を乱した力は往々にして地に堕ちる。

ルキアの言葉はそれを誘うもの。
問いは単純、しかしそれを煙に巻くような答えは相手の精神に僅か爪を立てる。
決して傷つける訳ではなく、しかし不快には思う程度のそれ。
だがそれがいい。
不快感とは心にたつ漣(さざなみ)。
小さなそれは時を置く毎に大きくなり、何時しかその精神は戦いの最中荒れていく。
何も純粋に保有する戦力だけが戦局を完全に左右する事は無いのだ。
戦局の外、番外からの一手、搦め手に近いそれもまた戦いには必要なもの。
敵との戦力差を自覚しているルキアには、勝つための手段の全てを用いる必要があり故に彼女はこう答えたのだ。


だが、そんな彼女の言葉も破面に漣をもたらす事はなかった。
それはどこか確信めいた言葉。
簡単な問答、それは答えに窮する事など無くあるのは是か否かの二つに一つ。
故に単純、迷う事も何も無い只どちらかを答えればよく第3の解など存在しない。

こんな簡単な問いで、窮し迷いそして虚言によって命を落とすのは馬鹿だと、その破面は言うのだ。
そしてその言葉は暗にこう言っているのだ。
戦う心算は無いと言った、だがしかし。


謀ろうとすれば殺す、と。


言葉に嘘はないだろう。
何故ならその言葉と同時に、破面から吹き上がるものがあったから。
霊圧、簡単に言ってしまえばそれだけの事だがそれでも、吹き上がるそれは強力だった。
まるで大気を焦すような、そんな錯覚すら覚えるその霊圧。
明らかに先程倒した破面と目の前の破面とは次元が違う事を、改めてルキアが認識するのには充分すぎるそれ。

だがそれでも、彼女はそこに覚悟を持って立っている。
そしてその覚悟とは、敵を倒すことも然ることながら、朽木ルキアという死神としての覚悟でもあった。



「戯け! 脅しの心算か!例え・・・ 例え私がそれ知っていたとしても、私が貴様にそれを教える事は無い!誰かの命を売って永らえる事など私はしたくない!私の・・・私の死神としての誇りにかけて!それで例え私が死すとも、私は・・・・・・ 黙したまま死す事を選ぶ!死神を舐めるな! 破面! 」



決意の言葉が響いた。
彼女の決意、覚悟を載せたその言葉。
例え自らが死すとも仲間を売るようなことはしない。
決意、覚悟、そして誇りが彼女にそれを選択させる。
守られるべきは何かを問うた時、今の彼女は自らの” 命 ”ではなく” 誇り ”をとったのだ。
もしものときは永らえる事よりも殉じて死す事を選ぶと。


「・・・・・・成程。 死神にも誇りだのなんだのと言う輩は居るらしい・・・・・・だがな、テメェが喋らねぇからハイそうですか、と退く程俺は優しくは無ぇよ。吐かせてやるさ、程々に痛めつけてでも・・・なぁ」


誇り、という言葉に僅かに反応を見せた破面。
それが誇りある行動に対する敬意か、それとも誇りなどくだらないという事かまではルキアには判断できない。
だがルキアにも判ることが一つ。
この破面が退く気は無い、という事。
話さないというのならば、吐かせると。
黙して死す事すら辞さない覚悟を前にしても尚、吐かせると。

一度決めた道、それを曲げずに貫き通そうとするかのような破面。
ルキアが口を割る可能性は限りなく低いかもしれない、だがそれでも、目指す者に最短で届くにはこれが一番早そうだという直感。
そしてその直感を疑わず信じる意志力、瞳、霊圧から溢れるその意思がルキアにも見えていた。


「だがまぁ、困ったことに痛めつけると言っても俺は手加減が苦手でね・・・・・・早々死なれても困るだけだ、だがから・・・・・・俺に出来る”最大限の手加減”ってやつをしてやるよ、死神」

「なっ!? 」


破面はごく自然にそれを宣言した。
その宣言は何処までも自然で、まるで疑いも驕りも何も無い純粋な言葉。

手加減をしてやる。

宣言されたそれは屈辱的な言葉。
手加減をする、という事はある意味本気を出すに足らないと言われている様なもの。
そしてそれは同時に” お前など敵ですらない ”と面と向かって言われているのと同義なのだ。
今回の場合は死なないようにする、という事が破面の目的でありその為にそれは必要な事なのだろう。
だが、それが判ってしまうが故にその言葉は屈辱感を増す。

敵足り得ないのではない、敵ですらなく、”丁重に扱われる”のと同じ事であるが故に。

怒りが沸き立つ感覚をルキアは覚えていた。
敵の心を乱そうとした自分が結果、心を乱しているという状況はあまり褒められたものではないがそれでも。
そうなってしまうだけの屈辱感が彼女には芽生えていたのだ。
しかしそれは同時に研ぎ澄まされた精神を冒す漣。
隙を生む要因であり、あまりにも迂闊な精神の揺れ。

それを見せ始めた精神は、奇しくも敵の言葉により静まりを得た。


「研ぎ澄ませよ。 テメェに死なれると俺が困る。俺に出来る最大限だ・・・・・・ 心を細くしろ、針よりも細く研ぎ澄ませて穿て、風景(よそ)は見るな、極限に集中して絞って解(ほど)くんじゃ無ぇぞ」


響く言葉はまるで助言にも似たものだった。
ルキアの怒りに沈みそうだった精神が急速に冷えていく。
敵の言葉に、しかしその言葉はルキアに確実に響いていく。

目の前の破面が腰の後ろに挿した鍔の無い鉈のような”刀を抜く”。

おそらく斬魄刀であろうそれを抜く様が、ルキアにはしっかりと見えた。
意識は手に握った刀と、その刃の切っ先、そしてその先に捉えた敵の姿を一直線に結びつける。
切っ先から細く伸びるのは彼女の意識、集中が高まるのがわかりそれでも尚、集中は高まり続ける。
そこに怒りは無い。
あるのは敵と、自分と手の刀だけ。
そして戦いに向く意思だけだった。

敵の言葉によって高まった集中。
いや、引き戻されたと言うべきそれ。
乱した集中が再び波紋一つ無い水面(みなも)へと帰っていく。
何故敵がそんな事を言ったのか、今はそれを考える事すら忘れ、ただ敵である破面へと集中するルキア。
そして、戦いは始まった。


敵が消えたのは一瞬。
次の瞬間には敵は彼女の目の前へと飛び掛っており、振り被られた刃は彼女目掛けて振り下ろされる。
が、極限の集中の中ルキアはそれに反応し、自らの斬魄刀で振り下ろされる破面の一撃を受け止めた。
甲高い金属音が響く、斬魄刀と斬魄刀、刃と刃のぶつかり合いにより発せられた霊圧は弾け四方へと爆ぜる。
木々を揺らし、家々を揺らし、電柱を揺らし電線を撓ませて。
上段から振り下ろされたそれと迎え撃った白い刃は互いを押し返そうとほんの一瞬であるが拮抗し、そして一方が競り負けた。

衝突地点から弾かれるのは黒い影、死神だった。
距離にして10m程か、破面の一撃に耐えかねたのかルキアは後方へと弾き飛ばされる。
が、その姿に傷を負った様子はなく、敵の初太刀は受け止めたと言っていいだろう。


「そうだ、それでいい。 俺の手加減とテメェの集中、これでチャラってもんだろう・・・な。あぁ、そう言やぁまだ名乗ってなかったな、俺の名はフェルナンドだ。生き残れよ?死神・・・・・・ 奴等の居場所を吐くまでは・・・なぁ・・・・・・」


余裕を見せる破面 フェルナンド。
彼からすればこれ以上の手加減など無く、これで死なれればそれはもう仕方が無い事。
死神、朽木ルキアからみれば何が手加減なのかわからないそれは、知る者が見れば口をそろえて彼が戦ってすらいないと答えるものだった。
だがそれでも、それでもルキアは弾かれる。
それは生物としての根源的な強度の差であり、自ら”最も得意な事”を封じても尚横たわる川の如く。

彼女はいまだ気付けない。
只の一太刀でそれを見抜けという方が酷な話ではなるがしかし、気付いてはいない。
そしてそれに気付く事に遅れれば遅れるほど、彼女は劣勢に立たされる事になる。
フェルナンドの手加減の意味を、彼を知る者からすれば珍しさすらある最大限の譲歩を。


戦いの夜は今だ続く。
長い長い戦いの夜が、長い長い試練の夜が。





そして何処かで、空が裂ける音がした・・・・・・













牙を突き立てる意味

喉を噛み千切る理由

追いすがり仕留める価値

お前に無いのは

その全て


黒き瞬き

照らせよ炎















※あとがき

戦闘開始です。

意外と難しかった回。
何故かって?

だって書けば書くほどフェルとグリムジョーが戦う流れに・・・・・・
いやいや、楽し気だけどまだ早いでしょうが。


そしてルキアにはフェル最大の手加減。



























[18582] BLEACH El fuego no se apaga.extra8
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/10/03 19:33
BLEACH El fuego no se apaga.extra8































我等三人諸共に

生きる意味は主の為に













響き渡る鋼鉄の悲鳴。
甲高く、数瞬の間もなく弾かれ火花を散らしあう。
もしそれに残光が尾を引いたとすればそれは曲線、弧を描いただろう。
黄金と紅、二つの光は時折交わりを見せながらも弧を描きながら離れ、そしてまたぶつかり交わる。
ただ惜しむらくは一方の軌道、具体的に言えば紅い軌道の方はどうしようもなく無骨で、粗野で、美しき黄金の軌道と相対しているだけにそれは際立ち、超一流とは言い難いものに見えた。


「・・・・・・今更判りきっていた事ではあるが、フェルナンド。やはりお前は刀の” 才 ”には恵まれていないな・・・・・・

「判りきってんなら今更言う事も無いだろうがよ・・・・・・」



数合の打ち合いの後、二人はその足を止めた。
幅広の刀でその中心が空洞となっている刀を持った女性と、刀身はやや短く、鍔も無くどちらかといえば刀より鉈に近いそれを持っている男。
第3十刃(トレス・エスパーダ) ティア・ハリベルと、破面No.nada(アランカル・ナーダ)フェルナンド・アルディエンデ。
客分というよりは居候に近い形でハリベルの宮殿、第3宮(トレス・パラシオ)に住まうフェルナンド。
戦う為に、自らの生の実感を得る為に、そしていつかハリベルを殺す為にフェルナンドはその目標たるハリベルに師事していた。
といっても立場はあくまで対等、師事といってもあれこれと口を出すわけでもなく、戦い、叩きのめし、その身を持って教えるといった格好で。
師と弟子、というよりは共に切磋琢磨する者同士のようにも見える二人。
今日とてそんな日頃の一幕に過ぎず、練武場にてハリベルの従属官達の前で戦う二人。
しかしフェルナンドの方はといえば気に食わないという雰囲気を漏らしてはいた。


「” 才 ”に恵まれてねぇ、なんてのは端から判ってんだ。だったら斬り合いなんて鍛えてもしょうがねぇ、敵が刀を、武器を振り回そうが俺はこの五体で全て吹き飛ばす。それに何の問題がある 」


フェルナンド・アルディエンデに刀をあつかう”才能”は無い。
壊滅的、という訳ではないがそれでも、超一流、生死を賭けた戦いにそれでは足りないのだ。
だが彼にはそれを補って余りある”力”があり、それ故に今日のように刀を使った戦いなど鍛えても仕方がないと。
それ故にあまり気乗りしていないフェルナンド、しかしそんなフェルナンドにハリベルは落ち着いた雰囲気で言葉を返す。


「確かに、お前ならそれも可能だろう・・・・・・だがな、それは同時にお前自身がお前の可能性を潰しているのと同じなのだ。戦いとは常に紙一重、その中で全てを拳で切り開く事は容易ではない。ときにその刃が必要になることもあるだろう。その時、不得手だからとそれを抜かないのは愚かだ。一点突出もいいが、全体の底上げもしなくては足元を掬われるぞ、フェルナンド」


それは諭すような声で語られた。
自ら不得手であると自覚し、しかし他があるからとその不得手をそのままにすれば何時か困ることになる。
不得手とは才能如何もあるがその者の意識によるところも大きく、不得手であると自ら忌諱するのは愚かな事だと。
確かに一点に突出し、それが飛び抜けていればいる程その不得手を必要とする場面は少なくはなる。
だが、それがまったく無くなる等という事は無く、何時かその場面に直面したとき、それはあまりにも脆く見えるのだ。
故にハリベルはフェルナンドに刀を持たせ、戦っていた。
不得手、それも才は無くとも決して伸びないわけではないそれを放置するのは、あまりに愚かしく。
またそんな事で倒れてもらっては困るという想いから。


「なるほど・・・・・・ 戦いの可能性・・・ねぇ・・・・・・だがハリベルよ、可能性が増えるって事は、当然間違う可能性も増えるって事だ。それで馬鹿を見る事になったらそれこそ目も当てられねぇぞ?」

「なに、心配など要らんさ。 お前がそんなヘマをするとは思えん・・・し、何よりそうなったとして、それを切り抜けられぬお前ではあるまい?」

「ハッ! 随分と高い評価なこった・・・・・・」


戦いの中の可能性、選択肢の広さの優位性を語ったハリベルに対し、フェルナンドは皮肉気な笑みを口元に浮かべて答える。
確かに可能性、選択肢は多いほうがいいのだろう。
それは一つの状況により多く対応でき、その中から最も最善である行動を導き出す事が出来るという事。
だがしかし、選択肢の多さはときに”間違った選択”を誘発し、それ故に窮地に陥ったとすればそれこそ愚かではないかと言うフェルナンド。

だがハリベルも然る者、それは彼女からすれば通り過ぎた問答であり、答えなど決まっていた。
それはフェルナンドという男への信頼、彼女が知るフェルナンドという人物が選択肢の多さから最善を間違う、などという事をする筈がないという思い。
絶対的な信頼、そして自負。
万が一それがおこったとしても、その窮地を前にフェルナンドという人物がその状況を脱せない等ということはありえないという、信頼を越えた確信。
何の根拠もない、だがしかし彼女の中にある確信がそう言わせる。
心配する必要などない、と。


「さぁ、もう一度いくぞフェルナンド。 いいか?よく覚えておけ、”己を細くしろ、川は岩を砕けても穴は穿てぬ、水滴だけが岩に穴を穿つ”のだ。水滴となり集中しろ、何も刀を持った時だけではない、戦いとは極限の集中の只中で生き続ける事なのだから・・・な」


贈られた言葉は一つの真理。
戦いとは集中の連続である。
そして力で押しつぶす事は容易ではあるが、それだけでは決して成し遂げられない事があると。
それは細く絞った己が精神、心であり、力を只力として振るうのではなく、その力をどう用いるかこそが肝要なのだと。
そしてそれは刀を持った時のみならず、すべてにおいて通ずるものなのだと。

届いた言葉にフェルナンドは一度小さく笑みを見せる、そしてその笑みがゆっくりとだが消えていった。
次第表情も退いていき残ったのは敵を、ハリベルを見据える強い瞳だけ。
気配はいまだ荒く、無手の時とは比べようもなく隙が見えるそれは極限の集中とは言いがたい。

彼の刀に構えはない、その手に握っただけの斬魄刀をただ敵目掛けて振るう以外の方法を彼は知らない。
だがそれでも、先程までの彼とはほんの少し違いがあった。
それは、刀をただ握っているのではなく、握ったそれにまで意識が通りつつあること。
それだけで超一流の仲間入りなどという事は、おこがまし過ぎて言えないだろう。
どこまでも彼の剣は超一流には届かない、それはこうして鍛えても決して届かないのだ。

だがそれでも、僅かながら彼の剣は前に進んだ。
集中、武器を”持っている”のではなく、武器もまた”己が一部”であるという事実。
気が付いたとはいえずとも、その一端を彼は今、見つつあるのだ。
極めるには遠く、おそらく極める事は叶わないであろうそれ。
しかし、それでも彼はまた一つ、自身の” 幅 ”を僅かに広げたのであった。





――――――――――





ハリベル様とフェルナンドの奴が打ち合ってる。
こういう光景は結構見慣れたもんだけど、今日はいつもと違ってフェルナンドの奴も斬魄刀を持ってた。

まぁ言っちまえば相変わらずヒドイもんだ。
刃筋も何も無い、ただハリベル様目掛けて思いっきり振り下ろしたりするそれは、斬撃なんておこがましくて言えもしない。
あれくらいならアタシにだって捌ける気がするのは、きっと間違いじゃない。うん。

ホント、アイツはよく判らない奴だぜ。
武器持った方が弱くなる、とかどんな冗談だよ。
どう考えたって武器使った方が強くなるのが当たり前だろ!

・・・・・・って、こういう”当たり前”って思考が既にダメなんだろうな。
アイツを相手に当たり前、とかあるわけが無い、とかってのはダメだ。
フェルナンドの奴はそういうのを平気で越えてきやがる。
あの馬鹿に勝ちたきゃ、どんな小さな可能性もアイツなら”やってのける”、って考えてないとな。

でもその辺ハリベル様は流石だよなぁ~。
アイツと戦っててどんな状況になっても絶対油断しないんだもんな。
絶対に緩めないんだ、ハリベル様は。
これが本物の殺し合いじゃないってわかってても、絶対緩めない。
そのなかであの馬鹿はそれを承知で挑んでくんだから、手に負えない。
絶対ハリベル様の方が強いに決まってんだろうが!ったく・・・・・・
でもアタシはあそこまで挑んでいけんのかな・・・・・・
そういう所はフェルナンドの奴のスゲェとこかも知れねぇけど。


ん? なんかフェルナンドの奴の気配が変ったような・・・・・・
こう・・・なんつーか、意識がよりハリベル様だけに向いてるっつうか・・・・・・
集中が増してる・・・・・・?
うぉ! なんか剣捌きがさっきより鋭くなってねぇか!?
元が悪いから五十歩百歩かもしれねぇけど、こんな一瞬で変んのかよ・・・・・・

スゲェ・・・・・・ やっぱスゲェな、あの馬鹿野郎!
ハハ! 強ぇ! ダメダメな刀振ってあれだ!無手になったらどんだけだよ!
見てみてぇなぁ・・・あぁ、見てみてぇ。
ハリベル様とアイツ、ホントに強いのはどっちなのかを!
きっと震えるほどスゲェ戦いに決まってる!
そんでハリベル様が勝つに決まってんだけど、でも!見てみてぇなぁ!!

見て・・・・・・みたい・・・・・・よな?あたし・・・・・・





――――――――――






ハリベル様とフェルナンドが打ち合ってる。
にしても珍しいねぇ、フェルナンドが斬魄刀使ってるなんてさ。
実際あいつが斬魄刀使ってるのなんて、あたしが知る限り最初の一回だけだった気がするよ。
まぁハリベル様に使え、って言われて渋々だってのは雰囲気で判るけどね。

破面は鋼皮(イエロ)があるから、ある程度素手で戦ったって問題は無いさね。
でもさ、だからってフェルナンドみたいに斬魄刀使わないってのは中々いないよ。
敵が、同じ破面が斬魄刀抜いて斬りかかって来る。
そしたらこっちも抜いて対応するのが常識だと思うけど、あいつは違うんだよなぁ・・・・・・

前なんてあたしが振り下ろす斬魄刀を、避けきれないと判断するや逆に踏み込んできたんだから。
実際面食らったね、アレは。
避けられない、というか避けりゃ腕の一本も落としてやれたのに、あいつ踏み込んで鍔元を肩の肉で受けたんだから。
間合い潰されて、しかも鍔元じゃ幾許も斬れやしない。
それどころかそのままあたしに掌底食らわして、さらに砂漠に叩き付けんだからさ・・・・・・

あいつはきっと頭がおかしいのさ。
自分の命が戦いの後に残る、残らないなんてのは二の次。
戦いに生きる、戦いの中に生きる、そういう類の馬鹿野郎なのさ。
嫌になるねぇ、まったく・・・・・・


ほぅら、またあの馬鹿が一つ階段を上ったよ。
『穿心』、だったかな。
ハリベル様の教えの一つ。
まぁ” 炎 ”のフェルナンドに” 水の理 ”が実際どんくらい利があるのか判らないけど。
それでも、あいつの集中が増したのは確かさね。

あ~あ、またあいつ強くなったよ、きっと。
こっちが一歩進む間に、あっちは二歩も三歩も前に行きやがるから始末におえない・・・・・・
もうとっくに追い越されてるしね。
流石だよ、まったく。
ハリベル様が気に掛けるだけの事はある、ってもんだろうね。


・・・・・・でもさ、正直あたしは残念なんだ。
アパッチの馬鹿はきっと、どっちが強いのか知りたいとか、見てみたいくらいにしか考えてないんだろうけど。
判ってんのかねぇ・・・・・・
それを見て、決着が付くって事はさ・・・・・・


どっちかが死んじまう、って事だってさ。


そう思うとあたしは残念だよ。
あたしはそんなに”今”が嫌いじゃないからさ、こうして5人でいるのが、嫌いじゃないからさ。

だからこそあたしは残念なんだよ。

その結末を止められない事が・・・さ。





――――――――――





ハリベル様とフェルナンドさんが打ち合ってらっしゃいますわ。
それも何故かフェルナンドさんの方は、斬魄刀をつかって・・・・・・

気でも触れたのでしょうか?

ハリベル様に才は無いと言われ、御自身でもそれを認めてらっしゃるというのに・・・・・・
実際はハリベル様が、不憫なフェルナンドさんの為を思って鍛えて下さっている、と言ったところでしょうけど。


あの方の規格外ぶりは今に始まった事ではないけれど、それでも全部完全でないというのは、正直安心しましたわ。
何者にも得手不得手がある、それは長所と短所、そして短所とは弱点ですわ。
あの馬鹿げた攻撃力と、打撃、組技、投げ技を使うフェルナンドさんにもそれがあった。
決して完全無欠な者などいないといういい証明ですわね。

それにしてもハリベル様は本当に嬉しそう。
口元は隠されておられますから見えませんが、目元が薄っすらとですが緩んでますわ。
ちょっとした嫉妬を覚えますわね。
私達従属官の誰が相手でも、ハリベル様があんなに楽しそうに戦う事はありませんもの。

でもそれも仕方が無い事かもしれませんわね。
ああも目の前で伸びていく力を見せ付けられれば、誰だった嬉しくなるはずですもの。
戦いの中で育っていく力、相手を凌駕しようとする力。
戦士としてフェルナンドさんを鍛えようというハリベル様からすれば、喜ばしい事この上ない事。
そしてなにより、その戦いの中でハリベル様ご自身もまた力を磨いているという事実が、その思いを大きくするのでしょう。
凌駕させまいと立ちはだかる、その為に力をより高みへと自ら押上げる感覚。
そうさせるフェルナンドさんの圧力、不謹慎かもしれませんが、ハリベル様は楽しくて仕方が無いのでしょうね。

でもやっぱり妬けますわ。
だって私達では、ハリベル様にそこまで迫る事が出来ませんもの。


あら、フェルナンドさんの気配が変りましたわ。
力、というより精神的に何かを掴んだのかしら?
いえ、掴んだというには及ばずとも、触れた、といったところでしょうね。
それでもまた先に行かれたことは確かですわ。
悔しい。


ほら、やっぱりハリベル様が楽しそうな御顔をしてますわ。
私達には見せない、そして引き出せない御顔。
嬉しいような、でも少しだけ寂しいような、複雑な気持ちですわね・・・・・・


にしてもあの二人、お互いの事を本当はどう思っているんでしょう?


ハリベル様は・・・・・・弟子? いえ、どちらかといえば弟のような感じかしら?
手の掛かる弟をなんとか一人前にしようと頑張っている、そんな印象?
麗しいですわ。

対してフェルナンドさんは・・・・・・ 標的・・・・・・獲物・・・・・・?
なんとも殺伐としてらっしゃいそうですわね。
でも聞いた話によれば、ネロがハリベル様を殺そうとした時に、「誰にもこの女は渡さない」と言ったそうですし、もしかして奥底では・・・・・・
いえ、ありえませんわね。

きっと自分の獲物だ、とか思ってたに決まってますわ。
どっちもどっち、浮いた話の一つも無し、ですわね。
最後に残るのは殺伐とした戦場と、殺し合いの風景。

あの二人もきっとその只中に立つのでしょうね・・・・・・
遣りきれませんわ・・・・・・


でもそれは当然の事ですわ。


何せ私達は破面。



” こころ ”を失った血塗れた獣。




その私達に” 愛 ”や” 恋 ”なんてものが存在する筈ありませんもの。
















我等三人諸共に

生きる意味は主の為に


そして主を思えばこそ

時よ止まれと思うは罪か

今よ続けと

思うは罪か













※あとがき


唐突に番外8です。

前半が三人称、後半が各従属官一人称。
誰が誰だか判りましたでしょうか?
sideとかは出来ればつけたくなかった。
無しでキャラが判ってこそ、と思いまして。

一応従属官達から見たフェル、そしてハリベルです。
日常、と言っていいのかは謎。

ちなみに『穿心』は某「うし○ととら」から。
実際には微妙に違うんですが、好きな言葉です。


そして番外のネタが尽きてしまいました。
何かありましたら、こんなのどう?とネタを投げてやってください。











[18582] BLEACH El fuego no se apaga.68
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/03/26 11:38
BLEACH El fuego no se apaga.68











音が響く。

鋼鉄と鋼鉄の鬩ぎ合い、火花散らすそれは只の鋼鉄同士がぶつかり合うのではなく、更なる殺傷力を高めた一振り。
刀という命を奪うという目的を追求し、何時しかその中に美しさすら内包した、”血と美”の結晶が響かせる音。
振り抜かれ、激突した刃が響かせるその音の強さは振り抜いた者の意を示すかのよう。
打ち倒す、斬る、という意思が存分に伺えるそれは、しかし未だその意を遂げてはいない。
そして何より驚くべきは、その音は”刃同士の”奏でる音ではない。
一体誰が信じるだろうか、その甲高い鬩ぎ合いの音が奏でられていたのは。


”刃と肌が”ぶつかり合う為だ、という事を。


「くそっ!!」


打ち込み、止められ、傷はつけられず。
そんな事を幾度も繰り返したのは、黒い着物に橙色の髪をした少年、死神代行黒崎 一護。
手をかざし、止め、弾き返すを繰り返すのは、白い着物に水浅葱色の髪をした男、破面(アランカル)グリムジョー・ジャガージャック。
別段表情を変えもしないグリムジョーに対し、一護の額には薄っすらと汗が浮かび、僅かな焦燥が浮かぶ。

距離をとった一護に対し、グリムジョーはただ表情もなくそれを目で追うに留まっていた。
一護からすれば追撃が無いことが不思議ではあったが、現状ではそれは彼にとって好都合。
敵が攻めてこないのならば一気呵成に攻め立てるより今彼に取れる選択肢は無く、故に彼は再びグリムジョー目掛けて突進し自身の身の丈ほどある斬魄刀を振るった。
たとえそれと同じ行為が、今に至るまでただの一度も敵に傷を負わせていないとしても。

より激烈に、より深く強く踏み込み繰り出される斬撃は回を追う毎にその威力を増してはいるのだろう。
だが、それでも届かない。
キンという甲高い音を響かせる一護の斬魄刀と、グリムジョーの素肌。

そう素肌だ。
グリムジョーは振り下ろされる一護の刃にただ手を翳すだけ。
それだけで彼は微動だにすることも無く一護の斬撃を受け止めてしまった。
鋼皮(イエロ)、破面の皮膚にはそう呼ばれる一種の装甲がある。
それは人肌のようでその実堅牢な外皮、そしてその鋼皮は破面の主な防御手段であり、それ自身の霊圧硬度を上回らなければ破面には傷一つつけられないという代物だった。
一護が未だグリムジョーに傷を負わせられない理由は全てそれ。
一護の斬魄刀、斬月の殺傷力よりも尚グリムジョーが展開している鋼皮の硬度の方がそれを上回っている、という事なのだ。

左腕の甲で一護の刃を受け止めたグリムジョー。
迫る一護の瞳を真正面から見ていた彼の視線は、ついで自分が片腕で受け止めている一護の斬魄刀へと向けられる。
そしてその顔には僅かばかりではあるが落胆に近いものが浮かび、そして一護の刀を受け止めていた左腕の甲から一息に霊圧を放出すると再び一護をその場から弾き飛ばした。

弾き飛ばされた一護は空中を錐揉みしながらも霊子を集め足場を作り、それを削るようにして制動をかけて体勢を立て直す。
その顔には先程よりも濃くなった焦燥が浮かび、息も僅かに上がりつつあった。


「・・・オイ、死神。 テメェ舐めてんのか・・・・・・?」


空中で膝を付くようにしていた一護に、地上から声が投げ付けられる。
視線を向ければそこには先程自分を吹き飛ばした破面、その顔は至極つまらなそうであり、それを怪訝に思う一護をよそに破面グリムジョーは言葉を続けた。


「俺はテメェをそのまま殺す心算なんか無いんだよ。さっさと出せよ、テメェの卍解。 ただの雑魚を皆殺しにするのはつまらねぇ・・・・・・ちったぁ抗ってみせろ死神、俺がテメェの全部をぶっ潰してやるよ!それが出来ないなら死ね! 他の奴等より”一足速く”・・・なぁ・・・・・・・!」

「てめぇ・・・!! 」


覚悟を決め攻勢に出た一護、しかしそれは何処までも届いていなかった。
グリムジョーの言葉は一護にこう告げているのも同じだった、今のままでは”遊びにすら”ならないと。

斬月、一護がその手に持つ彼の斬魄刀。
鞘も柄も鍔もなく、柄の変わりに握りには晒が巻かれただけの身の丈に及ぶ巨大な刀である彼の斬魄刀。
ただ”斬る”という一点だけを追求し、攻撃力と耐久力だけを高め他の全てを引き替えにしたかのようなそれは、斬魄刀の中でも上位に食い込む攻撃力を有しているだろう。

だが、その刃は通らない。
幾度と無く打ち込み、その度に更に深く、強くと踏み込んだ一護の斬撃。
それは敵を斬る、倒すという意思の現われに他ならず、彼がグリムジョーに本気でぶつかっていた証だった。
しかしそれでも届かない。
それどころかその一護の攻勢を、グリムジョーはつまらないと言い放つのだ。

グリムジョーにとってこの侵攻の勝利、結果は判りきったものだった。
楯突く者は皆殺し、邪魔する者も皆殺し、敵は全て皆殺して進む、それが彼の生き方。
情けなどかけない、気まぐれすら起きない、立ちはだかる全ては殺して進む、そうすれば後の遺恨などありえない。
残るのは屍と、圧倒的な力の残滓、そして恐怖だけ。
だがもしかすれば復讐に燃える者もいるかもしれないが、それはそれで構わない。
何故ならそれもまた立ちはだかる者であり、殺して進むという行動になんら変りはないのだから。


しかし、立ちはだかるのならば抗ってもらわねば困る。


ただ敵を殺すのは呼吸をするより簡単なことだ。
簡単すぎて欠伸出て、感情は波立たず高揚も感じない。
それではつまらない。
立ちはだかるのなら、抗うというのなら、せめて”戦いと呼べる次元”には踏み入ってもらわねば困る。
グリムジョーは一護にそれを求めているのだ、彼は一護が卍解出来る事を知っている。
今その刃が通らないと知りながら、それをしないのは一護の都合かそれとも別の理由があるのか、グリムジョーにそれを推し量る事は出来ず、そしてする心算も無い。

抗うのなら、自分を殺すという意思を見せるのなら全力で戦え、それが出来ないのならば死ね。

グリムジョーにあるのはそんな簡単な選択肢のみ。
彼はそれを一護に突きつけたに過ぎなかった。


「どうすんだ? 死神・・・・・・ 戦って死ぬか、何もしねぇまま死ぬか、さっさと決めろ」


それは最後通告。
死ぬ、という結末はおそらく決まっている事なのだろう、だがその過程をどうするか、卍解して戦うのか、今のまま死ぬのか、道は二つに一つであり、そのどちらを一護が選ぶかなど決まりきっていた。
たとえ卍解することで”アレ”が表に出てこようとも、卍解し続ける事で”アレ”に自分が侵食されるのが判っていたとしても。


仲間を、護りたい人達を護るにはここでこのグリムジョーという男を倒さねばならないのだから。



瞳は一段と強くなる。
そこに僅かばかりの不安と、更に僅かな恐怖が浮かんではいた、しかしそれ以上に浮かぶのは護るという決意。
そしてその決意の元、一護は覚悟を決める。
大刀”斬月”、右手に握った自らの斬魄刀を前へと突き出す一護。
左手は斬月を握る右手に添えるように、グッともう一度柄を握る手に力を込め、斬月を一護は更に一段前へ突きだす。
霊圧は急速に高まり、内包されたそれはまるで解放の時を待つように膨れ上がっていく。
『 卍解 』、死神という者達が絶え間ない修練の末辿り着く一つの境地。
戦う為に日々研鑽を重ね、霊圧や肉体などの単純な力だけでなく精神的な力、自らの斬魄刀と対話し、同調し、更に自らの分身たるそれを屈服させることで得られる極地の力。


その力、単純に見積もって現状の5倍から10倍。


それを持って今、一護はグリムジョーに相対そうというのだ。
突き出された斬魄刀と右腕、霊圧の上昇に呼応するように柄に巻かれて余っていた晒が一護の右腕を螺旋状に取り囲みながら背へと伸びる。
尚も高まる霊圧、青白い光となったそれが吹き上がるように一護の周りを取り囲み、光の壁となっていた。
そして時が、霊圧が、意思が決意が満ちたとき、一護はその言葉をもって解き放った、今自分に出来る究極の一、その姿を。



「・・・卍、解ッ!! 」




言葉と同時に霊圧は爆発を伴って弾けた。
空中に生まれる霊子の渦、その奔流。
それだけで力の増大を知る事ができるような爆発を、グリムジョーは地上から静かに見上げる。


「・・・・・・そいつか 」


その顔は、先程よりも鋭く見える。
ここから、全てはここから。
グリムジョーにとってはここからが本物だった。
抗え、抗え死神と。
ただ皆殺しにするのは簡単な事だ、なんの障害もない戦いなど児戯にも劣ると。
俺の往く道、王の道、戦いの道を塞き止めて見せろと。
抗い、立ち塞がり、そして俺に殺されろと。

グリムジョーの内に住ま獣が吼える。
これから始まるものが殺し合いとなるか、それとも一方的な殺戮となるか。
結末など誰にも見通せるものではなくしかし、戦いは始まろうとしていた・・・・・・






――――――――――






「ウラァァ!! 」

「くっ! 」


言葉と共に振り下ろされた刃は相手を捉える事無く空を斬り、そのまま地面、アスファルトで舗装された道路へと直撃し亀裂を生んだ。
後方に飛び退いてそれを避わした黒い着物の死神は、白い着物の男が刃を地面に叩きつけた瞬間を狙い駆け、男目掛けて突きを繰り出す。
しかし突きは頭を逸らした男によって避わされ、かわりに跳ね上がるようにして下から死神目掛けて刃が跳ね上がった。
跳ね上がった刃は死神の黒い着物を僅かに裂き、しかし肉までは届かず死神は再び距離を置く。

黒い着物の死神 朽木ルキアと白い着物の男、フェルナンド・アルディエンデの戦闘は、決め手を欠き長引いていた。


「やっぱりそう簡単には当たらない・・・かよ。これだから刀ってのはいけねぇ、まぁコイツが“それ様じゃない”ってのもあるが・・・な。・・・・・・だがもう少しか? 息が上がってきたようだぜ?女ぁ・・・・・・ 」


距離を置いたルキア、その前ではフェルナンドがどこか愚痴めいた言葉を吐いていた。
右に左にと刀を投げるようにして遊びながら、その都度握りを確かめるようにしているフェルナンド。
まるで“久しぶりに握った”とでも言うかのようなその行動、実際彼は久しぶりにその刀を握り戦っているのだが、ルキアにそれを知る術はなく、彼女からすればその行動は余裕の顕らに見えただろう。
なによりフェルナンドの指摘どおり、ルキアの息は上がり、呼吸も浅くなりつつある。
対して運動量はおそらくルキアを上回ってるにも拘らず、息一つ乱さないフェルナンド。
種族、肉体の強度を考えれば当然なのかもしれないが、それもまたルキアには余裕の表れと見えていた。


(なんという力だ・・・・・・ 斬撃の威力、一撃の鋭さも気をつけねばなるまい。これが破面・・・・・・ やはり先程私が倒したものとは次元が違う。認識が甘かったか・・・・・・ だが・・・・・・)


乱した息を整えながら、視線は外さずフェルナンドを注視するルキア。
一護と別れ、戦闘に移行してからの事を彼女は頭の中で整理していた。
敵、フェルナンドと名乗った破面はその発する霊圧に見合った圧力を持って彼女を攻め立てていった。
手に持ったおそらく斬魄刀であろう鉈のようなそれを振るい、鋭い一撃を持って彼女を追い立てるフェルナンド。
その刃の一撃は圧倒的膂力から来る威力を有し、ルキアの身を切裂かんと迫り続ける。
迫り来る刃を避わしながら反撃を試みるルキアではあったが、刃自体は完全に見切られており、かといって鬼道を発動する隙もなく状況は膠着、いや、攻め立てられている分彼女の方が若干不利ともいえた。

が、そう思う中彼女には引っ掛かるような違和感が残り続けていた。


(だが・・・・・・ 鋭さ、威力に対して剣技はどこか不釣合い。鋭さも二撃三撃と続くうち次第に褪せていく・・・・・・なんなのだこの違和感は、 発する気配に対して圧倒的に伴わない・・・・・・誘いか、或いは膂力に任せて戦うのが破面達の戦い方なのか・・・・・・)


そう、ルキアが戦闘開始時より程無くして感じ始めた違和感、それは不釣合いという感覚。
発する気配、霊圧、その他全てにおいて目の前の破面は明らかに強者、しかし、振るわれる剣にだけはそれを感じないと。
確かに鋭く、威力も充分なそれは命を奪うには足るもの、だが何かが違うと。

強いて言えばそれは恐怖。
フェルナンドの刃からルキアは恐怖を感じなかった。
だが恐怖といっても命を奪われる、という事に対するものではなく別のもの。
強者、剣技を極めた者の刃には吸い寄せられるような美しい殺意が乗るのだ。

まるで誘われるように、刃が迫ってくるのではなく自分がそれに吸い寄せられ、斬られる事を望んでいるかのような感覚。
無論実際そんな事はありえない、だが戦いの中でそう感じていしまう事。
描かれる軌道に、極められた超一流の皇かさに、誘蛾灯にどうしようもなく引き寄せられてしまう虫達のように、吸い寄せられるそれは美しく、同時にこの上ない恐怖、魅入られるという恐怖なのだ。

しかしルキアはそれをフェルナンドの刃に見ることはなかった。

それがルキアの感じた不釣合いさ、とでも言うべき感覚。
放つ強者の気配に対して圧倒的に釣り合わない刃の“冴えの無さ”、鋭くはある、威力もある、だがそれだけ。
言ってしまえば“斬られる気がしない”のだ。
あの刃が自分を完全に捕らえ、斬り伏せる光景を想像出来ない。
自分に対して消極的な場面を想像したくないのではなく出来ないという事実、それが違和感、どうしようもない違和感なのだ。


(考えた所で答えなど出ない・・・・・・ならば、この違和感を自らの好機とするより他無い!いや、おそらくこれだけが千載一遇の好機! )


意を決したルキアが動く。
罠の可能性は未だ捨てきれず、勝機と言うには拙いものかもしれない。
だがしかし行く。
進まねば、僅か見えるだけの光明でも前に出ぬ者に勝利は無く、躊躇えば時期を逸し水泡に帰す。
故に行く、戦いとは常に紙一重、それを潜り抜けてこそ勝利は手中となるのだから。


「縛道の二十一! 赤煙遁(せきえんとん)! 」


ルキアが叫ぶと同時に彼女の周りに赤い煙が立ち昇り、それは瞬く間に増えフェルナンド諸共辺りを飲み込んだ。
煙が迫ってもフェルナンドに動じた様子はなく、ルキアの姿を見失いながらもその顔に焦りはない。


(目眩まし・・・か。 普通ならこのまま逃げるんだろうが、それなら始めからそうしてる・・・・・・ってぇ事はこれに乗じて殺(や)りにくる、と見た方がいい・・・か。ククッ・・・・・・ )


そう、この場においてこの煙が意味するところはつまりそういう事。
遁走と奇襲、現状において敵が取るであろう選択肢は二つ。
しかし逃げる事が目的ならば、戦いが始まる前にそうするべきであり、”誇り”を口にするような類の人間にそれは考えづらいと、フェルナンドは踏んでいた。
故に残るのは奇襲、煙に乗じ姿を暗まし、襲い掛かる心算なのだろうと。
だがそれが判っていてフェルナンドに焦りはない、元々今彼に敵の死神、ルキアを殺す心算はあまりなかった。
情報を聞き出す、吐かせる事が目的である今の彼にとって殺してしまえばその勝ちは無い。
故にこうして今自分に出来る“最大の手加減”をしながら戦っており、敵が優位に戦いを進めようとするのは寧ろ歓迎される事。
そう、歓迎するべき事なのだ、敵の優位、敵の力が増せば増すほど。


うっかり殺してしまう確率は減るのだから。


赤い煙の中、右手に刀を持ち特に構えも取らずに立つフェルナンド。
元々彼に刀の構えなど無く、それに対して修練を積む心算も無いまま今に至っていた。
所詮彼にとって刀は選択肢の一つ、それも低い選択率のものでハリベルとの修練も最低限のもので留まっており、剣士には到底及びはしない。
故に自然体、敵の存在に反応する形でしか今は刀を振るえない状況下で、無意味未熟な構えは余計に大きな隙を生むだけなのだ。

僅かに時を置き、そして次の瞬間煙に影が掛かる。
目の端でそれを捕らえたフェルナンドは、片腕を、刀を持った右腕を振るいそちらを縦に斬り付ける。
彼の右側、刀を振りぬいた威力だけは強力な斬撃によって煙が吹き飛ばされ、そこに見えたのは黒い影、死神朽木ルキアの姿。
しかしフェルナンドの斬撃は彼女を捉えてはおらず、紙一重で避わされていた。
その光景にニィと口の端を吊り上げるフェルナンド、やはり奇襲かと、自分の予想が当たった事も然る事ながらルキアが逃げずに立ち向ってきた事にその笑みは零れていた。

だがそんなフェルナンドの笑みはルキアには何の関係も無く、彼女は自分の光明を見つけるべく進むのみ。
案の定、赤煙遁による目眩ましで敵の斬撃は荒れていた、目視して敵目掛けて振り下ろすのではなく気配を感じた方に叩きつけただけのようなその斬撃、避わすのは容易であり斬撃後の体勢も崩れた敵の懐に入るのもまた容易。
水平に構えられた自身の斬魄刀、溜めは既に成され後は振りぬくのみの状況。
詠唱破棄した鬼道ではおそらく倒せない、かといって詠唱の時間は流石に無く袖白雪(そでのしらゆき)の技は現状では隙がやや大きい。
故に斬撃、それも敵に一撃手致命傷を与え尚且つ、もし倒せずとも敵が退くに足りる傷を与えられる場所、首目掛けて斬撃を放つ事。
敵の剣に陰り、ないし隙があるのならばそれを掻い潜り斬る、ルキアが好機と捉えたそれは今成されようとしていた。


「甘ぇよ! 女ぁ!! 」


だがフェルナンドがそう簡単にそれを許す筈も無い。
地へと叩きつけるような斬撃、それを打ち込んだ体勢から無理矢理手首を返し、やや後ろに倒れるようにして体勢を作ると刃は再び跳ね上がるようにルキアへと向かおうとする。
それは剣技でもなんでもない、身体操作と力にものを云わせただけの攻撃。
流麗、などという言葉は断じて浮かばないような、無骨さだけの剣がルキアに迫ろうとしていた。


「縛道の四! 這縄(はいなわ)! 」

「!?」


しかしルキアもまたそれを予見していた。
一つ前の攻防で敵が崩れた体勢からでも剣を振るえる事は判っていた、故に返す刀が襲い来る事も想定され、対処法は既に彼女の中にあったのだ。
言葉と共にフェルナンドの刃に霊子で編まれた縄のようなものが無数に巻きつき、地面へと刀を縫い付ける。
それは時間にすれば一瞬の事だろう、如何に無数の縄であろうとも所詮は霊子、フェルナンドが力を込めれば引き千切ることは容易。

しかし、その一瞬というものが戦いでは命取りなのだ。

何故ならフェルナンドが刀を拘束され、迎撃を妨害されたその一瞬でルキアの刃は彼に届く。
ほんの一瞬の差、しかし生死を別つ一瞬の差、ルキアが見つけた僅かな光明。
所詮は奇襲、避けられず止められなければ自分を危うくする綱渡り、しかしそれだけが彼女の勝機。


「甘いのは貴様の方だったな、破面 」


甘い、と。
何の策もなく敵の懐に踏み込む者などなく、事態は想定し対処してこそ。
その点で言えばルキアはよくやったと言える。
よく考え、決断し、実行する、それを一瞬のうちにやってのけるのは才覚のある証拠だろう。
故にこの状況、あとは敵の首を刎ねられるかどうかにかかってくるがそれでも、この状況は彼女の勝利に近い光景だった。
自らが引き寄せた勝機を、彼女はものにしたと思っていた。










フェルナンドが、その手に握った刀から手を離さなければ(・・・・・・・・)。






(なに!? だが・・・!)


戦いの最中自らの武器から手を離すという行為。
それを捉えたルキアに困惑が奔る。
ありえない事だった、少なくともルキアにとってその行為はありえない、ある筈のない行為。
だが目の前の破面はそれを苦も無く行った、それもあっさりと、何の躊躇いもなく。
武器を捨てた事よりも寧ろルキアヲ困惑させ、驚かせるのはそれ。
欠片の躊躇いも見せない即断、武器というものにまったく固執しないような素振り。

だがしかし、そうだとしてルキアが決定打を放とうとしている事に変りはなく、武器を捨て何かしらの防御をしたとて傷は免れない筈とルキアは止まらずに握りへと力を込める。
後は振りぬくのみ、間に何が入ろうが関係なく全力で振りぬくのみなのだ。
何故なら勝利は目前なのだから。



そして彼女は自身の刃を振りぬこうとするその時おかしな感覚に晒された。
景色は急に色あせ、それどころか色を失い黒に塗り固められる。
何も見えない暗闇、戦いを決する、少なくとも彼女がそう思った瞬間にそれは襲ったのだ。
その目には映らないものの敵は刃を離し体勢は崩れ死に体、自分は斬魄刀を構え力を溜め、後は振りぬくのみという瞬間に。
それがなんなのかルキアは理解できなかった。
だがそれでも、振りぬこうとする動作を彼女はやめない。
決さなければ、勝たなければという意思、覚悟が彼女を事の外後押しするかのように。



そして次の瞬間、不意に視界が戻り気が付けば彼女は今し方眼前にいたはずの破面フェルナンドから、ある程度離れた場所まで知らぬ間に“移動していた”。



何が起こったのかルキアには理解できなかった。
見ればフェルナンドの方は散り散りとなりつつある赤煙遁の残滓、地を覆うようなそれの中膝を付くようにしており、顔は俯きがちで表情はよく見えない。
何故敵が膝を付いているのか、それよりも何故敵に攻撃を見舞おうとしていた自分が、こんなにも離れた場所に移動しているのか。
少なくともそれはルキア自身の意思でも、また彼女の無意識でもなく。
驚愕する彼女はその声が掛かるまで自分とフェルナンドの間に、自分達以外の“人影がある”事に気が付かなかった。



「どうやら・・・間に合ったようじゃのぉ。無事か? ルキアよ・・・・・・ 」

「よ、夜一殿・・・・・・ 」



夜の闇に煌くは月光を受ける黒髪。
長い黒髪は一つに結わえられ、風を受けて僅か揺れていた。
肌は艶やかで褐色、身体つきは女性らしさを存分に感じさせながらも引き締まり、すらりと伸びた手足は美しさと同時にしなやかさと強さも併せ持つように見える。
釣り目がちの目元、口元に浮かべた笑み、そして身のこなしからどこか猫科の生き物を思わせるその人物。
その女性の名は『四楓院(しほういん) 夜一(よるいち)』。
尸魂界(ソウルソサエティ)にて四大貴族と称される内の一つ、四楓院家の第22代当主にして同家が代々長を務める組織、隠密機動の総司令官、更には護廷十三隊二番隊隊長すら兼務して見せた女傑こそ彼女であり。

そしてフェルナンドが現世へと足を運んだ最大の理由でもあった。


「な、何故夜一殿が・・・・・・ いや、それ以上に何故私を彼奴から引き離したのです!?あのまま行けば最悪決着は望めずとも退かせる程度の手傷なら負わせられた筈・・・・・・」


そう、ルキアがフェルナンドから自らの意思でなく離れ、敵が膝を付きそこに夜一が現われた。
状況から見れば子供でも判る過程、それは夜一がルキアを彼女が気付かぬうちにフェルナンドから引き離し、去り際にフェルナンドに何らかの一撃を見舞った、という事。
少なくともルキアが推測した事は彼女の物差しの中でなんら間違いではなく、正しい事だろう。
あの視界を奪ったかのような感覚も夜一によるものであり、それ故に自分が打ち込む前に彼女に引き離されたのだろうと。
結果からの推測、今という状況に辿り付く為の過程、その想像。
それになんら間違いはない、その行動自体になんら間違いはない、だが、その想像には“間違いがあった”。


「手傷? 馬鹿者、よく見るがよい。 もし、あのままおぬしが打ち込んでおれば、“ああなっていた”のはおぬしだったのだぞ・・・・・・?」

「なに・・・を・・・・・・? 」


思いもよらぬ言葉にルキアに困惑の表情が浮かぶ。
いまだ構えたままの自分、その先に居るのは膝を付いた敵、間に立つ夜一。
その夜一の言葉、そして視線に促されるようにルキアは再び敵へ、フェルナンドへとその視線を向けた。
相変わらず赤い煙の中膝を付いたようなフェルナンドの姿、ルキアには不意の攻撃を受け思わず膝を付いたように見えていたそれは、煙が晴れる毎にその様相を変えていった。

最初に見えたのは褐色の肌だった。
フェルナンドのそれとは明らかに違う色の肌、正確には腕が見え、フェルナンドに絡め取られる様にしているそれは、煙が晴れるにつれ肘から歪に折れ曲っている事が見て取れた。
ついで見え始めるのは地面、アスファルトに舗装された黒い地面は赤い煙が晴れたというのに今だ赤いまま、それも煙ではなく“赤い液体”によって塗りたくられたように。
そして見え始める全様、フェルナンドの膝は地面についていたなどという表現は生易しく地面に“突き刺さる”ようで、その傍らには彼以外にもう一つ”何か”があった。

足があり、正常な腕とそれとは逆に折れ曲がっているが腕があり、それらが繋がる胴があり胸があり、ただ“首から先が無い何か”、が。

最後に僅か残っていた赤い煙も晴れ、全てが顕となる。
最後に残っていた煙、それに覆われ今姿を現したのは、首から離れ路傍に転がる石の如く。


ただ薄っすらとその目をあけ、まるでルキアを見ているような、血に濡れた夜一の頭だった。


「っ!!! 」


声にすらならない驚きがルキアを撃つ。
目の前に立つ夜一、しかし屍をさらす夜一。
目の前の出来事があまりに衝撃的で、常軌を逸した光景過ぎて、ルキアは正常な思考を失い混乱する。
だがそれも仕方が無い事、如何に戦いを生業とし死と隣り合わせである死神とて、いきなり生首、それも目の前で今し方話をしていた者のそれを見れば動転もするだろう。
だがそんなルキアの動転など他所に、夜一は淡々と全てを説明していく。


「心配せずともあれは儂の義骸(ぎがい)じゃ。喜助のヤツが寄越した携帯用義骸、の試作品らしいがの。おぬしを助ける為の”空蝉(うつせみ)”に使っただけじゃ。・・・・・・まぁ、自分の死に様を見る、というのはあまり気分が良いものでもないが・・・のぉ・・・・・・」


簡潔に語られたそれ、眼前に転がるモノは自分の義骸であり、お前を助けるための身代わりにしたと。
そしてその言葉はこうも取れる、もし自分が割って入らなければあそこに転がる首はお前のものだった、と。
敵はただ膝を付いていたのではなかった、ましてや攻撃を受けた訳でもなかった。
敵が、フェルナンドが膝を付いていた理由、それはそれ自体が攻撃だったから。

それは如何なる動きか。
無抵抗とはいえ義骸の腕を投げを打つと同時にへし折り、その勢いのまま自身の膝を敵の首に叩き落す事で首の骨を折り、そのままの勢いで切断まで行った所業。
よくよく見れば俯く顔には、つりあがりながらまるで牙を剥く様な笑み、目は獰猛に敵を射抜く獣のそれ。
気配は先程までが嘘のように更に燃え盛り圧を増し、大気に悲鳴を上げさせていた。
発せられるそれは尋常ではなく、とても抑えられるような代物では無いとさえ感じられる。


「不用意じゃったの、ルキアよ。 敵の目を封じ、武器を封じたまでは良かったが・・・・・・覚悟に引き摺られて自分が感じた“死の恐怖”に飛び込もうとするとは・・・・・・そこに飛び込まねば得られぬものがあるのも確かじゃが、それは切り抜けられる実力がある者だけが出来る事、おぬしにアレの相手は・・・荷が勝ちすぎる・・・・・・」


そこでようやくルキアは本当の顛末を理解した。
最初に視界を覆ったのは夜一の術でもなんでもなく、ただ敵が発した気に感じた自らの死の予感。
ただそれが圧倒的過ぎて、まるで自分が暗闇に鎖されたように感じたというだけの事だったのだと。
死の恐怖、それを目の前にしながらもただ敵を倒せるという思いだけが逸り、結果夜一が割って入らねば自分は死んでいたと。
更には視界に再び捉えた敵が膝を付いている事、夜一が居るという事で勝手に敵が倒れたと思ってしまっていたと。
あまつさえ自分が決着をつけられた戦いだった、などという愚かに過ぎる台詞を吐いたという事を。

なんという甘さか、とルキアは唇を強くかむ。
敵は確かに最大級の手加減をしていたのだと。
敵のそれを測れず、助けられ、命を救われ、その重大さに気付かずに不満を顕とする。
なんという甘さ、なんという未熟かと。
敵の刃に冴えが無く、斬られる姿も想像できず、故に彼女は高をくくったのだ。
技術の伴わない敵である、と。
その愚かさ、甘さ、未熟さ、ともに慢心ともいえるそれが今、彼女に跳ね返り重く圧し掛かっているのだ。
彼女の生真面目さ故に、愚直すぎるが故に許せないのだろう、自分のその愚かさが。


(まったく、兄妹そろって真面目が過ぎよう・・・・・・)「・・・・・・ルキアよ、そう自分を責めるでない。現にオヌシは一体敵を倒しておるのだ、上出来と思え、ただ・・・アレは少々次元が違うようじゃから・・・・のぉ・・・・・・」


自らの愚を責めるルキアの姿、夜一にはそれが彼の兄、朽木白哉に通ずるものがあるように見えた。
血の繋がりは無いこの兄妹、しかしこんなところは似ずとも良いのにと。
小さな溜息の後、ルキアを気遣う夜一だったがゆらりと立ち上がった敵の姿を捉えると、意識はそちらへと集中させる。
当然だ、仲間を気遣うために気を割いて殺されては自分がかつて背負った名が泣くというものだろう。


「どうやら・・・話は終わったらしいな・・・・・・」

「なんじゃ、待っておったのか? 破面というのは意外と律儀なものじゃのぉ。・・・・・・それとも・・・ 武器で態と加減をして敵を油断させ、緩んだところを仕留めようとする卑劣な輩・・・かのぉ?」


立ち上がったフェルナンド、先程までの獰猛な笑みは治まり常の皮肉気なそれに戻った彼。
一頻りルキアと夜一の会話が終わったと判断し、声を掛けた様子だった。
それに対し、夜一はやや意地の悪い顔でフェルナンドへと対する。
だが、その言葉の中には探るように、また威嚇を込めるように強い意思が込められていた。


「ハッ! 加減なんかしちゃいねぇさ。 “刀を使えば”あれが俺の限界、って事だろう。それを攻めたあの女に間違いは無ぇ・・・・・・ただ、あの女が刀を封じるもんだから、つい・・・“普段の方”が出てきちまった。それだけの話さ、まぁ更に言えばアンタが出て来たせいで少しばかり気が入りはしたが・・・な」

「ほ~ぅ。 その口ぶり、まるで儂を探していたようだのぉ。生憎と破面に知り合いは居らん筈じゃが・・・・・・?」


夜一の言外の威嚇や牽制もフェルナンドには意味を成さない。
ただルキアの行動に間違いは無いと答えるフェルナンド。
剣の実力が追いつかず、それを鋭くはあるが振り回すのみの敵を前にした時、ルキアの選択はそれほど悪いものではない。
だがしかし、刀を封じれば勝てるというその一点が間違っていたのだ。
何も手に持ったものだけが、長く、鋭く、硬く強い武器だけが、敵を倒す術ではないというのに。

死神側に何らかの動きがあったことはフェルナンドにも判っていた。
だが、刀で戦い、そしてその刀を封じられた事は存外彼にとってストレスとなっていたのだろう。
そして刀を封じられ、意味を成さなくなったそれに彼は執着しない。
何故ならそれ以上の武器を彼は手にしており、溜め込まれた意識外のストレスは解放を望んでいた。
故にそれが何であれ叩き付けねば気が済まず、ただ本能のあるがままに殺気も闘気も何もかもを解き放ち、それにぶつけたのだ。

投げる、折る、極める、そして殺す。
彼が理想とする一つの形、彼が編んできた名も無きそれら。
それを叩きつけられた人型は無残にも屍とかし、しかし彼にとってそれは僥倖。
何故なら彼が殺した人型は彼が求めていた人物そのままで、そしてその人物はいまだ彼の目の前に立っていたのだ。

僥倖、何たる僥倖。
結局のところ聞き出すことは叶わなかったがそれは瑣末。
目的は聞き出すことの先、その人物と対峙する事でありそれは今成された。
故に瑣末、瑣末であり僥倖。
フェルナンドの現世侵攻の目的はその半分は達成された、と言っていいほど。

後はここから。
そしてここから先は何を弄する必要も無い。
ただ見てみたい、自分の目で。
ただ味わってみたい、自分の肌で。
ただぶつけてみたい、自分の鍛えたものを。

それが通用する、しないの話ではない。
すれば良し、しないのならばするようにすればいい。
目指す形を得るための糧、そう糧なのだ全ては。



「探してたさ、アンタを。 判るんだろう?体術使いのアンタなら。 俺がどういう類の男か、アンタに何を求めているかを・・・よぉ。魅せろよ、死神の体術を。 知りてぇのさ・・・・・・どっちが強ぇのかが・・・よぉ・・・・・・ 」















瞬きは刹那

修羅が嗤う

翻る黒衣

しかし届かず

舞い降りる双璧

夜が明ける















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.69
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/03/26 11:45
BLEACH El fuego no se apaga.69








肌が粟立つ感覚。
霊圧は強大ではあるがしかし、それ以上にその男が発する気配に場は支配される。
殺意と歓喜、そして知りたいという純粋な好奇心。
無邪気さと狂気という相反するものがその気配には混在し、それを発する男の顔は何処までも獰猛な笑みだった。


(なるほど・・・のぉ・・・・・・ 気質は更木(ざらき)の奴に近いようじゃ。やりにくそうじゃのぉ・・・・・・ )



その敵、破面 フェルナンドを目の前にし、夜一は内心でそう零す。
彼女が見立てるに目の前の破面は純粋に戦いを望む類に見え、その他の事、例えば使命であるとか他者と足並みをそろえるといった事は考えないであろう人種。
戦うことを目的とし、その為ならば、求めるものを手に入れる為ならその他全てを斬り捨てる事になんら躊躇いを見せない。
そういう類の人種であろうという事。

つまりは” 戦闘狂 ”の類なのだと。

戦いに狂う獣、目の前にいる男からその気配を存分に感じた夜一、そしてその気配は彼女が知る尸魂界(ソウルソサエティ)きっての戦闘狂である護廷十三隊十一番隊隊長、更木(ざらき)剣八(けんぱち)に近いものであった。

その更木 剣八に似た気配を放つ破面フェルナンド。
嬉々として歪む口元、爛々と殺気を漲らせる瞳、尚発せられる霊圧、そして闘気。
殺る気に満ち満ちていると言ってなんら間違いは無いその気配、故に夜一はやりにくさを感じていた。

元々言葉でどうにかなるとは思っていなかった夜一、しかし目の前の敵は更に性質が悪い事に戦いに餓えた獣。
しかも自分を探していたという敵の言葉を信じれば、この機会は彼にとって千載一遇。
易々と逃がす手は無い、というものであろう。
現に敵の気配が、そして言葉がそれを裏付けている。


(知りたい・・・か。 儂の事を“体術使い”と呼び、死神の体術を見せろと言い放ち、そしてあの見た事も無い組技・・・・・・おそらくは向こうも白打(はくだ)の使い手、という事であろう・・・・・・)


僅か発したフェルナンドの言葉、見せられた奇怪な組技、そしてソレを使う者独特の気。
それらを鑑みて夜一は目の前の敵もまた自分と同じ白打、体術の使い手であろうと予測する。

斬拳走鬼(ざんけんそうき)、という言葉がある。
これは死神の基本的戦闘術を端的に表した言葉とされ、斬は斬魄刀、走は歩法、鬼は鬼道を示す。
そして拳は白打と呼ばれ、斬魄刀を用いずに五体、拳や蹴りを用いての戦闘術を示すのだ。
四楓院(しほういん) 夜一(よるいち)はその白打の使い手である。
斬魄刀を携行せず、己の拳と蹴りを持って敵を打ち倒すのが彼女の戦い方。
彼女が総司令官を務めていた隠密機動と呼ばれる組織では、斬魄刀戦術も然る事ながら白打での戦闘にも重きを置いており、その中で彼女は屈強な男の隊士が束でかかろうとも掠り傷一つ負わせる事すら出来ないほどの使い手であった。


その彼女を前にフェルナンドはどちらが強いのかを知りたいと、それを知るために自分と戦えと言い放つのだ。
フェルナンドに夜一の経歴を知る術は何一つない。
だが彼にとってそんなものは瑣末の極み、過去の経歴が何だというのだと、自分に必要なのは今だけであり、自分が見たヤミーを打ち据える彼女の姿こそ必要なのだと。
自分と同じようにただ敵を殴り、蹴り、殺す事だけを追い求めてきた術。
当然自分よりも長く、それこそ気が遠くなるほどの大昔から追及されてきた技の大系、それを扱う者。

知りたい、味わってみたい、出来るならその全てを。

ただ力を、戦い、求めるための力を欲するフェルナンドだからこそ欲する。
求めるのは戦い、そして自分をより昇華させるのもまた戦い、そして昇華とは新たなものに触れる事で起こる進化だ。
フェルナンドには自分の体術が、敵を打ち殺す為のそれがまだまだ伸びる確信がある。
確信もまた力、自分の力を疑わぬ意思、そして力とは意思あってこそ初めて目覚める。
その為の引き金を、何かしらの切欠をフェルナンドは求めているのだ、夜一がもつ技の中に。


「さぁ・・・やろうじゃねぇか。 こんな人形幾ら殺した所で意味は無ぇ、殺し殺されるギリギリの中でこそ磨かれるものがあるだろうが、極限の中だからこそ視えるものがあるだろうが・・・・・・その為に、俺と戦ってもらうぜ? 体術使い 」


フェルナンドは這縄に捉えられ手放した斬魄刀を再び握り、苦も無く霊子の縄を引き千切ると刃を鞘に納める。
そしてゆっくりと常の構えを、“本来の彼の構え”をとった。
瞬間ルキアには彼から発せられる闘気が増したように感じた。
ここでルキアは再び自分が如何に手加減をされていたかを理解する。
最大級の手加減、フェルナンドが言ったそれにおそらくは嘘はなかったと。
武器を抜き放ったときの姿とは比べ物にならない、そこに隙など無くこちらから打ち込める気もしない。
いくら近付こうともどこか斬られる気がしない様だった彼の間合い、しかし今の彼を見ればそんな考えは微塵も浮かばない。
打ち込める気がしないのは何も隙が無いからだけではないのだ、打ち込めない理由、それは打ち込めば殺される気がしてならない為。
今し方首と胴が離れた夜一の義骸を見てしまったが故その思いは尚の事強いのかもしれない。


「ルキアよ、下がっておれ・・・・・・ 」

「し、しかし夜一殿・・・・・・ 」

「異論は認めん、早くせよ。 ・・・・・・おぬしを庇って戦える程、今の儂に“余裕は無い”・・・・・・」

「ッ!! 夜一殿、やはり御身体が・・・・・・」


敵は既に臨戦態勢、それをして夜一はルキアにこの場から退くように命じた。
ルキアも食い下がりはするが後に続いた夜一の言葉に息を呑む。

余裕は無い。

それはある意味敵に対する最大級の褒め言葉。
余裕を持ってあたる事は出来ない、余力を残す事は叶わない、死力をもってして対さねばならない。
ルキアは夜一の言葉にそれを感じたのだ。

そしてルキアは知っている。
夜一が余裕は無いという言葉を選んだ本当の理由を。
それはただ敵、フェルナンドの実力が見過ごせぬものであるというだけではないのだ。
何故なら彼女は今、“万全の状態ではない”為。
それを知る故ルキアにはより夜一の言葉は重く感じられる。
万全ではない彼女、そして自分が居る事で夜一の足枷となる、それが今の自分なのだと言う事、その事実を苦々しく思いながらルキアは「・・・御武運を」という言葉を残し、その場から離脱した。
その手に血が滲むほど、強く拳を握りながら。


「待たせたのぉ。 破面よ・・・・・・ 」

「ハッ! あの女はもう用済みだ。 居ても居なくても大差は無ぇが、消えてくれるんなら黙って見てるさ」

「そうか・・・・・・ 」


ルキアが去って後、夜一はフェルナンドと相対した。
瞳は幾分か鋭さを増し、気も滲む。
対するフェルナンドは既に万端、今か今かと戦いの時を待っている。


いや、“待っている”訳が無かった。


つい先程まで夜一が居た場所の地面が放射状に陥没する。
中心にあるのは裸足の踵、フェルナンドが叩きつけた彼の踵だった。
そう、戦いはもう始まっていたのだ、姿勢を低くまるで地を這うような体勢のフェルナンド。
瞬時に跳び上がり全体重を乗せた踵落としは、大地を易々と陥没せしめたがしかし、夜一を捉えてはいなかった。


「いきなり仕掛けて来よったか・・・・・・ 」

「速い・・・な。 だが今のを卑怯だ、とでも言う心算かよ」

「まさか、言う筈がない。 戦いとは“そういうもの”じゃろう」


先制攻撃を仕掛けたのはフェルナンド、しかし夜一はそれを避わしていた。
その動きはフェルナンドが零したとおり速く、余裕が無いといいながらもそうは見えないものだった。
だがそれは当然の事、夜一からすれば当然の事なのだ。

“ 瞬神 ”

彼女がもつ二つ名である。
歩法に精通し、何者もその影を踏む事叶わぬとまでうたわれたのが彼女、四楓院夜一。
如何に今の彼女が万全ではないと言えども、ただ敵の攻撃を避わす事など容易い事であった。

突如としての攻撃にも対応して見せた夜一。
いきなり襲い掛かってきた様なそれではあったが、事無く。
それを卑怯だ、と言う事も無かった。

そもそも戦いに始まりと終わりの明確なものなどない。
これは遊戯でも試合でもなく戦場、殺し合いの場。
そこに始まりの合図は無く、突如とした攻撃にさらされてそれを卑怯と喚き散らすことは、愚を曝すより更に愚かな事でしかない。
戦いとは一瞬の積み重ね、それを掻い潜りつつ敵を倒す事こそが戦い。
要は気を抜いていた方が間抜け、という事なのだ。


「そうさ! 殺し合いに卑怯なんてもんは無ぇ。テメェの矜持が許す全てが有効だ! アンタが速ぇのは判った、じゃぁコッチもちょっとばっかし上げていくぜぇ」


少しずつ昂ぶっていくフェルナンド、大地を蹴るようにして夜一との間合いを詰め、肉薄する。
その言葉通り先程よりもその攻撃は鋭く、速く、そして途切れなかった。
上段、中段、下段への蹴り、拳による打撃、打ち、払い、突くといった一連の全てがめまぐるしく夜一に襲い掛かる。
それは最早拳足の暴風に近かった。
吹き荒れるそれは間合いに入った全てを粉々に打ち崩すかの様、その拳足の嵐の中、夜一はその事如くを避わしていた。
身に迫る事如くを、軌道を逸らし払い或いは身を反らし避わし続ける夜一。


(凄まじい威力じゃの・・・・・・ 払うだけで腕が持っていかれそうじゃ。更に暴れているようでその実、鋭く急所を狙う一撃が端々に隠れておる・・・・・・そしてこれだけの攻撃をして息一つ切らさずそれどころか・・・・・・嗤っておるとは・・・のぉ・・・・・・)


フェルナンドの猛攻を掻い潜り捌きながら、夜一は冷静に見極めていた。
敵はどちらが強いのか知りたい、というだけあってやはり白打に長けていたと。
猛攻の中それぞれが強力な一撃でありながら、その中でまるで殺意の塊のような一撃が急所目掛けて飛んでくる。
虚実の攻撃、実の一撃を隠す為の虚であるが、それだけでも並みの敵なら易々と決することが出来る威力。
そして何よりその攻撃の嵐を続けざまに見舞いながら、息の上がる様子もなく尚且つ、嬉々として嗤っているその様。
やはり更木に通じるものがある、と思う夜一であったが、こうして避け続けたとて戦いが決するはずも無かった。


(さて、どうしたものか・・・・・・ “ 瞬閧(しゅんこう) ”は使えん。 あれを使えば確かに攻撃は通るが、現世の霊なる者に影響が強すぎる。かといって無為に攻めては儂の“身体が保たん”。打撃はここぞという所まで取っておかねばの。・・・・・・ならば、彼奴の勢いを利用させてもらうとしよう!)


敵の猛攻を捌きつつ思考する夜一。
刹那の思考は今自分に出来る事出来ない事、するべき事避けるべき事を駆け巡らせる。
正面から殴り合う、という選択肢は始めからない。
敵の持つ外皮、その霊圧硬度を夜一は嫌と言う程知っていた為、何の策も無く殴り蹴りつければ確かに敵にダメージは残せようが、それと同程度に自身もダメージを負ってしまうと。
だがそれを無にする策もまた夜一にはあった、瞬閧と夜一が呼ぶ術、これを用いれば自身へのダメージを軽減させ敵に更に大きな痛手を負わせることも可能だろうと。

しかし、この選択肢は避けねばならない。
瞬閧と呼ばれる術は確かに強力なのだろう、だが強力な技、強力な攻撃というものは自然範囲も大きくなり被害は広域に及ぶ。
これが周りに木々の生い茂る森であるか、或いは尸魂界外縁部に代表される荒野であったならばそれもいいだろう。
だが、ここはそうではない。
ここは、彼女が今居る場所は現世、それも現世の健全な魂、整(プラス)達が多く住まう市街地なのだ。
そんなところで本人すら予期出来ぬ程の威力を持った技、強大な霊圧を発するそれが用いられれば、整達に影響が出るのは必至。
最悪魂が磨り減り押しつぶされ消滅しかねない、現世と尸魂界、両者の魂の均衡が崩れるのは夜一にとって、いや霊なるもの全てにとって望ましいものではないのだ。

ではどうするか。
瞬閧は使えず打撃も数は限られる。
出来る事、出来ない事、避けるべき事は判ったと。
ではするべき事は何か、避わし続けるのではなく反撃の手は何か、夜一に見えるのは猛威を振るう敵の拳達、その勢いは猛然の一言でありこれを利用しない手は無いと、夜一はするべき事を固めた。


「避けてばかりじゃつまらねぇだろうが! 打って来いよ!俺を殺す為に! それを突き詰めんのが戦いだろうが!ッ!!」


燃え盛る己が意を叫ぶフェルナンド。
避けてばかりでは何も始まらない、避けてばかりではつまらないと。
手を伸ばし足を振りぬき、殺意を乗せて襲い掛からせなければ何も始まりはしないと。
磨き上げたそれらは飾りではないだろう、俺を、他者を殺す事だけを思い磨いたのだろうと。
己が拳にそれを存分に乗せ叫ぶフェルナンド、そしてその意思を存分に乗せた彼の右腕が夜一の顔面へと伸びる。


そしてその瞬間、彼の世界は回転した。


天地は逆様に、空が大地となり大地は空となる。
足元が急に抜け、そして大地が頭上から降ってきたような感覚。
ありえざる感覚と、大地が陥没するほどの衝撃をフェルナンドは味わっていた。

合気、柔よく剛を制す。
夜一が行ったのはそれだった。
それは夜一が先日ヤミーに見舞った一撃と同じ、不用意に夜一へと手を伸ばしたヤミーは次の瞬間大地が割れるほどの衝撃を伴って地面へと叩きつけられたのだ。
敵の放つ攻撃、その方向性をずらし自らの力も上乗せして敵へと返すその技。
敵の攻撃が強力であればあるほど跳ね返るかのようなその一撃は威力を増す。

フェルナンドの攻撃は決して不用意、という訳ではなかった。
しかしフェルナンドの攻撃を見切り、刹那の拍子でそれをずらし、己が力を乗せ敵を回転させ地面へと叩きつけた夜一の技量。
フェルナンドの殺意の拳よりも、連綿と積み上げられ培われた技量がそれを上回っていたのだ。


(うまくはいった・・・か。 だが所詮は時間稼ぎ、この程度の攻撃では幾分の痛手もなかろう・・・・・・しかし彼奴の攻撃、まさか・・・・・・ )


フェルナンドを叩きつけて後、彼から距離を置いた夜一。
まずは自身の思惑通りの展開と先制を得た夜一だったが、それだけで勝敗が決したなどという思考は浮かぶことは無い。
こんなものはあくまで機先を制するためだけ、只投げ、叩き付けただけで死ぬ筈が無い。
少なくとも目の前の男がその程度で死ぬ姿を夜一は想像できず、想像できない事は決して起こりえない事。
目的はあくまで敵の気勢を削ぐ事、猛烈な攻撃はまた今と同じ状況を作り出すと相手に認識させる事こそ肝要なのだ。

気勢を削ぐとはそういう事、敵の選択肢を潰し、如何にこちらに有利な状況を作るか。
勢いをそがれれば敵は自然と下り坂、その後のやりようなど幾らでもあるのだから。
只一点、僅か気にかかるものを抱えながら。


「成程、ヤミーの野郎がすっ転んだのはこういう仕掛け…かよ。まさか自分の力が跳ね返って来る、とはなぁ・・・・・・だがこんなもんはお遊びだろう? 」


夜一の考えどおり叩きつけられた方のフェルナンドは苦も無く起き上がった。
服には所々埃が付いていたが、別段外傷らしい外傷も無く損害は軽微の一言だろう。
自身が喰らった攻撃を彼なりに分析し、納得した様子のフェルナンド。
しかしこんなものが磨き上げた技、殺す為の技とは思えない彼にとって、それはどこまでもお遊びでしかなかった。


「オラ、攻めて来いよ。 受けてばかりじゃつまらねぇだろ?それともそんな消極的なもんがアンタの積み重ねた技なのかよ」


構えながら嗤うフェルナンド。
獰猛、その一言だけがその笑みには浮かび、意識の全ては夜一へと向かっている。
対して夜一はそんなフェルナンドの挑発に乗る事無く。
あくまで自分から攻めかかる事はしなかった。


「なんだよ、来ねぇのか? アンタはもう少しこっち寄りだと思ってたんだがな・・・・・・やっぱりその“左腕と左脚”じゃぁ本気じゃ来れねぇ、ってことかよ」

「ッ!! 」


夜一が思ったとおり、どこか気落ちしたようなフェルナンド。
だが続いた言葉に夜一は目を見開く。
それは彼女を震撼させるに充分足るものだった。
左腕と左脚、そう、彼女がこの戦いに消極的であり尚且つ万全ではないという理由はそれなのだ。
先のウルキオラ、そしてヤミーの現世侵攻の際彼女はその迎撃に赴き、その腕と足でヤミーを打ち据えた。
その後、二体の破面は虚圏へと退きはしたがその為に彼女が払った代償、それが彼女自身の左腕と左脚であった。

破面の外皮、鋼皮(イエロ)と呼ばれるそれを殴り、蹴りつけた夜一。
それは洗練された体術と四肢が発する威力をもってヤミーを打ち据えはしたが、何の防護策も無くそれを行った夜一は、予想以上の霊圧硬度を誇る鋼皮によって自身の手足にも傷を負ってしまっていたのだ。
動かすことに支障は無い、しかし戦闘の負荷にはおそらく耐えられるものではないその手足。
打てない訳ではない、蹴れない訳ではない、しかし万全とは呼べず破面の本格的侵攻に備えこれ以上の傷を負うことは避けるべき事。
故に夜一はこの戦い、フェルナンドを打ち倒す事を目的とせず戦っていたのだ。

しかしそれは見抜かれていた。
それも的確に、左腕と左脚と明確に指摘して。
夜一にそんな素振りを見せた心算はなかった、敵にそれを悟られるという事は自分の弱点を悟られるのと同じ。
戦場においてそれはあまりにも不利が過ぎる。
故に悟られぬよう注意は払っていた心算だったが、目の前の破面はそれを看破している。

だがそうなると一つおかしな事が、辻褄が合わない事があると夜一は思い至った。
それは僅か感じていた違和感、気のせいとしてしまえばそれまでではあったが、この事実がわかった以上それは気のせいではなく真実なのだろうと。
では何故、夜一にそんな思いが過ぎる。

では何故、この破面は左側から攻めてこなかったのか、と。


「・・・・・・おぬし。 それを見抜いておきながら、何故そこを攻めぬ・・・・・・」

「ハッ! 別に戦いながら俺が見つけたなら攻めても良かったんだが・・・な。だがあの女が言っちまっただろう? 身体がどうの・・・とかよぉ」


どうしても判らぬ夜一はそれを直接聞いてみる事にした。
答えが返ってくるとも思っていなかったが、投げかけてはみようと。
そして答えはいとも簡単に返ってきた。
曰く何も戦いながら全てに気が付いた訳ではないと、ただその前に、ルキアが零した一言が切欠だと。
余裕が無いという言葉の後に身体を心配するかのような言葉、そんなやり取りがあれば誰だって気が付くだろう。
敵は身体を損なっていると、決して万全の状態ではないと。
どこか、までは攻防の中の僅かな動きから、しかし事前に知らせがあったこと自体は間違いないのだ。


「それがどうしたと? 戦いに・・・殺し合いに卑怯なぞというものは無い、と言ったのはおぬしであろう・・・・・・」

「そうだ、殺し合いに卑怯なんてもんは無ぇ。だが・・・誰かに教えられた弱点を攻めるのは別だ、そんなもんはここを攻めろと言われてんのと同じだ。他人に与えられた勝利も同じだ、そんなもんにはクソ程の価値も無ぇ。そしてそれを勝利と呼ぶ事は、俺の矜持が許さねぇ」


愚直、フェルナンドの言葉を評するにはそれが適当だろう。
弱点を突くことは卑怯ではない、しかし、示されたそれを突く事は違う。
少なくともフェルナンドにとってそれは許せない事、自分がそれを行うのは許されない事なのだ。
彼の信念が、曲げられぬ矜持がそれを否定する。
その先に得た勝利は無価値、そして無価値な勝利の先に求めるものは無いと信じるから。
得られるものは無いと信じるから。


「だがアンタはどうだ? 本気を“出さない”のと“出せない”のはまた違う。その腕もその脚も、蹴れねぇ殴れねぇって訳でもねぇだろう?これ以上痛めるのが怖いか? この先に支障があるのが拙いか?ハッ! 俺も随分と・・・・・・ 甘く見られたもんだぜ!」


フェルナンドの強い意志に僅か気圧された夜一。
勝利よりも矜持を優先する、例え己が身を犠牲にしたとしても。
戦いに、勝利に餓えながらしかし、どこか高潔さを感じさせる精神。
これが敵、これが破面、只の化物ではない信念を持つ者達、それが向いている方向は多々あれどそこに強い意思がある。
ただ暴を振るう集団ではない、それゆえに感じる苦戦の予感。

その夜一にフェルナンドはまるで見透かしたような言葉を投げ付け再び突進する。
確かに全てをかなぐり捨て、彼を倒す事だけを考えれば遣り様は幾らでもある。
しかし夜一にとって此処が全ての終わりではない。
先を見据えればこそ彼女は温存しているのだ、自身が本当に力を使わねばならない場面がくると。
そしてその場面は今ではないと。


「ウラァァアアァア!! 」


裂帛の気合漲るフェルナンドの拳。
迫り来るそれを夜一は避わしながらも再び柔法によってフェルナンドを大地に叩きつける。
しかし今度は離脱の隙が無かった。
叩きつけられたフェルナンドはその後直ぐに立ち上がり、そのまま夜一へ再び襲い掛かったのだ。
自身の頑強さにものを言わせたかのような攻勢、だがそれでも夜一は冷静に対処し、再びフェルナンドは大地に叩きつけられる。

その後はそれの繰り返しだった。
夜一が投げ、フェルナンドが跳ね起き再び襲い掛かり、そしてまた投げられる。
目的が見えぬフェルナンドの攻勢に次ぐ攻勢、敵の勢いを削ぎぐ事を目的としていた夜一であったが、目の前のフェルナンドは気勢が下がるどころかまるで燃え上がる炎のように勢いを増していく。

そして嬉々として嗤っているのだ。


「ハッハハハ! どうした! ただ転ばせるだけで敵が死ぬかよ!殴れ! 蹴り飛ばせ! 腕を足を首をヘシ折れ! ”先”なんか見据えてんじゃねぇよ! ”今”が全てだろうが!先の事は今俺を殺した後で考えやがれ!! 」


そう、先を見据えることは大事なことだ。
だがしかし、今目の前の敵を蔑ろにする事が先を見据える、という事ではない。
夜一にとって先にある戦い、藍染惣右介が仕掛けてくるであろう侵攻の方が重要であるのと同じだけ、フェルナンドにとって今彼女と戦う事は重要な事なのだ。
故に叫ぶ。
転ばせるだけでは死なない、投げ付けただけでは死なない、これは倒すための技であって殺す為の技ではないだろうと。
急所を殴り、頭を蹴りつけ、腕を折り足を折り、首をヘシ折り捻じ切る事。
それこそが殺すという事であり、今求められるのはそれ以外ないとフェルナンドは叫ぶ。
いや吼えるのだ、彼の魂が。
先ではなく今を、今目の前にいる俺を殺して見せろと。


(成程。 この破面、やはり更木と同じ類。 今という刹那を生きる獣・・・いや修羅か・・・・・・この手の者は幾ら時を掛けようが気勢など落ちん。ならば・・・儂も覚悟を決めねばなるまい・・・・・・)


一向に衰える気配無く、それどころか気勢を増しながら迫り来るフェルナンドを前に、夜一もまた覚悟を決めようとしていた。
こういった類の者を相手に気勢を削ぐ等という事は無意味、何故なら彼等の様な者達にとって、この状況もまた戦いの内側。
自分が圧される事、攻め込まれ窮地に立たされる事もまた戦い、そしてそうでなければ面白くないという思考回路。
要するに馬鹿なのだ、どうしようもなく、そうどうしようもなく戦いを求める戦闘馬鹿、それが彼等の正体であり全て。

退(しりぞ)けるには最早道は一つしか無い。
敵が諦めて帰る事は無い、増援もおそらく望めない、身体は万全ではないがしかし、やるしかないのだ。


再び跳ね起きるフェルナンド、獲物を見据えると襲い掛かるように駆け拳を打ち出す。
それは最早殺意の固まり、お前を殺す、そして俺を殺して見せろという反する感情が乗る拳。
魅せろ魅せろとせっつく様なそんな拳だった。

先程と同じならばこのまま拳は避けられ、逸らされ、次いで天地は逆転し大地はフェルナンドに落ちてきただろう。
だが今回は些か状況が違っていた。
拳を打ち出し、避けられる所までは同じだった。
しかし次の瞬間夜一の姿がフェルナンドの視界から消えたのだ。
まさに一瞬の出来事、フェルナンドですら目で追えないそれは最早消失に近く、次にフェルナンドが彼女の存在に気が付いたのは、彼女の両手が彼の二の腕辺りを握った時であった。

瞬間視線だけをそちらへと向けるフェルナンド。
延びきった自身の腕、その二の腕辺りに見えるのは褐色の指先。
しかし視線を横にずらしたとて見えるのは夜一の手と腕のみ、彼女自身の姿はそこには無く、腕が続く方へと視線を奔らせたフェルナンドが見たのは、彼の二の腕の上で逆立ちをしている夜一の姿だった。


“ 吊柿(つりがき) ”。
夜一が編み出したその技は、敵が放った蹴りや拳を足場とし、攻撃の軸とするもの。
本来ならばありえない敵を足場とするという攻撃、それ故に敵には虚を突かれた僅かな硬直が起こり、尚且つ普段では考えられない位置角度から襲い掛かる攻撃は驚異的だろう。
夜一はフェルナンドの腕を足場とし倒立し、そして伸ばしていた脚、その膝をフェルナンドの脳天目掛けて振り下ろした。
それはまるで振り上げられた斧、処刑台に括り付けられた罪人の首を落とす斧を思わせる鋭さを持ってフェルナンドへと襲い掛かる。
頭上からの攻撃に生物はあまりに弱い。
そこは死角であると同時にもっとも防御が薄い場所のひとつ、薄い皮膚と頭骸骨を突き破ればそこにあるのは脳であり、それさえ潰せば敵に残るのは死だ。
故に夜一は狙う。
一撃必殺、今彼女にあるのはそれだけ。
その瞳に最早迷いは無い、先を見据え自身を温存する気など無い。
ここで最悪自分の膝が壊れても構わない、この者を後々まで永らえさせる方が彼女には今余程危険に思えていた。


(獲った! )


そう思い膝を叩きつける彼女、鈍い音と共に衝撃が弾け、叩き付けたと同時に夜一はフェルナンドの腕から飛退く。
最悪膝が壊れても構わんとさえ思い放った一撃であったが、幸いにも膝は無事。
無論ダメージはあったがそれでも重畳と言えるだろうと、夜一は結論付けた。

そこに今だ立っているフェルナンドの姿を見るまでは。


(これは・・・・・・ まったく、どうりで儂の膝が砕けん訳じゃ、彼奴め・・・土壇場で避わしよったか・・・・・・)


夜一に見えるフェルナンドの姿、頭部は無事であり損傷は見られない。
そして首筋から肩にかけて立ち昇る煙のような残滓、まるで何かを高速で擦ったような、そんな痕はまさしく夜一の膝が一撃の痕。
夜一の姿、そして何をしようとしているかを見たフェルナンドは瞬時に頭を反らし、さらに足場として使われている腕を動かして脳天への攻撃を回避してみせたのだ。
しかし出来たのはそこまで、脳天への攻撃は確かに逸らせはしたが換わりに首筋を抉り、そして彼の肩に深々と突き刺さったのだった。
夜一の膝が砕けなかったのはフェルナンドが刹那の回避を行った為、骨と骨のぶつかり合いともなれば如何に霊圧の加護があれど、破面の鋼皮も伴って膝は砕けただろう。
だが、首に当たり勢いを削がれ、更に筋肉で覆われた肩であったためまだ砕けずに済んだという事。
獲るには至らなかったが、それでも致命的な痛手を負うこともなかった夜一。
まだやれると僅か身体を沈ませ、次に備える。


「クク・・・ククク・・・クハハッ、ハハハハハハ!!そうだ! 俺が待ってたのはそれなんだよ!! 俺を足場にしやがった!ハハ! 俺が考えた事も無ぇような攻撃だ!あるじゃねぇかあるじゃねぇかよ! 敵をブチ殺す為に磨いた技がよぉ!」


備える夜一に聞こえたのは歓喜の叫びだった。
自分が攻撃を喰らったというのに、浅くは無いであろう攻撃を受けたというのにその男は嬉々として嗤うのだ。
求めたのはこれだと、自分が思いもよらなかった攻撃が、自分が思いつきもしなかった攻撃が自分を殺しに向かってくる。
それが楽しくて嬉しくてたまらない、そんな雰囲気すらあるその笑い声。
やはり狂っている、夜一にそう感じさせるには充分なそれは、更なる喜びを求めていた。


「オラ次だ!次をやろうぜ! 漸く殺し合いらしくなってきたんだから・・・なぁ!!」


その肩に受けた傷等ものともしない様子で歓喜の声を上げるフェルナンド。
傷より、痛みより、それを凌駕する興奮、高揚が彼を支配する。
虚圏に彼と同じような使い手は少ない。
皆己が拳を武器として戦いはするが、それを主としている者など殆どいないのだ。
それが不幸だと彼は思わない。
思ったところでその状況は変らず、自分の境遇を嘆くのは彼には違う気がしたのだ。

だが、目の前の女性は彼と同じような事を突き詰めた人物。
故に歓喜する、その力に、その技に、彼が思いもよらなかった全てに。
敵は自分が望み求めていたものに足るものを魅せた。
ならば、自分も魅せなければ釣り合いが取れないと。
殺し合いと口にしながらもそう思ってしまうフェルナンド、それはきっと嬉しさなのかもしれない。

自分と同じだという事。
種族ではなく、性別ではなく、生き様も価値観も何もかもが違うがしかし、極めようとするものが同じ者。
敵を打倒する、只その為だけに拳を、蹴りを、それらを用いる事を続けた者。
彼よりももっともっと長い間、生を受け今に至るまでそれを止める事が無かった者。
その者に対する敬意、本人にその意思は皆無であろうがその行動は確かにそう取れるだろう

夜一へと突進するフェルナンド。
対する夜一は構えを崩さず迎え撃つ気配を見せる。
迫るフェルナンド、そして夜一の間合いへと入った瞬間彼は大地を蹴り、跳んだ。
低空での回転、大きく開かれた脚が描く弧の軌道の回転蹴り、その踵が夜一に襲い掛かる。
夜一の顔の目の前へと迫るフェルナンドの踵、上体を反らす様にしてそれを避わす夜一だったが直後、たった今避けた蹴りを追うようにしてもう片方の足が彼女に迫っていた。


(“ 風車(かざぐるま) ” !? いや、違う・・・が、なんという動きじゃ!)


瓜二つと言うわけではないが自分が使う技にも似たフェルナンドの動き、そしてそれを可能とする身体操作と肉体。
先程までの拳と蹴りの連打から白打の使い手とは読んでいたが、思いのほか完成度の高いそれを前にし夜一も驚いていた。
だが、似ているという事は避わせるのもまた道理、一撃目以上の速度で迫った追撃も夜一の薄皮一枚捉えるのが精一杯であった。

が、フェルナンドの攻撃はまだ止まらない。

連撃を避わされ後、重力に引かれ落下する身体をフェルナンドは片腕を突っ張り止める。
掌をつき、握力にものを言わせて大地に爪を立てると身体の勢いを止め、たった今振り抜いた脚を自分の方へと無理やり呼び戻すと、夜一の今度は腹部目掛けて蹴り上げたのだ。
本来ありえない下方向から突き上げるようなその蹴り、更に身体の強度にモノを言わせたあまりに変則的な攻撃の繋ぎ方によるそれは、予想だにしないだけに防ぐに窮するもの。


(なに!? )


そしてその蹴りによって夜一の身体が後方へと吹き飛ばされた。
放物線を描き吹き飛ばされる夜一、フェルナンドから離れた位置に着地した彼女は、腹部を押さえながらも今だその脚で立っていた。


「ハッハハ! 流石、だなぁ。 初見で俺の今のに反応して更に衝撃は自ら跳ぶ事で消す・・・かよ。いいねぇ・・・・・・ 俺が睨んだ通りだ。あんな死神のガキよりよっぽどアンタの方が強ぇじゃねぇか」

「フッ、それは喜んでいいのかのぉ。・・・・・・だが、貴様の言う死神のガキ・・・一護の奴を甘く見ておると、おぬし等・・・いつか痛い目に合うぞ・・・・・・?」


蹴りを撃った体勢から素早く立ち上がるフェルナンド。
そして今だ立っている夜一の姿を確認すると、その笑みはまた深くなる。
やはり、というその笑み。
そう、彼女が立っているのは当然、何故なら彼女はフェルナンドの攻撃を防御していたのだから。
下から迫るフェルナンドの蹴り、それを腕を交差させるようにして受け勢いを殺し、それでも尚押し切ろうとする彼の蹴りを受ける直前に夜一は自ら後ろへと跳んだのだ。
蹴りの力の方向と同じ方へと跳ぶ事で威力を消す為に。

それは蹴りを撃ったフェルナンドが一番良く理解していた。
蹴った感触が明らかに軽い、突き刺さったような感覚など無く、しいていえば触れた様な撫ぜた様な感覚のみ。
それで敵を倒したと思えるほど彼は馬鹿ではない。
故にその光景は、大地に立つ夜一の姿はフェルナンドにとって想定内であり当然であった。


夜一の方は自ら後ろへ跳び、蹴りの勢いも何とか殺したおかげで大事には至っていなかった。
しかし口の端から僅かに流れる血が、彼女の受けた攻撃の威力を物語る。
勢いを殺し、自ら跳び衝撃を殺して尚、威力を残すその蹴り。
化物と呼ぶに相応しいとさえ思えてしまうそれ、そしてその一撃を喰らうまでの敵の一連の動き。

ありえない、と思った所から飛んでくる必殺の一撃達。
虚と実、織り交ざり思考の外から襲い掛かる絶死の顎(あぎと)。
白打の使い手としては荒削りと言っていいがしかし、拳に宿る熱、魂は一級品。
振るう拳も放たれる蹴りも、どこか彼女の一族が先祖代々から振るうものに通じるような魔技の様相を見せる。

そう、全ては只無手にて敵を殺す為に、と。


「痛い目・・・かよ。 そいつは望む所だなぁ。あのガキが俺達を殺せる程強くなるならそれもまた良い。寧ろそうなってくれた方が良いに決まってる 」

「ほぅ・・・おかしな事を言うものじゃ・・・・・・敵が強いほうが良い・・・と? 」

「そうだ。 敵が強ければ強い程、俺を殺そうとすればするほど良い。そうすれば見える筈だ、その敵を殺した後には見える筈、感じる筈だろう?俺は今、“生きているんだ”ってぇ実感が・・・よぉ・・・・・・」


その言葉に夜一は決定的な破綻を見た。
自分を殺そうとする者、強者との戦い、その先にこそ求めるものはあるとフェルナンドは言うのだ。
生きている実感、自分が今を生きているという実感、長い長い年月、破面になる前、大虚になる前、虚となって後途方も無い時間の中で喪失した誰しもが持つであろう時間。
彼はそれを求める、どうしようもなく、それに餓えている。
故に彼は戦いを欲するのだ、戦い、命と命を削りあう舞台を。
その存在をぶつけ合い火花散らす場所の先にこそ、極限の舞台の先にこそ見えるとこの男は確信している。


自分は今、確かに今を生きているという実感があると。


(なんという・・・・・・ この男、自らも“ 先 ”を求めながらその先を得る為に“ 今 ”に命を懸けるのか・・・・・・いや・・・先を求めるからこそ今を戦える、というべきかのぉ。今という戦いの先にこそ求めるものがあるというのなら、その今に全てを賭けねば先など手に入りはしない・・・と)


自分は先を見据え今を守った、しかし敵は先を求めながら今を賭けたのだ。
そこに差は無く、どちらもが正しいのだ。
自らに信念に基づいたのならそれは正しい、殉じるものが違う時点でどちらか一方こそが正解という事はありえない。

そう思いながらも夜一はどこかその男を自由だと思った。
自分は気ままな野良猫暮らし、しかし背負った責任は捨てきれるものではなかった。
今という刹那を生きるような振る舞いをしながらしかし、どこか先を見据えていた気がしてならないと。
その自分を見たとき、ひどく目の前の男は自由だ。
求めるもののためならば容易く全てを捨て去れる、そう決断できる自由さ。
それが正しいとも思えはしないが、そんな身軽さは夜一には羨ましくも見えた。


「あぁそうだ。 こんな程度じゃ得られる筈が無ぇ。もっとギリギリの戦いが必要だ! 蹴りは見せた、次は・・・この拳を見せてやるよ!女ァァアァア!!」


尚燃え上がるフェルナンド。
気勢は燃え盛る炎、殺気は焼き焦す熱波の勢い。
叫べば霊圧は漲り気迫は尚も増していく。
受けたダメージも何もかも、吹き飛んでしまったかのような昂ぶり。
それをしてフェルナンドは、再び夜一に襲いかかる為足を踏み出そうとする。


しかしそんなフェルナンドの意気などお構い無しに。






















「 邪魔して悪いけどお楽しみはそこまでやで?坊(ぼん) 」











ゆらりとした声が、月光の如く戦場へと響くのだった。















夜明けの使者

王命

思惑

蛇の笑み












[18582] BLEACH El fuego no se apaga.70
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2012/03/26 11:50
BLEACH El fuego no se apaga.70









空に立つのは柳が如き人影。
ゆらりゆらり、のらりくらり、そんな雰囲気を纏った人影だった。
口元に浮かぶ笑みは裂けたように深く刻まれ、月光を照り返す白銀の髪が揺れる。
半ば目を隠すほど伸びたその前髪、キラキラと美しく輝くその髪の奥には怪しさ漂う双瞳。
細く緩やかに弧を描くそれは口元と相まって笑顔と呼ぶべきもの。
薄ら笑いではあるがそれでもその顔の形は笑顔と呼ぶものだった、しかし覗く瞳には喜や楽といった感情は見えない。
あるのはただ怪しさ、踏み込まれる事を拒み決して奥底など見せないかのような、何を考えているのか判らないような、そんな怪しさだけがその男の瞳には見て取れた。


「貴様・・・・・・ 市丸(いちまる)・・・ギン・・・・・・」


夜一が呟いたそれが人影の名。
市丸 ギン、藍染惣右介と共に尸魂界(ソウルソサエティ)を離反した元護廷十三隊三番隊隊長。
月を背にして立ち、その後ろには彼以上に背の高い巨躯で黒髪の破面らしき男を従えている。
そんな裏切りの蛇を思わせる顔を持つその男が今、現世へとその姿を現したのだ。


(何故彼奴が此処に・・・・・・ 離反した彼奴が態々我等に姿を晒す意味など無い筈・・・・・・)


予期せぬ人物の登場に夜一は思考を巡らせる。
藍染と共に尸魂界を離反した市丸、それは明確な反意の行動であり重罪に他ならない。
それを犯した者が尸魂界から干渉不可能である虚圏(ウェコムンド)に留まっているのではなく、現状死神が多数駐在している状態の現世、空座町に現われる意味などある筈がないと。


「あら、これはこれは、元二番隊の隊長さんやないですか。まさかこない大物まで出て来とるとはなぁ、こらもうちょっと早めに“連れ戻しに来た”方が良かったみたいや。」


夜一の方へと目をやり、あたかも今気がついたかのような市丸。
視界、そして霊圧がある時点で誰がいるかなど判りそうなものだが、こうして自らのペースに他人を巻き込んでいくあたり。
流石は藍染惣右介の右腕か、と彼を睨む夜一の視線が険しくなる。
しかし夜一は市丸の言葉に彼の目的を見ていた。
連れ戻しに来た、市丸は確かにそう言ったのだ。
そして誰を連れ戻しに来たのかという部分は言わずともかな、今もそこかしこで戦闘を繰り広げている現世へと侵攻した破面達。
言葉から察するにではあるが、おそらくこの侵攻は彼の、ひいては藍染の本意ではないのだろうと当たりをつける夜一だったが、それ以上の思考は続かなかった。


「時に・・・・・・ こっちばっかり見とったら「余所見してんじゃねぇよ!女ぁあぁぁぁあ!! 」


外したのはほんの一瞬、予期せぬ人物の登場につられほんの一瞬外した視線。
しかしその一瞬は大きい。
聞こえた声は既に彼女の間合いの内側、感じる濃密な殺気と霊圧は既にそこに居るのだ。
振り被られた左腕、既に放たれつつあるそれを捉えた夜一は自分の失態を責めた。
如何に予期せぬ事態があったとて今は戦いの内側、その中で敵から僅かでも注意を逸らす事の愚かさを。
驚きながらも聞こえた言葉に、同じ藍染の配下であり味方と呼べるであろう市丸の言葉に目の前の男は止まると。
” そこまでだ ”という意味合いの市丸が発した言葉に、目の前の破面はその拳を収めると決め付けてしまったと。


だが現実は違う。


制止の言葉など意味を成さない。
聞こえていないのか、聞こえていて無視しているのか、おそらくは前者であろうその破面フェルナンド。
高揚が、歓喜が、愉悦が彼の視界から思考から、戦い以外のものを排除しているのだ。
今ある戦いこそすべて、それ以外は必要無いとしているのだ。

避わせない、そう判断した夜一、そして叩きつけられる拳を彼女は遂にまともに右腕で防ぐ破目となった。
右腕だけでは足りない、本能的にそう感じた夜一は畳み込んだ右腕の裏に更に左腕を押し付け衝撃に備える。
直後襲ったのは腕が拉げるような衝撃、大地を踏みしめていた脚などお構い無しに彼女の身体は吹き飛ばされ、現世の建物を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされる。
たった一撃、今まで払い避わしす事で正面から受ける事のなかった衝撃は、彼女がその中で感じていた通り凄まじく、圧倒的だった。


「オラ! 一発で死ぬ程やわじゃねぇだろうが!もっとだ! もっと魅せ付けてやるよ! 俺の力を!!だからアンタも俺に魅せろ! もっと上を・・・なぁ!!」


歓喜の叫びを上げながら夜一が飛ばされた方向へと駆けるフェルナンド。
まともに入ったとはいえこの程度で敵を倒した、等と思える方がどうかしている。
この程度では今相対している敵は死なないという確信が彼にはあるのだ。

それはある意味信頼に似ている。
たった一撃、自分が放ったたった一撃で死ぬような者の筈が無い。
そんな者が自分にあんな一撃を見舞える筈が無い。
自分以上に途方も無い時間を、ただ敵を無手にて殺す事に費やしたであろう人物が、この程度の訳が無いと。
故に緩めない、気も、霊圧も、攻勢も。
緩める事は即ち侮辱ですらある。
こうしてフェルナンドが攻め立てる事こそある意味歪な彼なりの信頼であり、敬意ですらあるのだ。

そしてそれを越え、殺してこそ自分が高まるのだと。

嗤い駆けるフェルナンド、獲物以外映らぬその瞳がギラギラと輝いていた。









「こっちばっかり見とったら、危ないで・・・・・・って言おうとしたんやけど、遅かったかなぁ 」

「ケケ。 まぁ遅いか遅くないかなら、ちっとばかし遅かったんでしょうね。市丸のニイサン 」


空に立ち戦いを見下ろしていた市丸。
夜一にフェルナンドの急襲を教えようとしたようだが、それは遅きに失した。
建物やら塀やらを薙ぎ倒し、一直線の砂煙を立てながら吹き飛ばされる夜一。
それを追う様にして駆けるフェルナンド、戦場は移り彼らは言うなれば置いてけぼりを食らった状態となっていた。


「ひどいなぁサラマ君。 ボクの親切心からの言葉をそんな風に・・・・・・」

「ケッケケ。 そういう物言い、藍染サマそっくりですよ?市丸のニイサン 」


市丸以外のもう一人、黒髪に巨躯の男はフェルナンドの子分兼首輪役の破面、サラマ・R・アルゴスであった。
首輪役などというものは本来相手に気付かれないように置くものだが、彼の場合は別。
なにせ自ら「自分はお前に着けられる首輪だ」と言い放ったのだから。
なんともおかしな物言い、しかし彼は現にフェルナンドの子分としての立場を得ている。
言う方も言う方だが、許す方も許す方という事だろう。

まぁ実際のところその”首輪”は形骸的なものに成り下がり、今回も機能していなかった訳だが。


「ホンマやったらボクは来ぇへんでもよかったんやで?キミが坊(ぼん)をちゃ~んと見張っといてくれたら・・・なぁ」


藍染に似ている、というサラマの言葉にどこか嫌そうな雰囲気を醸す市丸。
しかしそれも僅かな事で、サラマに対してはチクリと刺さる棘が存分に生えた言葉を返した。
その言葉にサラマは「面目ないですねぇ」と悪びれる様子もなく答える。
元々サラマにフェルナンドの行動を制限など出来ないのだ。
弁は立ってもそれだけで彼を止められるはずも無く、今回はフェルナンドの方も藍染への意趣返しを込めた侵攻ゆえ、サラマに告げることもまた見つかる事も無い様事を進めていた。
結果見事出し抜かれたサラマは、一応の任務という事で市丸に同行し、こうして現世まで足を運んでいた。


「にしても・・・・・・ 口で言うて止まるとは思うてへんかったけど、まさか完全に無視されるいうんは予想外やったなぁ」

「なんか随分楽しそうでしたからねぇ。 俺と戦った時とは比べ物にならないですよ、あの気配は・・・・・・」


実際のところ市丸の方も、そう簡単にフェルナンドが止まるとは思っていなかった。
グリムジョーの方には同じように藍染と共に離反した東仙が向かっており、そちらは彼が治めるだろうと。
しかし、まさか気付かれもしないとは考えていなかったようで、どうしたものかと思案している様子。
そうしている間にもまた大きな煙の柱が一つ立ち上り、そこから飛び出してきた夜一を追うフェルナンドの姿が見える。
夜一の方も応戦している様子で、どうやら防御に使った右腕もかろうじて無事、といった様子だった。


「なんや、羨ましいんか? サラマ君 」

「冗談。 あの時だってこっちは必死こいて戦ってたんですよ?それを誰が好き好んでそれ以上を求める、って言うんですかい。ただの首輪には割に合いませんよ、割にね。・・・・・・ただ、そういった意味ではあのアネサンも只者じゃない・・・って事なんでしょうね」


フェルナンドの気配、そして表情から鑑みて随分と意気が上がっていると判断したサラマ。
そんな彼の言葉に市丸は悪戯っぽく声を掛けた。
自分の時以上と言うサラマの言葉に、その時以上を引き出した彼女が羨ましいのか、と。
しかしサラマはベロっと舌を出し、両手を挙げて首を振りながらそれを否定する。
あの時は随分と必死で、結果二度とは御免だとすら思った戦い。
それ以上のものを求めるのは、どうにも割に合う気がしないと。
本音か嘘か、しかしそれを引き出している夜一をサラマは高く評価していた。



が、この二人随分と悠長である。



戦いは今だ進行形。
今し方も夜一の蹴りがフェルナンドを捉え、返す刀で引かれた足が今度は彼の顎を打ちぬいた所だった。
それを先程の場所からまるで眺めるようにして見ている二人。
もう片方の戦い、一護とグリムジョーのそれは東仙がいち早く止めている事だろう。
実直、忠実を絵に描いたような東仙(とうせん)要(かなめ)という人物の人柄を鑑みれば、それは容易に想像できた。

ではこちらの二人はどうか。
片方はゆらりくらりと、わざとらしさすらある程の道化ぶりを見せながらも、時にそれに紛れて真実を穿ち、しかし腹の底は決して見せない。
もう片方はこちらも道化の類、分を弁えていると言えば聞こえはいいが、その実やはり本心は見せない。

要はどちらも道化師であり此処へきたのも命令に忠実だから、と言うわけでは断じてないのだ。

彼らが藍染から命ぜられたのは、現世に侵攻した者達を帰還させる事であり、それを思えばこうして放っておいても事は成る。
フェルナンドが夜一を倒してしまえさえすれば、後は勝手に彼も帰るのだからと。
だが結局のところそうも言っていられないのが現実、フェルナンドが夜一を倒せば済むとも言ったが、もしフェルナンドが夜一に倒されてしまう等ということが起これば問題であり、そうならないという保障はどこにもない。
今もフェルナンドの突撃を避わしざまに、夜一がフェルナンドの突進力を利用して彼の腹に自分の膝を突き刺している。
身体をくの字に折り曲げながらそれでも嬉々としてフェルナンドは嗤いながら裏拳を夜一に見舞ってはいるのだが、一方的に圧しているとは言い難いものだった。

そして何より、市丸にとってあまり“死神側の”戦力が減るのは望ましくなかった。


(さて、どないしたもんやろか。 坊はあれで大概頑固やからなぁ、そもそも口でどうこう出来そうもあらへんし・・・・・・かといってあんまり尸魂界の戦力減らしてもうたら“隙が出来へん”かもしらんしなぁ・・・・・・)


市丸に流れるそんな思惑。
薄ら笑いの仮面の下に潜む蛇、今は時を待っているその蛇が思考を練る。
戦いはどちらに転ぶか判らない。
が、諸々を考えたとき止めた方が良いのは事実としてある。
だが、ここであまり積極的に動くのもどうか、という思考も市丸にはある。
要は止め方、いかにして止めるかという部分なのだ。


「いや~それにしても坊はすごいなぁ。 相手にしとるんは尸魂界でも有数の白打(はくだ)の使い手やのに。けど流石にそろそろ止めなアカン、と思わへんか?サラマ君 」

「なら自分で止めたらどうですかい? 首輪ってのは巻かれる事が重要で、そこから鎖を引っ張る役目は他に居るんですよ」

「ま、今回の場合は巻かれてすらおらんかったけどなぁ」


さりげなくサラマに水を差し向けてみる市丸。
止めた方がいいと君も思うだろう、と。
ここで相手が「そうだ」と同意してくれれば、そう思うならお前が止めてくれと言えば済むのだが、流石に見え透いたのかサラマもそう簡単には引っ掛からない。
彼からすれば態々死地に飛び込むような真似は割りに合わな過ぎる、と言ったところか。
自分はあくまでも”首輪”であり、それを巻いて鎖をつけ、鎖を引くことで行動を制するのはあくまでも”飼い主”側の仕事だと切り返す。
言ってしまえばどちらも自分から積極的に関わる心算がないのだ。

所詮はやりたくも無い仕事、ならやらずに済むようにするのが上手い生き方であるとして。


「・・・・・・痛いとこ突きますねぇ。 でも残念な事に俺、フェルナンドのニイサンに”俺の戦いの邪魔はするな”って言われてるんですよ。どうしても止めろ、って言うなら吝かじゃないですが、その後きっと俺殺されますよ?そしたらせっかく嵌めた首輪が無くなっちまいますねぇ。なんとも“残念な事”に・・・ねぇ」


ここでサラマが切り札を切る。
彼がフェルナンドの子分となったとき、唯一彼がサラマへと架した事。

”戦いの邪魔だけはするな”

それがサラマが子分となる為のたった一つの条件だった。
現状を見ればフェルナンドは明らかに夜一と戦闘を行っており、ここにサラマが割って入りでもすればそれは明らかに約定を反故にしたという事。
そしてその報いはおそらくサラマ自身の命に関わる。
フェルナンドがそう明言した訳ではない、しかし充分すぎるほどそれは予測できるのだ。

もしここでサラマを失うような事があれば、せっかく嵌めた首輪は外れ、また獣は自由の身となる。
半ば形骸化し、現状巻かれてすらいなかったかの様な首輪ではあるが、それでもあるとないでは違うのだろう。
そして首輪をつける事を決めた藍染自身が、この首輪の失態を責めていない事からまだ彼は必要とされている事が伺える。
以上を持って切り札、面倒事、割に合わない仕事から逃れる為にサラマが用意した“それらしい理由”だった。


「あ~こら、どうにも分が悪そうやなぁ 」


サラマが放った切り札に、少し前と同じように嫌そうな雰囲気を見せた市丸。
そして言うなればそれは敗北宣言に近いもの。
こうもそれらしい理由を出されたのでは、退くべきは自分だと言う意思が見える声。
まいったまいったという雰囲気も出しながら、観念したように市丸はそう零した。


「でもサラマ君。 キミよう頭が切れるなぁ、まるで藍染隊長みたいやで?ボクなんかよりずっとなぁ・・・・・・ 」

「なんでしょうね・・・ 前にも誰かに同じ様なこと言われたんですが・・・・・・今の、ぜんぜん褒められてる気がしないんですがねぇ・・・・・・」

「そうなん? ま、どうでもエエかそんな事 」


サラマの切り札に敗北宣言を出した市丸。
止めに行くのはもう仕方が無い事として、しかし言いたい事は言う様子だった。
やれない事は無い、やってもいい意思もある、しかし。
それをすれば残るのは何か、 メリットかデメリットか、そのどちらが多くなるのか。
二つを見比べた時、最良の選択肢はこれなのかどうか、示された判断材料を元にまるで“キミはどう思う”と問いかけるかの様な手法。
条件と結末、そしてそれに至る道筋までの殆どを示しながら、あくまで自分が選択したと思わせるその手法はまさしく藍染惣右介そのもの。
感じたままのそれを、お前の方がよっぽどそうだ(・・・・・・・)という思いを放り投げる市丸。

対してサラマはそれを渇いた笑みで受け止める。
前にも、正確にはほんの数日前にぶつけられたものに酷似したそれ。
頭が切れる、という言葉の後に続くよく似ているという言葉。
完全に嫌味であるそれをあえて、何故か褒められている気がし無いと言えるのはサラマらしい部分。
その後に続く”どうでもいいか”というような趣旨の言葉に、若干気落ちした彼を他所に市丸は行動に移ろうとしていた。


「ま、しゃ~ない。 ボクが坊を止めるよって。どうせ言うても聞かんのや、ここはさっさと帰ってもらう事にしよか。ボクらとは“別に”なぁ 」


そんな言葉を残しその場から消える市丸。
しょうがないと、あくまでも自分は仕方が無くフェルナンドを止めるのだと。
そう言い残した市丸であったがその実は違う。

何故なら彼はさっさとこの戦いを止めたかったのだから。
ただ、積極的に動くのは要らぬ誤解と詮索を招く種。
自身が演じる人柄にそぐわぬ行動は、その種を芽吹かせる恐れがある。
敵戦力を減らせる好機、減らせずとも深手を負わせられる機会を前に無理にでも味方を退かせる事の違和感。
命令を額面通りに受け取ればそれは正解なのだが、藍染惣右介の望む部下はそうではない。
命令の裏を読み、尚且つ命令以上の戦果を暗に求められるのだ。
その点から見れば今までそれを忠実に実行してきた市丸という人物が、そそくさと命令を遂行する事には微々たるものだが拭いきれない違和感が生まれるのだ。

だが今は違う。
何故なら彼は今、免罪符を得たのだ。

“仕方が無いから”自ら動くという免罪符を。
サラマが何かそれらしい理由さえ出してくれれば彼には良かった。
後は渋々自分が折れさえすれば、自分が動く事に違和感は無い。
少なくともフェルナンドが圧倒的優勢と判断できない現状、死なれる前に回収したという面目は立つ。

何故ならそれは仕方が無い事だから。
結果的に死神を助ける事になろうとも、それは命令を遂行する上で仕方が無かった事になるのだ。

巧く事を運んだのは市丸。
自分が今被る仮面は、東仙ほど実直ではない。
そんな自分が東仙よろしく命令の為にひた駆けるのはどうしても違和感がある。
その違和感はある程度は消した、後はどれだけ早く、どれだけ多く死神側の戦力を残せるかに掛かっている。
市丸の思惑のためには死神側の戦力は多ければ多いだけ良い。
その為にはフェルナンドにいち早く退場してもらうのが一番なのだ。
言葉で止まればそれが一番良かったのだが、もうそれに意味はない事は証明済み。
なら残るは一つだけであり、既にどうするかの算段はついている。

またしても立ち昇る砂煙の柱、それを目印に市丸は夜空を駆けるのだった。









市丸達が他人事のように眺めていた戦いは今だ続いていた。
何度目になるか判らぬ交錯、黒と白の線、その線と線が交わり交点から弾かれ距離をとる。
黒い方は勿論夜一、息を切らせ苦痛からか僅かに顔を歪ませる彼女、口元から一筋の血を流し、衣服もあちらこちらが破けてはいるが五体は満足。
両手両足に多々怪我はあれど欠けは無かった。
対する白い方はフェルナンド、こちらも僅かに息が上がっているが顔には今だ笑みが浮かんでいる。
身体の方も夜一に打ち据えられた痕をそこかしこに残してはいるが、動かない、失ったという事はない様子だった。


(くっ・・・ やはりやりよる・・・・・・ 体躯も儂と頭一つ分程度しか変わらんというのに何という頑強さじゃ・・・・・・あの外皮に守られている、というだけではないのぉ。こちらも騙し騙し打ち込んではいるがジリ貧じゃ、いずれ拳も脚も壊れる・・・・・・)


距離をとった夜一、巡らせる思考は解決を見出す事は無く。
白打の使い手、という事は早い段階で判ってはいた。
しかしあそこまで練られているとは正直考えていなかった夜一。
”風車(かざぐるま)”にも似た二段式の回転蹴り、その後ほぼ真下から襲ってきた蹴り上げ、初見で防げたのは僥倖の一言であり積み上げた年月と技量があればこそであった。
しかし技術も然ることながら肉体の方もそうとう頑丈で、夜一が幾度打ち込もうとも決して膝を折るような事は無く。
打ち込めば打ち込むほど気勢が上がっていく敵に果たしでどれ程のダメージを与えているのか、正直判断に窮していた。

拳も脚も何とか壊す事無く此処まで渡り合っては来た夜一。
それは一重に彼女の技量が成せる技であり、ヤミーの時とは違い彼等の外皮が高い霊圧硬度を持っている事が判っているのならば、彼女にもやりようはある。
要は打ち方を変えればいい問題であり、急場凌ぎではあるがそれは成功していた。
しかしそれはあくまでも急場凌ぎ、そのまま勝敗を決せれば御の字であるというだけで長引けばいずれ拳も脚も激しい攻撃と鋼皮(イエロ)の硬度に耐え切れず壊れるのは明白だった。

敵がどの程度ダメージを受けているのかは判らず、こちらは刻一刻と終わりの時が近付くというのが今の状況。
事此処に至っては現世への影響はあれど” 瞬閧(しゅんこう) ”の使用すら頭を過ぎる。
確かに影響はあるだろう、しかしこの男を後々まで残している方が余程危険なのではという思いが、夜一には過ぎってならなかった。


「ハッ! 最高だなぁ・・・・・・ こっちも返しちゃいるが、ここまで好き放題殴られたのは久方ぶりだ。ククッ、だがどうしてだろうな・・・“震える”んだよ。クハハ、これが喜びなのか、それとも恐怖なのかは判らねぇが・・・なぁ。なぁ、テメェを倒せば判んのか? テメェを殺せば判るのかよ!この震えが歓喜か恐怖か! それともこれこそが、俺の求めるモノなのかがよぉぉぉお!!」


それはまるで熱風のように吹き荒れる” 気 ”。
殺気であり闘気であり覇気、それらが混ざり合ったかのような存在が放つ気の奔流。
攻撃を受けた量では明らかにフェルナンドの方が多く、肉体にもまったくダメージが無い等ということはあり得ない。
そんな事は当たり前の事、不死の生命など存在しない、傷を負わない戦士などいない、生命としてそこに存在する以上” 死 ”は常に隣人としてそこに居るのだ。
彼とて殴られ、蹴られ、斬られれば傷を負いそれに痛みを感じるのだ。

そして傷が深ければ死ぬのだ、そこに例外は存在しない、フェルナンドとて死ぬのだ。

だが、彼にとって大事なのは” 今 ”しかない。
今という刹那を生きられない者に先は無い、今という一瞬を懸命に生きようとしない者に未来は微笑まない。

今に全てを賭けなければ、手に入れられないものがこの世には確かにあるのだ。

フェルナンドはその為に今を生きる。
先の事は考えない、明日やればいいという考えも無い。
やるべき今が、戦うべき今がそこにあるのならばそれに全力になれなければ手に入らないと。
少なくとも彼がそう信じている時点で、それは彼にとっての真実で譲れず、曲げられない生き方なのだ。

愚直、不器用、頑固者。
だがそれでいい。
彼という男はそれでいいのだ。
ただ前に進む事しか知らない、後ろを振り返り後悔する事はない、目指す先をただ見据え進む。
手に入るかも定かではないものを見据え、視線を逸らす事無く歩を進めるのが彼なのだから。

今もそうなのだろう。
はじめはただ自分の業がどの程度通用するのかが知りたかっただけ。
通じようが通じまいがその後にあるのは結局同じ事なのだ。
通じれば更に昇華し、通じなければ通じるように研鑽する。
そこに終わりは無くただ” 殺す ”という一点に集約していく作業なのだから。

しかしフェルナンドは今現世に来た事を正解だと感じていいた。
彼の前居にいる女性は彼よりも小さく、細く、脆い。
それは破面という生物の強度と鑑みれば当然なのだがそれでも、そう見える。
だが、目の前の女性はその小さく細く脆いその腕で、脚で彼を吹き飛ばすのだ。
純粋な技量の差、研鑽し積み重ねた年月の差、踏んできた場数の差、それが彼を吹き飛ばすのだ。

だが彼はそれを嫉まない。
その差はあって当然の差であるから。
敵と自分がまったく同じである筈が無い、差とは常に存在し敵の方が上である事も往々にしてありえると。
しかし、その差が全てではない。
その差を覆してこその業であり力であり意志なのだ。


夜一へと駆けるフェルナンド。
腹部に貰った一撃は彼の速度を落としてはいたがそれでも、駆ける事を止める筈は無い。
見えるのは最早敵の姿だけ、他は排しただ敵を倒し殺す事だけが彼の頭を満たしていく。
今という戦いの果てに、今に全てを賭けたからこそ” 先 ”があると信じて。

























「射殺せ・・・ 『 神槍(しんそう) 』・・・・・・」





今まさに激突しようとしたフェルナンドと夜一。
しかし、再び降り注いだのは声。

そして降り注いだのは声だけではなかった。

二人が激突するその丁度中心点に突き立てられたのは刃。
それもただの刃ではない、そこには柄も鍔もどこにあるのか判らないほど“長い刀身の刃”が突き立てられていたのだ。
声は届かずとも嫌がおうにも目に入るそれ、フェルナンドとて同じ事で反射的に後方へと飛び退く。
そして突き立てられた刀身の根元を目で追えば、そこに見えるのは蛇の笑み。
此処にきて漸くフェルナンドは市丸の存在を認識していた。


「漸く気ぃついたか? 駄目やないか坊、楽しすぎて周り見えんくなるんは悪い癖やで」

「・・・テメェ市丸。 何しやがる・・・・・・」


あくまでもニコニコと笑みを浮かべる市丸と、怒気を隠そうともしないフェルナンド。
勝負、殺し合いに水を差されたフェルナンドが怒りを顕にするのは無理も無い。
しかし感じただけで肌が粟立つようなその怒気と殺気を前に、市丸はその笑みを崩さずそれどころか余裕すら見える。

底が見えない。
その市丸を見て夜一はそう感じていた。
笑みで覆い隠された腹の底も然る事ながら、あの場所に平然と立っている事の意味。
腹の底だけではなく” 力 ”の底すら見せないような市丸に、夜一は敵対した者達の力を改めて確認していた。


「何するもなにも無いわ。 無断での現世侵攻は命令違反やで?せやからキミをボクが、グリムジョーを要が連れ戻しに来たんや。キミ等十刃(エスパーダ)を止められるのなんて、同じ十刃かボク等くらいなもんやからなぁ」

「知るかよ。 俺は藍染の配下になった心算は無ぇ。 ”命令”を聞いてやる義理も無ぇ、それよりテメェは俺の戦いの邪魔をしたんだ・・・・・・この落とし前、どうつけてくれる心算だよ・・・・・・」

「こらおかしな事ぬかしよるわ。 別にキミの都合はボクに何の関係もあらへん。それにキミのご機嫌伺うんがボクの仕事とちゃうからね、ボクは言われた通りキミを虚圏に連れ戻せさえすればエエねん。ちゃっちゃと戻ってくれるとボクも楽できて助かるんやけどなぁ」


あくまでスラスラと状況を説明する市丸。
現世侵攻、それも無断であるフェルナンド、そしてグリムジョーの行動は命令違反である。
命令とは守られるべきもの、そして守らせるべきもの。
それを虚夜宮最高戦力の一角がこうも容易く破ってしまっては示しがつかず、規律の緩みに繋がる。
まぁこの程度の事で藍染が恐怖によって縛る鎖が解ける訳も無いのだが、命令違反は裁かれねばならない。

故に市丸は此処に来ているのだ。
グリムジョーの方へと向かった東仙も同じ事。
そして彼等が出向いた理由など一つしか無い、それは“彼等でなければ連れ戻せない”からだ。
虚夜宮最高戦力『十刃』、その力は伊達ではない。
数字持ち(ヌメロス)や下官など幾ら向かわせても意味など無く、同じ十刃を向かわせるという手もあったが、もし万が一そこで拗れる様な事があれば意味が無い。
故に統括官という立場にある死神二人にお鉢が廻ってきたという次第。

この市丸の発言にフェルナンドの実力がやはり想像していた以上だと確信した夜一。
市丸、そして東仙の二人が連れ戻すというそれだけの為に派遣された事実。
藍染直属の部下、その力を鑑みれば自ずと二体の破面の力をより推し量れるというものだろう。


だがフェルナンドにそんなものは関係なかった。


あるのは邪魔された事への不快感と怒り。
それを存分に乗せた言葉を市丸へと投げるフェルナンドであったが、市丸も然る者。
お前の事情など関係ないとフェルナンドの怒りを一刀の下に切り伏せたのだ。
フェルナンドはもとより市丸もまた意志の強さを覗かせる。
互いに通すべきは自分の意思だけであり、態々気を使ってやる必要など無いと。


「そうかよ。 なら俺にもテメェの都合は関係ない、って訳だな・・・・・・失せろ市丸。 二度は言わねぇ、まだ邪魔するならテメェから殺す」

「お~こわいこわい。 でも判るやろ? そんな事言うたかてボクが退く訳無いやないの。それに・・・・・・ 」


邪魔された事への苛立ちと、まったく退く様子を見せない市丸に業を煮やしたフェルナンド。
これ以上邪魔をするのならばお前から殺す、言葉と同時に更に殺気を市丸へと叩きつける。
普段の彼からすればここまで苛立ちを見せるのは珍しい事だろう。
だが、せっかく愉しんでいた戦いに横槍を入れられた事は、彼を事の外苛立たせるのに十分だった。

だが市丸はその薄ら笑いを崩さない。
どこまでも道化じみた態度、怖いと口にしながら欠片もそれを感じていないかのような振る舞い。
そして殺気を幾ら叩き付けたとて自分が退く事等ありえないと言い放つのだ。
その退く訳がないという言葉を合図に市丸へと飛び出そうとするフェルナンド。
怒りに彩られた拳をそのいけ好かない薄ら笑いに叩き込んでやると決め、脚に力を込めた瞬間、全ては終わっていた。


「これで終いや。 そっちでちょっと頭冷やして来たらエエ・・・・・・」


気がついた時には既に市丸はフェルナンドの間合いの中にいた。
怒りが視野を狭める、その典型。
フェルナンドが市丸の存在を認識した瞬間に全ては終わっていたのだ。
市丸の掌、その上にあるのは指の第一関節ほどの大きさしかない小さな匪。
その匪は既にフェルナンドの胸の中心に開いた孔に翳されており、そこからの展開は激烈だった。

小さな匪は一瞬にして解けるように。
無数の光の帯となり四方八方からフェルナンドを覆い隠す。
白い光の帯、しかしその裏は闇の様に黒く相反する属性が背中合わせに縫い付けられ、覆い隠すのだ。


「クソッ! こいつは! 」

「反膜の匪(カハ・ネガシオン) 本来は数字持ちへの懲罰用やけど、暴れる獣を運ぶ檻には充分や。ほな、また向こうでなぁ、坊 」


市丸の言葉に何事か叫ぼうとするフェルナンドだったが、その叫びが届く前に光の帯は周囲の空間ごとフェルナンドを包み込み、その姿を消し去った。
反膜の匪、十刃が部下とした従属官(フラシオン)の処罰用に使用するその小さな匪は、捕らえた対象を永久に閉次元に幽閉する機能を持っている。
しかしそれはあくまで従属官、数字持ちを対象とした場合でありそれ以上の霊圧を持つ十刃を対象とした設計ではない。
故に強大な霊圧を持った者を捕らえられる時間は限られ、永久幽閉は叶わないのだ。
それを可能としているのは藍染だけが持つ連反膜の匪(カハ・ネガシオン・アタール)なのだが、今語るべき事でもなく。
市丸にとって要はフェルナンドを捕らえられさえすれば方法は何でも良かった。
それこそ縄で簀巻きにして連れ帰ったとて結果は変らないのだ。
ただ反膜の匪の方が何かと便利で早かった、というだけ。
数時間の後に破られはするだろうが、その時には既に全て終わった後であり、もしフェルナンドが今だ怒りを抱えていようとももうどうしようもない事なのだった。


「あ~こわかった。 あんなのが“十人もいる”と思うとボクは怖ろしゅうてかなわんわ。さて、坊は消えたけどアンタはどうします?元二番隊隊長さん? 」


姿を消したフェルナンド、その後に残った市丸はパンと一度手を叩くとあっけらかんとした声を上げる。
本当にそう思っているのか疑わしい限りのその声、蛇、腹を見せぬ蛇の声。
フェルナンドが消えた事によりその場に残ったのは夜一と市丸。
正確に言えば戦いによって負傷している夜一と、着物に埃一つつけていない万全の市丸である。
勝敗は誰の目にも明らか、少なくとも現状のままでは夜一の勝ち目は薄いだろう。


「無論、捕らえるに決まっておろう・・・・・・貴様を捕らえれば藍染の目的も見えるやもしれん・・・・・・」


だが、それでも夜一は行く。
勝ち目が薄いから戦わない、というのは既に敗者の思考だ。
そもそも勝ち目とは自ら生み出すもので、戦いの前から決まっているものではない。
敵の幹部がのこのことこちらの目の前に姿を現したのだ、捕らえて根こそぎ吐かせるが常道と。
その為に身体よ、もう少しだけ保ってくれと願う夜一であったが、形勢は更に悪くなる。


「お? 終わったんですかい? 市丸のニイサン」

「あ~、サラマ君やないの。 こら見物どうもご苦労さん」

「・・・・・・意外と根に持つんですねぇ。ならこっちも退くとしますか、どうにも現世ってのは息が苦しくて」

「そうやね。 用事は済んだしちゃっちゃと行こうか」


そう、更なる敵方の増援である。
黒髪に巨躯の男、先程も市丸の後ろに立ってはいたが弱くはない、と見抜く夜一。
流石にこの状況で二対一は歩が悪いか、と思う夜一であったがそんな彼女を他所に市丸と黒髪の破面はさっさと撤退を決定する。


「ま! 待て! 」


声をかける事におそらく意味は無い。
あるとしたらそれは咄嗟に口をついた、というだけでありそれで敵が止まるほど世界は優しく出来てはいないのだ。
夜一を他所に黒髪の破面がそっと“空に触れる”。
直後、空が横一直線に割け、更に縦に切込みが入るとそれらが段違いに開いていく。
出来上がったのはまるで歯並びの悪い化物の顎のような穴、空が割けて後に見えるのは何処までも暗い道筋だった。

黒髪の破面、それに次いで市丸がその中に入っていく。
夜一に背を向けて、その行為になんら危機を覚えないといった風に。
屈辱的なことだ、それは。
要するに今、夜一は敵に見逃されたのと同じ(・・・・・・・・・)だった。
負傷を負った自分を仕留める事無く、悠々と帰還される。
命は助かったがしかし、誇りは抉られたかのように。

割けた空の穴、解空(デスコレール)と呼ばれる破面の現世と虚圏の移動術に足を踏み入れた市丸が振り返る。
そして割けた空が再び元に戻ろうとするなか、締まる直前のそこでやや身を屈めるようにして薄笑いを浮かべた市丸は、夜一に手を振りながらどこまでも気軽に言い残し去っていった。



「ほな、バイバーイ 」



空が閉じ、残ったのは静寂と戦いの残り香。
長い長い夜、時間にしておそらく1時間にも満たないであろうがそれでも長い夜。
その夜が漸く明けようとしていた。
残された者達それぞれに、悉く苦さを残したままで・・・・・・










裁き

王の意思

忠烈

割れ戻り

何を思う


















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.71
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/11/02 18:28
BLEACH El fuego no se apaga.71












「おかえり、グリムジョー 」


降注ぐ声は何処までも威厳に満ち、ただその声を聞くだけで皆一様に萎縮するような感覚さえ覚えさせる。
深く玉座へと腰掛け、見下ろす目と口元に僅かな笑みを湛えた男が彼等を迎えていた。
彼等が立つ床よりも随分と上に据えられた玉座に座る男。
立つ場所、座す場所の違いはそのまま位の違を告げる様であり、更に言えばそれは力の違い。
隔絶、同じ地平に立つ事などありえないと告げるかの様なその差は圧倒的で、決して縮まる事など無いと言うかのよう。
誰がそれを指摘した訳でもない、誰がその差こそが地位の差だと明言した訳ではない。
しかし、それを見た者が皆一様にそう感じてしまうほど、高くに据えられた玉座に座す男の存在感は圧倒的だった。


「「只今戻りました。 藍染様 」

「あぁ ご苦労だったね、要。 それにサラマも」

「ケケ。 まぁ俺の場合は自分の尻拭い、ですからねぇ・・・・・・(ま、働いちゃいませんが)」


一礼し、高きに座る自らの主、藍染惣右介に帰還の報告をしたのは東仙要(とうせん かなめ)。
浅黒の肌に黒髪を編みこんだ髪形をした盲目の将は、恭しくその頭を下げる。
現世より戻って後、数時間の間を挟んでのそれであったが許された謁見。
規範正しく、礼儀正しく、忠節を重んじるその男にとってその行為は当然で、チラと気配に感じる隣に立つ破面が頭の一つも下げないのは彼にとって不快でしかなかった。
東仙の言葉に労いの言葉をかける藍染、その言葉はもう一人にも向けられ、しかし向けられた方のサラマ・R・アルゴスの方はといえば別段畏まった様子もなく、そしてそれ以上に悪びれる事も無くその言葉に答える。


そして残る一人、水浅葱色の髪をした破面グリムジョーだけが今だ沈黙を保ったままであった。


「・・・どうした。 謝罪の言葉は無いのか、グリムジョー」


その沈黙、連れ戻され尚憮然としたその態度に東仙が口火を切る。
何をしている、何故黙っている、何故その口を鎖しあるべき謝罪を述べないと。
東仙からすれば謝罪の言葉などで済まされるべき問題ではないのだが、まず言うべき事があるだろうとグリムジョーに言葉の刃を向けたのだ。
だが、当然のように返って来るべき謝罪は別の言葉に置き換えられていた。


「・・・別に・・・・・・ 」


謝罪は無いのか、という東仙の言葉にグリムジョーが返したのはそんな一言のみ。
多くを語る事はせず、しかしそれでいて言外に謝る事など無いと告げるその言葉。
尽くす事無くしかし伝わる意思の存在、並び立つ東仙とグリムジョーのやや後ろで一人ヒュゥとおどけて口笛を吹くサラマを他所に、東仙の言葉には心なしか熱が篭る。


「ッ・・・・・・ 貴様っ・・・ 」

「いいんだよ、要 」


明らかに謝る心算などない、というグリムジョーの態度に僅か怒りを見せる東仙であったが、それは他ならぬ藍染の言葉によって遮られる。
それでも「しかし藍染様 」と食い下がる東仙であったが、藍染の気配を察し口をつぐんだ。
なまじ彼は目が見えない分敏感に人の気配、それらからくる感情の機微を察する事が出来る。
それ故に判るのだ、藍染に彼の言葉を受け入れる心算が無いという事が。


「私は何も怒ってなどいないよ。 今回の” グリムジョーの ”行動は、彼の御し難いまでの忠誠心からのそれだと、私は考えている。・・・・・・そうだろう? グリムジョー 」

「・・・・・・そうです 」


僅か眼を細めるようにして問われた藍染の言葉に、グリムジョーはほんの一瞬間を置いて答えた。
まるで値踏みするような藍染の視線、それを真正面から見据え答えるグリムジョー。
そしグリムジョーが答えると同時に彼の襟首を何者かの手が握り締める。
その手の主は東仙、眉間には深い皺が刻まれ光を解さぬ眼光はしかし鋭くグリムジョーを睨みつける。


「藍染様! この者を処刑する許可を!! 」


許し難い、東仙に浮かぶのはそんな思い。
この男には無い、この男には存在しないと。
忠義、忠節、忠心、忠誠、忠順。
その全て、主たる藍染惣右介へと向けるべき全てがこの男には欠落していると。
だがグリムジョーはそれを常に持っているかのように平然と口にした。
まるで予てからそうであったかのように、自分が常にそうあったかのように、そしてこれからも続くかのように。

東仙の前で大胆にそう嘯(うそぶ)いたのだ。

故に許せない。
東仙からしてみればグリムジョーの言葉は、ただこの場を助かりたいが為に発した薄い言葉。
自らの保身、助命を考えたただけの言葉、虚飾の言葉。
その為に、命惜しさに藍染への形ばかりの忠誠を口にする事。
言うなれば藍染惣右介を命助かりたいが為に利用するという事。
そう考える東仙にそれは許されていい筈が無いのだ、少なくとも彼にとっては絶対に。


「フン! 私情だな・・・・・・ テメェが俺を気に喰わねぇ、要はそれだけの話だろうが」

「私は貴様のような調和を乱す者を許すべきではない、と考えているだけだッ!」


ぶつかり合う意見は交わる事無く反発する。
無表情だったグリムジョーの顔には、彼からしてみれば自らの意思を大義名分で飾り立てる東仙への嘲笑が。
東仙には大局を見る事無く、ただ”個”としての感情に囚われるグリムジョーへの憤懣が浮かぶ。
どちらもが相手を見下し、どちらもが相手を愚かだと断ずる。
正しいのは自分のみだと主張する。
そこに和解は生まれず、和解が成らないと言うのならばこの虚圏に残された選択肢はそう多くはないのだ。


「組織の為か? くだらねぇ・・・・・・ 」

「違う。 全ては藍染様の為だ 」

「ハッ! 大義を掲げるのだけは巧いらしい・・・・・・」


噛み合わない会話、交わらない意見、落とし所の見えぬそれらが場に満ち向かう先は一つ。
重んじるものが違う、信じるものが違う、個人を形成する根底が違いすぎる。
それは何もグリムジョーと東仙にだけ言える事ではない。
死神と破面、破面と人間、人間と死神、そして人間と人間。
誰もが自分以外の誰かと真に理解し合う事など出来る筈もなく、統一が図れないからこそ人は言葉を尽くす。
少しでも自分の意思を伝える為に、自分以外の誰かの意思を少しでも理解する為に、誤解無く誰とも理解など出来ないが故に。

だが此処にはそれが無い。

理解できないのなら、伝わらないのなら、ぶつかり合うのなら方法は一つ。
自分以外のそれを捻じ伏せるのだ、己が持つ” 力 ”によって。
理解などする心算は無い、伝え合う必要性も無い、ぶつかり合う二つ、二人がいるのならば殺しあえばいい話。
死んだ方の意見は通らず、伝わらず理解される事もない。
二者択一、生と死、裏か表、正しさと間違いをもしこの虚圏で二分するとしたらその境界線、二つを分ける定義は一つ。


殺した者こそ正しく、殺された者は皆間違っていたという事なのだ。


それが摂理。
数多有る諍いのもっとも根源的な解決法。
獣のそれであるがしかし、この虚圏にある数少ない法則の一つ。
故にこの二人が言葉を尽くすのはそう長くない。
後はどちらがはじめるか、それだけの問題なのだ。




「そうだ、大義だ。 貴様にはそれが欠けている。大義無き正義は殺戮に過ぎない、だが・・・・・・大義の下の殺戮は・・・・・・ 正義だ! 」




静かに語りながら左手に握った刀の柄へとその右手を伸ばす東仙。
それを横目で見咎めるグリムジョー。
戦る心算なのか、それともただの威嚇か、どちらにせよグリムジョーとてタダで殺される心算など毛頭ない。
死神の少年との戦いで傷を負いはしたが戦闘に支障など皆無であった。
そんなグリムジョーを他所に柄を握った東仙。
語られる言葉は正義と殺戮の違い、共に結果として凄惨な風景を残すそれを正義と呼ぶか、それとも殺戮と呼ぶか。
その二つを分けるものを東仙は大義であると論じた。

大義、人が守るべき道義であり主君への忠義。
それの有る無しが正義と殺戮を分ける境界だと、東仙は言うのだ。
あまりに抽象的、そして感覚的である事柄。
しかし、東仙要にとっては少なくとも隣に立つ男、グリムジョー・ジャガージャックに大義は無いのだ。


「・・・・・・正義だッ! 」



その言葉が終わると同時に光が抜き放たれる。
刃は奔り一路グリムジョーへ、正確には彼の左腕の付け根目掛けて最短を駆けた。
それに迷いは無い。
斬り落とす事になんら迷いは無く、大義をもって誅する為にその刃は駆けていた。


「なにが大義だ! 殺戮は本能だ! 理由なんて意味が無ぇんだよ!!」


が、グリムジョーとて易々と腕を斬り落とされるのを許す筈も無い。。
なまじ東仙が刀に手を掛けているのをその目で見ているのだ、警戒していないというのがおかしな話である。
グリムジョーがとった行動は至極簡単。
斬られる前に殺してしまえばいい、そんな単純で簡潔な行動。
身を翻し東仙を迎え撃つと、その腕を突き出し東仙の頭蓋を打ち抜かんとする。
殺戮という本能に身を任せて。

腕を庇うのではなくそれより先に仕留めんとするグリムジョーと、迎え撃って来たグリムジョーに些かも怯む事なく刀を振るう東仙。
防御は双方無い、敵のそれよりも自分の方が速いという自負が互い共にあり、それ故に防御は選択されない。

どちらも止まらない、止まる事など考えてもいない。
気に入らない、気に喰わない、和を乱す、忠を解さぬ。
ならば滅する、今この時をもって。
簡潔にして強固な意志、自ら止まれない意地が彼らにはあった。






「おっと・・・! ハイハイ。 その辺で止めといてくれますかい?じゃないと怖~い御人が出張ってくるじゃないですか」





激突は成る。
しかしそれは彼等二人が望む形とはならなかった。
ぶつかり合うであろう二人の間に立つ者があったからだ。
突き出されたグリムジョーの腕は東仙の頬を深く抉りはじめる寸前、振り下ろされた東仙の刀はグリムジョーの左腕に深々と食い込んでいたが、刎ねるには至らない。
そう、それはどちらも決定的ではないのだ。
突き出される腕と振り下ろす腕、その両方を寸前で掴み、止める者があったが故に。


「貴様・・・ サラマ・R・アルゴス。 何故邪魔をする」(私の斬撃を止めた、というのか・・・・・・)

「誰だ?テメェ・・・ 邪魔すんならテメェから殺すぞ・・・・・・」(何だ、コイツ・・・ 俺の腕をとりやがった)


二人の腕を掴んだ者、それは彼等二人を後ろから眺めていた人物、サラマであった。
サラマの巨躯からそれに見合った強さで握られる両者の腕、彼等二人からすれば振り払うのは容易いのかも知れなかったがそれでも、掴まれたという事が彼等の動きを止めていた。

サラマからすれば二人がぶつかり合う前、グリムジョーの腕に刃が入る前に止められるのが最善ではあったのだが、それは高望みというもの。
こうして” 決定的な状況 ”となる前に止められたのが、寧ろ僥倖であるとさえサラマには思えていた。
形式上グリムジョーは東仙よりも下であり、その東仙にグリムジョーが傷を負わせたとなれば事が荒立つのは必定。
対して大義を掲げる東仙ではあったが、それは突き詰めれば彼だけの意見、大義とは所詮掲げる人の数だけあり、それだけで十刃の一角を欠いてしまうのは視野狭窄気味。
そしてサラマがこれから此処に” 戻って来る ”であろう人物を刺激するような状況はあまりよろしくない、と考えたからかもしれない。

まぁもう一つはこのまま殺し合いなぞ始まれば、自分諸共彼の王に霊圧で押しつぶされるのは目に見えており、出来ればそのとばっちりは御免被りたいというのが本音なのかもしれないが。


「フフ、その怖い人、というのは私の事かな?サラマ 」

「物の例え、ですよ。 ・・・・・・それに統括官サマ、自分で許可求めておいて許可無く斬りかかったんじゃ意味無いですぜ?それじゃ大義じゃなくて独善ですよ。 確かまだ許可は降りていない・・・そうですよねぇ? 藍染様? 」

「・・・・・・そうだね。 要、刀を退くんだ 」


その言葉に一度眉間の皺を深くする東仙であったが、彼はそれ以上食い下がる事は無かった。
主の命は”退け”、それに更に食い下がるような事があればそれは不忠、彼にとって許し難い行為なのだから。
少々乱暴にではあるがサラマの腕を振りほどく東仙。
グリムジョーの腕からどろりと血が流れ、それが付いた刀を素早く一振りして血を払うと東仙は納刀し、藍染に深く頭を下げる。


「申し訳ありません。 御前を穢しました事、深くお詫び申し上げます」


王の前での刃傷沙汰、仕える者として恥ずべき行為。
如何に大義の為といえ場を弁えなかったのは自分の非であると、東仙は藍染に頭を垂れる。
その様子に藍染も一言構わないと告げ、東仙の方は一応の落とし所となっただろう。


「クソがぁ・・・・・・! 東仙! テメェこれで終わりだとでも思ってんのか!ただ斬られて黙ってる程俺は微温(ぬる)か無ぇんだよ!!」


収まりが付かないのは寧ろこちらの方。
グリムジョーも力任せにサラマの腕を振りほどくと叫びを上げ、腰に挿した斬魄刀へとその手を伸ばす。
左腕は深く斬りつけられ、そう易々とは動かせはしないだろうが刀を抜くのは右腕、振るうのも右腕、ならば何の問題も無く。
敵は無傷で自分だけが傷を負い、そのままで終わらせられるほど彼は腑抜ではない。
寧ろ逆、戦いは既に始まっており、もう東仙を殺すより他はグリムジョーに選択肢など無いのだ。


「止めるんだ、グリムジョー。 サラマが君の攻撃を止めた意味が判らないか?お前がまた要を攻撃するのなら、私はもうお前を許す訳にはいかなくなる・・・・・・」


が、グリムジョーが刀を抜こうとするより早く声が響いた。
常の藍染とは違う、霊圧を存分に纏っている訳でもない、ただ言葉だけが響き。
しかし霊圧を纏わぬというのにその言葉は圧倒的な威厳と重圧で、グリムジョーの行動を止めたのだ。

藍染を見上げるグリムジョー。
彼を見下ろす藍染の瞳は些かも揺れず、その顔にも笑みは無い。
いっそその笑みのない顔の方が珍しいとさえ思わせる藍染という男、それだけにその真剣みを増した表情が語るのは真実。
もしその刀を僅かでも抜けば、藍染はその瞳に宿った冷酷さでグリムジョーをあっけなく処分するだろう。

それが容易く出来るだけの力を、この男が持っているが故に。


「チッ! クソが・・・・・・ 」


藍染を見上げていたグリムジョー、彼は一つ舌打ちをするとギリっと奥歯を噛締め踵を返した。
片腕からは尚も血が流れ続け、ボタボタと床に流れ落ちるがしかしその痛みではなくグリムジョーの顔は怒りに歪む。
瞳に浮かぶ怒りは今だ消えず、だがその怒りは東仙にではなく自分へと向かう怒り。
何故、何故こんなにも。

何故こんなにも自分は弱いのかと。

力が欲しい、力が欲しい、何者にも屈さない力が欲しい、何者をも屈服させる力が欲しいと。
彼の視線の先にいた藍染惣右介は今彼が望むモノに最も近い場所にいる。
だがその場所に、その男に自分のなんと遠い事かと。
それが腹立たしくて憎らしくて、グリムジョーは怒りの炎を燃やしているのだ。

怒りの炎を湛えた瞳に、野望の薪をくべる様にして。








グリムジョーがその場を去り、残ったのは藍染、東仙、そしてサラマのみとなった。
再び笑みを湛えた藍染と、無表情となり沈黙した東仙、残るサラマはこういう空気は苦手なのかはたまたこの後に起こるであろう惨事に頭を悩ませていた。


(市丸のニイサンも人が悪いったら無い。 怒らせるだけ怒らせて閉じ込めるとか何考えてんだか・・・・・・それでいて自分はフケるとかありえないですぜ・・・・・・ったく、割に合わねぇなぁ・・・・・・ )


そう、彼がこの場にいるのは彼の親分たる男の帰還を待っている為。
反膜の匪(カハ・ネガシオン)、破面の懲罰用閉次元幽閉展開装置であるそれに、彼の親分たるフェルナンド・アルディエンデは囚われているのだ。
といってもそれはあくまで数字持ちクラスを永久に閉じ込められる程度の強度しか持たず、それ以上の力を持つ者を長い間閉じ込めて置けるような代物ではない。
彼の親分もおそらくそのうち閉次元より脱出し、予め繋げられたこの場所に出てくる事だろう。

だが問題となるのは出てきた後だ。
サラマには大人しく閉次元より帰還し大人しく藍染に罰せられるフェルナンドの姿が、それこそ欠片も想像できなかった。
比較的落ち着いていたグリムジョーとて今の騒ぎ、市丸によればそれはもう怒っていたというフェルナンドならどうなるか、最早及びも付かないといったところなのだろう。

それでも止めるのは彼、サラマの役目。
巻かれた首輪、なにより子分として親分の暴走を止めるのもまた良い子分の仕事であると。
そんな事を考えるあたり律義者ではあるサラマ、だがその律儀さが悉く報われていないのが彼らしいと言えば彼らしいのだが。


「不服かい? 要 」


サラマの心労を他所に藍染が東仙に声を掛ける。
沈黙を守っていた東仙、その顔に表情はないが藍染にはその無表情に不満が浮かんでいるのが見えていたようだった。


「・・・・・・いえ、藍染様が決められた事、私が何を申し上げるものでは御座いません」


僅かな間を置いて答える東仙に、藍染は「キミらしい答えだ」と微かに笑う。
自分の意思はある、考えも有る、しかし忠節の前にそれは無意味と斬り捨てられる潔さ。
自らを持ちながら滅私をもって使える臣、それが東仙要の姿なのだ。


「だが私は本当に彼を罰する心算は無かったんだ。現世無断侵攻、破面戦力の無断投入及び損失、そんなものは” 些細な事 ”だよ。 グリムジョーはそれに勝る功をしっかりと上げているんだ。彼と戦い、” 彼の成長を促す ”切欠となる、という功を・・・ね」


サラマは元より東仙もその言葉には怪訝さを浮かばせる。
多くを語るようでその実、多くは語っていないのが藍染惣右介という事の性。
秘するべきは秘す、明かすべきも正しく明かす事はせず、相手には常に疑念と欺瞞を。
その性故に、今語られた言葉すらそれに順ずるものなのかはたまた本心なのかを誰もが測りかねる。

おそらく正しく藍染惣右介を理解できる者などこの世には存在しないのだろう。
そして存在しないからこそ彼は孤高足りえるのだ。



「フフッ、さて話はここまでとしよう。どうやら・・・” 戻って来た ”ようだ・・・・・・」



怪訝さが浮かぶ二人の表情に笑みを深める藍染。
言葉に意味があったのか、ただそうやって他人を欺瞞に陥れたかっただけなのか。
真実は常に見えず、そして藍染の言葉と共に東仙とサラマの前、何も無い空間に突如として罅が入った。

まるで欠ける様に空間の一片が砕け、次の瞬間まるで硝子が割れるように大きく空間が砕けると、次いで噴出したのは紅い炎だった。
噴出した炎はそれだけに留まらず、四方へと流れ出し一面を炎の海へと変えていく。
それは狭い場所から解き放たれた事による反発のようで、藍染等の存在などお構い無しに溢れ出していた。


(あ~~~もう、マジですかい。 この霊圧にこの炎、こりゃ完全に帰刃(レスレクシオン)してるじゃないですか、ニイサン・・・・・・)


そう、この場にいる全員がこの霊圧と炎に覚えがあった。
サラマの場合は直に相手をしただけにその思いは強いだろう。
前第7十刃(セプティマ・エスパーダ)をいとも容易く消炭すら残さず燃やし尽くした炎、地獄の業火を思わせるようなその炎の持ち主は一人。


現第7十刃 フェルナンド・アルディエンデであると。

暴れる炎はまるで獲物を求めるように吹き荒れ、東仙、そしてサラマは襲い来るそれを跳び退いて避わしていた。
だが、藍染だけは今だ座したまま動く必要などないといわんばかりに、頬杖を付きながら軽くトンと肘掛を指で叩く余裕さえ覗かせながら、ただ笑みを浮かべたまま紅く燃える炎を見ていた。

一頻り暴れまわった炎、既にあたりへと燃え移り普段そう明るくない虚夜宮の室内を常よりも煌々と照らし出す。
割れた空間の穴より噴出していた炎も次第収まり、次いで炎は急速に引き寄せられるように穴の中へと戻った。
ぽっかりと空いた穴とその奥に広がる暗い空間、今もまた穴の端の方が硝子片のように砕けて落ちる。
そしてその空間の穴から姿を現したのは、自ら燃やした炎に煌々と照らされる金髪の男。
衣服は千切れ破けてはいるが、確かにその足で立っているフェルナンド・アルディエンデ。

その姿は人のそれであり、彼の解放状態ではなかった。
どうやら先程までは解放していたようだが、出てくるにあたり解放を止め、再刀剣化した様子。
一度解放したことにより数時間前に戦闘で受けた傷は粗方治っている様子であった。
そしてフェルナンドが解放状態でなかったことに内心一人ホッと胸を撫で下ろすサラマ。
いくら自分も破面となったからといってアレの相手はそう何度もするものではないという想いからか、再刀剣化は彼にとって救いといえるものだったらしい。


「おかえり、フェルナンド。 キミには随分と窮屈な思いをさせてしまったかな?」

「ハッ!・・・・・・ 」


グリムジョーの時と同じようにフェルナンドを迎える藍染。
だが彼の時とは違い、反膜の匪という決して良い待遇とはいえないものでの帰還を強いてしまった事に、形ばかりとはいえ気遣いを見せる。
その言葉に何を今更といった風で鼻で笑うフェルナンド。
窮屈など今に始まったことではないと笑うフェルナンドを他所に藍染は話を進めた。


「ギンは随分とキミの怒りを買った様だね 」

「知るか。 戦いの邪魔をされて気分の良い奴なぞ居るものかよ。だが俺もだいぶ頭に血が上ってたのは事実だ、だから解放して発散したんだよ。あそこは丁度” 御誂え向き ”だったから・・・なぁ」


藍染がちらと零した話題、市丸ギン。
だがフェルナンドはその名に苛立ちを覚えた様子だったが、それは激昂には程遠く。
熱しやすくそして冷めやすいのか、その雰囲気は常よりも多少機嫌が損なわれている、といった印象であった。
先程の解放もその実、怒り狂っての事ではなく自分を諌める為に力を発散させたという事。
本来解放せずとも脱出できたのだろうが、不完全燃焼であったそれを燃え上がらせ、一応の決着を彼なりに試みた結果である様子だった。
苛立ちは浮かべど激昂ほどではなく、精神的にはある程度安定していると判断した藍染は、僅かに口元の笑みを深めるとついに本題へと入っていく。


「さて、早速だが今回キミは私達に無断で現世へと侵攻した。グリムジョー達も同じように侵攻を行った訳だがキミ達が内応したとも思えない。今回の事は偶々同じ時だった、というだけ・・・という訳だ。その目的も彼等と違うとは思うが・・・・・・ ” 一応 ”訊いておこうか、フェルナンド・・・キミの今回の現世侵攻は私への忠「 違ぇよ・・・・・・」 」


藍染の言葉は間髪入れずにフェルナンドに遮られる。
それはありえない、という意思がそこからは存分に感じられるようで、荒げるでもないその声は確かなもの。
藍染の言葉を遮り、忠誠を否定するその言葉に東仙の眉間に皺がよるが、先の事もありその鞘を握る手に力が篭るにとどまっていた。


「俺は只あの体術使いの女と戦ってみたかっただけだ。俺の欲を満たしたかった、ただそれだけでテメェのためじゃ断じて無ぇ」

「フフッ。 あくまで自分の飢えの為・・・と。その答えは実にキミらしいね、フェルナンド 」

(確かに“らしい”っちゃらしいですが・・・ね。でも、ただ真っ直ぐだけじゃ世は渡れませんぜ?ニイサン・・・・・・ )


確かにその答えは、自分が自分の為だけに起こした行動だというフェルナンドの答えは真実だ。
そして藍染の言う通りその答えは実に彼らしく、何に気を使うことも恐れる事もない己を貫く答えだった。
忠義、忠節ではなく全ては自分の欲望を、飢え焦がれるそれを満たす為の行動に過ぎないと。
何に恥じる事も無く、真実を曝け出し自らにのみ忠実に、”今”を求めた結果であると。

だがそれは不器用な生き方だ。

サラマにはそれが良く判った。
強く強靭な意志、決して曲らず折れない鉄の意志。
だがそれは同時に自らを” 曲げられない ”という事であると。
どんな状況に陥っても自らを曲げられず、死ぬと判っていても踏み込んでしまう鉄の意志。
サラマにとって自分とは縁遠いその意思。
彼にも曲げられないものはある、しかし死ぬと判っていても曲げないという確信がサラマには持てない。

死んだらそこで終わりだろう、次も続きも無いだろう、なら逃げたっていいじゃないか、挫けたっていいじゃないか、死ぬよりは、終わるよりはずっとずっといいじゃないか。

サラマに消えず残るそんな思い。
俗世的であるがしかし、それもまた真実であり誰もそれを笑う事は許されない。
自らの曲げられないものに殉じられると言い切れない理由。
器用であるが同時に悲しさがそこにはある。

今のフェルナンドもそうだ。
サラマからしてみれば態々本当の事を言う必要などここにも無い。
十中八九藍染はフェルナンドの理由を知っているだろう、だが知っていて尚、道を用意しているのだ。
忠誠心故の行動、それに頷くだけで事は終わるというのに。

グリムジョーはそれを選択した、彼とて実際は忠誠心の欠片も持ってはいないだろう。
だが、こんな場所で彼は躓く訳にはいかないと、その為に有りもせぬ忠誠心を騙らねばならぬのであれば幾らでも騙ろうと。
所詮は言葉、内にある真実は誰にも曲げられはしないのだからと。

だが彼は、フェルナンドはその言葉すら曲げられない。
自分というものにあまりにも正直すぎる。
サラマがこのフェルナンドという男を見続けて感じた印象は正にそれ。
確かに強い、驚くほどに、そして怖ろしい程に。

しかしそれと同時に危ういのだ、この男は。

無用な争い、無用な恨み、本来集めずに済むものまでこの男は集めてしまう。
争いに関しては意図的な部分すらあるがそれでも、サラマにそれは危うく映るのだ。
この男に”長く生きる”という選択はきっと無い。
刹那を、ただ刹那を生きるこの男は、フェルナンドという男はそれ故に危ういのだ。


「だが如何にそれがキミらしい答えであるからといって、易々と許してしまっては示しが付かないのが現状だ。私はキミに生き方を変える必要はないと言った。だがキミが掴んだ不自由も認めなくてはならない、とも言ったね。キミは十刃、その責は重い・・・ 好む好まざるではなく、その責を負う者として自覚無き行動は罰をもって処するより他ありはしないよ」

「ハッ! 不自由の責任・・・かよ・・・・・・」


フェルナンドの回答、それを彼らしいと口にしながらも藍染は言う。
責任ある者として罰は受けねばならないと。
フェルナンドは十刃、彼が望んだ地位ではないがそれでも彼は十刃なのだ。
その十刃が命令を無視して好き勝手に行動し、戦端を開くという事の重大さ。
最高戦力というものはそう易々と動かすものではなく、その戦力が強大であるが故に統制と管理が成されなければならない。
個々の意思によって暴れまわる力など戦力とは呼べず、その状況を許す事は戦力を統括し支配する者の無能を晒す事に他ならないのだ。

今回の現世侵攻、グリムジョーは東仙による粛清を受けた、という事で事態は処理されるだろう。
些か甘くはあるが藍染の語った”功”による影響が大きいのかもしれない。
だが、フェルナンドに現状“功”と呼べるようなものは存在しなかった。
只好きなように暴れ、敵を討った訳でも戦力を減らした訳でもない。
私情により戦端を広げ、ただ戻っただけなのだ。

それで何もお咎め無しでは全ての破面に示しが付かないのだ。



「・・・・・・だが、正直私も困っているんだ。キミに罰を与える、と言ってもキミにとって罰らしい罰、というものが思い当たらなくてね」



が、罰という言葉に些か緊張を増していた空間はおかしな方向に推移し始める。
玉座に深く腰掛けた藍染、その彼が僅かに肩をすくめながら言うのだ。

罰らしい罰が思いつかないと。

なんとも似つかわしくない言動、天の座に立つ男は配下の処遇に窮しているとそう彼等に告げるのだ。
だがよくよく考えればそれは仕方が無い事、と言えなくも無い。
フェルナンド・アルディエンデにとって”罰”となり得るものは何か。
これを考えた時、何が適切かはそう判るものではない。

まず一つは十刃としての階級剥奪、おそらく処罰としては重いものであるのだがフェルナンドにとって十刃の位は不自由の足枷でしかなく、剥奪はある種解放に近く、罰として意味を成さない。
もう一つは階級ではなく肉体的に罰を与えるという手はどうか。
これも懲罰的観点からみれば有効であるのだが、如何せんそれは圧倒的強者の存在が不可欠。
藍染自らが完膚なきまでにフェルナンドを痛めつければ、肉体、そして精神的に叩き伏せる事は充分可能ではあるが。
加減を間違えば貴重な戦力を失う事に繋がり、万が一にも反撃を受けることがあればそれこそ意味が無い。
最後、そして落し所として最も有効に思えるのは、連反膜の匪(カハ・ネガシオン・アタール)を使用した幽閉。
かつて暴君ネロ・マリグノ・クリーメンすら捕らえ遂せた件(くだん)の匪ならば、フェルナンドを長期間幽閉する事も充分に可能だろう。
が、これもまた戦力の低下であり、今回の現世侵攻により死神側もより強力な対策を練る事を考えれば、十刃の一角が欠けている状況は避けたい。

言ってしまえば手詰まりなのだ。


「罰は与えねばならず、しかし罰は罰足りえない・・・・・・なかなかに難問だと思わないかい? 」


困った、といった雰囲気を言葉に乗せる藍染だったが、その顔はやはり笑っている。
何が楽しいのか、常人では判らない琴線が彼にはあるのだろう。
判らない事が楽しいのか、それとも自分が判らないと言った事に惑う配下が面白いのか。
それともこの欺瞞に巻かれる者達が滑稽なのか。
しかし彼の本当の考えが判らない以上、全ては憶測の域を出なかった。


「罰・・・ねぇ・・・・・・ 俺が俺のやりたい様にした結果、それを不自由で清算する・・・か・・・・・・まぁそれなりに愉しんだのは事実だ。 なら落とし前をつけるべきは市丸じゃなくて俺自身・・・かよ・・・・・・」


思いのままに生きる事、その自由。
望まざるも手にした責任、その不自由。
どちらもがフェルナンドの手にはあり、片方だけを掴み取る事は出来ない。
自由を握れば同じ掌に乗る不自由もまた同じだけ握られ、自由を謳歌すればするほど不自由は圧迫されるのだ。

認めた筈の不自由、仕方なくとも渋々でも認めた事には変わりはなく。
だがあまりにも楽しく、満たされた時間はそれを忘我の彼方へと押し遣っていた。
その代償、そのツケは払わねばならない。
そして落とし前をつけるべきは戦いを無理矢理止めた市丸ではなく、自ら止まる事をしなかったフェルナンド自身にあるのだと。

望んでいないが認めた不自由に、今求められる責任。



「目を潰す・・・・・・ 」



唐突に発せられた声はフェルナンドのもの。
だがその内容は耳を疑うものだった。
目を潰すと、彼の声は確かにそう言ったのだ。
誰の、という事は言わずともかな彼自身であろうその言葉の意味。
どう考えても重過ぎる、釣り合いなど取れていないという声が他から上がるよりも早く、彼の声はまだ続いた。


「腕を刎ねる、脚を刎ねる。 ・・・・・・要は何だっていい。俺が払える代償なんてこの五体しか無ぇんだ、不自由を握った俺が払えるもんなんて端からそれだけ、好きなとこをくれてやるよ・・・藍染」

「なっ! 」

「はぁ・・・・・・ 」


代償、罰、責任。
重さには重さを。
どんな罰が適切だ、という藍染の問いにフェルナンドは自らの五体の一部を差し出すという。
自分が持っているもの、自分にとって価値があり失う事が罰となるもの。
フェルナンドがそれを考えたとき、思い至ったのはそもそも自分が持っているものはその五体だけだと気が付いたのだ。
地位も階級も興味など無く、固執もする事無く、煌びやかな崩玉を持つ訳でも愛しい者が居る訳でもない。
掌には何一つ無く、だがその掌を握った拳こそが彼の持つたった一つ。
罰が失う事だというのなら、失う事を躊躇うのはきっとこの拳、ひいてはこの身体だけだと。

故に差し出す。

上手い責任の取り方を彼が知らない為に。
愚直なる鉄の意志は、サラマが思った通り危うく。
自らがとるべきと判断した責任に、より過分をもって答えてしまった。

等価で済むものを、過不足無く行われるべきものを。


「少々・・・ 驚いているよ、私は。 こんな感覚は随分と久しぶりだ・・・・・・だがフェルナンド、キミの言うそれは過分が過ぎる。それにキミの力を損なう事は私も本意ではない。私も少し座興が過ぎた・・・・・・ 詫びよう、フェルナンド」


驚きの声を漏らした東仙と、何故か溜息をついたサラマ。
それに次いで言葉を発したのは藍染であった。
元々彼の中ではフェルナンドの処遇など決まっていたのだ、彼の能力は藍染にとって今だ価値あるものでありそれをみすみす手放すような事を彼が選択するはずも無い。
だがしかし、この教唆と欺瞞に満ちた男はふと見てみたくなってしまったのだ。
もし、自分自身への罰をお前が決めろと自分が言ったとき、眼下の破面はどんな罰を選択するのだろう、と。

結果は藍染の予想の斜め上を行ってしまった。
可能性として無い訳ではないが、早々に斬り捨てた答え。
まさか罰として自身の五体を引き裂くような真似を選択するとは、現実的にありえないと。

ありえない事はありえない、等という言葉もあるがそれでもありえないと。

何処の誰がただ一度の命令無視で自ら身体を失う選択をするものかと。
だが現実フェルナンドは逡巡なくそれを選択した。
罪、不自由の責任に対する罰としては過分すぎるそれを。
馬鹿げているとしか言いようが無く、彼という男をある種よく表している選択を。


しかし、ここではいそうですかとフェルナンドの自傷を許す訳にはいかないのが現実だった。
何も言わずにフェルナンドが目を潰すなり、腕を刎ねるなりの行動を起さなかったのがせめてもの救いか。
まだ止める余地は充分にあり、故に藍染は詫びたのだ。
弘法も筆の誤り、たてた道筋から僅か逸れたそれを修正するために。
座興が過ぎたというのは藍染惣右介にしては珍しく本当の言葉なのだろう。
そして彼はその座興を詫びたのだ。
今彼の、フェルナンドの力が損なわれるのは藍染にとって望ましくないが故に。


「遠慮は要らねぇよ、藍染。 下手を打ったのは俺だ、落とし前はつける。俺がそう決めた・・・・・・ 何処でもいいなら取り敢えず腕ッ! ガハッ!!!」


だが止まらないのがフェルナンド。
決めたと、自分がそう決めたならばやるのだと。
鉄の意志は貫き通してしまう。
決めた道、決めた結末、その代償もなにもかも。
故に止まらぬフェルナンド、そしてその腕を刎ねる為に腰の後ろの斬魄刀に手を掛けた瞬間、彼は糸が切れたように崩れ落ちた。


「やってられるか、馬鹿馬鹿しい・・・・・・藍染様、ニイサンは俺が連れて戻ります。 処遇は追って下官にでも伝えさせてください。どんな内容でもこの御人に文句は言わせませんからご心配なく」


崩れ落ちたフェルナンドの後ろに立っていたのはサラマ。
見ればその手には鞘に入ったままの彼の斬魄刀が握られ、どうやらその鞘でフェルナンドの延髄を思い切り打ちぬいた様子だった。
さしものフェルナンドも解放による傷の回復はなされていても、体力や霊圧までは戻っていなかったのか、それともサラマのまったく遠慮の無い渾身の一撃のためか、意識を失った様子。
崩れ落ちたフェルナンドを抱えるようにして持ち上げたサラマは、藍染にそう言い放つとその場から立ち去ろうとする。


「随分と過激な方法だね、サラマ。 あまりキミらしい様には見えないが・・・・・・」

「あんまり“らしさ”の押し売りはしない方がいいんじゃないですかい?それに、ちょっとばっかし怒ってるのかもしれません。この御人は本当に・・・・・・ 自分の命を粗末にし過ぎるんですよ、まったく・・・・・・」

「フフッ。 それは悪い事かな? そうやって命を賭け続け、削り続けて来たからこそ彼は今それだけの力を手にしている・・・とも言えるとは思わないかい?」

フェルナンドを脇に抱えたままのサラマに語りかける藍染。
サラマは背中を向けたままではあったが、足を止めそれに答えた。
彼らしからぬ行動、常に言葉による解決を念頭に置くかのようなサラマという人物からすれば、強硬な手段というのは確かに珍しくある。
それに及んだ経緯にサラマは自らが怒っているのかもしれないと、自分でも掴みきれていない部分を口にした。
だが一つ、彼に判っている事があるとすれば、それは彼にはフェルナンドがあまりにも自分の命を簡単に投げ出そうとしている、という事だった。

戦いの中でも、更にこうして戦いの外でも。
賭けの供物、代償に容易く自分の命を賭けるフェルナンド。
それしか持たぬからという理由で、あまりにも呆気なく。
そうして命を賭けてきたからこそ、賭け続けてきたからこそ彼は強いのではないか、という藍染の言葉は確かに一つの側面としてある。
だがそれでも、それを差し引いてもサラマにはフェルナンドが余りに容易く命を粗末にするように映ったのだ。
価値観の違いと言われればそれまでだが、しかしサラマにとってあまり気分のいいものではなかったのだろう。


「死にたがりよりも” 生きたがり ”の方が幾分かマシだ。・・・そう、言われた事がある気がするんですよ、ずっとずっと昔に・・・ね・・・・・・」


そんな台詞を残し、フェルナンドを抱えたサラマはその場を後にしたのだった・・・・・・











得られて死ぬなら

それでいい


得ても死んだら

意味なんてない









※あとがき

なんかもうよく判らん!

色々考えたけど何が正解か判らん!

ただグリムジョー十刃落ちフラグはへし折ったがね!!











[18582] BLEACH El fuego no se apaga.72
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/11/13 21:51
BLEACH El fuego no se apaga.72











何時言われたのか、何処で言われたのか。
誰に言われたのか、何故言われたのか。
遠い遠い昔故それは彼にも判らない。
その言葉を彼がはじめて聞いたのは中級大虚(アジューカス)になった時か、最下級大虚(ギリアン)となった時か、それとも虚(ホロウ)となった時か。
もしかするとそれは更に前、彼が今だ” 人 ”として生きていた時に聞いたのかもしれない。

何時、何処で、誰に、何故。
判らない事だらけであるがしかし、その言葉は何時の頃からか彼の中に確かに在り、虚としての彼という人格を形成する上で一つの大きな因子として作用した事に違いはないのだろう。
“ 死生観 ”それぞれ千差万別に存在する命への価値観であり、生き死にの分かれ目。
単一、画一、そして統一されたものは存在せず、また完全に共有する事など出来る筈もないそれ。
所詮は唯一人自分だけが価値を見出していくものであり、到底他人に当て嵌まりまた当て嵌めるべきでも無いものではあるがしかし。
自分のそれに照らし合わせた時、彼にとってその男の行動は目に余ったのかもしれない。


死にたがりよりも生きたがりの方がマシ。


そう考える彼にとってその男がどうしようもなく” 死にたがり ”に見えてしまったが為に。











第7宮(セプティマ・パラシオ)、十刃(エスパーダ)となった者がそれぞれに与えられる巨大な宮殿の一つ。
十ある十刃の宮殿、その中でもおそらく第4宮(クアトロ・パラシオ)に次いで素っ気無く飾り気の欠片も無い宮殿がこの第7宮だろう。
十刃の宮殿というのはある程度住まう十刃の色が出るもの。
豪奢に飾り立てる者、何一つものが無い者、研究施設として改造する者、風流を好む者。
そうした色が宮殿に反映されるとするならば、この宮殿の素っ気無さは何を表すか。

答えは興味の無さだ。
飾り立てる事、住み易く仕立てる事、その他諸々のそういったものに一切の興味を示していないのだ、この宮殿の主は。
何故なら宮殿の主が求めるものは” 日々の安寧 ”ではなく、” 戦いの日々 ”故に。
身体を鍛え、業を磨き、それを重ねて戦いへと身を投じる。
それが宮殿の主の興味の対象であり、宮殿を着飾ることなど興味の有り無しですらなく考えもしていないのだろう。
所詮は寝床、その枠が大きいか小さいかの違いしかおそらくは感じていない。
そういう男なのだ、この宮殿の主は。


その宮殿の主フェルナンド・アルディエンデは巨躯の男、サラマ・R・アルゴスに担がれるようにして第7宮殿へと帰還した。
巨大な門をくぐり、そしてそこに広がるのは巨大な空間。
玄関ホールというにはあまりにも広いであろうその場所、だがこういった巨大建造物に慣れている彼らにとってそこは意思の向く先ではない。
担いでいたフェルナンドをややぞんざいに下ろしたサラマ。
子分という立場からすればある意味問題行動であるのだが、心情故に仕方が無いとも言えるだろう。

意識を失い打ち捨てられるように床へと転がるフェルナンド。
当然そのまま床に激突する訳だが、元が頑丈であるためにその程度で眼が醒める筈もない。
フェルナンドを床へと転がしたサラマはそのまま自身も床に胡坐をかいて座ると、大きく溜息を零した。


「はぁ~ぁ。 やっちまったなぁ・・・・・・ニイサンも大概ガキだけど、俺も人の事は言えない・・・ってか?ガラにも無く熱くなっちまうなんてよ・・・・・・」


胡坐をかいた両膝に手を置き、溜息をつきながら深くうな垂れるサラマ。
藍染には“らしさ”の押し売りだと言ってはみたものの、やはり彼自身も自分の行動が自分らしくないという自覚はあった様子。
普段なら口八丁で何とか事を納める方を選択するはずの自分、あの場には藍染も居たのだからそれは容易く成っただろうと。
だが、実際は口よりも先に身体が動いていた。
目の前でああもアッサリと自分の身体を斬り落とそうとする男を、フェルナンドを見て彼の身体は動いたのだ。
何故ああも簡単に投げ出せるのか、何故何の躊躇いも無く自分を傷つけられるのかがサラマには理解できなかった。
躊躇ったって誰も笑わない、寧ろそれが普通で引き下がったって何も悪くない、なのに何故と。


自分より強い筈の貴方が、何故そうも簡単に投げ出すのかと。


きっと自分より多くのものを手に入れられる筈の貴方が、何故そうも死にたがるのかと。


どうしようもなく彼の目にそう映ってしまうフェルナンドという人物。
求めるものを得るためならば自分が傷つくことを厭わない。
進む先を見据えたならば他に目をくれる事がない。
一途で一直線であり、不器用なまでに愚直。
こうと決めたなら、自分がこうするのだと決めたなら迷い無く実行してしまう鉄の意思。
鉄でありながら鉄独特のしなやかさ、粘りを持たぬかのようなその意思が、決断が走った今回の凶行。

目を潰す、腕を足を斬り落とすなどという凶行が命令違反の罰として釣り合うとは思え無い。
不自由という鎖に囚われた事、その代償として差し出せるものが自身の身体以外ないというそれだけの理由でフェルナンドはそれを選択してしまうのだ。
それはおそらく釣り合いが取れているかいないか等という事は二の次なのだろう。
罪に対する罰として自分が払えるものがそれだけ、ならそれを支払うと。
不足などありえず過分など度外視して、直情的に思い至ったそれを、払うと決めたそれをその意思で持って完遂する。
サラマが思うフェルナンドという男の先の行動はまさしくそれであり、その選択を即断してしまえる危うさこそがサラマに今回の行動をとらせた一つの大きな要因でもあった。


「大体なんでこの御人はこうも頑ななんだかねぇ・・・・・・良くも悪くも・・・・・・ 」


そう、サラマが感じるフェルナンドの危うさとは同時に頑なさなのだ。
頑として譲らない、そういう部分がこのフェルナンドという男には多々ある。
負ける事が目に見えているからといって退かない、戦いに決着を着けるために自分から殴られる、己の為に嬉々として戦場に身を投じたかと思えば、助ける為だと到底敵わぬ者にも平然と拳をむける。
全ては己の意思、彼という存在のあり方、法則に則っての行動は時に自らの安全を度外視しても遂行される。
そう、自分の命は問題ではないのだ、問題なのは何時もその過程、過程で何を成していくかという事。

刹那の時をいかに全力で駆けたか、という点だけなのだ。

それは誰にでも出来る事ではない。
往々にして意思を貫き通すという事は難しいことであり、それ故にそれを成せる人物は強者といえる。
だが、貫き通したその先で自らが死ぬかも知れない道を進むのは本当に正しい事か、重要なのは一体どちらなのだろうか。
” 貫く事 ”と、” 貫いた先を歩む ”事のどちらなのだろうか。
同じようで違う二つ、僅かではあるがそこに生まれる差は巨大なもの。
サラマはその二つの差を殊更に感じ、フェルナンドが貫く事に固執しているように思えてならなかったのだ。


「なぁニイサン・・・・・・ アンタは一体、何が欲しくてそんなに生き急いで・・・・・・死にたがるんですかい・・・・・・? 」


横たわるフェルナンド、その背中に向けてサラマは零す。
何故、何故なんだと。
何故そうまでして頑なに生き急ぎ、そして死にたがるのかと。

『意地を張って通すのが道。 枉げて退く道など端から持っていない』

かつてサラマが聞いたフェルナンドの言葉。
進む道とは自らを貫き通す事、それを曲げてまで退く為の道など持っていないと。
それはフェルナンドという破面が何処までも自分の意思を貫く事を、雄弁に語る一言だった。
だが何故そこまで、何がそこまでフェルナンドを掻き立てるのか、サラマにはそれが判らない。
自分の命を賭けてまで求めるものとは一体なんなのか、自分の命を賭けてまで貫き通す意地は何処から来るのか。
答えなど返らぬであろう自分よりも幾分か小さな背中、しかし問わずにはいられないサラマ。
知りたい、この男が一体何をそこまで求めているのかを。
何がそこまでこの男を駆り立てるのかと。



「・・・知ってどうする・・・・・・ 」



背中に向けられ虚空へと消える筈だった問いかけ。
だが消える筈の問いかけに答えは返ってきた。
幾分緩慢な動きではあったが横たわった姿勢から起き上がり、サラマに背を向けるようにして胡坐をかいたのはフェルナンド。
首の後ろあたりを二、三度さすりながら「馬鹿力で殴りやがって・・・・・・」と零しつつコキコキと首を鳴らす彼。
もう少し目を覚ますまでには時間が掛かるだろうと思っていたサラマには驚きが浮かんでいた。
自分に比べれば細く小さいその身体に宿る頑強さと強靭さ。
本当に同じ破面かと疑いたくなる彼を他所に、フェルナンドは彼に背を向けたまま言葉を発した。


「俺が何を求めてるか、それを知ってどうする?テメェには何の意味も無ぇよ、トカゲ・・・・・・」

「・・・まぁ確かに意味は無いでしょうね・・・・・・でも、興味はあるんですよ。 何故ニイサンがああも簡単に命を投げ出すのか、投げ出せるのか、俺はただその理由が知りたいんですよ・・・・・・」

「ハッ! 物好きな野郎だ 」


知ってどうする、どうなる、フェルナンドがサラマへとそう問いかける。
それを知る事に何の意味があるのか、お前にとっておそらく意味など無いそれを知ってどうなるというのだと。
別段隠しているという訳でもなく、しかし問われたその言葉にサラマは正直に答える事にした。
嘘で、口先で語るよりも今は腹の底からの言葉の方がこの男には届くと、彼にはそう思えてならなかったのだ。
彼が抱える疑問、何故、どうしてという問いの答えはそこにあるとサラマには思えてならなかったが故に。
そのサラマの言葉に返したフェルナンドの言葉、それは肯定の意をもって発せられていた。


「俺は・・・ 俺はただ欲しいだけだ。 俺は今、”生きているんだという実感 ”を・・・な・・・・・・ 」


とつとつと語られる始める言葉。
目を覚ました瞬間に目なりを抉るのではないかと内心考えていたサラマからすれば、そのフェルナンドの後姿は幾分穏やかに見えた。
そのフェルナンドから語られた彼の求めるものとは” 生きている実感 ”。
なんとも掴みきれない、形容しがたく目に視えるものでも触れて感じられるものでもない感覚的な事であった。


「テメェも判るだろう? 俺らはそれこそ馬鹿みたいに長い時を生きる化物だ。どいつもこいつもそれが当然だと、当たり前だと思ってやがる。・・・だがな、そんなもんは” 惰性でしか無ぇ ”。 そういうもんだと受け入れただけ、与えられたそれをただ考え無しに享受しているだけに過ぎねぇんだよ」


語られるそれは彼にとって何よりの真実なのだろう。
破面、いや、そうなるまえの大虚、最上、中級、最下級、更に遡り一匹の虚として二度目の生を受けて後彼らは途方も無い時を生きる。
もちろんその中で死んでいくものもあるが、こうして破面となった者達はおそらくそうならなかった一握りなのだろう。
長い長い時、明けぬ黒い空と何処までも続く白い砂漠の世界、人としての記憶を残し虚となっても何時しか時の流れにそれは擦り切れ磨耗し、忘却の彼方へと追いやられるだろう。

だがそうなっても彼等の生は続く。
記憶とは積み重ねた記録、新たなる記録は記憶となりいつしか虚としての記憶が全てを占め、そうなってもまだ彼らは生きるのだ。
人の魂を喰らい、呼吸と共に霊子を喰らい、そして輩(ともがら)たる虚を喰らいながらも永遠に。
彼等に寿命という概念が存在するのかを知る者は居らず、それ故永遠に近い命の中彼らは次第に忘れていく。

生きているという実感を。


自分は今己として立ち、己として歩み、己としてここに確固として在りつづけているという実感を。
積み重ねた年月、過去から今、そして未来へと続く人生の延長線上にただ居るのではなく、今も確かに自分の足で自分という世界を先頭で切り開いているという実感を。
今も己の命を懸命に燃やし続けているのだという、その実感を。


それを怠る事をフェルナンドは惰性と呼んだ。
ただ日々に流され、それに身を任せることを彼はそう呼ぶのだ。
そして彼はその惰性を嫌った。
流されて生きるのではなく、切り開き生きる事を望んだ故に。


「生の実感、ただその為に俺は戦うんだよ。 俺はそうする事でしか求め方を知らねぇ、それが上手いやり方じゃなくても・・・な。命を燃やし、削り、磨り減らしてでも先に進む。命を賭けたその先に、命を削ったその先にあると信じているからだ。他の誰でもなく俺自身がそう信じているからだ。生の実感は命を燃やした先にある・・・とな・・・・・・」


きっと彼自身も判っているのだ。
それが一番上手いやり方で無いという事は。
戦い、傷つき、死に瀕し己が命を危ぶませ、削り磨り減らし進む道が一番上手いやり方でない事ぐらい、彼にも本当は判っているのだ。
だが、それでも彼はその道を進む。
他のやり方を彼は知らず、そして知ったとしてもきっとその道を彼は変えないのだろう。
それが一度歩み出した道ゆえに、意地を張り通す事だけが彼に往く道のあり方故に。

意地を張り通したその先に、求めるものがあると彼が信じ続けているが故に。


「俺が欲しいのはそれだけだ。 その為に俺は戦いを求めるし強さを求める。命を賭けなきゃ得られないなら命を賭ける。どうだ? 簡単な話だろうが 」


サラマに背を向けたままのフェルナンド。
気恥ずかしい、という概念がこの男にあるかは甚だ疑問ではあるが面と向かって話す事ではない、という事かもしれない。
彼の根源、行動理由、彼を彼足らしめるもの。
求める為に命を賭けねばならないというなら賭ける。
きっと彼にとってそれは容易い事なのだろう、求めるものを得られるというのなら自らの命など安いものだと、本気でそう考えているのかもしれない。
単純で簡単で簡素で、しかしそれ故に強力な思考回路。
確かに簡単な話し、フェルナンドにとっては簡単な話だ。
彼はずっとそうして来たのだから、きっとこれからもそうして進んでいくのだから。
だが、それは彼にとって簡単な話で、他者にとっては簡単でも簡単に済ませていいものでもないのだ。



「くだらねぇよ、そんなもんは・・・・・・ 」



フェルナンドの背中に投げ付けられた言葉は、思いのほか低い声だった。
常のどこか人をくったような声ではなく、腹の底に響くような、そして苦虫を噛んだようなその声はサラマの声。
フェルナンドには見えぬ彼の顔はきっと険しいものだろう。
事実サラマの顔は険しく、吐き捨てるような声と共に視線はフェルナンドの背中から外れ僅か下を見ていた。


「生きる実感が欲しくて死にたがるのかよ・・・・・・そんなのおかしいじゃねぇですかい。 死んじまったらそこでお終いだ・・・・・・死んだら何にも残らねぇんですよ、死ぬ事に意味なんて・・・死んで得られるもんなんて・・・何も無いんですよ・・・・・・ 」


サラマにはフェルナンドの言葉が矛盾しているように思えてならなかった。
生きている実感が欲しい、そういう彼はしかし自ら死地に飛び込み死に近付くようで。
生を求めしかし死に近付く、相反する二つを求めるフェルナンドの性がサラマにはひどく歪に見えてしまった。
死ぬ事に意味など無く、死して得られるものなど無い。
死に何を見出せるというのか、死に近付く事で何を得られるというのか、そうまでして得なければならないものなのか。

先のフェルナンドの行動もそうだ。
生の実感を求めるという彼はしかし、いとも簡単に自らの肉体を傷つける。
その行為は死へと近付く行為に他ならず、生を求めながら死に近付く矛盾の最たるものと言えるだろう。
生きている実感が欲しい、それには死に近づくより他無い、自らの命を脅かし死を感じる事こそが生の実感を求める術だとでも言わんばかりのフェルナンドの理念。
確かにそれは正しくはあるのだろう。
生と死は表裏一体、死に近付く事はまた強く生を意識する事と同義でありそれ故死に近付く事は生に近づく事だと。

だがそれは歪。

少なくともサラマにとってそれは歪だった。
彼はフェルナンドほど“生きる”という事に餓えてはいないのだ。
実感を求めるほど、どうしようもなく焦がれるほどそれを求める事をしていないのだ。
彼からしてみればフェルナンドの言う”惰性としての生”とて充分価値があるものと。
重要なのはその命があり続け、そこに自らの意志が存在する事。
起伏無く只流れる日々もそれはそれでいいだろうと、惰性だろうと命は、” 生はそこにある ”と。
フェルナンドが自らの命を危機に晒し続けてまで追い求める価値が、彼には判らなかったのだ。


「ハッ! くだらねぇ・・・かよ。 ・・・・・・まぁ確かにそうだ。テメェにとってはくだらないだろうし、俺が言ったとおり意味も無いだろうよ・・・・・・だが、” それで構わねぇ ”。 テメェに理解してもらう必要はねぇし、俺の考えをテメェに押し付ける心算も無ぇよ、俺は俺の思うままに進むだけだ・・・・・・」


くだらない、と。
自らの求めるものをそう言われたのにも拘らず、フェルナンドはそれを笑った。
そうだろうと、そしてそれでいいと、お前がそれをくだらないと言うのならばそれも良いと。
元々サラマに理解してもらう心算も自らが正しいと言う心算もなかったフェルナンド、今更くだらないと言われたからといって道を変えられる訳でも無い彼にとってサラマの言葉は響くものではないのだ。

進むと決めた、求めると決めた、自らが思い至った唯一の道で、その道を只往く事で。
言い放ったフェルナンドはもう語るべき事はないとその場で立ち上がる。
そして宮殿の外へと向かおうとするフェルナンド。
その行き先がどこかなど誰の目にも判り切っていた。


「待てよニイサン。 また奉王宮に戻って藍染様の前で目玉でも突く心算ですかい・・・・・・?」


立ち上がったフェルナンドの背中にサラマが投げかけた言葉はおそらく真実だろう。
事実フェルナンドの足はその言葉に止まったのだ。
そう、一度気絶したぐらいでこの男が罰を諦めるはずが無い。
今この場で実行しないのはただ藍染の前ではないから、藍染の前で行ってこそ罰なのだ。
自ら握った不自由の不始末、その罰を自らにも刻むために。

だがそんなものをサラマが許容できるはずも無く、勢いよく立ち上がると再び向けられた背中にサラマは叫んだ。


「そんなもんは馬鹿げてる! たかだか命令違反一つにアンタが考えた罰は過剰なんだよ!あんなもんは一言『 忠誠心だ 』と言えば済む話でしょうが!それで手打ちだ! 四方丸く収まる! 少しは利口になれよ!予定調和なんだよあんなもんは! 簡単だろう! ” 所詮は言葉 ”だ!! 」


それはサラマ・R・アルゴスの本音の言葉なのだろう。
藍染の”首輪”としてではなく、”子分”という立場に立ったものではなく、ただ”彼”という個人が叫ぶ言葉。
罰など始めからあって無い様なもの、重要なのは藍染惣右介が例え十刃であっても命令違反をしたものを許さず” 罰したという事実 ”。
それさえあれば藍染は満足なのだ、罰が思いつかないなどという言葉は所詮藍染の戯れだとサラマは気付いていた。
故にあの場での正解はグリムジョーの取った行動。
ありもしない忠誠心、しかしただそれを口にするだけで全ては収まる。

忠誠心、その言葉が持つ意味を欠片も解さず理解せずその内に持たずとも構わない。
ただそれを口にすれば済む話、意味を持っていようともそれは” 所詮は言葉 ”に過ぎず、意味を乗せねば耳に届く雨音と同じ。
意思を乗せ届く音ではなくていい、あの場はそれでよかったのだ、雨音を発すればそれで。

だがそれを無視したかのようにフェルナンドは否を唱えた。
そして自らが自らに下した罰は過度、過剰、過分な行い、総じて過ぎたる暴挙。
ただ発すれば済むだけの雨音に意味を乗せ、否を唱える事の無意味さ。
サラマにとっては無意味で、そしてなにより無駄に自らを傷つけ傷つこうとするフェルナンドの危うさが彼には悲しく映ったのかもしれない。


「アンタが求めてるものはそうまでしなきゃ手に入らないものなのかよ・・・・・・戦って傷を負って死に自分から近づいてまで得なきゃならないものなのかよ!生の実感を求めて死に急いで・・・・・・それでホントに死んだらどうするんですかい!」


サラマには理解出来なかった。
フェルナンドの言う生の実感はそこまでして手に入れなければいけないのかと、死に近づいてまで手に入れなければならないのかと。
今ここで息をし、心臓は脈打ち血が霊子が巡り、今この場に立っている。
それでいいではないかと、今こうして自分という命が脈打っている事がどうしようもなく生の実感ではないのかと。
サラマが思う生の実感はそれで満たされる。
”生命が脈打つ事こそ生の実感”、自分達が虚として、そして破面として歩む今こそ生を実感しているのではないかと。

そう考えるサラマにとって死に自ら踏み込み、まるで好んでいるように見えてしまうフェルナンド。
生き急ぎ死に急ぐ。
そんな言葉が当て嵌まってしまうからこそこの男は危ういのだ。
彼が求めるもの、求めた先にサラマには死が見えて仕方が無い、故にその言葉を投げ付けたのだろう。

求めて求めて、求めた先で死んだらお前はどうするのかという問いを。


「・・・・・・構わねぇ。 求めた先でそれを・・・生の実感を得られたなら。 ” 得られて死ぬならそれでいい ”・・・・・・」


応える声に揺れはなく、故にその言葉が真実であると告げていた。
構わない、それで構わないというフェルナンドの言葉がどうしようもない真実であると、彼にとっての真実であると。
求め歩み、傷つき走った先でそれが得られたのならば、その瞬間に生き絶えたとて何の悔いも無い。
生の実感の中で死ねるのならばそれで構わない、フェルナンドはそう言い切ったのだ。

その答えは悲しい答えだ。
生の実感を得た瞬間に死ぬ、相反する究極の光景。
得がたくも得た実感の中彼は死んでいく、漸く得た実感を噛締め死ぬ。
それで構わないと、まるで” 得る事が目的 ”であり、” その先 ”など要らないと言うかのように。


「それがおかしいって言ってんですよ!せっかく得た実感を何でそうも簡単に手放せるって言えるんですかい!アンタは間違ってる・・・・・・ 生の実感、それを求めるのはもうこの際どうだっていい。・・・・・・だが、” 得ても死んだら意味なんて無い ”!死んで得る事よりも、アンタはアンタ自身が生きて得られる事に意味を見出すべきだっ・・・・・・!」


死にたがりよりも生きたがりの方が幾分かマシ。
サラマの内側に何時からかあったその言葉、あった筈なのに忘れていたその言葉、しかし彼を形作ったその言葉。
言葉に、その意思を自らのものとして”生きたがり”の人生を送ってきた彼にとって、フェルナンドの死んでもいいという言葉は悲しすぎた。
まるで自分というものが勘定に入っていない死生観。
目的の為に命を投げ出す事を厭わず、目的を達したならばその命すら無くて構わないという価値観。

そう、サラマから見るフェルナンドという男は” 先が無い ”のだ。
求める先、求めたものを得た先、目的を達したその先が彼には無いのだと。

得た先でどうするのか、何を成すのか、その展望がこの男には欠落してる。
何処までも彼にとっては得がたいもの故に先を考えている余裕が無いのかもしれない、しかしサラマにはフェルナンドがその先を考える心算が無い様に見えてしまった。
下手をすればこの男は、求めたものを得た瞬間本当に死んでしまう。
そんな幻視を見るかのようなサラマは、フェルナンドの背へと吐き捨てるように言葉を零す。



何かを得る事よりも、得た先に意味を見出すべきだと。



「馬鹿野郎が・・・・・・ “先”の事まで考えられるなら、もっと利口な生き方も出来るだろうがよ。利口な生き方《ソレ》が出来無ぇって事は、俺は”今”を・・・今の俺で必死にもがくしかねぇんだよ・・・・・・」


サラマからの言葉を背に受け、しかし彼は止まらない。
そう止まる筈もないのだ、利口な生き方というものを彼は知らないのだから。
深慮遠謀の彼方、神算鬼謀の行く末、そんなものに彼は幾許の価値も見出さない。
ただ今という刹那を、今の自分のあるがままで生き貫く事しか彼に価値は無いのだ。

それは決して利口な生き方とは呼べないだろう。
寧ろ考え足らずの馬鹿者、いや大馬鹿野郎なのかもしれない。
しかしそれが彼なのだ、彼という男なのだ、フェルナンド・アルディエンデという男なのだ。
馬鹿で構わない、利口になる心算もない、ただ馬鹿が選んだ大馬鹿の道を馬鹿正直に進むだけしか彼には無いのだから。


サラマにもそれは伝わっていた。
何処までも自分とは噛み合わず、価値観は平行線を辿るのみ。
相容れず歩み寄れる訳でもなくズレた価値観と死生観の中、彼にも判った事がある。
幾ら言葉を尽くしたとてこの男は止まらないという事。
己の抱える根源的矛盾を何処かで理解しながら、しかしこの男は進み続けるという事。


どうしようもない”餓え”にも似た衝動、“飢餓”を冠したこの男を象徴するかのような愚かしくも愚直なその生き方を。


言ってしまえばやはり馬鹿なのだ、この男は。
大馬鹿なのだという考えがサラマには浮かび、それが妙に的を射ているとさえ思える。
何処までも変えられない道と、鉄の芯が貫き通す意志。
曲らず折れず、脆さすらその強靭さで弾き返してしまうような意思が、この男が馬鹿である由縁なのだと。

判ってしまったこの男の更なる本質。
餓え求め続ける馬鹿野郎、利口な生き方を知らぬ大馬鹿野郎。
何を言ったとて、どう説いたとてこの男が変る事は無いのかもしれない。
幾ら利口で上手い道を示しても、この男にはきっと意味が無いのかもしれない。

だがそれでも、例えそれが判っていたとしてもこのままフェルナンドが及ぶであろう凶行は、サラマに許せるものではないのだ。


「もういい、アンタが筋金入りの大馬鹿だって事だけは嫌というほど良く判った。どうせ口で言ったって止まりゃしないんだ、だったら何度だってぶん殴って止めてやりますよ。藍染様の所にゃ行かせない・・・・・・! 」

「・・・・・・笑えるなトカゲ。 殴って止める・・・だと?ハッ! 本当にテメェにそれが出来ると思ってやがるのか?」

「出来ますよ。 こっちは万全、対してアンタは傷は粗方しか治ってないし、体力も霊圧も万全じゃない。それに殴って気絶させるのは、もう” 一度経験済み ”なんでね・・・・・・ 」


言葉での解決は実らず、もう残された手段は他にはなかった。
サラマとてこの選択が自分らしくない、という事は良くわかっているのだろう。
だが自分らしさを優先し、目の前の男が五体を損なう事を容認など出来ない。
使命でもなく立場でもなく、興味を引かれていた男が自ら先を鎖すような事をするのは我慢ならず。
そんな死にたがりを止める為ならば自分らしさなど捨てるという、サラマの強い感情故の最終手段なのだろう。
先を見据えられないという男が、もしかすれば後々こんなつまらない事で行き詰まるのは、サラマには許せないのだから。

そんなサラマの言葉に彼へと向き直るフェルナンド。
その顔には僅かだが皮肉気な笑みが浮かび、値踏みするようにサラマを睨む。
距離はそれほど離れてはおらず、互いもう少し近づけば射程内となるだろう。
やはり何処までいったとて彼等破面に平和的解決など望むべくも無い、という事なのかもしれない。
どうしたとて優劣、正邪を決めるのは戦いという事。

だがフェルナンドとサラマ、互いに僅か爪先に力が篭った瞬間第三者の声が響いた。




「お前達。 幾ら自分の宮殿だからといって、こんな所で何をはじめる心算だ・・・・・・?」




響いたのは凛として涼やかな女性の声。
今し方フェルナンドが背を向けたばかりの門の前にその女性は立っていた。
金色の髪に翠の瞳、褐色の肌をしたその女性は第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベル。
闘気放つ二人を見てやや呆れた風の彼女がそこに立っていた。


「・・・・・・取り込み中だ、用事なら後にしろハリベル」

「そういう事ですアネサン。 用事は後にお願いします」


どちらもハリベルに一瞥もくれる事無く、目の前の相手から目を逸らさない二人。
用件を聞くことも無く今は只打ち倒す事が頭を占めつつあるのだろう。
だがハリベルとてただ遊びに来るという人物ではない。
こうして彼女がここに来たのには理由があるのだ。


「悪いが断る。 私とて遊びに来たという訳ではないのでな。藍染様よりフェルナンドへの処罰を伝えに来たのだ、まったく・・・藍染様は私が“適任”だと仰られたが、私はお前の子守ではないのだぞ?それをお前は・・・・・・ もう少し大人しくは出来んのか・・・・・・」


一つ溜息をついたハリベルが言うには、彼女は藍染からフェルナンドへの罰を伝えに来たという事。
彼女からしてもいい迷惑といったところなのだろう。
サラマは下官に伝えさせてくれと言ったが、まかり間違って今のような状況に陥っていたとすれば下官では彼等に近づく事すら出来ない。
故にそれなりの実力者を予め向かわせた、という事なのだろうがフェルナンドへの面倒事となれば挙がる名前は一つ。
フェルナンドが最も言う事を聞く” 可能性を ”持っている人物、つまりはハリベルだ。
それ故の藍染の“適任”という言葉、言いえて妙であるが当の本人からすればいい迷惑といったことでしかない。


「処罰・・・ですかい? 」


便利使いされる事の哀愁と、またしても問題を起したフェルナンドへの呆れがハリベルの声に混ざる中、いち早くその言葉に反応したのはサラマだった。
そう、命令に反したという事への処罰が下されるという事は即ち、フェルナンド自身が自らを損なって償う必要がなくなるという事。
彼からすれば願ったり叶ったり、という状況ではあるがしかし一抹の不安がサラマには残る。
そんな彼を他所にハリベルはフェルナンドへの処罰を言い渡した。


「フェルナンド・アルディエンデ。 無断への現世侵攻及びそれに伴う死神側への戦力露呈、市丸統括官からの停戦命令無視、同統括官への恫喝、反逆未遂、自傷による保有戦力損失未遂、度重なる不敬等々・・・・・・十刃としてあるまじき行為の数々は看過できるものでなく。よって現第7十刃 フェルナンド・アルディエンデの”号を剥奪 ”し、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)とする・・・・・・はぁ・・・呆れてものも言えん・・・・・・ 」


言い終えて額に手をあて頭を振るハリベルが告げたのは、フェルナンドの号を剥奪し十刃落ちとする、という罰であった。
不様な話である、何せこれでフェルナンドはある意味最速の十刃の名を冠した事となるのだ。
ゾマリの響転最速ではなく、最も早く十刃落ちとなった十刃として。

だがこれはフェルナンドにとっては甘い罰にすぎない。
元々フェルナンドは十刃となる事を望んではいなかったのだから。
それが今更十刃という位に執着するはずも無く、号を剥奪されたとて痛手にはなりえない。

要するにそういう事なのだ。
藍染にフェルナンドを罰する心算などない、という事。
書き連ねられた罪もその実意味のあるものはそう多くなく、見る者が見ればこれがただの茶番だという事は良く判る。
重要なのは藍染が十刃だからといって優遇することは無いという事実。
まるでありもしない平等という名の幻想を見せ付けるが如く、藍染が誰にも容赦しないという外面が出来ればそれでいいのだ。
そしてその外面も大きく意味を成すものではなく、最も重要なのはやはり” 罰したという事実 ”なのだから。


「さて、明らかに甘い罰ですが罰は罰、これでニイサンの罰は決まった訳ですが・・・・・・どうです? これで手打ち、って事にしませんか?」

「・・・・・・トカゲよ・・・ 答えが判り切ってる質問をするのは楽しいか?」

「楽しいですよ、それで事が治まるならね。・・・・・・まぁ、ニイサンが首を縦に振ってくれりゃ、尚良かったんですが・・・ね」


フェルナンドに下される罰は決まり、故にこの緊張状態は意味の無いものとなった。
という事にしてフェルナンドへと語りかけるサラマ。
その実緊張など毛先程も解いていないのは、きっとその問の答えに予想がついていたせいなのかもしれない。
終わりにしないか、というサラマの言葉。
フェルナンドが答えは否、サラマの予想通り否であった。


「いいか? 罰ってのは誰かに決めて貰うもんじゃ無ぇんだよ。最後に自分を罰するのは何時だって自分自身、自分を罰するなら” 誰かの天秤 ”じゃなく” 自分の天秤 ”を使うもんだ」


自分に罰を与えられるのは自分自身をいて他にはいない。
他者から与えられる罰は何処までも他人の価値観でしかないのだ。
第三者といえば聞こえはいいだろう、だが本当に償うべきは自分自身であり” 与えられたから償う ”のと” 自ら償う ”事は決定的に違う。
自らの天秤にかけて適当かどうか、それこそが重要なのだとフェルナンドは言う。

この言葉にサラマは先ほどの自分の考えが、フェルナンドがその罰を釣り合いを度外視して直情的に決したという自分の考えが間違っていたと知った。
フェルナンドはしっかりと考えているのだ。
自分を罰するに足りるものは何かと、何をもって罰とするのかを。
自らの天秤にそれをかけ考えた上で、彼の中で釣り合いが取れている罰を口にしていたのだ。
それがどれだけ他人の目には常軌を逸し、過剰に映ったところで彼には関係ない。
他人がいくら自ら持つ物差しと天秤でそれを量り、過分だと騒ぎ立てたところでそれは所詮他人の裁量。
真に優先されるべきは償うものが自らに架す罰であり、自分に対する一切の甘さを排した罰をフェルナンドは決していた。

彼と他人の価値観のズレが過分さを際立たせただけで、その実彼にとってこれ以上ないほど釣り合いは取れている。
そして価値観のズレを態々磨り合せる事は必要ない。
高きに合わせる事も、また低きに合わせる事も必要な事ではない。
それぞれがそれぞれの価値観を持つからこそ、”個”は保たれているのだから。


「なら、やっぱり止めるより他ありませんね・・・・・・」

「あぁ。 叩き潰して進むより他なさそうだ・・・・・・」


だがやはり先の言葉のやり取りは決定打となった。
サラマが漸く、僅かながら理解したフェルナンドという男の内面。
それは表層に過ぎないのかもしれないが、確かに彼であった。
けっして利口とよべるものではないがしかし自らに真摯に向き合い、犯した罪に過不足無く償う。
言葉を尽くす事に長けず、それでも彼自身の価値観に添って、何者の妨げも受けず進む鉄の男。
言ってしまえば大馬鹿者、しかし誰にでも出来る事ではない道を進む男。

その男を止めるためにサラマは強く拳を握り、フェルナンドも僅かに身体を沈ませる。
戦いの気運は高まり周囲の大気がチリチリと音を立てる。
霊圧の高まり、闘気の高まり、それらが広間全体に広がりつつある。
紆余曲折はあろうが結局ここに帰結するのが彼等なのだろうか。
拳が、武力が、力が正義であると。
それだけが真理であるとされるこの虚夜宮に、いや虚圏において対立する意見を決める手段など他にないのだ。



「まったく・・・・・・ いい加減にせんかお前達は」



だが再びその二人に割って入るのはハリベル。
伝える事は伝えたのだ、本当ならこのまま放っておいても何も問題は無いのだが、そこは彼女の律儀さ故か。
目の前で明らかに殺しあおうとしてる馬鹿者二人を放って置けるほど、彼女は冷徹ではないという事だろう。
実際目の前の二人、特にフェルナンドが解放などしようものなら辺り一面が焦土となる可能性も無きにしも非ず、放って置ける方がどうかしているとも言える状況であった。


「フェルナンド、この命令が下った時点でお前はもう十刃ではない。そのお前がこの宮殿を壊す事は許されない、少なくとも私の目の前では・・・な。かといって私の眼の届かぬところでまた要らぬ騒ぎを起されるのも馬鹿らしい。・・・・・・よって、ここは一つ被害の少ない方法で戦ってはどうだ?」

「被害の少ない方法・・・だと? 」


ハリベルの語ることは至極全うな意見だった。
十刃で無い者が宮殿を破壊する、などという事はまた要らぬ諍いと罪を重ねることであるし、かといって何も無い砂漠だからといって解放などされれば被害が広がるのは目に見えている。
ならばせめて自分の目の届かぬところで、という選択もあったがそれはどうにも責任逃れのようでハリベルには受け入れがたかった。
ではどうするか、ハリベルが提案したのはある程度被害を抑えて戦うという事。
まぁ戦う事は前提としてあるあたり、やはり彼女も破面だという事なのだろうが。


「そうだ。 互いに霊圧の放出を用いた攻撃防御の一切禁止、霊圧による肉体強化も無し、当然響転などの移動術も使用不可、刀剣解放は言うに及ばず斬魄刀を使用した攻撃も禁止。要するに五体のみで戦うのだ、これならそう被害は大きくはならないだろう?それにお前達はその術に長けているだろうしな」


ハリベルの提案は簡単に言ってしまえば只の喧嘩だった。
だがそれは破面や死神といった霊なる者のそれではなく、人間が人間どうしで争うものに近かった。
武器の一切を用いずただ己の五体のみで一対一をもって決着とする。
ただ彼らは破面であり人ではなく、その五体のみの持つ力も大きく何より鋼皮(イエロ)という攻防一体の外皮がある為自然と破壊力は上がる。
しかし霊圧という強大な力の放出さえなければ被害は比べ物にならないほど少ない事だろう。

妥協案としては最良ではないがまずまず、といった所のそれ。
周りへの被害を抑え、尚且つどちらの命も失われないようにするには咄嗟とはいえ、ハリベルの提案はまずまずと言えるのだろう。
彼女から見ればフェルナンドとサラマは良い関係に見えていた。
どうしても言葉が足らないフェルナンドには、サラマのような言葉を尽くす者が近くにいるのは良い事であるし、何より幾ら藍染への意趣返しとはいえ気に入らない者を彼が近くに置くとは思えなかったために。
なかなかどうして噛み合わない様に見えて噛み合っている二人だと、少なくともそう考えていたハリベル。
その二人が戦いの気運を高め、下手をすれば命を失いかねない状況は彼女には残念なもの。
故の代替案、命を失わない決着という代替案の提示だったのだ。


「俺は別に構いませんがね。 まぁ気に入らない、ってんならニイサンは解放でも何でもすれば良い。それでも俺が勝たせてもらいますがね 」

「随分とよく吼えるじゃねぇか、トカゲ・・・・・・ハッ! 霊圧があろうと無かろうと勝つのは俺だ、それをよく判らせてやるよ・・・・・・」


サラマの挑発に食いつくフェルナンド。
こう言えばフェルナンドが乗ってくるのは目に見えてはいたし、もし解放されてもサラマは気概だけではあるが勝つ心算でいた。
行かせない、という強い意思がそう思わせたのか、その行動と意思は彼自身の為でありまたもう一つ。
フェルナンドという男の” 先 ”の為、幾ら彼の中で釣り合いが取れていようともサラマにそんな事は関係ない。
サラマの価値観から言えば馬鹿げた話なのだ、こんな選択は。

この男は車輪なのだと、サラマは思う。
何処までも何処までも際限なく回転し加速し、何時しか壊れる車輪なのだと。
放って置けば直ぐにでも、そして自ら壊れようとする車輪なのだと。

ならば自分は歯止めとなる、サラマはそう思っていた。
そう簡単に壊させはしないし、易々と暴走させる心算もない。
ただ諭すのではなく時には実力をもって無理矢理にでも止めて見せる。
何故なら自分は彼に言ったからと。
進む先にこそ意味を見出せと、死んで終わるのではなく生き続けてくれと。
ならば、その先があると言った自分はついて行くのだ。
この男が生の実感の先にたどり着くまでついて行くのだと。

故に止める。
彼が自らを害そうとする事を。
万難を払うことは出来ないがしかし、陰日向に助ける事は出来るのだからと。


「俺が勝ったらニイサンは藍染様の所には行かないし、自分で目も腕も脚も斬ら無ぇ。何も失わないで言われた罰を受ける・・・・・・いいですね? 」

「いいぜ。 ・・・・・・だが俺が勝ったら俺の好きなようにさせてもらう。文句は無ぇな 」

「ありませんよ。 勝つのは俺ですから 」

「ハッ! 上等ォ!! 」


フェルナンドの言葉を最後に二人の距離が急速に縮む。
まるで元からそこに立っていたかのように瞬時に互いの射程内へと相手を納めた二人。
奔る拳は力強く、打ち出され交差しそして互いの顔へと突き刺さっていた・・・・・・


・・・・・



・・・・



・・・



・・






















「行かないのか? 」


互いに霊圧の全てを用いぬ戦い。
只鍛えられた己の五体のみを武器とし、相手を打倒する戦いの末。
響くのは派手な音ではなくただ拳が、蹴りが敵を打つ鈍い音。
撒き散らされた血と汗、予想通り宮殿は無傷というわけではないがそれでも柱の一本も折れていないのだからマシな方だろう。
そしてその戦いの中心地に、戦いの終わった戦場跡に立っていたのは一人だけ。
決着の形としてこれ以上ないほどの勝者と敗者の光景。
その光景の中心に立つ者に、その戦いを一人見届けていたハリベルは話しかけていた。


「あぁ? 何の話だよ・・・・・・ 」


ハリベルの声にぶっきらぼうに答えたのはフェルナンド。
戦場の中心にその脚で立ち、視線をハリベルへと向けるフェルナンドは、口に溜まった血を吐き捨てる。
そう、勝ったのはフェルナンドだった。
身体中に拳や蹴りで打ち据えられた痕を残しながらそれでも、勝ったのはフェルナンド。
今やサラマは彼の足元にうつ伏せで倒れるのみ、フェルナンド以上にボロボロである彼、息はしているがそれでも意識は失っている様子。
そしてその傷跡の違いはそれだけサラマが幾度も挑みかかった、という証でもあった。
だがそれは間違いなく勝者と敗者の光景であり、そしてサラマはとどかなかったのだ。


「何故かは知らんが行く心算だったのだろう?藍染様の所に 」

「・・・・・・その話は” 無しになった ”んだよ。今さっき・・・な・・・・・・ 」


行かなくていいのか、と問うハリベルの言葉にフェルナンドの答えは否ではなく是。
そう、彼は藍染の元にいく必要はなくなったと、いや正確に言えば行くことは出来なくなったと言うのだ。
状況の全てを理解している訳ではないハリベル、何故彼が藍染の元へ向かおうとするのか、それを何故サラマがこうまでして止め様としていたのか、その理由は判らないがしかし先のやり取りを見た限りでは勝利したフェルナンドは藍染の下へと向かうものだと。
少なくともそう理解していたからこそハリベルはいいのか、と問うたのだった。
しかしフェルナンドは無しになったと、行けなくなったと言う。

そう言った彼を見るハリベル、見れば彼の視線はハリベルにではなく下、彼自身の足元へと向けられハリベルもつられてその視線を追えばそこに見えたのは大きな手であった。
その脚で立つフェルナンドの片足、その足首辺りをがっしりとした手が力の限り握っているのだ。
手の主はフェルナンドの足元で気絶し、横たわる男サラマ・R・アルゴス。
そう、その手は例え意識を失っていようとも力を失わず、今もフェルナンドの脚を握り締めている。
握り締められた脚、そして握り締める手にはありありと”意”が浮かんでいた。

行かせやしない。

というサラマの強い意思が。


「それが理由・・・か 」

「あぁ・・・・・・ 」


フェルナンドの脚を握り締めるサラマの手、それを見たハリベルはそう零した。
誰の目にも明らかにその手は強く握り締められていた。
そしてその強さは同時に意思の硬さでもあったのだ。
見事なまでの”意”、例えその意識が失われていようとも並々ならぬ決意がその手を離す事を拒み続けているかのように。
意志の強さ、これもまた鉄の意思。
他者の為に自らを貫き通す鉄の意志の表れなのだろう。


「残念だが俺にはもう” この手を振りほどく力は残って無ぇよ ”。 こんなデカブツ、引き摺って歩けるか阿呆らしい・・・・・・戦いに勝ったのは俺だ。 だが、本当に勝ったのはもしかすればコイツかもしれねぇな・・・・・・」


自らの脚を渾身の力で握るサラマの手。
そしてその強さから伝わるサラマの決意にも似た感情。
強い強い思い、それを無碍に出来るほどフェルナンドは外道ではないのだろう。

きっと本当ならその手を力任せに振りほどく事など容易い筈だ。
だがそれをしないのは見せ付けられたサラマの”意”への敬意ゆえに。
戦いに勝ったのは、武力という戦いに勝ったのは間違いなくフェルナンドだろう。
だが何の為に戦っていたかを思ったとき、その勝利者は一体どちらか。
力で下したフェルナンドか、意を見せつけたサラマか。

フェルナンドにとってこの戦いの真の勝者はきっとサラマなのだろう。
少なくとも彼にとってそうである、という時点で既に勝負はついたのだ。
サラマの勝利という形で。


「良い従属官(フラシオン)・・・いや子分を持ったな、フェルナンド。・・・・・・それによく似ているよ、お前達は」

「どこが良い子分だよ。 口を開けばのらりくらりと・・・・・・どうせ言う事なんか聞きゃしねぇし、コイツの思った通りにしか動く心算も無ぇだろうさ。ったく面倒な野郎だ・・・・・・ 」


変った、ハリベルは内心そう思っていた。
何処が変ったのか、明確に判った訳ではないがしかし、変ったとハリベルは感じていた。
今までほぼ毎日のように顔を合わせていた彼が、久しぶりに合ってみれば何処かしら成長している。
それは武力であるしそして今回のように内面的にも。
男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉もあるがその通り。
日々成長、日進月歩であろうとも彼らもまた成長し、そして変っていくのだ。

そんなハリベルの内心は他所に、サラマと似ていると言われたフェルナンドは至極嫌そうな顔をしていた。
ハリベルにそんな心算は無いのだがサラマと似ている、という事は彼からすれば藍染とも似ていると言われているようなもので、それは何とも嫌な事である様子。
ああだこうだとサラマと自分は似ていないと説明しようとするフェルナンド。
だがその様子すらハリベルにはどこか可笑しく見えてならなかった。


「フフ。 やはり似ているよ。 今のお前の言葉、まさしく” お前そのもの ”じゃないか 」

「チッ。 笑えねぇなぁ・・・・・・ 」


まさしく的を射たハリベルの言葉に、ばつの悪そうなフェルナンド。
こういった言葉尻を捉えるのはサラマの仕事だと内心思う彼。

そんな二人のやり取りの中、フェルナンドの脚を掴み気絶しているサラマの表情はどこかしら、満足気であった。












蔦絡む七座

沈む炎の

眼に映らず

夜明し人等の

苦き思い出













※あとがき

シリアス(?)な展開。
主人公はフェルナンドです。
サラマではありませんのでw

色々と考えた心算ではありますが
ちょっと展開が強引だったかもしれません。
更に精進が必要かと思います。














[18582] BLEACH El fuego no se apaga.73
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/12/07 18:39
BLEACH El fuego no se apaga.73












第7十刃(セプティマ・エスパーダ)フェルナンド・アルディエンデ、号を剥奪される。

その報が虚夜宮(ラス・ノーチェス)の全域に行き渡るのに、多くの時は要さなかった。
どれもが鮮烈な形での交代劇となった前回の強奪決闘(デュエロ・デスポハール)に措いて、おそらく最も圧倒的といえる決着を魅せた男、フェルナンド・アルディエンデ。
前第7十刃 ゾマリ・ルルーを一握の灰すら残さず焼き尽くしたその様は見る者を圧倒したと言っていいだろう。
再三の危機に見舞われながら、それをまるで苦も無く覆して魅せた彼。
その彼の姿は多くの者達から見れば号を得た事への嫉みと羨みの対象でありながらも、ある種希望めいた姿でもあった。

だが、その彼が号を剥奪される。
罪状は多岐にわたり、彼に遠く及ばぬ一介の破面達から見れば傍若無人なその振る舞いが招いた自業自得。
力ある者、その罰の裏を見抜いた者達からすれば出来の悪い茶番劇に。
そして虎視眈々と十刃の座を狙い続ける者達からすれば、愚かな罪による号の剥奪は好機であった。

十刃の号が剥奪される。
それは即ち十しかない限られた至高の座が一つ空位となるという事。
そして十刃の座に空きは許されない。
埋められねばならない空位、あってはならない空位、そしてそれ埋める事が出来るのは等しく力ある者である。
本来ならば強奪決闘以外での位の移動は特例を除いた場合以外は無い。
だが今回こそその特例にあたり、そして戦って勝ち得るのではなく埋める事を目的としたそれは自然と現在最も明確に示されている力の序列に依存する事となる。


そう、即ち数字持ち(ヌメロス)の位階である。


だがここで言う位階とは只単純に” 数字の大小 ”に基因するものではない。
言うなれば真なる数字持ちの位階、といった所か。
元来破面(アランカル)が各々に持つ数字には大きく二つの意味合いがある。

曰く生まれた” 順番 ”と” 力の序列 ”。

前者は文字通り生まれた順番、数字が小さい者ほど早く破面化した古参であり、在位は長い。
後者は”力”、強奪決闘により自分より上の数字を冠する者を打ち破り殺し、その全てを奪い去って得た数字である。

だがここで彼等破面が持つ号は矛盾を孕む。

数字が小さい者ほど強いのか、それともそれはただ早く生まれただけなのか。
数字が小さい事とその分力が強いという事は決してイコールではない、という事なのだ。
ただ早く生まれたから強く位階が上、などという事があるはずも無く。
言ってしまえばグリムジョー、ノイトラなどの例外を除きほぼ全ての破面に当て嵌まるのは、後期に生まれた者ほど性能は上だという事。
破面化技術の進歩、破面化する大虚(メノス)の厳選等により性能が上がるのは当然の事であり、故に後期に生まれた者の方が力は上がる。

では数字の小ささと力の強さを真に見分けるにはどうするべきか。
一つの答えとして上げられるのは、現在の数字の大きさと生まれた時期である。
数字が小さく生まれが古いのは当然の事、生まれが遅く数字が大きいのもまた当然の事。


では” 数字が小さく ”、” 生まれが遅い者 ”はどうか。


数字の小ささは力の証明、そして生まれが遅いにも拘らずそれを得ているという事は即ち、その者が真に力を持って居る事の証明となるのではないか。
確かに数字が小さく古参の者が弱い、という訳ではないだろう。
挑まれその座を守る事もまた難しく、力を持つ者にしか出来ない事だ。
しかし、ただその” 座を守り続ける者 ”と貪欲に自らの” 力を示そうとする者 ”のどちらが優れているだろうか。
更に言えば地位と保身に固執し上を見なくなった者と、ただ己が力を信じて上を目指し続ける者のどちらが” 強者足りえる ”だろうか。
答えは言うに及ばないだろう。


では真なる数字持ちの序列の一つの見方をそれと定義したとき、今現在誰が最も明確に力が上であるのか。


数字だけを見れば、先のグリムジョーの現世侵攻によって数字持ちの上位は軒並み失われており、最も数字が小さいのは破面No.17(アランカル・ディエシィシエテ)アイスリンガー・ウェルナールである。
しかし彼は最初期型の破面、なにより破面化後に人間よりも大虚に近い外見をしている言わば”出来損ない”の類である。
それでも彼等が上位の号を得ていたのは単に生まれが早い事と、彼等以外の破面に見逃されていた、いや、相手にもされていなかった為であった。
彼等の力が他の破面に劣る事は明白であり、彼らを倒して号を得られるのは当然の事。
それをしたとしても奪い取ったのだという力を証明するには至らず、そうして得た号を声高に叫ぶのは自らの愚かさ、滑稽さを吹聴するのと同じ事。
そのように見逃されている上位者がとてもではないが十刃たる資質があるとは思えず、それは破面No.18(アランカル・ディエシィオーチョ)デモウラ・ゾットも同じであった。


では誰が今最も十刃の空位を埋めるに相応しいのか。
その答え、答えとなる名は破面No.19(アランカル・ディエシィヌエベ)ルピ・アンテノール。
後期型の破面として完全な人型として破面化した彼は驚くべき速さでその位階を上げ、前々回の強奪決闘では当時のNo.19 イドロ・エイリアスを圧倒的な力の差で下し、更に嬲る余裕すら見せて勝利していた。
数字としての序列、生まれの時期、そして何より短期間でここまで位階を上げた事、そのどれもが示すのは一つ。
” 数字持ちの序列 ”として今最も上位にいるのは彼である、と。










「あれ~? キミまだこの宮殿に居たのぉ?これからここは” ボクの ”宮殿になるんだからさぁ。さっさと出てってくれない? 」


小柄な背丈でなで肩、見ようによっては男性にも女性にも見える中性的な容姿。
男性ではあるのだろうが青年というよりは寧ろ少年に分類されるような容姿の男が、開口一番彼等にそう言い放った。
人受けの良さそうなにこやかな笑顔、しかし発せられた言葉は存外辛辣でありそれが本来の彼の在り様なのだという事を伺わせる。
巨大な門をくぐった先、そこに広がる広大な広間の奥から今まさに彼へと向かって歩いてくる二人の人物に向けて語りかけられたその言葉は、まるで彼らこそその場に居る事が間違っていると言わんばかりだった。

その二人を見やりながらやや長い袖口に隠れた手を口元に持っていく言葉の主。
にこやかな笑顔は趣を変え、まるで他者を見下し嘲うかのような笑みえと形を変えて彼へと向かい来る二人へと向けられる。
そして言い放つのだ、充分に引き付け確実に聞こえる距離にまで近づいた彼等の一方に、明確な嘲りを込めて。



「あ、ゴメ~ン。 “最速”の十刃って” 言われてた ”位だから、もうとっくに出て行ってくれてると思ってたからさぁ。・・・あ、正確には” 元十刃 ”か。 それとも今の位階の十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)って呼んだ方が良かった?」



あくまで明るい口調で語られた言葉はその端々に隠す心算も無い様な嘲りが浮かんでいた。
“最速”、それは今やただ早さを表す言葉ではなく侮蔑の類の言葉。
虚夜宮、そして十刃という存在が生まれ今日に至るまで多くの十刃が入れ替わり存在した中で、彼はもっとも速くその座を追われた。
故に最速、前任者であるゾマリ・ルルーの速力にちなんだそれは賞賛ではなく侮蔑でしかない。
しかし誰もが密やかに、決して本人の前で言う様な事はしないそれを言葉の主は易々と、そして盛大に言い放った。
彼こそがルピ・アンテノールであり、その侮蔑と皮肉を正面から向けられたのが元第7宮(セプティマ・パラシオ)の主であるフェルナンド・アルディエンデだった。


「・・・・・・ 」


向けられた侮蔑の視線、そして皮肉の言葉にフェルナンドは何の反応も示さなかった。
どちらかと言えば、彼の後ろに従うようにして歩いていた巨躯の男、サラマ・R・アルゴスの方が若干であるが眉を顰め、ルピに険のかかった視線を向けてはいたが、ただフェルナンドを嘲うルピがそれに気が付く事はない。
ルピからしてみれば今回の十刃就任は、あるべき位置に全てが収まったと言ったところ。
所詮ぽっと出の破面に十刃は務まらず、ゾマリという厄介な能力を持つ十刃が居なくなった事で開けた十刃への道がやはり彼が歩む事を望んでいるのだとすら彼は考えていた。
ゾマリを倒した力は認めるがしかし、しかし十刃に相応しい者がどちらかなど比べるべくも無いものであると。


「なんだよ、ダンマリ? それともさ~、ぐうの音も出ないってやつ?アハハ。 ま、当然だよねぇ~ 調子に乗って現世に乗り込んで死神の一人も倒せないで連れ戻されるとかさぁ?十刃を降ろされるのも当然だよ。 ホントにね 」


彼の横を通り過ぎようとするフェルナンドをニヤついた笑みを浮かべて見やるルピ。
ルピからしてみればそれは楽しくて仕方が無い事なのだろう、自分の言葉に何の反応も示さないフェルナンドもその実内側では悔しさに顔を歪ませ、それを見せぬよう必死に無表情を装っていると。
それが事実かどうか分かりはしないのだが、少なくともそう思っているルピにとってフェルナンドの内心についてはそれが真実であり、その必死さはどうしようもなく彼の食指に触れ、嘲る思いを擽るのだろう。

ルピの横を通り過ぎ門をくぐるフェルナンドとサラマ。
その背中には第7宮に密やかにだが木霊する嘲笑が聞こえていた。
ルピ・アンテノールの笑い声が、力も地位も何もかもを手に入れた者の声がただ、背を向けるフェルナンド達に向けられていたのだった。





「何も言い返さなくて良かったんですかい? 」


第7宮を後にしたフェルナンドとサラマ。
十刃落ちとなったフェルナンドが向かうのは虚夜宮の外れ、虚夜宮の外周を囲む巨大で分厚い外壁内部にある一角である通称『3ケタ(トレス・シフラス)の巣』。
十刃落ちという言わば” 型落ち ”の破面達を集めたその場所は、十刃落ちをある程度まとめて虚夜宮外周部に配し侵入者の撃退を目的とした通路の総称である。
一級の戦力としては既に不足であったとしても、足止め程度には使えるだろうという支配者の意思が見え隠れするその場所。
そこへと向かうフェルナンドに言葉をかけたのはサラマだった。
あの破面にああも好き放題言わせていてよかったのかと。
普段己が本当の感情を隠し遂せる事に長けるサラマですら、不快感を表に出すような物言いにフェルナンドがああも黙っているというのはサラマからすれば驚くべき事ですらあったのだろう。


「何だ? ならあの場であのガキを殺せばよかった、とでも言う心算かよ」

「いや、そりゃ極端ですがね・・・・・・ 普段のニイサンなら皮肉の十か二十は出るんじゃないかな・・・と」


フェルナンドが何も言わなかった事に僅かに不満を見せるサラマに、フェルナンドは少々極端な答えで返す。
その答えもある意味彼らしい極端さではあったが、流石にサラマもそこまでを望んでいるわけでもなくしかし皮肉が出なかった事には納得はいっていない様子であった。


「別に俺が落ちてアイツが座った事に嘘は無ぇ。言いたい事があるなら言えばいいし、口でどうのこうのと言ってるなら放っておけばいいだろうが。
・・・それに・・・・・・ 」

「・・・・・・それに? 」


サラマの僅かな不満もフェルナンドには何処吹く風。
ルピが語る言葉に嘘は無いのだと、その内容に幾ら毒と嫌味が含まれていようがその本質は、彼が座を追われ代わりにルピがそれを得たということになんら変りも嘘も無いのだと。
言葉が幾ら鼻につくからといっても事実は事実であり、それに一々取り合うことも馬鹿な話。
何より元からそう拘りが無い場所を追われたからといって悔しさなど浮かぼう筈も無いのだ。
言いたい者には言わせておけばいい、それで相手が満足するならば放っておけばいい、自分の矜持に、譲れぬ一線に触れない限りは。

だがフェルナンドの言葉には続きがあった。
それを促すように聞き返すサラマに、フェルナンドは何ともつまらなそうな声でこう答えた。



「あのガキには” 何も感じねぇ ”。 興味も恐怖も、猛りも・・・な・・・・・・」



その答えにサラマは「あぁ、そういうことですかい」と、フルフルと頭を振りながら納得してみせた。
言葉を聞いたサラマからしてみれば途端に先ほどのルピが哀れとすら思えてしまう。
あの言葉、蔑み優位を確信して放たれた侮蔑も皮肉も全て届いてすらいなかったのだと。

そう、フェルナンドにとっての絶対的基準。
彼の物差しは全てにおいて戦う事によって構成されている。
戦いの先にこそ求めるものがあると信じるフェルナンドにとってそれは非常に敏感な感覚。
ただ戦いの気配を察するのではない、敵の強さを察するだけではなくその戦いが自分にとって如何に意味があるものかを、命削る戦いとなりその先にあるものに手が届くかもしれない可能性を秘めているかを察する感覚。
直感、所詮根拠も何も無い感覚ではあるがしかし、それを重要視するフェルナンドにとってルピは取り合うに値しないのだろう。

何故なのかは彼にしか判らない。
しかしフェルナンドにとって今のルピはその程度の存在でしかなく、それが如何に囀ったとて届かない事は明白だったのだろう。
故に彼はルピの言葉になんら反応を示さなかった、言ってしまえば” 眼中に無い ”という事なのだ。


「それより・・・・・・ テメェは何処まで付いて来る心算だ・・・・・・?」


言うべき事は言い終ったフェルナンド。
しかしそれとは別にもう一つ問題があった。
それは今だ彼の後ろを付いて来る無視するには少々大きすぎる体躯の男。
言わずともかなサラマ・R・アルゴスである。
先日の殴り合いを経たとてフェルナンドの考えに微塵の揺らぎなど無く、サラマの言葉は届かないだろう。
そして十刃ですらない自分を藍染が監視する必要性も彼には見出せず、首輪としての役目も無いサラマが彼の後を付いて来る必要はもう何処にも無い。
故のフェルナンドの言葉だったが、それを聞くなりサラマは小さく笑った。


「ケケ。 何を今更・・・・・・ 俺はニイサンの”子分”なもんでね。従属官(フラシオン)じゃぁない、俺はアンタ個人に付いてくんですよ。それに世渡りはニイサンの苦手分野だ。 どうせ四方八方に敵を作ることしか出来ないんだから、俺みたいなのが居た方がいいに決まってるでしょう?」

「ハッ! よくよく吼えやがる・・・・・・ 確かに口” だけは ”達者だな、テメェは 」

「ケケ、” だけ ”・・・ですかい。まぁいいでしょう・・・・・・ それに俺は諦めた訳じゃぁないですからね。ニイサンがまた馬鹿を言い出したら止めてやらないと。そうじゃないと俺の気が治まらないもんで・・・ね」


従属官ではなく子分。
サラマは何も号に仕えた訳ではないと、フェルナンド・アルディエンデという男に彼は仕えているのだと。
自分が居なければ何処でなりとも敵しか作れない様なこの男を放り出すのは、この男の死期を近づけるも同じ事。
彼が求めるものを最早サラマは否定しない。
しかし、求めるだけで終わる事はきっと彼には許容できないのだろう。
求め、その先をフェルナンドが歩む事を、その姿を彼は何処かで望んでいるのだ。
今は”死にたがり”でも何時かは”生きたがり”にこの男がなれるように、出来る事はきっと少ないがしかし、自分が居ないよりはきっと幾分かはマシだろうと。

そんなサラマの言葉。
内心を浮かばせる事は少ない彼の言葉。
それを背に受けたフェルナンドは、振り返る事無く笑うとただ一言だけ呟く。



「ハッ! なら・・・勝手にな、” サラマ ”」



その言葉にサラマは一瞬呆けたような顔をしたが、直に軽く指で頬を掻くと俯き加減で、僅かに気恥ずかしそうに笑うのだった。






――――――――――






視線を上に向ければ空は澄み渡り青く、雲はゆっくりと流れている。
そしてそれは虚夜宮の天蓋に映される偽りの空ではなく、文字通り何処までも抜ける青い空。
上へと向けた視線を下ろせば、白と黒しかない虚圏(ウェコムンド)とは違い、そこかしこに色という色が踊り極彩を成すその場所は現世。
その極彩の世界が一角、空座町(からくらちょう)にある高校『空座第一高等学校 』の屋上に彼は居た。

空座第一高等学校指定の制服に身を包む彼は非常に小柄で、言ってしまえば高校生というよりも中学生、見ようによっては小学生でも通ってしまうほど小柄であった。
しかしその容姿はただの少年と片付けるには些か異彩を放ち、何より日の光を浴びた銀色の髪が見る者の目を引くのは言うまでもないことだろう。
そして幼さの残る容姿とは裏腹に眉間に刻まれた深い皺と、強い意思と理性の宿る翡翠色の瞳は彼の精神が成熟を見せている事を感じさせる。

そう、彼は只の高校生でもまして現世の一人間でもない。
彼の名は日番谷 冬獅郎(ひつがや とうしろう)、長い尸魂界(ソウルソサエティ)の歴史の中でも最年少で護廷十三隊の隊長となった天才児であり、その護廷十三隊十番隊を預かる隊長である。

高校の校舎、その屋上の縁に腰掛けながら手に持った一見携帯電話のような死神の通信機、伝令神機(でんれいしんき)を操作する彼。
唯一人で何か言葉を発するわけでもなく、ただ手元からピッピッという操作音だけが響く屋上。
指を動かし、時折何か思案しながらまた指を動かすを繰り返す冬獅郎。
その顔は真剣そのもので、それだけに誰も居ない筈の屋上の空気はどこか張り詰めたようだった。



「だ~~~れだっ!? 」



だがそんな空気などお構い無しに一人の人物が現われる。
その人物、声からして女性であるその人物は現われると同時に冬獅郎を後ろから目隠しし、更にはその豊満すぎる胸で冬獅郎の頭を挟み込むという荒業をやってのけた。


「・・・なに遊んでんだ、松本・・・・・・ 」


そんな男ならば十中八九羨むような状況の中、冬獅郎は肩を震わせこめかみに青筋を浮かべながら若干の怒りと呆れを声に乗せ、彼を目隠しした人物に話しかける。
普通ならばこのような状況に陥れば動揺の一つもしそうなものだがそれが見られない辺り、こんな事は彼にとって既に日常に近く、それでも諦めではなく僅かでも怒りが浮かぶのは彼の真面目が原因なのだろう。


「やだ! すごい隊長、一発正解じゃないですか!さっすが~! 」


だがそんな冬獅郎の浮かべた怒りすら意に介ないのか、どこかふざけた風で一発で自分を言い当てた冬獅郎を褒めるのは『松本 乱菊(まつもと らんぎく) 』。
その姿は一言で言えば色香漂う大人の女性、大きな瞳に厚めの唇、口元にはホクロがありウェーブのかかった長い金髪が風に僅か靡く。
豊満な胸にすらりと伸びた手足、角が無く流線的で皇かな身体を冬獅郎と同じように空座第一高校の制服に押し込んでいる姿は一部の者からすれば凶器ですらあるだろう。
だが彼女もまた人間ではなく死神であり、その役職は護廷十三隊十番隊副隊長、要するに冬獅郎の副官なのだ。


「何してたんですか隊長~。 駄目ですよ? 現世(コッチ)じゃ制服着てる子はガッコにいかないと」

「報告書だッ! 」


ややお茶目が過ぎる副隊長、乱菊の言葉に冬獅郎は声を強めてそれを否定する。
乱菊が現われて後、冬獅郎の眉間の皺がまた一段深くなったのは常日頃からこういうやり取りが続いているからなのか。
有能で生真面目な天才児と、常に仕事をサボる理由を探しているかのような副隊長。
一見明らかに馬が合わず、正反対のような二人であるが今日まで隊長副隊長として隊を率いそれが機能しているあたり、ある種正反対過ぎで逆に上手くいっているのかもしれない。


「報告書? だったらこんな感じですか? ” 限定解除 ”のおかげで” ラクショー ”っした!って 」


報告書と聞いて先日の破面現世侵攻とその撃退についてだと悟った乱菊は、どこか軽口のようにそう口にした。
一度目の破面侵攻の後、再びの破面侵攻に備えて尸魂界より送り込まれた一団こそ冬獅郎を筆頭とする死神達であり、先遣隊として空座町を守護するため先日破面達を激闘の末、五体屠った彼等。
その報告として乱菊が言ったのが、破面との戦闘は限定解除のおかげで楽に勝つことが出来た、という事。

“ 限定解除 ”
尸魂界を守護する護廷十三隊、その中でも隊を預かる隊長そして副隊長という者達は皆一般の死神とは比較にならない程の霊圧を持っている。
しかしそれは転じて害を成す事もあるのだ。
特に尸魂界ではなく現世、そういった強力な霊圧への耐性がまったくない魂魄、整(プラス)と呼ばれる霊魂にとっては尚の事。
故に隊長格の死神は現世に赴く際霊圧を極端に制限される。

その制限率実に本来の”五分の一”。

それを解放する事で彼らは破面を撃退することに成功したのだった。
以上の経緯を持って乱菊は楽に敵を、破面を撃退できたと言ったのだが、冬獅郎の考えは違っていた。



「・・・・・・違う。 連中は” 只の雑魚 ”だ。最上級大虚(ヴァストローデ)でもおそらく中級大虚(アジューカス)ですら無ぇ・・・・・・隊長格《オレ達》ですら限定解除無しには最下級大虚(ギリアン)すら倒せねぇ・・・・・・それが破面《ヤツ等》のレベルって事だッ 」



苦々しい思いで発せられた言葉はしかし何より真実なのだろう。
真実であるが故に冬獅郎の表情は何時も以上に険しい。
そう、限定解除をしたから楽勝だったのではないと、限定解除をしなければ勝つ事すら出来なかったと、それこそが真実であると冬獅郎は言うのだ。
乱菊の表情も僅かに曇る、彼女とてそんな事はわかっているのだ。
自分と比べればまだ年端も行かぬといった部類の若い隊長、しかしその若さを頑なに押し殺し懸命に隊長として自分を律し続ける少年の姿。
若さに甘える事を自ら封じるような目の前の少年は強く見えるがどこか張り詰めているようにも見え、その張り詰めた空気は周りにも伝播する。
それは隊に過ぎるほどのものであり、彼と同じように隊を預かる身として見過ごすわけには行かないもの。
しかし頑なで、そして必死に隊長たれと自らを律する少年の姿を知るだけに、乱菊はこうして時に自ら道化を演じるのだ。
少年の張り詰めたものがほんの少しでも緩まってくれれば良いと。

そしてそれ以上に彼女は事実を認識した上でああ言ったのだ。
道化を演じたときの自分ではなく、副隊長として、何より松本乱菊という一死神として賭けた一縷の望み。
もしかすれば、本当にもしかすればこの隊長がそうだと、楽勝だったのだと言ってくれさえすれば自分は進んでいけるから、と。
如何に普段ふざけた態度をとっていたとしても彼女とて副隊長、敵の力を見誤るほど愚かではない。
それでも現実から僅かでも目を逸らしたくなる現実が彼女の、彼女等の前には横たわりしかし、彼女の信じる日番谷冬獅郎という隊長がそうだと言ってくれるなら、自分は信じられるからと。


「それに本当にヤバイ奴等は他に居る・・・・・・黒崎が戦った十刃(エスパーダ)と呼ばれる破面、あの黒崎が手も足も出なかった敵だ・・・・・・更に浦原喜助の情報によれば、四楓院夜一も破面との戦闘で傷を負ったらしい・・・・・・その時現われた・・・ その時現われた市丸の言葉によればソイツも十刃の様だ。幾ら全力でないとはいえ四楓院が倒しきれない相手、少なくともそれが十体。その上に市丸、東仙、そして・・・藍染の野郎が居るッ」


言葉を続ける冬獅郎の表情は依然険しいまま。
冬獅郎達が直接対した訳ではないが、後に集めた情報によれば彼等死神の中でも最上位の実力を誇る死神代行黒崎一護は、破面の中の最上位、十刃と呼ばれる破面と相対したという。
そして殆ど成すすべなくあしらわれた、と言うのだ。
更にその後協力者という位置付けである浦原喜助によって、四楓院夜一が破面と戦闘を行った事実も彼らには知らされていた。

そこで一度言葉を止めた冬獅郎、その先を語ればおそらく乱菊に辛い思いをさせるかもしれないという思いが彼に浮かんだが、それでも言わねばならないと、私人としての感情を公人たる今挟む事は出来ないと続けた彼の言葉に出てきたのは、尸魂界を裏切った一人の死神の名。
冬獅郎の副官である乱菊とは浅からぬ中であった市丸ギンの名、その市丸の言葉によればその破面もまた十刃であると。
夜一も全力ではないとは言え尸魂界で有数の実力者である事は事実、彼ら十刃を止める為だけに市丸、東仙の両名が現世に現われるという事を考えれば敵のレベルは自然と推し量れるというものだろう。
そしてもしそれら全ての破面を倒したとしてもその上には裏切りの死神、東仙要と市丸 ギン、そして破面を組織し多くの死神を裏切り殺した大罪人藍染 惣右介が居る。

いまだその全ては掴めずとも顕となりつつある敵の戦力、そして自分達との戦力差。
先に待つ戦いは容易で無いという事は想像に難くなく、しかし彼らは戦わねばならない。
それを理解しているが故に、冬獅郎はこう口にするのだ。


「松本・・・ お前も判ってると思うが一応言っておくぞ。・・・・・・この先、破面《ヤツ等》との戦いは激化するだろう、だが俺達は何が何でも勝たなきゃならねぇ・・・・・・そしてこの戦いに勝って、この戦いが終わって振り返ったとき、” 楽勝だった ”なんて言える戦いはきっと” 一つも無ぇ ”。 それだけは・・・忘れんじゃねぇぞ・・・・・・」

「ハイ・・・・・・! 」


冬獅郎の言葉に静かにだがしかし力強く答える乱菊。
重く圧し掛かるのは言葉と責任の重さ、それでもそれに潰される事なく彼らは立たねばならないのだ、護る為の戦場に。

味わった苦々しい思いと知ってしまった事実。
しかし彼等に撤退は無い。
何故なら彼らは護る為に今この場に居るのだから。
全ての霊なる者を、世界の均衡を、そして命の営みを。

その為に彼らは踏み込むのだ。
そこが死地だと判っていても。


彼等が、死神であるが故に。








――――――――――







(わかってる・・・・・・ ダメなんだ・・・このままじゃ・・・・・・)


太陽はもう直空の一番高い場所にさしかかろうとする中、一護は一人ある場所に立っていた。
眼を閉じ、何時も以上に深い皺を眉間に刻む一護。
そこは初めて空座町に破面が襲来した場所、大地を抉った痕が生々しく残るその場所は一護がもう一人の自分に負けた場所でもあった。

“ 内なる虚 ”

彼が彼自身の中に巣食うもう一人の自分が、そう呼ばれるものだと知ったのはつい最近の事。
一護が自らの内側に虚を抱えることになった原因は正確には誰にもわからない。
後天的な問題か、或いは先天的な要因に起因する問題なのか。
先天的な部分を一護が知れるはずも無く、しかし後天的な部分に関しては一護にもある程度予想は付いていた

一護は一度死神としての力を失いかけ、それを取り戻す過程で自らの魂魄が整としての魂魄から虚への変容を体験していたのだ。
結果としてそれは寸前で事無きを得、一護は死神の力を取り戻しはしたがその後彼の一側には彼の知らないもう一人の自分が芽生えていた。
そのもう一人の自分は一護が力を付けるのと同じように成長し、そしてそれ以上の悪意を持って彼の中に巣食い続ける。
まるで自分こそが真にこの身体の所有者であると言うように、一護の顔を虚の仮面で覆い隠し押し込めるように、一護を嘲いながら日に日に大きくなり続けていったのだ。

日々大きくなりそして自分を押し退けようとするもう一人の自分。
幾ら多くの戦いを経験したといっても、内側に救う悪意に一抹の不安を感じていた一護。
そんな一護の前に現れたのが、彼と同じように虚の仮面を携えた男、平子真子(ひらこ しんじ)。

“ 仮面の軍勢(ヴァイザード) ”

自らをそう呼んだ平子は自分が一護と同類だと彼に告げる。
自らの内側に虚を抱える者、それは既に人ではなくそして死神ですらないと、そしてお前は”そちら側”に居るべきでないと告げる平子を一護は否定した。

自分は死神だ。

仮面の軍勢《お前ら》 の同類じゃ無い。

そう言って否定する一護にしかし平子の言葉の多くは深く突き刺さる。


― オマエはいずれ必ず内なる虚に呑まれて正気を失う ―

― そうなればオマエの力は全てを壊す、仲間も未来もオマエ自身も全て巻き込んで粉々に ―

― 本当はもう気付いているんだろう? オマエの内なる虚が、もう手がつけられないほど巨(おお)きくなっている事に ―


それでも、その言葉を振り払うように否定する一護。
違う、違うと、そんな事にはならない、自分は誰も傷つけない、傷つけてたまるものかと。
しかし現実は非情に彼に襲い掛かる。


破面の現世侵攻。
現われたたった二体の破面、そのうちの一体に一護の仲間は悉く傷つけられる。
駆けつけた一護は戦いに身を投じ、そして敗北したのだ。
それがこの場所、破面にいいように殴打され血にまみれ、そして何より内なる虚に敗北した場所。

戦いの最中、一護を蝕まんとして現われた内なる虚。
それを必死に押さえ込もうとした一護であったが、自分を拒否する一護を嘲うように内なる虚は戦う一護の思考を、身体を、そして霊圧を掻き毟り乱したのだ。
その後に残ったのは傷ついた自分、そして傷ついた仲間の姿。
自分のそれよりも一護にとって辛かったのは仲間の姿と、そして腹の底に重く残る護れなかったという思いだった。
内なる虚にいいように乱され、満足に戦うことも出来ず、内なる虚を抑えることすら出来ずに仲間を危険に晒した。
このまま内なる虚を、もう一人の自分を抑える事が出来ずに自分は消えていくのだろうか、そして消え去った自分の身体は大切な者を悉く傷つけるのだろうか。

自分がもっと強ければ、そして自分はなんと弱いのだろうと思う一護。
抗う事も叶わず、抗う手段すらなく、ただ侵食され続ける日々。
聞こえる笑い声は日に日に大きくなり迫り続ける。
遠くから響くようだったそれは次第大きくなり、何時の日か声の主は自分の肩に手を掛けるのだろうかと。
そうなった時、自分はどうなってしまうのだろうと。
一護の中に芽生える不安。
自分が消えてしまう事よりも、その後に誰かを傷つけてしまう事への不安。
護る事が出来ない事への恐怖。


その後、朽木(くちき) ルキアの叱咤によって内面を持ち直しはした一護。
しかしそれは根本的な解決にはなんら至らず、内なる虚は巨きくなり続ける。
死神になればなるほど、卍解をすればするほど、そして戦えば戦うほど巨きくなる内なる虚。
だが襲い来る敵を前に戦うこと以外護る術を持たない一護に選択肢など無い。
そして戦いに終わりはないのだ。


二度目の破面現世侵攻。
それも今度ははじめからこちら側を皆殺しようとする敵の襲来。
今度こそ護る為にと戦場へと向かった一護に、再び現実が牙を剥く。

現われたのは前回とは違う二体の破面。
水浅葱色の髪をした破面 グリムジョーともう一人は金髪に紅眼の破面。
一護が感じた率直な感想は一言、”化物”だった。
放つ霊圧、殺気、気迫、そのどれもが明らかに異常。
なまじ人間と同じ外見をしているだけにそれは顕著で、それだけに怖ろしく、身が竦む。

だがそれでもと前に出た一護に突きつけられたのは、純粋な実力差であった。
刃が、彼の斬魄刀である斬月の刃が幾ら振り下ろされようとも、敵である破面グリムジョーの肌に一筋の傷も付くことはなかったのだ。
幾ら強く踏み込もうとも、どれだけ鋭く振り下ろそうとも、まるで意味を成さない敵。
突きつけられた圧倒的な差、敵が零す落胆の言葉、どれもが重く圧し掛かる現実。

内なる虚を気にしながらも行った卍解も然したる意味を成さず、それでも放った技『月牙天衝(げつがてんしょう) 』も敵に傷を負わせた程度で倒すには至らない。
そして卍解し、技を使ったことで活発に蠢くもう一人の自分。
狂ったような声が耳に、頭の奥底から頭蓋に響くように届き神経を逆撫でる。

だがそれでも、護るために戦わねばならないと。
幾ら自分が傷ついても良い、仲間が傷つくよりは何倍もマシだし自分には力があると。
誰かを護れる力があるのにそれを使わず、ただ見過ごす事だけはしたくないと。
全てを救えずとも、手の届く人達だけは救って見せると誓った自分に恥じる事だけはしたくないと柄を強く握る一護。


しかし戦いは唐突に終わりを告げる。
東仙 要の登場、グリムジョーの撤退、去り際に言われた「命を拾ったのはお前の方だ」という言葉が全てだった。
そう、あのまま戦ったとておそらく一護に勝ち目は無かった。
霊圧は揺らぎ、精神は揺らぎ、なにより自分自身の力に不安とそれ以上の恐怖を感じながら戦う一護に勝つ事など出来る訳が無かったのだ。
自分を支持られ無い者、戦いに不安を持ち込む者に勝ち目などありはしない。
なにより” 自分に怯えながら ”戦う者が勝利を得る事など出来ないのだから。


後に残ったのは敗北感だけ。
自分は誰も護れなかった、傷つけた者を倒す事も出来なかった、自分は敗けたのだ、と。
何一つ出来なかった自分、全力で挑んだのかと問われれば「そうだ」と答えるが、しかしそれが本当の全力だったのか、と問われれば言葉が出ない一護。
外から襲い来る敵よりもまず、内側から襲い来る敵の存在。
自分を乱し、侵食し、自らがこの肉体の”王”であると言うもう一人の自分という存在。
何処かで眼をそむけていた存在が今、一護の行く末にはどうしようもなく立ちはだかっていた。





太陽は既に直上にあり、佇んでいた一護はゆっくり眼をあける。
心は既に決まっていた。
どうするかなど始めからそれしか道は無かった。
だが何処かで、彼等の力を借りる事は自分が彼等の”同類”であり死神とは別の存在である事を、”仲間”でなくなる事を認める気がしてならなかった。
故に拒んだ、拒み続けていたとのだと思う一護。
しかし今となってはそんなものは子供の駄々と同じ。


胸にあるのは仲間の言葉。
一護の世界を広げ、多くを教えてくれた女性の言葉。



― 敗北が怖ろしければ強くなればいい。 仲間を護れぬ事が怖ろしければ、強くなって必ず護ると誓えばいい。内なる虚が怖ろしければ、それすら叩き潰せるほど強くなればいい ―



その言葉を思い出し、「 相変わらず無茶言いやがる」と小さく笑う一護。
だがその言葉に随分と楽になった自分が居たとも思う一護、そして今その言葉は確かに彼を支えるものとなって彼の中にある。
言葉を叫ぶ女性の瞳に揺れはなかった、あったのは”信じる意思”でありそれが自分へ向けられたものだという事は一護に強く伝わっていた。



― 他の誰が信じなくとも、ただ胸を張ってそう叫べ!私の心の中に居る貴様は、そういう男だ! 一護!! ―



自分が疑う自分を、自分以外の誰かが信じている。
言葉にすればきっと安っぽいのだろう、しかしそれでもその言葉に力は確かに宿る。
そして気付かされるのだ。
怖ろしいと怯える事に今意味はないと、出来る出来ないではなく、自分は何時も”やり遂げるのだ”と誓いを立ててきただろうと。
他の誰でもない、ただ自分の魂に。

誓いは既に立てた。
もう内なる虚(アイツ)に怯えるのは終わりだと、一護の瞳に強い意思が映る。
後はただ進むだけ、進んで掴み取るだけ。


― オレ等と来い、一護。 正気の保ち方を教えてやる ―


手がかりは一つ、本当に出来るのかは判らないがそれでも道は一つ、ならば進むしかない。
彼が何処に居るのか、一護には何となくだが判っていた。
それが自分が彼等の同類だからなのか、それとも彼等がそうしている為のかは定かではないが、一護にとって今はどちらでも構わない。
重要な事はひとつだけ、彼等が知る内なる虚を抑える唯一の手段だけなのだ。



「内なる虚(アイツ)の抑え方、力尽くでも訊かせてもらうぜ、平子・・・・・・」



そう呟いて歩み出した一護の背中にはもう、迷いは欠片も見えなかった。











暴風紳士

宝飾鉄燕

轟拳龍牙

無意ノ姫

混沌を成す

集いは今


















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.74
Name: 更夜◆d24b555b ID:0db2b998
Date: 2011/12/15 22:31
BLEACH El fuego no se apaga.74












虚夜宮は広い。
中心にあるのは藍染が居城『奉王宮』、それを囲むように存在するのは藍染の剣たる十刃達それぞれの宮殿。
だが囲むといっても密集しているという訳でもなく、隣り合う事も無く点々と存在する各宮殿はある意味、本来目的とすべきものにはそぐわない。
普通に考えれば主たる藍染の宮殿を守護する事が、彼の剣である十刃には求められて然るべきである。
しかしそれを果たすべき彼等の宮殿は何の規則性も無く、身も蓋も無い言い方ではあるが、ある程度広い場所だから建てたと言わんばかりに乱立する。

だがこれでいいのだ。

彼等十刃に” 護る事 ”は求められていない。
守勢にまわる事に彼らは適さないのだ。
彼等破面(アランカル)が突き詰めたのはあくまで命を奪うための殺戮能力であり、その極地である十刃に護る為の戦いは必要ない。

あるのは、求められるのは圧倒的な破壊と凄惨な殺戮。
振るう力の全ては命を奪うために、歩んだ後に残るのは血の海と屍の山のみ。
十刃という虚夜宮最高純度の戦力に求められるのはそれだけなのだ。
故にこの配置、彼等の宮殿に王を守る配置は必要ない。
広く取られた宮殿の間隔はその実、彼等の戦闘による余波が強大で宮殿など容易く破壊してしまう事への措置。
彼等の戦いは護る守勢の戦いではなく、悉くを攻め滅ぼす攻勢の戦いに他ならず、彼等は侵入者から主を護る盾ではなく、先んじて討ち滅ぼす矛なのだ。



もっとも、そうして十刃が侵入者を撃滅した事など、虚夜宮の歴史の中で一度たりとて無い。



それどころか虚夜宮において侵入者(インバソール)と分類される外敵達が天蓋の下に広がる砂漠を踏んだ事すら一度としてないのだ。


それは何故か。
理由は一つ、彼等侵入者には” 越えられない壁 ”があるから。
奉王宮、それを囲む十刃達の宮殿、その外に打ち捨てられたかのような巨大な瓦礫の広がる地帯、更に外側に広がる広大な砂漠を越え漸くたどり着くのが虚夜宮の外壁。
壁、と一言で言ってもその厚みは想像を絶し、内壁と外壁はそれをただ突き破る事すら困難な厚みを有する。

だがそれだけで侵入者が越えられない” 壁 ”であると評するには些か足りない。
壁自体に特別な加工が施されているわけではなく、ただ単純に厚いというだけのそれならば、ある程度の力を持つ者ならば時をかけ貫く事は出来るだろう。
しかし、侵入を試みる者達にとっての壁はその先にこそ存在するのだ。

分厚い壁と壁の間に広がる空間。
それがただの壁の中であると疑うほどに広いその場所、別名『3ケタ(トレス・シフラス)の巣』。
歴代十刃であり強奪決闘によって、または別の様々な理由で号を剥奪された者達、『十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)』が巣食うその場所こそ、侵入者達にとっての” 本当の壁 ”であり終わりの場所。
侵入者達はやっとの思い出こじ開けた壁の裂き、そこで自分達が到底届かない実力の差を知り、その実力差を思い知らせた彼等十刃落ちの真実を知り、そして絶望して死ぬのだ。

広大な壁の内部、そこに散らばるようにして巣食う十刃落ち。
彼等が最前線として敵を、侵入者を撃退し続けているからこそ十刃に出番などあるはずも無く。
ときたま現われる愚か者を屠り続けるのが十刃落ちの仕事であり、しかしそれは塵掃除にも等しきもの。
十刃として力足りぬ者達には似合いという事か、それは深読みが過ぎるのかは判りはしないが、彼等の存在こそが本当の虚夜宮の壁である事だけは間違いではなかった。













「ウォッホン!! そ、れ、で、わ~!虚夜宮紳士オブ・ザ・イヤー連続受賞更新!虚夜宮の紳士オブ紳士! ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ主催!丁度同じ様な場所に飛ばされたのだからいっその事親睦でも深めようではないか!ドキッ!ポロリもあるかも!拍手喝采間違いなし! 空前絶後! 抱腹絶倒の大お茶会(ティータイム)!開催なのであ~~~~る!! 」




広い空間にその叫びは木霊し、その後に残ったのはどうしようもない沈黙だった。
恐らくはどこかの一室であろうその場所、中心に据えられた大きくはない円卓を囲むようにして用意された椅子は四つ。
円卓を四方から囲むようにしてその椅子に腰掛ける者達の中で、一番壮年であろう外見の男が先程の台詞をなんの恥ずかしげも無く言い切っていた。
それどころか椅子の上で立ち上がると恐らく本人にとっては華麗なのであろうポーズまで決める始末。
まるで自分にスポットライトでも当たっているかのような振る舞いは、喝采の拍手を今か今かと待ち侘びるかの如く。
そしてそれはこの状況を考えれば豪気であると言わざるを得ないものだった。

そんな彼の名はドルドーニ。
つい先頃まで虚夜宮が十傑、十刃が一席である第6十刃(セスタ・エスパーダ)を預かり、そして今は十刃落ちが破面No.103(アランカル・シエントトレス)に座す男である。
筋骨隆々の身体つき、袖口にフリンジをあしらった死覇装を身に纏い、年の頃は人間で言えばおおよそ40代程。
見た目の年などあまりにも無意味である破面ではあるが、その見た目にそぐわないドルドーニの行動は見る者の脚を悉く一歩下がらせる。
丁寧に整えられた髪と、手入れの行き届いた独特の髭、自らを紳士と自称するだけの事はあるのだろうが、見た目にそぐわない行動が全てを台無しにしている事は言うまでも無かった。


「・・・・・・・・・リアクション!リアクションが無いよ諸君!! これでは吾輩がまるでスベった哀れな紳士ではないか!ダダスベり紳士ではないか!!それともあれかね!? 敢えてリアクションをとらない事で吾輩がスベったかのような雰囲気を演出し、逆にその沈黙を笑いに変えようという腹かね!というか吾輩笑いなんて求めていないのだよ!?ただ純粋にこのお茶会を開いた主催者への賞賛があってもいいと思ったのだけどね!!」


いくら華麗にポーズをとろうとも、降注ぐ筈の賞賛の拍手は一向に無く沈黙だけが広がる場に業を煮やしたのか、椅子の上で器用に地団駄を踏むドルドーニ。
非常にシュールであり、どこか痛々しさすらある光景は目を背けたくなっても悪くは無いだろう。
一人捲くし立てるドルドーニ、この場の空気をまったく無視した彼の行動に賞賛の拍手など降注ぐ筈も無いのだが、彼はいたくそれが不満の様子。
そんな彼に彼と円卓を挟んで対面に座る、こちらもドルドーニに負けず劣らずの屈強な男が話しかける。


「ドルドーニさんよォ・・・・・・ 」

「何だね、拳闘士(ボクセアドール)君? ホラ、もっとテンションを上げて上げて!こう・・・盛大に賞賛してくれて構わなかったのだよ?」


地団駄を踏んでいたドルドーニに声をかけた男、名をガンテンバイン。
破面No.107(アランカル・シエントシエテ)ガンテンバイン・モスケーダ。
ドルドーニと同じように筋骨隆々とした身体つき、死覇装は特徴的で上半身は肌に沿うような薄手のもので、胸から首周りにかけてにモコモコとした襟がつき、それと同じようなものが両の太腿あたりにもついていた。
額には忠心に星型があしらわれた額当てのような仮面の名残、眉やモミアゲは濃く顎鬚を生やし、顔つきも優男というよりはなんとも厳(いかめ)しい印象。
そしてなにより特徴的なのはその髪型、丸く、そして大きく頭上に整えられた紅緋色の髪、所謂アフロヘアーが目を引いていた。

そのガンテンバインに呼ばれ、彼の方をビシッと指差すようにして振り向くドルドーニ。
広くも無い椅子の上で立ち回る姿は器用なものだが、それが紳士としての振る舞いかと問われれば疑問は残る。
ドルドーニに指差されたガンテンバイン、ドルドーニを前にしてもどこか落ち着いた雰囲気を持つ彼、そしてその雰囲気のままドルドーニへと言葉を続けた。


「俺は一応アンタの事は尊敬している。 俺より前、第一世代であるアンタが俺よりも長く十刃としていられたのは、アンタが純粋に強いからだ」

「おぉ! これはこれは・・・・・・ 他者からの面と向かっての賞賛は随分と久しぶりだねぇ。拳闘士君、キミは中々見る目のある男のようだ!!いいだろう! そんな吾輩を尊敬するキミには後日、吾輩のサイン入り色紙を進呈しよう!」


思わぬ尊敬という言葉に面食らったのか、一瞬呆けるドルドーニ。
しかし直に持ち直すと椅子の上で器用にクルクルと廻り、ビシッと音が鳴りそうなほど力強くポーズを決めるとガンテンバインを見る目のある男と評していた。
最近の彼はこうして面と向かって賞賛される事久しく、気分も乗るというものなのだろう。
だが、そう気分が良くなる事は続かないものである。


「あぁ、尊敬はしている。 だからこんな” 茶番にも ”顔を出したんだ。 アンタからの呼び出しだ、それを俺のような若造から無視されたんじゃアンタの面目も立たんだろう・・・と思ってな。だがもう義理は果たした、悪いが俺は帰らせてもらう」


尊敬はしている、しかしそれだけ。
敬意を払う事と、下手に、降り付き従う事は違うのだ。
ガンテンバインは敬意の下、このドルドーニの呼び出しに応じた。
しかし顔を出してみれば親睦、お茶会などとふざけた言葉が踊り、彼は辟易としていたのだ。

何故なら彼等破面に皆仲良く、親交を深めて等という考えは存在しない。

彼等は何処までいっても個人でしかなく、集団の形成は藍染惣右介という絶対の支配者、絶対の力があってこそ。
その大きな枠組みとしての集団の形成すら本来ならば困難である彼等が、更にその中で小さな集団を、それも彼等のみで構成するなどという事は不可能なのだ。
集団の形成とはそのまま力による支配でしかなく、親交を深め形成される集団など彼等の思考には存在しない。
ガンテンバインはその義理堅さゆえにこの場に来はした、だがそれはあくまで義理、敬意によるものであり、示された親睦に応じる心算など毛頭ないのだ。
そしてそれは彼とドルドーニ以外の二人にも言える事だった。


「では私もそうさせて貰おう。 No.103の言う重要案件がこの無意味な語らいの場だというのなら、此処に居る事もまたあまりに無意味だ・・・・・・」


そう言って立ち上がろうとするのは、目元を黒いヴェールで覆い隠した女性。
身体を覆い隠す外套の様な死覇装、髪は黒く女性にしてはやや短かめで、襟足だけが長く伸びている。
目元を隠すヴェールは厚手のもので本来ならば視界など確保できないようなものだが、彼女にとってそれは些かも遮るものではない様子だった。
その昔は嘴に目の文様をあしらったかのような仮面をつけていた彼女、ドルドーニと同じく先の強奪決闘の舞台に上がり、しかしその場では無粋な横槍にて決着はつかずその後、自ら十刃の座を降りたのが彼女。
前第5十刃(クイント・エスパーダ) アベル・ライネス、そして今の彼女が担う席は破面No.101(アランカル・シエントウノ)。

アベルがこの呼び出しに応じたのは、彼女の元に届けられた報が重要案件というものだったため。
詳しく知らされるでもなくただ重要だという案件を無視する事など叶うはずもなく、見極めるべく参じた彼女であったが先のガンテンバインの茶番だという台詞に同調し、この場を無意味と断じる。

既に離脱希望者が二人、茶会の体などもう既に保てるはずも無く。
しかしこの程度の事で怯まないのがドルドーニである。


「まぁまぁ落ち着いてください、美しき氷の姫君(フリーオ・プリンセス)・・・・・・あぁ拳闘士君もね。 何も吾輩とてただ仲良くお茶を楽しもうなどとは思っていないよ。これを機に美しき氷の姫君ともう少しお近づきになれたらなんてこれっぽっちも思っていないよ?まぁちょっとしたお遊びさ、お遊び。 吾輩ったらお茶目さんで困ってしまうねぇ。・・・・・・もう、そう目くじらをたてんでくれたまえよ~。さぁ、席に座ってくれ、これから” 重要な話 ”があるのだから・・・ねぇ」


立ち上がり立ち去ろうとする二人を制したドルドーニ。
椅子の上で軽く跳ぶとそのままストンと椅子に座りなおす彼。
円卓に両の肘を付き、手を組んで口元を隠すようにする彼の瞳は先程とは違い、どこか気迫と真剣身に溢れていた。
そのただならぬ雰囲気、ただならぬ瞳に席を立とうとしていた二人は立ち去る事無く再び各々の席に座りなおす。

やはり先程のふざけた気配は間違いで、この真剣さが自分達を集めた理由かとおもうのはガンテンバイン。
だがそうでなくては困るという思いも彼の中にはある。
彼が生まれ、そして十刃となったとき既にドルドーニは十刃の座に就いていた。
強さが強さを日々凌駕し、奪われ消えていく虚夜宮において彼よりも前、破面第一世代の破面が能力的価値ではなくただ強さを持って十刃として在り続ける事は異常ですらあったのだ。
ガンテンバインが十刃として強奪決闘に敗れ、かろうじて命を繋ぎ十刃落ちとなった後もドルドーニは十刃としてその座にあり続けた。
今回の強奪決闘でついにその座を追われはしたがそれでも、長く十刃の座に就き続けた力は敬意を払うには値する。
その彼がこんなふざけた、そして馬鹿げた茶番だけを目的に自分達を集める訳が無い。
道化の姿はその実彼が被った見えない仮面であり、この真剣さが篭る目こそ彼の本来の姿なのだと思うガンテンバイン。
そして真剣な眼差しのドルドーニが言葉を発した。


「なに、話はそう難しい事ではないのだ。数日後、この区画に更にもう一人十刃落ちとなった者がやってくる。話はその少年(ニーニョ)、フェルナンド・アルディエンデについてさ・・・・・・」


真剣さを崩さぬドルドーニ。
そして彼が語るのは彼、アベルに続くもう一人の十刃落ちについて。
ドルドーニに過ぎるのは金色の髪を振り乱し、紅い霊圧を纏った男の姿。
彼の弟子であった男、グリムジョー・ジャガージャックに通じるものを持ち、しかしどこか違う雰囲気を纏う男の姿。
腕を挫かれ、その身に刀を受けて尚、嬉々として嗤う修羅の姿。

フェルナンド・アルディエンデ。
彼の弟子が彼を越えたその先に見据えた男、彼の記憶にも鮮烈に刻まれた炎の男。
その彼がドルドーニと同じく十刃落ちとなって此処へ来る。
それはドルドーニにとって大きな出来事だったのだろう。


「なにさ! また十刃落ちがでたの? 最近多いわねぇ・・・・・・アンタとか・・・アンタとか、さぁ・・・・・・!」


ドルドーニの言葉に反応を示したのはアベル、ガンテンバインに続きこの場にいる最後の一人。
虚夜宮においてもおそらく異彩を放つのは彼女の死覇装。
既に和としての趣は欠片も残らず、洋服、それも着飾るためのドレスのような死覇装を纏う彼女。
スカートの丈は短く、その裾には黒いフリルのようなものがあしらわれ、その全様は現世で言うところのゴシックロリータ。
やや紫がかった黒髪はツインテールに分けられ大きくウェーブがかかり、左分けになった前髪を留めるのは小型の髪飾りのような仮面の名残。
紫色の瞳とそのすぐ下の両の目元には同じく紫色で雫型の仮面紋(エスティグマ)。
円卓に肘を付いて頬杖をしながら座る彼女の名は破面No.105(アランカル・シエントシンコ)チルッチ・サンダーウィッチ。

ドルドーニが語った更なる十刃落ちの追加。
それは即ち十刃が入れ替わったという事であり、先頃からの度重なる入替はどこか十刃の質の低下を予見させるようなもの。
片方の手で頬杖をしながら口元にニヤリと笑みを浮かべもう片方の手でドルドーニ、そしてアベルを指差すチルッチ。
今回バタバタと入れ替わった十刃、その最たる理由はお前達にあると暗に告げるかのような彼女の行動に、ドルドーニはただ淡々と答える。


「力で敗れた吾輩がなにを言える立場でもないよ。まぁ、美しき氷の姫君は吾輩とは少し状況が違うが、きっと言い訳などしないだろうさ。どんな理由があろうと” 吾輩達は此処に居る ”、そして” それが全て ”さ・・・・・・ 」


ドルドーニが静かに語った言葉、それを聞くやニヤついていたチルッチの顔から笑みは消え、僅かだが苦さを帯びていた。
そう、理由はどうあれドルドーニ、そしてアベルは今十刃落ちとしてこの場にいる。
ドルドーニは力によってグリムジョーに敗れ、アベルは敗れた訳ではないにしろ十刃としてそぐわない故にこの場にいるのだ。
理由は違う、経緯も違う、しかし彼等二人に共通するのは彼等が今、この場に十刃落ちとして居るという事実。
そう、それまでの道程など関係は無いのだ、彼等が十刃落ちであるという事実の前では露ほども。

此処にいる、それが全て。

ドルドーニの言葉は正鵠を射ていた。
そしてそれは彼等二人に限らずガンテンバイン、そしてチルッチにも同じく言える事。
彼らをどこかからかう様だったチルッチも、振り返れば同じように十刃落ちとして虚夜宮の外縁まで追いやられた事は同じ。
そんな彼女が彼等の十刃落ちの失態を責める事は、同時に自身へと帰ってくる嘲りでしかないのだ。


「ふん! それにしてもそのフェルナンドとかってヤツ。確か、あのゾマリを消したヤツでしょ?一体どんなヤツなのよ? 」

「・・・・・・確かに。 此処には結果しか届かないからな、興味はある」


やや強引に話題を変えるチルッチ。
彼女とて場の空気を読めぬほど愚かではなく、自分に旗色が悪い事を察すると件の十刃落ち、フェルナンドの事へとその話題を変えようとする。
そのチルッチの言葉に同調するガンテンバイン。
この虚夜宮外縁では強奪決闘など何の関係も無くただ結果だけが伝えられ、そしてあの厄介な能力を持つゾマリを降し新たな十刃となった者がいるという報は、少なからず彼らを驚かせたものだった。
そんな二人にドルドーニはあいも変わらずどこか真剣な雰囲気のまま、そしてアベルの方といえばこれといって感情や思考を表に出す様子はなかった。


「一言で言えば彼は炎のような男さ、それも燃え盛る業火の如き・・・ね。一度燃え上がれば忽ち大火となって敵を呑み込み、灰すら残さず焼き尽くす苛烈さを持ち。常に戦いに餓え、それを満たすためならば自分を犠牲にする事すら厭わない。そういう類の男だね 」


チルッチの言葉にドルドーニが答えたのは、彼の中で鮮烈に刻まれた修羅の姿。
かつての彼の庭先で嬉々として殴り合う少年の姿であり、腕を挫かれて尚その腕でもって敵を打倒しようとする青年の姿。
金の髪を振り乱しその顔に鬼の笑みを浮かべる、戦いに餓えた紅い修羅の姿だった。
それはどこまでも感覚的な物言いであったが、ドルドーニというこの場ではもっとも長く十刃の座にあった男の言葉には重みがあり、それだけにその言葉が誇張の類ではない事を他の者に伺わせる。


「ふ~ん。 要するに馬鹿って事ね。 それで?アンタはどうなのさ、お嬢さん? 」


ドルドーニの言葉を聞いたチルッチ、値踏みするようなその顔のまま彼女はもう一人、フェルナンドという破面を知っていると思われる人物へと水を向ける。
彼女と向かい合うようにして座るもう一人の女性アベル。
厚手のヴェールは彼女自身の視線を遮るのと同時に、彼女の顔の大半を覆い隠す。
その様がまるでお前たちと関わる心算がない、と言われているようでチルッチはどこか気に入らないものを感じていた。
そう、まるで見下されているかのように。


「私があの破面について語れる事は少ない。そしてその少ない情報の下、私見を混ぜた推測を述べる事は無意味だ。それは客観的事実とは程遠く、情報の精度を著しくそして無意味に下げる事に他ならない」

「なにさ、お高くとまっちゃってさ・・・・・・気にくわない女っ! 」


アベルの答えはどこまでも彼女らしいもののように思えた。
自らが持つフェルナンドという破面の情報の少なさ、それを持って自らの考えを織り交ぜ語ることの不確かさ、そして不確かな事をさも事実が如く語って聞かせることの無意味さ。
無意味を捨てる彼女だからこそ、そうした情報の揺らぎを嫌い結果言葉はフェルナンドを語るものではなくなったのだろう。
その何処までも理詰め、不確かさを排除する可能ような思考。
だが彼女らしくあるそれはしかし、チルッチの神経をどこか逆撫でる。

理詰め、感情の揺れを排した思考、どこまでも、まるで自身すら俯瞰の風景の一部として視ているかのような言葉。
大局的であり何者も彼女と同じ景色を見る事叶わぬとでも言う様な、そんな印象をチルッチはアベルから受け、故に彼女は吐き捨てる言葉と共にアベルから顔を背け視線を逸らした。

その瞳に、黒いヴェールの奥にあるアベルの瞳にチルッチは、まるで自分の全てが見透かされているような気がしたのだ。


「・・・・・・だが・・・・・・ 」


しかし、そうして顔を背けるチルッチを他所にアベルはその言葉を続けた。
昔の彼女ならば先程で語るべき事は全て終わった、と沈黙をもって語っただろう。
だが今彼女は言葉を続ける。
その様子にチルッチは顔を背けたまま、視線だけをアベルへと向け注視していた。


「だが、” 敢えて ”無意味を語るのならば、あの破面が十刃から外された事は” 当然の結果 ”だ、と私は考える 」

「当然の結果・・・だと? 」

「その通りだNo.107。 思い通りにならない駒を藍染様は傍に置かれる事はしない。そして” 不必要な駒 ”も同様にな・・・・・・」


” 敢えて ”と、そう前置きし語られるアベルの言葉。
彼女の中で無意味であると断じられた私見の混ざる推測論、真実である確証はどこにもないと彼女が言うそれに語られるのは、フェルナンドが十刃落ちとなった事は” 当然の結果である ”という考え。
だがここで目を引くのはアベルの考えよりも彼女の言動そのもの。
無意味を嫌う彼女、その彼女自身が無意味であると断じた言動を自ら語る事の不思議。
氷のように、そして無意味ならば諦める他無いと考える彼女らしからぬそれ。
それが彼女に芽生えた変化なのか、それもと彼女という存在の崩壊の兆しなのかはこの場にいる誰にもわからない。

だがしかし、彼女の変化崩壊ともとれるものの因となった人物が、かの” 最強 ”を欲する男であることだけは間違いなかった。


そんなアベルの言葉を訝しむ様子のガンテンバイン。
彼の疑問を孕んだ声にアベルは肯定の意を示すと、彼女は自身の考えを語りだす。
それはフェルナンドという破面の十刃としての必要性と駒としての従順さについて。
彼女がその千里眼によって視た彼の戦いは、アベルからすれば時に自らの力を証明する為の蛮勇の戦いであり、時に他が為に自らを危険に晒す愚行のようなもの。
そのアベルにとっては無意味なる行動の数々、不要な労力と意味を成さぬ傷跡を抱えそれでも、フェルナンドという破面は嬉々として戦いに身を投じ続ける。

愚かしく、そして理解しがたい。
いやおそらく彼女には理解など出来ないであろう行動の積み重ね。

そしてその理解出来ず無駄とも思えるものを積み重ねるのが、かの破面だとしたとき。
また破面、十刃を藍染が自らの意のままに動かせる”駒”であると考えたとするとき。
不確定で不安定な揺らぎを抱える駒は果たして必要か。

藍染惣右介がその巧みな手練手管、どこまでも見通す深慮遠謀をして尚、御しきれない可能性を孕んだ駒は果たして必要なのか。

答えなど判りきっている。
戦力として如何に優秀であろうとも、殺戮能力が如何に抜きん出ていようとも、非常に特異な能力を有していようとも。
藍染惣右介にとって必要が無く、また従順にそして意のままに動かせない駒などに意味は無いのだ。

フェルナンド・アルディエンデ。
アベルから視ても強力な破面であろう事は間違いなく、しかしその行動原理は藍染が求める”駒”としての十刃とは噛み合わない、アベルはそう結論付けていた。
彼女の知らぬフェルナンドという破面の行動原理が起因するであろう行動の数々と、それに完全に左右される駒の行動。

自らの命を命とも思わぬそれを抱える駒、そしてそれの為に全てを擲つかのような駒。
それの為ならば藍染にすらその矛を向ける事に、一瞬の躊躇いも見せないであろう駒。


不確定な揺らぎ、御せぬ行動と彷徨うかのようなその矛先。


故にアベルは言うのだ、当然であると。
外された事は当然、どこまでも彼等破面を駒としてしか見ない藍染が、そんな危うい駒を傍に置く筈がないと。


「なにさ! それって結局アンタはそのフェルナンドってヤツの事は何も知らない、って言ってるのと同じじゃない。御託並べてそれだけとか、笑えるわねぇ! 」

「故に無意味だと先に告げたのだ、No.105。 件の破面の内面はNo.103が語っている為、不要だと判断した。故に何故、件の破面が此処へと落ちてくるのかを私なりに推測して語ってはみたが・・・・・・我ながら随分と粗末な推論だ。 やはり情報の絶対量と精度の不足、そして不足したそれを補う為に織り交ぜた私見という名の希望的観測が加味される事で推論の不確定要素は増すばかり・・・・・・やはりこうして論ずる事は無意味でしかない・・・か・・・・・・」

「なによそれ・・・・・・!それってあたしたちに語って聞かせるのも無意味、って言いたい訳?馬鹿にしてくれんじゃない・・・・・・! 」


アベルの語ったフェルナンドという破面が十刃落ちとなった理由。
その言葉が終わると、それに噛み付いたのはチルッチだった。
アベルが無意味である、としながらも語ったそれは確かにフェルナンドという破面について語ってはいたのだろう。
だがチルッチが求めたのは、フェルナンドという人物の事であり、何故彼が此処へ来るかは求めていないと。
そして内面をまったく語らなかったアベルの話は、チルッチの問いに対する答えには不十分であり、言葉を並べた結果がこれでは目も当てられないと責めるチルッチ。

確かにアベルの言葉は論点はずれはしたのかもしれないが、人となりなど語って聞かせるようなものでないのも事実。
そんなチルッチを他所にアベルはあくまで自分の語った内容が如何に不正確で語り聞かせる事に意味が無いのか、という部分を確認していた。
アベルからすればこうして無意味を語ることこそ無意味であり、それを敢えて行った結果がこれ。
論点にはズレが生じ、何より語った言葉と自身の中で整理した情報と推論にある数多くの穴を再認し、やはり無意味な事を語ったと思う彼女。

だがそんなアベルの呟きがチルッチの神経を逆撫でる。
アベルに他意はないのだ、ただ己の行いの無意味さを再確認しただけの彼女。
しかしチルッチからしてみれば、彼女が語ることすら無意味だと言った事はまるで、お前達に聞かせる事もまた無意味だと言っている様に聞えていた。
ともすればその発言は、チルッチ達を否定するかのように捉えられ、それ故にチルッチは険のある視線をアベルへと向ける。
だがそれはチルッチの曲解であり、彼女がアベルを少なからずよく思っていない思いが生んだ湾曲の解。
見透かし見下すような、見下されているかのような感覚。
チルッチがアベルに見る幻視の膜を通した彼女。
それは本来のアベルという人物の姿とはどこか屈折したものであるがしかし、チルッチにとってそれこそが真実。
人も破面も同じ事なのだ。


皆須らく” 自らの真実 ”こそが全てである、という点では。


アベルを睨みつけるかのようなチルッチと、その視線を柳が如く受け流すアベル。
その様子を腕を組み瞳を閉じる事で我関せずの姿勢を見せるガンテンバイン。
何処までも” 個 ”である破面に” 和 ”を成す才を持つ者は稀有であり、それを持つ者はこの場にはいない。
場の雰囲気は温度を徐々に下げ、険悪で重いものへと移りつつあった。


「まぁ二人とも、その辺で止めておきたまえ。紛い形にも今はお茶の時間(ティータイム)、無粋はご遠慮頂こうか・・・・・・さて、随分と話が逸れてしまったようだが・・・・・・少年(ニーニョ)について語れる事は吾輩、そして美しき氷の姫君も語った、と思うのだ・・・よろしいかな?」


どことなく険悪であった雰囲気、それを打ち破ったのは沈黙を続けていたドルドーニだった。
向かい合うアベルとチルッチに釘を刺すように言葉を向け、それ以上の雰囲気の悪化を止めた彼。
そして自分、そしてアベルもまた件の破面フェルナンドについて語ったことを確認し、話を本来あるべき流れへと戻すべく動く。
顔つきは相変わらず真剣そうであり、それを見れば見るほど彼の本当の顔というものが判らなくなっていくかのよう。
” 底 ”を見せぬかのような男ドルドーニ、彼は無言で待つ三人のそれを肯定と取り再び口を開いた。


「では本題に入ろうか。 吾輩が今回キミ達に無理を言ってまでこの場に集まってもらったのは他でもない。近いうちに此処へとやってくるであろう少年についての” 重要な案件 ”として、是非ともキミ達の力を貸して欲しく、その助力を願うためにキミ達に集まってもらったのだよ・・・・・・」


真剣な口ぶりで語りだしたドルドーニ。
彼がこの茶会という体でもって他の十刃落ちを態々この場に呼び出した理由、彼が語り出したのはそれであった。
曰く、力を貸してほしい。
それはとても破面が口にするような言葉とは思えぬもの。
誰もが自分の力のみを信じ、他者の力を己が力で凌駕する事だけをもとめる破面という化生の性。
単独の力でのみ事を成そうとする彼等破面、それもその顕著な例である十刃に上り詰めた者が、自らのではなく他者の力を欲し請うことの異常性。
その言葉が発せられると同時にチルッチ、ガンテンバインからは少なからず驚きの気配が、そしてアベルからは本当に僅かではあるが疑念が零れる。


「なによ、ドルドーニ・・・・・・ アンタまさかあたしたちと手を組んで、寄って集ってそのフェルナンドとかって破面を殺そう・・・とでも言う心算? 」

「解せんな。 少なくとも俺の知るアンタは誇り高い武人だった。そのアンタが他者の力を借りて一体何をしようってんだ」

「No.103・・・・・・ 貴様なにを企んでいる・・・・・・」


それぞれが思い思いの言葉をドルドーニに投げかけ、彼の答えを待つ。
勘繰り、探り、訝しむ。
そんな三つの視線を受け止めるドルドーニ。
彼は一度瞳を閉じ、そのまま少しの間を空ける。
妙な沈黙が場を支配し、そしてその沈黙を破ったのはやはりドルドーニ。


「キミ達の力を貸して欲しい理由・・・それは・・・・・・」


瞳は相変わらず閉じたまま。
まるで思い悩み、そして苦渋の決断すら感じさせるようなその面持ち。
自然視線は彼へと更に集まり、彼が何を語るのかという思いは増していく。
一体なにがこの男をここまで真剣にさせるのか、またこの男は何をしようとしているのか。

まるで次に続く言葉のためにと間を置くドルドーニ。
その重苦しい空気、まるで小さな物音すらも憚られるような雰囲気が続き、そしてついに沈黙は破られる。

カッと眼を見開き、組んでいた両手を解くとその手で円卓を叩くようにして勢いよく立ち上がったドルドーニ。
何事かと思う面々をよそに彼は渾身の力を込め、魂の叫びを上げた。











「吾輩は常日頃から思っていた! この場所は些か・・・いや、あまりにも” 退屈が過ぎる ”と!!キミ達はなんとも思わなかったのかね? 来る日も来る日も暇をもてあまし、やることも無いからと身体を鍛えてみてもたまに訪れる侵入者はてんでお話しにならない弱者(デビル)ばかり!歯応えが無いにも程があると! 」


そのあまりの勢いにやや圧倒される三人を他所に、己が胸のうちを叫ぶドルドーニの表情は鬼気迫るものすらあり。
日頃溜め込まれた鬱憤、退屈が過ぎるという彼の憤りは今まさに頂点に達し噴火するかの様。
要するに彼は奥底で飽いているのだろう。
あまりにも鮮烈に刻まれた戦いの記憶、彼の胸に今も傷跡として残った誇りある爪痕が示す熱さがその思いをより強くさせたのかもしれない。
最高の純度、最高の密度をもったあの戦いを経験してしまったからこそ、ドルドーニは今に飽いてしまっているのだ。
そしてその思いの丈は留まるを知らず、しかし些か暴走を伴って噴出する叫びは徐々に方向を異にしていく。


「そもそもなんだね此処は! 下官も何も、どこを見回しても男、男、男ときている!!あぁ、もちろん美しき氷の姫君は別格ですぞ?ご心配には及びません・・・・・・ もとい!此処はあまりにも! そうあまりにも” 華が無さ過ぎる ”とは思わんかね! 吾輩の紳士道とはこの身の全てを女性(フェメニーノ)に捧げるためにあるのだよ!それがこうも暑苦しくてむさ苦しくて・・・ 芳しき女性のいい香りの欠片もしない場所に押し込められて我慢など出来る訳があると思うかね!!嗚呼、蝶よ華よと女性を追いかけたあの日々が懐かしい・・・・・・」


叫びを上げ続けたかと思えば、最後には拳を強く握りながら涙すら見せ始めるドルドーニ。
その涙が悲しみや感動の類ではない事は言うまでも無く。
ついほんの数秒前まで語ってみせていた武人としての退屈の話など何処へやら、どちらかと言えばこの男にとって本題は此処にこそあり、故に滝のような涙すら見せているのだと思わせるほど。
一人機関銃のように言葉の弾丸を放ち続けるドルドーニに、完全に圧倒され始める三人。
正確には先程までの真剣さからの振り幅があまりにも大きすぎ、ついて来れていないというのが現状のようだった。

しかしドルドーニにそんな彼等の様子など関係は無い。
堰を切ってあふれ出す言葉は留まるを知らず、そして漸く彼の話は本題へと移行していった。



「そこで吾輩考えた!! おり良く少年(ニーニョ)が此処へとやってくるのだからここは盛大に歓迎し、その為の宴を催せば良いのではないかと!それも盛大に! 物凄く盛大にね!そうともなれば当然人手など足りない筈、そうすれば必然補充として下官が追加され結果!此処は美しきお花さん達が咲き誇る天国(パライーソ)へと早変りするという寸法さ!!嗚呼・・・ なんという神算、なんという知略、吾輩今日ほど自分の有能さを思い知った日は無いよ。フハハハハ!! 」



最早凛々しき武人の顔などそこにはなかった。
あったのは明らかに穴だらけの理論と、それを得意気に披露するドヤ顔の痛い紳士一人。
顎に片手を当て、フフンと鼻を鳴らすようにして誇らしげに胸を張る姿は、欲に塗れ過ぎて逆に清々しさすらあった。
今彼の頭の片隅では、まさに天国が如き瞬間の画が妄想されているのかもしれない。


「さて、此処からが本題。 キミ達にはこの吾輩の天国の為・・・・・・ゲフン、ゲフン。 ではなくて、少年の歓迎の為に催される宴の席を盛り上げる出し物でもやってもらおうかと思っているのだよ!拳闘士(ボクセアドール)君はその楽しげな髪を活かして、その中から次々と鳩でも出してみればどうだね?あぁ美しき氷の姫君はそんな出し物など必要ありませんぞ?貴方は居て頂けるだけで宴の華となりましょう。チルッチ君は・・・・・・” 相変わらず ”その今一何なのか良く判らない斬魄刀で、パパっと適当にやってくれたまえよ」


それはなんとも馬鹿にした話であった。
宴だ何だという事も然ることながら、その席を開けたとしてドルドーニはチルッチ等十刃落ちにその席で出し物をやってくれというのだ。
落ちたとは言え彼等は元々は十刃、戦いにのみ指向性を見出し戦いにのみ真価を発揮する。
そういった者達を掴まえて出し物をやってくれと言ってのけるドルドーニ。
ふざけた話、馬鹿にした話であるが、怖ろしいのはこの男は本気でそんな事を言っているように思える点だろう。

一人加熱するドルドーニと、加速度的に置いていかれる他三人。
理解が今一追い着いていない彼らではあったが、おそらく共通して感じている事は一つ。
真剣な話だと思った自分が馬鹿だった、という思いだろう。


「名付けて! 『少年歓迎! 退屈な日常は一端忘れて大騒ぎ!飲めや歌えや踊れや飲めや! 此処は天国吾輩満足!ポロリは寧ろウェルカム! さぁ美しきお花さん達!吾輩と愛について語らいませんか? 大大大宴会 in 3ケタ(トレス・シフラス)の巣!!! 』さぁ諸君! 皆で力を合わせて行こうではないか!あの理想郷(ユートピア)へ!!! 」


最早八割がた自身の欲望が透けて見えるドルドーニの命名。
ある意味彼らしく、往々にして他者を置いてけぼりにする行動は此処に極まった。
円卓の一端、そこで遠くを指差すようにしているドルドーニ。
その指先にはきっと彼の言う天国、理想郷が見えている事に違いない。


当然彼以外には欠片も見えていない訳であるが。


ポーズをとりその余韻に浸るドルドーニを他所に、たっぷりと耳が痛いほどの沈黙が流れる。
それはもう水をうった様に、そしてどこか疲れきったように。
言葉を発する事が憚られているのではなく、言葉を発する気にもならないといったように。
そこに満ちていたのは” 呆れ ”を通り越した” 諦め ”にも似た感覚。
簡単に、そして言葉を選ばずに言えばこうだろう。


” あぁ、コイツ駄目だ ”である。


だがそうしていつまでもただ沈黙が続いてはいなかった。
円卓の四方にそれぞれ座る彼等のうち、すっと立ち上がった影は二つ。
ガンテンバイン、そしてアベルである。
ヴェールに隠れたアベルの方は判断できないが、ガンテンバインの目には怒りを通り越した疲れが色濃く浮かんでいた。


「? どうかしたかね? 拳闘士君、それに美しき氷の姫君も・・・・・・ま、まさか! 吾輩のあまりにスバラシイ提案にスタンディングオベーションかね!?いやいや、それ程の事ではないよ。 この程度吾輩にとっては朝飯前、というヤツさ。ハッハハハハハ!! 」


ガンテンバインの自分を見る目などお構いなし。
前にも増してどこかが派手に壊れているかのようなドルドーニ。
正直手がつけられない、というのが今の彼を評するのには適切なようだった。
が、そんなドルドーニなどもう知った事ではない二人、これ以上相手をするのも精神的に疲れるだけだとその場を後にする。


「聞いて損したぜ・・・・・・ 」

「不毛、空言、無稽、囈語(うわごと)、これほど言葉を尽くしても足りぬ程の無意味を感じたのは初めてだ、No.103 」


吐き捨てるような言葉を残し、その場を後にする二人。
その背中に影がかかって見えるのは、きっと間違いではないのだろう。
肉体的に如何に強い彼らであっても、ここまで精神的に攻撃を受けることに慣れてはいないのだから。


「な!? 何処へ行くのです!? 美しき氷の姫君!!・・・・・・あと拳闘士君も。一体何が・・・・・・拳闘士君! 鳩の難易度が高かったのなら、いっそ飴玉で構わないよ!?美しき氷の姫君も何か御気に召さない事でも御座いましたか!?もしかして出し物をやりたかったのですか!?それとも・・・・・・ まさかポロリか! ポロリがいけなかったのですか!これはこの紳士ドルドーニ一生の不覚! 紳士としてあるまじき欲望!ご気分を害したならこのドルドーニ床に額をめり込ませて誤りますのでどうか!どうかカムバ~~~ク! 」


木霊するドルドーニの叫びを背に受け、しかし彼等は振り返りもせずその場を去っていった。
残ったのは縋るように手を伸ばした姿で固まる哀れな紳士が一人。
ドルドーニにとって完璧な作戦だったはずの今回、だがそれはあまりにも脆く崩れ去り破綻した。
まぁ元々成功すると思っているほうがどうかしているのだが、それはもう言っても仕方が無い事。

悲しき男、ドルドーニ。
しかし彼にはまだ一縷の希望が残されていた。


消沈の中、スッと椅子が引かれる音に我に返ったドルドーニ。
音のした方を向いてみれば、そこにはまだ一人彼と同じ十刃落ちの一員が残っていた。
チルッチ・サンダーウィッチ、俯き加減で立ち上がった彼女はそのままドルドーニに背を向けて歩みだし、ある程度距離を置いたところで再び彼へと振り返った。
彼女もまたこのまま帰ってしまうのかと思ったドルドーニにとって、チルッチが立ち止まった事は僅かではあるが胸を撫で下ろす出来事であり、さすが” 付き合いが長い ”だけある、と思える彼。
しかしドルドーニには見えていない、彼女の、チルッチの” 額に浮かんだ青筋 ”が。


「おぉ、チルッチ君。 キミならわかってくれると思っていたよ。流石だねぇ 」

「・・・・・・そうだね。 アンタとは” 腐れ縁 ”もいいところだし、そうやって馬鹿みたいに暴走するのも、その裏でほんとは何か企んでやがんのもよく知ってるさ・・・・・・」

「いやいや、流石は” 吾輩と同じ第一世代 ”の生き残り。見た目の若作りも磨きがかかってるねぇホントに」


そう、チルッチはドルドーニと同じ第一世代。
彼よりも随分と前に十刃落ちとなりはしたが、ドルドーニからすれば同じ時を生き戦った戦友のようなものなのだ。
それ故に彼の道化が如き振る舞いも、その実裏で何かしら企んでいるという真実も予見していたチルッチ。
ドルドーニからすればそれは驚嘆に値するはずもなく寧ろ当然で、遠慮の無い言葉が出るのもそれなりに共に過ごした時があってこそ。
チルッチからしても彼のこういった気質を知ってはいる訳だが、しかし、知っているからといって許せるというのはまた別の話のようだった。


「参考までに教えなよ。 アンタが今回裏で何を企んでるかをさぁ・・・・・・そうしたらあたしも” 考えてあげるよ ”」

「そう言われてもねぇ。 今回は別になんにも企んでないのだけど・・・・・・吾輩だってときには本心のままに動くのだよ?」

「そう・・・・・・ なら、さっきあたしの斬魄刀を虚仮にしたのも、本心・・・て訳ね・・・・・・」

「・・・・・・あれ? チルッチ君? なんだか雲行きが怪しくなっていないかい・・・・・・?」


彼の気質、彼の道化の裏を知るチルッチ。
だからこそ彼女は問うたのだ、何を企んでいると。
それ如何によっては彼女もその如何ともしがたい感情を納めようと考えつつ。
しかし、ドルドーニから帰ってきたのは彼女の求める答えではなかった。
ならばもう、ならばもう抑える気はないと。

先程のドルドーニの熱弁。
その中に彼女を虚仮にする言葉がどれだけ含まれていただろうか。
気を使い傅くかのような振る舞いは常にアベルに対してのみ、男だらけだという発言のときにもチルッチに対するフォローは無く、極めつけは彼女の特異な斬魄刀を馬鹿にするかのような言動。
それは一重にドルドーニにとってチルッチは、いい意味で気を使う相手ではないという事なのだが、それも後の祭り。
如何に彼を知っていたとしても許せるものではない言動の数々に、ついにチルッチは堪りかねたのだ。


後ろ手に手を回し、そしてチルッチが握っているのは斬魄刀の柄。
しかしそこには本来あるべき刀身は無く代わりに鉄線のようなものが繋がれていた。
その鉄線は長く伸び、先を辿ればそれはチルッチの顔よりも大きな戦輪(チャクラム)の輪の内側を通りぬけ、再び彼女の手元へ戻り、その先端に付いた小さな突起は、彼女の人差し指と中指の間に挟まれるようにされていた。

斬魄刀、いや刀と呼ぶには少々特異なそれ。
本来刀が持つであろう斬る、切り裂く、切断するという用途にはどうにもそぐわないかのようなその形状。
ドルドーニの言にもあった”今一何なのかよく判らない”という言葉はよく言ったもので、一見用途すらも皆目見当が付かないチルッチの斬魄刀は、しかし特異な外見に見合う特異な使用法をもって威力を発揮する。

チルッチはドルドーニのどこか怯えるような雰囲気も意に介さず、斬魄刀の柄を握った手を手首のしなりを利かせてクルクルと廻し始める。
はじめはただ柄を持った手だけが、しかしその手と柄の動きに連動するように柄に繋がった鉄線が波を打ちしなり始め、円を描くような手首の動きに合わせ鉄線もまた円の軌道を描き始めた。
そして鉄線の動きは徐々に大きくなり、戦輪はその遠心力によって鉄線の柄と手に握られた先端のちょうど中間地点へ。
遠心力によって持ち上げられた戦輪は、見た目以上の重量を持つのかその重量による加速が手首を基点とする回転を加速させ、そして戦輪自体が回転を行い始めたことで回転は最高潮に足していた。

辺りに響くのは鉄線が風を切る音と、戦輪が高速回転することで生まれる甲高い音。
そしてその回転の最中、突如としてチルッチは指の間に握った鉄線の先端を離した。
鉄線の中間地点には遠心力の加わった戦輪、その戦輪を抑えていた鉄線の基点のうち片方の解放、それは即ち抑えられていた戦輪の解放を示し、遠心力、重量の加速、自身の回転による威力の三つを持った戦輪はその一撃の牙を振るったのだ。

標的はドルドーニ、の前にあった円卓。
避ける事などないその円卓はチルッチの斬魄刀の一撃を余すところ無く受け止め、そしてその瞬間轟音を立てて砕け散った。
文字通り欠片すら残さず砕け散った円卓、決して脆いわけではないそれは粉々になり、そして床には盛大に陥没した跡が残されていた。
そう、チルッチ・サンダーウィチの斬魄刀は切り裂くものではなく” 叩き潰す ”ことを主眼におかれた斬魄刀。
戦輪の回転によって切断も可能なのだろうが、それ以上に叩きつけられた威力は切り裂いた傍から敵を叩き潰す戦鎚の如く。
見た目は小柄な女性であるチルッチであるが、やはり彼女も元は十刃であり、そして化物なのだ。


「チ、チルッチ君・・・? 一体どうしたのかね?いきなり何を・・・・・・ 」


そんなチルッチの破壊の一撃、それを前に慌てたのはドルドーニ。
彼からすれば何故このような事態になったのかが理解できない。
いきなり目の前の円卓は弾け跳び、そして彼女の周りに纏わり付くような怒気はいまだ衰えず。
何故彼女がこうも怒っているのか皆目見当がつかないドルドーニであったが唯一つ判っている事もある。
それは間違いなく、この怒りの矛先が自分であり、彼女を怒らせたのもまた自分であるという事だった。


「ドルドーニ・・・・・・ アンタさっきあたしにこの斬魄刀で芸の一つでもやれ、なんてふざけた事ぬかしたわよねぇ・・・・・・いいわ、やってあげようじゃない・・・・・・」


怪しかった雲行き、しかしチルッチは何故か先程のドルドーニの提案、斬魄刀で芸をやってくれというそれを受けると言い出した。
何故このタイミングでそんな事を言い出すのかは不明であるが、その額に浮かぶ青筋が増えている事からろくな事ではないことはたしかだろう。
だがドルドーニという男はそれがわからない。
戦いともなれば苛烈で激烈、まさしく武人の鑑たるこの男、しかし道化の性を抱える彼はそれに抗えない。
チルッチのやってやる、という台詞を快諾ととった彼はホット胸を撫で下ろしながら彼女に一歩近づいた。


「おぉ! それはよかった! やはりキミならば判ってくれると思っていたよチルッチ君。流石は吾輩の古い友、なんだかんだと言って吾輩を慕ってくれているのだね!いや~吾輩、こんなに嬉しい事はな・・・・・・ゑ??」


気持ちよく、殊更気持ちよく語っていたドルドーニ。
しかし言葉を尽くす彼のそれを遮ったのは、彼の頬の辺りで鳴った小さな音。
チチッ、とまるで燐寸を擦ったときの様な音、普段ならば気に留めるでも無い様なそれであるがドルドーニはその音に言葉を止めたのだ。
嫌な予感、それもどうしようもなく嫌な予感が彼には過ぎりそして、その嫌な予感というものは往々にして当たるものである。




「ぬぉぉおおぉおおぉ!!!なんじゃぁこりゃぁあぁぁぁ!! 吾輩の! 吾輩の紳士の象徴たる御髭さんがとんでもない事にぃぃぃ!?」



音がした方、自分の口元へと視線を落としたドルドーニ。
それで自分の顔など見えるはずも無いのだが、彼にはそれで見えるものがあった。
髭である、モミアゲから顎にかけて、そして口髭として左右に尖った見事に手入れの施された彼自慢の髭である。
しかし、今彼が落とした視線から見える尖った髭は” 一本のみ ”。
もう片方は無残にもその先端を切り落とされ、今や彼の髭は左右非対称となっていた。

その彼にとってあまりの出来事に狼狽するドルドーニ。
彼曰く紳士の象徴である髭が無残に切り落とされた姿は、彼にとって絶大な威力をもって叩きつけられていた。
そして当然これを行ったのは他の誰でもないチルッチ。
器用にその戦輪を鉄線で操り、戦輪をドルドーニの顔を紙一重で通過させ彼の髭の先端だけを見事に剃り落としたのだ。


「大きい声上げるんじゃないよ。せっかくあたしがやりたくもない芸を披露してあげてんだからさぁ・・・・・・このあたしの斬魄刀で、あんたの髭という髭を全部剃り落としてやる、っていうねぇ!!」

「ノォォォウ!! そんな怖ろしい芸、吾輩は頼んでいないよ!!拒否! 断固として拒否!! この紳士たる吾輩から御髭さんを奪う事は、現世に住まうという伝説の青色狸から腹部にあるという不思議ポケットを奪うくらい罪深いことなのだよ!?」

「うるさいんだよ!! あんただって狸みたいなもんじゃないさ!黙って大人しく顔ごと剃られろ!! 」

「芸の難易度下がって危険度が鰻登りだよぉぉぉ!?」


もはや幾ら言葉を尽くそうとも説明は不可能となりつつある3ケタの巣の一角。
壮年の男を戦輪を振り回す女性が追い回す、というなんとも言葉に困る光景。
響くのは男の絶叫と壁やら床が砕ける轟音。
こんな状況を説明する言葉としてこれが適当なのかは疑問が残るが、思いつくのはこんな言葉のみ。


そう・・・・・・ 混沌である。
















無力を知った

悔しさを知った

だから俺達は進もう

二度とそれを覚えぬ為に

二度と仲間の

背を見ぬ為に

















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.extra9
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/01/09 23:20
BLEACH El fuego no se apaga.extra9



























嘘と真は

紙一重



















《首尾よく紛れ込めたかな? 》

「ケケケ。 えぇ、まぁ。 周りは自分にしか興味が無い様な連中ばかりですからねぇ、楽なもんですよ」


頭に響いた声に少し声を落として答える。
その低くて良く通る声の主は、きっと普段と同じように笑みという形を貼り付けた顔でそんな言葉を言っているのが良くわかった。
ったく、何だってああも感情が伴わないような笑顔でいられんのかねぇ。
この言葉だって字面だけ見りゃ心配してるように見えるけど、その実心配なんて欠片もしてないんでしょうし。
まぁ、はじめっから心配なんてしてもらえるとは思ってないですし、何より心配してもらうほど難しい事でも無かったですからねぇ。
周りにいるのはどいつもこいつも他人に興味が無い様な輩ばかり、それでいて徒党を組んでアノ人に逆らおうってんだから逆に笑えるってもんだ、こういうのをきっと烏合の衆、って言うんでしょうねぇ」


《フフ、そう悪し様に言うものではないよ、サラマ。彼等はそうする事でしか逆らう術を知らないんだ、例えそれがあまりにも稚拙で愚かだったとしてもね》


「え? あぁもしかしてどっかから口に出てましたか?こりゃ失礼しました藍染様。 ・・・・・・でもまぁ、確かにそうですね。愚か、か・・・・・・ というか甘いんですよ、こいつ等全員。個で敵わないから群れる・・・ってのは判りますがねぇ、そうして群れたら群れたでまるで自分まで強くなった気になっちまってやがる。集団の強さってのは統率であって、“ 軍 ” と“ 個の集合 ”は別物だって判らないんですかねぇ・・・・・・」


そうだ、此処に集まってる奴等は根本的に間違ってる。
こいつ等は全員ただ此処に集まっただけ、その先が無くてそれだけで完結しちまってるんだ。
集まる事は目的ではなくあくまで手段、それも最初の一歩に過ぎなくて本当の目的ってのは虚夜宮、ひいては藍染様に反旗を翻す事だろうに・・・・・・
ただただ集まってそれでお終い、統率する者も無く、触角を失った蟲のようにあちらこちらと定まらない。
群れりゃ強いってのは確かにあるが、それは喧嘩止まりで反乱ともなればそんなガキの理屈が通用する訳ないでしょうに。


《流石、といったところかな? キミは存外に聡くて助かるよ》


「ケケ。 お褒めに預かりどうも。 ・・・それで?俺は此処で一体何すりゃいいんですかい?まさかこいつ等全員始末しろ、なんて無茶な事言いませんよねぇ?」


あからさまな世辞、って判りきってますが一応形式的に礼だけは言っときましょうか。
それにしても・・・・・・ 本当に態々こんな辺鄙なところで意味無く集まってるこいつ等の中に俺を潜り込ませて、藍染様は何がしたいんでしょうねぇ。
冗談でこいつ等を全員始末、なんて事言ってはみたが本当にそうだったとしたら骨が折れるし、割に合わないってもんだぜ・・・・・・


《キミならそれも不可能ではない、と私は思っているが・・・・・・今回はその心配には及ばないよ、サラマ。 彼等の始末は既に目途がついている。だが殲滅戦となれるかどうかは彼等次第だが・・・ね》


「そりゃ買いかぶり、ってもんですよ。にしてもまぁ、俺としても楽が出来るならそれに越した事は無いですからねぇ。この数相手取るのは流石に割りに合いませんし」


一瞬藍染様が不可能ではない、なんて言いだすもんだから余計な事言っちまったかと思って焦ったが、まぁそれが余計な心配だったか。
にしても・・・・・・じゃぁ何で俺は此処に送り込まれたんですかねぇ?
それに” なれるかどうか ”・・・か。
そいつもおかしな話だ、なにより放って置いても自壊が確実な集団でも潰すのがこの御人のやり方だ。
見せしめ、言い方は悪いが効果的な方法ですしねぇ・・・・・・
でもそうなるかどうかもまるでこいつ等次第、みたいな言い方ってのが気になるっちゃ気になる。

こいつ等だって今までの藍染様の所業を知らない訳じゃないだろうに、なんだってまた集まったりしてるんだ?
ただこいつ等全員馬鹿なだけか、それとも作為的なもんがあるのか・・・・・・
その辺が俺が此処に居る理由に繋がってくる、と思うのは邪推ってもんですかねぇ・・・・・・


《フフ。 今回キミをそこに送り込んだのはある人物と戦って貰うためさ。キミにはその人物と戦ってもらいその能力を引き出し、更にそれをサンプルとして持ち帰って貰う。・・・・・・なに、” キミの能力 ”を使えばさほど難しい事ではないさ》


一人・・・か。
そのたった一人と戦うため、というより藍染様にとって重要なのはおそらく相手の能力。
何か貴重な能力か、或いは藍染様にとってこの上なく利がある能力か、どっちにしろ藍染様がサンプルを欲しがるくらいだから” 碌なもんじゃない ”のは確か・・・か。
でもまぁ、此処でこいつ等全員潰すよりは楽な仕事そうだねぇ。
能力使えば難しくも無い、って事みたいですし。


「了解しましたよ。 で? そいつはどんな格好なんですかい?こう数ばかり多い中で探すにはそれなりに特徴ってもんが判ってないと厳しいんですがねぇ」


楽な仕事ならさっさと済ませて帰るのが一番に決まってる。
まぁ帰ったからって何か良い事がある、って訳じゃありませんがね。
今に不自由を感じている訳で無し、それ以上を望む心算も無い俺にとっちゃ小間使いでもそれはそれで悪くは無いってもんさ。
仕事は仕事、それに藍染様にはそれなりに恩ってもんもありますし。


《相手の姿・・・か。 それは心配には及ばないよ、サラマ。きっと” 直に判る ”筈さ 》


・・・・・・なんでしょうねぇ。
そこはかとなく嫌な予感がするんですが・・・・・・
相手の姿を黙ってることに藍染様にとって利があると考えると、それは言ってしまえば俺が文句でも言うと思ってるか、或いは割に合わないと言い出す事がほぼ確定、って事なんじゃないか?
下手すりゃ個々の輩を全員相手取ったほうがよっぽど楽な相手、とかねぇ。

・・・・・・ケケケ、” まさか ”だよなぁ、そんな相手居る訳が無いさ。
そんなの相手にやれ能力を引き出せだの、やれサンプルを持ち帰れだのいくら藍染様だって言いっこない、ってもんさね。


「ハイハイ。 了解しましたよ。 それじゃぁ俺はその御相手とやらが、精々派手に暴れてくれるのを期待して待つ事にします」


《フフ。 あぁ、そうしてくれて構わないよ。きっと彼ならキミの期待に応えてくれるさ 》


俺は何一つ期待なんてしちゃいないんですが・・・ねぇ。
まぁそういう俺の考えを判りきってこういう事を言うあたりが藍染様らしいってもんですよ、ホント。
期待してる事があるとすれば、これが楽な仕事になってくれれば儲けもんだ、って事くらいなもんなんですけどねぇ。


《それでは良い報告を期待しようか。 サラマ、キミのとって彼が” 楽で割に合った ”相手である事を願っているよ》


・・・・・・こりゃマズイ・・・か?
天廷空羅(てんていくうら)の途切れ際に聞えちまった嫌な台詞。
楽で割に合った相手である事を願っている。
そんな台詞を残す、って事は十中八九相手は楽でもないし割には合わない相手だ、って言ってるようなもんじゃないですか。
ある意味こうも直接的に藍染様が言葉にする、って事は相当相手はヤバイ奴って事で確定。
一気に暗雲が立ち込める、ってもんですねぇ・・・・・・


まぁだからって退く訳にはいかないんですけどね。


相手が何であれ誰であれ、” 勤め ”ってものは果たさなけりゃ意味が無い。
主、創造主である藍染様の命令、それを受けちまったからには”出来ませんでした”なんて口が裂けても言える訳無いってもんです。
キッチリカッチリ、お勤めは果たそうじゃありませんか。


それにもしかすれば、少しばかりは面白いって事があるかもしれませんし・・・ねぇ。







――――――――――








「と、以上が今回の報告です。 何か質問ありますか?」


部屋の中、一人っきりで相手も無くしゃべる、ってのはきっと傍から見たら頭のおかしくなった奴に見えるんですかねぇ。
距離を置かれるか、或いはアイツはきっと可哀相な奴なんだと同情されるか、もしくは荒療治とばかりに頭でも殴られるとか。
普通の反応なら前二つでしょうが、うちの親分なら間違いなく一番最後な気がしてならん。
・・・・・・いや、無視の可能性が一番高そうな気もするか。

声は一応真面目な雰囲気で出してはいますが、頭ん中でこんな馬鹿げたこと考えてるなんて知れたらきっと只じゃ済みそうにないってもんです。
なんせ今回の報告の相手はあの東仙統括官、冗談なんてきっと通じる訳がない。


ーー委細了解した。 引き続き彼の者の監視、調査を続行するように。


「了解しました。 俺に何が出来るか判ったもんじゃありませんが、まぁそれなりに頑張らせてもらいますよ」


なんとも事務的、というかこの御人にあまりそういった興味や冗談の類を望む方が間違ってるんですかねぇ。
藍染様が尸魂界(ソウルソサエティ)を離反される際に連れて来た死神。
もう一人の方は腹の内はどうあれそれなりに話しやすい御人なだけに、この御人の取っ付きにくさといったらもう・・・・・・
二言目には正義だの忠義だのと、俺等にそれが理解できるなんて思ってんですかねぇ。


《サラマ・R・アルゴス。 その様な中途半端な覚悟で事に当たる事は関心出来ん。貴様が帯びている任務は藍染様直々のもの、失敗などあってはならないと理解しているのだろうな?》


あ~なんかマズイこと言っちまったみたいですねぇ。
出来るか判らないとか、それなりにとかって台詞はこの御人には禁句でしたか。
藍染様の命令に対して実直なのは結構ですが、それを俺にまで強要されてもねぇ・・・・・・

まぁ藍染様あたりになると、器が大きいのかそれとも敢えてなのかは判りませんが、こっちの意図はある程度汲んでくれるんですがこの御人はそれに比べると、ちょっとばっかし頭が固いのかもしれませんねぇ。
そりゃキッチリ仕事はしますよ?
でも気合の入れようなんてそれこそ個々のもんですし、何より本当にいざとなって俺にあのニイサンが止められると思ってんですかねぇ、この御人は。


「失礼しましたね、東仙統括官サマ。 別に気を抜いてる訳じゃないんですよ、ただ何事も気張りすぎは良くない、って話でさ」


《フン! 詭弁を・・・・・・だがそれならば良い。しかし忘れるな、貴様が彼の者の首輪であるという事、そして彼の者が研ぎ澄ましたその牙を万が一藍染様へと向ける素振りを見せたその時は・・・・・・後ろから刺せ 》


ハイハイ。 最後にそんな台詞残さなくったってちゃんと判ってますよ。
俺は首輪、あのニイサンの行く先には必ずついて回って監視し、時には藍染様の考えに則って上手く誘導して御し、力や能力の詳細を調べ、そして・・・・・・
あのニイサンが藍染様の意に反しその拳を、あの燃え盛る炎の様な敵意を藍染様に向けたその時は。


俺があの人を|殺す《止める》ってんでしょう?
刺し違えても・・・ねぇ。


”後ろから刺せ”ってのも要するに、”形振り構わず殺れ”って話でしょう。
ニイサンの力は欲しいが、しかし逆らわれても面白くないってとこですか。
二律背反ってやつですかねぇ、ケケケ、笑えるってもんですよ。
俺一人が命を捨てたところであのニイサンを殺せるなんて、本気で思ってるんですかねぇ。

そもそも刺し違える心算なんてはじめっから無いんですよ。

世の中生きてる奴の勝ちなんですから。
そりゃ藍染様には恩もありますし、命を受けたからには頑張らせてもらいますよ?
でもねぇ・・・命投げ出してまで仕える心算なんて更々無いんですよ、俺。

恩も義理もありはしますが、それに準じて死ねるほど馬鹿にはなれないもんで。

そういう意味ではフェルナンドのニイサンは完全に馬鹿の部類ですけどね。
なんでかは知りませんがあの御人は、” そういうものに ”馬鹿になれる性質(たち)ですからねぇ。
まぁこんな事本人には言えませんが。

しっかし、ほんとあのニイサンは何でああも馬鹿になれるんでしょう?


謎、ですねぇ・・・・・・







――――――――――







「いや~。 こら見事なまでにボロボロやねぇ、サラマ君?」


・・・・・・なるほど、そういう訳ですかい。
いつもなら天廷空羅(てんていくうら)とかいう死神の術で済ませる報告を、何でまた今回に限って映像付きの通信装置なんかで・・・とは思ってましたがねぇ。
もう俺が報告をする前に粗方情報は伝わってるんでしょう、それで音声だけじゃ勿体無いと。
確かに今の俺はボロボロって言葉が良く似合う見た目ではあるでしょうね、動くのも億劫になるほど身体中が痛いなんてそう経験出来る事でもないでしょうし。
しっかし・・・・・・ 相変わらずいい性格してますねぇ、市丸のニイサンは。


「開口一番で言う台詞じゃ無い気がしますがねぇ・・・・・・まぁ、ボロボロだってのは否定できませんが 」

「そらあの坊(ぼん)の前に立ちはだかったんや、無傷いう方が嘘ってもんやろ?」

「・・・・・・確かに。 自分でも五体満足なのが信じられませんよ、ホント」


まぁ確かに市丸のニイサンの言う事も判らなくはないですね。
あの時は俺も大概熱くなってましたからアレですが、今思うと随分と綱渡りな事をしたもんですよ。
今だってこうして生きてるのが不思議なくらいで、あのまま殺されてたって文句は言えない様な状況でしたからねぇ。


「にしてもキミ、意外と熱血漢やったんやねぇ。あの坊の無茶を止める為やったんやろ? キミって何でも一歩退いて冷めて見てる性質や思うてたから驚いたわ~」


明らかに面白いものを見つけた、みたいな声してますねぇ。
そんな事言ったら一番驚いてんのは俺の方ってもんですよ。
冷静に考えればあの御人の前を塞ぐって事は、命は要らないと言ってる様なもんですしねぇ。
あのフェルナンドのニイサンが自分の往く道を塞ぐ相手に容赦なんてする訳ないですし、そういった意味では生きた者勝ちだなんて言ってた俺の考えとは矛盾してる。
自分から死ににいった様なもんだしねぇ。
あの場には最終的にハリベルのアネサンだって居たんだ、上手く話を持っていけばハリベルのアネサンにニイサンを止めて貰う事だってきっと不可能じゃなかった。
でもそれをしなかった、思いつかなかったのは俺も頭に相当血が上ってたのか、それともそれは他人に任せちゃいけないと思ったのか・・・・・・

まぁ今となっては謎って事にしときますか。


ーーそれで? 坊とまた戦ってみてどうやった?

「そいつは・・・・・・” 報告として ”、って事ですかい?」

ーーま、そういう事やね。 いつもは間接的にしか収集できない坊の記録、欲を言えば解放してんのが良かったけど、そら高望みいうもんや。せっかく直接取れた記録やし無いよりはマシ、いうことやね。


確かに。
結局俺がニイサンの首輪として近くに居るのは、ニイサンに対する枷と藍染様の眼や耳として。
枷は言うまでも無くニイサンの反逆をいち早く察知して殺す為、まぁそれが本当に出来るかは判りませんが、能力を全開にすれば五分には持ち込めるとは思ってますけどね。
もっともそれをする心算は今のところありませんが。

そして藍染様の眼と耳、たぶんですが藍染様が望んでるのは” 首輪 ”や” 枷 ”としての俺じゃなくて、この” 眼と耳 ”としての俺なんじゃないでしょうか。
俺みたいな末端の使いっぱしりに藍染様が考えてる事やらは判りはしませんが、それでも藍染様がニイサンの能力に強い興味、そして価値を見出してるのは間違い無さそうですしねぇ。
そうじゃなきゃ態々こうして俺を近くに置く、なんて事する訳無いですし。
ニイサンの力、それも戦闘能力というよりも” 解放した能力 ”に価値を見出す・・・・・・
そういった意味では今回は惜しかったんでしょう、あの時ハリベルのアネサンが来なかったらどっちも確実に解放までいってたと思いますし。
ま、結局俺が考えたところで答えなんて出る訳は無いんですが、その辺に藍染様の” 計画 ”の肝があるのは間違い無さそうですねぇ・・・・・・


「さて、ほんなら教えて貰おか。 キミはウルキオラの共眼界(ソリタ・ヴィスタ)みたいに便利な能力が無いから、報告は正確に頼むで?」


そこまで藍染様達がニイサンに御執心な理由、そんなもんは俺が考えたって意味は無い。
こうして間者まがいの事をするのもこれが任務で、そうする事が俺が此処に存在している理由なんでしょうし。
俺は別に生きる事に目標も意味も求めていないし、そんなもんは必要あるのかとすら思ってますよ。
そんなもんはあったらあったで良いし、別に無いからって無理矢理捜し求める必要だって無い。
無きゃ生きられないって訳でも無し、命削ってまで求めるものでも無い。

だから俺はニイサンの往く道が気に入らないんでしょう。

でもね。

でも同時にちょっとばかし羨ましくもあるんですよ。
それはきっと俺には一生判らない事で、そうなりたいと思うこともたぶん無いんでしょう。
俺は色んなしがらみを持っちまってますし、そのしがらみを振り解けるほど自由に振舞うことはきっと出来ない。
それは俺の力が足りないからってんじゃ無くて、どっか後ろ髪惹かれるというか振り返っちまうというか、自分ひとりの為にそれを全部投げ出しちしまう事がどっか後ろめたく思えちまうんですよ。

破面(アランカル)なんて化物の中ではきっと珍しい部類に入るんでしょうね、こんな事考える俺ってのは。
でもそうやって生きて来て、きっとこれからもそうして生きていくのが俺なんでしょう。
しがらみ、義理、恩、命令、それに誰かが俺に残した言葉。
そうして抱えちまったもんを俺は全部手放して進む事は出来やしない。


でもあの人は、フェルナンドのニイサンは違う。


あの人はきっとはじめっから一つしか抱えてないんでしょう。
生きる意味、自分自身がそう定めたもの。
” 生の実感 ”っていうただそれだけを求め続けるあの人は、きっとそれしか持たないから。
たった一つしか持たないからこそ、多くを抱えちまった俺より遥かに高いところまで飛んでいける。
なんのしがらみもなく自由に、そうやって進んでいける。

その道はひどく歪で、俺にとっちゃ馬鹿らしいとしか言いようが無い道だけどそれでも。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ羨ましく思っちまう自分が居る事に、ぶちのめされた後で気がついたんですよ。

生きる中で実感を見つけるべきだと思う自分と、あの御人が何処まで往って何を掴むのかを見てみたい自分。
只今を生きる事だって充分だって事を、それがどんだけすごい事かを知って欲しい自分。
自分じゃきっと掴めないそれを掴み取るあの御人の姿を見てみたいと思う自分。
高い高いところに往っちまうあの御人を、遠くから、でも誰よりも近い場所で見てみたいと思う自分。

どっちも俺の願いで、どっちかしか叶わない願い。
自分で言っといてなんとも頭の悪い・・・・・・
ケケケ、俺にもあの人の馬鹿がうつったのかもしれませんねぇ。

ホント、馬鹿になったもんだ。

なにせフェルナンドのニイサンの為に、いや、自分が見たい姿の為にこれから目の前の御人に” 嘘をつこう ”ってんだから。




「何にも覚えちゃいません 」





「・・・・・・は? 」


お、こいつは設けもんだ。
市丸のニイサンのこんな間の抜けた面、そう簡単に拝めるもんじゃないですからねぇ。


「覚えてない、ってそんな馬鹿な事ある訳無いやんか」

「そう言われましてもねぇ・・・・・・ 考えてもみてくださいよ、俺が無謀にも止めに掛かったのはあのフェルナンドのニイサンなんですよ?立ちはだかる相手に容赦なんてある訳ない。 現に市丸のニイサンも言ったじゃないですか、” 見事にボロボロ ”って。 好き放題殴られて意識なんて何度飛ばしそうになったか判らないし、知らないだけで飛んでた可能性だってある。記憶の一つや二つ消し飛んでたっておかしくは無い・・・でしょう?」


随分と怪訝な顔でこっち見てますねぇ市丸のニイサン。
量りかねてる、って感じですかい?
まぁ俺も市丸のニイサンと一緒でそう簡単に腹の底は見せる心算ありませんし、何より記憶のあるなしなんて確認のしようがないでしょう?
言ったもん勝ち、ってやつですよこいつはねぇ。


「・・・・・・キミ、そんな嘘が本当に藍染様に通用する思うとるんか?」

「嘘も何も事実、ですからねぇ・・・・・・あの時の記憶がもうスッパリと消えちまってて俺も困ってるんですよ」


ちょっとばかし市丸のニイサンの声が冷たくなりましたか。
まぁこうも判りやすい、殆ど嘘だとばれてる嘘ってのもあれですがねぇ。
でも絶対に嘘だと断定する事なんて出来やしませんよ、その証拠に藍染様の名前出して脅しをかけてるのがいい証拠、ってもんです。

九割嘘だと判ってても、残り一割を埋められないんじゃそれは結局、” 嘘じゃなくなっちまう ”んですよ。


「いや~それにしても困った困った。 こんな風に記憶が飛ぶのが” 癖に ”なっちまったら大変だ。 せっかくフェルナンドのニイサンに張り付いてたって、報告したくても出来ないんじゃ・・・ねぇ・・・・・・そう思いません? 市丸のニイサン・・・・・・」


これはちょっとばかし見え透いちゃいますが、仕掛けたのは俺ですし、落としどころもこっちで用意した方がいいでしょう。
市丸のニイサンがまた珍しいものでも見る目でこっちをみてますが仕方ありません。
俺の読みじゃこの御人、どうにも胡散臭い部分がありますからねぇ。
もう一人の統括官サマとはどうにも毛色が違いますし、何より藍染様と同じ雰囲気を持ってるって時点で怪しい。
何考えてるか知りませんが、腹に一物抱えてるのは間違いありません。
こういう御人は意外と自分の目的以外の部分はどうでもいいし、それが自分の目的に有意義なら尚の事・・・ってやつでしょう。


「キミ、藍染様にも似とるけど、少し坊にも似たんと違うか?」

「さぁ、どうでしょうねぇ・・・・・・ まぁ似てる、って言われてもあんまり嬉しくは無い・・・ですがねぇ・・・・・・」

「あら、そりゃ坊も可哀相な 」


市丸のニイサンの俺がフェルナンドのニイサンに似てるなんて思わぬ一言に、ついついベロっと舌を出して答えちまいましたが、市丸のニイサンの雰囲気から手打ちは成ったと思っていいでしょう。
あのゆらりくらりとした掴み所の無い雰囲気に戻ってますしねぇ。
ま、ああなられるとこっちも決め手を欠きますし、優位に事を進められただけ良しとしますか。


「まぁ記憶が無い、いうんなら仕方が無いわ。坊も能力解放しとった訳やなし、本命のサンプルも無しじゃ正直無くても構わんしなぁ。ほな今日はこれで終いやね。 そんなら養生しいや、サラマ君。次は身体は治っとるし、” 変な癖 ”も付いとらん・・・・・・そうやな? 」

「・・・・・・えぇ勿論。 ” そんな癖 ”は俺も御免被りたいですから・・・ねぇ・・・・・・」

「ほんならこれ以上聞くことは無いなぁ。 エエもんも見れたことやし、ほなねサラマ君、坊によろしゅう伝えといてや」


流石、ってとこですか。
今のを要約すると、” 今回は見逃す、しかし次は無いぞ ”ってとこか、釘刺されちまいました。
まぁそう何もかも上手い事いく訳はない、って事ですかねぇ。
ぶっちゃけこの報告だってしてもしなくても然程変わらないんでしょうし。

ただ今回は俺がしたくなかった、ってだけの話。
あんまりニイサンの不利になるような事は避けたかった、ってとこですか。
ま、こんな事ニイサンには口が裂けても言えませんがね。
余計なことするなってまたボコボコにされそうな気がしますし。

しっかし俺もいよいよおかしくなってきましたねぇ。
力を貰った義理立てはしたい、でも子分として親分も立てたい。
二君に仕えた宿命か、はたまたそういう厄介事が舞い込む星の下に生まれちまったのか。

なんとなく後者な気がしちまうのが悲しいところではありますがねぇ・・・・・・



「まったく・・・ 割には合わないですが・・・・・・まぁ、やってみますかね 」















嘘と真は

紙一重

一重刹那に

己を隠し

真よ嘘に

嘘よ真に








[18582] BLEACH El fuego no se apaga.75
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/02/01 19:27
BLEACH El fuego no se apaga.75














現世、その中で何の変哲も無いと言うには少し躊躇いを持ってしまう町、空座(からくら)町。
目に見える人も町も、空も大地も、草木の一本一本に至るまで普段とはなんら変る事は無く。
それぞれがそれぞれの営みを送る姿は平穏ではある。

しかし、それは” 目に見える現実に過ぎない ”のだ。

道ゆく人がふと視線を上げた先、連なる家々の屋根の上でありまた或いはその上空で。
横へと向けた視線の先、道と道とが交わる交差点の真ん中で。
或いは何も見えなていない彼等の眼前で、戦いは続いている。

それは異形の化物と、黒い衣を纏い刃を振るう人影の交錯。
奔る異形の爪を避わしながら、振り上げた刃を振り下ろし異形がつけた白い仮面を叩き割る人影の姿。
決して現世に住まう人々に見えることは無く、しかし彼等の為に刀を振るい続ける死神と、魂を喰らう異形、虚(ホロウ)との戦いは続いた。



空座(からくら)町には、今現在多くの死神が駐屯している。
本来であれば尸魂界(ソウルソサエティ)から派遣される死神は、規定により区分けされた地域に対して一人。
空座町も本来ならばその例に漏れず、常駐する死神一人を除いて多くの死神が留まるという事はない。
しかしそれは平時の場合であり、現在の空座町は平時のそれとは異なっている。

それは何故か、一体何故これ程多くの死神が今この町に駐屯しているのか。
それを語るにはまず、その多くの死神とはそもそも誰なのかを語るべきだろう。


『 日番谷(ひつがや)先遣隊 』


そう銘打たれた一団が、現在空座町に駐屯している死神達である。
人数は六名、護廷十三隊十番隊隊長 日番谷冬獅郎(ひつがや とうしろう)を筆頭とし、同隊副隊長松本 乱菊(まつもと らんぎく)、六番隊副隊長阿散井 恋次(あばらい れんじ)、十一番隊三席斑目 一角(まだらめ いっかく)、同隊五席綾瀬川 弓親(あやせがわ ゆみちか)、そして十三番隊隊士朽木(くちき) ルキアである。
この人員が選出された経緯には紆余曲折あるがそれは今問題ではなく。
語るべきはルキアを除く五名は各隊の隊長格、及びそれに順ずる上位席官であるという点。
先遣隊と銘打つからにはそれなりの任務があるのだろうが、過剰とも取れるその戦力が何故空座町に派遣されたか、という点こそ今最も重要なことだろう。

彼等日番谷先遣隊の面々が空座町へと派遣された理由、それは藍染惣右介(あいぜん そうすけ)によって生み出された破面との戦いに備えてである。
藍染が尸魂界を離反し虚圏へと渡って後、尸魂界側は藍染が直接行動を起すまで静観の構えを取っていた。
彼らからしてみても一度に三人もの隊長を離反という最悪の形で失い、護廷十三隊は事態の収拾に努める事で精一杯だったのだろう。
だが事態は彼等の予想より遥かに早く進行した。

破面、それも成体による現世侵攻。

たった二体ではあるが彼等の予想よりも早く完成していた破面成体。
迎撃に向かった死神代行 黒崎 一護(くろさきいちご)が善戦するも倒れ、四楓院 夜一(しほういんよるいち)、浦原 喜助(うらはら きすけ)によって破面を退ける事は出来たが護廷十三隊、ひいては尸魂界側はこの一連の事件で完全に後手にまわったと言わざるをえない。
予想を上回り整いつつある敵、藍染惣右介の勢力、更に浦原喜助より破面の目的が黒崎一護であったとの情報を得た、護廷十三隊総隊長山本 元柳斎 重國(やまもと げんりゅうさいしげくに)は即座に現世への戦力増強を指示し、彼等日番谷先遣隊の面々が現世へと派遣されるに至ったのだ。


そしてその判断は正しかった。
先遣隊が到着したその日の夜、破面による二度目の現世侵攻が行われたのだ。

敵の戦力は七体、激しい戦闘の末彼らは七体の内五体の撃破に成功する。
数字だけの戦果を見れば、完勝であるとは言えずともまずまず、勝利であるといって過言ではないだろう。
だが彼等の中にその勝利を噛締める者はいない。
戦果を、結果だけを見れば彼らは確かに勝者だろう。
しかしその中身を見れば、結果に至る過程を思い返せば彼等の顔には一様に苦いものが浮かぶ。

その表情、顔に浮かんだその感情が全てを物語っていた。
” 限定解除(げんていかいじょ) ”、現世の霊なる者に影響を与えぬよう、隊長格の死神はその強い霊圧を抑える霊印をその身に刻み現世へと渡る。
先遣隊の面々で言えば日番谷冬獅郎、松本乱菊、阿散井恋次の三名がその対象であり、彼らはその霊圧を本来の五分の一にまで抑えているのだ。
それだけの抑制を受けながらでも彼等にとって現世での行動に支障は無く、虚との戦闘に措いてもそれは同じことだった。


そう、” 虚との戦闘に ”措いては。


二度目の現世侵攻、彼等限定を受けた隊長格の面々は限定解除をし、霊圧を本来のものに戻さなければ破面を倒す事は難しかった。
それが示すものは彼らにとって否応無い現実であり、敵と自分達との差。
力を抑える、余裕、余力をもって望む事の出来ない相手、こちらも死力を持って相対さなければならない相手。
破面とはそういった敵であり、今回破面を撃破し結果的に退けられた事は運が良かっただけに過ぎないという事。
その運の良さをもって勝利だと言える楽観的な考えを、彼等先遣隊の面々は出来なかったのだ。


閑話休題。
現在空座町に多くの死神が居る理由、それは現世への破面侵攻に対しいち早く対応するため。
二度あることは三度あるではないが、破面侵攻が予見される現状においてそれは必要なことなのだ。
そして破面の侵攻がなくとも彼等死神達は現世の霊なる者を害する虚を倒し、魂の調節者としての使命を果たしていた。







「何匹殺った? 弓親 」

「僕は今ので七匹だよ、一角。 あまり美しい数字ではないけれどね・・・・・・」

「俺の方は九だ。 しっかしどうなってんだ?やけに虚が多いじゃねぇか 」


上空で虚の仮面を叩き割った死神。
視線を落とした先、低めのビルの屋上で同じく虚を切り伏せる友の姿を見つけた彼はそちらへと素早く降り立った。
右手には斬魄刀、左手には斬魄刀の鞘を逆手に持ち、素足に草鞋を履いたその男。
日々の鍛錬の賜物のようなしなやかな筋肉の鎧、坊主頭、というよりは剃りあげているであろう頭はサッパリとした印象で。
目尻に朱を点す雅さを持ちながらしかし、その眼光は鋭く獰猛で、一目見てこの男が戦いを生業としまた、戦いを好む性分であることを伺わせる。
彼の名は斑目 一角(まだらめ いっかく)、護廷十三隊きっての戦闘部隊である十一番隊第三席の実力者である。

対してビルの屋上で舞い降りた一角を親しげに迎えた男、年の頃は一角と同じように見えるがこちらは一角に比べ小柄で華奢といった印象。
一角を野生的とするならばこちらは都会的で、死覇装も標準的なものに改造を施した独自のものを纏っていた。
入念な手入れが施されているのか艶やかな黒髪で、その髪は切り揃えられ端的に言えばオカッパ頭。
右の睫毛と眉頭には緑や黄色の付け毛まで施しており、そうして自らを飾り高める事が彼にとっての自己表現なのだろう。
総じて美男子と呼べる彼は綾瀬川 弓親(あやせがわゆみちか)、一角と同じ十一番隊の隊士であり五席を預かる男である。

共に先遣隊として日番谷に同行した二人、先の破面襲撃でも一角はそうち一体を撃破しており実力が申し分ないことは言うまでもない。
先の戦いが終わって後、空座町に残った彼等二人はとある現世の人間の家に厄介になりながら毎日を過ごしていた。
死神としても高位に属する二人、いつか来るであろう破面の本格侵攻に備えて現世へと駐屯してはいたが、死神として現世の霊なる者に害を齎す虚の討伐も重要な事であり果たすべき責務として今日もこうして虚を討っていたのだ。
もっとも、彼等の場合責務のみがそうさせている訳ではないのだが。


「そうだね・・・・・・ 日番谷隊長の話じゃ元々この町って虚の出現率はそれほど高くなかった、って話だよ?」

「じゃぁ何で今はこんなに虚がウヨウヨしてんだ?」

「ある時期を境に虚の出現率が急激に増加したらしいね。今年の春を境に・・・だったかな 」

「春・・・ねぇ・・・・・・ 春っていや確か・・・・・・」


一角の疑問、何故こんなにも虚が多いのかという問いに弓親は日番谷から聞いた空座町の経緯を思い返していた。
元々この空座町という町の虚の出現率はそう高くはなく、担当の死神も一人で事足りるほどだったという。
週に一体出現するかしないか、担当の死神も虚の討伐というよりは寧ろ魂葬(こんそう)といった迷える魂を導くことの方が割合として圧倒的であったというのだ。
しかし現状はそのようなのんびりとしたものではなくなっている。
今現在、彼等二人だけをとって見ても十五体以上の虚を始末しており、その数は異常であると言わざるを得ない。
一つの町でこうも極端に虚の出現率が上がることなどそうあるものではなく、何かしらの理由があるのは明白、そしてこの急激な増加は春を境に徐々に現れ始めたという事だった。

弓親の春、という言葉に刀を持ったまま指で頭を掻く一角。
何か思い当たる節があるのか、何事かを思い出そうとする彼の先をいくかのように弓親がそれを口にする。


「黒崎 一護、彼が死神の力を得たのが丁度春頃だった筈さ・・・・・・」

「そういやそうだった・・・な・・・・・・ 」


そう、この町に起こった変化、その基点となった時期に尸魂界に関わる事象があったとするならば、彼等の知る限り一つしかなく。
唯の人間であった青年黒崎 一護が、死神である朽木ルキアの協力で死神となったのが丁度春頃であるという事。
そしてその時期を境としたかのように虚の出現率が上がっている事を鑑みたとき、その二つを切り離して考えるのは些か無理がある、というのは自然な流れだろう。


「ったく、一護のヤロー。 よくよく何にでも絡んできやがるな・・・・・・」

「まったくだね一角。 ・・・・・・でも彼だけが直接の原因、という訳でもないと思うよ。今までこの町では滅却師(クインシー)の撒き餌が使われたり、抑えているとはいえ高位の死神が行き来したりしていた、そして何より・・・・・・」

「破面・・・ってか? 」

「あぁ。 奴等の二度に渡る侵攻でこの町は虚圏(ウェコムンド)と繋がり易くなってしまっているのかもしれない。あれだけ強力な霊圧だからね、どこにも歪みが出ない方がおかしい話さ・・・美しくはないね・・・・・・ 」


事ある毎に名前が上がる一護に少し同情する一角。
そんな一角に同意しながらも、弓親は一護だけが原因ではないと考察していた。
一護が死神代行となって後もこの町では大規模な虚の発生が引き起こされた例や、霊圧を抑えていたとはいえ隊長格の死神が現世と尸魂界を行き来しており、その影響が何かしらの形、今回に限って言えば虚の発生として現れたという事なのだろうと。
そして何よりこの虚の異常な出現率に拍車をかけた要因はひとつ、破面の襲撃である。
虚の住処である虚圏、そこから攻めてくる虚以上の化物、破面。
十刃(エスパーダ)と呼ばれる破面に代表されるように、彼等の霊圧は尋常ではない。
それが現世に何の影響も齎さない、などという事は考えづらくこの町は今、破面の影響で虚圏と” 繋がり易く ”なってしまっているのだろうと弓親は考えていた。


「まぁ、なんだっていいか・・・・・・ 」


弓親の考察に対する一角の答えはなんとも味気ないもの。
驚くでも深刻になるでもなく、別段それに重要なものを見出してはいない様子だった。
だがそれも仕方が無い、彼にとって何故こうなったのか、どうしてこうなったのかなどという事は知ったところで本当は意味などない事。
明確な答えなど始めから期待するものではなく、ましてやこの現状を嘆く心算など一角には” 更々無い ”のだ。



次の瞬間、二人が立つビルの屋上、更に言えば一角の真後ろで空間が裂ける。
現われたのは一体の虚、狙い済ました訳でもまして機を伺っていた訳でもなく偶然に、現世へと現われた場所が偶々一角の後ろだったという偶然。
予期せぬ形で奇襲となったその体勢は、虚にとっては好機であり一角にとっては良い状況ではないだろう。
威嚇の咆哮と同時に一角へと襲い掛かる虚、ほんの少し手を伸ばせば、或いは顔を前に出せば決着は容易であり、虚にとっては千載一遇の好機であった。

だが虚の威嚇の咆哮は次の瞬間には断末魔の叫びへと変っていた。
背後を取った、奇襲をかけた、その程度で落ちるほど護廷十三隊十一番隊の三席は甘くは無い。
背後を見ることも無く振るわれた斬魄刀はものの見事に虚の仮面を両断し、虚は霊子の粒となって霧散していった。
敵を見ることも無く斬った一角、敵の姿を確認していながらも友の実力に対する信頼からそれを教える事をしなかった弓親。
本当の実力者の前では小手先の策など無意味であるという証明が成された瞬間だった。


「なんにしても獲物が多いに越した事は無ェ!楽しむにはもってこいってもんだぜ! 」


そう叫んで屋上から飛んだ一角。
顔は獰猛でなにより歓喜の笑みが零れていた。
そんな一角の顔を満足そうに見ていた弓親もまた、その場から飛び上がり次の獲物を探す。
彼等二人、護廷十三隊 十一番隊の隊士たる二人。
彼らにとっては戦いこそ全て、そしてその戦いとは” 勝つために戦う ”のではなく自分が” 如何に楽しむか ”であり、その為に自らの命を賭けるのを彼らは欠片も厭わない。



そしてまた、何処かで虚の断末魔が響き渡った・・・・・・








――――――――――








「オラァァァァァアア!! 」


気合の叫びと共にその手に握った斬魄刀を振るうのは赤い髪をした青年。
六尺二寸程の身体に黒い死覇装、その上から獣毛と動物の骨をあしらった丈の短い上着をを纏っている。
目元は非常に鋭く、眉や襟元から覗く首筋に象形的な刺青を施しその攻撃的な印象は彼の一面をよく顕していた。
赤い髪は長く、それを後頭部のあたりで一つに纏めて結い、額には白い手拭を巻く青年の名は阿散井恋次(あばらい れんじ)。
護廷十三隊六番隊副隊長を務める男であり、日番谷先遣隊の一員である。

先遣隊の派遣の一因となった死神代行の青年黒崎 一護、彼を最もよく知っているという理由で先遣隊の一員に選ばれた朽木ルキアに近しい戦闘要員として選ばれた恋次。
彼自身も一護とは面識があり、それどころか一護が初めて戦った死神こそ恋次であり、藍染惣右介によって引き起こされた尸魂界の動乱の中、互い刃を交え、互いの意地をぶつけ合い、果たせなかった思いを託し、そして並び立って戦った仲。
そういった意味では彼も一護に近しい友、戦友といえるかもしれない。

そんな彼もまた先の破面現世侵攻にて破面と相対し、その内の一体を撃破した人物の一人だった。
しかしその戦果とは裏腹に彼の内は晴れない。
敵、破面の予想以上の力と、その前に成すすべも無い自分。
何より戦いの後、自分が発した言葉に恋次は疑問を感じていた。


― 生きてりゃそれで勝ちじゃねぇか ―


あの時、戦いが終わり背を向ける一護に自分が発した言葉。
友を気遣う心算で言ったその言葉。
事実あの場であれ以外の言葉を恋次は思いつかなかっただろうし、それに間違いがある訳ではない。
だがその言葉を聞いた一護はこう答えたのだ。


― 嘘、つくなよ・・・・・・ オマエが俺なら、そうは言わない筈だぜ・・・・・・ ―

― 俺は誰も守れちゃいねぇ、傷つけた奴を倒せたわけでもねぇ、俺は・・・敗けたんだ・・・・・・ ― と。


そう、言わないだろう。
一護とは違い恋次は敵を倒してはいるが、それでもこの戦いが勝ちだとは言わない。
いや言えないのだ、彼の中にある何かがこの結果を勝利と呼ぶことを拒むかのように。
この晴れぬ思いを抱えたままこれを勝利と呼んでしまう事は、彼の戦士としての矜持が拒んでいるかのように。

そして恋次は判らなくなった。
自分が一護に言った言葉、それは本当に一護のための言葉だったのだろうかと。
一護に自分が言った言葉はその実、自分にも当てはめようとした言葉だったのではないだろうか。
自分は生き残った、ならばこれは勝利なのだと。
発したのは自分、自分の言葉であるにも拘らず、恋次はそれを量りかねていた。
拒みながらも自分はよくやったと、一護を慰めるようでその実、自分を慰め、傷を小さく軽くしようと発した言葉だったのではないかと。
きっとそれは違うのだと、彼自身判ってはいるのだろう。
そんな心算で吐いた言葉ではないと、ただ友を、立ち尽くす友を気遣った言葉だったのだと。
だがそう確信を持って叫ぶことが出来ない自分が居ると、恋次は感じているのだ。

あのまま、あのまま限定解除無しに戦っていれば、自分は負けていたと判っているから。

何処までもあの戦いは、胸をはれるものではないと判っているから。

故に恋次は自らを鍛えることにしたのだ。
彼はけっして馬鹿ではないが頭が良いという訳ではない。
全てを理性で割り切る事が出来るほど大人でもなく、そういった意味でまだ若さが残る感情論が表に出やすい性格に、自らを問うことは難しいといえるだろう。
考えたところで答えのすべてが判るほど彼は大人ではなく、また冷めてもいないのだ。

ならば、ならばと。
悩みを抱えるくらいならばいっそ、明確に勝利だと言えるようになればいい。
勝ち負けを論ずることは本来不要なことではあるがそれでも、自分が納得できる勝利を。
自分に誇れるだけの勝利、それを得られるだけの力を。
その為に今まで以上の鍛錬と力を恋次は磨くことに決めたのだ。
敵がいつ攻めて来るかは判らない、半年か、一月か、一週間後か明日かそれとも数分、数秒後か。
判らぬ故に時は微塵も無駄に出来ず、僅かな時でどれ程のものを得られるかは判らないがそれでも、半歩でも前へ、ほんの少しでも上へ向かうために恋次は己を磨く。

そう決意した彼が今振るうのは、彼の持つ斬魄刀『蛇尾丸(ざびまる) 』ではなくそれよりも尚強力な愛刀の姿。
死神の持つ斬魄刀戦術が奥義” 卍解 ”、それを会得し解き放った蛇尾丸が真の姿である『狒狒王蛇尾丸(ひひおうざびまる) 』。
鍔元からまるで蛇の骨のようなものが連なりながら伸び、徐々に太さと長さを大きくそして長くしていく節、その最先端には赤い鬣(たてがみ)をを靡かせる骨の大蛇が顎(あぎと)を開く。
習得したのは一月ほど前、習得するだけでも困難である卍解を得られた事は彼の潜在能力の高さを伺わせるがしかし、習得したから強くなったわけではないのが卍解なのだ。
強さ、霊圧と共に本来の刀という形から逸脱し、どうしても巨大となる卍解。
自らの力であると同時にそれは自分自身をも振り回し、そして持て余すほど強力なものとなり使用者を苦しめる。
卍解を習得して後、更に十年以上の修行をもってやっと使用者は卍解を得たといえるのだ。

故に恋次は卍解を会得しはしたがいまだ得てはおらず。
更なる修行でより上手く、より巧みに己が卍解を御せてこそ本来彼の持つ斬魄刀、狒狒王蛇尾丸は真価を発揮し、そして彼の力となる。
そしてそれは同時に彼にとっての伸び代であり、彼はまだまだ強くなれるということなのだ。


(難しい事を考えんのは止めだ。 今は少しでも力を付ける、それが一番必要な事だってんなら・・・・・・)


「どうしたァ! 茶渡 泰虎(さど やすとら)!もう終わりかよ! 」


(お前の修行、俺も利用させてもらうぜ! 茶渡泰虎ァ! )














「・・・・・・・・・! 」


叫びと共に恋次が大地へと叩き付けた、骨で出来た大蛇の頭をからくも避わした青年。
名を茶渡 泰虎といい、死神代行の青年 黒崎一護とはもっとも古くから付き合いのある友人である。
身長は恋次よりも更に高く六尺五寸、しかし厚い筋肉を鎧のように纏ったその日本人離れした体躯は、彼をその数字以上に大きく見せる。
やや茶色がかった黒髪に、顔立ちも南米の雰囲気を感じさせるかのように目鼻立ちのハッキリとしたもの。
その厳しいような、そして他者を寄せ付けないような雰囲気から誤解されがちだが、実際は心根の優しい青年であった。

そんな心優しい青年茶渡泰虎が何故今このような状況に陥っているのか。
死神代行の青年 黒崎 一護の友人である、というだけの彼がこうして恋次の攻撃を受けている事。
本来普通の人間相手にならばこんな事はありえない事であるが、それは” 普通の ”相手であり、茶渡泰虎はその普通の枠からは既に外れてしまっている。
そもそも普通の人間に高位の霊体である死神を視認する事など出来ず、それだけでも霊的なものに近い場所に立っており。
そして何より今こうして恋次と対峙している彼の右腕は、肌を覆うような黒い装甲に覆われ、そしてその拳を振りぬくと同時に彼の拳からは大きな霊力の塊が撃ち出されているのだ。


「・・・・・・まだ・・・まだやれる・・・・・・!」

「そーだろうよぉ! 」


転がるようにして恋次の斬魄刀の一撃を避わした泰虎は、起き上がりざまに恋次目掛けて霊力の塊を撃ち出していた。
その霊力の塊は惜しくも恋次に避けられ、彼を捉えるには至らなかったがそれでも返事としては上出来だっただろう。
言葉少なく、しかし自分は戦えると告げる泰虎、だがその言葉以上に先程の拳は恋次へ自分はまだまだやれるのだという事を伝える為の返事としては充分なものだった。
その返事にどこか獰猛そうな笑みを浮かべる恋次、まるでそうでなくては困るといったような笑みは彼に泰虎の返事が伝わった証拠であろう。


しかし、一体何故この二人はこうして戦っているのか。


元々泰虎は正真正銘ただの人間だった。
身体は人よりも多少頑丈ではあったが、それでも彼は人間。
心根の優しさからなのか霊感も多少はあったようだが、一護に比べれば無い様なものだった。

そんな彼に転機が訪れたのは夏のはじめ頃、泰虎の前に現れた”ナニカ”。
そのナニカが虚と呼ばれる存在だとその時の泰虎に知るよしもなく、しかしぼんやりと見えるそれが自分を狙っていると確信した泰虎は一緒にいた友を守るため一人走っていた。
自分を追ってくるのなら、自分が独りになれば友を傷つける心配は無いと。
自分を守るためではなく友を守るために走った泰虎、しかし走った先に開けた空き地には遊ぶ子供達の姿があった。
追いすがる見えないナニカ、危険に晒される子供達、見えないナニカに殴られ血を流し倒れる自分と、ナニカが見えているのか必死に友を逃がそうとする少女。

その時泰虎は唐突に祖父の声を思い出していた。
異人であった祖父、全てを拳で解決していた幼い自分を優しく諭してくれた彼にとって偉大な祖父。


― お前は優しくありなさい、強いからこそ誰よりも優しくありなさい、巨きく強いお前の拳が何の為にあるか、それを知りなさい ―


泰虎に刻まれた祖父の言葉、刻まれた言葉に、何の為に自分の拳があるのかという祖父の言葉に泰虎が導き出した答えは” 守る為 ”という答え。
誰かを傷つける為ではなく、誰かを守る為に自分の身体は大きくそして強いのだと。
偉大な祖父、浅黒い肌に大きく強い身体は時に彼の望まぬ面倒事を招きはしたが、それでも彼にとってその肌も身体も、祖父の血が流れる自分自身は” 誇り ”だった。

そして彼の内で力は目覚める。

現われた右腕の鎧、拳から放たれた一撃をもって彼は子供達を守ったのだ。
祖父がくれた誇りを胸に、彼は人とは違う力を身に付けた。
その力を持って泰虎は戦った。
藍染惣右介によって仕組まれた動乱の中を、一護を助けるために。
一護が守りたいと願ったものを自分も守る為に。


人でありながら人とは違う力を身に付けた泰虎。
しかしそれは唐突に訪れる。

破面達による二度目の侵攻。
その侵攻の際、最も早く破面に遭遇したのは彼、泰虎だった。
そして何一つ反応する事もできず、彼は命を落としかけそして救われたのだ。
仲間でありそして友である青年、黒崎一護に。
そして共に戦う事を申し出た泰虎に、一護はこう告げたのだ。


― 俺に任せてくれ ― と。


それは何気ない一言で、しかし泰虎にとってはそうではなかった。
泰虎にとってその一言は、一護からの信頼の喪失に他ならなかったのだ。
共に戦い、背中を預けあってきた自分と一護。
所詮は学生同士の喧嘩の域を出ないものであったがしかし、それでも泰虎にとって一護は戦友だったのだ。


― 約束だぜ? チャド ―


友の言葉、約束であり自身への誓いであるその言葉が泰虎の脳裏に蘇り、空しく響く。
戦友の隣に立つ事叶わず、護られ、救われる。
一護はきっとあの約束を忘れていないことは、泰虎にも判っていた。
あの約束、ひいては黒崎一護という人間を考えればこうして彼が自分を助ける事はなんら不思議のない事だと。


― オマエが自分の為に誰かを殴りたくないんならそれでいい。そのかわり俺の為に殴ってくれ、俺はオマエの為に殴ってやる ―


しかし、共に交わしたはずの約束をもう自分は守れないかもしれない。
任せてくれという一護の言葉は、泰虎にとってみればもうお前の力では勝てないと、だからさがっていてくれと言われているのと同じであり、どこまでも自分の無力を思い知らされるものでしかなかったのだ。
それが例え一護なりの優しさだと頭では判っていても心が、魂が悲しみを叫ぶのだ。


― オマエが命がけで守りたいモンがあったら、俺も命がけで守ってやるよ、約束だぜ?チャド ―


そう、彼と一護は常に互いの為にその拳を振るってきたのだ。
片方はその目を引く髪の色で疎まれ、もう片方はその常人離れした体躯が目を引いた。
彼らは別段自分達から仕掛ける訳ではないがしかし、互いに降注ぐ火の粉は共に払いあったのだ。

だが泰虎にとって一護が言った「任せろ」という言葉は、彼が自分の為に拳を振るう事を望まない言葉だった。
一護が自分の為に命をかけている時、自分はただそれを見ている事すら出来ない。
互いの大切なものを守ろうと誓った約束の言葉を、自分は自分の弱さゆえに守る事さえ許されない。
その歯がゆさ、その情けなさ、辛さ、遣る瀬無さ。

押し寄せる感情、それらと上手く折り合いをつけ、此処が自分の潮時だと身を退く事もまた勇気と言える。
ときに進むことよりも退くことの方が余程大きな決断という事もあるのだ。
しかし泰虎は進むことを選択した。
進んだ先で望むモノが手に入る保障などどこにもなく、しかしそれでも泰虎は進むことを選択したのだ。
そう、全ては友のために。

友が何かを守りたいと願ったとき、自分もそれを守れるように。

友の行くてを阻む者を、誓いを乗せた拳で打ち砕かんために。


友の背をに守られるのではなく背中をあずかるために、そして友の背を見るのではなく、再び肩を並べて立つために。


(一護、俺は強くなろう・・・・・・ 今度こそお前との約束を果たせる様に、お前が守りたいと願うものを守れる様に、じいちゃん(アブウェロ)がくれた・・・誇りにかけて・・・・・・)








――――――――――








「・・・・・・うわぁ・・・・・・ かっこいい・・・・・・」


零れた声は素直さに溢れていた。
状況に戸惑うことよりもまず自分が感じた素直な感情が表せるのはある意味才能であり、どんな出来事にも動じない精神力か、或いはいい意味での図太さを感じさせる。
ただ、アパートの一室、その縦横一杯の大きさで所々から白い気体を噴出し、脈打つような有機的な外見でオマケにお世辞にも整っているとはいえ無い様な醜い顔のようなものがそこかしこについた用途不明の物体を見た第一声として、かっこいいが適当かどうかは別であるが。


「・・・・・・じゃないよ! 何これ! 冬獅郎くん!?」

「・・・ちっ! 間の悪い時に・・・・・・ 」


かっこいいという自分の感想から後れる事数瞬、部屋の持ち主である彼女はその自身の部屋の替わりように驚きの声を上げた。
彼女の名前は井上 織姫(いのうえ おりひめ)、黒崎一護の同級生であり茶渡泰虎と同様、人間でありながら人とは違う特別な力を開花させた人間である。
胡桃色の長い髪を腰の辺りで切り揃え、コメカミの辺りに六枚の花弁を持つ花の形をしたヘアピンがきらりと光る。
大きな瞳は茶色で、顔立ちも愛らしく優しい雰囲気を感じさせていた。
一見しとやかそうな雰囲気であるが、先の素直に自分の感じた事を口に出せる点や、自分の部屋を占拠する用途不明の物体をかっこいいと感じる感性は人とは少し違う独特なもので、どこか不思議な人柄ながらも裏表を感じさせない。
胸は同世代の女子からすれば平均を大きく上回り、愛らしい顔立ちと相まって同世代の男子からの人気も高い彼女。
しかし本人はそういったものに疎いのか、はたまた心に決めた人がいるのか、浮いた噂は流れる様子はなかった。

驚く織姫を他所に、明らかに面倒そうな顔をするのは先遣隊の長である日番谷冬獅郎。
彼女にその物体を見せる心算がなかったのか、または別の理由があるのかは定かではないが、とにかく織姫の間が悪かったと言わんばかりの表情だった。
そんな冬獅郎の隣には、彼の副官である松本乱菊の姿もあり、冬獅郎の隣で控えている様子の乱菊であったがその足元では
片足でもう片方の足をポリポリと掻くというなんとも彼女らしいと言えば彼女らしいこちらの気を削ぐ行い。

二人は驚く織姫を他所にその謎の物体に正対したままだった。
よくよく見ればその謎の物体は巨大なテレビのようにも見え、事実部屋と同じく四角いその有機的な淵の部分とは対照的に、四角く囲われた内側の部分はテレビ画面の砂嵐のようにザーという音を立てている。
あれは一体なんなのだろうと思う織姫、それを他所に日番谷はその物体へと声を発した。


「十番隊隊長、日番谷 冬獅郎だ。 繋いでくれ」

《はい。 御繋ぎ致します 》


冬獅郎の声に対して何処からか機械的な音声が聞こえ、その後砂嵐の画面から一人の人物が浮かび上がってくる。
それは老齢の男、頭に毛は無く変りに長い白髪の眉毛が垂れ、口元と顎に蓄えた髭が腰辺りまで伸びた老人だった。
身体の前に杖を立てその上に両手を添えるようにして立つその老人、背はやや曲ってはいるが杖が無ければ歩けないといった風ではなく、刻まれた皺から感じる年齢とは裏腹に活力に溢れて見える。
髪のない頭にはバツの字に奔る刀傷が見え、画面越しからでも判る威風堂々とした雰囲気はこの老人が只者ではない事を示していた。


「そ・・・ 総隊長・・・さん・・・・・・? 」


織姫の口から零れた” 総隊長 ”という言葉。
そう、この画面に映る老人こそ護廷十三隊最高責任者であり十三隊最高戦力、護廷十三隊一番隊隊長山本 元柳斎 重國その人である。
いきなりの元柳斎の登場に面食らう織姫、ただならぬ雰囲気を感じながらもそれを言葉に出すことは今の彼女には憚られた。
元柳斎とは一度尸魂界であった事のある織姫であったが、柔和そうな老人であると同時に抑えられている霊圧や雰囲気は、霊力というものに触れて間もなかった彼女には強いもので、すごいと思うと同時に織姫は元柳斎にどこか畏敬の念を感じていたのだ。


《・・・流石に仕事が早いのぅ、日番谷隊長 》


画面の向こうに立つ元柳斎は部下である冬獅郎に労いの言葉をかけると、さっそく本題に入る。
無駄な前置きや誤魔化しをしないのは元柳斎の人柄と、守護者の長としての責任感からだろうか。
迅速で確実、それに勝る事など無いと言いたげなそれに冬獅郎も同意なのか元柳斎の言葉を待つ。


《緊急で回線をもろうたのは他でもない・・・・・・》


本題、急にこれ程大掛かりな画像付きの回線の確保、本来伝令神機や地獄蝶で済ませられる伝令をこうして画面を通じてでも、総隊長自らが行うほど重要性がこのあとの言葉にはあると誰もが身構える。
そして発せられた言葉は身構えていたにも拘らず、衝撃を持って彼等三人に伝わった。




《藍染惣右介の・・・ 真の目的が判明した 》













真実

求めるは贄

得るは鍵


砂の人形

狼との再会

















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.76
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/03/26 11:53
BLEACH El fuego no se apaga.76












「・・・藍染の・・・真の目的・・・・・・!?」

《如何にも 》



驚きの声にしかし答えは淀みなく、明確に返される。
それを聞く者の瞳は大きく見開かれ、頬には一筋の汗が伝った。
冬獅郎、乱菊、そして織姫は総隊長 山本 元柳斎重國の言葉に息を呑む。

自らに向けられた全ての信を裏切り、利用し、友と部下と同胞の全てを裏切った男、藍染惣右介。
尸魂界(ソウルソサエティ)における最高司法機関、中央四十六室の四十人の賢者と六人の裁判官の全てを虐殺し乗っ取り、影から全てを操ることで尸魂界にかつて無いほどの混乱を招いた彼の男。
護廷十三隊の中で一組織の隊長を任されながら度し難くも己が私欲の為に部下を駒とし、欺き、操り、護廷十三隊に甚大な被害を残し虚圏へと消えた藍染。

” 私が天に立つ ”

不遜ともとれる言葉を残し消えた彼の真の目的、それが判明したという元柳斎の言葉に冬獅郎らが少なからず動揺を見せるのも無理は無い。

彼らが知る藍染惣右介の目的、それは浦原 喜助が造り出した恐るべき物質、『崩玉(ほうぎょく)』の奪取。
朽木 ルキアの魂魄に埋め込まれるようにして隠されていた崩玉という名の小さな珠。
その能力は” 死神と虚の境界を取り除く ”という規格外のものであり、死神が虚に近づき魂の強度限界を突破する事で更なる力を得られるというその物質を藍染は欲し、その為だけに尸魂界の中心、瀞霊廷を戦火に陥れたのだ。

自らが欲するモノ、それだけを手にする為に多くの命を危険に晒して。

故に多くの死神は藍染の目的は” 崩玉の奪取”であり、彼の目的は達成されたと考えていた。
崩玉という力を得た藍染、そして彼が虚圏へと渡った事から虚と繋がりがある事は明白であり、藍染が何らかの形で虚を支配しているのもまた容易く想像できる事。
だがその後、現在冬獅郎らが駐屯する空座町へ成体の破面が現われた事実。
長年進歩が見られなかった虚の破面化が急激に加速し、遂に成体が現われた事を鑑みたとき、それに藍染がまったく関与していないと考える事にこそ無理があり、それは正しかった。
崩玉という力、崩玉により更なる力を持った破面の誕生、それが藍染の手駒であり藍染の目的だったのではないか、そんな考えが過ぎる中で告げられた藍染惣右介が” 真の目的 ”の判明。
そしてそれは破面という軍勢を生み出すという事の更に先があるという事に他ならかかった。


「あ、な・・・なんか重要そうなお話だから、あたし・・・席外しとくね!」


自らも驚きながら冬獅郎、乱菊の様子と元柳斎の雰囲気を感じ取った織姫。
自分がこの場に居る事はどうにも場違いであると思ったか、はたまたこれから語られる事に本能的な恐れを感じたのかそそくさとその場から立ち去ろうと巨大な画面に映る元柳斎に背を向ける。


《・・・・・・待ちなさい》

「え・・・・・・? 」


背を向けた自分に不意にかけられた声。
出て行こうとする織姫を呼び止めたのは冬獅郎でも乱菊でもなく画面に映る老人、元柳斎だった。
不意の事にしかし身体は反応し、無意識に振り返る織姫。
画面に映る元柳斎の姿、画面越しでも相変わらず元柳斎が放つ威厳にどこか萎縮してしまう織姫だが、振り返ったときの元柳斎はそれが幾分か薄れているように彼女は感じていた。


《おぬし等人間にも関わりのあることじゃ、聞いていきなさい・・・・・・》


それはほんの少し諭すような、どこか気遣うような声だった。
元柳斎の言葉に織姫は一瞬躊躇ったが「・・・はい」と返事をして先ほどまでいた場所に戻る。
彼女が感じ取ったのは二つ、一つは元柳斎が彼女の想像ほど怖ろしい人では無いという事。
本当に怖ろしく、己の放つ威圧感で有無を言わさず相手を閉口させるような人物は他者の意を解さず、また他者を思いやる事はできない。
元柳斎の声には僅かではあるが気遣い、また思いやるような深い深い場所にある優しさが見えたように織姫は感じていた。

しかしそれが” 手管である ”という場合も存在する。
その最たる例が藍染 惣右介だろう、相手を思いやる素振り、気遣いと励ましに助言と己が行動で相手を思い通りに誘導し操る。
藍染が用いる手段として、相手の信を得、また心酔させるに足るものとして有効なものの一つに”やさしさ”がある。
だがただの優しさではなく” 相手の望む優しさ ”、傍に居る事、突き放す事、助言を与える事、独りで考えさせる事、優しさにも種類がありそのどれを相手が望んでいるかを藍染は理解し、最善の策として用いるのだ。
そして元柳斎の見せた優しさが、その類でないという証明は何もない。

だが織姫に不思議とれを疑う思いは無かった。

理由の一つに彼女が同年代の女性に比べて非常に素直である、という点も確かにあるのだがもう一つ、彼女にはそういったものが本能的に判ってしまう部分がある。
いや、本能的というよりは経験に基づく推測、経験則と言った方が正しいのかもしれない。

” 髪の色が気に入らない ”そんな些細な事が始まりだった。
兄に好きだと言われた胡桃色の髪、中学に入った彼女が伸ばしていた髪を無理矢理切られたのはそんな理由。
時を同じくして兄は彼女をおいて他界し、彼女はますます独りで内向的になりそして彼女への行為は厳しさを増していった。
” いじめ ”簡単に言ってしまえば彼女が受けた仕打ちはそれなのだろう。
自分とは違うもの、皆とは違うもの、人間はそれを全て受け入れられるほど寛容には出来ておらず、往々にして違うものは迫害される。
些細な切欠は次第に大きくなり、最終的にはその人物の人格すら否定しようという流れに姿を変えていくのだ。
幸い彼女はそんな状況を一人の友人によって救われ、今を笑顔で過ごす事が出来ている。

しかし過去に受けた傷は癒える事はあっても消える事はない、他者の害意、悪意に晒された事のある織姫は経験として判ってしまうのだ、他者の目に見える顔の奥にある” 本当の顔 ”というものが。

それが織姫に元柳斎の気持ちは、自分を気遣ってくれている気持ちは本当だと告げていた、そして同時にその気使いの真意も彼女には判ってしまったのだ。
自らの奥底を容易に見せられないであろう立場に立つ元柳斎、その彼が見せた気遣い。
それは彼女に、いや、彼女だけではなく彼女の周りに居る大切な人達にとっても重要で” 過酷な現実 ”を暗示しているのだという事が。


《・・・藍染が消えてから一月、彼奴が潜伏しておった中央四十六室清浄塔居林(せいじょうとうきょりん)、及び大霊書回廊の捜査が続いておる事は知っておろう。中々に難儀しておる、何せ大半が禁踏区に指定されておって内部を知る者は殆どおらんのじゃからの》

「前置きはいいっす。総隊長・・・・・・ 本題を・・・・・・」


織姫が元いた場所に戻ったのを確認し、元柳斎は一拍おいて語り出した。
藍染惣右介の離反より一月、現在に至るまで一体何がなされていたのか、主に何処を重点的に捜査しているのかという捜査状況の説明は、大半が禁踏区と呼ばれる隊長格ですら立ち入りを制限されている区域の捜査であり、難航していると。
愚痴、というよりは忌々しさか、古き慣習に囚われた瀞霊廷の構造が此処へ来て彼等の前には立ちはだかり、そして自分もまたその慣習に囚われた一人であるという思いが元柳斎にはあったのかもしれない。
しかしそうして語る元柳斎の言葉を冬獅郎が遮る。
彼からしてみればそれは既に判りきった事、彼とて先遣隊として派遣される前はその任に就いていたのだ、それがそう簡単に進まぬ作業だという事は理解していた。
そして本題をせかす冬獅郎に、元柳斎は一つ頷くと遂に本題を語り始めた。


《先日、大霊書回廊を捜査しておった浮竹(うきたけ)がその中で妙な痕跡を発見した。崩玉とそれに付随する研究記録にのみ付いておった既読記録が一度だけ・・・・・・藍染が消える二日前に崩玉とはまったく関係ない書物についておったのじゃ・・・・・・》


それは大霊書回廊を担当する十三番隊隊長 浮竹十四郎から上げられた報告。
藍染が熱心に閲覧していた崩玉とそれに付随する研究の資料、おそらく崩玉を得るための手段などが書かれたそれとは別にもう一つ、別の資料にも閲覧の記録があるというのだ、それも藍染が尸魂界を離反する二日前に。
今まで崩玉にのみ感心を見せていた藍染が閲覧した別の書物、それも離反の二日前、偶々ならばそれは問題ではないが離反する二日前というのがどうにも気にかかり。
何よりもしそれが偶々ではなく、わざと” 直前まで閲覧を避けていた ”のならば、事態は急変する。

そしてその書物の内容如何によっても。

無言の冬獅郎、乱菊、織姫。
誰もが次に続く言葉が藍染真の目的の核心部分だと感じており、それは間違いではない。
何故、どうして、そんな言葉が藍染 惣右介という男の行動にはそこかしこに見られ、そしてその最たるものが今明かされようとしているのだ。
少しの間を空けた元柳斎、硬く閉じられた口は遂に開き、藍染真の目的は今此処に語られた。




《 王鍵(おうけん)・・・・・・ 》




その言葉、その名に戦慄を覚える冬獅郎と乱菊。
それが如何なるものか、何の為に存在するのか、それを知っているだけに驚きを禁じえない。
藍染が真に求めていると思われるモノの名前、明かされたそれは彼等死神を動揺させるに足る代物であった。


「あの・・・・・・ その王鍵、って何なんですか・・・・・・?」


死神の二人とは違い今一状況が飲み込めていない織姫。
名を聞いただけではそれが何なのかも判らず、だがただならぬ雰囲気だけを彼女は感じていた。


「 『王家の鍵』よ、文字通り・・・ね・・・・・・尸魂界にも王様は居るの。 といっても一切コッチには干渉してこないし、隊長格の私達ですら一度も顔を見た事は無いんだけどね・・・・・・」

《然様、王の名を『霊王』と言い、尸魂界にありながら象徴的でありそして絶対的な存在。尸魂界とも虚圏とも違う異界に王宮が存在し、王族特務がその守護を担当しておる。・・・・・・王鍵とは、その王宮へと続く空間を開くための鍵なのじゃ・・・・・・》

「じゃ、じゃぁ藍染・・・さんは、その王様を・・・・・・」

《殺す・・・・・・ それこそが彼奴の真の目的なのじゃろう・・・・・・》


遂に真実は白日の下に晒された。
王鍵という名の鍵、文字通りそれは尸魂界の王、霊王の王宮へと続く道への鍵であり、藍染の目的とは王鍵を入手し霊王を殺す事にあると。
離反の原因となった崩玉の奪取、確かにそれ自体に力が宿り、兵として破面を精製した藍染ではあったがそれは目的ではなくあくまで手段。
本当の目的とは力を付け、兵をそろえ軍を成し、それをもって霊王を殺すこと。
不遜なる言葉、「私が天に立つ」というそれは、脅しでも肥大した妄想でもなく彼にとっての真実であり目的、実現するべき未来そのものだったのだ。
尸魂界に生き、霊王という存在を知りながらそれに翻意を抱く。
霊王よりも自分の方が遥かに天に立つに相応しい存在だと、そう言わんばかりの藍染、傲慢なまでの自尊心とその傲慢さを実現できてしまう並外れた力。
それをもってして藍染は実行しようというのだ、王鍵を得る事で己が望む全てを。


《じゃが、問題は”其処ではない” 》


明かされた藍染の目的、しかしそれを明かした元柳斎はそれ自体は今問題ではないと。
尸魂界の象徴たる霊王を殺そうとしているであろう藍染を、問題ではないと言い放った。
混乱する織姫、しかし彼女を他所に話は先へ先へと歩を進めていく。


「・・・・・・ 藍染が見たのは王鍵の” 在処を ”示した本じゃない・・・・・・ 」

《如何にも 》


冷静な声で答えたのは冬獅郎だった。
先ほどまで揺れていた瞳は今は揺れておらず、少なくとも動揺は奥底に仕舞い込んだ事を伺わせる。
彼とて護廷の一部隊を預かる隊長、少なからず己を御す術は心得ているといったところか。
そして冬獅郎は持ち前の聡明さを覗かせ、元柳斎の言葉の真意を見抜いていた。
藍染が閲覧した書物、それに書き記されていたのは王鍵の在処ではなく別の事柄、そしてそれがおそらく忌諱すべきものだという事を。


《王鍵の在処を示した書物など存在せん。 王鍵の在処は代々護廷総隊長に口伝でのみ伝えられるものじゃからの。彼奴が見たのは王鍵の造られた当時の様子を記した書物。そして彼奴が知ったのは・・・・・・ 『王鍵の創生法』じゃ・・・・・・》

「では、その創生方法に問題がある・・・と?」

《否。 創生方法ではない、問題があるのは・・・その” 材料 ”なのじゃ 》


藍染が閲覧した書物、それは冬獅郎の予想通り在処を示すものではなかった。
王鍵創生、気が遠くなるほど遥か昔に行われたその様子を記した書物の存在。
そもそも誰かの興味を引くような書物ではないそれは、書庫の最奥で埃を被っていた事だろう。
しかしその書物は藍染惣右介によって日の光を浴びる事となる。
誰の興味も引かず、また誰も必要としない書物、しかし藍染惣右介にとってはこの上なく重要で意味のあるモノとして。

そんな元柳斎の言葉に今度は乱菊が意見を述べた。
王鍵を求める藍染、それを得て霊王を殺そうという藍染の目的、それを問題ではないと言い放った事から考え。
問題なのはその王鍵を得るための創生法にあると見た乱菊だったが、それは元柳斎に否を突きつけられる結果と成った。
王鍵創生に問題があるという見方は正しい、しかし問題があるのは方法ではなく材料である、と。


《王鍵創生に必要なのは” 十万の魂魄 ”と” 半径一霊里に及ぶ重霊地 ”》

「十万の・・・魂魄・・・・・・ 」


そう、その材料は。
王鍵を創生する為の材料は人間の魂。
その数なんと十万、書き表すだけでは実感などとても出来ない途方もない数の魂魄が王鍵創生には必要なのだ。
人を、それも無数の人を生贄として創生される王鍵、織姫は無意識にその大きさと重さから声を零していた。
彼女とて実感などない数ではあるがしかし、確かに生きている人間の犠牲が其処にあるのだと本能で理解してしまったために。

しかし、呆然とする彼女を更なる恐怖が襲う。


《そうじゃ。 じゃがおぬし等に関わりがあるのは魂魄だけではない》


元柳斎の言葉に織姫は自然と息を呑んだ。
魂魄だけではない、十万という途方もない数字をして呆然とする織姫に元柳斎は更なる言葉を続けるのだ。

そして織姫は直感した、自分が感じた元柳斎の気遣い、その正体がこの先にあるという事を。


《重霊地とは『現世における霊的特異点』を指す。それは時と共に移ろい、その時々で現世において最も霊なるものが集まりやすく、霊的に異質な土地をそう呼ぶのじゃ・・・・・・儂が何を言いたいか、もう・・・判るじゃろう・・・・・・それは・・・・・・》


織姫は自分の手足の先が冷たくなっていくのを感じていた。
それが緊張なのか、恐怖から来るのかは今は問題ではないほど彼女の心は揺れている。
元柳斎の言葉、その先に続くものが判ってしまったから。

それが間違いならいいのにと思う気持ちとどこか確信めいた予感。
重霊地、霊的特異点、霊なるものが集まりやすく霊的に異質な土地、その全てに思い当たる場所を彼女は知っているから。
最初はぼんやりとしたものだった、新手の怪獣か何かだと思っていた時期もあった、しかし変わり果てた兄と出会い、橙色の髪をして黒い着物を着た彼と出会い、誰よりも大切な友を守る為に立ち向って彼女は日常とは違うものを知ってしまった。
それを特異ではないと、異質ではないと言う事は出来ず、それ故に元柳斎の言葉に続く場所がどこか、織姫は理解してしまったのだ。





《おぬし等が住まう『 空座町 』じゃよ・・・・・・》





嗚呼やはり、と。
やはりどうしようもなくそれは正しかったと。
織姫はその場に崩れそうになる自分をしかし必死に繋ぎとめて立っていた。
告げられた言葉、告げられた場所はどうしようもない真実。
藍染惣右介が王鍵創生を行い、魂と場所を用いて目的を達するのは自分の町なのだと、織姫は知ってしまった。
だがそれでも、それが成されたときどうなるのかという想像は彼女には出来ない。
そしてそれが出来ない彼女に代わり、元柳斎は酷と知りながらも彼女にそれを伝える。


《十万の魂魄、一霊里の重霊地、どちらも現実離れしとって上手く掴めまい。然らば噛み砕いて説明しよう・・・・・・もし、藍染が文献通りのやり方で王鍵を創生した場合・・・・・・空座町と、それに接する大地と人の全てが、” 世界から消え失せる ”》

「・・・そ・・・ そんな・・・・・・ 」


何もかもが消え失せる。
元柳斎の言葉は要約すればそれに尽きるもの。
もし王鍵が空座町で創生されれば人も、大地も何もかもが消えてなくなる。
そんな絶望的な事実に織姫はひとり俯く事しか出来なかった。
織姫にとって空座町は特別な場所。
生まれ育ち、兄と共に暮らし大切な友達や大切な人が沢山住む町。
全てが良い思い出ばかりではないけれど、それでも楽しい事も悲しい事もその全てが詰まった大切な町が空座町なのだ。
それが無くなる、消えてなくなる。
まだ若い彼女にそんな未来を受け入れる事など出来る筈もない。


「・・・止める手立ては・・・・・・ それを止める手立ては何も・・・何も無いんですか・・・・・・?」


声が震えていた。
あまりの恐怖に、失ってしまうものの大きさと尊さに。
何も無いのかと、少なくとも織姫には何も手立ても思いつかず、無力さを感じながらもしかし目の前に映る人物は別であって欲しいと。
どこか縋るような思いで織姫は元柳斎に問うたのだ、何か無いのかと、何か出来ないのかと。
だが織姫は顔を上げてそれを言う事はできなかった。
もし言葉を発した直後に元柳斎の顔が僅かでも曇ったら、それを考えると彼女は怖くて仕方が無かった。
手立てが何も無いと言われるよりももっと、悲しみが浮かぶ目は見たくなかったのだ。

冷たくなった手を知らず強く握る織姫、怖い、逃げ出したい、何も聞かず耳を塞いで。
そう思いながらも彼女は逃げなかった。
きっと逃げたら何もかもが悪いほうに転んでしまうと、そんな気がしたから。
背を向けることは容易く、立ち向かう事は困難ではある。

しかし、彼女が知る大切な人はいつも立ち向う事を選択していた。
どれだけ傷ついても倒れても、その瞳は濁らずただ前だけを見ていた。
そんな彼が誇らしくて、傍にいたくて、自分もそうなれたら良いと、だから逃げないと彼女は彼女の魂に誓いを立てたのだ。
不安と恐怖、それらと戦いながら立つ織姫、そんな彼女に元柳斎は力強い声でこう答えた。



《・・・・・・” 無くとも止める ”。 その為の護廷十三隊じゃ》



上げた視線の先の老人はやはり力強く威厳に溢れ、しかしその目は優しかった。
織姫に振り返った乱菊は言葉こそ発しなかったが、その瞳に「安心しなさい」という思いが浮かんでいた。
冬獅郎は相変わらず腕を組んだまま背を向けていたが、その背で「心配するな」と織姫を励ましているかのようだった。
その心強さ、自身の不安を和らげるに充分な大きさと優しさ、織姫はそれが見えた気がして。
彼女は胸の奥底から何か暖かいものが溢れるような感覚に囚われたのだ。


《・・・時間は僅かじゃがある。 涅(くろつち)の報告によれば魄内封印から解かれた崩玉は強い睡眠状態にあり、完全覚醒までは少なくとも四ヶ月はかかる、ということじゃ。崩玉が覚醒せねば藍染も手駒をこれ以上揃えられぬ、彼奴が動くのはそれからじゃ》


力の篭った声、強い意思の乗った言葉。
そのどれもが信ずるにたるものであり、一つ一つが織姫に小さな勇気を与える。
力強い元柳斎の声がまるで彼女の不安を打払ってくれているかのように。


《決戦は冬! それまで各々力を磨き、戦の仕度を整えよ》


一度、手に持った杖で床を突く元柳斎。
カンという小気味良い音が響き、一つの区切りがつく。
冬、それまでにどれだけの力を付けられるか、それが全てであると。
足りなければ残るのは敗北であり、敗北はあってはならない。
必ずや打ち勝ち魂の調節者としての死神の責務を果たして見せろ、元柳斎はそう言っているのだろう。
元柳斎の言葉に「はい!」と短く返事をした冬獅郎と乱菊、おそらく尸魂界では自分達と同じ隊長格は既に力を磨いているだろう事を思い、気を引き締めている様子だった。


《・・・・・・そして井上 織姫 》


冬獅郎たちへと檄を飛ばした元柳斎は、再び視線を織姫へと戻す。
名を呼ばれてほんの少し身を縮める織姫であったが、元柳斎の目は優し気であった。


《藍染が狙うのは現世じゃ、我々だけで対処できぬ場合もあるじゃろう。現世側の力添え、頼りにしている、と。 ・・・そう、黒崎一護に伝えてくれるかの? 》


長く白い眉毛とそれ以上に長い髭。
それらに隠された顔に刻まれた皺と傷。
厳しさを感じさせる老人の顔は、しかし織姫には優しく微笑んでいるように見えた。
それは彼女への気遣いであると同時に、嘘偽りない自身の内側を元柳斎が織姫に見せた瞬間。
頼りにしていると、それが心からの言葉であると織姫に教えるために元柳斎がつくった隙間だった。
それを感じ取り、織姫は一瞬立ち尽くすが一度瞳を閉じ、深呼吸をしたあと元柳斎の目を真正面から見て「はい!」と強く返事を返した。

真なる藍染の目的、明かされたそれは尸魂界での動乱とは比べ物にならない命を脅かすもの。

故に止める、それが彼等の信念だから。

故に護る、それが彼等の矜持だから。


決戦は冬、それまでの僅かな時に欠片の後悔も残さぬよう、彼らは今走り出したのだった・・・・・・











――――――――――











それは音も無く弾け周囲へと飛散した。

見える影はそのどれもが本来あるべき形から何かが失われ、奇形を晒す。
残された形から判断してそれは元は人型であったと推測され、 事如くが破壊しつくされたそれは一瞬の間を置いて全てが砂漠に崩れ落ちた。
奇形を晒した人型の森、崩れ去ったそれらは僅かな砂埃を立てるに留まり後には何も残らない。
そして奇形の森があった場所に残ったのは一人だった。

月の燐光を受け淡く輝く金髪と、苛烈さを秘めた紅い瞳の男。
手に武器は無くただただ硬く握られた拳だけに禍々しさを宿すかのような男が、先の光景を作り出した張本人。
フェルナンド・アルディエンデ、一時は虚夜宮(ラス・ノーチェス)が最高位『十刃(エスパーダ)』にまで上り詰めしかし、今は虚夜宮の辺境外縁部にて十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)にまで落ちた彼。
傍から見れば十刃落ちとは須らく力に淘汰された過去の遺物でしかなく、栄光の座から転落した哀れな者達に見えるだろう。
だがフェルナンドにしてみれば元々欲しいと思って得た訳ではない十刃という称号、それが無くなったからといって別段困る訳でもなく、どちらかと言えば厄介なものがなくなったといった程度。
そもそも階級に意味を見出していないフェルナンドにとってすれば、十刃だろうが数字持ち(ヌメロス)だろうが十刃落ちだろうが何も変わりはしない。

皆等しく、同じ化物であるというだけの話なのだ。


「・・・軟(やわ)い・・・・・・ 」


砂漠に立つフェルナンドはふとそんな言葉を呟いた。
軟い、軟らかいとそう呟いたフェルナンド、それが何を指しているのか見当はつかないが、どうにも不満げな様子だけは見て取れ得る。
硬く握られた拳で先ほどまで立っていたもの達を歪な奇形へと変化させた彼、おそらく戦いにすらなっていなかったであろうその行為の後に呟かれた言葉が何を指すのか、その答えはすぐに判明した。


「おうコラ! もう少しマシなの出せねぇのかよ、番人」


片足で軽く砂漠を踏みつけるようにして声を上げるフェルナンド。
見た目上彼だけしかいない砂漠で大きく声を上げる様は異様ではあるがそれも仕方が無く。
何よりこの砂漠で今、彼は一人ではない(・・・・・・)のだ。


「そう言われましても・・・・・・ 破面No.106(アランカル・シエントセスタ)殿が望まれている硬さは、わしの限界を超えております・・・・・・」


響いた声と同時に辺りに劇的な変化が起こる。
フェルナンドの前当たり、盛上った砂丘の一つが更なる隆起を見せたのだ。
ぐんぐんと伸びる砂丘、そしていつしか砂丘は巨大な壁のようになりよく見ればそれは壁ですらなく、王冠を被った翁の面のような外見の砂の巨人、その上半身に変化していた。
彼の名はルヌガンガ、虚夜宮の周りに広がる砂漠を守護する白砂の番人である。
その身体は全て砂で出来ており、斬られても突かれても死ぬ事はない。
そういった意味では大虚(メノス)時代のフェルナンドに性質は近く、しかし彼の方が長い年月を経ているのか人格は年齢を重ねているように思えた。

そう、先ほどフェルナンドが全てを歪に変形させまたは欠落を生じさせた人型は全て、ルヌガンガが自らの砂で作った人形。
フェルナンドが軟いといったのは、その人形の強度の事だったのだ。


「無理でもやれ。 今のじゃ良くて普通の数字持ちだ、せめてウチの減らず口ばかり叩く子分位の強度は持たせろ。それ位でなきゃ態々テメェに木偶を作らせる意味が無ぇ。こっちも一々アレを捕まえるのは面倒で適わねぇんでな・・・・・・」

「(無茶を言う御仁だ・・・・・・) はぁ・・・承知しました・・・・・・ 」


フェルナンドの有無を言わさぬ返答、それに辟易とした様子ながらも従うルヌガンガ。
彼の巨体が沈むと同時に砂漠から浮き上がるのは六尺程度の人型、先程よりも数が減っておりルヌガンガがフェルナンドの無理難題に答えようとしているのが伺えた。
だが何故このような状況が展開されているのか。
フェルナンドに無理矢理相手をさせられているルヌガンガは、本来虚夜宮に近づく者を退ける任を帯びた大虚だ。
無論その全てをという訳ではないが彼の任務は守護にあり、こうしてフェルナンドの相手をする事ではない。
無い筈なのだが現実としてそれは繰り広げられている。
その理由は要点だけを言ってしまえば彼、ルヌガンガが貧乏くじを引いたという事に他ならない。





虚夜宮外縁部、通称『3桁の巣(トレス・シフラス)』に足を踏み入れたフェルナンド等を迎えたのは、彼よりも一足先に十刃落ちとなっていたドルドーニだった。
彼は3桁の巣の入り口でフェルナンド等を迎えると、彼に新たな番号や3桁の巣での基本的な任務を告げる。
だがその様子はひどく疲れており、見れば髭の所々が切り落とされているのが目に付く。
しかしフェルナンドがそんな様子に気を使うはずも無く、当然のようにその惨状を無視されたドルドーニは一人肩を落とすのだった。

フェルナンドに与えられた新たな番号は破面No.106。
偶然なのかそれとも意地の悪い創造主による意図的なものか、フェルナンドが好敵手と定めた男と同じ“ 6 ”という数字を背負う事となった彼。
だが別段それを意識している様子もなく、フェルナンドはただ黙ってドルドーニの言葉を聞いていた。
そしてドルドーニもそれに拘りを見せるでもなく淡々と任務についても説明する。
3桁の巣における十刃落ちの任務は難しくも無く外敵の排除、それに尽きると。
だがそれは明確に区分けされている場所を護るのではなく、“ 見つけたら殺せ ”という程度の端的で簡潔なものなのだという。
元々強奪決闘に敗れるなどして十刃落ちとなった彼等、その戦力は既に必要とされてはおらず、それを末端でも運用できればそれでいいといった程度の認識が全てであり、責任の所在を明確にするかのように区分けする必要は無いと考えられていた。
そんなぞんざいな扱いを受けながらしかし彼らとて元は十刃、そんな命令もこなせてしまう実力がなまじある為に命令は緩いままなのだろう。

要はお前達の好きにしろ、という事なのだ。


「成程、好きにしていい・・・かよ。ならそうさせてもらおうか・・・ おいオッサン、どこかこの辺で動ける広い場所は無ぇか?」

「広い場所かい? なら外の砂漠がいいだろう、ここからなら直だ」

「そういえばそうだな、此処は追いやられた端だったか。・・・・・・まぁいい、おいサラマ、ちょっと付き合え」

「えぇ!? 」


ドルドーニの説明を一頻り聞き終えたフェルナンド。
十刃のときほど五月蝿く言われないと判っただけで充分だと言いたげな彼、動ける場所はないかと問うた。
その言葉にフェルナンドの後ろで若干嫌な予感を感じるサラマだったが、話は彼を介さずに進み結果、フェルナンドのお呼びが掛かってしまう。


「随分と隠す心算もなく嫌だって声だしやがるな・・・・・・不満でもあるのかよ 」

「いやいや、不満というかなんと言うか・・・・・・ニイサンどうせ外で組み手の一つでもして身体動かしたいとか考えてんでしょう?残念ですがお断りです。 そりゃ偶には付き合ってもいいですが、なにせこっちは誰かのせいで身体がまだガタガタなんですよ。それにニイサンのアレは組み手なんて生易しいもんじゃないでしょうが。俺が毎回どんだけ必死に生き残ろうとしてるか知らないでしょう?」


やや睨みつけるようにしてサラマを振り返ったフェルナンド。
その目にはありありと「文句あんのか」という意思が乗っていた。
サラマはその目を見て内心「ほら、やっぱり」と思いながらも、嫌だという意思だけははっきりと告げる。
フェルナンドにしてみれば組み手であるそれは、サラマからすればそんな生易しいものでは済まされないと。
組み手だからといってフェルナンドが手を抜いてくれる、などという甘い考えは当に捨てたサラマ、迫る拳も蹴りも怖ろしい威力で彼に迫り必死で避けるのがフェルナンドの言う組み手なのだ。
“生きた者勝ち”を信条とするサラマからすれば、自分からそれに飛び込むのは割りに合わなさ過ぎるのだろう。


「テメェの身体がガタガタなのはテメェのせいだろうが、それに手加減やら寸止めは意味なんて無ぇに決まってんだろう。ついでにテメェだって攻撃してんだから相子ってもんだ、それに強くなれるんだから儲けもんだろうが」

「攻めなきゃ自分の命が危ういんだ、当然の反応だと思いますがねぇ・・・・・・まぁどっちにしろ強くなるのに毎回死ぬ思いしなきゃならないなら、俺は他に方法を探そうって考えるクチなんでね。それに俺と戦(や)ったってニイサンに意味があるとは思えませんよ」

「意味は無ぇかもしれねぇが、まぁ殴るには丁度いい(・・・・)・・・違うか?」

「ケッケケ。 また身も蓋もない言い方を・・・・・・」


フェルナンドのいう事も理解は出来る。
手加減、手を抜いて、そんな戦いで力がつくとは思えずそれは何処までも力ある者の自己満足の世界。
相手に合わせて自分の力を落とす事にそう意味は無く、理由も無しにそんな事をし続ければそれは手痛い癖となるだろう。
だがサラマのいう事も一理あるのは確か。
それは彼の心情に由来する部分が大きい事ではあるが、死ぬ思いまでして力を得ようと彼が考えていない時点でフェルナンドの組み手はその考えに反する。
何も強くなる方法は命を賭けるだけではないと考えるサラマ、破面という命を搾取する側にありながら命を価値あるものとして考える彼らしい思考。
そして何より自分より強いフェルナンドが自分と戦う意味が無いだろうと言うサラマに、フェルナンドはなんとも身も蓋もない答えを返した。

だがそれはただ殴りたいという訳ではない。
フェルナンドとてそこまで横暴ではないのだ。
丁度いい、彼はそういった。
それは呼んで字の如く丁度いいのであって断じて誰でもいい(・・・・・)という意味ではないのだ。
直接的に言わないのは実に彼らしくはあるが、少なくともそれだけフェルナンドはサラマを評価している、という事なのだろう。

しかし、評価してもらっているからといって、ではしょうがないと殴られるほどサラマという男は素直でもないのだが。


「とにかく此処は逃げた方が良さそう、ってとこですねぇ」

「逃がす・・・とでも思ってんのか? 」

「ま、逃がしてもらう(・・・)んじゃなくて、俺が逃げ遂せる(・・・)ってのが正しい表現ではありますが・・・ねぇ」

「ハッ! 減らず口叩きやがる・・・・・・ 」


サラマはあくまでいつもの飄々とした雰囲気で、フェルナンドはそれすらどこか楽しんでいるかのように挑発的に。
両者共に自分の考えを譲る心算など無い二人は確かに似通ってはいるが、ことこういう場合においては問題ではある。
どちらも身構えはしない、そこまでの大事でもなくしかし相手の一挙手一投足には注意を向けていた。
なんとも馬鹿馬鹿しくはあるがそれでも場の空気は僅か張り詰める。


「まぁまぁ少年(ニーニョ)、あまりお供の者を苛めるものではないよ。そんなに組み手やらがしたいのならば吾輩がうってつけの人物を紹介しようじゃないか。何せ彼ならいくら君が殴ろうが蹴ろうが死ぬ事は無い(・・・・・・)だろうからね」


そんな二人を見かねたのか、或いはさっさとこの場を離れて髭の修繕に取り掛かりたいのか。
ドルドーニは戦いたいフェルナンドとそんなものは御免だというサラマ両方への解決策を提示して見せた。
曰くフェルナンドがいくら殴ろうともそして蹴ろうとも死なない相手、まるで不死であるとでもいいたげな言葉はフェルナンドの興味を引くには充分であった。


「そいつは笑える冗談だな、オッサン・・・・・・」

「冗談でもなんでもないよ少年。 いくら君の拳が全てを壊し、粉々に出来たとしても彼は死なないだろうさ。会ってみる価値はそれなりにあると思うがね。・・・・・・まぁ、どちらにせよ君のお供は今の隙に逃げ遂せた様だけれどねぇ」

「チッ! 誰のせいだと思ってんだ・・・・・・」


いくら君の拳が強く、全てを砕き、破壊し貫くものだとしても彼は死なない。
疑いの声を上げるフェルナンドにドルドーニはさも当然といった風にそう答えた。
自分の拳に絶対の自信を持つフェルナンドに対してその物言い、ドルドーニもそれだけ自分の言に自信があるという事なのだろう。
フェルナンドの意識がドルドーニの言葉に釣られ僅か彼へと向く。
それは仕方が無い事だったのかもしれない、ドルドーニの言葉を拡大解釈して捉えたとき、彼が言っている言葉はお前ではその相手を殺せず、勝つ事はできないと言われているも同じなのだから。
勿論ドルドーニにそんな意図はないし、フェルナンドも其処まで愚かではない。
だが、その僅かな意識の分散は隙と呼ぶには小さいものかもしれないがしかし、隙は隙だった。

フェルナンドの意識が僅か緩んだその瞬間、サラマはもうその場から撤退を開始していたのだ。
直にそれに気がついたフェルナンドだったがそれはほんの僅かに遅く、ただ逃げだけに徹するサラマを捉えるのは骨が折れる作業。
逃げる者と追う者、そこで最初に生まれた初動の差を易々とは埋められず、それはフェルナンドが“丁度いい”と評価した相手ならばきっと尚更の事だろう。
もっとも、そうして追う事もまた面白いかとも思うフェルナンドではあったが、今はドルドーニの言う相手の方に興味が割かれていた。
その点もサラマには味方したともいえるのだが。


「逃がしたのは何処までも少年の責任だろう?だが・・・・・・中々面白そうなお供を連れているねぇ・・・・・・」

「ハッ! 面白い・・・かよ。 あれが面白いで済むタマなら苦労はしねぇさ・・・・・・まぁいい、で? その死なねぇ相手ってのは何処にいる」

「砂漠だよ。 虚夜宮を取り巻く砂漠、そこを任された大虚。白砂の番人 ルヌガンガ。 彼は大虚だが存外理知的だからねぇ、吾輩らからの頼みならば受けてくれると思うよ」

「番人・・・ねぇ・・・・・・ まぁどれ程のもんか、見るだけ見てみる・・・かよ」






そして場面は再び砂漠に立つフェルナンドへと戻る。
この状況が生まれた原因、それはサラマの逃走とドルドーニのお節介。
サラマは別としてドルドーニは良かれと思っての行動だったのだろうが、ルヌガンガの現状を見る限り大きなお世話に他ならないだろう。
全身が砂で出来たルヌガンガ、確かに殴れば弾け飛びはするが死ぬ事はないだろう。
こと肉弾戦においての不死性は高いと言え、フェルナンドがこうして今もルヌガンガを相手取っている事からもそれは立証されているといえる。
もっともそれはある一定の部分であって、決してフェルナンドが満足いくものとは違うのだが。

砂の人形、数を減らした事で強度を上げ、さらに操作性をも向上させたそれがフェルナンドに迫る。
砂から持ち上がったような人形は必ず砂漠と接し、どちらかの脚は必ず砂と同化してはいたが蹴りもうてる様子。
襲い来る砂の人形を迎え撃つフェルナンド。
人形の拳を避わしざまに懐に踏み込み右の拳を渾身の力でもって脇に突き刺して仕留め、また人形の顎を掌底で跳ね上げそのまま両手で頭を掴んで引きながら自らは跳び上がり、膝を顎に叩き込む。
中段を狙った蹴りに人形が反応したのを感じれば、脚は更に跳ね上がり上段から首筋に叩き落される。
人形の悉くは次々とフェルナンドの攻撃でまたも見るも無残な形となり、対してフェルンドは息も乱さず時折嗤いながら砂の人形を破壊し尽くしていった。

最後の一体、再び拳を掻い潜り密着状態にまで持ち込んだフェルナンドは拳を人形の脇腹に添えるようにして構え、そして構えから一拍遅れて人形の上半身は爆散した。
弾け飛ぶようにして消えた人形の上半身、砂が先程よりも大きくそして広く辺りに飛び散る。
本気で打ち込んだのか或いは打ち方を変えたのか、定かではないがニィと嗤うフェルナンドの顔は実に楽しそうであり、ルヌガンガには悪いがドルドーニの紹介はフェルナンドにとってある程度有意義なものといえたのだろう。



ただ思いのほか飛び散った砂は、こんなところまで飛んでくる筈もないと思っていた人物を見事直撃していた。


「ペッ! ペッ! おいおい・・・・・・ 久しぶりに会った相手にいきなり砂ぶっかけるとか。どういう心算なんだよ、お前さんは・・・・・・」

「そんなとこに突っ立ってるテメェが悪いんだろう?まぁ軽い挨拶・・・ってやつだ 」

「成程、これはわざと・・・ってやつか。 いい性格してるな、相変わらず」

「避けられるのに避けなかった奴に言われたか無ぇが・・・な・・・・・・」

「普通はそんな心配しないもんさ。まぁなんにせよ、だ・・・・・・ 調子はどうだ?フェルナンド 」

「別に・・・・・・ 良くも悪くも無ぇよ、スターク」














炎と狼

語らいは月光


髑髏の仮面

覆いしモノを

曝け出せ

















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.77
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/02/13 21:03
BLEACH El fuego no se apaga.77











「それで? なんでまたこんな所に来た? 」


再会より少し経ち、先程の砂漠より場所を移したフェルナンドとスターク。
そこは虚夜宮(ラス・ノーチェス)の淵、砂漠から見上げるより僅か月が大きいその場所で口火を切ったのはフェルナンドだった。
フェルナンドからすればスタークは嫌いではない部類に入る人物であり、それは強さであり雰囲気に由来するもの。
戦うことに帰結を求める彼ではあるが、ハリベルと同じようにスタークもまた語らうも良し、と思える相手なのだろう。


「別に・・・ただの散歩さ。 ・・・・・・こんな月だ、見上げて歩くのも良い・・・ってなもんだろ。まぁ、結果砂をぶっかけられはしたがな 」


どうしてこんな辺鄙な場所にと問うフェルナンドにただの散歩だと答えるスターク。
だが彼らが今いる場所は虚夜宮の外縁部、本来スタークが居る第1宮(プリメーラ・パラシオ)の場所を考えれば散歩で済ませられる距離でもないのだが、彼ならばそれが通ってしまいそうだから怖いものである。
何故なら彼が背負う号は第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)、虚夜宮に巣くう全破面(アランカル)の中で最高の力を持つ者だけに与えられるそれを持つ彼だからこそ、その言葉は真実味を帯びるのだろう。
月夜の散歩、永遠に日が昇る事は無く夜だけが空を支配する虚圏(ウェコムンド)では別段珍しいものでもないが、スタークに見えるその月は普段とはどこか違って見えたのかもしれない。
目の錯覚、気分の問題、理由は多々あるだろうがスタークにとって違って見えたその月は、見上げて歩くのも悪くない代物だったようだ。


「ハッ! 確かに悪くない月ではあるが・・・な」


スタークの言葉にチラと空を見上げてフェルナンドはそう零した。
何をもって悪くないのか、という事はきっと誰にも判らない。
ただスタークもフェルナンドも同じ月を見て同じことを感じる慣性を持っている、という事は二人はどこか似通っているのかもしれない。


「のんびりダラダラして、こうやって月眺めて、俺はそれで充分満足なんだがねぇ・・・・・・」


フェルナンドが言葉を発して後僅かな静寂が流れ、ふとスタークはそんな言葉を零した。
それは実に彼らしく、第1十刃という重責にありながら怠慢な自身の性を隠そうともせず、またそれが悪い事とも思っていない言葉。
血生臭い虚圏にあって彼はそれを好まず、同胞という自分以外の存在が失われる事にすら忌諱感を抱く。
ただただ孤独を生き続けたからこそ生まれた価値観、自分以外の存在、その重要性を誰よりも感じるからこそ彼は戦いを常とする虚圏でただのんびりと時を過ごす事がどれだけ稀有なものかを知っているのだろう。


「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。 そんなもん俺は御免だ、それは俺にとっちゃ死んでるのも同じだから・・・な。俺は月光を浴びて干乾びるような人生なんて誰が欲しがるものかよ・・・・・・」

「・・・・・・だろう・・・な。 お前さんはきっと立ち止まるなんて事考えたことも無いんだろう・・・・・・先へ先へと直向に駆けるんだろうさ。 それが例えどんだけ馬鹿げた道でもな・・・・・・」

「誰に馬鹿だと言われようが俺には関係無ぇよ。俺の進む道だ、俺が行く先を決めて何が悪い?何もせず立ち止まって死ぬくらいなら、駆けに駆けて死んだ方がマシだ、と思うが・・・な」


月の淡い燐光が照らす白い天蓋。
スタークの言葉を否定し、それは自分にとっての死だとするフェルナンド。
天蓋の内側に映った青空、虚圏を覆う永遠の夜空、そのどちらを眺める事もフェルナンドは嫌いではない。

しかし、それだけで満ち足りる事などありえないのだ。

確かに空を眺める事は悪くは無い、しかし戦いの前ではそれは霞む。
そして戦いの先に己が充足を求める彼にしてみれば、何もせずいる事は罪ですらあるのだ。
求めるために動き続け、戦い続けること。
“ 生きているのだ ”という実感を戦いの先に見据えたフェルナンドにとって、戦わずに過ごす事は生の放棄。
立ち止まり立ち尽くす事は即ち死、スタークがそれだけで充分だといった世界はフェルナンドにとって死の世界でしかないのだ。

スタークからすれば馬鹿げた道であるそれを、フェルナンドは何の迷いも無く進むのだろう。
止まる事が既に彼にとっての死である以上、彼は進み駆け続ける。
僅かな迷いすら抱く事を許さず、ただ自分が信じた道だけを進み続ける。
スタークはそんなフェルナンドの言葉にフゥと大きく息を吐き、天を仰いだ。
その仕草はどこか諦めたようにも見えたが、同時に思ったとおりだと言っている様にも見え、真意は判らないながら何かを決めたような様子だった。

「なぁ、フェルナンド。 一つ、質問していいか・・・・・・?」


フェルナンドの方を見る事無く、ただ月を眺めながらそう口にするスターク。
質問、何かを試す心算かはたまた単純な疑問か、彼が発したその言葉にフェルナンドは無言だった。
そして無言を肯定だと捉えたスタークは、静かに語り始めた。



「お前なら・・・・・・ お前なら、“ 恩義と同胞 ”、どっちか一つを選べと言われたらどっちを選ぶ・・・・・・?」



それは何とも要領を得ない質問。
恩義と同胞、そのどちらか一つを選ばなければならないとして、お前ならばどちらを選ぶというその問い。
同胞が指すのはおそらく彼等破面であろうが、恩義が指す部分が何かは判らず。
スタークに何があったのかはフェルナンドの知るところではなく、もしフェルナンドがそれを訊いたとしてもスタークがそれを語る事はないだろう。
ただその問いは、相手の目を見る事無く呟かれたその問いは、スタークという男のささやかな叫びなのかもしれない。
常に一人であった彼、一人から二人へと変った彼、常に孤独であったが為に全てを一人で解決するしかなかった彼。
誰に頼る事もなく、誰に打ち明けるでもなく、ただ己へと内向きに問い続ける事でしか解を導く術を知らぬ彼。
片割れにはまだ重過ぎるその決断を、ただ一人抱えた彼。

何もかもを分け合うとした二人の中でしかし、別々となったが故に全てを共有する事は叶わず思い悩んだのだろう。
質問という形で叫ばれる助け、正しい解がある訳でもなく、間違った解がある訳でもないがしかし、何かが欲しいと。
望む解が欲しいのではない、望まざる解を恐れているのでもない、ただ欲しいのはこのジレンマから抜け出す僅かな導(しるべ)なのだと。
そんなスタークの問い、月を眺める彼の問いにフェルナンドは一言、こう答えた。



「知るかよ。 俺は“ 誰かの為に ”悩んでやれる程、優しく生きてはやれねぇよ・・・・・・」



それは一見突き放すような物言い。
しかしフェルナンドという男の悲しさでもあった。
誰かの為に悩んでやる事は出来ない、というフェルナンドの言葉が示すとおり、スタークの問いは“ 自分の為 ”ではなく“ 他人の為 ”の悩み。
恩義ある人物の為であり、同胞である破面達全ての為の悩み、自分がどうしたいかではなく彼等の為に自分はどうするべきかという悩みなのだ。
自分というものを殺し、誰かの為に思い悩む、それが優しさでないというのならば何だというのか。
そしてその優しさを持って誰かの為に悩んでやる事は自分には出来ず、故にその問の答えを自分は持たないとフェルナンドは言ったのだ。
フェルナンド、彼の内側に他人の為に思いを砕く隙間はないのかもしれない。
自分の目指すもの、自分の求めるもの、それだけで精一杯でそれらに構う余裕は無いのかもしれない。

彼自身にその自覚は皆無だろうがしかし、それは人生というものを考える上で悲しく、そして貧しい。

そんなフェルナンドの答え、スタークが望む導とは言い難いそれ。
夜空に吸い込まれるようにして消えたその声の後には、沈黙だけが流れる。
そして少しの間続いた沈黙を破ったのはスタークだった。


(・・・・・・まぁ、“ どっちかを選ばれる ”よりはこのままの方がマシ、って事か・・・・・・)

「優しく生きてはやれない・・・ってか・・・・・・まぁ俺のはただの優柔不断、ってやつだろうさ。アッチもコッチも上手くいく様にしたい、なんもかんも丸く治めたいって考えが甘いなんて事はとっくに判ってはいたんだ。そんでも、ウチのチビがキツイ思いをすんのは・・・な。だがまぁこうやって一人で抱えてる時点でまたアイツを怒らせちまう、ってのが間抜けではあるか」

「ハッ! にしてもまぁ随分と“ しがらみばかり ”抱え込んだもんだ・・・・・・ 」

「まったくだ。 はぁ~ぁ、ユルく生きるにはどうしたらいいもんかねぇ・・・・・・」


求めた導は得るには至らなかった。
しかし、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった様子のスターク。
自分以外の誰かに打ち明ける、というそれだけの事が気持ちを軽くする。
一人では、孤独では到底出来なかった事、自分以外の他人の存在があって初めて成り立つ事柄。
孤独ではない、それだけでこうも違う、スタークにとってこれ以上の事は無いだろう。


「お~~い! スターク~! 」


重い空気は消え、軽口をたたくスタークとフェルナンド。
そんな彼らに遠くから声がかかる。
視線を向ければその先には、腕を伸ばし元気一杯に振る黄緑色の髪をした少女、スタークの片割れであるリリネットの姿と、そのリリネットを何故か肩車しているサラマの姿が。
スタークの姿を見つけ、もっと速く走れと脚でサラマの首を絞めるリリネットと、それがまったく効いていない様子でベェと舌を出してヤレヤレといった様子のサラマの姿は若干異様ではあった。
そしてスタークとフェルナンドの傍まで移動したリリネットとサラマ、到着すると同時にリリネットは少々元気すぎる声で叫ぶ。


「もう! 何処行ってたのさスターク! 」

「何処だっていいだろうが。 それよりお前、どうやって此処まで来たんだよ・・・・・・」

「どうやってって・・・・・・ こうやって? 」

「こうやってじゃねぇよ、ったく・・・・・・悪かったなアンタ、ウチのチビが迷惑かけたみたいで・・・・・・」


元気の有り余ったかのようなリリネットと、それに中てられるように辟易とするスターク。
どうやって此処まで来たのかというスタークの問いに、リリネットはサラマを指差しながら小首を傾げて答えた。
その様子に盛大に溜息をつき、頭を掻くスターク、悪気が無いであろう自分の片割れの様子に呆れるばかりといった様子で肩を落とす。
だがこれでいいのだともスタークは何処かで思っていた、天真爛漫なこの片割れは無理に重荷を背負いたがるがその必要はないと。
今背負う必要は無く、それは彼女が大人になるにつれて徐々に負っていけばいいのだからと。


「ケッケケ。 別に構いませんよ、第1(プリメーラ)のダンナ。偶々行く先が同じ方だったもんですからね、まぁその先にニイサンが居るのに気が付いた時は少し後悔しましたが・・・ね」

「ハッ! 随分と間抜けを晒してるじゃねぇか、えぇ?サラマよぉ・・・・・・ 」

「言わないで下さいよ・・・・・・ 自覚、あるんですから・・・・・・」


「チビって言うな!」 と喚くリリネットを無視し、スタークはサラマに詫びの言葉を述べるが、サラマは気にしなくていいといった風で返した。
実際3桁の巣(トレス・シフラス)に入るだいぶ手前の虚夜宮内砂漠で、スタークの居場所をいきなり訊かれた時は面食らったサラマだったが放って置くことも出来ず、こうしてスタークの元までリリネットを送り届けたのだ。
人が良いと言うかなんというか、厄介事を引き込む才能がサラマにはあるのかもしれない。

そんなリリネットを肩車するサラマにフェルナンドは何とも楽しそうに声をかける。
間抜けを晒す子分、楽しむなと言う方が無理な話である。
自分の姿の滑稽さに自覚ありのサラマは若干肩を落とし、それと同時にリリネットはサラマから飛降りるとスタークの方へと移動すると彼の脛を蹴り上げる。
が、当然スタークに痛みなど無く、代わりにリリネットの方が痛みで足を押さえる結果となっていた。


「はぁ、いい加減学べよ・・・・・・ 」

「う、うるさい!! いいから第1宮に帰るよ!何か藍染様から話があるんだって! 」


痛みからか目尻に薄っすら涙を浮かべるリリネットと、足癖の悪い片割れにまたも溜息を零すスターク。
そんな呼び出しなら下官にやらせればいいだろうに、とも思いつつリリネットなりに心配していたのだろうとそれは口にしなかった。
痛みを誤魔化すように声を上げたリリネットを見るフェルナンドは小さく鼻で笑い、サラマはヤレヤレと首を横に振っていた。


「にしても呼び出し・・・か。 碌な事じゃなさそうだな、まったく・・・・・・まぁそういう事だ、フェルナンド。・・・・・・話せて良かった 」

「そうかよ。 俺としては口じゃなくて拳《こっち》ならもっと良かったが・・・な」

「言ったろう? そっちはやる心算無ぇよ 」


藍染からの呼び出し、という事でスタークはまた溜息をつきながら頭を掻いた。
彼にとって藍染が動くという事はまた一つ、戦が近づくという事。
スタークにとってその足音は出来れば近づいて欲しくは無いもので、故に碌でも無いと言うのだろう。
話せてよかったというスタークにフェルナンドは軽く拳を握って突き出し、こちらなら尚良かったとニィと笑みを浮かべる。
気当たりも何も無いがしかし、眼に宿る意思だけでそれが本心だと告げるように。
しかしスタークはそれを柳のように受け流し、リリネットと共に歩き出すと後ろ手に手を振る。
いつか見た光景に重なるそれは、しかし前よりも広い背中身に見えていた。


「あぁ、そうだ 」


二、三歩歩いたところでスタークは何かを思い出したように不意にその足を止めた。
それにつられてリリネットもまた足を止め、スタークはフェルナンドの方へと振り返る。
何事かと訝しむフェルナンドとサラマ。
スタークの瞳、海のように静かでどこか憂いを湛えたようなそれは、フェルナンドをしっかりと捉えていた。


「さっきお前さんは、俺が“ しがらみばかり ”抱えている、って言ったよな?確かに大方間違っちゃいないがその中で一つだけ、間違ってたから教えておいてやるよ・・・・・・」


湛えた蒼は静かで、しかし何処までも揺るがない蒼。
ぶれる事無く波立つ事無く、強い意思が一滴に至るまで行き渡り故に美しい蒼。
その蒼い瞳、見据えるフェルナンドに強烈な意思をぶつけるのではなくただ諭すかのような雰囲気のそれは、静かであるが故に場を支配するかのようだった。
“ しがらみ ”引き止め、まとわりつき、邪魔をするもの。
誰かと誰か、誰かと何処か、何かと何かが絡み合う中で生まれる関係性。
フェルナンドはスタークがそのしがらみに囚われていると言った。
恩義、同胞、孤独と片割れ、殺し殺されるという摂理、戦いたくは無いが護るには戦わねばならないというジレンマ。
それらに囚われすぎていると、しがらみを他人より持たないフェルナンドはそう感じていたのだ。

だがスタークはそれを肯定した上で一つだけ、間違いがあると言う。
それは何か、スタークの蒼い瞳をフェルナンドの紅い瞳は真正面から見据え、受け止める。
スタークはそのまま、リリネットの頭に片手を置くと一言、こうフェルナンドに言った。



「コイツとの間にあるもの、それだけはしがらみじゃ無い。俺とコイツの間にあるのは・・・・・・ “ 絆 ”・・・さ・・・・・・ 」



そういってスタークは小さく笑うと再びフェルナンドとサラマに背を向け「じゃぁな」と言って歩き出す。
絆、という言葉にフェルナンドはなんとも驚いた顔をし、次第遠くなっていく彼等の姿を見ていた。

そんなフェルナンドの様子など知るよしもないスターク。
足取りはきっと此処に来るときよりも僅かながら軽いことだろう。
それは僅かばかり憂いが晴れたせいか、それとも隣にいる片割れのおかげかは定かではない。

並び歩くスタークとリリネット。
その姿は二人だけだった頃と同じようで少し違うもの。
だがそれでもそこだけは同じなのだろう。

隣を歩く片割れ、互いにその手を繋ぎながら歩く事は。










――――――――――










時は井上織姫が藍染惣右介の真の目的を知る数日前にまで遡る。

現世、空座町。
重霊地と呼ばれる霊的特異点であり、霊なるものが集まりやすくまた霊的に異質な土地。
整(プラス)と呼ばれる善良な霊魂、整が堕ち、魂を喰らうに至った化生である虚(ホロウ)、その虚を狩る尸魂界(ソウルソサエティ)の使い死神と、虚と死神の境界を取り払い、自らの仮面を剥ぎ取った集団、破面。
他にも空座町には霊的に優れ、理から外れ、また力を持つ者達が集っていた。

そして彼らもまた、そんな霊的に異質な土地に惹かれた一団なのかもしれない。

空座町郊外、大きな倉庫が立ち並ぶ一角。
倉庫といっても其処は殆どの建物が廃墟と呼ばれるような状態で、窓は割られ、鉄は錆び所々に瓦礫の山があるような場所。
一般人ならば余程の用事が無ければ近づかないか、或いは無軌道な若者達が自分達の根城とするほか価値など既に失っているような建物の墓場の中にそれはあった。
三階建ての何の変哲も無い倉庫、正面には大きめのシャッターがあり他と比べても建物が持つ存在感は大きいと言える。

だが、例え今この場に百人の人間がいようともこの倉庫の存在を“ 認識出来る者は居ない ”。

人も、動物も、昆虫も、その倉庫の存在を認識できる者は居ないのだ。
何故ならそれは、意識の中にその倉庫が存在しないから。
いや、正確には目には見えていてもそれを認識で出来ない、目から入った情報を認識できていないのだろう。
まるで意識の中からこの倉庫の存在自体が空間ごと消し去られているかのように。
そして消し去られてしまっているが故に、認識できていないが故に誰もその倉庫に近づこうとすらしない、いや出来ないのだ。

無論それには理由がある。
大きな倉庫、それをすっぽりと囲むようにして存在する見えない壁。
所謂結界がその倉庫を覆い隠しているのだ。
包み、そして覆い隠すために張られた結界、他者の意識を逸らし存在を隠匿するその結界、そんなものが用いられる理由は一つ。
何かを隠すため、である。


結界に覆われた倉庫、その中に入ると中は半分が上の階の床をぶち抜いた吹き抜けで、残り半分はそのまま。
やはり外観通りの廃墟であり、そこかしこに瓦礫が山と積まれていた。
だが異様なのは寧ろ上ではなく下、床の一部が跳ね上げられそこから下へと続く階段があるのだ。
倉庫の建屋が無秩序に壊れているのとは違い、その床から続く階段は対照的に整然としておりそれだけに不気味。
階段は随分と長く続き、暗い階段を下へ下へと降り続けた先に広がったのは、そこが町の地下であることを疑うような巨大な空間だった。
広さは定かではないが地面はむき出しで所々にごつごつとした岩の柱が立ち、天井には青空と雲が描かれそれ故にその空間をより広く感じさせていた。
おおよそどんな目的で作られたのかを推し量るのが難しいその空間。
廃墟の倉庫からまるで別の場所に繋がったかのようなその場所に彼らは居た。

広い空間の一角、巨大な橙色に光る結界を囲むようにして居る人影。
その数は大小合わせて七人。
そして皆一様に目の前にある巨大な結界を見据えていた。


「リサの奴、圧されてんな・・・・・・ 」

「殺さんように抑えて戦こうてるんや。 しゃ~ないやろ」


圧されてる、そう呟いた銀色の短髪でタンクトップの男に金髪でおかっぱ頭の男が答えた。
視線はお互い結界から外す事はなく、しかし冷静にその様子を見ているところを見ると、リサと呼ばれた人物をそれほど心配している様子はない。
そしてそれがどうでもいいからではなく、信頼によるものだという事は彼等の眼を見れば明らかだった。

言葉を発した二人だけではなく他の全員の視線が集中する先。
橙色の結界の中には動く影が二つ。
一つはセーラー服に身を包み、黒髪おさげで眼鏡をかけた女性。
生身でありながら手には死神の証である斬魄刀を持ち、凛々しい目つきで戦っているのが先ほど銀髪と金髪の男にリサと呼ばれた人物、名を矢胴丸(やどうまる)リサ。
そして結界の中で動くもう一つの影。
黒いコートのような上着を翻し、その手に持つのは漆黒の刃。
卍型の鍔に柄尻には鎖が垂れ、刀身はただ黒くそして鋭い。
特徴的な橙色の髪、非常に目立つそれはそれだけで彼が何処の誰かを特定させてしまう。
しかし、今彼が口から発するのはとても人間とは思えない獣のような咆哮、口は大きく裂けたように笑みを浮かべ、瞳の黒と白は反転しそしてなにより顔の半分は虚の仮面に覆われ、そしてその胸にはしっかりと喪失の孔が穿たれていた。

そう、その影の名は黒崎 一護、今まさに虚へと堕ちようとしている黒崎一護なのだ。

『 虚化(ホロウか) 』

死神と虚はその属性こそ違えど魂の構造は非常に酷似している。
そして虚が魂の限界を超え死神へと近付く事で力を得、破面となる事を破面化と言うのと同じように、死神が魂の限界を超え虚へと近づく事を虚化と言うのだ。
本来崩玉(ほうぎょく)の力をもって成される虚化、しかし黒崎一護は崩玉の助け無しにその領域に足を踏み込んだ。
しかし、いくら一護が才能に溢れ尋常ではない成長を見せるとはいっても虚化は、その才能も成長速度も凌駕していた。

虚化とは死神が虚へと近づく事、そして虚化が進んだ者には皆例外なく己が内側に生まれるものがある。
それは虚、虚へと自ら近づいた事によって一護の内側には内なる虚が巣くうようになってしまったのだ。
内なる虚は本来の人格である一護を喰らい尽くし、自らが彼の肉体の王となるべく一護の肉体と精神を侵食し続ける。
それは徐々にではあったが確実なもので、そして一護が卍解を習得した事でその速度は爆発的に速まっていった。
精神を蝕まれ、そして戦いの最中一護の邪魔をするうちなる虚。
内なる虚に怯えるようにして戦う一護に当然勝利など掴める筈も無く、彼は先の第二次破面侵攻で惨敗を喫した。
悔しさ以上に情けなさと遣る瀬無さが残るだけの戦い、誰を護る事も出来ず、仲間を傷つけられただけの戦い。
一護にとってそれ以上苦しいものは無かっただろう。

故に彼はこの倉庫にやってきたのだ。

この倉庫に巣くう者達の名、それは『 仮面の軍勢(ヴァイザード)』
禁術を用いて虚の力を手に入れようとした元死神の無法の集団、死神でありながら虚へと近付いた彼らは尸魂界を追われ現世へと流れた者達。
無法の集団である彼らだがしかし、彼らは死神の力とそして虚の力、虚化を御す術を持っている。
そして同じように虚化の片鱗を見せていた一護を自分達の仲間にしようと、一護に度々接触を謀っていたのだ。

だが仮面の軍勢の誘いを悉く断っていた一護、自分は死神代行であり死神は自分の仲間だという彼の強い意思が、まるで裏切りのように仮面の軍勢の下へ行くことを拒み続けていた。
しかし、自分の現状を一護が鑑みたとき、そして事あるごとに仮面の軍勢から行われた忠告を聞き、何よりこのまま誰を護ることも出来ず内なる虚に食い尽くされ、いつか自分の大切な者を自分が傷つける可能性を考えたとき、彼の答えは決まっていた。

虚化を御す術、それを彼らから訊きだす、例え力づくでも。

その為に訪れた一護を仮面の軍勢は受け入れた。
それは頭で考えるのではなく、身体が慣れるものでもないと。
虚化とはその程度で御しきれるほど甘いものではないと。
故に教えてやる、その魂の芯にまで叩き込んでやると。


その末がこの光景。
胸に孔を穿ち、仮面で顔の殆どを覆い隠し、獣の咆哮を上げる一護。
我武者羅に振るわれる彼の斬魄刀に乗るのは殺意と破壊衝動のみ、目的は無い、終わりもない、ただ化生としての殺戮本能に任せた暴走だけが其処にあり、そしてこの状態こそが虚化を御すための最初の一歩。
今現在彼の意識は彼の奥底のもっとも深い部分、深層心理と呼ばれる部分まで潜行している。
その場所は彼の魂の中心であり、彼の力の核ともいえる場所。

虚化の第一歩、それは内なる虚との対決。

戦うことで内なる虚を下し、どちらが“ 王 ”であるのかを示す事、どちらが扱う側でどちらが扱われる側かを刻み込むための儀式なのだ。
負ければ精神は一気に内なる虚に喰われ、一護の精神は二度と元に戻ることは無く彼は虚へと変るだろう。
そうした命がけの、黒崎 一護という存在を賭けた戦いが今、荒れ狂う彼の肉体の内側では行われているのだ。


(モタモタしなや、一護。 はよせんとお前の事、殺さなアカンようになるで・・・・・・)


金髪おかっぱの男、結界の中で戦う一護を見守るのは平子(ひらこ)真子(しんじ)。
一護を仮面の軍勢へと誘った彼等のリーダー格である彼は、刻一刻と虚へと近付いていく一護を見ながら言葉に出す事無く、そう呟いていた・・・・・・









青空を雲が縦に流れる。
辺り一面に広がるのは、広大な大地の代わりに摩天楼。
天を貫かんばかりに伸びたそれは、土台たる地面すら見ることが出来ない程高く聳えていた。
いや、正確には聳えているという表現はこの場所を表すのにはそぐわないかも知れない。
その場所、その世界は全てが横倒しの世界。
大地も空も聳える摩天楼も、その全てが真横に倒れたかのような世界。
そしてそれが自然である世界。

そんな横倒しの世界こそ、黒崎 一護が抱える精神世界だった。

横倒しの摩天楼は微かも見えぬ大地の代わりに足場となり、雲は落ちるか昇るかのように上下へ流れる。
精神世界とはその世界を持つ者の心を映すものであり、立ち並ぶ摩天楼も晴れ渡った空も一護という人物を顕すのに適当であると思われ、しかし何故横倒しなのかという疑問は残るがそれは今語るべき事ではなかった。

横倒しの摩天楼、その壁を足場としまた空を駆けるようにして二つの影が交錯している。
片方は黒いコートのような上着を翻し、手にも黒い斬魄刀、そして橙色の髪をした死神代行黒崎一護。
そしてもう片方は一護とまったく同じ型の白い上着を翻し、その手に持つのも一護と同じだが白色の斬魄刀、その容姿も一護と瓜二つでしかし、こちらは髪も肌も真っ白で、瞳の黒と白が反転しなにより一護が一生浮かべることが無い様な獰猛過ぎる笑みを浮かべていた。
そう、その全身白く一護とまったく同じ容姿をした存在こそ、一護がその身の内に抱える魔の根源、内なる虚なのだ。


「ヒャハハハ! どうしたよ一護!? まさかその程度でこの俺を倒せるなんて思ってんのか!?」


度重なる交錯、ぶつかり弾けまたぶつかりを繰り返し二人はまたはじかれて距離をとった。
しかしその差は歴然、無傷である白い内なる虚に対して一護の身体には刀傷が刻まれ、息も上がり始めている。
互いに卍解状態であり、その手に握るのは全幅の信頼を置く斬魄刀天鎖斬月(てんさざんげつ)、姿形も武器もまったく同じ二人、しかしそこには純然たる差が存在していたのだ。


「うるせぇ! 月牙(げつが)・・・天衝(てんしょう)!!」


挑発するようなうちなる虚の言葉、それに一護は声を荒げる。
イラつき焦るような一護、勝たねばならないという思いが先を行き過ぎ空回っている様にも見えた。
だがそれを本人が自覚など出来るはずも無く、右手に握った天鎖斬月に一護は己の霊圧を込めそして振りぬいた。
振りぬかれた天鎖斬月の刀身、そして其処から飛び出す黒く押し固められた一護の霊圧。
これが天鎖斬月が持つ唯一の技であり能力、刀に自らの霊圧を食わせ、超高圧の斬撃として撃ち出す技、月牙天衝。
撃ち出された斬撃はまるで黒い三日月のように姿を変え、内なる虚目掛けて迫っていく。
当たればただの斬撃とは比べ物にならないダメージを負うであろうその一撃、十刃(エスパーダ)であるグリムジョーの鋼皮(イエロ)にすら傷を付けた強力な一撃が迫る。

がしかし、内なる虚は慌てず、なによりもつまらなそうにその黒い三日月を左手の一払いで消し去った。


(なん・・・だと・・・・・・!? 片手で・・・止めた・・・・・・?)


一護に衝撃が奔る。
手加減など微塵もした心算は無い己が必殺の一撃。
それをいとも容易く止められ掻き消されたという事実、動揺に揺れる一護の瞳だったがしかし、そんな動揺に揺れ続ける暇を内なる虚が与えてくれる筈も無かった。
動揺する一護などお構いなしに一瞬で一護との間を詰める内なる虚。
咄嗟に天鎖斬月で内なる虚の白い天鎖斬月を受け止める一護だったが、その威力と突進力にそのまま押し込まれ受け止めるのが精一杯、とても弾きかえす事など出来ず、そのまま内なる虚の密着状態を許してしまう。
それに内なる虚は口が裂けたような笑みを浮かべ、そして呟くようにそれを口にした。


「 月牙天衝 」


その後に起ったのは一護の黒い三日月の比ではない大爆発。
鍔元から切っ先に至る全てから、ただ込められた霊圧の大きさに比例して放出された高密度の霊圧。
撃ち出したと言うよりは刀身の全てから放出され爆発したという表現の方が正しいかの様な、そんな一撃が一護を瞬時に呑み込んで見せたのだ。
同じ容姿、同じ武器に同じ力、しかし“ 使い手が違う ”というだけで此処まで大きくなる差、圧倒的なまでの内なる虚の力。
これが一護が倒し、御そうとしている者の強さという事なのだろう。


「なんだ、咄嗟にテメェも月牙を撃って威力を弱めたのか?だがそれでもテメェは下手糞だ、一護。卍解状態で初めて月牙天衝を使ったのは俺だぜ?テメェは俺の戦いを見様見真似でなぞってるだけの、出来の悪い餓鬼なんだよ」


白い斬月には赤い血がべっとりと付き、ポタポタと摩天楼の大地に滴り落ちる。
肩で息をし、今にも崩れてしまいそうな一護とは対照的に内なる虚は余裕で彼を見下していた。
一護は腹の辺りをザックリと切り裂かれ、それでも咄嗟に放った月牙天衝で威力を殺した分まだ立っていられるといった状況。
しかしその一護の努力すら否定するように内なる虚は言う。
お前はただ自分の戦いをなぞるだけの餓鬼だと、自分で考えることはせずそれ以外の方法を模索しない餓鬼だと。
同じ月牙天衝という技一つとってみてもその使い方の差は歴然だろう。
ただ斬撃を飛ばす一護と、相手に接近し零距離から逃さず呑み込む内なる虚、敵を確実に仕留める事を考えれば優れているのはどちらか。
そして戦いにおける使い方の差は、いったい何処から生まれてくるのか。
今の一護にそれを考える余裕はないだろう、だがその手に握った刃の切っ先を下げないのは彼の意思がまだ敗北していない事を示ししかし、その意思だけではどうしようもない事は存在する。

一瞬、ほんの一瞬内なる虚の姿がぶれる。
次の瞬間内なる虚は一護の間合いの内側に立っていた。
そして一護がそれに反応するよりも早く、内なる虚は一護の斬魄刀の刀身を左手で握り締めていたのだ。



「諦めな・・・一護・・・・・・ テメェに卍解は、使えねぇ」



言葉が終わると同時に変化は現われる。
内なる虚が握り締めた天鎖斬月の刀身、そこが黒から白へと変っていくのだ。
ありえない変化に眼を見開く一護、しかし変化は止まらず白の侵食は握られた部分から切っ先、そして鍔元へと続き柄尻までが変化した頃には一護が握っていた方の天鎖斬月はボロボロと崩れ、その姿を消していった。
現実にはありえない光景、しかし此処は現実ではなく一護の精神世界であり、同時に今や内なる虚の精神世界でもある。
精神世界とは精神が全てを支配する世界、目に映る横倒しの摩天楼は一護の精神風景であり、彼の目の前に居る内なる虚はその実彼自身の力の核。
二振りあった黒白の天鎖斬月は、一護と内なる虚の力がギリギリで拮抗していた事を示ししかし、その均衡が破れ内なる虚へと力が傾き出した今一護の黒い天鎖斬月は内なる虚の一部として吸収され消えてしまったのだ。

あまりの出来事に呆然とする一護、それも当然だろう、今まで苦楽を共にしてきた斬魄刀の喪失、それに動揺しない死神などおらず、今まで動揺と衝撃を加えられ続けた一護の思考は一時的に停止していたのかもしれない。
だが、戦場においてその停止は殺してくださいと言っているようなものであり、そんな一護の姿は内なる虚からすれば唾棄すべきものだった。
内なる虚は呆ける一護の顔面を鷲掴みにすると、そのまま思い切り後方へと投げ飛ばす。


「馬鹿が・・・ 呆れるほど脳味噌がユルいヤローだな・・・・・・武器無くしたまま突っ立ってるとか何考えてんだか・・・・・・」


その顔に浮かぶのは明らかな侮蔑と呆れ。
敵を前にし武器を無くし、そのまま立ち尽くす事に何の意味があると。
徒手空拳で戦えるのならばまだしも、そんな技量も無いお前が何故無防備な自分を晒しているのかと。
こんな男が、こんな未熟の過ぎる男が、この世界の“ 王 ”かと思うと虫唾が走ると。


「・・・・・・一護、“ 王とその騎馬の違い ”は何だ?」

「・・・・何だと・・・・・・? 」


叩きつけられ瓦礫とかした構造物の中から這い出した一護に、内なる虚は一つの問いを投げかけた。
王と騎馬の違い、それはなにかと。
その意図が判らぬ問いを訝しむ一護だったが、内なる虚はそんな彼などお構い無しに言葉を続ける。


「“ 人と馬 ”だとか“ 二本足と四本足 ”だなんて餓鬼の答えじゃねぇぞ?姿も! 能力も! 力も! その全てが同じ存在があったとして!そのどちらが王となって“ 戦場を支配 ”し!そのどちらかが騎馬となって“ 力を添える ”時! “ その違いは何だ ”って訊いてんだ!! 」


王と騎馬、王とは戦場を席巻しその手に持った刃によって敵を薙ぎ倒し栄光と勝利を導く者、そして騎馬とはその王を背に乗せ戦場を駆け、王の力となるべく支え従う者。
この二つにまったく同等の力と容姿と能力を持った者を分ける時、どちらが王として相応しいかというものを問う内なる虚の言葉。
そのどちらもが王となる資質を秘め、また王たり得る存在であるにも拘らずどちらかを騎馬とする決定的な相違点。
王にあって騎馬に無いもの、戦場を、戦いを支配する者にとって最も必要なもの、それは何か。
内なる虚は一護にそれを問うているのだ。


「・・・・・・・・・・・・ 」

「わからねぇか? ・・・つくづくどうしようもねぇ・・・・・・」


内なる虚の問いに一護は無言だった。
それは答える気が無いのではなく、答えが思い当たらなかったから。
何をもって王と騎馬を分けるのか、一護にはそれが思い当たらず、そして無言の一護に内なる虚は落胆した様子で呟いたかと思うと、再び一瞬で一護に近付くと頭に蹴りを見舞って彼を吹き飛ばした。


「だからテメェは弱ぇんだよ一護! テメェはグリムジョーとかいう破面を見て!あの金髪の破面を見て何にも感じなかったのか!?テメェに絶対的に欠けてるもんが! アイツ等には溢れてる事に気が付かねぇのか!テメェは一々戦いに理由を求める! 何処かで自分の戦いは正しいものだと思ってやがる!思い込もうとしてやがる! そんなくだらねぇ言い訳考えながら戦う奴に! “ 王 ”を名乗る資格は無ぇんだよ!! 」


蹴り飛ばされまともな受身すら取れずビルの壁を跳ねる一護。
勢いのまま壁面を削り、漸く止まった彼をしかし内なる虚は執拗に追撃する。
先ほどから抱えていた呆れや苛立ちが噴出したように声を上げ、愚かと断じる内なる虚。
この世界の王がこれほどまでに甘い存在、そして自分がその一部であるという事が許せないかのように。


「あの破面達を見ろ! アイツ等のどこに理由がある!アイツ等のどこに言い訳がある! アイツ等が従ってんのは一つだ!だがそれは命令でも義理でも恩でも使命でもなんでも無ぇ!!教えてやるよ! テメェに無くてアイツ等に咽(むせ)るほど存在するもの!そして“ 王と騎馬 ”を別ける決定的なもの!それは・・・・・・ 」


破面、一護と戦ったグリムジョーでありまた彼と同時に遭遇した金髪の破面。
汗が噴出すような威圧感と、一瞬で喉を干上がらせる程の濃密な殺気。
それを思い出すだけで一護はその感覚をありありと蘇らせる。
そしてその二体にあって自分には無いもの、それが答えであると叫ぶ内なる虚の声に一護はどうしようもなく聞き入ってしまっていた。
何度も打ち据えられた身体、それでも今立ち上がろうとしている一護、その姿を見下ろしながら内なる虚は問の答えを、王と騎馬を分ける決定的で絶対的なものの存在を言い放った。



「それは“ 本能 ”だ!! 同じ力を持つ者同士が片方より大きな力を発揮し、王となる為に必要な絶対的なもの!ひたすらに戦いを求め、力を求め、圧倒的に敵を薙ぎ倒し引き千切る!戦いに対する絶対的で根源的な渇望だ! 俺達の皮を引き裂き!喉を引き裂き! 骨を砕いた神経のその奥! 原初の階層に刻まれた純然たる殺戮衝動だ!!」



本能、戦う事を求める性、戦いを渇望しそれに身を委ね殺戮衝動のまま敵を蹂躙する。
戦うという行為にこれ以外のものなど必要なく、もし存在するとすればそれは蛇足であり自らのおぞましき行為と剥き出しのそれを隠す為の装飾にすぎない。
戦いとは何処までも醜く、美しさなど求めず、ただ敵を殺戮し蹂躙する為だけに存在するのだと内なる虚は叫んだ。
まさしく戦いとは脊髄反射、殺し殺される螺旋の中で雑多な感情の挟む余地無くただ純粋に本能という名の衝動のまま戦う事、そしてより強くその本能を解き放てる者こそ“ 王 ”に相応しいと内なる虚は言うのだ。


「一護! テメェにはそれが! 剥き出しの本能ってやつが圧倒的に欠けてんだよ!あの破面達は本能のままに戦い本能のままに敵を殺す!混じり気の無ぇ殺戮! 包み隠さねぇ衝動!テメェがあれこれと理由をつけて折り合いをつけて納得しようとしてるもんを、奴等は一つも隠さねぇ!テメェは理性で戦い理性で敵を倒そうとしやがる!だがなぁ一護、剣の先に鞘付けたまま一体誰を斬るってんだ!?だからテメェは俺より弱ぇんだよ! 一護!!」


一護は気圧されていた。
内なる虚のその狂気に、どこまでも圧倒的な狂気に。
彼からしてみれば内なる虚がいう本能とは“ 覚悟 ”の事だった。
覚悟ならばしていると、敵を斬る事、敵に斬られる事、敵を殺す事、そして自分が死ぬかもしれないという事。
だがそれすらも彼に巣くう内なる虚は甘いと断ずる。
敵を斬る事に覚悟は必要か、思いのまま、本能のままに敵を斬り、敵を殺し、敵を蹂躙し駆逐する事になんの覚悟が必要なのかと。
そうして理性で納得し、理性によって剣を振るっているうちは敵など到底殺せはしないと。
その狂気、理性では理解しきれない狂気、一護はそれに中てられ立ち上がっても動けなかった。

その身に迫る白い斬魄刀を前にしていても。

腹部に加わった衝撃、それに一護は視線を下げる。
其処には白い天鎖斬月、だが見えるのは柄と鍔、そして刀身の僅かであり切っ先は見えなかった。
だが判る、その切っ先がどこにあるのか、それは今の自分の状態を正確に把握すれば造作も無いことだった。
そう、今白い天鎖斬月は内なる虚によって一護目掛けて投げ付けられ、それに一護は何の反応も出来ずに立ち尽くし結果、白い天鎖斬月の刃は一護の腹を貫いたのだ。


「・・・・・・俺は御免なんだよ、一護。 俺は自分より弱ぇ王を背中に乗せて走り回って、一緒に斬られるなんてとてもじゃねぇが耐えられねぇ。弱ぇ奴は弱ぇまま、たった一人で死ねばいい 」


腹部を貫かれた一護に、内なる虚がゆっくりと近付いていく。
そのゆっくりとした足取りは余裕の表れだろう。
素早く近づき一瞬のうちに仕留める事も出来た、しかしそれをしないのはそれをする必要がないほど内なる虚にとって、一護と自分の力が隔たっているという確信がある為。
恐れるに足らず、今の一護は内なる虚にはそういった段階にしかいないのだ。


「わかるか、一護? 今この世界の“ 王 ”は残念な事にテメェだ。・・・だがなぁ、テメェの方が俺よりも弱ぇってんなら話は簡単だ。テメェを潰して・・・・・・ 」


一歩一歩近付いていく内なる虚。
その顔に浮かぶのは狂気に彩られた笑み。
眼を見開き口は裂けるほどの笑みを浮かべ、青い舌がせせら笑う。
お前は弱い、お前は弱い、その瞳に浮かぶのは一護に対するそんな感情。
渦巻く思いは一つ、弱い王など必要ない、必要なのは強き王、何者をも叩き潰す強き王だけと。

そしてもしもお前が弱い王だというのなら、俺が望む事は決まっているのだと。



「俺が・・・“ 王 ”になる 」


不敵な笑みを浮かべたまま、内なる虚は静かにそう宣言した。
まるで終わりを告げるかのように。



そして僅かに、心臓の跳ねる音がした・・・・・・













戦え

戦え

戦え

それが正しき

お前の貌(かたち)









[18582] BLEACH El fuego no se apaga.78
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/02/19 00:20
BLEACH El fuego no se apaga.78












「俺が・・・王になる 」


響いた言葉には揺るがぬ確信と自信が溢れていた。
自らが投げつけ突き刺した白い天鎖斬月の柄を握り、不敵な笑みを浮かべるのは白い一護。
髪も、肌も、死覇装も全てが白で塗り固められ、しかしその白が持つ清らかで高潔な印象とは裏腹に全てを黒く塗りつぶす様な印象を与えるその存在は、黒崎一護がその身の内に抱え込んだ内なる虚(ホロウ)。
姿形が同じでありながら一護を圧倒的な力で蹂躙した内なる虚は、自らが一護の腹に突き刺した剣を握り、ゆっくりとそれを引き抜いていく。
引き抜いた後にあるのは一閃だろう。
その一閃をもって“王”と“騎馬”は決し、黒崎一護はその身を完全に虚という化物に堕とす事となる。
決着の光景、内なる虚にとっては完膚なきまでの勝利であり、疑う余地の無い勝利。
これで自分が王となる、弱き王を追い落とし、強き自分が王として君臨する。
力、本能という根源を主とする自分こそが立つべき境地であり、剥き出しの本能を振るう自分にこそ相応しい王の座へと。


そうして王と騎馬、それを決する戦いが今まさに決着を見ようとするなか、一護は不思議な感覚に囚われていた。
身体の感覚はある、眼も見え耳も聞えている、しかしその眼に映る光景はひどく他人事のようで。
まるで自分を俯瞰するかのように視線を落とした先に見える自分の腹と、其処に突き刺さる白い剣、傷口からは血が流れそれが肌を伝う感覚はあるが痛みは無く、ただ自らの血に濡れた白い剣とその刃だけが異様に彼の目を引いていた。


(何・・・だ・・・・・・? 何で、俺の腹に・・・剣が・・・・・・)


それは一種の錯乱状態だったのかもしれない。
内なる虚にひどく打ちのめされ、実力の違いを思い知り、圧倒的な狂気の前に彼の意識は混乱していたのだろう。
この場は精神世界、即ち精神が支配する世界であり精神が剥き出しに存在する世界。
そこで求められるのは武力よりもむしろ心の、精神の強さ。
折れない心、揺るがない精神、突き立てた覚悟、それらこそが精神世界において重要な因子でありしかし、一護はその全てにおいても内なる虚に敗北しようとしていた。


(剣・・・・・・ 白い剣・・・・・・ 何だ?・・・・・・引き抜かれてる・・・のか?俺の、腹から・・・剣が・・・・・・ )


一護の感覚だけが引き伸ばされていくかのように、彼の時間の流れだけが遅くなっていく。
内なる虚が剣を引き抜くよりも更にゆっくりと、一護の感覚は引き抜かれゆく剣の動きを感じていた。
腹を貫き背中へと抜け、それが再び背から腹へと彼の身体の中を移動する。
奇妙であり本来ならば痛みが伴うそれを、一護は何処までも他人事のように感じていた。


(痛みは・・・無ぇ・・・・・・ 剣だ・・・・・・白い、剣だ・・・・・・ でも誰の・・・剣だ・・・・・・?)


伸びる精神、引き抜かれていく剣をただ眺めるかのような一護。
白かった刀身は引き抜かれていくにつれ一護の血に濡れ赤に染まり、痛々しさを見せ付ける。
感覚はあるがだがしかしそれだけを、傷から襲うであろう痛みだけを一護は感じなかった。
気が付けばいやに周りは静かで、ただ呟くような自分の声だけが彼の頭には響き、そして埋め尽くすかの様に。


(赤・・・俺の血・・・か? ・・・・・・それよりも、誰のだ・・・・・・誰の剣だ・・・・・・ だが剣だ・・・・・・こいつは・・・剣だ・・・・・・ )


眼に見える自分の血も、今の一護には全て他人事のように見えていた。
剣が引かれる事で新たに血は流れ出ししかし、ドクドクと流れるそれよりも一護の視線は剣だけに注がれ、流れる血など眼中には無かったのだ。
剣に、自分の身体を貫き、今引き抜かれようとしている剣の刃、それに彼の眼は釘付けになっていた。


(そうだ、剣だ・・・・・・ だが何の為のだ?この剣は・・・何の為に剣だ? それに俺は・・・俺は何故こんなにも、この剣から眼が・・・離せねぇんだ・・・・・・?)


理解は追い着かずしかし疑問は沸き上がる。
剣、自らの腹を突き刺し貫き、いま目の前にあるそれは一体何の為にあるのか。
その剣は一体何の為に存在し、自分は何故こんなにもその剣から目を逸らすことができないのか。
まるで失いたくないように、“ 誰にも渡したくない ”ように。

失う、渡す、誰かに、他人に、そんな思考が浮かんだ瞬間一護の思考は少しずつ加速を始めていく。
それはダメだ、それだけはダメだと。
加速する思考が、そしてその思考の“ 奥にいるモノ ”が、それだけはダメだと彼に叫んでいた。
その叫びは呟く言葉より強く一護の頭に響き、その響きが彼の頭を満たしていく。


(剣・・・そう、剣・・・・・・ 剣は護る為にある、大事なもんを護る為にある・・・・・・ “ 護る為に戦う ”、その為に・・・その為に俺は剣を取ったんじゃねぇのか?そうだ、剣だ・・・・・・ 俺の・・・戦う為の・・・渡さねぇ・・・・・・ 誰にも渡さねぇ・・・・・・こいつは、“ 俺の剣 ”だ! )


引き抜かれ行く白い剣、白い天鎖斬月。
腹部から引き抜かれていく剣の感覚を、一護は奪われるように感じていた。
自らの剣、自らの一部、自らが自らの誓いの為に振るう筈のそれを奪われてゆく感覚、喪失感と同時に忌避が一護の内を駆け巡る。

渡さない。
加速を始めた思考に浮かんだのはそれ一つ。
誰にも渡さない、誰にも渡せない、この剣だけは渡せないと。
誰にも奪わせない、誰にも譲らない、この護り戦うという意思だけはと。

一護の手が引き抜かれ行く白い刃を掴む。
強く強く、自分の手が斬れる事等お構いなしに強く。
引き抜かれる事を阻止するように、それ以上に奪われる事を拒むように強く。
それは理性から来るもの以上に一護の根源的な部分が拒んでいるのだ。
剣を、戦う為の手段を、己が身の内より奪われる事を。


「あぁ? 何の心算だ、一護・・・ッ!! 」


不意に掴まれた刃に内なる虚は不可解さと不愉快さを滲ませた。
今更そんな事をしたとてこの如何ともしがたい戦力の差を埋める事は叶わない筈だと、それ以上にまだ食い下がり甘い思考のまま自分に勝てる気でいるお前の無能振りに反吐が出ると。
刃が握られ引き抜く手を止められた内なる虚は、その刃を握る強さ以上の力で剣を引き抜こうと力を込めようとする。
引き抜き直後斬り伏せれば全ては片付く、王を斬り伏せ、王を引き摺り落とし、空いた玉座に自分が座れば全て片付く。
それだけの事、この何処までも無意味で無駄な足掻きに付き合う心算などもう内なる虚には無く、決着だけを見据えた彼にしかし。

王は内に秘めた“ 牙を剥いた ”。

刃を握った一護の手、強く握られたそこから黒い霊圧の奔流が流れ出す。
まるで堰を切ったようにあふれ出した霊圧は瞬く間に刃を呑み込み、黒く染めながら内なる虚に迫りゆく。
刃を呑み込み鍔を呑み込み、柄を呑んだ黒い霊圧はそのまま柄を握る内なる虚の手も呑み込んで黒に染めた。

これはまずい、一も二も無くそう直感した内なる虚は即座に柄から手を離し飛び退くと一護と距離をとる。
黒い霊圧の残滓が残る彼の右腕、見れば純白の死覇装は袖口だけが黒く染め上げられ、病的な白だった肌もまた健全なそれに変っていた。
驚きの表情を浮かべるのは内なる虚。
彼はその現象を理解していた、自らの白い刀、天鎖斬月が再び黒に染め上げられそして自分もまたそうなった事。

それは“ 侵食 ”だ。

消失した一護の黒い天鎖斬月が示していたのは、力が内なる虚に傾いたという事実でありそして白い天鎖斬月が再び黒に染まり、彼もまた黒に染まったという事は一度崩れ彼へと傾いた均衡が、再び均衡を取り戻すどころか今度は“ 一護に傾きつつある ”という事。
一護から溢れた黒い霊圧は力の象徴である天鎖斬月を呑み込むどころか、そのまま内なる虚すらも呑み込もうとしていたのだ。


(ちくしょう・・・! 何だ、いきなり・・・・・・いきなりアイツの気配が・・・変りやがった・・・・・・)


距離をとった内なる虚は内心で零したのは驚き。
先ほどまで欠片の脅威も感じず、ひどく揺らぎ女々しく儚さすらあった一護の霊圧。
しかし今はその儚さや揺らぎは消え、何か大きなものが一護からは発せられていた。
俯き加減で表情は橙の髪に隠れて見えないがしかし、まるで別人のようだとすら思う内なる虚。
劇的な変化変貌を遂げるのにはあまりに短く、その切欠すら無いはずの一護が見せるその変化に眼を見開く彼。

変貌を見せる一護、しかしそれは未だ表面的なものに過ぎず。
精神的な部分よりも寧ろ反射的に肉体的な面が起した目覚め。
そして黒崎 一護という人間、それを形作る精神と人格はこの精神世界よりも更に奥の部分にいた。










「ここは・・・どこだ? 」


眼をあけた一護、その光景は彼にとってまったく馴染みの無いもので、見えるのは空と宙に浮かぶビルの数々。
縦横斜め、何の統一性も無く宙に浮かぶビルはまるで空に浮かぶ雲のようで、そして彼もまたそのビルの一つに何故か仰向けになっていた。
先ほどまで自分が戦っていた場所、自らの精神世界である横倒しの摩天楼とはまた違うその場所。
あの場所よりも今自分のいる場所の方が更におかしなところだと思いつつ仰向けのまま辺りを見回した一護の視界の端に影が映った。
そして直後、彼の頭の横ギリギリにひどく刃毀れをおこしだがそれに見合わぬ鋭さをもった刃が突き刺さる。


「なッ!! 」


それに慌てて起き上がる一護。
何が起こったという事よりもまず身に迫った危険に彼は飛び起き、距離を取ると突き立てられた剣の方へと背中に背負っていた斬月を構える。
この時彼は気が付かなかったが、彼の手に握られた剣は先ほどまでの卍解である天鎖斬月ではなく始解状態の斬月。
それは一重に彼が元々の斬月への信頼と懐古であるのと同時に、天鎖斬月を使う事は内なる虚を呼び込むことに繋がると彼の深層心理が働き、無意識に始解状態を欲したが為ともう一つ。

“ 彼 ”と出会った時の自分はまだ卍解を“ 習得していなかった ”、と彼自身の記憶がそれを再現した為なのかも知れない。


「おう、やっと目ェ覚ましやがったな、一護・・・・・・」

「ッ! 剣八・・・・・・! 何であんたが・・・・・・」


先程突き立てた剣を引き抜き、その刀身の背を肩に乗せるようにして立つ男。
六尺六寸を越える身長と細身ではあるが、その身長に見合った見るからに頑強そうな身体つき。
顔は面長で彫りが深く眉は無く、左の額から顎に抜ける大きな傷と右目を覆う眼帯が印象的だった。
身を包むのは死神の証である黒い死覇装と、その上から纏うのは裾や袖口がボロボロではあるが間違いなく白い隊長羽織。
獰猛さと何より餓え満ちる事の無い瞳、獣の如き気配を微塵も隠す事無くただその場に立つだけで辺りを戦場のそれへと塗り替える狂気を全身から放つこの男こそ、護廷十三隊十一番隊隊長更木 剣八(ざらき けんぱち)。
護廷十三隊きっての戦闘部隊である十一番隊の長であり、前任者を斬り伏せ殺害しその地位を得た尸魂界(ソウルソサエティ)一の戦闘狂であり、かつて一護が尸魂界へと侵入した際、圧倒的なまでの力をもって一護の前に立ち塞がり、命がけの死闘を演じた相手である。

護廷十三隊を代表する狂獣 更木剣八、しかし何故この男がこの場所にいるのか。
言うまでも無く今一護の目の前に立っている彼は彼本人ではない。
此処は一護の精神世界、その中でも本人すら知らぬその最奥。
余人が立ち入る事など出来る筈も無く、故にこの場に立つ剣八は本人ではなく一護が生み出した幻想なのだろう。
しかし一護にそんな認識は無く、幻想であろうとその気配、霊圧、眼光の全てが更木剣八のそれである以上一護にとって彼は本人だった。
そして突然の剣八の登場に驚く一護を他所に、剣八は一護の首目掛けてその手に握ったボロボロの斬魄刀を躊躇い無く振り抜いた。


「“ 剣八 ”だと? 知らねぇなぁ。 俺はただ・・・・・・」


突然の凶刃を間一髪で避わした一護。
その一撃は間違いなく彼の首を狙い絶命させようという一撃であり、手抜きの一切が存在しない“ 本気の斬撃 ”だった。
あまりに突然の攻撃、状況がまったく呑み込めない一護であったがそんな彼の戸惑いなどこの剣八にはなんら関係は無く、再び片手で剣を大上段に振り被ると叫びと共に一護目掛けて振り下ろした。


「てめぇを“ 殺しに来た ”だけだ!! 」


振り下ろされた剣に乗るのは猛威を振るうような濃い殺気。
その殺気だけで判る、剣八の言葉が嘘でない事、その刃が殺すという意思の下振り下ろされているという事、そしてその対象が間違いなく一護であるという事が。
再びの凶刃を一護はその手に握った斬月の刃で受け止める。
鋭く重く、なにより波濤の如き霊圧を纏った剣八の斬撃、受けた一護は苦悶の表情を浮かべ受けきる事叶わず後ろへと弾き飛ばされてしまう。
剣八の斬撃はそれでも勢いを失う事無く足場であるビルの壁面を叩き割り、周辺を消し飛ばしていた。


「いきなり何すんだよ! それに殺しに来た・・・だと?どうしたってんだ!? あんたとの戦いは“ 終わったじゃねぇか ”」


強力無比な剣八の一撃に弾き飛ばされた一護は、素早く体勢を整えると剣八に向かって声を上げる。
あまりに突然の事、それが連続したために彼の精神は混乱をきたしていた。
突然の攻撃、殺しに来たという言葉、そしてそれを裏付けるような殺気と眼光に宿る狂気。
ありえない、そんな思いだけが一護には浮かび続ける。
確かに一護は一度剣八と戦ったことがある、一護の家族を護るため朽木ルキアが自分に死神の力を譲渡した事によって処刑される、それを阻止しようと仲間と共に尸魂界へと侵入した一護。
その彼に立ちはだかった数多の敵、その中でも最も一護の命を脅かしたのがこの更木剣八だった。
戦いとは暇潰し、自分の命を敵の刃に晒しどれだけ楽しめるかこそが戦いの全てだとする剣八との戦いは熾烈を極め。
結果両者共に倒れ、どちらが勝者でも敗者でもなく戦いは終わった。

そう終わったのだ、一護からすれば彼との戦いは既に終わった事。
敵対する事で生まれた戦いの構図は、両者とも死神というひとつの陣営に収まったことで終わりを見ていると。
少なくとも一護はそう考えていた。


「あぁ? 終わった・・・だ? ズレた事言ってんじゃねぇぞ一護。 “ 戦い ”に終わりなんてもんがあってたまるか。戦い《コイツ》は喧嘩じゃ無ぇんだぞ?どっちかが生きてりゃ“ 永遠に終わる事は無ぇ ”んだよ 」


だがその一護の考えは剣八の言葉で否定された。
戦いに終わりはない、どちらかが生きている限り戦いに終わりなどないと。
喧嘩と戦いを混同するのは甘い考えであり、それは戦いに、戦場に立つ者にとってどこまでもズレた思考であると。
剣八はその狂気の宿る眼で一護を見据え、言い切ったのだ。


「そうじゃねぇ! 俺にはあんたと戦う“ 理由が無ぇ ”って言ってんだ! 」


剣八の言葉に一護は動揺を募らせる。
永遠に終わらず、命尽きるまでそして命奪うまで続く戦いの螺旋。
それが戦いの真理とでも言いたげな剣八の言葉、しかし一護にそれは理解できない。
何故なら行動には理由が必要だからだ。
少なくとも一護にとって“ 戦う ”という行動を起すためにはそれに足る“ 理由 ”が必要だった。
何の理由も無しに戦う事は出来ない、何の理由も無しに誰かを斬り、傷つけ、そして命を奪う事など出来る筈が無い、それが例え敵であっても。
そう考える一護にとってこの場で剣八と戦う事は考えられなかった。
理由の無い闘争、それは一護にとって避けるべきただの暴力に映っていたのだろう。
その優しさは大切なものであるし、何より日常というありふれた風景を生きる中では重要ですらある。

だがしかし、今この場でそれは必要とはされていなかった。




「“ 理由が必要か ”? 戦いに・・・よぉ・・・・・・」





その言葉に一護は思わず息を呑んだ。
瞳は驚きと戸惑いで見開かれ、頬を嫌な汗が伝い落ちる。
その言葉を言い放った剣八の眼には何も無かった。
戸惑いも、後ろめたさも、後悔も疑いも何も無かった。
あったのはその言葉は間違いない真実であると言う確信と、それを支える積み重ねられた経験。
理由など何一つとして必要ない、それどころか戦う事に一体どんな理由が必要なのかとすら言いたげな瞳は一護を貫き、そして見透かしていた。


「いい加減認めろ、一護。 てめぇは戦いを求めてる。頭《こっち》じゃなくて、魂《こっち》で・・・なぁ・・・・・・!」

「何・・・だと・・・・・・? 」


認めろ、と。
剣八は一護の目を見据えたまま言い放った。
お前は戦いを求めている、いくら言葉で否定しようとも、いくら理屈で押さえ込もうとも間違いなくと。
何故ならそれはいくら頭で考え否定したところで無意味な事なのだからと。
自分の頭を指差し、そして次に胸の中心を強く叩く剣八。
それが答えだという彼の行動、頭では違うと考えながらも胸の奥、魂がそれを欲していると。
魂という根源からの叫びをたかだか十五年程しか生きていない頭が抑えきれる筈など無く、どれだけ言葉を重ねたところでお前の本質は、お前の根源はどうしようもなく戦いを求めているのだろうと剣八は言うのだ。


「てめぇは力を欲してる! そして力を欲する奴は、たった一人の例外も無く全員戦いを欲してやがるのさ!戦いを欲するのが先か力を欲するのが先か、そんな事はどうでもいい!だが! ただ一つ判ってるのは! どうやら俺達は、“ そういうかたち ”で生まれついたらしいって事だ!戦いを・・・“ 求め続ける ”かたちになぁ・・・・・・!」


両腕を大きく広げ、高らかに宣言するかのような剣八。
ニィと釣り上がった口元とそこから覗くまるで牙のような歯、戦いという行為の全てを肯定し受け入れ、それを何一つ恥じずそれこそが己のあるがままの姿であるとする彼にとってその言葉は真理だった。
力を欲する者、戦いを欲する者、そこには幾許の差も無いと。
理由はどうあれ力を求める者は、その理由の行方を戦いの先に見出し、戦いを求める者は更に上の戦いに焦がれるあまり今以上の力を欲する。
どちらもが結局は戦うという結論に達する以上、どちらが先かなどという議論に意味は薄く。
求めるものは戦い、そうして戦いを求め続けるというかたちこそ自分達の本来の姿でありそして、“ あるべき姿 ”なのだと剣八は叫ぶ。

その言葉は、理性を持ってそれを否定しようとする一護に深く突き刺さりそして瞬時に染み渡っていった。
頭でどれだけ否定の言葉を捜そうとも、どれだけ自分は違うと拒んで見せても意味など無く。
頭よりも先に胸の中心から指の先、足の先までを駆け巡る心臓の鼓動にも似た熱い脈動。
ドクンドクンという脈動は次第大きくなり一護の内側をそれだけが満たしていく。


「一護! てめぇはどうしようもなく戦いを求めてる!それ以外の方法を知らねぇからだ! 力を手にする為には戦うしかねぇと判ってるからだ!認めろ一護! 戦え一護! “ てめぇを制する ”力が欲しけりゃ剣を取って奴を斬れ!奴を斬っててめぇが“ 王 ”だと! 奴自身に刻み込め!それ以外に道は無ぇぞ! てめぇの後にも、先にもなぁ!!」


もう一護に剣八の姿は見えてはいなかった。
いや、剣八どころかこの雲の如くビルが浮かぶ空間の風景すらその眼には映っていないだろう。
見開かれた眼には何も映らない、今彼はその内に脈打つ大きな鼓動に全神経を集中していた。
胸の中心から広がった心臓のような脈動と力、それらは既に彼の身体を満たしそして遂に理性でそれを塞き止めようとする頭にまで至ろうとしている。
それに恐怖は無かった。
彼自身も既に判っているのだ、この脈動がなんであるか。
内から込み上げるそれが自らを害するものではないという事が。

戦う

戦う

戦う

内側から叫ばれる声はきっと彼自身のもの。
誰に命ぜられる訳でも、誰かに捧げる為でもない。
ただ自分がどうしたいか、それが全て。
ただ自分が何をしたいのか、それこそが全て。

戦う

戦う

戦う

満ちゆくそれに恐怖は無い。
何故ならそれは解放だから、自分という、黒崎一護という一人のあるべき姿の解放。
そういうかたちに生まれついた、そして今求められるものがそれであるのなら迷う事などありはしないと。
だが同時に浮かぶ思いもあった、本当にいいのかと、本当にただこの熱い脈動に身を任せるだけでいいのかと。
熱き脈動と僅かな疑問、脈動という名の内なる虚が言う“ 本能 ”が一護の身体に今まさに満ちようとするとき、一護には剣八ではない誰かの声が聞こえていた。



《戦いたいか?》



脳に直接響くようなその声はひどく不安定。
壮年の男性のようでありながらどこか年若い青年のような、そんなどちらともつかない声だった。
響くその声は一護にとってひどく懐かしくそして真新しくあり、しかし懐かしいと思いながらも一護はその声の主が誰なのかを思い出せないでいた。



《戦いたいか? 勝ちたいか? それとも生き残りたいか?どれだ・・・・・・ 》



声の主は問う、お前はどうしたいのかと。
その問いはかつて一護にかけられたそれと同じ。
おそらく問う人物も同じであろうが一護にそれを結びつける事は出来ず、故にその問いは初めてかけられるも同じ問い。
示された三つの道、どれを進むも一護の自由でありその選択は彼に委ねられている。
戦いたいのか、勝ちたいのか、生き残りたいのか、どれが正しくどれが正解なのかは判らない。
そもそもその問いに正解があるのかすら怪しく、正しさを問うというよりも寧ろ示した道のどれを選択するのかを知りたい、とでも言うかのようなその問い。
声の主はそれきり沈黙し一護の答えを待つ、焦れ急かす事も無くただ、一護の答えを待っている。




「勝ちたい・・・・・・ 」




沈黙と深慮、本能という熱に浮かされながら一護が出したのは“ 勝ちたい ”という答え。
静かな声だったがしかし、迷いの無い声で呟かれた答え。
戦うという衝動、本能という根源衝動にその身を染めながら一護は戦いたいではなく勝ちたいと言ったのだ。



《“ 戦いに ”勝ちたいのか? 》

「違う。 勝ちたいのは戦いにじゃねぇ・・・・・・ “ 俺自身 ”にだ 」



一護が出した勝ちたいという答え。
その一護の答えを受け問いの主はその勝ちたいという答えは戦いにか、と続けた。
戦いに勝ちたい、戦いたいという答えでは足りない自分の勝利を見据えた答え。
勝つのだという強い意思を持って戦いの望まぬ者に勝利は無く、故にこの答えは意味ある答えだといえるがしかし、一護の答えは戦いに勝ちたいというものではなかった。
一護が勝ちたいと願ったのは戦いではなく自分自身だと言うのだ。


「アイツの言った事、今なら判る気がするんだ。戦いに必要なのは本能だって・・・・・・ 敵を前にしてあれこれ余計な事考えながらじゃ戦えないって。剣八の言う事も判るんだ、俺はきっと戦いを求めてるんだって・・・・・・誰かを護りたくて強い力を求めるのは、戦って護りとおせる様にだから。だから今、俺に満ちてるこの本能と性はきっと俺に強い力をくれる。アイツを倒せるだけの、アイツを制するだけの力をくれる・・・・・・」


静かに語る一護、その言葉は問いの主に語るのと同時に彼自身もその言葉を一つ一つ確かめるように呟かれる。
今ならば判る、そう語る一護の声に揺れは無く。
他者より大きな力を発揮するための鍵は本能にあるとする彼の内なる虚の言葉も、そして戦いに理由など必要なく、戦いを求めるというかたちに生まれた以上、それに従えばいいのだという剣八の言葉も一護は否定しなかった。
本能、戦いを求める性、そのどちらをも受け入れた自分はきっとこの後の戦いを、内なる虚との戦いに勝利し彼を制するだろうとする一護。
それは予感ではなく確信に近く、しかし。


「だけどそれでいいのか? 本能のまま剣を振って敵を斬って、そういうかたちだからと安易に納得して戦いを求める・・・・・・本当にそれでいいのか? 俺には・・・とてもそうとは思えねぇ。ただ本能のままに身を任せて、そういうもんだからって戦い続ける、そんな仕方ないとかしょうがないって思いながら、自分を騙すみたいな事はしたくねぇ。だから・・・俺は勝ちたいんだ、自分の本能に、性に、そいつ等に呑まれるんじゃなく俺が俺として戦えるように・・・・・・」


一護が勝ちたいと願った自分自身、それは本能や性を肯定しながらも戦う事を“ それ任せにしない ”為の願い。
本能によって敵を斬りその衝動のまま敵を倒す事、戦いを求めるというかたちに生まれつきそれ故に戦いを求めるという事、それらを本能なのだから仕方が無いや、そういうモノなのだからしょうがない、といった言葉で済ませる事は出来ないと。
それは本能や性を言い訳に使っているだけに過ぎず、自分を騙し、欺き、自らを護りたいという弱い心だと一護は言うのだ。
戦うと決めたのは自分、敵を斬ると、倒すと決めたのも自分。
それは本能でも性でもなく、黒崎 一護という一人の人間の決断でありその為に用いる力もまた彼の責任。
ただ本能に呑まれ性に呑まれて戦うのではなく、黒崎一護という人間が戦うという事の重要性、故に勝ちたいのは敵との戦いではなく自分自身との戦いだと一護は言うのだ。



《甘いな・・・・・・一護よ。 だがお前が“ そう在りたい ”というのならば何も言うまい・・・・・・戦え一護、そして自分の本能と性に勝つのだ。お前を飲み込もうとするそれらをお前が呑み込んでしまうがいい。お前は“ 王 ”だ、お前がそうだと信じる限り、この世界においてお前に不可能などありはしない。退くな、臆すな、お前が進みたいと願う道ならば、我等はそれを開く力となろう・・・・・・》



問いの主は一護の導き出した答えを甘いと言った。
戦いにおいて必要なのは自分自身として戦う事よりも敵を倒す事、戦いとは須らくそれに集約されそこに自分の意思があるかどうかなどは本来ならば必要とはされないのかもしれない。
しかし、問いの主はそれでも一護がその道を進むのならばそうするが良いとも言った。
どちらかと言えばきっとこちらが本心なのだろう、二つの声が重なったかのような問いの主の声が僅か柔らかくなっていたから。
本能、性、どちらもが一護に力を与えしかし一護という人格すら呑み込もうとするのならば、逆にお前がそれを呑み込んでしまえと。
何一つ恐れることはない、何故ならばお前はこの世界の王であり、王に不可能などありはしないと。
全てを決めるのはお前次第、そしてそれを成すために必要なのは成そうとする強い意思のみなのだと。
言葉の一つ一つに思いを込めるかのような問いの主。
それは一重に彼等が一護を想う心の現われだったのだろう。

問いの主の言葉、それが終わるか終わらないかの際に一護の精神は急速に浮上を始める。
精神世界の最奥から表層へ、横倒しの摩天楼、一護が抱える内なる虚との内在闘争の舞台へと再び彼の精神は復帰し、覚醒した肉体面へと戻っていった。
最早一護の精神に迷いは無い、本能も性もその全てを開放ししかし自分というものは見失わず。
黒崎一護が本能に任せるのでも、性故にでもなく黒崎一護として自らの分身たる内なる虚と相対するために。











舞台は再び精神世界表層。
一護が自らの腹に突き刺さった剣の刃を握り締め、そして白かった剣を己が霊圧で再び黒に染め上げた瞬間へと戻る。
俯き加減で刃を握る一護を驚きの表情で見るのは白い一護の姿をした内なる虚。
純白の死覇装は右の袖だけを黒に染められ、剣から伝った霊圧によって成されたその現象は即ち浸食。
力の均衡、その揺らぎが大きくなり自分へと傾いていたものが再び一護へと傾いた事を示していた。

内なる虚が見つめる一護の姿。
傷だらけで弱々しく見えていたそれ、しかし今は傷だらけでありながら気圧される。
そう彼は気圧されているのだ、先ほどまで圧倒的優位に立ち戦いの主導権を握り、どちらが強者で弱者なのかを宣告した相手に。

一護の手に再び力が篭るのを内なる虚は見た。
それはほんの少しであるが一護自身に突き刺さった剣を引き抜き、そしてその後は一息に剣を切っ先まで全て引き抜く。
剣が刺さっていた事で押えられていた傷口は顕となり、封を失った傷口は大量の血を噴出すがそんな事はお構いなし。
その出血すら霊圧にものを言わせて押さえ込み、天を仰ぐ一護。
ほんの僅かの瞬間ではあるが内なる虚はその姿に目を奪われた。
それはまるで祝福の光景、生まれ出でた者が身に降り注ぐ祝福を受けるかのように、少なくとも内なる虚にはそう見えた光景はしかし、天を仰いでいた一護が彼へと向き直り、その眼を見た瞬間消えうせた。

その眼には先ほどまであった“ 怯え ”が無かった。
自分の力に対する怯え、自分を失うかもしれない事への怯え、敵の力への怯えと、力に呑まれる事への怯え。
内なる虚が一護の瞳に見ていた後ろ向きで弱々しい感情、彼をイラつかせ落胆させる感情の類が今の一護には無かった。
あったのは純粋な闘争本能と、戦うことへなんら言い訳をもっていないであろう意思。


「チッ・・・・・・ 」


舌打ちが内なる虚から零れる。
彼は何もかも判ってしまった、今の一護の瞳を見た瞬間に。
どちらが上でどちらが下か、どちらが強者でどちらが弱者か。


そして、どちらが“ 王 ”でどちらが“ 騎馬 ”なのかを。


一護は右手に握っていた刃を放すとくるりと回転させ器用に剣の刃を握り締める。
その間一瞬たりとも内なる虚から視線を外す事はなく、瞬きすらしていないだろう。
今の一護にそういった隙は存在しなかった、戦う事を求める性が、本能という根源が一護にそれを許さない。
一護は剣を腰の辺りに構え、空を一蹴りすると一直線に内なる虚へと迫る。
瞳には雑多な感情は浮かばず、ただ敵を、お前を倒すという一念だけがありありと、そして鮮烈なまでに浮ぶ。
切っ先が目掛けるのは内なる虚の胸の中心、柄尻に左手を添え斬るのではなく貫く為に構えられた剣は吸い込まれるように内なる虚の胸へと深々と突き刺さり、そして黒い切っ先は背中へと抜けていた。

背中へと突き抜けた切っ先、そして傷口から滲むのは赤い血ではなく黒。
じわりと滲んだ黒い霊圧は瞬時に内なる虚を包むように広がると、瞬く間に彼を呑み込みその白い死覇装を黒に染め上げる。
それが決着、相手の生死ではなくどちらが力の主導権を握るかを問うこの戦いにおいて、相克を象徴した黒と白の死覇装、その一方が黒に染まった事こそが、何よりも雄弁に戦いの決着を物語っていた。


「・・・くそッ・・・・・・ どうやらテメェにも少しくらいは残ってたらしいな、戦いを求める本能ってやつがよぉ・・・・・・」


黒い天鎖斬月に貫かれ、その身に纏う死覇装を黒く染められ内なる虚は戦いの終わりを見た。
見れば彼の身体は足元から徐々に霊子の粒となって解けて消えていく。
そして零れるのは負け惜しみではなく本心の言葉。
戦いを求める本能、彼が一護に圧倒的に欠けていると言ったものを一護は示したのだ。
ならば戦いの決着はこうなるより他無いと内なる虚は思っていた。
それは一護が本能を見せたから勝った、という訳ではなく内なる虚自身が一護の内に眠る本能の存在に気がつかなかった為。
一護の内側に眠っていたものに気が付いていたならば、余計な時間をかけ下手にそれを起すことなどせずに決着を着ければよかった。
しかしそれをしなかったのは彼の失敗、一護にそれほど強い闘争本能などありはしないと高をくくってしまった彼の失敗。
故にこれは当然の帰結だと、下手を打った自分の当然の帰結だと打ちなる虚は結論付けていた。


「・・・・・・“ 想い ”だ・・・・・・ 」

「あぁ? 想い・・・だと? 何の話だ・・・・・・?」


視線を合わさず、一護は唐突にそれを呟いた。
それを訝しむ内なる虚、想いというその言葉が何を意味するのか、彼には皆目見当は付かない。
ただその言葉を発する一護の言葉には、何の疑問もありはしなかった。


「王と騎馬の違い・・・・・・ それは想いだ。同じ力、同じ姿、まったく同じ二つの存在、その二つを別ける違いはどっちの想いが強いかなんだと、俺は思う・・・・・・ただ相手を倒せばいいんじゃない、ただ戦い続ければいい訳でもない。俺は俺の大事なもんや大事な場所を護りたい、その為に戦わなきゃならないってんなら俺は迷わず戦う。大切なもんを護る、その想いの強さはお前の言う本能にだって・・・負けやしねぇよ・・・・・・」


一護の言う想いとは、内なる虚が彼に問いかけた王と騎馬の違いに対する彼なりの答えだった。
本能という殺戮衝動、その強さこそが王と騎馬を分ける違いだとする内なる虚に対し、一護は王と騎馬を分けるのは戦う為の想いの強さだと答えたのだ。
戦いに臨むという事、それは一護にとって常に誰かを、何かを護るという行動に他ならず。
その為に必要なのはただ敵を斬り伏せる事でも更なる戦いを求める事でもなく、背にしたものを護り抜くのだという強い想い。
本能や性に流されるのではなく、自分の内から沸きあがる護りたいという想いこそが自分にとって王と騎馬の違いなのだと。


「ケッ、とことん頭のユルいヤローだな、テメェはよぉ・・・・・・だがしょうがねぇ、どうあれ結果的にテメェは俺を倒したんだ。欠伸が出る程ユルいヤローだろうが取り敢えずはテメェを“ 王 ”と認めてやるよ、一護・・・・・・だがなぁ・・・・・・ 」


一護の語った言葉を内なる虚は緩いという言葉で斬り捨てた。
そんなものは弱いと、想い等という“ うつろうもの ”は本能という根源衝動の前ではあまりに弱々しいと。
しかし、その想いの力で一護はこうして彼を呑み込もうとしている、如何に否定しようともその結果に変わりなど無く彼の本能は一護の想いの前に敗北したのだ。
その事実、変えようのない事実に内なる虚はしぶしぶといった様子で一護を王として認めた。
彼とて愚かではない、少なくとも自分の方が一護よりも優れていると思っている節がある彼が、一護の前で自らの愚かさを曝け出す事はきっと無いだろう。
だがそれでもと、内なる虚は自らが完全に消えゆく前にこれだけは叫ばずにいられなかった。


「忘れんじゃねぇぞ一護。 俺とてめぇはどっちが王にも騎馬にもなるって事を!テメェがそれ以上隙を見せてみろ! そん時は俺がいつでもテメェを振り落として、そのユルい脳味噌ごとテメェの頭蓋を踏み砕くぜ!」


足元から袴が消え肉が消え、そして骨が消えていく。
音も無く風に吹かれる砂のように霊子の粒へと帰っていく内なる虚。
だがその顔に恐怖は無い、彼にとってこれは一時の消滅に過ぎないのだ。
彼はこれからも常に一護の傍にあり、そして一護が隙を見せれば再び彼の精神と魂を喰らって自らが王となろうとするだろう。
決して従順な騎馬になどなりはせず、しかし絶大な力をもって一護の戦場を切り開く、相容れず背中合わせの王と騎馬、それが彼等なのだ。

崩壊は腹部から左腕へ、そして遂には内なる虚の顔の半分にまで至っていた。
だがそれでも彼の顔には狂気に満ちた笑みが浮かぶ。
まるで一護を未だに嘲うかのように、いつか自らが王になる事に微塵の疑いも無いかのように。


「それとこいつは忠告だ・・・・・・ 俺も餓鬼じゃねぇ、騎馬になったからには“ それなり ”にテメェに力は貸してやる。だがなぁ・・・・・・ “ 本当に ”俺の力を支配したけりゃ、次に俺が現われるまで・・・・・・せいぜい死なねぇように気をつけな!!ヒャハハハハ!! 」


顔の半分と胸から下を既に失いながら、内なる虚は叫ぶ。
残った右手で一護の剣を強く握り、最後の最後までその狂気に満ちた瞳で一護を捉えて放さない。
その言葉が真実であるかなど王である一護にすら判らず、しかし断末魔の如きその言葉は一護の耳にいつまでも残っていた。
決して一護に屈したのではないと、自分の意思で従ってやるのだと語る内なる虚の瞳。
そして狂気が滲む笑い声を残し、内なる虚はその存在の全てを霊子へと戻し消え去った。

その場にもう彼の姿は無く、いるのは一護一人だけ。
刀を突き刺した体勢のままだった一護は、残心の後自然体へと戻った。
辺りはとても静かでただ青い空に奔る雲が少しだけ速い。
少し考え込むようにしてその場に佇んでいた一護は、右手に握った天鎖斬月を胸の前辺りに持っていき、視線をそちらへと落とす。
そして呟くように、しかし強い拒絶ではなく何故か確信をもっているかのように薄く笑みを浮かべ、手に握る剣へと語りかるのだった。



― 忘れんじゃねぇぞ、一護 ―




「悪いな・・・・・・ させねぇよ・・・・・・」















例え破滅を呼ぼうとも

只の一つも後悔は無い

何故ならそれは

己の為

己を満たす

戦の為
















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.79
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/02/26 23:23
BLEACH El fuego no se apaga.79












時とは誰にでも平等に過ぎ行くものである。
人であれ死神であれ虚であれ、そして破面であれそれは同じ。
第6十刃(セスタ・エスパーダ) グリムジョー・ジャガージャック及び配下の従属官(フラシオン)、そして当時第7十刃(セプティマ・エスパーダ)であったフェルナンド・アルディエンデによる現世への無断侵攻。
この出来事より後、ある者は座を追われある者は念願の座を手にし、ある者は己が力の弱さに怒りまたある者は願いと義理の狭間で苦悩する。
それぞれが思い思いに、しかし欠片も無為に過ごしたとは思っていない日々。
どこまでも己の欲望の為に費やされる彼等の日々に措いて、これらはその一幕である。










男はただ座っていた。
そこは明かりの無い少し広めで天井の高い部屋、生活感は無く私室という様子ではない。
おそらくそこは彼の所有する宮殿の一室でありそして場所など本当は何処でもよかったのだろう、ただ彼にとって誰にも邪魔されずに一人きりになれる場所であるならばそれこそ何処でも。
部屋の中心に椅子ともつかない白い直方体を置き、そこに座っている男。
脚は大きく開き身体は前のめりで腿の上にそれぞれ肘を置き、両手の指を絡ませるようにして握った状態で目を瞑り座る男。
一見考え事をしているようにも、またはそのまま眠っているようにも見えるその男であるが、その実はどちらでもなく。
遠目から見れば座っているだけのように見えるその姿も近くによって見れば趣を変えていき、上腕の筋肉は時折ピクリと動き握られた手には力が篭り、眉は時折しかめられ真一文字で閉じられていた口からは歯噛みする音が零れる。

そして何よりその水浅葱色の髪と同じ色の立ち昇る霊圧は、ただ座っていると言うだけにしてはあまりに異質で、圧力に溢れていた。

暴れるのではなく立ち昇る霊圧、しかし常時放出されているそれよりは明らかに大きい霊圧。
その霊圧が示すのは霊圧を放つこの男が今集中しているという事。
座っているだけに見えるこの男がしかし今、何にも増して集中しているという事を示していた。

白に襟袖が黒い破面死覇装、水浅葱色の髪に目尻には同じ色の尖った隈取のような仮面紋(エスティグマ)、右の頬には牙を持つ右顎を模した仮面を残し腹の中心に孔を開け、座りながらも強力で研ぎ澄まされた霊圧を発する男の名はグリムジョー、第6十刃グリムジョー・ジャガージャックである。
座しているだけにも拘らず、その姿に見合わぬ霊圧を発するグリムジョー。
いや、発していると言うよりも寧ろ立ち昇っていると言った方が適切か、己が周りに意識的に圧力を押し出しているのではなく彼の無意識が発するものであり、それは感情に起因する霊圧の放出。
そう、彼の感情は今表面にでていないだけであり、内心では昂ぶりを見せていた。
昂ぶる思い、感情は彼の意識するところではなく無意識で霊圧を強め、立ち昇るそれは静かではあるが彼の周りを僅か照らすような光の柱を作り出す。
明かりの無い部屋の中でその光の柱は余計に明るく見え、グリムジョーの姿は闇に浮かび出すかの様に見えていた。

だが一体何が彼の感情を昂ぶらせこうして無意識での霊圧放出すら成すと言うのか。
座るという行為にあってしかし彼の身体は強張り、両手は強く握られ眉間には皺と額に薄っすらと汗を浮かべさせるものとは一体なんだと言うのか。
そんなものは決まっている、彼という男の今までを鑑みた時、そして彼の感情が昂ぶりを見せるときなど一つしか無い。

戦い。

それもとびきりの戦い、感情の昂ぶりとは即ち熱き血潮の滾りであり彼の血を滾らせるのは戦いをおいて他にない。
野望、戦いの王となるという彼の野望を叶える唯一の手段。
戦って、戦って、戦いつくしたその先にある王の玉座、それに座るための手段として、その為に今よりも強大な力を得るため彼は戦う。
そして何より彼を昂ぶらせその血を滾らせるのは一人の男。
金色の髪を振り乱し紅い霊圧を纏う修羅が如き男、不遜にも彼に楯突き彼にとっての敗北を刻み、彼の頭の中からその姿が終ぞ消える事の無い忌々しくも強き男。
そう、彼グリムジョーが今戦っているのはフェルナンド・アルディエンデなのだ。

戦っているのはグリムジョーの頭の中、集中し思い描いたフェルナンドという男と今まで彼が見たフェルナンド動き。
拳脚をもって敵を打倒し、業をもって敵を殺す、炎をもって敵を焼き尽くし苛烈なる意思をもって敵を圧倒する。
思い描かれるフェルナンド、常にニィという笑みを浮かべ嬉々として自分へと挑みかかってくる彼の姿をグリムジョーは想像し、迎撃し突撃する。
幾度と無く思い描かれた戦いの想像は、その全てにおいて一方的なものになる事は無かった。
一撃入れればかならず同等の一撃が返され、二撃三撃と攻め立てたとて倍する数の反撃に押し戻されそれを更に凌駕するように自分も攻めるを繰り返す。
想像とは本来最悪を想定しながらも何処かで自分に甘く有利なものを思い描きがちだが、グリムジョーにそれは無い。
何故ならそれは妥協であり油断、敵をこの程度だろうと見積もり自ら要らぬ隙を生み出す愚かなる行為だからだ。
相手を正確に量り尚且つ欠片も欠落を許さぬ想像、あの男ならばこの一撃は易々と避わすだろう、あの男ならばこの程度で膝を落とす事は無い、あの男ならばこの状況からでもこちらを殺(と)る一撃を繰り出すはずだ。
ありえない、出来るはずが無い、そうした断定は死につながるのが戦いの常、故にグリムジョーに油断はない。
あるのはフェルナンドを如何にすればその牙と爪をもって引き裂けるかという思考であり、その為にはフェルナンドという男をほんの少しでも甘く見積もることは許されないのだ。


だが、それはどこまでも想像であり現実には届かない。


揺らめき立ち昇る水浅葱色の霊圧は次第収まり、グリムジョーは静かにその瞼を開いた。
額を汗が伝いながらそれを気に留める様子もなく黙っていたグリムジョーだったが、軽く息を吐くと一つ舌打ちをする。
吐き捨てるようなその舌打ちは彼の内面をよく顕し、彼の内側が不満に満ちて居る事を示していた。


(“ また ”決着が着かねぇ・・・・・・ 野郎が圧してようが俺が圧してようが、どんな状況だろうが決着だけがまったく浮かんで来やしねぇ。・・・クソが、どこまでも忌々しい野郎だぜ・・・・・・)


そう、如何にグリムジョーが油断無く思い描く戦いの光景をもってしても二人の決着は見えない。
幾度と無く繰り返してきた想像はその数だけ戦いの流れが存在し、まるで樹の根の様に分かれて進むが如く。
例え同じ攻撃を繰り出し、また繰り出されたとしても同じ対応を必ずしも取る訳ではない戦いの渦の中、一つとして同じように進む戦いなどありはしないのだ。
だが、そうして枝分かれする戦いの流れは大きく広がりながらも必ず一つの点へと終結する。
それが決着の光景、両者が戦い己が最善を尽くし死力を尽くし、自分へと手繰り寄せようとする勝利と言う名の決着。
どちらかが必ず地に伏しどちらかが勝利の叫びを上げる光景、戦いに生きる者は須らくこの光景に、勝利者として叫びを上げるこの光景にたどり着くことを欲しているのだ。
しかしグリムジョーにこの戦いの決着の光景は見えなかった。
それは単に今回だけという話ではなく、彼が描く全ての戦いに決着は見えないのろう。
何度も繰り返した、思い描いた戦い、思いを馳せ戦いに酔い試練が為のそれは必ず不完全なかたちで視界から消えうせる。
まるでその先など誰にも判るものではないと言わんばかりに。


(俺の力が足りない? ふざけんな、俺があの野郎に劣るとは思えねぇ・・・・・・あの時、現世であの野郎と向き合った時に判った。近いうちに“ 俺達はぶつかる ”。 この直感に間違いは無い、俺の直感が叫びやがる・・・・・・戦(や)るなら今だとなぁ・・・・・・ )


決着の光景が見えない、それは両者の実力が拮抗し想像出来ないか或いは自分が負ける故に見えないかの二つ。
だがグリムジョーは片方の理由をあっさりと否定する。
それは彼の自尊心が認められないものだからという訳ではなく、彼のうちに住まう獣、彼の直感が前者の理由を裏付けるため。
グリムジョーが再びフェルナンドと戦うと決めた時に求めたのは、互いの力が最高に高まった時に戦うというもの。
フェルナンドの力が最高に高まりながらも自分はそれを力によって凌駕し、全力の全力を叩き潰してこそ自分の強さは証明されると。
そう誓っていたグリムジョー、そして現世侵攻の際に対峙したフェルナンドを見たとき、互いに獲物を前にし退くことがなかったあの時に彼は感じたのだ、直感したのだ、“ その時は近い ”と。
それは野生の勘なのだろう、互いの力が拮抗し尚且つ高まった時を彼の勘は捉えたのだ。
互いの実力が伯仲し故に結末は見えない、戦いの中で進化する彼らにとって結末は紙一重であり如何に彼の油断ない想像でも描くことは出来ないのだと。


(まぁいい・・・・・・ 結局は戦(や)れば判る事だ。俺に疑いは無ぇ、強さ、力、そして勝利、その全てを俺が掴む事になぁ・・・・・・)


グリムジョーの瞳には僅かの疑いも無かった。
自らの勝利を、自らの力が彼を上回りそして強いのは自分であると。
疑わない事は力、自らを疑うものに勝利者たる資格は無く故にそれは勝者の条件。
自らの内に突き立てた揺るがぬ柱、彼という存在を確固として支える力の柱。
想像がつかない事に恐れはない、それはおそらく相手も同じ事であり故に血は滾ると。
思いもしない攻撃、想像すら出来ない一撃、それら全てを自分は上回り凌駕し勝利してみせるとグリムジョーは考えていた。
結実、愚かにも自分に楯突きしかしそれが出来るだけの力を証明し、立ちふさがるようにして彼の前で不敵な笑みを浮かべる男フェルナンド・アルディエンデ。
その男を自分が凌駕し倒す、それに滾り昂ぶらぬグリムジョーではない。
だが焦る事はないのだ、“ そういった時 ”とは自ら近付かぬとも自然に彼に訪れる。
唐突に気安く、そしてあくまでも自然にそういう流れは訪れるのだ。
故にグリムジョーは逸らない、如何に内に住まう獣が檻を引き裂かんばかりに暴れても逸らない。
逸って台無しになるくらいならば待とうと、最高の舞台はいずれ訪れるならば待とうと、誰にも邪魔などされては困るのだからと。


そうして座して尚獰猛な笑みを浮かべるグリムジョーに一筋の光がさす。
それは扉が開かれたが故の光り、差し込むそれはグリムジョーの姿を闇から引きずり出しその光に彼は一瞬眼を細める。
光に浮かぶ影は一つ、小柄な影は一瞬グリムジョーに彼の破面を幻視させたが影はその破面とは対極に位置するような人物だった。


「・・・・・・ウルキオラ・・・・・・ テメェ何の用だ・・・・・・」


光に浮かぶ影の正体、それは第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー。
小柄な身体に病的なまでに白い肌、緑色の硝子球のごとき瞳に感情は浮かばず左の頭部に角の生えた仮面の名残を残した彼。
突然の訪問客にグリムジョーはあからさまなまでの不快感と敵意を見せるが、ウルキオラにたじろぐ様子はない。
寧ろ何も感じていないと言ったほうが正しいかのごとく、自分を睨みつけるグリムジョーの瞳をただ真っ直ぐに見返しながら彼は言い放った。



「俺と来い。 グリムジョー 」




巨大な戦いの渦は、ゆっくりと加速し始めていた・・・・・・







――――――――――







何かが風を切る音が響く。
それは切り裂かれる風の悲鳴、しかしそんな悲鳴など意に介さずそれは飛翔し風は叫んだ。
広い空間、壁も床も天井もそしてそれを支える太い柱の全てが白で統一された明るい空間、そこを飛翔するのは白とは反対に黒い物体。
それも一つや二つではなくそれこそ数を数えることなど無意味なほど大量なそれは、まるで太い竜巻の如く飛び回り続ける。
よくよく見ればその黒い物体は黒い羽、風に舞い上げられたようにヒラヒラと舞うのではなく明らかな意思をもって方向を揃え周回する様にして飛翔する黒い羽だった。
そして飛翔する羽の中心、黒く太い竜巻の中心にそれは居た。

長く伸びたきめ細かい漆黒の髪、その髪と同じ漆黒のドレスを身に纏いしかし肌は白よりも青白いといった表現の方が適切なほど病的。
背中から腰にかけて大きく空いたドレス、その腰辺りからは一対の黒い翼が生え大きく開かれその様はまるで黒い十字架の様。
唇には薄紫の艶やかな口紅が点され、端正な顔立ちを伺わせるがしかしその目元は厚手の黒いヴェールによって隠されていた。
黒い羽の竜巻にあってその中心に立つ美しき人、彼女の名はアベル・ライネス、前第5十刃(クイント・エスパーダ)であり現在は破面No.101(アランカル・シエントウノ)として十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)となった女性である。
そして今の彼女は普段の身体を覆い隠すような白い外套型の死覇装ではなく、自らの斬魄刀へと封じた力の核を解放し、本来あるべき姿へと回帰する刀剣解放(レスレクシオン)を行った姿。
『 鶚貴妃(スパルナ) 』という名の斬魄刀を解放した今の彼女は、広げた黒い翼によって超高精度での霊子の操作を可能とし、こうして列を成すかのように彼女の周りを高速で周回する羽の一つ一つを彼女は完全にその制御下に置いているのだ。

彼女の周りを高速で周回する黒い羽の群れ、一つの意思の下完全に統制されたそれらは一つの軍隊のよう。
一糸乱れぬ羽の兵士達、アベルは竜巻の中心からそれらを見やり号令を下した。
号令と言っても言葉を発した訳でも腕を動かした訳でもない、彼等羽の兵士を指揮するのはアベルが持つ黒い翼。
それによって霊子の流れを制御し調整し掌握する事で彼女は羽を、どのような角度でどれくらいの速度でまたどのようにして飛ばすかを文字通り想いのままに制御できるのだ。
翼により号令を下された羽達、黒い竜巻の中からその内六枚づつが順々に飛び出し、都合二十四枚がそれぞれ四方へと分かれる。
アベルを中心とする竜巻、それを囲むようにやや離れた位置には天井を支える太い柱があり竜巻から分かれた羽達はその柱目掛けて飛翔していく。
柱を目掛けて一直線に飛翔していた羽達はそのまま柱に突き刺さる、のではなく柱の直前で二手に判れ柱を避けると、アベルから見て柱の裏側となる位置で再び一つに合わさり反転すると今度こそ柱へと突き刺さった。
見れば柱の裏には小さな5cm程の円が描かれており、羽達はその円の中に一枚も漏れる事無く突き刺さっているのだ。
彼女の視界から完全に死角となっている柱の裏、さらにそこに描かれた小さな小さな円、その円の中に一枚も外す事無く羽を突き刺すという離れ技、十刃、いや全破面中最高の霊圧知覚とそれをもって霊子の流れを制御する技は十刃落ちとなった今でも健在、と言えるだろう。



「フフ・・・・・・ 我ながらなんと“ 不様な出来 ”か・・・・・・ 」



しかし、その離れ技をしてアベルは自らを嘲笑する。
常人、いや達人から見たとて今アベルが行ったものは常軌を逸するが如き技、如何に霊圧知覚に優れていると言ってもまったくの死角にある的を寸分違わず射抜くなど彼女以外に出来るはずもない。
だがアベルはそれがあまりにも不出来でまるで児戯にも劣るかのごとき嘲笑を自らに浴びせるのだ。
まったく話にならない、そんな思いをありありと滲ませて。


「そうは思わないか? 破面No.105(アランカル・シエントシンコ)・・・・・・」

「・・・・・・何さ、やっぱり気が付いてた訳?」

「無論だ。 貴様が無意味に霊圧を抑え、こちらを見ている事は判っていた。この姿の私相手にその程度の隠遁は無意味でしかないというのにな」

「チッ! やっぱり気に喰わない女ね、あんた!」


自らを嘲うアベルは不意に同意を求めるかのように一本の柱へと声をかける。
そしてその声から遅れること数秒、柱の影から現われたのはアベルが指摘したとおり破面No.105チルッチ・サンダーウィッチだった。
小柄な身体をミニスカートでゴシックロリータ風の死覇装で着飾った彼女、やっぱりバレてはいたのかというチルッチの言葉にアベルは当然だといった風で答える。
その答えはどこまでも彼女らしく相手の好意の無意味さを突くものであったが、別段他意はなくチルッチが愚かだと言っている訳では決して無いのだが、そうした無機質な言葉というものはやはり言われた者にとってはあまり心地よいものではなく、チルッチの中でアベルはやはり気に喰わない女だという評価が上塗りされる結果となっていた。


「結構、他者に気に入られる事など無意味だ。他者の評価など私には何の意味も関係も無い。それよりも無意味にそこに隠れていた理由を聞こうか? No.105・・・・・・ 」

「嫌な女ね・・・・・・ 別に、偶々近くを通りかかったら強い霊圧を感じた、だから誰のか確かめに来たらあんただった、それだけよ」

「・・・・・・成程、嘘ではない・・・か・・・・・・」


気に喰わないというチルッチの言葉にアベルはそれで良いと答える。
他者の評価、他者に気に入られる事、また他者に自分がどう見られているか、そんなものを気にする事など無意味だと。
それを気にしたところでどうなるものか、他者に気に入られれば強くなるのか、他者に評価される事が自分の力につながるのか、答えはどう考えても否。
無意味、無駄、不要を嫌う彼女らしい答え、その答えにチルッチは改めて嫌な女だと口にしながらアベルに問われた何故此処に居るのか、という言葉につまらなそうに答えた。
曰く強い霊圧を感じその主を確かめに来た、普段感じる霊圧に比べ解放後の霊圧というものはその量から桁違いであり、如何に面識のある相手のものだとしても完全に当てになるものではない。
更に出会ってから日が浅くそう何度も顔を合わせる相手ではないチルッチにとって、アベルの発した霊圧は興味に値したのだろう。
チルッチの言葉を彼女自身の霊圧の揺れから真実だと判断したアベル、嘘ではないと納得した様子であったがその言葉にもチルッチは「疑ってたわけ?失礼しちゃうわ! 」と怒り気味であった。


「・・・・・・にしても・・・・・・ あんた化物?」

「それは生物の分類としてか? それならば私は間違いなく化物だが、何か別の意味であるならば些か心外だな、No.105」

「・・・一々面倒くさい女っ! あたしが言ってんのはアレよ!自分の死角にあるあんな小さい的に寸分違わず羽突き刺すなんて、よっぽど化物じゃない限り出来っこないって言ってんの!」


アベルの言葉にイライラを募らせながらも、チルッチは一度傍にある柱の上を見上げた後、アベルに話しかける。
お前は化物か、と。
そう言われたアベルは生物、破面という存在である自分は言葉の通り化物であるがもしチルッチの言う化物が生物的な意味ではないというのならば、それは心外であると答えた。
なんとも回りくどい、というか理が先行しすぎたような受け答えにまたしてもイライラが募るチルッチ。
軽く地団駄を踏むようにしてチルッチは柱の上部を指差しながら声を大にする。
そこにあるのは先ほどアベルが突き刺した羽、柱の陰に隠れていたチルッチはその現場をその眼で目撃し、驚きを覚えていたのだ。
どう考えても普通ではない、自分の死角にある的を目掛けて羽を飛ばし突き刺す、それも極々小さな的を目掛けてであり驚くべきはその的を一切違わず突き刺しているという事。
おそらく他の三本の柱も同じように的を違える事無く羽が突き刺さっているであろう事を考えると、チルッチはアベルの異常なまでの力に呆れる程だった。
だが、その呆れはアベルのこの言葉で更に大きくなる。



「何を言うかと思えば・・・・・・ 無意味な・・・・・・その理屈でいけば私は化物ではないな。 “ あの程度 ”で化物などと言える訳が無い、“ ただ的に当てる ”だけならばあの的は“ 大きすぎる ”位だ 」

「はぁ!? 」


僅か5cmの円に六枚の羽を寸分違わず突き刺す、その技をもってアベルはそれをこの程度と評する。
まるであの程度の事で化物呼ばわりされる事の方がいっそどうかしているとでも言わんばかりに、如何に死角にあろうともたかが的に当てる程度、そこになんら技術など必要なく、それを求めるのならばあの的はもっと小さくなければいけないとすら彼女は言うのだ。
チルッチからすれば充分なその異常性、しかしそれすら彼女の、アベルの基準からすれば出来て当然の事。
得手不得手は誰にでもあるものだが、アベルの場合得手の部分が他者よりも圧倒的に秀でているが故の基準、それをもってすれば彼女の的当ては最初に彼女が零したように不様な出来、という事なのだろう。


「あれで大きい? 冗談にしちゃ笑えないわね・・・・・・じゃぁあんたは一体何を目掛けて羽を飛ばして突き刺したってのさ」

「冗談ではなく事実だ、No.105。・・・・・・教えたところで無意味ではあるが・・・まぁいいだろう。 私が狙っていたのはあの的でありそして“ 私自身の羽 ”だ 」

「・・・・・・羽を狙う? 言ってる意味が判んないわ。勿体つけないでさっさと教えなさいよ 」


何を馬鹿な、と言った様子でアベルの言葉を鼻で笑うチルッチ。
如何に目の前の女性がつい最近まで在位の十刃だったとはいえ、的に当てるだけならば約5cmのそれは大きすぎるなどと言うのは冗談でしかないと。
そもそも的としては大きすぎると言いながらもそれを用い、現実それを目掛けて突き刺したあの羽は一体なんなのかと問うチルッチに、アベルは僅か考え込んだ後、説明する事は無意味だとしながらも彼女の本当の的を語ったのだ、それは羽だと、アベルが操り目掛け突き刺した羽、それこそが自分の本当の的だと。
訝しむチルッチを他所に、内心やはり説明する事など無意味だと思いながらもアベルは口を噤む事無くチルッチにその真相を明かす。


「あれは本来的に当てる事が目的ではない。本当の目的は的へと突き刺した一枚目の羽、後に続く羽は全て“ 先に刺さった羽を薄く両断する形 ”で突き刺す事が目的だったのだ。故にこれは無意味で不様な失敗の姿でしかないのだよ」

「・・・・・・ッ! 」


アベルが発した言葉はチルッチを驚愕させるに足るものだった。
的はただ最初の一枚のためのもの、そして本当の的は彼女が言ったとおり自らの羽。
まず一枚羽を柱へと突き刺し、その後に続く羽は最初に突き刺さった羽を薄く真っ二つに両断し、続く羽もまた同じように先に刺さったそれを両断する形で突き刺す。
六枚だった羽は最後の一枚を除きすべて両断され都合十一枚に変るはずだったと、アベルは事も無げにそう言い放ったのだ。
考えられない、そんな思いが浮かぶのはチルッチ。
アベルの言う言葉は、事も無げに発した言葉はその実どれだけ不可能に近いものかと。
羽が如何程の厚みを持っているかは彼女には判らない、しかしどう見たところで“ 厚い ”という表現には至らないであろう羽をしてそれを両断する事の難しさ。
そして何より自分がそれを出来るという事をまったく疑った様子のないアベルの姿、チルッチからすればそちらの方が異常であり戦慄を覚えるものだった。


「そう無意味に驚くこともあるまい、No.105。現に私はこれを失敗しているのだ、少し前ならば造作も無く出来た事をな・・・・・・やはり、そう簡単に癒えるものではない、という事か・・・・・・死して尚、邪魔にしかならん無価値な男だ、あの暴君は・・・・・・」


驚くチルッチを霊圧から察したのか、アベルは自嘲気味な言葉を彼女にかける。
いくらこうしようと思ったと語ったところで結局は失敗していると、語った言葉を実証できない以上それは妄言の類に過ぎず驚く事は無意味であると。
だが彼女はこうも続けたのだ、“ 少し前 ”ならば造作も無く出来ていた事だと。
そう、その言葉が意味するのはこの行いが初めての試みだという事ではなく彼女にとって日常的な訓練に過ぎなかったという事。
そして裏を返せば今、彼女はその日常的な訓練すらこなせない状態にあるという事なのだ。

アベルの翼、黒く広げられた一対の翼、それは今彼女にしか判らないがしかし間違いなく損傷を抱えている。
前第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ノイトラ・ジルガとの座を賭けた強奪決闘(デュエロ・デスポハール)に措いて、彼女は突如乱入した今は亡き“暴君” ネロ・マリグノ・クリーメンによってその翼に甚大な被害を被っていた。
今となっては外見的な傷は無く見た目上癒えていると言っていい彼女の翼、しかし外の傷がいくら癒えたとてそう易々と力が戻るかと言えばそれは違う。
ただでさえ超精密な霊圧操作を可能とする彼女の翼、言うなればそれは精密機器と同じでありそれはほんの小さな傷だけでも機能に重大な障害を齎す。
彼女が過去に造作も無く出来たこの的当てが今現在、彼女流に言うならば不様な出来を晒しているのは全てこの為。
彼女が負った翼の傷は一月二月で完全に癒えるほど軽いものではなかったという事だろう。


「何よ、あんたあの出来でまだ不満な訳? 嫌味な女ね、ホント・・・・・・あたしからすればこれだけ出来れば充分だと思うけど?」

「充分だ、などという言葉は無意味だ。 それは何処までも自己満足にすぎない、そして自己に満足した者にそれ以上、上に昇る資格は無い。そして何よりこの程度で勝てるほどアレは弱くは無い筈だ・・・・・・」


再び柱の上を見上げ、突き刺さる羽を見るチルッチ。
自分にも羽はあるがああいった正確な攻撃ではなくどちらかと言えば大味で、しかしそれでも負けているとは思わなかった。
しかしそれでも此処までの精度で操作出来るかと言われれば言葉を濁すより他無く、故に彼女が何をそこまで不出来と呼ぶのかをチルッチは理解出来なかったのだ。
これ以上何を望むと、既に常軌を逸したかのような力を手にしながら一体何をまだ望むのかと、既に充分なほどの力を持っているにも拘らず、と。
だがアベルにとってこれは充分と呼ぶには程遠い場所。
何より充分だなどと考えて歩みを止める事は無意味でしかないと。
おそらく昔の彼女ならば歩みを止めていただろう。
今出来る自分の全てを把握し、それ以上を求めたところで手に入らないと判断した時点で彼女はその歩みを止めていただろう。
何故なら彼女の司る死は“ 諦観 ”、全てを諦める方向で考える精神の死。
故に今現状の自分で敵に敵わないと判断したならば潔く、いや呆気なく己の死を受け入れる事だろう。
勝てぬのならば戦うことすら無意味、永らえようとする事など無意味の極地であると言わんばかりに。

しかし、今の彼女は少し違う。

無意味だと断じながらも言葉を尽くし、無意味だと判っていながらも止まらず力を求める。
それは自らの理論の完全性を証明するために費やされる時間。
諦め投げ出すのではなく僅かばかり足掻いて見せようという方向性の現われ。
充分だな度と歩みを止めればあの男はその分高みへと昇るだろう、自らの力に満足すればその間にあの男はその渇望によってより力を増すだろう。
故に止まる事は、満足することは許されない。
何故ならあの男を倒し自らの完全性を証明するには今度こそ、完膚なきまでに力によってあの男を打倒するより他無いと彼女は悟っているのだ。


「この程度・・・ねぇ・・・・・・ あんたさ、一体何と戦う心算なわけ?」


まるで過小評価するように自らの力を足りないとするアベルに、チルッチは一つ溜息を吐いた後呆れたように問う。
気に喰わなくて嫌味でイラつく女という評価をアベルに下し続けるチルッチではあったが、頑として自分を曲げない芯の強さはそれなりに評価してもいい点だと彼女も思っていた。
故に問う、その芯の強さをもって力を鍛え、一体何と戦う心算なのかと。
チルッチの問いにアベルは僅かな逡巡を見せた後、僅かに口角を上げるとこう答えた。



「何の事はない・・・・・・ “ 私程度には ”化物のような相手だよ・・・・・・」



また一つ、小さな渦はうねりを見せ始めていた・・・・・・







――――――――――







「本当にやるのかい? 」

「・・・・・・あぁ 」


そこは地底のそこのように暗く陰気な空間。
壁を這うのはどこか有機的な管の数々、時折煙を吐きながら脈動するそれは気味が悪いという一言に尽きるだろう。
その空間はそれ程大きくは無い様子だったが、暗く保たれた奥の方からは何とも形容しがたい苦しそうな叫び声や奇声が響き、ガチャガチャと鎖や鉄が擦れる音がする。
机の上は用途不明の実験道具、血液らしきものがべっとりと付いたままのそれと、ビーカーやフラスコに占領され、容器の中には色とりどりの液体が満たされもくもくと湯気とも煙ともつかないものを上げていた。
その奇怪と狂気が満たされた空間にあって一箇所だけ煌々と明かりに照らされる場所がある。
十字架型の手術台を照らし出すようなその場所に居る人影は二つ。
片方は照らされる手術台に手足と首を固定され、もう片方はその傍らに佇んでいた。


「それにしても驚いたよ。 まさか君みたいなタイプがこの僕を頼るなんて思いもしない出来事だ、こういう体験は実に素晴らしい!僕には判るよ、僕の脳細胞はこの思いもしない刺激に歓喜し、痺れ、震え狂喜しているのがねぇ!そしてこの提案も実にソソられる! こんな狂った事を考え付くのはきっと僕か君くらいなものさ!」


傍らに立つ男は可笑しくて、そして嬉しくて堪らないといった様子で笑い声を上げる。
それは明らかに常軌を逸した笑い、狂っている事が嬉しくてそれに身を委ねることが楽しくて堪らないといった笑いだった。


「おい。 笑ってねぇでさっさと始めろ 」

「失礼。 少々興奮してしまったようだ・・・・・・しかし君は非常に面白い。 どんな理由かは興味が無いがコレを思い付き、躊躇い無く実行しようというのだからね、ある意味賞賛に値するよ」


狂ったように笑う男を手術台に貼り付けられた男は睨みつけ、黙らせようとする。
彼からしてみれば此処に来たのは、こんなふざけた笑い声を延々聞かされる為ではないといったところなのだろう。
こうして不様にも手術台に貼り付けられる姿を晒すという、この男の自尊心が許容できている事すら奇跡じみた現状、僅かでも男の怒りが振りきれれば拘束は無意味と化すかも知れない状況でもしかし傍らに立つ男はいたって余裕だった。
あまつさえ貼り付けの男を賞賛するとまでいう彼の言葉は、純粋に狂った思考を共有している彼への賛辞なのだろう。


「しかし本当にやるのかい? まぁ僕としては近年希に見る良質の検体に常軌を逸しているとしか思えない施術を行えるのは、情事にもまさる恍惚を得られるだろうけど、君はきっと“ まともではいられない ”よ? 」

「構いやしねぇ。 まともで居る事が強さを、俺の“ 最強 ”への道を妨げるなら、俺はまともな自分をブチ殺してやる」


傍らに立つ男は賛辞を語りながらももう一度問う。
本当にいいのか、と。
彼、いや彼らが一体これから何を始めようとしているのかは判らない、しかしそれは十中八九狂気の沙汰であることは確かだろう。
だがこの傍らに立つ男は貼り付けの男の身体を案じてこのような事を言っているのではない。
何故なら男の顔には心配ではなくニヤリという笑みが隠し切れずに浮かんでいるのだ、止めると言われても関係なく彼はその狂気の沙汰を実行する心算なのは明らか。
何より同じ破面である貼り付けの男を“検体”と呼んでいる時点で、これは貼り付けの男の願いを聞き届けたのではなくどこまでも彼自身の興味を満たす為の行為に成り代わっているのだから。
しかしその狂気を満たす為の行為であっても傍らに立つ男の言葉に嘘はない。
まともではいられない、という彼の言葉はきっと嘘ではなく真実、彼らが望む狂気の沙汰は貼り付けの男にとってそれだけのリスクを背負うものだという紛れもない事実なのだ。

だがしかし貼り付けの男は一瞬の迷いも無く構わないと口にした。
その迷いの無さは即ち意志の強さであり揺れない芯の存在を、そしてなによりこの男にも傍らに立つ男に負けない狂気が内包されている事を示している。
まともな自分など必要ではない、まともというものが自分の足を引っ張るのならばそれを自分は真っ先に斬り落とす。
“最強”を冠するのに必要なのは、強さを引き寄せて尚圧倒する絶対的な力でありその道を阻むものはそれが自分自身であっても殺して進むのだと。
そんな思いがありありと滲む言葉に傍らに立つ男は狂気に染まる笑みを深めた。


「結構! 大いに結構! まとも、普通、一般的、そんな画一されたものは何時だって僕達の足を引っ張る足枷でしかない!他者に紛れる事しか出来ない者達の言い訳や嫉み!自分より優れた者達を世界から締め出そうとする小さくて醜い正論など僕達には何の価値も無い!狂気なくして我等の進歩はないのさ! ハハハハ!実にイイ! 実にソソられる! この実験は必ず成功すると約束しよう!この僕の溢れる知識に賭けてね!! 」


狂った興奮は最高潮に達し、傍らに立つ男は大きく背を反らせて天を仰ぐようにして叫び笑う。
口は裂けた様に広がり目は見開かれ宿した狂気は彼の世界を狂乱させる。
まともである自分を殺してでも力を得ようとする狂気、傍らに立つ男にとって貼り付けの男の望みは狂っているとしか言いようが無く、それ故に価値があった。
素晴らしい狂気、何故これだけの事をしようというのかに興味など無い彼であるが、それを選択した事は大いに評価に値し、故に彼は歓喜に染まるのだろう。


「さぁ準備はイイかい? これから始まるのは激痛と悲鳴の宴だよ?神経を切り裂かれ内側から掻き毟られるような、身体中の血管にマグマを流し込まれるような、乙女すら恥じらいを容易く捨て醜い獣のような咆哮を晒すような!まさしく恍惚! それ以外の表現を僕は知らないよ!ハハハハハ!! 」


狂っている事は既に判りきっている彼。
その狂気で世界を塗りつぶし、世界の全てをその知識としようとする男。
他者の命は顧みず、他者の苦痛を何よりの美酒とし、それらを糧に知識を得ることを至上とする。
その狂気が今まさに貼り付けの男へと向けられ、しかし貼り付けの男はまったく動じる様子はなかった。


「激痛なぞ構いやしねぇ、悲鳴は上げるもんじゃなくて上げさせるもんだ。そして必ず上げさせてやる・・・あのクソ女になぁ・・・・・・!」

「実に結構。 では始めようか・・・・・・ 」


狂気を前に動じず、男は激痛を許容し悲鳴を否定した。
それがこの男の矜持、力を得るため、最強を得るためならばいくらでもその身をなげうつ覚悟。
そして何よりその最強の道に常に立ちはだかる者を殺す為に、その為に彼はこの狂気に身を委ねるのだ。
貼り付けの男の言葉に満足した様子の傍らに立つ男。
彼の指が貼り付けの男に迫り、そして触れた瞬間貼り付けの男の身体は拘束を引き千切らんばかりに跳ね上がった。
眼は見開かれ身体中を紫電が伝い口からは泡が零れる。
意識を完全に残したまま身体を貫かれ焼き尽くされるような痛みに襲われる男。
この後どれだけこの男の苦行が続くのかは定かではないがしかし。

食い縛られた歯の隙間からは、欠片の悲鳴も漏れる事はなかった。












黒い思惑

動き出す歯車

空が割る


此処に誓おう

約束の時を









[18582] BLEACH El fuego no se apaga.80
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/03/12 11:24
BLEACH El fuego no se apaga.80












眼前に映し出されるのは過去の記録。
それは現世において収集された記録であり、その副産物。
本来目的としたものとは別に偶々収められた奇異なるモノ。
映し出される映像を見る人物は椅子に深く腰掛け頬杖をつき、その口元に僅かな笑みを浮かべていた。
彼からしてみれば何処までも不完全であり、言うなれば猿の紛い物にしかすぎない“ 人 ”という名の存在。
無知であり無為、その一言に尽きるかのような脆弱な生命体である人であるが、ときに彼の予想だにしない進化を見せる事がある。
そして今、彼の前に映し出される映像、そこに映る人間の少女もおそらくはその類なのだろう。
花を模した髪留めから分れた花弁、人間の少女の能力であろうそれは飛ぶようにして少女の傍に倒れた青年に近付くと、無残なほど傷ついた青年の右腕を囲うように領域のようなものを形成した。
その後に起こる現象、それを見て椅子に座る男はまた笑みを深める。
人という脆弱で短命な種にありながら、少女の行った行為はその矮小な人というものに許された枠を易々と超えるかの如きもの。
それもただ霊的に優れている、という言葉では済ます事は出来ない程、少女の持つ力は常軌を逸したものだった。

故に彼女は彼の眼に留まってしまったのだ。


「フフ・・・・・・ 随分と“ 面白い能力 ”を持っているな・・・・・・女・・・・・・ 」


駆けつけ、傷ついた友の姿を眼にした、故に助けた。
そんな人として当たり前の行動をした少女、自分の特異な能力を持ってすれば助けられる、ならば助けない理由はどこにも無いとして友である青年を助けた少女はしかし、その優しさゆえに見初められたのだ。

暗い欲望が渦巻く彼の男の瞳に。
男が描く謀略、その一つの道具として。





――――――――――





「あぁ、来たね。 ウルキオラ、ヤミー。 今、終わるところだよ・・・・・・」


白く大きな扉が開き二つの人影がその部屋へと足を踏み入れた。
一つは小柄で華奢な、もう一つは巨躯で線が太くごつごつとした印象の影。
名をウルキオラ・シファー、そしてヤミー・リヤルゴ、どちらも虚夜宮(ラス・ノーチェス)最高戦力である十刃(エスパーダ)の一角に席をおく破面(アランカル)である。
そして二人の入室を振り返る事無く迎えたのは茶色の髪を後ろへ流し、彼等破面と同じ白い死覇装に身を包んだ死神にして彼等破面の創造主たる男、藍染 惣右介(あいぜん そうすけ)。
ウルキオラ等が入室した広い部屋には彼等以外にも第1十刃(プリメーラ)であるスタークを筆頭にバラガン、ハリベル、そしてつい最近十刃となったルピといった十刃が集結していたが、グリムジョー、ノイトラの姿は見えなかった。
それぞれが思い思いの場所に陣取り、部屋の中心に立つ藍染を囲むようにしている室内の十刃達。
中心に立つ藍染の前には包帯のようなもので雁字搦めにされた人型の物体と、それを覆う正方形の透明な結界。
藍染を囲む彼等十刃にとってその光景はどこか見慣れたもの、彼等の眼に映るそれが示すのは『大虚(メノス)の破面化 』に他ならず、その光景は今また一人新たな破面がこの虚夜宮に誕生することを示していた。


「崩玉の覚醒状態は? 」

「五割だよ。 ・・・・・・もっともそれは尸魂界(ソウルソサエティ)側の見解ならば・・・ね。全て“ 予定通り ”だ、こうして直に崩玉に触れた事の無い彼らには判るまい。封印を解かれて尚、休眠状態の崩玉ではあるが隊長格に倍する霊圧を持つ者と一時的に融合する事でほんの一瞬、“ 完全覚醒状態と同等 ”の力を発揮する、という事がね」


大虚の破面化、という術式について重要になる崩玉の覚醒状態を問うのはウルキオラ。
崩玉の覚醒状態はそのまま破面化の精度、そして破面化された破面の強さに影響を及ぼす因子であり、それ故に彼から出たその言葉は当然の疑問といえた。
だがそれは心配から来る言葉ではない、純粋に破面化に影響する覚醒状態を尋ねた言葉ではないのだ。
何故ならウルキオラを含めた全十刃は崩玉の覚醒状態に疑いを持っていない為。
彼らもまた完全覚醒状態である完全な崩玉によって再破面化を施されているのだ、覚醒状態に不備がある崩玉に彼らを再び破面として精製する能力が発揮できるはずも無く、故に彼らは崩玉に疑いを持たない。

ならばウルキオラが問うた覚醒状態は何を指していたのか、答えは彼らが知る崩玉の覚醒状態ではなく彼らではない他の者が知っている覚醒状態。
実物に触れる事無く情報と推測に基づいて導かれた死神が知る覚醒状態の事。
それをして藍染は予定通りとウルキオラに答えた。
尸魂界が誤った解釈によって導き出した崩玉の覚醒状態、そこから導き出された間違った決戦の時。
必死にその時に備えて力を磨く死神の姿は藍染からすれば何処までも悠長なものでしかなく、彼等死神が力をつけたと思った頃には破面達は彼等の届かぬ次元に立っているのだと。
藍染惣右介という類希な霊圧を持つ者だからこそ可能な崩玉の強制完全覚醒、それをして創り上げられた十刃という名の禍々しき刃達。
ウルキオラに答える藍染、その言葉の最中結界の上に置かれた崩玉は差伸べられた藍染の指先に癒着し、そこから注ぎ込まれる膨大な霊圧を持ってその真なる力を解放する。
結界は崩玉の力と藍染の霊圧、破面化による被検体の霊圧上昇によって砕け、雁字搦めに巻かれた布はボロボロと崩れて落ちた。
既に万全磐石の布陣を整えつつある藍染、それを更に磐石とする為に彼はまた新たな破面をここに創り出したのだ。


「・・・・・・名を、聞かせてくれるかな? 新たなる同胞よ・・・・・・」

「・・・・・・ワンダーワイス。 ・・・・・・ワンダーワイス・・・マルジェラ・・・・・・」


結界が崩れ身体を拘束するかのような布もまた崩れた後、現われた新たな破面。
床にへたり込み両手をついて上半身を支えるようにして藍染を見上げるその破面は、青年というよりも少年といえる幼い外見。
肩にはかからないがやや毛先が外に跳ねた金髪で額にどこか王冠を思わせる仮面の名残、眼は虚ろで目の下にははっきりと隈が刻まれていた。
線が細いでは済まされない程細い手足には贅肉など無く、それどころか筋肉すら少ないような棒切れの印象で肋(あばら)が浮かぶほど。
肉体だけを見る限り、おおよそ戦闘者として一流とは言いがたいワンダーワイスと名乗ったその破面の少年。
霊圧の強さと肉体の強さがものを言う破面や死神という存在にとって、この肉体の脆弱さはそれだけで罪とすら言えるものだろう。
戦いに措いて少なくとも肉体面で他に圧倒的に劣る様に見えるこのワンダーワイスという破面。
その拳を、その刀を、身に溢れる力をもって戦い、相手を殺すことだけを存在意義として見出されたような破面、その存在意義に対してこのワンダーワイスはどうしようもなく劣った印象を見るものに与えるのだ。
無論肉体の強さだけがその者の全てを測る指標ではない、しかし霊圧だけで肉体の不備を補える訳でもなく結果両方が伴っていない者は不完全。

そしてその印象が導き出す結論は一つ、“失敗作”。

如何に藍染惣右介という万能を体現するかの如き男であっても失敗はあると、完全覚醒状態の崩玉をもってしてもこうした失敗作は生まれえるのだと、周りを囲む十刃達には大なり小なりそういった思いが生まれたことだろう。
この世に失敗しない者などいないと。


だが本当にそうだろうか。


藍染惣右介という男が本当に失敗を、自らにとって無益な事をするだろうか。
全てに措いて己が利を最大限に引き出し、それら全てを余す事無く掌中に収めてきたであろうこの男に、こんな簡単な失敗があるだろうか。
今までこの男が積み上げてきた数々の所業とその結果、過程手段の是非や倫理感はともかく結果として望んだもの全てを手にしてきたこの男のこれまでを鑑みた時、本当にそれは失敗に見えるだろうか。
誰の目にも明らかに脆弱なワンダーワイス、戦えば間違いなく全ての十刃が勝利するであろうと思わせるその姿。
しかしその脆弱で弱々しさと危うさすら漂わせるワンダーワイスは、こうして“ 人型として ”破面化に成功し、何より崩玉の完全覚醒を無理矢理促してまで“ 完全な形での破面化 ”を約束された個体でもあるのだ。
そして何より自分にとって利益も有用性も無い者に意義を見出さない藍染惣右介が、失敗作を造り出す無駄を行うはずが無い。
大多数にとって無意味な失敗作に見えるものも、一部の人間には神々しさすら感じさせる芸術品であるのと同じように、藍染惣右介にとってこのワンダーワイスという破面は、脆弱さなど何の障害にもならぬほど有用な個体なのだ。


「・・・・・・ウルキオラ。 一ヶ月前に話した指令、実行に移してくれ」

「はい・・・・・・ 」

「方法は任せる。 必要ならばキミの権限の許す限り好きな者を動員して構わないよ」

「了解しました・・・・・・ 」


ワンダーワイスを見下ろした藍染の口角がほんの僅かに上がる。
出来栄えか姿か、何かしらに満足した様子の藍染は入り口付近に立つウルキオラに振り返ると、とある指令の実行を命じた。
指令の内容を知るものはその場に二人以外なく、言葉少なく交わされるやり取りは簡潔でそこから内容を推し量ることも出来ない。
例え同じ十刃であっても秘匿される情報、それが示すのはそれだけその指令が重要であるという事。
藍染の言葉に眼を伏せ一礼したウルキオラは踵を返し、先程入ってきた扉から部屋を後にする。
何も語られず下された指令、ただ判る事は藍染が第4十刃(クアトロ)であるウルキオラに指令を出すという事は、それだけその任務が重要なものであるという事ともうひとつ。
今まさに誕生したワンダーワイス、その存在がこの指令実行の契機となったという事だろう。


「それでは皆、今日はこれで解散してもらって構わない。あぁ、スターク、バラガン、ハリベルの三人は残ってくれ。今後の事について少し話しておく事があるからね・・・・・・」


ウルキオラが退室した後、藍染は残った十刃に対しても解散を命じた。
部屋の中央でへたり込むようにして未だ座っていたワンダーワイスは、何処からか現れた下官数人に伴われるようにして部屋を後にし、ルピ、ザエルアポロ、アーロニーロも部屋を後にする。
ヤミーだけはこんなくだらない事なら一々呼ぶなよ、といった思いをありありと顔に浮かべはしていたがそれを藍染に面と向かって言うほど彼も愚かではなく、しかしわざとらしいまでの盛大な溜息と舌打ちを残し、ボリボリと頭を掻きながら部屋を後にした。
そして残ったのは第1十刃であるスターク、第2十刃(ゼグンダ)であるバラガン、そして第3十刃(トレス)のハリベルという上位十刃達。
崩玉を摘み上着の内ポケットへと仕舞い込んだ藍染は、部屋の中央から少し場所を移すようにして歩を進める。


「で? 用向きはなんじゃいボス。 まさか本当に態々小便臭い餓鬼一匹の破面化を見せる為だけに儂等を呼び出した、などという出来の悪い冗談なぞ言うまいな?」

「口を慎むべきだな、大帝。 私にはその口ぶり、忠義ある者のそれとは到底思えない。臣下ならば臣下らしく、藍染様のお言葉を待つべきだろう」

「フン! 小娘が知ったような口をききよるわ・・・・・・」

「はぁ・・・・・・ 何だっていいからさっさと済ませてくれ・・・・・・」( サボるヤツが居たなら、俺もそうすりゃ良かったぜ・・・・・・)


背を向ける藍染に不躾な言葉を投げ付けるのはバラガン。
相変わらず老いを刻んだ顔の皺とは裏腹に、精力滾る筋骨隆々たる肉体を持つ彼。
第2に落ちたとはいえ欠片も衰えぬ王気を存分にその身に纏い、挑戦的ですらある言葉遣いで藍染に真意を問いかける。
十刃である自分をこんな茶番を見せるためだけに呼び出す、などという事がある訳も無くそれ相応の理由というものは当然あるのだろうと。
そうして口元に皮肉を湛えたバラガンを牽制する様に口を開いたのはハリベル。
礼を重んじる彼女からしてみればバラガンの口ぶり、言葉の選択はどうしようもなく上位に対するそれとは言えず、寧ろ侮りすら浮かぶもの。
本来十刃の格で言えばハリベルよりも上であるバラガンに対し、敬意を払うべき立場に居る彼女ではあったがそれよりも尚上に存在する藍染への不敬ともとれる物言いは、看過できるものではないという事なのだろう。
まるで釘を刺す様なハリベルの物言いにしかし、バラガンはそれを一笑の下に伏す。
両者の視線は自然とぶつかり合い見えぬ火花が散るかの如く、どちらも自分の言を易々と曲げるような性格ではない事が判り切っているだけにこうした確執は仕方が無いといえばそれまでの事なのだろう。
そんな二人を他所に何でもいいから早く帰りたい、といった雰囲気をこれ見よがしに垂れ流すのはスターク。
二人が火花を散らすさなかに措いてもポリポリと頬を指で掻き、欠伸をする様は気が抜けているように見えてもなかなか出来るものではない。
三者三様、癖が強く相容れるはずも無い彼らではあるがその力は間違いなく本物であり、そしてその力を更なる力をもって束ねる藍染惣右介という男の恐ろしさもまた、窺い知れるというものだろう。


「態々残ってもらってすまない。 ただキミ達には知っておいて貰わねばならない事だったんだよ、これは・・・ね・・・・・・」


そんな三人の様子を他所に言葉を語りながら歩を進めていた藍染が立ち止まりそして振り返る。
其処は先程の場所よりも、より彼等三人を見やすい位置取りだった。
振り返った藍染の顔にはいつもと変らぬ暗い笑み、見る者を威圧し飲み込むような、不気味で底の知れない笑みが浮かんでいた。
そんな藍染の笑みは、いつもと変らぬそれでありながらいつもよりも僅かに嬉々とした様子であり、いつもとは違うその僅かな違いを見抜いた彼等三人は一様にその雰囲気を固くする。
“ 何かある ”直感的にそれを感じ取った三人はやはり間違いなく強者であり、そうして僅か身構える彼らを前にして藍染は言い放った。



「では、“ 戦の話 ”をはじめようか・・・・・・」








――――――――――





藍染からの指令執行を受けて後、ウルキオラの行動は早かった。
指令の目標に関しては既に藍染によって密かに監視が行われており、目標自身に不審な動きは確認されていない。
尸魂界、または現世に措いても彼の指令目標に対して目立った動き、所在の隠匿や行動の制限などは行われている様子はなく、言うなれば野放し状態。
そういった可能性を頭から否定しているのか、若しくはこうもあからさまに放置していること事態が一種の罠であるという可能性すら考えられたが、その可能性は低いだろう。
何故なら藍染やウルキオラから見て彼らは甘すぎるのだ。
一度仲間と定めれば疑う事をせず、まして仲間を囮として使い命の危機に晒すような事を彼らは好まない。
好む好まないという感情論、戦いの勝利よりもそれらを優先するかのような風潮が彼等の一部にある時点でウルキオラ等からすれば甘すぎる。
そしてそういった甘さを捨てきれていない彼等だからこそ、指令目標を使用した罠の可能性は排除できるのだ。

目標を確保する手段は既にウルキオラの内にあった。
近頃目標は何故か頻繁に現世と尸魂界を移動しており、その際に傍にいるのはウルキオラにとって護衛にすらならない、彼流に言うのならば塵だけ。
その為現世と尸魂界を隔てる断界(だんかい)の中でならば指令の達成は容易い事と言えた。

だが、ただ指令を達成しただけでは意味が無い。

藍染の指令は目標の確保までだったが、言われた事だけしかこなせないのは二流。
機械的に任務をこなす事も必要ではあるが今回ウルキオラに求められているのはそれ以上、故に彼は何時指令の執行命令が下っても問題ないよう全てを整えていた。
人間という脆く矮小な生物の自らを犠牲にしてでも他者を助けようとする愚かな特性、彼の理解の外に存在する『こころ 』という名の理性の揺れを持ってすれば事は容易に成ると。
更に圧迫された精神に僅かな慈悲を与えることで生まれる愚かしい罪悪感、強いられてのではなく自らの決断であるという意思のすり替え、それらをもってしてウルキオラは指令とその後円滑に目標を藍染の道具とする道筋を立てていた。
全ては藍染惣右介という男の傍にあり、彼が用いる効率的な精神掌握と心理操作をウルキオラなりに解釈した工程。
如何に効率的に事を運ぶ事が出来るかを考え、まるで詰め将棋のような理論による追い込み。
故に失敗はありえない、指令は迅速に成し遂げられることだろう。


(目標が取るであろう行動と、思考は問題なく操作できる。後は如何に邪魔が入らない状況を作り出すかに尽きる・・・か・・・・・・)


そう、如何にウルキオラが目標を掌握できる自信があったとしても、余計な邪魔が入ればそれは成らないかもしれない。
現状、目標に付くであろう護衛は問題ではなく目標に正面から接触できれば事は容易に、そして素早く成るだろう。
問題は如何にしてその状況を作り出すか、この状況で言えば如何にして他の意識を目標から逸らし目標を孤立させるか。


(・・・・・・やはり単独で動くより撒き餌を使った方が効果的・・・か。既に二度現世への侵攻が起っている中、三度目を警戒しないほど死神も愚かではないだろう・・・・・・)


だがウルキオラにそれを案ずる素振りはない。
単独で指令を達成できる自信も彼には充分にあるが、確実にそれも藍染の意に沿う形での指令達成を考えたとき安易な選択を彼は好まなかった。
目標は確実に孤立させる、その上で確実に確保し藍染へと献上する。
その為には敵である死神がいやがおうにも対応せざるを得ない状況を作ることが何よりも望ましいとし、ウルキオラは行動した。
動員させられる数は限られており、現時点で四名。
その内一名は斬り飛ばされた腕こそ繋がっているものの、本調子とは程遠くなにより前回無理矢理にウルキオラへと同行した末に晒した醜態は、ウルキオラに彼への評価を下げさせるには充分なものであり、故に除外されていた。
残る三名のうち一名は完全に行方を暗まし、もう一名は先ほども室内に、最後の一名は自宮に篭って居る事は確認が取れている。
結局動員できる人数は最大二名のみであるが、それでは些か撒き餌としての効果が薄いと考えたウルキオラ。

各宮殿を廻り件(くだん)の二名に指令への協調を約させた後、ウルキオラは一路虚夜宮外縁部へと向かった。
広大な虚夜宮ではあるがウルキオラ等十刃にしてみれば苦になるほどの距離でもなく、そう多くの時をかけずに外縁部へと到着したウルキオラは真っ直ぐある破面の下へと歩を進める。
撒き餌の効果が薄いと感じた時点でウルキオラの思考を過ぎった一体の破面。
能力的に撒き餌としてならば申し分なく、何より一度現世へと進行しているという点では件の破面の片側と同等の効果が期待できるその破面。

暗い通路を抜けて開けた空間へと出るウルキオラ、暗かった通路に比べ煌々と照らされたその場所は広く円筒形の空間で柱は無く白い床だけが広がっていた。
その空間の中心に居たその破面はウルキオラの気配に気が付くと彼の方へと振り返った。
その背後には黒髪で巨躯の破面がこちらはウルキオラの姿を確認すると、明らかに大きな溜息をつき、やれやれといった風で首を振る。
立ち止まる事無く袴の衣嚢に両手を入れたままその破面へと近付くウルキオラと、それを皮肉気な笑みを浮かべたまま待ち構えるその破面。
ある程度の距離を保ち立ち止まったウルキオラ、彼の眼に映るその破面はギラギラとした紅い瞳で彼を見ていた。
互い同程度の身長である二人の視線は真正面からぶつかり、しかしその破面とは違い何も浮かばない緑色のウルキオラの瞳は、どこまでも見下すようで、あまつさえ命ずるような雰囲気を色濃くしたままその破面を捉え、そのままウルキオラは言葉を口にした。


「俺と来てもらう。 フェルナンド・アルディエンデ」

「ハッ! お断りだ 」


拒否を許さぬといった威圧感を纏ったウルキオラの言葉、それをその破面、フェルナンドは鼻で笑い飛ばし一刀の下に斬り捨てた。
それを見ていた黒髪の破面サラマは、「あぁやっぱり」といった風で天を仰ぐがそんな彼の様子などお構い無しに当事者たる二人の間には険悪な雰囲気が流れ始める。


「もう一度だけ言う。 俺と来い、フェルナンド・アルディエンデ」

「俺は何度でも言ってやるよ。 お断りだ、ウルキオラ」


ウルキオラの再度の言葉、最早要請ではなく完全に命令と化した言葉にフェルナンドはまたしても否を突きつけた。
だがフェルナンドという人物を省みれば判ることだが、彼はこうした一方的な命令には頑として従わない。
そして一度こうと決めたからにはそれが余程の事でもない限り覆る事など無いのだ。
しかしウルキオラとてそう易々と引き下がるはずも無く、元々対等ですらない相手に命令以外の方法を知らない彼にこれ以外の方法を求める事もまた酷な事。
結果どちらも自分の押し通すべきものを譲るはずも無く、雰囲気は一層ピリピリとした言うなれば一触即発の様相を呈していた。


「まぁまぁまぁ、フェルナンドのニイサンも第4のニイサンも抑えて抑えて、そんな色んなものすっ飛ばした会話じゃ何にも判りゃしませんって。ここは一つ順を追って話してみちゃどうですかい?」


明らかに険悪なフェルナンドとウルキオラの雰囲気、それを察し尚且つこの場に彼以外それを治められそうな人物はなかった。
結果、こうして二人の間に割って入る形で仲裁を試みる事になったのは当然サラマである。
彼からしてみればウルキオラがここに現われた時点で十中八九揉め事は確定しており、後はどうやって治めるかを考える作業だった。
それにしてもまさかここまで色々な説明を省いた言葉の応酬が行われるとは彼も予想外で、意思疎通の能力が低い彼等二人に困惑気味であった。
が、そうして順立てた会話を促してはみたサラマだったが、その後の会話でそれが無理であると悟る。


「塵に語っても理解など出来無い 」

「端っから従う心算が無ぇ 」


それは始めから平行線どころか真逆を向いた議論。
どちらが歩み寄ることも叶わず、そもそもその気がないのだから落としどころも何も無い。
互いの眼を見たまま退かぬ言葉をぶつけ合う彼等に、サラマは処置なしといった様子だった。


「ハッ! 塵・・・かよ。 こりゃ随分な言われ様だ」

「塵を塵と呼ぶ以外の呼び名を俺は知らない、故に塵は塵と呼ぶ他無い」

(あ~こりゃマズイですねぇ・・・・・・ 流石にこの二人の戦いを止められる自信は無いんですが・・・・・・)


漏れ出す赤と深緑の霊圧、言葉によるものが破綻したというのならば彼等破面が取る手段はもう決まっている。
力ある者こそ正義、力ある者が語る言葉だけが正しく、力によって捻じ伏せられた者は語る事すら許されない。
それが虚夜宮、いや虚圏(ウェコムンド)の絶対的な理であり、それに則って彼らは力による解決を選択しようとしているのだ。
その理から若干外れた位置にその考えをおくサラマ、何とかこのあまりに愚かしい激突を止めようとは思うのだが如何せん武力にものを言わせるにも限界はある。
そもそも彼が一度フェルナンドと渡り合えたのは諸々の好条件が重なったからに過ぎず、そんな幸運はそう何度も得られるものではない。

しかし、今回に限っていえばその幸運は彼に降った。



「お前は・・・・・・ 何故こうも私が来た時に限ってそういう事になっているんだ、フェルナンド・・・・・・」



声の主は盛大な呆れを隠す事無く、その姿を見つけたフェルナンドは一つ舌打ちをすると漏れた霊圧を引っ込める。
額に手を当て、困ったものだという雰囲気を存分に纏いながらその場所に現われた彼女。
彼という破面を鑑みた時それは仕方が無い事であると、内心彼女も理解はしているのだろうがそれに納得できるかはまた別の話。
しかも今回は自分の子分ではなく十刃たるウルキオラを相手取っているという時点で、彼女の心労は推し量れるだろう。


「・・・・・・ティア・ハリベル。 貴様が何故ここに居る・・・・・・」

「それは私の台詞だ、ウルキオラ。 藍染様から指令を受けた身である貴様が何故このような場所に居る。指令は速やかに果たされるべきだと私は考えるが?」

「円滑に指令を遂行する為にこの破面の存在が必要だ。故に俺は此処に居る 」


漏れ出していた霊圧を抑え振り返ったウルキオラ。
その眼に映るのは数時間前にあの部屋に居た彼と同じ十刃であるハリベルの姿だった。
嘆息した様子のハリベルであったが、ウルキオラに反応が見られると一転十刃としての顔に戻り、指令遂行の件を問い質す。
ハリベルのウルキオラに対する評価は決して低くは無く、寧ろ藍染への忠節は他の十刃よりも頭一つ抜きん出ているとさえ考えるほど。
そのウルキオラが指令を受けて後も未だこのような場所、虚夜宮の外縁たる三ケタの巣(トレス・シフラス)に居る事はハリベルからすれば不可解でしかなかったのだ。
だがそうしてどこか叱責するようなハリベルの言葉にも、ウルキオラは相変わらず感情の伴わない声で必要なことだと答える。
全ては指令をより完全な形で遂行するため、その為にはフェルナンドの存在が必要であると。


「十刃にはNo.11以下の破面への命令権がある。それは三ケタである十刃落ち(プリバロン)にも適応される」

「それは詭弁だ。 彼らは皆、過去十刃であった者達。彼らに対する敬意と実績を鑑みて彼らを十刃が命令権で縛る事は今まで成された事は無い」

「前例が存在しないだけだ。 権利自体は存在する」

「貴様・・・本気で言っているのかッ・・・・・・」

「無論だ 」


フェルナンドには語ることさえ必要ないとしたウルキオラだったが、事情を知るハリベルには僅かだが真実を語った。
そもそもウルキオラ達十刃には下位破面への命令権が存在し、それをもって指揮下に組み込まれた破面を従属官(フラシオン)と呼ぶ。
No.11以下、それが十刃の持つ命令権の範囲でありウルキオラはそれに十刃落ちである三ケタも含まれているとしたのだ。
だがハリベルはそれを否定する。
十刃落ちとは皆三ケタを冠してはいるが皆過去十刃だった者達、そして彼等の存在無しに今の虚夜宮は成り立ってはいないと。
故に彼らには敬意をもって接するべきであり、その彼らを徒に命令で縛り付けるのは今まで成された事のない非道であるとするハリベル。
破面からすればおかしな事を言っているようではあるが、礼を重んじるハリベルにとってそれは越えてはならない一線であり、現に今まで誰も踏み越えなかったもの。
しかしウルキオラは何も写さぬその眼で平然とその線を踏み越えようというのだ。
ハリベルからすれば看過できない所業である。


「いや、アネサン落ち着いてくださいよ。ここでアネサンまでブチキレちまった日には収集つかんでしょう?何時もの冷静なアネサンで居て貰わないと困るんですよ、この状況じゃ」(主に俺が・・・ねぇ )


険の強くなったハリベルを宥めたのは、いつの間にかフェルナンドとウルキオラの傍から移動していたサラマだった。
彼とて必死なのだ、この状況で唯一の光明といえるハリベル、なんなら力で押さえつけられる人材が同じように暴れられた日には収拾なんてつくはずもないと。
割に合わないにもほどがあり、尚且つ自分まで危険になりそうな状況であるサラマは必死にハリベルを宥める。
現状上手い事この二人に決着をつけられそうな人物は彼女しか居ないのだ、その必死さも頷けるだろう。


「・・・・・・フゥ。 いいだろうウルキオラ。その権利自体は私も認めよう 」

「貴様に認めてもらう必要はない 」

「・・・・・・では、権利を認めた上で私は十刃の“ 上位優先権 ”を行使する。 私は第3、貴様は第4。どちらの権利が優先されるかは誰の目にも明らかだ」

「・・・・・・・・・・・・ 」


一つ大きく息を吐いた後、ハリベルはサラマの言葉で冷静さを取り戻した。
元々そこまで怒りを覚えていた訳ではなく、力による解決を良しとしないハリベルに武力に訴える思考がなかったことが幸いしたのだろう。
渋々出はあるがウルキオラの言う命令権を認めたハリベルは、その上で上位優先権をもって事を納める事にしたのだ。
元々は十刃同士が同じ下位破面を従属官にしようとした時、十刃同士の衝突を避けるために設けられた上位優先権。
命令権の行使に伴って優先されるのは、例え言い出したのが後であっても番号の小さい十刃、つまり上位十刃であるとしたそれはこの場に措いて優先権はハリベルにあると物語っていた。


「それが通る・・・と思っているのか? 第3十刃」

「これはお前の理屈の話。 通らぬ筈があるまい?第4十刃 」

「・・・・・・チッ 」


霊圧ではなく気配で圧すようなウルキオラと、それを正面から受け止めきるハリベル。
どちらも退く心算がないかのようなそれは、やはりハリベルもまた彼らと同じ頑なさを有している事の証明にも見えた。
が、これは感情ではなく理屈の話、そしてその理屈が通っているのはハリベルの方であるのは明らか。
故にウルキオラは舌打ちを零した、それが決着。
ウルキオラが折れてこの場は終わり、というのが決着の流れだった。


「お前もそれで構わないな? フェルナンド 」

「別に。 俺は端っからそいつに従う心算は無かったからな。お前が吠え面かかせたんならそれで構いやしねぇさ」


ウルキオラが退いた事によってこの場は決着としたハリベル。
無用な戦闘が避けられ、尚且つ自分も割に合わない仕事が増えなかった事にホッと胸を撫で下ろすサラマ。
フェルナンドもハリベルの言葉でいやにあっさりと引き下がり、全てはこれで収まったかに見えた。


「指令は貴様無しで遂行する。 元々塵に期待した俺が愚かだった」

「・・・・・・待て、ウルキオラよ。 貴様の行動を阻みはしたが、それで藍染様の指令に支障は無いのだな?」


不本意ながらも引き下がる事を決めたウルキオラは、踵を返しもと来た通路へと向かって歩き出した。
彼からすれば指令をより効率的にこなすためにフェルナンドの力、というよりも存在を利用しようとしたのだが、例えそれが成らずとも指令の遂行は十二分に可能。
彼が抜けた穴は仕方が無いがヤミーなり他の適当な破面なりで埋めれば済む話だと、即座に思考を切り替えていた。
が、そうして背を向けるウルキオラを呼び止めるのはハリベル。
彼女もまた藍染に忠誠を誓うものの一人、勢いと感情に任せてウルキオラの行動を阻んでしまいはしたが、それで藍染の指令遂行に支障が出るのであれば問題だと彼にそれを問う。
それは彼女らしくもない簡単なミス、そうして心配するくらいならば始めから止めねばいいだろうにとも思えるがそれも仕方が無いこと。

何故なら彼女はどうしてもフェルナンドに用事があり、それは決して“ 譲る事が出来ない ”事だったからだ。


「何を今更。 指令は必ず遂行する。 計画、戦力に不安は無い。だが強いて言えば僅かでも死神側が確認している破面方が、奴等の目は引きやすかった程度だ。それがどんな塵であってもな 」


指令遂行を案ずるハリベルに、ウルキオラは振り返る事無く答える。
自分に何の不安もありはしないと、目標を確保する事、そしてそこまでの道筋とその後の掌握、全てを想定した上で計画は万全だと。
彼が行っている作業は計画の骨子の部分ではなく寧ろ成功率を99%からより100%に近づける作業。
計画の成功は絶対条件ではなく確定事項なのだ。
そしてその為にフェルナンドという一度現世へと侵攻し、死神側にも僅かばかり情報が出回りかつ彼らが慌てるであろう十刃クラスの霊圧を有する存在である彼を指令遂行時の死神に対する撒き餌として利用しようとウルキオラは考えていた。
勿論それを全てフェルナンドら撒き餌に伝える心算はウルキオラには無い。
情報は隠匿してこそその価値を上げ、それは敵に対してではなく味方に対してでも同じ事が言える。
ヤミー辺りなどは敵を前にしベラベラと余計な事を口走りかねないため、出来れば外したいというのがウルキオラの本音だったが、こうなれば情報の一切は撒き餌に開示しない方向で進めるより他無いだろうと考える彼。
敵に僅かでも本当の目的を悟らせない事、指令の成功はそういった隙の無い計画にこそ掛かっているのだ。
その点で言えばフェルナンドからそういった情報が漏れる事は考え辛い。
だがそれは彼の口が堅いからという訳ではなく、戦いを前にすればそれ以外の事が見えなくなる傾向のある彼から情報が漏れる事はありえないという事。
そういった面でも彼は撒き餌としてはある種理想的ではあったのだが、使えないのならば仕方が無いというものである。


「ハッ! だったら簡単な話じゃねぇか 」


その場を後にしようとするウルキオラ、だがその彼にハリベルに続いて声をかけたのはフェルナンドだった。
簡単だ、そんな言葉を口にするフェルナンドにウルキオラは歩を進めるのを止める。
フェルナンドが何を指して簡単だと言っているのか、ウルキオラには見当はつかなかったが、例え塵の言葉であっても指令の成功率を僅かばかり上げる可能性があるのならば聞いてやってもいいという思いが彼の脚を止めさせたのだ。


「どういうことだ・・・・・・ 」

「別に。 死神連中に面が割れてて、力も“ それなり ”にあって、とりあえず“ 言う事聞く奴 ”には少しばかり心当たりがある、って話さ 」

「・・・・・・やはり塵の考える事か。 生憎グリムジョーならば既に侵攻に同意している。聞くだけ無駄だったな 」


フェルナンドの言う簡単な話とは、自分以外にその条件に合う者が居るという事。
現世への侵攻を行い、敵方である死神に少なくとも視認されており、尚且つ死神との戦闘に耐えられる破面。
だがその存在を仄めかすフェルナンドにウルキオラは無駄な事だと、所詮は塵の考える事だと断じた。
ウルキオラはフェルナンドの言う彼の代わりがグリムジョーだと推測したのだ。
死神側に認識されておりかつ力も撒き餌としては申し分ない存在、それに自分が思い当たらない訳もないと、そしてグリムジョーは既に現世侵攻に同意していると。
だがウルキオラの考えはフェルナンドのそれと同じではなかった。


「ハッ! あの野郎がテメェの話に乗ったかよ。俺としちゃそっちの方が驚きだが・・・な。だが俺が言ってんのはグリムジョーの事じゃ無ぇよ、そもそもあの野郎が俺の言う事なんて聞く訳が無ぇだろうが」

「ならば誰だというのだ 」


そう、フェルナンドが言っていたのはグリムジョーではないのだ。
彼からすればグリムジョーがウルキオラの言葉に同意し、現世侵攻に参加することの方が驚きである。
それはさて置きフェルナンドがいう破面は少なくとも彼が言う限り、彼の言う事を聞く破面。
グリムジョーはその条件には絶対的に収まるはずは無く、寧ろフェルナンドが右と言えば彼は左と言うといった真逆を選ぶ方がいっそしっくり来るほどである。
では一体それは誰か。
おおよその見当を付ける事はそう難しくは無い。
というよりも寧ろここまででフェルナンドが誰を指しているのかは判るというものだろう。
少なくともハリベルはそれを察し、おそらく隙を見て逃亡を謀るであろうその人物に睨みを効かせている辺り、慣れたものである。
紆余曲折はあったがこの流れは彼女も望むべくものであり、都合が良いという事、逃がす心算などありはしない。
そうしてウルキオラだけがフェルナンドの言う人物が誰か判らない中、フェルナンドの口から遂に決定的な言葉が放たれた。


「ならば誰だ、じゃねぇよ。 居るだろうが“ 此処に ”。 現世に行ってて死神に面割れて“ 子分として ”キッチリ俺の言う事聞くヤツが・・・なぁ?」


あぁ、もうダメだ。
その場にいる四人のうち約一名からそんな空気が漏れ出す。
途中からなんとなしに雲行きが怪しくなっていたのは彼も察していた。
そういった空気の機微を読む事に長ける彼、そうでなければフェルナンドの子分などとてもではないが勤まる筈もなく、いっそ臆病であったほうが生き残る確率は高いというもの。
しかし彼の周りを固めるのは現役の十刃と殆ど十刃のようなものである十刃落ち。
逃亡を謀ろうにもいち早く現役十刃に睨みを効かされてはそれも叶わず、結果その決定的な言葉が出るまで彼はその場に捕らえられたも同然の状態である種の死刑宣告を待つのみだったのだ。

哀れ、哀愁漂うその背中。
肩を落とし、やや透けて見えるかのようなその背がどこまでも悲しい。
そして彼に残されたのは、最早覚悟を決めるより他無いという思いと、何時もと同じ台詞だけだった。





――――――――――





現世空座町(からくらちょう)。
青く澄み渡り雲が流れ鳥たちがまう空。
どこまでも穏やかなその空は平穏そのものであり、その貴重さを忘れてしまうほど静かだった。

だがその平穏も静けさも、全ては破られる為に終わりを迎えるために存在しているのか。

突如として空に奔る黒い線、横へと一直線に引かれたその線は骨が折れるような不快な音と共にたわみ、それによって先程の線と交差するように空へと縦に罅割れた線によって、まるで歯列のような様相となった。
罅と線はまるで空に出来た巨大な口の様で、呑み込み、或いは吐き出すその口は顎(あぎと)を開き暗い口内を晒す。
そこから現れたのは言うまでもなく破面達。
最初に現われた破面は余裕と自信の笑みを浮かべ、袖口の余った死覇装を纏うルピ・アンテノール。
次に姿を見せたのは鋭い眼光と水浅葱色の髪に、獣の気配を色濃く感じさせる破面グリムジョー・ジャガージャック。
続いて姿が日の下に顕わになったのは七尺はある巨体に傲慢そうな雰囲気を感じさせる破面ヤミー・リヤルゴ。
そして最後、出来れば今すぐにでも帰りたいといった、自分やる気ありませんという雰囲気をこれでもかと醸し出し、何で自分がと肩を落とす黒髪の破面。


「はぁ・・・・・・ どう考えたって割に合わねぇなぁ・・・・・・」


そんな台詞を零すサラマ・R・アルゴスの姿がそこにあった。










打ち鳴らせ警鐘

戦いの時

幕開けの空


此処に誓おう

果すべき約束を















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.81
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/03/26 17:28
BLEACH El fuego no se apaga.81












空座町(からくらちょう)郊外、賑わう街中から離れ閑静な住宅街を過ぎ家々の間隔が広くなったその先にあるのは、緑生い茂る林。
町の中心からそう離れていないにも拘らず最低限しか人の手が入っていないその場所は、加速するように進んだ街の時間とは少しだけ流れが違う場所だった。
背が高く生い茂る木々はしかし日を遮るほど密集しておらず、大地にまで差した光は辺りを暖かく照らし草花を敷き詰める。
用事、というより余程の目的でも無い限りそうそう人が足を踏み入れる事の無さそうなその場所。
時間が他よりもゆっくりと流れるようなその場所はどこか彼等の元住む場所のそれに近く、何より人がそう立ち入らないという場所は彼らにとって都合がよかったと言えるだろう。

林に足を踏み入れ木々の間を抜け少し開けたその場所、辺りには短い草が生え所々には大きく平たい岩があり、そこには大小の人影が計四つ。
それぞれが何事か集中するように無言で眼を閉じ、神経を研ぎ澄ますように集中した雰囲気を纏う彼等。
若者が好むようなカジュアルな服装で身を包んではいるが、彼らにはおおよそ一般人とは思えない所持品が一つ。
それは刀だった。
手に刀を握る者、胡坐をかき両膝に橋を渡すようにして据える者、また目の前に刀を突き刺し瞑目する者など扱い方はそれぞれであるがしかし、彼等の持つそれは間違いなく刀であり纏う服装とは不釣合いなそれらは彼らの異様さを際立たせていた。
だがそれも仕方が無い事、何故なら彼らは現世に住む人間ではなく|尸魂界(ソウルソサエティ)に住まう死神。
現在、現世への破面侵攻に対する即応戦力として空座町に駐屯し、敵の襲撃に備えている日番谷(ひつがや)先遣隊と呼ばれる面々、それが彼等の正体である。

短めの銀髪に小柄な少年のような見た目であるが先遣隊の長である日番谷 冬獅郎(ひつがや とうしろう)十番隊隊長。
緩いウェーブのかかった金髪に魅力的で女性の色香漂う松本 乱菊(まつもと らんぎく)十番隊副隊長。
剃りあげた頭に鋼のような上半身の肉体を見せる斑目 一角(まだらめ いっかく)十一番隊三席。
黒いオカッパ頭に極彩の付け毛で煌びやかに着飾った綾瀬川 弓親(あやせがわ ゆみちか)十一番隊五席。

町から離れた林の中、そこに人避けの結界を張って集まっている彼等。
彼らが今行っているのは『 刃禅(じんぜん) 』と呼ばれる死神の修練。
尸魂界開闢より数千年の長きに渡って脈々と受け継がれてきたこの修練は死神にとって始まりであり同時に終わりなきもの。
自らの内側から力を引き出し戦う事を旨とする死神、その最たるものが彼らが手にする斬魄刀と呼ばれる刀だ。
彼等の刀は皆同じように見えてその実一つとして同じものの無い、死神一人一人が持つ唯一無二の力の結晶。
言うなれば斬魄刀とは死神にとって“ もう一人の自分 ”に等しく、その力を解放するには死神だけではなく斬魄刀自身の協力も必要となってくる。

始解と卍解、主に二つに分けられる斬魄刀戦術。
始解とは斬魄刀との精神世界に措いての“ 対話と同調 ”によって斬魄刀の名を聞き、斬魄刀本来の姿を刀剣に呼び出す事。
そして卍解とは精神世界にいる斬魄刀本体を現実に“ 具象化し屈服 ”させることで得られる斬魄刀戦術最終奥義である。
彼らが今行っている刃禅とは、始解を得ていない死神が始解を得るための、そして既に始解を習得した死神が卍解へ至るための、更には卍解へと至った者が更に深く斬魄刀を知り、互いを高め合うための修練。
対話と同調なくして具象化無し、死神と斬魄刀双方の協調なくして現実への斬魄刀本体の具象化など出来る筈も無く、そして本体を具象化する力の無い者に卍解は収められない。
始まりであり終わりのない修練、刃禅こそ死神の基礎であり最奥に等しく。
故に彼らは黙々と瞑想し、己の斬魄刀との精神世界における対話を行っていた。
力を得るために近道など無いのだ、怠れば必ず報いを受ける、そして怠った力では何も護る事など出来ないから。


が、如何に刃禅による精神修行を行おうとも具象化、そして卍解に至る事は容易ではない。


(弓親のヤロー……やっぱり一番“早かった”な)


平たく大きな岩の上で座禅を組み、両膝の上に刀を渡すようにして座っていた斑目一角は、閉じていた目を薄く開けた。
見ればその先にはもう限界だと言わんばかりの奇声を上げ、自分の斬魄刀を手近な岩に何度もぶつける彼の友、綾瀬川弓親の姿が。
漏れ聞える言葉を聞けばどうにも自分の斬魄刀、正確には斬魄刀の本体にたまりかねた様子で「折れろ!折れろ! 」と叫びながら刀を岩に叩きつけている。
余程頭にきているのかやれ高飛車だ偉そうだと自身の斬魄刀を罵倒する弓親、まったくもって五月蝿い事この上ないが、そう思うのは何も一角だけではなく、弓親が説明する彼の斬魄刀が彼そっくりだと火に油を注ぐような言葉を投げ付けたのは同じく刃禅にたまりかねた様子の松本乱菊。
こちらはこちらで刃禅を行い対話した斬魄刀にうんざりした様子で、わがまま、気分屋、ぐうたらでバカと散々な言い様。
それを聞いた弓親が意趣返しに「ソックリですね」と返すものだから、そこからは男も女も関係ない取っ組み合いとなってしまう。


(まぁ松本の奴も似たようなもん……か。どっちにしろそれじゃぁ卍解にはまだ遠い……ってもんだぜ)


男女関係無しの取っ組み合いをする弓親と乱菊、それを見ながら一角は冷静にそれを分析していた。
自分の斬魄刀にたまりかねて刃禅を解いてしまう事は、周りには黙っているが既に卍解を“習得している”彼からすればまだまだと言わざるを得ない、と言った所なのだろう。
斬魄刀とは彼等死神の力の結晶、そしてその本体とはある意味もう一人の自分に等しい。
彼らが精神世界にて対話を行っていた本体と向き合う事はむき出しの自分に向き合う事も同義であり、自分というものを直視したとき人は往々にしてそれを認められないものだ。
だがそれは卍解を目指すものならば誰しもが越えなければならない段階。
対話と同調、そして具象化と屈服の間にあるもう一つの工程、言うなれば“ 認知と受容 ”を経ずして卍解には至れない。
斬魄刀と対話し、同調するだけでは見えるのは彼等の上辺だけ、本来もう一人の自分で在る彼等を真に知り、認めそして見たくない部分すらも直視し、受け入れることが出来る心の器があって初めて卍解に一歩近付く事ができる。
刃禅とは即ち心の器を鍛える修練であり、その点を見れば弓親も乱菊もまだまだ卍解には遠いと一角は感じていた。


(にしても…… 今日はやけに、雲が疾えぇ…… )


あまりにも低次元の弓親と乱菊の争い、隊長格や上位席官の見せるそれとは甚だ思いたくないその有様に、この中で最も幼い外見ながら唯一の隊長である冬獅郎が雷を落とす。
呆れとイラつきを見せながら「まったく……!」と零す冬獅郎の様子は、普段からの彼の苦労が推し量れる場面であるがそれはまた別の話。
そんな冬獅郎の様子を他所に一角は空を見上げ内心呟いていた。
今日の雲はいつもより疾い、と。
それが直接的に何かを示すわけではない、しかしいつもとは違う空、奔る様に流れる雲の姿ははどこか落ち着かない様子にも見え、その普段とは違う様子に一角は何か感じるものがあったのだろう。
見上げる空、奔る雲、そしてやけに疾やいその雲の動きが何故か一角には、まるで何かから逃げているように見えていたのだ。
本来そんな事はありえない事、雲に意思などないし漂うそれは風に流されるまま在るだけのもの。

しかし、今日この場この時に措いてはその表現は適切だったと言える。

突如として空に奔る黒い線、それは何かを砕く様な音を辺りに響かせて裂けると、まるで空が口を開いたように黒い孔を生み出した。
青い空に突如として生まれた黒い孔、空の口腔は何処までも暗い闇だけがあり奥を見知る事は叶わない。
だが彼等死神は気が付いた、その黒い孔から漏れ出す霊圧に、暗く重く強大で邪悪なそれに。
全員が刃禅の状態から瞬時に立ち上がり空いた孔へと注意と警戒の体勢を整える、彼等が感じるその霊圧を間違うはずがない。
間違いないと、現われるのは間違いなく奴等であると、一月前自分達に煮え湯を飲ませた奴等であると。

そう、破面であると。


黒く暗い空の口腔、その奥から浮かび上がるように現われる影。
光を吸い込むような黒を背後にし、それらが身に纏う白い衣は死神達の目に嫌に栄えて見える。
七尺を肥える巨体、小柄な姿や野性味溢れる気配を纏った者、現われた四体の破面はどれもが個性に溢れそして強大な霊圧を放っていた。
空気が軋んだ様な悲鳴を上げ、当たりは一瞬にして彼等破面という存在に支配されるかのよう。


「そんな……! いくら何でも早過ぎるッ! 」


驚きの表情で現われた破面を見上げるのは弓親。
零れた早過ぎるという言葉はありのままの彼の心境だったのだろう、先の侵攻よりまだ一月しか経っておらず、何より崩玉の覚醒期間を考えれば破面の本格侵攻の予想時期は冬、持ち得る情報から鑑みてもこのタイミングでの侵攻は予想外もいいところなのだろう。
だが驚く弓親をよそに隊長である冬獅郎はこの状況を冷静に受け止めていた。


「確かに早過ぎる……が、その理由を考えるのは後だ。今は目の前の奴等に集中しろ、綾瀬川 」


そう、今この場で破面の襲来に驚く事に意味などない。
元々崩玉の覚醒期間や破面の侵攻開始の時期などは尸魂界側が独自に予想しただけに過ぎないのだ。
あくまで今まである情報の全てを総合的に判断した上での仮想時期が冬だったという事であり、本当の侵攻時期や崩玉の覚醒状態が早まるかまたは延びるなどという事は容易に考えられる。
そして彼等日番谷先遣隊の使命はこうした破面の侵攻に対する防人であり、この状況は先遣隊の長である冬獅郎にとって心を揺らすほど衝撃的なものではなかった。
予想外の侵攻ではある、しかしすることもするべき事もなんら変わりはないいと。
破面を打ち倒しこの世界を護るという使命になんら変わりはないのだと。


「全員気を引き締めろよ。 ……いくぞ! 」


日番谷の声を合図に全員が小さな丸薬のようなものを口に放り込んだ瞬間、直後カジュアルな服装に身を包んでいた彼等の身体、『義骸(ぎがい)』と呼ばれる仮初の肉体から、黒い着物のような死覇装(しはくしょう)と呼ばれる死神の装束を身に纏った本来の霊体である彼等が飛び出す。
柄を強く握り、或いは抜刀しながら一直線に空へと駆ける死神達の姿を前に破面達は未だ余裕の態度を崩さずにいた……






「何だぁ~? 随分とい~い場所に出たじゃねぇか。霊圧の高そうなのもチョロついてやがるしよぉ!」

「何言ってんのさ、アレ死神でしょ。 報告にあったじゃない“ 尸魂界からの援軍がいた ”ってさ、ね? 」


現世へと侵攻したのはヤミー、ルピ、グリムジョー、そしてサラマの四人。
解空(デスコレール)と呼ばれる破面の移動術によって現世へと侵攻した彼等、ただこの解空の難点は必ずしも狙った場所に出口が造れないという事。
本来|黒腔(ガルガンタ)によって行き来する虚圏(ウェコムンド)と現世をそれよりも短時間で移動出来るのがこの解空である。
が、踏むべき工程を飛ばしたようなその移動術は出口の座標や内部の安定を伴わず、破面の強靭な肉体があればこそ通行可能ないわば抜け道の類、その為出口も大まかな位置でしか指定できなかった。
しかしヤミーの言う通り今回はその大まかさが吉と出た様子。
出口の眼下には明らかに現世ではお目にかかれ無い様な高い霊圧を有した者達が居り、ヤミーの口角は自然と上がっていた。
だがそのヤミーの言葉に補足するように声をかけるのはルピ、ただ霊圧が高い人間ではなくあれは死神だと見抜いた彼、事前に得ていた情報とそれを確認するようにその情報の出所であるグリムジョーに同意を求めるように振り返ったルピは、しかしわざとらしくも何かを思い出したような仕草をし、意地の悪い流し目でグリムジョーへと振り返るとまるで挑発するような台詞を口にした。


「ア、ごめ~ん。 正確には“ 粋がって無断で出撃したら、従属官(フラシオン)全員殺されちゃう位強~い強~い尸魂界からの援軍がいた ”だよねぇ? 」

「チッ…… 」

「あ! おい待ちやがれグリムジョー!! 」


グリムジョーを鼻で笑うような様子で彼に話しかけるルピ。
過去の失態、無断で現世侵攻を行いあまつさえ従属官である破面五体を失うという愚行、その傷を無理に開いて抉り返すようなルピの言葉は明らかにグリムジョーを詰るためだけのもの。
口元に浮かぶ嘲るの笑みを隠そうともしないルピ、その言葉にグリムジョーは一つ舌打ちをするとヤミーの制止に耳を貸さずそのまま一人離れるように別の方向へと飛び去ってしまった。


「ほっときなよ。 アイツだって十刃(エスパーダ)でしょ?死神なんかに負けるはずないじゃん。 ……それよりも~ボクとしてはどちらかというと、“十刃じゃない”のがどれくらい役に立つのか、の方が心配だよねぇ」

「ケケ。 そいつは御尤もな事ですねぇ 」


飛び去ったグリムジョー、居なくなった彼にもう興味は失せたのかほうっておけとぞんざいに話すルピ。
相手を苦しめる、その姿を見る、加虐的な嗜好を持つルピにとって思いのほか反応の薄かったグリムジョーはもういらない存在。
それよりも標的が別に移る事の方が自然な流れであり、その標的は彼の言ったとおり唯一この場で十刃ではない破面、サラマとなる。
自分よりも遥かに背の高いサラマを見下すようなルピは、加虐的な笑みのままサラマに言葉の剣を突き立てんとする。


「ホント勘弁してもらいたいんだよねぇ~。 使えないって判りきってるのを連れて来るコッチの身にもなって貰いたいって感じ。判ってる? キミって、チョ~足手纏いだって事さぁ。 ……ア、ごめ~ん。 “使えなくて足手纏い”なのはキミの“御主人サマ”も一緒だったね。もしかして~、お家芸ってやつぅ? 」


口撃、ルピのそれは直接サラマを抉りながらそれでいて彼の近しい人物、フェルナンドすらも貶す言葉。
グリムジョーの反応が彼の思っていた以上に芳しくなかった事は、サラマへの存在を完全に否定したかのような物言いに強く現れる。
使えない足手纏い、それを押し付けられた自分のなんと不幸なことかと、そして自分が不幸になるのはお前が存在しているからだと。
ただただ相手を詰りたいだけの言葉、それに相手が不快になればなるほど、そして怒れば怒るほどルピは快感を覚えるのだ。
その様が彼にとってはあまりに滑稽であまりに愚かしく不様であればあるほど。

だが彼が今口撃した相手は今まで彼がそうしてきた者達とは少しばかり毛色が違う。
口先だけならばフェルナンド、そして市丸 ギンの両名から藍染惣右介にそっくりだとのあまり名誉とは思えないお墨付きを貰っている男、それがサラマ・R・アルゴスであり、ルピの見え透いた加虐性は彼にとって避わすに容易いものでしかない。


「ケッケケケ。いや~そうなんですよねぇ。正直何だって俺が此処に居るのか俺にもよく判らないんですよ、ホント。出来れば早く帰りたいし戦うのだって面倒だし、ニイサンの面倒事押し付けられた身としては、此処に来たからって事でもう勘弁してもらいたい位ですしねぇ。そもそも知ってます? 俺ってウチのニイサンより当然弱い訳ですよ。言うのも馬鹿な話ですがお二人よりも……ねぇ」

「はぁ? 何だよ、随分卑屈じゃない…… なんだか拍子抜けって感じ 」

「まぁまぁそう言わず、何せそれが事実なんですから……ねぇ。となればどうでしょう? ここはひとつ足手纏いの俺は戦力に数えないでお二人だけで戦ってくれた方がいいと思いませんか?まさか十刃であるお二人が使えない奴をアテにする……なんて馬鹿な話もないでしょう?」

「ハッハ~! よく判ってんじゃねぇかお前!こいつの言う通りだぜルピ。 戦力の心配なんぞする必要がねぇ!何せこの俺様が居るんだからなぁ! 」


相手を詰り不快感を与えようとする相手、その言葉に有効な回避手段の一つは“ 肯定 ”だ。
言葉によって相手を詰り、その相手が自分の言葉を必死に否定し、或いは怒りを顕にする様を嘲りたいという歪んだ嗜好を持つルピ。
詰り抉る言葉はどれも相手が“ そうではない ”と否定したくなる言葉を用いる彼であるが、サラマはそんなルピの思惑を見越し、言葉を全て受け入れてあまつさえ“ その通りだ ”と肯定してみせた。
当然反論なり否定なりの言葉が来ると考えていたルピからすれば、サラマの態度、舌をベロっと出して辟易した様子で居る姿というのは始めから降伏を示しているようなものであり毒気を抜かれるもの。
まがいなりにも自分の主人であるフェルナンドを貶されているというのに何処吹く風という態度は、予想よりも遥かにつまらないものであった。
そして自分は戦力にはならないと見抜いているのならば、此処は一つ本当に戦力としては数えないで貰ったほうが良いのでは、と水を差し向けるサラマの言葉に反応したのはヤミー。
高笑いを上げるヤミーは叫ぶ、確かに戦力としてアテにする必要はないと、何故ならば此処には自分が居りそれだけで戦力は過剰なのだと。
そうして言い放つ自信に満ちたヤミーの物言いはサラマにとっては望むべくもの。
来たくもない戦場で内に外にと面倒な輩の相手をさせられるのは真っ平御免だと考えたサラマは、それとなく戦線からの離脱を試みていた。

要は自分を下げて相手を持ち上げれば勝手に調子に乗るのがこういった自意識の高い者達。
無駄に高い自尊心、他者への見得、自分が上だという優越感、そんな無意味なものに憑かれた輩は容易い。
そう、サラマにとっては容易い相手なのだ、彼等はサラマの格好の獲物にして操るに容易い道化に過ぎないのだ。


(ケケ、ちょろいもんですねぇ。 コッチは来たくもない戦場に来てるんだ、それなりの勝手は許して貰わなきゃ割に合わないってもんですよ。にしても、ニイサンもこれ位簡単に言う事聞いてくれたらいいんですが……ねぇ…… )


サラマの思惑、内心ほくそ笑む彼の思惑を他の二人は量れない。
どちらもが見えているのは自分だけなのだ、自分以外に本当は興味が無い者は他者の嗜好など想像もつかない事だろう。
故にこの二人に関してはサラマの計は成功したといっていい。
どちらもが彼への興味を失い後は自分の戦いに没頭するだろうし、そうなれば自分が居ようが居まいがサラマには何の関係もなく黙って見ていれば全て終わる楽な仕事となっただろう。

が、往々にして物事がそう上手く回り続けることはありえない。


ガキンと鉄と鉄がぶつかり合ったような音があたりに響く。
みればヤミーが腰に挿した斬魄刀を半ばまで抜き放ち、そしてその斬魄刀は黒い着物に白い羽織を纏った死神の刃を受け止めていた。
こちらが話して居る事などお構いなし、そもそも戦いとはそういうものでありこの場でその死神の行為を咎めるものなど誰も居ない。
羽織を纏った死神の一撃を皮切りにルピの前に二人、サラマの前に一人の死神が現れる。
どれも霊圧は高く一目で死神でも上位の者達だとわかる彼等は、一様に抜刀、或いは始解をして彼等三人の前に立ちふさがるようにして立っていた。
ヤミーもルピも現われた死神を前にして余裕を崩さず、どこか楽しむような雰囲気すら滲ませて死神に対応する中サラマだけは、先程よりも面倒そうな雰囲気を幾分濃くして目の前の死神を観察する。
纏う死覇装はおそらく一般的、右手に斬魄刀左手にはその鞘を握り剃り上げた頭は陽光に照らされていた。
口元にはある種の者達が浮かべる特有の笑みが浮かび、どうしようもなくその笑みに見覚えのあるサラマからしてみれば厄介極まりないと内心愚痴るには充分。
それでも幾分かの期待を込めてサラマは目の前の死神に声をかけていた。


「こいつはどうも、死神サン。 まぁいきなりで何ですが今の俺等の話し聞えてました?一応聞えてない前提で話させてもらうと、俺ってたった今戦力外通告されたわけですよ。つきましては俺の事はほうっておいて貰って他の方に加勢してくれていいんですがねぇ」


淡い期待である。
サラマのその台詞は何とも淡い期待であり「あぁそうか」と言ってもらえれば、どれだけ良いかといった代物。
十中八九そうはならないという確信はあるのだが、言わねばその僅かの可能性すら無いのだからといういわば殆ど諦めの台詞である。
ただサラマにも判っているのだ、この類、この類の笑みを浮かべる相手に理に適った選択やものの道理などというものは悉く通用しないという事は。

「聞えちゃいたが俺には関係無ぇ話だ。 それに他人の闘いに手を出すのは趣味じゃ無ぇんでな、テメェにゃ悪いが相手をしてもらうぜ…… 護廷十三隊 |十一番《更木》隊三席 斑目 一角だ。名は何てんだ? 破面 」

「それって答えないと何かあるんですかい? 」

「別に、ただの俺の流儀さ。 戦いに死ぬと決めた奴なら、自分を殺す男の名くらい知りてぇもんだろう?」

「戦いに死ぬ……ねぇ…… ちなみにですが、その心算がなくて名も名乗らなかったら戦わない……なんて話はありませんかねぇ?」

「当然……無ぇよ!! 」


判りきってはいた質問、あの類の笑みを、フェルナンドと同じ類の笑みを浮かべる相手に理屈は通用しないとサラマには判っていた。
そして事ここに至ってはもう他の選択肢はそう多くもなく、目の前の死神斑目 一角が戦いに行き戦いに死ぬ類の男だと判った時点で他所に引き取ってもらうこともまた難しいと。
もう残された選択肢は一つ、戦うより他道は無く名乗りを上げ戦いを望む一角を前にサラマは小さく溜息を零した。
結局はこうなってしまうのかと、何とか逃れようと試みても結局はこの螺旋から、戦いの螺旋から逃れる事など出来はしないのだと。
空を蹴りサラマへと向かってくる一角、それを前にしたサラマはただ一言こう零す。


「こりゃまた割に……合わねぇなぁ…… 」


だが彼は気が付いていない。
そう零した自分の口元に、ほんの僅かな笑みが浮かんでいる事に。
そして彼の戦いの火蓋が切って落とされた……





――――――――――





月明かりに照らされるのは白亜の宮殿。
宮殿といってもその大きさは文字通り想像を絶し、見る者の遠近感を容易く失わせるほど。
近付けど近付けど距離の縮まった気配すら感じさせないその目に映る宮殿は、幻のようでありしかし確実に存在する。
宮殿の名を虚夜宮(ラス・ノーチェス)、夜が支配する虚圏に措いてその中心を担うであろう化生の宮殿。
その宮殿を覆う天蓋、緩やかな曲線を描いたそれの端にフェルナンドとハリベルは居た。
サラマを体よく追い払った二人、|三ケタの巣(トレス・シフラス)からハリベルの提案で天蓋の上へと場所を移すこととした。
上へ上へと昇る二人、天蓋の上へと着く間並び歩く二人に会話らしい会話は無く、気まずい訳ではないが沈黙だけが流れたままこの場所に至っていた。

天蓋の縁に立ち互いに何を言うでもなく砂漠を見る二人。
白い砂漠は何処までも広くそれは地平まで続き、漆黒の空との境界線がくっきりと浮かび上がっていた。
何も無い世界、水も緑も日の光も、その全てを斬り捨ててただ痩せたような砂漠だけを残す光景は終末のそれを思わせる。
ただただ明るい月光はまるで二人だけを照らすように彼等に降注いでいた。


「それで? わざわざサラマの野郎を追っ払ってまでしたかったのはどんな話だよ」

「別にヤツが居てもよかったのだがな 」

「ハッ! 嘘が下手だな。 それなら天蓋の上に用事などあるものかよ。サラマにも…… 藍染にも聞かれたくない話があるんだろうが」

「………… 」


視線は砂漠へ、目を見ず言葉だけが互いの間を行きかう二人。
腕を組んだままのハリベルと衣嚢に手を突っ込んだフェルナンド、沈黙の後に交わされた会話はどこか穏やかな空気を纏っていた。
全てが判っている訳ではないが、なんと無しにハリベルがサラマを追い払おうとしていたのは察していたフェルナンド。
そもそも彼女がこうして三ケタの巣に来る事など初めてであり、従属官であるアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンすら伴わず虚夜宮の中心から外縁に足を運ぶからには余程の理由があると考えられた。
そしてサラマを追い払って後天蓋の上へと来た事、天蓋の下には厄介な“眼”があり天蓋の上へと昇る事はそれを避ける意味合いを指す。
要するにハリベルがフェルナンドの下を訪れたのは、彼以外には聞かれたくない話があるからであり、問題はそれがなんであるかという事だろう。


「3年…… 」


不意にそう呟いたハリベル。
僅かの沈黙の後に零れたそれは、言葉を選びぬいた末のものだったのか。
いや、おそらくそうではない、言葉など選ぶ必要は無くただありのままを伝える、ハリベルの中にあるのはそういった思いだろう。
振り返るそれは分かれ目であり始まりの時、彼女がまだ猛々しくあらぶるだけの炎であった彼と出会った時。


「私とお前…… あの場所で出会い戦った時より約3年。長いようで短く、そしてその短い時の中でお前は驚くほど成長し、よく力をつけた…… 」

「………… 」


彼女の脳裏に浮かぶのは炎の海、荒ぶり暴虐を振るい暇潰しのためだけに命を奪い続けた業火の記憶。
ただ何も感じず、満たされる事なく、なまじ力がある故に死ぬ事も出来なかった炎の海。
燃え盛りながらもその最奥の炎を、魂を滾らせ燃やす事を忘れてしまっていた彼との出会い。
彼女もまた同胞の敵と怒りのまま剣を振るいながらしかし気が付いた炎の海が持つ戦士の資質、そして思ってしまったのだ、見てみたいと。
この炎の海が戦士として魂を滾らせ燃え上がらせ戦う姿を、そしてその相手が自分であったらという微かな希望を。


「ただ力が強くなった訳ではない。 戦士として振るう刃と収める鞘を持ち、ただ力を振り回すのではなく研鑽を怠らず常に己を凌駕し続けようと務める…… 私がお前にこうあってほしいとどこか望んでいたものを、お前は私に言われるでもなくいつの間にか手にしていた…… 」


そして彼女の微かな希望は現実として今、彼女の横に立っていた。
フェルナンド・アルディエンデ、剣の才無くとも己の拳と五体、無手によって戦う術を編み出し研鑽を重ね昇華した破面となって。
闇雲に力を振り回すのではなくどうすれば効率的に敵を倒せるか、己の肉体の強度に依存するのではなく肉体を操る術を高め、腕を、脚を、身体の全てを武器と呼べるものにまで磨いた男となって。
戦士として力を磨き、技を磨き、昨日の己を倒すために今日を駆け抜け、しかし炎の海だった頃以上に魂を猛火業火の如く燃え滾らせて全てを飲み込むような紅き修羅となって。
ハリベルにとって彼はもう彼女を後から追いかけてくる存在ではとっくになくなっていたのだろう、追う者追われる者ではない、どちらが遅れている訳でもまた先んじている訳でもない、彼と彼女は今“ 並び立つ者 ”として互いを認識しているのだ。


「……先程、藍染様からお話があった。 戦が始まる……とな。詳しくは話せんがウルキオラの動きがその契機となるのだろう。遅くとも一週間、早ければ今日明日にも動きはあるそうだ。そうなれば十刃である私は戦場に立たねばならん……故に…… 」

「故に……? 」


フェルナンドはハリベルの言葉をただ黙って聞き続ける。
普段の皮肉気な笑みはその口元には浮かんでおらず、ただ砂漠を見つめる眼だけは真剣だった。
彼も判っているのだ、彼女がこうまでして自分に伝えようとしている事がどれだけ彼女に、いや二人にとって重要なことなのかを。
戦いの始まりを伝えるハリベルの言葉、本来の彼ならばそれに滾りを見せてもおかしくは無いが今それは無い。
先の戦いよりも今はもっと重要で大切な事を隣に立つハリベルは伝えようとしているからだ。
言葉を区切ったハリベル、その先を静かに促すフェルナンド、僅かな沈黙が耳に痛く静かだった。


「故に私はここに一つ誓いを立てる。 この戦い……死神達との戦いが終わって後、もし私が生きていたのならばその時は…… 私とお前、初めて相まみえたあの場所でお前を待つ。
“ 雌雄を決しよう ”、フェルナンド…… 」


決定的な台詞、ハリベルから零れたそれは二人にとって決定的な台詞だった。

雌雄を決する。

それは言葉の通りの意味であり彼ら二人が互い奥底で待ち望んでいたもの。
フェルナンドはもとよりハリベルもまた奥底でそれを望み、“ いつか ”と思い描いていた瞬間。
あの日あの時の始まりの場所で再び相まみえ、そして決そうというハリベルの言葉に嘘はなく彼女の本心の言葉。
視線を合わせぬ二人、互い砂漠の先に見るのは約束の場所なのだろうか。


「……あぁ。 断る道理が無ぇさ。 俺は何時だってそれを望んでた、3年前からずっと……な」

「そうか…… 」


待ち望んでいたのは自分も同じだと、出会い戦い敗れ、その時から今までそれを望まなかった日はないとフェルナンドは答えた。
望みながらもまだ足りないと自らを鍛え、まだ足りないと研鑽を重ね、それでもまだ足りないと己を凌駕し続けた日々。
それらが無ければ今日この日はありえずそしてまたまみえる事も出来なかっただろう。
彼がただただ待ち望み続けた戦いは今この時をもって約束されたのだ、あの場所で再びと。
フェルナンドの答えにどこか安堵したような言葉を零すハリベル。

だが一つだけフェルナンドには気になることが残っていた。


「だが、“もし”……かよ。 戦(や)る前から随分と弱気なこった…… 」


そう、フェルナンドにはハリベルの言葉にどこか揺らぎが見えたのだ。
もし生き残っていたらその時は、というハリベルの言葉は戦いに必勝をもって望むフェルナンドには後ろ向きな気構えに感じ、納得のいく言葉ではなかった。
まるで自分は負けるかもしれないと、その時は約束を果す事は出来ないと、フェルナンドにはそう言っているように聞えたそれ。
唯一つケチをつけるのならばそこだとフェルナンドはぶっきらぼうに呟く。


「私とて敗けを考えて戦いに挑む事はしない。だが今回の戦いは総力戦、死神も死力を尽くす事だろう…… 相手が死力を尽くすならばこちらも相応の覚悟を持って臨むが礼。それに“敗ける心算が無い”事と“必ず勝てる”事は同義ではないだろう?」

「ハッ! らしい事で。 だがまぁ心配は無さそうだ…… お前は勝つさハリベル。 俺との戦いを残して死んだら随分と悔いが残るだろうから……な」

「相変わらずの自信だなフェルナンド。だがまぁ…… 間違いではない……か 」


気負う訳ではない、負ける心算もない、ただ死力を尽くすからには絶対の勝利は無い。
必ず勝てる戦いなどこの世には存在せず、どんな戦いにも魔物は潜むのだ。
ハリベルが言わんとしたのはそういう事、負けるかもしれないと思っているわけではないと、ただ死力と死力のぶつかり合いとなればその先は誰にも予見する事は出来ず、故に彼女は“もし”という言葉を用いたにすぎない。
らしくもない杞憂、自分のそれにフェルナンドは思わず小さな笑いを零した。
真剣さは残したままではあるが二人の雰囲気が幾分柔らかくなる。
会話も普段の彼ららしいものに変わり、しかし視線は終ぞ合わせる事はなかった。


「……死ぬなよ、フェルナンド 」


去り際ハリベルは背を向けてフェルナンドにそう話しかけた。
彼女がそうであるように彼もまたこの戦に否応なく巻き込まれることであろう。
そして戦いは何が起こるかわからない、それはハリベルにもそして同時にフェルナンドにも言える事。
彼の強さは彼女もよく判っているがしかし、絶対というものがない以上何が起きても不思議ではないと。
自分は死ぬ心算などない、故にお前も死ぬなとハリベルはそう言わずにいられなかった。


「私は何時までもお前を待ちはしないからな…… 」


「死なねぇよ…… 約束は果すさ。 だから待ってろ、ハリベル…… あの場所で……な」


「あぁ。 あの場所で…… 」


それだけ言い残すとハリベルは小さな砂埃だけを残し消えた。
語るべき事、誓うべき事、その全ては此処に果たされ次に二人がその視線を合わせるのは彼の地。
始まりの地でありたったいま彼らにとっての終わりの地となった場所。
元から避けられるものでもまして避ける心算もなかった戦い、彼と彼女の決着には戦いしか似合わない。
甘い言葉のささやきも、触れ合う指も唇も、二人の前ではひどく稚拙で色あせ、そして霞と消える。
彼等が求めるのはそんな馴れ合いや重なりではないのだ、血潮を滾らせ魂を燃やす闘争こそ彼らには良く似合う。
どちらが強い、などという事は今もって測れることではないがしかし、唯一つ確実に判っている事があるとすれば、それは。


戦いの後、立っているのはどちらか一方だ、という事だけだろう。


交わされた約束、彼らにとっての契り。
フェルナンドはハリベルが去って後も少しの間砂漠を眺め続けていた。
その視線の先に約束の場所をしっかりと思い描きながら。

約束の時は近い……










野に放たれた獣

邂逅は必然

髑髏の仮面

逆鱗の声








[18582] BLEACH El fuego no se apaga.82
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/04/17 23:12
BLEACH El fuego no se apaga.82












グリムジョー・ジャガージャックは空を駆けていた。
現世の空は虚圏(ウェコムンド)のそれとは違い抜けるように青く、何処までも光を呑み込む暗闇の空とは何処までも続くという点を同じにしながらも明らかに異なっていた。
彼ら破面(アランカル)にとって現世とは決して居心地のいい場所ではなく、虚圏よりも明らかに薄い霊子濃度は彼らには息苦しさにも似た感覚を覚えさせるもの。
かといってそれが行動に支障があるかと言われれば否であり、そもそもその程度の事で彼等が窮する筈も無くグリムジョーは何の苦も無く空を駆ける。
空を駆けるグリムジョーに明確な目指す場所は無い。
ただ場所は無くとも目指すものはあった、一月前に彼が戦った死神の青年、敵には足りぬ存在であったがしかし今のグリムジョーはその青年を探していたのだ。
敵足りえ無い者を探す、それに意味があるとも思えないが理由はそう難しい事ではなく、現世へと侵攻する前、彼の前に現れたウルキオラの言葉が全ての切欠だった。






「俺と来い。 グリムジョー…… 」


あの日、初めてウルキオラがグリムジョーの居城たる第6宮(セスタ・パラシオ)に現われた日、ウルキオラはただ端的に己が任務のためグリムジョーにそう告げた。
来い、というただそれだけの言葉、何処へ、何故、どうして何の為に、そういったものを全て置き去りにしたようなその物言いはウルキオラらしいものではあるが些か他者との対話という点では足りなさ過ぎるもの。
後にフェルナンドに同じ事を言ったときの彼の反応を見れば判るとおり、そんな物言いに従う気など起るはずも無くそれはグリムジョーとてまったく同じことだった。


「何だと? ウルキオラ…… テメェこの俺に命令する心算か?アァ!? 」


苛立ちをそのまま声に乗せたグリムジョーの言葉、先程までの消化不良の感情や昂ぶりをぶつけるようなその言葉にしかしウルキオラは動じる様子など欠片も見せない。
その瞳には感情など浮かぶ事は無く、そもそもこの男に感情というものがあるのか怪しいと思わせるほどその緑色の瞳は何も湛えなかった。


「俺にお前へ命令する権限は無い。 これは要請だ、現世侵攻のな」

「ふざけんな。 どうして俺がお前の要請とやらに答えなきゃならねぇ。それに現世に居るのは雑魚ばかりだ、俺はなぁ……戦いにすらならねぇ戦場に興味は無ぇんだよ!」

「…………」


ウルキオラとグリムジョー、階級は第4十刃(クアトロ)と第6十刃(セスタ)でウルキオラの方が上ではあるが、同じ十刃に対する命令権は彼等を含めた他の十刃の誰も所持していない。
故にウルキオラはこれを要請だと言った、命ずるのではなく頼んでいるのだと。
そんなものは形ばかりだという事は明らかではあった、ウルキオラという破面が“願う”という事が理解できない部類の人物である以上、彼からもまた願うという感情も考えも生まれるはずも無いからだ。
この要請という言葉は方便、掌握術の類ではあるがウルキオラという人物を鑑みればそれでも上出来といえるだろう。
だがそれも通じなければ意味が無い、グリムジョーにとってこのウルキオラの形ばかりの要請は何一つ旨みが無いのだ。
一度無断ではあるが現世へと侵攻しているグリムジョーにとって、彼の戦った現世の敵、橙色の髪をした死神の実力は明らかに低く、“敵”として認識するには足りないもの。
その程度の相手は暇つぶしにすらならず、その暇潰しにもならない戦いの為に現世に出向くのは彼にとってあまりにも愚かしいことだった。
戦いにならない戦い、圧勝と無傷が約束されたような戦場に興味など出る筈もないと。


「黒崎 一護…… 」

「あぁん? 」

「黒崎 一護。 それがお前が現世で戦い、そして“ 殺し損ねた ”塵の名だ 」

「テメェ…… そいつはどういう意味だ…… 」


グリムジョーの声が低くなり霊圧が上がる。
それは怒りに呼応する霊圧の高鳴り、ウルキオラの言葉はグリムジョーにそうさせるだけの単語を孕んでいたのだ。
まるで彼が失敗でもしたかのように、達せなかったかのように、そう捉えられても仕方がない単語をウルキオラは明確に発していた。

殺し損ねた、と。

グリムジョーにとってそれは容易に見過ごすことのできる言葉ではなく、寧ろ自分が軽んじられているとさえ感じるもの。
要するにグリムジョーにとってウルキオラのそれは“馬鹿にされた”のと同義なのだ。
死神の餓鬼一匹殺す事が出来ない、お前はその程度の男だと。
だがウルキオラは凄むグリムジョーなど意に介するはずもなく、ただ淡々と己の言いたい事だけを冷徹に声に乗せる。


「事実を述べたまでだ。 あの時、俺の対応を微温(ぬる)いと言いながら結局はお前もあの塵を殺せなかった。殺すと言うなら強さを引き出す必要はなかった、邪魔が入る前に殺してしまえばそれでよかった、そうしなかったのはお前だ。後で何を叫ぼうと結果は変らん。お前は殺し損ねたのだ、あの塵を」

「黙れウルキオラッ! 殺されてぇのか…… 」


初めてウルキオラがその死神、黒崎 一護の存在を破面達に知らしめたときグリムジョーは彼の対応を微温いと断言した。
“殺せ”という一言がある限り殺してしまうことが何よりもいい事は明らかだと、そして自分ならばその死神も、後から現われた邪魔者も全て殺していると言い切ったのだ。
それは彼の自身の力に対する絶対の自信が言わせた言葉、そしてその自信は今も揺らいではいないだろう。
だがその自信を持ち現世へと独断で侵攻したグリムジョーは結果黒崎一護を殺す事は出来なかった。
敵の力を量り、その程度では敵足り得ないと罵り、せめて敵として相対せるほどの力を見せてみろと挑発した。
そして黒崎 一護はグリムジョーにある程度のモノは見せはしたが、それでも彼にとってそれは満足行くものではなくただその満足行かないという結果を得るまでで彼の無断侵攻は東仙の介入により強制的に終了させられてしまう。
その後に残るのは黒崎 一護が生き延びたという事実と、グリムジョーが彼を殺してはいないという結果。
どう叫ぼうともその結果は変らず、殺せるだけの実力を存分に有していたにも拘らずそれが出来なかったという事は非はグリムジョーにあるのだ。
故に殺し損ねた、ウルキオラの言葉は冷淡でありながら事実だけを捉えていた。


「あの塵は生き残った、この事実は変らん。ただ、お前が殺し損ねたあの塵は“ 俺がしっかりと始末しておいてやる ”。 話は終わりだ、邪魔をしたな…… 」


怒気と殺気に満ちたグリムジョーの瞳、それをただ映すだけのウルキオラの瞳。
何も感じず映さないウルキオラは既に聞きたい事は聞き終え、そして言いたい事も言い終えたと踵を返そうとする。
彼にしては饒舌と言えるその言葉の数々は全て彼の主観ではなく客観から来る言葉であり、己が無い言葉であると同時に誰にとっても事実なのだ、そうグリムジョーにとっても。
後から叫ぶことをグリムジョーは良しとしない、それは全て後出しであり言い訳だからだ。
故にその事実も彼は自らの矜持によって受け入れる他無く、直視したそれから逃げる事も出来ない。
ただただ殺しつくし自分の正当性を証明する為に逸った結果がこれ、従属官を全て失いながらしかし死神の一人も殺せずに終わる。
不様な話ではあるがそれが事実、変えようのない過去でありウルキオラの語るそれにグリムジョーは何を遮ることもしない。

だが燃え滾る怒りは消えない。

事実は事実、しかし事実を付きつけられる事と馬鹿にされる事は違う。
去ろうとするウルキオラが最後にはなった一言、“俺が始末しておいてやる”という言葉だけは違う。
ウルキオラにとってそれがあの時の条件であるというだけの言葉は、グリムジョーにとってお前には“ どうせ出来はしない ”と、あの死神の青年を殺す事など出来はしないと言われているのと同じであり、彼にとって嘲り見下されたかのように捉えられたウルキオラの言葉にグリムジョーの怒りは燃え上がる。

故にウルキオラ目掛けて伸ばされた腕、その掌から赤黒い閃光が放たれたのはごく自然な事だった。


「……何の心算だ、グリムジョー…… 」


閃光、爆発、そして衝撃。
グリムジョーの掌から放たれたのは紛れも無く虚閃(セロ)であり、グリムジョーの虚閃はウルキオラが立っていたすぐ横の壁とそれを貫通し崩壊させ、第6宮の外まで続く大穴を瞬時に作り出していた。
今尚衝撃と爆発の余韻でボロボロと崩れる第6宮をチラと視線だけを送って確認したウルキオラは、再び視線を未だ座したままで片腕を伸ばすグリムジョーへと戻し呟く。
元々これが自分を狙った攻撃ではない事はウルキオラにも判っていた。
自分を殺す心算ならばただの一発でこうげきが終わる訳も無く、ならばこれは一体何の心算だと問うウルキオラにグリムジョーはゆっくりと立ち上がると近付き、やや背を曲げてウルキオラと視線を真正面から合わせると殺気を滲ませたまま言い放つ。


「あの死神の餓鬼は“ 俺が殺る ”。 俺が、この手で!あの餓鬼の喉を掻っ切ってやるッ! 始末しておいてやる……だと?テメェにケツを拭いて貰うほど落ちた覚えは無ぇんだよ!あの死神の餓鬼は手始めだ…… 死神も、テメェも!それからアイツも! 俺の前に立つ奴は片っ端からぶっ殺してやる!!」


怒りと殺気、それらから来る激情と破壊の念。
ウルキオラへとぶちまけられたそれはグリムジョーの決意にも似た感情。
全て殺す、全て壊す、戦って戦って戦い抜いた先にこそ彼が目指すものがある以上、それしか道は無い。
遮る者、立ちはだかり阻む者、それらは端から薙ぎ倒し潰し殺して進むという彼の信念。
迷いなどとうの昔になくなっていたそれをグリムジョーは激情を持って実行するのだ。
全ては“戦いの王”に至るためにと。
グリムジョーはそれだけを言い放つとウルキオラを残しその場を後にする。
あるのは一念、一月前に出会ったあの青年の顔だけ、現世に措いてただその青年を殺す事以外にグリムジョーに雑念は無かった。





――――――――――





「放せよ!! クソッ! 放しやがれっ!! 」


叫ぶ声は焦燥で溢れている。
もどかしくしかし気持ちだけが急く様なその声は羽交い絞めにされた青年のもの。
橙色の髪に茶色の瞳、黒の着物に身を包み傍らには突き立てられた身の丈ほどもある巨大な大刀。
その青年の名は黒崎 一護、人間でありながら死神の力を手にし尸魂界(ソウルソサエティ)に協力する死神代行の青年である。


「馬鹿野郎が! いくらなんでもまだムリに決まってんだろうが!!」

「そうだ。 こういう時の為に尸魂界の死神連中が張ってんだろ、今は堪えてそっちに任せろよ。」


だが今にも飛び出しそうな一護を押さえつける影が二つ。
片方は銀色の短髪で目つきが悪く、左の眉と耳にピアスを付けタンクトップにミリタリーパンツ、編み上げブーツを履いた男、名を六車拳西(むぐるま けんせい)。
もう片方は長身で目元にはサングラスと顎には薄い髭、星型を思わせる特徴的なアフロヘアーに服装はラフで上下青色のジャージ姿の男、名を愛川羅武(あいかわ らぶ)。
彼ら二人は一護と同じく死神の力を持ちながら虚(ホロウ)の力にも目覚めた者、死神と虚という相反し相克する二つの力を持ち合わせた彼らの名は『仮面の軍勢(ヴァイザード)』。
内なる虚に取り込まれようとしていた一護がその制御方法を知るために力を借りた者達の一員である。

彼等の下で内なる虚との内在闘争に一応の決着を見、その後は修業に明け暮れていた一護。
この場所も彼等が根城にしている廃倉庫の地下にある巨大な空間であり、少々派手なことをしても壊れる事の無いこの場所は修行にはうってつけだった。
しかし修行中に感じた破面の霊圧に一も二も無く飛び出そうとした彼を慌てて止めたのが拳西と羅武の二人だった。
どちらも必死にもがく一護を同じくらい必死で押さえつけており、二対一では抵抗空しく一護は組み伏せられたままもがくより他無い。


「うるせぇ! 放しやがれ! 」

「テメッ! “ 虚(ホロウ)化 ”習得したくらいで調子乗ってんじゃねぇぞ!この餓鬼! 」

「そうだぜ一護。 お前一人増えた位で戦局は変らねぇよ。死神には死神の、お前にはお前のやるべき事ってのがあるだろうが」


だが如何に身動きが出来なくとも気は急く。
いや、身体と心が急いているからこそ言葉は事の他急くのだろう。
彼が力を求め仮面の軍勢の下で修行したのは全てこの時の為と言っても過言ではない。
言う事を聞ず駄々をこねる様な一護に苛立ちを見せる拳西と逸る一護を諭すようにして宥めようとする羅武、手段は違えど二人共に一護の身を案じてはいるのだ。
だがそれでも、一護は自らの想いに逆らうことを良しとはしなかった。


「ふざけんな! 俺はこういう時の為に必死こいて修行してきたんだ!黙ってじっとなんかしてられる訳無ぇだろ!!」


そう、一護が仮面の軍勢の下を尋ね自らの内に巣食う虚を御す術を求めたのも、その後彼等の下で更に力を磨き内なる虚の力を自らのものとして扱う修行に明け暮れたのも、総てはただこの時の為に。
襲い来る全ての外敵から護れる様に、抱えた全てを壊させないために、二度とその手から零さぬように、そしてあの悔しさを味合わぬ為に彼は力を付けた。
大切な人、大切な友、それらが紡ぐ大切な繋がり、それを失う事がないようにと、失われる事で悲しむ者がいないようにと、泣く者がいないようにと。
故にそれらを奪い去ろうとする者から護る、黒崎一護の中に確かにある“護る”という想いが今彼を突き動かしているのだ。


「テメェ……いいかげんにっ! 」


だがそんな一護の想いとは裏腹に彼の態度にたまりかねた拳西が片手を振り上げる。
元々気の短い拳西、言って駄目なら実力行使とばかりに振り上げた拳をそのまま一護目掛けて振り下ろそうとするが、その腕は振り上げられたところで何者かに掴まれてしまう。
振り返った拳西の眼に入ったのは金髪でオカッパ頭の男、半眼でやる気の無さそうな目つきながら瞳にはどこか凛とした雰囲気を感じさせるその男は仮面の軍勢がリーダーである平子真子(ひらこ しんじ)だった。


「……行かしたれ 」


拳西の拳を止めた真子は睨むような拳西の視線と、サングラスに隠れてはいるがその雰囲気から訝しんでいるであろう羅武の視線を受け、そして一拍間を置くとただ一言行かせてやれとだけ二人に告げた。
その言葉に反論しようとした拳西だったが、羅武が真子の言葉通り一護の拘束を緩めた事によって彼の腕は振り解かれ、一護は振り返ることも無くそのまま地上に向かって走り出していた。


「なっ! くそ…… おい真子! いいのかよ! 行かせちまって!」


腕を振り払い去っていく一護の背中を見ながら拳西は小さく悪態をつくとすぐに振り返り、それを由とした真子に抗議するような声を上げる。
羅武の方は声を荒げる拳西ほどではないが、真子の指示にはやや不満げな様子ではあった。
真子は尚も食らいつくような拳西の勢いに「やいやいうるさいのぉ」と眉を顰ませて面倒そうな様子ではあったが、一護の背中が完全に見えなくなるとひとつ溜息をついて歩き出す。


「ええんや。 幾らワイ等と修行してるゆうてもそれはあくまで修行や。 “ 実戦や無い ”。 “ 本物の殺し合い ”にはどうしても一歩及ばへん。アイツもこの一月でまだまだやがまぁまぁ強うなった、自分の今を知るエエ機会やろ…… 」

「それで死んじまったら、もともこも無ぇんじゃねぇの?」

「アホか。 これ位で死ぬならそれまでの男やった、ちゅうこっちゃ」


歩きながら自分の真意を語る真子。
修行という名の戦いをこの一月の間続けていた一護、その甲斐あって彼の力は以前に比べて伸びたと言える。
元から異常なほどの成長を見せていた一護だったが内なる虚による妨害、そして自身の消滅に対する恐怖や暴れ出す自分の力が大切な者を傷つけるかもしれないと言う畏れが彼の成長を足踏みさせていた。
だが内なる虚との内在闘争によって“自らの王”となった一護はその経験によって更なる飛躍を遂げているのだ。
だがしかし、それはあくまで修行という枠の中での話。
同じ戦いでも“ 修行と実戦 ”はまったくの別物と言っていい。
体力と精神の磨り減り方、周りに張り巡らせる緊張感と相手を一時も見逃さない集中力、そして何より自らが死ぬかもしれないと言う恐怖。
精神にかかる負担は比べ物にならないほど上昇し、故に如何に修行を積んで強くなっていたとしてもそれを実戦で発揮出来るかどうかこそが真に重要なことなのだ。

真子の考え、それは一護に破面との本当の戦闘を経験させ、自分の今が、虚化が何処まで相手に通用するのかを確認させる事。
何事も無く冬の決戦を迎えられればそれはそれでよかったのだがものは考え様、こうしてこのタイミングでの破面襲撃は何よりも大切な虚化をしての実戦経験を積ませる絶好の機会だったのだ。
だがその真子の考えに羅武は静かに問いかける、死んだらどうするのかと。
確かに羅武の心配も最もだろう、実戦経験を積ませる心算がそれでしなれては目も当てられないという考えは冷静なものだった。
しかし真子はその羅武の問いを一蹴する、そんな心配などしていない、もともとこの程度の事で死んでしまうくらいならばそれまで、仲間にする価値も無い男だっただけの事だと。
冷酷とも取れるその一言に押し黙る拳西、悶々とした苛立ちを抱えながらもぶつける先を失った彼は近くにあった岩を殴りつけ粉々に砕くと、肩をいからせたままその場を後にした。


「そんで? 真子は何処行くんだ? 」

「散歩や散歩。 こんな地下の辛気臭い所に居ったら気ぃ滅入るわ」


拳西の背中をヤレヤレといった様子で見送った羅武、付き合いも相当長いものになったがその辺は相変わらずだと呆れ気味だ。
そしてその拳西と同じくらい長い付き合いの真子もまた拳西とは別の方へと歩いていく、その背中に声をかけた羅武だが返ってきた答えはなんとも飄々としてどこか彼らしい返事だった。
気の抜けた顔でチラと羅武に振り返りながら、ぶらぶらと後ろでに手を振って去っていく真子、辛気臭い、滅入るなどと言ってはいるがその彼が向かう先が先程一護が出て行った方向と一緒なのは明らか。
そして彼が何故唐突に散歩などと言い出したのかもまた明らかだろう。
羅武の問いには突き放すような言葉を返した真子ではあったが、彼もそこまで冷酷では無いという事か、または死神でも虚でもない“ 自分達と同じ ”存在である一護を気にかけている証拠なのかもしれない。


(素直じゃねぇな…… ま、真子が付いてくなら問題ない……か。あれで面倒見はいいからなぁ真子のヤツは。 ……もっとも、今の一護のヤツが破面に後れを取るとも“ 思えない ”……か )


真子の様子に取り敢えずは安心、というよりも放って置いても大丈夫だと判断した羅武。
彼としてもせっかく出来た新しい仲間をみすみす危険な場所に放り込むことは避けたかった、というのが本音だったのだが真子がついていくという時点で一護の命は最低限保障されたといっていいと。
そして何よりこの一月の間で彼が肌で感じた一護の力ならば、少なくとも破面相手に後れを取る事はありえないというのが羅武の見解で、その心算はなかったが自分も少々過保護であったかと反省気味の羅武であった。


(一護、お前が強くなったのは間違いねぇ。だが忘れんなよ? 敵だってこの前のまんまじゃ無いって事を、奴等の力の底…… 見誤んじゃねぇぞ…… )


内心呟かれた羅武の言葉、一護という仲間を信じるその言葉はしかし、同時に危惧も孕んでいた。
一月という時間、一護が力を付けるには充分であったとは言えずともそれでも一護の力は以前より増しただろう。
そこに間違いは無く一護の力は羅武や拳西、真子を始めとした仮面の軍勢のほかの面々も認めるものとなっていた。
だがしかし、一月という時間は彼だけではなく敵である破面にも同じだけ力を齎す機会があるという事、そしてそれを見誤る事は即ち死に繋がる事だと。

そして羅武のその僅かな危惧は、図らずもこの後の戦いを暗示していた……







――――――――――






誰も殺させない為に駆ける一護とただ一護を殺す事だけを思い駆けるグリムジョー。
それぞれの目的は対極に位置しながらしかし、対極に位置するからこそ彼等が出会うのは必然だった。
仮面の軍勢の一員、有昭田 鉢玄(うしょうだはちげん)が廃倉庫に施した結界『八爻双崖(はちぎょそうがい)』を抜け街へと飛び出した一護。
鉢玄の結界は結果以内の存在を意識の中から消す類のもので、それに覆われていた一護の存在は今の今までほんの一部の者を除いて認知認識の及ばないものだった。
だがその結界を抜けた事で彼の霊圧はそれを知る者ならば誰にでも捕捉可能なものとなり、それは何も死神だけではなく破面に措いても同じ事。
あてど無くただ街の空を駆けていたグリムジョーは、瞬間探査神経(ペスキス)に感知した一護の霊圧にまさしく獲物を見つけた肉食獣の如く俊敏に進路を変えると、響転(ソニード)を使って瞬きの内に一護の元へと辿り着く。

突如として目の前に現われたグリムジョーの姿に一瞬驚きの表情を見せた一護、彼からすればグリムジョーの姿は等しく苦さと悔しさの記憶であり、彼の姿そのものが一護にとっての敗北と同義のもの。
だがだからこそ一護は奮い立った、一月前、目の前の破面を相手に何一つ出来なかった自分。
自らの内に巣食うもう一人の自分に怯え、戦いに集中するよりもまずは彼を呼び出さないようにと戦っていた自分。
怯えを見透かしたような破面が見せた背中、止められた戦いとそれによって命を拾った自分。
それら全てを噛締め、それら全てを乗り越えるために自分は力を付けたのだと、もうあんな思いをしないために、誰も何も護れず傷つけた者すら倒せずただ命を拾っただけのあんな悔しさを味あわない為に。

もう誰も傷つけさせない為に。


「見つけたぞ…… 死神ィ……! 」

「見つけたのはコッチも同じだ。 あの時の借り、キッチリ返させて貰うぜ…… グリムジョー! 」


一護よりもやや高い位置から見下ろすようにし、憎々しげな視線で射殺すように一護を睨むグリムジョー。
グリムジョーを見上げる一護はその視線を真正面から受けながらも怯まず、背負った斬魄刀に手を伸ばすと柄を握り一息に抜き放つと、そのまま剣を握った右腕に左手を添えるようにして前に突き出した。
一護の霊圧が高まり薄い青だった霊圧は燃え上がるようにして黒に染まっていく。
色を変える霊圧と一護の中で高まる高濃度の霊力、自らの内側から力を引き出す死神が己の力を極限に高めたそれは、一護の声と共に発現した。


「卍、解ッ!! 」


黒い霊圧の波濤、一護の声と共に彼を包んだそれは膨大な霊圧の上昇をグリムジョーに感じさせた。
燃え上がるような黒い霊圧の奔流、それだけで一護の霊圧が以前のものより増しているのは理解できるほどのそれを前に、グリムジョーは行動を起す事無くそれを見下ろす。
殺し損ねた、力を引き出す必要も無く、殺す心算があったのなら何をおいても一息に殺してしまえばよかったと言ったウルキオラの言葉、それは確かに真実で、敵に十全を出させるなどという事は通常百害あって一利無し、戦いの勝敗を握るのは力と力のぶつかり合いのようでいてその実そうではなく、如何に自らを有利に、そして敵を不利な状況に追い込むかという事。
それを踏まえて考えれば今グリムジョーが取るべき行動はただ一護を見下ろし待つことではなく、一護が力を発揮する前にしとめてしまうこと。
殺すという目的を達するためならばそれが一番早く確実で間違いの無い方法と言えるだろう。

だがグリムジョーはそれをしない。

敵に十全を出させて尚勝利するのは自分だと、今ならば邪魔が入る暇すら与えず自分が勝利すると、自らの力を疑わずまた勝利を疑わない精神、それは敵を侮っているのではなく敵の力など関係が無い部分の話。
ああすればよかった、こうすればよかったと後から批評家を気取る第三者の言葉など彼にとって価値は無く、それが真実であれば己の愚かさは認めるがしかし、それを認めたからとて生き方を変える事など出来はしない。
グリムジョーの選択はウルキオラからすれば愚かにも見えるが、グリムジョーにとってこの選択は“ これしかない ”選択なのだ。
過去を顧みたとて彼のとる道は一つ、その道が他人から見てどれ程間違っていようとも彼がとる道は一つだけ。
戦いの王を目指す彼にとって勝利とは常に敵の屍の上に立つ事、だがそれは後ろから首を刎ねた屍ではなく自らの爪と牙をもって正面から切り裂いた屍でなければならず、そして何よりグリムジョー自身を切り裂こうとする“ 牙を持つ者 ”のそれでなくては何の意味も無い。
故にグリムジョーは動かないのだ、黒崎 一護が研ぎ澄ました牙を剥くその瞬間を待つ為に。

黒い霊圧の波濤から漆黒の刃が覗く、その刃は黒い霊圧を一息に薙ぎ払うと現われるのは黒く裾が破れたようなロングコートと卍型の鍔をあしらい、柄尻に鎖の付いた日本刀を握った黒崎一護。
その姿こそ彼の卍解『 天鎖斬月(てんさざんげつ)』本来卍解によって上昇する霊圧に伴いどうしても巨大化する卍解の容姿、それを極限まで小型化し凝縮する事で卍解の強大な攻撃力と小型故の超速の移動と斬撃、また霊圧消費を抑えた継戦時間の長さと耐久力を獲得した卍解である。
卍解し天鎖斬月を構える一護、その瞳に一月前の怯えは欠片も見えないことをグリムジョーは見抜いていた。
以前一護のこの姿を見たときは明らかに扱うことに苦労し、自らの霊圧に喰われているような印象を受けそしてそれに怯えるような目をしていた一護、しかし今それは無くそれだけでこの一月それなりに力を付けた事はわかる。
だがもしそれが本当に“ それなり ”だったのならば、グリムジョーにとっては何も意味が無いことでしかない。


「覚えて無ぇようだが、テメェの卍解は俺には通用しねぇ。それで借りだ何だとほざくたぁ…… 笑わせやがる!」


卍解した一護にそんなものは無意味だと叫んだグリムジョーは自らの斬魄刀を抜き放つと、一息に一護との間合いを詰め上段から叩き落すようにそれを振るう。
叩き伏せ捻じ伏せる、そんな意思が存分に乗った刃はそれだけで敵を両断する威力を有する一撃、グリムジョーのこの程度が全力ならば牙を持つ者足りえないとでも言うかのような一撃はしかし一護の天鎖斬月によってしっかりと受け止められる。
グリムジョーの圧力に空を削るようにして押し込まれる一護、だが一護はその圧力に吹き飛ばされる事なく最後まで耐え切りそしてグリムジョーの初太刀を受けきったのだ。
その様子に一瞬眉をしかめるグリムジョー、それは驚きというよりもやはりという反応、打ち込む前からグリムジョーの直感は彼に伝えていたのだ、この死神の青年はまだ“ 何か隠している ”と。
自らの力に怯えるようだった獅子がそれを振るうに相応しい獅子たりえる強い瞳を見せている以上、そこには今まで以上の何かが潜んでいるのだと。


「覚えてるさ。 それに本番はココからだ…… この一月で掴んだ俺の力、見せてやるよ! 」


グリムジョーの一撃を受けきった一護、未だ鍔迫り合いを行いながらも彼に追い詰められた様子はなかった。
それよりも以前の、一月前の自分ならば間違いなく弾き飛ばされるか或いはその身に受けていたであろうそれを受けきった事は、一護に自らの成長を確信させ、気勢を上げさせるには充分。
鍔迫り合いの後弾き合う様にして距離を開けたグリムジョーと一護、そして一護は剣を握っていた左手を離すとゆっくりとそれを顔の前へと持っていく。
一護の瞳は強い獅子の瞳のまま、敵であるグリムジョーを射抜いていた。
顔の前よりもやや上、額の辺りに掌を開くようにして構えられた一護の左手、そして次の瞬間にグリムジョーを襲ったのは先程にも増した黒い霊圧の波濤だった。
目の前を覆うような黒い霊圧、突然の事に眼を見開くグリムジョーだったがそれは何も目に映る光景だけのせいではなく。
しかしそんな彼の驚きなど後回しと言わんばかりに黒い霊圧はその残滓を残しながら晴れ、中から現われたのは先程と変らぬ姿の一護。
だが一点だけどうしようもなく変った部分があった、構えられた左手がゆっくりと下がるとそこにあるのは一護の顔ではなく白い仮面。
髑髏を思わせるその仮面は左半分に幾本もの筋上の紋様が入り、一護の眼は眼球が黒く瞳が黄色に変化していた。
グリムジョーがその変化に驚くのは無理がなかったかもしれない。
飛躍的に強化された霊圧もそうだがそれ以上にその容姿、そして感じる霊圧の感触があまりに酷似していたのだ。

彼らと同じ虚のそれに。


「テメェ…… その力、死神のモンじゃ無ぇな 」

「どうだっていいだろ、そんな事。 ……いくぜ、グリムジョー!!」


明らかに異質、死神のそれとは明らかに異なるその力、その容姿。
虚を思わせる仮面とそれ以上に虚の気配を色濃く感じさせる霊圧に、グリムジョーは睨むようにして一護を射抜く。
これが一護の牙、グリムジョーにとって予想だにしなかったその牙は感じる霊圧同様研ぎ澄まされたものであり、そして予想を上回る威力を有していた。

グリムジョーが捉えていた一護の姿が一瞬にして消える。
それはありえない事だった、今まで如何に一護が素早く動こうともグリムジョーはその全てを確実に目視で捉えていたのだ、それが突如として見失ったという出来事、一護が見せた髑髏の仮面、虚化の証であるそれの出現がグリムジョーに一瞬の隙と動揺を与えていたとしてもそれでも一護の速力は格段に跳ね上がっているという事だろう。
そして瞬きの隙すらなく一護はグリムジョーの目の前へとその姿を現した。
刀は既に振り上げられ刀身には迸るような黒い霊圧が尾を引き、見るだけでその威力を推し量れるほど。
グリムジョーはそれを見るや刀を翳し振り下ろされる一護の一撃を防がんとするが、確実に受けたにも拘らずまるで先程と立場が逆転したかのようにその圧力に押し込まれてしまう。
グリムジョーにまたしても驚きの表情が浮かぶ、それもそのはずだろう、何故なら今彼を圧している一護の斬撃は“ 片手で ”放たれたもの。
たかだか片手の斬撃で圧し込まれるという状況はグリムジョーからすれば驚きでしかなく、予想を上回る敵の力の上昇は確実に牙となって彼の喉元を狙っていた。


(クソがっ! こんなもん!! )


だがグリムジョーとてそう易々と圧し切られはしない。
脚は空を噛む様に力強く腕もまた渾身の力を込めて一護の斬撃を受けきろうとする。
弾き逸らす事も出来ない訳ではない、しかしそれは彼の自尊心が許さなかった、一護はグリムジョーの先の一撃を受けきっているのだ、それなのに自分は攻撃をそらすなどという事は威力の大小そして勝利に関わりなく彼の矜持が許さない。

しかし、一護の攻撃はそれすらも呑み込む。


「月牙天衝(げつがてんしょう) 」


片手で握っていた柄にもう片方の手が加わり、そして放たれる言葉。
刀身から吹き上がった黒い霊圧はそのまま前方へと一気に放出され、その姿はまるで黒く巨大すぎる鏃(やじり)のように見えた。
死神達、そして虚や破面に至るまでそれぞれが多種多様な技を持つ中、黒崎一護にあるのはその一つだけ。
天を衝く月の牙と名付けられたその技は、刀に自らの霊圧を食わせ超高密度の霊圧とし斬撃を巨大化させる技。
その威力は刀に食わせた霊圧の分だけ上昇し、虚化により極めて上昇した一護の霊圧を十二分に喰らい更には零距離で放たれた黒い月牙はグリムジョーを易々と呑み込み、その名の通り天を衝く雄々しさと凄まじい威力を有していた。

だが凄まじい一撃を放ったにも拘らず一護に疲労の色は少ない。
虚化によって増加した霊力、それにより強化された身体と飛躍的に上昇した霊圧は、まるで不可能すら可能にする様に一護の力を引き上げている。
しかし、仮面に隠れてはいるがその表情は未だ険しいままなのだろう、何故なら彼の気配は欠片も緩みを見せていないのだ、あれだけの一撃をそれも零距離から敵に浴びせたというのに一護からは勝利したという雰囲気は微塵も零れない。

感じるのだ、未だ彼の霊圧を、零距離から虚化して放った月牙天衝を受けて尚消えていない彼の霊圧を、グリムジョー・ジャガージャックの霊圧を。

放たれた黒い霊圧、空を切り裂いたようなそれは次第に霧散していった。
そして霧散する霊圧の中から現われたのはやはりグリムジョー、だがその姿はほんの数秒前の彼とは比べ物にならないほど傷ついていた。
左肩から右の腰辺りへと袈裟懸けに抜ける深い傷と、他にもそこかしこに出来た傷とそこから流れ出す夥しい血が白い死覇装を赤に染めている。
防御する事にそして避わさない事に徹した為に受けた傷、血を流し傷を作りしかしその眼は死んではいない。
だが予想外、そして予想を上回っていた一護の斬撃は確実にグリムジョーの力を削ぐ事に成功していた。

傷を負ったグリムジョー、しかし今の一護にその姿から来る隙は無い。
グリムジョーの姿を確認すると再び刀身に霊圧を滾らせながら彼へと斬りかかりそして圧し込める。
グリムジョーも再び防ぐが叩きつけられる斬撃の威力と受けた傷、失った血と体力は彼の思うとおりの結果を導き出すには拙く、黒い斬撃にグリムジョーは弾き飛ばされてしまう。
しかし一護は追撃の手を緩めない、威力を増した斬撃は的確にグリムジョーを捉え斬り裂こうと彼に迫り続ける。
まったく手を緩める様子のない一護、だがそれは戦いというものを考えたとき至極全うな事で、敵に情けをかける事や無駄な余裕を見せる事は本来戦いに措いて不必要な事、そして何より一護は今護るために戦っているのだ、ここでグリムジョーや他の破面を討ち漏らせばそれだけ大切な者を危険にさらすのは眼に見えている。
故に此処で倒す、グリムジョーが強力な破面だと判っているからこそ今此処で、何にも増して討たねばならないと。


「クッ…… そ、がぁぁぁああ!! 」


一護の連撃がグリムジョーを襲い続ける中、しかしグリムジョーとてこのままいい様に殺られるつもりなど皆無。
咆哮と同時に伸ばされた腕と向けられた掌、瞬時に掌には霊圧が収束し完成した砲弾は一護目掛けて赤黒い閃光を解き放った。
広範囲に及ぶ虚閃、真正面から迫るそれは如何に一護といえど避わすには難しく、故に選択は受け止めるより他無い。
正面に刀を構え直後に着弾した虚閃の猛威に耐える一護、構えた刀で虚閃を切裂く一護ではあったが虚化しているとはいえ虚閃を受け続ける事は霊圧と体力を徒に消耗するだけであり、それは一護としては最も避けるべき事。
故に一護は構えていた刀に更に力を込め、裂帛の気合をもって刀を振り上げ斬撃の威力で虚閃を掻き消した。

だがグリムジョーも然るもの、防がれる事などすでに織り込み済みといわんばかりに刀を振り抜いた体勢の一護に斬撃を浴びせかける。
攻防は一瞬にして入れ替わりしかしそれでも圧しているのは一護だった。
グリムジョーの攻めを的確に防ぎながらも反撃の機会を狙い、グリムジョーの攻撃が一瞬途絶えたのをみると刀を振り払うようにして月牙を放ちグリムジョーを再び弾き飛ばす。


(この餓鬼ッ! 一月で化けやがったか!)


苦々しく内心零すグリムジョー。
たった一月、しかしその一月で一護は驚くほど力を増していた。
一月前は赤子の手を捻るようにいとも容易く奪え、容易すぎるが故に奪う気も起きなかった命。
しかし今は決して奪う事容易いとはいえないまでにその力を増した死神黒崎 一護。
順当に積み重ねたというよりも寧ろ一段も二段も段階を飛ばしたようなその力の上昇は、まさしく“ 化けた ”という言葉が相応しく、それを予想もしていなかったグリムジョーはそれこそ想定外の状況に陥っていた。
だが戦いとは須らくそういうもの、想像通りにいく方がおかしいというものであり、それを喚く事は愚でしかない。

そしてそう易々と覆ることが無いのもまた戦場の理。
グリムジョーが月牙を防いでいる中その向こうでは一護が刀を大上段に構えている。
黒い刀身には黒い霊圧が絡み迸りそして立ち昇り、未だ月牙を防いでいるグリムジョーに更なる一撃を見舞わんとしていた。


「終わりだぜ、グリムジョー…… 」


振り下ろされる刃と放たれる黒い牙、グリムジョーの二撃の月牙を防ぐて立てなどあろう筈もなく直撃した月牙は一撃目のそれともぶつかり爆ぜる。
空で起った周りの全てを蹴散らすような爆発は霊子の流れを乱しそれは突風としてあたりに吹きすさんだ。
なすすべなく月牙に見舞われたグリムジョー、しかし爆煙の中から現われた彼はそれでも生きていた。
身体が形を残し、また四肢に欠けも無いのは一重に頑丈な破面という種族と十刃にまで上り詰めた彼の強度故、しかしそれでもその身体がボロボロであることには変わりない。
肩で息をするグリムジョー、その身体は先程にも増して赤色に染まりつつあった。
最初の一撃で受けた大きな傷は体力となにより大量の血を失い、未だ流れ続けるそれは確実にグリムジョーを追い詰めている。
しかしそれでも屈しないグリムジョーの姿は一護にはどこか不気味にすら映っていた。


(はっ……はっ…… 虚化しても決めきれねぇ……だと…… ふざけんな! ここで勝てなきゃ意味が無ぇんだ。こいつに勝てなきゃ俺は誰も護れやしない。 今、俺の虚化持続時間は“ 最大31秒 ”、時間はまだある! 圧してんのは間違い無ぇ!このままいけば勝てる……いや、勝つんだ! )


どれだけ攻撃しても倒れないグリムジョーを前に一護は内心で僅かな焦りを覚えていた。
流石に虚化しているとはいっても体力や霊力が無限になった訳ではなく、消費したそれにしたがって一護にも疲労は蓄積されている。
圧しているのは間違いなく自分だが決めきれないと、そして何より虚化に存在する“ 大きな弱点 ”が彼をまた一つ焦らせる要因でもある。
虚化の弱点、それは虚化には“ 時間制限 ”があるという事、虚化とは内なる虚を屈服して使役し力を引き出す術。
その証が今一護が被っている仮面であり、虚化は仮面を被ることで発動するのだ。
しかし虚化とはある種諸刃の剣、虚の力を引き出す事は自らの内にいる虚を解き放つのも同じことであり、長時間の使用は逆に身体が耐え切れず尚且つ自己防衛本能から強制的に仮面を自壊させてしまう。
この仮面の自壊してしまうまでの時間を虚化の保持時間と言い、これを過ぎ仮面が自壊した場合振り戻しにより使用者には大きな負担が伴うのだ。

今現在の一護の虚化保持時間は最大31秒、体調や霊力、霊圧の波によって減りはするが虚化習得後たった一月でこれだけの保持時間延長は余程の才覚か、或いは別の要因があるのか、定かではないがそれはまた別の話。
もっとも本来は仮面を付け外しする事で保持時間経過による仮面の自壊という問題は解消するのだが、一護はその付け外しがどうしても上手くいかず。
結果、通常の保持時間に余裕があるにしろそれでも何時解けるとも判らない虚化で戦い続ける事は、一護にとっても危険でしかない。
故に一護は決着を急いだのだがそれでも決めきれない現状、徐々に色を濃くする疲労は焦りを芽生えさせるには充分だったのだろう。
再び勝負を決しようと霊圧を迸らせた刀を構えグリムジョーへと迫る一護。
だが自らに迫る一護を前にし、グリムジョーはただ立ち尽くすのみで防御の動作すら見せない。
迫る一護だけを見るグリムジョー、だが彼が見ているのは翻る黒い衣でも同じく黒い霊圧を滾らせる漆黒の刀でも顔を覆う白い仮面でもなく、その仮面の奥に見える一護の瞳。
その瞳に浮かぶ意思、グリムジョーへと向けられるその意思は彼にとってどうしようもなく見過ごせ無い者と同種のそれだったのだ。


(あの眼…… あの眼は見た事がある…… 胸糞悪い眼だ、あの時の…… “ アイツと同じ ”眼だ…… )


迫り来る一護のその眼、黒い眼球に黄色の瞳へと変った彼の眼にグリムジョーは覚えがあった。
それはかつて彼と同じようにグリムジョーに挑み、そして今と同じようにグリムジョーに深い傷を与えた男のそれ。
紅い霊圧と同じく紅い瞳、そして今の一護と同じようにグリムジョーを“ 俺が勝つ ”という意思を存分に乗せた眼で見据えていた男。
グリムジョーにとって何処までも腹立たしく鼻につく存在であり、必ず戦い殺し凌駕すべき相手。


(クソが…… テメェもそうか、死神ィ…… テメェもその眼で俺を見やがるのか…… フン!いいぜ、決まりだ )


そう、その眼は同じなのだ、グリムジョーの知る男の眼と。。
金の髪を揺らし皮肉気な笑みを湛え、何より強烈な自負、己の勝利を疑わない自負を滾らせた眼と。
その眼は同じなのだ、グリムジョー・ジャガージャックにとって彼が戦いの王となるために“ 避けて通らぬ ”と決めた相手と。

紅い修羅が如き破面、フェルナンド・アルディエンデと。


黒い霊圧を刀身から奔らせながらグリムジョーへと迫った一護は今度こそという思いでその斬撃を繰り出した。
護るために戦う、護りたいという自分の想いを貫く為に戦う、一護の力とは須らくそこから生まれるものであり純粋な想いはそれだけで力になる。
自分の為ではなくただ大切な人たちが過ごす平穏、それを脅かすものを討ち払う為にと願った一護は正しく力を得たのだろう。
それが例え虚という人外の力であろうとも関係は無いのだ、力の善悪とは力そのものでは無くそれを扱う者によって決定され、例え虚の力であっても徒に命奪うのではなく命を護る事は出来る。
今まさに振り下ろさんとする一護の斬撃、今一度戦いを決しようとするその斬撃、一護の今ある力の全てを出し切った一振りはグリムジョーへと見る間に迫り、だが彼を捉える寸前で“ 止まった ”。


「なん……だと……!? 」


止まった一護の斬撃、それは正確に表現するのならば止められたと言うべき状態だった。
驚きで見開かれる一護の眼、それが捉えたのは振り下ろされる自身の刀よりも早く伸びた手が、彼の刀を振るう腕の手首を掴み止めた光景、それも片手で。
この状況でそんなことを行えるのは唯一人、今まさに一護が決着をつけようと戦っていた相手であるグリムジョー。
刀を握っていない方の手を伸ばし一護の腕をとった彼、振り解こうにもまったく動かず握りつぶさんばかりの力で掴まれる腕に一護は「くっ!」と苦悶の声を漏らしていた。

が、そんな一護の意思を置き去りにし、直後彼の腹部を貫く様に痛烈な痛みが襲う。
それは深々と一護の腹部に突き刺さったグリムジョーの蹴りによるもの、突き刺したという表現の方がいっそ正しいようなそれを受け、身体をくの字に折り曲げた一護はそのまま後方へといとも容易く弾き飛ばされる。
弾き飛ばされるも霊子を足場にし空を削るようにして制動をかけた一護、しかしあまりの衝撃と痛みで逆に声すら漏らす事無く片膝を付き、片手で腹部を押さえながらその痛みを齎したグリムジョーへと視線を戻した。
血に染まった装束と相反する水浅葱色の髪、やや前傾で両腕をダラリと下げた彼は俯き加減でしかしその雰囲気はほんの少し前とは明らかに異なるもの。

彼の背後の空が歪むかの様な濃密な殺気と霊圧を背負うグリムジョーがそこには居た。


「餓鬼がァ…… 俺を斬れて楽しいか? 俺を血塗れに出来て嬉しいか?アァ!? ……テメェの牙は俺にとどいた、俺の喉笛を掻っ切れる程に、あの時と違って今のテメェは“ 俺の敵 ”になった…… なら殺してやる! ぶっ殺してやるよ!テメェの牙をへし折り! 胴から首を引き千切り!俺の方が強ぇと教えてやる! 」


俯き加減だったグリムジョーは顔を挙げ大きく背を反らせて天を仰ぎながら叫んだ。
その顔に浮かぶのは激しい怒り、吐き出される言葉にも浮かぶその感情は敵意と殺意に彩られ、一息に爆発した感情は際限なく燃え上がり続ける。
浴びせられた斬撃は彼の身体を斬り裂き、噴き出した鮮血は彼の身体を赤く染めた、彼にとって思いもよらなかった出来事はしかし戦いに措いては必然である出来事。
常に誰かが誰かを凌駕し、それをまた誰かが凌駕しながら続く戦いの螺旋に身を置く彼等にとってそれは常の理に近く。
しかしそれは真理ではあるが感情を伴わない事象、如何にそれが真理とて認められる筈も無いのだ、自らが敗れる事など、敗北する事など。
そして何よりグリムジョーの怒りを加速させたのは一護が見せた眼、色も雰囲気も何もかもが違うがしかし彼と、フェルナンド・アルディエンデと“ 同じ意思 ”を浮かべていた眼。
“ お前を倒す ”という意思、“ 俺が勝つ ” という決意、そして“ 俺の方が強い ”という確信に満ちた眼。
それはグリムジョーにとってどこまでも怒りを覚えさせるに充分すぎる感情、戦いに身を置く誰しもが持ち合わせるであろうそれはしかし自らに向けられたとき何処までも不愉快極まりない。
自分を、グリムジョー・ジャガージャックを前にし勝利を疑わないその眼、自分を前にしそれでも自らの強さを信じ揺れぬ瞳、そんなものを認められるほどグリムジョーは大人ではないのだ。

故に彼は殺す、その眼を自分に向けた者を、それが誰であろうと関係なく殺し破壊し薙ぎ倒して進むのが彼の道。
“戦いの王”にとって必要な圧倒的な力とは全てを捨てただ戦う事だけを、殺戮だけを突き詰めたもの。
自らの前に立ちはだかる者は必ず殺して進む事が王へ至る道であり、故にその眼を自分に向ける者を捨て置くことなど出来るはずもない。
何より一護の牙はグリムジョーにとどいている、それは“ 牙を持つ者 ”の証明に他ならず、グリムジョーが目指す王への道に一護を殺すことは不可欠なのだ。

自分をその眼で見る者をグリムジョーは許さない、そして誓うのだ、自らの手で必ず屠ると。

グリムジョーの顔に浮かぶのは狂気と怒り、それらに彩られた濃厚な殺気を纏う彼。
一護の護りたいと想う力とは逆方向のそれ、我欲と衝動に近いそれはしかし“ 純粋な力 ”という点では同じ。
大切な人達を護りたいという一護の思いも、ただ己の道の為に全てを殺すというグリムジョーのそれも、何物にも変えがたくまた混じり気のない強い感情という点では同じなのだ。
そして今、その純粋な力、純粋な殺意と衝動はグリムジョーを満し、殺気と霊圧は辺りを支配し飲み込んでいく。


「俺を“ その眼 ”で見たヤツは誰であろうと必ず殺す!テメェの全てをぶち壊して、この俺の強さを突き立ててやる!その刀を! その仮面を! テメェの力全部俺が壊してやるよ!俺等に近付いたくらいでいい気になってんじゃねぇぞ!見せてやる…… これが本当の…… “ 破壊の力 ”だぁぁぁあああ!! 」


巻き上がる怒気と殺気、場を飲み込んだそれは今も尚濃くなり重圧に変る。
その場にいる一護ですらダメージを抜きにしても、気圧されたように動く事が出来なかった。
豹変したグリムジョーが放つ気は今の一護からすればそれでも戦えない、というほどのものではない。
それよりも一護にはこの後に起こる何かの方が余程危ういものだという直感があった、怒りや殺気を剥き出しにしながらそれでも失われぬグリムジョーの眼の光り、獰猛なそれとその奥に潜む何か。
止めなくてはいけない、という考えが浮かぶがしかし一護の脚は前に出ない。
グリムジョーの見えない圧力に圧された一護は前に出る事が出来なかったのだ、何故なら如何に虚化し身体能力と霊圧が飛躍的に上昇しているといっても、それで心まで強化されている訳ではない。
覚悟も想いもあるがしかし、それを上回るグリムジョーの意気を前に一護は圧されてしまったのだ。

そんな一護を前にグリムジョーが腰溜めに刀を構える。
空いた手は爪を突きたてるようにして刀の鍔元に構えられ、爪の先には霊圧が集中していた。
一護を睨みつけながら不敵な笑みを浮かべるグリムジョー、彼の言う本当の破壊の力、それが何を指すのかはもう判り切った事。
彼を第6十刃たらしめる力、他の命を奪うことだけを追及した力、殺戮という概念に一つの形を与えたといって言いその力を彼は解き放とうというのだ。
ただ一護を殺すというためだけに、自らの目指す道に生贄を捧げるために。
発せられる怒気と殺気溢れる霊圧とそれとは別に内向きに収束するグリムジョーの霊圧、収束し圧縮し高まりそれを注がれた彼の内に住まう一匹の獣はただ名を呼ばれる時を、檻から解き放たれる時だけを今か今かと待ち構える。

そう、それは獣の名、グリムジョー・ジャガージャックの内に住まうもう一人の彼であり彼以上の殺戮の権化。
刀に添えられたグリムジョーの爪に更なる力が篭る、突き立てられた様なそれは次の瞬間一息に鍔元から切っ先に向かって掻き散らされ、それと同時に名は叫ばれる。



「軋れェ!! 豹王(パンテラ)ァァアア!!!」



今、獣は現世へと解き放たれた……










戦う意味

特に無し

戦う理由

特に無し

ただそれでも

敗けたくは無い















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.83
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/05/01 12:19
BLEACH El fuego no se apaga.83












グリムジョー・ジャガージャックと黒崎 一護の戦いが激化の様相を呈してきたのと時を同じくして、もう一つの戦場もまた加速を見せていた。
三体の破面(アランカル)と四人の死神、空座(からくら)町郊外にある林の上空で対峙した両陣営は集団では無く個々に別れそれぞれに戦場を形成する。
巨漢の破面 ヤミーと対峙する日番谷(ひつがや)冬獅郎(とうしろう)、小柄で少年のような見た目の破面ルピには松本 乱菊(らんぎく) と綾瀬川(あやせがわ)弓親(ゆみちか)の二名が、そして残った明らかに自分やる気ありませんといった雰囲気の破面サラマの前には斑目(まだらめ) 一角(いっかく)が嬉々とした表情で刀を構えている。
だが戦況は何処も一進一退、という訳ではなく破面勢はその強大な霊圧と身体強度をもって徐々に死神達を圧しはじめていた。

と言ってもそれは三つの戦場のうち二つまでの事であるのだが。


「おっと! いや~今のは危なかったねぇ死神サン。一呼吸遅ければ俺の首と胴はおさらば、ってやつでさぁ」

「ハッ!! 余裕で避けてるヤツが何を!! 」

「そう見えるんなら儲けもん……てね! 」


攻め立てるのは死神である斑目 一角、その攻撃を紙一重で避わすのは黒髪に巨躯の破面サラマ・R・アルゴス。
順手に握った斬魄刀と逆手に握った黒塗りの鞘の連撃をもってサラマに迫る一角、荒々しく力強いその斬撃には時折その荒々しさに隠れた強かな一撃が見え隠れする。
それを紙一重といった様子で避わし、どうしても避けきれない斬撃は右手に逆手で握った刀で受けるサラマであったがその表情や態度に焦燥は見えない。
口では危ないと言いながらも言動からも余裕は見て取れ、何より戦いの最中にベェと舌を出している様は今、彼の口をついて出た言葉に真実を見出すには難しいものだった。

だが剣戟の中そのふざけたサラマの態度にも一角は怒りを見せない、それどころか嬉々とした表情は尚深まっていくばかり。
一角からしてみればサラマの口をついて出た言葉よりもその行動、自分の攻撃をこうまで避わしてみせる彼の技量の方が興味を引くのだろう、始めから圧勝できる戦いよりもその過程がいかに楽しめるかに重点を置く一角からすれば、サラマは強敵の部類。
そして例え命を賭けた戦場の中であったとしてもそれを楽しむのが斑目一角なのだ。

袈裟切りから胴への刺突、脚払いを狙った後逆風、鞘の後を同じ軌道で間合いだけを変えた刀が奔る等の一角が繰り出す多様な攻撃の数々、だがその全てがサラマを捉えるに至らない。
見えているのか或いは読んでいるのか、余裕をもった表情は崩さず怒涛の攻撃を避け続けるサラマ。
しかし攻撃を避わし続けるサラマに攻め気は見えない。
元々望んで来た訳でもない戦場で戦う心算もないのに敵に襲いかかられる現状、始めからマイナス方向に振れているやる気がそう易々と逆転する訳もないと言ったところか。

更に普通に考えればサラマ以外の二体の破面は一介の大虚や下位の破面が名を聞くだけで震え上がる十刃(エスパーダ)、放って置いても彼等の戦場は直に片付く、となればサラマが戦わずとも全体の戦況は優位に傾き勝敗は自ずと見えるというもの。
戦いの定石とは一つ“ 数の利 ”であり、その通り行動するならばここで無理にサラマが一角と戦う必要は無い。
要は既にこの戦場の結末は見えているのだ、故に彼が戦う必要もない、時間さえ稼げば後は勝手に流れていく。


「オラ! どうした破面! 避けてばかりじゃお前だってつまらねぇだろう!!」

「そんな事ないさね。 死神の太刀筋ってのはあんまり見る機会が無いからねぇ、“ 間近で ”見ると勉強になるってもんだ 」

「 ヤロー…… ぬかしやがるぜ! 」


会話の最中も一角の剣戟が止む事はない。
攻め立てる左右に握った剣と鞘は一角の内面をよく顕し熱く滾るようだった。
対して飄々と一角の斬撃を避け或いは刀で受け止めるサラマ、刀と言ってもその長さは通常のものよりもやや短くしかし脇差と呼ぶには少々長い代物、長さはフェルナンドの鉈状の斬魄刀に近いのだがこちらは刀としての拵えがなされている為分類は小太刀になるだろう。
それを巧みに操る様は彼の大柄な身体つきには似合わぬ技巧に溢れ、ともすれば力押しになりがちな破面の中では少々毛色が違うものだった。


(随分とまぁ楽しそうに…… 判っちゃいたが、これはどう考えても戦って死ぬなら本望って類の御人らしい…… )


迫り来る一角の斬撃を避わしながらサラマは彼を分析する。
流石にそこまでの余裕が彼にあるとも思えないが、器用にそういう事をこなせるのがこのサラマという男、捌き避わしながら攻撃を繰り出す一角の表情や気配を観察し行き着いた結果はまぁある意味わかりきったものだった。
そう、初めから判っていたのだ、この目の前の死神、斑目一角と名乗った死神は彼が着き従う男と似通った類の男だと。
戦いに生きる、戦いを求める、何かを得るための手段として戦いしか知らずその他を探す事をしない、他所に目を向けることを惜しみ戦いに没頭し埋没する類の男、それが目の前の男であると。


(割に合わない話だ。 来たくも無い戦場、戦う心算もないのに戦闘開始、極めつけにその相手はニイサン紛いの戦闘狂……か。まったくもって割には合わないねぇ…… )


どう考えてもサラマには貧乏くじだった今回の侵攻。
彼の言う通りこの場は彼にとって来たくは無かった戦場であるし、上手く戦闘から離脱を図ろうとしていたにも拘らず結局それも水の泡、おまけにその相手が主であるフェルナンドと同じ類の戦闘狂ともなれば最早彼の不幸も極まりつつあると言えるだろう。
一角の横薙ぎの斬撃を飛び上がり彼の頭上を越える様にして避わしたサラマ、一角と距離を置いた彼は表情には出さず内心盛大な溜息を漏らす。

(それでもまぁ、こうなっちまったらなんやかんやで律儀に御仕事しちまう…… ってのが俺の悲しい性、ってやつかねぇ…… )


態度は余裕を崩さず、内心は嫌々ながらそれでもまぁ仕方が無いと己を納得させる自分に溜息を零すサラマ。
誰も彼もが自分を貫き通すことしか知らず、他人に合わせる事や間を取り持つ、或いは双方の妥協点を見出すなど自分以外の誰かを意識する事が出来ない破面という種族にあって、サラマのこういった性格は非常に稀有なものだろう。
それ故に彼は常に貧乏くじを引く羽目になるのだが、彼自身自分のこういった性格は厄介だと自覚しながらも仕方が無いと諦めている節もあるようだ。

他の戦場は彼等のそれとは違い破面側が未だ優勢、放って置いても決着はそう遠くは無いだろう。
だが順調に推移する戦況の中、サラマはその“ 順調 ”という言葉に激しい違和感と疑いを感じてもいた。
サラマに浮かんでいた考え、それはあの十刃二人が戦闘に勝利して後自分に“ 加勢する保障 ”はどこにもないのではという事。
ルピの方はその性格上相手をいたぶる事に快感を見出すためヤミーよりも決着に若干時間を要するだろうし、ヤミーはヤミーで目当ての敵が居る様子であるためそのまま他所に向かう可能性もある。
集団での戦闘に措いて普通に考えれば味方に加勢する方が全うな筋道に思えるがしかし、破面相手にまっとうな筋道など期待するほうがおかしいのかもしれず、おそらく期待は淡く消えるからこそ期待でありこの二体の破面相手ならばそれは既に確信の意気に達するのだ。


(状況も状況、腹は括った方がイイ……か。 割には合わないが…… 逃げて敗けるってのも格好がつかんでしょう。なら割に合わなくてもここはサッサと終わらせて帰らせてもらうとしますか……ねぇ)


元々他力本願のキライがあるサラマ、とりあえず戦況を長引かせれば後はどうとでもなると思っていたがよくよく考えればそれは間違いだと気がつくのに要した時間は彼らしからず思いの外長かった。
それは一重にこの戦闘が彼の自発的な行動の末ではないことに起因するのだろうが今は言及する時ではなく。
腹を括った様子のサラマは一角に正対したまま腰を今までよりも僅か落とし、肘を曲げたまま前に伸ばした腕を小太刀を握った右手を左手よりも若干上の位置で前に出し構える。
先程までと然程見た目が変わったわけではないサラマの構え、しかし振り返り彼の姿を見た一角は口の端をニィと吊り上げた。


「何だァ? ようやく“ ヤル気 ”になったってか?」

「……えぇ、まぁ。 御恥ずかしながら、どうやら時間稼いでも意味が無さそうだって事に今更ながら気が付きましてねぇ。仕方なく……ってやつですよ 」

「理由なんかどうでもいいぜ。 これでようやく楽しめそうだなァ、俺も…… お前もよォ!! 」


サラマの僅かな変化、しかしそれを敏感に感じ取った一角の嗅覚。
戦いの気配を嗅ぎ分ける本能的な才覚それが一角に告げているのだろう、これからがお前の求める命賭けの戦いになると。
ここからが一角そしてサラマにとっての本当の戦い、そして戦いの本来あるべき姿である殺し合いの始まり。
滾りを見せる一角とあくまで余裕の表情をつらぬくサラマの本当の戦いは今始まった。






――――――――――






「グッ……! くそッ……! 」


膝を付き倒れそうな身体を手に持った刀を突き立てる事で何とか堪える。
額から流れた血が眼に入り視界を奪うがそれでも敵から眼を離す事は出来ない、何故ならここは戦場であり彼はその渦中に居るのだ、敵から眼を離す事はそのまま死に繋がると言っても過言ではないだろう。
綾瀬川 弓親は死神そして戦闘者としての矜持でもって今倒れる事だけは出来ないと必死にそれを堪え前を睨む。
彼の眼に映るのは小柄で黒髪、少年のような外見をした一見ひ弱そうな破面。
しかしそれは見た目だけの話し、その戦闘力は明らかに前回彼の目の前で友人である一角が倒した破面より上であり、何より自分相手に刀すら抜かずにいるのがいい証拠だと内心愚痴る。


「あれあれ~? ちょ~っと“ 弾いた ”位でもうそんなにボロボロな訳ぇ?勘弁してよ死神のおにーさん、ボクまだ刀も抜いてないんだけど~」


弓親の前方で肩をすくめるようにして心底信じられないといった風でニヤリと笑う破面ルピ。
自分と相手の実力差をその手で確認したうえで相手を詰る様な言葉をぶつける彼、その一言で判るとおり相手を身体的、そして精神的にいたぶる事に快感を見出しているのは明らかだった。


「ッ! ちょっと弓親! 大丈夫!? 」

「へ、平気さ、この位なんて事……ない…… 」

「あんたぜんぜん平気そうには見えないわよ!仕方ないわ、こうなったら二人同時に…… 」


膝を付いた弓親、その彼のすぐ傍に瞬歩で現われた乱菊は弓親に肩を貸そうと駆け寄るが、弓親は乱菊を片手で制するとほんの少しよろける様になりながらも立ち上がり、再びルピに向かって刀を構えた。
しかし立ち上がった弓親の状態は傍目から見ても悪く、表情は険しく息も浅い、それを見て取った乱菊は弓親一人では無理だと判断し共闘を申し出ようと再び彼に手を差伸べる。
一人で駄目ならば二人、死神の上位席官ともなれば如何に隊は違うと言っても即興の連携くらいはお手の物、強敵を前にしての乱菊のこの選択は至極全うなものだった。


「駄目だ!! 」


しかし乱菊の申し出は彼女がそれを言い終わるよりも早く遮られる。
乱菊の言葉を遮ったのはやや荒げられた弓親の声、視線はルピから外さずしかし乱菊に対して明らかな拒絶を孕んだ声を向けた弓親は、息を整えながら「ごめん、乱菊さん」と声を荒げた事を謝ると、拒絶の真意を語り始めた。


「でも駄目だ。 二対一は……“ 美しくない ”。 ……乱菊さん、僕は護廷十三隊十一番隊の…… 更木隊の席官なんだ。 だから…… 加勢は要らないッ」

「弓親…… 」


弓親の言葉は虚勢は自尊心によるものではなかった。
護廷十三隊十一番隊、護廷きっての戦闘部隊を自負する彼らにとって戦闘とはある種神聖なもの。
どれだけ自分の命が危機に晒されようと、そしてどれだけ仲間の命が危機に晒されていようとも助ける事は、加勢することは彼ら十一番隊では許されない。
それは非情なのではなく誇りだから、戦いに生き戦いに死ぬ、そして誇りとはそれを本望だと言って死んでいく為に必要なのだ。
“ 美しい ”というものに人一倍の拘りを見せる弓親にとって誇りを失った戦いはどうしようもなく美しさに欠け、故に彼は乱菊の申し出を断った。

全ては彼が十一番隊、更木隊の隊士であるという誇りの為。


「何かカッコよく決めてるとこ悪いけどさ~、キミ等の状況はまったく変ってないんだけど~。おにーさんそ~んなに早く死にたい訳ぇ? 命は粗末にしちゃいけないんだよ? ……ア・ごめ~ん、死神の命なんて元から粗末だから関係なかったね」

「あんたッ……! 」

「そんな怖い顔しないでよ死神のおねーさん。そんな怖い顔されたら僕、怖くて怖くて…… “ 笑いが止まらなく ”なりそうだよォ? プッ、ハハハハハハ!」


弓親が見せた誇り、それにアッサリと泥を塗って見せたその笑い声の主。
嫌らしい流し目で見下し嘲うかのようなルピの態度と言動、傷を負った弓親の姿も乱菊の険しい表情もそれら全てルピにとっては快感をソソる要因でしかなく、故に笑いは止めど無くこみ上げる。
なんて滑稽なのだろう、なんて不様なのだろう、そしてなんて弱いのだろうと。
それを笑うなと言う方がどうかしている、それとも嘲る以外に何かするべき事があるのだろうかとすら思うルピ。
腹を抱えるようにして笑うその姿は何処までも無防備だったが、そうしていても自分が敗ける事はないという自信の裏返しにすら見える姿。
弓親、そして乱菊にとっては苦いものでしかないそれは屈辱にも似た感情を彼らに刻んでいた。


「くっ…… ッ!! なっ…… 何よ、この霊圧…… 」

「大きい、それに……重い…… 」


苦さを浮かべていた乱菊と弓親の表情が突然驚愕に染まる。
それは彼らを突如として襲った霊圧によるもの、正確には余波ではあったがそれでも霊圧の強大さを語るには充分なそれ。
余波でこれほどの重圧と、押し寄せた波は彼を戦慄させるに足るもので傷を負った弓親にとっては堪えるものだったろう。


「あれ? 何だよ、グリムジョーのヤツ“解放”しちゃったのか。アハハ! 誰が相手か知らないけど必死じゃん、笑える~。 ……にしても少し辛そうだねぇ、死神のおにーさんとおねーさん?」


弓親等が感じた霊圧は当然この戦場に立つ者全てが感じ取っていた。
サラマと一角、ヤミーと冬獅郎、そしてルピ。
弓親達からすれば知らぬ霊圧の波であったそれもルピ達破面からすればある程度知っているもの、感触からそれがグリムジョーのものと判断した彼はこの程度の任務で解放を余儀なくされたのかと、ヤミーやサラマの眼を憚ることも無くグリムジョーを馬鹿にする。
相手は誰かは判らないが所詮は死神だろうし、強いといってもどうせ目の前の死神に毛が生えた程度だろうと決め付けたルピ、それは大きな間違いであるのだが今の彼にそれを知る術も無く。
そして何より彼の眼が捉えたのは余波を受けた際の死神の表情、僅かの戦慄とその後曇った彼等の表情をルピは見逃さなかった。
まるで先程よりも尚面白いものでも見つけたようにニヤリと笑い、弓親と乱菊へと一歩近付いたルピ、その瞳はこの後の出来事に胸躍らせるように怪しく輝く。


「ふ~ん。 “ 今ので ”そんな風なんだ…… じゃぁさぁ、アレが今みたいな余波じゃなくて……“ 目の前で ”起ったら、どんな表情(カオ)を見せてくれるのかなぁ?」


怪しさを湛えた瞳、そして喜色に彩られた声、どうしようもない快感に打ち震えるようなルピの姿。
見てみたい見てみたいとせかす衝動を内にしながらそれでも急く事はなく、ゆっくりと真綿で首を絞めるように相手を苦しめる彼の言葉、そしてその言葉が意味しているところなど一つしか無い。
ルピが余った袖で隠れた手で斬魄刀を握り少しずつその鞘から刀身を引き抜いていく。
ゆっくりとゆっくりと、じらすようでしかし秒読みのようにゆっくりと。


「そいつを止めろ!! 松本! 綾瀬川!! 」


その動作に魅入られたかのように動けなくなっていた弓親と乱菊は、その声でハッと現実に引き戻された。
声の主は彼等がよく知る日番谷 冬獅郎のもの、ヤミーと戦っていた彼ではあるが先程の霊圧と弓親らの方向で高まる破面の霊圧を感じ取ると、それが何を指すのかを瞬時に判断し弓親らに叫ぶと共に自らも彼らの方へと急ぎ向かう。
だがしかし、そう易々とその場を離れさせてくれるほど彼が相手をしていた破面は優しくはなかった。
弓親と乱菊の下へと急ぐ冬獅郎の行く手を遮るようにして現われた巨漢の破面ヤミー、こちらもルピに負けずニヤリと笑いながら「逃がさねぇぞ、チビ助」と冬獅郎に立ちはだかる。
ヤミーに阻まれた冬獅郎は舌打ちを一つし、その姿を見た弓親と乱菊は冬獅郎の言葉通りルピの解放を止めるべく動こうとするがそれは遅きに失した。


「ざ~んねん。 お・そ・い・よ。 ……縊(くび)れ、『蔦嬢(トレパドーラ)』!」


言葉と共にニヤリと笑ったルピ、その笑みだけが弓親と乱菊の眼にはいやに焼きついていた……





――――――――――





(ッ! この霊圧…… いいぜェ、やっぱり只者じゃねぇのばかりだな、破面ってぇのはよォ!)


サラマと対峙した一角、彼が感じ取った霊圧は他の者達にもとどいたグリムジョーのそれだった。
ただの霊圧の余波であるにも拘らずはっきりと感じ取れる濃さと強さ、それだけで一角の口元はまた一段つり上がる。
一月前に戦ったエドラドという名の破面もそうであるしこうして感じている破面も強敵であると呼ぶに相応しく、そしてようやくやる気になった様子の目の前の破面もそれに列する事が出来る猛者であると一角は予感していた。


「そういえば戦う前に名乗るのが死神サンの流儀、でしたっけねぇ?なら一応名乗っておきますか…… 破面No.nada サラマ・R・アルゴス 」

「そうかい。 ならこれでお互い心置きなく戦えるってもんだ!!」


一角の叫びが始まりの合図だった。
サラマへと一直線に飛び出した一角、虚実などまったくなしに振り被られた刀は瞬間振り下ろされ、それを受けたサラマの刃との間に激しい火花を散らす。
その様はまさしく一気呵成、振るわれる刃には一層の殺気が乗り先程にも増した勢いでサラマを攻め立てる。
しかしサラマも一角の勢いに圧される事なく冷静に右手の刀で一角の攻撃を防ぎ続けていた、一角の手数は何故か鞘による攻撃が減った事で少なくはなっていたが、サラマはサラマで先程まで避ける事に重きを置いた戦法を避けながらも刀で受ける方向に変えたため傍目に状況の変化は少ない。
だがその変化は非情に大きいものなのだ、少なくともサラマが避ける事から受ける事に戦い方を変えたという事は大きい。


「シッ! 」


一角の上段からの斬撃を逆手に持った小太刀で受けるとそれを弾くのではなく尚踏み込んで圧したサラマ。
刀の刃同士が擦れ合い飛び散る火花、凌ぎを削っていた刃は根元での鍔迫り合いに変化し拮抗する。
その直後吐かれた短い気勢、それと共に動いたのはサラマの右腕だった。
今までよりも若干詰められた二人の間合い、僅かなものではあるがそう僅かな間合いが戦いの趨勢を分ける。
気勢と共に最短距離を疾風のように奔ったのはサラマの掌底、その巨躯に見合わぬ速さ、そして見合った力の篭った一撃はそれらを幾分も落とす事無く一角の顔面目掛けて打ち込まれる。


「……なるほどなァ。 刀で受けて間合いを詰めたところを素手で仕留める……か。面白れぇ戦い方じゃねぇかよ、えぇ? 」

「……お互い様でしょう? その鞘…… 本来は防御用、って事ですかい…… 」


サラマが放った刹那の一撃、疾風の如き掌打が巻き起こした風が吹き抜けるがしかしその一撃が一角に打ち込まれることは無かった。
寸前のところで割って入った彼の腕と鞘、逆手に握られたそれがしっかりとサラマの掌打を受け止め一角の頭部を打ち抜くことを防いでいたのだ。
サラマの戦法は敵の攻撃を刀で捌き防ぎ、間合いを詰めたところで近接戦闘によって敵を討つ方法、先程まで避けていた攻撃を受けるようになったのは避けたままでは間合いが詰められないから、この標準的であるとは呼べない戦法はしかし標準的でないが故に初見で防ぐには窮するものだろう。
だが一角はそれに反応し防いで見せた、彼の戦い方も本来は刀による攻撃と鞘による防御からなるもの、先程までとは違い戦法を本来の戦い方に戻していた事、何より不意の一撃に反応して見せた一角の戦いへの嗅覚と才覚。
片方は鍔迫り合い、もう片方は鞘と掌の押し合い、近い間合いで止まりながら話す二人の様子は気軽なものにも見えるがその実小刻みに動く腕の筋肉は双方共に力による押し合いがなされている事を暗に感じさせる。


「そっちは刀が防御役か?白打の使い手なら潔く素手喧嘩(ステゴロ)でもしたらどうだよ」

「冗談やめてくださいよ。 刀相手に丸腰でなんて馬鹿げてるしそんなもんは狂気の沙汰だ…… それに無手で相手の刀受けるなんて事、誰だってやりたかないでしょう?」

「そうでもねぇさ。 それはそれで楽しそうだしなァ!!」

「ケケ。 こいつは…… 訊いた俺がバカでしたかねぇ!」


鍔迫り合いの刀と刀がガチガチと音を立てる最中、二人はニィと笑う。
一角は楽しさのあまりに、そしてサラマは普段通りの不敵さゆえに。
交わしあう言葉はとても殺し合いの最中とは思えない気軽さを見せ、そこに武器と殺意さえなければ友人のそれとも取れるかのよう。
しかしそれはどもまでも幻で彼ら二人が立つのは武器と殺意以外が介在しない戦場なのだ。
楽しさを滲ませる一角とその一角を相手にまたもベェと舌を出して本心を煙に巻くかのようなサラマ。

均衡を保っていた鍔迫り合いと掌と鞘の押し合いは会話の終わりと同時に破れ、両者共に弾かれるようにして再び距離をとる。
そして着地と同時に再び空を蹴ると瞬時に間合いを詰め、またしても二人の間で激しい攻防が始まった。
先の一連の攻防で相手がどういった戦い方をするかはおおよそ見当が付いた二人、そうなればそれに対する対策を講じつつしかしただ対策を講じるだけではいずれ守勢にまわるのは明白、互いに相手の先を読みつつあくまで攻勢は緩めないような戦い。

一角は右手の鞘でサラマの攻撃を防ぎつつ左手の刀でサラマを斬り伏せんとする。
激烈な打ち込みと並外れた体捌き、隊長、副隊長に次ぐ十一番隊三席の名に恥じる事のない実力者は破面という存在を知って一月、あくなき戦いへの衝動によって確実に力を付けていた。
対するサラマは一角の猛烈な剣戟を右手の小太刀一本で器用にも防ぎながら避わし、刹那の間で掌打を主体とした打撃を繰り出す。
掌打そのものだけでなく掌が通過する周辺を根こそぎ削り取るような強烈な攻撃は、通常なら一撃で相手を倒せるであろう威力を有し、それは幾度も一角に襲い掛かる。

刃のぶつかる甲高い音と飛び散る火花、肉が斬れ或いは打たれる鈍い音、雄叫び、霊圧同士が鬩ぎ大気が啼く。
最初の激突から後、互い決め手に欠けながらそれでも少しずつ相手の身体を捉える攻撃はしかし決定打には程遠く、斬撃を繰り出す刀も掌打を打つ掌もまだその多くを血に染めてはいない。


「うぉらぁぁ!! 」


ぶつかり離れてを繰り返して既に数合、跳びあがり気合の叫びと共に上段から刀を叩きつける一角。
口の端から血が滲みながらも彼の顔には戦いを楽しみ満喫している笑みが浮かび、眼は見開かれそれにはサラマしか映されていない事だろう。
だが上段から叩きつけた刃はしかしサラマの小太刀によって防がれ、今までと同じように彼を斬り伏せるには至らない、サラマの方もそれは判っているのか大振りであったために出来た一角の隙を突いて掌を繰り出そうと構える。

だが今回の一角の攻撃はこれだけで終わらなかった。

防がれた自身の刀を見てニィと笑みを深めた一角、その笑みを見たサラマが訝しむよりも早く一角は左手の鞘をそのまま刀身の背に叩き付けたのだ。
今まで等分の力で均衡を保っていた一角の刀とサラマの小太刀、その均衡を破壊する力が鞘から刀身へと移りサラマの小太刀を押しきらんとし、その衝撃は彼等を中心に放射状の突風を生む。


「ようやく“ まとも ”なのが入ったみてぇだな」

「……ケッケケ。 勘弁してもらいたいですねぇ、せっかくの一張羅が台無しじゃないですかい」

「戦の傷だぜ? 誇りに思えよ 」

「嫌ですよ。 俺は無傷の方が好みなもんで。それに下手に怪我して帰れば面倒なもんでね、いろいろと…… 」


大気を吹き飛ばしたような突風、一角とサラマの衝突が生んだ衝撃波、そんな一角の全霊の一撃をいかなサラマといえど片手だけで防げるはずもなく。
風と霊圧同士の衝突で生まれた煙状の濁った霊子が晴れた中に立つサラマの胸の辺りの死覇装はざっくりと縦に切り裂かれ、そしてそこから見る見るうちに赤い染みが広がっていった。
軽口を叩いてはいるが先に大きな傷を負ったのはサラマ、直にでも戦えないという訳ではない様子だが傷は深く、戦況が傾く兆しとしては充分な一撃が彼の身に刻まれ、血が滴る。


(……思ったより深く斬られてるみたいですねぇ。 ……あの踏み込みから更に防御を捨てて鞘で強烈な打ち込み、下手打てば自分の方が危ないでしょうに…… こいつはコッチももう少し真剣にやらなきゃマズそうだ…… )


表情はあくまでニヤリと余裕をつらぬきしかし自身の現状は正確に把握したサラマ。
滴る血は上着を赤く染めさらに袴へと伝っていく、不用意だった訳ではないがしかし負ってしまった傷、そしてサラマが思うのは自分の失態よりも一角の力だった。
鞘による追撃、まったく想定していなかった訳ではないそれは、しかしあの場面ではものの見事に決まったといっていい。
あのタイミングで鞘を防御から攻撃に回す事は、一歩間違えれば防御が間に合わずそのままサラマの掌打をもろに喰らう結果さえありえた事、その刹那を見切り一瞬の迷いもなく攻勢に転じた一角の才覚、それがサラマが負った傷の正体であり彼が舌を巻くもの。
戦いの中更に強くなるかのような一角、戦いを楽しみながら更に力を増していく彼を前にサラマは会話の最中ベェと出していた舌を引っ込めた。


「さて、コッチばかりいいのを貰ってるんじゃ見栄えも悪い。 ……そろそろアンタにも一発、いいのを喰らってもらうとしますか……ねぇ」

「いいぜ、やってみせろよ。 そん時は倍にして返してやるぜぇ!!」


口調はあくまでもいつも通りに、しかしその眼だけがスッと細められる。
幾分真剣みを増したその顔は普段よりも精悍に見え、煙に巻かれたサラマの本性が垣間見えた気がした。
対する一角は激しさを増し、見開かれた眼は楽しくて仕方が無いというまるで童心に返ったかのよう。
彼にとって戦いとは勝つものではなく楽しむもの、それで死ぬなら本望であるし生き残ったならツイていただけ、単純ゆえに強い思考、余分なものが無いからその分突き詰められた戦いへの欲がサラマへと向けられる。


同時に強く空を蹴りそして同時に互いの距離を詰める二人。
激突までに掛かる時間は僅か、瞬きの間に互いの間合いへと侵入した二人は素早く攻防を開始した。
斬撃掌打の応酬、相手を完璧に捉えるに至らない攻防は呼吸すら許さぬ緊迫感の中続けられ、頬を掌が掠めようが刃が薄皮を切り裂こうが止まる事はない。
歯を剥き出しにしてニィと笑いながら戦う一角と冷たさにも似た静けさを纏うサラマ、今や対照的となった二人は反発しながら引かれる様に刃と掌の乱舞を演じる。

だがその乱舞は永遠には続かない。

僅かな違い、僅かな差が生死を分ける戦場、そして二人にもまた差はある。
激しく動けば動くほど、掌打を打ち斬撃を受け止めそして避わす程溢れるのはサラマの血。
ボタボタと零れるそれは彼の見立て以上に深くを斬り裂いた斬撃の証明、流れ失われる血は彼の動きを僅かに鈍らせていく。
そしてそれを見逃すほど一角は甘くない。
ほんの一瞬遅れたサラマの掌打、打ち出しが遅れたそれは今この瞬間に措いては隙でしかなかった。


「ぅらぁぁあ!! 」


一意専心、ただサラマを斬るというそれだけが乗った刃、僅かな遅れ僅かな隙、戦いを決するのはいつの時もそんな極僅かなものでありそして呆気なく訪れるもの。
迫る刃に小太刀は動かず、そのままでは今度こそ致命的な一撃を貰うであろうサラマ。
俯き表情は見えず、黒い髪が更にそれを覆い隠す、その奥にあるのは諦めの表情か或いは死への恐怖なのだろうか。

振り下ろされる一角の刀、それに今更反応するように動くサラマの身体だが時既に遅く小太刀の防御は間に合わず、相討ちを狙っての掌打も既に一角の身体には届かないだろう。
これは決着の瞬間、何をしても防げずどう足掻こうが届かぬのならば待っているのは決着なのだ。


そして宙に鮮血は飛び散った。


ポタリポタリと切先から遥か下の町へと滴る赤い雫、数瞬前とは打って変わっての静寂が包む戦場。
傷口からはドクドクと音を立てるかのように鮮血が流れ傷の深さを示し、それでも倒れないのは矜持かそれとも興奮が痛みを感じさせていないのか、至近距離に立っていた二人の内一人がその場を飛び退くように距離を置き、もう一人はその場に残り視線を落として斬られた脇から鳩尾の辺りを見ると距離をとった方に再び視線を戻してニヤリと笑った。


「……やるじゃねぇか、破面よォ 」

「言ったでしょう? いいのを喰らってもらう……ってね」


そう、斬られたのはサラマではなく一角。
血がべっとりと付いたのはサラマの小太刀の方であり、一角は左の脇から鳩尾の辺りをザックリと斬り裂かれていたのだ。
一角の視線をいつも通りの不敵な笑みで肩をすくめながら受け止めたサラマは、順手持ち替えた小太刀を一振りして血を落とすと再び逆手に持ち替えて構える。
のらりくらりとしたいつも通りの彼の態度、しかし彼にとって今一角が生きている事は少々思惑からは外れていた。


「……と言っても、寸前で退かれたもんで真っ二つ…… とはいきませんでしたがねぇ 」

「よくい言うぜ…… それに何が“ 刀を無手で受けたがるやつはいない ”だ。 俺の斬魄刀の刃をきっかりその“ 左手で受け止め ”やがったくせによォ 」


サラマの予定ではここで決着は着いていた筈だった、ありえない、出来るはずがない、そんなことをする筈が無いという凝った思考、それを打ち破る事で生まれる必殺の機会、それをもってしての決着がサラマの計だったのだ。
彼がフェルナンドに着き従うようになって嫌というほど味わったその感覚、そんな馬鹿なという驚きが一瞬の硬直を生みそしてそれが必殺を生む。



「ケケ。 “ やりたくはない ”とは言いましたが、それが“ 出来ない ”と言った覚えは無いもんで……ね 」



一角の指摘にニヤリと言った風で舌を出すサラマ。
先の一瞬でサラマが行ったのはそう難しい事ではない、今まで掌打を打っていた左手に霊子を集中させて刀身を掴み攻撃を止め、そのまま腕を引っ張り無理矢理腕を上げさせ体勢を崩し、がら空きになった胴へ右手の小太刀を叩き込んだのだ。
鉄甲掌(パルマ・プランチャ)と呼ばれる本来は近接打撃に用いられる技を受けに利用した小太刀による一撃、今まで一度も攻め手として使わなかった小太刀をこのタイミングで攻めに転じさせる。
刀を掴むなどありえない、そんなことをする筈がないという思考をそのまま切り裂くかのようなサラマの一閃、フェルナンド譲りの固定概念を崩すような一閃はしかし一角を殺すには至らなかった。


「喰えないヤローだ。 ま、俺も普段“ 同じ様な事 ”してなきゃ死んでたのは間違いねぇか。どうやら今日はツイてるらしい 」

「へぇ、道理で…… そりゃ是非ともその同じ様な事ってのを聞かせてもらいたいですねぇ」

「聞くんじゃなくてお前の身体で確かめな! 俺もお前もまだ死ぬには時間が掛かる、なら…… もう少し楽しもうじゃねぇか! 延びろ! 『鬼灯丸(ほおずきまる)』ゥゥ!!」


そう、今一角が生きているのはサラマが仕損じたためでありそして仕損じた理由は、寸前で一角が身体を退いた為。
完全に避けきれはしなかったが、それでも戦闘不能に陥ることが回避されたのは一角にとってサラマの攻撃は、身体と思考を硬直させるには少しばかり足りなかったという事。
彼にとってそのサラマの動きは慣れ親しんだものか或いはどこかで見たことがあるのかは判らないが、それでも一角が普段から如何に異常な戦法を取っているかは窺い知れる。

斬られたというのにまったく怯む様子の無い一角、それどころか先にも増して滾るようなその姿はきっと彼の中にある理想像故なのか。

“負けを認めて死にたがるな、死んではじめて負けを認めろ、負けてそれでも生き延びたならそれはお前の運なのだ、その時はただ生きることだけを考えろ、足掻いて生き延びたその先で、お前を殺し損ねた奴を殺す事だけを考えろ”

一角に深く刻まれた記憶、決して消えることの無い鮮烈な記憶とそれを残した男の背中。
広く大きくそして高い、そんな男の背中こそ一角が目指し慕う男の背中。
その男は決して負けない、決して怯まない、斬られても斬られても決して倒れず嬉々として更なる戦いに身を投じる。
斑目 一角が唯一人目指しその人の下で戦って死ぬ事だけが自分の望だとすら言う男、その男のようにありたいという彼の想いが彼の中に更なる戦いへの熱を生み出していく。

斬魄刀の柄尻と鞘を叩き合わせそして叫ばれる刀の銘(な)、柄尻と鞘は境界を曖昧に混ざり合いそして生まれたのは一本の槍、穂先から石突までおおよそ七尺、一尺ほどの片刃の刀身と石突には赤い飾り布が付いた槍を大上段に構える一角は、まるで傷など無いかのように活き活きとした眼にギラつく闘志を浮かばせサラマを睨む。


(あ~あ、ありゃ完全に“ 入って ”ますねぇ…… 気を利かせて律儀に戦えば戦ったでこの様……か。あぁ、こういう手合はフェルナンドのニイサン当たりに任せて俺はのんびり観戦してたかったですねぇ、ホント…… )


顔には出さずとも内心とんでもない愚痴を零すサラマ。
今の攻防で駄目ならば最悪の場合解放すら視野に入れ始めた彼の苦悩は、今に始まった事ではないが哀愁を誘う。
だがそんなサラマの悲哀などまったくお構い無しに彼へと再び迫り来る一角。
その姿を見ながらサラマはまた一つ、小さな溜息を零すのであった。










それは人外の戦い

人ならざる化生

人の境界に立つ者

髑髏と獣

鬩げ相剋









[18582] BLEACH El fuego no se apaga.84
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/07/09 21:26
BLEACH El fuego no se apaga.84













「軋れェ!! 豹王(パンテラ)ァァアア!!!」


刃に爪を掻き立て叫ばれた名前。
咆哮にも似たその声はただ眼前の死神への敵意と殺意に満ち、それに応ずるように名を呼ばれた獣は現界した。
膨大な霊圧の発生は爆発にも似た衝撃波を生み、それによってかき乱された周囲の霊子は白く濁った煙の様に一面を埋め尽くしうねりながら爆発の中心を覆い隠す。

その様子を刀を構え見据える一護、死神にとっての斬魄刀解放とも言える破面の刀剣解放『帰刃(レスレクシオン)』、彼にとって初めて目にするそれは圧倒的な圧力を発し、またその圧力を更に濃くするような殺気に満ち満ちていた。


(これが破面の解放、ってやつか…… とんでもなく濃くて鋭い霊圧だ……! )


敵、破面グリムジョー・ジャガージャックに起きた圧倒的変化。
霊圧の濃さと大きさをその肌で感じグリムジョーの意気と殺気をもその身に浴びながらも一護が然程心を乱さなかったのは、この一月の修行の賜物に他ならないのだろう。
握った刀を一層強く握り直す一護、彼にとって今必要なのは敵の変化に心乱す事よりも自らの想いを強く意識する事、自らその背に負った者達を護るのだという想いこそが彼の力の源である以上、彼にとって心を乱す事に意味はないのだ。


(いや、アイツが強いなんて事は今更驚く事じゃねぇ。 ……相手の強さなんて関係無ぇんだ、俺は…… 勝たなきゃならねぇんだ! )


未だ霊子の煙に覆われたグリムジョーの姿、それを前にして一護はまた一つ強い決意を固める。
護るために戦う事こそが黒崎一護の戦い、自らの大切な人を、大切な場所を、大切な人が大切だと思う人達を、自分の手で全ての人を護る事は出来ないと知りながらそれでも山ほどの人を護りたいという死神代行になった当初の彼の願い、戦いを経て現実を知り、敵の強さを知り己の弱さを知り、無情な現実に打ちのめされながらそれでも変らない彼の想い。
その変らぬ想いこそが、強い決意と意志こそが黒崎一護の根幹をなす力。
そして一護の変らぬ想いは彼の力であるのと同時に彼の持つ斬魄刀の力、斬魄刀にとって主の強い意思こそが重要な力の源であり、主が強く願いそれを斬魄刀が受け入れることで両者は互いを高めあい強くなる。
一護の思いに応ずるように彼の斬魄刀である天鎖斬月(てんさざんげつ)は一護の霊圧を更に押上げ、それはまるでグリムジョーの霊圧に呼応するように大きくなっていく。



「……いくぜ、死神ィ 」



だがそれは突然の出来事だった。
突如訪れた衝撃に一護が対応できたのは、一重に今の一護の研ぎ澄まされた感覚とその声によるもの。
霊子の渦の中から聞こえたその声はグリムジョーのものに相違なく、しかし一護は声の主の姿を完全に確認する前に自身の真上から振り下ろされた何かに叩き伏せられ下方に広がる空座町の大地へと激突を余儀なくされた。
防御が間に合ったのはまさに間一髪、もし彼の感覚が僅かでも緩み、そして先の一言がなければ一護は自分が何故大地に打ち付けられているのかすら理解出来なかったかもしれない。
殴られたのか或いは蹴られたのか、それとも別の何かなのかすらも判断する事適わず、大地が呆気なくひび割れ隆起するほどの衝撃を受けた一護、「カハッ!」と無理矢理肺から押し出された空気を吐き出した彼の眼に映ったのは上空に立つ青と白の人影だった。

猛獣のような眼光は更に野性味を強くし、風に靡くのは腰よりも尚長く伸びた水浅葱色の髪、右頬にあった牙を模した仮面の名残は消え額当てとなり、牙の仮面の変わりに彼自身の歯が獣の牙として口から覗いていた。
身体を覆うのは白い死覇装ではなく身体の線に沿った白い鎧、それは身を護る事よりも軽さを優先したような鎧であり、両の上腕には鉤爪の様な刃が生えている。
上半身は先程までとさして変わらぬ人型、しかし下半身には長い尾が生え獣の意匠を強くし、脚は獣がそのまま後足で立ち上がり人間のようにスラリと伸びたようなしなやかな姿となっていた。
一言で言ってしまえば獣人、架空の存在でしかないそれが今一護の眼にははっきりと映りそしてその獣人こそが彼を大地へと叩きつけた張本人、グリムジョー・ジャガージャックである事は間違いなかった。


「どうした? さっさと立て死神。今ので動けなくなるほどヤワじゃねぇ筈だ…… それにここからだぜ? 俺もテメェも本気の殺し合いが出来るのはよォ
!! 」


大地へと叩き落した一護を見下ろすグリムジョー、荒ぶる霊圧と一切抑える事無く放たれる殺気、その眼光はまさしく彼が一護を敵として認識し、その爪と牙で引き裂く事に向けられていた。


「ふざけんな。 俺は…… てめぇと殺し合いがしたいなんて思ってねぇ…… 」


空に立ち自分を見下ろすグリムジョーを仮面の奥で睨む一護。
グリムジョーの言ったとおり大地が割れるほどの衝撃も今の一護にはそれほど大きなダメージとは言えず、立ち上がった一護は刀を斜め下に構えるとグリムジョーの言葉を否定する言葉を発した。


「ハッ! 笑わせやがる! ならテメェのその霊圧は何だ!?その刀は何だ! その仮面は! その力は何だ!テメェがこの一月必死になって手に入れた力は一体何の為だ!答えなんて決まってる! “ 殺すためだ ”!!テメェの邪魔をする奴を! テメェが気に喰わねぇ奴を!片っ端からぶっ殺す為だろうが!! 」


殺し合いを望んでいない、そんなイチゴの言葉をグリムジョーは鼻で笑い飛ばす。
何を馬鹿なと、何を言っているのかと、発する霊圧も手にした刀を、それら全てが向かう先は須らく戦いの渦だろうと。
敵を斬る為に刀は存在し、それ以外の用途を何一つ求められないのと同じように、お前も、そしてまた自分も敵を殺す事以外何一つ望まれてはいないのだと。
長く伸びた両手の爪を自らの喉に突きたてるような仕草からその喉を掻き切る様にして両腕を広げ叫ぶグリムジョー、彼の中にある力と殺戮の方程式に則った叫びは吹き上がる彼の霊圧に更なる拍車をかけるかのようだった。


「違う! 俺は殺し合いをする為に強くなった訳じゃ無ぇ、俺は護りたいだけだ。誰かが大切なもんを失ってキツい目に合うのは見たくねぇ…… そんなのはもう沢山だ…… でももし、俺の力でそれを防げるなら、誰かの大切なもんを護れるなら…… そして、その為にお前を“ 倒さなきゃ ”ならないなら、俺はお前を……斬る……!」

「……ガキが。 ならやって見せろ死神ィ!!テメェの理由なんぞ俺には関係無ぇ! 俺はテメェをぶち殺す!殺気の篭って無ぇ鈍らで! 殺すでもなく倒すなんて甘っちょろい事ぬかしたまま俺に勝てる心算なら、“ テメェは誰も護れねぇ ”と教えてやるよ!! 」


一護が飛び上がるのとグリムジョーが一護目掛けて急降下したのは同時だった。
互いの言葉は所詮平行線、それが死神と破面だからなのかそれとも人間と化物だからなのか、相手を制し倒す事を勝利と呼ぶ一護と相手の息の根を止め殺してこそ勝利足りえるとするグリムジョー、価値観の違い、力の捉え方の違い、相容れること無いそれらは最早衝突より他の道を知らないのだ。

グリムジョー目掛け飛び上がった一護は構えた刀を素早く一閃する。
僅かに黒い霊圧の軌跡を残した太刀筋はしかしグリムジョーの身を捉える事は無かった、空を蹴り一護へと急降下したグリムジョーは一護の刀が振るわれるのと同時に一護の側面へと瞬時に移動し、刀を振るいがら空きとなった一護の脇腹目掛け突き刺さるような蹴りを見舞っていたのだ。
しなやかな筋肉と速力により生み出された蹴りは十二分な威力を有し、一護の身体は斜め下方向に再び突き落とされると空座町の大地と町並みの一部を削るようにして墜落した。
だがグリムジョーの攻撃はこれだけで終わらない。
その脚で空を強かに一蹴りすると矢のように一直線に一護へと突貫し、砂煙に巻かれながらも既に体勢を持ち直していた一護に爪を付き立てるようにして追撃を見舞った。
嬉々とした表情で繰り出される刺突と蹴り、人とは比べ物にならない膂力と霊圧によって生まれる攻撃の破壊力、それは到底技と呼べるものではないと言うのに一撃一撃がそれだけで必殺足りえる攻撃の群れ、だがその攻撃の群れにその身を晒しながらも一護の眼は死んでいない。
刀で或いは腕を使ってグリムジョーの攻撃を捌ききり強烈な打ち込みでグリムジョーの一気呵成の勢いを一瞬止める事に成功する。


「月牙……天! 衝! 」


一瞬の拮抗、一護の天鎖斬月とグリムジョーの腕に生える鉤爪型の刃が火花を散らすと同時に一護は天鎖斬月へと霊圧を注ぎ込み、再び零距離からの月牙天衝を打ち放った。
刀身から放たれる黒く巨大な斬撃、刀を受けていた腕にもう片方の腕も足してそれを受けるグリムジョーだったが高密度の霊子の刃はそれすらお構い無しに彼の身体を空へと弾き飛ばし、霊圧の奔流は先程よりも尚その勢いを増し怒涛の如くグリムジョーの身体を呑み込まんとしながら空を奔る。


「クッ……! ウラァァァアア!! 」


だがそれすらも今のグリムジョーを呑み込むには至らない。
僅かに歯を食い縛ったかと思うと直後咆哮と共に月牙を受け止めていた両腕を薙いだグリムジョー。
一護の渾身の技を技巧も何も無くただ膂力と霊圧にものを言わせ無理矢理に打ち破る様は、まさしく邪魔するもの全てを“ 破壊 ”して進む彼の生き様を見るようだった。


「ハァッ! 」


しかし今の一護はその程度の事で心乱す事はない。
まるで自らの技がそれだけではグリムジョーを仕留め切れないことを理解していたかのように瞬歩(しゅんぽ)で一気に距離を詰め、グリムジョーが月牙を破ったと同時に追撃の一閃を見舞ったのだ。

一瞬重なるように見えた二人の影は次の瞬間離れ距離をとる。
そして互いに流れ滴るのは赤い雫、グリムジョーは左の肩辺り、そして一護は首筋の辺りから流れる血はどちらもの攻撃が相手を掠めた事を意味していた。
一護の一閃とそれと同時に放たれたグリムジョーの突き、一瞬の交錯の間に起った攻防は結果互角の傷を二人に与える。

最初の激突からほんの数秒間の攻防、その間に放たれたのはどちらともまともに受ければそれだけで戦いを決するであろう斬撃と爪撃の応酬。
睨み合う二人が放つ膨大な霊圧とそれらがぶつかり鬩ぎあう事で生まれる霊子の乱れによって空は悲鳴を上げ、だがそれでも二人の霊圧は留まるを知らずまるで混ざり高まるように空座町郊外の空を覆っていく。
その霊圧はまるで壁、いや二人を囲む檻の如くそして二人以外を拒むように空に満ちはじめていった。
片や人ならざるモノであり人の魂を喰らう存在破面、方や人でありながら死神の力を手にし、また今や虚の力すら自らの者にしつつある死神代行の青年。
檻に囲まれたのか、或いは檻をもって自らを隔離しているのか、どちらにせよ囲まれた者二人は既に“ 人 ”という大枠からは外れてしまった存在であり、それらの戦いに介入できるのは同じく“ 人から外れたもの ”のみ。

チラリと肩の傷を見やりクワっと獰猛な笑みを深くするグリムジョーと、首筋の傷に熱を感じながらも今一度刀を強く握り締める一護。
視線が再びぶつかりそれだけで肌が焦げる様な霊圧の高まりが二人から迸る。
既にこの二人の戦いに他者の入り込む隙間はなく、決着を見るための手段は二人による闘争以外ないだろう。
そして決着の時もまたそう遠くは無い、時はいつでも有限でそしてそれはどちらにも言える事なのだ。
化生と人を外れた者の戦い、僅かな間を置いたそれはまた再び交錯の時を見た。





――――――――――





「クッ! これは…… なんという霊圧だっ……!」


グリムジョーと一護の戦いが始まって直、朽木(くちき)ルキアはその戦場を目指し走っていた。
尸魂界(ソウルソサエティ)にて現世への破面侵攻の一方を受けたルキアは、共に修行を積んでいた井上織姫を尸魂界に残し現世の戦場へと急ぎ参じたのだ。
一月前、金髪の破面を前に何も出来なかった自分を悔やんだルキアはこの一月織姫と共に修行を積み、力を磨いていた。
その成果を、敵を前にただ退く事しか出来なかった自分を越えるために彼女は現世へと穿界門(せんかいもん)を駆け抜け、その先で思いもよらぬ霊圧を感じ取った。
黒崎一護、彼女の命を救った恩人でありまた彼女の友でもある青年の霊圧、一月前より一切の痕跡無く消息を絶った彼の霊圧が空座町の郊外で破面らしき霊圧と対峙している。
それを感じ取ったルキアは一も二も無くそちらへと駆けていた、問いただしたい事はそれこそ山のようにあった、何故黙って消えたのか、今まで何をしていたのか、そんなことがルキアの頭の中を巡りただそれ以上に彼女の内にあったのは、友を助けるという思い。

しかしそんな思いを抱える彼女は思いもよらぬ形でその足を止めた。
強烈な霊圧の波濤、上空から押しつぶすように広がるそれに地を走っていたルキアの足は止まってしまったのだ。
馬鹿げている、ありえない、そんな言葉が易々と零れ落ちそうになるほどルキアの眼に映り肌で感じる光景は異様であり、肌を焦すような意気もまるで他者が立ち入る事を拒んでいるかのような濃い霊圧も、彼女からすれば異常なもの。
何よりその異常な霊圧こそが、彼女の友である黒崎一護のものに間違いが無いという事が、ルキアにとって最も異常で異様なものだった。


(馬鹿な……! 一月、たった一月でこれほどの霊圧上昇などありえるものか!一月前の彼奴(あやつ)とはまるで別人ではないか…… 一護、貴様は一体この一月で何をしたと言うのだ…… )


ルキアの驚きも無理は無い。
彼女からすれば今の一護は彼女の言う通り一月前とは別人だと思わせるほど霊圧が上昇している。
一月の間を仮面の軍勢(ヴァイザード)等と共にし、戦い強くなる事に明け暮れた日々は彼の地力を上昇させるには充分であり、更に虚化の会得、そして今現在は斬魄刀との共鳴が今、飛躍的に一護の霊圧を高め、またグリムジョーとの戦いの中でそれは更に上の段階へと進んでいるのだ。
ルキアは一護の内なる虚について知ってはいるが、それを御す事で霊圧、身体能力の強化に繋がる事までは知らず、内なる虚を御した事で一護の斬魄刀本体が彼の力の中心に戻った事で共鳴が再び可能となった事も知らない。
故の驚き、禍々しい霊圧を放つ破面のそれを真っ向から受け止め決して見劣りする事無い霊圧を放つ友の姿は、ルキアにとっては驚き以外なかった。
だがだからといってその驚きでこれ以上足を止める事を彼女は良しとしない。
目の前では友が強力な敵と対峙しているのだ、自分が加勢する事で戦闘が優位になるのならばそれに越した事などありはしないと。



「止めとき、死神の嬢ちゃん。 アンタが行ったかて邪魔んなるだけや」



が、再び足を前に出そうとしたルキアに唐突に声がかかる。
驚き声のした方向を見上げたルキア、そこには民家の屋根の上に座る一人の男の姿があった。
金髪のオカッパ頭に白いロングコート、黒いシャツにネクタイを締め屋根の上で所謂ヤンキー座りの体勢でルキアに目もくれず半眼の気だるそうな視線を上空の一護らに向けるその男。
何より異様だったのはその男が今までルキアに一切気配も霊圧も感じさせなかった事ともう一つ、その男が手に握り肩に担ぐようにして持っている刀は明らかに“ 斬魄刀である ”という事だった。


「貴様…… 一体何者だ……! 」


視線のみでなく身体も屋根の上の男へ向け、言葉をぶつけると同時にいつでも刀を抜ける体勢を作ったルキア。
注意深く男を観察するも男は明らかに霊体ではなく器子をもっており、現世に住む人間となんら変わりなくしかし今もって感じる気配は熟達した戦闘者のそれだった。
突如として現われたかのような男に険しい表情を向けるルキアだったが、男の方はやはりルキアに一瞥もくれる事はない。


「何者だと訊いている! 」

「うっさいのぉ…… 誰でもエエやろ、こっちはアンタが一護の邪魔せんように話したくも無い死神に話しかけてんねや、判ったらそこで大人しゅうしとけ、ボケ」

「なっ! ふ、ふざけるな! お前は一体何者なのだ!何故死神ではない貴様が斬魄刀を持っている!いや、それ以上に貴様何故一護の名を知っている!」


答えない男に再度強く詰問するルキアだったが、男はやはりルキアに視線を落とす事無くうるさいと断じて取り合う心算も無いといった様子。
最後に自分を馬鹿にするような台詞を投げ付けられたルキアはあまりに事に一瞬面食らうが、それ以上に男の口から友である一護の名が出たことに驚きと懸念を感じていた。


「はぁ…… ホンマにヤイヤイとやかましい死神やのぉ。幾ら訊かれたかて俺が答える思てんのか? アホらし…… ま、ほんでも一つだけ答えたるわ、俺が一護の名前を知っとんのはなぁ…… 一護が俺らの“ 仲間 ”やからや 」

「仲間…… だと……? 」

「ま、そんな事かて今はどうでもエエ事や。 俺はアンタが一護の“ 邪魔さえ ”せんでくれたらそれで満足やからなぁ」


ルキアの畳み掛けるような詰問に溜息を零した男、訊かれたからといって答える訳が無いだろうと飽きれを含んだような口調で話す男だったが、ルキアの問いのうち一つだけには明確に答えを返した。
一度も向ける事がなかった視線をジロリとルキアに向け、ニヤリと見下ろすようにして男はルキアに言ったのだ、一護は“ 自分の仲間 ”だと。
それにルキアはただオウム返しに言葉を返すだけだった、彼女は男が何を言っているのか理解出来なかったのだ。
何故なら一護は彼女の友でありそして彼女等の仲間なのだから、と。


「戯けた事を……! それに先程から私が一護の邪魔になるというのはどういう意味だ!」


僅かな動揺を誘った男の言葉、それを妄言の類だとして自らのうちで切り捨てたルキア。
疑念すら討ち払うようにその言葉を振り払うと、ルキアは男が先程から再三口にする“邪魔”という言葉に食って掛る。
それが先の話題から話を逸らそうとしている事は彼女自身理解しているのだろう、それでも友に僅かでも疑念を抱いてしまった事の後ろめたさはその理解を思考の端へと追いやっていた。
だが男はこのルキアの言葉に一つ笑い声を上げて答えた。


「カッ! 笑かしよるわ。 アンタ本気でそれ言うてんのか?よう見てみぃ、アンタあそこで本当に自分に“ 何か出来る ”…… とでも思てんのか? 」

「貴様何を言ってッ! くっ! 」


それはどちらかと言えば失笑とさえとれる笑い声だった。
まったくもって判っていないと、この場に立ち先ほどからあの光景を眼にし、その肌で感じているというのにまったく理解していないと。
自らを否定する真実から眼を背けることで己を支えようという甘さ、友である、仲間である、そう思うからこそその眼に真実は映らない。
男の言葉の裏に見える感情はルキアに対するそんな考えに満ちているのだろう。
辛辣さを感じさせるその言葉は、男の歩んできた道からくる死神への悪感情故なのだがそれを知る事はこの場でのルキアには叶わない。
ただ男の言葉を否定する叫びを上げようとするルキア、しかしその言葉は彼女を襲った強烈な霊圧の爆発によって遮られ、あまりの強さと禍々しさに彼女は無意識にそちらへと手をかざし眼を細めた。
いや、無意識にその霊圧に怯え“ 身構え身を守って ”しまったのだ。


「それや。 アンタはあの二人がただぶつかった“ だけ ”の霊圧の余波に耐えなアカン。そんなんであそこで何が出来る言う心算や?あそこに立ち入る資格がアンタには無い。 よう見てみぃ、破面の…… それも十刃(エスパーダ)っちゅうののレベルもアンタみたいな“ 普通の死神 ”がどうこう出来るもんと違う。それ相手に一護はよう怯まん。 ……判るか?一護はもうアンタ等死神とは“ 別の次元 ”に居るんや」

「ッ! 」


冷酷ですらある言葉はしかしどうしようもない真実を射抜くもの。
上空の戦い、その片割れである破面の解放が先の霊圧の爆発的上昇とそれが一護の霊圧とぶつかる事で生まれる衝撃波の原因。
一瞬の静寂の後再び始まった両雄の激突はその余波だけでも常軌を逸したものだった。
眼に見えない激突の衝撃は波となって周囲へと波及し、この空座町がもし重霊地という名の霊的特異点でなければとっくに耐えられない程の霊子の乱れを当たりに巻き起こす。
一護の刀は黒い尾を引きながら振るわれ、それを幾度と受け止めて尚致命傷に至る傷を作らぬ破面と、人や死神に関わらずその身を容易く両断し肉塊に変えてしまうであろう強烈な蹴りや突きを紙一重で避わしざまに血を見せながらも時に受け止めてでも戦う一護。
ルキアの眼に映るその光景が、肌に感じる霊圧が、そして男の言葉が、彼女に真実を告げていた。

一護は、既に彼女とは別の次元に立っていると。

決定的とも思える実力の差、そしてこの一月がまるで無意味だったかのような感覚、ルキアの胸中に浮かぶ悔しさにも似た感情。
そしてもう一つ彼女の心に刺さったのは男の言った“ 普通の死神 ”という言葉だった。
義理の兄は尸魂界有数の大貴族の長でありまた護廷十三隊の隊長、共に死神を目指した友人は今やその兄に次ぐ立場の副隊長、所属する隊の隊長からも目をかけてもらい更には図らずも現世でそれはもう多種多様な人物と知己を得、何よりも現世で最も深く関わった人物は目の前で化物の如き破面と渡り合っている。
ルキアが出会いそして縁を結んできた人物達は良くも悪くも“ 特殊で特別 ”と言える人物ばかりであり、その中で傑出した才を持たない自分はなんと凡庸な事かと心の片隅で考えていた彼女にとってこの言葉は心に突き刺さるものだった。

無論これは彼女の考え過ぎでしかない。
彼女がもし平凡で凡庸で傑出した才を持たない死神であるとするならば、今彼女はこの場に立って居る事すら出来ないだろう。
既に上位席官に相当する実力を兼ね備えているルキアではあるが、周りをそれこそ非常識が人の形をしたような隊長格に囲まれていてはそれを自覚する事など出来る筈も無く。
戦って経験を積む機会も力を伸ばすため師事する相手にも、残念な事に恵まれなかった彼女には自分が彼らに比べ劣り、また凡庸であると考えさせるには充分なものがあったのだろう。

故に目の前で繰り広げら得る光景のその中を縦横無尽に駆け抜ける友の姿は、何処までも遠いのだ。


「クッ! では……では私はどうすれば良いのだ…… 彼奴が敵と戦っているというのに私は彼奴の為に何も出来ないというのかっ!ならば…… ならば私はこの一月、一体何の為に…… 何の為に……! 」


悔しい、口惜しい、俯き強く唇を噛むルキアの拳は強く握られていた。
一月、いつ襲い来るかもしれない破面に対し対抗し打ち倒すために力を磨いた一月。
ちょうど一月前、あの金髪の破面に対し何も出来なかった自分を恥じ、次こそはと力を磨いた一月、それは一体何の為だったと。
何も変わっていない、敵を前にし自分に今出来る事は、あの時と同じようにただ強く拳を握り締めること以外何もないと。
自分はただの足手纏いだ、と。


(なんや辛気臭いのぉ…… ヘコむんやったら余所でやれっちゅうねん。 …………あぁもう! しゃぁないのぉ )


不様だと、自分の姿を思いながらそれでもこみ上げるものを必死に我慢するルキア。
そんなルキアの雰囲気を察してかそれとも近くでこんな雰囲気を出されては気が散るとでも思ったのか、死神嫌いの屋根の上の男は我ながら甘い事だと内心自らに毒づきながらも、視線を今尚続く一護とグリムジョーの戦いに向けたままでルキアにこう告げた。


「下を見とってもなんにも変わらん。 下向いて見えるんは立ち止まっとる自分の足だけや。そんなもんに意味なんぞ無い、それともアンタはそうやって、立ち尽くしたまま終わる心算なんか?」


俯く背に降った言葉にルキアはハッとした。
何も変わらないと、俯くことでは何一つ変わらないと。
その眼に映る立ち止まり立ち尽くした足を見ていたところで、何も変わりはしないという男の言葉は今のルキアそのものだった。
そして男は言うのだ、お前はそうして立ち尽くしそのまま終わるのかと、友が見せる懸離れた実力の差に、凡庸である自分の力に、それらに絶望し立ち止まるのかと。


「上見てみぃ、あそこで必死こいて戦こうてる甘ちゃんのお人よしはなぁ、男の癖に小っさい事で悩んで立ち止まって…… そんでも絶対に“ 立ち尽くす事は無い ”。アイツのホントの強さは霊力や霊圧の大きさちゃうねん。アンタがアイツの…… 一護のダチや言うんなら判る筈やろ?アイツの強さが何なのか、そんでアンタが今、何をすべきなんかが……なぁ」


そう、男が語る一護の強さ、それは例え立ち止まったとしても決して立ち尽くす事の無い心の強さ。
ルキアが知る黒崎一護という男は、己が内にある恐怖と戦うことが出来る強い心を持った青年。
時に悩み苦しみ、しかしその苦しみから眼を背ける事無く立ち向い固めた決意を貫き通す心の強さ、それがあるからこそ今一護はこれほどまでの力を振るっているのではないかと。
そして男の言葉は言外にルキアに問うのだ、そんな彼の、黒崎一護を隣で見てきたお前は立ち尽くすのかと。
一護の強さは心の強さ、例え霊力も霊圧も何もかもが彼に劣りまた凡庸であるとしても、お前の心の強さは一体誰が決めるのか?
誰とも比べられず誰にも測る事が出来ない以上、それを決められるのはおまえ自身、そしてその己の心の強さを持って今お前に出来る事を考える事こそが、例え共に戦う事が出来ずともお前のすべき事なのではないのかと。


「……かたじけない 」

「ハッ! 何処の誰とも敵とも味方ともつかん相手に頭下げるなんて気が知れんわ。これやから死神はキライやねん 」

「なんと言われようとも、例えこのまま斬られたとしても私に後悔はない。危うく私はもう二度と、友と正面から向き合うことが出来なくなるところだったのだから」


懐から出した携帯電話のようなものでどこかと通信をとった後、屋根の上の男へと向き直り頭を下げるルキア。
戦場で、しかも見ず知らずのそれこそ敵かも知れぬ相手に対するそれは愚行でしかない。
男の方もそう思ったようで信じられんと馬鹿にしたような物言いで返すが、顔を上げたルキアに後悔の色はなかった。
男から視線を外しそれを上空へと向けるルキア、そこでは未だ別次元の戦いが繰り広げられ、黒と蒼の光の筋がときに交差しときにぶつかり弾きあいながら縦横無尽に空を駆け巡る。
ルキアに出来る事は今戦う事ではなく友の戦いを見届けること、友の勝利を信じ待つこと、一護を信じることだけ。
どれ程力が隔たろうとも、どれ程異質な力を手にしていようとも、黒崎一護という男の根本が変わっていないのならば信じると。
戦いが終わって後、生きて自分達の下へ、仲間の下へ帰ってくることを信じるのみだとルキアは決めたのだ。
壮絶な戦いをその眼に映しながらルキアの瞳に悲壮感はない、ただ信じるという強い心のみがその瞳には浮かんでいた。

そんな彼女の様子をほんの一瞬チラリと横目で確認した屋根の上の男は、内心で軽く笑うとルキアの存在を隅へと追いやり戦いを注視する。
一護の剣はよく奔り鋭さは目を見張るものがあるが、敵の破面も然る者で一見粗野にさえ見える攻撃も敵を殺すという点に措いてはこれ以上ないほど合理的な側面を感じさせている。
だが今もって戦況だけを見ればどちらに傾いているとは言えない状況ではあるが、それ以外の部分を鑑みればその評価は適切ではない。
空を見上げる男の表情は先程よりもほんの少し険しいものになり、その視線が捉えているのは主に一護の方だった。


(何をやってんねん一護の奴。 幾ら一月で虚化が30秒越えとる言うても、お前は着け外し出来へんねや。それやのに“ そんな戦い方 ”しとったら…… 甘ちゃんにも程があるわッ )


男の視線の険しさは即ち苛立ち。
解放した破面 グリムジョーを相手に虚化という底上げを行い対等に渡り合っているとはいえ、一護とグリムジョーでは決定的に違う部分がある。
それは男だけでなく一護自身も嫌と言うほど理解しているだろう、だがだからこそ今の一護の戦い方に男は苛立ちを覚えていた。
何を考えているかは大方予想はつき、一護という人物を考えればそれはある意味彼らしいとも言えるのだがしかし、それは相手には何の関係もない話。
更に言えば強力な敵を前にしたとき、そんなものに気を取られながら戦う事は自らの首を絞めることにしか繋がらないのだ。


(そんなもん気にせんでエエ。 今は余計な事考えんと目の前の敵だけに集中せぇ一護、せやないとお前…… ホンマにここで殺されてしまうで…… )










――――――――――










「ハァア!! どうしたよ死神ィ! 動きが鈍いぜ!アァ!? 」

「ぐっ! 」


大上段から瞬きの速度で振り下ろされる踵落とし、強烈などという言葉が生易しいような威力のそれを一護はもろに肩に受け、一護は小さなうめき声を零し一直線に下へと落下した。
地面へと激突する寸前、無理矢理に体勢を立て直し激突を避けた一護だったが、その姿は仮面を付けているというのに疲労が伺える。
息は荒く肩はやや大きく上下し、そして仮面から見える眼も険しさを増していた。
解放後のグリムジョーの力は凄まじく、斬ったとしても傷が浅く致命傷には程遠いものばかりで彼の勢いを殺す事は出来ず、何より先程からグリムジョーの攻撃は少しずつではあるが深く当たり始め、今ついに直撃らしい直撃を受けた一護。
ここに来て見え始めた差は、ある意味この戦いに措いて決定的なものに成程大きいものだった。


(はぁ、はぁ、はぁ…… くそっ! もう“ 時間が無ぇ ”…… )


息を整えても意味が無いほどの疲労、それを感じながら一護は刀を構える。
そう、彼に残された時間は有限であり、その時は刻一刻と迫っているのだ。
虚化、一護がそれを維持していられる時間は最大31秒、それを過ぎてしまえば仮面は砕け虚化の強化は終わり、仮面を術者自らが外すのではなく時間超過によって砕けてしまった場合は、大きな力の反動は全てその身に降り注ぐ。
そうなってしまえばもう一護に勝ち目は無い、故に一護にも焦りの色が見えるのは仕方が無かった。

僅かに息を整え再びグリムジョーへと目掛け突撃する一護、そしてグリムジョーと攻めかかるとその周りを残像がハッキリと残るほどの超戦速で駆け回り、前後左右上下の全てをたった一人で取り囲んだ。
グリムジョーも周りを駆け回る一護目掛けて攻撃を繰り出すが、ここへ来て限界を超えるほどの戦速をたたき出す一護を捕らえる事は出来ず、舌打ちを零しながらもその爪で残像を引き裂いていく。


(ッ! ここだっ!! )


グリムジョーの反撃すら掻い潜り彼の周りを縦横無尽に駆けた一護は、グリムジョーの一瞬の隙をついて攻めに転じた。
上空に立つグリムジョーの背後やや斜め下辺り、下段に構えた刀には渾身の霊圧が込められ刀身からは黒い奔流が迸り解き放たれるときを既に待っている。
如何に相手がグリムジョーとて無防備の状態で至近距離からこの一撃を受ければ傷は浅くはすまないだろう。
決着、そんな言葉が一護の頭を過ぎった瞬間その声は響いた。



「止めぇ!! 一護!! そいつは“ 読まれとる ”!!! 」



だがその響いた声に一護が反応するよりも早く事態は動いた。
眼前に突如として伸ばされる掌、それは間違いなくグリムジョーのものであり彼の顔には野獣が命刈り取る瞬間に見せる勝利と歓喜が浮かんでいた。
伸ばされた掌に瞬時に収束されるグリムジョーの霊圧、それは掌に集まるにつれ水浅葱色から深く暗い色へと変化し、ついには漆黒へとその色を変える。
漆黒となった霊圧は通常の虚閃とは比べ物にならない霊圧を内包し、一護はそれが何故か自分が持つ唯一の技である月牙に見えた。




「テメェが“ 町を壊さねぇよう ”に戦ってんのはバレてんだよ。その為にテメェが下から撃ち上げるようにしか攻撃できねぇのもなぁ! ……クソが! 俺相手に何処までも舐めた真似しやがって…… だがこれで終いだ死神ィ! 喰い散らせぇ!黒虚閃(セロ・オスキュラス)!!!」



そう、一護は常に考えていたのだ、戦いの最中でも常に町に被害が及ばぬようにと。
自らが放つ攻撃は上空へと抜けるようにし撃ち下ろすことはせず、グリムジョーの攻撃もまた危ういものは避けられたとしても防ぎ受けるといった様に。
護るために戦うと言った一護にとってこの空座町もまたその対象、そこに住む大切な人の大切な場所なのだと。
だがそんなものは戦いの中では不用で無意味な事だ、現にグリムジョーは戦いの最中それを見抜き罠を張り待ち構えそして見事に一護はその罠にかかった。

放たれた黒い閃光は易々と一護と彼の月牙を呑み込み、それでは飽き足らず空座町の町の一部すら一瞬にして焼き払った。
それはまるでグリムジョーから一護への意思表示、いくら何かを護ろうと戦っても結局何も護れはしない、護りたいと思うものに足をとられ腕を掴まれ、敵を前にしても自由に戦うことすら出来ないと。
斬る、倒す、そんな言葉を使う時点でお前は既に敗北者なのだと、敵対する者に差伸べるべきは、僅かな慈悲も無い振り上げた刀か毒の杯以外ありはしない。
敵を、邪魔する者を皆殺しにする以外、誰も何かを欲することなど許されないのだと。

自らの黒虚閃を受け、力なく墜落するように地面へと落ちていく一護の姿を見下ろすグリムジョー。
落ちていく最中に一護の髑髏の仮面は砕けて霧散し、卍解のコートは破け肌には傷を受けた瞬間に焼かれたような痛々しい傷が無数に見えていた。
墜落する一護、そんな彼の後をグリムジョーはゆっくりと追った。


彼の、黒崎一護の命を完全に刈り取るために……



「ハッ! だから言ったろうが、テメェにゃ誰も護れやしねぇ……とヨォ!」












全ては唐突に

終わり

そして

始まる……










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.85
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/08/10 00:52
BLEACH El fuego no se apaga.85










一瞬の黒い閃光、その直後大地は揺れた。
圧倒的という言葉が何処までも似合いの力の奔流は大地に降注ぎ、そして焼き払う。
大地に根付く木々や草花、街並、そこに確かにあった営みの証をあまりにも容易く。
唯の人間にとってそれらは何の前触れも無く訪れた天災に他ならずしかし、それは天災ではなくそして人災ですらない。
そう、いうなれば“ 悪意 ”だろうか、天の災いでも人の過ちでもないそれは人の形をした人ならざる化物の手から放たれた悪意、他の命など顧みることを知らずただ己の欲望と衝動に従い敵を殺さんとする悪意の光り、降注いだその名を『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』、十刃が解放状態でのみ放つ事が出来る最上級の虚閃。

それを至近距離で受け今まさに空から地上へと墜落するように落ちていく一護、卍解のコートは無残に破れ顕となった肌には熱傷を刻まれた彼。
墜落の直後纏わりつくようだった濁った霊子の白い煙を置き去りにして落ちるその姿に先程までの溢れるような力強さは感じられず、重力に身を任せるようにして力なく落下していく。

そしてその顔に最早、虚の仮面は欠片も残っていなかった。

頭を下にしたまま落下していく一護は、受身すらまともに取る事無く街の一角へと墜落した。
激突音と僅かに立ち上った砂煙、意識があるのかないのか定かではないその眼はどこか虚ろ。
先程まで漲るその力の全てを発していた身体は今や見る影も無く、それら全てを根こそぎ持っていかれてしまったかのようなその姿をして先程グリムジョーが放った攻撃、黒虚閃の威力を如実に語る様ですらあった。

最早指一本動かせない、そんな様相すら感じさせる一護の痛々しい姿、根本的な力の差、種族の差かそれとも戦いに対する捉え方の差、挑む心構えの差かはたまた時の運か天命か、それら全てをもってしても戦いの過程を語る事に意味は無く、ただ純然とした結果だけが今現実として広がる。
突きつけるように、或いは見せ付けるかのように。

そして何より非情なのはこの現実が未だ“終わりではない”という事だろう、墜落し力なく倒れるような一護の近くに舞い降りた人影。
荒々しさを感じさせる長い水浅葱色の髪を僅かに靡かせ、獰猛な瞳で倒れ伏す一護を見下ろすその人影グリムジョー・ジャガージャック、そう彼にとって今倒れ伏す一護の姿は終わりには、決着にはまだ程遠い。
何故なら彼は、一護は未だ“生きている”のだから、グリムジョーにとって戦いの終結、決着とは須らく敵対者の命を奪う事、過去数度の例外を除いてその他全て、数え切れない戦いを越えてきた彼の決着の光景は自らの爪と牙を敵の血で濡らす事だけなのだ。

一歩一歩一護へと近付くグリムジョー、その歩みに淀みはなくまるで無警戒とも取れるような歩みは一重に彼の絶大な自信によるもの。
例えここで一護が突如として起き上がり全力で彼に斬りかかったとしても彼に驚きは欠片も無く、完全に迎え撃ち凌駕する事が出来そして己が勝利するであろうという自らへの絶大なる自負、己を疑わない事こそが強固な精神を創り上げ、揺れない精神はグリムジョーに更なる力を与えるのだ。
一護へと近付くグリムジョーは遂に一護のすぐ傍、あと一歩で倒れる一護の頭蓋すら踏み砕くことが出来る距離にまで近づいた。
そこに至りグリムジョーは一度立ち止まると数瞬の間黙ってただ一護を見下ろし、そして次の瞬間倒れる一護の腹部を“強かに蹴り上げ”た。

何の遠慮も無く、そして何の感情も浮かべずにただ瓦礫諸共一護を蹴り上げそして蹴り飛ばしたグリムジョー。
それに何の抵抗もまして防御も無く蹴り飛ばされた一護の身体は数十メートルを容易に飛び、まるで水切りをする小石のように二、三度跳ねると道路の真ん中でうつ伏せになって止まった。
あまりに痛々しいその光景、何の抵抗も見せず自分の領域に踏み込ませた敵を慈悲の欠片もなく蹴り飛ばしたグリムジョー、これが虚、これが破面、慈悲などというものを求めるほうが間違っているとでも言わんばかりの無慈悲なる一撃。

だがグリムジョーの一撃を受けても尚一護は目覚める気配は無く、それを見届けたグリムジョーは小さく舌打ちをすると再び一護へと無遠慮に近付くとまたしても強烈な蹴りを見舞う。
再び蹴り飛ばされた一護の身体はまたしても力なくなすがままの状態で飛ばされ地面へと激突して跳ねると、今度はまるで磔にされたかのようにマンションのコンクリートで出来た壁に激突して止まった。
壁はいとも容易く崩れその瓦礫に僅か埋まるようにして止まった一護、それでも目覚める事がない彼の前にグリムジョーは飛び上がりそして見下ろすようにして空に立つと、しゃがみ込んで一護に顔を近づけた。


「どうした? まさか本当にアレで終いか? 死神ィ…… そんな筈は無ぇよなぁ? こんだけ蹴り飛ばしても意識は戻らねぇクセに、握った“刀だけは放さねぇ”んだ。当然まだやる心算なんだろう? 」


黒虚閃を受けて尚、力なく大地へと墜落して尚、強かに蹴られ地を跳ね削り激突して尚、一護の手に握られた刀。
意識など無くしたままでそれでも強く強く握られていた一護の手、その手に握られた誰よりも近しい彼の理解者。
グリムジョーが見落とさなかったたった一点の意思、まだ折れていない、発露を見ていないのみでまだこの男の意思は折れていないと、それを知らせるに充分だった刀、握られた戦う意思。

グリムジョーにとってこのまま一護を殺す事はあまりにも容易い、だがそれでは面白くない。
ウルキオラの言を借りればこれは無駄であり、彼が先の現世侵攻に措いて一護を“殺し損ねた”一因と言えるだろう。
しかしだからといってグリムジョーにウルキオラの言う通り動いてやる義理は無いのだ、今のグリムジョーにとって一護はただの獲物ではない、一護は彼と、フェルナンドと同じ眼で彼を見据え、その意思を彼に向けた存在。
彼にとって我慢ならないその眼、そしてその眼を向けた者への完膚なきまでの勝利がグリムジョーの中では必要なのだ。
幾度でも立ち上がり限界を超えた力で挑み来る敵、それでも自分がその全てを凌駕して勝つ、グリムジョーの中ではそれでこそ証明される絶対的な力の存在があり、故にこのまま一護の命を奪う事を彼はしない、例えここで一護を取り逃がしもう一度ウルキオラに殺し損ねたと言われようとも、グリムジョーには一護を完璧な状態で完膚なきまでに倒す理由が出来てしまったのだ。

故に彼は今、どんな手段をもってしても一護の力を引き出そうとしていた。


「……どうしてか判るか? どうしてテメェが刀を放さねぇのかが。 ……それはテメェは刀を放さなかったんじゃねぇ、“放せなかった”んだ。お前は戦いたがってる、いや、“戦うことしか出来ねぇ”。テメェの意思を通す手段を戦い以外に知らねぇテメェは、一生その刀を手放せやしねぇ。護るなんてのは“口実”だろう? 何かを護ると言ってれば戦いに事欠く事は無ぇからなぁ…… それとも何か? テメェはその力全部と引き替えに誰かを護れるとしたら、アッサリそいつを手放せるってのか?」


一護の手にしっかりと握られた戦いの意思、それを指してグリムジョーは言う、お前はそれを手放せないと。
自分という存在を、その意志を通す手段をそれを持って戦う以外に知らないお前はそれを一生手放せないと。
護りたい、そんなものは口実に過ぎず全ては戦いの意思を、刀を振るい戦いの渦の中に一生その身を置いていたいだけなのだろうと。
お前は俺と同じ、戦いを取ったら何一つ残らない存在で、何一つ残らないが故にお前は戦いによって全てを構成され故に戦いの道具である刀を、自分以外の誰かを切り殺す為だけの武器を手放せないのだと。
そう、グリムジョーは呼び起こそうとしているのだ、意思、理性という箍が働かないからこそ今ここで、強烈で強固な黒崎一護という精神が押さえつけ御しているであろう“戦いの本能”というものを。


「そんなもんはあり得ねぇ! そんな馬鹿げた話はなぁ!テメェの力も俺の力も、 全ては自分の為だけのもんだ!誰かの為にだぁ? 笑わせやがる! 自分で自分を護れないやつは死ねばいい!自分の為に敵を殺せない奴は殺されればいい!虚圏も現世も尸魂界も何処だろうとこれは変らねぇ!!」


一護の頭を鷲掴みにして引き寄せ、その虚ろな眼を睨みつけるようにして叫ぶグリムジョー。
叫び呼びかけるのは黒崎一護であって黒崎一護ではないもの、グリムジョー・ジャガージャックがその身のうちに荒ぶる獣を住まわせるのと同じように一護にもまたそれがいるという彼なりの直感。
それが何なのかは今は関係ない、今はただ直感したそれに向かって彼は叫ぶのだ、戦え、殺せ、壊せと、己のかたちに従えと。
ただの黒崎一護ではもうつまらない、普通の、死神代行としての黒崎一護では呆気なさ過ぎるとさえ言いたげなグリムムジョー。
まだあるのだろうと、まだまだ何かあるのだろうと、それをみせろ、みせてみろ、それを壊してこそ、それを凌駕してこそ俺の勝利でありお前の死だと彼は叫んでいるのだ。


「 それだけが真理だ! 殺される前に殺せ!邪魔な奴は殺して殺して殺しつくして進み続ける!己の生きた証はそれ以外には存在しねぇ!テメェも同じだ死神ィ。 邪魔な奴は殺すしかねぇ、俺をここで殺さねぇ限りテメェは前に進めねぇ!!テメェは敵を斬る事でしか進ねぇ! 敵を殺すことでしか自分を通せねぇ根っからの戦闘狂なんだよ!この俺と…… 俺ら破面と同じなぁ!! 」


狂気に満ちた叫び、一方的でありしかし彼にとって紛れも無い真実の在り様。
グリムジョー・ジャガージャックという破面の根幹を成す戦いへの欲求と勝者の理論が、虚ろな一護に突きつけられる。
その在り様に何一つ恥じる事は無く、その道に何一つ疑いは無く、誰に後ろ指指されるものでもないそれは故に真理であるとするグリムジョーの叫びは、一護の奥底に無遠慮に入り込み大音量で響き渡るのだ。

殺戮こそがお前の本当の在り様、俺と同じようにと。




「うっさいねんボケ。 さっさとその手ェ…… 放さんかいっ!」




言葉よりも先に振り下ろされたのは刃、警告ではなく腕を斬り飛ばすためのその一撃は寸前で避わされた。
支えを失った一護の身体は再び投げ出されるように瓦礫に倒れ、今まさに腕を斬られようとしていたグリムジョーはその場を飛退き、その二人の間に立つのは金髪オカッパの男、平子真子。
一護と同じ虚化を使う無法の集団、仮面の軍勢(ヴァイザード)のリーダー、二人の間にたった真子はいつも通りのやや猫背な姿勢ででチラと一護の姿を見た後、その視線をグリムジョーへと向けた。
そしてその後を追うようにして現われたのは先程まで真子と共に戦いを見守っていた朽木ルキア、彼女は真子とは違いグリムジョーに目もくれず傷ついた友を眼にすると彼の名を叫びすぐさま駆け寄り、傷や意識の有無を確認する。
グリムジョーの方はといえば突然の乱入者が現われたというのに慌てた様子も驚いた様子もなく、寧ろ「ハッ!」と小さく笑うと不敵な笑みを浮かべ、彼と一護そしてルキアの間に立つ真子を見据えていた。


「俺の仲間をまぁ随分と好き勝手いてこましてくれたのぉ、破面」

「仲間だぁ? ならテメェはそのガキが“護りたい”とかぬかしてる奴の一人、ってことか…… 」

「ハン! そんなもん知らんわ。 にしても…… 俺の刀なんぞその鋼皮(イエロ)っちゅう外皮で防げんねやろ?それをビビッたみたいに避けるやなんて、お前ホンマは見掛け倒しの臆病者ちゃうか?正直ちょっと幻滅やで 」


普段のやる気の無い様な半眼ではなく幾分険を顕にし、グリムジョーをねめつける様な真子の威嚇を込めた視線と、低い声をしかしグリムジョーは不敵な笑みを浮かべたまま軽がると受け止めていた。
その様子を見てかグリムジョーの言葉を受けてか真子は普段のように相手を煙に巻くような言葉で返すが、その中に相手の神経を逆なでする様な言葉を織り交ぜたのは怒りからか或いは冷静な思考からかは判らない。
ただ言える事はこの言葉は今の研ぎ澄まされたグリムジョーにあまり効果をもたらさなかった、という事だけだろう。


「安い挑発だな、あァ? 余裕が無ぇのが透けて見えるぜ…… だがまぁいい…… 」


見え透いている、グリムジョーのその言葉に真子は内心舌打ちをした。
彼にとってこの戦闘介入は本意ではなかった、成長した一護の実力と前回までの敵の戦力を鑑みれば今回はギリギリだが一護に歩があると踏んでいた真子、その予想通り戦局は一護の優位に進み敵が帰刃(レスレクシオン)した後もある意味五分の戦いを繰り広げていた。
だがしかし真子にも見誤っていた事はあったのだ、一つは敵の戦闘力、帰刃による戦闘力の上昇は倍掛けどころか二乗にすら思えるほどでありなにより真子にとって誤算だったのは一護、如何に彼の強さが心の強さに起因しその想いが護ることであるとしても、それに囚われるあまり戦闘に集中しきれないなど考えもしなかったのだ。
結果一護は敵の常軌を逸した一撃によって討たれ、真子はこの戦闘に介入せざるを得なくなった。

正直なところ真子にとってこの戦闘、勝ち目が無い戦いではない。
先のどの挑発も敵が乗ってくれば儲けもの程度でそれ自体が重要な因子ではない、戦って勝つ事が出来る、その勝算が充分見出せるだけの“切り札”が真子には存在しているのだ。
だがしかし、それには重大な問題点がある。
それはこの戦いで“切り札”を使ってしまうという事は、彼にとって悲願とも言うべきものの達成の可能性を限りなくゼロにしかねないという事、この戦いは決してこの場この時だけのものではなく、この戦いは尸魂界そして虚圏側も当然感知するところであり、ここでその切り札を切ってしまえばそれはもう切り札たり得ないものに成り下がってしまう。
だがここで一護を失う事もまた彼の悲願成就にとって大きすぎる痛手でもあるのだ、優先順位などつけようが無い問題、グリムジョーを前にした真子には今それが圧し掛かっていた。


(チッ! どうしたかてコッチはジリ貧かい。ラブ達には連絡取ったが…… いくら虚化したかて足手纏い抱えて逃げ切らせてくれるほど敵も甘ぁ無い。せめて一護のヤツだけでも動ければ別やが無いもんねだりや…… クソッ! “見せたなかった”が晒すより他ないんかい……!)


どう考えたところで現状真子を囲む状況は袋小路だった。
自分一人だけならば何とかなる、援軍も既に呼んであるし虚化すれば到着までの時間は充分稼げる、だが後ろにいる二人を護りながらとなれば状況は激変するといえた。
正直死神の少女がどうなろうと真子の知ったことではない、だが見捨てた事を一護に知られれば今後の不興を買う事は間違いない、いやそれで済めば御の字でありほぼ間違いなく彼は真子の下を去るだろう。
そうなってしまえば彼の悲願は水泡に帰す、それは避けねばならない以上真子は一護、そしてルキアを護らねばならないのだ、グリムジョーを敵に回したこの状況で。
事ここに至って真子は一護を生かすため自分の“切り札”の使用を覚悟していた、正直こんなところでそれを見せる心算は毛頭なかったが背に腹は変えられない、そんな考えが過ぎった直後前方に立つグリムジョーから一段と濃い殺気が噴き出した。



「まぁいい、いや好都合か? テメェとその死神の女、両方揃って“目の前で殺して”やれば…… そのガキも目ェ覚ますだろうが!! 」



やはりとも言うべき状況、グリムジョーの意識は真子には欠片も向いておらずその全てはどうやって一護を目覚めさせ戦うかに集約されていた。
そして真子とルキアは彼にとって生贄、目の前で胴を裂きはらわたを引きずり出しその血を浴びせ掛ければ幾らなんでも目を覚ますだろうと、護りたい、大切だと言っていた者を目の前で殺してやれば目を覚ますと、黒崎一護にとってもっとも残酷であろう光景を見せ付けることで覚醒させるのだと宣言するグリムジョーの言葉。
要は目覚めさえすればいいのだ、グリムジョーにとって重要なのは一護が目覚めその手に握った刀で自らに斬りかかって来るという結果、その目覚めが怒りであれ悲しみであれなんであれ関係など無い、重要な結果さえもたらされれば彼はそれでいいのだ。
自らの欲望、それを満たすという忠実な欲求に従えればそれで。

結果、目的の為に手段は選ばない、そんな至極当然な選択が真子とルキアを窮地に立たせていた。







「そこまでだ。 グリムジョー…… 」






その声が静かに響くその時までは。










――――――――――










「クソッ! クソッ! クソクソクソクソクソォ!!何なんだよお前はぁぁ!! 」


苦々しげな叫びか木霊していた。
叫び声の主は破面No.7 第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ルピ・アンテノール、小柄で幼くか弱くすら見える少年のような姿の彼に今やその面影は無い。
それは彼が自らの斬魄刀『蔦嬢(トレパドーラ)』を解放し帰刃したために姿形が変わっている、という為でもあるのだがそれ以上にか弱い少年の様相を失わせているのはその憤怒に染まった鬼の如き形相のせいだろう。
蔦嬢、上半身を覆う鎧とその背に形成された大きな円盤から生える八本の触手による全包囲攻撃または一対多での戦闘に真価を発揮するルピの本当の姿と能力、触手自体の能力も多彩であり使い方次第では一人で戦場を易々と掌握できるほどの力を秘めたそれを発動しているというのにルピの顔は圧倒的力に酔う愉悦の表情ではなく苦さと怒りに染まったものになっていた。


「いや~。 何なんだ、と言われましても、さっきも言った通りアタシはしがない駄菓子屋の店主ッスよ」


憤怒、恥辱、そして憎悪に燃えるようなルピの言葉に答えるのは随分とあっけらかんとした声。
目元が隠れるほど深く被った縦縞の帽子、癖のある金髪に若干の無精ひげ、服装は甚平と黒い羽織に下駄という至ってラフな格好の声の主は浦原喜助(うらはら きすけ)、彼の言う通り現世に措いては駄菓子屋の店主でありまた霊的商品を非合法に扱う闇商人、そして過去には護廷十三隊十二番隊隊長及び同技術開発局初代局長という仰々しい肩書きを持っていた男である。

一護とグリムジョーが戦う戦場と街を挟んで反対側で戦っていた冬獅郎達先遣隊、その戦闘が始まると同時に浦原は現場へと急行し、死神側が劣勢と見ると即座に戦闘へ介入した。
死神側は冬獅郎、一角がこう着状態、しかし乱菊と弓親は解放したであろう破面の触手に囚われそれに締め上げられており、急を要する状態であったため浦原は彼ら二人を締め上げる触手を斬り飛ばし、そのまま下の林に落下させると触手を操る破面ルピの前に立った。
冬獅郎が相手をしていた破面ヤミーは浦原の姿を見つけると彼に向かって襲い掛かろうと迫ったが、先程の意趣返しなのか「行かさねぇよ、デカブツ」とヤミーと浦原の間に立ち塞がった。
そして戦場は冬獅郎対ヤミー、一角対サラマ、そして浦原対ルピと様相を変え、そして現在に至ったのだ。

ルピの激昂する様子に対し浦原はまったく動じる様子もなく、あまつさえ戦闘中であるというのに何とも飄々とした立ち振る舞いのまま。
敵を前にし緊張の様子を見せないのはくぐってきた修羅場の多さか、それとも別の理由からか、しかしそれがなんであれ彼の立ち振る舞いの悉くがルピの神経を逆なでしているのだけは間違いないだろう。


「ふざけるな! クソッ! こんなの認めないぞ!このボクがこんな…… こんなぁぁああ!! 」


常の余裕、上から見下ろし敵を卑下する事を至上とするルピの姿からは想像できない粗野な姿。
彼の叫びと共に背中でうねりを見せていた触手の先端から無数の棘が生え、それらが数本前方の浦原目掛けて押し飛ばされる。
一直線ではなくそして一方向からでもなく、空を高速で這うようにして幾度も曲がりながら勢いを欠片も殺す事無く押し飛ばされる触手は、しかし浦原の身体に到達するよりも先にその先端が突如として弾き飛んだ。


「クソッ! 何で! こんなっ何なんだよ!! 」


憎々しげにその場で地団駄を踏むルピ、背に控える触手はその全ての先端が無残に千切れ或いは弾けた傷を晒し、彼の怒りと憎悪に呼応するようにワナワナと震えていた。


「言ったでしょう? アナタの攻撃はもう分析済みなんですよ。攻撃時の予備動作、触手の可動範囲、攻撃パターンの組み合わせにその優先順位。ま、他にも色々ありますが…… それだけわかっていればアナタの“触手が進む先”に“罠を仕掛ける”ことくらい、そう難しい事じゃぁない…… 」


ただただ目の前の出来事を否定する事しかしないルピに対し、浦原は淡々と事実だけを告げる。
既にお前の攻撃は見切っていると、攻撃に入る動作も入った後の触手が動ける範囲も、それら触手が取れる攻撃の経路とその組み合わせもそしてルピがその組み合わせのどれを優先的に選択し仕掛けてくるのかも全て。
そしてそれが判るからこそルピの攻撃する先に、予め罠を張る事はそう難しいことではないと浦原は語るのだ。
幾ら敵の予備動作が判るといってもそこから無数にある攻撃の選択肢を瞬時に判断し、攻撃到達以前に罠を張る事がどれだけ常軌を逸した才を必要とするのか、そしてそれを何の苦もなくやってのける浦原喜助の実力。
最早ルピは浦原の掌の上、どう足掻こうがそこから逃れることなど出来はしないのだ。


「クソッ! クソッ! ボクは十刃(エスパーダ)だぞ!十刃であるこのボクがこんな死神崩れみたいな奴にいいようにッ……!認めない! 認めないぞこんなの! 」


高い自尊心は現実を否定する事でしか己を保つことは出来ないのか、圧倒的不利、圧倒的劣勢に立たされてもなおルピはその現実を打破するのではなくありえないと否定する事に注力し続ける。
自分は強い、自分は搾取する者、自分は相手を苦しめる側であり決して相手の届かぬ高みから見下ろす存在。
自らをそう理解していたルピにとってこの状況は予想も想像もしたことが無いもので、何より自分が優れていると信じて疑わない彼にとってもしこの場で自らの劣勢を認めてしまう事は即ち存在意義の否定に他ならなかったのだろう。
故に認めない、自分が明らかに負けている事も、そしてその否定は確実に近付く自らの死に向けられているという事も。


「十刃? おかしいッスね…… アタシの情報では現在空座町に十刃クラスの霊圧は“二つ”だけだ。日番谷隊長が相手をしているアノ人と、黒崎さんと戦ってるもう一人。前回の侵攻時に感知した霊圧にも十刃クラスは二体確認してますが…… その内一人は今回も来ている様ッスが、もう一人は“アナタじゃぁ無い” し、アナタより前回のもう一人の破面の方が比べるまでも無く“強力な霊圧”の筈ッス」

「ッ!! 」


浦原が投げかけた疑問符は、それだけでルピが今まで感じていた全ての憤怒と憎悪を上回るほどの激流を生じさせた。
今回の侵攻に参加した十刃の数は三体、グリムジョー、ヤミー、そしてルピ、しかし浦原が告げた尸魂界側の情報であろうそれは十刃の数を二体としていると、更にご丁寧にも浦原はその反応の持ち主としてヤミーとグリムジョーを指してみせたのだ。
挙句先の侵攻に触れ、侵攻時に確認した霊圧のうちグリムジョーを除いたもう一つと比べても、即ちルピがその座を奪う前に第7十刃の座についていた彼、フェルナンド・アルディエンデと比べても彼の方が余程強力な霊圧だったはずだと。
そのデータを元に浦原が下した結論は直接ではないにしろ彼の言葉を聞くに明らか、そして浦原が言外に言わんとしているもの、自らの劣勢も危機も何もかもを認めようとしないルピに突きつけられたあまりに鋭い言葉の刃は貫いたのだ、ルピの胸を。

お前が十刃というのは辻褄が合わない、という浦原の意思を存分に乗せて。


「ぉお前ェェエエエ!!! 」


地の底から響くような怨嗟の叫びを上げるのはルピ。
彼の自尊心、高く高く聳え積み上げられたそれを根幹から打ち崩すような浦原の言葉は、彼から理性を容易に吹き飛ばした。
自分は十刃である、虚圏でも最高位の力の象徴である、それに自分が選ばれることは当然で前に座っていたものなどは所詮何処の馬の骨とも知れない愚物であり、まぐれで勝ち取った位に過ぎないと。
だが自分は違う、自分は実力を認められ十刃の座に座ったのだ、それは決してまぐれでもなんでもなく実力、自分の力は十刃に相応しくそして劣っている筈など無い、いや劣るなどという表現すら間違いなのだ、自分は優れているのだ、他の誰よりも。
ルピがおそらく一生捨てることが出来ない勝者の思考、それを否定されたことへの怒りとそれを否定したのが死神崩れの素性もわからぬ者だったという事への憎しみ、渦巻くそれはルピに清浄な判断能力を失わせ戦いの機微も策もなくただただ突撃だけを選択させた。
触手も何も無い、化物の本能が憎しみを乗せ敵を切り裂くのはいつだって自らの爪以外ないと、そんな事を思わせるように腕を振り上げて浦原に迫るルピ、しかしそれは浦原相手にあまりに稚拙でしかない。
決着は最早容易に想像できた、それは逆転の光景などではなくただ物事が順当に進んだ結末をおいて他になく、それは即ち破面ルピ・アンテノールの決定的な敗北、即ち死をもって他無いもの。


だが後一歩、後一歩でルピが浦原の必殺の間合いに入るという寸前の場面で事態は急変する。


突如として降注いだ閃光、それはまるで光の柱のようですらあった。
薄い黄色の光の柱は浦原の周りの戦場に計三本、それらはすべて破面達の頭上からまるで彼等を包むようにして降注いだのだ。


「これは……反膜(ネガシオン)……!?まさかっ! 」


浦原が呟いたその言葉こそこの戦場に降注いだ光の柱の名。
『反膜』、本来大虚(メノス)が同族を助けるときに使用するとされるそれは、一度降注げば最後光に包まれた者と外界を完全に遮断隔絶し、相互の干渉を不可能とする代物。
そしてこうなってしまえば如何に浦原といえど一切の手出しは不可能となってしまうのだ。


「ぐぁぁあ!! クソッ! 何だよこれっ! なっ反膜……だって!?ふざけるな! ボクはまだ帰らないぞ! まだアイツを殺してないじゃないか!まだボクが勝ってない! 殺してやる! 今ここで!!まだだ! クソッ出せよ!! ここから出せ!!ボクは負けない! 負けるはずがないんだッ!!クソォォォォォオオオオ!!! 」


降注いだ反膜はルピの身体を瞬時に覆ったが、反膜の範囲から外にあった彼の触手は反膜と外界の境界線でその全てを切断されていた。
同時に全ての触手を切り落されたルピは苦しみの叫びを上げるが、自分の状況を飲み込むと虚圏への帰還を良しとせず、自らの幾許の芽もない勝利に執着するように叫び声を上げる。
自分はまだ負けていない、戦えば勝てるのだという根拠のない自身はしかし光の先にある虚圏の闇に吸い込まれるようにして消えていく。
ルピにとってこの突然の撤退劇は幸運だったのはそれとも不運だったのか、命は永らえしかし命よりも彼にとって価値があるだろう己が自尊心はズタズタに切り裂かれたまま、これを幸運と呼ぶか不運と呼ぶか、今の彼にはそれすら無為なものなのかもしれない。

対して浦原はこの撤退劇に己の手痛い失敗を感じていた。
突然の侵攻、そして突然の撤退、敵が何時攻めてくるのかは予想も出来ないが引き際があまりにも呆気なさ過ぎると。
こちらの戦力を削いだわけでもなくかといって特別彼等が何かをしたわけでもない、まるで何の目的も無い粗野な侵攻と撤退は散発的なものを思わせるがしかし、浦原はその奥に何か怜悧なものを感じていたのだ。
荒ぶる獣たち、その向こうに見え隠れする冷たく無機質な理性、そして状況はもしかすれば全てその理性の持ち主によって動かされていたのではないかと。


(彼等が“何もしない事”、それが今回の侵攻の意味…… そして侵攻はあくまで“目的”ではなく“手段”ということッスか。まずいッスね、おそらくはもう…… )


敵が去り先程までの戦いが嘘だったのではないかと思えるほどの静寂を取り戻した戦場、そこで浦原は一人、どうか自分のこの考えが誤りであって欲しいと、だがおそらくそれが間違いでないと知りながら願うのだった。










――――――――――










「お? どうやらここまで、ってやつですかねぇ。いや~残念残念 」


薄い黄色の光に包まれながらそう呟いたのは黒髪に巨躯の破面サラマ・R・アルゴス。
裏を読むまでもなく本心ではないと判る言葉を吐きながら、両手を挙げてヤレヤレといった風で首を振る彼の白い死覇装は所々を赤く染めており、死神との戦闘の激しさが伺えた。
対して今までサラマと戦っていた死神 斑目 一角(まだらめいっかく)は、始解した自らの斬魄刀『鬼灯丸(ほおずきまる)』を構えたままジッとサラマを見据えていたが、彼へのこれ以上の手出しが不可能と判断するとその構えを解き、ペッと口に溜まった血を吐き出す。
その表情は明らかにまだまだ戦いたかったという感情を映し、しかし彼の死覇装もまたサラマに輪をかけて血に染まっている事を見れば、引き際としては僥倖だったと他人は言うだろう。


「ったく、こっからが楽しいとこだってのによォ。せっかくてめぇも“ノッてきた”ってのに勝敗も何も無いんじゃ生殺しもいいとこだぜ。なァ、てめぇもうそう思うだろう? サラマ・R・アルゴスよォ」

「冗談。 こっちはキッチリお仕事しただけですからねぇ。本音を言わせて貰えばそのお仕事だって嫌々なんだ、これ以上アンタの相手は割に合わないんですよ、割りに……ね」


鬼灯丸を首の後ろを通して背負うようにし、両手をからませる様にして担いだ一角。
少しずつ上昇するサラマを見上げるようにしてもっと戦いを楽しみたかったと告げる彼を見下ろしながら、サラマはやはりベェと舌を出して首を振ってお断りだと返した。
今の今までも命の取り合いは取り合いだったが、これ以上進めばそれはもう後戻り出来ない程の領域に達してしまうと。
そんなものは全力でお断りだと言わんばかりのサラマの態度は、“生きたがり”を信条とする実に彼らしいものだった。
対してどちらかと言えばフェルナンドと同じ“死にたがり”の部類に入る一角は、こんな中途半端な結末はどうにも不完全燃焼だといった様子ではあった。


「チッ! てめぇが解放の一つでもしてりゃ、こっちだっておさまりがついたかもしれねぇってのに。その薄ら笑いのまま結局解放しやがらねぇ…… ふざけた野郎だぜ 」

「解放? それこそ冗談じゃない。 俺のはアンタみたいなの相手じゃ“不向き”なもんでねぇ。 ……けどまぁ、アンタが“もう少し本気”を見せてたら、もしかすればしてたかもしれません……し、それでも、してなかったもしれませんけど……ねぇ」

「ッ! 本当にどこまでもふざけた野郎だ、てめぇは…… 」

「ケケ。 褒め言葉、ということで受けときましょうかねぇ」


恨み節、という訳ではないのだろうがせめてサラマに解放もさせられなかった事が悔いだと言う一角。
敵が力をまだ残している、というのは存外彼の自尊心を傷つけるものだったのかもしれないが、そんな一角の言葉にサラマは例えどんな状況でも解放する心算はなかったと答えた。
それは彼なりの判断基準や解放した彼の能力ゆえの部分からなのだろう、無闇矢鱈と解放すれば勝てるという思考をサラマは持ち合わせていない、そもそも戦いに対して消極的な彼が派手な戦闘など望む筈も無いのだ。

だがしかし、それでもと付け加えたサラマの言葉は一角を大いに驚かせた。
まるで一角の秘密を知っているかのようなサラマの言葉、先の侵攻で彼が見せた更なる力『卍解』を指したかの様なそれはサラマという破面の不可思議さをまた一つ彼の中で深めるものとなった。
先遣隊の面々、そして尸魂界側に露見する事は幸いにも無かった一角の卍解、しかし破面側はそれを確認しているのか或いはサラマがこの僅かな戦いで感じ取ったのか、普通に考えればまず間違いなく前者であるのだがそれでも後者の可能性を捨てきれ無い様な感覚、その不可思議で底の知れない人物像はまるで霞みか煙の如く。

そして最後にまた舌をベェと出して、解放したかしないかなんて結局判りはしないと煙に巻いたサラマの姿が消え、一角は口元にニィと笑みを浮かべる。
破面という存在、サラマだけではなく破面達個々の強さ、そして力のみでないその奥底の深さ、それを思い彼は笑ったのだ。
これから先の戦いに、敵に事欠くことは無く、心置きなく戦いを楽しめるであろう戦場に思いを馳せて。










――――――――――










「そこまでだ。 グリムジョー…… 」


一護とルキアを背にした真子と、戦いの高揚と漲る殺気を全面に押し出したグリムジョー。
両者が睨み合う戦場に響いたのはさほど大きくも無い声、感情の起伏や鷹揚といったものを排したまるで機械の様に無機質なその声は、グリムジョーの背後に突如として現われた。


「ウルキオラ…… テメェ、何の心算だ 」


グリムジョーの背後に突如として現われた人物、角の生えた兜のような仮面の名残を左の頭部に残し、痩身で病的なまでに白い肌をした青年の名はウルキオラ・シファー。
グリムジョーと同じ十刃でありそしてグリムジョーよりも上の第4十刃(クアトロ・エスパーダ)を冠する彼、ギロリといった風で振り返り彼を睨みつけるグリムジョーの視線を正面から受け止めても一切の感情の起伏を示さない緑色の双瞳は、まるで硝子球なのではないかと思えるほど感情を何も映していなかった。


「何の心算……か…… お前こそ“何の心算”だ?グリムジョー 」

「あァ? 何だと? 」


殺気をまったく収める事なくウルキオラを睨みつけるグリムジョー、彼からしてみればウルキオラの登場は戦いに水を差したに等しく、せっかく敵の全力を引き出す為の生贄まで御誂え向きに揃ったというのに邪魔をする心算か、という意を視線に込め隠すことも無くぶつけている。
邪魔をするな、口を挟むな手を出すな、俺の獲物俺の戦場全ては俺だけのものだ、誰にも渡しはしないと。

だがウルキオラにとってそれは何処までも瑣末な事、グリムジョーの猛りも戦いもその意味も全ては瑣末、彼の、そして彼の主たる男の望みに比べればどんなことも瑣末なのだ。


「現世での解放は想定内ではあったが、まさかこんな塵相手に黒虚閃を使うとはな…… 見ろ、貴様の黒虚閃で一帯の霊的均衡は崩れ空間も歪みかかっている。此処が重霊地であったから耐えられたものの、もしそうでなければ空間諸共何もかも消し飛んでいた筈だ」

「それがどうした? 周りがどうなろうと俺の知ったことじゃねぇな」


ウルキオラの口をついて出た言葉はどれもが紛れもない真実だった。
現世における霊的均衡、魂魄の総量であり霊子の濃淡であり気脈の流れや空間の安定率、それらの均衡が大きく崩れる事はそれだけで世界に大きな歪を生み、容易な修正など出来ないそれは結果崩壊を招くのだ、全てを呑み込んで無に還るという結果を。
グリムジョーの放った黒虚閃、それは魂魄を容易に消滅させ霊子を逆巻く嵐のように掻き乱し、そして空間すら歪ませる悪意の波濤。
現世という霊的なものを受け入れる器として脆弱な場所でそんなものを使えば歪を生むのは必定、ウルキオラの言う通りこの空座町が霊的特異点である重霊地であり、それ故に霊的ものを集めまた受け入れる事が出来る土地であったからこそこうして今も尚空間を保ててはいるが、もしそうでなかったらこの場所はとっくに消え去っていたことだろうと。
感情も何も感じさせないウルキオラの言葉だからこそ感じる、それが出任せではない真実だという感覚、しかしグリムジョーにとってはそれこそ瑣末な事、この場所がどうなろうと関係は無い、彼にとって重要なのは敵と定めた一護の全力を凌駕し破壊し殺すことなのだから。


「馬鹿が…… この場所は藍染様が御所望の重霊地、そしてこの場に住む魂魄は藍染様の目的の為の贄だ。本来人間如き塵がいくら死のうが知った事ではないが、ここに住む塵は最早藍染様のものと同義、故にお前が徒に殺す事など許されない…… もっとも、魂魄の方は死神の術で護られていたようだがな」


瞳を閉じため息をつくような仕草のウルキオラ、彼が今日始めて見せた感情らしい感情は呆れ。
お前の闘争、お前の欲望、そんなものについて自分は語っているのではないと、この場所は盟主たる藍染惣右介の望む土地、そしてそこに住まう魂魄もまた彼にとって重要な生贄なのだ、主が望んだが故にこの土地は既に彼のものであり彼のものである生贄の人間を、臣下である自分達が殺していい道理がどこにあると。
そしてウルキオラは彼を睨むグリムジョーを前に更に言葉を続ける。


「今回の侵攻、目的は既に達したが、お前のおかげで今後の計画も随分と“予定を狂わされた”。目標は確保したがそれも計画上最低限での事、お前が霊子と空間の安定を乱した事、それを予期できなかった事は俺にとってこれ以上無い失策だ…… やってくれたな 」


閉じた瞳を開けグリムジョーの視線を正面から受けてたったウルキオラ、何も映さない様な瞳に浮かぶ僅かな苛立ちはグリムジョーに向けられたものかそれとも自分へのものか、彼が決してグリムジョーを低く見積もった訳ではないのだろう、彼の予想し得なかった出来事が起ったのはそれだけグリムジョーの、そして一護の力が彼の予想を上回っていたという事。
結果ウルキオラの言う計画は彼の想定の中で最低限の水準の達成に留まり、彼に苛立ちという感情を僅かでも表に浮かばせるほどの起伏を残していた。


「めずらしいなぁ、ウルキオラ。 だがテメェの計画がどうなろうと俺には何の関係も無ぇ。俺はあの死神のガキを殺すぜ? アイツは俺を“あの眼”で見た、だから殺す!殺す理由にこれ以上のもんは存在しねぇ! 」

「聞こえなかったか? 俺は目的は既に達した、と言った筈だ。これ以上の戦闘は必要ない、藍染様もそれを望まれない以上ここが引き際だ」

「テメェこそ聞こえなかったかウルキオラ? 俺は、そんなもん関係ねぇって言ってんだよ!」


だがそのウルキオラの苛立ちも計画も何もかも、今のグリムジョーには関係のない事。
元々彼はウルキオラの計画など知らされていない、それは余計な情報の漏洩をウルキオラが避けたためなのだが、例えそれを知っていたとしてもグリムジョーは止まらないだろう。
誰かの大いなる目標など彼にとって何の価値も持たない、彼にとって価値があるのは自らが戦いの王へと至る道であり、その為に数多経ていく戦いだけ、それに比べればウルキオラの計画も藍染の野望も価値など無いのだ。
価値とは全てただ一人感じる個人だけが持つもの、そしてこの場に措いてもっともグリムジョーに価値があるのは自らをフェルナンドと同じ眼で見た一護を殺す事をおいて他にはなく、それの達成を邪魔するのならば容赦はしないと彼の眼はウルキオラに告げていた。

グリムジョー、ウルキオラそして全ての破面に言える事は、彼らは全て歩み寄ることをしないという事。
通すべきは己の価値観、それがぶつかれば双方歩み寄り妥協点を探すのではなく片方を完膚なきまでに排除するという思考。
故にこの場でこの二人の意見が対立を見るのは当然の結果といえた、知ったことか、関係ない、そんな言葉を吼えるグリムジョーをどこまでも機械的に考え冷たい瞳で見据えるウルキオラ、両方の意を通す事などはじめから出来るはずもなく、後はどちらが主導権を握るかの話に全ては集約されていく。


「チッ! やはり馬鹿の考えは俺には理解できん。 ……だが藍染様はそれすら見通しておいでだ、選べグリムジョー…… ここで俺と退くか、永遠を“この檻の中”で過ごすか、お前の道は一つだ」

「ッ! そいつは…… 」


獣の性を抑える事無く敵を引き千切ることを望むグリムジョー、そんな彼の姿にウルキオラはまたしても僅かに呆れの感情を浮かべる。
機械的ですらあるウルキオラからしてみれば、ただ本能のままに戦いを望むかのようなグリムジョーの姿は理解に苦しむ以前に理解不能なのかもしれない、彼が合理的であればあるほどグリムジョーのような者達を理解する事など出来はしないのだろう。

だが彼等の主は違う。

ウルキオラが片方の手をポケットから手を出し、握った手をグリムジョーにむけて開いてみせる。
それを見たグリムジョーの顔に浮かぶのは驚きの表情、ウルキオラの掌、そこにあったのは小指の先程の小さな匪、淡く光を放つそれの名は『連反膜の匪(カハ・ネガシオン・アタール)』、虚圏で藍染惣右介のみが所有し連続した閉次元に対象を捕らえ幽閉するというもの。
藍染は明言を避けてはいたがこれは十刃用に造られた牢獄であり、その堅牢さはかつての第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)ネロ・マリグノ・クリーメンの力をもってしても自力での脱出が不可能だった事からも判るだろう。
脱出不可能な永遠の牢獄、藍染は今回の侵攻にあたり密かにウルキオラへこの連反膜の匪を与えていた。
それはウルキオラの力に信が無い訳ではなく、十刃同士の戦闘で無用な戦力低下を避ける為と十刃の暴走を防ぐ為、ネロというかつて虚夜宮を席巻した暴力の象徴すら封じ込めた匪の力はその存在を見せ付けるだけで心理的に絶大な威力を発揮する。


「テメェ…… この俺を脅す心算か……ッ 」

「脅しではない。 お前が今あの塵にもう一度牙を剥けば俺は即座にこれを使う、躊躇いなどある筈も無い」


眼を見れば判る、ウルキオラの眼を見れば彼の言葉が脅しなどではない事がはっきりと。
彼の瞳には躊躇いも後悔も何も浮かんでいないのだ、あるのはただ景色を映すような緑の硝子球、それに一護へ襲い掛かるグリムジョーの姿が映れば彼は即座にその匪を開きグリムジョーを永遠の牢獄に幽閉するだろう。
ウルキオラの揺れを見せない瞳と、藍染の持つ絶対的な匪、もはやそれは交渉などではない命令であり主導権はウルキオラによって握られていた。
ギリと歯軋りをするようなグリムジョー、彼にとって匪は恐れるべきものではない、真に恐れるべきは匪に囚われ王への道を鎖される事と“彼”との戦いを奪われる事。
天秤は揺れどちらにも傾き鬩ぎあう、今この場での衝動に従うか否か、そのどちらもを取る事ができない事は如何に猛るグリムジョーでも理解しているだろう、後は選択だけ、戦いと本能が下す選択だけなのだ。


「答えろグリムジョー。 退くか、退かないのかどちら…… ほぅ、思った以上に頑丈な塵だ…… 」


二者択一の選択を迫るウルキオラ、しかし彼の眼に映ったのは意外な光景だった。
それはグリムジョーの後ろに見える金髪の男でも女の死神でもなく、先程までピクリとも動かなかった一人の青年。
ウルキオラの言葉に振り返り視線を戻したグリムジョーの眼に映ったのは、俯き加減ではあるが確かにその足で立つ死神代行の青年黒崎 一護の姿だった。
その姿にグリムジョーの中の天秤は一息に傾く、先が、未来がどうしたというのだと。
今目の前の敵をこの牙にかけず爪にかけず、ただ退く事に一体何の意味があるのだと、敵は立ってきた、自分の言葉に反応し己の本性を曝け出すために、ならばそれを噛み砕かずに退く事は、破壊せずに退く事はグリムジョー・ジャガージャックの王の道に反するのだと。
ニィと口角を上げ牙を晒すグリムジョー、その瞳には爛々とした輝きが溢れこれから一護が見せるだろう本能と根源の力を嬉々として待っている。
さぁ見せろ、見せてみろ、お前の本当の姿、奥底に眠る根源的な破壊衝動、戦うことしか出来ない戦闘狂としての本当の姿をと。


だが、そのグリムジョーの期待と高揚はすぐさま冷や水をかけられた様に冷めてしまった。


激しく上下する肩、僅かに震える足は立っている事がやっとであると語り、時折咳き込めばそれと共に血が吐かれる。
何よりも眼だった、その眼は先程までと変わらない眼、そう先程と“何一つ変わらない”その眼こそグリムジョーを急激に醒めさせたのだ。
本能、衝動、そういったものに身を任せた者にみられる特有の熱が無い、狂気も無くなにより圧倒的に殺意のない眼、それは明らかに“人の眼”でありグリムジョーたちと同じ“外れたモノの眼”ではなかった。

グリムジョーの黒虚閃を受け意識を失い戻ってきた一護は人としての彼として戻ってきた、囁くもう一人の自分を抑え、本能と衝動の熱を振りきり、相棒たる斬魄刀の力を借り、人間黒崎一護として。
深くに落ちる事は簡単な事、ただ身を任せ落ちるに任せればいい楽な道、しかし落ちかかりそれを止めて這い上がることの難しさ、そしてそれを成し遂げた強さ、黒崎一護の強さの証明がそこには見えた気がした。
だがそれだけでは事態は好転しない、身体は満身創痍という言葉が生易しく聞こえるほど疲弊し、しかし敵は十刃二体、とてもではないが今の一護には太刀打ちどころか一撃浴びせられるのかすら怪しいだろう。

それでも黒崎一護は諦めない、絶望の淵に立ちながらそれでも。
息はどれ程整えようとしても無駄に終わり、眼は霞み手足の感覚は殆ど無いがそれでも、前を向く事をやめない彼は人としてとても強い人間なのだろう。


「 テメェ…… 何だ? その腑抜けた眼は…… チッ! 興醒めだ…… こんな“ただの人間”殺しても何の意味も無ぇ。そのまま野垂れ死ぬのが似合いだぜ…… クソがっ」


しかしそれはあくまで人間としての強さ、グリムジョーが求めるのは人を外れた先にある力であり、今の一護は彼からすれば殺す意味すらない存在に成り下がっていた。
大きく舌打ちしたグリムジョーは瞬時に帰刃を解き再刀剣化すると、それを鞘に収める。
無防備に晒された背中にはしかし眼に見える苛立ちがまるで陽炎のように揺れ、何者も寄せ付けない。
興が醒めたというにはあまりに熱を持ったままのその背中、その熱は彼にとっては苛立ちであるのと同時にどこか落胆にも似た感情だったのかもしれない。
歩み出し乱暴にその拳を眼前の空に叩きつけるグリムジョー、すると空は口を開けるように裂け、彼は現われた解空(デス・コレール)の闇へと終ぞ振り返る事無く溶けるように消えていった。

その場に残された一護、ルキアそして真子とウルキオラは数秒の間睨み合うが、不意にウルキオラは振り返りグリムジョーが残した解空の闇へ向かって歩き出す。
それを止める者はこの場にはいなかった、力の差によって、疲弊した自らの肉体によって、そして巡らせた思惑によって。
ただ三人の視線だけがウルキオラを追い、彼の背に注がれる。
悔しさが、情けなさが、そして安堵と安堵した自らへの嫌悪が入り混じった視線、形容しがたい感情が混じった視線をウルキオラはその背で弾き飛ばして歩く。

そして解空の中へと足を踏み入れたウルキオラは不意に一護達に向かって振り返る。
彼の視線の先にあるのはボロボロになった一人の青年、服は破け身体は傷だらけ、息は浅く早く血色も良くないまさしく死に体の青年黒崎 一護。
明らかに立っていられる今の状況が理に叶わないその青年の姿、視界に収めたウルキオラですら彼が立っていられる合理的な理由は導き出すことは出来なかった。
だがしかし、ウルキオラの視線を受けた一護の眼だけは、グリムジョーが殺す価値すらないと断じたただの人間の眼だけはその傷だらけの身体とは不釣合いなほど力に満ちているようにも見えていた。


「その霊圧…… どうやら虚化とやらを完全に習得したらしい…… だが所詮はその程度。 “人間の域を出ない”貴様では、俺達の前に立ちはだかる事すら許されない…… そして“太陽”は最早俺達の掌中、貴様等に残されたのはただ、明けない夜に怯える事だけだ…… 」


如何に力に満ちようとも、如何に人の限界に近付こうとも、所詮は人。
人というものの限界、くびきから逃れる事など出来はしないと、そしてその中で如何に足掻いたところで無駄な事だと宣言するウルキオラ。
言葉すら返すことが出来ない一護を見据えただ淡々と語られるそれは絶望的なまでの力の差、今一護がこうして生きていることすらある種の奇跡に近いと思えてしまうほどの力の差をウルキオラは語る。
彼の言葉に誇張や脚色といったものは一切含まれない、彼という何一つ持たない虚無を通して語られる言葉は全てがありのままの事実、何も持たないからこそ全てをありのままに受け入れ伝える、それがウルキオラなのだ。

ただ一言を言い終え踵を返したウルキオラ、最後の意味深な言葉を問いただす前にその場に再び倒れた一護。
駆け寄る真子と必死に彼の名を呼ぶルキアの声も最早ウルキオラには届かない、それは解空が閉じたからではなく彼にとって瑣末な事だから、敵の生死など瑣末な事、何故ならそれは早いか遅いかの違いでしかなく、結局彼らは諸共に滅ぼされるのだ、藍染惣右介、そしてその剣たる十刃に。

解空の闇を歩くウルキオラ、自分以外何もない暗闇を歩きながら彼の頭を僅か過ぎったのは、つい先程まで自分を見据えていた青年の瞳。
あれは一体なんだったのか、傷だらけの身体に絞っても出ないほど疲弊した霊圧、手に握った刀すら振り上げること叶わないだろう人間の青年、しかしその眼だけは、瞳だけは輝きを失ってはいなかったと。
理解できない、そんな思いだけがウルキオラにはあった、あの状況そしてあの状態で一体何が出来たというのだと。
あの眼は何一つ諦めていない者の眼だった、あの状況で何故諦めないのか、何故絶望しないのか、敵を甘く見ている訳でも自らを過大評価しているわけでもないだろうに一体何故……と。


(あの眼…… 自らの圧倒的不利を感じながら何故…… あの状況で勝てると? 愚かな…… やはりあの塵も“こころ”等という幻想に囚われる人間の一匹に過ぎないのだ。自らを騙し、現実から眼を背け空虚な幻想を映し出す、それが“こころ”だというのなら、そんなものに塵芥の価値もありはしない)


そしてウルキオラが出した結論、一護の眼に見えた力の理由、そのいずる場所は人間が騙る“こころ”によるものだと。
自らを騙し、幻想を映し、叶わぬと知りながらも勝利を幻視するが故に諦める事をしない、彼にとって今や人が持つもっとも唾棄すべき愚かなる思想こそがこころなのだ。
冷静で合理的な判断を鈍らせ意思と希望的観測に全てを委ねる愚かしさ、勝てるから戦うのではなく勝ちたいから戦うという感情論、それをもたらす“こころ”という愚かしい存在、そしてそんな愚かしさに気がつかない人間の愚劣さ。
ウルキオラにとってまったく理解の外であるそれらが一護の眼に宿って見えた力の正体であるならば、それには何の価値もないとウルキオラは断ずるのだ、所詮“こころ”などという不確かな存在では、現実に確固として存在する力の壁など越えられはしないと。

結論に達したウルキオラはそれ以上こころについて考える事はしなかった。
やるべき事、考えるべき事はそれこそ山のようにあったのだ、計画は大幅な修正を必要とするだろう、目標も本来は自らの意思で恭順の意を示させる予定だったが、その為の策はグリムジョーの行動予測を見誤り使う事は出来なくなった。
薬漬けにしてしまう手もあったが、それは特異な能力を劣化喪失させる恐れが大きくあるため取るべきではなく、かといってただ放置する訳にも行かないだろうと。

そうして思考を巡らせるうちに、ウルキオラの頭の中から先程の“瑣末な出来事”は端へと追いやられ消えていく。
しかし、ウルキオラ自身ですら気がつかないほど小さな“しこり”は残っていた、それは彼の頭の中ではなく胸の奥底、靄がかかったように、あるいは何かがこびり付いたように、本人すら気がつかないそれが発露するのはまだ、もう少し先のことだった……








囚われた太陽

舞うは花弁

王の指にて

手折るは易し












[18582] BLEACH El fuego no se apaga.86
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2013/01/26 14:51
BLEACH El fuego no se apaga.86












「俺と来い、女…… 」


目の前で弾けた人の身体、ベチャリと嫌な音を立てて地面に飛び散った血の塊、一目で致命傷だと判るそれを事も無げに彼らに与えた男は底冷えするほど無機質な声で彼女、井上織姫(いのうえ おりひめ)にそう告げた。

現世への破面襲来の報を受け、尸魂界(ソウルソサエティ)にてルキアと共に修行を行っていた織姫は、一足先に現世へと向かったルキアを追うため急ぎ旅禍(りょか)用の穿界門(せんかいもん)に飛び込んだ。
尸魂界と現世の間にある断界を急ぐ織姫、しかし突如として彼女の前に現れたその男は、彼女の行く手を阻むと護衛として同道した死神二名を一瞬で無力化し、その場を支配する。
場を支配した男が発した声にあったのは拒否を許さぬ色、否定する事は許されずただ首を縦に振ることだけがお前に許された唯一の事だと、その声の主は言外に彼女に告げていた。
彼女を見つめる瞳に感情は無い、それでもその理不尽な暴力にただ屈する事を良しとしなかった織姫は、男の硝子球のような緑の瞳に毅然と正面から対峙する。
だがそれも男の、ウルキオラ・シファーという名の災厄の前ではあまりに儚いものだった。


「お前に残された答えは肯定だけだ。 否定は即、死を意味する…… “お前の”ではなく、“お前の仲間”の死を……だ」


男、ウルキオラの背後で突如小さく裂けた空間に映し出された光景に、織姫は息を呑んだ。
映し出されたのは等しく傷つき血を流す友の姿、出会ってそう長く無い者も居るがそれでも“仲間”と呼べるだけの時間を共にした友人達、それを見せ付けウルキオラは言い放ったのだ、たった今目の前で彼女の護衛として同道しただけの死神を殺した彼は、彼女が彼の申出を拒否した瞬間背後に映し出された仲間を殺す、と。

硝子の様な瞳、彼の内面を何も映さない緑の瞳、だからこそ怖ろしいのはその瞳が揺れないから。
揺れない瞳とは即ち揺れない精神、何一つ迷う事無く即断即決によって行動し、己の行動に何一つの疑いも持たない強さの証。
故に織姫は理解してしまった、その瞳を真正面から見据えていたが故に理解してしまったのだ、この男の、ウルキオラの言葉には何一つ嘘が無いという事を、もし自分が彼の意に沿わぬ言葉を口にすればその時は、自分の大切な人たちはきっと殺されてしまうのだという事を。


「理解したか? 女。 これは始めから交渉ではない、お前には何一つ自由は与えられていない。お前の力に藍染様は興味を示された、お前を今殺さない理由はそれだけだ。もう一度言う…… 俺と来い、女。 これは命令だ…… 」


抗えない、見せ付けられた強固な意志の前に織姫に残された選択肢は屈服をおいて他になかった。
如何に彼女が普通の人間より霊的な領域に踏み込んでいようとも、如何に彼女が普通の人間を優に越える特異な力を手にしていようとも、その精神はまだ青さの残る人間の少女なのだ、猶予なく迫られる殺生与奪の選択を前にして抗えるものではない。
一度眼を伏せ小さく決意と別れを自らのうちで決めた彼女、震える腕を押さえるようにもう片方の手でぐっと握り、伏せた眼を上げた彼女だったが、恐怖の中固めた決意は、しかし思いもよらない光景によって呆気なく崩壊した。

ウルキオラの背後に避けた空間の中央、そこに映し出されていた人物、黒い衣を翻し戦う橙色の髪をした青年、傷つきながらも敵を前に退かず戦い続けていたその青年は、しかし突如として放たれたおぞましいほどの黒い閃光に呑まれる。
その光景に驚きと恐怖で眼を見開いた織姫、彼女が見つめる避けた空間を黒い光が満たし全てを塗りつぶす。

そして閃光が収まり次に映し出されたのは、傷だらけの無残な姿で力なく墜落する青年の姿だった。


「あぁぁ…… そん、な…… 嫌…… いやぁぁ!お願い! 止めさせて! 言う通りにするから!あなたの言う通り付いて行くから! だから止めさせて!お願い! 黒崎くんが! あのままじゃ黒崎くんが死んじゃう!お願い! 何でも言うこと聞くから! お願い……!お願い…… 黒崎くんが…… 死んじゃうよぉ…… 」


固めた決意、それをいとも容易く崩壊させ感情を決壊させたのは、彼女の大切な人が死に瀕する姿だった。
肯定以外の言葉を発すれば殺すというウルキオラの言葉にも構う事無く、、溢れ出す喪失への恐怖は織姫にただ叫ばせる。
止めてくれと、何でも言う事を聞くから、何でも言う通りにするから、だから、だから止めてくれと。
失うという事は誰にでも等しく怖ろしい事、そしてそれが大切な人であればあるほど直面したときの恐怖は大きく、重く、そして人を容易く押し潰す。
織姫にどれだけ自覚があったのかは定かではない、しかし傷だらけの姿で力なく堕ちる一護の姿は、彼女をこの自らの生死がかかった場面で泣き崩れ取り乱させるほど強烈なものであり、その恐怖の大きさこそ、彼女の中の一護への思いの裏返しなのだろう。
叫び懇願し泣き崩れる織姫、震える小さな肩、大きな瞳から溢れる涙はとめどなくそこに居るのはただか弱い年相応の少女。

自分の命をなげうってでも大切な人を、ただ大切な人を護りたいと願い涙する織姫の姿、それを見たウルキオラは僅かに眉をしかめた。
織姫の姿、ウルキオラにとってそれは感情という名の愚かな揺れに起因する非合理的な行動、人間が見せる愚かしさの最たるものであり、脳の奥に感じるザラつきにも似た感覚は彼にとって不快でしかなかった。
他人の生死、目先の生死、そんなものに振り回され時に他者の為に自らの命すら差し出す人間、あまりにも合理性に欠けるそれは理解しようにも理解できない愚かな行為、今もって目の前で涙を流し座り込む織姫の姿は、敵に願い乞うという彼からすればあまりにも無意味な行動であり流れ続ける敗北者の涙も、その意味も理由も、全ては“こころ”という脆弱極まりないものに起因すると断じたウルキオラに浮かんだのはきっと侮蔑だったのだろう。

(これが人間…… 己の命を他者のために容易く投げ出す愚かな種族…… 何故命を投げてまで懇願する、何故涙を流す…… 理解できない…… チッ!これもまた、“こころ”とやらに起因する人間の不可解さ…… こんなにもあっさりと揺れるものを拠り所にする人間、コイツ等はそれに一体何の価値を見出しているというのだ…… )


理解できず不可解、寄る辺に足りるとは到底思えないその脆弱と希薄さに満ちた存在、ウルキオラからすれば唾棄すべき弱さがこころだった。
故にそのこころに従うかのように感情を顕にする織姫の姿は彼に不快感を齎すのだろう、だがウルキオラはそれ以上自らの不快感の理由を考えはしなかった、彼にとって今重要なのは自らの不快感よりも藍染より与えられた任務、その成功以外にはなかったからだ。


(黒虚閃(セロ・オスキュラス)…… グリムジョーめ、塵相手に余計な事を。 あの一撃で現世の霊子、空間の安定はひどく乱れた。現世があのような状態では“コレ”を使うことは出来ない……か。予定が狂った…… だが、問題はない。)


状況は決して良くなかった、思考を巡らせるウルキオラはコートに忍ばせたあるモノに触れ、しかしそれは日の目を見る事無く彼の中で黙殺される。
それは僅かに細工の施された細い腕輪、無論ただの腕輪ではなく装着した者の周りに特殊な霊膜を張り存在を完全に隠匿できるという代物、本来ウルキオラが敷いた策は大まかに言えばこの腕輪を織姫に与え、時間の猶予と現世の人間に別れを告げる事を許すことでウルキオラが“情けをかけたと誤認”させ、更に彼女自身に“自ら破面側へと渡ったと錯覚”させる事。
全ては思考と感情、こころを理解せずとも人間という個体の反応を予測し、ウルキオラではなく人間の方がが自ら自分を囲う檻をつくるよう仕向ける心理の檻。
勿論他にも細かな効果はあるのだが成らず破棄されたものを語ったところで意味はない、それよりも今は別の手段をもって織姫を縛る事こそウルキオラには必要な事だった。

だがそれは最早完成していると言っていい。


「……いいだろう。 女、お前が俺と来るならばあの塵の命は救ってやる。 ……だが、お前には今すぐに虚圏(ウェコムンド)へ来てもらう。猶予は与えない、譲歩もない、今後一切我等に逆らう事は許されない。貴様は藍染様の所有物としてのみ存在を許される人形となる。文句は無いな? 」


人を縛るうえでもっとも効果的なものの一つが“希望”である。
希望があれば人は歩む事が出来る、どんな暗闇だろうともどんなに過酷な道程だろうと、進む先に希望があれば人はその足を止める事無く歩み続ける事が出来る、例えそれが“偽り”であっても。
簡単な事だった、一護の命が消えることにこれ程まで感情を顕にする織姫を誘導する事などウルキオラには造作も無い事、彼がしたのは救ってやるという一言を口にするだけ、不利な条件を畳みかけそれでもなお彼女がしがみ付くであろう一言を口にしただけ。
だがそれだけで織姫の雰囲気は劇的に変化したのだ、織姫の肩の震えは止まり漏れた声も溢れる涙も止まる、不安と絶望そして失う事への恐怖に苛まれていた彼女に見えた一筋の光明、希望。
自分が彼等の下に行きさえすれば良い、そうすれば一護の命は助かる、大切な人の命が救われる、そんなあからさまな希望はしかし彼女にとって確かにしがみ付くに値するものだった。


「行きます。 虚圏へ…… 従います、アナタ達に…… 」

「……ならばコレをくぐれ、お前の意思でお前が選択し、お前がその足で歩いて進め。そう…… 全ては“お前が決めたことだ” 」

「はい…… 」


顔を上げウルキオラを見上げる織姫の瞳に迷いは無かった。
ただ一言従うと、共に行くと言った彼女の言葉にはその場凌ぎではない決意が見えた。
そんな彼女を見るウルキオラは、ジッとその織姫の瞳を見据えるとスッとコートのポケットから片手を出し、指を刺すようにして空間に触れる。
ウルキオラに触れられた空間はまるで硝子のように砕け散り、そしてそこに現われたのは黒腔(ガルダンタ)、光は届かずただただ闇がある虚圏へと続く道。
彼は言う、全てはお前の意思、全てはお前の選択、進む事を決めたのもその足を踏み出すのもそして歩む事も全てはお前の決めたことだと。

それにただ織姫は頷き、立ち上がるとその足を踏み出した。
歩み闇へと近付くほど彼女は大切な人と日常から遠ざかり、遠ざかれば遠ざかるほど彼女が大切にしていたものは平穏を得る。
両立できない二つ、しかし彼女にそれを嘆く気持ちはなかった、あったのはただ大切な人達を想うこころ、自分は大丈夫だから、心配しなくていいからとこころの中で語りかけるその胸中は穏やかだった。

歩む織姫は遂に空間と空間の境目に至り一瞬だが立ち止まる。
ウルキオラはそれを急かさずただ見据えるだけ、彼にとって重要なのは彼女が“完全に彼女の意思”でその先へ進んだという事実、その重要性、心理の檻の完成をただウルキオラは見据えていた。
一瞬足を止めた織姫はだが次の瞬間またその足を進めた、踏み出した足は遂に境界を越え闇を踏みしめる、踏み出したそれは別れの一歩、もう二度と交わる事もまみえる事も無いであろう日常との別れの一歩だった。


(さよなら、みんな…… さよなら…… 黒崎くん………… )


闇に溶ける彼女の姿、そして振り返る事無くこころの中で呟かれた言葉もまた、闇へと溶け、消えていった……










――――――――――











「ふざけるなよウルキオラ! テメェ…… どういう心算だよ! 」


怒声が響くのは広大な広間、その広大さに反するようにその場に居る人影は多くはなかった。
虚夜宮(ラス・ノーチェス)、虚圏の中心であり藍染惣右介が治める巨大な白亜の宮殿、その中央に聳える奉王宮(レイアドラス・パラシオ)、その内にある玉座の間(デュランテ・エンペラドル)に集められたのはつい数時間前、現世への侵攻を命ぜられた破面達。
グリムジョー、ヤミー、ルピ、サラマ、そして彼らとは別の命を帯びかつこの侵攻の指揮を取っていたウルキオラ、彼ら五人がこの玉座の間に集められたのは言うまでもなく現世侵攻の報告のため、しかし彼等の主である藍染は未だその姿を見せておらずそして彼等の中でもっともこの任務で不満を抱えていたルピがそれを爆発させていたのだ。


「聞いてるのかよウルキオラ! テメェの撤退要請が早すぎたせいでボクはあの死神崩れを殺しそこなったんだぞ!あのまま戦ってればボクは絶対勝ってたんだ!それを…… お前のせいだぞ! あれじゃぁまるでボクが逃げたみたいじゃないか!ふざけるな! こんな屈辱っ…… どう落とし前つけるてくれるのさ!」

「………… 」


喚き散らしまるで駄々をこねるように叫ぶルピ、その彼に詰め寄られているウルキオラはといえば眼を閉じて無視を決め込むように瞑目していた。
それを遠目から見ているヤミーは一言「うるせぇなぁ」と愚痴を零し、サラマは言葉にこそ出さないもののヤレヤレといった風で肩をすくめている。
グリムジョーはその光景すら眼に入っていないかのようで、別に僅かな苛立ちをその内に仕舞いこんで眼を閉じていた。


「何とか言ったらどうなのさ!そもそもさっきの侵攻が人間の女一匹攫うための囮だって!?馬鹿にするのもいい加減にしなよ! ボクはお前と同じ十刃(エスパーダ)なんだ!それをただの囮だなんて…… このボクを誰だと思ってる!!」

「……今回の任務は藍染様直々のものだ。 万が一にも失敗など許されない」

「それでこのボクを囮に? ふざけるなよ! 要は自分ひとりじゃ任務に失敗するかもしれないって思っただけじゃないか!お前はいいさ! 女を攫って任務成功だ。 でもボクは!ボクはお前のせいでこの上ない屈辱を受けたんだよ!このボクがだ! 」


ウルキオラの答えに欠片も満足がいかないルピは更に憤慨して彼に食って掛る。
最早当てこすり以外の何者でもないその言、責任転嫁に現実逃避を上塗りし続ける彼の姿に流石のウルキオラも小さく舌打ちをし、苛立ちを顕にするがルピの眼にはそれすら映らない。
それもその筈、彼はただ自分自身が残した結果を受け入れたくないだけなのだ、責任から逃れ現実から逃れ結果から逃れ、自らの自尊心を守る為に喚き散らす彼には他人の感情の機微など関係ない、彼はただ喚く事でこう言いたいだけなのだ、“自分は悪くない”と。



「皆よく戻ってくれた。 ご苦労だったね…… 」



しかしそれも終わり、この男が登場した事で場の空気は一変する。
彼等の立つ場所よりも高に見据えられた玉座、そこに現れた男藍染 惣右介(あいぜんそうすけ)の登場によって。
薄っすらとした笑みを絶やさぬその顔、優美さと余裕を感じさせる声と所作、死神でありながら破面の衣を纏い彼ら破面をただ己の圧倒的な力によって完全に支配する王、いや彼らにとって創造主であり唯一無二の存在である彼。
傍らに部下である死神 東仙 要を従えた藍染は悠々と玉座に向かう、喚き散らしていたルピは藍染が現われると彼から視線を逸らしバツが悪そうに黙り込み、他の面々もそれぞれ僅かだが緊張の度合いを高める。
無意識に彼等が萎縮し緊張する存在、根本的な次元の違いをただその場に居るというだけで感じさせるかのような藍染の存在感とカリスマ性が、そこに現われているような気がした。


「今回の任務、ウルキオラ以外の面々には秘する事が多くあった。だがそれはそれだけこの任務が重要であった、という事の証明だと思って欲しい。そして囮とは敵にそうとは悟らせない事が何より重要なもの、それに関してキミ達は優秀だったよ。 “結果的”に囮としてしまった事はすまないと思う……だがキミ達の力があればこそ、死神の目を釘付けにしておく事が出来た。感謝しているよ 」



玉座にゆっくりと腰掛けながら語る藍染の言葉に淀みはない、それがまるで本心の言葉であるかのように、それがまるでこころからの労いと謝罪であるかのように。

しかしそれは“まやかし”である。

この男に真(まこと)の言葉などというものは存在しない、少なくとも今この場に措いて語って聞かせた言葉に彼の本心は無かった。
あるのは如何に眼下の者達の思考を操作するかという手管、彼等が何を求めまた何に怒っているか、その感情は何処から来るのかそしてどうすればそれを自分の思った方向へ向け、自分の欲しい答えを彼等が“自ら導き出したと錯覚させる”事が出来るかという方法論。
彼にとってそれは難しいことでは無い、今この場に至る数百年の道程の中彼は一度たりともそれしくじった事がないのだ、こと他者を意のままにすることに関してこの男ほど秀でた者は居ないだろう。
傑出した才能と叡智、しかしそれを全て自分のためだけに使う藍染、だが誰もそれを咎める事は出来ない。
何故なら異を唱えるならばそれに足る才気と力を持たねば成らず、この男に比するそれを持つ者はそう多くは無いからだ。


「……と言ってもキミ等とてそう易々と納得できるものではない。特にルピ、キミの憤りは察して余りある。 本当にキミの“気位の高さ”は十刃のそれだと思わされるよ」

「……当たり前ですよ。 このボクが人間の女一匹攫うためだけの囮に使われるなんて我慢できる訳が無いっ!」


眼下の破面達の反応を見ながら藍染は、彼らには判らないほど小さくその笑みを深くする。
そして彼等の中で唯一人この任務に憤りを顕にしていたルピに話しかけた。
お前の憤りも、怒りも、何もかも私は理解できると、お前の感じるそれらはそう感じるのが当然の代物でそう感じるからこそお前は十刃に相応しいのだと語る藍染。
その言葉にどれだけ真実が含まれているのかは察して余りあるだろう、それを見抜き茶番だと内心で笑うか戯れだと瞑目するか、自分には関係ないと無視を決め込むかはそれぞれであり、それをそう思うことが“当然である”と受け取るのもまた個人の自由に他ならない、ただそれが“本当に”彼自身の意思かは別として。


「そうだね。 キミの憤りは最もだ。 だが彼女の能力(チカラ)は面白い、非常に……ね。 ……しかしそれだけでは納得も出来ないだろう?ここはひとつキミ自身で彼女の能力を見定めるといい。要(かなめ)、彼女を此処に…… 」

「畏まりました…… 」


藍染の言葉に玉座の傍らに控えていた東仙は、小さく礼をした後踵を返した。
彼女を此処に、その言葉が意味するものは一つしか無い、ルピをはじめとして多くの十刃クラスが囮として使われた任務の目標、ウルキオラによって虚夜宮へと誘われた人間の少女、藍染惣右介をして非常に面白いと言わしめたその能力の持ち主が彼等の前に姿を表すという事。
そして藍染の命を受け程無くして再び東仙は玉座の間へと戻った、しかし戻ったのは藍染の玉座のある高みではなくウルキオラ等の立つ床の方であり、そして彼の後ろにつき従うようにして現われたのは、長い胡桃色の髪をした人間の少女、井上織姫だった。

複数の視線が織姫に集まりその視線に篭った感情は様々、怒り、興味、無関心、そんな視線に晒された織姫は胸の前に持ってきた手をギュッと握り締める。
そうしなければ気圧されてしまうという危機感、自分とは到底理解できない程強大な悪を持ち、それを何の躊躇いも無く振るい、何の躊躇も無く命を殺し尽くす、破面という存在はそれだけ強大で禍々しい存在であるという事、自分はその前に何処までも無力であるという事を今更ながら本能的に察した彼女に今出来る精一杯、自らを保つために出来るそんな僅かばかりの抵抗が彼女に出来る唯一の事だった。



「ようこそ。 井上 織姫…… 我等はキミをこころから歓迎しよう」



気を張る織姫の背がゾクリと震える。
彼女の視線その遥か高みに座り彼女を見下ろす男が発したその声、僅かに低くしかし良く響くその声は柔和で温厚そうで在りながら彼女にはその根本がひどく冷たいものに感じられた。
たった一言、それだけで身体の芯が冷え切ってしまう感覚、織姫が今まで味わった事がない畏れや恐怖とも違う感覚。
それはおそらく存在の差、種族、年齢、性別、ではなく霊力や霊圧の類でもないそれは生まれ持った存在の差、次元が違うという言葉が最も適当に思えるそれはただ藍染の存在の大きさと強さの前に織姫が対しきれないが為に感じたものなのだろう。
破面と相対したときとも違うそれは無力感よりも逆らう事すら思い描けないような、何処までもそして何もかもが圧倒的な存在であると織姫に思わせていた。



「さて…… さっそくだが織姫、キミの能力を我が同胞達に見せて欲しい。その為に…… 要、“ルピを斬ってくれ” 」



「なっ!!」

「ハイ…… 」


あまりに突然言い放たれた言葉に誰もが一瞬硬直し、だがただ一人東仙要だけが刀を抜き放っていた。
そしておそらく藍染の言葉に最も動揺していたであろうルピは東仙の刀に対応出来る筈も無く、東仙の放った攻撃は電光石火の速さでいとも容易くルピの肉体に突き刺さる。
放たれた突きは三度、それぞれが鎖結(さけつ)、魄睡(はくすい)そして心臓を的確に貫き破壊し、一瞬遅れてルピの傷口から血が噴き出す。


「……グ……っ! ……ゴフっ! なん……で…… 」


口から血の塊を吐き出しながら崩れるルピ、血を吐きながら何故だと驚きと怒りに染まった顔で東仙を見上げ彼は東仙の袴の裾を握り締めるが、東仙は無言でもう一度刀を振るいその袴を握り締める手を上腕から切り落す。
数瞬の後ルピの口から血飛沫と共に叫ばれる悲鳴、愛らしい少年の容姿とは似ても似つかない咆哮は腕を切り落された痛みと怒りが混ざり合った凄まじいものだった。
切り落され転がった上腕は東仙の鬼道によって燃やされ灰となり、鎖結、魄睡といった臓器は再建再生の難しい臓器、何より心臓を潰された以上ルピの命は風前の灯、こんなにも呆気なく終わる命、こんなにも呆気なく命が奪われる場所、それが虚圏、それが虚夜宮。


「さあ、織姫。 早速だが彼を救ってくれるかい?キミのその能力で…… 」


だがやはりこの男は、この虚圏、この虚夜宮の主はその程度では揺るがない。
自らが命じて斬らせたというのにまったくそれを意に介していない、罪悪感もなにもない、ただあるのは織姫の力を彼等破面に見せる利というそれだけ。
結果が判りきっているからこそこの男は時間すら惜しまない、どう転ぼうと己が求めた結末は手に入ると判っているから。
そして所詮この一連の出来事も彼にとっては戯れに他ならず、それでも彼に不利に成る事など一つもありはしないのだ。


「なんで…… なんでこんな事が出来るんですか……?」


この状況で口を開いたのは織姫だった。
まるでそれが当然の出来事であるといった風で語る藍染も、その藍染の命に異を唱える事もなくそれを実行した東仙も、そして自らの同胞が目の前で斬られたというのに顔色一つ変えずに平然としていられる破面達も、彼女からすればどうかしているとしか思えなかったのだ。
元来、井上 織姫という人物は他者を悪し様に言う事を好まない、それは彼女のこれまでの境遇やそれ故に培われた他者への優しさからなのだが、その優しさが言うのだ、彼らは間違っていると。
故に彼女は意を決し口を開いた、弱々しく見えて存外強いその意思こそ人間井上 織姫の強さなのだろう。
だがその優しき強さも藍染に爪を立てることすら出来ないのが現状である。


「織姫、これは“必要な事”なんだよ。 私にとっても彼らにとっても、そしてキミにとっても……ね。私とてここで貴重な十刃の一角を失うのは惜しい、ただキミがその力を“使いたくない”、というのならば私からこれ以上無理強いはしないよ。ただその時は残念だがルピには“死んでもらうより他無い”、キミの目の前で……ね…… 」

「そんな! 」


藍染の言葉に織姫は一瞬異を唱える、だが彼女のこころは既に決まっていた。
それは選ばされたといってもいい選択ではあった、今目の前で消えゆく命、それを見殺しにするかいなかの選択を前に織姫が取る選択など始めから決まっているのだ、それが例え破面であったとしても。
藍染は決して命じない、全てを彼女に委ねるかのように全て彼女が選択したいように進めさせ、結果完全に自分の思ったとおりの展開を導き出す事こそ彼の手管、そしてそれは彼にとって赤子の手を捻るように容易い事なのだ。


「さあ、織姫…… 」

「は……い…… 」


高みより促す声に織姫は逡巡の後ただ、そう答えるより他無かった。
他の選択しは無い、少なくとも彼女にそれは選択出来ないのだからもうこれ以外に無い、自らの力であの破面を救うという選択以外。
近付く織姫をルピは口から血と小さな赤い泡を吐き、腕の断面から血を流しながらも睨みつけていた。
命惜しさで気でも触れたか、人間風情に何が出来ると視線で語るルピは、しかし傷の深さまでは虚勢で誤魔化す事は叶わず顔色は見る見る悪くなっていく。
床に這い蹲り仰向けに倒れたルピの傍に立った織姫は、両側のこめかみ辺りに付けたヘアピンに軽く触れると小さく「舜桜(しゅんおう)、あやめ」と呟く。
すると花を象ったヘアピンの花弁が光りを放ち、そして飛び出したのは二つの小さな物体。宙を飛ぶそれらは鳥とも妖精ともつかない掌に乗る程度のもので、織姫の頭上を旋回している。
それが織姫の能力の発現であることは言うまでも無くそしてそこから起こった出来事、彼女が発した一言の後に起こった変化はそれを見た全ての者に驚きを与えて余りあるものだった。



「双天帰盾(そうてんきしゅ)…… 私は、拒絶する…… 」



織姫の発した言葉、言葉には魂が乗りそれは言霊となって外界に発現する。
織姫の頭上を旋回していた二つの飛行体が彼女の言霊を受け、旋回をやめるとそれぞれ横たわるルピの頭と足先へと移動する、そして互いを頂点とした楕円の結界でルピの身体を包み込んだ。
そして織姫が結界に手をかざすとその後の変化は劇的に訪れる。

ルピの傷から溢れ出る血は止まり顔色は見る見る良くなっていく、息と共に零れていた血も止まりそれが示すのは傷が癒えているという事、鎖結、魄睡といった重要臓器をいとも簡単に再生する治癒力には驚かされるが、それ以上にその光景を見ていたものを驚かせたのは別の事柄だった。

斬り落されたルピの腕、落されそして東仙によって灰にされた彼の腕が元へと戻っていくのだ。

それは新たに生えるでもなく、他を繋ぎ合わせるでもなく、ただ何も無い空間から失われた腕の一部が現われ再びより合わさっていくような光景。
小さなそれらは断面に集まるでもなく、ただ自分が元から“その位置にあった”とでも言うようにルピの腕へと集まり、骨も肉も血管も神経も何もかもが同時に再建されていく。
それは一目見て異常だと判る光景、東仙に貫かれた鎖結や魄睡が癒える事と失われた腕が再び元に戻る事は決して同義では無い。
今“在るもの”を元通りにする事と既に“失われたもの”を元通りにする事は明らかに異なることであり、織姫の一連の能力は最早“治癒”という次元を超えるものだとその光景は示していた。


「ケッケケ。 こいつはまたとんでもない御穣チャンだ…… 」


目の前の光景、それに思わずサラマが声を漏らしてしまうほどその出来事は衝撃的だった。
明らかに治癒とは異なる回復現象、既に回復と呼んでいいのかすら怪しいそれを初めて見た者の反応としてそれは間違いではない。
何よりその超常の力を自らの意思で行使しているのは、彼らよりも脆く弱い筈の人間の少女なのだ、驚くなというほうが無理な話だろう。


「嘘…… だろ……? 人間風情に、こんな…… 」


だがこの面々の中でおそらく群を抜いて驚き動揺しているのはルピだろう。
ほんの少し前まで自分自身が瀕死の重傷を負い、もしもそのまま助かっていたとしても霊的重要臓器を失った自分がどうなるかなど眼に見えていたのだ、生きようとも死のうとも自分に明日など無い、そう思っていたルピは今傷を負う前となんら変わらぬ状態で上体だけを起し床に座っている。
斬られそして再生した手を確認するように裏表と返し、確かに貫かれた胸を触って確認する彼、その顔は呆然といった様子で先程までの激昂は嘘の様に退いていた。
その身に起こった出来事に感情が追いついていないかのように、その身に起こった超常の理を理解するのを拒むかのように。


「ケケ。 嘘も何も自分で体験したじゃァないですか、第7十刃サン。しかしこいつは…… 限定空間の……回帰?ってやつですかい?結界で覆った内部の空間を巻き戻す…… “人のままで”この能力…… 恐れ入るねぇ 」


呆然とするルピを揶揄するように軽口を叩くサラマ、ルピが言い返してこないと判っているからこそのそれは何とも彼らしい。
ルピにチクリと一言放りつけたサラマはその視線を織姫へと向け、顎をさすりながら驚きと感心が入り混じった顔で彼女を見る。
結界で覆い治癒再生されるという点から、結界という限定的な空間の内部を回帰させることによる回復現象、つまりは空間回帰の類だと織姫の能力にアタリをつけたサラマ、その能力も然ることながら彼が驚いたのはそんな高度な能力を破面でも、まして死神でもない只の人間である彼女が発現させたという事、内心「それは藍染様の眼にもとまるわなぁ」と織姫に同情しながらもそれは露ほども見せないサラマであったが、彼の言に次いで放たれた言葉には心底驚くことになる。


「フフ。 違うよ、サラマ。 彼女の能力は“空間回帰”ではない…… ウルキオラも彼女の能力を空間、もしくは時間回帰の類と見たようだがそのどちらも間違っている。彼女の能力…… それは『 事象の拒絶 』だ…… 」


驚きが電流のように駆け巡った。
藍染の放った一言『 事象の拒絶 』、空間回帰でも時間回帰でもなく、織姫の能力として彼らに明かされたそれは極めて異質なもの。
先の空間、時間の回帰にしても人間がただ個人で至る事が奇跡であるとさえ言える部類の能力であるにも拘らず、それらを易々と超える力の名は彼等を驚愕させるに充分すぎるものであった。


「事象とは全ての現れと帰結、事の起こりと終わり、そして一つの物体が過去から今へと至る間に経た全ての過程。彼女の能力はその過程の中で対象に起ったあらゆる事象を限定し、拒絶し、否定する事で全てを“起る前”の状態へ帰す能力。時間や空間を介する必要がない完全な上位能力。人、死神、虚、それらに許された域を易々と超える…… まさに、“神の領域すら侵す能力”だよ 」

「なんともまぁ…… 」


事象の拒絶、対象に起こったあらゆる出来事を限定し、拒絶し否定する事で何事も起る前の状態へと帰すことが出来る能力。
過去に負った傷も、失われた身体の一部も、それだけに留まらず無機物であっても有機物であっても何もかも、起った事象を限定し拒絶するその能力は対象をそれこそ無に帰すことすら可能な能力なのだ。
時間や空間といった一定の方向に進むものやその空間で起った事のみを限定して回帰させるのではない、時間や空間といったものをまったく無視してただ起った事象のみを拒絶するのが織姫の能力。
サラマが驚きを通り越して呆れすら見せるほどのその能力は人間の領分などいとも容易く飛び越え死神、虚の力すら超えた先、そこに存在するであろう神の定めた事象の域を踏み越える程の稀有な存在、それが彼らの目の前に立つ人間の少女、井上 織姫なのだ。


「判ってくれたかな? ルピ。 キミが体感した彼女の能力がどれだけ稀有な存在であるか…… 今回の任務に最も不満を見せたキミだからこそ、その身をもって彼女の価値を知ってもらうことにしたんだ。突然の事ですまないとは思うが…… 理解してくれるね?」

「………… 」


織姫の稀有なる能力、その価値、その希少性を藍染はこの場にいる誰よりも、それこそ能力の持ち主である織姫以上に理解していた。
だからこそ今回の任務がどれだけ重要であったかをルピに理解させるため、藍染は彼を死の淵に追いやりそして織姫の力で呼戻したのだ。
たかが人間の女、その程度の存在と高を括っていたルピだからこそこの藍染の仕打ちは堪えるだろう、おおよそ人という種より全てに措いて優れているであろう彼という存在すら抗うことが出来ない死という事象を彼女は、織姫は事もあろうに彼の目の前で否定し拒絶したのだから。
床に座るルピの肩はワナワナと震え俯き加減の顔は見えずしかし、ぶつぶつと言葉だけは呟かれていた。
その呟きは徐々に音量を増しそして小さくとも明確にある単語が聞く物の耳に届く。



「―― “ 化物 ”…… 」



震えた肩は隠し切れない怒りではなく恐怖から、だが俯いた顔はその恐怖を否定するような憎悪に歪む。
神の領域を侵す力、それを体験したからこそ判るその異常性、自らの死をすぐ傍に感じながらそれが急速に遠ざかった事への違和感、それが示す“命を握られた”感覚と抗えぬ事への畏れ、癒しという本来安堵を感じるべきものから感じた確かな恐怖はルピに怯えを齎すのに充分なもので、しかし自分がどれだけ異常な力を持っているとしても人間の女一人に怯えを抱くという事実を認めることを、彼の誰より高い自尊心が拒んでいた。


「化物…… 化物…… 化物っ! こんな馬鹿げた能力ありえない…… 何なんだよお前は! こんな…… こんな能力…… おかしいだろ、こんなの…… ボク達よりお前の方が、“ よっぽど化物 ”じゃないかっ……! 」


呟き搾り出された言葉、理性で否定しながらも本能がそれを感じる故に恐怖しそれを自尊心が再び否定する。
目の当たりにしただけならどれだけ良かっただろうか、それを体験する事無くただその眼で見ただけならばどれだけ楽だっただろうか、そんなもしもを夢想しながらルピは恐怖に駆られ、それでも変えられない現実を彼はこう呼んだのだ。

化物。

振るわれた能力は人の頚城(くびき)を容易く踏み越えたもの、死神にも虚にもそして破面にも踏み込めない領域をなんの代償も払う事無く易々と侵す能力を振るう者の呼び名を、彼はそれ以外に持たなかった。
命を刈り取り魂を喰らう存在である自分を差し置いて尚彼女を化物と呼ぶより他無いという現実、彼に比べ明らかに非力で脆弱な存在である人間の少女、いや、そうであるからこそ尚引き立つその異常性こそルピが織姫を化物と呼ぶ根幹の理由なのかもしれない。

織姫はそのルピの言葉に思わず一歩後ずさる。
自分が他人と違う事はとうの昔に知っていた、普通では無いから、自分とは違うからという理由で云われない敵意に晒されたこともあった、だがそれでも、その決定的な一言を口にした者は誰も居なかった。
化物、それが指すのは人では無い何か、人とは違う何か、人が持たないモノを持ち人を外れた何か、そこまで考えて織姫はそれ以上先に進むことをやめる。
それ以上考えれば戻れない、気付いてはいけない、例えそう思っていたとしてもそれを自覚してはいけないと。

だが虚圏の絶対なる王は、その織姫のこころの機微に笑みを深めて言い放つ。


「そうだよ、織姫。 キミの能力は人間のそれを既に凌駕している。その能力を得た瞬間からキミは人を超えた存在になったんだ。実に素晴らしい…… だが人間とは矮小な生き物でもある。そう容易く“自分とは違う”存在を受け入れる事は出来ない。そしてキミの能力ように自分の矮小な物差しから外れ、計れず得体の知れ無いチカラを持つ者を、人間は恐怖と忌諱の感情を込めてこう呼ぶのさ…… 化物、と…… 」

「っ! 」


藍染の言葉の槍に貫かれ織姫が息を呑む。
キミは人とは違う、人を凌駕し人の踏み込めない領域に達した存在こそがキミだと語る藍染は、笑みを浮かべ織姫を見下ろしていた。
しかし藍染の言葉は織姫の能力を肯定すると同時にそれが人間にとってどれだけ“受け入れ難い存在”であるか、そして人間とは須らく自分とは違うものを排するもので、自分に理解できない存在を化物という言葉で括るのだと織姫に告げる。
それが抗えぬ真実であるとして、人間という愚かな生き物の愚かな行動の帰結として。


「織姫、それは仕方が無い事だ。 キミの苦悩や悲しみは人間達には理解できない。力を持つ者が持たざる者の苦しみを知らないように、持たざる者もまた、力持つ者のそれを真の意味で理解など出来ないのだよ。悲しい事にね…… だがキミはそれを知っている。彼ら凡庸な人間に自分は理解してもらえないと知っている。だからキミは隠しているのだろう?黒崎一護達以外の人間に、“彼ら以外の友人達”にキミの能力を…… 」

「そんな…… 私、は…… 」


織姫がもっとも恐れるものを藍染惣右介は簡単に見透かした。
彼女にとって大切なもの、両親を亡くし兄を亡くしただ一人で生きてきた彼女にとって最も大切なものは“繋がり”。
小さな範囲でもそれでも確かに繋がっていると思える大切な友人達、彼女の中でそれらが如何に大きな割合を占めているかは言うまでも無い。
だが大切だと思えばこそ、そして大切だからこそ失いたくないと思えばこそ言えないのだ。

自分の持つ能力を、人とは異なる異能の力の存在を。

藍染は語る、力持つ者の苦しみは力無き者には判らないと、力無き者が力ある者に向けるのは羨望と嫉妬そして畏れであり、誰一人として彼等の苦悩や痛みに眼を向けるものなど居ないのだと。
持たない自分を変えるのではなく、持つ者を異端とし自らの世界から隔離しあまつさえ蔑む事で自分自身を護ろうとするおろかな振る舞い、“不変”である事に意義を求め“変革”を受け入れず殻に閉じこもる。
それが人間、凡庸なる者達の限界がそこにあるのだと。

そして藍染は言うのだ、だがお前はそれを理解していると、理解しているが故に口を鎖し理解しているが故に畏れ隠していると。
自分という人間が得た異質なる能力を、それを異質だと知っているからこそ隠しているのだろうと。
同じように人とは違う力を持ち、人とは違う世界を知った友以外に、平凡な世界に生き日常を甘受し営みを続ける“異能を知らぬ友人”にと。


「人は矮小だよ織姫。 それはキミの友人とて変わりはしない…… そうだね、ではキミが“本当に”畏れている事を当てて見せようか?キミが本当に畏れている事…… それは“受け入れられる事”だろう?キミの友人達がキミの能力を知り、瞳に畏れを浮かべながらそれでも“キミを傷つけまいとして”キミに偽りの笑顔を向けキミを受け入れる…… それはキミにとって化物と呼ばれることよりずっと怖ろしい事のはずだ」

「やめて…… 」

「何をだい? 私が語るのを止めても真実は変わりはしない。キミの能力は異質だよ、だが異質だからこそ素晴らしいと思わないかい?キミの能力はその気になれば“この世の全てを無に帰す”事が出来るというのに。破壊不可能な物質も、絶対不変の死も、そしてこの私すらも…… それを思えば人と人の繋がり等、あまりに瑣末で無意味なものとは感じないか?」

「やめてください! 」


やめてくれと、それ以上言わないでくれと叫ぶ織姫。
耳を塞ぎ嫌々と首を振り、藍染の言葉を否定するその姿は痛々しくあった。
実際彼女の不安や畏れは杞憂の域を出ないのだろう、彼女の友人たちに限った事を言えば彼等彼女等は彼女の能力を知ろうとも変わることは無い、それは彼女の為を思った気休めでも同情でもなく、彼女の友人たちはきっと彼女の能力ではなく彼女自身を見るからだ。
今まで友に過ごした彼女という人間を見るから、だから彼女が人と違う異能を持とうともきっと彼等の関係性は変わる事は無い。

しかし、そう思っていたとしてもたった一欠けらの不安を拭い去る事が出来ないのが人間なのだ。

藍染惣右介の言葉は優しく柔和であるが、その不安を揺さぶる。
小さな不安を刺激し増殖させ、大きな信頼と自信に疑念と揺らぎを与える、藍染の怖ろしいところは何も斬魄刀の能力や圧倒的霊圧だけではない、人という生物の機微を見透かしその者がもっとも恐れ隠そうとしているものを白日の下に晒す才能。
そして心理的に行く先と退路を断ち、その者を立ち止まらせ或いは理想的な逃げ道を用意し己が思いのままに歩ませる。

そう、呑み込んでしまうのだ、相手を。


「織姫、キミが現世に居たとしてそこに何がある?キミはキミの友人達に自分の能力を秘密とし、騙し、これからも虚構の平穏に生きるのかい?それとも打ち明け、畏れられ、一人涙を流すのかい?そんな世界に何の意味がある? その能力を得た瞬間から、キミの居場所は“現世には無い”のだよ。異質な力を持つ者は同じように異質な者とあってこそはじめて己の存在を肯定出来る。キミが居るべきは現世ではなく此処だ、此処で私の為にその能力を捧げておくれ…… 」


不安を煽り退路を断ち、希望を砕き道を示す。
藍染の言葉は織姫を捕らえて放さず、何処にも向かうことを許さない、ただ藍染が望む方向以外何処にも。
彼が何を織姫に求めまた何をさせたいのかは今もって誰にも判らない、しかし言えるのは藍染にとって織姫の存在は現状何かしら“価値あるもの”であり、彼が織姫を虚圏へと招いた事は決して気まぐれではなく思惑あってのことだという事実。
そしてその思惑は確実に彼にとって利のあるものでありまた、彼以外の多くの者達に不幸と悲しみを齎すもの。

藍染が織姫を言葉巧みに追い詰め退路を断つのは後ろを“振り向かせる”ため、彼女の不安を揺さぶるのは“振り向いた先に恐怖を抱かせる”ため、恐怖は足枷となって踏み出す足を躊躇わせ、結果織姫は逃げる事もできず現状を受け入れるより他無い。
この虚圏に来ると選択したもの彼女、逆らわぬと約したのも彼女、決意が強ければ強いほどほんの一瞬振り向き見える世界は強い望郷を産みしかし、それは恐怖と後ろめたさを伴って彼女を苛む。
まるで真綿で首を絞めるようにじわじわと織姫を追い込む藍染の手管、追い詰められるほどに不安の足枷は大きく重く成長する。

だがそれでも“人の強さ”とは理だけでは計れないのだ。


(あの人の…… 藍染さんの言ってる事はきっと間違ってない。私はどこかで怖がってる。 みんなに…… たつきちゃん達に怖がられる事を怖がってる。 ……でもそれは私のこころが弱いから、たつきちゃん達をほんの少しでも疑ってしまった臆病な私のこころが弱いから。あの人にはそれが見えてるんだ…… でも…… でも私は…… )


織姫は耳を塞いでいた手を下ろした。
それは屈服の姿にも見えたがその実少しだけ違っていた事は、顔を上げた彼女の瞳を見れば明らかだった。
藍染惣右介を前にその瞳には屈服の色は無かったのだ、存在の次元が違う、そんな相手を見上げる彼女の瞳にはそれに負けじとする思いが浮かんでいるのだ。


「あなたの言う事には従います…… でも、私の世界は此処じゃありません。それに弱いのは臆病な私だけです。 だから私の…… 私の“大切な人たち”を、悪く言うのはやめてください!」


それは王に対する言葉としても、また自分の命を確実に握っている相手に対する言葉としても不適当なもの。
ただ囚われただけの虜囚にすぎない彼女がそれを命じた王に対して意見する、己が意思をハッキリと言霊に乗せ王の言葉を否定する。
本来ならばありえないこと、破面とてそんな選択肢は持ちえずまた実行しないであろうそれを、脆く儚い人間である彼女は並々ならぬ思いでやってのけたのだ。
さしもの藍染もこの織姫の行動には「ほぅ…… 」と感嘆の呟きを零し、サラマなどはわざとらしく藍染に背を向けククッと肩を揺らして笑いを堪え、東仙は眉間の皺を深くし、ルピは目の前の人間の少女の行動に完全に呆気に取られていた。


「なるほど…… 織姫、キミは人を外れた能力を持ちながらその内は未だ人の矮小さに納まったままのようだ…… いいだろう、私にとって必要なのはキミの人格ではなく能力だ。その約定さえ違えなければキミの“こころの自由”は保障しよう。私も少々“戯れ”が過ぎた…… ウルキオラ、彼女の事はキミに一任する。くれぐれも、丁重に扱ってくれ 」

「ハイ…… 」


玉座を立った藍染はそれだけを言い残すと玉座の後ろへと消えた。
彼の姿が見えなくなった瞬間織姫の緊張の糸は切れ、その場にへたり込んでしまう。
その顔には明らかな疲労が見え、藍染惣右介と対峙する事が異能を持っているといえど人間にとって如何に魂を削る事か、という事を如実に語っていた。
藍染が消えたことでその場は解散となりグリムジョー、ヤミー、サラマ、東仙は各々その場を去り、ルピもまた立ち上がるとへたりこんだ織姫を一度睨みその場から去る。
残された織姫とウルキオラ、へたり込んだ織姫の背をウルキオラは僅かに眉間の皺を深くして見ていた。
おおよそただの人間と大差ないその少女、しかしただの人間には到底出来ない事をやってのけたその少女、肉体は脆弱、精神は未熟、能力は異常なれどそれでも戦いの脅威足りえるものではない、破面の誰にとっても障害になりえないその少女は破面の誰しもが敵わない存在にその未熟な爪を突きたてたのだ。
己の命を投げ出して誰かを救おうとしたかと思えば、今度は友人たちの名誉を護るため再びその身を投げ出す、自分という存在を度外視したあまりに非合理的な選択の数々としかしそれを成功させる何かしらのチカラ。
何がそれを支えたのか、何が彼女にそうまでさせたのか、ウルキオラには理解できない。

それが“こころ”という彼が否定し続けたものによるチカラなのだと、その時の彼には思いもよらないことだった……










――――――――――










「エエんですか? 」


玉座の裏の通路を進み拓けた小部屋に出た藍染に声がかかる。
声の主は入り口の傍の壁に寄りかかり、その顔にまるで狐か蛇のような笑みを湛える銀髪の青年、藍染は彼の存在に気を裂く事無くそのまま歩き、振り返ると部屋の中央に据えられたソファに座り、ようやく青年の問いに答えた。


「何の事だい? ギン…… 」


藍染は壁際の青年 市丸 ギンの問いに問いをもって答えた。
主語を欠いた応酬は彼等二人の日常、まるで探りあうかのような会話ではあるが、存外どちらも嫌いではないのだろう。
壁に寄りかかっていた市丸は笑みを貼り付けたまま、藍染もまたその顔に笑みを貼り付けたまま、どちらも腹の底を探りあいしかしそれを見せない。


「あの娘、“希望”が残ってしまいましたよ?ホンマはあそこで絶望させて、よう動けんようにする心算やったんでしょ?」

「あぁ、その事か。 いいんだよ、ギン。 あれは私の戯れにすぎない…… 織姫(アレ)は所詮“餌”だよ。 餌の本分は活きて獲物を引き寄せる事、その為には餌にもまた、相応の餌を与えなければいけない。例えば“希望”、という餌を……ね 」

「……怖いお人やなぁ 」


藍染の笑みに冷たいものが浮かぶ、先程までの柔和さの中にほんの僅かに浮かぶ冷たさ、冷酷さ。
織姫をまるでモノのように呼び、餌と言い切ってそれ以上の価値が無いとするようなその冷たさこそ藍染の本質が見えた気がした。
囚われた織姫から全てを奪い去るのではなく、ほんの少しの希望をチラつかせ飼い慣らす事、人は例えそれが偽りでも希望があれば生きられる生物だと知るからこそ藍染は織姫にそれを残した。
それが織姫のうちから生まれた希望か、彼が与えたそれかは問題では無い、重要なのは織姫が“餌として機能する”という事だけなのだから。


「計画は全て順調に推移している。 私が全てを理解し、王鍵を手にする日も近いだろう…… 」


そう、全てはこの男の掌の上に、死神も破面も人間も全てはこの男の掌で踊る道化にすぎないのだ。
この男に見通せないものは存在しない、そう思えてしまうほどこの男、藍染惣右介は他と隔絶した場所に立っている。
そんな彼が一体何を望むというのか、一体何を求めるというのか、それを計れる者は存在せずそれ故に孤高の王はただ一人高みに達する資格を持つのだろう。




(さぁ、そろそろキミにも働いてもらおう…… その命、私の為に燃やし尽くしてもらうよ?フェルナンド・アルディエンデ…… )




藍染の浮かべた冷たい笑み、その笑みの視線の先に彼は確かに捉えていた。
荒ぶり燃え盛る炎の海、それが見せる生命の輝きを……














無垢なる叫び

空の器

全ての価値とは

私が与えるものだ












[18582] BLEACH El fuego no se apaga.87
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2012/11/17 20:57
BLEACH El fuego no se apaga.87












「それにしても割に合わない仕事でしたねぇ 」


白で統一された巨大で長い廊下、照明は点々とし僅かに暗いその廊下の真ん中をダラダラと歩きながらサラマは一人そう零した。
彼が割に合わない、と口にした仕事は言うまでもなく先の現世侵攻の件、本来彼に与えられるはずもなかった任務を偶々その場に居たが為に押し付けられ、出向いた先では戦いたいなどと願ったわけでもないのに何故か、どこかの誰かのような戦闘狂の相手をさせられる始末、彼の口から割に合わないという台詞が零れるのも致し方ない、といったところかもしれない。

藍染により彼やウルキオラをはじめとした十刃の前で人間“井上織姫”の能力が明かされて一日が過ぎた。
その間サラマには現世侵攻の際に負った傷の治療と回復が行われ、それが完了したため現在彼は本来居るべき虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外縁部、通称三ケタの巣(トレス・シフラス)への帰路についている。
傷の治療、といっても四肢の欠損や重要臓器の損失といった重大な傷があるわけでもなく、治療自体が一日で済んだ事からもそう大事ではない事が伺えしかし、それでも一日の間治療に専念する必要があるほどの傷を負ったことに関しては何とも格好がつかないものだろう。
治療を終えて後、三ケタの巣に戻った後で「あの人に絶対に何か言われるな」と内心で思いながら、それでも戻らざるを得ないサラマの足取りは重い。

そしてその道中、あの場で件の少女に回復してもらえば誤魔化せたのでは?と気付いたが為に彼の足取りがさらに重くなったのはまた別の話である。


そんな風に思いながらも進めば必ず目的地には着く。
広い廊下を進み続け僅かに暗いその先からは光が差し込み、開けた空間の気配があった。


「どうも~自分が行きたくないからって偶々そこに居合わせた良い子分に無理矢理任務を押し付ける親分に対してなぁ~んにも文句を言わず嫌々ながら律儀に押し付けられた任務をこなしに現世くんだりまで行かされてその上戦いたくも無いのにどっかの誰かみたいに戦いに死ぬとか訳の判らない考えした人の相手までさせられた子分が戻ってきましたよぉ~って…… 居ねぇし…… 」


開けた空間に足を踏み入れるなり、ベェと舌を出したままそこに居るであろう主に対して息継ぎもなくあからさまな嫌味を吐くサラマ。
彼からしてみれば今回のいつも通り諸々割に合わない任務の事を考えれば、これくらいの嫌味の一つや二つ許されて然るべきといったところなのだが、本来ならそこで吐き出された嫌味を受け止めるはずのサラマの主、フェルナンド・アルディエンデの姿はそこには無く結果としてサラマの嫌味は空しく消える。


「……まぁ、元々霊圧は感じなかったしあの人が居やしないのは別段珍しい事でもないんですが…… ねぇ 」


サラマとて馬鹿では無い、道中向かう先にフェルナンドの霊圧がないことなど探査神経(ペスキス)によって判ってはいたのだ。
故に先程のサラマの嫌味は様式美といったところ、居ないと判っていても言っておきたい事はある、口にした事で彼の中で一応の一区切りとするための通過儀礼に過ぎないのだ。
そもそもフェルナンドはふらりと居なくなることが多い人物だった。
当然フェルナンドがサラマに行き先を告げた事などただの一度たりとも無く、かといってそれに悪びれた様子もそれを咎める様子も見せない二人の距離感はある意味絶妙なのかもしれない。

ただ今回は少しばかりいつもと雰囲気が違っていた。


(俺の探査神経にニイサンの霊圧がかからない……か。まぁ虚夜宮も馬鹿みたいに広いですからねぇ…… 俺の探査神経の範囲外に居る、ってぇ可能性も無きにしも非ずですが…… なんでしょう? なんでだかキナ臭い感じがしますねぇ…… )


そう、三ケタの巣に戻る間からこの場所に至る間サラマはフェルナンドの霊圧を一切感知出来なかったのだ。
サラマの言う通り虚夜宮はその広大な広さから普通の破面の探査神経で全域を感知する事など出来ない、そんな事が出来るのはおそらく現十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)のアベル・ライネス位なもので、当然彼女ほどの探査神経を有していないサラマにそれは出来ない。
故にフェルナンドがサラマの探査神経にかからなかった虚夜宮のどこかに居るか、或いは虚夜宮の外である虚圏(ウェコムンド)の砂漠に降りていると考えるのが自然なのだが、どうにもサラマにはそれだけではないと思えてならなかった。

根拠も確証も無い、ただどうにも胡散臭い。
それはきっとサラマだからこそ感じる感覚、おそらくハリベルについで長くフェルナンドの傍にいるからこそ、そして他の破面は歩んだ道も毛色も違う彼だからこそ感じる根拠なき確信。

“何かある”

そう感じる彼の感覚はやはり間違ってはいなかった……







――――――――――







「来たね、フェルナンド…… 」


何処までも白い砂だけが続く砂漠、うねる様に続く砂丘と枯れ果てた様な石英で出来た木が点々とするだけのその場所に男は立っていた。
藍染 惣右介、何処までも圧倒的な力に裏打ちされた余裕を見せるその立ち姿はまさしく王者のそれ、そして砂丘の上に立ち月光に照らされた彼が振り返ると、そこにもまた一人の男が立っていた。
金色の髪に鋭く紅い瞳、放つ気配は独特で掴み所の無い雲のように見えながらも、その奥に決して餓えることのない激しい衝動が渦巻いているような、まるでその危うさに引き寄せられるような雰囲気を纏う男、フェルナンド・アルディエンデ。
フェルナンドの鋭い眼光を正面から受けて尚藍染はその薄い笑みを崩さず、そんな藍染の態度にフェルナンドも皮肉気に口元を歪ませる。


「キミが此処に来た、という事は少なからず私の言葉はキミの興味を惹いた…… と思っていいのかな? 」

「だろうな。 “あんな台詞”を吐かれて俺が大人しくしていられる筈がないなんてのは、テメェもよく判ってるだろうさ」


満足げな笑みでフェルナンドを見据える藍染。
言うまでも無く此処にフェルナンドを呼び出したのは藍染自身、此処といっても然したる目印も無いその場所は虚夜宮から遠くはなれた虚圏の砂漠、フェルナンドの響転(ソニード)をもってしてもゆうに一日はかかるその場所は虚圏の砂漠でも一等何も無い様な場所だった。
藍染は自分の思惑通りにフェルナンドがこの場に現われた事を喜んでいるような口調で彼に話しかける。
ただその言葉はあくまでフェルナンドが“自分の呼び出しに応じた”のではなく“彼自身が選択した”という雰囲気を残すもの、全てはフェルナンドの意思に委ねられていたのだと強調するような物言いは実に藍染らしい。

そんな藍染の思惑の篭った言葉にフェルナンドはニィと口元の笑みを深めると、そんなお前の思惑など判っていると言いたげに言葉を返した。
藍染もフェルナンドもどちらもが判っているのだ、これは単なる形式上のことだという事は。
藍染は己が思惑がフェルナンドに看破される事が判っていてあえてそれを口にし、フェルナンドもまた藍染の思惑が判っているにも拘らずそれを無視せずあえてその思惑に足を踏み入れる。
見え透いた罠、しかしそれが罠だとわかっていても進むのがフェルナンド・アルディエンデという破面であり、罠を張ろうとも相手はそれを意に介さず踏みしめ進んでくると判っていながらそれでも罠を仕掛けそれに嵌める藍染、両者の性はある意味で噛み合いしかし決して交わる事は無いのだろう。

フェルナンドが此処に来た理由、それは藍染からの突然の連絡だった。
突如として彼の頭に響いた藍染の声、天廷空羅(てんていくうら)と呼ばれる死神の術、霊圧を補足した相手との通信を可能とするその術によってフェルナンドに接触を謀った藍染はフェルナンドの反応を無視して伝えることだけを伝え通信を断った。
曰く、指定した場所に一人で来て欲しい、どうしてもキミに戦ってもらいたい相手が居る、ただこの依頼は断ってもらっても構わないしそれに対して私がキミを咎める事は無い…… と。
あまりにも唐突なその言葉、本来フェルナンドの性格を考えればこうした呼び出しなどはお構い無しで無視してしまうのが常なのだが、藍染が放ったただ一言によってそれは無視できないものへと変化したのだ。



君が来ずともそれを咎める事は無い。 何故なら彼と戦えば…… “キミは確実に敗北するだろう”



通信の途絶え際に藍染が放ったその言葉、“確実な敗北”というそれがフェルナンドの琴線に触れた。
戦う前から勝敗は決しているという藍染の言葉、それはフェルナンドのみならず戦いに生きる者ならばそう易々と受け入れられるものでは無いだろう。
特に戦いというものに己の生きているという実感を求め、戦いに己の存在意義を問うかのようにその身を投じるフェルナンドからすれば“確実な敗北”という言葉はそう受け入れられるものではない。
彼とて敗れた事はある、ただの一度も敗北を知らずに今に至った訳では無い。
ただその敗北たちは全て己の全霊を賭けた末の敗北、戦う前から敗北すると決まっていると、そう思った戦いなど彼の中で一度たりとて無いのだ。

故にフェルナンドはこの場に来た。
負けると言われたならばそれを悉く覆し勝つのがフェルナンドの歩んできた道、己の歩む道を貫き通すのがフェルナンド・アルディエンデであるという証明の為に
藍染の言う確実な敗北を自らの拳で打ち砕く為に。
そしてその確実な敗北を打ち砕いた先に、或いは生の実感を求めるが故に。


「キミはどこまでも私の期待を裏切らない。その愚直なまでの戦いへの餓えは実にキミらしく、そして評価に値するよ…… 」

「ハッ! 思ってもいねぇ世辞は止めろ 」

「いいや、本心さ。 キミという存在は私にとって非常に価値ある存在だったよ…… 本当に……ね 」


常通りの笑みのまま語る藍染、貼り付けた薄笑いは一見柔和な笑みであるというのに見るものを怯え竦ませる、何故ならそうして笑みを浮かべる藍染の瞳は何処までも暗いのだ、負の生物である虚や破面達をして尚その暗さに根源で恐れを覚えてしまうほどに。
言うなれば黒い渦であり闇の深淵、破面や死神とはそもそも存在に次元が違うからこそ覚える根源的恐怖がそこにはあり、しかしそれに真っ向から向き合うフェルナンド。
それは決して彼が藍染と同じ次元に立っているから、という訳では無い。
彼は狂っているのだ、敵を前にし、藍染のような存在を前にし、それでも彼は恐怖よりも歓喜を覚えてしまうから。
戦いとその先にある生の実感、恐怖とそれらを比べたとき彼にとって恐れとはあまりにも小さいもの、無くした訳でも忘れた訳でもないが彼にとって戦いを前にした時他の全ては霞むしかない。

そして震えるのだ、戦いへの歓喜に彼の中の修羅が。


「では本題に入ろうか。 キミを此処へ呼んだ理由、私にとってある意味今もっとも価値ある存在であり、キミに確実な敗北を与える存在を紹介しよう…… 」


言葉による戦いは必要なかった。
藍染もフェルナンドも今はそれを求めておらず、求められているのは“確実な敗北”という言葉の真意のみ。
本題へと移った藍染は芝居がかった口調でそれを呼んだ。
視線を背後へ、そして軽く片手を何かを招くように広げた藍染の立つ砂丘を登り、ゆっくりとその姿を晒したのは小柄な少年だった。
肩口でそろえ所々跳ねた金色の髪、身体の線は細く撫で肩で服の上からでも判るほど肉は少なく、眼の下には深い隈があり紫色の瞳はどこか焦点が合わず理性の光も見えない。
背には西洋風の大剣のような斬魄刀を背負ったその破面は、口を開けばまるで赤子のように言葉にならぬ声を漏らし、キョロキョロと辺りを見回す仕草を見せる。
その破面は身体の小ささも相まってまさしく“子供”と形容するのが的確だった。
まるで無垢な子供、それこそが藍染がフェルナンドに“確実な敗北”を齎すとした者の姿だったのだ。


「彼の名はワンダーワイス。 ワンダーワイス・マルジェラ、最も新しい破面でありサラマと同じく私自ら調整を施した改造破面さ」


ワンダーワイス・マルジェラ、藍染の言う最も新しい破面でありフェルナンドに現在最も近しい破面であるサラマ・R・アルゴスと同じ改造破面。
現世へと侵攻を繰り返し近いうちに死神と破面両陣営が衝突するであろうこの時期に生み出した破面、おそらくは“完成形”と呼べるであろうその破面の姿はとても“戦う者”のそれには見えず、しかし藍染惣右介に失敗というものが存在しない以上ワンダーワイスは彼の言う通り“価値ある存在”なのだろう。


「そのガキが俺に“確実な敗北”とやらを……ねぇ…… 」

「意外だね。 キミ程の者が相手を外見で量るのかい?」

「いいや…… アレと同じってぇ事は“それなり”だってのは保証済みだろうさ…… だがな藍染、俺は今“少々昂ぶってる”…… そのガキ、五体満足で連れ帰れるとは思わねぇ事だ…… 」


フェルナンドの言葉が終わるのと彼の霊圧が吹き上がるのは同時だった。
加減も様子見も無い全開と言ってもいい霊圧の暴風、それはフェルナンドが意識してそうしているのではなく彼の内にあるどうしようもない昂ぶりによるもの。
ティア・ハリベルという彼の中で最も特別な存在との誓い、再び相見えようという再戦の誓いはフェルナンドの中に抑えきれぬ滾りと昂ぶりを燃え上がらせていた。
故にフェルナンドは言うのだ、見た目など始めから考慮に入ってはいないと、必要なのは強さ、今自分の内に滾る昂ぶりを受けられるだけの強さがその破面にあるか無いかというそれだけだと。


「無論それで構わない。 だが私は断言しよう、それでも彼が…… ワンダーワイスがキミに勝利する……と 」


「おあぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!


フェルナンドの言葉を受けて尚、藍染はその余裕を崩さない。
そうして口元の笑みを深くした彼にはまるで既に結末が見えているかの様。
全てをはじめから知っているかのように振舞う藍染の余裕は、傲慢や怠慢ではなく寧ろそれが“必然である”という藍染自身の確信から生まれるものなのだろう。
そしてその確信が今まで一度たりとて覆ったことが無い以上、藍染の確信とはこの世の理にすら近い。
その確信を持って藍染は宣言するのだ、それでもワンダーワイスが勝つ、と。

だが藍染のその言葉は耳を劈くような叫びによって掻き消された。
言葉では無いその叫びは喉を震わせて音を発したと言った方が近く、そして叫びを上げたのは藍染の隣で天を仰ぐように身体を反らせ、眼を見開いたワンダーワイスだった。
フェルナンドが噴き上げた霊圧、それに反応したかのように叫ぶ彼。
それがどのような感情から来るのか、意思の読めない声からは判別する事は出来い。
ただそうして叫ぶワンダーワイスの姿は、まるで新しい玩具を見つけてはしゃぐ子供のようにも見えた。


そして次の瞬間、藍染の隣にいたワンダーワイスの姿が消えたかと思うと彼は既にフェルナンドの目の前に移動し、振りかぶったその腕をフェルナンドへと突き出していた。


予備動作、静から動へ移る気配、霊圧の変化や殺気の起り、そういったものが全て抜け落ちた様にまるで瞬間移動でもしたかのようなワンダーワイスの動き、知識や経験というものからくる戦いの定石、そうと思わずとも無意識に行われる癖や習慣といったものがまるで見られないその攻撃。
無垢な子供が自分で作った砂の城を何の前触れも無く自ら破壊するような唐突さがその一撃には現われ、故に虚を突く一撃となったそれがフェルナンドへと迫り。


「甘ぇよ、ガキ…… 」


しかしそれはフェルナンドにはとどかなかった。
或いは“普段の”彼にならばそのワンダーワイスの一撃はとどき、傷の一つも負わせられたのかもしれない。
だが今の彼は“普通の”と呼ぶには些か無理がありすぎた。
ハリベルとの誓い、それによって燃え滾る内なる昂ぶりと猛り、感覚は研ぎ澄まされ常に最高の状態を維持し、僅かな変化にも敏感に反応する。
そんな常時極限の戦闘状態と同じであるフェルナンドには、ワンダーワイスの攻撃は如何に虚を突いていたとしても些か“素直すぎた”と言うより他無いだろう。
打ち出されたワンダーワイスの突きはフェルナンドにとどく前に彼の蹴りで上方に跳ね上げられ、突きを蹴り上げた脚はそのまま軌道を変えてワンダーワイスの脇腹を真横から蹴り抜いた。
いとも簡単に吹き飛ぶワンダーワイスの身体、錐揉み状態で砂漠を跳ね着弾点は衝撃で爆ぜた砂が柱のように跳び散る。

あまりにも圧倒的な光景、敵は無垢であるが故に残酷で怖ろしい一撃を放ちフェルナンドを仕留めようとしたが、フェルナンドはそれを容易く防ぎそのまま敵を沈めてしまった。
やはりこの男に見た目が子供だから等といった加減は存在しなかった、敵として自分の前に立ったのならば、自らの意思で攻撃を仕掛けてくるのならばそれに応じる、その外見が子供でも老人でも関係ない、それは外見の別を量る前に須らく“敵”であり“戦闘者”なのだからと。

蹴りを打った脚を戻し、ワンダーワイスを弾いた方向に向き直るフェルナンド。
普通に考えればワンダーワイスの身体つきや骨格では、とてもではないが今の一撃に耐えられるものではない。
故にあの一撃で決着は着いた、と考えるのが打倒なのだがフェルナンドの霊圧は欠片も収まる事は無い。
それが示すのは一つ、それは戦いが“まだ終わっていない”という驚愕とも思える事実だった。


(手応えはあった…… が、成程藍染が寄越すだけの事はある……かよ)


加減は無かった一撃、それを生き延びたであろうワンダーワイス、その見た目にそぐわぬ頑強さと読めない動きをしてフェルナンドは、藍染が自分に当てて寄越すだけの事はある、と内心で呟く。
フェルナンドという男を考えればこの評価はある意味で高いと言っていいのかもしれない、ただそれでも自分が勝つという部分は揺らいではいないのだろう。
いつも通りの口元はニィと歯を剥いた笑みをつくり眼は鋭さを増していく、内なる昂ぶりとあいまってフェルナンドの気は満ち満ちていた。
その顔に浮かぶのは“餓え”、早く立て、早く掛かって来いと、来ないのならばこちらから行くぞと語るようなその顔は、彼の性を如実に語るようだった。


「 あ~うぁ?」


砂煙が晴れていき、そこにはやはりワンダーワイスが立っていた。。
死覇装に汚れは反応を見た限りダメージは見受けられず、言葉にならない声を零しながら脇のあたりを触るワンダーワイス。
「おぉ~う」と感嘆にも聞こえる声を零した彼は、顔を上げると眼を爛々と輝かせ再び一直線にフェルナンドに向かって正面から飛び掛かる。
その細腕からは想像も出来ない威力が乗った連打はフェイントなど一切無しでフェルナンドへと押し寄せ、しかし先程同様あまりにも素直すぎる攻撃の軌道を辿るそれは、当然フェルナンドに通用するはずも無くその全てはフェルナンドの拳脚に阻まれるのみ。

だがここで違和感を覚えるのはあまりにも素直な攻撃の軌道とは裏腹に、その軌道の先は確実にフェルナンドの“急所を捉えている”という事だ。

それは眼であり心臓であり霊的重要臓器、相手を惑わす攻撃は無くしかし攻撃の全ては相手に確実な致命傷を与える軌道を取る。
不釣合いな行動、狙いは的確でありながらそれを活かす術を知らないかのようなワンダーワイスの行動は、彼を相手取る者からすれば違和感以外のなにものでもないだろう。
腕をまるで槍としたような突きの乱撃、子供のような素直さでフェルナンドを殺さんとするワンダーワイス。

だがしかし、その違和感と無垢な殺意はこの二人の如何ともしがたい部分を覆すだけの力は持たない。

幾らワンダーワイスの攻撃が怖ろしく的確に急所を狙おうとも意味は無い、そこに至るまでの道筋が素直でありすぎる現状フェルナンドがそれを許すはずも無いのだ。
こと近接格闘に措いてフェルナンドにワンダーワイスは遠く及ばない、まるで死を嗅ぎつけるように相手の急所を狙い続けようとそこに至る道筋を立てられない彼に勝機は無い。
彼等の間にある戦うという事への“経験と研鑽”は、その程度では覆りはしないのだ。


結果としてワンダーワイスの攻撃はその全てを防がれ、防御を度外視した特攻はフェルナンドの拳によって打ち崩される。
ワンダーワイスを打ちぬくフェルナンドの拳、またしてもその衝撃で吹き飛ばされるワンダーワイスだが、まだ終わりではない。
恐るべきはその頑強さか、ワンダーワイスはまた“何事も無かったように”立ち上がるのだ。
フェルナンドの打撃を真正面から無防備とも取れる状態で受けて尚立ち上がる、鼻から血を垂らし打ち据えられた部分が腫れ上がろうとも一切怯む様子を見せないワンダーワイス、その常軌を逸しているとさえ思える頑強さは薄気味悪さすら感じさせるものだろう。


「気になるかい? フェルナンド。ワンダーワイスの異常とも思える強靭さが 」


一連の攻防を静観していた藍染が意味深な言葉を発する。
ワンダーワイスという破面が見せる違和感と頑強さ、この場に措いてその理由を知る唯一の人物である藍染、薄ら寒い笑みを浮かべる彼はフェルナンドの内にあるであろう違和感の正体を事も無げに明かした。


「彼の鋼皮(イエロ)は頑強ではあるが全破面最硬たるノイトラには遠く及ばない、十刃(エスパーダ)と比してもキミが屠ったゾマリ程度が関の山だろう。しかし、彼には一つ存在しないものがある…… それが何か、キミに判るかい? 」


藍染が朗々と語る間もワンダーワイスはそれとは関係無しにフェルナンドへと襲い掛かり続ける、言葉にならない声をあげ特攻を仕掛け続け、フェルナンドはそんなワンダーワイスの攻撃を今度は拳で打ち返す事無く無言で避わし続けるが、藍染の問いにも答える様子も無い。
しかし藍染もそんな二人の状況に構う様子はなく言葉を続けた。


「ある者はそれに怯え、またある者はそれを恐る。刻み込まれたそれは身体を竦ませ判断を鈍らせ、恐れ遠ざけようとするあまり戦いの最中に“逃げ”の思考を挟ませる。生命の危機、危険への警鐘たるそれの名は“痛み”。ワンダーワイスにはそれが…… “痛みが存在しない”。故に怯まず故に臆さず、命尽きるその瞬間までそうとは知らず戦い続けるのだよ」


痛み。
誰もがそれを嫌い、嫌うからこそ我々は危機から逃れる術を身につけた。
戦いの内にあってもそれは同じ事、受ける、避ける、捌き外すといった行動は全てそれをしなかったが為に受ける痛みを減らすための行動。
戦いに生きる者のみならず命ある者にとって必然ともいえる防御という考えは、痛みという生命の警鐘を感じることで自らの命を護る当然の行為だろう。

だがワンダーワイスには痛みが存在しない。

どれだけ殴られようと、どれだけ蹴られようと斬られようと、彼はそこに痛みという感覚を見出さない。
傷口から血が噴き出そうとも彼は止まらず、全身の筋肉がこれ以上動けないと悲鳴を上げようと止まらない。

何故なら彼にその身体が上げる悲鳴が聞こえないのだ。

早鐘を打つ心臓がついに耐え切れずその胸の中で破裂したとしても彼にはそれが判らない、彼がその事実を知るときは訪れないのだ、訪れる事無く死んでいくのだ。
それが今までワンダーワイスが度重なるフェルナンドの攻撃を受け、平然と立ち上がった理由。
痛みの一切を感じないという本来ならばありえない状況がしかし彼には起り、それをもってワンダーワイスは今またフェルナンドの前に立っている。
強烈極まる攻撃を受けて尚無痛、それ故にワンダーワイスは怯まず臆さず、ただ彼が標的と定めた者をその命が続く限り襲い続けるのだ。


「キミの拳は確かに強力だろう、それはゾマリを沈めた事で証明されている。だがその拳も相手が意に介さなければ意味は無いとは思わないか?そしてワンダーワイスの攻撃は確かにキミからすれば単調なものだろう、しかし常に急所を狙い続ける攻撃を避わし続けるというのは存外精神をすり減らす…… それを判らないキミではないだろう? 」


浮かべた笑みは何を思うそれか、嘲りか愉悦か、はたまた別の感情か。
キミには他に道は無いとでも言いたげな藍染の言葉、このままじりじりと押し込まれそしていつしか解れた緊張の隙を貫かれるより他無いと、それをキミ自身理解しているのだろうという彼の言葉はある意味で真実ではあった。



「言いたい事はそれだけか……? 」



そう、それは真実ではあった。
しかしそれは真実の“一面でしかない”のだ。

ワンダーワイスの突きが再びフェルナンドに迫る、あまりに素直なその突きは迷いを見せずにフェルナンドの心臓を目掛けて奔る。
フェルナンドはその突きをやはり先程までと同じように事も無げに避わすが、そこからは先は先程までとは違っていた。
最小の動きで避わされたワンダーワイスの突き、それは手首の辺りを彼が腕を戻すより速くフェルナンドの脇にガッチリと挟まれて止められる。

そしてワンダーワイスがそれを何事かと訝しむよりも早く全ては終わっていた。

ワンダーワイスの腕を脇に挟みこんだフェルナンドは素早くその腕に自分の腕を絡ませる様に巻きつけ、ワンダーワイスの肘を間接とは逆方向に押し曲げる事で関節を極める。
次いでもう片方の腕をワンダーワイスの絡めとった腕の上を通しその手で彼の奥襟を掴み、絡めとった腕を関節を極めた状態で肩から完全に固定すると、受身の取れない体勢にした後そのままワンダーワイスの突きの勢いを利用して腕の関節を極めたまま後方へ投げ、砂漠へと叩きつけたのだ。

瞬間、音が轟く。
それはワンダーワイスが砂漠に叩きつけられた音と後一つ。
形容詞しがたいその音は聞けば多くの人が思わず眉をしかめ、おぞましいと感じる類の音。
その音が響くと同時にフェルナンドは投げをうった状態から瞬時に起き上がり、訳も判らずただ無防備に立ち上がったワンダーワイスを前蹴りで強かに蹴り飛ばした。


「アハァアァァ…… おるぁ? 」


無防備な身体を強かに蹴られ、しかしまたしても立ち上がるワンダーワイス、痛みが存在しない彼にはフェルナンドの蹴りもまるで無かった事かのよう。
だが再び間髪いれずフェルナンドへと襲いかかろうとした彼に、今までとは違う違和感が襲った。
それは彼の意思に反して上がらない腕、正確には動かそうという意思に反応するも芯を失ったように“動かない”腕。
片方の手でその動かない腕を掴んで無理矢理に持ち上げてみても、掴んだほうの手を離せばやはり上腕の辺りからダラリとぶら下がるのみで自らの意思で動かせないその腕は、先程フェルナンドに絡めとられた方の腕であり、それが意味するところは先程の攻防によってワンダーワイスの腕はフェルナンドに破壊された、という事だろう。


「痛みの有無以前に身体構造上“動かせないように破壊”してしまえば、そんなものに意味など無い……という事かな?」


まるで物珍しいものでも見るように自らの腕を観察するワンダーワイス、その姿に藍染はフェルナンドの考えを代弁した。
如何に痛みを感じない身体であろうと、如何にその身を打ち据える攻撃を意に介さない敵であろうと関係は無い。
現実として肉体がある以上、攻撃を受ければそこには“確実に傷は存在する”。
それは即ち痛みが無くとも身体が“無傷ではない”という事であり、そして藍染が言う通り如何に痛みを感じない身体であったとしても、腱や神経、そして骨といった肉体を支え動かす上で欠かせない部分を破壊されてしまえば痛みの有無は関係ないのだ。

痛みが無い事とダメージが存在しない事、それは決して同義ではない。

フェルナンドはそれをワンダーワイスの腕を折り、破壊する事で証明して見せたのだ。


「ゾマリとの戦いで見せた肉体の内部的破壊…… 打撃と絡めるだけではなく投げ技でも可能、か。死神の…… いや、隠密機動や四楓院の白打に通じる部分もある。そんなキミだからこそ出来た芸当、という事なのだろうね」

「ハッ! 止めろ藍染。 テメェがこんなガキでも判る理屈に気が付かねぇ筈がない。何を考えてるか知らねぇが本気を出させろよ…… この程度じゃ無ぇんだろう? コイツの力は…… 」


フェルナンドの攻撃を賞賛するかのような藍染、しかしフェルナンドはその言葉を一笑に伏す。
藍染惣右介は全てを見透かす、それは人の内面であれ物事の本質であれ変わりはしない。
その藍染がこんな簡単な理屈を、痛みと傷が同義では無いという事に思い至らないはずが無いとフェルナンドは言うのだ。
如何に藍染が彼にとって対峙して気分のいい存在ではなくとも、彼が持つ実力までその感情で見誤るほどフェルナンドは愚かでは無い。
故にフェルナンドには判っていた、藍染がこの理屈を理解している事も、理解した上でフェルナンドにそれをぶつけている事も、そしてこの程度の事で藍染が自分に“確実な敗北”を与える等と言う事は無い、と。


「……確かに。 ワンダーワイスに痛覚は存在しない。だが、“その程度の事”はなんら特筆すべき事ではない。戦いに措いて痛みが無い事など“絶対の優劣”と呼ぶにはあまりに脆弱で滑稽なものだ。彼の価値…… その“唯一の特性”はそんな次元にあるものでは無いのだよ」


フェルナンドの言葉に肯定を示す藍染。
自らの腕を弄る事に飽きたワンダーワイスが再びフェルナンドに襲いかかろうとするのを僅かな手振りと視線で制し、紡がれる言葉はやはりフェルナンドの思ったとおりであり、そして藍染にとっても痛みの有無など取るに足らない瑣末な存在だった、という事実。
先程までの言動もまた全てはフェルナンドを量る為の手管、言葉により全てを操ることすら出来る藍染だからこその戯れに過ぎないのだ。


「価値、ねぇ…… それはどこまでもテメェにとっての、だろう?俺には関係が無ぇ事だ 」

「いいや、価値とは総てのものに存在しそれはキミとて同じことだよ、フェルナンド。見る者によってその姿が変わったとしても、そこにある“絶対の価値”は何ら変わることは無い」

「ハッ! 理屈を捏ねやがる…… 」

「そうではない。 真理だよ、これは…… 」


価値の在処、ワンダーワイスという存在が持つ価値と尊さを語る藍染をフェルナンドは切って捨てる。
お前の価値など知った事では無いと、お前が語るその価値は俺には何一つ関係が無いことだと。
しかし藍染はそれを否定した。
物事には絶対的な価値というものが存在し、それは観測者が変わりそれによって姿形を変え様ともその本質的な価値は変わる事は無い、と。
互いを語って聞かせたところで理解しあう事は無い二人は平行線、片方はそれを理屈だと断じもう片方はそれこそが真理だと論ずる、何時また始まるとも知れない戦いの最中それでも譲らない言葉の応酬を続ける二人だったが、藍染の一言で流れは変わっていく。


「そう、価値とは真理であり同時に何にでも存在している…… 時にフェルナンド、再びワンダーワイスと戦わせる前にキミに訊いてみたい事があるんだ。……フェルナンド、キミは“キミ自身の価値”を正しく理解しているかい?キミという存在の価値を…… いや、キミという破面が持つ力の“本当の”価値を……理解しているかい?」

「ハッ! 何を今更…… 」

「今更ではないさ。 では訊こう、キミはキミの能力を“どこまで正しく”理解している?キミという破面の本能の部分をどこまで理解してる?いや、この際回りくどい言い方は止そうか…… フェルナンド、キミは“ キミの能力の本質 ”をどこまで正しく理解している?」

「なんだと……? 」


突如として語られた藍染の言葉、それが語るのは価値と本質、フェルナンド・アルディエンデの価値とその本質について。
自分の力を何処まで正確に理解している、という問いを鼻で笑うフェルナンド。
だが藍染はそんな反応自体が間違っているとでも言いたげに小さく笑うと、朗々と語り出す。

フェルナンドという存在の価値、その更に踏み込んだ部分、突き詰めたところ破面の価値、個々が持つ重要な特性とは刀剣解放時などの特殊な能力に因る部分が大きいと言えるだろう。
ある者は無限とも思える虚閃を無尽蔵に発射し、またある者はその身に獣の性と姿を宿して戦う。
まさしく千差万別といえるその能力こそ破面にとって最も重要な素養であり、また彼ら自身にとっても己の最も本能に近い部分であるといえる。
フェルナンド自身、藍染が自分に問うたのはまさしくそれについてなのだろうと考えたのだろう。
藍染の問い、その真意とはフェルナンド・アルディエンデという破面は己の最も本能的な部分を、フェルナンド・アルディエンデの“核たる部分”をどれだけ正確に理解しているのか、という事であると。
その問いに今日初めて戦いへの歓喜以外に僅かに訝し気な感情を浮かべたフェルナンドを前に、藍染は尚も語る。


「キミの能力“輝煌帝(ヘリオガバルス)”は、解放と同時に己の身体を構成する霊子の総てを膨大な熱量を持つ凝縮された炎へと“変換”する能力。そしてその莫大なエネルギーをもって身体能力を極限に高め、また炎自体も高い殺傷能力を有し、己が身を変じた炎はキミの意のままに操ることが出来き、そしておそらくこの状態のキミに“直接攻撃は意味を成さない”。多量の霊圧を纏った攻撃か或いは虚閃などの霊圧そのものである攻撃以外はね。 ……もっとも、キミはこの特性を使う心算は無いのだろうが…… と、キミの能力の概要はこんなところだろう 」


藍染が語るのはフェルナンドの真なる部分、帰刃(レスレクシオン)と呼ばれる破面の純粋な闘争形態について。
フェルナンドの帰刃、名を輝煌帝、藍染の口から語られたその能力や特性はまさしくそれについてであり無論それはフェルナンドが彼に語って聞かせた訳ではない。
戦いの力、それは基本的には秘匿すべきものである。
態々自らの力を敵ないしそれに順ずるような者に語って聞かせるなどという事は愚の骨頂、問わず語らずが常、それが戦い。
だが流石というべきは藍染惣右介か、フェルナンドが語ったわけではなく彼が解放した際の僅かな情報のみでその能力を完全に看破してみせるその慧眼、怖ろしいほどの的確さで語られる言葉はまるでフェルナンドの能力を丸裸にするようにすら感じられた。

輝煌帝の真骨頂とは炎、燃え盛るそれは近付くもの総てを燃やし尽くすに留まらず、その膨大な熱量はそれ自体が力でありフェルナンド・アルディエンデの身体能力を更に上へと押上げ。
触れるだけで相手の防御に関係なく諸共を焼く炎を纏った、否、その炎そのものである拳と脚は元々彼が誇る格闘能力と相まって高い次元での威力を有し、元々が彼自身であるといえる炎は彼が命じる必要もなく彼が思うままにその姿形を変え敵を屠る。
藍染が語ったそれに間違いはなく間違いでは無い故にフェルナンドは口を噤む、そして同時に藍染が語った能力こそフェルナンドが知る“己の能力そのもの”であり自身にそれ以外の能力は“存在しない”と考えるフェルナンド。
能力の本質も何もない、藍染の語ったそれこそが自身の能力の本質、自分が正しく理解している自分自身の力でありこれ以外の正答などありはしない、と。










「だが、それは“間違いだ” 」










眼に見えるもの、己が信じるもの感じたこと、それを信じて疑わない事は“知っている”のではなく“知ろうとしていない”という事。
一度そうだと思ったこと、それ以外の真実などありはしないと思うのは“真実”ではなく“己が望む理想”でしかない。

誰しもが思うのは“自分以上に自分を理解している者などいない”という事。
自分と最も長く向き合いともに歩んだのは自分自身、故に誰よりも自分は自分を理解しその自分が理解している自分こそもっとも間違いの無い“己”であると。
存在理由、存在証明、己というもっとも根幹の部分、故に誰よりも理解していなければならない部分。

だがそんなものは“まやかし”でしかない。

自分を誰よりも正しく理解している、それ自体が既におごりであり慢心なのだ。
自分という存在を観測するのが自分である以上そこに在るのはどこまでも“主観”であり、物事を正しく観測するためにはそこに感情を挟む余地を残してはいけない。
客観視、第三者的視点、主観を通さず感情を介さずすべてをあるがままに過不足なく観測できてこそそれ初めて“正しき理解”に至る。


藍染は言った、先ほど自分が語ったそれはフェルナンドの能力と呼ぶには間違っている、と。
フェルナンドが己の能力だと理解していた部分は間違いでしかないのだと。
何をいているのか、それを聞くフェルナンドの表情は戦いのそれから段々と変わっていく、戦いに身を置く歓喜よりもそれは、己の根幹を揺さぶるような藍染の言葉は彼の意識を惹きつけていった。
そんなフェルナンドの様子を見ながら藍染はいつも通り、薄い笑みを浮かべて語り出す。


「キミの炎は何処から来るのか…… 考えたことがあるかい?フェルナンド 」


問いかけ、フェルナンドからの答えを望むのでは無いそれはただ彼に問いかけるだけの言葉。
藍染が望んでいるのは解ではなく考える事、ただ答えを言う事は簡単だがそれに意味は無いと、問いかけるなかでフェルナンド自身が疑問を持ちその解を見つけることにこそ意味があり、藍染の言葉はあくまでそれを導くだけなのだ。


「現世や尸魂界においても炎は存在するがそれとキミのような炎熱系能力者が発するそれとは些か異なる。炎熱系能力とは例えば熱を発する事で炎を生じる者、己の霊子を性質変化させ火として用いる者、中にはあまりにも強大すぎる熱を帯びた霊圧が見る者に能力者が炎を纏ったように見せる、等という者もいるがキミはそのどれにも当て嵌まらない。そうだね…… キミの炎は言うなれば“発露”だよ」


炎熱系能力者の例について語る藍染、その一つ一つで指を立てて数えるようにして語りながらフェルナンドを見るその目は何故か楽しげだった。
ひとつ、ふたつと指を立て、三つ目でフッと小さく笑うようにした彼はしかしそのどれもがフェルナンドとは違うと言う。
フェルナンドの能力を分類するとすれば今までならば一つ目に近いのだろうが今それに意味は無く、あるのは藍染が零した“発露”という言葉、これこそが藍染の言うフェルルナンドの“能力の本質”に関わる部分なのだろう。


「火、炎とは生じるために必ず必要なものがある。簡単に言えばだが火は物質を、炎は気体をといったようにね…… しかしキミはどうだ? キミの炎はただの炎では無いのはキミ自身でも薄々感じているのではないか?ただ物質を、気体を介して広がる炎にどれだけの力がある?キミ等破面にどれだけの効果がある? キミの炎はただ物質や気体、そして霊子に依存するものから生じるそれとは一線を画している。そうでなければ“ただの大虚”が十刃たるハリベルに“傷を負わせる事など出気はしない”のだから…… 」


火とは物質が燃えることで生じ、炎とは言い換えれば火の穂、可燃性の気体が燃えることで見える光と熱の穂を指す。
現世における火や炎は熱による物質の分解などによって生じるとされているが、これを詳しく語ることに今意味は無いだろう。

何故なら現世、器子(きし)の世界の理が、霊子の理に生きる破面達に幾許の意味があるというのか。

既に理の段階で隔たっているふたつ、器子の炎に破面が焼かれることなどある筈もなくそれはフェルナンドの炎に措いても同じ事。
ただ物質を燃やし酸素を燃やした炎に破面に対する幾許の力も宿るはずが無く、フェルナンドが扱う炎にはそれとは別の力が宿っている。
物質でも気体でもないモノ、そしてそれは“霊子ですらない”と藍染は言い放ったのだ。
如何に力強き者といえどそれだけで覆るほど大虚と破面の溝は狭くも浅くも無いと、さらに大虚と十刃などは溝の存在を説くことすら無意味といえるほど隔たっている。

だがしかし、フェルナンドは十刃であるハリベルにその炎で傷を負わせていた。

ただの大虚が十刃に、それは力の理、序列というものが覆ったに等しくそれにはそれ相応の理由が無ければならない。
そしてその理由は大虚と十刃という次元の違いを埋めるだけの“重さ”がなくてはならないのだ。


「では何故、キミにはそんな事が出来たのか。キミの発する炎だけが何故、力の理を無視するような結果を残したのか…… それには理由がある。 炎とは様々に姿を変えるものだ。燃やす物質、気体の供給量、くべられたものの僅かな違いで炎はその在り様を変える…… 見た目や温度だけの話ではない、霊子で構成されたこの世界に措いてその僅かな違いは大きな差となり、そしてキミに他とは違う“力”として宿っているのだよ…… 」


どこか芝居がかった口調はきっとこの男の癖のようなものなのだろう。
言うなれば劇場型、自らを主役或いは語り部としておきながらその脚本の総てを手がけ配役から動きに至るまでを筋書き通りにする。
小さく両手を広げフェルナンドを見下すようにして薄笑いを浮かべ、回りくどくしかし着実に真実の姿を見せるように語る藍染。
虚圏を照らす淡い月光はまるで彼を照らすスポットライト、語り続ける事で見える真実、その真実を知ったときのフェルナンドの顔、それに至りまたその後の総てもきっと彼の思い描いたとおりに進み、結末すらもそうなのだろう。
語り部はまるで詠う様に、彼だけが知る真実を暴き出すように詠うのだ。


「黙って聞いてりゃ随分と楽しそうに…… テメェの言う俺の“能力の本質”とやらが何なのかは正直判らねぇ…… 身に覚えも無ぇしな。 だが、それがあったとしてどうだってんだ?テメェが俺の今を間違いだと言おうと関係は無ぇ。俺は俺だ、それに変わりなんてある訳が無ぇ 」


詠うように語る藍染を遮るのはフェルナンド。
長々と語られる言葉をここまで黙って聞いていた彼は、藍染が語る能力の本質など知ったことでは無いと断じた。
能力の本質、それが本当に存在するのかしないのか、記憶にも無いものを思い出す事など出来ずしかしそれでも変わらない事はあると。
例え己が力の核への理解が間違っていようと自分が自分であること、そこに幾許の変わりもありはしないと。
藍染が言う能力の本質がわかったとして彼という存在が今ここに立っている事に何ら変わりは無いのだと。
それこそが自分にとっては重要であり、今ここに立つ自分が求めるものを手に入れることだけがフェルナンド・アルディエンデが進む理由だと。
しかし藍染はその余裕の笑みを崩すことも語る事を止めることもなかった。


「……知らない、覚えていない、それは当然だよフェルナンド。キミがこの能力を解放したのは私が知る限り都合二度、それも極限を越える様な状態の時のみに限られる。一度目は大虚時代にハリベルと対峙した最後の一撃、もう一度は破面となりあのネロを強引に叩き伏せた時、その瞬間のみキミはキミ自身の能力の本質を解放し、その内側から尋常ならざる力を引き出していたんだ」

「……それがなんだってんだ 」

「判らないかい? フェルナンド。 私は言ったはずだ、キミが能力を発現したのは大虚と破面化後の通常時…… つまりキミがその能力の本質を発動したのは二度とも“帰刃時では無い”んだ。キミの能力の本質と帰刃とは“関係ない”。 ……それに私は一度も、キミの能力の本質とは“帰刃の事だと言った覚えは無い”よ…… 」

「なん……だと? 」


藍染は言う、お前の能力の本質とはそもそも刀剣解放とは関係がないと。
彼の言う一度目、大虚時代ならばまだ力の核を刀として封じる前なのだから関係がある、と言えない訳では無い。
しかし、フェルナンドが破面となり、あの暴君ネロ・マリグノ・クリーメンを叩き伏せたあのときは違う。
フェルナンドはあの時自らの力の核を刀剣として封じ、解放する事無くネロを人型のままで叩き伏せていたのだ。

考えてみればおかしな話だ、ただ自らの身体すら蝕むような霊圧を解放しただけであのネロを叩き伏せる事など出来るだろうか。
自らを蝕むといってもそれは彼の全開の霊圧であり、その霊圧とは序列で言えば第2十刃と第7十刃ほどの隔たりがあったというのにそれを無視したようにネロに一撃を浴びせる事など出来るものだろうか。
暴君、傲慢の権化であるネロの油断と慢心を差し引いたとしても、その力の差をただ霊圧の解放だけで埋める事など“本当に出来るのだろうか”。

答えは否、そしてその差を埋めたものこそ藍染の言うフェルナンド・アルディエンデの“能力の本質”なのだろう。


「そう、キミの能力の本質と帰刃は直接的には関係ない。キミが解放時に発する炎などキミの能力の“副産物に過ぎない”のだよ。キミが自身の炎の総量が決まっていると思っていたのは身体を構成する霊子の量以上に炎への変換が出来ないからではなく、能力の本質の発動が無く、副次的に生み出されなかったから。キミは炎を操る破面、生み出す破面のどちらでもない。キミの能力…… それは“炎ではなくそれが生ずる前に存在する”ものだ」

「藍染、テメェ何を言ってる…… 」


藍染の言葉は徐々に真相へと近付いていく。
フェルナンドの炎、総てを焦がし焼き尽くし敵を屠るその炎、それを藍染はあくまで副産物に過ぎないと言い切った。
あくまでお前の炎は副産物、能力の本質とその解放とともに生じるものであり、お前の本質とはそれが生じる前にこそ存在する、と。
己のまったく未知の部分を暴かれるような感覚を感じるのはフェルナンド、さしもの彼も今この場に措いては藍染惣右介という巨大な存在に呑まれているように見えた。
自分の理解を超えそして自らを暴かれるかのようなフェルナンドは自然と言葉を零し、藍染はその様子にやはりいつも通りの薄笑いで答える。


「言っただろう? フェルナンド。 キミの炎は何処から来るのか、それが総てなんだよ。では、あえて語ろうか…… キミの炎とは発露、キミの身の内に、いや命あるモノ全てが内包し、物質としては存在しないがしかし確かに存在するキミをキミたらしめるモノ。物理的に存在しないにも拘らずそれは何より重く何よりも凝縮され存在。それこそがキミの能力の本質を語る上で最も重要であり、キミの能力の本質に唯一必要なモノ…… 」


舞台はいよいよ大詰めに、核心へ向かって加速する。
炎とは何処から来るのか、藍染がはじめにフェルナンドに問うたその言葉、総てはそこにあると言う藍染。
今まで自分が語った事は総てそこへと集約する、とでも言いたげな口ぶりと彼の言う明確な形は無くしかし何よりも重く凝縮された存在、それこそがフェルナンドの能力を紐解く鍵であり彼の能力に唯一必要なものだと。
彼以外に二人しかいないその砂漠はそれ以上の静寂をみせ、ただ藍染の言葉を待つかのようだった。


「キミの能力の本質。 炎という形での発露を見せるそれは炎が生まれる以前の現象…… キミの炎が種族や力の理すら超える力をみせ、物質、気体、霊子のどれにも依存しない性質を持つに至った理由。 ……私は言った筈だ、炎とは“くべられたもの”の僅かな違いでその在り様を変える…… と。 キミの能力の本質とは発火でも変換でも操作でもない…… キミという存在が唯一持つ力、それは“ 燃焼 ”だよ、フェルナンド」


藍染が言うフェルナンドの能力の本質、本当の価値はついに明かされる。

“燃焼”

藍染はフェルナンドの能力の本質をそう呼んだ。
燃焼、燃やす事、物質、気体が燃焼する事で火や炎は初めて生まれる。
火と炎、それらが起るために必ず必要な肯定、それこそフェルナンドの能力だと。

だがここで矛盾が生じる。

燃焼とは本来“火や炎を生むための行為”であると考えられ、しかし藍染の言葉にはそういった意図は見られない。
彼の言葉はまるで火や炎を発する事ではなく、“燃焼する”という現象それだけが特別である、とでも言いたげだった。
そしてその矛盾、違和感は藍染惣右介自身の言葉で語られ、そして晴らされる。


「……だがキミの能力の本質は燃焼であると同時に“炎の発生”とは違う。キミの炎とはどれだけの威力を有していたとしてもあくまで副産物の域を出ない。何故ならキミの能力、燃焼とは炎の発生を目的としたそれではなく、ただ一つ…… たった一つのモノを燃やし、それが持つ“力”を己に取り込む為の能力なんだ。キミの能力に唯一くべられる薪とはこの世で最も重く凝縮された存在、開闢より人という種が綿々と積み上げた重みと、濃さを持った形なき物質…… それは“ 魂 ”。 そう、フェルナンド、キミの真の能力…… それは…… 」


この男の言葉に矛盾は存在しない。
あるのは事実、どれだけ言葉で惑わす事が手管であってもこの男の言葉に重さが消えることは無い。
その男が、藍染が言うのだ、フェルナンド・アルディエンデの真なる能力、燃焼という現象は何も炎の発生と同義では無いと。
彼の能力、その本質に措いて最も重要なのは“何が生まれたか”ではなく“何を燃やしているか”であると。
フェルナンドの炎が何処から来るのか、フェルナンドの炎とは“何の発露”なのか、藍染の語るそれはありえないほどすんなりとフェルナンドの内に吸い込まれる。
そして藍染は言うのだ、彼が見抜いたフェルナンドの真なる能力の名を、ただ単純に、しかしそれ以上ないほど明確に。





「それは…… “ 魂の燃焼 ” だ…… 」










血染めの黒衣

敗北

日常の崩壊とは

こんなにも容易い……










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.88
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2013/01/26 14:52
BLEACH El fuego no se apaga.88













「浄気結界は密閉型ではなく循環型で展開! 」

「患者の容態が第二安定域に移行と同時に搬送願います!平行して搬送中に施術を第六段階まで進めて下さい!」

「綜合救護詰所には霊力洗浄と回復準備を要請!受け入れ態勢を整えさせろ! 大至急だ!もたもたするなよ! 」

「患者は尸魂界(ソウルソサエティ)の恩人だ!俺達の誇りにかけて必ず助けるぞ! 」













時間はほんの少しだけ遡る。


何処までも圧倒的に過ぎ去っていった災厄。
残された爪痕は彼等の世界とこころ、そして肉体に刻み付けられた。
ウルキオラ・シファーそしてグリムジョー・ジャガージャック、二体の破面が現世去った後完全に意識を失って倒れた一護。
彼が握っていた長めの日本刀の形をした卍解『天鎖斬月(てんさざんげつ)』は、彼が纏う黒いコート状の死覇装とともに黒い炎を思わせる霊圧に包まれたかと思うとその姿を出刃包丁のような始解状態と一般的な死覇装へと変えた。
グリムジョーとの戦いで疲弊しきった一護、心身ともにボロボロの状態では己の卍解すら支える事は出来ず結果として卍解は解かれてしまったのだろう。

だがこれは一部の死神にとってある種の“危険信号”でもある。

死神が卍解し、しかしその意思に反し卍解が消滅する事、それが意味するのは一つ。
卍解修得者の“死期が近い”という事だ。
一護の卍解が始解へと戻った事実、これが彼の意思によるものならば問題は無かっただろう。
だが今の彼の状況を考えればその可能性は薄く結果として黒崎一護は今、生命の危機に瀕していると言えた。


「一護! しっかりするのだ! 一護ッ! 」


一護の傍で必死に彼の意識を呼び戻そうと叫ぶルキア、ビルの瓦礫に倒れこんだ彼の身体を拓けた地面まで運んで横たえ、その傍に自らもしゃがみ込んで叫ぶ彼女、だが変わり果てた友の姿を前に彼女に出来ることは無い。
幾ら叫んだところでそれに意味は無くしかし、叫ばずにはいられない彼女の心境は如何ほどのものか。
感情は理性を凌駕し、どうしようもない思いをただ吐き出すより他無いもどかしさ、だがそんな彼女に真子は先程までの戦いの気配など感じさせない様な声で話しかける。


「退きや、死神の穣ちゃん。 アンタがどんだけ叫んだかて一護の状態は変わらへんわ」


冷酷にすら聞こえる言葉はしかし真実に他ならない。
友の声をどれだけ受け止めようと、友の思いをどれだけ感じようと、今の一護には何も出来ない。
友情が無力だという事ではない、だが時として現実は友情の美しさよりも苛烈な真実を浮き彫りにするのだ。
真子の言葉にぐっと押し黙るルキア、彼女にも判っているのだ、自分が今この場で何も出来ないなどという事は。
自分には四番隊隊士の様に自らの霊力を治癒に用いる才能は無く、かといって医術の知識も応急処置の域を出ない自分にこのような惨憺たる状態の友を助ける事は出来ないと。
悔しい、言葉に出さずとも彼女の背はそれを語り云われなくも己を責める。
地面に着いた両手を砂ごと握りこみ強く唇を噛む彼女の様子を見ながら、真子はチラと視線を動かし再び彼女に声を掛けた。


「オレの仲間が来よった。 中には今の一護を“どうにか出来るかもしれん”力を持っとる奴もおる。アンタが一護を心配するんは勝手や、せやけど一護の事を考えるんやったら今は下がっとき…… 」


真子の声と同時に彼の後ろに複数の人影が突如として現われる。
数は四人、男性が三人と女性が一人居り、皆現世の人間と同じ格好をしているがその手や背中には確かに死神の斬魄刀が携えられていた。


「チッ! 粋がって飛び出してこのザマかよ。だから止めとけっつったろうが馬鹿野郎が 」

「そう言ってやるなよ拳西。 お前だって昔は後先考えないで飛び出したくちだったろ? ……あ、今もか 」

「うるせぇぞラブ! 」


現われるなり盛大な舌打ちをして一護を馬鹿野郎と罵ったのは、銀色の短髪で目つきが悪く、筋肉質な身体つきに上半身はタンクトップ下半身はミリタリー調のボトムに編み上げブーツ姿の六車拳西(むぐるま けんせい)。
そんな苛立ちをのぞかせる拳西に若干ニヤニヤと笑いながら話しかけるのは、上下ジャージ姿でサングラスに星型を思わせるアフロヘアーの愛川羅武(あいかわ らぶ)、通称ラブである。
沸点のやや低い拳西を宥めるようなラブにも拳西は怒鳴るようにして吼える。
その苛立ちは彼が短気であるという事を差し引いても目に余るものではあった。


「こらハゲシンジ! アンタが付いててなんやねんこのザマは!ハゲイチゴもええ様にボコられとるやないか!」


一言目で真子をハゲ呼ばわりしたのはラブと同じように上下ジャージ姿の少女。
サンダル履きでジャージの胸元には小さく“猿”と刺繍されており、金髪をツインテールに結んだつり目がちの少女で名を猿柿ひより(さるかき ひより)。
彼ら仮面の軍勢の中でもとりわけ真子とは付き合いが長く、それゆえの暴言ではあるのだが些か空気は読めていない。
援軍として現われたうちの二人が何故か苛立っているのは、何とも血の気の多い集団ともとれるが実際は違うのだろう。
所謂裏返し、苛立ちを見せる二人はどちらも少々素直では無い性格という事なのだ。


「まぁまぁひよりサン。 そう怒らずに…… 」

「なんやハッチ! ハゲにハゲ言うて何がわるいねん!」


そんな彼女の隣で窮して指で軽く頬を掻きながらどうしたものかと一筋汗をたらすのは有昭田鉢玄(うしょうだ はちげん)。
寸胴な巨漢で身長は優に2mを超え、遠目から見ればまるで巨大な卵のような輪郭をした大男。
服装はスーツに蝶ネクタイ、鼻の下に髭を蓄え桃色の髪は短く一部を黒くバッテンに染める奇抜な髪型ではあるが柔和な印象の人物だ。


「ハァ~着いて早々うっさいのぉ。 後にせぇっちゅうねん後に…… ハッチ、急いで一護を診たってくれ。 ほぼゼロ距離で十刃の虚閃(セロ)くらいよった。それもとびっきりごっついのをな 」

「はいデス 」


到着早々機嫌の悪さを爆発させる二人に内心それなら何故来たんだと思いながらも、真子は鉢玄を呼び一護の具合を診る様に頼んだ。
彼ら仮面の軍勢はそれぞれが非常に戦闘に特化した集団だ、しかしこの鉢玄だけは少々毛色が違い彼らとはまた“別の方向性”での能力に特化した人物であった。
後ろでまだ文句を言っている二名と他一名を背に一護の下へと歩み寄る鉢玄。
彼は一護の傍で俯くルキアの隣に片膝を着いて座ると、ルキアの肩にそっと手を置き話しかける。


「退いて頂けマスカ? 死神のお嬢サン…… 一護クンはワタシが診マスから…… 」


鉢玄の声は穏やかで優しさに満ちていた。
ルキアに浮かぶ無念さと自責の念を少しでも晴らしてやろうとするかのように、彼ら仮面の軍勢にとって死神とは決して良い印象をもてる相手では無い。
だがそれでも鉢玄の優しさはルキアに、死神であれど傷ついた友をこころの底から案じる彼女に向けられたのだろう。
鉢玄の言葉から数瞬の間を置いてルキアは静かに立ち上がると鉢玄の後ろに下がり、そしてその場で深く頭を下げる。
彼らが何者なのか、何処から来て何故一護を仲間と呼ぶのか、ルキアには何一つ判らない。
だがそれでも、“友を助けよう”という彼等の気持ちが嘘では無いと、自分と同じように一護を案じている思いは嘘では無いと、そう感じたが故に彼女は頭を下げた。

そこに言葉は無い、ただ何も言わず深く深く。
言えば、言葉にすればそれらは堰を切ったようにあふれてしまうことが判っていたから、だから声には出さない。
深く頭を下げるルキアの姿にこちらも言葉無く頷く鉢玄、そうして横たわる一護の横に胡坐をかいて座るとその大きな手を顔の前で一度叩き合わせ一護の上にかざす。
すると一護の身体は瞬時に淡く光る直方体の結界に包まれた。
鉢玄の表情は先程の柔和さとは打って変わって真剣そのもの、目も鋭くほんの些細な変化も見落とさぬといった風に変わっていた。






「……どうや? ハッチ 」


鉢玄が一護の身体を結界で包んで二分ほど経つと真子が鉢玄へと近付き声をかける。
他の仮面の軍勢たちは苛立っていた二人もそれなりに落ち着き、それぞれ少し離れた位置で周りを警戒していた。
真子の声に鉢玄は一護から視線を逸らす事無く答える。


「……ハッキリ言って状況は良くないデス。本当ならば今すぐアジトに連れ帰って処置できれば良いのデスガ、今の状態の一護クンを動かすのは得策とは言えマセン…… 」

「ほんなら此処で…… っちゅう訳にもいかんのやな?」

「はいデス。 ワタシの八爻双崖(はちぎょうそうがい)なら此処でも暫く見つかる事はナイでショウ。しかしそれはあくまで暫くの事、死神や人間が辺りに集まり出せば例え一護クンを治療出来たとしても移動は難しい。残念ながらワタシの結界はそういう事には不向きデス…… それに…… 」


一護を診る鉢玄の答えは決して色よいものではなかった。
鉢玄の見立てでは一護の状況は極めて悪く、この場から動かすことも出来るならば避けたいと。
その鉢玄の言葉にピクリと震えるルキアを他所に、真子はこの芳しくない状況をどうしたものかと思案していた。
一護を動かすことは難しい、という鉢玄の言葉に真子はそれならばこの場で治療する事を提案しようとするが、曇る鉢玄の表情はそれが得策では無いと彼に悟らせるのには充分だった。

鉢玄の結界“八爻双崖”は簡単に言ってしまえば結界で覆ったモノの存在が生物の意識中から消し去られる、というもの。
意識中からの存在消失、それは例え結界の内側がその目に見えていたとしてもその眼に見えるものを認識できないという事であり、隠行としては非常に高度な代物といえるだろう。
だが結界にはある程度の種類があり、それによって可能な事と不可能な事が存在する。
鉢玄の結界は所謂“設置型”に分類され、指定した空間をその内と外とで完全に分断する事に主眼を置かれているのだ。
これらは術者の力の及ぶ範囲ならば何処にでも設置できるという反面、設置後はその空間に“固定されてしまう”という側面も持っている。
それは“結界を張りながら移動できない”という事であり、隠れる事には向いていても逃げる事には不向きという事。

確かに鉢玄の結界でこの場で身を隠す事は可能なのだろうが、それは即ちこの場に“留まる”という選択であり彼ら仮面の軍勢にとってそれは下策。
何より一護の治療が終わったとして辺りはグリムジョーの一撃による大惨事の様相であり、人間はもとより事態収拾の為に尸魂界から死神の援軍が来る事は予想に難く無いだろう。
そうなってしまえば尚の事此処から動くことは出来ない。

彼らはまだ見つかる事もまして捕らえられる事もあってはならないのだ、彼等の目的、悲願、その成就の為に。





だが鉢玄は更に深刻な問題を口にする。


「それに一護クンの傷は見た目以上に深いデス。肉体の損傷はもとより、最も問題なのは破面の膨大な攻勢霊圧を浴びたが為に一護クンと破面の霊圧が、傷口で“溶け合って”シマっている事デス…… 」

「どういうことや……? 」

「ご存知の通りワタシ達や一護クンの霊圧は虚化により虚寄りになってしまっていマス。そこに破面の非常に濃い霊圧を受けた…… 破面も元は虚、虚の性質を持った霊圧同士が何らかの親和性を生んでしまったのショウ。ワタシの術は厳密には治癒ではなく空間回帰に属しマス。それには対象を正確に指定しなくテは…… それに今の弱った一護クンにはおそらく虚寄りの霊圧を持つ“ワタシ達の霊圧すら”毒となるでショウ」

「……チッ! 」


鉢玄の危惧はこの場で身動きが取れなくなることよりも深刻だった。
一護を覆っている鉢玄の結界は一護の現在の状況を彼に克明に伝え、それが判っていくにつれ鉢玄はその状況の厳しさに顔を曇らせていたのだ。
肉体的損傷は当然の事、虚化が強制的に解除されてしまった事による力の逆流によるダメージ、更には全力での戦闘によって衰弱した霊力、どれもが瞬時の回復などまず見込めない状態であるが何より鉢玄にとって難題となったのは“霊圧の癒着”だった。

虚化を修得した一護の霊圧はそれによって虚の性質を得、その性質は虚化することでより一層強くなる。
本来それは死神と虚の境界を踏み越える事で魂の限界を突破し、より強大な力を得るための一つの手段であるのだが、今回はそれが裏目に出てしまったのだ。
虚化によって虚に近付いた一護の霊圧、そして虚から仮面を脱ぎ捨てて破面へと至ったグリムジョーの霊圧、どちらも“虚”という同じ性質を持つが故の出来事。
これがただの虚閃だったらこんな事態は起こらなかっただろう、だがグリムジョーが放った虚閃はただのそれではなく虚閃の最上位とも言える技でありそれに込められた霊圧は膨大という言葉が生易しく思える一撃。

その霊圧は一護を引き裂きそれでも飽き足らずその霊圧すら蝕んだのだ。

一部を除いて他者の霊圧というのは本人にとって毒でしかない。
個々を識別できるほど千差万別である霊圧、本来混ざり合う事などありえないものが“虚”という共通項を持って混ざり合ってしまった現実。
更に衰弱した一護の霊圧と残滓となって尚、禍々しさを色濃く残すグリムジョーの霊圧のどちらが勝っているかなど考えるまでもない。
今となっては肉体を傷つけて尚その回復すら阻むようなグリムジョーの一撃、それはある意味彼の剥き出しの敵意と殺意の表れにも感じられた。


「今はワタシの術で最低限生命維持が可能な段階までの回復は行っていマス。しかし、先程も言ったとおりワタシの術には対象を正確に指定する必要がありマス。しかしこの溶け合った霊圧をこの場で直に回帰させる事は…… 残念ながらワタシの力だけでは不可能デス…… 」


混ざり合いそして溶け合ってしまった霊圧というのはそう簡単に分離できるものではない。
これらを想像するとき、二色の絵の具を思い浮かべてもらうのが一番適当だろうか。
色は何でも構わない、しかし同じではない二色の絵の具を適当な量パレットの上に出し、それらを筆で混ぜ合わせたとする。
二色は混ざり合う事で新たな色を生み出すだろう、だがその状態からそれらを分離して元の二色に戻す事は容易なことではない。
一護に今起っている事も同じ事なのだ、一護とグリムジョー二つの霊圧は他者の霊圧として反発しながらも複雑に混ざり合い溶け合い、分離は容易では無い状態になってしまっている。
空間回帰と呼ばれる術は非常に高度な術ではあるが、それでも今この場で直にこの二つの霊圧を分離させる事は不可能。
時間をかければ或いは可能なのかもしれない、しかし一護の状態や周りの状況を考えるとそれもまた不可能な事だと言えた。
これが織姫の能力“事象の拒絶”であったなら彼女は一護の傷と減衰した霊力、そしてグリムジョーの霊圧を拒絶する事で一護を救うことが出来るのだろうが彼女はこの場にはおらず、そして決して駆けつけることも出来ない。

もし時間があったなら、もし一護の状態がまだ軽いものだったら、そしてもし此処が安心して治療できる自分達のアジトだったら、鉢玄はそんなもしもを浮かべては振り払う。
“もしも”の可能性など考えるだけ悲しいだけだと、もしもという想像にふける事は今という現実を直視することを避ける心の弱さなのだからと。



「一護は…… 一護は助からぬのか? 」



僅かな沈黙の後、口を開いたのはルキアだった。
その声は僅かに震え、告げられた事実を何とか受け入れまいとしているのが判る。
目の前の現実と告げられた現状、しかしそれを感情だけが否定していた。
誰かが今自分の口をついて出た言葉を否定してくれる事を望みながら、しかしそれが叶わぬ願いだと判っていて尚、そう期待せずには居られない。
易々とは受け入れがたい現実、それを前にルキアには問うことしか出来なかったのだ。


「……命だけならば救えマス。 しかし、今この場で、しかもワタシの力だけではそこが限界なのデス…… 例え命が救えても、このままでは一護クンが死神として再び戦場に立つ事は出来ないでショウ…… 」

「そん……な…… 」


鉢玄の答えに膝を折るように崩れるルキア。
沈痛な面持ちで語る彼、それがどれだけ残酷な内容かは彼自身理解しているのだろう。
命は救える、しかし死神として戦う事はもう出来ないだろう、鉢玄の答えはルキア以上に一護にとって残酷すぎるものだった。
ルキアには判っていたのだ、一護にとって死神の力がどれだけ大切なものか、そしてそれを失う事がどれだけ苦しいことかが。
例え命が繋がっても死神として戦えない、護りたい者達の危機を前にしても何も出来ずただその手をすり抜けていく。
一護に待っているのはそんな現実なのだ。

護りたいのに護れない、自分は確かに護れるだけの力を持っていたというのに今それはなく、その目に映る光景をただ見守る事しか出来ない、辛く悲しい、無力さだけが苛む現実が待っているのだ。
あまりにも残酷、それは最早命が繋がったといっても黒崎一護にとって死に等しい生き地獄でしかないだろう。
黒崎一護にとって命が繋がろうとそれは“誇り”の死なのだ。

最後の希望が砕けたように肩を落とすルキア。
ただ前を向いて突き進み無理難題を前にしても決して立ち止まらず振り返らず、颯爽と駆け抜けるようだった一護の姿。
そんな一護の姿を見ながら彼女はいつからかこう思っていた自分がいたと気がついていた。

一護ならば大丈夫だ。

万難を前にそれらすべてを斬り抜けてきた彼の姿にいつしかそんな思いを抱いていたと。
あまりにも速く進み続ける彼の姿に、倒れても必ず立ち上がる彼の姿に忘れていたのだ、彼もまた人であるということを。
こころは揺れ、揺れるが故に危うさを持ち、その身体も斬られれば血を流し、斬られ続ければ死ぬという至極全うな事を。
そう、忘れようとしていたのだ、そして目を向けぬようにしていたのだ。


一護もまた須らく、“死”からは逃れられないという事を。








「待てや、ハッチ。 “ワタシの力だけでは” っちゅうんはどういう事や? 」



膝を着き肩を落とすルキアとその姿を辛そうに見つめる鉢玄。
だがそんな鉢玄に真子は疑問を投げかける。

“ワタシだけでは無理だ”

鉢玄が言葉の中に見せたそんな台詞、聞き逃すのは容易であるそれを真子は聞き逃す事はなかった。
真子にはその台詞に何か意思が、明確ではないが鉢玄の逡巡のようなものが見て取れたのだ。
自分だけでは無理だと言う台詞、それは裏を返せば“自分だけでないならば道はある”と言っているように真子には聞こえていた。


「……確かに。 ワタシだけで一護クンを完全に癒す事は出来まセン。しかし、道はありマス…… 」

「なんや? その道っちゅうんは 」



真子に問われた後、一度瞳を閉じて何事か考え込んだ鉢玄は彼にそう答えた。
道はある、と。
一護を現状から完全に癒す為の道は存在はしていると、そう答えたのだ。

だが鉢玄という人物を鑑みればそれが在るのあらば、一護のための道が在るのならば始めからそれを告げるのではないだろうか。
一護の命を繋ぎ、かつ死神として生きる彼の誇りもまた救える道があるというのならば彼はそれを真っ先に告げるのではないか。
そう思える人物、鉢玄がそれを口にしなかった、それにはそうするだけの理由があるのだ。
何故ならそうせざるを得ない理由、例え彼個人がその道こそが最良であると理解し、そうするべきだと思っていたとしても彼の属する集団はそれを由としないと彼は理解していたのだから。


「……“死神の力を借りる”事、それが一護クンを救うために唯一の越された道デス」


チラりと他の仮面の軍勢に視線を送った後、意を決したように鉢玄はそれを口にした。
鉢玄の告げた道、それは死神に助力を求めるというものだった。
考えてみれば至極全う、霊的な治療に長けているのは何も鉢玄だけではなく脈々と続く死神の技術を合わせる事で、一護を救うことは出来ると彼はそう言っているのだ。
だが鉢玄の言葉を受けても真子の表情は優れず、逆に僅かではあるがピクリと眉が動く。
その様子を目にした鉢玄は堰を切ったように言葉を続けた。


「ワタシの術で一護クンと破面の霊圧を分離する事は容易ではありまセン。しかし死神の…… 四番隊の力ならばそれも可能でショウ。霊圧洗浄さえ済めば傷は深くともそれを癒す事も霊力の回復もそう難しくは在りまセン。そして霊子に満ちている尸魂界(ソウルソサエティ)の方がワタシ達の傍に居るよりも遥かに一護クンのためデス。何より四番隊の隊長は今もアノ卯ノ花隊長でショウ。彼女ならば信頼に足る  「アホな事言いなやハッチ!!!」


鉢玄が語る“利”は、今という状況を確かに打開しうる可能性を確かに秘めていた。
彼の術は死神達が操る鬼道に比べ先んじていると言えるだろう、それは彼が空間を操る術を持っている事からも明らか。
しかし時として先んじている技術こそが全てを解決するとは限らない。
現状空間回帰という工程を踏まねばならない鉢玄の術よりも、古来より脈々と受け継ぎ積み重ねられた死神の治癒術の方が、一護を救える可能性という観点から言えば優れていると鉢玄は言うのだ。
更に自分達仮面の軍勢が纏ってしまった虚の霊圧に比べ、無色といえる霊子が満ちている尸魂界の方が一護にとって遥かに治療に適した環境で回復の助けにもなり、何よりも一護の治療を担当するであろう四番隊を取り仕切る隊長、卯ノ花烈(うのはな れつ)は信頼に足る人物だと。

しかし、その信頼に足るという鉢玄の言葉は別の人物が荒げた声によって遮られる。
声を荒げたのはひより、その顔には明らかに嫌悪と怒りが浮かび、握られた拳はワナワナと震えていた。
そんな彼女の様子に鉢玄は「ひよりサン……」とどこか悲しげに言葉を漏らす、そう、それは悲しみ、鉢玄にもこうなるであろう事は判っていたのだ、この一護を救える可能性を示す道は何よりも“彼自身の仲間にとって”受け入れがたい道であると判っていたから。


「死神の力借りるやて? 何でうちらが死神なんぞの力借りなアカンねん!アイツ等は…… アイツ等はなぁ! うちらを“切り捨てた”んやぞ!そんな奴等に一護のアホ渡せる訳ないやろ!!うちらはもう死神を信用せぇへん! 死神の力なんぞ借りる必要ない!一護はうちらの仲間や! 」


烈火のごとく捲くし立てるひより。
その勢いはまさしく彼女の怒りそのものなのかもしれない。
真子、ひより、そして鉢玄たち仮面の軍勢と死神、その間に何があったのかは今はまだ語るべきではない。
しかし、彼女の怒りに見え隠れするのは憎しみではなく悲しみや失望の色であり、それから生じる怒りとは彼女自身がそれだけ傷ついたが為の痛みの発露なのだ。
そして一度傷ついた心はその痛みを遠ざけるため怒りとして根源を遠ざける。そうするうちに怒りは大きく育ちある一部に向けられていたそれも、それが属する全てに怒り、拒絶するようになってしまう。

ひよりの怒りは自分達を切り捨てたという死神全てに向けられ、その死神の力を借りる事も何より仲間である一護を委ねる事も拒絶した。
信じられないという思い、一度傷つけられ裏切られたという根深い心の傷が過剰な反応を見せる。
だが彼等の頭目である真子は違った。


「……ハッチ。 結界解いても大丈夫な状態まで一護を回復すんのにどんだけ掛かる?」

「え? あ、ハイ。 最低限の生命維持ならばもう直完了デス。今は平行して破面の霊圧の浸食を抑えている状態デスが…… 」

「さよか。 ……ほんなら死神の嬢ちゃん。アンタが直で連絡取れる中で一番上…… 出来れば副隊長か隊長クラスが理想やが、ソイツに一護の状態伝えて大至急上級救護班の腕利き寄越してもらい。渡りがついたところで俺らは消えるよって 」

「あ、あぁ! 判った! 直に手配を要請する!」


その声も雰囲気もいつもと変わらず、飄々としながらも的確な判断をする真子。
その様子に一瞬面食らったような様子の鉢玄と、一護を救う道が見えたことで僅かではあるが持ち直したルキア。
真子にとって此れは必要な判断であり、感情を優先するべき場面では無いと彼は理解しているのだ、しかし。


「なに言うてんねん真子! 死神はうちらの敵やぞ!信用出来ん! 」


感情、いや激情にも似たそれを顕にするひよりにはその判断は理解できなかった。
彼女からすれば真子もまた自分と同じ“被害者”の一人、当然自分と同じように死神に怒りと不信をもっていると思っていただけに真子の判断は受け入れがたく。
死神という存在に失望しているからこそ、それを信じて仲間を託す選択は彼女の中にはなかったのだ。


「やかましいのぉ。 ほんならお前このまま一護見殺しにする心算なんか?」

「そんな事言うてへんやろ! 死神の力なんぞ借りる必要ない言うてるだけや!」

「アホらし。 ハッチがそうせな一護が助からん言うてるんや。せやったら死神の力でも何でも利用するんが一護の為やろ」

「そんでもっ! 」


大声を出すひよりに真子は半眼に小指で耳をほじりながら面倒くさそうに問う。
それならお前は一護を見殺しにするのか、と。
今までの話を聞いていたならば現状一護を救う手立てはそれしかないとわかる筈、そしてひよりもそれは理解はしているのだろう。
しかし、感情とは常に理性よりも先んじるもの、自分達を切り捨てた死神を信用出来ないという思いだけが彼女の中には満ちているのだ。
激情に身を任せるひよりと、感情を理性で押さえ込める真子、その真子の言葉にも“信用”ではなく“利用”という言葉が出る辺り、彼にとってもこの選択が煮え切らないものであるのは伺えるが、今のひよりにそれを察する余裕は無い。
だがそれでもと尚食い下がるようなひよりを見かねたのか、羅武と拳西がひよりを宥めようと近付くが真子は視線を送ってそれを制する。
そして真子は一つ溜息を零すと、ひよりに静かに語りかけた。


「ひより、俺らはみんな尸魂界に切り捨てられた、そこに間違いは無い。死神が嫌いなんもみんな一緒や。 ……せやけどな、死神が嫌いや信用ならへんちゅう小っさい意地で仲間を死なすんは許されへん。尸魂界に切られた俺たちやからこそ、どんな事があっても“仲間を見捨てる事”はしたらアカンねん。仲間の命救う為ならどんなことでもする……死神の手も借りる、それが俺の判断や。文句は言わさへん 」


静かだがその語り口は真剣だった。
お前の気持ちも判る、そして自分も仲間も同じ思いなのだと。
だがだからこそ、救うではなく切り捨てる選択をされた自分達だからこそ、仲間を自分達の意地のせいで失う事はあってはならないと、真子はひよりに諭すように告げる。
自分達と同じ痛み、同じ苦しみを分かち合える存在、その希少さとありがたさ、仲間の命を前に意地もへったくれもないだろう、と。
その言葉は普段の不真面目で飄々とした彼ではなく、仮面の軍勢という者達を束ねる者としての言葉であり、静かながら反論を許さない強さが伺えた。


「~~ッ! もう知らん! 勝手にせぇ! ハゲが!!」


真子の声、雰囲気、そして言葉にひよりは一層険を増した表情をしたが尚食い下がる事はしなかった。
勝手にしろと叫ぶと鉢玄が張った結界を突き破ってその場を離れるひより、慌てて結界の穴を塞ぐ鉢玄とその後姿に深い溜息を零す真子。
自分や他の者達よりもひよりの尸魂界ひいては死神に対する怒りは強い事は彼も知っていた、だがそれでもその怒りと一護の命は比べられるものではない。
何よりその怒りを生み出す根源となった者に借りを返すには、一護の力はどうしても必要なのだ。
感情よりも実利、そんな自分の行動がどこかその者と似通っていると思い真子は誰にも気付かれぬよう自嘲気味に小さく笑った。






そして場面は冒頭へと戻る。

真子の提案を受け伝令神機でルキアが緊急連絡をとったのは先遣隊として現世に赴任していた十番隊隊長日番谷 冬獅郎(ひつがや とうしろう)。
上級救護班の出動要請ならば彼女が元々所属する隊の隊長である十三番隊隊長浮竹 十四郎(うきたけ じゅうしろう)でも良かったのだが、現場の切迫した状況をより理解しているであろう冬獅郎の方が適切だと判断したルキアのそれは正しかった。
ルキアより一護の状況を聞いた冬獅郎はすぐさま四番隊隊長である卯ノ花に上級救護班の出動を打診、これを受け卯ノ花は上級救護班精鋭の即時現世出動と一護の綜合救護詰所への緊急搬送、収容を指示する。
ルキアの一報よりそう時を置かず現世へと到着した上級救護班の精鋭達は一護の惨状にも怯まず、己に出来る最善を尽くし一護を救うために動いた。

そんな目まぐるしく変化する光景の中、ルキアは去り際の真子の言葉を思い出していた。


「……来よったな。 ほんなら俺らはここで退かせて貰うわ。あぁそうや、俺らの事は上に話したかったら話してもエエし、別に訊かれても黙っとけとは言わへん。どうせ“上の奴らは”殆ど察しがついとるやろうしなぁ」


四番隊の上級救護班が現世へと到着した気配を感じた真子はルキアにそう呟いた。
自分達の事、ここで起った出来事全て秘密にする必要は無い、と。
今までの口ぶりから彼らが必ずしも死神をよく思っていない事は明らかであり、彼らが死神に反目する集団であるというのならばそういった者達は往々にして自らを秘すもの。
だがルキアの前に真子はそれをしないと言うのだ、ルキアが訝しむのも無理は無いだろう。
そんなルキアを他所に真子は彼女に背を向け立ち去ろうとするその時、あぁそういえばといった風で何事か思い出したように足を止め彼女に振り返る。


「死神の嬢ちゃん。 俺らは別に死神を信用したんと違うからな?全部一護の為を思えばこそや。 これでもし一護の奴に何かあってみぃ、そん時は…… 藍染より先に俺らが“お前ら護廷潰したる”。容赦はせぇへん。 一護はもう“俺らの仲間”やっちゅう事、忘れんなや」

「っ! 」


凄んだ様子も、霊圧も殺気も伴わない言葉にしかしルキアは息を呑んだ。
信じて任せたのではない、全ては黒崎 一護という自分達の仲間のためを思えばこそであり、そしてもし一護に何かあったときには許さないという意の言葉には、怒りや憎しみという熱よりも怜悧で冷たい印象が残る。
それをルキアに印象付ける最たるものは言葉の圧力よりも寧ろ真子の“眼”だった。
眼を見れば判る、と言われるほど人の眼というのは言葉以上にものを語る。
そして真子の眼はルキアに彼が“本気である”と思わせるのに充分なほどその意をありありと語っていた。

嘘や虚勢では無い、一護に何かあれば彼らは必ず報復する、彼等の戦力がどの程度かは判らないがそれでも戦力差など微塵も省みる事無く彼らは死神に戦いを挑むだろう、ただ仲間の為に。
ルキアにそう確信させるだけの眼差しを残し、その場を去っていった真子達。
一抹の不安は残るが今、ルキアは何よりも一護が無事に回復することを願っていた。

傷が癒えれば一護は再び戦いの渦へとその身を投じるだろう事は判っている。
だがそれでも、それが黒崎 一護という青年が望む道ならば彼女はそれを止めようとは思わなかった。
その望む道こそが、一護にとって誇りであると知っているから。

世界中の人を護るなんて大きな事は言えない、でも両手で抱えられるだけの人を護れればいいなんて控えめな人間でもない、だから俺は“山ほどの人を”護りたい。

いつか一護が彼女の前で口にしたそんな台詞、死神という力を得たからこそ、いや得る前からきっと彼はそう思っていたのだろう。
そんな思いを抱える一護だからこそ数々の困難を乗り越え、多くの人々を陰日向に護ってこれたのだとルキアは思う。
その彼が望む道を、誇りある生き方を誰が阻み止められるものだろうか。

だが同時に彼女はその道を進む一護の背を“見送ること”だけはすまい、とこころに誓っていた。

誇りのため戦いに赴く友を見送る事だけはしないと、肩を並べられるかは正直判らない、しかし見送るのではなくせめて同じ戦場に立てる者でありたいと、同じものを見て同じ事で笑い、怒り、悩み、分かち合ってやれる存在でありたいとそう願うが故に。
誓いとは己のこころに突き立てるもの、そして今、彼女の誓いは間違いなく彼女のこころに突き立てられていた。


( 何も出来ず、ただ立ち尽くすことなどもう御免だ。私は強くなるぞ、一護。 残された時が例え僅かであったとしても、それでも強くなる事を、強くありたいと念じ求める事を止めはせぬ。だから一護、必ず戻って来い…… 私達の傍へ…… )


強い思い、強い願いがルキアに芽生える。
そして眼とは口ほどにものを言い、彼女の眼はまさに“本気”のそれであった。







――――――――――







「……きろ。 お……のだ、一…… 」


まどろむ意識の中、微かに声が響いた。
常に傍に居る様でしかし何故か懐かしいような、そんな低く落ち着いたその声。
眠りに落ちる直前のようなある種独特な浮遊感を感じながらも、その声に導かれるように意識は徐々に浮かび上がる。


「お…きろ。 ……護、目を……ませ 」


意識が浮き上がるにつれ声はより鮮明に、そしてその音量を増していく。
まるで暗闇をたゆたう様だった意識が浮き上がる速さは徐々に早くなり、それにつれた声はより明確に聞こえ始める。
そして暗い水底の様だった意識の周りは浮かび上がるにつれ明るさを増し、そしてついにはあまりの眩さに遂に意識は、いや一護は目を覚ました。



「ッ。 ここは…… 何処だ……? 」



ガバッと跳ね起きるようにして上体を起した一護。
状況がつかめず辺りを見回す一護の目に映ったのは、自分の視線に対して横倒しになったビルの群れ。
視線を落とせば自らもまたビルの側面に座っているという状態であり、あまりのことに一瞬驚くがそういえばと思い出したように納得する。


「まさかここは…… 俺の、精神世界…… なのか?」


そう、横倒しになったビルと空、それが示すのは彼自身の深層、精神世界と呼ばれる一護自身の内なる世界。
彼がこの場を訪れたのは都合三度、一度目は死神の力を取り戻すため、二度目は尸魂界の凶獣更木 剣八(ざらき けんぱち)との戦いの折、そして三度目は彼自身の内なる虚との内在闘争。
それら三度とも風景に大きな違いは無く、あえて違いを上げるとするならば今まで三度とも抜けるような青だった空が厚い雲に覆われ、遠雷が微かに響いている事だろうか。
何処にいるかは判ったがそれでも何故此処にいるのか、という疑問が残る一護。
そんな彼に背後からその声は話しかけた。


「そうだ、一護。 ここは紛れも無くお前の精神世界だ…… 」

「ッ! 斬月の……オッサン……? 」


背後からの声に振り返った一護の視線の先にいたのは、細い鉄柱の先端に立つ一人の男。
裾が破れたような漆黒のロングコートを身に纏い、目元には色の薄いサングラス。
髪は癖の強い長髪で面長の顔立ちに髭を生やしたその男の名は『斬月』

一護の斬魄刀と同じ名を持つその男、それが意味するのはその男こそが“一護の斬魄刀である”という事。
死神が持つ斬魄刀には千差万別の形状と能力とともに必ずその斬魄刀の“本体”が存在する。
彼ら斬魄刀の本体はすべて死神の精神世界に存在し、死神は彼らと対話する事ではじめて始解を手にし、そして互いが互いを高めあった末に卍解を得るのだ。
この男、斬月もまた一護の斬魄刀の本体であり、言うなれば一護にとって最も傍にいる相棒のようなもの。
自分から少し離れた位置に立つ斬月の姿を確認した一護は、立ち上がると少しだけ興奮した様子で彼に話しかける。


「斬月のオッサンじゃねぇか! よかった。 戻って来れたんだな、霊力(チカラ)の中心に」

「あぁ。 お前のおかげだ…… 」


どこか嬉しそうな一護の声、それもその筈だろう。
一護の内側には二つの力が存在している。
一つは言わずともかな死神の力、それが示すのは今彼の目の前にいる斬魄刀の本体斬月、そしてもう一つの力は虚の力、それを司るのは一護とまったく同じ姿をした内なる虚であるあのもう一人の一護だ。
だが二つの力は元を辿れば黒崎 一護という一人の霊力に起因するもの、故に斬月本体ともう一人の一護は表裏一体の存在であり、一護の内側で死神と虚どちらの力がより強く支配し、どちらがより一護の霊力の中心に存在しているかでその姿を変える事になる。

元々は死神の力である斬月が一護の霊力の中心にいたのだが、本格的な内なる虚の目覚めより仮面の軍勢の下でそれを御すための内在闘争に至るまで、一護の霊力の中心にいたのはもう一人の一護だった。
だが内なる虚との内在闘争の果てに彼を倒し、かろうじて御した事で一護の霊力の支配権は虚から死神へと移り、結果霊力の中心に戻った斬月は再び一護の前にその姿を顕す事ができたのだ。


「でも何で俺は此処に居るんだ? 俺は確かグリムジョーと戦って…… ッ! そうだ! こんな所に居る場合じゃねぇ!アイツを止めねぇと! 」


再会の喜びもそこそこに一護はようやく自らの状況を思い出した。
自分は戦いの最中だったこと、そしてその相手はとてつもない強さを振るい、命を奪う事に何の躊躇いも見せない相手であった事を。


「案ずるな、一護。 あの破面は既に退いた。 差し当たっての危険は、無い」

「退いた……? どういうことだよオッサン 」

「お前にとどめを刺そうとした奴をもう一人の破面が止めたのだ。そしてその破面の言によって奴は退いた 」


自らの状況を思い出し早く戻らねばと焦る一護に斬月は至極冷静な口調でその必要は無い、と告げる。
あの破面は、グリムジョー・ジャガージャックは既に現世から虚圏へと退いている、と。
その言葉に訝しむような表情を見せる一護、彼が感じたグリムジョーという破面の戦いぶりを思えばあの状況で退く事などありえないという考えに至る事もあながち間違いでは無いのだろう。
だが斬月はその考えも理解しながら実際に起った事実を一護に告げる。
そしてその言葉には一護にとって信じられない台詞が混ざっていた。


「待ってくれよオッサン。 “とどめを刺す”って一体どういうことだよ…… 」

「言葉通りの意味だ。 一護、お前はあの破面が放った黒い虚閃の直撃を受け戦闘不能状態に陥った。その後、お前をあの破面が殺そうとしたところで別の破面が割って入り、結果お前は今も生きているのだ…… 」

「なん……だと…… 」


そう、一護にまるで悪い間違いのように聞こえたその台詞はしかし間違いではなく。
とどめを刺すというその台詞は暗に自らの敗北を示されたようで、それを認められず聞き返した一護に返って来たのは冷酷な現実だった。
グリムジョーが放った圧倒的な虚閃、黒虚閃を受けた瞬間から一護の意識は既に無いに等しい状態だった。
それでも微かに残る意地で剣を握り締め、更に最後の最後に搾り出した意思で立ち上がりはしたがそこまで、その後意識は深く深く奥底へと落ち、彼は自身の精神世界の奥へと埋没していたのだ。
斬月が語った自身の敗北に驚きを隠せない一護、そんな彼の様子を他所に斬月は今の彼自身の現状を語って聞かせる。


「お前は現在尸魂界の護廷十三隊四番隊隊舎にある綜合救護詰所内の、第一級集中治療施設で眠っている。あの破面との戦闘でお前の霊体と霊力は極度の疲労と衰弱を起していた。死神達の治療で窮地は脱したが目覚めるには暫し時間が必要となるだろう…… 」

「そんな…… 待ってくれ! 破面(アイツ等)がまた何時攻めて来るか判らねぇってのに寝てられるかよ!オッサン頼む! 今すぐ俺を戻してくれ! 」

斬月が語ったように現在一護は護廷十三隊四番隊隊舎綜合救護詰所内にある第一級集中治療施設の一室で眠っている。
綜合救護詰所内でも最も高度でまた最も容態の重い患者が収容されるその施設、そこで治療を受けているというだけで一護の状態が如何に危険なものだったかは窺い知る事が出来るだろう。
だが一護にとってそんな自分の状況など関係は無かった。
敵、破面達がまた何時攻めてくるのか判らない状況で動けない自分、一護にとってそれほど怖ろしいものは無いだろう。
それは自分が身動きがとれず無防備だからではなく、自分が動けないばかりに仲間が危険に晒されるのではないかという思いから。
行動原理の根幹が“護る”という思いから来る彼にとってこの自らの状況はあまりに無力なのだ。
故に叫ぶ一護であったがそんな彼の姿を見て斬月は瞳を閉じ、溜息を漏らした。


「一護、今のお前はまるで駄々をこねる子供だ…… “ 今のままでは ”お前を戻すことは出来ん。頭を冷やす事だ…… 」

「ふざけんな! こんなところで止まってられるかよ!邪魔するならいくら斬月のオッサンでも容赦しないぜ」


それはどこか一護らしくない態度だった。
強い言葉に強硬な姿勢、そして伸ばされた手は背に背負う刀としての斬月の柄に伸ばされる。
邪魔をするなら押しと通るまで、そんな考えすら感じさせるその行動は気持ちばかりが逸っている所謂“焦り”にも見えた。
駆けに駆け、駆け抜けたからこそ立ち止まる事が怖ろしい、駆け続けていなければ何かが止まるような錯覚、一護の中にある彼自身にも気付かないそんな焦り、自らの状況や周りの状況、それらが一息に押し寄せその小さな焦りが表に出ているのだろう。
だがそんな一護の焦りは斬月にとっては手に取るように判るものに過ぎない。


「邪魔……か…… 子供の言葉とはいえ悲しいものだ、お前にそう言われるのは…… ならばどうする、一護よ? その手に握った私で私を斬るか? ……いや、それもよかろう…… だが私とてそう易々と斬られてやる心算は…… 無い! 」


斬月のサングラスの奥に見える瞳が僅かに悲しみの色を浮かべた。
だがそれはほんの一瞬、次の瞬間にはいつも通りの強い眼に戻りその視線は一護を確と捉える。
そして斬月が言葉お言い終わると同時に腕を振るう、するとそこには先程まで無かった刀としての彼が握られていた。
それが示すのは一つ、押し通ると言うのならば応じるという意思だ。

斬月が示した意思に一護は背に背負った刀を抜き、正面に構える。
その顔には先程と同じように焦りの色とそして、僅かに余裕が見て取れた。


「いいのか? オッサン。 俺は“一度オッサンに勝ってる”。もう負けるとは思え無ぇ 」


そう、一護の表情に見える余裕の正体はそれだった。
卍解の修得条件それは斬魄刀本体を“屈服させる事”である。
方法は斬魄刀本体それぞれが示すが、往々にしてそれは持ち主が本体と戦って勝利する事に集約されるだろう。
そして一護は卍解を修得している、それが示すのは一護は一度斬月を屈服させたことがあるという事、つまり一護は一度斬月に勝っているという事なのだ。
易々と成った訳ではない、しかしそうだったからこそその勝利は自身と力を彼に授ける。






「その考えが子供だというのだ、一護 」






一護の視線の先、ビルの屋上から張り出す鉄柱に立っていた斬月がそう呟く。
彼と斬月との距離は多く見積もっても20m程度、とてもではないが動けば判る距離ではあったがそれは起った。
刹那の瞬間、ただ一度の瞬きにすら満たない瞬間で斬月は一護の“視界から消えうせた”のだ。

そして次の瞬間一護が感じたのは喉元にチクリと触れた冷たい感触。

斬月へと向けていた視線を僅かに落とすと、そこには先程まで確実に視界に捉えていた斬月の姿と自らの喉元に突き付けられる斬月の切先だった。


(なっ!! )


突然の出来事、人はそれに対峙したとき本能的に身を固めてしまう。
だがこの状況でそれは確実に間違い。
そして一護は身を固めるのではなく構えていた刀を振るって突きつけられたそれを払った。
ぶつかり合う斬月と斬月、衝撃が爆風を生みそれに弾かれるように両者が再び距離をとる。


(視えなかった……だと……? 完全に“置いていかれてる”。あの時、卍解修行のときとは比べ物にならねぇ…… )


一護の頬を一筋の汗がつたう。
予想だにしない衝撃、まるでかつて自分が朽木白哉(くちき びゃくや)と双極の丘で対峙した時の出来事を焼き直したような展開に、一護は驚愕していた。
喉元には汗とは別に熱いものが流れる感触が残り、それは斬月の切先が彼の喉に突き刺さる直前だった事を如実に物語る。
驚きと衝撃、何よりも速さにおいて完全に後れを取った事が一護の精神を大きく揺さぶっていた。


「私の力が“あの時のまま”だと思っていたのか?そうだとするならばお前はもう目覚めるべきではない。戦いの最中“一度勝った事がある”などという不確かな理由で油断を見せる愚か者め。私はお前の斬魄刀、お前の力が増せば私もまた強くなるが道理。今の私すら捉えられない者が誰かを護るなどと口にもするな」


斬月、死神の力の根源とは一護自身の霊力。
その霊力が強く成長すれば斬魄刀である斬月もまた、その力を増すのは道理だろう。
今の攻防、一護の最大の失敗は“見誤った事”だ。
姿形が同じ相手、そして一度勝ったことがある相手、特に変化を見せずまた変化している事を見ようとしなかったがために一護は思い込んだのだ。

あの時のままの斬月だと。

だが実際は虚の力を御し、またあれ移行数々の戦いを経験した事で一護の力は増しており、その力の増加は斬月にも影響していた。
始解の斬魄刀である斬月、その彼が一護を完全に振り切るような速力を見せるという現実。
一護自身の油断と僅かな慢心、そして焦りによって彼本来の力が出せていなかった事も大きく影響しているがしかし、確実に強さを増した斬月は一護に突きつける。

私に、自分自身の斬魄刀すら越えられぬ者に誰かを護ると言う資格は無い、と。


「一護よ、この曇天の空を見ろ。 これはお前の心の乱れ、心が乱れれば力もまた乱れる。そして乱れた力では誰も護る事など出来はしない…… 故に一護、お前は今一度己の力と心を見つめ直さねばならない。私に後れを取ったお前に今、卍解を使わせてやることは無い。そして私を倒さねばお前は一生“目覚める事も無い”。もう一度卍解を手にし目覚める事を望むなら今一度、私を“越えてみせろ” 一護! 」


一護の周りに広がる風景は全て彼の心の風景。
抜けるような青空はそのまま不安も憂いも何も無い彼の心を表し、しかし今その青空は厚い雲に覆われている。
斬月はそれを心乱れだと言った。
一護の意識にそれはなくとも精神の深い部分は何もかもを顕にする。
グリムジョーという強敵、その後に控える十刃、そしてそれらを束ねる首魁藍染 惣右介。
手も足も出ずに敗北した藍染との戦いや、グリムジョーとの数度にわたる戦い、それ以外にも実力の片鱗すら掴めぬ敵や圧倒的な闘気を見せ付ける敵、それらの存在を相手取り自分は本当に戦えるのか、一護とて戦う力はあれどその中身は唯の高校生であり人間、そんな不安をまったく感じないわけが無いのだ。
それを乱れと呼ぶにはあまりに酷ではある、しかし不安は力を僅かに曇らせその僅かな曇りは決定的な場面で命取りになる。

一護の名を叫び再び彼に斬りかかる斬月。
今度はかろうじてその斬撃を受け止めた一護だがその圧に押し負け弾き飛ばされる。
だがそれでも斬月は止まらない。
どこか鬼気迫るような斬月の攻めに、一護は必死で喰らい付く事しか出来ないでいた。


「クソッ! なんでだオッサン! なんでッ! 」


展開の速さについていけずそんな疑問だけが一護の口から零れる。
刃と刃がぶつかり火花が散り、ギリギリと音を立てるように二人の間で刀と刀が鬩ぎあう。
押しつぶそうとする斬月とそうさせまいとする一護、視線が交錯し斬月はこう告げた。



「お前も剣で戦う戦士ならば剣を合わせた“相手を感じろ”。ぶつかり合う刃から伝う相手の考えを、こころを、そして覚悟を感じ取るのだ。そうすることで初めて見えるものがある…… さぁ一護、私の“覚悟”がお前に見えるか! 」



刹那の拮抗と言葉、そして拮抗は崩れ一護が弾き飛ばされる。
その姿を泰然として見下ろすかのような斬月。
斬魄刀の主と斬魄刀本体の戦い、傷を負い眠る身体の奥底で繰り広げられる戦いはまだ、始まったばかりであった……












滅せよ

封じよ

無垢なるものよ

唯一それが

お前の価値也

















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.89
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2013/05/27 18:50
BLEACH El fuego no se apaga.89












「それは…… “ 魂の燃焼 ” だ…… 」



藍染 惣右介は砂丘の上に立ち、そこから見下ろすようにしてその言葉を口にした。
口元には常通りの薄い笑み、瞳はまるで眼下に立つフェルナンドを値踏みするように嗤う。

“魂の燃焼”

藍染が辿り着いた破面 フェルナンド・アルディエンデの唯一にして無二の能力。
魂というこの世でもっとも“重い”存在を燃料と化すかの如き恐るべき能力は、稀有であり、それによって生じる炎もまた藍染にとって貴重なものだった。

今思えばこのフェルナンドという破面との出会いは天佑にすら等しかった、と藍染は感じていた。
己の目的を成就させるために必要な要素、場面の中で“最も大きな障害”となるであろう者への対処という観点から見たとき、フェルナンドの能力は正しく恰好の研究材料。
大虚、そして破面としての性能はともかくとし彼の能力が“炎を伴う”という事だけでも、利用価値は充分だったのだ。

ハリベルが2年前にフェルナンドを連れ帰った折、彼女が紛い也にも手傷を負っていたこともまた藍染の中でフェルナンドの価値を上げた一因。
ただの大虚が生物としての次元を隔てるかのごとき破面に傷を負わせる、その能力の高さは研究利用するにあたり非常に有益であると。

故に藍染はフェルナンドを遇した。

不敬不遜は見逃しあくまで対等の立場であると感じさせ、奔放な振る舞いにすら責を問う事はしない。
元々藍染はそんな“小さなこと”を気にかけるほど器の小さい男ではなかったが、周りから見れば目に余るような厚遇も藍染にとっては唯の手段の一つに過ぎず。
全ては己にとってどれだけ利用価値があるか、己の目的の為にどれだけ必要性があるか、藍染の中に在るのは“己にとっての価値”であり他者の評価など何一つその評価を変える要因にはなりはしなかったのだ。
その点を鑑みれば藍染にとって“フェルナンドの価値”というものは非常に高かった、と言えるだろう。


そしてその価値は日をおう毎に高くなっていった。


フェルナンドの価値を高めた要因、その一つは単純な戦闘能力。
破面という殺戮闘争の社会にあって彼はその力を遺憾なく発揮し、瞬く間に虚夜宮の十傑の地位まで上り詰めた。
それも斬魄刀での剣技や解放能力を前面に押し出した戦闘ではなく、徒手空拳という過去例を見ない方法でである。
これは単純に破面としての戦闘能力の高さを示すものであり、十刃という藍染の剣としては十二分な性能だった。

そしてもう一つ。
フェルナンドの“炎の源”こそ藍染にとって彼の価値を高めた最大の要因。
“魂の燃焼”という他に類を見ないそれは、藍染にとって非常に興味深く、ただ炎を伴う能力であるという以上に藍染にとって有益なものだった。

だが過去例を見ない魂の燃焼という能力は、藍染自身直にその回答に至った訳ではなく。
ほんの少しの違和感、ただの大虚が破面の最上位たる十刃の一角に傷を負わせられるものか?という僅かな疑問が全ての始まり。
捨て去り忘却の彼方に追いやってしまう事はあまりにも容易く、しかし藍染惣右介はそれをしなかった。
これもまた藍染が今まさしく“天の座”に近付いている事の証明だったのだろうか、事態の帰結が全て彼にとって望ましい方向へと進んでいくかのような感覚、それに促されるまま彼はフェルナンドの炎に感じた疑問を密かに研究していく。

フェルナンドに気取られぬよう彼の霊圧サンプルといった研究材料を入手する事は、藍染にとっては造作も無い事だった。
虚夜宮は藍染惣右介が居城であり、言うなれば藍染惣右介の体内にも等しく。
ある時は激昂するフェルナンドの戦闘中、ある時は闘技場、ある時は虚夜宮内の砂漠、またある時は現世より強制的に連れ戻した折などなど、藍染からすればサンプルを入手すること自体は何も問題は無いこと。
そして何より藍染にとって好都合だったのは、こうした断片的なサンプル採取だけではなく“長期的な観測”が行えた事が大きかった。

“首輪”

そう称してフェルナンドへと付けたサラマの存在。
サラマ自身、そして部下である東仙 要はサラマの存在は“何時主に牙を剥くか判らぬ獣を抑える”為の首輪だと認識しているようだったが実際は違う。
藍染にとって最も重要だった事は、首輪が“巻かれて獣を抑えている”事ではなく、ただ首輪が“獣の傍にある”事だけだったのだ。
サラマ・R・アルゴスは、今フェルナンドが対峙しているワンダーワイス・マルジェラと同じ改造破面。
そしてサラマの体内には彼も知らない“仕掛け”が藍染によって仕込まれている。
大虚であったサラマがフェルナンドに打ち負かされ仮面を割られ破面化を余儀なくされたとき、破面化の際藍染はサラマの体内に一つの装置を埋め込んだ。
簡潔に言ってしまえばそれはザエルアポロ・グランツが用いる録霊蟲の様な観測機に近い代物。
サラマの傍にいる指定した対象の霊圧を常時監視観測し、そのデータを常に藍染の下へ発信し続ける。
藍染にとってサラマの存在は首輪では無く発信機、サラマに期待するのはフェルナンドの行動を“抑える”事ではなく“抑えられない”彼の行動の全てをデータとして藍染の元へ運ばせる事だけだったのだ。

そうして得た霊圧サンプルと観測データ、それらをもって藍染は最初に感じた僅かな違和感の先を手繰り寄せ、検証研究しそれらが導く合理的結論としてフェルナンドの炎の正体を炎熱能力者ではなく魂の燃焼であると結論付けた。
己の魂を燃焼させることで生物として次元が違う者とも渡り合えるだけの力を生み出し、一つの魂を触媒として行われるエネルギーの超爆発、ただの炎ではない魂を燃え上がらせるそれは、量を補って余りある質の炎として彼に最大の価値を見せ付けたのだ。

そしてその最大の価値は今、藍染にとって非常に重要な局面で発揮されようとしていた。


「さてフェルナンド、キミがキミ自身の能力の本質を正しく理解したところでもう一つ、教えておくことがある。キミがワンダーワイスに“確実に敗北する”理由だ…… 」


フェルナンドの能力を彼に説いた後、藍染は更に言葉を続けた。
それは藍染がフェルナンドを呼び出す為に発した彼の琴線に触れる言葉。

確実な敗北。

その理由を語ろう、という言葉にフェルナンドを包む空気が僅かに反応したのを藍染は見逃さなかった。
彼にとって他者の感情を操る事は然程難しいことでは無く、フェルナンドとてその例には基本的には漏れない。
その者が耳に心地よい言葉を、態度や言動は裏腹に奥底で望む言葉を、他者が望みまた望まないものを藍染は瞬時に見抜き暴き曝け出させて利用する。
彼はそれを卑怯とも卑劣とも、まして悪だとも思わない。
己の行いを卑怯卑劣と、悪事であると思う最大の要因は“負い目”だ。
しかし藍染は己の行いに何の負い目も感じず、故にそれが悪であると考えることも無い。
何故なら彼は、自分以外の存在を“自分にとってどれだけ価値があるか”でしか計らないから。
そしてどうすればそれが自分にとって“最大の利”となるかだけを考え行動する彼に、他者の心を踏み躙ったという感覚は存在しない。
他者の心を暴き、弱さを曝け出し真綿で首を絞めるが如く追い詰める、それも藍染にとっては“ただの手段”の一つに過ぎず、負い目を感じるどころかそれが最も効率の良い手段である以上“正しい行動”とすら考えているのかもしれない。

フェルナンドに対しても同じ事だ、全てはこの後どうすれば自分の“思い描いた展開”となり、自分にとって“有益な結果”が残せるか、藍染の思考に存在するのはそれだけ。
人としての感情、その揺らぎの一切を卑下し手段として用いる事に徹するからこそ、この男は怖ろしい。
彼に“情”というものは欠片も存在しないのだ。

故に藍染は揺れない、故に藍染は孤高でありそして、彼はどこまでも独りなのだろう。


「ワンダーワイスの能力はキミにとって最も“恐れるべき”能力。名を『滅火皇子(エスティンギル)』、彼の唯一にして無二、そして絶対の能力…… それは“ 炎の封絶 ”。 生じた炎を封じ、これから生じるであろう炎も封じる込める…… 彼の前では“炎という属性”を持つ全てが無意味であり無力、それは死神も虚も変らない。無論、魂を燃焼させているキミとて等しく“無力な存在に成り下がって”しまうだろう…… 」


藍染がフェルナンドが確実に敗北するとした最大の理由、それがこのワンダーワイスの能力。
ワンダーワイスに痛みが存在しないという特異さを藍染は“絶対の優劣”と呼ぶにはあまりに脆弱だと評した。
それもその筈だろう、明かされたワンダーワイスの能力、藍染が語ったそれは正しくフェルナンドにとって反存在とでも言うべきもの。
魂の燃焼、その発露として炎を伴うフェルナンドの能力に対してそれを封じ込めるというワンダーワイスの能力は、藍染の言う絶対の優劣に相当するといえるだろう。
いや、それはフェルナンドだけに限らずく炎熱系能力を使用する全ての者への逆襲なのだ。


「ハッ! なるほど…… そういえばどっかの誰かも同じ様な力を持ってた……な」

「それはサラマの事かな? 確かに彼の能力はワンダーワイスと似ている…… だがそれは“似て非なるもの”だよ。 彼がキミに自身の能力をどう説明したかは知らないが、彼の能力はワンダーワイスのそれより寧ろ“幅がある”代物だ。だがそれ故に私の望む能力には届かなかったがね…… 」


藍染が語ったワンダーワイスの能力、それを受けてフェルナンドが思い出したのは、よく知る人物の姿。
不敵にも|中級大虚《アジューカス》のまま彼に戦いを挑んだ大馬鹿者であり彼に付けられた首輪であり、そして彼の子分の姿。
フェルナンドの言葉に藍染はその人物を言い当てる、サラマ・R・アルゴス、フェルナンドの子分であり藍染が彼に付けた首輪の名を。
サラマが嘗てフェルナンドに見せた能力、彼は自分の能力を|火喰いトカゲ《サラマンダー》と呼び、その名の通りフェルナンドの炎を喰って見せたのだ。
ワンダーワイスの“封じる”という能力もサラマの“喰らう”という能力も似たようなもの、故にサラマの姿が思い浮かんだフェルナンドだったが、藍染はその二つは確かに似てはいるがしかし、別物であると明言した。
ワンダーワイスの能力が藍染の語るものそのままだとするならば、別物であるのは当然サラマの能力。
“火を喰らう”というサラマの言葉こそが“真実では無い”という事であり、それを知ったフェルナンドの脳裏にはしれっとした顔でベェと舌を出す子分の顔が過ぎったことだろう。

閑話休題、ワンダーワイスの能力を知ったフェルナンドは先ほどの言葉の後僅かな沈黙を見せた。
驚きでは無いだろう、諦めでもないだろうが、ただ無言のフェルナンド。
その姿を見下ろしながら藍染はやはりその顔に笑みを貼り付ける。


(さぁ、どうするかなフェルナンド? キミの能力とワンダーワイスのそれはあまりに相性が悪い。キミが真に自身の能力を御しているのならば別だろうが、現状でキミの勝機は無に等しいだろう…… 勝てないと言われた相手、決して抗えぬ力、不倶戴天とも言える存在を前にキミはどうする?)


ワンダーワイスの力を明かし、そしてそれを前にお前は無力だという言葉をフェルナンドに突きつけた藍染。
その彼は言葉の後、再び値踏みするような眼でフェルナンドを見下ろす。
炎を伴う能力者全てへの反能力、その存在を突きつけられたフェルナンドを見下ろす藍染の瞳の奥には好奇とそして確信の色が浮かぶ。
理性的に考えて藍染の言うワンダーワイスの能力が全て真実であると仮定したとき、フェルナンドがとるべき選択は“帰刃(レスレクシオン)しない事”と言えるだろう。
言ってしまえば不完全な能力の発露である現状のフェルナンドの帰刃、それを発動させ万一にも封じられてしまうようなことがあればそれだけで勝敗は決する。
魂の発露たる炎を封じられる、それは現状のフェルナンドの霊圧を根こそぎ封じられる事と殆ど同義であり、その状態では如何なフェルナンドといえど解放状態の破面を相手取るには歩が悪すぎるだろう。
フェルナンドが本当に藍染の言う魂の燃焼を己が意思で発現させられるのならば結果は変わるのかもしれないが、そう易々とそれが成らない事は想像に難くない。

しかし藍染は自らフェルナンドを窮地に追い込みながら、その先を見据えていた。
決して勝てないとまで言い放ちながら、その相手を前にしてお前はどうするのかと問うように。
そしてその問いの答えも藍染の中には既にあった、それはある意味フェルナンドという破面に対する確信、この困難な状況を前に彼ならば“必ずそうする”という確信が藍染にはあったのだ。

藍染の視線の先、値踏みと好奇と確信の混ざったその先でフェルナンドの手が腰の後ろへと伸びる。
そこにあるのは彼の斬魄刀、己の本性、能力の本質を刀として封じた彼の本性の刀。
これに手が伸びそして抜き放たれようとしている理由は一つしかなく、その姿に藍染は僅か笑みを深めた。


(フフッ…… やはりキミは私の期待を裏切らない。ワンダーワイスの能力を知って尚、キミが“そうする”であろう事は判っていたよ、フェルナンド。キミは“試してみたい”のだろう? 意地もあり天邪鬼でもあろうが、キミの本質がキミ自身を試したがる。自分自身を“絶対的不利の状況”に追い込みたがる。そうして自分を追い込むことでキミは“生の実感”とやらを追い求めているのだろう?)


そう、藍染にあった確信とは正しくこれなのだ。
ワンダーワイスの能力を知り明らかに歩の悪い状況に置かれて尚、フェルナンドは“必ず解放する”という確信。
フェルナンドの今までに至る行動、軌跡を鑑みればそれは自ずと導かれる回答ではあった、疑う必要すらなく確信できるほど確実な回答、それがこの解放。
無理だ、無謀だ、不可能だ、出来る訳が無い、そういった言葉にフェルナンド・アルディエンデは悉く反逆してきた。
困難な道だからこそ進む、不可能だと、出来る訳がないとされるからこそこの男はあえてその道を進み、それらを踏破し続ける。
そうして自らを絶対の不利に追い込むかのように進んできたフェルナンド、天邪鬼の帰来があり尚且つ自らの力に絶対の自信を持つからこそ彼はこういった困難な道を会えて進むのだろうが、藍染はその様をフェルナンドが自らを“試している”のだと考えていた。

自分自身を追い込み、困難を乗り越え苦境を踏破し死線を踏み越え、それでも尚自分は立っていられるのか。
戦いの先、自らの命を削った先にこそ求める“生の実感”があると信じるフェルナンドにとって、それはまるで自らの存在証明を試すかのごとくである、と。


自分は今生きているのか? 自分は今を生きるに値するのか?と。


「刻め…… 輝煌帝(ヘリオガバルス)ッ! 」


抜き放たれた鍔の無い鉈のような斬魄刀、片手で高く掲げられたそれにフェルナンドの紅い霊圧が煌く。
叫ばれる銘はフェルナンド自身のもう一つの名、刀に封じられた本性はその呼び声とともに彼の肉体へと回帰し、彼の肉体を紅く染め上げる。
辺りを熱気と熱風により支配して燃え上がるのは炎の柱、天を焦さんとする炎は次第収束しそこから現われるのは自らを炎の塊へと変じた紅い修羅。
金から徐々に紅へと染まりそして轟々と燃える炎へと変じた髪、鍛え上げられた上半身が顕となり、足首で絞られた袴は脛から膝にかけてこちらもまた轟々と燃え盛る。
視線はあくまで藍染ではなく目の前の敵、ワンダーワイスへ。
半身気味で目線よりやや下辺りに構えられた拳から、いや全身から吹き上がる霊圧と殺気で空気が焦げるかのような錯覚すら覚えるフェルナンドの解放姿がそこにはあった。


「おぉおおうぅぉぉおおおぅ」


吹き上がる紅い霊圧と闘気、それを目の前にしてもワンダーワイスに恐れの感情は見えない。
それどころかただ目の前の力の大きさに純粋に目を輝かせる。
まるで子供、いや赤子の様に無垢であるが故に

ただただ喜びと驚きの感情ではしゃぐ様なワンダーワイスと、まさしく炎そのものとなって熱風を巻き起こすフェルナンド。
だが両者は動かない。
ワンダーワイスは藍染に制止されたままであるが、フェルナンドは違う。
恐るべきワンダーワイスの解放能力、それが彼にとって如何に脅威であるかを既に藍染自身から明かされているフェルナンドにとって、事此処に至っては彼に残された道は一つ、ワンダーワイスが帰刃する前に彼を屠ってしまう事だけ。
自身の炎を封じられる前に、封じ込められる前に殺す、それ以外に彼が勝つ道は無い筈なのだ。


(そう、キミは唯一残された勝利への道を進めない。 “戦いへの美学”とでも言うべきか…… それがキミの道を塞いでいるのだろう? “教えられた弱点は突かない”等という安い矜持がキミを今、追い込んでいる…… もっとも、ワンダーワイスの能力の前に立つ事で自分を追い込もうとするキミからすれば、この瞬間に仕掛けない事も道理、という事なのかもしれないがね)


踊らされている。
この状況は全て藍染惣右介によって描かれているといって過言ではない。
フェルナンドという破面に見え隠れする戦いへの美学、それは自分ではなく他者が教えた敵の弱点は突かない、というもの。
自らが見つけたならばいい、しかし誰かに“ここが弱点だ”と教えられる事は“勝った”のではなく“勝たせてもらった”のと同じであり、そんなものに幾許の価値もないとするフェルナンドの考え。
だが今それは裏目に出た。
藍染は知っていたのだ、彼のこの矜持、美学ともいえる考えを。
それも当然だろう、サラマという名の観測機を彼の傍に置いたのは藍染自身、霊力霊圧以外にもフェルナンドという破面のあらゆる情報は既に藍染の手の中なのだ。
何も藍染はフェルナンドに解放を仕向ける為だけにワンダーワイスの能力を明かしたのではない。
解放させる事もそうだが解放した後、彼を止めるためにワンダーワイスの能力を明かしたのだ。
藍染からフェルナンドへともたらされた情報、それを鑑みればワンダーワイスの弱点は明らか。
そして藍染はそれを直接的に言う事はしなかったが、言外のそれを読み取れない程フェルナンドは愚かではなく、何よりそれは読み取ったのではなく明らかに“読み取らせよう”という意思が伺えるもの。
よってそれは教えられているも同義なのだ。

無論これは藍染が言ったように戦いの美学や矜持といったものだけが、フェルナンドを追い込んでいる訳ではない。
誇りや矜持を護る事は尊いが、それによって道を誤るのは愚かな事、かつてハリベルがフェルナンドに、そしてフェルナンドがハリベルに言ったその言葉、尊さと愚かさを判っているであろうフェルナンドがここで矜持だけを優先し、ワンダーワイスを倒せないという事はおそらくありえない。
ならば他の理由、それはやはり藍染の言ったフェルナンドの性、自らを絶対の不利に追い込むことでそこから生の実感を得ようとしている、という部分に帰結するのだろう。

だが例えそうであったとしても現状は全て藍染の思い描いたとおり。
そして此処からが藍染にとってもっともフェルナンドという破面の利用価値を確かめる工程となる。


「キミの準備は整った、と見ていいかな? では彼にも相応の姿になってもらうとしよう…… ワンダーワイス、キミの力をみせてくれ 」

「うぉ~う! 」


フェルナンドの解放を見届け、藍染は見下す笑みを浮かべてそう告げた。
ワンダーワイス・マルジェラ、藍染惣右介の虎の子、最も従順で最も有用、そして何より最も重要な駒。
藍染の言葉を受けてワンダーワイスはその瞳を爛々と輝かせる。
その様はまさしく“狗”、主の命に背かず今の今まで“待て”を貫き、服従を示す狗に他ならない。
だが今“待て”は解かれた、喜色と開放感をうかがわせる声を漏らしたワンダーワイスが上半身を逸らせ、そして勢い良く前屈するように上体を前に倒す。
すると彼の背に真っ直ぐ背負われていた西洋風の斬魄刀が鞘から抜け落ち、無造作に砂漠に落ちた。
一連の動作を見ただけで判るのは、ワンダーワイスはそれを武器として認識していないという事、それが刀という武器である事もその抜き方も、何もかもを判っていないという事。
何故なら彼は武器を用いて戦う、という知識を持っていないから。
彼の戦いは完全に本能の部類にあり、武器とは己の手であり足であり、或いは噛み付くことのみ。
武器とは歴史の中で人がどれだけ効率的に生物を殺められるか、を追求したいわば文明の利器に他ならず、故に本能以外を手放したワンダーワイスにそれを扱うことは出来ない。

だから判らない、その握り方すら。

ワンダーワイスが砂漠に落ちた刀を拾う。
本来なら柄を握るはずがしかし、彼が握ったのは柄ではなく刃だった。
それもしっかりと、決してそれを落とさぬようにとしっかりと握るのだ、手からドクドクと血を流しながら。
痛みが無い故に彼はそれが危険なことだと認識できない、そして痛みが無く扱い方も知らないために起るのがこの現実。
“持ち上げる”という動作こそが彼の中で最も重要であってその持ち方も、自らの手が傷つき血を流すことも、彼にとってはまったく意に介する必要が無いことなのだ。
刀身のやや先端よりの部分を両手で掴み、そして頭上に高く掲げるワンダーワイス。
流れた血は刀身を伝い先端に集まると、滴り彼の顔に点々と赤い血化粧を施す。
そして滴った血に反応するようにワンダーワイスの瞳が大きく開かれ、そして言葉では無い大音量が叫ばれた。



「おぅあぁぁあああぁぁぁああ!! 」



霊圧の爆発、帰刃に伴う霊子の暴風がワンダーワイスを中心に吹き荒れる。
本来ならば銘を叫ぶそれも言葉を失った彼には叶わず、しかしそれは儀式であるが故に重要なのは銘を呼ぶことでは無い。
重要なのは封じられた力をその身に宿せるか否か、そしてそれは間違いなく完遂された。
濁った霊子と砂煙の中から現われたワンダーワイスは、他の破面の例に漏れず人の容を捨てた化生の姿へとその姿を変えていたのだ。

見えた姿は元の体躯よりも倍ほどの大きさ、両の肩と腰から足の付け根辺りが卵のように大きく膨らみ、しかしそこから伸びる手足は見る者を不安にさせるほど細く拙い。
胸の中心には喪失を示す孔、目元は後頭部が大きく伸びた仮面に隠され、見えるのは幼さを残す口元のみだった。
異形、破面の解放など言ってしまえば全てが異形ではあるがそれでも、ワンダーワイスの解放はその中にあって尚、薄ら寒いものを感じさせる。


「ア~~~~…… 」


釣り上がった口角、解放の高揚がそうさせるのか或いはそれが性なのか、喜色を滲ませるのはワンダーワイス。
そんなワンダーワイスの姿を笑みを貼り付けた顔で見下ろす藍染。
そして、目の前で解放したワンダーワイスをしっかりとその視線の先に見据えるのはフェルナンド。
思惑が入り乱れた戦場、いや藍染にとって此処は戦場ではなくもはや実験場に他ならない。
舞台はようやく全て整った、あとはこれから起る全ての出来事が彼の思惑のうちに納まるのか、それとも彼の思惑すら超えていくのか、そのどちらか。
藍染にとって望ましいのはどちらなのだろうか、全てが予測通りに終わる事か、或いは予測すら越える結果が残ることか。
いや、それを考える事すら彼にとっては瑣末なことなのだろう、予想通りならそれで構わない、だがもしそれを越える結果が生まれればそれもまた重畳であると。
結局のところこの場で誰よりも強者である藍染からすれば、予想を越えようが越えまいが関係ない。
彼の“大いなる目的”の前では全てが雑事、計画に修正はあれど変更はありえず、この後に残る結果も全ては藍染の掌に収まってしまうことだろう。

それこそが超越者、藍染惣右介という名の超越者の器。
たとえ彼の思惑すら超えた出来事が起ろうとも、それが彼の器から零れることは無い。
大器とは不測すら容易に受け止めるからこそ大器であり、藍染の器とは正しくそれなのだ。
故にこの後に残る結果も結末も、全ては藍染に呑み込まれる定めなのだ、それもあまりに圧倒的に。


「さぁこれで全ては整った。 後は存分に戦ってくれフェルナンド。或いはこの先に、キミの望むモノがあることを願うよ…… 」


整えられた戦場、対峙する両者もまた万全、それぞれが最も高まった力を発し睨み合う。
そして藍染が発した言葉が合図となった、彼の言葉にフェルナンドは皮肉気な笑いをひとつ零す。
見え透いた言葉、そして見え透いていると判っていて発せられる言葉、その裏に隠れる真意をありありと浮かび上がらせたまま発せられた言葉を彼は鼻で笑ったのだ。
だがフェルナンドという男は見え透いていようと裏があろうと真っ直ぐにしか進めない。
罠があると言われてもその罠を踏み越えていかねば気が済まない、それは藍染が考える彼の気質“自らを絶対の不利に追い込む”というものの証明なのだろう。

ダラリと枝のように細い腕をたらしたまま気の抜けたような笑みを浮かべるワンダーワイス、その彼目掛けてフェルナンドが駆ける。
駆けるといってもその姿は最早見えない、彼が踏み切った足元の砂漠が勢いよく爆ぜその後に僅かな炎の残滓が残るのみで、フェルナンドの姿は消え去っていた。
魂の燃焼、それによって真っ先に目がいくのは彼が纏う炎だろうがそれはあくまで副産物。
フェルナンドの能力によって生まれた力は、炎の威力も然ることながら外へと発露したそれよりも寧ろ内側、爆発的な力を生む魂の燃焼を“その身に宿している”という部分。
身体能力の超強化、燃え盛る魂のエネルギーを拳に或いは脚に込め炸裂させ、全てを強化する事こそ彼が能力の真骨頂。
彼自身それを意識して行っているかと問われればそれは否だろう、理解はしていないがしかし知っている、これが最も正しい表現。

その力をもって砂漠を蹴り、瞬間自らの最大戦速へと達したフェルナンドは迷う事無くワンダーワイスへと突撃する。
相手の能力は知っている、本当に藍染が説明した通りならばあまりに無謀な己の行為と。

だが知った事では無い。

フェルナンドの瞳にありありと浮かぶのはそんな意思。
だからどうしたと、炎を封じるからなんなのだと、ならば自分は解放せず、炎を発する事無く戦うのかと。
ありえない。
そんな選択はありえない、それは“逃げ”だ、敵を前に敵の能力を知り分が悪いからと己が今まで貫いた戦い方を変える、それが逃げでなくてなんだというのかと。

浮かぶ意思のなんと愚直なことか、己を貫くためならば苦境を進むことを厭わない、彼はそう言うのだ、そう語るのだその瞳で。
紅い流星となったフェルナンドがワンダーワイスを射程圏に捉える。
ワンダーワイスはそんな彼の姿を認識しておらずあさっての方を向いていた、しかしフェルナンドは既に振り被り半ば炎となっていた拳を迷う事無く振り抜く。
その一撃は強奪決闘(デュエロ・デスポハール)にてゾマリを屠った一撃、初撃での必殺、そこに小細工は見えない、ただあるのはお前を殴るという意思だけ。
十刃であったゾマリすら一撃の下に灰燼に帰した拳、入れば無事ですまない事は明らかな威力を誇る一撃。
その拳が語るのは一つ、“止められるものなら止めてみろ”という言葉のみ。





「ハ~~アァ~~~ 」





だが、その一撃はあまりにも容易く受け止められた。



拳があたる直前までワンダーワイスはあさっての方を向いていた。
だが今、その枝の如きか細い腕と手でフェルナンドの拳を掴んだ彼は、しっかりとその眼でフェルナンドを見据えているのだ。
流石のフェルナンドもこれには瞳に驚きの感情を浮かべる、自信、自負、そして必殺を誓った拳をこうも容易く止められれば誰でもそうなるだろう。
しかしその一瞬の驚きすら彼には許されない。



そう、この段階で戦いは既に“決着している”のだ。



「ッ! なん……だと…… 」


驚きと戸惑いの声を零したのはフェルナンドだった。
彼らしくも無いその声、しかし彼に起きた変化を鑑みれば自ずとその声は漏れることだろう。
彼の拳がワンダーワイスに掴まれたその瞬間、彼が纏っていた炎の全ては消えうせ、フェルナンドは“帰刃前の状態”にまで回帰させられてしまったのだから。


「驚く事は無いだろう? フェルナンド。 私は言った筈だ、ワンダーワイスの能力は炎の封絶、そしてそれは例えキミの炎であろうと例外では無い、と。今この瞬間キミが発していた全ての炎はワンダーワイスに封じられた…… そして魂の発露であるその炎が失われれば、帰刃が解かれるもの道理だろう」


最早勝敗は決した。
フェルナンドが誇る最高の戦闘状態、それはその全てを封じられるという形で奪い去られたのだ。
判っていた結果、いや判りきっていた結果ではあるがしかし、誰もが何処かで期待していた。
彼ならば、或いは彼ならばこの如何ともし難い状況すらも覆すのでは無いか、と。

だがそれは都合のいい解釈に過ぎない。

誰にでも勝利する無敵の存在、そんなものは現実には存在しない。
限りなくそれに近かろうとも、世に“絶対”が存在しない以上無敵もまた存在できないのだ。
藍染であっても同じ事、圧倒的なまでのカリスマと力を有する彼だとしても、敗北の可能性は存在する、限りなく少なくとも決してなくなることは無い。
故にこれは判りきった結末、藍染 惣右介にとってもフェルナンド・アルディエンデにとっても。

フェルナンドはそれでも敢えてこの道を選択し、しかし踏み越える事は叶わなかったのだ、藍染惣右介という男の思惑を。


「ウ~~、アォア!! 」


フェルナンドの拳を掴んだまま彼をまじまじと見ていたワンダーワイスは、突如として彼を砂漠へと叩きつけるように放り投げる。
いとも簡単に、呆気なく投げ飛ばされるフェルナンド、それでも砂煙を纏いながら彼は立ち上がる。
だが次の瞬間、フェルナンドはこれまで感じたことの無い疲労感のようなものに襲われ、片膝を砂漠に付いた。
襲う疲労感はそれだけに留まらず、呼吸は乱れ浅く、肩は大きく上下し、汗が噴き出し視界が霞む。
あまりにも突然の変化、今までどれだけ激しい戦いを繰り広げようともここまでの疲労感を感じたことは無かったフェルナンドにとって、それはあまりに不可解すぎた。


「当然だ。 キミが封じられたのはただの炎では無い。キミ自身の魂の発露、謂わば“魂の欠片”に他ならない。それを無理矢理身体から引き剥がされ、奪われてはね…… だがある意味驚きだよフェルナンド。 私は炎を封じられた瞬間キミは事切れるとも考えていたが、その実キミはまだ生きている…… やはりキミは特別なようだ 」


肩で息をするフェルナンドの姿を見下ろしながら、藍染はその姿を当然だと言い放つ。
炎を封じる能力を持つワンダーワイス、それに対しもしフェルナンドが“炎を発する”破面であったならば、彼はここまでの状態にはならなかっただろうと。
或いは霊力の大幅な減衰はあったかもしれないが、それでもここまでにはならないと。
フェルナンドがここまでの状態になってしまったその最たる理由、それは彼が放っていたのは“炎であって炎ではない”ものだったがため。
彼、フェルナンドの炎とは正しく魂を燃焼させた魂の発露、それは即ち魂の欠片も同義なのだと。
本来ならば多少削れたところで再刀剣化によって彼の内側に戻るはずの魂の欠片、しかし今、ワンダーワイスの恐るべき能力はその繋がりすら容易に引き剥がし、奪い、そしてその全てを封じ込めてしまった。

それが炎である、というだけで。

魂とは生物の根幹、そして霊的生物である死神、虚、破面ならばその重要性は語るに及ばないほど重い。
補完は出来ても新たに生み出すことは叶わず、故にどれだけ無限の力を秘めていようとこの上なく有限。
それが失われればどうなるか、フェルナンドを見れば一目瞭然だろう。
彼が感じる疲労感はその実疲労感ではなく喪失感、突如として身の内より失われた魂に彼の魂魄と霊体が悲鳴を上げた結果なのだ。


「さて、フェルナンド。 キミの炎、魂の燃焼による発露の炎は今失われた。このまま解放したワンダーワイスと戦ったところでその先は見るも無残なものとなるだろう…… ではキミはどうするべきか? 発露の炎を、帰刃を、戦う力を削がれたキミは今、どうするべきか?答えなど決まっている。 魂の燃焼とは“たった一度きりのものでは無い”筈だ、それはキミ自身が証明している。ならばキミがとるべき道は一つ、“ 魂の再点火 ”以外無い筈だ…… 」


ここに来て尚、藍染 惣右介は笑みを浮かべて語る。
先の瞬間、炎を奪われた瞬間事切れていてもおかしくは無かったといいながらも、彼はフェルナンドにその先を示すのだ。
“魂の再点火”
失われたなら、消えたのならば、もう一度灯せばいいという単純な発想。
しかしそれは真理でもある、単純だからこそ明確な答え、これ以上ないほど、これ以外ないほど。

そして“これこそが”藍染にとって最も理がある事象。

ワンダーワイスを運用する上で最も危惧されたのはその強度。
本来彼の能力を使用する事を目的とした人物、備えの上に備えて尚溢れんばかりの力を有する相手、それを封じ込める事こそワンダーワイスが生まれ存在する唯一の理由。
だが虚圏にはその人物に互するほどの能力者はいなかった。
理論上問題は無い、しかし実戦で性能を証明されていないものは信用には到底及ばない、藍染にとってそれは目的成就の為に唯一残った危惧でもあった。
だが、フェルナンド・アルディエンデという名の破面がそれを取り払う。
及ばないまでも炎熱系の能力者、更にその炎はただの炎ではなく魂という死神や虚に共通したものの発露、及ばないながらも補うには充分な質を持っていたのだ。

故に藍染はこの状況を創り上げた。
敢えて道を潰し、敢えて言葉で導き、そして唯一残された道を進ませ結実させる、彼が望んだ結果の果実を。
ワンダーワイス・マルジェラは藍染の予想通り何の問題もなく、余裕すらもってフェルナンドの炎を全て封じ込めた。
それは藍染が彼に与えた唯一無二の能力が万全に機能している証明であり、最低限運用に足る存在である事の証明でもある。
ここに藍染の計画はその終結までが成ったと言っていいだろう。


だが、藍染にとって“まだ”フェルナンドは利用価値のある存在だった。


藍染にとってワンダーワイスの耐久試験、その為だけが彼の利用価値ではなかったのだ。
彼が今求める“魂の再点火”それは魂への点火であり魂を燃焼させる最も最初の工程、それをもってフェルナンドは己が魂を燃え上がらせ、通常ではありえない“力”を魂から引き出し己のものとする。

そう、藍染が求めているのはそれ、“魂の燃焼方法”なのだ。

フェルナンドが魂を燃やしている、それが判っていても藍染には彼が“どうやって”それを為しているのかまでは判らなかった。
故に彼は欲したのだ、その方法、魂の燃焼方法を知る事を。

藍染の大いなる目的、その第一段階であり何より重要な因子が一つある。
それは既に死神側も察知しているであろうもの、“王鍵(おうけん)”。
半径一霊里にも及ぶ重霊地と十万の魂魄、その全てを犠牲として生まれる、霊王の居城への扉を開く鍵。
そしてここで繋がるのは“魂魄を使用する”という段階。
王鍵創生もフェルナンドの魂の燃焼も、大別すれば同じことなのだ、“魂を消費する”という点を見れば。
フェルナンドは己の、王鍵創生は他者の魂を贄とし、そこから抽出される強大な力を用いる事で目的を成す。

どちらも魂を消費するという工程を伴うならば、フェルナンドの能力は藍染にとって後に控える王鍵創生に、非常に“利”のある力なのだ。

そして何より、藍染が“真の意味で”超越者となった時、魂の燃焼を得た彼を止められるものは居ないだろう。
彼と、そして彼が手に入れた“崩玉”、この二つに魂の燃焼が合わさる事がどれだけ怖ろしいか、など考えるまでもない。

ワンダーワイスの実戦証明は既に済んだ、残るは魂を消費するという能力の全容解明と、魂の燃焼を誘発する魂への点火のみ。
そして魂を消費するフェルナンドの能力の解明と、魂への再点火が同義である以上藍染が望むのは一つ。
故に彼は知りたい、いや理解したい、そして理解“させたい”のだ、魂の燃焼、その最も最初の工程である魂への点火を。





「知った、事じゃねぇ…… 」





新たなる力の段階を目前にしていた藍染に、その声はぶつけられた。
顔色は悪く、息は整う事無く、しかしその眼は一切死んではいなかった。
砂漠に着いた片膝を持ち上げ、立ち上がるのはフェルナンド、彼に満ち満ちていた紅い霊圧は今あまりにも弱々しい。
だが彼は立ち上がった、己を貫くというただそれだけの為に。


「魂の再点火だの…… テメェの思惑だの…… そんなもんは、“知った事じゃねぇ”。 解放が出来ねぇからどうした?魂削られたからどうした? それと俺の戦う意思は何一つ関係無ぇ…… 全部判ってて飛び込んだ戦場だ、ならこのまま終わるのは……性に合わねぇ…… 」

「……それは愚かな選択だよ。 蛮勇といって言い。それともキミはこの期に及んでまだ、己が真の能力を意識出来ていない、というのかい?」



フェルナンド・アルディエンデは己を貫く。
他者の見解など関係ない、常道定石など知った事では無い。
解放が封じられれば諦めるのか、魂を引き剥がされありえぬほどの喪失感を刻まれれば立ち止まるのか、そのどちらも彼にとって答えは一つ。
否しかないのだろう。
少なくともそういったリスクのある戦場だと彼は理解していた、理解して尚この戦場に立ったのだ。
ならばこの状況は当然、ありえない事ではない、だからこれは道すがら、戦いの道すがらであり決着では無いのだと。
何より彼はまだ折れていない、その意思が折れていない、ならば彼から生まれる選択は一つ、例え解放出来なくても魂が削られていようとも、戦うという選択以外ありえはしない。


「ハッ! それこそ知った事じゃねぇ…… 真の能力も何も関係あるか。言っただろうが…… 俺は俺、それに変わりなんてある訳が無ぇ、と。俺は俺の戦いたい様に戦う、テメェの、指図は…… 受けねぇ 」


藍染の言葉を一笑に伏したフェルナンド。
真の能力、能力の本質、それを教えまた奪う事で真実であると証明した藍染、ここまでされてもまだ、お前は身のうちに眠る能力を意識出来ていないのか、と問う彼の言葉。
だがフェルナンドにとって己の能力であろうと今は関係ない、能力が無いから、理解できないから戦えないのでは無い、戦えない者は皆戦う“意思が無いから”戦えないのであって、フェルナンドにそれだけは未だ衰える事無く満ちている。
だからこそ彼にとって真の能力の発現は関係ないし必要でもないのだ。


「強硬な事だ…… だがその先に待つのは死だけ、キミが求めるものの対極だと判らぬわけでもないだろう?まぁキミがそれを望むなら仕方が無い…… ワンダーワイス、程々に相手をしてやってくれ」

「ハハァ~。 ァアアアア!! 」


藍染の言葉に反応したワンダーワイス。
息を切らすフェルナンドへと瞬時に肉薄した彼は、即座に腕を払いフェルナンドを弾き飛ばす。
容易く弾かれ砂漠を跳ねるフェルナンドの身体、しかしその中にあって彼は体勢を立て直した。
彼の折れない意思がそうさせるのだろう、戦いの中にあっては常に敵を打倒する事を最優先に、己が戦いの後に生き残ることではなく己が戦いの後に敵を倒している事を何より優先する姿勢、それがたとえ攻撃を受けたとてそのまま地に伏す事を許さない。

だが、そこには如何ともしがたい壁がある。

体勢を立て直したフェルナンドが行動に移るよりも早く、ワンダーワイスは次の一撃を彼に打ち込んでいた。
叩き、殴り、蹴り、踏みつけを執拗に繰り返すワンダーワイス。
防戦一方、というよりは無垢な暴力によるまともな戦いとも呼べないものが繰り広げられる。
フェルナンドが既に意思だけで戦っている、という点もあるだろう、だがそれ以上に純然として彼の前に立ちはだかるのは単純に“出力の差”。
帰刃状態を維持したワンダーワイスと帰刃状態を強制的に解除されたフェルナンド、この差はあまりに大きい。
まず単純に膂力が違う、早さも、身体の頑強さも、鋼皮(イエロ)の硬度も、が違いすぎる。
そして何より霊圧、破面や死神に共通するのは“霊圧の戦い”と呼ばれる戦い、霊圧の差があればあるほど戦いの有利不利はより明確になるというこの現状を指して出力の差、フェルナンドの前に立ちはだかるのはこれに他ならない。

過去、フェルナンドがまだハリベルの下に居た際、数字持ち(ヌメロス)狩りをしていたときもこういった対帰刃状態の戦闘はあるにはあった。
しかし、それはあくまで数字持ちでの話、目の前にいるのは藍染惣右介が自身の目的の為に手ずから調整し完成させた破面、その基本能力が数字持ち程度であるはずも無い。
基本的な性能だけを見るならば或いは十刃に匹敵するほどのワンダーワイス、その彼が解放し、能力が更に跳ね上がった状態と解放無しで対等に渡り合える訳が無いのだ。


「ハッ! だから…… どうしたよ! 」


それでも、この男は立つ。
執拗な攻撃を前にして、絶望的な力の差を前にして尚、この男は立つ。
それが矜持、フェルナンド・アルディエンデの矜持であり譲れない道。
ボロボロの身体に鞭を打ち、傷だらけの魂で吼える様に。
今、全ては今なのだ、この男にとって今こそが全てであり、その今に全てを賭けてこそ求めるものは得られると、そう信じて疑わないからこそこの男は立ち、そして立ち向うのだ。

肉薄したワンダーワイスの無慈悲な一撃を、しかし初めて刹那で避けたフェルナンド。
ワンダーワイスにとって間合いという概念は無く、故に近付き殴る事が基本ではあるが、この密着した状態は同時にフェルナンドの間合い。
そして彼には密着し、普通ではとてもまともな一撃など打ち込めない状態からでも充分、相手を絶命たらしめる一撃が存在する。


「ハァッ!! 」


僅かに吐かれた息吹と気合、それと同時に放たれるのは右の拳。
相手に密着し、まともな動作など出来ない状態から放たれたそれはしかし、とてもそうとは思えないほどの威力と衝撃をワンダーワイスの細い胴体に叩き込む。
嘗て一撃でゾマリ・ルルーの最速を奪い去った拳、それが今再びワンダーワイスの胴に突き刺さり、その凄まじい威力は彼の鋼皮にしっかりと拳の痕と放射状の陥没、そこから奔る罅を刻み込んだ。

魂を削られ、執拗なまでに打ちのめされて尚、これだけの威力。
それは一重にフェルナンドの意志の力なのだろうか、肉体を凌駕する精神、その強靭すぎる精神こそがこの男の力の源。
折れない精神、曲らない精神、それこそがこの男の力。

そしてそれを目の当たりにした誰しもが期待するのは、ここから始まる逆転劇。
あるいはこの男ならば、このフェルナンド・アルディエンデという男ならばやってのけると。
当然やありえないという思考を超えていくこの男ならば、全てを打倒してきたこの男ならばやってのけると、そう期待して止まない。

“奇跡”。

能力は封じられ、魂は削られ、肉体はガタガタのこの状況をもし切り抜けられるのならば、それは奇跡だろう。
そしてフェルナンドならばその奇跡すらその拳で切り開くのでは無いか、そう思えてならないだろう。
折れず曲らず、倒れず立ち上がるこの男ならば、と。





だが、奇跡とはそう容易いものでは無い。





「アァハァハハ~~~ 」


それに痛みは無い。
それに苦痛は無く故に怯む事も止まることもない。
フェルナンドより遥か高い位置で両手を組み、まるで戦鎚のように振り下ろすのはワンダーワイス。
振り下ろされたそれが叩きつけられるのは当然フェルナンド、防御すらなくただその一撃を受け止めた彼の身体は砂漠に叩きつけられ、衝撃で砂が爆ぜる。

容易く起らないからこそ奇跡とは価値を持つ。
そういった意味ではこの展開はある意味必然ですらあったのだろう。
例え刹那で避わそうとも、例え圧倒的に不利な状況から逆転劇すら幻視させる一撃を見舞おうとも、それだけでは奇跡は起らない。
更に言えば今まさに突き刺さったフェルナンドの拳、ワンダーワイスの胴に刻まれたへこみの様なその傷跡は、ぶくぶくと瞬時に膨れ上がりそう間をおかず癒えてしまった。
超速再生、いや破面化した者は基本的にその能力を失う事を鑑みれば、それはサラマと同じように“封じた炎の力”を利用している、という事なのか。
どちらにせよ逆転の芽であった傷は無いものとなり、ここに希望は潰えた。

そこから続いたのはやはり一方的な蹂躙。
なまじ打ち据えられてもフェルナンドが立ち上がるがために続く惨劇、彼が倒れたならば、或いはその精神を折ったならば、ここまでの状況には至らなかっただろう。
だが、己を曲げられず折る事すら出来ないこの男は立ち上がってしまう。
打ち据えられても、弾かれ踏みつけられようとも、立ち上がってしまう。
その身がとうに限界を超えていても、その精神の強さだけで立ち上がってしまうのだ。

だがそれも遂に限界。

どれだけ一方的な攻撃が続いただろうか、その末にフェルナンドは砂漠に伏し、遂に立ち上がれなくなった。
精神が折れずとも肉体は遂に限界を迎え、強靭な精神をもってしても動かせない状況に陥ったのだ。
それをしてようやく止まるワンダーワイス、そして今までこの惨劇を傍観していた男が再び口を開いた。


「満足かな? フェルナンド。 能力など関係ない、己は己だと吼えた末路が今のキミだ。力を封じられたままで勝利できるほど、ワンダーワイスは弱くも甘くも無い。キミは認めるべきだ、キミの力とは“武”だけでは完成しない、という事実を」


まず間違いなく、藍染の思惑通り事は運んでいた。
フェルナンドに真の能力を教え、そのうえで敢えてワンダーワイスの能力を知らしめ、その上で解放を促しまず第一の工程を消化した後、彼の能力の中でもっとも有意義な力を引き出す。
その為に幾重にも言葉による道を、数多あるように見えてしかし結局は一つの終着点へと続く道を敷いて、藍染はフェルナンドを追い詰める。

最早“ 魂の再点火 ”以外、道は無いと。

そうしたところで再びワンダーワイスに封じられるのがオチ、そう考える事も出来るだろう。
だが、例えそうだとしても如何ともしがたい現状を、彼独力で動かすにはもうそれしかない。
十中八九見えている結末、しかしここで見据えるべきはその中の“ 一 ”だけ、それだけしかないのだ。

そして“そうなるように”藍染は全てを導いたのだ。


「“ 魂の再点火 ”に成功したとてキミの炎は再びワンダーワイスに封じられるかもしれない。だが敢えて言おう、ワンダーワイスの能力は未だ未知数、正直どれだけの炎を封じる事が出来るのか“私にも判らない”。褒められた展開では無いがもしかすればキミの炎に耐え切れない、という事態も充分に考えられる。魂という名の“燃料”とワンダーワイスの耐久力、比べてみる価値は充分あるとは思わないかい?」


それは甘い言葉だ。
甘美であり蠱惑的、もしかすればという可能性こそ、この世で最も甘い言葉。
おそらくは嘘だろう、彼が自分の手で改造した破面にそんな不備を残すわけが無い、しかし、それでも、縋るのならばそれしかない。
再点火した後の我慢比べ、己の魂を燃料とし発する炎が尽きるのが先か、それとも耐える事叶わず崩壊するのが先かの二つに一つ。
安直に示された道は容易くあるからこそ、行くには易い道だろう。

だがその“安直さ”を、その“容易さ”を嫌う男がいる。

いや、もっと単純に言えば他者の“言いなりになること”が嫌いな男がいる。

藍染の言葉は充分ではあった。
要は力比べ、我慢比べの類なのだと。
彼をその気にさせるにはある意味充分には思えたがしかし、今の彼はそれでは足りない。
そもそも藍染はフェルナンドが“再点火出来る”という前提で事を進めているようだが、それが既に違えている。

フェルナンドは魂の再点火など“出来ない”。

いや、正確には現状では“する事が出来ない”のだ。
彼自身が己の能力全てを理解していない、という部分は二の次。
方法も、手順も、彼は未だ理解しておらず、しかし一つだけ、たった一つだけ彼の中で明確に理解できている事がある。

砂漠に伏しているフェルナンド、その腕が動き上体を持ち上げる。
筋肉の痙攣かピクピクと震えるようなその腕で、上体を持ち上げたフェルナンドはゆっくりと、いやそれ以上の速さでは動けないかのように立ち上がった。


「ごちゃごちゃ、うるせぇよ…… 一度吼えたからには…… 俺は、俺を貫くまでだ…… 」

「それが愚かだ、と言っているのが理解できないかい?キミはもう少し聡いと思っていたが…… 」

「黙れよ“ 傍観者 ”。 何でも、悦に入って、見下ろして…… テメェの手を汚しもしねぇ。 こんな“人形”で遊んでいやがるのが、いい証拠だ…… 結局テメェ等じゃ足りねぇのさ、力じゃ無ぇ…… 魂が……な…… 」

「………… 」


立ち上がりはした、しかしそこから何が出来るでもない。
震える足も、下がった肩も、顔に浮かぶ明らかな疲労感も、常の彼からは想像も出来ない姿。
それでも尚、精神だけは折れないことが唯一、彼を彼たらしめる矜持なのか。
強硬な姿勢を見せるフェルナンドを愚かと断じる藍染の言葉にも、彼は未だ死んでいない瞳を向けてこう答えた。

傍観者、藍染を指してそう言う彼。

首謀者ではあるだろう、全てを掌中として状況を動かし、管理する藍染は首謀者と呼ぶに相応しい。
しかしそれはフェルナンドからすれば傍観者、自らの手を汚す事無く己の“利”だけを掠め取る様、己の作り出した“人形”が如き化生をぶつけ、戦いの渦を傍から眺める様はまさしく傍観者だと。

そして彼は言うのだ、そんなものでは“足りない”と。


「テメェの“人形”は、強かろうさ。 だが結局コイツは“からっぽ”だ…… 何も入ってない、意思も、意地も、矜持も闘志も何にも……なぁ…… テメェも同じだ、藍染。 テメェにも結局は…… “何も無ぇ”。 大層な目的があっても、御託に、御託を重ねても、何処までいっても…… とどのつまりは“傍観者”…… 己を滾らせる熱が無ぇのさ、テメェらには…… 」


フェルナンドは言う、お前には、いやお前たちには何も無いと。
ワンダーワイスにも、そして藍染にも、結局は何も無いのだと。
意思無く、理性も無く、ただ単一を得るために全てを無くした人形であるワンダーワイス。
圧倒的な力を有しながら策謀に長け、長けるからこそ己の手を汚す事無く全てをその掌中に納める藍染。
フェルナンドは彼等には何も無いと言う、人形には己が無く、傍観者もまた同様に己が無い、“己を滾らせる事”が無いと。


「戦場に立無ぇ、相対す事もし無ぇ、立ったとしても意思が無ぇ、意思があっても熱が無ぇ…… 戦いの中にあって、“己を滾らせられない”ヤツが、どうして“他人を滾らせられる”ものかよ…… 少なくとも俺は、テメェら二人相手じゃ滾ら無ぇ。魂が燃え上がる、ほどの“熱は感じねぇ”。 例え力が強かろうが、相手の能力を封じられようが…… テメェらじゃぁ“俺を燃やせない” 」


魂の燃焼、フェルナンドが持つ能力。
それは彼の内で魂が燃え上がる力、燃え上がった魂が発する力。
しかし、魂を燃料とするならばそれを燃やす炎は何処から来るのか。
答えは今フェルナンドが言った言葉にある、そしてそれこそがフェルナンドという破面の能力の真髄。
彼が戦いの中で滾らせる全ては一体何処から来るのか、何故彼はそうまで戦いの中で滾るのか、それこそが全てなのだ。

そう、フェルナンド・アルディエンデが能力、魂の燃焼その種火たる炎は“彼の内にあるのでは無い”。
その在処、彼を滾らせ彼の魂を燃え上がらせるそれは。



( “ 他者の闘志 ”……か。 己を滾らせ、またそれに呼応するように彼すらも滾らせる強烈なまでの闘志、熱気、情熱…… なるほど、それは仕方が無い。 私にも、そしてワンダーワイスにもそんなものは“在りはしない”。 ……もっとも私は“必要ともしない”がね。 戦いに興じるなど、大局を見ない酔狂者のすることだ。 ……だが私が“ 空 ”とは…… 言いえて妙だが思いのほか不愉快だよ)



燃え盛りそして己へと余す事無くぶつけられる強烈な熱、闘志。
フェルナンド・アルディエンデの魂を燃やすのは、彼の魂に点火し燃え上がらせるのは彼自身のそれではなく他者の、彼へと向けられる他者の闘志なのだ。
己が滾るだけでは駄目、相手が滾るだけでも駄目、どちらもが戦いの中で滾りその互いの滾りに呼応するように、相乗して燃え上がること。
それこそがフェルナンド・アルディエンデの魂に点火する唯一の方法。

そしてこの場にそれが出来るものは居ない。
片方は無垢ではあるが闘志も無くただ命令を忠実に実行する人形であり、もう片方は首謀者ではあるが同時に傍観者、たとえ自らが戦ったとしても戦いに熱を滾らせる事とは無縁の王。
故に、故にこの場でフェルナンドの魂を燃え上がらせる事などはじめから無理なのだ。
闘志が鍵である、という段階までは藍染も予想していたがまさか、それがフェルナンド自身ではなく他者のそれとは彼も考えていなかった。

だがそれでも彼は崩れない。
彼の余裕は崩れず、焦りも悔やみも浮かぶことは無い。
藍染にとってフェルナンドは利用価値があった、特に魂の燃焼に関しては未だ価値を残していると言ってもいいだろう。
だがその工程、それに闘志や熱気といった激情の類が含まれるのならば、最早意味も価値も無い。
藍染 惣右介という人物を考えた時、“激情”とは彼からもっとも遠い感情表現の一つだろう。
彼の精神は波打つ事無く、うねらず、何より荒ぶることなど無い。
戦いの高揚も、興奮も、彼には無縁の代物。

何故なら彼は絶対的過ぎる強者だから。

彼を滾らせるだけの力を彼は今まで目にしたことは無い。
児戯、どこまでも。
彼なら見る死神も破面も、その力は全て児戯に等しいのだ。


故に最早価値なし。


魂を燃え上がらせる為の能力、フェルナンドが用いる魂の燃焼法は藍染にとって価値が無い。
そしてワンダーワイスの実戦証明が済んでいる現状、フェルナンドは既に用済み。
首輪でつなぐ事も、言葉で御すことも最早必要ない。

残る工程は“ 処分 ”のみなのだ。


「なるほど、キミの言いたい事はよく判った…… では、最早キミは“用済み”だ。 或いはキミの能力が私の覇道を更に磐石にする、とも思っていたが多くを望むモノでは無いな。炎という性質、そして魂の燃焼、キミの価値はそれだけ、戦闘力もあるだろうがキミの気質は私にとっては不要でしかない」

「ハッ! ……初めて“本音”を吐きやがった、なぁ…… 」

「これでキミと永劫別れると思えば謀る必要も無いだろう?では、せめて私が一刀の下に斬り捨ててやろう…… 」


藍染がフェルナンドに初めて語る本音。
今までもそれはあったかもしれない、しかし言葉を飾る帰来のある藍染のそれは常に覆い隠される。
だが、回りまわった言い方を排した藍染の言葉は、より彼の本心に近いのだろう。
それを鼻で笑うフェルナンドを見下ろしながら、藍染が腰に挿した斬魄刀『鏡花水月』をゆっくりと抜き放つ。
月の燐光を浴びた刀身が怪しく煌き、その怪しさが刃の鋭さをより強調していた。


「さらばだフェルナンド。 キミは私にとって最も有用で、思えば最も不快な破面だったよ…… 」


言葉は降るのではなく眼前から、抜き放ったと同時に瞬歩でフェルナンドの前へと移動した藍染。
目の前に藍染が現れたと言うのに最早フェルナンドには何も出来ない。
立っている事自体がまずもってありえない現状、そこからないが出来るはずも無く、その後の全てを彼は受け止めるより他無い。
別れの言葉は短く、有用でありしかし不快だったと言う藍染の言葉は、彼にとってのフェルナンド・アルディエンデの全てを物語っているのだろう。

そして言葉が終わると同時に奔る一閃。
真横に一振り、フェルナンドの厚い胸板を通過した刃と、その後一瞬の間を置いて噴き出す鮮血。


「ハッ…… 随分と…… あっけねぇもんだ…… 」


自らの胸から噴き出し、流れ落ちる血を見やり、そう呟いたのはフェルナンド。
そして遂に意識すら途切れ膝から崩れ前のめりで砂漠に倒れた
白い砂は彼の血を啜り赤く染まる。

彼を斬り伏せ、その返り血すら浴びる事無く、藍染は刀を納め彼に背を向けた。
とどめは刺していない、しかしフェルナンドの現状を見る限りそうな長く持たないだろうと。
ある意味それは藍染らしからぬ行動にも見えたが、命を自分が絶つよりも、ただじわじわと失われる方が処分には相応しいと思ったのかもしれない。
どちらにせよ彼にとって最早フェルナンドは、興味の対象から外れたことに変わりはなく、倒れ伏したその姿は視線を向けるに値もしないのだろう。


「さぁ、戻ろうかワンダーワイス。 キミの能力と私と崩玉、揃うべきものは全て揃った。後は死神達と束の間の遊戯を楽しむとしよう 」


藍染の目の前では空間が裂け、彼はよどみなくその中へと歩を進め、ワンダーワイスもそれに続いた。
程無く裂け目は閉じ、残されたのは倒れ伏すフェルナンドのみ。
一陣の風が吹き砂が舞い上がる。
風はみるみる強くなり辺りは一面の砂嵐となり、彼の姿はその砂の嵐に呑まれるのであった……










集う十の死神

一人と世界

量るに及ばず


己の無力を知る者よ

有限の時を只駆けよ


未だ眠る橙

目覚めるを待つ







[18582] BLEACH El fuego no se apaga.90
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2013/09/22 13:18
BLEACH El fuego no se apaga.90










「これより、緊急隊首会を執り行う 」


威厳に満ちた声が響いた。
部屋の奥に立つ声の主を中心に、互い向かい合うようにして列を成すのは七人の死神。
居並ぶ誰もが一目で一介の死神とは隔絶した力を持っている、と感じさせるだけの雰囲気を醸している。
だがそれもその筈、彼等は護廷十三隊に所属する死神にあって傑出した才を持ち、十三ある隊のそれぞれを取り仕切る隊長達。

二番隊隊長 砕蜂(ソイフォン)

四番隊隊長 卯ノ花 烈(うのはな れつ)

六番隊隊長 朽木 白哉(くちき びゃくや)

七番隊隊長 狛村 左陣(こまむら さじん)

八番隊隊長 京楽 春水(きょうらく しゅんすい)

十二番隊隊長 涅 マユリ(くろつち まゆり)

十三番隊隊長 浮竹 十四郎(うきたけじゅうしろう)

護廷十三隊という組織、十三ある隊のそれぞれを束ねる彼等。
そして一癖も二癖もある彼等隊長達を総括し、護廷十三隊の全てを束ね、全ての死神から畏怖と畏敬の念を集め、護廷発足以来千年の間“最強の死神”として尸魂界(ソウルソサエティ)を守護する死神の中の死神。


一番隊隊長 山本 元柳斎 重國(やまもとげんりゅうさい しげくに)


この緊急隊首会も元柳斎の即断によって招集されたものだった。
本来この隊首会に出席する筈の十番隊隊長日番谷 冬獅郎(ひつがや とうしろう)は、破面の侵攻に備えての現世駐屯任務により出席叶わず、もう一人の十一番隊隊長更木 剣八(ざらき けんぱち)はただただ姿を見せず。
剣八に関しては無断での欠席は叱責ものの行動であるが、案件が案件だけに彼を探すことよりも隊首会の進行が優先されていた。


「皆、既に周知の通り、三度現世への破面侵攻が確認されておる。先遣隊として駐屯しておった日番谷隊長以下、数名の死神により撃退には成功したが、現世への被害は甚大じゃ」


重い声で口火を切ったのは元柳斎。
既に隊長格には詳細な報告が成されてはいるが、順を追って説明する事で認識を密にする。
破面の更なる現世侵攻、予想だにしない、という程衝撃的なものでは無いが、前回からかなり短い間隔での侵攻であることもまた事実。
それでも現世へと送った先遣隊の面々は破面の撃退には成功していた。

だがこれはあくまで“撃退”であり“撃破”ではなく、この違いは大きい。


「日番谷隊長からの報告によれば、今回侵攻を確認した破面は計四体。うち三体は日番谷隊長含め先遣隊四名が、残り一体は死神代行黒崎 一護が対応。 先遣隊側は浦原 喜助の助勢もあり、然したる被害も出さず破面撃退に成功との事じゃ」


順を追った説明は破面の侵攻数、そして対応した人員へと移り、二つに分かれた戦場のうち一端の戦況を語り終えた。
内容は破面三体に対し死神側は隊長格と席官四名での対応、数の上での有利があれどそれは結局机上の論理でしかなく、先遣隊は浦原喜助の助勢によって破面を撃退したというもの。
浦原、という名が出たところで居並ぶ隊長格のうち数名が眉をしかめるが、元柳斎はそれを敢えて無視した。


「だがもう一方、黒崎 一護の方はそうもいかぬ。戦闘の最中破面の放った黒い虚閃により、現世空座町の一部が爆発炎上。十三番隊 朽木 ルキアの要請により、空間凍結と魂魄保護は行われておったが被害は甚大の一言に尽きる。憂慮すべき事態じゃ。 涅隊長、現世の詳細を 」


そう、浦原の介入よりもまずはもう一方、一護と破面の戦闘による現世への被害こそ重要なのだ。
破面 グリムジョーによって放たれた恐るべき一撃、黒虚閃(セロ・オスキュラス)により、現世には確実な被害が出ていた。
一護とグリムジョーの戦闘を確認したルキアにより、尸魂界側へ一護とルキア周辺の空間凍結と魂魄保護という措置はとられていたが、グリムジョーの一撃はそのうち空間凍結をあっさりと撃ち破り、ひどく周囲を蹂躙していた。
その惨状、元柳斎の憂慮すべき事態、という言葉が全てを物語っている。
そして元柳斎は詳細な説明をこの場で最も適しているであろう人物、涅マユリへと求めた。


「フム。 では仕方ないからキミら凡人にも理解できるように説明してやろうかネ。空間凍結は本来、死神や虚の戦闘による直接及び間接的霊圧の余波によって空間に偏重をきたさない為の措置だヨ。しかしそれがあったというのに今回の破面の攻勢霊圧とその余波は空間を歪ませ、本来均一な筈の空間霊子密度と気脈といった流動霊子の流れを著しく乱しているネ。著しい空間そのものの不定、空間霊子の圧搾に流動霊子の乱流、どれ一つとってもあの規模の街ひとつ消し飛ばすには充分だガ…… まぁ今のところは警戒強度 弐、といったところだネ」


元柳斎の言葉に次いで話し始めたのは、一目見て誰にも“異様”である、と思わせる外見の人物。
山羊の角を思わせるような青い髪、顔の周りはまるで古代エジプトの王を思わせる金色の装飾品、顔は黒塗りで額から鼻筋と頬だけが白く塗られていた。
眼はギョロリと見開かれ、口から覗く歯は黄色、猫背で黒い死覇装の上にはそでのある白い隊長羽織り、袖から覗く手もまた白く、爪は黒で一本だけが異様に伸び、他は深爪。
外見からしてまず尋常では無い、と感じさせるその人物は十二番隊隊長及び技術開発局室長涅 マユリ。
尸魂界きっての狂人であり狂科学者にして、尸魂界で並ぶ者は無い頭脳の持ち主である。


「警戒強度 弐、という事は当面の心配は無い、という事か?」

「……キミは馬鹿かネ。 私が既に対処したんだ、心配など億に一つもありはしないヨ。その上で警戒強度 弐と言っているのが判らないのかネ?これだから学の無い凡人は…… 先程の説明は凡人向けだったがどうやらキミは凡人以下の様だネ。仕方が無いから今度からは蛆虫でも判るように説明してやるヨ」

「……貴様ッ。 この私を馬鹿にしているのか!」

「止せ、二人とも。 元柳斎殿の御前で私憤など…… 双方隊長格として己を律するべきだ 」


涅の説明に対し意見を述べたのは、居並ぶ隊長格の中で一番小さく小柄な女性、砕蜂だった。
二番隊隊長及び隠密機動総司令を兼任する彼女、この二つの号は嘗て四楓院夜一(しほういん よるいち)が歴任した地位であり、その夜一の下で力を磨き、その地位を継いだ彼女の実力は言うまでもないだろう。
だがその砕蜂に対し、涅は眉をしかめ見下すようにお前は馬鹿か、と言い放った。
現状空座町は問題なく機能し、尸魂界と現世の境界も安定、現世側の大規模な記憶置換と倒壊した建造物の対応も既に完了していると。
その上で警戒強度 弐なのだ、先の報告があってそれすら読み取れないのかと言う涅。
自分とまったく同じ水準を求める事は不可能だと知りながら、それでも彼にとってこの程度と呼ばれる事は、他者にとってこの程度では無いのだろう。
だが最後に一言二言余計な言葉が入った為に、その言葉自体が全て嫌味に変わってしまいはしたが。
そんな二人を窘めるのは巨躯の男、狛村 左陣。
大きな身体が目を引く彼だが更に目を引くのはその顔、何故なら彼の顔は人間のそれではなく“狼の頭”なのだ。
人狼、そう呼ばれる種族に属する狛村ではあるが、忠義や恩義を重んじる気風が強く、涅と砕蜂の言い争いも彼からすれば同じ隊長格として見過ごせない姿だったのか、その視線は強い。


「止めぃ。 現世の状況に関しては予断を許さぬ、という事に変わりはなかろう。引き続き技術開発局は空座町の監視観測を厳とせよ。続いて黒崎 一護の容態を、卯ノ花隊長 」

「はい 」


涅の嫌味に砕蜂が喰ってかかり、狛村が間に入ったところで元柳斎がピシャリと窘める。
その言葉に砕蜂、狛村はスッと下がり、涅も不満げではあったがフンと鼻を鳴らしそれ以上語る事はしなかった。
現世の状況と今後の対応について通達した元柳斎は、続いてこの惨状をもっとも間近で体感した人物、黒崎一護についての報告を四番隊隊長 卯ノ花に求めた。


「日番谷隊長から四番隊への緊急出動要請を受け、現世へと上級救護班を派遣した際、彼は非常に危険な状態と言えました。破面の攻勢霊圧をほぼ零距離から浴びた事がその原因と考えられ、綜合救護詰所にて霊圧の洗浄、回復、及び外傷に対する施術と投薬を施しました。現在は綜合救護詰所 第一級集中治療施設に収容されています。こちらも予断は許しませんが肉体的欠損はなく、容態も今のところ安定しています。ですが…… 」


元柳斎の言葉に答えたのは、長く艶やかな黒髪を身体の正面で三つ編みにした女性。
柔和そうな表情と雰囲気、しかし元柳斎に次いで最古参の隊長格であるのがこの卯ノ花という名の死神なのだ。
彼女が統率するのは四番隊、任務は主に死神の命を救う救護を目的とし、四番隊隊舎は同時に綜合救護詰所と呼ばれ、傷ついた死神はそこで治療回復を図る。
グリムジョーとの戦いで傷ついた一護は、現在その綜合救護詰所の中で最も設備が整っている第一級集中治療施設へと収容されており、現在も治療を受けていた。
しかし卯ノ花の言葉から見るに、今も命の危機に瀕しているという訳ではなく、峠は越えたと言ったところの様。
だがそうして一護の容態を語る卯ノ花の言葉の歯切れは悪かった。


「問題がある……と? 」

「はい。 私たちが彼を“収容する以前の”応急処置もあって、彼の肉体は程無く回復に向かうでしょう。しかし、彼の精神は非常に深い階層に留まったままなのです。本来肉体の回復と同期する筈の精神表層への移行の兆候も未だ見られません。これが著しい衰弱による一時的なものか、或いは別の要因があるのかは判りませんが、最悪、彼は“このまま目覚めない”可能性も考慮すべきかと」

「ムゥ…… 」


卯ノ花の意を告ぐように声を発したのは、涼やかな眼をした青年、名を朽木白哉。
ルキアの義理の兄であり、尸魂界において正一位に位置する大貴族、一護とは藍染の乱の折り、互いの信じるものの為に幾度と無く刃を交えた間柄である。
彼の言葉を肯定した卯ノ花は、一護の現状においてもっとも憂慮すべき点を述べた。

精神の深度潜行。

あまりに強い肉体への衝撃、損傷、或いは危機によって精神が奥底へと沈んでしまう事は希にある。
端的に言ってしまえば植物状態、肉体の生命活動に何の支障は無いが、しかし精神だけが眠ったように覚醒しない。
一護に見られる現象は正にそれであり、こればかりは卯ノ花でも何時一護が目覚めるのかを答える事は叶わないようだった。
彼女に、いや回道を修めた四番隊隊士に癒せるのは肉体だけであり、精神、こころまでは癒せないのだから。
そんな彼女の見立てに小さく唸るのは元柳斎、一護の容態は思っていた以上に芳しくないと。
元柳斎以外の隊長達の一様に重い雰囲気を覗かせる。
一護の容態、その重さも然ることながら、隊長格にも匹敵する彼の戦闘能力は、これからの戦いにおいて非常に重要なものなのだ。
無論彼等とて己の力が一護に後れを取るとは微塵も思ってはいないだろうが、尸魂界の守護を司る者達としてそれを見過ごす手は無いという想いは確かにあるのだろう。

だが一方ではこれで良かったのかもしれない、という想いも元柳斎の中にはあった。
彼からすれば一護などまだ赤子に等しく、死神では無い死神代行の現世の子供を、己等の都合で戦場に送る事は、如何に元柳斎と言えど憚られるのかもしれない。


「卯ノ花隊長には引き続き、黒崎 一護の治療を。 ……さて、最後になったが破面侵攻時、現世へと向かった旅禍の少女、井上織姫についての報告を、浮竹 」

「はい 」


卯ノ花へ引き続き一護の治療を命じた元柳斎は、最後と前置きして一人の少女の名を口にした。
井上 織姫、嘗て藍染の乱の折り、一護と共にルキア奪還の為に尸魂界へと足を踏み入れた人間の少女、それが織姫だった。
藍染の乱が終結し、破面の侵攻が開始されてから後、織姫は己の無力さを知る事で、友である朽木ルキアを頼り尸魂界で共に修行に励んでいたのだ。
友人同士が切磋琢磨し、お互いの為に技を尽くす。
人間と死神という流れる時間の違う存在にあって、そうして親身に相手を思いやれる間柄というのは稀有であり、また貴重なものだろう。

だが今、彼女は非常に危うい立場に置かれていた。


「彼女は十三番隊所属、朽木 ルキアと同隊隊舎裏修行場で修行中でした。しかし破面侵攻の報を受け、朽木は即時現世へと赴きましたが、旅禍である彼女用の穿界門開設には半刻ほどのズレがあり。結果、彼女には護衛二名を付け現世へと向かわせました」


元柳斎に促され織姫の動きについて語り始めたのは、腰まで届く長い白髪の男性。
名を浮竹 十四郎、十三番隊の隊長であり朽木ルキア直属の上司、そして井上織姫の姿を最後にその眼で確認した隊長でもある彼。
元来身体が弱く、隊首会に出席できないことも多い彼、しかし今はその身をおしてこの場に立っている様子だったが、その顔は沈痛な面持ちをしている。


「そして断界を移動中、彼女と護衛二名が何者かによる襲撃を受け、護衛の死神はその場で一度意識を失い、再び気が付いた時には既に彼女の姿はなかった、との事です。現世に駐屯している日番谷隊長以下先遣隊の死神に彼女の捜索を依頼しましたが、未だ発見の報は届いておらず…… 今回の侵攻、そのタイミングを考えると、彼女は破面側に“拉致された”と見るのが妥当だと考えられます」


旅禍の少女、井上 織姫の行方が判らなくなったのは数時間前。
破面の侵攻、黒崎一護の窮状、先遣隊の面々の治療や現世での諸々の処理に追われ、彼女の存在が後回しになってしまった事は否めないだろう。
しかし、現世で活動している浦原 喜助や朽木ルキア、更に彼女の護衛についていた死神が断界内で発見された事でこの事態は一変した。
現世を探しても、尸魂界を探しても、井上 織姫の足跡はおろか痕跡すら発見できない。
たった一人の少女ではある、旅禍として尸魂界に足を踏み入れ特殊な能力を持ってはいるが、それでもたった一人の少女ではある、しかし、あまりにもタイミングがよすぎる。

そう、まるで全てはこのために、井上 織姫を連れ去るためだけに謀られたかのように。

或いは仕組まれた様に。


「成程。 しかし浮竹よ、儂に上がっておる報告には“別の側面”を示唆するものもあるが?」

「……しかし、それはあくまで可能性の話です。先生! 」

「然様。 だがだからこそ我々はその可能性を捨て置く事は出来ん」


浮竹の報告に、ふむと顎に蓄えた長い髭をひと撫でした元柳斎。
彼の報告に嘘は無い、当然だ、何故ならこの場は隊首会、護廷各隊の長が集まり護廷の在り方、方針を決める場において嘘などあってはならないのだから。
しかし、浮竹の報告には嘘は無くとも“語られていない事”はあった。
それは何事にも寛容であり、誰かを疑うことよりもまず、信じることを重んじる浮竹らしい選択ではあるのだろう。
だがその寛容さは時に己の首を絞める。
そして元柳斎は寛容であることよりも、今は厳格さこそが必要だと考えていた。


「“彼女は自ら黒腔に入った”って報告の事だろう?山じぃ。 護衛の死神が意識を失う前のほんの一瞬見た光景…… でもそれだけじゃあまりに“弱い”と思うけどねえ?」

「そうです先生! 護衛二人の報告、その内一人の言によれば彼は意識を失う前に、“もう一人の護衛の上半身が吹き飛ぶ”光景を目にしていると。それを見た護衛がその後意識を失った理由は想像に難くないでしょう。彼等は二人とも“あの場で一度殺され”、しかし“今も生きている”。これが意味するところが判らない先生では無いはずです!」


元柳斎の言葉に僅かに声を大きくした浮竹。
彼が言った可能性の内容を受け取って語りだしたのは、白い隊長羽織りの上に女物の派手な着物を重ねて羽織った男性。
名を京楽 春水、浮竹とは真央霊術院の同期であり、元柳斎が創設した霊術院から浮竹と共に初めて隊長となった傑物である。
頭に被った笠の縁を片手で摘む様にして下げ言葉を発する京楽、それは元柳斎が示唆する別の側面を理解し、しかしそれだけで全てを語るのは早計だとする彼の言葉に、浮竹も続いた。

彼等二人が語ったのは、元柳斎が言う別の側面を示唆する証言。
織姫に同行し、しかし何者かの襲撃を受け意識を失っていた護衛二人の証言について。
護衛のうち一人が一度意識を失い、しかしその後僅かに浮かんだ意識が途切れる間際、彼は見たというのだ、井上織姫が自らの意思で歩み、黒腔の中に消えていく姿を。
無理矢理腕を引かれたのでもなく、まして武器などで脅されていたのでもなく、傍に控えていたおそらく破面であろう男は何もせずただ黒腔の傍らに立ち、破面が開いたであろう黒腔に消えた織姫。
その姿が示唆するものは何か、強制や強要、脅迫の類ではなく、ただ彼女の意思で進んで黒腔へと入っていったように見える彼女の姿が示唆するものは何か、それこそが元柳斎の危惧であり、憂慮なのだ。


そう、井上 織姫は自らの意思で破面側へと渡ったと、自分達尸魂界の死神を裏切って。


だが浮竹、そして京楽はその可能性は低いと踏んでいた。
それは護衛として織姫に付いた死神のうちもう一方、織姫が黒腔へと消える姿を見た死神では無いもう一方の死神の証言のため。
彼は言ったのだ、自分は“もう一方の護衛の上半身が吹き飛ぶ様を確かに見た”と。
証言はその光景を見た直後自分も意識を失い、気が付いた時には綜合救護詰所に居た、というものではあったが、此処で示された証言ともう一人の証言には決定的な食い違いと、その食い違いを解消できるだけの存在、能力の発動が示唆されている。

織姫の姿を目撃した、と言った死神はしかし、もう一人の言葉を信じればそれ以前に絶命しているはずなのだ。

死している筈の人物がその後意識と肉体を取り戻し、目覚め記憶する。
如何に霊体である死神であってもそんな事が出来るはずもない。
しかし、それを可能にする力は存在する、それこそが井上織姫の能力『事象の拒絶』なのだ。
藍染が着目したその能力、尸魂界側もその特異性をまったく理解していない、などという事はありえない。
浦原 喜助、涅 マユリをはじめとした科学者然り、卯ノ花烈といった回道を修めたもの然り、明らかに逸脱した能力とはそれだけ目立つものなのだ。
故に彼等隊長格は皆知っている、井上 織姫の持つ能力の本質も、そしてそれがあればこの証言の食い違いも解消できることも。

彼等護衛二人は一度死に、しかし織姫の能力によって死ぬ前まで戻ったのだ、という事が。


「彼女の能力はちょっと飛びぬけてるからねえ。或いはそんな絶望的な状態からでも命を救う事は出来るでしょ。仮に山じぃの言う別の可能性…… “織姫ちゃんが尸魂界を裏切った”って可能性が正鵠を射ていたとして、彼女がわざわざ護衛の二人を回復させ、あまつさえ虚圏へ渡る姿を見せる意味は無い、と思うけどねえ…… 」


下げていた笠の縁ををクイと上げ、元柳斎へと視線を向ける京楽。
織姫が能力で回復させた事実、それが示す可能性と裏切りに伴うリスク。
もし仮に彼女が尸魂界を裏切り、断界の中で虚圏へと渡る事を予め計画していたとして、護衛を始末する事は大いにありえるだろう。
彼等二人の口さえ封じてしまえば全ては闇の中、そして死神も、何より彼女の友人である黒崎一護をはじめとした面々は、彼女が裏切ったという可能性など一切考慮せず、彼女が攫われたと思い込むことだろう。
信頼とはあまりに盲目、まだまだ青い彼等にとって裏切りを疑うことよりも友を信じることが優先されるのは、仕方が無い事なのかもしれない。
裏切りとはそれすらも織り込み、利用することにこそ意味があり、護衛二人の口を封じる事は存外効果的だと言えるだろう。

だが織姫は、おそらく死に瀕した護衛を癒した。

彼女が本当に尸魂界、そして友を裏切る心算ならばそれはあまりに無意味であり、尚且つ無駄な行為と言える。
あまつさえ自分が虚圏へと渡る姿を死神側に目撃させる、というリスクは犯すべきでは無いだろう。
裏切りとは密に行うからこそ意味があり、裏切りを宣言する事はそもそも裏切るという行為の利点を、大いに失わせるに他ならない。
故に京楽、そして浮竹は織姫が裏切ったと言う可能性よりも、彼女が破面側、藍染によって拉致されたと考えるが妥当だと結論付けたのだ。


「……おぬし等の言は判った。 じゃが相手はあの藍染、軽々に全てを断じるは禁物。 “それすらも”彼奴の策である可能性は捨てきれん。井上 織姫に関してはどちらにせよその身が虚圏にある以上、今は此方からの手出しは出来ぬ。それ以上に優先されるのは、今後破面の本格的侵攻に備えること。それこそが何より寛容じゃ 」

「待ってください先生! それは彼女を見捨てるという事ですか!?」

「然り。 人間の少女一人と世界の安寧、量るに及ばず」


裏切りだと断定できない、しかし裏切りでは無いとすることも出来ない。
判断材料があまりに少なく、更に相手取るのは全てを見透かし操るが如き男。
何より今回の侵攻で破面側の戦力が整いつつある事は明白であり、尸魂界側が推定した崩玉覚醒期間、ひいては決戦までの期間は大幅に短くなっている。
現世の街ひとつと十万の魂魄、魂の均衡は大きく狂い、何よりそれらの魂を贄とした先には尸魂界の終焉にも等しい惨劇が待ち構えているのだ。
この世界の一大事と人間の少女の安否、両方を天秤にかけたときどちらが重いかなど論ずるまでも無い、元柳斎は浮竹の声を低い声でそう断じた。

重さなど明白、故に量るに及ばず、と。


「しかし先生、ッ! ゴホッ! ゴホッ! 」


だがそれでも、あまりに情けの無い元柳斎の言葉にそれでもと食い下がる浮竹。
それは彼が“仁”をもって人の上に立つからなのか、或いは彼女の友人である一護達にとってあまりにも残酷な答えだったからなのか。
他者を慮る叫びを上げた浮竹ではあったが、此処へ来て身体に障ったのか、言葉を詰まらせると背を丸めて咳き込んでしまう。


「まぁまぁ浮竹、そんな風じゃ織姫ちゃんを心配する前に自分が倒れちゃうよ?それに山じぃだってあんな顔してるけどきっと辛いはずさ、織姫ちゃんは死神じゃないし戦闘要員でもない。何より彼女がこうして疑いをかけられているのも元を正せば此方側の落ち度だ。それでも立場ってやつは否応なく選択を迫ってくる…… 嫌になるけどそれから逃げちゃ駄目なのさ 」

「京楽…… 」


元柳斎とて人である。
超然たる霊圧を誇り、千年の長きに渡り最強の死神として、そして全ての死神の規範となり今尚彼等を束ね続けている元柳斎とて、人なのだ。
織姫を見捨てるという決断を下したのは、彼が織姫の命を何とも思っていないからではなく、彼女の命と世界を“己の立場によって”秤にかけた末の決断。
護廷十三隊総隊長という尸魂界の守護、ひいては現世との魂の調整者として下さなければならない決断は、織姫の命や安否よりも世界を優先するとしたのだ。
無論この決断は元柳斎が立ち、そして背負う責任により下された元柳斎の選択であり、これがもし一護に迫られた決断だったならば、彼はきっと織姫を、いや織姫も世界も両方を救う選択を実現するために奔走した事だろう。
京楽はそんな“立場によって選択を迫られる”元柳斎の内心も察してやろう、と浮竹の肩を軽く叩きながら語りかける。
浮竹とは違い織姫との距離が一歩退いている分、自体を客観し出来ている京楽の言葉に、口元を手で押さえながら浮竹は元柳斎を一度見やり、そして眉間に皺を寄せ一度目を閉じるとその後はもう元柳斎に食い下がる事は無かった。


(まぁ拉致にせよ裏切りにせよ、“織姫ちゃんの力が破面側に在る”っていう状況じゃ、山じぃにはこれ以外の選択は出来ない、って部分もあるだろうけどねえ。それに“今は”手出し出来ない、って言うあたり。山じぃもただで済ます心算も無いみたいだ…… 怖い怖い )


浮竹の様子を隣で確認した京楽は、内心一息つくと何とも実直で頑固者同士な師弟だといった風で肩をすくめた。
彼が思うとおり、元柳斎の量るに及ばずという言葉には、一人と世界という意味のほかにもう一つ、“織姫の力”という存在も確かに含まれている。
織姫の能力、事象の拒絶は扱いが非常に難しい。
能力の持ち主が彼女であればこそ、彼女の能力は治癒や回帰といった“やさしさ”の方向性を向いてはいるが、それが藍染の手に落ちたとなればその方向性が歪められ、牙を向く可能性は十二分に考えられる。
それを考えれば織姫一人を助けに虚圏という未開の地に策も無く踏み込むよりも、尸魂界の防備を固める事が選択されるのも自明、といったところだ。

だが京楽はそんな元柳斎の言葉や選択に不満は無かった。
何故なら彼には元柳斎の言葉に僅かだが見えていたのだ、元柳斎の怒りが。
状況をいいように操られ、結局は後手後手に回らざるを得ない、先んじる敵に対し守勢にまわる事しか出来ない、それを元柳斎がよしとする訳が無く、それは言葉にもよく現われていたと。
京楽の目にだけは映った僅かな元柳斎の怒気、その一端。
子供の頃より浮竹と共に元柳斎の下で学ぶ機会を得、決して素行がよろしいとは言えなず頭に何発もの拳骨を貰った賜物か、或いは軽薄だが深慮なるこの男の慧眼ゆえか、京楽はそんな元柳斎の怒りの炎がもし自分に向いたらと思うと、怖い怖いと内心おどけて見せていた。


「……では各々に今後の命を言い渡す。現世駐屯中の日番谷隊長以下先遣隊は即時帰還、各員の隊へと戻り任に就くよう。なお阿散井、朽木の両名に関しては不承の場合拘束を許可する。両名を鑑み、この任は朽木隊長に着いてもらう。よいな? 」

「承知した 」

「二番隊は警邏隊による瀞霊廷全体の監視強化と裏廷隊による連絡密度強化、四番隊は各隊に上級救護班を配し即応体制を。七、八、十、十一、十三番の各隊は警邏隊と連携し、各担当区を警戒せよ。十二番隊、技術開発局は“例のモノ”の建造を急ぎ行うよう。浦原喜助にも諸々急ぐよう厳命するが、此方が遅れれば話にならん」

「フン。 言われるまでも無いヨ 」

「各々、己が成すべき事を成せ。 時は有限でありまた足も速い、我等が思うよりもずっと……のぉ。背に負った数字の重さ、袖を通した羽織の意味、それが飾りで無い事を示すのは言葉ではなく行動のみ。我等は皆、それを成したからこそ今この場に立っておる。過去の己と未来の己、どちらにも恥じること無い今を成せ。以上じゃ 」


先遣隊への帰還命令と各隊への命令を発した元柳斎は、杖の先で強かに床を打つ。
カンという乾いた音が響き、それが隊首会の終わりを告げた。
各隊長はそれぞれ命じられた任務を帯びて隊舎へと戻り、それぞれに隊士へと檄を飛ばすことだろう。
織姫の一件は良くも悪くも尸魂界側に緊張を齎した。
藍染による何かしらの目的が見える行動、侵攻に際し確認された破面の完成度、それが示す崩玉の覚醒時期のズレと決戦の早まり、予想外では無いが心構えが出来ていない死神が多い中、この元柳斎の命令に僅かだが尸魂界全体が浮き足立ったように感じられた。

だがその中にあって護廷十三隊の隊長達にはそんな様子は微塵も見えない。
そして彼等がしっかりと地に足をつけ、立っている事によりこの浮き足立った雰囲気は思うよりも早く治まる事だろう。
彼等の存在、たった十三人の存在がそれだけ多く影響を及ぼす、それだけ彼等が埒外な存在である事を証明するかのようだった。





――――――――――





「退け、恋次、ルキア。 手向かえば拘束してでも連れ帰るよう、命を受けている」


現世、空座町の一角にあるアパートの一室、そこに集まった死神達の背後に開いた穿界門の中に立つ人物は、鷹揚少なくそう口にした。

日番谷 冬獅郎によりこの一室に集められた先遣隊の面々、彼等の前に据えつけられた部屋の上下左右いっぱいの、何処か有機的な画面に映し出されたのは、山本元柳斎 重國の姿だった。
そして語られたのは今回の破面侵攻に際し、敵の戦闘準備が整いつつあるとの判断が下され、先遣隊の即時帰還と尸魂界の守護の任に付くようにとの命ともう一つ。
井上 織姫が行方不明であり、またそれが拉致、或いは裏切りの可能性があるというものだった。

この言葉に即座に否を叫んだのは朽木 ルキア。
織姫とはこの場に居る誰よりも親密であり、また友である彼女が尸魂界を裏切り、藍染に付く筈が無いと叫ぶルキアの声には、相手が元柳斎であるにも拘らず、友を侮辱されたかのような怒りすら僅かに浮かんでいた。
そして即時織姫救出を打診したルキアと、彼女に同意した阿散井恋次の言葉を元柳斎はただ一言、ならぬ、と斬り捨てた。


だがなお食い下がるルキアと恋次に、先程の声は降ったのだ。


「ッ! 隊長…… !? 」


そう、振り返った恋次とルキアの視界が捉えたのは、自分の上司でありまた自らの兄である人物、朽木白哉の姿だった。
簡潔に語られた白哉の言葉、しかしだからこそその言葉には重さが感じられる。
手向かえば拘束する、それが脅しの類では無いと感じさせるだけの重さが、そこには確かに感じられるのだ。
だがそれでも、友を思い逸るこころは易々とは止まらない。


「しかし兄様! 井上が私たちを裏切るなどあるはずがありません!破面に連れ去られたに決まっています! 」

「今はお前とそれについて論ずる時では無い 」

「ですがッ!! 」


普段ルキアがここまで白哉に対して食い下がるような事は無い。
もともと血の繋がらない兄妹であり、つい最近までルキアは自分は白哉の妻、緋真に似ていたから拾われただけだと思っていた彼女、負い目や引け目、そういったものが彼女を白哉の前で萎縮させていたのだろう。
だがそれも誤解だとわかり、拙いながら兄妹として新たに踏み出した二人ではあったが、積み重ねたものがそう易々と覆るはずも無く。
それを鑑みてもこうしてルキアが声を荒げてまで白哉に食い下がる事は、非常に珍しいこと。
そしてそれだけルキアが真剣であり、友である織姫を心底気にかけている事の証明とも言える。

だが白哉はそれすらも冷徹なまでに突き放した。
織姫が裏切ったのかそれとも違うのか、それを今この場で論じたところで意味は無く、また今はその時でもないとする白哉の言葉。
彼の言葉に間違いは無い、何より今の感情でものを語っているルキアとでは議論にすらならないだろう。
真剣であるが故に目が曇る、そして感情だけで行動すればそれは往々にしてよい結果は生まないと。


「囀るな、ルキア。 未だ力足らぬお前では、あの娘を救うことも、何よりこの場を押し通ることも出来はしない」

「ッ! 」


そう、どれだけルキアが叫んだとて、状況が彼女にとって良い方に転ぶ事は無い。
まずもって組織とは命令が全てであり、縦型の組織である護廷十三隊もその例に漏れない。
もし命令が不服だと言うのならば処罰覚悟で自分の意思を押し通す、という事も出来なくは無いだろうが、ルキアにはそれが出来るだけの力が今はまだない。
白哉の言葉にルキアはつい先日の己と、ある男の言葉を思い出していた。


“アンタあそこで本当に自分に何か出来る…… とでも思てんのか? ”


一護と破面が戦う最中出合った男、その男が的確に突き刺した言葉、だがそれが今のルキアの現状。
圧倒的に伴わない。
同じ戦場を駆けるには、友として仲間として傍らに立ち、背を護りあうには“力が”圧倒的に伴わない。
それは彼女が弱いという訳ではなく、黒崎 一護という彼女の友が尋常ならざる成長を遂げた為ではあるのだが、片方が突出してしまえば結局のところ戦場ではその突出した戦力こそが“普通”になってしまう。
一般的に弱くは無い、寧ろ強者の類に入りはするがしかし、これからの戦場に立つには足りない、それがルキアの現状なのだ。

白哉の言葉にただ押し黙る事しかできないルキア。
それは彼女が誰よりも理解しているからなのだろう、自分の力を、自分と一護、そして目の前に立つ兄との力の差を。
歯痒さがルキアのうちに溢れ、溢れたものは頬を伝う。
悔しい、申し訳ない、友の為に駆ける事も、友を思い戦うことも、何も出来ない自分があまりにも情けなく、ルキアはただ俯き拳を握り締める。

ルキアの背を眉間に皺を寄せて見つめる恋次は、彼女の肩に伸ばしかけた手を止め、そして彼女と同じように強く握り締めた。
下手な慰めなど意味が無い、それはきっと彼の経験から来るもので、何より慰めなど彼女は求めていないだろうと。
結局のところルキアが抱えた問題は、彼女自身が“どうするべきか”という答えを出すより他なく。
恋次に出来る事といえばただ彼女がここで折れる筈が無いと信じることだけ。
ルキア同様歯痒さを感じながら、急激に加速し始めた状況の中、自分に出来る事をするだけだと気持ちを切り替えるよりなかった。


両名に叛意無し、と見咎めた白哉は僅かに横へと動き、二人を穿界門へと入るよう促す。
言葉無く、肩を落として横を通り過ぎる妹に白哉は声をかけることも、そして一瞥もくれる事は無い。
今彼はこの場に護廷十三隊六番隊隊長として命を受けて立っており、それは兄と妹という関係よりも重いのだ。
誰よりも規範正しく、正一位の大貴族、その当主であるからこそ誰よりも自分は掟を守る必要がある。
嘗てよりは柔軟になったとはいえ、頑なに己を律し続けた白哉の基礎はそう変わらないのだろう。
何よりこれで妹が諦めてくれれば彼としても安心なのだ、彼にとってルキアの存在は今は亡き妻との約束そのもの、護るという誓いの為にはルキアが戦場に近付かぬ事は望むべき事なのだ。

ルキアが横を通り過ぎ、穿界門の奥へと消えると、白哉は僅かに瞑目する。
これでよかったのだと、例えルキアにとっては残酷な言葉だったとしても、それで妹を守れるのならばそれでいいのだと。
誓いのため、何よりルキア自身の為ならば、もしそれで自分が恨まれようともどうという事は無い、泥だろうとなんだろうと望んで被ってやろうとする白哉の覚悟。


だが人とは、人の意志の強さとは、時に彼の思惑をも上回る。





――――――――――





「お願い致します! 」

「………… 」



叫ばれる声は必死の思いを滲ませ、その声の主を白哉は眉をしかめて見下ろしていた。


ルキア、恋次を伴って瀞霊廷へと帰還した白哉。
おそらく問題は無いだろうが、それでも井上織姫との縁が深い二人なだけに感情に任せた行動をしないとも限らない、という事からルキアと恋次の両名は当分自宅での謹慎を言い渡された。
その後、恋次は自宅では鍛錬が出来ないとの言い分もあり隊舎へと、ルキアは朽木本家へと数名の隊士を伴って移動した。

白哉はその姿を見届けると、隊舎へと戻り元柳斎からの命である担当地区の警戒強化、及び二番隊、四番隊との連携体制を詰め、主だった席官に指示を出した後、緊急対応とは別の政務一切を終えた後、屋敷への帰路につく。
隊舎に詰める事も考えたが、ルキアが本家へと移されどういった様子か位は彼もその眼で確かめたかったのだろう。
時刻は既に夕刻と呼ぶには日が落ち、あたりは夜の帳に包まれつつあった。

時に朽木家の屋敷は大きい。
敷地が広い事は言うまでも無く、その広さに見合った屋敷と庭園が見事と言うより他無い景観を織り成している。
流石は正一位の大貴族、屋敷をただ眺めただけでも雅を感じさせるものだ。

閑話休題。
屋敷へと戻った白哉は、広い邸内を悠然と歩き私室へと向かう。
朽木家の当主たる白哉の私室ともなれば、そう易々と使用人その他が近づける場所でもなく、結果近付けば近づくほど人気は無くなっていった。
だが今日この日に限ってはそうでもなく、人の気配を感じながら歩く白哉は、霊圧からその人物が誰か理解して尚、その行く足に些かの淀みも見せなかった。


「何をしている 」


白哉の私室の障子戸に面した廊下、その真ん中で叩頭する人物に、白哉は足を止め問いかける。
無視して私室に入ってしまうことも出来ただろうが、おそらくそうしたとてこの人物がこの場を動くことが無い事は容易に想像できた。
何か余程の事が無い限りこの人物がこんな事をすることは無い。
何故なら彼女がこうして白哉の私室に自ら、それも一人だけで足を運ぶなど今まで無かった事なのだから。


「私はお前に、ここで何をしていると訊いている。ルキア 」


そう、ある意味これ見よがしに廊下の真ん中で叩頭しているのはルキア。
もとからそう大きくない体格の彼女ではあるが、こうしていると余計に小さく見える。
白哉はそんな小さな姿のルキアを見下ろしながら、再度問いかけた、何をしていると。
こんな所でそんな風に頭を下げ、お前は一体何がしたいのだと。


「……お願いが、御座います 」

「願い、だと……? 」


頭を低く下げたままルキアは言う、願いがあると。
その言葉に訝しげな白哉、元来ルキアは白哉に対して願いといった何かを望むような事は少ない。
負い目や引け目、劣等感、そういったものが彼女の中には確かにあり、それが白哉に対し、願いとして何かを要求する事を憚らせていたのだろう。
だが今、彼女はそんな思いすらかなぐり捨てこうして白夜の前で頭を下げている。
そんなルキアの姿に白哉は若干の困惑と、彼女の強い決意じみた思いを感じていた。

そして彼女の口から告げられた願いは、白哉からすれば望まないものだった。



「私に…… どうか私に“剣を御教授”くださいッ!」



ルキアの願いとは何も難しい事ではなかった。
剣を教えてくれ。
自らの兄でありまた護廷十三隊の隊長を務め、尸魂界においても屈指の実力者である白哉、その彼に教えを請う事はそうおかしな事ではない。
だがそんなルキアの言葉に白哉の眉間の皺は一層深くなった。


「浅薄…… 力、武とは一朝一夕に成るものでは無い。それすら解さぬ者に剣を説こうと死期を早めるに過ぎない。頭を冷やすことだ 」


まさに一蹴。
ルキアの願いを一刀両断にバッサリと斬り捨てた白哉。
大方織姫の件で己の未熟さ、力の不足を意識し、それを解消するためにと剣の教えを請うたのだろうと。
だがそれはあまりに浅慮である浅はか、ただ剣の教えを受けたところでその瞬間に力が増す、などという事はありえない。
力とは、それを扱う武とは白哉の言ったとおり一朝一夕に身に付くものではなく、寧ろ日々と年月の積み重ねこそがいつの日か“武”と呼ばれるものへと昇華するのだ。
その日々の歳月を跳び越える事は容易ではなく、それが出来るのはほんの一握りの存在、例を上げればまさに一護のような特別な存在だけ。
そしてルキアはその特別な存在と呼ぶには足りず、結果ただ白哉に教えを請うたとて意味は無い。
結局のところ焦り、焦燥を己のうちに溜め込んだ末の浅い考えであり、そんな考えの下で身に付けた力は所詮付け焼刃、そしてそんなものは転じて己に災いを齎すだけで、死期を早めるに過ぎないと。
最早語る価値なし、そう判断した白哉はルキアから視線を外し、私室への障子戸に手をかける。
優しく諭す事などきっとこの不器用そのものである男には出来ず、結果冷たくあしらうしか手段は無いのだろうが、今はそれでいいと思う白哉だったが、彼がその指に力を込めるより早くルキアは言葉を続けた。


「“判っています”。 もし仮に兄様に剣を御教授頂けても、私程度の者にそう易々と力は付かぬ事は…… 」


頭を下げ、叩頭の姿勢を崩さずしかし、ルキアの声は良く通った。
判っていると、ただ剣の教えを請い、技術を身につけられたとしても、それだけであの破面達と対等以上に渡り合えるほどの力は得られないと。
武とは一朝一夕に成るものでは無い、という白哉の言葉は痛いほど、ここ数日目の当たりにした光景と己を鑑みて嫌という程理解していると。
ルキアはそう言うのだ。


「……では、何故お前は私に教えを…… いや、戦う力を求める」


障子に手をかけたまま、ルキアに問いを投げる白哉。
もし仮にその答えが彼を満足させるだけのもので無かったら、彼は無言で私室へと入ってしまうことだろう。
いわばこれは最初で最後の好機、ルキアにとっては分水嶺であり正念場。
己の意思を通せるか否かの正念場なのだ。


「“誓った”のです。 あの日、破面との戦いでボロボロになった一護の前で私は誓ったのです。強くなると。 時も、可能性も僅かであったとしても、私は強くあろうとする事を止めないと」


それはあの日、一護がグリムジョーの一撃によって沈んだあの日彼女が立てた誓い。
強くなると、ただ強い力を求めたのではなく、誓いを果すために力を望んだ彼女。
力が目的ではなく力を手段とし、その可能性が、残された時が、それらが例え僅かしかなかったとしても、その僅かな時の中でも決して立ち止まらないというルキアの誓い。
それが今彼女をこの場に押したのだ。
僅かな、毛先ほど僅かな可能性でも、それが無駄に終わろうとも、それでも強くあろうとする彼女の誓いがこの場で白哉へと向けられた意思の正体なのだ。


「誓ったのです。 もう決して立ち止まらないと。戦場に向かう友の背を見送る事だけはしないと!私は未だ己が力の何たるかの解すら持たぬ未熟者なれど、歩む事は…… 突き立てた誓い諦める事はしたくはありません!」

「………… 」


友との力の差を目の当たりにし、歯噛みし、それにも増して情けなさを感じ、しかし卑屈にそれを受け止めるのではない。
届かないと決まった訳では無いと、本当に怖ろしいのは己の中でその力の差に“諦め”を感じてしまうことで、そうしてその場に立ち尽くし、遠くなる友の背を見送る事なのだと。

故に誓うと、決して立ち止まらず、強くあろうとする事を。


「……その誓い、黒崎 一護の為か? 」

「違います。 この誓いは私が私自身に…… “私がただ私の魂に立てた誓い”です」

「……そうか 」


白哉は問う、お前の言う誓いとは友の為の、黒崎一護の為の誓いかと。
だがルキアはそれを否定した。
誓いとは、誰かの為ではなく己の為に、己が己の中に突き立てる己自身との契約に他ならない。
結果として誰かに波及する事はあっても、それはあくまで結果であって誓いを交わすのは常に己。
そして初めてルキアは叩頭した姿勢から頭を上げ、見上げるようにして白哉へとまっすぐに視線を向けて言うのだ。

“ただ自分の魂に誓う”と。

この場で初めて二人の眼が合う。
真っ直ぐで迷いの無い見上げる視線と、語られた覚悟を推し量る様に見下ろす視線。
そんなルキアの言葉と視線に白哉は内心、良く似た事を言う、と思いながら嘗て自分と相対した時の恋次、そして一護の姿をルキアに重ねていた。
白哉と恋次そして一護、互いに己が信じるもののため道を違え、しかし相対した両者に迷いは見えなかった。
それはきっと彼等の中に迷い無く、そしてぶれる事無く突き立てられた誓いゆえだったのだろう。
他者が自分に求める姿ではなく、“自分がどうしたいか”という己の意思、それをただ一心に貫けるかどうか、誓いとはその迷いの無さでありそれこそが真に力として発露するのだ。


「お願い致します! 」

「…………」


叫ぶようにして再び頭を下げたルキア。
彼女に出来るのはもうただ一心に願う事だけ。
現状を打破するためには何か、何かしなければとし、こうして頭を下げる彼女。
望みは薄い、万一望みが叶ったとしてその結果もまた、彼女が望むものになるとも限らない。
だがそれでも、歩みを止めぬと誓った彼女に迷いはもうない。
今はただ己に出来る精一杯を、出来る全てを尽くす事を、それをただ全うするのみと。


「用向はそれだけか? 」

「ッ! 」


懇願するルキアの耳に届いたのは、そんな白哉の言葉と障子戸がスッと開いた音だった。
それは静かだがしかし明確な終わりの音、拒否、拒絶の音。
ビクリとルキアの肩が震える。
もともと望みは薄く、願いが聞き届けられる可能性も低かった、だがそれでもと意を決した彼女ではあったがやはり、現実は甘くは無かった。
頭を下げたままクッと歯噛みするルキアは、それでも尚、諦める事はしない。


「兄様! どうかッ! どうかッ! 」


彼女に出来るのは最早誠心誠意頭を下げる事だけ。
どれだけ言葉を尽くそうともそこに意味が無い以上、彼女に出来るのはこれだけなのだ。


「くどい。 お前と私では“剣に求めるものが違う”。そして私の後をなぞったとて、それは“お前の剣ではなく、私の剣の二番煎じ”に過ぎない。なにより、お前一人に充分な時を割けるほど、私の負った責は軽くは無い…… 」

「ッ! 」


それでも、彼女の望みは届かなかった。
白哉は言うのだ、ルキアと自分では剣に求めるものが違う、と。
それが何を意味するのか、ルキアには見当が付かないがしかしそれに続いた言葉は、彼女にも判った。
二番煎じ、彼女の中にある強者の偶像、それはやはり兄である朽木白哉なのだろう。
故に彼女は真っ先に彼に剣の師事を仰いだ、己の中の強者に近付く、それが彼女の誓いを果す為の力を得るためにもっとも早いと、彼女自身が無意識にもそう思っていたのだろう。

だがそれは“朽木 ルキアの剣を極める”事ではなく、“朽木白哉の剣を極める”事だったのではないか?

ルキアすら気付いていなかったそれを白哉は見抜き、そしてそれを二番煎じと切って捨てた。
武の極み、頂を目指すとき、どれだけ早く駆けて後を追ったとて先達が切り開き、踏みしめ踏み固めた道をなぞるだけでは、いつまで経ってもその道の先駆者を追い越す事など出来ない。
ルキアにはルキアの、白哉には白哉の道があり、それを見つけることが力を手にする第一歩だと、白哉は言外に語るのだ。
何より今は平時ではなく戦時、白哉が負う責任はただの隊士とは比べ物にならないほど重く、それを蔑ろにしてルキアに剣を教えるなど出来る訳が無いと語る白哉。
どれもが正論、それだけにもうルキアに言い返す言葉は無い。
ルキアの顔が悲痛さを浮かべしかし、白哉の言葉には続きがあった。


「……ルキア、朽木家の霊廟の場所は知っているな?」

「ハイ…… 」


唐突に話題を変えた白哉、それに消沈した声で答えたルキア。
霊廟、特定の個人または一族の祖先たちを祀る墓所の事であり、ただ墓があるだけではなく社などの建造物や広い敷地を伴う場所。
ここで言う特定の個人または一族とは、無論朽木家の事であり、朽木本家が代々当主やそれに列する者たちを葬り祀っている場所である。
何故白哉が突然この場所について語ったのか、ルキアには推し量る事は出来なかったが、訝しむ雰囲気を見せるルキアを他所に、白哉は更に言葉を続ける。


「では当主としてお前には今より朽木本家ではなく、朽木家霊廟にての謹慎を命ずる。時が惜しい、今より即刻向かうがいい 」

「なッ!? 兄様、それは一体!? 」


何とも要領を得ない言葉、本家ではなく何故霊廟なのか、ルキアが驚きのあまり顔を上げてしまうのも無理は無いだろう。
朽木本家は広い敷地を有し、当然の様に練武場といった訓練施設も敷地内に備えている。
対して霊廟はあくまで墓所であり、確かに朽木家の所有地という事で他とは比べ物にならないほど広くはあるが、ルキアが望むような己を磨ける場所がそうあるとも思えない。
最早白哉が再び自分を戦地から遠ざけようとしているのか、という疑いすら浮かびそうになるほどルキアにとって彼の言葉は不可解に過ぎた。
それだけは避けまいと声を上ようとしたルキアだったが、しかしそれは遮られる。


「私は“時が惜しい”、と言った。 最早語ることは無い」


これ以上の問答は不要、白哉の言葉にルキアは何とも悔しく遣る瀬無い表情を見せる。
それはもうこうして自分が彼の脚を止める事で、彼の時間が失われるのが惜しいという発言からか、或いはもっと単純に、やはり自分は彼にとって“その程度の存在”にしかなれないのか、という思いからか。
何とも不甲斐ない、そんなルキアの内心を察してか知らずか、白哉は私室へと歩を進めながら最後にこう口にした。



「霊廟には一人、“墓守り”が居る。 私に比べれば幾分、暇を持て余している事だろう…… 」



言葉が終わりルキアが疑問を発するより早く、パタンと静かな音を立てて障子は閉められた。
廊下には一人残されたルキア、まったくもって不可解極まりない白哉の言葉だけが彼女に残されたもの。
墓守り、それが何を、いや誰を指すのかルキアにはまったく予想できなかったが、それでも白哉が当主として発した命令を蔑ろにする事も出来ず、ルキアはただ打ちのめされた気持ちと不安、しかしその奥で未だ折れない誓いを持って朽木家の霊廟へと向かった。





――――――――――





朽木家の霊廟は思ったとおり閑散としていた。
なまじ広い敷地、あるのはよく手入れの行き届いた木々と玉砂利、石畳の回廊、人気が皆無であるが故にその印象はより強くなるだろう。
だがそれも当然、ここは死者の魂を安らかに祀る場所であり、喧騒とは無縁であるべき場所。
時刻は既に夜の帳が降り切り、月明かりによって照らされた社は何とも冷たく無機質な印象をルキアに与えた。


(兄様は一体ここで私に何をしろと言うのだ…… いや、する事など決まっている。 兄様のご教授を受けられずとも、私は私に出来る精一杯で誓いを果すのみだ!)


場所も何も関係は無い、あるのはただ何をおいても己の立てた誓いを、それを果そうとする意思。
それがなければ全ては始まらず、また何を残す事も手にする事も出来ない。
ルキアにとってある意味好都合だったのは、この場に誰も居ない事。
ただ修練に没頭する、という環境としては朽木本家よりこの霊廟の方がおそらく優れてはいるだろう事だ。
無論、ここには白哉の言う墓守りが一人居るのだが、一人位ならば居てもいなくても同じ事と、ルキアは状況を良い方に捉える事にした。



「これはこれは、こんな時間に客人とは珍しい事もあったものじゃ」

「ッ!? 」


声はルキアの背後から。
慌てて身を翻して飛退いたルキアは、腰を落とし刀へと手を伸ばす。
何も感じなかったのだ、背後という人体の死角、そして死角であればこそ人は無意識にそちらを警戒している。
ただの一般人ですら背後に近付く気配を察する事が出来るのだ、戦いに身を置く死神ならばそれがより顕著である事は言うまでもない。
しかし、ルキアは背後から声をかけられるまで一切その存在を感知出来ていなかったのだ。
戦闘時ほどでは無いにしろ油断があった訳では無い、それでも尚背後を取られた事は、ルキアにその後の対応を最大限の警戒にさせるに充分だった。
声の主は月光に照らされた木の影に立ち、足下だけしか見えない。


「貴様、何者だ! 」


眼前の敵を注視しながら、いつでも刀を抜き放てるよう身構えるルキア。
僅かに照らされてる足下は草履に足袋、黒い着物は死覇装のようにも見えるが、その全貌は想像出来ない。
声は老人のものだが張りがあり、年を経た重たさを存分に感じさせながら、まだまだ若々しさを感じさせる。


「ただの“墓守り”じゃよ。 もう随分と前から隠居の身じゃからのぉ」


ルキアの警戒を他所に墓守りと名乗った老人は、自然体だった。
凛々しくはあるがあくまで気さく、威厳を感じさせるがそれでいて気圧されるような感覚は無い。
眉をしかめるルキアだったが、木の影から一歩一歩進み出てきた老人の姿が顕になっていくと、その顔は驚きに染まっていく。


「まさか…… 貴方は…… 」


顕となった老人の姿。
老齢にしては背筋がシャンとしたその立ち姿。
白い長髪と蓄えられた口髭が、どこか凛々しい印象を見るものに与えていた。
その凛々しさはおそらく目元、涼やかで深い、ルキアからするとよく見知ったその目元は、きっと他人の空似ではないだろう。
腕を組み、月光に照らされたその老人の姿を見てルキアはただ呟いた。



「朽木…… 銀嶺、様…… 」










大いなる頂

白に染めよ


光陰

契約

理性と感情









[18582] BLEACH El fuego no se apaga.91
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2013/10/25 23:02
BLEACH El fuego no se apaga.91











月明かりに照らされた人影。
長い白髪は月光を浴び、淡く煌いているようにも見えた。

朽木 銀嶺(くちき ぎんれい)。

ルキアがそう呼んだその老人は、先代の朽木家当主であり、更には先の六番隊隊長を務めた人物。
なによりルキアの兄である白哉、そしてルキアにとっては血縁は無いにしても祖父にあたる人だった。
木の影から現われた銀嶺は両の袖に腕を通すようにして腕を組み、身に纏っているのは黒くはあるが、死覇装では無い普通の着物。
隠居、という銀嶺の言葉からも察しが付く通り、彼は既に朽木家の家督と言ったものすべてを白哉に譲り、更には死神としても一線を退いていた。
故に死神の証たる死覇装ではなく、普通の着物という事なのだろうが、やはりそこは朽木の家に名を連ねる者、見る者が見ればそれが普通と呼ぶには少々語弊があるほど高価なものだと判るだろう。
それを苦も無く着こなすあたり、流石は朽木本家の前当主といったところか。


「も、申し訳ありませぬ! 知らぬ事とはいえ銀嶺様に刃を向ける無礼、平にご容赦を!」

「気に病む事もない。 気配を消して後ろから声をかけたワシが悪い。暇を持て余した老人の戯れ、許してやってくれ」

「そんなッ。 滅相も御座いません 」


人影が銀嶺だと判り、ルキアは慌てて刀を納めると深く頭を下げる。
ルキアからすれば系図上祖父にあたる銀嶺ではあるが、その存在は雲の上にも等しい。
更に白哉以上に接点が無い彼を前にすれば、ルキアがこうして堅くなるのも無理はないだろう。
だが、銀嶺はそんなルキアの様子に僅かに眼を細め、良い良いと頷くと、逆に自分が悪かったと謝った。
相手の謝意に対して自らの落ち度もあった、と認め許す度量の大きさが銀嶺の言葉に伺える。
年の功、と言ってしまえば簡単だが、流石は長く朽木家の当主としてその重責を担ってきただけの事はある、と言ったところもあるのだろう。


「それにしても随分と久方ぶりに会(お)うたのぉルキア。以前見た時より随分と大きくなった…… 死神として、何より人として……のぉ」

「勿体無い御言葉に御座います…… 」


銀嶺に深く下げた頭を上げていたルキアは、そんな銀嶺の言葉に気恥ずかしいのか今度は軽く頭を下げる。
眼を細め感慨深げにルキアを見る銀嶺。
大きくなった、そう口にした彼の脳裏には何年か前に見たルキアの姿が思い出されていた。
見た目は孫である白哉の妻であった緋真と瓜二つ、それは緋真とルキアが実の姉妹なのだから当然なのだが、纏う雰囲気まで同じように銀嶺には感じられていた。

しかし、同じような雰囲気もその方向性は違う。
緋真の纏う雰囲気は儚げで、触れようとすればそれすら叶わず消えてしまうようなもの。
対してルキアの纏う雰囲気は儚くはあるが、触れれば消えるのではなく砕け壊れてしまうような、張り詰めたもの。
その理由も銀嶺には判っていた。
ルキアからすれば何故自分が朽木の家に拾われたのか理解出来ず、表向きの理由として才能を見込まれた、という尤もらしいものはあったが死神としてそれに見合う席次も、実績も残せていなかったという状況。
期待への裏切り、負い目、完璧を体現するかのような兄への劣等感、そんな彼を失望させているのではという不安、そして興味を示されていないかのような孤独感。
それらに苛まれ続け、それでも現状を打破しようともがき、しかしそれも叶わない。
張り詰めるだけ張り詰めた糸、銀嶺から見たルキアの印象は正にそれだった。

しかし、今の彼女にそれは見えない。
無論生来の気質か或いは白哉の影響を受けたのか、生真面目すぎる帰来は今も色濃くあると見抜いた銀嶺。
だが触れただけで砕け散ってしまいそうだったあの儚さは今はもう無いと。
それは彼が知らない年月、そして彼の耳にも聞き及んでいるあの動乱が関係しているのだろうと。
ともかく銀嶺からすればルキアは人として、そして死神として大きく成長した、そう感じられるだけのものを見せているのだろう。

だがそれ故に銀嶺はそれを口にする。



「しかし、“剣には”迷いが見える…… 」

「ッ! 」



そう、ルキアが銀嶺に向けて構えた刀、僅かの間だけ抜き放たれ構えられた刀を一目見ただけで、銀嶺はルキアの内のそれを見抜いていた。
僅かではある、だが鈍い。
銀嶺が感じたそれは刃に乗る意思のようなもの、剣とは構えたその瞬間から既に“モノ”ではなく“己の一部”である。
そして己の一部たる剣、その刃には神経が通りそして意思が乗るのだ。
無論それは現実ではなく精神的なもの、気構えの領域ではあるがそれがあるかないかで、剣とは輝きすら変える代物。
銀嶺はその輝きを見咎め、そこに迷いがあると看破したのだ。


「覚悟はある。 意気もある。 しかし“行方に迷うて”おる…… 剣、己の力、その向かう先、“向かうべき場所”に…… のぉ…… 」

「………… 」


覚悟はある、もう戦場に向かう友を見送る事はしないという覚悟はある。
意気もある、その為に自分は強くあろうとする事を諦めないという意気はある。
しかし、しかしそのための力の、己の力を“どう振るえば”自分の望む覚悟と意気を満たせるのかが判らない。
ルキアのうちにある霧、濃霧のように彼女の前に立ちはだかるそれを、銀嶺はこの僅かの間に捉えていた。

強くなるための方法、それは個々に在るだろう。
それは根本的な霊圧の上昇であったり、或いは鍛錬による剣術の向上、肉体面の強化といった方法だが、ルキアにとってそれらは今あまりに現実的では無い。
何故ならまずもって時間が限られており、その時間もどれだけ残されているか判らない。
そんな状況にあって爆発的な霊圧上昇や地道な鍛錬による技能、肉体の上昇は望めるものでは無いだろう。

ではどうするか?
ルキアにとって現実的な方法は、“今出来ることをより昇華させる”事に他ならないのではないだろうか。
今己に扱える技能、鬼道であり斬魄刀戦術、それらを今以上に磨くこと以外残された道などないのではないか?
ルキアの中にも漠然としたものとして、この解はあった。

しかしその先が見えない。
どうすれば自分の力をより磨くことが出来るのか、どうすれば自分はより自分の能力を昇華できるのか。
それが見えぬためにルキアは白哉に剣の教えを請い、その中で自らの力の行く先を見出す事を考えていたのだ。
だが結局のところそれは叶わず、霊廟へと謹慎を命じられ、数年ぶりに出会った銀嶺にすら僅かの間にその迷いを見抜かれる始末。
白哉への、銀嶺への、朽木家への恩、それを返す事すら出来ずただただ不様を晒す自分に、ルキアは俯きそうになった。

だが、不様此処に極まったのならばいっそ、更に不様に振舞ってしまえと。

不躾、不遜、厚顔無恥、そんな言葉が頭を過ぎりながらもルキアは声に出す。
最早形振り構う状況ではなく、そんな余裕も猶予も無い自分に出来る精一杯を成すために。

己が魂への誓いの為に。


「銀嶺様、恥を承知でお願いがございます…… 私が向かうべき行方、それを見出す為に銀嶺様の御力を…… お貸し頂けないでしょうか 」


恥ではある。
本来自らが見出すべき己の力の行く先を見出せず、それを見出す為に他者に頭を垂れる事は恥ではある。
しかし尊くもある。
人とは年を重ね、自尊心を身に付ければ付ける程、素直に頭を下げる事が出来なくなるものだ。
自分にとって大切な事は何か、優先するべきものは何か。
自らの自尊心を守り誓いを蔑ろとして再び後悔することか、それともどれだけ恥だと感じようとも誓いに背かぬため邁進することか。
ルキアの答えなど問う必要も無くひとつであり、その為に彼女は頭を垂れる。

そんな彼女に銀嶺は先程までと同じ調子で声をかけた。


「成程。 さしずめお前を此処に寄越したのは白哉の奴じゃろう?」

「ハイ。 その通りで御座います。 当主として霊廟での謹慎を命じる、と」

「フフ。 実に彼奴(あやつ)らしい物言いじゃ。そこでもう少し器用に立ち回れれば、また一皮剥けるというものじゃが…… 彼奴にしては、まぁ上手く立ち回った方じゃて」

「銀嶺様、それは一体どういう? 」


ルキアとのやり取りの中、何故か嬉しそうに笑う銀嶺。
特に白哉が当主として命じた、と言ったあたりでは本当に嬉しそうな笑みを浮かべていた。
ルキアにとっては何とも要領を得ない、というか何故笑うのか判らないといった状況だが、銀嶺からすればこれが笑わずに居られるか、といったところだろう。
生来熱くなりやすい帰来があった孫、それが父の急逝を切欠に『自分が当主にならなくては』と自らを律し、苛烈なまでの鍛錬と戒律で己を縛りつけ、自らの熱を冷たい湖の底に追いやっていった姿。
僅かに波立つ事もなく、水滴が落ちても波紋すら起さず、揺れぬ水面だけを湛えた湖。
己を律する術を手にした反面、“己を消し去っていく”かの様な孫の姿というものは、銀嶺にとって見ていて決して気持ちのよいものではなかった。
そんな孫、白哉が流魂街出身の女性を妻として娶り、悲劇的にもあまりに早く死別し、その妹を自分の妹として朽木家に迎える。
妹を迎える理由も亡き妻の最後の願いを叶える為だと、それを聞いた銀嶺は掟を破る孫を窘める事よりも、まず安心したのだ。
孫が冷たい湖の底に追いやった熱は、しかし“暖かさ”となって彼のうちに残っていたのだと。

自分の孫は己を消し去っていたのではなく、人として“不器用ながらに成長”していたのだと。

そんな不器用な孫が、今またその不器用なりに自分の妹を此処へ寄越した。
おそらくルキアには何一つ説明らしい説明はしていないことだろう。
誤解を多分に含んだやり取りの末、それでも不器用なりに妹を此処へ寄越した孫、白哉の優しさ。

それを知って笑わずに居られようか、祖父として頬が緩まずに居られようか、言葉の足らぬ孫の“言葉無き頼み”を聴かずにいられようか。

“妹を何卒よろしくお願い致します”という言葉無き頼みを。

そして何より、“新たに出来た孫”の悩みに、力を貸さずにいられようか。


「なに、孫というのは何時まで経っても可愛いもの、ということじゃよ」

「は、はぁ…… 」


ルキアにニコリと笑う銀嶺。
しかし銀嶺からすれば可愛い孫、と言い切られる相手はルキアからすれば“あの”白哉である。
普段の白哉の雰囲気と銀嶺の言葉にあるそれはもう大層な違和感、ルキアの頭の中には憮然とした表情の白哉を後ろからうむうむと柔和な顔で眺める銀嶺の幻視が過ぎり、そんな混沌とした幻想にただ生返事を返すだけのルキア。
そんなルキアの内心を知ってか知らずか、銀嶺はクルリと踵を返すとルキアに背を向けて声をかける。


「付いてくるが良いルキア。 この先にワシの庵(いおり)がある。まずはそこで話を聞こう 」

「ッ! そ、それは真で御座いますか!? 」

「無論じゃ。 “可愛い孫二人”から頼られて、断れる爺なぞいるものかよ」


銀嶺の言葉にバッと顔を上げるルキア。
その輝くような瞳にまたニコリと笑う銀嶺は、孫に頼られて断れる爺などいないと答えた。
何時まで経っても、いや時が経つからこそ孫とは可愛いものだと。
そこに古いも新しいも無く、血の繋がりの有無も関係は無いのだと。


「現十番隊隊長が頭角を現すまで“氷雪系最強”の名を冠しておったワシの力、まだ錆びておらねばお前の力にもなれるじゃろうて」


ルキアへ僅かに振り返りそう口にした銀嶺。
その言葉にルキアは一瞬驚き、しかし強い覚悟で受け止める。
ルキアの様子に満足そうに一度頷いた銀嶺は、ルキアに背を向けて歩き出し、ルキアもその後を追った。

朽木 銀嶺。
名が示すとおり、雪が降り積もる雄大な山脈の様な翁。
その力、その真髄をルキアがどれだけ自らのモノとし、自らの力の行方を見出せるかどうか。
全ては彼女自身に、彼女自身の覚悟の強さにかかっていた……









――――――――――










(くそっ! ここまで力の差がっ )


冷たく硬質な床、広い部屋には半地下なのか芝生と空が見える大きな窓が一つと、床と同じ材質であろう大小様々な直方体。
おおよそ生活感の無いその部屋はまさに生活のための部屋ではなく、力を磨くための部屋。
その床に突っ伏し、一人悔しさに歯噛みするのは一人の青年。
同年代の者達に比べても至極平均的な背格好、黒いズボンに白いシャツ、黒髪で真ん中別け、縁のないメガネが位が唯一特徴的なその青年の名は石田雨竜(うりゅう)。
空座第一高校に通い、一護や織姫とは同じクラス、手芸部では一年生にして部長であり、学力は学年トップの秀才である彼にはしかし、別の顔がある。


滅却師(クインシー)


死神とは別に霊力を持った人間達が発足し、虚(ホロウ)と戦う術を見出した集団。
自らの内に存在する霊力を力の源として戦う死神とは違い、彼等滅却師は大気中に存在する霊子を自らの霊力によって集めて操る事に長け、それを戦闘技術にまで昇華させた。
そして死神が刀剣、斬魄刀を用いて戦うように、滅却師は自らの霊力と周囲から集めた霊子によって、『霊弓』と呼ばれる霊子兵装を形成し戦う。
接近戦を旨とする死神と、虚に近付く事無く遠距離から仕留める事を旨とする滅却師。
彼等 滅却師と死神、霊力の用い方が根本から違う二つの存在は、虚から人間を守るという同じ理念を持ちながらしかし、決定的に異なる思想、そして力を持っていた。

死神は斬魄刀によって虚を斬り、その魂を浄化し尸魂界に送るのに対し、滅却師達は虚の魂をその矢で射る事で“完全に消滅させる”術を求め手に入れたのだ。
人間を虚から守ることを旨として発足した彼等滅却師は、虚を悪とし、その魂を尸魂界に送るのではなく消滅させる事を目的として世界に散らばり、虚を狩り続けた。

それが、いやそれこそが正義だと信じて。

しかし、魂を完全に消滅させてしまう滅却師の力は、尸魂界と現世の魂の総量と均衡を著しく乱してしまった。
それでも己の正義を信じ虚を消滅(ころ)していく滅却師に対し、尸魂界は世界の崩壊を危惧し、苦渋の決断として滅却師の討伐を敢行、結果200年前に滅却師の大半は死神の手によって滅ぼされたのだ。

彼、石田 雨竜はこの死神の討伐の後、生かされた数少ない系譜の末裔である。
冷静沈着で頭がよく、教養もあり、理性的な性格だが理性的であるが故に頑なでもある彼。
幼い頃より滅却師である自分に誇りを持ち、それを否定する父親に反発しながらも滅却師として修行を積んだ雨竜。
しかし自らの師である祖父を失ってからはその遺恨から死神を憎み自らの、そして滅却師の力を誇示するために一護と対立したこともあった。
だがその対立の中、自らの考えが如何に矮小であったかを知り、一護達との間にも奇妙な縁が芽生える。
藍染の計略により朽木 ルキアが尸魂界で処刑されるとなった折には、一護と共に処刑を阻止すべく護廷十三隊と戦った彼。

滅却師として死神に必ずしも良い感情を持っていないながら、死神代行である一護の傍に立ち、死神である朽木ルキアを救うため戦う。
矛盾を抱えそれを理性、いや理屈によって無理矢理にでも解消する雨竜は、もしかすれば誰よりも人間味に溢れているのかもしれない。


閑話休題。
では何故そんな彼、石田 雨竜はこんな殺風景な部屋で床に突っ伏しているのか。
それには当然理由がある。


『滅却師最終形態(クインシー・レツトシュティール)』


朽木 ルキアを救うため尸魂界へと乗り込んだ折、雨竜は戦いの中それを使用した。
相手は尸魂界において狂気の代名詞たる男、護廷十三隊十二番隊隊長涅(くろつち) マユリ。
涅がただの死神だったのなら、ただの隊長格だったなら、雨竜はそれを使うことは無かっただろう。
だが涅だからこそ、涅“だったから”こそ彼はそれを使うことを決断した。


涅 マユリが自らの師であり祖父である、石田宗弦(そうげん)の“仇だったから”こそ。


滅却師最終形態とは滅却師が持つ霊子収束能力を極限にまで昇華した状態。
大気中のみならず、霊子で構成された物質の結合すら分解する様は、最早“霊子の隷属”に他ならない。
その力を持って涅を圧倒した雨竜。
だが、まるで人間に許された力の範疇を超えるような能力は、結果として術者に大きな代償を求める。
そして滅却師最終形態が雨竜に求めた代償とは、“滅却師の力を失う事”だった。

滅却師の力を失った雨竜、現世へと戻った彼はそんな状態で虚に襲われた。
大半が失われた力、その残滓で何とか対抗するも窮地に立たされる彼。
だがそんな彼の窮地を救ったのは、滅却師を否定した彼の父、石田竜弦(りゅうげん)だったのだ。


雨竜の窮地を救った竜弦は言う、滅却師の力を“戻してやる”と。
だが変わりにもう二度と、“死神に関わるな”と。


そして雨竜はその条件を飲んだ。

今こうしてこの部屋で汗だくで突っ伏す彼は、既に滅却師としての力を取り戻している。
方法は雨竜にもよく判らないが、どうやら父である竜弦が放った矢に射抜かれた事が、その切欠であった事は彼にも判っていた。
だが力を取り戻してからも、雨竜がこの部屋から解放されることはなかった。


“才能が無いお前をこのまま放り出しても、また簡単に力を失うのがオチだ ”


解放を要求する雨竜に対し、竜弦が放ったのはそんな一言。
無論反発した雨竜だったがそれも全て竜弦が黙らせた。

ただ純粋な“力の差”をもって。

滅却師の力を取り戻して後も続いた修行。
その始まりから今に至るまで、雨竜の矢は“ただの一度も”竜弦を捉える事無く、それどころか“掠らせる事すら出来ないでいる”のだ。
雨竜の肉親の情が彼の矢を鈍らせている、という事は僅かにあるのかもしれない。
どれだけ反発しようと親は親、口で感情で否定しながらその命を前にした時、なんの躊躇いも無くそれを射抜ける子が居るとは思えず、また思いたくも無い。
だがその僅かな鈍りを差し引いたとしても、雨竜と竜弦の間にある“差”は大きかった。

この修行が始まってから後、雨竜もまた竜弦の放つ矢によって傷は負っていない。
しかしそれは雨竜にもありありと感じられるだけの、“竜弦による手加減”に依るもの。
それに不快感と腹立たしさを感じ、その余裕を剥ぎ取るべく挑む雨竜を前にしても、竜弦の圧倒的な余裕が失われる事は無かった。
雨竜自身、滅却師としての力を取り戻し、こうして図らずも修行という形式となった今と過去を比べ、自分の力が増した事は理解出来ている。
だがそれでも、この石田 竜弦という男と自分の間にある差は大きいとも感じていた。

“金にならない”

過去、たったその一言で雨竜の理想を斬り捨てた竜弦。
しかし望む望まざるに関係なく、竜弦の才は抜きん出ていた。
滅却師を否定した父、しかし自分より遥かに滅却師として完成している父、相反するふたつ。
それを前に雨竜はただ圧倒されたのだ。


「……限界か? 」

「ハァ、ハァ、ハァ。 ふざけるな…… 僕はまだまだ平気だッ…… 」

「口ばかりは一人前だ。 ……少し間を置いてやろう。俺が戻るまでにはもう少しマシな状態に回復しておけ」

「クッ! 僕は平気だと言っているだろう! 」

「うるさいやつだ…… 勘違いしているようだがお前の為じゃない。貴重な時間を削ってやっているんだ、タバコぐらい自由に吸わせろ」


トントンとシャツの胸ポケットに入ったタバコのケースを叩き、竜弦はそれだけを言い残し部屋の壁に触れる。
すると壁の一部に切れ込みが走り、四角い扉となって外向きに開いた。
竜弦が扉から外へと出ると扉は直に閉まり、切れ込みは無くなりただ一面の壁へと戻ると、雨竜だけが部屋に残される。
こうして場面は冒頭へと戻り、雨竜は疲労と苛立ち、何より悔しさを感じながら、その熱とは別にどうすればそれを埋められるかを頭の冷えた部分で考える。
戦いに身を置く者には二種類あり、ひとつは黒崎一護の様に理屈ではなく本能によって自らの力を振るう者と、それとは対照的に理詰め、計算と戦術によって戦う者がある。
雨竜は後者、自らに出来る事出来ない事、その出来ることをどう駆使すれば勝利を手に出来るかを、冷静な思考によって導き出すのだ。




「ど~も~。 夜分失礼致します~ 」




床に突っ伏しならがも、どうすれば竜弦の鼻を明かしてやれるかを考えていた雨竜に突如、声がかかる。
どこか芝居がかったような間延びした声、慌てて飛び起きそちらに顔を向けた雨竜の眼に映ったのは、見覚えのある人物だった。


「なっ!? 浦原さん? 一体どうやって此処に…… 」

「どうやってと言われましても、こうやって、としか言いようが無いんですが…… おや? 親御さんは不在でしたか。 ヨカッタヨカッタ 」


目深に被られた帽子と甚平に黒い羽織り、片手には細く柄の先が曲った杖にもう片方の手には扇子を。
中空に円が描かれたかと思うとその端をまるで缶詰のように捲って開け、空間を歪ませるようにして出来た穴から現われたのは、浦原喜助(うらはら きすけ)だった。
突如としてこの閉鎖された部屋に現われた侵入者に、雨竜は驚きの表情を見せる。
だが浦原はといえば雨竜の質問にもどこかのらりくらりと答え、十中八九居ないと判っていたであろう竜弦の不在に、わざとらしく運が良かったといった口ぶりでホッとした様に胸をなでてみせる。

雨竜からすれば浦原の登場はまったく予期していないもの。
彼が居る部屋は外部の霊圧を遮断し、内の様子を外に漏らさず、また外の様子を内に伝えない。
故にこうして竜弦の居ない瞬間を、図った様にして現われた浦原に驚くのも無理は無いだろう。


「いや~石田サン、まさかこんな所に居るとは思いませんでしたよ。おかげで捜すのにちょ~っと手間がかかっちゃったじゃないですか」

「ちょっと、ですか。 らしいですね…… でも何故此処に?捜した、という事は何かあったんですか? 」


内外を遮断する部屋に居た雨竜を捜すのに、ちょっとだけ手間取ったと言った浦原。
その言葉に雨竜は内心、ちょっとしか手間取らなかったのか、とも思いつつ、それを竜弦が訊けば大層嫌な顔をしただろうとも思いフッと笑う。
だがそれも一瞬の事、浦原が“ちょっと手間をかけて”まで此処に現れた、という事は“それをするに足りる”出来事が何か起った、という事でありそちらが本題だろうと。
雨竜の目は先程までの疲労など嘘のように鋭く、浦原を見据える。


「えぇまぁ。 石田サンは尸魂界から戻ってから、ずっと此処に居たから知らないでしょうが…… そうッスね、順を追って話しましょうか 」


そして語られる雨竜の知らない外の出来事。
藍染惣右介と破面の関係、度重なる破面の襲撃、尸魂界からの援軍、戦場と化した空座町と藍染の真の目的、一護の負傷、そして。


「井上さんが…… 破面に拉致された……!? 」


今に至るまでの状況と推移、それが進むにつれて険しくなっていった雨龍の表情。
そして一護が深く傷つき今もまだ目覚めていない、という部分で彼の表情の険しさは頂点となり、更に語られたのは仲間である織姫の拉致。
仲間としての彼女もそうだが、彼女が持つ特異な能力、それが破面側にある事がどれだけ現世と尸魂界にとってよくない状況であるか、それが判っているからこそ雨竜の表情は硬い。


「正確には拉致された“可能性がある”、という事らしいッス。考えたくはありませんが既に殺されている可能性も、またはもっと別の可能性…… 井上サンの裏切り、なんてのも尸魂界側は視野に入れているようッスね。結果 尸魂界側の決定は“保留”、これ以上の捜索も無しッス」

「裏切りに保留だって!? 馬鹿げてる! 可能性なんて不確定なものを一々気にしていたら何も出来やしないじゃないか」

「まぁ落ち着いてください。 彼等も判ってはいる筈ッス。でも相手は“あの”藍染 惣右介だ…… 慎重にならざるを得ない、というのが正直なところでしょう」


尸魂界側の決定、それに憤りを隠せない雨竜。
今となっては死神ともある程度のつながりを持った雨竜ではあるが、元々死神をよく思っていない彼にとって、この決定はあまりに中途半端。
明確な指針を示す事のない保留という名の現状維持は、状況を好転させる事など出来はしない。
雨竜がそこに見たのは保留、とは言ったが実際は“切捨て”に近い決定。
彼等 死神は常に世界の安定を優先し、その為に行動する。
今危ぶまれているのは藍染惣右介の動向、それによる更なる動乱とそれが現世へと、そして尸魂界にまで及ぶ事だろうと。
世界を危ぶませる男と、特別な力を持ちはするが人間の少女一人、どちらを優先しまたどちらが重要か、死神の考えなど決まっていると雨竜は内心毒づく。

同じなのだ、結局。
織姫が切り捨てられるのも、200年前滅却師が滅ぼされたのも。
魂の調整者を称する死神の都合、それが全て。


「浦原さん。 お願いがあります 」


己が内に沸いた黒い感情、それを奥底に押し込め雨竜は浦原を見据える。
今すべき事は何か、それを考えたとき死神のことを思考する事すら今は必要ないと。
すべき事など決まっていると、雨竜は視線にそれを乗せた。


「言いたい事は判ってますよ。 でも事はそう簡単じゃぁ無い。アタシにだって軽々出来る事と、そう簡単には出来ない事くらいあるッス。残念ながら石田サンが言いたい事は“後者”ッス…… 」


雨竜の言葉に浦原はみなまで言うなと言葉を返す。
だがその答えは決して色好いものではなかった。
目深く被った帽子を更に押えて視線を隠した浦原、その仕草と声色だけで雨竜の望みがそう易々と叶うものでは無いと伺える。

そう、雨竜の願いとは“虚圏へと赴く事”。

織姫が拉致されたというのならば、まず間違いなく彼女は虚圏へと連れ去られたと見て間違いない。
何故なら虚圏への道は“虚にしか開けない”のだ。
虚圏から尸魂界、そして現世にも自由に行き来できるのは虚、そして破面だけであり、死神の術を持ってしても今まで誰一人、自らの力で虚圏への道を開いた者は居ない。
故に拉致、或いは人質として織姫を閉じ込めるなら虚圏がもっとも最適であり、更に言えば藍染の本拠は虚圏にあるのだ、わざわざ別の場所に閉じ込める必要も無いだろう。
だがそうだと仮定したとき、雨竜の願いはこうも言い換えられる。

“敵の本拠地に乗り込む”と。

それもおそらくは一人で。
死神に対して良い感情を持たず、また竜弦との契約により死神に関わる事が出来ない雨竜の選択肢はそれしかない。
契約を破ってしまえばいい、そう思うかもしれないがおそらく雨竜はそれをしない。
もしこの契約を破ったならば、それは彼にとって“父に永遠に敗北した”のと同じなのだ。
条件を提示されそれを呑み、見返りとして戻った自分の力。
しかしそれが戻ったからと掌返しで契約を破れば、そこにあるのは“約束を違えた自分”であり、“目先の力に飛びついた自分”、そして“消えること無い竜弦への負い目”だ。
それは敗北に他ならない。
反目する相手だからこそ、だからこそ契約は守る。
自分は愚かでは無いと、自分はお前が思うほど幼くも未熟でもないと示す為に。



「……判りました。 では“何日後”ですか? 」

「いやぁ。 相変わらず“理解が早い”ッスねぇ」



浦原の答えに僅かに考え込んだ雨竜が口にしたのは、何日後かという問い。
それに対して浦原は理解が早い、と答えた。
この主語を欠いたやり取りの裏にあるもの、それはそう難しいことでは無い。
浦原は雨竜の願いにこう答えたのだ、“そう簡単には出来ない”、と。

そしてそれは、決して“不可能だ”とは言っていないのだ。

簡単では無いが出来る、浦原が言外に言って見せたそれを、雨竜は聞き逃さない。
不可能なら不可能だと、雨竜の知る浦原という人物はそう言う人だと。
そんな人が簡単では無いが、と前置きはしたがそれでも不可能だと言わなかった以上、それは“可能”なのだろうと。
ならば今無理にそれを頼んでも意味は無い。
織姫の事は無論心配ではあるが、向かう手段が無ければ助ける事は出来ないのだ、今自分に出来るのは彼女の無事を祈る、いや信じることだけとした雨竜は、より現実的な方向に思考を切り替えた。


「“七日”ッス 」

(七日……!? 思っていたよりも長い…… 浦原さんでもやはり前例が無い事は厳しいのか)


浦原が示したのは七日、一週間後だった。
その期間の長さに内心驚く雨竜。
浦原をしてもそれだけの時間を要する作業、それが虚圏への侵入という事なのだろう。


「前々から山元総隊長の依頼で準備はしていたんです。しかしどれだけ早くても最低限、隊長格クラスの霊圧を持つ人物を安定した状態で送るには、これだけの期間が必要ッス。それに…… 」

「まだ何かあるんですか? 」


虚圏への道、黒腔(ガルガンタ)を安定させるのに必要な期間。
更にはそこを隊長格クラスの霊圧を持った者が、渡れる状況にするための期間。
天才である浦原を持ってしても必要な期間は七日、だが逆に言えばこれだけの準備がなされなければ、虚圏へ侵入出来たとしてその先は無い。
彼等の目的はあくまで“虚圏へ渡る事”ではなく、“虚圏へと渡り織姫を助ける事”なのだ。
目的を違えれば意味は無い。虚圏へただ渡るだけでは何の意味も無い、虚圏へと渡り尚且つ万全の状態を維持していてこそ、意味はあるのだ。
そして浦原は付け足すように言葉を残す。
雨竜はそれが何か良くない事を思わせるようで、若干心配そうな表情を見せていた。


「えぇ。 おそらく“黒崎サンが戻ってこれる”ギリギリの期間、それも刻々と迫っているッス。一度深深度まで沈んだ精神が再び浮上する、それが出来るギリギリの期間…… 過去の文献や事例らから推測するにこちらは“おおよそ五日”。それを越えてしまえば幾ら黒崎サンでも、目覚める事は厳しいですし、例え戻ったとしても戦うには無理がある…… 」


浦原が示した期間は黒腔の開通もそうだが、一護が再び戻ってくることを視野に入れたものでもあったのだ。
一護の精神は今、精神の奥深くその深深度まで潜行した状態にある。
そこで彼は今、自らの斬魄刀である斬月と再び戦っているのだが、それを浦原や他の死神に知る術はない。
だが周りから見れば今の一護は肉体面こそ回復したが、精神はそれ以上にひどく不安定な状態に他ならず、たとえ戻ってこれたとしても戦える状態とは限らない。

故に浦原が引いた線引きは五日。
それを超えれば例え戻ったとしても、戦える状態にまで全てを戻す事は間に合わないと。
まして敵地へと赴き、連戦が続くと思われる戦場に立たせるには無理がありすぎると浦原は考えていた。

だがそんな心配は雨竜からすれば“心配にすらなっていない”のと同じだった。


「何だ、“そんな事”ですか。 そんな事は心配するだけ無駄ですよ、浦原さん。何故なら、残念ながら黒崎は、“仲間の危機に”一人寝ていられるほど気の長い男じゃありませんから」


中指でメガネのブリッジをクイと上げ、さも当然といった表情で語る雨竜。
雨竜の言葉に浦原は、これは驚いたといった風で眼を見開いた。
その声や言葉に強がりや皮肉といったものは浮かんでいない。
あるのはただ、自分の知る黒崎 一護という男の真実。


“俺は俺の同類を作りたくねぇんだ”

“虚に おふくろが殺されて、ウチの親父も妹達もキツい目に遭った。そんなのはもう、要らねぇって思うんだ ”

“そんなのは、もう見たくねぇ…… そう思うんだ ”


嘗て雨竜が聞いた一護の言葉。
そこにあるのは優しさだった。 そして強さだった。
死神を恨み、恨む事で自分を偽っていた頃の雨竜にはなかった強さ、それが一護には今も昔も溢れているのだ。


“人でも死神でも、悲しむ顔を見るのはわしゃつらい…… ”


雨竜の心に深く刻まれた祖父の言葉。
そして一護の優しさと強さは、彼が敬愛してやまない師である祖父と同じ。
過去の死神と滅却師の歴史を知りながら、それでも死神を憎まず、死神と力を合わせることを望んだ祖父と同じ。
ただ愛する者達を守りたいという願いが、それこそが全てだった祖父と同じだと、雨竜は知っている。

だから疑わない。
一護が戻ってくることも、一護が必ず織姫を助けようとする事も。そして必ず助け出すことも。

それが友情かと問われれば、雨竜はそれを否定するだろう。
だが同時にそれは“信頼”だとも答えるだろう。
微妙な違いではあるが譲れない一線、石田 雨竜という青年の譲れない線がそこに見えるのだ。


「いや~これは一本とられましたねぇ。 考えてみればそれもそうだ、あの黒崎サンがこの状況で大人しくしていられる訳が無いッス。きっと戻って来る。 流石は石田サン、黒崎サンの事をよく理解してらっしゃる」

「気味の悪い言い回しは止めて下さい浦原さん。正直 反吐が出ます 」

「いや~これは辛辣ッスねぇ 」


バサっと音を立てて閉じていた扇子を開いた浦原は、あっけらかんとした声で語る。
それもそうだと、心配などきっと必要ないと、あの一護に限ってそんな心配はきっと必要ないと。
頭の片隅、その冷たい部分でそれでも捨てきれない可能性を感じながら、今は雨竜の言葉に乗ることが正しいと、浦原は考えたのだ。
そんな浦原の言葉に雨竜は心底嫌そうな顔をして答える。
別に理解などしていないと、ただ一護という人間はひどく単純で、だからこそ容易に想像できるに過ぎない、と言った風で。
感情に理性的な理由を求めたがる雨竜らしい思考、だがそれこそ単純に考えれば信頼の証であり、その信頼とは雨竜の否定する友情から生まれているのかもしれない。


「では七日後、お迎えに上がります 」

「よろしくお願いします。 僕はそれまであいつを利用して力を付けます。 それに、あいつに一矢くらいは報いてやらないと気が済みそうにない」

「そういう頑ななところは そっくりッスねぇ…… 」


その後浦原は雨竜との僅かな会話の後、自分が此処へと入ってきた丸い空間の穴へと戻った。
雨竜に残されたのは七日の猶予。
浦原から聞いた破面の戦闘力、隊長格すら限定解除無しには戦えないレベル、しかもそれが最低ラインであるという現状。
自分の力が死神に劣っているとは雨竜には思えない。
だがそれでも今のままでは、最前線で戦えるかどうかは疑問が残る。

ならばする事はひとつ。
都合よく滅却師として自分を再び鍛えるのに、今この状況はもってこいだと。
祖父を亡くして後、修業は祖父や先人たちが残した文献や我流によるものばかりであり、それだけでもある程度の力は付いた。
だが、今目の前には癪ではあるが自分よりも“高次元で完成した滅却師”が居る。
それこそ雨竜にとって望ましい状況。
この状況を上手く利用し、自分は更に滅却師として上の次元に到達してみせる。そう意気込む雨竜の目に迷いは無い。

何より雨竜自身が言ったとおり、ただただやられっぱなしというのは彼の自尊心が許しはしないのだろう。
竜弦に一泡吹かせる、それも奇策や戦術ではなく、単純な力をもって。
目標はあくまで浦原の到着を待つのではなく、自分の力で“竜弦を倒して”此処を出ること。

そう定めた雨竜は瞑目し待つ。
再びこの一面の壁の一部が開き、竜弦が現われるのを。





――――――――――





「それはどういう事だ、サラマ 」


自分に刺さる視線がこの上なく痛い。
そう感じながらもその女性の前に立つのは、黒髪で巨躯の破面サラマ・R・アルゴス。
彼の前に立ち、見上げるようにしながらしかし、彼を威圧感を持って見下ろすのは、第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベル。
ハリベルとは視線を合わせず、というか合わせられずまぁまぁと彼女を宥めるサラマは内心、損な役回りに割に合わないと呟いていた。


「どう、って言われても今言ったとおりですよ。破面No.106(アランカル・シエントセスタ)フェルナンド・アルディエンデは“藍染様への反逆によって処分”された…… これ以上無く簡潔明瞭に伝えた心算なんですがねぇ」


場所はハリベルの居城たる第3宮(トレス・パラシオ)、突如現われたサラマはハリベルに向けてそう口にした。

フェルナンドが処分された、藍染の手によって、と。

あまりの内容に驚きから眼を見開いたハリベルは、怒気を顕にしてサラマに詰め寄る。
どういう事だと、何故そんな事になったのだと。


「それだけで納得出来る訳が無い。 それともお前はそんな言葉だけで私が全て納得する、とでも思っているのか?」

「いやまぁ…… そりゃ無理、でしょうね 」

「ならば説明しろ。 全て、包み隠す事無く 」


当然ながらサラマの言葉はハリベルの怒りに油を注ぐのみ。
彼とて十中八九この展開は判っていただろうが、それでも僅かばかりの可能性、これでハリベルが退く可能性に賭けたくなってしまうほど、この話題は面倒ごとだらけなのだ。
現にハリベルの言葉に対し、サラマが渇いた笑いを存分に浮かべているのがいい証拠だろう。
全てを放り出して逃げを打つ、なんて事が出来たらどれだけ楽か、というサラマの思考を他所にハリベルの発する圧力は強くなる一方だった。
だがサラマにも言い分はある。
本来こうした相手を言葉で丸め込むやり口は、彼の十八番。
そんなサラマがあまりにも直球過ぎる物言い、絡め手も何も無くただありのままを語るなどありえるだろうか?

まずありえない。
どんな時でもベェと舌を出しながら、相手を煙に巻くのがこのサラマであり、だからこそ一部からは“藍染にそっくりだ”という名誉あるお言葉を頂戴しているのだ。
では何故、彼はここまでありのままを語るのか?

それはワザと、ではなく“そうするしかない”からだった。


「アネサン。 真面目な話、今のが“俺の知ってる全部”なんですよ。ニイサンが3ケタの巣に居ないもんだから、方々捜しては見たんですが結局見つからず仕舞い。こいつはヤバいって事で藍染様に報告したら、さっきの返事が返ってきた、って寸法なもんで」


そう、サラマとて知っている事は高が知れている。それが答え。
フェルナンドを処分した、藍染がサラマに言って聞かせたのはとどのつまりその程度の内容。
他にも言葉自体はあったが、それらは所詮尾ヒレでありとってつけた蛇足なのは判りきっていた。
結果、サラマがハリベルに言えるのはこの程度の内容でしかなく、それでもそれを彼女に“自分の意思で”伝えに来たあたり、やはり律儀な男と言えるだろう。


「それで? お前はその言葉に何もかも納得して戻った、と?」

「正直なところ五分五分、ってとこですかねぇ。キナ臭い感じはそりゃもう充分、でもそれは何時もの事ですし、それに“あの”ニイサンならそれ位の事仕出かしそうでいけない」


瞳を閉じて肩をすくめながら語るサラマ。
そんな何とも淡白なサラマの物言いに、苛立ちを見せるのはハリベル。
フェルナンドとサラマ、二人の関係がどういったものかまでは彼女とて全て知っている訳では無い。
だがそれでも、共にあった相手、従属官ではなくとも下についた男が死んだと、そう言われたにも拘らずあまりに動揺が見えないと。
破面や虚にそんな感傷的なものを期待する方が間違っている。そう言う者は多いだろう。
だがそれでも、少なくともハリベルは自分にとって従属官の死は大きい事だと、そう考えていた。
それを彼等二人に押し付けるわけでは無いが、それでもあまりに淡々とし、普段と変わらないサラマの態度は彼女の感情を逆撫でるのかもしれない。


「馬鹿な。 確かに藍染様に対し反抗的ではあったが、アレがそれ以上の暴挙に出るほど愚かではないと私は知ってる。お前とてそれは同じだろう 」

「そこなんですよねぇ。 あの御人は“愚か”じゃないが、それに大量のお釣りが来るくらい“馬鹿野郎”だ、ってのが玉にキズですから。そういうニイサンの量れない部分と、藍染様の口から吐かれた言葉。それが合わさった日には、俺達じゃどう転んでも“真実”なんて見通せる訳が無い、とは思いませんかい?」


フェルナンドは愚かでは無い、少なくともこんな暴挙に出るほどでは。
お前もそう思うだろうと同意を求めたハリベルだったが、サラマの答えの方がどちらかと言えば客観的なものだった。
ハリベルの言葉はあくまで“彼女の中のフェルナンド”を語ったものであり、それはサラマも同じことだが、彼の方がハリベルよりも“遠くから”フェルナンドを見ている分、正しくはある。
だがそのサラマの答えも、結局は“真実は闇の中”といった内容であり、ハリベルには歯痒さだけが残るものだった。



「ならいっそ“捜しに”行きますかい?ニイサンを 」

「………… 」


僅かに見える目元から、襟で隠れた奥の顔は苦虫を噛み潰したようなそれだろうハリベル。
そんな彼女にサラマは唐突にそう口にした。
先程までのおどけたような表情ではなく、その眼はどこか真剣みを帯びているようにも見える。

捜しに行くか、と。
フェルナンドを、何処とも知れぬ場所へと彼を捜しにいくかと。
処分という言葉に、彼の死に疑いがあるのならば、信じられないと言うのならば捜し、確かめに行くのかと。

サラマ(自分)では無く、ハリベル(貴方)自身が。

サラマの言葉に苦虫の顔から一瞬驚きの表情を浮かべたハリベルは、暫し無言を貫いた。
逡巡、深慮、責務、感情、理性、それらが彼女の頭を雷光のように駆け巡り、解を導き出さんとする。
そうして僅かに惑う彼女、だがその最中ふと、彼女の頭にこんな言葉が浮かんだ。





“死なねぇよ…… 約束は果すさ。 だから待ってろ、ハリベル…… あの場所で……な ”





浮かんだその言葉に、声に、ハッとするハリベル。
そう、既に“誓い”は果されていた。
向かうべき場所も、辿り着くべき結末も、全ては既にあった。

ならば迷わない、ならば惑わない。
逡巡など必要なく、ただ己は己の責務を全うし、約束の地に向かうのみ。

そしてそこには必ずアイツが現われると。


「いや、捜す必要など無い。 私には私の、私が全うすべき責務がある。それらを投げ出すことは出来ない 」

「それが致命的な結末を呼び込む可能性があるとしても、ですかい?」

「そうだ。 それに…… 」

「それに? 」


最早ハリベルの瞳には怒りも、動揺も、苛立ちも浮かんではいなかった。
翡翠色の瞳は澄み、静謐の湖となってサラマを見据える。
揺れず迷わず、ただ己の進むべき道と向かうべき場所を、それを確信している瞳。
そんなハリベルにサラマは、あえて口にした。
その決断が、決定的な間違いだったらどうするのかと。
答えはきっと決まっている、そう思いながらそれを口にしたサラマに返ってきたのは、やはり思ったとおりの言葉だった。

似ているのだ、ハリベルとフェルナンドは。
一度こうと決めたならもう迷わない。
そして何より、自分で決めた決定を“最後まで信じ貫く”事が出来る意志の強さ。
それこそがこの二人に共通した部分であり、故にもうハリベルが揺れないだろう事は、彼女ほどではないにしろフェルナンドの傍にあったサラマには、判り切った事だったのかもしれない。
そしてサラマの言葉に揺れず答えたハリベルは言葉を続ける。


「考えてみれば、アレが“私と戦わずに”死ぬ訳が無い。どうせ“死んでも死に切れん”だろうし、よもや私が心配して捜しに来た、などと聞けばアレは私を笑うだろうさ」

「ケケ。 こいつは随分と 」


浮かぶのは絶対的な自信と信頼。
自分の力への自信とそれが死ねない理由になる、という自信であり、もし死ぬような目にあっていたとしても、あの“誓い”がある限り彼は死の淵からでも戻ってくるという信頼。
奇妙な関係性に思わず小さく笑うサラマ。
きっと立場が逆だったとしても、フェルナンドはハリベルを捜す事は無いし死んでいるとも思わないだろうと。
そして同じ様に、自分と戦わないで死ねば悔いが残る、だから死ぬ訳が無いと豪語することだろうと。

まったくもって似たもの同士、だからこそ惹かれ合い、故に戦うことによってしか通じ合えない。


「世話をかけたな、サラマ。 気を使わせたか 」

「ケケ。 何の事か判りませんねぇ。それにこれでも“まだ良い子分”の心算なもんで。それじゃぁ失礼しますよ、アネサン 」


自分に対して礼を言うハリベルに、サラマは何の事ですか、とニヤリと笑うと踵を返し第3宮を後にした。
別段この事実はハリベルに報告しろ、と言われていた訳では無い彼。
だが報告しろと言われていない、という事は逆に報告しても良い、ということであり彼は此処へ来た。

あまりにも素っ気無かった藍染の言葉。
しかもサラマが問わなければ、きっと藍染は今後の戦いの諸々に任せて全てを闇に葬ったかもしれない。
そして本来黙殺し、答えることも無いそれを問われて答えたのはきっと、藍染らしからぬ“緩み”だったのだろう。
ことの全てが順調に推移し、虎の子のワンダーワイスも上々の仕上がり、井上織姫拉致による尸魂界側の反応も予想通りであり、更に言えばフェルナンドの“お前には何もない”という言葉に感じたザラつきが、彼を斬った事で消えたかのような感覚が、ほんの僅かの緩みを生んだのだ。

良くも悪くもフェルナンドという破面は波紋を起し、波及する存在という事。
そしてサラマはその張本人たるフェルナンドが望む事を、彼の子分として望ましい事をしただけ。

フェルナンドの存在に最も影響される一人がハリベルだろうと。
彼の存在の有無、生死の有無、それが彼女に与える影響は大きい。
表面的にしろ内面的にしろ与える影響は、今後の尸魂界のと戦にとって良くも悪くも働くことだろうと。
そしてもし、フェルナンドの死が彼女に影響を与え、万一にもこの戦で命を落とす事があれば、フェルナンドは導を失う事になる。
ハリベルがフェルナンドとの戦いを誓いとし目指すように、フェルナンドもまたそれに向けて全てを歩んでいるのだ。

フェルナンドが生きているならば、最も望むものはきっとハリベルとの決着。
ならば彼女には死んでもらっては困る、というのが子分としてサラマが出来る唯一の心配。

そしてハリベルという存在こそ、フェルナンドが生きて再び現われる鍵なのだと。

命の心配は端からしていない、五分五分とは言いながら頭の何処かで“生きているのが当然”と思っているのが実にサラマらしい事だ。


(“死にたがり”が普通に死んじまったら、面白くも何とも無いでしょう。アンタは戦いたいだけ戦って、それでも生き残って進むんでしょう?だからサッサと帰って来ちまって、アンタを殺したと思ってる藍染様の鼻を明かしちまえばいいんですよ、ニイサン)


ガシガシと頭をかき、偽りの空を見上げながら大きく溜息を零すサラマ。
嵌められて戦い、面を割られて仕方なし破面となり、なったらなったで面倒事の渦の真ん中に付けと言われ、付いたら付いたでやはり面倒事がこれでもかと振りかかった。
自分の力と労力、精神的な疲労などなど、加味すれば大半は手に余るような厄介なものばかり。
労いの言葉一つも無く、鍛錬という名の死線を潜らされる事数多。
性格破綻者である彼と見解の相違から殴りあい、結果ボロ雑巾になった事もあった。

だが不思議と居心地は悪くなかった。

上を見上げ、ヤレヤレだと肩をすくめるサラマ。
割に合わない、というよりも世話が焼けるといった風の彼はしかし、それが“まんざらでも無い”様な顔を浮かべていた。










響き渡る蟲の足音

風は刃、光は炎

雷は背を掻き毟る


羚羊の少女

砂漠を駆ける







[18582] BLEACH El fuego no se apaga.92
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2014/01/13 22:57
BLEACH El fuego no se apaga.92










「ねぇ、聞いた? アノ話 」


そこは虚夜宮(ラス・ノーチェス)の とある通路。
通路といっても壁の端から端までは10m以上はあり、天井も高く、一直線に伸びた先はかなり長い。
そんな通路の壁際で何事かヒソヒソと話す二体の破面(アランカル)。
そのうちヒョロリと背が高く、薄く幅の広い胴に対して手足が枝のように細い体型の破面、有り体に言えば河童のような破面がそう聞くと、もう一人の何もしていないのに汗をかいている、背が低くずんぐりと太った豚の様な破面が答えた。


「ブヒヒ。 聞いた聞いた。 あのフェルナンドとかいう十刃落ち(プリバロン)、ついに藍染様にブッ殺されたらしいじゃねぇの」


何とも可笑しそうに笑う小太りの破面、身長差の大きい二体の会話風景は壁際でも妙に目立っている。
話題に上がったのは他でもない、嘗ては虚夜宮最高戦力である十刃(エスパーダ)へと上り詰め、しかし最短でその座を剥奪され十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)へと落ちた破面、フェルナンド・アルディエンデについて。
人の口に戸が立てられぬのと同じように、破面の口にもまた戸など立てられず、どこから漏れたのかその噂はまことしやかに虚夜宮中で囁かれていた。


“破面No.106(アランカル・シエントセスタ)フェルナンド・アルディエンデが藍染に殺された”


その噂は瞬く間に、特に|数字持ち(ヌメロス)よりも下の吹き溜まり、階級も無く力も無く、ただ破面であるというだけの破面もどきや出来損ない達に広まった。
フェルナンドとはある意味彼等と同じ、いや同じで“あったはず”の存在だ。
嘗ては数字を持たず、子供という非力を象徴する姿をしていた彼。それはある種彼等 虚夜宮の最下層の更に下に属する彼等と同じではあった。
しかし、フェルナンドはそれこそ瞬きの速さで力を手にし、階級である数字を、あまつさえその最高峰である十刃の座を手にしたのだ。
それは成功の物語、最下層から一息に頂点へと駆け上がる彼の姿は、間違いなく希望の象徴の筈だった。

だが、希望よりも容易く感情を支配するもの、それは“嫉み”だ。

何故アイツだけが、自分と同じ筈だったのに何故アイツだけが、何故“自分ではなく”アイツだけが。

希望が羨む心を通し羨望となり、羨望は歪みを帯びて嫉妬へと返じそして、嫉みへとその姿を変えていく。
彼等の力とフェルナンドの力、それは確かに根本を異なるがしかし、決定的に違っていたのは、彼等は“はじめから”諦めフェルナンドは諦める事を“知らなかった”こと。
その違いが全てを決した、そう言ってしまえば簡単なことだが彼等はそれを認められない。

自らを棚上げし、自分の不幸の理由を“他者に求める”彼等には、それを認められないのだ。


「ススススス。 そうそう、いい気味だねぇ。調子に乗った挙句に落ちるとこまで落ちた、って奴じゃん?」

「ブヒヒヒィ。 まったくまったく。 分不相応ってのはこういう事を言うんだろうさ」


後ろ向き、日陰日陰へと自ら進み、暗闇の底に慣れた彼等の目には否応無く映えるのだろう。
フェルナンドという強烈なまでの光、それが何処までも眩しく、しかしその眩しい光が自分達と同じ暗闇から更に下へと落ちゆく様は、彼等にとってどこか自分達がフェルナンドの“上に立った”様な感覚を芽生えさせたのかもしれない。


だがそれは大きな誤りだ。


何故なら彼等は“止まったまま”なのだから。
例えフェルナンドが彼等より暗い闇の底へ落ちたとしても、彼の光は一向に衰えない。
それは彼が自らの意思によって立ち、自らの意思をもって落ちることを選択したから。
全て自らの選択に責任を持ち、自らの意思で“己の道”を歩んでいるから。

しかしこの破面達は別、彼等には上に這い上がろうという意思が無い、かといって前に歩み出すこともしなければ、落ちるところまで落ちてやろうという覚悟も無い。
ただただ現状という暗闇に同化する事を選択した彼等は、現状維持という名の緩やかな腐敗に犯されているのだろう。
だがそれに気付かず、他者の後退や衰退、或いは転落をほくそ笑む彼等は饒舌に語り合う。


「近頃はこういう話題が多いこったぜ。 106番もそうだが最近じゃあの6番も随分大人しいって話じゃねぇの。昔は十刃でも無いのに子分連れてギラギラして威張り散らしてた癖によぉ。牙が抜けた獣ってのも哀れなもんだ~ブッヒヒヒヒィ 」

「スススススス。 そうそう。 何でもず~っと自分の宮殿に篭りっきりだ、って話だよ。それとあの新しい1番、あれ大丈夫なのか? 聞けば毎日毎日昼寝三昧、いっつも欠伸してダルそうにしてるらしいじゃん。そんなのが1番ってどうなの? 今の十刃って 」

「ブヒッ。 そう言うなよ。 そんな言い方したら可哀相だろ?そんなのに1番とられた2番がよぉ…… ブッ!ブヒヒヒヒヒ! 」


他者の噂話を吐き捨て、嘲り、貶す。
かといって噂の張本人の前には立てず、本人の前で同じ会話など口が裂けても出来はしない。
所詮はその程度、現状を維持するための向上心すら無くした者の末路としては、まずありふれた光景。
本質が見えない者達の言葉を鵜呑みにした口さがない者達、その口さがない者達の侮蔑の言葉を更に鵜呑みにした救いようがない者達、それが彼等なのだ。
歪められた像の正誤を確かめる事もなく、ただ己のちっぽけな自尊心を満足させる。
ある種のおぞましさすら感じさせる会話が続く。


「だがやっぱり近頃の一番はアイツで決まりだよなぁ」

「ススス。 そうだねぇ、そこは間違いないでしょ」


一頻り侮蔑と嘲りを吐いた彼等、その上で話題に上るのはある人物。
ワザとらしく互いに顔を近づけ、口元を手で隠すように、まるで自分達はよからぬ事を話していますと言わんばかりに。
そしてそんな姿とは裏腹に、目元は細い三日月を横に倒したような笑みを浮かべる彼等。
今までの会話を食事に例えるならば前菜、或いは食前酒といったところか、主食はこれから、といった雰囲気が二人から漏れ、その漏れ出す雰囲気には先程以上の嘲りの情が浮かぶ。


「まったく、最近じゃ手がつけられねぇ、って話だぜ?」

「彼も可哀相だよねぇ。 あんなのの従属官じゃさぁ。スススス、いや彼の場合、自分から進んでそうなったんだから自業自得か」

「ブヒッ。 確かに自業自得だろうさ。 主人を選ぶ眼が節穴だと苦労する、ッつういい見本だ。 ……いやぁ? アイツの場合“自分で目玉を潰した”のが馬鹿だっただけか?ブヒヒヒヒ 」


まず浮かんだのは哀れみだった。
件の人物ではなくその周り、従属官を哀れむようにして蔑む彼等。
哀れむようで端々に堪えきれないといった嘲笑を零し、それでも哀れで哀れで仕方が無い風を装うのは、最早様式でしかないのだろう。
あくまで哀れみ、何故なら自分達底辺に哀れまれる十刃の従属官、その様式こそが彼らを満足させるのだから。


「前はなんだったっけか? すぐ近くを通り過ぎただけの奴をいきなり真っ二つ、だったか?」

「そうだねぇ。 その前は…… 天蓋の日の下で偶々斬魄刀を磨いてた奴が、これまた真っ二つだったよねぇ」

「おっかねぇなぁ。 聞いた話じゃ他にもそこら中でいきなり、って話だ。ブヒヒ。 いよいよ頭がイカれッブ! 」


まず従属官を哀れみ、そして彼らは件の人物について語り始めた。
曰く、近くを通り過ぎただけの破面を殺した。
曰く、ただ斬魄刀を磨いていただけの破面を殺した。
彼等の話にどれだけ信憑性があるかは判らない。
信じるに値しないことの方がきっと多いのだろうがしかし、噂とはどれだけ歪められようともそれが広まるだけの“事実”がなければ生まれる事は無い。
そう考えると彼らが語るこれらの言葉にも、一握の真実はきっと隠れているのだろう。

だがそうして気持ちよく語っていた小さく太った破面の口を、細身の破面が突如として押えて黙らせる。
何事かと暴れる太った破面に対し、細身の破面は口を塞いでいるのと反対の手の人差し指を立て、自分の口元に持っていった。
静かにしろ、そんな仕草をする細身の破面を訝しむ太った破面だったが、続いて口の前に立てられた指が廊下の奥を差し、その先に居る人物を確認すると全てに合点がいった様子で頷く。


「噂をすれば影、なんてのはよく言ったもんだねぇ」

「ブヒッ。 いやまったくだぜ 」


口を塞いでいた手を離した細身の破面は、かなり声を抑え、太った破面にギリギリ聞こえる程度の声で呟く。
太った破面も同様に声を落とし、流れる汗を拭きながら応えた。
二人の視線の先、その人影はかなり遠くしかし、周りの景色からまるで浮き上がったように映える。
耳に届くのは一定の間隔で続く音。 何か重い物を引き摺りそれと床が擦れたような、重苦しい音。
そして視界に映るのは、白を基調とした虚夜宮において、まるで歪みを帯びたような黒い気配。
僅かに背を曲げて歩いているにも拘らず、長身痩躯の身体は頭一つ他より抜きん出ており、更には腕の太さに見合わぬ巨大な斬魄刀がより一層この男の異質さを強調していた。

第5十刃(クイント・エスパーダ) ノイトラ・ジルガ。

壁際で噂話に花を咲かせていた二人が、最後にとっておいたとっておき。
フェルナンドの転落劇もそうだがそれをして尚、ノイトラの凶行は彼等の耳に事ある毎に届いていた。
その件の人物が今まさに自分達の居る方へと歩いてくる、運が良いのか悪いのか、彼らにとって判断は難しいところだろう。
だがそれでも下世話な性根は、運の良し悪しなど関係なく首を持ち上げる。


「いやだいやだ、何だよあれ。 完全に“イッちまってる”じゃねぇか」

「そうだねぇ。 一目見て“正気じゃない”ってのがよく判るよ。落ちたもんだ…… 」


自分達に近付いてくるノイトラを見やり、太った破面も細身の破面も一様に浮かべるのは哀れみ、そして嫌悪。
うな垂れる、とまではいかないがそれでも背を曲げて歩くノイトラ。顔はその長い黒髪に隠れて確認しづらいが、それでも纏う気配が、霊圧が、明らかに尋常では無い事だけは確かだった。
色で言えば先も言ったとおり黒、感触で言えば殺気を針としてまるで泥のよう。
おどろおどろしい、という表現がもっとも適切であり、その姿は幽鬼の様にさえ見える。

格下、次元を異なったように下位に属するものは、本来上位の力を正しく感じ取る事は出来ない。
何故なら正しく理解してしまえばそれだけで、自分が壊れてしまうと下位の者達はわかっているのだ、本能的に。
自らの許容を超えた力、それを理解など出来るはずも無く。下位に属する者にとってそれを苦も無く御する上位に属する者とは、それだけで異質。
だがそんな下位の更に下位に属する二人にも、今のノイトラの異常さは感じ取れた。
それは実力とは別の部分なのか、それともその次元を隔て理解を拒否する本能すら超え、無理矢理彼らが理解させられてしまうほどの力なのかは定かでは無い。

重要な事は一つ。 ノイトラが誰の目から見ても明らかなほど“正常では無い”という事なのだ。

通路の中央を歩くノイトラ。
閑散とした通路にあってそれでも、まるでその彼を避けるように居合わせた破面達は道を空けた。
ノイトラがそうしろと威圧したわけでは無い。ただ彼らは理性よりも更に深い動物的本能で察したのだ、そうしなければ駄目だと。
彼を避けるようにして壁際へと流れる破面立ちにあって、はじめから壁際にいた二人の破面達はそのまま動くことも無く、ただ口元を手で隠しながら視線だけをノイトラへと向けて話を続ける。
決してノイトラの前に立つ事など出来ない彼等、だがそれでも彼を噂することを止めないのは、ある意味根性が座っているとも言えるだろう。
いや、それは根性よりも寧ろ別物、“自分達は大丈夫”だという根拠の無い自信がそうさせるのかもしれない。


「怖い怖い。 破面の僕が言うのもなんだけど、あれじゃまるで物凄く性質の悪い悪霊みたいじゃないか」

「違いねぇ。 怨霊っつうか…… なんにせよ、まともじゃねぇな。気味が悪いぜ。 正直見てるだけで胸糞悪くなる霊圧だ…… 」

「これはもう完全に“壊れてる”っぽいねぇ。106番に続いて十刃落ちから処分の流れも近いかなぁ?ススススス。 あぁ、それなら上が端からみんな“ああなれば”僕らも十刃になれちゃう?」

「ブヒヒ。 それはそれでおもしれぇ。 上が端から狂っちまえば、そのうち俺達も十刃ってか」


ヒソヒソと話す二体の破面。
ノイトラはもう彼等の傍を通りすぎようとしていた。
それほど近くにノイトラが居るというのに彼らは噂話という名のやっかみ、侮辱をやめなかった。
まるでスリルを楽しむように、絶対に聞こえないように声をますます落とし、手で覆い隠し、ノイトラに絶対気付かれないと判断しつつスリルを楽しむ。
絶対安全を確認した上でのママゴトのようなスリル、火遊びを。
根拠の無い安心を。

だが世に絶対など存在しない。



「スススススス。 おもしろいでしょう?そうなればッブボゲェ! 」

「お、おいどうしッ!ヒィ! 」


太った破面はもう一人の細身の破面の言葉がいたくツボに入ったのか、ノイトラへと向けていた視線を切り、目を閉じるようにしてニヤニヤと笑っていた。
このまま上が全てノイトラのように狂ってしまえば自分も十刃、そんなあるわけが無い事をただノイトラを揶揄するためだけにいう事の愚かしさ、だがその愚かしさが面白い、と。
しかしその直後、細身の破面が発した奇声。何事かと思い細身の破面の方へと視線を向けた彼が眼にしたのは、胴の“中ほどから上が無い”細身の破面の胴体。

先程までしっかりと意思を持ち立っていた脚は、数瞬の後に糸が切れた人形のように崩れ、太った破面の足下に血溜まりを作るだけの物体へと変わり、上半身は黒く巨大な“何か”に壁へと叩きつけられ、見るも無残。
身体を分断するにあき足らず、壁に叩きつけ押しつぶし、原形をとどめる事を許さないかのような一撃。
目の前に突如として現われた惨劇に、太った破面は腰を抜かし尻餅をつき、ただ後ずさる様にもがく。

細身の破面を一瞬にして肉塊へと変えた黒い何か、それはまるで背中を合わせた三日月のような偉容の巨大な斬魄刀。
三日月の背と背が合わさった部分から伸びた柄、そしてその端から連なる輪の大きな鎖、その先が繋がるのは無論、通路中央に立つ幽鬼。
そう、細身の破面を瞬時に絶命たらしめたのはノイトラ、自らの巨大すぎる斬魄刀を投げ付け、その一撃をもって彼は件の破面を惨殺したのだ。



「…………うるせぇんだよ 」



一言、ただ一言を発しただけで太った破面を含め、その場に居合わせたほかの破面全ての視線がノイトラに集中する。
ボソリと呟かれただけの言葉、決して大声では無いがしかし、その言葉は力を持ったかのように場を縛り上げ、呼吸を止めさせる。
目の前で起こった惨劇が、その惨劇を引き起こした張本人が発した言葉に、その場の全てが呑まれたのだ。

腰布に繋がった鎖を引き、壁へと突き刺さった斬魄刀を自らの元へと引き寄せたノイトラ。
斬魄刀が抜けたことで押しつぶされていた細身の破面の残骸は、ボロボロと壁から剥がれ落ち転がる。
最早そこに生命を見出す事は出来ない。そこにあるのはただただ醜悪さと嫌悪の対象だけだった。
転がった破面の残骸に太った破面は再び声になら無い悲鳴を上げ、だがそれでもノイトラの様子を伺おうと彼へと視線を向ける。


「ヒィィ! 」


だが、そこには更なる恐怖があった。

眼だ。

黒く長いノイトラの髪、顔を覆うようにして垂れた髪と髪の隙間、そこからのぞく眼。
開けるだけ見開かれ、血走り、充血し、怒りとも憎しみともつかないただただ強烈な意思を浮かべる眼がそこにあり、太った破面を射抜いて殺さんとしているのだ。
纏う雰囲気から太った破面にさえ、ノイトラが尋常な状態では無い事は察しが付いていた。
だがこれはあまりに“度を越している”と、戦闘時でもなければ何一つ気を昂ぶらせるものがない現状で、この男はまるで泥沼の戦場を這いずる兵士のような狂気を宿していると。
常在戦場などという言葉が生易しいほど、心構えなどという段階ではなくこの男は戦場の最前線で、命を賭け死線を掻い潜り続けている様にすら見えるのだ。

化物、狂人、破綻者、そのどれもが彼に当て嵌まり、そのどれもが何処か適当でない。
そう思わせるほど圧倒的な“何か”を感じさせるノイトラに、その姿に、太った破面は息すら出来ない恐怖を覚えた。
何よりその恐怖とは死の恐怖であり、搾取される者が感じ取る絶対的不可避の恐怖だったのだ。




「他人の“ 耳元で ”ギャァギャァと…… うるせぇんだよカスが 」




言葉と共に振り上げられた巨大な斬魄刀。
そして太った破面が覚えているのは、その後自らに迫り来た黒い何かだけ。
そしてグシャリと何かがつぶれる音だけを残し、彼の存在は世界から消えた。

人を呪わば穴ふたつ、他者に怨嗟を向け、嘲笑う事しかしなかった彼等二人に同情の余地は無い。
だがこのノイトラの凶行はどうだ。
あまりに常軌を逸した行動、おそらく件の破面達の噂もこれを目の前にすればほぼ真実だったのかもしれない。
それでもその噂が真実だとしてノイトラの行動に説明がつくか、と問われれば否だろう。
結局のところこの行動に意味があるのか無いのかすら、誰にもわからない。

ただただノイトラは辺り一面に恐怖だけをばら撒き、また通路を歩き出した。
ズズズと一定の間隔で斬魄刀を引き摺る音を残して。

“最強”という名の“死”を求める幽鬼、ノイトラ・ジルガ。
狂気に染まる彼の道に終わりはまだ見えない。










――――――――――










巨大な月が照らす虚圏の砂漠。
白い砂と黒い夜空、そしてその夜空に浮かぶ月だけが、世界を構成する全て。
だが本来静寂こそ似合う砂漠にあって、そこだけは静寂とは無縁の世界を小さく形成していた。

砂漠と夜空の境界、地平線と平行に走るのは小さな砂煙。
更に近付けば砂煙の先を走るのは三体の破面であり、どうやら一番小さな破面の後をヒョロリとした破面と、どう考えても顔と身体の比率がおかしい破面が追いかけているように見えた。


「シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュ!」

「ばぼははははははははははははははは!」


小さな破面の後を追う二体のは面は、奇声を発しながら小さな破面を追い、小さな破面は必死になってこれらから逃げている。
どう考えてもいじめっ子といじめられっ子の図式、被害者と加害者、といった様子ではあるが実は違う。
彼等の名は小さい幼女の姿をした破面からネル・トゥ。ヒョロリとしてどこかクワガタの様に見える仮面で顔を覆っている破面がペッシェ・ガティーシェ。最後に大きな顔とそれに見合った大きな仮面を付け、二頭身の体型をしたドンドチャッカ・ビルスタン。

そして先頭を走る、というか追いかけられている様に見えるネルと呼ばれる破面は、嘗て雌(メス)の破面の中で最上位に立ち、何者をも寄せ付けぬ強さを誇った第3十刃(トレス・エスパーダ)、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクその人なのだ。

だが今の彼女には当時の記憶も、そして力もない。
彼女は破面という戦闘集団の中にあって戦いを好まなかった。
ヒトから虚という獣へと堕ち、そして破面となって“理性”を取り戻した自分達は、戦うことに“理由”を求めるべきだと。
誰かが気に喰わない、気に入らない、そんな破面の大多数をしめる戦いの理由は、ネリエルからすれば単なる“本能”の部類であり、己を“戦士”から“獣”へと落とすに等しい行為。
戦士には戦士の戦いがあり、戦士は獣の命を背負うことはしないと。

だがそれに異を唱えたものがいた。

ノイトラ・ジルガ。
今も、そして当時も“最強”という言葉に取り付かれていた生粋の“獣”は、雌である彼女が自分の上位にいる事を良しとせず、また“本能の戦い”を否定する事を良しとせず、事ある毎に戦いを挑んだのだ。
しかし全てにおいて勝利したのはネリエル。
そしてその全ての勝利において、ネリエルは終ぞノイトラの命を奪うことはなかった。

だがそれはノイトラの自尊心を激しく傷つけた。
雌である彼女が自分の上に立つ事が気に喰わない、何より戦いを否定する彼女が気に喰わないと。
自分と同じように数多の同胞を喰らい、その屍の上に立っているにも拘らず。
自分よりも多くの経験と時間を戦いに費やし、それに見合うだけの力を持っているにも拘らずと。


故にノイトラはネリエルを罠にかけ、面を割り、虚圏の砂漠へと捨てたのだ。


自分と彼女の間にある溝、経験という名の溝を埋める時を稼ぐために。
そしてその溝が埋まったとき、“理性”と“本能”のどちらが正しかったのかを、どちらがより“最強”という名の高みに昇るべきなのかを証明するために。



結果ネリエルは、いやネルは砂漠を駆けている。
紆余曲折の上ではあるが、ネルとなって砂漠を駆けている。

ちなみに今ネルが必死に逃げているように“見えている”この激走は、名を『無限追跡ごっこ』と言い、彼女等の遊びの一つだ。
娯楽、と呼べるものが一切存在しない虚圏において、彼女等がああでもないこうでもないと頭を捻り、捻りすぎたが故に生まれたのがこの遊び。
一人が逃げ二人が追う、逃げる役は常にネルでペッシェとドンドチャッカが追う役というのがお決まりの様だ。
別段捕まったからといって何かある訳でもない。ただ腐っても破面である彼女等の有り余る体力の上で行われる鬼ごっこである、という点だけが特異な点。
結果そうそう逃げる役であるネルが捕まることも無く、まるで無限に続くかのような遊びゆえに、名を無限追跡ごっこなのだろう。

閑話休題。
遊びの上ではあるが、必死に逃げるネル。
彼女等に言わせれば、この本気で逃げている加減もまた遊びの一環なのだろう。


「お、お助けっス~~! 」


事の顛末を知っていれば若干の白々しさもあるが、そこは迫真の演技と置き換えて叫ぶのはネル。
小さな子供のような外見に、ヒトの頭蓋骨が砕けたような仮面を頭に載せ、顔を横切るように薄桃色の仮面紋(エスティグマ)が奔る。
額から眉間そして鼻筋にまで奔る傷跡は、かつてノイトラが彼女に刻み込んだ決別の傷。

はぁはぁと息を切らせながら娯楽である無限追跡ごっこを続ける彼女と、ペッシェ、ドンドチャッカの三人。
その光景は本来の破面や居といった者達の性質、戦い殺し奪う事を常とする者達の性質からすれば異端であり、向けられる視線も侮蔑や嘲笑、所謂“落伍者”へと向けられるものが大多数だろう。

だが彼女等にとってそれこそが求めたものだったのかもしれない。
記憶をなくしてはいるが、嘗てネリエルと呼ばれていたころのネルが願ったもの、それがこの光景には溢れている。
他者にとってどれだけ無意味なものだろうと、それが彼女等にとって無意味とは限らない。
いや他者にとって無意味だからこそ、彼女等にとっては何より意味があるのだ。


「どうしたのだネル! このままでは追いついてしまうぞ~!」

「元気だすでヤンス~! 」


ネルを追いかけるペッシェとドンドチャッカは、逃げるネルにじりじりと迫りながら声をかける。
逃げるネルを煽る二人の言葉に、ネルは息を切らしながら足を速めた。


「はっ!はっ!はっ!はっ!はヘブッ!! 」


息を切らしながらも速度を上げ、二人を引き離しにかかったネル。
だが速度を上げる事に夢中になったばかりに、足下が疎かになったのか。
何かに躓きそのまま顔面から砂漠に突き刺さってしまった。

だが問題はここから。
躓いたのがネル一人だけならばまだ問題は無い。
しかしネルの後ろには後二人控えているのだ、それもどう考えても“足下が疎かそうな者”が二人。


「ヌオっぷブ!」


まず見事に足下が疎かそうな者その一が、ネルと同じモノに躓いた。それも盛大に。
ネルよりもやや遠くに顔から砂漠に着地し、そのまま顔を砂漠に擦りつけながら滑るペッシェ。
ある意味芸術的な着地をした彼ではあるが、彼の不幸はこれだけで終わらない。
何故なら足下が疎かそうな者はもう一人いるのだから。


「ヤンス~~!? 」


やはり同じモノに躓いたのは、足下が疎かそうな者その二。三人の中でいちばん身体が大きいドンドチャッカだ。
身体が大きい、という事は質量保存の法則よろしく遠くまで飛ぶ。
そしてその着地点には最早当然の様にペッシェが居るのだ。

ドンという音と共に見事にペッシェの上に着地したドンドチャッカ。
その下には声なき悲鳴を上げたエビゾリ状態のペッシェ。
いっそ狙って着地したのか? と思ってしまうほど、此処までの流れはある意味で完璧だった。


「ぺっぺっ! ふたり共だいじょうぶだか? 」


砂漠から顔を上げ、口に入った砂を吐き出したネルは二人に声をかける。


「ネル~。 オイラは大丈夫でヤンス~ 」


そんなネルに向けて大きく両手を振るドンドチャッカ。
何とも無邪気なものだが忘れてはいけない。 彼の下には現在進行形で一人下敷きにされている事を。


「ド、ドンドチャッカ。 とりあえずどくのだ…… お、重い…… 」

「? ペッシェの声が聞こえるでヤンス。 でも姿が見えないでヤンス…… ペッシェ~ どこでヤンスか~? ペッシェ~~」


ドンドチャッカが乗っていては動けないペッシェ。
まずは彼にどいてもらうことを第一と考えた彼は、搾り出すようにドンドチャッカへと声をかける。
だがドンドチャッカはといえばペッシェの上で左右を見回し、しかしそこにペッシェの姿がないと判ると、両手を口の横の添えて大きな声で彼を呼んだ。
無論彼を下敷きにしたまま。


「ペッシェ~ ペッシェ~ どこでヤンス~~? ……た、たたた大変でヤンス! ペペペペッシェがいないでヤンス~~」

「いや、ちょッ…… し、した、したに…… 」

「ペッシェ~ペッシェ~どこでヤンス~!イジワルしないで出てきて欲しいでヤンス~!!」

「ちょッ! なッ!? え!? 何故このタイミングで地団駄ッ!?」


ペッシェの声はすれども姿は見えず、そんな状況にドンドチャッカは狼狽したように慌て始める。
大変だ大変だと叫びながら、ペッシェの名を呼び続ける彼。
絶賛下敷き中のペッシェの声は何故か届かず、あろうことかドンドチャッカはペッシェの“上で”立ち上がると、ドンドンと地団駄を踏むように慌てふためく始末。
地団駄が踏まれるたびにペッシェからは何とも情けない悲鳴が漏れるのだが、ドンドチャッカは最早お構いなし状態。
結局ネルがドンドチャッカの足下の砂に半ば埋まっているペッシェを発見するまで、暫しの間そんな混沌とした状況は続いていた。





「ワザとかッ! いっそワザとなのか!? 」


砂から掘り出されたペッシェは、大量の砂を吐き出した後、憤慨するようにドンドチャッカに詰め寄った。
ただお互いの姿がどちらかと言えば、ひょうきんな見た目に属しているため、憤慨して怒る姿も威力半減ではあるが。


「わ、ワザとじゃないでヤンス。 ペッシェももっと早く言ってくれればオイラだって直ぐどいたでヤンスよ」

「言ったよね!? 下にいるって言ったよね絶対!でも踏んだよね完璧に! そりゃぁもう完璧に!」

「ふたりとも落つ着くッス。 元はといえばネルがコケなけりゃ」


ぷんすかと怒るペッシェと状況を半分くらいしか理解していないドンドチャッカ。
ほおっておいてもそのうち収まる些細な言い合いではあるが、ネルは両手をバタバタと振って二人の間に入る。
元を正せば最初に転んだ自分が悪いと。
そんなネルの姿にバツが悪いものを感じたのか、一度言葉に詰まった様子のペッシェは、ドンドチャッカに向けていた矛先を別のモノに向ける事にした。


「そうなのだ! 大体なんなのだ私たちをスッ転ばせた元凶は!そんなものがあったから私はあんな目に…… 」


そう、元を正せば転んだのはネルであるが、その更に元凶は“何らかの”物体があればこそ。
それに躓きさえしなければ、こんな流れにはならなかったと言うペッシェは、そちらの方に視線を向ける。
つられてネル、ドンドチャッカもそちらの方を向くが、その視線が集まった先には何とも奇妙なものが砂漠から生えていた。


「……手ッス 」

「……手なのだ」

「……手でヤンス 」


三人の死線が集まった先、そこにあったのは紛れも無く“ヒトの手”だった。
前腕の半ば程だけが砂漠から見えている手、というか腕がそこにはあり、他には砂しかないことから彼女等三人が足をとられたのは、それしかないことは明白。
というより何故砂漠からヒトの手が生えているのか、という事の方が疑問なのだが、そんな疑問など今の彼女等には浮かばないだろう。


「ひぃぃぃぃ! 手、手手手手手ッスよペッシェ!なしてこっただ所に手が生えてるだか!? 」

「お、おおおおお落ち着くのだネル! そ、そうだこういう時は砂漠で拾った現世の文献にあった様に“素数”とやらを数えるのだ! …………そもそも素数が何か判らん!! おのれ人間め!さては私を罠に嵌めるためにワザとあんな文献を書いたのか!?くっ! 巧妙な種族め! 」

「だからワザと踏んだわけじゃないでヤンス!許してほしいでヤンス~! 」

「えぇ!? その話まだ続いてたの!? 」


明らかに動揺するネルと、動揺しながらも冷静さを保とうとしてまったく保てていないペッシェ、更にはまだ先程の話を引き摺るドンドチャッカ。
反応が三者三様過ぎるためか、それともこの状況を纏められる人物がこの中に居ないためか、それぞれ思い思いの反応をそのまま直で表現してしまっている空間は、収拾がつかないものになりつつある。
いや、そもそも収拾をつけようという気が無い様にも見えるが。


「えぇ~い、うるさいうるさい! 全員がツッコミ待ちの状況ってどんだけなのだ!ツッコミのクレクレ感がハンパないわ! 止め!もう止め! 」


このどうにも収拾がつかない状況に、まず最初に業を煮やしたのはペッシェ。
というか結局この中で一番それらしい役が彼なのだから、それもそれで仕方なし、と言ったところなのだろう。
そんな彼の様子に、他の二人もならば仕方ないといった様子で従うが、結局のところ残された問題が一つ。

そもそもあの腕は何なのか、という事だ。


「しかし…… 何でまたこんな所に腕が生えているのだ?」

「知らねッスよ 」

「知らないでヤンス? 」

(私も知らないから言っているのだが…… そもそも何だドンドチャッカ、その疑問形は!何故そこで疑問形になるのだ! ……いやいや、ここでツッコんだら私の負けな気がするのだ!落ち着けペッシェ、クールだ、クールになるのだ。だが…… )


物事の流れを本筋に戻すためか、あえて、いや涙を呑んで口をつぐんだペッシェ。
もしここで言ってしまえば話しはまたあらぬほうへ捻じ曲がり、結局戻ってこれない可能性もあるのだ。
彼の判断はある意味英断と言えるだろう。
だがそれでも、彼がどうしても気になることが口から零れる。


「そもそも、あの“腕から先は付いている”のだろうか……?」


そこである。 問題はまさにそこ。
今砂漠から見えている先、厳密に言えば前腕から先があるのか無いのか。
基本的に霊子で構成されている生物、虚であれ破面であれ死神であれ、それらは死ねば霊子へと還る。
生命の循環、人が死ねば朽ち、何時しか土へと還るように摂理として彼らは皆、霊子へと還るのだ。

では今、ペッシェ等の前にある腕はどうか?
腕はまだ朽ちているようには見えないが、そこから先があるのか無いのかまでは判らない。
要はそこに見えるものは“腕だけ”なのか、それとも“腕を含めた全て”なのか、その判断に困るというのがペッシェの口から零れた疑問。
そんな呟きにペッシェ以外の二人は過敏なまでの反応を見せた。


「ヒィィィ! ペッシェなしてそっただ怖いこツ言うだか!」

「コココココ怖いでヤンス~! ペッシェが怖いでヤンス~!」


顔を引きつらせて叫ぶネルとドンドチャッカ。
二人は悲鳴を上げながらペッシェにしがみ付くと、ぶるぶると震えていた。

そして震えながらペッシェを腕の方へとグイグイと押し始めた。


「え? ちょっ! な、何をしているのだ!?何故押す? 何故私を押すのだ! 」


グイグイと押される自分の現状に、ペッシェは疑問を叫びながらも足を突っ張りそれを阻止しようとする。
だが状況は二対一、力負けは目に見えた状況であり、突っ張る足の先に砂の山を作りながらも、ペッシェに抗う事は叶わなかった。


「そ、そんなに知りたかったらペッシェが確かめればいッス」

「そうでヤンス! オイラがやってもいいけど、今日のところはペッシェがどうしてもって頼むから譲ってあげるでヤンス!」

「頼んでないッ! 全然! まったく! 欠片も頼んでないのだ!」


不用意な発言で結局割を食ったのはペッシェ。
構図的にはこれをひっくり返す事はまず叶わないだろう。
グイグイと押しに押され、抗いながらも抗いきれず、遂に腕の前まで押し運ばれたペッシェ。
そこまでペッシェを運ぶだけ運んだネルとドンドチャッカは、もういいだろうというところですぐさま引き返し、ペッシェだけを腕の傍に置き去りにすると、自分達は少し離れた場所でその様子を伺う。
そんな二人に恨めしそうな視線を送るペッシェだが、チラリと腕の方を見ると、もう覚悟を決めるしかないといった雰囲気で溜息をつく。


「あ~ハイハイわかったのだ 」


そんな台詞をはきながら、ペッシェは肩を落としまた溜息をつくと、その場にしゃがみ込む。
腕までは丁度ペッシェが自分の腕を伸ばせば届く程度の距離、砂漠から生え微動だにしない腕をじっと見つめていた彼は、一度目を閉じ、そして意を決したようにカッと眼を見開くと、自分の腕をそちらの方へと伸ばした。

ものすごくゆっくりと、だが。

そろりそろり、ゆっくりゆっくり、まるで蠅が止まるほどの速度で。

見れば重心は腕とは逆方向に掛けられるだけ掛けられ、何かあればすぐさまそこから離れられる準備は万端。
手は人差し指だけを伸ばし、その指もプルプルと震えている。
その姿は明らかに怯えている、というよりビビっているのがまる判りで、そんなペッシェの様子に面倒事を押し付けた方の二人は、自分達を棚上げして野次を飛ばす。


「ペッシェなにしてんスか! カッコわりぃと思わねぇだか!このシロアリ! 」

「臆病もんでヤンス! ウンコタレでヤンス!デベソ! ワキガ! 」

「うるさいッ! だったら自分達でやればいいのだ!!」


飛んでくる野次、というかただの悪口に思わず叫ぶペッシェ。
自分だけなんとなく危なそうなものに近付かせられ、安全な場所から野次を飛ばされれば誰でも頭にくるだろう。
だがそんなペッシェの怒りなど他所に、なおもほか二名は野次を飛ばす。


「あ、んじゃネルがやるッス 」

「いや、オイラがやるでヤンス! 」

「………… 」


ペッシェの様子に、そんなに嫌なら自分がやる、と言って勢いよく手を上げたのはネル。
そんなネルの後に続くように、いやいやそれなら自分がとこちらも勢いよく手を上げるドンドチャッカ。
二人のその姿に明らかに嫌なものを見た、という顔をするペッシェ。
だがペッシェがそんな顔をするのも無理は無い。何故ならペッシェ以外の二人の目は、あからさまにキラキラとしているのだ。

まるで何かを待っているように。
そしてその何かがわかるだけに、ペッシェは言わざるをえない、この台詞を。


「……それなら私がやるのだ 」

「「あ、どうぞどうぞ 」」

「だろうね! この流れじゃ!! 」


ある種の様式美、避け得ない流れ、それがそこには確かにあった。
ペッシェが手を上げるのを確認した瞬間、上げていた手を華麗に下げ、どうぞどうぞとまるで譲るようにして前へと差し出すネルとドンドチャッカ。
まさに掌返し、一瞬の変わり身、そしてその全てを判りきった上であえてその流れに乗ったペッシェ。

結局のところ彼らにとってこれらは全て娯楽なのだ。
そういったものに圧倒的に乏しい虚圏にあって、彼らには日常と違う全ては娯楽。
楽しいことなら尚楽しく、苦しく辛く、たとえ怖ろしいと思ったことさえ、三人揃えば変えられる。
そうして過ごすからこそ彼らは他とは異質、だが異質である事が彼らにとって何よりも幸福でいられるのだろう。


ひとしきり状況を楽しんだ三人は、というかペッシェは一人再び腕へとその手を伸ばす。
速度はやはり先程と同じ、ゆっくりゆっくり、だが確実に。
そして震える指はいよいよ、砂漠から生える腕へと触れる。


「ツンツン…… 」


気を紛らわすためか、あえて声を出しながら腕をつつくペッシェ。
腕、というよりは丁度掌の中心辺りを突くペッシェだったが、突いても反応は無い。
二度、三度、間を置きながら繰り返し突いてみても、やはり何の反応も返ってはこなかった。

慣れとは恐ろしいもので、数回突いても反応が無い腕を前にし、これはもう平気だと感じたペッシェは、ほんの少しであるが悪ノリを見せる。
具体的には突くのを止め、掌をくすぐるという行為にうってでたのだ。
もう大丈夫、もう平気、これはもう動かない、彼の中でそれが判ってしまったからこそ出来る行為。
その証拠に、こしょこしょとくすぐって見ても腕は何の反応も見せない。


「ふむ。 意外と大した事ないのだ。 ……しかしそう思うとアレだ。こんな所にこんなものがあるから私は躓いたわけで、そう思うとこう…… フツフツと湧き上がるものが…… 」


害は無い、そう判断したペッシェの奥底からこみ上げるもの。
それは、何もこんな所に腕が生えていなければ自分は転ぶ事も、まして踏みつけにされることも無かったと。
この仕打ちを受けた元凶は何かと考えれば、湧き上がる怒りをぶつけたくなるもの道理ではある。
ペッシェはおもむろに立ち上がると、片足を後方へ大きく振り、腕を蹴り飛ばそうとした。
正直思い切り走っていたペッシェ含め三人をつまずかせ、それでも傷一つ無い時点でこの腕の強度の方が彼等の脚より上なのは間違いないのだが、それはそれこれはこれ、要は気持ちの問題なのだろう。


「憎き腕めが! 私の裁きの鉄槌もとい、裁きの蹴りを喰らうがいいのだ!!」


そう叫んだペッシェは後ろに振り上げた足を勢いよく前へと振り抜く。
転ばされた事への恨みと、残りは諸々オイシクない役回りをやらされた恨み、どちらかと言えば後者が色濃いだろう一撃は、殊更正確に手の小指だけを狙うという陰湿な精度を持って砂漠に生えた腕目掛け一直線。
この瞬間ペッシェは何故か勝利を確信し、内心では苦いものが濯がれる感覚を味わっていた。


だがそれは一息に絶望へと変わる。


まずもって相手が悪かった。
砂漠に生えた腕は、少々のことならば問題とはしないが、自分に対して“害意ある一撃”に対して反応を示さないほど温厚では無い。
それがたとえ“無意識であろうと”なんだろうと関係なく、反射として行動を起すのがこの腕、いやこの“腕の主”なのだ。


「「「へ……? 」」」


当たる。 ペッシェがそう思った瞬間、事態は変化した。
蹴りを放ったペッシェだけではなく、その光景を見ていたネル、ドンドチャッカの彼等三人がそろって間抜けな声を漏らしてしまうほど、その光景は彼等の度肝を抜くもの。
彼等の目の前で砂漠に生えた腕は、自分へと迫った蹴りが当たるその瞬間、突如として動き蹴りを避わすと同時に、ペッシェの足首を思い切り掴んだ。

そう、三人共にもう動かないと高を括っていた腕は、今まさにペッシェを捕らえたのだ。



「「「~~~~~~~~ッ!!! 」」」



あまりの出来事に声にならない悲鳴を上げる三人。
慌てふためく傍観者二人と、恐怖におののく当事者一人。

普通の破面であることを捨てた三人、ただ三人で楽しく生きられれば幸せだった三人。
彼等の運命は、ここで大きく捻じ曲がったことだろう。
それが良い方向なのか、それとも悪い方向なのかは今はまだ判らない。

だが少なくとも当分の間、彼等三人が“つまらない”と思うことが無いことだけは確かだった。










――――――――――










「どうした一護。 もう終わりか? 」


曇天の空、厚い雲に覆われた空と響く遠雷。
重苦しく、どこか何かを憂いている様な、そんな表情を見せる空に立つのは一人の男。

黒い癖毛の長髪にボロボロのコートを纏った男の名は『斬月』。
死神代行 黒崎一護の斬魄刀の本体であり、今もって一護を彼自身の精神奥深くに捕らえている張本人。
その視線の見下ろす先、どこまでも伸びる様な横倒しの摩天楼には、肩で大きく息をしながらそれでも倒れまいと立つ、橙色の髪の青年、黒崎一護がいた。
手には始解状態の斬月を握り、しかし今は普段握り慣れたその斬月すらもどかしく、重く感じられるほどの疲労を顔に湛える一護。
絶えず噴き出す汗が顎の先から滴り、浅い息を繰り返す彼。

しかし、下を向いていた顔を上げ、斬月を見据えるその瞳には、身体の疲労とは裏腹な闘志が見える。


「……まだ挑むか。 しかしどうした一護よ。今回は以前よりも“人数は少ない”筈だが? 」


斬月は一護の瞳に滾る闘志を見ると、一度本当に小さく溜息を零した。
だがそれでも、この如何ともしがたい状況をどう打破するのだ、と問う彼の声は堅い。
そう、今一護と斬月が行っているのは、言うなれば何時かの再現。

卍解修行。

自らの斬魄刀を屈服させる事によって、死神は初めて卍解を手にする。
しかし、一護は焦りと慢心により一度屈服させた筈の斬月から、卍解を奪われてしまった。
故に一護はもう一度、斬月と向かい合い彼を屈服させ、卍解を取り戻しそして現実へ帰還しようとしているのだ。


だが、それには今、“大きな障害”がある。



「ではもう一度言おう。 彼等“二人”を突破し、私に一太刀浴びせること。これがお前に再び卍解を条件だ 」


そう、空に立つ斬月と摩天楼に立つ一護、その間に陣取るふたつの影。
白と黒、同じ意匠のフード付きコートを纏い、そのフードを目深に被ったふたつの影。
手にはどちらも一護の卍解である天鎖斬月を握り、一護の前に立ちはだかる様にして立っている。
顔は見えず、正体は判らず、しかし始解と卍解という差を差し引いても圧倒的な強さを見せるふたつの影が今、一護の道を塞いでいるのだ。




「さぁ一護。 再び力を手にし、誰かを護る事を望むのならば越えていけ。私を…… そしておまえ自身を 」




斬月の言葉に小さく息を吐く一護。
そして一歩、強く足を踏み込むと彼は摩天楼を砕きながら跳躍し、何度目かわからない挑戦に打って出る。
挑むは一護一人、迎え撃つは白と黒の影。
勝たねば、越えねばならない戦い。 しかし有限の中での戦い。
それはまるで流れ落ちる砂時計の砂の如く。

そして零れ落ちる砂は、刻一刻と終わりに近付いていた。







深々

音も無く

全てを覆う

嗚呼それは

白(ましろ)なる残酷
























[18582] BLEACH El fuego no se apaga.93
Name: 更夜◆d24b555b ID:faa7a84d
Date: 2014/03/20 21:59
BLEACH El fuego no se apaga.93











「ふんふんふ~ん」


四番隊隊舎、その廊下を鼻歌交じりに歩く女性がひとり。
名を虎徹 勇音(こてつ いさね)。四番隊副隊長の肩書きを持つ彼女。
銀色のやや短めの髪、右のコメカミ辺りからは二房ほど細く結われた髪が垂れる特徴的な髪型をし。
女性にしては身長が高く、顔立ちも何処か凛々しい雰囲気を感じさせることから一見優男のようにも見えるが、その内面は怖がりで年下の妹に何時も怒られてばかりという少々残念な具合。
ただ今はその凛々しい顔立ちも、どこかホクホクニンマリとした笑顔になっている。

理由は彼女の手に収まった小さな包み。
中身は今瀞霊廷で大人気の甘味処『甘々庵』の、“数量限定大甘々苺大福みたらしはちみつあんこ全部のせ”。
この最早口に入れた感想が単純に、「甘い」しか出てこないであろう一品を、勇音は至極嬉しそうに手に乗せ、僅かに跳ねるように歩いていた。
甘いものに目がないのは女性の性(さが)。勇音もその例に漏れず、この限定の一品を手中に納め上機嫌といったところなのだろう。
まぁ、この一品は女性全般の“憧れ”であると同時に“天敵”でもあるのだが、今は憧れが勝った様子。
嬉しそうに私室へと向かう勇音。 早くこの一品を思う存分頬張りたい、そう思いながら歩く彼女だったが。

世の中そう簡単では無い。


「虎徹副隊長!! 」

「ひゃい!!? 」


突如、自身の背にかかった声に、思わずビクッと肩を震わせ答える勇音。
答える声は裏返り何とも情けないが、それでも手の上のいとしい一品は落とさない。


「ごめんなさいごめんなさい! ダイエットするって言いながらこんなもの食べようとしてごめんなさい!でもこの子がどうしても私に食べて欲しそうだからつい…… 出来心だったんです! もう今後甘いものは控えるからこの子だけは取上げないで!そして清音にだけはバラさないでください~!!」


呼び止めた相手が何かを言うより早く、勇音は一息に言い訳を捲くし立てた。
目の端に涙を浮かべごめんなさいと連呼する様子は、やはり彼女が臆病であると、それ以上に周りに気を使い大それた事など出来ない人物である事を伺わせる。
ただ、それでもこの甘い苺大福だけは手放したくない、という台詞からも以外にちゃっかりした性格なのかもしれない。


「え? あの、虎徹副隊長? いや、そんな事より急報です!大至急第一級集中治療施設に向かってください!患者が急変しました! 」


勇音を呼び止めた死神は、勇音の様子に若干の困惑を見せるが、ハッとした様子でその困惑を振り切り報告を叫ぶ。
患者の急変、四番隊は主に治癒術を修めた死神が配属される隊である。そこにあって患者の急変は別段珍しいことでは無く、それに対応できるだけの力量を持った隊士は少なくない。
だがその中で尚、高い技術を持った副隊長である勇音への急報。それが示すのは余程困難な症例か患者が重要な位置にいる人物か、或いは“その両方”である場合だ。

何よりその患者がいるとされた施設、第一級集中治療施設に収容されている人物は今、一人だけだった。


「第一級集中治療施設!? という事は黒崎一護君ですか!? 判りました、直ぐに向かいます。報告ご苦労様。 あ! これは…… これは差し上げますのでッ」


患者の居場所を聞き、そこに収容されている人物に思い至ると勇音の顔に驚きが奔る。
黒崎 一護。 破面との戦闘により重度の霊力汚染と身体的外傷によって治療中の人物は、勇音をはじめとした護廷十三隊、いや尸魂界にとって恩人とも呼べる人物。
現在は身体の限界を超える負荷によるものか、精神が深深度に潜行するという特異な症例によって眠ったままの様な状態だった彼が、その容態を急変させたという報告に勇音には嫌な予感が過ぎった。
回復の報ならば目の前の死神の焦り様は無い。この焦り様は間違いなく“回復とは逆の”状況を確信させるに充分であると。
では問題はその状況だが、今はその報告をこの場で聞くよりも自分の目と耳でそれを把握する方が早いと判断した勇音は、急ぎ第一級集中治療施設へと向かう事を選択する。
何度か向かう先と手に持った甘々庵の、数量限定大甘々苺大福みたらしはちみつあんこ全部のせを交互に見た後、状況を報告してきた死神にそれを渡し、急ぎ瞬歩でその場を後にする勇音。
苺大福を頭から放り出し、今は四番隊副隊長としての責務だけを満たす。




「状況は! 」

「状況も何も無いですよ! こんなの見たことありませんって。とりあえずご自分の目で確認してください! 」


第一級集中治療施設へと到着した勇音は、普段の頼りなさそうな雰囲気を感じさせない声で叫ぶ。
その問いに答えたのは、四番隊第八席にして第一上級救護班副班長の荻堂春信(おぎどう はるのぶ)。
勇音と共に歩きながらこんな症例見た事がない、と零す彼。治療室へと向かう道すがら一護の生命徴候を確認しながら進む二人、そんな二人が到着した治療室はさながら戦場にも似た雰囲気だった。

「止血剤足りないぞ! もっと持ってこい! 」

「常勤だけじゃどうしようもない! 副隊長まだかよ!」

「こんなの…… どうやって対処すればいいって言うんですか!」

「馬鹿野郎ッ! 呆けてる暇があるなら目の前の傷の一つも塞げ!それも出来ないなら此処から出てけ! 邪魔だ!」


一護の周りを囲む死神と、それを補助する死神達、皆一様に尚早と困惑を浮かべながら、それでも一つの命に対して真摯に向き合っている。
命を繋ぎ、救うことこそが四番隊の務めであり、この光景はまさに四番隊の真髄を見るかの如く。
彼らは皆、敵と戦う力こそ他には劣るかもしれないが、それでも治療(ここ)という彼等の戦場にあっては、まさに最高の戦力を持っている、と言えるだろう。


「お待たせしました皆さん。 状況、経過報告をお願いします!」


極薄の手袋を着けながらそんな戦場に飛び込む勇音。
彼女の登場に何処か閉塞感が漂っていた治療室に、僅かではあるが風が通った様に見えた。
皆、焦燥と困惑の瞳にどこか安堵を浮かべている。それだけ勇音は皆から信頼に足る人物だという事なのだろう。


「患者の状態が急変したのはつい先程です。常勤の治療班で即時対応したのですが…… 」

「こんな症例今まで見た事も聞いた事もありません。 “刀傷”である事は間違いないのですが、しかし…… 」

「発生の原因も判りませんし、規則性も無く予想も出来ません。今はこの程度の傷で済んではいますが、このまま傷が増える、または致命的な傷が“突然発生する”事は否定できません」


誰一人手を止めずしかし次々に飛ぶ報告に、勇音の顔が僅かに曇る。
いや、顔が曇った理由は報告よりも目の前に横たわる一護の様子だろうか。
点滴や心電図のような管が腕や胸につけられたその姿、しかし目を引くのはそれよりも身体のそこかしこに見える傷。
真新しいそれは“明らかに刀による傷”であり、しかし意識も無く戦えるはずも無く、そして彼に害をなす者など皆無である治療施設で、それが生まれる事はまずありえない。
何よりもその刀傷は。


「これは…… “外からではなく内から”斬られている?」


呟くように、そう零した勇音。
その呟きに対して周りの死神達は、無言の肯定を示した。
そうなのだ、一護の身体に見られる刀傷はそのどれもが明らかに外側からではなく、“内側から外に向かって”斬られている、という特異なものなのだ。

「そうです。 何度も言いますがこんな症例見たことがありませんよ。一応周囲の虚や破面の霊圧は探査しましたが、当然そんな霊圧引っ掛かるわけない。となると患者自身の問題か、或いは…… 考えたくは無いですが死神の斬魄刀による攻撃か…… 」


荻堂が言う事はもっともであり、可能性として残されるのはふたつ。
患者である一護自身にこの刀傷の原因があるか、もしくは死神による一護への攻撃。
後者の発言に対し、他の死神は驚きと疑念が入り混じったような表情を見せるが、勇音だけはそうではなかった。


「いえ、おそらくこれは黒崎 一護君自身に原因がある、と考える方が妥当でしょう。死神の中に彼を嫌う者はいない…… とは言い切れませんが、もしそうならばわざわざ“致命傷を避ける”理由にはならないですし、彼を攻撃できるという事は“周りにいる私たちも”攻撃できるという事。彼の命が目的なら治療をさせる事は彼の命を永らえさせるのと同じですし、殺害が目的ならば効率的ではありませんしね」


僅かに眉間に皺を寄せ、考えを巡らせている様子の勇音は後者の可能性を否定する。
確かに一護は尸魂界にとって恩人に当たるかもしれないが、それだけで皆が彼に対して好意的であるとは言い切れない。
もしかすれば何かの理由で彼を恨むものもあるかもしれないし、その者が自分の斬魄刀の能力で一護を狙っている可能性はある。
しかし、一護の身体には刀傷は刻まれているが致命傷になるようなそれは見られないのだ。
命を狙っているなら、わざわざ致命傷を避けることに意味は無く、また一護を治療させる事にも利は無い。
時間を掛けて甚振っている、という事も考えられるが、時間を掛ければかけるほど自分の正体が露見する可能性は増えるのだから、そこに意味を見出すのは愚かだ。
結果、この内から外へと斬られた刀傷は、一護に起因すると結論付けた勇音。
そんな様子を見た荻堂はポロッと言葉を漏らす。


「副隊長っていつもは、ぽわ~んとしてんのに、治療室入ると人変りますよね」

「自分の隊の副隊長をつかまえて失礼ですよ、荻堂君? ……では治療に入ります。 まず優先すべきは黒崎一護君の生命、彼を五体満足で現世へと帰す事が四番隊の使命です。傷の発生が予想できない事から主要臓器や霊的重要臓器には常に治癒を施し、傷が出来た瞬間に治療を開始します。手足の傷は深度三までの傷は後に廻し、それ以上のものを優先し治療。身体的欠損が診とめられた場合は現行の治療と平行し、その場で接合術式を行います。では各自最善を! 」


言葉が終わると、他の死神達は威勢の良い返事をし、各自の仕事に取り掛かった。
勇音もまた一護を囲む輪に入り、治療を開始する。
その顔には苺大福を前にしたニンマリ顔は微塵も感じられず、凛々しく、何より命に対する真摯な姿勢が感じられた。
卯ノ花 烈(うのはな れつ)という絶対的な治癒技術を持つ隊長の影に霞んではいるが、彼女もまた四番隊の副隊長を任せられるだけの技術を持っているのは確か。
その彼女が最前線に立って治療するその戦場に、敗北などありはしないのだ。

だが彼女は知らない。
一護の身体に現れた内から外へと斬られる刀傷は、一護が深深度の精神世界で戦って出来た傷に他ならないという事を。
そして精神世界での傷が霊体にまで還元される、という事は即ち。


一護の目覚めが近い、という事を。






――――――――――







(何も…… 感じない…… )


目の前はただ白く、他に何も見えない中、ルキアは内心そう零した。
内心で呟いたのは、声にしないのではなく出来ないから。口を動かすことすら億劫になるほど、今の彼女は朦朧としていた。
自分が立っているのか、座っているのか、それとも横たわっているのか、それすら今の彼女には認識出来ない。
外へと向かう意識や感覚、それらが根こそぎ衰えたかのように、今の彼女はただ精神に埋没し、目に映る白一色の世界をただ眺めるのみ。

実際の彼女は今地に伏したまま、薄く目を開けるにとどまっていた。
彼女の眼に映った白一色の世界は何も彼女の眼前だけではなく、彼女の周り全てがそれであり、何よりも静か。
地に伏したルキアの身体を半ばまで埋めるのもまた白。空から舞うように降るそれがただただルキアを音も無く白く染め上げていく。
激しい剣戟の音も、霊圧がせめぎ合う音も、爆発音も衝撃音も何も無く、ただ静かに全てを覆う。

その白の名は“雪”。

今ルキアは雪に埋もれ、まるで静かに眠るようにその意識を手放そうとしている。
その様子を離れた位置から見下ろすようにして立っているのは、白髪の翁、朽木銀嶺(くちき ぎんれい)。
手の中には長柄の棒状のものが握られており、それを身体の正面で杖のように雪面に突いて立っている。
静かなその眼差しは、まるで地に伏すルキアを見定めているようにも見えた。


「ワシの斬魄刀『雪霽(せっさい)』は、“最も静かな”斬魄刀。降り積もる雪は全てを覆い、全てを白(ましろ)に染め上げる。 ……ルキアよ、極限の静寂と極寒の中、己が力を見つめるがよい…… 」


届かぬとは知りながら、それでも呟かれる言葉。
銀嶺にとって己が斬魄刀の能力は、一歩間違えばルキアを再起不能にするものだと判ってはいた。
しかし、ルキアの真剣な願いに答えるには、やはりこれ以外の方法など無く。荒療治と知りながらも彼はこの方法をとったのだ。
今も尚降り積もる雪はルキアの体温を奪い、動きを鈍らせ、感覚を奪いそして意識すら奪い去ろうとしている。
そんな極限の状況に追い込まなければ、彼女の進む先に道は開けないと銀嶺は知っているのだ。

呟かれた言葉、それすらも覆うように降り積もる雪。
その雪に埋もれ朦朧とする意識の中、ルキアは夢とも現ともとれない場所へと落ちて行った。







「――ちき。 お―朽 ―き! 」


ふわりと浮かぶような感覚、その中でルキアは声を聞いた。
どこかとても懐かしく、しかし胸が締め付けられるような。
胸に去来するそんな思いに、ルキアは目を閉じたまま僅かに顔を歪ませる。


「お―― ら! 朽―! おい―― ! 」


耳が覚えているその声。
安堵、敬意、そして後悔と自責。
浮かび来るそんな感情に、ルキアはそのまま消えてしまいたいとさえ思ったことだろう。

何故ならその声は、嘗て“彼女が殺した”男の声そのものだったのだから。



「コラ朽木ぃ! 寝ぼけてんじゃ……ねぇぞ! 」

「ッ~~!? 」


直後頭に降った衝撃に、ルキアの意識は否応無く呼び起こされる。
そして頭を押えてしゃがみ込んでいるルキアに、今度は彼女の頭を叩いた長い棒状のモノを肩に担いだ男の声が降る。


「オマエなぁ…… “また”修行中に居眠りかよ。てかどんだけ器用なんだ。 俺がせっかく修行に付き合ってやってんのに…… 忘れてんのかも知んねぇけど、俺って一応オマエの隊の副隊長なんだぜ?副隊長って実は割と忙しいんですけど? 」

「も、申し訳ありませぬ“海燕”殿 」

「おし。 わかりゃいいんだ 」


口をついて出た名には、やはり懐かしさが多く感じられた。
見上げる視線の先に映るのは、黒い短髪の男。
柄の長い三叉の矛を肩に担ぎ、先程とは打って変わり、ニカッと明るい笑顔を浮かべる。
その男を一言で表せば、“快活”という言葉が何よりもしっくり来るだろうその男の名は『志波海燕(しば かいえん) 』。
護廷十三隊十三番隊副隊長であり、朽木ルキアにとって人生の岐路に当たる人物。そして今となっては“故人”である人物。

あぁこれは夢なのだ。
海燕の顔を見たルキアは直ぐにそう思った。
何故なら彼は“自分が殺した”のだから、どんな理由があろうとも、彼の命を奪ったのは自分なのだからと。
現にルキアは自分の意思で動くことも言葉を発することも出来ない。
意思とは裏腹に言葉は紡がれ身体は動く。まるで走馬灯、白昼夢、自分に起きた出来事を追体験する夢を見ているような、そんな感覚。

貴族に拾われ、伴わぬ実力に苦悩し、しかし彼と、海燕と居られる事に救われていた頃の自分。
ただ尊敬していた彼に、ただただ敬愛していた彼に、“よくやった”と褒められる事だけが目標にさえなっていた頃の、いつか自分がその彼を殺す日が来る事になる事など、欠片も想像していなかった頃の自分がそこにはあったと。

普段思い出さないよう務めていた思い出たちは、海燕の顔を見た瞬間にあふれ出し、波となってルキアに押し寄せる。
こんな事があった、あんな事もあった、朽木ルキアにとって最奥に押し込められた思い出たち。志波 海燕との思い出たち。
これもまたそんな思い出の一幕。
何度か修行をつけてもらい、無事斬魄刀を始解させることが出来た頃の、そんな一幕だと思い出しながら、ルキアはただ暖かで輝いていた思い出に耽ることにした。




「しかしオメーも随分とサマになってきたじゃねぇか朽木。一端の技も出来た。 『袖白雪(そでのしらゆき)』だったか?いい斬魄刀だと思うぜ 」

「は、はぁ…… あ、ありがとう御座います 」


修行が一段落し休憩となって二人が木陰で休んでいた折、海燕はふとこんな事を口にした。
始解したルキアの斬魄刀は刀身も、鍔も柄も、全て白一色の純白の斬魄刀で非常に美しかった。
彼からしてみれば新米隊士の頃から修行をつけているルキアが始解し、そんな美しい斬魄刀を振るいこうして戦う姿というのは、やはり感慨深いものがあったのだろう。
ヨチヨチ歩きのひよこが、ようやく少しはまともに歩けるようになった、そんな思いが零れた彼の言葉に、しかしルキアの返事は何とも歯切れの悪いものだった。


「……なんだそれ。 反応薄いなオイ。 何か?俺に褒められんのは嬉しくないってか? 軽くキズ付くぜ…… 」

「い、いえ決してその様な事は! ただ…… 」

「ただ何だ? 」


そんなルキアの返事に半眼になって海燕は文句を零す。
まぁ半分以上冗談な訳ではあるが、それでも慌てて否定するルキアの姿はどうにも面白い事は判っているため、ちょっとした悪戯心という奴なのだろう。
そしてやはり慌てて否定したルキアは、しかし何とも歯切れも悪いまま。
思い悩んでいるかの様なその姿に、海燕はいたって気軽に先を促す。


「いえ、比べる事がおこがましいのは重々承知してはいるのですが。やはり同じ氷雪系である日番谷十番隊三席と比べると…… 」


ルキアが何とも気まずそうに口にしたのは、十番隊三席、日番谷冬獅郎(ひつがや とうしろう)の名。
今でこそ隊長である冬獅郎だが、当然彼にも席官の時代はあり、しかし席官の頃からその勇名は他の隊にも知れ渡るところで、今は現役を退いた前六番隊隊長朽木 銀嶺に勝るとも劣らないともっぱらの噂だった。
そうともなればやはり同じ氷雪系の斬魄刀を持つルキアは、彼を意識せずにはいられない。
比べる事などおこがましい、といいながらもやはり冬獅郎と自分の力を比べずにはいられないのだ。


「劣ってる、ってか?」

「いえ、そんな事は当然だと言われれば当然なのは判っているのです。あちらは隊長、副隊長に次ぐ席官、それに比べて私はその末席にも加わることが出来ないただの隊士に過ぎません。力の差など判りきっている…… おかしな事を口走ってしまい申し訳ありませぬ」


ルキアの言葉を継ぐように呟いた海燕に、ルキアは捲くし立てるようにして答えた。
劣っている。 それは当然の事だと、やはり比べる事などおこがましいことだったと。
向こうは鳴り物入りの天才であり、若くして席官の上位たる三席、対して自分は名門朽木家に拾われはしたがそれに見合った成果も席次も得ることが叶わなかった半端者。
そんな思いがルキアに自分を否定するような言葉を並べさせるが、それを座って聞いていた海燕はスッと立ち上がると、木陰から出て自分の斬魄刀『捩花(ねじばな)』を構え、くるくると廻し始めた。
独特の高い構え、頭よりも高い位置に掲げられた片手の手首を主体とし、それを軸にゆっくりと捩花を廻しながら、海燕はルキアに語りかける。


「なぁ朽木。 何でもかんでも卑屈になるのはオメーの悪い癖だ。向こうが天才でオメーはお世辞にも天才と呼べる域には居ねぇ。そうやって自分の位置を知る事は大事だが、だからって自分を卑下する理由にすんのは間違いだ」

「………… 」


くるくると、ゆっくりと回転する三叉の槍。
あくまでゆっくりとした回転と、ゆっくりとした足運び。それ故にその姿はルキアに舞を思わせる優美さを感じさせる。
快活、奔放を地で行くような海燕を知るだけに、その優美な舞を踊るような姿はルキアの脳裏に鮮烈に焼きついた。
そうして舞いながら語る海燕の言葉。
副隊長として、いや先達としてルキアに語って聞かせるその言葉。
海燕の舞姿と相まってか、その言葉はルキアの胸にスッと落ちるように入り込んでいく。


「誰だって完璧じゃねぇ。 そんなのは当たり前だ。得て不得手があるのは仕方が無ぇ。 だがな朽木、せっかくなんだ“自分に出来ない事ばかり”見るんじゃなくて、もっと“自分に出来ること”を見てやれよ。確かにオメーはまだ日番谷には及ばねぇかもしれねぇ。 ……でもな、知ってるか朽木? 日番谷もオメーも、それに俺もオメーも、“結局は同じ”なんだぜ?」

「私と海燕殿が同じ……? 」


ゆっくりとした回転は僅かに速さを増し、手首を軸にした槍の回転は足運びもあってか更に大きく、まるで槍と身体全体の全てが円を描くように。
すると槍の穂先、三叉に分かれたその刃に僅かだがしかしハッキリと見えるのは、水の流れ。
流水系斬魄刀 捩花、その能力は槍撃と共に巻き上げた波濤によって敵を圧砕、両断するもの。
水気は徐々に穂先に集まり、その軌跡を辿るようにして円を描いていく。
そんな海燕の姿に魅入りながら、ルキアは海燕の言葉に反応した。

同じだと。

冬獅郎もルキアも、そして海燕自身とルキアも、結局は同じだと、海燕はそう言うのだ。
その言葉の意味を量りかね、ルキアはただ鸚鵡返しに言葉を紡ぐ。
同じとは思えないという思いが内に沸き立つルキア。
才能で言えば自分は冬獅郎にも、海燕にも遥かに劣る事だろうと。
斬魄刀の能力にしても、同じ氷雪系の冬獅郎とは言うに及ばず、海燕とでさえ戦闘では歩が悪い。
そんな自分と彼らが同じ、というのはどういうことなのか、疑問渦巻くルキアの心中を知ってか知らずか、海燕は言葉を続けた。


「あぁ。 自分だけじゃどうしようもねぇ事は誰にでもある。だから…… 一人で無理なら“周りに助けてもらって”いいんだ。もっと“周りを巻き込んで”いっちまっていいんだ朽木。周りを頼れ、仲間を、斬魄刀を、オメーの周りに満ちるもん全部を。お前が頼れば、そいつらは必ず力を貸してくれる…… なぁ朽木、オメーが思ってるよりも、もっとずっと世界は気安いもんだぜ?」


槍に巻き上げられた波濤はその回転がますと同時に勢いを増し、いよいよ瀑布の様相を呈していた。
そうして瀑布を槍に引き連れながら、海燕は言う。もっと頼っていいのだと。
仲間である死神にも、無二の存在である斬魄刀にも、そしてそれ以外の全てにも、お前はもっと頼っていいのだと。
そして請えば、頼れば必ず、それらは力を貸してくれると。
何も難しく考える必要など無く、全てはお前次第なのだと。

瀑布を引き連れた槍撃、舞の終わりは三叉の矛を地に叩き付ける様にして訪れた。
槍の矛先が地を割るのを追うように、瀑布の如き水の波濤は波のように四方へと広がる。
槍を振り下ろし波の中心に立つ海燕の姿は実に画になり、これが戦いの術だとは感じさせないほど。


そしてその波が治まると、そこにはびしょ濡れのルキアが居た。


「あ…… わ、悪ィな朽木。ちょっとしくじったわ 」

「なッ! 何をするのですか海燕殿! 」

「いや、だから悪ィって言ったじゃねぇか。 ……あれだ、俺のお茶目なところが顔を出したと思っとけ。な? 」

「お、お茶目で水浸しにされては困ります! 」


頭から爪先まで水浸しのルキアは、バツは悪そうであるがあくまでサラッと事を流そうとする海燕に、飛び上がるようにして抗議した。
いきなり大量の水を頭から浴びせられれた側のルキアの反応としては間違いでは無いのだが、そんな彼女の様子など気にしないかのように語る海燕。
お茶目な自分が顔を出した、と親指を立てながらグッと拳をルキアに突き出し、とてもいい笑顔を見せる海燕だが、それはどう考えても真剣に謝っている人間がする仕草ではない。
それがまたルキアの感情を煽るわけだが、何故か謝る側であるはずの海燕の方が強気に出始める。


「なんだなんだ! せっかく俺が副隊長っぽく“それっぽいいい台詞”言ったのに台無しじゃねぇか!どうすんだよ朽木! この空気! 」

「台無しにしたのは海燕殿でしょう! それに何ですかその、それっぽいいい台詞とは。完全に内容より雰囲気先行ではありませんか!」

「雰囲気先行で悪いか! それに内容だって一応伴ってんだよ!ま、俺の教えを理解するにはまだまだオメーは未熟って事だなぁ?」

「なッ! そんな事はありません! 要は未熟者が一人で悩んでも碌な事は無いということでしょう。御教授痛み入ります! 」

「いや、オメーその顔どう見ても感謝してる側の顔じゃ無ぇって」


海燕が言ったそれっぽい台詞とそれっぽい雰囲気に、ルキアは確かに呑まれていたわけだが、結果はこの有様である。
どこか子供じみた言い合い。 席次の上下も関係なく、ただ思ったことを言い合えること。
ルキアにとってその瞬間がどれだけ貴重なものかは言うまでも無く。
彼女に対して“対等”に振舞ってくれる海燕の存在は、確実に彼女の支えだったことだろう。

言い合いながら明らかに不満顔で語気を強めながら感謝を述べるルキア。
そんな彼女の様子を、若干の呆れ顔で見やる海燕は、しかしルキアに気付かれない程度にフッと笑う。
その笑みはまるで親が子を見るような、指導者が教え子を見るような、見守る者の喜びが浮かんでいるように見える。
なにがその笑みを浮かべさせるのかは判らない。
だが海燕は確実に、ルキアの中に自分の言葉が、教えが残った事を感じたのだ。
そして願い叶うなら今は未熟な雛鳥がいつか成長し、大きく羽ばたくとき、この言葉が、教えが彼女の背を押さんことをと。




ルキアにとって今という一幕であり、またルキアにとって過ぎ去った過去の一幕。
いつの間にか当事者としてではなく、ルキアは傍観者として在りし日の光景を俯瞰から見ていた。
そんな“今”を“夢”として見ていたルキアは小さく笑う。
あぁ、確かにこんなこともあったな、と。
そして思うのは、今思えば自分は“何一つ海燕の言葉を理解してはいなかった”のだという事。

海燕の言葉は中身伴わぬ雰囲気だけのものではなかったと。
当時の自分が吐露したものに、海燕は確かに道を示してくれていたと。
そしてそれを“目の前で”魅せてくれていたのだと。


(海燕殿の斬魄刀、捩花の能力はただ水を操るのではなく、“己が周囲の水気を巻き上げる”能力。それを海燕殿自身の槍術と合わせ、波濤を纏わせた槍撃によって相手を圧殺するもの…… そしてそれは確かに日番谷隊長や私にも“通じる”工程を踏んでいた…… )


ただの雑談、じっと座っているよりも身体を動かすことが性に合っていた海燕だったからこそ、それは普段どおりに見えたがしかし違う。
彼はただ槍を振りたくてルキアの前で槍舞を思わせる動きをしたのではない。
その目的は自分にその“一部始終を見せる”事だったのだと、ルキアは今になって気が付いた。
海燕の斬魄刀、その能力。 頼れと彼は言った、己の周りにあるモノ全てにと、では一体それは“何を指していたのか”を、ルキアはやっと理解したのだ。


(“水気(すいき)”…… 流水系も氷雪系も、己が霊力だけで出来ることには限界がある。しかし、周囲の水気を集め、用いる事でその力は何倍にも跳ね上がる…… 個人の霊力や資質にばかり囚われ、全ての答えを己のうちに見出そうとしていた狭い視野をもっと外に向けろと、貴方はそう言っていたのですね、海燕殿…… )


そう、流水、そして氷雪系の最たる利とは、己の武器となるものが大気中に溢れているという事。
大気に含まれた僅かな水分、水気、それすらも己が力の一部として意識する事の重要性。
自分という器に満ちたものに限りがあるとすれば、それ以外のところから持ってくる。限りの無いものから持ってくる。

大気に満ちる水、これ全て己が武器なり。

知ってはいた、判ってもいた、しかし理解しては居なかった。
確かに彼女の技は大気中の水気を己の凍気によって凍らせてはいる。
だがルキアが今修めている技は全て、“刀身を介する”事によって発動し、基点とするものばかり。
刀身によって描いた円にかかる天地、刀身を大地に突き立てる事によって条件が整う、といった様に全ては己と己の刀が届く範囲に限定される。
そしてそれは、大気中の水気を己が武器としている、と呼ぶには程遠い事なのだ。

ルキアは確かに日番谷より才能は劣る。
だがそれ以上に“己の力の使い方”や、“己の武器を意識する”事に劣っていた。
自分が劣っている事を当然とし、自分が敵わないことを当然とし、故に伸び悩んでいたのだ、己で己に枷と蓋をすることで。

海燕はそれを見抜き、そして伝えていた。
今よりもずっとずっと昔に、今悩むルキアにとっての答えを。


夢の中でルキアはスッと頭を下げた。
感謝を口にする事は出来ない。
自分は彼をこの手で殺し、この手で命を奪った。
だから“ありがとう”などとはいえる筈も無い。
しかし、それでも、ルキアの頭は自然と下がったのだ。
真実相手に感謝し、尊敬の念を抱いたとき、人の頭は自然と下がるもの。
敬意と感謝と、慙愧と罪と、それらがない交ぜになる。


(海燕殿…… 私は貴方を殺した。 私は……私は貴方ほど“価値のある者では無い”。貴方を殺してまで生き延びるほどの…… しかし、私には今“やらねばならない”事があります。 ……新しく友が出来ました。 人間の友です。彼奴は一人、私の先を歩んでいます。 護る……と、それだけを願って戦い、自分だけなら傷ついても構わないと思うような大馬鹿者です…… )


夢の中の光景、自分という存在に気が付くはずも無い彼に、ルキアは頭を下げたまま吐露する。
友が出来たと、人間の友だと、歩む時の速さは違えどしかし、友といえるだけの時間を過ごした者だと。
自分に価値など無い、彼を殺してまで生き永らえる価値など無いとしながらしかし、ルキアは言うのだ、やらねばならない事があると。
彼を殺した罪、理由など関係なくその事実はきっと今もルキアを苛んでいるのだろう。
だがそれでもと、ルキアは深く頭を下げながら思うのだ。


(だからこそ、彼奴を一人で歩ませることだけはしたくありません。友として隣を歩き、仲間として彼奴を護ってやる事。それが彼奴に救われた私が彼奴にしてやれる事だと、そう思うからです。理屈ではなく感情が、魂がそうせよと私に叫ぶのです。 ……貴方に救われ、貴方を殺した私が何を言うと、貴方は私を責めるかも知れません。それでも私は貴方と出会えてよかった…… そして今再び貴方の教えを思い出せて、本当によかった…… )


伝えたい事はきっと山のように。
たとえそれが夢幻の如き相手であっても、それでも言わねばならぬ事は山のようにある。
だが今はただ、深く頭を下げる事がルキアに出来る精一杯だった。
本当はただ顔向けできない自分、どんな顔で彼の前に立てばいいか判らず、罪と弱さとを自覚しながら。

そうして頭を下げながらルキアは身体が引き上げられるような錯覚に襲われる。
それはきっと目覚めであり、この夢と現との境のような場所からの離別を意味していた。
慙愧、贖罪、そしてほんの僅かな安堵と、更に僅かな名残惜しさ。
ルキアの中をそんな感情たちが駆け巡り、ルキアは頭を下げたままグッと目を強く閉じる。

涙は零さない。
涙する事すらきっと自分には許されない。
その涙の理由が何であれ、それを流す事は彼女自身が許さなかった。







「よぉ。 気張れよ、朽木 」





届いた声に、ルキアは思わず顔を上げてしまった。
此処は夢現の境、自分は自分の過去をただ見るだけの観測者、故に目の前の光景は自分という存在を無視し、ただ在りし日の光景を映すのみ。
だがしかし、顔を上げたルキアの前には先程までの光景は無く、ただ背を向けて歩き去ろうとする海燕の姿があった。
肩に槍を掛け、後ろでに軽く手を振る海燕の姿があったのだ。

それが現実で無い事は、目の前の光景が現実で無い事はルキアにも重々判っている。
これは彼女の夢の中、そこに現われた海燕も彼女の夢の産物に過ぎず、その言葉もまた幻でしかない。
だがそれでも、ルキアにとってこれ以上のものは無かった。

まるで大きな手が自分の背中を押すような、暖かくしかし力強いものがルキアの胸を通り過ぎていく。
夢でも、幻でも、たとえ自分の愚かしいまでの夢想でも、今この瞬間だけは彼女にとってそれだけが現実。
グッと胸元で手を握り締め、眉はハノ字になる。
つい先程自分で許さぬと決めたものを、この人はこうも簡単に崩してしまうと、ルキアは滲む視線の先の背を見ながら思った。

やはりこの人には一生頭が上がらないと。
だがそれは罪や後悔の意識からではなく、純粋なまでの敬意から。
強く、雄々しく、快活で奔放で、豪快なのに繊細で、そして何よりも暖かい。
ルキアにとっての拠りどころであり、過去も今もそのこころに刻まれた存在。
その背に、去り行くその背に、ルキアは手を伸ばし叫ぼうとした。

だがそれは叶わない。
彼女の意識は既に覚醒へと向かい、夢幻から現へと戻ろうとしている。
そして彼女が声を発するより早く、彼女の意識は現実へと舞い戻った。




(ッ! ここは……? そうか、私は気を失っていたのか…… だが何か夢のようなものを見ていたような…… 駄目だ、思いだせぬ )


舞台は現実、白い雪が降り積もる現実へと戻る。
半ば雪に埋もれながら意識を取り戻したルキアは、自分の現状を把握しながらも、内側に残る違和感のようなものを感じていた。
懐かしい感覚と胸にこびり付いたような重さ、何ともいえない感覚に戸惑うルキアだが、その理由がどうしても思い出せない。
そんな状態の彼女だが、ふと頬に感じるものに意識を向ける。
そこには周りの寒さからか、既に凍りついた涙があった。


(涙……? 一体何故? ……いや、今はその理由を考えるのは後だ)


雪に埋もれた身体を必死になって起し、頬に触れたルキア。
指には凍った涙が残り、その理由を慮るがしかし今はとそれを思考の外に置く。
何故なら今は修行の中、涙の理由よりも意識を向けるべきは、眼前に立つ翁一人だろう。


「ようやく目覚めたか、ルキアよ。 さて、まだ続けるか?儂も老体、この寒さは些か骨身に響くが…… 」

「……申し訳御座いませぬ。 しかし今しばらく、今しばらく私の我儘にお付き合い頂きたく」

「フフ。 一度決めたら曲げぬ……か。 やはり兄妹、よく似ておるわ」


立ち上がったルキアに声をかけるのは、ルキアが目覚めるのを待ち構えていた銀嶺。
少々わざとらしくも肩を震わせて見せた銀嶺だが、ルキアの答えには満足そうに笑う。
そしてその笑みが消えたかと思うと、鋭い眼差しへと戻った銀嶺は、身体の正面で杖のように使っていた己が斬魄刀、雪霽をそのまま軽く持ち上げた。
雪の中から顕になるのは、鋭い爪状の刃、柄の部分を基点とし左右非対称に伸びたそれは、鎌という程大きくは無くむしろ短い、有り体に言ってしまえば“つるはし”と表現するのが適当か。
軽く持ち上げられた斬魄刀雪霽、それを見たルキアは気を張って警戒を強める。
ただそれだけの動作でルキアがこれほど警戒する理由、それは今に至るまで彼女が味わってきた斬魄刀の強力さの裏返し。
そして銀嶺は一言、ルキアに告げると再び己が斬魄刀、雪霽を雪面へと叩きつけるように下ろした。


「では今一度味わうが良い。 己の在処すら失わせる程の白い闇と極寒の世界を」


変化は激烈に訪れる。
深深と降り続いていた雪、それが銀嶺の言葉が終わると同時に突如として様相を変え、辺りは一瞬で吹雪へと変わったのだ。
既にルキアから目の前に立っていた銀鈴の姿は見えない。
視界を覆うのはただ白一色の世界。 既に自分がどちらを向いているのかすら朧気で、かろうじてわかる上下以外は既に失われたも同然だった。
加えて吹雪を巻き起こす風は冷たく、まるで触れたところから切り裂かれるような幻痛を感じさせる。
本来吹きすさぶ風は叫び声のような風切り音を立てるが、麻痺し始めたルキアの感覚ではそれすら捉えられず、結果として静寂が辺りを包む。
音も無く、そして目をあけている事すら困難な状況、その中にあってルキアは刀を構えた。


(銀嶺様の斬魄刀、雪霽…… 教えていただいたのはこの斬魄刀が“雪を降らせる斬魄刀では無い”という事だけ。 ……実際それだけで真の能力を看破することは難しい。何よりこれは銀嶺様を倒す修行では無い。 私が私自身の力の行方を見出す修行、見るべきは相手の能力ではなく己自身…… )


吹きすさぶ吹雪はまるで頬を裂くように冷たく、しかしルキアに今それを感じる事は出来ない。
極寒の中もう随分と長い間修行をし、さらに幾度か気を失い、身体の熱は既に大半を奪われていた。
足の感覚は既に無く、手の感覚はかろうじて刀を握っている事が判る程度。吐かれる息もはじめは白かったが、体温が下がったためかそれもなくなっている。
肉体的な限界、刻々と近付くそれを意識しながら、しかしルキアには焦りは無かった。
自らを追い込まずして先など無い、そんな思いも確かにあるだろう。現に先程気を失う前まではこうして命を限界まで危機に晒すことが、力を会得する条件だとすら考えていたルキア。
だが今はそんな焦りよりも何か別の、ある種確信めいた予感が彼女にはあった。


(命の危機か、あるいは身体から熱が失われたからか、何故か普段より“凍気を敏感に”感じる…… 手足の感覚が薄れた分、そこにある“冷たさ”だけを感じているのか? ……いや、身体だけでは無い。 袖白雪からも、何より私を纏う霊力からも、確かに凍気を感じ取れる…… )


感じる、確かに。 それも今までよりも鮮明に。
冷気、凍気、氷雪系能力にとって重要な因子であるそれら。今までも確かに感じていたそれをルキアは今より鮮明に感じ、意識できていた。
身を裂くような寒さが、感覚すら麻痺させる極寒が、彼女の思考からをも余計な熱を奪い去ったかの様に。
身体に感じる凍気、己が斬魄刀袖白雪から立ち上る凍気、そして身体と斬魄刀に留まらず彼女の周りにある凍気、それら全てが今ルキアの知覚の内側に存在を主張する。

ここにいる、ここにある、お前の側に、傍らに、と。

そして凍てつく気配に反応するように、もうひとつ。
その存在をルキアに色濃く感じ取らせたのは水気。
水気は凍気によって凍りつき、氷となって武器と成る。水が凍れば氷になるという至極簡単な図式は、水気か凍気のどちらかを強く意識できれば、もう一方を感じ取る事が容易い事だという証明。
吹雪の中にあって風に流れ、煽られながらも、そこには確かに水気が存在していた。
己の霊圧、それに混ざる己の凍気、それが届き感じ取れる範囲の広さ。
今までただ手と刀の届く範囲でしかそれを知覚できなかったルキアにとって、それはまさに視界が拓ける様な感覚だろう。


(この吹雪にあってなお、水気は私の周囲に在る。私の視界が塞がれようとも、私の手が、刀が届かずともそこに在る。そしてそれは即ち、水気を通して私の凍気(やいば)は常に私の傍らに在るという事。手の長さ、刀の長さに関わらず、大気に満ちる水気の全ては私の力だという事!)


存在を感じる、存在を理解する、ただそれだけの事はただそれだけの事であるが故に大きい。
吹きすさぶ吹雪にあって己の周りに満ちた水気、己の周りだけではなくそれより広く周囲に満ちた水気と凍気の存在。
今まで己の四肢と刀を介してしか“氷結”という事象を起せなかったルキアにとって、そのふたつを己よりも遥か外側で感じた事は、己が力の根底を覆すに充分だった事だろう。
描いた円にかかる天地でもない、刀身を地に突き刺し放出するのでもない。

そう、それはまるで構えた瞬間“既に切先は敵を貫いている”のと同じ感覚。

水気と凍気、己が手足、己が力の内に敵が居るのならば同じなのだ。
どれだけ遠かろうと、たとえ手に握った斬魄刀の刃が敵を捉えられないほどの距離だろうと、その距離は意味を成さない。
ルキアの力とは刃とは斬魄刀だけではなく、彼女自身の凍気と周囲に存在する全ての水気なのだから。


「……フゥ 」


身体の正面に斬魄刀を構えていたルキアは、目を閉じ、一度短く小さな息を吐く。
そして息を吐くと同時に正面に構えられていた刀を引きつけ、腰の辺りで構え直した。
右手は柄を握り、左手は鍔元の辺りに上から添えられるように。視界を覆う白い吹雪の中にあって尚、力みの見えないその構えは自然体で、まるでそう在ることが当然かのごとく。


(不思議だ…… まるでこうする事が当然かの様に身体が動く。まるで何かに…… 誰かに導かれているように…… 理屈では無く、まるで昔から知っているように自然に…… 己の力、それを自覚する事の重要性、それに気が付く事の必然性とでもいうのか。そう、これは既に私の中で“完成している”という確信がある)


己のうちに在る確信。
そうあることが自然、そうあることが、そうすることが当然という感覚。
ルキアに今不安は無く、あるのは放てば眼前の相手を確実に貫くという確信のみ。
頬を裂くような風も、身を切るような寒さも、今のルキアは意に介さない。
それは極限の環境の中にあってなお深い極限の集中状態。本来四方八方に向いている様々な意識や感覚が研ぎ澄まされ、尚且つたった一つの目標に向かい束ねられている瞬間、今ルキアはその境地にあるのだ。


(ほう…… 雰囲気が変わったか…… 自棄でもなく賭けでもなく、覚悟、いや確信めいたものを感じる…… どうやら“雪霽の中”にあって儂の位置も掴んでおる様子、さて何を魅せてくれるのかかのぉ)


そんなルキアの様子、纏う雰囲気を察した銀嶺。
余計なものが取り払われたようなルキアの様子に、期待からか銀嶺の目尻の皺が少しだけ深くなる。
あえてルキアを追い込み、生死を彷徨わせるかもしれない修行を選択した銀嶺にとって、この中でルキアが何か殻を破る切欠を掴んだであろう事は喜ばしいこと。
あとはそれが真実ルキアにとって力となるかどうか、先達として後に続く者を、また血は繋がらないが孫の成長を受け止めるように、銀嶺はルキアが動くのを待つ。
雄大、勇壮な山を思わせる銀嶺の姿、それに対するルキアはまだまだ及ばず、青さを存分に残している事だろう。
だが青さとは、未熟さであると同時に大いなる可能性。いつか大輪の花を咲かせるための期間であり、力の成長を待つ期間。

そして今、その“青さ”を残した刃は銀嶺に向かって奔る。


「ハァッ! 」


カッと目を開いたルキアは、短い気勢と共に腰溜めに構えた斬魄刀を前方へと突き出す。
その切っ先の先には吹雪で見えないが確かに銀嶺が立っていた。
銀嶺へと向かって真っ直ぐ突き出された刃、まるで目の前に立っている相手を貫こうとしているかのような動きはしかし、それよりも距離を置いている銀嶺の身体を貫くには至らない。
刀身は空を突き、何も貫いてはいなかった。
だがルキアの目はしっかりと前を向き、何も貫いていないはずの刃には、不安も焦りも浮かばない。

浮かぶのは一つ。 それは“既に貫いている”という確信だけだった。


(これは…… 気の入った良い突きだが、ただそれだけ…… じゃが先程の予感、そしてあの眼と刃に映る意、そのどれもがそれだけでは無いと語っておる…… では一体…… ムッ!これは…… )


僅かに眉をしかめた銀嶺は、しかし先程の、そして今もって突きを放った状態で見えぬはずの自身を見据えるルキアの姿に怪訝な表情を浮かべていた。
突きは空のみを捉え自身を捉えずに至らず、しかしその眼は、しかしその刃は銀嶺に語るのだ。
既に貴方を貫いている、と。
その揺るがぬ確信を浮かべる眼と刃が、銀嶺に解せないという思いを抱かせるが、次の瞬間、彼は“奇妙な気配”を感じた。

それは彼もまた氷雪系能力者だったからこそ感じたもの。
まるで自分の中を冷たい何かが通り過ぎ、それに貫かれたような感覚と何より、自分の“背後に感じる刃”の気配。
僅かに振り向き目にしたのは奇妙な気配同様、奇妙な光景だった。
何も無い中空に寄り集まるようにしていくのは氷の粒、それらは明確な意思をもって集合し、そして形作る。
それは白く、美しく、そして鋭い光を放ち、触れたものをたちどころに切り裂く鋭利なそれ。斬魄刀の切先。
切先を形作った氷の粒はそこへと更に寄り集まり、切先から峰と刃、底に浮かぶ刃紋までを忠実に形成していく。
そして次の瞬間、氷の刃の形成は劇的にその速度を上げ一息にその鍔元へと奔った。

ルキアが突き出した斬魄刀、袖白雪の鍔元へと。

完成したのは長い氷の刀身。
音も無く、吹雪を穿つようなルキアの突きは今、完成を見たのだ。
手の届く範囲、刃の届く範囲、それを“手元から伸ばす”のではなく、切先は“相手の背後に生まれ貫く”という一撃。
己が力の、いや己が力とは”何を介するのか”を意識したからこそ、その刃は生まれた。
己が“何をもって戦うのか”を理解したからこそ、その一撃は彼女の中で何の疑いもなく生まれ、そして放たれたのだ。
刃とは、力とは己の内と外にあり、そのどちらも等しく己の武器なのだと。

だが。




「フム。 なかなかに面白い一撃よ。 惜しむらくはまだ発動に間がある事かのぉ。じゃが初見で避わすは至難でもある。 鍛錬を積めば良い技となるじゃろうて」




だが惜しむらくはこの一撃でも、銀嶺は捉えられなかった、という事か。
吹雪が晴れ、ルキアの前に姿を顕した銀嶺。ルキアの刃は銀嶺の直ぐ横を貫いており、刃は着物すら掠めていない。
そしてそれはルキアが狙いを外したのではなく、間違いなく銀嶺が避わしたという事だろう。
自ら初見で避けるのは困難だ、と言いながらもそれを苦もない様子でやり遂せる。朽木の翁は伊達では無いと言った所か。


「うっ…… 」

「おぉ、危ない危ない 」


銀嶺の言葉が終わると同時に、ルキアは顔をしかめて声を漏らした。
すると同時に伸びていた氷の刀身が砕け、ルキアはその場で倒れそうになる。
その様子は正しく限界そのもの。 渾身の一撃とは読んで字の如く身体全ての力を込めた一撃、ルキアの先程の一撃はまさしくそれであり、最早彼女に寸毫の力も残ってはいなかったのだろう。
そんな倒れそうになったルキアの肩を支えたのは銀嶺。
顔に浮かぶのは優しい笑みで、全身全霊を賭けた孫の姿に誇らしいものを感じているのがわかる。


「も、申し訳、御座いません。 銀嶺様…… 」

「何を言う。 正直切欠を掴めれば上々と思うておったが、予想以上の出来栄えじゃぞ、ルキアよ」

「いえ…… ご無礼とは思いますがせめて、銀嶺様に一太刀でも掠められればそうも思えたのですが…… 」

「よいよい。 先程の言葉に嘘偽りは無い。これは鍛錬を積めば良い技となる。 それに儂は今“少々ズルを”しておるからのぉ。そう気を落とす事もないじゃろうて 」


ルキアがここに至るまでに歩んだもの、そして末としてみせた技、銀嶺はそれを評価していた。
だが当の本人は別であり、やはりここでも自分を小さく評価する彼女の悪い癖が見え隠れするのだが、それでも銀嶺に対して一太刀浴びせる心算だった、ともとれる発言は良い方に転んでいると取って良いのかもしれない。
そんな孫の様子に何とも満足げな銀嶺。 ルキアは最後の一撃を避わされた事に半ば消沈気味ではあったが、銀嶺からすればそれも致し方ないと言ったところ。
まずもって同じ氷雪系に属する能力であったことが一つあり、更には銀嶺の“斬魄刀の能力上”、より相性が悪かったというのが全てなのだ。
それを知らないルキアからすれば慰めの言葉に聞こえたかもしれないが、今はそれを追及する気力もきっと彼女には残っていないことだろう。
そんなルキアの様子が判るからこそ、銀嶺には笑みが浮かぶのだろう。
血は繋がらずとも何から何まで良く似た二人の孫の姿というものは。


「ん? どうした? ルキアよ 」

「なんでしょうか、銀嶺様……? 」

「気付いておらんのか? その涙に 」

「え? 」


ルキアの肩を支えていた銀嶺は、ふとそれに気付く。
目尻に光り頬を伝うそれ、しかし当の本人はそれに気付いてすらいなかった。
ルキアの頬を流れるのは涙、銀嶺の言葉が切欠になったかのようにポロポロと流れ出すそれに、ルキアは自分自身驚いている様子だった。


「も、申し訳ありませぬ 」

「よい。 どこぞ痛むか? 」

「いえ…… 痛みはありません。 ただ、ただ涙が溢れて…… 溢れて、止まらないのです…… 」


拭っても拭っても後から溢れる涙。
今の彼女からすればそれは訳もなく、ただ溢れる涙なのだろう。
だがその涙は訳も無く溢れるのではなく、きっと彼女の奥底が震えるからこそ溢れるのだ。
記憶では無い、夢現の幻でしかない、しかしそれでも“彼はそこに居た”から。
彼のおかげで自分は力の本質に気付き、彼の言葉があったから奮い立つ事が出来たと、彼女の奥底が、魂が知っているから。

だからこそ溢れるのだ、涙が。

こみ上げるのはきっと。
溢れさせるのはきっと。
行く宛てをなくした感謝の言葉。

ありがとうございます、という感謝の言葉。

それを紡げないからこそ、それを伝えられないからこそ、彼女の魂は叫びを上げ涙を流させる。
だがそれでいい。 きっと今はそれでいいのだ。
ある人は涙する事はこころに対する肉体の敗北だと言った。それは我々がこころという存在を持て余すことの証明だと言った。
だがそれでいい。
こころとは御すものでは無いから。 押し殺し、封じ込めるものでは無いから。

だから今はこころのままに、心の叫びたる涙を流すことが、ルキアに出来る全てであり、必要な事。
感謝の言葉を涙とし、溢れさせることが彼女に出来る唯一。


深く積もった雪景色の中、ただただ涙するルキア。
その涙は、その涙の意味はきっと、彼へと届くことだろう。










歩み来るは

忘我の彼方

無くしたものは

己かそれとも

真実か










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.94
Name: 更夜◆d24b555b ID:e95629e8
Date: 2014/05/12 21:46
BLEACH El fuego no se apaga.94










朽木ルキアが修行に励み、黒崎一護が己の精神世界に埋没していた頃。
虚圏(ウェコムンド)でもまた物語りは動く。

破面の、そして藍染惣右介の城である虚夜宮(ラス・ノーチェス)より遠く離れた砂漠、白く見果てぬ砂だけの世界。
そこでただ気ままに、争いや殺伐とした殺し合いとは無縁の生活を送っていた破面、ネル・トゥ、ペッシェ・ガティーシェ、ドンドチャッカ・ビルスタン。
彼等の素性は既に周知のところであり、今更説明するには及ばないだろう。
こうして虚夜宮から遠く離れた砂漠に彼らがいたことも、彼らが今まで辿ってきた道を思えば至極当然と思えた。

だが時に運命は個の思惑をいとも簡単に押し流す。

それもやはり彼等にとって運命と呼ぶべきものだったのだろうか。
この広大な果て無き砂漠でソレと出合ったこと、この出来すぎた出会いこそまさに運命だと。
そして運命とは望む望まざるを介さぬ濁流である。
彼等、いや彼女を除いた彼等二人の思惑、それは定められた必然の如き運命によって流されるのだ。

背を向けた始まりの地、二度と近付かぬと決めた思い出の地、大切なものを守れなかった悔恨の地に向かって……














「なんてことするのだッ! なんてことするのだッ!こっちはもういよいよ折れたかと思ったのだ!ていうか逆に折れてない事にビックリなのだ!」


地団駄を踏むシロアリ、もとい地団駄を踏むペッシェ。
プンスカといった風を存分に押し出し、ダンダンと砂漠を踏みつける彼。
おそらく折れた折れていないというのは彼の足の事なのだろうが、その様子を見る限りまったく問題は無さそうだった。


「そうでヤンス! なんで折れてないでヤンス!ここは絶対折れてた方がオイシイ場面だったでヤンス!」

「ドンドチャッカ、そっただこつ言っだらダメッス。そんじゃペッシェが空気読めないシロアリみたいでねぇだか」

「ってまさかの裏切りッ!? 」

「………… 」

言葉の援護射撃を期待したペッシェだったが、待っていたのは味方誤射、いや誤射ではなく正確に背中に狙いをつけた言葉の射撃だった。
振り返り様のツッコミはまさに神速であり、無駄なところに能力が割かれているのがありありと見て取れる。
まぁ彼らからすればその無駄な部分こそが日常であり、平穏の象徴であるのだから仕方ないのだが、彼等の前に座り先程までペッシェに文句を言われていた男は、彼等の調子に合わせることも無く無言である。


「……え? 何この感じ? 私もしかしてスベってるのだ? 」

「そんなこつねッス。 ペッシェがスベってるのはいつもだけんど、まさか無視されるっつのは予想外ッス」

「あばばばば。 オイラたちオモシロくなくなったでヤンス~」


ツッコんだのち流れた沈黙。
たっぷり十秒ほどそのまま固まっていたペッシェら三人は、ササっと角を突き合わせるように集まると小声で状況を確認する。
彼らとしては図らずも砂漠から“引っ張り出してしまった”相手に対し、どういった対処をすればいいか迷った結果、とりあえず反応を見ようと普段通りのやり取りをしてみたのだろう。
彼の反応如何で相手を量ろう、という魂胆だったがまさか完全に無視されるというのは予想外。
だがここで重要視されているのが、相手の素性や反応より自分達が“面白かったのかどうか”というあたり実に彼ららしい。

そんなやり取りの中、チラリと今も尚無言で明後日の方を向いて座る男を見るペッシェ。
無意味ではあるが見た目はおおよそ20歳ほど、短く逆立った髪は金髪で、後ろ髪はやや長いのか頭の後ろの方でぞんざいに結われいた。
上半身は裸、下は所々血の付いた白い袴で足下は裸足。袴は足首の辺りで結われており。 顕となっている上半身は細くはあるが筋骨隆々の身体つきで、胸には横一文字に刀の傷跡のようなものが見て取れる。
そして何より左の目の下あたりに白い仮面の名残、額には菱形の仮面紋(エスティグマ)、極めつけは胸のやや下あたりには孔が空いている、ということはもう答えは一つ。


(コイツ、どう考えても破面なのだ。 しかも野良じゃなくて完全に成体の…… )


そう、その姿は完全に人型の破面。
破面は元となる大虚(メノス)の階級や破面化時の状況によってその見た目を左右されるが、完全な人型という事は最低限でも中級大虚(アジューカス)か、或いは完璧な破面化技術、またはその両方の可能性しかない。
そして現在この虚圏でそんな技術と素体を備えているのは、藍染惣右介の虚夜宮以外ありえないのだ。


(どういう事なのだ? まさかネル様への追っ手…… いや、それでは辻褄が合わない。 追っ手ならこの状況で何の行動も起さないのは不自然、なによりこの破面の身なりは追っ手とは到底思えないのだ。しかし成体であることに間違いは無い…… )


仮面の奥で眼を細めるペッシェは、視線の先に捉えた破面について思考を巡らせる。
彼にとって最も危惧すべきは、この破面がネル、いやネリエルに対する追っ手であるという事。
風の噂でネリエルは失踪という事になっているのは既に彼らにも判っている。だがそれでも、彼らをこの状況に貶めた張本人達からすれば話は別だろう。
少なくとも彼等張本人達はネリエルが生きていることを知っている。
そしてノイトラは別としてもう一人、ザエルアポロにとってこの状況は非常に興味をソソる事だろうと。
確かに今まで追っ手らしい追っ手が彼等の前に現われた事は無い。だがそれが今後もそうであるという保障には何一つならない。
ソレが今目の前に現われた、という可能性をはじめから無視することは出来ないのだ。

だが僅かな逡巡の後、ペッシェはその可能性が限りなく少ないとも考えていた。
まずもってこの状況、追っ手にとって標的とも呼ぶべき相手が目の前にいる状態で、この呆けたような態度はありえない。
それが演技である可能性も無きにしも非ずであるが、この破面はペッシェを含めた三人を意に介してすらいない。
この立ち居振る舞いは追っ手として立てるにはあまりに無理がある。確実性に欠けるのだ。

しかしそれでも、目の前の破面が成体の破面であることもまた事実。
一目見てそれがわかる程度には、この破面も力があると感じるペッシェ。
たとえ呆けていようとも、こちらを意に介していなくても判る程度の力、存在感を備えていると。


(下手に突けばこちらが馬鹿を見るのだ。 対処は慎重に慎重を重ねてもお釣りが来る。まずは相手の出方を伺うことが先決なのだ )

「ところでアンタ一体こっただとこで何スてたッスか?」

「ネル~!!?? 」


一人真剣に思考するペッシェ。
思考に埋没し、まるで考えうる最良を探り出さんとするかのように。
至上命題はあくまでネルを守ることである彼にとって、この得体の知れない破面は今もって尚危険な相手に他ならない。
まずはこの破面がどういった類の相手なのか、それが判るまでは慎重を期すと決めた。

だが彼の思惑は早々に破綻する。

ペッシェが目を離し思考していた僅かな隙、その隙に事もあろうにネルは件(くだん)の破面へと近付き、無防備にも話しかけていたのだ。
その様子を確認したペッシェはもう光をも超えるかという程の速度でネルを回収し、三人で固まっていた場所まで連れ戻す。


「な、何をやっているのだネル! あんなどこの馬の骨とも知れない相手に無防備な!知らない人には付いて行かない話しかけないは、もう虚圏を跳び越えてどこでも共通認識なのだ!」

「んだども、ワルいヤツには見えねッス 」

「見た目と中身は別なのだ! 私やドンドチャッカのようにオモシロフェイスがそのままオモシロいってのは希な例なのだ!」

「ペッシェたつは顔はオモシロいかもスんねけど、中身はそうでもないッス」

「今はそこを掘り下げる時間では無いのだ! 」


ネルと件の破面の間に入るようにして、ネルの顔に数センチのところまで肉薄して叫ぶペッシェの心中はもう穏やかとは程遠い事だろう。
彼にとってネルは何にも増した最優先事項であり、守るべき相手。それが自分から危険に飛び込むのを見るのは、肝が冷えるなどという言葉では生易しいもの。
だがそんなペッシェの心配を他所に、無理矢理連れ戻されたネルは頬を膨らませてご立腹の様子。
慌てるペッシェを他所にその場でピョンピョンと跳びはねながら、ペッシェの肩越しに指を刺し、ネルは再び件の破面へと話しかける。


「アンタも黙ってねでなんか言ったらどうッス!言葉知らねだか! それともただのネクラか!コミュ障か! 」


まずもって口が悪い。 しかしそれはこの際問題では無いだろう。
今の今まで延々黙ったままの相手に、僅かばかり苛立ちを感じてるのは仕方が無い。
そんなネルに更に慌てるペッシェとドンドチャッカだったが、彼女の言葉にかそれともいよいよ面倒だと思ったか、ついに件の破面は口を開いた。


「言葉は知ってる。 ネクラでも無ぇ。ただうるせぇのは無視に限る、おそらく経験上……な」


明後日を向いていた顔を三人の方に向け、紅い瞳で彼らを見据える件の破面。
別段特別な動作はしていない。 だがどうにも気味が悪いというか、居心地の悪さを感じるペッシェとドンドチャッカ。
理由は判らないが現状のままこの破面の前に立つのは得策では無いと、本能的な部分がそう囁いているかのように。
だがネルだけはそんなもの微塵も感じていないのか、ペッシェの横をすり抜けると、砂漠に座る件の破面の前に立った。


「そんならアンタこんな砂漠で砂に埋まってなにスてたッスか?」

「さぁ? “覚えて無ぇ”な 」

「じゃアンタどっから来たんッスか? 」

「さぁ? “覚えて無ぇ”な 」

「んじゃアンタはどこの誰なんッスか? 」

「俺か? 俺は…… 「ハイ! スト~~プ!そしてタ~~イム! 」…… 」


ネルは次々に件の破面へと質問を繰り出すが、そのどれもが要領を得ない。
何故此処にいるのか知らず、何処から来たのかも知らず、まるで“何かが抜け落ちている”ような、そんな破面。
そしてネルのオマエは誰なのだ、という問いに迷うような様子を見せた瞬間、再びネルは器用に両手で“T”の字を作って飛び込んできたペッシェによってもとの場所に連れ戻された。


「なにするッスかペッシェ! 」

「オマエこそ何してるのだネル! 相手はどう考えても破面なのだ!それも我々とは比べ物にならないくらい強力な!そんな破面、あの場所以外の何処から来るというのだ!」

「あの場所って何処ッスか? 」

「あの場所はあの場所なのだ! 」


再び連れ戻された事に怒るネルを他所に、小声で捲くし立てるペッシェ。
件の破面の覚えていない、という言葉にどれ程の信憑性があるかは疑問でしかないが、それならそれとして下手に思い出させる必要もないと考えた彼は、事をこのまま穏便に済ませる方向に話を持っていくことを考えていた。


(下手に虚夜宮の名前を出して刺激してもマズいのだ。おそらくドンドチャッカもそれには気付いている筈、私をアシストしてネルを宥め、あの破面を放り出す手助けをしてくれるはずなのだ!)


成体の破面、そんなものが何処から来るかなど火を見るより明らか。故にそれを口に出すこともないと。
そして口に出すことで下手に相手を刺激し、何か思い出されても困ると考えたペッシェ。
ネルを守る、という事を至上命題とする彼は、同じくそれを至上命題とするドンドチャッカなら、うまくこちらに話を合わせネルを宥めるだろうと考えた。
下手な危機には近寄らせない。 あまつさえあの虚夜宮に絡むような危険は絶対避ける。これが彼等二人がネルを、ネリエルを守る上で決めたこと。
故に此処は二人でネルを宥める方向に話は進むはず、ペッシェはそう確信していた。




「そうでヤンス! あんな破面が居るのは“虚夜宮”くらいなもんでヤンス~!! “虚夜宮”には破面がごろごろ居て、とってもとっても怖い場所なんでヤンス~!だから“虚夜宮”には絶対近付いちゃいけないんでヤンス~!!」

「ちょっ! えぇ!? 」

「虚夜宮……? なんだ? 聞き覚えがある…… 」

「ある意味ナイスアシストーーっ!! 」



これ以上ない場面で連呼される言葉。
いっそわざとだと言って欲しい、そう思ってしまうほど連呼される言葉。
性質が悪いのは本人に悪気は一切無い、という部分だろうか。
ペッシェの確信がもうほとんどフリでしかないほど、ドンドチャッカはものの見事な間で叫んだ。
そしてドンドチャッカが叫んだ言葉は、ものの見事に件の破面の琴線に触れるものだった。


「虚夜宮っつえば、ものすごく遠くッスよ?アンタそっただとこから何でまた? 」

「だから覚えて無ぇ。 チッ! 頭ん中がどうにも冴え無ぇ…… 」


見事に思惑が外れうな垂れるペッシェを他所に、ネルは親しげに件の破面に話しかける。
厳密には違うのだが、その見た目どおり子供特有の無警戒さは有利に働いたのか、件の破面ももう無視を決め込むのは止めた様子。
ただその様子はどうにも冴えない。 本人も言う通り頭が冴えないという状態が、そのまま纏う雰囲気にも現われているようだった。
それはまるで朝靄の中を歩くかのような感覚なのだろうか。朝という目覚めのときにあって視界を塞ぐ靄の存在、行く先を薄くだが隠すそれは、薄く見えるだけに不安を抱かせる。
見えているからこそ、触れられそうだからこそ、実はそれが幻なのではと。


「なんだ、そんなこつなら気にすることねッス。ネルも昔のことは覚えて無ッスけど、毎日楽しいッス!ペッシェとドンドチャッカが一緒に居てくれれば、ネルはそれで満足ッス!」

「…………ハッ! 満足……かよ 」

「ん? ネルは何かおかしいこつ言ったッスか?」

「いや、何もおかしな事は無ぇだろうさ 」


自分も同じだと。 覚えていないのは自分も同じだと。
だがそれでも自分は今に満足しているからきっとお前も平気だと。そう語るネルの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
その笑顔はきっと彼女の言葉が心底本心によるものであるという事であり、疑いも不満も無い事の現われなのだろう。
そんな彼女の様子に、件の破面は本当に小さくだが笑った。
まるで物珍しいものを見るように。 何の疑いも無い姿に驚いたように。そしてどこか羨むように。

件の破面にとってネルが発した“満足”という言葉は、たとえ頭に靄がかかっていようとも突き刺さるに充分なものだった。
それはきっと彼にとって満足とは、ネルが語ったようにただ誰かが一緒に居てくれれば得られるものではないからなのだろう。
彼の歩んできた道程、その中で彼が求めた満足とは、ただ平々凡々と暮らせば得られるものではなく。むしろ平々凡々な日常を自ら忌諱するように歩む事でしか得られないと。
思考ではなく彼の本能的な部分がそれを叫び、しかし目の前の小さな破面はその“平々凡々の満足”に欠片の疑いも持っていない。
その様子はきっと彼にとって衝撃的なものですらあり、冴えぬ頭であってもおもわず笑ってしまうほど、彼にとって真新しい感覚だったのだ。

ただ誰かと共に、記憶など無くとも彼らと共にある、それだけで満足。
今の彼は思い出せないだろうが、そういう満足を得られる者は他にもいる。
二人で一人の彼と彼女、いや主にその片割れである彼の場合それ以外にも余計なものを背負い込んでしまう性質があるが、それは今語るべくも無く。
ネルにも、二人で一人の彼と彼女にも共通するのは、“自分以外の誰か”の存在だろうか。
その存在がいるだけで、それだけで満たされる事。そんなこともあるのだなぁと、きっと件の破面は冴えぬ頭で改めてそう感じたのだ。

だが彼は気付いていない。

他者の存在があるだけで満足だ、と言うネル達を物珍しくも何処か羨むみながら、彼の求める満足にもまた“他者の存在”が不可欠である、という事を。



「えぇいもういいのだ! ドンドチャッカの天然にはウンザリなのだ!おいオマエ! せっかく砂漠から引っ張り出してやったんだから、もう何処へなりとも好きなところへ行けばいいのだ!私たちは私たちで行きたいところに行くからここでおさらばなのだ!」


いい加減面倒になりました、という雰囲気を隠そうともしない声。
そもそも穏便に、とか気を使ってというのが面倒を生んだ種と気付いたペッシェ。相手が追っ手で無いなら、いや追っ手であったとしてもここは呆けているうちに逃走を諮るのが一番手っ取り早いとした彼は、ネルを小脇に抱えて立ち上がり、件の破面から距離を置く。


「えぇ~! ペッシェそんな冷てぇこつ言わねぇでッス。かわいそうでねぇだか 」

「そうでヤンス! そうでヤンス! 」

「よしドンドチャッカ、まずオマエは黙るのだ。そしてネル! 世の中とは常に非情なものなのだ!それによくよく考えればこの辺は“長居するべきではない”場所。そういう場所ではお荷物は放置、これ基本なのだ」


ペッシェに抱えられながらも件の破面に対し、あまりに冷たいと憤りを見せるネル。
だがペッシェは煽るドンドチャッカを黙らせ、更にネルの言葉も却下した。
その理由はおそらく彼が言った“長居するべきではない”、という言葉に帰結するのだろう。
そしてペッシェは最後に件の破面へと声を掛ける。


「ということでオマエはここに放置なのだ。何処へなりとも行くがいい。 ただここに留まる事はあまりオススメしないのだ。きっと面倒な事になる…… 」

「あぁ。 そうするさ。 ……だがな、ひとついいか?」

「な、なんなのだ? 」


それはペッシェなりの優しさだったのかもしれない。
置いていく事への負い目か、或いは別の考えか、どちらにせよこの場に留まる事は避けた方が良い、という彼の言葉に嘘は無いのだろう。
そんなペッシェの言葉に、件の破面はさして異を唱えることもなくそれを受け入れた。
ただ意味深な一言だけを残して。
件の破面の言葉に妙な凄味でも感じたか僅かにたどたどしくなったペッシェを他所に、件の破面はその場において決定的な言葉を口にした。





「その面倒事とやら。 どうやら“避けては通れない”らしいぜ?」





え? とペッシェが聞き返すよりも早くそれは現われた。
轟音と共に現われたのは、砂漠を下から突き上げたような巨大な砂の柱。驚き振り返ったペッシェの視界に映るその砂柱の中から現われたのは筋骨隆々の大男だった。
はちきれんばかりに肥大した筋肉、身長は2mを優に超え、上半身は裸で腰と上腕、脛の辺りにはなにやら獣毛(じゅうもう)で出来た布を巻き、右手には片刃の大斧。
ボサボサの長髪で、頭の両側には鋭く長い角のような“仮面の名残”が。
そう、虚夜宮に住まう洗練された姿のそれとは違うが、この大男はまさしく“破面”だった。


「なんてこった! イヨック・ナ・モデントなのだ!この辺り一帯はコイツの縄張り、だからさっさと逃げようとしてたのに水の泡なのだ~!!」


その破面の姿を見るや叫ぶペッシェ。
イヨック・ナ・モデント、それがおそらくこの筋骨隆々の破面の名なのだろう。
そしてその名をペッシェが知っている程度には、この界隈では名の通った存在であるという事が伺える。


「どこのどいつだぁ? このチョーツヨイおれ様の縄張りに勝手に入り込んだチョーヨワイ馬鹿野郎はぁ!」


叫ぶだけでバリバリと空気が震えるような大声。
ネルやドンドチャッカは思わず両手で耳を塞ぎ、ペッシェも顔を背けてしかめる。
相手を威圧する、萎縮させる手段として強烈な声というのは効果的であるが、今はまさにそれがハマった状態。
大声一つで相手をその場で身動きできなく縛り付ける。原始的であるが効果的だ。


「このチョーツヨイおれ様の縄張りに勝手に入ったチョーヨワイ馬鹿野郎は皆殺しだぁ!チョーヨワイお前らに文句は言わせねぇ!! 」


大声で叫ばれる言葉は理不尽極まりないもの。
だが恐怖と暴力、それが支配する虚圏においてその理不尽は転じて真理となる。
弱ければ死に、強ければ生きる。 絶対の真理は力の強弱に帰結し、この場で己が強者だと疑わないイヨックの言葉は神の宣告にも似た力を有するのだ。


(どうするどうするどうするのだ!? ヤツは野良破面だが強いッ!逃げるかそれとも戦うか? 逃げても逃げ切れる保障はどこにもないのだ!かといって戦って勝てる保障もないのだ!ここは私とドンドチャッカが生み出した“融合虚閃(セロ・シンクレティコ)”で一気に決めるか?だがもしそれが効かなかったらお終いなのだッ!どうする? どうやってお守りする!どうするのだペッシェ! )


ぐるぐると高速で回る思考。 だが遅々として答えは出ない。
このまま何もしなければ死ぬ、逃げれば活路はあるが確実では無い、戦ったとしても同じ事。
なにより“ネルを守る”ことが命題であるペッシェとドンドチャッカが、ネルを危険な状態に晒したまま戦えるはずが無い。
回る思考の中、ペッシェは己の無力さ、至らなさを痛感していた。
数年前も、今も、自分にもっと強力な力があったなら結果は変わっていたことだろうと。
研鑽を積んでも二流が関の山、それもドンドチャッカと二人でようやくそこに届く程度。恨めしいまでの無力感。
そんな力で“守る”と口にすることの愚かさ、しかしそれでも守ると決めたことに対する“誇り”、そのふたつが鬩ぎ合い、しかしこの状況を打破する回答は得られない。

どうする、どうする、そう問うばかりで答えは出ない。
足を止めても死、動いても死、なにをしても死、望みは“劇的な変化”だがそれも薄い。
どうするどうすると問いながら、そんなわずかばかりの希望に縋りたくなってしまうほど、ペッシェは状況に追い詰められていた。








「声が無駄にデカイんだよ。 木偶の坊(デク)」








それはペッシェの後方から発せられた。
座ったままそう呟いたのは件の破面。 イヨックに比べ決して大声という訳では無いが、その場にいた全員がその言葉をしっかりと聞き取っていた。
一言零すと件の破面はスッと立ち上がり、袴についた砂を払うと、ネルを抱えたペッシェの隣を音も無く通り過ぎる。
その先にいるのは無論イヨック。 そう件の破面は無造作にもイヨックの前に立ったのだ。


「なにを考えているのだ! オマエが成体の破面だからといって、必ず野良破面に勝てると思っているなら大間違いなのだ!」


あまりにも無造作に横切った件の破面に、一瞬呆けてしまったペッシェが叫ぶ。
イヨックの強さを件の破面よりは正確に知っている彼は、件の破面の無造作な立ち振る舞いを“慢心”と受け取っていた。
自分は成体の破面、相手が破面でも野良程度に負けるはずもないと。
だがそういった考えは危うさでしかない。 相手を型に嵌めて考え、その型をはみ出す事を想定していない考え方。
力の差は歴然であるという決め付け、その先に待つのは死だ。それも相手ではなく自分の。
無造作であり無謀、それとしか取れない件の破面の振る舞い。
だが叫ぶペッシェを他所に件の破面はそれが自然なことのように口を開いた。


「相手がどうの、なんてのは関係無ぇ。 相手が俺の予想を超えるならそいつは“儲けもん”だろうよ。だがなぁ…… 残念だがコイツはダメだ。 俺の冴えねぇ頭でもそれくらいは判る。 “コイツじゃ足らねぇ”って事くらいは……なぁ」


視線もくれず、ペッシェに背を向けたまま語られる言葉。
その全てに溢れるのは圧倒的なまでの自負。傲慢なまでの確信。
自分が何処の誰で何故ここに居るのかも覚えていないような、そんな状態であるにも拘らず、件の破面には“揺ぎ無い何か”がみてとれた。
それはきっと記憶。 ただその記憶は頭に記録されるものではなく、身体に、魂に刻み付けられた記憶。
彼を彼たらしめるもの、彼という存在を形成するもの、それらがきっと彼に叫ぶのだろう。

コレ程度に後れを取る俺では無い、と。


「なんだぁ? オマエ、チョーヨワイちびの癖にチョーツヨイおれ様への口の聞き方も知らねぇのか!!」


侮られた。
イヨックがそう感じるのに、件の破面の言葉は充分だった。
叫び声は輪をかけて大きくなり、吹き上がる霊圧も圧力を増すかの様。
怒り、最も単純な衝動、だが最も単純だからこそその衝動は力へと変わり、あふれ出す。
吹き上がる霊圧は砂を巻き上げ、額や腕に青筋が浮かびイヨックの威容をより強大に見せていく。


「見ろ! あれでもまだやる心算なのか! 」


イヨックから吹き上がる霊圧、それを目の当たりにしたペッシェは叫ぶ。
まだやる心算なのかと、オマエがどれだけ強いか知らないが、アレを見てまだやる心算なのかと。
ペッシェから見てイヨックの霊圧に対して件の破面の霊圧は明らかに小さい。霊的生物である破面や死神の戦いとは、突き詰めれば霊圧の戦いであり、その強弱が優劣を決する重要な因子になる。
それを知っているからこそ、ペッシェは言外に言うのだ、戦うことなど間違っている、と。
だがそんなペッシェの言葉に、件の破面は小さくクッと笑って答えた。


「やるさ。 やるに決まってる。 俺はきっと“そういう生き方”をしていた筈だろうから……な。それにこいつは礼だ、そのガキはなかなかオモシロイ話をしやがった。面倒事くらいは払ってやるよ 」


やる、と。 やるに決まっている、と。 それが当然の事だと。
件の破面に恐れの色は無く、寧ろ纏う雰囲気は先程よりも活力に満ちている。
それはきっと彼の言う通り、頭の中の朝靄の先にいる彼はそういう生き方をしてきた、という事の証明なのか。
平穏ではなく、霊圧と血、生と死が入り乱れる戦いの中に生きていたという事の証明なのか。
だからこそやる。 それこそが自分にとってもっとも“正しい生き様”だと、彼の身の内に住まうモノが叫ぶにまかせて。


「おい! チョーヨワイちびの癖にチョーツヨイおれ様を無視するんじゃねぇ!!」


まるで自分の存在など無い様に語る件の破面を前に、イヨックは怒りを更に爆発させる。
彼にとって絶対的な存在は自分、それを無視すること、あまつさえ自分より弱いものがそれをすることが我慢ならなかったのか。
その考え方は嘗て虚夜宮を震撼させた暴君に通じるものがあるが、今はそれを語るべくもなく。
重要なのはイヨックの怒りが爆発し、戦端はどんな切欠でも開かれるという事。



「なんだ? 随分と“お行儀がいい”こった。仕掛けるなら勝手にしな、戦いってのはそういうもんの筈だろうが」



件の破面にとっては何気ない言葉、だがイヨックにとっては充分な言葉。
まるで畏まった儀式、祭典、あるいは形式が決まりきった演舞かのように。 “はじまり”の合図でもなければ戦いが始められないのか、と問う件の破面の言葉は、野性味溢れるイヨックに対する嘲りにもとれた。
その偉容、野生的な外見にそぐわず随分と礼儀正しい、いや随分と“良い子”な事だと。
虚圏、戦いに生きる者にとってもっとも屈辱的なのは“舐められる”事だろう。侮られ、見下され、獲るに足らぬとされる、それも自分より弱いものから。
故に行動に起すには充分。
イヨックが件の破面へ襲い掛かるのに、彼の言葉は充分すぎたのだ。


振り被られたのは左の拳、右手に握った大斧ではなく、あえて拳という肉体での一撃。
武器の威力ではなく己の五体の威力で圧倒する、イヨックが本能的にとったその選択は、彼の自尊心から来るものだったのだろう。
それと同時に二人の間の距離はイヨックの豪快な響転(ソニード)によって瞬時に潰され、直後、件の破面が立っていた位置に拳は着弾し、轟音と共にまたしても巨大な砂の柱を生み出した。


(ダメだ…… 完全に避けられていなかったのだ…… あれだけ大口を叩いて結果はこのザマ。 傲慢が過ぎればこうなるという良い見本でしかないのだ!)


一瞬の出来事。 それを見ていたペッシェは内心で呟く。
彼とて破面の端くれ、反応も対応も出来ずとも、何が起こったかくらいはかろうじて目で追える。
ペッシェに見えたのはイヨックの拳が間違いなく件の破面に“当たった”光景であり、それは同時に終末の光景。
身体の大きさ、霊圧、それに見合った攻撃の威力、それを幾ら成体の破面といえど正面から受ければ、無事なわけがないと。
煽るだけ煽った結末、呆気なく訪れたそれにペッシェは毒づくことしか出来なかった。


「ワハハハ!! 見たか! チョーツヨイおれ様に刃向かえばどうなるかを!」


拳を退き、ふんぞり返って叫ぶ声に浮かぶのは確信。
己の一撃が強力であるという確信と、己の一撃が敵を粉砕したという確信。
確認の必要は無い。 何故なら彼が、イヨックが確信しているという事は今までそれは確定的な結末だったから。
彼が思うことは全て実現し、全ては彼の思い通り。
力にものを言わせ縄張りを支配していた彼の確信は、既に確定的な予言に等しかったのだ。


今日、この日この時に至るまでは。




「おい。 まさか今の程度で終い、じゃねぇよなぁ?」




突如発せられた声に、イヨックはその場を飛退いてしまった。
彼にとってそれは驚きの出来事でしかなく、何故なら彼にとって既に確定的な結末を迎えていた筈の相手が、彼に向かって声を発した、という事実。
飛退きやや低い体勢で固まるイヨック。そしてつい先程自分が渾身の力を振るった結果生まれた砂柱の煙が晴れると、そこには先程と何ら代わらぬ姿で立つ件の破面の姿があった。


「なっ!? 」


驚きの声を漏らすペッシェを他所に、件の破面はコキコキと首を鳴らし、一度胸元の刀傷へと視線を下げると、今度は拳を何度か強く握っては開くを繰り返す。
その仕草はまるで何かを確認しているようにも見えるが、戦いの最中にあってその行動はあまりに不用意にも見えた。


「ヌオオオオ!!」


その不用意さを見逃す事無く突っ込んだのはイヨック。
自分の確信を覆した相手に驚きを感じはしたが、自分にも希に間違いはあるとした彼は今一度、件の破面を屠らんと拳を振り下ろした。


「!? 」


だが、先程と違ったのは、拳を振り下ろし件の破面へと当たる直前、拳は“あらぬ方へと弾かれて”しまったこと。
件の破面を射程に捉え、拳を振り下ろすを繰り返すが結局拳はあらぬ方へと弾かれ、件の破面を捉えるには至らない。


「なんだ!? なんだぁ!? 」


何が起こっているのか判らず動揺するイヨック。今まで経験した事がない違和感が彼を襲っていた。
しかし自分に何が起こってるのかが判らないイヨックとは違い、その光景を第三者として見ているペッシェにはかろうじてだが見えていた。
この出来事、イヨックの攻撃の悉くが何かに弾かれるその原因を。


(は、払っている……のか? アイツあのイヨックの拳を、怖ろしい速さで払っているのだ…… それも何気なく、まるで自分の周りを飛ぶ虫を追い払うように自然に…… 呼吸のように自然に、何の苦もなく……! )


当事者としての視野狭窄、己が力に絶対の自信を持ちすぎた事での思考停止。
本来イヨックにも見えるものが見えていない理由は、きっとそれに尽きるだろう。
目の前で払われ続ける己の拳、その理由、考えれば判る事をはじめから斬り捨ていているから判らない。
自分の攻撃が“完全に見切られている”という結論が導けない。
結果残るのは馬鹿の一つ覚えのような単調な連続、繰り返しだけ。それでもそれを続けるイヨックに件の破面は小さく溜息をついた。


「まだやる……かよ。 ならどうだ? “これなら判るか?” 」

「なっ! がっ!? 」


いい加減繰り返しも飽きた、といった雰囲気を感じさせる言葉。それが呟かれると同時に事態は変化する。
突如二人を中心に円形の衝撃が奔り、それを追う様にブワッと砂が舞い上がったのだ。

そして拳の乱打は止まった。
いや正確には“止められた”と言うべきか。先程まで払うだけだった拳を件の破面は“受け止めた”のだ、それも正面から微動だにすらせず。
衝撃だけは砂漠へと逃げ、先程の円形の衝撃波へと変わったがその中心は逆に静か。
受け止められたことの驚きもそうだが、イヨックがそれ以上に驚いたのはその後に自分が“何も出来ない”事。
掴まれ受け止められた拳は、力任せに押すことも出来なければ逆に引く事も出来ず、まるでその場に固定されてしまったかのように動かせない。
そしてその理由は簡単。 イヨックがその象の腕が如き太さの腕に込める力よりも、件の破面が受け止め掴んだ手に込める力の方が上回っている、という事実。
ギギギと歯軋りをし、額に汗を浮かべるイヨック。腕には更に青筋が浮かび筋肉が隆起する。
至極簡単な事実を受け入れるよりも、更なる力を込めて状況を打破しようとする行為は無駄でしかないが、彼にはその無駄をするより他の選択しは無いのだろう。


「おい木偶の坊。 お前その手に握った斧は飾りかよ」

「ッ! ンガァァァ!! 」


件の破面の指摘は至極真っ当だった。
はじめは力の差を見せ付ける、という目的を持っていた拳での攻撃も、いつの間にか目的を失って単調な繰り返しへと意義を落としていたのだから。
だからこそ件の破面の指摘、右手に握った斧を使えばいいという指摘は真っ当で、しかし彼の口から出るべき指摘ではなく、更に彼の口から出るまで忘れていたイヨックには恥をかかされた結果しか残らない。
天高く振り上げられた片刃の大斧、振り下ろされるその軌道に残される結末はきっと両断のみだろう。
その結果は容易に想像できるはず、だからこそおかしいのはその結果を望むかのように、件の破面がそれを指摘しているという事。
すでに膂力という点で圧倒しているであろう相手に、武器の存在を再認識させ使用させる、そこに何の利点があるだろうか?

だがそれを考えるよりも早く、雄叫びと共に斧は振り下ろされた。

今日一番の砂の柱。
それだけに留まらず、斧が振り下ろされた軌道上の砂漠は5mほど先まで縦に裂け、V字に砂が弾け飛ぶ。
猛烈、そして激烈な一撃。 怒りによって箍が外れるとはまさにこういう事を言うのだと再認識させられる、そんな一撃が件の破面目掛け叩きつけられた証拠だ。


「アバババババ~!! 」

「こ、今度こそ終わったのだ…… 」


あまりの一撃に背を向け頭を抱えて縮こまるドンドチャッカと、件の破面の死を確信した様子のペッシェ。
彼らにとって怖ろしいのは、件の破面が殺されたことではなくその後に待つのは自分達だということ。
いや、自分達ならまだいいがそこにネルが含まれてしまう、ということ。
逃げ切れる自身は既になく、あの状態のイヨックと戦って勝てる自信もない。はじめから手詰まりではあったが、更に状況だけが悪くなり最早打つ手なし。
彼らに出来る事はもうない。 そう二人が諦めかけた中、ネルだけが目を逸らさずイヨックと件の破面の方を見続けていた。


「まだッス…… まだ、終わってねッス! 」


嘗ての彼女ならばいざ知らず、今の彼女に探査神経(ペスキス)やその他霊的知覚を求めるのは酷だろう。
だがそれでも彼女は言う。 終わっていないと。
それは確信では無い。 ただ彼女がそう信じているというだけの話。
根拠などなく、あまりに薄く、拙く、しかしネルにとってそれはそれだけで充分なもの。
僅かしか言葉を交わしてはいないが、それでも彼女には判った。
嘗て、今のネルが知らぬ過去の彼女は戦いを否定しながらも戦いに身を置き、その中で培った理性を凌駕するある種の直感。
それが今、囁くのだ。
この破面は、金の髪に紅い瞳のこの破面は、“自分を曲げない”男だと。
自分を曲げず、自分の言葉と行動に責任を取れる男だと。その責任のためならば己の命すら厭わない凄味を感じさせる男だと。
直感でしかないがしかし、彼女はそう感じたのだ。

だからこそ信じる。
自分の直感を、そしてその直感を感じさせた件の破面を。面倒事くらいは払ってやると、そう言った破面を。



「ハッ! なんだ。 存外そのチビが一番よくわかっていやがる」



声はまたしても砂煙の中から。
一陣の風で振り払われたそこから現われたのは、やはり件の破面。
腕もあり脚もあり、首も胴と繋がった五体満足の姿がそこにあり、足下には砂漠に深々と突き刺さったイヨックの斧が。
その斧の背の部分に片足を乗せて押える件の破面の姿がそこにはあった。


「馬鹿な…… アレを避わしたというのか……?」


ネルを抱えたまま立ち尽くしているペッシェは、茫然自失の状態で零した。
元々の膂力に加え怒りという根源的な力の爆発を伴ったイヨックの一撃、その威力は割れた砂漠を見れば一目瞭然。
だがそれに晒されたであろう件の破面はまったくの無傷であり、それが示すのはあの至近距離からの一撃を彼が避わした、という事実。
ありえない、そう口をつきそうなペッシェ。
だが件の破面はそれが至極当然といった風で彼に答えた。


「避わす……か。 ただ“真っ直ぐ落ちて来るだけ”のモノ相手に、随分と大げさな話だ」


その言葉は疑問すら持っていない、といった風で。
ただ上から下へと落ちてくるもの、それを避けたというただそれだけの事に、なにを驚く事があると。
件の破面にとってはきっと、ふわふわと落ちる羽毛も、イヨックが振り下ろす斧も大差などないのだろう。

そして何より大事なのは、この一連の動作によって“すでに決着が着いている”という事だ。


ドスン、という音を立てて崩れ落ちたのはイヨックの巨体。
その挙動はまるで糸が切れた人形のように、意思を手放して崩れた事を伺わせる。
目は白目を剥き、だらしなく開いた口の端には泡が浮かんでいた。
何より目を引いたのはイヨックの顎。 彼の顎は赤く腫れ上がり、痛烈に“打ち据えられた”事を如実に物語っていたのだ。

そう、イヨックが振り下ろした一撃はまさに必殺の威力を有し、しかしそれは彼にとっても必滅の一撃。
武器を思い切り振り下ろす、という行動は人体構造上“腕だけ”で行えるものでは無い。
振り下ろす腕と同じように、足は前へと踏み出し、力を入れて踏み込んだことで上半身は前方に倒れ、重心の移動が更なる腕の加速を生み、攻撃の威力を高める。
問題はこの“上半身が前方に倒れこむ”という部分。
思い切り振り下ろす一撃を放つ為、イヨックは深く踏み込み、深く上半身を倒した事だろう。
生まれた上体の加速は、斧に砂漠を割る程度の威力を与えたがしかし、その上体の加速に“反撃を合わせられたら”どうなるだろうか?
止まっている物体にぶつかる事と、互いが移動し正面からぶつかる事のどちらがより威力と衝撃を増すだろうか。
それは言うまでもなく後者であり、威力は意識を刈り取られたイヨックの姿が証明している。

件の破面は何の苦もなくイヨックの斧を避わし、それだけではなく彼の顎目掛けて的確に、拳か蹴りで一撃を見舞ったのだろう。
イヨックの顎は瞬時に跳ね上がり、頭部は後方へと吹き飛ばされるような衝撃を味わったに違いない。
頭が吹き飛ばなかったのは彼の頭を支える太い首あってのことであり、それだけが彼にとっては不幸中の幸いと言えた。

そして結果として残ったのは、件の破面がイヨックを圧倒したという結末。
彼が発したとおり、イヨックでは“足りない”という証明が、ここに成されていた。


「さぁ、面倒事は払ってやった。 お前らは何処へなりとも行けばいい」


ネルとペッシェ、ドンドチャッカの方へと歩きながら、件の破面はそう口にした。
まるでここまでが自分の範疇、その後の事など知りはしないといった風で。
あくまでこれは、彼にとっては気まぐれの中の一つでしかないのだろう。たまたまネルの言葉が彼の琴線に触れたから、ただそれだけの事。
それがなければもしかすれば彼は、ネル達三人がイヨックに何をされようと無視を決め込んだかもしれない。
だが結果として件の破面はネル達を救った格好となり、売るつもりもない恩を売った形になっていた。


「あ、アンタはどうするだか? いろいろ覚えてねんでは……?」

「ハッ! 間抜けな話だ。 あの木偶に一発殴られて少しは思い出した。テメェが誰で、何でここに居るかくらいは……な。 存外俺の頭も単純だ、って事かよ 」


去っていこうとする件の破面、それをペッシェの腕から脱出したネルが呼び止める。
どこか心配そうな表情は、多くを覚えていないと言った彼を慮っての事なのだろう。
過去がなくとも今は幸せだ、と言った彼女の言葉に嘘は無い。だがそれは“過去がなくても問題ない”という事とは違う。
今を幸せだと言えるのは彼女を取り囲む世界が幸せなのであって、過去が無い不安というものは限りなく小さくはなるが、決して消えることは無いのだろう。
だからこそネルは心配そうに件の破面を見る。
過去も無く、周りに誰も無くただ一人、この砂漠をだろう往く彼を。

だがそれは杞憂となっていた。
彼は言うのだ、少しは思い出したと。
イヨックに殴られた最初の一撃、然したるダメージも無ければ物理的衝撃もさほど無かったであろう一撃は、しかし彼に思い出させたと言う。
自分が誰で、何故ここに居るのか、という過去の記憶を。
きっと切欠とは些細なものなのだろう。 過去の自分が慣れ親しんだ動き、慣れ親しんだ雰囲気、よく見た風景、ふと香る匂い、そういったものがきっと呼び起こすのだ、失われていた過去を。
そして彼にとって朧気で、頭の冴えを取り戻す切欠はきっと、イヨックと彼の間に出来た空間に他ならない。
相手として足らずともその雰囲気が、醸し出された僅かな匂いが、身の内を奔った僅かな疼きが、イヨックの一撃を切欠に叫んだのだろう。

彼という破面の本性を。


「そっか。 そんならよかったッス。 でもアンタにはネルたつの命を救ってもらった恩が出来たッスね」

「ガキが気にする事じゃ無ぇ。 俺は俺で俺のやりたい事をした、それだけの話だ」

「それはダメッス! ネルたつは受けた恩を返さねようなボンクラじゃねッス!」


恩が出来た、そういうネルに対して件の破面はそんなもの気にする必要もないと言う。
自分がしたい事をしたいようにしただけ、それで誰かに恩を売った心算も無ければ、売った心算もない恩を返してもらうことも無いと。
だがネルは簡単には引き下がらない。 もうペッシェもドンドチャッカも置いてけぼりに、件の破面へ迫るネル。
子供ゆえの無警戒などとうに越え、ネルの中で件の破面は信に値するところまで来ているかのように。

やいやいと騒ぐネルを、どうにも鬱陶しそうに煙たがる件の破面。
全てが一件落着、そんな雰囲気が辺りにに漂い始めた瞬間、それは“爆発した”。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」




凄まじい大音量。
最早声ですらなく、言うなれば雷鳴のようなその叫び。
吹き荒れる霊圧も、叫ばれる雷鳴も、その全てはただ一人から発せられるもの。


「ば、馬鹿なッ! おいお前! なんでアイツがまだ!」

「ハッ! 思いの外あの木偶の坊も頑丈だったらしい。まぁ俺も“殺してやる心算が無かった”から……な」


突然の事に驚き声を上げるペッシェ。
驚きついでに件の破面へと食って掛るが、状況はそれに割かれるほど悠長では無いだろう。
その理由はもちろんイヨック・ナ・モデント。
件の破面によって意識を刈り取られたはずの彼は、目覚め、己の状態を知り、状況を把握した瞬間に激昂したのだ。
彼の世界の中心とは彼自身、己を中心に世界は回り、世界とは己の思うがままになるもの。
そう信じて疑わなかった彼にとって、件の破面の存在と彼に対する仕打ちは反逆にも似た許されざる行為。

故に排除する。
全力を持って、全戦力を持って。


「踏み潰せェ!! 汗血牛(テメラリオトーロ)ォォオ!!」


白く濁った霊子の渦、竜巻にも似たそれがイヨックを包み、次の瞬間四散する。
再び現われたイヨックの姿は既に異形。
足から胴体だけで言えば異様に前傾姿勢をとり、頭の位置は事のほか低く。元々鋭く尖っていた角のような仮面の名残は、その大きさを倍以上とし正しく雄牛の角のように前方へ突き出されていた。
異様なのは背中から肩、そして腕だ。 前傾姿勢となった胴体の背中、その肩甲骨の辺りから白い装甲のようなものが大きくせり上がり、そこから太く分厚い装甲に包まれた牛の前脚が伸びている。
本来の腕はその白い牛の前脚と一体となり、前脚の先には人の手ではなく牛の蹄があり、まるで血気盛んな雄牛のように砂漠をけたぐる。
人と牛、それが一体となったかのようなイヨックの帰刃(レスレクシオン)がそこにあった。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」


叫びと共に件の破面へと一直線に突撃するイヨック。
最早彼の眼には件の破面以外映っていないことだろう。
それを前にした件の破面は、近くに居たネルの首根っこを掴むとそのままペッシェの方へと投げ付ける。
直後、鋭く伸びたイヨックの太い角が件の破面へと到達するが、件の破面は両手で双方の角を掴み真正面からそれを受け止めた。
だがそれでもイヨックは止まらず、そのまま件の破面を撥ね飛ばさん勢いで駆ける。

踏ん張る件の破面の足が砂漠を削り、砂煙が20mほど続いた後、二人は止まった。
件の破面が止めたのか、あるいはイヨックが止まったのかは定かでは無いが、それでも二人は動から静に移る。


「■■■■■■■■■■■■■■!!! 」


しかしその静けさはほんの一瞬。
イヨックは一度状態を更に深く沈め、次の瞬間首をしならせて跳ね起きると、角を掴んでいた件の破面を天高く放り投げたのだ。
そのまま後方に投げ飛ばされる件の破面。だがただ投げ飛ばされた程度でこの破面が動揺などするはずも無く、二度ほど回転しながらスッと砂漠に着地する。
対してイヨックは件の破面が着地する前には既に彼へと向き直り、再び突撃の体勢をとっていた。
おそらくこれが彼の戦い方。 猛烈な突進によって相手を貫くか、或いは踏み潰すか、非常に原始的だが振るわれる力は侮れない。
単純に、ただ単純にしかし、相手の息の根を止めるまで繰り返される攻撃と、繰り返す事が出来る単純ゆえの持続力。
多彩さではなく単一であること、幅がない変わりにハマれば強いという、言うなれば力押しの戦い方がイヨックのそれなのだ。

そして再びの突撃が来る。
二、三度前脚で砂漠をけたぐり、四肢の全てを推力として一直線に件の破面へと迫るイヨック。
迫り来るイヨックを前にした件の破面と、それを見るネル等三人。
そしてネル達は見た、見てしまった。 激突の瞬間、件の破面の口元が“ ニィ、と嗤う ”その様を。


件の破面とイヨックが交差した後、今度は長く続く砂煙は生まれなかった。
その理由は簡単、“止められてしまった”のだ、イヨックの突撃は。
それもただ止めたのでは無い。

激突の瞬間、件の破面はスッと上げた腕を振り下ろし、手刀の様にして“叩き折った”のだ、イヨックの角の片方を。

角をへし折るほどの手刀、その勢いによってイヨックはそのまま砂漠に突き刺さるようにして転び、彼の攻撃は件の破面には掠りもしなかった


「解放すれば勝てる……かよ。 随分と甘ぇ見通しだ。俺とお前の“差”ってやつはさっき充分見せてやった、と思ったんだが……な。言っただろうが、お前じゃ足らねぇ、と 」


足下に突っ伏すイヨックに語りかける件の破面。
刀剣解放、帰刃とはそれだけで戦闘能力が倍掛けとなる切り札だ。
霊圧も、身体能力も上昇し、更には普段封じている本来の能力を肉体に回帰させることこそ、帰刃の真髄だろう。
故に解放とは切り札であると同時に、ほとんどの場合決着を意味する。
圧倒的な力、それが齎すのは勝利、故に決着と。

だがそれは、それすらも圧倒する存在を考慮していない考え方だ。

現にイヨックの前には現れた。
帰刃などものともせず、あまつさえ二度目の攻撃で彼をを完全に上回ってみせる。そういう存在が。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」


だがそれでも、もう止まれない。
彼を突き動かすのは最早怒りではなく、かといって意地や矜持、ましてや誇りでもない。

それは“恐怖”だ。

得体の知れないもの、薄気味悪く、居るだけで己に害をなすのでは無いかと思えるもの。
正体を掴めず、理解も出来ず、故にただただ膨れるだけの恐怖。
それを排除するためには消すしかない、目の前から、己の世界から、だから殺るしかない。
イヨックに芽生えたそれは正しくはあるが、無謀でしかないもの。だがそれでも止まれないのだ、それが恐怖というものなのだ。


「これはテメェが“俺に売った喧嘩”だ。さっきとは違うぞ? キッチリ、片は付けてやる」


前脚と上体を上げ、棹立ちになって叫ぶイヨックに静かに言い放つ件の破面。
そう、一重にイヨックが生きているのはこの言葉が大きい。
先程、解放前のイヨックとの戦いは、ネル達に向けられたものに無理矢理件の破面が割り込んだようなもの。それは彼が求める戦いの形とはいささか異なるものだったのかもしれない。
だが、今この状況は違うと、彼はそう言うのだ。
そして違うからこそ、先程とは違うからこそ決着はただ意識を刈り取るという、あんな生易しい気絶などで終わることは無いと、そう言っているのだ。

対するイヨックとて必死だろう。
恐怖から来る強迫観念とでもいうのか、ここで勝たねば、殺せねば自分が死ぬという直感からか。
血走った眼で息巻く様子は、まさしく猛牛のそれだった。


だが、決着はあまりに唐突。


棹立ちのイヨックが大地に前脚を着いた瞬間、件の破面の姿が掻き消え、次には既にイヨックの懐に潜り込んでいた。
そして次の瞬間突如としてイヨックの顎が跳ね上がり、それだけに留まらず跳ね上がった顎を追うように身体までも仰け反り後方へ吹き飛ばされると、仰向けになって砂漠に投げ出される。
仰向けに倒れたイヨックの顔は無残なもの。 顎は完全に砕かれ原型を留めず、それだけではなく頭部は見るに耐えない状態にその形を変えていた。
見れば件の破面は左の拳を突き上げた状態。残心の後、歩き去る件の破面の意識は既にイヨックには向けられていない。
それは既に向ける必要が無いと、彼は知っているから。もうイヨックが立ち上がることも、あの大声を上げることも無いと知っているから。

歩き去る件の破面、その先にはネル、ペッシェ、ドンドチャッカの三人。
呆然とするネルに対し、ペッシェとドンドチャッカは彼女と件の破面の間に立つように。
そしてネル達との距離がある程度詰まったところで件の破面は立ち止まり、そしてこう口にした。


「怖ぇか? 」

「ッ! 」


それはきっとネルに向けられた言葉だろう。
件の破面の言葉にネルは息を呑み、何とも気まずそうな顔をみせる。
あまりに無防備に、そして一方的に親しみを感じていた相手。記憶をなくしていたという共通点もそれに拍車をかけただろう。
同類である、同じ境遇である、自分と同じである。そんな漠然としたネルの考えは、しかしたった今この瞬間打ち壊された。

最初に感じたのはあの笑みを見たときだろう。
戦い、命の取り合い、殺し合いの真っ只中にあって、件の破面は確かに嗤った。口の端を上げ、歯を見せてニィと嗤った。
そして今目の前で行われた一連の攻防、いや攻防とすら言えない一方的な勝利という名の搾取、惨殺。
ネルには何が起こったのかまったく判らなかった。だが確実に判るのは、砂漠に仰向けになったイヨックからは、何か“重要なものが失われている”という事。
それは熱であり意思であり、魂であり、総称して生命。
それが失われたという事、そして間違いようも無く件の破面がそれを奪ったという事、それによってネルは知ったのだ。


この破面は、自分とは違うと。


「怖ぇか。 いいさ、それでいい。 誰かが言ってやがった。『恐怖を感じないヤツなんてのは、狂った獣と同じだ』、ってな…… ハッ! しかしホント“誰だったか”…… どうにも“思い出せ無ぇ”が、俺を怖ぇと思うなら、少なくとも今のお前は獣じゃ無ぇってことだ」


何も言わないネルを見て、件の破面は別段落ち込む様子も怒る様子もなかった。
そしてこう言うのだ、恐怖を感じるならそれでいいと。
無理に恐怖を感じないふりをする必要も無く、怖いなら怖いと素直に表現すればいいと。
何より、彼が誰かから聞いたと言った言葉、恐怖を感じない者など狂った獣と同じだ、というそれからすれば、ネルは獣では無いと、そう言うのだ。
今のネルにとっては判らぬことだが、嘗ての彼女を知るペッシェらからすると、戦いを避ける選択をしたネリエルであった彼女の本質を突くような言葉に、思わず目を見張る二人。
そしてグッと黙り込むネルだったが、振り絞るようにして声を漏らす。


「アンタ、これからどこさ行くだ? 」

「さぁな。 とりあえず虚夜宮にでも行くとするさ。あそこに行けばもう少し、色々思い出すだろうから…… な 」


ネルを横目に、件の破面は歩を進める。
問いに対しての答えは、彼にとって僅か思い出した記憶を頼りにしたもの。
定かでは無いが最低限、自分が誰で何故此処にいるのかを覚えているのなら、その間を埋めるのは道理だろう。


「なぁぁぁああ!! 」


突然張り上げられる大声にギョッとした様子で振り返るのは、ペッシェとドンドチャッカ。
見れば声の主はネルであり、驚く彼らを他所にネルは自慢の特技“超加速”で、あろうことかなんと件の破面に突進をぶちかましたのだ。


「……ガキ、何の心算だ? 」


しかしそれも激突前に当然の様に捕まえられ、ペッシェらの方に再びポイと放り投げられるネル。
慌ててキャッチするペッシェとドンドチャッカを再び他所に、ネルは叫んだ。


「獣だなんだなんてネルの知ったこっちゃねッス! ……確かにアンタは怖ぇけど、そんでも受けた恩さ返さねでほっとく方が! “ほっとける様になっちまう”方がネルは怖ぇッス!」


お前が怖い、しかしもっと怖いものがあると。
それは恩を受けてもそれを“返さないで居られる自分”になってしまう事だと。
教授する事、受け取る事を当たり前にしてしまうこと、それが当然だと思ってしまうこと、それは傲慢だ。
良い行いを受けたならば良い行いを返す、感謝を貰ったなら感謝を返す、そうした真心のやり取りこそが世を平穏へと導く。
ネルにとって恐れるものは、命を奪う行為よりも寧ろコレなのだろう。
だからこそこのまま件の破面を見送る事は、彼女の中で許されない。見送る事こそ恐怖だから。


「だから恩を売った心算は無ぇ 」

「売った心算なくても、ネルたつが受けたと思っちまったから仕方ねッス!この恩さ返さねようでは、ネルたつ“怪盗ネルドンペ”の名が泣くッス!虚夜宮でもどこでもネルたつが連れてってやるッス!」


食い下がるネルを面倒そうにあしらう件の破面。
だがネルは尚の事食い下がり、そう簡単には引き下がりそうにない。
どうしたものか、いっそ響転で逃げるか、だがこんな幼子相手に逃げる、というのも彼の矜持が許さないのか。
なんともどうしようも無い、そんな雰囲気の件の破面だが、事態は彼を置き去りにし始める。


「ネルッ! 」


声を上げたのはペッシェ。
顔つきは仮面で見えないが、声の調子は硬い。
だがそんな彼の様子にも、ネルは動じず食って掛った。


「なんッスかペッシェ! 」

「何度言えば判るのだ! 私は“グレート・デザート・ブラザーズ”しか認めないのだ!」


予想外の答え。
てっきり件の破面に関わるな、という類の言葉が飛んでくると思っていたネルに浴びせられたのは、本筋ではなく三人の呼称に異議アリというシロアリ、いやペッシェの叫びだった。
正直どちらでもいい、というのが大方の見解だろうが、彼らにとってはどうでもいいことこそ重要なのだろう。
そしてそうなれば残る一人も黙っていない。


「ダメでヤンス! “熱砂の怪力三兄弟”は譲れないでヤンス~!」


もうこうなれば収拾がきかないのは一目瞭然だろう。
ヤイヤイガヤガヤと三人集まって話し合う内容は、件の破面の扱いではなく三人の呼び名について。
何とも馬鹿らしい、そう思う件の破面を他所に三人にとってはこれ以上ない真剣で、馬鹿らしい話し合いは続いた。


「いよ~し判った。 とりあえず今後は大声とノリで押し切ったものの勝利、という事で決着なのだ。 ……さて、おいお前! 随分ハッチャけてくれたものだが、あのままでは私達が危なかったのも事実! ……私も鬼では無いのだ、虚夜宮の方まで連れて行ってやらんでもないのだ!」


話し合いの決着は何ともザックリとしたものだったが、それもまた彼ららしい。
各自異議なしを確認した後、ペッシェは件の破面へと向き直ると、ビシッと彼を指差して叫んだ。
虚夜宮の方まで連れて行ってやらんでもない、と。


「おぉ! ペッシェ! 見かけによらずいいこと言うでねか!」

「ホントでヤンス! 見かけとは正反対の対応でヤンス!」


無邪気に喜ぶ二人を他所に、ペッシェの胃はキリキリと痛む。
彼にとってこれはギリギリのラインでの行動。
本来ネルの事を考えれば、虚夜宮などに僅かでも近づく事は避けたい。
だが最早ネルの雰囲気は頑として譲らない、という方向で固まっており、今もそして過去もこうなってしまった彼女をどうにかするのは無理だと、彼はよくよく知っていた。
ネルと自分達は一蓮托生、こうなってしまえば後はその方向性の中でどれだけ彼女の安全を確保するかに、考えを巡らせたほうがよほど建設的だとペッシェは判断したのだ。
それでも出来るだけ予防線は張るらしい。


「いいか! 虚夜宮の“方には”連れてってやるが、決して前までは行かないからな!正門の前とか絶対無理だからな! 僅かでも虚夜宮が見えたらもうそこでお終いだからな!絶対だからな! 」


ビシビシと何度も指差すペッシェ。
声は何故か涙声で、それがまた彼の苦渋の決断を物語る。
最早件の破面の意思など関係なし。 彼らが件の破面をどうしたいかが最優先となった状況は、なし崩しで彼等の勝ちといったところか。
なんともうるさそうな三人を前に、件の破面は小さく溜息を零す。
そんな彼にテトテトと近づいてきたネル。まだぎこちなさは残るが、それでも彼女なりに懸命に自分の中の恐怖、恐れと折り合いをつけているようだった。


「そういえばアンタ、名前はなんッスか? 名無しじゃねんだろ?」


件の破面を見上げるネル。
名を問う彼女の言葉に、件の破面は一度皮肉気に笑った。
その笑みは先程の怖ろしいそれと似通っているようで、しかし何かが違う笑み。
そして見上げるネルに件の破面は言った。 己の名前を、己を己と定義する最初の記号を。




「俺か? 俺はフェルナンド。 フェルナンド・アルディエンデだ」









―――――




紅き炎の破面、フェルナンド・アルディエンデは生きていた。
理由は定かでは無い、それを知る者もいない、だが彼は生きていた。
代償として僅かな記憶を失う事で。

失われたそれがどれ程の量か、それは彼以外、いや彼ですら判らないだろう。
それはイヨックの攻撃で僅かにそれを取り戻した後、ネルに恐怖を語った彼の言葉に集約される。
だがこの言葉の重要性はそこでなない。
そう、重要なのは“失われた量”ではないのだ。


フェルナンドは言った、“誰だったか思い出せない”と。


この言葉の重要性、それは彼が未だ全てを思い出していないという事の証明あると同時に、何より彼が言った“誰か”とは、彼にとって最も重要な人物だということ。
失われてしまった誰か、その誰かを失ってしまった意味、その大きさ。
彼すら気付いていないその喪失は、彼にとって何より重要なものを失ったのと同義。

それに気付かず進む事となった彼は辿り着けるのだろうか?

失われたものに、重要な誰かに、そして。



あの日あの時の魂の誓いに。











御機嫌よう

死神諸君

では

戦争を始めよう







[18582] BLEACH El fuego no se apaga.95
Name: 更夜◆d24b555b ID:e95629e8
Date: 2014/10/11 16:09
BLEACH El fuego no se apaga.95











それは突然の出来事だった。

現在、尸魂界(ソウルソサエティ)は藍染惣右介他二名の隊長格の離反、及び破面を従えた彼らとの敵対状態にあり。
瀞霊廷は元より尸魂界全体がピリピリとした緊張感と、僅かばかりの不安に包まれていた。
本来ならば尸魂界全体を飛び回っているはずの隊長格は、藍染が起した乱の後もその全てが瀞霊廷守護の名の下に廷内に残され、来る戦に備えている。
そしてそんな状態だからこそ普段より頻繁に行われるのが隊首会である。
各隊の隊長全10名が一堂に会するこの隊首会、藍染によって中央四十六室の賢者、裁判官達全てが斬殺された結果、尸魂界の最高決定権は実質彼らが握っているといえるだろう。
総隊長 山本 元柳斎 重國を筆頭に10名、一癖も二癖もある人物揃いではあるが、元柳斎が纏め上げる事でその癖は突出した有能性へと姿を変えていた。

この日も有事にあって通常より頻度が増した隊首会の風景。
何も変わらず淡々としてはいるが、それぞれがやるべき事を全てこなしている会議などこの程度だろう。
あえて普段と違う点を上げるとするならば、この場に隊長格が“全員”揃っているという事。
如何に瀞霊廷内に全ての隊長格がいるといっても、その全てが隊首会に出られるほど彼等の職務に空きは無い。
その空きを作るのもまた隊長格に求められる技能ではあるのだが、今は平常時とは些か状況が異なる。
結果として一人か二人は常に隊首会に出席できない者が出るのだが、今日に限って言えば普段はサボる十一番隊の更木剣八も、身体が弱い十三番隊の浮竹 十四郎も隊首会に出席していた。

思えばこれもまた、彼が“天の座”にある事の証明なのかもしれない。

他者を思い通りに動かす事に長ける彼ではあるが、これは偶然の産物だっただろう。
だが、その“偶然すら手繰り寄せる力”がこの男にはあるのだ。

“偶然を必然とする何か”がこの男にはあるのだ。






「やぁ、死神諸君 」






静かに響いた声に全員が瞬時にそちらへと顔を向ける。
一番隊隊舎隊長室の入り口、鎖されたその扉の内側。何の前触れも無く、気配すら、霊圧すら感じさせず、その男はそこに立っていた。
掻き上げたように後ろに流された茶色の髪、同じ色の瞳はしかし暗く。身を包む白い装束は死神の黒い死覇装と趣を同じにしながらしかし別であると主張し、口元には薄い笑みが浮かぶ。

藍染 惣右介。

護廷十三隊、いや瀞霊廷をかつての十一番隊隊長痣城 剣八以上に混乱の坩堝へと変えた男。 その男が今、護廷十三隊の中枢へと現れたのだ。

隊長格の行動は早かった。
僅かな動揺は確かにあっただろう。 あまりにも思考の外、深慮遠謀をしてこの状況は想像においてすら外の出来事のはず。
だがその動揺に溺れる者はこの場に立つことは出来ない。
藍染の姿を確認し、思考と反射の極地にあって数名の隊長格は即座に抜刀し藍染に斬りかかり、また数名は総隊長である元柳斎を庇うように彼の前に立った。
しかしこの一瞬、まばたきの出来事にあって藍染は笑みを崩さず、そして刀に手を掛けることもしなかった。



「止めぃ!! 」



短く響いた声に全員の動きが止まる。
いや、正確には藍染に斬りかかった数名、日番谷、更木、砕蜂の刃が止まった。
三方から振り下ろされた刃はその全てが藍染の首を刈ろうとする直前で止まり、その状態にあっても藍染の顔には涼しさすら感じられる余裕の笑みが浮かぶ。


「流石、と言ったところかな? 山本元柳斎 」


首筋に刃を突きつけられ、それでもこの男は言葉遣いで、纏う雰囲気で己の圧倒的優位を主張する。
まるで意に介する必要が無いかのように、まるで突きつけられた刃がその実ただの棒切れだとでも言わんばかりに。


「何故止められる! 総隊長! 」

「逸るでない。 これが“本物の”藍染ならば、お主等が刀に手をかけるより早く儂自ら斬り伏せておる。じゃが、“幻を”斬ったとて何の意味もありわせん」


藍染の首筋に刃を突きつけたまま叫ぶのは砕蜂。
彼女の言ももっともだろう。 ある意味これは好機だ。敵の首領、それが無防備にもこちらに首を晒している。
一対十の状況、如何に藍染の斬魄刀が全てを惑わすとしても、この一騎当千の戦力が束になった状況の前には無力だと。
討ち取れる首をみすみす逃すその意図を尋ねる砕蜂に、元柳斎は言うのだ。それは幻であると。


「その通り。 この場にいる私はキミ達に直接は何一つ手出し出来ない。だがよかった、コレは意外と繊細でね。 如何に幻と言えど斬られれば霧散してしまうところだ」


スッと両手を広げる藍染。
ことさら無防備に見えるその仕草は、彼と、そして元柳斎の言葉が真実であると告げるかのよう。
それと元柳斎を交互に見やる砕蜂が刃を納め、更木が斬れないなら意味は無いと興味を失ったようにその場を離れ、最後に残った日番谷が何かを堪えるように振り向いて刃を納めたことで、藍染はようやく刃の檻から解放された。


「いや~驚いたねぇ。 これも君の斬魄刀、『鏡花水月』の能力かい?」

「いいや。 これは純粋に技術による投影だよ、京楽隊長。おそらく涅隊長ならばもう判っているだろう?」

「フン。 もう、ではなく初めから判っていたがネ。まったく、この程度の虚像に斬りかかるなんテ、これだから無能な脳筋はキライだヨ」


嫌がおうにも張り詰める空気の中、京楽だけはいつもの調子で藍染に話しかける。
だがその瞳は常よりも鋭く、僅かでも何か見落とさぬよう注視している様で、その実油断の欠片もない。
そんな京楽の質問にも藍染は僅かな笑みを浮かべたまま答えた。彼からすれば死神側が何らかの探りを入れてくることなど、考えるまでもないこと。何より探られたところで彼らに状況を打破する手段が無い以上無意味でしかないからだ。
今の自分は鏡花水月によって“この場にいる”と誤認させているのではなく、ただ純粋に技術としてこの場に虚像を投影していると答える藍染。
その証明にと涅に同意を求める彼に、涅は心外だといった雰囲気と、自分以外の特に藍染に斬りかかった面々への嫌味を零すことで藍染の言葉が真実であると証明して見せた。


「枝葉末節などよい。 この場この時を選んで姿を顕した目的はなんじゃ」


涅の言葉に数名が反応したのを窘める様に、元柳斎が声を発する。
些細な事、関係の無いことなど語る必要は無いと。簡潔にこの場に現われた目的を問う元柳斎に、藍染は小さく笑う。


「フフ。 私と語らう事が怖ろしいかい? 私の言葉に惑わされてしまうことが…… だがそれは些か臆病が過ぎるぞ山本 元柳斎。 私は所詮虚像、触れることも叶わぬ無力な影、怯えを覚える相手には程遠い」

「小童めが 」

「キミの様に無駄に年月を重ねていないだけだよ」


言葉の応酬、どちらも静かではあるがそれだけに怖ろしい。
霊圧が昂ぶるわけでもなく、怒気が零れるわけでもなく、ただ二人の間の空気だけが張り詰める。


「だが確かに語らいが無意味であることも事実だ。早々に要件は済ませよう。 その方がキミ達にとっても利はある」


座したままの元柳斎を僅か見下ろすようにして、一度小さく笑った藍染。
余裕の表情は自分が虚像であるが故に命に危険がない優位性からくるのではなく、例えこの場に実体として立ったとて変わることは無いだろう。
それが判っているからこそ元柳斎は多くを語らず、ただ藍染の腹の底を探ることに注力する。
もし実体でこの場に立っていれば、その余裕の表情を浮かべた首と胴を斬り離してやるものを、と己の腹の底では思いながら。

そんな元柳斎を前に藍染は語らいを無意味とし、この場に現われた理由を口にする。
謳うように滑らかに、気負いや熱の類も無く、ただ純然とした事実だけを。



「私の配下である破面は今日より三日後、現世空座町へと侵攻しこれを制圧する」



それは紛れも無い宣戦布告。

先の破面現世侵攻より二日経った現在、そこで示された最終侵攻の期限。
あまりにも唐突なそれに、居並ぶ隊長格からも驚きの感情が漏れたのは言うまでもない。
何より本格的な破面侵攻は、崩玉の覚醒を待っての事と睨んでいた死神側は完全に後手に回る形。
時期的に早まる事はあると誰もが思いながらも、まさかこれほどまで速いと誰が予想していただろうか。
そしてそんな彼等の様子を笑みを浮かべながら見やり、藍染は語る。


「驚く事は無い。 崩玉の覚醒期間、破面の精製、現世侵攻の計画、そのどれも私が“キミ達の想定”に合わせてやる必要などないだろう?いや、“キミ達の計画”と言うべきかな? 敵の戦力が整う前に討つのは戦の常道。 ……だが、残念ながらキミ達でははじめから私の“敵足り得ない”かな?」


見透かしている。 どこまでも見透かしている、そう思えてならないほどに。
藍染の言葉にさしもの元柳斎も一瞬眉間に皺を寄せた。それもそうだろう、全ては己の見通しの甘さが招いたことだ。
警戒は重々、準備も着々、だが“まさか”という虚を突かれた。
決戦は冬としながらそれに余裕をもって対応できるだけの準備はほぼ整いつつあり、それも今日より後五日のこと。それさえ済めば後はこちらから仕掛けるも吝かでは無いと、そう考えていた元柳斎の更に上を藍染はいったのだ。
死神側の猶予、余裕の一切を無にし逆に窮地へと追い込む一手。ただ言葉にしただけでこれだけ効果がある一手が他にあるだろうか。
無論これが策であることも、または虚言であることも可能性としては捨てきれない。
だが現状でこれを可能性、策や虚言の類として断じ、対応を見送る事は死神側には出来ない。藍染の底知れぬ不気味さ、人、もの、場所、その全てを完璧に操り崩玉を難なく手にした手腕を、彼らはその身を持って実感しているのだ。

侮れば取り返しなどつかない相手、侮らずとも一筋縄でいかぬ手合い、それが藍染惣右介。

何もせぬまま、とは到底いくわけも無い。
計画を前倒しにし、また戦力も早急に整え、空座町のみならず尸魂界、とくに瀞霊廷の守護にも眼を光らせる必要がある。
元柳斎のみならずその場に居並ぶ全ての隊長格が即座にそれらに思考をまわす中、藍染は余裕。たった一言、それだけで全ての流れは藍染の掌中へと収まってしまったのだ。


「何を企んでおる。 藍染 」

「それを訊くか山本 元柳斎。 ならばあえて言おうか…… “象が蟻を踏み潰すのに、策を弄する必要など無い”と」


そう、絶対的な強者に策は必要ない。
強者は強者のまま、そのあるがままを振るうことで勝利を得るからこそ強者足りえるのだ。
持てる戦力、己の、或いは己が率いる軍団の戦力、その全てを用い、進軍し、侵略し、制圧する。
これだけ、これだけで事は済む。 藍染惣右介が保有する圧倒的なまでの戦力、目的のための手段、それを遺憾なく発揮すれば。

藍染の言葉に隊長格達の表情は一様に険しいものとなった。
彼らとて負ける気など毛頭ない。 だが精神的な余裕を剥ぎ取られたこの状況、圧迫された状況下では表情の変化も致し方ないといったところか。
藍染 惣右介は策を巡らせ、思考を縛り、選択肢を奪い、全てを操る。それを知るからこその彼等の表情。

要は彼が“何の策略も無く”ただ力に頼って攻める、という事への不信感、懐疑がそこにはある。

だが怖ろしいのはこの男にはそれが“出来てしまう”という事だ。
圧倒的な力、底を見せない力、それを存分に有するこの男には出来てしまう。力押しも策略謀略の類も両方が。
だからこそ、元柳斎をはじめとした隊長格は迂闊に動けない。
これが罠である可能性、そしてその裏、更には裏の裏と。まるでもがけば深みにはまる泥、先の見えぬ濃霧。
百年以上にわたる裏切り、背信が彼等の疑いを深くする。彼等の中にある藍染 惣右介という像が揺らぐが故に、揺らぎ形を崩したが故に、その内にある怖ろしいまでの闇を見たが故に。


「私が今日この場に来たのは、私からのせめてもの慈悲だと思ってもらいたい。キミ達の悠長な見通しと緩慢な対応では、彼ら破面の侵攻を防ぐ事は到底出来ないだろう?ならばせめて、出来うる備えをする期限くらいは知らせておく必要がある、と思ってね」

「随分と儂等を低く見積もってくれるのぉ…… 」

「残念ながらキミ達を百年以上観察した結果が、この評価と思ってもらおうか」


慈悲と、藍染はこの宣戦布告をそう自ら評した。
悠長であり緩慢、そんな対応ではただでさえ防げない侵略に気付く事すら出来ず終わってしまうと。
だからこその慈悲、せめて、せめて僅かな生の期間をもって充分に備えろというのだ。告げられた終りのその時までにせめてもと。
これには流石の元柳斎からも僅かばかりの怒気が漏れる。ここで彼が怒り狂うことはそのまま尸魂界崩壊にすら繋がると彼自身判っていながら、ここまで死神を、彼の人生の集大成を虚仮にされる事に対し、強靭な自制心から漏れる憤怒の業火。
その業火の片鱗を前に藍染はそれでも余裕。 長きに渡り死神という存在を、己とは別の存在として彼らを観察した結果がこれなのだと憚らない。
所詮は平行線、はじめから交わる事を拒んだもの同士の会話がそこにはある。


「フフ。 ならば敢えて言おうか。 “戦争”とは異なる主義主張がぶつかるが故に生じる事象だが、そこには唯の一つも“平等”は存在しない。 “等しい戦力”が用意されたそれなど遊戯の類でしかないだろう?そう、戦争とは常に圧倒的強者の一方的な侵略によって始まり、過程には蹂躙を、結果には死と灰しか残さないものだけをそう呼ぶのだ。キミ達が備え、身構え、出来うる全てを…… 万全を喫して初めて、キミ達はようやく“私の戦争”という舞台の敗者になれる」


傲慢なる自負。 己を疑わぬ高慢。
ただの人がそれを口にすれば鼻で笑われるそれを、この男は平然と口にし、そして易々と実行する。
居並ぶ隊長達から漏れる感情は様々。 傲慢なるその物言いに怒りを顕にする者、怒りの代わりに痛恨の苦悶を浮かべる者、どちらでもなくただあるがままを受け止めることでその裏の真意を探る者、ただ戦争という言葉に高揚する者。
様々な感情が混ざり合う隊首室の中で、ただ一人藍染だけが涼やかな笑みを浮かべている。


「……藍染。 兄(けい)は我等がこの宣戦によって兄の言う戦争とやらの敗者になれると言った。だが兄の言う戦争がその言葉通りであるならば、この宣戦は無用でしかない。我等の虚を突き、一方的に侵略し、蹂躙し、死と灰だけを残すは容易いのだろう?」


そんな中、居並ぶ隊長格の中でも静かな雰囲気だった朽木白哉が口を開く。
眼を閉じ、藍染の方へと顔すら向ける事無く語る白哉。
藍染の言う戦争が圧倒的強者の一方的侵略によって始まるのならば、この宣戦は無意味だと。
一方的侵略とはただ昨日と同じ様に続く平穏な今日を突然崩壊させるものを言い、攻める事を宣言する事も、またその期日を明らかにする事も必要では無いと。
ならばその真意はどこか?
藍染はその武力以上に言葉を武器とする。だからこそその言葉には常に一定の真実があり、無駄などありえない。


「……なるほど。 確かに私の言う戦争はキミの言う通りだ、朽木隊長。敵と定めたものには一方的な蹂躙によってこれを殲滅するだろう。 ……だがそれは“最低限の要綱を”満たした相手に対してだよ。私はこうも言ったはずだ。 キミ達では私の敵足り得ない、と」

「………… 」


藍染はやはり笑みを崩す事無く言葉を発する。
白哉の言葉を受けその通りだと言いながらも、それでも殻の余裕はその笑み同様崩れない。
自分を見極めようという白哉の真意を理解しながら、それを真っ向から受け止めるかのように。
そして言外に言うのだ、真意を探りたければ探ればいいと、本当にそれが見極められるのならば、と。


「そして私はこうも言った。 これは“慈悲”だと。キミは“象が蟻を踏み潰すことを戦争と言う”者が居ると思うかい?答えは否だ。 そう、私はせめてキミ達死神諸君には“蟻以外の何か”にはなってもらいたいと思っただけだよ。そうでなければあまりにも見るに耐えない 」

「藍染ッ!! 」


誰しもが、その場にいる誰しもが驚きを見せた。
この藍染惣右介という男は言い放ったのだ、せめて蟻以外の何かであってくれと。
敵足りえる存在である事は始めから期待していない。だがせめて、ただ踏み潰されるのを待つ蟻ではなく“抵抗できる何か”くらいではあってくれと。
何よりその言葉は同時に彼が今、居並ぶ隊長格をも自分からすれば蟻以下であると言っているのと同義。
そして藍染がその驚愕の言葉を言い放つと同時に声を荒げた一人の隊長が、彼の幻影の前へと進み出た。


「やぁ、日番谷君。 元気そうで何よりだ 」


銀髪の少年、十番隊隊長日番谷 冬獅郎、目の前に進み出てきた彼に藍染は何とも気安い風で話しかける。
まるで自分の裏切りなど無かったように、過ぎ去った日々を巻き戻したかのように。


「黙れ藍染。 てめぇの御託はもう充分だ…… てめぇがどんな手を使おうと、どんな策を巡らせようとそんなもんは関係無ぇ。てめぇの企みは何があっても必ず潰す、その為に俺たちが…… 護廷十三隊が居る 」


冬獅郎にとって藍染の言葉はすべて幻だった。
もう彼の知る藍染惣右介はここには居らず、また彼の知る藍染惣右介という人物ははじめから居なかったのだ。
全ては虚構、そしてその虚構を創り上げた存在こそ今、彼の目の前に立つ暗い瞳に薄笑いを浮かべる男。
それでもこの男を裏切り者だと思ってしまう彼は、きっと隊長という職責には優しすぎる類の人物なのだろう。
だがだからこそ、優しすぎるからこそ許せないのだ。全てを踏み躙った目の前の男が、裏切り、欺き、操り、謀り、そして冬獅郎の大切な人のこころからの信頼を、憧れを“理解から最も遠い感情だ”と吐き捨てたこの男が。


「殊勝な事だね日番谷君。 道徳、責任、信義、誇り、そんなものに囚われ、振り回される…… それがどこまでも愚かだと気付かず、故にキミの刃は決して私にはとどかない」

「言ったはずだぜ、藍染。 てめぇの御託は充分だと。俺の刃がてめぇにとどくかどうかは、戦場で判らせてやる。てめぇは俺が、必ず斬る 」

「言ったはずだよ日番谷君。 あまり強い言葉を遣うなよ…… 弱く見えるぞ、と。 キミが隊長という枠に収まろうとする限り、私を斬ることなど不可能だ。 ……さて、告げるべきは告げた。 私はそろそろお暇しようじゃないか」


見上げながらも睨む視線と、睨まれながらも見下ろし薄笑いを浮かべる視線。
ぶつかり交わる筈のそれはしかし平行線でもある。
いや、そもそも藍染惣右介という男は誰とも交わる事などない。この男は常に独りなのだ。
傍らに立つ存在があろうとも、多くの配下を引き連れようとも、それでも彼は独り。故に孤高、故に彼は天の座に君臨する。

言い放つだけ言い放ち、藍染はその場でくるりと踵を返すと、隊長達に背を向けた。
一歩二歩と歩を進めるその姿は、まるで木漏れ日の中を散歩をするような無防備さを感じさせる。
だがそれは彼が投影された幻影の姿だからでは無い。
きっと彼がこの場に実体として現われていたとしても、その足取りに何ら変わりはなかっただろう。
傲慢、慢心とさえ取れる絶対的な自負。 己の力を欠片も疑わずまた疑う余地など無い力を持っている事への自負。それがこの男の根幹、圧倒的なまでの存在感。

そんな背中を隊長達に晒す藍染が突然立ち止まる。
怪訝な表情を浮かべる隊長達を背に、藍染は何事か思い出したように呟いた。


「あぁそうだ。 ただ自ら消えるだけというのは少々味気ない。ここはひとつ餞別でも残していこうか…… 」


まるで今思いついたように語る藍染。
餞別、彼はそう口にした。 だがその言葉だけで幾人かの隊長が僅か身構える。
どう転んだところで藍染のいう餞別が彼ら死神にとって良いものである筈も無く、そう考えれば身を固くするのも頷けるだろう。

しかし藍染の餞別とは予想に反してただの言葉だった。

何の変哲も無い、ある種特異ではあるがそういった場面ならば何の変哲も無い言葉だった。
人が人に向けて発しても、何ら違和感など無く。どちらかと言えば気遣いといった情愛を感じさせる言葉だった。

だが本来は相手を慮り発する言葉はしかし、今この場で、そしてある人物にとってはこころを抉るためだけの言葉にその姿を変えていたのだ。






「日番谷君、“雛森君は息災かな?” 」






僅かに振り返り、口元には常よりも僅か深く笑みを刻み放たれる言葉。
暗い視線が見据えるのは銀髪の少年。 そして少年の耳に言葉が届き、鼓膜を揺らし電光を奔らせ、脳がそれを理解した瞬間、冬獅郎は背負っていた斬魄刀を抜き放ち藍染の幻影を背中から袈裟懸けに切り裂いていた。

冬獅郎の顔に浮かぶのは憤怒。
お前が、お前がそれを口にするのかと。
あいつのこころからの信頼を真正面から刃で貫き、お前の様になりたいという憧れを利用するだけして理解出来ないと吐き捨て、自分が誰に斬られたのかを理解していながらそれでも…… それでも憧れを捨てきれずお前を庇おうとさえしたあいつに、お前がそれを言うのかと。

怒りに震える冬獅郎の姿、それを見ながら霧散する藍染。
荒く息をする冬獅郎に向き直りながら、消えゆく藍染は言う。


「そう、その姿こそ本当のキミだ。 己が怒りを虚飾の責任などで押し固めたところで、こんなにも容易くそれは剥れ砕ける。ならばいっそ、そんなものは放り出してしまえばいい。キミが本当に望むものはなんだい日番谷君?人間の街一つを護る事かい? 魂の調整者の責務を果す事かい?願わくば次に遭ったキミの刃が、その“黒い感情”で彩られている事を切に願っているよ…… フフッ 」


霧散する藍染は言葉を言い終えると共に完全に消え去った。
残された静寂は重く、そして僅かに痛い。
突如として迫った期限。 猶予、と呼ぶにはあまりに短く、講じられる策も限られているだろう。
だがこの宣戦布告を受けるより他、彼ら護廷十三隊に道は無い。
もとより避けられぬ戦ではあった。 万全では無い、しかし戦いとは常にそういうものだと、そう己を納得させるより他出来ることはないだろう。

沈黙の中、口火を切ったのは元柳斎だった。
場を引き締め、僅かに散った各自の意識を一つに束ねる手腕は見事だといえただろう。
隊長それぞれに指示を出し、また全員を鼓舞するその姿は、藍染とはまた種類の違う存在感、カリスマ性を感じさせる。

そうして元柳斎の言葉が続く中、冬獅郎の柄を握る手には力が篭っていた。
怒りに身を任せ藍染を斬った。 それが例え幻影であると判っていても、いや幻影だと判っていようがいまいが彼には関係は無いのだろう。
重要なのは“私情で”刃を抜いたこと。 隊長格とは常に隊士の規範として振る舞い、その刃には重い責任が乗り、冬獅郎もそれを理解している。
だがそれを振り抜いたのだ、責任ではなくただ己の怒りだけで。
いや、ふり抜かされたとでも言うべきなのか。そうなる、そう出来る、そういった確信が彼の、藍染の笑みには間違いなく見えていた。
故に、相手の能力ではなく自分がいとも容易く感情を操られ、ほんの一瞬でも我を忘れた事を自覚するからこそ、冬獅郎の耳の奥には藍染の言葉が木霊するように残る。

言葉とはこころに刺さる棘のようなものだ。
本当に小さく、気に留めることもなかったのに、不意に痛み存在を主張する。
徐々にこころを抉る言葉の棘、冬獅郎のこころに刺さった小さな棘。


キミが本当に望むものはなんだ?


耳元で囁かれるようなその棘に、冬獅郎は再び柄を強く握る。
あの暗い笑みに呑まれぬ様に、強く己を律するために。



それでも、例え目を逸らそうとも棘はそこにあるのだ。

徐々に徐々に、ゆっくりとだが確実に、こころの深きへ潜りながら。









――――――――――










「あ、そろそろ経過観察の時間ですね」


藍染が隊首会に姿を現したのと時を同じくし、ひとりの女性隊士がそんな独り言を漏らしていた。
場所は四番隊綜合救護詰所、集中治療施設の看護詰所。常に数人の隊士と上級医療班が常駐しているその場所は、ある意味で医療の最前線だ。
といってもそれは緊急時でのことであり、現状この集中治療施設に収容されているのは唯一人。
それも死神ではなく死神代行、言ってしまえば人間の青年一人だけだった。


「あら、いいわねぇ~。 役得よねぇ~ 」

「そうよねぇ~。 あの子、結構可愛い顔してるものねぇ~」


最初に独り言を零した女性の隊士に続き、何人かの女性隊士が揶揄するように件の女性隊士に声を掛ける。
この場にいる以上彼女等もまた四番隊の隊士であり、先の女性も同様四番隊の隊士である。
だがその任務は主に施術や治療といった分野ではなく、霊圧回復や患者の身の回りの世話といった分野であり、前者を医者とするならば彼女等は看護師のようなもの。
今回は患者の定期的な容態確認。 脈拍や呼吸、血圧や体温、霊圧や魄動をはじめとした経過観察だろう。


「もう! やめてください。 患者さんをそんな風な眼で見るのは不謹慎ですよッ」


経過記録用のバインダーを手を交差させて薄い胸元に抱えるようにして頬を膨らませる件の女性隊士。
おそらく先輩であろう他の女性隊士にからかわれていると判っていながら、それでも真面目な性格なのか反論を試みるのは何とも新人らしい。
それでも一枚も二枚も上手なのが先輩というものであり、体よくからかわれ続けるのがオチ、というものだろう。


「先生も何とか言ってくださいよ! 悪ふざけが過ぎます」


旗色が悪いと判断した件の女性隊士は、その場に居る唯一の男性隊士に助けを求めた。
長椅子に横になり、顔に雑誌のようなものを被せて寝たフリを決め込んでいた男性隊士は、一瞬無視を決め込もうとするも件の女性隊士の「先生!」という催促の声に観念したのか、雑誌をどけて面倒そうに身体を起こす。
ポリポリと頭を掻き、大きく欠伸をした男性隊士に自然と周りの視線が集まったが、男性隊士は別段それを気にする様子も見せなかった。


「……まぁ何だ。 あのガキ今は安定したが、つい最近まで何とも“面倒な症例”抱えてやがったからなぁ…… 突然止まったとはいえ、こうして俺が常駐してんのが面倒さ加減をよく物語ってやがる。 ……だからまぁ、“ナニカするにしても”俺の面倒にならない程度にしとけよ?」


たっぷり三秒の後、笑いに包まれた看護詰所。
結果的にこの場に彼女の味方は居なかった、ということだろう。
新人いじめ、というのは言い過ぎではあるが、世の厳しさを知るにはいい例。まぁ端的に現すなら擦れていない真面目さが可愛らしく、いじらしいが故の大人の戯れのようなものだ。
それでも件の女性隊士は、頬を先程よりも膨らませると。


「もう知りませんッ 」


と捨て台詞を残して詰所を出て行く。
馬鹿にされているというわけでは無いのは、彼女もちゃんと判っている。
判っているのだが、それに一々反応してしまう辺り、まだまだ青さが残るといったところか。

医療施設独特の白く、微かに消毒の香りがする廊下を進む件の女性隊士。
向かう病室は死神代行である青年の部屋。
彼女が彼に対して知っている事はそう多くは無い。
死神代行であること、先の内乱のおり旅禍でありながら瀞霊廷を護る活躍をしたこと、霊圧汚染によってここに収容された事、つい最近まで特殊症例を患っていたこと、などだ。
声を聞いたこともなければ当然話したことなどあるはずも無く、人となりも知らない。患者と看護師、それ以外の関係性は無く、その中でただ人間にしては傷だらけの身体と橙色の髪が目を引く青年だという印象くらいしか彼女にはなかった。


「黒崎さん、経過観察を行いますよ~ 」


病室の前に着き、声を掛けながらコンコンと扉を叩き、開ける。
声が返ってくるとは思っていないが、声は務めて明るく。何か特別なことではなくそれが当然の事として。


だがだからこそ彼女は驚いた。





「あ、丁度よかった。 すんません、水一杯貰えますか?寝起きのせいか、なんか喉渇いちまって 」





普段とは違った光景に、思わずバインダーを床に落とす女性隊士。
扉を開けたその先、本来眼をつぶって寝台に横たわり眠っているはずの青年。

それが“何事も無かったかのように”平然として身体を起こしているのだ。

初めて見る茶色の瞳、思っていたより少しだけ高い声、その容貌や聞き及ぶ活躍からどこか怖ろしい人柄を想像していたが、思いの外普通のどこにでもいそうな青年がそこには居り。
驚き、呆気にとられ、その後女性隊士はこの目の前の光景が“とんでもない事だ”という事に思い至ると。




「せ、せ、先生!! た、たたたた大変ですぅぅ!!黒崎さんが! 黒崎さんがぁぁ!!!?? 」


「え? いや、あのぉ…… 」


狼狽である。
それはもうものの見事に。
処理しきれない状況に、とりあえず叫んで助けを求めたというのが最も状況を端的に表した言葉だろう。
そんな女性隊士の状況に今度は一護が呆気にとられる始末。
目覚めていきなりこの状況、こちらはこちらで処理しきれないことだろう。別の意味でではあるが。


「なんだ! なにがあった! って…… オイオイ、マジかよ…… 」


女性隊士の叫び声に、詰所にいた男性隊士が瞬歩でその場に現われた。
何事かと女性隊士に問いかけ、そして寝台へと視線を向けた彼はそれで全てを悟ったのだろう。
緊張の面持ちは一息に崩れ、驚き、最後は呆れに変わる男性隊士の顔。目の前の出来事はとんでもなく突飛で稀有なものではあるが、彼の長年の経験上、隊長格やそれに類する輩というのは往々にしてこういう突飛で稀有で馬鹿げたものだと知っているのだろう。


(重度の霊圧汚染と深深度潜行した精神に、突如身体の内側から斬られるっつう謎の症例、どれかひとつでも死神として終わっても仕方ない事例の三重苦だ。それをついさっきまで抱えてたってのに何なんだ?このガキは…… ハァ~ぁ、これだから隊長格クラスの輩は苦手なんだよ。アホみてぇな霊力にまかせて常にこっちの常識の斜め上を行きやがるんだからなぁ…… 面倒なこったぜ )

未だ狼狽する女性隊士。
ハァ、とひとり溜息をつく男性隊士。


そして何故こんな扱いを受けているのか判っていない死神代行。



だがそれでも。 ここに、死神代行 黒崎 一護は現実への帰還を果したのだった。









「こんな事もあろうかと」

この台詞が言えないようじゃぁ

アタシが居る意味が無いッスよ











[18582] BLEACH El fuego no se apaga.96
Name: 更夜◆d24b555b ID:e95629e8
Date: 2015/12/01 10:02
BLEACH El fuego no se apaga.96










黒崎 一護目覚める。

その報が護廷十三隊の主だった者達に伝わるのに、そう時間はかからなかった。
空座町での破面との戦闘とそれに伴う重度の霊圧汚染。精神と肉体への過度の負荷に起因すると思われる精神の深深度潜行と、突如現われた身体を内側から斬られるという謎の症例。
誰しもが彼の目覚めを祈り、しかし僅かにであるが最悪の事態を想定していた中で、その報は吉報として彼等の間を駆け巡ったことだろう。
一護に近しい者達は目覚めた彼を見舞うため四番隊綜合救護詰所の集中治療施設へと押しかけたが、彼らよりも先に到着していた四番隊隊長卯ノ花 烈(うのはな れつ )の笑顔と、それとは完全に不釣合いの霊圧では無い無言の圧力により引き下がる事を余儀なくされ解散。見舞いは卯ノ花による一護の精密検査が済む明日以降という事となった。

一方一護はといえば、卯ノ花、虎徹をはじめとした四番隊の腕利き救護班隊士に取り囲まれ、なんなら救護詰所へと運び込まれたとき以上に訳のわからない電極やら計器やらを身体中に取り付けられ、精密検査を延々受けることとなり。
僅かでも不満そうな態度や面倒だといった態度を見せれば、卯ノ花によるそれはいい笑顔の圧力を見舞われる始末。
その都度、卯ノ花の笑顔と圧力に顔を引きつらせた一護がこの何時終わるとも知れない検査から解放されたのは、日も沈み夜もふけた頃だった。
本来ならばこの検査は何日もかけて行われるものなのだろう。だが今の情勢を考えればたとえ一護相手だろうと救護班の腕利き、まして四番隊の隊長と副隊長を時間的に拘束する訳にもいかなかったのだろう。
結果として割を食ったのは一護だったわけだが、そんな事は瑣末なことだ。無論、彼以外にとってはだが。


「つ、疲れた…… 」


検査が終り寝台の横に足を投げ出し座っていた一護は、そんな言葉と共にバタンと横に倒れる。
寝台と枕は思いのほか柔らかく、倒れても痛みは無くそっと一護を包み込んだ。
その感触に若干癒されながらも、ハァと大きく溜息をついてしまうほど、一護にとって丸一日続いた精密検査は重労働だったという事なのだろう。
幾分ゲッソリとした感も見受けられるその顔、それは数日間眠ったままだったせいというよりも、むしろこの数時間の心労が顔に出ているかのようだった。

なかでも一番彼の精神をすり減らしたのは、卯ノ花による問診という名の詰問だった事だろう。
身体の調子はどうか、目を覚ます前と身体や感覚に変わりのあるところは無いか、といった事務的なものから始まったそれ。一通り現状の身体に異常が無いことがわかると、卯ノ花は身体の面ではなく精神面に依る部分へと移る。
眠っていた間意識はあったのか、意識があったならどういう状態だったのか、これはおそらく当時の一護の状況を知ることが半分と、もう半分は後学、もう一度そういった症例を発祥した死神が居た場合の対処法の確立、というものが念頭に置かれていたのだろう。
一護の状況はどう考えても外的な要因というより内面、更にいえば精神的なものが起因していると予想していた卯ノ花たち四番隊、しかしそれが一体どういったものなのかまでは掴む事ができず、おそらく当事者として一番状況を理解しているであろう一護にそれを問うたのだ。
情報はなるべく詳細に、ただ個人の感覚や感性に由来するであろうそれをなるべく客観的に把握し、多くの者のそれに当て嵌まる形へと落とし込む。
何も出来ない、という事は事の外怖ろしいことで、ただただ見ている事しか出来ないことほど医術の心得がある者にとって歯痒いことは無いのだ。


だが一護はその問いに口を鎖した。


いや、正確には答えはするのだがどうにも要領を得ないというか、何かをはぐらかす様な歯切れの悪い答えしか返さないのだ。
普段の一護の性格を考えればこういった返答はしない筈だが、今回に限って一護はその歯切れの悪さを貫き通した。それも卯ノ花を相手にだ。
卯ノ花 烈の怖ろしいところは、文字通り有無を言わさぬ圧力にある。
霊圧でもなく、威圧や怒気でも殺気でもなく、ただ彼女から発せられる圧倒的な何かに、皆どこか怯んでしまう。
四番隊という救護専門の死神の長であり、常に微笑を絶やさぬたおやか風貌、そこに不釣合いな“何か”が彼女には確かにあり、それが他者に有無を言わせぬ圧力へと変わるのだろう。

それを前にして一護はそれでも答えなかったのだ。

まるでそうしなければいけないと心に決めているかのように頑なに。
まるで戦場の最前線に立つかのように懸命に。

まるで誰かを“護ろうとするかのように”一心に。


折れたのは卯ノ花だった。
どれだけ問いを重ねても、意識的に圧力を放ってみても、一護は決して真実を語ろうとはしない。
そしてその態度に“言えない”のではなく“言わない”という確固たる意思が見えた時、卯ノ花は問うことを止めた。
もっとも、彼女には大方の予想はついていたのだ。
欲しかったのは確信。 九割方そうであろうという予想を裏付ける何か、それを一護から得られれば彼女はそれでよかった。
そして彼女にとってこの一護の有言の沈黙は、その予想を裏付けるに足るものでもあったのだろう。

死神にとって自身の精神の奥深くというのは、決して立ち入る事が出来ない場所“では無い”。
寧ろ死神として生きる者は、必ずといっていいほどその場所に立ち入る事になる。そして出会う事になる。
外的要因ではなく内的要因、しかも精神に起因するそれが起こる理由。
主の危機、肉体もそうだが主の精神が崩壊するかもしれない瀬戸際で、“彼ら”が何もせずそれをよしとする訳が無いのだ。

一護の身体に現れた傷もおそらくは不可抗力の類。精神と霊体は密接に関係しており、精神の奥深くで受けた傷は表層に当たる霊体にまで影響を及ぼしたのだろうと、卯ノ花たちは既に結論付けていた。
そしてその傷に悪意やまして殺意が無かったことも彼女等は理解している。
一護がその症例を発症し治療にあたった救護班員は、はじめこそ突如現われる傷に動揺したがその傷がどれも肉体的、または霊的重要部など“致命的な部分を避けて”いる事。そしてそれが偶然ではなく故意である事を確信し、その考えに至っていた。
考えてみれば当たり前の話だろう。 どういった経緯があってその状況に至ったかまでは流石に卯ノ花たちにも知る事はできない。だがそれでも、例えどんな状況にあろうとも“彼ら”が死神を、いや“自分の主でありと友であり半身を”裏切ることなどある筈が無いのだ。




(ハァ…… なんか卯ノ花さんには悪ぃ事しちまったなぁ…… 心配してもらってんのに )


寝台で横になりながらぼんやりと考える一護。
自分でも卯ノ花の問いに対しての受け答えが、必ずしも褒められたものでは無いという自覚があるからこそ、罪悪感のようなものが胸にシコリとして残るのか。
何とも深い溜息が漏れるが、そうすると決めたからには譲る心算も一護には無いのだろう。
尸魂界の自分の身体に何が起こったのか、それが何故で何が原因なのか、その全てを一護は把握しており、その上でこの対応をすると決めたのだ。
後悔は無い、元の元を辿れば自分の未熟さ、愚かさが招いたこと。自分に非はあれど“彼”に非は無いという一護の気持ちがそうさせたのだろう。
器用に立ち回ることが出来ないのは若さゆえかそれとも生き様か、だがそんな擦れた器用さが無いからこそ、一護の周りには自然と人が集まるのかもしれない。



「ど~も~。 夜分失礼致します~ 」



疲れからうとうととまどろんでいた一護に、突如として聞こえたのは何処か間延びした声。
バッと起き上がり見回せば、寝台のある部屋の拓けた場所から音も無く現れたのは、甚平に黒い羽織り、手には杖というお決まりの格好をした男だった。
どうやら何処かとこの部屋を空間を歪めて繋げた様子で、その境目から大仰によっこいしょ等と声を漏らしながら一護の居る病室へと入ってくる。


「う、浦原さん!? 何やってんだよこんなとこで!?」


思いもよらない人物の登場に思わず驚きを見せる一護。
そんな一護に浦原は口元を隠していた扇子をヒラヒラと振りながら答える。


「何してると言われましても、そんなものお見舞いに決まってるじゃないッスか黒崎さん」


何をおかしなことを、とでも言わんばかりの浦原の態度。
夜もふけたこんな時間に見舞いといわれても、それはもう嘘にしか聞こえないのだが、嘘と判る嘘をつくのがこの男だ。
そんな浦原の様子に若干引きつった笑いを浮かべる一護だったが、浦原はお構い無しに話し始める。


「いや~ それにしても目覚めてくれてよかったッスよ黒崎さん。この|猫<夜一さん>の手も借りたい忙しいときに一人だけ暢気に寝たままってのは、どうにも締まらない話ですもんねぇ」

「うっ…… 」


懐から取り出した扇子をバサッと開き、あっけらかんと話す浦原。
言葉に若干の棘と言うか嫌味のようなものが見えはするが、この状況では仕方ない。
第一言われた方の一護が何ともバツの悪そうな顔をするのだから、ここでは浦原の方に正義はありそうだ。


「まぁまぁ黒崎さん、そんな“私は緊急事態にも拘らず独り惰眠を貪っていた能無しでスイマセン”みたいな顔しないで。元気出してください 」

「そんな顔して無ぇよ! 」

「あ、そんな大声出していいんッスか? 四番隊の皆さんが慌てて飛んできますよ? アタシ一応ここにはお忍びなんで見つかるのは困るんッス」

「なっ、そうなのかよ!? すまねぇ 」


まるで落ち込む一護をなぐさめるような浦原だが、その言葉のないようは真逆。
明らかに一護を煽る目的で発せられたそれに、一護は一護で律儀なほど浦原の思惑通りの反応を返すから始末に終えない。
途端焦ったように声を抑えるよう一護に促す浦原に、その反応を見てこれはマズイと慌てる一護だったが、この浦原喜助という男がそんな初歩的なミスを犯すわけが無い事などは、最早周知のことだった。


「な~んちゃって。 この病室にはアタシが来たと同時に縛道で消音の結界を張りましたから、外に音が漏れるなんて事ないんですけどねぇ~。ちなみに外からの音は聞こえる優れものッスよ」

「帰れッ!! 」


瞬間、額にビキッと青筋を浮かべ、握り締めた枕を全力で投げ付けた一護はきっと悪くない。
思えば今まで一護が浦原に手玉に取られなかったことなどないのだ。相手を自分の流れに引き込む術が一護と彼では桁違いなのだから仕方ないのだが、いざ目の前でそれをやられると何度でも頭にくるのだろう。
当然投げ付けた枕はヒラリと避わされ、壁にベチンと激突するとそのまま床に転がった。


「行儀が悪いッスねぇ。 でもお元気そうで本当に何よりッス」

「……で、ホント何しに来たんだよ浦原さん。見舞いならわざわざこんな遅くに来る必要無ぇって。明日からは見舞いも大丈夫だって卯ノ花さんも言ってたぜ?」

「まぁお見舞いは用件の半分ってとこッス。もう半分は、黒崎さん…… 貴方に“現状を知ってもらう必要がある”と思ったからッス」

「現状? どういうことだよ。 まさかまた破面が空座町に!?」

「いいえ。 空座町に現在虚圏から黒腔(ガルガンタ)が開く様な徴候は見られません…… いや、それの方がまだマシだった、と言うべきッスかね」






そして語られるのは一護が意識を失ってからの出来事。
詳細を掻い摘んでだがそれでも、重要なことは漏らさずに。
だが一護にとって殊更重要なのはひとつ。

井上 織姫が破面によって虚圏に連れ去られた。この一点。


「井上…… 」


ポツリと織姫の名を零す一護。
俯き加減で寝台の上に胡坐をかいた一護の顔色は、浦原からは伺う事は出来ない。
ただ、グッと握り締められた両手だけが、浦原の眼にはしっかり映っていた。


「正直なところ、状況証拠だけ見れば疑う予知はあります。井上さんが破面側…… 藍染側に寝返った、と疑う余地は充分に」


残酷な言葉が浦原から発せられた。
余地はある。 確かにそうだろう。
織姫が居なくなったタイミング、現場を目撃した隊士の証言、上げれば疑わしい余地は多々ある。
ここで浦原が“そんな事は無い”と一護に言う事は簡単だった。
そんなことはないと、それはあくまで疑いでそうだと断定する証拠もまたないのだと。だから織姫は無理矢理連れ去られ今も我々の助けを待っているのだと。

それもまた真実であるがしかし、ここでのそれはただ“縋りつくための希望”でしかない。

目の前にぶら下がった疑いを、纏わり付く疑念という蜘蛛の巣を、ただ振り払うため誰かの言葉に縋り、自らの答えではなく与えられたそれにしがみ付く様な。思考を停止し、しかし甘美な“希望”という夢想に浸り眼を背ける様な、そんな甘い考え、希望と言う名の毒。
浦原喜助は飄々として意外と厳しい人物だ。下手な希望がどれだけの絶望に繋がるかを彼はよく知っている。
だからこそ言わない。 一護に甘い言葉を、縋りつける希望を示さない。


「浦原さん…… 」


静かに、一護は浦原に話しかける。
浦原はその一護の言葉をただ黙って聞いていた。


「虚圏への行き方、教えてくれ 」


顔を上げ、浦原を真っ直ぐ見つめる一護の言葉は、やはり誰もが思った通りのもの。
言葉に焦りはなかった、震えも無い、ただ真っ直ぐな意思だけがその言葉には感じられた。


「いいんですか? 行けばつらい現実を見る事だってある。それこそ井上さんに謗られ罵られることだってあるかもしれない」

「関係ねぇよ。 井上が裏切ったとか、そうじゃねぇとか、そんな事関係ねぇ。俺が井上を助けてぇ、重要なのはきっとそこだと思うんだ。ルキアのときもそうだった、井上にとって迷惑だろうとなんだろうと、俺は井上を助ける。そこはもう…… 絶対曲げ無ぇ 」

「………… 」


何かが変わっていた。
そう浦原に思わせる何かが今の一護には見て取れた。
グリムジョーに敗れ、生死の境を彷徨い、その淵から生きて戻ったからなのか。その淵で何かを得たからなのか、強硬な姿勢ではなくしかし、強い芯の様なものが今の一護からは感じられる。
あえて厳しく、最悪の場合織姫は裏切っていて、助けると息巻いて虚圏に乗り込んだお前を|詰<なじ>るかも知れないと言った浦原に、一護は僅かの逡巡も無く答えてみせた。

もう決めたのだと。 だからもう、もう迷わないと。

その瞳に気負いは無く、ただ自分のすべき事を見つめている。そういう“こころの強さ”が浮かんでいた。


「……わかりました。 ただ今すぐに、という訳には行きません。先程も話したとおり藍染は現世侵攻の期日を断言したッス。それがアタシらを混乱させる策である場合も否定は出来ませんが、あの人にそんな策を弄する必要性は無い。間違いなく三日後、破面の軍勢は空座町へ侵攻を開始します」


一護の変化を感じた浦原は、一護の願いを聞きながらも直ぐには無理だと答えた。
それもそうだろう。 藍染 惣右介は現世侵攻の期日を明言したのだ。それも隊首会に乗り込んでという死神側にとって屈辱にも似た舞台を整えて。
浦原の言う通りこれが何らかの囮、という線がないわけでは無い。だがそれは限りなくゼロに近い可能性だろう。
藍染はその手に圧倒的な武力をおさめている。彼個人のそれは言うまでもなく、市丸、東仙といった元隊長、何より破面という規格外の化生。それだけの軍勢、それをもって更に策を弄する必要など彼には無い。

王者の軍勢は真正面から敵を蹂躙し、大地を焦土とし屍で山を築いた後、血塗れの手で全てを王へと捧げるだろう。

だからこそ浦原は急がねばならなかった。
残り三日を切った期間でどこまで準備を整えられるか、それをどこまで完璧に行えるか、それが浦原喜助の戦いなのだから。


「正直今回は藍染にしてやられたッスね。 万全を期す心算が途端コッチは火の車だ、機を読む事に関して今、尸魂界にあの人に敵う者は居ないでしょう」


悔しさ、なのだろうか。
浦原の言葉にはどこかそんな感情が浮かんでいるように一護には受け取れた。
あまり表立って本当の感情を見せない浦原にしては珍しいが、それだけ切羽詰った状況だと一護に感じさせるには、それだけで充分すぎるものがあったことだろう。


「でもまぁ安心してください。 “こんな事もあろうかと”、この台詞が言えないようじゃぁアタシが居る意味が無いッスよ」


だがそんな薄く浮かんだ感情は一瞬。
浦原は自信を感じさせるような台詞を口にする。
目元は見えずとも口元には笑みを浮かべ、何ともあっけらかんと。まるで自分に不可能など無いとでも言うように。
きっとそれは鼓舞だ。 自分に出来る事と出来ない事、それを彼はよく理解している。だからこそ浦原は口にするのだ。
吐いた言葉は呑めず、だからこそ成すしかないと、そう自分に言い聞かせる為に。


「わかった。 よろしく頼む、浦原さん 」


浦原の言葉に一護はそう即答した。
それに対して浦原は何とも驚いたように眼を見開き、口元を開いた扇子で隠しながらギョッとしたような仕草を見せる。


「……どうしたんです? 黒崎さん。 何時もなら、『そんな悠長にしてる時間は無ぇよ!』とか 『直ぐに虚圏へ行かねぇと!』 とかそんなボクは周り一切見えてない直情猪です的な台詞言う場面なのに」

「……あんたが俺を普段どう思ってるかよく判ったぜ」


そう、ここへ来て浦原が感じていた一護の変化は如実に現われた。
普段、いや今までの彼ならば一刻も早く虚圏へと向かい、織姫を救出するために動きたいと言うはず。
それはルキアが過去藍染の策略によって罪人とされ、現世から尸魂界に強制送還され処刑されるといった際の彼の行動を見れば明らかだ。
当時は浦原に現実を突きつけられ未遂に終わったが、人の思考はそう簡単に変るはずも無い。見知らぬ土地、それも敵の勢力圏に捕らえられているであろう仲間の存在に気が逸らない筈は無い。
だが、今の一護はそんな気の逸りなど一切感じさせることなく、こう言うのだ。


「俺には一人で虚圏へ行く手段は思いつかない。どんだけ焦っても、どんだけ急いても、どうしようも無ぇよ。でも、浦原さんがなんとかするって言ってんだ。だったら何にも心配する事無ぇだろ? それに…… 」


一護の言葉に浦原はまたしても驚かされる。
当然だと、何の疑いも無いのだと、一護は言うのだ。
自分にはどうすることも出来ないがしかし、浦原喜助が何とかすると言った以上、自分がそれを疑う事に意味は無いと。
浦原 喜助が何とかすると言った以上、彼はどんな問題も困難も必ず解決するのだからと。
そんな思い、信頼が一護には浮かんでいた。 故に疑いなど無く、故に焦りも無いのだと。
数日、ただ眠っていたわけでは無いであろう数日の間に、一護は変わった。大きく、そして強く、そう感じさせるほどに。
そして一護は言うのだ、自らの決意を、覚悟を、自らの言葉に載せて。



「浦原さんが道を開いてくれりゃ、必ず井上は助けてみせる。必ずだ 」



グッと右手を握り、一護は言った。
揺らぐような弱さはそこには無く、ただ決意だけが溢れていた。
意思、何よりも強い鉄の意思、折れず曲らずの鉄の意思が、その言葉には溢れていた。


「……黒崎さん。 昔アタシが言った言葉、覚えてますか?」

「あぁ。 そんな心算は無ぇし、そうなら無ぇだけの力は…… つけてきた心算だぜ 」

「ならば結構 」


“死ににいく理由に他人を使うなよ。”
かつて、無謀にも尸魂界へルキアを助けに行こうとした一護に、浦原が突きつけた言葉。
力なく、ただ敵地に乗り込む事は、勇気ではなく自殺であると。そして蛮勇と勇気を違えた代償としての死に他人を使うなと言うその言葉を、浦原はもう一度一護へと問う。
その決意は、その意思は、罪悪感や使命感の裏返しでは無いのかと。助けなければならないから助けるのか、助けたいから助けるのか、その二つを大きく分ける違いを、お前は理解しているのかと。

問いに一護は気負い無い声で答える。
それだけで、浦原は全てを察した。
彼は強くなった。 死神としては勿論、内なる虚の力を得て更に。だがそれは“武”としての強さ。戦闘力の類に限っての事だった。
それを扱うための“人”としての彼は力強く誠実ではあるがあまりに不安定で脆く、そして同時に儚い印象さえ浦原にはあったのだ。
だが、その印象はこと今日に限っては別。
不安定さは形を潜め、何より怯えは毛頭感じられない。かといって自惚れている様でもない。
自らのやりたいこと、それをやるため力の有無、その力を己がどれだけ御し振るえるか、今の一護はそれをよく判っているのだと浦原は感じていた。


(精神の潜行、具象化による現実での隷属ではなく、剥き出しの精神同士での対話で自分を見つめ直す切欠を得た様ッスね。男子三日会わざれば、なんて言葉もありますが…… 若さなんですかねぇ、コレが )


帽子を深く被りなおしながら、浦原は小さくフゥと息を吐く。
何かを乗り越えるたび、一護は本当に強くなる。何より聳え立つ壁に挑む事に躊躇いがない。
例え壁を前にして歩みを止めても、もう一度一歩を踏み出す力はそう誰にでもあるものではなく。越えられるかどうか以前にその一歩を踏み出すことが出来るかどうかが、全てを分ける分水嶺にも等しいと浦原は知っている。
だからこそ一護の成長は目覚しく、同時に自分の力を知りながら限界を超えられるこころの強さは、若者特有のそれだと感じられた。
もっとも、死神である浦原と人間である一護の間で若い若くないの議論など意味を成さないものではあるのだが。


「では、アタシはこれで失礼します。あぁそうだ、連絡用にアタシ特製の伝令神機を渡しとくッスね。何かあれば今度はコレで連絡しますんでなくさないで下さいね」

「あぁ。 ありがとう浦原さん。 ッ!と、アレ?おっかしいな 」


話が終わり、元来た空間の境目に足をかけた浦原は、思い出したように懐から携帯電話型の伝令神機を取り出すと、寝台に居る一護に放って寄こす。
何ともぞんざいなやり取りだが、別段重要なものでも無し、巷に溢れる様なものの扱いなどこの程度だろう。


そして何の他意もなく放って寄こされたソレを、一護は“取り損なった”。


放物線を描き、軽く、なんなら受け取り易い様に投げられたソレを、一護は取り損なったのだ。
たまたまそんな事もあるだろう。 時にはそんな事もあるだろう。偶然そんな事もありえるだろう。
片付けてしまうにはあまりに容易く、日常的にありえるだろうただ流されるだけの一場面に、浦原は言いようの無い違和感を覚えてしまった。
ありえるだろうか、数日間眠ったままと言う事を差し引いてもありえるだろうか。黒崎一護、いや死神という卓越した戦闘技術と身体操作を行う者が、こんな何の変哲もないモノを取り損ねるだろうか、と。

当の一護はと言えば浦原が感じた違和感を何ら感じることも無く、手を握っては開いてを何度か繰り返し、口をへの字にしている。
彼にとっては然して気に留めることも無い、そんな程度の事なのはその様子から見て取れた。


「あれ? いいのかよ浦原さん、そこから帰らないで。お忍びなんだろ? 」


寝台の上で浦原から貰った伝令神機を握り、弄ぶように軽く上に投げては掴むを繰り返す一護は、境目にかけた足を外して部屋の出入り口へと向かった浦原に声を掛ける。不思議と今度は伝令神機を取りこぼすような事は無いようだ。
対して浦原は、いやいやお気になさらずと言った様子で軽く手を振る。


「そういえばちょっと野暮用があるのを思い出しまして。いや~最近どうにも忘れっぽくて困ったもんッス」

「? そうなのか? まぁいいや。 じゃぁ連絡待ってる。頼むぜ、浦原さん 」

「ハイハ~イ。 それじゃぁお大事に~ 」


言い終わるや否や浦原はそそくさと部屋を後にした。
残された一護は小さくフゥと息を吐くと、そのまま仰向けに寝台に倒れこんだ。
見上げた天井は清潔感のある白一色。 見慣れないそれをぼぉっと眺めながら、一護は片手を天井へと伸ばし、そして力強くグッと握る。
強く握れば握るほど、一護には自分の決意が固まっていくような気がしていた。


(恐怖を捨てろ。 前を見ろ。 進め。 決して立ち止まるな。退けば老いるぞ、臆せば死ぬぞ。 ……俺はもう立ち止まらない。立ち止まってなんかいられない。 だからゼッテェ助ける!待ってろよ井上! )









――――――――――










「こんな夜更けに何用です? 」

「いやぁ、ちょっと友人のお見舞いに 」

「面会時間は当に過ぎていますよ? それに貴方の言う御友人は明日まで面会謝絶です」

「あぁそうでしたか。 しかしアタシが通ってきた道には、そういった文言が何も書かれていなかったもので」

「……そうですか。 ではもうお帰りになられてはどうです?お見舞いはもう済まされたのでしょう? 消音の上に人避けの鬼道まで使って」

「えぇまぁ。 何分アタシは日陰者ですから…… ただそっちの用は済みましたが別の用事が出来まして」

「別件とは、わざわざ私だけに見つかるよう鬼道を緩めた事に関係がある、と言う事ですか?浦原 喜助元十二番隊隊長 」

「えぇ。 貴方に聞いておきたい事があるんッスよ。卯ノ花隊長 」


綜合救護詰所集中治療施設、その誰もいない廊下で二人は向かい合っていた。
剣呑な雰囲気は無い。 ただどちらもこういう口の聞き方、言葉の選び方なのだろう。
綜合救護詰所を取り仕切る四番隊の隊長 卯ノ花烈と、浦原 喜助。示し合わせたようにこの誰もいない通路で二人が出会ったのは、当然偶然などでは無い。
卯ノ花の言ったとおり、浦原は鬼道で自分の存在を消しながらあえてそこに綻びを作り、卯ノ花のような隊長格にだけ判る様自分の存在を感知させたのだ。
最もそれは非常に微々たるもので、綜合救護つめ所内にいる卯ノ花しか感じ取れ無い様なもの。
だからこそ卯ノ花は一人この浦原が用意した舞台に訪れた。


「それにしても驚かないんッスね。 アタシがここに居ること」

「|綜合救護詰所《この中》は私の身体の中も同じ。私に知らぬことなどありません。 無論、貴方が何時からどこに居たかも存じ上げています」


自分から呼び出しておいて浦原はそんな事を口にする。
今は別として一護の病室に張った鬼道の結界は綻びなど無いモノ。存在を感知されるというのはあまり考えられるものでは無い。
だが卯ノ花はさも当然といった風で浦原の問いに答えた。ことこの場所において自分に知らないことは無いと。
それを聞いた浦原は一人肩をすくめ、恐れ入ったといった風。


「それで私に聞きたい事とは何でしょう? 私に答えられ、また答えることが出来るものならば、お教えするのも吝かではありませんが」


ニコリと笑いながら言う卯ノ花。
柔和な笑顔とは逆に、普通の者ならばどこか気圧されるようなそれを前にしても、浦原にその様子はない。


「聞きたいこと、というか厳密には見せてもらいたいものがあるんッス。自分で調べてもいいんッスが、生憎と別件でそれどころじゃぁないもので。 ……見せて頂けますよね? 黒崎さんの診療記録」

「…… 」


いつも通りのにへらとした笑顔。 だが最後だけはその眼に真剣さが浮かんでいた。
一護の診療記録。
浦原が卯ノ花に要求したのはそれの閲覧。
先程自分が感じた僅かな違和感、それが本当にただ違和感や杞憂の類で済ませられるならそれでよし。だがそれが杞憂ではなく本当に重篤な何かに繋がる可能性があるなら、それを捨て置くことは出来ないと。
自分は一護に虚圏への道を開くと約束した。だが自分に出来るのは道を開くまで。 その先で実際に命を懸けて戦うのは一護なのだ。
その一護の状態、それがもし万全でないと判っていて送り出すのは、自分が彼を殺すのと同義だと。そんなことが出来るはずも無いと。
だからこそ浦原は確かめたいのだ。 自分が感じた違和感の正体を。真相を。


「……いいでしょう。 此方へ 」


浦原の言葉に間を置き、卯ノ花は彼へ自分に付いて来る様促した。
それに黙って続く浦原。 どこへ行くのか大方予想は付いていたが、その道中四番隊の隊士の誰とも出くわさないのは、おそらく卯ノ花による配慮だろう。
数分の後到着したのは、特別診療記録保管室と銘打たれた部屋。その扉に卯ノ花が触れると扉はひとりでに開く。


「ここは患者の個人情報が納められた場所。それも特別な症例に限ったものが多く、本来四番隊でも一部の限られた者のみ入室を許可されている場所ですが、今回は特例として貴方の入室を許可します」

「それはどうもッス 」

「ちなみに許可無き者が立ち入った場合は捕縛の後、無力化されます」

「何かしらの安全装置が働く、ということッスか?」

「いいえ。 装置ではなく私が貴方を“無力化する”と言えば伝わりますか?」

「い、いや~それは是非とも遠慮願いたいッスねぇ」


ニコリ。
そんないい笑顔の卯ノ花。
先程は動じなかった浦原も、これにはたたらを踏んだ。

一連のやり取りの後、卯ノ花と共に保管室へと入った浦原。
そこには浦原が想像していたような診療記録がずらりと並んだ光景はなく、ただ部屋の中心に掌大の四角い石柱があるだけだった。
卯ノ花はその石柱へと近付き軽く触れた後、人差し指でスゥと上から下へと撫でる。
すると次の瞬間には二人の前に大きく投影される形で診療記録が浮かび上がった。

顔写真つきのその診療記録は一護のもの。 身長や体重と言った一般的なものから病歴、傷暦、更には霊力、霊圧強度、波形、斬魄刀との精神同調パターン等等、その情報は多岐にわたるのが一目で判る。
藍染の乱の後収集された情報、更には先日傷だらけの状態で収容された時、また目覚めた後の検査によって蓄積されたそれらは、黒崎一護という死神代行の現在の状態を赤裸々に現すもの。
そんな一護の診療記録を表示しながら卯ノ花は、再び石柱の上を指でなで、更に次々と情報を投影していく。
先程の投影情報の前に開かれていく新たな情報。整然と書き連ねられた文面、あるいは様々な図形を伴ったそれらを、浦原は余す事無く確認していく。


そしてその情報が開かれる度、浦原の眼が見開かれる。



「これは…… 」

「そう、これが今の黒崎さんです 」

思わず呟かれた浦原の声。
驚きとも困惑ともとれないそれ。そしてまるでその呟きに乗った意思を理解し、肯定するかのような卯ノ花。

浦原が感じた違和感。
卯ノ花もまたそれを感じ、そして確信を得ていた。

その確信と違和感の正体、それが何なのかはまだ、二人の頭の中だけにあるのだった。














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