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[18040] 悪意の狂乱 -MAKE THEM DIE SLOWLY-
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:427c0cfe
Date: 2011/10/16 07:56
―――回避不能。致死量のバイオレンス―――
15歳にして凶暴・狡猾・残忍を極めたジオ・イニセンとエリー・クランケットはレベネ島の空賊、骸狼(がいろう)を壊滅に追いやり、島の略奪品を横取りしジェンガ大陸に逃走した。
二人は、それらを軍資金に遺跡からの資源回収業を開始。ゾンビと殺人機械どもを血祭りに上げて更なる金銭を手に入れると、飛空船入手を目指し大陸最北に位置する犯罪都市キャピタルへと向かう。
しかし道中で任侠集団を自称する大陸のマフィア、神能会(じんのうかい)に命を狙われるようになる。最初の刺客に行く手を阻まれた上に、神能会会長 神能勝偉はたった二人を“爆ぜさせる”事に執着し
殺戮職人1000人、武装車両100台、さらに女の手足を切断し性奴隷を量産した史上最悪の空賊ワーグナー一家残党からなるジオとエリーを殺す為だけの特別最強戦闘部隊を投入するのだった---

*警告*

この作品はArcadiaで最も残虐な小説です
野蛮な拷問や狂気じみた場面が少なくとも24は出てきます
嫌悪感や不快感があたなたを襲ったら

どうか 読まないでください



[18040] violence-01 修羅と悪魔
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:427c0cfe
Date: 2011/10/16 07:59
「なんだコレは、これから小屋の掃除をするから面倒見ておいてくださいってのか!ええ?おっさん!」
ウェストコートを着た金髪の男は、鶏を抱えたオーバーオールの中年男性の両肩を思い切り揺さぶりながら恫喝した。

空賊集団、骸狼(がいろう)による7月二度目の略奪。

レベネ島の教会前広場に島民たちは酒や食べ物、現金などを持ち寄って集まっていた。

「も、もう無いんです、家はもう金が無いんです……6月から鶏が卵を産んでなくて……」
「だったら尚更、卵を産まねぇ老いぼれ鶏を!なめやがって!」

金髪の男は中年男性の肩を引き寄せ、ひざ蹴りを胃に思い切りを叩き込んだ。

中年の男が胃液をこぼし地面に倒れる様子に、島民たちは俯き目をそらしている。飼い主の腕から離れた雌鶏は力なく鳴いている。

ウェストコートを羽織った骸狼の仲間達はその様子をはやし立てる。彼らは、広場中央の花壇の上にずんぐりとした胴体に短い羽のついた銀色の飛空船(ひくうせん)を停泊させて陣取っている。

彼らのボスのケルベロスは質素な木製の椅子に座り頬杖をついている。

骸狼は構成員人数14名。中型飛空船1隻を有する大陸の都市から流れ込んだ不良青年の集団である。
ボスはケルベロスと名乗り、容姿は二言で言えばニヒルな美男子だろう。端整で鼻筋の通ったスマートな顔立ちに、つり目の赤と青のオッドアイ。髪は黒髪で肩から二寸ほど離れた長さ。グレーのスーツとズボン、赤に紫と白のストライプが入った悪趣味なシャツを着て、右片が欠けたシルバーのロザリオを下げている。

たかがチンピラが地獄の番犬を称している。が、何故かその辺のチンピラよりは頭の切れる男だ。

被害を受けるレベネ島は、南半球のジェンガ大陸に最も近く、その南方に位置。特産品は海岸の崖っぷちに大量に自生している薬草である。非常に良好な環境だが、娯楽の場といえば、週末に町の男衆が集う1軒の酒場と、教会が開放している先の広場ぐらいだ。

骸狼の最初の略奪が起こったのは2年前の9月当日、集落は収穫祭で沸いていた。男どもは酒を飲み、女たちは遊びに興じる子供たちを見守る。島民たちは広場に集まって誰もが幸せであった。

そこにやって来たのが一隻の黒い飛空船だった。堂々と広場へと突入し、子供たちが植えたチューリップやパンジーを押しつぶして花壇に着陸にすると、中からボンテージマスクを被ったジャージ姿の一団が現れ、広場に集まっていた百人に満たない島民ほぼ全員をバットや鎖、ナイフスタンガンで手当たり次第に攻撃した。

この一団は終始無言で乱暴を働き、数少ない商店や民家から金品を奪っていった。歯向かった島民は、ある者は高く逆さ吊りにされ飛空船のバーニヤの噴射を焼け死なない程度の間隔で浴びせられる羽目となり、またある者は低く逆さ吊りにされ入れ替わり立ち代りに小便を飲まされる羽目となった。

この強襲事件によって、島民たちの財産の半分以上が奪われる羽目となった。幸いだったのは、死人がでなかった事と採集した薬草は全て出荷後であった為その存在を悟られなかった事だ。乱獲ともなればこの村の貴重な財源を失う羽目と成るからだ。

一週間後、広場を襲撃したモノと同形成で銀色の飛空船がまたしても花を植え直した後の花壇に着陸した。船体の両側面には「骸狼」と、漢字の赤いペイントが施されていた。

中に乗っていたのはウェストコートを着た柄の悪い若者たちだった。彼らは、黒い飛行船の空賊から略奪された財産の一部を取り返して来た。と、金品のおよそ半分をコンテナに詰めて送り返しに来たのだった。

ボスのケルベロスは、島民を集めて堂々と次のように語った。

「このところ新興の空賊たちがこの空域に出没するようになっています。我々にはある程度の空賊と渡り合える武力を有しています。我々を快く迎えてくれるならば、この町の安全を全力で守りましょう。今回はデモンストレーションのようなものです。」

島民たちはこれがみかじめ料の要求である事も、骸狼が収穫祭を襲撃した空賊と同じ集団とも見抜いていた。しかし前以上の襲撃を受ければ集落は全滅状態に陥るだろう事と、薬草の存在を悟られて乱獲されればそれこそ死活問題だった。

しかし、ケルベロスは薬草の事を知り尽くしていた。島民は薬草を全てを賭してでも隠し通すだろうと確信していたのだ。そうなれば毎度毎度体力を消耗し、時間を浪費する強盗をせずとも島民から確実に実りを奪えると算段していたのだ。

かくしてレベネ島は、この伝染病持ちの巨大なダニのような集団の要求に応じる羽目となってしまった。月に一度だったこの恐喝も今年の3月から月に2度に増えている。

「ゾプチックも採れないこんな村を守ってやってんだよ!燃料無いのに報酬が瘠せこけた鶏だったら!殴る!」
金髪の男は先の尖った革靴で追撃を加えていく。

「このまま死のうが生き様が関係ねえ!殴って殴って殴り続けてやる!」
堰を逃げようとする男のオーバーオールを掴み上げて、唯ひたすら、追撃を加えていく。

「やめなさい」ケルベロスが椅子から立ち上がり言った。

「私は、大切な鶏を提供してくれる貴方の気持ちだけで十分です」
「ああ……け、ケルベロスさん……ありがとうございます」
鶏の持ち主は、両手を地に付いてケルベロスに頭をさげる。先ほどまでこの男を怒鳴っていた金髪の男は機嫌が悪そうな顔をして男を見下している。
と、そこに、草刈鎌を持った10歳ばかりの少女が民衆の間を縫って広場に乱入。金髪の不良を目がけて疾走する。

「きゃぁー!」悲鳴にも似た少女の叫び。先ほどまで生き生きと中年男性を殴り続けていた金髪の不良は、夢にも見なかった少女の反逆に狼狽の声を漏らした。

そこに、パン―――と何かの弾けた音がこだまする。
銃声である。ケルベロスは胸元のポケットから拳銃を取り出していた。少女は、銃弾を膝に受け地面に落ちた。

驚きすくみ上がっていた金髪の男は、胸を撫で下ろす間も無く皆に見られたその醜態を誤魔化す為、手負いの少女を何度も踏みつけた。

少女は顔を真っ赤にして泣き叫ぶ。膝から流れる血は、かつて友達と良く遊んでいた広場の土を汚していく。金髪の不良は少女の服を破って丸裸にし、地面に叩きつける。少女の白い肌は紫と青のアザだらけになっていた。
金髪の不良は先の鶏を乱暴に捕まえると、地面でのたまう少女に叩き付けた。

ケルベロスはそれを尻目に、やや強い口調で島の大人たちに意気揚々と演説する。
「みなさん、勘違いしないでください。わたしはみなさんに丁寧に接しているのではありません。扱っているのです。貴方方は我々のお気に入りのオモチャにすぎない」
ケルベロスは、汗を流して少女を鶏で殴り続けている金髪の男を退かして、血と泥がこびり付いた幼女の胸に拳銃を突きつける。

「君は壊れたオモチャをどうしてきた?壊れたオモチャはこうするよな?」
ケルベロスは拳銃で、幼女の肢体を下のほうへなぞって行く。

「まってください!」そういって、幼女をかばいに入ったのは、ずっと側で倒れていた鶏の持ち主だった。
「私の娘です!お願いです!殺すなら私を……」
「……父性に負けましたよ」
ケルベロスは銃を懐にしまった。
島民達は、改めてこの骸狼という集団が、恐怖の象徴であると悟った。

だが、そこに突然、しわがれ声が島民たちを割って入ってきた。

「おい、とっくに生産性の無い耄碌したジジイとバアアが病院にいるのはどういうことだ?」

島民達の目の前に現れたこの男は、スリッパにパジャマという覇気の無いいでたちであった。
だが体はがっちりとしており、身長は170cmほど、髪の毛は黒く短く角刈りのようなスポーツ刈りのような中途半端な短髪だ。鼻の先はやや丸く、唇はやや厚い。目蓋も厚いようでまつ毛の上にのしかかっていた。
骨相はやや頬が張っており、顎関節を支える筋肉は見るからに強靭そうだ。これだけ書くとむさ苦しいブ男だと思われるが、バランスは取れていた。よく言えば丹精な顔立ちだった。
しかし、男というにはやや幼い。だが、その漆黒の眼差しは少年と呼ぶには凶暴過ぎた。

彼が歩きはじめると、島民達は次々に道を空けてゆき、男はすぐに骸狼が占拠する広場へと入ってしまった。

島民たちはこの男について思い当たる節を次々に挙げて行き、既に騒然たる様相を呈していた。
「知らないのか?7月最初の徴収の翌日に浜辺に打ち上げられていた男だよ」
「あの男が?」
「ああ、そして完全にじゃないが記憶喪失らしい」
「それが何しに此処にきたんだ?」
「見当が付かない……」
「そういえばもう一人、盲目の女も一緒だそうだ」
「あの美人か?あの娘のことを連中が知ったらさらって行くぞ」

パジャマ姿の男は、スリッパを履いた足でケルベロスのすぐそこまで歩み寄る。男はケルベロスと比べると背は少し低く頭身も少ないが、逞しいせいか島民たちには一回り大きく見えた。

「なんですか、貴方。見ない顔ですね」
「だから、なんだってんだ」
「なんですか?凄んで、貴方。もしかして冷酷なフリをして私達を試しているつもりですか?」
「おい、さっきから鬱陶しいんだ、その喋り方。オカマ言葉を使おうが、お前が下品なチンピラだってのはその汚ねぇ面で解るんだよ」

地べたを這いずってその場を逃げる親子に見向きもせず、しわがれた、が堂々とした声で男はケルベロスを相手に言った。それは島民たちにも骸狼の部下たちにもケルベロスに対する危険な挑発にしか見えなかった。

「オキニイリノオモチャニスギマシェーン!」
今度は何処から出しているのか?男は頭を小刻みに振るいながら、恐ろしく甲高い声でケルベロスの言葉を復唱した。

島民たちはその様子をハラハラしながら見守っている。骸狼の部下たちは苛立ちながらも男の様子を伺っていた。

ケルベロスはスーツの袖から小型拳銃を振り出して、怪人然とした男に向けた。
「なめていたたら痛い目に会いますよ。さぁ早くおうちにお帰りなさい。今なら許しましょう」

男を睨む眼差しに怒りを注いで、ケルベロスは言った。
すると男は、先ほどまでの堂々とした態度など忘れたように、スリッパをペチペチと鳴らして全力疾走で島の東へと逃げ出した!

本当に何も考えていないで骸狼に楯突いたのか?島民たちは呆れる一方で、何もかもが予想外の男の行動に驚愕していた。

「おい、おい兄ちゃん!その服いかしてるねぇ、俺にくれよ!」
「脱がせ!脱がせ!」
「まてよ~!ハハハハ!」
骸狼の内の5人は罵声を浴びせながら男を追う。

「さぁ、気を取り直して。順番に収めてください」
ケルベロスは明らかに機嫌悪く椅子に戻ると、残った部下と共にミカジメ料を再び巻き上げる事とした。

そしてしばらくの後、徴収は終わりかなりの量の食料と金品が広場に出された骸狼のコンテナに収められた。

ケルベロスは部下の一人に、今頃男をリンチしているであろう5人を呼び戻すように指示した。指示を受けた金髪の不良は、飛空船内へ無線を使いに戻った。

「皆さん、さっきの男ことで話があります。このまま広場に残っていてください」

椅子にふんぞり返って、拡声器を手にケルベロスは重い口調で島民に言った。

島民たちは、あの男について病院の世話になっていた遭難者である事心当たりは無かった。それだけに不安だった、骸狼たちを納得させる言い訳をだれも思いつけないでいた。
ともなれば、この件は島民たちの反逆行為とみなされ、養鶏家の親子のような制裁を加えられる恐怖が島民たちの間に広まっていった。広まった恐怖は、夏の広場に異常な冷たさをもたらした。

だが、島民たちの恐怖が最高潮に達しようとしたその時だった。広場の外から木箱のようなものが飛んできてケルベロスに直撃した。

「うわぁぁ!なんだコレ!どうなってるんだ!」

ケルベロスは椅子から転げ落ちて、情けのない悲鳴を上げる。ビール瓶6本を入れる木箱がケルベロスの頭部に被さっていた。
ビール瓶の破片らしきものがケルベロスの襟元から散らばって出てきた。

骸狼のメンバー7人には、血みどろに叫ぶボスを尻目に、木箱の飛んできた方に目を奪われていた。そこには骸狼の5人が追いかけた筈のパジャマ姿の男が無傷で立っている。妙な事に、変形した鉄パイプを握り締めてだ。

「お、お前は!こんなまさか!奴らはどうした!」
「酔っ払って寝ている」男は淡々とそう答えた。

そのころ、島の酒場では、5人のウェストコート姿の不良青年が、カウンターで、ビリヤード台で、床で、調理室で、気絶していた。

「な、なんなんだ!あの男は!」
「さっき逃げたのは、銃に対抗するためのビール瓶と鉄パイプを用意するためだったのか!」
島の男たちは、男が握り締める鉄パイプが、島の酒場のカウンターに飾りとして取り付けられてた手すりだと分かった。

この男は適当な数のメンバーをまんまとおびき寄せ、酒場カウンターの鉄パイプを乱暴に剥ぎ取りこれを凶器に倒したのだった。

「殺せぇぇ!早くそいつを殺んだよぉぉぉ!!」出血し、動揺しているケルベロスは泣きながら、情けない声で叫ぶ。
その声と共に、広場に居る7人の骸狼たちは、それぞれ棍棒やスタンガン、鎖にナイフなど様々な得物をもって男に襲い掛かった!

「修羅!」

男はそう叫ぶと最初に突っ込んできた不良の喉を、鉄パイプで一突きにした。喉仏を砕かれ、耳まで焦がすような激痛が不良を苦しめる。男は無慈悲にも、激痛を目で訴える不良の顔面に、鉄パイプの一閃を、又しても「修羅!」と叫んで叩き込む。

すると、男の左側から、鎖の強襲が来た。男は素早く左手で鎖を巻きつけ絡み付けると、一気に引っ張り、骸狼の1人を引き寄せた。そして張った鎖の線が背中に付くように、左足を軸に体を回し、不良のこめかみに「修羅!」という声と共に、遠心力を得た右腕の鉄パイプの一撃を与える。

この一連の動きわずか10秒。しかし、滑らかというよりは荒々しく、力任せに得たスピードで行っていた。

男の眼光は殺気に満ち、目を合わせる事もままならない。眉間を皺にまみれさせ、歯を剥き出しにして、未知の怪物の如く荒々しく呼吸をしていた。その姿は、戦いの化身と呼ぶに相応しい。

焦りを見せる骸狼の、棍棒の一打が男の背中めがけて迫る。男は、横振りの一打を紙一重でしゃがんでかわした、そして足払いを掛けて骸狼の棍棒使いを転ばすと、「修羅!」とやはり顔面に鉄パイプ一打お見舞いした。

パジャマの男は立ち上がり、鎖を解く、そして気絶している鎖の主にもう一発「修羅!」と鉄パイプをお見舞いした。その間に残った4人は男を囲む。
こ4人は完全に焦っていた。わずか30秒もたたない間に4人が倒され、今や最初にこの怪人を追いかけた5人より少ない4人。4人は、ケルベロスの復帰とその銃撃を待った。

すると、無線を取ろうと船内に戻っていた金髪の不良が、ライフル状の銃を構えて戻ってきた。その姿に4人は、島民たちに向けていた不敵な笑みを取り戻す。
そのライフルは、ただのライフルではなかった、大陸の北部で入手した対人用のレーザーライフルなのだ。

「オッケイ!楽しめ!小僧!」
レーザーライフルの標準をパジャマの男に合せて、金髪の不良は絶叫した。

次いで、金髪の不良がレーザーライフルの引き金を引くその瞬間だった。「お前が楽しめぇぇぇ!」甲高い声と共に、ナース服姿の女が広場に疾風の如く駆け込んで、華麗なドロップキックを金髪の不良に突き刺さした。

「こ、今度は何だ!!」島民も、広場に残る骸狼の4人もそう言葉をもらした。

「貴様!」と金髪の不良レーザーライフルで反撃を試みるが、ドロップキックの主は、今度は“なにか”を不良顔面に押し付ける。

「ギャァァァァ!」金髪の不良は獣のように叫び、顔は重度の火傷を負わされていた。女が“なにか”を押さえつけられる度に泣き叫び、火傷で顔を崩していった。

女は、金髪の不良が泣き叫ぶ度に顔を引きつらせて笑っていた。
「キャハハハハハ!」悪魔の化身の如く笑う彼女の手に握られているのは、熱されたアイロンであった。

皮膚は黒く焦げるに留まらず縮んで割れ、筋繊維をのぞかせる。さらに、熱源の無いアイロンは温度を失うと、焼けた肌の一部に貼りついた。
女は、肌が焼け付いたのを解って、ゆっくり捻りながらアイロンを男の顔から引き離した。
顔が焼けて、裂けて、金髪のあちこちがちぢれている。男は白目剥いて手足をバタバタさせていた。

仲間に行われる非道に4人の陣営が崩れた。そこにパジャマの男は、隠し持っていた手術用のメスを投げナイフの如く骸狼の1人の腕に投げつけ、続いて鉄パイプをお見舞いし、もう1人、さらに1人を「修羅!」の絶叫と共に倒していく、だが、最後の1人がパジャマ姿のスキを見つけ、ナイフで突きかかった。

しかし、女の手にあったアイロンが、ナイフの主の後頭部に襲い掛かりコレを倒した。

「エリー、てめぇは準備してろって言っただろ」男がアイロンを得物に加勢した女に言った。
「なによ、少しやばかったでしょジオ?」アイロンの主はエリーと呼ばれた少女であった。
「てめぇ、その服とアイロンをパクりやがったな」ジオと呼ばれた男はエリーのナース服とアイロンが病院から盗んだものだと指摘する。
「エヘヘ。似合うでしょ?」エリーは呆れた様に指摘したジオに対して無邪気な笑顔を見せた。

少女の身の丈は160cm程度、胸の発育は悪いが、それ正にスレンダーな美少女である。
先ほどの跳躍と蹴技は、彼女のニーソックスに包まれた細く長い脚の何処から出せるのかまるで解らなかった。ナース服から覗く肌は白く、いつか真珠のように輝やいてしまうのではないかと思わせる。先ほどまで歯を剥き出しにしていた口元も、今はピンクの花ような唇が微笑んでいる。すると、先ほどまで空賊の顔を焼き潰していた残酷な指先が、そっと自身の髪をかき上げた。その一瞬は、名画の如し、彫刻の如し美しさ、だが爆発の如く激しく、そして儚く島民たちに映った。髪は前髪をかき上げ、額を大きく空けたショートカットで、前髪から毛束が左右にチョロリと降りていた。

そのような、彼女の特徴を島民たちが把握していく中で、誰もが彼女の眼を見た瞬間、不思議なことに先の不振感を増大させた。それは二倍、三倍などといった普通の感覚ではなく、十乗にも百乗という異常な増大だ。

「あの女の目!まるで悪魔だ!」
「髪の毛も黒に染め上げてるだけだ!」
「あの二人いったい何者なんだ?」
「しかも、目が見えていたんだ!と、なると男の記憶喪失も嘘か!」

経済力・規模・信者、世界最大を誇る、サンタリア教の聖典に記された悪魔の相貌は、黄金眼に、髪は青とされていた。

エリーの虹彩は金色だった。だが、 その眼は琥珀の色よりも美しく、透明感を持って、ジオを恋人のように見つめて無邪気な少女の微笑みを称えている。

だが、先ほどまでこの少女は、ギラついた眼差しと耳まで裂けんばかりの邪悪な笑顔で、けたたましい声を上げながら高熱のアイロンを馬乗りになって、空賊になんども押し当てていた。たとえ島民の敵とはいえそれは悪夢のような光景であり、ようやく漂ってきた顔の焼けた匂いはこれが現実で起こっていると彼らに突きつけた。

それだけではない、彼女の髪の毛は不自然なまでに黒く、明らかに髪染めの使用を匂わせた。
島民たちがザワザワとエリーに恐怖の声を上げ始めた時だった、広場に女性の悲鳴がこだました。

会話に気を取られていたジオとエリーの双方は、声の方に顔を向ける。そこには島の女を左手で地面に押さえ、もう右の手で女の頭に銃を突きつけてガラス傷の痛みに耐えるケルベロスがいた。

「お前ら!早く広場から離れろ!さもないとコイツを殺す!」
ジオの暴力によって灼熱と化した広場には凍りついた空気が再び張り詰めた。

「人質か……面倒な事を考えやがって」ジオは又しても飄々とした態度を取る。
「あんた、どうしたいの?ここから逃げたいの?不細工な部下を見捨てて」エリーはもはや痙攣しつづける金髪の不良の焼けた顔面をグリグリと踏み躙る。
「うるせえ!近づくな武器を捨てろ!」

ジオは鉄パイプをケルベロスの足元に投げた、嫌に素直だ。そして緊張感がさっきと打って変わってまるで無い。エリーは先ほど投げたアイロン以外は武器など持っていない。
するとエリーは拡声器を拾い上げ、骸狼が巻き上げた島民の財産の入ったコンテナの上に乗って声高らかに叫んだ。

「おーい!お前ら!私達、ずいぶん元気になったカラー!この島出て行くよー!だからこのコンテナの中の物しばらく貸して頂戴ね!で、飛行船使うからそこの馬鹿は逃がすよー!貸してくれないと、そこの馬鹿がお姉さんの脳みそを吹き飛ばして食うわよー!」拡声器のスピーカーからは、大声出している訳でもないのに音割れしそうな異常に張りのある声質のエリーの言葉を不気味に広めた。

島民たちは皆、耳を疑った。悪魔のようなこの少女は、暴力の限りを尽くした骸狼からミカジメ料を横取りし、ケルベロスがガラスの突き刺さった体で、ようやく手に入れた人質さえ自分の物だと主張するのだ。

島民たちにとって、二人はレベネ島に現れたアンチヒーローの類ではなかった。島民たちに2年間も煮えの湯を飲ませた骸狼さえ、叩き潰し、利用する桁外れの悪の権化であった。

「ば、馬鹿な!」 暴れる人質を押さえつけながらケルベロスは、島民たち以上の同様の様を見せていた。
「馬鹿はテメェだ、ニワトリ親子のガキをスグに殺さなかったのは親が名乗り出るのを待っていた、違うか?脅しをかけて、名乗り出るタイミングまでオカマ演説してな。テメェに人殺す肝は無い、ただの粋がったチンピラだ。だから俺たちが助けてやろう。この島にはもう用は無い」

ジオはケルベロスの側まで近づくと、鉄パイプを拾いなおした。
ケルベロスは自分達の“暴力”が一切通用しない、脅しもまやかしも通用しない相手に人生最大の混乱と恐怖―――混沌と言える物を感じていた。

「あ、悪魔めが!」広場にいる老人がエリーを指差して言った。彼だけではない、ジオとエリーを囲む周囲は、ざわめき初めて、大半は畏怖を二人に覚えていた。

そこにジオは、島民たちの側へ歩きながら言う。
「ああ?悪魔……大層な言い様だな。こんなチンピラに人間の尊厳を奪われても、それでもあの、棒切れがそんなに大事か!三下どもが!恥をしるんだな!」島民たちの三歩手前まで近づくと、ジオは村の教会の屋根にある十字架を鉄パイプで指す。

「これレーザーライフルよねぇ!家一軒ぐらいだったら燃やせるんじゃない?」
当のエリーは老人の罵倒を罵倒とさえ思わず、拾い上げたレーザーライフルを島の建物に向けて何発か撃ってみせる。
「バキューンバキューン!」エリーの声とは裏腹に、無音に近いレーザー光は、島民たちを跨いで、島の建物目掛けて飛んでいく。

レーザー光線は建物を燃やしはしなかった。が、狂人の振る舞いを見せる悪魔の歌声と一挙手一投足に、島民たちの思考はかつて無い恐怖に叩きこまれた。

「まったく……調子のいい野郎どもだ。わかったなら広場から出て行け!」
島民たちはジオの言われるままに広場から出て行き、周囲から人質の安否を見守る事となった。

エリーはケルベロスを見張り、ジオはコンテナを飛空船の格納庫に運んでいった。次に、エリーはケルベロスに飛空船へ先に入るように指示した。ジオは格納庫の扉を閉め、エリーの側にいる。
ジオとエリー、そしてケルベロスは飛空船の出入り口の側に来ると、ようやく人質を開放した。

「長生きしろよ」ジオは皮肉っぽく人質に言った。
「コンテナの物は生きてる内に返すから。アディオス!」エリーは島民たちにレーザーライフルを向け、おどけた口調で言った。

そして、ケルベロスは何も言わず、ガラスの食い込んだ体を気遣うように、飛空船の中へと身を運ぶ。
だが、ケルベロスが戸口に手をやった瞬間、エリーは、ケルベロスの右手の指、親指除く4本を、手に持った銃ごと鋼鉄の扉で圧し切らんばかりに思い切り挟んでやった。
ケルベロスは思わぬ追い討ちに叫び苦しむ。そして挟まれた指を抜こうにも、エリーは扉に、さらに体重をかけてきた。
「ゆ、指が千切れる!」ケルベロスは全体重を使って指を引き抜こうと試みる、そこで一瞬、エリーの髪が、太陽に照り付けられ薄っすらと青味がかって見えた。

「おのれ!悪魔が!」とケルベロスが声を漏らしたその時、「修羅ぁ!」ジオの鉄パイプの一撃が、扉に挟まれたなケルベロスの右腕の間接に注ぎ込まれた。
「ハゥア!」と、ケルベロスは声をひり出すと、次には激痛が脳を支配していた。
挟まれた右手の指は攻撃の衝撃でズルリと、扉から抜け出していた。しかし、指の皮膚は破れて、血はドクドクと花壇に降り注いでいた。そしてヒジは完全に粉砕されてしまい、腕は間接と反対の方向に垂れていた。

間もなく地に膝を付いて、完全に戦意を喪失してしまったケルベロスだったが、ジオは情け容赦ない。「修羅!」と叫んで叩き易い位置にあったケルベロスの頭部を、横から思い切り鉄パイプで殴った。
ケルベロスは壊れた自分の右腕を下敷きにそのまま倒れてしまう、しかし、ジオはケルベロスの頭部を踏みつけて、体に何度も鉄パイプを叩きつける。
「修羅! 修羅! 修羅! 修羅修羅修羅! 修羅!修羅!修羅修羅ぁ!このどさんぴんがぁ!修羅!修羅ぁぁ!修羅ぁっぁ!修羅!修羅ぁぁぁ!」何度も何度も叩きつけた。
村人たちはその圧倒的な暴力にひたすら脅えていた。

ジオはケルベロスを虫の息にすると、唾を吐き付け、面倒な仕事を終えたような表情を浮かべ、飛空船に駆け込んだ。
エリーは横たわるケルベロスの股間に無意味に蹴りを入れると、ジオに続いて飛空船に駆け込んだ。

やがてエンジンに火が入り船底が地面をえぐる様に、バーニアの勢いのままに発進した。
だが一向に離陸する気配はなく、殆ど腹ばいの状態で骸狼の飛空船は港の方向に進んでいく。

「な、なんなんだあいつら……」
「惨まじすぎる……」
といった声が聞こえるも、島民の殆どは言葉さえ失って、ゆっくりとその様子を遠めに見ていた。

そのころ不気味な行進をつづける飛空船の内部では、ジオとエリーが四苦八苦と、コクピットの複雑なパネル操作を行っていた。
「っ糞!意味がわからん!自動車なら動かせたのによ!」ジオは乱暴にレバーをこじるように動かす。
「レバー上げてみてよ!」
「もうこれが目いっぱいだ!だから船の準備をしてろっつたんだこの糞アマ!」
「うるさいわね!船の準備は出来てるのよ!いいからレバーを動かしてみなさいよ!安全装置でもかかってるんじゃないの?」
「うるせえのはお前だ!もうなんでも良いからボタン押せ!」揺れるコクピットで離陸を試みつつ、レベネ島の港に二人は舵をとる。
島にある3隻の船はどれも漁船で、エリーの用意した船にも魚臭さが残っている。

なんとか到着したジオとエリーは飛空船を諦めて、のコンテナを大慌てで積み込むと、一分も立たない内に出航した。
大事な漁船を持っていかれた島民たちだったが、やはり遠めからその様子を眺める他はなかった。



―――2時間後、レベネ島はもう船からから見えなくなっていた。

「ダサい服ね」甲板で、エリーはコンテナの中からわずかばかりの女性用の服をあさっていた。
「今の白衣のよりマシだ」舵を取るジオはこう切り返した。
「あんたのパジャマよりマシだもん」
「パジャマ姿はベッド上だけにしてほしいってか?くだらねぇ」
「そういう事言ってるんじゃないの!連中の服でもかっぱらえば良かったじゃない!」
「あんな悪趣味が着れるか」
ジオはそう言うと、肉の缶詰と十得プライヤーを、パジャマのポケットから取り出す。

「ああ!またケンカの後に何か食べようとする!また太るよ」
「いちいち うるさいな!お前にもやる」
「いーらない!」
エリーは甲板に寝転がって天を仰ぐ。雲ひとつ無い夏の太陽の光が、彼女の白い肌を透き通るように見せた。

ジオはその様子をチラチラと意識している。
「……やっと、自由って感じね~、私達」
「自由というには思ったよりも面倒が多い。結局1年も時間を浪費した。しかも飛空船は手に入らずじまい……」
「大丈夫よ。少なくとも当分食べものに困らないし、60万Z(ザップ)もあれば武器も買える。次こそ飛空船を手に入れたら“あの島”に……」
「地図にも載って無いんだぞ。武器と飛空船を手に入れてもぶち殺しに行くのはもっと先だ」
「んもう!あんたは何かプランがあって私に文句言ってるの!?」エリーは膨れていった。
「とりあえず6時間も飛ばせばジェンガのネディアって町に着く。そこでコンテナを整理して旅客飛行船に乗ってキャピタルに入る。後はキャピタルでゾプチック採掘でも始めるさ」
「……流石ね。惚れ直したわ。じゃあキャピタルに着いた一緒に自由をかみ締めてくれる?」
「かみ締めるっつてもなあ、今でもあの島に居るよりはマシだからなぁ……」

そう答えたジオの後姿が、どこか悲しげにエリーには見えた。

「……ジーオ♪」エリーは甘えた声で、ジオの腕右に手を絡めて、ガサガサしたジオの右頬にキスをした。
「いちいち くっ付くなこの馬鹿が」ジオはエリーの腕を解く。
「うれしかったよ、アンタが怒ってくれたの」
「えん?……いや。いーや、アレは俺を悪魔呼ばわりしたからだ」
「照れるな、照れるな」
「勘違いも大概にしろ糞アマ、あの老練たる眼光と節くれだった指先は間違いなく俺をさしていた」
「被害妄想が思わぬ悲劇を引き起こすわよ」
「妄想も何もあの老練たる眼光と節くれだった指先は間違いなく俺をさしていた」
「別に、私は気にしてないのよ。悪魔なんて褒め言葉の内よ」
「被害妄想はテメェのほうだ、老練たる眼光と節くれだった指先は―――」




西暦世界の終焉と後続した天変地異によって、大陸の多くが歪み縮小し、海上にはポツポツと小さな島々が浮かび、島ごとに自治が行われ、縮んだ大陸の内部でも民族・派閥が自決、小国家が乱立する状態となった。

散り散りになった人々を結びつけていたのは、飛空船と呼ばれる旧暦世界の遺産であった。
飛行機と書くには翼は短く、ずんぐりとした胴体部、最後部に取り付けられたロケットノズル状のパーツから推進力を得て、各位バーニヤでバランスを取り、空を翔る飛空船。
航空力学を逸脱できる程、膨大なエネルギーを生み出すゾプチックと呼ばれる燃料が、音速以下の飛行スピードという条件下での、大量輸送・長時間飛行を実現していた。

だが飛空船は、人々の暮らしを豊かにする一方で、人々からあらゆるを奪う武装集団の存在を許した。空賊の台頭が始まったのである。

その体系は、すでに多様化の一途をたどっており、大多数の成員数を抱え飛空船連帯を持つ大所帯も存在すれば、構成員は少なく先端機械武装に頼る資金力と技術力のある組織、マフィア・ギャングの延長上の組織、 ただの粋がったチンピラの集団まで広がっている。
収入手段も異なっていた、盗みや強盗といった賊らしい略奪は基より、遺跡の探索によるゾプチック発掘の独占、みかじめ料を称しての恐喝、ろくでもない物や厄介な物を売りつけ風紀を乱す、最低の所では殺人から誘拐・人身売買まで悪逆非道を尽くしていた。

人々はこれに対抗すべく軍備を進め島々の結束を強めていくのだが、民主主義による自治と君主制による自治。両者の溝は大きく新たな争いの火種となっていった。
やがて、民主主義国家陣営は併合し、ビトー共和国が発足する。これに対抗すべく、専制君主国家陣営も合併を試みるも、有力勢力が内部抗争を勃発。
しかし、この抗争を僅かな間にカーツ一族が鎮圧させる。これによりカーツ一族を皇族とし、一族以外が収める土地を属国として、カーツ帝国が発足する。
両陣営は、世界の陸地の全貌を明かせていないままであった。両陣は冷戦状態に突入し、未所属の国家を併合もしくは植民地にすべく、世界の開拓を開始した。
時は新暦5011年。西暦世界の愚かしさを知る術は何処にも無い。



[18040] violence-02 ネディア
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:427c0cfe
Date: 2011/10/11 20:50
ジェンガ大陸は南半球に位置し、その北方は赤道に近くある。
北部ではマフィア・ギャングら犯罪組織が群雄割拠の様相を見せ、南部から中部は任侠集団自称するヤクザ組織が統括するが、いずれも治安が悪い。

しかし、これら地上の犯罪組織の勢力が強かった為に外界の空賊勢から被害を殆ど受けなかった。結果、多くの遺跡が残り、豊富なゾプチックの収穫元であり続けた。遺跡の探索が普及するようになる50年前には古代技術の博物館と呼ばれ、多くの技術が現代に転用される事となった。

遺跡内部からゾプチックや古代技術を発掘することを生業とする冒険者を、シーカーと呼ぶ。
ジェンガ大陸は、遺跡のレベルのムラが多く、実力に合わない遺跡に閉じ込められ、命を落とすシーカーが多々多くいた、しかし中には南から北まで発掘しながら縦断し、一財産築いた者もいた。このような背景に、大陸が赤道付近に位置していたことから、ジェンガ大陸はデッドラインとも呼ばれている。



ジオ・イニセンとエリー・クランケットは奪った漁船から、ネディア南港の桟橋に姿を移していた。

陽は沈み始め、曇り空に様変わりしていた。
ジオは今になって出てきた鎖を受け止めた左腕のアザを気にしながらも、エリーと共にレベネ島から奪ったコンテナの両端をつかんで、桟橋を2歩3歩と……やがて大陸の大地を踏みしめた。

二人は港に立ててあった周辺地図で、飛空船の定期便乗り場を目指した。
エリーの服装はデニムのスカートとジャケットに白黒横縞Tシャツ。デニムの生地が新しい為、青々と色が濃くブーツも新品で綺麗過ぎだ。金色眼を隠すための太い枠のサングラスは彼女のショートカットにはまるで似合わない。15歳の少女とは思えない酷い服装で、本人も臍を曲げている。

ジオはというと、白に近いグレーの作業ズボンに緑のシャツ、あまりにも質素だ。

陽は沈むもまだ生暖かい潮風が吹く港町を歩くこと30分強、港から西に位置する飛空船定期便乗り場に着いた。だが、大きな門を過ぎた後、建物の入り口は、格子状のシャッターで閉ざされている。人の気配は、その乗り場と思わしき建物の側にある小屋からのみ感じられた。

「エリー、すぐ側でまってろ。お前の目を見て騒ぐような馬鹿だったら面倒になる」
「あいあ~い」

ジオはエリーを置いて明かりの漏れる近くの小屋へ歩いていく、警備室であった。

「こんばんわ」ジオは扉から顔をだして言った。
警備員が椅子に座ってポルノ雑誌を眺めていた。
「なんの用だ?」警備員がポルノ雑誌を畳むと、髭の濃く浅黒い顔が現れる。そして機嫌悪そうに立ち上がった。
「キャピタル行きの定期便の来る日時を知りたいんだ。なにか日程表のような物は無いか?」ジオは警備員に尋ねる。
「へ、飛行船は当分こねぇよ」警備員は下卑た笑顔をジオに向けて言った。
「なに?どういう事だ!」今度はやや声を荒げて、ジオは聞いた。
ジオの声を聞いたエリーも部屋にやってきた。
「飛行船が来ないって?」
「へ、何も知らねぇんだな。帰りな、ガキどもが夜に出歩くなちちくりあってねぇで、帰ってマスでもかいてろ」
そう言うと、警備員は再び椅子に腰を下ろそうとする。

だが、エリーは警備員が椅子に座る直前に、キャスターの付いた椅子を蹴り転がした。椅子は部屋の奥へ転がり、警備員は尻餅をついた。警備員の目の前には、白く美しく妖しいエリーの足が伸びていた。

「何しやがる!」警備員は尻餅をついたまま怒鳴る。
すると、エリーはサングラスを外す。黄金眼は警備員を嘲笑するのだった。
「う……」警備員は悪魔を想像させる少女の瞳に言葉を失った。
「どうして来ないのか教えて~、スケベなおじさま」
エリーはポルノ雑誌を丸めて、警備員の頬をポン、と叩く。

警備員は机の脚にしがみついて立ち上がり、語り始めた。
「……キャピタルが、ビトー共和国に併合されたんだ」
「併合……!?」ジオは不思議そうに言う。

「それで共和国の法律やら、なんやら税金やらでモメててな、ちょうど大陸の真ん中から南は……神能会(じんのうかい)はビトーに付くのに抵抗してんだ、ウチの社長もそんな感じでだ、当分キャピタルとの連絡船は無いんだ」
「……そうか」ジオは何時もよりしわがれた声を出す。
「いや、だがいづれは終わるね。社長や神能会の狙いはゴネるだけゴネて示談金を貰おうって腹だ」

「で、終わるのはいつ頃」エリーも残念そうな声を出した。
「半年後ぐらいか……まぁ他に行き先がないわけじゃねぇ。南の方にはいくらでも船は飛ばせられるけど」
「遠慮しておく、エリー行くぞ」
「ばいばーい!」二人はその場を去った。

ジオとエリーはその後、できるだけ安いモーテルを探出した。一泊1500Z(ザップ)。かび臭くは無いものの、少し湿った感じのある部屋であった。
レベネ島から奪ったコンテナを部屋の隅に置くと、エリーは庭用ホースで補修されたシャワーを浴びる。ジオはベッドで寝転んで眉間に皺を寄せ天井を眺めていた。

とある事情で、辛酸を舐めさせられた故郷の島をエリーと共に離れる事一年、行く先の島々でトラブルに巻き込まれ、暴力沙汰に発展。島を追い遣られ続け、とうとう無一文でレベネ島に漂着し、仮病をつかって病院の厄介になり、ようやく空賊を出し抜いて軍資金を得たというのに早々に道行を阻まれた。ジオが苛立った表情を見せるのも無理は無かった。

「だいぶ色落ちてるわ、染め直さないと」シャワーを浴びて抜けたエリーの髪の毛が、青みを見せていた。エリーは金色眼のみではなく、髪の毛も異常な青い色をしていた。

エリーがバスタオル一枚でシャワーから出てくる。彼女の目の前には、ベッドに横たわって険しい顔をしている恋人の姿があった。

「なーに怖い顔してんのよ」
エリーはその姿のまま、ベッドに飛び込んで寝転がるジオに抱きついた。しかし、ジオの顔は天井を向いたままだ。

「どうするの半年待つ?」エリーはジオに優しく問いかけた。
ジオは、エリーの腕をどかしてベッドから立ち上がる。そして窓の外を眺めながらこう言った。

「半年もあったら歩いてでも北に行ける。ただ、もっと早く北に行けると思ってた。飛行船も操縦できないであきらめちまったし……」
「しょうがないよ。でもやっと、纏まったお金が手に入ったじゃない。そんなにクヨクヨしないでよ」
「クヨクヨなんかしてねぇ。俺は大丈夫だ」
「嘘。それか自分で気づいていない」言葉の反面、エリーは明るげな口調で言った。
「……いいから早く服を着ろ」エリーに背を向けるジオの顔は赤かった。




二人は遅い夕食を取りに、ホテルに最も近い酒場へと入っていった。
「いらっしゃい」バーテンが店に入ってきたジオとエリーに言った。
粗い板がでできた壁と床が、橙色の電灯に照らされる店内。ビリヤード台やダーツ、円卓に2~6人ほどの集まりが幾つか見受けられた。

ジオとエリーはカウンターに腰を掛けた。
「スパゲッティーって言うのを2つ。あと、酒。ホワイトイカーでいい」
「安くてもストレートは駄目!体壊すよ」
「うるせぇな。酔えりゃなんでもいいだろ」
「スパゲッティーは分かるが、彼女未成年だろ?酒は無理だ」
「えん?別にいいだろ」
「なにも良くないよ。帰ってくれ」バーテンは声を低く凄んで言った。
「じゃあ、スパゲッティーと水二つ。俺も未青年、15だ」
「……」

しばらくしてミートソース・スパゲッティーと水が二人の前に置かれた頃には新たに3人ほどの客がエリーの横に腰掛けていた。

「これ、どうやって食べるんだ?箸は?」ジオはバーテンに奇妙な事を尋ねた。
「何?……その、フォークで巻きつけて、食べろよ」
バーテンはおかしな事を聞く客だと不信に思うが、面倒ごとを起こすような気配には見えなかった。フォークを力いっぱい握り締めてスパゲッティーを必死に頬張る二人を見ている内に変な客だと思う事にした。

ミートソースは、酒場という事で、酒の進むようにトマトの仄かな酸味を残した調理がされ、安い挽肉の嫌な物を見事に潰していた。

ジオとエリーはスパゲッティーを30分かけて食べつくした。

「エリー、その水飲まないならくれ」ジオは先にコップの水を飲みつくし、エリーのコップに残る水を求めた。
「いいわよ」エリーは快く了承し、コップをジオに渡す。
「関節キスね」エリーはジオを嘲笑うように言った。
「やっぱいい」ジオはコレに呆れたように返す。
「今更なに意識してんのよ、もしかしてそういう年頃?」
「誰がお前なんかと間接キスするか」
「……間接キスがいやならお前の鼻からのませてやるよ!」
豹変したエリーはコップを取り上げるとジオの顎をつかみ、顔を天井に向け、鼻に水を注ぐ。

「なにしやがる、この糞尼!」ジオは咽ながら叫ぶ。
ジオがエリーの手をはらい退けるとコップの水は、カウンターに並ぶ男3人のうち、エリーの隣に座る1人にかかった。

「なにさらすんじゃい!」水がかかった男は立ち上がり怒鳴りあがる。
「すみません」ジオは早々に頭を下げた。

しかし、並んで座っていた別の2人も立ち上がって睨みつける。3人とも、絵に描いたような人相の悪さに、派手なだけで安物の服装に身を包んでいた。

「済むかぁぁ!弁償してもらうからの!オウ!」
「馬鹿じゃないの?水だからすぐ乾くじゃない」エリーが声を張り上げて言った。
「なら誠意だけでも見せてもらおうかのぉ!お嬢ちゃん!」
3人の矛先がエリーに向けられた事もあるが、ジオは3人に余りに横柄な態度に怒りを覚える。
「黙れ、元々お前らみたいなのに許されても何も嬉しくない。謝ってもらっただけでも有り難く思え」ジオは謝罪を清算するかのように挑発した。

「てめぇ!舐めてんのか!!」
「あんたたちの不細工な顔のどこに舐める余地があると思ってるの?顔の皮でも剥がさないと無理だね。」エリーは男の1人の顔をペチペチと、軽くはたきながら言った。

「このガキ!股から膿が出るまで輪して、殺したる!」
男の一人が懐に手をやった。酒場は一触即発の緊張感を漂わせる。

「そこまでにしとけ」店の入り口から男の低い声が割って入った。
ジオとエリー、チンピラ3人、そして店員と店の客は、一斉に入り口に目をやった。

「誰でい!すっこんでろ!!」チンピラの一人が店に入ってきた男に吠える。
「まったく、古いセリフだ。自殺志願か?クールじゃない……」男はやや沈んだ声で言う。

声の主は、髪は背中まで伸びた白い長髪。しかし年齢は20代、その身長は2m近くある超巨体。スマートな頬のラインに、やや大きな下顎が不釣合いに見える意外は、美男子のそれであった。筋骨隆々にも関わらずスマートなラインの身体にグリーンのカーゴパンツに赤いレザー製ライダースジャケットを身に纏う。その上から腕と脛に黒いプロテクターを嵌めており、丸サングラスを付けていた。

彼のサングラス越しの眼は戦意を秘める。だが、その眼光は炎のように滾る事はなく、爆発に向け導火線を疾走する火の如き緊張感と静けさ、威圧感を思わせるのだ。

「おい、ヤレ」ジオに因縁をつける男は、別の二人に言った。
 二人は、巨漢に近づいてナイフをチラつかせる。ナタのようなナイフであった。
「どうする?2対1、いやガキはスグに片付いて3対1だぜ!」ナイフを上段に構えたゴロツキが言う。

「聞き飽きた台詞だ、子供の頃からTV的な物で何度も聞いた。古過ぎて涙がでてくる」巨漢は腕を組んで呆れたように言った。
「さっきから何が言いてぇんだ!死ね!」
チンピラ二人は、巨漢男に切りかかる。一人は縦に、一人は横に、大振りの一太刀を男の頭部へ放った。

巨漢はそのわずかな間に組んでいた腕を解いた、そして巨漢の周囲に赤い閃光が走った。同時に巨漢は、閃光を放った一瞬、たった一歩だけ後退し、二人の放った十字撃を完璧に回避した。

ナイフを振り下ろしていた二人のゴロツキは凍り付いた表情を見せた。
「俺の技も古いのだがな……」
ゴロツキ二人のナイフの刀身は、半月型に切り抜かれ、刃を失っていた。ナイフだった金属は、鮮紅色を帯びる。

“ナイフだったモノ”の柄を握るゴロツキ2人は、「う、うわぁああああ!」と、叫びながら店から逃げ出した。

「さぁ、どうする?一対一だぞ?」巨漢は残ったゴロツキに聞いた。
「う、う……」ゴロツキは戸惑いを見せる。

「いや、3対1だ」
「誠意ってものを見せてくれないかしら?」
ジオとエリーははゴロツキの背後に立って呟くように言った。
「て、てめぇ!」ゴロツキはジオに銃口を向けて啖呵を切った。
引き金を引こうとも、もう一言ドスの利いた言葉をぶつけようとも考えたゴロツキだったが、奈落の底のようなジオの眼と、不敵かつ不気味かつ強烈なエリーの微笑が彼から一切の思考を奪った。

「ぬぅ……ち、畜生!覚えてやがれ!」ゴロツキは一喝叫んで店から逃げ出した。

「悪いやっちゃな~」ジオとエリーを見下ろして巨漢は言った。

「おかげで面倒にならずにすんだ、ありがとう」
「私からも、ありがとう」
ジオとエリーは巨漢に言った。

「フフ、俺が出なくてもその皿でどうにかしていたんだろ」
巨漢はジオとエリーの手に付いているスパゲッティーのミートソースを見て言った。カウンターで不自然な位置に置かれている皿に残っているソースには、きっちり二人の指の型が付いている。

(こいつはスゲェな……俺と互角ぐらいか?)
(すごいわ、ジオでも負けるわ、島を出て初めて……こんなのに会ったのは、ジオと私一緒で首の皮一枚で勝てるか……)
(どうやら、俺が助けたのはゴロツキどもの方のようだ……この二人……何か得体の知れないこう、オーラとかなんかそんな感じのアレを持っているな……クールだぜ)
ジオ、エリー、そして赤いレザージャケットを身に纏った身長2mあろう若い巨漢は静かに、そして敏感に、お互いの強さを感じ取っていた。

そして未だ店内を包む静寂の中でジオは言った。
「兄さん、名前は?」
「フッ……名乗るほどのものじゃない」巨漢はほくそえんで答えた。
「そのキザ野郎はブルース・ファウスト。うちに5000Zのツケを作ってる」カウンターのバーテンはあっさり名前を言った。

「だぁぁぁあ!!人がクールにキメ殺してる時に何ってんだオヤジぃ!」ブルースと呼ばれた巨漢はバーテンに憤慨した。
「クールに振舞いたいならいい加減にオヤジはやめてマスターと呼べ」
「……っぷ」エリーは笑い声をもらした。
「んなぁぁぁぁぁ!」さっきまでの落ち着いた装いとは打って変わって巨漢は喚く。

「ンフフ、ごめんなさい。私はエリー・クランケット。宜しくねブルースさん」
「俺はジオ・イニセンだ」
「……ブルース・ファウストだ」少し間を置いて、巨漢ブルースは答えた。

酒場には、騒がしさが戻っていた。

「ふぅ……お見苦しい所をすまん。まぁとりあえず一緒に食事でもどうだ?」
「いや、食べた所よ」エリーは言った。
「そうか、残念だ」
「俺たちは帰るが、さっきの、ナイフのアレはどうやったんだ?教えてくれないか?」ジオは、ブルースの放った閃光について問いだす。

ブルースは腰に吊下げた懐中電灯ほどの大きさの筒を外してみせた。

「ゾプチックカートリッジを使用したビームブレードでザ・俺専用。ビーム刃は一瞬のみ出てくる。居合用だな、一瞬だが威力と範囲は抜群だ。俺ほどならこれでマングラー潰すのから、ガーデニングもできる」

「おー」パチパチとエリーは拍手して言った。
「そりゃスゲェな。ありがとう。マスター、お勘定」ジオは財布をポケットから出す。

ジオとエリーがレジに付いた従業員に1000Zを渡そうとした時、ブルースはカウンターに腰かけた。 そこに、バーテンは「で、今回の冒険の収穫は?」とブルースに話かけた。それを聞くなりブルースが機嫌の悪そうな顔をしていると、ジオとエリーが再び寄って来て質問をした。

「あんた、シーカーか?」と、ジオ。
「おお、その通り」
「なら、この辺で初心者に向いている遺跡ってないか?」

「3時間歩いて北に行った所にあるビュシューの遺跡だな。サンゲが素晴らしいとしか言い得ようがないほど弱い。が、上位クラスの広さがあるから迷わないように気をつけろ。だがその分まだ未発掘の場所が多い。大量のゾプチックが出てくる可能性もある。装備を揃えたいなら、バゴス通りにシーカー相手に商売してるジャンク屋があるぞ」

「わかった。ありがとう。恩に着るぜ、5000Zのツケは俺が払う」
そういうとジオは6000Zをレジ係に支払う。
「ちょっとジオ!」エリーはそれを見てジオを咎める。
「黙ってろクソ尼。いいんだ」
「悪いねぇ~」ブルースは満面の笑みで言った。
「お前、会ったばかりの15のガキに立替てもらって情けないぞ」バーテンが言った。
「え?15?」

「おっと、忘れてた」ジオはそう言うと、フォークをレジに置いた。
「あ、私も」それを見てエリーも、フォークをレジに置いて2人は店を去った。
先ほどのケンカ沙汰の際に隠し持っていた物だった。
「あのチンピラども、一生分の運を俺の登場に使い果たしたな……」ブルースは呟いた。

「で、アンタは今日何所を探検してたんだ?先輩さん?」バーテンはニヤついてブルースに聞いた。
「……ビュシューの遺跡です」ブルースは力なく答えた。

ジオとエリーは宿に向かって歩いていく。しかし、エリーは怒りを露にジオを問い詰める。
「なに考えてるのよ!金が手に入ったからって調子に乗ってどうするのよ!」
「此処でゾプチックの発掘をやる」
「え?」エリーはジオの答えに驚いた。
「どうせ俺らはシーカーでもやらねえとまともに稼げねえ。雇ってもらってもガキだつって上前をバカみたいに撥ねられて殴り合いになるのがオチだ。住むにしろ、北に行くにしろ、シーカーになるしかねえんだ」
「とどのつまり、シーカーになる準備は此処で済ませておいて、車なりバイクなり買ってキャピタルに入る訳?」
「ああ」
「でも5000Zも渡すなんて信じられないわ!」
「うるせぇ女だ……でも、俺もなんで金なんか渡しちまったんだ?」
「なによそれ!」

空を覆っていた雲はどこかへと消え、月光の下、口ゲンカを続けるジオとエリーがいた。




翌日 7月21日 朝10時頃
「どれも便利そうだが高いな……」バゴス通りとよばれる街道の一軒のジャンク屋でジオは言葉を漏らした。
ジオとエリーは、ブルースの助言通りジャンク屋寄っていた。

この時代のジャンク屋は旧暦の物とは大きく異なる。冒険者が遺跡で手に入れた古代技術を有する機械部品とゾプチックの買取を引き受け、飛空船の部品や燃料としてゾプチックを売っている。そんな流れでサンゲ対策用の武器や、暗闇の冒険を快適にする商品も売るようになっていた。ジャンク屋とは名ばかりの兵器流通市場が形成されていた。

店内は薄暗く、ショーケースに無造作に付けられた蛍光管が商品を照らしている。充満する機械油の匂いは、好きになれば心地の良いものだが、ジオとエリーは不快感を感じている。

「ジ~オ~、いい加減何買うか決めたら~。ひょっとしてコレだけで探検する気?」商品を見物するジオの傍でエリーは言った。
「しょうがないだろ、あれこれ買ったらスグ破産だ」
「だって私は野に舞う蝶のようにか弱い女の子よ、危ないじゃない!」
「まだ寝ぼけてるのか?それとも馬鹿か?お前は島の鹿の大将に着いて行ける足は早いし、最後にはあの大将、俺がカゼひいたときに鍋にしたじゃねぇか。蛾の太い触角のような男女だ」

「男女だと!ジオ!」と、声を荒げるエリーであったが、ジオをおちょくるのに最高の発想が生まれた。

「ジオ、あんたそういう趣味なの~?なんなら今から私自分の事、僕っていおうかしら。いや、いおうかな~♪」

ジオは無視する、とも考えたのだが、照れてるように思われるのが嫌だと思いこう言った。
「だったらどうだって言うんだ?勝手に言ってろ、勘違い女め」

「素直じゃないね、素直に僕みたいに見習いなよ」エリーは自身の文法が無茶苦茶だと心の中で呟いた。

しかし、当のジオは内心でエリーが「僕」という、この際卑猥な一人称を使う度に彼女を可愛いと思うのであった。

「おい!何買うんだ!早く決めろい!」その様子を見かねた店主がレジで叫んでいる。
「うるせぇ、今のうちに勘定誤魔化す準備でもしてろ」昨日からトラブル続きだったジオは、店主にさえ不信感を抱いている。
「喧嘩売ってるのか?」店主は声のトーンを平常位置に戻してしまった。
「こんな油臭い店から、僕は売上の期待は店からしないから売らない」
エリーは無理に変えた一人称の為にチグハグな言語を発する。
「お譲ちゃん、馬鹿かい?」
「こんな汚い店に、僕たちの喧嘩を買う金はあるのかい?」

(……エリーに麗装はアリだな……)ジオはつい、物思いに耽っていた。

「出て行けぇ!!」
レジで叫ぶ店主に、我に帰ったジオは、満杯の商品カゴを差し出した。続けてジオは言う。
「これと、あと武器」
「……なんだ、買うんじゃないですかお客さん」
「でていけ~。でていけ~。デテイケー」エリーはおどけた口調で言った。
「上客は話は別ですよハハハハ……もうヤだなぁ」

ジオとエリーはフェンスで仕切られた店の奥の武器コーナーに案内されると様々な武器を目の当たりにした。

ライフル、マシンガン、拳銃、バズーガ、剣、棍棒。変った物では、ハサミのような形のものから、野球のグローブのような形のもの、マッチ棒のようなものまで様々だ。無論、その用途、特性は異なってくる。その中には、彼らが空賊から奪ったレーザーライフルのような物も多く見られる。

「ねぇ、おじさん。コレの性能分かる?もらいものなの」
エリーは骸狼一味から奪ったをレーザーライフルを差し出した。
店主はそれを手に取ると、作業台に持っていき手早く分解し、導線をつないで小さなモニターに数値を映し出した。
「対人用のレーザーだな、ビトー共和国領に正式に入ったら使えなくなる。それにマングラーの装甲を打ち破るには熱が低すぎる。ただビュシューのサンゲどもを殺すには十分だよ。」

「おい、どうして俺たちがビュシューに行くと解った?」
「お客さんの商品のラインナップ、そのまんま『はじめてのゾプチック探索』のまんまですよ。このへんでど素人が入れるのはビシューだけですからな」

結局、彼らはヘッドライトや戦利品入れ、ヘルメットにプロテクター、非常食や水に応急手当用品、救難信号発生装置、手榴弾、などを購入、合計は97809Zであった。
(10万いかなかったか……適当言ってライフル一丁買わせとけば良かった。)店主は心の中でぼやいた。

「おい」そこにジオが声をかけた。
「ああ、いえ!なんでもないです」
「えん?なに言ってんだ。コレいくらだ?」ジオは店の奥から1m強はある金属製の棒を持ってきた。

「そ、それですか?大型マングラーの残骸から出てきたシャフトかなんかだそうで、硬くて丈夫な棒です」
「おじさん、なんで完全に敬語になってんのよ」
「幾らだ」
「……3000Zです」

合計10万809Z也




1時間後、猛暑が荒野から陽炎を放出させる中、ジオとエリーは買った装備を装着して、町はずれのビシュー遺跡に向かって道なき荒野をヒタヒタと歩いていた。
「ねぇ、ジオ」
「なんだ?」
「マングラーってどんなのかな?僕はわからないんだ」
「俺も解らん。だが、レーザーライフルだけで十分って事はサンゲの心配だけで良いんじゃねぇか?」
「どんなの想像してる?」
「タキシードを着ると凄く似合うと思う」
「え?」
「あ!いやね!あ!マングラーね!そうね!そうだよね!」ジオのしわがれ声は裏返っていた。
「あわててどうしたのよ?」

うだうだと進んでいく二人だったが、エリーが地中の異変を察知した。

「ジオ!サンゲよ!」

次の瞬間、荒れた地面を突き破って、全身にウジにミミズにゴカイのような得体の知れない蟲が蠢く腐乱死体のような人間体の怪物が姿を表した。

サンゲ、古代遺跡の周囲に生息する人肉を喰らうこの不浄の怪物は、架空の存在であるゾンビとは意図的に区別されてこう呼ばれている。
古代人の死体とも、人造人間の出来損ないとも言われているが正体は未だに不明である。殺せば、溶けて消滅してしまう上に、捕獲しても長生きせず死んでしまい、やはり溶けて無くなってしまうのだ。
ただ幸いなのは、被害者がゾンビのように、新たなサンゲとして人を襲うことは無かった事だ。

ジオは慣れない手つきでレーザーライフルを構えようとするが間に合わず、サンゲの突進を交わすのが精一杯だった。
「大丈夫よ!次は当ててね!」サンゲのすぐ側でエリーはジオを応援する。
すぐに体制を立て直したジオはよく狙いを定めてレーザーライフルの引き金を引く。銃口からはち切れた光弾が勢いよくサンゲめがけて飛んだ―――
が、外れた。

「カッコつけてなによそれ! わぁ!」今度はエリー一人に向ってサンゲは噛み付きにかかった。
「なぁぁもうぉぉぉぉ!」エリーは絶叫し、このサンゲにドロップキックを叩き込んだ。
サンゲはいとも簡単にひっくり返った。

ジオはそれを見てサンゲに走り寄って至近距離でレーザーライフルを打ち込んだ。レーザー光弾は、ようやくサンゲの頭部を貫いた。
敗れたサンゲは、全身から緑色の粘液をズブズブと浮き出して、ドロドロに溶けていった。
「なんで外すのよ」
「合わないんだよ、なんか手になじまない。多分鉄パイプで殴った方が早かった」
「いつも修羅修羅叫んでたじゃない。なんで叫ばなかったの?」
「……なんか、合わねえんだよ」ジオはそっぽを向いて答えた。

すると、エリーは何かに気づいたように「あ!」と声を出した。ジオは何があったかと、エリーの方を向く。
「……いつもの修羅修羅はどうしたんだい?僕はいつも聞いてるんだけど」
「別に何も言ってないぞ」ジオは、そろそろエリーのしつこい所を鬱陶しく思っていた。

この10分後、2人の健脚は予定より1時間早く遺跡に到着する。
ビュシューの遺跡―――不毛の荒野に唐突として聳えるソレは6~7階立てのビルほどの高さと、見るものを圧倒する広大さを見せている。風化したボロボロの外壁はもはや断崖の絶壁を彷彿とさせる迫力があった。
しかし、ジオとエリーはこの迫力に気取られず、ずかずかと広い入り口から遺跡に入っていた。 

入り口の付近にサンゲの姿は無い。そして遺跡本来の正面玄関では無いのだろう、いきなり四つも扉があった。
エリーの提案で、二人は右から2番目ドアを慎重に開けた。 先には長い廊下が続いているようだ。ジオとエリーは懐中電灯で、日差しが遮られた廊下をゆっくりと進んでいく。この時、ジオとエリーは緊張こそしていたが、故郷を離れて1年、ようやく強奪に成功した資金を元にゾプチック探索にこぎつけたが故の気の高ぶりはソレを上回るものだった。

やがて、二人は進むに連れて3m間隔に壁に1m四方の窪みが右に左に交互にあることに気づく。そして15番目の左窪みを越えた時、ジオとエリーの懐中電灯の光が廊下の突き当たりに届く、すると、「うー、あー」と聞き覚えのある呻き声が聞こえた。
「ジオ、聞こえた?」
「ああ……いくぞ!」

ジオとエリーは勢いよく走りだす。そしてT字路を左に曲がる。
そこで、サンゲと鉢合わせとなった。

が、ジオは驚きもせずに「修羅ぁ!」と叫ぶと購入した金属棒でサンゲの頭部を叩き潰した。どろどろの黒い脳漿が腐った頭蓋から弾きだされ、面白いように目玉がジオに向かって飛び出した。目玉は、ジオ胸板に、プロテクター越しにぶつかった後、廊下に落ちた。

だが、二人にとっての問題は廊下の奥にある別の気配だ、エリーは廊下の闇に向けてレーザーライフルを2,3発撃った。光弾は、廊下を僅かに照らす。しかし、気配の対象への着弾はおろか、光弾の光さえ、それを捉えることはできなかった。

ジオが始末したサンゲが溶け出した頃合だった、エリーは、その気配の主が壁の向こう側に居る事を悟った。

―――ドン、ドン、ドン―――

何かが壁の一枚向こうから体当たりでもしてるのだろうか?そして、その音は金属の塊を用意に想像させる。だがコンクリートの壁がやがてきしみ始め、そのパワーはサンゲの物とは明らかに一線を画していた。

「やべぇ!逃げるぞ!!」ジオはエリーの手を引いてT字路の反対側への走って行った。
二人は、遺跡の奥へ奥へと逃れていく。道を覚えないままに……



[18040] violence-03 シーカー
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:a77dd511
Date: 2011/10/11 20:50


ビュシュー遺跡上層部、闇に包まれカビ臭い廊下にサンゲ達は群れをなして結集していた。だが、サンゲどもはこの遺跡に迷い込んだ獲物を探してる様子を見せていない。まるで殺人鬼を追って山狩りをしているようにさえ見える。
千年近く、日の光を浴びる事の無かった暗黒の廊下を、我が物にしていた不浄の死者たちがだ。

そして、その暗闇の中、まるでシャウトのような甲高い叫び声が上がった。
「KAAAKUUU!!」

赤い閃光が暗闇の廊下で、点いては消え点いては消えて駆け抜けていく。この閃光はザンゲの群れを切り刻んでいった。
頭部を切断されたサンゲ達は、すぐに溶け出していたが、胴体を叩き斬られたサンゲは、すぐには絶命できず、血や臓物を垂れ流し床を這いずる。

「畜生。シャープさ、華麗さ、官能さ、精確さ、威力、何よりクールさ、どれもこれも腹が減ってキマってねぇ……」

閃光を描いたレーザーブレードを握る巨漢は言った。そして、屠り損ねたサンゲの頭部をプロテクターで覆われブーツで踏み潰していく。

この巨漢は、グリーンのカーゴパンツ、赤いレザージャケットを身に纏い、脛と腕に黒いプロテクターを括りつけている。身の丈は2m、白い長髪を持つ。
ブルース・ファウストである。

ブルース・ファウストは深夜3時頃から、単身、この遺跡に潜り込んだ。無論、いくら奥に進めばどうせ光の差さぬ遺跡といえども、危険極まりない行為であるのは言うまでも無い。
ブルースが無謀に走った切っ掛けは、昨日、酒場でジオとエリーが去った直後に遡る―――

「……ビュシューの遺跡です」
「先輩面してそれかい」バーテンは内心嘲笑していたが、あえて呆れた素振りで言った。
「ブルースさん才能ないんじゃないの?」ジオから支払いを貰ったアルバイトの女性店員がブルースに言った。
「もう!うるさいよ!酒!」ブルースは声を裏返して言った。
「ねぇ、お兄さん。こちら良いかしら?」若い女性がブルースの隣に座る。
酷く化粧の濃く、胸を強調した赤いナイトドレス。娼婦だと一目で分かる。
「ん……勝手にしろ」ブルースは冷やかな態度を取る。

しかし酒が増えるに連れ、この二人は意気投合。30分後にはブルースと女は酔って大爆笑してた。

その様子をバーテンら店員がみて話す。
「ああやって最初から素直に話せばいいのになんであいつはカッコつけるんだ?」と、バーテン。
「クールにしてるつもりなんでしょ。でも、顔はちょっとゴツイから黙ってたらマフィアか空賊にしか見えない」と、女性店員。
「にしてもあいつのは異常だ。ナルシストというよりも脅迫観念じみている」

ブルースが女と話している時の店員たちの会話はいつもこのようなものだ。
「ブルースさん、仕事はなにやってるの?」娼婦の何気ない質問であった。
「俺はシーカーさ」ブルースは意気揚々と答える。
「すごーい!いままでどんなものを発掘したの?」
「なーんにもない」
「え?シーカーなんでしょ?」
「そうだ」
「じゃあ何か宝物は?」
「ない」
「じゃぁあんたなんなの?」
「シーカーさ」
「だからこれまでで発掘した物は?」
「ない」
「なんなの?」
「シーカーさ」

―――その20分後―――

「オヤジ、なんで俺はモテナイ上に探検に成功しないんだろうな」カウンターに頬を置くブルースの隣に女性の姿はもう無い。
「とりあえずシーカーやめろ、お前の悪夢はそうする事で初めて終わるんだ」バーテンは水の入ったコップを一杯、ブルースの側に置く。
「俺からシーカーとったら何が残る!」

「恵まれた肉体。悪く言えば怖いけど頼もしい顔。語学堪能、科学もそこそこ。格闘術に秀でてる」女性店員は言った。
「格闘術を生かせるのはシーカーだけだ!」
「格闘家なれよ」
「生の戦いがお望みなら空賊に戻ったら?」
「誰が空賊だ!オレを舐めてるのか!次余計なこと抜かすと舌を握り潰すぞ!」 
酔った勢いなのか、ブルースはただのジョークにさえ過敏に反応した。

「店長……こいつ怖い……」
「空族自仕込みの交渉術だな」

ブルースは殆ど毎日、此処に酔っ払いに来るものであるから、大方の素性を店員たちは知っている。どうやらこのブルースという男、歳は20。ごく最近空族から足を洗ったものの、贅沢暮らしを夢見てゾプチック発掘で一山当てようと目論んでいたようである。同時に、シーカーへの憧れも強かったようで、空族に居たのも同様の理由だと店員たちは考えている。
おそらくブルースという名前自体が偽名である事も。

「だぁぁ!もういい!うんざりだ!こうなったら高圧縮かつ大量のゾプチックという名の栄光と挫折を手に入れて、お前ら見返してやる!そして極楽浄土お金持ちになって晩年には自伝書いて、女かこんでホニャラララ~!」

そう言ってブルースは立ち上がって長財布をカウンターに投げ出した。
「釣りはいらねぇ!ゾプチックでホニャララするんだ!」
「……あいついつもにまして気持ち悪いな」バーテンは心の底から呆れかえっていた。
「財布どうします?」
「明日にはカッコつけて取りに来る」
「もう格好つければつけるほど無様ですね」


つまるところブルースは酒に酔ったビュシュー遺跡の探検を開始してしまったのだった。
こうしてブルースは今、完全に遭難してしまった。
「ザ・俺とした事が、酔っぱらったまま……最悪以外の何物でもない。寝てた時間含めて12時間もダンジョンでウロウロと……このままでは」
ブルースの思考は光無く曇りきっていた、空腹と、喉の渇きが彼の集中力を途切れさせる。なにより酔ってる内にライトを無くしてしまったのが致命的だった。サンゲの群れが渦巻く、光の無い遺跡の中を、ブルースは壁を手を這わせ歩き回っていた。

そんなブルースの耳に、遠くから爆発音と思わしき物が届いた。それはブルースのマイナス思考を吹き飛ばした。
「まさか、まさかまさか マサカー!」ブルースは爆発音に聴きおぼえがった、音は手榴弾が爆発した物に酷似していた。それだけでなく、ブルースは爆発の遠方からの微弱な振動は、同じ階層からのものだと体が察知した。
何者かが、サンゲの群か、マングラーに手榴弾を用いたに違いない---




爆煙の残る暗闇の廊下に、ジオとエリーの姿はあった。
「糞、買った手榴弾がもうなくなった」
「どうする?爆発の痕見つけて行ったら帰れるかもよ」

二人は、マングラーと思わしき怪物から逃げていく内に迷ってしまい、途中から攻撃に使った手榴弾の爆発痕を頼りに戻るほか術のない状態である。幸いにも、マングラーらしき怪物は、最後の手榴弾で姿をどこかに潜めたようだ。

「……確かに早いこと帰った方が賢明だが、収穫がねぇ。もうちょっと奥にいってみたい」
「でも、ヘタクソなライフルで、マングラーを相手にするねんて、僕にはとてもできない」
「僕僕うるせぇ!せめてこの4階だけでも調べて帰るぞ」
「なによぉ!」

ジオの強引な提案で、二人は遺跡の四階を調べて回った。
通りかかった部屋に入ると、ジオは金属棒を振るって、エリーは持ち前の足癖の悪さで、机や棚を壊して回った。
「駄目だ、空だ」ジオは言った。彼の言う通りにこの部屋ももぬけの空。ライトの光が部屋に舞う埃を映すだけだ。
「もう、なんでもいいから入ってて欲しいよね」エリーは舌を打って言った。
「先客が多いからな。この遺跡は」ジオは部屋にあったナニかの残骸に腰をかけ言った。

その時、エリーは部屋の外からサンゲの足音を聞いた。
「ジオ!サンゲよ!」ジオとエリーは部屋を出る。
しかし、4体のサンゲはスグそこまで迫っていた。

「良く聞こえたな」
「エヘヘ~……で、どうする?」
「こいつらぐらいなら……叩き潰そうぜ!」

ジオは金属棒の先端で床を叩いて音を鳴らすと、レーザーライフルを構えたエリーと共にサンゲ向って駆け出した。

前方に2体、少し離れて後方に2体、合計4体のサンゲが廊下に陣取っていた。ジオとエリーは前方の左右に並ぶ2体めがけてとび蹴りを食らわした。2体のサンゲは仰向けに倒れた。エリー見事に着地するが、ジオは無様にもひっくり返っていた。

だが、ジオはすぐさま跳ね上がる。左のサンゲが、こうべを上げた瞬間、ジオはサンゲの眼球めがけて金属棒を突き刺した。

「修羅ぁぁ!!」
サンゲの頭部は簡単に貫かれ、ジオは乱暴に、サンゲの頭部をめくり上げるように金属棒をこじ出した。頭蓋骨が砕かれ、脳漿が天井にまで跳ね上げられた。

エリーは倒れている右のサンゲの上に仁王立ちになり、サンゲの頭部めがけてレーザーライフルを打ち込んだ。
「オラオラ!死ね死ね死ね!きゃははは!!」けたたましく笑うエリー。
至近距離で放たれた数発のレーザー光弾は、サンゲの頭部をいともたやすく抉るように駆け抜けた。10発も撃たない内にサンゲの頭部はグチャグチャに飛散し、その肉片はレーザーの熱で焼かれ半生のそぼろのようだった。

廊下を染めたサンゲの血液と肉片は、すぐさま溶け混じり、蒸発するのだ。エリーの足元に残る、まるで首が千切れ飛んだようなサンゲの胴部もすぐに、溶け始めた。
続けてエリーは、耳まで裂けるような攻撃的な笑顔を冷徹な微笑みに変えて、後続のサンゲに狙いを定める。
「ばぁ~い!」
エリーは引き金に指をかけたのだったが、ジオが絶叫するのであった。

「修羅ぁ!」
ジオは叫び声と共に、後続のサンゲの眼前に飛び掛ると、金属棒を大きく左へ振り回した。
左のサンゲのこめかみに叩き込まれた金属棒は、脳を抉り抜けた後、勢いをそのままに右に立つサンゲの耳を潰してそのまま頭部を抉り抜けた。ジオは一振りの内にサンゲの頭部を二体まとめて叩き潰したのだ。
しかし、眼前の獲物をレーザーライフルで捕らえていたエリーはジオに不満をぶつける。

「もう!私の横取りしないでよ!」
だが、ジオにソレを言った瞬間、エリーは新たな気配を、廊下の奥の右曲がり角から感じた。

「居ったぁ……!」エリーは全力疾走で曲がり角に向って駆け出した。
だが、ジオはその気配にサンゲ以外の何かを感じた。
「おい!エリー!やめろ!」エリーを呼び止めるようとするが既に遅かった。
エリーは新たな獲物を逃がすまい意気込みと、欲求不満の滾りを、廊下の角から現れた人影に全然全霊の回し蹴りに込めた。

見事に回し蹴りを、対象の顎に決めたエリーだったが、先ほどまで戦っていたサンゲの腐肉とは明らかに違う感触であった。

「え?」
対象は壁にもたれるように倒れた。エリーは、対象の正体を確認すべく、ライトを当てる。ジオは「大丈夫か?」と、ジオはエリーに言うと、横に並んで、共に対象を確認した。

人間の男であった。そして、エリーもジオも、コノ男を知っていた。

ブルース・ファウストである。
不幸にもブルースは、エリーの一撃によって、完全に気を失って倒れてしまった。

「うそ……どして?」エリーは驚きのあまり擦れた声を出した。
「この糞アマ!どうするんだよ!」ジオはいつもよりも声を荒げてエリーに怒鳴った。
「ごめん!ごめん!ごめんなさい!」エリーはとっさに頭を抑えた。
「ああ、糞……解った、落ち着こう」ジオは文字通り、頭を抱えて一呼吸置く。そしてさらに、2,3深呼吸をする。
「ジオ、とりあえず部屋に運ぼうよ」エリーはジオの肩を叩いて言った。
「そうだな、じゃあお前は頭を持て、俺は足だ」

ジオとエリーは100kgを超える物と思われる巨体を、肩と足を持ち上げてブルースの腰を引きずるように、先ほどまで物色していた部屋に運び込んだ。
ジオとエリーは水筒の水をブルースの顔にかけてみたが、意識を取り戻す気配をみせなかった。脈も呼吸もあったのだが、彼が意識を取り戻したのは30分の後であった。

 


意識を取り戻した、ブルースの最初に示した反応は、不快感が故の呻き声だった。
「良かった……気がついた」
「済まない、この馬鹿女が勘違いして無駄に最高の角度であんたの顎を蹴りやがった」
ジオとエリーは左右から、ブルースの顔を覗くようにして言った。

「君らは……ジオ?そしてエリー?ここは何処だ?」
「無理に喋らないで」
「もう少し横になっていたほうがいい」
ブルース・ファウストは朦朧とした意識からジワジワと逃れていった。

「えーっと……たしか爆音を聞いて下階(した)に降りて……思い出せん……」
ブルースはエリーのキックで痛めてしまった首を押さえながら床から上半身を起す。
「ごめんなさい……」エリーは深く頭を下げた。
「うーん、許してやりたいが、首は痛いわ顎がズキズキするし、奥歯が一本ぐらついてる……」
「本当に悪かった。いつか絶対にお詫びをする」ジオも申し訳なさそうに言った。

しかし、昨夜先輩面をしておいて、遭難してしまったとは、当の2人には恥ずかしくて堪らなかったであろうブルースにとって、エリーに蹴飛ばされれたのは、むしろ幸運だった。この際、ブルースは先ほどエリーに蹴飛ばされたのダシに、酔っ払って此処まで来た道のりを忘れてしまった事にした。

「たしか……今日の朝から探検を始めて……巨大マングラーと、凄まじい激闘と恐ろしい罠を乗り越えたが、食糧や物資、収穫を失って……爆発音を聞いて降りて……断片的には覚えてるのが……その道のりが思い出せない」デタラメを交えてブルースは言った。

「と、なると引き上げるのが無難だな。探索は無理だ」
「とりあえずご飯は食べれそう?」
「ああ、幸い食欲はあるよ、食べたら直ぐに此処を出よう」

こうしてジオとエリーは、ブルースを加えてようやく食事を取る事にした。3人は缶詰めと、水筒の水を分け合う。

「あまり文句は言いたくないが、コレは不味いやつだぜ……」ブルースは缶詰めを手に取って言った。
「そうか、次は買わん」ジオこう答えた。

そして事実、この缶詰には酷く臭味があり、ベチャベチャとした不快な食感、つづいて、舌にはザラザラしたした物が張り付いていた。泥を口に含んだと形容し易い。あまりの事にエリーは缶の中をライトで照らすと、見た目もムラサキに灰色を加えたような色合いで見た目も良くない。どうやらこれは魚の頭や、鳥の頭に、野菜の芯などを磨り潰して詰め込んだようだ。確かに栄養価は高いだろう。

3人がまずい栄養食を半分ほど喉に通すと、ブルースが2人に質問をした。
「ここまでどうやって来れたんだ?サンゲどもだってワラワラいたろ?」
「俺たちがサンゲを相手にするのは初めてじゃない」
「この大陸に来る半年ぐらい前、なんて島だっけ……まあ、とにかくサンゲが村を襲った時に巻き込まれて、サンゲ退治をした事があるの。そのサンゲが酷い奴でさ、妊婦の腹から胎児を抉り出して食っていたのよ」
「……いや、その辺の描写は省略してくれ、飯が今以上に不味くなる」
「まあ、その時にサンゲは頭叩けば直ぐ死ぬって事が良く解った訳だ」

「なるほど。で、なんでシーカーになろうと思ったんだ?」
「……」ジオは眉間皺を寄せて不味そうに食事を続ける。
「その……田舎から二人で飛び出したの!で、シーカーになってお金持ちになって二人で暮らすの!」
「へぇ~、夢のある話だ」
「冗談じゃねぇ、いつまでもこんなサド女と二人で暮らせるか」ジオは缶詰の残りをいっきに飲み込んで言った。
「んだと!」エリーはジオにビンタを食らわす。
「な、サドだろ」ジオはケロっとした表情で淡々と言った。
「いや、今のは怒るだろう」ブルースは呆れている。

「ホント!いつも照れてばっかなのよコイツ。子供の時は ぼく おっきくなったら エリーちゃんをおよめさんにする~ とか言ってた癖に」
「あああああ!!ねつ造!ねつ造!」ジオは慌てふためいて言う。
「仲がいいな。こっちまで照れてくる」ブルースははにかんで言った。

「で、あんたは、どうして?」話をはぐらかす為、ジオはブルースに聞く。
「聞いて驚くな、ザ・俺の目標は…… チックでガバガバ稼いで、超クールなカリスマシーカーとしてBIGでほにゃららな人生を送るためだ!」
「……」この返答にエリーは呆気にとられた。「ほにゃらら」の意味も解っていた。
「これ以上でかくなってどうするんだ」ジオは呆れながらブルースの巨体を言った。
「ちげぇねえな!ハハハハハハ!」ブルースは大笑いした。
「やだジオったら!アハハ……」エリーもつられて笑い出す。

笑う三人だったが、ブルースが「うえ」っと、不自然な声を出す。
「どうしたの?」
「奥歯を飲み込んじまったぁ!」
「ごめんなさい……」
その後、しばし気まずい空気が流れたが、ブルースの歯の出血が収まった頃、ジオの一声で3人は動き出す。

「……そろそろ行くか」
「ああ、抜けた奥歯が痛むが大丈夫だ、腹が一杯、元気も一杯だ」
ブルースはそばに置いてあったサングラスを付ける。

「こんな暗いのにサングラス?」エリーは不思議そうに尋ねた。
「ああ、カッコいいだろう?」
「そんな理由で……」普段、金色眼を隠す故にサングラスを常備するエリーにとって、ブルースの答えは称えるべきか、蔑むべきなのか、言葉を詰まらせた。

「しかし、あんた変わってるな、サングラスなしの方がおっかねぇ面だったぞ」
「だぁ!人が気になると夜も眠れなく事を言うなぁ!」ブルースは昨夜酒場でみせたような癇癪を見せた。

3人は部屋を去ると、ジオとエリーが使った手榴弾の、爆発の痕を頼りに遺跡からの脱出を始める。
ジオとエリーの持つ懐中電灯の、光二つがダンジョンの闇を切り開く。廊下にこだますのは、三人の足跡だけかに思えたが、エリーは抜きん出た聴覚をもって、マングラーの存在を察知した。

「ジオ、マングラーの足音が……」
ジオは耳を澄ます。だが、ブルースは容易にその音を聞きつけた。

「ああ、あれか」ブルースはずかずかと音のする方向に進む。
「ちょ!ブルース!危ないわよ!」エリーは声を大にして言った。
「だいじょうぶだ」
ブルースはジオとエリーを尻目に、暗い廊下を懐中電灯も持たずに、駆け足で進んでいく。ジオとエリーは、懐中電灯でブルースを照らしながら、彼を追いかける。その間もマングラーの大きな足音は近づいてきて、ジオの耳にも聞こえるようになっていた。

「おいおい……大丈夫なのか?本当に。流石に馬鹿でかい死体を運び出すような体力も余裕もねぇぞ、エリーには」
「私かよ!」
二人がブルースに追いかけて、4番目の角を右に曲がった時、廊下の奥から六本足に角を生やしたような、5mはあろう鉄の怪物が、仁王立ちを決めるブルースに向かって駆けてくるのが、懐中電灯によって照らされた。

マングラー、古代遺跡の内部に巣食い、探検者から、遺跡の側を通りすがった人間までを躊躇無く殺しに掛かる殺人機械。しかし、この鉄の怪物たちは、全てに共通する点や、構造は持っておらず、正確には種類別に細分化したカテゴリーに分類される。詰る所、人間に襲い掛かる古代ロボットを一般にマングラーと呼んでいる。マングラーが人間を襲う理由は、遺跡の侵入者を排除するための警備システムの生き残りとも言われるが、未だに真意は不明でる。
 
ブルースを先頭に廊下で立つ3人に、どんどん近づいてくるこのマングラー。
その角とズングリとした胴体はサイに例えられ、短い足6本の足は、サイズこそ巨大だが、鶏のような地を歩く鳥類に例えられる。しかし、鈍い光をギラつかせる鋼鉄の体には、眼も無ければ、口も無く、全身から動物というものを彷彿とさせはしない。そんなマングラーが、自分たち目掛けて駆けてくるのを、目の辺りにしたジオとエリーは、恐怖を覚えた。

マングラーは、ブルースに狙いを定めたかのように一気にスピード上げ、突進してきた。
ジオとエリーは「危ない!」とブルースに叫んだのだが、「KAAAAA!!」と、異常なまでの声量で叫びだしたブルース。彼は2,3,4,5歩、廊下を蹴るように駆けると、廊下右側の壁に飛びついた。ブルースは、続けて右の壁から、左の壁へ、文字通り壁から壁へと飛び移る。瞬く間に、ブルースはマングラーの丸腰の背中を捕らえた。

「KUUUUUU!!」間髪入れずにブルースは、レーザーブレードの僅か一閃の間にて、マングラーの巨大な背中を切り裂いた。

断末魔のような異常な動作音をマングラーが放つと、ブルースはジオとエリーの元へわざわざバック転して戻る。そして、マングラーは動くかなくなった。

「どうだ、このザ・俺の技!」
ブルースは誇らしげにジオとエリーに問いかけたが、二人はブルースの圧倒的かつ凄まじい戦いぶりに、目が点になっていた。

「いや……あんた、ほんと、すげぇな……」
「あんたとだけは喧嘩したくないわ」エリーは羨望の眼差しを向けながら言った
「フ、お皿とフォークで武装したカップルと喧嘩なんて俺だって、誰だってしたくないね」

ジオとエリーの難敵を、ブルースがあっさりと打ち破った事で、3人は懐中電灯を照らして爆発痕を頼りにダンジョンの出口を求めさまよう。
その間、ブルースの自慢が続いた。自慢の内容は、このダンジョンで迷った偽りの理由だ、先ほどの物よりも巨大なマングラーと戦った、複雑怪奇な罠に引っかかった等という物であったが、先ほどの戦いぶりから、ジオとエリーはすっかり信じ込んでしまっていた。

ブルースの自慢話を聞いている内にジオは、探検開始早々に運悪くマングラーに遭遇したのは、ブルースが深夜から遺跡中を引っかき回したのが原因あった事と、ジオとエリーが難なく4階までたどり着いたのは、ブルースが相当数のザンゲを倒していた事だと結論を出していた。
今となってはどうでも良い事だったが、昨日の酒場の件から、妙な縁を持ったものだとジオは思った。

その後、着々と爆発痕を見つけていき、3階に到着する。次第に廊下は曲がり角も、部屋もない、一本道に差し掛かった。この廊下には、今まで等間隔にあった壁の窪みが無くなっていた。

「なぁ、エリー」ジオは小声でエリーに話しかける。
「なぁに?ひょっとして怖いの?」エリーも小声で答える。
「まだブルースが気づいていないのか?お前の眼」
「あら、心配してくれてるの」
「……」
「大丈夫よ、ダンジョンは暗いから。外出た時にすぐにサングラス掛けるからさ」
「だといいが……」
エリーの虹彩は悪魔の如き金色眼。こと、熱心なサンタリア信者からは魔女の如き扱いであり、1年間の旅路で、度々トラブルを引き起こしていた。

ブルースが突然立ち止まった。二人は話が聞こえたのではないかと、すくみあがる。

「KAAAAA!」叫ぶブルースは、虚空をビームブレードで切りつける。

すると、空っぽだった斬撃の間合いから、カマキリのような腕を持った、人間大のマングラーの上半身と思わしき残骸が姿を現し、床に落ちた。

「まさかステルス!」ジオは、『はじめてのゾプチック探索』に記された要注意マングラーの項目を思い出していた。
「うそ……足音は聞こえなかったのに!」

マングラーと呼ばれる殺人機械の中には、隠密性に特化した作りのものも存在する。
ステルスと恐れられるマングラーは、優れた光学迷彩機能を有し、肉眼にはその存在を捉える事は至難である。塗料を浴びせたり、煙を焚いたり、野外においては枝のとの接触による判別などの対策が講じられるが、もっともシンプルなのは足音でその存在を知ることだ。しかし、エリーの優れた聴覚をもってしても、その存在を察知することはできなかった。

「天井に張り付いていやがる!」

ブルースは激昂し、虚空を両腕で掴むと、思い切り引っ張る。すると、太い蛇腹状の下半身が、光学迷彩を解いて姿を現した。ブルースはそのまま、マングラーの下半身を床に叩きつけた。

ジオは床に転がる蛇腹状の残骸を、金属棒で突っついた。

「コレは……磁石だ!」ジオは、金属棒の吸い寄せられるような感触から、マングラーの足音を立てぬ移動手段のトリックを見抜いた。

エリーが天井を照らす、一本道の天井は滑らかな金属製パネルが覆っていた。
「まさか挟み撃ちにする気!」エリーは振り返りレーザーライフルを天井に向けて構える。

「余計な事考えるな!もう遅い!正面突破だ!」ジオは心ばかりに金属棒を握りしめる。

「KUUUURYAAAAAAAAA!!」ブルースは叫びながら壁から壁に飛び移る。
驚く事に、飛び回るブルースは、次々にビームブレードで姿の見えないマングラーを正確に切り刻んで行った。

強烈なスピードで舞うブルースの周囲でレーザーブレード閃光が輝く度に、切断され、姿を晒す両腕に鎌を付けたマングラーの残骸。ブルースの攻撃力もさることながら、マングラーの数にも、ジオとエリーは胆を冷やしきっていた。
2人は、背後から忍び寄るステルス・マングラーの数を、眼前でブルースが築いていく残骸から容易に想像できた。

ブルースが叫びながら切り開く活路を頼りに、ジオとエリーは廊下を駆けて行く。だが、流石のブルースにも疲れが見えた時だった、彼の姿が、まるで壁に吸い込まれるように消えてしまった。右の壁から、左の壁へ飛び移った瞬間の出来事であった。通り際に、一体のステルス・マングラーを切り捨てて、壁の中へと消えてしまったのだ。

ジオとエリーは顔面蒼白となりながら、ステルス・マングラーの迫り来る中で、ブルースが姿を消した壁に駆け寄った。

「逃げろ!」壁越しからはブルースの声がした。
「おいどうした!」ジオはわけも解らず拳で壁を叩いた。

壁は、叩く分には、何の変哲も無いコンクリートの壁であった。

「いいから逃げろ!君らの半端なレーザーライフルじゃ仕留めるられない!」
「ポンコツ風情が人間様に逆らうなんて!ぶっ潰れのくず鉄にしてやるよこのスプラップ!」
エリーは天井目掛けてレーザーライフルを乱射する。
「畜生!こうなったら!」
ジオはエリーの腕を引っ張って、壁に体当たりするように駆け込んだ。すると、壁は、コンクリートの硬さを失い、粘土のような柔らかさで、ジオとエリーを受け入れた。二人は壁をすり抜けたのだった。二人が眼を開けると、眼前にはブルースがいた。

「どうして君らまでこっちに来るんだ……」ブルースは落胆したような顔で言った。彼が逃げろと叫んでいたのはジオとエリーが生きて此処を出て救援要請する事を望んでの事だった。
「ジオ~!怖かったぁ!」エリーはジオに抱きついて涙ぐんで言った。
今回ばかりはジオも胆を冷やしていたのだろう、エリーの頭を優しく撫でる。

ジオとエリーの眼前にいるブルースの後ろにはさらに通路が広がっていた。
「さっきと雰囲気が違う……こう、においが、空気が冷たい」エリーはジオに抱きついたまま言った。
「さっきと違って反対側からは空かないみたいだ……」ブルースは、マングラーに備えつつ、件の壁に体当たり試みたが、壁は硬いままで変化しない。

「行くしかねぇな……いつまでくっ付いてる」ジオはエリーを離しながら言った。
「……そうだな、ここであきらめた方が笑われらぁ」

3人は奥に進もうと歩み始めた。が、

「ちょ、ストップ!タンマ!」ブルースが歩みを止めた。
「どうした?顎が悪化したか」
「ジオ~、私をいじめてそんなに楽しいの?」
「うん、あごだ……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

ジオは2分ほど、素人療法ながらブルースの顎を診た。
「あたたた……」
「顎にヒビいってるかもしれなねぇ。早く此処から脱出して、しゃべれる内に病院にいくぞ」
「ごめんなさい……本当に……ごめん……」エリーは細々とした声で頭を下げた。




退路を断たれた彼らは、懐中電灯の光を暗闇に彷徨わせビュシューの遺跡の探索を続ける。
そして、30分ほどがたった。この通路は入り組んだ構造にはなっていない。それだけではなく、マングラーはおろか、サンゲさえ現れない。

「ったく、何もねぇな」と、ジオ。
「何もなさ過ぎる。サングがまったく出てこない」ブルースは顎を押さえながら言った。
「もしかしたら、出口に近いんじゃない?入り口から暫くは奴らはいなかったわ」
「いや、もうひとついない場合がある」ブルースは顎から手を離して言った。
「それは?」と、エリー。
「傷つけたくないものを置いてあるとかだ……」
「回りくどいな……つまり、ゾプチックがある」ジオは、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「それって、あの扉の奥に?」
「えん?」

エリーは、廊下の突き当たりの扉の存在に、まだ懐中電灯の光の届かぬ内に、男二人よりも早く気づいた。

3人は罠が無いか気をつけながらも、廊下を一直線に駆けていく。やがて、懐中電灯の光で、その存在を確認した。
「ほぉー、関心するほど目がいいなあ」ブルースはエリーに言った。
「サングラス掛けてるからだろ」ジオはブルースに言った。
「じゃあ君は見えたのか?」と、ブルース。
「……いや」
「しっかし、耳はいいし、暗闇で眼はいい、まぁシーカーには最適な才能だ」
ジオは、ブルースがエリーの眼の話題をする度にハラハラした。

扉は、コレまでの物とは趣きが異なっており、左右二枚。僅かであるが装飾の痕跡が残っていた。
ドアノブは錆び付いていたが、ジオが金属棒を梃子にすると簡単にひらいた。
3人は、この物々しいドアの向こうに、ゾプチックがあるのではないかと期待を寄せる。
ジオとエリーは懐中電灯を強く握り締めた。しかし、部屋は何も置かれていない殺風景なものであった。

部屋は筒を縦に置いたような円形で、広い作りになっていた。
「すごく広いわ……」
「なんに使ってたんだ?こんな部屋?」がっかりこそしたが、部屋はジオとエリーにとっては、人生で見てきた中では最大の大きさであった。
「企業の会議か、小規模な催し物の会場だろう」ブルースは本で得た知識から見当をつけた。

だが、光をくまなく照らしていくと、部屋の奥に一枚の何の変哲も無い扉があった。
ジオとエリーが、扉に手をかけたがブルースが「待て!」と声をかけた。

扉には、罠が仕掛けられていたようで、扉の上部を照らすと、電線か何かが通っていると思わしき、凹凸が壁に見受けられた。
しかし、ブルースは、昨晩からの失態で自分の道具を失っていた、だがジオが十徳プライヤーのプライヤーで壁をこじっていた。やがて、壁から電線が剥き出しとなった。

「この線切っちまえばいいんだな」
「ああ。」ブルースがそう答えると、ジオはプライヤーについているワイヤーカッターで電線を切った。

3人は期待を新たに、慎重その扉を空けた。

懐中電灯の光は、透明の液体が入った、透明なケースを通して部屋を照らすのであった。

「やった!」3人は声を揃えて、心の底から叫んだ。

この無色透明の液体こそがゾプチックである。

ゾプチック。無色透明なこの液体が、新暦世界を急激的に繁栄させ、暴力の加速を促していた。この液体は、水のに倍ほどの重さであり、1リットルあたり、おおよそ100万Zで取引される。この液体は僅か1リットル程度の量で、乗用車を5年動かす事ができる。飛空船ならば1年間飛び続けられる。この液体の恩恵を得るにはゾプチックシステムと呼ばれる装置で、エネルギーに転換する。その出力は非常に高い為、乗用車の殆どは、内臓した発電用ゾプチックシステムでバッテリーを充電させる電気自動車である。強固な容器であれば体積を、百分の一にまで圧縮する事が可能である。ただし、これは発掘されたゾプチックの最高記録の話であり、新暦世界の人類の科学力では五分の一が限界である。また、ゾプチックは、金属との接触で色を変え、その特性を変える。ゾプチックシステムも、発電用から、燃焼用まで、多種多様に存在しており、その適正に合わせて金属フィルターで色をつける。無色透明の強化プラスチックのボックスに入っているのは、そのゾプチックが金属反応後の物であるか無いかを一目できるためである。汎用性の高さから無色透明のゾプチックの価値が最も高い。しかし、このゾプチックは唯一致命的な欠点を持つ。燃料としての使用そして輸送を問わずに、音速の空間に存在すると、消滅してしまうのだ。

ブルースはゾプチックの周囲に罠が無いか確かめると、15cm四方の透明なボックスに手をやった。
「この重さだ!500万……いや!1000万zかもしれねぇ!」
「やったぜ!昼から埃まみれになった甲斐があったぞ!」
「早くシャワー浴びたい!」
「ジオ、エリー、君たちがこれを運んでくれ、リーバードは任せろ!」

ジオがこのゾプチックを抱え、エリーがその後方を守り、ブルースが先陣を切って部屋を後にした。

だが、3人が円形の広い部屋に戻ると、不思議な事に天井に明かりが灯っているではないか。
この異変に、3人は息を飲む。すると、天井から巨大な鉄箱のようなマングラーが、落ちるように部屋の中央に現れた。

「なんだ!こいつ!!」ジオは誰に問うわけでも無く叫んだ。

高さ10mにもなる巨大な鉄箱にタイヤをつけたようなこのマングラーには、正面に金網が取り付けられており、その金網越しには、プロペラの羽が妖しく輝いていた。

「来るぞ!」ブルースは叫ぶ。
金網越しに、マングラーの巨大なプロペラが回り始めた。
同時に、壁からドングリ大の棘が無数に現れた。この程度の棘自体には大した威力は無いだろう。
しかし、この無数の棘を生やした壁は、棘を一段に、数百段に別れ、左右交互に高速回転を始めた。部屋のドアは、壁に呑まれたかのように消えていた。

「まさか突風で私たちを吹き飛ばしてあの壁でひき肉にしようって!」エリーの逞しい想像力は、血しぶきを上げながらミンチと化す人間の姿を脳裏に描く。

壁は、時々火花を上げて互い違いに回転している。
3人はマングラーの放つ強風を受けて、動けない。

「くそ風がどんどん強くなる!踏ん張れ!」
「いや、ほふくの形だ!風にあたる面積を削れ!」

ブルースの提案どおり、3人は床に腹ばいになる。ジオは、ゾプチックのキューブをかばうように床に伏せている。
しかし、マングラーはソレを待っていたかのように、タイヤを勢い良く回して彼らに突進を仕掛けた。
彼らを壁に突き飛ばそうという魂胆だろう。しかし、マングラーの質量を考えれば、その突進こそ十分脅威だ。

彼らは、飛ぶように跳ねてこの突進を回避した。間一髪だ、しかし、エリーのレーザーライフルが吹き飛ばされた。

ライフルは高速回転する壁に到達すると、一瞬で粉々になった。威力のあまり、3人には壁の手前で独りでに砕けたかのように見えた。

「こ、この扇風機の出来損ないに殺されてたまるもんか!」とは言いつつエリーは胆を冷やす。
マングラーは一瞬にして振り返り、三人にまた突風を浴びせる。兎に角一切の隙を見せない。

彼らは、腹ばいにもなれず、中腰で耐える。だがこのままでは、突進をかわすにも体力の限界が訪れるだろうし、突進されるまでもなく、このままでは体力が尽きて吹き飛ばされる、持久戦になればなるほど不利な状態だが、すさまじい突風は、彼らに反撃の機会を与えない。
左からエリー、ジオ、ブルースが、強風に眼を細め、策を練って眉間に皺を寄せる。その様子はマングラーを睨み付けているようだ。
そして、ようやくジオが奇策を思いついた。

「おい!この鉄棒を竹やりのように鋭く切れ!」ジオがブルースに言った。それを説明する間などなかった。
「なんか知らないが!わかった!KU!」策無きブルースは言われるがままに鉄棒の先を斜めに切る。
「駄目だ!もっと鋭く!」
その時マングラーは2度目の突進を彼らに駆けようとしていた。
ブルースはジオの握る金属棒をさらに鋭く切った。
ジオは、ゾプチックキューブをエリーに投げ渡した。
マングラーは突進を仕掛ける。

突然渡されたゾプチックだったが、エリーはコレを抱えて、マングラーの突進から左へ逃れた。ブルースも右に逃れた。
しかし、ジオは、突進してくるマングラーに、金属棒を投槍にように構えていた。

「無茶だ!そんなので装甲を貫ける訳がねえ!」ブルースは吼えるようにいった。
「ジオ!」エリーは泣くように叫んだ。
だがジオは、二人の声を無視し、瞬く間に加速を続けるマングラーを、臆す事無く注視する。
既にジオの前には、マングラーが、数倍も巨大に見えていた。
「修羅ぁ!」ついにジオは、突進するマングラーに金属棒を力任せの無造作に投げつけた。

金属の棒が、金属の塊のようなマングラーの何処に当たったのか?ガンと耳障りな音が、室内に延々とこだまする。
ジオは、エリーの居る左側に向かって跳んだ。だがしかし、マングラーとジオの距離は縮まり過ぎていた。

ジオの左肩に、マングラーの巨体の左端が接触してしまった。
ジオの左腕のプロテクターにヒビが入った。「畜生!」ジオは叫ぶが、既に遅し。
ジオの体は、挽肉機と化した壁に向かって吹っ飛ばされる。

「ジオ!」エリーは宙を浮くジオにエリーが腕を伸ばした。ジオもエリーの腕をつかむべく右腕を伸ばす。ブルースも二人のもとへ駆けた。

そして、ジオの両足のつま先が、回転する壁の間近で床に着いた。エリーがジオの腕をつかむ事に成功したのだ。

真後ろで動く壁の回転音が、ジオには一層大きく聞こえた。
「気をつけろ!」僅かながら遅れて来たブルースは2人に呼びかけた。
マングラーは既に三人の方を向いていた。いま、突風を吹きかけられたら、ジオとエリーはすぐそこで回転する壁の餌食になってしまう。

エリーはジオの手を引いて、ミンチマシンの刃から逃れるべく走り出す。
ブルースは、逃げ出した二人を見て冷酷ながら、彼らを囮に、マングラーの背面への攻撃も考えた。

だが、マングラーから突風は放たれなかった。
それどころか、歯車の異常からと思わしきガリガリという音が巨体から響き渡る。
しかし、安心のできないジオとエリー、そしてブルースは、これまでマングラーが放った風域の外に出てから、マングラーの異常に気が付いた。

「っは!プロペラに鉄棒が食いこんで!うまい事金網に絡まっている!」ブルースはマングラーのプロペラを目視して言った。

ジオが投げつけた金属棒は、金網を突き破ってプロペラに到達。プロペラに突き刺さった金属棒の先端に続いて、中心部分は金網に引っかかり、
これらが、プロペラの動作を完全に阻害していた。

「エリー、ゾプチックは無事か!」ジオは勝利を確信した不気味な笑みを浮かべていた。
「モチ!……反撃開始、ね!」投げ捨てたゾプチックキューブを拾いなおしてエリーは言った。
しかしだ、ジオの金属棒も、エリーのレーザーライフルもこの戦闘で失ってしまっていた。
そこブルースがビームブレードを握り締めた。
「ザ・俺だけで十分だぜ!」ブルースはマングラーに挑む。

するとマングラーは背面から数本の大きな鎖を展開した。その鎖は人間が扱うものよりも遙かに巨大な金属輪が連なった物でそれをまるで鞭のようにあやつる。
だが、ブルースは縦横に振り注がれたこの鎖を、一瞬のみ現れるレーザーの刃で易々と次々に切り落とし、マングラー正面の金網を足場に、箱のようなマングラーの上面にに駆け上がった。

「KAAAAAAAAAAAAAAAAAAKUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!」

シャウトにも似たブルースの絶叫。そしてビームブレードの刃は、2m近くにも達した。
そのときのブルースの叫びはジオとエリーが聞いたでも最も大きく長いものであった。
この一撃はマングラーの中枢に到達し、ついにこの強敵は動かなくなった。
緊張が解れたジオとエリーは床にへたり込み、ブルースも、引き裂かれたマングラーの上面でへたり込んだ。

そして、回転する壁は、動きを停止し、平常時の状態に戻る。完全に停止した頃には不思議と、出入り口も元通りになっていた。

三人は「助かった」「勝った」など、一言二言交わすだけで、そのまま2分ほど休んでいたが、ブルースが立ち上がる。つづいてジオがくの字に変形してしまった金属棒を、マングラーの亡骸から抜き取った。




彼らは部屋を出て1時間ほど、ビュシュー遺跡の手つかずのを出口を探して徘徊する。
全てが死んだかのように静かだった、サンゲやマングラーの気配も一切無い。しかし、今エリーの抱えるゾプチックを除いて、収穫になる物も何も無い。
そんな中、ようやく、一つの部屋が見えた。部屋には廊下から見えるのぞき窓が付いており、ブルースがそこから何かを見つけ、部屋に駆け込んだ。

それはコンピューターのようなものだった。ブルースはそのキーボードをガタガタと操作する。
「やった!電源は生きている!」
「なにやってんだ?」ジオとエリーは、このコンピューターという代物を始めて目に通す。

「フフフ、ダンジョンがまだ何らかの施設だった時のデーターが残ってたり、電源が動いていればダンジョンの電子ロックドアの解錠、などなどなどができる、シーカーの生活をより豊かにする素晴らしい快適コンピューターだ」
「もしかしてこの迷路の地図とかも?」
「ロンモチぃ!」 “もちろん”の意味であるようだ。
「てことはこの錆びたパイプの中みてぇなダンジョンからも出られるってことだな」
「ロンモチぃ!さてと俺のPDAにこのビュシュー遺跡の地図とか地図とか地図ばっかをダウンロードローラーだ!」ブルースのテンションは変だ、もはやウザったい。

しかし無理もない、ジオとエリーとちがって、この大男は酒とツマミだけ腹にいれて深夜からダンジョン彷徨っていたのだ、脱出の光明には理性を失う。
道具類を失っていたブルースだったが、携帯用の小型コンピューターはハードケースに収納し、レザージャケットの内側に縫いつけた袋に入れて持ち歩いていた。

彼らは部屋を物色し、他に収穫に値するものが無いと解ると、部屋を後にした。ブルースのPDAに遺跡の地図を映し出し、3人は早足で出口を目指す。
そしてその20分後、地図に描かれた出口につづくとされるエレベーターを発見した。

ゴンドラに入り、スイッチを押し、出口に向け上がる三人。
胸の鼓動が高鳴る彼らにとって、エレベーターの速度が倍は遅く感じ、振動も倍に感じた。

エレベーターの扉が開く、3人の眼前には暗い一本道の廊下がつづく。ジオとエリーの握ったライトが新たな道を照らす。
しかし、廊下の奥は、扉も無い行き止まりであった。

「ねぇ、地図、地図」
「いや、ここに出口があるはずだが……」ブルースはエリーに照らされたPDAで地図を見直すが、間違いなくここに出口がある筈なのだ。
「これは……土だ」ジオは壁に触れて言った。

出口は土でふさがれていた、数千年という時の流れは、カゼに運ばれた土ぼこりさえも、土壁を形成してしまったのだ。
しかし、この土は奇妙な事に、傾斜を形成せず、3人が壁と見まがう程に垂直な壁になってしまっている。他に何か原因があるだろうが、ソレを知る術は無い。

「掘るよ」
「馬鹿か……いや、やってみるか」
ジオは曲がった金属棒をツルハシのように、エリーとブルースは脛のプロテクターを外してスコップ代わりに土壁を掘る。

すると意外や、10分も経たない内に壁は崩れ去った。その先は、紛れも無いビュシュー遺跡からの出口であった。

光は差さしてこない、既に日が暮れている。だが外の新鮮な風が、3人を戦いから僅かながら癒した。

しかし、3人が出てきたそこは、断崖の絶壁であった。なんとビュシュー遺跡の外壁上部に出てきてしまったのだ。

「こりゃあ降りられそうにないな……」
「もう夜になっていたなんて……」
「……俺は胃が痛くなってきたよ」

ジオ、エリー、ブルースの三人は、疲労した体をその場に座り込ませ、ただただ、荒野を見つめるのであった。



[18040] violence-04 帰館(ボロモーテルにて)
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:ecaac828
Date: 2011/10/11 20:50


月は雲に覆われた。荒野には遮られぬ風が冷たく吹く。

ジオ、エリー、ブルースの3人は、あれから1時間近く、ビュシュー遺跡の外壁とつながった通路に居座っていた。ブルースの腕時計は19時を示している。
彼らがいる高さは4階相当、その上、外壁には、足場も無い上に、付着した土は思いのほか脆く、降りることは出来なかった。
体力面でも、安全面でも、これ以上のダンジョン探索は危険であったし、なにより入手したゾプチックを戦いで失う恐れがあった。
たとえ、腐りきったサンゲとの戦いであってもだ。
彼らは、外壁でひたすら、遺跡の側に人が通るのを待っていた。見知らぬ人の善意を頼るほかは無かった。

ジオとエリーは、救難信号の発生装置を購入さえしていた。だが、これは屋外で使用すれば、信号をキャッチした空族がハイエナの如く襲い掛かる可能性がある。
まして、ゾプチックを入手した3人は空族の格好の的である。
ジオとエリーがコレを購入した意図も、万に一つダンジョン内ではぐれた時の為の用心であった。

だが、ようやく、遺跡の前をトラックが通った。ジオとエリーはライトと、ブルースを加えて大声で合図を送った。
声だけではない、見えていようがいまいが、身振り手振り加えて、馬鹿騒ぎしてるように。
しかし、トラックは虚しく通り過ぎる。

「なんで無視するんじゃぁぁ!!」ブルースは後ろで暴れるような地団駄を踏む。
「車の形覚えたからね!」エリーは憎ったらしく言った。
「糞、もう少し辛抱するか・・・・・・」
一人、落ち着いた様子のジオは、壁にもたれ掛ってポケットから肉の缶詰と、十得プライヤーを取り出した。
「あんた頭おかしいんじゃないの?こんな時まで肉をしゃぶるなんて!」エリーは、ジオの変人じみたこの缶詰への偏愛ぶりにエリーはうんざりしている。

ジオが気に入っているこの四角い肉詰めの缶は、豚やネズミの屑肉に塩を加え、プレスされた物で決して上等な物ではないが、ジオは、コレが売っている町であれば、
一日に一缶空ける。そもそも、ジオはこの缶詰をポケットに常備しているのだ、現に彼の十得プライヤーの缶切りの歯は丸みを帯びている。

「ブルース、食わないか?うるせえのは無視して」ジオはエリーに顔を合わせず、ブルースに尋ねた。
「ああ、腹もへってきた。」
「まったく、何時買ったのよ・・・・・・」

グチグチ言うエリーの横で、ジオは十得プライヤーの缶きりで缶を開ける。続いてプライヤーで缶を少し広げて肉との間に隙間を作り、肉を缶から3cmほど出すと、十得プライヤーに付いているナイフで、缶からはみ出でた肉をスライスしてブルースに渡した。

「これ久しぶり食うけど、毎日食ってて塩辛くないのか?」
「それがいい。」
 男二人は、300gほどの肉をすぐに食べつくした。
「お前なんでこんな夜にもサングラスしてるんだ?」
「かっこいいだろ?」
「馬鹿じゃないのか?」
「そう言ってるがお前の彼女も昨日グラサンかけてたぞ?」
「……あれは馬鹿の標本だ」

とは言いつつもジオは内心このままサングラスは付けていてほしいと思っている。エリーの瞳の色の事で騒がれたくないからだ。
このブルースという男、とても信心深いようにはみえないのだが、あの荒んだネディアにも十字架を掲げる教会があった事をジオは思い出す。
当のエリーは、無視された挙句に馬鹿呼ばわりされ、完全に臍を曲げている。遺跡の外に脚を出してブラブラさせている。
いつもの彼女ならば、幾らかの仕返しをする所だが、やはり疲れ果て仕返しの方法も思いつかなかった。

それから30分後、未だ機嫌を直さないエリーを他所に、ジオはブルースにPDAを良く見せて貰っていた。
そこに、先ほど遺跡の前を通過したトラックが、はしごを持って戻ってきたのだ。

「やった!」エリーが第一声を上げる。
ジオとブルースも、遺跡の外に身を乗り出すように外の様子を見る。

トラックは塗装もそこそこに剥げたもので、相当年季が入ってる。
ハシゴは一本では足りない為か、荷台に何本か乗せており、それらを固定するためのロープも積まれている。
トラックが3人の眼下に停まると、野球帽を被り、無精ひげを生やした小汚い中年の男がトラックの窓から顔を出す。

「お客さん、一人3万zだからね。どちらまで?」運転手は図々しくも、大金を要求する。
「えん!客だと?金を取る気か?おい!」ジオが声を荒げて言った。
「帰るよ。」運転手はエンジンを吹かす。
「だぁあくそ!」ブルースはジオの横で悔しそうに言う。
「払うのか?払わないのか?」運転手は卑しい笑みを見せながら、

ジオもブルースも、悔しさを顔に滲ませていた。

しかし、エリーは飄々とした顔をして男を呼び止めるのだった。
「このデカイ人(ブルース)の家までお願い。案内するわ~。」
「おいエリー!」ジオは巻き舌気味にエリーに言った。

「あいよ。」
そう言うと運転手は、トラックから降りて、荷台から梯子を下ろし、作業灯を照らして即席の長梯子を組み立て始めた。

「3人だと9万zもだ!本当に馬鹿なのか?」ブルースは声が裏返りそうになりながらエリーに言う。
「ジオ、ブルース、先に降りて。」エリーはブルースの質問に答えようとしない。
それどころか、不敵な微笑みを顔に隠していた。
「……何考えてるんだ?」ジオはエリーが何かを企んでいると感じていた。
「教えないわよヴァーカ!」仕返しとばかりにエリーがジオに言った。
ブルースは、エリーが何も考えていないとも思い、不満そうな表情を見せていた。

「ジオ。あと、これ。」エリーはゾプチックをジオに差し出した。
「まかせたからね。」
「……」ジオはロープでゾプチック背中に巻きつけた。

そうして、梯子三本から出来上がった長梯子が彼らの目の前に掛った。
「はやく降りて来い。」トラックの運転手は偉そうに急かす。が、念の為にと、梯子の根元を支えてくれてはいた。
また、わざわざ作業灯で梯子を照らしてくれた。しかし、これは3人が妙な真似をしないようにと用心の為であった。

ブルース、さら先に、男二人組みが渋々と梯子を降りる。エリーはまだ通路に留まって居た。
梯子は、思いの他しっかりと紐で結ばれており、思ったほど揺れる事は無かった。
ブルースは梯子を下りながらジオに言った。
「しかしまぁ、これだけのゾプチックだ、9万の損失なんか目じゃないよな。なぁジオ?」

しかし、ジオにブルースの空元気の言葉は耳に入らない。
呆れた事にジオは、梯子の前に立っているエリーのスカートの中を覗こうとしていたのだ。

(もう少し……もう少し……)と、ジオは梯子を降りながら、首と、体を反らしていく。
「お、おい!重心を後ろにやるなひっくり返る!」ブルースは慌ててジオに注意を促す。
(見える!!)と、ジオが思った矢先、エリーは梯子の前から少し後退した。
「ッチ……」スカートが視界から消えたジオは舌打ちをした。
「なにやってんだこの馬鹿!気をつけろよ!」ブルースがジオのカカトを叩く。

エリーはというと、ジオが、自分のスカート中を覗こうとしていたことなど見透かしてワザと梯子の側に立っていたのだ。
「きゃははは、かわいい奴。」

その後すぐ、ジオとブルースは梯子を降りるとトラックの荷台に乗り込もうとした。

「おいおい、汚い尻乗せるのは金払ってからだ。」トラックの運転手が、2人言った。
「……ほらよ。今もってるのはコレだけだ」ジオは財布から3万zを男に手渡した。

運転手は金を数えると、満足そうに二人をトラックの荷台に乗せた。

「お嬢ちゃん、早くしな。」運転手は、再び梯子を支える。
だが、エリーは黙って、男を見下ろしている。
「お嬢ちゃん、どうした?」
「その……見ないでね。」エリーが声を発した。
「はい?」
「もう……イジワルしないでぇ~。」
「ああ、そうかそうか。ごめんね、目つぶっとくよ。」運転手は梯子を再び支える、薄目を開けてだ。
エリーはようやく梯子を降りだした。

「あの女、色仕掛けで安くするつもりか?」ブルースは隣に座るジオに言った。
「・・・・・・」ジオは、梯子を支えているトラックの運転手を睨んでいる。

トラックの運転手はエリーのスカートの中を覗き見ながら白々しく言う。
「もういいかい?」
「まだよ~」エリーはゆっくりと、梯子を降りていく。
「もういいかーい?」男は、ゆっくりと降りていくエリーの、影に包まれたスカートの中が、ライトに照らされていく様をじっくりと楽しんでいる。

「まだ。」
エリーが梯子中段付近に到達した時、トラックの運転手は再び「まだか?」と聞いた。

「もう少しよ~」
「そうかい、そうかい。」
やがて、エリーは梯子の三分の二を降り切ると、徐々に、エリーのスカートの中に光が当たろうとしていた、トラックの運転手の目は釘付けになっていた。

「まだかい?」
プロテクターのベルトが、エリーの白い腿に食い込んで見える。もう少し降りれば、エリーの下着は露になるだろう。
だが、エリーは梯子に掴まっている途中で、突如、「もういいよ!」と叫んだ。

トラックの運転手は驚いて薄目にしていた目を見開いた。エリーは間違いなくまだ梯子につかまっている。
故に「え?」と声を漏らしたその瞬間だ、トラックの運転手の後頭部が金属棒で叩かれた。

「修羅ぁぁ!」ジオは、トラックの持ち主がエリーの下半身を凝視していた隙に、背後に近づいてトラックの持ち主に金属棒の一撃をお見舞いしたのだ。

「ぬぁぁぁあああ!!」運転手はうめき声を上げながら、地面に崩れた。

「キャーハハハハハハ!!」
エリーは両腕で梯子にしっかりと掴まり、自ら梯子を倒し、トラックの荷台に直接着地した。

エリーの目の前でブルースは目を点にしていた。
「な、なにしてんだおい!!」
降りてきたエリーにも、衝撃で揺れる荷台にもそうだが、止める間もなく運転手を攻撃したジオにも、ブルースはひたすら仰天するばかりであった。

「車の運転できるか!?」ジオは運転手のズボンのポケットを探りながら、すっかり混乱しているブルースに言った。
「あ、ああ、解った!」ブルースはこう答え、トラックの運転席に移った。

ジオは運転手から3万zを奪い返して荷台に駆け足でもどる。

荷台で待っていたエリーが、戻ってきたジオの両肩に腕を回した。
「ナーイス!ご褒美にチューしちゃう!!」
「馬鹿!やめろ!!」ジオはエリーを突き放す。

「おい!車のカギは?」ブルースは運転席から荷台の二人に聞く。
「カギだと?」
「私とってくる!」

エリーは荷台から飛び降りて、気絶しているトラックの持ち主の体を探る。
エリーはそれれしき物をブルースに見せていく。
「これ?」
「いや、それはたぶん家のだ。」
「じゃあこれ?」
「それだ!」
エリーがその場を去ろうと駆け出したその時、意識を取り戻したトラックの持ち主がエリーの右足をつかむ。
「このアバズレ~~!!」

「あああ!エリー!」ブルースが運転席から叫ぶように言った。

だが、エリーは一切の躊躇なく左足で運転手の顔に蹴りを入れる。彼が手の力を緩めるまで何度も。
男が痛みに耐えかねてエリーの足首から手を離した。しかし、エリーはその後も延々と男を蹴りまくる。
「あんた如きが私から金を取るなんて身の程知らずもいい所よ!この無職童貞野郎がぁぁぁ!!!」
「ヒィ!ヒィ!ヒギィィィィィィ!!!」痛みの余り、運転手は目から涙を流しながら情けの無い声を上げる。

「あああ!おっさん!」ブルースが叫ぶように言った。
「おい!エリーいい加減、もどってこい!」ジオが、暴走するエリーに言った。
「え~」エリーは残念そうに言った。
「え~、じゃねぇ!早く!」

エリーは助手席に駆け込んで、ブルースに鍵を渡した。
すぐさまブルースはエンジンをかけ、トラックを動かす。

「ちくしょう!!」動き出すトラックを眼で追うトラックの持ち主。
エリーは、窓から顔を出してサングラスを外してトラックの持ち主に、自身の黄金眼を見せつけた。

「うう……」己をあざ笑う悪魔の目に、トラックの持ち主は言葉を失った。
「キャハハハハハハハハハハ!!」エリーは高笑いを上げる。

だが、エリーの高笑いが止まった。サングラスを落としてしまったのだ。
しかし、夜の上にブルースはサングラスをしてる。しばらくは問題ない。

「しっかし、本当にエゲツないな~お前ら。」と言いながら、ブルースはあっさりとサングラスを外してしまった。
「どうした!突然サングラス外して!」荷台からジオが怒鳴るように言った。
「い、いや、運転するには危ないじゃん。なに怒ってる?」ブルースはサングラスをダッシュボードに置いた。

「なぁエリー……あ!」ブルースはエリーに話かけた時、エリーの眼を見てしまった。
「ど、どうしたんだその眼。」ブルースはトラックを運転しながらエリーに聞いた。
「……生まれつきなの。」
「……へぇ~。不思議なもんだな~。」
「怖くないの?」
「生憎というか丁度というか……おれは信仰心というものが生まれつき皆無でね。ただ世間一般の、その……悪魔象とオーバーラップし過ぎてびっくりしただけだ。」
「……クールじゃねぇか。」ジオはほっと胸を撫で下ろした。
「言われるまでもない。」

ブルースはエリーの虹彩の事を深く気にする様子は無かった。ジオとエリーは、それが、とても、とても嬉しく思えた。
トラックはネディアの街に向けて荒野を走る。

「で、どうする?」ブルースが仕切りなおすように2人に問う。
「とりあえず俺らが泊まってるモーテルに行く。ゾプチックをそこに置いた後、トラックを適当に隠しに行く。」
「そうか、じゃあ今日は俺も泊るか。」
「えー?どうして?」と、エリー。
「ゾプチックを2人に任せたら持ってかれそうだ。」
「そんな理由で愛の巣に入ってくるの?」
「ブルース、こいつは無視しろ。解った、お前の言うとおりだ、今晩は一緒に居よう。その代わり、酒を買ってきてくれないか?」
「解った買ってくる。」
「ねぇ、あんたはいくつ?」エリーがブルースに問う。
「20。ちょっとは敬語使えよ~。」
「ところで、その・・・アゴ大丈夫?」エリーはビュシュー遺跡で誤って蹴ったブルースの顎を心配していた。
「ああ、そういえばもう殆ど痛くないわ。」
「んもぅ!ジオ!あんた何が、骨にひびが入ってる。よ!」心配の元になったジオのデタラメな診断に憤慨した。
「いちいちうるせぇ女だ……治ってるならいいじゃねぇか」




歓楽街の活気が、疲れ果てた3人の静寂を吹き飛ばす。

ブルースは、ジオとエリーを車に乗せて、昨日おとずれた行き着けの酒場で、酒を買いに来た。
ついでに、財布を返してもらう事に。
酒場にも昨日と同じく活気があった。
ブルースは酒を買うだけでなく、カウンターの前をウロウロしながら、いちいちポーズを変えて、昨夜から今日にかけての冒険を自慢していた。
表で待たせているジオとエリーの活躍を省略して。
「……っと言う訳でついに俺もゾプチックを手に入れたに到るわけよ。っと言うわけオヤジ、約束通り酒をおごらせてもらうぞ。持ち帰りで。」
「いや、マスターはそんな約束してないし、おごってもらうのに持ち帰るしヤリタイ放題だな君は。」女性店員が、呆れて聞いている店主の横で突っ込んだ。
「じゃあビールを瓶に詰めて6本と、ジンを一瓶を売ってくれ。」ブルースはカウンターの奥の棚を指差していった。

そこに、ブルースの背後から、妙に凄んだ男が近づいて来た。
「おい、兄ぃちゃん。えらく羽振がいいじゃねぇいか。」男はブルースの肩を叩いて言った。
「なんだおっさん、あんたはえらく機嫌が悪いな。」ブルースは振り向いて一言こう返すと、再び男に背を向けて酒を買うのを続けた。
「俺は神能会の木戸原だ。昨日、俺の兄弟を可愛がってくれたそうじゃねぇか。」
「ああ、あの3人なら……いいや、弱い奴のことはいちいち覚えていない。」ブルースは男に背中を向けたまま答えた。
「お前絶対覚えてるだろ!馬鹿にしやがって!」
男の手に握られたリボルバーが、ブルースの胃の裏を捉えた。
「え……お前、銃?」
「ただの銃じゃねぇ、お前の胃袋を狙っているのはよ、青酸カリを塗りたくった実弾銃だ。いくらお前がタフで、一発じゃ倒れなくても、これ食らったら結局死ぬぜ。」
「なんて物騒な真似しやがるんだ。」

異変に気が付いた店内はすっかりと静まり返ってしまった。
だが、ブルースは飄々としており、女性店員に到ってはブルースに頼まれた酒瓶を黙々と用意している。

「ついてこい!」
「弾の出ない銃で着いて行く奴はいないよ。」
「何!!?」

暴漢はハッと、手元を見た。握っている銃は、引き金に掛かった指を擦れ擦れに、トリガーガード、シリンダー、フレームが真っ直ぐに焼き切られていた。
切断面は鮮紅色を帯びる。銃身などは床に落ちていた。


 ジオとエリーは中での揉め事など知らずにブルースが戻ってくるのを待っていた。
「遅ぇなあ、なにやってんだ?」
「自慢ついでにボロでも出してるんじゃないの?」

だらだらと喋るジオとエリーに元に、「うわぁぁぁぁぁ!」と、男の低い悲鳴が酒場から響く。
ジオとエリーがそれを聞くやいなや、酒場から、全身に刺青を刺した素っ裸の男が走り出ていった。ブルースを襲った木戸原である。

ジオとエリーは声そろえて「ええ?」と唸った。
続いてブルースが酒の入った紙袋を抱えて店から出てきた。
「まったく、粋なモンモン隙間無く彫ってるわりにゃ隙が多すぎるってんだ」と、ブルースが車の運転席に戻る。
「お前がやったのか?」ジオがブルースに聞いた。
「ああ、昨日の3人組の敵討ちに来たらしいが、ビームブレードを使って服だけ切り飛ばしてやった。ベタな手だがな。」
「んな馬鹿な!」
「もしかしてホモ?」エリーは何気なく聞いた。
「いやいや!誤解!誤解!」ブルースはこれを全力で否定した。


その後、3人は真っ直ぐモーテルに向かい、間もなく着いた。
手に入れたゾプチックを部屋に運び込むと、3人は装備を解いて、玄関に置き、ジオとエリーは各々のベッドの上で脱力し、ブルースは部屋のソファーに腰をかけた。

「ふぅ……やっとこの暑苦しいブーツから開放される。」ジオは、黒いブーツの紐を緩める。

「つーかれたー。おなか減ったぁ。」エリーはベッドでうつ伏せになっている。
「そうだな、ピザでも頼むか。」エリーの独り言に答えるようにブルースが言った。
「ぴざ?」不思議そうに切り返すエリー。ジオとエリーはピザを知らない。
「ピザもしらねぇのか?世にもあんまりな田舎に生まれたもんだな。えー、そこの宿の案内にピザ屋の電話番号とかチラシがないか?」

ジオがベッドの横のエンドテーブルから、チラシの類をブルースに渡す。
ブルースが品物を決める『チーズツイストベーシックLL』。ピザを知らない二人にオーダーを伺っても無駄だろうと、ブルースは
すぐに部屋に備えてある電話で注文を済ませた。

「よし、これで30分後にはチーズたっぷりのピザが届くはずだ。」
「美味いのか?」ジオは意味も無く聞いた。
「まずいものは注文しないさ。」
「じゃあ、私シャワー浴びてくる」エリーはピザが届く前にシャワールームへ向かった。

ジオはベッドから立ち上がって紙袋の中に入っているビールと、部屋に備えてあるコップを取る。
ブルースはテレビのリモコンを探し始める。

ブルースがリモコンを探していると、青く細い糸のような物を、エリーの枕の上で見つけた。
ブルースはそれを拾い上げまじまじと見つめる。

「おい、エリーは髪の毛も青いのか?」
「えん?」ジオはビールを、コップに注いでいた。
「いや、その、エリーは眼も金色だが……」ブルースは言葉を詰まらせる。
「……ああ、生まれつきだ。おかげで故郷じゃ村八分だったよ。」ジオの声が沈んだ。普段よりも声はしわがれて聞こえる。
「お前たちが、故郷を離れた本当の理由はそれなのか?」ブルースはシャワーを浴びるエリーに聞こえない程度の声で聞いた。
「逃げ出してきた訳じゃないがな。あいつと、初めて会ったのはお互い九つの頃だった、その頃には、自分の面を見てビビル大人を笑ってた。
 色々と不便だが、あいつ自身は、下手すりゃ俺以上に自分の事を気にしちゃいねえな。俺が言わなきゃ髪だってそのままだろう。」
「スッゲー鮮明なビジョンが浮かぶわ。彼女らしいよ。」
「いいさ。髪は染めりゃ終いだ。目はサングラスなり、カラーコンタクト入れるなりすりゃいい。」
「たしかに、デッドラインでも、サンタリアは浸透した宗教だ。ただ、狂信的な信者は少ないが、それでも偏見の眼は恐ろしい。」
「ただ……できれば、髪も、眼も、あいつの好きなようにさせてやりたい。俺に気を使って染めてるんだろうからな。」

ジオがコップに注いだビールからは、泡が消えていた。




「ジオ~一緒に入るぅ?」シャワールームからエリーの声が聞こえる。
「一人でヤッてろ馬鹿が。」ジオは口汚く、罵るように返した。
「なーんて。もう上がってんのよ。」
エリーはそう言うと、この安モーテルのボロボロのバスローブを羽織って出てきた。
「オメェ服ぐらい着ろ。客もいんだぞ。」
ブルースは眼のやり場に困りながら、ふとTVのリモコンの事を思い出して再び探し始めた。
「だってもうあんなダサい格好耐えられないわよ。明日服を一緒あんたのも買いに行くわよ。」エリーはそう言いながらジオの隣に座った。
「俺はいい。」
「駄目。買え。」エリーはジオの肩に自分の肩を嬉しそうにぶつける。

二人が話している間にブルースは、リモコンを探すのは諦め、直接TVの電源を入れた。

「これ、エイガってやつ?」エリーがTV画面に反応を示す。ジオもTVに目を向ける。
「ああ……ドラマではないな。ま、これでピザ来るまで退屈はしないさね。」ブルースは再びソファーに腰掛ける

TV画面からは、どこかの都会で映画を見終えた3人の親子が映っている。
『お父さん!お母さん!』
親子は強盗に襲われ、両親は凶弾に倒れた。
『小僧、月夜に悪魔と踊った事はあるか?』
暴漢は、少年に銃口を向け、引きつったような笑いを見せる。

「なんのこっちゃ訳が解らん。途中で見るもんじゃねえな」と、ブルースは言いながらジオのTV番組への反応を伺う。

だがTVを見たジオの様子は明らかに変だった。額に汗を溜め、TVから目を逸らし、俯いて、目をしっかりと閉じていた。

「どうした?大丈夫か?凄い汗だぞ!?」ブルースはジオに言った。

エリーは急いでTVの電源を切った。
「大丈夫?」エリーはジオの頬を両手で包んで言った。

「ああ……大丈夫だよエリー……疲れただけだ、外の風に当たってくる。」蒼白とした顔でジオは部屋から出て行った。


「大丈夫じゃないぞあれは……」部屋の戸が閉じてからブルースは言った。
「……多分、今日色々とあったから疲れてるのよ」
ブルースはエリーが隠し事をしていると感じる。恐らくは、ジオの両親は映画のように殺されていて、それをエリーにだけ打ち明けているのではないかと。

ブルースは少しの間の沈黙を空けて切り出す。
「エリー……ジオは、両親を亡くしているのか?」
「……変な事は聞かないでちょうだい。」エリーはブルースを睨む。
「怒るか。悪かったよ。ただ、そうだったら、TVと合点がいくかな、って。」
「さっきの話、全部聞こえていたよ。」
「……」ブルースは沈黙で答えた。
「いいのよ。あいつは、話しても私が傷つかないように話してくれるわ。それに私自身、あいつの言う通り、この眼と、本当の髪の色に脅える人は心底滑稽に見えるわ。
そして、どこまでも脅えさせて苦しめてやりたい。でも、あいつは弱いの。あんなに強いのに、自分の過去にどうしても誇りを持てないの。本当に悲しいことだらけで。」
「……俺が悪かった。すまない。会ってから24時間ちょっとしか経ってない人間が軽々しく、人の過去に入ろうなどと……」
「……もういいのよ。」エリーは首を横に振りながら言った。



部屋から去ったジオは、モーテルフロントのソファーに座っていた。
ダンジョンの埃が払い切れていないシャツで、汗を拭った顔は、茶色く汚れていた。
小さなフロントにソファーは、ジオの座る一つしかない。ドアからの隙間風がジオには容易に感じられる。
客に無関心な店主は、僅かに禿げた白髪頭をジオに向けて受付テーブルに座ってボーっとTVを眺めている。
TVに映る、悪漢を倒す黒いコスチュームの男の活劇がジオにも見えた。

ツギハギだらけで、ガムテープの貼られたソファーは、柔らかいと言うよりも底が抜けそうな座り心地である。
疲労し、再び緊張した肉体には不快な物でしかなく、いっそ立ち上がるだろう。だが、ジオの思考は曇りきり、じっとTVに空虚な目を向けていた。

ジオが取り乱した原因は、ブルースが察した通りである。
ジオは9歳の時、父親を殺された。
ソファーに腰を沈めたジオのドス黒い瞳の裏では、その悲劇と、漠然とした幼少時の記憶が奔馬の如く駆け廻っていた---

ジオ・イニセンは、名も無い島にて生を受ける。
島は、他の陸の人間から発見されておらず、島に住まう人間は島という概念すら持っていない。
そのため、島の文化水準は極めて乏しい物であり暦と呼べる物はなく彼は自分の誕生日を今も解らないでいる。
現在、自身の年齢は15歳であると思っているが、一つ二つは前後しているかもしれない。

父は奇病に侵されており迫害を受け、ジオの両親は海辺の小屋に暮らしていた。
父、オデス・イニセンの病は癩病であった。
母、クムジャ・イニセンはジオを生んで1年の後に別の病でこの世を去った。ジオは母親の事を一片も覚えていない。

ジオの、父が殺されるまでの島での記憶は曖昧な物だ、しかしそれは島民への明確な憎悪へと繋がる。

ジオの幼年期は強烈ないじめの日々であった、外に出る限り、石をぶつけられ、棒で叩かれるのは毎日続き、肛門に異物を捻じ込まれ、泥や獣の糞を食わされる日もあった。
乳歯の殆どが生え変わる前に、折れてしまっていた。
そんないじめに耐える日々であったが、引きこもる事はできなかった。
父の癩病は悪化し、指の多くが消えていた。かろうじて罠を作って、小振りな魚を取ることぐらいしか出来なくなっていた。
ジオは、野草を採りに森へと入らねばあらなかった。
その度にいじめられ、野草を奪われ、森の奥まで代わりの野草を取りに行かねばならなかった。

だが、島の住民は栄養状態も良くなく、身長は8歳でせいぜい120cm、子供に混じるもおおよそ成人視される15歳で150cmほどのあったが、ジオは8歳で140cm、15歳で170cmと恐ろしく大柄に育つ。
森の奥に生える野草は栄養価を多く含んでいたのだ。そして、父オデスがせめてと数を多く獲った小振りな魚を骨ごと食した事が骨格の成長を促した。
また、他の子供には兄弟が多くいたが、ジオは一人っ子。十分な栄養を摂取していた。
さらに山菜を森の奥まで一人探し回った足は太く育ち、父の漁を手伝った腕は太かった。そして徐々に同年代からのいじめは無くなっていった。
しかし、ジオがいじめを克服する事はなかった。彼を虐げるのは同じ年齢の子供に限らず、子供に混じるも、おおよそ青年期とされる15歳にまで及んでいたのだ。
泣き叫ぶ日々は、間もなく少年の声帯を押しつぶし、ジオの声は今もしわがれたままだ。

ジオが9歳のある日―――彼がこの日の事は忘れることは一生ない―――
深夜、浜辺に大きな岩が落ちたような、そんな音がした。
父オデスはジオに「何があったから見てくるがお前は家にいろ」と、釘を刺し、ナタを短い指で握って様子を見に行った。

小屋から500mほど離れた浜辺に落ちたのは、岩などでは無く小型の飛空船であった。
この島に、ついに外界から来訪者が現れたのだ。
ジオの父、オデスは、生まれて初めてみた飛空船に圧倒された。そもそも、飛空船は小型あったが、そこまで大きな鉄の塊を目撃した事などないのだから。
そして間もなく、飛空船のハッチが開いた。中には肥え太った男が現れた。

その時、父の言いつけを破ったジオは、後から追って、岩陰からこっそりと、父の様子を覗き込んだ。そして、父が凶弾に倒れたのを目撃した。
酷く肥えた男が、倒れた父に、容赦無く銃弾を浴びせかけていた。
銃など解らなジオであったが、出血し、苦痛の叫びを上げる父親に姿を目の当たりにして、悲痛な叫びを上げて父親の元に走り出した。
肥えた男は、その様を見て逃げ去った。

ジオは、父を引きずるように、海辺の小屋へと連れて帰るのだった。
しかし、銃弾は父オデスの急所に留まり、夜が明ける前に、彼は事切れた。オデス・イニセンは33歳でジオを残して絶望の世から旅立った。
ジオにとって唯一人間であった父を殺された事で、ジオの心は常人の到達できる限界を超えた怒りと悲しみに支配され、挙句に破壊された。

この翌日、ジオの父オデスを殺した男は、ケーンを名乗り、集落にてゾプチックシステムによる電球の点灯、電熱による湯の沸騰などを披露した。
あまつさえ、自身は神の使いを称し、その力が科学のものでなく、神通力の類だと言い放った。
島の人々は、眼前に繰り広げられる文明の益を、肥え太った男にしかできない物だと信じ込み、彼を神の使いとして崇拝するようになってしまった。
さらに、ケーンは教典のようなものまで、用意していた。
この教典は、サンタリアの聖書を悉く真似て作られたものであり、内容はケーンを崇めるよう、書き改められていた。

ケーンは、単身でこの島を偶然発見し、自身が神の使いとして君臨する事を事前に計画し、実行に移したのだった。
飛空船を処分するという徹底ぶりである。
つまるところオデスが殺されたのは、ケーンが自身を神格化するという身勝手な理由であった。
ジオが殺されなかったのは、ケーンが、あの夜のジオを獣と勘違いして慌てて逃げ出したのだった。

やがて、ジオは、ケーンが建てた教会に孤児として招かれた。
父の仇によって衣食住を与えられ生き長らえる生活。強烈な罪悪感と自己嫌悪が9歳の少年の破壊された心を崩壊寸前まで追いやった。
食事を取るも、少年は日に日にやつれていき、目には生気が失われていった。
魂はとうに滅びているのに、強靭極まる肉体だけが地獄の如き現世に執着しつづけたのだ。

秋の終わり、島は南方に位置しておりこの時期でも寒いことは無かった。
殆ど白痴と化していたジオは、この日、リスを追って、フラフラと曖昧な意思のまま森へと入っていった。
奥へ、奥へ、夏のあの日から入ることの無かった森の奥へと。

そして少年は、悪魔の相を持つ少女と出会った。

吸い込まれそうな瞳と、肩まで伸びた柔らかそうな髪、透き通るような白い肌、
そして華奢な体から発せられた少年を警戒する声、少女の全てが、死んでいた少年の魂を高鳴らせた。

ジオがはっきりした記憶を持つのは、この時からの事である。




突然、モーテルの店主が、履いていたスリッパで壁を叩いた。その音がジオの意思を現在に引き戻す。

店主はゴキブリを叩き潰したのだ。
店主は、汚れたスリッパを洗いに席を外した。

ジオはふと思った、この潰されたゴキブリにも親や子が居るんだよな。と。
しかし、間もなく思い直した、なぜ、お父さんは虫けらのように殺されねばならなかった、父さんは醜くても人間だった、俺と比べりゃ綺麗な人間だったのに。

やがてジオは座り心地の悪いソファーで拗ねるのがバカらしくなって、部屋に戻る決心をした。
店主の戻らぬ内にモーテルのフロントから去る、コンクリートの廊下を渡って、角にある自室へと向かう。
もう十歩で部屋の前に着く頃、部屋からエリーが出てきた。ジオを心配して様子を見に出た所である。

「おい、そんな格好で歩きまわるな。」と、ジオ。エリーはまだボロボロのバスローブ姿であった。
二人は歩み寄る。
「大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ。」
いつものしわがれたジオの声に、エリーは微笑みで答える。

「ブルースには失礼だったな。」
「気にして無いよ、今日は皆疲れてるし、それに大金もゲットして……その、めまいぐらい起こすわよ。」
「ああ、疲れてる。だからさっきまで馬鹿な事考えてたよ。」
「島の事?」
「ああ、親父の事、そしてケーンの事。」
「悲しくないの?本当に大丈夫?」
「ガキの頃の話だ。今でもガキだが、もう6年も経った。悲しいと言うより懐かしい。戻ろうとは思わんが。」
「そうね……私たちが出会ったのも6年前か……」
「あん頃は可愛かったのに、なんでこんなキチガイになっちまったんだ?お前。」
「でも今の私の方が好きでしょ?」
「アホぬかせ。」
ジオはエリーの横を通って部屋に向かう。エリーはグチグチ言いながらそれに付いて行く。

「エリー……」ジオはドアの前で、エリーに背を向けたまま言った。
「なによ?」エリーはふてくされて答えた。
「いつも、ありがとう……」ジオはドアを開け部屋に入る。
エリーは、突然のジオの感謝の言葉に、嬉しいやら、驚くやらできょとんとした。

部屋にはピザが既に届いていた。ブルースは椅子に座ってジオが戻るのをじっと待っていた。

「おう!食うか!」ブルースはジオの過去には触れまいと明るく振舞った。
「飲もう。」ジオも、先ほどの事に触れまいと、彼の誘いを改めて受けるのだった。

ジオはエリーの隣に座り、共にピザを一切れ口に入れた。

「うめぇぇぇぇぇええ!!」「おいっしーーー!!」二人は初めて食べたビザを絶賛する。
「だろ。流石ザ・俺のお勧めだから当然だ。」
「勧めただけでそんなに自慢しないでよ。」エリーは笑って言った。

ジオは黙々と酒を飲みピザを食べていたが、徐々に喋りだしていった。
3人は、時計を見るのも忘れ、飲み食い喋る。終には各々が、気絶したかの様に床へ付いていった。
最初にジオ、次いでエリー、残ったブルースはゾプチックを抱えて「盗んじまうぞ~」とふざけながら夢の中へ。
見ている方が気分の悪くなるような酒量であったが、3人は安らぎの笑みを、紅潮した寝顔に浮かべていた。

翌朝、最初に起きたのはブルースだった。
彼は、ゾプチックのケースを抱えて床で寝ていた。どうせ巨体がベッドに収まらなかったのだろう、と寝そべったまま思う。
エリーに蹴飛ばされた顎の痛みは消えていたが、抜けた奥歯の痕がキリキリと痛む。
ブルースは視線を、友のほうに向ける。すると、途中でエリーが身に着けていたバスローブが床に落ちているのが見えた。
次いでベッドの方を見る。ベッドは二つあったのだが、片方のベッドには、人のいる膨らみがない。
ブルースは慌てて、もう一つのベッドに目を移す。そこにはジオとエリーが一緒に寝ていた。「え?」ブルースは声を漏らした。
エリーがその小さな声に気づいて目を覚ました。エリーはブルースと目を合わせる。「うわ!」これが彼女の第一声であった。
眠っているジオは服を着ていたのだが、エリーは布団を被るものの裸であった。
この状態を見れば夜伽を過ごしたとも思えるが、酔っ払った二人にそれが出来たのかは定かではない。
エリーがローブを脱いでふざけただけなのかもしれない。いずれにしろ、昨晩の事など、3人の酔った脳には一切の記憶が無い。
故に、ブルースとエリーは、眼を合わせたまま、三秒ほど硬直した。
そしてエリーは、ジオを起こさないように、裸の体に布団を巻いて隣のベッドの移った。
ブルースと再び目が合うと、目を大きくして「何も無い。」と言わんばかりに首を横に振った。
そしてブルースは床で、エリーはベッドで、ジオが起きるまで寝たふりを続けた。



[18040] violence-05 ポイント.44
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:ecaac828
Date: 2011/10/11 20:51
午後一時、ジオとエリーそしてブルースは、昨日訪れたバゴス通りのジャンク屋で収穫したゾプチックを取引に向かった。
3人は、二日酔いで朝食を取っておらず、正午を過ぎてようやく本調子を取り戻した。ちなみにジオは昨日の事は全く記憶になく、エリーとブルースは真実を解らないままでいる。
ゾプチックは、ジオとエリーがレベネ島から奪ってきたコンテナケースの中にしまって運んでいる。
ブルースは余裕綽々としているが、ジオは目を尖らせ、エリーはサングラス越しに周囲を警戒している。市場でも、交差点でも、街行く人々が盗人にしか見えていない。
二人が警戒した甲斐があってか、3人は無事にジャンク屋に到着できた。
しかし、思わぬ誤算が発生した。鉄格子の入ったガラス扉越しに、3人には店内の様子が見えたのだが、昨晩ブルースを襲った木戸原、そして一昨日にジオとエリーひと悶着起こしたゴロツキの合計4名が居た。

「なんでだよ……下痢糞ども……」ジオは苦虫を噛み潰したような顔をして言い放った。
「私達を殺しに武器でも買いに来たの?」冗談半分でエリーは言った。
「いや、あいつら、神能会ってヤクザの連中だ。ここいらの用心棒みたいな事をやってるんだ。糞!」

ブルースの言うように、この周囲の治安は悪いが、町で結成された自警団と、神能会による暴力によって一応の発展が確保されていた。
また、神能会はジェンガ大陸南部のゾプチックの流通に絶大な発言力を有している。
よって、4人がゾプチクの取引を行うことが有るジャンク屋にいるのはむしろ珍しい事ではないのだ。
ジオとエリーが昨日訪れた時、4人は、報復の為にブルースを探し回っていた。
ブルースはジャンク屋に行った事があるのは、丁度一月前、この地に降りてシーカーの準備を整えた一回だけで、4人の顔を覚えないでいたのだ。

「やくざ?マフィアの事?」エリーがブルースに聞く。
「みたいなもんだが、ちょっと違う。思想的に明らかにヤバイつーか、クルクルパーピープー連中だ。」
「ヤバイってのは?」と、ジオ。
「自分達を侠客……つまり、ヒーローと思い込んでやがる。」
「CUCKOO……」エリーは人差し指でこめかみに円を描く。

店先でうかうかしている内に、店の4人が、ジオたちに気付いて表に出てきた。
4人とも険しい表情を見せている。ジオもそれに答えるように眼光を鋭くするが、エリーとブルースはあくまで余裕の表情を見せている。

「中はゾプチックだろ?それ売るんだったらさっさと入りな。」木戸原の開口一番は意外な言葉だった。
「何企んでやがる?」ジオは声を凄ませて言った。
「なにもしやしねぇよ。こっちだって商売だ、昨日の事は水に流そうぜ、ただ他言はしないでくれよ。」
木戸原以下4名は、眉間に皺を寄せている。が、怒りからではなく、面倒な客をさっさと帰したい、そんな表情だ。
「あんたらには勝てねぇからよ、なんなら店の外にいるよ。」木戸原は異様なまでに下手に出る。
ジオは歯を剥き出して4人を睨みつける。ブルースは余裕の表情を崩さないが、4人に警戒する。
そんな中で、エリーが一番に店の扉に手をかけた。

「キャハ、カッコいいじゃん。」エリーはサングラスをずらして4人をからかうと、店の中へと入っていった。
異形のものともいえる金色眼に、4人は絶句する。
ジオ、ブルースはゴロツキ4人に警戒しながらエリーにつづいてコンテナを抱えて、店の中へと入っていった。

4人は、ジオたちが店の中に消えていくと、口の栓を開けた。
「あいつが空賊スコルピオンの切込隊長だったとはな……」
「俺たちだけでどうこうできる相手じゃないっすよ。連中とは揉めないで、さっさと帰ってもらおうぜ。」
「若にはどうやって切り出します?」
「勝偉さんはもう会長だ、若っていうな。」
「会長ねぇ、あれはお屋形さま気取って、何考えてるのか解ったもんじゃねぇ。」木戸原は呟くようにいった。

ジオたちは、店に入ると、昨日案内された武器コーナーよりも奥にあるゾプチックを取引する部屋に案内された。
扉は鉄製で、鍵が3つもつけられている。
中に入ると、客用のソファーとテーブルが中心に、その近くにゾプチックを計量する為の天秤を乗せた台があり、また、ゾプチックを圧縮するための機械と透明のケースが目に付いた。
遠くからではダイヤルの読めない壁付けの金庫、監視カメラ、他防犯設備も整っている。
部屋の中を珍しがる3人に店主は、「俺の寝ぐらよりも広くて豪華だ。」と、事実を冗談めかして言った。
結局、3人は今一落ち着く事ができず、確認を含めてゾプチックの計量を覗かせて貰った。
「経験則から言うと、6リットルぐらいかな?」店主はコンテナから無色透明のゾプチックケースを持ち上げて言った。
「端数は俺たちが使うからよろしく。」ブルースは一声、店主にかけておいた。

ケースの重さを差し引いて、ゾプチックの重さは約12.74kg、6.37リットルであった。(*ゾプチックの比重は水の丁度二倍)

「端数除いて、500万zで買い取らせてもらうよ」ゾプチックの計量を終えた店主が3人にいった。
「3人いるんだ、平等に分けたいから600万zにしてくれ。」ジオは大胆にも100万zもの増額を提案した。エリーは慣れた物でブルースは、ジオの大胆な発言の驚いていしまう。
「他じゃ400万もださねぇぞ!」店主は声を大にして言った。
「それはここいらのジャンク屋に限った話だろ。北のキャピタルに行って飛空船の造船場まで行けたら700万zで買い取ってくれる。」ブルースは驚きながらもこう切り返した。
「生憎、今すぐ現ナマが必要って訳じゃないし。」エリーが続いて言った。
「ビュシューをもう一度探索してコツコツためるか?」と、ジオ。
「わかった!510万zでどうだ!」
「俺は二桁の割り算ができないんだよ。」ジオは本気で言っている。
「アホぬかせ!540万!これ以上は狂気の沙汰だ!」
「解った!解った!それでいい。」ブルースがこの商談を纏めた。

店主はゾプチックを金庫に入れ、同じ金庫から、540万zの札束と0.37リットルのゾプチックを持ち出して、それぞれ三等分にして3人に差し出した。

ジオは言葉とは裏腹に、540万zの内、半分の270万zずつに分ける。
「ブルースが居なかったら俺たちは、マングラー相手に手も足も出なかった。今回は二等分にするべきだ。」
「いや、俺は店長に恨まれたくないから3等分で。」
「いいのか?」
「実際、君らに助けられていなかったら俺のほうがヤバかった。」
「じゃあ、360万zを俺らが貰う。いいな。」ジオは念を押す。
「何度も言うな、クールじゃねぇぞ。」
「でも、一応……コレで病院に行ってみて。歯の事もあるし。」
エリーは、二人の取り分360万zの内、ブルース10万zほどの金を渡す。やはり、自分が蹴った顎と、取れた歯を心配していた。

「いや、いいよ。多分治ってるからさ。」
「いいから貰え。命令。ジオ、」
「なんで俺に振るんだ?……奥歯に差し歯作ってもらったらどうだ?」
「ん~、分かった。釣りは今度返す。」ブルースは金を受け取った。
「お大事に。」エリーは笑顔で答えた。
「じゃあな!また稼ぎに出るときは言ってくれ!今度は二等分だぜ!」
「おう、今度寄らせてもらうぜ」
「バイバイ」
ジオとエリーも別れを告げると、ブルースは部屋を出て木戸原たちを尻目にジャンク屋を去った。

店主はジャンク屋に残ったジオとエリーに話しかける。
「ちょっと……いいかい?」
「えん?」
「あんたら初めての探検であのサイズを手に入れるとは、大したもんだよ。それを見込んでコッソリ凄い物を売ってやるよ。」
「ああ、丁度買い物していく予定だ。」
「そうそう、私のライフルも壊れちゃったし」
「何時からお前のだったよ。」

店主は金庫をもう一度空けると、ジェラルミン製のケースを2つ取り出す。
そして、ジオとエリーの眼前で、2つのジェラルミンケースの蓋が開いた。
中には、銀色に輝くボディと黒い樹脂のグリップを持つ、大型のレーザーピストルが一丁づつ異様な存在感を誇っていた。

「わぁーお……」
「なんだこの銃は……」
ジオとエリーは、その銃に感動してしまった。

「こいつは……44レーザーマグってんだ」

 レーザーガンの成り立ちは、人間とマングラーの戦いを背景としている。
 マングラーは総じて金属製であり、これに実弾を用いてもマングラーの体を貫く可能性が低い事は元より、跳弾する可能性のほうが高く非常に危険である。
 その中で、遺跡から発見された熱線銃を修復改良、超高温のゾプチックを打ち出す事で、マングラーの金属の肉体を溶解し貫通させるようになった。
 これが、レーザーガンの成り立ちであり、レーザーや光弾はあくまで呼称であり実際は、超高熱のゾプチックを射出する熱線銃である。
 基本原理は、銅のフィルターを通した赤いゾプチックを加熱用ゾプチックシステムにて加熱する、加熱されたゾプチックは熱に比例して膨張し続け、やがて銃身から弾ける。
 ゾプチックの膨張は凄まじく、1ccほどの微量でも多すぎるぐらいであり、平均的な性能の拳銃大のレーザーガンでは、ゾプチック1ccから25発の熱光線を放つ事ができる。
 加熱用ゾプチックシステムの動力源にもゾプチックが用いられるが、こちらは銀のフィルターを使った青いゾプチックからの電力エネルギーとなり、こちらも25発の熱光線を
 作るのに1ccのゾプチックを必要とする。
 ここで合計2ccのゾプチックが必要となり、一発あたりのコストは平均80zとなる。一般的な拳銃の弾丸と比較して約2倍に跳ね上がるが、マングラーとの戦いを考慮しなければ
 ならないシーカーや、飛空船同士の戦闘を行う空賊の間では、非常にポピュラーな武器となっている。また、通常グリップ部分に込める事ができるゾプチックは少なくても20cc以上、
 圧縮したゾプチックに対応できるものならば、100ccにもなり、250~1250発と大量の弾を発砲できる。無論、熱の問題があり実際には100連発もできないが。
 また、ゾプチック熱線に、ゾプチックの電気エネルギーを別系統から荷電し帯電させる事で破壊力を増す事ができ、こちらは機構的に大型化する為に、レーザーライフルとして採用する場合が多い。

 44レーザーマグは、特に大型で堅牢なマングラーとの遭遇を考慮した、比類なき破壊力を誇る熱線銃である。
 加熱したゾプチックを三層に隔てつつ、膨張状態をさらに加圧して射出する事で熱線はゾプチックの消滅則の音速寸前まで高まる。さらに、熱線は対象に衝突後、一層目が対象表面にて、炸裂し、
 二層目が、対象内部を焼き尽くす、二層目の力が弱まっていくと、最後の芯となる三層目が、内部にて炸裂する。これにより、一撃でマングラーに致命傷を与える事が可能となった。
 しかし、生成できる熱線はゾプチック2ccから5発と相当少ない。一発あたり400zと非経済的であり、サンゲを相手に使用しようものならば破産しかねない上に、貴重なゾプチックの無駄というものである。
 機構がメンテナンスが難しく、また、他のレーザーパーツとの互換性に乏しく、カスタマイズや修理や困難となっている。
 なお、名称は「実弾のマグナム火薬のように強力」とマグナム銃に肖った物である。(マグナムの単語は旧暦世界から“強力な弾丸”という意味で生き残った。)
 新暦世界では、銃の口径はミリ単位で表記されるのが常だが、この44レーザーマグは、極限まで破壊力を追い求めた結果、超高温・高圧のゾプチックに耐えうる口径が偶然11.176mmの0.44インチとなった。
 そこで、呼び易くゾロ目であったインチ表記での44を名前の頭に付ける事となった。 

 そしてその外観、近い口径の11mmマグナム銃と同じく巨大な拳銃で、銃口の先から、撃鉄まで30cm近くある。しかし重量は1660kgと意外と軽い(無論、他の拳銃の倍以上はあるのだが)
 だがグリップはその割に細く、やや大きめの角度が入って本体に続いている。
 銃身は細く、加圧に生じるエネルギーと、排熱の為のスライド部分と分断した構造となっている。

「そんなスゲェ武器、なんで隠してる?」ジオは店主に尋ねた。
「ビトー共和国では危険武器に指定されてる。他にも強力すぎて遺跡に傷をつける恐れがあるから考古学会から使用禁止命令。
 人間に対しても殺傷能力の高いと、シーカーギルドからの使用禁止命令で製造販売が中止された。同じ威力なら、レーザーライフルで事足りるという訳だ。」
「なぜ今になって俺に売る。」
「ここがビトー共和国領内に入ったら俺は逮捕される。」
「そんなものを一体いくらで売ってくれる?」
「1丁40万z。」
「……一応、試し撃ちをさせてくれ。買う気は失せたがな」

ジオとエリーは、店裏の簡素な射撃練習場に案内された。トタンの屋根にむき出しの木製の柱があり、裏路地に勝手に作った物のようで、丁度二人が並んで練習する程度のスペースしかない。
ジオとエリーは店主から一通りの説明を受けて銃を渡された。

ジオはその銃を握った瞬間、異様な高揚感を覚えた。
「おいエリー!凄いぞ!この銃は素晴らしい!グリップのサイズ、形状共に俺と相性が良すぎる!そしてこの程よい重さ、チンピラどもから奪ったバスターと違い違和感がまるで無い!」
「へー……」エリーの前でも、ジオが此処まではしゃぐのは珍しい。
エリーももう一丁を握ってみるが、ジオのように握った瞬間に躁状態になるよう事など、当然有り得ない。むしろ彼女にはグリップからしてこの銃は大きい。

店主は柱に掛けられた、電源のレバーを上げた。レバーからは火花が上がる。
すると、奥の壁の中心から、黄色い放射状の光が壁全体に広がる。

「バリアを応用した的だ、どんな威力だろうがゾプチック系の武器で壁を傷つけることは無い、バンバンやってくれ。」

そういわれるとジオは、両手でレーザーマグを構えてバリア云々と謳う的を狙う。
間もなくジオは引き金を絞るように引いた。
鉄の板をトンカチで叩いたような発砲音と共に、スライドが後退し排熱を行う。そしてスライドの戻るその様は、自動拳銃のブローバック動作に似ている。
圧縮された熱線は白くまぶしい輝きを見せ、一直線に壁に進む。間もなくバリアぶつかり相殺された。
すると、ジオの手前にあった電光板が点灯した。

「37点。初めてその銃の反動でならイイ線いってるよ。」
店主は電光板から映し出された得点を読んだ。ジオはそれを聞くと黙々と一発一発に狙いを定めて練習に励む。
エリーもジオの横で、もう一丁を試しに撃ってみた。が、熱線が放たれると、エリーが真っ直ぐに構えていた銃は天井を向いていた。エリーは目を白黒させる。
そして、エリーの側の電光板には3点というこの際滑稽な結果が映し出されていた。

「凄い反動。良くこんなの撃てるわね?」
エリーは、ジオに感心するような呆れるような口調で言った。
ジオはエリーの事など無視して練習に打ち込む。点数は徐々に修正され、50点をたたき出す。

「おっちゃん。私にもなにかいい武器無い?」
「練習したらどうだい?あの銃じゃ不満か?」
「無理無理。」
「それなら……」
店主は店の武器コーナーから、折りたたみのストックを持つライフルから、銃身を切り落としたような銃を持ってきた。

「こいつは、レーザーを拡散して打ち出す、所謂レーザーショットガンって奴だ。チューニングにもよるが、5発に10発、20発、30発まで拡散できる。もちろん単発もありだ。」
「一回撃つのに、なんccのゾプチックを使うの?」
「んま、それもチューニングにもよるが、今のデフォルトの状態だと、0.2cc。あくまで拡散だから同時発射される弾数で量は左右されないよ、一発分の威力は下がるがね。」
「一発、200zか……」
「本体は20万zだ。」

それを聞くとジオは射撃を止めた。
「コレよりも安いのか?」
「通常のレーザーライフルをちょっと弄っただけの武器だからね。そんなに変わりは無いんだよ。」

エリーはレーザーショットガンを受け取って的に撃った。

10発に設定した光弾が的に当たると、光の波が壁中に不揃いに広がった。
電光板には「ERROR」と表示される
「ヘヘ……」ジオは意味も無くエリーを嘲笑う
「……練習もなにもあったもんじゃないわね。」エリーそういって部屋後方のベンチに座る。
ジオが練習を再開した。

ジオのスコアが徐々に伸びていく、いつの間にか店主はいなくなって商いを再開していた。

「ジオ~、そろそろ服買いに行こうよ~。」
「後でな。」
エリーの呼びかけにソレとしか答えず、その後も15分ほどジオは練習を続けた。
エリーはその内にベンチで不貞寝してしまった。

「悪いがそろそろ出てってくれるか?撃ってるゾプチックだってサービスでやってるんじゃないぞ?」店主がカウンターから呼びかけた。
「ああ、もう手が疲れてきた。」ジオはそう言うとカウンターまでやってきた。
「結局何点までいった?」
「65点。」
「いい筋だな、買ってくれたら毎日練習していいぞ。」
「あんた必死だな。」
「買うのか買わないのか?」
「買うよ。二丁ともな。」
「二丁拳銃なんかやめとけ、そう上手くできん。」
「いや、リロード時間が思ったよりも長い。二丁でないと圧倒は無理だ。そもそも、ジックリ狙うような銃じゃないし、あんたも二丁ともなくなったら、いつもニコニコ商売できるだろ?」
「そこまで言うならもう止めんよ……返品は無理だぞ。」
「あと、サンゲ用に、安上がりなのが欲しい」ジオは店主に銃選びを相談する。

ジオがは、昨日も訪れたフェンスに仕切られた武器コーナーで、サンゲ用の銃を選ぶ。

「サンゲ相手なら、鉛の弾頭が一番だ、安いし、一発で脳みそを潰せる。」
「そして、ソレが主力になる。レーザーばかりじゃすぐ破産だ。」
「とりあえず、カービンライフルがベストだ。」
店主はそう言うと、木製のストックの付いた小銃をジオに持たせた。それは旧暦世界のAKライフルの子孫である。
「でも、ちょっと大きくないか……」
「馬鹿言え。あの大男にしてもコレぐらいのライフル持ってないとマトモにシーカーなんかやってられないぞ。」
「昨日は、あの金属棒で、連中の頭を潰しまくってた。」
「だが、無くしたレーザーライフルだって活躍したろ?」
「……言われてみればそうだ。」
「まあ、さっきのレーザーショットガンを買うなら、もうちょっと小振りなのでも問題は無いだろう。」
「兎に角安いの頼む」
ジオがそう言うと、店主は一丁のライフルを棚から取り出す。
「プレスで量産された、シーカー向けのブルパップライフルだ。」

ジオが渡されたこのライフルは、ストック内部に銃の機関を込めた物で、店内のライフルの中では二周りほど小さく纏まっていた。
銃の名はPCR-Mk4、「プレス量産のコンパクトなライフル」の意を持ち、シーカー向けに製造された比較的安価な自動小銃である。
使用弾薬は7×50mmライフル弾。有効射程距離は100mと短いが、屋内でのサンゲとの戦いには十分ですぎる性能である。
Mk4は3度目の改良が加えられた際に付けられ、以前のモデルは既に生産されていない。
ブルパップ方式の宿命として、硝煙が顔面付近に排出されるという欠点がある。これで視界を奪われる事もある。
ただし、薬莢はストック下部へ排出するよう工夫しつつ、ストック内部にゆとりを作っているので、排莢時のトラブルを抑えている。

「……悪くねぇ。」
「何言ってやがる。一人前のシーカーは、自分で部品集めて小銃の一個作るもんだ。」どうにも店主はこの銃を気に入っていない様子だ。
「生憎俺らは半人前だよ」
「……それにするのか?」
「ああ。あと拳銃が欲しい。俺とエリーの」
「ならリボルバーだな。ガキでも手入れできる。」
「9mmは女でも撃てるか?」
「これからシーカーやってくなら、すぐに慣れる。」

最終的にレジカウンターには、二つのジュラルミンケース、ブルバップ式ライフル、レーザーショットガン、二丁のリボルバー、4つのホルスター、そしてライフル弾120発、9mm弾36発もの銃弾が並べられた。

「なぁ、まとめて100万で頼むよ。」ジオは合計120万z近くの商品を、又しても大幅に値切ろうとする。
「……いいだろう。」と、店主は値切りを快く承諾した。
「さっきと違って景気がいいな。」
「副業だが武器商の端くれだ、雑魚に売ってダンジョンに埋もれたり、馬鹿が気まぐれ買って、また新しい武器を買うのに売られた時は虚しい。いい武器ならなおさらだ。
 でも、あんたみたいに適当な実力の奴が、いい武器で長生きすりゃ、最高の商売だ。まぁ男のロマンってやつだ。」
「あんたの道楽に付き合うつもりは無い。」ジオはそういいながら、先ほど受け取ったばかりの100万zを数える。

大量の銃を、ゾプチックを運んだコンテナに詰めると「おい、エリー」と、ジオはエリーを呼ぶ。しかし、エリーから返事はない。
ジオは、射撃練習場に戻る。
エリーはずっと練習場のベンチで眠っていた。最初は不貞寝だったが、昨日の探索の疲れだろう、ぐっすりと眠っている。
ジオはエリーの頬に優しく触れた。
ゆっくりと、額まで指を這わせる。エリーの寝息が、ジオの手に感じられた。
そして、額から髪の毛を撫でる。
うっすらと青いエリーの黒髪は、元々、生まれつき青い髪を黒く染めた物だ。
ジオはこの一年、彼女の髪を黒く染める度に苛立ちを覚えた。
最初に染めたのは、島を出る時だった。島の中で、髪の毛を染める方法を発見できたのは良かったが、その毛染薬の量は、エリーの美しく長い髪を染め切れる量は無かった。
だが、彼女は自らの意思で髪を切り落とした。それが、現在のショートカットの所以である。
彼女は、すぐにショートカット慣れたのだが、ジオは未だに罪悪感を持っている。そして美しい青い髪を汚さねばならない度に、自身の無力さを痛感した。
何故に、彼女がこの悪魔の相を持って生まれたのかは定かではない。
しかし、ジオにとって彼女の全ては掛替えも無く愛しく美しい物だ。彼はエリーを心の底では溺愛している。
今、エリーの髪を撫でるジオの目には薄っすらと涙が溜まっていた。

「……ん?」エリーは目を覚ます。
ジオは慌ててエリーの頭から手を放す。

「むにゃぁ……ジオ……?」
エリーは、寝起きのはっきりとしない意識の中に、仄かに残るジオのぬくもりに戸惑った。

「……服、買いに行くぞ。」ジオはエリーに背を向けてコンテナボックスの右片方を左手で持ち上げた。
「うん!」エリーは元気な返事で返すとコンテナボックスのもう片方に飛びついた。


7月29日 午後3時頃

ネディアから北の荒野、大きな一枚岩の上で、ジオとブルースが、ザンゲ相手に銃の練習をしている。
地面を叩いておびき寄せたサンゲの数は5体。ノロノロと彼らに向かっている。
ジオは、ブルースと工務店で偶然出会って、腰に下げていた44レーザーマグの事を聞かれて試し撃ちをさせていた。
ブルースが44レーザーマグの引き金を引いたが、三層光弾は目標のサンゲを大きく反れて地面で炸裂した。
乾いた土が、ガラスのような物を形成する。

「意外と下手だな。」ジオは言った。
「ん~、銃が苦手でな、ザ・俺は。」ブルースは頭をかく。

ジオは、もう一丁の44レーザーマグを両手で構えて、ブルースが仕留め損ねたサンゲの頭頂部にアイアンサイトを重ねる。
ジオは乾いた唇を、舌で濡らす。

「獲物を前に舌なめずりは、三流のやることだぞ」ブルースはニヤついて言った。
「獲物?アホぬかせ、ありゃあ射撃の的だ」

ジオが軽く引き金を引くと、金属を叩いたような独特の発砲音と三層光弾がマグから放たれ、白い閃光は瞬きをさせぬ間にサンゲの頭部に接触した。
三層圧縮光弾の表層が爆裂し、閃光はサンゲの顔面から頭部の半分以上を吹き飛ばした。脆い頭蓋骨は粉々に四散し、飛び散った脳は表面が焦げ、中はグズグズと煮えていた。
次いで第2層以内の光弾はサンゲの後頭部を貫通し、どこかに飛んでいってしまった。

黒焦げの後頭部を残したサンゲは、そのまま歩き続け、やがて溶け始めた。

「な、なんちゅう威力!」ブルースはレーザーマグの威力に仰天した。
「当たり前だ、一発400zもする強装弾だ。」

残りのサンゲ4対のうち一体に、ブルースはもう一度狙いを定めてみる。

「エリーが付いていないのは意外だな」ブルースは、サンゲをアイアンサイトで追いながらジオに聞いた。
「アレは生理だ。機嫌が悪くてな、俺と目が合ったら首絞めて噛み付いてきやがる、月に一度は俺は野宿だ。」
「おいおい、冗談に聞こえないぜ?」

やがて、ブルースが引き金を引くが、これも外れて、光弾はどこかへと。
続いてジオが、ブルースの仕留め損ねたサンゲに狙いを定める。

「ところで儲かったのか?」今度はジオがブルースに聞いた。
「ガラクタしか出ねぇ。お前らは?」
「似たようなもんだ。」
「結局あの後組むは無かったな。」
「また山分けじゃ儲からん。」
「違いねぇ。」

ブルースが答えたやや後に、ジオは引き金を引いた。
この光弾は、サンゲの首に命中。サンゲの胴体は仰向けに倒れ、腐り果てた頭部は宙を舞った。
双方は、直ぐに溶け始め、頭部は、地面に落ちたとき、グチャリ、とトマトのようにつぶれた。

「で、8月1日に本当に行くのか?」ブルースがジオに聞いたのは、二人がネディアを発つ日取りだ。
「ああ、北に行こうと思ってる。んで金溜めて、でっかい飛空船を買うんだ。」
「どのぐらいの?」
「そのまんま、住めるぐらいのだ。」
「気の遠くなる話だぜ?出来が悪いのでも3000万zはくだらねぇ。前みたいなラッキーはそうないぜ?」
「空賊から奪うって手もある。それに十年掛かっても俺とエリーは、空で無いと生きて行けないと思う。」
「10年後つったってお前まだ、その時25だぞ?隠居するには早すぎるだろ?」
「カハハハハハハ……」ジオは突然笑い出した。
「なんだよ、気味の悪い、おちょくってるのか?」ブルースは顔を顰めて言った。
「…ハハハ。なぁ、ブルース。俺とエリーは、この一年、島と島を渡り続けて、やっと此処まできたんだ。だけど、俺たちの居場所は何処にも無かった。
 何処に行っても、酷くこき使われるだけだった。二人で必死に働いて、一日500zも貰えないんだ。
 皆、俺たちを追い出したがってたんだ。エリーのせいじゃないぞ。俺にも問題はあったんだ、だけど、あんまりだ。外で野宿だ。ルンペンだったんだよ!
 だから、やっとツキが廻ってきた。この調子が続くとは思えないが、シーカーをやるしか俺たちは人間的な生活を送れないし、陸から離れたいんだ。
 此処もそうだ、あのチンピラ連中だって、バックにマフィアがいるんだろ?もう長くは居られないよ。」
「そう、悲観的になるな。しっかりしろ。」
「……すまん。最近、妙にナイーブになちまった。何もかもが上手く行ってるってのに糞!」
「仕方ねぇよ、誰だってそんな苦労してたら……振り返る暇が出来たんだよ。心にゆとりができたんだよジオ」
「だといいが……」
「だから悲観的になるなっての」

ブルースはそう言うと、随分と近寄ってきたサンゲの一体に銃口を向けた。
「お!当たった」ものの5mほどの距離のサンゲは簡単に仕留める事ができた。

「……ブルース。本当の所はなんでシーカーになろうと思ったんだ?」
「ビュシューで不味い缶詰ってる時に言ったろ?」
「具体性に欠けるな」
「……ほんとの事聞いて引くなよ?」
「いいから話せよ」
「ちょっと前まで、空賊やってたんだ。言っとくが、殺しはご法度で、金持ちしか襲わなかったがな。」
「……義賊を気取っていた?」
「そうだ。でも、ソレが馬鹿らしくなっちまった。同業者の連中がよ……クソみてぇな事やってるの見てな。」
「強姦か、誘拐か、殺人か……まぁ、やめて正解だ。お前みたいに強いのが空賊に良い様にされるのは才能の無駄使いって奴だ。」
「そう言ってくれるのはお前だけだ。」
「世間は捻くれてるからな」

ジオはそう言うと、サンゲ一体撃ち殺す。
最後の一体をブルースが狙う。

「お前がソレを言うとはな……今日は良く喋るな。」ブルースはサンゲを狙いながらジオに言った。
「エリーが居ないからな。アイツが先に言うことが多い。」
「この後、家で食うか?」
「いや、いい。準備で忙しい。」
「しかし難儀な話だな。定期便が止まっちまうなんてな。車買ったのか?」
「いや、バイクだ。パーツ寄せ集めの安モンだ。」
「どこもそんなもんだ。」
「練習に苦労したよ。」

ブルースは引き金を引いた、しかし、放たれた光弾はサンゲの頭上を掠めた。ブルースは舌打ちをする。
ジオが最後の一体をよく狙う。

「と、なると愛の密着二人乗り旅の巻きだな。」
「うるせぇ。女の腐ったエリーと同じ事言ってるんじゃねえ。」
「あんまり突き放すと逃げられるぞ。田舎と違って男は多いぞ。ザ!俺のようにいい男がウジャァァァァッと。」
「あの悪魔のような相貌に恋するような男がいるとは思えん。」
「いや、田舎と違ってファッションで髪青くしたり金色のコンタクト入れてる奴はけっこういるんだよ。」
「奴の生理におけるキチガイこの上ない機嫌の悪さに付いて行ける奴はいない。俺だって此処に避難してる。」
「……違いねえ。」ブルースはトラックを強奪した時のエリーのサディステイックな笑顔を思い出した。

そして、ジオが最後の一体を仕留めた。

「でもさっきから否定はしないんだな。」
「何をだ。」
「ぼく おっきくなったら エリーちゃんを およめさんにする~」
「だ、黙れ!不愉快だ、帰る!」ジオはすばやくブルースから銃を取り上げて大きなホルスターにそれを収めて歩き出す。
「頑張れよ!兄弟!」
「テメェに心配されるほどヤワジャねぇ。それに兄弟ってなんだ?」

ジオとブルースがこの場を去った頃には、サンゲは溶けて無くなり、荒野には、頭のもげたヒトガタの黒い跡が、こびり付いていた。


8月2日 午前1:00

1日に出発する予定のジオとエリーだったが、前祝に飲み明かした結果、重い二日酔いに加えて、昼過ぎに起きる羽目になり、その後だらだらと
用意をしている内に日が回ってしまった。

「おいエリー。まだか?」一足先にジオはバイクにまたがっていた。

ジオは白い手がのイラストがプリントされた黒地のTシャツに灰色の作業ズボンにハーフカットのワーカーブーツという土方のような服装で、
左脇には9mmリボルバーの入ったホルスター、腰からは2つの太股を覆うほどもあるホルスター。なかには44レーザーマグが入っている。

ズボンの裾口は既に茶色く汚れているが、コレは蛇避けに為にタバコをほぐし、混ぜた水を染み込ませている。

バイクには防寒コートの他、先日購入したライフルとレーザーショットガンと弾薬、そして寝袋や食料、下着に加えて歯ブラシやなどの生活用品をサイドバッグに積んでいる。
大陸を縦断するには物量は少々心細いが、道中で補う算段だ。

「お ま た せ !」モーテルの玄関からエリーが出てきた。
「結局それで行くのかよ……」ジオの言うそれとは、エリーの服である。

右に傾いたムラサキのベレー帽には十字架の飾りが逆さまに垂れ下がり、
袖口にフリル、胸元にボザムのあるひらひらとしたシャツは、右半分は白、左半分は黒、フリルとボザムはそれぞれシャツの布地と逆の色であしらわれている。
青に白黒ラインのチェックのスリムパンツ、腰右には、白と黒のサイコロを繋げた三本のウォレットチェーン、先の尖ったウェスタンブーツもまた、右が白、左が黒という悪趣味で行き着いた果てのようなゴスパンクファッションである。
腰の左にはジオと同じ9mmリボルバーの入ったホルスターを下げているが、皮肉を込めてスマイリーフェイスの缶バッジが付けられた上に、
銃身には「The Cruellest Devil Final Arms」(最終鬼畜兵器)と、仰々しい刻印が施されている。

「まるでピエロだ」
「フーセン欲しいのぉ?」エリーはジオの側ではしゃぐように言った。
「汚れるつったのに、んなもん買いやがって」
「汚れたらアンタに襲われたって事にすれば萌えだわ。」
「モエ?」
「TVでやってた。」
「えん?……もういい、早く乗れ。」

エリーはバイクの後方に飛び乗ると、ズボンのポケットからサングラスを取り出す。
しかしジオは「サングラスはいい、どうせ今日から暫く、人には会わない」と、エリーを止めた。
エリーは唯、笑顔で答えた。ジオは表情に出さないが、それが堪らなく嬉しかった。

何気無い一言だったがこれはジオがこの一年で一番、彼女にかけたい言葉であった。
ジオはエリーが自分の真意を知らないと思っている。しかし、エリーは先のブルースとジオの会話を聞いていてソレを知っていた。しかしこの時、エリーは何も言わず笑顔で答える事にした。

ジオはアクセルを踏むと、エリーはジオの背中に中にしがみついた。

二人はモーテルを去った。このネディアから旅立つまでの道のりは過去のものになろうとしていた。
二人を乗せたバイクは、やがてネディアをでた。そこには、月の光だけが地平線を照らす荒野が広がっていた。



[18040] violence-06 悪夢
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:ecaac828
Date: 2011/10/11 20:51


8月9日 午後7:14、ジオとエリーはバイクから降り、焚き火にかけたナベを囲っている。
荒野の夜は寒く、二人は毛布に包まっている。ナベの中では、野菜スープのレトルトパウチが沈んでいる。

「今日1日でどれぐらい進んだのかな?」三角座りのエリーが、向かいで胡座をかくジオに言った。
「さぁな。」ジオの答えは無愛想だ。
「道しるべも無いもの、地図買った意味無かったわ。」
「北には進んでる筈だ。」
「そうね……でもそろそろ村がいくつか見えてもいい筈なんだけど。」
「ああ」
「……そーいえば7月は色々あったね。濃かったね。」ジオがろくに返事をしないのでエリーは話題を変えようとした。
「それ3日前も言ったろ。」
「うっさいなぁ!ちょっとぐらい会話つなげろ!」
「あいあい。ほら、できたぞ。」

ジオはゆで上がった野菜スープのパウチをプライヤーでつかみ出して、それぞれの皿に放り入れる。
エリーは自分のバタフライナイフでそっとパウチの封を切る。

かれこれ一週間。
エリーが自慢していた白黒シャツはというと、汗で黄ばみ始めていた。
幸い、土埃でさほど目立っていないが、本人はかなり気にしており、河川を見つけたら洗うつもりでいる。
服が乾くまで下着のままでいるというのだ。とはいえ、今の下着も、使用三日目を過ぎようとしている。

それよりも問題なのは、予備のつもりで用意ししていたレトルトパウチに手を出した事だった。
ジオが、エリーに対して生返事をしていたのは、この事を思慮していた為である。
残りの食料は1日分。無謀な旅路を計画していた訳ではない、エリーが地図を見る限りではあと一日で大陸南中部の町、デリカに着くはずだ。
実のところ二人は、この荒野という環境に生まれて初めて挑んでいる。

しかし、ジオはどうにも順応しそうではある。

ジオは、自分の側に寄ってくる、“生き物の影”に気が付くと野菜スープを飲みながら、
十徳プライヤーの片腕を折りたたみ、広げてある方の腕の先から、ナイフを出す。
エリーは何をカチャカチャやってるのかと、食べながら眺めている。

ジオは、プライヤーのたたんだ方の腕を握って、リーチの伸びたナイフの一突きで生き物を仕留めた。

エリーは何事かと、ナイフの先へ目をこらす。
ジオが仕留めたのは、胴の長さ10cmはある黄色いサソリだった
金属製の十徳プライヤーの腕に、毒針を刺そうと、必死に太い尾を動かしている。
満足そうな顔をしたジオは、当たり前のように獲物を、煮え湯だけになった鍋に入れてしまった。

「ま、まさか食べる気?」
「ああ」
「あんた、本当に頭おかしいんじゃないの?」
「お前だって、島にいた頃は食ってたろ。唐揚げにして。」
「あんなの何年も前の話じゃない!それに、そのサソリおかしいよ!デカイ上に、異常に尻尾太いじゃない!」
「身が詰まってるんだよ。」
「どう考えても毒が詰まってるのよ!」

エリーは鍋ををひっくり返す。煮えたサソリは土で汚れ、こぼれた湯はジオのスープ皿に侵入してしまった。

「なにすんだ!勿体無ねぇ!」
「うるさい!お前はスープなんか飲むな!小便でも飲んでろ!」
「だれが小便なんか飲むか!この糞尼!」
「あんなサソリスープ飲むぐらいなら小便飲んだ方がましだよ!」

口喧嘩を始めたジオとエリー。だが、そばに置いてあったバイクが横転した。

二人がそちらを向くと、そこには幼い少年が立っていた。
少年は5歳ぐらいだろう、涙を流していたが声を出していなかった。

「ちょっと!大丈夫?ケガはない?」エリーが慌てて子供の元に駆け寄る。
「いったいこんな時間になんでこんな所にいるんだ?」ジオがバイクを起こす。
「お父さんとお母さんは?」

二人は子供に声をかけるが奇妙な事に、少年は一言も喋らない。

エリーが「おうちは何所?」と聞くとその子供は、おおよそ西を指差した。
漠然とした答えだったが、迷子などその程度のもの。これから冷える荒野に子供を放っておくこともできず、
ジオとエリーは夕食を諦め、子供を挟むようにバイクに乗り、西に走り出した。

デッドラインこと、ジェンガ大陸の南は、殆が荒野だ。しかし、南西部の一部には広葉樹林帯が存在し、
さらにそこから北北西の海岸は行楽地となっていた。
しかし、ジオとエリーはこの森を避けて通る予定だった。というのも、森の中には村が存在しており、
デッドライン内でもっとも信心深いキリシタリアが、自治している土地であったからだ。

ジオとエリーは、森を避けて遠回りに行楽地の町、エンデューラへと向かう。
6時間ほど掛かるが、迷子を地元の人間に預けるにしても、食料事情を考えてもこの遠回りな進路変更はベストであった。


「坊や、どうして喋らないの?」
「……」エリーの声に子供は沈黙を守る。
「お前にビビってるんじゃないのか?」と、ジオ。
この一言に怒ったエリーは、ジオの短い髪の毛を器用につかんで引っ張った。
「あだだだだだ!!」ジオのハンドルが乱れ、バイクもひどく揺れるが、エリーはケロっとしている。
「そんな事ないよねー。」エリーは子供に言った。

「喋らないと家が分からないぞ。」ジオが子供に言った。
「分かった、おねぇちゃんに抱っこしてもらって照れてるんでしょう。」
「照れるほど当たる胸ねぇだろ。」
「あらぁ?子供に嫉妬ぉ?」
「嫉妬するもしないも無いも物はない。」
「やかましい!前見て運転できないようにするぞこらぁぁぁ!!!」
エリーはジオの目に指を入れた。
「やめろ!糞尼!ヤバイ!お前も死ぬぞ!いだだだだだだ!」
子供はこれだけの痴話喧嘩を目のあたりにしても黙って涙を流している。

バイクは3時間ほど走った。
夜10時、荒野の闇は深く、バイクのライトが闇を裂い進むと言うよりも、進むにつれて光が闇に飲まれているようにさえ見える。
ジオが瞼を何度も強く閉じたり開いたりしてる頃、子供が、ジオが見逃した、家の明かりを指さした。
「ジオ!あれ!」エリーは子供の代わりに、ジオに民家の存在を伝えた。
ジオはそこに向かってバイクを転がす。

その灯は本当に小さな物で、時速70kmを出すバイクでも直ぐには着かなかった。
15分の後、3人を乗せたバイクは、明かりの灯る民家に到着した。

家の隣になる納屋の規模から、農家のようだ。

子供はバイクから飛び降りるとすぐに家の中に走り去った。

「ああ……!ちょっと!」
エリーはバイクから降りて、子供の入っていった家の戸をノックした。
ジオはリボルバーの安全装置を外してエリーと戸の前に並んだ。
すると、さっきの子供を抱いた父親らしき人物が現れた。

「夜分遅くにすみません。」
「あなた方が……この子を……?」
男の問いにエリーは「はい」と答えた。

すると男は目に涙をためながら「ありがとう、ありがとう」と繰り返し頭を下げた。廊下の奥からは母親、老婆、玄関正面より右に見える階段から長男夫婦に長女、次男が続けて
やってきて同じように、涙を流しながら頭をさげはじめた。余りに過剰な礼、ジオとエリーはこれに大い混乱する。
さらに、父親は二人をさらに混乱させる驚くべきことを口走った。

「お礼に、この家をもらってくれ」

「はぁぁぁ!!!」ジオとエリーの困惑の叫びが荒野の闇に響き渡った。

「おい、ガキを届けたぐらいで大げさだぞ?気でも狂ってるのか?」ジオは子供を抱く父親の肩を揺さぶった。
「いや、これからすぐに引っ越すんだ。ボロやだから買い手が無くて、是非もらってくれ。」
そう答えると一家は駆け足で納屋に移る。

ジオとエリーはそれを追いながら話しかける。
「馬鹿じゃないのか?」「正気?」等と、だが家族はそそくさと、納屋に止まっていた年季の入った赤いマイクロバスに乗り込む。

「ありがとう!ありがとう!」と涙を流して言いながらマイクロバスは南へと走り去って行った。

異様な事態であった。ジオとエリーはすっかり放心に近い状態になる。
しばらくして、しっくりこないまま、バイクを納屋に置いて家の中に入っていった。

エリーは真っ先にバスルームを探し出した。不信感は残っていたが1週間ろくに風呂もはいっていなかったので無理も無い。

ジオは家中の部屋をぶらぶらと物色した。
一階には玄関から廊下左に居間、廊下正面にダイニングキッチン。続いてキッチンより左奥に夫婦の寝室があった。
玄関から右には、階段があり、エリーの入った、バスルームはこの階段の下をくぐってから入るようになっていた。風呂の隣にトイレが別室として設けられている。
階段を上がって正面の部屋には父親の部屋、そして廊下の奥には息子夫婦の部屋。そして、二階玄関側には子供部屋があった。

「妙だ、引っ越すも糞もねぇぞ、なぜ出て行ったんだ?」ジオは呟いた。
居間から、寝室に、キッチン、そして子供部屋等、―――この家の全てに、赤の他人の生活の様子がそのままに残されていた。

子供部屋には、少年の物と思わしき家族の絵におもちゃの数々、父親の部屋には、質素な家に不釣合いな、上等のカメラがあり、部屋中には家族写真が飾られていた。
エンデューラでのささやかな家族旅行の写真、祖父祖母の遺影、その隣に元気な頃の様子、そして結婚式の集合写真など。
ジオには羨ましい限りの、仲の良い家族の生活と思い出がこの家には残っていた。

30分後、エリーは風呂から出る。

「前からあんたの言ってたとおり大分色抜けてたよ。」
エリーは毛染めの黒が抜けてきたやや青い髪の毛をバスタオルで拭きながら出てきた。
根元は、色素異常からなる本来の青い髪の色を取り戻していた。

ジオはキッチンで食事の用意をしていた。

「おお、食おうぜ。」
「ありがと。」

喧嘩の件は何処へやら、二人は食卓を囲んだ。
メニューは、キャベツとトマトに鳥の胸肉を和えたサラダと棚にあったコーンフレークに牛乳。
メニューの乏しさも加わって二人にこの家のテーブルは広すぎた。

食事を終えるとエリーは冷蔵庫でバニラアイスクリームを見つけ出し、フレークと牛乳が入っていた皿にカップ一杯文をよそって、ジオの目の前で食べ始める。
古い冷蔵庫の動作音の響く室内で、ジオが切り出した。

「なぁ?」
「ん?」エリーはアイスのついた冷たいスプーンを舐める。
「正直、怖かった。」と、ジオ
「うん……」
「ずっと……“声を殺して”泣いてた。5つほどのガキがだ。怖くて聞けなかったよ、なにされたのか、胸糞悪い。」
「……人身売買」
「だろうな。労働力かゲス野郎の慰め物だ。あんまりだぜ。あんまりだ。」
「家族が売った訳じゃなけりゃ、後者ね。誘拐されたのよ。」
「空賊か?」
「前にあったチンピラじゃない、マジモンのゲス野郎のね。金持ちに売る気だったのよ。」
「……風呂入って寝る」
「明日、他の家を訪ね回って、なんで出て行ったか、本当に戻ってこないかどうか調べよ。ここを拠点にゾプチックの発掘ができるかも。」
「此処に住めるか?東の森に住むサンタリアどもは、シーカーを嫌う。そして、いつも通りお前を迫害する。」
「言わせておけば良いわ。あんたとわたしが組んでから、誰が私たちに最後まで逆らった?
 そうよ、この家がゴールかもよ。此処で暮らすのよ。子供は5人、犬も飼うわよ!」
「俺たちが家庭を、か……エリー、そう思ってくれるのは嬉しいが、俺はお前を……その……」
「妻に迎える勇気は無くって?」
「違う。時期が早すぎる。一年で俺たちも外の世界の生き方を知ったばかりだ。何か、もっと恐ろしい事が起こった時に、
 子供を守る事はできないし、子供を置いて逃げる事もできないぞ。」
「……そうね。夢見てたよ。ケーンを殺して……殺せるようになってから、また考えるよ。」

この後、ジオは15分ほどシャワーを浴び、歯を磨くとエリーと共に二階最奥のベッドルームに入った。
二人は、愛し合わず、ただ抱き合って、やがて、深い眠りについた。




深夜1:24分

最初に異変に気づいたのはエリーだった。
「ジオ!ジオ!」エリーは小声で隣で眠るジオを起こす。
「なんだ?」エリーの怯えた表情を見るや否やジオは飛び起きた。

二人の眠る家に、乾いた土を切りつけるタイヤとモーターの音が迫っていた。
ジオとエリーは、二階玄関側の子供部屋に身を移し、出窓から外の様子を伺う。
すると、すぐに三台のジープ車両が家の正面に止まった。
そして、各車両から4人、派手なネクタイとスーツを着たマフィアらしき12名の男が、ドラムマガジンを装填した機関銃を握り締めて現れた。

ジオとエリーに戦慄する猶予さえ与えらず、全ての機関銃が家に向けて火を噴いた。
合計12門に及ぶ機関銃の砲撃は、弾幕と形容すべきであり、家正面は2秒も経たずに蜂の巣と言うよりも、すりつぶされたような変形を及ぼした。
放たれる雨霰の銃弾は、全てが実弾で、一階のみならず、二階にまで砲撃が及ぶ。

ジオとエリーは悲鳴さえ詰まり、無様に床に這いつくばって、二階最奥の息子夫婦の寝室へと逃れていった。
幸いにも、二階の銃弾は悉くが斜めから入ってきた物だった事と、銃弾の量こそ凄まじかったが最初の壁を貫通するのが精一杯で跳弾を起す事もなく
二階最奥寝室の被害は軽微な物で済んでいた。
30秒後、1200発に及ぶ虐殺目的でしかありえない銃撃が一旦の呼吸を見せる。硝煙のすさまじさは、目を開ける事も難しいほどで、マフィア達さえ
目をこすっている。

この僅かな瞬間に、ジオとエリーは恐慌状態寸前の中、突如降りかかった恐怖からの脱出に向けて意思を強く保つ。

「ベ、ベッドの下はダメだ、奴らはきっと確認もせずに撃ち抜くぞ……」ジオのしわがれ声が震えている。
「屋根裏に逃げよう」エリーは天井の隅にある、屋根裏への蓋を、震えた指で差す。

ジオとエリーは、ドレッサーを踏み台に屋根裏へと身を潜めた。二人は、寝てる間緩めていたベルトを締めなおす。

二人の最大の失敗は、武器を納屋に止めたバイクに積みっぱなしだった事、そして、肌身離さず持っていた拳銃類はすべて一階のダイニングで外してしまっていた事。

「どうにかしてガレージに行くぞ」レーザーショットガンにアサルトライフルの入ったバイクこそが必要だとジオは言う。
「いえ、連中が此処からいなくなるのを待ちましょう」
ジオも慌てて動くよりは、敵の動きを知った方が良いと思い直す。それには、エリーの地獄耳に頼るほかない。

暗い屋根裏で、二人は体の震えと、荒れた息を必死で堪え、天井に耳を付ける。

「ガキを探せ!死体でも構わん!原型さえ留めていれば構わん!」

この怒声は屋根裏にも響いてきた、ガキとは恐らく先の迷子の少年だろう。

ジオとエリーの耳が得た怒声の主は、赤いスーツに、不死鳥の刺繍の施された黒いネクタイを着けいて、スキンヘッドに大きな鼻が特徴であった。マフィアたちの中でも一際派手だ。
「家族は皆殺しだ!可能な限り残酷に殺せ!せっかくだから残酷に殺すんだ!」
等と言いながら、このマフィアは先陣を切って、ボロボロになった家ドアを体当りで突き破る。
そして8人のマフィアが一階にて、迷子を捜し始めた。無論、家具を破壊しながら乱暴に。

家の正面には3人が待機している。
「組長、久しぶりにキテるな。」
「キチガイだからって、ドカタもできなかったのに……コレが終わればカシラは朱雀号までもらえる。勝偉さんのおかげだぜ。」
「勝偉“さん”は無いだろう?神能会十三代目黄竜号、神能勝偉会長だ。」

一階の破壊される音にジオとエリーは一階置いてあった拳銃二丁、44レーザーマグ二丁を諦めていた。
ガレージに残ったバイクと武器。この二つに生死の配当を絞った。
しかし、一階における暴力の限りを聞くに、今はまだ動く事はできない。

「床を引っぺがせ!」

凶暴極まるマフィアの魔の手は床下に及ぶ。その手段は、又しても機関銃によって、床板をボロボロにして、蹴り破るというものだ。
銃声、そして、床の破れる音。
ジオとエリーは屋根裏にも同様の事が起こるだろうと、脂汗を額からこぼし始めていた。

「もう、今すぐにでも、窓から飛び降りてガレージに向かうしかない」
この一声が二人の喉から出かかった矢先、階段を上がる足音が響き渡る。

「武器なんざ用意しといた割りに、二階に逃げ込んだのか?もったいねえなあ?」
例の怒声の主であった。

ジオは、十得プライヤーのキリで天井に小さな穴を開けた。とはいえ、小さな穴からでは寝室のベッドすら確認することはすらできず。
それでも、相手の様子を探ろうと試みる。

スキンヘッドは、44レーザーマグの入ったホルスターを肩に掛けて、9mmリボルバーで二丁拳銃を構えると、階段を上がってすぐの二階中央の部屋をで乱射した。
「ガキ出してもどうせ殺す!それが組長の意向だ!お前ら運が悪かったんだよ……俺は超ハッピーだぜぇ?一家嬲り殺しってのは実に気分がいい!」
合計12発を打ち終えると、リボルバーを床に捨てスキンヘッドは本棚をひっくり返した。

この部屋は簡素な家具の並べられた父親の書斎であったが、銃撃で写真の一部と棚にしまわれた上等なカメラが無残なものとなっている。
スキンヘッドは、壁に掛けられた息子夫婦の結婚式の集合写真を44レーザーマグで撃ち抜いてみる事にした。
引き金を引くと、強烈な反動がスキンヘッドを襲う。銃口が天井を向いていた頃には、写真は額縁ごと木っ端微塵となり、壁にこぶし大の穴が開き、周囲には焦げ跡ができていた。

「こりゃいかん……子分に当たる。ガキに当たったら……死体でも原型を留めていないと俺の朱雀号は消えるわな。」

スキンヘッドはレーザーマグをホルスターに収めると、子供部屋へと向かった。
ジオとエリーはこの隙に、下の部屋の窓から飛び降りる覚悟を決めた。
だが、スキンヘッドは、子供部屋を少し覗くと、そのまま息子夫婦の寝室へと向かってきた。
最初の銃撃で玄関側に人間がいないのは当たり前だ。それでも破壊された子供部屋を覗いたのはスキンヘッドの残酷趣味である。

部屋に入ると、スキンヘッドの男は懐から、小振りなマシンガンを懐から出した。
「ちゃんと庇えよ!ガキが無傷ならなお、勝偉さんに褒められるんだ!」

銃弾はベッドに向けて放たれる。
スキンヘッドのサブマシンガンの口径は5mm、それをベルト給弾式で連発するというこの時代でも非常に珍しい作りであり、
ベルトはスーツ内部に仕込まれ、内ポケットからぞろぞろと引き出されていく。

ベッドを蜂の巣にしたあと、スキンヘッドはそれを蹴飛ばしてひっくり返す。
そこに誰も居ない事が解ると、再びマシンガンの引き金に指をかける。

「天井に隠れてるんだなぁ?」
斜め45度に構えられたマシンガンからは放たれるのは先の鋭い5mm弾。薄い天井は銃弾の進入を簡単に許す。

「この5mm弾じゃ簡単には死ねないからなぁ!坊やに最後のお別れを、血を吐き!涙を流しながら!するんだよ!ひゃははははは!ガキにゃトラウマ確定だわな!」

おおよそ、150発に及ぶ銃弾が天井一面を貫いた、ささくれ立った天井板は、穴の空いたおろし金のようだ。
ベルトによる装弾が収まる気配はない。リロードという隙のないマシンガンは、この男の破壊衝動に忠実であった。
スキンヘッドは天井を撃ちながら廊下を渡り、子供部屋の天井を同様に打ち抜いていく

「泣き喚くガキを部屋のカメラで撮っといてやるよ!それが遺影になるわなぁ!なんたって、ガキは剥製にしちまうらしいからなぁ!」

狂った怒声で暴れるスキンヘッドの真上から、天井を突き破ってジオとエリーが襲い掛かった。
ジオとエリーは生きていた。スキンヘッドの怒声と、マシンガンの銃声を頼りに、常にスキンヘッドの真上に付いていたのだ。

圧倒的な弾量を有するベルト給弾であったが、天井の真上に構えて撃つ事はできなかった。
弾詰まりを招く恐れがあるからだ。
二人は、『はじめてのゾプチック探索』に記載されていた武器の項目でソレを知っていた。

ジオがキリで空けた穴から、僅かに見えたベットを撃ち抜く銃の奇特さ、そしてエリーには薬莢の落ちる音が聞こえなかった、この二つがベルト給弾式である事を二人に確信させた。

スキンヘッドは二人の体当りをまともに受ける形となり、床で頭を撃って気絶した。
ジオはすぐさまレーザーマグを奪い返し、ホルスターを定位置に取り付けた。
異変に気付いた、スキンヘッドの子分たちが二階に上がってくる。

ジオとエリーは、リボルバーを諦め、マフィア達が2階に上がってくる前にスキンヘッドを窓から放り出した。割れたガラスで大きな鼻が削げ落ちた。
直後に、ジオとエリーは共に窓から飛び降りた。スキンヘッドをクッション代わりに使ったのだ。
それまでは良かったのだが、正面には3人のマフィアが待機したいた。

「く、組長!!」
「わ、ワレェ!組長から離れろ!」

自分たちの組長が放り投げられ、何故か現れたのは凶暴さを剥き出しにした若い男女。
一家に替わって現れ、絶対な凶暴さをもったボスを倒した怪人に驚くなと言う方が無理である。
想定外の事態に3人は驚くのを通り越して胆を冷やしていた。

ジオとエリーはソレを見抜くと、スキンヘッドを人質にとると決め、3人に漆黒と金色の眼を光かせる。
ジオが、左腕でスキンヘッドの男を抱えて、肉盾にし、右手で44レーザーマグを握った。そして、エリーと共に、マフィア達を見据えながらガレージに向かって後ろ向きに歩き始めた。

「てめぇら動くんじゃねえぞ!ちょっとでも動きゃあ、このレーザーマグがボスの脳みそ、そぼろにするぞ!」

組長が人質に捕られた事で、家の中の8人は迂闊に手が出せず、マフィアたちは子供部屋で機関銃を構えつつも引き金を引けなかった。
ジオも、右手に持ったレーザーマグで、子供部屋の8人を威嚇する。しかし、8人に向けられている銃口は僅かに震える。

「伏せろ!」と、スキンヘッドのマシンガンを奪ったエリーは、正面に構える3人に命令した。
言われるがままにマフィア3人は地面に伏せる。すると、エリーは止まっている三台のジープ車めがけてマシンガンを発射。
タイヤはパンクし、幌が破れた。

しかし、その間に別の銃声が響き渡る、二階にいた8人のうち一人が、ジオに向けて拳銃で発砲したのだ。
銃弾は、後退するジオの頭部まで、完璧な軌道を描いていたが、銃口からの火に気が付いいていたジオは、慌てて肩を。
結局、銃弾はジオの左側のこめかみを、かすめるに留まった。

「このドサンピンどもが!修羅修羅修羅修羅修羅ぁ!」

ジオは心底を胆を冷やし、ヤケクソにレーザーマグを乱射しながら、エリーと共に人質を引きずって、ガレージへと駆け込んだ。
レーザーマグの7発からなる眩しい閃光がマフィア8人に襲い掛かる。マフィア達は、ジオの叫び声から予測して身をかがめて子供部屋から抜け出し、この危険を回避したが、
7発の高温の閃光が次々に接触することで子供部屋が燃え始めた。

11人のマフィアは、民家から出てきてガレージを取り囲もうとした。
しかし、一旦、ガレージに駆け込んだジオとエリーだったが、ブルバックライフルを構えたエリーが意識を朦朧とした状態のスキンヘッドを連れてガレージの出入り口に姿を現す。
「銃をすてな!」エリーは、髪の毛を逆立て、目を光らせ、口を裂いたように叫んだ。

再び人質が見える位置に連れて来られた事で、11人は動けなくなってしまう。エリーの言うままに、機関銃を地面に捨てた。

その直後、エンジンをかけ終えた、ジオのバイクが発進。エリーはスキンヘッドを置いてバイクへとすれ違いざまに飛び乗った。
マフィア達は、その直後に、機関銃を拾い上げる。
しかし、エリーのブルバックライフによる威嚇射撃が一手早く、マフィア達は反撃の機会を失った。

「キャハハハハハハ!逃れた!逃れたたよ!ジオー!」エリーはジオの背中に抱きついて声をあげた。
「やった!やったぜ!巻いてやる!追いつくもんか!」ジオは、森に向かってバイクをフルスロットルに入れた。
二人は完全な興奮状態に陥っていた―――

残されたマフィア達は虫の息となったスキンヘッドの男をジープに運び込んで介抱を試みる。
うち、一人が車載無線にて、本部との連絡を取っていた。

「……すみません。取り逃がしました!」
『阿呆が!銃弾はしこたま用意してただろ!撃ちまくってたら連中はビビッテなにもできないはずだ!』無線機に、野太い声が響く。
「それが、出てきたのは、か、怪人です。若い男と女の怪人だったんです!家の連中はもう最初からいませんでした。」
『どういう事だ……もしかすると誘拐を知られたかもしれん。貴様らすぐにそいつらを追いかけて殺せ!
 会長が帰ってくる前に、全てを終わらせるんだ!ガキは白虎号、城野組に探させる。』
「それが、車は3台とも、二つづつパンクされました」
『それじゃあ、一台から使えるタイヤを取り外せ、予備のタイヤを含めて二台は動かせる筈だ、』
「それで、組長……辻丸が、ひどい怪我で」
『あ、あの辻丸がやられたのか?』
「はい……だから、四神各でないと太刀打ちできないのでは?」
『ア、アホをぬかせ!貴様もう辻丸が朱雀号を会長から賜った気でいるのか!貴様如き下っ端が神能会絶強勢力を動かせだと!次ぎ言ってみろ!腕を詰めるぞ!
 辻丸は確かに良く働いているが、今回の朱雀号は欠番の穴埋めに過ぎん。救援にはワシの子分を向かわせる。お前らは奴らを追え!命令だ!殺せ!』





ジオとエリーは謎の一味の襲撃を受けてから2時間ほど走った、正規のルートから外れて道がわからないが、とにかく北へ。
そして30分ほど前に、森の中に逃げ込んだ。夜明け前の最も暗く、しかし淡い闇が森に染み渡っていた。

エリーはベレー帽とサングラスを忘れた、ほとんどの荷物はバイクの中だったが、サングラスと帽子は枕元に置いていたのだ。
また、ブルバックライフルをしまって、今は肩からレーザーショットガンを下げている。

ジオはバイクを運転しながら葛藤していた、敵に殺さなかった事にだ。
―――この世に俺以上に冷酷な人間はいない―――

ジオは父親を捨てられエリーに出会ってから何時からか、こう思うようになっていた。生き残る為に。だが、しかし結局今日まで人を殺めないでこれた。

エリーも同じく葛藤していた。
―――悪名の全ては私にとって褒め言葉である―――

エリーは親に捨てられ、ジオに出合ってから、何時からか人の言う「悪魔」という侮辱さえ、最大の賞賛行為と捉えるようになっていた。故に、人間を傷つける事で己の偉大さを誇示してきた。

そうやって少年少女は悪事を繰り返してきたが、殺人だけが今でも最後の禁為でありつづけた。
しかし「殺さない方があの場では有利だった」と、二人は同じように自分に言い訳をしていた。

おぞましい葛藤をする男女を乗せ、森の中を延々進むバイクだったが、エリーの一言がバイクのスピードを緩めた。

「……なに?この臭い!?」
「う!なんだ!?」

二人は、嫌な予感を抱きながらも、異臭の立ち込める方向に向かった。事実、そこは地獄だった。戦慄すべき光景が、二人の目に刺さってきた。

村であった。だが、三分の一近くの家が火に焼かれ、黒い空に炎の赤が混ざっていた。そんなどす黒い背景にサンタリアの教会が不気味に聳え立っていた。
あちこちに、首を切り落とされはらわたをこぼした男。庇う父親ごと突き抜かれた子供。足を切り落とされ、腕を圧し折られもがき苦しみ死んだ女。腹に宿した子供を、猟銃で撃ち潰された挙句に、腕と乳房を切り落とされ絶命した妊婦。生きたまま焼かれた少女。肛門に切り落とされたされた自分の性器を捻じ込まれた少年。生きたまま皮を剥がされたであろう老夫婦。
そのような惨殺死体が無数に転がっている。

「畜生!なんだってんだぁぁぁあ!!」ジオは元から潰れた様な喉が、またつぶれそうな程叫んだ。
「む、酷すぎるわ……」この惨状に、エリーでさえ胃液で胸を焼いた。

あまりに事に、ジオはハンドルを握る事すらままならず、二人は一旦バイクから降りた。
村は、斜面の下に畑を耕し、その周囲を家屋が囲んでいた。そして教会はその二人から見て最奥にみえた。
村人は完全に一人残らず死んでいた。何故か、村の土を踏んで二人は悟った。何者の仕業かは解らない。
もしや、自分達を襲ったマフィアでは?
ジオとエリーは恐怖のあまり互いの手を握り締めていた。

「もういやよ……いや!助けて!」エリーは珍しく、か細い声をジオに発した。
「落ち着け、エリー……お、俺も、すぐに落ち着くから。そしたら直ぐに此処から逃げよう。な?」
この地獄で、エリーを抱き寄せるジオ、しかし平静を装う彼もまた平常心を失っていた。現にすぐにでも立ち去るべきこの地から立ち去れないほど彼の脳は混乱。

その背後に、刀と猟銃で武装し、血を盛るように赤く染まった詰襟スーツを着た、異様の相の男が走り寄り、奇声と共にジオの背後に切りかかった!
「ブッチギリィィィィィィィィ!!」

「なんだと!」ジオは反射的にエリーの腕を解いて、続いて男に蹴りをかます。男は、地面に倒れた。
刀のリーチは長く、肩を少し切られたが、僅かな浅さですんだ。

「ジオ!大丈夫!」肩から血を流すジオに、エリーが叫ぶ。

蹴り飛ばされた男がすぐに起き上がり、叫ぶエリーに気味の悪い笑顔を浮かべて言った。

「そっちのお嬢ちゃん!すぐにこいつのホコホコの内臓を食わせてやるよぉ~、オホホホホホホホホ!!」

狂ったようなおぞましい笑い声をあげて。男は刀を構えてジオに再び飛び掛る。コレに対して、ジオは懐に体当りをぶちかました。

二人は地面に倒れ、そのまま、取っ組みあいになった。ジオは上、男は下に陣取り、ジオは両手で男の刀を持った腕を押さえ、男の股間に膝蹴りを何度も放つ。
しかし男は、股間への攻撃をものともせず、両足でジオの胴体を締め付ける。万力の如く強烈な締め付けがジオを襲った。

「ぐぁあああ!エ、エリー!助けてくれ!」

エリーはそばにあった直系20cmほどの石を拾って男にぶつけようと狙いを定める。レーザーショットガンでは弾が拡散してジオに当たる危険性があったからだ。
ジオは、エリーが石を抱えていることに気が付くと、あえて男を上に、自身が下になるように身を転がした。
「死ね!」エリーはすぐさま、殺す気で、男の頭部を思い切り殴った。

砕ける言うよりも、何かの割れたような音が男の頭部から響いてきた。男はジオにもたれる様に絶命した。
ジオは、この殺人鬼の遺体を放り捨てると、エリーの手を引いてバイクに駆け寄る。早く此処から逃れようとした。

だが死んだ筈の殺人鬼が起き上がったのだ。

「オシドリ夫婦の射撃のまとだぁぁぁあ!!」

殺人鬼は猟銃を発砲、殺人鬼の奇声が判断を早め二人は身を伏せて銃弾の魔の手からの逃れた。

ジオは腹ばいになって44レーザーマグをホルスターから引き出し、引き金を引いた。
轟音と共に暗闇を突き抜ける光弾が、殺人鬼の胸を直撃する。肋骨は厳密には軟骨に分類され、圧縮光弾の一層目は炸裂する事無く貫通したが、殺人鬼は再び絶命した。

この瞬間、二人の葛藤の糸は切れた、“最悪である”という己の矮小なアイデンテティーを証明するに到る。
「この場は殺した方が最善だった」と、二人は得意げな顔を浮かべるが、この殺人鬼ならば、聖職者さえ、殺したのであろうが―――


二人はバイクにまたがって斜面を下り農道へ向かった。散弾であった猟銃の流れ弾によって、サイドバッグの一つが破れてしまい、生活用品の一部がこぼれていたが、二人はそんな事は気にも留めない。
畑にも切り刻まれた死体がそこかしこに転がっている。

「なんなんだよ畜生!!」
「村人皆殺しにしてなにしようっていうの!」

喚く二人を乗せたバイクが農道へ入ったその頃、重機のモーター音が死んだ村に響く、間もなくそれは地響きに変わっていった。

ジオとエリーは背後からの地響きに首を向けた。

彼らから四時の方向に、猛スピードで畑をえぐりながら猛進するブルドーザーがあった。

「畜生!まだ仲間がいたのか!」叫ぶジオは、バイクのハンドルをしっかりと握る。
「うそ……あいつ生きてる!」

ブルドーザーの操縦席には先ほど二人に襲い掛かった殺人鬼が乗っていた。

「そんな馬鹿な事があるか!確かに弾は当たってた!」
「でも生きてるよ!」
「三層圧縮光弾だぞ!それを食らって何故生きてる!」

ブルドーザーは畑をえぐって農道に入ってきた。
「根こそぎ殺り尽くしぃぃぃい、ハッホホホホホ!」ブルドーザーからおぞましい声が死んだ村中に響き渡る。

「この!俺にオヤスミの悲鳴を!イキながら!喉喉喉喉喉ぉぉぉお!!」

エリーがブルドーザーに向けてレーザーショットガンを発砲する。
しかし、殺人鬼は健在だった。「おほほほほほほほほ!!ハーーーーズレェェェェェ!!」

エリーは拡散レベルを最大の30発にして何度も発砲する。

「うしゃやあっグレイトー!ホホホホ!早く早く早く早く!絶望して俺に命乞いして殺されるんだよぉぉぉぉぉぉ!!」

広範囲に拡散し30発の光弾が確実に操縦席周辺を捉えているが殺人鬼は笑い続ける。

「なんで当たらないのよ!」
「なんてスピードだ!追いつこうとしてやがる!」

ブルードーザーは改造されているのか、徐々に加速しそのスピードは時速80km近くを出している二人のバイクに追いつこうとしていた。

このままでは農道から村を出る前にひき潰されてしまう。

「上等だ!エリー、撃つの止めてつかまれ!」

ジオは斜面を一気に駆け上がり農道から村の、まだ火の手の回っていない住居区に入っていった。
ジオはスピードを時速60kmまで緩めて、家と家の間の狭い道を走り抜ける。狭い道の中にも、死体がまだいくつか存在しており、ジオが駆るバイクはそれをも轢いて行く。

4軒境を過ぎた頃、ブルドーザー農道から出てきた。
「家と家の間に挟まれて!指とか脳とか骨とか腸とか!ぐちゃぐちゃぐちゃぁぁぁあ!どっちのだか区別できなくなるよぉぉおーほほほほほほ!」

ブルードーザーは家ごと二人をひき殺そうと家と家の間に強引に割って入って来る。次々に屋台骨をそぎ落とされ崩れ落ちていく家々。

「ジオ!奴は諦める気ないわ!」
「解ってる!」

二人を乗せたバイク未だに家と家の間を進む。ブルドーザーはその後を追って、次々に家を破壊していく。
だが、ブルドーザーのスピードは次第に減速していった。

「つかまれ!逃げるぞ!」

ジオはブルードーザーの減速を狙って裏道を走っていたのだった。今のブルドーザーのスピードならば、殺人鬼の銃弾の射程距離に入る事なく森に逃げ込める。
追いかけて来ても、森の木々でブルドーザーはさらに減速するだろう。

ジオは、ブルドーザーとの距離の余裕を見て、次の角を滑らかな左カーブの道へと入っていった。
だが、殺人鬼の乗るブルドーザーは減速しながらも、家を破壊しながらバイクを追う。

バイクはスピードを上げて少しずつ終着を見せる左カーブを突き進んだ。しかし、カーブの終着には物々しい木の扉があった。それは、この村のサンタリア教会だった。
「しまった!」ジオはそう思うも、教会の入り口への激突は避けられなかった。

その時、エリーのレーザーショットガンが火を噴いた。「こぉのぉぉぉぉぉぉぉ!!」

拡散光弾は、教会の大きな木の扉を見事に貫いく。扉は完全には壊れなかったが、穴だらけに。バイクはそのまま脆くなった扉を突き破った。
突き破った衝撃で二人はバイクから振り落とされ、礼拝堂の並んである長椅子に激突した。バイクは、横転し礼拝堂のカーペットを引き裂きながら、講台に激突し静止した。

「大丈夫か!」
「大丈夫!あんた鼻血でてるわよ!」
「大丈夫だ!」

二人は口では大丈夫と言っていたが、体は打撲でかなり痛みを催していた。
そこへ、あのブルドーザーが教会の門に激突した。その衝撃に、ジオとエリーは身を屈めた。

激突の衝撃で、教会は鐘を鳴らした。死臭立ち込める地獄絵図となった村に。

ジオとエリーは起き上がり、バイクに向かう。
と、そこに銃声が鳴り響き、猟銃用の一粒弾がジオとエリーの間をかすめると、バイクは爆発炎上した。
内部の発電機に入っていたゾプチックに起爆してしまったのだ。

二人が振り返ると殺人鬼がブルドーザーで破壊した門を渡って、礼拝堂に上がりこんでいた。

「おーほほほほほほほほほほほほほほほ!!」と、殺人鬼は笑うと再び猟銃を発砲。

それを察していた二人は椅子に隠れて、奥の階段を目指す。

「糞どもぉぉぉぉぉおお!!逃げろ逃げろ逃げろ!逃げても無駄だぁぁぁ!お前らは俺にブッチギリにイっちゃてる最高のペインを与えられるためにうーまーれーたーのぉぉぉおほほほほほほほほほ!!」

殺人鬼は、二人が何所に隠れているのかを解っているのに、銃を礼拝堂でデタラメに乱射。ジオとエリーを怖がらせるためにだ。
一粒弾は、分厚い板でできた長椅子を、簡単に貫通していく。

「……エリー、銃を貸せ。」
「え?どうする気?」

ジオはエリーからレーザーショットガンを強引に奪い取る。

「見つけちゃったぁぁぁぁ!!」殺人鬼と、銃口が二人の隠れる長椅子へと向けられた。

「走れ!エリィィィイ!!」ジオは立ち上がり殺人鬼の前に姿を露にした。

その瞬間。殺人鬼の一粒弾が、長椅子へと放たれていた。

この僅かな間にジオの握るレーザーショットガンが二度火を噴いた。44レーザーマグならともかく、この距離で拡散した光弾は、かわされる事もなければ、外す事も無い。
計60発の光弾の殆どが殺人者を貫く。

「今度こそ死んだ」ジオはそう思った。

だが、殺人鬼は一瞬もひるむことなく、猟銃に素早く弾を込めて銃口をジオに向けた。

―なぜ死なない!なぜひるまない?― むしろひるんだのはジオのほうだった、指にかかっているレーザーショットガンの引き金が猟銃を構える殺人鬼の前にあまりに遠かった。
そこに、エリーがジオのホルスターから、44レーザーマグを引き抜いた。

「当たれぇぇぇぇぇ!!」エリーが殺人鬼の頭部を狙って撃った44レーザーマグの光弾は、殺人鬼の右腕に入っていくと、骨で炸裂し殺人鬼の右腕は吹き飛んだ。

「お、おお、ほ……ほぉぉぁぁああ!!」己の右腕の肉が飛び散る様を見て怯える殺人鬼が握っていたのは、左手に握り締めた猟銃のフェアエンドだけになった。

「修羅ぁぁぁ!!」ジオの撃ったレーザーショットガンが再び殺人鬼に命中。
殺人鬼は、蜂の巣の様相で動かなくなると、やがて仰向けに倒れた。

「やった……」倒れた殺人鬼を前にジオが呟いた。

だが、エリーはジオを思い切り殴った。ジオは床に倒れた、そして、激昂状態のエリーを見上げた。

「なんで一人で戦おうとしたのよ!」
「怖かったんだ……お前が、殺されるんじゃないかと思って……」ジオの呼吸は乱れている。
「……余計なお世話よ!足を引っ張た覚えはないわ!」エリーは金色眼を涙で浮かべていた。

唐突に出現した“最悪の敵”を目の当たりしてジオが取った行動は“最悪”のアイデンテティーを保持する事ではなく、エリーを守るという純粋な思いであった。
エリーも同じく、ジオを助けたいという純粋な思いで、臆す事無く、この殺人鬼を倒すに到った。

この時、夜が明けた。
そして、バイクのタイヤの後を追って家を襲撃したマフィア達が村にやってきた。



[18040] violence-07 逃亡
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:ecaac828
Date: 2011/10/11 20:51


ジープ車2台が虐殺現場と化した村に入って来た。各車両5名、合計10名。この一団はつい2時間半ほど前にジオとエリーを襲ったマフィアである。
マフィア達は村の惨状を目の当たりに次々に言った「酷すぎる……」と。
子供をさらう人非人の集団にも、この凄まじい残虐には憤りを覚える。

ジオとエリーは教会の塔の上からその様子をのぞいていた。塔には、鐘が吊り下げられている。

「追っかけてきたなんて……」と、エリー。
「まさか残りのタイヤを使うとは……コレじゃあ逃げ出せねえな。」
「ライフルで撃ち殺す?」
「あれは、アサルトライフルだ。それにこの人数じゃ、突っ込まれたら終いだ。」

二人は追っ手から逃れる術を考えるが、武装した10人を片付ける手段も、逃げる術も思いつけないでいた。
そんな中で、マフィア達は火の手の届いていない居住区付近にジープを停めた。

「じゃあさ、車を奪おう!殺せなくてもライフルで追っ払ってさ!」
「そりゃちょっと危険だが……でも車を奪うしかないか……」

ジオとエリーはなんとか車を奪えないかと画策を始めた。

マフィア達は、機関銃を構えて警戒しながら、村の様子を探る。

「こりゃ全滅だぜ……」
「凶器は統一されている。かなり統制された空賊の仕業か?」
「いや、皆殺しにされてはいる女まで殺してるし金品は奪われていない。」
「っけ、この村は元々嫌いだったんだよ。坊さんがえばり腐って嫌な村だったぜ。」
「そう考えると勝偉さんは良くやってるよ。前よりは、ここの連中は物分りは良くなってたからな。」
「なぁ、もしかして。これは殺し屋がやったのか?」
殺し屋という言葉を聴いて10人は一斉に顔をあわせた。
「勝偉さんが、大陸の外から雇ったっていう連中か。確かにこの村の連中は神能会をバカにしてたからな。神罰だのなんだの。」
「いや、いくら会長でもいきなりコレだけの虐殺は無い無い。どちらかというと、どんな目に合うか先に想像させて服従させるタイプだ。」
「会長を疑うな。俺たちに子供を拉致らせているが、全ては神能会による王国建造の為だ。」

そこに神能会を名乗るヤクザ一味の一人が、声を上げる。
「おい!なんだあれ!凄い事になってるぞ!」
彼が発見したのは、ジオとエリーを追ったブルドーザーが、家という家を破壊して作り上げた瓦礫の道であった。
「なんだこりゃ……」
10人はその凄まじい光景に圧倒された。とりあえずその道を辿っていく。
瓦礫の道は、先ほどまでの死闘の香りをほのかに残していた。

「……教会ほうに向かってるのか?」
「あの教会なら、何人か立て篭って生きてるかもしれないぞ」
10人のヤクザは、ブルドーザーで潰された死体に気取られながらも、教会向かって、歩き続けた。
瓦礫の道を半分以上過ぎた頃、ヤクザ達に向かって、アサルトライフルの発砲音と、彼らの足元に銃弾が降り注いだ。

「畜生!塔からだ!」
ヤクザ達は壊れた家の壁に身を潜めた。そして機関銃を塔向け発砲。命中率こそ悪いが、十発中1発は塔への到達を許す。
しかし、身を潜め狙撃者に耐えるその僅か10秒の後、重機のモーターが唸り声を上げた。

ヤクザ達は唸り声が自分達を狙っていると悟ると攻撃を止め、後退を始める。しかし、アサルトライフルの銃弾がヤクザの一人右足、もう一人のわき腹を貫いた。
苦痛の表情を浮かべ、瓦礫道に倒れる二人。

そこに、教会の方から、唸り声の主―――ブルドーザーが猛スピードでヤクザに向かってきた。

倒れた二人は恐怖の悲鳴を上げる。間もなく、二人は断末魔の悲鳴の声を上げた。

唸り声を上げ爆走するブルドーザーは2人を一瞬の内に葬り去った。
潰れた上半身が、ブルドーザーを朱に盛るようにこびり付く。

残った8人は死に物狂いで車に向かって逃げ出した。しかし、塔からはアサルトライフルが容赦なく火を噴く。

塔からブルバックアサルトライフルを乱射するのはエリーであり、ブルドーザーを操縦するはジオであった。
ブルドーザーは、二人を殺すまでは良かったが進行方向が瓦礫道を外れてしまい、方向転換に時間を奪われていた。
「畜生!動け!この野郎!」

この隙にヤクザ達は、機関銃で反撃を試みるが、ジオはシートの下に身を隠し、それでもなお、操縦を試みる。すると、進行方向を正して、再びヤクザ達に襲い掛かる。
ヤクザ達は反撃を諦め瓦礫の道の入り口まで全力疾走で戻ってきた。
「もうすぐだ!」ヤクザ達は続けてジープ車両に向かう。

しかし、エリーの銃弾によって、三人目の犠牲者が出た。彼は両膝を貫かれる。
だが、この不運な一人を置き去りに7人は車へと駆けていった。

「おい!待ってくれよ!死にたくないよ!おーい!」

追いついたブルドーザーは間近に迫ってきた。
「畜生!畜生!」ヤクザはヤケクソに機関銃をブルドーザー目がけて撃ちまくる。
しかし、銃弾はブルドーザーの鉄板に当たるばかり。とうとうこの組員はブルドーザーに潰されてしまった。最後まで反撃を貫いた機関銃も原型を留めていない。

残る7人は3対4に分かれて2台の車に乗って、身を乗り出し機関銃を構え、仲間の血を啜るブルドーザーを駆るジオを狙い走り出す。

「奴だ!奴だ!」
「予想はついてたが、ここまでやるとはな!」

ジオを狙う機関銃は合計は5丁。それぞれがジオ目掛けて弾幕を展開する。

ジオは例によって座席下に身を隠す「糞虫どもが!まとめてあの世に送ってやる!」それでもヤクザ達に向けブルドーザー操縦する。
2台の車は、ブルードーザーに対して45度の角度で双方からフォーメーションを組んで突っ込む。

「修羅ぁぁあ!!」とジオは叫び、44レーザーマグを座席から覗かせて引き金を引いた。44レーザーマグの閃光が、ジオに対して右側のジープのモーターを貫いた。
三層圧縮光弾は車のモーターばかりか、ゾプチックタンクを貫き爆破させた。
3人を乗せていたジープは軽々と、後方に宙返りし、逆さまに落下して既に焼け焦げた乗員の上半身を叩き潰した。

ジオに対して、左側のジープに乗った四人は、その様に驚愕する。

「な、なんなんだあの銃は!!追加装甲の改造ジープのタンクをぶち抜いたのか??!」
「おい!教会に向かえ!」
「なに?」
「教会だ!!」
「あいつの連れか!」
「そうだ!人質に取るんだ!」

ジープは、ブルドーザーに突っ込むのをやめて、教会に向けハンドルを切った。
銃撃が収まって、ジオはジープの動向を覗くと、そのジープが教会向かう事を察する。
しかし再びブルドーザーの方向転換に戸惑った。ようやく進み出した頃にはずいぶん遅れをとってしまった。

ジオは猛スピードで教会に向かうが、4人のヤクザを乗せたジープは二早く教会についてしまった。

「おらぁあ!アマぁ!出て来い!」
「塔の上だ!」
「隠れても無駄だよ!お娘ちゃん!ぶち殺してやるぜ!」

4人は、教会の階段を昇って2階から通じる塔への螺旋階段へと向かう。
ジオはようやく教会に到着。

「エリィィィイ!!逃げろ!」ジオは教会の入り口で絶叫。

その直後、教会の中で機関銃の銃声が轟く。

「エリー!!エリィィィィ!!!」ジオは目を血走らせレーザーマグを両手に構えて一気に2階へ駆け上がり塔への螺旋階段を目指す。


螺旋階段へ差し掛かったジオ、すると吹き抜けからヤクザの一人が落下した。

落下の衝撃で男は腕と足を折り、頭部から出血。体には、エリーのレーザーショットガンの弾痕から煙が上がっていた。

「な、なんで教会に悪魔がいるんだよ……」ヤクザは虫の息で声をひり出す。

ジオはとりあえず、この男を射殺した。
胸部に入った光弾は、肉体を貫通するも、床で炸裂し、なぜか脇腹から内臓がはじき出された。

ジオは吹き抜けを見上げる。

「腐れども!恋人の名前を喚け!ママ~と泣け!そして私に命乞いして死ねぇぇぇぇえ!!」

教会の鐘を盾にエリーは超好戦的な篭城を試みていた。
螺旋階段を上ってくるヤクザたちをレーザーショットガンで牽制していた。

「エリー!無事か!」ジオは螺旋階段を数段上がって叫んだ。
「ジオ!」
ジオとエリーはお互いに無事を確認する。

「畜生!化け物どもの掃き溜めか此処は!」ヤクザの一人が絶叫した。

「降りてこられるか!」
「まかせて!」エリーはそう言うと、鐘の影に隠れた。

「させるか!」残り3人の一味は、階段を一気に駆け上がろうと試みた。

ジオはそれを見てレーザーマグ二丁を乱れ撃ちにした。「修羅修羅修羅修羅修羅修羅修羅!!」超高温の光弾は、石壁に当たるとガラスを形成していた。

「畜生!畜生!畜生!!」光弾を身をかがめてかわすヤクザ3人。

その隙に、エリーは鐘を横倒しにして、自らがその中に入り、螺旋階段を一気に転がり下りて来た。

「うわぁぁぁぁ!!」

3人は次々に鐘をかわす為に螺旋階段から落下。

ジオは落下する3人に、レーザーマグで容赦ない追撃を加えた。
直撃した光弾は、ヤクザどもの手足を爆ぜさせ、顔面を吹き飛ばし頭蓋を砕き脳漿をぶちまけた。
腹に当たった光弾の作用で、内臓は背中を破り、背中に当たれば内臓が腹を破った。

螺旋階段の吹き抜けに、血の雨と肉の雪が降り注ぐのであった。
そんな中で悪党どもの血を浴びるジオはつまらない仕事を終えたような、表情をしている。

ジオは螺旋階段から離れると、間もなく鐘が到着。壁に激突して停止した。

「エリー!無事か!」壁に激突した鐘の中を覗くジオ。
「……気持悪い……なんてね……」エリーは額に青たんを作っていたそれ以外に対した怪我は無かった。

二人はお互いの無事を喜んで抱きしめあった。屠殺場と化していた螺旋階段の中央で。




ジオとエリーはジープ車を奪って朝霧深い森へと入っていった。
車を運転するのはジオ、エリーは助手席に。車内には機関銃がもう一丁積載されており、ドラムマガジンが五つも載せられていた。

「よし、じゃあここ3時間強に起こったことを整理するぞ。まず、迷子だ。そして家が襲撃された。マフィアの目的は迷子のガキである事は間違いねぇ。」
「私達を追ってきたのは口封じの為ね。連中の挙動から考えても、村で起こった虐殺は無関係。こんな偶然信じられないけど……」
「誘拐の目的は、金持ちに売るのはほぼ間違いない。剥製にするとあのハゲは言ってたからな。悪趣味な話だ。」
「よく解らないのはマフィア達もなんであんなまでに武装して乗り込んできたのかって事よ、誘拐は普通空賊がやるもんでしょ?」
「報酬が桁ハズレなのか。口外させたくないから信用できるマフィアにやらせたか。どっちにしろ相当地位の高い金持ちが指示か?」
「どっちにしてもあの武装の意味はなんなのよ?」

ジオとエリーが推理を進める所に、野太い音が車内に響いた。
『戌亥だ!おい!聞こえるか!何があったんだ!』

ジオは驚いて急ブレーキをかけた。

「な、なんだよおい!!」
「落ち着いて、多分、この無線機よ。」

無線から猛々しい声が怒声がこえる。
エリーは無線機のマイクに手を伸ばした。「おい!」と、ジオはエリーの肩を触るが、エリーはそれを払いのけた。

エリーは無線を取った。
「あの情けない連中を送ってきたのはあんた?」
『な?お前だれだ!』
「通りすがりのシーカーですことよ。」
『何をふざけた事言ってやがる!俺たちは神能会だぞ!!』
「子供を剥製とはいい趣味ね。神能会ってグループセラピーで作り方教えてくれるの?」
『て、てめぇ!』
「とぼけても無駄よ。無駄。」
『仲間をどうした!』
「あんたに答えて私に何か得でもあるのかしら。お札に私の顔が乗るん?」
『どうしたって聞いてるんだ!』
「解ったわよ。怖いなぁもう。殺したわ。一人残らず、手足も内臓もバ~ラバラしちゃった~。」
『ば、馬鹿な……』

無線機の声の主は言葉を詰まらせる。そこで、ジオが間に入って言う。

「答えないと思うが、何故子供を誘拐した。あの武装はなんだ!誘拐以外に目的でもあったのか!」
『お前ら簡単に死ねると思うな。手足を切り落としてやろう。舌もだ。女は1ヶ月休まず犯してやる。男は一ヶ月闘犬と戦わせてやるもちろん休まず。もし、それでも生きていたら、お前らを山に放って、一日後に我々は狩りを愉しむとしよう。どうだ?簡単じゃないが、なかなか楽しそうな死に様だろう?』
「面白い事考える前に、自分の心配しときなさい。」
「俺たちを追っても無駄だ、追えば殺す。最初は情けをかけたが、次からは容赦なく殺す。」
「また会ったらその時はよ・ろ・し・く」

エリーは、そう言うと無線マイクを収めようとした、しかし、収める寸前に乱暴にマイクにかじりついてこう言った。まるで癇癪を起したかのように。

「お前らみんな私のいけにえさ!泣け!喚け!お前たちが最後の瞬間まで恨み言を言えるなんて期待してな~い!苦しめて、苦しめて苦しめて、いっそ殺してくれと、その不細工な声からひりだして、それから声が出なくなるまで嬲り嬲って、自分で目玉をほじり出すほど残酷な目に会わせて最後の瞬間に解るのは私の笑い声だけさ!キャーーーハハハハハハハハハ……」

エリーは笑いながジオの膝枕にもたれる。
ジオは無線機を引きちぎって車の窓から放り捨てた。

「神能会……」ジオは憎悪を込めて敵の名を呟いた。

そして、ジオは再び車を動かそうと思うが、エリーが膝の上に頭をのせている。
「どけ、邪魔だエリー……エリー?」

ジオはエリーの額に手を添える。
エリーは混乱続きで、精神・体力の疲労がピークに達して熱を出していた。

「畜生!熱がある!!」
「ん?大丈夫……チョッと寝たら治るから……こうさせて……」

「アホ抜かせ!」
ジオはエリーを後部座席へと移す。その時、ジオは霧の中からおぼろげに映る小屋を見つけた。
ジオは、水や薬は無いかと、車を降りて小屋へと向かおうとした、しかしエリーがジオのズボンを掴んだ。
「行かないで・・・」
「ちょっと待ってろ。」ジオはエリーを後部座席に寝かせて小屋に向かった。

小屋に入ったジオだったが、中は何十年も使われておらず、極めて不衛生な状態であった。
ジオは台所の古い手押しポンプからから水を汲もうとした。水は出てきたが、その色は赤茶け、異臭を放っていた。

「何かねぇのか!」ジオが苛立って物色をしていると大きな箱があった。壊された鍵のぶら下がっている。
中身は既に荒らされており。中に残っていたのは“白い鎧”だった。

「……値打ちモンだ。」エリーを心配しつつも、ジオはこれは大事な収穫として拝借する事にした。

結局、エリーの具合を良くできるものは何も無く、白い鎧を車に積んで、ジオは森を出るべく車を出す。

午前8時過ぎ、森を抜けるとジープは海辺へ出た。エリーは後部座席で眠っている。熱も少し下がり始めていた。
虐殺を目の当たりにした二人を乗せたジープは、不釣合いに爽やかな朝日を浴びて海を辿って行く。
すると、間も無く街の賑わいを見つける事ができた。そこは、ジェンガ大陸の行楽地、エンデューラであった。




エンデューラは、シーカー達の間ではデッドラインと恐れられるジェンガ大陸において、希有な行楽地である。
普段、農業などの仕事に追われる大陸の住民も、年に一度はここに骨を安めに来るのが理想とされる。
その為、高級志向の店はほどんどなく、多くは兼業のペンションと言うべきである。

ジオ・イニセンが、熱を出したエリー・クランケットを休める為に入ったホテル、「ポーン」もホテルとは名ばかりで二階建ての内、一階の海鮮レストランが本業で、レストランの規模もゆったりと30人程度も物だ。他に客は居なかった。

「大丈夫だよぉ……」エリーはフラフラとジオに手を引かれてフロントまで歩く。
「バカ言え。どっちにしても此処に身を隠すんだ。」

ジオはフロントカウンターの呼び鈴を鳴らした。

すると、「ハイハイ」と、にこやかな営業ボイスで、奥から50代の女性が紺色のエプロンを着けたまま現れた。このペンションの女将である。

「すみません。部屋、空いてますか?」
「いやー暇でね。何所でも好きな部屋にどうぞ、お荷物は?」
「車に積んでるんですが、危ないものが入っていて。後で自分で運びます。」

ジオがそう言うと、女将は表に停まっているジープを窓越しに覗き込む。

「……あの車が、貴方の?」
「あ、はい。」
「そうですか、神能会の組員さん。良い部屋があるんですよ。」
「いや、その……」ジオは言葉を詰まらせる、
「ん?」
「なんでもない、お幾らです?」
「お代なんてとんでもない!ゆっくりしていってください。 ああ、お車は主人がガレージに入れますから。さぁ、休んで。」
「じゃあ頼みます……」

案内された2階の客室は、最奥のスイートルーム。
バス・トイレが個室。ダブルベッドに、優雅なリビング。窓からのオーシャンビューは絶景であった。
ジオとエリーにとってこの部屋は生まれて15年の中で最も生活水準値が高い。

ジオはエリーをベッドに寝かせた。

「お医者様を呼びましょうか?」と女将はエリーを気遣う。
「いいです、ちょっと疲れただけですから。」エリーは女将に言った。
「そうですか……食欲は?」
「今はいいです。」
「俺も疲れ過ぎてね。食欲が沸かないや。」
「そうですか、ではお大事に……」女将はいそいそと部屋から去った。

ジオは女将が去ると、直にドアの鍵を閉めた。

「思ったよりやばいぞエリー……」ジオはエリーの横たわるベッドに座る
「わかってる、そんなに有名なのね、神能会って連中は。」
「少なくとも、この宿には知れ渡ってないが、もし連中が俺たちの事を探しに来てみろ。突き出されるだろう。もし、俺たちを神能会組員と思いこんでいても、他の組員に俺たちの事を何気なしに喋る事だってありえる。」
「ねぇ、この町の船を盗んで大陸から逃げる?」
「船は駄目だ、連中だって追ってこれるだろ。飛空船を持ってるかもな……」
「熱だって対した事ないし、逃げようと思えば逃げられるよ。」
「でも船はだめだ……」
ジオは頭を抱えるも、全く名案が思いつかない。

「じゃあ、この宿を乗っ取ちゃおうよ。」エリーが呟いた。
「……ああ、そうだな。女将さんには悪いが、それが現実的だ。」
「そうそう。」
「じゃあ、ロープとテープを取って来る。あれは無事だった筈だ。」

ジオは部屋を出て、ロープとダクトテープの入ったバイクのサイドバッグをジープから取りに行こうとした。しかし、エリーがコレを止める。

「今、車は宿屋の主人がガレージに運んでる頃よ、だったら今しか無いわ。ロープの代わりに、ベルトとカーテンを纏める紐。口はテープじゃなくてバスルームにあるタオルで塞げばいいわ。」
「お前本当に熱あるのか?」

エリーの指示通りの準備が整うと、エリーは内線電話で女将を呼び出した。「体温計を貸して下さい」と。
女将は快諾し体温計を持って階段を上がり始めた。その頃、ジオはタオルを持ってトイレに潜んだ。

「失礼します」女将が部屋に入ってきた。ジオのいるトイレの側をすぐに通過する。

「わざわざ、ごめんなさい。」エリーはベッドの中に入ったままで女将を迎え入れる。
「あれ?彼は?」女将はジオが何所に居るかエリーに尋ねる。
「ああ、トイレですよ。」と、エリー。
「そうですか。」
女将はエリーに体温計を渡した。

「測り終えたらすぐ返えしますから、待っててもらえます。」エリーは女将を引き止める。
「そうね、何か飲みたいものありますか?そこの冷蔵庫から出しますよ。」
「ガラナはあります?」
「もちろんございますよ。」女将はリビングの冷蔵庫からガラナエールの入ったビンを取り出すと、十徳ナイフの栓抜きで栓を空け、冷蔵庫の上のコップに注ぐとエリーの所に持ってきた。

エリーは「ありがとうございます」と礼儀正しい素振りをみせ、コップに入ったガラナを飲む。

「女将さん。この宿はご主人と二人で切盛りを?」
「いいえ、下に娘がおります。あれに色々手伝ってもらってなんとか。」
「娘さんはお幾つ?」
「今年で18になりますね。」
「へぇ、良かった。小娘で。」
「はい?」

エリーが親切な女将の娘を小娘呼ばわりした直後、背後から忍び寄っていたジオが女将の口をタオルで塞いだ。続けて、エリーが布団の中に隠し持っていたベルトで、女将の体を腕ごと締め上げた。
突然の事に戦慄する女将。だが、ジオは容赦なく、女将をベッドに押し倒すと、膝から下をベルトで締め上げた。

「悪く思わないでくれ。複雑な事情がある。長居はしない、だから人助けだと思って暴れないでくれ。お願いだ。」
ジオが女将をなだめる中、エリーは女将から十徳ナイフを取り上げ、手首をカーテンロープで後ろで縛った。

女将は拘束された体をベッドの上で必死にもがかせる。すると、ジオはホルスターから44レーザーマグを抜き取って女将の目と目の間に突きつけた。
女将の目が銃口へと寄った。

「とりあえず黙れ。動くな、事情は後で幾らでも説明してやる。」

そう言うとジオはエリーにレーザーマグの一丁を渡して、一階へと向かった。宿の主人と娘を捕らえる為にだ。
まずは、主人を捕らえようとガレージへと向かった。

男が最も獰猛な瞬間、それは身を潜める時だろう。獲物を狙うにしろ、巨獣の逆鱗に触れたにしろ、最も生存本能が活性化する瞬間である。
ジオの黒い瞳は、その原生の闇を体現している。

ジオは、ペンションの主人を捕らえる為、ガレージを目指し階段を下りる。
ガレージに居る内に、捕らえてしまえば、後はこのペンションのどこかに居る18歳の娘を捕らえればとりあえず身の安全を確保できる。

階段を下りた時、緑のポロシャツを着た60近い男が、錠前付いた部屋の前に立っていた。その足元には、サイドバッグが置かれている。
ペンションの主人である。彼は、既にジープをガレージに停めて、ペンションの一階に戻ってきていた。

ジオは一瞬焦ったが、主人が声をかけてくると、会話を繋ぐ。

「おう、君が神能会のにゅーふぇいすか。思ったよりも若いんだね。」
「はは、入るのは大変でした。」
「悪いけど、武器はこの部屋に預からせてもらうよ。部屋には一人拳銃を一丁まで。これは神能会の人は皆守ってもらってるからね。」

錠前のついた部屋は、客の武器を保管する部屋であった。
「そのホルスター、もう一丁は部屋かい。」主人は、ジオの空のホルスターを指差した。
「ちょっと、調子が悪くてメンテナンスしていたんです。とりあえずコレを預けます。」ジオは44レーザーマグを主人に手渡した。今、主人に悪意を悟られてはならない。
「はいはい、確かに預かりました。」

主人は、保管部屋に44レーザーマグを、丁寧に締まった。そして、部屋には錠前がかけられた。

「所で、何所の組に入っているんだい?」
ジオは困惑する。思いもよらぬ質問であった。神能会には内部でそのような組織が編成されているという事は、その一言で理解できたのだが、なんと答えるべきか皆目見当が付かない。
ジオは「えー……」と、ど忘れした振りをして必死に考える。しかし、考える暇は3秒も無い。今、笑顔を向けている主人が、己に疑いの目を向けはじめる前に答えなければならない。
そこに、無線器から聞こえた怒声が脳裏に浮かんだ

「戌亥さんの所で世話になっています。」ジオにとってもっとも当たり障りの無い選択肢であった。
「となると、会長の直属も同然じゃないか!ちょっと来なさい!」

主人は、ジオをロビーに置いてある飾り棚に案内した。象牙や、彫刻、貴金属などが飾られているその中に、一人の少年の写真があった。
ジオは、この写真の少年と目が合った瞬間。何か得体の知れない感覚を背筋に感じた。

「それは今の会長、勝偉さんが、昔此処のチェスのジュニア大会で優勝した時のです。」
「チェス?」
「知らないのですか??将棋は?」
「将棋なら知ってます。エリーと暇つぶしによくやりました。」
「あれみたいなもので。ウチの名前、ポーンは歩です、でもポーンは敵陣に入ったらなんにでも成れる。成長、可能性、初心、そういういろいろな意味を込めて宿の名前もポーンにしたんです。」
「ナルほど。確かに歩は金にしかなれないからね。」

ジオはこう答えつつも、少年が写真越しに与えるプレッシャーの正体を考えていた。少年は、ジオのように不細工のパーツを寄り合わせてなんとかバランスの取れた顔と違って、明らかに丹精な顔立ちである。
しかし、「強い」という陽性のプレッシャーなどとは違う。それは「狡猾さ」とも思えた、しかし狡猾など生ぬるい。もっとえげつない何かだ。

「じゃあ、カバンを部屋に運びますね。」主人が、写真を前に考えるジオに声をかけた。
「ああ、私も部屋に戻ります。」
「ところで、なんで一階に?」
「なんだったけか……忘れちまった。」ジオはもう慌てること無くこう答えた。
「そりゃ悪かった。年寄りがベラベラしゃべるもんだから。」
「いや、楽しかったです。」

二人は共に二階へ上がり、スイートルームの前に着くと、ジオが背後から主人の首を腕で締め上げて、気を失わせる。ジオは主人を部屋に運び込んだ。
そして、エリーと一緒に、主人が運んでくれたバッグからロープとテープを取り出し、女将ともども縛り上げた。

ジオとエリーは、残る娘を内線電話で呼び出した。彼女も間も無く、鮮やかな手口で捕らえられるだろう。



[18040] violence-08 エンデューラ
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:ecaac828
Date: 2011/10/11 20:51


ホテル「ポーン」の玄関には朝からこのような張り紙が付いた[急事につき営業中止。翌週から営業を再開します。]
戸締りは無論、建物の全てのカーテンが閉められ人の気配は無かった。
エンデューラの住民は、あの明るい一家が珍しい、と思い近所の住民が試しにインターフォンを押してみたりもした。
しかし、10時を過ぎてから森のサンタリアの村で起こった虐殺に皆震え上がっていた。
恐らくポーンの人々は、近い親戚がサンタリアの村で起こった殺戮に巻き込まれたのだろう。他の商店も似た理由で店を閉めた所が幾つか現れた。
また、殺人犯が発見さえていないと解れば、脅えて営業を自粛する者も。自警団の殆どもサンタリアの村へと向かい行楽地エンデューラの夏の海はすっかりと冷え切ってしまった。

8月10日 午後1:27

ポーンのスイートルームには、ベッドで横になるエリーと、リビングにジオがいた。
リビングのTVの左には、捕らえられた父、母、娘の三人が、拘束された上に首に吊り輪を掛けられ、足元に踏み台を置かれた状態で立っていた。
踏み台は、ジオがガレージの棚を壊して作ったもので、一人でもこれを倒してしまうと、全員の首が絞まるという寸法だ。
娘は、ジオとエリーによってあっさりと捕らえられた。捕らえられた際に髪留めが外れ、後からジオとエリーがいいかげん付け直した為に、茶髪のポニーテールは崩れてなんとも不恰好だ。
三人は、全身をロープで縛られた上に、目と口をダクトテープで塞がれている。
武器などは全て、預かり所からこの部屋に引き上げた。

ジオはTVを見ながら、テーブルの上で不釣合いにもホタテガイを七輪でバター焼きにしていた。

TVのブラウン管は、地元のテレビ局がサンタリアの村で起こった虐殺を報じている。

『現場で放送の予定でしたが、現場の状況が極めて劣悪な為、急遽惨劇の舞台となったカウサードヒルの手前での中継となります。
 えー、先ほどもお伝えした通り、殺人、え、大量殺人が昨夜起こりました。
 ジェンガ大陸のアンタリア自治区のカウサードヒルで大量虐殺が起こりました。
 カウサードヒル大量虐殺事件は、村民全員を刀と猟銃をもちいて、筆舌に尽くしがたい方法で殺害。
 死者33名・行方不明者5名・身元不明の損傷の激しい死体が35体。周辺の自警団と、神能会が共同で捜査を行っています。
 被害者の中には神能会関係者が10名含まれており、凶器が統一されている事から空賊による略奪ではないかという疑惑が強まっています。』

「想像力の無い連中だぜ……」ジオはTV画面にそう呟くと、焼けたホタエガイを皿にうつしてエリーに運ぶ。
エリーはジオが食事を持ってくると大きく口を空けた。
「あーん。」
「甘えんな。」ジオはエリーに皿を突き出す。
エリーはつまらなそうに、ジオの用意したホタテガイの皿を受け取った。
「もう寝るの疲れたよ。」
「熱はだいぶ下がったな……」ジオはエリーの腋から体温計を抜き取って言った。
「ジオこそ寝たら。私みたいに熱出されても困るもの。私は連中を見張りながらソファーで静かに休むからさ。」
「……解った。一応、空き缶も括りつけてあるしな。」

拘束された3人の首に掛けられたロープには、空き缶が幾つか結び付けられている。もし、誤って踏み台を倒しても、これが鈴の代わりをするという訳だ。

「ねぇ、ジオ。寝る前に汗拭いてよ……」エリーはベッドの上で、白黒シャツのボタンを一つづつ外していく。
「……あのなぁ~」
「嘘よ。寝な。」
「……」
「あはは!がっかりしたの?」
「緊張感の無い女だって呆れてたんだよ。」

エリーは皿を持って起き上がり、ジオにベッドを譲ると、リビングのソファーに寝転んでTVを見る。
テーブルの上に置かれたレーザーマグ、その横に皿を置いて、そばにあったタオルを胸倉に突っ込んで汗を拭く。

縛られた三人は、身動きできずに疲れ始めたのか、もぞもぞともがいている。
エリーは指鉄砲をもがく三人に向ける「ばーん……ばーん……」小さな声で、足を狙い、腕を狙い、耳を狙い、三人をジワジワと苦しめる。

「そうだ、あんた達のトイレどうしよう。」エリーは、唐突に気が付くと、起き上がり三人の前に立つ。
「おじさんは、チンチン出したら大丈夫だけど、おばさんと、娘さんは困ったわね。女でも大股開けば案外立小便なんて楽勝だけど。股閉じてるもんね~……」
もがく三人を前に、エリーは首を傾げる。
「漏らされても匂ったら嫌だし……うーん……捕まえたは良かったけどそこまで考えてなかったよ。ねぇ、ジオ~。」
エリーはジオを呼ぶ。しかし、ジオは既に寝息を立てていた。

「緊張感無いのはお互いさまね。まぁ……信頼できる相棒だもんね。」
エリーは、ジオの方を向いて独り言を言う。そして、再び三人の方を向く。

「悪いけど、亭主が起きるまで待ってて。それまで縄は緩めないわ。」
エリーはそう言うと、再びソファーへと戻って横になる。そして、いよいよホタテガイを口に入れると、美味しそうにソレを次々と食べていった。




惨劇の舞台、カウサードヒルには、自警団30名、神能会構成員60名が捜査を進めていた。
自警団と呼ばれている彼らは、各町で選挙で選ばれたその町の法を遵守する存在であり、実態は保安官に近い。
しかし神能会が、この大陸南部を空賊から縄張りを死守し続けて半世紀になり、なおかつ統制された組織であるため、治安維持能力は自警団の数段上を行く。
かつ、自警団メンバーにも神能会末端構成員が含まれ、町の人間はこれを黙認している。

当初は空賊による虐殺かと思われたが、徐々に単独犯と思わしき犯人の動向が薄っすらと浮き彫りになった。しかし、誰もそれを受け入れられない。
それが捜査の混乱に拍車をかけている。腐乱臭のもの凄さも加わり、正午過ぎてからは捜査の進展はなく、バラバラ死体の整理に追われていた。

現場から少し離れたところに、神能会は大型テントを張って捜査の前線基地を築いていた。中には怒声を出す男どもは元より、現場の凄惨さに気を病んだ者がうな垂れている者も居る。
その中に、無線機の前に座る一際大きな図体に角刈りの男がいた。

「うむ。空賊に話したら喜んで引き受けた。木戸原じゃ手に終えない筈だ、マトはスコルピオン一家の特攻隊長だ。なにを企んでいるかは知らんが、空賊同士面白おかしくやってくれるだろう。
 それより会長が明日戻ってくる。レアチーズケーキとガラナエールを最高の状態で用意しとけ。」
男は、混乱によって異様な熱気に包まれた前線本部で、一人落ち着いた口調で無線機に語りかけていた。しかし、その声はやたらに野太い。

「戌亥さん!戌亥さん!いますか」ひとりの組員が男を呼ぶ。
「おう、ここだ、どうした?」

男の名は戌亥義武。神能会・会長補佐。やや肥満体ではあるが、筋量申し分ない体付をしている。しかし、顔はお世辞にも無骨とは言いがたい、不細工なものだ。
顔全体に染みがやたらに多い、目は細く、鼻の穴は広く、唇は明らかに薄過ぎる。

「エンデューラで探りを入れていたら、様子が変な宿が一つありました。どうします?」
「いや、今はダメだ。マスコミどもが大陸の外からやってくる。夜、叩け。」
「解りました。俺の子分使って、やってみます。」
「待て、これからTV局に発表がある。それから蛭子兄弟を呼んでおく。手柄はお前の物にすればいいが、あの二人にやらせておけばいい。」

戌亥は、ネクタイを締めなおすとテントから出て行った。




ホテル「ポーン」 午後4:12

スイートルームのバスタブに、茶色く汚れた泡が盛られていた。その側には白い鎧が分解されて、同じく汚れた泡が盛られていた。そこにジオがシャワーで泡を取り除く。
ジオは、仮眠を終えると小屋で見つけた白い鎧をバスルームで洗い終え、一度、着けてみる事にした。
最初に持ち上げた時もそうだったが、恐ろしく軽い。着てみると、殺人鬼に襲われた時に無くしてしまったプロテクターの倍程度にしか感じない。
しかし、金属製で有ることは間違いないのだ。これがなぜ小屋に残っていたのかは謎でしかない。

つま先は鋭く、鋭角的なラインでデザインされているが、脛と大腿は円柱状、腰はブリーフ型で、腹部は蛇腹になっていて動き易く、胸は「人」の字を三つ重ねたように張り合わされ、首を覆う襟部分の厚さも、安心感がありつつ動き易い。
しかし、喉仏がむき出しになっている。元々は兜も加わってここを守るのだろうが、見つけた時に兜はすでに無かった。
肩は球体をさらに台形のパーツが補強し、上腕は円柱状。腕を覆うパーツはかなり凝った作りで、両方とも、小振りな盾のような役目をしているのか、かなり面積は広い。
しかし、銀色の輪のような部品が二つ、的のように付けられている。飾りなのだろうか。手の部品かなり精巧な作りで、これをはめたまま、ジオは難なく十徳プライヤーを操作できるほどだ。
ジオは十徳プライヤーのマイナスドライバーで、輪の部分の隙間をこじってみるが、やはりただの飾りなのだろうか。可動する様子はない。

「ジオ……なにか聞こえる」ソファーで3人を見張るエリーがジオを呼んだ。ホテルの外から何かが聞こえると言うのだ。

ジオとエリーはカーテンの隙間から慎重に外の様子を見た。まだ陽の落ちる気配の無い夏の海と空、その上を飛空船の群れが猛スピードで町外れの浜辺に向かっていた。

「なんだありゃ?」
「TV局やマスコミ関係ね……」エリーは双眼鏡をバッグから取り出して、飛空船を良く見て言った。
「このホテルに泊まるなんて言い出さなきゃいいがな……」

マスコミの飛空船が飛ぶ様子を見るジオとエリーの隣で、TVが新しい情報を流し始めた。二人はそれに気が付くと、TVを囲む。
画面には、仮設の大部屋に集められたマスコミ関係者が、所狭しと集まっている。
おそらくこの段階では大陸内部か、近隣の都市規模が高い島のマスコミしかいないだろう。
そこに、戌亥が壇上に現れた。

『昨夜起こった、この凄惨な殺戮の犯人像が浮かび上がりました。』

「この声!」
「ああ、戌亥とか言うクソッタレだ。」
「思った以上に不細工な顔だわ。鏡見る度に失神してるんじゃない?」

二人は画面越しに不穏な空気を感じていた、この男はなにかをしでかすと。やがて、事件の概要などの後に、新情報を語りだす戌亥。
その内容は、二人をどん底に叩き落す罠であった。

『生存者が唯一人存在し、彼は、犯人がたった二人の男女であったと私に告げてくれました。その直後、彼は息を引き取りました。』
『男女二人組みです。目的は不明。』
『にわかに信じられませんが、男女です。』
『男女。』

戌亥は公共の電波にて、犯人は男女二人組の犯行である事を強調した。それはもちろん、明朝に無線越しに罵りあったジオとエリーの事を指す。

「糞!デタラメだ!」
「こ!殺してやる!面の皮引っぺがして、ゴミ箱のフタの裏に貼り付てやる!」
ジオとエリーは身を隠している事も忘れてTV向かって叫ぶ。

吊るされた三人は、TVから男女二人組みという声を聞くと、必死に暴れ始め、声を上げようとした、

「黙れ!暴れるな!糞ども!」ジオは三人の罵声を浴びせる。しかし、三人はもがき続ける。

エリーは三人を乗せた踏み台を蹴飛ばした。
カラカラと天井に吊るされた空き缶が鳴る。
叫びを声を上げようとしていた三人だったが、今はテープの裏からうめき声がはっきり聞こえる。
足は宙に浮き、暴れる事もできなくなってしまった。もがけばもがくほど、吊り輪は容赦なく三人の首を絞める。

「まさか、連中は本気で俺たちが犯人だと思っているのか?」
「いえ、それは無いわ。連中、あの剣とショットガンを持った死体を犯人じゃないとは思わないよ。」
「抵抗した村人の死体と思ったかもしれないぞ?」
「あんたのレーザーマグは市場に出回ってないわ。あの銃の攻撃を受けたのは神能会の死体だけ。ちょっと推理すれば犯人はあの男だと解ってるわ。」
「となると連中はガキを追っかけ回した事を知ってる俺らを消そうって訳か!」
「そうね。」
「糞!が!どうやって戦えばいい!」
「バーカ。戦わないわよ。逃げるの。」
「どうやってだ、連中、TVであれだけ気合入れてるんだ。組を挙げて探してるぞ?」
「フフン、TV局の飛行船よ。」
「奪ってどうする?運転できないんだぞ!」
「解ってるわよ。それに、今回ばかりは脅して乗ったら、陸についても私達は弁解の余地が無いわ。どうしよう。」
「でも、まぁいいアイデアだ。今すぐどうするか考えよう。」

ジオはそう言うと、三人を踏み台に戻した。三人は鼻で一気に空気を吸入する。娘は完全に泣いていた。テープからは、涙がこぼれ、鼻汁が口元のテープを汚した。

「最初に説明したろ?全部、連中の陰謀だ。」
ジオは三人に念を押すと、エリーと共にTV局の飛空船をどうするか考え始める。

その後、ジオは普段着に着替えると、身を潜めつつホテルの裏口から町外れの海岸へ向かった。
海岸にはいくつかのTV局の飛空船が停泊していた。




午後7:30過ぎ、カーツ帝国属領シアセル王国の民営TV局「チャンネル・ロガ」のスタッフ5人は、森の中をワゴンに乗って、虐殺事件の現場から帰路についていた。浜辺に停泊させた飛空船に向かって。

「ひっでぇ現場だったな……」
「まったく、明日にでも帰りたいよ。」
「こんな所で3日も取材だぜ?しかも木が多いせいで、現場近くに飛行船が止められない。」
「オレ、気が変になりそうっす……」

カメラマン・音声マン・ディレクター、そしてそのアシスタント(AD)が愚痴を並べる。

「さっきからウルサイわよ。疲れに響くわ、だまって運転しなさい。」

ワゴンの後部座席を占有する女性アナウンサーが言った。金髪のセミロングヘアが、悪路と共に揺れる。

「……すみません」車のハンドルを握るADの平謝りである。

この横柄なアナウンサー、男が隣に座ると隣にゴミ袋が置かれたような、嫌悪を示ししてくる。男衆はそれに気を使う形で席を譲っている。
単純に性差別者なのか、先輩の男性アナウンサーにも食って掛かる事で社内でも有名で、今回この凄惨な事件を取材させられたのは、会社からの嫌がらせである。
しかし本人は、重大事件のリポートとして今回の仕事に異常な情熱を燃やしている。王政国家のTV局は、準公務員視されており、彼女のプライドの高さに拍車が掛けているのだ。

浜辺への道を知るワゴンは、そそくさと森を抜け海岸へと出て行った。そして、自社の飛行船の側にワゴンを停めると、男4人は機材を運び出した。
この飛空船は住居スペースを搭載し、なおかつ撮影用の機材を積載できる遠征用のもので、格納庫にはワゴンが一台収納できる。

「おい!大変だ!空き巣に合ってる!!」
飛空船に入った音声マンの第一声に全員が駆けつけた。
ドアロックはマイナスドライバーやプライヤーのような物で壊され、食料と現金は元より資料や予備の機材まで全て奪われていた。

「なんてこった!どうするんだ!これじゃあ取材ストップだぞ!」ディレクターが悲鳴を上げる。

混乱するクルーに一人の若者が声をかけた。

「どうかしましたか?」ジオであった。しかも、例の作業ズボンにTシャツのまま全身ずぶ濡れである。

「そ、そちらこそどうかされましたか?」ずぶ濡れのジオをみてADが言った。
「こっちはボートが壊れて、沖に出てなくて良かった。」ジオは答える。
「それまた難儀な」カメラマンが返した。

ジオは、彼らの飛空船に近づく。

「空き巣みたいなんだよ」ディレクターはジオに力無い声で言う。
「それは多分、空賊の仕業でしょう。」と、ジオ。
「なんですって?」アナウンサーが凄んでジオに言う。
「手口が荒いから骸狼とか言う新興のチンピラ組織だな。いっぺんに積荷を飛空船に積んで逃げたんでしょう。」
「しかし、此処は神能会が治めているから安全だと。」音声マンが異議を唱える。
「ああ、アレだ、北で起こってるその、政治的な動きの影響で、いつもどおりに空賊に睨みを効かせなくなっているんだ。」
「北の共和国との併合だな。あれの影響か。」
「見たところTV局の方ですか?」
「はい。」
「残念だけど取材は中止にして帰ったほうがいいでしょう。今日はこっから北に行ったエンデューラで休むといいです。ただ、事件のせいで閉めてる宿もありますが。」

親切に振舞うジオだが、彼こそが空き巣を行った張本人である。
ジオとエリーは、飛空船を明日中に飛ばせれば良いと考えた。そこで、飛空船を荒らす事に決めた。滞在が困難になった飛空船は、明日にも出発する手はずという算段だ。
しかし、二人で動けば、容疑者の男女として疑われる可能性が極めて高かった為、ジオが単身で忍び込んだ。
ジオは、夕方の内に十徳プライヤーでロアロックを壊すと、金を奪い、食料や撮影機材など持ち運べない物は、近場のボートに集めて沖まで流し、ボートごと沈める。ジオがずぶ濡れなのは、沖から泳いで戻ってきた為だ。
あとはコンテナに深夜のウチに忍び込んでおくという寸法だ。

「そうだな~……でも考えようによっちゃあの反吐が出る現場からおさらばできる!」
「だな!」
「よし、一杯やるか?」
「はい!」

男衆4人はこの事態をプラス思考に考えた。強烈な腐乱臭がたちこめ、まだ何所かに人間の内臓や四肢が転がっている血染めの村など仕事でも二度とは御免であった。
だが、そこに「ふざけないでよ!!」と、女性アナウンサーが声をあげた。

「こんな、取材で上が満足すると思うの?腹をすかせてでも最低でも明日も取材!いいわね!」
怒鳴り上げるとアナウンサーは船内に入っていった。

「なんだよありゃ」ジオは呟いた。
「……嫌な女だ」ディレクターはジオ答えるように呟いた。

船内で女性アナウンサーはシャワーを浴びる準備を始めてた。赤いスーツとスカート、白のブラウスを脱ぐと、薄紫の下着に隠された豊満なラインが露になる。
「まったく、男ってなんであんなにも不真面目なのかしら……」そういいながらスットッキングから足を開放する。

やがて、下着を脱ぎ終えシャワーボックスの戸に手を掛ける。

その途端に、暗いシャワーボックスの中から、何者かの腕が、戸にか掛かった彼女の手を捕らえた。
彼女は、自分の肺が、膨れた心臓に潰されるような恐怖の淵に追い遣られる、さらに、戸の隙間からは、眼と歯がしっかりと彼女を狙っていた。
彼女は、金色のその眼に、一糸纏わぬ体を切り裂さかれるような錯覚を覚え、耳まで裂けたように笑う口から見える白い歯に、はらわた を えぐり つぶされる ような恐怖に蹂躙された。

彼女は決死の思いで、腕を振る解くと船内から駆け出した。

耳を劈くような悲鳴を上げて、逃げ出した女キャスターは砂浜に膝をついて胸と局部を、手で隠せるだけ隠す。
「おお!!」一糸纏わぬアナウンサーの姿に男性4人は歓喜を上げた。しかし、彼女の様子がおかしい事に気が付くと、彼女に各々の上着を貸し与え、彼女に何があったか聞き出した。

「中にいるの!悪魔が!!」彼女は羞恥以上に、先ほど我が身に降りかかった恐怖に精神を蝕まれていた。
「あ、悪魔?」録音マンは自分の商売道具の自分の耳を疑った。

「助けて!助けて!やつを追い払って!」男どもの上着を着て喚きまわるアナウンサー、TV越しには到底ありえない姿だ。

ジオと男衆はアナウンサーの命令どおり中を探索した。しかし、船内には悪魔はおろか、盗人と思わしき人間も見られない。

「ねずみでしょう。中にはだれもいません。」ADがアナウンサーの肩を優しく叩いて言う。

「この役立たず!そんな!間違えないわ!金色の眼をした悪魔そのもののような奴が!」アナウンサーをADを突き放す。

「この文明社会に何を……」と、音声マン。
「現場の惨状でおかしくなったんだろう……」と、カメラマン。

彼女はもう、厄介な同業者から、ただのヒステリー女として哀れみの眼を向けられていた。

「なんにせよ、明日には出発したほうがいいよ」ジオは5人に念を押す。
「ああ、いろいろありがとう。」ディレクターが頭を下げる。
「褒められる様な事はしてませんよ。」


こうしてジオとエリーの策に5人ははまったのだった。

ジオは別れを告げるとエンデューラに向かって歩いて帰った。そして、TV局のスタッフが見えなくなると、全力疾走でホテル・ポーンに向かった。
「あの馬鹿女……一家が逃げたらどうするつもりなんだ!」

アナウンサーを襲った悪魔がエリーであろう事を、ジオは見抜いていた。そこまでは良い。物分りの悪いアナウンサーに念を押せた。
問題は、エリーが部屋を離れた隙に、捕らえたホテルの親子に逃げられる事であった。
ジオはホテルに戻ると、いっきに階段駆け上がりスイートルームへ向かった。ホテルの床には、いくつもの雫が落ちている。ジオが察するにエリーは海に身を潜めて戻ってきたのだろう。
もしや、エリーは逆に捕らえられているのではないか?ジオは慎重に部屋のドアを開ける。すると、暗い室内でもすぐに、緊縛したままの親子三人が確認できた。
外に人の気配を悟らせない為、部屋の明かりは灯されていない。
しかし、ジオは三人の様子が前よりも緊張していた事を見落とさなかった。ジオは足音も立てずに三人に近づいてみる。
すると三人は、それぞれの耳に、細く削られたワインコルクの耳栓が付けられ、後ろに縛られた手で、部屋の電球を必死に握っていた。

「この爆弾、手を離したら爆発するから」エリーがそう言って握らせた物であった。耳栓は、エリーが部屋を出入りする事を悟らせない為のものだ。

当のエリーはシャワーを浴びていたが、ジオは堂々とエリーの居るシャワールームへと入った。どうせ、ビニールのシャワーカーテンで見える事は無いのだ。
案の定、エリーの白い肌の色しか、ビニール越しには確認できない。外に光の漏れないシャワールームには、明かりが灯っている。

「なに?一緒に入りたいの?」エリーはジオをからかう様に、カーテンの端に手を伸ばす。
「アホ言え!眼を離した隙に逃げられたらどうするつもりだったんだ!」
「ごめん、ごめん。でも3人に偽の爆弾を持たせるの思いついたのはアンタが出て行った後だったもん」
「まあいい、一人物分りの悪い女がいたからな。12:00に忍び込むぞ。」
「あんたもシャワー浴びてよ。臭いの嫌だから。」

ジオは無視して、ふと洗面台を見た。バスタブの手前の洗面台には、彼女が着用した水着があった。ジオはよく彼女の貧相なバストな胸に合う水着があったもんだと関心する。

「ねぇ、此処の町さ、ずっと私サングラスかけてなかったけど、あの女(アナウンサー)以外私のこと不気味がった人はいなかったよね。」
「この町に教会は無かったからな。隣の連中がコテコテのサンタリア信者だったからその反動だろ。」
「また、来れたらいいね。」
「……そりゃ無理だろ。」

ホテルを乗っ取た時点で、もうこの町には戻ることなどできないのだ。エリーはそれを解っていて言ってるのかジオには疑問であった。
しかし、エリーは突然、裸にしたアナウンサーの事を思い出し笑い始めた。

「キャハハハハハハハハハハ!あの女、きゃー!だって!」
「良くやったと言いたいが、笑うにしては悪趣味が過ぎるぞ。」
「ところでどうだった?私がひん剥いた年上のおねぇさんの感想。」
「別に。」
「あらそう。そりゃまぁ、ジオには私がいるもんね~~。」
「なんだそりゃ?」
「とぼけて、また照れてるの?」
「まぁ、いい乳してたな~オメェと違って。」

ジオがそう答えた直後、エリーはシャワーの湯を熱湯に変えてジオに浴びせかけた。

「何しやがる!この糞アマ!」
「変態!変態!ヘンタイー!!!」
「訳の解らん女め!」

ジオは熱湯攻撃に耐え切れずバスルームを後にした。




8月10日 午後11:32

一台の乗用車が、明かりの消えたエンデューラの町にやってきた。日の替わる前に、全てを終わらせる為。
マスコミ関係者がこの付近にうろついている為、仕事をこなすのは車に乗る神能会構成員4人だけだ。
神能会直参、戌亥義武の部下二人は、車の運転席と助手席にそれぞれ座り、助手席に座る男は自動小銃の手入れをする。
伊藤と上山は、粗暴なヤクザ者と形容できたが、後部座席の二人はそうもいかない。

髪をピンクに染めた一本三つ編の若い女性と、前頭部の毛の薄い中年男性。二人ともオーバーオール姿である。二人は後部座席で、乾いた血がこびり付いたノコギリ、バタフライナイフ、ペンチ、ハンダごて、エアコンプレッサーなどが入っている道具箱をゴソゴソと弄っていた。
さらに道具箱の隣には、ビデオカメラが用意されていた。

「兄ちん……い、いひひ」
「おお、落ち着け。先に男を殺したら、女の体を華と裂かせよう……ぐへへ」

蛭子兄妹、拷問マニアの殺人鬼。28人に及ぶ女性を嬲り殺しにし、その模様をビデオで撮影した筋金入りの耽美趣味のパラノイアである。
そのスナッフビデオは高額で取引されている。既に大陸の外では、国際警察機構からA級指名手配されているが、スナッフビデオの密売で得た大金を神能会に献金し、匿ってもらっている。
蛭子は神能会の与えたコードネームであり「異形」を示す。伊藤と上山らも神能会の与えた名前であり、本名が漢字であるのは戌亥義武、辻丸和哉などといった一部の幹部のみである。
兄、蛭子亮の本名はラストル・ピッツゥ。妹、蛭子桔梗はライラ・ピッツゥという。

ホテル・ポーンの前に乗用車は止まった。たしかに、人の気配は無い。だが、ここは人が寝泊りする宿のはずだ、例え休日でもそれは変わらない。しかし、今この宿は来訪者の一切を拒む。その不自然さに4人は何者かの存在を確信するのである。
4人はまず、窓にガムテープを張って、ガラスの割れる音を小さくしてから、ハンマーで窓を割って屋内に侵入した。
フロントまで容易く到達すると、帳場にて台帳を覗く。そこには「(神)9時頃、スイート」と付箋が貼り付けてあった。

「スイートルームだ……」

ヤクザ二人は自動小銃をしっかりと構えて、緊張の糸を保ったまま、二階へとその身を運ぶ。
対照的に殺戮を楽しみにする蛭子兄妹は、道具箱とビデオカメラをそれぞれ抱えて、囁き声で階段を上る。

「緊張するの解るけどさ、ボスの女は嬲り殺せって命令を忘れないでね。銃で終わらせたらきっと機嫌悪くなるわ」
「そん時はお前らを代わりにバラすかもな。なんてったて久しぶりの殺しがおじゃんだ。」
「わたしだって久しぶりにビデオを編集したいさ。」

階段を上がりきると、伊藤が兄妹にリボルバーを手渡そうとした。

「二人も一応、銃持ってください。用意しましたら。」
「いや、こいつがある」亮はワイヤー射出型のスタンガンを懐から取り出す。
「銃って下品できらいなのよ。」桔梗も同じタイプの物を用意していた。

4人は各々の得物を構えて、スイートルームの前まで忍び足で到達した。ここまでは予定調和である。
そして、小銃が隙間をぬいながらスイートルームのドアが開かれた。
ヤクザたちが最初に驚いたのは縛り上げられたホテルの本来の主たち3人だ。目を塞がれ、耳栓を付けられている為、4人には気づいていない。

前衛の伊藤と上山は、部屋に入ってすぐのトイレとバスルームのドアを開けて標的が待ち伏せていないか確認する。
続いて、部屋の角に標的がいないかも確認しつつ、標的が眠っているであろう寝室へとゆっくり向かった。
部屋の奥へ進むごとに、縛られた3人の恐怖が伊藤と上山にも伝わってきた。
テーブルの上には、七輪と塩焼きにされたエビの殻が転がっている。

そして、いよいよ寝室へと到達した。しかし、部屋の角にも、ベッドにも標的である男女の姿は無かった。

「気づかれている」4人の答えは同じだった。

ならば、ベットの下かクローゼットに隠れているはずだ。亮と伊藤はベッドの下を、桔梗と上山はクローゼットに銃を向け、慎重に中の様子を探る。
しかし、男女の姿は無かった。

「緊急プランに変更だ、戌亥さんに連絡して、ここを包囲してもらおう。誰かが居るのはたしかだ」

上山がそう言って無線機を取り出そうとしたその時、部屋の外で、扉の開いたような音が聞こえた。
「別の部屋に逃げたのか!?」伊藤と上山は、廊下に出ると、慎重に隣の部屋のドアへと向かう。廊下から、突然襲われる可能性もある為、特別に警戒する。
蛭子兄妹は、スタンガンを構えて部屋に待機する。部屋の中にいない可能性は捨て切れなかったのだ。

伊藤は、いよいよ隣の部屋のドアノブに手をかけた。上山は小銃をしっかりと構える。しかし、その瞬間開いたのは、もう一つ隣の部屋のドアだった。
「いたぞ!」上山は小銃を扉に向けて放った。銃声と共に10発のライフル弾はドアに悉く命中した。しかし、金属製のドアを貫くことは出来なかった。
その直後、「修羅!修羅!修羅ぁ!」という、ひどくしわがれた男の叫び声が、扉の裏側から響き渡った。

同時に、分厚い金属のドアを貫いて、四発のレーザー光が伊藤と上山を貫いた。44レーザーマグの凶弾である。
金属のドアを融解、貫通した光弾の内一発は、上山の頭部にて炸裂。木っ端微塵に砕けた脳漿が廊下じゅうに散らばり、遺体は小銃の引き金を強く握り伊藤の体を撃ち尽くした。
この時、伊藤も心臓が光弾によって爆ぜてしまい、すでにこと切れていた。残りの二発の光弾は、それぞれの腹に入って、はらわたをぶちまけるのだった。

ジオとエリーは、既に此処を発つ準備を終えていたが、神能会が侵入した事に直ぐ気づいて、4人を待ち構えていたのだった。

扉の裏から、ジオは安全を確認しつつ姿を現す。彼は今、白い鎧を纏い、両手にレーザーマグを構える。そして人間屠殺場と化した廊下を悠然と進み、スイートルームへと向かう。左手のレーザーマグを、鉄パイプに持ち替えて。
スイートルームの蛭子兄妹は完全に胆を冷やしていた。廊下に閃光走った僅かな間に、小銃を持った組員が倒され、不気味な声の男がこちらに向かって来るのがはっきりと解っていたからだ。

蛭子亮は寝室の壁に張り付いてスタンガンを握り締め、怪人が来るのを只管待った。桔梗はすっかり脅えて、ベットへと後ずさりした。
その時、ベッドの中身に身を潜めていたエリーが、ベッドを引き裂いて現れた。

「いやー!!」桔梗はベッドを破って現れた悪魔の如き相貌のエリーに、腹の底から恐怖の叫びを上げた。
エリーは間髪入れずに、蛭子桔梗の喉元にバタフライナイフを突きつける。

「動くな!」エリーは桔梗、そして亮の両方に言った。

だが亮も、スタンガンでエリーを撃とうとした。高圧電流さえ流れれば、妹の首に突きつけられたナイフが動くことなどありえないのだから。
しかし、その間に部屋に戻ったジオが、彼のすぐ横で、鉄パイプで振り上げた。

「うわー!!」亮はとっさにジオにスタンガンを発射した。しかし、電極は虚しくも彼の白い鎧に弾かれる。

その直後、ジオの鉄パイプの一撃が亮の意識を奪うのであった。



[18040] violence-09 鬼畜大宴会
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:ecaac828
Date: 2011/10/11 20:52


「おい、起きろ。」

蛭子亮は、不気味なしわがれた低い声によって意識を取り戻す。だが、脳震盪の影響で昨日の晩酌からの記憶がまるで無い。
ただ、漠然と誰かを殺しにやってきたが、それに失敗して捕らえられたという事実を受け入れる。
暗い部屋で、胴、手首、足首がベッドに括りつられ、頭を叩かれた痛みを前に、この状況はソレ以外のなんだと言うのだろう。

「おい!何のマネだコレは!」亮は後先など考えず叫ぶ。

ベッドの横に立つズタ袋を被った白い鎧の男からは沈黙だけ返ってくる。鎧の白は、“骨”を思わせ、強烈な殺意をこちらに尖らせていると亮は悟った。
そして、部屋の外から、「キャハハハ……」とサディスティック極まりない女の甲高い笑い声が聞こえてくる。

---なんだこの笑い声は?妹が女の内臓を生きたまま握りつぶす時だって、こんな笑い方はしなかったぞ?---笑い声は亮で脳裏にてそのように形容された。

いよいよ、国際指名手配犯の自分たち兄妹よりもおぞましい誰かが、このホテルを支配している恐怖が、亮の体だけでなく意識を縛り付ける。

笑い声の主、エリーが部屋に戻ってきた。頭には、鎧の男ジオに同じくズタ袋を被り、片手には蛭子兄妹の持ち込んだビデオカメラを持ち。ブーツは血まみれたであった。
左右非対称な、白と黒と、原色の青い色をした悪趣味極まる服装さえ、この少女の歪さに飲み込まれている。

「さてさて、これから楽しいショーなんて臭っちゃいセリフは言いませんとも。ただ只管、あなたの部下がドギツイ目に会うので~、失神しないでちゃんと見てござんす。プレゼントクイズはまだまだあるから見逃したら、ら、らめぇ~キャーハッハ!」

ビデオカメラに語りかけるエリーは、カメラのレンズを蛭子亮に向けて、彼の縛られた足の裏の前につっ立つ。

「おい、お前の名前は?」そう質問しつつ、ジオは44レーザーマグの銃身を、亮の口の中に突っ込んだ。
「おうが!おあじゃし!!」亮も銃を口に突っ込まれてはまともに喋れる訳が無い。
「甘ったれるな、本当に喋りたかったらそれなりの努力をしろ。」ジオのしわがれ声が亮の耳に響いた。

エリーが亮の右足の小指をへし折った

「あがぁぁぁぁぁぁぁ!」亮は叫び声を上げた。彼にとっては人生で最大の声である。少なくともこの瞬間は---

「ちょっと。悲鳴を上げるということは喋る気無い訳?」残酷極まるエリーの声。
「努力ってモンを教えてやれ。」ジオは、まるで処刑を宣言するように冷たい声で言い放った。

「あいあいさ」エリーはジオの声におどけたように答えると、は先ほどへし折った亮の小指を思い切り引っ張った。

「あがぁぁぁああああ……」彼の悲鳴は、秒刻みに大きくなっていく。本人は自覚していないが、徐々に自分が殺した女達の断末魔に近づいていく。

エリーはそれを聞いて嬉々し、引っ張るだけでは飽き足らず、指をねじっていく。

「がぁぁぁ!!ごああああああがああ!!!」
亮は痛みの余り歯を食いしばり、口に入れられた銃身で歯を折ってしまった。

「歯を折るという事はまるで喋る気がないのね!」

エリーはその間も引き、ねじり続ける。当然、亮の指はちぎれた。

「アッハ!思ったより簡単にとれたぁ~。」
エリーはもぎ取った指を、ジオの隣までやってきて見せる。
「汚ねぇ指だ……」心無い感想をジオは正直に述べた。亮に向けられた残酷趣味ではない。元々、足の先に付いて血の通っていた状態の指と見て、本当に汚いと思っている。

「ごへえぇえええぇ……」銃を口に未だに入れられた亮に喋る術など無い。折れた歯から流れる血を、頬に垂らす。

「ねぇ、おっちゃん。考えてみなよ、どうすれば喋れるかをネ!」エリーは、亮を諭すように言いながら、にこにことに千切れた指から血を、亮の右目に滴らせる。

「あ……ああ……」右目の視界を奪われた事、自分の指が搾られる様に、亮は声を失った。

「ジオ、そいつが話す気になったらすぐに教えてね。」そう言うとエリーはビデオカメラを持ったまま寝室から出て行った。
「ああ」生返事に似たジオの声。

その間も無く、エリーは椅子に縛り付けられ、うな垂れた蛭子桔梗を寝室に運んできた。

「さてさて、CMの後は見所になります淫乱ピンクの超過激映像でおま!わーい!いえー!キャハハハ!」エリーはカメラを桔梗に向けてはしゃぐ。

桔梗の顔には、輪郭をなぞるように、赤く濡れた紐のようなものが巻きつけられている。すくなくとも兄である蛭子亮には、血の乗っていない左目からはそう見えた。

しかし、蛭子亮も凶悪殺人鬼、ラストル・ピッツゥだ。妹の顔に何が起こっているのかを直に受け入れる。
妹の顔に付いているのは、赤い紐ではない。彼女自身の血だ、その事実に恐怖する。前彼らの行った凄惨なる殺人と同じ事が、彼の妹に起ころうとしていた。

「……アハー」エリーはおもむろに、兄妹から奪ったスタンガンを取り出すと、すぐさま引き金を引いた。

その瞬間「ヒイイィィィイ!!」桔梗が獄悶の悲鳴を上げて意識を取り戻す。縛られた身を必死にそらして同時に失禁した。
スタンガンの電極が何所に刺されているは解っていた、しかし兄としてはそれは考えたくなかった。しかし、スタンガンのワイヤーは明らかに桔梗の尻の下に敷かれていた。

「あ!ああ!あやはあ!!」蛭子亮は必死に拷問をやめてくれと叫んだ。

こんな状態では喋れないのは当たり前ではないか。しかし、ジオの耳にもエリーの耳にその嘆願かない。あくまで喋る為には努力の二文字を示せという。

「兄ちゃん!兄ちゃん!痛い!顔が痛い!痛いよう!」桔梗は縛り付けられた兄の姿を見て、顔の痛みを訴える。

「あんら、兄妹だったの?じゃあ早く喋らないと、妹さんお嫁どころか表に出れなくなっちゃうよ」エリーはそういいながら、持っていたカメラを三脚に固定し、ピントを桔梗の顔に合わせた。

ビデオのセッティングが終わると、エリーはバタフライナイフを片手で広げると、彼女の血が滴るアゴの先へと、その切っ先を運んでいった。桔梗の顔には、既に顔の輪郭を縁取るように、ナイフの刃が入れられていた。
エリーの握るナイフがいよいよ彼女のアゴ先の皮の裂け目に突き立てられると、桔梗はその全てを理解し「イヤー!お兄ちゃん助けて!お兄ちゃん助けて!お兄ちゃん助けて!」と何度と無く、兄に助けを求めて叫び狂う。
兄、亮は苦しむ妹を前に叫び続けた。しかしジオは容赦せず、決して銃身を彼の口から出す事はしない。

「さーて!ピンク髪の美女のカワハギショー!18歳未満のお子様をお連れの場合はご配慮をお願いします。ちなみに私は15だけどねーキャーハハハ!!」
そう言うエリーの手元のナイフは、既にアゴ先の皮を貫いて桔梗の唇の裏と、前歯の間で踊っていた。

その様を見て、蛭子亮は目を瞑ってしまった。苦しむ妹の姿を目の当たりにしても、何も出来ない。何が起こってもどうしようもできない。彼は現実を放棄した。
しかし、エリーが眼をそらす事など許すはずは無かった。

悲鳴。そしてまた悲鳴。蛭子亮が二回悲鳴を上げると、眼前には再び、煉獄に晒される桔梗の姿が現れる。今度は眼を逸らす事はできない。亮の目蓋はホッチキスで頭蓋に止められてしまったのだ。

エリーのナイフが再び桔梗の下唇の中で踊り始めた。震え、新たに失禁する桔梗。

「Let's Got into 4」-死ぬがよい-と、エリーは、桔梗にはっきりとこう告げた。

その後は地獄だ。エリーは最初、桔梗の顔の皮を、下から上へと剥ぎ取ろうとしたが、歯茎など、口の中の皮膚は力任せにいっきに引き剥がす必要があった。しかし、エリーは時間をかけて皮を剥ぐ事を選択。
時計回りに桔梗の顔の、肉と皮の間をナイフで裂いていった。桔梗が激痛で失神しようとすれば、スタンガンの引き金を容赦なく引いた。意識を一瞬でも失う事すらゆるさなかった。
顔の半分ぐらいで、桔梗は自分の舌を噛んで死のうとした。残念ながら迷信だ。舌を噛んだ所で人間は死ぬわけがない。歴史上、幾人もの人間が到達した絶望の深淵触れただけに過ぎなかった。

地獄の底に落とされた兄妹の悲鳴が延々と続く。断末魔とてここまで酷くは無い。

あまりの事に、共犯者のジオでさえズタ袋の中で眼を逸らした。

幸いだったのは、ジオと共に島暮らしの長かったエリーは、およそ300秒で桔梗の皮を剥ぎ取った。もし、素人ならば倍以上は掛かっていただろう。

「白い蕾は見事に開き、ピンクの茎の先には、見事な血肉の華が開花したのであります!拍手!拍手!ハァークシュ!はー、クッシュン!誰か私の噂したのかしら?」
真っ赤に染まったバタフライナイフと、桔梗の顔の皮を、血で汚れた両手で掲げてエリーはカメラを前に腰を曲げ、ズタ袋を被ったまま悩ましいポーズを取った。

醜悪の限りである。蛭子兄妹は同じ事を行っては、殺戮に酔いしれていたのだ。これはその報いと言えるだろう。しかし、その報いを行使するのは彼らと同じ、いやそれ以上の異常者だ。
何せ、エリーは先ほどから、殆どはビデオカメラに向かって語りかけているのだ。眼前の自らが刻む地獄絵図を、画面の向こう見せる事が最大の目的となっている。
ここまでの残酷の限りを桔梗に与えたところで、彼女はカメラの向こうに居る誰かに、これ以上の残酷を、その莫大な悪意の刃を振りかざしているのだ。

そんなエリーのズボンのポケットから、上山の物だった無線機が鳴った。
『こちら戌亥。どうだ?そろそろ一人目の足を潰した頃合か~?』戌亥からの、仕事の進行状態を確認する

「あ、あああ!ああああ!!」亮は戌亥に気づいてくれと必死に叫ぶ。しかし、それは無線機だ。スイッチを押さない限り彼の超えは届かない。

「きゃははは!呑気な奴。」
エリーは無線機に応答する前に、スタンガンをもう一つ取り出す。起用に二挺のスタンガンの引き金に指をかけた。新たに加わったスタンガンのワイヤーもすでに、桔梗の尻に敷かれていた。
エリーは引き金を引いて暫くしてから無線に応答した。

体を内側から引き裂かれるような激痛が、心身ともに犯しつくされた桔梗を容赦なく蹂躙した。

「いま痛めつけてる所です!ビデオにとってますからお楽しみに!」エリーは桔梗の声色を真似てみて言った。
『よし!そのまま続けろ!』

戌亥には、桔梗の叫び声が混じって、エリーの声色を見抜くことはできなかった。無線の向こうで、部下の悲鳴とも知らず下卑た笑みを見せる戌亥が居ると思うと、エリーはますます滑稽に思えて大笑いをする。
蛭子亮は、遂にまどろみ始めた脳裏にて、この笑うズタ袋の中で、巨大な蠅の頭が複眼と汚い口を蠢かせている様子が浮かび上がった。ベルゼブブの美しい笑い声、確かに、ここは地獄に相応しい―――

ジオとエリーの異常極まる凶暴かつ残酷な人格にとって、殺人及び暴力行為などに不快感を覚える事は無い。むしろ今回の一連の事象は、常々自信に言い聞かせてきた「悪意」のタガが外れたに過ぎない。
残酷な殺人鬼を前にしても、それに並ぶ残酷か凌駕する残忍をもって、暴力の限りをぶつける事ができる。殺戮の中で、闇に飲まれたのではない。闇そのものであり、闇の中にて輝きを増し全てを焼き尽くす光と化していた。

エリーが笑い終える頃、桔梗はついに絶命した。
蛭子亮は、その様を見ても、取り乱すことはなかった。眼前であれだけの事をされたら誰だって死んでしまう。
兄は、ただ、ただ、無念無念を、動かぬ口で呻いていた。

「あ、私。初めて止め刺したんだ。」
「えん?」
「昨日の連中のトドメ刺したの全部ジオだったじゃん。私のお初はこのピンクって訳。」
「へっ!初めての殺しが女の面で皮剥きかよ。外道ぶりに磨きがかかったな。」
「むぅ~……いけずぅ。」
「とりあえず、お前代われ。拷問の趣旨変わってるじゃねーか」
「えー……」
「えーじゃねぇよ、お前みたいに三流の漫画家が描いたようなキチガイに刃物持たせた俺が間違いだった」

エリーは不機嫌そうに、ジオと拷問士の役を代わった。エリーは、カメラを亮に向け直すと、桔梗の顔の皮を亮の顔に被せてから44レーザーマグを亮の口の中へ入れて構える。
まだ暖かい妹の大切な顔が自身に張り付いた瞬間。彼は、いっそ白痴になってしまおうと―――彼の脳細胞から血が引けていった。

「悪趣味も大概にしろ、気色の悪い。」
「精神的ダメージって奴よ。あんたみたいな野蛮人じゃやり過ぎて、こいつまで殺しちゃうのがオチよ。」

エリーの所業に呆れはてるジオではあったが、情け容赦なく、亮の足を鉄パイプで滅多打ちにする。
何度も何度も、骨が折れようが肉が爆ぜようが、力任せに棍棒を振る。激痛が、亮の脳細胞を動かし始めた。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」一番大きな叫び声だったが、当に馴れたジオとエリーには無視するに値した。

気絶はおろか、狂う事すら許される鬼畜どもの宴は一体どこまで続くというのか。

「あんた、もっと楽しそうにできないの?」
エリーが、鉄パイプを延々と振る続けるジオに、一聞、無茶苦茶な注文をつけた。しかし、人間という生き物は普通ここまで堕ちれば加虐欲というものに火が着いて狂乱と形容できるように敵を攻撃するものだ。
しかし、ジオはこの拷問をまるで、面倒な仕事をこなすように黙々と続ける。普段、殺気を込めて「修羅!」と叫ぶ事はあるのだが。
実際、ズタ袋の中の彼の顔は、本当に面倒な仕事をする労働者の表情に近い「もう喋らないかな?」と、彼が喋る気になるのを待って、只管彼の足を叩いている。

「例えば?」ジオは鉄パイプを振るう手を止める事無く、エリーに切り替えした。
「歌でも歌ってみたら?」

「……」ジオは一旦、仕事を止める。すると間も無く、フレーズが浮かんだようで、作業を再開した。

「チャーチャララーテッテー!」一応、伴奏から口ずさむジオにエリーは思わず微笑んだ。

「忍び足の鉄の爪♪ キチガイ病院が延々と叫ぶ♪ パラノイアへの毒々しい門♪ 21世紀の精神異常者♪」

ジオは一応、リズムにのって作業を進めた。しかし、一体何がたのしいのか?やっぱり俺の惚れた相手はキチガイなのか?ジオは自問自答する。

「二番は?」件のキチガイがアンコールを要求する。
「……血だらけの有刺鉄線と拷問台~♪」

「まって!」
「何歌ってもいいだろうが気持ちの悪い!」
「違うわよ!喋る気になった。」

既に足の殆どの骨が砕けはれ上がり、足というよりも幼稚園児が棒状に丸めた油粘土から、太い骨がむき出しになったような状態だった。
亮は、自分の舌で必死に44レーザーマグの銃身をどかそうとしていた。
彼もまた、異常者であった故に、この狂宴に一先ずの中断を呼ぶ事に成功できた。

「うそつくなよ。わかるな?」
亮の妹を惨殺し尽くしたスイートルームの寝室よりも、さらに黒いジオの瞳がズタ袋の中から亮の顔を覗いた。

「はい」
亮の魂は完全に抜けてしまい、足の壊れた彼は、ただ言葉を発する事の出来る躯に変貌していた。
かつての猟奇殺人鬼の快活さはどこにも見当たらない。

「名前は?」
「蛭子亮」
「お前は神能会か?」
「はい」
「神能会は“カンジー”のコードネームを貰ってるとTVで聞いたんだが本名は?」
「“カンジー”じゃない漢字だ、 ラストル・ピッツゥです」
「なんで俺らを狙った?」
「仲間を殺したから、 子供の事を知ったから」
「なんで子供がまずい。」
「僕たちが、空賊を雇って攫わしたからです」
「なぜさらった!?」ジオは口調を強くした言った。

「報酬だった、 新しい会長、勝偉さんはなにかデカイ計画を進めていて、北の、キャピタルの空賊とマフィアを抑えとく必要があった。そこで“パペット”の親玉に直接、その抑える役を頼んだんだ。」
「パペット、薬屋のか?」

犯罪組織パペットは、空賊界隈における麻薬密売組織の頭目である。
ビートー共和国軍・カーツ帝国軍・シーカーギルド・義賊連盟(空賊ギルド)らの共同作戦による奴隷商船団滅戮作戦、通称『獄落の一週間』による空賊ワーグナー一家壊滅以降は、麻薬のみならず、財力・武装・兵力において、空賊界最強とされる組織となっている。

「パペットの親玉は、歳は90過ぎた異常性欲者のロリコンでな。男でも女でも30人用意すると言ったらナニをおっ勃てて、今回に限らず、神能会と同盟を結ぶ事になった」
「30人だと……」
ジオは報酬と扱われる30人の子供たち末路を憐れに思う。しかし二日前の夜に現れた迷子が、そのような扱いを受けていたとなると、その子が声を殺して泣いていた事に合点する。

「ここまで四人できたの?」エリーが新しい質問をした。
「……はい」

亮が「はい」と答えたあと、エリーは部屋に備え付けられていたケトルで沸かしておいた湯を亮のボロボロの足にかけた。
「うぎゃああああああ!!」
「見張りが居るはずよ何所かにね!!」

続いてエリーは亮の左耳の中に、人差し指を突っ込み、耳を、耳の中の皮ごと引きちぎった。

「ぎぃぃぃ!」
亮の絶望で焼き尽くされた脳が、再び苦痛の業火に晒される。さりとて、灰と化す事は無いのだ。

「言え!」
「2人ぃっい!あと、あと2りぃぃぃぃぃ!!!」
「今どこにいる?」
「知らねぇよ……戌亥さんが、お前たちをやったと思い込んでいたらもう居ないかも……」

亮の言う通りだとしても、それは希望的観測に過ぎない。見張りをどうするか、ジオとエリーは考えた。
ものの3分で、最良の計画を思いつく。

ジオは無線機を亮の頬にあてがった。ジオは、見張りの二人に無線機の周波数を合わせる。
エリーは、床に散らばる桔梗の血で、壁に文字を書いた。「おい、表にガキが宿の前に居たんだ。町の方に逃げたが、一応探してくれ。」

ジオが無線機のスイッチを押すと、亮はエリーが妹の血で書いた字を読み上げた。
その後すぐ、外では、神能会のジープが一台、町の中へと消えて行った。

「神能会の構成員は何人だ?」ジオは新しい質問を始めた。
「直下に100人、それぞれが組を構えていて総計すれば、1000人だ、末端を入れたら5000人はいる。」

5000人という大所帯。ジオとエリーは言葉を失った。
新暦世界の人口は正確な数など解らないが、10億人もいないだろう。そんな中で5000人もの規模の犯罪組織がのうのうと存在することに驚愕した。

「勝偉って会長の拠点は?」
「ここから北のデリカから、東に離れた屋敷……いや、あれは要塞だ。最侠要塞 天堂がそれだ」

「ありがとう。死ね。」ジオは平然と言い放った?
「そんな!約束が違う!!」
「そんな約束した?」エリーがジオに聞いた。
「いや」

ジオはそう言うと、レーザーマグの引き金を引いた。しかし、それには安全装置が掛かっていた。蛭子亮はそうとも知らず、失神してしまった。

すると、エリーはビデオを三脚ごと抱えて、自分を移しながらこう言った。

「今日の映画、あなたのハートには何が残りましたか?さぁ、お待ちかねのプレゼントクイズ。私の“はつたいけん”のお相手は?ご意見ご感想を寄せて、また哀れ部下を差し向けてお答えください!次週は、『やくざ残酷秘録 四肢切断』主演は戌亥ちゃん!」
エリーはこの言葉をビデオの締めにして電源を落とした。

「これだけやれば、会長様とやらを、キチガイ二人が暗殺しに来ると思い込むだろう。」ジオはズタ袋のなかでほくそえんで言った。
「同時に、この生き証人が私達の残酷さを語り続けるわ。単身で戦う気はなくなるでしょう。」

この拷問劇はジオとエリーの巧妙な策略であった。二人が異常者である事を印象付け、神能会の情報を探るフリをした。
狂人が、会長を狙う事を考えれば、組織は間違いなく大陸内部にのみ矛先を向けていくだろう。
二人はこのあと、チャンネルロガの飛空戦に乗り込み、大陸の外に出てしまうので、それはマスマス好都合であった。

「しかも、それが凶悪殺人鬼なら、噂も広がりすぎる事は無いし、公表もされない。」
「びっくりしたわ。ニュースで引っ張りタコだった有名人がこんなところに。」

尚且つ、ジオとエリーは、1年前にTVで見た蛭子兄妹、ピッツゥ兄妹のスナッフビデオ密売事件のニュースを覚えていたのだ。
匿われているであろう、二人にどんな酷い目を会わせても、公表される事はありえない。
神能会にしても犯罪者を匿っていた事は公にできない、生き残った亮も、妹の無念を晴らそうと名乗り出た所で、待っているのは惨たらしい処刑だ。
蛭子亮が気を失って、ベッドで失禁しはじめた頃、エリーは、鎧を脱がないでいるジオに聞いた。

「その鎧、重くないの?」
「それが恐ろしく軽い。荷物がかさばってもなんだ着ていく。」
「船降りたらどうする?」
「今話す事か?」
「別に」
「……飛空船を持ってるTV会社があるって事は、今まで行った所よりも、裕福な島かもしれない。そうなったらそこでどうにかして金を作って、中古の小型飛空船でも買って、テント積んで、それを拠点にシーカーやるしか無いな。」
「ねぇ、ジオ……」
「予定が延びたのはコレが始めてじゃねぇよ……それに銃、いい鎧まで手に入った。あとは長距離非行できる飛空船だけだ。今度こそは操縦方法を覚えておいて、空賊から奪ってみせるさ。」

ジオとエリーの旅の最終目的は、生まれ育った島を乗っ取った教祖、ケーンを抹殺し、自分達を迫害した島民への報復を果たす事である。
その実現には、武器は元より、外界からはケーンにしか見つけられなかった“島”を探し出す為の、長距離飛行可能かつ、船上での生活が可能な規模の飛空船が必要である。
そこで、デッドライン北部に位置する造船所を構える町“キャピタル”を目指して北上を続けた。キャピタルに根城さえ構えていれば、金を溜めてさえおけば、そのような飛空船を手に入れるチャンスに恵まれていたからだ。
しかし、ジオとエリーの、デッドラインでの冒険は、予定よりも早く打ち切りに向かっていた。当初目的としていた、北部に位置する造船所を構える町“キャピタル”への到着を見ぬままに。

ジオとエリーは、身の安全は当然ながら、新たなプランに向けて、チャンネルロガの飛空船に向かうべく歩き始めた。リビングにはもう荷物が纏めてある。

だが、二人が歩み始めた瞬間、エリーが殺したはずだった桔梗が、自分の体に巻きつけられたロープを引きぎり、椅子を足を圧し折る。桔梗は奇跡的にも息を吹き返したのだ。
死中から脱した彼女の肉体は、捨て身の怪力を得て、自由になると、兄と共に自参した拷問道具の中からノコギリを抜き出した。

桔梗が蘇ってからノコギリを手に取るまで僅か3秒。ジオとエリーはまだ悲鳴すら上げていない。
桔梗は振りかざしたノコギリで、ジオの顔をズタ袋ごと引き裂いた。そのままジオは床に尻餅をつく。

「コレでワタシとオンラジら!!」唇の無い口で、ノコギリを振り回す桔梗は気の違った絶叫を上げた。

「この野郎!」エリーは側にあった、ソウンオフショットガンで桔梗を撃ち抜いた。このショットガンは、帳場にあったのを拝借したものだ。
桔梗の筋繊維が剥き身となった赤い顔を、ショットガンの粒弾の一つ一つが、容赦なく筋を抉りぬいて、頭蓋を突き抜け、脳や内臓にて着弾した。桔梗は完全に死んだ。

エリーはジオをリビングに運んで、自分とジオのズタ袋を脱がした。

最悪であった。ジオの顔には、頭部左上の前髪あたりから、ノコギリの一撃で、右の頬まで一直線に切り刻まれてしまった。傷は鼻を避けて、右目の涙腺を抉っている。
おびたたしい出血量は、既にジオの顔を隙間無く血だるまにしていた。

「エ、エリー?どうなってんだ?オレの顔はどうなってんだ!」痛みの余り、ジオは涙を流しながらエリーに縋りつく。内、右目から流れるのは血涙だ。

「俺の顔はどうなってるんだよ!エリーー!!」ジオはエリーの肩をゆすって言う。
「ジオ、落ち着いて、病院にいかなきゃいけないわ……」エリーはジオをなだめ様とする。
「畜生!右目が見えねぇ!畜生!死にたくねぇ!死にたくねぇよ!エリー!助けてくれー!!」ジオは続けて泣き喚く。

「お願いだから黙ってよ!みっともない!」エリーはジオをまるで恫喝するように言った。
「俺は死にたくねぇ……俺は……死にたくねぇ……」ジオは、声こそ抑えるが、その声はすっかり脅えて、平静さを失っている。

その中で、目を覚ました亮の、発狂した笑い声が部屋じゅうに響き渡っていた。妹、桔梗が息を吹き返すと同時に、シンクロするように目を覚ましていた。そして、目の前で妹は二度殺されたのだ。
ジオとエリーという自分達兄妹を遥かに凌ぐ猟奇を前に、恐怖で締め上げられていた狂気が完全に暴走を始めたのだ。

敵の狂気の笑いと、伴侶が正気を失いかける中でエリー・クランケットは気丈だった。ジオの危機が、普段は騒々しい彼女を、冷血可憐なる女傑に変えていた。
とりあえずエリーは、バスルーム残っているタオルをジオに渡した。

「ジオ、これで傷を抑えていてね。私は宿のフロントから町の地図を取って来るわ。そして病院に行きましょう」
「解った……でも、早くもどってきて……」ジオはワザと弱々しい声を出して言った。
「それと、アイツ、今笑ってるけど、殺しちゃ駄目よ。奴が生きてないと、神能会は矛先を外に向けるかも知れないわ。」
ジオは黙って首を縦に振った。

そんな中で、宿主一家の三人が異変に気が付いて身をゆすっていた。それはいったい何時からなのかは解らないが。エリーはとりあえず、3人の首にかけていたロープをバタフライナイフで切り離す。
3人はそのまま床に倒れた。全く自由の身とはいえなかったが、首に纏わり付く恐怖からの解放に、形容しがたい安心を得た。
エリーは3人の耳栓を外すと言う

「別に許せとは言わないけど、生かしてもらうだけ感謝してちょうだいね。」

エリーはジオを置いて一階に向かう。すぐに、帳場で地図を見つけると、エンデューラの町の中にある病院の場所を知る。
地図を持って、二階に戻り、荷物の入ったカバンを背負うと、ジオに肩を貸して部屋を後にした。

そして、厨房を抜け、裏口に付く頃、ジオの顔を抑える白いタオルは既に、真っ赤に染まっていた。




8月11日 午前01:13

エリーは大事なく、地図描かれていた病院に顔を裂かれた---と、云うよりもえぐられたジオを連れてくる事に成功した。
エンデューラの路地では、ジオが溢した血痕が月光を浴びる。
二階建ての病院はすでにシャッターが閉まっていた。しかし、そのシャッターには赤いペンキで「*急患はいつでも対応*」と書かれている。

エリーはインターホンのボタンを押して「通り魔にあった」とだけ告げる。すぐさま、シャッターが鈍いモーター音と共にゆっくりと開き、医師が疲労を貯めた顔で姿を現した。

普段なら、この医者も寝息を立てていた時間だが、件のサンタリア達の身に起こった惨殺事件の捜査に協力しており、偶然にも、病院へと戻って間もない時期であった。
建物は二階建てに見えたが、二階の殆どは医師の家であり、入院スペースは4人分程度しかない。実質診療所と言うべき規模であった。

「ひどい!一体どうしたんです?」ジオの傷を見るなり、医師は驚愕する。
「頭のいかれた二人組に襲われたの!お願い!彼を助けて!」

ジオはすぐに担架に乗せられた。診察室、治療室、階段にエレベーター等を過ぎて、最奥の手術室へと運び込まれた。

自身の流した血で赤く染められたジオの顔であったが、医師が消毒用アルコールで拭ってみると、すでに蒼白とした容貌であった。

医師はジオの鎧を全て脱がすと、電極パッドを胸に貼り心音を取る。

ジオは意識こそ保っていたが、心音は今までのどの急患よりも弱々しかった。が、医師は関心した。この男と呼ぶにはやや幼い患者の肉体は、おそらく出血量を抑える為に一種の仮死状態に陥っているのだと。
というのも、意識を保っている事上に、これだけの心音の弱さに関わらず、担架に乗せた時と、鎧を脱がせた時の患者の筋肉は力強い反応を示していたのをハッキリと覚えていた。
何よりも、患者の眼の力強い事。眼は痛みのあまり涙こそ流していたが、純粋で澱みない黒い眼は、獰猛なまでに生に執着を訴える。

医師はこの強烈な生命力にひれ伏しつつも、ジオに麻酔をかけた。ジオの目は澱みのないまま、瞼をゆっくり閉じて行った。

医師はエリーに患者の、ジオの血液型を聞いた、しかし、エリーもジオも、自分たちの血液型など知らないままに生きていた。
そこで医師は、常に備えてある汎用の人工血液を点滴に繋いだ。無論、効果は生き血を輸血するより時の半分以下であるが、処置中にこれ以上の出血によるショック死は避けることができる。

その他の準備を迅速に終えると、医師は本格的な処置を始めた。
医師は神経、血管、筋繊維、皮下組織、そして皮膚の順番に馴れた手つきで縫合していく。とはいえ、一時間掛かる事となった。
その間、エリーはジオの右手をただひたすら握った。

額左の頭皮から頭蓋を抉られたジオの傷は縫合こそされたが、内出血は依然避けられない状態にある。
医師は止血剤と解熱剤をジオに与え、顔をしっかりと包帯で巻く。そして、エリーに「絶対安静」と、ジオの入院を命じた。
エリーはこれに、ただただ「ハイ」と答えた。要は、チャンネルロガの飛空船が出発する前に忍び出せば良いのだ。医師が寝息を立てればジオを担いででも抜け出そうと、エリーはしたたかに考えていた。

医師は、病室の支度をすると、エリーに告げると、二人を置いて手術室を後にした。

(なにも慌てることは無いわ……)
エリーが麻酔の中にいるジオの手を握って、そのような事を繰り返して考えながら10分ほどの時が流れた。

そこでエリーは、車のモーター音と、タイヤが地面を蹴る音を耳にした。

「なんて事!」とエリーは心の中で叫ぶ。

そのモーターとタイヤの音は間違い無く、神能会のジープ車両の物であったからだ。

ジオが溢してしまった血痕を辿ってここまでやってきたの?と、考えるも、神能会がなぜ此処に来たのか憶測を立てるだけ無駄であると、エリーは即座に悟る。
そしてエリーは何か手を打たねばと考える。しかし、普段、悪企み考えてくるジオは、彼女に手を握られながら、完全に麻酔の昏倒を漂っていた。
エリーはそんな中で、なんとかしないと、なんとかしないと、と繰り返し自身の心に言い聞かせる。

そこに、医師が手術室に戻ってきた。エリーは彼と顔を合わせるなり、どう利用してやるべきかと、真っ先に考える。
だが、医師はエリーのすぐ傍まで、早足で近づくと、エリーの手の甲を解剖用の太いメスで、重なっているジオの右手ごと貫いた。

「いっぎゃぁあああ!!」エリーの悲鳴が手術室に木霊した。

メスの柄はエリーの両手と、間に挟まるジオの右手を繋いでしまう。

「この汚らわしい殺人鬼が!」
医師は眉間に深い皺を寄せに寄せ、怒りに震えてエリーの首を絞める。否、絞めるのではない。医師は無意識にも、エリーの細い首を圧し折ろうとしていた。

「よくも!よくも!あんなに酷い事を!お前たちに殺された者たちの無念を受け取れ!」
この医師は完全にジオとエリーが件の虐殺事件の犯人であると思い込んでしまっていたのだ。
あの虐殺現場の惨状を許すことができなかった、例え、自分の行為が医師にあるまじき私刑だとしても、医師の誇り打ち砕いた怒りは制御などしようが無かった。

エリーは、そうと解りながらも医師に反撃を試みる。このままオメオメと殺されてなるものかと。
エリーは、力いっぱいに、両手を貫くメスを引き抜いた。メスの柄が肉をさらにこじり、手甲の骨に当たたる。強烈な痛みを伴ったが、右手は一応自由となった。
しかし、左の手の甲はメスの柄が貫いたままの状態だ。だが、エリーは腕が自由に動くようになると、手の甲に引っかかったままのメスで、医師の顔を目茶目茶に掻き毟った。額や眉間の皺を縦に裂き、頬の皮を捲くった。
しかし医師は首を絞める手を緩みさえしない。顔中血だらけになりながらも、この悪鬼を倒さねばと使命さえ感じていた。
医師からみれば、エリーの金眼碧髪はサンタリア教団の言う悪魔そのもである。

エリーは顔を真っ赤にし、目が飛び出しそうになりながらも、左手に付いたままのメスを、首を絞めてくる医師の耳に入れた。

「ぐあ!」ついに医師の手が緩む。

エリーはすぐさま医者の腹を蹴飛ばす。医者は尻餅をついて倒れる。続けてエリーは医師の顎を蹴り上げた。医師は、この一撃でいとも簡単に床に倒れた。

そして、エリーはジオが麻酔を大量に投与されていなか、毒を盛られてはいないかと生死を確認する。
「良かった、生きてる……」エリーは安心するとつい言葉を漏らした。

エリーは持ち出したバッグの中に入ってある、ブルバックライフルを構えて、手術室を出る。そして壁際から慎重に、玄関のガラス扉越しに外の様子を伺う。
やや、離れた位置に、神能会のジープ車が確かに止まっていた。おそらく、蛭子の言っていた見張り役の二人であろう。

エリーは考える。二人をどうやって始末すべきか。余裕は無い。おそらく中で何か起こったと解れば、直に援軍を呼ぶだろう。いや、もう呼んだあとかも知れない。
壁際からは玄関の他に、エレベーターが見て取れた。さらに、その横には階段が見て取れた。

エリーは一か八か、奇策を思いつくとジオの元に戻る。極僅かだがジオの麻酔が若干抜けていた。

「……?えりー?」ジオは虚ろな目を泳がせて、呂律の回らない声でエリーを呼ぶ。

「大丈夫。なにも気にしないで。寝てなさい。」そう言いながら、エリーはジオに白い鎧を着せていく。万が一に備えての事だ。
そして、エリーはジオを乗せた担架を押してエレベーターに向かい始めた。




医師は、どうしてもジオとエリーに不信感を拭えなかった。エリーの云う「いかれた二人組」という言葉に真っ先に件の虐殺事件で、神能会が公表した犯人像を思い浮かべたのだが、
犯人の凶器は、エスペイダ大陸および付近の島に伝わる製法の鋭い切れ味を持つ“刀”とみて間違い無かった。しかし、ジオの顔に深く刻まれた傷はどこにでもあるようなノコギリによるものであったのは間違いない。
あの悲惨な事件の犯人が再び凶行に走ったが、返り討ちにあったのでは無いか?とも考えられた。
そこで、医師は、今日何度も凄惨な現場で話し会った男、神能会の新会長の直参である戌亥義武に、どうも疑わしい男女が患者として入ってきた事を無線機で告げた。

知らせを受けた戌亥はまさかとは思いながらも、蛭子兄妹に無線を入れる。しかし返事はなかった。
戌亥は、憤りを隠せぬ声で、見張り二人に蛭子兄妹の異変を告げた。

目撃者らしき子供を探していた見張りの二人は大急ぎで、ホテル・ポーンへと戻っていく。そしてすぐさま、蛭子兄妹らが侵入したレストランのまどからホテルへと入って行った。

彼らが最初に目撃したのは、破裂して、廊下じゅうに血をぶちまけたような伊藤と上山の原形を留めぬ無残な遺体だった。
互いの内臓が乱暴にかき回されてもはやどちらのものか識別できなくなっていた。
血ぬられた壁に、ひと際ドロリとした塊も目撃していたが、これが脳みそだと気づくこと無く、惨状にひたすら嫌悪感を覚えた。
が、そこは天魔鬼神も黙らせる神能会直参。嘔吐感や恐怖などと言った、凡夫の感情などなく、ひたすら仲間を殺された事に憤りを覚えながら、スイートルームへと突入した。
リビングには、緊縛されていたホテルの家主一家。そして寝室に、凄まじい拷問によって顔を奪われた桔梗の遺体があった。そして妹の顔の皮を、顔に貼り付け笑っていた、蛭子亮だった狂人がベッドの上で笑い続けていた。ホッチキスで固定された瞼から剥き出しされた眼球は、その笑い声以上のおぞましい何かを暗い部屋中に放出していた。
二人は、ホテルで何が起こったのか、解る限りの事を最高指揮官である戌亥に伝えた。「止む得ない!殺せ!」無線機からは怒声が飛んできた。

衰弱した人質は足手まといであったし、狂った殺人鬼を解き放てば、悪い事しか起りえない。2人は戌亥の命ずるままに、この地獄で狂った哀れな鬼を、地獄に置いたままホテルを後にした。
そして、医師の居る病院へとジープを走らせた。




見張りとして派遣されていた神能会の組員二名は、知らせをくれた病院から少し離れた―――病院全体を見渡すことが出来る場所に陣取っていた。
この二人は自動小銃に加えて手榴弾を用意こそしていたが、病院内では一般の病人に被害が及ぶ。そうなれば、浜辺に大挙している外界のマスコミから非難は避けられない。神能会十三代目黄龍、神能勝偉の“大望”実現の為には決して起きてはならない事だ。
そもそも戌亥直下の残りの26名が結集するまで持ちこたえれば、後で2人を、生まれた事を後悔するまで心身ともに徹底的に侵し尽くし、じっくりと潰してしまう事ができる。伊藤と上山、そして辻丸組の組員に極甘なる鎮魂の悲鳴を二人に上げさせる事ができるのだ。
二人は、ただ只管、病院の外から敵が出てこないか、真剣に見張り続ければよいのだ。

しかし、シャッターの開いている病院の玄関のガラス扉の向こうに、エリーが姿を現した。院内のエリーは、もうブルバックライフルを装備していない。
彼女はまるで無防備な状態に見えた。鎧を着せたジオを乗せた担架を転がして、エレベーターを前にして廊下に立っている。

ヤクザ二人はその様子に気がつくまで、女を輪姦して嬲り殺しにするのも一興だと考えていたが、実際の女は想像以上に気味の悪いありさまだ。
薄く青みがかったショートカットに、瞳はなんたる事に金色に輝いている。血で汚れた左右非対称の悪趣味な白黒シャツ。間違ってもレイプしたいと思えるものではなかった。
加えて、それでいて少女といっていい若さが不気味さに拍車をかけている。

だがジープ車両で彼女を見てヤクザ二人は、こうも考えた。これは千載一遇のではないか、と。

戌亥が無線越しに言っていた「止む得ない!殺せ!」という怒声。

命令も同じだ。ここで、女を屠ってしまい、一連の騒動を終息に導けば、自分たちに箔が付く。と、言うよりも男女を逃がした事のお咎めは無しになるだろう。
問題は女がこちらに気が付いていて、あの無防備さは、自分たちを院内に引きずり込もうと企んでワザと見せ付けている可能性もある事だ。
しかし、幾ら怪人然とした不気味な者であってもたかが一人の少女だ。医師からの知らせでは、男の方は重症を負っているのだ。現に少女が押している担架に乗っているのがソレだろう。

結局、二人は、病院への突入を決心した。自分たちのミスで3人が死んだ事と、蛭子亮の狂気に拍車が掛かった事は、なんとしてでも帳消しにせねばならないと考えたからだ。
自動小銃の安全装置を外し、気配を消して病院の玄関まで歩み寄る。
その間に、エリーは担架を押して、エレベーターのゴンドラへと入っていった。

病院に静かに突入したヤクザ二人の内一人は、小銃を構えて二階へと上がろうとした。もう一人が、彼の肩をつかみ囁くように呼び止めた。

「まて、この病院には地下室があるんだ、昔世話になった事がある。女は大方、そこに隠れて俺たちを狙ってるんだ。」
「でも、エレベーターには上向きのボタンしか無いぞ?」
「地下は霊安室なんだよ。普通の患者は入れないように、ボタンで簡単なコマンド入力するようになっている。地下への梯子はそこの受付室の奥にあった筈だ。」
「もし、無策に二階に行っていたらどうする?」
「だから二手に分かれようってな。お互いよ、銃声が聞こえた方にすっ飛んで来てくれるだろう?それに担架に武器を隠し持っていても、たかが女だ。」

事実、エリーは両手をメスで貫かれた事で、銃をまともに扱えない状態だ。万に一つ、闇討ちに成功しても、一人が精一杯で二人が相手ではどうにもならない。
組員二人はエリーが手に傷負った事を知らないことが、タチの悪い所だ。闇討ちに警戒しつつ、油断する事無く、小銃の引き金を引くだろう。

組員は提案通り、二手に分かれた。一人は階段で二階に上がり、もう一人は梯子を見つけて地下階に向かった。

二階は、医師の生活の場と、4人が入る病室があった。四畳半程度の医師の部屋にはだれも居ない。そして、病室の名札には何も書かれておらず、入院患者はいないようだ。この際、手榴弾を放り入れてカタをつけようと組員の一人は考えた。
地下階では、もう一人の組員が、薬品倉庫の中を調べ終わる。壁際やダンボールに気をつけながら、薬品倉庫を調べ終えると、霊安室の扉に手をかけようとした。
しかし、霊安室の死体にまで気を使う事は無いのではないか?と、彼もまた手榴弾の使用を考える。

その時、二人には同時にある事が脳裏をよぎった。女が此処の医者を人質に取っているかもしれない、と。
だが、それがどうしたというのだ、たかが医師一人ぐらいなら、女が殺したという事にすればいいじゃないか。
二人は、下卑た笑みを浮かべて手榴弾のピンに手をかけた。

その時、エレベーターの駆動音と、担架のキャスターの転がる音が、組員それぞれの下階と上階から伝わってきた。
二人は不安を新たに、一階へと向かった。エリーを警戒しすぎていたのが組員にとって仇となったのだ。

エリーはジオを担架に乗せて、エレベーターのゴンドラに“入っただけ”だったのだ。二階にも地下階にも移動せず、冷や汗をかきながら、地獄耳を駆使して、
ヤクザたちが自分から遠退くのをただ只管、ゴンドラの中で待っていた。もしエレベーターの扉が開く事があれば、一か八か、傷を負った手でレーザーショットガンを撃つという極めて危険な賭けであった。

脱出したエリーは、玄関脇にあるシャッターのボタンを押すと、それをレーザーショットガンで撃ち潰した。閉まり始めたシャッターの下を担架に乗せたジオと一緒にくぐって、ヤクザの残したジープへと駆けて行った。
エリーはまんまと、組員を閉じ込めて、ジープを奪う事に成功した。エリーはジオを担架から降ろしてジープの後部座席に寝かせる。

「やった!やったよジオ!」エリーは緊張から半ば解放され、麻酔に眠るジオに嬉々として語りかけた。あとは、TV局の飛空船に身を隠すだけだ。

しかし、その直後、爆発音と共にシャッターが吹き飛ばされた。中に残されたヤクザ二人が、持っていた手榴弾を用いたのだ。
二人は、ジープめがけて走りながら小銃を乱射した。

エリーは銃弾がこちらに飛んでくる中で、急いで運転席に乗ると、ジオの持っていた十徳プライヤーのマイナスドライバーで、鍵穴を抉って、ジープのモーターのスイッチを無理矢理ONにした。
その瞬間「う……!?」エリーは車内でうめき声を上げた。

彼女の背中から腹にかけて、炎が駆け抜けたような、火傷の様な痛みが、はらわたからジリジリと広がっていくのが解った。
ヤクザの放った小銃の凶弾が、ジープの幌を破って、エリーの左の脇腹を貫いてしまったのだ。

弾は貫通し、車載無線機に着弾。弾丸がはわらたから連れて来た鮮血を、その無線機に散らしているのが、エリーにも見えた。

しかしエリーは、呟いた「思ったよりも痛く無いじゃん……」と。もっと強烈な痛みを想像していた。しかし、そうでもない。この程度ならきっとどこでも治してもらえる。
そうだ、きっと打ち所が良かったんだ。早く此処から逃げ出そう。とにかく遠くに逃げよう。
気が動転したエリーは、自分の体に起きた事態を、悉く軽視していた。何よりも、彼女の傷ついた臓器は、TV局の飛空船に忍び込むという最優先目標を忘れさせていた。

エリーはジープのアクセルを全開にエンデューラから離れていった。その方角は、TV局の飛空船を大きく外れて、北へ、北へと……

その様子を見て、もう追いつけないと二人は判断した。直に、そして渋々に組員の一人が、虐殺事件の捜査本部に小型無線で連絡を入れた。

「……戌亥の兄貴!すみません!やつらを逃がしてしまいました!」
『馬鹿野郎!早く追え!』

いつもに増して強烈な戌亥の怒声が無線機から響き渡る。この声量でスピーカーが音割れしないのが不思議であった。

「それが車を奪われしましました!」
『連中が前に盗んだ車が宿にあるはずだ!』
「わかりました!」
『お前たちの処分は追々考える。会長が戻ってきた以上、庇い立てはできないからな!指を詰める覚悟をしておけ!』




8月11日 04:22

エンデューラから北の某所で、一台のジープが停車して、延々とクラクションを鳴らし続けている。夜明けの太陽が荒野を照らすなかで、騒々しく、しかし虚しくクラクションは響いていた。
それは、ジオとエリーが乗るジープである。

麻酔と、消耗した体力の中で眠り続けていたジオが、このクラクションのせいで目を覚ました。

「エリー……エリー……俺たちは助かったのか?」

覚醒しきっていない中で、自身の声と顔の痛みが彼の中で響き渡った。次いで感じたのは、巻かれた包帯がただ不快感だった。
そして、ジオはクラクションを延々と鳴らしている運転席を覗き込んだ。そこには、ぐったりとハンドルにもたれるエリーの姿があった。

「ああ!!エリーーー!!!」

ジオは絶叫の直後飛び起きて、車を出ると、エリーが居る運転席のドアを開けた。
運転席の床は、エリーの流した血で満たされてしまっていた。

「糞!なんでこんな事になった!エリーしっかりしてくれよ!死んじまうぞ!」
ジオは慌てたまま、エリーをハンドルから起こした。永遠に続くと思われたクラクションの音が止まる。

「ジオ……なの?」
エリーの金色の眼は限りなく虚ろで、抱き締めてくれるジオに焦点が決して合うことが無かった

「ああ!俺だ!エリー俺だよ!もう大丈夫だ!すぐに病院を見つけてやる!」
エリーの体は、一切動かない。白く美しい肌をした顔は死人のように青ざめて、花の様に愛らしい唇も、紫色に腐ってしまったようだ。

「ジオ、何所なの……こわいよ……ジオが見えない……それで……暗いの……空が、空が真っ暗なの……」
「俺はここだ!大丈夫だ!大丈夫だから気をしっかり持てよ!」
「私……いつか……こうなる日が……来るんじゃないかって……ごめんねジオ……ごめんね……ごめん……」
「なんで!なんで謝るんだよ!なんで!なんで!死なないでよ!エリー!ごめんよ!死なないで!お願いだ!死なないで!生きて!」

弱々しく、精一杯の力で囁くエリーの声は、もはやジオにしか聞き取れない。
そして、悲痛なジオの叫びも、エリーにしか聞き取れない。

普段から“しわがれた”だの、“おぞましい”だのと形容されるジオの声だが、瀕死の恋人を抱きしめて泣きじゃくる今の声はその数段上をいく醜悪さ、むごいと書いても形容しきれない。
バケモノ、否。怪人、否。もはや未知なる巨大な怪獣の断末魔のそれである。朝日に照らされた荒野の土の上でも、その声が届く場所は、ただただ冷め切っていた。

奴は咆哮す!咆哮す!咆哮す!

幼くして修羅と化した奴は愛する者が死す時さえ、否、その悲しむ姿こそが恐怖の化身でしかなかった。白い包帯と白い鎧、奴の白い全身が想起させる物は、死である。
異形の少女―――瀕死の蠅の王を抱きしめる奴が、冷めた大地の陽炎に揺らされる。そうして歪んだ白い奴の姿こそが、ジオ・イニセンの正体だった。

…………
………
……

陽炎に揺れる二人の姿に、異変が起こる。奴の鎧の、異様に面積が広い下腕のパーツ、少女を抱くその腕のパーツに施された、二つの輪が互い違いに高速で回転を始め、飾りと思われた中央部の宝石が赤く光り出した。

何が起こった!ジオは心の中で驚愕しながらも、輪の回転と、宝石の放つ光を強めよう、と無意識の内に“そうしよう”に思った。
それは何かを操縦する操るといった感覚ではない。願いや祈りとも違った。鎧の内に“既に存在していた”未知なるエネルギーに身も心も同調していく。

やがて、赤い光は靄のようなものを形成して、銃弾で貫かれてしまったエリーの脇腹へと、侵入していった。靄は、彼女の服に付いた血、運転席の下に溜まった血、シートにこびり付いた血にも反応し広がっていくと、
血液を靄に乗せたまま、浄化してエリーの中へと戻していく。次いで、手に開いた穴にも靄は侵入すると、彼女の傷を見る見る内に治していってしまうのだ。同様に脇腹の傷も、血液を全て元に戻してエリーの傷を癒しつくしていった。

奇跡としか言いようが無い。それも一生一隅の奇跡によって、エリーは死を魔逃れ、ジオは狂乱へと続く淵から這い上がった。本当に幸運でしかない。間違いなくエリーは死にジオは発狂していたに違いない。
しかし、あまりの事でジオは混乱してしまう。思考はエリーが助かった事実に満たされ、驚愕と喜びに冴えなまされた。
ジオは未だ気を失ったままのエリーを早急に後部座席に運ぶと、今度は自らが運転を初め、その場を去った。

やがてジオは、車内にて自分の顔に左手を包帯越しにかざして、もう一度鎧の内にあるエネルギーとの同調を試みた。しかし、ジオの顔の傷は痛みを伴ったままで、腕のパーツも一切の動作を見せなかった。

「……自分の傷は治せないのか!」

アクセルを踏み、ハンドルを握るジオは、混乱状態の鈍い思考の中で、白い鎧があった小屋の木箱が既に破壊されていた事を思い出す。

「そうか……あの、殺人鬼が着用していたのはこの鎧のインナーだったのか!」

サンタリアの村を襲った殺人鬼の詰襟服。あれこそが、鎧の着用者の為の回復装置だとジオは悟った。殺人鬼の異常なまでの不死身に説明が付いたし、自身の傷を治せない事に合点した。

ならば、尚更この奇跡の鎧を手に入れ事は、偶然の重なりでしかない。
神能会に見つかる事無く“運良く”この鎧が残っていた事。殺人鬼が鎧の入った箱を壊して“運良く”白い鎧を捨て置いた事。インナーを着た殺人鬼を“運良く”倒せた事。鎧を“運良く”見つけられた事。
ジオは首の皮一枚で生き残ってきた事に気づいて全身に寒気を覚えた。これからも偶然を重ねたような奇跡が続くとは思えず、エリーも死に掛けて、いまは後部座席で倒れている。

もう、TV局飛空船に忍び込むチャンスは無い。方法があるとすれば、北のビトー共和国領内に入ることだけだろう。
ジオはアクセルを全開に、ただひたすら北へと向かった。

ジオは、神を信じない。奇跡を目の当たりにしても決して。しかし、彼は心の中で何かと解らずに、すがる思いでただ祈っていた。この地獄から抜け出したいと。

しかし、この後、ジオとエリーの脱出口は余りにも狭くなり初めていくのだ―――



[18040] violence-10 宴は狂宴へ
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:ecaac828
Date: 2011/10/11 20:53


8月11日 午前8:10

逃亡を続けていたジオは、大きな岩の影にジープを止め、身を潜める事にした。神能会のジープで逃亡を続けていたら、かえって発見されやすいとようやく悟ったのだ。
今日まで冷静一途のジオだったが、それに気づくまで約4時間も荒野を進行しまった。ジオは車内で自分の愚かさに気を落とす。

日陰とは言え、夏の朝日は周囲の温度を際限なく上げていく。解放された構造のジープでも、その猛暑を避けることはできない。
尚且つ鎧を着るジオは、蒸し殺されような思いだろう。
しかし、当のジオは、下着だけを身に着けているように、この猛暑を体感していた。
これも鎧の能力なのだろう、瀕死のエリーの傷を回復できるのならば、この程度の機能があっても不思議ではない。
ギブスのように巻かれた顔の包帯のほうが蒸し暑いほどだ。

とは言え、暑い。今日はこの夏で一番暑い日であった。

ジオは、十徳プライヤーのヤスリを、包帯の隙間に入れて、顔の痒いところをかく。傷口に当たらないよう慎重に。
痒いと言う事は、二時間前に打った、痛み止めのモルヒネが切れ掛かってるのだろう。

ふっと、バックミラーで、後部座席に眠るエリーの寝顔をジオは見た。血色はすっかり良くなっている。

少し安心したが、何時、目を覚ましてくれるか……祈るようなジオの胸中であった。

やはり、神に祈るのでは無く、何かに縋って―――しいて言えば、エリーに縋って泣き叫びたいのか……




―――暗い、空が暗い、太陽が黒い。
 ―――もう目は見えない。空が暗いことだけしか解らない
  ―――全身が痺れて??……とにかくもう体は動かせ無いし、動かそうなんて思えない。
   ―――ハンドルにもたれた筈なのに、まるでこの麻痺した体は宙を浮いている様。
    ―――あの暗い空に向かって浮いていくの?
     ―――嫌だ!あの暗い空には行きたくない!
      ―――ジオは何所!?何所なの!?
       ―――助けて……助けてよ……助けて……ジオ、私を助けてよ……
        ―――いつもみたいに……助けて……一人にしないで………
        ―――…………ああ、コレが、死
         ―――

8月11日 午前8:15

……不気味な感覚だ、意識が完全に消え去った後、突然、健全な肉体と共に目を覚ます。
エリーは、今までに無い生々しい死の感覚を引きずって、夢の中から返ってきた。

その様子をバックミラーで漏らさずに見たジオが、振り返ってエリーの方を向く。
同時に、ジオは顔を掻いていた十徳プライヤーを、助手席にへ投げるように置いた。

右目が腫れて塞がり、顔中に包帯を巻いたジオの左目と目が合うと、すべてを思い出した。

「……ジオ、わたし、生きてるの?」
エリーはライフルで撃たれた左の脇腹をとっさに抑える。あの身をジリジリと焼かれるような圧迫のある痛みが消えている。

「エリー……」
しわがれた、だが切なそうな声と共に、ジオの鎧に包まれた手が、エリーの背中へと延びる。

「ちょ、ちょっと!」
エリーは突然、抱きしめに来たジオに戸惑いの声を上げた。

「良かった……本当に良かった……お前に何かあったら、俺は……俺は……」
ジオはゆっくりとエリーを開放する。

「も、もう大丈夫だから。ね?」
エリーは、今にも泣き出しそうなジオの左目にドキドキしながら、傷に気をつけてジオの頭を撫でてやった。
随分と心配させてしまったのだろう……ジオの腫れた右目の下の包帯には、赤い血涙の後が残っていた。

ともあれ、なぜ自分が死の淵から抜け出せたのか、エリーはジオに問わねばならなかった。




デリカ。
ジェンガ大陸における産業の中心地であり総人口は2万人を上る。シーカー等の旅人にとっては荒野に突如現れる歓楽街でもある。
これ以上の発展を望めたが、神能会が空賊への防衛を繰り返す中で、飛空船の立ち入りを長年に渡り制限してしまった事で、その発展は限界に達している。
内陸部の1万人都市で、飛空船の発着場を有していない街の風体は、世界的に見て異様なのである。

しかし、内陸部において最大となるこの町の病院は、ジェンガ大陸のみならず、新暦世界で最高基準の医療を提供していた。
神能病院。神能会が大陸内外から腕の良い医者を集め、その後援を行う大病院である。

その誕生と発展は、歴代の神能会代表者が老いてもなお、生に縋った往生際の悪さの賜物であった。


8月11日 10時30分頃

デリカの各方面から5台編成の車群が三つ街に入った。
高級車を中心に添え、4台のジープがこれを護衛するように、陣形を崩さずに移動する。デリカの住民たちはその車列に、ひたすら畏怖の眼差しを送っていた。
それぞれの高級車に乗る3人こそが神能会の最高幹部なのである。
やがて合計15台の車両は、道路で合流していくと、神能病院に集結した。

各々の高級車から、オールバックの髪型にトレンチコートを羽織った逞しい体つきの男、童顔で後ろ髪の長い奇妙な角刈りに黒いスーツ姿の男、白髪を頭部に蓄えた還暦を過ぎたと思われる渋い緑色の着物姿の老人らが姿を現す。

「叔父貴、兄貴、ご苦労様です。」童顔の男が、真っ先に二人へ頭を下げた。
「おう、お前もな」オールバックの男が笑って答えた。
「今回の召集は何事なんだろうな。カーツ帝國本土からの帰還報告なら、天堂で行えばいい訳だし、辻丸の見舞いにしては大げさだ。」着物姿の老人が二人の間でぼやく。

「ウチは、此処に呼ばれる前に、兵隊を200人動かせるようにしとけと言われたんですが……」
オールバックの男が不安げな声で老人に尋ねるように聞いた。

すると、童顔の男がこう言った。
「兄貴もですか?」
「なに!?となると叔父貴も?」
「ああ。」老人は頷いた。
「まさか、此処に入院したって言う辻丸も200人動かせるようにしてるんじゃ……」

徐々に只ならぬ空気を察知した3名の幹部はそれぞれ2名の子分を連れ、病院最上階の特待病室に向け、3台のエレベーターに乗った。
エレベーターは直に4,9といった凶数を除いての21階、実質17階に3人を運んだ。

21階は、神能病院の特待病室と謳われているが、実際は神能会の非常時の幹部用アジト・臨時基地をかねており、最新鋭の情報端末と、裕福な生活環境が確保され、21階を完全に占有している。

病室の入り口には、4名の見張り番が病室の小さな扉を守っている。
3人は、それぞれの、合計6人の子分たちに廊下で待つように命じた。ここより3人は無防備な状態だ。見張り番が扉を開けると彼らは病室に入室する。

そこは病室というよりも、極上高級ホテルの貴賓室と呼ぶべき格式の高さと面積だ。豪華それでいて、騒々しい絢爛さは存在せず。あくまで病室として静かで温かみのある洗練された、格調の素晴らしさが部屋の隅々に行き届いてる。

3人が部屋で最初に会ったのは、会長の下で雑用をこなす、若い男だった。

「お疲れ様です。会長は奥のミーテシングルームでお待ちしてますが、お手洗いなど済ませておく事はありますか?」
男は、非常に丁寧に3人を招き入れた。
3人は特に用は無いとその意を示す。

「ではそこに辻丸さんが居ますのでどうぞお会いになってください。」
「ん?辻丸はもう大丈夫なのか?」老人が男に聞いた。
「ええ、命には関わる怪我ではありませんでしたが……それと、つい先ほど朱雀号も会長から賜りました。本来は本拠地の天堂で行うのが習わしですが事情があったので。」

若い男の言うままに、3人は病室の応接間に向かった。

だが、応接間には、不気味な男がソファーに座っていた。
真紅に染め上がれた無数の羽が、鼻から頭部をすっぽりと覆い、鳥の嘴のような長く鋭い飾りが鼻から伸びた覆面をつけている。
その様は、天狗というよりも、怪鳥と形容できた。
覆面の男は、刻印のなされたリボルバーの銃身で、木製のテーブルをごりごりと抉っている。

「す、朱雀の翼面!辻丸なのか?」
「なんだ!辻丸か!何の真似だ!」
オールバックの男と、童顔の男が羽の覆面の男に、声を荒げて問う。

「呼び捨ては無いでしょう……白虎号どの。あんたとは杯は交わしてないが、兄貴分には当たるんだからよぉ……」
丸く開いた目元の穴から、辻丸の冷たいブラウンの瞳が二人を捕らえた。

「いいや、城野はアンタに驚いただけだ。一体どうしたってんだ?」老人は辻丸に聞いた。

辻丸は、長い嘴の飾りをつかむと、覆面を捲り上げた。

「鼻をもがれちまった」
辻丸がいうまでも無く、彼の自慢の大きな鼻があった場所は、紫に変色し、二つの細長い穴が、ひゅうひゅうと呼吸していた。

「……き、気の毒にな……」老人は辻丸に慰めの言葉をかける。

辻丸は再び傷を覆面で覆う。
「もいだ奴がよぉ、持っていた銃なんだコレは。the Cruellest Devil Final Arms……最終鬼畜兵器だとよ」
銃身の文字を、口惜しそうに辻丸は読み上げた。

「と、兎も角。朱雀号、おめでとうございます。」童顔の男は辻丸に頭を下げた。

「……遅っせーんだよ。」
辻丸はそう言いながら、不気味な笑みを浮かべてソファーから立ち上がった。


オールバックの髪型にトレンチコートを羽織った筋肉隆々なる体躯を持つ神能会随一の武道派。
神能会青龍号 紗山組組長 紗山繁 (サザン・シゲル)  43歳 *本名 ロバート・ヒューゴ

幹部格でもっとも若輩にあたり、後ろ髪の長い角刈りの男。その仕事の速さから電撃作戦を得意とする。
神能会白虎号 城野組組長 城野雪路(ジョウノ・ユキジ) 34歳 *本名 バッキー・ハン

一人、着物で馳せ参じた神能会の長老。老獪なる知略と、堅牢な築城技術を持つ。
神能会玄武号 熊谷組組長 熊谷道豪(クマガイ・ドウゴウ)64歳

鼻を切り落とされ、“朱雀の翼面”なる赤い無数の羽で顔半分から頭部をすっぽりと覆う奇怪な面を被った狂人。
神能会朱雀号 辻丸組組長 辻丸和哉(ツジマル・カズヤ) 38歳

以上の奇怪なる神能会絶強勢力の面々が顔を合わせると、いよいよ特待病室のミーティングルームの扉が、下積み中の男によって開かれた。




ミーテイングルームには、大きな円卓が置かれ、上等な紅茶とレアチーズケーキが丁度4つ用意されていた。

そして、扉に対して真正面に見える、最奥の席に彼は座っていた。
彼の席にはレアチーズケーキとガラナエールが置かれていた。

「ご苦労だった。はやく掛けな。」

腕を組み、足を組んだまま彼は4人に命じた。
身に着けるは象牙色のカッターシャツに、グレーに黒のストライプが走る上品なスーツ。癖の付いたレイヤードカットの黒髪、程よく搾られた丹精な顔立ち。
その美しく雄大なありまさと、爛々と闘志を秘めた黒い瞳は、彼が龍の生まれ変わりさえに思える。

神能会十三代目会長 黄龍号 神能勝偉

彼こそが、若干22歳にてジェンガ大陸の売春、薬物、恐喝、高利貸し、加えてインフラ整備などの事業を独占する暗黒街の帝王である。
ジェンガ大陸に住む何者も、彼は絶対的な畏怖の象徴である。
それは、この部屋の4人とて例外ではない。いや、むしろ彼らこそ、最も長い時間、彼に畏怖の念を感じるのだ。
沙山、城野、熊谷、辻丸ら4人は、続々と円卓に着席した。

「私が居ない間に何が起こったのかは全て報告を受けている。だが、おおよそ筋書きどうりに事は進んでいる。忙しい所、集まってもらったのは、筋書きの確認と、邪魔者の処分についてだ。なにも緊張せず、菓子でも食べながら聞いてくれ。」

しかし、4人は勝偉が自身のチーズケーキに手をつけるまで、どうにも食べる気が起きなかった。

「さて、いよいよもって、この13代目黄龍・神能勝偉の代で神能会を解散、同時にカーツ帝国の属領となり、そして大神能人民公国の建設の条件は、ほぼクリアされた。」

神能勝偉の大望、それは暗黒街のみならず、ジャンガ大陸南部の表裏を一体に支配する事である。
北部を着々と併合するビトー共和国が、南部の併合を実現できなった最大の理由は、勝偉による有力企業への入念な裏工作と談合、そしてカーツ帝国の後ろ盾を既に得ていた為なのだ。

「まず、カーツ帝國との交渉だが、すべて上手く整った。しかし、カーツ皇帝を倒すには50年必要だろう。この黄龍が真の意味での専制君主となる頃には私は老いている。
 カーツは、手の施しようがない極上比類無き狂人だった。全ての人類があの狂人ために働き、あの狂人の為に死に、あの狂人為に子供を生む。それが人類全ての絶頂無双なる完全幸福と本気で信じている。
 この黄龍、あれまで醜悪な人間を見たことは無かった。あの男の元で私は50年、働かねばならない。ここまで悲惨だと笑える。私が惨めで無様で凄まじいまでに気の毒なものだ。……ハハハハハ!」

自身を嘲笑する勝偉だったが、円卓を囲む4人の幹部はそのさまをヒヤヒヤしながら見ている。やがて、勝偉は話題を変えた。

「カウサードヒルの……サンタリアどもの村で起こった虐殺事件だが、あれは私が嗾けたものだ。あの村で、はぶられていた男に、非行に走れとな。しかし村を全滅させたのは予想外だ。嬉しい限りだ。
 村で問題さえ起これば、村の政-まつりごと-に介入した。しかし、虐殺のおかげで叛乱分子は完全に消えた。諸君らが心配すればよいのは、死体の処分と、新しい村の建設の二点だけだ。」

四人は勝偉の次げた事実にただただ驚愕した。勝偉がカーツ帝國に居る間に、虐殺事件が起こった事によって、完璧なアリバイが成立したまま信心深いサンタリア達を一掃いてしまったのだ。

「万が一にも邪魔の入らないように北のマフィアどもを抑える為、麻薬密売組織パペットに牽制を依頼した。そこでパペットの老人に送るはずだった報酬の30人の子供の内一人が逃げ出したが、これも交渉は済んだ。
 29人で十分だと。子供と家族には可哀想だが、老人が優しいことを心のそこから願おうじゃないか。」

「申し訳ありません……俺の力も及ばず……」
「私もです……」
辻丸と城野は、立ち上がり深々頭を下げた。

「うむ。だが、今回ばかりはどうにもならん。邪魔が入ったのだからな……」
辻丸と城野は、勝偉の寛大さに感謝さえしていた。が、邪魔者の存在に、いよいよ怒りを露にする勝偉と目を合わせる事はできなかった。

「たった二人の男女が我々の邪魔をしている。この索漠たる荒野に、怒涛の豊饒を齎す我々の建国達成を前にな!」
勝偉は、次第に声を荒げていく。そして、下積みの男に合図を送ると、男はプロジェクターにビデオを投影した。
それは、昨晩に起こったジオとエリーによる恐るべき拷問劇を捉えたスナッフビデオであった。

プロジェクターには、早々に二人の組員の死体が映し出される。頭部が爆ぜ、臓器が床中に散らばる死体を収めた映像は酸鼻を極める物であった。

「やっほー!ワンちゃん!ちゃんと撮れてる~?ほーら、可愛い部下ちゃん達が裏返しになったみたーい。キャハ!あなたの部下がまた死んじゃった!悪いけど犬の宗派なんてぜんぜん解らないのでit's放置しまーす。ハハハハハ!」
音割れしそうな張りの有る女の声が、スピーカーから流れる。その声は、死体の有様を嬉々として解説する。ワンちゃんとは、恐らく戌亥に当てられた侮辱だ。

続いて、声の主の物と思われるウェスタンブーツに包まれた足が画面の下に入ってきた。女の足は組員の遺体から飛び出した内臓を、足蹴にかき回してく。
ブーツに付く血、ヌラヌラとうごめき絡み合う内臓。おぞましい映像が延々と続く中で、「これでもうどっちの中身かわからないね!」と女の声だけが楽しげだった。

そしてズタ袋を被った女がカメラを自分に向けて姿を曝した。
「このビデオを参考にして元通りに直してみよう。正解したら私が頭なでなでしちゃう!あなたが切り落としたくうずうずしてるこの可愛いお手手でなーでなーで……キャハ!」

恐ろしい―――百戦錬磨たる神能会の四神号たちが、ズタ袋の奥で光るこの悪魔の瞳に胆を冷やした。実際、彼女に鼻をもがれ、子分を殺された辻丸だけが怒りで拳を握っていた。
勝偉は、淡々と、ガラナエールを口に含ませてる。

やがて、カメラは、ゆっくりと暗い部屋の中へと入っていく。3人の吊るされた人間の前を通り過ぎると、そこには拘束された蛭子兄妹と、白い鎧を着た男が、ズタ袋をかぶって立っていた―――
その後は、桔梗が惨殺され、精神を壊された亮に、ズタ袋を被った2人が神能会本部の場所を聞き出すまでの流れが延々と映し出された。
あまりの鬼畜ぶりに、勝偉と辻丸以外は、顔を歪ませてプジェクターを覗いていた。

ビデオが終わると、勝偉は立ち上がり4人に告げた。
「見ての通り、この下等なキチガイどもは愚かにもこの黄龍の首を狙っている。そこで、諸君らには前もって告げたように、各々の200名の屈強な戦士を率いて戦ってもらう。私も200名の兵隊を用意し、すでに戌亥が二人の捜索に動かしている。」

4人は、勝偉が200人の兵隊を用意させた理由に安心した。もし、これがカーツ帝国との交渉に失敗した挙句の交戦ならば、勝ち目など無かったからだ。

「見損なうな。この俺は脅えてなどいない。ただ只管不愉快なのだ、私の身も心も焼き続けてきた野望の第一段が成就される目前にてなぜ邪魔が入らねばならん!
 だから、私は神能会の1000人の攻撃力をたったの二人に注ぎ込んで、爆ぜるさまを見ることでこの溜飲を抑えようと思う。」

ジオとエリーの策略は完全に裏目にでてしまった。大陸からの脱出に失敗し、一千の矛先が大陸内部に聳え立ったのだ。

「新朱雀号辻丸も参加させる。お前たちは、辻丸こそが醜悪に相応しいと考えているのは私も知っているが。ではお前たち、お前たちの最も得意な分野はなんだ」

勝偉は四人の辻丸の持つ胸中をはっきりと言い当てた。しかし、それにうろたえる事無く、三人は要求された答えを奢り無く正確に答えていく。

「この青龍号、紗山は精鋭の組員を持っています。失礼承知の上で、会長、そして同席の四神号格の組員よりも優れていると自負しています。」
「私は誰よりも早く、貴方の命じるままに組員を動かせます。たとえそれが地球の裏側でも。」白虎号 城野が意気揚々と答えた。
「玄武号、熊谷道豪。老齢ながら、いや老齢ゆえに会長を守る為の術を熟知しております。」

「そうだ、お前たちは、その全力を持って私に忠誠を示してくれる。しかし辻丸の残虐非道さはお前らは持ち合わせていない。そして辻丸は常に残酷に目的を達成する。それは私への忠誠に他ならない。」

辻丸は、勝偉の激励に胸を張るが、3人はやや困惑した表情を見せた。

「爆ぜさせろ!たかだか二人と気を抜くな!全力をもってして死のうが生きようがバラバラにしてしまえ!神能会の1000人がたかだか二人を蹂躙する様を想像しろ!興奮するだろう!?子分たちに伝えろ、この怪人二人の首を取った暁には、公国の発足と同時に爵位を与えるとな!」
勝偉は異様な高揚を曝し、二人への殺意を滾らせ、4人に見せ付けた。

「しかし、戌亥から捜査報告が無い限り、悪戯に800人の部隊を動かす訳にもいきません。どうか落ち着いて。」
「解っている。ただ、興奮しすぎただけだ。」

熊谷の言葉に宥められた勝偉は、ガラナエールを口に含む。そこに、例の下積みの男が寄ってきた。

「会長。大久保さんと松本さんが見えました。」
「木戸原は?」
「まだお見えになりません。」
「……わかった、とりあえず二人をこの部屋に通せ」

大久保と松本、二人はエンデューラにてホテルと病院でジオとエリーの見張りを行っていた組員である。ジオとエリーに陥れられ、見張りとしての役に立てなかった彼らはそれぞれ、まな板のようなものを持参して部屋に入ってきた。
二人は、会長である勝偉は基より、他の四人にも頭を深々と下げると、椅子に座る勝偉の下で両膝をついた。

「会長この度は、申し訳ありません……自分たちが先走ったばかりに」
大久保の開口一番は当然ながら謝罪であった。

「私は別に、そんな事はどうでもいいんだ。もう連中は間違いなく死ぬのだからな。」

「仰る通りです……私達の一番の落ち度は、3人も死んで、蛭子亮は狂い果てて……」
「自分達にはコレしかできません!どうか、どうか、死んだ3人の代わりに収めてください!」

大久保と松本は懐からドス呼ばれる短刀を抜き出し。左手の小指を持ち込んだ板の上に置いた。

ほんの1,2秒、二人は躊躇ったが、ドスを小指の第一間接に乗せて、思い切り体重をかけた。
そうやって間接から切り離された指は、それが人間の指であるという事以外は心地よい調子で弾んで飛んでいった。
出血量は少なく、板には霧吹きをかけたような細かい血痕が無数に散らばり、どろりとした血液が切断面から滴り出した。

指を切り落とした二人は悶絶の声を上げる。切断面の痛みは覚悟していたが、飛んでいった指の部分が腐るまで麻痺したような不快感が二人を支配した。
しかし、二人は続けて第二間接から小指を切り落とした。声は大きくなり、呼吸は荒れ、眼を涙で煮えさせながら、最後には根元まで小指を3つに切り落としたのだ。
各々は部屋の隅に飛んだバラバラの指を拾い上げると、白い布に3つに分けて包んで、勝偉に差し出した。それぞれが、死んだ3人への謝罪という訳だ。

「お前たちも辛かったろう。だが、エンコを飛ばして終わりじゃ駄目だ。無くなった小指に自戒の柱を立てておく事だ。」

寛大な勝偉の声に、二人は手を押さえながら「はい」と気合を込めて答えた。

一連の流れをみた幹部四人。
紗山は組員のけじめの着け方に感心し、城野と熊谷は勝偉の優れた指導者ぶりに改めて実感した。
辻丸は、自分の指を輪切りにする組員の様にニヤニヤと笑っている。

「会長、木戸原さんが今、着きました」と、下積みの男が、再び告げに入った。

勝偉はうむ。と頷くと、大久保と松本に言う。

「では、お前たちに早速新たな指示を送る。木戸原がこの部屋に入ってきたら……取り押さえ、此処に座らせろ!」
部下の残酷な謝罪を寛大に受け入れていた勝偉の眼は、木戸原の名前を口にすると怒りに満ちていく。
口元も強張り、額に皺を寄せ、殺意に似た感情を露にしていく。

木戸原はジェンガ大陸の南、デッドラインの入り口と呼ばれるネディアにて、ジオ、エリー、ブルースを襲った神能会の末端構成員である。
親子はおろか、義兄弟の杯も無い使い走りに当たる。
その木戸原が、何故この場所に呼ばれたのか。それは当人にも解らないままであった。漠然とした不安が彼を包んでいた。

木戸原は部屋に到着するなり、大久保と松本によって羽交い絞めにされ、勝偉の前に跪かされた。
木戸原の目の前には、血塗られたまな板が置かれたままだった。

「木戸原と言ったな、私が神能勝偉。会うのは初めての筈だ。」

勝偉は椅子に座ったまま、木戸原を見下ろす。木戸原の額のそばで、高級そうな革靴の光沢が眩しい。

木戸原は、この瞬間まで勝偉を侮っていた。事実、勝偉は“御屋形様”を気取っていた。しかし、事実彼は大公としてジェンガ大陸南部を支配しようと目論んでいたのだ。
木戸原の眼前にいるその大公は、一先日恐怖したブルース、エリーとは格の違う、純然かつ甚大な暴力の権化であった。

「今回の騒ぎだが、お前が正確に報告さえしていれば、何人かの命は助かっていたはずだ。スコルピオン一家の幹部のみならず、なぞの怪人二人の存在をなぜ黙っていた!」
「そ、それは……」
「自身のメンツを守ろうとなどと……神能会は貴様ごときの不細工な面を立てるに為に存在しているのではない!しかも貴様は、勝手に子分を作っていたそうだな。もうお前は永代破門だ。しかしそれでも収まらん!」

木戸原は、脅えきって勝偉とそれ以上眼を合わせる事はできなかった。

「指を詰めろ」

ただ只管、冷酷な声だった。おそらくコレを拒めば確実な死だ。木戸原の体の震えが止まらなくなる。
そこで、大久保と松本は、木戸原が懐からドスを抜ける程度に力を緩める。
木戸原はソレを察すると、懐に震える手を伸ばす。そして、できるだけゆっくりとドスを引き抜いた。
しかし、その手は震えて、指を切ることなどままならない。

「おい、お前らがやってやれ。」
勝偉は容赦なく大久保と松本に命令した。

二人は、脂汗を手にも溜めた木戸原の震える右手でドスを掴み直させ、まな板の上に左手の小指を伸ばすと、一思いに、一気に押し切った。

「うぎゃー!」無様な悲鳴がミーティングルーム中に響き渡った。

木戸原の指の第一関節を切断すると、痛みに苦しむ木戸原に代わって松本が、余っていた白い布で指を包んだ。
しかし勝偉は指を受け取ろうとはしない。

「よく聞け!お前を抑えるその二人は、3人の犠牲者を出した。そこで、小指を三等分に切った。お前のおかげで死んだ人間の数は13人。辻丸の鼻を入れれば、お前は丁度、全ての指の関節を切り刻まねばならん。」

指の関節を切り刻んでいけ。この命令に木戸原の思考は停止し、恐怖のどん底へと落とされた。指を失う痛みが怖ければ、指を失い将来を閉ざされる恐怖によって、彼は死人のように動けなくなってしまった。

「しかし、オレにはお前がノロノロと指を切るのを眺めている時間など無い。」

勝偉はそう言うと、木戸原を押さえる二人に目線を送った。
大久保と松本は、その意を解すと、もはや硬直状態の木戸原の手に握られたドスを、彼の左の手首の上に持ってきた。

「ヒィ……」と息を引き込む、木戸原。

「お前ら、もういいぞ」っという勝偉の一声で、二人は木戸原の拘束を解いた。
この後、木戸原は、自力で自分の手首を切断しなければならない。小指がゆっくりと血を流し、むやみに痛む。骨・肉・神経を突如として断たれた指の痛み以上の激痛がこの手首を切り落とした時に襲い掛かるのは明白であったし、
手を失うという破滅へ一刻一刻と向かう現実に木戸原の腕は、ただ只管震えることしか出来なかった。

「いいかげん!もったいつけるなよ!」

ついに激昂した勝偉が、机の上にあったクリスタルの灰皿を鷲掴みにすると、木戸腹の握ったドスへと殴り付けた。

悲痛な叫びだった。痛み、不安、などの恐怖が木戸原の喉からひり出された。
指の時とは比べ物にならない出血。血は、一瞬でまな板の上を溢れて、この床を汚した。

沙山はその無様さにあきれ返り、辻丸は手が切れた瞬間に吹き出してしまった。城野と熊谷は、そんな辻丸に軽蔑の目を向けた。

「つまみ出せ!神能会の破門者が、ここで治療を受けることは許さん!病院の外に捨て置け!」

勝偉の声に、大久保と松本は凄みを込めて返事をすると、左の手首を失い、白目を向きそうな木戸原を抱えて、部屋を後にした。

その、木戸原と入れ違うように、下積みの男が慌てた様子でミーティングルームに入った。

「会長!例の二人の居所を知るという男が病院に!」
「なに!ならば早く此処に呼べ!嘘か誠か、この黄龍が決める!」
「はい。そう仰ると思って勝手ながら、いま応接間まで連れてきて置いてます。」
「おお!よくやった。」

ジオとエリーの居所を知るという男が、すぐさま、ミーティングルームへと案内され、勝偉以下、幹部の前に姿を見せた。
男は隻腕であった、右肩から下が完全に切除されてしまっていた。
ボロボロのウェストスーツを着た、酷くみすぼらしい姿がその憐れさを増す。男の顔は、元はニヒルな美男子だっただろう。しかし、今はガラスで切ったような後が幾つか見られ、男前は台無しの有様だ。

下積みの男が、セッセと木戸原の残した“ゴミ”を片付ける中で、男は口を開いた。

「俺は……俺はあの二人を知っている!どこのあたりに居るかもだ!」

「てめぇ!会長に先に名乗りやがれ!」
沙山は男に激を飛ばす。

「失礼しました……おれはケルベロスって言います。」

恐ろしい運命のめぐり合わせである。7月にジオとエリーが壊滅に追い遣った空賊集団“骸狼”その首領の成れの果てが、手負いのジオとエリーに止めを刺すべく、神能会の幹部会に推参したのだ。

「本名はなんだ!青臭ぇ名前出しやがて……」
「まぁいい。匿名希望ならそれでいいぞ。」
未だ怒声を放つ沙山を、勝偉は抑さえ、男に寛容に接する。

「失礼を重ねますが、報酬の約束をお願いしたいのです……」
「なんだ?」
「俺に義手を下さい」

「……このガキ!」
「お前は黙ってろ!」
怒り、立ち上がった沙山に、勝偉は命令した。

「解った。好きな義手を付けてやろう、その姿は見ていて痛々しい。後で下の病院で一緒に選んでやろう。」

「ありがとうございます……」
ケルベロスはその場に跪き、勝偉への非礼を詫びを含めて、頭を下げた。




時はさかのぼり午前8:30

隻腕の男、車に乗り、大陸を北上す。空賊骸狼の元リーダー、ケルベロスである。
右腕を失っていた彼は、右ハンドルのオートマチックで、速度もあまり出せずにデリカへと向かっていた。顔にはガラスによる傷が目立ち、美しい顔に痛々しく映る。

醜態をさらした挙句、仲間は悉く村人にリンチに掛けられ、命かながらジオとエリーが諦めた飛空船を奪回し一人脱出。仲間を失い、骸狼は消滅した。
彼が生き残った理由は、仲間がどんな目にあうか見せ付ける為に、村人が最後に殺すと決めていた事に尽きる。
体に刺さったままだったガラスの一片で縄切って逃げ出せたのだ。

脱出後、ネディアの医者に掛かったが、ジオとエリーによって叩き潰された右腕は、切除する他無かった。丁度、ジオとエリーがネディアに居た間は病院のベッドの上だった。
利き腕のない生活は不自由を極め、退院するといよいよ、自分が野党に狙われる身となってしまった。

上等な義手<<ロボットアーム>>が必要だ。と、ケルベロスは再起を賭けて、単身、レベネ島の島の崖っぷちに生えている薬草の奪取を目論んだ。

そしてケルベロスはレベネ島に最後の夜襲を仕掛けた。飛空船を改造し、ブルードーザーのバケットを繋いで、根こそぎすくい去ると、およそ、20kg、300万z分の生きた薬草を入手できた。
しかし、コレでは、せいぜい凡夫の腕に代わる程度の性能しか期待できない。だが、二度目の襲撃は危険と、薬草の更なる強奪を既に諦めていた。
ケルベロスは早速、飛空船を下取りに出して、自動車を購入。合計で400万zの金銭を得て、薬草を積んで、デリカへと向かった。
普段は乾燥したものが流通する薬草だが、生の状態で持っていけば、さらに価値は上がり、およそ450万zは期待できた。
850万zもあれば、高性能の、俗に言うパワーアームを移植できるのである。

道中で神能会の幹部が負傷したという知らせを聞いて、ケルベロスはこの薬草を、有名な神能病院に直接持ち込もうと企んでいる。
あわゆくば、犯罪組織の間でも特質し、異端でありながらエリートとさえる神能会へ入門できるかもしれない。浅はかな考えであった。


『そこの車、止まれ』

北西から一台のジープがケルベロスの車に向かってきて、拡声器で声をかけてきた。
ジープの拡声器から聞こえる男の声は、妙に高い。

『俺は神能会の鞭棄というものだ、お前の車を調べさせろ』
事実、ジープには神能会の菱形の代紋が、エンブレムとして車体にあしらわれている。

この大陸で神能会とトラブルを起こすのは自殺行為だ。ケルベロスもそれを知っていたからこそ、レベネ島に寄生していた。

ケルベロスは言われるがまま車を停車した。どうせ、世間を騒がせている殺人鬼二人を探して、適当に車を止めて回っているのだろう。
ケルベロスは少なくとも、この大陸ではやましい事など何もしていない。目的はどうあれ、神能会の負傷した幹部に霊薬とされる薬草を生きたまま運んでいるのは事実なのだ。
そこで彼は堂々とふるまう事を決めた。
万が一の場合は、左手の袖口に仕込んだ散弾銃の二つの弾で不意を突けばよい。幸いにも世間を騒がせている殺人鬼も散弾銃を使っていたそうではないか。

ケルベロスは、袖口の仕込み銃の安全装置を外すと、車を降りて隻腕の姿を晒してみせた。
ジープもつづけてすぐに停車し、運転席から鞭棄を名乗る男が姿を現した。

なんとも悪趣味な。ケルベロスは、男を見て思った。

鞭棄という男は顔じゅうに包帯を巻いて、全身を白い鎧で包んでいる。すでに灼熱と形容できる朝日の下で。
腰に巻き付けられたベルト、そこから下げられた左右のホルスターは膝を覆うほどもあり、大口径の拳銃を収納しているに違いない。

包帯から覗く男の唇が動く「テメェは……!!」

ケルベロスは瞬時に判った。先ほどままでスピーカーを通していた声は、声色を変えたものだと。
このしわがれた声をわすれよう筈は無い。否、利き腕を奪った悪鬼の声を忘れる事などあり得ないのだ。

「貴様!ジオ!!」

白い鎧に包帯を巻いた男は、紛れもなくジオである。
ケルベロスはとっさに、袖口を、ジオに向けようとした。が、ジープの後部座席に潜んでいた金色眼が、ブルバックライフルでこちらを狙っていることに気がついた。

「あらあら、驚いた!あんた、拳銃にマナーモードを取り付けて業界を震撼させた偉大な発明家、ケルベロちゃんじゃないの!」
エリーがケタケタと喋る間に、ジオも巨大な拳銃をホルスターから抜き出す。44レーザーマグの銃口は、ケルベロスの頭部を完璧に捕えた。

「動くな」ジオは左目でケルベロスを睨む。はれ上がった、右目の瞼の内からも、眼球がケロベロスを覗きこむ。

エリーが鞄を背負ってジープを降りる。二人は、ケルベロスに銃を向けたまま、3mほどの距離を置いて、およそ90度角に陣取る。ケルベロスに対して、ジオが左に、エリーが右に銃を構える。


20分前、ジオとエリーは、神能会のジープに乗ったままでいると、かえって発見されやすいと考え、今のジープから普通の車に乗り換えなければならないと考えた。
神能会を名乗り、車を止めて、そのまま乗取る事にしたのだ。その相手がケルベロスだったのは全くの偶然である。
その後は、このジェンガ大陸の北部、ビトー共和国領内に逃げおおせる他はない。

これと別に、以前購入していた、救難信号発生器を使用して、空賊をおびき寄せ、飛空船を乗っとろうとも考えた。しかし、すべての空賊が骸狼のようなチンピラの集まりではない。
それこそ、神能会の縄張りに堂々と侵入できるほどの組織となれば、ジオとエリーに勝ち目は無い。
第一、救難信号を神能会にキャッチされる可能性も高かった。
乱暴ながら、カージャックは最善の策であった。

「今日あたりはカタワの空賊の脳みそを銃弾で穿り出すにはいい塩梅ね。お前の脳みそは、この太陽に晒されて一時間も立たずに腐っちまうのさ!ハエが集ってウジ虫がその腐った脳みそを食い破るのよ!」
エリーは耳まで裂けそうな引き攣った笑みと、ギラギラとした金色眼でケルベロスに、不快きわまる末路を提案した。

「カタワだぁ……カタワだと!俺をカタワにしたのはお前らじゃねーか!」口惜しく、声を震わせてケルベロスは叫んだ。

「うるせえ。殺されたくなかったらその車よこせ。」ジオは包帯の下は無表情だ。

挙句、ジオはもう一丁のレーザーマグを左手に握ると、ジープのタイヤ撃った。
ゴムは簡単に溶けて、ホイールで光弾の第一層が炸裂し変形。二度と使えるしろものでは無くなった。

ジオとエリーは陣形をそのまま保って、ケルベロスの乗っていた乗用車の方へと移動を始めた。

「畜生!くそったれ!いつか絶対殺してやる!」

捨て台詞らしいものを並べながらも、ケルベロスは既に、ジオとエリーを殺す覚悟を決めていた。

一月前、覇気のないジオのパジャマ姿に騙され、油断した挙句、最終的には腕をもがれたのだ。
今度は自分が負け犬のように吠えて見せて、この鬼畜という言葉すら生ぬるい最凶の怨敵を油断させてみせる。

実際、ジオとエリーは銃を構えてさえいたが、完全に油断し切っている。

エリーは問題なく始末できるだろう、だがジオの着る鎧は見るからに頑丈そうで頭部を狙う他無い。チャンスは二人が並んだ時だけだ。袖口に仕込んだショットガンの弾は15粒弾が二つ。
そのすべてを解放すれば、30発の弾丸が、二人を襲う。ただでさえ頭身の少ない、ジオの頭部に当たらないワケがない。

ジオとエリーは、ケルベロスの方を向きながら、車を挟み込むように歩いている。並ぶ瞬間だあるとすれば、それこそ車の中だ。二人は運転席と助手席に並んで座るだろう。
それもあと数歩で、二人は恋人同士仲良く座るに違いないのだ。ケルベロスがグズグズと捨て台詞を並べる内に、いよいよジオとエリーは車の扉に手を掛けた。

しかし、ケルベロスのアテは外れた。最初にドアを開けたジオが、後部座席で寝そべってしまったのだ。
ジオも昨晩、顔に受けた傷で、体力を相当消耗しており、横になる以外に方法が無かった。

だがケルベロスの殺意は消えない。いまエリーを殺しさせすれば、ジオは動揺するに決まっている。勝ったも同然だ。
エリーが運転席に乗る。
ケルベロスは袖口を車のフロントガラスに向けようとした、だがその時、エリーのけたたましい笑い声と共に、二人の乗る車がケルベロスに向かって突っ込んできたのだ。

「キャーハハハハハハ!!」

この瞬間。殺意を見抜かれたと、肝を掴まれた思いのケルベロスに、袖口の散弾を放つ事はできなかった。
彼は車の突進をギリギリで交わした。

チャンスを不意にしてしまったケルベロスは、ただ呆然と走り去る自動車を眺めるのだった。

しかし、エリーはケルベロスの殺意など見ぬいてはいなかった。ただ、単純に、「ついでに殺せたらいいか」と車を走らせた。
エリーの残酷趣味が功を奏したのだ。




8月11日 11:11

神能病院 特待病室 ミーティングルーム

「それで、ジオとエリーは今どこに居るんだ?」
勝偉はケルベロスを椅子に座らせて彼の話を聞いていた。

「正確な場所は解りません。ですが、あの車は中古品を安く仕入れたんです。」
「となると、つまり……」
「あの車に残ってるゾプチックはせいぜい3時間分しかなかったんですよ。」

「……これで、いよいよ邪魔者の殲浄-そうじ-ができる。」
勝偉の勝利を確信した笑いがミーティングルームを満たしていった。




ジオとエリーは、車を奪って間もなく、人気のない場所で車を停めると、ケルベロスは何かトランクに積んでいないのかと、車のトランクを物色した。
そこには400万zもの大金と、レベネ島の薬草が氷漬けの状態でクーラーボックスに詰め込まれていた。

その後、二人に奪われたケルベロスの車は、山岳部へと入っていた。岩肌の多い荒野山だが、幸い、車が進んでいる所は日陰になって幾らかは涼しかった。
エリーが車を運転しながら、二人は車内に持ち込んだ、青臭い薬草をひたすら胃袋に押し込める。

「まさかあの野郎が、あの島の薬草を持ち運んでいたとはな」
「鴨がネギ背負ってやって来たって訳ね」

この薬草は外傷に効能があり、特に滋養強壮を強烈に促す為、今の二人には最良の良薬であった。
だが、それ故に、苦い。

「この鎧も、もう少し便利だったらこんなマズイもん食わなくて良かったがな」

ジオとエリーは車を奪う前に、白い鎧の能力を試していた。
まず、この鎧が怪我を治癒する事が可能なのは紛れもない事実である事。昨晩ライフルで撃たれたエリーが無傷の状態で車を運転している。
だが、装着者の傷を治す事はできない。
そして、今のところ、この鎧のケガの回復機能はジオにしか使えない。
エリーがブカブカのままで鎧を着てみたが、腕のパーツが輝く事は無かった。まして、ジオの云う鎧の内のエネルギーなどは一切体感できなかった。

また、傷の回復には相応に体力を消耗する。
エリーはまだ強烈な疲労感を持ったままで運転を続けている。目の下には大きなクマができ、なまじ白い肌だけにやたらと目立つ。

山の中腹を過ぎた頃、運転席のエリーが「嘘……」と、狼狽した声を漏らした。
「どうした?」ジオは後部座席から身を乗り出して、エリーの目線を追う。

車の運転席のメーターの一つの目盛がゼロへとゆっくり向かっていく。
二人が、車内のゾプチックがもう僅かである事を理解するのに時間はかからなかった。


8月11日 11:30

ジオとエリーは、モーターの止まりかけた車を道の脇に寄せて、一旦停車した。
二人は、ネディアを出発した時に、自分たちが手に入れたゾプチックの端数分を持っていたが、連戦の中で既に無くしてしまっていた。
おそらくは、サンタリアの村で殺人鬼にバイクに載せていたバッグを撃たれた時だろう。

「畜生!ケルベロスの三下が!次あったらケツからハラワタ引っ張り出して蟻の巣に突っ込んでやる!」
「鉛を流し込むってのはどう?」
「この山を超えたらあとは森林地帯に潜り込めるってのに!」
「坂道を探して下っていくってのは?」
「まぁ歩くよりはマシだが……糞!こんな事になるならケルベロスの野郎を殺しとくべきだったんだ!」
「連中はどうせ、会長様の屋敷を守るのに専念してわ、あんなチンピラの言う事を間に受けるものですか」

疲れが抜けないせいか、エリーは何時になく落ち着いていて、怒り心頭のジオをなだめる役に廻っていた。
どうにもモルヒネは、ジオの頭の妙な場所にまで回ってしまったらしい。

二人は車を降りて、傾斜面を見つけるまで、ギアをニュートラルに入れて車を押していく。
最初はジオの顔の傷に障らないか、ジオ自身もエリーも心配だった。幸いにもタイヤはスムーズに転がり、ジオは力んで傷口を広げる事は無かった。

20分も押さない内に、二人は下り坂を見つけて再び車に乗り込んだ。今度はジオも助手席に座り、シートベルトをしっかりと締める。
バッテリーに残っている僅かな電力を使って、車を下り坂に入れた。

車はみるみる加速し、タイヤが土を巻き上げるようになっていく。

「ちょっと速すぎないか?ギアはローだよな?」
「ジオ……」
「どうした?」
「この車、ローギア壊れてる」
「っんだと!ブレーキでなんとかならねぇのか!?」
「やってるよ!」

エリーはブレーキを掛けつづけるが、挙句にボンネットから、液体が吹き出した。

「畜生!ブレーキの摩擦にラジエターが耐えられなかったのか!」
「だめ!もう動かないよ!」

ジオは、サイドブレーキを掛けてみた。だが、これも上手く入らない。
ボロ車を盗んでしまい、一難に一難を重ねていく。元の持ち主のケルベロスも相当ケチだ。

速度制動を完全に失った車の中でジオは、そこから先の、坂道の脇の岩肌に洞窟の入口を見つけた。
入り口は、人の手によって広く空けられたようで、二人の乗る車も簡単に入れそうだ。周囲には、物置小屋らしきものも目に入り、おそらくこれは坑道だとジオは思った。

「そこだ!そこの洞穴に入れ!」

ジオの一声で、エリーは洞窟の中へ向けてハンドルを切った。車は、幸いどこにも接触する事無く、洞窟の中へと入っていった。
洞窟の内部はかなりの距離があり、洞窟の壁や天井には、梁が付けられていて、人が行き来した痕跡がかなり残っている。ジオの予想通り、ここは炭鉱だったのだ。
エリーは、これ以上加速する事の無くなった車のサイドブレーキを再び掛けてみると、今度は上手く動作した。
洞窟内部での衝突はこれにて回避された。

二人は、懐中電灯を点けて、車から出ると、早速、車の点検を行った。
ローギアの故障はどうにもならないが、ラジエーター液は予備が車内に積載されていた。ブレーキも熱が収まればまだ使えそうだ。
しかし、ゾプチックが無ければ車は動かない。二人はこの点検が無意味なものであるとすぐに悟った。

ジオは車の下で、折れた看板を見つける。看板は、車が折った訳では無く、ずいぶん前から放置されていたようで、埃をかぶっていた。
ジオが埃を払いのけて、エリーが懐中電灯を照らすと、看板には次のようにあった。

=左奥の門よりダンジョンにつき注意=

ふと見ると、確かに左脇には、狭い道が掘られてあった。
此処は鉱山と遺跡が一緒になった珍しい坑道だった。

「遺跡か……」
「ねぇ、その右の門からゾプチックを探す?」
「……そりゃあいい、まさか奴らもゾプチックを探すとは思うわけねぇ」
「ケガはどう?あなたは休んだほうが良いんじゃない?」
「いや、コイツがありゃなんとかなる。サンゲどもも、マシンガン持ってる訳じゃねぇ」
ジオは44レーザーマグをホルスターから引きぬいた。

「でも……」
「大丈夫だ。お前一人のほうがよっぽど危なっかしいわ」

斯くしてジオとエリーは、車を坑道の、更に奥まで転がして外から見えなくすると、装備の確認を終えて、入り口から向かって左の通路へと姿を消した。



[18040] violence-11 SPAC-スパック-
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:3f60cb94
Date: 2011/10/11 20:53


神能勝偉はケルベロスの証言を元に、酸鼻極まるビデオテープの内容は、神能会の総本山、最侠要塞天堂に神能会の攻撃力を陽動する為のフェイクと推理した。
車のゾプチックの量から、ジオとエリーの移動可能範囲がデリカからせいぜい半径100kmに満たないと解った神能会は、荒野山の一帯に捜査網を絞った。車が動かなくなれば、二人には熊谷組が預かる北部森林地帯逃げ込むしか道は無い。
さが、荒野山を乗り越えることは、3時間未満ではまず不可能である。念を押して熊谷組組員は森林地帯にも捜査網を広げておく。

荒野山の土を削るように進行する車両群。中には装甲車も見受けられる。探索と言うには騒々しい。だが、気づいた所で総人数1000名に及ぶこの大捜査網の突破など不可能である。
そうして、ジオとエリーが奪ったケルベロスの車が、坑道入口の奥で発見されたのは、捜索開始から3時間後の、午後2:43の事であった。


8月11日 午後3:27

神能会は正規組員・末端構成員を含め血に飢えた1000名の殺戮職人達を旧坑道に集結させ、計5箇所のダンジョンの入り口を、それぞれに先鋭武装の200名で包囲した。

ジオとエリーの車が発見された、入り口Aには紗山組の200名。
さらに、紗山組組員には侠化装鋼歩兵なる、大型マングラーの突進をも受け流す、強化外骨格を着装した特別最強戦闘部隊が200名中50名。
彼らはソレに加えて、従来機よりも120%も切れ味を増した新型ハイパワースーパーチェーンソーを装備するのだ。
ゾプチックを燃料とする50台にも及ぶ人肉切断マシンの発狂の轟音は、旧暦世界のガソリンの物の比ではない。
それらがいよいよ駆動すると、荒野山に潜む鳥、トカゲなどの小動物はその周囲から飛び、跳ね、逃げ出した。

B口には城野組。C口には熊谷組。D口には辻丸組。がそれぞれ200名。坑道の規模、遺跡への入り口の有無など条件はA口とほぼ同じだ。
そして、E口には神能勝偉直下の精鋭が200名。
E口は、トロッコのレールが8列も張り巡らされ、他の入り口の10倍は広く作られた、本来の主要出入り口である。側には、採掘した資源を仕分けるベトコンベアの跡も残っている。
神能勝偉は、E口から少し離れた高台に作戦本部を設置。巨大なテントには、20台近くの無線機が置かれ、大きなテーブルには坑道の地図と、遺跡探索報告もとに作られた地図が並べられた。

「会長。包囲が完了しました。」戌亥は、地図を睨む勝偉に伝えた。
「念の為に、入り口の全てに爆薬を仕掛けろ。いざとなれば生き埋めにする。」
「そ、そこまでやりますか?」
「連中を始末しないと、この黄龍の野望実現の為の計画はきっと藻屑と消えるだろう……今、この場ですべての入り口をさっさと吹き飛ばしたぐらいだ。
 だが、万に一つ、奴らが奇跡を起こして、土を掘り返してみろ。今日、1000名の強者を使わなかった事を後悔する他ない。」
「連中を買い被り過ぎでは?あと2日であなたは、大公ですぞ。」
「戌亥。オレが兄上から黄龍の地位を奪回できたのは……実は予知能力のお陰なんだ。」
「何を突然……」
「奴らを倒すには、千人の最大火力を惜しみなく投じて爆ぜさせる事ただそれだけだ。お前は神能会会長たるオレの言葉が信じられないのか?」
「そんな戯言を……」
「だが!奴らは姑息にも、装甲車の入れない遺跡に逃げ込んだ!城野が調達した対人用新型執酷戦車“銕(くろがね)”も使えん!奴らこそ予知能力者ではないのか?
 なぜ秀麗と形容できる素敵軍団の全力が投入できない場所に逃げ込んだのだ!どこまでも、愚かしい狂犬の、汚らわしい番の分際が!」

激昂する勝偉のもとに、部下から新しい知らせが入る。子供の誘拐に使っていたワグナー一家残党の頭領から無線が入ってきたのだ。
勝偉は、一台の無線機の前に座り、マイクを握る。

「私だ。何があった?」
『勝偉さん、それはこっちのセリフだぜ。空から見たが装甲車やトラックに人載せてなんでこの洞窟を囲っているんだ?』
無線越しの声は、ワグナー一家残党の一派で、新頭領を名乗るラトラル・ジャジャの声に間違い無かった。

「ねずみの始末だ。」
『まあ、事情はどうでもいいんですが……今、洞窟の中で、前に紹介したSPACを持った殺し屋がスコルピオンのガキを追って中に居る。だから貴方の部下は入れない方が賢明だ。』
「何?スコルピオンがか……」
『アレは俺達の獲物だ!アイツのお陰で俺達はパペットのロリコン爺の為にバイトする身分に落ち込んだんだ!』
「オレが頼んだ仕事が不満だったのか?」
『そうは言いたくないが、とにかく奴のせいで、エスター親分はくたばってオレ達は散り散りだ!』
「そうだ、あの殺し屋に、スコルピオンの他に、もう二人殺させてもらえないか?金は勿論、私が払う。仲介料も払うさ。」
『その二人は遺跡の中?』
「そうだ。」
『するとアンタは、たった二人の為にこんな軍隊作ったのか?狂ったのか?』
「いいか、チンピラ。オレが1000人必要だって言ったら1000人必要なんだよ!ただしSPACは別だが。」
『お、怒らないでくださいよ……じゃあ二人の名前は?』
「ジオ・インセンとエリー・クランケット」
『聞いた事がねぇな……』
「無名のシーカーだよ。しかも15のガキだ。」
『はい?貴方ほどの悪が、それこそチンピラに、1000人も?』
「二人はこの私を怒らせたんだ。絶望させなければならない。1000人を相手に、何秒もがけるか楽しみだったが……SAPCでもいいだろう。」
『奴は高いですぜ。無名のチンピラでも一人頭に1000万z。2000万z、仲介料は100万zでいいですよ』
「安いな」
『へ!結構なご身分で!じゃあ、奴が仕事を終えたら伝えますよ。』

ここで二人は、無線での通信を終えた。

勝偉は、早速全部隊に向けて新たな指令を、戌亥を介して告げる。
「150人をAから、B・C・D・Eからは100人をいつでも投入できるように、待機させておけ。あと、爆破の準備もだ」

だが「待機」という指令とは裏腹に、勝偉は、1000人の軍団の使用を諦めた。
SPAC―――その力は、勝偉がジオとエリーに与えたい絶望を届けるには、あまりにも過大な能力だ。




高価そうな木製のデスクに、無線機のマイクを置く男がいた。デスクの上には無線機の他に筆と、ダーツの矢が転がっている。

男は奥目で年は30前後、肌は小麦色に焼け、髪はブロンドの短髪、額は広くM字。上半身は裸で蛇のタトゥーを走らせている。
対照的に下半身は金属製のプロテクターで覆われている。

デスクに座る男の後ろには、壁一面に嵌めこまれた巨大な水槽があった。水槽に満たされた液体は、真っ赤に染まっている。
厳密に言えば、水槽の下は、黒く見えるほど赤が濃く澱み、水槽の上こそが真紅に満たされている。
水槽の底に沈んでいるのは、細身の人間の四肢。女の手足である。

かつて“人類最大の敵”とさえ恐れられた凶悪極まるる人身売買組織、ワーグナー一家。
ここは、その残党の一派のである、ラトラル・ジャジャの率いる大型飛空船の内部である。

ワーグナー一家は、女性を捕えては日常的にその四肢を切断し、“肉だるま”と紹し、性奴隷として製品化していのだ。
このホルマリンの水槽の底を覆い尽くす手足はその犠牲者のものだ。ホルマリンに未だに染み渡る血は、黒いと言える沈下した血は、女たちの怨念そのもの。
しかしラトラルは、時折水槽を眺めてかつての栄華の残照に浸る。自らが染め上げた赤に安らぎさえ覚えるのだ。

畜生にも劣る男。否、現実は、ワーグナー一家が殺生与奪を握る側なのだ。

ラトラルは、無線機のチューニング変えると、再びマイクを取った。

「こちらラトラル」
『なんだバカヤロウ!見つかるとまずいから後にしてくれ。』
「神能の親分から二人追加だ。遺跡の中をうろついてるガキを始末してくれ。確か3人頼めば、ひとり分タダだったよな?」
『ああ?今更かよ……ガキの名前は?』
「ジオとエリー。多分一人は女だな……久しぶりに、ぴちぴちローティーンの“肉だるま”を作れたらいいんだがにゃ~」
『だるまにするにも、外科医が居なきゃ無理だろ』
「だな~、じゃあガキは殺してくれ」
『スコットの野郎はどうしても生け捕りか?もうさっさと殺して帰りたいんだが。」
「ああ、後で嬲り殺しにしてやる!」
『わかったよ、もう掛けないでくれ、こっちが危なくなる』

相手は一方的に無線を切った。

「俺も、ここで腐るぐらいなら、一人でノンビリと殺し屋稼業やったほうが良かったかな……SPACがありゃ今からでもできただろうが」

机の上に足を組んで独り言を言いながら、ラトラルはダーツ矢を投げる。

矢は、部屋の角に吊るされた的に命中した。

的は、ピクリと反応を見せる。
20本以上のダーツの矢が、的の乳房と腹に喰らい付いている。
赤毛の髪は殆どが毟り取られ、眼は虚ろで、全身に紫に変色した殴打の痣。顎が外れて、ダラリと出た舌はに3本の太い針が貫通している。
手の平に穴を空けられた上に、鎖を通されて宙吊りにされていた、もがいた挙句に出血し、腕を赤く染めている。肛門と陰部は化膿に加えて電熱で焼き尽くされていた。

的は、かつて快活だった少女の成れの果て。
年端も行かぬ少女を輪姦しつくし、飽きた後に一秒でも長く一秒でも多く苦しめて殺す。

畜生にも劣る集団。否、現実は、ワーグナー一家が殺生与奪を握る側なのだ。




坑道内の遺跡はほとんどが探索されていた。ジオとエリーは3時間、部屋を片っ端から漁ってきたが何も見つからないでいた。出てくるサンゲもエリーが、ジオを気遣い、ブルバックライフルで尽く殲滅していた。
何体か中型の6脚歩行のマングラーが現れたが、そこはジオの44レーザーマグの面目躍如。三層圧縮光弾は、このマングラーを倒すのに3度目の火を噴くことは無かった。
そうする内に、既に遺跡の第一階層の最深部(山から見た中央部)近くまで二人はやってこれた。

長部屋があった、多数のロッカーらしき錆び付いた金属の箱がずらりと並んでいる。そのほとんどは、先客に壊され、ジオとエリーはロッカーの群れに懐中電灯の光を浴びせながら進んでいった。

「あった!」
「やっとか!」

エリーが見つけた手付かずのロッカーの中には、ナイロン製の鞄に入れられた、頭部全体を覆える白い仮面があった。

白い仮面の正体は只のアイスホッケーマスクである。
このマスクは、ほとんど完全な状態で残っているが、これの本来用途を知る者はもう、いない。
新暦世界では、フィールドホッケー は生き残っているが、アイスホッケーは伝承されず、消滅していた。

マスクは、両眼の周囲が大きく空け視界を良く作られ、角を取った三角形のような穴が、頬や口元、鼻の部分に左右対処に空けられ
眉と眉の中心あたりから、額を覆うように、放射状に細い筋が広がり、筋と筋の間にも同じような穴が左右対称にあった。

「気味の悪い覆面だ……」
「これ、持って帰ろう。高く売れるかも」
「よせよ……」
「そう言うけど、ジオ。あんた多分、一生仮面の世話になるわよ」
「うるせぇ糞アマ!分かってる、こんな顔にされたらな。ただそんな悪趣味が被れるか!」
ジオはエリーに強く当たった。

「誰がコレ被れって言ったのよ、このバカ!」
エリーも負けじと切り返す。ジオはコレを無視。エリーはひっぱたいてやろうかとも思ったが、顔を縫い合わせ、包帯を巻いたジオの顔にそれはできない。
エリーはイラつきながら、背負う鞄にマスクを引っ掛けた。

つむじを曲げるエリーを尻目に、ジオが先の部屋を出ようとした矢先だった。突然、エリーの懐中電灯が強烈な光を一瞬のみ発した直後、壊れて光らなくなった。
この時、エリーは手に持った懐中電灯の異変に、身の危険を覚えていた。

ジオがエリーの方に振り返る。
「どうした?」っと声をかけようと思った矢先に、今度はジオの懐中電灯が、エリーの物と同様に強烈な光を発して壊れた。

ジオとエリーは互いの身に強烈な危機を予感しつつ、壊れた懐中電灯をよく見てみた。
懐中電灯の先端は、溶断された無くなっていた。

二人がこの事に気づき、うろたえ始めた直後だった。
暗闇の中で何者かが、二人の首を同時に掴み上げたではないか。その素早さは二人を遥かに上回り、何よりも存在を一切悟れせなかった。
ジオとエリーの体は軽々と床を離れ、一切の攻防を防がれた状態に陥った。コレに加えて、何者かは二人を壁に押さえつけた。

その強烈な握力に、“首を絞められている”のでは無く、“首を潰される”とジオとエリーの脳は、認識していた。

それでも反撃せぬばと、二人は暗闇浮かぶ何者かの腕に、互いの持つナイフを突き立てた。
しかし、二人を易々と封じるこの剛腕は強固なプロテクターに覆われ、切っ先を全く受け付けない。

この反撃に、剛腕の主は、二人の首をさらに強烈に絞めに掛かった。

常人ならば既に、失禁している強烈な握力が首にとり憑いた状態で、ジオはなんとかホルスターに入った44レーザーマグに手をかけようとした。
エリーも震える手で、ブルバックライフルに手をやろうとする。しかし、ライフルは知らぬ間に、懐中電灯に同じく、中央から溶断されていた。

だが、剛腕の握力が、途端に弱まった。極限状態の二人に、漸く声を掛けてきた。

「エリー……そして、ジオ……なのか?」

二人は、その声に聞き覚えがった。
男は、二人を開放し、優しく地面に下ろした。

開放されたエリーは、一気に息を吸い、咳き込みながら男に声を掛けた「ブルースなのね?」

ジオとエリーに襲いかかった巨漢の正体はかつて共闘したブルース・ファウストであった。
緑のカーゴパンツと、しかし髪は白い長髪のから、金の短髪に変わっていた。
彼は、無数に並ぶロッカーの一つに身を潜めて、

「すまない、ジオだと解らなかった……その包帯どうしたんだ?」金髪のブルースは二人に懐中電灯を照らして言った。
「まぁ、事故みたいなもんだ……」ジオは虫が悪そうに答えた。
「いったいどうしたのよ?」エリーはブルースの凶行の原因を尋ねた。
「話すと長くなる……殺されそうなんだ」
「俺らもだよ」「私たちもよ」ジオとエリーの声は図らずとも揃っていた。
「なに!」
「顔の包帯はそのせいだ」
「神能会か?」
「ええ、ブルースも?」
「いや、俺を狙ってるのはワーグナー一家の残党さ。多分、ネディアの神能会のチンピラがタレコミやがったのさ」
「髪は?」
「もともと金髪でな、変装のために全部剃っていまは少し伸びてこんな状態だ。」
「なるほど、経緯は大体わかったわ。」
「こっちはカウサードヒルの皆殺しの犯人の濡れ衣を着せられている」
「マジか。ヘヴィな話だ」
「大陸の子供を、パペットに薬売りに売りつけてやがったのを知ったと勘違いしてな。知ったのは濡れ衣を着せられた後だってのに……」
「ぶっとんだことしやがる。でもなんでまたそんな大それたことを……」
「そこまでは知らないわ。悪党の考える事なんて純情な私じゃ予想もつかないし」
「よく言うぜ。」
「ところで此処に隠れてる訳?」
「それが……殺し屋の野郎も、この遺跡の何処かにいるんだ……」ブルースは申し訳無さそうに言った。
「ワーグナー一家が雇った殺し屋は、あんたの手に余るほどの奴なのか?」ジオが聞いた。
「SPACが相手じゃどうにもならない。」
「すぱっく?」

エリーの尋ねるような口調を察してブルースはSPACの概要を説明した。


SPAC(スパック)―――
この単語が本来どのような意味を示すのかは不明である。しかし、新暦世界において、古代遺産の内、この刻印を有する発掘品は、ゾプッチクに並ぶかそれ以上の価値を持つ。
古代文明の超科学の結集体であり、武鎧・義手義足もしくはその装飾品として発見されている。いずれも超硬度を誇り、荷電粒子砲以外の熱光線に耐え切り13mmまでの大口径対物用実弾も受け止めてしまう。
無論、これらの攻撃に耐え得る装備者は存在しないが、鎧の物ともなれば、汎用のレーザーガン、アサルトライフルに対してほぼ無敵となる。
しかし、SPACの真価は、それらに付随する能力にある。その種類は多種多様であり、上位の能力は、筆舌に尽くし難く、もはや魔法とでも云うべきであり、尽く物理の法則逸している。
その動力源がゾプチックである事は間違いが無いのだが、注入口らしい物が存在していない。SPACに透明色のゾプチックを直接塗るか浸すなどすればSPACが直接吸収している。
また、能力を発現する機構も装飾のようなパーツのみが数個、埋め込まれてるだけで、鎧そのものが膨大な回路装置ではないか?とされる説が一般的になっている。

「ワーグナー一家が俺を狙って仕向けた殺し屋のSPACは“毒”だ。蠍のような尻尾のある鎧で、しっぽの節々からは麻痺を起こす毒ガス。先の刃は掠っただけで即死に至る猛毒が染み出していると本人は能書き垂れてたよ。」
「じゃあジオの鎧も……SPAC?」
「なに!!!」
「傷が治せるらしい。エリーの怪我は治した。自分は治せないが……」
「よ、良く見せてくれ!」

ブルースは、自前の懐中電灯で、ジオを照らし鎧を調べてみる。すると、背中の腰部分に小さく「SPAC」の文字が浮き出ている。横に型番がある筈だったが、削れてしまっている。唯一、頭文字の「G」だけが読み取れた。

「たまげたぜ、相変わらずお前らは俺を驚かせるのが好きらしいな……」

「G……か、」ジオは、自分の名前(Gio:Ininfen)の頭文字と奇しくも同じアルファベットを口の中に転がした。

エリーは、今一度ジオに治して貰った腹の上を摩る。

「SPACでは自分で自分の傷を治すことはどうしてもできないのか?それとエリーじゃSAPCを使えなかった」
「安心しろ、SPACは能力の発動権を、着装者に固定するが、勿論初期化もできる。ただ、今此処でやるには手間が掛かる。」

ジオの問にブルースが答えたその矢先であった。

部屋最奥の扉の隙間から、節を持った触手のような物が入り込んで来た。暗い部屋の中で、ブルースの持つ懐中電灯だけがソレ照らした。
うねる触手の先端には、二股に割れた菱形に近い鋭利な刃が、懐中電灯の光を反射した。
間違いなく、ブルースの言う殺し屋のSAPCである。

ジオとエリーは身構える。ジオは44レーザーマグ、エリーはライフルの残骸を投げ捨てて背負った鞄から、レーザーショットガンを抜き出した。
しかし、ブルースは銃を構えた二人を、大きな腕で床に伏せさせた。

「Eat this!」

ブルースが叫ぶように言うと、なんと、扉の四隅が爆発した。四つもある爆風は、三人の元には殆ど届かず、扉の外へと集中した。
これは、ブルースが事前に扉に仕掛けた指向性爆薬によるものであった。

3人は恐る恐る立ち上げる。ブルースが、爆煙の中を直ぐに照らすと、長い尻尾の影がはっきりと写っていた。人の影では無い。

「無駄だスコット。言っただろう、俺の尻尾はよく伸びると。」

爆煙が床に下りた頃、長い尾の主が扉の外から姿を晒した。
殺し屋は、扉から離れた場所で、毒針の付いた尻尾を伸ばしその先だけを扉から侵入させていたのだ。
挙句に、強固極まるSPACの尻尾は煤で汚れただけであった。

猛毒を身に纏う殺し屋。標的に名乗るような趣味は無い。空賊界隈からはミディアムの名で通っている。
SPACはジオの物とは違って頭部も覆い、黄土色。正にサソリと人間のキメラと形容できる有様である。プレートの節々からは毛のような細く短い針が無数に生えており、
ここからも毒が染み出ている事は、ジオトリーには容易に想像できた。

「糞!」無傷のままの殺し屋を相手にブルースは歯を剥いて言った。

殺し屋は兜越しに声を発した。
「そこの二人は、ジオとエリーだな。」

幾人もの命を金に替えたザラついた視線が、ジオとエリーに据えられた。

「な、なんで私たちの名前を知ってるんだよ!」
「神能会の親分がお前らを殺せと頼んできたんだ。」
「嘘……私達がこの遺跡に居ることがもうバレたの?」
「そっちのミイラ男は殺すとして、お前はケッタイな髪と目の色以外は上玉だな。よし、スコットと一緒にジャジャの野郎に売りつけるとしよう。」
殺し屋は下卑た算段を口ずさみ、長い尾をうねらせた。

その直後、ジオは無言のまま44レーザーマグを発砲した、左右の腕から引き出した二挺を同時打ちに。
光弾は殺し屋のSPACの両胸に瞬時に爆散。殺し屋はあっけなく、廊下に倒れてしまった。

「……だれがミイラだ」何時になくしわがれたジオの声であった。凄みを増している。
言葉とは裏腹に、殺し屋がジオの逆鱗に触れたのはエリーを陵辱するという旨であった。

だが、ブルースはこの殺し屋が、ジオの殺戮の光弾をモノともせずにいるのを見抜いていた。

うう……と、唸るような声を出しながら、殺し屋は起き上がり始める。

「たまげたぜ……俺のSPAC“デアボリカ”を転ばせるとは」
ありがちなセリフだ。だがジオは驚愕した、「な、なんだと!」

神能会のヤクザどものハラワタを爆ぜさせ、マングラーをも2発の内に葬ってしまう44レーザーマグの無敵神話が、ジオの中で崩壊した。
2発の三層圧縮光弾を同時に受けておきながら、SPACは傷ひとつ負わず、せいぜい、殺し屋に思い切り殴ってやった程度のダメージしか与えていない。

「二人共、引くんだ!ジオの銃が通じる相手じゃない!」

ブルースの怒号の中で、殺し屋の尾についた毒針がジオに向かって疾走する。

ジオは寸での所で、胸部を狙ったこの一撃を、地面を蹴って交わした。毒針は、ジオの左の腋を潜るように通過した。
しかし、毒針は大きく反り返り、ジオの後頭部を続けて狙う。

前方の一撃の回避を前提とし、直後に視覚である後頭部を攻める殺し屋ミディアムの必勝の形である。

しかし、ミディアムは毒針から僅か1インチの所で、ジオを殺す事を諦めて廊下の奥へと逃げ出した。
ブルースがスパイクのような形をした指向性爆弾を、ミディアムに向けて投げたのが一手早かったからだ。

ジオは、毒針が頭の後ろから無くなった後で、ようやくその存在を悟り、背筋を凍らせた。

ミディアムの引いた後、爆弾が爆発する頃に、ジオ・エリー・ブルースの3人は、反対側の扉を目指して長部屋を駆け抜けていった。




ミディアムは、内心かなり焦っていた。
現在ブルース・ファウストを名乗る、元空賊スコルピオン一家攻撃隊長、スコット・スコルピオンは自分の全力を出し尽くさねば勝てる相手ではないのだ。

ミディアムはワーグナー一家の殺しの依頼を尽く受けていいた為、国際警察機構・空賊連合を筆頭に各界から抹殺指令を下されている。
彼には、過去の足跡を抹消し隠者として生きるか、新しい社会的地位を、賄賂を出して買い取る以外に道は無かった。
殺しに呆けて、ここまでの窮地を予測できず、貯蓄していた金額では、アテが有っても後者の生活を送ることは出来なかった。

しかし、スコット・スコルピオンを生け捕りには1億zという史上最高額がワーグナー一家残党ラトラル派から提示された。
極落の一週間における、最大の戦果を上げたスコットを、残党の各派閥は可能な限り残虐に抹殺し、その下に一家を再編しようと目論んでいたのだ。
自分の持つSPACの、麻痺毒ならば、スコットを生け捕りにして1億zの大金を得る事ができる。そして新しい名前を手に入れて別の稼業で再起を掛けることもできるだろう。

最後の大仕事に出たミディアムであったが、スコットを遺跡に逃がした上に、ラトラルが新しい殺しを依頼されたのは想定外である。
しかも神能会の会長、13代目黄龍・神能勝偉から直々に抹殺命令を下されたのがタダの不良少年たちである訳がない―――

扉に仕掛けられた指向性爆弾の存在を見抜き、SPACの尻尾を囮に離れた場所で爆発させると、そこにはスコットと横に男女が並んでいた。

スコット・スコルピオン。人間の限界を超えた戦闘能力。かつ、それを決してひけらかす事は無く、敵と接触したただ一瞬のみ放出する爆薬のような男。
コレまで長い時間があったが3度しか尾の先を放つ機会がなくあまつさえ尽く交わして反撃にでてきた。SPACがなければ到底敵う相手ではないし、SPACを手に入れてからこんなに殺しに時間が掛かった事は無かった。

女は蒼髪金眼という、サンタリア教の言う悪魔のような顔をしていた。色は違っても、目を見ればどんな悪党なのかミディアムには解った。この女は、人を傷めつける事が笑い事でしかない、究極のサイコキラーだと。
性的な意味での猟奇性を持っていない、ただ単に敵を嬲り殺しにする過程で芽生える極自然な加虐欲に全くタブーが無い。この悪魔にとって、殺人は怒りや悲しみ、そして笑うといった感情を表に出す精神的浄化行為、カタルシスでしか無い。
ミディアムは、この手のタイプが二番目に恐ろしい事を知っている。加虐欲と性欲の区別が付かない自称猟奇殺人者どもは所詮、狂うに至らなかった白痴でしかないのだが、
この女のようなタイプは、狂人であり天才の可能性を持っている。

男、包帯に巻かれた闇から削り出された作り物のような眼。そんな、際限なき冷たい色であるにも関わらず、灼熱の如き凶暴さに充ち満ちていた。
初めて見た眼だった。もしかすると一番、恐ろしいタイプとなのか?ミディアムは一瞬そう思った。
予測できないから恐ろしいのではない。殺し屋同士の間で、何時からか広まった共通の認識があった。
「加虐欲を全く持たないで殺しにかかって来る奴が一番恐ろしい。本当に邪魔者を消す事しか頭に無く、嬲られる隙すら無い。」
ここまで感情を表に出さない瞳を冷たい感じさせず、唯ひたすら轟々と燃える殺意。その得体の知れない瞳は、殺し屋の最も恐れる物に該当した。

ミディアムは、3人が自分を恐れているのは解っていた。しかし、自分もまたこの三者三様の危険人物たちに恐れを抱いている。
それでもミディアムには確固たる自信があった、敵を恐れるのは当然であり、優れた殺しを達成する絶対条件。恐怖を克服した時、全てが自身の糧になるのだから。




3:42

3人は殺し屋から身を引いて、遺跡のさらに中心部へと迷い込んだ。

「おいおい、こっちで大丈夫なのか?お前らが入った方の入り口から逃げよう。」
「駄目!うちの車はゾプチックが無くなったの。だからこの遺跡で探し出すつもりだったのよ」
「畜生、何があっても奴を殺るしか無いってか。」

ブルースは懐中電灯で廊下を照らし、エリーと並んで先頭を走る。だが、ジオはその後ろで息絶え絶えであった。

「お、おい……お前ら、もっとゆっくり頼む……俺は顔を縫ったばかりなんだ……」

ジオの容態を気遣い、エリーとブルースは殺し屋の気配の無い事と、周囲にサンゲとマングラーも存在しない事を確認すると、通りかかった部屋に一旦身を潜めた。
部屋は、5m四方の非常に小さいものだ。ブルースのライト一本で容易に部屋中を照らせる。

ジオは壁にもたれて呼吸を整える。

「すまねぇ……」
「こんな部屋にいたらすぐに見つかっちゃうわ。」
「……俺の話をおちついて聞いてくれ。この遺跡に入る前に指向性爆弾を奴に投げたんだ。その時、奴は器用にもあの尻尾で、爆弾をはじき飛ばした。
 さっき扉を吹き飛ばした件といい、徹底して爆発の危険を避けている。大きなダメージにはならなかったがジオのレーザーマグでひっくり返った。
 少なくとも奴のSPACは防爆性能は余り高くないはずだ。だからまずジオのレーザーマグでもう一度転ばした後に、残った4本の爆薬をお見舞いしておれがブレードで止めを刺す。」
「それも無駄よ、きっとそうすると殺し屋も読んでるわ、殺人のプロよ。」

エリーの言うとおり、ブルースの提案は漠然としすぎだ。

「確かにそうだ。そこで、お前の旦那のSPACを使う。」
「……死人を生き返らせるのは試し事がない。」
「もちろん解ってる。死人を生き返られるようなSPACはこの世にありはしないさ。
 この狭い部屋を選んだのは、奴の麻痺毒ガスを早く充満させる為だ。奴も毒の散布に時間を掛けないだろう。そこでジオ、お前のSPACで俺とエリーの毒を解毒するんだ!」
「俺は息を止めてろってのか?」
「そうだ、この部屋なら奴もあまり時間を掛けない筈だ。お前は、体がしびれて動けなくなる。だが俺とエリーは、お前がくれた時間で一秒でも長く息ができる。
 痺れたふりをして、部屋の中で倒れておいて奴の隙を付く!」
「部屋が狭いなら直接挿して来ないか?」
「ところがどっこい、ワーグナー一家のド畜生どもは、俺を嬲り殺しにしたがっているらしい。そこにエリー、アンタが増えたなら、毒ガスで痺れされる方を取るに違いない。」

「それって失敗したらジオが死ぬって事じゃない?」

成功するにせよ、失敗するにせよ、ジオは麻痺して動けなくなる。逃げるときはジオを置いて、作戦を見抜かれた時は真っ先にジオの命が狙われる。

「……エリー黙っていろ」ジオはエリーに重い声で言った。
「でも……」
「神能会の連中はもう、俺達が此処に居るのを知っている。それに薬で誤魔化していたが、顔の具合は良くない。病院に行くか、ブルースの言うSPACの初期化を試さなきゃならねぇ。
 これ以上、走り回たら、俺は死ぬだろう。こうなったら半丁博打しかねーよ……」

ブルースは、包帯越しのジオの真剣な表情を受け取った。

「すまんな……だが、怪我人を連れならが、奴の裏をかくにはコレしか無い。」
「安心しろ、コレでも素潜りは上手くて3分は息を止めていられる」
「頼もしいな。」
「素潜りなんかもう半年以上してないじゃない!」
「ところで、指向性爆弾ってやつをみせてくれないか?」ジオはエリーを無視してブルースに言う。

ブルースは左右の腰に下げた、細い金属管が5本並んだケースの中から、指向性爆薬の一本をジオに渡す。
それは、反射しないように黒い塗装で覆われていて、太めのスパイクか杭のような形をしていた。壁の隙間や、マングラーの装甲の薄い部分などに突き刺して使えば、その指向性も相まって強力な爆薬と言える。

「筒には、強力なバネが仕込まれていて、それを使えば分厚い金属板にも良く食い込む。SPACを貫くのは無理だがな。」
「……これなら大丈夫だ」

ジオはそう言うと、エリーに44レーザーマグの一丁を手渡す。

「ブルース、もし失敗したらエリーを頼む。」
「ジオ!」
「もしもの話しだ。成功する。」

エリーはジオの答えに「嫌よ!」と叫ぶと、瞬時にバタフライナイフを振り出して、ブルースの腰に下げた爆薬の入った筒の連なるケースを奪い取った。

「もし失敗したら、アイツを道連れに自爆してやるわ!」
「エリー!」
「"もしも”の話しよ。ブルース、邪魔したらあんたも殺すからね!」

エリーが、ジオとブルースに向ける眼差し正に、悪魔の如き金色眼の輝きであった。それは、普段ジオには決して見せない真剣な攻撃性を剥き出しにしている。

「糞尼……」ジオは力なく吐き捨てた。

「俺の命も高いもんだな。お前ら二人の命を天秤に乗せるなんざ……」ブルースは俯きながら答えた。

「アンタが高いだぁ?サソリの出来損ないと、そこのキチガイ、んで俺のが安いだけだ。」
「せいぜい100z、コンテニュー不可ね。」


軽口を言い出し合う三人の部屋に、あの二股に裂けた菱形の毒矢が、扉の間を割って入ってきた。先端から発される霧の濃度は、先程ものよりも遥かに濃い。
三人は、ほぼ同時にその存在に気がついた。

「ジオ!」ブルースは、口よりも早く目で言った。

ジオは2人の肺のあたりを手で押さえSPACを発動する。回転する輪のパーツ、そして赤く光る宝玉。発生した赤い靄は、二人の胸の中へとスルスルと浸透していった。

「……もうちょっと触るところ考えてよ」
「掴むほどねぇだろ」
「んだとぉ!」
「じゃあ、お前だけ死ね」
「黙ってろこの色ボケども!」

毒は、次第に部屋へ蔓延する。ジオは自分の息がどこまでつづくか不安だ。しかし、ここで三人にとって予想外の出来事が起こった。

なんと、ジオのSPAC能力を受けている筈のエリーとブルースが、先に殺し屋の麻痺毒に当たって床に倒れてしまった。

馬鹿な!―――ジオは息を吸うことなく、心のなかで狼狽した。

彼の能力の使い方が、解毒に対応しきれなかったのか、それとも、このSPAC能力は解毒には作用しないのか。エリーとブルースはピクリとも動かない。
ジオは事実を受け入れ、即断した―――俺がやらねばならない、だが、策は無いのか!―――
この時既に、ジオが息を止めて1分を過ぎた。彼に残された肺の酸素は、残り2分と持たない。




ジオ・エリー・ブルースの3人が逃げ込んだ部屋に毒針を挿して、ウェルダンは又も扉から離れた位置に立っていた。
予め、この部屋を渡る廊下には麻痺毒を充満させておいた。例え3人が奇策を労じても、この中で息をすれば体の自由を奪うことができる。

最初の目的はジオを燻出す事である。

ブルースは生かして1億zの大金となり、エリーは生捕にして売りつければ3000万zにはなるだろうとウェルダンは考える。
よって、最初の抹殺対象はジオに絞られる。

何よりジオは予想不可能な敵に違いないと、ウェルダンは読んでいる。あの漆黒の目に危機感を感じずには得られなかった。
思えば、包帯に覆われた顔と酷くしわがれた声からは、感情の一切が読み取れないのだ。

怪人ジオは、ウェルダンにとってUNKNOWNの単語を体現する存在だ。

そのジオが部屋から飛び出したのは、ウェルダンの予測よりも1分も早かった。
部屋の規模が狭いにしても、こんなに早く部屋を飛び出す者を見たのは初めてであった。
さらに姿を晒すのジオだけで、ブルースことスコットとエリーが、何故か部屋から出て来ない。部屋の中でなにか奇策を思いついたのだろうか?

とは言えウェルダンは慌てながらも毒針をうねらせて、ジオの胸を狙った。しかし、毒針はジオの鎧によって弾かれてしまった。

「馬鹿な!」

ウェルダンは驚愕の声を上げた。自身が身に纏うSPACの特にこの毒針の部位で、人間が装備できる装甲で貫通できない物など有りはしない。
あるとすればそれは―――「貴様!その鎧、まさかSPACか!」

ジオは息を止めたまま、ウェルダンと距離を置き対峙する。この時、ジオが息を止めてから2分が過ぎようとしていた。
「相手は殺しのプロよ」―――エリーの言葉を反芻し、ジオは同じ失敗をする相手ではないと、廊下に既に麻痺毒を充満させていると一手先を読んだのだ。
そして敵に自分の鎧がSAPCだと悟られた今、事態は好転した―――ジオは44レーザーマグの一丁を両手で握りしめ、暗い廊下の先で毒針を振るう殺し屋に銃口を向けた。

その様子を見て、ウェルダンは考える―――眼前のSPACをもつジオと、指向性爆薬と白兵戦闘を究めたブルースをどう仕向けて自分を殺しに掛かって来るか。
そして、部屋の中で待機しているであろう二人がどうでて来るか。あるいはエリーがまだ力を隠している可能性もある。
SPACを持つ眼前のジオといい、今はブルースを名乗るスコットのSPAC相手に見事に撤退戦を繰り広げた戦闘能力といい、あの悪魔の相を持つ女が何も持っていないとは考え難い。
しかし最大の驚異はやはり眼前のジオに他ならない。SPACの持つ能力は不明だ。
ならば、不明の内に殺すべきだ。部屋の中で待ち伏せる二人も大なり小なり、ジオのSPACに頼って作戦を立てた筈だ。
都合の良い事にジオのSPACは頭部を覆う兜が存在していない。頭部を一撃で仕留めれば、中の二人に為す術はなくなるだろう。

ウェルダンの心に油断は無かった。この場でジオを殺す事を最善と判断し、尻尾をうねらせるのをやめた。

両者は、毒ガスの立ち込む暗い廊下の中で、唯ひたすら恐怖に耐えた。

ジオは肺の空気が残り10秒を超えた時、ついにレーザーマグの引き金を引いた。

光弾はうねることは無い。亜音速で直進し殺し屋の頭部に向けて空を切る。

しかし、この時ウェルダンには人知を超えた力が宿っていた。亜光速の三層圧縮光弾を完璧に目視し、あまつさえソレを身をわずかに反らして避けた。
それに留まらず、既に毒針の付いた尾を、ジオの頭部に向けて解き放った。

高速で刺突するウェルダンの尾を前に、ジオはレーザーマグを廊下に落としSPACの篭手で顔を覆った。
ウェルダンの尾は、ジオにたどり着くまで僅か1秒あるかないかの間に、うねる動作で3度もその軌道を変えた。
彼はジオが頭部を覆う篭手の隙間をこの時幾つも見抜き、フェイトを掛けたのだ。もっとも、その複雑な軌道はもはや人間にその動きを予知する事はできない。

いよいよ、針の先がジオの頭部へと完璧な進路を見つけて、ジオの両腕の隙間へと侵入した。
ウェルダンは、完璧に隙間を縫ってジオの頭部に到達したと確信していた、しかし、ジオの方からは毒針の先からは金属と、よく解らない何かの感触を感じ取った。
少なくとも顔の皮を裂いて、骨に当たった時の感触ではない。

暗がりをよく見れば、ジオは恐るべき事に毒針を両腕で鷲掴みにしていた。

ウェルダンはその様を見て慌てて毒針を引き戻した。尻尾を平常位置に戻す頃、ジオは唸る事もなく床に倒れた。
どうやら、毒針で感じた奇妙な感触は、指関節部分の装甲の薄い部分を突き破ったようだ。
毒針と言っても、先の割れた矢尻状の拳ほどの大きさがある鋭い刃物である。
やっとの事でジオを、1000万zの報酬を獲得する至った―――と、ウェルダンが確信したその時だった、床に倒れたジオが絶叫した。

「Eat this!」

その絶叫の直後、ウェルダンの側で大きな爆発が起った。
爆風は、ウェルダンを包み込んでSPACに覆われた体を壁に叩きつけた。
同時に、廊下に充満した麻痺毒を吹き飛ばす。ジオは一気に息を吐き出した。

ウェルダンがジオの拳の中で毒針に感じたのは指関節の装甲を貫いた感触ではない、指向性爆薬を突き刺した感触だったのだ。

ウェルダンは、爆風と壁の間で圧し潰されると床に倒れた。
ジオはSPACを使うだろう、ブルースことスコットは指向性爆薬に頼るだろうという固定観念が自らに災いしたと、鈍くなっていく脳で悟った時既に、ジオは既に彼を見下ろしていた。
両手に握られた44レーザーマグの銃口が、床に張り付いた彼に向けられた。

左右から合計14発の光弾がウェルダンに叩き込まれた。彼のSPAC、デアボリカは最後まで44レーザーマグの貫通を許さなかったが、床に倒れた今、レーザーマグの衝撃は全て着装者に注ぎ込まれた。
肺と心臓へ絶え間なく衝撃が与えられると、ウェルダンは吐血し絶命。兜の中から血がこぼれ出した。

ジオは殺し屋の死を確認すると、すぐさまエリーとブルースを麻痺毒が撒かれた部屋から引きずり出して、その場にヘタり込んだ。
圧倒的恐怖心からの解放。ジオは四股を投げ出し生きた心地のしない目で天井を仰いだ。

ジオを勝利に導いた作戦とは―――敵に自分の鎧がSPACだと気づかせて剥き出しの頭部を狙わせる。そして頭部を狙ってきた毒針に指向性爆薬を突き刺させて爆破させる―――というものであった。

殺し屋がSPACを真っ先に消したいだろうという事、部屋の中でエリーとブルースが待ち構えているだろうと強く懐疑心を持っている事等、殺し屋が真っ先にジオを殺しに掛かるという条件の元で成功に至った。

だが、もしも毒針の最初の一打を頭部に受けていたら、毒針の力がSPACを貫くほどの物だったら―――しかしエリーとブルースが戦えなくなった瞬間から、もはやジオの命は捨てるに値する物であった。
ソレを悟り臆す事で、死中に活を得たジオの捨て身の作戦によって最初の驚異から逃れるに至ったのだ。




午後4:08

神能会四大組織の頭目、通称四神各の沙山、城野、熊谷、辻丸の4人は何事かと坑道E口付近の作戦本部に馳せ参じた。会長、13代目黄龍・神能勝偉直々の呼び出しである。

4人が集まった頃、テントの中は既に人払いされており勝偉は腕を組み、机に広げられた坑道と遺跡の図面を睨んでいた。

勝偉は4人を机の側に座らせると、ようやく彼も腰を椅子に下ろす。そして、重い声で4人に語り始めた。

「待機命令を出していたのは件のスコルピオン一家の長兄にして攻撃隊長、スコット・スコルピオンを追っていたラトラル一派の雇った殺し屋が、遺跡内で合流したスコット、ジオ、エリーと交戦を開始した為だ。殺し屋は空気中に散布する毒を駆使するSPACを持っており、我々の大所帯では却って被害を被る為に已むを得ず待機命令を出すに至ったのだ」
「という事は、殺し屋が既に3人を殺した為、我々は引き上げると?」
熊谷の言葉に勝偉は答える。
「常識ならばそうなる。しかし、ラトラルがこの黄龍に伝えたのは、あろうことか3人はSPACを持つ殺し屋を屠りおった」

「バ、馬鹿な!」声を上げた辻丸に留まらず、4人全員が勝偉の報告に耳を疑った。

「いかにSPACが強力な兵器とはいえ、我々の兵隊に換算して500人力程度のSPACだった。ブルースことスコットが100人力と考えて、ジオとエリーも100人力だったと考えたら……要は5対3。勝ち目が生まれてしまったのだ。あるいは、連中もSPACを持っている。」

ジオとエリー単身の攻撃力を強調する勝偉に沙山が進言する。
「連中がこの大陸のどこかでSPACを発見していたという可能性を一番に考慮すべきでしょう。15の餓鬼がスコット級の猛者だというのは考えがたい。どんな悪タレでも精々20人力でしょう」

他の3人も、沙山の意見に賛同した。SPAC同士の戦いならば有利なのはスコット・スコルピオンを味方に持つジオとエリーという事になる。

「いずれにせよ、具体的な作戦方針を元に戻すことにした。やはり、全攻撃力を可能な限り連中に注ぎこむ」

「ですが、装甲車を遺跡内に入れることは不可能ですよ」城野は念を押しておく。

「まあ聞け。連中は、遺跡一階のココ中心部で殺し屋を倒した。この付近には更に地下へと続く階段がある。スコットは恐らくジオとエリーに動向し自動車を動かせるゾプチックを探す筈だ。
 奴の目的も我々の大陸から逃げ出す事だ。二人の車に頼ることだろう。」
「地下から出てきた所を待ち伏せる?」熊谷が口を挟む。

「そうだ。だが、我らの強靭無双実現せる戦士さえ、スコットと連中のSPACを前に突破される可能性がある。ましてサンゲとマングラーの存在する狭い遺跡だ、想像を絶する奇策で突破されかねない。
 地下から出てきた所を全力を挙げて殺しに掛かってもらうが、万が一突破された場合はE口まで誘導するのだ。此処に、城野が共和国側から奪取してきた対人用新型執酷戦車“銕(くろがね)”4台と
 我々の装甲車50台を全て集結させておく。合計で百門を上回る重機関銃と大砲、その弾量は100万発。相手がSPACを持っていようが、耐えられる質量ではない。」
「有り得ない事ですが、連中を殺しそこねた挙句、我々がE口への誘導まで失敗し、別の出入り口に向かった場合は?」
「それが無いように、お前たちが突入後、E口以外は全て出入口を爆破し封鎖する。」

勝偉は、以上の作戦概要を伝え終えると待機している兵隊に、決してジオとエリーがSPACを持っている可能性があることと殺し屋を屠った事を知れば士気に関わるとして、他言するなと4人に念を押した。人払いをしているのはこの為である。
その次に、勝偉は四神各全員が戦慄すべき事を言い放った。

「保険として"焚神”を戌亥に取りに向かわせた。」

「ふ、ふ、ふ、フンシェンをですか?」と、沙山は裏返りそうな声で言った。他の3人もジオとエリーがSPACを持った殺し屋を倒したと聞かされた時以上に仰天している。

勝偉が焚神を動かすという事、それは今後、大陸北部のビトー共和国に攻め入る時以外に有り得ないと思われていたからだ。

「一万人力に相当するこの黄龍のSPAC。お前たち1000人と100万発の銃弾の攻撃力をもってすれば、遺跡内に立てこもる尋常ならざる生命力を持った3人でも絶望以外に何が出来る!これから、各部隊の編成を伝える。4:30までに編成を完了させ、3人を間違いなく殺せ。」

「押忍!」4人は声揃え、丹田に力を込めて言った。




ABCD四つの入り口から、投入される兵隊の数は200人、合計800人全員で決定された。
E口には、勝偉の親衛隊にあたる戌亥の直下190名が各種装甲車で待ち構える。他、10名は他の入り口の爆破と、万に一つ土を掘り返してジオ、エリー、ブルースの3人が逃げだなさい為の見張りを担う。

E口に装甲車が揃う頃、午後4:30。各入り口に設置された無線機がスピーカーに繋がれ、が総勢1004名の組員に発せられた。

『お前たちの中に、二人を時間をかけて痛ぶり殺したいと思っている者も居るだろうが、この黄龍はソレを許さん。
 お前たちは一秒でも早く殺す事を考えろ。全ては神能会の為に......殺せ!ジオとエリーを殺すんだ!あらゆる手段を駆使して殺すんだ!手段を問わないから殺せ!命令だ!
 あえて言いえば、お前たち個々の全力全霊全速を選び抜いて殺せ!無駄なく迅速に殺すんだ!』

叱咤激励に似た勝偉の3人への死刑執行宣言に次いで各入り口周囲で怒号が鳴り響く。ヤクザども―――殺戮職人の大隊の雄叫びは山岳一帯を僅かに揺らした。
この声に届かぬ者は、遺跡の中に身を潜めるジオ、エリー、ブルースの3人に限られるだろう。

雄叫びに続き着々と先鋒が遺跡に突入する一方で、沙山率いる侠化装鋼歩兵隊50人は不気味な沈黙を保っていた。
沙山繁は、会長である勝偉が焚神を使うと聞いて、自らも出陣する決意を固めて強化外骨格を着用した。
彼が手に握るのは、他の隊員たちが一回り小さいチェーンソー。これを左右に握り締めさながら二刀流の様相となると、いよいよ黒い鎧の部隊が闇に包まれた遺跡へと溶けていった。



[18040] violence-12 ピンクフラミンゴ
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:3f60cb94
Date: 2011/10/11 20:53


4:00

エリーとブルースは、麻痺毒による昏倒状態にあったが確かに息があった。
側には二人に毒を盛ったウェルダンの死骸が横たわり、床に置かれた懐中電灯はウェルダンを除いた二人を照らしている。

ジオは、壁に背中をつけたままレーザーマグをに握ってサンゲ、マングラーの襲撃に備えている。
二日前の、神能会の最初の襲撃から自分とエリーを守り抜いて以来、44レーザーマグは頼れる相棒だ。

ジオは今更になって自分にこのレーザーマグを売ったジャンク屋の主人の事を思い出した。

―――雑魚に売ってダンジョンに埋もれたり、実力はある馬鹿な奴が気まぐれ買ってまた新しい武器を買うのに下取りで時は虚しい。いい武器ならなおさらだ。あんたみたいに適当な実力の奴が、いい武器で長生きすりゃ最高の商売だ。まぁ男のロマンってやつだ―――

ジオが店主の言葉を反芻していると、ブルースが目を覚ました。まだビリビリする大きな体でゆっくり起き上がった。

「大丈夫か?」
「この遺跡の胡散臭い空気……あの世じゃねぇみたいだな」

ブルースは早速軽口を開くと懐中電灯を拾い上げて、辺を照らしてみる。どうやら、自分たちが入った部屋の側だ。殺し屋はどうなったのか?そう思ういながら懐中電灯を廊下の反対側に向けた。ソコにはSPACを着たままの殺し屋が横たわっていた。

「ひ、一人で奴を倒したのか?」
ブルースは懐中電灯の明かりをジオに向けた。

「……生きた心地がしねえよ」
「たまげたぜ……どうやったんだ?」
「大方はあんたの作戦どうおりだ」
「ふぅ~……流石ザ・俺だぜ」

ブルースが随分早く回復したのを見て、ジオはエリーの上体を起こして彼女の具合を調べる。だがエリーはまだ昏倒状態から覚める気配は無い。

「俺が倒れてからどのぐらいの時間が経った?」
「いや、まだ20分ほどしか経っていない」
「そんな馬鹿な!早すぎる……」
「もしかして、この鎧の能力と何か関係があるか?それにしてもなんでエリーは起きない……」
「そうだジオ、エリーの体重はいくらぐらいだ?」
「多分、50kgも無いと思うが」
「もう一度、彼女の肺にSPACを使ってみるんだ」

ジオはブルースに言われるがまま、左腕でエリーの上体を支えて右腕を彼女の薄い胸板に置いてSPACを発動させた。
篭手が赤い靄を放つようになって30秒ほど経つと、エリーがゆっくりと目を開けた。

「ジオ……私達は無事なの?」
「ああ、あのサソリ野郎はぶち殺した。大丈夫か?」
「うう……もうちょっと体をこのままにして、全身痺れてて痛い……」

この後、3分も経つとエリーとブルースは自力で歩けるまでに回復した。ここで、ジオが自身のSPACに持つ不安を吐露し始めた。

「わからねぇな……この鎧の能力の発動条件がこうも曖昧だと、かえって危険だ……」
「……これは俺の仮説だが、そのSPACには解毒能力は無い。しかし自然分解を促進する能力があるらしい。俺とエリーがたった一呼吸でのびてしまったのは、SPAC のおかげで毒物が体内に素早く溶け込んでしまったんだ。」
「自然分解を促進させるって事は、ジオが私の怪我を治したした時は私の___ヒトの持っている回復力を促進させたって事?」
「ご明察」
「アンタとエリーで起き上がるのに差があったのは?」
「俺がエリーよりも早く目覚めたのは、体内に入った毒素の量は同じでSPACによって全身に巡っても、体重が二倍以上も違ったのと筋肉量の関係だろう。少量の麻痺毒を自然に分解できる早さに差が付いた。あと、今回殺し屋がつかった毒は、オレとエリーを拉致する為に呼吸器まで麻痺するシロモノではなかった。もし、毒が致死性のものや呼吸器まで麻痺させてしまうようなものだったら、SPACの使用は危険だ。少量でも全身にめぐってしまう。」
「呼吸器や心臓以外は麻痺させない、そんな都合のいい毒物聞いたことも無いわよ」
「今回は特例中の特例だ。SPACなんかで精製された毒物の事までは知らん。お陰で生きてはいるがな」

ジオのSPACが人間の回復能力を補助する能力という予測が終わると、次いでジオは新たな不安を吐露した。

「今から俺のSPACを初期化して、アンタかエリーで俺の顔を治す事はできないか?」
「遺跡の中では無理だ、SPACを初期化するにはSPACのプログラムにパソコンでアクセスして、プロテクトを解除しなけりゃならない。俺のPDAではそれは無理だ。電源を供給してやったとしても丸一日掛かっちまう。高性能コンピューターでも1時間掛かるかかからないかだ。そこの殺し屋のSPACも同じだ、余りにも勿体無が拝借する余裕は無い」
「畜生!もうモルヒネのアンプルは一本しか残ってねえ……おまけに、顔が痒くなってきた」
「最後の一本、今使いましょう。これからまた、サンゲやマングラーを相手にして注射できる暇は無いわ」
「解った……」

これから先、顔の痛みに耐えられるだろうか―――ジオは先行きが不安ながらも最後の一本をエリーに打ってもらう。

「それにしても車は使えないな。神能会の連中がお前たちが此処に居るのを知っているのは、恐らく車が目撃されたに違いない」

注射を打ちながら、打ってもらいながらジオとエリーは、ケルベロスを小物と罵って殺さないでいた事を黙っておく事にした。
まさか、ケルベロスの一声で神能会が車種を絞ったとは思えない。大方、他に目撃者がいたのだろうとは思うが、二人はそれを口にしたら自己嫌悪に飲まれるだろうとよく解っていた。

注射をを打ち終えると、ジオが口を開けた。

「どの程度の人数を投入してくるか分からないが、森林地帯に身を隠すしかないだろう」
「いや、森林地帯は神能会の長老と言われる熊谷って奴がそっくりそのまま林業に使ってる土地だ見つかりかねない」
「ヤクザどもの息がかかっているのはどこも同じだ。ソレに地図を見る以上、今までの荒野が嘘のような巨大な森林帯を把握できる奴はいない」
「私もジオと同意見よ。私たちは長いこと森みたいな場所に住んでいたけど、これだけの森林地帯を把握できる人間なんていやしないわ。それにアンタを狙ってる空賊の目を欺くには森の中を通るしか無いよ。」
「……危険な賭けだがあるいは……」
「これから直ぐに引き返して、森林地帯に逃げましょう」

首を縦に振りかけたブルースだったが、今のエリーの意見を通す訳には行かなかった

「今から戻ってみろ、道順が解っていても1時間は掛かるぞ。その頃には既に神能会は此処を包囲しているか突入しているかもしれない。もう此処に来るという事を前提に考えたほうがいい。連中は爆弾や、催涙ガスで罠を張ってる可能性が高いだろう。此処からは出て行くのは危険だ」
「じゃあどうやって!此処から逃げ出すのよ!」

「この迷路みたいな遺跡ならいくらでも裏を欠けるだろう」と、ジオ。
「駄目だ、シーカーのよるゾプチック発掘が始まって50年の間、神能会の連中はこの遺跡を独占していた。連中はこの遺跡の、少なくとも3階までのの完璧な地図を持っている」

ブルースの予測は全て正確なものだ。ジオとエリーは己が逃げ出したい為の提案ばかりに、冷静さを欠いているとようやく自覚する。

「少なくとも遺跡の奥、地下5階よりも下にヤツらをおびき寄せられたら可能性は見えてくるかもしれない」

ブルースは付け加えるように言った。いずれにせよ敵を分散させる意外に現状に勝ち目は無いと悟っていた。

「……囮にはコレを使いましょう」エリーは鞄の中から、コレまで使わないでいた救難信号発生装置を取り出した。

すると、ブルースも懐からレンズの付いた模型四駆のような物を取り出した。

「小型カメラだ。俺のPDAに映像と音声を発信してくれる、本来は死角に居るサンゲやマングラーの様子を探る為に使う。お前らが持っている救難信号発生装置と一緒に遺跡の奥に設置すれば、連中が俺達を殺しに来るのに使ってる頭数も聞き出せるかもしれない。それと、できればゾプチックを見付け出して遺跡の中のマングラーを警戒状態に陥れて連中の妨害をしよう。人数が多ければこんな狭い遺跡じゃ混乱も大きくなるはずだ」
「でも、前見たいなマングラーを相手したらジオの顔の傷が持たないわ」
「エリー……試す価値はある。ブルースの言うとおりこのまま出ても蜂の巣だ」

「……」エリーは唯黙っているしか出来なかった。実際問題、あらゆる可能性を考慮して最善の策であるのは事実だった。

「死んでいたほうがマシだったかもな……ザ・俺を追ってるワグナー一家の残り糞、お前ら追ってる神能会の連中……地獄より酷いぜ」
ブルースは自身の境遇に呆れつつ、強がってほくそ笑んだ。

「生きて帰れたら一緒に自伝でも書くか?」
「アンタ、字なんか書けないでしょうが」

この場から探索を再開した3人が地下への階段を見つけるのはこの僅か5分後であった。




サンゲとマングラーを圧倒的物量で殲滅しウェルダンの遺体を目指す神能会絶強の部隊。総員800人、各々200人の部隊は10人単位で小隊を組み、ウェルダンの遺体へ向けてその包囲網を縮めていく。
殺し屋ウェルダンの遺体を城野直属の小隊が一番に発見したのは突入から僅か30分後のことであった。無論、この遺体の存在は全員の士気を下げかねない為側にあった部屋に隠される事となった。

城野組はその周囲を徹底して捜索するが、既にジオ・エリー・ブルース3人の姿は無い。
次いで若い頃にこの遺跡でゾプチック発掘に従事した熊谷が指揮する小隊が合流。辻丸組、沙山組の小隊も間もなく合流した。

合流とはいえ800人を超える大所帯の為、各小隊ごとが廊下で互いの無事を確認したに過ぎない。廊下はひしめき合うヤクザの汗とサンゲやマングラーに向けて発泡した火薬の臭いで、誰もがむせかえっていた。
ヤクザたちの持つ小型のデジタルモニターには酸素濃度が数値化されていて、その数が徐々に減っていく。酸素濃度が18%を下回ればいよいよ危険だが、ヤクザ達は催涙ガスを装備しており、この為に酸素マスクも準備している。
補給経路さえ構築すれば、一週間日この遺跡で3人を探し続けても400人以上が常に遺跡の中で戦闘可能である。

ヤクザたちはウェルダンがSPAC越しの衝撃で死んだ事が分かると、3人が高圧力のレーザーライフルか何か持っていると見抜いた。種類までは特定できないが、より警戒心を強めて今後行動していく事となる。

ウェルダンの死を伝えた信号をキャッチしてから既に1時間と40分近くが経過していた。
熊谷は他の組長3人と遺跡の外に居る勝偉に、ジオ・エリー・ブルースの3人は、恐らく地下六階まで既に下ったものと見てよいだろうと提言した。
かつて熊谷は半世紀も前に、勝偉の祖父にあたる先々代黄龍・勝輪の命を受けて仲間と共にこの遺跡を探索した折に、地下二階から地下六階までには道しるべとして壁に赤いダクトテープで目印をつけていた。
一階には侵入した別のシーカーに探索を有利にさせないために付けていなかったのだが。

SPACを操る殺し屋を屠る程のカンを持ったの強敵3人には、そんな陳腐な道しるべを見つける事は有り得る話しである。




午後5:23 遺跡地下五階

ジオ・エリー・ブルースの3人が赤いダクトテープの存在に気がつくのに時間は掛からなかった。
ブルースは、ジェンガ大陸“デッドライン”に入る前にこの遺跡が神能会の縄張りである事を知っていた。ともあれば、低階層に見受けられるこのテープは神能会が過去に付けた道しるべに違いない。
上階で思案する熊谷の予測よりも遅れているのは赤いテープの規則性が解るのに時間が掛かった為であった。

エリーがサンゲの足音を聞くとブルースがシャウトと共にサンゲを解体に掛かり、マングラーの足音を聞けばジオが待ち伏せてレーザーマグをお見舞いするという具合で、コレといった危機には遭遇していない。
エリーの聴覚と男衆の攻撃力、加えて神能会が残した目印、彼らの進行を妨げるものは無かった。

3人は緩やかなカーブがうねうねとつづく蛇行した廊下に入っていた。廊下同士が垂直に交わる事が多いこの遺跡の中では珍しい構造をしている。
また、長い。蛇行しているため先が見えない事もあるが、すでに500m近くは進んでいるハズだった。

3人は不安に駆られる。7月、3人が初めて会ったときのビシュー遺跡での出来事を。一本道の廊下でステルス・マングラーの挟み撃ちにあって殺されそうになった事をだ。
今通っている廊下には天井におかしな鉄板もなければ、床と壁の石材もコレまで通ってきたこの遺跡の物と何の変哲もない。

しかし、3人が不安を忘れようとしたその時だった。金網のフェンスが天井から降りてきたのだ。それも一枚だけではない、懐中電灯はフェンス越しを照らすが10枚ものフェンスが等間隔に廊下をふさいでしまった。

罠なのか?しかし彼らの背後にはフェンスは現れず、閉じ込められたという訳ではないようだ。そもそも、なぜフェンスなのだろうか?行く手を遮るのならば壁で遮るなり、吊り天井で圧殺するなりシンプルな方法があるはずだ。

3人がフェンスの前でそうこう思案していると、今まで通ってきた廊下の床をサンゲの群れが揺らした。その数はゆうに30体を超えていると思われる。エリーのみならずジオにもブルースにもその忌々しい足音が聞こえてきた、
恐らくフェンスが降りたと同時にサンゲが廊下に放たれたのだろう、やはりサンゲは古代人が意図的にこの遺跡に置いていたものなのだろうか?しかし彼らにはかような学術的考証をしている余裕は無い。

3人がまだ遠い位置にいるサンゲの群れに身構えて振り返る。しかし蛇行した廊下は彼らの視界を遮っていた。

「しまった!この蛇行した廊下じゃあ向こうから来るサンゲの姿が見えない!散弾も届かない!」
ソードオフショットガンを握りしめたエリーが金切り声で言った。彼女の叫び声にサンゲたちは舌なめずりでもしたのだろうか、足をひきずる音と振動が一層激しく響いてきた。

「近いな、数は30か……」
「アホ言え……もっと遠くにいるんだ。それにしてもこれは……200匹を超えているぜ!」

さしものブルースも、200体を超える死者の海を乗り越えることはできない。かれは直ぐ様レーザーブレードでフェンスに切り掛かった。しかし、フェンスは健在であった。
ブルースは続けて、柄をフェンスに突き立てるように持ってレーザーの刃を放出した、しかし金網は僅かな面積が鮮紅色を帯びただけで溶断には至らなかった。

「駄目だ!レーザーが通じない!」

のたまうブルースの足元にジオが十徳プライヤーを開いてやってきた。プライヤーの根元のワイヤーカッターで、フェンスの切断を試みると、少々硬いがなんとか切断できた。

「こいつで大丈夫ならアンタのペンチでもいける」

ブルースは自らの携帯工具の中からペンチを取り出し、ジオの隣にしゃがみ込んだ。

ジオとブルースはフェンスの下段を真横に、そしてその両端を縦に切り始めた。フェンスを横に1m強に裂き、底辺に向かって縦に30cmほどに裂くと、次いで底辺部分は切ることはせず、男二人の体重を載せた足で硬質のフェンスをねじ曲げた。

三人がこの一枚目のフェンスを通り抜けた時、サンゲたちの足音はさらに大きくなっていたが、未だに曲がった廊下から姿を見せない。ブルースの予測の方が的中していたようだ。

エリーが通った金網越しにソードオフショットガンでサンゲを警戒しつつ、ジオとブルースが同じ手順でフェンスに穴を開けていく。
エリーはショットシェルを小さな口に6つも咥えて二人の背中を預かった。

「おい!エッちゃん!これだけ硬い金網だと跳弾するかもしれない!銃の先をフェンスから出して撃つんだぞ!」
「アイアイサ!」

ジオとブルースが二枚目を突破した後もエリーは一枚目のフェンス越しに残って銃口をフェンスの網目から覗かせる。その頃には、はっきりとサンゲの群れまでの距離がはっきりと解っていた。
しかし、射程距離に入っても蛇行した廊下の壁がサンゲたちを守る形となっていた。
ジオとブルースが4枚目のフェンスを切りに掛かった時だった、サンゲの先頭がいよいよ姿を見せた。正面に7体、それからすぐに後続が見えるだけでも20体を超えている。フェンスとの距離は8mばかりしかない。

エリーは迷う事なく水平二連ショットガンに込められている最初の二発をサンゲどもの下半身へと打ち込んだ。
使用しているプラスチック実包に込められたのは8発の6mmの鉛。合計16発の弾は尽くがサンゲの脚を抉った。血しぶきを上げ、砕けた肉を蒸発させながら正面の7体がうつ伏せに倒れる。

サンゲは殺せば溶け出してしまう。後続のサンゲはグズグズに溶け始めた仲間の遺体を易々と踏み越えてくるだろう。しかし、下半身を撃てば生かした状態で歩みを止める上に、動きの鈍いサンゲにとってある程度の足止めにはなる。

それでもサンゲたちはエリーの肢体を求め、唸り声をひり出して這いずり回る。

エリーはしたり顔で咥えている実包のうち2発をショットガンに込める。次いで背後に控えていたサンゲにも同じく下半身を撃った。とはいえ、ソードオフショットガンではまともに狙う事などままならず、床を這っているサンゲの内4体の頭蓋に弾が流れ込んだ。
4体は断末魔を上げる事も無くこうべを垂れると、頭皮や腕、背中などの皮が縮んで裂けはじめ、剥き身となった筋繊維から緑色の粘液へと溶け始めた。

後続のサンゲの多くは前方の10体の倒れたサンゲによって一旦は将棋倒しの様相を見せた、だが逃れたサンゲが溶け始めたサンゲの背中は紙箱のように足で潰して易々とエリーに向かって歩み続ける。一旦は崩れた編隊もすぐに持ち直してフェンスの突破を狙う。

エリーは再び銃弾を込めると、こんどは距離を縮めてきたサンゲたちの頭部を狙って撃った。5体ほどが倒れるが、この時既にサンゲの群れとエリーの居るフェンスとの距離は4mにまで縮まっていた。

ジオとブルースはこの間に大急ぎで5枚目を突破し、6枚目を切りにかかった。これまでのフェンスの切った先がブルースがの顔に引っかき傷をつけ、ジオの顔に巻かれた包帯に引っかかり、ほのかに緩めてしまった。

エリーはその後すぐに、口に咥えていた弾を使い切る。ポケットに手を突っ込んで銃弾を又も6発握りだすと4発を咥えて2発を銃弾に込める。エリーの新たに咥えた銃弾が尽きたとき、ジオとブルースは7枚目のフェンスをまだ半分しか切り終えていなっか。
この時、エリーの居るフェンスとサンゲの群れの距離は2mもなかった。

「エリー、もういいから来い!そいつらもいっぺんには来れないだろ!」

エリーはジオの声に「OK」と答えると、二枚目のフェンスの向こうへと移ろうとした。
その時、床を這っていたサンゲの内の一体が仲間に踏まれれている下半身を引き千切って、フェンスに開けられた穴を一直線に通過した。
その素早さによって腐り果てた腸液が、廊下の床には僅かしか零れていなかった。

背を向けていたとはいえ、如何に聴覚に秀でたエリーでも通常ありえないサンゲの行動とそのスピードには全くの無防備であった。
エリーが二枚目のフェンスを上半身のみ通過した時、このサンゲはエリーの左足に噛み付いた。

痛みに気が付いたエリーは文字通り息を飲み込み呼吸を止めた。

「エリー!!」エリーの異変を瞬時に察知したジオが叫ぶ。

「大丈夫よ、歯は通っていないわ。」
幸い、サンゲの歯はエリーのブーツを貫通するには至らなかったのだ。

暗い廊下の中にいたにも関わらず、虹彩が灰色に淀んだ眼と剥き出しの茶色い歯茎がエリーにはよく見えた。また、腐り果て腸液を垂れ流すサンゲの異臭が目に見える以上の具体的な距離を感じ取っていた。
そのサンゲがブーツ越しの歯が万力のように締め付けてくるギリギリとした痛みを伝えている。
エリーはいつものサディスティックな笑みを取り戻すと、銃弾ゆっくりとショットガンに弾を装填した。

「おいちい?だけどメインディッシュはこいつでござい!」

ショットガンの散弾はサンゲの上顎を頭蓋骨ごと吹き飛ばした。フェンスに跳ね返され床に落ちる頭蓋骨の破片とフェンスに絡まった脳漿や皮膚組織はすぐに湯気を立てみるみるうちに溶けて蒸発した。

吹き飛ばした頭部の断面を足蹴にして溶け始めた腕を左足から振りほどくとエリー二枚目のフェンスの向こうへと移動した。そして先頭の二人によって曲げられたフェンスを折り直して、穴をふさいでるかのように見せた。
これを、6枚目のフェンスまで繰り返してエリーは二人の元に戻っていった。
ジオは溜めていた息を吐き出してエリーを迎えた。しかし包帯越しに安堵の表情を浮かべられるほど彼の傷は浅くはない。

「……ねぇ、今考えたらフェンス越しにはブルースが立って、私とジオでフェンスを切ればよかったんじゃないの?レーザーブレードの刃は遮られずにフェンスの向こうは届いていたんだし」
「あ、」と、ブルースの間の抜けた声。

エリーは今更になってこの役割分担の非効率的な点を指摘した。

その後の塩梅は想像以上良く、サンゲたちは大挙するもフェンスの狭い入り口で押し合いをするだけだった。仲間に圧し潰された者が勝手に緑色の醜悪な粘液と化していく程だ。
何匹が一枚目のフェンスを無事に突破したが、ただ折り戻されただけのフェンスの穴を塞がっているものと腐った眼と脳は判断し、必死にエリーの残香と前方の3人に向かってフェンスを揺さぶる。

だが8枚目のフェンスを切り終えた時だった。エリーの狼狽した声と鈍い金属の破損音を端に、ジオとブルースは振り返る。
そこには1枚目のフェンスを押し倒し、2枚目のフェンスで再び押合うサンゲどもの姿があった。
1枚目と2枚目のフェンスの間で往生していた3体のサンゲは、フェンスとフェンスの間に挟まれて、仲間たちの体重によってフェンスに食い込んだ腐肉をまるでミンサーにかけられたように搾り出していった。緑色の粘液がフェンスに絡みつき床したたる。

「馬鹿な!こんな丈夫なフェンスが!」

3人は同じ旨をほぼ同時に叫び声に乗せた。しかし、この時ジオとブルースは9枚目のフェンスの切断に取り掛かっており、残り8枚もあるフェンスが耐えぬく事は明らかであった。
そしてサンゲ達が2枚目、3枚目のフェンスを押し倒した時、ジオとブルースは9枚目を突破しフェンスの枚数もあと1枚となったっていた。

余裕だ何のことは無い。所詮数で攻めるしか脳のないサンゲどもだ、後は目の前のこの一枚を突破すればサンゲなど危機の内に入らない。

ジオとブルースがこの場の回避を確信したそこで、エリーが吠えた。

「マ、マングラー!」と。

最後に残ったフェンスの向こう側から大型のマングラーが床を抉り、壁を抉りながらこちらに向かってきている。それはジオとブルースにも確かに、徐々に聞こえてきた。

この遺跡が、壁を持って侵入者の行く手を阻まなかったのは、フェンスに対して少々の突破力を持った侵入者がフェンスとフェンスの間で動きを制限されている間に確実に葬るために作られていたのだ。
本来ならば5枚目の地点でマングラーは襲いかかってきたのだろうが幾千年の月日がその反応遅らせていた。これは只の幸運でしかない。
当然、この先の廊下も蛇行しておりマングラーの姿は確認できない。

だが、マングラーの鳴らす音は、この遺跡やビュシューの遺跡で見かけられた六肢の物ではない。足音というよりは鉄の塊が転がってきているかのようだ。

「大丈夫だ……俺が仕留める!」

ジオは十徳プライヤーをエリーに託して左右二挺の44レーザーマグをフェンスの向こう側に構えた。

エリーがマングラーに気がつけばジオが待ち伏せる、この作戦は変わらない。否、他に選択肢はないのだ。
ブルースがフェンスに遮られている現状、彼の強力無双なる斬撃すら期待できないのだ。

それでもブルースとエリーは不測の自体に備えてフェンスを切り続ける。それは単に不安を誤魔化すのも含まれていたのだが―――

後方でサンゲが5枚目のフェンスを押し倒し、最後のフェンスもエリーが通れるほどに切り終え掛けた時、ソレは蛇行した廊下の影から姿を見せた。

錆びたような茶色い金属のトラバサミのようなものが無数に群がって球体を成したグロテスク極まりない姿のマングラーであった。
大きさはビュシュー遺跡で3人を追い詰めた大型送風機を持っていた種と引けを取らない。トラバサミ状の口をガチガチと火花を散らさん勢いで鳴らしながら3人に向かって転がってくる。

ジオのモルヒネ漬けの脳裏にトラバサミが自分とエリーとブルースの全身の肉を千切り、骨を砕き、あまつさえその巨体で捻り潰す無残画が瞬時に完成した。

「修羅修羅修羅修羅修羅ぁ!」

臆しながらジオは力一杯叫び、力一杯に引き金を引いた。合計五発の光弾がフェンスの隙間をすり抜けてマングラーに向け廊下を駆け抜ける。
しかし、暴走するマングラーを守るように放射状の薄紫の光の膜が廊下に広がり、レーザーマグの五つもあった光弾は尽く膜の上で爆ぜた。

「エネルギーシールド!」
エリーは光弾が爆ぜたその様子から、かつてジオが44レーザーマグを試撃ちしたジャンク屋の裏の的を思い出して言った。

「いいから撃ち続けろジオ!」
ブルースはそう叫びながら、エリーがやっと通れそうなフェンスの穴を己が剛体で抉じ広げ、マングラーへと向かっていった。切断されたフェンスの断面は赤いジャケットを貫いて彼の身を引き裂いていた。

たった一度展開されたシールドに、絶望寸前の心境に追い込まれていたジオだったが全てがヤケクソのままに、ブルースの言葉通り「修羅!修羅!修羅!―――」としわがれた声で叫ぶ度にレーザーマグの引き金から光弾を搾り出した。

「KAAAAAAAAAAAAA!!KUUUUUUUUUUUUUUUUU!!」

ブルースは狂笑で顔を引きつらして、ジオの放った光弾に巻き込まれぬよう腰をその巨体の半分以下にまで屈めたままで、シャウトと共にレーザーブレードの刃をマングラーのシールドに向けて放った。更に彼の左手からは指向性爆弾が投げつけられていたのである。
幾ら指向性爆弾といえど、そばにいればその爆風を逃れる術は無い。エネルギーシールドに当たった爆弾は熱で爆発し、ブルースの100kgを超える巨体を容易くフェンスまで押しもどしてしまった。

しかし驚くべきことに、ブルースの放った閃光と爆弾がマングラーのエネルギーシールドに触れたのは、ジオの放ったレーザマグの光弾がエネルギーシールドに到達した時とほぼ同時であった。
ブルースがフェンスに叩きつけられた頃、紫の光の膜はゴム袋が破裂するようにとうに消え去っていた。

ブルースのレーザーブレードの斬撃とジオのレーザーマグの光弾が二発、さらに指向性爆薬の爆発によって、マングラーのエネルギーシールドは中和されたのだ。

中和された直後に続けて飛んできたレーザーマグの光弾3発がマングラーの本体に命中する。三層圧縮光弾の第一層目が見事にトラバサミに覆われたマングラーのボディーを融解、貫通した。
続けてマングラーのなかで二層目、三層目の光弾が弾けて光が漏れ出し、忌々しいトラバサミの音は鳴り止んだ。

もし、エリーがもっと早くブルースがフェンス越しに残ってサンゲを相手取る事を進言していたら、ブルースはまだ反対側のフェンス越しでマングラーに斬りかかっていて彼らの命運は尽きていた。

しかし、マングラーの体に残された運動エネルギーは3人に向かってなお亡霊の如き進行を続ける。

「ブルース!」ジオとエリーはブルースの名を呼びつつ、床で昏倒するブルースをフェンスの中へと引きずり込んだ。

その直後、無数のトラバサミがフェンスに当たって火花を散らす。

ジオとエリーはお互いを、そしてブルースをかばうようにフェンスとフェンスの間で身を屈めた。死さえ覚悟した。
だが、フェンスを大きく歪ませたがここでようやくマングラーの動きは止まった。廊下が蛇行していた為、勢いが残らずマングラー自体の駆動力がなければ元より破ることはできなかったのだろう。

ブルースは腕や顔、首などのほぼ全面に水膨れを作っていた。それはとうに破れて血の混じった体液が漏れ出している。

「俺の……俺の体はどうなってる……」ブルースは身の異変を肌の痛みから感じていた。しかし全身に及ぶそれが火傷と気がつくには至らなかった。
「大丈夫だ後で治してやる!いまはここから逃げるぞ!」
「どうするのよ!廊下はマングラーの残骸に塞げれて反対側からはサンゲが!」

この波乱の間に、サンゲたちは既に6枚目のフェンスを突破していた。もし今、フェンスに開いた穴に気がつけば一貫の終わりだ。サンゲとて次のフェンスから同じ場所を探るだろう。

「……俺のレーザーブレードでマングラーの体を“掘る”んだ」

爆風に呑まれてもなお、ブルース手にはレーザーブレードがしっかりと握られたままであった。

ジオはブルースの硬直状態の手の平からそれを外すと、フェンスに開けた穴から身を乗り出してマングラーの体を切り裂こうと試みた。
しかし、レーザーブレードを握ったジオの右腕は、スイッチを押した瞬間フェンスに叩きつけられた。

「なんて反動だ!よくこんなもん使ってられるな」

ジオはブルースのレーザーブレードを両腕で持ち直して、ぎこちない手つきでマングラーの体の下方を切り刻んでトンネルを作ると、3人はそのをくぐって廊下の先へと脱出した。

その時、サンゲは8枚目のフェンスを突破し、9枚目のフェンス越しから3人の姿を光の失せた目で追い続けた。

「こんな状況、自伝にどう書きゃいいんだ?」ブルースはようやく全身の火傷に気づきながらヨタヨタ走りでもなお冗談めかした事を言った。
「俺なら省く」
「どうせ私に書かせる気でしょ」




神能勝偉は熊谷道豪の進言を全面的に肯定、城野組の兵隊100名を一階に置き、フロアの階段付近で兵力の一部を駐留させて700名を地下六階まで投入することを決定した。

地下六階以上の階層で3人を発見すれば700名が追いたてにかかり、殲滅を決行する。
700名を逃げおおせて一階の100名が突破されても、遺跡の外で勝偉直属の200名の部隊が重火器をもって抹殺する。

全くの隙のない完璧な布石だった。5階の異変が発覚するまでは―――


6:48 遺跡地下5階

蛇行した廊下を前に、熊谷組組長・熊谷道豪が子分の一人が背負う無線機で神能勝偉に異変を報告した。側には赤い羽根で覆われた仮面の男―――辻丸組組長・辻丸和哉の姿もある。

「はい、間違いありません。地図にも無く、半世紀前に私が見たことも無い蛇行した通路があって、奥はサンゲで溢れかえっています。」

赤いテープを辿ってジオ・エリー・ブルースの3人に追いつこうと企んだ熊谷であったが、赤いテープの先には半世紀前には存在しなかった先が見えない蛇行した道があり、無数のサンゲがそこを覆い尽くしていた。

『遺跡が変化した……ジオ・エリー・ハンスの3人が隠し通路を解放したという事か?』
「これは仮説ですが、3人の内の誰かのもつSPACがサンゲを操るものでこの隠し通路に大挙させていたのでは?」
『その程度のの能力なら問題の内には入らない。沙山が居る限りはな』

勝偉が沙山について触れたのは熊谷のマイクからは強烈なノイズが混じっていた為である。否、彼にとって言えば血肉沸き踊る行軍の旋律だ。

件の蛇行した廊下の先で、沙山以下51名の侠化装鋼歩兵隊の内10人が人肉切断用チェーンソーをもってサンゲたちを切り刻み進行を続けていた。
行軍の旋律とはチェーンソーの轟音。その中でサンゲたちの姿は徐々に掻き消されていく。
10本ものチェーンソーの刃は廊下の断面積を殆ど覆い尽くしており、サンゲたちが肉塊と化し血と肉が壁や床で緑色の液体に融解する様は磨り潰されていると表現するに容易い。
グチャグチャにされたサンゲは既に100体を超えており、あまり量に死骸から変質する緑色の液体は蒸発するのに時間が掛かっている。
サンゲの体内に巣食っていた得体のしれない線虫の生き残りが床一面に広がる緑色の粘液の中を必死に這い回るが、鋼の軍靴による行軍はソレを踏み潰して進む。
歩兵隊の全身を包む黒い鎧は緑の粘液を絶え間なく浴び続け、まるで巨大な両生類のバケモノのようだ。

あまりに強烈な死臭の為に蛇行した廊下で侠化装鋼歩兵隊の後続の数十名ほどの別の組員達は既にガスマスクを装着していた。

無線機を使う熊谷の元に、城野組組長 城野雪路が組員を2人ほど側に連れて此処地下5階の探索報告に現れた。

「叔父貴、このフロアに3人の姿は何処にも無いみたいです。やっぱり地下六階よりも下か、あるいはこの廊下の向こう側に……」
「うーむ……この廊下が厄介だ、せめて先が見えれば良いのだが……」
「やはり部隊を二手に分けましょう。」
「そうだな―――辻丸、下を頼めないか?」
「……いくら叔父貴の命令でも……そもそも、俺はもう貴方と同格だ。俺はどうしても鼻と子分の敵を討ちたいぞ!」辻丸が面の嘴に触れながら言った。

『辻丸その心配は無いぞ、全員でその廊下の先を行くのだ』

「向こうに連中が居ると絞りますか?」と、熊谷。

『要はこの先に連中の痕跡が残っているか否かだ』

この時、蛇行した廊下の奥から聞こえていたチェーンソーの轟音が鳴り止んだ。と、思えば再びモーター音が再び響くと、金属か何かを切り刻む別種の騒音がしばらく続いた。
その後すぐに沙山組の装甲歩兵以外の組員の一人が蛇行した廊下の向こうから走って戻ってきた。

「報告します。この先にマングラーの残骸と、エネルギーシールドが中和したか弾けた時にできる跡がありました、二つともかなり新しいものです」

これの報告はつまり、何者かがこの廊下を渡った事を示す。いま、この遺跡に居るのは神能会の804人を除いて、3人しかいない。

『私の予知能力がまた当たったな』

「……恐れ入ります」熊谷は無線機を前に頭を垂れた。

「よもや、焚神を使わざるを得ないというのも予知の内でしょうか?」辻丸が冗談めかして無線機に聞いた。

『……用意はしたがこの黄龍が直々に動く事は、あってはならない事だ……決してな―――』

その後すぐに格組長の号令の下、各フロアの階段付近を見張るものを除く632人の殺戮職人が蛇行した廊下へと進軍を開始した。

侠化装鋼歩兵隊が粉々に破壊したトラバサミの塊のようなマングラーの残骸を踏み越えると、先頭を張る沙山組の組員が廊下はY字路になっていることを確認した。

そこで先頭から順番に沙山組と熊谷組、辻丸組と城野組のそれぞれが廊下の右と左を請け負う事となった。

そして熊谷組が沙山組の後について廊下を進む中で、組長道豪に連絡が入った。

「また分かれているだと?」
「はい、今度が右が上がり坂、左が下り坂といるそうです」

熊谷が報告を受けた直後、沙山繁が無線でこの会話に割って入った。

『叔父貴、年寄り扱いする訳じゃないが、俺達が上がり坂を行こう』
「……40超えたら、大差無いぞ?」
『ハハハハ!気をつけて下さい、ウチの兵隊が必要なら何時でも連絡を』

沙山組はこの時既に右の通路へと、進軍を進めていた。

「半と出るか、丁と出るか……この歳になってこんな古い博打を張る事になるとはな―――」

熊谷道豪は子分に囲まれた中で一人つぶやくのだった。だが、その表情は冗談を言う年寄りのものではく眼光鋭く真剣そのものであった。




蛇行した廊下を抜けた後3人は不安を胸に、先に待っていた枝分かれに広がる廊下を勘に任せて進んでいた。赤いテープは既に見えない。
そもそもあのような目にあった以上、赤いテープは神能会以外の人間を罠に誘う為のものだと結論づけていた。

ブルースの顔と腕の火傷はジオのSPACによって見事に回復していた。当のブルースも驚きを隠せなかった。とはいえ、まだ体のあちこちに火傷が残っているのかヒリヒリと痛んでいた。

あのフェンスの一件以降、マングラーは愚かサンゲすら現れない。この複雑に広がっていく廊下の何処にも現れないのだ。
これは即ちサンゲやマングラーに傷を付ける訳にはいけない何かがこの枝分かれした廊下の先に待っている事を示している。
れがゾプチックなのかSPACなのか―――はたまた、古代のオーバーテクノロジーなのか定かではない。

ようやく、廊下の左脇にドアを見つけた。廊下のまだ先は見えなかったが3人は一旦この部屋に入る事にした。トラップの存在の注意しながら扉を開けたが、幸いトラップの痕跡は室内にも存在しない。
もしこの部屋に昔のコンピューターが動いていればこの迷路のような廊下の地図を見つけ出す事ができるかもしれない、と考えていたが残念ながらこの部屋からは電子製品の発見には至らなかった。

「畜生!一体どうなってるんだ……行き止まりもありゃしねえなんて」ジオのしわがれ声が吐き捨てるように言った。
「だが、ここから先は神能会も探索していない可能性が大だ。あのフェンスを突破したのは俺達が初めてだろう。奴らは群れて遺跡を探索してただろうからサンゲどもを倒して引き返す事が出来たはずだ」
「という事は、私たちが赤いテープに誘われて、あの罠に掛かったか調べに来るんじゃないのかしら?」
「しまった!カメラをセットしておけば良かった!」
「っていうか一階の階段に仕掛けておけば良かったんじゃないのか?」
「そうだ……クール(冷静)じゃなかったな……発振器と一緖に使おうとばかり考えてそんな簡単なことに気がつけなかったかったとは……」

ブルースは声を沈めながら後悔を顕にした。エリーが彼のフォローに回る。

「もしこの枝分かれした廊下に連中が来たら、それだけ兵力を分散させているかもしれないわ。その隙に引き返して逃げ出せないかしら?」
「となるともう少し先に進んでからお前たちの発信器と一緖にカメラを仕掛けるか。この部屋に戻って、連中が俺たちより奥に進んでいる頃合いをブルースのPDAで確認するんだ」
「なるほど……とっておきは取っておいて正解……と、上手く行けば良いが」

「善は急げと言いたいが、一旦ここで万全の準備を終えた方が良いと俺は思う」エリーに続いてカメラと発振器の使い所を提案したジオだったが、ここで休憩を提案した。
「ひょっとして顔が痛むの!?」
「正直、さっきからずっと痛いがどうしようもねーよ……まだモルヒネは効いてるからマシなだけだ」

そう言うジオの顔に巻かれた包帯には、赤い血と黄色いに膿が滲み出していた。
見かねたブルースはジャケットの胸ポケットから、ステンレス製の細い管のようなケースを3本取り出した。それぞれの中には錠剤が入っていた。

「モルヒネほど効き目はないが痛み止め、それと止血剤と化膿止だ。モルヒネと併用しても大丈夫だ」
「すまねぇ……ありがとう」
「自分たちの薬瓶ぐらい持ち歩いとけ」
「サンタリアの村で起こった虐殺に巻き込まれた時に無くしちゃったのよ、病院出た時には神能会に襲われてモルヒネしか持って来れなかったし」エリーがブルースに答えた。
「巻き込まれた?犯人を見たのか?」
「憐れむほどの不細工だったわよ、神能会の戌亥といい勝負ね……私とジオで殺といたわ」
「お前らに会うとは運のない奴……」

ジオは錠剤をエリーの背負うリュックに入った水筒の水で飲み込むとブルースの言った。
「もう一度、ちゃんと火傷を治しておこう。服の中までは見ていない。」

ブルースはスパッツ一丁になりジオはブルースの治療に当たる。
ジオは改めて見たブルースの練り上げられた完璧な肉体に嫉妬さえ覚える。その筋肉量は彼の長身も相まって人間離れしたものだ。かといって、ボディービルダーのような肥大しすぎた筋肉ではない。
膨大な筋肉の全てはブルースの意のままに精密機械の如く動く事ができる。まさにマングラーや無法者をただひたすら殺す為に練られた肉体と言って過言ではない。
人間の粋を離れた鬼か悪魔か大量殺戮兵器と形容すべき肉体である。

ジオの腕を覆うSPACの甲に施された金属の輪が回転を初め宝石が赤く光り、次第に赤い靄を形成しブルースの体に届くと及んでいた火傷を修復する。

特に負傷もないエリーが荷物の整理を始めた頃、彼女は部屋の奥に灰の匂いを嗅ぎとった。そしてライターの明かりを頼りに部屋の奥を再び見回した。

「二人とも、ここ、誰かが居たみたいよ」

誰かが居た、遺跡なのだからそれは至極当然であるがエリーが言ったのは別のシーカーが此処に居たという意味だ。

ブルースの治療をしながらジオはエリーの方に懐中電灯を照らす。テーブルの上に灰の盛られた皿と手帳とペンが残されており、椅子にはグリーンのロングコートが掛けられている。
側の床には上等な馬革の茶色いランドセルが一つと寝袋、幾つかの空き缶が放置されていた。

エリーは真っ先に、手帳の中身を拝見した。

「すごい!日誌よ!この遺跡の探検の記録が書いてあるわ!」
「じゃあ火を消せ!もうすぐブルースの手当が終わる!」

ジオは早急に手当を済まして(ブルースの体は若干赤く腫れている)ブルースは素早く服を着て、エリーの見つけた日誌の元に身を寄せた。

―――5007年 日誌――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

11月14日
いよいよ明日、坑道に忍こむ。
もう長いこと発掘されていないが集団探索では気づけないお宝はまだまだごまんとあるだろう。
予定よりも早く忍びこむ手筈がついたのは娘の誕生日に間にうよう神の御業ということか、

11月27日
書くのは久しぶりだ二週間も遺跡に留まってしまった。
予想どうりではある、食料もギリギリ持っている。
地下10階の空いていない部屋で見つけたコンピューターで、ここ5階に隠し通路を出現させ、ようやくみつけた空室にキャンプを移動できた。
今までの収穫はゼロだが、ここは間違いなくだれも踏み行っていない。食料と、弾薬が底をつく前に勝負をつけよう。

11月28日
廊下は未だ、枝分かれに無数に広がっている。
ひたすら左に進んだはずだたのだがこの部屋に戻ってきた。
ひたすら右をいく、やはりこの部屋にもどった。
廊下が左右に円を描いているのだろうか?

11月29日
隠し通路から伸びたこの新たなエリアはつねに流動的に変形しているのかもしれない。
となるとこのエリアそのものが巨大な罠だったとしてその目的はなんだ?
何を守っている?SPACか?ピンクのゾプチックか?

11月30日
食料、節約して残り2日分。弾薬、明らかな不足。
明日、攻略の目処が立たなければ諦めろ!!

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(この後、日誌には廊下の進行パターンについてと思われるY字や◯×の記号が列挙されている。日付入の記述は次の物が最後となっていた。)


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12月6日
もし 宝が見つかれば飛空船だって買えるかもしれない
カレン マリア 父さん誕生日までには帰ってやるぞ!

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4年前に書かれた男性の物と思われる日誌がこの部屋に残されていた真意は定かではない。
殴り書きであったり1週間ほど間が開くときもあり、一日あたり2,3行ほどの内容で、あまり関心のできるような日記ではない。備忘録というべきだ。
が、3人にとってこの日誌に列挙された記号群は全財産を擲ってでも必要な価値あるものだ。

ブルースが日記の最後の記述を読んだ直後に突然青ざめた顔をして日誌の持ち主の名前に目を移す。モルヒネに酔ったジオには解らなかったが、エリーはそれを見逃さなかった。
ロイ・ウェストと、日誌には表題されていた。

「知ってる人?」エリーはブルースに問う。
「―――いや、その、カレンとマリアって姉妹が知り合いでな。ただの偶然。ファーストネームが一緖だっただけだ」ブルースは声が妙に沈んでいる。

その姉妹と死に別れでもしたのだろうか?いずれにせよ、エリーはたかが好奇心でこれ以上の追求をやめた。

日記の概要を把握した、3人はここで再出発に向けて準備を再開する。
日記に残された記号の解読はブルースが行い、エリーは部屋に残されたキャンプと自分の背嚢の整理、傷の具合の悪いジオは体を休める。

「この安物!熱くなってきた!」
日記の解読に集中する為に懐中電灯をブルースに託していたエリーは、オイルタイターを灯りにしていたがライター本体が熱を帯びる。エリーはライターの蓋をつまんで作業を続行。
ソードオフショットガンの銃弾は残り僅かであった。

「そーいえば殺し屋相手にはレーザーショットガンを構えていたな」
「サンゲ相手にこっちのショットガン使い潰したかったわ。結構重たくってさ」
「余分な荷物を省くのは探検の基本だ」

ブルースの最後の一押しで、ようやくホテルポーンから拝借したショードオフショットガンを手放したエリーは、次に寝袋の外にあったライフル弾を調べる。

「口径は私のと一緖ね、弾は湿気って駄目になってるけど、この先で日記の持ち主の死体が見つかれば私の弾を使ってライフル拝借できるかも」
「縁起でもねえこと言うなよ!」ブルースは何故かいきり立って言った。

「いや、だが日記の持ち主はこの先で死んだと考えたほうがいいだろう。ほとんどのものを置いっていっている。俺たちこの先でこそ注意すべきだ」
ジオは両親を幼少の頃に失ったが、敵に追われ怪我負った彼には他人の家族に対してそんな同情が入る余地はない。彼は淡々と言った。

やはり、偶然見つけた日記の持ち主とはただならぬ因果があるのだろうか?だが、エリーは自分の憶測を口にするのは控えた。

エリーが荷物の整理を終えると、ブルースは既に解読を完了していた。とはいっても非常に簡単な記号な上に、赤いペンで有力候補となる通路を日記の主が書き込んでいたので15分も掛かっていない。
ブルースはエリーが空にした馬革のランドセルを拝借した。

「アンタそんなの着けてたら動きにくいだろ?」と、ジオ。
「いや、丈夫で軽いランドセルは前から欲しかった。タダで手に入ったのはラッキーだ。それに使い込んであってクールだ」
「じゃあ、俺はこいつを貰っていくか」

ジオは緑のロングコートを拝借することにした。
彼の愛用の十徳プライヤーは現在、44レーザーマグのホルスターの底にねじ込まれていた。彼の体を覆うSPAC“G”には収納スペースが無かった為である。
幸い、このコートにはポケットが胸と脇に4箇所もあり、作業ズボンに慣れていたジオの収納問題をある程度解決してくれる。

しかし、コートはジオの鎧を着た腕は通らなかった。そこで彼はコートの袖を引き破り、無理矢理に腕を通した。
袖なしの襤褸のような緑のロングコードが白い鎧で身を固めるジオの体を覆った。包帯を巻かれたジオの頭部といいその様は隣にいるエリーとブルースからみても不気味なものだ。
エリーからしてみればいつもの襤褸のような服を纏うジオが戻ってきたようなものだが、普段、辞めてもらいたかった彼の貧乏臭いファッションがこうも威圧的なものだとは今まで考えもしていなかった。

ジオはエリーの背負う鞄に入れていた私物、財布、小さなタオル、芯を折ったダクトテープ、安物のオイルライター、コンパス、ゴムチューブ、針と糸、真鍮の針金、そして右のホルスターの中にねじ込んでいた十徳プライヤー、
これらを拝借したコートのポケットの中に入れていく、タオルはホルスターのベルトと腰の間に挟み、財布・コンパスを左胸のポケットに、ライター・十徳プライヤーを右胸のポケットに、ダクトテープ・ゴムチューブ・針金・針と糸を右の脇ポケットに入れる。
左脇のポケットが空にされていたが、驚くべき事に左のホルスターには彼の好物の豚とネズミの混合肉の缶詰がねじ込まれていた。最後のポケットはこの為に残されていたのだ。

「あんた……この後及んで肉の缶詰持ち歩いてたの?」エリーはあまりの事に狼狽した声を上げる。
「ああ、コレはあの宿屋で一つ拝借したんだ」
「だからそういう事を、言ってるんじゃなくて!」
「食欲ねーからお前にやるよ」
「いらないよ!」

珍奇なやりとりをする二人の間にブルースが入ってくる。

「なかなかよく出来たサバイバルキットだな、食料まで入ってるのは珍しいぜ」
「普段便利だと思ってるものを持ってるだけだ」
「どんだけ日常がサバイバル状態なんだ?お前らは」


6

PM 7:34

神能会が5000人の上る構成員の中から攻撃力・残虐性・忠誠心から選抜された特別最強戦闘部隊1000人。
彼らを乗せた装甲車50台と戦車10台に加えて100台越す大型車両群が山狩の後、荒野山は普段のこの刻とは違う深淵に浸っていた。
先住動物が逃げ出した死んだような夜の深淵に。

そんな殺戮職人どもが進軍した跡を辿る一台の紺色のワゴン車があった。

それは、ジオとエリーの企みの為にシアセル王国の民営TV局「チャンネル・ロガ」のスタッフ5人を乗せたものであった。
彼らは、昨日ジオに騙されたままエンデューラの宿を借りて居た為に、負傷したジオを連れたエリーが病院界隈で引き起こした騒動を知ったのだ。

騒動が起こった後、神能会は蛭子兄妹ことピッツゥ兄妹の件があった為に自らが指定しておいた浜辺に飛空船を停泊させていたマスコミ関係者に行動を自粛させた。
他社のスタッフも深夜には殆ど飛空船で就寝していたが、神能会が気づく前にチャンネル・ロガの面々は神能会が騒ぎを隠蔽しようとする動向を不自然に思い、神能会総本山の膝の下となるデリカへ向けて北に潜行したのだった。

そこで5人は、神能会の絶強の派閥とされる沙山組、城野組、熊谷組が招集された事を知り、神能会が1000人もの“兵隊”と呼称される構成員を北の荒野山、あるいは針葉樹林帯に向けて出動させた情報を掴んだのだった。


「随分暗くなってきましたよ、やっぱりライトを付けませんか?」
「いや、神能会の動きはきな臭すぎる。奴らに見つかれば蜂の巣にされるぞ」

車を運転するADと助手席に座るディレクター、その後ろの座席でカメラマンはうたた寝をし、音声マンは暇故に整備がてらにマイクをいじっていた。

アナウンサーは最後部の座席から思々に過ごす男衆4人を恨めしそうに睨んでいた。ジオとエリーの企みの為に裸体を晒してしまった彼女の威厳はすっかりと消え失せている。
と、いうよりもそもそも彼女の異常な傲慢さの根源は異性への差別的な観念と自分への根拠のない選民意識から成り立っているだけで、テレビ局にとっては10年選手のカメラマン、即興で幾ものヤラセを成功させた敏腕のディレクターらの方が重要な人材だが彼女の代わりは探せば見つかるのだ。
現状、会社にとって彼女はせいぜい癇癪持ちの喋るオッパイ以外の何者でもない。

「おい!隠れろ!戦車が通るぞ!」
音声マンが運転するADに半ば怒鳴って言った。暇つぶし半分に動かしていたマイクが大型車両の騒音を捉えたのだ。

ADは直ぐ様、岩の影にワゴンを止めた。
やがてマイクに頼らずとも、スタッフ全員が徐々に大きくなる騒音を聞くこととなった。

ややあってワゴンの直ぐ側を横切ったのは、戦車などではなくトラックだった。しかしタダのトラックではない。大型輸送飛空船の持つコンテナと見紛うほどの巨大なトレーラーを持つトラックだった。
巨大なだけではなく、全体が深緑の装甲板に覆われておりコンテナの天井の前後には重機関銃とレーザー砲のコンビネーション砲座が備えられ、砲座に1名、隣にアサルトライフルを構えた者が1名の合計4名が警戒している。
運転席から制動するものと思わしき機銃がトラックの及びトレーラーの前後側面に見受けられた。
タイヤはトラック部分の前方に2輪、後方に4輪の合計6輪。トレーラーがトラックとの連結部に装甲板に覆いかぶさり、トレーラーのタイヤは前後の合計8輪。
巨体を支えるタイヤもまた巨大で、通常のトラックのタイヤよりも二回り分厚いゴムに覆われている。

それらが形成する車両が陸を進む様はまるで装甲列車のようである。プロの音声マンが戦車と聴き間違えたのも無理はない。

そしてトラックのボンネットの先端には菱形のエンブレムが闇夜の中で仰々しく金色に輝いていた。
トラックは神能会のものとみて間違いなかった。

この新暦世界において輸送の中心は飛空船が担う。よって陸路においての輸送は大きくても4t程度のトラック
本来ならば土木建築作業の重機に用いられる規模のサイズ。余程の限られた特殊用途にしか使われる事はない。
飛空船の出入りを禁じている神能会の縄張りではこのような規模のトラックに一定の需要があったのかもしれないが、このトラックの異常な有様は5人にそんな思考の余地を与えない。
トラックはまさに異形の物であった。


「今の撮った?」
「ぬかった……まさかあんなのが通るとは思わなかった……」

アナウンサーの声に、カメラマンは沈んだ声で答えた。巨大トラックへの驚きと、撮り損ねた後悔の混じった声で。

「ミサイルでも運んでいるのか?」
「飛空船を嫌う神能会と言えどわざわざ陸地から運ぶでしょうか?それこそ何が目的で?」
「ミサイルとは限らんだろう、細菌兵器、高性能コンピューター、移動指令室―――あの規模ならなんでも運べるぞ!」

音声マン、AD、ディレクターらは口々に数百メートル先を行くトラックに視点を合わせて言った。

「追うわよ!」
「もう止めましょう!あなたの勝手に付き合い切れません!」
「戦場を追うのはジャーナリズムの本懐!私は一人でも行くわ!」

癇癪を起こすアナウンサー。ADが彼女を止めようとしながら他の男達に目配せをした。
だが彼らの目は、先を走り既に小さな点にしか見えないトラックに釘付けになっていた。

アシスタントを除く3人のプロ達には恐怖以上に他所の掴んでいない特ダネに強烈な好奇心が働いていた。

彼らを乗せたワゴンは悟られぬように巨大トラックの車輪の跡を追う事にした。ワゴンのフロントガラスは巨大トラックが巻き上げた土埃で濁っていた。




遺骸は壁にもたれるというよりも張り付いおり、サンゲに食い荒らされた形跡は無くミイラ化していた。全身が黒ずんだ有様だが遺骸の中から爆ぜて出た血液が乾燥したものである。
脳みそが髪の毛にこびり付き、飛び出した目玉が頬に張り付いて乾燥している。鎖骨から脛まで骨が折れミイラの体からところどころで突き出ている。
乾燥した腕はひしゃげて歪んだアサルトライフルをまだ握っていた。
異様に平たい頭蓋骨の変形から察するに生きたまま、壁と“なにか”に挟まれて凄絶な最後を遂げたようだ。

ジオ、エリー、ブルースがこの遺跡の一室で見つけた日誌を頼りにたどり着いた廊下のすぐ先に倒れている遺体はこの有様だ。


午後7:46

3人は、廊下の分岐点に立っている。ミイラが壁にもたれる廊下に二本の通路が合流する形となっている。その廊下の先は袋小路となっている。突き当たりの壁は不揃いなモザイク状の壁材が全面に組み込まれていた。
地下5階のこの未開拓のエリアにはこれまで行き止まりという物がなく枝分かれの廊下がひたすら続いていた、合流する廊下はここが初めてである。
何か意味があって二つの廊下が合流し、さらにその先を行き止まりにし、壁をモザイクタイルのようにしている可能性が大いに考えられる。

しかしジオの握る懐中電灯が照らす死体の有様から3人は「壁がせり出てくるのではないか?」と、トラップの存在を疑う。

3人は壁と床を調べてみる。壁と床は僅かな隙間もなく、床にもせり出てきた壁で擦れた跡は見当たらない。

だがビュシュー遺跡で奇妙な変質を遂げた壁の事を3人は忘れてはいない。あの件に限っては3人にとっては状況を好転させたが今回もそうとは限らない。

「ジオ、プライヤーで壁を少し削れないか?」ブルースは包帯の巻かれたジオの顔を見て言った。

ジオはコートのポケットから取り出した十徳プライヤーのマイナスドライバーの先端で壁を叩いて引っ掻けた。壁から簡単に5mm四方に収まるほどの壁材の欠片を手に入れる。
ブルースはジオから壁材を受け取り指ですり潰してみた。手触りはただのセラミックスのようだ。

そして彼は、カーゴパンツのポケットから黒いハンカチのような布を取り出し床に敷くと、すり潰した僅かな壁材をソコに盛る。
次いでジャケットの懐に縫いつけたPDAと一本の太いボールペン大の筒にレンズが付いたようなもの取り出した。

「それカメラ?」
「サイバースペクトルセンサというものだ、光の反射パターンから物質の種類や状態を解析できる。外じゃ太陽光や色々な外乱があって扱いが難しいが、暗闇のダンジョンならその手間が省ける。クールな秘密兵器だ」

ブルースはPDAと筒を導線で接続し、床に敷いた布に対して垂直に筒の先のついたレンズを構えた。PDAの画面はまだ暗い。

「壁を直接撮ればいいんじゃないのか?」と、ジオ。
「光の角度と背景を統一したほうがPDAに入っている物体の標準波長データと近似しやすい。このPDAに入っているのは黒い背景から垂直に高さ30cmでカメラについたライトの光を当てたときの物だ。ジオ、懐中電灯を止めてくれ。」

カメラ先端、レンズの上にある小さなLEDはスポットライトのようにセラミックを照らす。カメラ中では小さなモーター音が響く。
モーター音が停止するとLEDは消えブルースのPDAのモニターが起動。取得したスペクトルを解析し入っている規格化されたデータ群と比較した。

「ただのセラミックスだ、多分な」
「多分って、秘密兵器じゃなかったの?」ブルースの最後の一言がエリーには引っかかった。
「こんなPDAとミニマムカメラじゃ精度にも限界がある」

ブルースの一言が多かったが3人はひとまずミイラの側まで廊下を渡って行った。そしてミイラを調べてみる。
ミイラの握る歪んだライフルの口径は部屋に残されていた弾丸とエリーの持つものと同じ7mm×50mm。亡骸は発見した日誌の持ち主の物とみて間違えなかった。

ブルースはやはりこの人物に身に覚えがあるのか顔に悲愴なものを滲ませていた。本人必死にソレを抑えようとしている事も、闇に慣れたエリーの金色眼に見破られている。
彼女には白い長髪を切ったブルースの顔がよく見えている。だがエリーは今はまだ真相を追求すべき時ではないとも悟っている。

ミイラの側で思慮するエリーとブルースを他所に、ジオはミイラに向けていた懐中電灯を廊下の奥へと向けた。

「このミイラ、少なくとも2回も壁に触っているみたいだ」

モザイクの壁材の中央に白い壁材が使用されていた。そこには不揃いに重なった黒い血の手形、さらによく見ると廊下にはモップでなぞられたような血痕が丁度ミイラまで続いていたのだ。

「……もう、手遅れと本人は無意識に感じていたんだ。そして最後にすがれる唯一のポジティブな思考、知的好奇心の赴くままに壁の隠しボタンを再び押したんだろう」

ブルースだけでなくジオとエリーも白いタイルは隠しボタンであると決めつけていた。

「ボタンを押しに戻ったという事は、壁に挟まれて即死したって線は消えたわね」
「なあ、ボタンどうする?」

3人は廊下の分岐点に戻る。ジオは十徳プライヤーのグリップ部分を広げて逆さまに持つとゴムチューブをグリップの両端に括りつけた。パチンコである。ジオは安物のオイルライターを弾に白い壁材めがけて、パチンコを勢い良く射出した。実際に小動物をパチンコで狩っていたジオにとっては動かぬ的は大きく見えた。
見事に命中、血で汚れた白い壁材が赤く光った。が、それ以上の反応はない。

恐らく白い壁材そのものに生体センサーが内蔵されており赤く光ったのはエラー表示だろう。と、ブルースは推測した。

ブルースが率先して白いスイッチを直接触りに行くこととなった。顔を縫って動きまわり膿まで出ているジオは論外であったし、エリーは身軽だが攻撃力に劣る。トラップが発動した際に最も臨機応変に対応できる適任者、もとい最も優れたる人物はブルースである。

ジオは後方支援の大砲として、44レーザーマグを一丁だけ両手で構えた。二丁の乱れ打ちではブルースに当たる恐れがあるからだ。エリーはジオの隣で懐中電灯でブルースが進む廊下を照らしている。

懐中電灯が作った廊下を進む巨人の影はただ只管巨大であった。モザイクの壁に映る影は次第に小さくなり、いよいよブルースの巨体にほぼ収まった。
ブルースは然る者の血で汚れた白いスイッチに掌底を押し付ける。己が影で覆われたスイッチは緑色に点灯した。

途端、天井の一部が崩れてきたではないか!

天井は廊下や壁のセラミックとは異なり、決してそこには適さぬ金属である。しかも崩れたというよりはパーツが外れたかのように、規格化されたような約150cm四方の金属の塊が落下してきたのだ。
天板など存在せず、巨大な金属のキューブで天井は覆われていたのである。今日まで廊下に居座り続けたミイラは下敷きになり上半身と下半身が折れて割れた。

落下したキューブの数は12個。廊下の3分の2ほどの面積に及ぶ。幸い、これらはブルースの頭上には落下することはなかった。

が、金属キューブの全てが一人でに動き出しブルースに向かって突進を始めた。キューブの一つ一つがマングラーだったのだ。

その様子に気がつくとジオは「修羅!」と、叫び両腕でしっかりと握った44レーザーマグの引き金を引いた。その軌道はブルースに最も近い位置で並んでいた2体のマングラーを見事に捉えた。
光弾は1体目を貫通し2体目の内部で炸裂、キューブは僅かに歪み弾痕から火柱が吹き出た。しかし、マングラーは二体ともスピードを落とす事さえ無くブルースのすぐ側まで接近する。

「ば、馬鹿な!」ジオのしわがれた狼狽の叫びに次いで、「ブルース!マングラーの上よ!マングラーを踏み台にしてこっちに来て!」とエリーが叫んだ。

ブルースの驚異的な身体能力をもってすれば150cmほどのキューブの上からキューブの上へと飛び移り二人の前に戻ることは可能である。しかしブルースはエリーの声を嘲笑うように戦慄すべき行動に出た。

「KAAAA!KUUUUUUUU!!」

ブルースは強烈なシャウトと共に突進するマングラーとマングラーの隙間へと滑りこむように身をすくめて前転した。彼は立ち上げること無く前転を続けてマングラーの間を縫って廊下を転げていく。
ブルースとキューブ型のマングラーがすれ違う度、レーザーブレードの閃光がマングラーの底面で輝いた。彼が通った後、マングラーは彼を追うこと無く完全に動きを停止、破壊されていたのだ。

ブルースは全くの無傷のままに恐怖のトラップから生還した。

ビューシュー遺跡での壁から壁への飛び移りを目の当たりにした時と同じく、ジオとエリーは眼前に戻ってきたブルースの圧倒的な戦闘能力に目を点にしてしまった。

沈黙し不思議そうに自分を凝視するジオとエリーに、ブルースは金属キューブの底からはみ出ている小さなマングラー残骸を指さして言った。
「マングラーの本体は小さな脚部そのものだった。巨大な金属キューブがマングラーの上に乗っていただけだったんだ」

ジオのレーザーマグが全く通用しなかったのは、ブルースの言うとおりマングラーが載せているキューブを撃っただけで、マングラーそのものにダメージを与えていなかった為である。

「どうやってそれが解ったんだ?」
ジオは「そもそも解ったからといて出来る事では無い」と分かっていたのだがこう問う以外思いつかなかった。

「マングラーの機械音は、俺の足元からしか聞こえなかった」ブルースは真顔で言った。

「お、音って!?あんた一体何者なんだ!」
「ただの空賊だったってのは嘘なんじゃないの?というかそもそも人類なの?」

ブルースの無茶苦茶な回答にジオはしわがれた声を、エリーは元々甲高い声を裏がしてブルースに浴びせかける。

「おいおいクールになれ。特にジオ、傷口に響くぜ」
ブルースは事をうやむやに済まそうと、エリーから懐中電灯を半ば強引に取り上げるとマングラーが降りてきた天井を照らした。

マングラー達が隠されていた天井にある12個の空洞部の一つには、突き当たりの壁と同じようなモザイク模様の壁材の一部がせり出てきてさながらクライミング用の壁の如く天井へと登れるようになっていた。

「何か条件さえ整えばそこのマングラーどもが台の代わりになって登ることができるんだろうな」と、ブルース。

試しに、マングラーの残骸の上に乗ったままの巨大な正六面体の金属を動かしてみる。動かすことできたが3人が力を合わせても、持ち上げて積み上げることはできないと解った。
そこでブルースはジオを肩の上に立たせて、懐中電灯を持たせたエリーを攀じ上らせる。エリーは男二人の背中を借りて、壁から伸びてでた石材に手を掛け足を掛けて天井の空洞を登ってみると、エリーは壁にさらなる空洞を発見する。エリーは懐中電灯で照らしながら空洞の中へと入っていった。

下に残るジオとブルースは、拾い直したオイルライターを灯りに使うが、エリーの様子が全く見えなくなってしまった。声を掛けてエリーの周りの様子を探ろうとしたが、エリーは直ぐに戻ってきた。

エリーは空洞の先にあった小部屋で、ケミカルライトのように光っている不透明なピンク色の液体が、ブルースの示方性爆薬と似た大きさの透明なケースに入っていたのを見つけてそのまま持ってきた。

ブルースはソレを見るや否や我を忘れ、またもエリーの手から強引にソレを取り上げると吠え上がったかのような声で言った。

「こいつはピンクフラミンゴ……その加工方法は全くの不明、ゾプチックの中でも最も貴重なシロモノだぜ!!」

 あらゆる金属と反応させても同じ物が作れないゾプチックが幾つか存在する。その中でも貴重かつ、透明な純ゾプチックと理論上では同等の汎用性をもちその500倍の電力を出力する究極のゾプチックが存在する。
 発光し輝きはまるでピンクダイヤ、そしてフラミンゴのような淡い不透明なピンクをしている事からピンクフラミンゴと呼ばれ珍重されつづけてる。
 理論上でこそ汎用であるが、その膨大な出力のあまり使用できるゾプチックシステムは遺跡から直接発掘された元祖のシステムで無ければ耐え切る事はできない。
 新暦5000年代の腕の良い職人が作ったゾプチックシステムでも、その膨大な出力を名器に滞らせることができないのだ。
 ビトー共和国・カーツ帝国の両国では都市発電専用としてこのゾプチックの一般流通を禁止している。同時に、近代都市を新たに創りだすにはこのピンクフラミンゴが必要不可欠なのである。

エリーが手の中に握っている分で既に“圧縮無し”でも3000万zの価値があった。



[18040] violence-13 黒いマングラー①
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:af62b283
Date: 2011/10/11 20:53
1

午後7:59

A~Dまでの坑道の入り口は既に爆破され、神能会の本陣が置かれたE口のみが唯一の出入口となっている。此処には装甲車50台、戦車10台、人員の輸送に用いたトラック群の内、武装可能なを40台からなる車両編隊が臨戦体制を維持している。
それに加えて、一際異様の風体の戦車とも装甲車とも呼べる車両が4両存在していた。

巨大なキャタピラは最初から人間を轢き殺すことを前提にした設計で、正面から見て接地面積が通常のキャタピラの二倍もある幅を持っている。この武装と形容できるキャタピラを持つ車体の内部には火炎放射器や数種類の毒ガスのタンクが内蔵され、車体の四方向のどこからでも噴射できる。
砲塔に主砲を持たず、二門の13mm重機関銃が中央に配され、各種大型投擲弾が連射可能であるポッドが砲塔の両脇に搭載されている。投擲榴弾の破片による広範囲の敵兵の殺傷を目的とされている。

この一見してバランスを欠いた戦車は、新暦4900年代後半に巨砲主義に代わって台頭する事となった兵器設計思想、残酷主義に基づく対人用戦車である。この残酷主義設計に基づいて設計された次世代兵器の蔓延による両陣営兵士の士気の低下は冷戦状態を維持している要因の一つとして挙げられている。

ビトー共和国陸軍が提唱した暴徒・反政府ゲリラとの都市戦闘を想定した対人用戦車構想を受けてサードフレンズ重工が開発に着した“治安維持特殊装甲車ピースキーパー”プロジェクト。
犯罪都市キャピタルを含むジェンガ大陸北部のビトー共和国併合の折、その試作機4台が密かに投入されていた。しかし、これらの試作機はサードフレンズ重工の公表していない私有地に秘密裏に保管されていたのだが、
5011年6月13日未明、同私有地の整備場から姿を消した。犯罪組織に盗難されたものと考えられたが情報漏洩の回避を優先し被害について一切公表されていない。4台の新型戦車は人知れず神能会の下に渡り対人用新型執酷戦車・銕と名付けられ運用が試みられていた。

この銕以下、標準的な性能を持った戦車・装甲車編隊を指揮する作戦本部は本陣から少し離れたテントの中に置かれている。

神能勝偉は神能会最強最大の軍事力が到着するまでの間、部下たちが20台もの無線機で坑内の戦闘部隊とやり取りする中で沈黙を守っていた。
最後の絶強勢力の長を集結させてから約4時間、彼の脳裏にはおよそ100通りもの用兵法が張り巡らされ、ジオ・エリー・ブルースを抹殺し終えていた。彼は今、勝利を確信した恍惚感に酔いしれていた。

100通りとも3人は、632人の殺戮職人部隊の軍靴と小銃の揺れる音に怯えて遺跡内を小便を漏らして逃げまわり、632人の声がはっきりと聞こえる頃には肝を潰し嘔吐し、632人の影を前に身動きが取れなくなり泣き叫ぶ。
断末魔を上げる事も許されず、恨み言も言う間もなく、死を受け入れる容赦すら与えられるず、3人の生き血は赤い内に全てが遺跡の壁じゅうに放たれる。殺気立った632人は攻撃の手を緩めること無く、頭蓋骨の底に沈み始める脳が怯え拒み続けてきた軍靴と銃弾と斬撃に3つの死体は肉塊すら残らなくなるまで辱められるのだ。
たった数人の人間の為に展開される圧倒的な物量作戦、神能勝偉は刃向かう者はこれまで同様の恐怖に陥れて葬ってきた。その様は決して安楽なものではない。いっそ、殴られ犯され拷問にかけられたほうが反撃のチャンス、逃げ出す希望はあるがこの物量作戦にはそんな残酷趣味耽美趣味といった軟弱な貴族の陥る精神的な弱みの要素は存在しない。そんなものは所詮、敵に対して反抗心を許し続けているのである。

だが、圧倒的な物量の前に人は反抗心すら奪われてしまう。そこが組織暴力の栄える所以である。

そして生まれながらのこの地の王であり、己が暴力の王国を築くことに生涯を賭す闘争者、その冷血冷背の精神を持つ神能会13代目黄龍 神能勝偉が繰り出す部隊だからこそ暴力団の恐怖を最大限に引きだせるのだ。

神能勝偉の端整な顔に取り付いた恍惚の表情と沈黙の意味する所はもはや彼には動じる要素などない。新たに発見された未開拓エリアを除いて、この戦場は完全に彼の私物と化していた。その未開拓エリアさえ無線機からの情報を元に、勝偉の座るイスの前に置かれた机の上の地図に次々と新しい図面が描き加えられている。

もはや戌亥に取りに行かせた物には保険の価値もなくなっていた所だが、二台のもの機銃砲座を乗せた装甲列車のようなトラックが作戦本部の側に到着した。

勝偉はそれに警戒する素振りも見せずにテントの外に歩み出て、神能会の菱形のエンブレムが付けられたトラックに向けて咎めるようなニュアンスを含まないでくこう言った。
「あと一分で遅刻だったぞ」

トラックの助手席からは戌亥が現れる。
「お待たせしました。もう必要は無いでしょうが、お改めください」

戌亥とトラック天井の機銃砲座に着く部下に見守られながら、勝偉は一人コンテナ背面にある両開きの扉の前に立った。
通常、扉の開け閉めは部下の仕事だがこのコンテナのドアは勝偉にしか開けられないように作られている。足掛けこそ戌亥が下ろしたが、この扉の取手は勝偉以外の人間が触れると高圧電流が流れるように設計されており当然、解錠もされない。
勝偉の血の通った腕でのみ解錠する為、たとえ勝偉を殺して死体の腕に持ち手を握らせても解錠することはない。

勝偉が扉を開ける。扉一枚の厚さは金庫の扉のように分厚くこれはもはや扉というよりも門と呼ぶにふさわしい。コンテナ入り口から2mほど奥には更に見るからに分厚いシャッターで仕切られていた。その手前、コンテナ内部左側の壁面にはモニターとキーボードが埋めこまれている。電源はまだ入っていない。
勝偉がコンテナ内部に入った直後、コンテナ内部の天井から網の目を成した緑色のレーザー光が放たれ僅かな間に彼の体中を通り過ぎた。レーゼー光は勝偉の身体情報を集め、コンテナ内部のコンピューターに電源が入る。
起動したコンピューター向けて勝偉はこう言った。

「神能会13代目黄龍神能勝偉、新暦5011年8月11日に当事する状態が甲乙丙丁を満たすものとしてSPAC、焚神を使用可能にせよ。」

コンピューターは声紋認証ならびに網膜認証を瞬時に済ましシャッターの開放を始めた。その重々しい見た目とは裏腹にシャッターはスムーズにそして雑音も少なく開いていく。

次いでシャッターの向こうにあったのは、ケミカルライトのような光を発するピンク色の不透明な液体で満たされた水槽だった。その中で黒いヒトガタの物体が漂っていいるのがぼんやりと見える。

神能勝偉のSPAC「焚神」は超高出力・超希少のゾプチック、ピンクフラミンゴで満たされた水槽の中に浸たされて保存されているのだ。




午後8:03

神能会が100台近い装甲車部隊を待機させている坑道の主幹出入口から西北、距離は300m高さは20mほど離れた位置になだらかな丘がある。
そこに、望遠レンズを用いてトラックの牽引するコンテナの中に姿を移した勝偉の姿をうつ伏せで撮り続けるカメラマンと、その隣で暗視ゴーグルで外を覗き小声で実況する女性の姿がそこにあった。
チャンネルロガの撮影クルーである。途中まで巨大トラックの後を追い、高い場所からトラックに気付かれぬよう撮影しようと高台に向かって進路を変えた。そこで神能会の戦車部隊が陣を張る様子を見つけたのだ。トラックもそこに来るのは間違いないと悟り、偶然見つけたこの丘で撮影を開始していたのだ。

ディレクター、録音係、ADは丘から姿が見えないように7mほど後退した位置でその様子を見守っている。カメラへと接続された小型モニターで外の様子も探りながら。
ディレクターは時折、アナウンサーと目配せでカンニングペーパーで実況の内容に盛り込むべき情報を提示する。暗闇の中であったが彼らはこのような暗所の取材の為に蛍光塗料を含んだマーカーペンを常備している。

「今、ご覧にいただいているのは神能会の新会長、神能勝偉です。神能会はジェンガ大陸の南部に絶大な影響力を持つマフィアであり、その地上戦力は準中規模国家の陸軍に匹敵するレベルとされ、構成員数は5000人とされていますがそこから更に協力者賛同者等、非正規構成員を含めるとその数は1万から2万人まで膨らむとも推測される巨大組織です。コンテナの奥に見えるのはピンクフラミンゴなのでしょうか、あれだけあれば大都市一つの電力が20年賄えます。いえ、それどころか荷電粒子砲を運用できるほどの量でしょう。
 先ほどご覧頂いただいた100台近い武装車両群といい、いったいこの坑道で何が起ころうとしているのでしょうか?」

ここまで、アナウンサーの実況は興奮を上手く隠しつつディレクターのカンニングペーパーのキーワードからアドリブを上手くこなして只の隠し撮り映像を、直ぐにニュースに出せる品に変えていた。

カメラが水槽に満たされたピンクフラミンゴの水位が下がり始める様子を捉えた、コンテナの外に排出されている様子はなくコンテナの何処か、コンテナの更に奥に移されていると考えられた。コンテナの何処かにピンクフラミンゴを必要とする装置が存在しているとでも言うのだろうか?
とうとう水槽にあったピンクフラミンゴは全て何処かに流れていってしまった。と、空になった水槽の中には人型の物体が残っていた。

「なんでしょうか?あのヒトガタの物体は?」

アナウンサーはディレクターに目配せをするが、ディレクターは手のひらを見せて「待て」と伝えた。

「暗くて良く見えません……」
カメラマンはささやき声で言った。

「ヒトガタ……鎧……まさか、神能会のSPAC……!?」

録音係の言ったSPACという単語にADは聞き覚えがなく首をかしげる。その横で、ディレクターは凍えた声をだした。

「もし、アレがSPACだとして、アレだけ多量のピンクフラミンゴを吸い込んだのがSPACだとしたら……え、えらいことだ……戦争だ!」




午後8:05

装甲車部隊の陣営に向け航行する一隻の小型飛空艇の姿があった。神能会の領域を堂々と―――ワーグナー一家残党、ラトラル派のものである。

艇内には、ラトラル・ジャジャが二人の子分に操縦を任せて後部右側座席の窓から双眼鏡で巨大トラックの様子を覗いていた。

「ボス、神能会のボンボン、油断してますぜ。俺たちを呼んでおいてSPACを見られるなんざ」
「いや勝偉は俺を馬鹿にしてるのさ、こうして使いっ走りをやらせながら自分の強さを俺たちに見せつける寸法だ」
「ボス、本艦の技術班はこれからSPACと思わしき鎧を超望遠レンズで撮影、サイバースペクトルセンサの解析に入ると返信がありました」

操縦席左で無線機のヘッドセットを付けた子分に「うむ」とラトラルが答えた時、操縦席右で操縦桿を握る子分が、丘の上で神能会の軍勢の模様を撮影するチャンネルロガのクルーを見つけてしまった。

「ネズミがいるな……へっへっへ、みろあのネーちゃんの嬲りがいのありそうなケツ」
「いいねぇ、この分だと胸なんか万力で潰すにはちょうどいいサイズだぜ……ボス、取っ捕まえますか?それともまさか勝偉の奴に知らせるなんて言わないでしょうね?」

ラトラルは子分たちの見つけた獲物へ双眼鏡を向けた後「……いや」と言うと椅子から艇内中央の廊下に立ち上がり、天井からはみ出た配管に頭が当たらないように中腰で通路からつづく飛空艇後部の一室のドアを開ける。

不十分な灯りの部屋にはグレーのローブを頭まで羽織った男が俯き加減で腕を組み、ガニ股で椅子に腰掛けていた。

「御客人、陸に塩梅の良さそうな女がいました。周りの男はトーシロ4人だけですぜ。我々のもてなしよりは楽しめるかと、それに“新しい足”を試すいい機会では?」
ラトラルは椅子に腰掛けた男に目線を合わせて提言した。

「……近くに降ろせ」

男は下卑た微笑みを見せると禿げ上がった前頭部をローブの隙間からのぞかせた。男の正体は蛭子亮こと、凶悪殺人犯ラストル・ピッツゥであった。



[18040] violence-13 黒いマングラー②
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:af62b283
Date: 2011/10/11 20:54


ジオ、エリー、ブルースの3人はピンクフラミンゴを発見した迷路の終わりから未だに動かないでいた。
ピンクフラミンゴを保護していたこの迷宮。当然、正解のルートは一本しか考えられない。にもかかわらず、この終着地に至る廊下は二本が合流している。只管に枝分かれの廊下が続いていたにも関わらずここで初めて合流しているのだ。
おそらくピンクフラミンゴを手に入れた段階で元来た道は、トラップが動き始めているか壁で遮られるなどしてもう戻ることはできなくなっているのだろう。
今、合流していた廊下は終着地から見れば、此処に到るまで何度も目にしたY字路と瓜二つ。3人はこの左側から入ってきた。そして3人とも、右側の、もう片方の道が出口であると考えた。そしてその先にはこの遺跡で最強のマングラーが待っているに違いないとも予想していた。

だが顔に深手を負い、血と膿を包帯から滲ませているジオをこれ以上マングラーとの戦いに晒すことはもう不可能だった。マングラーが狙うピンクフラミンゴを放棄してもその魔の手から逃れられる保証はない、できる事なら別の誰かに託して襲撃される優先順位を下げなければこの遺跡を脱出する事はできない。

猛毒のSPACを操る殺し屋、ウェルダンを屠ってしまった以上、神能会かワーグナー一家残党のいずれかかかその両方がウェルダンの戦力を凌ぐ相当数の兵力か別の殺し屋をこの遺跡の中に仕向けている事は確実だ。
しかも、10枚フェンスの廊下での死闘の跡を追って、同じくこの迷宮に迷い込んでいる可能性も高い。3人はそのうちの誰かが此処にたどり着くの待つことを選んだのだ。
だが、救難信号発生装置はまだ使っていない。敵人員の投入数がどの程度か不明である以上、その全てを集結させては流石にリスクが高すぎるからだ。

ブルースと何らかの因果を漂わせる廊下の隅で潰れてしまった遺骸の遺した日誌を偶然手に入れた事で3人が攻略できたこの迷宮。果たして追っ手は攻略できるのだろうか、そしてこの迷宮を実力で攻略してしまう追っ手の戦力はどれほどのものか。どのようにその追っ手を強行突破するか―――
3人は悠久となるかもしれぬ時間を賭す中で奇策を弄じる。この先に待つ鬼すら骨ごと焼き尽くされる戦いは既に始まっているのだ。

やがて―――金属の揺れる音、金属の軋む音がY字路左側から響いてきた。最初に気がついたのはいつもの通りエリー、それは小銃の揺れる音とは明らかに異なる。音が接近するとなるほど、鎧であるとブルースは解した。
鋼の軍靴が地を鳴らす他に、大型電動工具のモーター音のような奇妙な物も聞こえてくる。その数は50人近いもと思われた。だがその全ては、怪人の怒号に掻き消さた。

「貴様ら!よくもここまで来たものだ!お前ら虫以下の命で俺たちを殺すなど愚かしさを償えると思うな!地獄よりもむごい闘争の中で償わせるぞ!来い!」

しわがれた声はもはや未知の怪物の咆哮と化し、包帯越しのでもはっきりと顔の左半分を大きく歪ませているのが解った。激怒する怪人ジオ・イニセンは未だ敵の姿がみえていない段階で宣戦布告した。
彼に連れ添う狂った悪魔エリー・クランケットは行き場の無い様々な感情から作られた最高の笑顔でジオの宣戦布告に付け加えるように叫んだ「Got into 4 !!」―――死ぬがよい。と。

午後8:34、ついに地獄開始と相成った。




午後 8:34

遺跡地下五階、迷宮の終着地に到着せんとしていたのは沙山繁と彼が直々に率いる侠化装鋼歩兵隊の51名だった。元々は200人いた大隊を5人~10人の小隊に分けて枝分かれた廊下をバラバラに探索する事となったが、沙山は自ら率いるこの鎧とチェーンソーで武装した自他共に認める神能会最強の部隊の編成にはこだわった。
彼らは猪突猛進。全くの偶然でここにたどり着いた。彼らはそこで怪物の叫び声を聞いたのだった。突然の怒号に臆す事無く身構えた51人。だが3人の標的がいる廊下の先は曲がっている為に、小銃で弾幕を展開して仕留めるといった戦法が今のところ取れない。
突入するにもブルース・ファウストことハンス・スコルピオンの存在、高出力のレーザガン、さらにSPACと敵は3人ながら絶大な戦闘能力を有している。

部隊の内の一人が暗視ゴーグルで廊下の先の様子を見てみると、その様子を側にいる沙山に直接伝えた。彼らは兜内部の骨伝導スピーカーで会話している。

「親分、この先の廊下はくの字……というよりも今までのY字路とアベコベになっているようです、カタカナのイの字のような形になっています。我々はその2画目の位置にいると考えてください。そこでグレネードランチャーで一気に片付けましょう」
「相手はハンス・スコルピオン……弾を投げ返されるのがオチだ。奴は活劇映画の主人公以上に強い。悪運ではなく実力で投げ返せる」
「では手榴弾を完璧なタイミングで廊下の分岐点に入った時に爆発するように投げるのは?」
「完璧なタイミングで何個投げられる?俺たちの鎧は強靭だが、分岐点で爆発する手榴弾の破片の幾つまで耐えられる?その戦法のリスクは手榴弾の数に比例してくる」
「この狭い廊下で手榴弾一つで十分では無いと?」
「SPACを装備するその人を盾にすればやり過ごすだろう」
「ではリモコン式爆弾はどうでしょう?指向性で床に撒けば天井に向かって火柱をあげます」
「ソレが聞きたかった。合図と共に分岐点の床に投げ入れろ、だがコレは保険だ」

暗視ゴーグルで廊下の先をみた子分と他4人が、合計五つのリモコン式爆弾の投擲準備をする。すると、別の子分が沙山に次の戦術を提案する。

「催涙ガスで燻し出して、床を爆破。SPACを相手には仲間が死んでうろたえている間に20mm対物ライフルで仕留めましょう。いかにスコルピオンが地上最強の男だとしても、催涙物質を直に噴射する弾頭を投げ返すことはできないでしょう」
「20mmもいいが、対城壁用のロケット弾はどうだろう?当たった後にジェット噴射して爆発する奴だ。弾頭の温度は2500°になる」
「いや……催涙ガスで燻り出してチェーンソーで一気に方をつけよう終わらせよう。リモコン式爆弾も対物ライフルも保険だ。ソレも無理だったら小銃で弾幕を貼ろう。だがやはり問題なのはジオかエリー持つSPACが鎧型だった場合だ。流石にアレは関節の隙間でないと切れない」と、沙山。

すると子分たちが続々と、「とにかく出てくる奴の膝を切ればいい」と進言した。どんな鎧でも膝が最も装甲を薄くせざるを得ない場所だと教えたのは、他ならぬ沙山である。

いよいよ沙山は無言のまま腕を振り下ろして指令を下す。怪人ジオの声を聞いてからここまで分針は動いていない。催涙ガスがグレネードランチャーによって放たれ、リモコン式爆弾が廊下の分岐点に床に張り付いた。催涙ガスの数は4。ガスマスクを装着した侠化装鋼歩兵にとって曲がった向こう側の廊下からの催涙物質は全くの無害。
会長、神能勝偉の切望する「たった3人を爆ぜさせる」為に部隊の全員がチェーンソーのモーターを唸らせ、前方8人の鬼畜の兵団が廊下の分岐点へと突入した。

だが、この先鋒の8人は既に違和感を感じていた。催涙ガスからガスの噴出する音が聞こえているのだが、ガスの白煙がまだ彼らの方には届いていなかったのだ。催涙ガスは曲がった先の廊下の余程奥にまで飛んでいったのだろうか。
この8人が廊下の分岐点に雪崩込もうとした矢先だった、革製の鞄が51人のひしめく廊下むかって飛んできたのだ。

8人の内、最後尾にいた組員がチェーンソーを天井に横一文字に振って、頭上を舞うこの鞄を破壊すると、51人の視界が奪われてしまった。鞄は馬皮のランドセル。その中には白煙を撒き散らす催涙ガスが4つとも放りこまれていたのだ。
この時、前方の8人にも後方の43人にも一瞬の隙が生じてしまった。
僅かな、一瞬の隙でしかなかった。彼らは直ぐに思考を立て直し、廊下の分岐点を横切る身の丈2mの大男と華奢な女の影を捉えた。先陣をきる8人の構えるチェーンソーの白刃は女の柔肌を突き破り男の筋繊維をえぐり抜けるまで寸での距離だ。
8本からなる人肉切断用チェーンソーの槍衾を追い詰められたドブネズミ共に浴びせかける事ができた。後方で控えるリモコン式爆弾を投げた5人も、視界を奪われていたが気配だけで完璧なタイミングで床に火柱を上げさせる事ができた。

だが、二人のやや後ろからボロボロの袖のないコートを纏い、白い鎧で身体を覆た、顔じゅうを包帯で巻いた男が現れて、廊下の分岐点に入った矢先「修羅!」というしわがれた奇声と共に何かを51人が殺気立つ廊下の中へと放り込んだのだ。
あらゆる爆弾や毒ガス弾の跳ねる音を訓練で聞き分けできるようになっていた51人の耳だったが、勢い良く投げ入れられた物体は壁や廊下で跳ね回るも奇妙な軌道を描いていた。

「伏せろー!!」沙山の号令で侠化装鋼歩兵部隊の全員が床に伏せて防爆体制を取った。とっさに、部下の一人が身を屈めながらでリモコン式爆弾の起爆スイッチを押した。指向性の炎が床に向かって伸び、爆風が51人が身を伏せた廊下を通抜けた。

爆発の後、廊下の分岐点に3人の姿は無かった―――死体も無かった。廊下に巻いたリモコン式爆弾も完全に使うタイミングを誤ってしまったのだ。

リモコン式爆弾の爆風が収まると、51人は恐る恐る投げ入れられた物体の正体を確認し拍子抜けする。物体の正体は、何の変哲もないただのランチョンミートの詰缶だった。

恐らくはスコット・スコルピオンが馬皮の鞄で全ての催涙ガスを受け止めるという離れ業で作った一瞬の隙の中に、何の変哲もない缶詰を投げ込んだ其れだけで更なる隙を作る。敵3人の警戒すべき戦闘能力とは、奇策を講ずる明晰な頭脳に裏付けされたものであると侠化装鋼歩兵隊50人は確信し戦慄した。
だが缶詰を確認した直後、組長でありこの部隊の隊長である筈の沙山繁は怒りを顕に廊下から駆け出した。

「会長に手向かうケダモノどもの分際が!神能会を馬鹿にしおって!! いいだろう!貴様ら愚畜どもの死で、ワシが鬼畜であることを証明してやる!!」

強化外骨格を纏い尚且つチェーンソー二刀流であるにも関わらず沙山は短距離走選手顔負けのスピードで走り先陣を切って3人を追う。50人の子分たちは差を開かれ続けつつ沙山の後を追うのであった。



[18040] violence-13 黒いマングラー③
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:af62b283
Date: 2011/10/11 20:54
6(インターローグ)

『沙山組の侠化装鋼歩兵隊はジオ、エリー、ブルースの三人を発見。追撃体勢に入った』との知らせを無線で受けると辻丸組組長、辻丸和哉はつい落胆してしまった。「神能会最速の安楽死コース」とまで言われるあの装甲歩兵の中隊に出くわしては、もう間もなくジオとエリーは殺されてしまうだろう。
現状、神能会でジオとエリーに部下10人の命と自分の鼻を奪われた最大の被害を被った自分が二人に一矢酬いることができない。などと辻丸が下唇を噛んでいた時、異変が起こった。

この後に続く一連の異変に最初に遭遇したのは辻丸組構成員の内、辻丸が率いる直属の10人の部隊である。気が付いたと言うよりも彼らの周囲で起こった異変の規模が凄まじいものだったのだ。
壁がまるで白熱電球が切れたようにフッと、消え去った。一瞬の出来事に「なんだ!何が起こった!」とわめき散らす辻丸だったが、彼の配下の10人は進行を止めて辻丸を中心に置いた円陣を組んで冷静に身構える。

ここまでもここからも枝分かれに続いているであろう廊下が壁が取り払われて広い一本道の廊下になったようだった。人が4人ほど並ぶのがやっとの廊下は、この武装した10人と辻丸が横に並んでも半分ほど余裕が有るほどのスペースとなったのである。

辻丸を守る部下たちは考えた。なんの為に廊下が広がるのだろうか?廊下はナニカが通る為に広くなったのではないだろうか―――と。




「どういう事!?あの鎧で私たちに追いつこうとしてるヤツがいるっての?」と、のたまうのはエリー・クランケット。

ジオ、エリー、ブルースの3人は新たに左右に枝分かれしている廊下を闇雲に走っていた。だが、硬く、重く、素早い鉄下駄の足音が確実に彼らに向かって徐々に追いつこうとしている事に3人は驚愕していた。
たしかに、エリーとブルースは顔を潰されたジオに足並みを揃えていたが、思いもよらない事態だった。
神能会の50人ほどの装甲歩兵中隊全員の兵装がSPACとは考えられないが、もしや装甲歩兵の兵装が一隊の長のSPACを模したものだとすれば―――
見るからに強固そうなあの鎧で追いつくことができるのはジオのものと同様な、見かけによらず軽量な鎧であるSPACではないかと3人は考えていた。
一日の間に2つのSPAC保持者に命を狙われる、正気の沙汰ではない。しかしそれを見極める為にも3人は、後をつけてくる鎧を纏う敵将を罠にかける事を決める。

一歩、一歩と侠化装鋼歩兵隊の将、沙山繁は3人に接近していく。3人はまだ足を止めずに敵将が距離を詰めてくるのを待って廊下の節々に等間隔に次々と現れるY字の分岐点を右に左にスピードを落として駆けていく。沙山は兜の中に搭載されたソナーを頼りにする右に左に、3人の辿った道を正確に追いかけてくる。
やがて、沙山は新たな廊下入り口にて、暗視ゴーグルから見える緑色の視界に3人の背中を捉えた。

その間もなく、その視界へと、ブルースが腰から下げていた最後の指向性爆弾が飛び込んできた。
ジオが先程ランチョンミートの缶詰を投げたのは、敵軍にはもう爆弾が残っていないと思わせ、ここぞという時にこの最後の爆炎を敵に容赦なく浴びせる為だったのだ。

だがブルースが起爆のボイスコード「Eat this」と威勢よく叫ぼうとしたその時だった。

「催涙ガスがなければこんなもの!」
沙山はブルースがボイスコードをを唱える前に右手で握られたチェーンソーの一本の側面で指向性爆弾を打ち返してしまった。

打ち返されたスパイク状の爆弾はブルースの左脇をすり抜けてジオとエリーの頭の間を抜けると、さらに続く廊下の分岐点の壁にぶつかって床に落ちた。

「ッチ、リモートコントロールか音声認識で爆発か!」沙山は打ち返した爆弾が彼らに向かって爆発する事を期待していた。

3人の前に姿を表した沙山の様子は凄まじいものだった。二刀流構えのチェーンソーに、走ることなどままならないであろう分厚く巨大な鎧は銃弾を弾くために全体が曲線で出来たフォルムで仕上がっていた。
ゾプチックの炎が注がれたチェーンソーのモーターは轟音、一方でまどろみを誘う鎧の曲線。兜は赤い横一文字の複眼的なゴーグル状のパーツが目を覆い、牙をあしらった装飾が両顎にあり、頭頂部から鎌のような鋭いツノが一本生えていた。

「キャハ……なんだよその格好?イカレてんじゃん」あまりの事にエリーは沙山の狂気を保障した。
「……お前が神能会の親玉か?」と、ジオは問う。

「否、ワシは神能会系沙山組組長、青龍号、名は沙山繁。貴様らを血反吐にまみれた肉塊にし尽くし13代目黄龍号に献上すべく推参!!」

神能会の幹部と聞いてブルースはここで無駄とは解っていたが交渉できないかを確認しようとする。
「俺に放った刺客から神能会とワーグナー一家残党がつながっている事を俺に見ぬかれた事、こいつらジェンガ大陸の南部つまりお前らの縄張りで見たこと、俺たちを殺さずとも情報操作など簡単だと思うが?」

彼の投槍な弁には元々、交渉の成功など期待していない。罠に嵌め損ねた自分たちに威張りついでになにか情報を漏らさないかを期待しての弁だった。

「残念ながら貴様らは大神能人民公国建国……我らが黄龍の野望の王国の誕生の為に知ってはならない事を知ってしまった。現在800と4人の殺戮職人と地上200人の黄龍親衛隊が100万発の銃弾爆弾を撃ち尽くす事のできる戦車大隊を繰っている。貴様らを抹殺する為だけに特別最強戦闘部隊を黄龍が直々に御威指揮を下している」

「……せ、1000人と……戦車部隊……」ジオのしわがれ声は、老人のように弱々しかった。
「こ、虚仮威しに決まってる!私たちはたったの3人よ!ありえない!せいぜいあの廊下で巻いた一隊が全部の筈!」
「いや……あのSPACの殺し屋を倒した時点で、俺たちは今、神能会にとって最悪の武力ということか……」

投入した部隊の概要を知らされたジオ、エリー、ブルースの強張った表情に、沙山の兜の下から満足気な声が聞こえてきた。

「最悪の武力だとぉ?笑止な。もはやこれは余興。最強のハンス・最狂のエリー・最凶のジオ、三大愚畜たらしめる貴様らの死に至るまでの時間のすべてが黄龍を楽しませる為に経過している!そしてなぁ、情報操作よりも安上がりなんだよ!」

満足気に3人を嘲笑う声が、徐々に攻撃的なものへと変わっていき終いには、チェーンソーのモーター音を一回り大きく唸らせて沙山はいよいよ3人に襲いかかった。披露された健脚は、3人を此処まで追ってきた物と紛う無き物だった。

負傷したジオと戦力に乏しいエリー。ブルースは二人を守るべく、沙山の前に立ちふさがった。



[18040] violence-13 黒いマングラー④
Name: 垣ノ本憲麿◆c3301688 ID:2be6b41f
Date: 2012/08/16 20:35


沙山繁が持つブルースの情報は、彼がスコット・ハンス・スコルピオンを名乗っていた頃の3つ。レーザーブレードによる居合い抜きを得意とする事、その実力は世界最強候補である。
素手の格闘においても世界最強候補の一人でもあるという事。
何時何時においてもサングラスをかけているという事、表情を悟られない為という線が強い。
しかし、沙山はこれらを実際に見たわけではない上に、サングラスに至ってはタダ失くしたのか、余裕がなくなったのか、今のブルースはかけていない。
初対面のブルースの目元に違和感を抱いたままに、沙山はチェーンソーの歯がブルースの喉元に届くところまで安々と踏み入った。
一の太刀、右腕に握ったチェーンソーで横一文字を書く。
二の太刀はまるで正拳突きの動作で、ひねりを加えてチェーンソーを前へ前へと彼の体の中心線を狙って突き出した。
ブルースは一の太刀を膝を曲げしゃがんでかわした。そして鼻先には既に沙山の放った二の太刀である突き。それに対してブルースは足を前後に広げ、腰を前に曲げ、頭部を高速回転する刃から更に下へと移す。次いで自身の頭部を轟音響くモーターの下を潜って沙山の懐まで一気に近づけた。
懐まで飛び込んできたブルースの頭部に重心を置いた動きを頭突きと見抜いた沙山は瞬時に後ろへとジャンプして後退した。
一見、重い鎧を着た沙山の後退は慎重過ぎるとも臆病とも言えた。しかしブルースほどの巨漢の頭突きであれば沙山の方がバランスを失って転倒する可能性もあり、残るジオとエリーになだれ込まれては瞬殺される危険があった。
沙山の後退を許してしまったブルースだったが、即座に重心を頭部から体の別の場所に移動させた。頭突きを諦め、左手には筒状のレーザーブレードの柄が見える。
しかし、この瞬間に沙山は、重心の在り処が柄を握る左手ではなくブルースの背中から最も離れた位置にあった右手の拳に移っているのを見抜いていた。
レーザーブレードを左手に握り、身を右方向に捻った姿は今まさに沙山を斬りつけようとも見える。実際は右腕に全力を溜め込んだ後、バネ板が戻るように身を左に戻す準備動作だ。

なぜブルースはレーザーブレードを使わず素手の攻撃に固執するのか。それこそ鎧の質量から沙山の身につける防具一式がSPACであるか否かを見抜く為である。
SPACの鎧は軽い。こればかりは例外はない。だが現代人の作れる鎧はSPACよりも確実に重い。レーザーブレードでは質量は読み取れないが、殴ってみればその差は歴然と体で解るものである。

だが、沙山はブルースほどの手練ならば鎧の正体を見抜くだけに留まらず、”打振”注ぎこむと読んでいた。

 ”打振”……握られた拳ではなく、広げられた手のひらを打ち込み、鎧そのものの重みを着装者に注ぎ込んでしまう高等格闘術。
 鎧をつけての徒手格闘も想定される新暦時代の格闘流派でその類型は無数に確認されるが、いずれの流派でも実戦においてこれを使用するものは指折りに数えられる程である。

沙山は鎧作りの職人に侠化装甲歩兵の鎧を作ること命じた際に、こと”打振”にさえ対策を施した。鎧のパーツは特殊な配列で組み合わされ打振の衝撃を鎧のパーツからパーツへと分散させるようになっている。
今、まさに自由を取り戻した両腕のチェーンソーがブルースの両肩に軌道を定めた。打振が決まれど、沙山の身は不動のまま。同時に大ぶりの打振を放ったブルースの体も不動と化す。そして沙山のチェーンソーの軌道が変わることは決して無い。
鞭のようにしなやかに動くブルースの右腕。が、突如いきり立って上腕と下腕が直角を描き、瞬く間もなく握られた拳が沙山を襲った。
ブルースは沙山のボディーを、あえて打振の振りをしてから殴り抜けたのだ。
面から衝撃を与える打振に対して、彼の拳が貫くのは点。
鎧のパーツからパーツ、すなわち面から面へと威力を分散させる構造の鎧であっても、パーツの一点に注がれた体重100kgを超すブルース一撃にとって、沙山は仰向けに倒れてしまった。
だが、その代償としてブルースの右の拳が砕ける音がした。
しかし、沙山の鎧の正体を知りたかった3人にとっては、ジオがいる限り“いつでも治せる”拳は、安い代償である。

なぜブルースは沙山に打振を加えなかったのか?先にジオとエリー、ブルースの三人に襲いかかった毒を武器とするSPAC“デアボリカ”を装備した殺し屋、ミディアムと交戦した際にブルースは一度、打振をデアボリカに注いだ事があったのだ。その結果は無効。その為に後手後手に追い込まれ、そのままこの遺跡に逃げ込んだ経緯があった為である。

かといって「SPACであった場合“打振”が”効かない”」という確認方法は、やはり打振自体がブルース自身に隙が生じる大技である為、注ぎ込んだ直後に、自由が効く相手から一撃死を賜る危険があった上に、ジオがミディアムに向けてレーザーマグを撃った時には、デアボリカもろとも転倒した事を覚えていたからである。
さらに、床に倒れたままで44レーザーマグの三層圧縮光弾を絶え間なく撃ちこめば、いくらSPACともいえど受け流す事ができず、着装している者を圧死させてしまう事も、最終的にミディアムを倒したジオから聞いていた。

SPACであろうがなかろうが、拳の一撃さえ決まれば確実に44レーザーマグを持つジオに次を繋げられたのだ。

「ジオ、撃て!こいつの鎧はSPACではない!」

SPACでなければ、ジオの持つ44レーザーマグの三層圧縮光弾の高温によって沙山の鎧を熔解させ、2層目か3層目の光弾で沙山自身を葬る事ができる。

ジオはレーザーマグの一丁を両手で握り、無慈悲にも沙山の胸に向けた。

ーーー起き上がらねば、起き上がらねばーーー

鎧を着たままの沙山が右腕のチェーンソーを諦めて、必死に立ち上がろうした。

が、次の瞬間。ジオの銃口が上を向いた。廊下の奥へと狙いが変わったのだ。

沙山を追って侠化装鋼歩兵隊50名が、その姿を再び現したのだった。


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