5月病にもなることなく耐えきった5月末、癖っ毛の私にはつらい梅雨がやってくる。戦いはまだ終わらないってか、うんざりするね。
「アキちゃん見て見て~ツインテ~ル~」
「梅雨が近づくとあんたのさらっさらの髪がうらやましいよ」
「ベリ~ショ~トのアキちゃんには真似できま~い」
「別に二つ結びが出来ることがうらやましい訳じゃねーよ」
ぴょんぴょんと保育園から友人の立町 紅葉(たてまち もみじ)が跳ねている。さわがしい奴だなぁ。
ああ、私の名前を言っていなかったな。私は江波 安芸(えなみ あき)だ。
湿気と戦うぴっちぴちの女子高生だ。………ぴっちぴちは死語だな、忘れてくれ。
「アキちゃんアキちゃん、お腹すいたよね~早くお昼になってほしいよね~」
「あーやめろやめろ、昼飯の話ししながら胸をさわろうとするな」
紅葉の悪い癖だ。すぐ人の胸をさわろうとする。
うーん、もしかしてそっちのケがあるのか?と疑ったことは数知れず、今なお更新中だ。
「てい」
「いた~い」
わきわきさせて近づいている手を叩き落とす。「いた~い」じゃねーよ。
「ふっ、ふん、そんな普通乳なんてさわっても嬉しくなんかないんだからね、勘違いしないでよねっ」
「チビッ子つるぺタに言われたくねーよ、エセ・ツンデレ」
「うわ~ん天パがいじめる~」
ダダダダダダと逃げていく、「レンちゃん、そのおっきな胸でなぐさめて~」「えっ、ひゃわーー」とか聞こえるが無視だ無視。
もう少しで授業だからすぐ解放されるだろう。………ってか同性でもセクハラだよな。
昼だ、昼休みだ、昼食だ。
鞄から弁当を取り出していると、誰かが私の前に立っている。「だれだ?」と見ると、無表情で眠そうな目が特徴的な男子生徒、横川 南兎(よこがわ みなと)が弁当を持って立っている。
ミナトは小学2年のときに転校してきた。さらに私の家の隣に引っ越してきたお隣さんでもあった。
まぁーこいつが物静か、もくもくと本を読むといったやつで、「暗いやつか?」って思っていたら、話せば言葉は少ないがちゃんとしゃべるし、遊びに誘えば一緒に遊ぶし、気がつけば今も友人として付き合っているわけだ。
しかしまぁ、前に紅葉が「あんたらの仲の良さは異常だよ~もう付き合っちゃいなよ~それとももう付き合ってるのか~」とかなんとか妄言を言っていたことがある。
しっかりとOSIOKIしてやったがな。そう言われるだけ親しいわけだが……
まぁそんなミナトが真面目な顔(普通の人が見たらただの無表情らしいが)で立っている。
「お?ミナトどうした?」
「…アキ、相談がある」
「飯食いながらでもいいのか?」
こくりとうなずく。ふーん、ミナトが相談ね、珍し。
「お~い、アキちゃんにミナっち~ごはん食~べよ」
「あー今からアキさんのお悩み相談を開始するから、私らは別に食うよ」
「おっけ~おっけ~」
紅葉がいつも一緒に飯を食べるメンバーのところにもどる。「ミナっちが相談なんて珍しい~」や「なぜミナトはオレに相談しないんダー」に「ドバっちに相談しても……ね~?」「ダーーー」といった会話が聞こえるが無視だ。なんかすすり泣き?みたいなのが見えるが断固無視。ミナトなんてとっくに弁当を開けて食べ始めているし。
おっ!今日のおかずにはエビフライが入ってるな。私の好物なんだ。もちろんしっぽまでたべるぞ。
「…アキ」
「んー?」
エビフライを咀嚼しているとミナトがしゃべり始めた。さてさて、どんなことを相談するのやら。
「…昨日、告白された」
ぶふう、と驚きすぎて吹き出してしまった。咀嚼途中のエビフライの衣やらしっぽやらがミナトの顔につく。
「ああ、わりぃ」
すぐにポケットティッシュで顔を拭いてやる。
しかし、告白か。ミナトが告白されたなんて今まで聞いた事なかったからめっちゃくちゃ驚いたよ。
初めてされたのか?ああ、初めてされたから相談しに来たのか。
「それで、どうゆうセリフで返事をしたらいいのか分からないから、異性である私に相談してんだな?」
「…いや、異性とかじゃなくて、友人の中でアキが、一番よく告白されているから」
えっ!?いや、そんなよく告白されてるわけではないけど、まったくないというわけではないのは確かなわけで、っていうかミナトに話したことはないはずなんだけど……紅葉か!紅葉なのか!!よしOSIOKI決定だな!!!それにそもそも誰かと付き合ったことなんてないぞ、みんな断ったしな!!…………なんだこの言い訳みたいなのは。まぁとにかく私は誰とも付き合っていな…
「…女子に」
そっちかーい、いや、なんて言うか、そっちかーい。
確かに女子からも告白されたことあるけど、割合で言うと8:2で女子が圧倒的だけど。
「…一応、図書室でそれっぽい本を借りたんだけど、よく分からないから」
「図書室に恋愛指南の本なんてあるのかよ。どんなんだ?」
ミナトが、自分の机から本を取り出し、もどって表紙を見せてくれる。
『よくわかる告白と返事の仕方 “中級編” 西日本版』
どこからつっこんでいいやら。
「…本当は“初級編”が良かったんだけど、もう借りられてなかった」
ミナト以外にも借りてるやつがいるのかよ、こんな胡散臭い本。まさかミナトに告白したやつじゃあねーよな。
「どんなことが書かれているんだ?その本」
「…例えば」
ミナトがぺらぺらと本をめくって、じっとページを見て私の顔を見つめる。
「…つっ付き合ってあげてもいいけど、かっ勘違いしないでよね、別にあんたのことが好きなわけじゃないんだからね。仕方なく、そう、仕方なくなんだからね」
えーなにこれー
「…もうひとつ」
今度はまともなやつだよな、っていうかまともなのあるよな。
「…自分でよければよろしくお願いします」
おお、普通だ普通な返事だ。やれば出来るじゃないか『よくわかる告白と返事の仕方 “中級編” 西日本版』見直したぞ。
「…ふふふ、これで自分はあなたのもの、そしてあなたはすべて自分のもの。もう他の人なんて見ないで、しゃべらないで、他の人なんていらないでしょ、自分だけいればなにもいらないでしょ。ふふふふ」
がっかりだ、裏切られた、失望した。
っていうか、こえーよ。ミナトは無表情に淡々としゃべるから似合いすぎるんだよ、このセリフ。
「…どう?」
「どう?っていうよりも私は“上級編”が気になるような、見たくないような」
「…この本はあまり参考になりそうもない?」
「ねーよ。こんなん参考にしたら相手ひくぞ」
「…じゃあ、アキはいつもどんな風に返事をしてる?」
どんな返事をしているのかと聞かれても、まぁあまり相手が傷つかないように気を使ってセリフを考えてはいるが、そんな改めて聞かれても……っていうか
「いや待て、そもそも私は断ってばっかりだったんだが」
「…断るから、いい」
「へ?断るの?」
こくりとうなずくミナト。いや、本から選んだセリフが全部OKのセリフだったから、てっきり………ふーん。断っちゃうんだ。へーそっか。そっかそっか。
「なになに、好みじゃなかったとか?綺麗じゃなかったとか?」
「…綺麗な人だよ」
ほー綺麗な人か、っていうか誰なんだミナトに告白した人。
「なぁ聞いてなかったんだが、誰に告白されたんだ?」
「…トリイさん、2年の白島 雀居(はくしま とりい)先輩」
ミナトが「…行ってきます」といって教室を出た放課後、紅葉がニヤニヤしながら近づいてきやがった。
正直、不気味だ。
「いや~ミナっち返事しにいったね~」
「ああ」
………いや、ちょっと待て。
「紅葉、聞き耳立ててやがったな」
「んっふっふ、紅葉の耳は地獄耳なの(はぁと)を忘れてもらっては困るね~」
「はいはい、そうだったそうだった」
「うわ~全然感情こもってな~い。」
「しっかし、ミナトに告白するようなやつがいるとはなー」
「え~、う~ん、でもね、ミナっちは不細工でもないし、でもかっこいいわけじゃない普通顔~ それにさりげない優しさをもったいわゆる良い人どまりの男の子~ でもそれがいいっていう子猫ちゃんはいたのに、猛獣アキちゃんが睨みをきかせていたせいで戦意喪失に~ ああ~かわいそなミナっちに子猫ちゃん~」
「睨みなんてきかせた覚えはねーよ」
「そして、猛獣アキちゃんを恐れずミナっちに告白した奇異な白島先輩について教えてあげるよ~」
「別に興味ねーよ。あと猛獣じゃねーし、奇異とか失礼だぞ」
「まぁ~そう言わずに聞いてよ~ え~ではでは、2年C組に在籍、お嬢様、美人、良い胸、以上~」
「なんか検索ワードみたいだな」
「あっ、あと生徒会会計補佐」
ああ、どっかで聞いた事がある名前だと思ったら生徒会の人か。
「そして~ 一回断られたぐらいで諦めるような性格の人じゃないかも~」
「はぁ?」
紅葉がなんとも不吉なことを言った時、がらがらとドアの開く音と共にミナトが教室に入ってきた。
ぼんやりとして、どうしたんだ?ミナト?
「…狩られる」
「?」
「?」
「…狩られるモノの気持ちが、少しわかった」
………えー