1
4:00
エリーとブルースは、麻痺毒による昏倒状態にあったが確かに息があった。
側には二人に毒を盛ったウェルダンの死骸が横たわり、床に置かれた懐中電灯はウェルダンを除いた二人を照らしている。
ジオは、壁に背中をつけたままレーザーマグをに握ってサンゲ、マングラーの襲撃に備えている。
二日前の、神能会の最初の襲撃から自分とエリーを守り抜いて以来、44レーザーマグは頼れる相棒だ。
ジオは今更になって自分にこのレーザーマグを売ったジャンク屋の主人の事を思い出した。
―――雑魚に売ってダンジョンに埋もれたり、実力はある馬鹿な奴が気まぐれ買ってまた新しい武器を買うのに下取りで時は虚しい。いい武器ならなおさらだ。あんたみたいに適当な実力の奴が、いい武器で長生きすりゃ最高の商売だ。まぁ男のロマンってやつだ―――
ジオが店主の言葉を反芻していると、ブルースが目を覚ました。まだビリビリする大きな体でゆっくり起き上がった。
「大丈夫か?」
「この遺跡の胡散臭い空気……あの世じゃねぇみたいだな」
ブルースは早速軽口を開くと懐中電灯を拾い上げて、辺を照らしてみる。どうやら、自分たちが入った部屋の側だ。殺し屋はどうなったのか?そう思ういながら懐中電灯を廊下の反対側に向けた。ソコにはSPACを着たままの殺し屋が横たわっていた。
「ひ、一人で奴を倒したのか?」
ブルースは懐中電灯の明かりをジオに向けた。
「……生きた心地がしねえよ」
「たまげたぜ……どうやったんだ?」
「大方はあんたの作戦どうおりだ」
「ふぅ~……流石ザ・俺だぜ」
ブルースが随分早く回復したのを見て、ジオはエリーの上体を起こして彼女の具合を調べる。だがエリーはまだ昏倒状態から覚める気配は無い。
「俺が倒れてからどのぐらいの時間が経った?」
「いや、まだ20分ほどしか経っていない」
「そんな馬鹿な!早すぎる……」
「もしかして、この鎧の能力と何か関係があるか?それにしてもなんでエリーは起きない……」
「そうだジオ、エリーの体重はいくらぐらいだ?」
「多分、50kgも無いと思うが」
「もう一度、彼女の肺にSPACを使ってみるんだ」
ジオはブルースに言われるがまま、左腕でエリーの上体を支えて右腕を彼女の薄い胸板に置いてSPACを発動させた。
篭手が赤い靄を放つようになって30秒ほど経つと、エリーがゆっくりと目を開けた。
「ジオ……私達は無事なの?」
「ああ、あのサソリ野郎はぶち殺した。大丈夫か?」
「うう……もうちょっと体をこのままにして、全身痺れてて痛い……」
この後、3分も経つとエリーとブルースは自力で歩けるまでに回復した。ここで、ジオが自身のSPACに持つ不安を吐露し始めた。
「わからねぇな……この鎧の能力の発動条件がこうも曖昧だと、かえって危険だ……」
「……これは俺の仮説だが、そのSPACには解毒能力は無い。しかし自然分解を促進する能力があるらしい。俺とエリーがたった一呼吸でのびてしまったのは、SPAC のおかげで毒物が体内に素早く溶け込んでしまったんだ。」
「自然分解を促進させるって事は、ジオが私の怪我を治したした時は私の___ヒトの持っている回復力を促進させたって事?」
「ご明察」
「アンタとエリーで起き上がるのに差があったのは?」
「俺がエリーよりも早く目覚めたのは、体内に入った毒素の量は同じでSPACによって全身に巡っても、体重が二倍以上も違ったのと筋肉量の関係だろう。少量の麻痺毒を自然に分解できる早さに差が付いた。あと、今回殺し屋がつかった毒は、オレとエリーを拉致する為に呼吸器まで麻痺するシロモノではなかった。もし、毒が致死性のものや呼吸器まで麻痺させてしまうようなものだったら、SPACの使用は危険だ。少量でも全身にめぐってしまう。」
「呼吸器や心臓以外は麻痺させない、そんな都合のいい毒物聞いたことも無いわよ」
「今回は特例中の特例だ。SPACなんかで精製された毒物の事までは知らん。お陰で生きてはいるがな」
ジオのSPACが人間の回復能力を補助する能力という予測が終わると、次いでジオは新たな不安を吐露した。
「今から俺のSPACを初期化して、アンタかエリーで俺の顔を治す事はできないか?」
「遺跡の中では無理だ、SPACを初期化するにはSPACのプログラムにパソコンでアクセスして、プロテクトを解除しなけりゃならない。俺のPDAではそれは無理だ。電源を供給してやったとしても丸一日掛かっちまう。高性能コンピューターでも1時間掛かるかかからないかだ。そこの殺し屋のSPACも同じだ、余りにも勿体無が拝借する余裕は無い」
「畜生!もうモルヒネのアンプルは一本しか残ってねえ……おまけに、顔が痒くなってきた」
「最後の一本、今使いましょう。これからまた、サンゲやマングラーを相手にして注射できる暇は無いわ」
「解った……」
これから先、顔の痛みに耐えられるだろうか―――ジオは先行きが不安ながらも最後の一本をエリーに打ってもらう。
「それにしても車は使えないな。神能会の連中がお前たちが此処に居るのを知っているのは、恐らく車が目撃されたに違いない」
注射を打ちながら、打ってもらいながらジオとエリーは、ケルベロスを小物と罵って殺さないでいた事を黙っておく事にした。
まさか、ケルベロスの一声で神能会が車種を絞ったとは思えない。大方、他に目撃者がいたのだろうとは思うが、二人はそれを口にしたら自己嫌悪に飲まれるだろうとよく解っていた。
注射をを打ち終えると、ジオが口を開けた。
「どの程度の人数を投入してくるか分からないが、森林地帯に身を隠すしかないだろう」
「いや、森林地帯は神能会の長老と言われる熊谷って奴がそっくりそのまま林業に使ってる土地だ見つかりかねない」
「ヤクザどもの息がかかっているのはどこも同じだ。ソレに地図を見る以上、今までの荒野が嘘のような巨大な森林帯を把握できる奴はいない」
「私もジオと同意見よ。私たちは長いこと森みたいな場所に住んでいたけど、これだけの森林地帯を把握できる人間なんていやしないわ。それにアンタを狙ってる空賊の目を欺くには森の中を通るしか無いよ。」
「……危険な賭けだがあるいは……」
「これから直ぐに引き返して、森林地帯に逃げましょう」
首を縦に振りかけたブルースだったが、今のエリーの意見を通す訳には行かなかった
「今から戻ってみろ、道順が解っていても1時間は掛かるぞ。その頃には既に神能会は此処を包囲しているか突入しているかもしれない。もう此処に来るという事を前提に考えたほうがいい。連中は爆弾や、催涙ガスで罠を張ってる可能性が高いだろう。此処からは出て行くのは危険だ」
「じゃあどうやって!此処から逃げ出すのよ!」
「この迷路みたいな遺跡ならいくらでも裏を欠けるだろう」と、ジオ。
「駄目だ、シーカーのよるゾプチック発掘が始まって50年の間、神能会の連中はこの遺跡を独占していた。連中はこの遺跡の、少なくとも3階までのの完璧な地図を持っている」
ブルースの予測は全て正確なものだ。ジオとエリーは己が逃げ出したい為の提案ばかりに、冷静さを欠いているとようやく自覚する。
「少なくとも遺跡の奥、地下5階よりも下にヤツらをおびき寄せられたら可能性は見えてくるかもしれない」
ブルースは付け加えるように言った。いずれにせよ敵を分散させる意外に現状に勝ち目は無いと悟っていた。
「……囮にはコレを使いましょう」エリーは鞄の中から、コレまで使わないでいた救難信号発生装置を取り出した。
すると、ブルースも懐からレンズの付いた模型四駆のような物を取り出した。
「小型カメラだ。俺のPDAに映像と音声を発信してくれる、本来は死角に居るサンゲやマングラーの様子を探る為に使う。お前らが持っている救難信号発生装置と一緒に遺跡の奥に設置すれば、連中が俺達を殺しに来るのに使ってる頭数も聞き出せるかもしれない。それと、できればゾプチックを見付け出して遺跡の中のマングラーを警戒状態に陥れて連中の妨害をしよう。人数が多ければこんな狭い遺跡じゃ混乱も大きくなるはずだ」
「でも、前見たいなマングラーを相手したらジオの顔の傷が持たないわ」
「エリー……試す価値はある。ブルースの言うとおりこのまま出ても蜂の巣だ」
「……」エリーは唯黙っているしか出来なかった。実際問題、あらゆる可能性を考慮して最善の策であるのは事実だった。
「死んでいたほうがマシだったかもな……ザ・俺を追ってるワグナー一家の残り糞、お前ら追ってる神能会の連中……地獄より酷いぜ」
ブルースは自身の境遇に呆れつつ、強がってほくそ笑んだ。
「生きて帰れたら一緒に自伝でも書くか?」
「アンタ、字なんか書けないでしょうが」
この場から探索を再開した3人が地下への階段を見つけるのはこの僅か5分後であった。
2
サンゲとマングラーを圧倒的物量で殲滅しウェルダンの遺体を目指す神能会絶強の部隊。総員800人、各々200人の部隊は10人単位で小隊を組み、ウェルダンの遺体へ向けてその包囲網を縮めていく。
殺し屋ウェルダンの遺体を城野直属の小隊が一番に発見したのは突入から僅か30分後のことであった。無論、この遺体の存在は全員の士気を下げかねない為側にあった部屋に隠される事となった。
城野組はその周囲を徹底して捜索するが、既にジオ・エリー・ブルース3人の姿は無い。
次いで若い頃にこの遺跡でゾプチック発掘に従事した熊谷が指揮する小隊が合流。辻丸組、沙山組の小隊も間もなく合流した。
合流とはいえ800人を超える大所帯の為、各小隊ごとが廊下で互いの無事を確認したに過ぎない。廊下はひしめき合うヤクザの汗とサンゲやマングラーに向けて発泡した火薬の臭いで、誰もがむせかえっていた。
ヤクザたちの持つ小型のデジタルモニターには酸素濃度が数値化されていて、その数が徐々に減っていく。酸素濃度が18%を下回ればいよいよ危険だが、ヤクザ達は催涙ガスを装備しており、この為に酸素マスクも準備している。
補給経路さえ構築すれば、一週間日この遺跡で3人を探し続けても400人以上が常に遺跡の中で戦闘可能である。
ヤクザたちはウェルダンがSPAC越しの衝撃で死んだ事が分かると、3人が高圧力のレーザーライフルか何か持っていると見抜いた。種類までは特定できないが、より警戒心を強めて今後行動していく事となる。
ウェルダンの死を伝えた信号をキャッチしてから既に1時間と40分近くが経過していた。
熊谷は他の組長3人と遺跡の外に居る勝偉に、ジオ・エリー・ブルースの3人は、恐らく地下六階まで既に下ったものと見てよいだろうと提言した。
かつて熊谷は半世紀も前に、勝偉の祖父にあたる先々代黄龍・勝輪の命を受けて仲間と共にこの遺跡を探索した折に、地下二階から地下六階までには道しるべとして壁に赤いダクトテープで目印をつけていた。
一階には侵入した別のシーカーに探索を有利にさせないために付けていなかったのだが。
SPACを操る殺し屋を屠る程のカンを持ったの強敵3人には、そんな陳腐な道しるべを見つける事は有り得る話しである。
3
午後5:23 遺跡地下五階
ジオ・エリー・ブルースの3人が赤いダクトテープの存在に気がつくのに時間は掛からなかった。
ブルースは、ジェンガ大陸“デッドライン”に入る前にこの遺跡が神能会の縄張りである事を知っていた。ともあれば、低階層に見受けられるこのテープは神能会が過去に付けた道しるべに違いない。
上階で思案する熊谷の予測よりも遅れているのは赤いテープの規則性が解るのに時間が掛かった為であった。
エリーがサンゲの足音を聞くとブルースがシャウトと共にサンゲを解体に掛かり、マングラーの足音を聞けばジオが待ち伏せてレーザーマグをお見舞いするという具合で、コレといった危機には遭遇していない。
エリーの聴覚と男衆の攻撃力、加えて神能会が残した目印、彼らの進行を妨げるものは無かった。
3人は緩やかなカーブがうねうねとつづく蛇行した廊下に入っていた。廊下同士が垂直に交わる事が多いこの遺跡の中では珍しい構造をしている。
また、長い。蛇行しているため先が見えない事もあるが、すでに500m近くは進んでいるハズだった。
3人は不安に駆られる。7月、3人が初めて会ったときのビシュー遺跡での出来事を。一本道の廊下でステルス・マングラーの挟み撃ちにあって殺されそうになった事をだ。
今通っている廊下には天井におかしな鉄板もなければ、床と壁の石材もコレまで通ってきたこの遺跡の物と何の変哲もない。
しかし、3人が不安を忘れようとしたその時だった。金網のフェンスが天井から降りてきたのだ。それも一枚だけではない、懐中電灯はフェンス越しを照らすが10枚ものフェンスが等間隔に廊下をふさいでしまった。
罠なのか?しかし彼らの背後にはフェンスは現れず、閉じ込められたという訳ではないようだ。そもそも、なぜフェンスなのだろうか?行く手を遮るのならば壁で遮るなり、吊り天井で圧殺するなりシンプルな方法があるはずだ。
3人がフェンスの前でそうこう思案していると、今まで通ってきた廊下の床をサンゲの群れが揺らした。その数はゆうに30体を超えていると思われる。エリーのみならずジオにもブルースにもその忌々しい足音が聞こえてきた、
恐らくフェンスが降りたと同時にサンゲが廊下に放たれたのだろう、やはりサンゲは古代人が意図的にこの遺跡に置いていたものなのだろうか?しかし彼らにはかような学術的考証をしている余裕は無い。
3人がまだ遠い位置にいるサンゲの群れに身構えて振り返る。しかし蛇行した廊下は彼らの視界を遮っていた。
「しまった!この蛇行した廊下じゃあ向こうから来るサンゲの姿が見えない!散弾も届かない!」
ソードオフショットガンを握りしめたエリーが金切り声で言った。彼女の叫び声にサンゲたちは舌なめずりでもしたのだろうか、足をひきずる音と振動が一層激しく響いてきた。
「近いな、数は30か……」
「アホ言え……もっと遠くにいるんだ。それにしてもこれは……200匹を超えているぜ!」
さしものブルースも、200体を超える死者の海を乗り越えることはできない。かれは直ぐ様レーザーブレードでフェンスに切り掛かった。しかし、フェンスは健在であった。
ブルースは続けて、柄をフェンスに突き立てるように持ってレーザーの刃を放出した、しかし金網は僅かな面積が鮮紅色を帯びただけで溶断には至らなかった。
「駄目だ!レーザーが通じない!」
のたまうブルースの足元にジオが十徳プライヤーを開いてやってきた。プライヤーの根元のワイヤーカッターで、フェンスの切断を試みると、少々硬いがなんとか切断できた。
「こいつで大丈夫ならアンタのペンチでもいける」
ブルースは自らの携帯工具の中からペンチを取り出し、ジオの隣にしゃがみ込んだ。
ジオとブルースはフェンスの下段を真横に、そしてその両端を縦に切り始めた。フェンスを横に1m強に裂き、底辺に向かって縦に30cmほどに裂くと、次いで底辺部分は切ることはせず、男二人の体重を載せた足で硬質のフェンスをねじ曲げた。
三人がこの一枚目のフェンスを通り抜けた時、サンゲたちの足音はさらに大きくなっていたが、未だに曲がった廊下から姿を見せない。ブルースの予測の方が的中していたようだ。
エリーが通った金網越しにソードオフショットガンでサンゲを警戒しつつ、ジオとブルースが同じ手順でフェンスに穴を開けていく。
エリーはショットシェルを小さな口に6つも咥えて二人の背中を預かった。
「おい!エッちゃん!これだけ硬い金網だと跳弾するかもしれない!銃の先をフェンスから出して撃つんだぞ!」
「アイアイサ!」
ジオとブルースが二枚目を突破した後もエリーは一枚目のフェンス越しに残って銃口をフェンスの網目から覗かせる。その頃には、はっきりとサンゲの群れまでの距離がはっきりと解っていた。
しかし、射程距離に入っても蛇行した廊下の壁がサンゲたちを守る形となっていた。
ジオとブルースが4枚目のフェンスを切りに掛かった時だった、サンゲの先頭がいよいよ姿を見せた。正面に7体、それからすぐに後続が見えるだけでも20体を超えている。フェンスとの距離は8mばかりしかない。
エリーは迷う事なく水平二連ショットガンに込められている最初の二発をサンゲどもの下半身へと打ち込んだ。
使用しているプラスチック実包に込められたのは8発の6mmの鉛。合計16発の弾は尽くがサンゲの脚を抉った。血しぶきを上げ、砕けた肉を蒸発させながら正面の7体がうつ伏せに倒れる。
サンゲは殺せば溶け出してしまう。後続のサンゲはグズグズに溶け始めた仲間の遺体を易々と踏み越えてくるだろう。しかし、下半身を撃てば生かした状態で歩みを止める上に、動きの鈍いサンゲにとってある程度の足止めにはなる。
それでもサンゲたちはエリーの肢体を求め、唸り声をひり出して這いずり回る。
エリーはしたり顔で咥えている実包のうち2発をショットガンに込める。次いで背後に控えていたサンゲにも同じく下半身を撃った。とはいえ、ソードオフショットガンではまともに狙う事などままならず、床を這っているサンゲの内4体の頭蓋に弾が流れ込んだ。
4体は断末魔を上げる事も無くこうべを垂れると、頭皮や腕、背中などの皮が縮んで裂けはじめ、剥き身となった筋繊維から緑色の粘液へと溶け始めた。
後続のサンゲの多くは前方の10体の倒れたサンゲによって一旦は将棋倒しの様相を見せた、だが逃れたサンゲが溶け始めたサンゲの背中は紙箱のように足で潰して易々とエリーに向かって歩み続ける。一旦は崩れた編隊もすぐに持ち直してフェンスの突破を狙う。
エリーは再び銃弾を込めると、こんどは距離を縮めてきたサンゲたちの頭部を狙って撃った。5体ほどが倒れるが、この時既にサンゲの群れとエリーの居るフェンスとの距離は4mにまで縮まっていた。
ジオとブルースはこの間に大急ぎで5枚目を突破し、6枚目を切りにかかった。これまでのフェンスの切った先がブルースがの顔に引っかき傷をつけ、ジオの顔に巻かれた包帯に引っかかり、ほのかに緩めてしまった。
エリーはその後すぐに、口に咥えていた弾を使い切る。ポケットに手を突っ込んで銃弾を又も6発握りだすと4発を咥えて2発を銃弾に込める。エリーの新たに咥えた銃弾が尽きたとき、ジオとブルースは7枚目のフェンスをまだ半分しか切り終えていなっか。
この時、エリーの居るフェンスとサンゲの群れの距離は2mもなかった。
「エリー、もういいから来い!そいつらもいっぺんには来れないだろ!」
エリーはジオの声に「OK」と答えると、二枚目のフェンスの向こうへと移ろうとした。
その時、床を這っていたサンゲの内の一体が仲間に踏まれれている下半身を引き千切って、フェンスに開けられた穴を一直線に通過した。
その素早さによって腐り果てた腸液が、廊下の床には僅かしか零れていなかった。
背を向けていたとはいえ、如何に聴覚に秀でたエリーでも通常ありえないサンゲの行動とそのスピードには全くの無防備であった。
エリーが二枚目のフェンスを上半身のみ通過した時、このサンゲはエリーの左足に噛み付いた。
痛みに気が付いたエリーは文字通り息を飲み込み呼吸を止めた。
「エリー!!」エリーの異変を瞬時に察知したジオが叫ぶ。
「大丈夫よ、歯は通っていないわ。」
幸い、サンゲの歯はエリーのブーツを貫通するには至らなかったのだ。
暗い廊下の中にいたにも関わらず、虹彩が灰色に淀んだ眼と剥き出しの茶色い歯茎がエリーにはよく見えた。また、腐り果て腸液を垂れ流すサンゲの異臭が目に見える以上の具体的な距離を感じ取っていた。
そのサンゲがブーツ越しの歯が万力のように締め付けてくるギリギリとした痛みを伝えている。
エリーはいつものサディスティックな笑みを取り戻すと、銃弾ゆっくりとショットガンに弾を装填した。
「おいちい?だけどメインディッシュはこいつでござい!」
ショットガンの散弾はサンゲの上顎を頭蓋骨ごと吹き飛ばした。フェンスに跳ね返され床に落ちる頭蓋骨の破片とフェンスに絡まった脳漿や皮膚組織はすぐに湯気を立てみるみるうちに溶けて蒸発した。
吹き飛ばした頭部の断面を足蹴にして溶け始めた腕を左足から振りほどくとエリー二枚目のフェンスの向こうへと移動した。そして先頭の二人によって曲げられたフェンスを折り直して、穴をふさいでるかのように見せた。
これを、6枚目のフェンスまで繰り返してエリーは二人の元に戻っていった。
ジオは溜めていた息を吐き出してエリーを迎えた。しかし包帯越しに安堵の表情を浮かべられるほど彼の傷は浅くはない。
「……ねぇ、今考えたらフェンス越しにはブルースが立って、私とジオでフェンスを切ればよかったんじゃないの?レーザーブレードの刃は遮られずにフェンスの向こうは届いていたんだし」
「あ、」と、ブルースの間の抜けた声。
エリーは今更になってこの役割分担の非効率的な点を指摘した。
その後の塩梅は想像以上良く、サンゲたちは大挙するもフェンスの狭い入り口で押し合いをするだけだった。仲間に圧し潰された者が勝手に緑色の醜悪な粘液と化していく程だ。
何匹が一枚目のフェンスを無事に突破したが、ただ折り戻されただけのフェンスの穴を塞がっているものと腐った眼と脳は判断し、必死にエリーの残香と前方の3人に向かってフェンスを揺さぶる。
だが8枚目のフェンスを切り終えた時だった。エリーの狼狽した声と鈍い金属の破損音を端に、ジオとブルースは振り返る。
そこには1枚目のフェンスを押し倒し、2枚目のフェンスで再び押合うサンゲどもの姿があった。
1枚目と2枚目のフェンスの間で往生していた3体のサンゲは、フェンスとフェンスの間に挟まれて、仲間たちの体重によってフェンスに食い込んだ腐肉をまるでミンサーにかけられたように搾り出していった。緑色の粘液がフェンスに絡みつき床したたる。
「馬鹿な!こんな丈夫なフェンスが!」
3人は同じ旨をほぼ同時に叫び声に乗せた。しかし、この時ジオとブルースは9枚目のフェンスの切断に取り掛かっており、残り8枚もあるフェンスが耐えぬく事は明らかであった。
そしてサンゲ達が2枚目、3枚目のフェンスを押し倒した時、ジオとブルースは9枚目を突破しフェンスの枚数もあと1枚となったっていた。
余裕だ何のことは無い。所詮数で攻めるしか脳のないサンゲどもだ、後は目の前のこの一枚を突破すればサンゲなど危機の内に入らない。
ジオとブルースがこの場の回避を確信したそこで、エリーが吠えた。
「マ、マングラー!」と。
最後に残ったフェンスの向こう側から大型のマングラーが床を抉り、壁を抉りながらこちらに向かってきている。それはジオとブルースにも確かに、徐々に聞こえてきた。
この遺跡が、壁を持って侵入者の行く手を阻まなかったのは、フェンスに対して少々の突破力を持った侵入者がフェンスとフェンスの間で動きを制限されている間に確実に葬るために作られていたのだ。
本来ならば5枚目の地点でマングラーは襲いかかってきたのだろうが幾千年の月日がその反応遅らせていた。これは只の幸運でしかない。
当然、この先の廊下も蛇行しておりマングラーの姿は確認できない。
だが、マングラーの鳴らす音は、この遺跡やビュシューの遺跡で見かけられた六肢の物ではない。足音というよりは鉄の塊が転がってきているかのようだ。
「大丈夫だ……俺が仕留める!」
ジオは十徳プライヤーをエリーに託して左右二挺の44レーザーマグをフェンスの向こう側に構えた。
エリーがマングラーに気がつけばジオが待ち伏せる、この作戦は変わらない。否、他に選択肢はないのだ。
ブルースがフェンスに遮られている現状、彼の強力無双なる斬撃すら期待できないのだ。
それでもブルースとエリーは不測の自体に備えてフェンスを切り続ける。それは単に不安を誤魔化すのも含まれていたのだが―――
後方でサンゲが5枚目のフェンスを押し倒し、最後のフェンスもエリーが通れるほどに切り終え掛けた時、ソレは蛇行した廊下の影から姿を見せた。
錆びたような茶色い金属のトラバサミのようなものが無数に群がって球体を成したグロテスク極まりない姿のマングラーであった。
大きさはビュシュー遺跡で3人を追い詰めた大型送風機を持っていた種と引けを取らない。トラバサミ状の口をガチガチと火花を散らさん勢いで鳴らしながら3人に向かって転がってくる。
ジオのモルヒネ漬けの脳裏にトラバサミが自分とエリーとブルースの全身の肉を千切り、骨を砕き、あまつさえその巨体で捻り潰す無残画が瞬時に完成した。
「修羅修羅修羅修羅修羅ぁ!」
臆しながらジオは力一杯叫び、力一杯に引き金を引いた。合計五発の光弾がフェンスの隙間をすり抜けてマングラーに向け廊下を駆け抜ける。
しかし、暴走するマングラーを守るように放射状の薄紫の光の膜が廊下に広がり、レーザーマグの五つもあった光弾は尽く膜の上で爆ぜた。
「エネルギーシールド!」
エリーは光弾が爆ぜたその様子から、かつてジオが44レーザーマグを試撃ちしたジャンク屋の裏の的を思い出して言った。
「いいから撃ち続けろジオ!」
ブルースはそう叫びながら、エリーがやっと通れそうなフェンスの穴を己が剛体で抉じ広げ、マングラーへと向かっていった。切断されたフェンスの断面は赤いジャケットを貫いて彼の身を引き裂いていた。
たった一度展開されたシールドに、絶望寸前の心境に追い込まれていたジオだったが全てがヤケクソのままに、ブルースの言葉通り「修羅!修羅!修羅!―――」としわがれた声で叫ぶ度にレーザーマグの引き金から光弾を搾り出した。
「KAAAAAAAAAAAAA!!KUUUUUUUUUUUUUUUUU!!」
ブルースは狂笑で顔を引きつらして、ジオの放った光弾に巻き込まれぬよう腰をその巨体の半分以下にまで屈めたままで、シャウトと共にレーザーブレードの刃をマングラーのシールドに向けて放った。更に彼の左手からは指向性爆弾が投げつけられていたのである。
幾ら指向性爆弾といえど、そばにいればその爆風を逃れる術は無い。エネルギーシールドに当たった爆弾は熱で爆発し、ブルースの100kgを超える巨体を容易くフェンスまで押しもどしてしまった。
しかし驚くべきことに、ブルースの放った閃光と爆弾がマングラーのエネルギーシールドに触れたのは、ジオの放ったレーザマグの光弾がエネルギーシールドに到達した時とほぼ同時であった。
ブルースがフェンスに叩きつけられた頃、紫の光の膜はゴム袋が破裂するようにとうに消え去っていた。
ブルースのレーザーブレードの斬撃とジオのレーザーマグの光弾が二発、さらに指向性爆薬の爆発によって、マングラーのエネルギーシールドは中和されたのだ。
中和された直後に続けて飛んできたレーザーマグの光弾3発がマングラーの本体に命中する。三層圧縮光弾の第一層目が見事にトラバサミに覆われたマングラーのボディーを融解、貫通した。
続けてマングラーのなかで二層目、三層目の光弾が弾けて光が漏れ出し、忌々しいトラバサミの音は鳴り止んだ。
もし、エリーがもっと早くブルースがフェンス越しに残ってサンゲを相手取る事を進言していたら、ブルースはまだ反対側のフェンス越しでマングラーに斬りかかっていて彼らの命運は尽きていた。
しかし、マングラーの体に残された運動エネルギーは3人に向かってなお亡霊の如き進行を続ける。
「ブルース!」ジオとエリーはブルースの名を呼びつつ、床で昏倒するブルースをフェンスの中へと引きずり込んだ。
その直後、無数のトラバサミがフェンスに当たって火花を散らす。
ジオとエリーはお互いを、そしてブルースをかばうようにフェンスとフェンスの間で身を屈めた。死さえ覚悟した。
だが、フェンスを大きく歪ませたがここでようやくマングラーの動きは止まった。廊下が蛇行していた為、勢いが残らずマングラー自体の駆動力がなければ元より破ることはできなかったのだろう。
ブルースは腕や顔、首などのほぼ全面に水膨れを作っていた。それはとうに破れて血の混じった体液が漏れ出している。
「俺の……俺の体はどうなってる……」ブルースは身の異変を肌の痛みから感じていた。しかし全身に及ぶそれが火傷と気がつくには至らなかった。
「大丈夫だ後で治してやる!いまはここから逃げるぞ!」
「どうするのよ!廊下はマングラーの残骸に塞げれて反対側からはサンゲが!」
この波乱の間に、サンゲたちは既に6枚目のフェンスを突破していた。もし今、フェンスに開いた穴に気がつけば一貫の終わりだ。サンゲとて次のフェンスから同じ場所を探るだろう。
「……俺のレーザーブレードでマングラーの体を“掘る”んだ」
爆風に呑まれてもなお、ブルース手にはレーザーブレードがしっかりと握られたままであった。
ジオはブルースの硬直状態の手の平からそれを外すと、フェンスに開けた穴から身を乗り出してマングラーの体を切り裂こうと試みた。
しかし、レーザーブレードを握ったジオの右腕は、スイッチを押した瞬間フェンスに叩きつけられた。
「なんて反動だ!よくこんなもん使ってられるな」
ジオはブルースのレーザーブレードを両腕で持ち直して、ぎこちない手つきでマングラーの体の下方を切り刻んでトンネルを作ると、3人はそのをくぐって廊下の先へと脱出した。
その時、サンゲは8枚目のフェンスを突破し、9枚目のフェンス越しから3人の姿を光の失せた目で追い続けた。
「こんな状況、自伝にどう書きゃいいんだ?」ブルースはようやく全身の火傷に気づきながらヨタヨタ走りでもなお冗談めかした事を言った。
「俺なら省く」
「どうせ私に書かせる気でしょ」
4
神能勝偉は熊谷道豪の進言を全面的に肯定、城野組の兵隊100名を一階に置き、フロアの階段付近で兵力の一部を駐留させて700名を地下六階まで投入することを決定した。
地下六階以上の階層で3人を発見すれば700名が追いたてにかかり、殲滅を決行する。
700名を逃げおおせて一階の100名が突破されても、遺跡の外で勝偉直属の200名の部隊が重火器をもって抹殺する。
全くの隙のない完璧な布石だった。5階の異変が発覚するまでは―――
6:48 遺跡地下5階
蛇行した廊下を前に、熊谷組組長・熊谷道豪が子分の一人が背負う無線機で神能勝偉に異変を報告した。側には赤い羽根で覆われた仮面の男―――辻丸組組長・辻丸和哉の姿もある。
「はい、間違いありません。地図にも無く、半世紀前に私が見たことも無い蛇行した通路があって、奥はサンゲで溢れかえっています。」
赤いテープを辿ってジオ・エリー・ブルースの3人に追いつこうと企んだ熊谷であったが、赤いテープの先には半世紀前には存在しなかった先が見えない蛇行した道があり、無数のサンゲがそこを覆い尽くしていた。
『遺跡が変化した……ジオ・エリー・ハンスの3人が隠し通路を解放したという事か?』
「これは仮説ですが、3人の内の誰かのもつSPACがサンゲを操るものでこの隠し通路に大挙させていたのでは?」
『その程度のの能力なら問題の内には入らない。沙山が居る限りはな』
勝偉が沙山について触れたのは熊谷のマイクからは強烈なノイズが混じっていた為である。否、彼にとって言えば血肉沸き踊る行軍の旋律だ。
件の蛇行した廊下の先で、沙山以下51名の侠化装鋼歩兵隊の内10人が人肉切断用チェーンソーをもってサンゲたちを切り刻み進行を続けていた。
行軍の旋律とはチェーンソーの轟音。その中でサンゲたちの姿は徐々に掻き消されていく。
10本ものチェーンソーの刃は廊下の断面積を殆ど覆い尽くしており、サンゲたちが肉塊と化し血と肉が壁や床で緑色の液体に融解する様は磨り潰されていると表現するに容易い。
グチャグチャにされたサンゲは既に100体を超えており、あまり量に死骸から変質する緑色の液体は蒸発するのに時間が掛かっている。
サンゲの体内に巣食っていた得体のしれない線虫の生き残りが床一面に広がる緑色の粘液の中を必死に這い回るが、鋼の軍靴による行軍はソレを踏み潰して進む。
歩兵隊の全身を包む黒い鎧は緑の粘液を絶え間なく浴び続け、まるで巨大な両生類のバケモノのようだ。
あまりに強烈な死臭の為に蛇行した廊下で侠化装鋼歩兵隊の後続の数十名ほどの別の組員達は既にガスマスクを装着していた。
無線機を使う熊谷の元に、城野組組長 城野雪路が組員を2人ほど側に連れて此処地下5階の探索報告に現れた。
「叔父貴、このフロアに3人の姿は何処にも無いみたいです。やっぱり地下六階よりも下か、あるいはこの廊下の向こう側に……」
「うーむ……この廊下が厄介だ、せめて先が見えれば良いのだが……」
「やはり部隊を二手に分けましょう。」
「そうだな―――辻丸、下を頼めないか?」
「……いくら叔父貴の命令でも……そもそも、俺はもう貴方と同格だ。俺はどうしても鼻と子分の敵を討ちたいぞ!」辻丸が面の嘴に触れながら言った。
『辻丸その心配は無いぞ、全員でその廊下の先を行くのだ』
「向こうに連中が居ると絞りますか?」と、熊谷。
『要はこの先に連中の痕跡が残っているか否かだ』
この時、蛇行した廊下の奥から聞こえていたチェーンソーの轟音が鳴り止んだ。と、思えば再びモーター音が再び響くと、金属か何かを切り刻む別種の騒音がしばらく続いた。
その後すぐに沙山組の装甲歩兵以外の組員の一人が蛇行した廊下の向こうから走って戻ってきた。
「報告します。この先にマングラーの残骸と、エネルギーシールドが中和したか弾けた時にできる跡がありました、二つともかなり新しいものです」
これの報告はつまり、何者かがこの廊下を渡った事を示す。いま、この遺跡に居るのは神能会の804人を除いて、3人しかいない。
『私の予知能力がまた当たったな』
「……恐れ入ります」熊谷は無線機を前に頭を垂れた。
「よもや、焚神を使わざるを得ないというのも予知の内でしょうか?」辻丸が冗談めかして無線機に聞いた。
『……用意はしたがこの黄龍が直々に動く事は、あってはならない事だ……決してな―――』
その後すぐに格組長の号令の下、各フロアの階段付近を見張るものを除く632人の殺戮職人が蛇行した廊下へと進軍を開始した。
侠化装鋼歩兵隊が粉々に破壊したトラバサミの塊のようなマングラーの残骸を踏み越えると、先頭を張る沙山組の組員が廊下はY字路になっていることを確認した。
そこで先頭から順番に沙山組と熊谷組、辻丸組と城野組のそれぞれが廊下の右と左を請け負う事となった。
そして熊谷組が沙山組の後について廊下を進む中で、組長道豪に連絡が入った。
「また分かれているだと?」
「はい、今度が右が上がり坂、左が下り坂といるそうです」
熊谷が報告を受けた直後、沙山繁が無線でこの会話に割って入った。
『叔父貴、年寄り扱いする訳じゃないが、俺達が上がり坂を行こう』
「……40超えたら、大差無いぞ?」
『ハハハハ!気をつけて下さい、ウチの兵隊が必要なら何時でも連絡を』
沙山組はこの時既に右の通路へと、進軍を進めていた。
「半と出るか、丁と出るか……この歳になってこんな古い博打を張る事になるとはな―――」
熊谷道豪は子分に囲まれた中で一人つぶやくのだった。だが、その表情は冗談を言う年寄りのものではく眼光鋭く真剣そのものであった。
5
蛇行した廊下を抜けた後3人は不安を胸に、先に待っていた枝分かれに広がる廊下を勘に任せて進んでいた。赤いテープは既に見えない。
そもそもあのような目にあった以上、赤いテープは神能会以外の人間を罠に誘う為のものだと結論づけていた。
ブルースの顔と腕の火傷はジオのSPACによって見事に回復していた。当のブルースも驚きを隠せなかった。とはいえ、まだ体のあちこちに火傷が残っているのかヒリヒリと痛んでいた。
あのフェンスの一件以降、マングラーは愚かサンゲすら現れない。この複雑に広がっていく廊下の何処にも現れないのだ。
これは即ちサンゲやマングラーに傷を付ける訳にはいけない何かがこの枝分かれした廊下の先に待っている事を示している。
れがゾプチックなのかSPACなのか―――はたまた、古代のオーバーテクノロジーなのか定かではない。
ようやく、廊下の左脇にドアを見つけた。廊下のまだ先は見えなかったが3人は一旦この部屋に入る事にした。トラップの存在の注意しながら扉を開けたが、幸いトラップの痕跡は室内にも存在しない。
もしこの部屋に昔のコンピューターが動いていればこの迷路のような廊下の地図を見つけ出す事ができるかもしれない、と考えていたが残念ながらこの部屋からは電子製品の発見には至らなかった。
「畜生!一体どうなってるんだ……行き止まりもありゃしねえなんて」ジオのしわがれ声が吐き捨てるように言った。
「だが、ここから先は神能会も探索していない可能性が大だ。あのフェンスを突破したのは俺達が初めてだろう。奴らは群れて遺跡を探索してただろうからサンゲどもを倒して引き返す事が出来たはずだ」
「という事は、私たちが赤いテープに誘われて、あの罠に掛かったか調べに来るんじゃないのかしら?」
「しまった!カメラをセットしておけば良かった!」
「っていうか一階の階段に仕掛けておけば良かったんじゃないのか?」
「そうだ……クール(冷静)じゃなかったな……発振器と一緖に使おうとばかり考えてそんな簡単なことに気がつけなかったかったとは……」
ブルースは声を沈めながら後悔を顕にした。エリーが彼のフォローに回る。
「もしこの枝分かれした廊下に連中が来たら、それだけ兵力を分散させているかもしれないわ。その隙に引き返して逃げ出せないかしら?」
「となるともう少し先に進んでからお前たちの発信器と一緖にカメラを仕掛けるか。この部屋に戻って、連中が俺たちより奥に進んでいる頃合いをブルースのPDAで確認するんだ」
「なるほど……とっておきは取っておいて正解……と、上手く行けば良いが」
「善は急げと言いたいが、一旦ここで万全の準備を終えた方が良いと俺は思う」エリーに続いてカメラと発振器の使い所を提案したジオだったが、ここで休憩を提案した。
「ひょっとして顔が痛むの!?」
「正直、さっきからずっと痛いがどうしようもねーよ……まだモルヒネは効いてるからマシなだけだ」
そう言うジオの顔に巻かれた包帯には、赤い血と黄色いに膿が滲み出していた。
見かねたブルースはジャケットの胸ポケットから、ステンレス製の細い管のようなケースを3本取り出した。それぞれの中には錠剤が入っていた。
「モルヒネほど効き目はないが痛み止め、それと止血剤と化膿止だ。モルヒネと併用しても大丈夫だ」
「すまねぇ……ありがとう」
「自分たちの薬瓶ぐらい持ち歩いとけ」
「サンタリアの村で起こった虐殺に巻き込まれた時に無くしちゃったのよ、病院出た時には神能会に襲われてモルヒネしか持って来れなかったし」エリーがブルースに答えた。
「巻き込まれた?犯人を見たのか?」
「憐れむほどの不細工だったわよ、神能会の戌亥といい勝負ね……私とジオで殺といたわ」
「お前らに会うとは運のない奴……」
ジオは錠剤をエリーの背負うリュックに入った水筒の水で飲み込むとブルースの言った。
「もう一度、ちゃんと火傷を治しておこう。服の中までは見ていない。」
ブルースはスパッツ一丁になりジオはブルースの治療に当たる。
ジオは改めて見たブルースの練り上げられた完璧な肉体に嫉妬さえ覚える。その筋肉量は彼の長身も相まって人間離れしたものだ。かといって、ボディービルダーのような肥大しすぎた筋肉ではない。
膨大な筋肉の全てはブルースの意のままに精密機械の如く動く事ができる。まさにマングラーや無法者をただひたすら殺す為に練られた肉体と言って過言ではない。
人間の粋を離れた鬼か悪魔か大量殺戮兵器と形容すべき肉体である。
ジオの腕を覆うSPACの甲に施された金属の輪が回転を初め宝石が赤く光り、次第に赤い靄を形成しブルースの体に届くと及んでいた火傷を修復する。
特に負傷もないエリーが荷物の整理を始めた頃、彼女は部屋の奥に灰の匂いを嗅ぎとった。そしてライターの明かりを頼りに部屋の奥を再び見回した。
「二人とも、ここ、誰かが居たみたいよ」
誰かが居た、遺跡なのだからそれは至極当然であるがエリーが言ったのは別のシーカーが此処に居たという意味だ。
ブルースの治療をしながらジオはエリーの方に懐中電灯を照らす。テーブルの上に灰の盛られた皿と手帳とペンが残されており、椅子にはグリーンのロングコートが掛けられている。
側の床には上等な馬革の茶色いランドセルが一つと寝袋、幾つかの空き缶が放置されていた。
エリーは真っ先に、手帳の中身を拝見した。
「すごい!日誌よ!この遺跡の探検の記録が書いてあるわ!」
「じゃあ火を消せ!もうすぐブルースの手当が終わる!」
ジオは早急に手当を済まして(ブルースの体は若干赤く腫れている)ブルースは素早く服を着て、エリーの見つけた日誌の元に身を寄せた。
―――5007年 日誌――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
11月14日
いよいよ明日、坑道に忍こむ。
もう長いこと発掘されていないが集団探索では気づけないお宝はまだまだごまんとあるだろう。
予定よりも早く忍びこむ手筈がついたのは娘の誕生日に間にうよう神の御業ということか、
11月27日
書くのは久しぶりだ二週間も遺跡に留まってしまった。
予想どうりではある、食料もギリギリ持っている。
地下10階の空いていない部屋で見つけたコンピューターで、ここ5階に隠し通路を出現させ、ようやくみつけた空室にキャンプを移動できた。
今までの収穫はゼロだが、ここは間違いなくだれも踏み行っていない。食料と、弾薬が底をつく前に勝負をつけよう。
11月28日
廊下は未だ、枝分かれに無数に広がっている。
ひたすら左に進んだはずだたのだがこの部屋に戻ってきた。
ひたすら右をいく、やはりこの部屋にもどった。
廊下が左右に円を描いているのだろうか?
11月29日
隠し通路から伸びたこの新たなエリアはつねに流動的に変形しているのかもしれない。
となるとこのエリアそのものが巨大な罠だったとしてその目的はなんだ?
何を守っている?SPACか?ピンクのゾプチックか?
11月30日
食料、節約して残り2日分。弾薬、明らかな不足。
明日、攻略の目処が立たなければ諦めろ!!
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(この後、日誌には廊下の進行パターンについてと思われるY字や◯×の記号が列挙されている。日付入の記述は次の物が最後となっていた。)
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12月6日
もし 宝が見つかれば飛空船だって買えるかもしれない
カレン マリア 父さん誕生日までには帰ってやるぞ!
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4年前に書かれた男性の物と思われる日誌がこの部屋に残されていた真意は定かではない。
殴り書きであったり1週間ほど間が開くときもあり、一日あたり2,3行ほどの内容で、あまり関心のできるような日記ではない。備忘録というべきだ。
が、3人にとってこの日誌に列挙された記号群は全財産を擲ってでも必要な価値あるものだ。
ブルースが日記の最後の記述を読んだ直後に突然青ざめた顔をして日誌の持ち主の名前に目を移す。モルヒネに酔ったジオには解らなかったが、エリーはそれを見逃さなかった。
ロイ・ウェストと、日誌には表題されていた。
「知ってる人?」エリーはブルースに問う。
「―――いや、その、カレンとマリアって姉妹が知り合いでな。ただの偶然。ファーストネームが一緖だっただけだ」ブルースは声が妙に沈んでいる。
その姉妹と死に別れでもしたのだろうか?いずれにせよ、エリーはたかが好奇心でこれ以上の追求をやめた。
日記の概要を把握した、3人はここで再出発に向けて準備を再開する。
日記に残された記号の解読はブルースが行い、エリーは部屋に残されたキャンプと自分の背嚢の整理、傷の具合の悪いジオは体を休める。
「この安物!熱くなってきた!」
日記の解読に集中する為に懐中電灯をブルースに託していたエリーは、オイルタイターを灯りにしていたがライター本体が熱を帯びる。エリーはライターの蓋をつまんで作業を続行。
ソードオフショットガンの銃弾は残り僅かであった。
「そーいえば殺し屋相手にはレーザーショットガンを構えていたな」
「サンゲ相手にこっちのショットガン使い潰したかったわ。結構重たくってさ」
「余分な荷物を省くのは探検の基本だ」
ブルースの最後の一押しで、ようやくホテルポーンから拝借したショードオフショットガンを手放したエリーは、次に寝袋の外にあったライフル弾を調べる。
「口径は私のと一緖ね、弾は湿気って駄目になってるけど、この先で日記の持ち主の死体が見つかれば私の弾を使ってライフル拝借できるかも」
「縁起でもねえこと言うなよ!」ブルースは何故かいきり立って言った。
「いや、だが日記の持ち主はこの先で死んだと考えたほうがいいだろう。ほとんどのものを置いっていっている。俺たちこの先でこそ注意すべきだ」
ジオは両親を幼少の頃に失ったが、敵に追われ怪我負った彼には他人の家族に対してそんな同情が入る余地はない。彼は淡々と言った。
やはり、偶然見つけた日記の持ち主とはただならぬ因果があるのだろうか?だが、エリーは自分の憶測を口にするのは控えた。
エリーが荷物の整理を終えると、ブルースは既に解読を完了していた。とはいっても非常に簡単な記号な上に、赤いペンで有力候補となる通路を日記の主が書き込んでいたので15分も掛かっていない。
ブルースはエリーが空にした馬革のランドセルを拝借した。
「アンタそんなの着けてたら動きにくいだろ?」と、ジオ。
「いや、丈夫で軽いランドセルは前から欲しかった。タダで手に入ったのはラッキーだ。それに使い込んであってクールだ」
「じゃあ、俺はこいつを貰っていくか」
ジオは緑のロングコートを拝借することにした。
彼の愛用の十徳プライヤーは現在、44レーザーマグのホルスターの底にねじ込まれていた。彼の体を覆うSPAC“G”には収納スペースが無かった為である。
幸い、このコートにはポケットが胸と脇に4箇所もあり、作業ズボンに慣れていたジオの収納問題をある程度解決してくれる。
しかし、コートはジオの鎧を着た腕は通らなかった。そこで彼はコートの袖を引き破り、無理矢理に腕を通した。
袖なしの襤褸のような緑のロングコードが白い鎧で身を固めるジオの体を覆った。包帯を巻かれたジオの頭部といいその様は隣にいるエリーとブルースからみても不気味なものだ。
エリーからしてみればいつもの襤褸のような服を纏うジオが戻ってきたようなものだが、普段、辞めてもらいたかった彼の貧乏臭いファッションがこうも威圧的なものだとは今まで考えもしていなかった。
ジオはエリーの背負う鞄に入れていた私物、財布、小さなタオル、芯を折ったダクトテープ、安物のオイルライター、コンパス、ゴムチューブ、針と糸、真鍮の針金、そして右のホルスターの中にねじ込んでいた十徳プライヤー、
これらを拝借したコートのポケットの中に入れていく、タオルはホルスターのベルトと腰の間に挟み、財布・コンパスを左胸のポケットに、ライター・十徳プライヤーを右胸のポケットに、ダクトテープ・ゴムチューブ・針金・針と糸を右の脇ポケットに入れる。
左脇のポケットが空にされていたが、驚くべき事に左のホルスターには彼の好物の豚とネズミの混合肉の缶詰がねじ込まれていた。最後のポケットはこの為に残されていたのだ。
「あんた……この後及んで肉の缶詰持ち歩いてたの?」エリーはあまりの事に狼狽した声を上げる。
「ああ、コレはあの宿屋で一つ拝借したんだ」
「だからそういう事を、言ってるんじゃなくて!」
「食欲ねーからお前にやるよ」
「いらないよ!」
珍奇なやりとりをする二人の間にブルースが入ってくる。
「なかなかよく出来たサバイバルキットだな、食料まで入ってるのは珍しいぜ」
「普段便利だと思ってるものを持ってるだけだ」
「どんだけ日常がサバイバル状態なんだ?お前らは」
6
PM 7:34
神能会が5000人の上る構成員の中から攻撃力・残虐性・忠誠心から選抜された特別最強戦闘部隊1000人。
彼らを乗せた装甲車50台と戦車10台に加えて100台越す大型車両群が山狩の後、荒野山は普段のこの刻とは違う深淵に浸っていた。
先住動物が逃げ出した死んだような夜の深淵に。
そんな殺戮職人どもが進軍した跡を辿る一台の紺色のワゴン車があった。
それは、ジオとエリーの企みの為にシアセル王国の民営TV局「チャンネル・ロガ」のスタッフ5人を乗せたものであった。
彼らは、昨日ジオに騙されたままエンデューラの宿を借りて居た為に、負傷したジオを連れたエリーが病院界隈で引き起こした騒動を知ったのだ。
騒動が起こった後、神能会は蛭子兄妹ことピッツゥ兄妹の件があった為に自らが指定しておいた浜辺に飛空船を停泊させていたマスコミ関係者に行動を自粛させた。
他社のスタッフも深夜には殆ど飛空船で就寝していたが、神能会が気づく前にチャンネル・ロガの面々は神能会が騒ぎを隠蔽しようとする動向を不自然に思い、神能会総本山の膝の下となるデリカへ向けて北に潜行したのだった。
そこで5人は、神能会の絶強の派閥とされる沙山組、城野組、熊谷組が招集された事を知り、神能会が1000人もの“兵隊”と呼称される構成員を北の荒野山、あるいは針葉樹林帯に向けて出動させた情報を掴んだのだった。
「随分暗くなってきましたよ、やっぱりライトを付けませんか?」
「いや、神能会の動きはきな臭すぎる。奴らに見つかれば蜂の巣にされるぞ」
車を運転するADと助手席に座るディレクター、その後ろの座席でカメラマンはうたた寝をし、音声マンは暇故に整備がてらにマイクをいじっていた。
アナウンサーは最後部の座席から思々に過ごす男衆4人を恨めしそうに睨んでいた。ジオとエリーの企みの為に裸体を晒してしまった彼女の威厳はすっかりと消え失せている。
と、いうよりもそもそも彼女の異常な傲慢さの根源は異性への差別的な観念と自分への根拠のない選民意識から成り立っているだけで、テレビ局にとっては10年選手のカメラマン、即興で幾ものヤラセを成功させた敏腕のディレクターらの方が重要な人材だが彼女の代わりは探せば見つかるのだ。
現状、会社にとって彼女はせいぜい癇癪持ちの喋るオッパイ以外の何者でもない。
「おい!隠れろ!戦車が通るぞ!」
音声マンが運転するADに半ば怒鳴って言った。暇つぶし半分に動かしていたマイクが大型車両の騒音を捉えたのだ。
ADは直ぐ様、岩の影にワゴンを止めた。
やがてマイクに頼らずとも、スタッフ全員が徐々に大きくなる騒音を聞くこととなった。
ややあってワゴンの直ぐ側を横切ったのは、戦車などではなくトラックだった。しかしタダのトラックではない。大型輸送飛空船の持つコンテナと見紛うほどの巨大なトレーラーを持つトラックだった。
巨大なだけではなく、全体が深緑の装甲板に覆われておりコンテナの天井の前後には重機関銃とレーザー砲のコンビネーション砲座が備えられ、砲座に1名、隣にアサルトライフルを構えた者が1名の合計4名が警戒している。
運転席から制動するものと思わしき機銃がトラックの及びトレーラーの前後側面に見受けられた。
タイヤはトラック部分の前方に2輪、後方に4輪の合計6輪。トレーラーがトラックとの連結部に装甲板に覆いかぶさり、トレーラーのタイヤは前後の合計8輪。
巨体を支えるタイヤもまた巨大で、通常のトラックのタイヤよりも二回り分厚いゴムに覆われている。
それらが形成する車両が陸を進む様はまるで装甲列車のようである。プロの音声マンが戦車と聴き間違えたのも無理はない。
そしてトラックのボンネットの先端には菱形のエンブレムが闇夜の中で仰々しく金色に輝いていた。
トラックは神能会のものとみて間違いなかった。
この新暦世界において輸送の中心は飛空船が担う。よって陸路においての輸送は大きくても4t程度のトラック
本来ならば土木建築作業の重機に用いられる規模のサイズ。余程の限られた特殊用途にしか使われる事はない。
飛空船の出入りを禁じている神能会の縄張りではこのような規模のトラックに一定の需要があったのかもしれないが、このトラックの異常な有様は5人にそんな思考の余地を与えない。
トラックはまさに異形の物であった。
「今の撮った?」
「ぬかった……まさかあんなのが通るとは思わなかった……」
アナウンサーの声に、カメラマンは沈んだ声で答えた。巨大トラックへの驚きと、撮り損ねた後悔の混じった声で。
「ミサイルでも運んでいるのか?」
「飛空船を嫌う神能会と言えどわざわざ陸地から運ぶでしょうか?それこそ何が目的で?」
「ミサイルとは限らんだろう、細菌兵器、高性能コンピューター、移動指令室―――あの規模ならなんでも運べるぞ!」
音声マン、AD、ディレクターらは口々に数百メートル先を行くトラックに視点を合わせて言った。
「追うわよ!」
「もう止めましょう!あなたの勝手に付き合い切れません!」
「戦場を追うのはジャーナリズムの本懐!私は一人でも行くわ!」
癇癪を起こすアナウンサー。ADが彼女を止めようとしながら他の男達に目配せをした。
だが彼らの目は、先を走り既に小さな点にしか見えないトラックに釘付けになっていた。
アシスタントを除く3人のプロ達には恐怖以上に他所の掴んでいない特ダネに強烈な好奇心が働いていた。
彼らを乗せたワゴンは悟られぬように巨大トラックの車輪の跡を追う事にした。ワゴンのフロントガラスは巨大トラックが巻き上げた土埃で濁っていた。
7
遺骸は壁にもたれるというよりも張り付いおり、サンゲに食い荒らされた形跡は無くミイラ化していた。全身が黒ずんだ有様だが遺骸の中から爆ぜて出た血液が乾燥したものである。
脳みそが髪の毛にこびり付き、飛び出した目玉が頬に張り付いて乾燥している。鎖骨から脛まで骨が折れミイラの体からところどころで突き出ている。
乾燥した腕はひしゃげて歪んだアサルトライフルをまだ握っていた。
異様に平たい頭蓋骨の変形から察するに生きたまま、壁と“なにか”に挟まれて凄絶な最後を遂げたようだ。
ジオ、エリー、ブルースがこの遺跡の一室で見つけた日誌を頼りにたどり着いた廊下のすぐ先に倒れている遺体はこの有様だ。
午後7:46
3人は、廊下の分岐点に立っている。ミイラが壁にもたれる廊下に二本の通路が合流する形となっている。その廊下の先は袋小路となっている。突き当たりの壁は不揃いなモザイク状の壁材が全面に組み込まれていた。
地下5階のこの未開拓のエリアにはこれまで行き止まりという物がなく枝分かれの廊下がひたすら続いていた、合流する廊下はここが初めてである。
何か意味があって二つの廊下が合流し、さらにその先を行き止まりにし、壁をモザイクタイルのようにしている可能性が大いに考えられる。
しかしジオの握る懐中電灯が照らす死体の有様から3人は「壁がせり出てくるのではないか?」と、トラップの存在を疑う。
3人は壁と床を調べてみる。壁と床は僅かな隙間もなく、床にもせり出てきた壁で擦れた跡は見当たらない。
だがビュシュー遺跡で奇妙な変質を遂げた壁の事を3人は忘れてはいない。あの件に限っては3人にとっては状況を好転させたが今回もそうとは限らない。
「ジオ、プライヤーで壁を少し削れないか?」ブルースは包帯の巻かれたジオの顔を見て言った。
ジオはコートのポケットから取り出した十徳プライヤーのマイナスドライバーの先端で壁を叩いて引っ掻けた。壁から簡単に5mm四方に収まるほどの壁材の欠片を手に入れる。
ブルースはジオから壁材を受け取り指ですり潰してみた。手触りはただのセラミックスのようだ。
そして彼は、カーゴパンツのポケットから黒いハンカチのような布を取り出し床に敷くと、すり潰した僅かな壁材をソコに盛る。
次いでジャケットの懐に縫いつけたPDAと一本の太いボールペン大の筒にレンズが付いたようなもの取り出した。
「それカメラ?」
「サイバースペクトルセンサというものだ、光の反射パターンから物質の種類や状態を解析できる。外じゃ太陽光や色々な外乱があって扱いが難しいが、暗闇のダンジョンならその手間が省ける。クールな秘密兵器だ」
ブルースはPDAと筒を導線で接続し、床に敷いた布に対して垂直に筒の先のついたレンズを構えた。PDAの画面はまだ暗い。
「壁を直接撮ればいいんじゃないのか?」と、ジオ。
「光の角度と背景を統一したほうがPDAに入っている物体の標準波長データと近似しやすい。このPDAに入っているのは黒い背景から垂直に高さ30cmでカメラについたライトの光を当てたときの物だ。ジオ、懐中電灯を止めてくれ。」
カメラ先端、レンズの上にある小さなLEDはスポットライトのようにセラミックを照らす。カメラ中では小さなモーター音が響く。
モーター音が停止するとLEDは消えブルースのPDAのモニターが起動。取得したスペクトルを解析し入っている規格化されたデータ群と比較した。
「ただのセラミックスだ、多分な」
「多分って、秘密兵器じゃなかったの?」ブルースの最後の一言がエリーには引っかかった。
「こんなPDAとミニマムカメラじゃ精度にも限界がある」
ブルースの一言が多かったが3人はひとまずミイラの側まで廊下を渡って行った。そしてミイラを調べてみる。
ミイラの握る歪んだライフルの口径は部屋に残されていた弾丸とエリーの持つものと同じ7mm×50mm。亡骸は発見した日誌の持ち主の物とみて間違えなかった。
ブルースはやはりこの人物に身に覚えがあるのか顔に悲愴なものを滲ませていた。本人必死にソレを抑えようとしている事も、闇に慣れたエリーの金色眼に見破られている。
彼女には白い長髪を切ったブルースの顔がよく見えている。だがエリーは今はまだ真相を追求すべき時ではないとも悟っている。
ミイラの側で思慮するエリーとブルースを他所に、ジオはミイラに向けていた懐中電灯を廊下の奥へと向けた。
「このミイラ、少なくとも2回も壁に触っているみたいだ」
モザイクの壁材の中央に白い壁材が使用されていた。そこには不揃いに重なった黒い血の手形、さらによく見ると廊下にはモップでなぞられたような血痕が丁度ミイラまで続いていたのだ。
「……もう、手遅れと本人は無意識に感じていたんだ。そして最後にすがれる唯一のポジティブな思考、知的好奇心の赴くままに壁の隠しボタンを再び押したんだろう」
ブルースだけでなくジオとエリーも白いタイルは隠しボタンであると決めつけていた。
「ボタンを押しに戻ったという事は、壁に挟まれて即死したって線は消えたわね」
「なあ、ボタンどうする?」
3人は廊下の分岐点に戻る。ジオは十徳プライヤーのグリップ部分を広げて逆さまに持つとゴムチューブをグリップの両端に括りつけた。パチンコである。ジオは安物のオイルライターを弾に白い壁材めがけて、パチンコを勢い良く射出した。実際に小動物をパチンコで狩っていたジオにとっては動かぬ的は大きく見えた。
見事に命中、血で汚れた白い壁材が赤く光った。が、それ以上の反応はない。
恐らく白い壁材そのものに生体センサーが内蔵されており赤く光ったのはエラー表示だろう。と、ブルースは推測した。
ブルースが率先して白いスイッチを直接触りに行くこととなった。顔を縫って動きまわり膿まで出ているジオは論外であったし、エリーは身軽だが攻撃力に劣る。トラップが発動した際に最も臨機応変に対応できる適任者、もとい最も優れたる人物はブルースである。
ジオは後方支援の大砲として、44レーザーマグを一丁だけ両手で構えた。二丁の乱れ打ちではブルースに当たる恐れがあるからだ。エリーはジオの隣で懐中電灯でブルースが進む廊下を照らしている。
懐中電灯が作った廊下を進む巨人の影はただ只管巨大であった。モザイクの壁に映る影は次第に小さくなり、いよいよブルースの巨体にほぼ収まった。
ブルースは然る者の血で汚れた白いスイッチに掌底を押し付ける。己が影で覆われたスイッチは緑色に点灯した。
途端、天井の一部が崩れてきたではないか!
天井は廊下や壁のセラミックとは異なり、決してそこには適さぬ金属である。しかも崩れたというよりはパーツが外れたかのように、規格化されたような約150cm四方の金属の塊が落下してきたのだ。
天板など存在せず、巨大な金属のキューブで天井は覆われていたのである。今日まで廊下に居座り続けたミイラは下敷きになり上半身と下半身が折れて割れた。
落下したキューブの数は12個。廊下の3分の2ほどの面積に及ぶ。幸い、これらはブルースの頭上には落下することはなかった。
が、金属キューブの全てが一人でに動き出しブルースに向かって突進を始めた。キューブの一つ一つがマングラーだったのだ。
その様子に気がつくとジオは「修羅!」と、叫び両腕でしっかりと握った44レーザーマグの引き金を引いた。その軌道はブルースに最も近い位置で並んでいた2体のマングラーを見事に捉えた。
光弾は1体目を貫通し2体目の内部で炸裂、キューブは僅かに歪み弾痕から火柱が吹き出た。しかし、マングラーは二体ともスピードを落とす事さえ無くブルースのすぐ側まで接近する。
「ば、馬鹿な!」ジオのしわがれた狼狽の叫びに次いで、「ブルース!マングラーの上よ!マングラーを踏み台にしてこっちに来て!」とエリーが叫んだ。
ブルースの驚異的な身体能力をもってすれば150cmほどのキューブの上からキューブの上へと飛び移り二人の前に戻ることは可能である。しかしブルースはエリーの声を嘲笑うように戦慄すべき行動に出た。
「KAAAA!KUUUUUUUU!!」
ブルースは強烈なシャウトと共に突進するマングラーとマングラーの隙間へと滑りこむように身をすくめて前転した。彼は立ち上げること無く前転を続けてマングラーの間を縫って廊下を転げていく。
ブルースとキューブ型のマングラーがすれ違う度、レーザーブレードの閃光がマングラーの底面で輝いた。彼が通った後、マングラーは彼を追うこと無く完全に動きを停止、破壊されていたのだ。
ブルースは全くの無傷のままに恐怖のトラップから生還した。
ビューシュー遺跡での壁から壁への飛び移りを目の当たりにした時と同じく、ジオとエリーは眼前に戻ってきたブルースの圧倒的な戦闘能力に目を点にしてしまった。
沈黙し不思議そうに自分を凝視するジオとエリーに、ブルースは金属キューブの底からはみ出ている小さなマングラー残骸を指さして言った。
「マングラーの本体は小さな脚部そのものだった。巨大な金属キューブがマングラーの上に乗っていただけだったんだ」
ジオのレーザーマグが全く通用しなかったのは、ブルースの言うとおりマングラーが載せているキューブを撃っただけで、マングラーそのものにダメージを与えていなかった為である。
「どうやってそれが解ったんだ?」
ジオは「そもそも解ったからといて出来る事では無い」と分かっていたのだがこう問う以外思いつかなかった。
「マングラーの機械音は、俺の足元からしか聞こえなかった」ブルースは真顔で言った。
「お、音って!?あんた一体何者なんだ!」
「ただの空賊だったってのは嘘なんじゃないの?というかそもそも人類なの?」
ブルースの無茶苦茶な回答にジオはしわがれた声を、エリーは元々甲高い声を裏がしてブルースに浴びせかける。
「おいおいクールになれ。特にジオ、傷口に響くぜ」
ブルースは事をうやむやに済まそうと、エリーから懐中電灯を半ば強引に取り上げるとマングラーが降りてきた天井を照らした。
マングラー達が隠されていた天井にある12個の空洞部の一つには、突き当たりの壁と同じようなモザイク模様の壁材の一部がせり出てきてさながらクライミング用の壁の如く天井へと登れるようになっていた。
「何か条件さえ整えばそこのマングラーどもが台の代わりになって登ることができるんだろうな」と、ブルース。
試しに、マングラーの残骸の上に乗ったままの巨大な正六面体の金属を動かしてみる。動かすことできたが3人が力を合わせても、持ち上げて積み上げることはできないと解った。
そこでブルースはジオを肩の上に立たせて、懐中電灯を持たせたエリーを攀じ上らせる。エリーは男二人の背中を借りて、壁から伸びてでた石材に手を掛け足を掛けて天井の空洞を登ってみると、エリーは壁にさらなる空洞を発見する。エリーは懐中電灯で照らしながら空洞の中へと入っていった。
下に残るジオとブルースは、拾い直したオイルライターを灯りに使うが、エリーの様子が全く見えなくなってしまった。声を掛けてエリーの周りの様子を探ろうとしたが、エリーは直ぐに戻ってきた。
エリーは空洞の先にあった小部屋で、ケミカルライトのように光っている不透明なピンク色の液体が、ブルースの示方性爆薬と似た大きさの透明なケースに入っていたのを見つけてそのまま持ってきた。
ブルースはソレを見るや否や我を忘れ、またもエリーの手から強引にソレを取り上げると吠え上がったかのような声で言った。
「こいつはピンクフラミンゴ……その加工方法は全くの不明、ゾプチックの中でも最も貴重なシロモノだぜ!!」
あらゆる金属と反応させても同じ物が作れないゾプチックが幾つか存在する。その中でも貴重かつ、透明な純ゾプチックと理論上では同等の汎用性をもちその500倍の電力を出力する究極のゾプチックが存在する。
発光し輝きはまるでピンクダイヤ、そしてフラミンゴのような淡い不透明なピンクをしている事からピンクフラミンゴと呼ばれ珍重されつづけてる。
理論上でこそ汎用であるが、その膨大な出力のあまり使用できるゾプチックシステムは遺跡から直接発掘された元祖のシステムで無ければ耐え切る事はできない。
新暦5000年代の腕の良い職人が作ったゾプチックシステムでも、その膨大な出力を名器に滞らせることができないのだ。
ビトー共和国・カーツ帝国の両国では都市発電専用としてこのゾプチックの一般流通を禁止している。同時に、近代都市を新たに創りだすにはこのピンクフラミンゴが必要不可欠なのである。
エリーが手の中に握っている分で既に“圧縮無し”でも3000万zの価値があった。