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[18432] 【習作】仕分け屋列伝【ねぎマ!など】
Name: 件◆c5d29f4c ID:4fba11ec
Date: 2011/11/19 13:39
はじめまして。OXと申します。

この作品はネギま!の世界観とキャラクターを基本として多作品の設定やアイテム、
転生者などのオリ設定をもりこんでみた実験作です。

オリジナルをごっちゃにした部分は完全にオリジナルにして分けて投稿する事にしました。



[18432] 仕分け屋の流儀ねぎマ編 1890
Name: 件◆c5d29f4c ID:4fba11ec
Date: 2011/11/19 13:25
仕分け屋の流儀1 AC2003年

現在

お前は転生者か?いや、いい。解っている。
そんな顔で私の元に来るものは、転生者くらいのものだからな。
戸惑っているんだろう?
 ここはお前の知っている、コミックの世界であることは間違いない。
だが、お前が知っている本来の物語からは、かなりの部分で逸脱している。


お前達の知る物語ではこの私、
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは幼少期に魔女狩りで両親を失い、
追っ手から逃げるために戦いに明け暮れ、
ついに吸血鬼でも指折りの魔術師となった。
そしてある英雄に惚れたはいいものの、
逆に呪いをかけられて学園の警備員にされた・・・・・・
たしか、そんな物語だったはずだな?

大方は事実だ。
私の幼少期は戦いに明け暮れたものだったし、
それが不愉快なものだったのも事実だ。
高位の魔術師であり、吸血鬼であることもな。
魔女狩りにあった不幸な女、
そんなところか?私に対する評価は。

そして、そんな高位の魔術師は教えを請うのに最適な存在であると、
お前らが判断するのもまあ、間違いではない。
大抵の転生者は私のところに学びに来るからな。
 だが、名前で解るとおり、
すでに物語は大部分で破綻している。
故にお前の知識は必ずしもあてになるものではない。

あとそれと言って置くが私の美貌につられるのはいいが!
お前が幼女趣味ならば、私のアルゼンチンバックブリーカーを食らうと思っておけ。
好きでチビなわけではないのだ。

過去

19世紀末の事だった・・・・・・ブラムストーカーが「ドラキュラ」を書き上げる前夜、科学と合理主義が魔法と宗教に取って代わる時代であり、大英帝国の支配に陰りが見え始めた時代の話だ。

仕分け屋。奴らはそう呼ばれていた。
在る存在が危険か、危険でないか。本物か、偽物か。有益か、無駄か。
そして有益ならば誰の手に渡るべきか。
その仕分けをする連中が当時あらゆる組織にいた。
近代化の名の下あらゆる神秘が封じられ、あらゆる最先端技術が開いていく時代にその真贋を見極める人材が必要だったからだ。

転生者(トリッパー)。お前達はそう自称しているな。
ある世界からその世界の中で物語とされている世界へと流れ着く者たち。
あるいは前世の記憶としてこの世界の歴史を知っている者たち。
時には世界の理から外れた(チートな)力を持って生まれる祝福された-時には呪われた-者たち。
それがいつから始まったことなのかは誰も知らない。おそらく、私が生まれる前から奴らはいた。

仕分け屋と転生者の道が交わった時、転生者は巨大な力を持ち始めた。
転生者たちはそれまで孤高の天才か、狂人として消えていくだけだった。
だがお前らは何が起こるか前もって知っている。そこに仕分け屋という組織の窓口が接触することで世界は奇形化を始めた。
なんということはない、お前たちの存在は国家や軍といった組織によって「本物」かつ「有益」だと仕分けられたんだよ。

私が始めて出合った仕分け屋の話をしよう。
ジョン。それがその男を表す呼び名だった。
本名ではない。仕分け屋は名前を捨て去った人種だ。
仕分け屋の権限は強大だ。一攫千金のチャンスを掘り起こすのも、世界滅亡の危機を見過ごすのも仕分け屋の匙加減一つで決まる。
だから組織は仕分け屋になる人物からありとあらゆる個人情報を剥奪し、その生命も管理下におくようにしていた。

「こんにちはマクダウェルさん、私はイギリス海軍の者でジョンっていいましてね。イングランドに来ませんか?」
その男はまるで映画館にでも行きませんか?と言うように気軽に言ってのけた。
ここは魔法世界の辺境にあるカフェで夜も更けてきたような時間で、吸血鬼を相手にだ。しかもそいつは布袋を覆面のようにすっぽり被っている。
どこからどこまで怪しすぎる奴だった。
大英帝国は異世界にまで殖民の手を広げるつもりか。それとも異端討伐か?

どっちにしろ、もうこの街にいるのは限界だな。
できるだけ騒ぎにならずに殺さなければ。
丁度魔法を発動しようとした瞬間に奴は私の前に「なにか」を翳した。
ガラス片のようなものだったと思うが、そこに移っている「なにか」はすさまじい生理的嫌悪感をもよおすものだった。
そこにあったのはあえて言うならば混沌。非ユークリッド幾何学的ななにからなにまで異常としか言い様のない光景だった。
私が一瞬止まってしまうほどには。
「私どもはあなたと取引がしたいのです。話だけでも聞いてくれませんか?」
狙い済ましたように奴は言った。今から思うと奴は手品師がそうやるように自分の奇妙さを演出することに長けていたし、なによりそれが大好きだったのだろう。
魔法使いには珍しくない人種だが、奴の持ってきたネタは日曜日の子供に最新工学の粋を集めたレジャーランドのチケットを翳す程度には有効だった。
つまるところ、奴が見せた手札は奴の狙い通りに私の興味を嫌と言うほど刺激した。
「手土産を持ってくる程度には頭が回るようだな、小僧」
私は何事もなかったように言い、奴も何事もなかったように聞いた。
「手土産。ええまあそのようなものですね。私の仕事を説明する資料の一つとお考えください」
「それで?取引とは何だ。私がイングランドに行くこととお前の仕事に何の関係あるんだ?」
「まず私はあなたに危害を加えるつもりはありません。その点についてはよくご留意ください」
そして奴は仕分け屋の仕事について説明を始めた。ミスター・ジョン劇場の前口上と言うわけだ。
よってらっしゃいみてらっしゃい。アフリカから取り寄せた本物のハリネズミだ、手にとって触ってもいいが、その前にようく説明を聞かなきゃいけないよお嬢さん。
「私共はこの仕事を説明する時、よくこのように言います。『この世にあってはならないものと、そうでないものを仕分ける「仕分け屋」』だと。ああ、誤解なさらないように。あなたはあってはならないものだと言う訳ではありません。あってはならないようなものとは・・・」
「さっきのようなもの、か?」
私も魔法世界旧世界含めて常人では見れないようなものを相当見てきた自覚があるが、あれはそのどれとも違った。訳のわからない気の狂った学者が作ってきた吐き気のする代物、笑えない代物はごまんと見てきたがその手の最新技術の奇妙さでもなく、古の怪物や伝説級のアイテムの神秘性でもない。
異質。その言葉がしっくりくる。あれはその存在全てが俺は「ここ」のものではないんだ。ここにいるべきものじゃないんだと大声で叫んでいるようなものだった。
この場合のこことは私の知っている世界全てだろう。少なくともあれが実は名前も知られていない数億光年の星に在るんだと言われても逆に納得するような代物だった。
仕分け屋とは「ああいうもの」を仕分ける人間だということなのか。
「ええ、そうです。時折ああいう「あってはならないもの」が見つかるのです。それだけではありません。旧世界では今や科学技術は恐るべきスピードで進んでいますし、逆に魔法や呪術は恐るべきスピードで滅んでいっています。それら失われゆくもの、新しく生まれたもの、そして「あってはならないもの」を危険かどうか、残すべきか伝えるべきか、誰の手にあるべきか。それらの仕分けをする者が仕分け屋なのです」
訂正。こいつらはわけのわからない最新技術も古代の神秘も扱う悪食のようだ。
大方こいつがあの手のわけのわからないものを集めてきては喜んで学者共がそれを弄繰り回すのだろう。
「能書きはいい。あれは何だ?あってはならないような代物だというのは見れば解る」
「あれはチベットの奥地で発見された数枚のガラスから作られた鏡です。レンのガラスと呼ばれるもので、持ち主はヒヤデス星団-おうし座の真ん中あたりにある星の集まりです-で作られたものだと言っていましたね。その効果はいわばゲートの魔法と同じです。異なる場所同士を繋ぐ。それだけならよくあるマジックアイテムですが、写る場所が場所でしてね。どうやらとんでもなく遠い場所を写すようです。どこだと言わないでくださいよ。私達が知りたいくらいなのです」
法螺もいいところな説明だったが、むしろあれが本当にどこにでもあるものだったら私は納得しなかっただろう。ヒヤデスだかプレアデスだかというのは抜きにしてもわけのわからない出自だというのは本当なのだろう。
「ならば少し貸せ。私ならば解るかも知れんぞ?」
「そうおっしゃると思いまして、あのガラスから出てきた生物の標本も持ってきました。このガラスも含めて差し上げますよ」
奴が鞄から出した瓶詰めの標本類もまた異常を極めた代物だった。
30cmほどの瓶に詰められた蝙蝠と蜂と人をぐちゃぐちゃに混ぜたような化け物。
箱詰めされた同じく蝙蝠に似てはいるが背中が緑、腹部が腐ったチーズのような色。顔は鼻とも嘴ともいえないような突起にボールベアリングのような真っ黒い単眼。肉は真っ黒だった。
半液状になった甲虫、エトセトラ、エトセトラ。
それらどこからどう見てもとことん狂っているとしか思えない代物を見ていると自分でも正気とは思えない欲望が芽生えてくるのを感じた。気になる。なんとしても気になる。
あの邪悪なガラスは私を引き寄せていた。あれが精神に釣り針をひっかけ、ワイヤーウインチで引っ張っているようだった。
魅了の魔法でもかかっていたのか?だとしたらふざけた話だ。今すぐ立ち上がってこの慇懃無礼な男をぶん殴って帰るのだ。それが賢明なやり方と言うものだ。
精神の上澄みの部分はそう思っている。だが、喉に引っかかった小骨のように私の内なる部分はあれを手に入れろ、何をしても手に入れるんだ、と叫んでいる。
理性と本能の綱引きの結果私の口はこう動いていた。
「いや、いい。それを早くしまえ」
奴は覆面の中の眼だけで微笑んで熟練の営業マンが書類をしまう様にあっというまに片付けてしまった。
「話を続けても?」
「好きにしろ」
今思えば奴は私がどういう反応をするかよく理解していたのだろう。
大方どこかの転生者から私の履歴書を手に入れていたに違いない。
なにしろ奴は仕分け屋。あらゆるものを収集し、判別する奴らなのだから。
「『伯爵』が死にました」
「ワラキアの王か。あの化け物が?誰に殺された」
ドラキュラ。ブラド・ツェペシュ。アーカード。
あれは本物の怪物だった。一度戦ったが、結局のところはあれを殺しきることはできなかった。
「ただの4人の人間によってですよ。他にもルスヴン卿、ヴァーニー卿、カーミラ女史も人間によって封殺、もしくは抹殺されました。ちなみに魔法使いによってではありません」
「馬鹿な!アレらが人間如きに!?魔法も使わずにあれらを倒せるものなどいるものか!」
「ですが事実です。旧世界では吸血鬼以外の幻想種は姿を消しつつあります。隠れ住む森は伐採され、人類の武器は進歩し続ける。これが今の時代なんですよ」
「それで?何が言いたい。何を求める」
「結論を急がないでください。物事には順序と言うものがあります。伯爵の死亡によってヨーロッパの吸血鬼社会、人狼社会の一部は方針を転換しました。彼らは自分たちの「資産」に気づいたんですよ。彼らは不老不死と吸血鬼としての力を「販売」することにしました。それも有力な政治家や腕利きの戦士、はては経済界の重鎮にね。彼らが得たのは富だけではありません。優秀な次代を担う人材、各業界の一流のノウハウ、人脈、さらにはコネと権力を手にしつつあります。彼らがその権力を用いて自分達を「吸血病」の患者として政府に認めさせ、血液を合法的に手に入れるシステムを構築しています。他の亜人種、幻想種も同様に人間に技術や種族特性を売り込んで人間社会に入り込みつつあります。逆に辺境に閉じこもる派閥も増えてきてますがね」
「宗教を駆逐し、科学を信仰する時代だからこそ、人外が栄えるか・・・・・・皮肉、いや当然の成り行きだな」
「彼らの中にはあなたを崇拝する者は少なくありません。そこでイングランド行きを打診したわけです」
「その若造共の子守をしろと?却下だな。飼われて生きる気はない」
「そうでしょうね。ですが私も多少の手土産がなければ帰れない身でして・・・・・・写真の一枚でもあれば納得するでしょう」
「只でとは思っていないだろうな?」
「ええ、これをご覧ください」
「ほう」
「一流だな。漢字で書いてあることからすると・・・・・・日本か?」
「はい、日本のオオサワ某という男から買い付けました。いい職人ですよ彼は」
「交渉成立だな」
「ありがとうございます。それともしよろしければアンケートにご協力願えませんか?」
「長いなこれは・・・・・・」
ただ、今思えばあのアンケートは心理テストだったんだろうな。
あの膨大な数の心理テストがあれば本人と同等の人格が作れるだろう。
「でしたら天の川の砂鉄で作ったコインが10枚ほどありますが・・・・・・」
「そこまでさもしくない。別にこれは羊皮紙でつくった契約書でも何でもないんだからな。それよりもお前の仮面の下はどうなっている?」
「ごらんになりますか?」
「認識疎外の呪文か。それでは誰もお前の顔を見ることが出来ないぞ」
「「あってはならないもの」とは世界を滅ぼすかもしれないもの、世界を滅ぼすかもしれないものは、世界を変える力のあるもの。それを仕分ける人間に顔も名前もあってはいけないんですよ。私はジョン・Q・パブリック(一般大衆)にすぎないのです」

現在

それでどうなったかって?
私は写真一枚と人造骨格の設計書を取引してそれで奴とは別れた。
その後何回か会ったが、結局奴がエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを仕分けることはなかったよ。

ただまあ、イギリスでエヴァと名乗る吸血鬼が吸血鬼社会のご意見番になったとは聞いたがな。

さて、そろそろ奴らが着くだろう。何、心配することはない。お前の能力にふさわしい場所に仕分けてもらえるだろうさ。
3-Aの連中なら気にするな。訳ありの人間を一つのところに押し込めなきゃならんほど仕分け屋は無能じゃない。
あそこはただの中学生の集まりに過ぎない。麻帆良の火薬庫がどうやって解体されていったかは、また話すことも在るかもしれんな。

ああ、茶々丸。私のゼンマイをまいてくれないか??



[18432] 仕分け屋の流儀・紀元前4万8000年
Name: 件◆c5d29f4c ID:4fba11ec
Date: 2011/06/23 20:26
世界は今や彼の意のままだが、
さて、何をするかとなると、決心がつかないのだった。
だが、そのうち思いつくだろう。

アーサー・C・クラーク 「2001年宇宙の旅」より

 氷河期は終わりを告げ、
ゆるやかな温暖化現象は、ここ3万1000年ほど続いていた。
 クロマニヨン人が、後の世にフランスと呼ばれる地方で、
進化の系統樹から新しく枝分かれし、
ネアンデルタール人は、絶滅までまだ2万年の猶予が与えられていた。
 ホモ・サピエンスは、すでに遺伝学上の立場を明確なものにしており、
若干毛深かったとしても、それは個体差と見なされる閾値にあった。
 神話はまだ遠かったが、やがて、ゴッホやダ・ヴィンチを生み出すであろう、
壁画という技術は、ようやく種族の中に浸透しはじめ、
以後5万年に渡って活用される発明、
「衣類」は、すでにボタンの作成まで、成し遂げられていた。
 それでも、人類は金属という、
恐ろしくも素晴らしい物体を加工する術を知らなかった。
 集落は河川の近くでそれなりに繁栄し、狩猟と採集を繰り返していた。



 <輝けるもの>は無数の不満を抱えつつ獲物を引きずっていた。
大蛇である。
彼は集落に戻ると吼え声に似た原始的な
―しかし心を打つ―
独特の歌声と喚声に出迎えられた。
これで彼は、一族に成人と認められる一歩を踏み出したのである。
これは、彼の能力と評価からすれば遅すぎるほどだった。



 <輝けるもの>は誰よりも力が強く、誰よりも素早く、誰よりも器用で、
そして、今までどの族長も知らなかったような発想と知識を持っていた。
 彼が棍棒を一振りすれば
―似たようなことは当時この種族のほとんどができたが―
「よくわからないもの」が飛んで射線上にある標的を粉々にした。
 呪い師たちは、空を飛ぶことも人を呪うことも出来たが、
彼はその誰よりも器用にまじないをやってのけ、
時には新しいまじないを
―もちろんそれらは今までに無い発想のものだった―
発明したりした。
 <輝けるもの>は、一族に当面のところ飢える心配の無い生活と、
他の部族との、争いの勝利をもたらしていた。

 彼が作るもの、編み出す技、振るう力は一族の誰より優れていたが、
彼はどこかそれを扱いかね、時には自ら力を振るう事、
そしてその及ぼす影響を怖れているそぶりを見せていた。

 実際、彼の発案や能力を疎むものはいたし、
時に恐怖するものもいたが、
彼は、常に年上のものの言うことを聞き、
自分からは、その知識を開かなかった。


 <輝けるもの>には強い不満があった。
彼には生まれたときから「ここではない」どこかの記憶があった。
どこかおぼろげで、歯抜けのように抜けた部分の多い記憶であったが、
そこは今の暮らしよりずっと豊かだった。
この辺りで一番栄えている
―つまりは彼ら―
の一族の族長が祝いの席でたまに口に出来るものでさえ、
その世界では、毎日当たり前のように食べることができるものだった。

 なにより異様な記憶
-「ここではない」ところと「ここ」の境目の記憶-
そこで彼は「何か偉大な者」と契約を結んだことを覚えていた。
 どういうわけなのかはわからないが、
今もっている記憶も、誰より優れた力も、
その時に得たものであり、
記憶の部分的な欠落と「ここではない」ところから追放された理由も、
その時の契約によるものであると、彼は理解していた。

 理解していたからこそ、彼は深い憤りと不満があった。
所詮、一族の皆が称え、時に怖れる力も知も与えられたものに過ぎない。
何一つ自分で勝ち取っていない。
自分は「何か偉大な者」が都合よく送り込んだ代理人でしかない。
自分自身の人生を生きてはいないと。

 たしかに彼には無限の選択肢と、世界を我が物にできる力があった。
しかしそれらは全て与えられた選択肢であり、
すでに与えられ、管理するという役割と共に、
押し付けられた世界でしかなかった。
 つまるところ、彼には与えられた力を使う責任と、
与えられたものを唯々諾々と受け取る選択肢しか、与えられていなかった。

 自分には新しく選択肢を作る選択も、
力を使わない自由も最初から剥奪されていると、
彼が気づいた時、彼が今まで持っていた高揚は失われ、
次いで全てを傷つけたい憤怒にかられた。

 しかし彼はそれを実行に移すことはできなかった。
与えられたものとはいえ、捨てるには愛着がわきすぎていた。
その力にも、それによって得たものにも、一族の者にも。

 それ故、彼は皆を心配させないように常に笑い、
常に親切に過ごすようにした。
 たとえ力をふるうことがなくとも、
力を振るうかもしれない、と思わせる振る舞いそのものが、
持たざるものへの暴力になると、彼は理解していた。
与えられた力と、その使い道。
 それに従う事が自分の役割であり、幸福だと思うことにした。
それこそが、自分がこの集団において、
疎外されない生き方であると理解していた。

しかし、彼の心の深いところに堆積した鬱屈は、
隠すべき本性と抑えるべき衝動となって、
いつか爆発する日を待ち構えていた。

 彼の内面の葛藤の結果による慎重な態度により、
彼は一族の上の者から抹殺されることを免れていた。
 そして、度重なる話し合いにより今日、成人と認められることとなったのだ。



 彼は、祝福の歌声に対し途方にくれたような笑顔で儀礼的に歌声を返した。



 <輝けるもの>はいつしか妻を持ち、子を持った。
彼は、自身が獲った獲物から、<蛇>と呼ばれることもあった。
彼らの一族は、成人の儀式で、
獲った獲物の図柄を、刺青として彫る習慣があったからだ。
<輝けるもの>は、蛇の刺青を入れることとなった。

 一族は繁栄し、他の部族を飲み込んで拡大を続けていた。
 彼は一族の中でもっとも優れた戦士であり、
もっとも優れた呪い師として一定の地位を築き上げていた。
 彼の心に深くしまわれた暗い本性と衝動は、
今や彼自身にとっても、遠いものとなっていた。



 ある日、彼は新しく一族に参加した部族の者から、
<はじまりのもの>の噂を聞いた。
それは、<輝けるもの>のように、今までにない発想をし、
今までに無いまじないを使い、
そして誰より武に秀でている、という噂だった。

 <輝けるもの>は、今や遠い望郷の念となった
「ここではないところ」の事を思い出し、
<はじまりのもの>が自分の同輩ではないかと思った。
<輝けるもの>は、一族の者とコミュニケーションをとることが、
好きではあったが、時に、自分の発想に、
ついてこれないことを、不満に思ってもいた。
 彼は対等に話せる者に飢えていた。
<はじまりのもの>が同輩であろうとも、
そうでなかろうとも、ぜひ一度話してみたいと思った。



 <輝けるもの>は部下を率いて<はじまりのもの>の一族に会いにいった。
不毛な衝突を避けるために、互いに儀礼的な交渉と貢物の交換を行い、
少しずつではあったが、
<輝けるもの>は<はじまりのもの>との対話へ近づいていった。



 やがてその席は設けられた。
<はじまりのもの>と<輝けるもの>は幾日も幾夜も話し合った。
互いに話すことは尽きなかった。
<はじまりのもの>は「ここではないところ」の同輩ではなかったが、
それでも<輝けるもの>にとっては、楽しい話し相手だった。
その交流により多くのものが生まれた。
<輝けるもの>と<はじまりのもの>の一族は友好を結び、
互いの一族はますます繁栄した。
<はじまりのもの>と<輝けるもの>が互いにアイデアを出し合い、
いくつもの発明品が生まれた。
この友情は、永遠のもののように思えた。
互いの一族にとっても、本人同士にとっても。



 数年がたった。
<輝けるもの>の一族と<はじまりのもの>の一族は、一つの集団となり、
<はじまりのもの>が族長に、<輝けるもの>が補佐役につくこととなった。
 <輝けるもの>は<はじまりのもの>の才能が、
自らよりも優れたものであり、また、その心も清いものであると思ったからだ。
 多少、純粋すぎ正直過ぎる所はあったが、
自分のように卑屈で小ざかしい者よりはリーダーに相応しいと思えた。

 また、<輝けるもの>の力と才能が与えられたものであるのに対し、
<はじまりのもの>があくまで自力でその地位と力を手に入れたことに、
<輝けるもの>は一抹の嫉妬を覚えずにはいられなかったが、
もはや互いにそのような感情に振り回される年ではなかった。
<輝けるもの>は正直に<はじまりのもの>に、
力と才に嫉妬していると告白し、
<はじまりのもの>は苦笑しつつも受け入れた。
それでも友情は変わりないと互いに誓い合った。
ただ、「ここではないところ」の話をしている時に、
<はじまりのもの>が、その眼に異様な光を宿したことが、
微かな不安ではあった。



 やがて、一族の中では<黄金のもの><弓をもつもの><血をすするもの><似たもの>などといった<輝けるもの>や<はじまりのもの>に似た者たちが生まれてきた。
多くのものが「ここではないところ」の記憶を持っていたが、
そうでないものたちもいた。

 やがて彼らは永遠に生きる方法を見つけ出し、
ある者はこっそりと、ある者は公然とその方法を使った。
「ここではないところ」の記憶を持つ者同士は、
時には、互いにその記憶を話し合うことで慰めあい、
時には、その知と力を活かして、
「ここではないところ」の生活を再現しようとした。

 <輝けるもの>はもはや自分ひとりが孤独な来訪者でないと知り、
彼の心は大いに慰められた。
そして、自分一人が、うしろめたく力を隠しながら、
生きていくことも無いと思い至り、小躍りした。

 今や自分の代わりはいくらでもいる。もう楽に生きてもいい。
役割に縛られることも無い。
 後はただ、家族やかけがいのない友人たちと、
静かに暮らす生活が待っている。
もはや、彼の心には暗い衝動も、隠すべき本性もないように思えた。
彼の老成した雰囲気を、友人達は、からかって<古き蛇>と呼ぶこともあった。


 だが、掛け値なしのユートピアはやはり存在しない。
力を持つ者たちが時に暴虐を振るうこともあれば、
時に互いに争いあうこともあった。
<輝けるもの>はただ友人達、同胞達が争いあうのが哀しかった。

 何度も話し合い、調停を務めた。
 時には<はじまりのもの>を中心とした友人達の力を借り、
暴虐を振るうものを討たねばならないこともあった。

 <輝けるもの>は青年期の終わりを感じ、
今や様々な苦しみ
―たとえば自身の老いや、若者との意識の乖離―
に立ち向かわねばならない、苦い壮年期が来たと確信していた。
<輝けるもの>は不老の薬を使っていたが、
使用した時の年齢もあってか、体の不調はあったし、
なにより、世代間の意識の差は、老いようと老いまいと変わらぬものだった。

 なにより彼の胸を痛めたのは、
度重なる戦いが<はじまりのもの>の若い頃の純粋さを削ぎ落とし、
いまや、自分以上の老獪さを身につけさせたことだった。
彼には長年の友人が、時折理解できない怪物に見えてしまう事が不安だった。



 そして破綻が訪れる。
<はじまりのもの>は力を持つ者たち
―「ここではないところ」の知と力を含めた―
を率いて「ここでないところ」を模して、
「あたらしいところ」を作ると言い出した。

 <輝けるもの>は、最初は一抹の不安を覚えつつも、
それはそれで素晴らしい思いつきに思えた。
 今いる所にもはや不満は無いが、
それよりもいい所が出来るのであれば、反対する理由はないと考えた。
 実際に彼らならばやってくれるだろうと期待し、力を貸した。


<はじまりのもの>は自ら<造り主>や<生命をつくるもの>と名乗るようになった。


 しかしある時知った。
<はじまりのもの>が「あたらしいところ」に、
人より優れた力を持ちながら、人より劣ると定めた者を作ろうとしていること、
知と力を持つ者たちを巧妙に扇動し、
彼らから気づかないうちに選択肢を奪い、
<はじまりのもの>自身の信奉者としていること。

 そして<はじまりのもの>の傘下の「ここではないところ」の記憶を持つ者たち、
知と力を持つ者たちが、持たざるものの心を操り、
陰で持たざる者たちを好きなように甚振り、
時には犯し、殺し、惚れさせ、駒として死地に送り続け、
死ぬまで働かせ搾取していること。

<はじまりのもの>がそれを黙認していることに。
そして気づいた。
 自分自身も巧妙に策略を練り、部下から自由意志を奪っていることに。



 彼は愕然として<はじまりのもの>に問い詰めた。
自分達はひょっとして誤った道を歩んでいるのではないか、
自分達がいることで持たざるもの
―ひいては全ての次の世代の人間たちの―
成長を阻害するのではないかと。

 <はじまりのもの>は何も応えた物のない調子で全てを認め、
その上で改める必要を感じないと答えた。
価値と言うものが存在する以上格差が存在するのもまた当然であり、
階級が発生することも搾取が発生することも誰にも止められない、
また止めるべきでないと。

 <輝けるもの>はもはや彼が自分の知っている友人ではないと気づいた。
そして、束縛と支配が
―されるのであれ、するのであれ―
どれだけ人間を、無残な生き物にしてしまうか、知ってしまった。
人間が、他人の眼を隠れて動く時、どれほどおぞましいことをするのかも。



 彼の心に閉じ込められていた暗い衝動と本性が爆発した。
何が違うというのだ!?
自分と<はじまりのもの>がしていることと、
自分自身が「何か偉大な者」によって落された「役割」という名の苦悩と!
俺は駒じゃない!便利な代換物でも、道具でもない!!
人間は駒じゃない!人間を駒にすることも、されることもおぞましさの極地だ!



 理屈では<はじまりのもの>の意見は理解できる。
しかし、<はじまりのもの>が虐げていた弱者は、
<輝けるもの>にとって愛すべき隣人であり、家族だった。
愛する者たちが互いに奪い合い、
誇りを踏みにじりあうことを許容するには、彼は優しすぎた。
 それは彼自身自覚する弱さであり、傲慢であったが、
しかし彼が行動を止める理由にはならなかった。



 <輝けるもの>は<はじまりのもの>を告発することにした。
彼のやりかたを批判し、是正するように求めたのだ。

 結果から言えば、それは無残な敗北だった。
一族は<はじまりのもの>の方針を受け入れており、
疑問を感じるものの方が少なかった。

 <輝けるもの>は、賛同する者たちを率いて<はじまりのもの>との協力を絶ち、
彼らの作り上げた、搾取のシステムに換わる代換案を、模索することにした。
昨日まで共にあった者たちと争いあうことは、さすがに躊躇われたのだ。

 争いを避けて袂を分かち別の地へ移り住む道もあった。
だがそれを実行するにはしがらみが多すぎた。

 同じ仲間だったという愛情が、分かり合えないという苦悩が、
状況を打破したいという希望が彼らを縛り付けたのだ。
 なにより、別の地へ移り住むのは<はじまりのもの>の側であることも、
彼らから移住と離別という選択肢を奪った。


 だが、遅かれ早かれ対決が血に塗れたものになるのは明確だった。


 互いに違う方向を進む二つの派閥にある小さな行き違いが、
大きな亀裂となり二つの派閥を二つの勢力に別ち、
そして誰かがその始まりを作ってしまった。
思想の違い、人種の違い、民族の違いにより争う。
<輝けるもの>と<はじまりのもの>の戦いは、
この後人類が幾度も繰り返す「戦争」の黎明であった。
未だそれは可能性の芽であったが、
将来の獰猛さ、残酷さが全て内包されていた。

 

 <輝けるもの>たちは全てを失い、散り散りに追放されていった。
<はじまりのもの>たちは、
自らが作った「あたらしいところ」へと旅立っていった。
 結局、彼はこの惑星で唯一力を持つ者となった。



 <輝けるもの>は一人になった。
もはや誰も彼の名を呼ぶことは無い。
<古き蛇>と呼ぶものはいない。
彼はもはや<名前のないもの>だった。
 そして彼は誓う。
二度と力ある者たちの暴虐を許しておかないと。
永遠に力あるものを封じ続け、秩序を維持すると。
それは矛盾する願いであった。
 だが、この願いはこの後5万年に渡って受け継がれていくことになる。
「あってはならないもの」を封じる仕分け屋という職業として。



[18432] 仕分け屋の流儀 ねぎマ編・1947
Name: 件◆c5d29f4c ID:4fba11ec
Date: 2011/11/19 13:25
仕分け屋の流儀2 AC2005年あるいは1947年

老人は墓石に花束を捧げ静かに手を合わせている。
80にもあるいは100以上にも見える仙人然とした老人。
1947年-およそ半世紀前-この墓の前から彼の戦いは始まった。
当時の彼はまだ30になるかならないかと言った青年で、まだ頭が禿げ上がることも無かった。
この墓に刻まれている文字は「相坂家代々ノ墓」

その時彼は仕分け屋に出会った。
ある物があってはならないものか、そうでないか。
 本物か、偽物か。有益か、無駄か。
それらを仕分ける仕分け屋に。





1947年。終戦の二年後だった。
一人の青年が粗末な墓に手を合わせている。終戦直後
-つまり墓穴に困るほど死体が出た後-
では遺族が満足するほどの墓を作ることは出来ない。

彼は卒塔婆だけが立っている墓にじっと手を合わせている。
瞑目しているその姿は冥福を祈っているようではなかった。

祈るとすればそれは贖罪と誓い。
間違っていると理解して罪を犯す者が持つ、どす黒い覚悟。
彼の発する気配は黒かった。

「私も手を合わせてよろしいでしょうか?」
青年は撃たれたかのようにびくりと振り返り、声の主を見る。
奇妙な男だった。
包帯で顔ごと眼を隠し、盲人用の杖をついている。
しかし、椿油でてかてかと光る金髪をきっちりとオールバックにして、
アメリカ製の上物のスーツを着ている。

傷痍軍人にしては羽振りが良すぎるが、宮仕えにしては血の匂いが
-なにより魔道の匂いが-
隠せていなかった。

その男は見えないはずの眼で、青年の瞳をじっと観察する。
その視線は蛇のように、青年の目から脳髄を絡めとり、彼の罪を読み取った。
男は一語ずつ、噛み含める様に囁いた。

「・・・・・・やりましたね?」

青年は何を、とは言えなかった。
心当たりがあることだったからだ。
とくに、この場所では心当たりがありすぎることだった。

「相坂さよは爆死でした。よって死体は出ません。
反魂の法は死体がなければ使えない。
たとえ十種神宝を奪ったとしても蘇生はできなかったでしょう。
だから、その魂を縛り上げた」

男は死者の蘇生、霊魂の呪縛という青年の罪をまさにその被害者の墓の前で告発した。
禁忌であった。
青年の所属する組織が彼の所業を知れば、死かそれに等しい罰を下すはずである。

「私を断罪するのかね?」

包帯の男は静かに首を振って朗々と告げる。
それは祝詞のようでもあり、実際青年の心を絡め取るある種の呪文でもあった。

「陰陽道を究めたあなたでも蘇生は叶わず、
霊魂をその地に縛り付けることしかできませんでしたね。
だからあなたはヘルメス魔術に手を出した。
いや、正確にはカバラですかな?
いえ、錬金術ボヘミア学派でしょうか?
ホムンクルスの作成・・・・・・定着すべき肉体があれば蘇らせることも不可能ではありません。
しかし、できなかったでしょう。
西洋魔術は戦時下にあっては敵性文化であったし、
同盟国であるドイツはカバラの伝承者であるユダヤ人を迫害していました。
なにより日本そのものが限界に近いほどの物資不足でした。
蘇生に必要な材料があなたの手に入る可能性は万に一つもなかった」

青年はじっと耐えている。その通りだったからだ。
彼の言うように愛する人を失い、魔道に明け暮れ、しかしそれを得ることは叶わなかった。
自分の経歴を言い当てられた狼狽よりも、
思い出させられた、喪失の悲しみが彼を焦がしていた。
男はそれでも容赦なく、青年の辿ってきた道を言葉にし続ける。

「だからあなたは復讐心から魔法を戦争に活用しようとした。
しかしそれも魔法世界からの圧力でできなかった。
気の軍事活用は通ったんでしたっけ?」

男は淡々と事実を述べていく。
魔法の軍事利用ができれば、戦局は大きく変わるはずだった。
青年は魔法使いとして、軍にそれを訴えた。
しかし、いくつもの案件の内通ったのは、
武術としてごまかしの効く気の操り方だけだった。

魔術の存在を世間に公表する事は魔術師にとって禁忌だった。
個人が兵器となりうる技術は社会にとって危険だったからだ。

男は微かに唇に嘲笑を含ませる。

「悔しかったでしょう?本来ならば使えるはずの「全力」が出せずに復讐ができないのは。
悔しかったでしょう?自分の技能がいつまでも日の当たらないところにあるのは」

暗闇を見つめるような声だ。人間の悪意を煮詰めた、悪魔よりも悪魔的な声だ。
心の傷を引っかき、ささくれを毟ることで、
聴いた相手は、その先が地獄であろうと、
走り出さずにはいられない様な言葉だった。

「何が言いたい」

男の挑発に、青年は静かな怒気を返す。
自分の経歴を調べ上げ、本人の前で
わかったように読み上げる、この男の真意が掴めなかった。

男は鞄から一冊の本を取り出すと、ぬるり、とした口調と共に切り札を出した。

「もし私があなたの欲望を叶える為の手段を提供するとしたら、いかがなさいます?」

だが青年には男の言葉よりも、鞄から出されたものに眼が行っていた。
その本の題名は「メルキセデクの書」とあった。
 青年は、悪魔の手を取る事にした。




墓地から少し離れた喫茶店。
焼け落ちた田舎の商店街の中に、復興を象徴するかのように建てられた真新しい店だった。
男と青年は、店のやや奥まった席に座っている。

店の爽やかな雰囲気とは対照的に、
その席には、過去からの旧い因縁の臭い、腐りきった悪意の臭いがたちこめていた。
だがその臭いは幸運なことに誰にも気づかれることは無い。
テーブルには、当然のように認識疎外の符が、張られているからだ。

男と青年は今更ながら、お互いの名前を交換した。
男は「暁光輝」と名乗り、GHQの仕分け屋だと言った。

「元々は英国海軍にいたんですがね、辞めましたよ。
あそこは少々狸が多すぎる。そのころの名前ならご存知ですかね?
ジョン、などと名乗っていましたが。
なにより私は日本が大好きでしてね。
今後100年の日本を守るならば、GHQより便利な場所はありませんよ」

必要な物と不必要なもの、危険物と有益なもの、それを仕分ける仕分け屋、
しかもGHQという日本を好き放題に弄れる立場で仕分けを行う。
それは日本のあり方を根底から変える事のできる立場といえた。
動機が親日感情からというならば、その感情はもはや日本に対する親愛ではなく、狂愛だ。

仕分け屋の存在を知っている者ならば、この時点で彼が狂っていると知れたろう。
しかし青年は仕分け屋の存在を知らなかったし、それよりも優先することがあった。

「私に何を求める。
家の権力ならば、私よりも継承権が高い人間がいるはずだ」

青年の求めるもの-愛する人の蘇生-と、それの引き換えに差し出す対価だ。
男は死者の蘇生の代金を告げる代わりに、青年自身の値段を淡々と告げる。

「確かにあなたの家を受け継ぐべき人はすでにいますね。
しかしあなたが陰陽道の名家であり、退魔の剣術の名門『青山』とつながりのある
『近衛』の継承者の一人である事、将来を有望視される魔法使いである事は事実です」

青年は苦笑する。なんのことはない。ただの青田買いか。
あなたが家を継いだ時にはぜひよろしくというわけだ。

「買いかぶりだ。それで、私にその権力をどう使わせる?」

「では目標だけ言うことにしましょう。
こちらの条件はあなたに日本の魔法使いをまとめる組織を作り、
我々の指示に従ってもらうことです」

「傀儡になれと?」

「有体に言えばそうなりますね。
不満でしたら、降りていただいてもかまいません。
こちらの課す目標を達成してもらえれば、
あとはあなたのご自由になさって結構です。
必要だと言うならばその後の援助も惜しみません」

「そちらの「援助」の保障は?」

青年は姿勢を改め、さあ交渉開始だ、と自らに宣言する。
話自体は悪いものではない。要は注文をつけてくるパトロンが増えるだけだ。
問題はお互いの条件と言うことになる。

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの技術に、
あなたの「蘇生」研究に対する予算の半額保障。
魔法世界からの物資買い付けのルートの仲介、
さらに運営資金として10万ドルを出資させていただきます」

「『闇の福音』の技術?なぜそんなものが出てくる」

光輝は鞄からファイルを取り出すと青年の目の前で広げてみせる。

「英国海軍が魔法世界に忍び込みあちら側の技術を取り入れたのはご存知ですね?
これもその一つですよ。それが戦時中にアメリカ側にも渡ってきたのです。
というか、私は元々英国人というのはお話しましたね。
まあ、ルートごと手土産に売ったんですよ。
もちろん、アメリカ側も私由来でない独自のルートを開拓してますがね」

青年はファイルに目を通してみる。
人形の設計図は精巧だった。
どれも一流の職人によって曳かれた図面であるとわかる。
物資調達ルートもビッグネームによる証文が-コピーだろうが-ある。
偽物ならばそれはそれで感心してしまうほどの出来栄えだった。
条件は破格。ならばそれが確かなものか確認すればいい。

「ではどこからそんな資金が出る?」

「隠退蔵物資事件というのはご存知ですね?
4月の始めに話題になったアレです。
戦時中に蓄えた軍需物資が横流しされて、
その利益が日銀の地下金庫に納められていたという事件ですね。
総額約2400億円・・・・・・押収したのはGHQで、
いくらかは戦後復興・賠償にあてられるが、
実態は、日米合同の影の予算(ブラックバジェット)。
国家的転機や、表沙汰に出来ない政策に使われる予算として運用されています。
魔法関連予算もその一つですよ。
その資金の名は責任者の名前を取ってこう言われています・・・・・・M資金と」

「つまり、GHQの裏金からか。信用しがたいな」

そこまで言うと光輝は鞄から一枚の紙を取り出した。

「これはマジックアイテムの一種で自己強制証文というものです。
効果は、契約を遵守させることを魂に刻みつけ意識と行動を制限する代物ですよ。
GHQ経済科学局局長レイモンド・C・クレーマー大佐に、
アメリカ合衆国商務省経済開発局局長、
大蔵省大臣矢野 庄太郎、そして私自身の署名も入っています。
これでは不足ですか?」

光輝は青年に証文を確かめさせる。
青年は、悪魔との契約書をじっと眺める。
資金面においてはありえないほどの金額。
光輝は、そして最後の一押しをした。

「後は、あなたの名前だけですな」

青年はしばし考え、ようやく言葉を口に出した。

「条件を聞かせてもらっても?」
「もちろんそれからでも結構です」

光輝は青年がばっちりと餌にくいついた手ごたえを感じていた。



「まず2020年までに開発して欲しいものがあります。詳しくはこの書類に」
光輝はファイルの一つから封筒を取り出して青年に渡す。
「最優先されるのは『電力を動力にした機械による魔法の発動機関』
および『人工知能の開発』です。これには懸賞金もかかっていますよ。
確認させていただきますが、目標を全て達成すればあなたの行動の制限も解けます」

「これは・・・」

「言ってみれば、電気仕掛けの頭脳を作り出し、
その中で膨大な計算を演算する機械ですな。
それが進歩すれば、いずれは魔法を「計算」し「再現」することもできるでしょう。
人の心を再現することもできるかもしれない」

青年は呆然と聞いている。魔法使いに最先端工学。
この時点ではまだ青年の中では結びつかない、むしろ対極のものだった。

「夢物語だというのは解っていますよ。
ですが、進歩の見込める分野として研究されているのは確かです。
アラン・チューリングが理論を提唱した、電子式計算機というものがありましてね。
去年にはペンシルヴェニア大学でENIACという実験機ができたはずです。
今は真空管による不安定なものですが、
性能を飛躍的に向上させた回路をAT&Tベル研究所で開発中ですね」

青年は呆れと共にこう言うしかなかった。
「・・・・・・俺に何ができると?」

「何もあなた自身がやる必要はないのです。
あなたに提供された資金を、研究機関に対する補助金にすることもできれば、
優秀な科学者を引き抜くことも出来るでしょう?」


 光輝は呆然とする青年をそのままに説明を続ける。
「次に優先される課題は『認識疎外魔法の発生装置』および『その動力の機械化』です。
『認識疎外魔法の発生装置』そのものはすでに麻帆良市の神木を核にして存在するはずですが」

麻帆良は埼玉にある比較的大きな市だ。第二の横浜と言われるほど瀟洒な街。
しかし裏ではしっかりと魔法使い達が根を張って暮らしている魔都だ。
そのシンボルの一つが強大な魔力を持つ神木だ。
神木の魔力により熊白の魔術師たちは日本国内で一定の発言力を持っている。
だが、熊白にははっきりとした組織はない。
もちろん、横のつながりはあるが。
光輝は、包帯越しに青年をじっくりと見る。青年は次に何を言われるか、嫌と言うほど解っていた。

「さて、あなたは熊白の魔術学派に所属していますね。相応の地位もあったと聞いていますが」

彼らの目的は自分自身ではなく、熊白の神木だったのか?
ならば、取り入る自分を手駒にして、造りたい組織と言うのは一つしかない。
光輝は熊白に魔法使いたちの管理組織を造り、自分をお飾りのトップに据える気なのだ。

「ああ、そうだ。ならば、私に作らせたい組織とは・・・」
「はい。熊白のトップになってもらいたい。
名家の息子であり、実力も申し分ありません。
我々もサポートさせていただきます。不可能な話ではないかと」

何一つ悪い話のようには聞こえない。
自分の「目的」である最愛の人の蘇生もその地位ならば可能だ。
強力なパトロンに出世を支援してもらえるのも魅力的だ。
だが、自分が熊白の長になっている姿を想像できなかった。
そんなことは到底不可能に思えた。

「・・・・・・考えさせてくれ」

光輝は焦らずに静かに答えた。

「ならば待ちましょう。一週間後にまたお会いしましょう」




 一週間の時間が消費された。その間青年は光輝の提案した話の証拠を探していた。
答えは全て是。光輝の話を裏付けるものばかりだった。
あとは、自分自身の決意一つである。
狗に成り下がって全てを得るか?今まで通りか?

 青年は光輝に連絡した。
そして3度目の会合は京都の料亭であった。

「決意は決まりましたか?」
「ああ、話を飲ませてもらう」

青年の目には確かな覚悟があった。
一週間の懊悩が贖罪と後悔を払拭し、
ひきかえせないという覚悟だけが残ったのだ。

「覚悟が決まったようですな。ならば、サインを」

青年は、無言でペンを受け取り契約書にサインした。
自らの行動と意識を束縛する、呪われるべき契約書に。

「さて、今更ですがね、
これであなたも私も引き返せない。ですので我々の方針を言っておきたい。
前回は途中のままでしたし、
具体的な目標だけでは我々が何を目指しているのか解らないでしょう。
大体の見当はついているかもしれませんがね」

「・・・科学と魔法の融合か?」

「いかにも。まあそれも通過点であって、最終的な到達点ではないのですがね。
通過点には「魔法使いの管理」と「魔法の暴露」もありますよ」

光輝の顔は包帯によって隠されている。
その表情はうかがい知ることは出来ない。
青年はこの男は正気なのだろうかと思った。
それともこれは壮大な法螺なのか。
さらりと無理難題を言ってくる。さもなければ、常識外れだ。

「光輝さん、あんた正気か?」

光輝=ジョンは、ファイルから書類を取り出して、青年に見せる。

「魔法の秘匿は大前提ではなく、一時的な猶予期限にすぎません。
「上」は魔法を秘匿する事を決定したその日から、
公開に向けての手順を踏んでいるのですよ。
私もあなたもその文脈の一つ。具体的な手順はすでに計画されています」

光輝は、大言壮語といっていい言葉を、何の感慨も無く言ってのける。
青年は乗った船が泥舟ではないのかと、今更ながら思い始めた。

「その手順というものを聞かせて欲しい」

 男は彼に長い話を聞かせる。「あってはならない」と仕分けられた影の歴史を。

「そもそも魔法の秘匿が始まったのは明治時代からです。
それ以前は当然のように拝み屋はいたし、
どこの神社仏閣でも治療符くらいは手に入りました。
本物かどうかは知りませんがね。
魔法の秘匿は実はここ100年ほどで「作られた」常識に過ぎないのです」

「秘匿を決定した日から暴露する計画を立てるくらいならば、
初めから秘匿しなければよかったんじゃないか」

「民衆が、政府が秘匿を必要としたからですよ。
魔法を秘匿したのは明治政府、もっといえばその当時の欧州全土の政府です。
彼らにとって、自分達よりはるかに進んだ魔法世界は、
できればなかったことにしたいものだったのですよ。
魔法世界の社会体制は、彼らが撃ち壊そうとしている旧い秩序そのものですからね。
一個人が集団を凌駕する力、
才能に左右される選ばれた人間だけのもの、
宗教の神秘性を肯定する力。
どれも近代には不要のものです。
近代には、同じ品質のものを、安価で大量に流通させる事が求められました。
老人でも赤ん坊でも、同じように使える科学による製品の方が、使い勝手が良かった。
なにより、現実世界の政府は、魔法世界を脅威に感じていました。
魔法世界は脅威だ、しかし同じ方向性では追いつけない。
だが科学ならば、魔法世界に追いつけるのではないかと、彼らは考えたのですよ。
その科学を発達させるためには、魔法は邪魔だったのです。
ですが、彼らはこの「科学」と「近代」のやり方には、
いずれ限界が来るとも理解していました。
人間の欲望は無限に近いが、無限ではありません。
画一化した製品が画一化された世界に行き渡り、
それ以上必要とされなくなった時、
『行き過ぎた科学は魔法と区別がつかない』というフレーズが現実となった時。
その時こそが魔法の暴露に相応しい時であり、科学の進歩が頭打ちになった時なのです。
行き詰った科学に魔法がブレイクスルーとして登場する。
科学と魔法は融合し、魔法の画一化、科学の個性化が可能となる
魔法と区別がつかないほど発達した科学は、
もはや魔法に食われることが無いと彼らは考えました
技術レベル的にもそれほど隔たったものではないから、
魔法の秘匿の建前である「魔法が暴露されたことによって生じる混乱」が
最小限で済むというわけです」

「科学を発達させるために、あえて魔法を秘匿し、
歴史の表舞台から消した・・・・・・回りくどい事をする」

「まあ、魔法世界、現実世界、双方の政府の都合もあったのですがね」

「ならば私が魔法を戦争で使えなかったのは・・・!!」

青年は、今までの自分の努力は全ては彼らの掌の上のことに過ぎないと知った。

「そうです。今はまだ科学が充分なレベルにまで至っていないからですよ。
悔しいですか?」
「何を・・・・・・!」

青年は光輝を睨み付ける。

「そう、それでいいのです。悔しいならば、
魔法の公開を混乱を最小限にして実行する計画があります。
あなたがその実行者になればいい」

光輝はあくまで慇懃無礼に言ってのける。その感情も、すべて計画通りだというように。
気に食わないならば打ち倒してみろといわんばかりに。

「そもそも、魔法の秘匿には「認識疎外魔法」が必要ですがね、
これをあなたはどのように理解していますか?」

「大雑把な定義では「不思議なことを不思議と思わない」だろう」

「そうですな。ですが正確にはもっと秩序だった「規範」なのです。
認識疎外の根本的な目標は
『異常な状況に出くわした時に、疑問に思わないようにする事』であり、
君の言うとおり不思議を不思議と思わないようにすることです。
ではそのために実際にどのような動作が行われているかと言うと、
一定の条件を満たした時に意識と感覚を制御する作業が行われているのですよ。
その条件と制御は
『驚愕や嫌悪、恐怖、不安、憎悪といったネガティブな感情を抑制し、
身体的な痛覚やストレスを抑制し、
猜疑心や疑問が沸き起こった時に思考を抑制、誘導する』こと。
認識疎外とはつまり、
対象者の感情と感覚、意識を管理、統制するシステムにすぎないのです」

淡々と、淡々と光輝は語る。恐るべき「管理」の実態を。

「それは」

事実はさらに救いのないものであり、そして光輝は今事実を語らなければならない。

「おぞましいと思いますか?
しかし、あなたたちが今まで使っていたものはこういうものなのですよ
そしてあなたたち自身も無意識にある程度『認識疎外』の効果を受けているはずです。
今まで一度でも魔法薬を飲まなかったわけではないでしょう?
イニシエーションの時に丸薬を呑む手順があったはずですが」

青年の胃に吐き気がこみ上げてきた。
自分自身の体に、おぞましい異物が入りこみ、
今現在も自分を「管理」していると考えると、
今すぐ口の中に手を突っ込んで胃袋から脳まで取り出して洗いたいくらいだった。
光輝はさらに容赦なく追い討ちをかける。

「魔法使いがああまでファナティックな理想に賛同し、
そのために人生を賭けてまで戦える理由は『認識疎外』の効果にすぎません」

「それはまるでヒロポンだ!私達が・・・・・・」

「はい、兵士に考える技能は必要が無い。民衆に知能は必要ない。
与えられたものを幸福と思っていればいい。
なにしろ、苦痛を苦痛と感じることができないのだから。
・・・・・・と、ある方々が考えたのですよ」

「権力者であるというのは想像がつくが、では誰が」

「熊白の創始者達の一部であり、魔法世界本国の者たちですな。
彼らはメガロメセンブリアと名乗っていた。
日本に勝手に乗り込んできて勝手に街を作った糞共です。
まあ、分派でしょうが。それらは「愛国者」と名づけられました。
彼らは感情を統制することで人類が幸福になれると考えていました。
実際に、それはある程度実を結んだのです。
熊白の住民に聞いてごらんなさい。
ここはどんな所だと聞けば異口同音にこう言うでしょう。
「みんな仲がよくて嫌なことがあまり起きない」場所
だとね。
あなたも、そう感じていたでしょう?
熊白の外に比べて皆温厚で平和な場所だと」

「私はそんなことは認めない!あのぬくもりが・・・・・・そんなものだとは」
青年は激高する。今までの愛情も何もかもが、すべて「管理」の結果のまやかしだなどと、
到底認められない。人間の感情が、人格が、そこまで踏みにじられていた。
いや今もこれからもそうだと思うと耐え難い憤怒を感じる。


 そして自分自身もその「管理」に手を貸す立場になってしまったことに絶望する。
光輝はほんの少しだけ優しくそれを否定する。

「そうです。
熊白の創始者たちの中にも管理統制による幸福を認めない者たちがいました。
彼らもまた熊白の創始者たちでしたが、人間世界の出身、
あるいは「ここでない世界」の出身の者たちでした。
彼らは「オールド・スネーク」と呼ばれる者を中心としていました。
彼らもまた「愛国者」と名乗った」
「愛国者・・・・・・馬鹿な」
「そう、馬鹿な話です。
しかし民衆と魔法使いを管理し、魔法の秘匿のために情報を制御する者たちも、
それに反対し人間の自由意志と魔法の秘匿を撤廃し情報統制の廃止を求めた者たちも
自らのことを「愛国者」だと思っていました」

「狂っている・・・・・・皆狂っている」
「ですがこれが魔法社会の真実です。
あなたがいままで属していたものはそういうものだったのですよ」
「貴方達は・・・どっちに属する?
『メガロメセンブリア』?それとも『オールド・スネーク』か?」

「我々は中立ですが・・・・・・どちらかといえば『オールド・スネーク』ですね」
「貴方方の最終目標とは何なんだ!?
科学と魔法を融合させ、魔法使いを『管理』し、
さらに魔法を暴露しろと命じる貴方達は一体?」

「我々「仕分け屋」自身の立場から言えば、
「魔法」というものをどう扱えば世界にとってもっとも安全か、という道を探しています。
米国政府から言えば、科学と魔法両方の分野でアドバンテージを取りたい。
そしてオールド・スネークは「解放」を願っています。
魔法世界から、「管理」からの解放をね」
いけしゃあしゃあと言葉を紡ぐ光輝に青年は憤る。

「開放・・・?貴方達は管理したいのでは!?」

「あなたは今や管理をどう考えますか?
今までのように良いものだとは思わなく成ったでしょう?
ならばそう思うあなたが魔法使いたちのトップに立ったならば?」

光輝は、青年がしっかりと毒餌を飲み込んだと、確信して言う。

「開放のための通過点が「魔法使いの管理」であり、「魔法と科学の融合」になるな。
一見完璧な管理を敷くことで魔法の秘匿を守っているように見せる。
既得権益を守るために魔法使いは「魔法の暴露」を良しとしないだろうからな。
第一、普通に魔法を暴露したら社会が混乱する。
となると魔法使いは間違いなく魔法と言う武力で「魔法の暴露」を抑えてくるだろう。
しかしその管理は「魔法の暴露」の時に魔法使いの力を無力化するためだ。
だから私が熊白の長となり、管理者となれと?」

「そうです。管理者が魔法の暴露を是としていれば、
誰かが「魔法の暴露」をした時に、止められる魔法使いはいなくなる。
科学の融合も、魔法使いの科学慣れを助長するでしょう。
慣れていれば、抵抗も少ないと思いますが」

概要だけならば、一見名案のようにも思える。しかし実情はどうなのだろうか。
実情と外見が違うことはさきほどからの会話で思い知らされている。

「具体的にはどうなっている?」

「『魔法使いの管理』に関してはこうなっています。
『外部から操作可能な服用者に継続的に認識疎外をかける魔法薬の服用義務』と
『魔法使いの所持する魔法発動媒体の登録義務』と
『登録された魔法発動媒体は外部から発動の制御できるようにすること』です。
これをあなたにやってもらいたい。」

「確かに、魔法発動体を登録制にすれば、いざと言うときに反乱は防止できる」

「ええ、いざという時にあなたが手綱を握れる。我々ではなく、あなた自身がね」

またしても『管理』だ。
光輝の目指す方向は「開放」なのか「管理」なのか?青年には疑わしくなってくる。

「これはSOPシステムと名づけられています。
概念は熊白の設立当時から提唱されていました。
魔法使いが万が一犯罪に手を染めた場合は、
外部から認識を操り、魔法発動体をロックします」

「しかし導入には反対があるだろう」

「魔法使いの力は個人が集団を凌駕する類のものです。
ある程度管理されなければならない。
魔法の暴露という計画を抜きにしてもそれは事実でしょう」

個々人が無手で拳銃並みの殺傷力を持つ人類、それが魔術師だ。
各人が核ミサイルの発射ボタンを握っているような集団では、
たった一人の殺意が集団を滅ぼしてしまう。
魔法発動媒体とは、武器ではない。
魔術師に科された枷なのだ。

「結局は国家の安全のためか・・・抜け穴があるのは「魔法の暴露」のためなのか?」
「私は日本が大好きなのでね」
「悪い冗談だ」
「本気ですよ」
「なお性質が悪い」

SOPシステムには、多くの綻びと抜け穴が設定されている。
認識疎外を拒み、登録されていない、闇ルートの魔法発動媒体を用意するか、
そもそも、魔法発動媒体の必要のない魔法を使えばいい。
それだけでなく、SOPシステムの管理体制も、
人間が運用する以上、完璧はありえない。
最初から、破綻を前提としたシステムとして、
SOPシステムは設計されているのだ。

「しかしSOPシステムとその抜け穴を使えば魔法の暴露は可能だろう。
しかしその後は?どう混乱を鎮める?」

「魔法の秘匿を魔法世界と人間世界で条約として結んだ時、
魔法の暴露に向けてある程度の抜け穴が作られていました。
これがその条文の簡潔な訳です」
光輝はファイルをめくり、旧い書類のコピーを青年に見せる。

「・以下の条件を満たしたものは魔法の秘匿の原則から外れる
他者に効果のないものかつ物理的な効果のないもの、
占術全般
魔法世界由来でないその国固有の文化と認められる魔法(東洋魔法の公開)
その国の宗教儀礼に欠かせない魔法
これらを公開する場合は「それ以上の事を知るには必ず指導者に師事すること」と説明すること」



「魔法が解禁された時に混乱を最小限にするための措置として、
部分的に魔法を公開することが最初から決められていました」

「指導者に師事しなければならないというのは、
あなたの言う混乱を抑えるための措置の一つだな?
魔法を探求するものはいずれ魔法使いの側に引き入れることが出来る」

「一般人と魔法使い、人外の架け橋に成る人間がいれば好都合でしょう?」

「その国固有の魔法とは機械による魔法も含むということか?」

「ええ、魔法と科学の融合にはそういう利点もあるように計画されています」

「では天狗や狗族、吸血鬼に関してはどうする」

「人外の種族に関しては「新発見の人種」や「特定の遺伝病」として公開します。
今まで差別が怖くて言い出せなかった、とでも本人達が言えばいい。
君は彼らの「社会復帰」を「支援」していただきますよ。
いずれ病人だけでなく、あらゆるものに対する差別が批判され、
是正される時が来る。
いや、そういう運動がすでに予定されています。
実際にヨーロッパではローランサンがそういった活動を行っている。
ご存知でしょう?
その運動が一定の成果を出した時に公表すればいいのです」

光輝は大体の計画を話し終えた。そして鞄を漁りながら青年を見る。

「さて、私の要求する条件は大まかにはこんなものですな。
よくお考えになってください。ああ、これは前金と、必要になるだろう資材ですよ」

光輝は皺くちゃの布切れのようなものと瓶に入った酒と水を渡す。

「これは?」

「不死の酒です。そしてこれは変若水・・・・・・若返りの薬ですな。
飲むか飲まないかはあなたの自由です。まあ、アフターサービスだと思ってください。
この姥皮は何者にでも変身できる。年を取らないことを不審に思われたらお使い下さい」
青年は禁忌の薬をじっと見る。


「・・・・・・魔法と科学の融合は電子計算機の発達に投資し、
魔法の暴露は管理システムを私が握ることで魔法使いを無力化する・・・」
青年は噛み含めるように考える。

「システムが不要となるまで、安全にシステムを管理し、
魔法が暴露された時に、混乱を起こす事無く事態を収拾できる人材が必要だった。
そういうことか。回りくどいな」

「回りくどい事を考えるのが楽しみな困った性分でしてね。
あなた自身の安全ならば心配することはありません。
そのために不老不死になることもできるようにしましたし。
人形作成の技術も契約が履行された時のあなたの生命を保証するためのものです。
・・・・・・改めて聞きますが、やっていただけますか?」

「一つだけ、聞かせてくれ。
貴方達自身が管理者であり支配者になってしまっているんじゃないか?
貴方達の目標が「解放」であるのにもかかわらずだ」

この答えによって返事を決めようと青年は思った。

「確かにその通りです。
我々自身の意思はどうあれ、社会を裏から管理していることには違いがありません。
恒久的な支配権力は独裁です。独裁者はいつか倒される。
いや、倒されなければならないのです。
権力は腐敗し、絶対権力は絶対に腐敗するからです。
いつか我々に気づき、我々を打ち倒そうとする者が現れるでしょう。
それが新しい秩序を担えるのであれば我々は我々自身を不要と仕分けます。
たとえその時が来なくとも、同じ体制のままというようにはなりません。
我々自身も一時的なものなのです。必要が無くなれば解体される。
「あってはならないもの」を仕分ける人間は必要でしょうが、
その方法は時代によって変わっていくべきです。今のやり方が不要ならば・・・」
「あなたたちはあなたたち自身を不要と仕分ける?」
「そうです。私が生きているうちにできればいいのですが」

青年は決心をした。何をするべきかは知った。後は世界を我が物とするだけである。



現在

老人は墓に手を合わせ一瞬、自分の原初の風景を思い返していた。
あの日もこんな、蝉の鳴く夏の日だった。
「あなた、行きましょう。木乃香達が待ちくたびれていますよ」
老人は自分と同じように老いた妻に首肯し、立ち上がる。
「そうじゃな。もう行こうか、さよ」
眼下の町は、科学と魔法が見事に調和した不可思議なものだった。
そして、それは今や世界中で珍しいものではない。


~仕分け品目録~

メルキセデクの書
元ネタ:ネギま
ご存知メルキセデクの書。
この世界ではこういう経緯で熊白学園に渡った。

自己強制呪文
元ネタ:Fate/Zero
契約を遵守させることを魂に刻みつけ意識と行動を制限するマジックアイテム。
原作では魔術回路に刻むものだが、こちらでは書類の形になっている。

SOPシステム
元ネタ:メタルギアソリッド4
ナノマシンによる戦場の管理統制システムの総体。
管理者権限で銃のトリガーをロックしたり出来る。
本来は使用者の体調管理や連絡網として使われるもの。
今回光輝が提示したものは魔法による劣化摸造品。

M資金
元ネタ:M資金詐欺
詐欺の手口でかなりポピュラーな部類のもの。
現実ではもう少し未来でよくやられたようだ。
内容はGHQの隠し遺産が日米合同の裏金になっており、
大企業にのみ融資されるという嘘で手数料を騙し取る手口。
光輝が今回提示したものは本物のM資金だったが・・・
詐欺には注意。

姥皮
元ネタ:山姥の宝蓑
山姥がもっている魔法の衣。
妙法を唱えて振れば四次元ポケットのように何でも出てくる。
また、あらゆる生き物に変身することができるようだ。

不死の酒
元ネタ:バッカーノ!
セラード・クェーツの作り出したできそこないの不老不死の薬。
不死身になれるが、老化はする。

変若水
元ネタ:万葉集
ツクヨミがもっているとされる若返りの薬。
元旦に一年の邪気を祓う「若水」という儀式があることから、
冬が春になる生命力を取り込む若水信仰があったとされる。
ちなみに「をちみず」と読む。






[18432] 仕分けられた世界 ねぎマ編1
Name: 件◆c5d29f4c ID:ba8988f3
Date: 2011/11/19 13:29
人の出会いとは「重力」であり、出会うべくして出会うものだからだッ!
-エンリコ・プッチ神父-

1.常識人、哲学少女に問う。AC1999年
「なんでこんな不思議な事があるのに、誰も気づかないんだ?」
「ちょっと待つです。この世に不思議な事など、何一つ無いのです」
 その日、長谷川千雨はいらだっていた。
 彼女は小学生にして「自分には誰一人として真に気持ちが通い合う人間はいない」と思っていた。
 常日頃抑えられていたその感情は誰もいない神社の森の中で爆発した。
 人は他人の眼がある所では自分でも思いもよらないほど空元気が出るものだ。
 しかし一度自分一人となると空元気で保たれていた柱は崩れてしまう。

 彼女の孤独を生み出したのは違和感である。
 自分が「常識的に」ありえないと思った事に誰も疑問を持つ者は居ない。

 そして・・・もう一つ。
 彼女が疑問に思った事を他人に話した場合の対応は2つに分かれた。
 「何かを隠しているもの」と「不自然に幸福そうなもの」だ。
 彼女が疑問を口にするたび、彼らは気の毒そうに口をつぐみ、
 「時が来れば解る」と言いたげな態度で哀れみを示す。

 そうではない者の場合、単純に信じず自分を嘘つき扱いするか、
何が疑問なのか理解できない、という態度を取る。

 そして疑問を理解しない者は一様に能天気で楽観的、いつでも空はいい天気・・・といった具合で、その不自然な幸福さが気持ち悪かった。
 赤い髪の子供が箒で空を飛んでいるときも、先生たちがアクション映画顔負けの動きをしている時もその不自然さを感じるものが居ない。
 この分では朝起きたら円盤が空を覆っていても何も気づかないだろう。
 挙句アブクションされてダースベイダーのケツをてかてかに磨く仕事をしていても笑っていそうだった。

 さらに不思議なのは「何かを隠しているもの」たちだった。
 彼らはまず間違いなくこちらの疑問が正当なものだと理解している。
 その一方であえて答えを言わない。


 小学生には証拠はもはやそれだけで充分だった。
 なにかろくでもない、禍々しい事が起こっている。そして誰もそれに気づいていない。
 彼女の疑問はいくつかの映画を見たときに氷解した。
 よくある宇宙人はすでに来ている、とか冷戦下での秘密兵器とかそういった類のものだ。
 そしてそれが数年前に読み聞かせてもらった「裸の王様」と「王様の耳はロバの耳」に結びつくや頭にアイデアは明確な形を取った。
 世界には何か秘密があって、それを知るものは消されていくのだと。
 そう考えると、何もかもが不気味に思えた。


 人がパラノイアに陥った時どうするか?一人になれる場所を探すものだ。
 そして王様の耳はロバの耳と叫ぶ穴を掘る。
「なんでこんな不思議な事があるのに、誰も気づかないんだ?」
「ちょっと待つです。この世に不思議な事など、何一つ無いのです」
 そうして常識人の少女は哲学者に憧れる少女に出会う。

「不思議な事とは具体的にどういうことなのですか?」
 東極夏彦の本をじっくりと読もうと静かな場所を探していた綾瀬夕映には、
神社の森は充分に読書に耐える環境に思えた。
 この出会いは偶然でもあり、必然でもあった。
 木から落ちたリンゴが地面に出会うように自然な事として。
 今までの経験は千雨に黙秘を保たせたが、それは長くは続かなかった。
 夕映の哲学が千雨のパラノイアに勝利するにはわずか数分の時間があれば事足りた。
 なにより、夕映の対応は「隠しているもの」でも「不自然に幸福そうなもの」でもなかったからだ。

 そして千雨の常識が覆るのにはその数倍の時間が必要だろう。
 だが、遅かれ早かれだ。
「そう、たとえば世界樹の高さはおかしいだろう?」
 ふむ、と夕映は考えると持論と証拠を見せ始めた。
「あれは幻素影響生物なのです。
一種の異常生育ですが、生物学の観点から保護されているのです。
時に希少生物はその所在を隠されるものなのです」
「こんな街中でどうしてあんなでっかいものを隠せるんだ。まずそこがおかしい」
「物事を隠蔽するにはなにも目撃者の口を塞ぐ必要はないのです。
単に報道させないだけのお金をしかるべきところに積めばそれで世は事も無し、で済むのです。
それにあそこは秘密でも何でもありません。
世界樹の存在そのものは一般的な図鑑にもあるのです」
「でもそれじゃすぐに場所が広まってなきゃおかしいだろう?
写真撮影禁止なんてできないだろうし」
「じゃああなたはエジプトのピラミッドの住所を知ってますか?
宣伝もしなければ隠しもしない。
それだけで世界遺産に傷をつけるような類の観光客は防げるのです。
本格的な密猟者は普通の警備で充分抑えられます。
金閣寺に自衛隊を派遣する馬鹿はいないのです。
それにふさわしいだけの警官がいれば充分なのです」
「じゃあ・・・えっと、工学部のロボは?」
「普通にテレビで紹介されているのです。
ここは学術都市ですから研究中の最新技術があってもおかしくないし、そもそもガイノイドくらいのものはお金持ちの娯楽や企業用にはすでに売り出されているのです」
 夕映は携帯をいじってUSロボティクス社のHPを見せる。
 千雨は自分の携帯でそれを確かめ、しぶしぶ納得した。
「じゃあなんでそんなんが暴れだすんだよ。
しかもそれを抑える先生がなんでアクション映画みたいな動きができるんだ?」
「人間の体は鍛えればあのくらいできるのです。
テレビの知識でしかありませんが、本格的に拳法を学んだ人はあのくらいのことはできるらしいのです。
そもそもアクション映画にしたって、ほとんどCGは使われていないのです。
旧い時代のものだと俳優がそのままカンフーアクションをすることがあったそうです。
つまりあれは鍛えれば誰にでもできることなのです」
「アクション映画みたいな動きができるできないはおいといてだ。
じゃあなんでそんな達人が先生やってしかもそんな達人じゃなきゃ抑えられないような危ないロボットが野放しになってるんだ」
「達人だって仕事は必要なのです。誰でもが格闘家として食べていけるわけじゃありません。 
なんでそんな人たちがわざわざここにいるかというと、まさにその最新技術を守るための護衛を兼ねているからです。
それに野放しになっているわけじゃありません。
工学部エリアでしかああいったことは起こってませんし、工学部にはちゃんとそのための避難設備や訓練があるのです」
 千雨の質問に対し夕映はすらすらと回答を述べていく。
自分自身、疑問に持ちそして調べたその結果を。
「なんでお前がそんな事知ってるんだよ」
「図書館で知り合った子が工学部志望だったからです。他には?」
 ふと、夕映はあの小さな眼鏡の博士を目の前の子にあわせてみたいと思う。
 彼女の頭脳こそ真に驚くべきものだろう。
「・・・じゃ、じゃああれだ。
なんでその先生たちは・・・その、空を飛んだり魔法みたいな事ができたりするんだ?
それに指導員だからって腕づくで取り押さえるのはおかしいだろう?」
 千雨は信じてもらえないのではないか、という一瞬の躊躇の後、目の前の女を唸らせる言葉を搾り出す。
「魔法は当たり前にあることなのです。知らなかったのですか?」
 夕映は何度も読み返して、知らぬところのない漫画を語る時のような口調で言った。
「えっ」
 千雨はかくん、という音を聞いた。頭の中の顎が外れる音だ。
「正確には魔法と呼ばれてませんが、魔法使いのような人たちは実はいるところにはごろごろいるのです。京都神鳴流とかがそうなのです。
あそこは呪術も剣術もあるのです。
四国に行けばいざなぎ流がありますし、海外なら普通にエクソシストも悪魔祓い師もいるのです」
「非科学的だろう!?なんでそんなことができるんだよ」
 真正面から自分の疑問に答えたこの女は何者なのだろうと千雨は思いつつ、自分の揺らぎつつある常識を言ってみる。
「それは数十年前の科学なのです。
グリモエル・ライヒ博士が理論を提唱し、ネヴィル・アンダーソン博士がオルゴン粒子の実在を証明しました。
これは自然界に充満するエネルギーであり、素粒子の一つです。8つの量子状態を持つのですが・・・私は専門ではありませんが、これが原子のレベルまでいくと幻素といわれる原子を構成するのです。
これは面白い事に「知性」に対し反応を示します」
「つまり・・・何だそれは」
「てっとりばやく言えばマナ、気、魔力といったものの実在を示す粒子なのです。
素粒子や原子といった非常に小さいサイズですので、およそ世界に存在するほとんどのものに含まれ、他の原子と結合する事によってさまざまな状態になります。その組み合わせはほぼ無限といって良いでしょう。
そのうちのいくつかは人間の精神に反応して自在に動いたり、自身の構成を記録したりするのです。
幻素を含んだ物質が動くことでサイコキネシスのような事が可能になったり、空を飛んだりできるのです。
一部は治療にも使われています。
これは幻素が自身を含んだ分子の構成を記録しているので、一定の操作をすれば周囲の原子を取り込んで自分自身を再構成するからです。
この分子構造の記録という特性は占いなどにも利用されたりするのですよ」
 千雨は複雑な専門用語の説明にくらくらとする想いだったが、目の前の少女が言わんとしている事は解る。
「じゃあ、お前の言いたい事は魔法は科学によって実在が証明されてるって事なのか?」
「そうなのです。信じられませんか?」
「到底信じられねえな」
「オカルトや迷信とされてきたものの中にも実は真実だったといえるものがわりとあるのです。
たとえば漢方薬や針灸も元々は東洋医学のものですね?
これらは実際に効果があります。
それに・・・私達もただのたんぱく質の塊にすぎません。
たんぱく質だって炭素や水素、酸素、ナトリウムの結びつきにすぎません。
これが思考し、動き、子孫を増やすのです。
なら、幻素という新しい原子の存在によって今まで科学的に実証されなかった現象が証明されてもそれは不思議な事ではないのです」
「つまり・・・その、なんだ。たとえば私はロケットが月に行ったとテレビに写ればそうなのかと信じたり、アメリカがレーザー砲を実用化したって報道されたら新聞を見てそうなのかと思ったりするのと同じようにこれも受け入れるべきただの新事実に過ぎないって事か?」
 何か大いなるものに裏切られたような感覚を感じながらも、千雨は納得せざるを得ない。
 家に帰ったら調べてみようという気にはなったが。
「そういうことです。考えてもみてください。100年前の人間に今の生活を教えたらそれはSFかファンタジーだと思われるでしょう。あなたはそれを現在進行形で体験しているだけです。未知であるから不思議なのであって、知ってしまえばそれは不思議でもなんでもないのですよ」
「うーん・・・でもよくインチキって言われてるじゃないか」
 これはほとんどかつてのものになりつつある常識の断末魔の苦悶のようなものであった。
「インチキが多いのは事実なのです。その技術があるかないかと実際にできるかできないかは別なのです。それに、幻素の操作によるものではない全く別の原理のものも一括りに魔法と呼ばれていますからますますややこしいのです。病気に効く薬はいくらでもありますが、偽物の薬も多いのと同じなのです」
「そういわれれば別に魔法が使えたりアクション映画みたいな動きができるのも当たり前と言う気がしてきたな」
「納得しましたか?」
「いや、お前はまだ答えていない事があったぞ。
じゃあなんで魔法使いが腕づくで生徒を抑えるんだよ。
法律でそんなん許可されているのか?」
 これには答えられまい、と千雨は誇る。
「許可されているのです。
そもそも魔法とは言わず、普通は魔術とか呪術とか、もっといえば神鳴流とかカソリックとかそれぞれの流派によって区別されるのですが、あなたはそもそも魔法をどういうものだと思っていますか?」
「こう・・・手から火が出てぼうっとか、先生が出したりする波動拳みたいな奴じゃないのか?」
「それだけではありませんが、そういったものは多いのです。
さて、そんな危ないものが免許無しに使えると思いますか?
ガソリンだって免許が無ければ売れませんし、それを使う車だって免許が必要なのです。
あなたの言う魔法は言ってみれば猟銃のようなものなのです。
取り扱いにはもちろん国家試験が必要です」
「だろうな、じゃあ先生たちはみんなそういう試験をしてるのか?」
「おそらくはそうなのです。
そして、猟銃が使えるものが猟友会に入るように、魔法使いは自警団的な役割を負うことがあるのです。
もちろんそれが違法なところもありますが、ここ麻帆良はそれが許される特区なのです」
「なんで麻帆良がそんな変な所に」
「そんな変なところだから魔法使いを自警団にでもしないと警察の処理能力が追いつかないのです。
ここが狙われる理由は工学部の最新技術だけではありません。
魔術的には世界樹は貴重な存在ですし、時には幻素生物を引き寄せてしまいます。世界樹そのものが幻素影響生物だからです」
「さっきも言ってたなそれ。なんなんだ幻素生物って」
「文字どおり幻素でできた生物です。
私達の体にも幻素は存在しますが、幻素生物は体のほとんどが幻素でできているのです。
文字通りファンタジーな生き物ですね。
幻素影響生物は亜人種などがそうです。
翼人種や狼人種、吸血病患者は人間が幻素を取り込んだ結果と言う学説があります。
そして幻素生物にとって世界樹のようなものはとても質の高い食料であり、高品質なマジックアイテムの原料になるのです。
人里に熊が下りてくるように、たまに知性の低い凶暴な幻素生物が麻帆良に出現する事があるそうなのです」
「じゃあつまり麻帆良はめちゃくちゃ危険って事じゃないか」
「そうなのです。ですが、それは言ってみれば都市のほうが犯罪率が高いという事と変わらないのです。
そして自分の住んでいる町が自分の認識とかけ離れていてもそれは驚く事ではないのです。それが愉快な事かどうかはおいて置いて。
世の中に不思議な事など何も無いのです」
「世の中に、不思議な事など何も無い・・・」
「未知と既知だけなのです」
 千雨の中で何かががらりと変わりつつあった。
 千雨は人生が口に苦い良薬を齎したのだと知った。それも苦くなる一方の類の。


「なら未知なことが一つあるな」

 夕映は顔を傾げる。

「お前の名前さ。私は長谷川千雨」
「綾瀬夕映なのです」

 こうして、長谷川千雨は日常に留まり続ける。
 不思議な事は何も無い。
ただ単に自分のいる世界が自分の想像以上に自分にとって暮らしにくいものであったにすぎないと理解し、それが自分にとって快適か不快かなど世界にとってはただの小学四年生の悩み以上の何でもないのだと納得し。


世界の裏でうごめく、理解も解析もできない何かを知らずに・・・・・・










[18432] 仕分けられた世界 ねぎマ編2
Name: 件◆c5d29f4c ID:ba8988f3
Date: 2011/11/19 13:31
東の姫君と白子の翼 AC1995年

京都の洛北、船山の麓にある、木造建築の大邸宅。
7月の初めともなれば、むっと鼻につく、草いきれの混じった熱気が押し寄せてくる。
山からは、気の早い蝉の鳴き声が、かすかに聞こえる。
日光消毒には、いささか過剰なほどの日差しが、地を歩くものを焼こうとする、その季節。
畳敷きの部屋に、浴衣姿の少女が、札や算木を並べている。
その顔は真剣そのもので、凡そ遊んでいるとは、とても思えない。
実際、彼女は遊んでいない。占っているのだ。
近衛木乃香、陰陽道の大家、近衛家の3女はわずか5歳にして、
占術の本質を感覚的に捉えていた。

「水地比、天火同人、沢雷随、沢雷随、沢雷随・・・・・・」
かち、と大人の指ほどはある算木が、もみじのような手で押さえられる。
しゃ、と竹串のような筮竹が、鮮やかに並ぶ。
易は全て「友好」や「出会い」を示していた。
続いて、木乃香はカードの山に指を当て、一言、言霊を紡ぐ。
「散れ(Spread)」
カードは、空中に無造作に舞い上がり、やがて、ひらひらと落ちて、陣を描く。
それは、全て彼女が命じたままの場所に、配置された。
その絵柄のみを、運命に選択させて。
「運命、正位置の恋人、ペンタクルの5、逆位置の剣の九、杯の五・・・逆位置の正義」
ふむ、と頷き、カードを山に戻し、その手にはやや大きすぎるカードを切っていく。
ヒンズーシャッフル、オーバーハンドシャッフル、リフルシャッフル。
充分すぎるほど切った後、一枚をめくる。
「運命の輪」
同じ手順を繰り返し、何度も同じカードを彼女は引き当てた。
キュウッと木乃香の口角が上がる。
それは妖狐の笑い、うれしくてたまらない、という表情だった。
「うちにともだちができるんやなぁ、なんや随分悲しいことあった子みたいやけど」
さらに彼女は、精密に占っていく。運命が指し示す、出会いの相手を知るために。
その方が都合が良えわ・・・・・・呟いた言葉は誰にも聞かれることは無い。



近衛木乃香が生まれた時、すでに5人の兄姉が生まれていた。
彼らは揃って、年に似合わず聡明であったり、時に奇人であったりした。
木乃香は、彼らにとってちょっとしたアイドルだった。
少なくとも、戦場に立たせず、それでいて自らの身を守る術を教えたがるほどには。
できる事ならば、彼らは箱入りといわず、金庫で後生大事に保管しておきたかっただろう。
その点に関しては、木乃香の両親も同じ見解であった。
しかし、日本でも有数の陰陽道の大家であり、国家の霊的防衛のための、正式な政府の外郭団体を担う家に生まれたからには
-とくに放って置けば魔性が魔性をひきつけあうほどの魔力があったなら-
全く魔道から、政争から、引き離す事は無謀といえた。


まっとうな親ならば、子供を火に近づけたいとは思わない。火遊びさせたいとも思わない。
しかし、季節が冬であるならば、
それも永久に開ける事がない冬ならば、どうあっても暖炉は必要なのだ。
ならば、親はしぶしぶながら火の扱いを子供に教えるしかない。
そうして、いずれは子供は多かれ少なかれ小火を出すのだ。


彼女は、ほどほどの地位を与えられ、後方で、平穏無事に生きる道が用意されていた。
護身術程度に陰陽道を習い、令嬢として目劣りしない程度の知識を与えられ、
あとは結婚の後、一姫二太郎があれば、万歳三唱というわけだ。
しかし、当然ながら木乃香は、平穏な人生程度では満足しなかった。
彼女は、魔道に入れあげていた。夢中になっていたのだ。

親兄弟は当然、道路と熱烈なキスをした挙句、もみじおろしになった死体やら、眼球に止まる蝿などといったものとお友達な道を歩ませたくなかったし、
そんなものを断じて見せたくは無かった。
しかし、結局、彼女の家族は、満足するまで猫に好奇心を満たさせる事を選んだ。

三歳児が、お気に入りの玩具を手放すかどうか?
ゴッドファーザーを一ダース連れて来ても、不可能だと知るだけだろう。

なにより、彼女が魔道に憧れる一因を作ったのは両親の輝かしい伝説であり、
兄姉が展開する魔術関連の企業経営であったり、
うっかりこの愛らしい妹に見せてしまった、摩訶不思議な術のせいである事も、
彼らは十二分に知っていたのだ。
ならばせめて、その道を一緒に歩める友人を、と考えるのは自然な思考であった。
兄姉の幾人かが持つ「原作」知識と、
運命が桜咲刹那を選んだのも、また自然な事であるように。


「おじょうさまのごえいをつとめさせていただきます、さくらざきせつなです!」
「そないにかしこまらんといてな」
寂しそうな子。
近衛木乃香が、桜咲刹那に感じた第一印象だ。
2年前までの彼女を見たら根暗で卑屈と木乃香は思っただろう。
禁忌とされる白子。差別は、翼人種が人間として認められた数十年前になくなったが、
それでも、わずか三歳児にとって体色の違いは劣等感を抱かせるに充分だったし、
両親の死亡がそれを決定付けてしまった。
だが、この時の刹那は神鳴流の稽古をしていくうちに精神性を取り戻していた。



木乃香は刹那に何があったか知っている。
しかし、木乃香にとっては理屈では理解できてもまるで実感が湧かない。
なぜ、羽の色が違うから貶そうという発想が出てくるのか、
なぜ、羽の色が違うから劣等感を抱くのか。
木乃香には、理解不能なことだった。
しかし、両親を失ったと言う事を考えた時は心が痛んだ。
そして、自分が哀れんでいると言う事が、また、彼女に居心地の悪さを持たせた。
だが、持ち前の直感で彼女は躊躇をあっさりと切り捨てた。

-この子は寂しそうだ。そして、自分もまた、寂しい人間だ。
ならば、寄り添い合えるはずだ-

よく言えば支えあう。悪く言えば依存。
それも悪くない。
秘密がある?秘密の無い家族は無い。友人はいわんや、である。




「なあせっちゃん」

「なんでしょう、おじょうさま」

10月の半ば、庭の草は夜露に塗れている。
天は月を頂き、地は都市の明かりで綺羅星の如く。
ちりり、と虫が静かに鳴く。
美しい夜だった。
刹那と木乃香は縁側にちょこんと座っている。

「せっちゃんは剣がつかえるんやなあ」

「まだまだ未熟です」

「そいで陰陽の術もならっとるんよね」

「はい、基本の基本ですが。
神鳴流剣士は内気を感じ、
それを硬気功として体を強化し、その果てに外気として放ちます。
陰陽の術も同じです。魔力とも言われる外気を言霊で操り、鬼や天地の神々に願い奉り、さまざまな事をしていただきます」

「せやね、幻素魔術やな。
霊子は大極にして道(タオ)。
両義、四象を生じ、
四象、八卦を生ず。
これが霊子や。
ほんで、八卦、万象を生ず。
これが幻素やな、あらゆるものに幻素がある。
言うなれば空気みたいなもんや」

「はい、よくご存知で」

「ほなら、なんで言葉で術ができるんやろうね?」

「それは、気は意についてくるものだからです。
ええと、幻素は知性に反応するから」

「せや、意を言葉にすると呪。せやけど、呪はそれだけと違うんよ。幻素も魔力もいらん魔法が2つあるんよ」

「認識魔術と、異界魔術・・・・・・」

「せや。なんで鬼に豆が効くんやろうね?なんで死人は塩や刃物を嫌うん?吸血鬼はなんで聖水と聖書を嫌うん?それはな、せっちゃん「思い込み」や」

「思い込み?」

「せっちゃんはこんな話しっとるかな。
銃で撃たれた人が死ぬんは、撃たれた思うからやって。
別に死ぬほどの傷違ゃうくても、撃たれたら死んでまう、思うから死ぬんよ」

「なるほど、鬼が豆を嫌がのもそれが弱点だと思っているから・・・・・・」

「催眠術で「これは焼けた鉄や」思うと、ただの石ころでも、ほんまに火傷する。
レモンは甘い、思えばほんまに甘く感じる。それと同じやね。
もっと言うたら・・・・・・よく効く薬や思えば、小麦粉飲んでも、ほんまに直ってまう。
せっちゃん。人の心は体と一緒やからや。心が傷つけば、体もおかしなる。身体が傷つけば、心もおかしなる」

「考え方一つ、ですか?
認識魔術はそういったものと勉強しましたが、
いまいち信じられません。思うだけで強くなれるなら、苦労はありません」



「そう?」
木乃香の腕が浴衣の胸元に伸びると、
何かを握って、あっというまに刹那に突きつけられる。
カチリ、という金属音がして、刹那は額に金属の感触を感じた。
かすかに、煤けたにおいも感じる。

「ルガーいう銃なんよ」

ふっと見ると、木乃香が拳銃を握って、自分の額に押し付けている。
刹那はくすくすと笑うと、銃を刹那の額から外して、天に向けて撃った。

「お嬢様、何を!?」

「せっちゃん、よーく見てみ。これはただの扇子や」

一瞬、焦点がずれるような感覚を感じた刹那には、
先ほどまで銃と思っていたものが、今は扇子にしか見えなかった。

「かちっ言うたのはうちの歯の音、火薬の匂いに感じたのはこの扇子に香炉の灰をつけとったから。あとは冷蔵庫でちょっと冷やしてただけやね」

彼女は銃と誤認させるために、いくつかのちょっとした細工をした扇子を、
それらしい仕草で構えて見せた後、
銃である、という言葉によってそれに形を持たせたのだ。
その結果刹那はありもしない銃声を聞いた。
そのまま撃たれていたら気絶していたかもしれない。

「悪ふざけが過ぎますよ」

「実演やよ、ごめんなぁ」

「もう・・・・・・」
刹那がぷくっと膨らました頬を木乃香がつつく。

「せやけど、思い込むいうんが、どういうことか解ったんちゃう?
ちょっとした仕草とか、準備とか思い込ませるためにいろいろ工夫がいるんよ」

実際、木乃香が銃を抜き撃つ仕草の練習は、
鏡の前で毎日毎日こっそりとやった努力の賜物だ。

「ううん、私の精進が足りなかったのかも・・・・・・」

「それなんよ。言葉は口にすると言霊になってまう。
思いは自分自身の望む望まないに関わらず思った事を行動にしてまう。
それがどんづまりにどんづまると・・・・・・憑き物になってまう」

「そんな大袈裟な事を言わないでください」

「せやかて、せっちゃんがさっきの術にかかったんも、
うちの『銃や』いう言葉が引き金やえ?
あれが呪いの一番基本みたいなもんや」

「呪い・・・・・・」

「せや、一つの言葉を呪いにするのも祝いにするのも、
それに篭った呪次第や。どう思うか、いうことやね」

「よくわかりません」

「たとえば、見た目同じもんでも、
どう使ったかによってその価値はかわってくるんよ。
人を斬ったいう包丁と、ただの包丁。同じに思えへんやろ?
それはその包丁に「人を斬った」いう呪がかかっとるからや」

「人を斬ったから呪われたんじゃないんですか?」

「それは呪にばっちりかかった結果やね。
知らなかったらただの包丁や。それに、嘘かもわからん。
例えが悪かったかも解らんなあ。
同じ椅子でも、有名人がつかったもんならびっくりする値段ついたりするやろ?
同じもんを普通の人が使うとってもただの古道具や。
付加価値いうてもええね」

「さっきよりはなんとなくですが解る気がします。
せっちゃんと遊んだ鞠は私にとって宝物ですが、
他人にとっては他の鞠と見分けがつかない・・・・・・それが呪なのですね」

「せや、呪の一つのあり方やね。ほんでこの呪・・・・・・
認識魔法と幻素魔法、組み合わせると、
この世の理を自分の思った通りに、変えたりできるんよ。
それが異界魔術やね。文字通り理を変えた異界を作り出したり、
異界に行ったりする魔法や」

「物理法則を、自分の認識しているものに変えてしまう・・・・・・
術者と、対象がそう思い込むから世界は変わる・・・・・・でしたね」


「せや、一つおもろい異界を見つけたんよ。せっちゃん、行ってみいへん?」
「しかし、もう夜も遅いですし」
「ここから見るだけやえ?」
「それでも・・・・・・」
「何も怖い事あらへんよ」
「怖くはありません」
「なら危ない事も無いな?」
「うーん」
「行こか」
「行こか」
そういうことになった。



「それでどうすればいいのでしょう」
刹那は木乃香を見る。
「簡単やえ。ちょっと目閉じててな」
「もう悪戯はしないでくださいね」
「今日はな」
木乃香が刹那の目を手で覆うと息がかかりそうな耳元で呪文を紡ぐ。
「力をも入れずして、天地を動かし、
目に見えぬ鬼神をも、あはれと思はせ、
男女の中をも和らげ、たけきもののふの心をも慰むるは歌なり
えんらじょうじょう、えんらじょうじょう、
人の世に鬼は絶えるとも、人の心に鬼は絶えまじ。
現世は浮世、浮世は憂き世。
鬼の都は穢土の内裏。蓬莱の都は浄土の内裏。
およそ都の八町八橋は、浄土にあらず、穢土なれば、
百鬼の行き交うところなり。
さても妖しのものどもかな、さても怪しのものどもかな。
えんらじょうじょう、えんらじょうじょう」

木乃香が呪文を唱えるたび、床や壁が透けていく。
幸運な事に刹那はこの全てを見ることはなかった。
刹那が目を開けると、
そこは先ほどまで座っていた現実の縁側を、
丁度ガラスかアクリルで作り直したかのような空間に座っていた。

紫色の空に輝く星星が天上に広がり、足元には深く暗い海となっている。
海底からかすかに見えるのは鬼火だろうか。
刹那には、それが酷く都会の明かりに似ていると思えることが、
何か忌まわしく妖しい事に思えた。
遠くの海面にはマグマの川のような黄金に輝く流れが見える。

「綺麗やろ?」

「これが、異界・・・・・・」

「陰態やね」

「いんたい?」

「異界の一つや。この世ならぬ場所思うとったら、まあ間違いないえ」

ふと、遠くに何かが蠢く。
鬼火の群れがゆらりゆらりと海の上を渡ってゆき、さまざまに形を変える。
集まり長く伸びて竜の如きものに、大の字に分かれて鬼のようなものに。
その後ろから突いてくるのは獣たち。
狐に狸、猫、狢。
それぞれくるりくるりと奇妙な舞を踊っている。

刹那が護身用に渡されていた短刀に手をかけようとする。

「あかんえ、じっとしとったら見つからん」
「声を立てずに・・・・・・ですね」

刹那がかすかな声で囁く。

「せや。ちょっとやる事があるからせっちゃんはそのまま見張っといてな」
「はい」

刹那は疑問に思ったが、木乃香に取り残されたらと思うと口数は少なくなった。
木乃香が素早くサンスクリット語の呪文を唱える。
すると、遠くから白い光が尾を引いて近づいてきた。
すわ何事かと刹那は立ち上がりかけるが木乃香が制する。

「鞍馬山僧正坊にお尋ねする。天狗に国津罪ありや?」
「くらっ・・・・・・」

刹那はその言葉と目の前に現れた天狗に絶句する。
白い髭に白い羽。髪は白髪。
しかしその姿は若々しく雄雄しい。
白い髪に白い羽、それは刹那にとってコンプレックスだった姿そのものだ。

鞍馬山僧正坊。それは刹那が属する鞍馬山の天狗の頂点にいる大天狗の名前だ。
その大物が自分と同じ姿をしている。
それは刹那に奇妙な感覚を与えた。

「何故に尋ねたるか?」

「これなる者、国津罪が白人に当たるとして鞍馬の天狗に虐げたれたり。如何」
木乃香が刹那を指差す。

「あなや、天狗は天魔波旬。魔縁のものなり。
さてさて、それなる者、白子にあらず、
天狗、国津罪に縛られたるものあらず」
天狗の長はアルビノが禁忌になるわけがない、と嘆く。

「されば白子なる呪を祓い落とし、寿ぎ紡ぐなり。如何」
木乃香は凛と言葉を紡ぐ。

「宜し。これなる者、名は如何に」

木乃香が刹那に耳打ちする。
「名前や。せっちゃん、名乗り」

「京都神鳴流が門下、桜咲刹那・・・・・・です」
「藤原朝臣近衛木乃香」

「我、汝らの言の葉聞こしめたり。
桜咲刹那、よし白子の罪持ち出し、疎み妬むものあらば、
手切れ足切れ羽切れ玉水魂魄微塵に散れやと、鞍馬山僧正坊かくは申すぞ!」
もし刹那にアルピノの件で突っかかってくるものがいれば、
この鞍馬山僧正坊が喧嘩を買うと大天狗は大上段に見得を切る。

「汝、我が子孫なれば、禍事有らしめ給わず、なお正しき真心以ちて負い持つ業に勤しみ互に睦び和み、子孫八十続、八桑枝の如く立栄えしめ給えと寿ぎ申す!」
お前は私の子孫なのだから、鍛錬に励んで幸福に生き、子孫を産み増やせと祝福する。

「はい」
刹那は木乃香から意味を耳打ちされて頷く。

「藤原朝臣近衛木乃香、汝、負い持つ業に勤しみ大御世を、斎い奉れ幸へ奉れとかくは申す」
木乃香にはその陰陽の術でこの国を守れ、とだけ短く言って大天狗は背を向ける。

「謝び忝み奉ると恐み恐み申す」
木乃香は丁重に礼を言う。

言い終わる頃には、僧正坊は用は済んだとばかりに、
彗星のような、光の尾だけを残して、飛び去っていってしまった。



ふう・・・とどちらともなくため息を吐く。
年経た大魔物の気に当てられたのだ。

「お嬢様は、全て・・・・・・知ってらしたんですね」
「そうやえ。白いもんは白い。黒いもんは黒い。
生まれはどないもならん。
それを誇りにすれば祝い。負い目に思うなら呪い
意味を見つけるのは自分や、他人と違う」

つまり、木乃香はものすごく遠回りな方法で刹那の羽について励まそうとしたのだ。
刹那はしばらく考えてそう結論した。
そもそも天狗の長たる者からして真っ白なのだから、
自分が負い目に思う必要は何もないのだと。

木乃香はぽつりぽつりと話す。
「うちな、この家に生まれて良かった思うんよ。
どないひっくり返してもうちは魔道と関わる。
ほんで、うちはこの道が好きで好きで仕方ないんよ。
でも、うちは一人や。そらお兄もお姉もお父はんもお母はんもおる。
せやけど、この道を一緒には歩んでくれん
一人は・・・・・・つらい」
これこそが、木乃香の5歳の本音であったのかもしれない。

「せっちゃん・・・・・・うち、せっちゃんのほんまの姿、見たい」
その声は微かに震えていた。
その時だけ、二人とも互いが同じ事を考えていると感覚で理解した。
嫌われたらどうしよう、と。

踏み出す勇気を示したのは、木乃香だった。
そして刹那も、その時の勢いが手助けした。
あるいはそれこそが、
木乃香が長い長い準備をして仕掛けた、
一つの呪だったのかもしれない。

ふわ、と白い羽が舞った。
「ならばお嬢様、いえ、このちゃん。
うちが、剣で道を阻むものを切る。
この羽でどこにでも連れてったる。
やから・・・いっしょに行こ?」
「うん!」

人智を超えた情景は人を詩人にする。
月着陸では、寡黙なパイロットも歴史的名言を作る。
この時の刹那にもその詩情が乗り移ったとしてもおかしくはない。

そうして、二人は飛んでいく。
百鬼夜行の中を、楽しそうに、笑いながら・・・・・・

こうして、また一人の少女が魔道に入っていった。



[18432] 仕分け屋の流儀 エヴァンゲリオン編 AC60年
Name: 件◆c5d29f4c ID:ba8988f3
Date: 2011/11/19 13:38
西暦60年

とある大工の息子が十字架に貼り付けられて死んでから役半世紀たったある日。
ヨルダン川近くの後の世にクムランと呼ばれる地域の洞窟の中。
一人の老人が黙々とパピルスに文章を書いていく。
彼は恍惚と、熱狂と、狂気を眼に湛えて狂ったように文字を書いている。
ふと、老人の目線だけが動いた。
洞窟の入り口に壮年の男の姿を見つけたからである。

「やあこんにちは、私は旅人でしてね。いろんな所を歩き回っているのですよ」

上品な身なりの奇妙な男だった。肌の色艶は王侯貴族並みで、まるで旅人には見えない。
老人は答えない。黙々と文章を書き続ける。

「向こうの人たちはいい人たちでしたよ。少々夢見がち過ぎるところがありますが。
あなたは彼らからも離れて独自の道を探求してらっしゃるとか」

老人はぴくり、と眉をあげる。
男は楽しそうに喋り続ける。

「おや、ご存じないのですか?
ええっと11個ほど洞窟がある所がこの近くにあるんですよ。
そこのラビ(律法学者)の人たちとえらく話が合いまして。
確かエッセネ派でしたかなあ、いや、サドカイ派の人たちでしたかな。
熱心に写経をなされておられでした。
あなたはあなた自身の家に伝わる独自の律法書を写本されているのですよねえ?」

老人は重々しく口を開いた。その間も書く手は止まらない。

「奴ら、わしを異端だと言いよった。お前もあの不信人者の仲間か?」

男はそれに答えず笑いながら老人の書く本を見る。
そこには7つの眼を持つ仮面が描かれている。

「あなたは生命の樹への具体的な到達方法をご存知だとか」

老人はかっ、と眼を開き憑かれたような熱狂のうちに喋る。

「そうだ!知恵の実を食べ原罪を負った人は顔に汗してパンを得なければならなくなった!塵から生まれ土へと返る者になった!はっきり言っておく!人はエヴァの子にあらず!呪われたリリスの子、リリンだ!知恵の実は善悪を知るものではない!他者と自らという恐怖と無理解、信仰の不一致を招く苦しみを知るものだったのだ!
購いを!今こそ購いが必要なのだ!人の子は試練を受け苦難のうちに原罪を償い!
アダムへと、他者と自らが真に理解しあえる楽園へと帰るのだ!」

男の笑顔はそのままにぬらり、と気配が変わる。

「他人が恐ろしいのですか?」

口調はあくまで柔和に、しかし決してなれなれしくなく。

「なぜ恐ろしくないと思うのだ!?理解できん!裏切られればそれは勝手な勘違いと言う!わしを要らんと言う!個は無意味だ!何の変化も要る価値も無い!心は不要だ!
わしはあそこにはいることができなかった!だからこそここにいる!」

男は諭すように穏やかに言う。

「・・・僭越ながら申し上げますが、勇気と言う美徳は恐怖を乗り越えるからこそ存在すると存じ上げます。
あなたは恐怖が恐ろしいのですか?愛を信じないのですか?
理解しようという勇気こそが人生を輝かしいものへと変えるものだと私は知っています」

老人は顔を赤くしてヒステリックに叫んだ。
彼はもはや、自分でも何をしているのか、何を言っているのか解らない。

「恐ろしいから恐怖と言うのだ!理解できん他者は恐怖だ!故に拒絶しあう!」

男は謝るかのように拒絶する。その仕草はあくまで優雅だ。

「大変申し訳ありませんが、全てを理解できるのはいるとすれば神ただお一人でしょう」

そして、ついに。
老人は具体的なことを口走ってしまった。

「そうだ!そのための生命の樹へと至る道だ!齢17の人の子を購いの生贄として捧げよ!さすれば天の国への扉が開かれん!」

男は再び気配を変化させる。
優雅なそれから、機械的にいらないものを処分する時のそれに。

「残念ですが、それは許可できません」

「何の権威でお前はそれを許さないというのだ!天からのものか、人からのものか」

男の口から言葉がタイプライターのように吐き出される。
それは猛毒のように老人にダメージを与える。

「天からのものならば、あなたは不信心者ということになりますねえ。
人からのものといえば群衆と言う責任の無い集団のものからの権威と言うことになります。
責任の無い集団が物事を許可する権威は無いでしょう。
それ故私はこう言います。私自身の責任で、です」
「お前は・・・何者だ?」

老人はふと思い出したように、目の前の男を見る。

「さて、昔は「輝けるもの」と呼ばれたこともありますし「蛇」とも呼ばれていましたね。
今はそうですねえ、私の部下は私のことを「古き蛇」と呼びます」

老人の口から、恐怖と共にその名が漏れた。

「サタン・・・」

「まあ、そう呼ばれることもあります。別に私は人間なんですけどね。
悪魔じみたことは多少出来ますが、
そのへんの伝説は私の旧友が勝手に広めたものですよ。いや、その部下かな?
まあどうでもいいことですがね。
ああ、あと私の亡き妻の名前を、あんな脚が何本もあるような生白い化け物の
名前にするのはやめていただけると助かります」

老人は立ち上がり、ペンを投げつける。

「下がれサタン!この聖典こそ人類の希望なのだ!人と人とが単一のものになり真に理解しあえる・・・」

拳ほどもある石が男の頭にぶつかるが、ただ鈍い金属音がしただけだった。

「いやあ、それもできませんなあ。
17の子供に、他者を全て拒絶するほどの絶望を味合わせた挙句、生贄にする?
全然許可できません。
あなたはモロク神信徒ですか?違うでしょう。
というかですね、原罪への購いはすでに30年ほど前に、
ナザレのイエスさんがやってしまわれたのですよ。
事実はどうあれ、それが史実です。
実際に部下が会って彼自身の意思を確認したので間違いありませんよ」

男は一歩一歩、残酷なほどにゆっくりと近づく。
その口調は静かな憤怒を宿している。

「認めん!認めん!」

老人はもはや狂乱し、喚き散らす。

「いやあまあ、ぶっちゃけた話、人類が赤い海になって一つの存在になるのはいただけませんし、
そもそも南極と日本にある使途に手出しをしなければ基本的にセカンドインパクトは起こりませんしね。
余計な手出しは困るんですよ。
ああ、人類の進化でしたらご心配なく。
2000年たったくらいで進化に行き詰るほど人類は弱くありませんよ。
4万年8000年生きた私が保証します。
まあ、やろうと思えば無理やり進化させられないこともありませんしねえ」

「理解できん!理解できん!」

「それはそうでしょう。2000年先の年端も行かない子供を私利私欲のために生贄にするあなたにいちいち理解できるように言うほど私は親切ではありません」

「購いを拒否するというのか!?」

男はむしろ楽しく軽快に話す。これから散歩にでも行こうかというように。

「いやあまあ、神気取りの人間も悪魔気取りの私自身も不愉快ですし、そもそも自分の罪は自分で償いますよ。
まあそういうわけで今から犯す罪は私が貴方に犯す罪です。
つまりあなたが許せばそれで罪は償われるということですね。
というわけで後でじっくりと償いますので御気になさらず」

「仕分け屋としてその裏死海文書を「あってはならない」と仕分けます。
あなたの「可能性」を・・・・・・後世に引き継がせることはできない」

「蛇」が老人を押しのけてその「文書」に手を触れると文書は燃えて崩れ落ちた。
老人は膝から崩れ落ち、「蛇」を指差し呪った。

「呪われよサタン!神よこの者に呪いを!」

「いやまあ落ち着いてください。
あなたの生涯をかけた文章を燃やした私が言うのも何ですが、
あなたが生涯をかけて求めた他者との融合でしたら私が叶えますが?
まあ、人から悪魔といわれるほどには無茶な事ができますからね私」

「蛇」はひどく優しげに近寄る。だがその目に映るのは慈悲ではない。
老人は怯え下がる。

「でまかせを言うな!悪魔の誘いには乗らん。下がれ!下がれ!」

しかし、「蛇」はもはや老人を見ていなかった。
彼は淡々とこれから行う事を説明する。
機械のように、廃人のように。

「具体的に言えば念話の要領でそれぞれの意識をつないでですね、
肉体に栄養を与え続けて、肉体的には眠っている状態でありながら、意識だけは明白な状態にすれば、相互に意識と記憶を参照できるので、まあこれは他者との融合といって問題は無いと思うのですよ。まあ実際にサードインパクトがおきて融合したら多分気持ち悪いんじゃあないかなあと思いますが、この融合は違いますよ。多幸福感を与える麻薬を常時投与しつづけていますからね。まあ気持ちいいんじゃないですか?刺激が無くて退屈そうなので私はごめんですがね。というわけで口で言っても解りにくいでしょうからあなたの意識を接続しますので試しに体験してみてください」

怯え歪む老人の顔に、ひたり、と「蛇」の手が触れた。

その日から世界に「裏死海文書」は存在しない事になった。
そして、ヨルダン川近くに来ると、なぜか少しだけ幸せな気分になると噂が立った。
数年すると、その噂もなくなった。



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