01 魔法との出逢い
私は親一人、子一人の家庭で暮らしていた
父さまは私が物心つく前に亡くなったと聞いたけれど
余所の子に変な娘と苛められたこともあったけど
優しい母さまが一緒だったから幸せだった
母さまはいろんなことを知っていて、教えてもらうのは面白かった
お父さまの話やお惚気とかも聞いた
小さなアパートの1LDKでの二人暮らし
小学校に入ってからは友達もでき、いっぱい遊んだ
楽しかった
…………それを喪うまでは
強盗が私の家を襲った
住んでいる人が少なく、それなりに良い暮らしをしていたように見えたから
たったそれだけの理由だった
「……生きてね」
そう言い遺して、母さまは死んだ
その事件で私も右目を失った
私は母方の祖父の家に引き取られた
海鳴という海辺の街、そこにある古武道の道場
爺さまはその道場主だった
爺さまが葬儀の時、死んだ母さまに向かってただ一言
「……馬鹿者が」
そうポツリと呟き、しとしとと降る雨の中
傘も差さずに私の手をとったまま
空を見上げ立ち尽くしていたのをぼんやりと覚えている
爺さまは厳しかった
私が無気力になって何も喋ろうとしなくても、構わず普通に接した
また、最低限自分の身を守れるようにと私をしごいた
一年くらいの休学を経て小学三年生となり、新しい学校に通いはじめてからも
殆ど無気力、無反応だったと思う
ほっとけないと構ってくれる子も居て、少しだけ前を向けた気がした
お昼のご飯粒で小鳥の餌付け?みたいな事もするようになった
ちょっと怪我をしているみたいで、あまり飛ぼうとしなかった子
餌をあげるようになってからは、私に気づくとピョンピョン近づいてくるようになった
そして、それに遭遇した
何かよくわからない、のたうつような動きをしている影の塊のようなモノ
それに襲われている小鳥
自分と母さまに重なって見えた
何を考えるでもなく身体が動いた
気がついた時には、身を盾にして吹き飛ばされていた
これで母さまのところに行けると思って、
でも、母さまの最期の言葉が思い出されて、爺さまの稽古を思い出して
身体が勝手に動いて受身を取った
それでも、受けた衝撃に一瞬意識がとんだ
小鳥の弱った鳴き声で意識が覚めた
自分を助けてくれた母さまのことが頭に浮かんだ
守れれば母さま褒めてくれるかな、とか
母さまとの思い出とかが頭に浮かんで
気づけば立ち上がって、傷ついた小鳥を庇う様に襲ってくるナニカに対峙していた
殴りかかっては弾き飛ばされ、なんとか立ち上がり、
弾かれ、突っ伏しては、また立ち向かう
「…………チカラ……力が欲しい」
思わず言葉が漏れた
「うあああああああぁぁぁぁああぁぁーーーーーーーっ!!!」
首にかけていた母さまの形見のペンダントを握り締めて叫んだ
理不尽に命を奪おうとするモノ、ソレに遭遇してしまったというコト
それらに対する抗いの叫び
胸の奥でドクドクと脈打つ鼓動が、握り締めた形見のペンダントヘッドに篭った温もりが
一つに重なった気がした
『呼んで』
声が聞こえた気がした。どこかから人の声が
『力を、抗うことを望むなら、呼んで』
何が起きようとしているのかなんてわからない
けど、このまま死ぬのは嫌だった
母さまが「生きて」といってくれたのに
爺さまが身を守れるようにと、いろいろ教えてくれたのに
せっかく助けたいと思うことができたのに
また理不尽に飲み込まれるのは嫌だったから
だから叫んだ
抗いの力を求めて
「来てっっ!! ワタシの……私の力っ!!!」
握り締めた拳の中のペンダントヘッドが熱を発した気がして
私は光に飲み込まれた
『近接戦用ブラット【ファルケ】 解放』
本を象ったペンダントヘッドがページをバラバラと開いて
光の円陣がページの上に浮かぶと、その中から小振りな刀剣が現れた
私はその柄を引っ掴み抜き放つと、感情のままに体当たりするようにして、その刃をナニカに突き立てた
「おまえなんかぁぁぁぁ! どっかにいっけええええぇぇぇぇっ!!」
突き刺した所にまた円陣が浮かび、光を放った
『封印【ズィーゲル】 敵性体に対し封印処理を実行します』
そして気がついたとき、私は片手で傷ついた小鳥を抱いて
もう片手に小太刀を握って座り込んでいた
傷ついた小鳥を抱いて、打ち身だらけの身体を引きずって家に帰った
爺さまは道場の方に行っているのか、母屋には誰も居なかった
ファルケ?とかいうらしい小太刀は、ナニカを倒した後
ペンダントの発した光る円陣の中に飲み込まれ、消えてしまった
「…………いったい何が起きてるのよ」
自分の部屋に辿り着きへたり込んでしまった穹の呟きに、答える声があった
『はじめまして、新しいマスター』
「訳わかんないモノに襲われて、ペンダントが喋って、光って、剣?が出てきて
もう、何が何だかわかんない…………叫びながら部屋から飛び出して
盗んだバイクで走り出したい気分……できないけど
あー、えっと、あなた?が、さっき助けてくれた、の?
………あの……あ、ありがとう
…………私は小鳥遊 穹……あなたは?」
蒼穹を思わせる澄んだ蒼色の本を象ったペンダント
その中央に埋め込まれた剣?もしくは翼を象った十字架のような装飾が
語りかけてくる声にあわせてチカチカと点滅する
『私は機能拡張式汎用デバイス、銘を【フリューゲル】、主が羽ばたく手助けとして作られ
かつては貴女のお父上、ソウヤ・タカナシと共にありました
よろしくおねがいします、マスター』
「父さまと共に?じゃあ、あなたは父さまの形見でもあったんだ………
ねぇ…………さっきのは何だったの? デバイスって何なの? さっきの影みたいなのは? それに……」
『魔法を行使しました。魔法とは行使者の意志に基づき、魔力を用いて、望んだ効果を得る技術です
デバイスとは、その魔法の行使を補助するための、主の力となる道具です。
マスターには魔法を扱える才能がありました。
その力を求める強い意志により、休眠状態にあった私は目覚めました。
先ほど襲ってきたモノについては、詳しいことはわかりません
私はかなり長い間休眠状態にあったため、情報が足りません』
「……魔法…………傷ついているこの子、助けられない?」
『……スキャンしました。傷が深く、流れた血が多すぎます。治療したとしてもそう長くはもたないと思います』
「…………せっかく守ろうと思えたのに、守れたと思ったのに……何か、何かできないの?」
『……正確に言えば治療ではありませんが、使い魔契約を行えば、また自由に動き回れるようになるかと』
「使い魔? 契約?」
『マスターの魔力で生きる、マスターのために生きる生命として生まれ変わります
自由に生きていた小鳥を主に従う存在に作り変えてしまうことになります
ですから、厳密には助けたとは言えないかもしれません』
「動けるようになっても、私から離れられなくなる……でも、それでも助けたいから……助けたいと思うから
私は……私の身勝手でこの子を助ける。だから手伝ってフリューゲル」
『了解しましたマスター。儀式場展開【エントファルトゥング・ツェレモニー・プラッツ】 儀式法陣を展開します。』
その言葉とともにフリューゲルのページが開き、二つの魔法陣が小鳥と私を中心として展開する
何かが私から小鳥に流れていくのが感じられる。これが魔力?
『今のマスターには儀式に必要な魔法の知識が不足しています。なので、成功するかどうかは
マスターの助けたいという思い次第です。意志を強く持ってください。
魔法を成功させるという意志を、必ず助けるという意志を』
「わかった…………この子は絶対に助ける。助けてみせる」
胸の奥で何かが脈打っている気がする
力が、魔力が、魔法陣へ、小鳥へ流れていく
『呪文省略。未使用領域を処理リソースとして解放。術式構成の不足分を解放領域で補足
魔力バイパス構築開始、素体の解析、損傷部位の修復、再構築…………』
長いような短いような、時間の感覚が曖昧になって、
慣れない魔法に魔力と体力を喰われてクラクラになって
そして……
魔法陣がひときわ強く閃光を放った
『契約【フェアトラーク】……儀式終了ですマスター。お疲れ様でした』
小鳥が居た所には、穹よりもさらに小柄な少女が丸くなっていた
ベースとなった小鳥の名残らしく、耳元と背中にちいさな羽根が生えている
少女はゆっくりと身体を起こすと、瞼を開けた
穹を目にすると、勢い良く抱きついてきた
「おはようございます、ごしゅじんさま」
舌っ足らずな声でそう言って、身体を擦り付けてくる少女に穹はほっと息をついた。
今まで張り詰めていた気が抜けると、疲れきっていた身体がずしりと重く感じられ
彼女は生まれたばかりの使い魔を抱きしめたまま、深い眠りの中に堕ちていった