樹上からその戦いを見下ろす“Typhoon”ラピカの横に、黄金の鎧の狩人が登ってきた。
彼女は、ラピカの横で静かにその戦いを見下ろし、こう漏らした。
「……密集隊形か」
ラピカは自分の意見を彼女に述べた。
「ナルガクルガには不向きの隊形だな。周囲の地形に隠れて奇襲するナルガクルガに対して、ハンマーと太刀は守りに向かない――私なら、スティールを先頭において縦列させる」
「いいや、あれは攻勢の隊形だ」
彼女は笑ってそれを否定した。
「発案者はオレだ。奴がそれに剣士としての立ち回りを肉付けした。『F・F・F』と奴は呼んでいたな」
「皮肉気で大仰だ。奴らしい」、と続ける弓使いに、ラピカは問うた。
「“Striker”アルフリートを知っているのか?」
彼女はあっさりと答えた。
「――知っているも何も、オレは奴と同じ猟団だった。オレが数ヶ月前にギルドナイトになった理由の一つは、奴を探し出すことにあった」
「!?」
ラピカは目の前で底の知れない笑みを浮かべる弓使いに、今度は強い口調で言った。
「どうして言わなかった?」
「聞かれなかった。それに個人的な事情をわざわざ吹聴するほど、オレ達は仲良しじゃあないだろう?」
そう言われてしまえば、ラピカにそれ以上追求する言葉はない。
ラピカはそれで口をつぐみ、眼下の戦いに集中することにした。
アルフリートが負けるにしろ、勝つにしろ、ギルドナイトは“疾風塵雷”のナルガクルガの生死を見届けなければならない。
それに、アルフリートが死ねば、そこで終わってしまう話だ。
そう結論付けて、ラピカは遠くを見るため、目を細めた。
後で思えば、よくその時のあたしがこんなネーミングの作戦を了解したのだと思う。
そして、この作戦の発想は実に単純なのだ。
この“疾風塵雷”のナルガクルガや一部の鳥獣種には、野性的な勘と身のこなしでこちらの攻撃をあっさりとかわす連中がいる。
しかし、おおよそ勘や第六感というものは、周囲の状況から想像力と知恵で、本来知覚出来ない場所を知覚している場合がある。
たとえば、“Sir.”スティール。
彼はヨシゾウとは違い、嗅覚以外でヨシゾウの知覚出来ないナルガクルガの居場所を特定したが、なんてことはない。
肌に触った空気の揺らぎ。
本人が無意識に知覚した音。
闇の向こうでかすかに揺らいだ影。
風の流れを阻害した時に起きる微妙な乱気流。
そういう、「本人が言葉で表現できない物事」を知覚し、それを表現できずに『第六感』と言っている場合が多い。
――つまり、この作戦の肝は、そういう『第六感』から逃れるために、隠れながら射撃することにあるのだ。
しかし、本気で姿を隠せば、“疾風塵雷”のナルガクルガは全力で警戒を開始し、あたしの弾丸をその全能力で知覚するだろう。
だから、隠れるのは一瞬でいい。
あたしは、あたしを中心として、背をあたしに向ける三人の剣士の真ん中で指示を飛ばす。
あたしは接近してくるナルガクルガを知覚すると、あたしの右斜め後ろ――四時方向――にいるヨシゾウの背中を叩き、ナルガクルガのおおよその位置、十時方向に向かって駆け出す。
すると、それを見たスティールとアルフリートが、あたしより先に先行する。
背中を叩かれたヨシゾウは右斜め後ろを見たまま、あたしに再度背中を叩かれるまで後方を警戒しながら付き従う。
先行するアルフリートは、さながら猛牛のように猛進し、スティールはいつでも盾を構えられるように警戒しながら前へ出る。
近づいてくる二人に向かって、姿を現したナルガクルガは、尻尾を振るって近づけないように飛刃攻撃を飛ばす。
代謝の高いナルガクルガが、鳥類の羽毛のごとく抜け替わる鱗を、武器として飛ばすのが飛刃攻撃だ。
射程も速度も武器としては優秀だが、やはり所詮飛竜。
攻撃の本質を知らない。
攻撃する。
敵意を向ける。
憎悪する。
これらの攻撃的な行為は、自分のやったこと全てが我が身に降りかかってくる事を考慮して、はじめて理性的な行為となる。
――Forward Follow
前衛を援護し、前衛に援護されることで、攻撃はその精度を高め、確実性を増す。
あたしはヨシゾウの肩を叩いてヨシゾウに回避行動を促すと、飛刃攻撃をスティールの後ろに回り込んで避ける。
スティールはエンデ・デアヴェルトの盾で、飛刃攻撃を難なく受け止め、あたしへの『盾』としての役割を全うする。
――その役割を成し遂げることは、指揮者が指揮棒を振り上げるのと同じことであった。
――彼らは連携を取るため、自分と同調させるため、本来接合など果たされない別々の器官が互いの役割を果たして一個の生命となるように。
『 In the air,On the earth,Everybody sing forever song(天空の下、大地の上、皆は永遠の歌を歌う)』
――騎士は詠う。
――彼らの歌を。
――逞しき人間の歌を。
スティールが高らかに歌いながら、エンデ・デアヴェルトの盾で飛刃攻撃を受ける。
あたしは急に歌いだしたスティールに驚きながらも、盾が火花を立てているうちから攻撃を開始する。
もちろん、眼前にはスティールが盾を構えて固まっており、射撃への障害物となっている。
だから、あたしは地面に伏せ、
足よりも、
盾よりも、
ナルガクルガの予想よりもいっそう低い位置から射撃する。
スティールの股間の下を、通常弾が音速超過の速度で疾駆していく。
だが、ナルガクルガの超反射神経が、その射撃すらも感知。
黒い残像を残しながら、発条のような動きで跳躍回避。
しかし、あたしの目はしっかりと見えている。
『 Brightning star is shining a mark,it's light in the wisdom (輝く星は目標を照らす、智の下にある光よ)』
――ナルガクルガの体から一筋の血が流れ出ている事を。
「……当たった!」
「かすっただけだ、まだ我々の動きは早くなれる。今度は当てろ!」
「……うん」
スティールの肩を叩いて、今度は二時方向に動く。
もはや、言葉は必要なかった。
肩を叩いた音、あたしの視線の方向、あたしの挙動を感じたアルフリートとヨシゾウが自然と先行する。
スティールの歌に、興が乗ったと言わんばかりのアルフリートが、叫びの代わりに歌い上げる。
『 I can strike thunderbolt,catching in my sight(照準に捉える限り、雷も当ててみせよう) 』
力と自信に漲った、まさに今眼前にいるアルフリートの足取りのような歌い方。
その歌の先には、密林の闇から姿を晒して、あたしたちの前に立つナルガクルガがいる。
Feather Feeling――そのナルガクルガは、囮だと分かる。
――本命は、
「……上」
攻撃の主軸があたしである事を見抜いた、もう一匹のナルガクルガの落下しながらの攻撃だ。
樹上を跳躍して、あたし達の上に出たのだろう。
だが、飛竜としては軽い体重でも、木を揺らすには十分過ぎる重さを持ったナルガクルガだ。
あたしの感覚からは逃れられない。
言葉を発したことでスティールが反応。
樹上から襲い掛かるナルガクルガに、エンデ・デアヴェルトの砲口を向ける。
それも楽しそうに歌いながら、
『 You must shout our soul,「We're the greatest hunters!!」 (お前は俺達の魂を叫べ、『俺達こそ偉大な狩人だ!!』)』
砲声と共に歌い上げられる歌詞は彼らにこそ似つかわしい。
エンデ・デアヴェルトの轟音と衝撃が上空へ放たれ、それに阻まれたナルガクルガはあたしへの攻撃を諦めて、樹上へと逃げていった。
『 Sounding a shot,it's long hand of DEATH.(銃声は鳴る、それは死神の手)』
二人の意を得たり、とばかりにヨシゾウも歌う。
三人の言いたいことは分かっている。
この曲の名前は『英雄の証』。
しかも、あたしの家族はこの曲をよく歌ったもんだ。
副題がこうなっているからだ。
――『Gunner's hero license』。
――ここがあたしの出番だと、言いたいのだ。
――あたしは自分の唇を軽く舐める。
さらに、あたしの射線にヨシゾウが割り込むように入ってくる。
5mも離れているのならともかく、たった2mしか離れていないこの状況であたしの射線に割り込むのは自殺行為も同然の大馬鹿だ。
――しかし、打ち合わせ通りの行動なら話が別だ。
飛竜はヨシゾウより体が大きい。
だから、わずかな隙間が出来上がる。針の穴ほどの隙間だ。
ここで勘違いしないで欲しい。
針の穴を打ち抜くのは、ギャンブルでも何でもない。
『 Hunter of the hunters―― (狩人の中の狩人――)』
大事なのは、気付くことと身につけることだ。
毎日カラ骨を削って、弾薬と弾頭を詰める作業を行い、それを試射する連続で気付くべきことはたくさんある。
たとえば、目標とするべき針の穴は2mm程の大きさであり、対してレベル1通常弾は12.7mmの大きさである。
レベル1通常弾では針の穴は穿てないが、その12.7mmの弾頭の大きさを利用して針の頭を吹き飛ばすことは可能だ。
たとえば、モノブロスの角は1m程の長さであるが、20mの巨体の先端で、常に振り続けられている頭を狙うのは至難の業だ。
しかし、頭には自分の視界を得るための器官――「目」がついている。
必ず、周囲を見る為に立ち止まる瞬間があり、一流のガンナーはその瞬間を見逃さない。
たとえば、人間の平均身長は1m70cmであるが、実際、その体の大きさは肉と骨以外の、『血が通っていない部分』で構成されていたりもする。
たとえば、鎧の金属。
たとえば、手袋の革。
たとえば、髪の毛、とか。
『 ――It's Gunner license!!(それがガンナーの証!!)』
――ヨシゾウの髪の毛を擦過して、あたしのレベル3通常弾がナルガクルガの肩に命中した。
「ッッッ!?」
驚いたどころじゃない非難がましい視線をあたしに向けようとして、必死に耐えるヨシゾウ。
あたしはその視線に、すっとぼけながら歌う。
『 I can shoot dragon and ancient dragon,it's the largest monster (俺は飛竜でも古竜でも撃てる、それがどんなに巨大でも!) 』』
ナルガクルガの毛皮の毛と共に、ヨシゾウの髪の毛も幾分宙を舞ったが、これぐらいはあたしの家庭じゃあ序の口だ。
あたしの母親は、脇の服の余りを平気で打ち抜いて、人間の皮膚をかすらせずに、その先の飛竜に当てる。
――そして、あたしのレベル3通常弾は、少々特殊だ。
命中したレベル3通常弾が衝撃を加えられた事により炸裂、その堅いカラの実の弾殻がナルガクルガの肩をさらに抉る。
「Ksyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッッッ!!!!!!」
レベル3通常弾によって与えられた、二回分の衝撃に混乱を隠せない“疾風塵雷”。
それはそうだろう。
野生動物の攻撃は、毒があっても、飛び道具に詰め物をする奴らはいない。
Fatal Filling
致命的充填物。あたしのレベル3通常弾は、わざと長めに日陰干しにしてカラカラに乾かしたものを使っている。
時間がかかる。加工が容易じゃなくなる。何より加工途中に割れて、カラの実が台無しになるという三重苦が待っているが、中に詰めたはじけイワシの爆裂がより切れ味を増す。
さらに、カラの実の先端をX字に刻む事により、炸裂時の破片を大きめになるようにしている。
喰らえば、柔な毛皮のナルガクルガの肉を破片が切り裂くだろう。
ただのガンナーが使うレベル3通常弾とはわけが違う。
あたしの家族の弾丸作成術の粋を込め、死にたくなるほど失敗作を作り続けて、ようやく会得したこのレベル3は市販の弾丸にはない、優秀なガンナーが築き上げた根拠がある。
その執念は、狩人のどの武器よりもバリエーションに富み、その意地は底無しに黒い。
こと、獲物を徹底的に苦しめる策においてはガンナーに勝る狩人はいない。
人間よりも優秀な武器と身体能力を誇る飛竜に勝つために、人類が知恵と工夫を持って築き上げた戦術策謀の最前線。
それがガンナーだ。
『 You must go fire and burning road,so we can't feel any terror!! (お前は炎と燃える道を行け。俺達はあらゆる恐怖を恐れないのだから!!)』
あたしも歌う。
あたしが主役と、持ち上げてくれる三人を導くために歌う。
『 Brighten shell,silent warhead and cotroling trigger.(磨かれた薬莢、黙する弾頭、制御された引き金よ)』
歌が森の密度のある空気の中を流れていく。
それは密林の湿度と比べれば、随分と乾いた印象を受ける曲だった。
『 Black hands,narrow eyes and be all smiles at success.(黒くなった手、細められた目、そして、成果に顔は笑う) 』
歌と空気とナルガクルガの悲鳴を燃やしながら、火線が密林の闇を疾走する。
それは狩人でない者が見れば、なんともない風景であった。
前衛が前に立って注意を引き、守られた後衛が敵を撃つ。
素人でも思いつきそうな作戦だった。
だが、問題は前衛と後衛の距離だ。
少しでも集団で行動をした経験がある者なら、正気を疑う至近距離でガンナーと剣士の連携が成り立っていた。
『 I'm walking road.Wisdom is made solid ground for all.(俺は歩く。全ての人の為に知恵が固めた道を)』
「作戦名『F・F・F』――『Formation Friendly Fire』。オレの矢尻が触れるぐらい近い距離から放たれるんで、ついた名前だ」
弓使いの女は、ラピカと共に見下ろして説明する。
眼下で行われていることが楽しくてたまらないように。
「弓は放物線を描くから、剣士を避けながら撃つなんて大した手間じゃないんだが、直線で飛ぶ銃弾じゃあ本当の正確さが必要になる」
それは本能では得られない動作の最適化だ。
この狩りで組んだばかりの相手で、お互いの事をまったくも理解していない狩人達が連携を得るためには、まず時間が必要だった。
お互いやるべき事をやり、言うべき事を言い、黙すべき事は黙し、狩人はようやく連携を手に入れた。
様々な道具を精密に作り出す人間だからこそ出来る、行動の調和であった。
『 We are lost our way by deep darkness.(我々が深い闇に迷わないように) 』
「さすがは、ガンナー一家『F・F』だ。正確さなら、オレと良い勝負ができる」
「じゃが、楽しんでばかりもおられんぞ、あのナルガクルガは奥の手を隠しておる」
樹上の二人に声をかけたのは、獣を頭部に頂く者であった。
弓使いの女は、矢尻のように尖った笑みを浮かべて、応えた。
「だろうな……オレがナルガクルガなら、完全に姿を隠して囮を使い、不意を打つだろうさ」
「その策を使わないのは、まだ使っていない攻撃があるんじゃろうな、まったく持って面白い」
笑う二人を、ラピカは静かな眼差しで、ただ見下ろしていた。
『 Terror bites my shoulder to drag in pit.(恐怖が俺達を穴に引きずり込むために肩に喰いつくだろう)』
「…………」
二人の予測では、おそらくアルフリートが敗北する事になっているのだろう。
弓使いの女も、獣を頭部に頂く者も、その奥の手が必殺である事を予期し、それを見逃すまいと目を凝らしていたからだ。
――だが、ラピカはそうは思っていない。
――知っているからだ。アルフリートが予告し、その通りに勝った“Sword Dancer”の戦いを。
一体、アルフリートが言う勇者の強さと、ただ強いだけの凡夫の強さには、一体どのような違いがあるのだろうか?
それがずっとラピカの心のどこかで引っかかっており、それが彼女に安易な判断をさせないようにしていた。
『 But we sing the joy,we know all joy,forever――(だが、俺達は喜びを歌う。俺達が知る喜び全てを、永遠に)』
願わくば、この疑問が永遠にならない事を。
疑問の先に喜びがあるように。