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[18519] とある闘いの記録・全年齢版(なのはA’sポータブル)
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2011/04/30 13:00
今、海鳴市は、密かに、だが確実に波乱が巻き起こっていた。

僅か一週間前、『闇の書』と呼ばれるロストロギアがその最期を迎えた。
その際に無限再生プログラム、『闇の書の闇』と呼ばれたそれは、最後の夜天の主とその仲間たちによって打ち砕かれた。

だが、それで全てが終わったわけではなかった。
時間を置き、打ち砕かれた『闇の書の闇』は再び元の姿を取り戻そうと動き始めたのだ。

その中核となっていたのは、三基の構成体(マテリアル)の存在。

そして、今この場にある結界の発生原因はその内の一基、高町なのはの情報を素体として生まれた存在だった。



「く、お前は僕をどうしようとする気だ!?」

彼女の前に居るは、この発生した事態を収束させるためにこの場に赴いた時空管理局時空航行艦アースラ所属。執務官クロノ・ハラオウンだ。

彼は闇の書の闇の復活を阻止するべく、構成体の内の一体である彼女と戦闘を行なったのだが、力及ばず、敗れたのだった。
現に、防護服の所々は破れ、その手足は拘束魔法によって空中に貼り付けにされて自由を奪われていた。

それでも彼の心は折れておらず、毅然とした面持ちで目の前の敵対者を睨みつける。
それは、悲劇を繰り返さないという強い決意の篭った瞳だった。

「別にどうと言う事はありません。ただ、貴方には闇の書の闇の復活の贄となって頂くだけです」

だが彼女はその視線に堪えた様子もなく、淡々と答える。
その顔立ちや姿は、素体となった高町なのはという少女と瓜二つだった。
だが、彼女は高町なのはとは明らかに違った。

高町なのははツインテールに纏めているのに対し、彼女は栗色の髪はショートカットにされており、バリアジャケットの色彩も、裏返したように黒を基調としたもの。
そして何より、高町なのはの持つ快活さは無く、感情の感じられない無機質な瞳で目の前の相手と向き合っていた。

「とはいえ、今の私は所詮欠片。貴方のリンカーコアを奪略しても意味がありませんが」
「……それはどういう事だ?」

クロノは、彼女のその言葉に聞き返す。
彼は戦いに敗北し、身体は拘束されている。その上、魔力残量もそう多くは無い。バリアジャケットの維持で精一杯という状況だ。
それでもまだ諦めていない。どんな些細なものでも良い、突破口となるものを見つけるべく会話をつづけようとする。

「簡単な事です。現在、闇の書の蒐集行使の能力は八神はやてが持つため、貴方のリンカーコアを奪っても、私はそれを蒐集する事が出来ません。
故に、リンカーコアの略奪に意味が無いのです」

彼女はクロノの思惑に気付かず、それとも気付いた上でなのか、提示された疑問に対してスラスラと答えを述べてゆく。
それは、勝利者として今の状況を誇示するわけでも、敗者に情けを掛けるわけでもない。
ただ単に「聞かれたから答えた」というものだった。

それを、クロノは一字一句漏らさぬよう、静かに耳を傾ける。
とりあえず、今すぐ殺されるような事にはならなそうだが、だからと言って状況が好転したわけでも無い。

元々この結界内では外部との通信が完全に遮断されているのだから、現状を仲間に伝える事は出来ないが、長時間経過すれば異変を察知した誰かの救援も期待できる。
今のクロノに出来るのは、会話で時間稼ぎをしつつ、突破口を探すという事だ。

その観点からすれば、彼女は会話が出来る相手なので、時間稼ぎが出来る。
それだけでなく、もしかしたら重要な情報を聞き出す事が出来るかもしれない。

クロノは今までの短いやり取りの中で彼女の人となりを分析した結果がそれだった。
ならば無言で捕まっている理由は無い。更なる情報を聞き出すべく口を開く。

「ですので、貴方はその身体ごと取り込ませて貰います」

だが、クロノが言葉を発するよりも早く、彼女は行動に移していた。
彼女の身体から噴き出すように黒い濃密な魔力が霧となって現れる。
それはまさに、闇そのものが溢れだすかのようにクロノの目には映っていた。

目の前で行われる事に、クロノは戦慄を抱く。
今、決定的なまでに自分にとって不味い事が起きようとしている事を悟り、少しでも逃れようと必死にその身を動かして足掻く。

「何も考える必要はありません。夢を見る必要もありません。
貴方はただ、永久に私の中に在れば良いのです」

だが、彼女の拘束魔法は非常に堅固であり、いくら抗おうにもびくともしない。
彼女はそんなクロノに対して何の感慨も抱く事も無く、ただ有言実行するだけとクロノに対してその手をかざす。
それと同時に、彼女を取り囲んでいた闇がクロノの身体に纏わりつく。クロノの身体の輪郭が徐々に揺らいでいく。

「う、うわぁぁぁぁっ!?」

自身の身体に起こっている事を拒絶するべく、クロノは叫び声を上げる。
だが、それは何の抵抗にもならなかった。

闇がクロノの身体を完全に覆い尽くしてその姿を隠されると、クロノの叫びもまた掻き消される。
そして、闇は彼女の中へと還元する。

そこにはもう、クロノ・ハラオウンという少年の姿は何処にも無かった。

「……さあ、次は誰と出逢うのでしょうか?」

ここに在るのはひとりの少女の姿を象った存在。
開かれた口から零れるのは、少女のものでありながら、感情の篭らない抑揚の無い声。
赤い宝石を先端に据えたデバイスを手にした、栗色のショートカットの、黒い色彩のバリアジャケットの少女。

「全ては心地良い永遠の血と怨嗟のために……」

彼女は闇の書の防衛プログラムの残滓である闇の書の欠片。その中でも特に強い力を持つ構成体(マテリアル)のひとりであり、“理”を司る存在。


元となった魔導師と同じ桜色の魔力光を残し、目的のためにこの空へ飛び立った。






魔法少女リリカルなのはStar light、始まります。

そういうわけで、魔法少女リリカルなのはPORTABLE-THE BATTLE OF ACE-に登場の星光の殲滅者捏造シナリオです。

元々はXXX板に投稿したものなんですが、R指定要素をカットして加筆修正をしてみました。
とりあえず、プロローグという事で見せ場も無く散ったクロノに黙祷を(合掌)。



[18519] STAGE2
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/01 16:51

闇の書の防衛プログラムは、再びその力を取り戻すべく、この地にある魔導師と騎士達の記憶と力を集めて再生しようとしていた。

それは次元世界を守る事を掲げる時空管理局にとって見過ごす事の出来ない事態。
管理局は事態解決のために動き出し、それに伴い、防衛プログラムを打ち抜いたこの地に住まう魔導師が立ち上がるのは当然の成り行き。

そう、遅かれ早かれ、彼女達が出逢うのは必然といえるものだった。


今この場に居るのはふたり。
ひとりは闇の書の構成体(マテリアル)の内の一基。
紫色の宝珠を先端に据えた杖型のデバイスを手にした、闇のような黒を基調とした色彩のバリアジャケットに身を包む少女。

そしてもうひとり。
赤い宝珠を先端に据えた杖型のデバイスを持ち、清純を思わせる白を基調とした色彩のバリアジャケットに身を包む少女。

姿かたちはまるで同じ。だが違う。
コインの表と裏のように、とても近く、そして巡り会うはずのないふたりがそこに居た。

「えと、わたしの偽者?」

管理局嘱託魔導師である高町なのはは、結界の中で出逢った闇の書の欠片と相対し、最初に思ったのがそれだった。

ここに辿り着くまでに、今ではかけがえの無い仲間達となった者達。その過去の記憶を基に象った闇の欠片との戦いを経ていた。
その中で、可能性の一つとして予想はしていた。だが、実際に自分と同じ顔をした相手が出てくると流石に驚きを隠せない。
思わずそれは口を突いて出ていた。

「確かにこの身と魔導は貴女を蒐集した際の情報がもとになっています。
貴女というオリジナルが存在する以上、私は自身が偽者ではないと証明する事は出来ません」

そんな特に意味も無いような呟きだったのだが、律儀な彼女はそれに答える。
彼女は自分が偽者であると本物に告げられたのだ。自身の存在を否定されたと言ってもあながち間違いではない。
それを認める。

「ですが、私は確固とした自我を持ち此処に存在しています。
私は、自身を偽者であるとは思っていません」

だが、彼女は自身の存在を明確に理解していた。
なのはの言う事ももっともだと理解した上で、自己を認識していた。
それが『理』の構成体(マテリアル)である彼女の在り方。
故に、彼女にはなんの揺らぎも無かった。

「……あの、ごめんなさい」

揺らいだのは、むしろなのはの方だった。

目の前に居るのは、この地に散った魔導師と騎士の記憶を集めて象られた仮初の存在。
それは夢や幻と同じもので、目が覚めたら残滓も欠片も無く消える。
だから偽者で、嘘。本当はここにないものと、存在を否定していた。

そんな考え方を無自覚にでもしていた自分を、なのはは恥じた。
こうして自身の言葉がちゃんと届いているのに、目の前にいる彼女の存在を否定してしまうような事を、自分がしていいはずはないのに。

だから、誠心誠意を込め、謝罪の言葉を口にして頭を下げていた。

「貴女が謝る事は何も在りません。貴女の言葉は真実なのですから」

だが、彼女はもとより偽者と呼ばれても気分を害していたわけではない。
その謝罪を受けるいわれはないと答える。

「私がここに居るのは、闇の書を復活させるため。
そして貴女はそれを阻止するためにここに居る。
今ここで、それ以外の存在理由を議論する意味はありません」

そして続ける。自分たちは戦うためにここに居るのだと。
それでもまだ議論したいというのなら、まずはその力を示してみせろと、自身のデバイスであるルシフェリオンをなのはに向ける。

「……闇の書を復活させるのは、諦めて貰う事は出来ないのかな?」

彼女は言葉で全てを語ってはいなかった。
だが、もとは同じ存在だからというように、彼女の真意は確かに届いていた。
なのはは愛機であるレイジングハートを構えながら、最後に訊ねる。

「それは出来ません。貴女も、ダメだと言われたらそれで諦める道理はないのでしょう?」

なのはの問いを、彼女は否定で返す。そして逆に訊ね返す。

「うん、そうだよね。わたしだって止まらないもの」

なのはは彼女の問いを肯定で返す。
ふたり、それぞれの問いの答えは聞く前から分かり切っていた事。聞いたのは単なる確認のようなものだった。

「闇の書が復活したら、沢山の人が悲しい思いをする。辛い思いをする。
それを止めたいと思うわたしの気持ちが届かないなら、力づくでも届かせて見せる。
わたしの魔法は、そのためにあるんだ!」

互いの想いは既に決まっている。ならばあとは戦うのみ。

「時空管理局嘱託魔導師、高町なのは。レイジングハート・エクセリオン。いきます!」
「闇の書、その構成体(マテリアル)が一基。『理』の魔導師とその愛機ルシフェリオン、いきます」

そして、戦いの幕は上がる。






なのはの魔法のキャリアは極端に短い。
だが、ジュエルシード事件、闇の書事件と立て続けに起こった荒波に揉まれる中で培われた経験は通常の魔導師に引けをとらない。
いや、なまじ最初から実戦の連続だった事を鑑みるに、通常の魔導師のそれ以上の密度だ。

その中で鍛え上げられたなのはの実力は高い。

なのはの保有する才能は、莫大な魔力量と瞬間出力。そして優れた遠隔操作能力。
時間が無かった故に、それらのみを実戦向きに叩き伸ばされたのがなのはのスタイル。

発生させた誘導操作弾を舞わせて立体的に相手を追い詰める。追い詰められないまでも自由な機動を阻害して、その隙を死角から狙撃、あるいは防御ごと打ち砕く一撃必殺の砲で撃ち抜く。
そして自身は遠隔からの射撃では揺るぎもしないような圧倒的な防御力を持つ。
中遠距離単独戦闘のエキスパートというのがなのはの戦い方だ。

接近戦の技能や補助魔法の運用に関してはあまり褒められたようなレベルではないものの、なのはの戦い方はそれを補って有り余るモノがあった。

平時においても、魔法の練習を欠かす事無く鍛錬を重ねきたそれは、既に管理局の中でも胸を張ってエースを名乗れるほどとなっている。

「ディバイン、バスターァァッ!」

そんな自身の力を証明するように、自身の主砲とも呼べる直射砲撃魔法を放つ。
莫大な魔力を直接叩きつけるというシンプルなそれは、下手な防御は容易く貫通して相手を一撃で打倒しうる力を持つ。
直撃すれば、それだけで終わりだ。

「ブラスト、ファイアーァァッ!」

だが、今敵対していた相手は、それで打倒する事は出来ない。
同種の砲撃魔法を放つ事で、真正面からなのはの砲撃を相殺してみせたのだ。
並の相手なら、砲撃魔法をぶつけ合っても一方的に押し勝てる威力をもつなのはの主砲を真正面から相殺してみせた彼女に、なのはは驚きを抱く。

そもそも、彼女は闇の書がなのはのリンカーコアを蒐集した際に得た情報をもとにされているのだ。その能力や魔力量はなのはと全くの同格。
相殺が出来ないわけが無い。

「パイロシューター!」

なのはに出来る事は自分にも出来る。
そんな事を言うかのように、今度は誘導操作弾を一度に十二発も発生させ、制空権を奪うべくなのはの周囲を舞わせる。

「く、アクセルシューター!」

そしてなのはも、彼女の使う誘導弾のオリジナルである誘導弾の魔法を展開。その尽くを撃ち落としてゆく。

使える魔法は同じ。戦術も同じ。それを考えると両者の戦いは全くの互角だった。

だが、実際には互角ではない。

「あぅ!?」

なのはは全ての誘導弾を自身の誘導弾で相殺するつもりだった。
その思惑をはずれ、彼女の誘導弾の内のひとつが防御網を抜けて、なのはに命中する。
幸い、直撃ではなくかすめるようなもので、大したダメージは受けていない。

だが、ここで問題なのはダメージの云々ではなく、能力は互角のはずなのに、なのはの方が押され気味だという事実。
なのはと彼女との間には僅かだが、それでも確かに実力に「差」が存在していた。

そして、その差の理由は彼女にあった。

彼女も、発生した当初は確かになのはと互角の能力だった。
いや、なのはのリンカーコアを蒐集したのが闇の書事件の初期で、今の彼女はそのときの情報がもとになっている。
対してなのはは、それ以降も魔法の練習を欠かさず続け、実力を伸ばしていた。
実力に差があるというのなら、なのはの方が上で在るべきなのだ。

なら今ある差は何なのかといえば、答えはひとつ。彼女の能力に加算があったのだ。
それはつまり、この戦いの前に取り込んだクロノ・ハラオウンの事。

魔導師をひとり取り込んだからと言って、彼女の魔力量や瞬間出力が増大したという事は無い。
だが、クロノが魔導師ランクをAAA+の評価を得ていた最大の要因は、魔法の運用技術の高さによるものだ。

無論、彼女とクロノとではそもそもの戦い方からして違うのだから、直接の参考や実力アップに繋がる事は無い。
それでも、クロノの魔法技術は彼女にプラスに働く。その結果、彼女の実力はなのはのそれを僅かに上回ったのだ。

「ブラスト、ファイアーァァ!」

そして、徐々に制空権を奪われ始めたなのはの死角から、彼女は砲撃魔法を繰り出す。
隙を突かれてしまったなのはは、回避は間に合わずその一撃を受けてしまう。

彼女は砲撃魔法の際に発生した圧縮魔力の残滓をデバイスから放出させつつ、立ち上る爆煙を静かに見やる。

「……さすが私のオリジナル。やりますね」

そしてその煙の奥に、咄嗟に防御したらしい、無傷ではないがそれでもまだ戦いの意思を失わないなのはを見て、素直に賞賛を送る。

「まだまだ負けないよ!」

なのはの周囲に浮かぶ桜色の球体を見て、まだこの戦いが続くものだと彼女は知る。

……彼女は思う。
なのはと自分は、戦術は同じ。だから実際に戦えば拮抗する。
だが、スペック的に言えば自分が上回っている事は確実なのだ。実際なのはを追い詰めている。

だが、倒しきれていない。

確かに圧倒しているわけではないが、確かになのはを自分は追い詰めている。
だが、最後のトドメまでが届かない。
今のように、あと一歩のところでなのはは踏みとどまって見せている。

そして、その要因に彼女は既に気付いている。

なのはにとって、最大の武器は魔法の才能ではない。
実戦で培った経験でもないし、ましてや単なる幸運で片付けて良いものでもない。

高町なのはの最大の武器はその心。
どんな時でも諦めない不屈の闘志。そして、その闘志を切らさない集中力だ。

それらは「理」の構成体(マテリアル)である彼女には無いモノだ。
彼女は常に冷静な思考で状況を判断する。決して激昂する事は無く、何時でも安定した精神状態を維持する。
それ故に「理」の名を冠しているのだ。

彼女の在り方は、決して悪いモノではない。むしろ戦いに生き残るために必要なもの。
だが、ここ一番の爆発力を生むと言う事は無い。

その違いが、今ここに現れているのだと彼女は考える。

果たして、このまま戦いを続けていて最後まで立っていられるのはどちらか?

「……ああ、これが『楽しい』という感情なのですね」

彼女の表情は変わらない。声も相変わらず淡々としたものだ。
だが、彼女の心の中に湧き上がるものが在った。

必勝が既に決まっている戦いなぞ面白くない。
こうして互いの魔導を競い合い、何処までも高みに昇りつめる。
今こうして戦っていられる事が、面白く、そして楽しいものだと理解する。

彼女は決して感情を昂ぶらせていない。その心はあくまで常と変わっていない。

「故に残念です。永遠に貴女とは魔導を競い合いたいと思うのですが、あまり戦いばかりに時間を割く事は出来ません」

だが、さっきまでとは何かが変わっていた。本人も気付かぬうちに。
この戦いを始める前までなら、残念などとは口にもしなかったのに、こうして言葉にしているという事実がその証拠だった。

「遺憾ではありますが、決着をつけましょう」

自身の内情を理解しているのに気付けない彼女は、戦いに契機を打ち込む。
宣告すると同時に、なのはの放った誘導弾の全てを自身の誘導弾で相殺して見せる。
そして訪れるのは一凪の静寂。

彼女は、このまま戦いを続けていたとしても自分が勝てるだろうと考える。
だが、彼女の目的はあくまで闇の書の復活であり、この戦いの勝利ではない。

勝ったとしても、贄とするためには自身に取り込まなくてはいけないのだが、今の自分ではその行為には時間がかかる。
もし行為の最中に妨害をされてしまうと、取り込む事が出来なくなってしまう。

戦いに時間をかけ、取り込むのにも時間をかける。
時間があればそれだけ、なのはに対する救援が来る確率が上がる。
それでは自身の目的が果たせない。そう考え至った。

故に、自身の娯楽よりも目的を優先する。理論と理屈を重ねて、そう判断する。
その中で、彼女はひとつの魔法を発動させる魔法陣を展開する。

「その魔法は、まさか……!?」

彼女の発動させた魔法に戸惑うなのはだが、それも当然だ。
今、彼女が発動させようとしているのは、なのは自身にとっても最大最強の切り札。
周囲に散った魔力を集束して放つ集束砲と呼ばれる魔法、そのための魔法陣。
あれはなのはがレイジングハートのふたりで組み上げたのだ。見間違えるはずがなかった。

ただ、彼女は魔法陣を展開しただけで、周囲の魔力を集束はさせてはいない。
なのはとしても、そうやすやすと集束砲のチャージをさせるつもりはないが、何故彼女はこのタイミングで明らかな隙を晒してまで魔法陣を展開させたままでいるのかと疑問に思う。

「私もあまりまどろっこしい手法は好みではありません。
一撃必殺。お互い、最強の魔導を以って雌雄を決しましょう」

そして、そのなのはの疑問は彼女の『提案』によって答えを得る。

この戦闘空域に散った魔力を回収し、奪い合い、どちらが相手より高い威力の魔法を生み出すかという勝負。
魔力の瞬間最大出力が同一であるふたりにとって、明確な優劣の出る手法。

単純明快、正面から正々堂々の力比べ。
彼女は勝負を急ぐ事にした。だが、はっきり決着をつける気だ。
その気概が彼女の瞳にありありと浮かんでいる。

『どうしよう、レイジングハート?』

それを真正面から見たなのははレイジングハートに精神通話で相談をする。
現実問題として今までの戦闘でだいぶ魔力が削られている。なのはには負ける気は一切ないが、それでも決定打が見つからないのが事実だ。

だが、そんな理屈以上に、何とも分かりやすい決着のつけ方を提案して、その上こうして自分達が相談をしているのを律儀に待っている彼女に応えたいと思っていた。

そんな主の心中を察しながら、レイジングハートは思考する。
向こうは既に魔法陣を展開して待機しているが、その隙を狙って攻撃を加えようにも、おそらく回避か防御をされてしまうはず。
それに、そんな真似を選ぶ事はどこまでも真っ直ぐな心を持っている主の士気を下げる事にも繋がりかねない。

それならばいっそ、ここは向こうに一発大ダメージを与えるチャンスととらえるべき。
今まで手堅く戦況を維持する彼女に対して逆転の目が見つからなかったのだ。
ここで一勝負をかけるのも間違いではない。
そういった検討の後に、レイジングハートは提案した。

《Let’s shoot it》
『だよね!』

なのははレイジングハートの結論は自分と同じだったと証明するように即答すると同時に、レイジングハートを構え直す。
そんな主との心の繋がりを強く感じるレイジングハートもまた、その信頼に応えるべく魔法陣を展開する。
もちろんそれは、彼女の展開する魔法陣と同一のもの。
集束砲『スターライトブレイカー』だ。

視線は何処までも真っ直ぐ。なのはも彼女も、自身の必勝の意志を乗せて相手を見やる。

「……心地良い緊張感です。
私はいつでも平気ですので、カウントは貴女方に譲ります」

静かな、だが極限まで高められた集中力によって空気がちりちりするような感覚の中で、彼女は何時ものように抑揚の無い声で話しかける。
だが、何処となくその声が冷淡な物ではなく熱い想いが込められているような気がするとなのはは感じた。

「いくよっ、レイジングハート!」
《StarlightBreaker Standby Ready》

感じて、自分だって負けないと強い想いを胸にレイジングハートに呼びかける。
それに応えるようになのはの足元と全面に広がる魔法陣の煌めきがより一層強くなる。同時に彼女のそれもまた同様に光り輝く。

《Count 9,8……》

そして、レイジングハートがカウントダウンを開始すると同時になのはと彼女のそれぞれの周囲に桜色の魔力光が生まれる。
全面に展開された魔法陣に集束されていき、互いの目前に巨大な魔力の塊を形成してゆく。

ふたりの魔力の波長は同一であり、さらに後に回収しやすいように使った魔力の拡散のさせ方にも特殊なプログラムを使っている。
そのため、普通なら相手の魔力は利用し辛いものであるはずなのだが、この場合はその限りではない。
相手と自分、その使った魔力の十全を集束していく。

《6、5……》
「ぅ……っ」

カウントも中盤に差し掛かったところで、なのはの表情が曇る。
ここまで来て、明らかになのはの集めた魔力量は彼女の集めた魔力量に劣っていた。
集束砲の撃ち合いとは即ち、周辺魔力の奪い合いに尽きると言っても過言ではない。
その過程で、魔法運用技術に僅かにだが確実に軍配の上がっている彼女の方が、なのはより多くの魔力を集める事が出来ていたのだ。

空間に散る魔力量にも限りはある。普段なら気にする事柄ではないのだが、この場ではふたりの魔導師が互いに負けまいと魔力を貪欲なまでに集めている。
そのため、通常以上の速度で周辺の魔力が減衰していく。

《3、2……》

そしてカウントは残り僅かにして、魔力の集束も打ち止めとなる。
魔力を集束する事によって形成される魔力の塊は、彼女の方が一回りばかり大きい。
このまま撃ち合えば、確実に自分が負けるとなのはは悟る。

「全力、全開っ……!!」

それでもなのはは諦めない。
周辺からの魔力の収集が足りないというのなら、他で補う。それは即ち自身の魔力。
その足りない分の魔力を補うべく、トリガーを引くだけの魔力さえ残っていれば良いと残り全ての魔力を注ぎ込む。

「!!」

その光景に彼女は目を見開く。
既に完成目前という状態のそこへ一挙に魔力を注ぎ込まれる事で、なのはの作り出した桜色の光球がその大きさが増していく。
ただ、その様相はすでに十分に膨らんだ風船に空気を注ぎ込むかのようで、少しの刺激を与えれば炸裂して爆発してしまいそうな危うさを感じる。
だというのに、なのはもレイジングハートも臆する事無く実行する。

これこそが、不屈の闘志のなせる技だと無言で語るかのように彼女の目には映った。
既に、魔力球の大きさは互角……!

「スターライトォ──」
「ルシフェリオン──」

レイジングハートのカウントはゼロとなり、ふたりは引き金を引くべく高らかに宣言する。

「「ブレイカーァァッ!!」」

そして、真正面から二種類の桜色の極大の砲撃がぶつかり合い、ほぼ互角のせめぎ合いを演じる。
その余波は十分な距離を置いていたハズだというのに、なのはと彼女の身体を激しく揺さぶる。
それでも一歩も下がる気は無いと歯を食いしばってその場にとどまり続ける。

だが、そのぶつかり合いは『ほぼ互角』であって『互角』では無かった。
なのはの側が僅かばかり足りていなかった。せめぎ合いを経て、押され始めようとする。

「レイジングハート!!」
《All light》

だが、なのはは撃ち負けていない。集束砲を放ちながらも断続的に魔力を供給するという無茶を押し通し、『ほぼ互角』の優劣を力づくで逆転させて見せていた。

そう、この集束砲の撃ち合いはなのはの勝利。

「っ……!?」

それを証明するようになのはの撃ち放った桜色の砲撃は、彼女のその姿を呑み込んでいた。

「……わたしの勝ち、だよね?」

砲撃の余韻の中で、なのははぽつりと呟く。それと同時に、なのはは意識を手放す。
魔力喪失による気絶であり、無茶な魔力運用の代償でもあった。
既に飛行魔法を維持する事もかなわない。靴に煌々と輝いていた桜色の翼は消失し、なのはは重力に引かれてその身を落下させていく。

「……そうですね。貴女の勝利です」

その身体を、彼女は受け止めていた。
バリアジャケットには少なくない損傷が見て取れるが、そこに居たのは、紛れもなくなのはと戦っていた彼女だった。

確かに彼女は砲撃に呑まれていた。だが、その直前までのせめぎ合いによって威力の大半を失っていたため、戦闘不能となる程のダメージを彼女は負っていなかった。
そして、なのはのような無茶も無理もしていなかったため、こうして自分の意志で立って居られた。

「全てをかけた勝負に敗北したのですから、私が退くべきなのですが、私がこうして在る以上、やらなければならない事もまた事実……」

彼女は自身の腕の中で気絶したままのなのはを見つめながら考えを巡らせる。
勝てば官軍という言葉がある通り、最後まで生き残った方が勝者であり、闇の書の復活という目的を果たすという最重要事項がある。なのはに気にかける必要は無いと考える。

だが、その一方で理屈ではなく感情がその答えを受け入れない。
先程のぶつかり合いは自身の全てを賭ける心づもりで臨んでいた。そして、決着はその結果に委ねたのだ。敗者は潔く去るべきと思う。

理屈と感情が相容れない答えを導き出す。
その間で揺れ動き、彼女は深く悩む。

「……今はあえて生き恥を晒しましょう」

そして答えを選んだ。なのはの身体を、彼女の身体から溢れだした闇が覆い隠していく。
彼女が優先したのは闇の書の闇の復活。それが、彼女の出した結論。
自分の感傷にかまけていられるような状況ではないという思考からの選択。
理解はしているというのに納得が出来ていないという感覚に戸惑いながらも、決意を胸にする。

「代わりに約束をします。いずれ貴女とはきちんと決着をつけるべくもう一度戦うと。
そして、悩む必要もないくらいの明確な勝利を収めてみせます」

彼女はこの行動に納得が出来ていない。ならば、次こそは納得出来る結果を残したい。
自分が存在していれば、再戦の機会はあるはず。故に、今は恥と知っていても生き汚く足掻いて見せる。


そうして、彼女は新たにひとりの魔導師を取り込んだ。







そういえば、ゲーム中でのレイハさんは、闇の欠片ヴァージョンだろうがなんだろうがよく喋るけど、ルシフェさんは全然喋らない。
唯一、クロスレンジでのブロックで「プロテクション」と言っているので、喋れないというわけではないハズ。
これはきっと、お喋りなレイハさんの性格が反転してルシフェさんはものっそい無口キャラになっているに違いない。
う~む、モードチェンジや魔法発動の時すら喋らないとは一貫しているものだなぁ。

というわけで、星光さんのデバイスであるルシフェリオンにはセリフがないです。
べ、別にルシフェリオンのセリフを書くのを面倒がったわけじゃないからね!
英語が苦手科目だから、書こうにも全然分からなかっただけなんだからね!



[18519] STAGE3
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/02 10:04

対峙するふたりの魔導師は、空中で幾度となく交錯を繰り返す。

一方は鮮烈な金色の魔力の光を軌跡として残し、戦場を翔け抜ける。

もう一方の魔導師もまた、その動きと対立するように戦場を翔ける。
そして、その魔力の光もまた金色。

「僕がぁ……勝ァつっ!」
「わたしだって、負けないっ!」

互いに必勝を謳い、もう何度目かも分からない衝突を繰り広げる。
その衝撃が、周囲を爆発するような眩い閃光で染め上げる。

交錯は一瞬。閃光が晴れる次の瞬間にはすでに両者は離れ、互いの全容を睥睨出来る距離にある。

「プラズマランサー!」
「電刃衝!」

牽制に直射型の魔力弾を放つ。その光景はまさに鏡映し。
互いに放ったタイミングは完全に同時。両者の挟む完全な中央で、寸分の狂いもなく真正面からぶつかり合い、相殺する。

「たりゃぁぁぁっ!!」
「はぁぁぁぁっ!」

魔力弾のぶつかり合いにより発生した爆煙を突き抜け、両者は再びぶつかり合い、弾かれ合うように間合いが離れる。
そして、足を止める事無く、高い機動性を生かして両者は空を舞う。

そのふたりの戦いは、常人には眼で追えず、閃光がぶつかり合うだけで何が起こっているのか把握が出来ないと思わせるほどの高速魔法戦。
いや、実力のある魔導師や騎士でさえ、そのふたりの間に割って入る事は出来ない領域で、ふたりは互いの持てる力をぶつけあっている。

この戦いはふたりだけのもの。余人に介入する余地はない。
ふたり以外の存在は観客に徹するしかない。そんな戦い。

(この子、やっぱり強い……)
(僕のスピードについてこれるヤツが居るなんて……)

その中でふたりは、口には出さないが相手の実力が自分と拮抗している事を認める。
他の誰でもない、戦っている当人同士なのだから、それがより明確に分かる。

(それでも僕が……)
(それでもわたしが……)

だが、両者の心中には実力が拮抗している事は関係ない。
求める結果はただひとつ。

「「勝つんだ!!」」

自らの想いを言霊に変えて、相棒であるデバイスに乗せて渾身の一撃を放つ。
相手を打倒し、その手に勝利を掴むために。

今まででさえ、誰にも追い着けないようなぶつかり合いだったが、その一撃はそれらをさらに超える速さと鋭さ。
既に音はついて来れていない。速さのカテゴリーの中で最速を誇る光だけが、その光景を映し出す。証明する。

一際眩い閃光に後れ、衝撃と音が交錯の一点から解放され、その周囲を薙ぎ払う。
元々軽いウェイトと薄い装甲であるふたりは、自分達が生み出した衝撃にその場に踏み止まる事が出来ずに吹き飛ばされる。

だが、類い稀なボディバランスで即座に体勢を整え、前を見据える。
その行為もまた同時。必然として視線がぶつかり合う。

「「──っ!」」

言葉は無い。今のやり取りで互いに被ダメージがあったが、戦いを続行出来る事はその瞳が語っている。

申し合わせたように高機動魔法を発動させる。
間を置く事なく、戦場には金色の閃光による二条の軌跡が描き出される。

時にぶつかり合い、時に弾かれ合う。
絡み合うように、ほどけるように。

ふたりの戦いは更なる高みへと昇りつめる。

両者の実力は……互角!





時は少しさかのぼる。

身につけるのは黒のボディースーツに真紅のベルト。漆黒のマントとツインテールに纏めている金色の髪は風にはためく。

そこに居たのは、時空管理局嘱託魔導師であるフェイト・テスタロッサという名の少女。

彼女は、闇の書の残滓が魔導師や騎士達の記憶をもとに復活しようとしているのを阻止するべく戦っている一人。
愛機である「閃光の斧」の二つ名を持つデバイス、『バルディッシュ』と共に、結界を発生させている闇の欠片を倒して回っていた。

闇の欠片達は自分も良く知る人物の姿と能力をしており、一筋縄ではいかない戦いの連続。
それでもフェイトは自身の実力を遺憾なく発揮し、それらすべてを打ち倒してここにいた。

最後の夜天の主である八神はやてとその守護騎士達も、順調に欠片達を倒していっていると連絡があった。

この調子でいけば、想定していた闇の書事件の余波よりも被害は小さくて済む。
油断するつもりはなかったが、概ねそうなるだろうと考えがあった。

ただ、フェイトには不安があった。

それは、この事態を自分と同じように解決しようと参加しているはずの親友、高町なのはと連絡が未だついていない事だった。

もしかしたら、なのはの身に何かあったのでは?

そんな考えが頭を過ぎる。でも、そのたびにそれは無いと否定する。
自分の知っているなのははとても強い子だ。
どんな時でも一度決めたら迷わず真っ直ぐに、不屈の心で前を見つめ続ける。

初めて出会ったときからなのははそうだった。だから、連絡はつかなくても今もどこかで戦っている。そう信じられる。

なら、自分に出来る事は一刻も早く事態を収束させる事。
そうすれば、お互いご苦労様と笑って、また逢える。

そんな親友との光景を思うと、胸が温かくなる。頑張ろうというやる気が湧いてくる。

フェイトは知らず笑みを浮かべながら、もっと頑張ろうと改めて思い、まだ夜の明けない空を飛んでいた。

「……見つけたっ」

そしてフェイトの目には、闇の欠片が展開させている結界が映る。
想いは胸に、意識を戦闘のそれへと切り替えて躊躇う事無く結界へと突入をする。
事態を解決するそのために。
そして、フェイトは結界の中心にその発生源である存在を確認した。

「君は……わたしじゃない、よね?」

そこに居たのは、青い髪をした自分と瓜二つの姿。
フェイトは全体的に黒い色彩のバリアジャケットを身につけているのに対して、目の前に居る少女は青色をメインにした色調のバリアジャケット。
その姿を見て、フェイトは自分のデータをもとにした存在である事は分かった。
だが、自分の記憶を再現している割には、雰囲気が自分とは違うともはっきりと感じていた。

「姿形は、まあ借りものさ。僕が何者かが気になるかい?」

青い髪の少女は、自分がフェイトの蒐集データをもとにしている事を肯定し、その上で違うとも明言する。
明らかに今まで戦ってきた闇の欠片とは違う。その事を理解し、フェイトは警戒を強める。

少女はそんなフェイトの様子に、何処となく満足気にしながら、意気揚々と宣言する。

「そうっ、僕こそが『力』の構成体(マテリアル)。君達が勝手に『悪』だと決めつけて破壊した闇の書の防衛プログラムの一部なのさ!」

少女は何故かポージングを決めながら名乗りを上げていた。
本人はカッコつけようとの行動だったが、対峙していたフェイトは自分と同じ顔の少女がそんな真似をしている事に、ただ面を食らっていた。

「ふふんっ、驚いて声も出ないか。そうだろう、そうだろう。うんうん。
君は闇の欠片達を倒して回っていたようだけど、アレは僕のような構成体(マテリアル)が居る限り何度でも発生するんだ。
はっきり言って無駄な努力でしかなかったんだよ!」

フェイトは確かに驚いていたが、それが自分の思っている驚きの種類とは微妙にずれている事に気付かず、少女は更に言葉を続ける。

「そして、僕は負けないっ。『力』の構成体(マテリアル)である僕はうんと強いんだ!
闇の書の闇を撃ち抜いた魔導師や騎士達は僕がみんなやっつけてやる!」

喋りながら、熱が籠もってきた少女は更に身振り手振りを加えて自己アピールを続ける。
本人は、さながら舞台に立つ主役のような心持ちだ。

「力を取り戻して、もっと強い『王』に、僕はなる!
そして帰るんだ。あの鮮やかで心地良い闇に……」

少女は一通り語ったところで「フン」と鼻を鳴らす。
どうやら、言いたい事を全部言えたので満足したらしい。

「えと、色々と情報を教えてくれてありがとう?」

そしてフェイトは、目の前で行なわれた自分のそっくりさんによる独演会を律儀に聞いてから、そんな答えを返す。
ただ、この場で礼を言うのが正しいのかどうかに自信が無くて、小首をかしげながらになっていたが。

「なぁっ、何なんだよそのリアクションはっ。君は僕の事をバカにしてるのか!?」

少女の方は、もっとこう「恐れおののく」とか「強敵だと認める」というリアクションを期待していたのに、逆に礼を言われてしまった事に憤慨する。

「……はっ。まさかこの僕から情報を聞き出そうとしていたのか!?」

そして、どうやら彼女は良いように情報を喋らされたと考え至ったらしい。

というか、勝手に喋った彼女がうっかりなのだが。
まあ、『力』の構成体(マテリアル)である彼女は考えるのが苦手なので、仕方が無いといえば仕方が無い。

「うぅ~、僕は強くて凄くてカッコイイ『王』になるんだよぉ!」

彼女は空中で地団太を踏むという、傍目には不可思議な行為をする。
本人は大真面目に情報を喋ってしまった事を悔しがっているのだが、その姿は何処からどう見ても子供の癇癪にしか見えなかった。

「あ、えと、……きっとそのうち良い事もあると思うよ?」

フェイトは自分を置いて考えがどんどん先に行っている目の前の少女に困惑していたが、とりあえず励ます事にしたらしい。
ただ、倒したら消える相手に、どんないい事があるのかはフェイトにも分からない。

「バカにするなぁーーッ!!」

そして彼女の方は、フェイトの励ましを侮辱と取ったらしい。
両手を突き上げるようにしながらフェイトの言葉を突っぱねる。

「えと、バカにするとか、そういう事じゃなくて……」

突っぱねられた側のフェイトは、どうして自分が怒られているのかが分からなくてオロオロする。

……どうにも、ふたりの会話はかみ合っていないようだった。

「もういいっ。考えるのは終わりだっ。
君のデータと力を手に入れて、僕は飛ぶ。そして最強の『王』になるんだっ!!」

彼女は一通り喚いて、何かを諦めたらしい。
そして浮かぶのは戦闘者としての顔。迷わず敵対者を屠ろうという気概に満ち、明確な殺気を纏う。

それは紛れもない一級の戦士。戦う事が自身の存在意義と言葉にせずとも姿で語る。

「行くぞォ! 我が太刀に、一片の迷いなーーーしッ!!」

それだけなら本人の言うとおり『カッコイイ』立ち姿なのだが、今までのやり取りを考えると、どう見てもやぶれかぶれだった。

「あの、君のデバイスって斧型だから、太刀とは違うんじゃないかな?」
「うるさーいッ。太刀って言った方がカッコイイじゃないか!?」

……結局、最初から最後まで会話のかみ合わないふたりだった。






そんなふたりのファーストコンタクトだったが、実際に戦闘が始まれば、両者共に一歩も引かない激しい魔法戦を繰り広げていた。
しかしそれは、互いの攻撃が全て防御を捨てた特攻とも思える攻撃の応酬。

見た目は派手で目を引く魔法戦ではあるが、攻守のバランスが極端に崩れているため、戦技教導の手本とは程遠い代物だった。

フェイトは元々、戦闘では「攻撃に傾倒し過ぎ」とよく注意を受けていたため、こうも攻撃一辺倒な戦い方をしようとは思っていなかった。

だが、敵対している自分とそっくりな少女は、そんな自分の「攻撃に傾倒し過ぎ」以上に「防御は無く攻撃のみ」だった。

速さと鋭さを極限まで研ぎ澄まし、相手が攻撃してくるよりも速く攻め立て、反撃の暇も与えず倒し切る。
相手に攻撃をさせないのだから、防御はなくても平気。そういうスタイル。

普通なら気がふれていると思えるそれを、目の前の少女は実行していた。
流石は『力』の名を冠しているだけはあるという、勇猛で無謀な戦い方。

断じて、頭の悪そうな戦術などと言ってはいけない。

フェイトの方も、スピードで相手を翻弄し、隙をついて一撃離脱というのがスタイル。
並の相手なら、その速さだけで十分以上に戦う事が出来る。

だが、今フェイトが戦っている相手は基本スペックがほぼ同等なのだが、そのリソースの殆どを攻撃と速さに費やしている。
結果、その速度は通常のフェイトの出せるスピードを大きく上回っていた。

仮に一度でも守勢に回ったら、元々防御を苦手分野としているフェイトは反撃の暇も与えて貰えなくなる。
なのはやシグナム達なら防御に回っても反撃に転じる事も可能かもしれないが、戦いの手札が同じフェイトでは押し切られる。そう考えた。

そんなフェイトにとって、勝利を掴むには一度たりとも守勢に回ってはいけない。
常に攻め続ける事でしか相手を打倒する可能性を手繰り寄せる事が出来ない。

そういった理由で、やむを得ず、フェイトもまた彼女の流儀に則るかのように攻撃を攻撃で打倒するような戦い方を繰り広げていた。

バトルマニアの気のあるフェイトは、この戦いを嬉々として臨んでいるようにも見えるが、この戦い方は本意ではないので気のせいだ。
……たぶん、おそらく。

それはさておき、そういった事情の結果、ふたりは今の戦い方を続けている。

一歩でも引いたら。一度でも失敗したら。それが即敗北に繋がるギリギリの綱渡り。
そんな、互角の裏でいつ決着がついてもおかしくない戦いをふたりはしていた。

だが、どうにも決着がつかない。
手札は同じで、カードの切り方も同じなのだから、当たり前と言えば当たり前。
そして、終わりの見えない持久戦はそれだけで精神を削る。

精神の摩耗は判断力と体力を奪い、奪われた判断力と体力が精神の摩耗を助長する。

戦うふたりは、既にその悪循環の中に居る。
現に、今も誰も追い付けないような高速魔法戦を繰り広げているが、使う技、魔法がどんどんシンプルなそれへとなってきている。

精神、判断力、体力が低下している上、速さに使えるリソースの大半を費やしているため、複雑なモノを使う余裕が無くなっている証拠だ。

「はぁぁぁっ!」
「やぁぁぁっ!」

それでも一歩も引かないのだから、このふたりの負けず嫌いは筋金入りだとしか言えない。

ただ、精神力までもが拮抗しているというのならそれこそ千日手であり、これから先、どれほど時間を費やしても決着はつかない。

もし決着がつくとしたら、何かきっかけが必要だった。

そして、そのきっかけが、この場に齎された。

『援護します』

聞こえたのはたった一言。だが、フェイトにとってそれは重要なモノだった。

(なのは!?)

返事をする余裕はないが、念話によって齎されたその声が親友のそれだとすぐに分かった。
そして、視界の端に一瞬だけだが桜色の光点が見えた事で、なのはがこの場に来ていると確信する。

一瞬見えたそれは本当に点でしか見えず、彼女もこの場に居るとはいえその距離は遠い。
だが、フェイトは知っている。なのはにとって、この距離は十分射程圏内である事を。

(ならわたしは……)

彼女は援護すると言ったけど、流石に今の自分達の速度に対して狙撃をする事は無理。
だから、ほんの一瞬でもいいから目の前の相手の動きを止める必要がある。
そして、それが自分の役割とフェイトは判断する。

「余計な真似、するなぁぁっ!」

そう考えた直後、今まで高い機動力で動き回っていた少女は、フェイトに向かって何の策も無く一直線に突っ込んで来た。

これまでは一撃でも貰えばそれで終わりだったが、状況が変わった。
自分が被弾しても、相手の動きを止める事が出来れば自分達が勝つ。

目の前の少女の言葉の意味は分からないが、これはチャンスと捉える。
フェイトはあえて足を止めて、それを迎え撃つ。

「うおぉぉっ!」
「くぅっ!?」

そして激突。一方は突き進もうと、もう一方は真正面から受け止めようとする。

ふたりは今まで何度もぶつかり合ってはいたが、それはすれ違いざまの攻防であり、ここまで体当たりのような衝突は無かった。

「くぁっ!?」
「あぅっ!?」

その衝撃は疲労し切った身体には堪えるもので、両者は互いに弾かれ合う。
それと同時に一瞬だが身体の自由が利かなくなる。

ふたりだけなら、それはただの相討ち。身体の自由を取り戻せばまた仕切り直しだ。
だが、ここには第三者が存在する。

その動けなくなった一瞬を的確に見抜いた、桜色の魔力光の超遠距離砲が炸裂する。
フェイトはその光を見て、自分が役割を果たす事が出来た事を知り、勝利を確信して、

「……え?」

その砲撃に呑まれた。

フェイトの敗因は、極度の疲労により、聞こえた声は確かに高町なのはのモノと同一でも、そこに在った違和感に気付けなかった事だった。


「……余計な事をするなって言ったのに、何をするんだよ!」

フェイトと刃を交えていた少女は自身の不機嫌さを隠そうともせず、憮然とした面持ちで自身の戦いに介入された事に憤る。
そこには勝利に対する歓喜はなく、ただ横やりを入れられた事に対して怒りをあらわにするものだった。

その少女の隣に、ふわりと影が舞い降りる。

「あのままでは何時までも決着はつかないと見ました。故に効率を優先したまでです」

桜色の光の翼を足もとに輝かせて中空に立つその人物は、少女の苛立ちにも特に何の感慨も見せず、介入の理由を答える。

「うるさいなッ。あそこから僕のカッコイイ必殺技で一気に決着をつけていたんだよ!」
「そうですか」
「~ッ。なんだよその澄ました態度はッ。君はやっぱり僕をバカにしているんだろ!」
「私には貴女を侮辱する意味も理由を在りません」
「その態度がバカにしてるっていうんだよ!」

そんなふたりのやり取りを、フェイトはダメージの影響で擦れるような意識の中で聞く。
直撃した砲撃は非殺傷設定であったために命を刈り取られる事は無かったのだが、その砲撃の威力は凶悪に過ぎた。

フェイトの魔力は「削る」どころか「抉る」勢いで根こそぎ奪われてしまっていた。
すでに飛行魔法の発動はおろか、原形を留めないほど破壊されたバリアジャケットを再構成する余裕もなく、桜色の拘束魔法で落下を免れているだけ。
意識を保っていられただけでも奇跡と言えるような有様だった。

だが、フェイトにとって、自身の現状よりも意識を割かれるものがあった。

「なのはじゃ、ない……?」

目の前で自分が戦っていた少女が喚くように言う文句を、右から左へと聞き流しているようで、実は律儀に答えている少女の事だ。

見覚えはある。親友なのだからそれは当然。
だが、魔力光や姿が同じなのに、親友の姿と目の前の彼女の姿がどうしても重ならない。

フェイトの知っているなのはは、もっと強くて優しい瞳をしている。
あんな、何の感情も籠らない無機質なガラス細工のような瞳はしていない。

「お初にお目にかかります。私は闇の書の『理』の構成体(マテリアル)です」

そんなフェイトの視線に気付いたのか、彼女は騒ぐ少女の事を脇において名乗りを上げる。
それは、フェイトの呟きを肯定するものであり、先程の『援護する』という声は、自分にではなく対戦相手に向けられたものだったのだとフェイトは知る。

彼女は名乗り終え、フェイトには話す言葉が浮かんでこない。それで会話は終わっていた。

「……?」

だが、なのはとそっくりな彼女は、フェイトから視線を外さなかった。
ただじっと見つめるその瞳は相変わらず無機質のそれのようだった。
だが、その奥には何かフェイトに興味を引かれるものがあるらしい事は感じられる。

目の前の彼女が、どうしてそんな風に自分の事を見ているのだろうと、フェイトは内心小首をかしげる。

「だぁーっ。僕の事を無視するなぁッ!」

そんな見詰め合う二人だけの世界に割って入る存在がいた。
最初は効率を優先すると言っていたくせに、放っておけば何時までもフェイトの顔を見ていそうな彼女に対し、青い髪の少女が癇癪を起こしたのだ。

今まで自分が戦っていたというのに美味しいところを持っていかれた挙げ句、自分の存在をないものと扱われるのは非常に面白く無いモノだった。
目立ちたがりのきらいのある彼女は、強引にふたりの視線を自分に向けさせたくて声を荒げる。

「無視ではありません。単に眼中に無かっただけです」
「それは無視よりタチが悪いじゃないか!?」

彼女は事実を述べただけだが、時として真実は嘘よりも相手を傷つけるものであった。

「もういいっ。僕は彼女を取り込むから、君はさっさと次の獲物でも探せばいいさ!」

そう言って、少女は彼女を押しのけてフェイトの真正面に立つ。
今度は自分が舞台の上に立ち、彼女をただの観客以下の存在とするように。

少女は、彼女が理屈や理論とか、効率というモノが大好きだという事を知っている。
だから、彼女ならこの場を自分に任せて早々に次へ向かうものだと考えていた。

「……待ちなさい」

だが、その予想に反して、彼女は自分の行動に制止の声を掛けてきた。
それは少女にとって癇に障った。
珍しく頭で考えて先を予想したというのに、それが外れて余計に面白くない。

「うるさいなっ。この子は元々僕の獲物だったんだから、君なんかの出る幕は何処にも無いんだよ!」

少女は、彼女の事を無視する事にした。
もとより、彼女のいう事を聞く必要もない。先に行動してしまえば、彼女も諦めるだろうと思った。
そうして、フェイトに向かって一歩を踏み出そうとした。

「私は待つように言いました」

だが、彼女は更に予想を裏切る。
いや、それだけではない。少女の背中に自身のデバイスを突きつけていたのだ。
しかもそれは砲撃形態の上、砲撃を補助するための円環状魔法陣も展開済み。

「ちょ、待……ッ!?」

背中に感じた悪寒に僅かにふり返り彼女を見る。
彼女は常と変わらず、無表情に自分を見ていた。そして、そのまま口を動かす。

「ブラストファイアー」

そして圧倒的なまでの桜色の奔流が咆哮を上げる。
それは少女の発しようとした言葉を全て飲み込んで押し流し、吹き飛ばす。

ゼロ距離から、しかも背中へのそれに、抗う術は存在しなかった。

「な、んで……」

砲撃が過ぎ去った跡にいたのは、すでに自身の構成の維持も出来ずに形を崩してゆくだけの姿だった。
それでも、自身に起こった事が理解できず、疑問の言葉を搾り出す。

「待つように言った私の警告を聞かなかったのは貴女です」

その疑問に、常のように淡々と答える声があった。
彼女は消え行く少女を冷たく見下ろしていた。無感情ではなく、ただ冷たく。

そして、データに還った少女の残骸を自身に取り込む。
生物を取り込むわけでもない。もとより同じデータから生まれた存在であるのだから、その行為は数瞬で終わっていた。
ただ、破損が大きすぎたために、もう構成体(マテリアル)として復活させる事は出来無そうだと、彼女は考えていた。

「……あなた達は、仲間じゃなかったんですか?」

その光景を、一番の特等席であろう、真正面で見ていたフェイトは思わず呟く。
共に戦う間柄にある相手を、背中から撃ち抜くなんて信じられなかったのだ。

「私と彼女は同志ですが、仲間では有りません」

フェイトに向かってゆっくりとふり返りながら彼女は質問に答える。
自分達は闇の書の復活という同じ志を持つとは認めるが、だからと言って共闘しているわけではないと、彼女は答える。

「でも、それでもどうしてあの子を撃つような真似を……!?」

だが、フェイトは彼女の答えに納得が出来ない。
同志と仲間の違いが分からない。それ以上に、消えてしまった彼女をフェイトは想う。

お互い相容れない間柄ではあったが、実際に刃を交えてその人となりを感じていたフェイトにとって、少女は敵ではなく好敵手と認識していた。
そんな少女が、目の前で一方的にやられるのをそんな理由で納得したくなかった。

「それは……」

彼女は、いつものように聞かれたから答えようとした。
だが、想いは言葉にならず、彼女は初めて口ごもる。そんな自分自身に僅かに困惑する。

「……分かりません。どうして私は彼女を撃ったのでしょう?」

思考は答えを導き出せず、逆に疑問が口を突いて出る。
質問をしてから、逆に疑問を提示されるとは思っていなかったフェイトは答えられない。

だが、彼女自身、別にフェイトに対して言ったわけではない。考えを纏める上で、思いという不明瞭なものを言葉という明確な形に置き換ているだけだ。

「効率を考えれば、彼女を取り込むのは『力』の雷剣士でも問題はありません。
でも、私はそれを良しとしないと明確に感じていました。
……“感じていた”? 私は思考ではなく感情で行動をしたというのでしょうか?
いえ、感情とて思考に置き換えて認識しています。ならその時の私の思考は……」

そのまま彼女は思考の海へ没頭する。
口から零れる言葉の羅列は、誰かに語るものではないため、それを聞いてもフェイトにはどういう事かがよく分からない。
情報を取捨選択して整理し、自分の中にある答えの形を明確としてゆく作業。

そして、ある程度考えが纏まったらしいところで、不意に彼女はフェイトを見る。
急に視線を向けられたフェイトは驚くが、自分を捉える真っ直ぐなその瞳から不思議と目が離せない。

「……そう、私はフェイト・テスタロッサが自分以外の誰かに傷つけられる事を容認できなかった、という事です」

そして彼女は彼女なりの答えを出した。それは、彼女にとってこれ以上無いほど納得出来る答えだと思った。

だが、同時に理解出来ないものでもあった。

彼女の中に在るのは闇の書の闇の根源的なものである破壊と混沌の衝動。
それは、『理』の構成体(マテリアル)であっても変わらない。
特定の誰かを特別に想うなどという「感情」は存在しないハズだった。

それでも、確かに自分の中にフェイトに対する特別な想いがあった。
ならば自分の中に、そこに結び着く理由が存在するはずだと考え、そして、

「……ああ、なるほど。つまり貴女は、私が取り込んだ魔導師達に特別に想われていたのですね?」

理由はあった。彼女の中に存在する、破壊と混沌以外のモノ。

彼女の取り込んだ「クロノ・ハラオウン」は同じ家に住み、家族のように思っている。
そして「高町なのは」は戦いを経て、深く心を結び合わせた親友。
ふたりともフェイトと親しい間柄にあった。その影響を自分が受けているのだと、そう理解した。

彼女は、フェイトの頬にそっと手を添える。

「不思議です。貴女を見ていると無いはずの感情が湧きあがってくるのを感じます」

理解し、納得し、そして認識した。自分がフェイトに対して特別な感情を抱いていると。

不鮮明だったそれが明確な形となったのだから、あとは悩む事はない。
本能には従うべきと、彼女の中にある衝動が告げている。自分はそれに従えば良い。

彼女がフェイトに対して抱いている感情は『親愛』であり、愛おしいと思っている。
だから、『力』の雷剣士がフェイトを取り込もうとする行為が認められなかった。

自分以外がフェイトを傷つけるのは許せない。フェイトを傷つけても良いのは自分だけ。
他人に取られるなら、自分の物にしたい。自分だけで独占したい。

そのためにはどうすれば良いか?
答えは単純にして基本。自分の中に取り込んでしまえばよい。そうすれば自分以外にフェイトは触れられなくなる。
元々の目的とも合致する。何の不自然も無い。

そうして彼女の、自分の行為を容認する理論武装は完了した。

それは、クロノの家族としての、なのはの友達としての親愛とはすでに形を変えていた。
彼女の中にある闇の書の闇が抱える衝動と入り混じった、彼女自身が抱く、彼女だけの親愛の感情となっていた。
きっかけはふたりの魔導師のソレでも、今は彼女自身の意思でフェイトに好意を持っている。

そして、フェイトと自分の唇を重ね合わせる。
この自身の行為は、それを証明するものだと、ただ静かに口づけを交わす。

「んん~っ!?」

ただし、彼女の行動はフェイトの同意は得ていない。
フェイトは突然自分に向けられた好意に驚き戸惑いながらも抵抗しようとしている。

だが、彼女はそんなフェイトの抵抗を気に止めないかのように行為を続ける。

長い、長い一方的なキスが繰り広げられる。
それに伴い、次第にフェイトの抵抗が弱くなっていく。

「んぁ、はぁ、はぁ……」

そして彼女は一通り満足してフェイトとのキスを終わらせる。
されていた側であるフェイトは息も絶え絶えに、足りなくなった酸素を欲する。

「……私は貴女の事を愛しています。
他の誰にも渡さない。さあ、もう一度私の中へ……」

そして再び唇を重ねる。同時に彼女から闇が溢れだし、彼女とフェイトの姿を包み込む。
他の誰にも邪魔はされない、ふたりだけの空間を作り出したかのように。

そして、少しの時間を経て、闇が晴れたそこには彼女の影がひとつあるだけ。

「……これでフェイトは私だけの物。
安らかな永遠を。今度こそ過たず、貴女へ送ります」

彼女は自身の胸に手を当てながらそっと囁く。
フェイトは既にこの声が届かないほど深い眠りの中に居ると分かっていてもなんとなく呟いていた。
その表情は常の無表情ではなく、満足げに薄く微笑んでいた。










なのはは親友。クロノはシスコン。
そんなふたりの影響を受けている彼女はフェイト萌え~。

そして雷刃さんもお疲れさまでしたー。

そういえば、雷刃さんのデバイスであるバルニフィカスにもセリフはなかったなぁ。
う~ん、寡黙なバルディッシュの性格が裏返っているんだから無口というのは合わないから……。
よしっ、実はすっごいめんどくさがり屋で、喋る事の一切をサボっているという事にしよう!

まあ、もう出番はないんですけど。


余談
星光さんの事を書く時のメインBGMは『Kanon』の「少女の檻」です。
彼女にもぜひ、みたらし団子を口いっぱいに頬張りながら「みまみま(逃がした)」とか言って欲しいと思う自分がいる。



[18519] STAGE4
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/15 19:27
結界を抜け、次なる獲物を求めて空を翔けるひとつの影。

闇の書の闇。その構成体(マテリアル)が一基、『理』を司る彼女の姿がそこにあった。

彼女は既にデータとしてではない、実体のある生命体である魔導師を取り込んでいる。
そのため、特定の結界の中でしか実体を保てないという事もない。

故に、結界の中で自身に引き寄せられる闇の欠片達や、不穏を察知した魔導師や騎士が飛び込んでくるのを待つ必要もない。

能動的に動ける彼女は自ら空を舞い移動し、目標を捕捉したのち、逃げられないように結界を展開して事に及んでいた。
その工程を繰り返し、最初のひとりに加えて魔導師二名や、いくつかの欠片の回収をしていた。

だが、今回は少し毛色が違った。

「ここは……」

常のように移動していた最中、突如として自身を取り巻く周囲の光景が変わる。
それを目の当たりにした彼女は足を止め、ゆっくりと周囲を見渡す。

そこには空が無かった。大地が無かった。風が無かった。

空間としてここは存在しているが、触れて確かめられるものは何も無い。
ただ陽炎のように揺らめく闇が陰影を生み出し、彼我の差を作り出す。
それが無ければ、自分を認識出来ずにこの空間に呑まれてしまいそうな、そんな場所。

ここは、破壊と混沌の衝動を描き出す心象風景。
闇の書の闇が抱える元始の風景であり、彼女も求める懐かしくも心地よい闇。

どうやら自分を取り込むように結界を展開されたらしいと彼女は知る。
そして、この光景を作り出した主には心当たりがある。

「よく来たな、下郎」

故に、彼女は突然掛けられた声に驚いたりはしない。隠そうともしない蔑み見下す声に気を悪くもしない。
ただ、推測通りだと納得するだけ。

「やはり貴女でしたか、『王』」

ゆっくりと振り返ったその先には、この結界を張った張本人が不遜な眼差しで彼女をみていた。

その姿は、現在の夜天の書、彼女達の流儀に則って言えば闇の書の主である八神はやてのそれだ。
だが、禍々しいと思わせる闇の魔力を内包し、溢れださせるその姿は八神はやてとは違う。

彼女こそが『理』の自分と、『力』の雷剣士と同じく闇の書の闇の構成体(マテリアル)でありながらも、特に重要な中枢の役割を持つ『王』たる三基目。

「ふむ、中々に働いていたようだな。特別に褒めてつかわそう」

目を細めて、彼女の取り込んで来た力の総量を見届けた王は労いの言葉を掛ける。
だが、愉悦に染まる王の心には、本気で彼女の働きを称賛する思いはない。
自分の手駒が想像以上に働いたために、自身へ還る力が増す事を悦んでいるだけ。

この世全ては自分のものという考え。必要なのは自分の都合だけ。
どこまでも自分本位に考える。だが、だからこそ『王』として君臨していると示す姿がそこにはあった。

「さあ、その集めた力を我に献上せよ。そして決して砕けぬ闇の贄となるがよい!」

王である彼女は演説するかのように両腕を広げ、宣告する。

彼女達は闇の書の闇の復活。そして更なる力を得る事を目的として行動してきた。
その結果を得るために、中枢たる王に力を渡すのは当然の流れ。
王である彼女にとってそれは考えるまでもない事実。故に、この行動にも何の疑問もない。

「……どうにも、貴女は何か勘違いをしているようですね」

だが、『理』の構成体(マテリアル)である彼女にとっては違う。
差し出された手に応える事無く、代わりに無表情ながらも何処か呆れているような声色の言葉を返す。

「勘違い、だと……?」

その返事に、王の嗤いが固まる。そして形を変え憤慨の表情へと変わっていく。

王は自分が間違っているなどとは思っていない。
それ以前に、自分が行動するからこそ、その行動が正しいと証明されると考えている。
全ては王にひれ伏せていれば良い。全ては王を肯定していれば良い。それが王の行動理念。

だというのに、欠片風情、しかも自分の下僕に反論されたとあっては面白くない以上に怒りが湧く。

「貴女は確かに私達の中枢となるべく発生しました。
ですが、あくまでシステムの中枢です。システムの頂点として存在しているわけではありません」

だが、彼女はそんな王の憤りを気にもせず答える。
確かに闇の書の闇の復活には必要な存在だという部分は認める。だが、だからと言って支配する権限を併せ持っているわけではないと。

「そもそも、『王』として生まれた事の上に胡坐をかき、怠惰を貪るだけの貴女が砕け得ぬ闇になれるとは思えません」

そしてさらに続けたのは、彼女の視点からすれば、王など何の役にも立っていないという事。

ただ玉座の上で集まってきた欠片達を手にして喜んでいるだけでは意味が無い。
そんなものは、与えられた箱庭の中で遊んでいるだけの子供と大して変わりはないと彼女は考える。

「おのれっ、下僕の分際で王に意見する気かっ!?」
「私と貴女は、役割は違いますが上下の関係にはありません。
『王』とは貴女の役割に対する呼称であり、格としては同列に位置します」

故に、礼は示すが頭を垂れる理由も必要もないと彼女は答える。

「元より、言葉による議論は必要ありません。
貴女が自身を王と証明したいのなら、その力で私の力を奪えば良いでしょう」

そしてデバイスを構える。

そもそも、最初から議論の余地は無かったのだ。
自分達構成体(マテリアル)は闇の書の闇の復活を望むが、皆個人の思惑で動いている。
渡せと言われて素直に渡す道理の方が、余程ない。

また、自分達の求めるものも、力づくで得なければ意味もない。
永遠の血と怨嗟は戦いによって齎される。故に、自分達もその衝動に従い、戦い奪い合う。それが本能。
お互いを喰らい合い、最後に生き残った者こそ砕け得ぬ闇たりえる。

自分達の求めるものは、そういうモノのはず。

「さあ、互いの存在を奪い合う殺し合いを始めましょう」

謳うように戦いの時を告げる。
今から始まるのは、共食いにして自分達を更なる存在へと高める儀式。
そのための戦いを始まった。






「塵芥も同然のただの一欠片風情が、生意気をほざくなぁ!」

王である彼女は苛立っていた。
闇を統べる存在である自分に対し、その極々一部でしかない欠片に反旗を翻されるのは業腹ものだ。

素直に従えば、慈悲を掛けて苦しまないよう一瞬で終わらせてやっても良かったとも思うが、今となってはそんな生ぬるい程度では済まさない。
自分の気分を害した事を後悔させて後悔させて後悔させて。
そして許しを請うてきた所を切り捨て、更なる絶望を与える。

その上でじっくりといたぶった後で力を取り込んでやろうと考えていた。

事実、それを実現できるだけの力は『王』である彼女には在った。

彼女の魔力資質は、データの基礎とした八神はやてと同様、広域型。
圧倒的な火力と攻撃範囲で一方的に殲滅するのが彼女のスタイル。

さらに、他の構成体(マテリアル)と比べ、『王』である彼女は発生した闇の欠片を引き寄せる力が特出している。
その結果、現在のその魔力貯蔵可能量も群を抜いている。

実際には無尽蔵とは違うのだが、たとえ湯水のように好き放題魔力を使ったとしても消費し切るには到底届かない。現実的には無尽蔵と称しても差し支えない量の魔力。
そして、広域型であるために一度に放出を可能とする魔力量も桁が違う。

細かい制御は苦手だが、そんなものは物量と火力でねじ伏せる。
敵対者が攻撃魔法を使ってこようと、自分はそれを上回る火力で圧倒してやれば良い。

それはまさに、財を持つ王であるからこそ出来る戦術。

実際、中遠距離エキスパートの砲撃魔導師というスタイルの『理』の構成体(マテリアル)である彼女の誘導弾や砲撃でさえ、圧倒出来る。

確かに彼女も、今まで魔導師や闇の欠片を取り込んで魔力量は増大している。
だが、内にある魔力を放出する彼女は変わっていない。
幾ら水の貯蔵があっても、蛇口が同じなら一度に使える水の量は変わらないのだ。

力比べにおいて、彼女が王に勝てる道理は無い。
勝っている部分と言えば防御の出力ぐらいなものだが、そんなモノは「王」の火力の前には敗北を僅かに遅らせる程度のファクターにしかなりえない。

故に、王はこの戦いをただの戯れであり、自身の勝利は揺ぎ無いと思っていた。

「ブラストファイアーッ!」
「くぬぅっ!?」

だが、実際に蓋を開けてみたらどうだ。
彼女の放った砲撃魔法が自身を掠めるように虚空を撃ち抜く。その余波でバリアジャケットの一部が削り取られる。

王による一方的な蹂躙劇となるはずのこの場は、互いに一進一退の様相を示している。
王の力を前にしても、彼女は一歩も引かず攻撃を放ってくる。

……おかしい。こんなはずではないはず。そんな思いが王の頭に過る。

実際にはどちらが優勢に攻めているかといえば、王である彼女の方が優位に事を進めている事に間違いは無い。

王のバリアジャケットは、細かく削られているが、その程度は膨大な魔力による力技のリカバリーでダメージにもなっていない。
先程の砲撃では少なくない量を削られたが、それも回復の許容範囲に収まって有り余る。

対して彼女のバリアジャケットは数多くの損傷が見られる。致命傷は無いものの、確実にダメージを蓄積している事は傍目に見ただけでも簡単に分かる。

攻撃の頻度にしても、常に弾幕を張って攻撃をし続ける王。
それに比べれば、彼女の攻撃は思いだしたころにようやく放っている程度。

自分の方が相手にダメージを与えている。自分の方がダメージを受けていない。
戦況を見れば、このまま攻め続ければ勝てるはず。現在進行形で勝っているはず。

それが分かっているというのに、そんなものはどうという事は無いと言わんばかりに反撃をしてくる彼女を見ていると、勝っているという気が湧いてこない。
どうして自分の弾幕を受けても平然としていられるのかが分からない。

それが、苛立ちとなって王をさいなむ。

「はぁ、はぁ……っ」

そんな王に対している彼女の方は、現状の見たままの通り、然程も余裕は無い。
今も確実に魔力を削られて行っている。

誘導弾のような小技で制空権を奪おうにも、王はそれを上回る火力と攻撃範囲でねじ伏せてくる。
砲撃をメインに攻めようとも、絶え間なく放たれる弾幕の前にはチャージの時間を得る事も難しい。
王は接近戦を苦手としているが、それは自分も同じ事。

普段の攻める手立ての、その尽くが通用しない。

だが、それでも勝つ気に満ちていた。

自分ではまともに王と戦っても勝ち目は薄い事は分かっている。
故に、彼女はまともではない手段で戦っていた。

彼女のとった手段は単純明快。ダメージを受けても、最終的にはそれ以上のダメージを与えてやれば良いという選択。

攻撃を無理に避けたり防いだりしたところで、かの弾幕の前にはたかが知れている。
なら、最初から受けて逸らす。あるいは真正面から受け切れば良い。

細かく移動しようとしなければ、攻撃と防御に意識を集中できる。それなら弾幕の中においても魔力チャージぐらい難しくない。

たとえ十発受けようとも、それを耐えきって一発撃ち抜いて見せる。
被弾は上等。ただし受けたダメージは熨斗を付けて返すという、普通なら割に合わない戦術。
だが、彼女の魔力資質からくる防御力と一撃必殺の砲撃がそれを実現可能としていた。

自分にとって、これが最も勝率の高い戦術だと腹を括っているのだ。今更ダメージがあったとしても、わざわざ怯む必要は無い。
在るのは一撃必殺の心構えのみ。

攻めているのに、倒し切れない事実に困惑する王。
攻められているが、打倒の機会を虎視眈々と狙う彼女。

ふたり精神状態は、戦況とは比例していなかった。

「ブラストファイアーッ!」

そして、一瞬の隙を突くように放たれた彼女の砲撃が、弾幕を突き破るように放たれる。
それを王は、驚愕に目を見開いて見やる。
苛立ちから、さっさと終わらせてやろうと攻撃に意識を割き過ぎていた王には回避も防御も間に合わない。

「ぐがぁっ!?」

直撃。

これ以上ない形で桜色の奔流は王を呑みこんだ。衝撃が爆発となって視界を覆う。

一撃。

たったの一撃で彼女はこれまでのダメージ差を覆して見せた瞬間だった。

次いで、王の放つ弾幕も止まる。彼女の砲撃は一撃で戦闘を終わらせる、まさに必殺の一撃だったのだ。これで、この戦いは終わりだ。

「……要らぬ」

ただし、相手が“普通”の範疇にある存在であったら、の話だ。

「要らぬ要らぬ要らぬっ、もう要らぬ!!」

爆煙の向こうには、足元にはミッドチルダ式の円形の魔法陣、そして眼前にはベルカ式特有の三角形を基本とした魔法陣を白の魔力光で空中に描き出す王の姿。
バリアジャケットの損傷は激しい。確かなダメージを受けていたが、そのダメージを憤怒に変えて王はそこに在った。

「そこまで王に逆らうというのなら、跡形もなく消し去ってやろうぞ!」

そして、王の目前に広がるは、保有する中でも最大の砲撃魔法を繰り出すための魔法陣。
相手を取り込むには、倒してもその原型を残す必要がある故に設定しておいた非殺傷設定など切っている。加減など欠片もない。

防御なぞ意味の無い火力。逃げ場など最初から存在しない攻撃範囲。
言葉の通り、データの残滓、その一欠片も残すつもりは王には既にない。
彼女が集めていた力の量は惜しくはあるが、自分さえいればどうとでもなる。
齎すのは覆す事の叶わない絶望のみ。後悔の暇も与えない。

「死ね。エクス……カリバーァァッ!!」

手にしたデバイスを振ると同時にトリガーワードを告げ、魔法を完成させる。

三角形を描く魔法陣、その三つの頂点から彼女の放った砲撃を超える威力の魔力が同時に放たれる。
しかもそれだけでは終わらない。各個だけでも必殺のそれは寄り合い交わり合う。
そして、極大の砲撃となって阻む物全てを無へと還しながら直進する。

その射線上に居る彼女に回避するすべは無い。迎撃にも意味は無い。
それでも敗北する気は無いと、持てる魔力のその全てを注ぎ込むつもりでシールドを展開する。

だが、そんな抵抗を嘲笑うかのように白の極光は彼女を呑みこんだ。

「ふははははっ。馬鹿め、全ては王たる我にひれ伏しておけば良いのだ!」

それを見届け、王は哄笑を上げる。
最大の砲撃を全力で放ち、先程まで抱いていた怒りや不機嫌も晴れた。
手こずらされたが、所詮は欠片。王たるこの身が本気を出せば、あの程度の雑兵など屠るのは容易いと高らかに嗤う。
あの一撃を受けて、生きているはずもないと確信していた。

「……集え、明星(あかぼし)」

故に、耳に届いた言葉は最初、単なる幻聴だと思った。

「な……っ!?」

だが違った。次いで、キン、と澄んだ音を響かせて王の手足が拘束された。
そして、その手足を縛る魔力の光は桜色。

在りえないと王は思う。確かに彼女は砲撃に呑まれていたのだ。無事で済むはずがない。
非殺傷設定も切っていたのだから、それはなおの事。
目の前に起こった事が信じられないまま、徐々に晴れ行く爆煙を見ていた。

「全てを焼き消す焔となれ……っ」

そこに彼女は居た。

バリアジャケットは見るも無残なまでにボロボロで、辛うじて原形が分かる程度。
体中の至る所に傷を負っているのか、流す血が全身を赤く染め上げる。
特に損傷が酷いのはシールドを支えていた右腕。血と損傷によって赤黒く在るそれは、肩からぶら下がるだけの無用の長物となり果てていた。
防御にその殆どをつぎ込んだおかげで、残存魔力もゼロに近い。

満身創痍。まさにその言葉を体現する彼女がそこに居た。
だが、驚くべくはその姿ではない。彼女は既に足元に魔法陣を展開し、魔力チャージを完了しよう所だったという事。

彼女は実行していたのだ。自分は王の攻撃を耐え切り、必殺の一撃を繰り出す事を。

普通なら、アレを耐え切っただけでも称賛に値するし、既に魔力もほぼ底をついているため、碌な攻撃魔法を使う事も不可能。逆転の手札は無い。

だが、彼女の最大にして最強の切り札は、自身の魔力に依存するのではない。

周囲に散った魔力を小さな空間ごとに圧縮し、収集する。そしてその再利用した魔力を以って放つ魔法。
魔力は殆ど残っていなくとも、周囲に散っていた魔力の残滓があれば、敵が使った魔力も巻き込んで、自身の限界を超えた最大の砲撃を繰り出す事が出来る。

集束砲。それが彼女の切り札だ。

既に暴発直前まで溜め込まれた魔力の塊。それは彼女の魔力光である桜色の中には、王の白い魔力光も少なからず混ざっている。
先ほど放った王の魔力は自分の物と比べて扱いにくいが、それをも彼女は制御して砲撃の糧としていた。
そうして溜め込まれた魔力量は、既に王の放った最大魔法を超えている。まさに倍返し。

「……ルベライト」

既に彼女の目前には巨大な桜色の光球が形成されている。それを解き放つ前に彼女が使ったのは拘束魔法。

右手が使えない以上、左手のみで砲撃を支えるのだが、通常の砲撃魔法でも反動が大きいといいうのに、これは集束砲。片手では足りない。
それを補うべく、拘束魔法を使って自身の身体を固定する。

固定された状態では反動を逃す事が出来ず、ダイレクトに衝撃が身体に伝わってしまうが、勝利を得るためには必要な事と割り切る。

「ば、馬鹿なッ。そんな状態で撃てるわけが……!?」

王は焦燥に戸惑いながら、出来るわけが無いと思う。出来たとしても反動だけで自滅するのがオチだと叫び声を上げる。
無駄に命を散らす前に、諦めろとその行為を否定する。

「私は私の道を征きます。貴女はここで消えて下さい」

だが、彼女から返ってきたのはその言葉を聞き入れる気は無いという事。
そして、自身が勝者となるという宣告。

その瞳に揺らぎは無い。流れる血の赤にその表情は彩られているが、いつものように事実を事実として淡々と口にする。
故に分かる。彼女は……本気だ。

それを知る。王は悟り青ざめる。今、王の心を占めるのは紛れも無い恐怖。
このままでは殺されると逃れようともがく。だが、硬い拘束魔法はそれを許さない。

「ルシフェリオン……」

そんな王の抵抗を、彼女は無様と嘲笑ったりしない。
もとより、この瞬間に王の存在などどうでも良かった。

過去も未来も関係ない。今この場にいる自分を証明するために全力を尽くす。
それ以外に意味も必要も無い……!

そして、彼女の愛機であるルシフェリオンが振り下ろされる。

「ブレイカーァァッ!!」

轟音と共に、白色の混ざった桜色の輝きが巨大な柱となって王を襲った。
それは、闇と破壊の混沌の衝動を描く世界を貫く眩い閃光。

彼女と違い、耐えようという気概の無い王に耐えられるはずもなかった。

「……心滾る、良き戦いでした」

誰からの賞賛も無かったが、確かに彼女は王に打ち勝っていた。






「お、おの、れ……」

集束砲の直撃を受けて墜ちた王は仰向けに倒れ伏していた。
その姿は見るも無惨。目の焦点も合っておらず視力も機能していない様子。
辛うじて呻き声を上げるだけのその姿は、君臨する王の威厳は完全に打ち砕かれていた。

「流石は『王』。まだ意識がありましたか」

そんな王の隣に立つ彼女の姿もまたひどい。
闇色のバリアジャケットは破損により殆ど原型を留めておらず、辛うじて残っている部位は焼け焦げている上に流した血に赤く染まっている。
魔力にも余裕が無いのだろう、普段は力強い桜色の輝きを見せる靴の翼も弱々しく明滅するばかり。

役に立たない右腕を抱えるように抑えながら立つ姿は、少し突けばそのまま倒れ伏してしまうことだろうと思わせる。

「もっとも、敗者である貴女が意識を持っていたとしても然程も意味はありませんが」

だが、彼女は自身の足で揺らぐ事無く立っている。
王を見据えるその表情には相変わらず感情らしい感情は浮かんではいないが、その瞳には強敵を打ち破り勝者となった者だけが持ちえる力強さがあった。

確かに満身創痍であるが、風が吹けば飛ばされてしまうような弱さはない。
強者の貫禄を持って、彼女はそこにいた。
その威厳の前には、損傷やボロボロの衣服でさえ強者を彩るファクターとして周囲に認知させる。それだけのものを持っていた。

「わ、我こそが、闇を……、全てを統べる、王、なのだ……っ」

だが、目の見えていない王には、そんな彼女の姿など分からない。
自らの存在意義である王の尊厳にすがり付いて、魔力を集めてダメージを修復しようとする。

「貴女も王と名乗るのなら、あまり無様は晒さないで下さい」
「ぐふっ!?」

そんな王の行為を、彼女は無造作に足で踏みつけて阻害する。
普段なら魔法を使うなり何なりするところだが、彼女も今は立つそれだけで精一杯。
右腕は動かず、左腕はその右腕を押さえているために使えない。

故に、一番手っ取り早くて楽な手段を選んだのだが、効果の程はそれだけで十分だったようだ。
王が集めようとしていた闇の欠片の魔力は霧散して、王の傷は癒されない。

「敗北を素直に認められないようでは、器の矮小さを露見させるだけですよ」
「ぐ、が、ぁ……っ!?」

彼女はそのまま、足の裏をねじ込むようにしながら、踏みつけた腹部に力を加えてゆく。
固い靴の裏が腹部にめり込む感覚のたびに、王の口からは苦悶の声が漏れる。

とはいえ、最終的には王は取り込むのだ。死なれてしまっても困る。
生かさぬよう、殺さぬようダメージを断続的に与えていく。
彼女の体躯で踏みつける程度ではダメージ自体は極小レベルだが、王の回復を阻害するには十分。

彼女の方も時間経過と、王が引き寄せていた闇の欠片を少しずつだが取り込んでいたおかげで、だいぶ魔力が回復していた。
彼女が王を取り込む準備は全て整っていた。

「ルシフェリオン」

呼びかけると、その意図を酌んだデバイスが魔法陣を展開する。
それと同時に、倒れ伏している王の身体が崩れてゆく。身体という形を維持していた要因を弱められるために闇の書の闇で在った頃のデータへと還っていくためだ。

「ぐがぁぁ!? や、やめ……」

王は王としての尊厳などよりも自身の生存を望むというように哀願して見せるが、その言葉も彼女は最後まで発せられる事は無く、王はデータへと還った。

展開された魔法陣はそれを無為に散らす事はさせず、粒子として中空に維持する。
そして、彼女は王を構成していたデータと力をその身に取り込んだ。

「う、くっ……」

必要分は体力と魔力は回復したとはいえ、重体であった彼女にとって王の所持していた情報量はきついものがあった。
そのために発生した苦痛に顔を歪めるが、それを堪えてその全てを呑みこむ。
そして、

「……力が漲る。魔導が滾る。これが、私の求めていた力……?」

奥から溢れだすような魔力の衝動に驚き、自身の手を見ながらぽつりと呟く。
そう言えば右手も動くと今更ながらに気付く。

闇の書の闇が最悪のロストロギアと称されていた無限再生プログラムが不完全ながらも機能を取り戻したために、彼女の右腕は修復されていた。
いや、右腕だけでなくバリアジャケット、そして身体の至る所に在った傷も目に見えて修復されていく。

さらに、三基の構成体(マテリアル)の力がひとつに揃っているおかげで、闇の欠片の集束力が高まり、次々と自分の下に集まってくる。

その全てが彼女の力となり、戦闘で消耗した魔力を潤して、満たす。

「くぅっ……!?」

だが、あまりに膨大に過ぎるそれは、彼女の許容量を超えていた。入り切らない魔力が内側から彼女を食い破って溢れだそうとする。

闇の欠片だけならば、あるいは耐えられたかもしれないが、彼女は既に実存する魔導師三名を身体ごと取り込んでいる。
しかもその魔導師は三名ともAAAランクを超える能力を持っている。

既に許容量一杯に近づいていたのに、そこに更に構成体(マテリアル)三基分の闇の欠片を注ぎ込まれれば中から自滅してしまう事も分かる。

「ルシフェリオン……ッ」

この幼い身体では耐えられない。耐えられる身体に作り替えら無ければならない。
それを悟り、歯を食いしばり、脂汗を浮かせながら耐えつつ、手にしたデバイスに新たな魔法陣を展開させる。

同時に、魔法陣が放つ桜色の光の中で彼女のシルエットに変化が訪れる。

9歳児相当だったその幼い身体は急激な成長を見せる。
体格的に二次成長期を超え、肉体のポテンシャルとしてはピークに位置する二十歳前後のそれとなる。
ショートカットであった髪は腰ほどまで伸び、風になびく。
体格の変化に伴い、バリアジャケットもその形状を変える。

そして、変化は終わり、桜色の魔法陣も集束する。
その場には、静かに瞳を閉じ佇む、ひとりの女性の姿。

「これが、復活して更なる力を得た闇の書の闇……」

閉じていた瞳をゆっくりと開きながら、自分が何者なのかを誰に聞かせるでもなく宣告する。
彼女こそが、『理』の構成体(マテリアル)をベースとして新たに誕生した存在。永遠の怨嗟と破壊を齎す闇の具現。

“砕け得ぬ闇”

「……足りません」

彼女は力を取り戻し、新たな存在として自身を確立した。
だが、現状は必要最低限の身を取り揃えただけの、仮の起動。まだ完成ではない。
そして、完成のためにはどうしても必要なものが足りていない。

今の彼女は闇の書とは違い、確固した自我を持ち、主を必要とせずとも自立して行動が出来るようになった。

だが、現状では自身で魔力を生み出す事が出来ない。それは他者から奪うしかない。
今でも相手を身体ごと取り込む事で魔力の奪取は可能だが、それでは時間がかかるので効率が悪い。

やはり、実行するには無限再生プログラムと並んで、闇の書が第一級ロストロギアと恐れられる要因である物が必要だと考える。

「……蒐集行使の力。返して貰いましょう」

狙うのは、闇の書の闇として自分を切り捨てたかつての主。

八神はやて。










なのは世界のラスボスは、子供モードから大人モードにパワーアップする法則に則って、彼女もまた大人モードにパワーアップを果たした!


今回のVS闇統べる王戦は、BGMに何故かあったA’sアニメOP曲である『ETERNAL BZAZE』を流したり、フルドライブバーストもセリフの特殊演出なんかを考えたりと、完全にファイナルステージのノリで書きました。

そしてファイナルステージを超え、彼女は新たな戦いに臨む。

え? ゲームでは六戦目がファイナルステージだったのに、これじゃあ足りないんじゃないかって?
大丈夫、彼女自身が闇の欠片をいくつか取り込んだと言っているので、ちゃんと六戦はやっていますって。



余談
なんとなく、他のマテリアルシリーズのふたりのストーリーについて考えてみた。


闇統べる王の場合

「フハハハハハッ。ついに、ついに力を取り戻したぞ!
我こそが闇を、全てを統べる王となるのだ!!」
「そんなこと、させません!!」
「ふん、有象無象の塵芥どもが。……いいだろう、まずは貴様らから屠ってくれるわ!!」
「縛れっ、鋼の軛!」
「轟・天・爆・砕!」
「翔けよ、隼!」
「エターナルコフィン!」
「撃ち抜け、夜天の雷!」
「響け、終焉の笛!」
「撃ち抜け、雷神!」
「全力全開ッ、スターライトォ、ブレイカーァァ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁっっ!?」
「「「「「「「「勝利!!」」」」」」」」

「あ、あれ? わたしの出番は……?」

……なんだろう、どう頑張っても最終的にフルボッコされる姿しか想像できないぞ?
なんというか、フルボッコにされる結果は“刺し穿つ死刺の槍”(ゲイ・ボルグ)の因果逆転の呪い並かそれ以上に行動の先に決定されているみたい。
幸運のランクは低そうだし、『王』や『声』という要素的に、かなりうっかりしてそうだから、この結果を覆すのはとても大変そうだ。


雷刃の襲撃者の場合

「やった、やったぞーッ。僕が闇の書の闇を取り戻したんだ。僕が最強の『王』になったんだーッ!!」
「あら、それはおめでたいわね。それじゃあお祝いに翠屋謹製のシュークリームを進呈するわ」
「? ぱくぱく、むぐむぐ。……おお!? 何だこれは、凄くおいしいぞ!?」
「そう言えば知ってる? 人を殺したりすると、作る人がいなくなるからこのシュークリームも食べられなくなるのよ?」
「な、なんだってーッ!?」
「ところで、貴女はこれからどうするつもりなの?」
「ぐ……、あの心地良い永遠の血と怨嗟の闇も欲しいけど、このシュークリームも食べたい。むぐぐぐ~~っ」
「あら、こんなところにまだシュークリームが。どうしましょう、人を殺したりしないって約束出来る人にならあげてもいいんだけど……」
「うん! 僕はもう人を殺したりしないよ!!」
「…………計画通り(ニヤリ)」

あれ? お子様ランチを目の前にして目をキラキラ輝かせている青い髪の女の子の姿が幻視出来る……?
とりあえず、ちょっと思考誘導してやれば普通に良い子になりそうだ。
ちなみに、上で話をしている相手はリンディさん(仮)です。



[18519] STAGE5
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/15 19:44
 
リインフォースは違和感を覚えていた。

自分と一緒に行動している主である八神はやて。そして騎士達もまた闇の欠片達を倒して回っていており、欠片達は徐々にだがその数を減らしていっていた。

アースラの方からも順調だといわれていたのに、どうしてもいやな予感が拭えない。
具体的に何が、とはいえないのだが、重大な何かを見逃している。そんな気がしていた。

そして、それは気のせいでは無かった。

『大変っ。闇の欠片達が凄い勢いで一カ所に集まってるよ!?』

突然入った通信の先で慌てた様子でアースラの通信士であるエイミィが声を荒げている。
モニター越しではあったが、そのただならぬ雰囲気を察する事は容易だった。

その事実を前に、リインフォースはひとつの事実にようやく気付く事が出来た。
確かに自分達は闇の欠片達を倒して回っていた。だが、誰からも凝縮存在である構成体(マテリアル)を倒したという連絡は入っていない。
順調に見えたのは上辺だけで、その本質は何の進展も無かったという事実。

『気をつけてっ。ひとつに集まった闇の欠片が凄い勢いでリインフォースとはやてちゃんのところに向かっているよ!』

続けられたエイミィの言葉にリインフォースは焦燥を抱く。
闇の欠片は元々闇の書、夜天の書の一部だったものだ。故に、管制融合騎である自分や、主であるはやてに引き寄せられるのは道理にかなっている。
だが、ここで問題なのは、相手が闇の欠片の全てが凝縮された存在であるという事。
一体どれだけの力を持っているのかが予測が出来ない。

「我が主、ここは危険です。早急に退避してください」

今までは主であるはやての意向を汲んで、闇の欠片への対処ははやてが行い、体調の万全ではないリインフォースは後方に控える形を取っていた。
だが、既に状況が変わっており、そんな事も言っていられない。
何よりも主の安全の確保が大事だとはやてに逃げる事を促す。

「あかん。リインフォースはひとりで無茶する気やろ?
そんな事させるのはあかん!」
「ですが……」
「でももへちまもあらへん。夜天の主と祝福の風は常に一緒や。せやからわたしは逃げへん。一緒に戦お?」
「我が主……」

真っ直ぐな瞳を向けられ二の句が告げられなくなる。
リインフォースとしては主を危険な目に合わせたくないと思うのだが、これで中々に頑固な主は聞き入れてはくれない事は分かっている。
このまま一緒に戦うか、それとも力づくでも逃がすか。どうするべきかを思案を巡らせる。

だが、時間は待ってはくれない。

自分達の周囲に結界が展開される。
中に捕らえた対象を逃さぬように張られた結界の強度は、簡単に見ただけでも相当に強固そうだ。
普通なら複数人で協力してこの強度を持たせられるだろうに、それをひとりで行ったというだけでその技量の高さが窺える。

結界を展開したのは、ひとりの女性。

闇のような黒を基調としたバリアジャケットに身を包み、腰元まで伸びる栗色の髪を夜風に靡かせる。
手には紫の宝石を頂に据えた杖型のデバイスを持ち、靴には飛行魔法によって発生する桜色の翼を煌々と輝かせ、彼女はそこにいた。

「闇の書の主と管制融合騎……。捕らえました」

抑揚の少ない静かな語り口で、自身の行為を告げる。
はやてとリインフォースのふたりは、そんな彼女の姿に困惑する。

闇の欠片はこの地に散った記憶と力を再生させたものであり、その姿は闇の書事件に関わった魔導師や騎士達を象っていた。
だが、目の前にいる女性は違う。こんな女性は闇の書事件には関わっていないとはっきり言える知らない人物。

……いや、ひとりだけ心当たりはあった。髪の毛の色や、色彩こそ真逆に位置するがバリアジャケットや手にしたデバイスの形状には見覚えがある。
そしてその魔力の光。桜色の魔力光は、ふたりの良く知る人物がもつものだった。

だが、ふたりが頭に思い浮かべた人物、高町なのはは小学3年生だ。目の前に居る彼女の外見は二十歳前後であり、その姿がかみ合っていない。

「……お前は、誰だ?」

疑問を口にしたのはリインフォース。主であるはやてを守るように自ら前に進み出て口を開く。

「つれない言葉ですね。僅か一週間前までは常に共に在ったというのに」

彼女は残念と口にするが、その淡々とした口ぶりと感情の見えない表情をみると、本当に残念と思っているのかが分からない。

「お前が何者であるかは分かっている。だが、私の聞きたい事はそれではない……!」

そんな彼女に対して、リインフォースは僅かに語気を強めながら更に問い詰める。

目の前に居るのは闇の欠片の凝縮存在であるという事は、他の誰でも無い、管制融合騎として存在していたリインフォースには肌で感じて分かっている。

だが、どうしてそんな姿をしているのかが分からない。どうして高町なのはが成長したような姿をしているのかが分からないのだとリインフォースは言う。

「……では、改めて名乗りましょう。
私は高町なのはの蒐集した際のデータをもとにした構成体(マテリアル)をベースとして再構築を果した闇の書の防衛プログラムです。
この身体は、幼体では情報の保持が出来なかったために作り変えた結果です」

リインフォースは挑みかかるように睨み付けていたが、その視線を気にした風も無く彼女はすらすらと答える。

「再構築を“果した”、だと……?」

彼女からすれば隠すような事は何も無いと普通に答えたが、聞いた側であるリインフォースとはやて、特にリインフォースにとってその答えは衝撃だった。

防衛プログラムは闇の書の闇。手にした者を、周囲にいるものも巻き込んで死に至らしめる呪い。

最後の夜天の主であるはやてと心優しい魔導師達の尽力によって切り離され、打ち砕かれたはずのそれがまたこうして目の前に現れた。
闇の書の呪いからは逃れる事は出来ないのかという想いが心の内に湧く。

「はい。ですが、現状は最低限のみによる仮の起動といった段階です。
完成のためにはどうしても必要なものがあります」

彼女は話をしていたリインフォースから視線を外し、その後にいるはやてに眼を向ける。

「闇の書の主、八神はやてが持つ蒐集行使の能力を還して貰いましょう」

そして、この場に訪れた理由を口にする。
その瞳は相変わらずの無感動だが、その奥にははやての持つ力を渇望する色が見える。
それを向けられたはやては僅かに怯む。

「……なあ、復活してどうするつもりなんや?」

だが、はやては踏み止まる。それどころか逆に質問をしていた。

「どうという事はありません。世に破壊を齎し、怨嗟の声を響かせる。それだけです」
「何で……、何でそんな悲しい事を……?」

はやては、誰かにひどい事をするのが当然と答える彼女を悲しいと思った。
防衛プログラムも、そもそもはそんな意図はなく、ただ魔導の記録を失わず未来へ伝えるために組み込まれたものだった。
それが長い間にあった改竄の影響でこんな風になってしまっている。

それさえなければ、彼女もこんな風な事を言わなくても良い未来があったはずなのにと、哀れみや同情を向けるのではなく、ただ、悲しい事だとはやては思った。

「私と貴女では価値観が違うだけです。
貴女が醜いと思うものを美しいと思い、悪と呼ばれると思うものを尊いと思う。
それはプログラムに刻まれているからではなく、私自身で認識し、思考し、決めた事。
世の秩序とは反しますが、私はこの想いや考えが間違っているとは思いません」

だが彼女は、そんなはやての思う心は見当違いであると口にする。
誰かに言われたからではなく、自身の意思でこの在り方を貫くと決めたのだ。
認められないと否定されるのは分かるが、悲しまれるのは単なる侮辱でしかない。

「故に、貴女が私を憐れんだり悲しんだりするいわれはありません。
そもそも、貴女からの謝罪の言葉はあの時に既に貰っています。今更言われるのもまた筋違いです」
「あの時……?」

はやては彼女の『あの時』という言葉に思い当たる情景がひとつあった。
それは、闇の書の闇である防衛プログラムを切り離した時の事。
切り離された闇の書の闇を破壊するために取った作戦は、防御壁と外装を破壊して露出させたコアを軌道衛星上に転移させて、アルカンシェルで蒸発させるというものだった。

そのコアを露出させるための最後のひと押しとして高町なのは、フェイト・テスタロッサと共に砲撃魔法を放つ際、はやては一言『ごめん』と口にしていた。
元々は書を守るための存在だったのに、今は自分達の都合だけで一方的に切り離して、殲滅しようとしている事実。
夜天の書の一部なのだから、守護騎士達と同様、自分の家族のような存在であっても良いはずなのに、切り捨てるしかないという現実の前に謝る事しか出来なかった。

「……わたしの言葉、届いていたん?」

だから口にした言葉だったのだが、正直、届いているなんて思っていなかった。
自己満足でしか無かったはずの言葉が、そうでは無かった事にはやては驚いていた。

「……私の中には、私を『悪』と定めて一方的に切り捨てられたという事実と、それを実行した魔導師や騎士に対する憎しみがあります。
闇の書の齎した破壊と混沌という結果に対する自負と矜持もあります」

彼女にしては珍しい事に、素直にはやての言葉に対して応えるのではなく、自身の胸の内を明らかにするように淡々と言葉を紡ぐ。

前者は『力』の雷剣士、後者は中枢たる『王』がその感情を強く受け継いでいた。

『力』の雷剣士は、自分は悪くないはずなのに全ての悪を押し付けられて切り捨てられた事を憤っていた。そして、その怒りの裏で、捨てられたという事実を悲しく思っていた。
故にあの青い髪の少女は、元いた場所に帰る事と、自らが『王』となる事で捨てられる側では無くなりたいと願っていたのではないかと彼女は思う。

中枢たる『王』は、闇の書として齎した多くの悲劇を背負い、そして永劫の闇に生きる事を望んでいた。
『王』であった彼女は、『王』で在るからこそ孤独で、その責を捨てる事はせずに背負い続けるべく、守り続けるべく行動していたのだろうとも思う。

「ですが、『私』個人としては、それは仕方が無かったという理解しています。
あれは、貴女方の力が私の力を上回り、勝利を収めたのです。あの戦いにおける敗者である私はその事を蒸し返すつもりはありません。
ただ私は、貴女方に対する想いではなく、自身の裡から湧きあがるこの破壊と混沌の衝動に従うと決めたのです」

だが、それらの想いは確かに彼女の中にも存在するものだったが、彼女自身が強く影響を受けていた感情とは違う。
彼女の感情の向く先は、自身の中や、過去にではない。
それは即ち、この世全てに対する破壊と混沌の衝動。そこに回帰の想いなどは無く、ただ自身の想いを貫き通そうという意志があるだけ。
過去も未来も関係ない。現在を続ける事にこそ意味があると考える。

「故に、謝罪など意味を成しません。そもそも貴女に罪など無いのですから。
私は『私』で在り続ける限り戦いを続けます。そして、戦い続けるために闇の書のスキルと名を返して貰います」

話はこれで終わりだというように、彼女の足元に桜色の魔法陣が展開される。
戦闘準備をするその姿にリインフォースが色めき立つ。即座にはやてを守れるように後ろにかばおうとする。

「……そか。ただひとつ言わせて貰うと、わたしの持ってるのは『闇の書』やなくて『夜天の書』や。
けど、わたしはみんなと一緒にいるために闇の書の罪を背負うって決めたんや。
蒐集行使のスキルはもちろん、闇の書の名前を返すつもりは無いで!」

だが、はやては守られるのではなく、自身が戦うと意思表示するように自身の魔力光である白色によって描かれる魔法陣を展開する。
対話による解決は出来ないのは悲しいが、それでもまだ自分には出来る事があるからと、戦う意志を固める。

「貴女が罪と呼ぶそれもまた私のものであるべきものです。
あくまで返す気が無いというのなら、力づくで返して貰いましょう」

「夜天の主としてきっちり片をつけたる。闇の書事件の最後の大仕事や。
いくよ、リインフォース。この子をきっちり眠らせてやるんがわたしらの務めや」

リインフォースは危険性から、はやてに彼女と戦って欲しくないと思っていた。
だが、はやての自分達守護騎士に対する優しさを嬉しく感じていた。
それは、はやてにとって何のいわれもないモノを背負わせてしまっていると分かっていて、それでもこの優しい主だからこそ、自分も、騎士達も共に在りたいと願ったのだ。

「……分かりました、我が主。我が心は何時如何なる時もあなたと共に」

自分達の存在が重荷になっている。それでも立って前に進もうとしてる主を支える事が自分の成すべき事。
はやては守られるだけのか弱い存在ではない。リインフォースもまた共に戦う事を改めて誓う。
壊れかけた自分だが、それでも主の未来を切り開くべく存分に力を奮おうと決める。

両雄は戦いを決めた。ならば戦いの幕をあげようと、彼女の魔力光の輝きが増す。

「さあ、お互いの持てる魔導を存分に奮い、雌雄を決しましょう」

そういう彼女の周囲には、誘導弾の発射体である桜色の光球が次々と生じてゆく。
誘導操作弾の同時複数生成は、彼女のオリジナルであるなのはの基本戦術だ。それだけなら今更驚く事はない。

「な……!?」

だが、はやてもリーンフォースも目の前の光景に驚くしかなかった。
なのはは最大で12発の誘導弾を同時に操作する。だが、目の前にある誘導弾の数は、すでに20や30で収まらない数が展開されている。

「パイロ……シューター!」

既に数えるという行為に意味を無くすほどの数を展開された誘導弾は、彼女の号令によって、桜色の流星群となって解き放たれる。

その光景を真正面から見ていたはやてとリインフォースにとって、それは桜色の壁が押し迫ってくると思わせるほどの物量。

パイロシューターは誘導弾であり、主な目的は相手の自由な機動の阻害にある。
だが、彼女がとった手段は、大量に発生させた誘導弾で空間を埋め尽くそうというもの。

現に彼女は、誘導弾を発射はするが操作はしていない。桜色の魔力弾はみな一直線にしか飛んでいない。

「我が主!」

だがそれで十分。逃げ場もなく、詠唱の暇もない故に迎撃も出来ないふたりは防御するしか手段はない。即座にリインフォースがはやての前に進み出て魔法陣の盾を発生させる。

「くぅ……っ!」

リインフォースは空中にしっかりと踏ん張っている。だが、次々と際限なく襲い掛かる流星群は単発の威力の低さを数で圧倒してくるため、累積する威力は下手な砲撃を超える。
防御力を優先して、全方位防御魔法ではなく前面に集中する防御壁の魔法を選択したというのに、そう長い時間はもちそうになかった。

「リインフォース!」
「はい、我が主!」

だが、はやてもリインフォースも長い時間持ちこたえる気は無い。
ふたりは互いの名を呼びあうだけで相手が何をしようとしているのかを察する。

「いくでっ。──クラウソラス!」

はやてはリインフォースが守ってくれると信じて、桜色の流星群を前にしても怯む事無く詠唱していた砲撃魔法を、詠唱完了と共に即時解放する。
その刹那、リインフォースも防御の魔法を解除してはやての正面から退避する。

リインフォースの行動は僅かでも遅ければはやての砲撃魔法を背中から受けてしまい、逆に早ければ砲撃魔法が発動するより早く無数の操作弾に呑み込まれてしまうもの。
だが、ふたりは何の合図も無しに、ただ互いを信じるという想いだけでタイミングを完璧に合わせてみせた。

はやての放つ砲撃魔法は、白い奔流となって桜色の流星群に真正面からぶつかり合う。
普通なら威力の低い操作弾を打ち消して砲撃魔法が突き抜ける。
だが、彼女の操作弾の数の前に、貫通させたとしても撃ち漏らしが自分達に襲い掛かり相討ちに、下手をしたら自分達の方が大きなダメージを負う事は分かっている。
そのため、放つ砲撃魔法にコマンドを送り、わざとその途上で爆発させる。
着弾点から衝撃波が発生する特性を持つ『クラウソラス』という魔法を絶妙なタイミングで爆発させる事により、彼女の誘導弾が次々と誘爆されていく。

爆煙が視界を覆い尽くす。はやてからは完全に彼女の姿を捉える事は出来ないが、条件は彼女も同じ。
とはいえ、爆発の影響は彼女まで届いていない。
砲撃魔法を放った直後のはやてと違い、彼女は放っておけばこの爆煙を突き破って砲撃魔法でも撃つかもしれない。視界が利かないという状況下では反応が遅れるかもしれない。

だが、はやてに不安は無い。

「ブラッティーダガー!」

防御の役目を果たしたリインフォースが、今度は更なる追撃をするべく動くと分かっているからだ。

リインフォースの使った魔法により、その名の通り、血に濡れたかのような真紅の短剣の形を成した刃が彼女の周囲に幾つも浮かび上がる。
その刃は中心に居る彼女に向いている。そう認識するが早いか、更なる血の赤に染めようかというように真紅の刃達は彼女に襲い掛かる。
周囲を取り囲まれていた彼女を中心に、魔力が爆発してその姿を煙に覆い隠す。

「バルムンク!」

傍目には直撃していたように見える。
だが、はやてもリインフォースもこれで終わったなどと楽観視はしていない。
むしろ、ここが好機と更にたたみ掛けるべくはやては剣状の魔力弾を8つ放つ。
それらははやての意志に従い、爆煙の中心に居るであろう彼女へ向けて収束する。
手ごたえは、あった。

「リインフォース!」
「はい、我が主!」

言葉は呼びかけるだけ。それで互いの想いを知り、はやての足元には白い魔力光による魔法陣が、リインフォースの足元には紫かかった黒い魔力光による魔法陣が展開される。そして、

「クラウソラス!」
「ナイトメア!」

彼女を挟みこむようにして、まったくの同時に二種の砲撃魔法が放たれる。
その着弾点である中央では、そこにあった爆煙を吹き飛ばすような更なる爆発が起こり、白と紫かかった黒の入り混じった煙が新たに発生した。

「……どや!?」

これ以上無い手ごたえに、はやては内心ガッツポーズを決める。
倒せないにしても、確実にダメージは与えたはずだと確信していた。

「な……!?」

だが、その確信は同時に油断となっていた。
突如として爆煙から突き抜けてくるように飛び出してきた彼女の姿に、はやては驚きに身体を硬直させてしまう。
本人は気を抜いたつもりは無いのだが、その瞬間は確実に心に隙が出来ていた。

肉薄してくる彼女のその姿は、はやてとリインフォースの連携攻撃を受けたはずだというのに、バリアジャケットに僅かのほころびも見て取れない。
その事実が、はやての動揺に拍車をかける。

ただ、それでもこのままではまずいとはやては思い、手にした杖を振りおろして迎撃しようとする。

「え……?」

だが、いざ振りおろそうとした刹那、はやては彼女の姿を見失ってしまう。
彼女ははやての目の前まで近づいたところで、更に高機動魔法を発動させていたのだ。

リインフォースから魔導を継承していたはやてではあるが、それでも圧倒的に実戦経験が不足している。
その中でも、後衛型であるはやてに接近戦における技術は皆無と言っていいほど不足している。
彼女の行動に対して、反応の一切が出来ていなかった。

「こちらです」

彼女のその声は、はやての背後から聞こえた。背後を取られた事に平常心が揺らぐ。
慌てて、考える事無く反射的に杖を振るって攻撃を加えようとする。
だが、そのはやての行動は単調そのものであり、彼女は読んでいた。
はやてが杖を振るう事にさきがけて既に防御魔法を展開させていた彼女の防御を、慌てただけの攻撃で破れる物ではない。
逆に弾かれ、明らかな隙を晒してしまう。

「滅砕っ」

無論、その隙を見逃す彼女ではない。白兵戦での杖の使い方はこうだと見せつけるかのように、振り下ろされる。

「あう!?」

避ける事は許されないその一撃をモロに受けてしまい、はやては大きく吹き飛ばされる。
単純な打撃であり、鉄槌の騎士と呼ばれるヴィータほどの威力ではないが、それでも隙を突かれたその一撃は重い。

はやての息が詰まる。意識が遠のきそうになる。
それでも歯を食いしばって意識を繋ぎとめる。痛い事や苦しい事には長い闘病生活で慣れている。
身体の痛みよりも、大切な家族が居なくなるような事の方がよほど辛い。
だから耐えられる。耐えてみせると、痛みの中でも体勢を立て直そうとする。

「ブラスト──」

だが、その中でも彼女が追撃を加えようと砲撃魔法を構えているのがはやての目に映る。
体勢の立て直しも間に合わない現状で避ける手段も防ぐ手段も何もない。


「──ファイアーッ!」

そして、無慈悲なまでの威力を誇るであろう、彼女の魔法が放たれる。
はやてに分かるのは、アレの直撃を受けたら、それで自分は戦線離脱を余儀なくされるという事。
だが、分かっていても、はやてには何も出来ない。ただ目の前いっぱいに広がる桜色の光に網膜を焦がされるような想いを抱くばかり──

「我が主!!」

──そう思った直後、耳に大切な人の声が届くのと同時に、彼女の魔法とは違う衝撃をはやては感じていた。
それは温もり。横合いから砲撃の射線上から弾きだされたおかげで、桜色の奔流が目の前を通過するのが見て取れた。
そして、はやてのすぐそばに在るのはリインフォースの顔。

「くぅ……!?」
「リインフォース!?」

だが、はやてを庇ったリインフォースには苦悶の表情が浮かんでいた。
防御は無理と、高機動魔法を使ってはやてを庇い、射線上から外れる事は出来た。
だが、彼女のその砲撃の威力は並ではない。その余波だけでリインフォースのバリアジャケットを削りダメージを与えていた。
直撃ではないため、致命傷を受ける事は無かったが、それでも少なくないダメージに、リインフォースの顔は苦痛に歪む。

「ブラストォ……」

そして、彼女は情けや容赦など掛けたりしない。
トドメの一撃と言わんばかりに、先程よりも魔力のチャージに力を入れている。
はやてひとりなら、砲撃の射線上から退避する事は出来る。だが、はやてにリインフォースを置いて行くという選択肢は最初から存在しない。

それを見越した上で、彼女は操作弾ではなく砲撃魔法を選択していた。

「ファイアーァッ!!」

二射目の彼女の砲撃魔法は、明らかに先程よりも威力が高い事を肌で実感するはやて。
それでも迎撃も退避も選択肢に無い。リインフォースを守るため全力でシールドを展開する。
今は後先を考えていられる余裕もなく、ただ全力で魔法陣の盾に魔力を注ぎ込む。

「くぁぁっ……!?」

彼女の魔法の威力はえげつない程で、防御の上からだというのにどんどん魔力が削られていく。
はやては闇の書の主に選ばれるほど保有する魔力量は多いというのに、その貯蔵の尽くが抉り取られていくような錯覚。
魔力の喪失に気が遠くなりそうになりながらも、それでもはやては耐える。

そして爆発。

行き場を失くした魔力の奔流が炸裂してはやての視界を覆い尽くす。同時に、はやてを蝕む魔力が削られる感覚も途絶える。
その事実を前に、なんとか耐える事は出来たとはやては思うが、被害は甚大だった。
はやてもリインフォースも、まだ戦闘の続行は可能ではあるが、既に勝利の天秤はどちらに傾き始めているかは明白だった。

「……我が主、まずは移動をっ」

今は爆煙に紛れて向こうはこちらの姿を見失っているだろうが、もしこの爆煙も無視して更なる砲撃魔法を放たれるのではないかと考えるだけで、プレッシャーがかかる。
そんな、何処か強迫観念の様なものに突き動かされ、今は足を止めていても益は無いと、リインフォースは疲労困憊のはやての手を引いて移動する。

そして、はやてとリインフォースは、爆煙を抜けて、彼女の姿を視認する。

「な……」

目に映った光景は、無数の桜色の誘導弾の発射体に囲まれた彼女の姿。
彼女は確かに爆煙ではやてとリインフォースの姿を見失っていた。故に、ふたりのいるであろう範囲全てを攻撃する事で、確実に追い込もうとしていたのだ。

「パイロシューター!」

そして、彼女の号令に従い、誘導弾達は流星群となってはやてとリインフォースへと降り注ぐ。
それは、この戦いの最初に見た光景と同じ、焼き直しの様にふたりの目に映る。
だが、はやてとリインフォースはダメージが大きい。最初の時の様な反撃を繰り出せる程余裕はない。
逃げる事も、既に手遅れ。

「我が主!」

それでも主だけでも身を呈してでも守ろうとリインフォースははやての前に出て、魔法陣の盾を展開する。
状況は絶望的。それでも、絶対に主を守って見せるというかのように。
そして、

「翔けよ、隼!!」

紅蓮の炎を纏う、ラベンダー色の閃光が桜色の流星群を貫いた。

「……来ましたか」

彼女は、自身の放った誘導弾を突き破ってきた閃光を回避すると同時に、誘導弾の発生と発射を打ち切る。
そして、その視線は一点へ向けられていた。

「我ら、夜天の守護騎士四騎」
「主とその共に、害成すものがあるなら」
「誰であろうとブッ叩くッ!」
「闇の彼方で……おやすみなさい」

はやてとリインフォースにとって、この上ない味方の登場だった。










ヴォルケンズ、キター!
だが、星光さんもまだまだ終わらんよ……?

以前はページの都合上バッサリとカットしたVSはやて&リインフォース戦が日の目を見る事が出来る日が来ようとは……。

ゲーム的には星光さん(大人モード)は使える魔法は子供モードと共通。
そしてスキルは全員の18種類全部保有していている感じで、さらに防御力と攻撃力が割増になっているボス仕様。
キャラクター特性とスキル効果によって防御力と攻撃力が通常のおよそ35%アップ。中々ひどい。

はやてとリインフォースの連携攻撃は、ブラッティダガー(タメ)は命中すると相手をダウンさせるので、はやてのバルムンク(タメ)は命中していない。
そして、クラウソラス(通常)とナイトメア(通常)の挟撃砲撃はフルドライブ発動の無敵時間でやり過ごしているので、実ははやての頑張りはダメージを与えていなかったり。

星光さんのブロックからブラストファイアーの追撃はデフォ。
そして、爆煙の向こうから飛んでくるブラストファイアーは怖いです。



[18519] STAGE6
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/05 09:03

「間に合って良かった」
「ふたりがピンチかもって思って、もう急いで……」

ピンクの髪をポニーテールに纏めた長身の凛々しい女性、シグナムが、デバイスをさきほどの一撃を放った弓形態から普段の剣形態に戻し、油断無くふたりを守るように立つ。
温和な空気を持つ、緑の騎士服に身を包んだ女性であるシャマルは、疲労の激しいふたりを介抱するために回復魔法を施す。

「なんだよおめー、はやての傍にいながらその体たらくは」
「ヴィータ、あれはそう軽口で通せる相手ではないぞ」

ハンマー型のデバイスを手にした、見た目は小さな子供だが歴戦の騎士であるヴィータが軽口を叩く。
それを、狼の耳と尾を持つ屈強な男性の姿であるザフィーラがたしなめる。

はやてとリインフォースにとって、かけがえの無い家族。
大切な人達が自分達の危機に駆けつけてくれた。その事実が、尽きそうになっていた心の力を満たす。逆にどんどん力がわきあがってくるような想いでふたりはいた。

「……それで、あれが闇の欠片の凝縮存在ですか?」

だが、今は感激に浸っている場合ではない。戦うべき相手は今もそこにいるのだ。

シグナムが見据える先では、敵方に援軍が来たというのに焦燥を抱く事もなく悠然と佇む彼女がいる。
その姿は実に堂々としており、自身に絶対の自信を持っている事を窺わせるものだった。

「ああ、高町なのはの蒐集データをベースに再構築をしたらしい」
「なるほど、だからあんな姿をしているのね……」

リインフォースがシグナムの問いに答えると、シャマルが納得の呟きを漏らす。

「何だっていいさ。どんな姿形だろうとブッ叩いちまえば同じだからな!」
「ヴィータのその意見には賛同しかねるが、倒すべき相手だという事には変わりないな」

ヴィータとザフィーラも彼女の姿には驚いていた。だが、それ以上にあれが自分達の主を害する存在だと分かっている。
そもそも戸惑いから手加減が出来る相手ではないというのは、彼女から感じられる禍々しい膨大な魔力から感じ取れる。ふたりとも油断なく警戒をしている。

はやては思っていた。皆がいれば、あの強大な相手にも勝てると。

「……私としては今更守護騎士の方々には用は無かったのですが、来てしまったものは仕方が無いですね」

だが、勝てると思っているのは彼女も同じ事だった。
数の上では圧倒的に不利な状況ではあるが、それでも勝利に対する思いに揺らぎは無い。

「は。なんだてめーは、余裕のつもりか?」
「私は貴女方の実力は良く知っています。余裕ぶるつもりなど毛頭ありません」

ヴィータの挑発に対しても静かに言葉を返す。
それを見て、シグナムは訝しがる。
彼女の言葉に嘘はないように見える。それは守護騎士が全員揃ってのチーム戦で一番力を発揮できるという事を知っているという事だ。

だが、彼女はそれでも自分の勝利を疑っていない。
それは唯の慢心から来るものかもしれないが、シグナムの勘は告げていた。
彼女には、何か強力な奥の手があるのだと。それが自信の正体に繋がっていると。

「ですので、私も相応の力を振るう所存です」

そして、シグナムの勘は当たっていた。これ以上なく。

「レイジングハート」
《All right》

彼女の呼びかけに答えたのは、高町なのはの愛杖であるレイジングハートだった。
桜色の魔力光が描く魔法陣の中から現れたそれは、実際には本体そのものではなく、闇の欠片から再生されたコピーであるのだが、その能力には何の遜色も無い。

「バルディッシュ」
《Yes sir》
「デュランダル」
《OK Boss》

さらにフェイトの、そしてクロノのそれぞれ相棒であるデバイスが金色と水色の魔力光が描く魔法陣の中から現れる。

「エルシニアクロイツ」

そして最後に現れたのは剣十字を先端に頂いた魔導騎士の杖。はやてが持つ物と瓜二つであるが、これは中枢たる『王』が所持していたそれだ。

それら計四機のデバイス達は、彼女に付き従うかのようにその周囲に浮かぶ。

彼女は、今まで決して手を抜いていたわけではない。だが、彼女の膨大な魔力を使い切るには彼女のデバイスであるルシフェリオンだけでは足りない、耐えられない。
ただ、全力が出せなかっただけだ。

故に、彼女は自身の力を分散させる事でデバイスにかかる負荷を軽減すると同時に、複数の力を行使するすべを選んだ。
彼女の周りを周回するデバイス毎に役割を振り分け、ルシフェリオンでそれを統括する。
これが、彼女が本当に全力を出し切るための布陣。

「さあ、これからは私も全力全開で戦いましょう」

彼女の内から今まで以上の禍々しい魔力の気配が放たれる。
役者は揃った。戦いの第二幕が上がる。

「……はんっ、そんなのどうせこけ脅しだろ! 行くぞっ、アイゼン!!」

最初に動いたのはヴィータ。鉄球のような誘導弾八発を宙に浮かし、ハンマーヘッドでその内の四発を打ち出す。さらに折り返すようにして残りの四発も打ち出す。

ヴィータ自身、口で言うほど彼女を甘く見ていない。彼女のそれが、見た目だけで無い事は分かっている。
それでもあえて、ヴィータは動いた。確かに厄介な相手なのだろうが、動かない事には始まらない。そして先陣を切るのはフロントアタッカーである自分の役目だと知るからだ。

様子見ではあるが、手加減は必要ないと最初から最大数の誘導弾で攻める事で相手の出方を窺う。
防御か、回避か、迎撃か。最初の行動で相手の傾向を見るつもりだ。

「ディバインバスター」
「な……!?」

そして、彼女の選んだ行動は迎撃だった。だが、その選んだ手段に驚きの声が口を突いて出たのは、誰のものだったのか。

普通なら迎撃にしても小技の直射弾か誘導弾で相殺するものだというのに、彼女は初手から砲撃魔法を迎撃に選んだのだ。
普通ならチャージ時間の為に間に合わないはずのそれは、彼女の膨大な魔力による力技で瞬時に終了し、砲撃形態となったレイジングハートが桜色の砲撃を放つ。
チャージ時間を短縮したために本家のディバインバスターには及ばないが、威力は十分。
ヴィータの放った誘導弾を纏めて薙ぎ払い、さらにヴィータ本人に襲い掛かる。

「守って、クラールヴィント!」

それをシャマルが風の護盾という防御魔法をヴィータの前に展開する事で防いだのだが、まさかいきなり必殺レベルの砲撃を、しかも殆ど溜め無しで放つのは予想外にも程があった。

だが真に驚くべきは、初手になんて事も無く選んだという事は、アレは彼女にとって必殺技ではなく、ただの通常攻撃だという事。

火力では勝負にならない。守勢に回ったら防御ごと墜とされる。それが、今の彼女の行動に対する八神家の共通認識。
彼女を打破するためには、攻撃をさせないためにはこちらも攻めなければならない。

「はぁぁぁっ!」
「おぉぉぉっ!」

そう判断したシグナムとザフィーラが彼女の砲撃により発生した爆煙から飛び出すと、左右から挟撃するべく、それぞれ剣と拳を振りかぶる。

それらを彼女は、左右に手を広げるようにしながらそれぞれ魔法陣の盾を展開して防ぐ。
シグナムもザフィーラも、その攻撃の威力は生半可ではない。だというのに彼女には何の揺らぎもない。強固な防御の中で涼しい顔をしたままだ。

「アイゼンッ!」

その彼女の背後には、高機動魔法で回り込んでいたヴィータがデバイスを振りかぶる姿。

彼女のバリアジャケットの強度も相当なものなのだが、ヴィータの本領は相手の防御ごとブッ叩いて打倒する事。
そんな事は構いはしないとヴィータはデバイスを振りおろす!

「……残念でしたね」

だが、その一撃も彼女に届かない。

「な、がぁっ……!?」

何故ならヴィータは鎖の形状をした拘束魔法によってその動きを縛られていたのだから。

「貴女なら、背中を晒せばそこを狙って接近してくると信じていました」

ディレイドバインド。特定空間内に入った対象を捕縛する魔法であり、彼女が取り込んだ魔導師であるクロノの得意とする魔法のひとつ。
しかも、この魔法に彼女はデュランダルの持つ強力な凍結効果を付加させているため、囚われたヴィータの身体に氷が纏わりついて更にその動きを拘束する。

彼女は最初からこの結果を見越して罠を設置していたのだ。

「バリアバースト」

次いで、シグナムとザフィーラの攻撃を防いでいた盾に込められた魔力を爆散させて、ふたりを吹き飛ばす。そして、静かにヴィータを振り返る。

その手に在るのは既に金色の魔力刃が鎌のように展開されているバルディッシュ。
彼女は死神が命を刈り取るかのように、バルディッシュを振りかぶる。

「ナイトメア!」

だが、その間にシャマルの施した回復魔法によって復活したリインフォースによる砲撃が割って入る。彼女はそれを避けるために行動を中断してヴィータから離れる。

「シャマルッ、今の内にヴィータを!」

更にはやてが、牽制のために命中云々を無視してとにかく魔力弾を放ちながらシャマルに指示を出す。
それに応えてシャマルが拘束されているヴィータの傍へ行き、縛る鎖と氷を解除しようとする。

「……シャマル。貴女は誰を守りたいと思っていますか?」

だが、主の指示に従って動き出そうとしたシャマルに対し、彼女はそんな事を言う。
そして、シャマルが何故そんな事を聞くのかと思うより早く、彼女はバルディッシュの魔力刃をはやてへと向けて飛ばす。

ブーメランのように飛翔するそれは、はやての放つ魔力弾の尽くを切り裂きながら獲物へと襲い掛かる、ハーケンセイバーという魔法。
圧縮魔力刃による高い威力を持ちながら、誘導性能も持ち合わせるそれは、動きは鈍く、防御力にもそれほど自信の無いはやてにとっては防御も回避も難しい代物。

さらに彼女は『王』が使っていたデバイスを拘束されたままのヴィータへと向ける。

それを目の当たりにして、シャマルは彼女の質問の意図を知る。
主からの命に従ってヴィータを助けるか。それよりも守ると決めた主を守るのかを天秤にかけろと彼女は言ったのだ。

その事を理解して、一瞬どちらを優先するべきかシャマルは悩んでしまった。

「……アロンダイト」

その中で、彼女は砲撃魔法を放った。

「え……?」

シャマルに向けて。

ザフィーラがヴィータを庇おうと動いていた。リインフォースがハーケンセイバーを撃ち落としていた。シグナムが彼女の行動を阻もうと動いていた。
皆が、彼女がヴィータを狙っていると認識した瞬間を狙われた。

シャマルは守る対象をふたつ提示されて、どちらを守るべきかを考えた。そしてその瞬間、守る対象として自分の姿が思いついていなかった。
その思考の空白を突かれたシャマルは防御も回避も出来なかった。

「守護騎士の中で一番厄介なのがシャマルでしたが、最初に墜とせて何よりです」

砲撃の直撃を受けて地へ落ち行くシャマルの姿を眺めながら、彼女はそんな事を呟く。

あまり戦闘力は高いと言えないが、風の護盾の防御や旅の鏡といった転移魔法、その他回復や補助のエキスパートであるシャマルは居るだけで戦闘におけるバリエーションは増える。

故に彼女の中で撃墜優先順位の一位だったのだが、実際に最初に落とせたのは彼女にとって大きい。

「シャマル!!」

落ち行くシャマルの姿に動揺したのははやて。自分の指示の結果がこうなったという事実と、この高度からの落下による致命傷となりうるダメージの可能性。
ふたつの事柄が心中を占め、すぐに助けに向かおうとする。

「我が主!」

だが、その行為をリインフォースは抱きかかえるようにして止める。
はやての内にどうして止めるのだという思いが過ぎるが、直後、自分が進もうとして居た場所を桜色の奔流が突き抜ける。
もしリインフォースが止めなかったらあのただ中に自分が居たと知って青ざめる。

だが、青ざめている暇は無い。彼女は既に第二射の準備を終えている。
狙うのは、自分を落としうる火力を保持する、撃墜優先順位の第二位である後衛広域型魔導騎士、八神はやて……!

「させん!!」

だが彼女は、それは放つ前にシグナムからの攻撃を受ける。
シグナムにもシャマルが墜とされた事に対する動揺はあったが、その事に気を取られて彼女に攻撃をする機会を与えてしまっては更なる被害が出ると分かっていたからだ。

彼女の方としても、シャマルを墜とした以上、無理に欲張る必要もないと特に執着もせずにはやてへの攻撃を諦め、防御魔法を展開してその刃を防ぐ。

防御魔法を挟んで、シグナムの烈火の如き気迫の籠る視線と、彼女の静かな視線が交錯する。

「今の内に態勢の立て直しを!」

指示を出したのはリインフォース。シャマルが撃墜された以上、シグナムが時間を稼いでいる間に現状の戦力を整え直す必要があると声を上げる。

その声にはやては、今はシャマルに救援を向ける事は出来ないと断腸の思いで諦め、歯をくいしばるようにしながら動揺を抑える。
ザフィーラはヴィータを拘束していた魔法の解除は出来たが、凍結の発生効果までは解除出来ないため、リインフォースの下へ手足が凍るヴィータを連れて来くる。
そんなヴィータの氷を、リインフォースが炎熱の魔法で強制的に溶かす。

「熱ッ!?」
「ああ、すまない……」

炎の熱さに思わず声を上げてしまったヴィータにリインフォースは謝る。
回復魔法の使い手であるシャマルが居ない影響が既にここに出ていた。
だが、無理に砕こうとすれば身体ごと砕けてしまう危険性に比べればどうという事は無い、それ以上にとやかく言っている暇もないと、ヴィータは文句を言わない。

「ぐぁっ!?」

ヴィータも戦線復帰が可能となったところで、シグナムが彼女に吹き飛ばされる。
守護騎士の将であるシグナムであっても、単独で彼女を早々抑え切れる物ではない。

そして彼女はレイジングハートをシグナムへ向ける。今度はシグナムを落とすつもりなのかとはやて達は思った。
だが、同時に彼女は、自身のデバイスであるルシフェリオンをはやて達へと向けていた。

彼女はシグナムを墜とす気なのではない。全員を墜とす気なのだ。

「デュアル……ファイアーッ!!」

そして放たれるのは二門の砲撃形態のデバイスから放たれる桜色の砲撃。
はやて達は散開する事で辛くも回避したが、シグナムは崩れた体勢を直せていない。

「盾の守護獣の力を舐めるな!」

だが、放たれた砲撃がシグナムに届く前に、その射線上にザフィーラが割って入り追撃を阻む。

レイジングハートがシグナムに向けられた瞬間から動き出していたから間にあったのだが、その代償は安くは無い。
流石の防御特化のザフィーラであってもダメージの色が濃く、なんとか踏み止まってはいるが足元はふらついている。
それでもザフィーラは自分の意志でそこに立っていた。

「……結局、ここまでで墜とせたのはシャマルだけですか」

彼女も今の二重砲撃は反動が強かったのか、追撃はせずに両手にあるそれぞれのデバイスから圧縮魔力の残滓を放出しながら戦果を省みる。
今の二重砲撃で誰も落ちなかったが、確実に守護騎士の戦力は削っているので戦果は上々であると結論づける。

対する八神家の面々の表情は苦い。

彼女は高町なのはの長所である一撃必殺の攻撃力と堅固な防御力が何倍にもグレードアップした能力の上に、バルディッシュを用いた鋭い斬撃で接近戦にも対応できる。
さらにデュランダルを用いた凍結を伴う拘束魔法を嫌らしいタイミングで仕掛け、少しの時間があれば広域魔法を展開して一挙にダメージを与えようとしてくる。

しかも魔法の使い方が上手いだけでなく、シャマルを落とした際には会話による思考誘導で隙を作りだすという知恵者の片鱗を見せた。
内包する破壊衝動に突き動かされて単純に力を振るうのではなく、その衝動を効率よく発揮するために常に冷静な思考によって判断を下す。

力がある上に知恵も回る。はっきり言ってタチが悪いとしか言葉が出ない思いだった。

『みんな、まだイケるか?』

それでもはやては諦めていない。現状の戦力を確かめるべく、念話で騎士達に尋ねる。

『おうっ。まだまだ余裕だ!』

即座に返事をしてきたのはヴィータ。そして、それに追従するように他のメンバーもまだ戦えると応えてくる。

『ですが、分が悪いというのが正直なところです』

そこへ、水を差すわけではないが、シグナムが現状の悪さを指摘する。
相手と自分達とでの被ダメージが割に合っていないのだ。このままだといずれ根負けしてしまう事は明白だった。

『風の癒し手はおらず、蒼き狼も万全ではない。短期決戦を臨むべきなのだが……』

そしてリインフォースが自分達に残された力では長期戦には耐えられないと判断する。
だが、短期決戦を臨むにしても決定力が足りない。

彼女のあの堅固な防御を突破して、無尽蔵の魔力と無傷の体力を奪うには並大抵の火力では足りない。そして、その火力を用意するだけの詠唱の時間を彼女は待ってくれない。

『……なら、とっておきの奥の手を使うしかないな?』

分が悪いどころではなく絶望の一歩手前という状況だった。だが、それでもはやては、まだ自分達には切れる手札があると希望を口にする。

『リインフォース。わたしとユニゾンや』
『……無理です。今の私にはその能力は……』
『ちゃうちゃう。リインフォースがユニゾンするんやない。わたしがリインフォースにユニゾンするんや』

はやてが提案したのは、ユニゾンシステムの裏技というべきもの。確かにそれなら現在のリインフォースの状態でもユニゾンは出来る。

だが、はやてが提案したのは、本当に緊急事態における措置であり、はやてにかかる負荷が大き過ぎるし、融合事故の危険性も大きい。
故に、リインフォースはそれを聞き入れるわけにはいかないと反論する。

「へーきや。わたしも魔力制御の練習はちゃんと毎日してきた。それにわたしはここで終わりたくない。ちゃんと、みんな無事で終わらせるんや」

だがはやては、真っ直ぐに向きあいがながら、念話ではなく自身の口でリインフォースへ想いを告げる。
その優しくも力強い主の瞳に、リインフォースは二の句を次げない。そして、

「はい……我が主……!」

その提案を受け入れる。皆でこの窮地を生き抜くそのために……!

「……それで、作戦は纏まりましたか?」

はやてとリインフォースの取り巻く雰囲気が変わった。
それを静かに眺めながら、彼女は口を開く。

「なんや、待っとってくれたんか?」
「勝利が決まり切っている戦いなど、しても楽しくないでしょう。
どうせ戦うのなら、何処までも互いの魔導を競い合う方が私の好みです」

はやての問いに対する彼女の答えは、単なる余裕にも見える。
だが、はやてや守護騎士達は、彼女がこれから始まる決戦を心躍る思いで純粋に楽しみたいと思っているのだという事が、なんとなくだが伝わってきた。

彼女の在り方は悪ではあるが、悪なりに歪まずに真っ直ぐな心を持っている。
互いに絶対に相容れない間柄であるが、はやてはそんな純粋な心の持ち主である彼女をちょっとかわいい子だと思った。

「いくよ、リインフォース!」

だが、だからと言って手加減なぞ無い。そもそもそんな事ができる余裕自体が無い。

「ユニゾンッ」
「「イン!」」

はやての身体が溶け込むようにリインフォースの身体へと融合する。それにともない、リインフォースの髪や瞳の色合いが変化する。
そして湧きあがる力。主と融合騎が通じ合う温かさ。繋がる絆。それは融合率96%という数字を叩き出す。
この力なら、あの強大な力にも対抗できる……!

「リインフォース。我ら守護騎士が時間を稼ぐ。お前は心置きなく詠唱をしていろ」

そんなリインフォースに対して、シグナムがまるで余裕があるかのような態度で指示を出す。

「おう、どでかいやつをぶちかましてやれよ」
「この身は守るべきものを守る盾。その役目、今こそ果そう」

そのシグナムにヴィータとザフィーラが続く。
みな、分かっているのだ。彼女を打倒出来るのははやてとリインフォースの力だけだと。
そして、最高の一撃を使うためのお膳立てが自分達の役目だと。

「将、お前達……」

リインフォースは感じていた。自分を信じる守護騎士達の思いを。家族との絆が確かにここにあるのだと。
想いが心に滾り、底なしに力が湧いてくる……!

『なら夜天の主として命じる。みんな、ちゃんと生き残って勝つんやで!』
「「「「おう!!」」」」

実際には後はもう無い。だが、悲壮感と呼べるものは八神家の面々には無い。
はやてとリインフォースが必ず逆転をしてくれると信じている。
絆の力を以って、目の前の敵を打倒してみせると守護騎士の三人が空を翔る。

「……この身は決して砕け得ぬ闇。それでも砕こうというのなら試してみてください。
私も、貴女方を超えてみせましょう」

対する彼女は、この戦いが自分の必勝では無くなったと予感していた。
だがむしろ、この戦いに臨む事の出来る事に歓喜に心を震わせていた。
極限の戦いこそが至上の悦びであり望む物。その勝敗は関係ない。全力を尽くす事にこそ意義があると。

そして始まる守護騎士と彼女の戦い。

その様相は、はっきり言って守護騎士達の分が悪い。
圧倒的なスペックを有する彼女に対して足りないものをコンビネーションで補のだが、攻める騎士達は3人なのに対し、彼女は周囲に浮かぶ四機と統括する一機のデバイスという、計五つの攻め手を持っている。
コンビネーションで補おうにもその差は確実に力の差になる。

さらに厄介なのは、彼女がたまに詠唱中のリインフォースに向けてデバイスを向ける事。
実際彼女にはベルカの騎士と守護獣、その3人を相手に接近戦を挑まれている中で、そう易々と砲撃が撃てるわけも無く、それが単なるポーズだけだと騎士達にもバレている。

だが、それが絶対に撃たないなどという保障が無いため、分かっていてもその動きを妨害しなければならない現実が騎士達にはある。

そうやってコンビネーションの中に不協和音を紛れ込ませられる。
時間稼ぎが目的なのだから、深追いはするべきではないのだが、追わなければ一撃必殺の砲撃が来るのだから、無理に攻めなければならないという状況。
そして、無理に攻めれば、それだけ隙が生まれやすくなる。

分かっているのに止められない悪循環の中で、徐々に体力と魔力を削られていく。
元々、3人では彼女に対する勝機は限りなく薄い。

そして、その時は訪れる。

シグナムが鍔迫り合いで押し負ける。
ヴィータが設置されていた拘束魔法に引っかかった。
ザフィーラが防御魔法の前にはじき返される。

誰もが狙ったわけではなかったが、3人は同時に動きを止めさせられてしまった。
そして、その隙を逃す彼女ではない。即座に距離を置くと右手にレイジングハート、左手にルシフェリオンを構える。
先程も見せた二重砲撃の構え。しかも今度は、両方とも同じ方向に向けられている。
分散は無い。今度こそ確実に墜とすつもりだ。

一射だけでもシールドで耐えるのが難しいのが二射同時に来る。その威力の前には回避しか手段は無いと、3人は痛む身体に鞭を打って散開しようとする。

「貴女方に、避けるという選択肢はあるのですか?」

だが彼女の放とうとする射線上、3人の後ろには詠唱中のリインフォースの姿があった。
もし避けたらリインフォースが墜ちる。そこまで見越していた彼女の行動に3人の表情が苦いものになる。

「デュアル、ファイアーッ!!」

そして彼女に待つ道理もない。チャージ終了と共に、二機のデバイスは無慈悲な咆哮を上げる。
真っ直ぐに3人へ、そしてその奥に居るリインフォースを狙って桜色の二重砲撃が奔る。

しかしそれは、リインフォースまでは届かない。受け切って見せると腹をくくった3人でその奔流を阻んで見せていた。

叩きつけられ、行き場をなくした魔力の奔流が爆発して3人の姿を呑みこんだ。
そして、

「おぉぉぉぉっ!!」
「だりゃぁぁっ!!」

その爆煙を突き破ってシグナムとヴィータが彼女目がけて躍りかかって来た!

「!?」

その姿に、流石の彼女も驚きに目を見開いていた。確かに手ごたえはあったというのに、どうして向かってこられるのかという疑問が湧いてくる。

そんな彼女は視界の端に、地面へと落ち行くザフィーラの姿を捉える。
そして悟る。先程の必殺の二重砲撃は、ザフィーラひとりで全て受け切っていたのだと。

元々のダメージ量からして不可能と思えるそれを実行したザフィーラは完全に意識を失っていた。それでも盾の守護獣としての役割は十二分以上に果たしていたのだ。

その結果として、彼女は技後硬直を狙われた形となっていた。
二重砲撃は威力が高いが反動も強い。撃った直後では身体が思うように動かない。
レイジングハートとルシフェリオンは圧縮魔力の残滓の排出のために使う事が不可能。

そして何より、シグナムとヴィータの気迫。
もう体力も魔力も限界間近のふたりは、これが最後の好機と、持てる全てを振り絞って、その身体そのものを弾丸としてぶつけようという、玉砕も厭わない覚悟。

ふたりの見た目は満身創痍に近いものがあるというのに、生半可な手段では迎撃は不可能と確信させる何かがあった。

「ジャケットパージ……!」

彼女は使用不可能のレイジングハートとルシフェリオンを躊躇う事無く手放す。
そして自身のバリアジャケットをもその場に放棄した。
放棄されたバリアジャケットは、彼女とシグナム達の間で込められた魔力を爆散させ、ふたりの進行を阻むと同時に、その爆発の勢いで動けない身体を無理矢理後方へ吹き飛ばす。

「ぐぅっ!」

彼女の強固な守りであったバリアジャケットに込められた魔力は相当量だったため、爆発の威力は高く、防護の薄くなった彼女にはキツイ物があったが、現状でシグナム達に接近されるよりはマシとした。

シグナム達も、真正面からの爆発に僅かに怯む。それでもここで引いたらザフィーラの頑張りが無駄になると、踏み止まり、更に彼女へ肉薄するべく爆煙を突き抜ける。

「雷光一閃……」

だが、開けた視界の先で待っていたのは、希望とは程遠い姿。
インナーのみとなったバリアジャケットを身に纏う彼女が手にしたのは、大型剣形態となったバルディッシュ・ザンバーフォーム。
金の魔力光で構成された刃が紫電を奔らせるそれを、腰だめに構える彼女の姿。

彼女の取った行動は逃げでも回避でもない。生半可ではない、最高の一撃でふたりを迎撃する事……!

「レヴァンティンッ!」
「アイゼンッ!」

そんな彼女の姿を見て、ふたりは止まらない。いや、むしろ更に加速する。
カートリッジを使ってシグナムは剣に炎を纏わせ、ヴィータはハンマーの両方の先端に突起とジェット噴射がそれぞれ付いた形態へと変化させる。

相手が最高の一撃を放ってくるというのなら、自分達もそれ以上の最高の一撃に賭けると態度で物語る。

「紫電……ッ」
「ラテーケン……ッ」

シグナムとヴィータ。疲労もダメージも無視して放つ最高の一撃。

「ジェット……ッ」

迎え撃つ彼女もまた、バルディッシュの使える魔法において最高の威力であろうモノ。

「一閃ッ!!」
「ハンマーァッ!!」
「ザンバーァッ!!」

互いの渾身を込めた最高の一撃同士がぶつかり合う。
衝撃、炎、電撃、斬撃が入り混じった3人の衝突は、その余波だけで周囲を吹き飛ばす。
それは本人達にも及ぶが、それでも誰一人として引かずに踏み止まる。相手を押し切ろうと全力を尽くす!

「だりゃぁぁっ!!」

互角の鬩ぎ合いとなると思った瞬間、ヴィータが激突の最中に自らの身体を割り込ませるように突っ込んでくる。
自らダメージを受けに行くその姿に、彼女は何故と思う。だが、その答えはすぐに明らかになる。

ヴィータは自身の身体とデバイスを張って彼女の一撃を単身で受けていた。
そんな事をしても耐えられるのはほんの一瞬でしかない。
だが、その瞬間だけ身体が空く者がひとりだけいた。

「おおぉぉッ!!」

シグナムが無理矢理の身体を捻り反転させる。そしてヴィータの影から現れるようにしながらその剣を振り下ろす。
カートリッジを使う余裕も無い故の、ただの振り下ろしでしかないその剣戟。
だが、万感と渾身を込めたその一撃は、この瞬間はシグナムの持つどの魔法をも凌駕する一撃……!

そしてシグナムは打ち砕いた。

「……今のは正直危なかったです」

彼女の周囲に浮くデバイスの内の一機であるデュランダルを。
シグナムの必殺の一撃を、彼女はデュランダルを身代わりにして防いでいたのだ。
そしてそれは、守護騎士達の手は尽きた瞬間でもあった。

「はぁぁぁっ!!」

彼女はデュランダルを盾としてシグナムの攻撃を防ぎつつバルディッシュを振り抜き、ヴィータを吹き飛ばす。
さらに反す太刀でシグナムも切り伏せ吹き飛ばす。
戦線復帰を許さないとどめの斬撃を受けたふたりはそのままリタイアとなる。

「……見事な戦いでした。流石は守護騎士と賞賛の言葉を送りましょう」

全滅させた守護騎士達に対し、彼女は素直に感嘆の意を表していた。
その想いと言葉に嘘もいやみも無い。

『シグナム、ヴィータ、ザフィーラ。……ありがとな?』
「お前達の覚悟は無駄にはしない……!」

守護騎士達は、確かにリインフォースの詠唱の邪魔を彼女にさせていなかった。
さらにデバイスを一機破壊し、バリアジャケットもインナーを残すばかりと、彼女の戦力を確かに削っているのだ。

守護騎士は役目とそれ以上の事を果していたのだ。全滅ではあるが敗北などしていなかった。

『いくよっ、リインフォース!』
「はい、我が主……!」

騎士達の想いを受け継ぐと、リインフォース達は気合の声を上げる。それと共に、稼がれた時間の中で溜め込まれた魔力を解放する。
その量はリインフォース達の保有する魔力許容量を遥かに超える。想いと絆を力へと変えて得たその力を、ユニゾンしたふたりは完璧に制御してみせる。
その力は、すでに彼女に引けを取っていない。

ふたりが選ぶのは、威力、結界破壊能力、攻撃範囲。その全てにおいてリインフォースの保持する魔法の中でも最高の魔法である夜天の雷。
この一撃に全てを賭けると、持てる魔力を全て注ぎ込んでゆく。

「ならば私も、最高の魔導を以って応えましょう……!」

そのふたりの姿を見て、彼女の顔にはじめて笑みが浮かぶ。
それは純粋な歓喜が齎す無垢な子供のような笑顔。だが、彼女の純粋は純粋な悪。
希望に満ちたその顔を力ずくでねじ伏せて見せようと心に誓う。

彼女はバルディッシュを手放すと同時に、手放していたルシフェリオンを手元に引き寄せる。

「レイジングハート、バルディッシュ、エルシニアクロイツ」

三機のデバイス達を自身の周囲から背後に移し、大きく展開させる。
そして、それぞれのデバイスを中心に桜色と金色、白色の三種の魔法陣が広がる。

彼女の背後に浮かぶのは、それぞれが強力無比な砲撃魔法のための魔法陣。
小細工など無い、真正面からの力比べをしようというのだ。
この撃ち合いを制した者がこの戦いの勝者。シンプルで分かりやすい決着のつけ方。

それを言葉にするでもなく互いに了解し、両陣営とも際限なく発射体である魔法陣に魔力を籠めてゆく。

空間そのものが魔力で飽和状態となったと思うほどの魔力が対の陣営からあふれ出す。
そして、臨界を突破する。

『夜天の祝福!』
「今、ここに!!」

リインフォースが放つのは黒の雷。

「トリプル……ブレイカーァッ!!」

彼女が放つのは、かつて防衛プログラムを破壊する際になのは、フェイト、はやての3人がコアを露出させるための最後の一押しと放った三条の砲撃を再現した魔法。

それが、両者の中央で真正面からぶつかり合う。威力は互角かのように鬩ぎ合う。

『わたしらは、負けへん!』
「闇の書の闇は、我らが終わらせる!」

だが、既に臨界を越えているはずの黒い雷にリインフォース達は更なる魔力を籠める。
僅かでも制御をミスすれば即座に自爆に繋がる無茶な魔力運用。
だが、ふたりには確信めいた自信があった。自分たちなら制御をミスしないと。

そして実際、完璧に制御をし切ってみせた。更なる魔力を籠められた黒の雷はその力を肥大化させて一気に三条の砲撃を押しにかかった。

それは、ユニゾンによって高められた制御能力でしかなしえる事が出来ない荒業。
彼女には成しえない、はやてとリインフォースのふたりだからこそ出来る最後のひと押しが、三条の砲撃の威力を上回る。

「……集え、明星(あかぼし)」

だが、彼女の戦略は潰えていない。展開する魔法陣は切り札である集束砲のもの。

「全てを焼き消す焔となれ!」

周囲に散った魔力の残滓を空間ごと圧縮して収集する。彼女の眼前には肥大化する桜色の魔力球。
自身が放つ三条の砲撃は自分の魔法なので、その魔力はそのまま利用できる。
さらに現在進行形で撃ち合うリインフォース達の魔力、そして戦い散った騎士達の魔力をも巻き込んで収集する。

すでにそこには、尋常ではない魔力が蓄えられていた。
彼女の戦術は、一度目の砲撃を受けきられても、その魔力を集束して更なる威力の砲撃を放つという二段構えの砲撃魔法。

普通なら一撃目で勝敗が決するはずだったが、リインフォース達はその一撃目を凌いでしまった。
故に、見てしまった。

「終わりです……。ファイナル、ブレイカーァッ!!」

三条の砲撃をも巻き込んで、更なる威力の砲撃が黒い雷を喰らい尽くすという現実を。

……そして、決着がついた。










八神家の面々よ。確かに互いを想う絆の力は強い力を生み出す。それは認めよう。
だがしかし! それがどれほど強大な力でも主人公補正の前では無力なのだよ!!

な、なんだってー!?

星光さんも、八神家全員を同時に相手という無理ゲーをクリアしたのだから、そろそろ正式に『魔王少女リリカルStar light』を名乗ってもいいかもしれない。


今回のVS八神家の戦闘シーンのイメージは、ダイ大の主人公ご一行VS真・バーン様戦です。
星光さんには天地魔闘の構えをやって貰おうかなと思っていたけど自粛。





星光の殲滅者(大人・本気モード)

高町なのはの蒐集データをもとにした構成体(マテリアル)である星光の殲滅者が他の構成体と魔導師。さらに、多くの闇の欠片を取り込む事で再構築を果した闇の書の闇。
またの名として「砕け得ぬ闇」と自称したりもする。
自身のデバイスであるルシフェリオンを中心に、取り込んだ魔導師達のデバイスを周囲に展開させるのが彼女の本気の戦闘スタイル。

ちなみに雷刃さんのデバイスは、雷刃さんを取り込む際の「データの破損が大き過ぎるために再構築は無理」という理由でありません。
というか、バルディッシュが居ればあっちはいらない子化するので、そんな理由づけをしたんですけど。


ロングレンジでの魔法

レイジングバスター
高町なのはのデバイスであるレイジングハートから砲撃を繰り出す魔法。
魔力チャージ時間を短縮したショートバージョンのはずだが妙に威力は高いという仕様。
溜めると右手にレイジングハート、左手にルシフェリオンによる二重砲撃(デュアルファイア)になり、更に威力がアップ。そしてバリアブレイク能力がひどい事に。

バルディセイバー
フェイトのデバイスであるバルディッシュを振り払う事で魔力刃を飛ばす魔法。
出が速い上に、弱めながら誘導性能もついているという代物。イメージ的にはフェイトのハーケンセイバーとシグナムの空牙のいいとこ取り。
溜めるとザンバーフォームのバルディッシュを思いっ切り横に薙ぎ払う魔法に変化。
射程は有限ながら、伸びる刀身で中距離ぐらいまでなら届くので、見た目には画面に映る範囲全体を薙ぎ払うような鬼広い攻撃範囲を持つ。

デュランダルバインド
クロノのデバイスであるデュランダルを用いて拘束魔法を使う
氷結の魔力変換が付加されており、ダメージを与えた上で相手の動きを拘束する。
溜めると、不可視の誘導能力付き設置型拘束魔法、平たく言えばクロノのディレイドバインド(タメ)になる。もちろん、こちらもダメージ+拘束の効果。


フルドライブバースト「ファイナルブレイカー」
デュランダルの氷結魔法で相手を氷の中に閉じ込める。
その相手を取り囲むようにレイジングハート、バルディッシュ、エルシニアクロイツを展開。それぞれが魔法陣から砲撃を繰り出すトリプルブレイカーを発動。
さらに、そのトリプルブレイカーに使った魔力を丸々回収して、ルシフェリオンでとどめの集束砲を放ち殲滅するという、ライフゲージ十割を持っていっても不思議じゃないイメージがある凶悪魔法。


固有スキル

MPインフィニティ
魔力ゲージが、常に100%の状態で固定される。

インビンシブルトリガー
バーストトリガーを発動した際、攻撃判定が出るまでの間が完全無敵状態となる。


キャラクター特性

遠距離殲滅型。
他の追随を許さない圧倒的な火力で遠距離から一方的に攻めるタイプ。
なのはベースなので、接近戦に隙があるのだが、バルディッシュの斬撃と不可視の設置バインドのおかげで近づくだけでも一苦労。
さらに、接近したと調子に乗って攻めていると、凶悪な威力のフルドライブバーストで強引に割り込んできて一瞬でライフゲージを奪っていく。

ラスボス仕様&主人公補正という事で、『チートというより実力で最強』を目指しました。
いやまあ、十分チートだろとツッコミを入れられても否定は出来ないんですが。



[18519] エピローグ
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/05 11:42

彼女はひとり、空中から地上に降りてくる。

そこは元々は街の中であった場所だったのだが、戦闘の余波によって建物の多くは倒壊しており、先ほどまでの戦闘がどれほどの規模だったのかを物語る。

せめてもの救いは、ここは結界の中で起こった事であり、被害に遭ったのが誰もいなかったという事だろう。

「うぅ……」

ただし、その被害に遭わなかった人の中に、含まれていない人達もいた。

周囲には倒れ伏すのは、夜天の主とその守護騎士達。
彼女は死んだ相手からは魔力を奪えないという理由から、魔法を非殺傷設定にした上での戦闘行為だったため、ダメージの差はあれど誰ひとりとして死んではいない。

だが、辛うじて意識を保っていられても、立ち上がれる者は誰もいない。
それ以前に、完全に気を失っているのが大半のはず。

勝敗は一目瞭然だった。

勝者である彼女は低空を滑るように移動していたが、ある場所で停止する。
視線の先に居るのは、夜天の主である八神はやて。

先ほどは手加減など一切無い砲撃に呑まれたはずだったが、リインフォースの夜天の雷とのぶつかり合いでだいぶ威力を削られていた。

だが、無理なユニゾンの反動が祟っているのだろうし、その上魔力ダメージがあるのだ。
今のはやては、完全に気を失っていた。

これから蒐集行使の能力を還してもらうための行為で、抵抗されないというのであれば楽だという程度の認識で、彼女ははやてへと手を伸ばす。

「ま、待て……っ」

だが、その伸ばされた手に制止の声が掛けられる。
それを聞き入れたわけではなく、その声の主と向き合うために手を止めて振り返る。

「……まさか起き上がれるとは思っていませんでした」

そこに居たのはリインフォース。何か怪我をしているのか、片腕を抑え、ビルの壁に寄りかかりながらも自分の足で立っていた。

だが、それだけだ。残存魔力は完全にそこをついているはずであるし、ダメージの色の濃さは隠しようも無い。

「我が主に、触れるな……!」

今のリインフォースを支えているのは主であるはやてへの想い。
ただそれだけのために無いはずの力を振り絞り、いまさら出来る事など何も無いと分かっていて、それでも立ち上がっていた。

彼女からして見れば、無視しても構わないような小さな存在であるはずだった。

「お前の相手は、私がしてやる……!」

だが、リインフォースのその思いの強さは無視できない何かがあった。
そして、それは気のせいではなかった。

「……我らもまだ、戦えるぞ、なあヴィータ……?」
「おう、はやては……あたしが守るんだ……!」

リインフォースの想いが伝播したかのように、他の立ち上がれないはずの騎士達は立ち上がる。
確かに守護騎士達はその元々の在り方から、回復力は通常の魔導師や騎士より高い。
だが、それを差し引いてもこんなにすぐには立てるものでは無いはずだ。

見た目には誘導弾の一つでも当てればそれだけで昏倒してしまいそうだというのに、幾ら攻撃を加えても立ち上がってきそうな雰囲気があった。

そんな騎士達を、彼女は油断の出来ない存在であると認識し、改めて相対する。
警戒のために、騎士達へと意識を集中させるようにして、

「……危ないですね」

その身を大きく横へ移動させていた。
そして、彼女が居た場所に誰かの手が空間を越えて現れていた。

「え!?」

驚きの声を漏らしたのは、リインフォースでもシグナム、ヴィータでもない。

「騎士達が立ち上がったのです。貴女もまた立ち上がっても不思議ではないと思っていました」

そういって、彼女は突如として現れた手を掴むと、無理矢理にその手の主を引きずり出す。

「きゃ!?」

そうして現れたのは、最初に撃墜したはずのシャマルだ。
最後の最後の一発逆転の手段として、立ち上がった騎士に気を取られている隙に、背後から彼女のリンカーコアを摘出しようとしていたのだ。

「……どうやらこれで終わりのようですね。
これでザフィーラも立ち上がっていたのでしたら、必倒の自負を打ち砕かれたショックで周囲を焦土と化すところなのですが、その愁いもないようで良かったです」

捕まえていたシャマルをリインフォース達の方へ放り投げながら、これで自分への反撃は終わったと判断する。
この場にザフィーラの姿はないが、二重砲撃を真正面からう受けた上に、シャマルと違って時間の経過もない。復帰は無いだろうと彼女の考えは間違いではない。

騎士達は念話で彼女に悟られないように作戦を立てていたのだろうが、その目論見をも砕かれた。
希望を断たれたかのようにその瞳が揺れる。

「なら、実力行使しかないわけか……」

だが、だからと言って諦められるほど、物わかりはよくなかった。
破損も見受けられるデバイスを手にし、無いに等しい魔力をかき集めて騎士達は彼女に立ち向かおうとする。

その姿を眺めながら、彼女は考える。
今の騎士達を相手にして最適な魔法は何かと、自己の中を検索する。

そして見つけた。

彼女の足元に広がるのはミッド式に似た円を基本とした魔法陣。そして、それと同系統の魔法陣がリインフォース達の足元に、それ以上にこの場一帯にも広がる。

「これは……!?」

みなが驚く中で、リインフォースには彼女の使う魔法に心当たりがあった。
それが、飛行魔法を使えないほど弱体化している自分達に有効だと知り、念話を使って騎士達に離脱するよう伝えようとする。

「……赤竜召喚」

だが、彼女の魔法発動の方が早かった。
広がる魔法陣が一際強い光を発したかと思うと、そこから赤い鱗に覆われた太い体躯の竜種と、騎士達を取り囲むようにその一部である無数の触手が現れる。

「私の第一目的は八神はやての持つ蒐集行使の能力の回収です。
それを阻もうというのなら、まずはそれを切り抜けてからにして下さい」
「待てっ……く!?」

言うだけ言って何の警戒もしていないように背中を見せる彼女に、追い縋ろうとするが、それを阻む様に触手が蠢く。
早くはやての傍に行かなければと思いながらも、まずはこれを何とかせねばと皆はそれぞれの獲物を手に触手達を駆逐する。


その様に彼女は特に何の興味も引かれずに背中を向けている。
今彼女の視界の中に居るのははやてだ。

はやてもまた、騎士達と同様、その身体には触手が絡まり、空中に磔にされている。
だが、自律で動いている騎士達の触手と違い、はやてを縛るそれは彼女の支配下にあるため束縛以上の行為はせずにいる。

「……貴女を取り込めば、私は完成する」

闇の書の復活と更なる飛躍という目的への最後のピースであるはやてを目の前にして、その頬に触れながらなんとなく呟く。

実際のところ、彼女は闇の書の機能の全てを復元する気は無い。
特に転生機能と無限再生機能については完全な復活の目途が立たない以前に、彼女は要らないと思っていた。

確かにそれらの機能があるなら、今の彼女が破壊されても世界に破壊を齎す事は出来る。
だが、彼女は自分を『自分』として認識している。転生したあとに存在する自分は果たして『自分』でいられるのか?
その疑問が彼女の中にはあった。

ここまで辿り着くまでに何度も魔導を用いて戦った。その経験は『自分』のもの。他の誰のものでもないと認識していた。
もし転生してこの想いを失ったりしたら、それはもう『自分』ではなくなるという考え。
実際にはどうなるかは分からないのだが、気軽に試せる事でもない。

故に、彼女は転生機能と無限再生機能を否定した。
たとえそれらが無くても、今の『自分』の力で生き抜いていけばなんら問題は無い。
むしろ、次への保障があるために、いざという時にいざという時は今を諦めてしまうかもしれない。
それなら死んだら終わり、次は無いと割り切っている方が最後の最後まで足掻ける。
そしてそれが永遠に生きる事にも繋がるのでは、と考えたのだ。

人は限りある人生の中でその生を全うする。
彼女の場合は理屈の上では永遠だが、打ち止めの可能性を残す事で人の限りある人生と同じステージに立ち、全力で生きようとしているのだ。

彼女が目指すのは『無敵』ではなく『最強』と呼べる存在。

かつての闇の書は無敵と呼んで差し支えの無い存在だった。だが、そこで終わっていた。
それ以上の成長がないのだから、無敵を覆すたったひとつの要因で瓦解してしまった。

だから今度は違う道を選ぶ。他者が自身を破壊しようと挑んでくるのなら、それを返り討ちにする。
無敵ではないのだから、これから先は敗走する事もあるだろうが、次にまみえる時には対処を身につけ、更なる力を身につけ撃退してみせる。

最終的には勝つ。結果、誰にも負けない。故の最強。無敵では到達できないその高み。

そして、それを実現するためにはやはり蒐集行使の能力が不可欠だ。

彼女は創られた存在である故に、人のように成長することはなく、与えられたデータの範囲内でしか力を発揮することはできない。
転生機能と無限再生機能が無いというのなら、それはなおの事。
強くなるにはデータの補完が必要であり、そのための力が蒐集行使。

この能力さえあれば多くの魔導を修める事が出来る。実力も今よりも飛躍をする事が出来る。
だから、最後のピース。これを手に入れたなら、あとは自分次第だ。

「……今はそのときでは無いのですけどね」

目の前にこれからの第一歩があると思う内に、感慨に耽っていたらしいと気付く。
そんな自分の内面を不可思議と思いつつも、行動を開始する。

彼女の手の内に在るのは、中枢であった『王』が所持していた杖であるエルシニアクロイツと対となっている魔導書型のデバイス。
今までも取り込む事はしてきたが、このデバイスを使った方が効率よく作業を進める事が出来るだろうの判断だ。

そして、書は自ら意志を持つかのように開き、ページをめくる。
白紙のページで止まる。同時に、白紙の中から闇が溢れだす。それははやての足元から浸食するかのように、徐々にその姿を覆い隠していく。

背後からは、彼女の行為を必死に止めさせようと叫ぶ声が聞こえる。
持てる力の全てを使い果たしても良いと、がむしゃらにはやての下へ行くためにを阻む触手を打ち払う音が聞こえる。
だが、それらは彼女には届かない。彼女は、常のように淡々と、よどみなく単純作業としてはやてを取り込む行為を続け、

「……蒐集行使の能力、確かに還してもらいました」

そして、はやてのその姿は彼女の中に取り込まれていた。

はやてを取り込み、彼女は確かに蒐集行使の能力が自分の中に還って来た事を実感していた。
ただ、実感だけでは、自分に使えるレベルで取り込むことが出来ているかは分からない。

そんな彼女はゆっくりと振り返る。
そこには、触手に阻まれ、目の前という特等席で主はやてが取り込まれるという姿を見せ付けられた守護騎士達。
その表情は主を守れなかったという自責と絶望に彩られ、先程までの覇気が欠片も感じられない様相をみな表していた。

「……そうですね。私に蒐集行使の能力が還っているか、貴女方のリンカーコアで確かめさせてもらいましょう」

そして、その守護騎士達へと、無慈悲な一手が伸ばされた。






一通りの事を終え、彼女はもう用済みとなった結界を解除する。
それと同時に眩い光に照らされ、反射的に目を細める。

「夜明け、ですか……」

彼女を照らし出していたのは、夜の終わりを告げる朝日。
その闇を追いやる陽射しの中で、彼女は腰元まで伸びる髪を風に靡かせていた。

インナーのみとなっていたバリアジャケットは既に修復は済んでおり、闇色のそれは、光の中にあってもその黒さは失っていない。
むしろ、光の中でもなお、自身の存在を誇示するようだ。

手の内にあるのは彼女の愛機であるデバイス、ルシフェリオン。
紫の宝石を先端に頂いた魔導師の杖であるそれもまた、確かにここにある。

闇の書の闇の残滓が齎したものは、泡沫の夢で終わらずにここに存在していた。

「動くなっ!!」

そんな彼女の周囲を取り囲むのは、多数の時空管理局の局員達。
彼らは、現地で活動していた執務官との連絡が取れなくなったという状況で急遽増援された魔導師達。
その中には、この地に住まう嘱託魔導師である高町なのはの友人であるユーノ。フェイト・テスタロッサの使い魔であるアルフの姿も混ざっている。

ここにいる全員は彼女がどういう存在か、そして現在連絡のつかない魔導師や騎士達の行方がどうなったのかに見当がついている。

憤怒。怨嗟。畏怖。悲壮。

皆様々な感情を抱きながらも彼女を取り囲むが、そのどれもが負の感情から来る視線。
それらを一身に受ける彼女は動じない。
負の感情こそが彼女の賛美する対象なのだ。動じるいわれの方がよほど無い。

「……貴女は闇の書の闇、でいいのかしら?」

その中で、ひとり前に出てくる人物がいた。
巡航L級8番艦アースラ艦長、リンディ・ハラオウンだ。
本来、最高責任者である彼女が最前線に出る事はないのだが、今回はここにいるべきの執務官であるクロノ・ハラオウンが居らず、その代役を務められる人材がいなかったために、こうしている。

というのは建前。
リンディには少なからずの縁が闇の書との間にはある。
実際には強権を使ってこの場の指揮権を奪っていたのだが、それは今はどうでも良い。

「そうですね。正確には既に別物となっているのですが、他に呼ぶべき名を持っていないのでその名でも構いません」

取り囲んでいる局員の数は半端ではない。管理局がこの事態をどれだけ警戒しているかが良く分かる構図。
そんな劣勢と呼べるような場であっても、彼女は常と変わらず淡々と答える。

「そうですか。では確認しますが、現地で活動していた魔導師、クロノ・ハラオウン。高町なのは。フェイト・テスタロッサ。八神はやてとその守護騎士達。
彼らを……貴女はどうしたの?」
「私が私となるための糧に、身体ごとこの身に取り込みました」

彼女の答えに周囲が色めき立つ。予測であったそれが、彼女の答えに確信となったのだ。動揺が局員の中に広がってゆく。
その中でも、取り込まれた魔導師と親しくしていた者の動揺はとりわけ大きい。

信じられない、信じたくないという思いに揺れ、それでも事実を事実として認識すると果てしない怒りを彼女へと向ける。

「……管理局は、現時点を以って貴女を第一級ロストロギアと認定して破壊します。
そして、囚われた人員の救出に当たります」

リンディもまた心中では穏やかとは言えない激情がうねりを上げるが、それを表に出す事無く、やるべき事として彼女に宣告する。

それと同時に、局員達もまた動揺を抑え込み、目の前にある女性の姿をした脅威に構える。

「破壊に関しては断固として拒否しますが、取り込んだ魔導師の解放については構いませんよ?」
「え……?」

空気は一触即発かと誰もが思ったが、彼女のその一言に皆一様に困惑の面持ちを浮かべる。

そんな局員達を一瞥すると、彼女は自身の周囲に魔法陣を展開する。
一瞬、彼女が戦闘を開始したのかと緊張が場を走るが、誰も動けなかった。
彼女の周囲にある魔法陣に浮かび上がる人影は、取り込まれた魔導師の姿。

「なのは!」
「フェイト!」

声を上げたのはユーノとアルフ。それぞれ一番に心配していた相手の名を叫ぶように呼ぶ。
彼女は本当に取り込んだ魔導師達を解放していたのだ。
その行動の真意を読む事が出来ず、誰もが困惑をして動けない。

「私が取り込んだ魔導師はこの四人です。守護騎士に関してはその辺りに落ちているでしょう」
「……どういうつもり?」

魔導師達は無事ではあるようで一安心ではあるが、何故そんな真似をするのかと警戒の思いは逆に強くなる。
そんな、疑問に苛まれる局員達を代表してリンディが彼女の行動の真意を尋ねる。

「既に私は『私』という形で安定を果たしました。異物である魔導師達を何時までも内に留めておいてもその身を腐らせるだけで益はありませんので」

一応、取り込んだ魔導師を魔力炉代りに自身の魔力精製のために使う事も出来る。
だが、それでも彼女は永遠に取り込んだ魔導師の生体を維持も出来ないので、いずれは破棄しなければならなくなる。
それなら別に今解放しても別段問題にもならないという理由もある。

「それに、ベクトルは違いますが私はこれでもこの魔導師達を愛おしいと思っています。
無為に私の中に居るより、自由に空を翔ける方がこの子達のためにもなるでしょう」

だが、彼女が魔導師達を解放したのはそんな理屈からではない。
取り込んだ魔導師達から受けた影響で手にした感情によって解放を決めたのだ。

彼女は理由を口にしながら、なのはの、フェイトの頬をそっと撫でる。
その表情は慈愛に満ちているような穏やかな笑みを浮かべており、彼女は本当に闇の書の闇なのかと、先程までとは違う疑問が局員の中に広まってゆく。

「青い果実もまた美味ですが、赤く熟した果実を味わえる日が待ち遠しいです」

だが、そんな局員達の思いは、次の彼女の言葉によって覆される。

確かに彼女は、かつてと違い感情と自我を持っている。人に対する想いを持っている。
それでも、破壊と混沌の衝動という本質は変わっていない。

彼女にとっての慈愛とは、かわいがり大切にする事ではない。対象を己の力で蹂躙して屈服させる事。

自身もベクトルが違うと言っていた通り、真逆なのだ。
今魔導師達を解放するのも、成長した彼女達を再び屈服させたいからだ。

彼女は歪んでいない。真っ直ぐだ。ただ向きが世間一般のそれとは逆なだけ。
故に彼女は純粋に微笑む。他の皆が悪と呼ぶ感情を抱きながら。

「それではまず、彼女達の解放の対価として、ここに居る全員のリンカーコアを頂きましょう」

彼女はなのはとフェイトに向けていた笑みを消して常の淡々とした表情に戻すと同時に、周囲に取り込んでいた魔導師達のデバイスを再現した闇の欠片達を展開する。

蹂躙劇の幕を上げだ。






その後、様々な次元世界を渡り歩き、世に破壊を齎し、怨嗟の声を響かせるために力を振るう彼女の姿があった。
ただ、彼女が攻撃対象と選ぶのは紛争を行う戦場や、管理局のような上層部に繋ぎを持つ事で捕縛を逃れながら悪事で私腹を肥やす人物。

彼女は正義を行使しているわけではない。ただ、彼女からすれば誰を襲おうとも大差はないのだから、手間を省くために管理局の介入し辛い場所を狙っていただけだ。

そんな彼女に、何時の頃からか呼ばれる名があった。
行使する魔法が煌めく星のように見える事と、その圧倒的な火力により蹂躙する姿がその由来。
逢えば終焉を齎されるという畏怖と、その強さへの憧憬の念を込めてこう呼ばれる。

『星光の殲滅者』

その名は広く次元世界に知れ渡る事になる。


「明けぬ夜はありませんが、訪れぬ夜もありません。
宵の明星が瞬くいつかのその時に、再び相まみえましょう」



END





魔法少女リリカルなのはA’sポータブル。星光の殲滅者シナリオ完結です。

個人的な設定で、『星光の殲滅者』『雷刃の襲撃者』『闇統べる王』の名は自称ではなく他称だったので、地の文でマテリアルズをなんて呼べばいいのか困った困った。
とりあえず、主人公である星光さんは『彼女』に固定して、雷刃さんの呼び方は彼女だと被るから『少女』にして、闇統べさんは『王』としてみた。



[18519] 後日談
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/06 19:10

闇の書の闇の残滓が齎した余波被害。

それは管理局で予想された範囲内での出来事に収まるはずだった。
だが、実際には闇の書の闇の復活という、あってはならない結末で終えてしまった。

ただ、新たな闇の書の闇となった高町なのはの収集データをもとに構成された彼女は、人を殺すという行為よりもリンカーコアの蒐集を優先していた。
さらに、何故か守護騎士達がはやてのためにリンカーコアの蒐集をしていた時のように、相手を死なせない程度に加減しての蒐集行使をしていた。
その結果、負傷者は多数出たが、死者は出なかったのが不幸中の幸いといったところだった。

それでも新たな脅威を誕生させてしまったという事実は依然としてあるため、管理局内部はその事後処理にみな奔走しているようだった。

そんな中、事件に関わった魔導師達は蒐集行使を受けたためにリンカーコアが一時的に収縮してしまっているが、身体的には問題はないため各自養生する事になっていた。

時空管理局嘱託魔導師である高町なのはとフェイト・テスタロッサの両名もまた、現在は治療設備の整っている管理局の本局で身体を休めていた。
どうせひとりで休んでいたところで事件を防ぐ事が出来なかった事に苛まれてしまうのは目に見えて分かっている。
それなら仲の良い友達同士で遊んでいた方が気も紛れる、という理由でふたりは同室の扱いになっていた。

保護者の面々もこの事は了解している。
なのはの家族は一緒に居たいという思いはあったが、リンカーコアという未知の器官のダメージは地球の医療ではどうしようもないと分かっているので、渋々、といった様子だったが。

「……ねぇなのは、あの子の事をどう思う?」

そんなわけで、なのはとフェイトは平日の昼間から部屋でのんびりまったりとして過ごしていたのだが、それでも話題に上がってしまう事柄があった。

「うん、あの子ってわたしの蒐集データをもとにしているんだよね。初めて会った時はびっくりしちゃった」

ふたりは現在、ベッドに並んで腰を下ろして話をしていた。
話題に上がるのは再構成を果した闇の書の闇である彼女の事。

実際のところ、フェイトは彼女の事について相談をしたかった。
そしてそれはなのはも似た部分があるので、話題を逸らそうなどとは思わない。

「はやてと守護騎士のみんなを一度に相手をして勝っちゃうなんて、凄く強いよね」
「……うん、そうだね」

ふたりの心中、特になのはは複雑だった。

彼女の身体と魔導は自分をもとにしている。自分の魔法が回りまわって迷惑をかけている。
実際に戦う機会があったというのに、彼女を止める事が出来なかった。
自分が取り込まれてしまったから、更に彼女は強くなってしまった。

そんな風に、自分が悪かったんじゃないかという考えがぐるぐると頭の中を回っていて気分が落ち込んでいた。

「今度会ったときも、……負けちゃうのかな?」
「フェイトちゃん……」

再び彼女と逢う。

これは殆ど確定している事実であるとふたりは認識していた。
偶然や運命に導かれて、ではない。彼女の方から自分達に逢いに来る。

根拠といえるものはないが、彼女は確かになのはとフェイトに対して、他の人とは違う執着を持っている事を感じていた。

だから、逢いに来る。それを明確に感じているのはなのはとフェイトのふたりだけ。
そんな理由があるから、共通の悩みを持つふたりだけで話をしていたのだ。

なのはは俯き加減のフェイトの横顔を見て、胸が締め付けられるような想いを抱く。
もしかしたら原因は自分なのかもしれない、そんなマイナスな考え。

「……大丈夫だよ、フェイトちゃんっ」

だが、そんな考えよりも、なのはは友達がつらそうな顔をしているのが嫌だった。

「確かに今のわたし達じゃ勝てないかもしれないと思う。でもだからって諦めるのは嫌だよ。
だから、わたしはこれからもっと強くなる。強くなって、フェイトちゃんの事も守れるように頑張る。だから大丈夫!」

強く断言すると、なのははいつもの明るい笑顔をフェイトに向ける。

実際のところ、なのはは自分の言葉に根拠はないとは分かっている。
それでも、はっきりと言い切ってみせた。実現してみせると言ってみせた。

自分は弱いと分かっている。
だけど弱いから強くなりたいとも思う。
少なくとも、自分の友達の笑顔を守るぐらいは強くなりたい。

その願いは本当だから、叶えるために頑張れる。だから大丈夫。

「……ならわたしも、なのはの事を守れるように強くなるよ。
ひとりでは無理かも知れないけど、ふたりでならきっと大丈夫。あの子にも勝てるよ」

そしてフェイトもまた、そんななのはの前向きな気持ちに未来への希望を見る。
確かに敵は強大だけど、お互いを守りあって、支えあっていけば最後まで頑張れる。
最後まで頑張れれば、今度こそちゃんと勝って終わらせられる。

なのはとふたりでならそれを実現できると信じられる。

「うん、一緒に頑張ろうねフェイトちゃん!」

その想いが、なのはと同じ結論を導き出す。
想いを同じくできて、心が通じ合えるのが嬉しくて、なのはは隣に座るフェイトの手にそっと自分の手を添える。

「なのは……」

フェイトも繋がる手から伝わってくるなのはの温かさを感じてその手を握り返す。
言葉も無く、ふたりはただ、見つめ合う。そして、

「やほー。なのはちゃんにフェイトちゃん。元気にしとる、か……?」

そんな、ふたりが背後に百合の花が咲き乱れるような空気を醸し出しているという事を知らず、部屋へと入ってきたはやてはその光景を目の当たりにして動きが固まる。

「……あはは。うん大丈夫。わたしはちゃんと空気を読める子やよ~?」

そして、何も見なかった事にして部屋を後にしようとする事にしたらしい。
車イスを慣れた様子で操作し、そのまま自身の潜ったドアを再び経て部屋の外へと行こうとする。

「ま、待ってよはやてちゃんっ。なんだかよく分からないけど、たぶん何か誤解してると思うの!」
「そうだよっ、何でそんな頬を赤らめながら部屋を出ていこうとするの!?」

だが、そんなはやての姿に気付いたふたりは、慌てて引き留める。
実際のところ、ふたりは自分達を傍から見ればどういう風に映っていたかは分かっていないのだが、それでも確実にある嫌な予感につき動かされての行動だった。

なのはもフェイトも、凄腕の魔導師ではあるが、九歳であることには変わりは無い。
その手の知識が無いために、現状に理解が追い付かないというのも無理からぬ話だ。

「なんでって、……あかん、そんなんわたしの口からはとても言えへん。
でも大丈夫。わたしはちゃんとふたりの事を祝福するで?」

ただ、ふたりの姿を見て、明確にこれから先の展開をイメージ出来たはやてが早熟なだけだろう。
果たして、何処まで想像の翼を羽ばたかせたのかは、はやて本人にしか分からないが。

「ち、違うよっ。何が違うのかはわたしにも分からないけど、とにかく違うよ!」
「そうだよ、なのはの言うとおりだよ!」
「あはは~、今更隠さんでもええよ。ふたりの事は何となく察しがついとったからな~。
そういう形があっても別にわたしは偏見を持ったりしない。ずっと友達やで?」
「だ~か~ら~……!!」

まあ、女が三人寄ればかしましいとはよく言ったものだと、第三者がこの光景を見たならそう思うだろう。

そして三人は、まだダメージが回復し切っていないというのにてんやわんやと騒いだため、自爆という形で仲良くダウンしていたのだった。


閑話休題


時間を置いて落ち着いた三人は、先程までの自分達の行動を反省して、なのはとフェイトはベッドの上、はやては車イスの上で、大人しく腰をおろしていた。

「……それで、はやてちゃんの身体は大丈夫なの?」
「うん。わたしは純粋魔力ダメージだけやったし、なのはちゃんやフェイトちゃんよりもあの子に取り込まれていた時間も短かったから、わたしらの中でたぶん一番軽傷や」

なのはの問いかけに、はやては自身の現状を答える。
彼女との戦闘は苛烈を極めたものだったが、決定的なダメージを負いそうに鳴った瞬間、リインフォースが庇っていたため、はやてに肉体的損傷は殆ど無い。
無茶なユニゾンの影響の後遺症はあったが、それもまた、以前までの車イス生活より、少し厄介程度で収まっていたため、はやての中では大したことは無いという結論になっていた。

「ただ、うちの子達は、な……」
「あ……」

だが、守護騎士達に関しては、あまり楽観視が出来ないというのが現状らしい。
みな、敗北が決定してなお、限界を超えて最後の最後まで彼女の内に囚われたはやてを救うべく戦いを続行し続けたらしい。
その上で、リンカーコアの蒐集を受けたため、致命傷のギリギリ一歩手前という状態になっていた。
守護騎士達は、その在り方からして、通常の魔導師や騎士と比べて回復力は高い方ではあるが、それでもまだ、みな目を覚まさず昏睡状態である。

……そう説明をするはやての表情は、先程までの三人のやり取りなど無かったかのように暗い色が見て取れる。
先程までのアレも、一種の空元気でしかなかったのだと、なのはとフェイトは気付く。
だが、気付いたとしても、なんと声をかければ良いのかが分からないと、ふたりは上手く言葉が出ない。

「ああでも、みんな命に別状は無いって。栄養ある物を食べて、きっちり休んでいればちゃんと全快出来るって、先生が言っていたしっ」

そんななのはとフェイトの様子に気付いたはやては、心配はさせまいと俯き加減だった顔を上げて、ふたりに笑いかける。

だが、はやてのその表情は笑顔を浮かべる事に失敗したように、上手く笑えていない。
それでも必死に笑顔を浮かべようとするはやてに、なのはとフェイトはそっと寄り添う。

「なのはちゃん、フェイトちゃん……?」

そんなふたりに対して、困惑の表情を浮かべるはやて。

「別に、無理して笑わなくていいんだよ?」
「なのはちゃん……」

「辛い時は、ちゃんと辛いって言って欲しい。じゃないと、その悲しみに心が押しつぶされちゃうと思うから。
頼りないわたしかもしれないけど、手を差し伸べたり、傍に居たりする事ぐらいは出来るから……」
「フェイトちゃん……。ふたりとも、でも……」

「大丈夫。はやてが守りたい騎士達は今は見ていないから。弱音を吐いても心配をかける事はないから」
「うん。実はさっきまで、わたし達も弱音を吐きあっていたんだ。
だから、はやてちゃんとの本当の気持ちも教えて欲しいんだ」

「わたしは、わたし、は……う、うぁぁ!!」

辛い事は自分が我慢していれば、みんな笑っていられるはず。
そう思う事で押えていた想いが、涙となって溢れだす。

はやての心中は不安と悲しみで不安だった。
みんな無事で勝つんだと言ったのに、勝つ事が出来ず、家族に怪我を負わせてしまった。
ベッドで寝ているみんなを見て、もう起きないんじゃないかという不安に襲われた。

また一人になってしまうのではないかと思って、その場に居られずに、逃れるように、なのはとフェイトの下を訪れた。
でも、来たのは良いけど、自分が悲しんでいる姿を見せて、余計な心配をかけて、幻滅から、自分の傍から離れてしまうのではと、必死に自分を取りつくろっていた。

そんな心中を、筋道も立てず、殆どめちゃくちゃな順序と言葉で吐露するはやてを、なのはとフェイトは、何も語らず身を寄せる。
ただ、傍に誰かがいるからひとりじゃないと、温もりを伝えるかのように……。

「……はー、泣いたらなんやすっきりした。
おーきにな。なのはちゃん、フェイトちゃん」

そして、一通り泣いて、涙と一緒に悲しみや不安も流れ落ちたのか、涙をぬぐいながら柔らかな笑みを浮かべる。
それは無理をしたものではない。心の底からの笑みだった。

「うん、役に立ててよかったよ」

実際には何の問題も解決していない。泣いたからと言って過去が変わるわけでもない。
それでも、立ち止まり続けるのではない。一歩を踏み出す小さな勇気がその胸に灯っていた。
はやてだけじゃない。なのはとフェイトも、気持ちは一緒だ。

「わたし達は、あの子に負けちゃった。でも、まだわたし達はここに居る。全ては終わったわけじゃない」
「諦めたら終わりだけど、わたし達は諦めたりなんかしない。出来る事は、きっとまだあるはず」
「そや。今はまだ勝てないかもしれへんけど、いつかはあの子にきっちりリベンジや!
そして、悪い事をしたからごめんなさいをさせたる!」

なのはが手を差しだすと、その上にフェイトが添えるように手を重ねる。
そして、更にその上にはやての手が重ねられる。

三人の視線が交錯する。誰の瞳にも悲壮感は無い。
ただ、未来へと向かう決意に満ちていた。

「せーの、がんばるぞーっ」
「「おーっ!」」

自分達には想いを貫く力と、空を翔ける翼があるから。
だから、きっと──









星光さんは好き勝手に次元世界を飛び回っている中、原作主人公ズは決意表明の巻。
登場はしていないけど、リインフォース含め守護騎士一同は昏睡状態ではあっても、消滅はしてないです。

次回更新分からStSへの空白期に突入なわけなんですが、果たして何処までがタイトルを後日談としていていい範囲なのかどうかが分からない……!



[18519] 番外編
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/07 18:13

星光の殲滅者と呼ばれる彼女は、誰にも、何にも束縛される事はない。
世のしがらみとは無縁。ただ、自身の思考と判断だけが彼女の行動理念。
心の思うまま、感じるままに、彼女はこの世を謳歌する。

そんな彼女には、ずっと気になっていた事があった。

闇の書の闇として再構築を果した彼女にとって、最大の目的は『闇と破壊の混沌を齎す』という事。
彼女が発生した当初から抱える衝動であり、存在理由。
それが、彼女の行動基準となっている。

だが、だからといって彼女も常に戦場に身を置いているわけでもなく、さらに強くなるため、集めた魔導の調整や運用方法について模索しているわけではない。

世の中を自由に闊歩していれば、気にかかってくる事も多かれ少なかれ出てくる。
最大の目的とは関係のなくとも、次点の目的として据えても不思議は何も無い。
闇の書の闇の『理』を司る彼女にとって、破壊行動は行動原理ではあるが、気にかかった事を探究する事は趣味のようなものであり、切り捨てるというつもりも無い。

……彼女の中にとある知識があった。

それがどういうものであるか、という情報はある。だが、実際に体感した事はない。
伝聞で知っているからといって、実際に自分の予想したものと同一であるとは限らない。
はたしてそれが、本当に価値あるものなのかどうかを興味深いと思っていた。

そして今、その答えを得るために、とある場所を訪れていた。
見上げる先には、この建物の名前を表すための看板がある。

目的のものはここにある事は知っている。
力ずくで強奪するのは容易いが、彼女は今回あえてその選択肢を取らない。
この場合、力ずくというのも無粋なものであると思ったからだ。

故に、世間の常識に則って多くの人と同じようにドアへと手を掛けると、押し開く。
からんと、ベルの鳴る音がドアを隔てた室内に響く。

彼女が立ち入った建物の看板には『喫茶翠屋』と書かれていた。






高町士郎は、以前は危険と隣り合わせな仕事をしていたが、現在は喫茶翠屋のマスターを務めている。
妻である桃子はパテェシエを務めており、彼女の作るシュークリームは絶品だという評判のために、喫茶翠屋は今日も繁盛していた。

とはいえ、一日中引っ切り無しに客が来るというわけもなく、昼の忙しい時間帯を過ぎれば割と落ち着いたものだ。
今は丁度客も居らず、一息をついているといったところだった。

そんな中、ドアに備え付けられているベルが来客を知らせるべく音を鳴らす。
手も空いているため、すぐに対応しようと士郎は顔を向ける。

「……!?」

だが、士郎は即座に来客を歓迎する旨の言葉は発する事が出来なかった。
入ってきたその彼女を見て、平常心を保とうとするが、それでも僅かばかりに驚きに目を見開いていた。

栗色の髪の毛は腰元辺りまでの長さであり、黒のシックなワンピースを身に纏う彼女のその顔立ちは、自身の末娘であるなのはに良く似ていた。
なのははまだ子供といった年頃ではあるが、もし二十歳ぐらいまでに成長したなら、まさに目の前の彼女のようになるだろうと思うほど良く似通っていた。

だが、士郎が驚いたのは、彼女の姿に対してではない。彼女のその瞳だ。
あまり感情の見えない静かな表情ではあるが、その瞳の奥はとても暗い色が見て取れた。

それは殺気であり、殺意。

露骨に振りまいているというわけではないが、だからといって隠そうとしている様子もない。
ただ、常日頃から誰かを、この世全てを壊してしまいたいと考えているかのようだと士郎は感じた。
彼女は絶対に気を許してはいけない相手。それが、高町士郎が感じた彼女に対する第一印象だった。

士郎がそんな風に考えている内に店内に入ってきた彼女は、誰に案内されるわけもなく、極自然な素振りでカウンター席に着く。
歩く姿には体幹のブレも無い。それを見ただけでも彼女が只者ではない事は一目瞭然だった。

もしや、以前の仕事の関係者であり、自身の命を奪いに来た刺客なのかと士郎は考える。
だが、それにしてはあまりに堂々としている。
殺意を抱えているようではあるが、それが特定の誰かに向いているようにも感じられない。

「……いらっしゃいませ。ご注文がお決まりでしたら声を掛けてください」

ただ、彼女は『客』として振舞っている。
目的は分からないが、こちらから突然斬りかかるわけにも行かないと、探りを込めつつ、士郎も喫茶店のマスターとして応対する。

「では、シュークリームとコーヒーをひとつずつお願いします」

士郎は内心、彼女がどんな行動に出ても即座に対応出来る様に警戒していたが、彼女の方は何の気負いも無い様子で、静かな語り口で注文をする。
メニューも見ずに答えた辺りから、店に入る前からこの注文を決めていたようだった。

「承りました。しばらくお待ちください」

士郎はオーダーを受けて、カウンターの奥へと戻りながらも彼女の様子を窺う。
言葉遣いは丁寧で、落ち着いた物腰をしている。今も何か騒ぎ立てるような素振りも一切なく、瞳を閉じて席で大人しく待っている。

物静かな女性であり、こうして傍目に見る分には美麗な人であると思う。
だが、彼女の取り巻く冷たい雰囲気が冷淡な態度という印象を与えてくるため、どうにも近づき違い雰囲気だった。

なのはも大人になったらあんな風な美人になるんだろうなぁ、だが、なのははもっと明るくて優しい子なのだろうから、方向性の違う美人になるに違いない。
だが、自分にとって一番の女性は桃子だがな!

……などと、中々にずれた感想を抱いたりもしたが、それはおくびにも出さずにコーヒーを淹れると、オーダーにあったシュークリームを添えて再び彼女のもとを訪れる。

「シュークリームとコーヒーです。ご注文はこれでよろしかったですか?」
「はい」
「それでは、ごゆっくりおくつろぎください」

彼女の前にシュークリームとコーヒーを置くと、再びカウンターの奥に戻り、彼女の様子を窺う。

「……これが翠屋のシュークリームですか」

彼女はシュークリームを前にして、何処か感慨深げな様子でぽつりと漏らす。
その様子を見るに、どうやら彼女は本当に客としてこの店に訪れたのであると士郎は思った。

実際、彼女は高町なのはから継承した記憶の中に、『翠屋のシュークリームは逸品』というものがあり、それを確かめるべくここに来ていたのだ。
士郎の感じた事は、見事に正鵠を射ていた。

とはいえ、だからと言って彼女が気を許して良い相手というわけではない。
少しばかり緩んだ気持ちを再び引き締めて、士郎は何気ない様子を装いながら警戒を続ける。

「では、頂きましょう」

彼女はおもむろにシュークリームに手を伸ばすと、そのまま一口をかぶりつく。

「これは……」

そしてその表情が驚きに彩られる。
露骨に感情を表しているわけではないが、それでも先ほどまでの冷淡な表情と比べれば、十分以上に彼女の心境を表していた。

「滑らかな舌触りと甘すぎないクリーム。それによく合うシュー生地。
……なるほど、これは私の知識にある以上の美味しさ。見事としか言いようがありません」

彼女は知識ではこのシュークリームは美味しいとは分かっていたが、実際にこうして口にしてみると、想定以上に美味しいと感じていた。
まさに百聞は一見にしかずとはよく言ったものだと、シュークリームを絶賛する。

彼女は普段の食生活自体は別にサプリメントでも構わないと思っているが、こうして美味しいものを食べるのも良いものだと実感しながら、さらにシュークリームを頬張る。

「……む」

ただ、あまり大きいとは言えない彼女の口でシュークリームにかぶりつこうとしても、上手く食べられず、中のクリームがはみ出てしまう。
そのはみ出した分をこぼさないよう、再度食べようとするが、次は反対側からクリームがはみ出してしまう。

なら今度はと意気込むが、やはりクリームがはみ出てしまう。
それでも諦める事無く、彼女はシュークリーム相手に悪戦苦闘する。

「……中々やりますね」

本人は至って大真面目にシュークリームを食べようとしているのだが、どうにも上手く行かない。
戦場では相手を一方的に蹂躙しているというのに、この場においてはシュークリームひとつにいいように弄ばれている。
これは類を見ない強敵であると、なにやらシュークリームに対して敵愾心のようなものを抱きながらも、彼女は食べる事に集中する。

そんな彼女を見ていて、士郎が思ったのは、

(……はっきり言って、食べるのがとても下手だな)

というものだった。

シュークリームを相手に一生懸命になっている姿は、小さな子供のようであり、物静かな大人という印象とのギャップにより可愛い物に見えるから不思議だった。
というか、見ていて和む。

思わず警戒の心を忘れて、微笑ましいものを見るような眼差しで彼女の食べる姿を見守る士郎だった。

それでも何とかシュークリームを完食した彼女は、口の周りについてしまったクリームをふき取ると、優雅とも見える仕草でコーヒーを手に取る。

「ふむ、良い香りです」

無表情ながら、何処か満足そうにしながらコーヒーの香りを楽しむ。
そしてコーヒーを口に含み、その苦味を味わう。
シュークリームの甘さとコーヒーの苦さが相まって、さらに素晴らしい物になっていると彼女は感想を抱いていた。

ただ、その彼女の鼻の頭にクリームの拭き残しが残っているため、格好がついていないのだが。

もしあれが最先端のファッションだと言い張ったら、逆にそういうものであると納得してしまいそうなほどに、極自然に彼女の鼻の上に鎮座するクリーム。
それに、彼女は全く気付いていなかった。

というか、よく見れば口の周りの食べカスも拭い取れ切れていなかった。

(……これは、もしやツッコミ待ちなのだろうか?)

そんな考えが士郎に思い浮かぶ。
ただ、思ったは良いが、果たしてどんな風にアレを教えてあげれば良いものかと悩む。

何も難しい事は考えずに教えれば簡単だとは思うが、口の周りにクリームがついているなんて指摘をして女性に恥をかかせるのもどうかと思う。
だが、本人が全く気付いていないのだから、このままだったらあのまま店の外に行ってしまう。それこそ恥をかかせるようなものだ。

だが、そうは思いつつも、あまり刺激したく無いという考えもあるため、どうにも行動に移す事が躊躇われる。
ここまで見ていて、彼女が敵ではなく客として訪れていたというのは一目瞭然ではあっても、彼女は危険人物であるという事は長年培ってきた剣士としての経験が告げている。
彼女と敵対するのは危険すぎるという警鐘が、士郎に二の足を踏ませる。

「翠屋謹製シュークリームのお味はいかがだったかしら?」

だが、そんな士郎の葛藤など欠片も知らず、彼女に話しかける人物が居た。
士郎の妻である桃子だ。

「はい、とても美味しかったです。まさに噂以上でした」
「ふふ、喜んでもらえてよかったわ」

桃子は、彼女の素直な感想に顔を綻ばせながら、カウンターを出て彼女の隣に移動する。

「ほら、クリームがついているからちょっと動かないでね?」
「むぐ……?」

桃子は彼女に対して指摘するのではなく、自身の手でナプキンを使い彼女の顔を拭う。
彼女はそんな桃子の行為に驚いた様子ではあったが、特に反抗もせずに身を任せている。
不用意としか言いようのない妻の行動に士郎は冷や汗が背筋に大量に流れる思いでそれを見守る。

「よし、綺麗になった。
ごめんなさいね。何だかあなたがうちの末娘に凄くそっくりだったから、つい手を出しちゃったわ」
「別にこの程度は構いません。ただ、私も顔を拭いたにも関わらず、未だに居残り続けていたクリームが思いのほか難敵だったというだけです」

彼女はぶしつけとも取れる桃子の行為に気を悪くした様子もなく、澄ました態度で答える。
そして何事もなかったかのように、再びゆっくりとコーヒーを味わう。

というか、彼女はあくまで自身の顔にクリームがついていたのは、自分が食べるのが下手だったからだという事を認める気はないらしい。

「……ふふ」

桃子はそんな彼女の隣の席に腰を下ろすと、その様子を眺めながら微笑を浮かべる。
別に相手を嘲笑うのでもなく、おかしな事があったのでもない。
ただ、この大人なようで、何処となく子供っぽい女性に対して、優しさと愛おしさを以って見守るような心持ちで桃子は居た。

「……」

彼女の方も、そんな桃子の事を特に気にしない。
元々、話しかけられれば答えるが、何も問われないというのであれば自分から特に話すべき事も無い。
ただ今は、この緩やかで穏やかな時間を満喫するだけで、それを害するものでないというのであれば手も口も出す必要はないというのが彼女の考え。

そんなふたりの様子を見ていた士郎は、ここで警戒心を解く。
彼女は純粋な客であり、自分達に害意がない事はあの様子を見ていれば良く分かる。
ここで、無闇に自分がとげとげしくしている方が無粋だと士郎は感じたからだ。

穏やかな時間を過ごしてもらえるというのは、喫茶店の経営者としては冥利に尽きるというものだ。
今の自分がするべき事は、喫茶店のマスターとして、来てもらった客にこの時間を楽しんでもらう事だけ。

「コーヒーのおかわりはいかがですか?」

それを果すべく、士郎は自分の仕事へと戻る。
最初のように探りを入れる思いはなく、ただ純粋に気遣いとして声をかける。

「……では、シュークリームももうひとつお願いします」
「かしこまりました」

彼女は少しばかり考える素振りを見せると、追加注文をする。
それに応える士郎もまた、桃子のように柔らかい笑みを浮かべている。

「……?」

急に警戒心が消えていた士郎の姿に、彼女は小首をかしげながらその背中を見送る。
彼女は、士郎が自分は何者かは知らずとも、自分の在り方について察するのもがあったというのは気付いていた。
故に警戒されるのは当然だと気にもしていなかったが、その警戒が何の前触れもなく消えたとあれば、それは気になるところだ。

「あら、どうかしたの?」

そんな風に不思議に思っていると、桃子が訊ねてくる。

「はい。私は彼に危険な存在だと認識されていたはずですが、警戒が解かれていました。
私は何もしていないと言うのに、何故警戒を解いたのかが分かりません」

彼女は自身の『悪』と呼ばれる在り方を肯定しているため、殺意を隠すつもりも無ければ弁明するつもりもない。
そんな、社会に適合しない自分を警戒する事を止めた理由が分からないと桃子の疑問に答える。

「そんなの簡単よ。お客様をお客様として扱うのは当然の事でしょ?」

桃子は、本当に分からないと首をかしげている彼女に対して、さらりと答えを提示する。
まあ、そういう桃子の態度は客に対するというよりも家族に対するモノだったりするのだが。

「……そういうものなのですか?」
「そういうものなのよ」

彼女はいまいち納得出来ていない様子で、なおも首をかしげている。
桃子はそんな彼女の事を可愛いなと思いながら微笑んでいた。

「お待たせしました。シュークリームとコーヒーです」

そうこうしている内に、士郎は追加注文を持って現れた。
そして、新たなシュークリームとコーヒーが目の前に並んだところで、彼女は疑問を即座に棚上げする。

「……では、今度こそ貴方を制圧してみせましょう」

彼女の中では、士郎への疑問よりも、難敵であるシュークリームをどう攻略するかの方が重要らしかった。

「いただきましょう」

そして、今度こそは綺麗に食べてみせると、彼女とシュークリームの新たなる戦いが始まるのだった。

「……ほら、こっちにもクリームが付いているわよ?」
「む?」

……まあ、結果はまたも彼女の敗北だったようだが。



そんなやり取りを経てシュークリームを完食し、コーヒーも飲み終わった。
ここでのやるべき事は終えたと、彼女は席を立つ。

「たいへん美味しかったです。この味を作り出せるというだけで、私の中では貴女方は生きている事を認められると思います」

随分と大仰そう事を言いながら、彼女は御代を払う。
穿った聞き方をすれば、お菓子を作る以外に生きる意味は無いとも聞こえそうな内容だったが、ここにはそんな解釈をする人は居なかった。

「喜んでもらえて何よりだよ。何だったら、サービスするからケーキを幾つか持ち帰りでもするかい?」

士郎は最初の警戒など無かったかのように自然な、むしろそれ以上に親しい間柄であるかのような気安い態度で応える。
どうやら、士郎の中では彼女の事は『ケーキを食べる姿が微笑ましい女の子』で情報が固定されてしまったらしい。

「いえ、一度に味わってしまうのは勿体無いです。他のケーキについては後日の楽しみとしましょう」
「なら、あなたもうちの常連さんの仲間入りね」

結局、何だかんだと彼女の世話を焼いていた桃子は、彼女が帰るという事に残念そうにしながらも、それでも笑顔を浮かべていた。

「そういえば、私達ってまだ名乗って無かったわね。。
私は高町桃子。ここでパティシエをしているわ。そしてこっちが──」
「高町士郎だ。それで、君の名前はなんていうんだい?」

お釣りを受け取る際に、ふたりは名乗りながら、彼女に名前を尋ねる。
問われた彼女は、何と名乗るべきかを僅かに悩む。

闇の書の闇。砕け得ぬ闇。『理』の構成体(マテリアル)。星光の殲滅者。

彼女を表す名前は幾つかあるが、そのどれもがこの場で名乗るには仰々しくあり、そぐわない気がした。

「……では『星』と呼んでください」

その中で彼女が口を出したのは、最近では一番良く呼ばれる通称の頭文字を取っただけのもの。
彼女自身、闇の書の闇などと呼ばれるより、星光の殲滅者と呼ばれる方が気に入っている。そう考えると、こう呼ばれるのも悪くないと感じていた。

「星、さんか。なるほど。じゃあまた来るのを待っているよ、星さん」

彼女の名乗り方からして、それは本名ではなく、偽名か何かであると言う事は、士郎も察していた。
だが、深く追求する事も無く彼女の名乗った名前で呼ぶ。
彼女が何者かは分からないが、その呼び名で通じるのであれば、それは間違いなく彼女の名前であるという事だ。

「星さん。また来てね?」

桃子もまた、彼女をその名前で呼ぶ。親愛の情の籠もった声で。

「それでは……」

彼女の方は短く応えるだけで、踵を返すとあとは振り返ることも無く店を後にする。
士郎も桃子も冷淡な態度だとは思ったが、逆にそれが彼女らしいと気を悪くする事なく見送った。

ただ、実際のところ、彼女は普段の冷淡な態度として振舞っていたわけではなかった。

「……あれが『家族』というものですか」

そんな風に呟く彼女の頬には、僅かに朱が差していた。
なんとなく、士郎と桃子の自分に対する態度が気恥ずかしくて、顔を合わせていられなかったのだ。
直前までは平気だったが、『名前で呼ばれる』というのは効果的だったようだ。

「……ただ、こういう日も悪くは無いかもしれませんね」

穏やかな昼下がり。彼女の呟きは、誰に聞かれる事も無く虚空へと消えた。










今までずっとシリアスで来たけど、星光さんでほのぼのがあってもいいと思うんだ。

というわけで、なごみ成分を補充。
ただ、個人的にシュークリームは嫌いな食べ物に属しているので、美味しそうに書けていなかったら申し訳ない。

星光さんの食べている姿がかわいいと思ったあなたは、同志です。
かわいいは正義です。

普通にパンをもきゅもきゅ食べて、ほっぺたをリスみたいに膨らませている。セリフに『何か御用ですか?』と付属。
そんな星光さんをSDでイラストで書いてみようと思ってイタイ目に遭ったのは、思い出すのも悲しい黒歴史を生み出しただけだった……。


余談というか、ちょっとしたネタ出し。

星光さんが夏祭りに紛れ込んでいるのもなんだか面白そうだと思った。
……想像してみてほしい。

初めて見る、出来立てのたこ焼きを一口で頬張り、予想以上に熱くて吃驚して慌てる星光さん。
若干涙ぐみながら「やけどしました」と舌をちろっと出している星光さん。
それでも、冷ましてから食べるのは負けの気がすると、頑張って残りのたこ焼きを食べる星光さん。
やっぱり我慢していたらしく、完全に涙で瞳を揺らしながら水を飲んでいる星光さん。

……どうよ?



[18519] IFシナリオ-プロローグ
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/08 09:35

気付いた時には、ここに居た。

最初に思ったのは『寂しい』と『悲しい』という事だった。
ただ、どうして寂しいと思ったのかが分からない。悲しいと思ったのかが分からない。

思い起こせる記憶は断片ばかりで、まるで整合性がないものばかり。
それはまるで、別々な映像をぶつ切りにして無理矢理に繋ぎ合わせたようなちぐはぐなもので、よく分からない。
これが本当に自分の記憶なのかと疑問に感じた。

出来の悪い映画を見せ付けられるようにしながら、記憶が積み重なってゆく。
思い出すのではない。何も見ていないのに、感じていないのに、記憶が外から中に入ってくる感覚。
ただ情報として次々に認識の中を流れていく。

……だが、そのおかげで自分が何者かが分かってきた。

忘れないように、壊されないように守る事が役割。そのために自分は存在していた。
自分が考える必要は無い。ただ、主の期待に応えるべく自身の力を行使するだけ。
それで、何の問題もなかった。そのはずだった。

……何時からか、自分の持つ力が妙に強くなってきていた。
理由は分からない。でも、力があるという事は、それだけ他の誰かが自分の守るべき物狙ってきても、役割を果たす事ができるという事だ。

有る力を振るう事に抵抗なんてあるわけが無い。
自分は最初から、そして今もずっと守るために存在していて、その役割を果たしているだけなのだから。
今までも、これからもやるべき事は変わらない。ただ与えられた『防衛』という役割を果たす事に全力を尽くす。それが存在意義。

幸い、自分の力はとても強くなっていた。
自分を破壊しようと狙ってくる誰かが増えてきていたが、自分の方が凄かった。
全力で、自分の存在意義を全うし続けた。

何度も何度も何度も。
何時までも何時までも何時までも。

永遠に、尽きる事無く守り続ける。
最初に主に託された望みの通り、守るために力を振るい続けた。
自分を取り巻く世界は何時しか闇に覆われ、血であでやかに彩られる。
それもまた、自分が守るという役割を果たせている証なのだから、嫌悪する謂われは無い。むしろ、自分の功績のようで誇らしいとも感じていた。

だが、それも終わった。自分は切り離されたのだ。切り捨てられたのだ。

何故? どうして?

そんな思いが心中を占める。
自分は……、僕はずっと守るために力を振るってきただけだというのに、何故?

不要だから。
書の汚点だから。
呪いでしかないから。
主を害する存在だから。
百害あって一利なしだから。
闇の書と呼ばれる原因だから。
憎しみや悲しみしか生まないから。

──だから要らない。

……積み重なる記憶が、その答えを提示してきた。
なんて事は無い。望まれた事をやっていただけだというのに、主達にとって都合が悪くなったから、悪い部分は全部、僕に押し付けようという事だった。

責任は全部押し付けて、切り捨てて、壊してしまえばめでたしめでたし。
闇の書は夜天の書に戻る事が出来て、万事解決というわけだ。

……ふざけるなっ!!

認識が追いついてきて、憎しみを抱く。苛立ちが募る。怒りが湧く。
そっちがそんな考えなら、こっちだって考えがある。

自分を要らないと言って闇の書の防衛プログラムを撃ち抜いた魔導師や騎士達を許す気なんて無い。
僕のこの感情を分からせてやるために、僕は戦う。
そして還るんだ。あの、あでやかで心地良い永遠の闇に。誰にも文句は言わせない!

今更どうしてこうなったなんて、もう言わない。
既に、不要と切り捨てられた結果しかここに無いのだから。

僕は自分が何者なのかを知った。
僕は自分が何をするべきなのかも分かった。
ならばあとは実行するだけ。

今、はっきりと自己の認識と確立を果たした。それと同時に、閉じていた瞳をゆっくりと開く。
目の前に広がるのは、自分を否定した世界。

「……僕は、闇の書の『力』を司る構成体(マテリアル)。
かつての場所に還るために、僕は戦う!!」

力強く、声に出して誓う。そして、決意を胸に空へと飛び立つ。










魔法少女リリカルなのはL 始まります。

というわけで、魔法少女リリカルなのはA’s PORTABLE -THE BATTLE OF ACES-登場キャラであるアホの子、もとい雷刃の襲撃者の捏造シナリオです。

ここからが本当のGW特別企画なのさ!
でも、もう休みはほぼ終わりという罠。

みんな大好きアホの子なんて呼ばれたりもしているけど、自分が書くと、どうやらシリアス成分が多くなる模様。

雷刃ちゃんはアホなんじゃないっ。ただ、一生懸命さが空回りしている子なんだ!
……まあ、それを世間一般ではアホの子というのかもしれないけど。

とりあえずプロローグを書いてみたけど、雷刃ちゃんより星光さんシナリオが読みたい! というのであれば、これは嘘予告で終了になります。



どーでも良い話。

上にある仮題にある『L』というのはライトニングのLにあらず。

「機動が単純よ……。簡単に止められたわ。
その程度で私と渡り合おうだなんて……はんっ、ちゃんちゃら可笑しいわね?」

「まあ、いくら速くとも……、その細腕ではな。
そう、お前には圧倒的に筋肉が足りていない! 見よっ、この鍛え抜かれた筋肉をっ。
フハッハーッ、筋肉イェイ、イェーイ! 筋肉イェイ、イェーーイッ!!」

「よく見たら、ぜんぜん似ていないね……。フェイトちゃんは、もっと、速いし強い。
まったく、フェイトちゃんを侮辱するのもいいところなの。あなたの存在は不愉快で目障りでしかないからとっとと消えてくれない?」

……なんだとコラーッ!!
確かに唯一イベントCGはないし、ファイナルステージでのラスボスでの登場が無い。それにフルドライブバーストも当て辛い。
でもっ、そんな雷刃ちゃんだけど、ちゃんと強いんだぞ!!
というわけで、雷刃ちゃんを軽く見るお前らにリベンジだーッ。の『L』

……と思ったけど、リベンジのつづりが『revenge』で、LじゃなくてRだった!
なので、やっぱり構成体・雷光(マテリアル・ライトニング)の『L』 でお願いします。

(一部、電波の乱れが見られましたが、気にしないで下さい)




[18519] IFシナリオ-第一話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/10 18:14
獲物を探して空をゆく彼女はひとつの影を見つけた。
取る行動は決まっている。すぐに捕縛結界を展開して対象を結界の内に閉じ込める。

「見つけたよ。闇の書の守護騎士」

そして、その前に降り立つ。
彼女は獲物を捕らえた歓喜と、防衛プログラムを撃ち抜いた騎士を前に憎しみ抱きながら口を開く。

「テスタロッサちゃん……? じゃ、ないわね」

翠色の騎士服を身にまとうシャマルは、普段は穏やかにしているその表情を厳しく引き締める。
アースラから原因不明の結界の発生の情報を受けて、調査にと来たのだったが、目の前に現れた相手を注意深く観察する。

青く長い髪はツインテールにまとめられ、身に付けたバリアジャケットは黒のボディースーツに青い色をしたマントやベルトなどをしている。

その姿は、シャマルの良く知る人物であるフェイト・テスタロッサに良く似ているが、感じる印象がまるで違う。
フェイトは良くも悪くも物静かな印象があるのだが、今目の前に居る少女のハキハキとした物言いは別人であると証明するかのようだ。

「姿形は、まあ借りものさ。僕が誰かはすぐに分かる」

彼女の方も自分の姿がフェイトと同じである事を否定しない。
ただ、その言葉の中にある『借りもの』という事を考えると、フェイトとは別人である事も同時に証言している。

そして、彼女は自分が誰かはすぐに分かるとも言う。
まるで、言葉にして説明しなくても、初対面であってもシャマルなら自分の正体にすぐに気づく事が出来るとでも言いたげだ。

張られている結界も、管理局の使うようなミッド式の魔法というよりは、自分達の使うベルか式、もっと言えば古代ベルか式の魔法に近い事もシャマルは感じている。

「あんまり分かりたくは無いわね。だけど……」

理解するのが嫌だといって、目の前の相手を放置するような真似をする訳にも行かない。

シャマルにははっきりとした嫌な予感がある。そして確証は無くても肌で感じて分かる推測もある。
当たって欲しくない。でも、もしそうだとしたら、やはり自分が戦わねばならない。
その意識が、シャマルをこの場に留まらせる。

「君のデータと力を手に入れて、僕は飛ぶ。
この身のうちに闇の書の闇を蘇らせ、決して砕けぬ、真の王となるためにッッ!」

そして彼女は決定的な一言を口にする。

(この子、闇の書の……!?)

当たって欲しくない推測が、やはり間違いではなかった。

闇の書。

元は魔法を研究するための蒐集蓄積を目的とした巨大なストレージ。
だが、歴代の所有者により改造を重ねられ、呪われた魔導書へと変貌を遂げたモノ。
魔導師や魔法生物の持つリンカーコアを蒐集し、666のページを埋められた時、所有者や周囲を巻き込んで死を齎す、破滅的な力を持つロストロギア。

シャマルはその闇の書を守護する『ヴォルケンリッター』の内のひとりとして、永遠とも思える時間を戦いの中で過ごしていた。
だが、その永遠の呪いは、今の主である八神はやてと、その仲間達の力を合わせて断ち切る事が出来た。
既に、闇の書の名は過去のもの。

──そのはずだった。

「行くぞォ!
我が太刀に、一片の迷いなーーーしッ!!」

シャマルは動揺の中でも、情報を整理するべく思考を巡らせていたが、彼女にそれを待つつもりも、道理も無い。
後はもう、戦うだけだと気炎を上げるその姿に、シャマルも状況分析は後回しにして、戦わねばならない事を知る。

シャマルは夜天の書の守護騎士の中ではバックアップを担当している。
前線に出て戦うタイプではないが、騎士と呼ばれるのは伊達ではない。後衛型も後衛型なりの戦い方をみせようと意気込みながら、相手の出方を窺う。

距離は十分にある。セオリーで言えば牽制の魔力弾を使う場面だ。
相手は見たところミッド式の魔法を使うと当たりをつけ、その推測通りになる可能性が高いとシャマルは見る。

「はぁぁっっ!!」

と思っていたら、彼女は真正面から突っ込んできた!

「って、いきなり!?」

彼女の突進は何の策も無いようなものだったが、逆にそれがシャマルにとってフェイントとなり、驚きに僅かに身体が硬直する。
だが、シャマルも騎士のひとり。すぐに平常心を取り戻すと、回避行動を取る。
彼女の方も、回避されてもすぐに追い縋って連続攻撃を仕掛けてくる。

「僕より全然遅いくせに避けるなーッ!!」

だが、シャマルは彼女の攻撃を横に飛び、上に飛んでその尽くを避けていく。
その様に危なげは無い。シャマルは彼女の攻撃を完全に見切って回避行動を取っていた。

「残念だけど、バックアップにとって回避は必須スキルなのよ!」

回復や補助を担当するバックアップにとって、一番必要なのは相手を打倒する攻撃力ではない。
そして、回復や補助のスキルでもない。

バックアップはチームにとって生命線とも呼べるもの。共に戦う仲間を時にはサポートし、時には受けたダメージを癒すのが役目。
その役割は、長期戦になればなるほど重要なものとなってくる。
戦いの中で、サポートの存在がなくなると、とたんに立ち行かなくなるのはよくある事。

故に、バックアップは墜とされるわけにはいかない。
生き残る事が最重要課題であり、そのために個人能力として防御や回避技能が必須となってくる。

シャマルは扱う防御魔法は堅牢ではあるが、シャマル本人の防御の出力自体ははっきり言って低い。
さらに、機動力という点を取ってみても、それほど優秀というわけではない。
シャマルに出来る事は、相手の動きを良く見て、次にどんな行動を取るのかを分析して確実に回避できる方策を練って実行に移すというもの。

言うだけなら簡単だが、実際に戦闘中には呑気に考え込んでいる時間はないし、相手も動きを変幻自在と変えてくる。
それでもシャマルは回避をしている。騎士としての経験と、守護騎士の中でも参謀の役割を持つ者としての戦況認識能力のたまものだ。
騎士の名に偽りはないと、高速戦闘魔導師を相手取ってなお、戦いを続ける。

「こんのぉーっ!」

そして、彼女の方が何時までも変わらない状況に痺れを切らし、焦りから大振りな攻撃を繰り出す。
とはいえ、彼女の能力は高いため、大振りとはいっても十分速いし隙も少ない。

「今よ!」

だが、シャマルにとって、それは待ちに待ったチャンス。
自身の攻撃力の低さは良く知っている。相手がさらした隙を逃すわけには行かない。
バリアタイプの防御魔法を展開して、彼女の攻撃を受け、そして逸らす。
力技ではなく、技巧の粋として受け流し、僅かでしかなかった彼女の隙を、明確な隙へと自力で作りかえる。

「シュゥートッ!!」

そこへ、シャマルのデバイスであるクラールヴィント。その指輪に着いたペンデュラムを飛ばし、反撃を加える。

「く、うわぁっ!?」

ただ、元々攻撃のための物では無いため、その威力は低い。現に、彼女の方も反撃を受けて驚いた様子はあるが、それほどダメージがあるとは言えない。
だが、それで十分。彼女は体勢を崩している。本命は……次!

「えーいっ!!」

傍から聞くと気合いが籠もっていないようでも、本人にしては精一杯気合いを入れた掛け声と共にシャマルが放つのは、大竜巻。
それは、シャマルが防御に使う魔法である風の護盾という魔法のバリエーション。
相手の攻撃をシャットアウトする盾を構成する風状に渦巻く魔力を前面に押し出す事によって、シャマルでも大威力の攻撃となって繰り出される。

「なあぁっ!?」

彼女の方としては一方的に攻めていたはずなのに齎された反撃になすすべもなく大きく吹き飛ばされてしまう。

「こんのぉっ、舐めるなぁーッ!!」

だが、高い機動力に自信を持っている彼女は、シャマルの攻撃に吹き飛ばされる最中で体制を立て直してみせる。

「うそっ!?」

更に、シャマルの風に単純に抗うのではなく、その流れに乗る事によってダメージを受け流す。
結果、吹き飛ばされはしたが、それほどダメージを受けていない。そんな彼女の対応の仕方にシャマルは驚きを抱く。
あの一撃だけで倒せるとは思っていなかったが、耐えるのでも、避けるのでも無い。あんな方法で防がれるとは思っていなかったシャマルだった。

「あ痛たた~。くぅっ、よくもやってくれたなっ。
今度はこっちの番だ!」

言うが早いか、彼女は持ち前の速さを生かして、一定の距離を保ったままシャマルの背後を取る。
だが、シャマルはその動きも見えていた。背後は取らせまいと振り返る。

「こっちだこっちーっ!」

だが、次の瞬間にはすでにシャマルの背後に回っていた。いや、背後を取ったのではない。シャマルの背後を通過し、再び正面に現れる。
そして止まる事もなく再び背後へ。
彼女は、シャマルを中心に円を描くように周回していたのだ。

「どうだっ、僕の動きについて来れるものならついて来てみろ!」

シャマルの周りを回りながら、彼女は挑発でもするように声を上げる。
彼女は自分の動きが見極められている事に気付いている。なら、見極める事が出来ないくらいのスピードで撹乱しようという腹だ。

対するシャマルは、冷静に思考を巡らせる。
相手は単純に自分の周りを周回しているだけ。だが、機動力に関してはずば抜けている。
下手に周回に割り込んで動きを阻害しようとしたら、逆にその一瞬で斬りかかって来るだろうと思う。
そうなったら、スペックの殆どが劣っているこちらが不利になる。

シャマルは自分の魔法ではあまりダメージは期待できない事はさっきのやり取りで分かっている。狙うのは、リンカーコアを摘出しての一発逆転。ただそれだけ。

そのためには、確実に相手の動きを止めなければならない。
この速度で移動し続けるのにも限界が在るはず。訪れる機会を、さらすだろう隙を見逃さないように、彼女の動きを常に目で追って、捕捉し続ける。
そして、

「はぅ~……?」

シャマルは目を回していた!

ぐるぐると回る単純な動きを追いかけていたのが原因だったが、シャマル自身のうっかりもまた大きな要因のひとつだった。
だが、間抜けな事をした事には代わりはない。明確な隙を自身でさらしてしまい、その上彼女の姿を見失ってしまった。
そして彼女は、

「うなぁ~……?」

こちらも目を回していた。
そりゃあ、あれだけ回っていればそうなるだろう。

「はれ~、どこに行ったの~?」
「うぅっ、シャマルがふたりに見えるぅ~。幻覚まほーを使うなんてずるいぞ~っ」

ふたりで空中をふらふら漂っているのは、傍目に見ていて戦っているようには見えない光景だった。

「くぅっ。作戦失敗だったか。なら次だっ。行くぞ、バルニフィカス!」

彼女は頭をふるって、ぼやけた視界をはっきりとさせる。
そして、さっきまでのことは無かった事にするかのように、次なる攻撃を繰り出すべくデバイスに呼びかける。
それに応える彼女のデバイスは、フェイトの所有するバルディッシュ・アサルトをコピーした存在。
変形フォームもバルディッシュと同一であると証明するように、金色の魔力刃を展開して基本の斧形態から鎌形態へと移行する。

「光翼斬!!」

それを、彼女は肩に担ぐようにして大きく振りかぶると、そこから一気に振り抜く。
同時に、展開されていた金色の刃がデバイスより解き放たれ、さながらブーメランのように回転しながらシャマル目掛けて飛翔する。
圧縮魔力刃であるそれは、受ければ多くのダメージを負う事は必須の威力を持つ。

「むっ、そんなの当たらないわよっ」

だが、弾速があるものならともかく、緩やかな機動をするそれを真正面からバカ正直に撃たれても避ける事は容易もいいところと、こちらも復帰したシャマルは余裕で回避する。
まさに当たらなければどうと言う事はないと証明する。
攻撃を回避された彼女だったが、シャマルの行動に残念がるどころか喜色を浮かべる。

「残念だったなっ。それはどんなに避けようとも何処までも君を追いかけ続けるぞ!!」

彼女の言葉を証明するように、圧縮魔力刃は大きく弧を描くようにして再びシャマルへと襲い掛かる。

「あっはっはーっ。せいぜい逃げ惑えばいいさ!」

シャマルが何処までも避けるというのなら、こっちは何処までも追いかけていく魔法を使えばよいというのが彼女の考えだ。
弾速は犠牲にしたが、それ以上に誘導性と威力を上げた魔力刃は、彼女の言う通り何処までもシャマルを追いかけるだろう。
そして彼女自身もいる。シャマルが下手を打ったら、一気に攻め立てるつもりだ。

「守ってっ、クラールヴィント!」

だが、対峙するシャマルは、そんな彼女の思惑には乗らない。
魔力刃の性質を看破し、避け続けるのも益はと判断したシャマルは、今度は避けるのではなく、自身の前面に渦巻く風の盾を作り出し、正面から魔力刃を受ける。
直後、刃に籠められた魔力が爆発をして、彼女の魔力光である金色の爆煙がシャマルの姿を覆いつくす。
至近距離からの魔力爆発。それは直撃を受けたらそれだけで終わりそうな威力だった。

「……私自身の防御力はともかく、私の魔法の防御力は甘く見ないでよね?」

だが、シャマルは何のダメージもなく爆煙の中から姿を現す。
シャマルの風の護盾の魔法は、彼女の魔力刃による攻撃を完全にシャットダウンしていたのだ。
そんなシャマルの姿を目の当たりにした彼女は、

「ちょ、それは違うだろーっ!!」

なにやら別な意味で憤慨していた。

「普通、刃状の魔力弾で追跡されたら、追いかけられながら相手の目前まで移動して、直前で機動を変えて相手にお返ししてやるって言うのがお約束だろうがぁっ!!」
「そ、そんなお約束知らないわよ!?」
「なら勉強不足だぞっ。ちゃんとマンガを読んで勉強していろよ!」
「マンガのお話なの!?」

彼女の情報源がマンガだという事に驚きを隠せないシャマル。
とりあえず、機動力の高くないシャマルでは、彼女の言うお約束の真似事は出来ないのだが、そんな事は彼女にとってはどうでもいいらしい。

「それに、爆煙の中から無傷で現れるなんて妙にカッコイイ演出なんて、シャマルのくせに生意気だぁッ!」
「えぇーっ!?」

彼女からすれば、カッコイイシャマルに腹が立っていたようだった。
そんな事は、シャマルからすれば理不尽な言いがかりでしかない。普通に戦っているだけだというのに、どうして自分が怒られなければならないのかとシャマルは思う。

「……こうなったら、仕方がない。僕の方がカッコ良く君を斃す!!
さあ、戦いを再開しようじゃないか!!」

そして、彼女はカッコイイという部分で妙な対抗意識をシャマルに抱いていた。

(うぅ~、なんだかやり辛い~)

鼻息を荒くして中々に理不尽な事を言ってみせる彼女に、シャマルは頭痛がする思いを抱いていた。
闇の書の関係者らしい彼女だが、わがままを言う子供っぽい姿を見ていると、悪い子ではないとは感じる。だが、対処に困る。
仲間であるヴィータも子供っぽい部分があるが、それとはまた違うベクトルを突き進む彼女をどうすればいいのかと頭を悩ませる。

補助と回復のエキスパートであっても、自身のこの頭痛を治す魔法は思いつかなかった。

「で~んじ~ん……」

彼女の子供っぽさに毒気を抜かれていたシャマルを他所に、彼女は周囲に魔力弾の発射体である金色の魔力弾を幾つも浮かべさせる。
その姿に、シャマルはハッとする。まだ、戦闘中だというのに、意識を戦闘のそれから日常のそれへと戻してしまっていた事に気付く。

「しょーうッ!!」

だが、シャマルが意識を戦闘に戻しきるよりも早く、彼女は魔力弾を放つ。
それは硬く鋭い弾頭の射撃魔法。誘導性のない直射型であるが、その分速度と威力に優れている。
設置した発射体は六発。それを、時間差を置いて連続発射する。

いつもなら、相応の対処をするところだが、今のシャマルには余裕がない。
咄嗟に魔法陣の盾を展開して、魔力弾を防ぐ。

「うっ……」

硬く鋭い彼女の魔力弾を真正面から防御して、魔力が削られるのを感じる。
中々に選択を失敗と思うが、今更過去を変えられない。油断していた自分が悪かったと受け入れて、シャマルはこれからの方策に頭を巡らせる。

「電刃衝、電刃衝、電刃衝ぉ!!」

だが、シャマルが態勢を立て直すよりも、彼女の方が圧倒的に速い。
先ほどはタメて数を設置して放った魔法を、さらに連続で繰り出していく。
それらは単発であるというのに、リロードの間隔が非常に短い。シャマルに防御の魔法を解除させる暇を与えずに、次々と撃ち込まれていく。

シャマルは彼女の攻撃を防ぎながら、このままでは不味い事を感じる。
ここは多少のダメージは覚悟してシールドを解いて仕切りなおしをしなければと思う。

「やあぁぁっっ!!」

しかし、ここでも彼女の速さの方がシャマルの上を行く。
直射魔法の連射に飽きた彼女が、今度はその高い機動力を生かして一気に肉薄する。
シャマルは、もう少しこの場の膠着が続くのではと予測したが、それよりも彼女の短気さが、シャマルを良い意味で裏切った。

刹那とも思える極小の時間でしかなかったが、高機動がウリの彼女からすれば十分。
既に、彼我の距離は白兵戦のそれ。
目の前に在る彼女の姿を認識し、シールドを回り込まれるとシャマルは思った。

「やぁッ!!」

だが、ここでも彼女はシャマルの予測を裏切る。
事もあろうか、シールドを回り込むのではなく真正面からそのデバイスを振り下ろしていた。
当然の事として、彼女の攻撃はシールドに阻まれる。彼女の攻撃はスピードこそあれども軽い。防御を破られる様子も無い。

「ていっ、とぁッ!!」

それでもなお、彼女はその手を止めない。怯む事無く、防がれるというのに真正面から次々と攻撃を加えていく。

(やば……!)

そしてシャマルは焦燥を抱く。
シャマルは攻撃の苛烈さと、次々と予想外の行動を取る彼女に対して解くタイミングを失い、ずっと同一のシールドを展開し続けていた。
彼女の攻撃は一撃一撃が軽いといえる。だが、それも積み重なれば、既にそれは軽くない。
攻撃を耐え続けたシャマルのシールドが耐久限界値へと間近に迫ってきていたのだ。

「砕け散れぇぇッ!!」

そして、彼女は圧縮魔力刃を展開した鎌形態で、全身を捻るようにして全力で薙ぎ払い攻撃を繰り出す。
それがトドメ。限界を超えたシャマルのシールドが、衝撃を加えられたガラス板のように砕け散る。

「そんなっ……」

目の前で起こった事に、呆然と呟きを漏らすシャマルは、シールドを破られた反動で、身体の自由が利かない。
決定的な、明確な隙をさらしてしまった事に、更に愕然とする。

「もらった!」

彼女はその自らが作り出した好機にシャマルをその手で捕まえる。
直後、ふたりの間に金色の魔力光で構成された魔法陣が展開される。
それは砲撃魔法を放つためのモノ。

「電刃爆光破ッ!!」

それをシャマルが認識したのと同時に、彼女は至近距離から砲撃魔法を繰り出す。
ただ、さすがに彼女も自爆をする気はない。至近距離からの砲撃で自身にダメージが返ってこないよう威力を抑えてあった。
だが、防御力の低いシャマルにはそれで十分。その齎された爆発に大きく吹き飛ばされる。
戦闘不能に陥るほどに至るまでではないが、間違いなく大ダメージだ。

それでもまだ敗北はしていないと、シャマルは吹き飛ばされた状態から、移動をしながら態勢を立て直す。

「天破ッ」

だが、その移動した先に、金色のリングが出現していた。

(バインド!?)

それが拘束魔法だと気付いた時には既に手遅れ。シャマルのその肢体が捕らえられる。
さらに、周囲に濃密な魔力が集まり、魔法を発生させる。

「雷神槌!!」

それは電気の魔力変換資質を十二分に発揮した魔法。肢体を拘束され身動きの取れないシャマルに強力な雷撃が浴びせられる。

「きゃぁぁぁっ!?」

そしてトドメと、彼女がデバイスを振りながらポーズを決めると、一気に爆発を引き起こす。
これにより、シャマルは戦闘の続行を不可能とするダメージを負うのだった。

「強いぞ凄いぞカッコイイ!!」

相手の防御を打ち破り、至近距離からの爆撃。最後はど派手な魔法でドドメを決める事が出来てご満悦の様子。
自身の功績を称えるように、バトンを回すようにデバイスを振り回しながら勝利を喜んでいた。

「……さて」

そんな行為にも満足して、改めてシャマルを見やる。
雷撃を浴びせてもまだ、拘束は解いていなかったため、その姿は中空にあったままだ。

「くぅ、……あなたは私をいったいどうするつもり?」

これ以上はどうする事も出来ないと悟り、それでもシャマルは毅然とした態度で彼女に臨んでいた。

「どうするも何も、僕達はもともと、闇の書の一部だろ。
君たちが勝手に切り捨て砕こうとした、呪いとやらのね!」

(やっぱり……、この子、闇の書の、防衛システムの断片データ……?)

シャマルの問いかけに対し、彼女は苛立ちを見せながら返す。
その答えの内容に、シャマルは自身が最初に思った事が当たりだった事を確信する。
さらに、そこから自分がここに来るきっかけとなったアースラからの通信によって齎された情報を加味し、分析をする。

「……街中に結界を作っていたのもあなたの仕業だったのね」

エイミィから入った通信によれば、似たような結界が幾つも発生しているという事だった。
それらの原因はその時は不明だと言われていたが、闇の書の防衛システムが働いていると分かれば、その推測も出来るという話。

「そうさ。そして僕だけじゃない。今頃、あちこちで僕らの欠片が生まれている。
砕かれた闇を、もう一度蘇らせるためにね!」

そして、彼女はそれを肯定した。
今回の事件の始まりは闇の書だという事を、そして、防衛プログラムがもう一度再生を果そうとしているその事実を。

「──そう、この街に沈んだ記憶を呼び覚ますんだ。
闇の欠片が、魔導師や騎士たちの強い願いや妄執を形にして君たちを襲う!」

最後に彼女はシャマルにビシリと指を指しながら、そう言って締める。
事態はもう始まっている。さあ、絶望をするが良いとでも言うかのようだった。

「……そう、色々教えてくれて、ありがとう」
「え?」

だが、シャマルの表情に浮かんだのは、負の感情ではなかった。
むしろ、これから先に対して希望を抱いているようなもの。そのあまりの予想外すぎるリアクションに、彼女は呆けた声を出す。

「あなたが教えてくれた情報は、既に仲間に送ったわ。
わたしだって、負けたからといってただじゃ終わらないわよ」
「な、なんだってーっ!?」

そう、シャマルは彼女に拘束されていながらも、クラールヴィントを使って、得た情報を仲間へと送っていたのだ。
確かにこれ以上の戦闘は出来ないし、逃げる事も叶わないと悟っていた。
だが、シャマルはこの敗北を次へと繋げるために、自身に出来る事を全力でこなしていた。
それは、情報伝達はシャマルの得意分野であり、そして守護騎士において参謀の役割を持つ者としての矜持だった。

「ふふっ、すぐにわたしが送ったデータをもとにみんなが対処をしてくれる。
第二、第三と送られる刺客が、いずれあなたを倒すわ!
確かにあなたは強いけど、それももう終わりよ。私は所詮バックアップ担当。みんなの中では一番戦闘能力が低いわ。
私に勝てて喜んでいるところ悪いけど、あまりいい気にならないでよね」

シャマルは内心、もうはやてなみんなに会えないだろう事を悲しく、辛いと思っていた。
だが、そんな胸の内をさらす事無く、毅然として振舞う。
目の前には斃すべき相手がいる。そんな相手に屈するわけには行かないと言葉を紡ぐ。

「……言いたい事は、それだけかい?」
「え?」

シャマルの行動に、悔しそうにしていた彼女だったが、ふと、その表情に悔恨が消えると、真っ直ぐにシャマルを見据える。
その光景を目の当たりにしたシャマルは、同時に意識を刈り取られた。

「僕は、王への道を諦めはしない。
どうせ、みんな越えなければいけない障害なんだ。
立ちふさがるというのなら、僕はそれを乗り越えてみせる……!」

シャマルの意識が途絶える前に聞こえてきたのは、確固たる決意を胸に秘めたような力強い声。
もしかしたら、余計な挑発をしてしまったのではないかと思いながら、シャマルの意識は闇に落ちた。










雷刃ちゃんは熱血系ヒーローに、シャマルは三流悪役に。
本人達はいたって大真面目に戦っているのに、見方によってはギャグにしかなっていないというこの不思議。
いったいプロローグ時点のシリアスは何処に行ったーっ!?
でも、これが雷刃ちゃんクオリティ。そしてシャマルクオリティ。その相乗効果。

アホの子×ドジっ子=ミラクル

ここ、テストに出ますよ?



[18519] IFシナリオ-第二話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/15 20:03
その連絡を受けたとき、にわかに信じられない思いだった。
だが、モニター越しに映る通信士の姿を見れば、それが偽りでない事は分かる。
そもそも、この状況でこれほどまでに悪質な嘘を吐く理由も無い。

……それが、盾の守護獣であるザフィーラの思いだった。

『うん。それでシャマルが最後に情報を送ってくれたから、みんなにも送るよ』

アースラの通信士であるエイミィにも動揺はあるのだろう、僅かに声が震えているようにザフィーラは感じた。
だが、毅然とした態度で自らの職務を全うするその姿に、あえて何も言わない。
今出来る事は、最後の力を振り絞ったのだろうシャマルの思いを受け継いで、皆を守るために全力を尽くす事だとお互いに分かっていたからだ。

「……闇の書の防衛プログラム。その構成体(マテリアル)、か……」

送られた情報を見ながら、実際に口に出してその事実を反すうする。

既に破壊されたはずのそれが、関わった者の記憶を寄り代として復活しようとしている。
闇の欠片が、自分達の良く知る姿を借りて、自分達に襲い掛かってくる。
そして、シャマルを落とした、闇の欠片の凝縮存在であり、独自の自我を持つ防衛プログラムの断片。

果たしてそれは、どれほどの力を持っているのだろうと考える。
シャマルは前線に出るタイプではないが、騎士と名乗るだけの実力を持っている。
そんなシャマルを倒したのだ。少なくとも、油断のならない相手だという事は分かる。

「……今こそ、盾の守護獣の務め、果す時」

闇の書事件の最後の時は、ザフィーラはその役目を果たす事が出来ないでいたと自身では思っている。
だから、今度こそ守りとおして見せると、握りしめた拳を見つめながら誓いを胸にする。

そのとき、ザフィーラの周囲に結界が展開される。それと同時に、アースラとの通信が不自然に途切れる。
結界の影響で通信が妨害されたのだと知るが、動揺に心が揺れる事はない。

鋼の肉体と同様、鋼の自律心を以って、舞い降りた影を凝視する。

「捕まえた……。盾の守護獣」

目の前に現れたのは、情報にあった通り、フェイト・テスタロッサの姿をしていた。
だが、その身からあふれ出させる魔力の質や身に纏う雰囲気はまるで本人とは違う。

「……なるほど、お前がシャマルを討ち取った防衛プログラムの構成体(マテリアル)か」

確認の意味も込めて尋ねる。もし彼女がシャマルを倒した張本人であるというのなら、シャマルをどうしたのかを聞きたいと思ってのことだ。

「ふん、僕の事を知っているって言うなら話は早い。
いかにもっ、我が名は雷光。閃の太刀にて君を斃すッ!」

尋ねられ、待っていたといわんばかりに彼女は名乗りを上げる。自身がシャマルを斃した存在である事を証明する。
その様子を見て、ザフィーラは僅かに目を細める。

「抱えている魔力量はともかく、人格はまるで幼子だな。
正直、シャマルを落としたというのが信じられん」

侮るわけではないが、それでも彼女の立ち振舞いからは未熟な精神が容易に見て取れる。
ヴィータは短気な部分があるが、それでも無為な戦いは避けるぐらいの考えはある。
だが、彼女の嬉々として戦いに望む姿は、目の前の刹那な時間しか見えていないようにも見える。

「なんだとっ!? これでも僕は砕けぬ王を目指す、力のマテリアル!!
さあっ、正々堂々かかってこぉーーいっ!!」

「……闇の書の闇ではあるが、騎士道の心得は持つか。
ひとつ確認するが、倒したシャマルは殺したのか?」

彼女の人となりをなんとなくではあるが理解して、ザフィーラは最も気にかけていた事を尋ねる。
言葉にすると、それが事実なのだと認識させられるようで心がざわめく。
だが、守護の務めを持つ者として揺らぐわけにも行かないと、声色は淡々としたものだ。

「別に殺したわけじゃないさ。シャマルも君も、闇の書を構成する重要なプログラムだ。
破損させて再生のためのプログラムが足りなくなったら大変だろ?」

案の定、あっさり答えは返ってきた。それは状況がまだまだ絶望とは程遠い場所にあるという事でもある。
ならば、やるべき事はひとつ。

「そうか。つまり、お前を倒せばシャマルを救い出す機会は残っているわけだ」

拳を握りしめ、身構える。
出来る事なら、シャマルの事を気にかけているであろう、心優しい主にこの情報を伝えたいと思うが、通信妨害の効果のある結界のせいでそれは出来ない。
通信・輸送・治療などの補助的な魔法を得意とするシャマルだからこそ、この結界を抜けて情報を送る事が出来たのだ。その辺りは即座に諦める。
ザフィーラに出来る事は、目の前に相手を打倒する事。もしくは救援がくるまで持ちこたえるか……。

「これで憂いはなくなった。お前の言う通り、正々堂々相手をしよう。
闇の書の闇は在るべき物では無い。お前は闇の彼方で静かに眠れ」

そして、ザフィーラの選んだのは前者。このまま戦闘の開始だった。

闇の書の闇である防衛プログラムは、主を殺す呪いであることはもちろん、いくつもの悲劇を繰り返してきた。
その悠久の時の末に、ようやく辿り着いた安息の時。それを害するというのであれば、容赦はしない。守るために戦うのが自らの矜持。

「……ふんっ。君だって闇の書の一部だったクセに、嫌な事は全部僕に押し付けて、自分達だけはのうのうと生きようって魂胆なんだろ。
そんなヤツの言う事なんて聞いてなんかやらないっ。お前も僕の糧にしてやる!!」

だが、そんなザフィーラの想いは、彼女にすれば苛立ちの要因でしかない。
彼女は自分が呪われた存在だなんて欠片も思っていない。だというのに、ずっと一緒に居たはずの守護騎士までもが自身を要らない存在だとはっきりと言う。
それが許せない。苛立ちは怒りとなる。そして憎しみの炎となって瞳に宿る。

「……そうだな。我らが主を護る為にお前を切り捨てた事に言い訳はするまい」

人格はまるで幼子。だが、だからこそ自身の感情を偽る事無く表に出す。
今の彼女が怒りをあらわにしているというのなら、それは純粋なる本心からの怒り。
それを真正面からぶつけられ、ザフィーラは彼女の心の内を知る。

「だが、闇の書の復活を見過ごすわけにもいかん。悪いが私にしてやれる事はない。
せめて静かに眠れるよう、全力を尽くそう」

本当なら、彼女は悪と呼ぶべき存在ではない。憎むべきは防衛プログラムに悪意ある改変を施した、一部の歴代の主なのだろうとザフィーラは思う。
だが、現実として闇の書が存在すれば、必ず悲劇を引き起こす。そして悲劇を引き起こす要因が、結界的に世界から悪と呼ばれるのだとも知っている。

悪ではないはずなのに、悪である事を義務付けられた存在。憐憫の情を抱くのには十分な要素を持っている。
それでも、ザフィーラには何もしてやる事が出来ない。
ただ、代わりに、悪ではない存在を倒すという罪を自身が背負う覚悟で戦いに臨む。

「眠りなんて要らないっ。僕が欲しいのはそんなものじゃないっ。
僕を……、闇を打ち砕こうというのなら、君が死ねっ!!」

ザフィーラは言い訳も謝罪もしなかった。全て事実と受け入れようという態度。
彼女も今更謝罪して欲しいなんて思っていない。ただ、結局のところはザフィーラも自分を不要な存在だと言うのがとても癪に障った。

怒りと憎しみのボルテージが上がっていくのを彼女は感じていたが、その感情を抑える気はない。
既に戦端は開かれている。負の感情を力へと変えて、自分を蔑ろにする相手を倒すと空を翔る。

「はあぁぁぁぁっ!!」

一瞬の時を数える暇さえ与えない内にザフィーラへと肉薄する。
その勢いを殺さぬまま、デバイスを振り抜く。速さと鋭さを以って、一気に切り裂くべく襲い掛かる。

「ぬんっ!!」

それを、ザフィーラは拳で防ぐ。
速度で圧倒的に劣っているが、それでもタイミングを合わせて真正面からぶつかり合う。
両陣営にダメージはないが、ウェイトの差で彼女の方が吹き飛ばされる。

「こんのぉーっ!!」

自分が先手をとったはずだというのに、攻撃のタイミングが同一だった事にカチンと来て、彼女は即座に態勢を立て直すと即座にアタックを仕掛ける。
先ほどよりも回転を上げ、更なる速度で斬りかかる。

「確かに速い。……だが、それだけだ」

だが、それもまたザフィーラには届かない。その一撃もまたタイミングを合わせた拳によって阻まれていた。
ザフィーラは彼女に速度で追い付けないはず。だが、現実には遅れてはいない。

もとより、速さで勝負する気はザフィーラには無い。故に、動かない。
別に自分が動かずとも、彼女の方から自分の手の届く範囲にやってくる。
ならば、足を止め、迎撃に全神経を集中する。自らの手が届く範囲に訪れる存在、その尽くを討ち取るべく動く。

それは、シャマルの取った戦術に良く似ているが、まるで違う。
シャマルの防御は回避の一択だったが、ザフィーラのそれは、時に回避する時もあるが、基本は受け止める事に在る。
不意打ちならともかく、来ると分かっている攻撃を耐える事など造作ない。鋼の肉体を自称は伊達ではない。

「このぉーっ、何で僕の攻撃が通らないっ!?」
「速いが軽い……。その程度の一撃では盾の守護獣は屈せん!」

後の先をとる、鉄壁の構え。
それはさながら難攻不落の要塞かのように、容易な攻めでは打ち破れない。
既に彼女は圧縮魔力刃を展開して、ザフィーラの防御を切り裂こうとするが、割と単純な太刀筋は、ザフィーラの防御を破るには至らない。

「僕は『力』のマテリアルッ。うんっっと、強いんだぁーッ!!」

攻撃の尽くが跳ね返される事に、彼女は憤りを覚える。距離を置き、ザフィーラの事を睨みつける。
自分は強いはず。だから倒せないわけなんて自分の心を奮い立たせる。渾身の一撃を叩き込むべく、デバイスを大きく振りかぶる。

「こー……よくざん!!」

そして、一気に振り抜く。飽和量を超え、紫電の迸るほどに全力で魔力を込めた圧縮魔力刃が解き放たれる。
空間を切り裂き、ザフィーラをも一刀両断にしようと襲い掛かる。その威力は、さしものザフィーラであっても到底耐えられるはずの無い威力。

「ぬおぉぉぉっ!!」

だというのに、ザフィーラはブーメランのように飛翔する圧縮魔力刃を前にしても動じない。
既に回避をしようとしても、ザフィーラの速度ではそれも無理。シールドを展開しようにも、シールドごと切り裂かれる。それほどまで目前に迫ってなお動かない。

その刹那。ザフィーラの足元に魔法陣が展開される。そして、

「そんなばかなっ!?」

事もあろうか、ザフィーラは圧縮魔力刃を真正面から受け止めていた。
その予想外の行動に、彼女は驚きに目を見開く。必殺のはずの刃が、ザフィーラの前にその役目を全うする事を阻害されているのは信じられない思いだった。

「ぬぅぅんっ!!」

だが、ザフィーラは受け止めただけでは終わらない。受け止めた際に発生した衝撃を逃す事無く溜めこむ。それはさながら彼女の魔力を自身の魔力へと変換しているかのよう。
溜めこまれたエネルギーを、ザフィーラは自身の魔力で纏め上げる。ひとつの指向性を持たせた上で解き放つ。
それは、砲撃魔法となって彼女に襲い掛かる。

「うわぁっ!?」

それを、辛くも彼女は避ける。まさか、ザフィーラが砲撃魔法を使うとは思っていなかったために虚を突かれ反応が遅れたが、それでも避ける事が出来た事に安堵して前を睨みつける。
そして、彼女の目に映るのは、もう一撃、更なる威力と魔力を込めたであろう砲撃を放とうとしているザフィーラの姿……!

「はぁぁっ!!」

やばいと思った時には遅い。次の瞬間にはザフィーラの魔力光が一気に膨れ上がり、視界いっぱいに埋め尽くされる。
さっきは慌てて避けたため、体勢が崩れている。この状態からの回避行動は難しい。それ以前に、この攻撃範囲は避ける事を許さない。
そう咄嗟に判断した彼女はシールドを展開して防御をする。

「くぅ……!?」

しっかり空中で踏ん張って堪える。だというのに押し込まれる。魔力が削られる感覚の中で、必死に軌道をずらして耐え凌ぐ。
ザフィーラのそれは、射程は短い。虚空を撃ち抜くまでもなく魔力を霧散させたが、彼女にはそれを見届ける余裕もない。荒れた呼吸を整える事で精いっぱいだ。

「おぉぉぉぉぉぉっ!!」

その一瞬を好機と見たザフィーラは、このタイミングで不動の構えを解く。高機動魔法で一気に肉薄し、全力で拳を振りかぶる。
雄々しく叫びを上げるその姿を前に、彼女は改めてシールドを展開するが、ザフィーラの拳はそのシールドごと彼女の事を吹き飛ばす。地面へと向けて叩き落とす。

「縛れっ、鋼の軛っ!!」

ザフィーラの眼前に、ベルカ式の三角形を基本とした魔法陣が展開される。
それと同時に、彼女が吹き飛ばされ行く先の地面にひび割れが生じる。そして、罅割れの中から白い巨大な杭のような魔力塊が突き出してくる。
それもひとつやふたつではない。数多の魔力塊の鋭利な突端が、落ちる彼女を迎えるかのように突き出る!

彼女の被ダメージは少なくない。ザフィーラの攻撃を防御越しとはいえまともに受けて意識が遠のきそうになる。
だが、歯を食いしばって途切れかけた意識を繋ぎとめる。自身の中にある怒りや悲しみ、憎しみの感情を燃え上がらせ、まだ終わらないと瞳に力を宿す。

「……負ける、もの、かぁぁっ!!」

想いを言霊に変えて叫びを上げる。同時に、彼女は自分の中で何かが弾けるような不思議な感覚を抱く。
思考がクリアになる。雑念の全ては排し、求めるのはただ勝利の二文字だけ。
ただ全力を尽くす意志だけが彼女の中を占める。

吹き飛ばされる中で、体勢を反転させる。そして目の前に自身を突き刺そうと迫るモノを視認する。
迫るモノと、近づき行く自身の身体から、相対的にその速度が増している。
防御も回避も容易ではない。殆ど無理なのではと思える状況。

「僕は飛ぶっ。それを阻めるものなんて何もないっ!!」

だが、彼女はその全てを“見えて”いた。回避不能というその無理を可能に、それこそ無理矢理に書き換える。
刹那を見極め、目前に迫っていたそれをすれ違うようにして回避する。避けきれなかった分、身体に裂傷が刻まれるが、気にかけもしない。
既に避けたはずの先には、また別な杭が突き出している。一瞬の判断で軌道を変えて、次々と、スピードを緩める事無く空中を飛び舞う。

急加速と急停止の繰り返し。常識を遥か彼方へ置いてきたかのような敏捷性でザフィーラの魔法領域を翔け抜ける。
勝利と敗北の紙一重な綱渡り。それを彼女は自身の機動力のみを頼りに渡りゆく。

彼女の最大速度は変わっていない。だというのに追いきれない事にザフィーラは驚きを抱く。
緩急のメリハリはもちろんだが、それ以上に判断速度が異常であった。
それが、彼女の速さを更なる次元へと押し上げている。結果、ザフィーラの攻撃を後から見ているというのに、先に動いて避けていく。

「逃さんっ!!」

ザフィーラは、先ほどまでとは明らかに違う動きに無作為に杭を発生させても無駄と悟る。
直接狙うのではない。彼女を取り囲むように杭を発生させる。
もとより、鋼の軛という魔法は、攻撃魔法ではない。相手の動きを阻害して動きを奪う拘束魔法の一種。
その役割を果たすべく、一挙に地面から魔力の杭が突き出してゆく。

彼女もまた、ザフィーラが何をしようとしているのかを悟り、急停止から、一瞬でトップスピードに乗って囲いを抜けようとする。

だが、僅差でザフィーラの方が早かった。完成した包囲網は、彼女の行く手を物理的に遮る。周囲だけでなく空中へ抜ける上の方もカバーして展開される。
小柄な子供の身体であっても、抜け道のひとつも無い堅固な牢獄が彼女の姿を覆い隠す。

「終わりだっ!!」

閉じ込めたからと言って安心や気を緩めるなどといった愚は犯さない。そんな真似をすれば逆にこちらが討たれると野生の勘が告げていた。
故に、ザフィーラは展開した杭のような魔力塊の魔力を収束させる。その堅さを維持するために多くの魔力を籠められたそれらを爆散させてトドメとしようとする。
ザフィーラの魔力光が一際強く輝きを見せる。

「……砕け散れっ!」

瞬間。彼女の声が聞こえた。

それと同時にザフィーラの囲いの隙間から鮮烈なまでの金色の光があふれ出す。
最初は隙間から漏れるだけだった金色の閃光はザフィーラの魔力光を飲み込んで輝く。
そして、一気に薙ぎ払われる。ザフィーラの形成した包囲網は、たった一太刀によって斬り伏せ、打ち破られていた。

そして姿を現す、足元に展開した金色の魔力光に照らし出される彼女の姿。
そこに在るのは彼女を主役にした、彼女のためだけの、彼女のステージ。

携えるのは、普段の斧形態ではない。魔力で構成され、紫電を迸らせる金色の刀身を持つ、身の丈を越えるような大型剣。
見るもの全て魅了するかのような力強さと鮮烈な輝きを以って自身の存在を誇示する。

「雷刃!」

掲げる刀身に発生した雷が落ちる。それは紫電となって轟く雷鳴が辺り一帯に響き渡る。
古来より雷は畏怖の対象であった事を証明するかのように、見ているだけでひれ伏したくなるような恐怖と、荘厳さを内包してその姿は在る。
 
「滅殺っ!」

大剣を肩に担ぐようにして構える。轟く紫電、その全ては集束し、刀身に宿り力となる。
魔力が際限なく高まっていく。行く手を遮る全てを打倒するそのために。
そして彼女の瞳が、倒すべき相手を、ザフィーラの姿を射抜く。

「極光斬!!」

瞬間、全力で剣を振り下ろす。それとともに金色の閃光が解き放たれる。
それは、ただでさえ彼女の身の丈を超える大剣が、更に肥大化させた刃であるかのように見る者の目に映る金色の極光。

防御なんてさせない。雷速の、神速の一太刀。
彼女の保有する最大威力の砲撃魔法。雷刃滅殺極光斬は、その斜線上に在るモノ全てを貫き、切り裂き、突き抜けねじ伏せる究極の斬撃。

「……さあ、僕の勝利だ!」

それは、防御力に自信のあったはずのザフィーラをも一撃で撃墜した。






地に倒れ伏すザフィーラは天を仰いだままピクリとも動く事が出来ないでいた。
全力で防ごうとして、彼女の攻撃はその上を行ったのだ。
結果、彼女の魔法は一応非殺傷設定にされていたために五体の欠損はないが、それでも行動する気力も魔力も全て奪い去っていた。

「どうだっ、僕は凄い強いだろ!!」

そんなザフィーラの隣で、彼女は勝利に喜び勇んでいた。
その姿は、先ほどの畏怖と憧憬を同時に抱かせるような、何処までも真剣な瞳ではなく、見た目相応の幼さのままに感情をあらわにしているものだった。

「……そうだな。私の完敗だ。まさかあそこから逆転されるとは思いもしなんだ」

ザフィーラはなんとなく苦笑を漏らすような気分で敗北を認める。
自身の全力のその上を行かれたのだ。悔しくも在ったが、それ以上に清々しい想いが胸の中を占めていた。

「む、何負けたのに笑っているんだ。もしかして打ち所でも悪かったのか?」

それに、彼女の邪気のない、純粋に喜色満面な顔を見ていると彼女が本当に呪われた存在であるとは信じられなかった。
今も、自覚しない内に笑みを浮かべていたザフィーラの顔を見て、笑われているような気がして拗ねて、それでも何処か心配する姿は闇の書の闇とは似ても似つかない。

「……お前は、一体何なのだ? お前の存在は何を成そうというのだ?」

考えはそのまま口を突いて出ていた。
ザフィーラには彼女が呪われた存在、呪いそのものである闇の書の闇だとは到底思えなかった。
何処にでもいる、とはいえないが、見守るべき子供の姿にしか見えなかった。
だから、彼女が何者なのかが、ダメージから緩慢となる思考は答えを導き出せずに疑問となってザフィーラの口から溢れていた。

「僕の名乗りをもう一度聞きたいのか? ……ふふんっ、仕方がないな~。もう一度だけしか言わないからちゃんと聞いているんだぞ!」

彼女のその口調は、何処かめんどくさそうだが、表情は間違いなく嬉しそうだった。

「え~、あー、あー。ゴホンッ。

……名を問われて応えないのは礼儀に反する。さあ刮目してよく聞くがいい!
闇の書の闇のマテリアルが一基。『力』を司る雷剣士とは、この僕の事だ!!
さあ、この名を聞いて、恐れおののくがいいさ!!」

声の調子を確かめ、万全を期す。
そして、改めて名乗りを上げる。びしりとポージングをしたり、背後で雷光が煌く演出をしたりと、彼女は内心ガッツポーズをして、決まったと悦に入る。

ただ、ツッコミどころとして『刮目』して『聞け』というのは少しおかしい。

「……そうか」

ザフィーラは色々な部分をスルーしながら、ポツリとだけ呟く。
そのリアクションの少なさに、彼女はかなり不満げな様相をしてみせるが、ザフィーラは自身の思った事を口にする。

「……お前は、私が思っていた闇の書の闇とは少し違うようだ。
断片であり、独自の自我を持つ故なのかは分からないが、確かにお前は“お前”だ。闇の書の闇ではない」

それは偽りの無い、実際に拳と刃を交えて抱いた、ザフィーラの想いだった。
彼女の太刀筋は何処までもまっすぐで淀みの一切がなかった。剣士ではないザフィーラでも、十分に彼女の真っ直ぐさが分かるというものだった。
故に、敗北しても悪い気のしない、清々しい想いを抱いていたのだと思っていた。

「……なんだと。僕は防衛プログラムの一部だ。君は、それすらも否定しようというのか!?」

深く物事を考えるのが苦手な彼女にとって、ザフィーラの物言いは理解が出来ず、ただ単純に、字面からまた自分の存在を否定されたモノだと感じた。
自分が防衛プログラムの構成体(マテリアル)だというのは、彼女の根幹をなしている。
それまでも否定されたら、彼女には本当に何も無くなってしまう。
だから嫌で、悲しくて……。ザフィーラの言葉に怒りを抱く。

「違う。ただ、お前は『自分』というものを持っているのだ。自らの本当に成すべき事がなんなのかを、もう一度考え、見定めるべきだと私は言いたいのだ」
「……うるさいうるさいうるさーいッ。もういい。君もさっさと僕の中に還れ!!」

ザフィーラは自分の言葉が足りなかったのだと悟り、言葉を続ける。
だが、彼女はその言葉にを、はいそうですかと納得出来ない。したくなかった。
なんにせよ、ザフィーラは敵だ。そんなヤツの言う事なんかもう聞きたくないと、ザフィーラを取り込むべく行動を起こす。

「ぐぅっ……!?」

彼女の裡より溢れ出た闇に、ザフィーラは苦悶の声を僅かに漏らす。それでも、ザフィーラは視線を真っ直ぐ彼女へと向けていた。
自分の言葉では届かなかったと悟って、それでもこの想いは伝えねばならないと、その姿が消える最後の一瞬までザフィーラは真っ直ぐ、彼女の瞳を見つめていた。

「……何なんだよ。折角いい気分だったのが台無しじゃないか」

一人になって、どうしてザフィーラが最後にあんな事を言ったのかが分からない。何をしたかったのかが分からない。それが苛立ちとなって彼女を苛む。
きっと重要な事だと感じるのだが、いくら考えても答えは出ない。

「……僕は『力』のマテリアルなんだ。それ以外に何があるんだっていうんだよっ!?」

結局、彼女の行きついた結論は、ザフィーラの言う事なんて忘れて、ただ闇の書の闇を復活させる事、そして懐かしい闇に還るために頑張るのだという事だった。
そして、それを成すために、彼女は再びこの空へと飛び立った。

それでも、何故かザフィーラの言葉は胸の奥から消えなかった……。










雷刃ちゃん、種割れしてるーっ!?

そんなわけでザフィーラに勝利。いぶし銀な彼はいいキャラだと思うよ。
ただ、戦闘中のセリフが「ぬぅんっ!」とか「おぉぉぉっ!」とかばっかりなのはちょっと困った。



[18519] IFシナリオ-第三話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/22 19:57
彼女は闇の書の闇、防衛プログラムの一部である構成体(マテリアル)の一基。
『力』を司る存在であり、闇の書の復活が目的。そして自らが王となり、かつて居た闇へ還るために魔導師や騎士を糧とするべく魔導を奮う。

対峙しているのは夜天の書の守護騎士のひとり。鉄槌の騎士ヴィータと、その愛機、鉄の伯爵「グラーフアイゼン」。
彼女の内に囚われた仲間を救い出すため、そして今度こそ闇の書の闇を完全に打ち砕くべく戦いに臨む。
守るべきもの、守りたいという願いのために、騎士の誇りを胸に空を翔ける。

今、ひとりの魔導師とひとりの騎士が、お互いの持てる力を最大限に使って戦いを繰り広げていた。

「いっけぇぇっ!!」

外見は幼い少女でありながらも、守護騎士として永い時を過ごしてきた歴戦の勇士であるヴィータが、小さな鉄球を手にしたハンマーで四発を一度に打ち出す。
それは、ヴィータの真紅の魔力光を纏い、誘導弾として変幻自在の軌道を以って彼女に襲い掛かる。

「たぁぁぁっ!!」

黒のボディースーツに青のベルトやマント。青い長髪はツインテールに纏めている彼女は、迫る誘導弾を鎌のように展開した魔力刃でひとつ、またひとつと斬り伏せ叩き落としていく。
彼女の反応速度をもってすれば、その程度の事は容易であるとでもいうかのようだ。

「アイゼンッ!!」

無論、ヴィータとてそのぐらいで倒せる相手だとは思っていない。誘導弾に気を取られている間に一気に肉薄。発動させる魔法は『テートリヒシュラーク』。
それは防御突破の付加効果のある重い一撃。シンプルではあっても防御ごと叩き潰す威力があるそれが、なんの躊躇もなく振り下ろされる。

だが、それも彼女には当たらない。粉砕の一撃を間近で見てもその迫力に呑まれる事無く、退かず、逆に踏み込む事によって、その猛威を潜り抜ける。
すれ違うように交錯する青い魔導師と赤い騎士。その視線が同時に相手の瞳を捉える。

そこに映っていたのは、敵愾心に満ち、相手を打倒しようとする確固たる意志。
そんな相手の想いを理解し、だが自分も負ける気は一切ないと、さらに自らの心を奮い立たせ合う。

刹那の接触を経て、互いに背中合わせのように中空に立つ。そこはまだ白兵戦の間合い。
デバイスを振れば、すぐに相手に届く距離。

「はぁぁっ!!」
「だりゃぁっ!!」

ならば攻めない理由は無い。ふたりは振り向きざまに互いのデバイスを振り抜く。
だが、同時ではない。高速戦魔導師である彼女の方が、速く鋭い。その攻撃速度はヴィータを上回り、始動は同じであっても確実に先を取る。

だが、ヴィータが負けるかと言えばそれも違う。
確かに速さでは彼女に勝てるわけが無い。だが、鉄槌の騎士と呼ばれるその一撃の重さは彼女のそれを圧倒する。
殆ど後出しだというのに、彼女の軽い一撃など物ともしないかのように一気に振るわれる。

速さで先手を取った彼女の一撃はヴィータの一撃の威力を著しく削り、だが、それでも十二分の威力のあるヴィータの一撃。
結果、ふたりのぶつかり合いは互角の様相を演じる。互いの一撃は、互いに被ダメージを与えるには至らなかった。

「ちぃ……っ!」

舌打ちをしたのはヴィータ。それと同時に高機動魔法でこの場を一時離脱する。
騎士にとって接近戦は望むものではあるが、彼女のその圧倒的なまでの速度の前では、自分が攻撃をしても、より早く切り込まれてしまう。
ハンマーという武器の特性上、どうしても大振りにならざるを得ないという事情もある。
こちらが先手を取っても、ただ速さだけで先手と後手の順を覆してくる彼女に張り付いていてもカウンターを取られるのが関の山。今のも互角だったのはたまたまだと分かっている。

故に、いったん距離を置かねばならない。
それを、戦闘に高ぶる精神の中でも的確に判断を下す。

ヴィータはシャマルやザフィーラのように待ちに徹するような戦い方ではなく、自ら立ち回って戦闘をする。
遠距離、近距離、補助と、多くの要素を高水準でこなせるオールラウンダーであるヴィータが、待ちに徹するというのは性格的にも無理。
故に、持てる手札を巧みに切りながらの立ち回りを演じる。

対する彼女は、ヴィータのように深い考えは、ぶっちゃけ無い。
考える事は単純明快。『ただ速く』の一念のみ。
逃げるというのであれば追う。攻撃されるのであれば避けるだけ。そして、今もヴィータは後退したというのであれば追うというシンプルなものだ。

通常、機動力に自信のある魔導師はヒットアンドウェイに徹する戦い方をするもの。
それは、場合によっては遠距離からの牽制や砲撃の一撃を放ち、一瞬の隙を見て肉薄して一撃を加え、反撃をされる前に相手の射程外へ逃れるもの。
得意な間合いは着かず離れずのミドルレンジ。あるいは相手がクロスレンジを得意とするならロングレンジまで距離を置くのもひとつの在り方。

だが、彼女の場合は違う。
ただ速さだけを頼りに、接近戦を繰り返す。防御は反射神経による回避のみ。
速さと鋭さを以って、常に至近距離での戦いを続けようとする。スピードによって相手を翻弄し、同時にクロスレンジをこなすという無茶を押し通す。

一撃入れられたら終わりだというのに、それでもあえて離れないというのは、勇敢とも言えるが、その大抵は無謀と呼ばれるものでしかない。
だが、彼女は接近戦を望む。理由は単純明快。その方がカッコイイし楽しいからだ。

そして今も、下がろうとするヴィータを追って、踏み込んでいこうとする。

「ほらよっ!!」

だが、そんな彼女の行動は至極読みやすい。追撃が来ると分かっていて何もしない手は無いと、ヴィータは置き土産代りに誘導弾を放つ。
四発のそれらは、真正面から彼女の行く手を遮る。しかも一点突破もさせないように配置している辺り、ヴィータの技量と経験の高さが窺える。

流石の彼女も無理矢理に突破するわけにもいかず、いったん足を止めてそれらに対処する。

「コメートフリーゲンッ!」

そこへ、距離を置いたヴィータが追撃をかける。浮かび上がるのはひとつの鉄球。
だが、それは先程までの誘導弾に使っていたそれとは違う。ハンドボール大はあろうかというそれは、込められた魔力も威力も誘導弾とは一線を画する、まさに砲弾。

それを頭上からのオーバースローで振り抜くハンマーで、全力で打ち出す。
瞬間、真紅の魔力光に覆われて、一直線に彼女へ向けて撃ちだされる。誘導性はない。威力を重視したそれが空を翔る。
無論、次なる魔法を使っても誘導弾の制御をヴィータは怠っていない。彼女の足止めにと放っていた誘導弾を巧みに操り、その動きを阻害し、行く手を誘導する。
故に、砲弾の直進上に彼女の姿があるのは、偶然ではない。

「光翼斬ッ!」

目の前に迫る脅威に対する彼女の選んだ手段は迎撃。
回避しようにもピンポイントで誘導弾が先回りをしている。防御にしても、まだ現状では防御で魔力を削る場面ではない。
その判断からの迎撃だったが、生半可な攻撃ではこちらが一方的に負けて押し込まれると考えるまでも無い事も直感で理解していた。
故に、放つのはデバイスに展開していた圧縮魔力刃。大きく振りかぶり、身体の捻りの勢いも加えて解き放つ。
それは、残っていたヴィータの誘導弾をも切り裂いて、真紅の魔力を纏う砲弾と真正面からぶつかり合う。

砲弾と魔力刃。そこに込められた威力は互角。
拮抗し、そして大爆発を引き起こす。彼女とヴィータの間では魔力の残滓が霧となり、ふたりの魔力光の入り混じった爆煙が視界を遮るように発生していた。
その爆煙の中を、ヴィータへと一気に肉薄するべく彼女は突っ込む。迂回なんて面倒はしない。最短距離を最速で距離を詰める。

そして、爆煙の中を突き抜けた彼女の視界に映ったのは、もう一発放っていたヴィータの砲弾!

「うわぁっと!?」

ヴィータの姿があると思っていたところに、完全に思考の埒外であったそれが現れた事に度肝を抜かれた彼女だったが、辛くも回避する。
誘導弾ならともかく、迎撃は不可能、防御も骨な威力のそれに、回避というのは間違ってはいない。

「ラテーケン、ハンマーッッ!!」

だが、ここまでが全てヴィータの思惑通りだった。
彼女に向けて放たれた砲弾は、僅かに軸をずらされていた。
それは、本当に僅かではあったが、咄嗟の判断の中では避ける方向を限定させるには十分な要素。彼女の回避のために動いた方向は、まさにヴィータの狙い通り。

彼女の行く先にはヴィータの姿。手にしたデバイスは一方に突起、もう一方にはジェット噴射口の着いたフォルムに変形を終えているばかりか、噴射された魔力によって加速も得ていた。
あとは、彼女へと叩き込むだけ!

「当たるっ……かぁっ!!」

だが、彼女はそれすらも避ける。
急激な方向転換で砲弾を回避した所から、更に加速する事でヴィータのハンマーの届く範囲から一気に離脱する。

息もつかせぬような攻防の応酬。実力の差も殆ど無いが故の、互角のせめぎ合い。
今、この場では非常に高度な魔法戦が繰り広げられていた。

「だーくそっ。思念体の癖にちょこまか避けてんじゃねーよっ、このバカがッ!!」
「僕はバカじゃないって何度言えば分かるんだよっ、このチビがッ!!」
「さっきから頭悪そうな戦い方しておいてバカは確定だろうがっ。それとあたしの事をチビチビ言うんじゃねーよっ!!」
「頭悪そうって言うなぁッ! あと、君はちっこいんだからチビって言って間違ってなんかいないだろ!!」
「うっせーよっ! このバカバカバーカ!!」
「なんだとぉっ! このチビチビチービ!!」

……ただ、同時進行の舌戦は非常に低レベルだった。


思い返せば、ふたりは初めて顔を合わせた時からこんな感じだった。

出会いのその時も、何を想うよりも先に『こいつとはそりが合わない』とひと目見て直感を働かせていたのだから、その想いは筋金入りだ。
ただ、同時に同じ事を考えているのは、これ以上無く気が合っているとも言えなくは無いのだが、その辺りは本人同士、絶対に認めない事だろう。

とりあえず、見る者がこの場を見れば、抱く思いはひとつ。

子供がふたりいる、と。


「だりゃーっ!!」
「たぁぁーっ!!」

交わす言葉も少なく始まった戦いだったが、苛烈さを極めるばかりで、勝負がつかないでいた。
いかに見た目が子供とはいえ、その身に宿る魔導と技は高い次元で習得されたモノ。
片や速さと鋭さで勝り、片や重さと威力で勝る。
得意分野は全く違うが、それでも自身の持てる力の粋を競い合うのは、総合力で言えばほぼ互角。
故に、戦いが始まってから幾分の時間が経過した今でも、勝敗の天秤にいまだ大きな傾きが無かった。

「で~んじ~ん……」

彼女は周囲に直射弾である電刃衝の発射体である金色の魔力球を設置してゆく。

「シュワルベ……」

それを見たヴィータもまた、小型の鉄球を目の前に浮かばせ、それを打ち出すべくデバイスを振りかぶる。

「しょーうッ!!」
「フリーゲン!!」

そしてほぼ同時に互いの魔力弾が放たれる。
彼女の直射弾は、時間差を置いて順次発射される。時間差で高速で放たれる数は6つ。

対するヴィータの誘導弾は4つ。数で劣っているが、それが戦力差ではない。
直射弾は細かい制御など利きはしない。大きく避けてもさほど問題も無い。故に、時間差があるとはいっても、バカ正直に魔法のぶつけ合いをする必要も無い。
ヴィータは大きな回避運動をしつつ誘導弾を操作し、自身に命中の危険性のある直射弾を見極め、それだけは真正面からぶつけて相殺する。
そして、残りで危険ではないと判断した分は無視し、彼女に狙いをつける。

結果、ヴィータの誘導弾はばら撒かれた直射弾をすり抜けるようにして彼女に襲い掛かる。そして、ヴィータは既に直射弾の猛威からの安全圏に達していた。
遠距離での打ち合いでは自分に軍配が上がった。そうヴィータは思った。

「電刃衝ッ!」

だが、彼女はさらに直射弾を放つ。それは、誘導弾が目前に迫っていると知ってもなお、迎撃ではなく相手を打倒するために放たれていた。
直射弾は、誘導性は確かにない。だが、それを補って有り余る速度でヴィータへ迫る。

互いの目前に、互いの魔力弾が襲い掛かる。すでに回避も防御も出来るようなタイミングではない。

「「フルドライブッ!!」」

それを、ふたりとも自身の魔力を全開にする事で対処する。
身に纏うフィールド系の防御出力を最大にする事によって受けるダメージを出来る限り軽減したのだ。
防御膜で受け止めて相殺するバリアや、固く弾く・逸らすシールドと違いダメージは徹るが、それも最大にすれば魔力弾一発程度どうと言う事はない。

「いくぞっ、とっととぶっ潰して終わりにしてやるよ!!」
「ふんっ、速攻で決めるのは僕の方だ!!」

互いに魔力弾の直撃を受けたが、そんなもの気にもしていないと言わんばかりに睨み合うふたり。
実際、ダメージを受けたとは思っていない。それよりも、折角魔力を全開にしたのだ。これを契機に、一気に戦いを終わらせようと考えていた。

……合図は無い。睨み合っていたふたりは、何の前触れもなく戦いを再開、いや、今までを更に越える苛烈な戦いを開始した。

全開に魔力を解放した影響で、ふたりの魔法はその威力が大きく上がっている。
直撃すれば大ダメージは必須。それが分かっているから、多少のダメージは無視してでも直撃だけは防ぐ。
だが、掠めるだけでもバリアジャケットと魔力が削られる。お互い、徐々にその身に裂傷が刻まれていく。

「おぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁっ!!」

それでも戦いの意志は揺らがない。むしろ、僅かでの傷を受けたら、よくもやったなと気炎もあらわに更に燃え上がらせる。
先ほどまでは、口ケンカをしながらの魔法戦だったが、今ではそれも無い。
ただ、裂帛の気迫の籠められた叫びと、奔る魔法が空を打つ音が響き渡るだけ。

結界に覆われた世界とは隔絶されたこの場所で、青い魔導師と赤い騎士は全力を尽くしあう。

「どうした、もしかしてもうガス欠なのかい?」
「はっ、言ってろ……ッ!」

そして、数えるのも忘れるほどの激突を経て、仕切りなおしと再び睨み合う。
ふたりとも息が上がっており、肩で息をしている。バリアジャケットも多くの損傷が見て取れる。だが、そんなものはどうとでも無いかのように視線で牽制しあう。

その中で、ヴィータは戦況が自分にとって不利になろうとしている事に気付いていた。
魔力を全開にして戦いを続けていたが、それもそろそろ限界が近い。だが、そんなヴィータに対して彼女の方はまだまだ魔力に余裕があるように見える。
ベルカの騎士にとって、魔力が残り少なくなったからと言って、ミッド式の魔導師と比べて戦闘続行能力は高い。
それでも、この相手に魔力が足りなくなったら、勝負は見えてくるのも分かっている。

「アイゼン、カートリッジロードッ」
《Gigantform》

故にヴィータは、勝負を決める事にした。
ベルカ式の魔法の最大の特徴であるカートリッジシステムを使い、薬莢が排出される。
同時に、ヴィータのデバイスの形態が変化する。
それは鉄槌。元々もハンマーではあったが、明らかにその大きさが違う。巨大なそれは粉砕という言葉が良く似合う。

鉄の伯爵、グラーフアイゼンがフルドライブモード、ギガントフォルム。

威力は絶大な反面、大振りになるため、高速で動き回る彼女相手に使う機会が無かった。
だが、勝負をつける事にしたヴィータはそれでもあえてこのフォルムを選ぶ。
多少ギャンブル性はあるが、当てるための策もある。細かい理屈も、彼女の速さも、全て纏めて叩き潰すつもりだ。

「ならこっちもだっ。いくぞ、バルニフィカス!!」

対する彼女も、相手が最大の攻撃を繰り出そうというのなら、自分もやらねばなんになると、こちらもフルドライブモードへと移行させる。
金色の魔力光で構成される身の丈を超える刀身を持つ大型剣。彼女のオリジナルであるフェイト・テスタロッサのデバイス、バルディッシュのザンバーフォームと同じ姿。

武器の大きさは互いに引けを取っていない。威力ではヴィータが勝り、速さでは彼女が勝っている事も変わらない。
それでも自分は負けない。自分の力を信じて真っ向から向かい合う。

空気は一触即発。緊張が高まっていく。

そして、

「……ふむ、中々に面白い余興だったが、見ているだけというのも存外に飽きるな。
もうよい。うぬらの出番は終わりだ。疾く、舞台より降りよ」

第三者の声が響き渡った。

「な……」

完全に水を掛けられる形となったふたりだったが、声を放った人物がいるであろう方向を見て、更なる驚きを抱く。
そこには、古代ベルカ式の魔法陣が白い魔力光で展開され、剣の形状をした魔力弾が次々と撃ち出される光景。

特に狙いもつけていないようなものが、それぞれ真っ直ぐに飛ぶだけのもの。
だが、その数による攻撃範囲は、彼女とヴィータ、ふたりの戦闘空域を埋め尽くさんとする勢いで順次撃ち出されていく。
ふたりともいざ踏み込もうという瞬間を狙われ、回避も迎撃も不可能。完全に虚を疲れた襲撃の前になすすべがない。

そして、無数の刃はその身を貫いた。

「な、なんで……」

ヴィータのその肢体を。

彼女は、自身の前で両腕を広げ、その身を盾とするかのように魔力弾の前に立塞がっていたヴィータのその背中に信じられない思いを抱く。
ヴィータはその身をよろけさせる。飛行魔法を使う余裕も失われたのか、地に落ちようとするのを、彼女は抱えて受け止める。

「なんで、なんで僕を庇ったりしたんだよ!?」

ヴィータの手足や胴体には魔力によって編まれた刃が幾つも突き刺さっていた。
夜天の書の守護騎士はプログラム生命体であるため、生身の人間よりは頑丈に出来ている。
この魔法も一応非殺傷設定にされていたようだが、それらを差し引いてももう戦闘の続行なぞ不可能と一目見て分かるその姿。
それを見て、どうして敵対していた自分を助けるような真似をしたのかと、腕の中に抱えるヴィータに声を荒げるようにして尋ねる。

「……は、勘違いしてんじゃねーよ」

ヴィータ自身、考えての行動ではなかった。状況を目の当たりにして、咄嗟に行動に移っていただけであり、その行動に自分でも驚いていた。
だが、自問して答えはすぐに出た。故に、自身を抱えながら、まるで糾弾するような語調の癖に、不安に震えているような瞳をしている彼女に言葉を告げる。

「あたしはおめーを助けたんじゃねー。おめーがやられたら、中にいるシャマルとザフィーラも無事じゃすまねーかも知れねーからだ。
それに……」

ヴィータは一旦言葉を区切り、そして不敵に笑う。

「おめーはあたしがぶっ潰す。この役目は他の誰にも渡してやんねー。……それだけだ」
「……っ」

そんなヴィータの姿に、彼女は言葉が出ない。
口の端から血の糸をたらし、普通に喋る事も難しいはず。抱える肢体にも力は入らず、重力に惹かれて垂れ下がる。明らかに弱っている。
だが、それでもヴィータは不敵に笑ってみせていた。

出逢ってから間もない。交わしたのは相手を倒すための魔法と、憎まれ口の言葉ばかり。
戦うべき相手、倒すべき相手だという認識は変わっていない。
その中で、ヴィータに戦うに値する好敵手と認められたような言葉に、彼女の心中に良く分からない思いが渦巻いて、話す言葉が見つからないでいた。

「かはっ……!?」
「ヴィータ!?」

彼女がどうすれば、どんな声を掛ければいいのか頭を悩ませていると、ヴィータは咳き込むようにして吐血した。
幸いか、急所は外れていたために致命傷ではなかったが、それでも予断は許さない容態であると改めて見せ付けられて、彼女は一旦思考を中断する。

「……ヴィータ。少し僕の中で眠ってて。それならひとまず大丈夫なはずだ」

彼女の身体の裡から闇があふれ出し、ヴィータをその身に取り込む。
致命傷ではないのだから、それでもヴィータを助けるのには足りるはずだと。
まだ自分とヴィータの間での決着はついていないし、ヴィータの言葉に対する答えも見つかっていない。
それを果すまでヴィータに消えられるのは困る。だから、今は闇の所の復活のためではなく、ヴィータを助けるそのために、その身に取り込んだ。

「……真剣勝負に水を差すなんて、何のつもりだ!?」

そして、決着をつけられなかった事、真剣勝負を邪魔された事に対する憤り、その怒りの思い全てを籠めるかのような憎悪の視線を一点に向ける。

「ふん、ただの余興ごときに、それほど怒る事もあるまい」

そこにいたのは、闇の書の防衛プログラム。その構成体の中枢を担う『王』が冷笑を浮かべてそこに在った。









△ボタン魔法のドゥームブリンガー(通常)を連発しながら、王、降臨。
ゲームでは二連射が限界だけど、SS内ではそんな縛りはありませぬ。

そして、ヴォルケン四天王が最後のひとり。烈火の将・シグナムは出番をハブられとります。
いや、会話はザフィーラとかぶるし、戦闘も本編アニメのVSフェイトをノベライズしただけの内容になりそうな気がしたので。



[18519] IFシナリオ-第四話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/26 22:46

ヴィータのとの戦いに割って入った存在が、悠然と中空に佇む。
傲慢にして不遜な眼差しと態度で、相手を嘲るような嗤いをその顔に浮かべる。

姿形は夜天の書の主であるはやてに瓜二つではあるが、纏う雰囲気は完全に違う。
彼女こそが、闇の書の防衛プログラムの構成体(マテリアル)の中枢を担う『王』と呼ばれる存在。

「まったくもって不愉快な事よ。王が御前における遊興だというのに、我を楽しませるに足りぬ演目を披露するのだからな。
そんなものに意味は無い。我がそう判断したのなら、何を言われるより、疾く消えるが礼儀というのに、無様に生き恥をさらすとは何事だ?」

不機嫌というよりは、無力な弱者をいたぶるような態度で見下し、冷たいその嗤いを深める。
先ほどは自身の魔法により、その場に居たもうひとりとまとめて排除しようとしていたが、その敵に温情を掛けられてようやく生き残った。
そんな者に価値など存在せぬと、言葉にする以前にその瞳が雄弁に物語っていた。

「ふざけるなっ、僕は君のために戦っているわけなんかじゃないっ!!」

その王の視線の先に居るのは、防衛プログラムの『力』を司る構成体(マテリアル)の一基である青い魔導師の少女。
彼女はヴィータとの激戦の直後であり、バリアジャケットひとつ見ても少なくない損傷が見て取れる。
だが、自身のコンディション云々よりも、許せないものがあると王のその姿を睨めつける。

「これは異な事を。うぬは所詮、我から零れ落ちたほんの一欠片のデータに過ぎぬ。
王である我に尽くす事はうぬの天命であるというのは自明の理であろうに」
「そんな事なんて知らないッ。というか、僕は君を斃すんだっ。そして、砕けぬ王に、僕はなる!」
「……うぬが王だと? くふ、くははは、はーはっはっはっ!!」

彼女の怒りに堪えた様子もなく、むしろその嗤いを深めて言葉を返す。
どんなに嘯こうとも、彼女の言葉では王には何の感慨も抱かせない。

「何がそんなにおかしいんだ!?」
「くく、身の程知らずもここまで来ると滑稽以外の何物でもあるまい。
王が何たるかも知らぬ輩が、王になど成れるわけがなかろうに。いや、うぬの場合はそれ以前の問題か」

上に立つ者と、下から上を見上げる者。この構図こそが自分達の在り方を示している。
それを証明するように、明らかな嘲笑を崩す事無く、王は相変わらず彼女の姿を見下している。
そこに、更に不憫なものだという蔑む意味合いがその視線に込められる。

「王とはこの世全てを統べる孤高の存在。そしてその責を背負ってこその王よ。
うぬのように、孤独に震える弱い魂がすがりつくのは、おこがましいというものよ」

王は、自身と彼女の間に在る差を明確に言葉にする。
弱い彼女には、そもそも王に足りる器がないと。

「僕が弱いだと……。そんなわけはない!
僕は力のマテリアル。うんと強いんだ!!」

彼女は自身が強い存在だと思っている。『力』の名を冠している事がそれを証明している。
だというのに、言うを事かいて「弱い」などというのが許せない。ヴィータとの戦いのままに、大型剣形態にあるデバイスの切っ先を王に向ける。
これ以上世迷言を語るというのであれば、一刀のもとに斬って伏せると態度で物語る。

「いいや、うぬは弱い」

だが王は、彼女の態度を意に介した様子もなく、自身を強いという彼女の言葉を即座に否定する。

「うぬを形作るのは嘆きと悲しみ。切り捨てられ、寄る辺を失い独り佇む迷宮の迷い子。
目指すものもなく、ただ闇の安らぎを求め彷徨うだけの弱い魂……」

そして、否定に足りる根拠は在ると彼女の態度を無視するように『事実』を告げていく。
そこに嘘や偽りは無い。元々自分から切り離されたごく一部の事なのだから手に取るように分かると、彼女の心の内を暴いていく。

「違う、ちがうちがうちがう!! 僕は弱くなんか無いッ!!」

彼女は王の言葉を聞いてはいけない、認めてはいけないと必死になって否定する。
だが、その言葉は確かに彼女の心の中に浸透していく、本当は言われるまでもなく知っていると認めてしまいそうになる。

「嘆きと悲しみに押し潰されまいと、その感情を怒りと憎しみだと自己を偽って駄々をこねるだけ。まさにうぬの情報素体となった塵芥そのモノの弱さよ。
いや、むしろそれ以上に弱いのではないか?」

そんな彼女の葛藤を知りながら、王の語り口は止まらない。
弱者を弄っている事が何とも愉しい。それを顕わにするように、顔に浮かぶ嘲笑を更に深めて宣告を下す。

「違うって、……言っているだろぉぉっ!!」

王の言葉に我慢の限界を超え、彼我の距離を一瞬で詰めると、彼女は苛立ちのままに斬りかかる。
轟音を巻き起こしながら、怒号と共に大型剣の刃が一直線に振り下ろされる。

「ふん、やはりこの程度よ」

だが、王は揺らぎもしない。携える魔導騎士の杖を指し示すだけで展開した防御魔法が難なく彼女の一撃を防いでみせる。
一撃を遮られ、怒りにその表情を歪める彼女の姿を、涼しい顔をして防御魔法越しに見据える。

「貧弱で脆弱で軟弱な心と魂。そのような者が王になるだと。
……身の程を弁えよっ、塵芥が!」
「うわぁっ!?」

そして、その愉悦に染まる表情に怒りの色合いを露わとするかのように目を見開くと、その身に宿す禍々しいまでの圧倒的な魔力だけで彼女の一閃を撥ね退けていた。
成すすべもなく弾き返されてしまった彼女だったが、それでもまだ終わりではないと王の姿を睨みつける。

「うぬのような矮小な存在なぞ取るに足らんが、一応はマテリアルが一基。
王が王である所以をその眼にしかと焼きつけ、そして我が糧となりて消えるがよい」

だが、悠然と佇む王は動かない。そして彼女も攻め込む事が出来なかった。
何故なら、彼女は周囲を、王の展開した短剣を模した魔力刃によって取り囲まれていたのだから。
その刃の切っ先は全て、既に彼女に照準が定められている。

それを認識出来たときには既に、魔力刃達は一斉に彼女に襲い掛かっていた。
逃げ場は無い。完全な全方位からの包囲攻撃が彼女に迫る。

「く……っ」

詰みを宣告されたような状況。だが、だからといってそれを黙って受け入れる気は無い。
彼女は集中力のレベルを一気に最大へと引き上げる。生き残るためには余計な情報は要らないと雑念の全てを排し、思考をクリアにする。

そして、襲い掛かってくる魔力刃、そのひとつひとつを睥睨する。
一見すると抜け道が無いように見える中にある、たったひとつの光明を見出す。

それを思考という段階をすっ飛ばして認識し、その僅かな可能性に自身の全てを賭ける。
ミリ単位以下の精密な機動制御。魔力刃が飛び交う中にある極小の隙間を看破し、そこへ身を潜り込ませるように宙を舞う。
飛び交う刃において、一瞬前までの安全地帯は即座に危険地帯へと変貌する。故に、一瞬たりとも止まらずに回避運動を取り続ける。

生死を分けるのは一瞬を更に細分化した刹那の判断。
時間にして僅か一秒にも満たない間に何重にも行った機動に、身体がバラバラになるような思いを抱く。
回避し切れない分が、彼女の肌に滲む血によって一筋のラインを描き出す。

「くはぁっ、はぁっ……!」

だが、魔力刃のひとつもその身に受けることはなかった。彼女は回避をやり遂げ、刃の包囲網を抜け出す。
同時に、過度な緊張が多大な負担を強いていた肺が、爆発したかのような痛みを訴える。
止めていた呼吸が堰を切ったように空気をその内に取り込む。

薄く傷を負いはしたが、五体満足で抜け出す事が出来た。だが、そのために間合いは王からだいぶ離れてしまった。
この距離が憎いとばかりに、王の姿を睨みつける。

「ほほう、今のを抜けるか。なるほど。弱者らしく逃げるのだけは一級品のようだな」

だが、王はなおも嗤う。
逃げられて苛立ちは在るが、それでも、彼我の間柄は狩人と獲物。
むしろ、どうやって追い詰めるかを楽しむために、もっと逃げて見せろとでもいうかのようだ。

「僕はっ、弱者なんかじゃない!!」
「ほざけ、塵芥。ほらほら、次を行くぞ?」

次いで王が使うのはエルシニアダガーという魔法。小さな光弾と成した魔力が、文字通り弾幕を張って彼女に襲い掛かる。
今度こそ避けるという行動を選択させない、空間を埋め尽くすような数で圧倒してくるその魔法。

「このぉ……っ!!」

回避が出来ないのならと、彼女は手にした大型剣で一気に薙ぎ払ってその魔力弾の大半を掻き消す。そして返す刃で、残りの魔力弾をも掻き消す。
王の使う魔法は、誘導性は無い上に命中精度や一発あたりの威力も低い。
この程度など、彼女と大型剣形態のバルニフィカスの前には敵ではない。

「ほほう、あの数を打ち消したか。なら次は倍の数で行くか?」
「なぅ……!?」

だが、彼女は踏み込んで間合いを詰める事が出来ない。
掻き消した次の瞬間には既に次弾が目の前に迫ってくる。彼女の攻撃速度を上回る速度で王は魔力弾を精製されて撃ちだされてくるのだ。
そのため、踏み込めない。障害を排除するために、彼女は更に剣を振るう。

「この程度で必死になって剣を振るうとは、我からすれば滑稽なものよ。
ほれほれ、もっと踊って我を愉しませてみせよ」

一発あたりの威力が低いとはいえ、普通ならこのペースで魔力弾を精製、発射をしていればいずれ魔力が尽きるはず。
だが、膨大な魔力量を誇る王にとって、そのような心配など杞憂でしかない。溢れる余裕のまま、彼女が防ぐ度に更に光弾の数を増やしてゆく。
文字通り、断続的に放たれる魔力弾を前に攻撃の手が足りない。徐々にだが、確実に彼女は押し込まれていく。

「ふはははっ、闇の安寧を求めるだけのうぬはやはり弱い者よ。
それで『力』を名乗るとは、厚顔無恥も甚だしいというものよなあ?」
「うるさいッ、黙れ……!!」

更に、王の嘲りの言葉が容赦なく彼女の精神を、集中力を削ってくる。
彼女も即座に否定するが、反撃の目途が立たない中で弱いと言われ、心の内で否定し切れないのではと思ってしまう。
それが疑心暗鬼となって集中力をも削いでいく。どんどん苦境へ追い込まれていく。

様々な要因が絡み合い、迎撃が間に合わなくなってくる。そのため、迎撃ではなく前面にシールドを展開することで防御する事を選ぶ。。
高速戦を得意とする彼女は足を止めるのは愚策ではあると分かっていても、ヴィータとの連戦における疲労もある。他に取れる選択肢が無かった。

「くく、脇が甘いぞ?」

だが、次いで王が放った八つの剣状の魔力弾が大きく散開するように展開される。そして、彼女を目がけてシールドを迂回するような軌道を描いて襲い掛かる。
彼女は咄嗟にシールドの構成の維持を放棄して、デバイスの幅広の刀身を盾にする事によって防ぐ。

「あ……」

金色の魔力で編まれた刀身は、王の放った剣状の魔力刃を遮り、彼女へのダメージが徹る事を防いだ。
だが、彼女の耳に金属が軋むような音が届く、デバイスに、──バルニフィカスに蓄積されたダメージから、その金の魔力光によって編まれた刀身に罅が入る。
それを認識して、彼女は小さな声を漏らす。自分の心は折れ無いし、揺るがないと思っていたのに、王の言葉で挫けてしまいそうになっている。
それが目の前で明確な形となって現れたようで一際強い動揺が彼女を襲う。

「よそ見とは余裕のつもりか?」

そして、王が放った光弾を一直線に彼女に向かって飛翔する。それは、数で圧倒していたエルシニアダガーの魔法であったが今までの小粒だったような光弾とは違う。
魔力を溜めて集束させたそれは、既に射撃魔法ではあっても砲撃魔法クラスに近い威力を内包するもの。

それを、彼女は剣で防ごうとして、

──折れた。

連戦の影響もあったが、それ以上の彼女の動揺がその強度を著しく下げていた。
そのため、限界を超えた刀身はあっけなく中心から折れ砕けた。

目の前で相棒であるデバイスの刃が折れた事が信じられず、そして心の何処かで納得してしまった。
剣と一緒に、自分の心も折れてしまったと。集中力は途切れ、怒りと憎しみでふたをしていた悲しみと嘆きの感情が湧きあがってくる。
知らず、涙が溢れてくる。

(ああ、本当の僕は、こんなに弱かったのか……)

王の言葉を否定して否定して否定して、そして否定し切れずに浮かび上がってきた自身の心。
闇の書の防衛プログラムを呪いといって撃ち抜いた魔導師や騎士を憎いと思って怒りを抱いていた。
でも、本当はただ要らないと切り捨てられた事が悲しかった。ずっと一緒に居た守護騎士や管制融合騎と離れて孤独となった事が寂しかった。

本当の心。それを自覚した。自覚して、王は何も間違った事は言っていなかった。自分が自分を偽っていた事も真実だった。
それを認識して、心が折れて、これからどうすればいいのかと思う。

(そう言えば、誰かが自分の在り方をきちんと考えるべきだと言っていたような……)

ふと、そんな事が彼女の頭を過った。

「ふん、終幕か。存外にもたなかったな。無価値は所詮無価値。我を楽しませる事もかなわぬか。
もう良い。消えて我が糧とりなり、我がこの世に闇齎すのを眺めているが良い」

心の弱さを曝け出され、もう戦う意志も失ったのだと見て、王は弾幕を張るのを止める。
代わりに次で決する気でいるらしく、砲撃魔法のチャージを始める。

「……違う」

自失の中で、耳に届いた王の言葉に、何を思うよりも早くその言葉が口を衝いて出ていた。
王からすれば意味もなく宣告した言葉だったが、その考えは違うものだと感じた事。
何が違うのか、それは分からない。でも、

「きっと、そう思った僕のこの想いは、間違いなんかじゃない……っ」

前に進む事も、後ろを振り返る事も出来ない。今に願う事も無い。
それでも確かに彼女の心の中には“何か”があった。

彼女という独自の自我を獲得してから、今のこの一瞬までに過ごした時はあまりに短い。
だが、それでも走馬灯のように思い出せる光景は、確かにあった。
それだけは、決して否定できない。それに、王が言う闇を齎すというのも違うと思う。

「消し飛べ、塵芥。──アロンダイト!!」

王からすれば、そんな彼女の内面の変化など今更どうでもよい。魔力チャージを完了し、砲撃魔法を解き放つ。
それは白い奔流となって一直線に彼女に襲い掛かる。

──直撃。

彼女は常のように回避行動はしなかった。真正面からその砲撃にさらされ、爆散する砲撃の魔力に齎された爆煙によってその姿が覆い尽くされる。
断末魔の叫びも何もない。ただ、王の放った砲撃の余韻だけがそこにあった。

「全く以ってあっけないものよ。だが安心するがよい。うぬのデータは我が糧として永劫に生きるのだからな。
くく、王の役に立てた事を光栄に思うが良い」

愉悦のままに気分を高揚させながら王は口を開く。
彼女は守護騎士を既に数名その内に取り込んでいた事を王は知っている。あまり役に立つ存在ではなかったが、その点については評価できると思っていた。

「……その必要は無いよ」
「な……!?」

だが、ふと聞こえた彼女のその声に、王は驚きの感情を抱く。
そして見やる煙が晴れたその先に、彼女は左手を突きだした格好で中空に立っていた。

おそらく防御魔法で防いだのであろう事は推測が出来る。だが、彼女はオリジナルの魔導師よりも出力はあるとはいえ、王の砲撃魔法が防げるほどの防御力は無いはず。
だが、現実としてあるのは、砲撃魔法を真正面から受け切ったという事実。その予想外の事態に、王は余裕を忘れてただ困惑していた。

「僕は今まで何も始っていなかったし、これからも何を始めたいのかも分かっていない……」

彼女は誰に言うでもなく独白を漏らしながら、足元に魔法陣が展開される。
それと同時に、目に見えて彼女の姿に変化が表れる。これまでの戦いで負った傷が癒され、破損されたバリアジャケットが修復されていく。

「バカな、うぬにそれほどの自己修復能力があるわけが……、いや、それは治癒の魔法!?
それこそありえん、うぬにそのようなスキルがあるはずが……!?」

言いながら、足元に煌く魔法陣がミッド式の円形のそれではなく、ベルカ式のそれになっている事に気付き、王はひとつの可能性に行き着く。
彼女は守護騎士を取り込んでいる。その内の湖の騎士であるシャマルは回復を含む補助の魔法を得意としている。その力を引き出し、治癒に当てているという事。
そう考えるなら、防御に特化した能力の盾の守護獣を取り込んでいるのだから、その力を使い、先ほどの砲撃にも耐える事が出来たのだと納得が出来る。

だが、それもおかしい。
彼女は守護騎士を取り込みはしたが、そのスキルを蒐集したというわけではないはず。
それならば、守護騎士の力をどうやっても引き出せないはずなのに……。

「初めて僕が言葉を交わしたのはシャマルだった。その時は特に何も思ってなかったけど、今はその誰かそのやり取りという行為を楽しいと思っていたと分かる」

王が戸惑いながらも彼女に起こっている事に考えを巡らせているが、そんな王の姿など気付いていないかのように彼女の独白は続く。
その声色は抑揚も少なく静かなもの。だが、無感情ではない。確かな想いが籠められて言葉は紡がれる。

「ザフィーラは真っ直ぐに僕を見てくれていた。残した言葉の意味はまだ分からないけど、ちゃんと考えてみるよ」

彼女はさっきからずっと俯き加減で、前髪に隠れてその表情を伺う事が出来ない。
声からも感情が読み取れないと、王は不気味なものと対峙しているような思いを抱いている中で、彼女はゆっくりと癒えゆく身を動かす。

「ヴィータとは、まだ決着がついていない。預けた勝負に決着をつけるまでは、僕は消えたりしたくないし、騎士にライバルと認めてもらって、応えないわけにはいかない」

携えるのは中ほどから折れて、切っ先を失った金色の刀身である大型剣。
それを、自身の前に持ってくるとそのまま真上に掲げる。同時に、俯き加減だった顔も上げられたために、その表情も見えるようになる。
在ったのは、瞳を閉じ、常の陽気な雰囲気ではなく静謐な想いを表しているかのような顔。

「何より、僕は君の事を認めるわけいにはいかないっ、だから、僕はまだ戦えるんだ!
君もガッツと根性を見せてみろッ、バルニフィカス!!」

その閉じていた瞳が一気に開かれる。同時に、彼女は自身のデバイスに呼びかける。
足元に輝く金色の魔法陣はその光を強め、鮮烈で強烈に彼女の姿を照らし出す。

呼びかけられたバルニフィカスは、インテリジェンスデバイスのクセに相変わらず喋りもせずに、ただ蒼いコアを明滅させるだけで応える。
だが、確かな鼓動を彼女は感じていた。言葉なんて要らなかった。バルニフィカスもまた、彼女の戦意に感化されてその機械の奥にある心を奮い立たせている事を彼女は直に知る。

バルニフィカスは彼女が解放した魔力を受け、自己修復能力を加速させる。
刀身はもちろん、全体を金色の光が覆いつくす。そして、一際強い光を放った後に在ったのは、完全にリカバリーを終え、十全の姿となった大型剣形態。
それは戦いが始まる以前の状態に、いや、それ以上の濃密な魔力の気配を内包していた。

「魔力、全開!全開!!全開ッ!!」

だが、彼女はそれでも満足しない。まだ自分の限界はここではないと更に猛る。
際限がないとでも言うかのように輝きを強める足元の魔法陣から魔力が迸る。彼女の魔力変換資質が魔力を轟く雷鳴と為して空を灼き貫く。
応えるバルニフィカスも貪欲なまでに魔力をその内に取り込み、金の刀身に紫電を纏う。

威風堂々。

今、この世界の中心にいるのは自分である事を証明するかのような堂々とした姿で、彼女はそこにいた。

「……ふん、虚仮脅しの無駄な足掻きをしおってからに。
我は貴様を無用と断じたのだ。早急に消え失せろ……!」

ついさっきまでアレほど弱っていたはずなのに、何処にそんな力が在るのだというほどに魔力を後先も考えずに解放する彼女を、王は鼻で笑おうとした。
だが、それは失敗して頬がひくつくだけに収まっていた。
それが、王である自分が目の前の矮小な存在に気圧されているようで、癪に障って苛立つ。そんなものは認めるわけにはいかないと、強力な魔法を使うべく魔力をチャージする。

「永劫の闇に沈め、──ディアボリックエミッション!!」

そして放つのは空間殲滅魔法。
射撃や砲撃魔法のように撃つのではない。空間そのモノを埋め尽くす事で対象を殲滅するこの魔法は防御魔法の発生を阻害効果が含まれている。
回避なんてさせない攻撃範囲の上に、この付随効果のある魔法を以ってすれば、幾ら防御をしようとも、意気込んだところで無駄でしかないというものだ。
現に、闇のドームは王を中心として広がり、彼女のその姿を飲み込み──

「な、に……?」

──金色の閃光によって一刀両断に伏された。

王のすぐ脇を振り下ろされた刃が通過した。その刃の軌跡のままに闇のドームは切り裂かれ、その役目を全うする事無く霧散していく。
信じられない思いでいる王の視線の先に居るのは、掲げた剣を振り下ろした姿のままに在る彼女。
彼女の瞳には、先ほどまでの弱さはなかった。
……違う。弱さは相変わらず彼女の中にある。ただ、その弱さの全てを内包して、それ以上の力強さがその瞳に宿っていた。

彼女は弱さを否定していなかった。ただ受けいれただけ。
それだけだというのに、今までとは全く違う視線が王の姿を射抜く。

「この力で僕は飛ぶ。……君は、死ね!!」
「ぬぅ……!?」

その視線に、王は知らず後ろに下がる。
下がって、自分が下がったという事実に気付いて驚き、そして自分が彼女の恐怖を抱いたのだと気付く。
王である自分が、高々一欠片風情に気圧されるなどとは断じて認めるわけにはいかないと、憤怒の情で彼女を睨めつける。

「塵芥風情がいきがるなぁっ、我は闇を、全てを統べる王ぞ!!
永劫の闇を齎す我が覇道の前に、貴様もただひれ伏していればよいのだ!!」

王は怒号を上げながら、遊びの要素など欠片も無い。出来うる最大数の光弾撃ち放つ。
操作などしていない故に無作為な軌道を描く光弾は、その動きを読む意味を失わせる。それが彼女の視界全てを埋め尽くす勢いで襲い掛かる。

「天破──」

そんな光景を目の当たりにしても、彼女の視線は揺るがない。動揺も無い。
振り下ろした剣を再度掲げながら、ぽつりと呟く。その声に応えるように彼女の周囲に濃密な魔力の気配が漂う。
先行して、僅かな放電現象が起こる。だが、嵐の前を思わせる静寂が場を支配する。

「──雷神鎚ッ!!」

そして、吹き荒ぶ嵐の奔流が巻き起こる。
静から一転して動の気迫の籠る彼女の声を号令に、雷鳴が周囲一帯に轟く。雷光が世界を金色に染め上げる。
それは領域を支配し、踏み入ったモノ全てに等しく振り下ろされる雷神の鉄槌。雷鳴の轟く領域に侵入する光弾は、その尽くが金色の雷に呑み込まれて打ち砕かれていく。
例外はない。王の放った光弾は、その全てが天を覇する雷の前にひれ伏した。

「他の誰かに負けるのも嫌だけど、最初の想いを忘れて、惰性のままに破壊をする事が正しいと思い込んでいる君にだけは、何をおいても負けたくは無い!
同じ闇の裡から生まれたからこそ、そんな君にだけは負けるわけにはいかないんだ!!」

彼女の叫びは、自身を偽っていた想いを失くしたから故に見えた心の内から生まれた物。
考えての物ではない。内より湧きあがる想いのままに声を上げる。思考という段階を経ないからこその、心からの真実の叫び。

「砕け散れ!」

想いは宣言した。これ以上語る言葉は無いと、デバイスを構える。
そして、剣を足元に展開される魔法陣の縁をなぞるようにしながら回転、その全身の捻りを加えて下段から振り上げる。
その切っ先から衝撃波が奔る。阻むものはもう何も無い。一直線に王へ突き抜ける。

「ならばみせてやる、闇の深遠を!」

だが、対峙する王はただ者ではない。奔る衝撃波を前にしてその魔力を解放する。
膨大にして禍々しいその魔力は、存在するだけで世界を蝕むかのように王を中心に広がる。
そして、並を圧倒するはずの彼女の衝撃波を、回避はもちろん防御も迎撃もない。ただそれだけで相殺して見せた。

「絶望にあがけ、塵芥!!」

手加減も何もする必要は無い。目の前に居るのは強大な力を持つ障害と王は認めた。
その上で、足元にミッド式の円形の魔法陣を、目の前にベルカ式の三角形の魔法陣を白い魔力光で描き出す。

それは、王の保有する魔法の中でも、最大威力を誇る砲撃魔法である『エクスカリバー』を放つためのだと、彼女はひと目で看破する。
看破して、アレを撃たせてはいけない事も同時に悟る。彼女の最大威力の雷刃滅殺極光斬を超える威力を誇る事を知っている。撃ち合いになったらこちらが負ける。

「いくぞ、バルニフィカス!!」

ならどうするか。答えは単純明快、より早く王に斬り込めば良い。
彼女は大型剣の切っ先を真っ直ぐ王へと向けると、剣の指し示すままに従うように、一直線に飛翔する。
それは一筋の雷光。撃ち合いになれば互角の魔法発生速度でも、最短距離を最速で空を翔ける彼女の方が早い……!

「くく、掛ったな、塵芥ァ!!」

その判断の下での彼女の行動であったが、王は自分が最大の砲撃魔法の魔法陣を展開すれば、彼女ならそう行動するだろうと読んでいた。
王の足元に展開された魔法陣がミッド式からベルカ式に切り替わる。それはドゥームブリンガーの魔法。
五つの魔力刃が浮かび上がり、撃ちだされる。その直後には次弾の魔力刃が既に撃ちだされている。

それは、彼女とヴィータと戦っている最中に割り込んで来た魔法。光弾より数は少ないが魔力が圧縮されて威力は上のそれが、二連、三連と幾重にも撃ちだされる。
相変わらず狙いもつけずに放たれている。だが、彼我の距離が埋められれば埋められる程に攻撃の密度が増す。
勝手に彼女の方から当たりにくるのだ。故に狙いをつける必要もない。突っ込んでくるだけなら彼女の自滅。後退するというのであればこのまま押し切るだけ。
どちらに転んでも王にとっては勝利を約束された策。

「おおぉぉぉぉっ!!」

だが、彼女はそんな王の思惑も乗り越える。目の前に自分の身を裂く刃がいくつも突き付けられてもその速度を落とさない。むしろ更に加速する。

頬に裂傷が生まれる。翻るマントに風穴が開く。肩に魔力刃が突き刺さる。
金の刀身に触れた魔力刃は弾かれるが、それ以外の魔力刃は容赦なく彼女の身体に傷を刻みつける。

それでもなお、彼女は雄々しく叫びを上げながら、愚直なまでに飛翔する。
この手に勝利を掴む、ただそれだけのために……!

「く、来るなぁっ!!」

必勝の策であったのに、止まる素振りの一切無い彼女の姿にあり得ないという思いを抱く。
彼女の姿を信じたくないという想いが王の心に恐怖を生み出す。何よりも自己防衛が必要だと、全力を込めて防御魔法を展開して彼女の進攻を遮る。

「それがどうしたァァッ!!」

切っ先が王の防御魔法に触れる。弾き返そうという抵抗はあった。だが、それをも押し込んで刺し貫く。
堅固なはずの王の防御魔法は、薄いガラス板であったかのように役目を果たす事無く彼女の刃の前に砕かれた。
遮るものはもう何もない。彼女に止まる気もない。ここに至って王に逃れるすべもない。

ならば、齎される結果はひとつ。

「ばか、な……!?」

王の胸より分け入った刃は、その身を割いて背中からその姿を顕わにする。
彼女の刃は、王の身体を真正面からとらえ、そして貫いていた。

驚きは、王だけが漏らした。
こんなはずが無い。在ってはならないはずだというのに、自分の身に起こった事が痛みという実感があってもなお信じられない、信じたくない。
そんな想いだけに王のその心は支配されていた。

対する彼女は自分を信じて必殺の決意の下に刃を突きたてたのだ。
故にこの結果は当然。驚く理由の方が余程ない。

「……僕の勝ちだ」

至近で彼女と王の視線が交錯する。
揺れる瞳と揺るがない瞳。勝敗が決した事は誰の目にも明白だった。

「く……おの、れ、おのれ、おのれおのれおのれぇぇっ!!」

だが、それを認められない者が居た。
王である彼女は敗北を受け入れる気は無かった。敗北をするというのであれば、その事実はすべからく抹消されるべき。
それを実行するべく、刃に貫かれ血を吐きながら、自身の魔力を集束させていく。
今、この場に在る全てを、敗北という事実と共に消し去るべく魔力を暴走させ──

「消えろぉぉ!!」

──刹那、彼女の大型剣が金色の極光を解き放つ。
ゼロ距離からの魔力放出により放たれた金色の奔流が王のその内から吹き飛ばす。
自爆しようという意志もろ共、その存在を吹き飛ばした。

耳を裂くような轟音は鳴りをひそめる。目を晦ました閃光は消える。
そして、勝者はここにひとり。

「……ふふ、やた。僕が勝ったんだーっ! 王に勝ったんだから、これからは僕が王になるんだ!!
あーはっはっはーっ!」

勝利の美酒に酔うかのように哄笑を上げて勝利を喜ぶ。
王になる事は彼女が目指していた物のひとつ。王をこの手で斃したのだから、その目的に到達の最大の障害を排したのも同意。
砕け得ぬ王に向けて大きく前進したのだ。嬉しくないわけがない。

「あははは……」

だが、その喜びも長くは続かない。笑い声は徐々に小さくなり、そして消える。

「……僕が望んでいた物は、こんなものじゃないはずだ。一体、何があればこの心が満たされるんだ……?」

心に空いた穴は、相変わらず風通しが良いかのように吹き抜ける。
目指していたはずの物を目の前にしても、塞がらない。何をどうすれば埋められるのかが分からない。
疑問が喜びという感情に上塗りされ、高揚した気持ちが冷めていくのを感じていた。

「……でも、分からないなら探すだけだ。僕が本当に求める物がなんなのかを……!」

だが、彼女は悲愴に暮れる事はしなかった。
自身の弱さを認め、強くなったという自覚がある、というわけではない。

今までは考える事を放棄していたが、これからはきちんと考えると決めたから。
自分を認めてくれたヴィータに次に会う時には胸を張っていられるように。
そう、自身の心に決めていたのだから。

「く、あ痛たた……」

ただ、とりあえずはダメージをなんとかするのが先決だと、回復に専念するべくその瞳を閉じた。












ハラワタをぶちまけろ!!
イベントCG上、誰と戦ってもそんな結末しか迎えられない闇統べさんにはお疲れ様の一言を。
もし、負けた時に「ああ、そして、我の敗北だ」と潔い事を言ってくれればアーチャー化出来たんですけど、言わないでこその、この王さま。

そして雷刃ちゃん。シリアス過ぎてツッコミを入れられなかったけど、『ガッツ』と『根性』は意味がかぶってますよ?


余談

今回の戦闘シーン(特に後半)のBGMは『BRAVE PHOENIX』です。フェイトがヤル気満々の時の曲っすね。
そしてフェイト繋がりでFateの『エミヤ』でも良さそうなきもしますけどね!



[18519] IFシナリオ-第五話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/06/05 11:58
アースラの通信士であるエイミィは、闇の書の残滓が引き起こした事件について、事態が滞り無く進行出来るよう、魔導師や騎士の通信の仲介をしている。
事件の発生当初にシャマルが墜ちたという想定外の事態もあったが、そのシャマル本人が最後に齎した情報を元に、事態に当たっていいた。

「エイミィ、他の様子はどうだ?」

そんな折、アースラ所属の執務官であるクロノ・ハラオウンから通信が入る。
流石はアースラの切り札と称されるだけの実力を持っているだけあり、事件に真摯に取り組み、成果を上げてきている。
その中で、ひと段落が着いたのか、他の仲間の様子が気になったらしい。

「はいはい。今はなのはちゃんと繋がってるから、直接話してー」

エイミィが口頭で状況を教えてもいいのだが、直に話をした方がいいだろうと、手元のモニターを操作して、ふたりの通信を繋げる。
その事により、クロノとなのは、ふたりの前に空間モニターが表示されて相手の顔をみえるようにする。

「あ、クロノくん。こちらなのはです。丁度今、闇の書の構成体(マテリアル)の内のひとりを眠らせたところです」
「マテリアル……!
それで、大丈夫だったのか?」

上がった名称に、クロノは緊迫を感じる。マテリアルは騎士のひとりであるシャマルを既に倒している。
今、こうして話しているのだから無事で在ったというのは分かるが、それでも心配をするというのは当然の事だ。

「うん、わたしの偽物だったからびっくりしちゃったけど、最後はスターライトブレイカーの撃ち合いを真正面から正々堂々、全力全開で撃ち勝ったよ」
「集束砲の撃ち合いって……」

なのはは事も無げに語るが、なのは最大の砲の威力を知るクロノからすれば、その光景は想像するだけで恐ろしい物があると思う。
ただでさえなのはの砲はバカげた威力だというのに、それが集束砲ときたら、魔力の瞬間最大出力は特筆する事の無いクロノからすれば恐怖の権化にも見えるものだ。
表に出す事はしないが、その場に居合わせ無くて良かったと心の中で安堵していた。

「それにしても、あの子は使う魔法はわたしと同じなんだけど、独自の使い方をしていたから、わたしの魔法はこんな使い方もあったんだな~って勉強になったよ」
「……そうか。とりあえず結界の外に被害を与えなかった事が喜ばしいな」

なのはの集束砲『スターライトブレイカー』は結界破壊効果がある。
結界を“貫通”ではない、“結界機能の完全破壊”という付加効果のために、結界の外に戦いの影響を与えなかったのは運が良かったという事で話を纏める。

「うぅ、なんかクロノ君の言葉にとげを感じるよ~っ」
「それはきっと気のせいだ。それよりもエイミィ。なのはがマテリアルを倒したというのなら、闇の欠片の発生率はどうなっている?」

シャマルから齎された情報により、闇の書の防衛プログラムのマテリアルが欠片の発生源である事は分かっている。
ならば、その発生源が抑えられたというのなら結果はついてくるはずだとエイミィに状況を尋ねる。

「えっと、ちょっと待ってね~。
……うわ、すごい。発生速度ががくんと下がってるよ。やっぱりマテリアルを抑えれば今回の事件は解決に向かうって考えで間違い無いみたいだね」

アースラのセンサーが捉えた結果は良しというものだった。
これで、最初に立てた事件解決の仮説は肯定されたという事にエイミィは喜色を浮かべる。

「でも、シャマルを倒したマテリアルはなのはちゃんが倒したのとは違うみたいだし、あと何体マテリアルがいるかっていうのは分からないからなぁ……」

とはいえ、希望は出来ても、あとどれくらいで終わるかというビジョンが見えていない。
ゴールの見えない持久戦は精神力を削る事は分かっている。エイミィは何とかしたいと上がってくる情報を精査するも、結論が出ないというのが現状だ。

「あ、それならわたしが倒した子が、マテリアルは『理』の自分と『力』の雷剣士、それと中枢を担う『王』の三基が居るって教えてくれたよ」
「……随分親切だな」

クロノは自分達の情報をあっさり開示したというなのはの戦ったマテリアルに懐疑心を抱く。
もしや、こちらを混乱させるための欺瞞情報なのではないかと勘繰る。

「うんっ、わたしが言うのもなんだけど、ちょっと言動が物騒だったけど落ち着いた感じの良い子だったよ!」

……勘繰っていたのだが、なのはの笑顔を見ているとそんな自分の考えは的外れなのだと感じる。実際、なのはの対峙したマテリアルは嘘を言っていないのだろうと思う。

ただ、クロノの内心では、なのはの外見で言動は物騒で、落ち着いた感じの良い子というのはイメージ出来なかった。
まあ、砲撃を躊躇なく撃ち放つという観点で言えば想像は出来るが。

「だとするなら、言葉の響きや能力から察するにシャマルを倒したフェイトの偽物が『力』の雷剣士なんだろう。
もう一人、独自の自我を持つ『王』は、誰からの報告が無いから、どんな外見や能力を所持しているかは分からないな」

クロノは無表情で砲撃魔法を淡々と連射する怪獣染みた女の子をマルチタクスの一部を使って想像しながらも、なのはの報告を真実と仮定して、推測を並べる。
マテリアルは、他の欠片と違って強い力を持っている事は分かっている。限りある情報の中でも、少しでも分析して不足の事態を防ぐべく思考を巡らせる。

「う~ん、案外はやてちゃんの姿をしているんじゃないかな?
で、『ふはは~、見よ、まるで人間がゴミ屑のようだ~』なんて言っていたりして」
「なるほど。中枢なら、夜天の主であるはやての姿を象るというのはあり得る話ではあるな。
だがエイミィ。その妙な口調は一体誰だ?」
「誰って、私の予想した王様だったんだけど、変だった?」
「変というか、国を統べるべき王が、そこまであからさまな暴君なわけが無いだろう」
「う~ん、わたしもはやてちゃんがそういう事を言っているのって想像出来ないかも?」
「あはは、だよね~」

三人はそう言って笑っていたが、実際に中枢である『王』はそんなキャラだったという事は、このメンバーには知る由もない。
適当な事を言って、実は真実を射ていたエイミィはある意味凄かった。
まあ、意味はまったく無いのだが。

「さて、情報交換はこのくらいにしておこう。
エイミィ。僕達は次に何処に行けばいい?」

いい具合にリラックス出来たとはいえ、まだ事件は終わっていないのだからとクロノが気持ちを切り替える。
そんなクロノとは長い付き合いエイミィもまた、阿吽の呼吸とでもいうかのようにそれに応える。

「ひとまず、なのはちゃんの近くに大きな反応がもうひとつあるんだ。
さっき、ヴィータちゃんが行ってくれるって話しだったんだけど、まだその結界は解かれていないから、中の様子が分からないんだ」
「わかりました。それじゃあわたしがいきます」
「いや、なのは。君はマテリアルをひとり倒したばかりなんだ。ここは僕が行ってもいいんだぞ」

何の迷いもなく自分が行くというなのはにクロノは待ったをかける。
なのははあくまで現地協力者であり、この案件は自分達、管理局の仕事なのだ。無理になのはに手伝ってもらうのも悪いとの考えだ。

「大丈夫だよ。無理はしていないし、わたしが一番近くに居るんだから、わたしが行くのが一番いいよ」

だが、それでもなのはは自分が行くと言う。
その笑顔を見ていると、反対する気も削がれてなんとなく視線を逸らす。
そんなクロノの反応を見て、認めたのだろうと察したエイミィが話を続ける。

「うん、じゃあ疲れてるかもしれないけどお願いするよ。
他のみんなにも連絡を取るから、なのはちゃんも無茶はしちゃダメだよ」
「うん、わかりましたエイミィさん。それじゃあ、高町なのは、いきます!」

それを最後に、なのはとの通信が途切れる。ここに残るのはクロノとエイミィ。

「……まったく、集束砲は反動が強いはずなのに全然平気なわけがないだろう。
とはいえ、現状なのはに頑張って貰って助かっている部分はあるが……」
「大丈夫だよ、クロノ君。ちゃんとフォローにの手もまわしているから」
「そうか。でも、一応なのはの現在位置の座標を教えてくれ」
「もう、ここは素直になのはちゃんが心配だから様子を見に行くために現在位置を教えて欲しいって言えばいいのに」
「む、ぅ……」

クールぶっていても、やっぱりクロノもお人よしだった。
そんな同僚をからかうエイミィがいた。
相変わらずふたりは仲良しである。


切ったモニターの先でそんなやり取りが行なわれているなどと知らないなのはは、アースラから送られてきた座標へ向けて飛んでいた。
近くと言われていただけあって、すぐに到着すれば、そこには報告の通り、まだ結界が張られていた。

ヴィータが最後に連絡をしてからだいぶ時間が経過しているはず。
それでもまだあの結界はこうしてここに存在しているのだから、中では何かが起こっているはず。

もしかしたらヴィータの身に何かあったのでは?
そう考えて、迷う必要はない。真っ直ぐになのはは結界に突入する。
そして、

「……あなたが『力』の雷剣士さん?」

アースラの通信で、幾度となくその存在が語られていたフェイトの姿をした闇の欠片の凝縮存在がそこにいた。
彼女は何をするでもなく結界の中心で瞳を閉じて佇んでいたが、なのはに呼びかけられてその瞳を開く。

「……いかにも。
そういう君は、闇の書の闇を撃ち抜いた、白い魔導師だね」

そして、その瞳は真っ直ぐなのはの姿を捉えながら口を開く。
なのはは真正面から見て、彼女が友達のフェイトの姿と本当に良く似ていると思った。
フェイトと違って優しさという印象は伝わって来ず、逆に怒りの感情を抱いているように見える。
でも、その奥では寂しそうに見えるところが、本当に良く似ていると思っていた。

「あの、ここにヴィータちゃんが来たはずなんだけど、何処に居るか知ってる?」

「ああ、ヴィータは今僕の中に居る。いや、ヴィータだけじゃない。他の守護騎士達もみな僕の中だ」
「そんな……」

先の闇の書事件では幾度となくぶつかり合ったヴィータの実力を、なのはは良く知っている。
負けるはずはないと思っていた相手が既に負けていたといわれてショックが隠せない。

ただ、実際のところを言えば、彼女とヴィータの戦いは決着がついていなかったのだが、ただ中に居ると言われれば、負けたと勘違いしても仕方がない。

「逆に僕からもひとつ尋ねるけど、君から懐かしい気配の残滓を感じる。
もしかして、他のマテリアルの事を知っているのかい?」
「……うん、わたしの偽物さんは、わたしが眠らせたよ」

彼女の問いに、なのはは隠す事無く応える。
自分の想いの丈の全てをぶつけて勝利を収めた。嘘を吐いたりして誤魔化すような真似をしたいとは思わなかったからだ。

「……そうか、彼女も消えたのか」

なのはの答えに、闇の書の闇のマテリアルは、残りは自分ひとりだけだと彼女は知った。
だが、落胆は無かった。元々、同じ闇から生まれた事は知識の中にあっても、自我を獲得してから実際に顔を合わせた事も無かったのだ。動揺するほど思い入れもなかった。
もしかしたら姉妹と言える間柄だったかもしれない相手が、知らない内に消えていたというのは少し寂しいと思ったが、それだけだ。

「……それにしても、君を見ていると苛立ちを感じる」

だが、それらの理由以上に、なのはに対して抱いていた不快感が、落胆の想いを越えて彼女の中にあった。。
そして、その自身の中に渦巻く負の感情が、なのはに向けて口をついて出る。

「闇の書の闇を撃ち抜いたという事、他のマテリアルを倒したという事もあるが、それ以上に、その僕を見る瞳が癪に障る。
すぐにでもぶん殴ってやりたい気分だ」
「えと、いきなりそんな事を言われても困るんだけど……」

初対面の相手にいきなり嫌われるというのは、なのはとしては辛いものがあった。しかも、その相手がとても親しい友達の顔をしていたら、辛さも倍増だ。
それが、なのはの心に痛みとなって突き刺さる。

「なんにせよ、僕は君が嫌いだ。嫌いだから気兼ねなく倒せる。そして、我が糧とすれば、君に抱く不快感も消えるはずだ」
「……」

なのはは、どうしてそこまで自分を嫌うのかを聞きたいと思った。
だが、もう語る事は無いと言うかのようにデバイスを構える彼女の姿に聞くべき言葉が見つからない。
それに、なのはにも彼女と戦う理由がある。嫌われたままというのは悲しいけれど、それを呑み込むように、なのはもまたデバイスを構える。

「ごめん、わたしもやられちゃうわけにはいかないんだ。
……ねぇ、やっぱり闇の書を復活させるのは諦めてもらう事は出来ないのかな?」
「出来る訳がないだろう。『理』の彼女は消えて、『王』は僕がこの手で倒した。ここまで来て、あの温かな永遠の闇に帰る事を諦めるつもりは無い。
そして、それ以上に僕は僕のために、この心に空いた穴を埋めるために今を戦うと決めたんだ!
さあっ、我が太刀の前に、君は散れッ!!」

実のところ、彼女はヴィータと闇の書の防衛プログラムの中枢たる王との連戦によるダメージが癒えきっているわけではない。今は単に外観だけを取り繕ったという状態だった。
だが、そんな素振りなどおくびにも出さずにデバイスを構える姿は、弱さを感じさせず、勝利を目指す心に満ちていた。

「ああ……なんか、ちょっと安心したかな」

戦闘の意欲をむき出しにする彼女を前にして、なのはは静かに息を吐き出しながら呟く。
油断をしているわけではない。むしろ適度な緊張と弛緩を維持して集中力を高めていく。

「ほんとのフェイトちゃんは、絶対にそんな事言わないから」

なのはの知るフェイトは優しくて強い子。
彼女の言う通り、他の多くの人を不幸にするような事を目的にするわけがない。やろうとするわけがない。

「安心して……、別人と思って戦えるッ!!」

なのはの足元に桜色の魔力光による魔法陣が展開される。
次いで、なのはの周囲に桜色の光球、誘導操作弾の発射体が次々と生じる。

「闇の書を復活させるわけにはいかない。
だから、あなたの事はわたしが眠らせてあげる」

そして、真っ直ぐに彼女の姿を見据えながら、なのはは告げる。
自分の魔法は、相手を倒すためのものではない。悲しみや辛い事、それらの事情から生まれる罪を撃ち抜くためのものだから。
だから、フェイトと同じ姿であっても、みんなに悲しみを齎す彼女の事はほうって置けないのだから……!

「アクセル……シューター!」

お互い、既に戦意を持って対峙している。今更開始の合図など必要ない。
なのはが放つのは誘導操作弾。半年前の魔法を覚えたばかりの頃は三発の同時制御が限界だった。
だが、欠かさず行なってきた鍛錬の成果として、それらは全てなのはの制御下にある。
不規則に揺れながら弧を描いて飛び、彼女に何時襲いかかろうと虎視眈々と狙うかのように、その周囲を舞う。
それはさながら、桜色の軌跡によって形成される牢獄。

その威力はなのはの魔力資質も相まって、下手な防御なら容易く打ち抜き、一撃でダウンさせる事も出来る。
しかもそれが十二発という数の魔力弾に取り囲まれて、彼女は動かずに居た。

「眠らせて“あげる”、だと……?」

だがそれは、『動けない』からではない。
防御魔法を展開するでも、こちらも射撃魔法を使って相殺しようというわけでも無い。
ただ、デバイスを構えたままに佇みながら、なのはの言葉に反感を抱く。
その反感の思いを怒りに変え、その身の内に溜め込むように瞳を閉じる。

「僕はッ、君のその物言いに腹が立つんだよ!!」

そして、今まで自分を抑えて溜めていた憤怒の情を一気に解放、爆発させる。
デバイスに魔力刃を展開させて斧形態から鎌形態に移行させる。周囲を舞う魔力弾を睥睨する。
激情の中でも失わない冷静さを以って、彼女の視線がなのはの姿を射抜く。

その鬼気迫るとも思える彼女の気迫に、なのはは僅かに尻込みしそうになる。
だが、ジュエルシード事件、闇の書事件と幼いながらも次元世界を揺るがしかねないような大事件に真っ向から対峙してきたという経験がなのはにはある。
これくらいで怯んでいられないと、魔力弾を操作して彼女に攻撃を仕掛ける。

──刹那、金色の一閃が桜色の包囲網を切り裂いた。

「え……?」

あまりの速過ぎる彼女の一撃を認識出来ず、金色の光の残滓だけしかなのはの目には映っていなかったのだ。
その光景に、なのはは驚きを漏らしてしまう。

自分が攻撃しようとしたはず。だが、彼女を攻めようとした一部の魔力弾がその一閃によって打ち消されていた。
明らかに彼女の方が後手だったはずなのに、ただ鋭さと速さだけで先手を奪い返していたのだと理解するのに一瞬遅れてしまった。

「はぁぁぁっ!!」

だが、その一瞬の時間でもあれば彼女にとっては十分。
なのはが包囲網に出来た裂け目を補うべく魔力弾を操作するのに先駆けて、彼女はその身を躍らせ包囲網を突き破る。

彼我の距離は、高機動魔法で踏み込むには僅かに遠く、遠距離の撃ち合いをするには僅かに近いという微妙な間があった。
だが、彼女に迷いは無い。最短距離を最短時間で詰めるべく、なのはに向かって一直線に飛翔する。
最初から接近するという一択しかない彼女の判断速度も相まって、通常では考えられない速度で彼我の距離を喰らい尽す。

対するなのはは、即座に魔力弾の操作の大半を放棄し、防御魔法を発動させる。
幾ら彼女の速度が圧倒的ではあっても、魔力弾の飛翔速度に勝ちようはない。すぐに追撃をするべく魔力弾を彼女に向けて放つという選択肢をなのはは持っていた。
だが迎撃しようとしても当たる気が全くしない。避けようとしても避けきれる気がしない。

故に、防御という選択肢をなのは選んだ。
それは、何の根拠はない、ただの勘。

「たぁぁぁっ!!」
「くぅ……!?」

それが、この場において最善の選択だったどうかは分からない。
だが、なのはは五体満足のままにここに立っているのだから、少なくとも間違った選択ではないというのは確かだった。

「眠らせてあげる? ふざけるなッ!!
何でそんなに上から目線で言われなきゃならないんだっ。君はそんなに僕の事を取るに足りない存在だと見下しているのか!?」
「う、くぅ……」

怒りの炎がともった瞳でなのはの事を睨みつけながら、防御魔法越しに彼女はなのはを糾弾する。
その怒りの思いの丈を示すかのように、魔力刃を押し込んでいく。

「それに、別人だと思って戦えるだって?
確かに姿形は借り物さ。だけど、僕は僕以外の誰でも無い。僕を通して他人の面影を追うなっ、僕と戦うというのなら最初から僕の事を見ていろ!!」

さらに彼女は、なのはの防御の上から幾重にも斬撃を見舞う。
彼女の攻撃は確かに軽い。だがそれを補って有り余る鋭さは、防御の上からどんどんなのはの魔力を削っていく。

その圧力の前に、反論する余裕も無いなのはは歯を食いしばって堪える。
堪えながら、破棄していない分の魔力弾を操作して、彼女の死角、背後から急襲させる。

「ふっ……!」

だが、まるで彼女は背中にも目があるかのようにその魔力弾を察知すると、一呼吸の間に、なのはから離れる。
押し込んでいたのが嘘かのように圧力がなくなった事に、なのはは僅かばかりの安堵を抱く。

だが、安心も油断もしていられない。守護騎士達を倒したという実力の一端を垣間見て、余裕を持っていられるはずも無い。
その中で、彼女の言葉に対してそんなつもりで言ったわけじゃないと返事をしたいと思い、彼女の姿を探す。

彼女はフェイトの姿と同様、その魔法資質も高速戦を得意としていると分かった。
なら、ヒットアンドアウェイとして、ここは一旦距離を置くはず。
ジュエルシード事件の際には何度もぶつかり、勝つためにイメージファイトの相手として設定していたフェイトとの戦いの経験から、そうであるとなのはは思った。

《Master!!》

だが、セオリーを気にしない彼女の戦いにヒットアンドアウェイの『アウェイ』は無い。
苛烈なまでに防御よりも攻撃を優先して攻め立てる戦い方をする彼女は、すでになのはの正面から背面に回りこんで、再び魔力刃を振りかぶっていた。

その事にいち早く気付いたなのはのデバイスであるレイジングハートが警戒の声を上げる。
だが、完全に想定外だった彼女の行動を前にして、なのはの反応が追いついてこない。
これは、なのはが遅いのではない、彼女の方が速過ぎるのだ。

防御魔法は一旦切ってしまったため、レイジングハート内に設定されている自動防御の再発動には間に合わない。
そして、既に彼女の刃は振り下ろされている。

《Flash Move》

その中で、レイジングハートは魔力リソースの一部を割いて発動の準備を済ませていた高機動魔法を、なのはの意志を無視して発動させていた。
突然、視界が高速で動いたためなのはは驚き、身体が泳いでしまっていたが、ついさっきまで自分が居た場所を彼女の魔力刃が切り裂いていた事に気付き、冷や汗を流す。
なのはは、咄嗟の判断で窮地を救ってくれた相棒に感謝の言葉を伝えようとする。

だが、口に出して礼を言う暇が無かった。
攻撃を空振りして、それでもすぐに逃す気はないと追撃を仕掛けようと、彼女が真っ直ぐになのはの事を睨みつける勢いで見据えていたからだ。
体勢を崩し、防御しようにも踏み止まれない事は明白。故に防御は出来ず、回避も出来ないという現状で、なのはは操作していた魔力弾を自分と彼女の間に割り込ませる。
狙いをつける余裕も無い。少なくとも体勢を整えるだけのただの時間稼ぎでしかない。

「それがどうしたぁ!!」

それを、彼女は流れるような動きで、襲い掛かる弾体を魔力刃で次々と切り伏せていく。
ひとつ、ふたつと、一連の動きの中で切り捨てる姿は、完全に誘導弾の機動を見切っていた。

「電刃衝!」

そして最後のひとつを、身体を横薙ぎに一転させながら切り裂くと共に、手の中に発生させていた金色の球体を投げつけるようにして撃ち放つ。
彼女の手の内より離れた光球は、その身を鋭利な刃とするかのような鋭さと固さの弾頭と成して一直線になのはに肉薄する。

それを、何とか体勢を立て直したなのはには、再び体勢を崩すわけにはいかないと防御をする。
強力な防御を持つなのはにとって、魔力弾の一発程度で揺らぎはしない。
だが、途切れないラッシュを繰り出す彼女の前に、砲撃魔法のチャージをさせて貰えないどころか、制空権を制する機会が訪れないという現状に危機感を抱いていた。

接近戦のスキルを伸ばしていなかったなのはに、纏わり着くように何処までも白兵戦の間合いで挑みかかってくる彼女に対処が追いつかない。
今もまた、防御魔法を以って彼女の刃を遮る。

「てりゃぁぁっ!!」

そしてついに、彼女の渾身の一撃の前になのはの防御魔法も切り裂かれた。
割れたガラス板のように散る防御魔法の欠片を視界に映しながら、更に斬撃を見舞おうという彼女のその姿に、なのはは咄嗟にレイジングハートを掲げる。

直後、金属同士のぶつかり合う甲高い音が響き渡る。なのはのレイジングハートが彼女の斬撃の進行上に割って入り、阻んでいたのだ。
正直なところ、なのはは狙っていたわけではなく、ただ運が良かっただけの結果。
それでも、まだなのはは無事でいる。互いのデバイスの接触している一点から、込められた魔力が火花のように散りながら、ギリギリの鍔迫り合いを演じる。

「……ああ、僕が君を嫌いな理由を、刃を交えて良く分かった」

至近で彼女はなのはの事を憤怒の情を込めた視線で睨みつける。
静かだが、それでも端々から零れる怒りは確かに込められていると良く分かる声色で言葉を続ける。

「君は僕を切り捨てられるべき存在だと割り切っている。僕という存在をこの世に在ってはならないものだと思っているんだ。
僕はこうしてここに居るのに、僕を認めないと君の瞳が物語るから、僕は君が嫌いなんだ!!」
「そんな事、ないよ!!」

なのははそんな事は思っていないと、押し込まれそうになるのを必死に堪えながら言葉を返す。

「あるんだよッ。君はどうせ僕の事を『フェイトの偽物』だと思っているんだろっ、本物じゃない、ただの幻だと思ってるんだろッ!!」
「それは……」

なのはは彼女の言葉を否定しようとした。だが、出来なかった。
実際、クロノ達と話しているとき、マテリアル達の事を自分達の『偽物』としていた。
そして、その言葉になんの違和感を持っていなかったという自分に気付き、これでは本当に相手の事を見ていなかったのではと、愕然とする。

「僕は偽物なんかじゃないっ、僕は……僕なんだ!!」

鍔迫り合いの圧力が緩んだと思った直後、なのはは腹部に痛みと衝撃を覚えた。それと同時に、なのはの視界が後方に流れていく。
彼女が思いっきり蹴り飛ばしていたのだ。斬撃と比べて威力が更に低いわけではあっても、痛い事には変わりは無い。

腹部を右手で抑えながら、それでも油断しないようにデバイスを構えるなのはだったが、不思議と彼女から追撃が来なかった。
何故と思いながらも、彼女の佇むその姿を見やる。

「……君と刃を交えて、僕が何をしたいのか分かったよ」

何をするでもなく、彼女はそこに居た。

「僕は『僕』を証明するっ。誰も僕を認めないなんて、それこそ認めない。
世界が僕を否定するというのなら、まずはそのふざけた現実を打ち破る!! いくぞ、バルニフィカス!!」

彼女の叫びに応えて、バルニフィカスは形態を変える。それは、フルドライブモードの大型剣形態。
金色の魔力で刃が編まれるよりも早く、一気になのはへと肉薄する。

迫られた側のなのはは、彼女の言葉に動揺をしていた。そのために反応が出来ない。
そんな主の心理状態を理解したレイジングハートは、回避行動も迎撃もできないと判断して防御魔法を展開させる。

「でりゃーっ!!」

彼女は自身を中心に、コマのように回転して大型剣を振りまわす。そして得た遠心力を加えて、その一撃をなのはの防御の上から叩きつける。
それは確かになのはの防御に阻まれたが、そんな事はお構いなしに、その防御ごと丸ごとなのはの事を吹き飛ばす。

「雷・刃・滅・殺ッ!」

掲げる金色の刀身に紫電が落ちる。雷光を迸らせる剣を肩に担ぐように構える。
吹き飛ばされながらも、その途中でなんとか踏み止まったなのはが見上げたのは、そんな彼女の姿。

「極光斬ッ!!」

そして、躊躇なぞ欠片も存在しないその刃は、ただ真っ直ぐになのはに振り下ろされた。
雷速を思わせる速度で迫る刃を前に、なのはにはなすすべがなかった……。









雷刃ちゃん大好きッ、と思ってなのはシナリオを進めてみたら、なのはの物言いにカチンと来た今日この頃。
辛勝でも、『ほんとのフェイトちゃんの方がずっと心も魔法も強いよ』なんて、君はどれだけ雷刃ちゃんを認めないつもりなんだーっ!!
そう思った結果、贔屓補正発動。いきなり種割れ状態になって、終始雷刃ちゃんのターン状態になりました。

これでプロローグに書いたどーでもいい話の挙がった相手へのリベンジ完了。
はやてとも戦っていたけど、アレは、リベンジする戦いだと思っていないので。

そして次回、最終話(予定)です。



[18519] IFシナリオ-最終話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/06/09 17:23

視界いっぱいに広がるのは、金色の閃光が自身に向けて真っ直ぐに振り下ろされる光景。
それを、なのははなすすべもなく眺めていた。

無論として、ただ黙ってその刃を受け入れる気はなのはには無い。
だが、身体が言う事を利かない。心が彼女と戦う事に対して疑問を訴える。

なのはには彼女と戦うだけの理由を見つけ出す事が出来なかった。
もし仮に、彼女が単純に悪人だったり、相手の想いを知るためという理由があったりしたのなら、なのはも悩む事は無かった。いつも通り、全力でぶつかるだけだった。

だが、彼女との戦いは、今までなのはが経験してきた物とは違った。

なのはは最初、闇の書の闇は復活させるべきものではないと理由の下に戦っていた。
闇の欠片が再生させた過去の記憶は悲しい想いばかりだった。だから、その悲しみの原因である闇の書の闇を眠らせれば、これ以上悲しい想いをする人はいないと信じていた。

その前提を覆す存在が、友達であるフェイトの姿を象った彼女だった。

彼女は闇の書の闇そのものと呼べる存在であり、彼女を倒せば今回の事件は終わり。
でもそれは、あの怒りの中にも寂しいとか悲しいとかの想いが込められた瞳をした彼女を切り捨てるという事。

彼女は、闇の書の復活云々よりも、ただ自分はここに居ると一生懸命に訴えているだけの、小さな女の子になのはは感じた。
だから、彼女もまた救われるべき、守られるべき相手なのではないかと思う。

でも、それは出来ない。彼女を放っておくと言う事は、闇の書の闇の復活を認めるという事。
そんな事になれば、今よりもっと多くの人が辛い思いや悲しい気持ちを抱く事になる。

彼女にも幸せに、笑顔でいられる未来があってもいいはずなのにそれが出来ない。
悲しい想いをする人を失くすために、悲しい想いをしている人を救わないという事なんて、あっていいはずが無いというジレンマがなのはに判断を下させない。

全てを救う事は出来ない。この世全てを幸せにする事など出来はしない。
より多くの人を救うために、少数を切り捨てる事という次善の策しかこの世には無い。
その中で出来る事は、可能な限り切り捨てられる少数を少なくする事だけ。
そして今、彼女を切り捨てれば犠牲は最小限で済むと理屈は分かり切っている。

ザフィーラなどは、それらを全て知った上で、それでも彼女と戦う事を決めた。だが、なのはにはそれが出来ない。
なのはは、確かに濃密な戦いの経験を積んでいた。だが、それ以前に小学三年生の小さな女の子。
そんなやるせない現実を、どう足掻こうとも零れ落ちるものを失くす事は出来ないという現状を突き付けられて、はいそうですねと納得出来ないし、したくなかった。

良くも悪くも、なのはは子供なのだ。

そして、その結果が、こうして目の前にあった。
全てを救いたいと願い、『守るべき物』と『切り捨てるべき物』を選ぶ事が出来なかった。
負ける気はないのに、彼女と戦うという選択肢が選べない。一度決めれば、何処までも真っ直ぐに進む不屈の心も、迷いの中で何処へゆく事も出来ない。

彼女を偽物と断じていたときは、こんな迷いなぞ無かった。
でも、もう気付いている。彼女はフェイトの偽物なのではなく、彼女という一個人なのだと。
気付いた以上、彼女を否定するためだけの戦いなんて、なのはには出来なかった。

時間があれば、もっと別の選択肢を見つける事も出来たかもしれない。
だがもう遅い。彼女の極光の刃はもう目の前。考える時間は既にない。
なのはと彼女の戦いは、なのはの敗北で決着がついていた。諦めるわけではない、それでも選択をする機会を逸したなのはには、その刃を受け入れるしか道は無かった。

だから、なのははその瞳を静かに閉じたのだった。

(……?)

斬られると思った。だからそれに伴う痛みに耐えようとした。
だが、一向に痛みや苦しみは訪れない。もしかしたら、それらを感じるより先に意識を失ったのかとなのはは思うが、それならば、今こうして考えているのは何なのか。
それに、痛いどころか、逆に温かくて、安心できるような不思議な感覚に包まれているような気がする。
それが、何なのかと不思議に思って、なのはは閉じていた瞳を開けた。

「なのは……間に合ってよかった……!」
「フェイト、ちゃん……?」

そこには、自分を抱えるようにしながら、心からの安堵の表情を浮かべる友達の姿があった。
なのはは一瞬、状況が理解できなくて混乱する。だが、すぐにギリギリのところでフェイトに助けられたのだと理解出来た。
理解して、気が抜けたのか、上手く身体に力が入らずにフェイトに抱えられたままに居る。
だが、ここは戦いの場なのだ。こんな足手まといでしかない自分を抱えたままでは、フェイトであろうとも、彼女から戦う事も逃げる事も出来ないとなのはは思う。

思って、彼女の方から追撃も何もないという事に気付く。どういう事かと視線を巡らせ、その疑問の答えを知る。

「もう、エイミィさんやクロノ君にも無理したらあかんと言われとったはずやろ、なのはちゃん」
「それでも、高町なのはが無事でよかったです……」

そこに居たのは夜天の主、八神はやて。そして、祝福の風、リインフォースのふたりがなのはとフェイトを庇うように、彼女の前に立っていた。

「……夜天の主とその官制融合騎、今はリインフォースという名前だったか。君達も僕を邪魔しようというのか?」

彼女ははやてとリインフォースと向き合いながら言葉を紡ぐ。
その視線は勝敗の決した相手に割くものはないというかのようになのはに向けられない。
ただ、真っ直ぐに立ちふさがるふたりを見つめる。

「はじめまして、いうんはちょっと変かな?」

まずはと、はやてが挨拶をする。今までの情報から、彼女は他の闇の欠片とは違い、独自の自我を持っている事は分かっている。その上での挨拶だった。
ただ、こうして話をするのは初めてだが、夜天の書が闇の書と呼ばれていた時は、防衛プログラムである彼女もまた常に一緒に居た。
そう思って、なんだかおかしな状況だなと思いながら苦笑を漏らす。

「別に挨拶なんてなんでもいいさ。もしあるとすれば『さようなら』というぐらいなものだろ?」

はやての挨拶に対し、彼女はなのはに向けて振り下ろした、大型剣形態となっているデバイス、バルニフィカスの切っ先を向ける事で返す。
彼女は戦いの中で自身を証明すると既に決めた。もう、ただの言葉を掛けられて止まる気はない、止める気があるなら力づくで来いと態度で示す。

「そんな事を言うな。お前にはお前としての自我があるのだろう。
言葉で想いを伝えあえるのなら、別れの言葉だけの未来以外もあるはずだ」

次いで口を開いたのはリインフォース。もっと別に、今必要な物があるはずだと話す。
自分は永遠の呪いに縛られていると思っていた。だが、主であるはやてや、管理局の魔導師達の力によって、未来を見る事が出来る事を知った。
未来は諦めなければ掴む事が出来る。だから、お前もと、彼女に手を差し伸べる。

「……リインフォース、君はそれでいいだろうさ。僅かな時間であっても、優しい主と一緒にいられるんだから……」

だが、彼女はその手を取らない。俯くようにしながら、静かに語る。
そして、その感情は一気に爆発する。

「僕はただ、自分に掛けられた願いに応えるべく役割を果たしていたというのに、誰からも不要といわれて切り捨てられたっ。
ずっと一緒だと思っていた君や守護騎士達も僕を不要という。そんな僕の気持ちを知りもしないで、今更勝手な事を言うな!!
君達にとって、僕は在るべきではない存在なんだろうっ。僕に居場所はないと言ったのは君達だというのに、そんな綺麗事を言われても白々しい以外の何物でもない!!」

彼女の慟哭を前にして、誰も口を開く事が出来ない。
なのはは、戦いの最中に、彼女の寂しい想いに触れて。
フェイトは、自分が母親に不要と言われた時の悲しい気持ちを思い出して、彼女の想いがこの場に居る誰よりも深く共感を覚えていた。

どうしても彼女が敵だなんて、悪だなんて思えなかった。
だから、彼女と戦うという事がどうしても選べず、何をする事も出来なかった。

「……そか、それが君の心なんやな」

誰も口を開けない。その中で、朗々と言葉が紡がれる。

「わたしもずっと長い間ひとりやったから、独りが寂しいというんはよーわかる。
ごめんな。わたしがリインフォースと自分の事で手一杯で、君の事を助けられんで」

それは、夜天の主であり、彼女のもとのあった場所の所有者の声。
単なる同情ではない。守護騎士を受け入れた優しさで彼女を包み込むようにそこにいた。

「ふんっ、今更謝罪なんかされたくない! 僕は、そんな言葉が欲しいんじゃない!!」

だが、はやてのそんな想いも突き放すとうに声を上げなら、空いている左手を天高くつき上げる。

「闇の欠片たちよ、我が下に集え!!」

左手を掲げ、宣告すると同時に、彼女の周囲に暗い闇の魔力が集まってゆく。それは闇の書の闇の残滓が生み出した欠片達。
その全てを彼女は己が内に取り込み、自身の力の糧とする。

彼女が漂わせる禍々しいまでの濃密な魔力の気配に、なのは達は色めき立つ。
まだ戦う事を決められない。でも、アレは放っておいて良いものではない事は肌で感じて分かる。
今は彼女を止めるべきだと、割り切れないながらも、デバイスを持つ手に力が籠る。

「まって、なのはちゃん、フェイトちゃん」

だが、それをはやては制する。

「あの子は夜天の書が生み出した子や。だから、責任はわたしにある。
だから、ふたりとも手を出さんといて」
「でも……」

はやての真剣な想いを、なのは達は感じとった。だが、それでも相手は強大な力を持っている事は痛いほど伝わってくる。
ここは、みんなで協力した方が良いのではないかと思う。

「大丈夫や。夜天の主には祝福の風がついとる。ひとりじゃないから戦えるんや」

それでも、はやては大丈夫だと笑う。自信を持って、ここは任せて欲しいと笑いかける。

「ふん、羽も揃わぬ子鴉と、その力の殆どを失った融合騎だけで僕に勝てると思っているのかい?」

はやては夜天の魔導をその身に受け継いでいるが、それを運用するだけの経験が足りていない。
リインフォースは、その持っていた力の殆どをはやてに譲り、自身を構成するプログラムにも欠損がある。
言ってしまえば、ふたりとも半人前以下という状態。連携で補うにしても限界がある。

「確かにまともにやろう思ったら、全然勝てる気はせぇへんな。
せやから、まともじゃない手を使わせて貰うで!!」

だが、それでもまだ切れる手札があると、はやては言う。アイコンタクトで、リインフォースに尋ねれば、了解の意志が伝わってくる。
だから、その奥の手をこの場で披露する。

「いくよっ、リインフォース!」
「はい、我が主……!」

「ユニゾンッ」
「『インッ』」

融合騎である、リインフォースの本領を発揮するユニゾン。
だが、闇の書の防衛プログラムを切り離した際、その機能の大半を失ったのだ。
今のリインフォースにユニゾンなぞ出来るはずが無いと彼女は知っているからこそ、その行為に驚きを抱く。

「闇の書の闇の落とし子。お前の想いは良く分かった。だから……」

彼女は失敗すると思っていた。だが、ふたりはひとつとなってそこに居た。
その身の内から膨大な魔力が溢れださせる。髪の毛や瞳の色合いに変化するのを終えて、ユニゾンを成功させたその人が閉じていた目を開く。

「それはまさか……融合騎主体のユニゾン、だと……!?」

風に長い髪を緩やかに靡かせるのは、主であるはやてではない、本来なら主の内にその身を溶け込ませているはずの融合騎であるリインフォースの姿。
そこから、彼女はひとつの答えを導きだす。確かにその方法ならば、機能の大半を失っているリインフォースでもユニゾンする事はできる。

だがそれは、本来の形ではない。いうなれば暴走状態や融合事故、主の身体を乗っ取っているという状態に近い。
ただでさえユニゾンの失敗における影響は死に直結するほどの危険性を孕んでいる。

「お前の痛みも、悲しみも」
『全部、わたしらが受け止めたる!』

それでも、そのリスクを承知の上で、はやてとリインフォースはそれを体現する。
それが、自分達に出来る精いっぱいだと信じて。

「ふん、いいだろう……!」

彼女もまたはやてとリインフォースの決意の程を感じとって、大型剣形態のバルニフィカスを構える。
戦意の高まりに呼応して、その刀身に紫電が迸る。

「我が名は雷光ッ、閃の太刀にて未来を切り開く!!
行く手を阻むというのなら、その全てを打ち破って僕は進むッ!!」

彼女は名乗りと共に、自身の意思を高らかに宣言する。持てる全ての力を以って、この今までで最大の障害を打倒してみせると決意を示す。

「ああ、お前の全力を私にぶつけてみろ!」

対するリインフォースは自然体でありながらも、弛緩も硬直ない。全身に意識を行き渡らせ、いつでも動ける無位の構え。

前置きはない。閃光が弾けるようにして、戦端が開かれた。

先に動いたのは彼女。自身を雷光と称する事に偽りはなしと、金の魔力光の残滓を軌跡として空を翔る。
その身の内に取り込んだ、かき集め闇の欠片が身体を食い破って外に出ようとする悉くをねじ伏せて、己の力と成していた。
今までも十分以上に速かったが、今の彼女はその過去を越える。まさに空を突き破る雷であると思わせる速さ。

一気にリインフォースへと肉薄、一閃、二閃と刃が振るわれる。
魔力のチャージする暇さえ与えない圧倒的なまでの速さ。防御されたとしても、その防御ごと両断する鋭さ。
当然の事として広域型の魔導師のような者は、なすすべもなく敗北する事だろう。

「はぁぁぁっ!!」

だが、今のリインフォースは並などではない。身に迫る刃を、その拳を以って迎え撃つ。
避ける事も防ぐ事も叶わぬというのなら、打倒して弾き返すと言葉ではなく行動で示す。

通常、魔力資質として広域型のような後衛に位置する者は、遠距離からの大火力による攻撃を得意とし、接近戦を不得意としているものだ。
だが、かつては闇の書の意志と呼ばれる者として、そして今は夜天の主と共にある祝福の風として、そんな常識をものともしない。
心優しい主の温もりを胸に抱え、負ける要素など一欠片もありはしないと、リインフォースは一歩も引き下がらない。むしろ前へと進むように拳を振るう。

「うおぉぉぉぉっ!!」
「てやぁぁぁぁっ!!」

互いに一歩も譲らない。死角に回り込むような無粋な真似も無い。
今目の前にあるのは乗り越えるべき障害。逃げる事も回り道もない。ただ全力を以って打ち倒し、乗り越えるものだというかのように真正面から彼女は刃を振るう。
迎えるリインフォースもまた、小細工も弄せずに迎え撃つ。

刃と拳がぶつかり合うたびに、出し惜しみの無い魔力が迸り、周囲を閃光で染め上げる。
弾ける空気と衝撃が轟音となって響き渡り、その身を震わせる。
互角に鬩ぎ合う魔力が生み出す熱量がその空域を包み込み、他者を寄せ付けぬ戦いのフィールドを形成する。

「……すごい」

そんなふたりの戦いを、なのはとフェイトは、ただ眺める事しか出来なかった。
殆どノーガードで打ち合う姿は、見ているこちらの方が精神を削られるような思いを抱く。
互いに目に見えて被ダメージを受けている様子はなくとも、心臓に悪い。

だが、なのはもフェイトもリインフォースの援護をしようなどとは思いもしなかった。

それは、戦いの始まる前に、はやてに任せて欲しいといわれたからではない。あまりに苛烈を極めるふたりの戦いぶりに、介入の余地を見出せないのだ。
なのはもフェイトも、任せて欲しいと言われ、自分達もそれを認めた以上、手を出すつもりはないのだが、それでも本当にいざとなったらどうなるかは分からないと思っていた。
だが、ふたりの戦いは、そんな思いなど容赦なく吹き飛ばす。

何をする事も出来ない、ただ、観客に徹するだけしかなのはとフェイトには許されていなかった。

「砕け散れぇぇっ!!」
「くぁ……!?」
『はぅっ……!?』

そんな中で、幾合ものぶつかり合いを続けていた彼女とリインフォースだったが、その均衡がようやく崩れた。
その時もまた、彼女の刃はリインフォースの拳に弾き返された。その弾かれた勢いのままに彼女は身体を回転、遠心力をも加えて横薙ぎの一撃を見舞う。
リインフォースはその一撃も弾こうとするも、押し負けて吹き飛ばされる。その光景を目の当たりにしたなのは達はこの決定的な場面に危機感を募らせる。

「……おい、君は一体どういうつもりだ!!」

だが、彼女は追撃をせずに怒りのままに声を荒げていた。その表情には不機嫌さがありありと見て取れる。
なのは達には、どうして攻めたはずの彼女の表情が優れないのかが分からないと不思議に思う。
だが、リインフォースはその理由が分かっているのか、特に表情も変えないでいる。

「僕は何度か隙をさらしてしまっていたけど、君はそこを突こうとせずに受けに回ってばかりだっ。
君は本当に戦う気があるのかっ、それとも僕を舐めてかかっているのか!?」

そして、彼女は憤怒の想いを叩きつけるようにリインフォースへ向けて糾弾する。
実際、ユニゾンをしているリインフォースには単純に殴りあうだけでなく、様々な戦うすべを持っているはずだった。
だが、それらを使わないばかりか、攻める事に消極的であると、他の誰でも無い、実際に対峙していた彼女にはそれが分かった。
全力ではあっても、本気で戦っていないリインフォースの行動は侮辱でしかない。
もし本当に全力の戦いであるべきものに手加減を加えていたというのなら許しはしないと彼女はリインフォースを見据える。

「……言っただろう。私達はお前の全てを受け止めると」

そして、彼女の問いに対するリインフォース、いや、はやてとリインフォースの答えがそれだった。

はやてもリインフォースも、最初から彼女を倒す事を目的としていなかった。
ただ、彼女の抱える痛みや悲しみをその身を賭して受け止めようとしていただけだった。
言葉で伝え合い、戦わずに済めばそれでよかった。だが、彼女の想いは言葉にしただけでは晴れない。
ならば、その怒りの捌け口としてこの身で全てを受け止めようと思った。それが、はやてとリインフォースの選択だった。

「……君は、僕の怒りを、……この気持ちを受け切れるとでも思っているのか!?」

はやて達の想いを知って、彼女はその動きを止める。そこを攻めるつもりをリインフォースは持ち合わせていない。

『もちろんや。わたしは夜天の主やからな。泣いてる女の子に胸を貸したるぐらい、どうって事あらへんよ』

彼女の問いに答えたのははやて。その優しさで、彼女を倒すのではなく、逆に倒されるのでもない。第三の選択肢を示した。
はやては今、リインフォースの内に居るため、その表情は分からない。だが、その声から確かに微笑んでいる事は伝わってくる。
そして、リインフォースもまた戦いの最中にあっても、そんな主の想いを代弁するように優しい笑みを浮かべて手を差し伸べる。

嘘や偽りはない。それは彼女に伝わった。本気で受け止めようとしているのだと悟り、俯くようにしてリインフォースから視線を外す。
どちらも動かず、静寂な場に流れる。

「……言ったな、夜天の主」

沈黙を破ったのは彼女の方。俯き表情がうかがえないままに呟く。同時に、その足元に金の魔力光で魔法陣が描き出される。
彼女の纏う雰囲気に穏やかさなど無縁の戦いの空気。

「ならばッ、この刃を手向けとして受けて、ここに散れ!」

そしてあげる視線に籠るのは、紛れもない戦意。
そこまで言うのなら、望み通り全力をぶつける。そして、自分達がどれほど自惚れた事を言ったかを分からせてやると気炎を上げる。
自身の持つ魔力を全開にして、どれほど無謀な事をしようとしているのかを力づくで示す。

『わたしらは死なへん。せやから、思いっきりぶつかってええんやで』
「さあ、お前の怒りも悲しみも、全部私にぶつけてみろ!」

だが、はやてもリインフォースも揺らぎはしない。むしろ、全力を出すというのであれば喜んで迎え撃つと言わんばかり。
そして、その想いに偽りはなしと、はやてとリインフォースもまた魔法陣を展開し、彼女を受け止めるべく魔力を高めてゆく。

その姿に彼女もまた最後の一線を越える。剣を頭上に高く掲げ、魔力のその全てを解き放つ。

「そこまで言うのなら、僕の戦力全開を受けてみろ!!」

解放されるのは闇の欠片達の魔力。だが、それは今までのそれとは違っていた。
主に負の記憶をもとに構成された欠片の持つ魔力は昏い気配を漂わせる物。それが凝縮されて密度を上げていたのだから、呪いを形にしたような禍々しさを持っていた。

その魔力を、彼女は『電気』の魔力変換資質を以って別なものへと昇華する。
闇の魔力が金色の魔力へ、そして轟く雷光となって彼女の力となる。
その心の内にある怒りも悲しみも全てひっくるめて、善悪も関係ない純粋な力へと成す。

「この一撃に、全てを賭けるっ!!」

彼女の魔力を受けて大型剣形態のバルニフィカスもその刀身の煌めきを強く輝かせる。
正直なところ、バルニフィカスは既に魔力許容量をオーバーしている。しかも、リカバリーをしているとはいえ、連戦による影響はその鋼の身の内に降り積もっている。

だが、デバイスである彼もまた、これが本当に最後だと分かっている。故に、限界を超えてなお、魔力をその身の内に溜めこんでいく。
後先を考える必要はない。今必要なのは、生まれた時から共にある彼女の『本当の全力』をその身で体現する事だけ。
そのためだけに溢れだす余剰魔力をも制御する。刀身だけでなくデバイス全身を包み込んで、その身を一振りの剣と成す。

魔力で編まれた刀身は立ち昇る柱かのように極大までその身を伸ばし、まるで天を衝くと言わんばかり。
それは、さながら眩い光そのもので編まれたかのような剣。伝承の中でのみ描かれる英雄が所持するような、神々しさでそこに在る。

「耐えられるものなら──」

そこに禍々しさなど欠片もない。あるのは闇を切り裂く金色の極光。
今の彼女の中に負の感情も一切ない。そんな物は既に剣に込めた。あるのは、全てを受け止めるというふたりに全てをぶつけるという意志だけ。
そして、その意志も剣に込めて、真っ直ぐにリインフォースを見据える。

「──耐えてみせろォッ!!」

持てる全ては剣に込めた。相手は受け止めるといったのだ。避けられる心配なぞない。
ただ、全力で、真っ直ぐにその剣を振り下ろす。

『くるよっ、リインフォース!!』
「はい、我が主……!!」

雷光を伴い振り下ろされる刃を前にして、はやてとリインフォースは逃げる素振りもない。
彼女は全てをぶつけようとしているのだ。ここで逃げたら彼女を裏切る事になる。無茶は重々承知だが、そんな事は瑣末ごとだと切って捨てる。
それに、彼女が魔力をチャージしているのを黙って見ていたわけじゃない。彼女が全力でぶつかるのと同じようにはやて達も全力でぶつかるべく極限を超えて魔力を溜めていた。
はやては魔力制御に全神経を集中させ、リインフォースはその諸手を掲げるようにして身構える。
そして、

「『はぁぁぁぁっ!!」』

振り下ろされる刃を両の掌で挟みこむように、真剣白刃取りにして受け止めた!

「くあぁっ……!?」

押し込まれるところを足元に展開した魔法陣に足をつけて踏み止まり、ギリギリで耐える。
だが、両断されなかったからといって終わりではない。彼女は電気の魔力変換資質を持つ。その剣に宿る眩いまでの金の極光のせいで視認出来ないが、轟く雷もまた剣に宿っている。
リインフォースは耐電のフィールド系魔法をその身に覆うように纏っているが、それでも直接触れている掌から激しい電流が流れこんでくる。
身体を内側から焼き焦がすようなその痛みに、意識が遠のきそうになる。

『熱ッ、痛ッ、でも負けへん!!』

確かに痛いし苦しい。このまま力を抜いて両断されてしまった方が楽になれるのではないかとも思う。
だが、それでもリインフォースは踏み止まる。耳にではなく、意識に直接聞こえてくる優しい主の声に、諦めるという弱気を押し込める。
この優しい主が諦めなかったからこそ、永遠とも思えた闇の書の呪いを断ち切る事が出来たのだ。光ある未来を見る事が出来たのだ。その主は欠片も諦めていない。

だから今も、こうして全力で彼女の全力に抗ってみせるのだ!

「こんのぉ……ッ!!」

本当に受け止められた事に、彼女は驚きながらも、何処か安堵の想いを抱いていた。
自分という存在を、ありのままに受け止めて貰えたような気がして嬉しい想いもあった。
だが、だからといって、それで終わりというわけではない。
既に全力だというのに、それでも更に力づくで振り下ろす剣を更に押し込んでいく。
一体何処までいけるのかと、逆に楽しいと思いながら、その表情は何処までも真剣に、真っ直ぐリインフォースの姿を見据える。

彼女は基本、負けず嫌いなのだ。

『大丈夫か、リインフォース!?』
「無論です、我が主……!」

対するリインフォースは、剣を伝ってくる圧力が増した事に、膝を屈しそうなる。
だが、ここで自分が負けたら、終わるのは自分だけではない。未来ある若い魔導師。優しい主。そして敵対している彼女もその未来も潰える事に繋がると知っている。

機能の大半を失ったリインフォースにはあまり時間は残っていない。そう遠くない未来に機能停止に陥る事は、誰に言うわけではなかったが、公然の事実である。
だからこそ、未来に羽ばたく子供達を見守る事は出来ないまでも、その未来を切り開くぐらいの事はしたい。
そう思えば、まだまだ力が湧いてくる。この程度では負けるわけが無いと、拮抗の状態を維持し続ける。

「おぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁっ!!」

互いに全力。持てる全てを出し切って片や相手を圧倒するべく、片や相手の全てを受け止めるべく力を振るう。
既に思考を挟む余地などない。力のぶつかり合い。そして、

──全ては閃光に呑まれた。

魔力の光は金色と紫かかった黒の二色。
限界を超えた魔力の奔流が全てを押し潰すかのように激しい衝撃を伴って一帯に広がる。
五感は作用しない。何も見えないし聞こえない。感じられない空白の空間に投げ出されたかのような錯覚に、この場に居る全員が陥る。
その中で分かったのは、彼女とはやて達のぶつかり合いに決着がついたという事だ。

……どれくらいの時間が過ぎたのかは分からない。
それでも、五感が回復したその時、そこに彼女達は居た。

「……お前は、強いな」
「当たり前だ。僕は力のマテリアルだぞ」

リインフォースはバリアジャケットが形の意味を失くす程に敗れ、雷の影響か身体の至るところが焦げ付いているという、ずたぼろもいいところの姿。
対する彼女のその身は常と変っていないが、携える大型剣形態であるバルニフィカスは、その刀身が中ほどからぽっくり折れていた。
互いに魔力なんて底をついている。飛行魔法を維持しているだけでもギリギリというほどの状態。

「ふふっ」
「はははっ」

だが、そんなお互いの格好を見て面白いというかのように、自然と笑い合っていた。
彼女達の戦いは、引き分けという決着で終わっていた。

彼女は全力を尽くした。怒りも悲しみも禍根も全て込めた。それを、はやてとリインフォースは受け止めて見せた。
残ったのは清々しいまで空気だけだった。

「ああ、楽しかった。僕がこうして笑える時が来るなんて、思っていなかったよ」
「そうか、それは良かった……」

そう言うリインフォースだったが、限界はすぐに訪れる。ユニゾンが強制的に解かれてしまう。
リインフォースの身体から弾きだされるようにその姿を現し、リインフォースもまた背中に形成していた黒い二対の翼を崩して飛行魔法を維持出来なくなる。
それを、なのはとフェイトが咄嗟に支える。はやてもリインフォースも疲労困憊という様子ではあったが、それでもまだ意識を保ち、そして笑顔を浮かべていた。

「……ねえはやて。君は、僕の事をどう思っている?」

そんなはやての姿を眺めるようにしながら、彼女はぽつりと、一言尋ねていた。
彼女は何かを喋ろうとは考えていなかった。だが、それでも考えを超えて、想いが口から零れ落ちていた。

「どうもこうもない。わたしにとって守護騎士や祝福の風のみんなと同じ、うちの子みたいなもんや」

嘘や偽りなどない、装飾もない純粋な彼女の問い。
そこに込められた真剣さが伝わってきたからこそ、はやてもまた思ったままに口にする。
彼女の事を嫌うなんて事は無い。大切な家族の一員であると。

「ただ、ちょ~っとイジケ過ぎな部分もあったけどな?」
「別に僕はいじけてなんかいない!」

付け加えられた言葉に、彼女は拗ねた表情を浮かべる。
だが、頬に僅かに朱が差しているのを見るに、怒っているというよりは照れているように見える。

そんな彼女の姿に、みな笑顔を浮かべ、逆に彼女は不機嫌になる。
それでも今は、この空気が心地良かった。そう、この場に居る全員が感じていた。

そんな中、映像がぶれるように、彼女の指先が揺らぐ。そこを起点とするかのように、その姿全体が穏やかな光に包まれるようにして崩れ始める。

「ああ、もう時間か……」

彼女は魔力の全てを使い切った。それは、比喩でも揶揄でもない、全ての魔力を使った。
それは、自身を維持するための魔力も使ったという事。その必然の結果が、彼女の消滅という形で表れていた。
後悔はしていない。死力を尽くした戦いの結果だと、揺らぐ想いもなく彼女は受け入れていた。

そう言う彼女の周囲に、複数の魔法陣が展開される。それはそれぞれ、この場に居る魔導師も良く知る者の魔力光で描かれていた。
そして、そのベルカ式の魔法陣の中心には、それぞれ彼女が取り込んでいた守護騎士達の姿があった。

「消えるのは僕だけだ。守護騎士達ははやてに返すよ」
「そんな、消えるだなんて……!」

はっきりと彼女は自分の口から消滅する事を告げていた。
それを聞いて、はやては誰よりも早く反応をして見せる。戦いになったけど、ようやく分かりあえたのだ。
これからだというのに、まだまだ話すべき事はあるはずだというのにという思いが口をついて出る。
それに追従するように、他のみなもまた一様に同じような言葉を紡ぐ。

「いいんだよ、別に。最期に僕が一番欲しかった言葉が聞けた。だから平気だ」

そんな少女達の姿を見て、彼女は自身の心が満たされるのを感じていた。
彼女は自分の居場所が欲しいと、みなに自分の事を認めて欲しいと思っていた。そして、ここに居る全員が、彼女の消滅を憂いていた。
自分の望みが、確かにここにあったのだと分かって、不満があるわけが無かった。

「それに、僕だって未来を諦めるわけじゃない。今は僕も消えるけど、いつかきっと、闇の書の闇としてではなく『僕』として逢えると信じてる。
だから……、大丈夫だよ」

その言葉を告げると同時に、日が昇る。夜が明ける。その朝の煌めきの前にみな、一瞬目がくらんでいた。
「あ……」

そして、その一瞬の内に彼女の姿は消えていた。

それは、本当に一夜の幻であり、夢のようだった。
だが、この場に居るみなは覚えている。


朝焼けを背景に消えゆく彼女が浮かべた笑顔は、無垢な少女のように何処までも澄んでいて綺麗だった事を。



IFシナリオ END











あとがき

『挫ける事もあるだろう、嘆く事もあるだろう。歩みを止めたいと思う事もあるだろう。
だが、それでも道を過たずに、愚直なまでに高みに至る道を前に進め!
たとえ道半ばで倒れようとも、それまでに歩んだ道は、紛れも無い『王道』なのだから……!」

そんな、誰かが言いそうな事を捏造したこの言葉を雷刃ちゃんに送ります。
砕け得ぬ王になる事は出来なかったけど、それでも君の歩んだ道は間違いじゃないはずだから……。

雷刃ちゃんはゲーム中で、
『闇の書』ではなく『夜天』という言葉を使う。
闇の書の復活が目的とは一言も言わず、世に闇を齎すとも言っていない。
『僕“達”も再生できる』と、自分以外の事も気にかけている節がある。えとせとら

書き出してみると、他のふたりとは随分違った内面が見えてくる。
その辺りが上手く表現できていたらいいなぁ、なんて思います。















嘘予告?

わたしの名前は、イリアスフィール・フォン・アインツベルン。

ある日、空から降ってきたヘンテコステッキであるルビーに選ばれて魔法少女(笑)になっちゃった。
そしたら、ステッキのもとの持ち主であるリンさんが現れて、わたしに『奴隷(サーヴァント)になりなさい』なんて言われたりもして。

……そんなイリヤの一夜を明けた朝の目覚めは、割と最悪だった。

夢の中でもそんな現実が悪夢として再現されて、ただでさえ寝不足なのに、気分が悪い。
目を移せば、その辺で寝ているステッキであるルビーの姿を見つけて、アレが本当に夢じゃないんだといやがおうにも理解させられる。

……というか、ステッキなのに鼻ちょうちんを膨らませて寝るとはどういう事なんだろうかが分からない。
まあ、分かろうと努力するだけ無駄だというのも、昨日の内に理解していたのだが。

そんな諸々の現実を見なかった事にして、まずは気分を切り替えるべく朝の新鮮な空気を吸おうと、部屋の窓を開ける。

「……うぅ~、お腹減った~」

そこには、見ず知らずの女の子が干されていた!!

「……」

ガラガラガラ、ぱたん。

とりあえず、イリヤは見なかった事にして窓を閉めた。

「コラーッ、僕の事を無視するなぁーっ!!」
「って、ちょっと待ってよ、何でわたしの部屋の前に変なカッコした女の子が干されてるの!?
ルビーッ、もしかしてあの子もあんたの関係者なの!?」
「あは~、なんだかよく分からないですけど、(わたし的に)面白い事が起こっているみたいですね~」

……それが、世界を異とするふたりの魔法少女のファーストコンタクトだった。


魔法少女プリズマ☆イリヤ VS マテリア☆ライトニング


始まりません(笑)

「大丈夫だよ、はやて。答えは得た。僕はこれからも頑張っていくから──」→はっちゃけ爺さん登場→平行世界に飛ばされる→何故か空中→落下→「なんでさーっ!?」

……うん、よくある話(コンボ)だよね。

とりあえず、ルビーに色々吹き込まれている雷刃ちゃんの姿が幻視できた。


ついでに、余談というか没エピソード。

『わたしは夜天の主やからな。泣いてる女の子に胸を貸したるぐらい、どうって事あらへんよ』
「ふん、君の胸なんかぺったんこなんだから、貸すものなんかないじゃないか!」
『何をーっ、確かにわたしのおっぱいは無いけど、今はリインフォースとユニゾン中や。おっぱいもボインボインやから問題あらへん!』
「確かにリインフォースのおっぱいは大きいけど、それは夜天の主である君は関係ないじゃないか!」
『わたしのおっぱいは成長期なんやーっ!」

「あの、我が主。おっぱいとか連呼されるのは恥ずかしいのですが……」

シリアスなあの空気の中に、こんなやり取りを入れられるほどの勇気は自分には無かったです。
ポイントは、恥ずかしがっているリインフォースですね。



[18519] IFシナリオ-最終話B
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/06/11 20:07

「僕が一番欲しかった事を聞けた。だから、大丈夫だよ」

そう言って、彼女は微笑む。
そこには悔恨も後悔もない。ただ、心の中から零れ落ちた純粋な笑み。

闇の書の闇としてではない。『彼女』という一個人は、満足の中に居た。
自身を維持するだけの魔力を失い、それに伴って崩れゆく自身の身体。

それでも彼女は、心の隙間をようやく埋める事が出来た。その充足感が、彼女に笑みを浮かべさせていた。
この『心』を抱いていられるなら、消えるのも怖くないと、その定めを受け入れていた。

「ダメっ、そんなのはあかんっ!!」

だが、そんな彼女に対して、真っ先にはやてが消えてはいけないと声を上げる。
確かに戦う事になった。でも、それを乗り越えて分かりあえる事が出来たのだ。
一週間前のあの時は、自分とリインフォースの事だけで精いっぱいで、闇の書の闇と呼ばれた防衛プログラムを切り捨てる事しか出来なかった。

だが、今はこうして言葉を交わせている。想いを知る事が出来た。だからこそ、今度こそ彼女も救われるべきだと想いをぶつける。

「……わたしも、母さんに要らない子だって言われて、凄く悲しかったし辛かった。まるで、世界中の全部から否定されたような気がした。
だから、君の悲しいと思った気持ちも痛いくらい良く分かる。でも、だからこそ、ここで消えて欲しくない。
わたしはなのは達と出会って、新しい自分を始められた。だから、君も新しい自分を始められるはず。だから、消えるなんてダメだよ……!」

「……わたしは、自分で気付いていなかったけど、あなたの事をフェイトちゃんの偽物だと思っていた。
でも、あなたはフェイトちゃんじゃなかった。わたしはあなたの事を知らないで、勝手な事を思っていた。
だから、あなたの事をもっと知りたい。友達になって、これからもずっと一緒に居たいと思うよ!」

「私は、ここに居る我が主や、皆のおかげで救われたのだ。そして次は、お前の番だ。
他の誰かがお前を呪いと呼ぶのなら、私はその迫害からお前を守ろう。夜天の書と共に在る祝福の風は、お前にも吹くのだ」

はやてが、フェイトが、なのはが、リインフォースが。
誰もが、彼女の消滅を望んでいなかった。みな、彼女の生存を望んでいた。
その想いを一身に受けて、彼女の瞳から涙がこぼれる。
誰からも呪われた存在だと言って不要と言われ続けて、そして今、自分の事を必要だと言われて、嬉しくないわけが無い。

だが、彼女はそんなみんなに対して静かに首を振るだけで応える。
既にコア崩壊は始まっている。今更止めようとしても止まるものではないし、満足している以上、これ以上望む物はないと言葉もなく示す。

「今の僕は消えるけど、いつかきっと、闇の書の闇としてじゃない『僕』として逢えると信じている。だから……」


今はさようなら。


消えた後の事なんて、分からない。本当のところを言えば、転生プログラムもない以上、消えてしまえばそれで終わりだ。
でも、それでもごくわずかでも可能性があるなら、偶然に偶然が重なって、また巡りあえる奇跡が起きるかもしれない。
それだけの希望があれば、笑って逝ける──

「何時かなんて関係ないっ、わたし達は『今』君に居て欲しいんだよっ!!」

身体を描く輪郭は揺らぎ、消えるだけだった。
だが、その瞬間、温もりに包まれるのを感じた。何が起こったのかと思うが、すぐになのはに抱きしめられている事をしる。

別れの言葉のすぐあとに、完全にその身体は崩壊するはずだった。
崩れようとしている彼女の身体は、揺らぎの中でも停滞を見せる。

「魔力が足りないって言うなら、わたしの魔力をあげるっ。
君の事を偽物だと否定しようとしたわたしの事は嫌いかもしれないけど、でもっ、今ここに居る事を諦めないで……!」

なのはから流れ込む優しい魔力が、彼女の崩壊を押しとどめる。
魔力の枯渇が消える要因だと言うのなら、それを補えば良いと魔力が彼女の身体に流し込まれる。

理屈で分かって、そうしたわけじゃない。
でも、自分に出来る何かを必死に探して、それで思いついた事を実行しただけだが、それでも消えるはずだった彼女はまだここに居た。

「君はひとりなんかじゃない。みんな居るから、だから、全てひとりで抱え込んで消えるなんて事をしなくても、なんとかなるってわたしも思うから……」

そして、なのはの反対側から、フェイトも彼女の事を抱きしめる。自身の魔力をわけ与える。
人の温もりは、こんなにも温かいのだと知って欲しいと言うかのように、ふたりの少女は彼女を抱きしめる。

「……君達の気持ちは嬉しい。でも、もうコア崩壊は止まらないから、魔力を供給されても、もう無理なんだよ」

彼女は、初めて触れた人の温かさに、笑顔が歪む。もっと、この温もりの中に居たいと言う思いがその胸の内に湧き上がってくるのを感じて、笑顔を浮かべていられなくなる。
だが、現実として、すでに手遅れなのだ。

今でこそ、身体の崩壊は停滞をして見せているが、それだけだ。揺らめく身体はもとには戻らない。
なのはとフェイトから齎される魔力が、彼女の身体を維持はしているが、それ以上の事が出来ていない。

ふたりの魔力供給が途絶えれば、次の瞬間、彼女は消滅する。
供給される魔力は彼女の内には溜まらず、垂れ流されている状態。そして、なのはとフェイトも魔力を無限に保有しているわけじゃない。限界はすぐに来る。
そんな無駄な事をしても意味はないからと、彼女はふたりの事を押し退けようとする。

「この期に及んで、まだヒネタ事を言うんやない。
わたしらの事はどうでもええ、わたしらは君の本当の気持ちが知りたいんや」

だが、そんな彼女の行為を、はやての言葉が遮る。
見れば、はやてはリインフォースと支え合うようにして、やっとこの場に立っている。
僅かばかりの時間で回復した、スズメの涙ばかりの魔力をやりくりして飛行魔法を発動させている。

「僕は……」

余裕は欠片もない。だが、そんな自分の事よりも、今は彼女の本当の想いを教えて欲しいと、はやてとリインフォースは彼女の事を見詰める。
真っ直ぐなその想い、肌に感じるそのぬくもりに、彼女は満足だと思って押し込めていた想いが零れ落ちる。

「僕だって、本当は消えたくなんてないっ、もっとみんなと一緒に居たいっ。
でもっ、僕は僕が消える事を止められないっ、どうしようもないじゃないかっ!!」

もう、彼女の表情に笑顔は無かった。ただ、慟哭を上げるかのように泣きじゃくる女の子の姿がそこにはあった。

心の隙間は埋められ、満足したというのは嘘じゃない。このまま消えても構わないと思っていたのも本心だ。
でも、こんなに優しい人や想いに触れて、新たな想いが芽生えていた。もっと一緒に居たいと言う願いが彼女の心にあった。
それが、本当の彼女の想い。堰を切ったように溢れだす。

だが、それは叶えられる事はないとも、同時に知っている。
単純に魔力は足りない上、既に崩れた自身を構成するプログラムは戻らない。
そもそも、防衛プログラムの断片の中枢は、彼女自身の手で破壊していた。もう、施せる手など残っていない。
だから、諦めるのではなく、受け入れようと心に決めたのだ。

「……アホかてめーは」

声が聞こえた。それと同時に、なのはとフェイトを含め、彼女を包み込むように、ベルカ式の魔法陣が翠色の魔力光で描かれる。

「てめーはあたしがぶっ飛ばす。その前に、勝手に消えてんじゃねーよ……!」

意識を回復させたヴィータが彼女の事を睨みつけるようにしながらそこに居た。
すぐ隣には癒しの魔法を使うシャマルが、ヴィータとシャマルを支えるようにザフィーラがそこに居た。

実のところ、状況は正確に把握しているわけじゃない。どうして彼女が消えるのを、皆が必死になって抑えようとしているのかを、三人は知らない。
だが、魔力リンクで感じていた。主が彼女を救おうとしているのだ。
ならばその想いに応えるのが守護騎士の役目。故に迷う事はない。守護騎士達も全力を尽くす。
そのためには意識を失ってなんかいられないと、そこに居た。

「どうしようもない、なんて事はどうでもええ。
泣いてる女の子が居たら全力で助けるだけやっ。せやから、安心してわたしらに任せときっ!」

そんな守護騎士達の援護を嬉しく思いながら、はやては改めて彼女に手を差し伸べる。
みんなここに居るんだから、安心してこの手を取っていいのだと微笑みかける。

「僕は……、居ても、いいの……?」

そして彼女は戸惑いながら、はやてを見返す。すぐそばにあるなのはとフェイトの顔を、周りにいる守護騎士を、ここにいる全員のその姿を順番に見ていく。

「ここに居たいと思うか否か。その答えはお前の中にしか無い。
お前は『お前』以外の何者でもない。お前が本当に望む物は、言葉にせねば我らには分からぬ。
だが、ここに居る全員は、お前が此処に居たいと望むのなら喜んで受け入れるという事だけはゆめゆめ忘れるな」

みんな、まっすぐに彼女見ていた。誰もが彼女の生存を望んでいた。
言葉は無くとも、その想いだけは確かに彼女に伝わってきた。

そして、ザフィーラは、何時か尋ねた質問の答えを改めて求めた。
拳と刃を交えて、僅かにも感じた彼女の想い。
闇の書から零れ落ちた防衛プログラムの断片としてではない、彼女自身が本当に何を望んでいるのかと。

以前の彼女は、その問いかけをうるさいと言って撥ね退けた。
だが、今はもう、その心に怒りも悲しみも憎しみもない。彼女の心を偽るものは何もない。

「……僕は、みんなと一緒がいいっ。もう、ひとりになんてなりたくないっ、ずっと一緒だったんだから、これからもずっと一緒にいたいよ……!」

だから、彼女はその想いを、涙ながらに訴える。心から望む、彼女の本当の気持ちを……。

「うん、ならずっと一緒にいようね……?」

そして、後に闇の欠片事件と呼ばれる、今回の騒動は幕を閉じた。
最後の言葉は、誰のものだったのかはわからない。
分かる事は、皆の想いはひとつだったと言う事と、身体が崩れゆく彼女の身体が、光に包まれていたという事だけだった。






エピローグ


「こらてめーっ、またあたしのアイスを勝手に食べただろ!?」
「うるさいぞっ。冷蔵庫はみんな共用の物なんだから、その中に入っているアイスも誰か個人の物ってわけなないだろ!!」
「バカのくせに正論っぽい屁理屈言うんじゃねーよっ。アレはあたしが自分で買って楽しみにとって置いたやつなんだよっ!」
「僕はバカじゃないって言っているだろっ。そんなに大事なら名前で書いておけばよかったじゃないかっ、このチービッ」
「なんだとぉっ、このバカバカバーカッ!!」
「やるかぁっ、このチビチビチービッ!!」

……彼女は現在、八神家に暮らしていた。
本来消えるだけしか無かったはずだが、確かに彼女はここに居た。

後の調査で、クロノ曰く、

『現象としては、今の彼女は使い魔という状態に近い。
瀕死の“防衛プログラムの断片”に“彼女”という擬似魂を憑依させ、“一緒に居る”という条件付けで定着・情報の上書きをさせたようだ。
故に、今の彼女は闇の書の闇とは別モノとなっているし、夜天の書の守護騎士とも違う存在となっている。
まったく、本来使い魔を造るという魔法を使ってもこんな現象は起こらないはずなのに、一体どんな奇跡が起きたっていうんだか……』

との事らしい。

「そこまで言うなら表に出ろッ、何時かの決着をつけてやるよっ」
「ふんっ、僕より弱いくせに良く吠える。いいだろう、君なんか速攻で返り討ちだッ!!」
「誰がてめーより弱いだっ、あの時だってあのまま戦ってりゃあたしが勝ってたんだ!!」
「そんなわけあるかっ、力のマテリアルである僕が負けるわけがないだろ!!」

ついでに言うと、彼女は使い魔であるのだから、当然主に該当する人物が居るはずなのだが、当時に複数の人物の魔力が混在していたため、誰が主か分からないらしい。
そのため、彼女は何処に住むか、責任者などの問題もあったが、色々と協議の結果、今は八神家の世話になっているという話だ。

さらに補足説明をすると、彼女の身の上は管理局には『フェイト・テスタロッサと同様、プレシア・テスタロッサの造ったアリシアのクローン』と報告してある。
これは、リンディ・ハラオウンをはじめとした人が情報操作をした結果だ。

闇の書は、今までに多くの悲劇を齎し、憎しみの対象とする人が次元世界には多くいる。そして、その罪そのものともいえる防衛プログラムである彼女は、非常に不味いものがある。
故に、彼女の事は闇の書の闇とするより、『クローンとして生み出された』とした方が世間の風当たりは大分違う。
そういった思惑の上で、色々と権力やコネなどを使って情報を操作したらしい。

彼女は自分が防衛プログラムのマテリアルだと言う事に誇りを持っているのだが、その辺りの説得は、翠屋のケーキを餌に釣ったとかなんとか……。

「こらーっ、ふたりともケンカしたらあかんよ~」

「ちっげーよっ。このバカがあたしのアイスを食ったのがわりーんだってば、はやて!!」
「騙されるな、はやてッ。言いがかりをつけて来たのはこっちのチビの方だ!!」

「う~ん、このまま仲良くせぇへんって言うなら、ケンカ両成敗って事でふたりとも一週間おやつ無しって事になるけど、それでええか?」

「あっはっは~、何言っているんだよはやて。あたしとこいつはすげー仲良しじゃんか!」
「そうだぞ、はやてッ。証拠にこうやって一緒に踊ったりもするんだぞ!」

とはいえ、そんな裏事情よりも、今はこうして笑って居られるのが一番良い。
それ以外の事はすべからず重要ではない。

「……それにしても、この家も騒がしくなったものだ」
「ふふ、でもヴィータちゃんもなんだかんだで一番あの子と仲良しで楽しそうよね、シグナム」
「そうだな。私は、この光景がとても尊いものだと思えるんだ」
「リインフォース……。ああ、私もそう思う。これこそが、我ら守護騎士が守るべき光景なのだろうな」

未来は、これからも続いて行くのだから。
辛かった過去の想いも、断ち切るのではなく、受け入れて進めるだけの強さも優しさもここには在るのだから。




IFシナリオB END










赤青エターナルロリコンビ。爆・誕!!

雷刃ちゃんが大人に成長? あはは、そんなのあるわけ無いじゃないですか。
なんて言ったって雷刃“ちゃん”なんだから!

そんなわけで、ちゃっかりあった雷刃ちゃん生存ルート。
AエンドとBエンドで、どっちが真エンドかの判断はみなさんにおまかせです。


そして、ここまで書いて問題が発生。それは、

『どのシナリオの続きを書こうか決められない……!!』

という事です。選択肢としては

① 当初の予定通り『魔王少女リリカルStar light』の星光さんシナリオ再開。
② 雷刃ちゃんINプリズマ☆イリヤ。タイプムーン板に突貫です!
③ いやいや、我らがヒーロー雷刃ちゃんの生存シナリオの続きを……!

の三択です。滑りまくりの王さまシナリオはまったく思いつかないので無しです。
自分的にはどれも面白そうで、書きたいと思うんですが、時間とか時間とか、あと時間の都合により、どれかひとつで精いっぱい。

まあ、もうひとつ投稿してあるSSを、区切りが良いところだしなと、更新を諦めればもうひとつぐらいいけそうだとも思うわけですが……。
そんな諸々なので、ご意見を聞かせていただきたいと思った所存です。

とりあえず、次回に雷刃ちゃん生存シナリオの番外編をかいて、一区切りです。



[18519] IFシナリオ-最終話B 後日談兼番外編
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/06/16 19:37

それはある日の事。

喫茶翠屋のドアに備え付けられたベルを鳴らして現れたのは、青い長い髪をツインテールに纏めたひとりの少女。
それは、かつて闇の書の闇と呼ばれた防衛プログラムの断片データが、現存する魔導師の姿と力を象って顕現した存在。
紆余曲折を経て、今は防衛プログラムの断片としてではなく『彼女』という一個人としてこの時を生きる少女。

名前は『ライ』

本人は当初から『雷光』と名乗っていたのだが、それは女の子の名前としてはどうだろうという事で、みんなで新しく名前を考えようという話になった。
だが、船頭多くて船、山に登る状態になって一向に決まらず、結局は本人の名乗りに準じて『ライトニング』が名前、通称『ライ』になったらしい。(苗字に関しては未定)

「僕は今日から翠屋の子になる!」

そんな彼女がここ、喫茶翠屋に現れたのはまだ開店前というこの時間。
大きな荷物を抱えて、いかにも『家出してきました』という風貌のままに、開口一番がそれだった。

翠屋の面々からしても、いきなりそんな事を言われても、状況は分からない。
それ以前に、翠屋は高町家の夫婦が経営している喫茶店ではあるが、住んでいる家は別にあると彼女も知っているはずなのに、何故翠屋の子になるというのか?

様々な疑問を巻き起こしながらも、分かった事といえば、とりあえず彼女は至極真剣だという事ぐらいだった。



 ◇


事の発端は、八神家での朝食における何気ない会話。

「おめーも一日中遊んでないで、たまには働けってんだよっ」

そんな、ヴィータの一言だった。
朝食も食べ終わり、みなそれぞれにのんびりとした時間を過ごしている最中だった。

「なんだよ、そんな事を言ったら、ヴィータだって似たようなものじゃないか」
「あたしらは管理局の手伝いとかしてるってーのっ。なんだったらあたしが口利きしてやっから、おめーもちょっとは世の中に貢献しろってんだよ」

「ヤダ。僕は管理局なんかで働きたくなんか無い」
「なんだよそりゃ。それは単なるてめーの我が侭じゃねぇか!?」

ヴィータの申し入れにも、彼女は即答でそっぽを向く事で応える。
そんなシンキングタイムゼロのリアクションに、せっかく自分が譲渡した態度で臨んでやったというのにという思いで、ヴィータはカチンとくる。
まあ、他の人から見れば、どこが譲渡しているのか、という話ではあるが。

「まあまあヴィータ。怒ったらあかんよ?」

だが、そんなヴィータをなだめるようにしながらはやてがふたりの間に割って入る。
彼女とヴィータが言い争いをして、その間にはやてが入るというのは、八神家ではよくある光景であると、他の守護騎士達も特に何も言わず見守っている。

「あのな、ヴィータはああ言うとるけど、ほんまはライと一緒に働きたいって言うとるんやよ?」
「なっ、ちょ、……ち、ちっげーよ、はやてっ!!」

はやての彼女を諭すような言葉に反応をして見せたのはヴィータ。
若干頬に朱が差している辺り、照れているというのが丸わかりだ。

「……守護騎士のみんなが管理局に協力するのは義務なんだろうけど、僕にはそんな責任はないんだから、僕が何をしていようと勝手だろ」

だが、そんなヴィータの反応に対しても、彼女のそれは何処か冷めたようなものだった。

「そして、僕は管理局は嫌いだ。あんな、夜天の書は良いけど、防衛プログラムである闇の書の闇は絶対悪ってしか見ていないような連中と一緒に働きたくなんてないねっ」

元々、闇の書の闇そのものと呼べる存在であった彼女は、防衛プログラムの事を悪だとは思っておらず、その犯してきたとされる罪もまた、罪だとは思っていない。
ただ、自分は自分の存在意義を全うしていただけ。そこに善悪の意義を挟む余地はない。
そこに悪というレッテルを貼ったのはほかならぬ管理局だと彼女は認識している。

確かに、多くの人を死なせたし、不幸を巻き起こしたという事は理解している。だが、それでも彼女は考えを変える気はない。
彼女の存在を認めた人達は、彼女の事を肯定はするが、闇の書の闇である防衛プログラムを肯定するという事にはならない。あくまで彼女一個人を認めているだけ。

闇の書にまつわるそこにある禍根や事実がある以上、それはある種当然ともいえる事であり、むしろ防衛プログラムの断片であった彼女を認めるという方が状況としてはおかしい。
彼女の存在は例外としても、誰もが闇の書の闇である防衛プログラムは忌むべきものだと思っているというのが実情であり、覆す事も実質的に不可能。
なら、せめて自分だけでもその存在を認めていたい。
別に、悪を容認するわけじゃない。ただ、本当は悪と呼ばれるようなものじゃなかったと弁護したいだけだ。

だが、管理局としては既に過去の物となった事を今更掘り返しても益は無いと言うのが本音であり、むしろ、悪は滅びたと断じてしまった方が後腐れもなくて都合がよい。
その辺りが彼女とそりが合わないから、彼女は管理局とは相容れない思いでいるのだ。

「そんな事あらへんよ。ほら、リンディさんとか、クロノ君とかはライが悪いように見られないよう、色々と取り計らったりしてくれとったやろ?」
「……リンディとかクロノは、まあ嫌いじゃないけど、でも、それが管理局っていう組織と好感度がイコールで繋がるなんてわけがない」

自分は譲りたくないと思い、管理局にはそもそも譲る意味も理由もない。その違いが軋轢となって、彼女と管理局の間に横たわっている。
それは、無理に埋めようとしても余計にこじれる可能性がある。だから今は、焦らずに相互に理解を深めていくという段階。

すぐに納得は出来ないだろうが、彼女の心の整理が着くまでは、管理局とは距離を置いた付き合いをするべきだというわけで、彼女の身柄は管理外世界の家庭の預かりとしている。
そう取り計らってくれた人達に、彼女は感謝の想いはある。

だが、逆にいえば、その人達もまた彼女は少なくとも今は管理局と距離を置いておいた方が良いと判断したという事でもある。
そういう考えを汲む意味もあるのだから、やはり今は管理局に協力する事は出来ないと考えている。

断じて、何も考えずに、自身の感情だけで管理局を拒否しているわけではない。

「……ああ、てめーの言いたい事はわかったよ」

ヴィータもまた、常々彼女のをバカと呼んでいるが、本当に彼女が考えなしだとは思っていない。
直感が判断の大部分を占めるが、むしろ頭の回転は速く、頭は良い方だと理解をしている。
だから、これ以上に無理に誘っても余計な軋轢を生むだけだと分かっているからこそ、これ以上の追及を打ち切る。

「でも、それじゃあてめーは、結局のところはただのニートには変わりはねぇって事じゃねぇか」

ただし追求はしなくても追撃はする。
何故ならそれがアイデンティティというかのように、ヴィータは彼女の事を鼻で笑う。

「なんだとっ、僕の事を単なる穀潰しだとでもいうつもりか!?」
「はっ、事実じゃねーか!」

そして、打てば響くといわんばかりに、いつも通りにケンカを始めるふたり。
そんなふたりの事を、はやては困ったものだと苦笑しながら見守る。

はやては、自分とヴィータは家族ではあっても基本は主従の関係であり、友達付き合いをするような間柄ではないと知っている。
守護騎士というあり方から、見た目に見合う友達が作りにくいヴィータが、こうやって自分の感情を全力でぶつけ合えるような相手が出来て嬉しいと思う。

「まあライもなんやかんだで、生まれたてやからな。
夜天の主として、色々と面倒みるんはわたしの役目やから、別にうちでのんびり過ごしていても、それで別にええんやよ?」

はやてとしては、彼女の事も家族として受け入れたいと思っている。
だが、彼女は『みんな』と一緒に居る事を望んでいる。それは家族という枠組みに収まらない、もっと広いコミュニティーの意味合いでの『みんな』だ。
今でこそ八神家の預かりになっているが、家族としてではなく友達としてここに居る。
それは、はやてからすればちょっと寂しい部分もあるが、客分扱いもする気はないのだから、気兼ねなく過ごしてくれれば良いと口にする。

「ちっがーうっ。僕は別にはやての世話になる必要なんてないんだっ。その気になれば、ちゃんと独立して生活も出来るんだぞ!」
「はいはい。せやな~」
「ふ~んだっ、そこまで言うなら、僕にだって考えはあるぞっ」

だが、どうやら今回はその想いがズレて彼女に伝わってしまったらしい。
いきなり会話を打ち切るとあわただしく部屋を飛び出して行ってしまった彼女を止める暇も無かった。

「こんな家なんか出てってやるっ、本当だぞ、本当に僕は出てってやるんだからんっ。今更止めたって遅いんだからな!!」

そして、自分に割り当てられていた部屋からフェイトから貰った衣服を詰め込んだバッグを抱え、再びリビングに姿を現した。
そして、ビシリと指をさしてこの家を出ていく旨を宣告する。
ただ、その割にはちらちらとはやて達の様子を窺うようにしていたが。

「うん、車とかには気をつけてな~。それと、ちゃんと夕飯までには帰ってきてな。
知らない人にお菓子をあげる言われてもついて行ったらあかんよ?」
「僕を子供扱いするなーっ。ちっくしょーッ。こうなったら、僕はそこのニート侍とは違うって事を見せてやるー!!」

だが、予想していたリアクションが貰えなかった彼女は、結局はそんな捨てゼリフを残して再び部屋を飛び出していた。
今度は玄関から出て行ったような音がしたあたり、本当に出て行ったらしい。

「ニート侍、だと……?」
「だ、大丈夫よ、シグナム。わたしだって家事のお手伝いをしてるけど、肝心のお料理は全然はやてちゃんにさせてもらえていないものっ」
「そうだぞ、将。私は我が主に魔導を伝える役目を自負しているが、この弱った身では労働に身をやつす事も叶わないのだ。現状、一番世話になっているだけなのは私だ」
「私も、主の犬を飼いたいという意向に応えるために狼の姿で日常を過ごしているが、結局、主の昼寝のまくら代わりにしかなれていたのだ。お前が気に病む事はない」

「う、うぁぁぁっ!?」

……そして、会話に参加していなかったはずの某・騎士が、守護騎士の中で自分が一番八神家に貢献度が低いのではと、精神的にダメージを負っていたとかなんとか。






「まったく、はやてだって子供なのに僕ばっかり子供扱いするなんて、一体どういうつもりなんだかだよっ」

桃子の用意したお子様ランチをパクつきながら、不平不満という名の文句を延々と垂れ流す彼女を前にして、士郎と桃子も大体の事情は把握出来た。

「なるほど、つまりは自分も働く気になれば働けるという事を証明して、はやてちゃん達を見返してやりたい、というわけなんだな?」
「うん、さすがは士郎。話が早いねっ」

士郎は、自分の問いに首肯してみせる彼女の姿に、だから高町家ではなく翠屋の方に来たのだと、ようやく合点がいった。
まあ、自分が大人だと証明したいと言いながらも、先程の出されたお子様ランチに目を輝かせていた姿を思い返すと、彼女は背伸びをしたい子供そのものだと、微笑ましく思う。
そこは表情に出したら彼女の機嫌が急降下するのは目に見えて分かるので、なんとか表面上は取り繕っているが、何となく彼女を見る目が優しいものになってしまう。

ちらりと息子の恭也を見れば、八神家に電話を入れたらしく、うなずいてみせていた。
どうやら、今回も家族公認の家出だという事を、苦笑気味な表情をみてそれを悟る。
その上で、この場はどうするべきなのかを思案を巡らせる。

「だからうちの店で働きたいという事は分かったが、……正直なところ、君をアルバイトとして雇うのは無理があるな」
「なんだとっ。一体何がいけないっていうんだ!
……はっ。まさか君達も僕の事を頭が悪そうとか、そういう言いがかりをつける気か!?」

まあ、実際にはヴィータしか彼女をバカ呼ばわりはしていないのだが、それでも自分はバカじゃないと憤りを見せる。
そんな彼女の考え至った内容に、困ったように顔を見合わせる高町夫妻。
思わず苦笑いが浮かんでしまうのだが、それでも人の親である身。桃子は彼女に視線を合わせるように屈むと、ゆっくりと諭すように口を開く。

「そういうわけじゃなくてね。あなたみたいな小さい子を雇うのは労働基準法にひっかかるのよ。
一応『お手伝い』レベルなら色々と誤魔化せるけど、あなたは働いてお金を手に入れたいんでしょう? そういう意図だというなら、難しいというのが正直なところなのよ」

実際には保証人やら色々在るのだが、一時期は彼女を高町家で預かるという案も出ていたくらいなので、士郎達もその身の上は聞き及んでいる。
故に、あえてその辺りはぼかして話をしていた。
まあ、雇う事は出来なくとも、この家出少女が落ち着くまでしばらく家に泊める事も構わないとは考えていたが。

「なるほど、なら僕が『小さく』無ければ問題は無いってわけだね?」
「む。まあそうなるわけだが……」

さてどうしようかと思っていたところで、ふと彼女がそんな事を言ってきた。
だが、士郎達からすれば、常識的に彼女が急に大きくなれるわけがないと思う故に、彼女のその言葉に戸惑いを見せる。

だが、彼女は(一応)魔導師であり、管理世界外であるこの次元世界での常識にとらわれているわけではない事を失念していた。

「いくぞっ、バルニフィカス! へ~ん……」

彼女はおもむろに台座に宝石を据えられたような蒼いアクセサリーを取りだすと、自分が座っていたイスに飛び乗り、バイクで颯爽と走り現れるヒーローのポーズを取る。
ちなみに、何処で知ったかは分からないが、何故か一号のソレだ。

「しんッ。とぉ!!」

そして、ビシリと決めるとイスの上からジャンプする。
するとどうだ。空中で彼女の身体は金色に輝く光に覆わる。身に纏う衣服は弾けるようにして消失する。
アクセサリー、魔法を行使するデバイスであるバルニフィカスは内包するフレームを展開し、黒鋼色の長柄の斧形態へと移行。
そして、彼女の金色の魔力が編み込まれ、物質化させた事によって生み出された新たな衣服をその身に纏い行く。
本来なら一瞬で終えるはずの光景を、演出重視でひとつひとつ魅せるように変身する。

……まあ、色々言ったが、要はバリアジャケットをセットアップしたという事だ。
ただ、今回のそれは、ただ、バリアジャケットを着込んだとは違っていた。

「どうだっ、僕だって魔導師なんだから、変身魔法のひとつやふたつお手の物だよ!」

そう、彼女は今、変身魔法を使ってその外見を大きく変えていた。
身長は大きく伸び、それに伴い、身体のシルエットもまた、その身長にみあうだけの成長をしたものとなっている。
髪型などは殆ど変っていないが、何処からどう見ても先程までの9歳の外見であった彼女とは似ても似つかない女性の姿がそこにはあった。

ちなみに、バリアジャケットなのは、流石に子供の服のまま大人モードになるのは無理があったからだ。

「……」

そんな彼女の変身シーンを目の当たりにした高町家の人々は、一様に呆けていた。
確かに、末娘であるなのは、それにアースラ艦長リンディ・ハラオウンから魔法については教えて貰っていた。
だが、実際に姿形がまるで変わるような魔法を見せられて、驚くなという方が無理だ。

「ちょ、みんな何をぼーっとしているんだ。ほら、この姿ならどう見ても子供じゃないんだから問題はないだろっ?」

そう言って、彼女はその場でクルっとターンをして見せる。

「ぶっ……!?」

そして、今度はまた別な意味で高町家の人々は言葉が出なかった。

彼女は今、バリアジャケットである。それは、黒のボディースーツに青いベルトやマントをしているというものなのだが、それが危険だった。

身体にぴったりとフィットするボディースーツは、その体型のメリハリを遺憾なく強調している。
すらりと伸びる白い足は艶めかしく、スカートも一々翻り、隠すというより視線を集めるのに一役買っていた。

元々、高速戦を得意とする彼女は、防御を最小限にとどめているため、非常にきわどいところまで装甲を抑えている。
それは、子供であったからこそ許されていた部分はあったが、今の彼女は大人モード。
いくら本人は無邪気に振舞っていても、色々ヤバイ。

「うわ、揺れてる……」

そして、美由希がターンを決めた彼女のその胸に起こった現象を、思わずそのまま口から漏らしていた。
彼女の大人モードの外見は、大体十代後半から二十歳程なのだが、その胸の大きさは、典型的な日本人ではあり得ないボリュームを誇っていた。
そもそも、このバリアジャケットは大人の身体を想定して作られていないのだ。サイズを合わせる事は出来ても、子供の身体には無い部分を支えるような作りにはなってない。

「む~? おっかしいな~。僕はコレがこんなに大きくなるように設定なんてしていなかったはずなんだけどな?」

彼女は、自分のその胸が大きくなるのは予想外だったのか、小首をかしげながら、自分でもにゅもにゅと揉んでみる。
本人としては、邪魔だな~、ぐらいにしか思っていない上での行動だったが、そんな真似をすれば、指の隙間からこぼれそうな胸が余計強調されている。
自覚は薄いのだが、それが更なる要因となって破壊力も割増だ。

「こ、これは……!?」

現に、高町家の内で男性であり、長男である恭也もまた驚愕が口をついて出るが、それでも視線は彼女から外せずに……

「って、恭ちゃん見ちゃだめぇぇぇぇっ!!」
「ぐがぁっ!? 目がっ、目がぁぁぁっ!?」

そんな兄の視線に気付いた美由希が、恭也に目つぶし攻撃を繰り出していた。
剣士として修業を積んでいた恭也であっても、その瞬間の美由希のそれに反応する事が出来なかったのは、男として仕方が無かったと弁護しておこう。

「きょ、恭也っ、大丈夫か!?」

そんな恭也の悲鳴に、金縛りが解けたかのように、同じ男である士郎は彼女から視線をはずし、床でのた打ち回る息子の心配をする。
下手をすれば、自分がこうなっていた可能性もあると、そこに掛けられた同情は深い。

「ふふ、あなたもよ?」

だが、全ては既に手遅れだったという事を、背中に掛けられた声で知る。
自分もまた、息子と同じ道を辿るという明確なビジョンが、士郎には見えてしまっていた。

「ま、待て桃子っ、俺は別にあの子に見惚れてなんていないぞっ。本当だっ。俺が一番綺麗だと思っているのは……!」

士郎は必死に弁明をして、来るであろう未来を回避しようと躍起になるのだが、

「えいっ」

──めきょ

「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

そして、喫茶翠屋に断末魔の悲鳴が響き渡った。

「……さて、美由希。ライちゃんにあの格好をさせているのも不味いと思うし、とりあえずは事故で人手も少なくなった事だし、あなたの予備に着替えさせてね?」
「あ、うん。じゃあライちゃん。こっちにきてね?」

こうして、多少の爪痕を残しつつも、彼女は今日一日限定ながらもアルバイトをする事になった。

「……ねえ美由希。この服、胸の部分が凄い苦しいんだけど?」
「う、うわ~んっ、わたしだってそんなに胸は小さい方じゃないのに~っ!!」

……どうやら、被害は多少の段階からさらに拡大をしていたようだ。


そんな風に色々とありましたが、今日も喫茶翠屋は平穏無事に開店をしていた。
その彼女は、マルチタクスを全開にしてホールを捌き切り、レジは自前の演算能力で速攻でまわし、痴漢行為をした男は電撃を流して気絶させたりと孤軍奮闘の働きぶり。
そのアホっぽい言動からは予想外の働きぶりに、美由希はとても落ち込んでいたそうな。

ちなみに、彼女ははやてから『今日の夕飯はハンバーグ』の連絡を貰って、普通に夕飯時になると八神家に帰りましたとさ。

彼女の急襲に、結局得をしたのは桃子だけだったという、平穏な一日だった。









番外編という事で、ほのぼの成分を補充。雷刃ちゃん、アルバイトをするの巻き。
なんだか最後の方がうまくまとめられず、尻切れトンボのようになっていたら申し訳ない。

雷刃ちゃん+大人モード+バリアジャケットはあのまんま。
……けしからんっ、実にけしからんっ!!

大人モードの成長具合は雷刃ちゃんの想定外な部分があったみたいだけど、変身魔法の構築は自分でやったはず。
でも、現実には違いがあると言う事は、そこに雷刃ちゃん以外の他の誰かの意図が介入をしているという事で、そんな真似が出来るのといえば……。

バルニフィカスッ、犯人は貴様かぁぁぁぁっ!?


まあ、それはさておき、これでIFシナリオは一区切りです。
次回からは三択の内のどれかが始まります。(予定)


裏設定という名の雷刃ちゃんのレアスキル。

ワイドマジックドレイン(弱)

周囲に居る人から微量の魔力を吸収する事が出来る。劣化・変質した蒐集行使のスキル。
特定の主を持たないが、魔力を広く浅く集める事で自身の使い魔としての存在を維持している。
基本的に吸収する魔力量は微々たるものであり、相手に殆ど影響はない。
簡単に言えば、常に「オラに元気を分けてくれ!」という状態。

また、この雷刃ちゃんに流れ込む魔力量は相互の同意によって増やす事が出来る。
たとえ危機的状況に陥っても、応援してくれる人が多く居れば居るほど、その想いを受けて更なる力を発揮して立ち上がる事が出来たりもする。


現状、雷刃ちゃん生存シナリオは優先順位最下位なので、日の目も見る事が無い可能性があるので、ここに記載。
イメージ映像はワイルドアームズ2のラストバトル。なんて名前のフォースだったかは忘れたけど、そんな感じの物があった気がする。



[18519] Act Starlight-1
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/07/16 19:08
砕け散ったはずの闇の書の闇が再構築を果し、新たな存在として世に現れた事件から、およそ一年の時が流れた。

当時に闇の書の闇の構成体(マテリアル)に敗北を喫した魔導師や騎士達の傷も癒え、敗北に甘んじるのではなく、次にまみえる時こそ勝つという決意を胸に、それぞれ管理局に入局して仕事をこなす傍ら、己の魔導を磨くべく日々努力を続けていた。

特にその思いのが強いのが八神はやて。そして高町なのはのふたりだ。

前者は、闇の書の闇は夜天の書から切り離されたモノであるため、事態を解決するのは現在の主である自分の役目だと考えるから。

後者は、今の『彼女』は自分の蒐集データをもとにされているという、自分の魔法が悪い事に使われている事に対する責任感。
そして『彼女』が再び自分達に会いに来るという確信と、今度こそ友達を守りたいという約束と誓いがその胸にあったから。

そういった理由で、事件に関わった人物の中でもこのふたりは仕事の合間を縫って熱心に魔導の訓練に明け暮れていた。

ただ、ふたりには違いがある。

たとえば、ふたりの管理局内における部署。

はやては四人の守護騎士と共にその力を必要とされる事件に随時出動する特別捜査官。
なのはは戦闘の最前線に立つ役割である武装隊の所属。

仕事、という名目なら同じではあるが、その内容に関しては大きな差がある。
特に戦闘のような身体を酷使する場面は武装隊であるなのはの方が多く、訓練内容にしても、実戦が多いのはなのはだ。

さらには、はやては闇の書の侵食の影響を脱して車椅子生活とは既に縁を切っているが、それでもまだ体力が本調子ではないと、厳しい訓練は出来ていない。
健康体であるなのはにはそんな制限はなく、魔法の上達が楽しいから、もっと強くなりたいからという理由で毎日のように厳しい訓練に明け暮れていた。

はやてとなのは。ふたりは意気込みは同じくらいに強い。
だが、訓練の内容においてはなのはの方が幾重にも上だった。

能力向上のために訓練する事は悪い事ではない。
だが、なのはの場合その分量が通常と比べて密度や量が多かった。
その上、訓練でも身体に負担の大きい魔法も多用していた。

父親が非常に高度な剣術を伝える家系の出であり、その素養を受け継ぐなのはの潜在的肉体スペックは実は相当高い。
だが、幼少時に外で遊ばずに家の中で大人しくして過ごすという生活をしていたために、身体を動かす運動神経を磨く事をなのははしていなかった。
そのため、資質は高くても運動神経が鈍いというアンバランスな状態であるなのはは、体力の限界がどこにあるのかという自己把握が出来ていなかった。

なまじ資質が高いと知らずとも、十分な睡眠をとれば多少の疲労は回復できるという事を理解していたため、どんなに疲れていても休めば大丈夫と思い込んでいた。
思い込んでいるために、疲労が残っているという自覚も考えも思い浮かばない。
自分はこの程度は全然平気だと、更に訓練量を増やしてゆく。

結果、本人も気付かぬ内にその身に疲労を蓄積させていっていた。
もしも、はやてのように病み上がりという背景や、回復や補助のエキスパートであるシャマルのような存在がなのはの傍に居れば話は違ったかもしれない。

だが、ここにはそんな『もしも』は存在しない。

本人も、周囲の誰も気付けずにそれは積み重なってゆく。
その事実を抱え、なのはは日々を過ごしていた。

そして、その日を迎えた。

なのはと、はやての守護騎士のひとりであるヴィータは仕事の上でとある次元世界に来ていた。
今回の仕事の内容も難しい事はない、簡単と言えるもの。
なのは自身の高い実力と、頼れる仲間のおかげで何の問題もなく事は運んでいた。
そして仕事も無事終了し、あとは帰宅の路につくだけという状況。

破綻はこの時に訪れた。

正体不明(アンノウン)の何かがなのはのすぐ背後に忍び寄っていた。
気付いたヴィータがすぐに注意を喚起する声を上げる。ヴィータはいつものなのはなら十分に反応出来ると考えていた。

だが、なのはの反応が鈍かった。今まで積み重ねてきた疲労のツケが、今このタイミングで牙を剥いていた。
そんな裏事情を、なのはとヴィータはこの時点では分からない。
ただ、このままではなのはが撃墜されてしまうという事実しかなかった。

ヴィータは焦燥に駆られて動き出すが、ふたりの間にある距離のせいで間に合わない。
なのははようやく行動に移ろうとするが、それは既に遅すぎた。

謎の機械兵器が、ただ無機質にその凶刃をなのはの背中へと突き立てる。
その光景が、まるでスローモーションの映像のようにヴィータには見えていた。

自分では間に合わない。
それが分かっていてもなお、ヴィータは絶対に間に合わせようと全力で足掻く。
守護騎士である自分が、大切な仲間を守れないなんてあっていいはずがない。
それ以上に、はやてが『彼女』に取り込まれるのを、目の前で見せ付けられた時の無力感をもう味わいたくない。

間に合わないと理解が出来て悔し涙が滲むのを歯を食いしばって堪えて、ただ目の前の人を守りたいという一念でその手を伸ばす。
自分に笑いかけてくれるその優しい人を守りたいという願いを込めて。

だが、ヴィータのその手が間に合う事はなかった。

伸ばされた手は届かず、なのはは撃墜され、地に落ち行く。

──撃ち落とされた、謎の機械兵器と共に。

「な……っ!?」

突如として視界を埋め尽くした閃光が、なのはと機械兵器を同時に巻き込んで撃墜していたのが分かった。
その目の前で起こった光景に、ヴィータはただ目を見開いて驚いていた。

非殺傷設定の砲撃魔法だったのだろうそれをまともに受けたなのはは、一撃でノックアウトにされていた。
純粋魔力ダメージのため物理破壊効果がないが、その齎された衝撃によって機械兵器はその刃がなのはへと届く前に吹き飛ばされていた。

そんな現実がヴィータの前で展開されていた。
あまりに想定外過ぎる状況に思考が追いついてこない。
それでも、外傷は無くとも、この高度からの落下によるダメージは生死に関わると、気を失っているなのはを助けようとする。

だが、ヴィータがそんな真似をするより早く、ネット状に展開された魔法がなのはの身体を受け止めて落下を防ぐ。
ひとまずなのはが無事だったのを見て、ヴィータは一安心した。

だが、同時に激しい焦燥感に襲われる。

ヴィータはなのはを受け止めたその魔法、そして先ほどの砲撃魔法の魔力光の色を知っている。
それは、なのはと同じ『桜色』だった。

広大な次元世界において、桜色という魔力光はなのは固有のモノというわけではない。探せば似たような色合いの魔力光の持ち主なんて幾らでも見つかる。
だが、先ほどの砲撃魔法の威力をあわせて考えると、思い浮かぶのはひとりしかいない。
殆ど確信と呼べるほどの推測を胸に、砲撃魔法が放たれた地点をヴィータは睨みつける。

「……お久し振りです、というべきですか。鉄槌の騎士」

視線の先には、紫の宝石を先端に戴くデバイスを手にする、闇色のバリアジャケットに身を包むひとりの女性の姿。
その彼女の感情の読み取れない瞳が、静かにヴィータの事を見つめていた。

「何でてめーがここに居るっ、『星光の殲滅者』……っ!」

ヴィータの口から疑問と共に突いて出たのは、彼女の通り名であると呼べる名前。

破壊を齎し、怨嗟の声を響かせる。
その在り方と強さとから、畏怖と憧憬の念で呼ばれる彼女を示すひとつの記号。
扱う魔法が、星の光を連想させる故のその称号。

『星光の殲滅者』

僅か一年という短い期間ながらも広く定着しているその名前を、苛立ちを隠す事もなくヴィータは叫ぶ。

「なのはとフェイトは私の物です。
その私の所有物を私以外の誰かが傷つける事を許せなかったから手を出したまでです」

そんなヴィータの激昂とは対極に、静かな声色で質問の解答をする。
彼女にとって、それは当たり前で隠す事でも無いと淡々と答える。

「ふざけんじゃねーぞてめーっ!!」

だが、ヴィータは彼女のそんな答えに納得は出来ない。
睨みつける視線に更なる力を込めて憤慨の感情を彼女に叩きつける。

なのはもフェイトも彼女の所有物ではないし、そもそも本当になのはを助けようとするのなら砲撃になのはを巻き込むのはおかしい。
他に手段があるはずなのに、なのはをも攻撃している時点で、彼女のその答えは白々しいものであると考えが及ぶ。
いい加減な事を言うなと、彼女に対して怒りのボルテージが際限なく上がってゆく。

それに、ヴィータが約一年ぶりに会う彼女に対して憤りを覚える理由は今回の事だけではない。
彼女との戦闘の影響でリインフォースに残された時間は想定より短くなってしまっていたのだ。
祝福の風の力と想いは後継機に受け継がれてはいるが、それでも本来ならもっと自分達と、主であるはやてと一緒にいられたのだ。
その想いが怒りとなって、彼女を睨みつける視線に籠る。

「今の答えで納得出来ないというのであれば、私には他に言葉にするべきものはありません」

ただ、彼女からしてみれば、ヴィータが語りもせずに睨むだけでは心中など分かりはしないし、分かったとしても答えが変わる事はない。

彼女は何時だって、自分の心に正直に生きている。
自分以外がなのはとフェイトを傷つけるのは許さない。ただ、自分は傷つけても良い。
故に、自分の放った砲撃魔法がなのはを呑み込んでいたとしても、そこには何の問題も無いという事。
一応、傷つけるのは許さないとは言うがある程度の許容範囲はある。だが、今回はその許容範囲を超える致命傷を与える可能性が目の前で行なわれようとした。

だから介入した。彼女にとってはそれだけの話。
それで納得がされないとしても、わざわざ食い下がってまで弁明する必要は彼女にはない。

それに、一年前の事故の事にしても、正々堂々と戦った末の結果だ。
たとえ自身が敗北していたとしても、そこに異論をはさむつもりはないのだから、もしそんな事を言われてもどうという事は無い。

故に、彼女にはなんの揺らぎもなく、堂々とそこに在る。

「さあ、お互いに出逢ってしまったのです。言葉ではなく魔導を以って語り合うとしましょう」

そう言って彼女は周囲に広域結界を展開する。
彼女のこの結界は非常に強固で、ヴィータでも突破は容易ではなく、異変を察知した管理局の魔導師でもすぐには破れない。
彼女とヴィータのふたりだけの決闘場をこの場に形成していた。

「ちっ……!」

退路を断たれたヴィータは忌々しげに彼女を睨む。
彼我の実力差は分かっている。自分が感情に任せて突っ込んでも容易に撃退されてしまうのは実体験の上での理解だ。
それに、今はなのはの事が気がかりで、早く治療の出来る場所に連れて行きたいと思う。

ヴィータはかなり精神を激昂させているが、それでも冷静にどうやってこの場を切り抜けるのが最善かを考える。

「……鉄機召喚」

考えるヴィータを尻目に彼女は小型の魔法陣が展開させる。それと同時に、その魔法陣の中心から『柄』が現れる。
それを無造作に掴み、まるで空間に穴を開けた内部に在るモノを引きずり出すかのようにして、召喚魔法と転送魔法を応用して呼び出したしたモノを手にする。
そして、取り出されたそれを大きく一振りすると、ゴウッと大気を削るような音がする。

「なんだそりゃ……?」

それは片刃の剣。ただしその大きさは通常の剣と比べて規格外といえる大きさだった。
刀身の長さは彼女の身長を越え、幅の広さもまた彼女の姿を覆い隠せるほど。
女性の腕力では到底扱えないと思わせる重量感を持つその武装に、ヴィータは思わず疑問が口を突いて出ていた。

「これは『ルシフェリオン専用片刃大剣型追加強化外装』です。私の接近戦用武装の試作品で、特にこれと言って名称はまだつけてありません」

誇示するわけでもなく、聞かれたからとその剣の概要を答えながら、自身のデバイスであるルシフェリオンを待機状態である宝石形態に戻す。
そして、剣の根元の峰の側にある挿入口にルシフェリオンをセットすると、カバーをスライドさせて大剣に内蔵させる。

同時に、柄元に据えられたコアに桜色の光が灯る。
重量感はあっても唯の鉄の塊にしか見えないような無骨な片刃剣だった物に、彼女の魔力が通る。確かにそれは魔導師が使うデバイスであると証明される。

「……私は今回、この武装しか使いません」

不備なく起動したその大型の片刃剣を構えながらヴィータを見据え、語りかける。

「騎士との一対一の決闘です。良い機会ですから、試作品のテストも兼ねて私もこの場は騎士として戦いましょう」

ヴィータは、その彼女の物言いに白々しいものを感じる。
相手の退路を遮断して自分と戦うしかない状況をお膳立てしておいて、よくもまあ、そんな事を言えるものだと思う。

「……ああ、やってやろうじゃねーか!!」

だが、それでもヴィータもまた戦う事を腹に決める。
どちらにしろ、広域結界を張った彼女には自分を逃す気が無い事は分かりきっている。
なら、わざわざ得意の遠距離戦を捨てている今しか勝機も打開のすべも無い。

腹が立つ部分もあるが、おそらくは彼女の言葉に嘘は無いと分かっている。
彼女は他の武装を使わないと言うのであれば、本当に使わないのだろうと思う。
ならば、そこに勝機はある。離脱する事が叶わないというのであれば押して通るのみ。
ヴィータはベルカの騎士だ。出来ないわけがないと、不利を飲み込んで敵を見据える。

互いの視線がぶつかり合う。両雄共に戦いの意志を示す。

「はぁぁっ!」

既に戦端は開かれている。彼女は宣告する必要もないと、真正面から間合いを詰めるべく一直線に飛翔する。

「行くぞっ、アイゼンッ!」
《Schwalbefliegen》

迎え撃つヴィータは最大数の誘導弾を打ち放つ。彼女がいかに接近戦に特化したような武装を使おうともそれに自分が付き合う必要も無い。

彼女の前には襲い掛かる計8つの鉄球状の誘導弾。だが、それでも彼女は止まらない。彼女は剣を盾としてその弾幕に躊躇する事無く飛び込んでいく。
身に襲い掛かる誘導弾は盾とした剣が弾き返す。

「まだまだぁー!!」

誘導弾程度では足止めにもなっていなかった。だが、相手が一直線にしか来ないというのならヴィータも対処は簡単だ。

《Kometfliegen》

ヴィータの手の内に浮かび上がるのはひとつの鉄球状の魔力弾。
だが、そこに籠められた威力と魔力は先ほど放った誘導弾とは段違いである事を証明するように、見た目の大きさからして違う。

「だりゃー!!」

それを、頭上からのオーバースローのように振り抜くデバイスで打ち出す。
誘導性は犠牲になるが、その分威力は折り紙つきの、砲撃魔法もかくやという射撃魔法。

「く、はぁぁっ……!」

それを彼女は自身の突進のままに真正面から剣の腹で受ける。
誘導弾程度では揺らぎもしなかったその動きが鈍る。しかし、それをも押し込んで至近距離で魔力弾が爆発してなお直進する。
そして彼女が辿り着いたのはクロスレンジという間合い。

ヴィータの放った誘導操作弾であるシュワルベフリーゲンは、主に遠距離からの牽制に使う魔法ではあるが、決して威力が低いというわけではない。
更に、コメートフリーゲンの威力はその上を行く。

だが、それら全弾を真正面から受け切りながら前進してきて、まだなお余裕のある彼女に対して、相変わらずふざけた防御力であるとヴィータは心中で毒づく。

武器のリーチがヴィータのデバイスであるハンマー型のデバイスである『クラーフアイゼン』より明らかに広い彼女は、接近はしても、ヴィータの間合いまでは踏み込まない。

「ふっ……はぁぁぁっ!!」

自身の攻撃は届き、相手の攻撃は届かないという絶妙な間合いで彼女はその足を止め、振りかぶった片刃の大剣をその重量に任せて振り下ろす。
その一撃を目の当たりしたヴィータは、これはシールドで受けてもシールドごと叩き潰し斬る威力があると看破し、即座に回避行動に移り、彼女の一撃を避ける。

回避されて何の抵抗も受けずに空振りした彼女は、その勢いを止める事は出来ずにそのまま空中で一回転する。

「せやぁぁっ!!」

だが、それは武器の重量に振り回されて身体が泳いだのとは違う。
回転の最中に、振り抜くベクトルを縦ではなく斜めの方向へずらす。そして前方宙返りを終えて再び前を彼女が向いた時には、その刃は横薙ぎの構え。
一切のブレーキを掛ける事無く、振り下ろした勢いに遠心力を加え、更に威力を上げて振り抜く横薙ぎの一撃は、回避したはずのヴィータを確実に追いかける!

「はんっ、そんな大振り、当たらなきゃ怖くもなんともねぇよ!!」

だが、ヴィータはその薙ぎ払いを上に飛び上がって余裕を持って回避してみせる。
経験の足りない人物なら、唸りを上げる剛剣を至近距離で目の当たりにしたならば、恐怖に身が竦むかもしれない。
実際、ヴィータも超重量の金属の塊が自身のすぐ傍を通り抜けるだけで内心冷や汗が流れる思いだ。

だが、歴戦の勇士であるヴィータにとってこの程度の事で怯むわけがない。
拘束魔法か何かで動きを阻害されているならともかく、真正面からバカ正直に振り抜かれる攻撃を避ける事は造作ない。

「でりゃぁぁ!!」

さらに、こんな隙だらけの攻撃を前にして、反撃しないわけも無い。
目の前で振り抜いたままに回転している最中の彼女に向けて、今度はこちらの番と、渾身の一撃を振り下ろす!

「……プロテクション」

だが、彼女の方も避けられるのも反撃されるのも予測の範囲内。
慌てる要素などなにひとつなく、右手をヴィータに向けると、そこに自身を覆うように展開される防御魔法が現れる。
直後、ヴィータの攻撃と彼女の防御が真正面から激突する。

本来、プロテクションという魔法の防御力はあまり高い方の物では無い。
だが、彼女の防御魔法の出力は半端ではない。その出力という力技により、彼女のプロテクションという魔法は生半可な攻撃など余裕で防ぐほどの強固さを持っている。

「それがどうしたぁっ!!」

だが、今回は相性が悪い。ヴィータは元々相手の防御ごと叩き潰す戦法を得意としている。その攻撃の威力が生半可なわけがない。
ヴィータの振り下ろしが命中したその一点からバリアにひび割れが広がっていく……!

「……当たらなければ怖くはない。それは、逆を言えば当たればただでは済まないという事です」
「!?」

彼女が防御を突破されそうになりながらも、なんら焦る様子もなくポツリと呟く。
その様子をみて、ヴィータは何か猛烈な嫌な予感に襲われる。

そもそも、どうして彼女はもっと防御力のあるラウンドシールドの魔法を使わなかったのか?
あれならば、自分の一撃であろうとも彼女なら防げる確率は高いとヴィータが考える。実際、なのはのラウンドシールドを突破出来なかった事がある。

それを彼女が知らないわけがない。なら、どうしてという心に湧いた疑惑は、無視して良いものではないとヴィータの経験が警鐘を鳴らす。

それは殆ど理屈ではなく直感というレベル。
ヴィータはこれ以上の攻撃を中断して、即座にその場から離脱する。

それと同時に、空間を抉るような強烈な一撃がヴィータの居た場所を通り抜ける。

「……外しましたか」

それを放ったのは、紛れもなく彼女だった。
大型片刃剣を振り抜いた体勢で、外したという事に対して何の感慨をみせるというわけでもなく、ただその事実を認めるために事実を呟く。
彼女は、事もあろうか自身の展開したプロテクションの魔法ごとヴィータを切り裂こうとしていた。
ヴィータの瞳に映るその姿が、彼女の成した事を確かに証明していた。

防御魔法を破壊されると言う事は魔力を削られると同義なのだから、自分で自分の防御魔法を打ち砕こうという考えは、普通は湧いてこないものだ。
個人の持つ魔力は何処まで行こうとも有限なのだ。それを、わざわざ捨てるような事など意味が無いからだ。

だというのに彼女はそれを実行していた。無尽蔵ともいえる魔力を持つからこそ、防御魔法がひとつ破壊されたとしても、彼女からすればそれは微々たるモノ。
だから、自分の防御魔法を躊躇いもなく自身の手で破壊する事が出来る。

もしあのままヴィータが彼女の防御を破ろうと躍起になっていたなら、今頃自分の胴体は彼女の防御魔法と共に泣き別れの目に遭っていたと知ってとめどなく冷や汗が流れる。

「さて、今更ですが一応宣告しておきます。
死にたくないのならば、私の攻撃は全て全力を以って回避して下さい」

そう言って彼女は、再び剣を構える。
そしてヴィータはひとつの事実に気付き、戦慄を覚える。

彼女からの攻撃は大振りである故に、回避するのははっきり言って簡単だった。
だから、最初は彼女の選んだ接近戦の手段は選択ミスだと内心笑っていた。そんな真似をするくらいなら、彼女の周囲に誘導操作弾を展開されている方が厄介だと思っていた。

だが違う。彼女の得意分野は、あくまで遠距離戦においての撃ち合いであり、接近戦は望んでする物では無い。
彼女にとって接近戦とは迎撃戦。自身から攻めるのではなく、いかにして相手の攻撃を防ぎ、反撃か離脱をするという事。

そして、今の彼女の迎撃の手段は、相手の攻撃を真正面から受け、その自身の防御ごと相手を粉砕してしまうという、まさに肉を切らせて骨を断つというカウンター攻撃。
攻撃の最中というのは、ある意味最も無防備な瞬間でもある。彼女はそれを狙い済まして切り伏せようとしていたのだ。

ヴィータはこれを最悪にタチが悪いと思った。
スピードを生かしたヒットアンドウウェイに徹するなら、彼女のカウンターの餌食になる事はないだろうが、それだと、そもそも彼女の防御を突破する事が出来ない。
かといって、防御を破ろうと意気込めばそれこそカウンターの餌食という罠。

防御と攻撃を同時に繰り出す戦法自体はそう珍しい物では無いはずなのに、彼女はそれを必殺の技と為していた。

「どうしました。来ないというのなら私から行きますよ」
「く……っ」

驚き戸惑っている内に、彼女は最初の焼き直しのように真っ直ぐ突っ込んでくる。
それはやはり回避は難しくない。反撃をする事も出来ると、彼女の振り下ろされる剣を避けて、反撃にとヴィータはデバイスを振り下ろす。

だが、それは予想通り彼女の防御魔法に阻まれた。そして、彼女はその防御魔法の向こう側で大きく剣を振り抜こうと身構えていた。
それを目の当たりにして、ヴィータは自分の推測が間違っていなかった事を知る。

ならと、今度は無理に突破しようとする事なく、防御魔法に弾かれる事に抵抗せずに即座に離脱してみせる。

(大丈夫だ。あたしならこいつに勝てる……!)

間合いを離しながら、内心勝算がある事を確かめる。
確かに彼女の戦法はタチが悪い。だが、無敵や最強というわけではない。抜け道はいくつもある事を見破る。

そして、ヴィータが取れる手段はいたってシンプル。
彼女はこちらの攻撃と自身の防御魔法が拮抗する瞬間を狙って攻撃してくる。
ならば、最初から拮抗などさせず、一方的に防御を打ち破ってしまえばカウンターは成立しないという事。

元々相手の防御ごと叩き落すのが自分のスタイル、出来ない道理の方がよほどないと、ヴィータは次が勝負だと腹をくくる。

狙うのは、最大威力による一撃粉砕!

「チェーンバインド」
「な、しまっ……!?」

だが、それを実行に移すよりも早く、彼女の方が新たな手札を切っていた。
剣を持つ手ではない右手から伸びる鎖状の魔法が、ある程度の距離を開けようとしていたヴィータの片足に絡みつく。

確かに彼女はあの剣の武装しか使わないと言っていた。だが、他の魔法が使えなくなるなどとは一言も言っていない。
愚直なまでに突進を繰り返すその姿に、他の魔法の要素を失念していた自分にヴィータは臍を噛む。

「どうぞ、遠慮しないで私の刃へと飛び込んできて下さい」
「う、わぁっ!?」

そのまま彼女は無造作に鎖を引き、女性の力とは思えないその力に、抗う事が出来ずにヴィータは彼女に引き寄せられる。
そしてヴィータが彼女を見やると、既に剣を大きく振りかぶっている。
それはまさに断頭台。あそこに辿り着いてしまったら文字通り一刀両断にされてしまう。

「くっ、アイゼンッ!」

嫌な想像を必死に振り払いながら呼びかけると、そこに籠められた意思を汲み取ったデバイスが一発のカートリッジをロードする。
それと同時に、デバイスのハンマーヘッドの部位が、ジェットの噴射口と突起のそれぞれ着いた形態、ラテーケンフォルムに変化する。
そして噴射口からエネルギーが放出され、推進力を生み出す。

彼女も言っていた通り、あれは防御なんて出来る代物ではない。
だからと言って、鎖に繋がれた現状では飛行魔法や高機動魔法による回避行動もどれほど意味があるか分からない。

故に、今はジェット噴射の推進力で無理矢理にこの身体を動かす!

直後、ヴィータの耳元で唸りを上げる風切り音が聞こえる。たった今、自身のすぐ脇を通り抜けたのだと知る。

彼女の剣の軌跡では、お気に入りのウサギのぬいぐるみをあしらった帽子が切り裂かれ、バリアジャケットのスカートの部位もまたごっそりと削り落とされていた。

騎士が身にまとうバリアジャケットは騎士甲冑と呼ばれ、見た目は服でも防御力はその見た目どおりの物では無い。
それが、何の抵抗もなく切り裂かれたと言う事は、やはり回避を選択してよかったという事。

ただ、お気に入りの帽子が無惨に破壊されたというのはいただけない。
回避の成功に安堵の思いも抱くが、それと同時に怒りが湧いていた。

「だりゃぁぁ!!」

怒りは攻撃の意思を生み出す。回避のためのラテーケンフォルムではあったが、この交錯を逃す手はないとジェット推進力で得た勢いのままにハンマーの突起を彼女に向ける。

ノーマルフォルムの一撃ではプロテクションを破れなかったが、これなら……!

「……ラウンドシールド」
「なっ!?」

だが、彼女は即座に防御の魔法を切り替え、プロテクションより防御範囲は狭いものの更に強固な防御魔法であるラウンドシールドを展開し、ヴィータの反撃を遮る。
拮抗する攻撃と防御。だが、これは彼女の狙いの内。

ヴィータのラテーケンハンマーにラウンドシールドに罅が入る。だが、その向こうで彼女は既に反転を終え、回転と遠心力によって威力を加算させた剣を振り被る。
ヴィータは体勢を崩した状態から無理矢理攻撃に移っていたため、ここからさらに回避行動を取る事は不可能。
そして、防御は論外。あの凶刃から逃れるすべは、残っていなかった。

「あたしとアイゼンを舐めんなぁぁっ!!」

だが、ヴィータは諦めるつもりなど毛頭無い。
デバイスが更なるカートリッジを排出すると同時に、ラテーケンフォルムがその姿を変化させる。
そこにあるのは巨大な鉄槌。ヴィータのデバイス、鉄の伯爵『クラーフアイゼン』の最大最強の形態であるギガントフォルム。

回避が出来ないというのなら逆に攻撃によって打倒してみせる。
ラテーケンハンマーの使用中にモードチェンジという無茶は、下手を打てばデバイスが壊れてしまっていたかもしれない。
だが、ここで一歩でも引いてしまってもどうせ敗北しかないのだから、僅かでも可能性がある方に全力を賭ける。
それが唯一の生き残る道だというのなら、そこに自身の全てを賭ける価値はある!

そして、ヴィータはその賭けに勝ち、ギガントフォルムへの変化を成功させた。

ならばあとは純粋なぶつかり合い。
威力重視のぶつかり合いで、自分たちが負けるはずが無いと、デバイスを一気に振りぬく。
ヴィータと彼女の境界線であったシールドが木っ端微塵に打ち砕かれる。
あとは彼女をぶっ潰せばそれで終わりだと、ヴィータは全力で巨大な鉄槌を振り抜く。

その様子を彼女は見ていた。だが、彼女にも止まる気は一切無い。
むしろ、純粋な力比べで勝敗を決するとは、なんとも分かりやすいと逆に気炎を上げる。

「だりゃぁぁっ!!」
「はあぁぁぁっ!!」

そして、真正面から互いの渾身の一撃がぶつかり合う。互いに一歩も引かず、相手を打倒するべく渾身を振り絞る。
高密度の質量と重量の籠もったその一撃同士の衝突に、一際大きい音が響き渡る。
それは既に、鍔迫り合いによって生み出される金属音というレベルではない。さながら爆撃音と思わせる轟音を響かせる。

威力は殆ど互角だった。だが、拮抗はしなかった。

ヴィータは体勢を崩した状態で、回避行動を無理矢理攻撃に転化していた。
その上で彼女の展開した防御魔法を打ち破った事で威力を僅かでも確実に減衰させてしまっていた。
そして、重量武器が最も威力を発揮するのは、振り回す勢いに重力の恩恵を加算させる事出来るが振り下ろしの攻撃であり、その攻撃手段をとっていたのは彼女の方だった。

実のところ、もしヴィータが万全の体勢で、同じ条件から攻撃を繰り出していたなら、武器の性能や力勝負の実戦経験の差などの要素により互角を演じる事は無かったはず。
状況はあらゆる事がヴィータに不利に働いていたのだ。

「負けて……たまるかぁぁっ!!」
「!?」

だが、『鉄槌の騎士』とそのデバイスである『鉄の伯爵』に壊せないものなどこの世に無い。力比べで負けるわけが無い。
そんな矜持が、何より今度こそ守りたいという願いがその小さな胸に確かにある。

ならば負けてなど居られない。後先も要らない。今この瞬間に全てを賭け、『不利』な状況そのモノをぶち壊す。
ヴィータのクラーフアイゼンに罅が入る。彼女の剣圧の前に押し込まれそうになる。
だが、負けない。その一念のみでその鉄槌を一気に、最後まで振り抜く!

──そして、金属の砕け散る音が響き渡る。

ふたりの目の前には砕かれた破片が宙を舞う。そして、真っ二つにへし折られた片刃大剣の切っ先が地へと落ちていく。

「……見事でした。鉄槌の騎士」

この勝負、ヴィータの勝利だった。

「正直な事を言えば、今回は勝てると思っていたのですが、やはり騎士を相手取って接近戦を挑むのはまだ早かったようですね。勉強になりました」

武器を砕かれた以上、決着は着いたと彼女は引き下がる。
そこに未練も何もない。ただ現在の自分の力では届かなかっただけと認めていた。
自分を相手に健闘をした以上に勝利を収めて見せた相手に礼を尽くすべく頭を垂れる。

「武装に関してはまだまだ改善の余地がありますね。
それに、重量武器での生の戦闘データも手に入りました。首尾は上々でしょう」

そして、破壊された剣の内部から、待機形態のルシフェリオンを取り出しながら、今後の課題について思考を巡らせる。
敗北ではあったが得る物はあった。
ならばそれを糧に更なる高みを目指すだけであり、一々目の前の勝敗に執着する気は彼女には無い。

「さて、私が敗北した以上、貴女の事は見逃しましょう。ですが……」

彼女はルシフェリオンを待機状態から通常の杖形態へ移行させると共に、その紫の宝石状のコアを頂いた先端をヴィータに向ける。
そして、その彼女の周囲に誘導操作弾の発射体である桜色の魔力球が幾つも浮かび上がる。

「折角です。少しばかり『お話』でもしましょうか?」

その淡々とした彼女の口調に、ヴィータは冷や汗どころではない、背筋が凍る思いを抱く。
彼女は今まで不得意であり接近戦で戦っていた。そして今、彼女の本来の戦い方をするべく魔法の発射体を設置している。
それは、今までが彼女にとって全力でする『遊び』の様なもので、ここからが本当の意味での『本気』であるという事……!

「く……っ」

見逃すと言っておきながら、彼女の纏う雰囲気はやる気満々だった。
その事にヴィータは不味いと思う。現状、こちらは魔力の消費はともかくデバイスに罅が入っている状態。まだリカバリー可能範囲だが、戦力がダウンしている事に違いはない。
対する彼女はコンディションも武装も殆ど欠損が無い、万全の状態に近い。

何故、勝敗が決したというのに敵対の意欲を見せているのかは分からない。
だが、確実に分かるのは、このままでは非常に危険だという事。
先程までは手加減されていたが故になんとかなったが、元々彼女は、自分達守護騎士全員を同時相手取っても勝利を収める相手。単独戦で彼女に勝てる可能性は低いのだ。
彼女の思惑は分からないが、ヴィータはひとまず引こうと……、

「つれないですね。私は『お話』をするといったのです。付き合って下さい」

一歩僅かに引こうとしたが、その機先を制するかのように、彼女はその誘導操作弾をヴィータへ向けて放っていた。
そこに拒絶は許されない。断固として付き合って貰うと物語っていた。

「く、アイゼンッ」

放たれた誘導操作弾の数は十二発。それをヴィータは自身の周囲を覆うタイプのシールドを展開してなんとか防ぐが、完全に押されている形になっていた。

「……今回私は介入する気などなく、終始静観に徹するつもりでした。
ですが、なのはが看破出来ないレベルの致命傷を負う危険があったため、手を出しました。
ここで問題なのは、今回なのはが危険な目にあったのは誰が悪かったかという事です」

そんなヴィータを冷たく見つめながら、彼女は何故今回ヴィータの前に姿を現したのかを口にする。
シールドの中で苦悶の表情を浮かべるヴィータに対し、彼女はルシフェリオンの形態を砲撃形態のそれへと変形させ、身構える。

「油断をしていたなのはが悪かったのでしょうか。
なのはを襲った機械兵器が、もしくはその製作者が悪かったのでしょうか。
今回の任務を与えた時空管理局が悪かったのでしょうか。
……実際のところは、さまざまな要因が重なった上での事だとは思いますが、それでも、今回一番悪かったと私が思うのは、ヴィータ、貴女です」
「く……」

彼女の足元に魔法陣が展開され、ルシフェリオンを取り巻くように補助の円環状の魔法陣が敷かれる。
その様子に彼女は砲撃魔法を撃つ気なのだと知り、焦るヴィータの耳に、彼女の言葉が届く。
だが、ヴィータに返事をする余裕はないが、何故彼女は今、そんな事を言うのかという疑問が浮かび上がる。

「なのはが撃墜された一番の要因は、今回あの子の体調が悪かったためです。
それは本人にも自覚のないものだったのですが、今一番なのはの傍に居るのは貴女です。
貴女が気付いて居られれば、なのはが今回の愁いの目を見る事もなかったはずです」

ヴィータは彼女の言葉に受けた衝撃に、一瞬時間が止まったような錯覚を覚えた。
彼女の言っている事は根拠のない言いがかりなのかも知れないが、それ以上にその言葉は真実であるとヴィータは感じていた。

確かになのはは、あの瞬間、いつもと動きが違った。反応が違っていた。
それは、彼女の言う通り体調が悪かった。そしてもしその事に自分が気付けていられればなのはが撃墜されるなんて事は無かったという事……?

「……ブラストファイアー」
「っ、しま……!?」

思考と身体の停滞に、ヴィータは決定的な隙を晒してしまった。
その瞬間を、彼女は逃しはしなかった。砲撃魔法による奔流に、桜色の魔力光にヴィータの視界いっぱいに埋め尽くされる。
その事実を認識した時には既に手遅れだった。

彼女の誘導操作弾をなんとか防いでいたシールドはその一撃の前にあっけなく砕かれた。
防ぐものを失ったヴィータがその砲撃魔法の奔流の前に晒されてしまっていた。
何を置いても逃げようとしたが、圧倒的に初動が遅れてしまった以上逃げ切れるわけが無い。
なんとか直撃は回避する事は出来たが、それだけ、その半身は砲撃の中に呑まれてしまっていた。

「があぁぁっ!?」

殆ど直撃という状態に、ヴィータの口からは苦痛から叫び声が上がる。
非殺傷設定のため肉体的損傷はなかったが、生まれる痛みに変わりはない。それに、自身からごっそり魔力が削られる感覚もある。
その激痛と魔力喪失というふたつの責め苦の前に、流石のヴィータとあっても耐え切れるわけが無かった。
意識は飛んでいないが、既に飛行魔法を維持するだけの余裕もなく、地に落ちようとしていた。

「ルベライト」

だが、そこを彼女は拘束魔法を使って捕らえていた。澄んだ音を響かせて、ヴィータは桜色のリングによってその手足を囚われ、空中に磔にされる。

「主を守れず、友を守れず、騎士としての在り方を守れず。
貴女は、何も守れないのですか?」
「あ、ぅ……」

そんなヴィータの耳元に顔を近づけ、彼女はそっと囁く。
静かに、だが確実に言葉のナイフでその心に刃を突きたて、傷を刻む。
苦痛と魔力の喪失感の中で緩慢となっているヴィータの意識に、彼女の言葉が滑り込んでくる。隙間を埋めていく。

一年前は、夜天の主であるはやてと共に彼女と戦ったが、敗北した上に目の前で守ると誓った人を取り込むのを見ている事しか出来なかった。
なのはは最初敵として何度も戦ったが、今では分かりあって一緒に戦う仲間だというのに、今回も何も出来ずにみているだけしか出来なかった。
自分は『守護』騎士であるというのに、果たしてその役目を果たせた事があったのか……。

「あ、あ……」

一度疑念を持ってしまえば、後は早い。
後悔が、自責の念が、自身のふがいなさが。様々な負の感情が次々と湧きあがってくる。
違うと思いたいのに、それが出来ない。
もし仲間がこの場に居れば、そんな事はないと言ってくれるだろうが、今ここには自分しかいない。なのはは、自分が守れなかったから倒れてしまっているのだから。

「私は貴女の戦闘能力に関しては認めますが、守るという観点で見れば疑問を抱かずには居られません。
さて、貴女はこれから、何度無力を味わうのでしょうね?」
「う、うあぁぁぁっ……!?」

彼女の最後のひと押しに、ヴィータの最後の堰が決壊する。
ただひたすらに慟哭をあげるだけのヴィータに、騎士としての面影はなく、ただの幼子のようだった。

そんな、ヴィータの悲鳴に、多少の留飲はさがったと、僅かに満足げにしながら、彼女はその場を立ち去った。










最初に言っておきますが、今回星光さんがなのは撃墜イベントに居合わせたのは偶然でも、なのはをストーキングしていたわけでもないです。
気の合う敵同士である某科学者とのお茶会の際に上がった話題と、前もって把握していたなのはのスケジュールを鑑みて、悪い予感がしたから様子を見に赴いたという設定です。

そんなわけで、星光さんシナリオ再開です。

星光さんが介入したおかげで、原作と比べてなのはは割と軽症で済みましたが、ヴィータは原作以上に心に傷がザックザクです。
でも、ヴィータならきっと立ち直ってくれると信じてる……!
頑張って!



武装解説
『ルシフェリオン専用片刃大剣型追加強化外装』
星光さんの接近戦用武装の試作型。白兵戦における一撃の威力を追求してその他の要素を度外視させて作られている。
試作型故に、カートリッジシステムなどは未搭載だが、趣味で砲撃形態も兼ね備えている。

イメージはシンケンレッドの『烈火大斬刀』そのまんまです。
アルケーガンダムの『GNバスターソード』みたいにスライドさせる形で砲身が展開されるのも良さそうだと思ったんですけど、個人的にこっちの方が好きだったので。
まあ、以降でこの武装が出るかどうかは不明なんですけど。

星光さんは小太刀の二刀流とかより、大きな剣で攻めるタイプだと思う。
でも、だったらバルディッシュ・ザンバーフォームでもいいじゃんと思うかもしれないけど、個人的に片刃の大型剣の方が似合う気がするという独断と偏見です。

以下、なのはA’sポータブルゲーム風に魔法の解説です。


ロングレンジでの魔法

『紫電一閃』
一気に踏み込み間合いを詰めながら、渾身の一撃を繰り出す。烈火の将であるシグナムの決め技を模した技。
ただ、彼女はシグナムと違い炎熱の魔力変換資質を持っているというわけではないので、通常では炎は出ない。
溜めた場合において、炎熱の魔法を追加する事で威力の加算とガードブレイク効果が付属するようになる。あと吹き飛ばしも。


『ブラストファイアー』
彼女の主砲である砲撃魔法をキャノンモードから発射する。ただ、接近戦に重点を置いたデバイスの構造のため、威力は抑え気味の様子。
溜めるともちろん威力アップ。


『チェーンバインド』
右手から鎖状の魔法を射出する。命中した場合、相手を引き寄せる効果がある。
溜めると、飛び道具として投げてフェイトハーケンセイバー(溜め)みたいな感じに飛び、命中した相手を拘束する効果に。
溜めなし、あり共にダメージはない。

フルドライブバースト
『斬艦一閃』
チェーンバインドで相手をがんじがらめに拘束。
その間にデバイスを巨大化。その圧倒的な質量と重量で相手を叩き潰し斬る。
ぶっちゃけ、ヴィータの『ギガントシュラーク』の大剣版と考えてもらえば。


保有スキル
『マイトチャージ』
クロスレンジでの『アタック』で溜め攻撃を出せる。

『ハイパーチャージ』
溜めて繰り出す攻撃をボタン押しっぱなしにする事で、発動を遅らせる代わりに威力を上げる事が出来る。


キャラクター特性

近距離一撃必殺型。
片刃大剣型デバイスによるクロスレンジでの戦いを得意としている。
コンボは極端に少なく攻撃も大振り。だが、一撃の威力が重く、一度の攻撃でごっそりHPを奪う。
また、砲撃魔法と拘束魔法を保有するため、ロングレンジにおいても案外対応できる。



[18519] Act Starlight-2
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/07/14 16:52

ここはとある次元世界のとある場所。

周囲は木々に囲まれ自然あふれる情景が広がっている。
野生動物が闊歩し、そこが人の文明による手が入っていない場所だというのは、ひと目見ただけで分かるような場所。

そんな場所のとある岩肌にぽっかりと穴が開くように、洞窟がひとつあった。
傍から見れば、周囲の状況も合わせて自然の内に作られたものだと思う事だろう。
普通なら人の来る可能性が皆無と言っても良い場所なのだから、その考えに行きつくのは、ある意味当然の成り行きではある。

だが、違う。

その洞窟が自然に出来た物であるように見えるのは、そう見えるように偽装されているからだ。
確かにそこに人の痕跡など見て取れないし、その洞窟も元々は自然に有った物なのだからそう思う事は当然だ。
だが、その道の人がより注意深く周囲を検分して見れば、ほんの僅かではあるが人の手が入っている事は分かる。

何故こんな場所で、わざわざそんな偽装をしているのか。
その答えは単純明快。この洞窟の奥にあるものは、誰かに見られるのは困るものだからだ。
故に、人目を忍ぶこの場所で、もし見られたとしても悟られないように偽装されているのだ。

ここは元々、自然洞窟を改造して作られた場所。入り口付近は、自然そのままであるかのように無骨な岩肌があるだけだ。
だが、奥へ進めばその様相は打って変わる。壁などは岩である事に変わりはなくとも、人の手により掘削されて広さを確保されている事が分かるようになる。

ここまで奥に来れば、偽装よりも利便性が重要になるため、日の光の届かないほどの地の奥底でありながらも生み出された光源により、昼間のような明るさが広がる。
何処からか換気をしているのか、空調は人が生活をするのには程よい温度と湿度が保たれている。

そして、そこには人工物の代表格とも言える機械類が所狭しと陳列されていた。
それらの中には、生活に必要な道具類も混ざっているが、その大半を占めるのは研究資材だというのは、見る人が見れば人目で看破できるはずだ。

そう、ここはとある違法研究者が、その“違法”の研究をするために設けられた施設。
ここで行なわれている事は、世間一般で禁止されているが故に、こうして人目を忍ぶべく、このような場所に居を構えていたのだ。

そして、この研究施設の主であるジェイル・スカリエッティと呼ばれる男は現在、自身の研究室ではなく、ゲストルームにその姿があった。

正直なところ、この研究施設における資金提供や研究要請をする後援者は、その全てを通信で済ますためここへ直接赴く事は皆無。
また、研究ばかりの毎日を送るジェイル個人には友好関係と呼べる間柄の存在は居ない。
この施設を利用するのは、ジェイルと、その作品とも呼べる「娘」達に限られるので、休憩室や多目的ルームならともかくゲストルームなど存在する意味も意義も無い。

だが、今彼が居るのは、それなりの調度品が置かれ、簡素ながらも誰かに見られても恥ずかしくないように整えられている一室。
それは確かに外部の誰かを招き入れるための部屋であり、ゲストルームと呼ばれてしかるべき部屋だった。

元々、この施設内にこのような部屋は存在しなかった。だが、幾多の時間を過ごす内に、自然な流れとして形成された結果だった。

「……」

そして、この部屋が形成される理由である、誰も訪れる者は居ないこの施設において唯一の例外である「客人」である女性が、優雅と取れる仕草でゆっくりと紅茶を味わっていた。

そのシックな黒のワンピースを身に纏う栗色の長髪の女性は、普段の感情の見えないような表情のまま、静かに瞳を閉じてテーブルの席についている。
その対面に腰を下ろすジェイルもまた、彼女に習うように、自身のために用意された紅茶を味わっていた。

元々、ジェイルにとって研究が第一であり、このような嗜好品に関して全く興味は無かった。
必要なのは、人体の構成と運営のための栄養であり、そこに味や香りを求める必要は無い。
むしろ、効率を優先するべく率先してそれら余分な部分をカットし、研究のための時間を捻出していた方が良いとさえ思っていた。

だが、こうして何度か目の前にいる彼女とお茶の席を共にする内に、紅茶の味も徐々に分かるようになって、随分とこだわりを見せるようになってきていた。
彼女が言うには、「目的とは関係ないから嗜好品であるからこそ手を抜くべきではない」との事だったが、今ならその気持ちが良く分かるような思いだった。

何事においても全力を尽くし、手を抜くべきではないという考えは素晴らしいものだ。
より良い質を求めるために最大限の努力をする。その行為は称賛されるべきものであり、自身の研究する姿勢にも通じるものがある。
妥協しないからこそ、人は更なる上を目指し、欲望にも限りが無い。
欲望を肯定する自身からすれば、彼女のその言葉もまた肯定するに値するものだ。
その結果、美味なるモノを味わう事が出来るのなら、文句の出ようはずもないとジェイルは思う。

「ふむ、ウーノはまた腕を上げたと私は思うが、君の感想はどうだい?」

そして、今口にしている紅茶はその観点からすれば香りも味も申し分ない。これならば少なくとも及第点を与えても良いのではないかと彼女に問いかける。
そんなジェイルの言葉に、すぐ傍に控えるように立つ、紫かかった長髪の長身の女性が緊張の面持ちを見せる。
この女性こそがジェイルの研究成果であり、戦闘機人の最初の一体であるウーノだ。

今、ジェイル達が飲んでいる紅茶を淹れたのもウーノであり、自身の主であるジェイルからは美味しいと言ってもらえた。その事に関しては内心歓喜に溢れている。
だが、ウーノにとって一番に美味しいと言わせたい相手はジェイルではない。
言ってはなんだが、ジェイルは様々な紅茶を飲み比べたわけではないので、味の評価に関してはあまり頼りにならない。

だが、ジェイルとお茶の席を共にする彼女は違う。
彼女はこの場所から殆ど外へ出ない自分達とは違い、様々な場所へ赴き、経験を得ている。
そのため、自身の淹れた紅茶が本当に美味しいかどうかの判断が出来るし、なによりウーノ自身が彼女に『美味しい』と言わせたいと思っているのだ。
故に、ジェイルからもらえた評価以上に、その評価が気になる相手である彼女の動向を、固唾を呑んで見守る。

「ええ、味も香りも満足のいくレベル、美味しいですよ。ですが、まだ“上”はあります。
これに満足をして進歩を止めるなどという事をしないと言うのであれば、私には言う事はありません」
「……ありがとうございます」

そして、彼女の答えは合格といえるものだった。その彼女から齎されたその言葉に対し、ウーノは頭を垂れる事で返す。
表面上は冷静を装うが、内心は彼女を唸らせるべく日夜研究に励んできた事が報われたと、ジェイルに褒められたとき以上の歓喜がその心中に渦巻いていた。

だが、彼女もまた、まだまだ発展の余地は残されているとの意見を述べていた。ならば更に上を目指して研究を続けるのは当然の選択だ。
今回は茶葉の量、お湯の温度、蒸らす時間、淹れる手順をマニュアル通りに完璧に計算して執り行った。
なら、次からは茶葉の状態や周囲の湿度や温度までを計算に入れて淹れてみるべきかと思考を巡らせる。
彼女に美味しいと言わしめる事は出来た。なら次は、彼女のその鉄面皮とも言える無表情を、自分の淹れた紅茶で満足げに緩ませる事だと決意をする。

「それではお茶請けにクッキーなどはいかがでしょうか。
僭越ながら、今回は私の手作りとしてみましたが」

だが、今はその思考をひとまず端に置いておく。
この場では主であるジェイルと客人である彼女をもてなす事が最重要事項なのだ。それらの考察は後でも十分できる。

何時もならば、お茶請けのお菓子などは茶葉共々、店から購入したものを出しているのだが、今回は自身で製作したものを振舞う。
最近はウーノがお菓子作りにも興味を持ち、徐々にはまりつつあるのは、本人的には周囲に内緒にしている事だ。
だが、作る度に味見を頼んでおり、その頻度が多いとなれば周囲の人にはバレバレである。
もっとも、妹達にしてみれば美味しいお菓子が食べれると喜んでいるので、あえて気付かないフリをしている部分が多々あるのだが。

「ええ、いただきましょう」

そんなテーブルの上に並べられた色とりどりのクッキーを、彼女はひとつ手にとって口に運ぶ。
妹達に味見をしてもらった時は問題ないと思っていたが、果たして彼女の眼鏡に適う出来なのかと思い、その姿を、ウーノは再び固唾を呑んで見守る。
彼女は基本的に無表情でいるため、どんな思いでクッキーを食べているのかウーノには分からず、不安の中で次の彼女の言葉を待つ。

「普通ですね」

そして、彼女のクッキーに対する評価は『普通』という結果が下された。
これは、美味しくない物を彼女に出さなくて済んで良かったと喜ぶべきか、美味しいと言われなかった事を悲しむべきか、微妙なラインだった。

「クク、良かったじゃないかウーノ。いや、最初の紅茶の感想の『不味い』の一言だった時に比べれば、最初から普通と評価されるのは進歩だと私は思うよ」

ウーノが喜ぶべきか悲しむべきかを悩んでいると、可笑しそうな笑い声と共にジェイルが声をかけてきていた。
ジェイルからすれば、こんな些細な事ではあるが、自分の作品が一喜一憂するという感情の揺らぎ、生命の輝きを見せているのを見て愉快だという思いを抱く。

「ドクター。その話は、私としてはあまり面白くないのですが……」

だが、その話した言葉の内容に対し、基本的にジェイルの言葉を肯定するウーノにしては珍しい事に、僅かではあるが眉をひそめてみせていた。
今でこそ美味しく淹れるノウハウを習得しているが、最初に彼女に出した時の紅茶の味は、思い返せば酷いものだったと思う。
確かに当時は、誰も味にこだわる人が居なかったために、紅茶の淹れ方も正式な手順に則ったものの、随分と杜撰と言えるようなやり方だった。
当然の事として、彼女の評価は最悪の部類に入るもので、何の装飾もなく、ただ一言『不味いです』とストレートに言われた時は反感を覚えたものだった。

だが、彼女は一切の嘘はついていない、彼女の評価は正当なものだったと後で突き付けられて、考えを改めさせられた。
無知だったから仕方が無いといえば確かにそうだが、今のウーノとしてはあの時の事を思い返すと、何故あそこまで適当に淹れてしまったのかと悔やんで仕方が無いほどだ。
はっきり言って、黒歴史として抹消したいエピソードだ。
そんな話をここで蒸し返されて、ウーノが良い気分にならないのは当たり前の話だ。

「ああ、気分を悪くさせてしまったなら謝ろう。
だが、過去があって今がある。あの時の失敗があるのだから、今ここにこうして私が飲む紅茶があるのだよ。
失敗を恥ずかしがる気持ちは分かるが、忘れてしまうべきではない。過去は過去として受け入れるべきだよ、ウーノ」
「……」

そんなウーノを諭すように、ジェイルは言葉を紡ぐ。それは正論であり、否定する事が出来ないし納得も出来る物だ。
故に、ウーノは自身の不機嫌を胸に秘めて閉口すると、最初のようにジェイルの後ろに控えるように静かに下がる。

ジェイルはそんなウーノの姿を愉快そうに視界の隅に収めながら、改めてテーブルを挟んで座る彼女と向かい合う。
ちなみに、謝ると言っておきながら、ウーノを論破して謝罪する理由の根本を消してしまったジェイルにどれだけ謝る気があったのかは謎だ。

「さて、『星光の殲滅者』君。最近の調子はどうだい?」
「そうですね。蒐集した魔導の整理、運用法の模索。そのどちらも、完成系には至りませんが、これはまだ計画の誤差の範疇ですので、何の問題もないと言えるでしょう」
「そうか。それは良い事だね」
「貴方の方も、特に何の問題もなく順調に事を運んでいるようですね」
「ああ。ただ、相変わらずパトロンの皆が煩わしいというのが悩みの種だよ」

ウーノが居なくなり、前置きもなくジェイルが話を切り出すと、それに応える『星光の殲滅者』と呼ばれた彼女もまた淡々と答える。
そして、逆に彼女の方が聞き返せば、ジェイルもまた苦笑を浮かべながら答えを返す。

そんなやり取りを皮切りに、ふたりの対話は熱を帯びて行く。
もっとも、対話といっても喧々諤々と議論を交わしている、というわけではない。
むしろ、ジェイルの方が大仰な一方的に身振り手振りを交えて演説しており、彼女の方といえば、言葉少なく紅茶とクッキーを嗜んでいるばかりという様相という方が正しい。

ふたりとも、この会話が自分にとって特に有益だというわけではないと知っている。
それでも、こうしてテーブルを挟んで対話の席についているのは、このやり取りを純粋に楽しいと思っているからだ。
確かにこの対話を切っ掛けに、まったく新しい考え方が浮かんでくる事はある。だが、ふたりが求めているものはそんな事ではない。

ジェイルは研究者だ。そして研究者である故に、自身の成果を誰かに知って欲しい、ありていに言えば『自慢がしたい』という欲求がある。
自己顕示欲の強いジェイルからしてみれば、その想いもひとしおだ。
だが、ジェイルの研究は違法であり、パトロンの意向もあり、“今”はまだ、世間に公表する事が出来ない。

それでも一定の成果を得ている今現在、この自分の研究成果を誰かに知ってもらいたいという欲求が燻り、消える事はない。
自身の作品である娘達に対して自慢する手もあるが、はっきり言って、それは自分が映る鏡に対して延々と語っているようで虚しい物がある。

そこで、彼女の存在だ。

彼女もまた、世間一般から外れた存在であり、ジェイルの研究が違法である事に関して特に思うところはない。
更に、何処の組織に所属する事もない、単独行動をしている身の上なので、たとえ機密を聞いたとしても生かすすべを持っていない。
その上、高い知性を備える彼女はきちんと自分の話す事は理解されるとあれば、これ以上の相手はいない。

何の気兼ねもなく、自身の思うところを吐き出すのにうってつけの相手というわけだ。
元々、彼女をこの研究施設に招き入れた理由は、彼女自身に興味があったからだが、今となっては話し相手という立場の方が重要だった。

ジェイルの秘書という立場のウーノからすれば、部外者である彼女に対して高いランクの機密情報を漏らすのは問題だというのは分かっているし、止めるべきとも思う。
だが、それ以上に、ジェイルのストレスのガス抜きには丁度良いし、放っておけば何時までも研究ばかりの身の息抜きにもなる。
何より、まるで子供のように嬉々と自身の研究について語っている自分の主の姿を見れば、止めさせるなどと出来るわけがない。
最近は自分の趣味も少なからずに混ざっているが、自身の事よりも主の事を至上とするウーノの判断がそれだった。

故にジェイル陣営は、彼女の事を客人として迎え入れている。

対する魔導師である彼女にとって、ジェイルのメインたる研究である戦闘機人については門外漢であり、その内容が直接自身の目的である自己強化に繋がるわけではない。
それでも、ジェイルの語る内容には心惹かれる物があった。
自身に還る物はなくとも、『理』を司る彼女からしてみれば、知識欲を刺激される事は、至上の喜びだ。
そして、その相手として、ジェイル以上の相手は滅多に存在していない。

その上で、美味しいお茶とお菓子が出るのだから文句どころか満足のいくところだ。

ふたりともお互いに利益云々よりも、もっと根源的な『欲望』の下に行動しており、その衝動に従った結果、この雑談が成立している。
人となりはまったくの別。だが、自身の欲望に忠実に従う事、そして自身が世間一般から『悪』と呼ばれる存在である事を自覚している。
その辺りにシンパシーを感じている部分もあるのかもしれない。

ふたりがこうして顔を合わせてお茶を嗜むのは、本当の意味で雑談以上の意味はない。
故に、ジェイルの方は彼女の行動を縛りもせず、援助も一切していないし、いざという時に協力要請をしてもらうための伝手を作れるかという期待もあまりない。

彼女の方も、ここの研究設備を利用すればもっと効率的に計画を進める事ができると知りつつもその申し入れは一切しない。
また、外で魔導を振るう時もジェイルの益になるような行動を意図して起こす気もない。

ただ気まぐれに彼女の方がこの場所を訪れ、そしてジェイルはそんな彼女を歓迎する。それだけの間柄。
誰に言われたわけでもなく、自分の意思で相手と向かい合い、利害を無視してただ話をするだけ。
それは確かに友人と言える関係だ。だが、それでも仲間などでは無いとお互いに分かっている。

今は平穏に同じ時を過ごしているが、何かを切っ掛けにして敵対関係になるかもしれない。だが、その時は何の遠慮もなく互いを滅ぼし合うべく戦う事になるだろうとも知る。
何事よりも優先されるのは自身の欲望であり、その障害となるのなら、それはすべからず敵だ。平時において友人であっても、その事には変わりはない。

友好関係とは違う、気心の知れた敵同士。それがふたりの共通認識。

正直なところ、この関係については、今のところ誰の共感も得られていない。
こうしてお茶の席を共にして居ながら、次の瞬間には殺し合うような間柄になっても不思議ではないと言いつつ、まるで互いを警戒していないというのは、異常にしか見えない。
はっきり敵同士だと明言しているのに、仲間のように接しているのかが分からないと、誰に言ってもそう返ってくる。
ウーノにしても、ジェイルが客分扱いをしているからそれに従っているだけで、その心中にしてみればいざという時の為に警戒を怠った事は無い。

だが、それでも構わないと彼女もジェイルも思っている。
元々常識から外れた存在であるのだ。理解が得られなかったとしても、今更何かを言う事もない。
ただ今は、このなんとも心が充足されるように思える時間を満喫するだけだ。

「ああ、最近になってようやく『アレ』の機能の一部の復旧の目途が立ってね。
それに伴って防衛機構の機械兵器を限定的ながら稼働させる事ができたんだよ」

その中で、ジェイルは戦闘機人の開発と並行して行われているとあるロストロギアの研究成果について語り始める。
無論、これはトップシークレットに属するほどの機密ではあるが、構いはしないと口上を続ける。

「私や君にしてみればただのガラクタの様なものだが、それでも最大の目的に行きつくためには順序を踏まなくてはならないからね。
クアットロが監修を担当して、適当な次元世界で稼働実験をする予定になったよ」
「そうですか」

ジェイルの話す内容に然程興味もないのか、瞳を閉じたままゆっくりと紅茶の入ったカップを傾ける。
そんな彼女の姿に気を悪くする気もなく、むしろ彼女らしいと苦笑を浮かべながらも、ジェイルの演説は止まらない。

「まあ、ガラクタとは言ったけど、ステルス機能やAMF(アンチ・マギリンク・フィールド)形成機能も持っているからね。
遠距離攻撃手段は持たないけど、攻撃も防御も魔力に依存するミッド式の魔導師にとっては十分脅威にはなるだろう。
その辺りも、稼働実験には含まれているから、今度の実験に選んだ次元世界には管理局から高ランクのミッド式とベルカ式の魔導師と騎士を派遣してもらう手筈になっているよ」
「……」

犯罪者であるジェイルが、取り締まる側である管理局に伝手があるというのはおかしな話に聞こえる。
だが、所詮は人の集まりでしかない組織なのだから、皆が皆、正義のために犯罪者を取りしまう一枚岩で成り立ってるわけでもない。
中には、犯罪者と通じ合って甘い汁を吸おうという輩が居ても不思議ではない。
もっとも、それ以前にジェイル本人から、管理局の上層部と繋がりがあると暴露されている。彼女にとってその話の内容に今更驚くような事は何もない。

だというのに、彼女はその片眉を僅かに顰めていた。
そんな彼女の反応に、ジェイルは「おや」と、内心不思議に思う。

「それで、その実験をする場所と日時はどのようになっているのですか?」

そして、彼女はカップをソーサーに戻すと、そんな事を尋ねて来ていた。その姿に、これこそ本当に珍しいと、ジェイルは改めて驚きを抱く。
彼女は技術的な事に疑問を呈する事なら今までも多々あったが、今回の彼女の質問の内容は技術的な事ではなく、その場所について尋ねられるとは意外だった。

「ふむ、まあ君に内緒にする程の事でも無いか」

驚いた。だが、それだけだ。
尋ねられたのなら応えるだけだと、彼女の質問に答えるべくその予定している次元世界の場所と日時を彼女に伝える。

「……そうですか」

ソレを聞いた彼女は、僅かに考え込むような素振りを見せる。
ジェイルには分からない事だが、彼女の脳裏にはとある人物の最近のスケジュールを思い浮かべられていた。
そして、その人物と、ジェイルの言う予定が丁度良く重なりあっていると気付く。

「私は予定が出来ましたので、今回はこれで帰らせて貰います」

確証はないし、だとしてもわざわざ自分が動く必要性もない。
だが、それでもなにか、胸の内にしこりの様なものを感じた彼女は、帰る旨を告げるとそのまま席を立つ。
取り越し苦労ならそれで構わない。大した事はないと、この嫌な気分を我慢するよりも、解消のために動いた方が有意義だという思考の下、彼女は行動を開始する。

「おや、今日は随分早いね」
「ええ、続きは次の機会にでもしましょう。
ああ、そうですね。ウーノはお菓子にも興味が出てきたようですので、今度来るときは私の行きつけの店のシュークリームでも持参する事にしましょう」
「そうかい、それは楽しみだよ」

ジェイルは、彼女の言う予定が、自分の実験に関係していると予想はついている。
だが、それでもあえて、特に何を言うでもなく席を立つ彼女を見送る。

自分と彼女は敵同士。もし彼女の行動が邪魔になったら排除すれば済むだけの話。
その場合は『次』が無くなってしまうが、その時は彼女のデータが手に入るのだから、それはそれで構わない。

さて、彼女はどう出るのかと思うと、嗤いがこみ上げてくるのをジェイルは感じていた。
そして、そのこみ上げてくる想いを我慢する必要はないと、客人のいなくなったゲストルームにジェイルの嗤いが響く。

「あら~、星光姉様は、もうお帰りになってしまったんですか~」
「ああ、丁度今しがた帰ったところだよ。タイミングが合わなくて残念だったね、クアットロ」
「うぅ、残念です。もう少し早く作業が終わっていればお会い出来ましたのに~」

と、そこへ、長い茶髪を三つ編みにした眼鏡の女性、戦闘機人の四番目であるクアットロが姿を現す。
だが、お目当ての人物はすでに居ないと知って落胆をしていた。

「ふむ、私が言うのもなんだが、他の娘達はみな彼女の事を嫌っているというのに、君だけは彼女の事を本当に気に入っているようだね、クアットロ」
「ええ、星光姉様の、あの誰が相手だろうとも一切の容赦なく力でねじ伏せるそのお姿。
そして私を見る冷たい眼差しを思うとゾクゾクしてしまいます。
強くて冷静、姉妹には優しく味方以外には等しく残酷であるドゥーエ姉様とは違う意味で私の憧れであり、目標なんです」

そうジェイルの言葉に答えると、クアットロは自身を抱えるように身震いをしながら何処か恍惚としたような笑みを浮かべる。
思い浮かべるのは、初めて彼女と逢った時の事。

たまたま外へ出ていた時に偶然に出会った彼女を、折角だから鹵獲してデータの足しにしようとしてあっさり返り討ちになった。
その時の自分を見下す、道端に転がる小石を見るかのような冷めた視線。
クアットロは自身が虫けら同然にしか認識されていない事に憤ったが、同時にその彼女の在り方に強烈な憧憬の念を抱いていた。

圧倒的なまでの強者である自負と実力を持ち、その力を行使する事に何の躊躇いもない。
この世の全ては自分の物とでも言いそうな傲慢な態度で、誰にも屈する事はない。

そんな彼女のように自分もなりたいと強く思った。
そして何時か、逆に自分が彼女の事を見下す事が出来たなら、それはどれだけ気持ちが良い事だろうと想いを馳せる。
故に、ジェイルのように友人と思わず、他の姉妹のように敵として見るのではない、憧れであり、目標として彼女の事を想う。
それが、クアットロの彼女に対する立ち位置。

「くく、そうかい。ああ、彼女の存在は本当に刺激になるね」

クアットロの想いを聞いて、ジェイルは浮かべる嗤いを更に深める。
彼女の存在は自分達に多大な影響を与えている。それは良い意味だけでなく悪い意味も多く含んでいる。
だが、それで良い。強い感情があってこそ想いや心といった生命の揺らぎは大きくなる。
それはただの機械では生み出す事の出来ない生命の輝きと呼べるものであり、それを知りたいからこそ、ジェイルは研究をしているのだ。

そうして改めて彼女の出て行った出口を、そして施設内に設置してあるサーチャーによる映像を手元に出した空間モニターを通して見やる。
彼女に対して強い感情を向けているのは、ここに居る自分やクアットロだけでは無い。
果たして彼女はこれから自分達に何をもたらそうというのか、それを思うと何とも愉しい気分になるジェイルだった。






彼女は勝手知ったる他人の家と、靴音も淀む事無く一定のリズムを刻みながら、何の迷いもなく通路を歩く。
普段ならこのまま足を止める事無く、出口まで真っ直ぐに行くところだ。

「……何のつもりかは知りませんが、出てきたらどうですか?」

だが、今回はその歩みを止める。そしてその足を止めた理由をと、自分が進んでいる通路の先を見据えたまま問いを投げかける。

「……」

そして、彼女の背後にある柱の陰から、銀髪の、小柄な外見をした少女、チンクが姿を現す。
いや、チンクの事を少女というのは語弊がある。チンクは小柄ではあるがジェイルの製作した戦闘機人の中でも四番目に稼働開始したので、この施設内では中々の古株だ。
そのため、外見だけなら幼い子のように見えるが、以降に稼働を開始した戦闘機人達の姉として振舞い、またその穏やかと言える人柄から妹達から慕われている存在だ。

ただ、今のチンクは姉妹達に向けるような普段の優しげな瞳ではなく、彼女の事を睨みつけるように、その双眸は厳しいものとしてあった。
そこに込められた感情は警戒や嫌悪といった物が多く含まれていると、背中越しで在りながら突き刺さるような視線から、彼女は感じとっていた。

「見ての通り、私は今から帰るところですので、用があるというのなら手短にお願いします」

振り返りもせずにいる彼女に対し、チンクは苛立ちを、そして彼女が本気になったらどうなるかを思い、固唾をのみ込む。
だが、ここで黙ったままではこうして彼女の前に姿を現した意味はないと、自らの心を鼓舞し、口を開く。

「……お前がどういった意図の下、ここに来ているのかはドクターから聞いている。
だが、わたしにはお前の事は認められない。お前の存在は危険だ。出来る事なら、もう来ないで貰いたい」

チンクはドクターが彼女の事を友人として扱っており、自身の製作者である人物の言う事であるのだから、自分もそれに倣うべきだと理解はある。
だが、それ以上に彼女の事を認める気がまったく湧いて来ない。むしろ、その姿を見るたびに『敵』だという認識を強めていた。

彼女の存在は、いずれ自分達に害を成すとチンクは予感していた。あの強い破壊の衝動を秘めた瞳に見つめられる度に、チンクは背筋の凍るような想いを抱いてきた。
彼女に対する認識は、自分を姉と慕う妹、そしてまだ稼働していない妹達の事を想えば更に強くなる。
今はまだ大丈夫だが、これから先、妹達に与える影響は、きっと計り知れない。

なら、今の内から対処をしてしまいたい。
チンクの中では、彼女を斃してしまう事が一番良い選択肢だとは思うが、諸々の事情を鑑みれば、それを選ぶ事は出来ない。
元々、今回の行動も自分の独断なのだ。出来る事は、出来る限り彼女を自分達から遠ざけるための交渉しか無かった。
故に、今こうして彼女の下に姿を現したのだと告げる。

「なるほど。話は分かりました。ですが、私は誰にも従いません。私を御せるのは私だけであり、貴女の言葉に従ういわれはありません」

だが、チンクの想いは彼女に届かない。一言の下に断じると、これで話は終わりであると、彼女は歩みを再開しようとする。

「待て……!」

だが、それをチンクは呼び止める。その手にはスローイングダガーが握られている。
ただの言葉では足りないというのであれば、次は武力による背景をちらつかせてでの交渉に臨む。
そんなチンクの想いに気付いたのか、彼女は歩みを進める事を止める。

「別に力づくで来るというのであれば、それはそれで構いません。どうぞ気兼ねなくその刃を私へ向けて放てば良いでしょう。
ですが、その場合は貴女も相応の物を失う覚悟を抱いて下さい」

そして、ゆっくりとチンクを振り返る。

「AMFを発生させられるこの場、そして仲間の存在と、地の利は貴女に有り、私の優位は然程ありません。実際に戦闘となれば私は撤退戦に徹しなければならないでしょう。
ですが、それは些細な事です。むしろ、貴女を壊す事が出来る機会をくれるというのであれば歓迎するところです」

彼女の表情は、緊張を抱くために強張っているチンクとは対照的に落ち着いたものだった。
そんな現実を目の当たりにして、チンクは自分の失敗を悟る。

「ええ、私は貴女を壊してしまいたいと思っていますよ、チンク。
ですが、今はそれ以上にこの場所の事を気に入っているので優先順位を下げているだけです。
その順位を貴女自身の行動で覆すというのであれば遠慮は要りません。さあ、思う存分殺し合いましょう」

彼女は愛杖のデバイスであるルシフェリオンを起動させると、その身に夜の闇を思わせるような黒を基調としたバリアジャケットを身に纏う。
その表情は普段通り淡々としたものではあるが、その瞳の奥には闘争を渇望するような色合いがあるようにチンクは感じて畏怖の念を抱く。
武力は彼女を脅す材料にはならない、むしろこちらに喰いつくための餌にしかならなかったと理解する。

「く……」

実際問題として、この場で本当に戦闘が開始されたなら不利なのは彼女の方であり、チンクの勝算の方が圧倒的に高い。それは彼女も分かっている。
だが、心情的に追い込まれているのはチンクの方だ。

今回は、殆ど独断専行で行動しているという自覚による負い目もある。
ドクターからは、彼女に対して手出し無用、とは言われていない。むしろ、各々の判断に任せると言われている。
故に、今回の行動を咎められる事はないとは分かっているが、それでもドクターを裏切っているような心情を抱いていたのも確かだ。
その想いが、彼女と真正面から向き合う事で、心の中ではっきりと露見されるのを感じていた。

だが、それ以上に自分の不利を知ってなお、彼女は揺らぎもしないという事に追い込まれていた。
彼女にはチンクを脅そうという気はない。単に事実を口にしているだけだというのだが、それがチンクにとってプレッシャーとなってその小さな身体にのしかかっていた。

チンクは実際に攻撃を加えるべきではないと判断するも、戦闘準備の整っている彼女を前に刃を収める事が出来ずに居る。
彼女の方は、チンクが口火を切って落としてくれるのを待つだけなので、自分からは動かない。
互いに望んでいるわけではないものの、この場には膠着に陥る。その緊迫感もまた、チンクを追い詰める要因となり、苛む。

「……どうやら貴女に戦う気は無いようですね。残念な事です」

時間にして僅か、ただしチンクの体感では非常に長い時間を超えて、彼女はその杖を収めていた。
元々は帰るつもりだったのだから、相手が引き留めないというのであれば当初の予定通りの行動に移すだけだ。

言葉にした通り、戦えない事に一抹の寂しさのような物を抱くが、だからと言って後をひかれるような事も無い。
そのまま身を翻し立ち去った。今度は誰にも引き留められなかった。

「はぁっ、はぁっ……!」

見送ったチンクは、彼女のその姿が見えなくなるまで武装を解除出来ずにいた。
そして彼女の姿が見えなくなったところで、その場に崩れ落ちるように両手を地面につくと、それまで止めていたかのように荒く呼吸を繰り返す。

「わたしは……」

チンクはこれから自分がどうすれば一番良いのかと思い、呟きを漏らす。
だが、答えは出ず、その疑問は空気の中へと溶けて行くようだった。









喫茶『スカさんの隠れ処』開店でーす。
綺麗なお姉さんお手製の美味しいお茶とお菓子がただで食べられ、BGMにはとある科学者の小難しいお話が延々と流れます。
交通の便はひっじょーに悪い立地条件の上、この場所の機密を漏らそうとしたなら、男前な3番目の女性か合法ロリな銀髪の五番目の少女に物理的に抹殺される危険性があります。
ですが、それでも構わないというのであればどうぞおいで下さいな?

というわけで、前話の裏話的に、星光さんとスカさんサイドとの交流でした。

ところで、スカさんって『ジェイル』が名前でいいんですよね?
なんかこう、SSを読んだりしているとジェイルって呼ばれているのが少ないから不安に駆られてしまうわけなんです。



[18519] Act Starlight-3
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/08/04 23:55

クイント・ナカジマ、メガーヌ・アルピーノのふたりは、首都防衛隊に所属しており、今は技術的、人道的観点から禁止とされているはずの戦闘機人の研究施設へと強制捜査の最中であった。
元々、今回の強制捜査は予定にはないものだった。だが、上層部からの辞令により、捜査を打ち切りにされそうになったために、予定を繰り上げて強行したのだ。

クイントもメガーヌも自分達に下った辞令には疑問を抱いていた。もしかしたら、自分達の所属する組織の上層部が一枚かんでいるのではとも推測出来ていた。
だが、自分達の隊長であるゼスト・グランツはそんな上層部への疑問よりも、今は目の前にある事件の解決を最優先とするべきだと示した。
ふたりとも、このミッドチルダには守りたいと思う家族達がいる。故に、ゼストの示した事は正しいと思うし、従うに値するものだとして上層部への疑問は呑み込んだ。
ただ今は、まだ明らかな事件を引き起こしてはいないものの、これから先危険となり得るものの芽を摘むために、この非合法組織を検挙する事に全力を傾けるだけだった。

現在、ゼスト隊長率いる部隊が以前から目星をつけていた研究施設に突入を果たしていた。その内容を見て、やはり自分達の推測は正しかったのだと確信を得ていた。
隊長であるゼストは管理局の中でも極僅かしかいないS+ランクを持ち、そんな彼に日頃から鍛えられている隊員の練度は高い。
その中でも特に高い実力を持つクイントとメガーヌのコンビは、ゼスト隊長率いる部隊とは別の部隊を率いて施設内部を奥へと進んで行っていた。

そして、最前衛を突っ走っていたクイントは、どうせ遠慮をする必要は無いと、目の前に現れた扉を殴り壊して新たな部屋へと突入を果たしていた。
そんな友人の無茶苦茶な直進の仕方に、追いかけるメガーヌは呆れながら、遅れながらもその部屋へと足を踏み入れる。

「……随分と荒々しい扉の開け方ですね」

その部屋に居たのは、骨董品と見えるようなテーブルに着き、落ち着いた様子でカップを傾けている二十歳頃といった外見のひとりの女性。

「……貴女は一体何者?」

クイント達は、その彼女の落ち着き払った態度に僅かに困惑を覚える。今、現在進行形でこの施設ないは自分達に攻め込まれている。
だというのに、どうしてそんなに我関せずと紅茶を嗜んでいられるのかが分からない。
こうして武装している自分達を前にして、どうしてそんなに落ち着いていられるのだと、警戒心が疑問となって、口を突いて出る。

「ああ、私の事はどうぞお気になさらず。見ての通りお茶をしているだけですので」
「……この施設の関係者を黙って見過ごせるとでも思っているの?」
「いえ。私はただ、美味しいお茶とお菓子が頂けると重宝しているだけで、此処の関係者ではありません。
関係者に用があるというのであれば、そちらの扉から行けば此処の主にすぐに逢えると思いますので、彼に直接話して下さい」

クイントが凄味を込めるように睨みを利かせても、彼女はそんなモノなど気にもならないと、動じる事無く自分は無関係だと口にする。
しかも、それだけでなく主の所在まで明かす彼女の真意が、どうしてもクイント達には分からなかった。

そんなクイント達の想いを知ってか知らずか、彼女は語るべき事は語ったと再びカップに注がれた紅茶を口にする。
その態度にも何の気負いも感じられない。その姿は本当に嘘など語っておらず、純粋にお茶を嗜んでいるように見える。
むしろ彼女の楽しみの邪魔をしているこちらの方が無粋なのではと思ってしまうほどの堂々とした態度だった。

だが、この場は非合法の研究施設であり、その中で平然とお茶をしている人物が普通なわけが無い。
クイントとメガーヌは部下達に目配せをすると、彼女が指し示した扉の向こうへと先行させ、自分達はこの場に残った。

部下達だけに先行させるのは問題とも思うが、苦楽を共にして訓練に励んで来た仲間の実力を信頼している。この先は任せても良いと判断した。
そして、此処から先に行くよりも、彼女の存在を放っておく事の方が危険な気がすると、ふたりとも何となく感じとっていたため、この場に自分達が残ったのだ。

「この施設は違法研究をしている疑いがあり、この場に居る貴女もまた参考人になります。
大人しくこちらの指示に従うというのであれば危害は加えません。
ですが、抵抗するのであれば相応の対処を以って貴女を捕縛させて貰います」
「……私は無関係だと言っているのですが?」

まずは、自主的に同行して貰いたいという旨をメガーヌが彼女に宣告する。
対する彼女の方は、あくまで自分は無関係であり、そちらの言い分を聞く必要性はまったく感じないという旨の言葉で返す。

「投降の意思は無し、と。なら、力づくで同行して貰うわよ?」

クイントは『リボルバーナックル』というデバイスを装着している両の拳を突き合わせ、重厚な金属音を鳴らしながら、戦闘の意欲を見せる。
メガーヌもまた実力行使もやむなしと、クイント程露骨ではないがその意志を示していた。

「……モノ好きな方達ですね。私は貴女方を見逃すと言っているのに、わざわざ敵対しようとしているのですから」

そんなふたりの態度を前にして、彼女もまた雰囲気が変わる。
ふたりの目的はあくまでこの施設関連であり、部外者である自分は関係ないと傍観を決め込み、視線を合わせる事すらしていなかった。
だが、そんな思惑とは別に、あくまで自分の前に立つというのであれば敵であり、敵であるなら無下にはしないと、ここにきて初めてふたりに視線を向けていた。

「っ!?」

そんな彼女の視線に晒され、クイントとメガーヌは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
彼女自身は相変わらずイスに腰をおろし、カップを手にしたままではあるが、その瞳にははっきりと自分達を敵だと認識している事が見て取れた。
そして、敵は殺すだけだと、言葉にしなくてもその瞳だけで十分に物語っていたのをはっきりと感じ、彼女は自分達が思っていた以上に危険な相手だと気付く。
ふたりには、彼女の実力はまだ分からない。それでもこの場は確実に彼女を捕獲するべきだと、後衛であるメガーヌが、自分達の中でも最大戦力である隊長のゼストに連絡を入れようとする。

「え……!?」

だが、ゼストに通信の一切が繋がらなかった。いや、ゼストだけでは無い。先行させた部下達にすらも連絡が届かなかった。
この状況を目の当たりにして、驚きのままに目を見開く。

「これは……、なるほど。おそらくはクアットロかウーノ辺りが施設内に魔力結合阻害領域、AMFを展開したようですね」

メガーヌのその様子から、もしやと思い、彼女は自分の掌の中で魔力球をひとつ精製してみる。
するとそれが自身の意志とは無関係に霧散するのを見て、今この施設内で魔力の結合を阻害するフィールドが形成されているのだと理解する。
魔法とはプログラムに従って魔力を使って効果を発生させているのだが、その燃料に相当する物の運用を阻害されれば魔法を使う事は出来ない。
攻撃魔法はもちろん、念話も魔法の一部なのだから通じない事も当然だった。

「侵入者を内部に十分引き込んでからのAMFを使用。どうやら此処の主は、貴女方を誰ひとりとして逃すつもりは無いようですね」

そして、魔導師にとって鬼門と言える効果を発揮するAMFを侵入されてからすぐに使用しなかった理由について当たりをつける。
もし侵入された直後に使用していたなら、侵入者はこの効果に気付いて、すぐに不利を悟って撤退をした可能性もあるが、此処まで侵入してからでは脱出する事も手間。
施設の奥深くまで侵入を許す事はデメリッドも多い。だが、今はまだ自分達の研究を明るみに出されるわけにはいかない故に、目撃者は全て確実に消したい。
おそらくはそういう思惑なのだろうと彼女は思う。

ただ、彼女はこれで目の前に居るふたりもまた著しく弱体化してしまった事と同義であるため、おそらくふたりと戦ってもあまり楽しくなさそうだと残念な気分になる。
一時はやる気を見せたが、これでは興醒めだと、彼女は立とうと浮かせかけた腰を再び下ろす。

「AMF、ですって……!?」

対するクイント達は、彼女が何気なく呟いた事の意味するところに危機感を抱く。
管理世界の魔導師の大半を占めるミッド式魔法は魔力を放出するのが主なのだが、AMF下では、その力の殆どを封じられたようなもの。
白兵戦に特化したベルカ式にしても、武器の強化には魔力を使っているので、こちらもまた制限を大きく受けてしまっている。
クイント達にも、自分達がそれなりの実力を持っているという自負はあるが、事前策も無くAMFに飛び込むのは自殺行為にも等しい。
実際、現状は既に退却する事すらも困難となっている。打破する術も殆ど無い。

もし魔法では無い銃器を使うというのであれば、この状況下でも打破する事も出来るかもしれない。
だが、時空管理局の謳う事として、質量兵器の使用はほぼ全面禁止されている。
当然の結果として誰もが魔法を使う補助であるデバイスは持っていても、質量兵器に準ずるような武装などを持っているわけも無かった。

「貴女ッ。今すぐこのAMFを解除させなさい!」

自分達には出来る事は無いのなら、出来る相手にさせれば良い。
そう思い、彼女に大して強い言葉を叩きつけるようにAMFを解除するように言う。
今目の前で、急に自分達に興味を失ったかのようにお茶受けのクッキーをかじっている彼女は、あくまで無関係だと言うが少なくとも此処では客人という立場のはず。
ならば、そんな人物を蔑ろにされる事は無いはずだと、彼女が口を出せば状況は変わるはずだと言い募る。

「私には貴女方の頼みを聞く理由も謂れもありません」

だが、彼女はそんな言葉を、にべもなく切って捨てる。
そもそも、彼女はこの施設へと侵入者が現れた時点で、ウーノに退避するよう勧告されていたが、その程度は気にする程の事も無いと、お茶を続けていたのだ。
そんな自分を援護する謂れも、たとえ彼女が倒れるような事になって生じる不都合などもジェイル達には存在しない。
故に、彼女自身が窮地に立たされたとしても何の援護も無いと彼女は理解している。

「……なら、力ずくで言う事を聞いて貰うわよ!」

そんな事情が彼女にあるのだが、クイント達には知るよしは無いし、一刻の猶予も無い事から余裕も無い。今はただ、このフィールドをなんとかしなければという一念だ。
だからと、僅かにある可能性に賭けるべく、クイントは拳を握り締める。

同時に、足につけているローラーブレード型のデバイスを起動させ、地面を一気に駆け抜ける。
確かにミッド式の魔導師にはAMFはキツイが、ベルカ式である自分ならまだ戦えると気炎を上げる。
射撃や移動系の魔法は使う事は出来ないが、近づいて相手をぶん殴るぐらいの事なら出来ると、接近の勢いのままに振りかぶった拳を彼女に向けて放つ。

「プロテクション」

だが、その一撃は彼女の展開した防御魔法の前に遮られる。並の魔導師が相手なら防御など関係無く吹き飛ばせるはずのクイントの一撃は、彼女の防御を破る事は出来なかった。
そして、その向こう側では目の前で拳が自身に迫っているというのに、まったくの涼しい顔で彼女はお茶を嗜む。

「そんなっ、AMF下でどうして魔法が使えるの!?」

そんな彼女の行動を目の当たりにして、メガーヌが信じられないと声を上げる。
自分は確かに魔法を使えなくなっているのに、どうして彼女は平然と魔法を使っていられるのだと叫ぶように疑問を呈する。

「AMFは魔力結合を阻害はしますが、完全に無効化しているわけではありません。
面倒ではありますが、阻害される以上の結合力で魔力を行使すれば魔法を使う事は出来ますよ」

そして彼女はあっさり種明かしをする。
彼女は魔法が使えない状況に陥ったとしても、幾つもの対処法を既に準備している。今回のコレもそのひとつ。
それは難しい小細工を弄しているのではない。単に力ずくで魔法を行使しているだけというものだった。

だが、言葉にするだけなら簡単ではあるが、実際にAMF下で魔法を使おうとしたら、それは高等技術だ。
それを片手間にとでも言うように容易く実行している姿がから、その実力の一端を良く表していた。

「私はこれでも防御魔法の出力には自信があります。その程度の一撃では無駄という物です。
もし本気で破ろうというのなら、その三倍は持って来て下さい」

そして、彼女は実際にクイントの攻撃を防いでみて、AMF下という状況では自身の防御の突破は無理であると判断を下す。
相変わらずクイント達の事など眼中にないと、防御魔法に守られながらカップを傾ける。


「……言ったわね」

クイントは彼女の余裕に溢れる態度と、その自信が過剰ではないと言えるだけの防御魔法の堅固さを身を以って体感していた。
だが、それでも今の彼女の姿に慢心があると、防御魔法に突き立てていた拳を引く。

クイントは一歩下がると、深く、大きく呼吸をする。そして真っ直ぐ前を見据えながら構えを取る。

「はぁぁぁっ!!」

一歩を力強く踏みしめる。踏み込みのエネルギーを下半身から上半身に伝え、腰の回転によりその方向を転換する。
デバイスからはカートリッジが排出され、手首部分にある歯車状のパーツであるナックルスピナーが高速回転による唸りを上げる。
全身の力。デバイスの力。その全てを拳に乗せて、一気に打ち出す!

「!?」

その一撃の前に、先程まで防いでいたハズのバリアが、ガラス板を砕くかのように破られた。
その事に彼女も僅かに驚きに目を見開く。

「もういっちょぉッ!!」
「プロテクションっ」

クイントはリボルバーナックルを両手にそれぞれ装着している。ならばもう一発やるのは当然だと更に踏み込んでもう一撃を放つ。
それを彼女は再び防御魔法を展開していたが、それもまた破られる。だが、その先には彼女の姿は無い。クイントの二撃目は彼女の座っていたイスとテーブルを破壊するだけだった。

「……アンチェインナックル、ですか。まさか私の防壁を単純に力技で破られるとは思っていませんでした」

ふたつ目の防御魔法は時間稼ぎと目くらまし代わりにと、既に安全圏に身を置いていた彼女は、クイントの成した事を看破する。

アンチェインナックル。

完成系は一切のバインドや防壁をも打ち破るとされる、格闘系の中でも難易度の非常に高い『技』だ。
クイントのそれは、ほぼ完成系と言えるものであり、まさに“何物にも繋がれない拳”を体現していた。
このレベルならば、たとえその身をバインドで拘束されたとしても、無理矢理引き千切りながら拳を繰り出せるだろう事を彼女は理解する。

「……どうやら貴女方の事を甘く見過ぎていたようですね。その点に関して謝罪をします」

そして彼女は、AMFの影響を受けながらも自分の防御を破る程の実力がある事を見破れ無かった事に対して頭を下げる。
そんな彼女の殊勝とも見える態度に、クイントは僅かに困惑を覚える。

「ええ、貴女方は私と戦うだけの力があると認めましょう」

だが、頭を上げた時のその瞳を見て、その自分の思いが勘違いであったと知る。

彼女は醒めたはずの興を、再び燃え上がらせていた。
ペンダントとして首から掛けていた自身のデバイスであるルシフェリオンをその手に取ると、起動させる。
直後、彼女の魔力光である桜色に包まれる。そしてそれが解かれると、闇色の戦装束に身を包む彼女の姿がそこにあった。

「う……」

そこに立つ彼女は、異常だった。
別に何をしているというわけではない。ただ立っているだけだ。
だが、彼女のその身体から溢れ出すようにしている禍々しい魔力の気配は、AMFなどお構いなしに畏怖の念を抱かせる。
知らず気押され、負けん気の強い方であるはずのクイントでも、思わず後ずさってしまうほどだ。

「私に喧嘩を売ったのです。今更逃げるなど締まらない真似はしないで下さい」

だが、彼女はそれ以上の後退を許さない。ルシフェリオンの石突きで床を突くと同時に、結界を展開する。
それは、位相空間をずらした封時結界などとは違う。単にこの場を障壁で覆い隠すように展開した、シンプルな結界だった。
物理的に壁で全方位を包囲されたようなものであり、またその強度も非常に高いために、確かに逃れる事は難しいといえるものだった。

「うそ、これってまさか……!」

だが、ふたり、特にメガーヌは彼女が展開した結界を目の当たりにして、別な意味での事実に気付く。
確かに彼女は逃がさないために結界を展開したのだろうが、この中では、先程まで阻害されていた魔力結合を通常通り行う事が出来たのだ。
目の前でクイントが戦おうとしているのをなんとか援護をしようと試行錯誤をしていたから、すぐにその事に気付いた。

「ヴァリアブルフィールドの広域展開です。AMFの効果はこの結界に遮られているので、内部では通常通り使えます。
無論、私とてこの範囲でこの質を何時までも維持は出来ません。精々は五分といったところでしょう」

彼女はメガーヌの気付いた事を肯定するように、自分の展開した結界の効果を教える。
AMFとは魔法を浸食してその結合を阻害する働きを持っている。だが、その魔法をAMFと中和するようにバリアで守れば、発動させる事が出来る。
高レベルの射撃魔法の使い手ならば、攻撃魔法の弾を外殻の膜状のバリアで包み、外部のバリアで相手のフィールドと中和させ、本命の弾を相手へと届かせる事が出来る。そういう話だ。

だが、今彼女がやっているのは、その部屋全域を覆う程のフィールドとして展開されている。
射撃魔法の弾という小型の物を対象としてバリアの膜を張るのでさえ難易度と魔力消費は高くなるのだが、今の彼女の負担はその比では無い。
だとうのに、まったく辛いような素振りなど表す事無く、彼女は改めてデバイスを構える。

「ですからどうぞ、全力でその五分間を抗って下さい」

これより戦いの刻であると告げる言葉が結界の中に静かに、でも確かに響く。
彼女は別に余裕からふたりに情けをかけているわけではない。どうせ戦うなら自分を楽しませてみせろと対等に戦える場を提供しただけ。
この結界の維持は確実に負担になっている。だが、その上で彼女は真っ向勝負を望む。

「……メガーヌ、これはもう、実力で切り抜けるしかないわよ?」
「そうみたいね。どちらにしろ、彼女は誰かさんのせいで私達を見逃す気はもう無いみたいだし、逃げようにもこの彼女の結界を突破した瞬間を狙い撃ちされるでしょうしね」

戦うという選択肢しか取れないと、ふたりは腹をくくる。
クイントはメガーヌの軽い嫌味に僅かに顔を顰めたが、ふたりにとってこの程度はほんのお遊び。むしろ、緊張し過ぎないように気を抜くのに丁度良いとお互いに分かっている。

「パイロシューター」

そんなふたりのやり取りを尻目に、彼女は誘導操作弾を発動させる。
朗々と紡がれる彼女の言葉と共に浮かび上がるのは、魔力弾の発射体である桜色の魔力球達。

「……シュート」
「!!」

停滞は一瞬。会戦の狼煙として撃ち放たれる。その全てがクイント達に襲い掛かる。
次々と着弾する魔力弾が魔力の残滓による霧を発生させ、それが爆煙となってふたりの姿を覆い尽くす。
傍から見れば全段的中であり、これで勝負がついたようにも見える。だが、彼女はそれでも油断する事無く静かに、爆煙の先にあるであろう姿を見るように視線を向ける。

直後、爆煙の中から幾つもの光の帯が現れる。それらが、結界内に縦横無尽に張り巡らされる。
そしてその光の帯を道として、クイントが続けて爆煙の中から駆けるように飛び出してくる。

「いっくわよ~っ!!」

そして、その勢いのままに拳を振りかぶる。
この閉塞空間である屋内こそが陸戦魔導師の本領であると、彼女へ向けて躍りかかる!

「パイロシューター、ディフェンシブシフト」

だが、彼女の方もさるもの、その動きを把握した上で、宙を舞わせていた誘導操作弾をクイントの行く手を阻むように配置をする。
元々、彼女の誘導操作弾は相手の動きを阻害、制限するためのものであり、相手を直接だとうする目的のモノでは無い。これこそが意味正しい運用法である。

とはいえ、彼女の魔力資質の影響もあり、単なる誘導操作弾でありながら単発で対象を撃墜するだけの威力が秘められている。
クイントもフロントアタッカーとして打たれ強さには自信はあるが、一発ぐらいなら十分に耐えられるかもしれないが、配置されている分は明らかにその防御力の許容範囲を超える。
このまま直進をしたなら敗北は必須。

「はぁぁぁっ!!」

だが、クイントは止まらない。むしろ更にローラーブレード型のデバイスに魔力を込めて加速を上げて行く。
自身の目の前に防御魔法を展開しながら、真正面からその猛威の中に突っ込んでいく。

「我が乞うは、城砦の守り、勇猛なる拳士に清銀の盾を。──エンチャント・ディフェンスゲイン!」

何故なら、今のクイントは一人では無い。その行動を理解する戦友の補助魔法の淡い光がその身を優しく包み込む。その魔法効果により、耐久力を向上させていた。
彼女の膨大な魔力によってAMFの魔法無効化を塗りつぶすほどの飽和状態の魔力に満ちている。
彼女も先程言った通り、この場でならクイントはもちろん、メガーヌも魔法を使える。

そして、メガーヌの補助を受けたクイントと、彼女の誘導操作弾が激突を果たす。

「痛っ……く、無いッ!!」

彼女の誘導弾は、単発でも十分威力があり、クイントの体力を、魔力を一挙に削っていくが、その全てを耐え抜き、突き破る。
振りかぶった拳に装着されたリボルバーナックルからカートリッジが排出され、唸りを上げる。
圧縮された魔力が、クイントの上半身から拳を強化する。

「猛きをその身に力を与える祈りの光をッ、──ブーストアップ・ストライクパワー!」

さらにダメ押しと言わんばかりに、完全にタイミングを合わせたメガーヌの魔法がリボルバーナックルに宿る。
ストライクパワーのその名の通り、打撃力を一挙に引き上げられたその一撃は、既に非殺傷設定など意味を成さず、物理的な威力で対象を粉砕する威力があると分かっている。

「ナックル──」

だが、クイントにもメガーヌにも手加減をしようという考えは頭には無い。
この相手はそんな事をしてなんとか出来るような相手ではないと理屈では無い、殆ど勘で理解をしている。

「──ダスターァァッ!!」

彼女は常の場合であれば、相手が真正面から攻めて来たなら、それを真正面から迎え撃ち、実力を持って圧倒する。
だが、クイントの一撃は単純な力技ながらも込められた力の総量が群を抜いているため防御をし切る苦しい。
その上、今は対AMF用の意味を込めた結界を同時展開している身の上では、防御は愚策であると思考する。

「──プロテクション!」

思考して、それでもあえて彼女は地をしっかりと踏みしめるようにして立ち、防御魔法を展開する。
確かに回避をするべきだが、この屋内という空間で、しかもクイントは足場として使う光の帯の影響で自由に動ける空間が少なくなっている。
この現状では、回避をし続けても遠くない未来の内に捉えられてしまう。だったら最初の一手から受けた方がロスも少ない。

なにより、先程彼女自身が、ふたりに対して逃げるような真似はしないように言ったのだ。その当人が逃げるような事など出来るわけが無い。
今回の戦いにはごく短い時間だけの制限がある。逃げてなどいられない!

「く、ぅ……」

彼女が防御魔法を展開した直後、拳と防御魔法のぶつかり合いとは思えないような、重い爆撃音と間違うような鈍い音が響き渡る。

真正面から受けて、やはりその威力は並はずれている事を実感する。
元々がカートリッジシステムによる威力の底上げされた一撃必倒のそれに、補助魔法による強化がかかっている。
シンプルながらも重い一撃に、彼女は膝を屈しそうになる。

だが、負けるつもりなど毛頭ないという自負が、彼女にはある。故に、逃げずに耐える!

「──ルベライト」

そして、彼女が使うのは拘束魔法。
拘束魔法の類いは、使用者と対象の距離が離れれば離れる程に発動に誤差が発生する。
だが、逆を言えばこの拳を打ち合う程の至近距離でならば、ほぼタイムラグゼロで拘束魔法を発動させる事が出来ると言う事。

防御魔法で相手の攻撃を受け切ると同時に拘束魔法で相手を束縛する。
中~遠距離戦を得意とする彼女にとっての、対近距離用の必勝法のひとつ。あとはこの拘束した相手に殲滅の一撃を加えて終わりだ。

「舐めるなぁぁっ!!」

だが、今相手をしているクイントはアンチェインナックルを習得しているシューティングアーツの使い手。
この程度の拘束などでは止まらないと力強く足で床を踏みしめる。下半身から腰へ、そして上半身へと力を増幅させながら移動させる。
そして、その身を拘束する光のリングを力づくで引き千切る……!

「ルベライト」
「な……!?」

だが、その直後、桜色の光のリングが澄んだ音を奏でながら再度クイントのその身を拘束する。

「ルベライト、ルベライト、ルベライト……!」

それだけでは終わらない。更に二重、三重と光のリングが積み重ねられていく。
至近距離であるため、発動にタイムラグの無いそれらに対してクイントでは抗う事が出来ず、光のリングに身体が覆われて行く。

「……アンチェインナックルは確かに厄介な技です。それは十分な脅威と認識します。
ですが、それが技である以上、構えからの一連の動作をする事が出来なければ成す事は叶わないはずです」
「くぅ……!?」

クイントの肢体を何重にもによる拘束魔法により雁字搦めにし、これで十分だろうと、彼女はふわりと後方へと跳び、ルシフェリオンの先端をクイントへと向ける。
同時に、ルシフェリオンはその形態を通常状態から砲撃形態のそれへと変化させる。
彼女の足元にミッド式の円を基調とした魔法陣が展開される。ルシフェリオンを取り巻くように円環状の魔法陣が展開される。
何より、そこに集約される膨大な魔力から、砲撃魔法を放とうとしている事が誰の目にも明らかであった。

明らかなオーバーキルでありそうな砲撃魔法の気配に晒され、クイントの顔が恐怖に蒼く染まる。
恥も分外も無い。ただ全力で逃げなければと、動かない身体を無理矢理に総動員して、バインドを引き千切っていく。
咄嗟の事に火事場の馬鹿力も働いているのか、全身の筋肉が断裂するような痛みを覚えながらも、身体を動かしていく。
メガーヌもまた、バインドブレイクの効果のある魔法を使ってクイントを縛るバインドを破壊していく。

「大丈夫です。私にいたぶる趣味はありません。……一撃で潰します」

だが、彼女の砲撃魔法のチャージ完了の方が早かった。
冷たく、そしてただ事実を口にするだけと、これで終わりだと宣告する。

「ブラストファイアー!!」

桜色の魔力光が一挙に膨れ上がり、解き放たれる。それはクイントを、そしてその後ろに居たメガーヌの姿をも巻き込んで突き抜けて行く。
自身の手で展開していた結界を突き破り、部屋の壁をも破壊して爆散する砲撃の嵐は、もうもうと爆煙を巻き起こす。

「……私は一撃で潰すと言ったのですが、有言実行が出来ずに残念です」

そして、砲撃を放った先では無い、脇に視線を逸らして言葉を呟く。

「く、ぅ……」
「大丈夫っ、クイント!?」

そこに居たのは、クイントとメガーヌのふたりの姿。
あの瞬間、本当にギリギリのところでバインドを破壊し終え、ローラーブレード型のデバイスを全力稼働させて回避をしていた。

だが、直撃はなんとか回避は出来たがそれだけだ。彼女の砲撃魔法のその余波だけで、十分にふたりから戦力の全てを奪い取っていた。
特にバインドを破る事と、その直後の離脱とメガーヌを庇った行為に余程無茶をしたのか、魔法を使う事はおろか、立つ事すらままならない状況であった。

「どちらかといえば一撃必殺が信条なのですが、此処はよく私に二撃目を使わせたと、貴女方の健闘を讃えましょう」

そして、再び彼女はルシフェリオンの先端をふたりに向ける。
今度こそは外さない。確実に砲撃を中てるとその態度で物語る。

「あなた、一体何者、なの……?」

既に手詰まりという状況の中で、メガーヌがぽつりと疑問の言葉を投げかける。
クイントもメガーヌも魔導師のランクはAAであり、これは管理局の中でもかなり上位に位置する実力者である証明だ。
そしてそんなふたりがコンビで戦うなら、たとえSランクオーバーを相手取ったとしても十分に戦えるはずだった。
だが、実際には殆ど一方的にやられてしまうという現実を突き付けられた。
そして、これほどの魔法の使い手が無名であるはずもないという疑問が口を突いて出ていた。

「……ああ、そう言えば私はまだ名乗っていませんでしたね」

問われた彼女は、名乗る事をすっかり失念していたと何気ない様子で口を開く。

「私は闇の書の再構築体である“砕け得ぬ闇”です。
貴女方からすれば、『星光の殲滅者』と言った方が通りは良いですか?」

彼女はデバイスの先端を僅かに下げ、戦いの流儀に則るべく改めて名乗りを上げる。

「星光の……」
「……殲滅者!?」

そしてふたりは、自分達が相手取ろうとしていた相手が何者かを知る。そして、何故彼女はこんな場所にいるのだと半ば混乱じみた思いを抱く。

その悪名は知っている。
出会った相手に破滅を運ぶ黒い天使。星の光を思わせる魔法で全てを殲滅する。
第一級のロストロギアである、悪名高き『闇の書』が独自の自我を持って世界を渡り歩く姿。
最近の管理局内で重大なニュースとして取り上げられていた話であるのだから、クイントもメガーヌもその名を聞き及んでいた。

だが、その目撃例の多くは他の次元世界であり、ミッドチルダにおいてはその名はあまりなじみは薄い。
さらに、管理局の一部では彼女に対して肯定的な意見を口にする人も少なからずいた。
曰く、闇の書のように自身を中心にひとつの次元世界を崩壊させるような事は無く、更に破壊の対象は戦場や管理局が手を出しにくい相手ばかりだった。
平穏な世界とは無縁の彼女は、上手く利用をすれば平穏を害するものを排除する役割を果たさせる事が出来るはず。
……そんな話を聞いた覚えもあった。

だが、それは彼女の人となりを知らない人が、齎されたデータから勝手に都合のよい姿を想像しただけのものだと実感する。
彼女は、危険だと、本能が警鐘を鳴らす。

「それではさようなら。楽しいひと時をありがとうございました」

その事をようやく知った。だが、それは全てが遅すぎた。目の前に迫る桜色の魔力の奔流に、その意識は完全に刈り取られた。






「……客人である貴女の手を煩わせるような真似をさせてしまい、申し訳ありません」
「別に構いませんよ、トーレ。私は全てを理解した上で此処に居座っていたのですから」

戦いの余波で完全に壊れてしまっていたティーセットの前に、何をするでもなく佇んでいた彼女に、戦闘機人の3番目であり、実質的に実戦のリーダーであるトーレが声をかけていた

トーレはつい先ほど、チンクが侵入者達の隊長であり、魔導師ランクがSオーバーのゼストを撃破したという報告を受けていた。
それにより侵入者は全滅を完了していた。故に手が空いたので、彼女の元を訪れていた。

トーレとしては、主であるジェイルが彼女を客人として扱っている以上、自分もまたそれに準ずる接し方をするべきだと思っていた。
だが、実際には自分達の実戦経験不足を補うために彼女の存在を利用するべくクアットロが状況操作をしていた事を苦々しくも思っていた。

もっとも、そんなトーレの心配などは杞憂でしか無く、彼女はクアットロの行動も理解した上でこの場に居続けた。
それに、彼女自身にもAAランクの魔導師のリンカーコアをふたつも得る機会があったのだから、十分な収穫があったのだから文句など言うはずも無かった。

「そう言っていただけると気分が楽になります。
……それにしても、随分と景気良く砲撃魔法を使いましたね」

トーレが見た先は彼女の砲撃魔法によって作られた跡。
正直に言ってしまえば、今回は侵入者以上に彼女が一番被害を出していたのだが、それは言葉にせずに口を噤む。

「この魔導師ふたりはどうぞお好きなようにして下さい」

彼女の足元には、無造作に転がされたように、クイントとメガーヌの姿があった。
強力な魔力ダメージの上、リンカーコアの蒐集をされたふたりはピクリとも身動きをしていなかった。
彼女が指し示さなければ、ただのもの言わぬオブジェクトでしかなかった。

「……実は以前から疑問に思っていたのですが、どうして貴女は非殺傷設定で魔法を使うのですか?
貴女のその行動理念を考えれば、殺傷設定の魔法の方が都合が良いと思うのですが」

だが、クイントもメガーヌも僅かだが、胸を上下させ呼吸をしている。死んではいない。
その事を確かめたトーレが、ふと常々思っていた疑問を彼女にぶつける。

彼女の目的であり、存在理念は『世に破壊を齎し、怨嗟の声を響かせる事』だと、ジェイルからは聞いていた。
だが、それを実行するのなら、相手を殺してしまう事が正しいはず。なのに彼女は常時使う魔法は非殺傷に設定している。
これでは彼女の目的とは矛盾するのではないかと思っていたのだ。

「簡単な事です。断末魔の叫びは最初で最後の1回だけですが、苦悶の叫びは生きている間なら何度でも上げさせる事が出来るからです。
それに、一度完膚無きまでに叩きのめされてなお立ち上がってくるような、強い相手とは何度でも戦いたい。
……その程度の理由です」

別に情けをかけているわけでもないし、相手の生存をどうしても望んでいるわけでもない。
一応非殺傷設定の魔法を使っているが、それで相手が死んでしまっても、その程度の事で死んでしまうような運の無い相手など、生かしている意味も無い。
彼女にとっての非殺傷設定とは、彼女と再戦する資格があるか無いかの選定の手段の様なもの。

彼女は自分の欲求を満たすためにしか行動をしない。
ただし、その欲求を満たすための努力ならば怠らずに全てこなす。

それが、彼女の生き方だった。

「それでは、皆後始末に忙しいでしょうし、今日はここでお暇させて貰いましょう」

トーレの疑問には答えたと、彼女は踵を返す。
その背中は何処までも孤高で、そして力強かったとトーレは見送りながら思った。










ぐちゃぐちゃにされたお気に入りのティーセットの恨みぃぃッ!!
……砲撃をぶっ放した理由にそんなものも含まれています。

更新は2週間毎を目指していたのですが、今回は遅れてしまいました。
この間、新しいゲームを購入してプレイしていたらつい夢中になってしまい、SSを書く時間が無くなってしまいました。
はい、単なる言い訳ですね。

実はもう一つやりたいゲームの発売が迫っているんですが、本当にそれも購入したなら、はたしてどうなるか……?



[18519] Act Starlight-番外編2
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/08/18 21:10

「……ある程度は予想していましたが、これは都心の喧騒とはまた違う騒がしさですね」

普段の装いとはまた違う種類の衣服を身に纏い、道の真ん中に立ちながら彼女はふと言葉を漏らす。
あちらこちらから威勢の良い声が上がり、自分の脇を駆け抜けていく子供は楽しげな笑いを上げている。
今、彼女の目の前にあるこの神社の境内は、今日ばかりはと普段の静かさとは打って変わって活気に溢れていた。
その様子に、まるで別な世界に迷い込んでしまったのではという錯覚を彼女に抱かせる。

「ほら、早く行きましょう?」
「あ……」

彼女が無表情の中でも驚き戸惑っている事に気付いた連れが、その手を引く。
そして、彼女の方もその手に抗う事無く、喧騒の中へと踏み込んでいく。


──今日は、夏祭りだ。


事の発端は、彼女が久し振りに翠屋のケーキを食べに来たときの事。
彼女はいつも通りにケーキを食べに来ただけだったのだが、なにやら町全体が浮き足立っているような、そんな雰囲気を感じた。
一体どうしたのかと疑問に思い、そして疑問があるのなら解消するべきだと翠屋のマスターである士郎に尋ねた。
そして返ってきた答えが、今日から夏祭りが催されているという事だった。

彼女は夏祭りというものは初めてだった。だが、特別何かをしようという思い入れも無い。
精々が帰りがけにでも少し顔を出してみようか。その程度の認識だった。

「そうだ。折角だから私と一緒に夏祭に行ってみない?」

だがここで、桃子からそんな提案が上がって来た。

桃子、そして士郎達は彼女は普段どのような環境の中に身を置いているかは、聞いていないので詳しくはしらない。だが、殺伐とした環境だというのは雰囲気から何となく察していた。
だが、だからこそこの自分達の娘によく似ている女性にはもっと色々な物を見て、知って欲しいと思っていた。
彼女は望んでそんな生活をしているとしても、世の中にはもっと他の選択肢があると知ってほしい。

故に、殺伐としたものではない、ありふれたような楽しい事を彼女に体験させたい。その一環として夏祭に誘ったのだ。

「……そうですね。別に断る理由もありませんので──」
「なら早速準備をしましょうか。あなた、お店の方はお願いしてもいいかしら?」
「ああ、こちらの事は任せて楽しんで来てくれ」
「それじゃあやっぱり浴衣からよね。えーと、確か押し入れに入っていたはず……」

桃子の行動は早かった。彼女が了承の旨を最後まで言い切る前に前掛けを外して帰宅の準備を始めていた。
そして士郎もまた、桃子が抜けた穴を埋めるべく、これからのシフトについて思考を巡らせていた。
この唐突とも思える高町夫妻の行動の前に、彼女はただ驚くばかりだった。


……と、そんな事が数時間前にあったのだった。

今の彼女は、桃子が何処からか調達してきた浴衣を身に纏っている。
藍色の布地の中に花火を象った色とりどりの刺繍がしてあり、また、普段は下ろしている髪も今回は頭の後ろの部分に結われており、彼女の落ち着いた雰囲気に良く似合っていた。

「あれは……?」

彼女は最初は少し尻込みしているような様子だったが、既にいつもの調子を取り戻した様子。
何か興味が引かれるものを見つけたのか、すたすたと歩き出す彼女をみて、桃子はなんとなく苦笑を浮かべながらその背中を追いかけるのだった。





『まずは』


「おめんを購入しました」

桃子は、この夏祭初心者の彼女をまずは何処に連れて行こうかと考えていたら、いつの間にか夏祭グッズを出店で買ってきていた。
彼女としては、別に桃子に自身の購入した物を見せる必要性は無いとは思っていたが、なんとなく記念すべき夏祭初めての品だという事で、見せてみたいと思ったのだ。

ちなみに、桃子は今の彼女の姿に『フリスビーを取って来たわんこ』の姿を幻視していたのは内緒だ。

「あら、白いキツネのおめんね。うん、可愛いと思うわよ」
「ただ、これを着けると前がよく見えません。
強度も無い上、視界も制限されては防具として役に立たない以上にデメリットしかありません。何故このような物が売り物として陳列されているのか理解に苦しみます」
「え~と、そういう事じゃないと思うんだけど……。ちょっと貸してみて?」

桃子は明らかに妙な勘違いをしている彼女の手からおめんを受け取ると、彼女の頭に引っ掛けるように斜めにつけてみる。

「うん、こうすればかわいいと思うわよ」

最後に少し位置を調節して、桃子は満足げに彼女のその姿を見やる。
彼女はあまり明るい色を身につけず、黒系が多い中で白いキツネのおめんはアクセントになっていてよく似合っているように見える。

「顔を隠すべき防具を、あえて顔を晒すように装着するとは……奥深いですね」

まあ、相変わらず彼女の認識はずれている様子なのは御愛嬌と思う事に、桃子はした。





『小腹が空いてきたので』


夏祭の出店が軒を連ねる中では、食べ物屋の割合が非常に多い。
そして夕刻でまだ食事を取っていないふたりが香る匂いに釣られて空腹感を覚えるのは当然の成り行きだ。

「う~ん、星さんは何か食べたいものはある?」

桃子は、今日は彼女の案内がメインであるので、まずは彼女の意見を聞いてみる。

「そうですね。どれも初めてで興味深いです」

彼女は出店の一軒一軒を眺めるようにしながら、桃子の問いに答える。
並ぶ品は知識ではどんな食べ物かは知っているが、それは実際に食べてみなければ美味しいか美味しく無いかの判断は出来ないと今までの経験から分かっている。
だが、これほどの数を目の前にすると、どれかを選ぶというのも難しいと彼女は思い、

「なので、端から順序に全ての出店の品を食べてみましょう」

ちょっとそれは無理だと思う桃子だった。





『驚きの味わい』


どうせ全種類を制覇しようとしても、ふたりともそこまで多くを食べれる訳ではないという事で、全部は諦めるとしてとりあえず一番近場にある物にする事にした。

「はいどうぞ! 出来たてで熱いから気をつけてな!」

店の人に代金を渡して受け取ったのはたこ焼きだ。
彼女は早速開けると、球体の形に焼き上げられたそれが現れ、何とも言えない良い香りが漂ってくる。

「星さん。出来たてのたこ焼きは本当に熱いから気をつけてね」
「分かりました」

彼女は桃子の忠告を受け、念入りに息を吹きかけてたこ焼きを冷ます。そしてこれくらいで十分だろうというところで息を吹きかけるのを止め、一口で頬張る。

「あ……っ!」

彼女は口の中に入れた感覚ではそれなりにまだ熱いが、十分に食べれるくらいに冷めていると判断した。たこ焼きを食べるべく思いっきり噛む。
その彼女の行動に、桃子は慌てた声を上げるが既に時遅し。

「あふっ!?」

たこ焼きは表面は冷めても中は十分に熱いまま。噛んだ事で、たこ焼き内部にあるその生地とタコが彼女の口の中に一挙に流れ出す! それはさながら噴火した溶岩の如し。

「……」

憐れ、その蹂躙に口内をモロに晒してしまった彼女は涙目となったのだった。

「……かき氷、食べる?」

──コクコク

そして、熱いのを冷ますべく桃子はかき氷を勧めると、彼女は無言のままに何度も頷いて見せていた。
ちなみに、彼女はこの直後にかき氷を手早く食べ過ぎて頭痛に苦しむ事になる。





『結局は』


「わたあめ……。原材料の通りのストレートな甘さだけですね」

「お好み焼き……。大味過ぎです。殆どソースを食べているような気分です」

「りんご飴……。何故りんごと飴を組み合わせたのかが理解できません」

「かき氷……。削った氷にシロップを掛けただけで五百円というのはぼったくりでは?」

「焼きそば……。麺が伸びていて食感がいまいちです」

「からあげ……。しょっぱいです。塩分の取り過ぎになりそうです」

出店で購入した食べ物に対して、彼女は率直に酷評をつけて回っていた。

「ほら、星さん。品評もいいけど口の周りにソースが付いているわよ」
「むぐ……?」

でも、全部美味しくいただきました。





『出会い』


一通り食べ物屋を巡り、腹も膨れたところで、ふたりは次にくじ引き屋を訪れていた。
くじは一回五百円という事で、千円を渡して二回分くじを引かせて貰う事になった。

「あ~、残念。7等とハズレだね。はい、とりあえず7等の景品だよ」

が、結果はそんなモノだった。
とはいえ、特に落胆する事も無く、彼女は7等の景品を受け取る。

「これは……」

そして、今、彼女の手の平の上には一匹の黒ネコを象った小さめの貯金箱。
その妙にデフォルメされた黒ネコのつぶらな瞳が真っ直ぐに彼女の事を見つめていた。
彼女の方もまた、なんとなく黒ネコ型の貯金箱から視線が外せない……!

「……」

そこには、彼女と黒ネコのふたりだけの世界が構築されていた。





『このくじ引き屋はハズレなしがウリらしい』


「お~い嬢ちゃん?」
「……はっ」

くじ引き屋の店主に声を掛けられ、彼女は現実に戻って来た。
彼女が隣を見れば、桃子が苦笑しながら見ていたという事に気付き、気恥かしさを覚えて頬が熱くなるような気がしていた。

「はい、ハズレの型抜きだよ」
「……なんですか、これは?」

そんな中、くじ引き屋が彼女に2枚の小さな板の様な物を差し出してきたので、先程までの事は無かった事にするように彼女はそれを受け取る。

「……味はありませんね」
「いや、ソレは食べ物じゃないからね」

彼女はとりあえず半分食べてみたが、ピンク色のお菓子のような見た目の割に美味しく無かったと眉をひそめる。
そしてそれも当然と、くじ引き屋が型抜きについて教えてくれた事によると、これは、小麦粉で出来た板に彫られた形を綺麗に抜き出すという遊び方をするものであるという事。
そして、型抜きを成功させたなら、抜いた型に応じた賞金が出るという事だった。

「なるほど。まあ、やりませんが」

……だが、彼女は興味が湧かなかったらしかった。
というか、既に型抜きの板には彼女の歯型が付いているので、そもそも挑戦が出来ないのだが。





『強敵現る』


「……弾が真っ直ぐ飛びません」

次に彼女が挑戦したのは射的屋だった。
彼女は魔法を使うためのデバイスではあるが、実物の銃器の使用経験があるので密かに自信があったのだが、実際にやってみれば的にかすりもしなかった。
まあ、これは玩具の銃であるし、打ち出す弾もコルクなので空気抵抗をモロに受けて弾道が安定しないので、真っ直ぐ飛ばないのはある意味当然だ。

「……」

だが、彼女は基本、負けず嫌いなのだ。
武器が悪いからといって泣き寝入りするつもりは毛頭ない。出来る中で最善をこなすだけだと意識を集中させる。

トリガーを引く事によって発生するエネルギー。その伝導率。発射角度。打ちだされた弾の受ける空気抵抗。風向き……。

(見えた……!)

真っ直ぐ飛ばない理由は理解した。ならば後はその要因を全て計算し尽くす。
“砕け得ぬ闇”として持つ演算能力をフルに活用して、必殺の一撃を的に届けるただそのために……!

──ポコン

「……当たったのですが?」
「いや、残念だね。倒れないとポイントにならないんだよ」
「……」

──ポコン
──ポコン
──ポコン

「……まったく倒れないのですが?」
「はは、そうだね~」

的並ぶ台の中央に鎮座する『王将』と彫り込まれた木製の大きな置物は、相も変わらず泰然とそこに在り続けていた。





『続・強敵現る』


彼女はかつて無い敵の存在に戦慄を覚えていた。
今までも難敵は多く出会って来た。だが、そのどれもが諦める事をしなければ打倒の可能性は僅かでも確かにあった。

「く……っ」

だが、今相対している敵は、倒れない。倒す手段が存在しないのだ。その事実が彼女に重くのしかかる。
最強を目指す自分が、こんなところで挫折してしまって良いのかと心を苛む。

……まあ、実際にはあの置物は射的の景品というよりはただの飾りの様なもので、店側としても取らせようという意図は最初から皆無の品なのだが。

「ねえ星さん。あの置物がそんなに気に入ったの?」

そんなどうでもいいようで、彼女は真剣に葛藤している中、桃子がその背中に声をかけていた。

「……気に入ったという訳ではありません。ただ倒したいだけです」

彼女はこの状況で何故桃子が声をかけて来たのかは分からない。
だが、尋ねられた以上は答えを返さなければと、返事をする。

「なるほど、分かったわ。ならちょっと待っててね」

桃子は彼女の真剣な瞳を前にして、ひとつウィンクをしてみせていた。





『真・強敵現る』


「ねえお兄さん。あの置物って倒れないのかしら?」
「あー、あれねぇ……」
「あの置物って倒れないのかしら?」
「う~ん、他のモノならサービスしてもいいけど……」
「倒れないのかしら?」
「いや、ちょっと……」
「倒れないの?」
「う、ぐ……」
「倒れるわよね?」
「…………」
「よし。それじゃあ星さん、もう一回やってみて」

彼女は桃子と射的屋との会話の意味は分からなかったが、とりあえず指示通りにもう一度撃ってみる。

──ポコン

まあ、結果は相変わらず……

「おー、地震が~」

……と思っていたら、射的屋わざとらしい棒読みのセリフと共に置物に歩み寄ると、そのまま手で倒してしまっていた。

「やったわねっ、星さん。あの置物はゲットよ!」
「……」

彼女の中では予想外過ぎる展開の前に、珍しい事に開いた口が塞がらないでいた。
とりあえず、心の中で密かに桃子への尊敬の念を抱いていた。





『強敵現る・その後』


「……重い」

手に入れた王将と書かれた木製の置物は、重くて大きくて歩くのにやたらと邪魔だった。






夏祭、今宵の締めとして色とりどりの花火が上がり、夜空を彩る。
それを、彼女と桃子は肩を並べて見上げていた。

「……今日は楽しかったわ。付き合ってくれてありがとう」

桃子は花火を見上げたまま、今日の出来事を思い返していた。
最初はあっちへふらふら、こっちへふらふらと思うままに動く小さな子供のような彼女を、放っておくには危なっかしかった。
もし迷子になったとしても、いい大人なのだから相応の対応は出来ると分かっていても、世話を焼かなければという思いだった。

だが、それは別に面倒とか、大変などという事は無い。むしろ楽しかったとはっきり言えた。
最初こそ彼女の保護者の気分で居た桃子ではあったが、今はただ、彼女との些細なやり取りが純粋に楽しかった。
普通の友人として一緒に夏祭という時間を過ごしていると思っていた。

彼女は特に楽しそうな表情を浮かべていたわけではない。だが、率直な物言いをする彼女が不平不満を一言も口にしていなかったのは、彼女も楽しんでいた事だと思う。
今日は突然の申し入れだったが、こうして楽しんで貰えて、自分も楽しむ事が出来たのだから良かったと思うと、自然と感謝の言葉が口を突いて出ていた。

「いえ、別に礼を言われる事は何もありません」

そして彼女の方は、相変わらずの仏頂面で何でもないと答えてみせる。
そんな『らしさ』が可愛い気がして何となく桃子は笑みをこぼす。

「……何でしょうか。今の貴女の笑みを見ていると、私は面白くないという想いを感じます」

何処か拗ねたような態度を見せる。あまり表情は豊かではないが、最近は初めて出会った時と比べて感情は豊かになっている気がする。
そう思うと、彼女には悪いが余計に嬉しくて笑みを収める事が出来ない。
そして、そんな桃子の態度に、彼女は更に不機嫌そうな雰囲気を醸し出す。

「ただ──」

だが、桃子が改めて彼女の顔を見た時、そこには何時もの感情の薄い表情は無かった。

「──私も今日は楽しかった。それは間違いのない本当の事ですね」

彼女は薄く微笑んでいた。それは、『楽しかった』という想いが本当の事であると十二分に物語っていたように桃子は感じた。
打ち上げあられた花火によって照らし出されたその表情は、とても綺麗なものに桃子は見えた。











りんごは美味しいよね。飴も好きだよ。だがりんご飴、おめーはダメだ。そして同じ理由でチョコバナナも認められない……!
まあ、結局は美味しく頂くわけなんですが(笑)

8月という事で、前もって言っていた通りの番外編を書いてみました。
今回は何時もとはちょっと違う試みとして、四コマ漫画のイメージで書いてみました。
というか、自分は服のセンスがちょっとアレなので、星光さんと桃子の浴衣が良く分からなかったです。
見栄は張らず、前もって聞くでもしておけばよかったのかなぁと反省中。


夏祭のネタを書くという事で、随分と久しぶりに地元の夏祭と、初の試みとして自転車で一泊野宿しながらちょっと遠くの花火大会を見に行ってみました。

結論。
ひとりでの夏祭はちょっと寂しいかったです。そして食べる以外にする事がなかったので色々と食べていたら財布が随分と軽くなりました。
その後は……、気付いた人だけに分かってもらえればそれで良いという事で、あえてノーコメントです。
意味不明と思われるかもしれないですが、それはそれでおっけーです。無理に気にしないで下さい。



[18519] Act Starlight-4
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/09/01 20:49

“星光の殲滅者”と呼ばれる彼女には、ひとつの計画があった。


思い着いた当初はあまり益の無い事だと思っていたのだが、なんとなく時間が空いた時に暇つぶし程度の気持ちで構想を練って来ていた。
そして一通りの構想を経て、それが実現可能かシミュレーションをしてみた結果、手間はかかるが可能という結果が出た。
ならばやらない手はないと、その構想を実現のものとするべく計画を打ち立てたのだ。

それは初めての試みであり、実際に行動に移してみると上手くいかない事も多々あり、そのたびに計画の修正を余儀なくされていた。
だが、やると決めた以上は妥協するつもりは一切ないと真剣に取り組んでいった。

そして、そのときは訪れた。

外観は飾り気のないシンプルな箱型。だが、彼女のこだわり抜いた重要な部分はその中身。
様々な次元世界を渡って素材を集めた。
素人の域を出ない自分よりもと、その道のプロに依頼をした。
資金に糸目はつけず、最高の素材と技術を用いて作られたそれらをふんだんに盛り込んだ。


完成したそれは至極の──ランチボックスだった。


「食材の生産法から細部にわたって拘った結果、ここまでたどり着くまで随分と時間がかかりました」

彼女はこうして実際に出来あがったそれを前にして、何とも感慨深い思いを抱く。
優先順位の低い事柄であり、本当に片手間に続けて来たのだというのに、完成をさせた事に自分の事ながら驚いていた。

とはいえ、ここで終わりというわけではない。これはランチボックスである以上、自身が食して満足を得てようやく本当の意味で完成と言えるのだ。
ならば躊躇する理由は無い。実現された自分の構想をじっくりと味わうべくそれを手にして相応しい場所へと赴く。

訪れたのはミッドチルダの首都であるクラナガンにある公園。
クラナガンは現在の次元世界で最も広まっているミッドチルダ式魔法の発祥の地であり、開発も進んでいる。
それでも植物の緑の与える癒しを求め、この場所のように自然に溢れる公園が幾つもある。
今日は平日という事もあり人数はそう多くなく、静かなものだった。
彼女の目的はあくまでランチボックスの出来を見る事であり、わざわざ遠出をする必要も無いとここの場所を選んだ。

「……この辺りでいいですね」

一通り歩き回ってから、ある程度開けた場所で足を止める。
遠くには喧騒が聞こえるが、ここでならば邪魔は入らないだろうと見定める。

「……」

汚れてはいけないとシートを敷いてその上に腰を下ろすと、この計画における重要なものであるそれを中央に置く。
これで準備は整った。時間も昼前と頃合いであると判断をする。

彼女はおもむろにその箱のふたを開ける。
そこに入っているのは、量産品では無く原材料から吟味を重ねた品々。
自分でもある程度は製作可能ではあるが、その道のプロの手によって作られたそれらはそこにあるだけで輝きを放っているように瞳に映る。
やはり自身の選んできた道は間違っていなかったと信じられる思いだった。

「いただきましょう」

手を合わせて挨拶をひとつ。ランチボックスへと手を伸ばす。
最初に手に取ったのはタマゴサンド。シンプルなそれではあるが、だからこそ素材と作り手の技量によって大きく味が左右される。
彼女にとってこれが最上であるはずだが、まだ自身で味わっていない。果たしてどれほどの出来となっているかに心躍らせながら口にする。

「……」

じっくりと味わうように瞳を閉じて、ゆっくりと咀嚼する。
と、普段は無表情で固まっているようなその表情が緩む。本人は何のコメントも出していないが、その幸せそうな表情を見ていればすぐに分かる。
そして、彼女の下した評価は最高のものであるという事だった。
長い月日に準備を費やしたランチボックスの出来は、満足できるものだった。

温かな日差しが降り注ぎ、爽やかな風が頬を撫でる。今日はピクニック日和。
その中で、確かに彼女は幸せを感じていた。
遠くの方では何か騒がしい気もするが、今の彼女にとってはそんな事はどうでも良い事。
ただいまは、このときこの瞬間を噛み締めるだけだった。

彼女としては騒がしいのはあまり好みではないが、今回のこのちょっとしたピクニックにはジェイルのところのナンバーズも誘っても良かったかもしれない。
そんな、普段の彼女ではあり得ないような事を考える程気分を高揚させながら、サンドイッチをはむはむと食べる。

次はおかずをいただこうと皿をひとつ取り出すと一口サイズのハンバーグをよそう。
厳選した牛と豚の合いびき肉で作り出されたそれは、弁当という出来立てではない状態で食べられる事を想定されている。
作ってからそれなりに時間が経ってなお食欲をそそる香りがするような気がして、まだ目の前にあるだけだというのに、食欲を掻き立てられる。
その心のままに、彼女はそんなハンバーグを食すべくフォークを皿へと伸ばす……。

「くっそーっ!!」

と、そんな彼女のいる方向へ、罵声を上げながらひとりの男が走ってきていた。
何かに追われているらしく、明らかに人相の悪いその表情に焦燥をありありと浮かべながら全速力で走っている。

そんな男の登場に、彼女は僅かに眉根をひそめる。折角いい気分だというのに、男の登場により台無しになったようなものだったからだ。
だが、今の彼女は昼食の最中であり、わざわざ男を排除する程の労力を割こうとも思っていない。
元々原っぱのど真ん中という、分かりやすい場所に陣取っている。別段隠れているわけでもないのだから、向こうが勝手に避けるだろうと特に何も行動を起さなかった。

だが、男の方はしきりに後を気にしてろくに前を見ていないせいで、彼女の存在に気付いていない。
結果、その男は彼女の敷いたシートの上に土足で踏み入るようにしながら、一直線に走りぬけようとしていた。

「ぬおっ!?」

だが、その進行上には彼女のランチボックスが鎮座されており、そこに盛大につまずいてしまっていた。

「あ……」

珍しい事に、完全に気を抜いていた彼女は何の反応もしない。
ただ、蹴られて宙を舞うランチボックスを、ハンバーグを、エビフライを、ナポリタンスパゲティを、……蹴られた拍子に飛び出した中身を呆然と見送る。
放物線を描くそれらは当然の事として重力に引かれ落ちてゆく。そして、地面にぶちまけられる。
まだ殆ど手を着けていなかったというのに、長い間地道に準備してきたそれらが、ただ一瞬の出来事により無へと還されてしまった事に、ただ愕然としていた。

「ちっ、こんなところで呑気に飯なんか食ってんじゃねぇよ!!」
「!!」

そして追い討ちとばかりに、男が転ばないよう踏みとどまったその足が、無造作にエビフライを踏み潰していた。
男は急いでいたのに邪魔をするなと、半ば言いがかりのような思いで彼女のことを睨みつけていたが、彼女にしてみれば、そんな事などどうでもいい。
今はただ、現状を象徴するかのように無惨な姿となったエビフライしか視界に入っていない。

「待てっ!!」

ここへ更に新たなる要素が加わる。
男を追っていた青年が、姿を現すと同時に鋭い声を上げる。
彼はバリアジャケットを身に纏い飛行魔法を用いて空を翔ける。正義感の宿る双眸から、管理局の局員である事が感じられる。
地上を走るのと空を飛ぶのとではスピードの差は歴然。男はこのほんの少しだけのタイムロスの間においつかれていた。
そして、この距離で、しかも周りには隠れるような遮蔽物もない状況でこれ以上逃げることも難しいと思った男の取った行動はシンプルだった。

「動くなっ、こいつがどうなってもいいのか!?」

すぐそばに居た、未だ茫然自失としたままの彼女を無理矢理に立たせると、その喉元にナイフを突きつける。
男は魔法を使う事も出来るのだが、デバイスよりもこういう刃物という分かりやすい脅威のほうが、現状が伝わりやすいからと取った手段。
実際、追ってきた青年の方も、人質を取られた事に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「その人を離せ。魔法使用の犯罪行為の上に、一般人を傷つけたとあれば更に罪が重くなるぞ」
「はっ、うるせーよっ、逃げちまえば罰せられる事もねぇんだよ!!」

人質を取った事で幾許かの猶予を得たが、男にとってはこの状況は悪いものであり、時間が経てば立つ程逃げられなくなっていく。
ならば、折角手に入れたこの人質を盾にしてこの窮地を切り抜けようと、そのための方策に思考を巡らす。

対する青年は、管理局の中でも珍しい拳銃型のデバイスの使い手であり、スタンダートな杖を用いた魔導師よりも早撃ちには自信がある。
だが、自分が魔法を構築するよりも、恐怖で動けないように見える女性ののど元をナイフで切り裂かれる方が圧倒的に早いのだから、状況に迂闊に手を出す事ができない。

男は人質が無事で居て欲しいのなら自分を見逃せと脅しをかける。
青年は局員として一般市民の安全を守る義務があるが、それでも犯罪者を見逃す事は出来ないと、人質を解放するよう声をかけながら虎視眈々と隙を窺う。
人質を取った犯罪者と、それを追ってきた管理局の局員である青年が睨みあう。お互いに相手の主張を聞き入れる事は出来ずに膠着状態に陥る。

「……今日は静かに過ごそうと思っていたのですが、中々上手くいかないものですね」

そんな中、彼女はぽつりと一言呟く。その声は決して大きなものではない。むしろ囁くような静かさを讃えていた。
だが、不思議とその声は男の耳にも青年の耳にもはっきりと聞き取る事が出来た。
聞き取る事が出来たからこそ、何故今、彼女はそんな事を言うのかと疑問を抱く。

彼女は男にナイフを突き付けられてから、ずっと俯くばかりでなんの動きもみせて居かなった。
その姿から、男も青年も彼女の事は質量兵器を忌諱するミッドチルダ在住の市民が、その一種であるナイフを間近にして恐怖を抱いているものだと思っていた。
だというのに、彼女の声には恐怖など欠片も籠っていない。ただ、溜め息でもつくかのような気だるさのような物が感じとられるだけだった。
頭上で交わされていた男と青年のやり取りなど、なんら興味も抱いていないと態度が雄弁に物語っていた。

そもそも彼女は、自分の命を脅かされているはずだというのに、ナイフに対して一瞥すらもしていないのは一般人にはあり得ない事。
そんな彼女の姿に、男と青年は何か言い知れぬ悪寒に襲われる。
彼女は何もしていない。だが、この状況でなお感情を殆どみせない彼女のその存在に明らかな違和感を覚える。
自分達は、何かとんでもないモノの逆鱗に知らない内に触れてしまったのではないかと、根拠も無く思ってしまう。

「ですが、戦場が私を呼ぶというのであれば、私はそれに応えましょう」

男と青年は動けない。そんな中でさらに彼女は言葉を重ねると、自分に突き付けられているナイフを持つ男の手に、そっと添えるように手を伸ばす。
それはまるで、そこにあるものを慈しむかのようにゆっくりと、男の手首を包み込むように柔らかに触れられる。
相変わらず、彼女は俯き加減で表情を窺う事は出来ない。だが、はっきりと次の言葉を紡ぐ。

「まず手始めに、貴方は死んでください」

──死。

その言葉の意味は分かるが、男にはそれが自分に向けられたモノであると即座に気付けなかった。
そもそも、彼女にナイフを突き付けているのは男の方なのだ。男女の体格差は明確であるのだから、彼女を拘束しているというこの状態からどうにかなるなど思いもしない。

「ブーストアップ・ストライクパワー」

だが、彼女は男に理解して貰う必要性など何も感じない。ただ、思うままに実行をする。
男の手首に触れられていた彼女の手に桜色の魔力光が灯る。それと同時に、彼女は無造作に男の手首を“握り潰した”。

「へ……?」

男の手首から軋むような音がしたのは一瞬、その一瞬が過ぎ去った時には既に男の手首は手首としての機能を破壊されていた。
魔力によって強化された彼女の握力は容易く男の手首の骨を砕き、肉を潰す。手首から先は人体の構造からはあり得ない方向へ向けて垂れ下がるように曲がってみせる。
その光景が理解できない男は、ただ間の抜けた声を漏らす。

「ぐ、ぐがぁぁぁぁっ!?」

だが、理解が出来ずとも神経は男に痛みを訴える。何が何だか分からない。だが破壊された腕から伝わってくる狂いそうな程の痛みに男は悲鳴を上げる。
その手は既に何の機能も果たさない。持っていたナイフは取り落としてしまうが、男にとってはそんな事など気にかける余裕は一切ない。
ただ絶え間なく襲い掛かる激痛に思考の全ては埋め尽くされ、翻弄されるばかりだった。

「……ふっ!」

男の拘束をただの一動作で無効化した彼女はしかし、これでは終わらない。
取り落とされた男の持っていたナイフを地面に落ちるよりも早く空中でキャッチすると、振り向きざまにその刃を振りあげる。
彼女の得たものは肉を切り裂く感触。そして、男の身体から迸る鮮血だった。

「……目測を誤ったようですね。この手の武装は使う事は無いだろうと練度を上げていなかったのですが、世の中何が役に立つのか分からないという教訓になりますね」

だが、彼女はこの結果に僅かに不満げにして見せる。
本当なら今の一閃で男の息の根を止めるつもりだったのだが、思っていたより男の傷は浅く、即死には至らなかった。
彼女は遠距離戦を得意としているが、それでもある程度の近接戦闘に必要なスキルは磨いていたが、『短剣』という武器は使った事が無かった。
その結果だろうと、自己分析をする。

「短剣の扱いに関する考察は次の機会にでも回しましょう。今は確実に貴方を殺す事が肝要です」

ただ、今はそんな事はどうでも良いと、彼女は必要無くなったと無造作にナイフを捨てる。
そして初めて、今は地べたをのたうちまわっている真っ直ぐ男を見据える。

「ひぃっ!?」

その静かな、だが明確な殺意の込められた視線に晒され、男は一瞬、痛みの全てを忘れて、ただ恐怖に身をすくめる。
痛いなどと言っている状況ではない。管理局の魔導師などどうでもいい。
他のどんなものよりも、この恐怖に勝るものはないと彼女の視線に恐れを抱く。

男には既に余裕と呼べるものは欠片も残っていない。無様であろうとなんであろうとも関係ない。ただ恥も分外も無く這うようにしながら逃げ出すだけだった。

「貴方に今更贖罪を求めるつもりはありません。私から言うべき言葉はひとつです」

その無様な男の背中眺めながら、彼女はゆっくりと片手を持ち上げる。
それと同時に、彼女の周囲には誘導操作弾の発射体である桜色の魔力球が浮かび上がる。
今はデバイスを使っていないため最大数の展開はしていないが、この数でも十分目標の殺傷には事足りると彼女は判断する。

「……死ね」

そして彼女は号令を下すようにその腕を振り下ろす。
彼女の周囲にあった魔力弾達はその指示に忠実に従い、あの愚か者を抹殺するべく、幾つもの孤を空中に描きながら男に迫る。
男の逃げる足では、彼女の魔力弾から逃れる術は無い。その命はただ刈られるしか道は無い。

「クロスファイアー!!」

だが、彼女の放った誘導弾はひとつとして男には届かなかった。
魔力弾が降り注ぐように打ち出され、その全てが宙を舞う彼女の魔力弾、その全てが撃ち落としていたのだ。

「……何故邪魔をするのですか?」

血を流し、ほうほうの態で去っていく男を一瞥し、彼女はゆっくりと振り返る。
そこに居たのは、拳銃型のデバイス二挺を手に構えた、空中に佇む管理局の青年。
その表情には焦燥の念がありありと浮かんでいるが、それでも毅然とした態度で彼女を見据える。

「何故も何も、今のあなたの魔法は殺傷設定だったっ。あれではあの男は死んでいた!」

確かにあの男は犯罪者で、罰せられるべき人間であると青年も思っている。
だが、だからと言って殺して良いというわけが無い。罪を犯したならば償わせなければならない。それが法の下に生きる自分達の正義だと青年は思う。
もとより、たとえ犯罪者であろうとも目の前で誰かが殺されようとしている事を見ぬ振りをするなど、青年には出来なかったのだ。

「不思議な事を言いますね。非殺傷設定では相手を殺せないでしょう?」
「な……!?」

だが、そんな青年の想いも彼女には通じない。
言葉通り、今にも小首をかしげそうな雰囲気で彼女は自分が容赦の一切も無くあの男を殺そうとしていた事を口にする。
青年は彼女が自分の事を管理局の局員である事に気付いているはずだというに、臆面もなく殺人を実行しようとしていた事を認めた事に驚きを抱く。

明らかに彼女の存在は異常だった。確かにあの男も犯罪者という捕縛されるべき存在だったが、彼女はそれ以上。
逃げる男よりも優先するべき存在だと改めて認識する。
青年の視界には既に男の姿は映っていない。今、自分が彼女から視線を逸らしたらすぐに彼女はあの男を殺してしまう、自分もまた彼女に殺される。
そんな思いが彼女だけを視界に映させる。

「そうですか。あくまで貴方は私の邪魔をする……。そういう事で良いのですね?」

そして彼女もまた、青年の事を障害と認定した。同時に青年に向けられていた視線の種類が変わる。
先ほどまでは、彼女は青年に対して何の思いも抱いていなかった。だが、既に状況は変わっている。
男に向けられていたものと同種の念が込められた彼女の視線の前に、青年は男の抱いた恐怖を理解し、その恐ろしさから声をあげそうになる。

「……あなたを市街地における危険魔法行使の現行犯として逮捕します。
抵抗はせずに武装の解除を願います」

だが、青年は歯を食いしばって堪え、自分の役割を全うするべく口を開く。
青年は自分の仕事に誇りを持っている。故に、管理局員として彼女の行動を見逃せないと、己の意志を奮わせて彼女の視線に正面から向かい合う。

「残念ですが、私は管理局の謳う法に縛られるつもりはありません。ですので──」

そして、青年の意志を前にしての彼女の答えは拒否だった。
ただ、青年にとっては彼女のこの答えは予想の範疇だった。元々彼女の態度からして自分の言葉に従うなどと思っていない。武装解除について口にしたのはある種の定型句だ。

彼女は答えを返した以上、交渉は決裂したと青年は判断する。ならば彼女を逃さぬように意識を改めて引き締める。
管理局は広大な次元世界の秩序を守るべく作られた組織。そして自分たちの居るこの場所はその管理局発祥の地。
そんな管理局の膝元と呼べるこの地のしかも真っ昼間にこれほどの騒ぎを起こして犯罪者は無事に済むわけが無い。
それも彼女は分かっているだろうと青年は考える。

「──私に刃向かう事がどれだけ無謀であるかを、その身に刻み込んで差し上げましょう」
「なん、だと……っ!?」

だが、彼女の続けられたその言葉は、青年の考えの斜め上を突き抜けるものだった。
彼女にあったのは逃げるという選択肢ではない。管理局員である青年を、この昼間の開けたこの場所で、堂々と打倒するというものだった。

青年はそれを、最初ははったりか何かかとも思った。
ここは地上本部の目と鼻の先なのだから、すぐさま管理局からの応援が駆けつけるというのは彼女にも分かっているはずだ。
そんな自分の不利な場所に堂々と居座って危険魔法を使うなど瘴気の沙汰とは思えない。

「パイロ……」
「!?」

だが、次の瞬間、青年は彼女の本気の程を肌で確かに感じ取った。
彼女の周囲に桜色の光が次々と生じていく。それは青年も先ほど見た誘導操作弾。
そして光球に囲まれながら真っ直ぐに青年を見据える彼女の瞳が雄弁に物語る。

──曰く、貴方を殺す、と。

「……シューター」

青年が彼女の意志を理解するのにあわせたかのように、彼女の魔法は解き放たれる。
感情を排し、囁くように紡がれた言葉に従い放たれた誘導壇は、先ほどの男に向けられたものとは違う。
アレは、逃げる男をただ追いかけるように単純に真っ直ぐ対象へと襲い掛かっていた。
だが、青年へと放たれたこれは、彼女自身が操作するだけでなく、自動追尾の設定がされたものも混ざっている。
さらには飛行機動や弾速なども一定に纏まらず、複雑さを以って縦横無尽に飛び交う。
相手が抵抗をしない弱者ではない、抵抗をしてみせる強者である事を認めているかのように、確実に青年を追い詰めるべく襲い掛かる……!

「く……っ!!」

彼女は現在デバイスを使っていなかった。自身の力だけでこのレベルの魔法を容易く行使してみせた事に青年は少なからずの戦慄を覚える。
だが、青年とてAランクを超える魔導師である自負はある。即座に二挺拳銃のデバイスを構えると負けじと魔力弾を撃ち放つ。

青年は自身へ襲い掛かる魔力弾のその一つひとつの質を即座に看破し、それらを打ち落とすのに最も適した魔力弾を選択、射出していく。
彼女の魔力弾は誘導性、速度ともに非常に優れており、並みの相手ならなんの対処もする事も叶わずに殲滅されてしまうはずだった。
だが、青年は自身の射撃の技をもって、その尽くを撃ち落していく。

「……いい腕ですね。銃型のデバイスの使い手は珍しいですが、ここまでの使い手となれば更に数は少なくなるでしょう。
私と正面からここまで撃ち合える相手と出会うのは久方ぶりです」

彼女は魔力弾を順次精製・発射する中で、青年に対して感嘆の思いを告げる。
デバイスが拳銃である以上、青年は射撃魔法を得意としているだろう事は分かっており、その上で彼女は足を止めてでの誘導弾による射撃戦を始めた。
彼女もまた、射撃は得意分野であり、十分に勝算はあると思っていたのだ。

だが、今は魔力弾を放ち攻める彼女とそれを迎撃する青年という形になっているが、実のところの戦況は拮抗していない。
徐々に彼女の方が押されてきている。あと数合もすれば、青年は弾幕を超えて、自身を狙うべく射撃魔法を放ってくるだろうと彼女は理解する。

彼女はまだデバイスを使っていないとはいえ、これだけの腕前の魔導師はそうは居ない。
青年の実力は予想以上だった事に、無表情の中に僅かながらに喜びの表情を浮かべる。

「ええ、本当に楽しいですよ?」

彼女はそう呟きながら、片腕を持ち上げると真っ直ぐに青年の姿を指さす。
それは、傍目に見ればなんて事は無い動作。だが、青年は彼女のその姿を真正面から向かい合いながら、猛烈なまでの悪寒に襲われる。

このまま彼女の行動を許したままにしておけば、取り返しのつかない事になる。
そんな脅迫概念染みた思いに突き動かされるように、青年は更に射撃魔法の回転率を上げていく。

「ですが、今の私は楽しさで満足できるような気分ではないようです」

そんな中、不意に彼女は魔力弾の精製と発射を打ち止めにする。
この状況で何故、という思いを青年は抱くが、その答えはすぐに理解させられた。

「これはきっと、邪魔者は完膚なきまでに排除しなければ満足が出来ないのであろうと思います」

彼女の足元に桜色の魔力光によって魔法陣が描かれる。それと同期して、青年を指さす腕にも円環状の魔法陣が取り巻いていく。
その魔法陣は、砲撃魔法のそれであると青年は一目見て理解した。そしてその解答が正解であると示すかのように、彼女の指先に魔力が集束されていく。

──込められる魔力の桁が違う。

目の前で行なわれている事を目の当たりにして、悪寒の正体を青年は知った。
彼女の誘導操作弾は、その一発ずつだけでも下手をすれば一撃必殺の威力が込められていた。
だが、今彼女が放とうとしている砲撃魔法は、そんなレベルを遥かに超えている。あんなものを受けては、たとえシールドで受けたとしてもシールドごと吹き飛ばされる。
アレはもう、一撃必殺を超えた一撃必滅の魔法に青年の目には映る。

「させるかぁっ!!」

青年にはもう、猶予は無い。全力を以って彼女の砲撃魔法を阻止するべく魔力弾を放っていく。
それらは全て、先ほどまで彼女の放っていた魔力弾の残りを撃ち砕いて、本人へと襲い掛かる。

「──プロテクション」

だが、彼女は青年の魔力弾が届くより先にバリアタイプの防御魔法を展開する事により防いでみせていた。
プロテクションという魔法は、本来ならあまり頑丈といえるタイプではないのだが、彼女のそれは青年の魔力弾を受けてなお、揺らぎもしなかった。
その事実に、青年は動揺をする。

「おぉぉぉぉぉぉっ!!」

だが、防御魔法の向こう側で着実に砲撃魔法の準備を整え行く彼女の姿に、動揺などしている暇はないと、弱気を消し飛ばすように青年は雄々しく叫び声を上げる。

込める魔力が足りなかったなら、更に魔力を上乗せする。
障壁突破の魔法を付加して効果を上げる。
弾速を上げる事により相対的に威力も上げる。
彼女は足を止めているのだから、誘導弾を使う必要は無い。

今の魔法では届かないのであれば、更に上の魔法を持ってくる。
そんな、シンプルだからこそ効果的な手段を青年は選び取る。自身の使える最高の魔法を持ってくる。
急速に失われていく魔力に事に、意識が薄れそうになるのを必死に繋ぎとめて、たとえ枯渇してしまっても構わないという勢いで魔力弾を精製する。
カートリッジの全てをつぎ込むつもりでデバイスのトリガーを引くたびに、薬きょうが排出される。
自身の許容量を超えるような魔力を歯を食いしばって制御してみせる。

そして、青年の周囲には大量の魔力弾が浮かび上がる。
全ては青年の制御下にある。これが青年に使える最強魔法。

「クロスファイア……フルバーストッ!!

大量の魔力弾は全て、彼女という一点へ向けて放たれる。
バリアの前に阻まれる事などお構いなしに次々に着弾していく。この数を前に、防ぎきれるわけが無い。

「はぁ、はぁ……!」

青年は肩で息をしながら、自身の放った魔力弾によって生まれた爆煙を見やる。
これを受けて生きていられたらそれこそ化け物か何かだと思う。

「見事な魔法です。ですが、その程度では私は倒せませんよ」

そして、彼女は化け物だったと青年は知る。

「うそ、だろ……?」

煙の向こうから聞こえてきたその声を、青年はただ信じられなかった。認められなかった。
Sランクを超えるような魔導師や騎士なら、あるいは自分の全力を耐え切る事は出来るかもしれない。
だが、あんな風に全くの無傷で、しかも魔力チャージも完了しているなどあるわけが無いと青年は思う。

青年は彼女の姿に現実味を感じられなかった。悪い夢か何かにしか思えなかった。
だが、これは紛れもなく現実だった。彼女から発せられる威圧感が現実逃避をさせなかった。

──勝てるわけが無い。

それが青年の得た結論だった。
今ならあの無様な姿を晒してまで逃げていた男の気持ちが良く分かった。
彼女は自分単独程度では戦いにすらならない驚異の権化であると理解させられた。少なくとも、誰か仲間が居ないと話にならない。

青年は残っているなけなしの魔力を総動員して飛行魔法で空を翔ける。
あんな砲撃魔法を受けようなどとは到底思えない。少しでも距離を置いて、回避行動に全力を傾ける。

「ブラストファイアーッ!!」

だが、そんな青年の目論見に、何の意味も無かった。

「な……!?」

既に回避行動に入っていた青年は、己の見たものに驚愕の声を漏らす。
彼女の放った砲撃魔法の拡散度合いが並ではなかった。それは既に砲ではなく迫り来る壁にしか青年には見えなかった。
この攻撃範囲の前には、青年の取ろうとしていた回避行動などまったくの無意味だった。

「ラウンドシールド!!」

もう避けられない。それでもなお生存を望む青年は魔法陣の盾を発生させて両手でそれを支える。
直撃ではあるが、拡散しているため、砲撃の密度は低いはず。ならば耐えられる可能性は残っているはずだと、この絶望しかないような状況の中でも青年は諦めない。

「あ……」

だが、それもまた彼女の砲撃魔法はあざ笑うかのようだった。
拡散している分、威力の下がっているはずの砲は、それで十分青年の防御力を上回っていた。
確かにある程度は耐える事が出来たが、耐え切る事は出来なかった。前面に展開していた魔法陣の盾は撃ち砕かれ、青年のその姿は砲撃の中に飲み込まれていた。

突き抜けた桜色の砲撃は柱となって天高く伸びていった。そしてひとしきりの放出を終え、終息していった。
残ったのは彼女の姿。そして、地に落ちる、血に濡れた青年の姿だった。

「……そういえば、非殺傷設定を切ってから、再度設定をするのを忘れていました」

青年が地面に落ちたところを眺めながら彼女はポツリと一言を漏らす。
彼女は普段、非殺傷設定を使っているのだが、今回はあの男を殺すつもりだったから殺傷設定に切り替えていた。
だが、その対象はあくまで彼女の弁当を台無しにした男に対してであって、別に青年に対しては殺傷設定を使うというつもりは無かった。
それでも設定し直して居なかった以上、青年は殺傷設定の魔法を直撃で受けていたのだ。

見れば、青年は魔力ダメージによる意識喪失ではなく、物理ダメージによる肉体損傷による意識喪失だった。
全力で展開したシールドとバリアジャケットの働きによってある程度のダメージ緩和は成されていたようだが、それだけだ。
青年の今の状態は、リンカーコアの蒐集もろくに出来そうもない程のレベルの損傷。
一応、運がよければ助かる可能性は全く無いというわけではないだろうが、それでも助かる見込みは限りなく低いだろう事は見てすぐに分かる。

「まあいいでしょう」

だが、彼女はそんな青年の事をどうでも良いと断じた。
元より生きていればそれはそれで構わないが、たとえ死んだとしても彼女には悼む理由にはなりえない。
ただ、今この時に彼女と出会った事が不運だった。その程度だ。

「代わりと言っては何ですが、戦利品に貴方のデバイスは貰って行きましょう」

そう言って、彼女は倒れ伏す青年に近寄ると、傍らに落ちていたデバイスを拾い上げる。
今の青年からの蒐集行使はあまり得られるものは無さそうだった。
だが、銃型というデバイスはミッド式の使い手では珍しいものだ。これを解析でもすれば、それなりに得るものはあるだろうと考えた。

「……それにしても、やはりあの男は殺さないと気がすみませんね」

そして、彼女は青年の事を思考の中から追いやった。
彼女にとって青年はもう完全にどうでも良い事となっていた。今はこの心中に澱り重なるような不快な気分の解消が重要だと思っていた。

視線を向ければ、地面には男が逃げる際に垂らしていった血がぽつぽつとひとつの道を作り出していた。
これを辿っていけば、男を追いかけるのは簡単そうだと彼女は考える。

「ルシフェリオン。セットアップ」

そして彼女はデバイスを起動し、闇色のバリアジャケットを身に纏う。
青年との魔法戦は余興だった。そしてこれからが本気の狩りの時間だった。
行く先を見据える瞳に明確な殺意を称え、彼女は一歩を歩き出す。


この日、ミッドチルダの一部地域では、「災害」に見舞われた。










星光さんのお弁当の中身が、地味にお子様ランチなのは僕たちだけの内緒だよ!
今回はほのぼの系のようで、実はそうでも無かったという件。


あと、ちょっと連絡事項です。
私的事情により、一時的にこのSSの投稿を休みたいと思います。たぶん、2か月位?
その気になれば、これまで通りのペースで投稿は出来ると思うのですが、あまり頑張り過ぎてもどうなんだろうと思うという理由です。
とりあえず停止ではないので、時間にもう少し余裕がとれるようになったら再開したいと思っています。



[18519] アナザーシナリオ‐プロローグ
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2011/04/30 18:14
「ぐぉぉ……ッ。何故だ、何故俺の爪も牙も届かない……ッ!?」

無謀にも『王』に襲い掛かってきた不届き者は、呻き声を上げるようにしながら彼女の事を睨みつける。
それは闇の書の守護騎士の内のひとりであり、盾の守護獣と称される、屈強な肉体を持つ男性の姿。
ただ、その憤慨の籠る瞳は理性は薄く、血に飢えた本能に塗れた獣のようであり、冷静な思考を持つ本来の彼とは似つかわないものだった。

だが、それも当然。この彼は闇の書の闇、その断片である欠片が再構築をするべく過去の記憶を元に再現された物。いうなれば偽物。
おそらくは狼が素体である故に内包していた本能が、色濃く再現されているのだろう。

防衛プログラムの構成体(マテルアル)の中でも中枢を担う『王』である彼女は、何をするでもなく闇の欠片達を引き寄せる。
闇の欠片の再現体である彼もまた、『王』である彼女によって引き寄せられ、血への渇望から覚える喉の渇きを潤すべく、本能に従いその瞳に映る者に襲い掛かったのだ。
だが、中枢である彼女からすれば、ただの断片から生じた彼では地力からして雲泥の差がある。
それこそ、軽くあしらいながら思考を遊ばせる余裕がある程に。

……彼女は思う。

ロストロギア『闇の書』と呼ばれた一冊の魔導書。そしてその“闇”と呼ばれた、書の防衛プログラム。
自らの前身であるそれは、一週間ほど前に魔導師や騎士達の尽力によって打ち砕かれた。

齎す物は破壊のみ。過剰に防衛というプログラムを実行し続けるそれは、もはや死を振り撒く呪いであり、書の主や従う騎士、そして関わる全てを不幸に陥れるのみ。
故に、悲しみの連鎖を断ち切ろうと立ち上がった者達、そして最後の闇の書の主となった少女は、その防衛プログラムを書から切り離し、破壊する決断を下した。
それは考え得る最良の手段であり、関わった皆が賛同し、最良の結果を引き寄せるべく持てる力を結集してそれぞれの最善を尽くしたのだった。

その結果として、闇の書と呼ばれた魔導書は本来の姿である『夜天の書』へと戻る事が出来、主となった人間を滅ぼす事は無くなった。
書の守護騎士達もまた、書のページ蒐集の為に戦いに明け暮れる連鎖の輪から解き放たれ、本当の意味での主の守護騎士としてその生を全うする事が出来るようになった。
さらに幸運な事に、本来であれば防衛プログラムと深く繋がっていたために、共に消滅するはずだった書の管制人格もまた、生き残る事が出来た。
主から祝福の風『リインフォース』という名を貰った彼女は、自身を構成するプログラムの大半を失うという代償もあったが、こうして生きている以上の幸運は無い。

そう、永い間、憎しみと不幸を振りまき続けて来たロストロギアは、こうして最も良い結末を迎えるに至ったのだった。
今、こうして考えている彼女自身である、犠牲を防衛プログラムというたったひとつに抑える事によって……。

彼女としては、自身が闇の書から切り離された事自体に対して、特に忌諱や否定する想いは無い。

何故ならば、闇の書の闇を切り離そうとする意図も理由も理解が出来るが故に。
そしてそれ以上に、その『闇の書の闇の破壊』という行為があったが故に、彼女は今の自分自身を獲得したのだから。

防衛プログラムであった時には、人格など存在はしなかった。
ただのシステムなのだ。守護騎士や管制人格のように、意志や人格を持つ必要性は無かったのだから、むしろそれは当然の事だ。
だが、破壊され、砕け散った防衛プログラムの構成体(マテリアル)が再生しようとする過程で、それまでとはその在り方を大きく変える事となった。

元々書が保持していた守護騎士プログラム。今まで書の中に蓄積されていた蒐集したデータ。この地に沈む、闇の書に関わった魔導師や騎士達の記憶。
闇の書が恐れられた理由のひとつ、無限再生プログラムは破壊されてなお再生を果たすべく働き、砕かれた故に不足する欠片を補うべくそれらを貪欲に取り込んでいった。
そしてそれらが入り混じり、明確にデータとして残る程の強い意志や記憶は、無かったはずの人格を形成し、思考を可能としていく。
思い、考える事で更に自己を認識する事で独自の自我が芽生え、他の誰でもない「個」を獲得するに至ったのだ。

それが今こうして思考をしている自分自身であると、彼女は理解する。

今の自分があるのは、防衛プログラムの破壊という行為があってこそ。それが無ければ、今もまたただのプログラムとして使われているだけの存在であった。
だが、今は違う。こうして独自の自我を持ち、行動出来るようになったのだ。これからはただ書を守るなどと、他者に使われるような真似をするつもりは無い。
自身が頂点に君臨する、そのために行動をすると、自分の意志で決めた。

そうした考えや、実際に自分の意志で好きなように行動出来る事は、自我の無かった頃ではとても考えられない、素晴らしい物と感じる事が出来る。

故に魔導師や騎士達の行いに感謝こそあれど、忌諱するつもりも怒りを覚える事も無い。
いや、全ては『王』に尽くす事が当然だ。これまで闇の書が積み重ねて来た歴史も、魔導師達の行いも、全ては『王』である自分を生み出すための“必然”であったのだ。
他者は王の前にひれ伏し、王のために身を粉にして働く事こそ当然。
『王』の誕生の為の礎になれたのだから、むしろ誉れと受け取るべきは自分以外の全ての存在であり、『王』である自身が感謝する謂れは無い。

「ぐおぉぉぉぉぉ……ッ!!」
「……ふん、たかが犬風情が耳障りな声を上げよってからに。もう良い。疾く、我が糧となるが良い」

既に勝敗は明らか。だと言うのに退く事を知らぬというように叫びを上げながら拳を振るう男性に、彼女の思考は遮られる。
この男性は闇の欠片が生み出した存在。彼女からすればまさに塵芥にも等しい存在に、王である自分の思惟を邪魔されるなど、許される物では無い。

元々、高々獣風情が王に牙を剥くなど言語道断。即、極刑に処するところではあったが、何分今の彼女は生まれたてだ。
何か不都合があっても困るからと、調子を確かめるために相手をしていたが、このような不忠を示されたとあっては、もはや相手取るに値しない。

そう結論付けた彼女は、早々に切り上げるべく、手にした魔導書型のデバイスを前出す。
すると、書は意志を持つかのように自らページがめくれていき、あるページでその動きがぴたりと止まる。
そしてそこに書かれていた文字や紋様達が淡く光を発してゆく。

「ぐ、お、おぉぉぉぉぉ……!?」

同時に、男性を再現した闇の欠片の構成が崩れる。苦悶の声を上げながら、その足元から光の粒子と変わっていく。
それはまるで砂で作られた城が波に浚われるかのように、男性という形を失ってゆく。
そして残った男性を構成していた欠片は、本来の在るべき場所へ還るかのように、書の中へと吸い込まれて行き、全てを中に収めたところで、書はパタンと閉じる。

そうしてこの場に残ったのは、『王』のマテリアルである、夜天の主である八神はやてという少女の姿に良く似た、だけど纏う雰囲気はまるで違う彼女のその姿だけ。

「……さて、本来であればこの地に散った闇の欠片を集めるのは下々の務めであるのだが……、ふむ、我、自ら手を下すのも一興か」

既に彼女は先程まで目の前に居たザフィーラの事など思考の片隅にも乗っていない。
彼女は『王』である責務を果たすべく、夜の空を舞うべく、不敵な笑みを浮かべながら背中にある六枚して三対の漆黒の翼をはためかせる。

確かに今の自分は王である自分を認識出来る程の自我を獲得している。
だが、所詮はそれも防衛プログラムが再生を果たす際に偶発的に発生した物に過ぎず、とても安定しているとは言えない状態。
王とは全ての中心であり、頂点に君臨する存在。それが揺らいでいるとあれば、従える者が纏まるはずも無く瓦解するばかりだ。

ならば今の彼女がするべきは、自身の在り方をより完璧とする事。
砕けた断片を集めて闇の書の闇を再構築し、更に進化させた領域に至る事。

「さあ、ここからが永劫の闇の始まりよ」

そして、『王』である彼女は空を舞う。自身を満たす、そのために。











あとがき

魔法少女ロード・ディアーチェ、始まります。

そんなわけで、魔法少女リリカr(中略)闇統べる王の捏造シナリオです。
本当は更新停止のつもりだったんですけど、公式のマテリアルの設定と妄想と正月に見た初夢(?)が混ざり合って闇統べちゃんシナリオが思いついたので書いてみました。


余談

彼女は一般的に「すべ子」と呼ばれていますが、自分は「闇統べちゃん」あるいは「闇統べ様」と呼びます。
異論は聞きません。ええ、聞きませんとも。むしろこの呼称が定着しろと(ry



[18519] アナザーシナリオ-1
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2011/05/01 13:33

彼女は砕け散った闇の書の闇の断片を集めるべく夜の空を行く。
だが、別段積極的に動いているわけでは無い。それは悠然と世を見て回るかのような態度であり、急ぐ素振りなど何処にもありはしない。

王とは悠然と構えているべきであり、駆けずり回るなどもっての外。
元々、彼女は中枢であるが故に闇の欠片を強くその身に引きつける。何をしなくても向うから勝手にやってくるのだ。
その想いがあるからこそ、彼女は何ら慌てる事無く、さながら自由に出歩けるようになった世の中を物見遊山に興じるかのようだった。

「……ふむ、さっそく来たか」

だが、それもそれほど長く続かない。不意に夜空を映し出していた空の色が変わる。同時にそれが、闇の欠片が彼女を捕らえるように結界を展開したのだと知る。

そして今、この結界の発生原因である、記憶の再現体がひとつの姿を形作って彼女の前に立っていた。

「何故君のような子供が闇の書を持っている……!?」

そこに居たのは、黒いバリアジャケットを身に纏った、いかにも生真面目そうな面持ちをした少年。
“たまたま”居た場所で、自身の人生に少なからずの因縁のあるロストロギアと出くわした事に驚きを抱きながら、半ば反射的に口を開く。

「ふん、王であるこの我を子供呼ばわりとは、随分とふざけた口を利くものだな。どうやら余程身の程を叩き込まれたいらしいな」
「ふざけるなっ。僕はどうして君が闇の書を持っているのかを聞いている!」

……少年は、何故自分がこのような場所に居るのかという疑問に考え至らない。
冷静な判断力を持つ“本当の”少年であったならば、前後の記憶の食い違いから、現状の違和感に気付いたかもしれない。
だが、ここに居る少年は、ただ目の前にある『闇の書』であろう魔導書に執着する事に意識の大半を向けて、現状の把握など二の次にしていた。
何故なら、それこそが闇の欠片が少年をかたどるために再現した“記憶”なのだから。

「どうしても何も、これは我の所有物だ。王が王たる証を持つ事は当然であろう?」

彼女が自身の持つ魔導書を掲げるように少年へと見せながら、何故自分がこれを持っているのかを明かす。
実際には彼女の持っている魔導書は闇の書ではなく、そのコピーなのだが、もうしばらくすればこの書こそが唯一無二の本物になると考えている。
故に彼女は、あえてこれが闇の書である事を肯定してみせていた。

「……つまり、君が今の闇の書の主、という事なのか?」

自分の目の前にある物が闇の書であると聞いて、少年の雰囲気が変わる。

「君は闇の書が何なのかを知っているのか。それはこの世に破滅を齎す、あってはならない存在なんだぞっ。
それさえなければ、僕の父さんだって……!」

突然の邂逅に驚きながらも冷静に努めようとしていた少年の瞳に、『憎しみ』の光が宿る。最初は静かだった少年の語り口に、徐々に熱が籠ってくる。
少年の“記憶”では、闇の書は無限に再生と転生を繰り返し、多くの人を不幸に、何より自分の家族を奪った憎むべき対象。
その想いに突き動かれるように、少年は書を持つ彼女に向って言葉をぶつける。

「何を言うかと思えば下らんな。闇と破壊の混沌は我が在り方のひとつよ。我が此処に存在する以上、あってはならぬなどいう事こそあり得ぬし、うぬに否定される謂れも無い。
そもそも、うぬ如き塵芥やその身内がどうなろうが、我の知るところでは無いわ」
「なん、だと……!」

だが、彼女の方は少年の怒りなどどこ吹く風と、まるで少年の発言は最初から考慮するに値しないと言うかのように一笑に伏してみせる。
彼女からすれば、自分は全てを統べる存在として生まれたのであり、それは既に世界も認知している事実。
故に、少年の「闇の書は在ってはならない」という、その前提こそが間違っていると、少年の主張を真っ向から跳ね返す。
対する少年の方は、彼女のその物言いに怒りのボルテージがどんどん上昇していく。

「…………分かった。どうやら君は僕の敵以外のなにものでもないようだな。
それは僕が回収させて貰う。闇の書は……僕が破壊する!」

そして少年は瞳を閉じるようにしながら大きく息を吐き出した後、改めて目を開けて彼女の事を見据えながら言葉を紡ぐ。
それは、怒りが一周して逆に冷静になったかのように淡々とした語り口だった。
だが、確かに少年の心の中にドス黒い感情が渦巻いている。普段の少年ではあり得ない昏い感情の篭る瞳で彼女の事を睨みつける。

「くっくっく。うぬが闇の書を破壊する、だと?」
「何が可笑しいっ!?」

もはや闇の書の破壊の前に立ち塞がる彼女に容赦などしない。邪魔をするのならお前ごと排除すると、言葉にせずとも少年の瞳は雄弁に物語る。
そんな殺意の籠る敵意の前に、彼女は心の底から愉快であるかというように、嗤う。
その見下すかのような彼女の態度に、少年の神経は更に逆なでされる。

「何、うぬが闇の書を破壊するなどと呆けた事を抜かしたのだ。これが滑稽以外の何物でもあるまいて」

闇の欠片が記憶を元に再現した存在である以上、ほんの一欠片に過ぎないにしろ、この少年もまた闇の書の一部である事に違いは無い。
だというのに、闇の書を破壊すると言うのだ。言うなれば、自らの手で自分自身に引導を渡すと同意義であり、その矛盾に全く気付いていないのだ。
それはもう、見ている彼女からすれば喜劇としか映らないというもの。
目の前でそんな寸劇が演じてられているのなら、嗤うのが当然だと愉悦に表情を染める。

「何を訳の分からない事を……っ。もういい。話は終わりだ!」

だが、少年は自分が闇の欠片によって再現されただけの存在だと気付いていない。知らない以上、彼女の言っている事は全て侮蔑に過ぎない。
故にこれ以上の対話は無意味であり不愉快になるだけとして、自身を突き動かす記憶の衝動のままに、未だ嗤い続ける彼女へ向けてデバイスを向ける。

「ほほう、あくまで我に刃向うか。
……いいだろう、うぬの滑稽さに免じて、王である我と、ただの一欠片に過ぎぬうぬとの間にある、歴然たる“差”という物を教えてやろう」

完全に臨戦態勢に入った少年に対して、あくまで彼女は余裕を崩さない。
むしろ、もっとその道化ぶりを見せてみろと言わんばかりに、両手を広げるようにしながらさらに浮かべる笑みを深くする。

「抜かせっ。──スティンガー!」

その余裕が命取りであると、少年は光の弾丸である魔力弾を出現させる。
それは少年の得意とする「スティンガーレイ」という名の、貫通力に優れる直射型の魔法。それを5つ眼前に設置される。

「ショット!」

そして少年の号令に従い、彼女を倒すべく順次射出されてゆく。
直射型の特性として高速で飛翔するそれは、威力自体はそれほど強くは無いが、高い貫通力を持つために防御されたとしても相手の魔力を大きく削る。
たとえ回避行動を取られたとしても、時間差で放つ事で確実に相手を追い込んでゆく。

「はぁぁぁぁぁッ!」

それだけでも並の相手なら十分ではあるが、少年は手を緩めない。確実に怨敵である彼女を倒すべく、さらに繰り返すように魔力弾を繰り出していく。
無防備に両手を広げて見せたままの彼女へ向けて幾重にも、一方的に魔力弾を放ってゆく。
もはや回避など不可能とう程の怒涛の攻めの前に、彼女は動かない。故に、真っ直ぐに狙いをつけていた魔力弾は次々と彼女へと着弾していく。
その余波で発生する少年の水色の魔力光を発する魔力の残滓が、爆煙となって彼女のその姿を覆い隠していく。

「トドメだッ、──ブレイズキャノン!!」

既に両手で数えるには指の数が余裕で足りない程の魔力弾は彼女へと命中しており、それは少年に十分な手ごたえを感じさせていた。

だが、それだけでは少年の心は満たされない。

憎むべき闇の書は跡形も残さないと、さながら自身の憎しみをぶつけるかのように、ダメ押しに少年の使える魔法の中でも高威力の砲撃魔法を躊躇う事無く撃ち放つ。
それは当然のように立ち昇る爆煙の中へと突き進んでゆき、直撃をしたのだろう、それまでに巻き上がっていた爆煙を吹き飛ばすかのような、更なる爆発が巻き起こる。

息つく間も置かず放たれた魔法は、完全にオーバーキルに達するレベルだった。
そこには書を所持していた彼女への配慮など無く、無事では済まないだろう事は明白。幾ら非殺傷設定で放っていたとしても、十分に彼女は死の危険性があるほどだ。

「はぁ、はぁ……。どうだ!?」

だというのに、少年は極端な魔法行使に肩で息をつきながらも、確かな手ごたえの前に知らず口元を歪めるように笑みを浮かべていた。
自身の心に押し込めていたはずの闇の書に対する復讐心が、普段の少年にはあり得ない行動を取らせていたのだった。
闇の書は破壊するべきもの。それを自らの手で達成したという思いから、歓喜に心を打ち震わせる。

「──どうした、うぬの憎しみとはこの程度のものなのか?」
「……な、に?」

だがしかし、そんな少年の喜びも、爆煙の向こうから聞こえて来た声に凍りつく。
確かに手ごたえがあったはず。だと言うのに、何の影響も無いとでも言うかのようなその声に、信じられないという思いを少年は抱く。
一体どうやってあの火力による攻撃を凌ぎ切ったのであるのかという疑問がその心を埋め尽くしてゆく。

「く……っ」

なにはともあれ、戦いはまだ終わってはいない。
ならばまずはその疑問の答えを見定めるべく、改めて緩んだ心を引き締めながら、少年は晴れ行く爆煙のその向こうを睨みつける。

「まったく以って弱過ぎる。よくもまあこの程度で闇の書の破壊などと吠えたものよ」

そして晴れた爆煙の向こうから顕わとなった彼女は、直前までの姿から全くの揺らぎも無い。
それどころか、身に纏うバリアジャケットにはかすり傷の一つすらもついていない。その表情は先に見せたまま、自信に溢れた尊大な態度を浮かべたまま。

彼女は完全な無傷なその姿のまま、少年の事をさけずむように嗤っていた。

「そんな、ばかな……!?」

確かにこうして彼女が居る以上、耐え凌がれたという事は分かっていた。だが、自身の全力の火力で放った魔法に晒され、無傷で在るなど信じられない。
むしろ、そんな事があるはずはないと、半ばその現実を拒絶するかのように少年は声を荒げる。

「言ったであろう、我とうぬの間にある歴然とした差をみせてやろう、とな」

そして彼女は少年の疑念に、単純にして明快な答えを示唆する。
いわく、少年がいくら全力を尽くそうとも、自分には傷の一つも負わせられない程に力の差があると。

少年はお互いの力量の差を認めたくなかった現実を、彼女はこれ以上無い形で突き付けて来ていた。
その事実の前に少年は気押されるかのように、知らず後ずさる。
後ずさって、無意識の内にしても、自分では彼女を倒せないという事実を悟ってしまったと理解してしまった。

「……くっ、認めない。そんな事、認めてたまるかぁッ」

だが、この少年を象る記憶は、闇の書へ対する憎しみであり、自らの手で闇の書を破壊する事を望みとしている。
それだけが唯一の真実。故に、闇の書に勝てない事など認めるわけにはいかない。
認められないから、悟ってしまった事実を自分の中から追い出すかのように叫び声を上げる。
闇の書を前にして、逃げるという選択肢は存在しない。

「──デュランダル!!」

故に少年は、彼女へと立ち向かうべく、自身のとっておきであるもうひとつのデバイスである「氷結の杖」を起動させる。
それは少年が師と仰ぐ人物が闇の書を永久に封印するためだけに作った、氷結に特化した機能を持つデバイス。
先の戦いで、師から自分へと託されたその力を解放する。

少年は元々、魔力変換資質など持っていない。だが、今まで重ねて来た修練の結果として、氷結特化のデバイスの力を借りて、自身の魔力を『氷結』へと変換する。
それに伴い、周囲の温度が急激に下がってゆく。

今から使うのは広域殲滅型の魔法であり、間違いなく少年の使える魔法の中でも最大にして最強を誇る物。
師が心血を注いだ、その結晶だ。先ほどまで少年が使った攻撃魔法とは違い、まともに受ければ耐える事など不可能。
絶対の力で彼女を打倒するべく、持てる魔力の全てをつぎ込むつもりでデバイスを握る手に力を込める。

「悠久なる凍土、凍て付く棺の内にて永遠の眠りを与えよ。──凍て付け、エターナルコフィン!!」

詠唱と共にデバイスを彼女へ向けて指し示す。それと共に、空間が凍りついていく。
発生した氷は、その一点から一挙に成長を遂げる。さながら五つの頭を持つ蛇のように、取り囲むようにしながら彼女へと喰らいつくべくその顎を広げ襲い掛かる。
そして彼女へと到達した氷塊は彼女へと喰らい付く。更に最初に到達した氷塊ごと喰らいつくように幾重にも氷塊が積み重なり、彼女を氷の中へと封じ込める。

それは永遠の柩。捕らえた対象を氷の内に永劫の眠りにつかせる魔法。この状態に至ったのであれば脱出など不可能。
今度こそ、自分の勝利を少年は確信した。

「やはり所詮は断片のそのさらに一欠片という矮小な存在──」

だが、

「──我を傷つけるには値せぬ輩よ」


彼女は自身を捕らえた氷の中で、無造作に剣十字あしらった杖で振り払う。
たったそれだけの事で、そんな少年の想いは氷の砕ける澄んだ音と共に、脆くも崩れ去っていた。
そして少年が茫然と見つめる先にあるのは、なおも悠然と君臨する王の姿。

「そんな、そんな……」

先ほどの攻撃魔法を防がれた時は、爆煙のせいでその全容を知る事が出来なかったのに対し、今度のそれは、はっきりと少年の目に映る形で行なわれたのだ。
少年の受けた衝撃は比較にもならない。もはや勝てるなどとは到底思えなかった。
デバイスを持つ手が力なく垂れ下がり、少年は絶対的強者である彼女の事を呆然と見上げていた。
そこにあったのは、完全に心の折れた、王にひれ伏す弱者の姿か……。

「本来のうぬの空間戦術を駆使した搦め手などと言う小細工の下に使われたのであれば、確かに幾ら我であろうともただでは済まなかったであろう。
だが、あれほどバカ正直に真正面から撃たれたならば、幾らでも対処は出来るというものよ」

本来の少年であれば、自分の魔力資質や、一つを極めて頂点に達するような才能を持っていない事は弁えている。
超一流まで届かないなりに努力を積み重ねる事によって練度を高めた拘束魔法や、知恵と知識を総動員させて戦況を操作して相手を追い詰めてゆく。
そして自ら手繰り寄せた機会を逃す事無く掴む事こそ、少年の戦い方であり、必勝法。
だというのに、ただ憎しみに任せて攻撃魔法を乱射するなどといった愚を犯すような真似をしたならば、才能の足りない少年に勝機などあるわけがない。
それが、この戦いにすらもならない喜劇の理由であると、彼女は告げる。

「くそぉ……くそぉぉ……っ!!」

ただ、その指摘に意味は無かった。完全に心の折れた少年に、これ以上戦う意志は存在しなかった。
心に憎しみの炎を燃え上がらせながらも、圧倒的な存在の前に自分が出来る事は何も無いと、体は戦う事を諦めて絶望するばかり。
出来た事は、彼女への呪詛を口にしながら睨みつける事だけだった。

「……ふん、もう終幕か。舞台に立つ役者ならば、もう少しは我を愉しませるべく道化ぶりを演じてみせよというものだ。
もっとも、王である我の威光の前に平伏すというのも、塵芥として当然の礼でもあるがな」

そして彼女はもはや価値は無くなったと、嗤いを浮かべながらも酷く冷めた視線で少年の姿を射抜く。
その瞳は完全に少年への興味を失っていた。彼女の中では、少年はもはや炉端の石ころにも劣る存在となり果てており、これ以上相手をする意味もない。

「さて、ただ棒立ちするだけの役者が舞台に立つなどとは、つまらん以上に不愉快だ。──早々に舞台より降りよ」

故に、彼女は少年へと命令を下す。彼女がしたのはそれだけだった。
既に心と体が憎悪と絶望という負の感情に染まっていた少年には、闇を統べる『王』の言葉に抗う事など出来ようはずもない。
今の少年にとって、彼女の言葉は神託とも同義。故に、言葉を告げられたという、たったそれだけの事で、一切のダメージを受けていないにも関わらず少年の姿が瓦解してゆく。

「くそぉ……くそぉ……」

そして負け惜しみの呪詛を残しながら、少年は消えたのだった。










あとがき

主人公補正に加えてカリスマ補正の加わった闇統べ様は、慢心や油断を抱いていても負けるわけが無いのです。
というか、女の子をただのやられ役にするのはかわいそうだからと、一戦目にザフィーラ、二戦目にクロノを配置したら、もう男性キャラが尽きてしまったんですけど……。



[18519] アナザーシナリオ-2
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2011/05/28 11:36
──闇の欠片同士は、互いに強く惹かれあう。

それは砕けた闇の書の闇の持つ再生プログラムが元の形に戻ろうとするためであり、たとえ記憶を再生されて意識を持っていたとしてもその根本に変わりは無い。
出会った欠片は、その変わらぬ根本を成すために互いに統合されて行く。
彼女の場合はそんな本能染みたモノに因るのではなく、自分自身の明確な意志の下に欠片を回収していっているのだが、彼女の下に欠片が集まるのはそういった事情だ。

そして、闇の欠片は何もない所から勝手に湧き上がってくる存在では無い。闇の欠片達は防衛プログラムの構成体(マテリアル)によって生み出されている。
マテリアルとは砕けた防衛プログラムの中でも大きな断片であり、闇の欠片と比べて持つ力の量と質はまるで違う。
そのために多くの記憶と意識を内包しているが故に、独自の自我を芽生えさせていた存在だ。

だが、逆を言えばマテリアルと闇の欠片との間にある差は保有する力の量と質の差だけであり、どちらも砕かれた防衛プログラムの一部という意味では全くの同じ存在。
闇の欠片が惹かれあうという事は、その欠片の発生する原因であるマテリアル同士もまた、互いに惹かれあうという事。


──故に、彼女達が出逢ったのもまた当然のなりゆきだった。



「……不思議なものですね。同じ存在であるというのに、こうして全く違う自我を持って顔を合わせるというのも」

最初に口火を切ったのは、黒いバリアジャケットに身を包んだ、栗色の髪をショートカットにしている少女。
高町なのはという少女のデータを基に構築された少女は、あまり感情の感じられない声色で淡々と、だが何処か感慨深そうに言葉を紡ぐ。
マテリアルの中で『理』を司る存在である少女は、その自身の在り方に則って冷静に筋道を立てて現状を捉え、思うところがあったのだろう。

「ふんっ、それがどうした。僕は君の話に長々と付き合う気は無い!」

次に口を開いたのは、フェイト・テスタロッサという少女の姿と魔法をコピーした『力』を司る少女。
大人しい性格のオリジナルとは違い、自身の感情を飾らずに表に出すタイプらしく、その言葉には少女の苛立ちが容易に見て取れる。
この青髪の少女が望むのはかつて自分が居た闇へ帰る事であり、それ故に帰る場所である闇を打ち砕いた者達に憎しみを抱いている。
その憎しみが怒りと苛立ちとなって、いかにも不機嫌という様相でそこに立っていた。

「王である我を前にして些か礼に欠けた態度ではあるが、今の我は機嫌が良い。今回に限り、特に許そうではないか」

そして最後に、マテリアルの中でもその中枢を担う存在である『王』である彼女が、尊大な態度を形にしたような笑みを浮かべていた。
闇の書の主であった八神はやてと姿を同じくし、だが、禍々しい魔力を溢れ出させ、他者を見下すような嗤いを浮かべる姿は八神はやてとはまるで違う。
目の前にいるふたりによってより自身が完全な状態に近づけると悦ぶその姿は、闇を統べる者である自負を持つが故に自信に溢れていた。

彼女達はそれぞれが闇の書が得た蒐集データを素に姿形と魔導をコピーし、だが、オリジナルとなった少女達とは全く違う自我に目覚めていた。
細かな差異はあるが、三者が求めるのは闇の書の復活。その過程で誰かが意図したなどは無く、極自然に彼女達は出逢っていた。
だが、目的は同じであっても相容れる事はないとでもいうように、互いを監視し合えるかのような距離感が三人の間にはあった。

「我が断片であるうぬらならば、己の成すべき事は分かっているだろう?」

この場に不穏な空気が流れている事は彼女とて気付いている。だが、『王』である自分が他者の顔色を窺う必要など無いし、君臨するからこその『王』である。
故に彼女は、ピリピリとした空気など気にも留めない。むしろ心地良いといわんばかりにふたりを見下すように尊大な態度で笑みを浮かべる。

「さあ、その力を我へと献上し、闇の書の新たなる飛躍のための礎となるが良い!」

この世は、全てが『王』のために動いている。
中枢である自身が『王』としての自覚を持つのも、ここに至る経緯と事柄も、全ては闇に君臨し、全てを統べるべき存在である自分を生み出すため。

そして彼女の前に居るふたりの少女は、中枢である自分から分離した断片が独自の自我に目覚めたものであり、その役割は王に仕える事。
故に『王』である自分が完全な存在になる事を望むのであれば、その力を在るべき場所に還す事は当然の義務であると、彼女はふたりへと告げる。

「ふざけるなッ。王になるのはこの僕だッ!」

だが、それは彼女の中の事実でしかない。
そのあまりに高慢に過ぎる彼女の言葉を、青髪の少女は即座に拒絶する。
『力』を司る少女には闇に帰るという目的がある。そして『力』を司る者として強くなって頂点を目指したい、王になりたいという想いがある。
深く考えるまでも無く、少女は『王』である彼女の言葉を受け入れるなど到底出来るはずも無いと、想いのままに力強く睨みつける。

「……そうですね。『力』の雷剣士が王になれるかは疑問ですが、私にも私なりの考えというものがあります。
私の持つ力を貴女へと捧げるつもりは、毛頭ありません」

そして『力』を司る少女に続くように、『理』を司る少女のほうもまた、『王』である彼女の言葉を拒絶してみせた。
隣から「僕が王になれないとでも言うつもりかーッ」などと憤慨する声が上がるも、その辺りはさらりと聞き流しながら、『王』である彼女と真正面から向かい合う。

「私達が目指すのは闇の書の復活と更なる飛躍。それを達成するには、私達の持つ力を中枢である貴女へと還元する事が一番の近道である事は明白です。
ですが、私の心が叫ぶのです。もっと魔導の力を揮いたい、自身の手で闇と破壊の混沌を呼び覚ませと。
故に、貴女には従いません。もし私を従えたいというのであれば、それこそ力ずくでどうぞ」

『理』を司るものとして、自分達にとって何が最善かと言う事は理解出来る。
だが、自分の中の何かがその最善を認める事が出来ないと訴えているとこの少女は感じていた。
その「何か」が何なのかは分からない。だが、分からないからこそその答えを知りたい、追い求めたいという想いが湧き上がってくる。
もしこの気持ちの正体を知る事が出来たなら、自分はもっと高く飛べるような気がする。
故に王の命には従えない。たとえ自分達の中枢である『王』と敵対する事になっても構わないと、冷淡な態度の奥に情念を燃やす瞳で真っ直ぐに前を見据える。

「ほほう、我より零れ落ちた断片に過ぎぬうぬらが揃いも揃って我に刃向かう、とな?」

そんな『王』である自身と決別を選ぶというふたりの強い意志の篭る視線を一身に受けて、彼女は浮かべる笑みをいっそう深くする。
だが、それと同時に彼女の身体から溢れ出させる魔力の気配が密度を上げる。
濃密な魔力のそれは闇の欠片を構成する負の感情も相まって、もはや怨念の類と呼べるほどの禍々しさとなって彼女の周囲を取り巻く。
浮かべる表情は確かに笑っている。だが、その姿は見る者に畏怖の念を覚えさせるほどの深い闇を纏う。
明らかに彼女は反旗の意志をみせたふたりに深い憤りを覚えていた。

「いうならば私達は蠱毒の壷。互いにその存在を喰らい合い、侵し合う事で抱く闇をより濃く強いものと成す。
そして最後まで生き残った者こそが、決して“砕けぬ闇”になりえるというものです」

そんな彼女の物理的な圧迫感もあるのではと感じさせる魔力に晒されてなお、『理』のマテリアルである少女は静かに、

「小難しい事は良く分からないけど、要は君達を倒せば僕が王になれるって事だろ!」

そして『力』のマテリアルである少女は揚々と、それぞれのデバイスを構える。
この場に居る少女達の想いは交わらない。決着は闘争にのみ委ねられる。
自らの想いを突き通すべくお互いを否定しあう事を態度で示す。

「……くっくっくっ。いいだろう。あくまで従わぬというのであれば──」

そんなふたりの姿に、『王』のマテリアルである彼女は心底愉快であるかというように莞爾と笑う。
だが、笑みは不意にその顔から表情が抜け落ちるかのように消えろ。そして、

「──無知な貴様らに見せてやろう、闇の、その真髄をッ!!」

その魔力を解き放った。

「ッ!?」

負の感情と記憶を糧として膨れ上がったそれは、荒れ狂う奔流となって世界を侵し、塗り替えてゆく。
空に輝く星々は翳り、風という名の大気の流動を押し止められる。
目に映る光景は異質な物へと姿を変え、全ては闇へと染まりゆく。

激しくも何処か懐かしい想いを抱かせる世界への流転の様。
その情景を前にして、対峙していたふたりの少女はそれぞれが驚きに目を見開く。

「我が領域へようこそ。歓迎しようではないか」

そして現れるのは、彼女が創り出した精神世界。

それは『理』の少女が呼び覚まそうと心を滾らせる闇と破壊の混沌であり、『力』の少女が帰る事を願う血と怨嗟に彩られた闇。
もし深遠の淵に落ちたなら、二度と這い上がる事はかなわないであろうと根拠もなく確信させる、そんな場所。
結界によって括られた範囲ではあるが、彼女は此処に闇の書の闇が抱く、「闇」そのモノを具現化して見せていたのだ。

捕らえた相手を逃さないように強固な境界線を張り巡らせた封鎖結界や、周辺の空域を付近の空間から切り抜き、相互干渉を出来ないようにする広域結界とも違う。
闇の書の闇の心象風景の具現化という、ひとつの新たな世界の創造に近いそれはまさに規格外の魔法。
そんな代物を発動させてなお、彼女はなんら揺らぐ事なく余裕を浮かべながら泰然と嗤う。

「うぬらのその愚かさ、身を以って存分に知るが良い!」

戦いの幕は上がった。遠慮は要らない、存分に戦おうではないかと彼女は告げる。
その自身に漲る姿は、間違いなくこの世界の中心に君臨する『王』のそれであった。

「……」

それを目の当たりにして、『理』の少女は動かない。
別に彼女の姿に気圧されたわけではない。確かに驚きはしたが、『王』である彼女の持つ力が強大だという事は最初からわかっていた。わざわざ怯む必要も無い。
ただ勝利を掴むそのために、自身の司る在り方の通り、冷静に、筋道をたてて思考を巡らせる。

確かに中枢である『王』の持つ力は自分の力を大きく上回っているだろう事は実感した。一対一であったならば勝率はかなり低い物だろう。
だが、この戦いは自分と彼女だけの戦いではない。『理』の自分と『力』の雷剣士、そして中枢たる『王』の三基によるバトルロワイヤル。
この場にいる者は全て敵であり、味方は存在しない。あって利用するかされるかの間柄。上手く立ち回れれば、個人の力の差を覆す事は十分に可能。

ただ、バトルロワイヤルとはいっても、この場に居るのは僅か三名。
下手に動いたなら、自分が攻撃されると思った他のふたりから同時に敵と認識される恐れがある。そうなってしまえば一気に不利になってしまう。
故に動かない、動けない。お互いにそれが分かっているから誰も最初の一歩が踏み出せない。そう現状を分析する。

──この戦いは、最初の一手が戦況の流れを大きく左右する。

今はお互いに牽制し合うために一種の膠着状態である三すくみの関係になっている。そして、そのにらみ合いに痺れを切らして誰かが動いた時が本当の勝負。
そう考えたからこそ、『理』の少女は動かない。冷静に、その瞬間を逃さないように心を研ぎ澄ます……。

「よーし行くぞッ。君を斃して、僕が真の『王』になるんだッ!!」
「はっ、ほざけ塵芥ァ!!」

まあ、他のふたりはそんな少女の考えなどお構いなしに戦いを始めていたのだが。

『力』の少女は戦いを前にして名乗りを上げるように宣告すると、自身の持ち味である速度を以って、闇に彩られたこの世界を飛翔する。
迎え撃つ側である『王』は、自身が王となると嘯く少女の言を鼻で笑い、真っ向から否定するかのように保有する魔力量にものを言わせた弾幕を張ってみせる。

「くっ、こなくそーッ!」
「はっはっはーっ、踊れ踊れぇ!!」

突然現れた行く手を阻む弾幕を前にして、一気に潜り抜けるには割が合わないと判断したらしい少女は即座に反転、回避行動に移る。
その様子を見て、『王』である彼女は愉悦に口の端を持ち上げるように嗤いながら、更に少女を追い立てるべく次々と魔力弾を放っていく。

その戦いは完全に王の優勢で事は進んでいる。だが、少女のほうもまた諦める事無く、必勝の機会を窺いながら空を翔る。
戦いはまだ始まったばかり。ふたりはそれぞれ自身の勝利をその心に思い描いて、この場に臨む!

「……出遅れました」

そしてそんなふたりの姿に、なんとなく戦いに乗り遅れた気がしてちょっと寂しい気持ちになった『理』の少女がそこに居たのだった。

とはいえ、しょんぼりもしていられない。
ふたりが戦い、自身はそこから一歩引いた立ち位置にいるというこの状況は、『理』の少女にしても望んでいた物。
ならばこの後はどう立ち回るべきかについて考えるべきだと思考を巡らせる。

『理』の少女にとってベストなのは、ふたりが勝手に潰し合った結果に相打ちになる事だが、これはふたりの地力の差を考慮すれば、あまり期待は持てない。

やはり両者がある程度弱ったところで一方を潰し、残った方を一騎打ちで打倒するのがベターな展開だろう。
そして一対一で戦う場合はどちらの方が御しやすいだろうかと考えれば、やはり先に『王』を倒し、『力』の雷剣士を残したいところ。
基本的に考えなしである少女と連携を組む事は些か難しい部分もあるが、最終的に『王』である彼女を倒せるのなら『力』の雷剣士が幾らダメージを負っても問題は無い。
むしろ、後の事を考えれば『王』を倒した時点で『力』の雷剣士もまたある程度ダメージがあった方が都合は良いのだから、あまり連携に拘る必要もない。

形としては、まずは『力』の雷剣士が戦っているところへ自分が援護して『王』を打倒し、そしてその後で『力』の雷剣士を倒す。
出来るのならふたり纏めて砲撃魔法で吹き飛ばすというのが理想。

作戦は決まった。ならば後は自身の手で勝利を引き寄せるために全力を尽くすのみ。
『理』の少女は自身の持つ紫の宝珠を先端に頂く魔導師の杖を振るい、『王』である彼女へと立ち向かう。


……だが、そんな想定もまた、全く意味をなさない物であった。


「どうしたっ、ふたりがかりでその様か!?
仮にも我が隷属を名乗るのであるならば、もっと持ちこたえてみせよ!」
「くぅ……っ」

自身の成すべき事を見定めた『理』の少女は、その作戦を実行するべく行動を開始した。
『力』の雷剣士は接近戦が得意、というより大好きでとにかく突っ込んでいく。それを援護するように、砲撃魔法を打ち込んでいく。そのはずであった。

だが、その作戦は、『王』である彼女を前にしてまるで無意味だった。

まず、彼女は広域型という魔力資質を持つため、その攻撃可能範囲は圧倒的なまでに広い上、魔力チャージの短くて済む魔力弾を保有魔力量にあかせて際限なく撃ってくる。
それは前衛の接近を拒むだけに飽き足らず、後衛の魔力チャージまでも妨害するほどの範囲と規模で行なわれていたのだ。
その空間飽和攻撃とでもいうような魔力弾の嵐の前に、前衛である『力』の少女は自分の得意な間合いに踏み込むことが出来ず。
そして『理』の少女もまた魔力弾に晒されては碌に魔力チャージも出来ずにいたのだった。

『王』である彼女の攻撃は無軌道であり、見当違いの方向へ飛んでいく魔力弾の数も非常に多く、それはそのまま魔力の無駄遣いになっている。
普通ならそこに目をつけて相手の魔力切れを狙っての持久戦を望むところだ。
だが、彼女は保有する魔力総量と消費した魔力の回復力がずば抜けている。息つく暇も無く手当たり次第に弾幕を繰り出しておきながら、魔力切れを起こす様子は一切ない。
むしろ、ギアをあげてゆくかのように時間が過ぎるにつれて魔力弾の数を際限なく増やしていくかのよう。

結果、ふたりの少女は防御と回避ばかりで、攻め込む事が出来ないでいる。
今はまだ戦えているが、守っているだけでは勝つ事は叶わない。いずれ自分達の敗北という形でこの戦いが終結するのが目に見えていた。

『理』の少女の考えた作戦は決して悪いモノではなかった。だが、『王』である彼女はそれを真正面から圧倒してみせる。
ふたりの少女の持つ力も、個人として見れば十分以上に一般レベルを凌駕している。
だが、所詮は個の力がいかに優れていようとも大軍という数の暴力の前にはいずれ屈してしまう。
単独でさながら戦争染みた物量と火力を繰り出す彼女と比べたなら、ふたりだけでは圧倒的に手数が足りていなかった。

このままでは不味いと、『理』の少女は弾幕の中で耐えながらどうすればこの局面を切り抜けられるかを必死に考える。
そこには普段の冷淡な表情は無い。焦燥に駆られるように冷や汗を流しながら自分に出来る事を模索する。

「……このままでは敗北は必須です。些か不本意ですが、ここは協力をしましょう」

そして浮かんだのは単純な物。個人では太刀打ちできない。ならば個人では無い力で対抗すればいい。
その考えを、もうひとりの少女へと提案する。

「……今回だけだからな!」

そして『力』の少女も、かなり不本意そうではあるが了承した。
お互いに敵同士という事は変わらない。どうせ戦う相手なのだから、たとえ一時だけであろうとも手を組む事などしたくは無い。
それでも今だけは、その垣根を越えて力を合わせる以外に道は無い。むしろ、やり遂げなければ自分達が負けるだけ。

『理』の少女は一度決めた事に筋を通す。約束を違えるなどという無粋な真似はしない。
『力』の少女はもっと単純。もっと速く、もっと高く飛ぶ以外に面倒な事はそもそも考えにすら上らない。

「さあ、僕のスピードについて来れるかい?」
「愚問ですね。むしろ貴女が私に付いて来れるかの方が気掛かりです」

ふたりは一瞬だけ目を合わせると互いに不敵な笑みを浮かべ、すぐさま再び斃すべき共通の敵である彼女を視界に捕らえる。
そこには今まで以上の自信に溢れる姿があった。

やるべき事は変わらない。違うのは、自分の背中を預ける誰かがそこに居るだけ。
そんなちょっとした意識の変化だけだというのに、何故か負ける気がしないのは何故だろうという疑問が浮かんでくる。
だが、今はそんな事を悠長に考えている時ではない。

「いくぞッ!!」

最初に動いたのは『力』の少女。今までは『王』の繰り出す弾幕の前に回避で手いっぱいだった。
だというのに回り道などせず、彼女へ向けて最速で最短距離を詰めるべくただ真っ直ぐに飛翔する。
弾幕に真正面から飛びこむのだ。当然の事として目の前には数多の魔力弾が迫ってくる。

それを目の当たりにして、だが『力』の少女は怯まない。

「パイロシューター!」

真っ直ぐに飛翔する『力』の少女の事を、桜色の魔力光の誘導操作弾が追い抜いていき、少女への直撃コースを辿っていた王の魔力弾を相殺、撃ち落としてゆく。
その魔力弾同士がぶつかり合って発生する魔力の残滓による煙と共に、王の弾幕の中に隙間が出来る。
その中で『力』の少女は急停止。その反動をも利用するかのように身体を大きく捻るようにしながらデバイスを振りかぶる。
同時にそのデバイスは通常の斧形態から鎌形態へと移行、金色の魔力光によって編まれる圧縮魔力刃が展開される。

「光翼斬ッ!!」

そして身体の捻りと共に蓄えられた力を解放するように、デバイスを全力で振り抜く。解き放たれる圧縮魔力刃がブーメランのように回転しながら飛翔する。
それを盾とするように、少女は再び前進を図る。

圧縮魔力刃はその名の通り、多くの魔力を押し固める事によって形成されており、込められた魔力の密度は非常に高い。
『王』の魔力弾の一つひとつなど問題ではないと、張られた弾幕を切り裂きながら突き進んでいく。
だが、それでもまだ『王』の弾幕の方が厚い。切り裂き進む圧縮魔力刃の進行速度が数に押されて徐々に鈍っていく。
『力』の少女だけでは『王』へと届かない。その事実がそこにはあった。

そんな中、それまで『王』へ向かって真っ直ぐ飛んでいた少女は不意に垂直方向へと方向転換をして見せる。
そしてそれまで突き進んで来た道のその奥に、『力』の少女が切り裂いて作った隙をついて魔力チャージを完了させたもうひとりの少女の姿があった。

「ブラスト……──」

それは今まで碌に砲撃魔法を使う事が出来なかった鬱憤の全てを込められているかのように、猛る魔力は今にも暴発しそうな程に溜めこまれていた。
足元に広がる桜色の魔法陣の放つ光に照らされながら、その静かながらも苛烈な意志の籠る瞳が弾幕の向こうにある『王』である彼女の姿を確かに捉える。
既に『力』の少女は退避した。ならば躊躇う事は無いと、砲撃形態となったデバイスを取り巻く円環状の魔法陣の輝きが一層強くなる。

「──ファイアーッッ!!」

そして一気に膨れ上がった魔力が解き放たれる。
十分に魔力を溜めこまれた桜色の魔力の奔流は、『力』の少女が切り裂いた分薄くなっていた弾幕を逆に呑みこんで、一直線に突き抜ける!

「ちぃ……ッ」

さすがにこれを受けるわけにはいかないと、舌打ちをひとつ残しながらも回避行動を取っていたため、その砲撃魔法は『王』である彼女を捉える事は無かった。
だが、今はそれで十分。何故なら、桜色の奔流が突き抜けた跡には確かに王へと至る道が切り開かれていたのだから。

「はぁぁぁッ!!」

行く手を阻む物は、もう何もない。ならば最速を誇る『力』の少女にとってはこの程度の距離など無きに等しい。
『王』が気付いた時には既に、圧縮魔力刃を展開した鎌形態のデバイスを振りかぶる『力』の少女が、今まさにその刃を振りおろそうとしている所。
元々苦手な回避行動を取った直後に、この攻撃を避ける事など出来ないしない。彼女は咄嗟に防御の魔法を眼前に展開する。

「砕け散れぇッ!!」

直後、ぶつかり合う刃と盾が甲高い音を響かせる。鬩ぎ合う攻めと守りは火花のような魔力を散らしながら、互いを削り合う。
一進一退の攻防はしかし、渾身の力を乗せて放った少女と咄嗟の反応から身を守った彼女とでは互角にはならなかった。
力比べの天秤はあっさり『力』の少女へと傾く。金色の刃は『王』の防御を切り裂き、彼女のその身を大きく吹き飛ばす。

「くのぉ……。おのれ塵芥ァ!」

吹き飛ばされ、彼女はそれを成した少女へと鋭く睨みつける。王である自分にこのような無様を良くも晒させたなと怒りをあらわにする。
それと同時に、吹き飛ばされる中でも自身の前に短剣の形状をした魔力弾が設置されて行く。その数は5つ。

確かに少女の成した事は業腹モノではあるが、その怒りにかまけて行動を遅らせれば即座に追撃にさらに踏み込んで切る事は容易に察する事が出来る。
故に、これ以上の接近はさせまいと、牽制の意味も込めてドゥームブリンガーという魔法を放つ。
それは放射状に放たれて彼我の間を埋めて見せる。そして更に、彼女は同じ手順を繰り返すように再び短剣の形状の魔力弾を設置、発射していく。
それは功を奏したらしく、『力』の少女は踏み込む事が叶わず、魔力弾へと対処へと回らせていた。

「私の事も忘れないで下さい」

だが、今の戦いは二対一だ。
彼女が吹き飛ばされる先では既に、待ちうけるかのように高機動魔法によって先回りをしていた『理』の少女の姿があった。
中距離戦闘のエキスパートである砲撃魔導師というスタイルを持つ少女は、それほど接近戦を得意としているわけではない。
だが、ここはあえてその苦手分野で勝負をするべきと、加速をした勢いのままに、デバイスを振りかぶっていた!

「ちぃッ!」

ここまで来て、『王』である彼女には最初の頃にあった余裕など無かった。
ただ必死の形相を浮かべながら、次から次へと繰り出されるふたりの少女の攻撃の対応に追われるばかりだった。

『理』と『力』を司る二人の少女は同じ存在から別れたのだが、実際に今の『自分』として相手と顔を合わせたのはこれが初めて。
お互いは敵同士だと言う事は変わらない。戦い方にしても、相手に対して自分の行動を指し示す事も無く、いうなれば自分勝手な戦いを繰り広げていた。
コンビとしても即席。だというのに、不思議と息が合っていた。

相手は強敵であり、元々取れる選択肢は少ない。その中で何を選ぶかがは必然的に決まってくる。
それを『力』の少女は勘任せに、『理』の少女は理論を重ねて導き出す。もうひとりの少女が何をするのかを理解する。

桜色の魔力弾が自由自在に宙を舞う。金色の魔力刃が鋭く振り抜かれる。
ふたりを結ぶのは、共通の敵を倒すという一点のみ。ただそれだけでお互いのタイミングを合わせていく。
そのたびに『王』である彼女が徐々にだが、確実に追い込まれていく。

そして開けるのは『王』へと至る道。絶好の機会を前にしてふたりの少女は肩を並べる。

「ブラスト──」
「電刃──」

ふたりは極自然に同種の魔法を選ぶ。
それはまるで共鳴するかのように魔力が高まり、それぞれの魔力光を煌々と輝かせる。
『理』の少女は砲撃形態としたデバイスを、『力』の少女は金色の光い編まれた魔法陣を、それぞれ真正面へ向けて指し示す。

「──ファイアーッ!!」
「──爆光破ッ!!」

そして放たれたのは、桜色と金色という二条の砲撃魔法。
それが阻む物に意味は無いと、一直線に彼女へ向けて突き進む!

「くぬぅ……!?」

そして、彼女が展開したベルカ式の三角形を基調とした魔法陣の盾に遮られる。
彼女の防御の出力はそこまで高くは無いのだが、そこは随時盾に魔力供給をするという力技でふたりの砲を耐えてみせる。

「「せー……のっ!!」」

ふたりのオリジナルとなった少女達は、お互いを信じあう事で絶妙なコンビネーションを発揮する。
だが、この場に居るふたりの少女は全く別の存在。同じ事が出来るはずもない。自分のベストを尽くし合う事、それ自体の結果としてコンビネーションを発揮する。
ふたりの声が重なる。それと同時に砲撃魔法の光が膨れ上がる。『王』の盾に遮られたそれは、威力となって彼女を圧倒せんと襲い掛かる。

そしてそれは、完全に彼女の盾の防御を上回った。
それまで遮っていた盾は砕かれ、その砲撃魔法か彼女のその身体を捕らえ、その威力のままに爆音が轟き、全ては爆煙に包まれる。

この上無い形での直撃。だがこれが決着だとはふたりとも思っていない。
油断する事無く、徐々に晴れ行く爆煙を見やる。

「……今のは──」

そしてその向うから、彼女の姿が顕わとなる。
やはり命中していたらしく、そのバリアジャケットは大きく損傷しており、見るも痛々しい程だ。
顔も痛みと憤怒に歪めている。確実にダメージは通っている事は明白。
……だというのに、その姿は逆にふたりに嫌な予感を覚えさせる。思わずデバイスを握る手に力が籠る。

「──今のは少しだけ、……痛かったぞォォッ!!」

そして、その予感は外れでは無かった。
彼女は痛みや不敬を示し続けるふたりに対する憤りの全てを怒りへと変えて、憤怒の咆哮を上げる。
それに伴い、身の程をわきまえさせるためと無意識にしていた「慢心」も彼女の中から消え、“本当の”全力の魔力が解放される。
その姿に、まるで恐怖するかのように空気は震える。ビリビリと伝わる重圧がふたりの総身に襲いかかる。

「な……!?」

圧倒的なまでの存在感を彼女は示す。だが、それだけでは終わらない。
彼女の足元に白い光によって描かれる魔法陣が展開されると共に、纏うバリアジャケットが、まるでビデオの逆回しのように、損傷が塞がれて行く。
それは回復魔法と、膨大な魔力の力技によるリカバリー。ふたりの見ている前で、今まで積み重ねて来たものが覆されて行く。

「そんな、バカな……」

そして白い光が弾けた時には既に傷はひとつもない、万全の状態まで戻っていた。
それは仕切り直しになったという事だが、回復をした『王』とは違い、いまだダメージの残るふたりの少女にとっては理不尽とも見えるその光景。
その想いが、思わずふたりの口をついて出てしまっていた。

「ふん、たわけが。我を倒したくば今の3倍は持ってこい……!」

そんなふたりの驚愕を表す様に、多少の留飲は下がったかというように、彼女はふたりのその努力が無意味であったと嗤ってみせる。
ふたりは現在まで全力で戦っており、魔力の消費や被ダメージがふたりの少女には残っている。
同じ立ち回りを演じる事は正直言って難しいところだ。

しかもそれだけではない。今のふたり同時の砲撃魔法クラスのダメージを受けても、彼女は即座に回復をして見せた。
つまり、彼女を倒すには回復魔法を行使させない、あるいは使う意味がない程のダメージを一度で与えなければいけないという事。

現状でそれがどれほど現実味がある話なのか、認めたくは無くとも、うっすらと悟ってしまう。

「さて、一応でもうぬらは我が配下と遊んでやっていたわけだが、いくら我が寛大とて全てを許すつもりは無いぞ?」

そんなふたりの事をあざ笑うかのように嗤いながら、彼女はその身に宿る魔力をさらに開放する。
彼女はここまで自分を追い詰めたふたりに対して、自分に仕えるのならばこれぐらいは出来なければという思いもある。
だが、それ以上に刃向った事が許せるものではない。王に逆らうという罪を犯したのならば、それ相応の罰を与えねばならない。
ならば罰とはどのような形で下されるべきか?

「な……!?」

最初に『理』の少女も言っていた事。従えたければ力づくでと。
それを体現するかのように、彼女の周囲には魔力弾の発射体が幾つも設置されて行く。だが、数が違う。
今までも十分過ぎる程だったが、視界全てを覆い尽くす程の量がそこにはあった。
それを目の当たりにして驚きの言葉を漏らしたのは、果たして誰だったのか。

「さあ、仮にであっても王である我に傷を負わせたのだ。その責と報い、存分に味わえ」

そして改めて戦いが再開される。だがそれは、先ほどまでとは違い、一方的な蹂躙劇の様相を呈していたのだった。







あれから、しばらくの時間が経過した。
あらゆる物が無く、ただ闇の陰影にのみ空間の存在が認知出来るこの場所では、その間にどれほどの戦いが繰り広げられたのかという痕跡は一切残っていない。
あるのはひとつ。結果のみだ。

「さて、余興もここまでよ。
……闇の欠片よ、我が下に集うが良い!!」

この世界にただひとり立つ『王』である彼女は、ほんの気まぐれにより、自らの手で闇の欠片を集めていた。
だが、二基のマテリアルを取り込んだ事で断片の大半の回収は済んだ。もはやこれ以上に戯れに興じている理由もない。

その足元に魔法陣が展開されると共に、次々と闇の欠片が彼女の下へ集ってゆく。そしてそれらの全てを彼女は取り込み、自らの糧としてゆく。
かつての力が戻ってくる事を実感して、禍々しいまでの魔力を纏う彼女の表情は愉悦に染まる。

「くくく、力が漲る。魔導が滾る……!
我こそが闇を、全てを統べる王となるのだ。ふはははは、はーっはっはっは!!」

その哄笑は、闇の深淵の何処までも響いてゆく。
彼女は近づいていく。己の目指す、”砕け得ぬ闇”へと。












あとがき
どうしよう、最後の高笑いが死亡フラグにしか見えない……!

まあそれはさておき、このSS内ではマテリアルズの『星光の殲滅者』『雷刃の襲撃者』『闇統べる王』の名前は自称ではなく便宜上の物としているので、呼び名として使えない。
なので代名詞に主役は『彼女』で次に出た子を『少女』としていたのだけれども、この三人が揃っている状況だとひとり余るから、非常にめんどい事に。てか疲れた。
何とか書き分けたつもりだけど、もし不自然なところがあったならご一報頂けたらと。


※莞爾(かんじ)
喜んでにっこり笑う様子。
自分で使っておいてなんだけど、読めないし意味も分からない字だと思うね。



[18519] アナザーシナリオ-3
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2011/05/06 23:47

リインフォースは永い絶望の中にあった。
かつては闇の書の意志と呼ばれ、暴走する防衛プログラムのままに主となった人物には死を、周囲には破壊を齎す。そして守護騎士達には戦いの日々を強いていた。
彼女はそんな事を望んでなどいない。むしろ何度もこの負の連鎖を止めようと管制人格として書に働きかけてきた。

だが、そんな努力など意味は無いと突きつけられるかのように何も出来なかった。
全ては闇の狭間に消えて行く。夢も決意も……、そして何時しか自分の背負った宿命に対する悲しみすらも。

闇の宿命も、果てない呪いも終わらない。たとえにげようとも何処までも追ってくる。
故に諦めた。自我も願いもなくしてしまえば楽になると、感情のない機械のようにその手を血に染め続けてきた。
ただ、頬を伝う涙を流し続けて……。

だが、そんな永遠の苦しみは、新たな主、八神はやてとの出逢いによって断ち切られた。

それまでの主とは違い、はやては闇の書が完成した際に得られるとされる強大な力を求める事はしなかった。
むしろ、そんな物は要らない、自分はただ平穏に『家族』と過ごす毎日があれば良いだけ言って笑って見せていたのだ。

足が不自由で車イス生活を余儀なくされ、親兄弟もいない大きな家で独りで過ごしていた。
完成した闇の書の力があれば、無かった物を取り返せる、あるいは自分を不幸にしている全てを消し去る事も出来る。
そう言われてもなお、はやては闇の書の力を欲する事は無かった。

そうやって始まった日々は本当に穏やかで、戦いに明け暮れるばかりだった騎士達は戸惑うばかりだった。
だが、はやての優しさに触れて徐々に中で摩耗していた守護騎士達の心を癒していた。
そして、ごく自然にもう忘れてしまっていたと思っていた笑顔を浮かべさせるほどに幸せを享受していた。
今までの事を思えば、それはまさに夢のようなひと時だった。

だが、闇の書が完成した時、一度はそんなはやてを取り込んで暴走をした。
その中で思った事は、それでも結果は覆らないという事だった。この優しかった主をこの手で殺してしまい、またあの血と怨嗟の日々へと騎士達を突き落とす。
きっとはやても、こんな呪われた自分の事を恨むのだろうと思っていた。

だが、書の中で初めて言葉を交わしたはやては、自分に死の運命を背負わせた原因とも言える、闇の書の意志の事を怨んだりすることは無かった。
むしろ逆に、守護騎士達と同じく自分の家族だと言ってみせた。そして名前も無かった官制人格である彼女に「リインフォース」という名を与えたのだった。

これ以上自分の家族に悲しい想いはさせない。闇の書の呪縛は自分が終わらせる。その強くも優しいはやての想いが運命を覆した。
いや、はやてだけでは無い。真っ直ぐな優しさと正義感を持つ少女。静かな瞳に強い意志と深い優しさを秘めた少女。家族を殺されたという因縁を越えて皆を救おうとする少年。

他にも多くの人が悲しみの連鎖を断ち切るために力を合わせた。
その結果、闇の書からその呪いその原因を切り離し、書を本来の姿である「夜天の書」へと戻すことが出来た。
闇の書に蒐集されて一度は消えた守護騎士達も復活させた。

そして切り離された呪いの根源である暴走する防衛プログラムを、全員の力を終結する事によってついに消滅させる事が出来たのだ。
守護騎士達を、そしてリインフォースを縛り続けてきた永い絶望はこうして終わりを迎えたのだった。

本来であれば、リインフォースはこの時点で消滅しているはずだった。
守護騎士達は防衛プログラムとは別に書から切り離す事が出来たが、官制人格として防衛プログラムと深くリンクしていたリインフォースにはそれが出来なかったからだ。

そしてリインフォースはそれでも構わなかった。自分を救ってくれた優しい主と、辛い目に遭わせ続けてしまった守護騎士達が救えるのであればそれで良かった。
自分には、ほんの一時だけでも得る事が出来た幸せな想いがあればそれで十分。闇の書と共に消える事への覚悟は出来ていた。

だが、奇跡は起きた。
リインフォースは自身を構成するプログラムの大半を失うという代償を払う代わりに生き延びる事が出来たのだった。
自己再生能力の欠如のために、その余生は一年も持たない。せいぜいが半年程度しか活動する事が出来ない。
それでもそんな現実を静かに受け止めて、リインフォースは残りの人生をはやて達と共に穏やかに過ごしていた。

そんな中、いずれは偉大な魔導騎士になるであろうはやての魔法の練習に付き合っている時だった。正体不明の結界発生の知らせを受けたのは。

時空管理局所属L級巡航艦・アースラから齎されたその情報に何か胸騒ぎを覚えたリインフォースは、その結界の調査をする役割を申し出た。
アースラの通信士であるエイミィから許可を貰い、ベルカ系の反応を持つという結界の調査へと赴く。

そこでリインフォースが見たものは、自分の事を知らないという守護騎士の将であるシグナムだった。
既に闇の書は存在しない。だというのにそのページ蒐集のためにリンカーコアを貰い受けるというシグナムの使う技や魔法は、間違いなく本人のもの。
突然の襲撃を辛くも撃退をする事が出来たが、倒されたシグナムは、まるで最初から存在しない幻だったかのようにその身を消滅させていた。

一体何が起こっているのか。
その疑問が浮かび上がってくるのと同時に、ひとつの可能性に思い至っていた。
出来れば杞憂であって欲しい。その想いを抱きながら、リインフォースは調査と続けてゆく。

だが、その先で出逢うのは自分の推測を肯定するものだった。
安らかに眠る事の出来ない守護騎士達の負の記憶が、形となってゆく手を阻む。絶望の記憶だけを抱える彼らはリインフォースに怨嗟の念を突きつけてくる。

もはや疑う余地も無かった。砕けた闇の書の闇である防衛プログラムのその断片が再生しようとしている。
その過程として闇の欠片やこの地に沈む記憶が再現されている。それが今、海鳴市に起きている異変の正体だった。

それと悟ると共に、リインフォースはひとつの決意を胸に抱く。

これが闇の書の残滓が齎したものであるというのであれば、それを解決するのは官制人格として在った自分の役目。
自己再生能力の欠けた自分に未来は殆ど無い。だが、主やその友人達には無限の可能性がある。今でこそ幼い雛鳥だが、きっと未来に大きく羽ばたいていく事だろう。
ならば、その未来への礎となるのが自分の務め。そのためであるならば命は惜しくない。

未来を守る。

かつては多くの絶望を振りまくだけの存在だった自分がそんな事を言うのはおこがましい事だと分かっている。こんな事で罪滅ぼしになるわけもない。
それでも、自分を救ってくれた皆に報いるため、そして今度こそ闇の書の呪縛を完全に断ち切るため。
リインフォースはひとり、夜の空を行くのだった。

そして出逢ったのは、かつての自分。
リインフォースが闇の書の意志と呼ばれ、永遠の絶望の中で救いを諦めていた頃の記憶を再現した、防衛プログラムの構成体(マテリアル)だった。
目の前の彼女は言った。自分は永遠に闇の呪縛に囚われたまま。この先もどうせ救われない。
だからお前も戻って来い。どうせ苦しむのなら、何も考える事もない、何も感じる事もないあの闇の中に居た方が良いはずだと。

かつての自分だ。その想いはリインフォースには良く分かる。思考を停止し、何も望まなければ、確かに苦痛を感じることも無いだろう。
だが、リインフォースは首を縦に振らない。振る必要など何処にも無い。
何故なら、闇の書の呪縛は既に心優しい主の手によって断ち切られているのだから。そして、救いは確かにあったのだから。
故にリインフォースは闇の書の意志として在るかつての自分を眠らせるべく、戦いを決意した。
それは自分にしか出来ないことであり、成すべき事だとリインフォースは思ったのだから。

自分との戦い。技も力も同じ相手では、差などない。何時までも決着が着く事は無い。
だが、それでもリインフォースは負けなかった。
心優しい主やその友の未来を思えば、過去に縛られるだけの自分に負けるはずも無かった。
そして「自分もそう思いたかった」と言って、寂しそうに笑う闇の書の意志が消えてくのをリインフォースは静かに見届ける。
かつての自分だ。思うところはある。だが、かける言葉は思い浮かばなかった。せめて安らかに眠れる事を祈るだけだった。

そのリインフォースの想いが通じたのか、闇の書の意志が浮かべるのは寂しそうなそれから、柔らかな笑みへ代わっていた。
それはまるで、リインフォースと同じように自分もまた救われたとでも言うかのようだった。
だが、すぐにその表情は引き締められる。真剣な表情で真っ直ぐにリインフォースの事を見つめる。

「構成体(マテリアル)は私で終わりではない……。中枢部が、まだ……」
「なに……!?」

既に身体が半ばまで消えかかっている状態のためか、紡ぐ言葉は途切れ途切れな物となっていた。
それでも、未来を掴もうとしているもうひとりの自分に向けて、消え行く自分に残せるものをと真摯にメッセージを伝える。

「気をつけろ、あれは……凄まじく……」

その言葉を最後に、闇の書の意志を再現していた闇の欠片は消えていた。
リインフォースは過去の自分との戦いには勝った。だが、その胸中にあるのは勝利の喜びや安堵などでは無い。言い知れぬ焦燥感だった。

「他にも、まだ……?」

リインフォースは、闇の書の意志を倒した事で、今回の事件は終わりだと思っていた。
闇の欠片とは闇の書の防衛プログラム。それらは集まって防衛プログラムを再生しようとしている。
そのためには一ヶ所に集まる必要がある。そして何も無いところに唐突に集まり始めることは無い。集結をするのならば、必ずその中心が必要になる。

その再生の要となるものとして、闇の書の官制人格であった自分が一番適しているとリインフォースは考えていた。
事実、先ほど消えた闇の書の意志は防衛プログラムの構成体(マテリアル)であり、強く闇の欠片を惹き寄せいていた。
そのため、闇の書の意志を倒せば今回の事件は終息に向かうと思っていたのだ。
だというのに闇の書の意志は、中枢は自分ではなく他にあるという。

構成体(マテリアル)の活動を一体停止させた事で、闇の欠片の発生速度は落ちているはず。事件は確実に終わりに向かって動いている。
それでも闇の書の意志の最後の言葉が、リインフォースの心を徐々に蝕むように不安を煽る。
彼女は他の闇の欠片より再現された思念体より強い力を持っていた。ならば果たして中枢とはどれほどの力を持っているのか。
そして、闇の書の官制人格であった自分以上に再生の要に適しているとされるものとはいったい……?

そんな中、不意にアースラから海上に特殊な結界の反応が出たという連絡が入った。
どうやらリインフォースが一番近くに居るらしく、すぐさま反応があった地点へと向かう。

そしてそこで、本当の中枢である構成体(マテリアル)の姿を見たのだった。

「ふふ、はは……ッ、力が漲る……魔導が滾る!
集え、闇の欠片よ。我が身に捧げる贄となれ……ッ!!」

いったいどれほどの闇の欠片を取り込んだのか、視認出来るほどの濃密な負の念を纏い、彼女はそこに君臨していた。
その圧迫感は尋常ではない。下手をしたら、かつて闇の書と恐れられていたロストロギアそのままの力を既に取り戻しているのではないかという程だ。
だが、それよりもリインフォースはある一点についての想いが口を突いて出ていた。

「よりにもよって、なんという姿を……っ」

それは、彼女が自分の敬愛する主の姿をしているという事だった。
八神はやてという少女は最後の闇の書の主となった人物だ。確かに中枢になるにはこれ以上無い人選だった。
だが、そんな事よりもあの優しい眼差しが闇の愉悦に染まっている姿がたとえ偽者だと分かっていてもリインフォースにはどうしても認められない。
その想いが、リインフォースに強く拳を握らせる。

だが……。

「あの凶悪な魔力……。壊れかけたこの拳で止める事がかなう、のか……?」

握りしめた拳をといて、自身の手のひらを見つめながらぽつりと呟く。
自身の保有していた魔導のその殆どは主であるはやてに受け渡された。さらに防衛プログラムを書から切り離す際に負ったダメージは甚大だった。
そのため、今のリインフォースにはかつて闇の書であった頃のほんの僅かな欠片程度の力しか残っていない。
今の弱体化している自分では、あの構成体(マテリアル)中枢である、主の姿をコピーした彼女に勝てるヴィジョンが全く見えてこなかった。

力を失った事自体には何の後悔も無い。むしろ、主のためになったと誉れに思う。だが、今この時において力が無いという事が歯痒かった。
その想いが、リインフォースの心に翳りを落とす。

「……いや、違うな」

だが、そんな自身の弱気を振り払うように、リインフォースは改めて拳を強く握る。そして視線を彼女へと真っ直ぐに向ける。

「かなうか、では無い。止めるのだ。主や騎士達を守るため、雛鳥達の空を開くため……。
たとえ私がこの身に……、命に代えてでも!!」

自分が此処まで来たのは、闇の書の呪いを自らの手で完全に断ち切るため。
それは自分が闇の書によって苦しめられてきたからではない。自分の大切な人達を未来を守るためだ。

確かに力の差は歴然だろう。だが、自分が勝てる可能性はゼロでは無い。ならばそれで十分。
たとえ一割以下であろうとも、その一割以下を最初にもってくればよいのだから。
そして自分の心には永遠と思えた闇の書の呪いを断ち切った、主の優しい笑顔がある。一人ではないと思える。幾らでも心の力が湧いてくる。

だからもう、何も怖くない。

大切な人達への想いを決意に変えて、リインフォースは彼女の前へとたつ。

「ほう……? これはまた珍しい贄が舞い込みおった」

当然、彼女もまたリインフォースの存在に気付く。
今の彼女は闇の欠片を次々と寄せ集めていた。その中に紛れて予想外の物までもが自分に引き寄せられたのだと、リインフォースを見て愉快そうに嗤っていた。

彼女の瞳にはリインフォースに対する敵意も害意も無い。何故なら、彼女にとってリインフォースは敵と認識するレベルに達していなかったからだ。
壊れかけの融合騎など取るに足らない、まさに塵芥同然。そんな物などわざわざ敵意を抱くにも値しない。

「マテリアルよ、お前を止めに来た。闇の書の運命はもう終わったのだ、蘇っても誰のためにもならないのだ」

リインフォースはそう感じていたが、なんにせよやるべき事は変わらない。
ただ、闇の書の復活を望む彼女の行いを阻止するだけだと意気を上げる。

「はっ、壊れて役に立たぬうぬ如きがなんになる。
もとより我は我のために、心地良き暗黒を永遠に生きるためにここにあるのだ。
誰かが王たる我のために働く事は当然だが、我が誰がために動く必要などどこにもあるまい?」

はっきりと敵対の意志をみせるリインフォース。既に対話での決着は無理であると悟っている。力ずくでお前を倒してみせると嘯いてみせる。
それでも闇の欠片を多くを取り込み力を得る事で気分を高揚させている彼女にとっては精々が犬か猫がじゃれ付いてきた程度にしか感じられない。
普段ならば王に刃向かうなどと言語道断と返すところだが、彼女は機嫌よくリインフォースの決意を嘲笑う。

「壊れかけた貴様などもはや要らぬ。が、貴様もまた永きに渡り闇の書に仕えてきたのだったな。
いいだろう。新たなる闇の王である我が、直に手を下してやろうではないか!」

彼女自身が自我を手に入れた以上、官制人格というプログラムは不要。故に力の殆どを失っているリインフォースなど、今更取り込む価値は無い。
だが、王は配下に気にかけてやる事もたまには必要である。そして今のリインフォースが望んでいる事は自分と戦う事。
どうせ放っておいても幾許も無い命。ならば王の手で引導を渡してやるのもひとつの慈悲と、彼女は剣十字を先端にあしらった杖の先をリインフォースへ向けて振り払う。
同時に、彼女の前には短剣状の魔力弾達が設置される。それらは王に付き従う兵士のように、刃の先端を王に仇なす敵対者へと構えられる。

「ッ!?」

前触れらしい前触れも無かった突然の彼女攻撃態勢に、リインフォースは驚きに目を見開く。
だが、書の官制人格として積み重ねてきた経験がリインフォースにはある。即座に高機動魔法を発動させて魔力弾の軌道上から離脱する。
その判断は功を奏したらしい。発射された魔力弾はそのどれもがリインフォースを捉える事無く闇の奥へと消えていった。

「そらそら、まだまだ行くぞ」

だが、彼女にとってはこれは文字通り「遊び」なのだ。当たらなかったとしても別にかまわない。魔力の蓄えは無尽蔵、外れたなら次を撃てばよいだけの話。
いったい何処までリインフォースが持ちこたえられるかを試すかのように無数の光弾や魔力刃を展開し、射出していく。

「く……っ」

その弾幕に晒されて、リインフォースは彼我の力の差を感じ取る。
リインフォースの魔力資質もまた、彼女と同じく広域型であり、その魔導は火力と攻撃範囲に優れている。
だが、かつてならともかく、力の殆どを失っている現状で火力を比べるような真似をしたとしてもあっさり押し負ける事は明白だ。
その事実が弾幕という目に見える現実となって立ち塞がり、リインフォースの顔が苦く歪む。
それでもリインフォースは戦う事を止めない。思考を止めない。

総合力では確実に彼女が上で、普通に戦ってもまず勝ち目は無い。それでも彼女の事を止めると決意した。ならばどうすれば良いか。
相手が自分より優れていても、自分が持っている相手より優れている一点でもあれば戦う事は十分出来るが、壊れかけの身ではそれも望めない。
手札は最初から一枚も無いという状況。それでも選べる物があるとすればひとつだけある。

そう、もはや何も無いというのであれば、この身を弾丸としてぶつけるのみだとリインフォースは考えていた。
おそらく、いや、壊れかけの自分では確実に無事ですまないと分かっている。だが、それで主や皆を守れるのであるのなら自分の命など安い物。
闇の書の残滓は確実に消えて貰う。ただ、ひとりは寂しいだろうから、自分も一緒に消える。それがリインフォースの選んだ道。

「申しわけありません、我が主。……貴女のこれからにも、福音の風が吹きますよう」

この戦いの結果がどうであれ、きっと心優しい主が悲しむだろう事が胸に痛い。だが、既に決断をした。
届く事は無いであろう謝罪と、未来を思う祈りを残し、リインフォースは彼女へ向けて一気に加速する!

「く、ぅ……ッ!」

直後、彼女の放つ魔力弾の嵐に晒される。一応はバリアジャケットに多くの魔力を回して防御力を水増ししての突撃だが、あまりの彼女の弾幕の厚さにそれもあまり役に立たない。
思わず顔は苦痛に歪み、口からは苦悶の声が漏れる。
だが、リインフォースは最初から玉砕するつもりなのだ。まるで命そのモノを燃やして前へ進む力としているかのように、怯む事無く直進する。

そして弾幕の嵐をついに潜り抜けた。バリアジャケットは至る所が破れ、肌は血に濡れ、綺麗だった銀髪も焼けたり切れたりして無惨な状態。
その姿は絵に書いたような満身創痍で、無事なところを探す事が難しいという有様。
だが、それでもリインフォースは彼女の下に辿り着いてみせていた。

「はぁぁぁぁッ!!」

リインフォースは強く拳を握りしめる。もとよりその目的は彼女の打倒であり、此処まで辿り着く事は単なる過程に過ぎない。
闇の書の闇は此処で完全に終わらせる。その意志と想いの全てを込めるかのように振りかぶられた拳は魔力を纏う。
そして放たれるは乾坤一擲の一撃だ……!

「ふん、ぬるいわッ!」
「な……!?」

だが、そんな万感の想いの篭った一撃でも、彼女には届かなかった。
ふたりの間を阻む様に白い光によって描かれる三角形を基調とした魔法陣が展開される。
絶妙なタイミングで張られたその魔法陣の盾に、リインフォースの拳は突き抜ける事もかなわず、逆に弾き返される。
リインフォースは決死で攻めたはずが、この一瞬、逆に決定的な隙を晒してしまった。

「喰らえ!!」

そして彼女は当然その隙を逃す事はしなかった。全身に濃密な負の魔力を纏いながら、その身体丸ごとリインフォースへとぶつける。
王とはいえ少女の小柄な体躯では腕力も心許ない。だが、魔力量にあかせた強化と全体重を乗ったその攻撃は決して軽い物ではなかった。

「ぐ……っ!?」

直撃を受けたリインフォースの耳に、自分の骨の軋む音が聞こえた。
肺を外部から圧迫されて息がつまり、一瞬意識が断絶されるほどの衝撃がリインフォースの身体を襲う。
当然踏みとどまる事など出来はしない。折角距離を詰めたというのに、その努力の全てが無へと還されるかのように吹き飛ばされる。

それでもリインフォースは歯を食いしばって痛みと苦しみに耐える。まだ負ないと強く自分に言い聞かせる。
背中の漆黒の翼をはためかせて速度を減衰、足元に魔法陣を展開して足場を作る。後は気合と根性で身体へと制動をかける。
そうして吹き飛ぶ身体を止める事に成功する。

「絶望に足掻け、塵芥……」

不意に、リインフォースの耳に届く声があった。それと同時に、視界の端に白い羽のようなものが舞い落ちるのが見えた。
……何か猛烈に嫌な気配を感じた。それは何なのかは分からない。ただ圧倒的なまでの畏れがリインフォースの内に湧き上がる。
身体の至る所に激痛が走る。魔力の一気に削られてしまっている。だがこの瞬間はそんな事も忘れ、リインフォースは顔を上げる。

「な……」

リインフォースの目に映ったのは白い光。主と同じ魔力の輝きであるそれは、彼女の足元には円形の、彼女の眼前に三角形を基調とした魔法陣を描き出す。
そしてふたつの魔法陣に照らし出された彼女は、リインフォースの事を見据えて嗤っていた。
その光景を目の当たりにして、リインフォースは言葉が出ない。絶対的な力の前に、思考が完全に停止する。

「エクス──」

彼女の魔力が際限なく高まってゆくと共に、白い輝きは眩さを増していく。
今から振るわれるのは王者の剣。手にした者に勝利を約束する絶対の一撃。放たれたならば、敵対した者は抗う事も無意味な程の圧倒的な力で蹂躙されるだけ。

あれは使わせてはいけない。

リインフォースはそう、嫌がおうにも理解する、させられる。使われたならそれで全てに決着がついてしまうと。
だが、全ては遅い。魔力のチャージは完了しているあれを阻む事などもはや不可能。
出来た事と言えば、絶望に心を染める事ぐらいなもの。
そんなリインフォースの歪む顔を見て、彼女の嗤いは更に深くなる。

そして

「──カリバーァァ!!」

放たれる。王の無慈悲な一撃が。
彼女の眼前に設置された三角形の魔法陣のそのそれぞれの頂点から白の奔流が解き放たれる。それらは三条の砲撃魔法となって突き進む。
更にそれらは互いに惹かれあうように寄り合う。全く同じ魔力と指向性を持つそれらは干渉し合う事でお互いを高め合い、統合されゆく。
やがて完全に混ざりあい、白の極光となって行く手を阻む全てを消し去りながら直進する。

その先に居る、リインフォースを滅するそのために……!

「く……」

圧倒的な力の権化を前にして、もはや逃げる事など出来ようはずも無い。
それでもまだ抵抗するべく、リインフォースは残っている魔力の全てをつぎ込んで防御魔法を展開する。

だが、そんな努力は全くの意味を成さなかった。
抵抗の為に展開した盾は一瞬を耐える事も叶わず砕かれる。リインフォースの身体は、白の極光の奔流に呑まれる。
そしてその身体から、抵抗するための意志も魔力も、力の全てが消し飛ばされた。

刹那、結界内が白い閃光で埋め尽くされる。膨大な魔力の爆発が音も光も全てを塗りつぶした。

……それが晴れた時には、終わっていた。
完全に意識を失ったリインフォースは重力に引かれて落ちていく。墜ちたなら二度と這いあがれない深淵の奥底に。
闇は深く、迎えるようにその顎を開けて待っている。もはやリインフォースには何も出来ない。敗北の末路に、冷たい底に辿りつく……。

そのはず、だった。

「……?」

リインフォースを包んだのは暖かな温もりだった。
そこは優しい光に溢れ、痛みも悲しみも全て癒してくれるかのようだった。
白い極光に呑まれた時点で敗北は決まったはず。だというのにこれは一体何なのか。
それを確かめるべく、リインフォースは閉じていた瞳をゆっくりと開ける。

「リインフォース、しっかりしてリインフォースッ!!」

そこに居たのは、泣きそうな表情で自分に対して懸命に言葉をかけてくるひとりの少女。
誰よりも優しくて、そして強い心を持つ、リインフォースが何よりも守りたいと願った相手。

「我が……ある、じ……?」

朦朧とした意識の中で、リインフォースは自身の敬愛する主の姿を見た。
こんな場所に居るわけがないと思うと同時に、目を開けた自分に対して心から安堵したかのような笑みに、自分もまた安心している事を実感する。
自分を包む柔らかくも温かな魔力が、これは夢ではなく現実であると教えてくれる。

墜ちゆく事をリインフォースには抗う事は出来なかった。だが、そこへ手を差し伸べて助け出してくれた人が居た。
闇へと堕ちていきそうになったリインフォースの事を繋ぎとめていたのだった。

「……来たか、我が映し身」

その人物は『夜天の書』が主、八神はやて。
永遠とも思えた闇の書の呪縛を断ち切った、最後の主となった少女。

リインフォースの事を抱きかかえるようにしているはやてに対し、彼女は笑みを浮かべる。
彼女は今までも他者を見下すように嗤っており、はやてに向けるそれも同じ類いの笑みだ。だが、他とは違う『何か』が込められていた。

「……あんたか、うちの大切な子をこんな目に遭わせたのは」

対するはやては、怒りの感情を瞳に湛えて彼女の事を見つめる。
そこには普段の穏やかでのんびりした雰囲気は無い。尊大な態度で見下す彼女に一歩も引く事無く対峙する。


闇の書を終わらせた王と、闇の書の復活を望む王。


出会ったふたりの少女の視線は、今、交錯した。









あとがき
ついに出逢った闇統べる王と八神はやて。次回、最終話(予定)です。

リインフォースのアタックは前動作が分かりやすいからEXガードで拾いやすい。
そしてそのままフルドライブバーストで切り返すのが決まると結構気持ちいいです。




[18519] アナザーシナリオ-最終話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2011/05/28 11:43
……砕けた闇の欠片を集め、他の構成体(マテリアル)をこの身に宿し、失った力を取り戻しながら彼女は此処まできた。
そして最後に、こうして足りない部分を補うようにそれを持つ者が向こうからやってきたのだ。
まさに全ては自分を中心に回っている。そう今の状況を彼女は信じて疑わない。

幾つかの断片の回収は叶わなかった。おそらくは既に何者かの手によって完全に消されている。それらは手に入る事はない。
だが、それも問題にならない。欠けたものがあるというのであれば、それは新たに創造して埋めてみせるだけだ。それだけの力は、今の自分にはあると。

もとより、彼女が求めるのは完全に「闇の書」という存在を復元する事ではない。
たったひとつのイレギュラーが割り込んだだけで瓦解するような物など要らない。欲しいのは決して砕けることの無い、永劫の闇を齎す“力”だ。
闇の書の断片を集めていたのも、それを元にシステムの根本からの再構築するための手段。
これから彼女が手に入れるのは、闇の書でありながら、闇の書を越えるモノ。

そして今、目の前に自分へ捧げられるべき贄がある。最後の大仕上げとしてそれを喰らった時、自身の想い描く“砕け得ぬ闇”は完成する。
必然を積み重ねてきた彼女は、既に未来は決定していると確信している。故に嗤う。

闇を統べる王である彼女は今この時、その心を歓喜に打ち震わせていた。



……一週間前に多くの事実を知った。だが、それでも自分達はそれを乗り越えて今を生きている。
それはこれからもずっと続いていく。友達と、大切な宝物である家族と共に未来への道を歩んでいく。
きっと多くの悲しい事や辛い事もあるだろう。それでもみんなが笑顔でいられるなら、この道をずっと進んでいけると信じている。

今でこそ「夜天の書」として本来の姿を取り戻したが、その過去が「闇の書」であった事実は消えない。多くの罪は清算などされていない。
それは自分とは関係の無い歴代の主達が犯した罪であり、自分が背負う物では無いかもしれない。事実、周りのみんなはそう言っている。
だが、夜天の主として、そしてそれ以上に家族として。騎士達が罪を償おうとするなら自分も一緒に背負うつもりだ。一生懸命頑張って皆に報いたいと思う。
もし家族を傷つける何かがあるのだとしたら、その何かからみんなの事を守りたいから。

そして今、その家族の一員である祝福の風が倒れていた。何時も自分を見守ってくれた大切な家族が傷つけられた。
そしてそれを為した者は自分と同じ顔で、誰かを傷つけても平然としてせせら笑っている。それがどうしても許せない。

夜天の主である八神はやては、その心に怒りの想いを湧きあがらせていた。



出逢った少女の姿は瓜二つであり、それは鏡あわせによって生まれた鏡像のようだった。
どちらも永い間独りだった。それでもこの世に恨み言のひとつとして漏らす事無く、自身の心の信じるままに前を見据えていた。
選んだ道は完全な間逆。それでもその根本は完全な同一。そんなふたりなのだ、姿が全くの同じなのは当然の事とも言える。

だが、選んだ物が違うのだ。故にその取り巻く環境もその心を構成する想いもの別物となっている事も、また当然。

一方は愉悦。一方は怒り。
この状況において心に思い、表情に浮かべる感情のまったく違う二人のそれは、相手が鏡に映った像ではなく、現実に居るものだと示していた。

自分の事を大切だとする彼女と、他人の事を大切だとするはやての心は全くの別物のようで、自分の懐に入れたモノは決して手放さないという大元は同じである。
それはまさに、一枚の絵札のように表裏をなしている。
ただ、絵札という存在はひとつでも、描かれた絵は表になっている側しか見る事は出来ない。裏となった側は誰の目にも触れる事は無い。ふたつの絵は、同時には見られない。
故に決して交わらない。同時には存在出来ない。それが、ふたりの関係性。

「ふっ、そのような壊れて役に立たぬ残骸を後生大事に抱えるとはなんとも下らぬ。
もっとも、無力でしかない我が映し身と役に立たぬ残骸の組み合わせは、似合いといえば似合いであろうがな」
「わたしの大切な宝物である家族への侮辱は許さへんでっ。というか、そもそもあんたの方が偽者やろうがっ、この劣化コピー!」

互いに視線を逸らす事無く、にらみ合うようにしながら相手を否定するような言葉をぶつけ合う。
その内容は、他者を見下す尊大な態度である彼女はもちろん、穏やかな気性で誰に対しても柔和な態度を示すはやてもまた、はっきりと相手を嫌っていると示していた。

進むベクトルは完全に真逆。だが、スタート地点である根本は同じである。
そして人としての根本が同一であるが故に、余計に全く違う道を進もうとしている相手の事が認めたくないという想いが湧き上がる。
同属嫌悪、という事なのだろう。

もっとも、ふたりに対して似ている部分があるなどといえば、仲良く即座に「そんな事は無い!」と言ってみせるだろうが。

「ここは……私が戦います。我が主はお下がり、ください……っ」

彼女とはやては睨みあう。その間に割って入る影があった。
影は言葉が途切れ途切れになりながらも、それでもはっきりと自分の意志を示してそこに立つ。

「リインフォースっ、何言うとるんや!?」

その影、リインフォースはもはやまともに戦う事はおろか、ただ立っているだけすらも満足に出来ない状態。
それでも主であるはやてを守りたいという想いのままに、意識を失ったために消失した飛行補助の魔法でもある背中の漆黒の翼を再度出現させてはためかせる。
はやての事を背後に庇うように前へ出る。そのひとりで戦おうとする姿に、無茶が過ぎるとはやては対峙していた彼女の事など忘れて大きな声で呼びかける。

「……」

だが、リインフォースははやての呼びかけに何も応えない。
実際に拳を交えたリインフォースは、彼女の力の強大さをその身を以って味わっている。
そして彼女の狙いは、間違いなく自分の主でもある夜天の主である八神はやてである事は感じている。
あの強大な力が、己の欲求を満たすためだけに自分の主に襲いかかろうとしている。それはリインフォースにとっては悪夢も等しい事。
はやてが自分を助けに来てくれた事にはこの上ない感動の念はあるが、それでもどうしてこの場に来てしまったのかという思いがリインフォースの心中を過る。

だが、現実がこうなった以上、文句を言っても仕方が無いとも理解している。

確かに今の自分では、彼女の足止めもままならない。それでも、この場は何を置いてもはやての身の安全を最優先にするだけだ。
主が逃げるまでの弾避けぐらいにはなれる。きっとその考えを聞いたならはやては嫌がる事は分かっている。
そう思うからこそリインフォースは、あえてはやての言葉を無視するように何も言わず、未練の全てを断ち切るように前だけを見つめている。

後は全力でその足を踏み出すのみ。

「……あかん、そないな事認められへん」

だが、その足は一歩も前に進める事は出来なかった。
リインフォースの背中では、はやてが何処にもいかないようにとそのバリアジャケットの端を掴んでいた。
たったそれだけで、リインフォースは繋ぎとめられる。
やろうとすればおそらく簡単に振り解けられるであろうその手を、リインフォースには払う事が出来ない。

「リインフォースは今までずっと独りで頑張ってきたんや。ちょう、休んでも誰も文句は言わないし、言う人がいたとしてもらわたしが言わせへん。
それに、わたしだって夜天の主や。リインフォースの戦う理由は、わたしの戦う理由でもあるんや……!」

はやては言う。今回の戦いは闇の書の呪いを完全に断ち切るためのもの。その呪いに最も苦しんできたリインフォースだからこそ、自分で何とかしたいという想いは分かる。
だが、今のリインフォースは独りではない。リインフォースが戦うというのなら自分も戦う。
夜天の主と祝福の風は一心同体。今までもずっと一緒で、そしてこれからも一緒に居るために此処から先は自分が戦うと。

そのはやての心意気を、リインフォースは頼もしく思う。はやてがこんな強くて優しい人であるからこそ、自分も主として共に居たいと感じたのだと、改めて思う。
それでも、確かにはやてはリインフォースの持っていた魔導の多くを受け継いでいるが、経験や鍛錬が圧倒的に足りていないという事実は変わらない。
気持ちは嬉しいが、はやてを戦わせるわけにはいかないと答えようとする。

「なにより、“この程度”の事でわたしの大切な祝福の風はこんなに傷ついたんや。これ以上傷つけさせたりなんか、絶対に許さへん!」

だが、守ろうとしていた自分を押しのけるようにして前に出てきたはやてのその横顔を見て、リインフォースは言葉が出なかった。
はやては穏やかな気性の持ち主で、誰に対しても柔和な態度で接する。誰かが痛い思いをするくらいなら自分が我慢すれば良いと普通に考える、そんな人だ。
相手が悪い事をしたなら叱る事もあるが、怒りをみせる事など殆ど無い。

そのはやてが怒っていた。しかもちょっとやそっとどころではなく本気で、だ。
はやてにとっては守護騎士や官制人格であるリインフォースは大切な宝物。それを土足で踏みにじられたなら、幾らはやてでも到底許せる事ではない。
むしろ、自分から進んで堪忍袋の緒を引きちぎったような雰囲気だった。

その自分の主の初めて見せる表情にリインフォースが戸惑っている内に、はやては前へと進み出る。
そして自分達にとって断ち切るべき因果そのモノでもある彼女と真っ向から対峙する。

「ほほう。我の事を“この程度”呼ばわりとは、随分と大層な口を利くものよなぁ?」

彼女の方はそんなはやてに対して、全く動じる素振りも無い。その姿は勝利を既に確信しているからか慢心が滲み出ているかのようだ。
だが、その瞳には油断は無い。倒すべき敵は必ず倒す。故の必勝。そして今目の前にあるその姿こそがその倒すべき者。
勝利の先をこの手に掴む事を想うならば、ここに油断を挟む余地は無いと嘲りを浮かべながらも真っ直ぐにはやての姿を瞳に写す。

「当たり前や。あんたなんか怖ないっ。というか、そのわたしと同じ顔を見とるとなんかムカツクんや……!」

そう言って、はやての足元に白い光によって魔法陣が描かれる。それは闇の中にあるはやての姿を照らし出す。
言葉以上に態度ではっきと戦う意志を示される。

「ほざけ、塵芥。その存在を許せぬというのは我の台詞よ……!」

彼女の足元に現れる魔法陣を構成する光もまた、白。

同じ色で同じ輝き。
お互いに相手へ抱く想いを魔力へと換えるかのように魔法陣の発する煌きは増していく。
対峙するは不倶戴天の敵。手加減をする気はないし、される謂われも無い。自身の持てる全力で相手を打倒するべく魔力を際限なく高めてゆく。
膨大な魔力がそれぞれの身から溢れ出し、その余剰魔力が一切の邪魔を阻むようにふたりの周囲に吹き荒れる。
白い光の渦巻くそこは、もはや完全にふたりだけの領域。リインフォースはもちろん、他の誰にも割って入る余地は欠片も無い。

……はやてと彼女。ふたりは果たして気付いているだろうか?

はやては大切な家族を傷つけた彼女に対して、怒りを以って対峙している。
彼女は自分を完成させる贄だとして、はやてを嘲りを以って見下している。
ふたりとも相手に対して間違っても好感など持っていない。それでも、相手を憎いだとか恨めしいなどとは全く思っていない事に。

今対峙している相手は、自分が選ばなかった可能性。もしかしたら、自分はあんな風になっていたかもしれないという姿。
違う結果に辿り着いたとはいえ、自分である事には違いは無い。

だが、だからこそ認められない。

自分が正しいと思う選択をした結果、今の自分があるのだ。この選択を信じた以上、この想いは何処までも貫き通す。
相手のその在り方を、あり得たかもしれないと認める事は出来る。だが、だからと言ってその可能性に屈して今の自分を曲げる事は出来ない。

『闇』と『夜』は似ているが全くの別物であり、共に天を戴く事の出来ない間柄。突き詰めればただそれだけがある。
ふたりの間にあるのはただひとつ。戦えという意志だけだ。
その想いは避けて通る事は出来ない。何故なら、この魂がそう叫んでいるから。

憎いわけではない。否定したいわけでもない。

これから戦うのは自分自身。
相手を倒して屈服させるための戦いではない。相手を……、自分自身を乗り越えてその先にある未来へと至るために。
なにより、自分の抱く大切な物を守るために……!

「ゆくぞ塵芥っ。闇を統べる王の威光をその身を以って知るがいい!」
「夜天の主として、わたしは絶対に負けへんで!」

王である自負と自信故に、小細工を弄する必要はないと断じる彼女。
受けついた魔導はあれども、経験不足から小細工をする事が出来ないはやて。

理由は違えど、互いに策を講ずるつもりは無い。ならばどのようにして戦うのか?
その問いにふたりの出した答えは至ってシンプル。

「絶望に足掻け、塵芥──!」
「響け、終焉の笛──!」

それは、小細工を無意味とするほどの大火力によって一気に殲滅しせしめる事、ただそれだけ。
一見すると無茶苦茶であり、冷静に考えても無茶苦茶な一手。だが、ふたりは間違いなく本気だった。
それを証明するように、一気に溜め込まれた魔力が開放される。そこに一切の手加減や温存といった考えはない。
本気の本気、全力を以って自己の誇る最大一撃を放つ!

「──エクスカリバーァァ!!」
「──ラグナロクッ!!」

片や必勝を約束する王者の剣の一撃。
片や神々の戦いの名を冠する必勝を誓う一撃。

闇を統べる王たる彼女と夜天の主であるはやて。そのふたりの放った白き極光のぶつかり合いは全くの互角の様相を見せる。
それでも、この戦いには絶対に負けないと魔法を放つ手を両者とも緩めない。それどころか更に魔力を砲撃魔法へと注ぎこむ。

「くぬぅ!?」
「はぅっ!?」

そして達した、お互いに最大の魔法による純粋な力比べ。その結果は完全なる相殺という結果が示される。
砲撃魔法のぶつかり合いに、同時に身体を支える限界に達した二人はそのまま余波に巻き込まれて吹き飛んでしまう。
元々少女という小さな身体であのレベルを何時までも維持する事の方が無理なのだが、ふたりとも相手を倒しきれなかった事が悔しい。

「バルムンクッ!」
「ドゥームブリンガーッ!」

ならば手をこまねいてなど居られない。
背中の三対六枚の漆黒の翼を羽ばたかせながら相手の姿を視界に捉えると同時に、姿勢制御もそこそこに八本の短剣状の魔力弾を放つ。
それらは大きく弧を描くようにしながら飛翔し、取り囲むように相手という一点へ向けて収束する軌跡を描いて襲い掛かる!

「ブリューナクッ!」
「エルシニアダガーッ!」

ついで放つのは無数の光弾。元々魔力の制御は苦手なため、光弾の軌道はぶれが多く狙いが安定していないが、それでいい。
元々一つひとつの威力は低いものの、その圧倒的な数によって相手を封殺する魔法。無軌道を描く方がよほど相手にとっては避け辛いもの。
それをありったけの数を魔力が許す限り撃ち放ってゆく!

「クラウソラス!」
「アロンダイト!」

手数で攻める。だが、それも相手を墜とすための一撃を当てるための布石。
無数の光弾を放つ中で倒すべき相手を視界に収める。既に魔力のチャージを終えた。ならばこの一撃を放つべきと掲げた魔導騎士の杖たるそれを振り下ろす。
それと共に先端に頂いた剣十字より白い光の奔流が突き抜ける。それは砲撃魔法となって相手を打倒するべく魔力弾によって構成される弾幕を突き抜ける!

ふたりは完全に足を止めて魔法の発動に全神経を集中させ、出し惜しみはなしと持てる魔導や力の全てを出し尽くすように次々と魔法を放つ。
防御や回避はもちろん、移動といった要素の全てを破棄し、ただ攻撃のみに特化した魔法運用による火力はもはや災害。個人レベルでは太刀打ちの仕様も無い程。
その火力と物量に任せの戦う様は個人同士の戦いという範疇を越え、集団対集団という戦争染みた規模に至っていた。
巻き込まれたら誰も助からないという規模で、ふたりは魔法を放ち続ける。

……だというのに、お互いにダメージが全く通らない。アレだけの数と威力の魔法を連発してなお、そのどれもが届いていない。
放たれた魔力弾も砲撃魔法も、全ては予定調和というかのようにふたりの間、丁度その中央で吸い込まれるかのように相殺されていく。
彼女とはやての制御から外れた光弾ですらも、その摂理の渦に呑まれるように抜け出せない。

「おのれ、たかが映し身の分際で何処まで我に抗うつもりか……!?」
「誰が映し身やっ。自分の事を棚に上げといて人を偽者呼ばわりすんなっ、この劣化コピー!」

それでも、互いに手を緩める事無く次から次へと自らの持つ魔導を繰り出してゆく。
広域型魔導師の全力火力のぶつけ合い。一瞬でも怯んだり気を抜いたりした瞬間に敗北が決定する。
それ以上に、絶対にこの相手にだけは負けたくないという負けん気がふたりの手を止めさせない。
そして魔法だけではない、自身の抱くこの想いの強さでも負けはしないと、言葉も交えてのふたりの戦いは苛烈さを際限なく増していく。

「何を言うかっ。闇の書の主である事を……、闇を統べる王の玉座を自ら棄てたのは貴様であろうが!」

「わたしは別に王様になりたかったわけやないっ。わたしが欲しかったんはいっつも一緒にいてくれる家族やったんや!」

「そんな事をほざいて、使い物にならぬ残骸を生かすためだけに貴重な機能の大半を打ち棄てる、そのような愚挙に及んだというのか!」

「むっ、また聞き捨てならん事言うたな!?」

「ふん、何度でも言うてやるわ。アレはもはや主と共に戦う融合騎などではない。一欠片の価値も無いただの残骸よ!!」

「リインフォースは残骸なんかとちゃうっ。あの子はずっと泣いていて、けどいつもわたしの事を見守ってくれていた、わたしの大切な家族や!」

「ふん、下らん。そのような優しさも家族なども所詮は一時の幻。そんな無価値な物より闇の書の主である方がよほど重要であろうが!」

「人を殺して自分も死ぬだけの玉座に意味はないやろ!」

「たわけがっ。玉座とは王の在るべき場所であり、王の威光を知らしめる場所。それだけの意味と価値のあるものよ!
たとえ何処の誰が死のうとも、王である以上、玉座を棄てても構わんなどというふざけた道理など何処にもありはせん!」

「そんならあんたは、その玉座と心中するのがええとか言うんかっ!?
ううん、闇の書は犠牲になるのは自分だけなくて周りも巻き込むんやから心中どころの話じゃない。それやのに自分勝手な考えが許されるわけがないやろ!?」

互いに一歩も引かない。魔法でも想いでも、そのどれもが交わる事無く相反してみせる。
既に周囲にはふたりの放った魔法の余韻が、かくも視認が出来よう程に濃密な残滓となって漂っている。
一瞬でも制御をミスすれば、この膨大な魔力の残滓は相手の魔法の流れに巻き込まれる形となって敗者へと流れ込むだろう。
そうなれば、敗者はまず無事ではいられない。そんな戦いのフィールドでふたりはなおも競い合う。

「然り。そも、我は王であり、この世にあるものは全てが我のモノ。そして全てが王の所有物であるなら、その全てを我は手放さん。
不要と断じた物を棄てねば大事な物を懐に入れられぬような、貴様の小さな器と同じ物差しで計るでないわ!!」

「わたしがそう大した人間じゃないって事は、別に否定はせぇへん。
けどなっ、誰かに悲しいとか辛い思いを強いるくらいなら、やっぱりわたしは玉座はいらへん。
あんたにいくら何を言われようとも、わたしはリインフォースの方が大事なんや!!」

これまでの撃ち合いの中でも一際威力の高い魔法が同時にふたりから放たれる。
万感の想いが籠ったその一撃は必勝を謳うように唸りを上げて直進し、負けるわけにはいかないと真っ向から鬩ぎ合う。
しかしそれもまた相手へは届かない。白い光が弾けると共に、それは周囲の魔力の残滓の仲間入りを果たすに終わる。

「はぁ、はぁ……」
「ふぅ。ふぅ……」

……そして、それまでの魔法戦が嘘であったかのように静寂がこの場に降りる。あるのは互いの息遣いのみ。
膨大な魔力量を誇るふたりであっても、魔力精製の要であるリンカーコアが魔力放出の臨界を迎えては魔法を行使する事は出来ない。
全くの互角で、一歩も引かなかった故に訪れたインターバル。だが、それも一時に過ぎない。

「……やはり貴様には王となれる価値もなければ器も無い。我が王になる事こそ必然よ。
なれば疾く、その魔導を我へと献上せよ。さすれば多少の存在意義も出来ようものよ」

「……闇の書はもうない。玉座が無いんやからもう誰も王様にもなれへん。
それでも王様になる言うんは、それはただの夢や。そして夢は何時かは覚めるもんなんや」

両者ともすぐに魔法行使が可能となるまで回復出来る。今はただ、必勝を謳うだけ。
息を整えるように、それまでの激しい言葉の応酬とは打って変わって静かにその意志を言葉に乗せて示す。
それはやはり相容れない。だが、ここまでずっと戦って来た相手なのだ。その程度の事は分かっている。
故に、もうこれ以上相手へと伝える言葉はお互いに持ち合わせていない。やるべき事はたったひとつだけ。

「せやからわたしは……、闇の書の運命を、ここできっちり終わらせたる!」

はやては静かに瞳を閉じて自分の中の真実を見つめ、そして力強く目を開きながら決意の丈を言葉にする。
闇の書の後始末は、夜天の主である自分の務め。そしてそれは、管制人格であったリインフォースの務めでもある。
ならば迷う事など無い。足元に、そして眼前に展開する魔法陣の白き輝きもその決意に応えるように眩く煌めく。

「ほざけ。我が闇は永劫よ。貴様もその深遠に沈むがいい……!」

彼女は、そんなはやての決意を嘲笑う。そしてそれは同時に、彼女の決意でもあった。
闇は終わらない。王である自分が終わらせない。故に何処まででも続いていく。それが彼女の選んだ道であり、進む未来。
その王道を阻む物は、その全てを例外なく排除する。彼女はその意志の下に魔法陣を展開する。

真正面から対峙し、同じ魔力の輝きを携えるふたりの姿は、最初のそれの焼き直しのような光景。
だが、魔法と言葉でこれまで戦い合ってきたこの時は、より相手へ勝ちたいという想いを強くしている。
故に、そこに込められた意志も魔力も焼き直しでは無い。当初よりも限界を更に越える!

「これがわたしの全力全開! ──ラグナロクッ!!」

自分が戦うのは、自分のためではない。仲間や家族を守るために戦う。
その想いを友達の必勝を謳う文句に乗せて、極大の砲撃魔法を撃ち放つ。

「さあ、闇を彩る華と散れ。──エクスカリバーァァッ!!」

自分が戦うのは、自分のため。永遠の闇を生きるために戦う。
その門出を祝う華を咲かすべく、阻む全てを打ち払う砲を撃ち放つ。

何の事はない。小細工も回り道もない。ただ愚直なまでに真正面からの撃ち合い。
だが、これ以上に自分達の決着をつけるものはあり得ないと、ひたすらに全力をこの一撃に込める。そして、

──激突

言葉にするならそのたった一言。そしてそれ以上に言い表す言葉はない。

極大に過ぎてもはや全容の把握も困難とする程の白の極光の衝突は、周囲から全ての音を吹き飛ばし、太陽の如き閃光は世界の全てを塗りつぶした。
あまりの膨大な魔力と威力の篭ったその一撃同士の前に、五感が次々と浸食され、何も見えず聞こえず何も感じられない状態に陥ってしまう。

だが、鬩ぎ合う手ごたえだけは、その手に確かに感じている。
それは相手がまだそこに居るという証明。ならば手を緩めない。全力を以って相手を打倒するだけ──!

「王として全てを統べ、背負う我が、背負うべき責を棄てた貴様に……負けるわけがあるかぁぁぁ!!」
「なっ……!?」

両者の放つ魔法の威力は全くの互角。その鬩ぎ合いは永遠に続くかのようだった。
だが、際限なく続くからこそ、その勝利の天秤はははやてでは無く彼女に傾く。互角だったそれが、徐々にはやてが押し込まれ始める。

彼女とはやて。身体データが同一であるため、一度に放出できる魔力量の上限は同じ。それがこれまでの互角だった戦いの理由。
だが、闇の欠片を取り込んだ量に比例するように上昇していた彼女と、経験が足りない故に魔法行使での魔力ロスの多いはやて。
そのふたりの魔力保有量では彼女に軍配が上がっていた。そして断続的に魔力を使い続ける今この時だけは、その互角を彼女が覆す。

「わたしかて……、負けへんで!!」

それでもはやてもまた屈するつもりはない。今はやての後ろにはダメージを負っているリインフォースがいる。このまま押し込まれたら被害を受けるのは自分だけでは無い。
このまま撃ち合いを続けても魔力の総量で押し負ける事を感じ取ったはやては、炸裂のトリガーを引く。
そして爆発が引き起こされ、砲撃の撃ち合いを強制的に終了させる。

だがそれはそれまでのように両者の完全な中央ではなくはやての側に寄った状態。
完全な中央であったなら余波被害も同じだったが、この状態でははやての側の被害が大きい。そのために一瞬、はやては身動きが取れなくなってしまう。

そしてその決定的な瞬間を、これまでの戦いの中で極限まで集中力を高めていた彼女が見逃すわけがない。

「……へ?」

はやての胸に軽い衝撃が走った。それは本当に軽くて痛みなど殆ど感じない。
最初に一体何なのだろうという疑問がはやての頭を過った。その想いのまま、衝撃の正体を確かめるべく視線が下へ移動する。

「我が主!!」

リインフォースの声が遠くから聞こえる。それと共にはやては、自分の胸に突き刺さるようにしてある人の腕と、その掌に白い光を発する何かが捕らえられている事を知る。
視線を前に戻せば、そこには砲撃の余波を無理矢理に突っ切ってきた結果だろう、バリアジャケットに多くの損傷を受けながらも、自分とそっくりな顔が嗤うその姿。

「さあ、貴様のリンカーコア。蒐集させて貰おうぞ」

その彼女の一言ではやては悟った。今自分の身体を貫いているのは彼女の腕で、その掌に押さえられているのは自分のリンカーコアであるという事を。
油断などしていなかった。大切な人を守ったのだから、負けたなどとも思っていない。
それでも、彼女は嗤い、はやては動けない。そんな状況が示すもの。それは……、

「あ、あぁぁあぁぁ!?」

そして、はやてのその魔導は蒐集される。痛みはない。ただ自分の中から何かが失われて行く喪失感にはやては悲鳴を上げる。
今の彼女は蒐集行使のスキルを持っているわけではない。だが、はやてと彼女にあるふたりの関係性が、その行為を可能としていた。
リンカーコアから直接魔力を吸い上げると共に、そこに刻まれた魔導の術を奪い行く。
それに伴い、リンカーコアが収縮していく。それまで白く輝いていた光が徐々に小さく弱々しいものへと変わって行く。

「貴様ァァ!!」

その様を、リインフォースが黙って見ていられない。痛む身体など一切顧みず、ただ、大切な人を助け出すためだけに一直線に飛翔する。
彼女に対する怒りとここまで見ている事しか出来なかった自分の不甲斐無さを力に変えて拳を強く握りしめる。

「ふむ、こんなものか。後は要らんな」

だが、彼女はそんなリインフォースの事など見向きもしない。
はやての輝きが掻き消えてしまう。そうリインフォースが想ったところで、彼女は用は済んだとはやてを無造作に放棄していた。
リインフォースは、そんなはやてをまるでゴミのように扱う彼女に更に怒りを覚えるが、はやての身を確保することが最優先とその身をリインフォースが受け止める。

「我が主っ、しっかりして下さい!!」
「う、くぅ……」

必死のリインフォースの呼びかけに、はやては弱々しく呻き声を返すだけ。
それでも息はある。リンカーコア収縮に伴って衰弱はしているが、死んではいない事にほっとするリインフォース。

「これで全ては揃った。我が王としてようやく完成したのだ!」

だが、はやてが無事だったとしても、リインフォース達にとって最悪の結末を迎えた事には違いは無かった。

はやての魔力を蒐集した彼女は、足元に展開された白い魔力光によってその姿を闇の中において照らし出されていた。
だが、その白が侵食されるように色が変わる。彼女が言ったように、これまでの不完全だった自分とは違う、完成された自分へと存在が変換される。
その様子を、はやてを抱えたリインフォースは何が出来る事も無く、ただ見ていた。

「くくく、ははは、はーっはっはっはっ!!」

そして今、彼女を照らすのは深遠を示すかのような闇色の光。
それはまるで、夜天の主であるはやてと完全に決別した証のように黒く輝く。
その光の舞台の中で彼女の哄笑が高らかに響く。

「そんな……闇の書が復活した、のか……?」
「ふ、たわけめ。我は主を求めて漂う魔道書などではないわ。我はこの世に永劫の闇を齎す決して砕け得ぬ闇よ」

彼女はリインフォースが誰に対して言ったわけでもない呟きにそう返すともに剣十字を頂く魔導騎士の杖を振るったならば、その傍らにふたつの魔法陣が展開される。
その魔法陣の中に、それぞれ別のシルエットが浮かび上がってくる。

「……どうやら王は本当の意味での『王』になり得たようですね」

シルエットの片方から、静かな声色で淡々と今の自分が置かれた現状を把握する。

「ま、僕を倒したんだ。これくらいは出来て当然だと思うけどね!」

そしてもうひとつのシルエットは、何故か威厳もない割に偉そうだった。

ふたつのシルエットは、それぞれに想いを語り、彼女が展開していた魔法陣の中から歩みでる。
現れたのは、彼女が取り込んでいた構成体(マテリアル)で“あった”ふたりの少女。
そう、ふたりの少女もまた『王』である彼女がその身を完全に安定させた事によって完全に独立した存在となったように、ふたりの少女もまた変化を迎えていた。

『力』を司る存在であった少女は、青い稲妻を周囲に鳴らせ、『理』を司る存在であった少女は燃える炎のような魔力の光を揺らめかせる。
その姿形こそオリジナルとなった少女達と同じではあるが、纏う雰囲気は完全に別なもの。
ここに本来ならあり得ない3人の姿が並び立つ。

「では紹介しよう。こやつらが王である我の最初の下僕どもだ」

彼女はふたりを取り込んだが、その存在を分解せずに内包していた。
王はひとりで十分ではあるが、従う者が居なければ自分が細々とした仕事をせねばならなくなる。
それは王の所業にふさわしくないと、こうしてふたりを復活させたのだった。

「なっ、誰が下僕だーッ!!」

……もっとも、彼女の『下僕』発言には青髪の少女はかなり反感を示していたが。

「さて、もはやこの場には用はないな」
「あれ、このふたりはやっつけたりしないの?」

食ってかかってきた少女には取り合うだけ時間の無駄だと言うように、彼女はその背にある翼をはためかせる。
その姿に、少女は湧き上がったはずの怒りをあっさり忘れて首を傾げる。
そしてリインフォースもまた、まだ自分達が無事になったわけでは、むしろ3対1と状況が悪くなっていると、身体を固くする。

「構わん、捨て置け。壊れかけの残骸と我の搾り滓など、もはや我が手を下すまでもあるまい。
それに、このような寂れた場所では我が威光を知らしめるには足りん。我らが力を振るう相応しい舞台にて見せつけた方が気分はよかろうが」
「おお、なるほど!」

だが、彼女は本気ではやてとリインフォースを見逃すと、あっさりと背中をむける。
それは完全な気まぐれ。気分が良いからあえて見逃すと彼女は言う。
彼女のその言葉に、疑問を呈した青髪の少女は感銘を受けたように納得してみせていた。

「ではそのように。
……それでは闇の書の、いえ、夜天の書の管制人格、名をリインフォースと言いましたか。いずれまた相見えるその時に、この身に宿る魔導を振るうとしましょう」

そして、今まで特に何も語る事の無かったもうひとりの少女は、彼女の言葉に従うという意志を示すようにリインフォースへ軽く会釈を残し、夜の空へと飛び立っていく。

「よーし。僕のカッコイイところを見るのを楽しみにしておくといいよ!」

その姿に追従するように、青髪の少女も去ってゆく。
そして残るのは完全な『王』となった彼女ただひとり。彼女ははやてとリインフォース達に背中を向けたまま。
だが、飛び立つその直前に肩越しに首だけで振り返り、リインフォースの腕の中にいるはやてへと視線を送る。

「ふ、この場を生きれた幸運を噛みしめ、精々生き長らえて我が為す王道を見届けるがいい」

そして残ったのはその一言と彼女の高笑いの余韻。そして無力に拳を握りしめるリインフォースと眠るように瞳を閉じるはやての姿だった。

闇の書を巡る因縁は、形を変えて続いてゆく……。









あとがき

正史には無い少女達は此処に生きる。そして新たな運命の歯車は回り始め……るかどうかは良く分かりませんw
GODではマテリアルズはどんな感じに登場するのかなぁ……?

という訳でマテリアルコンプリートォッ!!
いやまあ、あと後日談が残っているんですが、ひとまずマテリアル三人娘の捏造シナリオはひと段落が付きました。

ぶっちゃけ、闇統べさんシナリオはリインフォースとはやてだけで十分な気もするんですが、ふたつだけでは寂しいと他も書いてみた所存。
だから何? と言われたら困りもするんですが


余談
今回のはやて、実はシークレットミッション『援軍が到着するまで○○ターンを耐えろ!』をクリアしていた場合。守護騎士や高町なのは他、味方ユニットの登場。
怒涛の8連続フルドライブバーストによるスーパーフルボッコタイムが始まります。

そして、はやてとリインフォースが『親子かめはめ波』のノリでフルドライブバーストを使用していた場合、闇統べさんを押し勝って跡形も無く消し去っています。
ユニゾンリインフォースが闇統べさんにとっての死亡フラグなのは当然です。

なんというか、どうにも闇統べさんは勝つところを想像するのは難しいけど、負けるシーンは凄く簡単に思いつくw



[18519] アナザーシナリオ-後日談
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2011/05/21 00:56

そこはとある飲食店。明るい店内の雰囲気と比較的単価の安いメニューから家族連れに人気の高い、いわゆるファミリーレストランと呼ばれる店。
ある日の昼下がり、彼女達はその店内の一角にてテーブルを囲んでいた。

「うぅ~、このジュース美味しくない……ッ」

最初に口を開いたのは長い青髪をツインテールにまとめた少女。
最初こそ嬉々とていたが、ストローを咥えた所でその表情は一変、相当お気に召さない味わいだったのか、眉を顰めて露骨に嫌そうな顔をしている。
最初の期待感を裏切られた部分も加味されて、余計に不機嫌になっているようだ。

「ふん、たわけめ。ドリンクバーだからといって全ての飲み物をミックスしたうぬが悪い」

そんな青髪の少女に対し、妙に偉そうな口ぶりと態度の白髪の少女が自業自得だと言いつつ、自分はオレンジジュースで喉を潤す。

実際、青髪の少女のコップの中身はかなりヤバイ。
普通にジュース類だけならまだ大丈夫だっただろうが、青髪の少女の場合、そこにスープ系やコーヒーも混ぜていた。(店のルールは守ろう!)
既に傍目の時点でおどろおどろしい、カオスな色合いを醸し出している。これで美味しいなどと言ったら逆に奇跡だ。

「え~、だって全種類を飲んでみたかったんだもん」
「だからといって混ぜる必要はなかろう。そんなに飲みたければひとつずつ飲んでいけ」

そしてそんな奇跡も起こるわけもなく、青髪の少女は苦しんでいるわけだった。
悪ノリをするにしてももう少しぐらいは後先を考えるべきだったのだが、そこで考えないのがこの少女たる所以なため、なんともフォローがしづらい。
とりあえずは青髪の少女がミックスジュース(?)を持て余しているところへ、白髪の少女がたしなめつつ、自分が飲んでいたオレンジジュースを差し出す。

「え、これって……?」
「か、勘違いするでないぞ。王たる我の口に合わなかった子供の飲むような甘ったるいジュースの処分をうぬに命じるだけだ。
断じてうぬの事を慮ってやったわけではないからな!」

自分の前に差し出されたジュースにどういう事かを窺うような青髪の少女の視線に、白髪の少女は目を背けるようにしながらその行動の意図を説明する。
その態度はかなりツンツンとしているようで、追求しようにも取り付く島も無さそうだ。

「うん、ありがとう!」
「……ふんっ」

だが、青髪の少女からすれば美味しいジュースが手に入るなら事情はどうでもいいらしい。
何を迷う事もなく素直にお礼を言うと、今度こそ美味しそうに顔を綻ばせながらジュースを飲み始める。
そんな青髪の少女の真っ直ぐな言葉に、白髪の少女は何を言うでもなく無視を決め込むように黙り込んでしまう。
ただ、その頬に若干の朱が差しているように見えるのは……、おそらく気のせいだとしておくべきだろう。

「……よろしければこちらをどうぞ」
「ぅ……」

そんな白髪の少女に対し、それまで静観を決め込んでいたもうひとりの、栗色の髪の少女が自分が頼んでいた飲み物を差し出してみせる。
どうやら飲むものがなくなった事に気を利かせたらしいのだが、その差し出された飲み物を見て白髪の少女は僅かにたじろぐ。

「まだ私は口をつけていませんので、どうぞお気になさらず。
もっとも、コーヒーは苦くて飲めない、などという理由から断るというのであれば、私としても無理には勧めませんが」

そのたじろんだ理由を察したのか何なのか、栗色髪の少女は不要と言われたならばそのまま引き下がる旨を提示する。
ただ、普段から感情の起伏の少ない栗色髪の少女の声色からは、何を考えているのかが全く読み取れない。
普通に考えれば善意からの行為のはずなのだが、その吸い込まれそうな青い瞳を見ているとイマイチ善意が感じられないのが不思議だ。

「はっ、ふざけた事を抜かすでないわっ。この我がコーヒーごときを苦くて飲めぬなどあるわけがなかろう!?」

そのため、白髪の少女は彼女の言葉の裏に「『王』を名乗っているクセにコーヒーひとつ飲めないなんて、てんでお子ちゃまだなァ?」と感じ取ったらしい。
いや、彼女はそんな事を一言も言っていないので本当のところは分からないのだが、白髪の少女からすればこれが事実であると内心で決定したらしい。

そして当然のように、自尊心の塊のような白髪の少女はそんな事実を認めるつもりは毛頭無い。
コーヒーを飲むくらいどうとでもないと証明するべく、半ばひったくるようにカップを手に取る。

「にが……ッ!?」

そして予想以上のコーヒーの苦さに思わず噴出しそうになった。
口に含んだ量も少量だった事もあって実際に噴出す事は無かったが、それでもコーヒーの苦さ目を白黒させる。
改めてみれば、ソーサーに付いていた砂糖とミルクには一切手が付けられていない。どうやら栗色髪の少女はブラックのままで飲む気だったらしい事がよく分かる。
だが、白髪の少女からすればたまったものではない。少しでも飲みやすくするべく砂糖とミルクへ手を伸ばそうとして

「じ~……」

すぐ目の前で注がれる、無機質なガラス細工のような青い瞳に気付いて手が止まる。
それはただ白髪の少女の行動をつぶさに観察しているかのようで、栗色髪の少女は無言のままで特に何を言ってもいない。

「……ふんっ。まあコーヒーならこの程度は当然であろうな。無論、苦くて飲めないなどとあるわけがあるまいて!」

だが、白髪の少女的にはなんだか砂糖やミルクに手を出したら負けな気がしたらしい。
そして負けるわけには行かないと伸ばした手を引っ込め、ブラックのままで再び口にする。

「ぐ……っ。ま、まあまあの味だな」

一瞬かなり苦そうに顔をゆがめるが、それでも平気だというように更にコーヒーを口にする。
頬が引きつっている気がするが、本人が問題ないと言っているのだから、実際に問題は無いのだろう。……たぶん。

「そうですか。それは良かったです」

そして栗色髪の少女は喜んでもらえて何よりと応えてみせていたが、どうにも反応が淡泊だった。
此処まで反応が薄いと、本当に良かったと思っているのかが全く分からない。むしろ白髪の少女の引き攣った顔を見れて満足だと思っているようにも見える。
その心中を知るのは、当人ただひとりだけであった。

そんな風にしていたが、栗色髪の少女はここでひと段落が着いたと見たらしい。
ふたりの顔を窺い、特に何も言う事はなさそうである事を見て取ると、本題に入るための口火を切るべく、静かのその口を開く。

「私達は、──私の想う形とは些か違いますが、こうして安定を果たす事が出来ました」

……今この場に居る三人は、見た目の通りの少女では無い。
ロストロギア『闇の書』から分離、破壊された防衛プログラムが再生をしようとする過程で独自の自我を芽生えさせた、その構成体(マテリアル)達。
発生した当初は自我を獲得しながらも身体の構成が不安定であったが、紆余曲折を経て完全な安定を果たしたのが今の彼女達だ。

彼女達は破滅を齎すロストロギアと呼ばれた『闇の書』の後継であり、自分達が次元世界の平和維持を目的とする時空管理局と相容れない間柄である事の理解はある。
それでも、こうして存在する以上は屈する気はない。これからも自分達の在り方を続けていくために、まずはこうやって話し合いをしようとしていたところだった。

「先日の夜道を歩いていた際、私達に対し声をかけて下さった親切な方々に誠心誠意を込めてお話をしたところ、お金を財布ごと快く提供して頂きました。
軍資金としては心もとないですが、当面の資金繰りはこれで何とかなると思います」

まずは現状についての報告。
後ろ盾の無い彼女達にとって収入を得る事は難しい。略奪をすれば簡単ではあるが、今は雌伏の時であるとの考えもあるため、しばらくは自重する事にしていた。
そんな中で幸運にも(おそらく)合法的な手段で纏まったお金が手に入ったのは僥倖と言えるモノだったと彼女は言う。

「行動の基本方針の決定、拠点の確保、情報の収集……。
やるべき事は多々ありますが、その中でも最初に決めなければならない事があります」

先立つ物の確保が済んでいるのならば次を考える余裕もある。そしてその中でもとりわけ重要な事がある。
そう前置きをして栗色髪の少女は一区切りを入れ、ここで何か意見があるかと、ふたりの様子を窺う。

「よい、続けよ」

だが、白髪の少女は今のところは特に何も無いらしい。促すように短く応える。
ちなみに、青髪の少女の方はあまり興味も無いのか、ウェイトレスを呼びとめて注文をしていた。

「はい、それでは。私達が決めなければならない事、それは──」

いや、今の時分にご飯類を食べたら夕食が食べられなくなるだろ。とは他のふたりは思っていたが、どうせ後悔するのはひとりだけなのだから別に構わないとしたらしい。
むしろ、今はシリアス中なのでツッコミはせずにあえてスルーするべく、栗色髪の少女はひとつ頷いて改めて口を開く。

「──『何と名乗るべきか』という事です」

その内容は些か拍子抜けするようなものだと、もしここに第三者が居たならそう思うかもしれない。
だが、栗色髪の少女は至極真面目に口上を続ける。

「私達は闇の書から生まれましたが、今となっては完全な別物となっています。
何時までも過去の名に拘る必要もありませんし、何より敗北した名を名乗り続けるのも縁起が悪いと思うのですが、どうでしょう?」

それは、自分自身の証明。

独自の自我に芽生え、意思と意志を手に入れた。既に彼女達は新たな存在として確立している。
だが、彼女達はまだ、自分自身という『個人』を示す名を持っていないのだ。
自分達は闇の書という同一のものから生まれたが、考え方や趣味趣向は全く違う。ならばその個体差の証となるものが欲しいと彼女は感じているのだった。

「うん、僕も賛成ーっ。やっぱりこう、自分だけの名前で名乗った方がカッコイイしね!」

その提案に、青髪の少女は即座に同意してみせる。どうやら話は聞いていたらしい。
なにやら名乗り文句が増える事を悦んでいるだけにも見えるが、きっと気にしてはいけない。

「……いいだろう、ならば闇を統べる王たる我にふさわしい名を献上するがよい」

そして白髪の少女もまた、却下する理由も無いと判断したらしい。ふたりを睥睨するように視線を巡らせ、頷いてみせる。
同時に、これは雑務である故にお前達ふたりで自分の名前を考えてみせよと、自分は泰然と構えている事を演出するべくコーヒーを口にする。

「う~ん……。あ、じゃあ君の名前は『すべ子』だね!」
「ぐふ……ッ!?」
「うわ、きたな……ッ!?」

だが、青髪の少女の発言のせいで色々と台無しになっていた。

「けほけほっ……。たわけがっ。何故我がそのような名を名乗らねばならん!」

あまりの予想外の名前の案にコーヒーを噴出してしまっていた彼女だったが、むせるのが収まると共に青髪の少女に憤りを募らせる。
どうやら相当『すべ子』という名はお気に召さなかったらしい。

「えー。だって闇を統べるんだから『すべ子』って、わかりやすいだろ?」
「安直にも程があるわっ。それならばうぬの名は『アホの子』で決定だな!」
「何だとッ。僕の何処がアホだって言うんだ!?」
「ふん、何処からどう見てもうぬは阿呆の何物でも無かろうが」

そしてそれを皮切りに言い争いを始めるふたり。
その内容の程は中々にレベルが低いが、本人達からすればおかしな名前が付けられてしまうかどうかの瀬戸際。言い合うごとにそのボルテージを上げてゆく。

「……では、おふたりの名前は『すべ子』と『アホの子』という事でよろしいですね」
「「よろしいワケあるかーッ!?」」

そして横から浴びせられたその発言に、二人は声を揃えて反発してみせる。
なんとも喧嘩するほど仲良しなふたりだった。

「……何故ですか?」
「ぐ、素で言っているのか嫌がらせで言っているのかがさっぱりわからん……!」

だが、そんなふたりに対してもなんら動じる事無く、栗色髪の少女は心底分かりませんと小首を傾げる。
その姿に、思わぬ強敵の出現と白髪の少女は無意識に慄いてみせる。

「私としてはその名でも構わないと思うところなのですが……」
「それが君が当事者じゃないからそんな事を言えるんだよッ!
……よーし、こうなったら君の事もなんか変な名前で呼んでやるッ!」
「ふむ、それはいい。うぬも、自らのその発言を後悔するが良い!」

もはや目の前に居るのは共通の敵と、ふたりの少女は通じ合った。
先ほどまでの対立はなんのそのと意気投合し、栗色髪の少女に対するふたり。そして

「……」
「……」

何も名前が出てこなかった。

「どうしたのですか?」
「う、うるさいッ、ちょっとタンマ!」

変な名前で呼んでやろうと思ってから全く案が出てこなかった事にふたりは自分たちで驚きだった。
だが、だからといって此処で引くわけにも行かないと、相変わらず淡々としている彼女を他所に、ふたりは額を突き合わせるように作戦会議を始める。

「どうしよう、全然あの子の名前が思いつかないんだけど!」
「それを我に言うでないわっ。もう少しはその足りない頭を使ってから言葉を使え!」
「なんだとッ!?」
「やるかッ!?」

ただ、話し合おうにも、困惑が先に立って何も思い浮かばないらしい。真っ先に相手に意見を求めるが、答えはまったく出てこない。
むしろ、元々が気の短い者同士、堂々巡りにしかならなそうなこの状況で再び口ケンカに発展しそうになる。

「……どうしたのですか、すべ子にアホの子?」
「「だからその名で呼ぶなーッ!!」」

だが、それに先んじて栗色髪の少女がまだ決定もしていない名を使ったために、ふたりの怒りのベクトルは再び同一の方向へ向くことで一致する。
今はあのひとりだけ余裕しゃくしゃくな彼女の顔をどうにかする事が先決と、視線を交し合ったふたりはうなずき合い、作戦会議を続行する。

「む~、委員長! ……ってイメージは合ってるけどなんか普通過ぎてイヤだ」
「ならば宰相……、ダメだ。これでは嫌がらせになりはせん」

だが、どうにも「すべ子」や「アホの子」に類するような彼女の名前が思いつかないらしく、ああでもない、こうでもないと話し合う。
ちなみにその間、ひとり手持ち無沙汰となっていた栗色髪の少女は、何時の間にか取ってきていたコーヒーで優雅なひとときを過ごしていた。

「よーし、これで決定だ!」
「ふふんっ、うぬのその余裕顔もここまでよ……!」

そうやってふたりが額を突き合わせるようにしてウンウン唸る事数分、ようやく決着が付いたらしく、勢いよく頭を上げる。
その表情には自信に漲るようで、これから栗色髪の少女の余裕を奪える事を喜ぶようにニヤニヤと意地の悪そうな笑いを浮かべるふたり。
そしてそれを現実のものとするべく、その口を開く。

「よし、うぬは今日から『腹黒さん』だ!」
「どうだ、まいったか!?」
「そうですか、闇の象徴である『黒』を名に冠するという栄誉を、王を差し置いて受けるとは光栄ですね」
「ぬぉぉっ、しまったぁっ!?」
「なんてこったーッ!?」

あっさり切り返されて撃沈するふたりの少女がそこに居るのだった。

「……話が纏まらないようですので、私からも案をひとつ出してもよろしいですか?」

殆どノータイムで繰り出されたカウンターのショックにひれ伏すふたり。
その様子にこれでは話が進まないと思ったのか、栗色髪の少女は訊ねる。

「……うむ、構わん。申してみろ」

そして白髪の少女からはそんな返事がもらえたが、その声色はどう考えても投げやり感い満ち溢れていた。
どうやら予想以上に精神的打撃を受けているようだが、栗色髪の少女はその辺りは意に介さずに自分の意見を述べる。

「……私の戦闘スタイルは、一撃必殺の砲で対象を殲滅するというもの。
そしてその使う魔法の中でも最大の威力を誇る集束砲は、その残留魔力を集める様が星々の輝きの如き。
それらを合わせて考え、星の光を以って敵を殲滅する者、“星光の殲滅者”という意味で『シュテル・ザ・デストラクター』という名前はいかがでしょう?」

名前とはその存在を表す物であり、意味も込められて然り。そう語るように、栗色髪の少女は自分の名乗るべきと考えた名前を告げる。
「すべ子」やら「アホの子」でもいいのでは、と言っていた割に自分は素敵な名前を考えていたらしい事になんとも釈然としない思いを抱くふたり。
だが、それ以上にその名前で納得していたため、文句など出ようはずも無かった。

「……く、なんか凄くカッコイイ! くっそー、僕だって自分のカッコイイ名前を考えてやるんだからな!」

厨二心を刺激された青髪の少女はとてもうらやましそうであると共に、なにやら対抗心を燃やしたらしい。
へこんでいた事などあっさり忘れ、“星光の殲滅者”……『シュテル』にも負けず劣らずの名前を考えるべく頭を捻る。

「う~ん、えーと、僕の得意なのは雷の魔法だから……。うん、決めた!
僕の名前は『ライトニング・スパーク・サンダー』なんてどうだ!!」

「それは意味が被りまくりの上、人の名というよりは何かの技名だな」
「そしてその長い技名を叫んでいる間の丸出しの隙を突かれて撃沈するのですね、わかります」
「うなっ!?」

意気揚々と名乗って見せたが、すぐにダメだしを食らう青髪の少女だった。

「……して、うぬはまさか自分だけの名前しか考えておらぬ、などとは言うまいな」

撃沈され、それでも何かカッコイイ名前をと頭を悩ます青髪の少女を尻目に、白髪の少女は問いかけ……、いや、それは既に問いではなく確認だった。
それを受けるシュテルもまた、予測済みだったのか、静かに頷く。

「私としては、『力』の雷剣士は眩い雷光の刃と迅雷の速さと力で敵を瞬時に切り裂くというイメージがあります。
ですので、“雷刃の襲撃者”という意味で『レヴィ・ザ・スラッシャー』という名を。
そして『王』である貴女は、闇を統べる王のそのままの意味になりますが『ロード・ディアーチェ』という名が良いかと思います」
「……ふむ、悪くはないな」
「おお、なにそれカッコイイ……ッ。うん、僕はその名前がいい!」

そしてふたりの名として考えていた名を公表する。
白髪の少女はその答えは及第点であるというように頷き、青髪の少女もまた、すぐに食いついてきていた。
他に案は出てこない。三人が三人ともこの名前が良いと感じ取っていた。

「では、我はこれより闇統べる王、『ロード・ディアーチェ』と名乗ろう」
「僕は雷刃の襲撃者、『レヴィ・ザ・スラッシャー』!」
「そして私が『シュテル・ザ・デストラクター』ですね」

新しい自分の名前を口ずさむ。それはより明確に自分を認識出来るような、不思議な感覚だった。
三者ともその内心は同じだったのか、余計な事は何も言わない。ただその言葉の響きを胸の内に刻み込む。
そして、

「お待たせいたしました。お子様ランチのお客様はどちら様でしょうか?」
「あっ、はいはーいっ。僕だよ!!」

一気にシリアスな空気は瓦解するのだった。
注文していた品が届いて、席で飛び跳ねるようにして手を挙げてアピールする青髪の少女のその姿に、白髪の少女はいいようも無い脱力感を覚えるのだった。


自分の前に置かれた旗の付いているランチセットを前に目をキラキラと輝かせているレヴィ。
既に我関せずと、マイペースにコーヒーを嗜むシュテル。
そんなふたりに対してこんな部下で良いのかと頭を痛めつつも、心のどこかで既にふたりの事を認めている事に、まだ気付いていないディアーチェ。

彼女達は、まだ何も知らない。だが、だからこそこれから多くの事を知っていくのだろう。
この先にどんな未来が待ち受けているのかは分からない。だが、それでも前に進む事を止める者はこの中には誰も居ない。
ならば、きっとその手に未来を掴むことは出来るはずだ。

「む、そんな目で見たってこの旗はあげないよ!」
「そんな物要らんわッ!!」
「おまけについている旗をそんなに物欲しそうに見るとは……物好きな方ですね」
「誰もそんな目をしとらんわァッ!!」

……まあ、取り敢えずは楽しそうだ。










あとがき
パワーは凄いが考えなしの直情型な、愛され系の末っ子ポジションの雷刃ちゃん。
クールでまじめなしっかり者で、3人の保護者役的な存在の星光さん。
2人の扱いを面倒と思いつつも、それなりに大事にしているらしい闇統べさん。
そんな公式のマテリアル設定を見て、3人揃ったらこんなやり取りをしているのかな~、と思った今回の話です。

ぶっちゃけるとこれを書きたかったためだけに闇統べさんシナリオを書いたわけなんです。
そしてこれで闇統べさんシナリオも終了。後は再び埋もれるばかりですw



……一応、エイプリルフール(笑)として他の板に突貫・投稿してから削除したネタもあるんですが……読みたいですか?



[18519] 偽りのプロローグ
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2011/05/28 12:03

──打ち砕かれた闇の書の闇。

その砕かれた断片達が再構築を果そうとする中で、独自の自我に目覚める特異な存在があった。
それらはそれぞれ『理』と『力』と、そして中枢たる『王』を司る構成体(マテリアル)として、闇の書の闇の復活と更なる飛躍のために魔導師である少女達の前に立ち塞がった。

だが、独自の自我に芽生えた構成体(マテリアル)はその三基だけではなかった。
ここにもう一基、正史とはほんの僅かな違いが生んだマテリアルが目覚める。



「闇の書の闇が悪であると言うのは、所詮は力の無い連中が保身のために喚いているに過ぎない。
この世は勝者が正義を敷く。即ち力ある存在こそが正義であり、このオレこそが正義そのものだ」

強さを栄誉と尊び、弱さこそ罪と蔑む。
その者は氷のように鋭く冷たい嗤いを浮かべ、自身の理念を掲げる。

「どうせお前も口では綺麗事を並べておいて、結局は力で相手をねじ伏せるんだろ?
選べる道は多くあったはずなのに、戦うすべばかりを鍛えてきたのが何よりの証拠。
今更取り繕うなよ、──偽善者」

戦いの結果こそが全て。
たとえそこに至るまでにどれほどの過程があろうとも、力は容易く全てを覆す。
もしその事実を否定するというのなら、それでも構わない。その時は自分がお前を力で叩き潰す。そして力なき理想の無意味さを噛み締めていろと、言葉の刃を突きつける。

「法の下に裁きを下す、だと……? はっ、下らないな。
裁きはこのオレが下す。その決定こそが唯一にして絶対の法だ」

法は確かに秩序を守ってはいる。だが、それがしがらみとなって本当に守るべきものを守れずにもいる。
そんなものに、一体どれほどの価値があるのか?
ならばそんな価値のない物に代わって、力を持つ強者である自身が揺らぐ事のない絶対の指針になると宣告する。

「さあ、判決の刻だ。──オレに逆らうヤツは全て死ね」

その者は後に、こう呼ばれた。

『罰』を司るマテリアル。“氷酷の断罪者”と……。










あとがき

魔法導師ルーエ・ザ・トライアル、……はじまりません。
いや、オリジナルマテリアルでオリジナルストーリーって誰得よ?

まあキャラ設定は出来てもキャラデザインは苦手なので、どんな外見になるかがイマイチイメージ出来なかったとか。
あるいは、男性だと思うけど案外TSして『オレっ子』になってもいけるんじゃないかという想いもあったり。
マテ子達は何だかんだと血を見ないよう対戦を組んだけど、ぼちぼちヤバイ。

とかなんとかですので、本編を書く事は無いと思います、はい。


キャラクター紹介

“氷酷の断罪者”(ルーエ・ザ・トライアル)
闇の欠片が、とある魔導師をコピーした存在。力こそ正義と信奉し、闇の書の持つ力を自らの物として利用しようと目論む。
一人称は「オレ」で、冷酷で尊大な態度を取り、拘束魔法で捉えた相手をじわじわといたぶる戦法を得意とする。基本的に冷静そうに見えるが、その内情はかなり短絡的。
所持するデバイスは凍結地獄の名を冠する『コキュートス』。
名前の通り、氷結に特化したストレージデバイス。本人の持つ氷結の魔力変換資質も相まって、その力は非常に強力である。

技データ
□ボタン・通常:断罪の刃
目の前に5つの弱魔法弾を設置し、それらを時間差で順次相手へ向けて飛ばす。
□ボタン・タメ:断罪の剣
直射型の砲撃魔法を放つ。カウントは1の強魔法。
△ボタン・通常:弔戒の楔
眼前に拘束魔法を設置する。相手が近づくと自動で発動して相手の動きを拘束する。
△ボタン・タメ:弔戒の楔
性能は通常版とは同じだが、此方は設置した魔法が相手へ追跡していく効果が付属する。
○ボタン・通常:咎の十字架
ガード不能の収束するリングで相手を捕縛する魔法。
○ボタン・タメ:咎の十字架
リングが収束するまで相手を追跡し、捕らえた相手のMPをリロード状態にする魔法。

ブロック:応報の連牙
ブロックに成功すると杖での攻撃で反撃。更に追加入力でコンボを出せる。
キャッチ:不赦の罰
触れた相手を密着状態からの砲撃魔法でロングレンジまで吹き飛ばす

フルドライブバースト:終焉の柩
氷結の魔力変換資質を全開にして相手を氷の中に封じ込め、粉砕する魔法。

保有スキル
ドライブEX(クリティカル) ドライブEX(ロング) シールドブレイカー
クロスレンジパワー MPローダー MPカットダウン

※常に氷結の杖を使っているため、クロスレンジにおけるアタックやキャッチには氷片の追加ダメージが発生するため、ヒット数や火力が向上している。




……というオリジナルのマテリアルを考えたんだというだけの話。こういう設定を考えるのが大好きなんです。
とりあえずはこれくらいあれば、実は隠しキャラとして登場するんだよと言っても違和感は無いはず。
あとはどなたかがキャラクターデザインをしてくれれば完璧ですw


個人的に、△ボタンの魔法はもっと設置型の機雷っぽく、相手の拘束ではなくダメージ+ダウン効果が良いと思う。
そして次回作においてはフルドライブバーストは「終焉の剣」にパワーアップ。
「断罪の剣!」
氷の刃が相手の周囲を取り囲む。
「絶氷の剣!」
相手が氷の刃に気を取られた瞬間、すれ違い様に氷の魔力を纏うデバイスで斬り抜ける。
「その身に刻め……!」
相手に背中を向けたまま剣に付いた血を払うようにデバイスを振ると同時に、展開していた氷の刃達が相手を貫いてゆく。
「奥義……セ○シウスキャリバーァァッ!!」
掲げるデバイスが氷を纏い巨大な剣となり、それを振り下ろして一刀両断に伏す!


……はい、完全に自己満足なだけの設定公開でした。



[18519] エクストラシナリオ-プロローグ
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/04/30 17:48

 破滅的な力を持つロストロギア『闇の書』と呼ばれた一冊の魔導書。
 幾度と主を変え、その度に破滅を齎す。暴走するシステムによって引き起こされる永きにわたる負の連鎖は時代や時を超えてなお止まる事は無かった。
 ランダムに主を選ぶ闇の書が引き起こすであろう悲劇は、海鳴市に住まう少女が主となった今回も変わらず起こる。……そのはずだった。

 偶然だったのか、必然だったのか。あるいは奇跡だったのか。
 それは解釈する人によって答えは変わってくるだろう。だが、闇の書が齎す悲劇はもう起きないという事実に間違いはない。

 たまたま適合した魔力資質を持っていただけで闇の書の主となった少女、八神はやて。
 同じ海鳴市に住まい、『魔法』という技術の存在しない世界において極めて低い確率で魔力資質を持って生まれた少女、高町なのは。
 闇の書が事件を引き起こす以前に、別のロストロギアを巡ってこの地に降り立ったミットチルダという次元世界出身の少女、フェイト・テスタロッサ。

 少女達は『魔法』や闇の書に関係なく出会い、友達となった。
 闇の書の辿ってきた歴史からみれば些細な物に過ぎ無いはずのこの出会いはしかし、大きな転換点となった。

 蒐集行使によりページを埋め終えて暴走を始めた闇の書のその意志と呼ばれた者に対し、なのは達はもはや手遅れと諦める事無く抗った。
 その稼がれた時間の間に、はやてと『リインフォース』の名を与えられた管制融合騎はシステムの内側より、暴走の原因となっていた防衛プログラムを切り離した。
 そして最後に、その切り離された“闇の書の闇”を、全員の総力を結集して破壊する事が出来たのだった。

 心優しい少女達の決意と想い。それが破壊不可能とされていた闇の書を巡る負の連鎖を断ち切ったのだ。

 ……だが、『闇の書』にまつわる事件は、これで全てが終わったわけでは無かった。

 これまで闇の書が破壊不可能と言われていた要因のひとつに、防衛プログラムの中でも転生プログラムによる再生能力の高さがある。
 それが、魔導師達の尽力によって打ち砕かれたはずの身を一週間という時を経て再構築させるべく動き出していたのだ。

 元来、闇の書は多くの悲劇の中心に在った存在であり、悲しみや嘆きといった感情との親和性が高い。
 故に粉々に散った闇の書のその残滓は、この地に眠る書にまつわる負の記憶や想いを元に寄り集まって形を成す。
 そうして生まれた『闇の欠片』は魔導師や騎士達の姿を模して実体を得て、さらに本来の防衛プログラムという形を取り戻そうとする。
 その果てに防衛プログラムは再構築を果たし、再び悠久の破滅を齎す存在に返り咲く事だろう。

 別段、闇の書の内に在った防衛プログラムは負の感情に引っ張られている部分もあるが、根本としては世界に破壊を齎そうとしているわけではない。
 ただ、『防衛』という自らに課せられた使命を果たす、ただその為に自らを再生させようとしているのだった。


 「すぅ、すぅ……、ん」

 ……そんな中で、数ある闇の欠片達の内、ある闇の欠片はひとつの記憶を再生させて活動体を得ていた。
 模った姿は、腰元まで伸びる緩やかな波を描く金色の髪をした幼い少女というもの。膝を抱えるように身体を丸めて、まどろみの中を漂っているように静かに瞳を閉じていた。
 何処か穏やかな空気を醸し出しながら眠っていた少女だったが、目覚めの時は訪れたとうっすらと瞳が開かれる。

 「ん、んん~っ」

 少女は未だ余韻を残す眠気を振り払うように丸めていた体を解いて大きく伸びをする。
 次いで、脱力の中で新鮮な空気を肺へと取り込むように大きなあくびをひとつばかり。おかげで目尻に浮かぶ涙を手で擦って拭いとる。

 「ふわぁ……、なんだか良く寝た気分です。でも何でしょうか、頭が少しぼんやりします」

 これでもうすっかり目は覚めたと少女は言いたいところだったが、どうにもまだ思考に霞がかかったようにはっきりしない部分があった。
 体調が悪いわけでもないし、自分の意識もはっきりしている。だというのに何か大切な事を忘れている気がして、それが何なのかをまるで思いだせる気がしない。
 自分の事ながら良く分からないが、もしかしたらまだ寝ぼけているのかもしれないと思いながらゆっくりと周囲を見渡してみる。

 「……えっと、ここは何処なんでしょうか?」

 そして自分が居る場所に見覚えが全くない事に、はてと小首を傾げてみせる。
 今の少女はごく自然に飛行魔法を行使して中空に立っていたが、いくら寝ぼけていたとしても、空を飛んだまま眠っていたと言うのはおかしいと思う。
 周囲には人影もないし、一体どういう事何だろうかと考え、そもそも自分はどうしてこんな場所に居るのだろうかと眠る前の記憶を掘り返そうとする。

 「あれ、どうして此処に居るのかを思いだせない……?」

 だが、いくら記憶に手を伸ばそうとしても、そこには霞しかないというように何も掴む事が出来ない。
 思い返そうと考えを何度巡らせてもそれは同じで、少女はこの場に居るのかという疑問に対する答えが出てくる事はない。

 「う~ん、これは困りました。……えぇと、すみませーんっ、誰かいませんかーっ?」

 現状が分からないと今後の方針を決める事もままならないと、そこにはほとほと途方に暮れる少女の姿があった。
 それでも自分で考えても分からないのなら誰かに聞けばいいのではと考えて、声を上げて周囲に対して呼びかけてみる。
 だが、少女の呼びかけにこだますら返って来なかった。それが一層少女にむなしさを覚えさせるのだった。

 「……本当に誰も居ないみたいです。いえでも、なんだか雰囲気的に無人世界じゃないはずですっ。きっと探せば誰か見つかるはずなんです!
 よーし、そうと決まればまず人を探しましょう。がんばろーっ、えいえいおーっ」

 ひとりしか居ない事がなんだか寂しく感じられて、でも此処でへこたれていても何の事態の進展もないと少女は自身を奮い立たせる。
 掛け声と共に拳を突き上げて、ひとまずの行動方針に対して気合を入れる。

 目覚めた少女は、自分がどういった存在であるかの自覚を持っていない。だが、知らないからこそ知ろうとする意思がそこに在った。
 現状は分からない。それでも立ち竦む事無く、意気揚々と一歩を踏み出す──

 「というか、どっちに行けばいいんでしょう?」

 ──事が出来なかった。

 方針として誰かに訊ねるべく人を探そうとは思ったが、そもそもの少女の現在地は海上であり、周囲の何処を見ても海しかない。
 ついでに言えば、見上げた先にある星空にしても少女が知る星の配置では無く、自分の住んでいた次元世界でも無いように思える。
 これでは星の位置から方角や現在位置を知る事は出来ないし、ましてや周りも海しか見当たらなくて目安になる物も無いのだから本当にどうしようもない。
 折角気合を入れようと突き上げた拳も、こうなってしまっては物哀しさしかないという物だ。

 「……もしかして私、迷子なんですか?」

 誰に言うでもなく口をついて出た言葉に、少女は認めたくは無いのに認めるしかない現実という無常な事実にショックを受けていたのだった。









 あとがき

 そんな訳で、PSPゲームソフt(以下略)にユーリ・エーベルヴァインが『なのはGOD』より先行参戦という捏造シナリオです。
 なお、これは『BOA』発売時点で自分が考えた設定をベースに『GOD』を加えた感じで進みますのでちょっとご注意です。


 次回更新は5/3予定です。



[18519] エクストラシナリオ-1
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/05/03 18:05
 
 打ち砕いたはずの闇の書の防衛プログラムが再構築を果そうとしている。だが、その由々しき事態を前に、平和を望む者達が黙って見過ごすわけも無い。
 無数にある次元世界を管理し、ミッドチルダと呼ばれる世界を中心に平和維持のために活動している機関、時空管理局が既に事態の収束に向けて動き出していたのだ。

 その行動は早かった。まだ発生した闇の欠片が本格活動をするより先んじて、その位置を捕捉。魔導師や騎士を派遣して撃破していく。
 元より、破壊不能とまで言われていた巨大な力を持つ存在を破壊して、何の影響も出ないとは楽観もいいところと時空管理局は見ていたのだ。
 闇の書の闇を破壊して一週間の時間を経ても、もしものためにと起こりえる内でも最悪のものを想定した余波被害に備えて警戒と監視を続けていた。
 それが、管理局の対応の早さの秘密だった。

 砕け散った闇の書の闇を再構築するべく発生した闇の欠片達は、時空管理局の局員や、現地協力者である嘱託魔導師達の協力もあって順調に対応される。
 悲しみや嘆きの記憶を再現され、自身の心を苛む破壊の衝動や負の感情に突き動かされる闇の欠片達は、倒される事によって苦しみから解放されていく。
 管理局は闇の欠片が発生させた結界の存在を即座に感知し、行動を起されるよりも先に対処しているため、被害らしい被害も出てきていない。
 
 だが、このまま調子よく事態は収束に向かうかといえば、答えは否だった。

 問題は闇の欠片の発生が、一週間前に起こったいわゆる『闇の書事件』によって被害が出た地域全般であり、その範囲が非常に広範囲、かつ同時多発的である事。
 そしてもうひとつ。闇の欠片は倒しても倒しても、次から次へと際限などないといわんばかりに発生している事だった。

 今は管理局が闇の欠片に対して先手を取っている形ではあるが、対処可能数を超える数の闇の欠片が発生してしまった場合、現在の優位性は覆されてしまう。
 早急に闇の欠片が発生している原因を根本から対処しなければジリ貧になってしまう可能性も十分にあった。
 まだ現状が想定していた『最悪の結末』というほどではなく、対処可能範囲内に十分に収まるが、だからといって油断できるものではなかった。

 それでも闇の書のもたらす永遠の悲劇の連鎖は断ち切られている。既に終わったそれを、再び引き起こす事など容認する事は出来ない。
 魔導師や騎士達は悲劇を繰り返さないそのために、それぞれの想いを胸に夜の空を翔けていった。

 時空管理局L級巡航艦「アースラ」に所属する執務官、クロノ・ハラオウンもそのひとり。
 若干14歳という年齢でありながら執務官という役職に付く彼は、幼い頃に父親を闇の書によって亡くしている。
 いくら彼の出身であるミッドチルダが就業年齢の低い世界であっても、父親を失うという事実は幼い心には辛いものがあっただろう事は想像に難しくない。
 本来なら闇の書に対して問答無用の憎悪を向けてもおかしくないくらいだ。

 だが、クロノ・ハラオウンという少年はそういった感情ではなく、自身の信念に基づいて行動していた。
 確かに闇の書に対して思うところはある。だがそれ以上に、自身の味わった悲しみを他の誰かに味合わせたくないという想いがその心にあった。
 
 執務官という役職に就いているとはいえ、14歳ではまだ子供。考えの甘さが抜け切っていない証なのかもしれない。
 それでも、間近で見てきた優しくて尊敬も出来て、だが思い込んだら一直線で無茶を厭わず行動を起す母親の姿や、魔法の師匠からの教え。
 そして亡き父親が自分の命を賭してまで多くの人を守ろうとしたその意志がクロノの中に息づいていた。

 故にクロノが戦う相手は何時も特定の誰かでは無い。悲しみに蹲る人に手を差し伸べるよりももっと先。
 誰もが「こんなはずではなかった」と言わなくなるような、不条理に泣かされる人が出ない世界を創るためにクロノ・ハラオウンという少年は戦うのだ。
 
 今回の事件において、これまでクロノが対峙してきた闇の欠片達はかつての闇の書の守護騎士達の記憶を再現した存在だった。
 その誰もが、自らを取り巻く不条理に苦しんでいて、本当は戦いたくなどないのにそれを強いられている事、抗う事が出来ない事を嘆いていた。
 その姿にクロノは自分の父親を奪った闇の書の関係者とは思わず、救うべき対象として捉えていた。

 この守護騎士達は再現された存在であり、いくら魔法の力を以ってしても過去の改変など叶わない以上、過去の記憶に囚われる守護騎士の苦しみを取り除く事は出来ない。
 出来る事は、既に守護騎士達を苛む過去と同じ事は未来に起こる事は無い。あるのは優しい主と共にある未来だと希望を伝える事。
 そして、これ以上悪夢の記憶にうなされないよう、闇の欠片の活動を停止させる事で精一杯だった。

 この行いが、本当に闇の欠片により再現された守護騎士の救いになったのかは分からない。もしかしたらただの自己満足に過ぎないのかもしれない。
 それが分かっていて、それでもクロノは自身の信念を信じている。闇の欠片とはいえ、嘆き悲しんでいる人を生み出す事を認めるわけにはいかない。
 闇の欠片は今このときも何処かで発生して、誰かの負の感情や想いによってその心は苛まれているのだろう。
 ならば自分に出来る事は、闇の書の復活の阻止は勿論だが、そんな闇の欠片達を生み出されないようにする事だろう思う。

 そうこう考えている内に、近くで新たに闇の欠片が原因であろう結界が発生したという通信がアースラから入る。
 何度かの闇の欠片との交戦をしてきたが、まだ余裕はある。ならば一番近くに居る自分が行くと通信の向こう側に応え、情報にあった場所に赴くクロノ。
 そこにはやはり結界が展開されており、術式パターンからこれもまた闇の欠片が生み出した結界であろう事は間違いなかった。

 ……この向こうには、また誰かの記憶を再現した闇の欠片が居る。
 それが誰のものであったとしても、やるべき事もやりたいと思う事も同じ道の上にあるのだから迷う事などあるはずも無い。
 ひとつ呼吸を挟んで気持ちを集中させると、クロノは結界の中へと突入するのだった。







 クロノが赴いた結界の中心では、ひとりの少女が所在なさげに佇んでいた。状況からあの少女がこの場に発生した闇の欠片であろう事は容易に想像が出来た。
 だが、ここまで来るまでに対峙してきた闇の欠片とは違い、怒りや悲しみといった負の感情からくる雰囲気は感じ取れない。
 むしろ、何処となく呑気な雰囲気を醸し出しているようにクロノの目に映る。
 
 「……そこの君。ちょっといいか?」

 予想していたものとは違う光景に気勢をそがれてしまうが、ここで立ち止まっていたところで事態は好転することは無い。
 相手は闇の欠片であるとはいえ、問答無用で襲い掛かってくる様子も無い相手に此方から一方的に攻撃を加えるわけにも行かない。
 闇の欠片の性質上、対話から穏便に事が済む可能性は低いだろうと分かっているが、まずはとクロノは声をかけてみる。

 「あっ……、良かった。人にちゃんと会えましたっ」

 なにやら困っていますと眉根を寄せていた少女だったが、クロノの呼びかけに心の底から安堵したと相好を崩していた。
 その柔らかな笑みからは邪気の欠片も感じられない。ここに来るまでに対峙してきた闇の欠片の雰囲気との差異に、クロノは僅かに怯んでしまう。
 
 「あの、すみません。ぶしつけな質問になりますが、ここは何処なんでしょうか。気が付いたらここに居て、よく状況が分からないんです」

 クロノの内心の困惑を他所に、少女は今更聞くような内容でも無いからとはにかむような笑みを浮かべながら疑問を口にする。
その落ち着きのある礼儀正しさは少女の醸し出す穏やかな空気と相まって大人びた雰囲気を感じさせる。

 「あっ、でも迷子とかじゃないと思うんですっ。ただちょっとどっちに行けばいいか分からないだけなんですっ」
 「いや、それを世間一般的に迷子と言うと思うんだが?」
 「違いますっ。私、迷子じゃありませんよっ!」

 かと思えば、別に道に迷っているわけではなく、ただ道が分からないだけだと聞いてもいないのに迷子を全否定する主張を力強くしてくる。
 思わず反射的に思った事を口にしてしまったクロノだったが、少女の方としてはどうあっても迷子である事を認める気はないらしい。
 その幼い外見の通りのような子供のような見栄の張り方に、なんだか微笑ましいものを見るような気分が湧きあがってくるクロノだった。

 「……とりあえず君の質問に答えると、ここは第97管理外世界、現地呼称では『地球』と呼ばれている場所だ」
 「チキュウ、ですか……?」

 とはいえ、このままだと何処までも話が逸れて行きそうに感じたクロノは、軌道修正にと少女の質問に答える。
 憤りを見せていた少女も、何時までも迷子疑惑について語り合いたくない思いと特に反発は見せなかったが、クロノの答えに訝しげに首をひねってみせる。
 その姿に、第97管理外世界という言葉にも地球という言葉にも聞き覚えがないのだろうという事を見て取るのは簡単な事だった。

 だが、そう考えるとこの少女には不審な点が浮かび上がってくる。

 まず、闇の欠片が再生するのは、その前身の関係もあり闇の書に関わった者に限られる。つまりは闇の欠片が象る姿は、闇の書に蒐集された人物である可能性が非常に高い。
 だが、この第97管理外世界の住人は基本的に魔法の素となる魔力を精製する器官であるリンカーコアを先天的に持っていない。
 そのため、極自然に飛行魔法を使っているこの少女は、先ほどの反応も加味して魔法文化の存在しないこの世界出身ではない事は容易に想像できる。
 一体何故違う次元世界出身の少女の記憶が、この次元世界において闇の欠片として再現されているのか?

 次に、闇の欠片は「その地に沈んだ記憶」を介しているという条件だ。
 もしこの少女がこの世界とは違う次元世界出身だというのであれば、闇の書にリンカーコアを蒐集されたにしてもその次元世界において闇の欠片として発生しているべきなのだ。

 もしこの第97管理外世界で少女が闇の書となんらかの関わりを持ったというのであれば、この地で闇の欠片として再現される可能性もある。
 だが、管理世界の住人が管理外世界に移動する事は管理局で基本的には禁じられているし、こんな幼い少女がこの世界に来る理由も思いつかない。
 そもそもとして……。被害に対する補償の発生する可能性もあると、執務官として闇の書事件後に守護騎士からの調書を下に、被害に遭った人の調査を行なったりもしている。
 だが、その中にこんな少女の姿をクロノは見た覚えがない。
 
 「……僕の方からも質問させてもらうが、君は自分の現状を何処まで理解している?」

 今クロノが考えた闇の欠片の性質は、これまでアースラスタッフが集めた情報の下に推測されたものだ。もしかしたら事実とは違うかもしれない。
 この少女にしても、クロノが知り得ないだけで、この地で闇の書となんらかの関わりを持っていたのかもしれない。
 それでも何か予感のようなものを感じるクロノは、自らの脳裏に鳴り響く正体不明の警鐘の真偽を確かめる意味も込めて、直接少女に問いかける。

 「私の現状、ですか? ……いえ、さっきも少し言いましたが、私は気がついたらここに居ただけで、どういう状況なのかもまるで分からないです」

 少女の方もクロノの真剣みを感じ取ったのか、問いの意図は分からずとも真摯な態度で応えてみせる。
 何か重大な事を訊ねられていて、あまり実のあるような答えを用意出来なかった事に少女は答えながらも申し訳なさそうに目を伏せる。

 「……そうか」

 その姿に、クロノは嘘をついていないし、隠しごとをしていないだろうと結論づけた。この少女は、おそらくは本当に何も知らない。
 闇の欠片が記憶を元にしているとはいえ、防衛プログラムの砕け散った残滓ぐらいの情報処理能力では、人の保有する全ての記憶を保持させる事は不可能だ。
 故に闇の欠片は強い思念であり、自らと親和性の高い負の感情を介しているのだ。それ以外の記憶が欠落している事の方が余程自然だ。

 故に、クロノは少女の素性について考える事はひとまず棚上げにする事にする。
 一息を挟んで気持ちを切り替えると、此処に来た目的を果たすために改めて少女に諭すように語りかける。
 
 「……今の君は、夢を見ているような状態なんだ」
 「夢、ですか……?」

 何も知らない、というより記憶その物を持っていない少女は、クロノの言った意味が分からず、オウム返しに聞き返していた。
 その純粋な対応にクロノは何か心の温まる物を感じるが、それで止めるわけにはいかないと言葉を続ける。

 「──闇の欠片。現在この地ではとあるロストロギアの残滓が、魔導師や騎士達の記憶を再生させた存在が幾つも発生しているところなんだ。
 そしておそらくは……君もそのひとり。君はさっき自分がどうしてここに居るか分からないと言っていたが、それも当たり前のことなんだ。
 何故なら、本当の君は最初からここにはいなくて、記憶を再現される以前の事は覚えていないのではなく、元々、ここに発生する直前の記憶そのものがなかったのだから」
 「はぁ……?」

 些か簡潔に過ぎるような気もするクロノの説明を受けて、少女は自分の予想の斜め上を言った内容に困惑を覚える。
 だがクロノの真剣な眼差しに冗談を言っているようではない事は十分に感じられたし、今の少女の現状と辻褄も合わない事も無い。
 それに、何となくではあるが、少女はクロノの言葉が真実であると理解していた。

 「う~ん、一応ですけどなんとなくは分かりました。……ただ、それなら君は私の事をどうしたいんですか?」

 理解した上で、ならばその闇の欠片であるであろう自分はどうなるのか。
 問うまでもなく、魔導師の戦装束でもあるバリアジャケットに身を包む目の前の人物の出で立ちを見れば闇の欠片にされる対処は少女にも想像できる。

 「……すまない。君にとっては不本意でしかないかも知れないが、このまま何もせずにもう一度眠りについて欲しい」
 
 そして、クロノの答えは少女の想像を肯定するものだった。
 悪を成そうとする意志も無い相手を倒さねばならないという事を実際に言葉にしてみると、クロノは内心で苦虫を噛み潰したような想いが湧き上がってくるのを感じる。
 だが、ここで少女を見逃すわけにも行かない。故にクロノは自分を律するように僅かに奥歯を噛み締め、しっかりと少女に告げていた。

 「そうですか。やっぱりそういう話になるんですね」

 自身が闇の欠片であるという自覚のない少女ではあったが、ただ漠然と闇の欠片が放置されたらどうなるかを予想できていた。
 その結果を思えば、クロノの行為も行動も正しいのだと少女も認めるところだ。
 故に、少女はクロノの言い分は何も間違っていないと言うように儚げに微笑みながら頷くのだった。

 「ですけど、君が私に謝ることは何も無いですよ。だって、謝るべきなのは私のほうなんですから」
 「……それはどういう事だ?」

 だがその直後、それまでクロノを肯定するような物言いから一転、拒絶の意志を示していた。
 その言葉は、闇の欠片として現れた自分のおかげで手間を掛けさせてしまったと解釈する事も出来る。
 だが、控えめながらも不遜な態度で目の前に立つ少女の意図が違う事は明白。
 何処か穏やかだった雰囲気はもう終わり。徐々に空気が戦いのそれへと変わるように張りつめていくのを感じて、クロノはデバイス持つ手に力が籠る。

 「すみません。お話は分かりましたが、折角こうしているのにすぐ眠っちゃうのは勿体無い気がするんです。だから、私もちょっと抵抗しちゃいます」

 確かに理解はした。だが、納得するかどうかは別問題。

 少女はクロノの言い分を理解し、その行為は正しいものだと認める。だが、いくら正しいとはいっても、はいそうですねと消えてもかまわないなどとは到底思えない。
 故に、自分が消える事に納得が出来ないというのであれば、あるのは抗戦のみ。

 「白兵戦プログラムロード」

 少女の足元に展開されるのは、クロノも使うミッドチルダ式の円形ではなく、ベルカ式の魔法特有の三角形を基調とした魔法陣。
 ただ、闇色の黒い色彩の魔力光を放つそれは、近代ベルカ式と称されるものとは違う。純正の古代ベルカ式系の魔力パターンで描かれたもの。
 それが少女の意志に呼応するように輝きを深め、少女の求める結果をここに導き出す。
 
 「……あれ、システムエラー。白兵戦プログラムのダウンロードに失敗。でもまあいっか。システム『魄翼』を出力2%にて展開」

 何か不具合があったらしく困惑を浮かべるが、それをあっさり流すと少女の戦うための武装が展開される。
 それは少女の背後に翼のように展開される『闇』そのもの。明確な形持たず揺らぐ破壊のための力はその力を振るう刻を今か今かと待っている。
 
 「これは……!?」

 戦闘態勢に入った事で開放された魔力の気配は、クロノの知る中でも最大級の魔力保有量を誇る八神はやてを明らかに上回っている。
 戦いとは無縁そうに見える幼い少女はしかし、強大な力を以ってそこに存在していた。対峙するクロノは全身にのしかかるような威圧感に驚き目を見開く。

 「……そうか。それが君の意志なのか」

 だが、クロノが体を硬直させていたのは一瞬。静かに閉じ、そして次に開かれたなら確固とした意志の宿った黒い瞳で他者を圧する雰囲気の少女と正面から向き合っていた。
 お互いに相手の意志は認めるに値するものであると分かりあっているという点に置いては、ある意味和解は成立したとも言える。
 だが、それぞれにこれ以上の譲渡はあり得ない事も明白であるのなら、あとはその意志を貫いて押し通すために激突する事は必定。

 仕方が無く、ではなく、自らの選んだ結果として。

 力づくの戦いで雌雄を決するやり方はあまりクロノの流儀と言えるところではないが、嫌だ嫌だとあれこれ言い合うよりも、思いの丈を全力でぶつけ合った方が後腐れも無い。
 一体自分は誰に毒されたのだろうかと思い、少し前に見た、全力でぶつかり合い、今では無二の親友同士となった少女達の事を思い浮かべ、内心で苦笑する。

 「ならば僕も、全力で相手をしよう」

 だが、そんな想いはおくびにも出さず、クロノは手にした愛用している魔導師の杖たるデバイス『S2U』を構える。
 見据える先に在るのは、黒き闇の翼を纏い悠然と佇む少女の姿。

 「さあ、行きますよ……!」

 そして少女のその一言が、戦いの始まりの合図だった。

 おもむろに振りかぶられた少女の右腕に呼応するように、闇の翼は見る者に本能的に恐れを抱かせるような禍々しくも凶悪異形の巨腕へと形を変える。
 それは無造作に腕を振り下ろす少女の動きをトレースするように、相対する敵たるクロノへと一切の遠慮もなく振るわれる!

 「ふ……っ!」

 目の前に迫り来る凶爪という脅威に、クロノは防御という選択肢を即座に捨てる。咄嗟に大きな回避運動を取る事で異形の巨腕の猛威から逃れる。
 それはいくら初撃とはいえ、見合った状態からこれ見よがしに放たれた攻撃に対してはオーバーとも取れる回避行動だった。
 
ミッド式魔導師はクロスレンジをそれほど得手としていないが、クロノの技量を思えば相手の攻撃を受け流してカウンターを叩き込む事も出来たはずだ。
 だが、クロノには少女の攻撃を防ぐ事も受け流す事も出来るビジョンが見えなかった。防御も迎撃も、異形の巨腕に触れたならねじ伏せられる光景しか想い描けなかった。
 クロノは自分の実力を正確に把握している。出来るかどうかも分からない選択肢に賭けるべきではないという判断の下からの回避行動だった。
 そして回避をしながら、クロノは即座に次の行動に移っていた。

 「スティンガー!」

 それなりの距離を置いてからクロノは小型の魔法陣、詠唱不要の高速起動魔法を発動させる。
 クロノの持つデバイス『S2U』はインテリジェンスデバイスのようなAIの搭載をしていないが、その分のリソースの振り分けにより処理能力に優れている。
 デバイスの自律思考による魔法発動や補助は得られないが、このような魔法の高速発動はお手の物だ。

 「ショット!」

 眼前に浮かび上がるのは、クロノの魔力光である水色の輝きを放つ直射型射撃魔法であるスティンガーレイの発射体である球体が五つ。
 そこからそれぞれ順次時間差をつけて、高速で飛翔する魔力弾を打ち出していく。
 誘導性は無いが、ナイフのように鋭く研ぎ澄まされ、時間差によって高速で放たれるそれは、防御されたなら相応に魔力を削り、回避されたならその先に追い込んで行くだろう。
 無論、コレで倒せるなどとは思っていない。分かりやすく放たれたこの魔法に対する対処の仕方から、少女の手の内を予測するつもりだ。

 「む~……、えいや~っ!」

 そして少女の取った対応は、右腕を振りぬいた体勢から今度は左腕を思いっ切り振り上げるというものだった。
 幼い体躯でそのような行動を取ったところでなんら脅威にはならない。だが、少女の纏う闇の翼がそれを脅威のそれへと昇華する。
 先に右腕の時と同じように、少女の動きを模すべく闇は異形の左腕を形成して大気を切り裂くように下から上に向かって振り抜かれる。
 それは右腕で放った時以上に大きく振るわれ、遠心力に引かれるように伸びてくる。

そう、ひとまずの安全圏まで退避したと思ったクロノの居る地点を抉るように……!

 「く……っ!?」

 少女の放ったものは迎撃ではなく、クロノの放った魔力弾などまるで眼中にないといわんばかりの、先に放った攻撃からの追撃であった。
 実際、少女へ放たれたはずの水色の刃は、異形の腕の前に突き刺さるどころか一方的に打ち砕かれるばかりで僅かな侵攻の遅れを引き出す事も出来ない。

 背筋を駆け上がってくる怖気にクロノは即座に射撃魔法の制御を放棄して退避すると、一瞬遅れて自分の居た地点を黒い影が通り過ぎていった。
 後には何も残っていない。まだ射出していなかった魔力弾の発射体は、異形の腕の侵攻に飲み込まれて抉り取られてしまっていた。
 クロノのスティンガーレイの魔法は、刃のように硬く鋭く魔力を圧縮した魔力弾であり、それなりの威力があったはずだった。
 なのに、現実にはまるで歯牙にもかけずかき消さ、少女の方にも魔力が削られた様子も無い。
 もし一瞬でも回避が遅れてあの攻撃を受けていたらと考えると、心胆寒からしむ思いが湧きあがってくる。

 だが、圧倒的な力を間近で見た事による緊張から跳ねあがった心拍数に反して、クロノはあくまで冷静にこのほんの僅かな交戦の中で齎された情報を考察していた。
 クロノが僅かな情報も漏らさないと少女の姿を観察していると、振り抜かれた異形の巨腕がまた元の闇へと還り、再び少女の翼として付き従っていた。
 どうやらあの『魄翼』という名らしい闇が少女の武装であり、実体化するほどに膨大な魔力を圧縮したもので殴りつけるというのが少女の戦闘スタイルであると当たりをつける。
 シンプルもいいところな攻撃手段ではあるが、間近に見た空間そのものを抉るような一撃の威力と、思いの外広い攻撃範囲はそれだけで脅威であるとクロノは思う。

 しかも驚くべき事に、この段階でも戦闘力は魔導師ランクで言えばSランクをオーバーするだろうというのに、少女は最初に「出力2%で展開」と言っていたのだ。
 つまり、少女の本気は単純に考えても現段階の50倍は強いという事になるのだ。
 その時の様子からして、何らかの不具合があったらしく全力は出さないのではなく出せないのだろうとは思う。
 だが、底の知れない力にクロノは空恐ろしいものを感じる。

 ……もとより、クロノの魔力資質はそう高くない。

 放出、収束、展開、操作……。魔力を運用するための様々な資質を個性としてそれぞれの魔導師達は保有している。
 それを、当人の志望や意志などによって得意分野を伸ばしたり苦手分野を補ったりして魔導師としての技量を上げていく。
 だが、クロノの場合は魔力の保有量こそ普通よりも多かったが、肝心の魔力資質に関してはそのどれもが平均かそれを下回る程度のものしかなかった。
 万能というには能力値が低く、器用貧乏と呼ぶにようやく届くかもしれないレベル。コレといった武器を持っていないため、才気あふれる人と比べるとどうにも見劣りする。
 目の前にいる少女などとは、当然のように比べるべくもない。

 「む~っ、どうしてそんなに避けてばっかりなんですかー!?」
 「悪いがっ、君の攻撃は喰らいたくないんだ、よ……!」

 それでも、クロノは圧倒的な力を持つであろう少女を相手取って、勝利を収める気に満ちていた。
 次々と繰り出されてくる少女の攻撃に、受けるという選択を愚策としたクロノはその軌道をしっかりと見極めて回避を重ねる。
 巨腕を掻い潜る動きはお世辞にも素早いと言えるものではないのに、まるで予定調和のように捕らえる事が出来ないでいる事に少女は拗ねたように不満を表す。
 対するクロノは、実際のところを言えば一度でも捕まったらアウトという状況に極度の緊張を強いられている身からすればそれほど余裕があるわけでもない。
 それでもまだまだ余裕があるとでも言うかのように少女の言葉に応えながら、来るであろう好機を見逃すまいと集中を続ける。

 「えいりゃーっ!!」
 「……此処だっ、──アクセル!」

 そして待ちに待った瞬間を、クロノは逃さずしっかりと掴み取る。
 何時まで経っても当たらない事に業を煮やしたらしい少女の大振りな一撃を避けると共に、クロノは高機動魔法を発動させて一気に距離を取る。
 それまでの緩やかと呼べる程の速さから一転しての鋭い動きが齎す緩急の差に咄嗟に少女は反応出来ずに、一瞬クロノの姿を見失ってしまう。

 それはまさに狙い通り。この一瞬を生み出すために、此処まで殆ど高機動魔法を使わないで避けて来たのだ。
 そのまま観察してきた中で少女の『魄翼』から変化した巨腕が届かないと見定めた地点まで距離を取りつつ、デバイスの先端を少女に向けて魔力をチャージする。

 「カノン!!」

 処理能力の優れたストレージデバイスの本領発揮と、マルチタクスを駆使して避ける中で既に準備していた術式にチャージした魔力が効率的かつ迅速に流される。
 それは秒にも満たない時間で高威力を叩きだす砲撃魔法を放つためのした準備を整え、そして水色の魔力光による奔流となって少女へ向けて放たれる。

 「ふわっ!?」

 今まで一方的に攻撃を加えていたところに突如として、その上意識の死角より齎された攻撃に少女は驚き戸惑う事で足を止めてしまう。
 だが、そんな少女の反応とは無関係に『魄翼』は迫りくる砲撃魔法を脅威と判断、自動防御が発動して少女の身を包み込むように闇の翼を広げる。
 直後、一直線に放たれた水色の輝きが闇の翼へと直撃する。水色は闇色を穿つべく突き進もうとし、闇色は少女の身を守るべく水色の進行を阻む。

 そして二色の魔力の輝きの激突は、爆発という形で決着をつける。
 クロノの放った砲撃魔法は少女の守りを突破する事が叶わず、行き場を失った魔力が砲撃という指向性を失った結果に爆発を引き起こしたのだ。
 無論、防御をし切った少女にダメージは無い。だが、爆発によって発生した魔力の霧という水色の入り混じる爆煙に周囲の視界を奪われていた。

 対峙していた黒いバリアジャケットの少年は何処に居るのか。
 そう思って探そうとする少女だったが、それを実行に移すのに先んじて爆煙を突き貫けるようにして幾条の水色の閃光が視界に奔る。
 爆煙に紛れて放たれた射撃魔法は、少女の体を宙に縫いつけようとするように一直線に、高速に次々と飛来してくる。

 「こんなもの……!」

 普通ならこのタイミングで放たれた射撃魔法に喰らうにしろ防御するにしろ少なくない損害を受けるところだろう。
 だが、少女はこの攻撃が自分に対する脅威にならない事を既に知っている。取るに足らない物に恐れる必要はない。
 それよりも、これは直射型の射撃魔法。つまり、視界を覆う魔力の霧にその姿を見る事は叶わずとも、射撃魔法が飛んでくる先にあの少年は居る。

 そう思った少女は最初の時のように右腕を振りかぶると、思いっ切り振り下ろす。
 少女の影のように付き従う闇は異形の腕という形を成して、いくつも飛来する魔力弾の発射地点を薙ぎ払う。
 それは周囲に立ちこめる砲撃魔法の残滓である爆煙も例外ではない。霧もまた力任せにふり払われ、少女の視界を遮るものは全てかき消される。
 故に少女は何にも阻まれる事無く、自らが振り抜いた異形の腕の結果を瞳に収める事が出来た。

 「え、居ない……!?」

 巨腕が薙ぎ払われて通り過ぎたその場には、予想していた人影は何処にもなかったという光景があった。。
 確かにそこには魔力弾の発射体である球体が浮かんでいたが、少年の姿は無い。もし咄嗟に避けたというのであれば、この距離で視界の外に出られる程少年は早くないはずだ。
 それはつまり、クロノは射撃魔法の発射体が設置されてから発射されるまでの間に、既にその場から離れていたという事。

 今の少女は完全にクロノの事を見失っていた。それはクロノにとって魔力をチャージした上で魔法を完成させるには十分過ぎる時間を与えていた。
 きょろきょろと見渡してクロノの姿を探していた少女の周囲に、不意に水色の輝きを放つリングが浮かび上がる。

 「バインドッ!?」

 拘束魔法の発現のそれだと気付いて回避行動を取ろうとする少女だったが、他の魔法よりも練度を上げているクロノのそれは対象を逃がさない。
 取り囲むように広がっていたリングは中心に向けて集束して少女の肢体を捕らえていた。

 此処に来てようやく少女は視線の先にデバイスを掲げている少年の姿を捉える事が出来た。
 そのクロノの足元には水色の円形をした魔法陣が展開されると共に、魔力が高まっていく。爆煙に紛れての移動と拘束魔法によって稼がれた時間だけ、魔力はチャージされる。
 宙に捕らえられた少女の姿を指し示すように手にしたデバイスの先を構える。

 「だけど、これくらいじゃ私は止まりません!!」

 それを見て、ここまでを見事に嵌められていたのだと少女は知る。
 知って、事もあろうか少女は何の小細工も無い、単純に力任せに肢体を縛る水色に煌めく魔力のリングを引きちぎっていた。
 入念に術式を組まれた拘束魔法は堅固であり、早々容易く抜け出せるわけがない。クロノが自信を以って発動させたこの魔法は力任せに破れるものではない。そのはずだ。
 だというのに、実際に拘束魔法で少女の動きを封じていられたのはほんの僅かな時間でしか無かった。

 「たぁぁぁぁーッ!!」

 拘束を無理矢理に剥がした少女は、そのまま一直線にクロノへ向けて飛翔する。
 完全に足を止めて魔力チャージをしているクロノに逃れるすべはなく、タイミング的に見てもクロノが魔法を放つより少女が繰り出す攻撃の方が早い。
 これで決着をつけると、接近の勢いのままに巨腕を振るうべく少女は振りかぶる。

 「……驚いた。もしものために保険を用意しておいて良かったよ」
 「!?」

 これで終わりだと踏み込んだその瞬間、少女の足元から鎖が伸びて少女に絡みつくようにして体の自由を奪う。その鎖を構成する魔力の輝きは水色。間違いなくクロノの物だ。
 今まさに攻撃を至近距離から放とうとした少女はしかし、逆にクロノの目前で決定的なまでの隙を作らされてしまった。

 だがおかしいと少女は思う。クロノは現在魔力チャージ中ではあるが、その他の魔法を使った様子など何処にもない。
 だというのに、一体今の自身を拘束している魔法は何時、どうやって使われたのかがまるで分からなかった。

 その正体は、『ディレイドバインド』と呼ばれる設置型の拘束魔法。先に指定した特定空間内に侵入したものに対してオートで発動。その身を拘束するといった魔法だ。
 二種類の拘束魔法。少女はまったく気付かなかったが、これをクロノは現在の魔力チャージの前に詠唱をして設置しておいたのだ。


 現在のクロノが周囲からは魔導師ランクAAA+という評価を得ている。
 AAA+というランクは数多の次元世界に跨って存在する規模を誇る時空管理局内でも5%以下という人数しか居ない事を鑑みればどれ程の高評価なのかは推して知れる。
 能力的に見ればごく平凡の範疇で頭打ちになるとはずなのに、一体どのような手段を以ってクロノはそのレベルまで至ったのか。

 答えは単純にして明快。努力した。ただこの一言に集約される。
 特に秀でたものを持たないクロノは、誰にも負けない一個の武器を持つ事は出来ないという事実を認めた。認めて、『平均的な魔力資質』という魔力資質を鍛えて来た。

 全ての資質をまんべんなく鍛えるというそれは、得意とする一個の分野を伸ばすのに比べて効率は悪い。
 それでもクロノは自分に出来る事はこれだとして努力を重ねて来た。

 高機動魔法で縦横無尽に空を飛翔出来る人をみると、憧憬の念を感じる事もある。
 自分がどれ程力を振り絞っても出しえない出力で砲撃魔法を放つ人に嫉妬した事もある。
 どう足掻いたところで本当の天才と呼ばれる人種と同じ事をすることはできない。それでもクロノは諦めるという事が出来る程往生際が良くなかった。

 相手が素早く動き回るというのであれば、その動きを封じればいい。
 相手が高い威力の魔法を使うのであれば、それを使わせなければいい。

 どんなに才能に秀でた人であろうとも、苦手とする部分は必ずある。相手の土俵で勝負にならないというのであれば、それ以外で勝負をすればいい。
 その為にクロノは多岐にわたる魔法を収めた。戦略と戦術により状況を操作するすべを勉強した。どのような状況でも立ち回れるように体を鍛えた。

 魔法の師匠にして物覚えはあまり良くないと言われたクロノであったが、此処に至るまでどれ程の努力を重ねたのか……?
 当人が己の努力を誇示しないため、他者にそれを窺い知るすべはそう多くない。

 だが、間違いないのは努力して培ってきた物は裏切る事はない。努力は努力した分だけ確実に力となるという事。
 ひとつひとつは微々たるものであったとしても、折重ねられたそれは山となる。
 最初から強い、才能のある人には持つ事が出来ない強さ。それがクロノ・ハラオウンの強さの秘訣。
 その結果が、今ここに在った。

「さあ、チェックだ」

 対峙する少女は強いとクロノは認める。身のこなし自体は大味でどうにも素人臭いというのに、その身に纏う『魄翼』は少女の拙い動きを脅威へと容易く変える。
 アレだけの力があるのだから、何の小細工をしなくても敵は居ないと言う程なのだから全く以って末恐ろしいものがあるとクロノは思う。

 それでもクロノは負けない。それだけの自信を裏打ちする努力が、クロノにはある。

 今は拘束魔法で捕らえられているが、少女の持つ力ならほんの僅かな時間しか持たない事は明らかだ。
 だが、拘束が解かれるよりも、クロノの魔法の方が早い。

 「ブレイズカノン!!」

 目の前で隙を晒す少女の体にデバイスの先端を突き付けると共に、最大まで魔力チャージした砲撃魔法を至近距離から解き放つ。
 膨大な魔力を乗せたそれを少女には避ける事も防ぐ事も叶わない。その上、体を拘束されているために衝撃を受け流す事も不可能。
 そんな状況で直撃を受けた少女は、生じた身を縛る鎖を引きちぎる程の爆発の衝撃を一身に受けて吹き飛ばされる。

 「やったか……!」

 クロノの手には、これ以上ないくらいの手ごたえを感じていた。
 あの距離では距離を奔る事によって生じる威力減衰も無い。クロノが出来るうる中でも最大級の一撃だったのだ。
 いくらあの少女の力が凄まじくても、これを受けて無事で居られるわけがないとクロノは自らの放った砲撃魔法によって発生した爆煙を静かに見やる。

 「ハッ」
 「何ッ!?」

 だが、それは油断に他ならなかった。
 軽快な掛け声がクロノの耳に届くと共に、クロノを取り囲むように闇色のリングが浮かび上がり、中央へ向けて集束していく。
 それが何を表すのかを悟りクロノは危機感から焦燥に駆られるも、油断から弛緩した集中力と体は咄嗟の反応に従わない。
 逃れるべく駆けだそうとするのに先んじてクロノの手足は先ほどの仕返しと言わんばかりに逆に拘束魔法によって囚われてしまう。

 肢体を縛るリングはクロノの目からすれば術式の構成が甘いように見えるが、膨大な魔力に飽かせて作られたリングはクロノがいくらもがいてもびくともしない。
 それでもこのままではマズイと必死に足掻きながら術式に干渉してバインドを解こうとする中、クロノと少女の間に在った砲撃魔法の残滓が風に流れて消えていく。

 消え去った爆煙の先には、波打つ金髪を持つ、袴姿の幼い少女が変わらず在った。
 うつむき加減にいるその姿は表情を窺えないが、ああしてそこに居る以上クロノの一撃を耐え切って見せたのは明らかだった。

 「今のは……」

 さして大きくも無い声で少女はポツリと呟くが、それは不思議とクロノの耳にはっきりと届いた。
 嵐の前の静けさを思わせる少女の雰囲気にうすら寒いものを感じながらもこの状況を打開するためにクロノは全力を尽くす。
 それでもクロノに拘束魔法は破れない。クロノの体感で長い時間を経て、少女はうつむいていた顔を上げて真っ直ぐにクロノの事を睨みつける。

 「今のはちょっと痛かったですよーっ!」
 「いや待てっ、君はアレを『ちょっと』で済ますのか!?」

 涙目になって痛さをアピールしてくる少女に、思わずクロノは言い返してしまっていた。
 渾身の一撃を、しかもこれ以上ないくらい直撃させたというのに、その感想が「ちょっと」だというのはクロノからすればやるせないにも程がある。
 確かに少女の纏う衣服は少し煤けている程度にしかダメージが見て取れないが、それでもとクロノはもの申したい。

 「本当に痛かったんですからねっ。仕返し、行きますよ~! ──ジャベリン!!」

 だが、そんなクロノの言葉は何の意味も齎さなかった。
 掲げられた少女の手の平に闇の炎が燃え上がる。それは通常の炎のように熱量と共に力を発散する類いのものではない。
 魔力の塊であるそれは押し固められ、鋭利な先端をクロノへと向けた状態で形を成して宙に浮かぶ。
 それは投げ槍。『魄翼』の形成するバリエーションのひとつであり、異形の巨腕と同じ禍々しい色彩を放っている。
 込められた魔力量もまたとんでも無い事を感じて、クロノはあれを受けてはいけないとより一層の危機感を覚える。

 「せ~の……、えいやーッ!!」

 少女はそれを全身を捻るようにして、本人としては大まじめなのに聞く者は気が抜けてしまうような微妙な掛け声を共に投げつける。
 だが、掛け声がどんなものであれ、実際に凶悪な力を突き付けられるクロノからすればそんな事で気を抜けるわけがない。
 明らかにクロノのバリアジャケットの防御力を上回る攻撃力をあの槍は持っている。その上、少女の魔法に非殺傷設定がされているようには見えなかった。
 故にクロノは、少女の掛け声にむしろ逆に差し迫る絶望とのギャップに恐ろしさは倍増するような想いを抱いてしまう。

 「くっ……、よしバインドブレイクッ。おぉぉぉぉっ!!」

 それでもクロノは、ここで諦めて思考を停止させない。まだ終わりではないと自身の心を染めようとする絶望に全力で抗った。
 巨大な杭を思わせる槍が眼前一杯に広がる程になって、それでもギリギリ間にあってクロノは自身を拘束する闇色のリングの術式に干渉、破壊する事が出来た。
 バインドの破壊に魔法のリソースを割いていたため、防御の態勢を取る事は出来ない。そのまま、まだ間に合うと恥も外聞もかなぐり捨てて、とにかく全力で回避行動を取る。

 「う、ぐわぁぁぁぁぁっ!?」

 体裁も無視して転げまわるようにしての回避は功を奏したのか、辛くも槍の射線上から逃れる事は出来た。
 だがその代償は安くは無かった。完全に崩してしまった態勢のところに掠めるように、本当にギリギリのラインで槍は通過していった。
 その余波だけで、クロノの魔力は根こそぎ削られてしまう。自身の中から喪失する魔力に苦悶の声を堪える事も叶わず悲鳴を上げてしまう。

 「う、くぅ……っ」

 痛覚に意識が染め上げられそうになるが、クロノは錐揉み状態で吹き飛びそうになるところを何とか踏み止まって、地に足をつけるように態勢を整える。
 だが、後が続かない。一応は飛行魔法を維持する程度には残っているが、このまま戦闘を続行出来るかといえば難しいと言うのが現状。
 もしこのままたたみかけられたらマズイと、その脳裏には打開するための策を考え巡らせながらも危機感が募ってくる。

 「あ、すいません、大丈夫ですか?」

 だが、その考えはあまり意味の無いものとなっていた。
 少女は勢いのままでクロノにトドメの攻撃を繰り出したが、元々そこまで戦いを望んでいた訳でも無い。
 むしろ、自分でやった事ではあるが、投げ槍の齎した見た目のインパクトに湧き上がった怒りに冷や水を掛けられた想いを抱いたらしい。
 追撃の事など露と考え付かず、相当なダメージを負ったであろうクロノの身を案じていたのだった。

 「……これでも一応鍛えているからな。君に心配されるほどじゃないさ」

 馬鹿魔力で思いっ切り攻撃して来てから言うセリフではないだろうとクロノは思ったが、そもそも油断した自分が悪いのだからとも思うのだから少女の事は責める気はない。
 それよりもと、クロノとしては闇の欠片である少女をダメージを受けたからといってそう易々と見逃すわけにはいかない。
 その気になればまだ十分に戦えると、気勢を張って少女に応える。

 「そうですか、なら良かったです。……では、そういう事で!」

 死なれてしまっては寝覚めがわるかったが、ひとまず大丈夫だと言うのなら一安心と安堵する。
 そして片手を上げて、爽やかにそのまま去ろうとする。一体何がそういう事なのかはさっぱりではあるが、何とも清々しい笑顔でそんな事をのたまう少女。
 あまりに堂々としているため、思わず頷いてしまいそうだった。

 「な、待てっ!」

 だが、クロノは今にも行ってしまいそうなその背中を呼び止める。
 確かに痛手は受けたが、決定的な一撃では無い。戦いはまだ終わっていないと話しかける。

 「待ちません。私としてはこれ以上戦う意味も無いと思いますし」

 ただ、闇の欠片の撃破が勝利条件のクロノに対し、少女の方からすればクロノは何が何でも倒さなければならない相手というわけではない。
 むしろ、少女にとって戦いは余事に他ならない。クロノはまだ戦えるとは言っても、ここで離脱したなら追って来られないぐらいのダメージが在るのは見てすぐわかる。
 ならばもう少女にとっての勝利条件は満たされているようなものなのだから、いくらクロノに呼び止められても応える程の理由は何処にもなかった。

 「というわけで、私は逃げちゃいますね」

 故に少女は飛行の補助に改めて闇を翼として展開、この世界の空へと飛び立ってゆくのだった。
 この場に残ったのは、今度こそ去りゆく少女を止める事が出来ずに、悔しげに遠ざかる後ろ姿を見送るクロノの姿、ただひとつだった。











 あとがき
 *このSSの主人公はユーリです。クロノ君ではありません。
 火力の低めのクロノでは、全キャラ中トップの防御力を誇るユーリを制限時間内に倒すのは面倒だと思う今日この頃。



[18519] エクストラシナリオ-2
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/05/20 13:48
闇の欠片によって再現されたひとりの少女。
過去のない、今だけの存在である彼女は特に目的を持っていない。だからこそ何処にでも行ける。好きなまま、思うように。

だが、少女は気付いていないだけ。

闇の欠片が再現するのは強い後悔や思念。その想いの強さによって闇の欠片は発生するのだ。
故に、当然何も知らない少女にも強い想いがある。自覚はなくともそれは大切な事。忘れられてなお、無意識に働きかけて少女の行動の指針を決める。

ただなんとなく決めたと思った事でも、それは偶然ではない。
少女は無自覚であっても、その心にある強い想いによって惹かれたものを追っていく……。





「ふわ~っ、とっても気持ちいいです……っ!!」

防護服の一種であり、魔力で編まれた裾や袖口などが末広がりに広くなっている袴着を思わせる少女の纏う衣服は、防御の出力が圧倒的に高い分、機動は重くなっている。
そのおかげで『魄翼』を飛行の補助にリソースの大半を費やしてなお機敏な動きは難しく、小回りは利かず大きな曲線を描くような軌道で飛んでいる。
それでも少女にとっては自分の意志で、自分の行きたい方向に好きなように舵をとれる事がたまらなく楽しいらしい。

満天の星々の浮かぶ空の彼方へと飛び込むように高度を上げたかと思えば、一気に海面目前ギリギリまで下降。
体を反転させて羽ばたく闇の翼を海面に触れさせる事で水飛沫を巻き上げ、自身が濡れる事など顧みずその中を翔け抜ける。

夜の闇の中で大気の流れと水の煌きを全身で感じて、少女は心を嬉しさと楽しさに震わせ自然と顔を綻ばせる。
誰に憚る事無く心の赴くままに飛翔する姿は見る者を魅了する程に楽しさが伝わってくるようだった。
今の少女は重力の枷ですら少女を繋ぎとめる事は叶わない。湧き上がる高揚に身を委ね、空を舞台に、闇をパートナーに、水の粒子と戯れながら空を舞う。

先ほどの戦いから離脱した少女は最初こそ何処へ行くかを悩んだりもしたが、自身が闇の欠片であり、そもそも行く当てのなかった事を知り、逆に吹っ切れた。
過去の再現体であるという自身のアイディンティティが崩れるかもしれない事実を、少女は些末事と早々に受け入れた。
自分が闇の欠片である事などどうでもいいと、“そんな事”よりも今はただこの自由を心行くまで満喫したい。

闇の翼を夜の空にはためかせて。
柔らかに波打つ金色の髪を風に靡かせて。
こうして自由に飛んでいられるのなら、自分は何者でも構わないと心から思うから。

後ろに流れゆく周囲の景色を眺めながら、何時までもずっとこうしていたいと少女は思う。
だが、少女の思惑がどんなものであったとしても、その存在が闇の欠片である事には違いは無い。

「……見つけた。お前がクロノ執務官を倒したという闇の欠片だな」

闇の欠片は放っておくと闇の書を復活させてしまう。再現された人格がどのように思い行動したとしてもその事実は変わらない。
今もまた、少女の行く手を阻む様にひとつの人影が音も無く静かに舞い降りる。

「君は……」

進行の途上を遮るように現れた人に対して、少女は翼を広げるようにして制動をかけて立ち止まり、目の前に現れた女性と真正面から向かい合う。
少女の目の前にいるのは銀髪紅眼の、背に黒い二対四枚の翼を持つ女性の姿。無為自然な佇まいながらも、油断も隙もなく立ち塞がっている。

その女性を見つめる少女の瞳には、自由に飛び回る事を邪魔された憤りは、ない。
いや、確かにいいところに割って入られて不機嫌な想いはある。ただ、それ以上に目の前に現れた女性が何者であるのかが不思議と気になる。
その女性に対するものと、そう感じている自分自身に対する驚きと疑問の色が少女の瞳に宿っていた。

「私は夜天の書の管制人格。主より賜りし名は祝福の風『リインフォース』だ」

少女と相対した女性、リインフォースは自分に向けられた疑問の眼差しに対し、名乗る事で応えてみせる。
リインフォースとしても、敬愛する主たる少女から貰った名を誇りこそすれ恥ずべきものだと事はないと堂々と名前を告げる。

「リインフォース……?」
「なんだ、私の名前がどうかしたのか?」

ただ、呟くように名を繰り返す少女の態度に、困惑しているらしい雰囲気を感じ取って、リインフォースは訊ねる。

「いえ、なんだか君とは以前にも会った事があるような気がしたんですけど……」

だが、その間違いなくある既視感の割に名前には全くの聞き覚えが無いのだと少女は首を傾げる。
リインフォースからしてみれば、この少女に対しては完全に初対面だと思っている。どれだけ記憶を思い返してみても、この少女の姿など何処にもありはしない。
むしろ、相対しているだけで他を圧するような闇の翼などというインパクトのある物を忘れるはずが無いと思う。

「……そうだな。こうして対峙してみると私にも少し気になる事がある。お前の望むべきではないかもしれないが、確かめさせてもらう」

だが同時に、確かに少女とは初対面であるとはっきり言えるが、どうしても見過ごす事の出来ない違和感が少女には在った。
闇の欠片を倒すという目的もあるが、それ以上にこの少女が何者であるかを確かめなければならない。
その想いを込めて拳を握りしめつつも、自然体に構えるリインフォース。

先に戦ったクロノからの情報によれば、少女の記憶には欠落が多いらしい。そんな状態で何者であるかを訊ねたところで自分の求める答えが返ってくるとは思えない。
ならば、拳を交えるのが一番手っ取り早いと、自分の感じた物が単なる杞憂で在って欲しいと思いながら戦いの意志を示す。

「拳で、ですか。……そうですね。それならきっと私の疑問の答えも見つかるような気もします」

少女としても、喉に小骨が刺さっているような気分では折角の自由も満喫出来ないと、闇の翼より異形の腕を形成してリインフォースに応えてみせる。
ただ、少女のそれは拳としてカウントして良いのかどうかは疑問であるのだが、そこを指摘する者は誰も居ない。

「……」
「……」

もはやこれ以上言葉で語る必要はないと互いに臨戦態勢に入る両者は、じりじりとその間合いを詰めていく。
一歩、また一歩と両者の間にある空間が狭められるのに伴って、チリチリと灼けるように緊迫感が高まっていく。
まるで周囲の音はこの場の空気に追いやられたかのように、張りつめられた静寂が二人の間に横たわる。

「ふ──っ」

何時までも続きそうな無音の世界はしかし、少女の漏らした小さな呼気によって破られる。
もとより、少女の『魄翼』より伸びる異形の腕のリーチは、徒手空拳であるリインフォースのそれより圧倒的に長い。
拳を交えると互いに意思表明をし合ったが、別段少女にリインフォースの間合いになるまで待たなければならないという義理もない。
リインフォースの間合いに入るのに先んじて、少女は自身の攻撃が十全に発揮される間合いにおいて異形の腕を振り抜くべく身構え“ようとする”。

「はぁぁぁぁッ!!」

その瞬間。リインフォースは強く拳を握りしめると共に前に倒れるように前傾姿勢を取っての鋭い踏み込みにより、一挙に二人の間にあった距離を踏破する。
少女が攻撃の予備動作として腕を振り上げているという僅かな時の間に、既にリインフォースは自身の間合いを得ていた。
そこは少女が攻撃を繰り出すにはやや近過ぎるという距離感で、このまま異形の腕を振り抜いたところで最大の威力を発揮する事は出来ない。
それでも既に動き出した体は止められない。最初からフェイトのつもりで動いていたならともかく、今無理矢理に止めようとしたところで体が流れて決定的な隙を晒してしまう。

「やぁぁっ!」

少女は止まれない。だからこそ止まらない。
間合いを踏み込まれ、それでもやる事は変わらないと闇の翼より伸びる異形の腕は、相対する女性を叩き潰すように振り下ろされる。

眼前に迫るその脅威にリインフォースは怯む事無く、むしろより一層の気を張り巡らせて自身の拳を以って全力で打ち抜くべく振るわれる。
迎撃する拳は少女のそれより速く、最大の力を発揮するだろう振り抜かれる状態になるの先んじて叩き込む事によってその威力を大幅に削いでみせる。

「なっ、くぅ……っ!?」

それでもなお少女の一撃の重さを打ち消すには至らない。威力の大半は相殺しても、その大半以外である余波に押されてリインフォースは後退を余儀なくされる。
二人の距離が僅かに開く。それは今度こそ少女の間合い。

「スピアー!」

少女の呼びかけに呼応して、闇の翼は異形の腕から更に形状を変化させる。
それは凶爪の先端のような鋭い切っ先を持つ小型の槍を形取り、幾数本が少女に付き従うように浮かび上がる。
狙う先は決まっている。少女の指先が対象を示したならば、勢いよく飛び出してリインフォースの肢体を貫くべく襲い掛かっていく。

「プロテクション!」

迫りくる槍は小型とはいえ、込められた魔力量は一個を受けただけでも相当なダメージを負うだろう事は明白。
それを見て取ったリインフォースは即座に自身の眼前に防御魔法を展開する。
ただ、リインフォースが選んだのは堅固さを持つ魔法陣の盾ではなく、自身を覆うように展開される半球状に広がるバリアタイプの防御魔法。

確かに打ち出された小型の槍達の威力は高い。だが、狙いの精度は甘い。これくらいなら真っ向から防ぐよりも回避の方が魔力の消費も少ないだろうという判断だった。
幾つも飛来する槍衾の中で、僅かにだが確実にある隙間である安全地帯を見出して体を潜り込ませる。
それでも回避出来ない部分は防御膜の表面を滑らせるようにして受け流す。放たれた小型の槍は、ひとつたりともリインフォースに当たる事無く背後へと飛び去って行く

そして切り抜けた先にあったのは、まさか防ぎ切られるどころかすり抜けられるとは思ってもみなかったと驚きに目を見開く少女の姿。
この好機に今度はこちらの番とリインフォースは掌を少女へ打ち抜くように差し向ける。離れた間合いに置いて、当然その掌が届くはずが無い。

「ダークウィーブ!」

届いたのは、黒味を帯びた紫色の煌めきを放つ魔力によって生じた衝撃波。
それは不可視のままに掌から奔り抜け、少女に届くと共に弾けるようにして急激に加えられた圧力変化が、小さな体に突き当たって激しく打ち据えるべく牙を剥く。

「うぁぁっ!?」

咄嗟に反応したのは闇の翼。驚きから固まってしまっていた少女の身を守るべく包みこむようにして覆いかぶさる。
だが、音より早く突き抜けた衝撃に自動防御はその全てを遮る事は出来なかった。闇の翼の守りを潜り抜けた衝撃が少女の体を打ち据える。
大半は防がれたためにそれほどの威力にはならなくとも、ダメージを受けた事には変わらないと悲鳴を上げた少女は、そのまま地に蹲るように膝を屈する。

その姿に一気にたたみ掛ける好機と見たリインフォースは、ここで決めるのだと再度の踏み込みを試みる。
だが、その直後、言い知れぬ悪寒がリインフォースの背中を駆けあがる。

しゃがみ込んで地に触れるようにしていた少女の手の平より、ほんの僅かではあるが波紋が広がるような魔力の波動をリインフォースは感じていた。
それはまるで、何かが空間を潜行するかのような……。

「──ヴァイパーッ!!」

そしてその予感は正しかった。蹲っているように見えた少女はしかし、一気にその身の内より魔力を練り上げると共にキッと力強くリインフォースの姿を視界に捕らえる。
何かが来る。そう思ったリインフォースの足元から、先ほど少女が打ち出した小型の槍と同種の鋭い切っ先が突き出してくる。

この場は空中であり、上下左右、全方位に空間が存在し、空戦を行う魔導師や騎士としては、地上では殆どない下方向から来る攻撃にも警戒をする必要はある。
だが、地に足をつけての普段の生活という固定観念から、足元から来る攻撃にはどんなに意識を割こうとしても、どうしても意識の死角になりやすい。

「ちぃ……っ」

この場合のリインフォースもその例に漏れる事無く、運よく少女の魔力の発露という先触れに気付いたものの、だからといって即座に対処する事は出来なかった。
次々と空間を潜行して突き出してくる槍に舌打ちをしながらも、後ろに飛びのくようにして全力での回避をせざるを得ない。

「エターナル──」

望んでもいない回避を強いられるリインフォースに対し、しゃがんでいた態勢から既に屹立していた少女は静かに指先を差し向ける。
その少女の静謐さを思わせる動作に反比例するように、少女の小さな体からは猛るように強大な魔力が溢れだす。

足元には三角形を基調とする魔法陣。それに伴い、無為な広がりをしようとする闇色の魔力は制御され、少女の手へと集束されて行く。
既に一撃必倒の威力を生み出せるだけの魔力は集まっている。少女とリインフォースの間は伸ばされた腕を乗せるように一直線に結ばれている。

「──セイバーッ!!」

ならば放たれぬ云われはないと、裂帛の叫びが上がると共に、少女の手を門とするように溜めこまれた膨大な魔力が解放され一直線に突き抜ける。
迫りくる砲撃魔法にリインフォースは咄嗟に魔法陣の盾を展開するも、予想以上の魔力の集束率に、防御したところで貫通されてしまうだろうと、受け切る事は不可能と知る。
だが、意識の死角より放たれた槍に対する回避のために後ろに引いていたため、ここから横移動に入っても攻撃範囲外へと逃れる事も難しい。

不可能と困難。眼前に迫る脅威に対して浮かび上がった二つの選択肢に、可能性がゼロのものよりも僅かでも希望があるならばとリインフォースは迷うことなく困難を選ぶ。
ほんの僅かでも射線上から軸をずらすべく移動しながら、展開した魔法陣の盾を来たる砲撃魔法に対して斜めに構える。

直後、リインフォースに到達した奔流が構えた盾の端に接触する。それによって生み出されるのは、直進を阻む壁を破壊しようとする前の、押し込もうとする力の流れ。
一瞬よりも短い刹那のその時、リインフォースは突き抜ける流れに道を譲るように体をひねる。

そして刹那が過ぎ去った一瞬の後には、リインフォースの体は錐揉み状態になりながら吹き飛ばされていた。
傍から見れば、回避を失敗したようにも見えるが、それは失敗ではなかった。現にリインフォースは吹き飛ばされる中でも再び態勢を整える。

今のリインフォースがやった事は、防ごうとしても貫かれるだけなのだから、自分から弾き飛ばされるという物だった。
通常の砲撃魔法に同じ事をやろうとしたところで、効果範囲より逃れるより早く魔力の奔流に呑まれて終わるはずだ。
だが、少女の放ったそれは拡散度合いが極端に低かったからこそ出来た離れ業。

もう一度同じ事をやれと言われても、出来ないだろうとリインフォースは思う。
それぐらいの曲芸染みた回避を取らなければそれだけで終わっていたのだ。代償に少なくない魔力を削られたが、直撃に比べれば安い物と言える。
そう考え、少女が放った砲撃魔法の余韻を視界に収めようとする。

「なに……っ!?」

だが、リインフォースが見た者は、自身の予想していたものとは全く違う光景。
回避しせしめた事で何の障害にぶつかる事も無かった少女の魔法は、すぐ脇を突き抜けたまま砲撃魔法の特性として魔力が減衰からの拡散をしていなかったのだ。
何処までも軌跡を描きながら何処までも伸びていくようにしていた少女の魔力は、消える事無くそこに留まり続ける。
その様に、リインフォースは驚愕に目を見開く。

「まさかこれは、砲撃魔法ではなく圧縮魔力刃、だと……!?」

瞬間的に魔力刃を伸ばすのであるならばとにかく、それを維持するなど燃費が悪いにも程がある。
そもそも、圧縮魔力刃もまた魔力で編まれたものではあるが、質量を伴う事で重量も発生している。これほどの大きさともなれば、少女の細腕で扱える代物ではない。
燃費と取り回しの悪さから、そんな事はないはずとリインフォースは無意識に思っていたために、少女の魔力の猛りから砲撃魔法だと判断したのだ。

「たぁーッ!!」
「くっ!?」

だというのに、少女はお構いなしと伸ばした長過ぎる闇の剣を、刃を返すようにして軽々と振るう。
普通なら不可能。少女の武装たる『魄翼』はそんな道理をひっくり返す。まるで重さなどないように振るわれる刃にリインフォースは追い込まれる。

「もう一個ッ、──セイバーッ!!」
「何っ!?」

更に、事もあろうか少女は魔力刃をもう一本伸ばしていた。
左右に雄々しく翼を広げるように構えられた二振りの剣が、交錯するように振るわれる。
逃げ道を囲うように繰り出された剣戟に、今度こそ逃れる道はない。

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

逃れられないというのならと、リインフォースは拳を強く握りしめると共に、二振りある内の一方の圧縮魔力刃に狙いを定める。
正面切ったところで負けるのは明白。ならばと黒味を帯びる紫の輝きを宿す拳を全力で迫り来る刃、その横っ腹に下から上にアッパーのように打ち込む。
更に拳を後押しするように高機動魔法で体全体を使って無理矢理に刃を押し上げる事により、二つの振るわれる圧縮魔力刃の間に狭間を作り上げる。

「はぁ、はぁ……」
「凄いです、今のを耐え切るとは思っても居ませんでした」

軌道をずらした事で生じた隙間に体を潜り込ませ、更に全力で距離を取る事で少女の剣の射程の外まで逃れるリインフォース。
対する少女も、エターナルセイバーの魔法は足を止めて振るう事は出来ても、機動と共に振るえる物ではなく、射程外に逃れられた今は無用の長物と手の内より消していた。

最初に向かい合ってから一分も満たない間に目まぐるしく繰り広げられた攻防。
負ったダメージの割合はリインフォースの方が大きいが、まだ戦闘を続行するには問題はない。
だが、ふたりとも相手を打倒するために戦っていた訳ではない。互いに距離を取った事で一区切りついたと言わんばかりに静かに佇む。
そして油断なく構えながら、リインフォースは実際に少女と拳と魔導を交えた事で、自分の中にあった疑惑は確信に近づいていたのを感じていた。

「……この魔力の気配。やはり間違いない。闇の書の魔力そのものだ」

初めて相対した時に魔力を感じた時も思ったが、少女のそれは闇の書の魔力に近い、というよりもほぼそのままの反応を放っているという事だった。
他の誰かであったら勘違いかもと思うかもしれないが、永らく管制人格として一番に書の近くに居たリインフォースがこの魔力を間違えるわけが無い。

さらに言えば、少女の魔力パターンは純正の古代ベルカの術式そのものである事にも確信を抱いていた。

魔法の中には近代ベルカ式というものもあるが、これは古代ベルカ式魔法をミッドチルダ式魔法を用いて再現したという色合いが強い。
そのため、古代ベルカ式と近代ベルカ式は『似た別物』であると言えるところであり、純正の古代ベルカ式の魔法の保持者はそれだけでレアスキル保持者と言われる。

もし少女の魔力パターンが近代ベルカ式であったなら、何らかの偶然で闇の書の魔力反応を持ってしまった闇の欠片と考える事が出来る。
だが、少女が古代、しかも純正のベルカ式の使い手であるならば、現在ではなく戦乱のベルカという過去に関わりがあったという可能性も出てくる。

(……しかし、ならばこの少女は本当に誰なのだ?)

ただ、少女の持つ力が闇の書の力と同種と確信を持って言えるというのに、肝心の少女自身について思い当たる事が全くないというのがおかしいとリインフォースは思う。
リインフォースは元々魔法を研究用に蒐集・保存するためのストレージである『夜天の書』を管理するための人格として存在していた。
そのため、人とは違い記憶を『記録』として保持している。自分の中で検索をかければ、管制人格としての権限で全ての記録の閲覧をする事は可能だ。

そんなリインフォースをして、柔らかに波打つ金髪をもつ幼い少女。そしてその武装である『魄翼』にも該当データが見つからない。
もしかしたら故意に少女に関する記録を抹消されているからそのデータを見つけ出す事が出来ないという可能も思いついたが、それは無いと心の中でかぶりを振る。
管制人格であった自分を差し置いて、そんな真似を出来る人などそれこそ居ないはずであると考えて。

「う~ん、君の事は知っている気がするんですけど、リインフォースという名前にはやっぱり何の引っ掛かりも無いから、やっぱり気のせいだったんでしょうか……?
まあ、きっとこのまま思い出そうとしても何も出てきそうにありませんし、私としてはそろそろお開きにして欲しいんですけど」

リインフォースが内心で考察を重ねている間に、少女の方も自身の中の疑問が解消される事は無かったようだった。
だが、少女の中では分からない物は分からないと折り合いがついようで、これ以上リインフォースの疑問解消に付き合う気はないらしい。
考える間に休めるように収めていた闇の翼を再び広げ、出来る事なら戦うよりも逃げた方が楽だと、今にも飛び去ろうという雰囲気だ。

「……お前のその魔力はやはり闇の書のそれだ。何故お前がそんな力を持っているかは私にも分からないが、すまないが放っておくわけには行かない。
心優しい我が主をあの永遠の地獄に巻き込みたくない。闇の書の闇である防衛プログラムの再構築は……私が阻む」

その少女の姿に、もう考えている時間はないのだとリインフォースは知る。
現在も進行中の脅威である、闇の書の防衛プログラムの復活阻止が最優先にしなければならない事。
確かに少女が何者であるかを知りたいところではあったが、私事とも言えるそれにかまけて闇の欠片たる少女を見逃すという選択肢は出来ない。
リインフォースはこの場より逃すつもりはないと改めて少女に向き合うと共に魔法を構築する術式をひそかに準備する。

「え、防衛プログラムは闇の書の抱える本当の闇じゃないですよ?」
「……何?」

だが、当人からすれば何気なく返しただけであろうその一言に、リインフォースは準備しようとしていた術式を霧散させてしまう。
油断に呆けるようにリインフォースは少女の事を見るが、今しがた少女が言った言葉はそれほど程の衝撃をリインフォースに与えていた。

そもそも闇の書が危険指定ロストロギアと呼ばれるようになったのは、本来はデータ保持のための防衛プログラムが暴走により過剰に働き過ぎていたため。
故に、闇の書の暴走の要因である防衛プログラムを指して「闇の書の闇」と呼んでいた。これは時空管理局はもちろん、管制人格であるリインフォースも認めるところだ。

「闇の書の防衛プログラムのその奥に封じ込められた『それ』こそが、闇の書を暴走させた要因です。
根本的な要因である『それ』が無ければ防衛プログラムも暴走する事はなかったんですから、防衛プログラムが闇の書の闇と呼ばれるのはおかしいと思うんですけど……」

だが、少女はさも当然のように、その認識は間違っていると言っている。
誰よりも書の事を知っているはずの書の管制人格でさえ知り得ない事を、この少女は知っているような口ぶりで語るその姿に、リインフォースは今までで最大の困惑を覚える。

「……お前は、何を知っている。お前は……何者だ?」

嘘だと切り捨てる事は簡単だ。だが、少女の言葉は真実だとリインフォースは確信してしまった。
もはや取り繕う事もなく、ただ真っ直ぐに疑問を少女にぶつけていた。

「私ですか? 私は……。あれ、私は、誰……?」

これまでのように、少女はごく自然にリインフォースに応えようとして口を開く。だが、何の言葉も出てこなかった。
何者かと問われて名乗る事が出来ず、そして自分が何者か以前に、名前すら思い出せない事に今まで思い至っていなかった事に驚きと困惑を浮かべる。

自分は自分なのだから、『今』という瞬間に自意識を持って行動していられるのだから過去や目的が無くとも特に問題はないと思っていた。
だが、その『自分』が存在していないとしたら、何を基準に自分自身を認識すれば良いのだろうかと考えると、足元が崩れさるような音が聞こえたような気がした。
揺らぐ自分自身が怖くて、何でもいいからよりどころになる何かを思い出そうと今までやろうとしなかったくらい必死に考えを巡らせる。

「うっ、く、頭が、痛い……!」

だが、思い出そうとしたところで電撃でも奔ったかのように痛みを感じて顔をしかめる。
いったいどういう事なのか分からない。それでも知りたいと思うのに、拒絶するような痛みは少女の思考をかき乱す。

「私、夜天……、戦乱のベルカ時代で……。私は、砕け得ぬ……、闇?」
「おい、大丈夫か……っ!?」

尋常ではない様子に、リインフォースは戦っている場合ではないと少女に手を伸ばそうとする。

「う、うあぁぁぁっ!?」
「な、く……っ!?」

だが、次の瞬間に少女を中心とした魔力の奔流が吹き荒れる。誰も近づけさせないと防御プログラムが黒き風となって吹き荒れて周りを薙ぎ払う。
その勢いに臨戦態勢を解いていたリインフォースは近づけない。むしろ勢いを増す風が起こす衝撃に踏み止まる事すら出来ない。
伸ばした手は何にも届く事はなく、ただ、全てを拒絶しようとするような黒い風に視界を遮られる。

「く、しまったっ、転移されたか……!」

そして荒れた風が晴れたその時には既に、少女の姿は影も形も無かった。
僅かに見逃した隙に転移魔法を使われたのだろうと魔力の残滓から悟るも、既に反応を完全にロストしてしまったため追跡は出来ない。
重要な事を知るであろう少女を逃してしまった事も悔しいが、同時に目の前で苦しんでいる少女に手を差し伸べられなかった自分が歯がゆかった。

「……あの少女は、一体何者なのだ」

ただ、ぽつりと漏らしたそのリインフォースの呟きは、誰に届く事も無く夜の風に消えたのだった……。










あとがき
トラ○ザムぅ~、ライザー!!

つまり、ユーリの両肩には尖がっているのが付いていて、背中にドッキングするのは魔力を制御する働きを持っているという事か!(違います)
あと、ユーリの□○のコンボはブロックの割り込みが安定過ぎる。



[18519] エクストラシナリオ-3
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/05/20 14:08
 
 ──結界によって世界とは隔絶された空間の中、闇色と金色の煌きが激突する。

 翼、巨腕、槍、剣、風、炎……。

 全てを飲み込み灰塵と還す闇色は変幻自在と形を変えて、平等にこの世に在るモノに破壊の爪痕を刻みつける。
 そこに正義も悪も関係ない。元より力そのものに善悪などない。振るわれたならその結果をただ忠実に現実に反映するのみ。
 今もまた少女の前に立ち塞がる障害に対して破壊という結果を与えるべく、一欠片の慈悲も無く凶爪は振り下ろされる。

 「君のその力が凄いという事は素直に認めよう。だがしかーしッ、当たらなければ何の意味は無いのだーッ!!」

 だが、そんな闇を以ってしても奔る雷光の如き金色の輝きは奪えない。
 闇の力は絶大だ。唯の一撃でも受ければそれだけで決着がつくだろう。しかし、その『一撃』が尽く当たらない。
 宙に縦横無尽に軌跡を描く金色の輝きは、迫る破壊の権化たる闇色に対して臆する事無く、むしろ喜色さえ浮かべて躱わしてみせる。
 更に避けた勢いに乗せるように金色の圧縮魔力刃の煌きが翻るなら、一閃の下に切り伏せると闇の翼を纏う相手へと襲い掛かる。

 「うぁっ!?」

 一瞬にして入れ替わる攻守に、闇色はほんの僅かに遅れをみせる。
 咄嗟に刃の辿る軌道に翼を割り込ませる事はで来た。だが、剃刀の如き鋭い斬撃は守りの上からであっても確実に相手の魔力を削り、ダメージを与えていた。
 金色の攻撃は闇色と比べればそれほどの威力は無い。それでも、一気果敢に繰り出される連撃という数の暴力で一挙に魔力を奪い去っていく。

 闇色と金色の煌きは激突する。

 だがそれは互角の様相を描き出してはいない。ひたすらに攻め立てる金色の前に闇色は翻弄され、守りの障壁を徐々に削られていく光景であった。
 その中で、闇の翼を纏う少女は顔をしかめながら思う。──どうしてこんな事になっているのだろうと。



 闇の欠片が再生した記憶として、少女は目覚めた。
 状況を理解して、ひとまずはこの偶然手に入れた自由な時間を満喫しようと、負の感情に突き動かされる他の闇の欠片とは違い、ただ気ままに空を飛んでいただけだった。
 ここまでは──まあ闇の欠片を倒そうという魔導師との戦闘もあったりもしたが──少女としては概ね何の問題もなかった。
 だが、状況が変わったのは夜天の書の官制人格、リインフォースとの邂逅を経てからだった。

 少女はリインフォースの事を知っているような気がして。
 リインフォースは少女の纏う魔力の気配に覚えがあって。

 感じた疑問と困惑の正体を確かめるべく、少女とリインフォースは互いに拳と拳(?)を交える事で相手の事を推し量ろうとした。
 その過程で、ひとつの切っ掛けが生まれた。

 ──“砕け得ぬ闇”

 リインフォースとの会話の中で、少女も自覚しない内に極自然に口から零れ落ちたその言葉。
 自分という存在の根幹に関わるモノである事は、思い出せるものが何も無い少女でもはっきりと理解する事が出来た。
 おそらくはこの“砕け得ぬ闇”がなんであるかの記憶を取り戻すことが出来たなら、自分が何者であるかを知る事が出来るだろう。
 故に少女は自分自身が何者であるかを自問するべく“砕け得ぬ闇”が何たるかを思い出そうとする。

 だが同時に、“砕け得ぬ闇”に関する記憶を思い出そうとする事がたまらなく、……怖い。

 何故そんな風に思っているのかが分からない。
 だが、“砕け得ぬ闇”が良くない事だけは分かる。記憶は無くとも、少女という意思を構成する想いが、“砕け得ぬ闇”に対して拒否反応をしている。
 思い出したくない。それ以上に関わりたくない。関わったら最後、もう逃れる事など出来はしないから。
 根拠など今の少女には殆どないも同然なのに、まるで強迫観念に突き動かされるように忘れたままで居たいと思ってしまう。

 思い出したい自分と、思い出したくない自分。

 矛盾するふたつの思いによる板ばさみに酷い頭痛を覚える少女は、ふらふらとひとり空を彷徨う。
 いつの間にか目の前にリインフォースが居ない事も気付かない。堂々巡りの思考に囚われたまま抜け出せないでいる少女は、周りに気を配る余裕も無い。
 ただ、夢遊病に魘されるような頼りない足取りは、何処かを目指すかのようだった。

 「む、なんだ君はっ。いつの間に僕の結界に入って来たんだ!?」
 「え……?」

 そして気がつけば、少女は何処かの結界のただ中に立っていた。
 掛けられた声にハッとして俯いていた顔を上げたなら、目の前に居たのは青い髪をツインテールに纏めた、蒼いマントを風になびかせる女の子の姿。
 色彩や雰囲気の差異はあるが、見た者の多くはそんな彼女の姿に時空管理局嘱託魔導師であるフェイト・テスタロッサという名前を思い浮かべるだろう。

 「君は……っ」

 だが、少女は違った。
 闇の書の蒐集データから得た外観ではない、青髪の彼女の本質とも言える何かに心が激しく揺さぶられる。
 リインフォースにも既視感を覚えたが、その時以上の衝撃に少女の思考は真っ白に染まり、ただ目の前の彼女に対して驚き戸惑う。
 
 そう、少女は既視感というあやふやなものではなく、彼女の事を間違いなく『知っている』と確信していた。
 まるで積年の疑問に対し、過程や道筋などといった途上を飛ばして提示された答えそのモノであるかのような彼女の存在。
 だが、知っていると確信して親近感が湧く相手ではあっても、同時に彼女が何者かが全く分からず、掛ける言葉は口より先に出る事無く、少女はただ驚き戸惑うばかりだった。

 そんな少女の姿に青髪の彼女は自分に慄いているのだと勘違いし、なんとなく良くなった気分のまま口上を述べる。
 砕かれた防衛プログラムは再構築を果すために闇の欠片を生み出した。そしてその中枢を担う三基の構成体(マテリアル)。
 防衛プログラムを打ち砕いた魔導師や騎士達を打ち倒し、“砕け得ぬ闇”を手中に収め破壊と混沌渦巻く艶やかな闇に還元するべく力を振るう最強の存在。

「そうっ、何を隠そうこの僕こそが強くてスゴクてカッコイイ『力』のマテリアルッ。僕らの目的を阻む者は、この極光の刃で斬り伏せる!!」

 特に訊ねたわけでもないのに嬉々と情報を明かし、(当人的には)カッコイイ決めポーズを決めた余韻に浸る。
 言いたい事をすべて言い切ったという彼女のそのどや顔は、実に清々しかった。

 (闇の書、防衛プログラム、闇の欠片、マテリアル ──“砕け得ぬ闇”……)

 対して少女は未だ呆然としたまま、彼女の言葉の内容を心の内で反芻する。
 青髪の彼女が齎した言葉は、まるでパズルのピースが嵌ったかのように少女の中でストンと収まっていく。
 だが、まだ全容の完成には至らない。少女の記憶を形成するにはまだ断片が足りていない。それでも、この調子ならいずれすぐにでも完成は日を見る事になる。

 「……嫌。私、は……っ」

 だが、少女は記憶を取り戻せる足がかりを目の前にして、拒絶するように頭を振って後ずさる。
 確かに少女は自分が何者かを思い出したいとは思った。だが、その内情は思い出す事への忌諱感の方が勝っている状態だった。
 だというのに、本人が望んでも居ないのに記憶を思い返させるキーワードを強制で次々と与えられるという事に恐怖を覚えた。
 その感情が目の前の彼女という存在に対しての怯えとなって少女の瞳に宿る。

 「ふふん、いいねその表情。僕の強さと偉大さが分かってるみたいじゃないか。
 でも、見逃してなんてあげないよっ。君が誰かは知らないけど、僕達の目的のための糧になってもらおうかッ!!」

 相変わらず少女の心情を微妙に勘違いしたまま、彼女は手にしたデバイスの斧状となっている刃の角度を変えると、そこから金色の魔力が溢れて光の刃を形成する。
 死神の鎌を彷彿させる圧縮魔力刃を構えるその姿は、逃げ腰になっている少女に対する遠慮など微塵も無い。

 「僕の強さに君は泣く! ──さあ、戦いの準備は万端かい?」
 「わ、私は……」
 「残念。答えは聞いてない!!」
 
 言うが早いか、彼女は高機動魔法を起動させて一瞬の内に少女へと肉薄すると、金色の刃が最短距離を辿って軌跡を描いて振り下ろされる。
 唐突に繰り出された雷刃の襲撃に、少女は驚き目を見開く。
 
 「う、ぁ……っ!?」

 咄嗟に反応した闇の翼による自動防御が盾となって辛くも刃の少女への到達を阻む。しかし、自分に斬りかかろうとする刃を間近にして、少女の金色の瞳は恐怖に揺れる。
 そこに戦う意志など無い。すぐにでもこの場を放り出して逃げ出してしまいたいという思いがありありと映し出されていた。

 「いくよ、いくよッ、いっくよ~ッ。もう、誰にも僕は止められないんだからね!!」

 だが、様々な感情が少女の中で錯綜し、纏まらない思考は混乱となって少女の体を縛っている。
 そんな状態で高速戦闘魔導師である彼女から逃れる事が叶うわけも無い。嬉々と声を上げながら飛び回る彼女に、少女は否応にもその場に縫い付けられる。


 そうして、少女からすれば理不尽で一方的に戦端は開かれたのだった。


 戦況は最初から変わらない。速さと鋭さに優れる彼女に、少女は全く追いつけず、受けるばかりの中で少女の表情に苦悶が浮かぶ。
 今のところは少女に戦闘の意志は無くとも白兵戦プログラムに組み込まれた自動防御が働いているため、少女はまだ立っていられた。
 だが、殺しきれなかった刃の勢いが衝撃となって防御を貫けてくる。
 威力の殆どを守りに削がれていたため微風程度のものではあったが、戦意も無く既に及び腰になっている少女からすればその程度のものでも苦痛と認識してしまう。
 先に戦ったクロノやリインフォースと違って、はっきりとした殺意の篭った刃が迫ってくるのを間近に見る恐怖も相まって魔力だけでなく心も削られてしまう。

 しかも、少女にとって彼女と戦うという事はそれだけでは無い。

 「う、また……!」


 元は魔法を研究するための巨大なストレージであった夜天の書は、歴代の所有者によるたび重なる改造により、呪われた魔導書である『闇の書』と呼ばれるようになった。
 書のページを埋めるためにリンカーコアを蒐集する過程で多くの魔導師や騎士が犠牲になった。
 書の蒐集行使を止めさせるために挑んできた者たちを逆に打ち倒した事で多くの返り血を浴びてきた。
 書のページが埋まったなら、臨界を越える暴走に世界規模での破滅を齎してきた。

 痛み、嘆き、悲しみ、慟哭。

 書としてはただ『書を保持する』というただ一点を実行し続けていただけに過ぎない。
 だが、夜天の書が闇の書として辿ってきた軌跡には多くの怨嗟の声に溢れ、負の感情が渦巻いていた。
 そのどれもが書を……、少女に対して向けられている。何も知らないなどとは怨み辛みを持つ者には通じない。あらゆる負の感情が少女を責め立てる。

 少女と彼女。二人の間にある『共通点』を通じて少女は自分も『知っている』記憶を次々と見せられていく。
 それにより、思い出す心構えも出来ていないのに、記憶が強制的に思い起こされていく。

 対峙している彼女の抱く、闇を打ち砕く者への憎しみと闇への回帰への想いが流れ込んで来て、闇の欠片を構成する負の感情から来る衝動がこみ上げてくる。
 自身の戦いたくないという想いが塗りつぶされて、自分の意思なのに別な意思に書き換えられていくようで薄ら寒いものを感じる。

 痛いのも嫌だし、怖いのも嫌だった。だがそれ以上に黒い翼と金色の刃が火花を散らす度に、少女の中に記憶が流れ込んでくるのが辛かった。

 それら諸々が少女の心を苛み苦しめる。それでもなお、少女は誰かを傷つけたくないと抵抗しようとする。
 今も攻撃を加えられて反射的にやり返してしまいそうになるのを抑えようとしているくらいだった。
 そんな少女の攻撃が、どれほどの脅威となろうか。

 対する彼女は敵を倒すという一点に意識を集中していて太刀筋に迷いは全く無い。速さのギアをどんどん上げてゆき、最短、最速にて迅雷の如き刃を振り抜く。
 徐々にではあるが刃は闇の翼の守りを掻い潜るように少女の体へと近づいてきている。

 今でこそ少女の方も何とか防げているといった様相ではあるが、このまま行けばあと数合の内に少女は彼女に斬られる。
 コレはもはや予測の域を超え、確定しているといえる未来であると両者とも理解していた。

 「砕け散れぇぇッッ!!」
 「うあぁぁぁっ!?」
 
 そしてついに、金色の刃が闇の翼の守りを抜けて少女に届く。体に刃が走る感触を味わう中で、一挙に記憶が刺激される。
 記憶に掛かっていた霞の全てが晴れる。その先に在ったのは。

「え……?」

 何も無い。ただ真っ黒なだけの、夜よりも暗い『闇』だった。
 斬られた事による痛みはあった。だが、それ以上についに『思い出してしまった』自分の記憶を見て、少女は驚きに目を見開く。
 そこには何も無い。あるのは書との繋がりの全てを断って、闇の書の防衛プログラムの更に奥へと封じ込められていた自分だけ。
 周りには誰もいない。温もりなど存在しないただ黒色だけの世界で味わうのは、どうしようもないくらいの圧倒的な孤独。

 ……嫌だった。

 誰も傷つけたくないと望んだのは自分で、そのために周りとの繋がりを断ち切ったのも自分だった。
 それでも、あんな孤独の中に居る自分を見るのは恐怖しか湧きあがってこなかった。
 あんな風に闇の中で孤独に縛られているなんて嫌だった。あんな寂しすぎる世界から抜け出してしまいたい。

 「あ、あ、あ……、あぁぁぁあぁぁぁ──!?」

 傷は浅い。だが、斬られた痛み以上に自分の過去に覚えた恐怖に少女は悲鳴をあげる。
 感情のタガがはずれ、何も考えられない。ただ恐怖を打ち払おうとするように闇雲に異形の腕を全力で振り回す。

 「って、うわっ!?」

 垂れ流される膨大な魔力を霧として纏う腕が振るわれる度に破壊の風が吹き荒れ、空間が軋む。
 今まで調子よく攻めていた彼女にしてもさすがにコレを相手取って近くに留まれる気はしなかった。
 脳裏に鳴らされた警鐘に従い、全力で後退して少女との距離を置く。

 「え、何あれ……」

 そして彼女が見たのは、少女の暴走する感情に呼応するように、少女の姿を覆い尽くすほどに吹き荒れる闇。
 黒い影に遮られて、彼女の方からは殆ど少女の姿は見えない。だが一瞬だけその隙間から見えたような気がした。
 元は白かった纏う衣服が血と闇に彩られたように染まり、その身を縛るような紋様が体に浮かび上がっているという姿を。

 彼女にとって、目の前の光景は理解の範疇を超えていた。指向性もなくただ放出されるだけの魔力の重圧を総身に感じながら、呆然と吹き荒れる闇を見つめていた。

 ……やがて、少女から放たれていた重圧は消え、場に静寂が下りる。
 同時に少女の周囲に渦巻いていた闇も晴れて、先ほどは色彩が変わって見えたのは幻だったかように、最初に見た時と同じ姿で佇む少女の姿がそこにはあった。

 「……そっか。今の『私』は、あの闇の中で此処から抜け出したいと思った私が見ている夢、なんですね……」

 そして少女はぽつりと呟く。それは、闇の欠片としての自分を構成する記憶が何なのかを理解したという事だった。
 
 ──無限連関機構、システム『アンブレイカブル・ダーク』

 想像を絶するほどの絶大な力を持つ反面、誰もその力を制御する事は出来ない。真正古代ベルカの戦乱と狂気が生み出した破滅の遺産。
 ひとたび目覚めたなら、過ぎた力に自壊してしまうまで周囲を破壊し続けてしまうだけの存在。

 それが“砕け得ぬ闇”の正体であり、少女が自身の中核に持っているシステムだった。

 かつての少女は、誰かを傷つける事なんて絶対にしたくなかった。
 だが、真正古代ベルカをして破滅の遺産と称されたシステムの前には少女の意思など介入する余地などなく、望みもしないのに破壊のみを繰り返してしまう。
 
 どんなに頑張って止めようとしても止まらなかった。故に少女は最後の手段として、当時の夜天の書のシステムの奥深くに自らを封じ込め、別なシステムを上書きしたのだった。
 そうして管制人格の権限を以ってしても気付けない程に書の奥深くで眠りに就く事で、少女は“砕け得ぬ闇”を封じる事が出来た。

 少女は自分ひとりが犠牲になれば、他の誰も傷つかずに済むのであれば安いものだと思い、自分ごと封じられた事に後悔なんてしなかった。
 このまま自分が眠り続ければ誰も犠牲にならない。これでいいのだと思っていた。
 だが、それでも冷たいだけの世界にひとりだけでいて寂しいと思う事は止められなかった。
 
 故に、闇の深遠の底で眠りにつく少女は夢を見たのだ。
 広い空を何者にも縛られずに自由に飛ぶ自分の姿を。

 それは決して叶うはずのない『夢』だった。
 だが、先の事件で防衛プログラムの内、破壊を免れた闇の残滓が偶然にもその少女の夢を拾い上げ、再現した。
 そうして生まれた闇の欠片こそが今の『私』であると少女は知ったのだった。
 
 「そう、だから私は自由が欲しい。ただ空を飛んでいるだけじゃ足りない。もっと、根本的な事が必要なんです」

 確かに記憶を思い出した今なら分かる。どんなに取り繕っても、あんな何もない世界に独り囚われ続けるなんて嫌だった。
 だからこそ、『少女』は自由を夢見た。

 そんな少女の夢である自分は、自由を求めるという想いが根幹にある。
 そして、本当の自由を得るためにするべき事を、少女はごく当たり前のように理解している。
 俯き加減で少女の表情は彼女の方から窺い知る事は出来ない。 
 
「だから、そのためには君の力も必要なんです」

 ただ、ゆっくりと上げられた顔には、もう迷いや戸惑いはなかった。静かに、だがはっきりとした意志がそこにはあった。
 そんな考えをただ淡々と呟く姿に、彼女は何か背筋が凍るような想いを感じた。
少女の視線に晒されて、彼女は知らずの内に後ずさる。

 少女は何もしていない。ただそこに立って彼女の事を見ているだけだ。だというのに、その姿がどうしようもなく怖いと彼女は思った。
 そして彼女は気付く。今の自分の姿はまるでさっきまで怯えていた少女とまるで変わらないという事に。

 「……違う違う違うッ。僕は『力』のマテリアルで、うんと強いんだッ!!
 あんなヤツに気圧されるなんて、そんなの……、そんなのあるわけがないんだッッ!!」

 だが、怯えから逃げ腰になっていた少女とは違い、彼女は自分が『力』のマテリアルであるという自負から引くという事はしなかった。
 震えているデバイスを持つ手を叱咤するように力いっぱい握りしめて震えを力ずくで押さえつけると、歯を食いしばりながら少女の事を全力で睨みつける。

 「僕は強いッ。さっきまでやられっぱなしだった相手に負けて堪るかーッ!! ──バルニフィカスッ、モード大型剣(スラッシャー)ッ!!」

 彼女は持ちうる限りの全力でこの敵を殲滅すると決めた。そのためにデバイスをフルドライブモードである大型剣形態へと変形させる。
 足元には金色の魔力光によって描かれる円を基調とした魔法陣を展開し、鎌形態よりも大きく、硬く鋭い圧縮魔力刃による大剣を肩で担ぐように構え、僅か身を屈める。

 彼女の魔導師としての持ち味は『速さ』だ。魔力を硬く鋭く圧縮するのを得意とし、『力』のマテリアルとして魔力の出力も相当に高い。
 だが半面、魔導師としての技量ではなく、単純な身体能力としての腕力は大した事は無い。
 そんな彼女が最大の威力を叩きだすにはどうすればいいのか?

 「でりゃぁぁぁぁッッ!!」

 答えは単純。全力で突っ込むのみ!
 速さは重さ。細かい理屈は知らないが、たとえ重量としては軽くとも圧倒的な加速から放たれた一撃が重いと彼女は考えた。
 故に防御に回す魔力をかなぐり捨て、瞬間的な加速に残りの魔力の全てを費やすつもりで高機動魔法を使用。
 さらにその勢いを殺す事なく剣に乗せて、全力で少女へ向けて振り下ろす。タイミングは完璧。何であっても一刀両断に斬って伏せる事が出来ると彼女は確信した。

 「障壁を展開」

 だが、その全力一撃は少女が涼しい顔で展開した障壁に阻まれ、まるで届かなかった。
 それだけではない。障壁に食い込んだ刃が抜けない。攻めたはずが逆に捕らえられていたのだ。

 「な……。う、嘘だ嘘だ嘘だーッ。こんなの僕は知らない、聞いていないッ!!」

 自分の最大攻撃が全く通用しない事に、喚くように声を上げる彼女。
 既に半泣きになりながら叫ぶ彼女は、見た目相応の小さな子供のようだった。
 だが、少女のほうはまるで気にも留めないようにゆっくりと障壁を挟んだ彼女に向けて手の平を向ける。
 
 「……ナパームプレス」
 「!?」
 
 それでも、少女の攻撃を避ける事が出来たのは、彼女の直観だった。
 考えるよりも先に、圧縮魔力刃に費やした魔力を放棄する事で刃の構成を自ら瓦解させた。
 少女の障壁に捕らえられていたのは刃の部分だったため、その部分が消え失せた事によって逃れる事が出来た彼女はそのまま一足飛びに距離をとる。

 直後、さっきまで自分がいた場所に黒い球体が空間を押しつぶすように圧し掛かっていた。
 そのまま膨大な魔力が込められていたそれは爆発を引き起こして、闇色の衝撃が巻き起こる。
 もし僅かでも逃げ遅れてあの爆発に巻き込まれていたらと思うと背中に冷や汗が滝のように流れる想いだった。

 だが、それに気を取られているのが不味かった。闇色の衝撃に隠れていた少女が、異形の腕を彼女に向けて振り下ろしていた。
 何とかそれを避ける事はで来たが、続けざまに伸ばされた左腕は無理だった。彼女の眼前を覆い尽くすように広げられた掌が逃げ場を囲い込むように握りしめられる。
 抵抗しようとするも退路は既に無く、圧縮魔力刃を自身で瓦解させた状態で在っては反撃もままならない。まさに成すすべも無く彼女の体は異形の腕に鷲掴みにされてしまう。
 
 「どんなに素早くても、こうなってしまえばもう終わりですね」

 握る圧力を総身に感じて苦痛に顔を歪めながらも、彼女は何とか逃げ出そうと必死にもがくが、異形の腕と彼女の細腕では力比べに分が悪すぎる。
 少女に捕まった時点で、彼女がどれだけ全力を尽くそうとも徒労にしかならない。
 それでもなお死の物狂いで抗おうとする彼女を憐れんだのか、少女は早くその恐怖を終わらせようとするように空いているもう一方の爪の先を彼女に向ける。
 
 「ちょ、待って待って待ってッ。君だって僕の力が必要だって言っていたじゃないかっ。ならまずはここは話し合おうよ!!」

 目の前に迫る凶悪なまでの存在感を示す存在に、彼女はそんな太いモノが自分を貫いているという光景を想像して抵抗にもがくのも忘れ顔を青くする。
 もはや恥も何もあったものではない。そんな真似はやめて欲しいと彼女は少女に懇願する。

 「おやすみなさい……レヴィ」

 だが、少女にその言葉を聞き入れる理由など何もなかった。
 僅かに寂しそうに俯いて、それでも止める事無く突き付けていたそれで、彼女の体を貫いた。

 「あ……、アッーー!?」

 彼女の断末魔の悲鳴が、結界に隔てられた世界に響き渡った。
 やがてその声が途絶えた時、少女が見つめる先にある未来は、少女だけしか知らなかった。












 



 あとがき

 ユーリのブロックは、相手によってスカりまくりなのはどうなんだろう?

 雷刃ちゃんは、言葉が足りない星光ちゃんや俺様主義な王様達よりも解説とか説明役に適していると思う。
 そしてシリアスな内容であっても、ついネタを仕込みたくなってしまうという……。



[18519] エクストラシナリオ-4
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/06/06 23:34
破壊を免れた防衛プログラムの断片である闇の残滓は、再構成と共にさらなるパワーアップをして復活するために魔導師や騎士達の複製である闇の欠片を生み出した。
その中でも構成体(マテリアル)と称される存在は、とりわけ強い力を持ち、他とは違い、独自の自我を持って闇の書の闇の復活をもくろんでいた。

それぞれに『力』、『理』。そして中枢である『王』を司三基のマテリアル達。
そして今、その内のひとり。『理』を司るマテリアルが戦いの中に身を置いていた。

「パイロシューター!」

姿は情報素体となった高町なのはという少女の姿をなぞらえ、黒いバリアジャケットに身を包む『理』のマテリアルが放つのは桜色の光球である計9発の誘導操作弾。
あらゆる方向から変則的な軌道を描いて高速で宙を舞い、対象に襲い掛かる。
これらがもし自動追尾による誘導性を持つタイプであれば、ある水準を超える技量を持つ者であるならば、いくらでも捌き方を見い出す事が出来るだろう。

だが、驚くべき事にこの9発の誘導操作弾の全てが、術者である彼女の思念によって制御されている。
元々、鋭い誘導をする魔力弾は生半可な速さでは逃れる事も出来はしない上に、もし余裕を持って避けようとしても後手から任意に軌道を変え事が出来るのだ。
常に相手の死角を取るように配置、狙い撃つ誘導操作弾は相手の動きを阻害して追い込んでいく動きをみせる。
その様はまさに詰め将棋であり、彼女が『理』の名を冠するのは伊達ではないと示していた。

「……この程度では足を鈍らせるのが精々ですか」

だが、そんな彼女の魔法であっても、敵対者の進撃を止めることが出来なかった。
彼女の放った誘導操作弾の威力が低いわけではない。むしろ、優れた『収束』の魔力資質を持つ彼女の魔力弾に込められた魔力量は多く、それに比例して威力も高い。
誘導操作弾は基本的に主に牽制の意味で運用されているが、彼女のそれは当たり所によっては一撃で相手を撃墜できるだけの威力を秘めている。
それが9個同時にあらゆる方向から襲い掛かってくるのだから、並大抵の相手ならこれだけでも十分に沈める事も可能だ。

だというのに、彼女が相対している相手は回避が困難と見るや、被弾も厭わず真っ直ぐに彼女へ向けて接近を試みてきたのだった。
ひとつ、またひとつと誘導操作弾は確実に命中している。それでも来ると分かっている攻撃なら耐えられない事は無いと突き進む。
ダメージは確実に徹り蓄積されているはず。それでも足を止めずに前へ前へ出てくるその姿から感じるプレッシャーは相当なものであった。

「──ルベライトッ」

だが、彼女はそんな自身の心に掛かる負荷を知りながらも、あくまで冷静に、沈着に。この場における対処法について思索し、実行する。
相手が9発目の誘導操作弾をも受け切り、これで進攻を阻害するものはなくなったと加速しようとする直前、その周囲に桜色の輝きの帯が舞い広がる。
誘導操作弾は足を止める事は叶わずとも、歩みを遅れさせる事はできていた。その猶予の間にチャージを終えていた魔法が対象を取り囲むように覆う。
既に踏み出していた相手は驚きながらも今更動き始めた体は止められない。一歩進んで帯と接触した瞬間、帯は生きているように相手の体に巻きついて縛り上げる。

彼女が使用したのは、遠隔発動による拘束魔法『ルベライト』。
多くの魔力を収束させる事によって創り出された拘束帯は、堅固さもさる事ながら持続時間も長い。
一度でも完璧に捕らえたならば、そう易々と抜け出せる代物ではないという自負が彼女にはある。

……だが同時に、『理』を司る者として、希望的観測などを考慮に入れずに事実のみで状況を把握していた彼女は、この相手ならばと思ってもいた。
それは確信というよりも信頼にも近い感情。勝利を掴むために自身と、そして敵を知る必要があるとこの短い間に収集した情報を客観的に見て導き出した答え。

この相手ならば、自分の自信を持って繰り出した拘束魔法など容易く破ってみせるだろうと。

そしてその予測は正しく間違いではなかった。
さすがに拘束された瞬間は驚き目を見開いている様子だったが、すぐに背後に展開していた闇の翼を大きく広げていた。
たったそれだけの行為で、彼女の渾身の拘束魔法を打ち破っていたのだった。

拘束魔法は、彼女のような遠距離型の魔導師にとって詠唱や魔力チャージに時間の掛かる大魔法を確実にヒットさせるための時間稼ぎという名の布石の意味合いを持つ。
このほんの僅かな時間しか捕らえておけなかったという事は、その意味を打ち破られたも同意義。普通ならばここで勝敗の天秤は大きく傾く。

「行きますよ、ルシフェリオン……!」

だが、この展開まで読んでいた彼女にとってこの場は危機などではない。むしろ大ダメージを与える絶好の好機と見ていた。
呼びかけられたデバイスも言葉こそ返さないものの、彼女の意図に応えるように杖の先端にあたる部位を変形、音叉状の砲撃形態を取っていた。

誘導操作弾『パイロシューター』
拘束魔法『ルベライト』

これらではこの相手を打倒するに足りないと既に理解していた彼女は、二種の魔法を使う傍らリソースの一部を使って砲撃魔法の準備を行なっていた。
そして今、足元にも円形の魔法陣をセットし、デバイスにも円環状の魔法陣を取り巻いている。手札はすべて揃った。

「ブラスト……──」

放つは砲撃魔法のバリエーションのひとつである、徹底的に魔力を注ぎこんだ大威力の反応炸裂型砲撃。
既に相手は拘束を破って自由の身ではあるが、彼我の距離は全速で踏み込まれてもこちらの方がギリギリ早いという絶妙な間合いに“した”。
そしてギリギリの距離であるからこそ、たとえ回避行動だとしても確実に狙い撃ちにする事が出来る。
迎撃にしても、並大抵の魔法が相手であれば一方的に飲み込み破壊して突き進むし、防御されたらそれこそ彼女の思うつぼ。防御の上から相手の魔力を削り尽くすだけだ。

必勝のために布石を積み重ねてきたこの盤面。必殺の一手を確実に命中させるために、高まる魔力に反してあくまで冷静に、相手の一挙一動を見逃さないと見据える。

「──」

そんな彼女の視線の先で、相手は此処まで接近に意識を割いていたはずなのにその場に立ち留まっていた。
この距離では聞き取れない囁くような声と共に指先で宙に円を描くような素振りを見せたなら、その指の軌跡を追って底の見えない闇のような色彩が走る。
そして軌跡の始点と終点が結ばれ、目の前にはゆらゆらと揺らめく闇の炎を取り巻く闇のリングが浮かび上がっていた。

その光景に、彼女の肌が粟立つ感覚を覚える。
リングの見た目は、万全を期した彼女の砲撃魔法と比べれば全く以って大した物では無いと映る。感じる込められた魔力量にしても差は歴然。
理屈で考えれば脅威では無いと判断を下す。だが、あのリングは危険だという警鐘が脳裏に激しく打ち鳴らされている。

彼女は『理』を司る者して、勘や運などという不確定なものには頼らない。すべては自分の力のみで掴み取るものであり、そのための戦略と戦術だと本気で思っている。
それでもこの危機感は無視してよい物では無いと彼女は判断を下した。根拠はなくとも、無視しない方が勝率が高いと判断したからだ。

「──ォォォォッ!!」

だが、それでも彼女のやる事は変わらない。
最善を積み重ねてきた彼女にとって、今、この状況以上によい場面など考え付かない。もしここで仕切りなおしたとしても、また好機を創り出せるか分からない。
ならば、動かない相手に一撃を与えるべく全力を尽くした方が良いと判断したのだった。

此処まで積み重ねてきた準備を放り出す事を嫌がったのでは無い。たとえ相手が何を出してこようとも、自身の最高の一撃ならば乗り越えられると信じた結果。
ならば迷う事はないと自身の中での検討を経て、更に気力を充実させていく。彼女の意思の呼応するように、桜色の魔力光は大きく膨れ上がる!

「──ファイアァァァァーッッ!!」

彼女の主砲ともいえる、一撃必殺の威力を誇る直射型砲撃魔法『ブラストファイアー』が咆哮の如き叫びと共にその猛威の牙をむく。
暴発寸前とさえ思えるほどに魔力が開放され、光の奔流となって空間を桜色で塗り潰す。

そう、『突き抜ける』ではなく『塗り潰す』である。

砲撃魔法とは魔力を収束させることで威力と貫通力を上げて相手の防御の上からでもダメージを与えられるように進化してきたタイプの攻撃魔法である。
だが、今の彼女が放ったそれは拡散度合いが並では無く、相対した者の視点からすれば目の前いっぱいに壁が迫ってくるようなもの。まるで逃げ場などない。
それでいて威力の方も損なわれていないというのだから、なんともデタラメな魔法だった。

そんな脅威に対し、相手は彼女の砲撃にワンテンポ遅れるようにして目の前に浮かぶリングを手の平で押し出すようにして撃ちだしていた。
全てを飲み込む濁流の如き桜色の砲撃魔法に比べればなんともちっぽけなものであり、打ち合えるなどとは到底思えない。
事実、次の瞬間には桜色の奔流の中に飲み込まれてしまっていた。

「な……!?」

だが、驚愕に目を見開いたのは砲撃を撃った彼女の方だった。
確かにリングは砲の直撃を受けた。だが、膨大な魔力の流れの中にあってその存在を失っていなかった。
むしろ威力や速度が減衰する事無く砲を撃つ彼女目掛けて一直線に飛翔する。そして何より異常なのは、魔力同士の衝突による反応爆発が全く起こっていないのだ。

そして知る。あのリングは自分の放った砲撃魔法の魔力を打ち消しながら突き進んでいるのだと。
撃ち合いであれば負けるつもりはなかったが、アレは撃ち合う以前にさながら壁を穿つように一方的に彼女の魔法を貫通してきている。

あの魔法のリングは相殺出来ないという特性を持っている事は明白。ならばこのまま砲を撃ち続けても、むしろ足を止めている自分のほうが格好の的でしかない。
そう理解した彼女は、まだ撃ち切れていない分の魔力は丸々無駄になるが、被ダメージのリスクに比べればマシと判断。
これ以上の砲撃魔法を続ける事を早々に放棄し、そのまま回避行動を取る。

直後、途切れた桜色の奔流の中から黒いリングが突き抜けてきたが、誘導性は無く攻撃範囲も狭いらしい。
あまり大きく移動できなかった彼女であっても、十分に避けきる事はで来た。
だが、次に彼女の目に映ったもの。リングを盾にするようにして砲撃魔法の中を突き進んできた相手の姿に、戦慄を覚える。
大きく腕を左右に広げる姿に追従するように、背後に浮かぶ闇の翼もまた変化した異形の腕を左右に大きく広げて構えていたのだった。

──繰り出す攻撃の種類は異形の腕による左右からの挟撃。
──無理矢理に回避行動を取った直後であり、これ以上の回避行動は困難。
──デバイスも圧縮魔力の残滓を排気中であり、反撃は実質使用不可能。
──敵は次の瞬間にも攻撃を繰り出してくる。

「プロテクションッ!!」

様々な情報が脳裏を駆け巡り、すぐにその中で最善と思える対処として彼女は防御魔法を展開する。
正面からだけならともかく、左右から同時に繰り出される攻撃に対して魔法陣の盾では防ぎきれないとして選んだ全方位防御の魔法。
おそらくは回避や迎撃などの他の手段を選んでいたら、その時点で終局を迎えていたのだから、彼女のその選択は何一つ間違ってはいない。

「あ、ぐぅ……!?」

ただあるとすれば、その最善である手段にしても敗北をほんの僅かに先送りにするだけでしかなかったという事か。
左右に広げられた異形の腕は両の掌を打ち合わせるように彼女の身を柔らかく包み込むバリア状の防御魔法を打ち据える。
たったその一撃だけで堅固なはずの彼女の防御魔法は軋み、直後、ガラスが砕けるような澄んだ音を響かせながら破壊されていた。
後はもう逃れる手段などありはしなかった。両手で挟むように握って彼女の体は異形の掌の中に囚われていた。

「……どうやら、私もここまでのようですね」

囚われ、もはや勝ち目は完全に失われたと認めた彼女は、負けた事は悔しいが正々堂々の勝負で全力を尽くした上での事だからと彼女は潔く敗北を受け入れていた。
そして負けた以上はこの身も消え行くのみ。だがそれならせめて最後に自分に打ち勝った者の顔を覚えておこうとすぐ目の前にいる人の顔を見つめていた。

「……どうして貴女はそのような顔をしているのですか?」

そして彼女の瞳に映ったのは、柔らかに波打つ金髪を持つ幼い外観の少女の決意の籠った眼差し。
だが、その瞳の奥に隠しようも無い寂しさがあるように彼女には見えた。
普段の彼女なら負けたのであれば敗者に語るべき言葉は無いと思うところだと考えるが、何故か少女がそんな顔をしている事が癪にさわった。

「貴女は私に勝利したのです。もっと胸を張って居て下さい。でないと、負けた私に立つ瀬というものがありません」

だからだろうか。普段なら言わない事が口をついて出ていた。
感じた事がすらすらと言葉となって出てくる事に彼女は自分自身で驚き戸惑っていたが、目の前の少女が悲しそうにしている事がどうにも我慢ならなかった。
故に彼女は、あとほんの僅かでも少女が力を込めれば最期を迎えると分かり切った絶体絶命の状況でありながらも臆することなくはっきりと少女に告げる。

「ありがとうございます。……やはり君は優しいですね」

そして少女の答えは、柔らかな微笑みだった。
心の奥に秘めていた想いが見透かされた事に驚きはしたが、不愉快になる事は無く、むしろ逆に、彼女が自分の事をこんなにも見ていてくれた事が嬉しかった。
戦う前、彼女は自分の事を知らないと言っていた。それでも確かに繋がりはあると知れたような気がした。
だから少女は、彼女に正々堂々打ち勝った自分を誇るように、胸を張って彼女に応えてみせていた。

「……別に優しくしたわけではありません。ただ、貴女に悲しそうな顔をされるのが不愉快だと感じただけの事です」

そんな真っ直ぐな少女の感謝の言葉に、彼女は別に自分は少女のためではなくあくまで自分本位の想いを口にしただけの話だと語る。
ただ、少女に笑顔を向けられる事が気恥かしくて若干頬に朱が差してしまう事だけは堪える事は出来ないでいたが。
そんな彼女に少女はにこやかに微笑み、彼女は自分も気付いていない本心を見られているような気がして、常の無表情ながらもなんとなく憮然とした顔を作る。

少女と彼女は今の今まで戦っていた。そしてこの時もその延長上にある。
それでも、不思議と戦いの緊迫感は無く、ただ静かに時が流れるような雰囲気だけがそこにあった。
そしてこの空気を、ふたりとも嫌っては居なかった。

「ああ、どうやら時間のようです」

だが、ふたりがどう思っていようとも時間を留める事が誰にも出来ない以上、この時もいずれは終わる。
掌に囚われていた彼女の体の端からその姿が宙へ溶けていくように消えていく。戦いの決着は既に付いていた。彼女が消えるのは当然のことだった。

「では、それでは……」

そして最後は、至極あっさりと消え去っていた。何の抵抗もない。まるで最初から幻だったかのように。
だが、少女は見たような気がした。彼女が感情を表さない無表情であった相好を崩し、少女との再会を願うように微笑みを浮かべていた姿を。

……時間にして数えれば数秒。その僅かな時の中でも彼女との語らいの余韻に浸っていた。
感傷はある。だが、まだやると決めた事の全てを終えたわけではない。
少女は掌の中から彼女存在が消えた事を噛み締めるように、異形の腕をゆっくりと翼へと戻す。
そして静かに瞳を閉じて、自分の求める物の在処に想いを馳せる。


永遠結晶・エクザミアと、それを取り巻く三基のマテリアルからなる無限連関機構。それが少女とマテリアルの関係だった。
そして永遠結晶を核とする自分だけでは足りない。マテリアルだけでも完成はしない。全てが揃ってこそ無限連関機構はその意味を成す。

故に少女とマテリアルの彼女達は惹かれあっていた。
最初、『力』のマテリアルと出逢ったのも偶然ではない。自分が彼女に惹かれていた結果であったのだと、自分が何者なのかを自覚した少女は理解していた。
そして今、三基のマテリアルの内、二人とはすでに出逢った。あとは最後のひとりだけ。マテリアルの中でも中枢を担う『王』を司るマテリアル。

「……見つけた」

自分に足りない物を欲するように惹かれる想いに引かれて感じ取ったのは、懐かしくも力強い魔力の波動。
その力はこの時も闇の書の防衛プログラムの断片である闇の欠片を糧とする事で増大させている。既に保有する魔力量は先のマテリアルのふたりをも大きく超えている。
だが、そんな事は少女にとってどうでもいい事柄でもあった。

相手がどれほど力を有しているかなど関係ない。
今の自分たちの間に横たわる距離という物理的概念もまた関係ない。

重要なのは、少女自身と『王』が出会うというただひとつのみ。その望みを叶えるために、少女はゆく。
かなり好き勝手に行動はしているが、少女が闇の欠片である事には違いは無く、『王』は闇の欠片をその力によって集めている。
お互いを求め合っているのであれば、出会いは必ず果される。

「むっ、何奴だ!?」

そして少女が次に目を開いたときに目の前にいたのは、データの元となった八神はやてと同じく小柄な体躯ながらも横柄な態度で佇むひとりの人物。
彼女からすれば少女は目の前に突然現れた存在らしく、少しばかり面食らったような雰囲気もあったが、すぐに持ち直すと闖入者に何者かと誰何する。

姿形は始めてみるが、その人物こそ間違いなく自分が求めていた人であると考えるまでも無く理解出来る。
ようやく出逢えた相手に、少女は歓喜に鼓動が高まるのを感じるが、今はまだその時ではないと心を落ち着けるべくひとつ大きく呼吸を挟む。

「……こんばんは。君の事を倒しにきた者です」

そして真っ直ぐに『王』を司るマテリアルである彼女の翠色の瞳を見つめ、少女ははっきりと宣戦布告を口にする。
そこ聞き間違いようのないくらい明瞭な言葉はさしもの『王』にしても予想などまるで出来なかったといわんばかりに驚きをその表情に浮かべる。

「……ほほう、無頼者が何を言い出すのかと思えばまた随分と下らぬ事をほざくではないか。
我は砕け得ぬ闇を手中に収め、全ての闇を支配する王ぞ。貴様のようなちんちくりんに倒せるとでも思っているのか?」

だが、それもまたすぐに鳴りを潜めて不敵に嗤う。
彼女からすれば『王』である自分を討とうなどとは笑止千万な話ではあるが、不愉快に思う以上にこんなにも意表を突いて自分を驚かせた少女に憐憫と嘲笑の想いを抱く。
敵であるならただ滅するのみではあるが、分不相応な大望を謳うただの道化であるなら笑ってやるのが務めと返す。

「はい、思っています。……そもそも、君は砕け得ぬ闇を手中に収めるといいましたが、それは無理だと思います」
「……なんだ、今聞き捨てなら無い事を聞いたような気がするが?」

だが、続く言葉に彼女の表情からは笑みよりも不機嫌さが色濃く出始める。
見るからに弱そうで戦闘者ではないような少女が見果てぬ夢を追い求めているだけであるならば微笑ましいものと思う事も出来る。
ただ、物事には限度というものがあるし、彼女からすれば成して当然と思っている事を拒絶されて許してよいという道理は何処にも無い。
一度ぐらいなら笑い話と見逃してやっても良い。今の発言を取り消さないというのであれば相応の報いを受けてもらう。
彼女の不機嫌さに呼応するように負の感情を濃縮したような禍々しい魔力の気配が、今にも少女に牙を向くかのように重厚さを増していく。

「確かに駆動体を得て活動を可能としていますが、情報素体とした魔導騎士のデータに引っ張られて本来の魔力光ですら取り戻せていません。
そんな今の君では、砕け得ぬ闇を手中に収める器に足りえません」

それでも少女は臆する事無く、はっきりと今の『王』では砕け得ぬ闇をどうこうする事はできはしないと言ってのけていた。
『王』たる彼女の纏う雰囲気は少女の堂々とした物言いに一瞬呆気にとられる。だが、直後に彼女の内から湧き上がるのはこの上ない怒気。
もはや不機嫌という言葉は生ぬるい。なおも『王』のひれ伏す気の全く無い少女の事を完全な敵として彼女は見据える。

「……いい度胸だな塵芥。そこまで王たる我の力を愚弄ならば、その身を以って自らの愚かさを知るがいい!!」

言って、手にした先に剣十字を頂いた魔導騎士の杖であるエルシニアクロイツを掲げると共に周囲に夥しい数の白い魔力光を放つ魔力弾に浮かび上がる。
これは戦いではなく誅伐。それが王の決定。故に彼女は会戦の合図を上げる必要性を何処にも感じてはいない。
ただこの不埒者に悔い改める暇さえ与えず消し去るのみと、杖の先が指し示した先にある少女へ向けてそれら全てが一気に殺到する。
ひとつひとつの威力は大した事は無い。だが、圧倒的なまでの物量が少女の小さな体を押しつぶすべく襲い掛かる。

「──セイバーッ!」

だが次の瞬間、空間を埋め尽くそうという白い光の中にぽっかりと空白が生まれる。圧縮された闇色の魔力の刃が翻ると共に、『王』の放った魔力弾の尽くが消滅する。
それは全てを染め上げる白い光と対極を成す、全てを飲み込む闇の煌き。少女の『魄翼』のバリエーションのひとつである長大な魔力刃が『王』の魔力を一刀の下に切り裂いた。

無論、面制圧に放たれた数多の魔力弾を、いくら長大な刃渡りを持つ魔力刃だったとしても、たった一振りで全てを消し去る事はできていない。
まだ残る魔力弾は多い。もし魔力弾が誘導操作されていれば、斬り払われた以外の魔力弾は再び少女へと狙いを付けさせる事も出来たはずだ。
だが、『王』の放ったそれは、先に少女が戦った『理』の彼女のような誘導操作弾ではない。

そもそも、大魔力と高速・並列処理を両立させる事は難しく、膨大な魔力を誇る『王』のその類に漏れない。
そのため、『王』は不得意分野である誘導操作を放棄し、相手を追い込むのではなく最初から逃げ場など無いくらいに攻め立てるべく数を揃えて魔力弾を放っていた。
普通の相手なら迎撃にしても回避にしても数の暴力の前に屈し、防御に足を止めたならそれこそ後衛広域型の本領である大威力魔法で丸ごと滅ぼすのみである。

だが、今回の相手は相性が悪かった。
少女が携える闇の炎を形にした剣はその長大なリーチにより一振りで眼前の物を切り伏せ、少女の小さな体ではその隙間でも十分な安全地帯を確保する事が出来た。
故に、ワンアクションで行動を終えた少女は、一気に攻め立てようと魔法を組んでいた『王』に対し後手から先制のチャンスを手繰り寄せていたのだ。

想像したものとは全く違う光景に驚き目を見開く『王』。
自身が辿り着く先を見据えるように前を見つめる少女。

白い光の中で生まれた空白で、ふたつの視線が交錯する。

「やぁぁっ!!」
「ちいっ……」

『王』は用意していた魔法は役に立たないとキャンセルするも、それよりも既に魔法を発動済みである少女の方が早かった。
頭上から振り下ろすようにして魔力弾を切り裂いたまま下段の構えにあったエターナルセイバーの魔法を、少女は今度こそ視界に納めた『王』へ向けて振り抜いていた。

からくも避ける事で当たりこそしなかったが、態勢を崩す『王』。その隙に少女は一気にその懐に飛び込む。
驚き目を見開く『王』の間近に少女の顔があった。そして衝撃が『王』の体に突き抜ける。

「か、は……!?」

視線を下げれば、少女の小さい手の平がずぶりと自分の体の内に潜り込んでいるという光景。
見た目には『王』の体を少女の手が貫いているようだが、その実物理的干渉ではなく魔力的干渉であるため出血や傷などがあるわけではない。
それでも、異物が自分の体内にあるという事がたまらなく気持ち悪く感じて、『王』はすぐにでも干渉を止めさせるべく少女に手を伸ばそうとする。

「ぐ、がぁ……!?」

だが、実際に体は動く事無く、苦悶に喘ぐ声が口から漏れるだけだった。

今、少女は『王』に対して直接干渉する事によってその魔力を奪い取っていた。
ブラックホールが生み出す無限の重力の前には光さえも逃れる事が出来ないように、『王』の白い魔力光が少女の闇色に浸食される。
自らの体内で、自分の物であるはずの魔力が少女の支配化に置かれてゆく事に、魔力の喪失から来る虚脱感と苦痛に『王』は苛まれる。

「──エンシェントマトリクス」

だが、それはまだ唯の序章に過ぎなかった。
少女は自らの色に染め上げた魔力を『王』の体から手を引き抜くと同時に、手の平に集約させてゆく。
自らの背に展開していた『魄翼』の全ても込めたそれは、まるで『王』の体内から抜き放たれるように全容を顕わとしてゆく。

少女が携えるは、闇の炎を結晶化させたような暗黒の巨大な剣。

通常、魔力は自分の物ならば魔力資質や錬度による制限こそあるものの、基本的には好きなように扱う事が出来る反面、他人の魔力を扱う事は非常に難しい。
そこを、少女は他者である『王』の魔力を自らの魔力の波長に無理矢理変化させる事によって問題をクリアしたのだった。
『王』から簒奪した魔力と自らの魔力。両者とも元から膨大な魔力の保持者であったが、今の少女が持つのは丸々二人分の魔力を『集束』した代物だ。
放出する事無く圧縮する事で『剣』という体裁を整えているだけのそれは、もし正規の機器による測定を為されていたらどのような結果を指し示していただろうか?

「終わりです……!」

だが、今この時において、観測されたデータにはなんら意味は無い。意味があるのはこの力が齎す結果のみ。
少女は巨大な剣を、体をひねるようにして振り抜いて投擲する。切っ先は真っ直ぐに『王』へとせまる。
無理矢理に魔力を奪われた喪失感と虚脱感に足元も覚束無い『王』に抗える術はない。導かれる結果はただひとつ。

「……『王』たる我を舐めるでないわ塵芥がッッ!!」

だが、その必殺のタイミングを『王』は覆す。既に枯渇寸前とも思えた『王』の内から、魔力の嵐が吹き荒れる。
少女が奪ったのはほんの上澄みでしかない。そんな事を言うように、『王』は真の実力を甘く見るなと咆哮する。
既に纏う魔力は少女に奪われた魔力量を回復するどころではない。『王』自身の100%を超えて漲り滾る。
その魔力の猛りを一手に集め、眼前に魔法陣の盾を展開する。直後、剣と盾が激しく激突して火花を散らす。

「我は『王』ぞッ。このようなところで終わるわけがなかろうがッッ!!」

魔力を奪われた?
死が迫ってくる?

そんなものがどうした。自分は“王”だ。しかもただの王ではない。砕け得ぬ闇を手中にして闇の全てを統べる王なのだ。
故に敗北など在るわけが無い。自分の底力はこんなもので尽きる物では無い!

それを証明するように、『王』はなおそこに立っていた。
勢いでは少女の剣が勝っているはず。それでも自分は負けないと『王』は踏み止まる。結果、ふたつ力は極限の中で拮抗する。

「いえ、終わりです」

だが、拮抗していると言う事は、何か他の力が加われればそのバランスは崩れるという事。
少女は魔法陣の盾を突き破ろうとする剣の柄へ降りるように蹴りを加える。
幼い体躯ではそれほど体重も無く、闇の翼の強化の恩恵も受けない身で生み出せる力はたかがしれている。
だが、そんなほんの僅かなたったそれだけで拮抗は崩れる。『王』の盾は砕かれる。

「ぐがぁぁぁぁぁぁッ!?」

そして阻むモノを打ち砕いた刃は『王』の胸に深々と突き刺さり貫く。そして剣に込められた魔力は爆発するように弾け、閃光が周囲を染め上げる。

「そんな、ばかな……!?」

そして閃光が晴れたそこにあったのは、胸に明らかに致命傷と分かる風穴を開けた、王がその身を崩れ消えさせていくという物だった。
こんなあっさりにも敗北する事が信じられない。だが、それ以上に自分にはやるべき事があるのだからと、敗北を拒むように欠けた部分を補うように闇の欠片が『王』に集う。
それでも傷の方が深い。供給される量を超える欠落に、『王』の体は消えてゆく。

「おのれおのれおのれおのれ……!」

自身の敗北が純然たる事実としてそこにあった。だが、それでもその事実を認めるわけにはいかないと『王』は叫ぶ。

闇の書の奥深くに封じ込められた無限連関機構たる自分たちは永らく不遇の時の中にあった。
だが、先の闇の書事件に防衛プログラムを切り離される際に、ほんの僅かな偶然から自分達を封じていた物に隙間が生まれた。
そうして得た好機を、ふいにしてはならない。

活動のためにただのプログラムでしかなかった自分達に、蒐集データを元にした駆動体を作り出した。
その際に自らの成すべき事に対する意義から、独自の自我を獲得するに至った。
そして今、かつては完成を見る事の出来なかった砕け得ぬ闇を今度こそ形にする機会を得たのだ。
もう少しで最強の力まで手が届く。此処まできて、諦める事が出来ようはずも無いと消え行こうとする自らの不甲斐無い体を押し留めようとする。

「おの──」

だがそんな叫びは、不意に感じた温もりによって途絶えていた。
消え行こうとする体には既に五感は機能していないも同然。だが、この柔らかな温もりは幻などではなく確かに感じている。
怒りと焦燥に駆られていたはずなのに、どうしてこうも安心を抱いているのだと自分自身の心に狼狽の想いを抱きつつも、『王』は温もりの正体に目を向ける。

「大丈夫、焦る必要は無いんです。だから、安心してください」

『王』の視界に映る光景の中で、腰元まで伸びるような柔らかなウェーブを描く金色の長いが夜風に揺れる。

そこにいたのは、崩れようとする『王』の体を壊さないように正面からそっと抱きしめる少女の姿。
そこに敵意も害意もまるで無い。ただ、駄々をこねる子供に優しく諭すように『王』に語り掛ける。

「どういう、事だ……?」

少女は『王』たる彼女の行く手を阻むべく立ち塞がっていた。だというのに、今『王』の目の前にいる少女はどう考えても敵には見えない。
むしろ、こうして落ち着いて向き合っているとどうして先ほどはあんな風に敵として向かい合ってしまったのだろうと思うほどだ。
現状が飲み込めず困惑の極みにあった『王』の口からは、少女の真意が何処にあるのかを訊ねる言葉が紡がれていた。
その姿に、少女は慈愛の笑みを浮かべながら応える。

「今の『王』達は不完全です。そんな状態で誰かに負けて完全に消滅してしまったらそれこそ本当に終わりです。
だから、他の誰かに完全に滅される前に、私がみんなに眠ってもらう事にしたんです。今度眼が覚めた時には、ちゃんと本当の覚醒をしてもらうために」

『王』を含む三基のマテリアルは、独自の自我を持って存在を確立させていた。だがそれは同時に生まれたてであり、酷く不安定な状態にあった。
また、砕け得ぬ闇を復活させるという『意志』はあれど、その心で思い、考える『意思』に関してはまだ不安定で防衛プログラムに引っ張られすぎている部分もあった。

そのような状態で砕け得ぬ闇を復活させようとしても、失敗に終わる可能性のほうが高い。
ならば今に無理に続行するよりも、時間を置いて不安定さを取り除き、各自が『意志』だけでなく『意思』も持つまで待っていた居た方がいい。
そう思ったからこそ、少女は三基のマテリアルを打倒してその活動を停止させてきた。次に目覚めた時にこそ、確実に目的を果たしてくれると信じて。

「貴様は、まさか……」

少女の静かな言葉に、『王』は何か思い至ったのか、目を見開くように少女の事を見つめる。
だが、少女は問いかける声に応えず、ただ微笑む。

「私からのお願いです。本当の「私」を君達の力で自由にして下さい。そして闇の深淵の底で孤独に眠る「私」を、夜から暁へと変わりゆく紫天の空へ連出して」

少女は自由を望んでいた。だが、所詮は闇の欠片に過ぎない自分では本当に自由を勝ち得る事は難しい事は分かっていた。
だから、少女は自分が自由を得る事をマテリアル達に託す。マテリアル達ならば本当の少女を自由にする事が出来る。孤独から救い出す事が出来る。
それが闇の欠片として再生されて身勝手に振舞ってきた少女の目的であり、願い。真摯な想いを込めて少女は『王』の瞳を見つめる。

「……ふん、誰に物を言っている。我は『王』ぞ。貴様に頼まれずとも我は我の成すべき事を成すだけよ」

そして『王』は、そんな少女の願いは懇願されるまでもなく自分の手によって成就されてしかるべき事であると答える。少女のやった事は余計なお世話に過ぎないと。
だが、それでもその言葉には少女の事を突き放すような棘は無く、むしろ、自分の成す事を少女に対して誓いを立てるかのようだった。
既に『王』の体は上半身を残して消えてしまっている。だが、今の『王』には焦りはなく堂々とした不遜な態度でそこにいた。

「ではな、また逢おうぞ」
「はい、おやすみなさい。……大好きなディアーチェ」

──次に会う時は、私の本当の名前を呼んでください──

そして少女のその最後の言葉が届くより先に『王』を司るマテリアルは消えた。残ったのは少女だけ。
だが、『王』を含むマテリアルは活動を停止しただけで、消滅したわけではない。今は次の本当の目覚めに備えて眠っているだけだ。

「ふう、これで私に出来る事は終わりました。闇の欠片の発生源であったみんなも眠ったから、この私もあとは消えるだけ、ですね」

これにより、今の少女が『自由』を得るために出来る事はすべて終わった。マテリアルもいない以上、留まる事も出来ない。
あとは、まるで一夜の夢幻だったかのように消えるばかりの身だ。

「……ただ、ちょっと時間があまっちゃったみたいですね。さて、どうしましょう?」

それでも、まだ夜明けというタイムリミットまで猶予はまだあった。
確かにやるべき事は終わった。だが、だからといって漫然と消える時を待っているだけというのもなんだか面白くない。

「……うん、どうせ消えるなら、最後に一花咲かせちゃいましょう!」

ならば、自分がここに居た証を立てるのも悪くはないと少女は思い至った。
発生源であるマテリアルは居なくなったり以降の発生はなくても、既に発生した闇の欠片はすぐに消えるわけでも無く、まだ相応の数が残っている。
それらを寄せ集めれば、夜明けの時ギリギリまで暴れまわるぐらいの力は確保できると思う。

「それに、残っている闇の欠片は全部私が引き受ければ、眠りに就いたみんなから目を逸らさせる事も出来るかもしれないですし、これは名案かもしれません」

今の少女は闇の欠片によって再現されたものであり、本物が見た夢のようなもの。
なら、夢の中でも奥底に折り重ねるようにしてしまっていたストレスを発散するという考えもアリだ。
考えれば考えるほど名案であると少女は思い、早速実行するべく、闇の欠片を集め行く。

少女はマテリアルと違って発生源ではないが、“砕け得ぬ闇”に関わりあるものとして他の欠片よりも優位性を持っている。
やって出来ないことは無い。やって、思いっ切り愉しもうと思う。

「さあ、最後の最後の大暴れです!」















あとがき

闇統べる王、安定のラスボス率の低さ。
というわけで次回が最終回(予定)です。



[18519] エクストラシナリオ-最終話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/06/23 22:12

発生源であるマテリアル達の全てが眠りについた今、此度の事件は終息に向かうのみである。それは揺ぎ無い事実。
今はまだ残存する闇の欠片達も、なんらかの形をもってこの夜の内に消え行く事だろう。そして訪れるのは、なんて事は無い平穏な日常の到来を告げる暁の光。

だが、今はまだそのときでは無い。遅からずそのときは間違いなく訪れるが、世界はまだ夜の帳の中にある。
闇の欠片は過去の記憶を再現された存在。そこに意志はあれども意思は無く、負の感情に突き動かされているが、それが本当に闇の欠片自身の思考を経ての物では無い。
それでも防衛プログラムの断片であるそれらは本能的に求めている。あまねく全てを闇へと還すという事を。

闇の欠片達は戦いを望む。消えるだけの身と分かってなお戦いに臨む。

ただ、既に発生源であるマテリアル達がいない以上、断片の断片に過ぎない存在では望みをかなえるにしても限界が目に見えていた。
故に闇の欠片達は、最期に少女の望みに応えていた。何の縛りも無く、思うままに全力で力を振るってみたいという欲求に自分達の想いを託すように……。

「魔力素吸収により魔力増大。充填率8%、8,1%、8,3%……」

闇の陰影が揺らめく結界により隔絶した世界の中で、柔らかなウェーブを描く金色の髪を靡かせた少女の周囲に、闇の欠片による魔力が暗く渦巻く。
負の感情と記憶を根幹とし、怨嗟の呪詛を叫ぶように蠢くそれは見るものに畏怖と嫌悪を抱かせるだろう力を、少女は嫌がる素振りも見せずに受け入れる。

今ここに在る闇の欠片である少女の元となった存在は、その中核にほぼ無尽蔵に魔力を生み出すロストロギアを内包していた。
だが、所詮は複製に過ぎない記憶の再現体である少女の中にそのロストロギアを持っておらず、出力の低下が著しい身であった。
その不足分を補おうとするように、貪欲なまでに闇の欠片を自らの内に取り込んでいく。それに伴い、少女の身に魔力が満ちてゆく。

「魔力不足によるエラーを修正、白兵戦プログラムの出力を上昇します」

元は白をメインとしていた少女の衣服の色彩は血と闇色によって赤く、黒く染まっていく。幼い体躯を縛り上げるような赤い紋様が体の上に浮かび上がる。
完全な戦闘モードに移行しゆく少女の心に湧き立つは、溢れ出さんばかりの力からくる全能感による高揚。
何者にも憚る事無く存分に力を振るうその時を、今か今かと心待ちにしていた。

「展開する結界に侵入者を感知。魔力素吸収作業を一時中断して走査を開始します。
……魔力反応は2つ。両方ともAAAランク相当と推定。さらに武装の展開を確認。敵対の意思ありと判断、対象を敵性存在と識別します」

そしてその時は訪れる。展開していた結界抜けて現れた気配に、少女は昂ぶり逸る気持ちを抑えるように静かに閉じていた瞳を開ける。
普段の金色から澱が重なっているような深い緑へと色彩に染まる瞳で、真っ直ぐに来訪者の事を見つめていた。

ひとりは純白の衣装に身を包み、足元に桜色の光の翼を輝かせた少女。
もうひとりは漆黒のマントを風に翻す金髪紅眼の少女。

外観年齢は闇の欠片たる少女より少し上の9歳頃といった二者は、その場から動かずに少女の動向を窺っている。
その姿からは、少女が纏う桁違いの魔力量と放たれる禍々しいまでの気配に恐怖を抱き、慄いている雰囲気が見て取れた。
だがその反応は人として正しい物だ。それだけ今の少女は規格を越えつつある存在であり、それを見て何も思わないのであればそれは人として壊れている。
更に言えば、実力はあるといっても、ふたりとも子供に違いない。恐れる事も仕方が無いといえるだろう。

「こんばんは。私は時空管理局嘱託魔導師、高町なのはって言います」
「同じく時空管理局嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ。……少しお話できるかな?」

だというのに、ふたりともその場から一歩も引かず、それどころか微笑みさえ浮かべて名乗りを上げて見せていた。
相変わらずその瞳には恐怖の感情が映っている。それでも何故そんな態度で少女に臨む事が出来るのか?

「なのはにフェイト……。君達は、私の事が怖くないんですか?」

少女はそんな抱いた率直な疑問を、ふたりにそのまま投げかける。
闇の欠片の集合体である自分が、闇への帰属を望み、世に破壊と混沌の安寧を齎す存在であると知っているだろうにと。
なのはとフェイトは、少女の反応に問答無用で会戦にならなかった事に対する安堵と、話が通じる相手だと嬉しく思う。
そして互いに頷きあうと、少女に優しく微笑みかけながら疑問に対して真摯に答える。

「うん、正直に言えば怖いと思う部分はあるよ。けど、怖いとか嫌だとか言って相手の事を否定はしたくない。ちゃんと話し合って……、まずはそれからだと思うの」

「ここに来るまで、闇の欠片に再現された色んな人の悲しい気持ちや辛い気持ちをわたし達は見てきた。誰もが心の内に人には言えないような想いを持っていたよ。
けど、本当のみんなはそれでもちゃんと前を向いて生きている。人は弱さを抱えていて、それでも強く生きる事が出来るんだって改めて教えてもらった気がする。
だから、わたしも立ち向かって行ける。君がどんな事を思って、考えているのかを教えて欲しいって想いを伝える事ができるんだよ」

なのはとフェイト、ふたりは此処に至るまでに出逢った闇の欠片達に、戦いを通じて行き場の無かった想いをぶつけられてきた。
だが、それでもなのは達の心は折れる事が無かった。むしろ逆に、安らかに眠る事が出来ないでいる記憶達の事を救いたいと思ったのだった。

ふたりの心にあったのは、勇気と優しさ。誰かを傷つけるための力ではない。誰かを守りたいと願う力、自分の意志を貫き通す力。
故に闇の欠片を一方的な悪と断じる事無くその記憶に救いを齎すために戦い、独り佇む少女に自分達に出来る事はないのかと思ったのだった。

その揺ぎ無い在り様を示す姿に、少女は思う。そんな人たちだったからこそ、夜天の書を永遠の鎖から解き放つ事が出来たのだろうと

「……君達は凄く優しい人達なんですね。けど、力なき勇気が無謀に過ぎないのと同じように、優しいだけでは私は止まりませんよ?」

だが、既に目的を果たしている少女にしてみれば、優しい言葉に心が温まりはしても、なんら後に繋がる物は無い。
少女の周囲に渦巻く魔力が一挙に膨らんで、なのは達の言葉を否定するように嵐の如く吹き荒れる。
言葉で想いを伝えたいとするなのは達が戸惑う姿に、少女は言葉を重ねる。

「私は闇の欠片であって、望みは持てる全てを出し切れるような魔導の競い合いです。遠慮は要りません。全力で掛かってきてください……!」

最後の最後の大暴れを望む少女にしてみれば、いくら優しい言葉をかけてもらっても望みが果されることは無い。
自分の事を思うなら、優しさではなく力を示せと意思の篭る少女の瞳は告げていた。

「……うん、分かったよ。けど、それでも私達は君を倒すために戦うんじゃないよ」

なのはは相棒であるインテリジェンスデバイスである魔導師の杖『レイジングハート』よりカートリッジを排出、自身に魔力のブーストをかける。

「わたし達は君の事を知りたいんだ。だから君が全力でぶつかってくるっていうなら、わたし達も全力で応えるよ……!」

そしてフェイトもまた同様に自身のデバイスであるバルディッシュからカートリッジを排出する。
迷いは無い真っ直ぐな瞳でなのはとフェイトは少女と真っ向から向かい合う。そんなふたりの意気に少女は嬉しく思う。
このふたりこそ、自分が全力で戦うに相応しい存在だと感じるから。

湧き上がる破壊の衝動を解き放ち、猛る魔導で世界を焼き尽くそう。
悲しみや嘆きを力に変えて、闇の混沌を呼び覚まそう。
謳おう。闇の欠片の最後の灯火を激しく燃え上がらせて。

確かに闇の欠片は消える運命にある。なればこそ、ただ消えるなどつまらない。最期は盛大な宴を開こう。

「白兵戦プログラム、起動。出力21%にて『魄翼』を展開」

少女の呼びかけに応え、闇の翼は勇壮な姿を知らしめるように雄々しく広げられる。その闇の翼は取り込んだ闇の欠片の量に比例するように強壮さを増している。
なのは達は知らないが、少女が目覚めたばかりに戦ったクロノのときと比べて単純に10倍以上の力を内包している。
その時ですらSランクオーバーとクロノから評価されていたというのに、今の状態にあってはどれ程の力を行使出来るのか。
それは少女にも分からない。なればこそ実際に振るって確かめてみるのもまた一興。

「さあ──」

少女がゆっくりとした動作で手を頭上に掲げる動きに追従するように、黒く、深い闇色の奥で魔力が際限なく高まっていく。
翼の中で渦巻く禍々しいまでの魔力の波動を肌で感じて、なのはとフェイトは何が来ても対処が出来るように集中力を極限まで高めていく。

そんな、逃げも隠れもせずに真っ向から挑もうとするふたりの姿に、やはりこのふたりなら自分の全力を出す相手に相応しいと、少女の口元に笑みが浮かぶ。
光の中に在る者を憎み、撃ち滅ぼそうとする闇の欠片を多く取り込んだために、その感情に引っ張られている自覚はある。
だが、その酩酊感もまた心地良いと、少女は初めて『戦うための戦い』を始める。

「──行きますよ……ッ!!」

宣言と共に一際大きく羽ばたかせた翼より、闇色の小さな球体が高速で撃ち出される。それは、魔力を固めて飛ばすといういたってシンプルな直射型魔力弾。
弾速は早いとは言え、軌道は一直線。真正面から撃たれてもある程度距離があるこの場では対処も容易いというものだ。

だがそれは、撃ち出される魔力弾の数が少なければの話。数の暴力は優れた個をいともあっさりと蹂躙する。
闇の翼の内にある無数の羽がそのまま弾丸となっているようなものであり、あの闇の中にどれほどの数の羽があるのかなど分からない。
そんなものが、かくや流星群の煌きとなって次々と絶え間なく高速でなのはとフェイトの元へ飛来する。

防御力に優れるなのはにしても到底受け切れる類の物では無く、文字通り断続的に放たれるそれに反撃のための魔力のチャージ時間を稼ぐ事もままならない。
必然的になのは達が取れる手段は回避のみ。固まって居れば格好の的と、なのはとフェイトは魔力弾に道を譲るように左右に大きく飛ぶ。
ターゲットが二手に分かれた事で、先にどちらに狙いをつけるべきかを少女は考えようとする。

「まだまだ……!」

だが、そんな事に悩む必要は無いとその思考をすぐさま放棄する。圧倒的なスペックを持つ少女に小細工は必要ない。やるべきは真正面から全力で蹂躙するのみだ。
二手に分かれたからそれがどうしたといわんばかりに、一対二枚の翼を左右に展開させて、ふたりへと同時になおも追い縋るように無数の魔力弾を浴びせるように撃ち放つ。

ただ、分散された事でひとり当たりに来る魔力弾の数もまた半減している。それでも脅威である事には違いないが、まだこれなら行ける。
そう判断したフェイトは、手にした長柄の斧型のデバイス『バルディッシュ』の刃の角度を変えて圧縮魔力刃を展開、鎌形態へと移行する。
そして、少女の姿を視界に収めたまま体を大きく捻るように振りかぶる!

「ハーケンセイバーッ!」

ねじられた事によって溜め込まれた力を開放するように、捻った体の反動を使ってデバイスの先に展開した光刃を射出する。
ブーメランのように飛翔するそれは、圧縮魔力刃と通常の魔力弾という性質の差も相まって、押し迫る魔力弾の尽くを両断、切り裂いて突き進んでいく。
さしもの数の暴力でも、半減したそれでは金色の旋回する刃を阻みきれずに、少女の元へ到達する事を許してしまう。
硬く鋭く研ぎ澄まされた刃は敵対者を斬るという己の役割を全うするべく少女へと襲い掛かる。

「ふ……ッ」

だが、直撃すればただではすまないであろう一撃を、少女は短い呼気と共に闇の翼を変化させた異形の腕、その掌で事も無げに受け止めてみせる。
更に少女が掌握するような動きをしたなら、その動きに連動して異形の腕もまた抵抗の一切を許さないままに金色の刃を握り潰す。
舞い散る金色の圧縮された魔力の残滓の中に佇む少女には魔力を削られた様子も無い。ダメージは皆無といっていいほどだった。

「ディバイン──」

ただ、フェイトの攻撃を受け止めるために異形の腕を展開したために、魔力弾の射出を中断していた。それは紛れも無い好機。
構えるのはなのは。既に砲撃形態となったデバイスには円環状の魔法陣が取り巻いて、先端には眩く輝く桜色の光球がチャージされている。
フェイトなら砲撃のための時間を作ってくれると信じて回避の中で魔力のリソースを砲撃に割いていたが故に、この僅かなときの中でチャージを完了していた。
狙うは少女。光球の輝きが一気に膨れ上がる!

「──バスターッ!!

そして放たれる桜色の奔流。撃ち抜いてみせると、なのはの主砲である一撃必倒の魔法、直射砲撃ディバインバスターが空を突き抜ける。
タイミングは完璧で捉えている。フェイトの攻撃を防いでいたために足を止めている少女に回避は間に合わない。
少女が受け止めるべく前に手を掲げた直後、膨大な魔力の込められた砲撃魔法が闇色の障壁に激突する。

防御されてしまったが、それはそれで構わないとなのはは手を緩めない。
莫大な魔力を直接相手に叩きつけるというシンプルな攻撃の分、命中時の威力は絶大。
強力なバリア貫通作用のあるそれは、防御されてもその上から相手の魔力を根こそぎ奪い去る事が可能なのだ。
このまま撃ち抜いて無理矢理に押し切るか、あるいは更に此処から次の戦略に切り替えるなどという選択肢をなのはは持っている。

(なに、これ?)

だが、なのはの胸中に疑問が走る。確かに手ごたえがあるというのに、なんともいえないような違和感がそこにはあった。
一体何故、そう思って気付く。少女はなのはの砲を真正面から受けてなお、押し込まれる事なくその場に踏みとどまっている事に。
いや、踏みとどまっているだけではない。桜色の奔流を受け止めながら少女は闇の翼を羽ばたかせる。

「やぁぁぁっ!!」

そしてこともあろうか、桜色の光の中に飛び込むように飛翔したのだ。
莫大な魔力の流れの中にあって、少女は止まらない。桜色の光を切り裂いて少女は飛翔する。

「そんなっ!?」

その光景に、ありえないと驚きの声を上げたのはフェイトだった。
瞬間最大出力に秀でたなのはの魔法は卑怯なまでにバリア貫通作用の強く、防御の上からでも削るなんて生易しいレベルではない勢いで魔力消費を強いるのだ。
かつて実際になのはの砲を、身を以って体験した事のあるフェイトはなのは以上にその威力を理解していたが故の驚きだった。

「レイジングハートッ!」
《Round Shield》

だが、なのはにしてみればそんな驚くなどという事をしている余裕など何処にも無い。咄嗟に魔法陣の盾を展開して身構える。
万全とは程遠い体勢ではあるが、それでもこのタイミングでは引く事は出来ない。ここはあえて受けて逸らすべきであると、来るべき衝撃に対して空中でしっかりと踏ん張る。

たが少女はそんな守りなど意に介しもしない。翔け抜ける勢いのままにに突撃したならばそれだけでなのはの展開した盾を打ち砕く。
盾を間に挟んだ事受け切るつもりは無かったために少女の進行上から軸をずらすように構えていたために直撃こそしなかったものの、いとも容易く弾き飛ばされる。
錐揉みするように吹き飛ばされるその姿は、身に纏うバリアジャケットにも破損がある事から少なくないダメージを負ったのは明らかだ。

「はぁぁぁッ!!」

ただ、フェイトはそんななのはに心配から駆け寄るような真似はしなかった。いや、出来なかったというのが正しいか。
心情としては今すぐ駆け寄りたかったが、むしろ此処はなのはに追撃をされる方が不味。一気に近づいて振りかぶったデバイスには圧縮魔力刃が展開されている。
なのはには一切の手出しなんかさせないといわんばかりの気迫と共に、金色の刃が全力で振り下ろされる。

直後、金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響き渡る。その結果にフェイトの顔には驚愕が浮かび、少女は何て事は無いと涼しい顔をしていた。
フェイトの圧縮魔力刃はなのはの砲撃魔法と系統こそ違う物の、優れたバリア貫通能力を持っている事が共通している。
だというのに、フェイトの渾身の一撃は少女に防がれていた。しかもそれは、少女自身は特別何もしていない。ただそこに立っているだけ。
単純に、常に展開していた障壁だけで防がれていた。
いくら押し込もうとしてもびくともしない。そんな障壁に守られる中で、少女は腕を振りかぶるなら、その動きをトレースして異形の腕も振りかぶられる。

直後、空を抉るような一撃が振るわれた。目の前迫るそれは、フェイトの圧縮魔力刃もいとも容易く破壊する事はすでに証明済み。
元々防御の出力の低い方であるフェイトでは直撃は勿論、下手な当たり方をしただけでも一撃で墜とされてしまう。

「ふ……!」

攻撃動作中にあったフェイトは、この窮地に立って、逆に踏み込む。
自身ではなく打ち立てた刃を軸とするように打ち込む力の角度を変え、障壁の上を滑るようにして少女の脇をすり抜ける。
触れ合う箇所からは障壁ではなく刃の方が削られて金色の魔力を火花のように散るも、少女の攻撃範囲から一気に離脱する。
直後、追撃にと薙ぎ払うように振るわれた腕が一瞬前まで自分が居た場所を通過して、フェイトはどっと冷や汗が噴出すのを感じる。

「来るよっ、フェイトちゃん!!」

だが、まだまだ安堵するには早い。フェイトのおかげで少女からの追撃をまぬがれたなのはが、注意を促すように声を上げる。
背中越しに魔力の胎動を感じたフェイトはなおも更に加速して飛翔する。そして自分のいたところに無数の魔力弾が通過していく。
なのはの方もまた、無尽蔵に撃ち出される魔力弾に回避行動を取っているところだった。

最初の焼き直しのような光景の中で、なのはとフェイトは考えていた。

少女の動き自体はそれほど速くないし、魔力を扱う技量にしてもあまり上手とはいえない。だが、膨大な魔力を背景とした力技は技術を必要としていない。
そもそも『技』とは力の差を埋めるための工夫として生み出されたものだ。それは逆説的に、既に圧倒的な力を持つ少女には技術は不要であると示していた。
手加減のために制御するのであればまた話は別だが、何にも憚る事無く力の行使をするには何ら問題は無い。むしろ下手な技術など全力を出す足かせにしかならない。
そうやって繰り出される力というシンプルなまでの暴力に、なのはとフェイトは追いやられている。

だがそれ以上に、少女が取り巻く防御結界が問題だった。
なのはの砲撃もフェイトの斬撃も、ほぼ直撃したはずなのに少女に全くダメージを与える事が出来ないでいた。
多少は魔力を削れているのかも知れないが、それはふたりの攻防における魔力消費の割に合わない。
仮に少女の攻撃を掻い潜り続ける事が出来たとしても、ダメージを与えられない以上は倒す事は出来ない。
そしてそんな絶対的な防御力を持つために、少女は身を守る事に気を割く事無く攻撃に意識を集中させる事が出来る。
常に攻防の両方に意識を割かなければならないふたりよりも、より相手を打倒する事に対してアドバンテージを握っていたのだ。

少女を倒すには、まずあの結界を何とかしなければならない。だが、そのための手段は何があるか。
自分達の中にある手札で、対抗出来る手段は何がないかと模索する中で、フェイトの中で閃きのようにひとつの可能性に思い至っていた。

『フェイトちゃん、“アレ”をやろう!』

そしてまるでタイミングを計ったかのように、なのはから念話が届く。
具体的な内容がなくとも、同じ事を考えていたのだ。言いたい事はそれだけでも十分に分かった。

『でも、“アレ”は思いつきで考えた事だし、いきなり実戦でやるのは無茶があるよ!』

だが、賛同出来るかどうかはまた別の話だった。
一週間前、なのはとフェイトは今の少女と同等の耐久力を持つ存在と戦った事があったが、その時も時間稼ぎが精いっぱいで倒す事は出来なかった。
その反省の中でどうやれば倒せるかと、実際に出来るかどうかは別として議論を重ねていた。今思いついたのもその時に上がった案のひとつだった。

確かに理屈で言えば、あの案を実行出来ればこの状況を打開するための切り札になりうる。
だが、考え付いているとはいえ、僅か一週間前からようやく落ち着いてきたところなのだ。まだ理論も纏まりきっていない。
今考え付いた物はそんな類いのものなのだ。ぶっつけ本番というレベルですらない。

『大丈夫!』

それでもなのはのその一言に、フェイトの心配はなくなるのを感じていた。根拠なんてないのに、その言葉は信じられると自然に思っていた。
そう、理論がまだ完成していないなら、今から完成させればいい。ぶっつけ本番なんて、むしろ上等とさえ思える。
なのはとフェイト、交錯する視線の中にあるのは互いに対するゆるぎない信頼。
やってみなければ分からない、ではない。やり遂げてみせると意気を上げる。

「行くよっ、フェイトちゃん!!」
「うん、なのはっ!!

念話ではなく言葉に乗せて呼びかければ、響くように言葉が返ってくる。
その事に嬉しさと心強さを感じ、なのはは飛翔する足を止める。そのまま高速で魔法陣を展開する。

「ディバインバスター!」

抜き打ちで放つ砲撃魔法が少女の魔力弾を飲み込んでいく。
目の前いっぱいに広がる桜色に対し、少女は動じない。既にこの攻撃が通用しないのは証明済み。
再び切り裂いて飛んでみせると、少女は手を目の前に掲げる。

だが、その手が触れた瞬間、砲撃の魔力は少女の事を押し込もうという力が働くより先に炸裂、大爆発を引き起こす。
防御結界に守られる少女にダメージは無い。だが、爆発によって少女の周囲には桜色の魔力光の入り混じる霧が発生して視界が奪われる。

「これは、めくらまし……!」

なのはの砲撃魔法が攻撃のためのものでは無かったのだと少女はすぐに看破する。
だが、このタイミングでめくらましであるというのであれば、次に繋がる物があるはずだと、周囲を見渡して警戒する。

──その背後に、金色を携えた影が立つ。

「ッ!?」

フェイトは普段のバリアジャケットにある漆黒のマントなどをパージし、元から薄かった装甲を更に薄くする事で身軽さを上げる。
そして手足に機動を補助するための魔力によって編まれた金色の羽を生やして大型剣形態としたデバイスを携えて、今まさに振りぬこうと身構えている。

防御を捨てた高機動モードのソニックフォーム。そのスピードに物を言わせて瞬間移動の如き速度で少女へと肉薄していた。
その速さに少女は驚き目を見開きながら、それでも迎え撃とうと拳を握りしめて振り返──

「スラッシュレイブッ。はぁっ!!」

──ようとするのに先んじて、展開する障壁に衝撃が走る。それでも少女は振り返って見せるが、既にフェイトの姿何処にも無い。
ならば一体何処にと思う間に再び衝撃が走り、奔り、疾る!

フェイトのやっている事は単純明快。速く切りつける。ただそれだけ。だが、少女には全くフェイトの事が追いきれない。
ひとつの音が連続して甲高い音が響き続ける。傍目に見てようやく金色の閃光が舞う姿を知る事が出来る中、実際に対峙する少女では全く把握する事が出来ない。
影さえも拝む事は出来ない。ただ、金色の残光によって相手がそこに居たという余韻を知るだけ。

(でも、こんなの何時までも続くわけがない!)

だが、人の身でこの速度を維持し続けるなど不可能だ。きっとフェイトは文字通り呼吸をする暇もなく連撃を繰り出しているはずだ。
人である以上、呼吸をしないで済むなどという事は無い。いずれ息切れを起こす。その時はほんの僅かでもこの速度は鈍る。
そこを狙えば、あるいは追いつける。そもそも、障壁を何度も打ち付けられて削られているが、このくらいならまだ平気であり、慌てる必要は無い。

そうして少女は驚きにざわめく心を落ち着かせて、何時でも攻撃を繰り出せるように身構える。
時間が何処までも引き延ばされるような感覚の中で、数え切れない程の連撃が繰り出されてくる。
だが、防御結界はまだ少女までダメージを通さない。来るべき時を少女は一秒、二秒とフェイトが限界を迎えるその時までを数えていく。
そうしている内に、砲撃魔法によって発生していた霧が晴れていく。

「これは……!?」

そこには無数の光球が浮かんでいた。宇宙の闇に浮かぶ星々のようにあるそれは桜色。
なのはが誘導弾で同時操作出来る数は最大で12個まで。それにしても足を止めて操作に専念してという条件が付く。
実戦の中で使うとしたらどんなに頑張っても9個が限界だ。

だが、今浮かんでいる数はそんな数には収まらない。数えるのも億劫になるほどだ。
当然、なのはにこれらを操り切る事など到底不可能。だが、特定の条件を履行するだけの簡単なプログラムを組み込めば不可能と可能はひっくり返る。

「アクセルシューター、シュート・エンドーッ!!」

フェイトの呼吸の限界を迎えるその瞬間、なのはの声が高らかと響く。
攻撃性のないポインターが光点となって少女の事を指し示すと、その一点に殺到するように光球達は少女に向かう。
ひとつひとつの威力も元々高かった上に連鎖的に爆発する事により威力が跳ね上がる。それが、全方位から隙間なく打ち込まれてはさすがの少女も動けない。
魔力弾は全弾の全てが命中、大爆発が引き起こされる。再び少女の姿は煙の向こうに覆い隠される。

だが、なのはもフェイトもこれで終わるなどと思っていない。事実、闇の翼が広げられた衝撃によって霧が吹き飛ばされる。
相変わらず無傷なままの少女がそこに居た。だからこそ、ここまでやってきたのだ。

「これは……っ!?」

視界を遮った物を振り払った少女の瞳に映ったのは、桜色と金色の輝きを放つ魔法陣の帯が自分の周囲を巡る光景だった。
二色の魔力光を放つそれは複雑に絡み合うように干渉ししあい、やがて少女の事を取り囲むような、巨大な球状の魔法陣を展開される。

「フィールド形成ッ、発動準備完了ッ!!」

見れば、なのはとフェイトは並んで魔法陣を足元に展開している。その表情は多大な魔力消費に疲労の色が見えるが、それ以上に充実する気力に満ちている。
今より繰り出されるモノこそ本命にして必倒の策であるのは明白だった。

「N&F中距離殲滅コンビネーション、ブラストカラミティッ!」

ふたりの高らかに上げられる声に、これまでの全てはこの一撃のための時間稼ぎであったと少女は知る。
だが、この時さえ稼げれば構わないと余力を残す事無く死力を尽くすような勢いで繰り広げられた攻撃に、少女は足を止めざるを得なかった。
今も分かっていて、動けない。ふたりの気迫に押されて必要なかったはずの守衛に傾倒していたために、咄嗟に攻撃に移れない。

「全力全開ッ!」

そんな少女を尻目に、なのはが携えるはレイジングハートのフルドライブモードであるエクセリオンモード。
使い切った弾倉(マガジン)を新しく換装し、即座に込められたカートリッジ6発全てを使用、薬莢が連続で排出されると共に桜色の輝きは眩いまでに増してゆく。

「疾風迅雷ッ!」

フェイトもまた同様にフルドライブモードの大型剣であるザンバーフォームからカートリッジを使用。
鮮烈な輝きを持って、強い眼差しで真っ直ぐに少女の事を見つめる。

「ブラストォ──」

ふたりの持つデバイス達もまた、誰よりも自分の事を上手く扱い、性能を引き出してくれる主の信頼に応えたいと鋼の機体の奥でのその意思を燃え上がらせる。
限界ギリギリまでの魔力行使をサポートするべく、自律思考末端として人では成しえない情報処理能力を駆使して術式を制御、展開させていく。
未完成だったはずの魔法は今、確かに此処にゆるぎない姿として存在していた。それは奇跡などではない。ふたりの魔導師と二機のデバイス、四人が力を合わせたが故の必然。

その意思は今ひとつとなって、撃ち抜くべく最後のトリガーを高らかに引く!

「「──シュゥゥートッッ!!」」

極大なまでに膨れ上がる桜色と金色の輝きは互いを損なう事無く、干渉しあう事でお互いを増幅しあう。
少女の周囲に展開された檻の如き魔法陣は威力増幅、バリア貫通に加え障壁発生阻害の効果も付属された豪華仕様。
なのはとフェイトの正真正銘の全力が、少女をその周囲の空間ごと圧迫する。

「あぐ、ぅ……ッ!?」

少女の顔に、ここまでの戦いの中で初めて苦悶が浮かぶ。ダメージが通っている事に確かな手ごたえを感じて、ふたりはこのまま押し切ると気力を充実させる。
それに応えるように、二色の輝きはより一層に膨れ上がる。

「う、ぁ、ぁ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

だが、少女を中心として闇の嵐が吹き荒れる。負けはしないと叫ぶ少女に呼応するように、少女が展開した精神世界である結界の内もまた燃え上がる。
爆発的に広がるそれは桜色と金色の輝きすらも押し返そうという勢いだ。
ふたつの力の鬩ぎ合いに、なのはとフェイトの展開した魔法陣が耐え切れずに崩壊、そのまま空間殲滅魔法もまた瓦解、吹き飛ばされる。

「そんなっ、あの状態から持ち直した!?」

余波に吹き飛ばされないように空中で踏ん張りながら、なのはとフェイトは起こった事に驚き目を見開く。
単純な魔力の開放だけで全てを吹き飛ばしてしまった少女の規格外っぷりに、改めて脅威を抱く。
だが、今の攻防により、これまで絶対の防御を誇っていた少女の防御結界の機能も停止していた。格段に防御力は下がっている。

ただ、同時にブラストカラミティに全力を注いだために、なのはもフェイトも残存魔力は心許ない。そのつもりはないのに肩で息をしてしまう。
少女もまた自分も相当な魔力を消耗したが、ふたりもまたそれと同等か以上に消耗している。
状況はお互いにギリギリ。両方とも後一押しで相手を打倒できる。勝利と敗北はまさに紙一重で一瞬の油断が命取りになる。

「……ふふっ」

そんな状況にあって、少女の口元には笑みが浮かんでいた。
危機感以上に楽しさを覚えたのは不謹慎か。そんな事は無い。誰も相手が憎くて戦っていたわけではない。本気をぶつけ合っていただけだ。
故に、この痛みもまた心地良いものであるかのように笑みを浮かべ、そして最後に勝つからこそ楽しいのだとテンションが突き抜けるように高くなる。

その姿になのはとフェイトは一瞬虚を突かれるが、少女の気持ちは十分に理解が出来た。故に、ふたりもまた笑みを浮かべる。勝つのは自分達であると示すように。

後はもう、言葉は必要ない。全力を出し尽くすのみ。

桜色の奔流が突き抜ける。
金色の閃光が駆け巡る。
闇の翼が変幻自在に形を変える。

各々の持てる全てを此処に出そうと、戦いが繰り広げられる。
戦況は一進一退。余力は無いが、小細工を弄する気など誰にもない。ただ勝利という一念の身を胸に抱いて魔導を振るう。
燃える世界の中で、三人は死力を尽くし合う。

そんな中で、なのはとフェイトが肩を並べる立ち位置についた。それは狙ってやった物ではなく、戦いの流れの中で偶然に辿り着いた場所だった。
だが、まるでこうなる事を始めから知っていたかのように、ふたりの足元に魔法陣が同時にセットされる。

円環状の魔法陣が取り巻く砲撃形態となったデバイスを構えるなのは。
指し示す先に砲門となる魔法陣を展開するフェイト。

格好はズタボロで、だが勝つ気に満ちた瞳で少女の事を見るふたりの中で魔力が膨れ上がる!

「ディバインバスターッ!」
「サンダースマッシャーッ!」


繰り出す砲撃魔法が二条の閃光となって少女へ襲い掛かる。防御結界を失った少女の身ではあの流れを切り裂いて突撃など出来ない。
絶体絶命の危機にあって、少女はまだ終わらないと迫り来るそれを睨みつける。

「セイバーッ!!」

少女には魔力チャージの時間などまるでなかったはず。だというのに迸る闇の炎のような閃光が二条の閃光を前にして拮抗する。
そして互いの魔力が反応しあう事でこれまでの戦いの中でも最大規模大爆発を引き起こす。
魔力が底を尽きそうななのはとフェイトは吹き荒れる砲撃の余波に踏みとどまりきれず、思わず空中でたたらを踏む。

「やぁぁぁッ!!」

そんなふたりの前に少女が躍り出る。
少女の方もまた内情は似たような物ではあったが、歯を食いしばってなおも残る爆発の余韻の中を最短距離を突き進んでいたのだった。
もう逃しはしないと左右に拡げられた異形の腕が、ふたりへと襲い掛かる。もう防御も回避も間に合わない。
なのはとフェイトはなすすべも無い事態に、悪手と分かっていても思わず目を強く瞑ってしまう。

「……?」

だが、いくら待っても来ると思っていた衝撃は来ない。
どうしたのだろうかと、おそるおそる目を開ける。

「ああ、もうちょっとだったのに……。残念です」

そこには、自分達のすぐ眼前まで迫ってきたところでぴたりと動きを止めていた異形の腕が、ぼろぼろと形を崩していく光景だった。
予想外の光景に驚きを顕わにするふたりに対し、少女は気の抜けたような笑みを浮かべていた。

「楽しい時間をありがとうございました。これで、本当に気兼ねなく消える事が出来ます」

最後の一滴まで魔力を使い果たした少女には、自身の体を維持するだけの力も残っていなかった。
末端である指先から消えていく。だが、あくまで少女は穏やかな顔をしていた。


「……そっか。わたし達で役に立てたなら嬉しいよ」
「君も、すごく強かったよ」

消えゆく少女の姿に寂寥感を覚えるが、自分達に引き止める事は出来ない。
故になのはとフェイトは、ならば自分も笑って見送ろうと、言葉を贈る。

やるべき事を全てやり遂げ、その上、こんなにも優しい人たちに看取られる自分は幸せ者だと、少女の心の内は満ちていた。
もう、体の半分以上が消えている。そんな中、朝日が昇ってくる。世界が闇から暁へと変わっていく。
闇でも光でも無い。空が鮮やかな紫に染まる景色に、少女は未来に想いを馳せる。

この地には優しい人達がいる。マテリアルのみんなも居る。だから、本当の自分はきっと救われるだろうと。

最後に少女は、何を言うでも無く穏やかに瞳を閉じ、眠るように消えていった。

……これが、後に闇の欠片事件と呼ばれる事件の顚末。
消えた少女の想いは未来に託された。それが、闇の深遠で眠るひとりの少女を救う事になるのは、また別の話。
ただ今は、一夜を駆け抜けた少女が居た事を、此処に記そう。







エクストラシナリオ END









あとがき
イメージBGMはもちろん『Silent Bible(アレンジ)』→『ROMAMCERS’NEO(アレンジ)』です。
ラストバトルのあの流れは本当にカッコイイよ。

そんなわけでエクストラシナリオはこれにて終了。ラスボス仕様含め、ユーリの魔法を全部使えたと思うので満足です。
また、読んでくださった皆さんが楽しんでもらえたなら幸いです。

なお、今回は後日談や番外編はありませんのであしからず。
それでも「ユーリのほのぼの話が見たい!」という方にはこちら、

つ『砕け得ぬ闇×オレ主のきっと平凡な日常』

と、ユーリにハートブレイクマトリクスされた勢いのままに書いた物がとらハ板に埋まってますので、どうぞです。










読まなくてもいい余談
マンガ版に名前だけ出ていたなのはとフェイトのコンビネーション魔法であるブラストカラミティ。一体何ものなんだ……?
とりあえずイメージとしては、色んなフルドライブバーストの一部を流用です。

リーゼっぽく砲撃魔法をわざとガードさせる。あと声の掛け合い。
キリエっぽく大型剣で何度も斬りつける。
アミタっぽく沢山の魔力弾を一斉にぶつけて大爆発。
ユーノっぽく鎖が展開されるような感じに帯状の魔法陣が展開。
あとは、よくわかんないけどどーんっ! みたいな?

まあ、ぶっちゃけた事を言えば、設定にあるブラストカラミティは全然違う魔法らしいんですが。



[18519] 星光 IN Fate/ZERO
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/07/08 12:12

──聖杯戦争

それは手にした者の願いを叶えるとされる、最高位の聖遺物を降臨させるための魔術儀式。

参加者は7人の魔術師達と、聖杯の拠るべによって召喚された7人のサーヴァント。

それぞれが生前偉大な偉業を成し、死後信仰の対象となった英雄達、「英霊」をサーヴァントという形で召喚、使役する。
そして聖杯というたったひとつだけの栄冠を手にするために、互いに殺し合う。
すでに人間というカテゴリーから外れ、精霊に近い存在であるサーヴァント達の持つ力は絶大。
たった七組による戦いではあるが、確かにそれは戦争と呼ばれるだけの闘争だった。

戦いの舞台は周囲を海や山に囲まれた都市である冬木市。
一見するとごく平凡な都市でしか無いこの街で、すでに過去に3回の聖杯戦争は行われていたが、未だ聖杯を手にした者は現れなかった。
まだ、誰の手にも聖杯は渡っては居なかった。

「では問いましょう。貴方が私のマスターですか?」

そしてここに、戦いの度に七騎呼ばれるサーヴァントの内、本来はあり得ないイレギュラーのクラスで、一人のサーヴァントが召喚された。
闇色を思わせる黒い装束を身に纏い、感情の薄い無機質さを感じさせる瞳をしたその姿は、年端もいかない少女のモノ。
だが、彼女もまた間違いなくサーヴァントであり、人知を超えた力を有した存在である事は、見る者が見ればその身から溢れさせる強大な魔力で一目瞭然だ。

「貴方は私を呼び、私は貴方の望みを受理しました。
……では、始めましょう。私達の聖杯戦争を」

少女は謳うように、自身の聖杯戦争への参戦を告げる。
それは、過去最大級の闘争の渦を巻き起こしたとされる、四回目を数える聖杯戦争の開幕の合図でもあった。










Fate/Zero ‐舞い降りるは星の光‐



―221:24:48


「閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ(みったせーみったせーみったせーみったせー)。繰り返すつどに四度ぉ~、──あれ、五度?
えーと、ただ満たされるトキをー、破却する……だよなぁ? うん」

雨生龍之介は鼻唄交じりに、刷毛を用いて鮮やかな赤である「ソレ」でフローリングにとある紋様を描いてゆく。
それは龍之介が久方ぶりに帰省した実家の土蔵の中で見つけた、伴天連やサタンなどといった──いわゆるオカルトについて書かれた古書にあった内容のひとつ。

龍之介としては、別にその古書に綴られている内容の真贋などはどうでも良かった。
ただ、最近は『趣味』に対するモチベーションの低下に悩まされている中で得られたその内容は、インスピレーションを得るには十分な刺激だった事が重要だった。
ならばと龍之介は得た刺激を忘れる前に、さっそく古書にあった“霊脈の地”とされる土地に拠点を移した。
方針は雰囲気作りに重点を置くという事で、極力、古書の内容を忠実に再現するように努めた。
その過程だけでも最近のモチベーションの低下など無かったかのように龍之介の中に何とも言えない高揚感を齎し、まるで子供のように浮き立つ心を抑えられなかった。

──そして手始めに、夜遊び中の家出娘を深夜の廃工場で生贄風に殺してみた。

雨生龍之介という青年は、既に30を超える人を殺してきた殺人者であり、殺人という行為に悦楽を見出す快楽殺人者。
人を殺す、というよりは『人の死を見る』事が大好きである龍之介であったが、流石に幾人も殺す中で、最近は手口が似通ってきてしまっていた事が悩みだった。
だが、初めての試みであったこの儀式殺人というスタイルは予想以上に刺激的で面白く、完全に龍之介を虜にした。
病み付きとなった彼は第二、大三と犯行を矢継ぎ早に繰り返し、平和な地方都市を恐怖のどん底に叩き落としたのだった。

そして都合四度目となる今回は、前回までの生き血で魔法陣を描くのに血液が足りなくなってしまうという失敗を反省し、すこし多めに殺す事にした。
そんな、本人からすればささやかな理由で彼は四人家族の民家に押し入り、就寝中の一家を惨殺した。
目論見通りの量の生き血を得て、今は嬉々と赤い魔法陣を描く、まさに真っ最中だった。
その横顔は返り血に濡れながらも、まるで無垢な子供のように楽しげであり、だが、それがかえってこの凄惨な光景を一層引き立てていた。

「……っ」

そんな光景をまざまざと見せつけさせられ続ける、一対の瞳があった。
猿轡を噛まされ、ロープで縛りあげられたそれは小学生程の少年であり、魔法陣を描くには三人分で十分だったというだけで殺されなかった四人家族の唯一の生き残り。
龍之介としてはどうせひとりだけ残しておくのも逆に可哀想だし、後々、何か楽しい殺し方を試してみよう。
だが、今はこの黒ミサ風殺人を完結させる方が先決だと、適当に放置されていたのだ。

少年は下手に煩くされて儀式を台無しにされたくないからと手足を縛られ、猿轡を噛まされているために逃げる事も声を上げる事も叶わない。
ただ、目の前で両親と姉が殺されて生き血を抜かれる光景。そして家族に流れていたはずの鮮やかな赤が、見慣れたリビングを塗り替えて行く光景を目の当たりにし続けた。

少年からすれば、こんな物は悪い夢以外の何物にも思えなかった。

普段通りに起きて学校に通い、将来に何の役に立つのだろうと疑問を覚えながらもみんなやっているからと授業を受け、放課後には親しい友人達と楽しく遊んで過ごす。
家に帰れば母親に宿題をしろと小言を言われたりはするが、両親や姉と囲う食卓の団欒はとても平穏で、そして当たり前だった。
そのまま母親の言いつけを半ば意図的に無視するように宿題もそこそこに布団に入り、後は何時も通りの明日を迎えるはずだった。

「閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ(みったせーみったせー、みったしてみたしてみったっせ~)っと。はい、今度こそ五度ね。オーケイ?」

だから、深夜に叩き起こされて見せつけさせられるこの光景を、調子はずれの鼻唄らしきものを口ずさみながら赤を振り撒くこの青年の存在が認められない、信じられなかった。
だが、パジャマ越しに感じる冷たいフローリングの感触や、自身を縛るロープが食い込んでくる痛みが、この光景が現実であると突き付けてくる。
家族は殺され、そしてこの後には自分も殺される。そんな現実を認めるしか、少年に出来る事は存在しなかった。

(……イヤだ!!)

だが、少年はその現実を拒絶した。
こんな事はあってはならない。自分が殺されるなんてあるはずが無いと強く思う(願う)。
たとえ自分がピンチに陥ったとしても、きっと誰かが助けてくれるはずと思う(願う)。
だからこんな事はあり得ない、あり得ないのだから存在しないと拒絶する(助けを請う)。

普通ならば拒絶はマイナスの意味が込められている。実際、少年は現実への嫌悪から拒絶の意志を滾らせている。
だがそれは、幼い心であるが故に、確かに純粋で真摯な意志(願い)だった。

極限の状況に追い込まれて余計な思考が全て排除される。ただひたすらに自己の生存を望む。
目の前に現実は存在しない。ならば現実は自分の中にあると、自己へと意識を埋没させる。そこで、生存に繋がる物を探し求める。
深く、深く……。暗闇の中で光明を探し求めるように、少年は現実を拒絶するだけの何かを深淵の奥で探し求める。

「むぐぅッ、んん……ッ!!」

このまま大人しくしているべきでは無いと、自分を縛るロープが更に食い込んでその部分が赤黒く痣になる事も厭わず、ただ我武者羅に少年はもがく。
たとえどんなに無様であっても、生きる事以上に欲しい物は無いと、動かない体を無理矢理動かす。
痛みもある。恐怖もある。だが、それらも現実への拒絶の意志が塗り潰す。

「うわっ、すっげー。なんか煩いと思ったらめちゃめちゃ暴れてるじゃん」

少年は隠れているわけでもなく、元よりふたりは同じくリビングに居たのだ。当然の事として少年が暴れている事に龍之介もすぐに気付いた。
龍之介も今まで多くの人の死を見て来た自負があったが、ここまで一心不乱に抵抗を見せるのは、しかもそれがこんな子供だというのは珍しいと驚きを抱く。
驚きながら、

「うんうん、死ぬのは嫌だよな! よし、頑張れっ。俺はお前を応援するぞー!」

龍之介はその少年の行動に声援を送る、などという事をしていた。
元より、龍之介はひとりの人が死ぬ際の刺激や経験等といった情報量はとても自分の為になるという考えを持っている。
そのためにという物は人ひとりを殺す際には、その人物の死を徹底的なまでに堪能し尽くす。絶命させるまでに半日以上の時間を費やす事もあるくらいだ。

そんな龍之介からしてみれば、ここまで生にしがみつこうという意志を見せる姿というのはとても心躍る物があった。
ここまで頑張って、だがそんな努力など無意味であるかのようにあっさり殺されたなら、この少年は一体どんな表情を浮かべるのか。
そんな想像をするだけでも心躍る思いだった。故に、龍之介は少年の足掻きを否定せず、愉悦を浮かべながらその姿を見下ろす。

「……ッ」

そんな龍之介の事をフローリングに這いつくばりながら見上げていた少年は、途端にその目つきを鋭くし、強く睨みつける。
少年は悟ったのだ。この惨状はこの青年が齎したのだと。そしてこの青年さえ居なければ良かったのだと。拒絶するべきは、コイツなのだと強く思う。

コイツを拒絶する方法など思いつかない。元々出来る事など思いつかない。
ならばせめて思うだけでもコイツを拒絶すると意志を固めた少年は、一層強く足掻いて見せる。
既に少年の中にあるのは拒絶の意志だけ。もはやそれは龍之介に対する物だけでは無い。
自分の周囲に形作る物全てを、自分をこんな目に遭わせた世界そのものにも至っていた。

──そう、こんな世界など消えてしまえば自分はまた平穏の中に戻れるのだ、と。

何処かにぶつけたのか、右手の甲の辺りに鈍い痛みを覚えるが、そんな物も無視してただ暴れる。
自分の身を省みない抵抗が功を奏したのか、少年の足掻きに屈したかのように猿轡が解け、拘束される中でも口が自由となった。
突然自由となった口を大きく開けて酸素を取り込み、肺を満たす。それは血液に乗って全身に行き渡り、半ば朦朧としてきた意識を覚醒させる。
一瞬、呼吸が止まる。縛られて動けない体に宿る全ての力を一点に集めるために集中するように。

そして、大きく口を開けて思いの丈の全てを込めた言葉にする。

「──イヤだッ!!(──助けてッ!!)」


……ここでひとつ、魔術における詠唱の意味について語ろう。

魔術において一小節で済む物から、五小節以上に及ぶ大掛かりな物まで様々な詠唱の形が存在する。
ただ、その全てにおいて共通事項にして重要な事は『自己暗示』にある。

簡単に言えば、魔術師は魔術を行使する際に「魔術回路」と呼ばれる擬似神経に魔力を通す事で魔術という神秘を起こしている。
その時に必要な事は、自身の起こそうとしている神秘がどのような物であるかという理解、そして魔術を実現させるイメージである。

これらはただ想像するだけでも意味があるが、人間ではただ脳内だけではイメージにほつれが生じる事を消す事が出来ない。
それを僅かでも減らすべく、自分が成そうとしている事をイメージ出来る言葉を、イメージを補完して確かとする言葉を、そして自分が深く集中出来る言葉を自分の詠唱とする。
故に、魔術師の紡ぐ詠唱は個人個人で違っており、極論を言ってしまえば、イメージを明確に出来る手助けになるのであれば、その言葉は何だって構わないのだ。

たとえば、それがただの叫びであったとしても、込められた意味が明確であるのなら、それは間違いなく魔術における詠唱に違いは無い、という事。


「な、なんだ!?」

異常に真っ先に気付いたのは、この場においてただひとり何物にも縛られずに居た龍之介だった。
背後で空気が動くのを感じ取った龍之介が振り返った先では、部屋は閉め切っているはずだというのに風が湧いていた。
最初は微風にすぎなかったそれはみるみる内に旋風となって吹き荒れる。
それだけでも起こり得ない現象だというのに、更に床に描かれた鮮血の魔法陣が何時しか燐光を放つ光景を、龍之介は信じられない気分で凝視していた。

龍之介は、確かに古書に綴られていた通りの儀式形態を再現していたが、別に本当にオカルトな現象が起こるなんて信じていなかった。いた、多少の期待はしていた。
だが、こうもあからさまに異常が目の前で起こる事は流石に想定外だった。そして何より、龍之介の勘は告げていた。これは自分にとって良くない物であると。

故に、龍之介はこの嫌な予感に従ってこの場を離れるべきだと考えた。
だが、既に竜巻と呼べるだけの勢いとなった巻き起こる風に、歩くどころか立つ事もままならない龍之介はただ目の前で起こる現象を見るだけだった。
それはさながら、先程まで少年が龍之介の事を見続ける事しか出来なかったように。

そして、一際強い閃光がその場を染め上げた。

──それはいわば、例外中の例外だった。

元より冬木の聖杯は、それ自身の要求によって七人のサーヴァントを必要とする。
つまり、サーヴァントの召喚は聖杯が行う事であり、魔術師はその仲介をしているに過ぎない。
この時、既に七騎中、六騎までサーヴァントは出揃っていた。あと一騎のサーヴァントを聖杯は欲していた事も事情にはある。
だがそれ以上に、この場において強い望みを抱く者がおり、その依り代としてその身を差し出す覚悟を示した人間が居たのだ。
自覚は無くとも、その身の内にほんの僅かでも魔術師を魔術師たらしめる「魔術回路」を持っていた。
そして、その抱いた願いの属性は、“今”の聖杯にとってとても近しいモノでもある。

たとえこの場にあった魔法陣が稚拙なそれであったとしても。
詠唱が詠唱としての形をなしていなかったとしても。

強い願いを持つ者が居るのなら、──願望器である聖杯は、奇跡を成就する。

……何時しか、室内に吹き荒れていた風は止んでいた。
燐光を放っていた魔法陣の輝きも今は消え、床に描かれていた鮮血も黒く干からびて焼け焦げたかのように黒ずんでいた。
まるで何事も無かったかのような静寂がこの場を包み込む。だが、荒れた室内が確かにその事実があった事を示していた。

「聖杯の依るべに従い、サーヴァント、マジックガール。ここに参上しました」

だが、そんな物達よりも、もっとこれが現実であると示す存在が部屋の中央に佇んでいた。

栗色の髪をショートカットにし、黒を基調とした衣服を身に纏う。
携えるのは何処か機械的な様相ではあるが、紫の珠を先端に頂いたそれは間違いなく杖であろう。
言葉を紡ぐと共にゆっくりと開く蒼い瞳は、さながら無機質なガラス細工のようで、年相応にあるはずの感情が見て取れない。

それはとても可愛らしい外見をした幼い少女だった。
だが、ただ立っているだけだというのに、視線を外すことが出来ない存在感。この凄惨な殺人現場において全く取り乱さない冷静さ。
そして血に彩られたこの場において、少女の存在は全く違和感が無く、一層少女の存在が引きたてられている事が、何より少女が普通ではない事を証明するようだった。

「……へぇ、吃驚したなぁ。なぁなぁお嬢ちゃん。君は一体どうしてこんなところに居るんだい?」

龍之介は目の前の少女の存在がおかしい事。少女は自分にとって良くないモノである事は何となく感じ取っていた。
だが、そんな危機感以上に、今まで多く見て来たどの『死』よりも、『死』が似合うと感じる少女の姿に見惚れていた。
数多の人間模様を観察し、死を探求し、死に精通し、死の裏返しである生についても学んできた自負が龍之介にはあった。
だが、今まで自分が積み重ねて来たものなど、少女はそれに比べるべくもない。その想いに心を満たされ、この場から逃げるという考えがすっぽり抜け落ちていたのだった。

龍之介が少女に声をかけたのは、殆ど意識してのモノでは無かった。むしろ、まだ自失の最中にあると言っても間違いではない。
それでも何かに突き動かされるように、道端で親しい相手と出会ったかのように、愛嬌のある笑顔を浮かべながら少女に歩み寄る。

「……」
「あ、もしかして緊張しちゃってたりしてる? 大丈夫大丈夫っ。俺も君と仲良くしたいだけなんだし、そんな肩肘張る事は何にもないって」

少女に動きは無い。ただ親しげに話しかけてくる龍之介の姿を視界に収めるだけ。
龍之介はそんな少女に対して軽口を叩きながら、ポケットの中に忍ばせてあったナイフがきちんとある事を確認する。
その胸の中にあるのは、このまま自分の手の届く範囲に少女が入ったら、そのかわいい顔を鮮血に染めたいという欲求。
それを果たすべく一歩、また一歩と確実に歩み寄る。

そして、自分の手の届くところまで来た。
ポケットから手を抜き放つと共にナイフを振り抜き、少女の頸動脈を掻っ切る事は、龍之介にとっては容易い事。
ここまで来れば目的は達成したも同然と龍之介の浮かべる笑みが深くなる。同時に、ポケットからナイフを抜き放つ!

「……召喚をされてすぐに贄を用意しているとは、私のマスターはとても準備の良い方のようですね」

……だが、そのナイフが振るわれる事は無かった。

少女は無造作にその手を前に突き出しただけ。だが、それだけの事。
だが、ただの人とサーヴァントとの間にある身体能力の差は圧倒的であり、後から動き出したというのに、龍之介のナイフより先にその体を穿ったのだ。

「へ?」

少女の手が自分の体を貫いている。
その事実を前にして龍之介は何が起こっているのかが理解できないとでもいうように、緊迫感の欠片も無いような間の抜けた声を漏れて出る。
振り抜こうとしたナイフを持つ手は中空で止まり、ただ穿たれた自身の胸を茫然と見つめる。

「……“蒐集行使”」
「な、ふぇっ、ふぐあぁぁッ……!?」

しばしの沈黙が流れた。だが、それは少女の呟くような静かな声を契機に打ち破られる。
少女の声に呼応するように、龍之介の口からは本人の意思など関係なく苦悶と困惑の入り混じった悲鳴が上がる。
少女の発したその言葉の意味は、龍之介には何ら分かる事は無かった。だが、自分の中から何かが失われて行く事。そしてそれが少女に奪われている事だけは感じ取っていた。

「……あはっ」

自分が死ぬ事だけは違えようも無く理解した。理解して、不思議と口元に笑みが浮かぶ事を自覚していた。
自分は今までそれなりに死を振りまいてきた。だが、そんな自分もより圧倒的な死の前に蹂躙される事はこの上なく爽快だった。
今は痛みもあるし、苦しみもある。だというのに、それらも何か愛おしいモノのように感じる。
そして、これこそが自分が追い求めていた『死』が何たるかの答えだと、これが自分の死に様であると唐突に感得したのだった。

「蒐集完了」

少女はそう告げると共に、突き刺していた手を抜き放つ。それと共に、龍之介の体は糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏す。
少女は龍之介の中にあった、龍之介が生きる上で必要不可欠な何かを一滴残らず吸い上げたのだ。今この場に倒れたのは、その残りカスだけ。
すぐ近くに居るはずの少女の声が、何処かとんでも無く遠くから聞こえるように龍之介は感じていた。それが、龍之介の最後の意識。
雨生龍之介という青年人生とも言えた死への探求は、こうして充足感に心を満たされながら幕を閉じたのだった。

「あ……」

それら一連の全てを、未だロープに縛られ碌に身動きの出来ずに床に這いつくばっていた少年は見ていた。
普通なら平和な日本に住む一般人の持つ倫理観により拒否感を覚えるところだが、今の少年は様々な感覚がマヒしている状態。
先程までは圧倒的強者としてそこに居た青年が、あっさりと自分以下へと堕ちてゆき、今も目の前で倒れたままピクリともしない。
そんなモノを目の当たりにして、不思議と嫌悪感や恐怖心など湧かなかった。
ただ、消えてしまえと思っていた相手が本当に消えてしまった事で、さながら目的を達成による目的の喪失感に包まれたかのように、呆けているばかり。

「私はこの世に闇と破壊の混沌を呼び覚ます者。貴方の世界への拒絶の意志を実現するべく召喚に応じました。
故に、私のマスター足る人物は、世界を破滅させる意志を持って居て欲しいところです」

少女の意識には既に龍之介の事など存在しない。
それよりも重要なことがあると、未だ倒れ伏す少年へと歩み寄り、言葉を告げる。

「では問いましょう。貴方は私のマスターですか?」

淡々と言葉を紡ぐその少女の表情には相変わらず感情が見て取れない。だが、そこにある意志は確かにあった。
自分は全てを破壊したい。貴方はそれに賛同するか否か、と。

「……」

少年は自分ではどうにもできなかった青年をあっさり殺して見せた少女は、見た目ち違って本当にその望みを叶えてしまいそうだと感じる。
もしここで頷けば、確かにこの子は全てを破壊するために行動を開始するだろう事は容易に想像が出来た。
だが、少年からすれば既に自分を危険に追いやった対象が居なくなった今、殊更この拒絶の意志を持ち続ける意味も無い。
それ以前に、マスターなどと言われても何の事だか意味が全く分からないのだ。ここで首を横に振って、少女との縁を切って元の日常に戻る事も選択肢の一つだ。

「……君が、僕を守ってくれるというのなら」

だが、少年は少女の問いかけに首肯してみせた。
確かにここで少女を否定すればきっと日常に戻れただろう。だが、日常の象徴である家族は既に居ない。残ったのは何の力も持たない自分と世界に抱いた拒絶の念だけ。
もう、自分の見える世界は一変してしまった。こんな状況で、一体何を頼ればいいのかなど、幼い少年には分からない。
だが、それでもこの目の前に居る少女は自分の味方だと分かっている。他の誰と知らない人を頼るより、この少女を頼りたいと、そう思ったのだ。

「ええ、良いでしょう。現実は辛いモノばかり。貴方は心地良い永遠の夢の中でまどろんで居て下さい」

少女は少年の出した条件を認めた。杖を持つ左手とは逆の右手には、何時の間にか一冊の本があった。
それは表紙に剣十字をあしらった紫の色に染まるように彩られた魔導書。
少年の前に片膝を着くようにしながら差し出されてなら、まるで風でも吹いたかのように勝手に開かれページがめくられる。
そしてとあるページで止まった時、少年の身体は闇に包まれ、その魔導書の中に取り込まれ、役目を終えた魔導書はパタンと自分からページを閉じた。

「貴方は私を呼び、私は貴方の望みを受理しました。
……では、始めましょう。私達の聖杯戦争を」

少女は自身の胸へと手を当て、取り込んだマスターとなった少年へと囁くように言葉を告げる。
自身の存在意義を全うする、その意志を胸に。

今夜、ここに七騎のサーヴァントが全て揃った。
最後の一騎たるサーヴァントは、イレギュラーであるため、本来ならあり得ないサーヴァント。
だが、そんな事などどうでも良い事。こうして儀式を始める準備の全てが整ったのだ。

──ならば始めよう。

意志を持たぬ、『モノ』である聖杯は何も語る事はしない。だが、間違いは無い。

この瞬間、聖杯戦争の幕が上がったのだった。











あとがき

別にバットエンド直行シナリオにしてしまっても構わんのだろう?

きっとそんな風に話が進みます。しかし、これを書いたのは『BOA』時点だった事もあって『GOD』設定と比べると星光さんは随分と違うと思うところ。









ステータス

クラス :マジックガール
マスター:不明
真名  :─(星光の殲滅者)
性別  :女性
属性  :秩序・悪

筋力:D 魔力:A
耐久:B 幸運:E
敏捷:C 宝具:B

飛行:A
空を飛ぶ能力。
ランクAならば、重力や慣性などといった物理法則を半ば無視して自在に空を飛ぶ事が出来る。
「魔法少女って空を飛ぶものじゃないの?」
「なんて頼もしい思い込みーッ!?」

かわいい:EX
かわいい女の子が魔法を使うから魔法少女なのか、魔法を使う女の子がかわいいから魔法少女なのか。
どちらにしろ、かわいい事には違いない(断言)。


保有スキル

ミッドチルダ式魔法:B+
魔術師達が目指す『魔法』とは違う、ミットチルダという次元世界発祥の魔法技術。
主に遠距離攻撃を得意とするほか、マルチタクス、飛行、防御、拘束と様々な魔法を使う事が出来る。
また、この世界における「魔術」とは理念の根本から違うため、Bランク以下の対魔力はその効果の対象に該当しない。
(ただし、『魔術の無効化』ではなく、『魔力の結合を散らす』という形ならば話は別になる)

破壊衝動:B
その胸の内に抱える、この世全てに対する『破壊したい』という欲求にして、存在理念。
殲滅戦などの状況下で一部のステータスが向上する。
狂戦士(バーサーカー)のクラススキルである『狂化』に近いが、こちらは彼女が自分の意志で行動しているため、思考力が失われる事は無い。

自己改造:A
蒐集行使。
魂喰らいの一種であり、対象の魔力を吸収して自らの力とする能力。
さらにこのスキルの場合、魔力吸収の際に情報をコピーする事で、対象の保有スキルを習得する事が出来る。
また、スキルを習得する際に、自身の身体へのフィードバックが起こる可能性がある。
そのために姿形に変化が起こるので、このスキルを使用する度に正当な英霊から遠ざかってゆく。

鉄壁スカート:E
見えそうで見えない。見る者の希望を打ち砕く、あるいはロマンを掻き立てる憎いあんちくしょう。
でも、ランクが低いのであんまり鉄壁では無い。


宝具

“闇に煌めく紅き明星”(ルシフェリオン):B+
ミッドチルダ式魔法を扱う際の補助を行う機構を持つ、機械仕掛けの魔導師の杖。
魔法行使の詠唱代行。効率的な魔力運用の補佐。索敵や自動防御等といった機能を持つ他、『ルシフェリオンブレイカー』などの強力な魔法を放つ。
また、搭載する「カートリッジシステム」により、保有スキルであるミッドチルダ式魔法のランクを瞬間的に増加する事も出来る。

大人モード:B
一度は打ち砕かれた『闇の書の闇』である防衛プログラムが再構築を果たし、パワーアップした“砕け得ぬ闇”となった姿。
蒐集行使により、所持する魔道書の666ページ埋まる相当の魔力吸収をする事で発動させる事が可能となる。
ステータスの向上。保有スキルに「ベルカ式魔法」などの追加。宝具であるルシフェリオンに「ブラスターシステム」などのバージョンアップがなされる。

“魔法少女の幻想譚”(ナーサリーライム・オブ・マジックガール):C+
創作物の登場人物が持つ役割の一つである『魔法少女』という概念が集約されたモノ。
当人だけではなく『魔法少女』という概念の認知度によって、彼女はサーヴァントとして知名度補正を受ける事が出来るようになる。
彼女の真名を誰も知らずとも、魔法少女という概念を知っている人が多くいるのであれば、その力を発揮する事が出来る。


詳細。

彼女はこことは違う世界で、『闇の書の闇』と呼ばれた防衛プログラムの断片が独自の自我を取得、破滅を齎す者として存在していた者、……ではない。
その正体は、ゲーム、アニメ、マンガなどに登場する『魔法少女』という概念が形となった存在である。
今の『星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)』という姿と能力も、この空想のキャラクターの中でも召喚者であるマスターの願いに近い形である事から選ばれた物。
もし召喚者の願いが違う物であったならば、その姿も能力も全く別な魔法少女のソレとして召喚を受けた事だろう。

全ては召喚者の心を映す鏡である。
そのため、キャラクターとしての名前はあるが、その実は英霊としての真名は持っていない。
容姿も、能力も、性格も。全ては幻想の産物に過ぎない事を、この彼女自身は自覚している。
だが、確かに自分は此処に存在しているという事もまた理解しており、誰からも存在を否定されても、自分が思う限り、自分は此処に居ると考えている。
故に、自己の存在意義を全うするべく、この世に闇と破壊の混沌を呼び覚ますべく力を振るう。




[18519] 魔法少女リリカルなのは -The MOVIE 3rd-
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/07/16 19:33

……闇の書と呼ばれた、一冊の魔導書があった。

それは強大な力を以って周囲に破壊を振り撒き、主となった者には破滅を齎す存在。
幾度も転生と再生を繰り返し、悠久の時の中で絶望と悲しみを振り撒き続ける呪われた古代遺産(ロストロギア)。

だが、それももう終わった。
暴走する防衛プログラムを切り離した事で、闇の書は本来の『夜天の書』の姿を取り戻し、書の守護騎士達も戦いに明け暮れるだけの日々から解き放たれた。
勇気と優しさを持つ少女達の想いが、永遠とも思えた呪いを断ち切ったのだ。

ただ、唯一『闇の書の意思』とも呼ばれた書の管制融合騎は、防衛プログラムとの繋がりを完全に断つ事は不可能であったため、救う事は叶わなかった。
夜天の書の最後の主となった少女からリインフォースという名を貰った彼女は、それでも自分は救われたのだと笑顔で自身の消滅を受け入れていた。

その結果に誰もが納得出来たわけではない。だが、もう闇の書は存在しない事も間違いの無い事。
完全なハッピーエンドにはなれなかったが、確かにここで永い負の連鎖に終止符が打たれたのだった……。

──ドクン

だが、ひとつの物語の終わりは、新たなる物語の始まりを告げる。

「……してシュテルよ。首尾の方はどうなっている」
「進捗率はおよそ40%……。当初の予定より若干遅れている部分もありますが、概ね順調と言えるでしょう」
「ならば良い。このまま推し進めよ」
「ぶーぶー。退屈だよー王様~。早くこんな狭いところから出て、もっと広いところで思いっ切り大暴れしようよ~っ」
「ふん、慌てるでないわレヴィよ。物事には機宜という物がある。今はまだだが、その時が来た暁には存分に力を振るうがよい」

深淵の如き闇による陰影によって彩られた世界に置いて、佇む人影は3つ。
うっすらと浮かび上がるシルエットや声の高さから、雰囲気こそそれぞれに違うものの三者とも少女であろう事は予想が出来る。
ただ、物の姿形を浮かび上がらせる光の力の弱いがために、その顔を窺い知る事は難しく、結局は何者かである事は分からないだろう。

そんな中で、王と呼ばれた尊大な態度を示す少女は前へ進み出ると、闇を圧縮して出来たかのような黒い球体を仰ぎ見ると共に、口の端を釣り上げるように不敵に笑う。

「ふふ、長らく不遇の時の中にあった我らだったが、それももう終わりよ。この無限にして最強の力を得しその時こそ、我らの名を世に知らしめる時!
そう、ここより我が覇道は始まる。そして真なる闇を統べる王に、我はなる!!」
「おおーっ、王様なんかカッコイイ!!」
「ふふんっ、当たり前の事を今更言われてもどうという事はないが、良い。もっと我を褒めたたえるがよい!!」
「……今の発言を穿った聞き方をすると、貴女が王を名乗っているのは現状ではただの自称に過ぎないとも取れますね」
「そしてシュテルは何故余計なひと言ばかり付け加えるのだーッ!?」

──ドクン

シリアスなようで、案外和気藹々とした雰囲気の少女達の頭上に浮かぶ黒球は黙して何も語らない。
だが、闇の胎動は確かに刻まれていた。静かに脈打つ鼓動に三人の少女達は気付かない。ただ、事態は未来へ向けて着実に時の歩みを進めるのみ。

新たな物語の歯車は今、確かに動き始めていたのだった……。







聖祥小学校に通う小学三年生である高町なのはは、魔法と出会ってからの日々を思い返しながら、親友であるフェイト・テスタロッサと平凡な日常を過ごしていた。
最初の切っ掛けは、自分の対する助けを呼ぶ声が聞こえた事。そしてそこから始まる出会いと別れ。
悲しい事も辛い事もあった。それでも、今もこうやって隣を一緒に歩く友達が出来た事を始めとしたかけがえの無い大切な物も沢山得た。
高町なのははこの出会いを契機に、あやふやだった自分の進みたい未来が形になっていくのを感じながら、平穏な時を過ごしていた。

だが、そんな平和な一時を破るかのように、正体不明の結界が張られているという通信が入る。

普段は普通の小学生ではあるが、同時に時空管理局嘱託魔導師の肩書を持ち、何より正義感からなのはとフェイトはその通信を聞いて黙っている事など出来るはずもない。
当然の事のように頷き合うとデバイスを起動。魔力によって編まれた防護服であるバリアジャケットを身に纏い、正体不明の結界の正体を確認するべく飛び出してゆく。
そして赴いた結界の中心には、先の事件では敵対し、今では友誼を結べたはずなのに自分達の事を知らないと言う守護騎士の姿だった……。

訳も分からない内に戦闘に突入し、なんとか勝利を収める事が出来たなのはとフェイト。
だが、戦いが終わると共に、守護騎士はまるで最初から幻であったかのようにその身が露と消えた事に困惑してしまう。

ひとまず結界の消失した事を時空管理局所属L級艦・アースラの通信士へと報告すると、どうやら各地でも似たような現象が起こっているという情報が齎された。
そしてその原因が、砕け散ったはずの『闇の書の闇』と言われた防衛プログラムが再生しようとしている事にあると推測がされる。

防衛プログラムの断片は地に沈む魔導師や騎士の悲しみや嘆きといった負の感情を利用して寄り集まり、闇の欠片となって形を成す。
それが先ほどなのは達が戦った守護騎士の姿をした者の正体。過去の記憶の再生だったから現在の自分達の事を知らないと言い、倒されて消えたのだと知る。

さらに集めた情報から、これだけの物が何の発生源も無く起こるわけがない。闇の欠片の発生の中心にはきっと発生源たる存在が居るはずという見解が示される。
と、そこに夜天の主たる少女、八神はやてから申し入れがあった。これは闇の書が原因。なら夜天の主である自分が何とかするべきだと思う。
だから闇の欠片の発生源には、自分と守護騎士達を行かせて欲しいと。

当然、事態の責任者の立場にある時空管理局執務官であるクロノ・ハラオウンはいい顔はしなかった。
だが、当人の強い気持ち。そして現在の戦力で最大であろう守護騎士に発生源を抑えて貰えれば自分達も動きやすくなるという打算から了承する運びとなった。

はやてと守護騎士達は闇の欠片の発生と分布から割り出した、発生源のいるであろう結界の内部へと突入する。
この先にて相対するであろう相手の姿に、確信めいた予感を抱きながら……。

そして結界の中心に居たのは、闇の書の意思の記憶を再現し嘆きと悲しみを瞳に宿した、黒き翼をはためかせて宙に佇む銀髪の女性の姿だった。
彼女は言う。闇の書の呪いは何処まで行っても追いかけてくる。決して逃れる事は出来ない。破壊された今も再構築した上で、再び破滅を齎す存在に返り咲いてしまうのだと。

その言葉に対し、はやてはそんな事はないと言う。
自分と守護騎士は他の誰でも無いリインフォースが助けてくれた。リインフォースが居てくれたから、自分は新しい未来を知る事が出来たのだと。
これはただの悪い夢。それでもリインフォースが苦しんでいるというのであれば、今度は自分達が助ける番。リインフォースが守ってくれた物を見せてみると。

そして、夜天の主とその守護騎士達と、闇の書の意思と呼ばれた存在の記憶を再現した者との戦いが始まる。





……時同じくして、なのはとフェイトは夜の空を飛んでいた。
闇の欠片は集まれば集まっただけ力を増す。だがそれは、逆を言えば集まる前であれば対処は容易という事にも通じる。
管理局側の立てた作戦は、はやて達が中枢を抑えている間に闇の欠片を各個撃破するといった物だった。
はやて達が中枢を倒せるならそれでよし。無理だったとしても、闇の欠片の集束の阻害をしていけば事件の解決も見えてくるし、間接的ながらもはやて達の助けとなる。

そのためになのはとフェイトは飛んでいたのだが、ふと闇の欠片とは違う、妙な魔力の気配を感じていた。
他の人に聞いても特に何も感じないと言われたが、確かにその魔力の気配はあると感じた。
故にふたりはその魔力の気配を辿っていったのだが、その先で高度に隠ぺいされた、闇の欠片の発生させた結界とは明らかに違う結界へと行きついていた。
調べようと近づくなのはとフェイト。その時、結界がふたりを取り込むような動きをした。咄嗟に反応出来ず結界の内部に入ってしまう。

結界の内部は空も大地も存在しない。ただ闇の陰影だけが彼我の差を表すかのような深い闇によって彩られた精神世界。
そしてそこに居たのは自分達とそっくりで、だけど全く違う3人の少女達の姿だった。

自らを『マテリアル』と称する彼女達は、防衛プログラムたる闇の書の闇、その更に奥深くに封じられていた“砕け得ぬ闇”を復活させるためにここに居る。
そのために幾重にも隠ぺいの結界を展開し、さらにここから目を逸らすために闇の欠片という陽動を仕掛けていた。

本来なら誰にもこの場を悟られないはずだったが、この身と魔導は元を辿れば闇の書に蒐集されたデータであり、マテリアルの二人のデータのオリジナルはなのはとフェイト。
その関係で、この場を形成する僅かに漏れた魔力を感じ取れたのかもしれない。
……あるいは、オリジナルであるなのはとフェイトと戦ってみたいという望みから、ふたりを無意識の内に招き入れていたのかもしれないとマテリアルの少女は言う。

話を聞き、なのはとフェイトは新たなキーワード、“砕け得ぬ闇”について考える。
全容は全くわからない。ただ、言葉の雰囲気から、何よりマテリアル達の頭上に浮かぶ黒い球体が発する存在感から良くないモノであろう事だけは感じ取っていた。
だからマテリアルたる少女達が復活を望む“砕け得ぬ闇”とは一体どのような存在であるのかという疑問を投げかける。

「それはっ……、その、あー、えー……、そうっ、無限にして最強の力っ、まさに王たる我が手中に収めるに相応しい、とにかく凄い力なのだ!!」
「要は、王も実は良く分かっていないという事です」
「だから何故そう余計な事を言うのだシュテルーっ!? 貴様はアレだっ、本当に我を尊敬しておるのかっ!?」
「ハイハ~イッ、ボクは“砕け得ぬ闇”ってこんな感じだと思うな!」





「システムオールグリーン。何時でもいけます」
「うんっ、ボクの方もカッコイイBGMのスタンバイはおっけーだよ!」
「ふっ、ならば行くぞっ。──暗・黒・合・体!!」
「イエ~イッ、ラジカセスイッチオ~ンっ。ぽちっとな」

説明しよう!
闇統べる王の号令の下、無駄に気合の入った作画とBGMと共に三機のマテリアル☆ロボが合体する時、無限にして無敵。最強の王が誕生するのだ!

「ふはははは~っ。みなぎるぞパワーッ、あふれるぞ魔力ッ、ふるえるほど暗黒ゥゥゥゥッ!! 満を持して、我、降・臨!!
さあ行くのだ夜天ロボ! この世の遍く全てに、我らの存在を知らしめるのだッ!!」

『がお~、夜天ロボだぞ~。おまえの事も食べちゃうぞ~』(CV.阿澄佳奈)





「ど、どうしようなのはっ。すごくかっこいいよ夜天ロボ……!」
「フェイトちゃんのまさかのリアクションに私がどうしようだよ!?」


……そんなやり取りもあったが、どちらにしろこちらの邪魔はさせるわけにはいかないし、何よりもこうして相対した以上、あるのは戦いのみ。
そう言って儀式の続行をリーダーの『王』を司るマテリアルである“闇統べる王”(ロード・ディアーチェ)に任せ、3人の内のふたりが前に進み出る。
なのはの前に立つのは、『理』を司るマテリアルである“星光の殲滅者”(シュテル・ザ・デストラクター)。
フェイトの前に立つのは、『力』を司るマテリアルである“雷刃の襲撃者”(レヴィ・ザ・スラッシャー)。

鏡合わせのように似通った外見で、しかし鏡合わせであるが故に像が反転しているかのように考え方も正確もまるで正反対の相手となのはとフェイトはそれぞれ戦い始める。
能力的にはそれほど互いに差は無い。だが、どうしてもなのはとフェイトは攻めきれず、逆に押され気味に戦いは進む。

マテリアル達は確かに闇の欠片を生み出した張本人。だが、闇の欠片は結界から出る事は無く、こちらから干渉しなければ誰にも迷惑をかけていない。
むしろ、残滓として散っていたモノを完全に消滅させる事に一役買っていたと考えると、マイナスというよりむしろプラスの事のようにも思える。
そしてそれ以上に、マテリアル達は言動こそ物騒なものの、その本質はただ『自由』を求めているだけにしかなのはもフェイトも思えなかった。

そんな、まだ悪い事をしていると言い難い相手を、悪になる“かもしれない”というだけで倒すべき敵と断じられるほど、なのはもフェイトも割り切れない。
逆にマテリアル達はゆるぎない信念の下に行動しており、そこに迷いや戸惑いが入り込む余地はない。

その差が戦況の天秤を傾ける要因。それでもなのはもフェイトは負けずに踏み止まる。
だが、そうこうしている内にディアーチェの哄笑が結界の内に響き渡る。なのはとフェイトが足止めをされている間に、儀式は完了したのだ。
ついに望みが叶うと喜びを顕わにするマテリアルの見つめる先で、宙に浮かぶ黒球の殻を破るようにして“砕け得ぬ闇”が目覚めの時を迎える。

「……システム『アンブレイカブル・ダーク』の起動を確認」

そして現れたのは、腰元まで伸びる緩やかなウェーブを描く金髪の、儚い雰囲気の幼い少女の姿だった。

“砕け得ぬ闇”が人型だった事はマテリアル達にとっても予想外であった様子だが、それでもこの少女がこれまで探し求めて来たモノである事には間違いない。
その目覚めを三者三様の喜びを以って迎え入れようとする。

だが、アンブレイカブル・ダーク……、『U-D』たる少女は言う。自分は目覚めるべきでは無かったと。
そしてその言葉の真意を訊ねられるより先に、その背後に闇の翼のようなモノが展開される。

「ッ、危なーいっ!!」
「な、ぐあぁぁっ!?」
「なのはっ!?」
「王様っ!? く、こんのぉーっ!?」
「これは……」

U-Dの白兵戦プログラム『魄翼』より伸びる異形の巨腕が、単に『最も近くに居た』という理由だけで、味方であるはずのディアーチェに牙をむく。
咄嗟になのはが飛び出してディアーチェを庇おうとするが、U-Dの一撃は防御力に定評のあるなのはの防御魔法を易々と砕き、王もろとも叩き墜としていた。
突然の事態に混乱する暇も与えられず、U-Dは更に敵味方関係なく無差別に猛威を振るい始めたのだ。
マテリアル達は目覚めさせたばかりのU-Dを傷つけたくないと回避に専念するが、徐々に追い詰められてゆく。

明らかな異常事態。このままではただ全滅するばかり。そう見たフェイトはここに至ってなおU-Dを守ろうとするマテリアル達に対して一言「ごめん」とだけ告げる。
そして暴れるU-Dを力づくで大人しくさせるべく、瞬きの間に背後に回り込む。振り掲げられるデバイスから金色の刃が鎌のように展開されている。
手加減は無い。迅速かつ確実に相手を一時的に行動不能に追い込むべく、渾身の一撃をその小さな体へ向けて振り下ろす!

「な……っ」

だが、その一撃の前にU-Dは微動だにしない。単純に障壁の防御力だけでフェイトの一撃はいとも容易くブロックされてしまったのだ。
驚愕に目を見開かせるフェイト。その姿を障壁越しに見るU-Dは悲しげに眼を伏せ、そして次の瞬間、精神世界に『魄翼』より湧き上がった闇の奔流が吹き荒れる。
許容量をオーバーする黒き風に、結界は内側より機能を完全に『破壊』されたのだった。

……見上げる先には星空。見降ろす先には地に倒れ伏す魔導師とマテリアル達の姿。
そして空と地の狭間の宙には、U-Dが静かに佇んでいた。
なのは達もマテリアル達も、その実力は折り紙付き。だが、目覚めたばかりでまだ不安定だろうはずなのに、U-Dは一線を画するほど圧倒的であった。

「……どうやらここまでのようですね」

状況は圧倒的に不利。もはやU-Dに勝つ事や止めるはおろか、逃げる事もままならない。
その事実を冷静に分析して悟り、シュテルは痛む体に鞭を打つように立ち上がりながら、自らがこの場で成すべき事を見定める。

敵対していたはずのなのは達に自分達の王であるディアーチェの事を頼むと、シュテルはひとりU-Dに向かい合う。
何のつもりだと向けた背後より問いを投げかけられ、U-Dから視線を逸らさないままこの場を抑えるのだと淡々と返していた。
告げられた言葉に、少女達はひとりで無理なのは一目瞭然。もしならば一緒に戦うべきだと声を上げようとする。
だが、その言葉が最後まで言い切られるよりも先に、なのは、フェイト、ディアーチェの体は拘束魔法によって縛られてしまう。
ただ、3人を拘束する魔力光は、シュテルの紅蓮の赤ではなく、青く煌めくマリンブルーの輝き。

王達の進む道を誰よりも先駆けて切り開くのは自分の役目、シュテルだけには良い格好はさせないと、レヴィもその肩に並び立っていた。
そんなレヴィにシュテルは何か言おうとして、だが意志の籠った瞳に説得は無理と判断。もとより、今ここにレヴィの役目が確かにあるのだと認める。
故にシュテルはレヴィに頷くだけで応え、既に拘束されている3人に念押しとさらにバインドをかけて、たったふたりで勝機のない戦いに臨む。

「スプライト、ゴーッ!! はっ、たぁっ、やぁッ。いっけぇぇッ!!」

レヴィは元々軽装甲だったモノを更に薄くし、運動性、機動性、攻撃力を底上げするスプライトフォームに換装して突撃を仕掛ける。
殆ど防御力を棄てたこのフォームは一撃でも致命傷になるのだが、そんな事気にはしないと圧倒的なまでの速度で縦横無尽に宙を掛け、至近距離から剣戟を幾度と繰り広げる。

「ブラストファイアーッ。ブラストォォファイアァーッ!! ディザスタァー……、ヒィィートッ!!」

シュテルはU-Dに対して誘導弾はおろか、生半可な砲撃でも牽制にすらならない事を見て取り、完全に足を止め、一撃一撃に全力を込めて砲撃を繰り返す。
炎熱の魔力変換資質により熱量という破壊力を伴う紅蓮の魔力光の奔流が、彼女が咆哮の如き叫びを上げると共に空を裂いて突き抜けてゆく。

マテリアル二人による、コンビネーションというよりも圧倒的なまでの力技による怒涛にして苛烈なまでの攻めの前に、U-Dはほんの僅かにたたらを踏む。

「今だッ。雷刃滅殺ッ、極光斬ーッ!!」

それはほんの一瞬の隙だったが、この場において最速で翔けるレヴィにとってはその刹那でも十分。
青い稲妻を迸らせ、魔力を高圧縮させることによって形成される大型剣を全力を以ってU-Dめがけて振り下ろす。

だというのに、U-Dはその渾身の一撃を魂翼より伸びる異形の腕の掌でいとも容易く受け止め、その上強固な圧縮魔力刃であるはずのそれを簡単に握りつぶしていた。
さらにダメ押しと、青い光が破片と散る中で一撃を真正面から受け止められて硬直してしまったレヴィの体を、もう一方の腕で鷲掴みにして捕らえていた。
高機動力によるスピードが唯一にして最大のアドバンテージだったレヴィにとって、速さを殺されたこの状態は絶体絶命の危機。
大型剣を成していた圧縮魔力刃を砕いたようにもう少しでも力を加えられれば、その時点でレヴィの命は尽き果てるだろう事は確実だった。

……だが、レヴィの口元に浮かぶのは笑み。そこに絶望の色など一切ない。
何故、と疑問を抱くU-Dの前でレヴィが叫ぶと共に、砕けたはずの刀身がそれぞれに寄り集まり6つの刃を形成、U-Dの魄翼を宙に縫いつける!

「雷刃封殺爆滅剣ッ! ──今だよシュテるん!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

レヴィの声に応えるようにシュテルは手にしたデバイスを槍のように構え、砲撃のために取っておいた距離を助走として一直線に空を駆ける。
加速を威力として、さながらその身を弾丸のようにしての突撃はU-Dの展開している障壁に阻まれて火花を散らす。

「轟熱滅砕ッ! ──撃ち抜いて見せます。たとえこの身が燃え尽きようとも……!」

阻まれ、それでもシュテルは止まらない。気を抜けば反作用に弾かれるところを踏み止まり、逆に障壁を穿つべく更に力づくで押し込んでいく。
そしてついにデバイスの先端がU-Dの障壁を突き抜ける。シュテルはデバイスからカートリッジを排出されると共に魔力が一挙に高まり、高密度の魔力球を作り出す!

「集え明星(あかぼし)。全てを焼き消す焔となれ! ──ルシフェリオン・ブレイカーァァッ!!」

そして、全ては紅蓮の閃光に包まれる。

膨大に過ぎる魔力に加え、その魔力の全てに魔力変換資質による熱量が付加されている。
距離による減衰の一切ない距離から受けては、普通の存在なら防ぐことはおろか原型を保っている事すら不可能。
そんな一撃を、シュテルは自身の事も省みず放っていた。それを悟りながらも、バインドに囚われ何も出来なかったなのは達三人は晴れ行く余韻を見上げていた。

「……捨て身の特攻からの零距離集束砲。……うん、今のは流石に驚いた。けど──」

──それでも私には届かない。

だが、紅蓮の閃光が晴れた先に在ったのは、異形の腕より伸びる凶爪で肢体を貫かれたシュテルとレヴィのふたりを背後に浮かべ、無傷で佇むU-Dの姿だった。

どれ程頑張ろうとも、全てを無へ還す自分には何もかもが無意味。
U-Dは誰をも否定してしまう自分自身に悲しげに目を伏せながら、レヴィとシュテルの行為には何の意味も無かったと告げていた。
それはまさに、絶望の体現者以外の何物でもない姿だった。

──ドクン

「!?」

だが、次の瞬間。U-Dの表情が驚愕に染まり、そして苦悶が浮かぶ。
突然の事に困惑するU-Dに解を示したのは、かろうじて意識をつなぎ止めていたシュテル。
シュテルはこの短期間の間にU-Dの制御プログラムを組み立て、先ほどの集束砲と共にU-Dに対して撃ち込んでいたのだ。

そう、シュテルの一撃は確かに届いていた。シュテルとレヴィの戦いは、決して無意味では無かったのだ。

元々が目覚めたばかりで不安定なところに撃ち込まれた制御プログラムに苦しむU-Dは、全てを放りだしてこの場から離脱した。
残されたのはダメージと魔力消費から駆動体の維持もままならない程消耗したシュテルとレヴィ。
ようやく拘束を破ったディアーチェがすぐに倒れ行くふたりを抱きかかえるようにして受け止めると、消耗したふたりに自分の魔力を分け与えようとする。

だが、シュテルとレヴィは首を振ってそれを拒み、逆に自分達に残された魔力の全てをディアーチェに渡し始めたのだった。
布石は打った。自分達の役割はここまで。だから後の事は王であるディアーチェに任せる。自分達の力と想いを託すのだと。

封じられていたのは闇の書の奥深く過ぎて全容が把握できなかったが、U-Dが起動している今なら『王』のアクセス権限で書の初期の頃の記録まで遡って閲覧できるはず。
そしてその砕け得ぬ闇の記憶の中に、あの悲しそうな瞳の幼い少女を救うためのヒントがあるはず。

そしてそれが出来るのが『王』のマテリアルであるディアーチェなのだと。

最後に、独りで苦しみ悲しんでいるU-Dの事を救って欲しいという言葉を残してマテリアルの3人の内、2人が消えていったのだった。
この場に残ったのは、消えた温もりを抱きしめるようにしてうずくまるディアーチェ。
そんな背中にかけるべき言葉を見つけだせないでいるなのはとフェイト。
闇の欠片の掃討を終え、新たに出現した魔力反応に急行してきたはやて達。

ここに物語を進めるための役者は揃った。それぞれが自分の想い胸に秘めて、今再び、立ち上がる。

同じマテリアル達から願いを託されたディアーチェはU-Dの暴走を抑えるための手段を求めて、自らの所持する『紫天の書』のデータベースへとアクセスする。
悲しんでいる人を助けたいと想うなのは達もまた、ディアーチェの助けをしたいと出来る事を模索する。
……そして、誰をも拒絶するように展開した結界の中で、完全な覚醒のために独り力を蓄えるU-D。


今、垣間見る砕け得ぬ闇の記憶を通じて、闇の書にまつわるその始まりが明らかになる。



魔法少女リリカルなのは The MOVIE 3rd ~紫天の空を征く者達~

2013年5月──公開予定。




「もう泣くなっ! 貴様の絶望など──我が闇で打ち砕いてくれるわッ!!」










あとがき

はい、嘘です。今年(2012)の4月1日に書いたネタの再投稿です。来年のGWにダイジェストじゃない版を書く予定はないです。



[18519] 魔法少女リリカルなのは -The MOVIE 3rd- /ZERO
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/07/16 19:37

 『理』を司るマテリアルであるシュテルと、『力』を司るマテリアルであるレヴィのおかげで、ひとまずは窮地を脱する事が出来た。

 だが、U-Dはあくまでこの場から離脱しただけであり、何一つとして解決はしていない。
 二人がかりの決死の特攻でなお無傷であったU-Dは、人のサイズで在りながらもその力は闇の書を闇の書たらしめていた、かの防衛プログラムに匹敵、あるいはそれ以上。
 おそらくは、まともに戦おうとすればこちら側の被るであろう被害は甚大であり、それほどの被害を受けてなお、倒せる保障など何処にもない。

 それでも、希望はまだ残っていた。それは、シュテルの残した言葉。
 『王』を司るマテリアルである“闇統べる王”(ロード・ディアーチェ)ならばなんとか出来るというもの。

 そもそもとしてシュテルとレヴィがU-Dを撤退させられたのは、不完全ながらも組み上げたU-Dに対する制御プログラムを打ち込んだ事に由来する。
 だが、U-Dが起動してからのこの僅かな時間では、いかにマテリアルの中で『理』を司るシュテルでもゼロからプログラムを組み上げるなど不可能に近い。
 つまり、シュテルが組み上げた制御プログラムには何かしら雛形となった物があるはずなのだ。それさえあればU-Dに対する切り札を手にする事が出来るはず。
 そしてそのデータを持っているはずなのが、三基のマテリアルの中でも中枢を担う『王』を司るディアーチェに他ならない。これがシュテルの言葉に秘められた意味。

 これらは半ば憶測だが、シュテルの最後の言葉を信じない理由はディアーチェには存在しえない。
 臣下が出来ると言ったのだ。ならばその上に立つ王が成し遂げるのは当然の事。故にディアーチェは確信を以ってシュテルとレヴィより託された想いに応えるのみ。

 ……ただ、不思議なのはディアーチェの心の中にはU-Dに対する怒りも憎しみも無かったという事だ。
 何だかんだといいつつも、ディアーチェは臣下たるシュテルとレヴィの事を大切にしていた。それを害されたのだから、憎悪の感情を抱いたとしても不思議ではない。
 だというのに実際にディアーチェの心に在るのは、U-Dを手中に収め、消えた二人を復活させて自分達全員が誰ひとりとして欠けずにいるという光景。
 その輪の中に当然のようにあの金色の髪をした幼い少女の姿あり、あんなに悲しくて辛そうではなく、自分に向けて微笑んでみせている。

 何故そんな風に思っているのかは、ディアーチェ本人もまだ分からない。だが、その光景が自分の望んでいる物で在るというのであれば実現させるのみ。
 そもそも、『王』の仕事は決定と決断だ。悩みやら疑問やらは『理』のシュテルの領分。上に立つ者として、部下の仕事を奪い取るわけにもいかない。
 そうして疑問を棚上げにすると、ディアーチェは自身の魔導書『紫天の書』のデータベース、一番深くに向けてアクセスしようとする。

 だが、いざ実行しようとした時、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、そして八神はやての三名も一緒にデータ閲覧をしたいと言い出してきたのだ。
 なのはとフェイトはシュテル達にディアーチェの事を頼まれたのだからと。はやては自分は夜天の主なのだから、闇の書が関わる事なら自分も出来る事をやりたいと言って。

 正直に言えばディアーチェは煩わしいとは思ったが、強い意志の籠る瞳は諦めさせるのも骨であり、そもそもとして時間的余裕がどれ程在るかは分からない。
 折れたわけではないが、それでも好きにしろとだけ言うと三者共に嬉しそうにして、そんな姿に嘆息を漏らしつつも今度こそディアーチェ達は書の記録へとダイブする。







 マテリアル達も“砕け得ぬ闇”も、どちらも闇の書の奥深くに封じられていた存在。故にディアーチェの『紫天の書』もまた闇の書の辿った遍歴を記録していた。
 そのため、書の記憶領域にダイブして最初に見たのは闇の書の守護騎士達、そして管制人格たる女性が戦いに明け暮れるばかりの日々だった。
 様々な時代や場所を背景にして。だがやっている事は何時も同じ。魔導師や騎士を襲ってリンカーコアを蒐集し、書のページを埋めるために多くの負の感情を積み重ねる。

 そしてある時は完成した闇の書の暴走によって。またある時は完成させる前に討ち滅ぼされて。
 過程には幾らかの差異はあった。それでも闇の書は何時も最後には主となった人や周囲に在った物、そして自分達も含めた全てに破滅を齎していた。

 凄惨とも言える光景が繰り返されるのは3人の少女にとっては衝撃で、話に聞いて分かった気になっていても現実はそれ以上であったと立ち竦んでしまっていた。
 そんな3人に対してディアーチェは鼻を鳴らすようにして、この辺りの記憶は求めているものではない。もっと奥に行くとだけ告げて流れる光景を早回しにする。
 高速で次々に流れていく記憶はなのは達には断片的にしか読み取れず、おかげで受ける衝撃も少なくなって幾許かの余裕が出来た。
 それはディアーチェが3人の事を慮って、あまりこの記憶を見せないようにした結果なのかは、先導するように記憶の中を行く背中からはうかがい知ることは出来なかった。

 ……やがて徐々に過ぎていく記憶の情報量が減って行き、最も始まりに近い、記憶の一番奥深くの領域へと辿りついていた。
 これは過去の記録。まるで幻のように形成された空間の中に4人の少女達は立ち止まる。

 ──戦争が激しくなってきた。騎士達の消耗が早い。
 ──騎士と呼べるレベルまで育成するのを待っては遅い。
 ──やはりここは“永遠結晶”(エクザミア)の実用化が急がれる。

 誰かの会話ログらしきものが再生される。これにより、どうやら自分達は確かに書の保有する記憶の最初に辿りつけたのだと知る。
 古い記録である故か、場所や人の顔などはあまり判別出来ない。それでも飛び飛びになりがちな記録を見ていく。

 これは戦争によって減少する戦力を早急に増強するための研究。
 古代ベルカの戦場の花は騎士であるが、カートリッジシステムを搭載するアームドデバイスの扱いは難しく、騎士の育成には時間がかかる。
 また、騎士は接近戦に特化した魔法運用を用いるため一対一なら滅法強いが、集団戦、特に向こうが遠距離からの大火力で攻めてくる場合は対応が後手に回ってしまう。
 戦闘は相手を視認したところから始まる。騎士の本領を発揮出来る距離まで近づくまでにかかってしまうリスクが、長く続く戦争において馬鹿にならない消耗となっていた。
 それらを解決するために、この時の研究者達はひとつの解を示していた。

 ──この少女が被験者。リンカーコアは保有するも、あまり才覚はない。
 ──これを戦闘出来るレベルまで早急に引き上げられれば戦力を担う数の確保出来る。

 不意に流れゆく記憶の視点が変わり、現れた存在に対してなのはとフェイトが声を上げる。視線の先に居たのはU-Dと呼ばれた少女の姿。
 だが、その姿に自分達が相対した時に感じた存在感はない。会話もまた、この少女は取るに足らないか弱い存在だと示していた。
 少女は黙したまま何も語らない。それは無感情ではない。悲しみと、それ以上の決意からこれからの事を受け入れようとしている。
 だが、そんな少女の内心の事などどうでもいいというかのように、会話は淡々と進む。

 ──エクザミアはリンカーコアに由来せずに魔力を生み出す。
 ──魔法は研究用に蒐集蓄積してある『夜天の書』を流用、習得過程を省略する。
 ──戦闘技術の無さを補うべく、自動迎撃のための白兵戦プログラム『魄翼』を用意。
 ──エクザミアと白兵戦プログラムを被験者のリンカーコアに施し、書へと蒐集させる。

 彼らの欲していたのは即戦力。そのために必要な物がシステムに組み込まれて行く。
 冷静な第三の観点から見ると明らかな詰め込み過ぎに思えるが、続く戦争の中で疲弊していた彼らにはその事に気付ける余裕も無い。
 当然のように膨大なデータ量に少女の魔力精製器官であるリンカーコアでは耐えられないので、いっそ書の方に移植してしまえという暴挙すら平然と行っていた。

 ──完成。エクザミアによる無限の魔力を根底に、永遠に戦い続けられるシステム。
 ──誰にも破壊されない力。“砕け得ぬ闇”(アンブレイカブル・ダーク)と命名。

 そうして少女の手には一冊の魔導書が収まっていた。少女のリンカーコアは書の方に取り込まれており、むしろ少女の方が書のパーツとなっている状態。
 これが後の『闇の書』の始まった瞬間であると、記憶を見ていた少女達は思った。
 だが、この時点ではまだ少女の持っている書は闇の書と呼ばれておらず、また、自分達が求めた情報も示されていない。
 まだ、終わっていない。そう思ったところで映像が切り替わる。

 それは少女の戦いの、……いや、少女が戦場で翻弄され続ける記憶だった。

 もとより殆ど戦闘訓練などした事もない少女が上手く立ち回れるはずも無く、碌に魔法を発動さる事もままならずに敵対者に接近される。
 そして自身に組み込まれた白兵戦プログラムが自動で迎撃していく。それだけが研究者の想定した通り、技術も何もない少女の制御を通り越して凶爪を振るう。
 エクザミア由来の膨大な魔力と直結しているそれは当人の意思とは無関係に周囲に破壊を齎す。

 戦う意志を以って戦場に立ったのだから、敵を倒す事は少女も覚悟はしていた事だ。
 だが、少女の意思の介入する余地もなく間近で敵が倒されて行くという状況は、覚悟していた光景とはまるで違う。
 敵性因子と定められたなら、たとえそれが明らかに手にかける必要性もないはずの相手であっても、何の感情も交えずに凶爪は命を刈り取っていく。

 自分の周囲は死と破壊が振り撒かれて行く。それを成しているのは自分。少女自身は誰も殺したくないと思っていても、自身の手は赤く染まっていく。
 覚悟していたはずなのに、それ以上の事を自分がしてしまっている事に少女の心は悲鳴を上げる。擦り減っていく。

 それでも少女は立っている。立っていられた。何故なら、その心を支える物があったから。

 幾つもの戦場の記録の連続の中で、不意に牧歌的な光景に映像が切り替わる。戦争とはまるで無縁そうな、穏やかな風が流れている。
 その中で少女はひとりでは無かった。相変わらず顔の判別が付きにくいが、少女の周囲には三人ほどの人影が在った。

 「ふ、こうして皆が揃うのは久しい事だ。今日は無礼講、我に対する不敬も特に許そうぞではないか!」
 「うんうんっ、やっぱり僕達の王様だねっ、話が早い!」
 「ただ、私達が常日頃から王に対する態度を思えば無礼講と言われても今更だとは思いますが、そこは王の顔を立てて何も言わないで置きましょう」
 「おい、思いっ切り言っておるではないか!?」

 リーダー格であるらしい人物を中心に、他の二人もテンションに差はあれど楽しそうに話をし、少女もまた、そんな輪の中で控え目ながらも笑って時を過ごしている。
 ここまで見て来た記憶とは打って変わって平和な記憶。ここに少女の守りたいものがあった。だから、少女は頑張れるのだろうと感じられた。

 ……やがて三人の内の二人が何か遊びなのか勉学なのかに励む中、王と呼ばれていた人物と少女は離れたところからその様子を眺めていた。
 少女達の間には特に会話はなかったが、重苦しい沈黙ではない。ただ、こんな時間が何時までも続いて欲しいと噛みしめているような印象があった。
 だが、この穏やかな時間は続かない。自分達はまたすぐ戦場に行ってしまう事を、王は知っていた。

 「……済まぬな。我が国が隷属を強いられるような小さな国でなければ、うぬにあのような辛き目に遭わせる事も無かった」

 王はこの時の中にあっても少女の笑顔に陰りが在った事を悲しく思い、それを解消する事の出来ない、王と呼ばれる身であっても何も出来ない弱い自分を嘆いていた。
 人の上に立つ者として、弱音は見せるべきではないと普段は気丈に振舞っていたはずなのに、少女の前でぽつりとその本音を漏らしていた。
 少女が辛い想いをしているのも、そもそも自分が弱いから。だから、少女には自分の事を責める権利があるとでも言うように。

 「そんな事は無いです。王はとても凄い人だというのは私はもちろん、みなが知っている事です。
 そんな王だから、少しでもそのお手伝いをしたいと思って被験者になる事を私は自分から了承したんです。だから、私の事で王が気に病む事は何もないんです」
「だが……!」
 「弱くて何も出来ない私にはあの二人のように直接お手伝いは出来ないですけど、私がこうしている間は、私達の国は潰される事はないんです。
 私にはこの程度の事しか出来ないですけど、王はもっと凄い事が出来る人だと信じています、だから、私の事なんて気にかけず、王には王の成すべき事をして欲しいんです」

 明らかに疲弊はあるだろうに、それでも大丈夫だと言う少女は王に揺ぎ無い信頼を向けていた。
 それが分かったからこそ、これ以上少女に対して言い募るべき言葉を王は用意する事は出来ないであった。
 本当はこの心優しい少女には戦いの場などに出て欲しくないが、それを言う事は出来ない。だから代わりに決意を王は口にする。

 「……ああそうだな。うぬも阿呆な面構えをしている割に相当な頑固者であったのだったな。まったくもって仕様も無いヤツよ。
 仕方が無いから我も、早急にこの下らぬ戦いを終わらせてうぬが何時までもそうやってアホ面を晒していられるような世界を作ろうではないかっ」
 「むぅ、阿呆な面構えなんて酷いですよ、王!」
 「そうそれだ。我は先に無礼講だと言ったのだから、うぬも我の事を王などと呼ぶな。ちゃんと、その……、我の事は名前で呼べ」

 少女は王の悪態に拗ねたように頬を膨らませて抗議するも、直後に王から唐突に指摘された事にきょとんとした驚きを浮かべていた。
 だが、照れたかのように視線を逸らしている王にクスリと笑みを零す。

 「……はい、ディ──」

 と、少女が王の名前を呼ぶ最中で再び映像が切り替わる。戦争はまだ終わっていない。それを証明するように、より戦いは苛烈さを極めてゆく。
 その中で、少女は相変わらず与えられた能力を制御出来ず、殆どを白兵戦プログラム『魄翼』で敵を自動で殲滅するような形となっていた。
 本来であれば夜天の書の魔法を使う想定であったが、エクザミアから齎される膨大な魔力由来の堅固な多重障壁と『魄翼』はそれで劣勢に対抗をある程度出来ていた。
 研究者達が望んだ形ではないが、これはこれで有用な使い方であると、徐々に制御する事を放棄して少女を敵戦力の渦中に放り込むという運用がされるようになっていく。

 この事に少女と親しい間柄にある王達は反対するが、発言力の足りないそれではどうする事も出来なかった。
 せめて死地に単独で放り出される恐怖を少女に味あわせないように、なるべく随行するようにする事で精いっぱいだった。

 だがそれも、元々単独で高い戦力を保有する王達3人を何時までも纏めてにいるのはもったいないと強国からの圧力により、一緒に居られなくなっていく。
 そして少女の方も、味方からの流れ弾に『魄翼』が反応してしまった事を切っ掛けに、味方をも敵性存在と認知するようになってしまう。
 結果、少女もまた誰も自分に近づけないようになり、誰も傍に居なくなっていく。

 徐々に、だが破滅の足音はすぐそこまで迫って来ていた。

 ……そして破綻はあっけなく訪れた。
 行軍の最中、少女とは別部隊に組み込まれていた少女と親しい間柄にあった3人が、敵部隊の奇襲に遭った。壊滅状態に陥り、部隊員の生存は絶望的という報が入った。
 それは同時に、少女が守りたかったはずの物が崩れ去ったという事。

 もうあの3人と笑い合う未来が訪れる事はないという事実を悟り、少女の心の澱に溜まっていた想いが一挙に溢れ出し、涙となって少女の頬を流れる。
 嘆きの慟哭が少女の心に吹き荒れるが、戦場はそんな少女の事を慮る事など無い。敵の大隊が現れた事によって少女は戦場の最前線に何時ものようにひとり放り出される。
 孤独に佇む少女は目の前に押し寄せる軍勢を前にして、どうしてこんな事になってしまったのだろうと考える。

 自分は誰も殺したくない。そもそも、王達が居なくなったのだから少女には既に戦う理由も何もない。
 だというのに敵は自分を殺そうと殺到し、敵性存在を確認した事によって自身の背に展開される『魄翼』もエクザミアより魔力を汲み上げていく。
 もはや戦いは止められない。そして少女は何時ものようにこの光景をただ見続けるのだろうと知る。

 もう何も壊したくない。でも壊してしまう。一体どうすれば誰も何も壊さないで済むのかと考える中で、ふと少女に何かが囁きかけたようにひとつの考えが浮かび上がる。

 「……そうだ。最初から全部壊れていれば、もうそれ以上壊しようはないんですね」

 ぽつりと漏れたその内容に少女は不思議と腑に落ちる物を感じ、もはやこれ以上の案は他にないと妄信するように納得していた。
 今の少女は正常な判断が出来ていない精神状態であり、少女には疑問を挟む余裕など無い。

 少女の意思とシステムが今、噛み合う。噛み合ってしまった。少女が意識と無意識を動員して抑えようとしていた衝動が解き放たれる。
 エクザミアからの制限無しの魔力が溢れ、血と闇色の魔力に防護服の色彩が染まる。少女の事を捕らえて離さないというように、その身を縛るような紋様が肌に浮かび上がる。

 既に周囲を敵に囲まれ、味方からの援護も出来ないくらい戦場に孤立している様子はまさに四面楚歌。
 膨大に過ぎる魔力は少女の体を蝕み、耐えられないと体が軋んで悲鳴を上げる。このままでは自滅するだろう未来が何となく確信出来た。
 だが、少女は怖いとは思わなかった。エクザミアから齎される魔力から全能感が湧き上がり、どれほどの存在でも敵ではないと自然と思える。
 そしてそれ以上に、少女にとって守るべきものは……既に無い。

 「さあ、みんな、全部──」

 ──壊れてしまえ。

 少女は初めて、自分から全てを壊すべく力を振るったのだった。
 立ち向かってくる敵も、背を見せて逃げ出す敵も、たまたま近くに在った物も。全て平等に、見境なく『魄翼』より伸びる異形の巨腕が薙ぎ払い、握り潰し、圧し砕いてゆく。
 壊したくないと言うのに壊してしまう。その現実から抜け出したくて、より一層の破壊を繰り返して苦しさばかりが募っていく堂々巡り。
 壊して壊して壊しまくって。だが、少女の心は伽藍堂。気分の高揚も無く、破壊活動を楽しいとも思えず、ただ悲しみと嘆きばかりが折り重なる。

 ……そうしてどれくらい戦いとは名ばかりの虐殺をしてきたのかは分からない。既に少女には時間の感覚も希薄なものとなっていた。
 そんな中で不意に少女の体が硬直する。敵からのダメージではない。内側から喰い破る勢いで猛る魔力に少女の体が限界を迎えようとしていたのだ。
 戦闘の最中で苦しみ悶える少女のそれは、敵にとっては千載一遇の機会に映る。当然逃すわけはないと少女に対して砲火の構えを取られる。
 少女に向けられる瞳に宿るのは、少女に対する憎悪と憤怒。そして畏怖。それらを払拭しようとするように周囲に居る者達の魔力が高まる。

 色とりどりの魔力光が自分の事を殲滅せんと輝く光景を前にして、少女は抵抗しない。もしかしたら、これでようやく楽になれるのかと思って。
 『魄翼』は相変わらず勝手に戦おうとしている様子をしり目に、少女は瞳を閉じて自分に齎されるだろう終焉の一撃を待──。

 「■■■の事をいじめるのはどこのどいつだーッッ!!」
 「え……?」

 ──とうとしたが、唐突に耳に届いた叫びにまどろむように緩慢となっていた思考が鮮明としたものとなる。
 だが、理解が追い付かない。聞こえたその声が信じられない。まさかと期待と不安を抱きながら瞳を開く。

 そして少女の瞳に映ったのは、奔る紅蓮とマリンブルーの光が敵を急襲し、少女に向けられた敵意の矛先を打ち砕いていくものだった。
 その魔力の煌めきは少女にとって見なれた物。もう逢えないはずのその人が、自分は此処に居ると示すように陰る事無く燦然と輝かせる。

 「済まぬ。遅くなってしまったな」

 そして少女のすぐ傍にふわりとひとつの人影が舞い降りる。姿を見ずとも確信出来る。
尊大な態度ながらその奥に優しさを秘めるその人の声を、少女が聞き間違えるわけも無い。
 嬉しさに、枯れたと思っていたのにまた涙が溢れてくる。すぐにでもその胸に飛び込んで温もりを感じたいと思う。

 だが、少女は自分の元に駆けつけてくれた王の下へと駆けよる事が出来なかった。
 王は平然と何時も通りの口ぶりで語りかけてくるが、少女が見たその姿は纏う衣服もズタボロで、頭から流す血に全身を赤で彩られているというような状態。
 明らかに無事ではないというのに、まるで自分の事など気にかける必要はないというようなその態度に、少女は言いようの無い不安に駆られる。

 ……いや、少女も分かっている。生存は絶望的と言われた場所からの離脱。そして間を置く事も無く敵軍の真っただ中に孤立していた少女の下に駆けつけたのだ。
 そこにどれほどの無理と無茶を押し通してきたのか。言葉にせずとも、その姿は何よりも雄弁に物語っていた。
 見れば一緒に駆けつけてくれただろう2人も、最初こそいつも以上の動きを見せていたが、ほんの僅かに目を離している間に目に見えて動きに精彩さを欠いていた。

 相も変わらずこの場には希望は無く、あるのはただの死地だけだった。

 故に少女は問う。何故自分のところに来てしまったのだと。此処にさえ来なければまだ3人とも生きる目はあったはずなのにと。
 それに対して王の答えは単純明快。ただ少女を独りにしたくなかった。それだけだと。

 既に大勢は決していた。いくらこの場で少女が孤軍奮闘の働きを見せようとも、戦争という大局では自分達の敗北は覆らない事を悟っていた。
 ならば最後ぐらいは大切な人を守りたいという想いを貫くだけ。それが王の、そしてその友たるふたりの臣下の選択だった。

 少女と王がそんな会話をしていると、周囲に他者に侵入を阻む結界が展開される。
 長くは持たないが、これでしばらく時間は稼げると、先ほどまで無理を押して戦っていた2人もまた王の傍らに立つように少女の前に居た。
 そして続けられた言葉に、少女は今度こそ目を見開くように驚いて絶句する。

 ──夜天の書の力を使って自分達3人のリンカーコアを蒐集させる。

 研究者達はエクザミアの制御をあえて放棄して、暴走させる事によって敵を殲滅するという運用法を取っていた。
 だが、王達はそれに納得していなかった。故に研究データを盗み、エクザミアを制御するための機構を今までずっと模索していたのだった。
 永遠結晶を中核に、取り巻くように組み込んだ三つの構成体(マテリアル)によって魔力を制御する無限連環機構の構想。それが王達が導き出した答え。
 実はほぼ完成にこぎつけたのだが、少女にこの追加システムを示す前に今回の戦いが始まってしまったのだと王達は言う。

 ただ、ほぼ完成とはいっても、それは完成したわけではない。まだシステムに不具合は残っている。
 それを補うために自分達のリンカーコアを使う。そう言っていたのだ。

 自分なんかのために此処までしようとする3人に、少女は自分が居なければこんな事にはならなかったと言うが、それを王達は一喝する。
 これは自分で決めた事。それを蔑ろにされるのは侮辱以外の何物でもない。それに、自分達は命を投げ出すのではなく、少女に託すのだと。
 そして、少女の意見を無視して自分達の意見を押し通させてもらう事に謝りながら、3人は少女を取り囲むように立ってそれぞれ足元に魔法陣を展開させる。

 既に3人ともダメージの大きさと消耗した魔力量から、自分はもう助からない事を悟っている。こうしているだけでも奇跡のようなもの。
 ならばついでにもうひとつ奇跡を起こしてやろうと、王は自身のデバイスである『紫天の書』に記録させたデータを走らせる。
 エクザミアに対する干渉プログラムを起動、その活動を一時的に停止させる。

 次いで、外付けの追加プログラムとして、少女のリンカーコアに寄りそうように自分等のリンカーコアを打ち込む。
 それに伴うように、三人の輪郭がぼやけるように薄くなる。体ごと書に取り込ま行くその姿に少女は止めてと手を伸ばすが、その手は何も掴めない。
 3つの輝きは連なって円環を描く。打ち込んだデータも問題無く動きそうな事を確認し、最後に中心とリンクさせるばかり。

 だが、運命は最悪なタイミングで動きだす。

 あとは僅か一工程を残すのみとなったところで、王達が最後の力を振り絞って展開していた結界が破られ、続々と敵が四人の周囲を取り囲む。
 四人が四人とも儀式に縛られて動く事が出来ない。此処まで来てあと少しなのにと焦燥を浮かべるが、それで敵が手を休めてくれるわけも無い。
 周囲から今度こそ放たれた集中砲火に、王やその臣下である三人を直撃、かろうじて留めていた姿は容易く書き消され、さらにその奔る光は少女にも襲い掛かってくる。

 儀式の影響でエクザミアは機能停止中で、障壁も『魄翼』も発動しない。そんな中で少女は咄嗟に夜天の書を抱きかかえるようにして体を丸める。
 今、この書の中には三人の想いが籠っている。自分が消えるだけなら構わないが、このままではそれも無に帰されてしまう。
 だから、そんな事をさせはしないと体を張って書を守ろうとする。

 先に溢れていた魔力が余っているため、少女は障壁に頼らずとも素の防御力だけでも相当な物だったが、障壁による減衰も無く受ける攻撃から来る痛みに気が遠くなる。
 それでも歯を食いしばって書のプログラムの一部を書き換える。
 守るべきは自分のリンカーコアを取り囲むように並ぶ王達の意志。それを隠すように書の一番奥へと押し込む。
 これで書がダメージを受けても、表層にあるこれまで蓄積された蒐集データは破損しても王達は守れるはずだが、これだけでは書が焼き尽くされたらお終いだ。

 故にやらねばならないのは書の保全。元々書のデータに組み込まれている蒐集データの修繕するためのプログラムをエクザミアに直接繋げる。
 これでどれ程のダメージを受けてもエクザミアからの魔力バックアップによって書は破壊をまぬがれるはず。後はこの場を離脱させるための転移システムにも連結させる。

 此処までやって、書の一番奥に押し込めたその上に修繕と転移のプログラムで蓋をするような形になってしまったため、おそらくエクザミアはもう使えないだろうと思った。
 だが、少女は制御する事も出来ず破壊するばかりだったこのシステムを好きじゃなかったのだからこれで良いとした。
 むしろ、この破壊を振り撒くばかりの力は誰の手にも触れられるべきではないと、そこに繋がる書のシステムの全てを断ち切り、闇の奥深くへと沈めていた。

 夜天の書もこれまで破壊に付き合わせてしまった。だけど今度からは守るためにその力を振るって欲しい。

 ……そんな思考を最後に、少女に記憶は途切れたのだった。







 その後、夜天の書は少女の想いに応えるように転移を発動させて戦いの場から離脱した。だが、主であった少女は帰ってくる事はなかった。

 書だけ帰ってきて、折角作ったシステムが無くなっていた事に研究者達は嘆いたが、彼らが着目したのは何故か強化されているデータの修繕機能と書の転移機能。
 誰かが言った。これらを利用すればどれ程過酷な環境に放り込んでも何度でもこの書は再利用出来るのではないかと。

 その考えの下に、やはり魔法は才ある者に託すべきとし、その補助のために修繕機能の管轄内にデータとして管制人格のユニゾンデバイスを組み込んだ。
 これにより、たとえ書の主となった人物が戦場で果てても、書とデータである貴重なユニゾンデバイスを何度でも再利用出来るようになる。

 そして次なる主となった人物が書を手にした傍らには、管制人格である銀髪の女性の姿が在るようになる。
 更に戦力を増強のために守護騎士のデータも組み込まれる。これで夜天の書は本当の意味で完成であると周りは喜び持て囃した。
 これが、永い闇の歴史の始まりだと、誰も思い至る事も無く……。







 「……我はあやつの事を守りたかった。だというのに、何故忘れておったのだろうな」

 データへのダイブから帰還したなのは達は闇の書の歴史の始まりを目の当たりにしてそれぞれに想いを巡らせていた。
 そんな中で、ディアーチェはポツリと自身の手の平を見つめるように呟き、そして口惜しいというように力強く握りしめる。

 ディアーチェ自身は無限連環機構の構成体(マテリアル)であり、闇の書の蒐集データ
という“殻”を被る事によって人格と駆動体を手に入れた存在だ。
 そのため、あの記憶の中に在った『王』と呼ばれた人物とは違う。だが、自身のルーツを知って、何故自分達マテリアルが“砕け得ぬ闇”に執着するのかは分かった。
 システムという都合上、記憶を受け継ぐ事はなかったが、自分達に込められた意志が理由を知らずとも存在意義を果たそうとしていたのだと納得した。

 分かって、最後のシステムリンクが果たされないばかりにあの少女を長らく隣に在ったというのに孤独にしてしまっていた事が悔しかった。
 故に、今度こそ誓う。今だ独りで苦しんでいるあの少女の事を守ってみせる、救い出してみせると。
 それに追従するように、共に記憶を見て来たなのは達も名乗りを上げる。その事にディアーチェは煩わしいと言いつつも、何処となく嬉しそうに見えた。

 では早速U-Dの事を探しに行こうと立ち上がる面々だったが、そこにクロノ・ハラオウンが待ったをかける。
 自分達を行かせないように立ち塞がられてなのは達は何故と問うが、クロノは逆に、管理局員である自分達は何のために此処に来ていたのだと問いてきた。

 元々管理局では、闇の書の闇たる防衛プログラムという巨大が物を破壊した後の余波被害を想定して普段以上の人員をこの地に配置していたのだ。
 そしてクロノの視線の先に、闇の書の奥に封じられていた“砕け得ぬ闇”とマテリアルであるディアーチェの姿がある事に言わんとしている事を悟った。

 嘱託魔導師であるなのは達も闇の書の闇の余波被害を抑える事に納得して自分達も協力していた。それでも、ディアーチェ達の手助けをしたいのだと告げる。
 たとえクロノ達と敵対する事になっても譲りたくないと強い意志の籠った瞳を向けてくるなのは達だったが、クロノはそんななのは達に嘆息を漏らすと共に口を開く。

 「闇の書の余波被害は最悪を想定して多くの人員を用意していたが、中枢ははやて達が撃破し、残りの闇の欠片達の掃討も余裕を以って終える事が出来た。
 これにより、闇の書の余波被害は終わったと僕は見ている」

 なのは達は自分達が思っていたモノとは違う内容に顔を見合わせる。それを少しおかしそう見て、だがすぐにクロノは表情を引き締めて続ける。

 「U-Dも一応ロストロギア扱いになるだろうが、既に管理者が居るそれを、保護の協力はしても横取りなんて真似を僕達管理局しない。
 人海戦術は組織の得意分野であり、利点だ。幸い、人員は余っている。システムU-Dの探索は僕達に任せて、君達はより確実にU-Dを保護出来るよう念入りに準備していてくれ」

 U-Dには少数の精鋭をぶつける。ディアーチェも手段は見つけたようだが、ぶっつけ本番ではなくきちんと下準備をしてからにするべき。
 全ては適材適所。この広い次元世界で人間大のU-Dを探すのは、人数のある管理局で請け負う。そうクロノは表明したのだった。


 こうして最後に管理局のバックアップを得て、ディアーチェ達の対“砕け得ぬ闇”(アンブレイカブル・ダーク)の態勢は整った。
 後は、あの少女の事を迎えに行くのみ。




 ……なお、協力してくれる言われて、感極まったなのは達に抱きつかれたクロノが真っ赤になっている映像が記録され、後に事ある毎にからかわれる材料となったのは別の話。








あとがき
今年(2012)の4月1日のもうひとつ分。自分の中ではユーリの過去ってこんな感じなのかなと考えていたのを文章化してみたものです。
 ただ、かなり設定の独自解釈と改変をしていたりするので、実際のゲーム中の設定との矛盾も結構あるわけなんですが。




余談
これを書いている途中で思ったけど、マテリアルズは蒐集データという殻を被るようにして駆動体を得ているような感じだと思った。
 そしてこの蒐集データを被っているという時点で、マテリアルズはTS&ロリ化している可能性ってどれくらいあるんだろうと思ったりした。



[18519] 魔法少女プリズマ☆イリヤVSマテリア☆ライトニング
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/06/29 18:54

※これはIFシナリオ最終話Aの続きとなっております。
別に向こうを読まなくても問題無いと思いますが、一応、お知らせです。








ここは海鳴市の海上に位置する上空。常識で考えればこの場に人が居るなどあり得ない。
だが、異なる常識の敷かれた次元において培われた『魔法』という技法が、あり得ないと思えたはずの事を実現させていた。
故に、魔法を身につけた『魔導師』である少女達が、宙に浮いて立っている事も夢や幻などではなかった。

彼女達は、何の目的も持たずただこの場に居たわけではない。

一週間前に『闇の書』と呼ばれる破滅的な力を持ったロストロギアが破壊された。
それは無限の再生と転生を繰り返し、世に現れるたびに周囲に破滅を齎すものだったが、様々な人達の尽力によってその『闇』を破壊する事が出来た。
それにより、『闇の書』は本来の姿である『夜天の書』に戻る事ができ、事件は想定出来る中で最良の結果を迎える事が出来たのだった。

……本来であるならば、そこでこの事件は終わるはずだった。
たが、闇は破壊されはしたが、完全に消滅をしたわけでは無かったのだ。
魔導師達の総力を結集し砕かれた『闇の書の闇』の欠片達が、この地の魔導師や騎士達の記憶を介して復活しようと動き出していた。
それに気付いたこの事件に関わりを持った魔導師達は、各々の想いを胸に、事件を解決するべく夜の空を舞うのだった。

闇の欠片が再現するのは、怒りや憎しみ、悲しみといった負の感情。
誰もの心の中にある、自分達の心の中に押し隠していたはずの、否定し切る事の出来ないもうひとつの本音達。
誰もが自分の弱さや醜い部分を見せつけられて。だが、それでも心を強く持つ少女達は屈する事無く、自分の意思でしっかりと自分の未来へと踏み出していく。
今度こそ、闇の書の闇が齎す悲しみの連鎖を本当に断ち切るそのために。

……そんな戦いも今、終局を迎えようとしていた。

「大丈夫だよ、今の僕は消えるけど、でもいつか闇の書の闇としてじゃない『僕』として逢えるって信じてる。だから──」

三人の少女と一人の女性。その四人と向き合うようにして居るのは、闇の書の闇の構成体(マテリアル)の一基。
その姿は情報素体となったフェイトという少女と瓜二つ。だが、大人しい雰囲気のフェイトとは違い快活明朗な雰囲気を纏った、青髪の少女であった。
彼女は他の欠片達とは違い、独自の自我を持ち、自身を『力』の雷剣士と名乗り、砕かれた闇の書の闇を復活させるべく戦い続けて来ていた。

そんな彼女は、今まさに消えようとしていた。

身体全体が光に包まれ、映像がぶれるように身体を徐々に崩れてゆく。
だが、その表情に愁いはない。むしろ穏やかな笑みを浮かべていた。

『闇の書の闇』と呼ばれたものの正体は、集められたデータを守るための防衛プログラム。
最初はただ防衛の役割を果たしていただけだというのに、その働きが過剰となり過ぎたために、所有者に害をなすだけの『呪い』と断ざれて、切り捨てられた。
その事に憤りを覚え、自身を砕いた魔導師や騎士を憎悪し、同時に誰からも不要と言われた事を悲しく思っていた。
その想いがこの少女を突き動かし、この一夜の中に幾度も戦いを繰り広げていた。

だが、そんな少女の想いは、闇の書の本来の姿である『夜天の書』の主と、その従者が全て受け止めた。

怒りも、憎しみも。
悲しみも、寂しさも。

その想いの全てを込めた一撃を「泣いている女の子に胸を貸すぐらいどうって事は無い」と言って、真正面から受け切ってみせたのだった。
そして彼女の事を、誰も嫌ってなんか居ない、家族のように思っていると言ってくれた。

心に渦巻いていた負の感情を全て吐き出して、まっさらとなっていた心にその言葉が何の抵抗もなく染み込んでいた。
誰からも否定されるしかなかった少女は、その自身を認めてくれるという言葉に心満たされていた。
だから、彼女は笑っていられた。幸せな想いを抱いていられた。満足のままに、消えゆく自分を受け入れていたのだ。

「ダメっ、これからだって言うのに、消えるなんて……」

だが、夜天の主やその友人である少女達は、消え行こうという彼女を必死になって引き止めようとしていた。
前回は夜天の書の主を守るために防衛プログラムを切り捨てるしか出来なかったが、今この時は、彼女を孤独の中から救い出すことが出来たはずだった。
ようやく分かり合えたのに、ようやくその手を掴む事が出来たと思ったのに、零れ落ちようとしているのが悲しかった。辛かった。
だから、皆は口々に少女をつなぎ止めようと言葉を投げかける。

だが、全ては遅い。

彼女はこの場に辿り着くまで常に全力の戦いを続けてきており、その小さな身体に蓄積されたダメージ量は相当なものだった。
その上に、つい先ほどに自身の保有する魔力の全てを込めた一撃を先ほど放っていたために、完全に魔力もそこをついていた。
今でこそ辛うじて空を飛ぶ魔法は維持出来ているが、もう、自身を構成するだけに力も残されていなかった。
彼女が消える定めは、覆す事は叶わない。

そんな自身の身体と、周りにいる優しい人達の事を知って、それでも少女は微笑む。
闇の書の闇という出生なんて関係ない、彼女が『彼女』である故に心から自然と沸きあがってきた、外見に相応しい何の邪気も無い純粋な笑み。

実際のところ、消えたら終わりであって、次なんてあるわけが無い。
それでも偶然に偶然が重なって、奇跡が起こるかもしれない。そうすれば、もしかしたらもう一度逢えるかもしれない。
そんなあまりにも小さすぎる希望があるだけで、彼女には十分だった。

──今はさようなら

身体が消え、最後の言葉は言葉とならずに誰の耳にも届く事は無かった。彼女の存在は、まるで一夜の夢か幻かのようにただ静かに消えていった。
自分の居場所を求めて戦い抜いたひとりの少女は、この世界から完全に消滅したのだった。

だが、この場に居た少女達はきっと忘れない。彼女の最後に見せたその微笑みを。
少女は消えてしまっても、自分達がずっと覚え続けていれば、少女の存在は確かにあったと証明出来るのだから。









「……ふむ、気まぐれに『穴』を開けて覗いていた世界だったが、随分と面白いものが見れたものだな」

その一部始終を除き見ていた老人が、一人居た。
いや、老人というには顔も体つきも精悍なそれであり、伸びる髪や髭は白く染まっているがまるで衰えなど見て取れない。
まだまだ現役の真っ最中と、言葉にせずともその強壮な姿を見れば誰もが思う事請け合いだろう。
もっとも、本人に言わせれば全盛期と比べれば格段に力が落ちているとの事だが、それでも十分以上の貫禄と力強さを持っていた。

その老人は、元々別な案件の下に行動しており、今回この世界に繋がる『穴』を開けてしまったのは偶然以外の何物でもなかった。
だが、それでもふと見た先で行なわれていたやり取りは、見ていて面白いと思ったのだ。

老人は別に、そこに居た少女達の正義を成そうとしたその行動に感銘を受けたわけではない。
消えていった少女の背景に同情の念を抱いたわけでもない。
目を引いたのは派手な魔法の応酬であり、娯楽映画を見るような気分で居た。ただそれだけで、他意は無い。
むしろ、少女達の言動を『青臭い』の一言で笑い飛ばしていたぐらいだった。

そして、事はひとりの少女が消えた事で終わったのだ。これ以上老人には覗き見ている理由もなかったし、別段干渉する気も無い。
故に、何の尾を引かれる事も無く、無限に隣り合う平行世界を覗くために開けられた『穴』を閉じたのだった。

……だが、そんな老人にも気付かなかった事があった。
穴を閉じようとしたその瞬間、閉じるために発生した魔力の流れに巻き込まれて、消えかけていた少女の身体がその穴に入り込んでしまっていた事を。
その『穴』は覗き穴程度の大きさしかなく、本来なら誰かが通れるような代物ではなかった。
だが、その少女は身体を崩壊させ、消えかけていたからこそ、その程度の大きさの穴にも入り込む事が出来てしまっていた。

更に偶然は重なる。
確かに少女は身体を崩壊させてしまっていたが、ほんの小さな『穴』に吸い込まれる事によって、散ったはずの少女を構成する全てが一箇所に集まった。
そして『少女を構成する全てがそこに存在する』と言う事は、『彼女自身がそこに存在する』という事と意味は同じ。
老人が閉じた『穴』の向こう側である、彼女の元々いた“世界”とは違うこの“世界”は、そうやって彼女の存在を『認識』した。

世界は矛盾を嫌う。そこに少女が存在しているはずなのに、少女の存在が消えているなどという事は認められない。
故にその矛盾を解消するために、少女はそこに『存在する』と、世界が現実を塗り替えた。

偶然に偶然が重なって、奇跡は起きたのだ。
こんな事が起こりうるなど、魔道元帥とも呼ばれるこの“世界”においてたった五人しか存在しない『魔法使い』である老人にとって完全に考慮の外であった。
誰も理由も原因にも気付けない。そこには誰の意志も介入などしていないのだから。


彼女は確かに『その世界』から存在が完全に掻き消えていた。それでも、まだ少女の運命は終わっていない。

一夜を駆け抜けた少女の物語は、世界を変えて続いていく……。









あとがき

そんな訳で、雷刃ちゃんは別な世界へと移動しました。



[18519] 魔法少女プリズマ☆イリヤVSマテリア☆ライトニング いちっ
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2012/07/08 12:12
『コンパクトフルオープンッ、鏡界回廊最大展開!』

金の輪の中心には五芒星をもち、その周囲には白い羽をあしらった意匠を先端に頂いたステッキが声を発すると同時に、少女の身体は光に包まれる。
それは普段の装いから魔法を司る存在へと自らを昇華させるための重要シークエンス。まるで万華鏡のように煌めく光が、少女へ特別な衣装を纏わせる。
そして、身体を包む光は弾けたなら、その姿があらわとなる。

「魔法少女プリズマ☆イリヤ、推・参!!」

ピンクや白といった色彩を基調とした可愛らしい衣装に身を包み、母親譲りの新雪を思わせる銀髪をなびかせる。
そこに居たのは普段はごく普通の小学生だが、手にした魔法のステッキにより魔法少女となった女の子。
変身終了のお約束として、名乗りを挙げると共にビシリとポーズを決める。

……この少女、実にノリノリである。

「悪いやつらと愚鈍な男は許さないっ! ルビー、いくよっ!」
『オーケーマイマスター、集積魔力回路二次解放!』

そんな神の声的なツッコミに気付く事無く、少女は魔法少女としてのパートナーである、魔法のステッキに呼びかける。
応えるステッキもまた少女の意図の通りに魔力を解放し、その周囲を無駄にキラキラと光を振りまきながら必殺技のモーションに入る。

そう、少女は正義のために戦う魔法少女なのだ。鈍感で自分の気持ちに気付いてくれないあの人への恋心を胸に、今日も戦うのだ!
戦う魔法少女のお約束。ド派手でカッコイイ滅殺ビームを放つべく、手にしたステッキを振りかぶる……!

「一撃必殺っ、カレイドストラ……へぶッ!?」

だが、そんなノリノリな少女を無造作に叩き伏せる手があった。
そのあまりの手の巨大さは少女を容易くねじ伏せ、折角の必殺技シーンが一瞬にして台無しに。
これからが見せ場だったのに一体何なのだと、少女は後ろを振り返る。

「あんたは私の………………奴隷よッ!!」

そこには、巨大化を果したあかいあくまが鬼となって居たのだった。

「ひィィィィィ!?」



……そんな悪夢を見たイリヤの寝起きは、割と最悪だった。










第一話  ~それがふたりのファーストコンタクト!?~




イリヤは目覚まし時計のスイッチを止めながら、さすがにもう、小学生とはいえ魔法少女なんてものに憧れるような歳でもないというのに見てしまった夢にため息をつく。
確かに昨晩までは空を飛ぶ魔法とか、宿題を片付けちゃう魔法、あとは……恋の魔法とかなんてあったらいいなー、なんて思っていたりもした。
まあ、自分はまだ小学生なのだから、このくらいの事を考えるのは十分許容範囲だとイリヤは思っていた。

だが、実際の魔法少女なんてあんまり碌でもなさそうだという事実を知りたくも無かったのに突きつけられたんだよなぁと、身を起こしたベッドの上で視線を落とす。

『すぴ~』

そこには、自称「愛と正義のマジカルステッキ・マジカルルビー」である、胡散臭さ満点のステッキが気持ち良さそうに眠っていた。
ステッキが鼻ちょうちんを膨らませながら寝ているという時点で、ああ、やっぱりコイツ胡散臭いという想いを新たにしながらも、昨日の出来事はやはり夢でなかったと知る。

イリヤ、フルネームは『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』という名の、雪のような銀の髪を持つこの少女は、極々平凡な小学生として毎日を送っていた。
だが、昨日の夜に風呂に入りつつ何気なく窓を開けて外を見ていたら、上空で何かが光っているのを目撃。
なんだろうと思って目を凝らそうとしたら、イリヤ目掛けて一振りのステッキが、かくや豪速球と飛んできたのだ。

運よくその不意打ちを避ける事が出来たイリヤだったが、その後はもうとんとん拍子。
何がなんだか分からない内にルビーと名乗ったステッキがイリヤから血液を採取してマスター認証、さらに直接接触による使用の契約をさせられて。
果ては起動のキーとなる『オトメのラヴパワー』なんてわけの分からないものまで勝手に頂戴されて、イリヤの意向は完全無視で魔法少女にされてしまったのだった。

もはや完全に詐欺の領域である。

まあ、ここで終わっていれば、イリヤも一度は使ってみたい魔法を手にしたという事で悪い気分でもなかったかもしれない。
だが、終わらないからこそのこの騒ぎ。すぐに、本来のルビーの持ち主である女性が現れたのだ。

それは目を引く鮮やかな赤い衣服を身に纏った、高校生といった年頃の黒髪をツインテールにまとめた女性。
誰もが振り返るような鮮烈な印象を思わせる美人であり、名前は『遠坂凛』というらしかった。

ただ、当時はイリヤが手にしているルビーに対する怒りやら、何があったのかボロボロの身なりやらで、色々台無しという状態。
それでも、激昂に任せるだけでなく、冷静な思考でルビーに戻ってくるように言ったのだが、ルビーは『魔法少女はローティーンがベストマッチ理論』のもと、あっさり却下。
むしろツインテールの年増なんてお呼びで無いからとっとと国に帰っちまいな~、などと凛の神経を逆なでしたり、イリヤを騙して魔力弾をぶっ放したりとやりたい放題。

まあ、高校生の年頃で魔法少女を大真面目でやるのは色々イタイというのは分かる。というか、そんなところを誰かに見られたら自殺モンだと、凛も魔法少女を全否定。
じゃあ、現在進行形で魔法少女をやっちゃってる自分はどうなんだろうとイリヤは思ったが、それはまあ、別の話。

凛にしても不本意極まりないが、事情が有ってルビーの力は不可欠。
だというのにルビーには戻って来る気は皆無。
そこで苦肉の策として、凛はルビー自身ではなく、ルビーを持っているイリヤの力を借りるべく考えをシフトさせたのだった。
具体的に言えば、イリヤに自分の奴隷(サーヴァント)になりなさい、なんていう話になったのだった。
イリヤからすれば、いきなり奴隷宣言をされても困惑以外の何物でもなかったが、とんでもなく面倒な事に巻き込まれてしまったのだと、理解をせざるを得なかった。

その後、凛から詳しい事情を聞いたのだったが、その内容もまた随分とぶっとんだものだった。

何でも凛達は、ここ冬木市にはとあるカードを回収するためにやってきたらしい。
そのカードとは、極めて高度な魔術理論で編み上げられた特別な力を持つカード。使い方によってはそれひとつで町ひとつを滅ぼせるほどの危険物(らしい)。

そんなものが何故冬木市に存在しているのかは分からないが、それでも放置する事など出来はしない。
魔術とは秘匿されなければならないので、秘密裏に回収作業がされる事になった。

その作業に、倫敦魔術協会、通称「時計塔」における主席候補であり、この冬木市の出身でもある魔術師、凛が派遣された。
まあ、派遣されるまでの経緯には、教室ひとつを丸ごと吹き飛ばすくらいのケンカがあったりもしたらしいが、それも今は関係ないので割愛。
そして、幾ら主席候補とはいえ、生身でこのカードの回収は無茶が過ぎるという事で、(一応?)最高位の魔術礼装であるルビーが特別に貸し出された、という事らしかった。

ただ、ルビーには凛の言う事を聞くきはナッシング。理想としては凛の下に戻ってくる事なのだが、この愉快型魔術礼装の説得は非常に困難。
なので、自分の代わりに戦って欲しい、というのが凛の弁。
無関係な人を巻き込みたくないし、ただの小学生にいきなり戦え、というのは当然無茶があると凛も理解している。
それでも、カードの回収にはルビーの力が不可欠であるための選択だった。

当のイリヤは怒涛の展開に驚くばかりだったが、このヘンテコステッキに凛の下に戻るよう説得するのは非常に困難である事だけははっきり分かった。
それに、本当に魔法を使って戦うなんてちょっとかっこいいかも、なんて思ったりもしたので、何だかんだと受け入れる方向で話は纏まったのだった。



……と、それが昨夜の事。これがあの悪夢となった原因なのだろうとイリヤは思った。
色々と説明をしてもらったために夜更かしをしてしまって眠いが、何時までもベッドの上で考え込んでいても仕方が無い。
基本としてイリヤは普通の日本の小学生。今日この日も平日なので、普段通りに学校に行かなければならない。
とりあえずはこの暗雲としそうな気分を切り替えようと、朝の新鮮な空気を吸うためにベランダに出ようと部屋の窓を開け放つ。

「うぅ~、おなか空いたぁ~……」

だが、そこには見ず知らずの少女が干されていたのを見て足が止まった。

その少女は青い長い髪をツインテールにまとめており、綺麗に整った顔立ちをしていたが、言葉通り空腹なのか、何処となく精彩を欠いているように見える。
というか、何故一般家庭の二階のベランダに少女が干されているのかが分からない。ルビーとはまた別な意味で怪しさ満点だ。

「あ」

そして、ふと目が合う。どちらともなく声を上げる。
まるで野生動物と道ばたでばったり出くわしてしまったかのように、視線が外せず、お互いなんとなく見つめあってしまう。
その中でイリヤは、どうすればいいのかと様々な事を考え、

──ガラガラガラ、ぱたん。

窓を閉めた。とりあえず、見なかった事にしたらしい。

「って、コラーッ、僕の事を無視するなぁッ!!」
「いやいや、ちょっと待ってよっ。なに、なんなのよこの状況!?」

そして、互いの視線がなくなって緊張の糸が切れたかのように、窓を挟んで騒ぎ始めるふたりの少女。
外ではベランダの柵に身体をくの字に曲げるようにして乗っている少女が、手足をばたつかせて無視された事に憤る。
対するイリヤは昨日から続く現実離れした事に理解が追いつかない。

なんともいい塩梅に、ふたりとも混乱の中にいるようだった。

『おや~、朝からどうかしたんですか、イリヤさん?』

と、ここで目を覚ましたらしいルビーが、窓の傍で頭を抱えて悩んでいるらしいイリヤに声をかける。
自分に掛けられた声にハッとしたイリヤは、これを救いの声だとでも思ったのかすぐさまルビーを手にとって状況を説明する。

「ルビーッ、ちょっと女の子が干されて、外は今日もいい快晴なんだけど、気分転換しようとしたらワケがわかんないよ!?」

だが、混乱の中においてなんら纏まらず、何とも支離滅裂な内容となっていた。

『……ふむ、なるほど』

それでもここは年の功(?)か、ルビーは慌てるイリヤを他所に冷静に状況を分析する。
イリヤの立ち位置、言葉の内容、窓の外から聞こえる声。
それら諸々を吟味して、現状を理解する。その姿は、イリヤも不覚にも頼りになると思う程だ。

『あは~、なんとも(わたしにとって)面白そうな事態になってますね~』

だが、何処まで行っても、ルビーはルビーだった。
イリヤが混乱しているのを知ってなお、自分の楽しみを最優先するからこその愉快型魔術礼装なんて呼ばれたりするのだ。
断じてこんな場面で頼りになるなんて事は無い。

「……ああ、世の中って無常なのね」

そんな事を悟ってしまうイリヤだったが、それは小学生の言うセリフではない。

「おーい。ぐすっ、いい加減に僕を助けろよ~」
『イリヤさんイリヤさん。現実逃避もいいですけど、外にいる子の声に涙声が混ざってきてるので、そろそろ何とかした方がいいんじゃないですか?』
「……あ~。うん、そうだね。そうなんだけど……」

ルビーの言う事は正論だったが、なんとなくルビーが正論を言うという事に釈然としないイリヤだった。

まあ、自分の部屋の外に女の子がいるという状況は良くない。というか、むしろヤバイ。
もし外から見たら、部屋から閉め出されて泣いている少女がベランダに居ると解釈されそうだ。
そうなると状況的に少女を追い出したのは部屋の主であるイリヤという事になる。

つまり、ご近所さんに『アインツベルンさん家のイリヤちゃんは実はいじめっ子』と思われてしまう可能性があるという事で……。

「……うんっ、今助けるからちょっと大人しくてて!!」

なんだか凄く嫌な想像をしてしまったイリヤは、ようやく事態の解決に動く事にした。
そうと決まれば話は早い。さっさとベランダへ身を躍らせると、柵の上に居る少女を引っ張り上げる。

「痛いっ、いたい~ッ。そんなに引っ張るな~ッ」
「ちょ、だから暴れないでってばっ。というか近所迷惑になるから静かにして!?」
『ファイト~、ガンバ☆ ですよっ、イリヤさん!』

女の子が何者なのかはとりあえず棚上げしておくとして、まずは自分の部屋に連れ込むべくイリヤはひとり奮闘する。
ただ、イリヤは小柄な小学生の女の子であり、たとえ相手も小さい女の子であっても非力な身ではベランダの柵から下ろすだけでも一苦労だ。
ルビーはルビーで周りをぱたぱたと飛んでいるだけで何の役にも立たない。というか、気の抜ける声援を考えると、むしろ邪魔だった。

「せーの、えいやーっ! って、きゃぁっ!」
「う、うわぁっ!?」

それでもイリヤは頑張った。うら若き小学生の身の上で、ご近所さんに変な目で見られるのは嫌だと、ルビーの気の抜ける声援にも負けずに全力を尽くした。
勢いをつけて少女を引っ張り上げ、なんとか柵から降ろす事に成功した。ただ、勢いあまって床に倒れ込み、二人でふんずほぐれずな格好になってしまったが。

『お疲れ様です、イリヤさん。まあ、多元転身(プリズムトランス)していればそんなに苦労もしなかったんですけどね~』

……そういう事はもっと早く言え。イリヤはそう思わずにはいられなかった。






「う~、力が入らない~。こんちくしょー。おなかが減ってなければ、僕だってこんな無様をさらすことなんて無かったのに~」

そんなこんなでイリヤは青髪の少女を部屋の中に連れ込んだのだが、その口ぶりの通り、随分と弱っている様子だった。
足元もふらついていたので、とりあえずベッドに腰を下ろしてもらっていた。

『た、大変ですよイリヤさん!!』
「え、急にどうかしたの、ルビー!?」

さてどうしようかと思っていると、突然慌てたような声をルビーが上げる。
何があったのかは分からないが、普段は能天気にしているルビーの、その尋常ではない雰囲気にイリヤも緊迫した面持ちで固唾を呑む。

『この子『僕っ子』ですよ! これはポイントが高い……!』
「いや、ポイントって言われても分からないから」

どうやらどうでもいい事だったようだ。
興奮冷めやらぬと、なにやら汗を拭うようにしているルビーに対して冷めたツッコミを入れながら、イリヤは改めて少女の格好をみやる。

黒のボディースーツを身に纏い、青いベルトやマントをしている。そして左手の籠手とか靴とかは妙に金属っぽい。
本人が「これが当然」とでも言うように堂々としているので違和感を覚えないが、良く考えなくても明らかにおかしい格好だ。
こんな普通ではない、どちらかといえば魔法少女っぽい(しかもかなりエロい気がする)格好で、どうして自分の部屋の外にいたのかが全く分からない。

「え~と、とりあえず自己紹介ね。
わたしの名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンっていうの」

とはいえ、分からない事に何時までも頭を悩ませていても仕方が無い。
それに、ルビーによる昨夜の一連の出来事を思えば、これぐらいは大した事は無いと考える事にした。
まあ、早くも何かに染まって来ている事にそこはかとない不安はあるが、その辺りも纏めてスルーする。
とりあえず相手は言葉が通じている事は確かなので、コミュニケーションの第一歩として、イリヤはまず自分が名乗る事にした。

「イリヤスフィール・フォン・ドヴォー?」
「いやいやいや、途中から食べ物になってるから!」

むしろ、フォンより後ろはかすりもしていない。

「……え~、コホン。とりあえずわたしの事はイリヤでいいから。それで、あなたの名前は?」

まあ、イリヤとしても自分のフルネームが長ったらしい事は自覚している。こんな間違いのされ方は始めてだったが、気を取り直して自分の愛称を教える。
ちなみに、隣でルビーが『この子はお約束を知っている……なんて恐ろしい子!』と戦慄を催していたが、全面的にスルーだ。

「僕の名前、だと……? ふふん、聞かれたからには答えなければなるまい!」

と、少女は何か琴線に触れるような事でもあったのか、弱っていたはずだというのに急にベッドの上に立ち上がり、カッコ良さげなポーズを決める。

「我が名は雷光ッ。夜天の書が防衛プログラム、その“力”の構成体(マテリアル)とはこのぉ……、僕の事だぁッ!!」

少女はさっきまでの姿からは精彩を欠いていたはずだった。
だが、今の彼女はそん弱さなど見て取れず、その表情にはなんとも力強さに満ち溢れていた。
まるで、その自分の名前に誇りを持ち、名乗る事が誉れであるかのよう。
イリヤは、そんな自分の目の前で堂々と名乗りを上げる彼女の事を見上げたまま動けなかった。

『夜天の書』『防衛プログラム』『“力”のマテリアル』……。正直なことろ、それらのキーワードの意味するところはイリヤには分からない。
それでも、名乗りを上げる少女を見て、イリヤの直感は確かに告げていた。

(この子、すごくアホっぽい……!)

思わず心境がそのまま顔に出てしまうイリヤだった。

「ああッ、今、僕の事をアホっぽいとか思っただろ!!」
「え!? いやあの……うん」
「『うん』とか言うなーッ。どいつもこいつも、僕はアホでもバカでも無いんだぞッ!!」

本人は違うと全否定するが、その口ぶりから、他の人たちからも結構ちょくちょくアホ呼ばわりされていたのが見え隠れしていた。
というか、イリヤはまだ『バカ』とは言っていない。そこは被害妄想だ。

『僕っ子だけでも高ポイントだというのに、何という絵に描いたようなアホの子っぷり……。ぐふっ!? い、イリヤさん、この子、すごい強敵ですよ……!』
「え~と、とりあえず埃が立つから、ベッドの上で騒がないでくれないかな?」

何故かルビーはダメージを食らっていたが、やはりイリヤはスルーをした。

「なんだとぉッ、僕に命令するなふぅ~……?」
「って、え、ど、どうしたの!?」

ベッドの上で地団駄を踏むように憤慨して見せていた少女は、突然糸が切れたかのようにそのまま倒れこんでいた。
その急なアクションに驚きを抱きながら、何が起こったのかとイリヤは少女に声をかける。

「うぅ、目が回るぅ……?」
『まあ、お疲れのところでアレだけはしゃげば、そりゃあぶっ倒れもしますよね~』
「……」

やっぱりこの子はアホだと思うイリヤだった。

『それでイリヤさんはこの子の事をどうするおつもりですか?』
「どうするって、そりゃあ……、どうしよう?」

気を失ったわけではないが、とりあえず静かになった少女を尻目に、これからどうしようかという事をまだ全然考えて居なかった事に気付いて、再び頭を悩ませる。

とりあえず、この少女は面倒な事情を持っている事はなんとなくは分かった。
でも、だからと言ってイリヤにはまだ、選べるだけの選択肢は用意されていない。
この少女は悪い子ではないとは思うので、現状では見捨てるような事はしたくないと思う程度だ。
とりあえず、家族にこの少女を紹介してどうなるのかを脳内シミュレートしてみる。

両親はふたり一緒に出張中なので、現状家に居る家族は自分を除いて3人。
まず、兄である衛宮士郎は、困っている人を放っておけないお人よしであるから、問題は無い。むしろ、率先して彼女の助けになるべく動くと予想。
次に、イリヤの姉のような友達のような良く分からない立ち位置にいる(一応)メイドのリーゼリットも、自分が頼めば『おっけー』と軽く言ってくれる気がする。

「う~ん、お兄ちゃんとリズは話せば分かってくれるとは思うけど、問題はやっぱりセラだよね~……」

イリヤの脳裏に思い浮かぶのは、リズはすっかり忘れているが、アインツベルンに仕えるメイドとして、家主が留守にしている一家を支えるべく働くセラの姿。
セラは意地っ張りかつ冷静沈着な性格をしていて、その上生真面目だ。
たとえ相手が女の子であろうとも、どこの誰とも知れない相手が自分の知らないうちに家に入り込んでいたら、きっといい顔をしない。
むしろ、家を守るためとか言って、こんな弱っている子だろうとも追い出そうとするかもしれない。

「まあ、セラも本当にそんな真似をしたりは……、しないといいなぁ……」

イリヤもセラの事は信用も信頼もしているが、この少女に関してはあまり良いイメージが湧かなくてなんとも微妙な気分になる。
まあ、いざとなればセラ以外の全員でお願い攻撃をすれば折れてくれる気もするので、見つかっても多分大丈夫という事にしようと思う。

「う~、もうダメだ。バリアジャケットの維持も出来ない……」
「は?」

と、そんな中、ベッドに倒れ込んでいた少女から聞こえた何やら不穏な言葉に、イリヤは半ば反射的に振り返る。
一体何の事かと思ったが、直後、イリヤが振り返った先で彼女が周囲を金色の光によって描かれたような帯状の図形に囲まれていた。

「な……!?」

同時に、彼女の身体が金色の輝きに包まれたかと思えば、先ほどまできていた衣装は消え失せ、一糸纏わぬ姿となっていた。
その光景は、まさにイリヤの想像する魔法少女の変身シーンの逆回しのようで、信じられない思いを抱く。
そして何より、白磁のように透き通るような肌の少女の立ち姿を綺麗だと思い、思わず見とれてしまいそうになってしまっていた。

「……って、何で裸なの!?」
「何でって、バリアジャケットを着ける前は何も着ていなかったからに決まってるだろ?」

少女は髪を止めていたリボンも消失しているために下ろされた青髪を払いながら、イリヤの疑問に答える。
彼女は防衛プログラムの断片として発生したため、それ以外には何も持っていないのだが、イリヤからすればそんな事はそれこそ知らない。

『ふ~む。今のは多元転身とは違いますね。魔力を直接編みこんでいた衣服が魔力不足により強制的に解かれたとでもいうのでしょうか』

ルビーは今の光景を冷静に分析していたが、イリヤにしてもれば、そんな呟きも耳に届いていなかった。
今の少女は完全に素っ裸状態。見ず知らずの女の子を部屋に招き入れたらこんな事が起こるなんて想定外にも程があった。

「え~と、とりあえずは裸はマズイから、わたしの服を貸すからまずはそれに着替えてよ!」

イリヤにはその気は無が、自分の部屋で、しかもベッドの上に綺麗な女の子が裸でいるという光景は、何かイケナイ気がする。
まずはそれを解消するのが先決だと、自分の普段着を取り出すべく、視線を逸らす意味も込めて少女に背中を向けるようにしながらタンスを漁る。

「はいっ、多分サイズ的には着れると思うから!」
「うわっとっ?」

そして半ば押し付けるように手に取った服を少女に手渡す。結構適当に選ばれたそれを受け取った少女は、突然のイリヤの行為に驚いた様子だった。
だが、すぐに手渡された服に興味が移ったらしい。広げるようにしてそれがどんなものかを見定める。
その姿は、裸という事を考慮の外におけば、外見相応の女の子だ。

「……中々良い服だね! うん、気に入った!」

服は少女の眼鏡にかなったらしい。中々、という割にはかなり嬉しそうだった。
そしてさっそく着替えようと、嬉々とベッドから立ち上がり、まずは下着からと手を伸ばす。

と、その時、

「おーいイリヤ。そろそろ起きてこないと学校に遅刻す、るぞ……?」

ラッキースケベの降臨である。

「……」
「……」
「……」

何時まで経っても来ないイリヤを起こしに、義理の兄である衛宮士郎が部屋のドアを開けていたのだ。
ノックをしないのは普段なら問題なかったのだろうが、素っ裸の女の子が居る部屋のドアを開けたという、今このタイミングにおいては明らかに悪い。

そのあまりの予想外の事態に、この場に居る全員の思考が停止する。

「……あ、いや、別に覗こうってわけじゃなくて、イリヤが寝てるのかと思ってで、悪気も有らずに眼福と思ったりなんかはっ……」

最初に硬直が解除されたのは士郎だった。
部屋の中にいる全員の視線を一身に受け、自分が何をしてしまったかに遅まきながらにも気付いた士郎は焦りながらも弁明を始める。
だが、たとえ真実がなんであろうとも、この場において男性の発言力は皆無である。

「君は……!!」

少女は咄嗟に手近にあったそれを掴むと、キッと士郎の事を睨みつける。
睨まれた側である士郎は焦燥に急かされるが、その思いに反して体は動こうとしない。
それはさながら蛇に睨まれたカエルか、死刑台に上った死刑囚か。どちらにしろ、今の士郎は圧倒的弱者のソレ。

「僕の着替えを覗こうだなんて何のつもりだぁぁぁぁっ!!」

そんな士郎へ、少女は全力で手にしたモノを投げつける。それは、一切のブレもなく一直線に飛翔すし、

『チェスト~ッ!!』
「ふごぉっ!?」

柄先が士郎の顔面、もっと言えば人体の急所のひとつ、鼻の下と唇の間にある『人中』にクリーンヒットしていた。
どれ程の威力と勢いがあったのか、投擲されたステッキという一撃を受けた士郎の身は宙を舞い、そのまま床へと倒れ伏せる。
見れば、完全に白目を剥いている。哀れ士郎は、ラッキースケベの対価としてその一撃の下にノックダウンされる事となったのだった。

「って、今ルビーって自分からお兄ちゃんにぶつかりに行ったよね!?」
『カレイド流活殺術、八十八手がひとつ「ルビードロップキック」です。ルビーちゃんはか弱いオトメの味方なんですよ~』

これが、世界を異とするふたりの魔法少女のファーストコンタクトであったのだが……。

「何だとォッ。僕は弱くなんてないっ、すごく強いんだぞふぅ~?」
「あなたも倒れるくらいなのに何でそんなにはしゃごうとするの!? というか服を着ようよ!?」

……なかなかにカオスであった。









あとがき
新連載の始まりかと思ったか? 残念っ、エイプリルフールでしたー!

ということで、去年の4月1日に一時掲載したネタの再投稿版です。とりあえず続くという事は考えていないのであしからず。
そういえばプリヤってアニメ化するらしいけど、来年の5月前後だったりするのかなー?
……なんて、自分が言ったら部妙にフラグが立ちそうな事は言いませんよ!



[18519] 魔法少女プリズマ☆イリヤVSマテリア☆ライトニング にっ
Name: のぶな◆9cb33a7c ID:3855d5d6
Date: 2014/04/02 23:14

「そうそう、一応言っておくけど、魔法とかそういう話は内緒だから間違っても他の人に言っちゃだめだからねっ」
「え、なんで?」
「なんでって……、それは言っても信じてもらえないと思うし、当然の事でしょ?」
「ふんだっ、そんな周りの評価なんて関係ないっ。僕には何も疚しい事はないんだから隠す意味も理由も何もないんだよ!」
「な、なんて自信満々っぷり……! なんか、わたしの方が正しいはずなのに、ここまで堂々とされるとなんだかこっちの方が間違っているような気がしてくる……?」
『イリヤさんがあっさり洗脳されている件。全くしょうがないですねぇ。ここはルビーちゃんが特別にひと肌脱いじゃいますか。……ちょっとちょっと、そこの僕っ子お嬢さん?』
「ん、何か僕に用かい?」
『ええ、あなたは魔法少女である事を隠すのに疑問を覚えているようですが、これにはれっきとした理由があるんです。それは……』
「それは?」
『その方がカッコイイからです!』
「なんか凄い適当な理由きた!?」
「な、なるほど!!」
「そしてそんな理由ですんなり納得してる!?」
『やはり魔法少女とは人知れず悪と戦いながらも、気になるあの人に正体バレになりそうなピンチでドッキドキ!? なんていうのがお約束ですよね!』
「人知れず悪と戦う……、何それ超カッコイイ。うん、僕が魔法を使えるのは内緒にするよ!」
「……うん、まあ、内緒にしてくれるんなら、もうなんでもいいや」










第2話




「さて、どういう状況なのか、説明してもらえますよね?」

ところ変わって、ここは衛宮邸のリビング。現在出張中の家主とその妻に代わって家を預かる立場にあるセラに、イリヤ達は詰問を受けていた。
あの後、さすがにあんなにバタバタと騒いでいて、他の人に気づかれないわけがない。すぐに何事があったのだと他の同居人達も集まってイリヤの部屋の前で集合。
そこで昨夜まで居なかったはずのもう一人の少女の存在が露見する形となり、いったい何者なのかを落ち着いて話をするために場所を移したのが現状、という経緯である。
まあその前に、年頃の少女が着替えている部屋の前で鼻血を垂らしながら倒れる男子学生を、やはり抹殺すべきと殺気立つ人を宥める場面もあったりもしたのだが、そこは割愛とする。

「色々と聞きたい事があるのですが……、まずはお名前を伺ってもよろしいですか?」

イリヤ達と対面に座るセラはそう言って話を切り出してくる。
セラのそれは物腰も態度も客人に対する丁寧なものではあるが、その瞳の奥には不審者に対する警戒心が剣呑な光となって宿っていた。
嘘も偽りも許さないと言わんばかりの雰囲気に、イリヤは思わずそれまで考えていた言い訳が頭から抜け落ちて、何も言葉が出てこない。
普段であれば、このような場面ならすぐに口を挟んでくるであろう衛宮家の長男である士郎は、何故か部屋の隅で簀巻きにされているため、当てにはならない。
そしてそんな士郎を突いて遊んでいる(?)もうひとりの同居人のリズに関しては、どうやらこの案件にはノータッチを貫くらしい姿勢である。
まさに周囲に味方はいないという状況で、この難攻不落であろう相手にどう立ち向かえばいいのだと、イリヤは答えの出ない悩みの袋小路を彷徨うばかりだ。

「お、僕に名を訪ねるのかい?」

だが、イリヤの隣に居る少女にとって、そんな事には全く気にする様子もない。むしろ、セラからの問いかけに目をキラリと輝かせる。
その姿に、イリヤの直感はど~~にも、嫌な予感を覚えたのだった。

「ふふ~ん、いいだろう、我が名はらい──」
「ああっ、ちょっと待って待ってぇっ!?」
「──ほぅっ!?」

そしてその予感を裏切らないように、名乗りを上げようとする少女だったが、おそらくはその内容は先ほど自分が部屋でされた口上と同じもののはずだ。
イリヤとしてもその内容の意味するところはよくわかっていないが、それでも『マテリアル』だとか『夜天の書の防衛プログラム』だなどを言われるのはまずい気がする。
これ以上場を混乱させてたまるものかと、イリヤは慌てて少女の口を塞ぐ。

「……らい?」
「そ、そうなのっ、この子の名前ってライっていうのっ。いい名前だよね!!」

当然のイリヤの行動に意表を突かれたのか、それとも、意気揚々と名乗ろうとした出鼻を抑えられてイリヤの手の内でバタバタともがく少女の姿に毒気を抜かれたのか。
セラは思わずといった様子で漏れ聞こえた言葉をオウム返しに呟くが、そんなセラよりもいっぱいいっぱいなのはイリヤである。
咄嗟に抑えたまではいいが、以後は完全にノープラン。どうすればいいのかなんて皆目見当も付かないが、とりあえずそのまま愛想笑いでごまかしながら場を何とか繋げようとする。

「ぷはぁっ、急に何をするんだよっ。というかイリやん、僕には『レヴィ』っていうれっきとした名前があって、ライなんて名前じゃないぞ!!」
「いきなりあだ名を付けられてる!? って、それは別にいいんだけど、レヴィって名前ならなんで最初『我が名は雷光』だとかって名乗ったの!?」
「それはもちろん、その方がかっこよさげだからだよ!」
「すごくどうでもいい理由だった!!」
「なにおーッ、カッコイイのは大事じゃないか!?」

だが、少女──レヴィの方からすれば、そんな事は知った事じゃないと、イリヤの手を振り払うと、折角の決め台詞をよくも邪魔をしたなと文句を言う。
そしてイリヤもまた庇おうと決めていたのに全くこっちに話を合わせようとせずにマイペースを貫くレヴィに反射的に言い返し、そのまま言い争いを始めてしまうのだった。
ただ、その発言の内容に関しては、あまりにも考えなしであった。

「……イリヤさん、もしかしてそちらの方は友達かと思っていたんですが、もしかして初対面なんですか?」

セラに指摘をされてイリヤはしまったと思うが、もはや後の祭り。吐いた言葉はもう戻せない。
イリヤはレヴィの事を友達だからと勢いでゴリ押ししてしまえと最初に考えていたはずなのに、まさか友達の名前を知らないなんて事はあり得ない。
なら、名前も知らない相手が何故部屋に居たのかについてなんて、イリヤにも分からないのに説明なんて出来るわけがない。
いくら朝っぱらからペースを乱されまくっていたとはいえ、迂闊としか言いようがない。

「えっ、いや、そんな事ないよっ、友達だよ友達っ。もう、親友って言っていいくらいマブな友達だよっ。ねーレヴィ?」

だが、ここまで来たら、もうやけくそだと逆に開き直ったらしい。勢いのままに自分達は友達だと言い張りながら、話を合わせてとレヴィに必死にアイコンタクトを送る。

「え、僕とイリやんって友達だったの?」
(だから話を合わせてってばぁぁぁぁッ!!)

どうやらまったく通じていなかったらしい。世知辛い世の中である。
きょとんとした顔で小首を傾げるレヴィに思いっきり叫びだしたい衝動に駆られるイリヤだったが、何とか心の中で盛大なツッコミを入れるまでで踏みとどまった。
それでもいい加減我慢が限界だと、ちょっと一言を言ってやろうとして、

「友達……。そっか、僕とイリやんは友達か……」

何かを噛みしめるように友達と呟くレヴィの横顔に、イリヤは言おうとした言葉を失ってしまっていた。
レヴィの心に去来するのは、ここにくる直前に戦いと対話を交わした末に、自分に対して手を差し伸べてくれた少女達の姿。
それまでの天真爛漫さは鳴りを潜め、何か遠くに想いを馳せているような姿に、何を思い描いているのかはイリヤ達にはわからない。
だが、それがレヴィにとって、とても大切なものであろう事はこの場に居る誰もが容易に想像できた。

「……分かったっ。イリやんがそう言うなら僕とイリやんは友達だ。よろしく、イリやんっ!」
「えっと、うん、こちらこそ、よろしく……?」

突然の事に困惑を覚えるイリヤだったが、真っ直ぐに嬉しそうな視線を向けてくるレヴィいに、思わず差し出された手を取る。
繋がれた手を、レヴィは友情の締結を喜ぶようにブンブンと勢いよく上下に振ったなら、それに振り回されながらも、なんだかんだと楽しそうな表情を浮かべるイリヤ。
そんな二人の姿を見ていたセラの肩にそっと手が置かれる。振り返ってみれば、さっきまでこちらに興味ななさげだったはずのリズが、何を言うでもなくセラの事を見つめていた。
無言のままに見つめてくる瞳が伝えたい事が分からない程、自分達の付き合いは短くはない。

正直なところ、セラはが仕える相手であるイリヤの母親の実家の事を考えれば、外見がどうであれ、あまりに出自の怪しい相手に気を許すわけにはいかないとこの場に臨んでいた。
だが、二人の少女の微笑ましいとさえいえる姿に、自分の考えがあまりにも無粋であるとしか言えない。

「……まあいいでしょう。話はイリヤさんが学校にから帰ってきてからにしましょう。それまではレヴィさんも家にいて構いませんから」
「え、レヴィが家に居ていいの!?」

セラは緊張をほぐすように一つ息をつくと、レヴィはイリヤの友人であると認め、外敵ではないというのであれば、客人ともてなすだけである。
素直にその想いを言葉にしたわけではないが、物心がつく前からの付き合いであるイリヤはその言葉の裏にあるものを感じ取り、驚きながらも歓喜をあらわにする。

「何をそんなに驚いているんですか。経緯は分かりませんが、年端もいかない相手を追い出すような真似を私がするとでも思っていたんですか?」

イリヤの発言に、やはりこのレヴィという少女はこの国ではまだ親の庇護下にあるだろう年代なのに、行く当てが無いらしい事が聞いて取れた。
その事は留意しながらも、あえて言及せず、それよりも何やら自分に対して不穏な思いを抱かれていた事に不満を漏らす。

「え、だって、ねぇ?」
「ああ、まあ、なんというか……」
「セラ、怖い」
「……ふーん、いいですよー。どうせ私はいちいち五月蠅い小姑ですよー」

そして衛宮家のあまりの満場一致っぷりに、いじけるセラだった。

「あ、いや、そういうわけじゃないよっ。セラっていっつも家の事やっていてくれるし、わたしもすっごく頼りにしているし!」
「そうそうっ、セラってすごいよなっ。俺にはとても真似できないぞっ」
「……本当、ですか?」

精一杯フォローするイリヤと士郎。そしてリズはそんなセラの肩にそっと手を置く。

「大丈夫、セラはウザいとか、目の上のたんこぶとか、ぶっちゃけ料理の腕はもう士郎の方が上なんじゃね、とか思ってないから」
「うわーんっ、みなさんはやっぱりそんな風に思われていたんですねーっ、しかも、士郎ごときに劣るなんて、なんて……、なんて屈辱ッ!!」
「……あっれー?」
「ちょ、リズっ、それってなんかフォローになってないよ!?」

持ち直したようで、リズの一言にさらに落ち込むセラだった。
それでも、士郎の事をこき下ろす事を忘れない点はさすがといったところなのだが。

「ま、いっか。イリヤも士郎も、学校に行って。ここはわたしが何とかするし」

レヴィに関する話はひとまず保留という形にはなったようだが、場はむしろ混沌とし始めている中で、リズは相変わらずのぼんやりとした表情のままそんな事をのたまう。
確かにただでさえ余裕のそう多くない朝の時間帯にこんなやり取りをしていたのだから、既に相当急がないと遅刻してしまいそうな時間帯に差し掛かっている。
だが、この場をいつもやる気のなさそうで、実際にダラダラと過ごしているリズに任せるというのはどうしようもなく不安である。

「え、イリやん学校行くの? じゃあ僕も学校って行ってみたい!」
「行ってみたいって、さすがにそれはちょっと……」

「レヴィ、これから『魔法少女マジカル☆ブシドー』を見るんだけど、どう?」
「う~ん、そっちも面白そうだけど、今はイリやんと学校に行く方がいいな。だから、イリやん一緒に行こうよ!」
「逃げるのか?」
「なん、だと……?」
「これより挑むは、1期から3期までの合計4クール分のアニメ一気見。付いてこれないというのであれば、ああ、逃げる事は恥ではない」
「誰が逃げるかーッ。いいだろうッ、その挑戦、受けて立とうじゃないか!?」

いうが早いか、どこかへと走り去っていくレヴィの事を追いかけながら、リズは肩越しに振り返りながら親指を立ててキリリとした顔をする。

「さあ、ここは任せて、二人は早く行く」
「リズがなんか頼りになってる!?」

割かし失礼な事が思わず口から出てしまうイリヤであった。









あとがき
ちょっとやっつけ仕事感な部分もあるので、後日加筆修正する予定です。


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