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[17964] 【ネタ】厨二な俺らの漂流記【現実→異世界】
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/09/23 01:29
 厨二症候群(ヒロイック・シンドローム)という病気がある。
 主に思春期の少年少女が罹患する一種の精神疾患であり、その症状は自己の特別視。
 時には輪廻の輪の中で因縁の戦いを繰り広げる転生戦士であり、時には日常の外側で日常を守るために怪異と戦う異能者であり、時には自らにも制御できぬ力を秘めた超越者であると信じ込む。
 ぶっちゃけ、妄想である。
 そうであったらと望む願望のレベルから、本気で信じ込む深刻なレベルまでその症例は幅広い。
 眠るたびに同じ夢を見るんだと告げ、夢の中で異世界を救うために冒険の旅をしている続けば、この病気にかかっていると思っていい。
 夢の話を聞くたびに、冒険の旅は進展する。仲間を救うために命を賭け、友と呼んだ相手に裏切られ、世界の命運を託されて異貌の神に挑む。
 それが本当であれば、退屈な日常とは違う充実した冒険の日々だろう。
 事実、夢の話をしてくれた彼は、夢に溺れるようにいつも眠っていた。
 一度などは、命がけの戦いの最中であったと起こした同級生に殴りかかったくらいだ。
 誰も、その話を信じる事は無く。次第にクラスの問題児として孤立していったのは当然の流れだったろう。
 自分だって、話に耳を傾け頷き、相手にしてはいたが信じてはいなかったのだから。
 正確に言えば、真偽に興味が無かったと言うべきだが。


「しかし、まさか。本当の事だったとは……」
「そんな事は、どうでもいいの。どうして、あんたが、あたしの姿なの!」
 どこか渋い男らしい声が、女言葉でヒステリックに言葉を紡ぐ。
 声の主は、声にふさわしい存在感たっぷりに長身で、量感たっぷりに筋肉のついた巨躯のごつい男だった。
 岩を削りだして作ったような無骨な顔立ちのその男は、容姿に似合わぬ言葉遣いで小柄な少女の肩をつかんで揺さぶり糾弾する。
 揺さぶられる少女は、男とは対極に小柄で華奢な体格の持ち主で、きめ細かな白い肌に極上の絹のように艶やかで滑らかな黒髪と、お姫様のように綺麗に整った顔立ちの美少女。それも、極上のと頭につけれるくらいの容姿の少女だった。
 体格の差もあって、のしかかるようにして少女に迫る男の姿を知らない他人が見れば、少女を襲う野獣の図にも見えただろう。
 肩をつかんで揺さぶりたてる男に、溜息をついて少女は迷惑そうにその顔を見上げる。
「現実逃避している暇も無いのか。で、そちらの中の人は誰?」
「倉本菜月よ。そういうあんたは、誰? どうして、あたしの姿をしているのよ」
「正確には、あたしが設定した容姿だろ? 鏡が無いから、顔はわからないが倉本さんの髪は肩までしかなかったはずだ」
 それが、今ではこんなに長いと腰先まで伸びる髪を確認するようにひと房摘みあげて上目遣いに問う。
「それ、は……」
「この体の中の人は、安藤智也。ちなみに、そこで浜に打ち上げられたクラゲみたいになってる触手の中の人は……クラスでも美少女と評判だった朝霧翔子さん」
 ついで、少女が指差した先には臓物のように生々しく、悪夢めいた触手の塊がどこまでも広がる白亜の大地にぺちゃりと力なく横たわる姿だった。
 彼らが立つ大地は、磨きぬかれた白大理石のように滑らかで硬質の無機質な平面がどこまでも続き。彼方で大気に霞んで消えるまで何の変化も見せない空疎な世界。
 純白の大地から空を見上げれば、雲ひとつ無く晴れ渡る蒼い空。しかしその空には、太陽すらも無くただ蒼い色彩が天を埋め尽くす。
 蒼と白だけが彩る、生命の欠片も感じさせない空虚な世界に混乱も露な人影と異形が置き忘れられた人形のように、ぽつんと存在していた。
「つまり、俺と倉本さん以外にも転生させてあげると言われた人はいる。そして、転生に際して特典として希望する能力や容姿などももらえた。問題は、なぜか希望した当人と、与えられた人物が食い違ってる事だが……」
 この展開はプレゼント交換のノリなんだろうなぁ……と、遠くを見るまなざしで空を見上げる。
 気の抜けたその様子に、元少女の男は落ち着きを取り戻しておずおずと問いかける。
「えっと……。安藤君は、何を?」
「剣と魔法のファンタジーな世界へようこそ、と聞いてとりあえず意思疎通のためのテレパシー。身を守るためにサイコキネシスに、怪我や病気に対応するためのヒーリング能力」
 いきなり異世界で言葉が通じるかどうか不安だしねと肩をすくめ。容姿も現地の住人に合わせて違和感無いようにしてもらうべきだったかと、間違いに気づいたかのように小さく呟く。
「確認するけど、いきなりこの白い世界に呼ばれて、希望込みで剣と魔法の世界にご招待って……」
「同じだね。まあ、まさかあいつの夢の世界の話が本当で、世界を救ったあげくに神にまでなってたとは……」
 現実についていけないと、再び遠いまなざしになって元少年の少女は溜息をつく。


 始まりは唐突だった。
 気がつけば、視界を遮るものが何も無い無機質な純白の大地に佇んでいた。
 意識が現実を認識し、何がどうなっているかと慌てて巡らした視線の先には沈痛な表情のアイツがいた。
 夢戦士と陰口を叩かれていたアイツが。
「ごめん。できれば、皆を助けたかったんだけど……」
 悔しげに顔を伏せ、悔やむように唇を噛むアイツがいた。
 言っている内容が分からず、思わず首を傾げるこちらに構うことなくアイツは言葉を続ける。
「その代わり、皆には新しい人生をプレゼントできるよ。残念ながら、元と同じ世界とはいかないけど、新しい世界で、新しい人生をプレゼントしてあげられる。限界はあるけど、希望だって聞いてあげられる」
「あー……。新しい世界って?」
 儚げな淡い笑みを浮かべて、申し訳無さそうに述べてくる姿に反応に困りつつ問いを放つ。
「いわゆる、剣と魔法の世界ってヤツかな。前に僕が救ったのとは別の世界だけど」
「世界を滅ぼそうとする神様を倒したんだったか?」
 そういや、その後の話は聞いてなかったなと心の片隅に浮かぶ意識。
「神様を倒すために頑張ったら、気がついたら神様と同じ場所に立っていてね。これで元の世界に帰れなくなったけど、代わりにこうして皆を助けられた」
 新人の神様だから、力も足りずに皆を助けられなかったけどと寂しげに表情に陰が差す。
「皆がこれから行く世界で生きていけるように、僕の力を分けてあげる。それがどんな形で発現するかは、希望のままにってところかな」
 限界はあるけど、と囁くように告げる。
「本当にごめんね。地球に戻してあげたいけど、僕でも死んじゃったのを生き返らすまではできないんだ。代わりに、僕の知ってる世界に送るのが精一杯で」
 言われて思い出す、耳をつんざく金属音。
「皆を送り出したら、僕は力を使い果たして眠る事になる。たぶん、とても永い眠りになると思う。だから、できる手助けはこれが最後」
 体が押し潰される痛みの記憶。生きたまま体を焼かれる恐怖の記憶。
「ここは、僕が即席で作った狭間の世界。皆の希望を形に変えることのできるどこでもない場所。新しい世界では、どんな自分で生きたい? どんな能力が欲しい?」
 修学旅行で乗っていたバスがタンクローリーと衝突爆発炎上したという記憶。
 すとんと、自分は死んだのだという認識が胸に落ちてきて納得する。
 死の間際に見る夢としては、随分と変わった夢を見ると苦笑する。死して、新しい世界の、新しい自分とはと。苦笑を浮かべながら、そっと唇を開く。
「そうか、それでは――」


「朝霧さんは、人生に絶望中で詳しくは聞けなかったが。天使に剣と魔法のファンタジー世界に転生させるから、希望を書くようにと紙とペンを渡されたとか」
「あたしの場合は、光る人型だったけど……」
「他にも何人か訊いたが、共通しているのは剣と魔法の世界へと転生させると言われることと、転生に際して希望が聞き届けられると言われること。見事に、希望と現実は違ったわけだが……」
 触手とか人間以外になるよりはずっとマシだったと、絶望に打ちひしがれてピクリともせずに横たわる触手にちらりと視線を投げかける。
 誰が願ったか知らないが、触手以外にも呆然としてたりうろたえている明らかに人間じゃないのが約2名。
 純白の不毛の大地に浮かぶ15の影。
 見た目に代わりがない者に、容姿が変わった者。性別が変わった者に、人間をやめた者。
 アイツが直接姿を現したのは自分のところだけだったのだろうかと考えつつ、性別が代わっただけで済んだ自分はマシだったとほっと息をつく。
 互いの希望がシャッフルされて割り当てられているようだが、容姿設定込みの希望を引いた場合はその容姿になっているようで、人間以外の姿を引き当てなかったのは幸いだ。
 そして、人間の姿で容姿が変わっている連中が揃いも揃って美形ばかり。
 みんな、そんなに美形が好きか。いや、気持ちはわかるけど。
 小さく息をついて、智也は菜月を見上げる。
 野性を通り越して獣性を感じさせる、荒削りの彫刻にも思える顔立ちと圧迫感を覚える筋骨逞しい巨躯。
 そんな容姿の持ち主が女言葉で喋るのは、非常に違和感をかもし出している。傍から見れば、自分もそうなのだろうか――などと、考えつつ口を開く。
「それで、確認しておきたいことがあるんだが。菜月さんが希望したのは?」
「う……それ、は……」
「プライベートな願望をさらけ出すことに躊躇いを覚えるのはわかるけど、その願望そのものになったこちらのことも考えて欲しいな」
「……よ。吸血姫」
「吸血鬼? 血を吸って、日の光に弱くて、感染して仲間を増やすあの吸血鬼?」
「そうよ。枯れることを知らない永遠の花で、夜の世界に君臨する不死者のお姫様」
「……お姫様?」
「そう、真祖の吸血鬼のお姫様。夜闇に咲き誇る永遠の花って……。それがなんであんたなのよ。あたしなんか、こんなむさい男なのに……」
 口ごもるところを、優しく諭すように促すと拗ねたようにそっぽを向いて答えが返ってくる。
 人間の姿を保ってることを喜ぶべきなのか。自分も人間をやめてるらしい事実に、小さく溜息をつく。
 吸血鬼。それも、特別な吸血鬼になってしまったらしい。
 自分に答えてるうちに絶望にでも囚われたのか、がくりと手と膝を突いて地面にうつむきぶつぶつと呟きだした菜月から一歩距離を取りながら目の前に手を掲げてみる。
 自分のものだとは信じがたい、ほっそりとたおやかな繊手。それが、目の前で自分の意志の通りに動く。
「それで、どういう能力が――っ!?」
 どういう存在かはわかった。それで、どういう能力を持っているのかと訊ねようとした時に不意に覚えた浮遊感。
 そして、勢いよく視界が下から上へと流れる。
 落ちている。そのことを理解して見上げる視界の先には、黒い天井でぽつんと光を放つ穴のように暗黒の中で光を放つ自分が落ちてきた穴が蒼い空を明るく覗かせる。
 そして、無明の闇が広がる深淵の底へと落ちていく自分。
 なにが――と理解するより早く、智也の意識は暗黒に飲まれて消えた。




---------------
「十五少年漂流記」と「厨二病」の単語が頭の中で化学反応したらこんなのが出来た。
続くのかって?
頭の中の化学反応の進行具合によるさ。



[17964] ボーイ・ミーツ・ボーイ
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/04/17 22:23
 スクール・カーストという概念がある。
 インドのカースト制度のごとく、学校での人間関係に階層社会的な上下関係を持ち込む概念だ。
 上中下、ABC、1級・2級・3級――おおむね、3階層のグループに分けられるのが普通で、カーストの最下層に落とし込まれたものは悲惨な境遇に追い込まれる。
 人生において輝かしい時代であるはずの思春期。
 友人と馬鹿騒ぎをやって友情を楽しみ、恋愛の甘酸っぱい思い出を育む異性との触れあい。
 スクール・カーストの最下層においては、それらに巡りあう機会がそもそも与えられない。向けられるのは冷ややかな侮蔑のまなざし。あるいは、背景を眺めるかのような無関心な視線。
 では、そのカーストの上下を決めるのは何か?
 それは、ある分け方が端的に示している。


 「イケメン」「フツメン」「ブサメン」


 つまり、容姿だ。
 顔がよければ、性格が悪くても許される。無論、顔が全てという訳ではない。
 究極的には、カーストのどこに位置するかを決めるのは人気だ。その意味では、確かに顔がすべてではない。
 だが、同時に無視し得ない大きな要素でもあるのだ。ぶっちゃけて言えば、性欲真っ盛りの発情期とも言える思春期において、美形であるという事は異性を惹きつけ、人気をかきたてる。
 つまるところ、容姿が残念な人間はただそれだけでカーストの下層に落とし込まれてしまう。そうなってしまえば、輝かしいはずの青春時代は色あせた悲惨なものになってしまう。
 同じクラスに、つい目で追ってしまうような美少女がいる。
 だからなんだ?
 彼女が自分の恋人になってくれるとでも? 向けられる笑みは社交辞令の域を出ることは決してない。自分が視線を向ければ、彼女の周囲の人間が気持ち悪いと言い立ててくる。
 放課後にどうするかと、楽しげに予定を語り合う男子たちがいる。
 だからどうした?
 その話の輪に自分が加えられることは決してない。もし加えてもらえるとしても、連中の優越感を満足させる道化としてだけだ。それならばいっそ一人でいるほうがマシだ。
 現実とは悪意と無関心の入り混じる乾いた場所でしかない。
 だからこそ、二次元の世界へと彼は入りこんでいく。二次元の世界においては、いろんなタイプの美少女が彼に擦り寄ってくる。恋心を隠すことなく、甘い囁きと輝くような笑顔を向けてくる。
 それもひとりではなく、よりどりみどりでハーレムだって作ることが出来る。
 誰からも顧みられない背景のようなモブキャラでなく、美少女を好き勝手に踏みにじって快楽に貶めて奴隷に堕とす悪として君臨する事だってできる。
 そこは現実よりもずっと生々しくて、希望に溢れて輝くリアル。
 それでも、望んでいたのだ。
 現実においてもつまらない自分を脱却して、輝く人生の主人公になることを。
 例えば、自分には何か秘められた才能があり、それが発露することを。謎めいた少女と出会い、非日常の世界踏み込むことを。異世界に召喚されて、英雄として活躍することを。
 夢に見るほどに願い求め、夢から醒めて愕然として夢の鮮やかさに涙するほどに。
 だが、いまや現実だ。
 可愛らしい女の子が、異世界へと転生させてくれると言う。希望する特典をつけてくれるという。
 だから望んだのだ。
 自分を空気のように扱った女の子たちを蹂躙できるような力を。高嶺の花と遠くから眺めていた女の子たちを無造作に手折ることが出来る力を。現実では味わえない、人間では味わえない快楽を味わえる姿を。
 魂が打ち震えるような歓喜とともに。
 なのに、なんだこの現実は。
 どこの腐れた乙女の見る夢だこれは。
 目の前には穏やかに微笑む、金髪碧眼の白皙の美貌の王子様。
 自分にはわかる。
 何故かは知らない。彼の本能が危険を囁いている。
「コイツはお前のケツを狙っている」と。
 だから、彼――大久保卓郎は近づく王子様から逃げようと後ずさり。その結果としてベッドから転げ落ちた。


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乙女は異世界トリップすると「王子様」に拾われるのがお約束。
厨二成分補給に「とある魔術・超電磁砲」をまとめて見てたらSSはちょっぴりだけに。
厨二病は正しく発症するとよい燃え成分になりますね。
ちなみに、UNKNOWNはネタが思いつかなかったから。
感想くれてる方々にありがとうの一言を。
今回は短かったので、症例集はお詫びに残しておく。




[17964] Welcome to this crazy world
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/05/15 00:40
 誰かが体を揺さぶっている。
 誰かが体を揺さぶり、声をかけている。
 この心地よいまどろみから目を覚ませと、誰かがわたしの体を揺さぶり囁くように声をかけてきている。
「もう少し、寝かせて……」
 揺さぶる手を払いのけて、体を丸める。もう少し、夢の世界でまどろんでいたいと目覚めを促す声を無視して、よりよい寝心地を求めて体をもぞつかせ、固い床の感触に不快さを感じ――
「え……」
 はっと、目を覚まして慌てて身を起こす。
 こんな床で眠りについた記憶なんかない。最後の記憶との現在の状況の連続性のなさに気づくと同時に、意識は一気に覚醒へと追いやられる。
「おはよう、石塚さん。そして、お静かに」
 起き上がると同時に口元を押さえられ、聞き覚えのない声で自分の名前が耳元でそっと囁かれる。
 誰がと、視線を向けた先にあったのは同性の自分でも思わず見惚れる美しい少女の顔。ただし、その顔に浮かぶのは恐ろしく真剣な表情。
「まずは、先に言っておく。絶対に大声を出したら駄目。次に、この体の中の人は安藤智也。念のために訊くけど、そちらは石塚美琴さんでいいよね。中の人が違うということは?」
 まるで誰かに声を聞かれるのを恐れるように、吐息がかかるほどに顔を近づけ囁かれる問いかけにこくこくと何度も頷く。そうして、ようやく口元から手が離される。
「安藤……君? ここはどこなの? みんなは? なにがどうなって……ひっ、ぐむっ」
 最後の記憶は白い世界。しかし、ここは薄暗く何かの小屋の中のようで空気も何か生臭い。安藤君は女装してもこんな美少女にはならなかったはずと疑問を覚えたものの、それよりも状況を知りたい一心で矢継ぎ早に質問を口にし、辺りを見回して床に転がるナニカを目にし、悲鳴を上げかけた口を塞がれた。
「どこまで状況を把握してるかわからないから、先に言う。まず、願い事は叶えられたけど願った本人と受け取り手がランダムに入れ違ってる。そして、ここは地球じゃない。そこに転がってる死体の仲間入りししたくなければ、とにかく静かにすること。わかった?」
 安藤君が何か言っているけど、それらが全て頭の中を通り過ぎる。ひとつだけ残ったのは『死体』という言葉だけ。
 床に転がっているのは、ナニカじゃない。見てしまった瞬間から視線が離せなくなってしまったソレは、まだ若い女性の死体。酷く歪んだ形相が断末魔の苦しみを今も叫んでいるようで、半ば引きちぎられた衣服と、剥き出しにされ白濁に汚れた下肢が何があったかを無言で語り、赤黒く染みが広がる衣服の残骸が、床に広がる赤い池が。あんなに血が出ていたら生きてるはずがなくて、死んでいて。生臭いのはきっと、傷口からはみ出てる腸とか内臓の臭いで。あんな傷を受けていたら絶対に死んでいて。こちらを向いている表情は歪んでいて、とても苦しそうで。あれはやっぱり死体で。こんなの嘘で、これは夢で。目覚めたら、わたしはまだバスの中で。ああやっぱり、夢だったんだとほっとして。でも、あれ? わたし死んだような。違う、あれが夢じゃないなら、これは夢で。目が覚めたら、きっと王子様に拾われて求愛されてお姫様になって――


 ああ、くそ。いきなり惨殺死体とご対面は刺激が強すぎたか。
 智也は、死体を見つめたまま硬直し体を震わせ始めた美琴を舌打ちしたい気分で、口元を押さえたままそっと抱きしめる。
 クラスの中でも、ひっそりとしたおとなしい雰囲気の子だったが、雰囲気を裏切らず惨殺死体を目にしてあっさりと平静を失ったらしい。抱き寄せられて、縋りつくように身を寄せて、胸元へと顔を埋めて震える背中を優しく撫でて落ち着かせようとしながら溜息をつく。
 確かに、行き先は剣と魔法の世界とは聞いていた。
 聞いていたが、いきなり剣と魔法が吹き荒れている現場に放り込まれるとは聞いていない。
 耳を澄ませば、下品な声が耳に届く。悲鳴や嘆きの声も聞こえてくる。つい先ほどまでは、それらに闘争の怒号や断末魔の絶叫が混じっていた。
 気がついたらどこかの小屋の中。隣には気を失っているクラスメイト。目の前にはできたばかりの新鮮な惨殺死体。
 慌てて周囲を確認し、外から聞こえる喧騒に、窓からそっと窺った光景はしっかりと脳裏に焼きついている。刃物を振りまわす蛮族めいた粗末な衣装を着た髭面の男たち。それを迎え撃つ、やっぱり粗末な衣装を着た男たち。そして、ちょっとばかりいい装備を身につけてた男が、掌から光弾を撃ち出して髭面男の頭蓋を撃ち砕く光景が。
 自分だって、恐怖し混乱する。
 死がすぐそこにあるのだ。文字通り、板壁一枚を隔てた外側に。
 パニックに陥らないですんでいるのは、自分ひとりでなく見知った顔が隣にいたおかげだろう。そして、こうも恐怖もあらわに女の子に縋りつかれると守らないと、という意識が浮かんでくる。
 それが意識を冷ましていく。
 あるいは、人間。自分より混乱した人間を見るとかえって冷静になるという事なのか。
 美琴の背中を撫でながら、深く細く息を吐いて自分を落ち着かせていく。
 とりあえずは、この状況。おそらくは、盗賊か蛮族かが村を襲撃しているというところだろう。これをやり過ごさなければいけない。
 不本意ながらも今の自分は女で、女がどういう目にあわされるかは目の前の死体が無言で雄弁に物語っている。
 運が悪ければ犯されて殺される。運がよければ犯されて、売り飛ばされでもするのだろう。あるいは、持ち帰られて嫁にされるのかもしれないが。いずれにせよ、受け入れがたいバッドエンド。
「ああ、くそ……。こんな状況にいきなり放り込むなんて、俺たちに何か恨みでもあるのか神様……。いや、あっても不思議じゃないか」
 思わず神を呪う台詞を口走り。こんな世界へと跳ばしたヤツの顔を思い出して、そういえば神になったとか言ってかと溜息を漏らす。
 クラスの問題児扱いで、悪意漂う陰湿な悪戯をよくされていた。そんな扱いを受けていれば、恨みのひとつやふたつあっても不思議ではない。言動も態度も善人の親切という雰囲気だったが、アイツなりの意趣返しだったとしても納得できる。
 とりあえずは、この状況を無事に切り抜けるにはと溜息をつきながら考えを巡らしながら、優しく囁きかける。
「石塚さんは、どんな能力を?」
「え……?」
 何を言われてるのかわからない。そんな戸惑った様子を漂わせた声を漏らし、上目遣いに見上げてくる美琴を刺激しないように優しく言葉を重ねる。
「俺が手に入れたのは、吸血鬼の力。何がどれだけできるのか、自分で把握しきってるわけじゃないが。少なくとも、五感は鋭くなってる」
「え、でも……女の子……」
「……元のお願いが真祖の吸血鬼のお姫様らしいからね。容姿格好もそれに合わせて変わったらしい。石塚さんの姿には変化がないから、何かの異能系じゃないかと思うんだが……」
 改めて美琴へ視線を送り、何か変化がないかと観察しながら囁きかける。メガネをかけた内気な文学少女。簡単に表現をすればそんな容姿の彼女には、何の変化もないように見える。
 肉の薄い体つきも、日に当たらない白い肌も、染色も脱色もしてない黒い髪も。何の変化も見受けられない。謎めいた紋様が肌に描かれてもいないし、額に第三の目や宝石などが貼りついてもいないし、意味ありげに包帯が手足を覆ってもいないし、顔立ちが整いすぎるほどに美しく整ったりもしていない。
 目の前にいるのは、どこにでもいそうな平凡で内気な雰囲気の少女。
「…………ぁ」
 自分の言葉に目を瞑り、内面にこもるようにしていた彼女がふと声を漏らす。
「これ…は……。えっと……」
「何か、わかった?」
 何かを掴んだらしく、戸惑いがちに向けられた瞳を見つめて、そっと訊ねる。
「ええっと、何か……物を造る力みたい、です」


「なるほど……。銃とか爆弾は造れそう?」
 一本の鉛筆を手に、しげしげと眺めながら訊ねる。
 能力を確かめようと試してもらったら、床板に手を触れ目を瞑り何か念じてる様子を見せた後に彼女の手に出現した品だ。床板には、小さく穴が残されてるあたり材料として消費されたのだろう。鉛筆自体は、手に取り確認してもそこらで売ってそうなただのHBの鉛筆でしかないが、武器を作れるのなら心強い。
 そう思って、訊ねかけたが美琴は小さく首を横に振った。
「駄目みたい……です。リストに、その……ないから」
「ふむ……」
 言葉少なく、ぽつぽつと説明をされた内容からすると頭の中のメニューリストから造りたい品を選んで念じる感じらしい。リストの全容は本人も把握しきれてないようだが、品揃えは豊富ながらも普通に店頭で買えるような品しかないらしい。
 誰がどんな考えでこんな能力を望んだのかは知らないが、水や食糧には困らないだろうし、日用雑貨だって簡単に揃う生活的で実用的な能力ではある。
 戦闘向きではないので、現状打破には役に立ちそうにはないが。
 いや、それも使い方次第か?
 考え込みながら、自分の吸血鬼としての力はどうなのだろうと自分の内面に意識を向ける。
 美琴が自分の能力を自覚できたのなら、自分もできるはずとは思うのだが何度やっても把握したと思ったとたんに、手の中から水が零れ落ちていくように掴みきれない。
 それでも、人間とは比較にならない身体能力を持っていることは自覚できた。夜の住人たる吸血鬼らしく、夜闇に囚われる事がないことも。
 このまま息を潜めて夜を待ち、夜闇に乗じて逃げ出すのがベストか。
 心細いのか、ぴたりと肩を寄せてくる美琴の温もりを感じつつ考え込む。
 聞こえてくる略奪の喧騒はいまだ続いているが、目の前に死体が転がってるここは既に荒らされた後らしく近づいて来る様子は無い。
 目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませて周囲の気配を探る。
 武術の達人でもあるまいしと思うが、この体のスペックがいいのか周囲の気配をそれで把握できる。
 周囲に蛮人たちの気配がないのを確認すると、窓からそっと外を窺い確認する。
 目に映るのは、村の中央に広がる広場とそこに集められた若い女性とかき集められた金品と食糧。それらを山分けしている蛮族そのままの格好の髭面の男たち。
 身に着けている衣装は垢じみて汚れた物で、リーダーらしき男が毛皮のマントを身にまとっている。手にしている武器は、身長ほどの長さの槍か腕ほどの長さの刀身の剣。素材は鉄だろう。
 集められる女性も現代日本の基準で見れば、古着もいいところの古びた服を着込んでいる。男たちが山分けしている金品も、電化製品は一切見受けられない。
 そこまで確認すると、頭を引っ込めて内容を検証する。
 人種は見たところ白人系。この小屋や、外の人間の衣服や武器などからも考えて技術的には産業革命以前で大量生産の恩恵はない。電気の利用もなし。
 つまり、剣と魔法でイメージされる中世の西洋そのままの世界なのだろう、ここは。魔法というファクターがあるのは目にしているし、その影響はあるだろう。ここが文明圏の辺境で田舎で、中心部だともっと華やかだという可能性もあるが、少なくともここら辺はそうなのだろう。
 地球だとアフリカの部族抗争でもカラシニコフ振り回しているというのに、剣を振り回してるような連中が幅をきかせてるようだし。
(うわ、最悪……)
 腕の中の石塚さんを眺めて、溜息をつく。
 石塚さんの能力は現代日本の産物を造れる。中世かそれ以前の文明社会では、それはきっと高価な財貨になる。たとえば、どの家にでもあるようなありふれた鏡。鏡の向こう側にそのまま別の世界が広がってるような、クリアな鏡像を映す鏡は存在しないか、しても貴重品だろう。
 つまり、石塚さんは女としての価値だけでなく、財貨を生み出す宝の山そのもの。外の連中に能力を知られたら――きっと、考えたくもないことになる。
 銃器を造れたのなら、それを使って身を守ることもできたろうが……。
 ナイフや包丁なら造れるだろうが、それを武器として扱う技術がなければ相手を下手に刺激するだけだ。つまるところ、自分が守らなくてはきっと誰かに食い物にされて終わってしまうだろう。
 そこまで考えたところで、物が焦げる臭いにふと気づく。
 慌てて外を確認すると、男たちが建物を確認しながら火をつけている。それをすすり泣きながら女たちが見ている。
 隠れている人間がいたら炙りだすつもりなのか、それとも村の人間に仲間を殺された腹いせの焼き討ちなのか。この村を徹底的に略奪し、焼き払うつもりらしい。
 このままでは、隠れているこの小屋にまで男たちがやってくるのは時間の問題だ。
 中を確認されれば、隠れるような場所がろくにないのでまず見つかる。見つからなくても、火をつけられては男たちの目の前に逃げ出さざるをえない。状況の悪化に、マズイと背筋に冷たいものが走る。
 小屋の中に目を走らせるが、人間ふたりが隠れられるような場所はない。それ以前に、火をつけられたら焼け死ぬだけだ。
 では、逃げ出すか?
 壊れた戸板が引っかかってるだけの出入り口へと視線を走らせ、頭に浮かんだ考えを即座に却下する。
 逃げ出そうと飛び出したところで、広場からは丸見えで飛び出したとたんに見つかってしまう。
 だからといって、このままここで息を潜めても外の蛮人に見つかるか、見つからなくても小屋ごと燃やされて焼け死ぬ末路しかない。ならば、逃げ切れる可能性を信じて飛び出してみるか?
 あるいは、自分の体のスペックを信じて外の連中を撃退できると信じてみるか?
「……安藤君?」
 腕の中から聞こえてくる小さな声に、視線を落とすと不安の色もあらわに見上げてくる視線と目が合う。
 自分ひとりなら、正面から飛び出しても恐らく逃げ切れる。だが、身体能力が一般人。元のままなら、平均を下回っていた美琴が同じようにできるとは、智也には思えなかった。

 むしろ、彼女を囮にして自分だけが逃げに徹すれば――

 心に悪魔の誘惑が忍び寄る。
 ぎこちなく笑みを浮かべて、安心させるように彼女の頭を撫でてやりながらその誘惑を振り払う。それで助かってどうするというのか。見知らぬ世界で、知った顔を見捨てて生き延びて。
 そんな選択は、きっと死ぬほど後悔する。
 だが、考えてる時間はあまりない。このまま、ここに隠れていても見つかるのは時間の問題だ。
 正面から出れば広場から見つかる。見つからないように逃げるために、脱出口を作ろうと壁を破壊すればその物音で見つかるだろう。
 どうやれば、見つからないようにして脱出できると――いや、待て。
 掌で鉛筆を転がしながら考えを巡らし、ふと床板に目を落とした瞬間に脳内を何かが閃光のように駆け抜ける。
 脳内を一瞬で駆け抜けたそれを慌てて捕まえ手繰り寄せ、はっきりとした形を持たないそれを検証し形にしていく。
「ねえ、花火は作れる? マッチや、ライターとかも」
「え……。はい、造れるみたいです……けど?」
「じゃあ、逃げ出す準備をするとしようか」
 智也は明るく微笑み、安心させるようにそう告げた。






-------------------------------------------------
Welcome to this crazy world
このいかれた世界へようこそ
君はTough girl Tough girl

……以下執筆中。
脳内BGMは世紀末。



[17964] Metal Wolf
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/05/18 16:13
「コンバット・オープン/戦闘開始」
 囁くように紡がれた言葉に応えて、ディスプレイに文字列が流れる。

M agical
E nergy
T otal
A ll
L ink

W ar
O rganic
L iving
F ullarmor

 すなわち、魔導機関駆動式総合結合型戦術生体支援外殻――メタルウルフ。
 両肩に搭載されたウェポンラックに無尽の弾薬を武装を内包し、理不尽なほどに強靭な装甲で身を鎧い着装者を暴力の化身へと変える戦術級装甲強化外装。
 天へと吼え猛る狼のロゴが瞬き、モードが切り替わる。待機状態から戦闘状態へと切り替わり跳ね上がる出力。
 背中のスラスターに青白く光が仄めいて、蹴り飛ばされたように機体が一気に加速する。立ちふさがる大気の壁を爆砕し、引きちぎりながら天の高みへと駆け上る。
 急激な加速が体を軋ませる。だが、口元に浮かぶのは不敵な笑み。
 眼前には敵。
 人体をひと噛みで両断できそうな、巨大で凶悪な顎を開き怖気をふるう咆哮をあげるワイバーン。
 その翼で大気を斬り裂き、引き裂きながらともに天の高みを目指して駆け上る眼前の敵。互いに背後を取ろうとし、絡み合う二匹の蛇のように螺旋を描いて軌跡を残しながら地上を遥か下に置き去りにしていく。
「穴あきチーズにしてやンよ!」
 ウェポンラックから排出された二丁のマシンガンを手に取る。流体炸薬採用のケースレス弾は、冗談のような装弾数を実現し、毎分300発で弾丸をばら撒く。
 死神の眼窩のように銃口がワイバーンを見すえ、獰猛な獣のように咆哮しタングステンカーバイドの死神達を吐き出す。
 受け止めるのは地球では存在しえない天空の覇者。生物学的にありえない巨大な体躯の天を往く魔獣。
 弾丸を受け止めては発光しながらその存在を知らしめるのは防御結界。結界を突き抜けても、強靭な竜鱗が弾丸を弾く。

 咆哮。

 蒼穹に一筋の火線が刻まれる。
 ドラゴン・ブレス。術式ではなく、能力として先天的に竜の眷属が備える破壊の吐息。滅びの咆哮。それは、メタルウルフを捉える事無く無窮の空を駆け抜けてゆく。
 戦術支援システムが脅威度を評価し、回避を推奨してくる。
「上等だ……」
 舌なめずりして、眼前の敵へと視線を注ぐ。
 そう、敵だ。
 こちらが一方的に狩り殺す獲物でなく、こちらを逆に殺しうる敵だ。

 咆哮。

 スラスターが絶叫し機体を軋ませながら大気の壁を打ち砕いて灼熱の閃光の軌道から身をかわす。ウェポンラックが開き、ミサイルランチャーを吐き出す。手に取ると同時に花弁が開くように展開したランチャーから、無数のミサイルが飛び出していく。
 鋭利な刃物のように両の翼で大気を切り裂き、踊るように天を舞い回避するワイバーンへとミサイルが猟犬のように追いすがり爆発していく。ミサイルの航跡が複雑な模様を空に描き、花火のように爆音が天を轟かす。

 咆哮。

 薙ぎ払うように放たれた閃光が猟犬をまとめて消し飛ばす。爆煙を引き裂き、天空の覇者が雄叫びを上げる。鋼の勇者が重なる銃声でもって、その雄叫びに応える。
 音速を超えて疾駆する小さな金属製の死神に、竜鱗が火花を散らす。
 憤怒にたぎる双眸がメタルウルフを睨む。マルチセンサーの両眼が冷徹にワイバーンを見すえる。両者の視線が交差し、絡み合う。

 咆哮。

 ――お前は殺す。
 明確な殺意を乗せた殺害宣告。

 銃声。

 ――お前を倒す。
 揺るがぬ戦意を告げる鋼の咆哮。



 その日、北の大地で天空の覇者と鋼の勇者が激突した。







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頭文字繋げてメタルウルフ。
強引の感が否めない。
なにか、もっと適当なのに変えたいところ。
よさげな単語、ないですかねぇ……



[17964] In The Deep forest
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/05/31 03:11
 王国の北に広がる深い森。
 通称、黒の森。
 幾つものオークとゴブリンの部族が縄張りを築き、無数の魔物が住まう危険な森である。うかつに踏み込めば、生きては出られない。そんな評判がついて回る危険地帯。
 だが、森の住人にとっては住み慣れた土地に過ぎない。
 どこに何が住み着いているのか。どんな生き物がどんな行動をし、どんな危険を秘めているのか。森で生まれ育った者ならば、そんな事は身に刻みつけている。
 できなかった者は死んでいく。
 例えば、吸血蔦に絡みつかれて血を吸い尽くされて死ぬ。例えば、狼の群れに襲われ貪り食われる。例えば、オークに襲われ比喩的にも直接的にも喰われる。
「……どんなバケモノだ」
 それらの危険を当たり前のように踏み潰して通り過ぎていく怪物の痕跡が目の前にある。
 部族のシャーマンが数日前からおかしな様子を見せ、怯えていた理由が目の前に突きつけられている。
 自分たちの縄張りに何かが踏み込んできたのは知っていた。何の儀式か、森の木々を血のように赤く染め上げてうろつく何か。
 正体を確かめるべきだと主張し、残された痕跡の後を追って夜の静けさに沈む森の中を進み、最初に見つけたのは引きちぎられた吸血蔦の切れ端。熊ですら絡めとり餌食にする吸血蔦が、雑草を処分するように無造作に引きちぎられていた。
 森の住人であれば、吸血蔦には近づかない。気づかないような間抜けは、肌を吸血根で穴だらけにされて血を吸い尽くされた死体をさらす。
 だが、この痕跡を残した何かは間抜けにも引っかかっておきながら、暴れる熊すら逃さない強靭な吸血蔦を引きちぎり抜け出している。
 続いて見つけたのは、狼の死体がひとつ。
 ひしゃげた頭をさらすそれは、頭を一撃で叩き潰されている。そこには争った痕跡すらない。森で、残されたわずかな痕を手がかりに獲物を探し、狩りを行う自分にはわかる。
 狼を殺した何かは、抵抗も逃亡も許さずに一撃で殺している。
 逃げるところを追いかけて殺したのなら、逃げる狼を追いかけて痕が残されて無ければならない。折れた木の枝や、踏みしだかれた草。そういった痕跡が残っていない。抵抗があったのなら、同様にその痕跡がないとおかしい。戦いと呼べる争いがあったのなら狼の身体にはもっと傷がついていないとおかしい。
 なのに、綺麗に一撃で頭を潰されたとしか思えない死体と現場。
 探して見つかった痕跡は、他にも狼がいたらしい足跡と落ちていた毛。
 そして、今見ているのはオークたちの残骸。
 そう、死体でなく残骸。圧倒的暴力が吹き荒れた事を無言で語るオークの残骸である。
 木の枝に引っかかって垂れ下がっているのは臓物だ。腸がずるずると生き別れた上半身と下半身を繋いで木の枝に引っかかっている。地面や木々にどす黒くこびりついているのは流れた血の跡。
 へしゃげた頭部が胴体にめり込んだ死体があり、その死体には腕が無かった。切り裂かれた腹部から絡まりあったハラワタをはみ出させている死体には首が無かった。
 圧倒的な暴力で無惨に破壊された肉体が無数に転がる死地が広がっていた。
 むせ返るほどに濃密な死臭がそこには漂っていた。
 肥満体にも見えるオークの体は、柔軟な皮膚と分厚い脂肪に覆われて半端な攻撃では通らず平気な顔を見せる。大柄な体格で腕力に恵まれ、ただ武器を振り回すだけの攻撃でも下手に受ければ骨を持っていかれる脅威の一撃だ。
 食欲と性欲だけで動く馬鹿に見えても、侮れば返り討ちにされる危険な連中だ。
 それが、ただ一方的に屠殺されていた。
 死体があまりばらけていないのがそれを物語っている。ろくに逃げる間もなく皆殺しにされたのだ。
 何に襲われたらこんな死体を残せるのか。棍棒で殴り潰されたような傷があり、大きな爪で抉られたような傷がある。その傷のすべてが致命傷。ときおり森に入ってくるヒトではない。
 連中は確かに群れを成してオークを狩る事もあるが、ここまで一方的に殺したりはできない。それ以前に、こんな傷を死体に刻むことなどできない。
 シャーマンが怯えていたのが、いまさらになって納得できてしまう。
 どんな魔物が森に入り込んだのか。オークの死体を検分しながら、そんな事を考えていた彼の背中にぞくりと悪寒が走る。

 見られている。

 殺気のようなものは感じない。だが、見つめてくる視線には友好の気配も感じられない。
 どこからだ?
 心臓が早鐘を打つのを感じながら、ごくりと喉を鳴らしゆっくりと周囲をうかがう。
 わからない。
 肌をなぶる風がふわりと甘い匂いを運んでくる。
 風上にいる。その匂いを知覚すると同時に、弾かれたように風上へと視線を向け目にしたのは長い髪を風になびかせるヒトの姿。片手で木の枝に半ばぶら下がるようにして、幹に脚をつけて体を支えているヒトが樹上から見下ろしている。自由な片手はぶらりと下げられ、月光を照り返して光る刃物を握り締めている。
 本能的な恐怖が氷のように体の芯を冷やしていく。
 アレは絶対的な殺戮者だ。教えられるまでも無く悟る。アレが森を騒がせている怪物だ。敵対することすらおこがましい、怪物だ。
 見られてるというだけで恐怖に身が竦む。
 アレがその気になれば、逃げることすらできずにオークたちのように無惨に殺される。アレが手にしている刃物で切り裂かれるのか、華奢に見える手足で叩き潰されるのか。
 恐怖のあまり、目をそらすこともできずに身じろぎひとつせずに見つめ返す。
 どれだけの時が過ぎたのか。
 こちらへの興味をなくしたのか、不意に視線を外すと木の幹を蹴りつけてアレが風のように木々の間を抜けて遠ざかっていく。
「た……助かった……のか……」
 姿が見えなくなってからしばらくしてから、ようやく安心してその場にへたり込み深く息をつく。
 帰ったらシャーマンに謝らないといけない。
 腰抜けと言って悪かったと。ゴブリンの面汚しと言って悪かったと。
 アレは自分たちの手に負えるような相手じゃない。怯えるのも無理は無い。しかも、アレと同じようなのがまだ他にいるのだ。
 シャーマンは言っていた「大いなる魔がふたつ」と。
 自分たちにできることは、それが縄張りの中を通り過ぎるのを息をひそめてじっと待つことだけだ。下手に触れれば、オークどもと同じ末路を辿る。
 部族の者たちに言い聞かせねばと、彼は夜の森を村へと逃げるように急いだ。



 設問:特典つきで異世界に放り出されました。どうなるでしょう?
 解答:地理がわからないので、道に迷って遭難します。

「なんというか、遭難している実感がわかないな」
「わたしの能力、かなり便利です……よね」
 カセットコンロで牛乳を温めながらぽつりと智也が漏らし、美琴が呟き返す。
 どことも知れぬ森の中。何の準備も無く放り出されれば、普通は死ぬ。
 食べ物を確保できるかどうか以前に、飲み水を確保できるかどうかも怪しく。人間、水を飲まないと三日で死ねる。
 だが、美琴の能力はその心配を抱く必要が一切無い。
 必要な時に、必要な品を作り出せばそれで問題は解決するのだから。むろん、限界や制約はあるがどことも知れぬ森の中での遭難生活がのん気なキャンプ生活の雰囲気になるほどに便利な能力だった。
「悪いね。考え無しに、森の中に突っ込んで。早いところ、人里に出たいところだけど……」
「いえ、助かっただけで……十分です。それに、守ってもらってますし」
 蛮族か盗賊の襲撃の真っ最中の村から逃げ出した時の事を思い出して溜息をついた智也に、気遣うように美琴が声をかける。
 美琴の能力で、花火を作る際にその材料に小屋の裏手の壁を使う。ただそれだけで、音も無く壁を壊して脱出口が開ける。そうやって作った打ち上げ花火や、ロケット花火を小屋の壊れた扉の隙間から打ち出して注意を引く。
 人間の視覚――というか、動物の視覚は動いているものに注意を引かれる性質がある。カエルなどでは、動いている物しか見えないくらいだ。扉から飛び出す花火の閃光やロケットは盛大に音を響かせる事もあって間違いなく注意をひきつける。
 同じ見つかるのなら隠れ潜んで見つかるのを待つのでなく、あえて見つかってしまえという発想で花火で注意を扉にひきつけてから裏手から飛び出し逃げる。
 口で言えば簡単だが、成功する保証は無い。
 だが、周囲の気配を確認することで様子をうかがえた。飛び出してみたら、すぐそこで待ち構えていたなどという事態は避けられた。
 花火で注意を引いて、男たちが何事か言いながら近寄ってくるのを感じると同時に開けた脱出口から美琴を抱えて飛び出し、逃げ出したのだ。
 その後の事は、はっきりとは記憶に残っていない。
 ただ、少しでも早く遠くに逃げようと必死に足を動かしていたことだけが記憶に残っている。
 気がついたときには、どことも知れぬ森の中。
 人の気配もなく途方にくれたその日から、人里を目指して森の中を彷徨う日々。
 幸いにして、美琴の能力のおかげで水も食糧も確保でき、森の中を歩くにふさわしい衣服と、寝起きをするテントも確保できて衣食住の不安はまったくなし。
 程よく温もった牛乳をマグカップに注いで美琴に渡す。
「それじゃ、これを飲んだらゆっくりと寝るといい」
「……毎晩、すみません」
「気にしなくていい。だいたい、夜の方が調子がいいし」
 申し訳なさそうにする美琴に、ひらりと手を振り。くの字型に内反りの大ぶりの刃物を手元に引き寄せる。ククリナイフか、その類似品かは知らないが恐らくはキャンプ用品だろうそれは、森の中を行くに際して邪魔な下生えや木の枝を刈るのに実に役に立つ便利な刃物。
 そして、夜闇に乗じて襲ってくる獣たちを狩るのにも実に役に立つ。
 ホットミルクを作った後片付けを終えると、そっと目を閉じる。
 目の前の獣除けの小さな焚き火が奏でるパチパチと爆ぜる音。テントの中で美琴の奏でる規則正しい呼吸音。森の中の木々が風に梢を揺らす音。鳥か獣かが夜闇に響かせる鳴き声。
 目を瞑り瞑想するように意識を静かに落ち着けていきながら、周囲の気配へと感覚を研ぎ澄ませていくにあわせて周囲の情報が自然と読み取れて行く。
 森の中を彷徨ううちに、雑貨や食品を造り出して自分の能力の使い勝手を美琴が確かめ、認識を深めていったように智也もまた、森の中を彷徨い襲ってくる獣などを警戒し、撃退しているうちに自分の能力に対して認識を深めていった。
 夜は自分の領域だ。
 夜の訪れとともに、制約を解かれたように感覚は爆発的に鋭くなり、内部からエネルギーが湧き立つように五体に力が溢れる。
 自分たちを付け狙う狼の群れに気づいたのも、このおかげだろう。どうすべきか迷ってるうちに、目の前に姿を現し襲ってきたのでとっさに頭を殴りつけたら、べちんと派手に狼は地面にへばりつき、その頭は潰れていた。
 それで、狼たちは警戒したのかしばらく様子をうかがったあとにそのまま退散してほっと安堵したのは一週間ほど前。
 それ以前にブービーとラップのような奇妙な蔦に絡みつかれて吊り上げられたこともあり、この森には危険な生き物がいっぱいいそうだと常に武器を手元に置くようにしたのはそれからだ。
 その警戒は正しく報われたのが、それから三日後。
 近づく気配に気づいて様子を見に行けば、豚面の肥満体の人間というべき連中が蛮族めいた格好で現れた。自分を指差してゲラゲラと笑い、股間をおっ立てて武器を突きつけてきたらどういう連中かは言葉が通じずともよくわかる。村を襲っていた連中と同様の思考回路だろう。
 犯して奪い、そして殺す略奪者。
 陵辱されて殺されていた無惨な女性の死体が脳裏によみがえる。
 すうっと心が冷えていくのを感じ、自分の性能を確かめる相手にしようとナイフを手に取る。そこから先の展開は一方的だった。豚面の連中が弱いというよりも、夜の自分の性能が圧倒的なのだろう。
 武器の扱いは素人の自分が、ただ反応速度と腕力だけで武器を振り回し、一方的に殺戮をしてのけた。なんと脆い肉体なのだろうと思うほどに、連中の肉体を簡単に破壊できた。
 さすがに暴れすぎたと思うほどに無惨な光景になったのは、途中で血に酔ったような状態になったせいだろう。
 記憶を振り返りながら周囲へと警戒を続ける。
 豚面以外に、子供くらいの体格の亜人を見かけた事もある。様子を見に行くと、こちらに気づいて撤退したところからして警戒心が強いのだろう。この森には他にもこちらを襲ってきそうな動物や亜人や蛮族がいるかもしれない。
 こうして、夜は智也が警戒し。日が昇れば、美琴をつれて森の中を進む。途中、目印代わりに赤のカラースプレーを木に噴きつけながら進む。日が高くなる日中は、自分が昼寝する。
 日中でも人間離れした身体能力を保持しているおかげで、森の中を進むのには苦労はない。難所に出会っても、美琴を抱えて突き進める。
 問題は、人里に出たいのに近づいてるのか遠ざかってるのかすらさっぱりわからない状況だ。ひとりだったら、きっと精神的におかしくなっていた。美琴は頼もしい護衛を確保し、智也は文明的な生活を確保する。そういった能力の相性以上に、言葉を交わせる他者が側にいるというのが孤独を癒して精神的に助かっていた。
 そっと目を開き、梢の隙間からのぞく満天の星空を見上げる。
「みんな、どうしているんだろうな……」
 自分たち以外にもこの世界に来ているはずの、他のクラスメイトに思いを馳せてぽつりと呟きを漏らす。
 その呟きに応える者もなく、音もなく静かに夜風が智也の長い髪をなびかせ吹きぬけていく。
 ぱちりと、焚き火の中で薪が爆ぜて火の粉を散らす。
 夜の闇と静けさだけをともに、今夜もまた夜が更けていく。



「もてもてね」
「嬉しくないわよ!」
 怪しげな石造りの祭壇で交わされる言葉。
 薄暗い室内には香がたかれ、揃いのローブに身を包んだ男たちが平伏し彼らの魔を讃える祝詞を詠唱し続けている。
 揺らめく蝋燭の明かりに照らされて踊る影は、異形の姿。祭壇の上に座すのは、触手をうねらす異形の存在。それと言葉を交わすのは、祭壇に腰掛けて捧げ物の果物を齧る野性的な風貌の巨躯の男。
 鋼をよりあわせたような強靭な筋肉に包まれたその肉体は、祭壇の上で蠢く悪夢の産物のような異形に劣らない存在感を漂わせていた。
 朝霧翔子と倉本菜月は、どこぞの秘密結社で崇められていた。



[17964] Boy meets girl
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/07/03 03:12
 設問:異世界で人間社会にコンタクト。さて、問題は?
 解答:お金がない。


 ククリナイフを握った腕を振りぬくにあわせて、血飛沫が上がる。
 首筋を切り裂かれたワニの親戚みたいな怪物が、よたよたと何歩か歩いてからそのままどさりと地面に横たわる。地面に転がる死体は、それで三匹目。
 残る二匹を視界から外す事無く、ククリナイフを勢いよく振り、刃についた血糊を払い飛ばす。
 睨みあい、ぶつかり合う視線。
 張りつめた空気が漂い、凍りついたように動きを止めて互いを窺う時間が過ぎる。
 じりじりと緊張感とともに時間が過ぎて、根負けしたように怪物たちが視線を揺らすと、くるりと向きを変えて森の中へと消え去っていく。
「さすがに、昼間は緊張する。まさか、MPKをリアルで経験するとは……」
 消え去る気配を確認し、安全になったと思うと同時に深く息を吐き構えを解いて、肩の力を抜く。
「お疲れ様……です。MPKって……?」
 こちらへと歩み寄ってくる途中、掬うように地面に手を触れたかと思うとタオルと水の入ったペットボトルを手にした美琴が、それで濡れタオルを作り、返り血に汚れた顔を丁寧に拭ってくるのに身を任せる。
「MMORPGとかで、自分を追いかけてくるモンスターを他人に擦りつける行為……だったかな?」
 当たり前のように物質変換をこなしている姿に、能力の使い方は完全に身についたかと感慨深い思いを抱きつつ、正確な定義までは覚えてないがと、記憶を探りながら美琴の疑問に答え。視線を離れた樹の根元で目を回している少年へと向ける。
 年齢的には10歳ごろで、人種的には白人系に見える。
 この少年が、泣き喚き、悲鳴を上げながら森の中から飛び出してきて、樹に衝突。その後を追いかけて先ほどの怪物が飛び出してきて、ついでとばかりに智也たちにも襲い掛かってきたのだ。
 怪物に視線を向けて眺める。
 寸詰まりのワニを思わせる並んだ牙が凶悪な頭部に、しなやかなで運動性が高そうな四肢と強靭な尻尾。総じて評すれば、犬みたいな四肢で運動性の高そうなワニ。
「こいつもマンイーターか。ヘンダース島ほどじゃないが、この世界の生態系もずいぶんと危険なようだ……と」
「……ヘンダース島って、なんです?」
「子供を産みながらハンティング。生まれて5分もすればハンティングを終えて獲物を貪り食っているか、誰かの胃袋の中が当たり前。そんな狂った生態系の島。とりあえず、子供の足でうろつける範囲に人が住んでるとすると、人里は近いか?」
「近くに……村か何かが?」
「この少年も、俺たちと同じ遭難者でなければ。とりあえず、前に話し合ったとおりに準備をしておこうか」
「わかりました。それよりも……この子、助けてとか言ってました、よね?」
「それがどうし……なるほど」
 美琴の問いに、智也が首を傾げ。納得したように頷く。
 気にしてなかったが、言われてみれば少年の口にしていた言葉は理解できていた。
「言葉の問題はなし、と。幸先は良さそうだ」


 スキピオは、意識を取り戻すと同時に意識を失う直前の記憶――リザードウルフの群れに追い掛け回されていた記憶を思い出して、がばりと慌てて体を起こした。
「…………あれ?」
 きょろきょろとあたりを見渡して、周囲にリザードウルフがいないことを確認してほっと息をつき。改めて周囲を見渡し、こちらを興味深そうに眺めている女の子たちに気づいた。
 掌くらいの炎が踊る小さな焚き火を前にして座っていた女の子たちは、この付近では見かけないような黒い髪をしていて、村の皆とは違う綺麗な服に身を包んでいて、びっくりするほど可憐で目を惹く容姿をしていた。
「気がついたか、少年。怪我はなかったはずだが、無事か?」
 髪の長いほうの女の子が立ち上がり、ぽかんと見つめているスキピオの元へと歩み寄ってくるとしゃがみこみ、覗き込むようにして顔を寄せてくる。
「ええっと……。リザードウルフは?」
「追いかけていたアレか? それなら始末した。付近に気配はないし、安全だろう」
「へっ……?」
 寄せられる顔を近いと、胸の鼓動が早打つのを意識しながら懸念事を問いかけ、返ってきた答えに間抜けな声が漏れる。
 思わずまじまじと相手の顔を見つめ、確認するようにゆっくりと視線が下に下りる。儚げにも見える線の細い整った顔立ちに、ほっそりとした華奢な体。荒事に向いているとは思えない。リザードウルフの群れをどうにかしようと思ったら、腕に覚えのある村の大人たちが何人か必要だ。目の前の女の子にどうにかできると思えない。
 視線をずらして、もう一人の女の子へと向ける。
 何の装飾か、顔に変なものをつけているが、顔立ちは整ってるし、肌も綺麗だ。体つきも、リザードウルフと立ち回れるようなものじゃない。ふたりとも、村の女の人や、女の子よりもずっと綺麗な格好をしていて、見たこともない街の貴族やお姫様を連想する。
「誰か、男の人が他に?」
「いや、俺たちふたりだけだ。その様子だと、特に痛む場所もないようだ」
「えっ? でも、じゃあ……誰が、リザードウルフを?」
「……俺だが?」
 こいつで倒したと、折れ曲がった形をした奇妙なナイフを抜き出して髪の長い女の子が、何が疑問なのかと不思議そうに首を傾げる。
「……本当に?」
「嘘をついてどうする。それよりも、案内を頼みたいのだけど家の方向はわかるか?」
 あそこを見ろとばかりに、ナイフで示した先には乾いて変色した血の跡。死体は片づけられたのか、その姿はないが確かに死体があったのだと頷けるだけの大きな血の跡に、信じられないという思いを抱きつつ、ナイフをちらつかせる女の子の顔を見つめ。
「それで、道はわかるのか?」
 去年結婚した隣の兄貴分の「女は魔物だ」との言葉を思い出して、スキピオは深く納得した。


「なんだか、久しぶり……ですね。まともな屋根の下で眠るのって……」
 ベッドの上に智也と一緒に座り込み、背中を向ける智也の髪の毛をブラシで丁寧に梳りながらしみじみと言葉を漏らす。
「寝床はごわごわした感じがするけどな」
「仕方ないですよ、藁のベッドなんですから」
「マットレスひとつにも、豊かさの差を感じるとは……」
 意識してなかったが、日本での生活はものすごく贅沢な生活だったのだなと、智也がしみじみと呟く。そして、肩越しに振り向いて視線を投げかけ訊ねてくる。
「ところで、酷くいまさらな気がするんだが……。一緒のベッドに寝ることに抵抗は感じないのか?」
「髪の手入れをしているんですから、じっとしていてください。せっかく綺麗な髪をしているんだから、きちんと手入れをしないと」
「いや、だから……」
「いまさら……ですよ」
 言葉を重ねる智也を、美琴は背後からそっと抱きしめる。首筋に鼻先を埋めれば、石鹸の香りがふわりと甘やかに漂う。すっぽりと腕の中に納まった華奢な体躯を愛でるように、そっと指先を滑らせる。
 ブラシを脇に置き、生粋の女の自分よりも大きな――自分が標準以下という事実は無視するとして―ー胸の膨らみを自分でも理不尽とは思う怒りを抱きつつ、くすぐるように指先を這わし撫で回す。
「これで、男を意識しろと言われても。下着だって、女の子の着ているじゃないですか……。わたしが用意したのを」
「あぁぁぁぁ……あの? 美琴さん?」
「襲うのなら、森の中でいくらでも……機会があったと思います」
 うろたえた声を出す智也がなんだかおかしくて、くすりと笑い。いまさら、そんなことを言われてもと耳元で囁き、かぷりと耳朶を甘く噛む。
「ひぁぅっ!?」
 びくりと腕の中で硬直する様子が可愛くて、愛しくて、思わずぎゅっと抱きしめ囁く。
「いままでずっと、守ってきてくれたじゃないですか。それに、ずっとこの姿ですから……」
 森の中で一月近くも、寄り添うように暮らしていれば互いの肌なんて何度でも見ている。だいたい、下着を用意する時にはスリーサイズまで測ったというのに。正直、自分よりスタイルが良くて綺麗で、可愛くて――女として負けてるとひそかにショックを受けていたというのに、男として意識するわけがない。
 腕の中で硬直している智也へとそっと体重をかけて、優しくベッドへと押し倒す。
 硬直したまま抵抗しない智也と向き合うように姿勢を変えて、その胸元に顔を埋めて抱きつく。
「……他の皆も、こんな風に姿が変わってるんでしょうか」
「あー……。人間やめて、触手になってた人もいたし……」
 頭の上から降ってくる困ったような声に耳を傾け、目を瞑る。
「それじゃ、他の人に会っても……誰だかわかりませんね」
「胸元で喋られるとくすぐったいんだが……。やっぱり、知ってる顔には会いたい? 皆、それなりに何か能力をもらってるだろうし俺たちみたいに生き延びてるさ」
 だから、そのうちにまた会えるさと――優しく頭を撫でながら智也が囁いてくる。
「うん……。そうですよね。でも……それよりも、お家に帰りたい……です」
 まぶたの裏の暗闇に浮かんでくる両親の顔。それがひどく懐かしくて、泣きたくなるほど切なくてぎゅっと智也に抱きつき、柔らかな双丘へと顔を埋め擦りつける。
「そう、だな……」
 優しく、甘く、ふわりと囁かれる声。子供をあやすように、ゆっくりと優しく、抱き寄せられて頭を撫でられ、背筋をさすられる。
 耳に響く智也の心音が、心地よく眠りを誘う。
 とくんとくんと脈打つ音に耳を傾けながら、安心しきってゆっくりとまどろみの淵へと意識が沈んでいった。

 規則正しく穏やかな寝息を胸元に感じながら、智也は梳るようにそっと美琴の髪に指をすき、頭を撫でる。
 抱き枕のように、きゅっと抱きつかれて覚えるのは母性本能じみた保護欲求。口元が緩み、微笑みを浮かべていることを自覚して溜息のように深く息をつく。
「これも、精神が肉体に引きずられているということ……か?」
 パジャマの代わりと、ゆったりしたTシャツの胸元から美琴をそっと引き離し身を起こしながらひとりごちる。
 以前だったら、女の子にこんな風に抱きつかれたら性的な意味で興奮や緊張を覚えていたはずだ。まったく覚えないのかと言われたら、首を横に振るが昔ほどには積極的な関心を覚えない。
 そっと自分の胸の膨らみに視線を落とし、小さく息をつく。
 うん、アレだ。
 自分に無い物だから、興味津々で興奮を覚えるのだ。
 ナルシストでもない限り、自分の体に興奮する趣味の人間はいない。最初のうちこそは女体の神秘の探索をしもしたが、自分の体にもあると思えばなんというか興味が薄れてくる。
 ふにふにと、形を確かめるように自分の胸を揉んでから、その虚しさに溜息をつく。
 電気の力で闇が打ち払われている日本の夜とは違い、この世界の夜は暗く深い。
 枕元で淡く光を放っていたLEDランタンのスイッチを切ると、すぐさま闇が押し寄せてくる。
 美琴の寝息に耳を傾けながら、じっと膝を抱えたまま意識を周囲へと広げていく。
 昼間の少年に案内させて辿り着いた村で借りた宿は、村の酒場の一室。
 専業で宿屋を開くほど人気のある村でもなく、民宿に雰囲気は近い。
 そして、息をひそめてこっそりと近寄ってくる複数の気配。
「……予想通りか」
 現地通貨などの持ち合わせがあるわけでなく、支払いを美琴が造った宝飾品で支払った時から気になっていたのだ。愛想良く笑みを浮かべながら、ねっとりと絡みつくように向けられていた視線が。
 男が女に向ける性的な視線。
 その視線に不快感を覚えつつ、冷静になって考えてみると自分たちは狙われてもおかしくない。
 森の中でも、ほぼ毎日のようにビニールプールに湯を注いで即席の風呂を造ってに入ってたおかげで、肌も髪も清潔を保って綺麗。着ている服は、上質な布地。支払いは、気軽に貴金属と宝石。加えて、無力そうな少女がふたりだけで護衛もなし。
 わけありとみて警戒するか、いいカモだとみて手を出すか。
 向けられる視線の質に、後者だと判断を下していたが正解だったかと、溜息をつく。
 金品を奪って殺して埋めて、村ぐるみで口をつぐめば誰にもばれない臨時収入。あるいは、自分たちも売り飛ばして金に換えるつもりか。どちらにせよ、自分たちの体で楽しむつもりらしいのは、囁き交わされる下卑た会話が教えている。
 昼間ならともかく、夜ならば扉越しの囁き声などはたやすく聞き取れる。
 かちゃりと、小さな音を立てて鍵をかけたはずの扉が開いていく。
「――――!?」
 寝ていると思っていたのだろう。
 目が合った男が、驚いたように立ち竦む。
「お嬢ちゃ……げぶっ!」
 男が何かを言いかけたが無視して、ほんの一瞬で側によりその喉首を右手で掴み上げる。
「深夜に、乙女の部屋に忍び込むとは何の用だ?」
 小さな声で囁くようにして問いかけながら、左手はナイフを握っていた男の右の手首を握り締める。たいして力も込めていないのに骨が軋んでいく。自分よりも背丈のある男が、苦しげにもがいて振りほどこうとしているのも子猫にでもじゃれつかれているようだ。
 人間とは、こんなにも非力で脆弱だったのか。こんなにも、自分は異常な存在になっていたのか。人間を相手にすると、自分の変わりようが実感させられる。
「ああ、別に答えなくてもいい。手にしたもので、何をするつもりかは予想がつく」
 宿の主人に、柄の悪そうな男。今、喉首を掴んでる小太りの男の三人。手にしているものが、ナイフにロープに麻袋。そして、鍵がかかってるはずの扉を開けての侵入。何を意図していたのかなど、問うまでもない。
「てめえっ――」
「黙れ、美琴が起きる」
 何かを言いかけた男の瞳を見据えて、命じる。
 それだけで、男が表情を失い言葉をとぎらせる。

 魅了の魔眼。

 吸血鬼にはありがちな、精神干渉系の能力。
 使ってみるのは初めてだが、なかなかに便利だ。そんな感想を抱きながら、男の精神を掌握する。
 何が起きてるのか理解できずに、うろたえてる宿の主人と目をあわせる。すぐに、宿の主人も表情を虚ろにして立ち竦む。
「さて、色々と試してみることがある。お前たちには、実験につきあってもらおう」
 喉首を掴んだまま、無理やりに跪かせて覗き込むように顔を寄せて、口の端を吊り上げて囁きかける。
「ミッ……ミディアン!」
「なるほど、俺のような存在は一般的なのかな? この世界の常識を色々と語ってもらう必要もありそうだ」
 目を見開き、恐怖の表情を顔に貼りつけた男が呻くように漏らした言葉に、くつくつと低く笑う。
「そして、少年……夜這いをするにはまだ若すぎる気がするが?」
 背後を振り返れば、窓枠に足をかけ。なかば、室内へと身を乗り込ませていた昼間の少年が呆然とした様子で固まっている。
「えっと、その……ガラドのおじさんが、その……助けに……」
 うろたえた様子で、口をぱくぱくとさせながら必死に言葉を搾り出す様子が何かおかしくて小さく笑う。
 ちらりと一瞥し、合わさる視線を介して精神の表面を撫でる。
 混乱はしているが、嘘はついていない。
「夜這いでないなら、お静かに。そして、ここであったことは秘密だ」
 人差し指を一本立てて、唇に当ててお静かにとジェスチャーをしながら、刺激しないように声をかける。
「あ、ああ……。黙ってる。すげえ、ミディアンなんて……初めて見た」
 きらきらと瞳を輝かせながら、少年がこくこくと頷く。
 少年の反応に、智也は「あれ?」と内心で首を傾げた。男のみせた反応は恐怖。ならば、ミディアンとは恐れられる存在のはず。なのに、この少年の反応は何だ?
 智也は知らない。
 自分たちの格好と立ち振る舞いから、スキピオが自分たちをお姫様みたいだと思っていたことを。
 自分たちを襲う計画を立ててるのを聞いて、騎士気取りでやってきて男たちを返り討ちにしている自分を目撃して格好いいなどと思ったことを。
 少女たちがミディアンだと知って、先が見えてる同じ事の繰り返しの退屈な日常から、非日常の世界へと足を踏み入れたとわくわくと胸を躍らせていたことを。
 ボーイ・ミーツ・ガール――少年は少女に出会う。それは、幾多の物語で語られる冒険の始まりであることを。
 ありていに言えば――スキピオ少年は厨二症候群を罹患していた。



 一方、その頃。
「あぁん、ショウコ様ぁ……」
 ずるりと蠢きうねる触手へと、白濁に穢れ、粘液に濡れた裸身をすり寄せてうっとりとした表情を浮かべる少女。
 薄暗い室内には、生臭い性臭気がむわりと立ち込めていた。
 感情表現がわかりにくい触手の塊だが、見慣れた自分にはわかる。あれは、後悔と自己嫌悪に震えてる。
 頭が痛いとばかりにこめかみを揉み解して溜息をつき、菜月は疲れたように日本語で声をかける。
「それで、どういう話の聞き方をしたらこういう結果に?」
 菜月の声に、びくりと触手の塊が震える。
「違うの。襲うつもりなんかなかったの。怯えて、暴れて話を聞いてくれないから……その、捕まえて落ち着かせようと……」
「生贄として連れてこられたら、怯えもするでしょうけど。それがどうしたら、こうなるわけ?」
「うぅ……。だって、柔らかくていい匂いがして…その……」
「ムラムラして、気がついたら押し倒してましたって?」
「あぅ……」
「はぁ……。これじゃ、本当に生贄じゃないの」
 翔子と菜月。
 怪しげな結社の召喚儀式の現場に出現して崇められる結果になったふたりは、ともに自分の現在の容姿に不満を抱いていた。
 そして、この世界には魔法があるらしい。
 ならば、自分たちを元の姿に――せめて、人間の女の子らしい姿に変える魔法もあるのでは?
 その発想に辿り着くまで、さほどの時間を要しなかった。
 同時に、結社の人間に崇められているからこそ自分たちの安全があることを理解もしていた。
 自分と一緒に室内に入ってきたフード姿の男たちが、室内に撒き散らされてる粘液や白濁をありがたそうに回収しているのを横目に眺めながら溜息をつく。
 遠回りに探りを入れたのは失敗だったかと。
 自分たちとしては、魔法を使える者はいないか。いれば会いたいと求めたつもりだったのに、どういう解釈が行われたのか、力ある乙女を生贄に求めてると受け止められたらしい。
 見目麗しい少女を恭しく差し出されても困るのだ。
 それでも、魔法が使えるのならと藁にも縋る思いで必死な翔子が話を聞こうとし今に至る。人払いがされてフード姿たちはその現場には立ち会ってないし、自分も少女が落ち着くまでは無理だと食事を取りに離れてた間に一体何があったのやら。
 いや、まさか……
「心が、体に引きずられてる……?」
 悪夢めいた触手の塊という風情の翔子を一瞥する。なにか、アレはエロゲ的触手だったというわけ?
「うわぁ……。男でよかったかも」
 もし自分が女だったら――うっとりと蕩けた表情で翔子に肌をすり寄せ甘える少女へと目を向けて、ぞくりと背筋を震わせる。
 まさか、男でよかったと思う日が来るとは。
 いや、そうじゃなくて。このままでは、いずれは自分も女の子に欲情して押し倒すとか?
 一緒にこの世界に来てるだろうクラスメイトに変身魔法の使い手がいれば、ぜひとも今すぐこの場に来て欲しい。
 精神的同性愛か、肉体的同性愛かでわたしが悩んでいるうちに。
 そして、できれば翔子が人間をやめる前に。



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フラグメントは面白かった。
TSすると、心が体に引きずられるのは定番ネタの気が。



[17964] 《楽園》
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/07/03 03:34
 大小あわせて二千を越える島が浮かび、多島海の異名を持つエイジア海。
 その海に浮かぶアリストロメリア島は、地球の人間が見ればギリシャの島を連想するだろう。
 すなわち、表土を失い枯れた石の荒野に覆われた島を。
「我らの土を失えば、我らは立ち去るしかない。岩を耕し、喰らう術を知らねば」
 緑豊かな島に住み着き、森を切り開いて畑を作り耕し――その果てに全てを失った島の先祖の言葉だ。
 地球においては、モアイ像で有名なイースター島の住人が辿った道だ。万を超える人口を誇った栄華も、森の樹を最後の一本まで切り倒し、脆弱な土壌を耕し失った果てには、人口を激減させ、飢えのあまりに人食いの風習にまで陥り、ついには滅びた終末の光景。
 歴史を紐解けばメソポタミアにギリシャにローマ。ゆっくりとした変化であるがゆえに、滅亡の予兆に気づかないか気づかないふりをした挙句に滅びた文明はいくらでもある。
 そして、滅びの後に残されるのは貧困と飢餓。
 それはこの島でも変わらない。
 交易の拠点になってるわけでもない不毛の島は、沿岸部にへばりつくようにして寂れた漁村がいくつかあるだけの貧しい島。
 だが、いかに貧しくても人が住まうなら人の営みがある。
 男と女が巡り合い、子を産んで育み老いて死ぬ。人と人がぶつかり、わかりあう。笑顔を浮かべ、涙を流し、出会い、別れを繰り返す。
 特別なところなど何もない、ありふれた日常の連鎖。
 その連鎖が、今途切れようとしていた。
 闇夜の暗がりを、黒い影が音もなく走る。ひとつでなく、いくつもの人間ほどの大きさの両生類じみた異形の影が走る。
 それを物陰に隠れて、戸板の隙間から息を殺しながら見ていることしか少女にはできなかった。
「誰か、助けげげぶっ……っ!」
 転げるように村の中を走っていた男が唐突に転ぶ。両生類の皮膚のようにぬらつく質感の黒い影が、尻尾を揺らしながらその背中にのしかかっている。
 人間の手を思わせる前脚で男を押さえ込むと、イソギンチャクのように無数の触手をうねらせる円形の口で帽子のようにすっぽりと男の頭を咥えこむ。鼻から下だけを覗かせて、悲鳴を上げて助けを呼ぶ声が唐突に途切れる。むちゃくちゃに振り回されていた手足が、不意にばたりと地面に落ちる。
 異形が口を離せば、糸の切れた操り人形のようにごとりと男の体が地面に横たわる。
 ごろりと首が転がり、少女に虚ろな頭蓋の赤黒い断面を見せる。
 男の頭蓋は鋭利な牙で切り取られ、穿たれていた。
 男の脳髄は啜られ、貪られて失われていた。
 まるで、壷の蓋を外して中身を取るように、頭蓋を外して脳髄を喰われていた。
 どこかウナギを思わせる頭部を揺らめかして、脳喰らいの魔物が新しい獲物を求めて視線を巡らす。
 悲鳴を上げそうになる口元を、必死に手で覆い。世界を拒絶するように固く目を瞑って、必死に小さく体を丸めて見つかりませんようにと神々に祈る。
 そして少女の祈りは聞き届けられることはなかった。


 破滅の種子が播かれたのはしばらく時を遡る。
 急峻な地形の島の中央部。人の立ち入らぬその場所へと、啓示空間から落ちてきた人の頭ほどの黒い種子が落着した。
 落着した種子は、即座に発芽して薄い土壌を突き破り基盤岩層へと直接根を張り、岩盤を貪り喰らい孔を穿つ。そして、喰らった質量をそのまま自分の構成質量へと変換して急速に成長していく。
 その光景を見ている者がいれば、自分の穿った穴へと沈み込みながら凄まじい速さで成長している黴の菌糸にも似た醜悪な《樹》を目にしただろう。
 人は岩を食えない。たとえ、口にしたところで栄養にならない。だが、《樹》は物質変換を行うことで岩を滋養たっぷりの餌として貪り喰らう。
 岩盤へと穴を穿っての急速な成長も《樹》の高さが人の背丈の倍ほどまで育ったところで、さすがにペースが落ちる。
 種子が発芽のために胚に蓄えていた栄養を使い果たすように、物質変換の効率が低下していき、質量の直接変換による急速な自己成長が終わり。根が貪り喰らい分解吸収した質量を養分へと変換して全身へと運んでの代謝によっての成長に移る。
 急速な成長を支えるために、血管を思わせる組織が脈動しながら養分を全身に運ぶ。急速な成長と代謝活動の結果として出される廃熱は周囲の大気を揺らめかし陽炎を作るほどの熱量に及んだ。 
 《樹》それ自体には、自我と呼べるものはない。
 ただ、与えられたプログラムの通りに黙々と成長を続け、初期に与えられた力を使い果たし、物質変換能力を事実上失うと同時に次の段階へと移る。
 一日がかりで大人が二人ほどでようやく抱えられるほどの太く成長した幹の内部で、細胞群が変化してただ記憶し演算するための器官を形成していく。十分な処理能力と記憶領域が確保されると、圧縮状態で大切に保存されていた情報を解凍し、演算領域へとロードする。
 解凍された情報は即座に自己組織化を終えて、活性状態に移行する。
 《樹》に自我が宿った瞬間だ。
 《樹》には目も耳もない。ゆえに、暗黒と静寂に囚われた意識は周囲の状況を確認したいと望んだ。
 それに応えて樹皮の隙間を押し開くようにいくつもの眼窩が形成されて、そこを眼球が埋めると、ギョロギョロと慌しい動きで視線もばらばらに周囲を見渡す。
 無数の目で周囲を確認しながら、参考データーとして埋め込まれていた情報を読み込んで自己の現状を理解するにつれて内部意識は凪いだように静かな精神状態で沈黙し――狂ったように笑い出した。
 狂躁的な笑いの衝動が過ぎると、《樹》はゆっくりと思索を巡らし、今後の方針を立てる。
 幹と周囲の岩壁を繋ぐ菌糸めいた枝に肉芽が形成される。肉芽は腫瘍のように育ち、果実のように実っていく。
 物質であれば全てを餌として貪り食った暴食能力は既に使い果たされていた。
 黒ずんだ緑の葉を茂らせて、普通の植物のように光合成によって養分をまかないながら果実を育てていく。人間で言えば脳に当たる演算器官とそれを維持するための器官以外を分解吸収して萎えさせて果実を育てる養分へとリサイクルまでして、急いで果実を育てていく。
 栄養に富んだどろどろのスープのような溶液が果実へと流し込まれ、果実の中で育つ何かが養分を吸収して細胞分裂を繰り返し、自分の出す代謝熱でゆだりながら凄まじい勢いで成長していく。
 自らが穿った穴の奥底で、自らを育てる有機物に飢えながら《樹》はゆっくりと果実を実らせていく。
 島で放し飼いにされている犬の一匹が行方知れずになったのは、それから一週間後のことだった。


「……ダメだ。船は、全部やられてた」
「そうか……」
 不意に翳る日差しにちらりと横目で視線を向けると、浜に船の確認に行っていたカルウスが暗い表情で結果を報告する。
 ドルースは、手にしたままぼんやりと眺めていた剣を鞘に収めると立ち上がる。
 辺りを眺めれば、昨夜の魔物の襲撃を生き延びた数人の村人が表情の抜け落ちた生気のない顔でこちらを見つめている。
 惨劇の後を物語るように、戸や壁を打ち破られた家が見える。しかし、無惨な姿をさらしている死体の姿はない。別に自分たちが弔ったわけではない。
 魔物たちが持ち去ったのだ。
 昨日まで当たり前の日常が送られていた村の姿を一瞥し、目に納めると無言で歩き始める。
「どこへ行く気だ?」
「島からは逃げられない。ならば、行く先はひとつだ」
 背後からの声に振り返る事無く、そっけなく言葉を返す。
「……そうか」
 呟くような声が染み入るように、小さく響く。それきり、続く言葉もなく沈黙が生まれる。言葉の代わりに続くのは、自分以外の足音。
 それがひとつ増え、ふたつ増え――やがて、生き残った村人の数に等しくなる。
 昨夜の惨劇が嘘のように、青く綺麗に晴れ渡った空の下。寂れた田舎だと疎ましく思いつつも、ここで骨を埋めるのかと諦めにも似た境地で受け入れていた日常をドルースは追憶する。
 大陸で冒険者として活躍していたと語る親父の昔話。隣の家の兄弟と喧嘩をしてむくれていた妹の愚痴。笑顔を絶やさず、家族の面倒を見ていた母親の顔。
 先の見えたつまらない生活だと見限り、いつかは島を出て大陸で成功してやると思っていたはずの昨日までの生活。
 みずぼらしく、惨めだと思っていたはずの記憶が黄金の輝きを持ってよみがえる。
 ぎしりと、歯を軋ませて噛み締めて島の中央の頂を睨みつける。
 記憶をひとつ振り返るごとに、郷愁が胸を突く。憎悪の焔が心を焼く。
 貧しくみすぼらしい、惨めな生活だったかもしれない。つまらないほどにちっぽけで、先の見えた人生だったかもしれない。だが、こんな風に理不尽に奪われて良いものだったはずがない。
 親父が冒険者時代に使っていたという剣の重みを確かめながら、一歩ずつ魔物たちが消えた島の中央へと足を進めていく。
 勝てるのかどうかなど、どうでもいい。
 ただ、この刃をやつらに突き立てることができればそれでいい。
 誰も一言も言葉を発しないままに、穏やかに照りつける日差しの下歩き続ける。
「これは……」
 天へと突き立つように急峻な地形の島の中央部。その山腹部分に、洞窟のようにぽっかりと開いた穴を発見して一行は無言で目配せをした。
 その入口付近に生えていた草は踏みしだかれていて、最近出入りした者がいることを告げている。
 ドルースは、ぽっかりと広がる洞窟の奥の暗がりを見据えて剣を鞘から抜き放つ。それにあわせて、背後で各々の武器を構える音が続く。
「行くぞ」
 低い声で、一言告げてドルースは洞窟へと踏み込んでいった。
 そして、洞窟の暗がりを抜けたその先に見たものは異形の《樹》だった。
 くりぬかれたように垂直に広がる穴。その穴にすっぽりと収まって、見たこともない異形の巨木が生えていた。黒くひび割れた樹皮に覆われた幹には、無数の眼球が周囲を埋め込まれていて、それが周囲を見つめている。
 岩壁と幹とを繋いでいる無数の枝には、人の頭ほどの奇妙な果実が無数に実っている。天井のように頭上を覆うのは、病んでいるかのように黒ずんだ葉を茂らせた枝。
 そして、樹の根元には蓋の着いた卵形の奇妙な器官があり、薄く半透明の膜を隔てて中の様子がぼんやりと透けて見える。知る者が見ればウツボカズラの食虫器官を巨大化したようだと評するだろう、その器官の中に詰め込まれているのは村から持ち去られた無数の骸。
 その周囲には、村を襲った魔物たちが体を丸めて身を休めていた。
 剣を握る手に力がこもり、ぎしりと軋む。
 物陰に潜むようにして様子を窺っていたこちらに気づいたのか、丸めていた体を解きほぐすようにして魔物たちが次々に体を起こしていく。
「行くぞ!」
 背後を確認する事無く、剣を振りかざし飛び出す。
 地を蹴りつける足に返る硬い地面の感触。手に伝わる振りかざした剣の重み。粘液に濡れて光る鋭利な牙と触手に縁取られた円形の口を突き出すようにして駆け寄ってくる魔物たちの群れ。
 全てがくっきりと認識できているのに、全てがひどくゆっくりに動いているような奇妙な感覚。
 耳に届く獣の咆哮は何かと思えば、自分の喉の奥から迸る雄叫びだった。背後の仲間たちがあげる闘争の声だった。
 何もかもがゆっくりと動いていく世界の中で、戦闘を突き進む魔物が間合いに入ったと感じた瞬間に振りかざしていた剣を全力で叩きつける。
 刃が肉を打つ鈍く湿った音が響き、返り血がドルースの顔に飛沫となって降りかかる。
 金属が軋むような叫び声を魔物たちが奏でる。
 そこからは乱戦だった。
 剣だけでなく鋤や鎌など、思い思いの武器を手にした仲間たちと魔物たちが血飛沫を撒き散らし、叫び声を上げながらぶつかり合う。
 ドルースも必死に剣を振るい、魔物たちにぶつかっていく。まともに剣を習っているわけでもない、ただがむしゃらに振り回すだけの攻撃。統率を取れた動きを見せる魔物たちと、素人丸出しのドルースたちでは始めから勝負は見えていた。
 とんでもなく長い時間が過ぎたようで、実際には呼吸をいくつかする程度の時間。
 ドルースたちの決死の攻撃も、ただその程度の時間であっさりと制圧をされた。そして始まるのは、凄惨な宴の時間。
「くそっ! 離せ、離せ!」
 地面へと押し倒されて、両肩を押さえる様にしてのしかかる魔物を睨みつけて吼える。
 必死に逃れようと暴れても、がっちりと押さえ込まれていて身動きひとつ取れない。無駄な抵抗を嘲笑うように、ぞろりと生えた牙と触手を揺らめかし、粘性の高い唾液を滴らせて奈落の底へ通じる穴のような暗がりを覗かせて魔物の口がドルースの頭へとゆっくりと寄せられていく。
 生臭く生暖かい口腔へと頭を咥えこまれて、視界が闇に閉ざされる。
 そして、無慈悲に頭蓋に牙が食い込んでくる痛みを感じ――ドルースの意識はふつりと途切れた。


「お兄ちゃん、起きて。起きてよ、お兄ちゃん」
 死んだはずの妹の声が耳元に優しく響く。目覚めてと、ゆさゆさと体が揺さぶられる。
「あ……。え……アドリア?」
 それが妹の声だと気づくと同時に、跳びはねるように起き上がる。見開いた目には、見慣れた妹の驚き呆れたような顔。
 死んだはずの妹の顔を呆然と見つめてるうちに、アドリアが頬を膨らませ不機嫌そうな表情へと変わる。
「もう、お兄ちゃんったら。せっかく、《楽園》に来たのにずっと眠ってるんだから」
 見て見てとばかりに、アドリアが周囲をぐるりと手で指し示す。つられて視線を流せば、穏やかな日差しに照らされてそよ風にそよぐ緑鮮やかな草原が目に映り。自分たちに木陰を落とす樹は甘い香りのする果実を実らせている。
 天を見上げれば雲がゆっくりと風に流れ、鳥の群れが視界をよぎっていく。
 緑豊かで、穏やかで平和な風景がそこには広がっていた。
「いや、しかし。俺たちは、魔物に喰われたはずだ」
「バナールの悪魔。その概念的応用……らしいんだがなぁ。仮想現実といっても理解できんだろしな。わかりやすく言えばここは夢の世界だ」
 不意に背後から響いてきた声に慌てて振り返れば、さっきまで誰もいなかったはずの場所に一人の少年が立っていた。急ぎアドリアを背後に庇うようにして立ちながら、少年を警戒のまなざしで睨みつける。
「この世界が夢の世界とは、どういう意味だ?」
「脳殻の中で培養液に浸ってる脳へと直接感覚入力を行い望む仮想現実を見せているというわけだ。薬物と暗示を併用して、必要とあれば記憶操作や洗脳も行っている……と言っても、理解できてないようだな」
「……俺たちは、死んだんじゃなかったのか」
 少年の口にする言葉は意味がわからず、そんなこちらの様子にどうでも良さそうに肩をすくめる少年に低い声で問いかける。
「その質問に対する回答はノーだ。お前たちを襲った《収穫者》は、脳髄を生きたまま回収している。その他の部分は、この《バナールの樹》の栄養にさせてもらってる」
 少年の言葉とともに、空中に窓が開くように見覚えのある《樹》の姿が映し出される。
「ほら、そこにぶら下がってる脳殻の中に脳みそがあり、あの中でお前たちは夢を見ているわけだ」
 少年が指差す先には、枝からぶら下がる丸い果実。そのなかに自分たちの脳があると言われても実感が湧いてこない。
「これが夢と言うのなら、現実へ返せ。俺たちを解放しろ」
「そうは言っても、既に身体は処分済みだからなぁ……」
 あきらめろと、酷く軽い仕草で少年は肩をすくめる。
「なに、現実でないからこそ現実のしがらみからは解放される。美しい異性を望むだけ侍らして肉欲に溺れるのもいい。スリルに溢れた困難な冒険を楽しむのもいい。あるいは、現実をそのまま再現した夢の中で、現実の続きを暮らすのもいいだろう。望む事を望むだけ続けられるこの世界は《楽園》だぞ」
「違う! 夢は、夢だ。どんなに現実そっくりでも、自分の肌で感じたものじゃない。自分の目で見て、手で触れたものじゃない。ただの幻だ」
「感覚野への直接入力だから、主観的な知覚においては現実との差異はないはずだ。それに、十分な精度の観測データーに基づいて再構成された仮想現実は、現実との差異はなく現実そのものだ。厳密に言えば、演算リソースの節約で省略化している処理はあるが……。主観認識においては、それを知覚することはない」
「わけのわからない事を言って誤魔化すな」
「……これだから、野蛮人は。妹が会いたいと待っていたから、あわせてやったのに」
 嘆くように首を振って漏らす独り言に、馬鹿にされている事を感じてむっとして睨む。
「お兄ちゃん……」
 背後でおろおろとしていたアドリアが、腰元へとすがりついてくる。
「ひとつ訊かせろ。どうして、俺たちの村を襲った」
「即物的な理由で言えば、《樹》を育てる栄養を得るため。他には、個人で見る夢は当人の想像の範囲を超える事がなく、それでは《楽園》は退屈に飲まれてしまう。それを避けるためには、やはり複数の人間を集めるのがいい。共同で同じ夢に沈むのもいいし、他人の無意識領域を利用して個人の夢でも予想を超える展開を出せる。そして、最後に何よりも俺がそうしたいからだ。全人類を《楽園》に取り込み、俺は世界を征服する」
 安心させるようにアドリアへと手を添えながら、殺意すらこめて睨みつけて問うた言葉ににやにやと笑いながら少年は答えを返す。
「現実をお望みなら、記憶を消去・修正して今までと同じ日常を暮らすがいい。妹との暮らしを望むのなら、ともに同じ夢を見ればいい。妹の意見が違うのなら、仮想人格のコピーが一緒に暮らしてくれる。なに、《楽園》の管理者たる俺は住人のいかなる望みでもかなえてみせるさ。納得する必要はない」
 言葉とともに少年は唇の端を吊り上げるようにして、優越感に満ちた嗜虐の笑みを見せる。
「我々はお前たちを同化する。抵抗は無益だ。おとなしく《楽園》の夢に沈め」

 

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現実と区別できない仮想現実に閉じ込められたら、人はその事実に気づけるんでしょうか?




[17964] それぞれの夜
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/09/08 05:21
 ドーマ帝国千年の歴史と、帝国人は言う。
 しかし、『帝国』としては実のところ六〇〇年ほどの歴史しか有していない。
 ドーマ帝国の前は、共和制ドーマであり、さらにその前はドーマ王国であった。
 故郷を追い出された男たちが、自分たちの場所として現在のドーマ帝国首都に住み着き。周辺から嫁として女をさらい、蛮人王ロムルスが王国として名乗りを上げたのがドーマの起源とされている。
 続く、凡人王ユニウスの時代に緩やかな拡大と内政の充実が行われ、三代目の暴虐王ルキウスの時代に暴政に耐えかねた民衆による王の追放が行われる。
 ドーマへの王の帰還は、暴虐王の息子。奪還王パドゥースの時代になって実現し、その天下は暗殺によって三日で終わる。そうして王国としてのドーマは終わりを迎え、元老院の統治による共和制ドーマへと移行する。
 その奪還王には、性格を異にする弟がいて。弟は、ドーマの奪還でなく先祖に習い新国家の建設を目指して従うものを引き連れて北の辺境へと旅立っていた。
「その弟が建設した国家が、ここセレウコス王国らしい。ここより北に国はなく、蛮族と異族が住む蛮域が広がり。南にはドーマ帝国が覇を唱え。さらにその南には、アテナイ人たちの都市国家群があるらしい」
 地図も無く、伝聞ばかりの情報だから精度は当てにはならないがと口にする智也の頭を丁寧に、シャンプーを泡立てながら頭皮までしっかりと洗いながら美琴は気になっていたことを訊ねる。
「それで……みんなの手がかりになるようなお話は?」
 隙間の多い素人が建てました感の強い小さな小屋。そこは、いわゆる五右衛門風呂の鉄の浴槽が設置された小さな風呂場。美琴に背を向け、小さな椅子に腰掛けて気持ち良さそうな表情で髪を洗われながら智也は問いに答える。
「残念ながら、ない。朝霧さんのインパクトのある外見なら噂になってても不思議じゃないと考えていたが、触手系モンスターも普通にいるらしいよ、この世界」
 言われて、美琴はこの村に来るまでに抜けた森で出会った生き物の姿を思い返す。
 そう言えば、川に近づいたら肉の紐に牙の生えた蛇の頭をつけたような触手の群れに襲われたと思い出し。あれは、首がたくさんある生き物だったのか、口が付いた触手の群れだったのか、どちらにせよあんなのがいっぱいいるのなら、多少変な姿でも目立ちそうに無い気がした。「そうですね」と呟いて、智也の頭にゆっくりとお湯を注いでシャンプーを洗い流していく。
「そういうわけで、朝霧さんもそういったモンスターの情報にまぎれているかもしれないせいで詳細不明。噂になるような目立つ行動を取っているヤツがいたとしても、ここは北の辺境の国の、そのまた辺境の村で情報に乏しい。村に取引に来る商人たちに話を聞いた方がいいとさ」
「明日か、明後日あたりに……来るんでしたっけ?」
 髪になじませるように丁寧にリンスをしながら教えてくれた男たちのことを思い返す。
 キラキラとした憧憬のまなざしを向けていた子供はともかく、「我が姫」などと智也に格好をつけていたりした宿屋の主人などのオヤジたち。
 魅了をかけたとか言っていたけど、ちょっと引くものを感じて小さく息をつく。

 ミディアンとは何か?
 夜の闇を蠢く、人に似た姿を持った人にあらざる者たち。
 悪魔、淫魔、吸血鬼。その他諸々をまとめて放り込んだ極めて大雑把な概念、らしい。
 智也が支配下に置いたオヤジ三人衆から引きずり出した情報をまとめるとそういう事になる。他にも、オークやゴブリン。エルフやドワーフなどの亜人種族の存在など、この世界に生きる生物の情報を色々と聞き出せたのは大きい。
 しかし、それが迷信なのか現実なのかを検証できない。
 それでもいくつか把握できたことがある。
 魔法とかのファンタジーな要素を取り除いてみれば、テクノロジーに見るべきものはないこと。インフラが整っておらず、王や貴族が幅を利かせている封建制の社会であること。
 そして、魔法の恩恵は限られた者だけが享受していること。
 早い話が、智也たちが世話になってる辺境の村だと地球の中世や古代の田舎とあまり代わりがなくなってくる。
 水道がないから、水はいちいち汲みに行かねばならず。ガスや電気がないから、夜は暗く。冷暖房なんて、当然ながらない。
 怪我や病気は、薬師や祈祷などで対応し。衛生などという概念は存在しない。
 清潔快適な現代日本で暮らしていた女の子にとっては、いささか以上に不満のある環境といえ。美琴が積極的に能力を使ってまで、生活環境の改善を図ったのも頷ける。
 改善を図った結果。この村どころか、この世界でもかなり高い水準の生活環境になってしまってるのは、把握した限りの常識ではマズイ気もするが、自分も恩恵にあずかってるから気にしない事にする。
 変に目立てば、権力者とかから目をつけられて面倒なことになりそうな気がするからその対策は考えなければいけないだろうが。
「そういえば。その……トモくんは吸血鬼なんです……よね?」
 頭のてっぺんから爪先まで、美琴に綺麗に現れてほややんと気持ちよく弛緩した状態で美琴と一緒に湯に浸かりながらのんびりと今後のことを考えていた智也に小さく声がかけられる。
「そうだけど?」
 目を瞑り、すっぽりと美琴の腕の中に納まったまま何をいまさらと言わんばかりに言葉を返す。
「だったら、血を……吸わなくて大丈夫なんですか? それとも、あの人たちの血を……」
 あの人たち?
 一瞬の疑問は、魅了したオヤジたちのことだろうと思い当たるとすぐに消え。オヤジどもから血を吸ってるのかと、おずおずと訊ねる美琴へともたれかかり、ささやかな膨らみを背中に感じながら身を預ける。
「渇きに襲われるとかは、まだない。おそらく、消耗しない限りは大丈夫。オヤジ連中は……その、なんだ。臭くて口をつける気に……」
 血の匂いにそそられることはあったが、その程度でいろんな作品でみられるような吸血衝動やら渇きやらに悩まされたことはない。
 最近は妙に喉が渇くようになってきていて、このままでは時間の問題だろうという認識はあるが差し迫った問題でもない。
 魅了したせいで下僕状態の人間を手に入れたが、好き嫌いをする程度には余裕がある。
 垢じみて臭う中年オヤジに、何を好き好んで噛みつかねばならないのか。同じ噛みつくなら、美琴のほうが美味しそう――ではなくて。
「お風呂……入ってる様子、ないですからね」
 耳元で囁かれると、吐息がかかってくすぐったい――ではなくて。
「……水道もガスもないなら、風呂に入るのもひと苦労だからな」
 最近、美琴のスキンシップに流されてる気がするなと内心で溜息をつきながら言葉を紡ぐ。
 スイッチひとつで、後は沸くのを待つだけなどという便利さはない。浴槽を満たす大量の水を運び、その水を沸かすための燃料をかき集め、火の管理をしながら沸かすと手間がかかるのがこの世界の入浴だ。
 つまり、わりと面倒で贅沢な行為。風呂は風呂でも蒸し風呂のほうが普及しているらしいの当然だろう。
「まあ、風呂に入る習慣が無いだけだろう。風呂に入らない習慣があるのよりはマシだ」
「……入らない習慣、ですか?」
 不思議そうに呟きを漏らす美琴に、小さく肩をすくめてみせる。
「キリスト教の影響で、中世ヨーロッパじゃ風呂に入るのはよろしくないという風潮があったのさ。皮膚の常在菌が洗い流されるとか、そういう衛生学的思想も影響してたらしいが……。来ていたシャツが腐るほど、ずっと着っぱなしとかしていたらしい」
「それは……」
 絶句。
 返すべき言葉が見つからないのか、美琴が沈黙する。
 とりあえず。この世界が、わざと不潔を目指してるとしか思えない中世ヨーロッパ的な世界だったら、このまま田舎に腰をすえて都市部に出ないほうがいいかも知れない。
 ふたりの脳裏によぎった思いは、多少の差異はあったがほぼ同じものだった。


 そうやって、ふたりの少女がのんびりと湯に使っていたのと同じ日。
 五十年ほど前の先王の時代に北蛮侵攻によりセレウコス王国から失われ、人の法が及ばないがゆえにあらゆる悪徳が栄える無法都市と化したタウリン。
 法に変わってこの都市を支配するのは弱肉強食という古来よりのシンプルな法則。
 すなわち力が全て。
 そして、法はなくても暴力と恐怖によって練り上げられた秩序が存在し、その秩序の頂点に君臨するのは三者。
 数こそ少ないが、文字通りに都市の闇に君臨し夜を支配するミディアンたちの《夜会》。
 主に人間で構成され、暴力と悪徳に酔いしれる荒くれ者たちが作る盗賊ギルド。
 北蛮侵攻の際に、略奪を終えた後もそのまま居残りいついたオークを主体とする異族たちとそれを統率するダークエルフ。
 その三者が不要な衝突を避けるための意思疎通の場として定期的に開く連絡会が、タウリンの最高意思決定機関として機能していた。
 今夜もその連絡会は開かれていた。
「やつらを叩くべきだ!」
 娼館に併設された見るからに派手で金がかかってそうな内装の、どこか成金的な雰囲気の酒場。
 その一角で、テーブルに拳を叩きつけ。声を荒げて主張するのは頬に刃物で切られた傷跡が残る強面の男。テーブルには他に二名の者が席についており、周囲には剣呑な雰囲気を纏う護衛たちが、互いに睨みあっている。
「放置していたのを今になってた叩く、その理由は?」
 優雅に脚を組んだ姿勢で、物憂げにも見える落ち着いた態度で問い返すのはダークエルフの女。
「本物だったから、だろう」
 性別が判然としない声で淡々と告げる最後の一人は、フード付きの黒いローブにすっぽりと身を包み、白い仮面で顔を隠して欠片ほども肌を見せない小柄な人影。
「魔術を使うと口にする者は多い。神の加護を口にする者も多い。たいていは、口にしているだけか使えてもたいした事がない。しかし、連中は本物だ」
「たんに魔神を崇めてるだけの頭のおかしいだけの連中ならともかく、本当に魔術を使う本物なら喧嘩を売るのは躊躇うというわけね」
 無感情に事実を口にする言葉に、嘲笑の響きを宿す声が続く。
「やかましい! やつらが、最近になってクスリを流し始めているのは知ってるだろう。俺らに断り無くだ」
「だが、我々には関係ない」
「あんたらは、クスリは扱ってないからな。だが、俺らを無視してクスリを流してるって事は、俺らの面子に泥を塗ってるのと同じだ。舐められてる」
「そうね。舐められるのはいけないわ。それに、彼らのクスリには興味があるし、持っている知識にも興味があるわ」
「攻撃をするというのなら、するがいい。だが、我々は手を貸さない」
「つまり、手を貸さないが邪魔もしないということだな?」
「《夜会》の意志として、肯定する」
 仮面の奥から響く声が確約すると、男は視線をダークエルフの女へと向ける。引きこもりの《夜会》が行動に参加しないのは予定通りだ。邪魔さえしなければ、それでいい。
「こちらの利益は?」
 視線に参加を前提にした問いかけが返ってくる。
「さっき欲しがってた知識はこちらも頂く。独占は無しだ。もちろん、クスリの利益もだ。知識も利益も共有。分け前は半分ずつ」
「あら、それじゃ夜会の取り分がないわよ?」
「協力しないなら、分け前も無しだ」
 じろりと不機嫌そうに一瞥をしながらの短い言葉に、仮面はそれでいいと無言で頷き同意する。
「それじゃ、それでいいわ」
 ダークエルフの女はそのやりとりを見て、艶めいた笑みを浮かべ頷く。
「話はまとまったな。それじゃ、善は急げだ。お前ら、さっさと兵隊を揃えろ」
 男は取り巻きに手を振りながら命令を下す。命令に応じて、伝令に何人かが酒場を抜け出していく。
「あなたたちも、準備をなさい」
 ダークエルフの陣営もまた、指示に従い襲撃に備えて準備をすべく伝令が走り出す。
「それじゃ、今夜も話がまとまったことを祝って乾杯だ」
 テーブルの上の杯。上物の酒を満たされたそれを、三人は同時に手に取り打ち合わせる。
「俺は部下どもの様子を見に行くが、あんたらは楽しんでいってくれ」
「言われなくても、ゆっくりと楽しませてもらうわよ」
 ぐいっと一気に杯をあおって飲み干した男は口元を拭うと、そのまま席を立ち護衛を引き連れて去っていく。それを視線も向けずにひらりと手を振って返事をしながら、舐めるようにゆっくりとダークエルフの女は酒を味わう。
「それで……連中はどこまで本物だと思う?」
「何かを喚んだのまでは確かだ。それも、かなり強力なのを」
 盗賊ギルドの連中が姿を消したのを確かめて、秘密の睦言を囁くように仮面へと顔を寄せて囁かれた問いかけに平板な声で返事が返される。
「そう。そちらも、感知してたのね。気づいてないのは、筋肉で考える馬鹿ばかりなわけね」
 くすくすと笑いながら、投入するのは失っても惜しくない捨て駒にするかと頭の中で選別を始める。
 今では落ち着いているが、しばらく前に精霊達が騒いだ時期があった。その頃から、何かの気配を街の北。今夜の連絡会の議題になった魔神崇拝結社の連中が根城にしている一角から感じている。
 そして、こういうことには敏感な《夜会》の連中の証言。
 結社の連中が今も活動しているということは、手に負えないものを喚び出したというわけではないだろう。媚薬と麻薬を足して割ったような強力なクスリを流し始めた時期から考えたら、喚び出した何かがそれに係わっているのは確かだ。
 魔術を扱う者ならば、魔の気配には敏感でなくてはならない。
 気づいていない盗賊ギルドの頭を内心で嘲笑う。本気でクスリの製法を狙ってるあの男の襲撃が成功すれば、自分達にも利益が出る。結社の連中が、魔神召喚に成功するような本物ならば、返り討ちにあって失敗するだろうが、それは戦力を削られた盗賊ギルドより自分達が優位に立つことを意味する。
 自分達の利益を犯されない限り《夜会》の連中は、こちらに口を挟まない。勢力が均衡している自分達と盗賊ギルドの力関係が、こちらの優位になれば自分達がこの都市の事実上のトップだ。
 結社への襲撃は、成功よりも失敗の目が大きい。そう踏まえて疑われぬ程度にはまともな、それでいて失ってもかまわない程度の兵隊編成を考えながら、自分達の栄光を夢見てダークエルフの女は口元に笑みを刻んだ。
 《夜会》の仮面はいつの間に姿を消したのか、ふと気がつけばテーブルには自分ひとり。
 方法は不明ながら、自分に気づかれずに姿を消した事実に浮かれていた心がひやりと冷える。
 気づかれずに姿を消せるのなら、気づかれずに傍らにまで来ることもできるだろう。命を刈り取ることができるほどに、すぐ近くにまで。
 本気でこの都市の支配を目指すのならば、やはり《夜会》の排除も視野に入れておくべきかと口もつけずに残された杯を不機嫌に睨むと、自分も立ち去るべく腰を上げる。
 結社への襲撃が行われたのは次の日の夜。
 その結果は、第四の勢力が都市に君臨する支配者達に事実上のトップとして加わる結末となった。





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吸血行為って、相手の肌に直接口づけ。
不潔な相手の血は吸いたくないでござる。



[17964] Monster on the road
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:80779154
Date: 2010/09/16 04:14
 アテナイ人をドーマ人が評していわく。
「百の都市があり、百の意見がある。そして、決してひとつにならない」
 都市国家を基本とし、都市同士での抗争が絶えないアテナイ人たちはドーマ人の言葉のとおりに史上一度も一致団結したことがない。
 東方諸国を統一し、中央世界へと侵攻してきた大フェザーンに対してすら彼らは団結できなかった。
 当時、パルタクスを盟主としたパルタクス同盟とアテナイを盟主としたアテナイ同盟の二陣営に大きく分かれて争っていたアテナイ人はアテナイ同盟がパルタクス同盟の邪魔をしないという形で一応の団結をみせたのが限界であり、アテナイ人が民族としてひとつに団結したことはない。
 大フェザーンに位置的に近かったがゆえに、直接的な脅威に晒されていたパルタクス同盟は無数の英雄を生み出しながら抵抗を貫き、相手が遠征軍であることと征服された諸国の混成軍であることの弱みをついた戦術で三度にわたる侵略をしのぎきった。
 事が終わると、パルタクス同盟諸国には、いざという時に助けてもくれなかったと恨み節がアテナイ同盟諸国に対して残り。以前にもまして、アテナイ同盟諸国との対立が深まる。
 直接的な脅威に晒されずにすんで、戦力を温存できたアテナイ同盟はというと、余裕があるからこそ政争に耽った挙句に内部分裂で勢力を低下させてしまい。パルタクス同盟を共通の脅威とすることで、辛うじてまとまることに成功している始末。
 以後、延々と同盟間で毎年のように小競り合いを繰り返し。同盟内部の都市国家間でも、利益対立や感情的問題から衝突が絶えず。どちらの同盟にも所属してない都市国家群との紛争は毎年の恒例行事。
 毎年のようにどこかで軍がぶつかり合うことが当たり前になってくると、傭兵が職業として成立しやすくなってくる。
 共和制を基本とし都市ひとつがひとつの国家として完結する傾向を見せるアテナイ人の政治家は人気取りに走りやすい。税として軍務に就くことを嫌がる市民の為に、金銭で代納することを認めている都市国家は多く、収められた税で必要に応じて傭兵を雇うようになってくるとますます傭兵は職業として成立しやすくなり、大小無数の傭兵団がアテナイ人の都市国家間を仕事を求めてうろつくのが気がつけば当たり前となっていた。
 さすがに、軍事力を全て傭兵でまかなうような思い切ったことをする都市国家は少数派だが、アテナイ同盟全体を見渡してみれば必要に応じて、必要な戦力を確保するというスタイルで、傭兵を主体とした戦略を採用するのが基本となっていた。
 対するパルタクス同盟も、その傾向を見せてはいたが大フェザーンの侵略の記憶が軍事を重視する思考を植えつけていて、男子は全て兵士であるという国民皆兵戦略を取った上で不足する戦力を傭兵で補うというスタイルが基本となっていた。
 自然、アテナイ同盟とパルタクス同盟の戦争は、練度と士気には劣るが数には勝る傭兵部隊主体のアテナイ同盟と数には劣るが幼少の頃から兵士として鍛え上げられ練度と士気に勝る正規軍主体のパルタクス同盟という構図を描く。
 後に、パキス街道の戦いと呼ばれる戦いもその構図から外れていなかった。


「親分、逃げましょうぜ」
「逃げれるわけないだろうが。次からの仕事、なくなるぞ」
「ですが、こちらは百。向こうは三千て聞いてますぜ?」
 ぼりぼりと頭をかきながら、こそっと囁いてきた部下に親分と呼ばれた男は振り返った。
「別に、敵さんに勝てとかそういう事じゃないんだ。三日、街道を封鎖すればいいと言質は取ってきたんだぜ? そうすりゃ、こっちの増援も来るはずだって」
「三千相手にですぜ。一日だって持たねえと思うんですが……」
「だから、ここに陣取ってるんだろうが。左右は湿地帯で軍の展開は難しいし、騎馬は動けねえ。街道さえ押さえていればいいし、戦場が街道に限定されるなら一度に大軍相手にはならねえよ」
「そうは、言いますが。相手は三千ですぜ。ひとり頭、三十は相手しないといけないなんて無理ってもんです」
「お前、計算できたんだな」
「茶化さねえでくだせえ」
 感心した様子で口笛など吹いて見せた親分に、部下の傭兵は顔をしかめる。どう考えたって、敵の数が多すぎる。このままでは負けて殺されると思えばこそ必死になって、親分に食い下がる。
「こんな無茶な仕事なら、投げ出しても分かってもらえますって」
「こんな無茶な仕事をやり遂げたら、次からはふっかけられるな」
「なっ……」
 飄々と返された言葉に、口をぱくつかせる部下を面白そうに眺めると親分は気にするなとばかりにその肩を叩いて告げる。
「古参の連中は肌で感じてるし、うちの魔術師はぶるっちまってる。俺達の切り札にな」
「は……? 切り札?」
「お前、確か去年入ったばかりだったな。経験浅いから感じられねえかも知れねえな」
「さっきから、何の話を?」
「ほれ、この前に入団した新入りの話だ」
「あのキラキラしてほそっこいのと、装備だけは大層な坊ちゃんですかい?」
 切り札というほど凄い奴らだったかと、首を捻る部下に苦笑する。
「キラキラの方はともかく、ご大層な黒い鎧の坊やはヤバイな。首筋に剣を突きつけられてるような、危険の匂いがぷんぷんする。魔術師殿の話を信じるなら、どちらも相当にヤバイ」
「はぁ……。そういうのなら、信じることにしやすが」
「ああ、信じてくれ。そういうわけで、あのふたりは街道に出張って陣取ってるはずだ」
「はぁっ!? ふたりだけで、ですかい?」
「俺の勘だが、ふたりだけで事足りそうな気がするな」
「いくらなんでも無茶な!」
「だが、あいつらはこう言ったんだぜ? 『足止めするのは構わんが、全滅させても構わんのだろう?』ってな」
「言っちゃあなんですが、正気ですかい。そいつら?」
「ん~、どうなんだろうなぁ。正気か狂気か、どちらにせよ自信はあったようだぜ」
 どうでもいい事のように投げやりに言葉を返すと、親分はそこで会話は終わりとばかりに視線を先ほどまで見ていた街道の先へと戻す。
 緩やかな弧を描きながら、地平線までずっと延びていく街道の彼方でぽつんと小さくふたつの影が佇んでいる。
 街道に切り分けられて広がるのは、一見すればところどころに木の生えた草原のようにも見える湿地帯だ。足を踏み入れれば、膝まで埋まってしまう泥濘に足を取られて歩くことすらままならない。
 こんなところに街道を通そうと思った発想も、実際に通してしまった行動力も凄いとは思うが今は軍の移動を阻む湿地帯は巨大な障壁として存在し、そこを抜ける街道を封鎖すれば迫り来る軍勢をしのげるというのが何よりも重要だ。
 湿地帯ごと迂回すれば、街道を封鎖した意味はなくなるがそれはないと踏んで間違いない。
 出している斥候は、相手が街道を直進していることを告げているし、相手自身も彼我の戦力差を知っている。
 普通に考えるのならば、地理的優位は数的優位に踏み潰されておしまいだ。
 三百の兵で大フェザーン三万の軍を防いだという逸話がパルタクスのほうにはあるらしいが、その逸話でも結局は三百の兵は全滅しているし、やったことは軍を編成するための時間稼ぎの足止めでしかない。
 顎をなでて、ざりざりとした無精ヒゲの感触を感じながら親分――アラムは部下達がその逸話のような状況でも逃げずに自分に従っているのはあのふたりの存在が大きいのだろうと思った。
 キラキラの方はともかく、もうひとりは確実にヤバイ。
 呪われているとしか思えない禍々しい漆黒の全身鎧。見ていると引きずり込まれるような、奇妙で恐ろしい気配を漂わせている。あんな物を身に纏ってる奴がまともであるわけがない。刀身まで黒い、身の丈ほどもある幅広の巨剣も似たような物騒な気配を感じさせる。
 どちらも、一級品の魔法装備だろうが絶対にまともじゃない。
 漂わせる気配にふさわしい凶悪さがあるのであれば、進軍してくる連中を怯ませ足止めさせることぐらいはできるだろう。
 戦いもせずに逃げ出したというのであれば論外だが、そうでなくても契約を遂行するために戦い、敗北して逃げたというのであれば元々の無茶な戦力差もあって団の信頼にさしたる傷はつかないだろう。
 入団に際して見せられた実力からすれば、一流の傭兵を名乗れるが三千の軍勢を相手にするには足りない。
 たったふたりでどうするのか。何か策でもあるのかと思ってもいたが、そんな様子も無く馬鹿正直に街道に立ち塞がっているだけ。背後で陣を構える部下達の様子をちらりと確かめ、街道の先のふたりへと興味深く観察の視線を注いだ。


「なあ、相棒。俺達、なんでこんなところで三千の兵隊相手にする破目になってるんだろうな?」
「分かってるくせに聞くな、相棒。団長が言ってただろう。本来なら来る増援が、到着してないからだ。おかげで、三百ぽっちで三千相手。俺達ふたりで千人切りの伝説を作ろうぜ」
「なあ、相棒。お前、絶対に鎧か剣に影響されてるって」
「ふっ、相棒。お前の設定した装備は凄いぞ。体の芯から力が湧いてくる感じだ。くっくっくっ、今宵の虎徹は血に飢えておるわ」
「なあ、相棒。人の話を聞けよ」
 新藤拓海は、深々と溜息をついた。
 自分が望んだのは、悪魔を素材に鍛え上げられた強力無比な魔剣と鎧。それを身に着けているのは、自分でなく一緒にこの世界へとトリップしてきたクラスメイト。
 他人が装備しているのを見て、遅まきながら気づいたわけだが悪魔を素材にしているだけあって思いっきりカースド・アイテム。妖刀が使い手を破滅に誘うとか、妖刀を手にすると人を切りたくなるとかそんなノリで見事に装備者を呪ってくれる。
 なにせトリップして最初にすることが、剣を振りかざして斬りかかってくる桐崎から逃げ回ることだったのだから。
 鎧や剣の設定語りをすることに夢中になっていて、装備に使いこなせるように使い手の心身を強化するのを忘れていた設定ミスを命がけで身をもって悟った。
 鎧と剣の強化効果で、装備の重さを苦にした様子もなく剣を振り回し襲い掛かってくるのを必死で逃げ回り、なぜか頭の中にインプットされていた攻撃呪文をダース単位で叩き込み、拘束呪文で押さえつけて封印呪文で鎧と剣を抑え正気に戻すまでに森が更地になってたりと周囲の被害も大きかったけど。
 悪魔の鎧と剣は凄いが、実質戦闘にしか使えない。素直にその戦闘力をいかしていくことを考えたのだが……。
 最初に考えていたチートスペックとチートボディをいかして冒険者ギルドに所属して、あっというまにSランクに駆け上って大活躍。女の子にもモテモテ。
 そんな夢は、まさしく夢。
 そもそも、冒険者ギルドというもの存在していませんでしたというオチ。
 銀髪で透けるように白い肌でほっそりとした体つきで金銀のオッドアイの性別不詳の美形になったおかげで確かにもてるようにはなった。日本も昔は、衆道とか言ってホモが普通だったと日本史で習った事を思い出しながら、自分の尻の穴の心配もしなくてはならないくらいに。
 幸いにも、やたらと豊富に頭の中にインプットされていた呪文のおかげで、たいていの問題は力尽くで解決できたので気にしないことにしているが。
 もっとも、トラブルからの縁で傭兵団へと所属することができたのは不幸中の幸いかもしれない。
 呪文とセットでついてきた膨大な魔力は、相棒の封印の維持に大半をつぎ込まないといけないという問題は頭が痛いが、封印が解けると凶悪装備に身を包んだ狂戦士爆誕。
 封印のせいで、悪魔の鎧と剣は――名前は捻りもなくデモンメイルにデモンソード――ともに能力を封印されて、相棒もスペックダウン。
 たまには、全力で暴れてみたい。
 呪われてる桐崎には獲物を与えておかないと、こっちも危険だが。
「おぉ、敵さんが見えてきたぞ」
 嬉しげな声に、視線を前へと向けると街道の先に行軍してくる敵の姿が目に映る。
 円形の盾と身の丈を越える槍。赤いマントに羽根飾りのついた兜。ぽつぽつ混じる、ひときわ派手な羽飾りは指揮官だろう。
 ファンタジー物のゲームやアニメ。マンガやラノベで出てくるのような見た目のカッコいいデザインではなく、無骨で重そうでカッコいいとは言いがたいのが残念だ。
 その手の装備がまったく無いのかと言えば、儀礼用として存在していたり、実用性を伴った魔法系のきわめて高価な装備として存在してはいるらしい。
 六メートルほどの幅の街道を埋め尽くして統一された装備に身を包んだ軍勢が戦意を伝えるざわめきとともに進軍してくる。そして敵軍は、やがてふたりから二百メートルほど離れた位置で進軍をとめる。
 派手な羽飾りの男が、敵軍の先頭集団から抜け出してこちらのほうへと厳かな足取りでやってくる。
「告げる。我らは、テーノスの兵だ。我らはこの先のクセノンに用がある。貴殿らが無関係ならば、道を明けられたし」
 街道の真ん中に立ち塞がるふたりの前にとやってきて、堂々たる態度で告げる男に桐崎が背負っていた黒い巨剣を抜き放ち、路面へと突き立て言葉を返す。
「我ら、クセノンを守る者なり。この道を通りたければ、我らを屍に変えてゆけ!」
 胸を張り、カッコよく言葉を吐く桐崎に拓海も続く。
「進むとあらば心に刻め。我らが名は新藤。そして桐崎。貴殿らを殺す者の名だ」
 ふたりの言葉に男は頷く。
「心得た。されば、我らテーノスは剣を持って語ろう」
 マントを翻すようにしてふたりに背を向け、男は仲間の下へと帰っていく。
 小さくなっていくその背中を見つめながら、桐崎は闘争の喜悦を宿した声で新藤に求めた。
「封印を解除しろ。さすがに、このままでは千人切りはつらい」
「いいだろう。封印術式二号、三号。敵軍殲滅まで限定解放」
 ぞわりとおぞましい気配が桐崎の鎧から放たれる。路面に突き立てられた巨剣の刀身に無数の苦悶する人の顔のような模様が現れ蠢き始める。
「くっくっくっ! 力が溢れてくるぞぉぉぉっ!」
 桐崎の上げる声を耳にしながら、封印の維持に費やしていた魔力が戻ってくるのを確かめ拓海は口元を緩める。
 宣告の使者としてやって来た指揮官が隊に戻るのを確かめ、桐崎へと声をかける。
「さて、相棒。敵さんの準備は整ったようだし往こうか」
「ああ、相棒。待たせては悪いし、往くとしよう」
 剣を肩に担ぐようにして構え、前傾姿勢で桐崎が最初の一歩を踏み出し、たちまちトップスピードまでスピードを上げて敵陣へと突き進んでいく。
 パキス街道の戦いはこうして始まった。


 放たれた矢のように一直線に突っ込んでくる黒い剣士を、テーノスの兵たちはたかが一人と数の優位を確信しつつ慣れた動きで隊列を組み待ち構える。
 前衛が片膝をつき左手の盾をしっかりと路面に構えて、盾の陰に身を隠し右手に握る槍を突き出す。
 隣の兵士と庇いあうように隙間なく並べられた盾は即席の城壁だ。盾を構える前列に加え背後の仲間が、さらに槍を突き出して城壁は槍衾で敵を迎え撃つ。
 重量のありそうな全身鎧に身を包んでいながら、人間離れした速度で駆けて来る敵にテーノスの兵たちは賞賛の念とともに注視する。
 あれだけの装備に身を包み、あれだけの動きを可能にするためにどれだけ己の身を鍛え上げたのか。
 それだけの兵士を単騎突っ込ませて捨て駒にするクセノンの民に侮蔑の念を胸に抱く。
 装備の重量と突撃の速度もあって、衝突の衝撃はかなりのものになるだろう。ひょっとしたら、前衛の隊列を崩されるかもしれない。
 しかし、それは同時に突き立てる槍の勢いに相手の速度が上乗せされ威力を増すことを意味する。
 そして、例え崩されても背後で組みなおせばいい。崩された前衛で押し包んでそのまま押し潰してしまえばいい。
 傷を負う者は出るだろう。死ぬ者だっているかもしれない。それでも、勝つのは自分達だという勝利の確信を胸に彼らは相手を待ち受け。

 薙ぎ倒された。

 刺し殺すべく突き出された槍は刺さる事無く弾かれ、突撃を受け止めた盾は鉄塊でも叩きつけられたように砕かれた。
 盾を構えていた兵は衝突の衝撃に、後ろへと弾き飛ばされて後列の兵を巻き込み押し倒す。
 力尽くで前衛の構えた盾の壁を食い破り飛び込んできた黒の剣士は、その勢いのままに手にしていた剣を斜めに振り下ろす。
 その刃の軌道上にいた不幸な兵士は、身に着けていた装備ごと叩き斬られ悲鳴を上げる間もなく即死する。
 刃の鋭さでなく、単純な力技で切断された人体の断片が血飛沫を撒き散らしながらいくつも宙を舞う。
 予想以上のその暴威に、テーノスの兵士たちが呑まれて生まれた一瞬の静寂。
 それを切り裂くかのように、黒の剣士は血糊を振り払うように勢いよく剣を振り払い咆哮する。
「かかってこいやぁぁぁっ!」
「おっ……押し包めぇっ!」
 助走をつけさせたら、またあの突撃が来る。数で押し包んで、身動きを取れなくした上でそのまま倒す。
 とっさの判断で、指揮官が叫んだ命令に兵士達は自らを鼓舞する雄叫びとともに盾を構えて、盾ごと体当たりをするように黒の剣士へとぶつかっていく。
 それに対して、黒の剣士はゲラゲラと笑いながら無造作に剣を真横に振るう。
 空気を切り裂く音を奏でて勢いよく振り払われた剣の間合いに入り込んだ兵士達は、雑草でも刈り取るように薙ぎ払われ、吹き飛ばされる。
「ははははははは! 脆い、脆いぞぉっ! 雑魚どもが、俺様無双しちまうぜ」
 笑いながら、技も何もなくただ無造作に剣を振り回し街道を埋め尽くすテーノスの兵を切り倒し暴れまわる。剣が振り回されるたびに、薙ぎ払われた兵士が宙を舞い、叩き斬られた人体の破片が当たりに飛び散って、生臭い臓物の匂いと血飛沫をあたりに撒き散らす。
 石畳の街道は血に濡れて赤く染まり、黒の剣士が歩んだ後には傷つき倒れて呻く兵士と、人間の残骸が残される。
 圧倒的暴力の化身がそこにいた。
 そして、その相手をするテーノスの兵たちはひとつの事に気づいた。
「お、おい……。あの鎧、血を吸ってないか?」
 黒の剣士の鎧は、浴びた返り血で濡れている。その返り血が、染み込むようにして鎧に吸収されていく。乾いた砂地に染み込む水のごとく、鎧を濡らす血が貪られているのに気づいた兵士は震える声でそれを口にする。
 見れば血を啜っているのは、鎧だけでなく剣もだ。
「……悪魔だ」
 誰かがかすれた声で漏らした呟きが、静かに広がる。
「なんだ、びびってるのか?」
 足を止めた黒の剣士を囲んで円形の空白ができる。
 盾を押し並べ、槍を突きつけて囲むテーノスの兵士達の目にはいまだ闘志が宿り、心は折れていない。だが、圧倒的な力を誇る相手に動揺を見せ、攻めあぐねている。
「前の兵、左右に散れ! 街道から離れろ」
 朗々と響く声が命令を下したのはその時だった。
 その声を耳にした兵士達は、日ごろの訓練の成果を見せるように素早い反応でさっと街道の左右に散っていく。
 街道を埋めていた兵士の人垣が割れて、開けた視界の先。百メートルほど離れた場所で、自分へと光を宿した掌を向けた、今までの兵たちと違う軽装の兵の隊列を見て黒の剣士が呟く。
「魔法使いか?」
 無数の掌から放たれた、無数の光弾が回答として黒の剣士へと降り注ぐ。
 着弾と同時に炸裂する光弾の衝撃によろめく黒の剣士の姿に、射線を開けるために街道から退避して見ていた兵士達に期待のざわめきが走る。
「今のはいいな。ちょっと、くらりとした」
 その期待を断ち切るように、光弾の弾幕が終わると同時に愉しげな声があたりに響く。街道の左右に分かれたテーノス兵士ぐるりと眺め渡し、剣を肩に担ぐ。
「ちょいと散らばりすぎだな。後ろに進まれたら面倒だ。支援攻撃が欲しいぞ、相棒」
「いいとも、相棒。まとめて焼き払ってやるよ」
 黒の剣士の求めに応えて、どこからとも無く響いた声。同時に降り注ぐ無数の赤く輝く光弾。それは着弾と同時に炎を撒き散らす。
 一瞬にして、あたりは炎が踊り狂う焦熱地獄と化す。
 炎の壁が視界を遮り、炎の熱が鎧ごと肌を焼き、息をしようとすれば炎の熱気が肺を焼く。炎の海に飲み込まれた兵士たちにできることは、灼熱に焼かれて踊り狂うように悶えて、悲鳴を上げながら死んでいくことだけ。
「な、何たる……」
 一瞬で目の前に生み出された凄惨な地獄の光景に、魔術師隊の兵士達が息を飲む。
 それを目にしながら、魔術師隊を指揮していた指揮官は淡い期待を胸に抱いた。目の前の地獄には黒の剣士も飲み込まれた。
 ならば、一緒に焼かれているのでは?
 そんな淡い期待を踏み潰すように、炎の壁の向こうから足音が近づいて来る。
 灼熱の地獄の中を散歩でもするように、ゆっくりとした足取りで近づいて来る。
 揺らめく炎の壁の中から、禍々しい漆黒の鎧に身を包む剣士が抜け出してくる悪夢じみた光景が、背筋に冷水を流し込まれたような冷たい恐怖を走らせる。
 上空から乙女とも少年とも見える銀の髪の美しい人影が、その傍らに舞い降りる。
「ここから先は足止めだ」
「そして、お前達の行き先はあの世に変更だ」
 ふたりの姿を目にした全ての兵が、ふたりの声を耳にした全ての兵が悟った。
 勝てない、と。


 パキス街道の戦いは三百の兵が無傷で、三千の兵を壊滅させるという異常ともいえる結果を残し。
 三千で攻め寄せたテーノスの兵はそのほとんどが死傷し、わずかな数が逃げ延びて彼らが語る戦いの話から『路上の悪魔』、『街道上の怪物』の異名は諸国に轟いた。



[17964] 姫君と騎士
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:80779154
Date: 2010/09/23 01:31
「店主、換金を頼みます」
 その声とともに、カウンターへと投げ出された袋。
「また、あんたか。なんというか、とんでもない実力だな」
 店主は呆れ混じりの賞賛の声をかけながら、袋を手に取り中身を確かめていく。
 ここは、それなりの規模の街ならひとつはある流れ者や荒くれ者などが吹き溜まる酒場だ。店の客といえば、剣を頼みに命を張って金を稼ぐ傭兵。後ろ暗い秘密を抱えて、法の網目をかいくぐって生活しているような連中。あるいは、栄達や一攫千金を夢見て冒険者を気取る者たち。そして、そんな連中が集まる酒場だからこそ、そんな連中向けの仕事を仲介し斡旋する場所である。
 どこか粗暴な雰囲気の人間が多い店内で場違いともいえる、貴族めいて上品な雰囲気の金髪の美青年がカウンターの席に着き店主の鑑定を待っていた。その傍らでは、赤毛の青年がつまらなそうに店内を眺めている。
 ふたりとも腰元には剣を下げ、胸甲など部分鎧を身に着け武装している。明らかに上質の装備とふたりの物腰が単に暴力で生計を立ててる連中とは一線を隔した雰囲気を漂わせて異物めいて店内の雰囲気から浮いていた。
 店内のほかの客がふたりに向ける視線も、仲間や同類に向けるものではない。
「うむ、ワイバーンの牙と鱗。確かに確認した。サイズからして幼生だろうが、たったふたりでどうやって狩ったんだ?」
「それは秘密というものです」
 金髪の青年は、店主が言葉とともに出してきた金貨と銀貨を確認し、懐にしまいながらにこやかに言葉を返す。
 その会話を耳にした店内のほかの客の間にざわめきが走る。「また、あいつらか」「竜の墓場でも見つけたのか?」「武器がいいんだろう」などと、ちらちらと窺う視線を投げかけながら、妬む言葉や狩ったとは信じてない言葉が客の間を行きかう。
 ワイバーンといえば、下位とはいえ竜の眷属。卵から孵ったばかりでも飢えた熊を相手にするのと同じくらい危険で、多少育てはブレスを吐くようになり成竜になる前の幼生でもかなりの脅威だ。
 間違っても、ひとりやふたりでどうにかできる可愛らしい相手じゃない。それを、金髪と赤毛のふたりは今回で三度も狩ってきた事になる。
「とはいえ、こうもあっさり狩ってきてくるとなると気になるものさ。何か弱点でも見つけたというのなら、皆に知らせたほうがいいとは思わないか?」
「はん、人の出した結果にケチをつけようってか? まさか、値切ろうって腹じゃねえだろうな」
 不機嫌そうに吐き捨てた赤毛の青年の言葉に、店主が慌てて手を振り否定する。
「まさか。ただ、驚いているだけだよ」
 いきなりやってきたかと思うと、金を短期で稼ぐにはどうしたらいいかと訊くから竜でも狩ってくればと冗談で言ったら本当に狩ってくるんだからと口には出さない。
 竜の眷属は脅威だが、同時に各種の素材として需要が高く、狩れば確かに金になる。だからといって、金目当てでほいほい狩ってくる者がいるとは予想外に過ぎた。
「それで、新しい情報はありましたか?」
「めぼしい情報はないな。それよりも、誰がワイバーンを狩ったのか訊きまわってる奴がいるな。たぶん、偉いさんが背後にいる」
 金髪の青年の問いかけに、他の客に聞こえないようにと声を潜めながら店主は答える。
「そうですか。できれば私達のことは誤魔化してください。妙な事には巻き込まれたくないので」
「いや、そう思うなら少しは自重した方がいいと思うんだが」
 こんな短期でワイバーンを三頭も狩ってくるなら、嫌でも目立つ。ぼやきにも似た忠告を呟き、店主はずいと身を乗り出す。
「あんたらほどの騎士が忠誠を捧げたり、強力な怪物や魔術師とかの情報を求めたり。あんたらの御主人様は、何者だ?」
「下手な詮索してんじゃねえよ。殺すぞ」
「綾様は、我らの姫です。それだけですよ。マルスも、脅すような物言いはいけませんよ」
 声を低く潜めて、殺気混じりに囁かれた言葉に顔を青ざめさせて硬直した店主へと、金髪の青年は穏やかな笑顔で柔らかに告げ、赤毛の青年をたしなめる。
 マルスと呼ばれた赤毛の青年は、ふんと鼻を鳴らして不機嫌そうに肩をすくめる。
「……姫、ね」
「ええ、私達が忠誠を捧げる姫です。別に不穏なことを考えて、魔術師や怪物の情報を求めてるわけではないのでそちらは安心してください」
 殺気に当てられ、喘ぐように漏らした店主の言葉に金髪の青年が穏やかな笑みを浮かべたままうなずく。物腰も柔らかく、表情にも剣呑なものはない。だが、それ以上の詮索をきっぱりと拒絶する壁がある。
「アレク、金も情報ももらったのならさっさと帰ろうぜ」
 いらいらとした様子で、マルスが金髪の青年へと声をかけ、金髪の青年はそれに頷く。
「それでは、店主。情報は引き続き求めているので、探しておいてください」
 その言葉を最後に、金髪の青年は席を立ち赤毛の青年とともに酒場を出て行く。
 ふたりの姿が店内から消えて、ようやく店主は安心して大きく息をつく。先ほどの殺気は何気なく向けられていながら、ひやりとした死の予感が背筋を走った。客が客だけに、暴力沙汰や刃傷沙汰が店内で起きることもあるが、そんなときにだって感じたことのない恐怖を感じさせられた。
 ふたりだけでワイバーンを狩ってくるのは、装備がいいからだと客の中には陰口を叩いていたのがいるがそんなものじゃない。装備がいいのは確かだろうが、それ以上に腕がいい。そうでなければ、あれほどの殺気は出せない。
 詮索をとめられたが、落ち着いてくるとふたりの御主人様がやはり気になってくる。
 以前にも、ちらちらと問いかけてはみたが受け流され、何の回答も得られていない。それでも、二人が姫と呼ぶ御主人様に過保護なまでの愛情と、絶対的な忠誠を捧げているのは隠してもいないので丸分かりだ。
 ワイバーンをふたりだけで狩ってくるほどの装備と実力の騎士から、それらを向けられる姫ともなれば興味を掻きたてられる。
 少し調べたら、酒場に出入りするふたり以外にも他にふたり騎士が仕えているらしい。この街の厩舎つきの高級宿に部屋を取り、ずっと逗留していることなどすぐにわかった。
 まばゆいばかりの純白の毛。蒼みがかった白い毛。艶やかな黒い毛に、見事な赤毛。厩舎に預けられている馬も、それぞれ色違いの名馬。
 宿に残ってるふたりは護衛だろうから、酒場に出入りするふたりと比べてもそう見劣りがするはずもない。馬も装備も実力も一流の騎士が四人も仕える姫ともなれば、三流貴族の娘とかではありえない。どこかの国の王族の姫君と言われても納得できる。
 昔から、貴族や王族がこっそりと魔術師を探している時は、誰それを殺してくれとか、心を奪ってくれとか公にできない事を頼むためと相場が決まっている。
 気づいてないのか、気にしていないのか。酒場に出入りしている二人は気にも留めてないようだが、装備や金を見せつけられる形になっているほかの客の中には獲物を狙う目つきになっている連中だっている。
 受け取ったワイバーンの鱗と牙をしまいながら、酒場の主人は溜息をついた。
「何も問題が起きないのが一番なんだがな」


 長谷川綾がこの世界で最初に目にしたものは、どこまでも澄み渡った夜空を彩りきらめく無数の星々とそれらを圧倒して輝く満月。
 肌の上を流れる夜風が、ひんやりとした冷たさで覚醒を促す。
「え……と……」
 自分が仰向けになって横たわり、夜空を見上げていることに気づいて戸惑った声が漏れる。最後の記憶は、足元に不意に開いた穴へと落ちて暗黒の深淵へと落ちていく記憶。
 現在の状況がわからず、どこかぼんやりとした頭で上半身を起こし辺りを眺める。森の中にぽっかりと開けた草原のような場所に、自分は横になっていたらしい。
 月下に無数の花が咲き乱れている様は、秘密の花園めいた幻想の雰囲気を感じさせる。
「お目覚めになりましたか、我らが姫よ」
 現実感もなく、ぼんやりと辺りを眺め渡していたところにかけられた聞き覚えのない声にびくりと身が竦む。
 恐る恐る声のした方へと目を向けると、そこには御伽噺から抜け出たような四名の騎士たちが貴人に対するように跪いていた。
 それが彼らとの出会いだった。
 綾に、無比にして無上の忠誠を捧げる騎士たちとの。
 そんな運命の出会いを演出されたような、絵になるシーンを演出されてすとんと納得が胸に落ちた。自分は異世界に来てしまったのだと。
 ――だって、そうじゃない? わたしが、お姫様として見目麗しい騎士たちに傅かれるなんて。
 ぼんやりと宿の窓から街並みを眺めて、追憶に耽りながら小さく笑みをこぼす。
 その後が大変といえば大変だった。綾至上主義とでもいい振る舞いを見せる騎士たちの暴走に頭を悩ませたのも、今では楽しい思い出。
 とりあえずは人里にと、白馬の騎士に馬に乗せてもらいながら森を出れば、最初に行き着いた村で騎士たちが当たり前のように村を制圧しようとしたのをなだめたり。人間ごときと、口にする彼らに略奪でなくきちんとお金を支払ったり、稼いでと言い聞かせたり。
 望んだものとは違うが、異世界へとトリップした物語の主人公そのままのような日々。
 この街へと辿り着き、宿に泊まってゆっくりと過ごすようになって考え始めたのは「この世界には自分だけなのだろうか?」という疑問。この世界へと来る前にいた、白い空間。あそこにいたクラスメイト達は別々の世界に飛ばされたのか、同じ世界に来たけど場所が別なのか。
 知った顔がいるのなら、また会って話をしたいと思う。
 騎士たちは溺愛といっていいくらいに愛情を向けてくれる。騎士の肩書きにふさわしい絶対の忠誠を自分に捧げてくれる。
 でも、この世界には見知った景色はひとつもない。
 今、窓枠に肘をつき頬杖をついて眺める街並みは、慣れしたんだ日本のそれとはかけ離れた異国の街並み。
 眼下に眺める街路を行き交う人々の服装も顔立ちも、日本のそれとは違う。
 見知らぬ世界で、見知った顔もいない。
 どんなに愛情を向けられても、どんなに忠誠を捧げられても、ふとした時に襲ってくる胸をかきむしりたくなるような孤独感と郷愁。
 こうやって、ひとところに腰を落ち着けてしまったから、こんな風に色々と考えてしまうのかもしれない。いっそ、クラスメイト達を探して旅に出るのもいいかもと思う。
 魔物や盗賊とかに襲われるかもしれないけどきっと大丈夫。騎士の皆は強いし、わたしだって魔法が使える。
 仕事で出かけていたアレクとマルスが、眼下の通りを歩いて帰ってくるのを目にとめて、小さく手を振る。ふたりも気づいて、笑顔で手を振り返す。
「誰かの情報、手に入ってるといいけど……」
 宿に入ってくるのを眺めながら、期待の篭もらぬ声で呟きを漏らす。
 階段を上がってくる足音が耳に届くのにあわせて、くるりと扉のほうへと向き直る。せめて、仕事を終えた彼らを笑顔で迎えよう。
 そして、相談してみよう。この街から旅立ってみようと。


 かつては、東方諸国を統一した大フェザーン。
 統一の余勢をかって、中央諸国をも征服せんと三度にわたって送られた侵略軍が退けられた後には、内部の不協和音と征服された諸国の反乱の芽を潰して内憂に対処し続けることで精一杯となる。
 中欧諸国への侵攻をもくろんだセブロン王の在位の間は、まがりなりにも大フェザーンの維持ができていたもののその子らの時代に王位争いの末に東西に分裂。互いに正統後継を名乗って何代にもわたって争い続ける東西フェザーン時代へと突入する。
 ぶつかり合う石が互いを砕きあうように、東西フェザーンの衝突は大フェザーン時代に支配化に置いたはずの諸国の独立を招いて東西フェザーンは砕けて小さくなり、周囲に無数の小国が乱立する。
 それでもなお強国として君臨する東西フェザーンと、それを軸としてまとまる二大陣営とその他の諸国。それが東方諸国の現状だった。
 その西の盟主。西フェザーンの王宮で一人の青年が口元に笑みを刻む。
「幼生とはいえ、ワイバーンをふたりで狩れる騎士か。欲しいな」
 竜の眷属なかでは下位に属するとはいえ、ワイバーンはひとりやふたりでどうにかなる甘い相手ではない。結界強度やブレスの威力が低い幼生とはいえ、だ。
 一度ならまぐれということもある。二度ならまだ決定的とはいえないかもしれない。だが、三度ともなれば実力だ。
 実力で倒してなくても、ワイバーンを少人数で倒せる手段を持っているのは確かだ。
 実力であるのならば、それだけの実力者はぜひ駒として取り込むべきだ。敵に回るのであれば、ぜひとも抹殺すべきだ。実力でないのならば、捕らえてワイバーンを狩る手法を訊き出してしまうのもいい。
 ワイバーンの駆除が簡単にできるのであれば、国内のワイバーン対策も楽になる。
「しかも、四人か。全員が同じ実力だと、ちょっと面倒だな。報告だと、姫と呼んでる小娘に仕えてるとか?」
 椅子に深く腰掛けなおして、目の前に膝をつく男へと問いかける。
「はい。街中でも、どこの王国の姫君かと噂になっているようです。しかしながら、あれほどの騎士が仕えてるにしては、その身元が知れず……」
「それを言うのなら、たったのふたりでワイバーンを狩れるほどの騎士が今まで無名だったのも変だな」
 青年は、口元に手をやり考え込む。調査の必要があるだろうが、姫とやらの身元が知れないのは別に構わない。表に出せずに隠されていた息子や娘がいるなど、珍しくもない話だし、手を出した女が孕んでしまったなどの話だってよく聞く。
 そうやって捨て置いたり、隔していたりした子らを家の都合などで表に出してきたりするのも珍しいがありえない話ではない。
 問題は、騎士たちだ。
 騎士とは名乗るだけなら簡単だろう。だが、肩書きにふさわしい実力と装備を身に着けるとなると途端に話が難しくなる。
 まず、馬を乗りこなせなくてはならない。剣の腕だって必要だ。それらを身に着けるには、相応の修練が必要で。それには、相応の資産が必要だ。犬猫じゃあるまいし、騎竜ほどではないにせよ軍馬の飼育には手間と金がかかる。装備だっていい物を揃えようとすれば、やはり金がかかる。
 騎士とは手間と金をかけて育成されるものだ。そのため、どうしても貴族や王族。あるいは、豪商などの子息でもなければ騎士になれない。そして、そういった人間は他者との関係を持たないということはないために、どうしたって情報は漏れる。
 ましてや、ワイバーンとやりあえるような装備ともなれば一級品の魔法装備だろう。そちらの方向からだって情報は漏れる。
 突き抜けた実力や装備を持った騎士がいるというのならば、隠しようもなく名が聞こえてくるはずなのだ。
 無論、何事にも例外がある。『街道上の怪物』のように、唐突に文字通りの一騎当千の実力を見せつけ名を売る者がいる。冒険者や主君を持たない自由騎士を気取る連中の中に、勇者や英雄だと賞賛されて一流の騎士に引けを取らないか上回る実力者がいるのも認める。
 だが、そういう者たちにもそれだけの実力を身に着けるに至った背景があるし、そもそもが例外的少数だ。
 そして何よりも重要なのは、そういった突き抜けた実力があるものを育てるにしても動かすにしても相応の権威や金銭が必要だという事だ。
 それを四名も、どうでもいいような小娘に張りつける? ありえない。
 騎士たちを張りつけるだけの価値が、その娘にはあるという逆説的な証明だ。それが、ワイバーンを殺せる騎士を四名もひそかに育成するできるだけの何者かに繋がる糸だ。
 背後にいるのは、どこぞの王族か貴族か。
 社交界へ年頃の娘を売り出すに合わせて騎士をというのであればまだ分かるが、冒険者じみたことをしている理由が分からない。噂話一つ流れたことがなかった姫と騎士たち。
 表沙汰にできずに秘匿されていた娘が考えなしに家出でもしたのか、隠してた者が政争にでも破れて隠せなくなったのか。実に興味深い。
 うまく立ち回れば、恩を売る形で取り込めるかもしれない。顎をなでるようにして考え込んでいた青年は、うむりと頷くと目の前の男に命じた。
「そうだな、俺の名を使ってもいい。ここに連れてこい。くれぐれも、丁重にな」
「はっ! ただちに」
 一礼をして立ち上がり、部屋を出て行った男の足音が遠ざかるのに耳を傾けながら青年は口元に笑みを刻む。
 病床に伏せる父に代わり、実質西フェザーンを支配するキュロス第一王子は口元に笑みを刻む。
 かつての栄光を取り戻し、大フェザーンを復活させるという野望を夢見ながら。





 

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街道上の怪物を知ってる人って意外と多いんですね。



[17964] 厨二病症例集
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2011/03/16 09:26
症例1.少女Aの場合
「そうね、醜く老いていくなんて嫌ね。まずは、永遠の若さ。あ、でも人間以外もいるんでしょう? 男性なら誰でも魅了できるとかだと理想的ね」
→『運命の女(ファム・ファタル)』

症例2.少年Aの場合
「ファンタジー! 来たコレ、リアルエルフ! やっぱ、触手で決まり! 媚薬体液はデフォで、エルフ以外にもいる美少女はみんな俺のモノ!」
→『触手大帝(ルスト・エンペラー)』

症例3.少女Bの場合
「永遠の夜に生きる吸血鬼のお姫様なんて素敵。誰よりも強くて、誰よりも美しい傾国の美を誇る夜のお姫様とか素敵じゃない?」
→『宵闇の姫君(ミッドナイト・プリンセス)』

症例4.少年Bの場合
「圧倒的な力。圧倒的な暴力。強ければ正義だし、暴力こそが史上最も問題解決してきたんだぜ。あ、多段変身とかカッコよくね?」
→『暴力崇拝(マッド・マッスル)』

症例5.少女Cの場合
「癒しの力を持つわたしは、王子様に見初められるとか……」
→『癒しの掌(ヒーリング・ハンド)』

症例6.少年Cの場合
「剣と魔法の世界? 文明レベル低そうだし、生活が便利になる魔法とか錬金術とか?」
→『万象の錬成者(コンビニエンス・アルケミスト)』

症例7.少女Dの場合
「わたしだけを守ってくれる神秘の獣とか。わたしに永遠の愛と忠誠を誓ってくれる騎士とか……駄目、ですか?」
→『純白の守護霊獣(ホワイト・ガーディアン)』

症例8.少年Dの場合
「異世界なんだろう? 言葉が通じるかもわからないし、まずは意思疎通にテレパシーだろ。それから――」
→『超能力戦士(サイキック・ウォーリアー)』

症例9.少女Eの場合
「飢えも争いもない楽園。わたしは、その楽園に至る鍵にして守護者。わたしが認めた者だけが楽園に至れるの」
→『楽園の鍵(フォービドゥン・フルーツ)』

症例10.少年Eの場合
「聖にして魔の属性で、漆黒と純白の翼を背に持ち。あらゆる魔法が使え、金と銀のオッドアイ。あ、もちろん中性的な美形でそれから――」
→『模造天使(イミテーション・エンジェル)』

症例11.少女Fの場合
「億千万の眷属にかしずかれて、愛される悪魔のお姫様。当然、魔法とかも使えて――」
→『魔の姫君(デーモニック・プリンセス)』

症例12.少年Fの場合
「ファンタジーな世界かぁ。だったら、魔王とかになれる? やっぱ、世界征服は男の浪漫だろ」
→『黙示の刻(アポカリプス・ナウ)』

症例13.少女Gの場合
「我が身を鎧うは科学の力。くたばれ怪物! レェェェェェッツ! パァァァティィィィィィッ!」
→『機神礼賛(パーティ・タイム)』

症例14.少年Gの場合
「手にするは悪魔を鍛造して、錬成した神であろうと殺せる漆黒の魔剣。身にまとう鎧は――」
→『黒の剣士(ジェノサイド・ブラック)』

症例15.少女Hの場合
「■■■■」
→『UNKNOWN(UNKNOWN)』



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…………みんな厨二症例抱えてた時期があったんだね。
考えるの、愉しいよねぇ。

11.03.16
地球の自転に影響を及ぼすほどの地震って……
M9って、どこの映画の設定かと思う災害に続けて原発ですか。
チェルノブイリの悪夢が再臨しないことを願いつつ、ひっそりと生存報告。
以前ほど、執筆時間が取れなくなってますがちまちま書いてます。


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