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[17562] 【習作】 プログラマーと迷いし少女の物語  (旧題 常識の通じない世界へ (異世界からの迷い込み)【一部15禁描写あり】
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:91dd37b8
Date: 2011/06/22 22:00
よくある現実に近い世界の人が異世界へ行くのではなく異世界の人間が科学というもので構成された世界へ行ったらどうなる?っていうので書いてみました。

微妙な性的描写が存在するため気分を害される場合があります。
ご注意ください。

修正終了。年表は一旦回収。

なんだか、題名が固すぎるような気もしたのでチョッチ変えてみました。

higashiさま 解説どうもありがとうございました。ハッカーをクラッカーに変更しておきました。

2010/03/25 プロローグ 投稿
2010/03/27 言語の壁は高い 異世界に行って何の苦労もなく言葉が通じるっておかしくない? 投稿
2010/03/28 プロローグから 金太郎飴は美味しいし、見ていても綺麗だよね。でも、ありすぎても食べ切れないよね? に題名変更
2010/03/31 正当防衛って価値観が違うとどうなるのだろう 投稿
2010/04/07 大体のお話って召喚しても責任をとらないよね。責任放棄というか……困るよね 投稿
2010/04/21 言葉が通じても、意味している単語が全く違うとか文字が違うとかよくあるよね。それが異世界なら…… 投稿
2010/04/27 題名変更 
2010/05/24 最新科学の塊のはずの反重力装置が魔法世界の人間にとってはなんともないものなのか?
2010/08/29 金太郎飴は美味しいし、見ていても綺麗だよね。でも、ありすぎても食べ切れないよね? 更新
2010/09/02 言語の壁は高い 異世界に行って何の苦労もなく言葉が通じるっておかしくない? 更新
2010/10/26 未知の世界へと踏み出した異世界人はどの様な反応を返すのであろうか? 題名変更
2010/11/02 異世界の少女に炭酸飲料を飲ませてみた。 投稿
2010/11/10 慣れない交渉なんてするものじゃない。 投稿
2011/04/01 【最終回】 思いは永遠に ある男の手記 投稿
2011/06/22 異世界からやってきた細菌によって人類は全滅したりするのだろうか?いいやそれはない。 投稿



[17562] 金太郎飴は美味しいし、見ていても綺麗だよね。でも、ありすぎても食べ切れないよね?
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:91dd37b8
Date: 2010/10/13 19:55
暗い森の中。かさかさと草木が揺れる中を、黒い影が疾走する。
そのしばらく後黒い塊が轟音を立てて疾走して行く。

初めの黒い影はものすごいスピードで疾走しているが、息が上がっている。
後ろから追いかける影はそれよりもさらに速いスピードで暗い森の中を疾走していく。
追われる者と追うものである。


「まずいわね……あんなものまで持ち出して来るなんて……集え焔の精霊。我が声が聞こえれば……」

そんな声が森の中へ消えていく。声の主は追われているものである。少女の周りは、目をこらさないとならないが、ぼんやりと光っているように見える。

その影が月明かりの下へと躍り出る。

その姿は、少女である。どこかの制服なのか青と白で構成されたどこか品格のある服をまとっている。
………もっとも、その服は、森の中を疾走したせいでボロボロになりかかっているが.

背中には、カバンが背負われており、そちらもボロボロである

「…はあ……はあ……。よし。これで………」

何かをやり終えたであろうか息を整えながら今出てきたばかりの暗い森の中を睨んでいる。その手には、大事そうに何かの本を抱え、胸元には、懐中時計のような機械仕掛けのものが鈍く光を放っている。懐中時計からは、淡い光がもれ、その光が疲弊した彼女の顔を映し出す。

そして……

ガサガサガサ。

暗い静かな森の中に騒がしい音が響いて黒い塊が横滑りしながら林を飛び出す。

逆光の中浮かび上がる黒い塊の中から音もなく三人の人物が現れる。

「……小娘。その魔導書を渡せ。」

その三人の中でリーダー格のような一番背の高い男がそう言ってくる。逆光の中影になっているが黒っぽいマントの中に鎧のようなものが反射している。
腰の部分には短い短剣のようなものがあるようなシルエットである。

「いやよ。アンタらに渡したって、ろくな事には絶対にならないから。」

考える暇もなく即座に拒否をする。

そんな回答を予測していたのであろうか、一人の男がにやりとしたような気がした。

「パチン」

そんな乾いた指の音が音が響いた瞬間。緑色の光が地面から沸き上がる。これは……。

男の胸元から赤っぽい光が漏れている。

「アニキ……ヤッチまいましょう。あいつ、まだツボミみたいですし……」

あの魔法の光……最悪!

少女の顔が、月明かりの中で怒りに歪む。

全世界の少女にとって共通の最悪の魔法を放ったこの中で一番背の低い男は、片手を腰にまわしてこちらへと近づいてくる。

「来ないで!魔法を打つわよ!」

少女は威嚇のためか一歩足を踏み出して男に指を向ける。

男との間はおおよそ20リーブル。男の足なら直ぐの距離だ。

だが、その男はニヤニヤとしながらその足を止めない。

「ふん。こっちは調べがついているんだよ。一般課程の……ただの学士の嬢ちゃんよ。あの中で一番弱いんだろ。良く一般課程の生徒があれの護衛になんてなれたよな。」

三人の中でも中くらいの身長の男が馬鹿にしたように言い放つ。月明かりに男の頭に獣のような耳が付いているのが見える。

獣人だ。自分たちムーアとは異なる種族である生き物だ。
外見は自分たちと同じようであるが体の一部分は動物に酷似した特徴を持つ。
そして、身体能力もムーアの身体能力よりも上をいく。何より驚異的なものは感覚が獣並みであるということだ。

そのためこんな状況になった場合はほぼ逃げられない。っていうことをきいたことがある。

…そんなこと言っても、逃げ延びてやるわ。絶対に。

獣人を見た少女は身を固くする。情報を握られていたことに恐怖したのかそれとも相手側に獣人がいたということなのかは定かではない。

「アンタたち……なんなのよ。」

「さあね?口を滑らすとでも?まあいい……渡さないなら奪うまでだ。」

そう言って三人は動き出す。その動きはゆっくりだが、簡単な戦闘訓練しか受けていないリュナでもわかるような、獲物を絶対に追い詰めることができるような布陣である。

ただ、ここで一つだけ男たちには誤算があった。

少女をただの学士と舐めきっていたことである。

追い詰められた女は何をするか解らない。そのことを知らなかったのである。

「開放!フレイムアロー!」

そう少女は高らかに宣言する。その声は、真っ暗な森へ消えていき、ざわりと少女の周りが揺れ動く。胸元で光っていた淡い光は今では輝くほどの光となっている。

一瞬後にはいくつもの炎が彼女の周りを舞っていた。

「ファイヤー!」

その掛け声とともに彼女の周りを舞っていた炎が近づいてくる男たちに襲いかかる。

「なっ……!攻撃魔法だと!」

まさか攻撃されるとは思っていなかったのか、不意をつかれたような声が聞こえてくるがそれを聞いてのんびりしている時間はない。

そのまま再び森の中へと走りだす。

背後ではフレイムアローが燃え移ったのか木々が明々と燃えて少女の足元に濃い影を作り出す。

木の隙間を縫うようにして走って走って……

それだけ走ったのだろうか。解らない。少女は肉体強化の魔法を使っているが、少女の体力はどれだけ持つのだろうか。

キーン……

背後から甲高い音が聞こえてくる。マナストーンの暴走の音だ。

マナストーンというものは大昔からその存在は知られており人々が魔法が使うときには触媒として欠かせないものであった。しかしながら、その大きさは隣の大陸を掌握している帝国が保有する宙に浮かぶものを例外にすると、大きくても爪の大きさほどで数回魔法を使うとその力は失われるものだった。

しかし、数年前に国王肝入りの研究機関が発明したという新方式、ビリアル加圧方式によってそれまでの歴史は変わった。たった数回しか使うことが出来なかったマナストーンを一度砕き、細かいマナダスト、マナパウダーというものにしてから圧縮魔法で出来るカアツという方法で自ら光を放つ結晶体としたのだ。今では、マナストーンというと、この光る結晶体を指すこととなっている。

マナストーンは、特殊な生成過程を踏むことだけではなく、特殊魔法を使っているためにあまり数は出まわっていなく上流階級で用いられることが大抵である。

マナストーンはその内に大量の魔力を含んでいてほんのちょっとのことでは無くなったりしないため、沢山の事に用いることが出来るらしい。

ただ……使い方を誤ったときは恐ろしいこととなる。膨れ上がった魔力は互いに反応してある一点に収束をしていく。魔力が収束して、臨界点に近づくに連れて音はさらに高いものとなって行く。

そして、臨界点を超えたとき、暴走し収束した魔力は一瞬で拡散をしていく。

キーン…………………。

一瞬静寂が少女を襲う。その瞬間は森の音も、少女を追う襲撃者の音も、そして少女自身の音も聞こえなくなっていた。

ドクン。

ハルトが鼓動する。何も聞こえないのに、聞こえたような気がした。

それを機会に堰を切ったようにしてすべての音が戻ってくる。

そして……

周りは閃光に包まれる。許容量を超えた光の波は少女の目を一時的に使えないものとする。

突然の出来事に少女は足を取られて地面にたたきつけられる。

手に抱えていた本は転んだ拍子に手から滑り落ちる。パサりという音が聞こえるが少女は動けない。

「い……った。」

受身が取れずに息が詰まって肺の空気が追い出される。

少女は空気を求めて口をパクパクと動かす。その姿は大変そそられるものだろう。

だが、そんな姿を鑑賞するような時間もなく、収束した魔力によってすべてが弾き飛ばされる。

ガツ……

そんな音がして少女の頭に衝撃波によって飛んできた本が直撃する。

「うあ……。」

口が中途半端に空いたまま受身も取れずに少女は吹き飛ばされる。

魔力による身体的ダメージと衝撃波によって少女の意識は落ちていった。


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「リュナ=ルオフィス。6限目終了後すぐに学園長室まで来なさい。学院長がお呼びです。」

2限目終了後の先生からのそんな一言がすべての始まりだった。

「リュナ~どうしたの?学院長に呼ばれるなんて。なにかやったの?」

先生が出ていった後。早速リュナの隣の席の少女がまとわりつきながら声をかけてくる。

まとわりついているロングの娘の名前はミューラ=レニス。リュナのルームメイトであり親友である。身長は160デルミル。1.6ディーラー。女の私から見ても……はあ……

余談であるが、一般課程に於いての彼女にしたい人ランキングベスト100に入っているらしい。同時にふった数ベスト50に入っているらしい。まあ、あくまで噂なんだけれども……

「そんなの知らないわよ。学院長に呼ばれるなんて心当たりもないし……でいいから離して……。」

そう言ってリュナはミューラを引き離そうとする。周りの生徒はその光景を慣れたようにしてみている。

「華と花が絡むのも……悪くない……」

何処か、教室の端の方から、ポツリとそんな声が聞こえてくる。
リュナの鍛えられた耳は、そんなつぶやきまでも聞き漏らさない。

今そんなこと言った奴後で殴る。覚えていなさい。
……そんなどうでもいいことを決めた彼女であった。

余談であるが、リュナが残念な少女ランキングベスト100に入っているのはこういったことの性なのかもしれない。

此処コンプート王立魔法学院は4大陸の一つにあるコンプート王国の王都にその建物を置いている。この学校には一般課程、研究過程、王宮課程の3課程があり多くの生徒が通っている。
リュナとミューラが在籍しているクラスは一般課程のクラスである。

彼女たちの成績は可もなく不可もなく。学校全体から見れば普通というレベルである。

「もしかして、あれじゃないの?特殊魔法なんて言うものをやっているからじゃない?」

そうニヤニヤとしながら話を続けてくる。スキンシップも激しくなってきている気がしなくも無い。ちょっと不味い?


魔法には大きく分けて4つの分類がある。
攻撃魔法
回復魔法
補助魔法
特殊魔法
以上の4分類である。

王都に住む人々が一般に攻撃魔法といって人々が思い浮かべるのが王宮課程の生徒である。
王宮課程の生徒は、国家の礎となるべくの勉強を行っているいわゆるエリートというやつである。王宮の仕事と言っても様々であり、軍に属するものや王宮で働くことなどなどがある。
一般課程の生徒は、ごく一部の攻撃魔法以外は学ぶことが出来ないということは、ここでは常識とされている。

……地方の方に行くと、魔法学院の生徒はドラゴンにも匹敵する力を持っているとかいうことを本当に信じている人もいるらしんだけれども……

回復魔法と補助魔法は、別段特殊なものではなく、学校に通っている生徒ならば優劣はあれども使えないことはない。その為、一般課程を出た生徒は民衆に溶け込み、その力を大いに振るっている。

……事実魔法学院の生徒は卒業した後はボロ儲けなのよね。

王都周辺でも騎士団の怠慢の性なのか盗賊や、野党は日常的。魔物は王都周辺には出てこないけれども、時々はぐれが街道に現れて人に襲いかかることだってある。

王都周辺でも生傷が絶えないのだ。王都から少し離れれば傷を負う危険率はぐんと跳ね上がる。

地方に行けば、盗賊のほかにも魔物も多く出てくることになる。最も地方では、盗賊に会うも魔物に会うほうが日常的なのだが……。

そんなところへ魔法が使える人材が行けば引く手あまた。それでひと財産作ったという噂も聞かないことはない。

そして、厄介なものが特殊魔法に分類されているものである。一言で特殊魔法と言ってもその幅は大きい。簡単なものを挙げると召喚術や、錬金術などである。
もっと複雑なものとなると攻撃性の無い儀式魔法やらよく分からないオーパーツとか言うやつの分類とか、太古に失われたロストマジックについてやら様々ある。

簡単に言うと上記3つの魔法に分類出来ないよく解らないものをまとめているのである。
そして、あまり人気が無い。人気がないから研究も進まない。研究が進まないから、人気も出ない。そういった負のスパイラル状態である。

……卒業後はどうなることやら。お先真っ暗?

「そんなこと言わないでよ。特殊魔法って言ったって私が研究しているのは召喚術よ……。まあ、他にもかじってはいるけれども研究データ出しているのはそれしかないし……。でも、他にもやっている人はいるわよ。別に私じゃなくても……」

そう……別に私じゃなくてもいいはずなのである。

この学校は、門戸をどんな階級の生徒にも広げている。入学する条件はひとつだけ。魔法を学ぶ意志があるかどうか。それだけである。

人間には、魔力が存在している。その為、学ぶと言う意志さえあれば、一般課程にはいることは可能である。
……もっとも卒業まで行けるかどうかは不明だが。

そして、王宮課程や研究課程は、多くの魔力を持っている生徒しかはいることが出来ない。(……という建前なんだけれども、実際はお金なのよね。)
その魔力の大きさは血に関係することが多いので必然的にそれを意図して政略結婚を続けている上流階級の家系の生徒が多くなる。

上流階級の生徒の中にも、貴族の三男坊やら暇人はいるもので特殊魔法を研究している研究課程の生徒もいる。普通ならそういう人達が呼ばれるはずなのに……。

「まあまあ。仕方ないじゃない。それに学院長に呼ばれるなんて名誉あることじゃない。なんだってあの人は、前代の国王様も一目おかれていた方なのよ。それにあんなにハンサムだし……」

ああ……駄目だ……ミューラの目の色が変わっちゃっている。

「私も、特殊魔法とっておけばよかったかな~。そうしたら、呼ばれていたかもしれないし……」

ちなみに彼女の専門は、回復である。将来は、医療関係だろう。

「特殊魔法なんてとっても全然役に立たないわよ。研究課程じゃないんだから別に将来に役立つわけでもないし……私は、ただ興味があっただけだし……」

そういうが、ミューラの羨ましいような視線は消えない。そして、スキンシップも収まることが無い。

「別に代われるんだったら代わってあげたいわよ。でも無理でしょ。呼ばれているの私なんだから。」

「ねえ。リュナ~特殊魔法でなんかない~?変身魔法とか精神交換的なものとか。」

どうやってでも、彼女は学園長に会いたいらしい。本当に無理なことを言ってくるわね。

「無理よ。変身魔法は……無くはないけれども、学院長の前なんだから簡単にバレるだろうし精神交換なんて出来るのはオーパーツぐらいでしょ。……もしかしたら、ロストマジックもあるかもしれないけれども……そんなものがあったら問題になっているでしょうし……。」

少なくとも、知っている限りだとそんなイカレたような物はない。
それよりも、自分の価値分かっているのかしら。そんな学院長に合うためだけに精神交換とか言い出すなんて……。

「む~。……まあいいわよ。終わったら、話し聞かせてよね。こんな機会そうそうないわけなんだし。」

そう言ってやっと離してくれた。なんというかいつもこうなのよね。私にはそんな気はないのにいつの間にか噂されているし……

から~ん・から~ん

遠くから鐘の音がする。もう次の授業の時間である。

さっさと次の授業の準備を……と。その前に……

リュナは少しシワのついたブラウスを直して席を立つと、ふらりと歩き出す。

数分後に先生がやって来たとき、扉の前で呻いている生徒を見つけてすこしばかりの騒ぎになったのは余談のまた余談である。

……何が起こったのかは知らない方がよいであろう。



そこからの時間の流れは時間の水門を誰かが壊したんじゃないかっていうぐらい早かった。
いつもの先生の話。いつもだったら、ものすごく長く感じるはずなのに……

私の、面倒なしの時間は一体どこにいったの?

気づいたら、もう6限目が終わる頃であった。目の前を見てみるときちんとノートは取られている。

……なんで厄介ごとの時だけこんな風に感じるのかしら?

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様々な光が流れては消えるそんな世界。

そんな不思議な空間に一人の男が浮かんでいる。

男の周りには様々な数やグラフが浮かんでいる。あたかも玉座の周りに宝石が散らばっているようである。

何も知らない人ならば神の栄光が………とか言うかもしれない。

「む……書けない……参ったな……この構成だと実行したときにエラーが発生するな。でもここをこうしないと……でも、そうなると……この関数が……重力関数と空間間の関数が……」

しかし、その男には神の栄光の威厳はない。あるのは中間管理職的な哀愁ただよう背中である。

「仕方ない……気分転換に……書いてみるかな?」

そう言って男は、キーボードのキーをたたき始めた。目の前のことを放り出して別のものを始める。いわゆる現実逃避である。

プロット1 

そんな文字が空間に現れた。

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リュナは扉の前に立っていた。扉から感じるのは、なんだか面倒事があるというような感じである。
まあ、学院長に呼ばれるという面倒がすでにあるのだが……。

それでも、行かなくてはならないのである。

彼女は意を決して扉をノックした。

コンコン

静まり返った廊下にノックの音が反響する。

「……入りなさい。」

こもった声が部屋の中から聞こえてくる。

「失礼します。一般課程特殊魔法学科在籍リュナ=ルオフィスです。お呼びでしょうか学院長。」

部屋に入った瞬間いくつもの視線を感じる。そのいくつかの目は、よく一般課程の生徒が受けるものであった。

許されるなら回れ右をして帰りたいが、そんなことは許されない。

「リュナ=ルオフィス君か。かけてくれたまえ。」

学院長はそう言って席を進めるが、他の人は席にかけていない。

このまま無視してかけたら問題よね。

「いいえ学院長。他の方を差し置いて私がかけるわけには行きません。ですからこのままで。」

じっと学院長が見つめていたが自分に座る意志が無いということが分かったのか、視線をそらす。

「よく集まってくれましたね。お礼を言わせてください。」

学院長が重々しく告げた。

「さて、君たちを呼んだことには、訳があります。実を言うと君たちに、頼みがあるのです。」

その言葉が言われた瞬間周りの生徒は息を飲む。

私の心境は……

面倒なことをするなこの年齢不詳の学院長め。

リュナの心のなかには敬意もクソもなかった。

なんで私が呼ばれなくちゃいけないの?依頼なんてやるのは、王宮課程の生徒だけでいいじゃない。全然呼ばれる理由がない……まさか………

一瞬頭を過ぎったことを振り払う。

「さて依頼の方ですが、2日後に学術都市タクキンから、貴重な魔導書が到着することとなっています。ですが……」

そこで言葉を切る。

「本来ならば護衛につくはずの兵士たちが王都区域にはいることができなくなったんですよ。」

周りから再び息を飲む声が聞こえてくる。大げさなんじゃない?今の情勢を考えればわかるとおもうんだけれども……今の国王様になってからなんだか動きがきな臭いような気がするし……

「何故王都区域には入れなくなったのですか?」

そんな質問が何人かから出てくる。あれ?あなた達王宮課程よね?

「君たちも知っての通り今の国王陛下……ヒルガーリ=O=アキ=オターク一世の治世となってから多少の変化が出てきています……こればかりは仕方のないことですね……」

要するに、王様の命令で護衛の兵士がはいれなくなったと言うわけね。でも、それだったら……まさかね?

頭に思い浮かんだのは、国王様が他の地域の兵士を入れなくしたのはいいけれども、自分のところの騎士団を護衛に回す気はない。仕方ないから魔導書を必要としている学院がこんな形で護衛させると言うこと?

……頭の回転が速いって言うのも考えものね。だって……変な考えばっかりが出てきちゃうんだから。

「護衛の兵士がはいれなくなったのは仕方の無いことです。あのオ……もとい国王陛下にも何かの考えがあるのでしょう。その為、魔導書の護衛としてリティの関所までゆき、護衛をして魔導書を回収してきてもらいたいんですよ。」

学院長は苦虫を潰したような顔をしている……ように見える。

「その以来謹んでお受けいたしましょう。……ですが……我々王宮課程の生徒だけでこの依頼は十分に果たすことができるでしょう。何故、一般課程の生徒をこの場にお呼びしているのでしょうか。」

その場にいるだけで上流階級であると言うことがよくわかる女性の声が響く。その女性の髪の毛は物理的に役に立つの?というようなグルグル巻きの巻き髪である。

よく見てみると、ほかの女学生たちも似たような髪形をしている。……王宮課程の流行かなんかなのだろうか。

「ふむ……実を言うと、彼女には、特殊魔法科生徒として此処にいてもらっているんですよ。魔導書の管理に関しては彼女が一番良く分かっているはずですからね。」

そう言って、学院長の鋭い目がこっちを向く。その目はすべてを見透かすような目である。

……まさか、あのことがバレている?

リュナの背筋をなにか冷たいものが流れて行く。

「それに、実を言うと王宮課程の生徒には特殊魔法学科在籍の生徒が居なかったんですよ。研究課程の生徒にも問い合わせてみたのですが、彼らはアカデミーへの出向中みたいで。それでです。」

「……わかりました。」

不承不承という感じの声である。
そうなると……私が呼ばれたのは……偶然よね?

「それでは、明日の朝7時にもう一度此処に集まってもらえますか?出発前に渡すものがありますから。」

「わかりました。失礼します。」

王宮課程の誰なのかは知らないがその挨拶とともにゾロゾロと部屋の外へと動き出す。

それに続いて私も部屋を出ていこうと学院長に背を向けた。

「……ミス ルオフィス。少しいいですか?」

そんな拒否もできないような声が後ろから聞こえてきた。


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不思議な空間に男は浮かび続けている。

めまぐるしい速度で男の回りの情報は動いていくが男は動いていなかった。

「……続かない…アイディアが……出てこない……」

先ほどから、プログラムを書いては消し、書いては消しの繰り返しである。

「このプログラムの書き方だと、物質の固定化自体が………」

ピリピリピリ

そんな音がどこからか聞こえてくる。ダイブ可能な時間を超え掛かっていると言う警告音だ。

もうこんな時間か……ベッドに入らなくてはな。

強制的に世界からはじき出される中で男の頭の中には、ぐるぐると数式が渦を巻いていた。

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バジリスクに睨まれるってこんな感じなのかしら?

学院長に声をかけられた後椅子に座らされた私は、目の前で優雅にお茶を飲んでいる学院長の前で動くことが出来ない。

「そうそう……あなたの召喚術に関するレポートを見させてもらいましたよ。よく出来ていますね。」

そう言って、お茶を勧めてくる。

そのお茶を一口飲んで、気持ちを落ち着ける。この香りはエアルグレイ……

腹芸なんてできないけれども……何とかしないとね。

「お褒めに預かり光栄です。まさか学院長にあのレポートも見ていただけるとは。」

「ええ。よく出来ていますね。まさか、あのレベルのものが書かれるとは思いもしませんでした。」

「……私一人では十分なものはかけなかったでしょう。それと問題点は召喚術の成功率ですね。」

「まあ仕方ないでしょう。……その割には十分なものだったと思いますが。」

「いえ、そんな……」

「………」

「………」

沈黙が部屋を支配する。まるで部屋が私を押しつぶそうとしている感じだ。

「ふう。生徒相手に腹芸をしたくは有りませんね。単刀直入にききます。書庫に入りましたね。」

…!マズイマズイ……顔に出ていなければいいんだけれども……

精一杯の笑顔を作って学院長に話しかける。

「何のことでしょうか?あそこは、一般課程の生徒は入れなかったと思いますが。」

自分は一般課程の生徒であるから、書庫にははいることはできない。という盾を掲げてみる。

そもそも、書庫には封印がかけられていてその封印を開く鍵は一般課程の生徒には配られていない。

「君が、召喚術以外について調べていることはわかっています。何を調べているかは知りませんが……書庫に入ったと言う確固たる証拠はあります。」

そう言って目の前のテーブルに置かれたのは国王様がオーパーツを解析して作られたオーバルポルターというものであった。そしてそれと一緒に……

な……

自分の後姿のポルトであった。バッチリと、自分が書庫にはいるところが写されている。

最近作られたこの技術は国王様直々のものであるので未だ上流階級の一部にしか普及はしていない。しかし此処は王立学院。そのことを考えていなかった自分があほらしい。

「ドーラ=ディゾド……研究課程の学生。確か彼女の専門は召喚術ですね。彼女のレポートも拝見させていただきましたが、アナタのものとは少々違うものでしたね。あなたの方が、より理解が深かった。……何を調べていたのですか?」

こんな証拠が残っている以上もうこれで、自分がこの学校に残れる可能性はゼロだ……だったら……

「………空間跳躍技術。」

「……」

「私が探していたのは空間跳躍についての魔法です。」

「……空間跳躍ですか……これはまた……」

目の前の人は、呆れているようである。

「召喚術と言うものは研究している私ですら理解が困難なものです。しかしその先には空間跳躍技術というものがあるようにしか思えないのです。空間跳躍技術があって、初めて召喚術というものが完成すると思うのです。それで、失われた魔法ロストマジックならば……と考えていました。」

「………………」

部屋を沈黙が走る。


「……出すぎた真似をして申し訳ございませんでした。この罰はどんなことをしてでも償わせていただきます。」

「…………君は……魔法の発展に於いて何が必要と考えますか。」

いきなりどうしたのだろうか。学院長の方を見てみると学園長は真剣な目でこちらをみている。

「理論の構成の解析でしょうか。」

考えてみたことを言ってみる。

「たしかにそれもありますね。しかし……それよりも大切な事は諦めない探究心ですよ。」

「学院長は……」

「君の犯したことは重大な違反です。それは、変えようのない事実です。」

……重大な校則違反は放校処分。入学時の誓約書に欠かされたものだ。

「ただ……書庫への立ち入りが禁じられているのは一般課程の生徒だけなんですよね。」

何をそんなアタリマエのことを……

「例えば……本当に例えばですけれども一般課程の生徒が王宮課程の生徒とともに任務を完遂することが出来、なおかつ上級クラス者に引けを取らない実力があるとすれば……」

もしかして……でもわざわざ言っているんだから……

このままだったら放校処分。でも少しでも可能性が残っているんだったら……

「学院長先生。」

「何かな?ミス ルオフィス?」

「今回の任務。誠心誠意やらせていただきます。」

「…そうですか。それから、明日からの護衛は、学院の講師を一名つけることにします。あと、これをもっていきなさい。」

そう言って私に渡されたものは赤い石がついたブローチであった。小さな石のはずなのに、大きな力を感じる……

「肌身離さず持つようにしてください。」

「……わかりました。失礼します。」

そう言って私は、恐怖の学院長室をあととすることとなった。

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ガラスの扉で仕切られた部屋。その中で何人もの人間がせわしなく働いている。

部屋の中には幾つもの大きなコンピュータがあり、モニターには流れるように現在の社内の情報が表示されている。

何処にも異常がないことを示すかのようにモニターは刻一刻とその表示する内容を変えていく。

「暇ですね~。」

昼食が終わった後の気が抜ける時間。ゆったりとしていて、なんだか昼寝でもとりたいような時間だ。

「気を抜くなよ。そろそろお客さんがやってくる頃だからな……。」

目の前の新人があくびをするのをモニターの前に座っている部下がたしなめる。

……そのモニターに出ている麻雀卓は何なんだ?

ツッコミたいが……まあいいか。仕事はやるときはやるからな……。

「ロン……よし上がり。これで一食浮いたっと……。そういえば主任。オレンジって知ってますか?」

賭けでもしていたのかモニターに幾つものグラフが出てきている。

オイオイ……金銭のかけは……まあいいか。大金が動いているわけでもないだろうし。

「ん?オレンジってあの有名なクラッカーのか?確か最後にオレンジが出ていたのって10年ぐらい前だったよな?……。あの頃から結構パソコンに触っていたし、ニュースにもなっていたからな……。でも死んだんじゃなかったのか?」

連邦の公式報告では15年前の丁度今頃。5月末に連邦の当時のスパコンへ侵入。激闘の末に過剰電子の逆流でオレンジの命を奪ったとか何とか。

電子の海である仮想空間を危険度の高いアバター体で縦横無尽に駆け巡るオレンジ。難関とも言われる中央司法局の電子サーバーの裁判記録をネット上に公開したり、連邦政府の中央サーバーのライブラリーにクラッキングをかけたり……。

当時はかなり騒がれた出来事だった。

「それがですね……噂だと、死んでいなかったらしいんですよ……。」

そして足元のカバンから取り出すのは月刊アルカルフィア。社会の大きな動きの記事や、裏の記事、はたまた本当にあるのかとも思えるようなとんでも理論まで何でも乗せるそんな雑誌だ。

9割はガセネタ、残りの1割が真実だとか何とか。実際ネタにしかならないようなものだ。

みせられた雑誌の表紙には何処でとったのか解らない得体のしれない毛むくじゃらの生き物が写っている。

『改造人間あらわる! 特派員が送る連邦非加盟諸国の真実。』とか、『気象研究者が語る大変動の真実!-大変動は人為的に起こされた!気象兵器の大実験!』

表紙には小さく謳い文句がつけられている。

パラパラとめくってみるだけでも胡散臭い記事が並んでいる。

「……で?これがどう関係してくるんだ?」

雑誌を部下に渡すと、パラパラとめくり始める。

「え~と……ああ。此処です。ほら。」

そう言って渡されたページを見てみると『スクープ あのハッカー:オレンジが生きていた! -編集部記者の連邦非加盟諸国潜入記-』とか何とかいう胡散臭い見出しが出ている。

一緒に写っている写真はどう見ても合成写真にしか見えないような記者らしき姿と、鬱蒼とした森である。

記事を読んでみる……

『我々は数々の困難を乗り越えついに15年前仮想空間を自在に泳ぎ続け、突如姿を消したオレンジとの接触に成功した。
様々な事情があるためにここでは全てを記すことは出来ないが、15年前連邦政府によって過剰電子の奔流により死亡したとされていたがそれは全くのでたらめであるということが本記者の取材によって分かった。
これは連邦が仕掛けた大きな陰謀の一つである。我々はそれに対してペンを武器にして戦い続けるだろう……。我々は真実を求め続けるために記し続ける。この特集は3948号までの計6回でお伝えする。』

……よくある謳い文句のアレだな。

「いや……これだけだったら、全然噂になりませんよ。これは9割がああいうのだって判っているんですから……。」

そう言ってカタカタとコンソールをいじり始める。先程まであった麻雀卓は消え去り、幾つかのグラフが現れる。

シュナイダー・コンツェルン、フォトニックカンパニー、M&W……様々の会社の名前がリスト化されている。そしてその隣には様々な数値が記されている。

「これは一体……?」

疑問を口にすると部下による説明が始まる。周りで暇をしていたのも、やっていることを止めてそちらへと目線をやる。

「それでは、このリストに上がっている社は全て同一の手口によるクラッキングを受けた企業ばかりです。」

そう言うとカタカタとコンソールをいじって新たな画面を呼び出す。

「通常行われるようなコンソールを通じたクラッキング行為ではなく、バイザーによって延髄部との接続による仮想空間へダイブした状態でクラッキング、通称ダイビングアタックです。」

モニターに表示されているのは、仮想世界へ侵入するものならば誰でも知っているようなことから、専門的な知識を持たないと解らないものまで様々ある。

「このダイビングアタックは使用者の命を危険に晒すものですが、知っての通りコンソールやデバイスに頼るよりも速いスピードで物事を行うことが出来ます。そして、この手段を確立したのが……」

そう言ってタンとコンソールを叩く。

「今から15年前に彗星のごとく現れたダイバー。通称オレンジです。」

画面に表示されているのは、当時の新聞や、電子データである。年齢、性別、出身地、生年月日全てにおいて不明である。

「オレンジにはどんな防壁も大差がなかったようで軽々と解除されていきました。原因は単純に処理速度でしたね。もちろんですが、オレンジのほうが高かったということです。」

「だが、今ではダイビングアタックは普通じゃないか。その辺のぽっと出のクラッカーだってダイビングアタックを使ってくる。なんで死人のはずのオレンジが出てくるんだ?」

何やら対策会議のような感じになっているが元々オレンジからの話でこうなったはずだ。

「ええ。これらの企業は比較的近い時期にクラッキング攻撃を受けました。もちろん技術が確立している今ではこんなことは日常茶飯事です。ですが……。」

さらにコンソールを叩いて新たな窓を開く。

「これらのクラッキングで使われたデータ痕跡と、オレンジが失踪する直前に残った痕跡が合致していました。」

幾つものグラフがひとつに合わさっていく。そして幾つもの線が混ざったところに赤い線が現れる。

「仮想空間に侵入するのに延髄部との接続を行っている以上少なからず人体の脳波の影響が仮想空間にも現れます。それを照合してみた結果……まあまあの確率で一致しています……。」

サーバーの熱を逃がすための空調がやけに肌寒く感じる。

「……もちろん、死んだ人間が出てくるなんて無いし、他人と絶対にデータ痕跡が一致しないなんて言うことはないけれども、疑わしい時にあの雑誌の記事です。妄想力を掻き立てるには最適ですね。」

ふう。と周りからため息が聞こえてくる。みんなに似たような心境だったらしい。

「だから、噂なんですよ。本当なのか、それともデマなのか解らない……。9割がガセでも1割は本当のことを書いているんですからね……。」

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すべての人が退出した学院長室。
深々と椅子に座っているのは、学院長その人である。
先代の国王の時代から生きている以上本来ならジジイのはずであるのにまるで青年のような容貌である。
学院長の椅子の近くの空間が歪んで銀髪の女性が現れる。

「……いいのですか学院長?」

「何がだい?」

「唯の生徒に書の護衛をさせるなんて……」

「……必然と言うものでしょうね。」

「しかしもしものことがあれば……」

「彼女にはいい経験になると思いますよ。あくなき探究心。その心があればいいと思っています。もしも、彼女が書と契約を行ったとしても……問題はないでしょう。」

「学院長……いいえ司書長。あなたの気まぐれで生徒の命と貴重な書が失われるのですよ。」

彼女はわざわざ秘匿されるべき肩書きを口にする。

「あなたもこの世界に長くいて、愛着がわきましたか?」

「……人として言っているだけです。」

「人……ね。まあいいでしょう。なんといったかな……そうそう。カワイイ子には旅をさせろ。って言う言葉があったね。それだよ。」

「ですが……」

「適当な形にしておいた召喚術をこの世界の人の殆どは、そのままで放置をしている。それが不完全なものと気づいたのは、彼女だけじゃないかな?」

「……気に入られたと。」

「そういうことだよリリシア。」

「……」

再び空間が歪んで彼女の姿が掻き消える。そして沈黙が部屋を支配することとなる。

若々しい姿の学院長は、その時だけは、老人のようなつかれた顔をして椅子に深々と腰を落とす。

全ては、ある計画のために。

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いつもどおりの午後の一時。眠くなるような時間帯だが、空調がきいているせいなのか一向に眠気は来ない。

毎日のようにやってくるお客さんを待ち受けているモニターは午前中は引っ切り無しに反応していたが今はお休み状態だ。

だが、その休み時間も午後の始業と同時に戦いの場となる。

カチ……コチ……。

サーバーのファンの音の中にアナログ式の時計が音を立てて時を刻む。

10・9・8・7……

周りの機械が待機状態に入るためにうなり声を出している。

6・5・4……

3・2・1……0

その瞬間にすべてのモニターに命が灯る。

そして、午後の始業と共に封鎖されていたネットワークが開放される。

モニターの一つにEmergencyの文字が現れる。それは一瞬のうちに広がってすべてが真っ赤に埋め尽くされる。

「主任。サーチャーに異常あり。不正アクセスです。場所は……第2層第3エリア……機密ファイルが目的みたいです。」

仮想世界侵入用のバイザーを外した職員が報告を行う。

いつもの風景である。

社の機密情報を狙うことなんて珍しくもなんとも無い。それに此処は学術研究技術都市の協力機関の一つだ。何かめぼしいものがあるのではないかと毎日のように不正アクセスが発生している。

「そこは囮だ。適当な数の迎撃を出してバックドアだけ確認しておけ。」

適当な指示だけを出して、手元のモニターで構築中のシステムのデバッグを行う。既に職員も慣れたようでいつものとおりに対策を行っていた……。

のんびりとした午後の一時が過ぎていく……。

「主任!囮を素通りして、第3層へと入ってきました。」

そんな焦ったような声が一時の空気をぶち壊しにする。一瞬で部屋に緊張が走る。

急々とバイザーを取り付け仮想世界へとダイブをする職員や、それを支援する職員の手がキーボードをカタカタと動かす。

すべての職員が侵入者を追っているにもかかわらず侵入検知システムは止まること無く警告を発し続ける。

「……社内に手引きしているのがいるな。……監査部へ連絡しておけ。こっちの仕事はネズミの穴ふさぎと巣の場所を調べること。中のネズミは監査部の連中が駆除してくれるさ。」

「主任。営業部門から回線の調子が悪いとの苦情です。」

回線内でクラッカーとの戦いは熾烈を極めているようである。その影響がほかのところにも出ているのであろう。

「システムの総点検中と言っておけ。事前通告がなかったのは謝罪する。」

「わかりました。」

しばらくの間。システム管理部門はキーボードをたたく音で支配される。その音を破る一本の電話が入ってくる。

「監査部からです。……取り逃がしたと。」

呆れたように部下の一人から知らせが入る。

「尻ぬぐいをしろってか。全く。」

そういって俺は目の前のバイザーを付け目の前のコンソールを叩く。
コマンドが入力された瞬間に延髄部とバイザーの中で電子信号がやりとりが開始される。
身体への電気信号が電子空間へと転送されて行く。そして、クラッカーとの計算合戦が始まる。

体の感覚が戻ったとき、周りの空間は、全く別の世界であった。二進法の数字が周りに飛び交い様々な色が散らばっている。

ブン。

右手を振ると軽い音がして幾つものモニターが現れる。モニターは外部と接続されており、刻々と情報が更新されて行く。
その後直ぐに、モニターに侵入者の接近の警告が現れる。

警告された方向へ眼を向けると立て続けに幾つもの攻撃が飛んで来る。視覚化データされたものは黒い塊である。

すぐに、口から直接コマンドを発音して防壁を組み立てる。
黒い塊がぶつかる直前に張られた防壁によってデータ化された攻撃は散っていく。その時にデータ化された音が電子の集合体であるアバターに直接襲いかかってくる。

「く……」

脳内にバイザーを通じて叩き込まれた信号は、身体の自由をほんの一瞬だけ奪う。それを感知した、補助システムが反射的に迎撃システムを起動し、侵入者に対して攻撃を行う。

だが、相手はそれを軽々とかわして、逃げながら攻撃を放ってくる。

相手クラッカーが放ってきているものはえげつないものが多い。一度受けたものは、防衛システムが崩御を行うが、引き出しが多すぎてまともに受けていたら、いくら時間があっても足らない。

「第二層から第一層に入りました。……AMIを起動します。」

こちらも、外からの支援がある状態で捉えようとするが、なかなか距離は縮まらない。

AMIが発動して幾つもの光の鎖が侵入者に向かって飛んで行く。その網のようになった光に鎖に捕まれば数秒の間はどんなに高レベルのクラッカーでも動けないはずだ。だが、それを相手は一瞬でバラバラにする。

相手は、その辺のクラッカーじゃないな。結構な力の持ち主だな。それにしても……この形式どっかで見たことが……

目に入ってくる数字の中に何回も似たような数列が確認できる。

そんな物に気を取られているとデータで構成された攻撃がいくつも飛んでくる。

今まで放たれていたものとは違う見たことがない形式の攻撃のためにすぐさま回避を行うがそのせいで距離を離されてしまう。

そして……


ログアウトして、ヘルメットを脱ぐ。

「……逃げられたか。網は?」

「すべて回避されました。バックドアも発見できませんでした。」

深々といすに座り込んでいすの感触を確かめる。これが見納めになるかもしれないからな。

「……ちょっと行ってくる。」

そういっておれは立ち上がる。憐れんだ視線を感じる気がする。
とにかく行く先は、上司の下だ。
下手したら首かな?気持ちが沈んで沈んで仕方ない。

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「本当にいいのか?」

暗闇の中男が何者かと話している。

「ええ。構いません。むしろヤッちゃって下さい。」

パチパチと近くで薪が弾ける音がする。暗闇が揺らいで一瞬だけ光が闇を侵略する。だが、闇も一瞬のうちに勢力を盛り返す。

「了解。クライアント様の指示には従うよ。奴らを全部殺して魔導書だけ奪えばいいんだな?」

「そうです。護衛についているのは王宮課程の生徒8名と一般課程の生徒1名、それに学院の教師です。手段はお任せしますよ。」

「そして、足をくれると……やっぱり貴族様は違いますな。」

舌なめずりするような音が聞こえてくる。

「ええ。一般課程の生徒は戦闘能力はありませんからね。後回しで問題ないでしょう。学院の教師も、保身を優先するでしょうし……。」

「となると、無駄に勇敢な王宮課程のお坊ちゃんたちを最初にしなくちゃならんのか……メンド臭いったらありゃしない。」

男が何かをゴソゴソと漁り、懐から太くて短い何かを取り出す。そしてそれを口に加える。

もう一人の男が指を鳴らすと一瞬だけ光が走り口に咥えたものから煙が昇る。

「それでは任せましたよ…………。踊ってくださいよ。きちんとね。」

何かをいったような気がしてそちらへと目を向けたがそこには既に闇しか残っていなかった。

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……めでたく首か……

あの後上司から言われたことは、社外秘の情報の流出を食い止めることが出来なかった責任での懲戒免職であった。
その後労働組合やら何やらといったのが出てきたけれども結局変化なし。

今回の責任を負う形での首が決まってしまった。

「これからどうしようかな……」

まあ、フリーのプログラマーにでもなるか、それとも、IT関係の会社でも立ち上げるか……

幸い独り身で若造でも主任という立場だったから、貯金はある。しばらくは考え事が出来るだろう。

まあ、作りかけのプログラムでも完成させてからにするか?それとも、ネトゲでもやるか?

……プログラムを完成させるか。

机の前に座ってバイザーはかけずにモニターとにらめっこをする。

ここをこうやって……
コンパイル。

でもまあ、物体転送のプログラムなんて出来るわけがないか。物体を一とゼロに組み替えてなんていうのは、プログラムだけじゃできないし……それこそSFレベルの出入力装置が必要だわな。

ピ…ピ…ピ

あれ?……エラーか。F2-34-8475の構成がミスっていたか。
ここを直して……。


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体が……痛い。

痛みが体の節々から脳に届く。

ゴホ……ゴホ……

口の中がザラザラする。ゆっくりと意識が覚醒に向かっていく。

それと共に痛みも増してゆく。

口の中の物を吐き出してゆっくりと目を開ける。

ぼんやりとしていた焦点もゆっくりと合わさっていく。

目に映るのは根っこから横倒しになった木や、途中から吹き飛んだ木。そして森の動物達も横たわっている。

一体何が……。

腕に力を込めて起き上がる。身体中に痛みが走るが、動けないほどのものではない。

そして周りをもう一度見回してみる。

森が死んでいるのがよく見える。周りには生けるものの姿はなかった。

なんで自分は……。

そこまで思ってリュナは自分の姿を確認する。

吹き飛ばされたせいなのか服がドロボロになっていたり、切り傷があったりするが致命的な傷はない。

目の端に何かが風に煽られてひらひらとしている。

魔導書だ。

未だ魔導書の体裁は整えているが爆発の衝撃でページが幾つかちぎれてしまっているらしい。

ここまで来て、不自然なことに少女は気づく。

自分の周りだけ不自然にポッカリと空いているのだ。周りには爆発の影響で倒れた木や、鋭い枝が突き刺さっているにもかかわらず、少女の周りだけは何も無い。

「逃げ……ないと……。」

傷付いた身体を奮い立たせ魔導書を拾って暗い森の中をよろよろと進む。

そして……

倒れた木の影になっていて目に見えなかった木の根っ子に足をとられて派手に転ぶ。

息が……

倒れ込んだ衝撃で、うまく息を吸い込むことが出来ない。身体中の痛みが一層強くなる。

恐怖で歯がガチガチとなっているのが、周りに響いている。

その音が聞こえないように必死で歯を食いしばろうとするが、震えは止まらない。むしろ激しくなる一方だ。

ガサガサという音が近づいてきている。

木の根をかき分けてくる音ははっきりと聞こえてくる。

その音が止まったと思うと今度は青い光が周りに湧き上がる。

「……見つけた!」

そんな声が聞こえると同時に目の前から剣を振りかぶった背の一番低い男が出てくる。

爆発の影響なのか解らないがボロボロのマントを着込んでおり手には鉄の塊としか思えない剣を持っている。

剣と身長がアンバランスである。大きさは男が1.5ディーラーに対して、1.4ディーラーくらいある。

引いて斬りつけるというタイプよりも、叩きつけて切るというタイプの剣だ。

その剣が振り下ろされる。

……もうこれで終わりなの?

いきなり襲われて、こんな森の中で死んで行くの?

走馬灯のようにゆっくりと世界が動いていくように感じる。

……いや。死にたくない。まだ私にはやることがあるの!

そんな思いからなのか、手に抱え込んでいるもので剣を受け止める。

魔導書だ。

ギチギチギチ……

既に壊れかかった貴重な魔導書の装飾部分と剣がぶつかり合って、嫌な音をたてる。魔導書の半分くらいまで剣がめり込んでいる。

だが、剣は魔導書でしっかりと受け止められている。

剣の力に耐えきれずにリュナはそれを受け流すようにして取り落としてしまう。

男はまさかそんな行動に出るとは思っていなかったらしく驚き戸惑っているが、すぐに再び剣を大きく振りかぶる。

大上段の構えでは、もう魔導書を盾にしても叩き切られるだろう。

「天地無常を司る精霊よ我が声を聞き給え……サモン・ランダラーム」

成功して欲しい。そんな思いで自分の得意なものを使う。

現在の成功率は10回やって1回成功するかしないか。他の人と比べれば成功率は4倍に跳ね上がっているがそれでも、成功するかわからないものだ。

それに、今回は途中詠唱を破棄した不完全な形のものだ、成功するかなんて本当に解らない。

それでも、少女は喉が張り裂けんばかりの声で詠唱を行う。そして、自分の最後を見たくないとばかりに目をぎゅっと閉じる。

そして……

ゴン……ガランガランガラン……どさり。

そんな音がした。

あれ…………痛くない。

そうやって恐恐と目を開いてみると目の前には男が倒れていた。

な……なんで……

見た感じこの人は、傭兵だろう。そんな人がなんで倒れているの?

驚きが恐怖を上回ったらしく怖いもの見たさで男に近づく。

「ひ……」

息を飲んだ。

男は白目で倒れていたのである。月明かりに浮かぶ白目を向いて気絶している男。

あまり想像したくないものである。

男の近くに落ちていたのは月明かりを反射するなにか赤銅色のものであった。

リュナは知らないことであったが、この召喚された赤銅色のものはある世界では、過去には数多くの著名人に振るわれ多くの人達を笑いの渦に叩き込んだ武器であった。
もっとも、今では一発ネタ程度に使われるものに成り下がってしまったのであるが……。


リュナがそこを離れようとして立ち上がるといきなりがくんと身体が崩れ落ちる。

動こうとしても動けない。膝が笑ってしまって動けないのだ。

息が荒くなる。今まで抑えられていた恐怖が再びはいあがってくる。

「に……逃げなきゃ。」

か弱いただの学士の少女はよろよろと立ち上がって、かろうじてだが魔導書の体裁を整えている本を拾って逃げる。

だが、恐怖にかられた獲物は、普段ならば考えられないような行動をとる。

それは……

「なん……で……こんな目に…あわなく…ちゃ………」

泣きじゃくることである。生きるか死ぬかの極限状態に陥った人ならば当たり前の行動であるが、それでも、追われている中でする事は捕まえてくださいと言っているようなものである。

当然……

「嬢ちゃん嬢ちゃん……よくここまで逃げたな……褒めてやるよ。でも…ここまでだな。」

男A現れた。

たたかう
まほう
にげる

→にげる

膝が笑ってしまって、動けない。

男は、ナイフを振りかざした。

そのナイフはリュナの右肩を掠って傷をつける。それと同時に右肩で支えていたカバンの紐が切れる。

「今のは脅しだ。さっさとそれを渡しな。そうすれば一発で殺してやるよ。」

そう言ってリュナの血がついたナイフをぺろりと舐める。

「なかなかの味だな。さすが魔法学院。いい味の血になっているな」

な……何なのこのひと……

リュナの頭の中に猟奇殺人の文字が浮かび上がる。

頭が真っ白になっていく………

じんわりと生暖かいものが下半身に染み渡っていく……

「うっわ……おいおい嬢ちゃん漏らしちゃいかんよ。それ使うんだから……」

そんなどこか呆れたような声が聞こえる。

「まあいいさこれからは俺が……いや私かしら………」

その言葉と同時に男の体から光が漏れ出す。

「あなたになるんだから。」

光が収まったときそこにいたのは……

「うそ……」

金髪に、整った顔立ち鼻は高すぎず低すぎず、胸は……普通の姿があった。

黒いマントに隠したその姿は、地面にへたり込んでいる少女と瓜二つである。

「驚いた?これが、私の魔法。失われた魔法。そしてあんたが死んでその記憶だけもらえば成り代わりが完成する。……ドッペルゲンガーって言う魔法よ。」

私じゃない私が目の前にいる。

先程切られたところから生暖かいものが流れ出て滴り落ちる。

「さて……私のために死んで。」

そう言って、舌なめずりしながら彼女はナイフを振りかぶる。

イヤだイヤだイヤだ。死にたくない。

胸にある魔導書をぎゅっと抱え込む。

そして、目の前が真っ暗になった……。

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「あ~……暇だな。」

太陽が西野空へと沈み始めた頃。俺は、地平線に沈む太陽を見るためにベランダに出て風にあたる。

5月の晴れ渡った空は、赤く染め上げられ、中央にそびえる塔との調和を醸し出している。

「……それにしても仕事どうしようかな?」

空へ目を向けると遥か遠くに小さな点が幾つも見える。そしてその後ろには長い雲が流れている。

スペースプレーンか……。

こうやって平和な変わらない日々が続いていく。俺の仕事が無い日もつづていく。

……そう思っていた。

まさかあのプログラムがあんなことを引き起こすなんて……。
平和というものが仮初めのものだったなんて……その時は思ってもいなかった。

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「ち……逃げられたか。」

ただの学士だと思っていたら、こんな隠し玉があるなんてな……

「アニキそこですか?」

そう言って近づいてくるのは………

「て…テメエ」
そう言って、ナイフを取り出してくる。あいつ勘違いしていやがるな。

「アントニー。俺だ。」

「!…すいませんでした。その小娘の姿って言う事は……」

アントニーの顔が輝く。

「……逃げられた。知識も、魔導書も逃したよ。」

それを聞いた瞬間アントニーの顔が唖然となる。

「ってことは……任務失敗ってことですか?」

「そうなるな。」

「そうなるなって……どうするんですか?金なんて無いですよ。」

依頼に失敗した場合は違約金がかかる。傭兵ならば常識のことだ。

「なに。金なんていくらでも作れる。この小娘、顔も……スタイルもまあまあなものだからな。何にせよ、ちょっと演技すればホイホイと金は入ってくるだろうよ。」

そうやって、今は自分のものとなった胸に手を当てて、少しもんでみる。

ちょっとした快感が体を走る。

こんなのでちょっと感じるなんてな。嬢ちゃん……

以前にも感じたことがあるものだがそれ以上のものを感じる。

暗い中で解らないが彼女になった男の目は既に異常なものになっていた。

……漆黒の森は全てを覆い隠していった。

紅き宝石を一粒残して。
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「旅に出ましたか……計画の一段階目は終了ってところですね。」

深夜の学院長室。ここにいるのは学院長……司書長ただ一人。

「む…」

そう言って顔をあげると音もなく6つの影が室内にいる。

「……どちら様でしょうか?」

刺を込めた口調で相手にはなす。

「夜分に申し訳ございません……要件ですが、分かっているでしょうがあなたを拘束させていただきます。」

「……お断りさせていただきます。今は真夜中ですよ。非常識じゃないですか?」

迷惑そうに学院長は訪問者達に向かって言う。

「あなたは自分がどうなるのかわかっていないらしいですね。もうこの部屋には結界が張られていますので逃げることは不可能ですよ。」

たしかに結界が張られているらしい。しかし……

「さあ。来ていただきます。」

そう言って影たちはこちらに近づいてくる。

「色々と追われている身で自分の居室に何も対策をしないとでも?」

その言葉と同時に部屋に白い光が走る。

翌日。学院長室を含む本館が消滅するという事件と貴重な魔導書の護衛に向かった生徒の全滅が報じられ学院は大混乱となった。

「……リュナ……」

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「プログラム起動準備よし。」

机の上のコーヒーを一気飲みして、なんとか完成にこぎつけたプログラムの実験にはいる。

多分だけれども、これでエラーはない。まあ成功したとしても、出入力装置なんて言うものが存在しまいため、ただ問題なくプログラムがはしるというだけでそれだけなんだけれども……

まあ、失敗しても、もともとが結構昔のアニメからインスパイアーを受けてはじめたことなんだし……。

さてと……

一度のびをしてから、意を決してエンターを押す。

エンタキーを押されたことにより処理が始まって2台のサブモニターの中にものすごいスピードで数字の羅列が発生する。

机の下に置かれている10台のコンピューターが音を立てて並列して相当な計算を行う。理論上では20年前のスーパーコンピューターとほぼ同じ性能のはずである。

メインのモニターにはグラフと、進行を示す数値が着々と増えている。

その下には、本来何も表示されないはずなのだが………

----BAHI HFAHBN -IUVHSNN- DBNUAVUGY ----
サーバーへ特殊アクセス。
空間における情報を取得…………SYSTEM領域にアクセス。
管理領域723-2169-6502に於いて、情報媒体を確認。SYSTEM管理サーバにアクセス。
アクセス権限無し。デバイスコード28465026549gsdbdhf取得完了。リアクセス………情報媒体の再構築。

JHSUGFHWFQIUYH U-GJFAU H HDSHHG W089^R JHGFWHGI ----- 0GROG

どこの言語かも見たことがない文字群が流れるようにしてモニターの下部を埋め尽くす

な……なんなんだこの文字群は……

「こんなの設定していないぞ。一体どうなっていやがる。」

必死になってキーボードに飛びついて停止コマンドを打ち込むが全く反応をしない。

モニターに数値は着々と増え続け、文字群はその速度を増す。机の下のファンの音はさらに大きくなっていく。

「こうなったら……」

パソコンの動力源である4つのコードを抜いて強制終了させようとするが一本でもコードを抜いた段階で電圧低下を感知したパソコン内に取り付けたUPS(無停電電源装置)が起動する。

……なんということをしてしまったんだ俺は。こんなものをつけてしまった俺を殴ってやりたい。

俺の混乱をよそにメインモニターの進行数値は着々と増え続けて……

部屋中の空気がなんだかピリピリとしてくる。

パチ……パチ。

そんな音を立てて天井のライトがチカチカとあり得ない速度で点滅を開始する。

必死になってこの怪現象を止めようとキーを叩くが効果はまるでない。

机の上に置いてある携帯端末がバイブレーター設定もしていないのにもかかわらずに凄まじいスピードで振動を開始する。

なんだか背筋がゾワゾワとするような感覚を背中で感じた瞬間。

ドン!……どさり。

そんな音が響きわたった。

音速を突破するときの衝撃波の音と、ちょうど何かが落ちてきたような音が混ざったような感じだ。

防音がきちんとしていなかったら、苦情がすぐに来るようなそんな大きな音だ。

音の発信源はベッドの上。

そちらを振り向いてみると、血塗れのボロボロの服を着た金髪の少女が震えていた。

……これが俺と彼女の出会いだった。まほーとか言うものとの衝撃的な出会いだった。

こういうのってさ、普通逆の立場じゃない?
召喚されるのは現代知識を持つ人で……召喚するのは魔法使いとか、神聖なる巫女さんとか?

まあ、普通なんて言うものは誰が決めるとか言うものじゃないけれども……

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出会いは偶然か、それとも必然か。それを知るのは観測者のみ。

あとがき

プロットの修正によって冒頭部分の書き換え。

しばらくは修正が続くと思います。ゆっくりと更新していきますのでよろしくお願いします。




[17562] 言語の壁は高い 異世界に行って何の苦労もなく言葉が通じるっておかしくない?
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:91dd37b8
Date: 2010/10/13 19:58
世界とは、一つ一つが独立したプログラムである。世界の構成は、まるで高高度に発達したネットワークのようなものである。
これらのことから、我々は観測者であり、同時に被観測者でもある。

とある次元論研究者の言葉より
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ビービービー

研究室に警報が鳴り響き、周囲が赤色のランプで染め上げられる。

「何があった!報告しろ!」

白い白衣を着た研究員達が情報収集のためにコンソールへと殺到する。

「都市内部第4地区東側にて、大規模重力波動が発生中です。数値5000……6000。さらに上昇中!」

一人の研究員が声を張り上げて報告を行う。

「電磁波指数と、放射線濃度、重力指数、陽子数も比例して増加中。……このままだと理論上では市街地にマイクロブラックホールが発生する可能性があります。」

モニターに現れた都市全体のセンサーを確認した職員が報告する。

「まさか……。LMP2Gの稼働状況はどうなっている?」

その研究員の一言でモニターが一斉に切り替わる。

「現在LMP2Gでは反重力トランスポーターの粒子実験が行われています。しかし、対象区域とは数十キロ離れた場所です。」

そうなると、LMP2Gによる現象ではないということになる。そうなると、この現象は一体……。

「……技術局時空間研究科の名にかけてこの現象について調査を開始せよ。センサーから何も逃がすな!」

研究員達はその言葉で水を得た魚のように動き始める。今までは此処は理論だけを求める研究所だった。でも今は違う。研究材料は直ぐそこにあるのだ。

モニターに表示されている数値が刻一刻と変化していく。

「……残り10秒で臨界点に達します。マイクロブラックホールは予測では1フェムト秒も経たずに消滅します。」

「緊急事態発生!重力指数に変化発生。空間が歪んでいます!」

切り替わるモニターには移り変わるグラフの他に都市内部のカメラの映像がある。その映像は不可解なほど歪みを見せている。
普通なら、中央に技術局の塔が映り込む映像のはずがある空間だけ変な方向へとねじれて見えている。

そして、幾つかの歪みの先には何かの像が写り込んでいる。だが、それはとてもぼやけていて何がなんなのか解らない。

「画像解析急げ!」

その号令と共に高性能カメラに写りこんだ歪み内部の歪んだ空間が解析されてきちんとした画像へと切り替わる。

そこに写っていたのは映画にしか出てこないような鬱蒼とした森である。遠くには何か大きな石造りに建物が写り込んでいる。

「これは……いや、ありえない……。でも実際に目の前に……。」

何かを知っているのであろうか、その研究員は映像を見てうろたえる。

「何か知っているんですか!」

その研究員に対して何人かの研究員が詰め寄る。残りの研究員は聞きたそうにするが、自分に与えられた仕事をこなしている。

「時空間理論で述べられていることを前提に考えてみると、あの像が映し出しているのは、正しく異世界ということになる……。前提条件をクリアーしたすると、そこまで近づいていることだから何かが空間を飛び越えて出てくる……はずだ。その何かが来るかどうかを計測するんだ。」

了解。 そんな声が研究室に響きわたる。

モニターではカウントダウンが既に始まっている。

4・3・2・1……0

その瞬間。様々なセンサーは確かに何かが発生したことを観測した。

また、分かりやすいところでは先程までねじれた映像を写していたカメラが元のきちんとした映像を写している。
ねじれを発生させていた空間が一瞬のうちに消え去ったのである。
「解析回せ!発生地の精密な特定急げ!」

計測持体は終わったがそれで終わりではない。むしろ此処から始まるのだ。

「俺たちの時代がやってきたんだ!」


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……あれ……痛くない。

そう思って恐る恐る目を開くとそこには、こちらを穴が開いたように見つめている男が居た。
その男は、明らかにうろたえていて、机の何かとこちらを何回も見ている。

そして何かを決めたようにしてこちらに近づいてくる。

「KON NICH I WA DO CHI RASA MADE SYOUKA…………Hello.What''s your name?」

その口から出てきた言葉は理解が出来ないもの。
リュナの中で、恐怖心が一層掻き立てられる。

「来れ精霊の娘らよ。来れば我を害するものに天罰を……」

一気に護身用の攻撃魔法をまくし立てる。狙いは、黒髪の男。

胸元に下げている魔導器がリュナの詠唱に反応して、淡い光を放ち始める。

その詠唱を聞いた男が机の上の何かを取ろうとしている……まさか武器!

「マジックスタン!」

魔力の流れによって自分の中の魔力が、減っていくのがわかる。

バチン……

そんな魔法が弾けるような音がして、ゆらりと男は倒れて行く。

ガン……後頭部を何かの箱にぶつけたらしい。その箱の中からガリガリという音が聞こえてくる。

何も無い空間に魔法の残滓がパチパチと音を立てる。

気を失った男は時々ピクピクと身体を震わせている。

そこまでして、ふと周りの状況に気づく。

な……なんなのコレ?

手から魔導書が離れ、パサりと音を立てて落ちる。元々損傷があった上に剣で切りつけられたためにもう本の体裁を整えていない。
ページはボロボロと本から離れ、辛うじて残っているページもようやくつながっているという程度でしか無い。。

自分がへたり込んでいるのは柔らかい布の塊の上だ。寮の部屋の物とはかなりグレードが違う。

周りを見回してみると、よく分からない箱みたいなものが沢山ある。

と……とにかく動かなくちゃ。あいつらが来ちゃう。

そう思ってリュナは立ち上がろうとするが膝には力が入らない。柔らかい布に足が沈み込んでしまう。

それどころか、緊張と恐怖で、生暖かい何かが……止まっていたはずのものが今現在漏れているのである。

「…な……と…止まってよ。」

彼女は、半泣きしているが、それが収まることはない。

その結果、ベッドには見事な地図が浮かぶこととなってしまった。

……なんとも哀れなことである。

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音の発信源であるベッドを振り向いて驚いた。

ベッドの上には、血塗れでぼろぼろな女の子がいたからだ。肩から腕にかけてとまり掛かっている血が見える。

……脳内彼女?もしくは、今流行のラノベ的何かか?

空から落ちてくる美少女じゃなくて、爆音と共に現れる傷付いた美少女か?

一瞬だけそんなアホなことが浮かび上がるが、そんなことはどうでも良い。目の前には、血塗れの少女がいるという事実がある。

深呼吸深呼吸……。

ス~ハ~ス~ハ~。……よし。

パニックになる頭を抑えて状況を確認する。

多分彼女が現れたのは、さっき変な動作をしていたプログラムに違いない。

そうやってモニターを確認してみる。モニターの数値は100%に成っていて完了の文字がある。

先程まで出ていた文字群は消えてしまっている。

……後でログを調べてみないと。

そう思って、意識をいきなり現れた彼女の方へと向ける。

さっき動かしていたプログラムが原因なのか、それとも他のものが原因なのかは解らないけれども、まずは話を聞かないと……イヤハヤその前に救急車か?……とにかく話しかけないと……

そう思って、思い切って声をかけてみる。

「こんにちは。どちら様でしょうか?………Hello.What''s your name?」

途中で、容姿的に見て日本語は通じないだろうと思い英語に切り替えて話をしてみる。流石に英語だったら通じるだろうと思っていたのだが……。

その少女の顔が恐怖にゆがむ。

「hsurj dloiurh sgdhfvbadlhs yegkuid bcakjnjk skhaibvb shhbanxhvi 」

全く聞き慣れない言語を彼女は発する。一体どうしたのだろうまさか……発狂でもしたのか?

その言葉と共に、少女の首から下がっていた懐中時計のようなものから淡い光が漏れ出す。一体なんなんだあの光は。

机の上の携帯端末を取ろうとして目を離した一瞬で静電気のような……何かの気配を彼女から感じた。

そして、そちらに目を向けてみると赤い電気のようなものがこちらに襲いかかってくる。

「な……」

バチ……

いきなりのことに身体の回避が出来ない。

その電気のようなものに触れた瞬間に体が跳ねる。一瞬だけ跳ねて、再び跳ねる。

その感電した痛みを感じること無く意識は、暗いものの中に落ちていった。

本当に意識が落ちる前に後頭部に衝撃を受けたのだが……彼はそれにすら気づかなかった。

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「う……」

恥ずかしくて声も出ない。なんで18にもなってその………

リュナの顔は真っ赤になってしまっている。その場から動こうとするが、腰が抜けてしまったのか、動けない。

しばらくして、落ち着いてきたのかやっと周りをじっくりと見回すことが出来るようになった。

白い壁の部屋。大きさは……一度だけ見たことのある王宮課程の寮の部屋ぐらいの大きさなのだろうか。パッと見、そこにある机のようなものと椅子のようなものは自分たちの寮にあるものよりもイイものである。よくわからない形ではあるが……。

机のようなものの上にはよく分からないガラスがはめ込まれたものが置かれている。

そのガラスは、ピカピカと様々な色を出している。

「……綺麗。」

それに見とれていると、机の近くに倒れていた男が、身動きする。

「u……」

よくよく見てみると、男が来ている服装は、見た感じ自分が着ているものとは全然違うがそれなりに良さそうに見える。
少なくとも、王都のスラムにいるような不潔な感じは全くない。

それどころか、襲ってきた男達が纏っていたようなマントもまとっていない。

まさか……

まさか、この人は、王宮の魔道士であの窮地からどうやってか救ってくださったの?
私はそんなお方になんてことを……

自分のやったことを振り返ってみる。

よく分からない言葉で語りかけられたから驚いて攻撃してしまい気を失わせてしまった。

もしも本当に王宮付きの魔道士だとしたら……

とにかく介抱をしなくては……

そう思って動こうとしたが、ふと気づいて自分の格好を確認してみる。

マナストーンの暴走に巻き込まれたので、制服であるスラーブと蒼を中心としたジーレは、ボロボロ、ついでにナイフでも切られたから血に染まっている。
そして、スカートの方は……下着からして大変なこととなってしまっている。

こんな格好では……

リュナは気を失っている男の方をちらりと見る。

……時々身体が動いているがまだ気を失っているみたいである。

だったら今のうちに……

自分の直ぐ後ろに落ちていたカバンを拾い上げる。

カバンは主人とともに森を駆け抜けてきたため多少汚れてしまっているが血はついていないので大丈夫だろう。

カバンを開けて、代わりの服を出す。

カバンに入っていた服は昨日着ていたやつだけども……大丈夫よね。

………少なくとも今君が着ているものよりは問題ないだろう………

もう一度、気を失っている男の方を見る。

「u……u……」

うっすらと男が目を開ける。そして、視線をぐるりと回して、バッチリと目があってしまった。

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体に感じる痛みによって覚醒する。

「う……うん……」

ゆっくりと目を開いていく。ぼんやりとした部屋が目に入って来る。

それから目が、元の仕事を思い出したようにゆっくりと焦点があってくる。
身体が、ゆっくりと元の機能を取り戻していくような感じがする。
それと同時に、身体中から、軽い痛みが生じてくる。特にひどいのは後頭部だ。

ぐるりと視線を回して部屋を見回す。

……ん?

こちらの見ている少女とバッチリと目が合う。

少女の目は碧。外国人にはよくある目の色だ。顔の方は……ちょっと可愛いかな?

……気まずい。

てっきり、あっちから視線を外すかと思っていたんだが一向に外す気配が無い。とはいって、こっちから外すのは、なんだか気まずいし……

「……」
「……」

気まずい。非常に気まずい。

とりあえず……

「俺の名前は和泉愁也。あなたのお名前は?……My name is Syuya Izumi. What''s your name?」

とりあえず自己紹介をしよう。それにしても、さっきのは一体なんだったんだ?連邦非加盟国の特殊兵器か?

……反応なし。いや。首をかしげていると言うことは言葉が通じていないと言う可能性も捨てきれないな。

だとしたら……ボディランゲージで表現するしか無いかな?

そう思って、ボロボロの少女に近づく。………さっきみたいに攻撃されないよね?

少女の前にたって、指で自分を示す。

「シュウヤ…シュウヤ」

何回か自分の名前を言ってみる。果たして通じるだろうか。
通じてほしいな~。

「Sya?」

そんなふうに首をかしげている。

「Syu u ya」

音節でわざわざ区切っていってみる。すると……

「Syu-ya」

こちらを指さしてやっと答えてくれた。なんとか理解してくれたようである。

俺が首を縦に動かして肯定の意味を伝えると、今度は少女が泥だらけの指で自分をさして言葉を発する。

「Ryuna」

聞こえてきたのはウルーブナという音であった。

「ウルーブナ?」

そう問いかけると彼女は首をふる。そして、再び、自分の名前であろう音を口にする。

「Ryu-na」

だが、その音は、全く理解ができない音の塊である。なんとか拾い集めるとリューナという音にも聞こえなくはないものであった。

「リューナ?」

そう言って見るとちょっと困ったような顔をしながらそれでも、頷いてきた。

遠からず、それでも当たりではないのだろう。

それよりもこの子はケガをしている。見た感じ救急車を呼ぶようなものじゃなさそうだけれども、まずは傷の手当を……

……と思ったのだが、なにか鼻につくような臭いがする。これは一体?


クンクンクン……

……どこかで嗅いだようなある感じの匂い……そう……例えばトイレ……

そうしていると少女が恥ずかしげに、顔を真っ赤にしながら腕を引いてくる。

一体どうしたんだろう……少女の目線を追ってみると……

なるほど……どこかで嗅いだことのある匂いだわな。

……まずは風呂で汚れを落としてもらって、それからだな。

それにしても、いきなりこれとは……面倒をかけさせてくれる……。

仕方ないので、少女にニッコリと笑いかけてちょっと待てと言うジェスチャーをしてから洗面所に向かう。そのまま浴室の扉を開けて湯沸しの準備をする。

「温度はぬるめで……と……」

それのあと直ぐに乾いたタオルと濡れたタオルを持って少女の元に戻る。

ベッドに戻ってみるとまだ少女は地図の上にへたり込んでいた。

こちらを見ると、何やら複雑そうな表情を浮かべている。

とりあえず、少女にジェスチャーで靴を脱いでから下半身を拭くように指示をして濡れたタオルを渡す。

少女は、最初こそなにを意味しているかわかっていなかったみたいだが、靴をさして脱ぐジェスチャーと乾いたタオルで足を拭くまねをすると合点がいったらしく笑顔になっていた。

少女が、ベッドから降りると同時に敷き布団とシーツを回収。そのままシーツは洗濯へ、布団の方はベランダへと行くこととなった。

つくづく今日が晴れでよかったと思う。

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さっき気絶させてしまった魔道士であろうシュヤは親切にも私にとても柔らかいタオルを渡してくれた。

そして、私が汚してしまったベッドを嫌な顔せずに片付けて部屋を出て行ってしまった。

……とりあえず……

「拭かないとね。」

ブーツを脱いでから粗相をしてしまったあとを拭う。少しの時間をかけて汚れてしまったところをきちんと拭うことが出来た。

そして、カバンの中にあった替えの下着とスカートを身につける。

あとに残ったのは……じっとりと重たくなったスカートと下着であった。とりあえず……

リュナは乾いたタオルにそれらを包む。

ちょうどそれが包み終わったときに部屋を控えめにノックする音が聞こえてくる。

そして、シュヤが入ってくる。

そして、何かを言いかけたが再び体を使って表現をし始める。

……何をしたいのかしら?

全く意味の分からないことであった。

シュヤは、少しの間考え込んで私の使ったタオルを拾い集める。そして、私のブーツとカバンそして魔導書を回収してしまう。

それからいきなり私の腕をつかんでくる。

「いや。はなして!」

そう少し大きな声を出すとぱっと手を離してバツの悪そうな顔をしながら頭を下げてくる。

この人は、たぶん私のためを思ってしてくださっているのに……

「ごめんなさい……」

そう言って頭を下げるとますます恐縮したように頭を下げる。

もっと王宮の人って傲慢な人だと思っていたんだけれども……



………誤解を解くことは難しい。言語の壁はものすごく高い。………


それから、部屋を出てシュヤに連れられてきたのはなんだかあったかい部屋。

此処はどんな部屋なんだろう。部屋に入ってみるとなんだか大きな音がする。

部屋を見回してみると部屋の端っこに大きな縦長の箱があってそこから大きな音が出ている。
そして、化粧台のようなものには大きな鏡があってその周りにはよく解らないものが並んでいる。

鏡の上を見て驚きの声が出る。

「え……なんで?」

さっきまで気づかなかったけれども、魔法灯の一つも無いのになんでこんなに明るいの?

光を出しているものをまじまじと見てみる。

魔法灯の魔力の流れを感じられない……なのにその丸いものは光を出し続けている。一体なんで?

ふと肩が叩かれることに気づく。
そちらを向いてみるとシュヤが心配そうにこちらを見ている。

無理やり笑顔にして心配をかけないようにする。

今の私笑えているかしら。

……残念ながら引き攣った笑みです……

シュヤの体の動きから察するに汚れているから水浴びをしろって言うことみたいね。



まあ、確かに下半身は拭かせてもらったけれどもその他は、ドロドロ。

此処はありがたく浴びさせていただきましょう。

シュヤがガラスの嵌め込まれた扉を開く。中からは、湯気がモワッと出てくる。

なんなのコレ?

再びリュナは驚きに包まれる。目に入ってきたのはなみなみと張られた湯気が出ているお湯。

寮のものよりも断然狭いがこんなにお湯があるなんて普通じゃない。こんなのに入れるなんて、本当に王宮課程の生徒ぐらいよ。

再びシュヤに肩を叩かれて使い方を教わる。

てっきりなみなみと張られた湯を使って汚れを落とすとばっかり思っていたのに出っ張りを引いたら、温かいお湯が出てくるってなんなのよ。

その後の表現はあんまり解らなかったけれども要するに、体を洗ったらお湯の中に入れ?って言うこのなのかしら?

そして、最後に、かごを示して服に触って入れるような表現をした。それと一緒に手に持っていたタオルをそこに入れる。

そして、カバンと一緒に大きなタオルを別のかごに入れて部屋を出ていこうとした。

「ちょっと待って下さい。」

出ていこうとするシュヤの服をつかむ。そして、ブーツを指し示す。

すると、シュヤは自分の足を示す。

シュヤの足にはブーツが履かれていなかった。

視線を戻してみると指でブーツを指し示して手でバツを作っている。

……なるほど。

納得して、頷くとシュヤは、こんどこそ部屋を出ていった。

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洗面所を出ると早速リビングへ向かう。

それにしてもこんなことになるなんて……

神様……俺悪いこと何かやりましたか?

神がいるかなんて22世紀の俺たちにも分からない。
まあ、ただひとつ言えることは、別に神がいてもいなくてもどちらでも変わらないと言うことだ。別に信心深いわけじゃないし……ローマの法王様にとっても新興宗教として勢力を伸ばしつつある『漆黒の月』の指導者にとっても、言い方は悪いが同じことだろう。

だって、宗教の中で明確な姿形が無い以上その宗教のシンボルは最高指導者である自分自身であるのだから。

まあ、別に神がいたところで、日本古来からつづいているお正月やら七五三やらの行事がなくなるわけでもないし、いなくてもバレンタイン、クリスマスの二つのイベントは消え去ることはないだろう。

……とりあえずまずは言語の壁をどうにかしないといけないな。

リビングにはいって机の上によく分からない古ぼけた本を置く。ギリギリ本の体裁を整えているというものだな。……傷がなかったら古書としての結構な価値がありそうなのに……

慎重にそれをめくっていく。よく分からない文字がずらりと並んでいるページがあったり、逆に何も書かれていないページもあったりする。
バラバラになったページも見てみるが手がかりになりそうなものはない。

少女の持ち物だけれども、全然理解が出来ないな。文字を見ればどこの出身かわかるかと思ったのに……

そして、キッチンから適当な大きさの新聞紙を持ってくる。その上に少女が履いていた編み上げブーツ的なものをおく。少し変わったデザインだな。
少なくとも、このへんじゃあまり見ない形だし……。もしかして欧州の方のファッションだったりするのか?

それを見ていても解らないので仕方なく、それから目を離して仕事兼私用の薄型PCを起動する。

西暦2130年現在コンピューターは大きく分けて3つのものに分かれている。
理論自体は40年以上前から存在していたが20年前に初めて登場したゴーグルを付けて仮想PCを動かすと言うタイプと、コンピューターの黎明期からずっとあり続ける本体とモニターがあって初めて動くという物、そして、特殊なチップを前頭葉、後頭葉、頭頂葉、側頭葉、脳幹の5ヶ所にインプラントするという方法に分かれている。

バイザーを付けるタイプは脳への擬似的なアクセスを行って物事を処理するため大容量のデータ処理をスムーズに高速に行うことが出来る。その為もっぱら、仕事で使用されるのはこちらの方だ。しかし、いくら脳で動かすといっても視覚的に確認した方が良いという人もいる。そして、仮想PCの技術というのはあまり応用が効かないものなのである。

物理的に存在するPCであれば、必要なときに必要なものを接続もしくは、インストールすれば良い話だが仮想PCは脳味噌……延髄部に擬似的であるが接続をしているのである。
やたらめったらプログラムを突っ込めば使用者に死の危険性もある。
そのため、臨床実験を何度も行いそれにパスしたものしか使えないようになっているため物理的なPCでは出来ることも、仮想PCでは何年も遅れて出来るようになるのである。

ちなみにインプラントの方は、まだまだ出てきたばかりであり大規模な手術が必要であることや、チップを埋め込むところを少しでも間違えれば死亡すると言うケースがあったりするので普及は殆どしていない。まだ実験段階の物である。完全な実用化には最低でも、ここでは30年くらいはかかるというのが大半の研究者の予測である。

薄型PCのモニター……
有機ELはコンピューターの黎明期であろう2010年には、小規模ながら実用化されていたものが、時代が進んだ今では一般的にどんなものにでも使用できるようになった。
……には様々な情報が表示されている。

「おはようシュウヤ。なにかあったみたいだけれども大丈夫?」

開いたパソコンを触っていると部屋の天井から音声が聞こえてくる。システム管理AIのフローラだ。なかなか人間臭いAIだ。中に人が入っていても驚かない……と思う。

「センサーで感知しているだろう。あり得ないことなのにプログラムを走らせたらいきなり人が現れた。」

パソコン……というか、虚空に向かって話しかける男。数十年前だったら、変人として見られていただろう。

「確かにびっくりよね。……プログラムのログは取ってあるから、後で見てみてね。」

「了解。了解。……連邦政府情報局ネットワークにアクセス。」

「わかりました。……音声認識完了。和泉愁也元システム管理主任と認識。……デバイスネットワークを構築中……連邦政府情報局ネットワークへのログインに失敗しました。管理主任権限が喪失しています。……手が早いわね。」

システム管理AIの反応が帰ってくる。本当に手が早いもので……

自分を首にした忌々しい上司の顔が浮かんでくる。

いつもだったらどんなことも後回しにするクセに。

……それにしても参ったな。連邦の情報局から、音声認識ファイルをダウンロードしようと思ったのだが……

連邦……地球連邦は国際連合を元としており、その目的は利益を互いに共有することによって世界平和をめざすと言うものである。人類が、宇宙というものに進出してから地球という限られた資源を争うのではなく協力して宇宙空間を開発しようと言うのが建前である。
本音はどんなものなのかわからないが……

人類が宇宙空間へ本格的に進出を始めたのはおおよそ70年くらい前。西暦2060年代である。ちょうど人類が初めて宇宙へ出た時代からおおよそ100年が経った時のことであり当時はものすごく騒がれたらしい。

今となっては、昔では遠いものであった月や火星に基地や街が作られて人々が生活を行っている。当時は、様々な論争が繰り広げられたらしい。いわく、地球連邦との兼ね合いとかなんとか。

結局の所、現在各々には各星住民による連邦が作られており地球連邦とバランスを取っている。

連邦が完成したことによって、現在ではそれまでの国という分類は地域の分類としてしか存在せず、かと言ってそのままなくすのも問題であるので各国政府は連邦の下で動くこととなった。

その体制に反発しているのが北コメリカを中心としていたコメリカ、アジアの北東部に位置していた巨大人民国家ポーチュナを中心とした連邦非加盟国である。今では、その勢いも衰えつつあるが昔は国際連合を牛耳っていた存在だったらしく連邦をもその手に入れようとしていたらしい。

結局の所、当時のヨーロッパ地域共同連合や、東アジア地域経済協力機構、そして当時国民や、諸外国からの借金まみれで火の車状態だったけれども、技術だけはあった我が国日本などなどが協力して国際連合を無理やり作り替えたらしい。

当時は結構どろどろしていたらしく、あまり情報が残っていないのだ。歴史書に書かれているのは、どれも共通して、国際連合から、地球連邦が出来たと言う金太郎飴的な回答しか無い。たぶん戦争もあったと思うんだけれども……

どちらにしても、連邦と、連邦非加盟国は正直言ってあまり良い関係ではない。むしろ、敵対的な感じである。表面的には出てきていないが調べてみるとネットワークのアチラコチラでドンパチが起きていたり、境界線で小競り合いが起きていたりするようである。

だからここで彼女の所属をはっきりとさせておかないと……後々が大変な事になりそうである。

仕方ないな……

「コール……技術局……え~と……」

「技術局でこんな状況を解決してくれそうなのは……管理番号5623 牧原つかさ技術管理主任でいいですか?」

誰にかけようか困っていた俺にAIは適切であろう回答をしてくれた。

AIはやはりコンピューターの黎明期である頃から理論的にはあったらしい。しかし、高度な受け答えができるようになったのは仮想PCができてからのことである。

朝のオハヨウから夜のオヤスミまで、暮らしに夢と希望を。犯罪者には鉄槌を。

こんなセリフで登場したものであった。
そんなコンセプトで登場した当時はいろいろ騒がれたものである。

プライバシーの観点から見て、問題である。特殊な性癖の持ち主が出て犯罪を犯す可能性がある。安全性は保証されるのか云々。

結局の所、AIについては一から各々で育てると言うことという法律と犯罪行為を犯した場合はデータ完全消去と言う事となった。
ちなみにブラックボックスの箇所が結構多いのは仕方ないものである。

「全く早いもので。……おねがいします。」

「了解。通常回線でコール。ネットワーク管理部門へ接続します。」

その瞬間3D表現機構が起動して黒スーツにサングラスの厳つい男の姿が虚空に現れる。

昔の映画であったよな。確か……ターミネーちゃん?だったか?
未来からやってきたグラマーなネーちゃんと黒服の男が戦いを繰り広げるんだったっけ?

「こちら、地球連邦極東地域日本関東地区ネットワーク管理部門です。ご要件はなんでしょうか。」

業務用管理AIの声がしてくる。なんというか……結構無機質な声なんだよな……別に事務用だからいいんだけれどもさ~。

「技術局管理番号5623牧原つかさ技術管理主任をお願いしたい。」

「そちらの所属をお願いします。」

参ったね……果たしてつないでもらえるかな?

「戸籍番号38549-8674352。元SPトレンドシュア学術研究技術都市支社システム管理部門主任和泉愁也。現在はフリーのプログラマーだ。」

「現在あなたは無職なのですか?」

やっぱり突っ込まれたか。現在の連邦では、仕事についているかどうかが、価値基準である。
成人をしても仕事についていない人は特殊な学校へと入れられる。そこでみっちりと仕事について学び社会復帰出来るようにする。

逆にいうと、能力さえあれば若い人材が活躍できるって言うことだけれども。

フリーのプログラマーなんて相当の実績がなければ認められないのである。

もっとも、俺はというと……

「現在特殊条例の期間中だ。確認してみてくれ。」

特殊条例とは簡単に言うと元々働いていた人が、転職をする際や首を切られたといった場合の処置である。いくらなんでも、無職の人を全員学校へ行かせるのは困難であるためできた処置である。
もっとも、各々に、期限が設定されているのだが………

「……少々お待ち下さい。」

そんな声が聞こえてきた。そして数秒後………

「現在特殊条例の期間中であることを確認いたしました。残り期間は4年と8ヶ月24日です。それでは牧原つかさ技術管理主任へ接続を行います。」

そう言って男の姿が消える。

有機ELのモニターには様々な言語で「お待ちください。ただいま接続中です。」の文字が出てくる。その中で俺が読めるのは2言語だけである。

そして……

「ヤッポー、愁也久しぶりだね?ワッツハップン?ヨッポポーイ」

メガネを掛けてよれよれの白衣を着たやけにハイテンションな男が3D表現によって現れた。

良くドラマで出てくるような絵に書いたマッドのようである。

なんだか、髪はボサボサで、目の下は黒くなっていてかなりやつれているらしい。ついでに変な踊りもやっている。一体先輩に何があったんだ?

「先輩久しぶりです。おげんきですか?」

使い古された挨拶をしておくこととした。

「先輩は元気だよ。ヨホーイ。」

目の焦点はあっていなさそうである。まさか徹夜明けなのか?それにしては、ハイテンションすぎるし……

「徹夜明けですか?もしかして。」

「ノンノン。そうじゃなくて、寝ようとしていたら大規模な重力波が検出されたとか何とかでこっちにも調査依頼が来ているのさ!でもこれあれば大丈夫ヨロシ。」

そう言って、3D認識のカメラに近づけたのは何かの瓶であった。

「……なんですか?それ?」

いくら高性能なものでも、細かい文字までは読みきれていないようである。
別に聞かなくてもいいものを聞いてしまうのはなんでなんだろうか?

「技術局で開発した89種類のエキスを配合したトリッパー君(仮)アルネ。安全性については実験済みよん。うふん。」

大丈夫じゃないよそれ。なんだか逝っちゃっているから。言動もおかしいから。
やっぱり技術局は変人の集まりだったっていう噂は本当だったのか?

「君のところにもプレゼントしてあげるね。住所コードは代わっていないよね。」

え……正直言ってそんな危険そうなものいりません。

「君のところには、改良版のEX+を送ってあげるヨロシ。なんとこっちは倍の178種類のエキスアルネ。今なら特別価格よん。」

そう言って何かを始めたようである。つか、プレゼントっていっているのに金取るのかよ。

「いりません。見た感じかなり危険そうですから。……それよりも、今日は先輩に頼みがあったんですよ。」

変なものを送られてきても困るし本題をそろそろ言わないと時間がない。

「ナニナニ?もしかして首になったから雇ってほしいって?」

何も言っていないのにどこからその情報を手にいれたんだ……。まあ、いつもながらなんだけれども……。

「情報が早いですね。でも違います。……情報局のサーバーにアクセスしたいんですけどもシステム管理主任権限が切られているので、何とかして欲しいな~って思ったんですよ。」

「え~。どうしようかな~?」

目の前の男は身体をくねらせながら考えているようである。
正直言ってキモイ。ああ……そう死語だったかなこれは。とにかく気持ち悪い。

「……レポート。」

ポツリといった言葉に露骨に反応した。

「忘れていませんよね?」

そう言って、エンターキーを押す。
あらかじめフローラが準備していたファイルが開かれる。

そこから流れ出てくるのは……

「『お願いしますお願いします。どうか卒論助けてください。なんでもいたしますから~』『……先輩の頼みだからやりますけれども、出世払いで返してくださいよ。困ったときは助けてくれますよね。』
『フフフ……私が約束を破るとでも?私はいずれ技術局の局長になるものだぞ。しかと牧野つかさの名前を覚えておけ』
『立ち直るの早いですね……一応約束なので録音していますがいいですか?』『いいとも。私が嫌いなのは約束をやぶると言うことだからな。』

この録音は西暦2126年11月16日16時46分34秒から23秒間にわたって保存されたものです。
この音声録音には、音声中並びに電子署名に於いて両者の録音についての同意が存在するため地球連邦管理本部電子認証情報局制定電子認証法第45条34項、並びに地球連邦制定極東地域民法第1456条6項によって法的な効力があります。」

結構な武器である。

「……分かったよ。仕方ない。」

薬の効果が切れたのか落ち着いた表情で言う。

「助かります。一連の事が終わればお礼はしますので。」

「数秒待て………よし。ログイン権限を復活させておいたぞ。」

その言葉と同時にモニターにメールが入ったことが知らされる。

そのメールを開いてみると、権限の回復についての文書が書かれていた。

「ありがとうございました。なにかあったらまた連絡するので。」

「……また余計なことに突っ込んでいるのか?」

先輩が呆れたような顔をしている。

「いつもいつもお前はそうだ。………まあ頼ってくれて嬉しいよ。それじゃまたな。」

そう言って一方的に通信が切られた。

「もう十分厄介なことよね。……センサーに感有り。あの娘お風呂から上がったみたいよ。今は着替えているみたい。」

もう時間がなさそうだな。

「準備をするから、情報局サーバーにアクセスして登録されているすべての言語データを集めてくれ。音声認識で翻訳をやるから。」

りょうかーい。そんな声が聞こえてくるのを背にしながらリビングにつづいているキッチンへと入る。

え~と……この辺に………あった。

棚から出したのは近所の商店街で買った安物のココア。20パックセットで500円。大方多く仕入れすぎたせいで売るに売り切れなかったんだろうな。

ちょうどコップにお湯を入れたところで身元不明の彼女が現れた。

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な……何なのここは……。

王宮課程の生徒ならばともかく、一般課程の生徒であるリュナはものすごく久しぶりにお湯に浸かるという体験をしたあとであった。

しかし、その頭の中はスゴイ体験をしたということで埋め尽くされているわけでなく混乱で埋め尽くされていた。

リュナが浴室には入って思ったことは分からないと言うことであった。

普通の石造りの浴室ではなく、よく分からない材質でできている壁と床。
全く歪みが無く、曇らないガラス。
金属のデッパリを引くだけで際限もなく出てくるお湯。

正直言って、風呂を楽しむ余裕も感じられなかった。

なんでこんなことになっているのかしら……

肩にお湯がついて鋭い痛みが走る。

「痛……」

そこを見てみるとじんわりと血がにじみ出てきている。

傷を止めなくちゃ……。

「水の精霊よ。我に力を活力を……傷つきし身体を癒したまえ……ヒール。」

そんな声が響くと、傷口がどんどんふさがり傷も見えなくなる。
魔導器は外しているが、これくらいだったら魔導器なしでもリュナ単独での詠唱ですることが出来る。

傷が塞がったのを確認したリュナは一度湯船から上がって、シュヤに教えられたとおりに頭を洗い始めた。

「きゃ……」

何このネットリとしたの………

……言語が通じていなかったせいでボディーソープを頭にかけたりねっとりとした石鹸に驚いていたのは余談である。

そして、なんとか体を洗い浴室から上がったリュナ。

自分たちが使っていたものとは比べものにならないくらい柔らかいタオルで身体を拭かせてもらう。そして、カバンの中から着ることが出来る服を出して行く。少なくとも、ボロボロではないものを。
スラーブを着てジーレをその上に羽織る。それからプリーツの入った紺色のスカートを履く。
髪は……仕方ない。このままにするしか無いわね。

あまりロングではない髪は肩のところまでしか無い。

ちなみに、この髪型はセミロングと言う。別にどうでもいいことだが。

そうして、部屋を出る。

廊下の突き当たりにひとつだけ明るい部屋がある。多分そこにシュヤがいる。

その扉を意を決して開けるとなんだか甘い香りが漂ってくる。

部屋に入ると目に入ったのは食堂にあるものよりは少し小さいがしっかりとしていそうなタップルがある。
壁には、ガラスが取り付けられており外には……

「な……。」

天まで貫くかのような塔がいくつもある。

慌てて、ガラスに近づいてみる。

そこから見えたのは、遠くにものすごい高い塔が幾つもある光景であった。

な……

リュナは心ここにあらずといった様子で外をみている。

とんとん……

肩を叩かれるのを感じる。

そっちを向いてみると不安げな顔で心配そうに椅子に座らずにこちらを見つめるシュヤの顔があった。

今私の顔はどうなっているのだろうか……

シュヤに連れられて椅子に座る。その前にカップに入った飲み物が置かれる。

「dai jyou bu?」

意味は分からないが心配するような声色である。

「大丈夫です。」

ぜんぜん大丈夫じゃないけれどもそう言わないと、怖かった。

「un……imakennsakuwo kaketakeredomo kakuninndekinaigenngotaikei ne sukunakutomochikyujyouniha sonnzaishinaiwane」

「kakuninn dekinai tte douiu koto」

どこからか女の人の声らしい声が聞こえてくる。

でも、キョロキョロとしてみるが女の人の姿はない。一体何なの?

シュヤは私の疑問を察したのだろうか、ある方向を指さす。

その先にあったのは……

「箱?」

「kanntann de iikara jikosyoukai」

シュヤが何かを箱に向かって言うと箱からまた女の人の声が出てきた。

「watashino namaeha flora. flora.」

「フロラ?」

そういうと箱についているガラス板?がピカピカと光る。

多分間違えではないのだろう。

もしかして、やっぱり魔法なの?人が居ないところから声が聞こえるなんてこの人は使い魔を持っているに違いないわ。

シュヤは考え込んでしまっている。言葉が通じないと言うのはお互いにとってあんまりよくない。

あ……あの魔法だったら………

リュナの頭に急に思いついたものは一度だけ学院の書庫で見たことがあったロストマジックだ。たしか効果は……未知の言葉を習得できるという効果だった気が……

でも、なんだか注意書きがあったような気がする……

う~ん?う~ん?

なんだったかしら、本当に……

「daijyoubu」

またシュヤが心配そうな顔でのぞき込んでいる。

作り笑いをして、大丈夫。という。でも大丈夫じゃない。

「imanogenngoha……syuuya tabunnkanojyoha daijyoubu tte ittato omouwayo 」
「sugoina yokuwakattana」

……やるしか無い。

リュナは、覚悟を決めるとカップの中の暖かいものを口に入れる。

甘い……こんなの飲んだの……初めて……

今までリュナが食べたり飲んだりしたものの中で一番甘いものであった。

そして……

「我は人の子、我が前にいるものも人の子なり。同じ人の子の間に…………」

ドクン

なんだかハルトが打ち金みたいになっている……何なのこの……

顔と耳がなんだか熱い。

詠唱が進んで行けば行くほどハルドがなんだか激しく高鳴っていく。なんだか体も火照ってきて……

--------------------------------------------------------

「な………どうしたんだ?」

急にリューナがぶつぶつとよく分からない言語を発し始める。

「解らない。ちょっと待っていて……センサーを起動。スキャンを開始します。」

「どうだ結果は……」

結果を聞く。

「……分からない。」

は?分からない?此処のセンサーは技術局の連中が付けているものだぞ。連邦の最先端の科学技術の塊でも分からないって何があったんだ?

「サーモグラフィーだと彼女の体温が急上昇しているの。でも、その原因が分からないの。」

「何かの病原菌の可能性は?」

「待って……無いわね。今空調から水質検査まで行ったけれども、そんな病原菌は検出されていないわ。もっとも、彼女自身に何かある可能性は否定出来ないけれども……。」

「飲んだ物に原因は?」

なにか言い始める前にコップに入れたココアを飲んでいた。まさかそれか?

「ちょっと待って……精密スキャン……完了。無いわ。アレルギー反応も無し。全然解らないわ。」

と……急になんだか甘い香りがしてくる。

何なんだ?一体?

なんだかこの香りをかいだ瞬間心臓が高鳴る。

「センサーに異常あり……。これは!……異常な量のフェロモンが……な……」

急に、目の前の椅子に座っていたリューナが立ち上がってしなだれるようにして抱きついてくる。

「な……な……」

急なことで身体が動かなくなる。いや一部だけはものすごく正常に起動を始める。

少しだけ濡れた髪の毛がちょうど鼻のところへあたってふわりと、良い香りがしてくる……

心臓が、むちゃくちゃな鼓動を始める……。

息が……

「愁也……こっちも異常な体温上昇……ってこれって………」

なにか聞こえてくるけれども、分からない。今大事なのは目の前の……

こっちを見ているリューナの目は、潤んでいる。そんな目に吸い寄せられるようにこちらもリューナを抱きしめてしまう。
リューナの身体は華奢だ。ちょっと力を入れてしまうだけで壊れてしまいそうだ。
リューナを抱きしめる手がなにか柔らかいものに触れる。

「ahi……」

そんな溜息のような声が漏れる。

その声に俺の心臓はさらに早鐘を打つ。そして、そんな声が漏れたしっとりと濡れる唇に興味が移る。

甘い匂いがどんどん強くなって行く。もうわからない……。

そして、リューナが背伸びをして、口づけを行ってくる。それもいきなりディープなもので……。

つながった瞬間に何かが流れ込んでくる……これは……。

それから先は、わからなくなった……。


--------------------------------------------------------

「あ……あ……ああ………」

いきなりビックリ。そんな……なんなのあの娘?大胆すぎる……ああ……愁也も………

え……いきなりスカートを上げて………え………え~

ブラウスに手が……

……愁也……

……私ができることは……他の人に見られないようにしてあげることだけね………

大丈夫。後でお話のタネにするだけだから。

それにしても……あの娘もだけどもこっちも大胆ね。愁也ががあんなことできるなんて……結構長く一緒にいたはずなんだけれども……お姉さんビックリよ。

本棚の裏に隠したつもりの本で勉強していたのかしら?ああいうのって旧世代の異物だって思っていたけれども……まだまだ現役だったのね。

あ……男は野獣ね。


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第7版2010/10/13/19:57

あとがき
一部を加筆。



[17562] 正当防衛って価値観が違うとどうなるんだろう?
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:91dd37b8
Date: 2010/10/19 23:08
世界と世界の間には、認識出来ない溝が存在している。それは、我々でも、認識することは出来ない。
世界の構造として一番わかり易いものはコンピューターのファイルの構成であろう。ファイルの中にあるプログラム一つ一つが世界なのである。
とある次元論研究者の講義から。

------------------------------------------------------
う~ん……う……

ひどい頭痛がする……

その痛みで俺の意識は覚醒する。

目を開いてみるとぼんやりとした天井が写っている。

う……う……

体を動かそうとするが動かない。そこで、体を動かすのを止めにする。

なんだか……体が重い。頭痛もひどい……

典型的な二日酔いのような感じである。

一体なんなんだろう……回らない頭で考える。

なんだか甘い匂いが鼻孔をくすぐる。どこかが痛いほどに反応するけれども、一瞬でそれも失せる。

ただこの身に感じるのは充実感。

なんだか柔らかくて暖かいもの抱えている……
手に当たっているそれを揉んでみる。

……それは柔らかい。それでも形が崩れることはない。

本当になんなんだろう……

その考えも纏まらずにまぶたが落ちてくる………

再び、シュウヤの意識は深い霧の中へと落ちていった。

--------------------------------------------------------

う……

感じたのは痛み。例えるならば頭の中でコロセウムで闘剣士が戦っているような感じ。

ガンガンと頭が殴られる感じ……

痛みに耐えられなくなって目を開ける。

暖かい……何かに抱き抱えられているけれども不思議と嫌な感じはしない。それどころか……充実感もある。

それを感じると頭の痛みも多少楽になる。急にじんわりと下半身が熱くなる。でも……

それが引くと、再びガンガンと言うような頭痛に襲われる。

………イタイ。イタイ。

思わず体を捩ってしまう。

「う……う……」

急に身体の拘束が緩んで暖かいものから転がり落ちる。

ガン

そんな音と一緒に衝撃と痛みが襲ってくる。

リュナの意識は衝撃とともに深いものに落ちていった。



--------------------------------------------------------



不思議な空間に黒髪のセミロングの女性がふわりと浮かんでいる。彼女の周りには様々な色の文字が飛び回っているがそれを気にかける様子はない。

彼女が見ているのは、目の前に開かれたモニターだけである。
もしも何も知らない人が見れば女神のように感じるかもしれないが、彼女のことを見ることが出来るのは同じ世界の住民もしくは関係者だけである。

「どうしようかな~。これは……」

愁也と、あの女の子は野生に帰ったかのようにすごかったわね~

それにしても、あのフェロモン……媚薬作用と興奮成分が入っていたわね。
空中に拡散した気体を回収して解析したけれどもあんな構成をした分泌液なんて地球上……はおろか月と火星にもないわよ。
一体どこの所属の子なのかしら。

もしかして……連邦非加盟国の特殊工作員なのかしら?
可能性はゼロじゃないけれども少ないわね。白に近いグレーね。

適当な言語を作ったとしても、ルーツは調べれば大抵はわかるけれども、それがなかったのよね。あの言語体系はどこを探ってもルーツは地球上に存在しないものだったし、適当なことを言っているようにも見えなかったのよね。

……愁也を害するんだったらただじゃおかないわよ。でも……

ウインドウをキッというふうに睨むが、すぐにその顔を崩す。

さっきはお盛んだったわね。どっちも幸せそうに……このご時世でやるなんてね……

人工授精が一般的となっている今、この方法で快楽を得る人は少ない。別にこのようなことをしなくともいろいろな方法があるのだから……

それにしても……本当にどうしましょうかこの惨状は……

再び目の前のウインドウに目を向ける

そこに映っているのは……グチョグチョになったカーペットやソファー、ごろりとソファーから落ちて体勢的にまずいことになっている少女。それに気づかずにソファーの上で眠り続ける愁也。

……とてもじゃないけれども放ってはおけないものだ。

う~ん……どうしましょうか本当に……

家を守るお姉さんは考える。そして……

そうね……こうしましょう。

仮想現実の空間で彼女はデータで構成された腕をふる。

すると……一瞬で彼女の周りにずらりとウインドウが開く。

その中には様々な数値が記されていて刻一刻と変化をしている。

「コマンド起動。睡眠ガスの投入。場所はリビング。」

その言葉とともに、天井に仕掛けられたスプリンクラーから本来出てくるものではないガスが放出される。

AIコンセプトの中に犯罪者には鉄槌を。というものが有り24時間いつでも防衛が可能となったためにセキュリティーはかなりのものとなり泥棒や強盗などの家宅侵入はほとんどなくなった。
もっとも、大きな目標だと仲間がシステムAIに対してクラッキングを仕掛けている間に他の仲間が強盗をするという点も少なくないのだが……

もちろんAI防衛規定というものが有り、過剰な攻撃は問題であるので催眠ガスや催涙ガス、スタングレネード、スタンガン等々の個人の護身用の非致死性武器が装備されているのが一般的?である。
……訂正。少なくともこのマンションでは一般的だ。普通の一般家庭では、こんな装備はまずお目にかかれないだろう。有ってせいぜい催涙ガスぐらいである、

スプリンクラーから放出されているガスは無色なものであるので部屋が、真っ白になったりすることはない。その為、物色している強盗に対して気づかれづに身柄を抑えることが出来る。

ガスを放出して数分後。リビングに取り付けられたガス感知器が規定量のガスが充満したことをAIに告げる。

うん。これでよし。

センサーから確認できる生体反応に異常なし。今のガスのおかげで深い睡眠に入ったようである。グラフの線が一定の位置で小刻みに揺れている。

続いて指示が出されるのは部屋の壁の向こう側におかれた業務用清掃ロボットである。

業務用だけあって、掃除の際はものすごい騒音を発する。世間では小型で無音が一般的なのに時代の流れを無視したような作品である。むしろ、時代に対して喧嘩を売っているのではないだろうか?
そんな作品も、このマンションに備え付けのものである。

まあ、性能については折り紙付きなんだけれども……

壁の色と同化した隠し扉が開かれる。そこからドラム缶のようなものが出てくる。
掃除ロボの見た感じは、今では、ほとんど見なくなった絶滅危惧種のドラム缶にいろいろとよく分からないものがついている感じである。

ウィ~ン……ガガ…ガガ……

そんな音をリビングとキッチン廊下につけたマイクが回収する。

いつもながら……うるさいのよねこれ。何とかしてもらった方がいいのかしら……

そう考えながら数カ所の集音マイクを切る。それでも、家中に置かれている高性能な集音マイクは別の部屋にあるものでも容易に音を回収をする。

騒音レベルとしては100dB。土木工事で使われる重機の音と同じくらいで相当なものである。
正直このマンション自体にかなりの防音設備がなければ周辺から裁判を起こされかねないレベルだ。

騒音をまき散らしながら掃除ロボはフローラの指示のとおりに動き始める。

始めに二人の散らばっている洋服を回収・洗濯へ。それから丁寧に床の汚れた部分をふき取り消毒殺菌まで行う。染み付いたカーペットについても同じである。

よくもまあ、あんな器用な事ができるわね……。

自分で操作しながらもそんな事を考える。大抵の家庭用のものならばカーペットの掃除はできない。伊達に業務用ではないのである。ホントうるさいけれども。

本当ならばこの騒音のせいで難聴になったりするだろうから、誰もいない時にかけるもの何だけれども……まあ仕方ない。なにかあったときには、先生の処に駆け込めば問題ないし………

騒音が鳴り響いているが愁也達はピクリともしない。
生命反応のグラフが指し示すのは音が気にならないほどの睡眠に落ちていると言うことである。

そして結構な時間をかけて行為の後はほとんどなくなった。

あと残っているのは………ソファーの上とその周り。

そして、困ったのはソファーの直ぐ近くであられのない姿と体勢で床に転げ落ちている女の子とソファーでこんこんと眠り続ける手のかかる弟みたいな愁也だ。

どうしようかしら……この子たちを動かさないといけないけれども……

業務用ロボは人を動かすようには出来ていないし……かといって……メイド型ガイノイドはないし……。

あ~あ……私が触れられればいいのに……。何回も考えたことを再び考える。

ザザ……ザ…。

小さなノイズが考え始めた途端に発生してフローラの視界を揺らす。

……いつもそうだ。

何故なのかは解らないがいつもながら発生するノイズで考えることをやめてしまう。

いったい何故なのだろうか。ノイズにもめげずに考えてみようとするが……

ピピピ……ピピピ

急に聞こえた音でその思考が途切れてしまう。

その音に気づいてウインドウを開いてみると生体反応に変化が見られた。

これって……目覚め掛かっているわね。

……結構早いわね。……仕方ないわね。このまま起きてこの騒音で気を失われても困るし……

左腕を宙に向かってフローラは振る。

すると、だんだんと掃除ロボの音が小さくなっていき元の所定の位置へと戻る。

そして、壁は何もなかったかのように閉じて行く。

フローラの思考にはもう既にノイズのことは全く無かった。再びこの問題に気づくのはもっと先のことであった。

--------------------------------------------------------

ふぇ……ふぇ……ふぇっくしゅ……

そんな変な音とともに目が覚める。

目が覚めて一番最初に感じたことは、寒気だ。

さむ!……体が冷えて寒気を感じる。頭もなんだかボーッとしているし……

何故か横になっている柔らかいソファーから起き上がる。

ポリポリと頭を掻きながら未だに起ききっていない頭で周りを見る。太陽は、南側の大きな窓を通り過ぎて既に夕方であることを示している。

そして……

あれ?……なんで俺はなんにもつけていないんだ?それになんだかグチョグチョしているし。

混乱する頭を抑えて落ち着けようと深呼吸をする。

軽い頭痛が俺の頭を襲う。周りを見回してみるとあられのない姿をした少女が床に倒れている。床には、固まった糸のようなものがある。そしてところどころ赤いものがある。

……かなりまずくない?

頭によぎるのは性犯罪者の一言。

一体何が……

自らの潔白を証明するために記憶の糸を辿ろうとしてみる。

必死になって考えこむが思い出せない。最後に覚えているのは目の前の少女リューナが立ち上がったところである。

そこからがテープがプチっと切れたようになっていて思い出せない。

とにかく、このままじゃ不味い。いろいろな意味で不味い。

この感触は、間違いを犯している可能性も高いし……。

いろいろと状況証拠がもう遅いことを示しているが……それを頭から振り払って少女を起こさないようにして抜き足差し足でリビングを出て、洗面所へと向かう。

それから洗面所の棚からバスローブを一着取り出して羽織ってから、もう一着と薄手のタオルを準備する。

バスローブを傍らにおいてそれから、少女の身体を拭けるようにするために浴室から洗面器を回収し蛇口をひねってお湯をだす。

十分にお湯がたまったことを確認してバスローブとタオルを左肩にかけて洗面器を持ってリビングへ戻ろうとする。

「キャ~」

そんな叫び声が聞こえてくる。

慌ててリビングの扉を開けて目に入ったものは……



慌てて目をそれからそらす。そちらの方を見ないようにしてテーブルに洗面器とタオルを置く。そしてキッチンの方を見ながら後ろでで起き上がった彼女にバスローブを渡す。

「これを着ると良い。……Please ware this robe.」

記憶が途切れる前の様子からして通じるとは到底思えないけれども………

それに対して彼女は……

「ひ……はい。ありがとうございます……魔道士シュヤ様」

後ろ手に渡したそれを彼女は受け取る。もしかして怖がっている?

当たり前か。起きたら、ヤバイ状況になっているなんて……。

それよりも今言葉が通じたよな?さっきまでへんてこな言葉をしゃべっていたのに。それよりも言葉は通じているよな。

それにしても、今の言葉は一体?魔道士なんて言葉はゲームか小説ぐらいじゃないと出てこないぞ。

混乱しているのかな?

まあとにかくそれは後にして、所属を聞いておかないといけないな。

「君はどこの出身の人なのか?いきなり部屋に現れて驚いたんだけれども。」

布ズレの音がする。

タオルをお湯に濡らして後ろ手で彼女に渡す。

「ありがとうございます。私はコンプート王立魔法学院一般課程特殊魔法学科所属リュナ=ルオフィスと申します。この度はいきなりロストマジックを行使してしまい申し訳ありませんでした。」

……なにこの子?いきなり魔法がって言い出したよ?

それに……コンプート王国ってどこ?特殊魔法って……ロストマジックって……

とりあえず……。

「俺の名前はシュヤじゃない愁也だ。それから……色々と突っ込みたいところがあるが、とりあえず一点だけ。」

そろそろ大丈夫だろう。そう思って後ろを向く。

バスローブを着た彼女。リュナはしっかりとした目でこっちをみている。

「病院行こうか……。」

「え……。」

そんなポカンとした顔が印象に残った。

全く……。いくら妄想癖が激しいからって、いっていいこと悪いことがあるぞ。

金髪碧眼だし、どこかのゲームのヒロインにでもなれそうだけれども……。いやはやそれでもかな?

「魔法なんて言うものは存在しない。君も知ってのとおりあれは物語のものだ。魔法なんて言い始めた時点で君の精神状態は問題だろう。……大丈夫。いい先生を知っているし、君がどこの所属でも問題ないから。」

難民でも嫌な顔をせずに受け入れる恩師の顔が頭をよぎる。


--------------------------------------------------------


なにをいっているんだろう。魔道士のはずなのに……魔法を否定することを言うなんて……

「なんで病院なんですか?私は回復魔法も使えますし問題ありません。」

目の前の人は呆れたような顔をしてこっちを見ている。

「問題ありだよ。回復魔法に関わらず魔法が使えるとか言い始める時点で厨二病っていう大病に掛かっているんだよ。」

目の前の男はヤレヤレといったように溜息をつく。

厨二病ってなに?全く解らない意味の名前の言葉だが、いわれない不安に襲われ体が再び震えてくる。

「さあ……。」

そう言ってシュウヤがこちらへ寄ってくる。

それに合わせるかのように彼女の足も一歩ずつ下がる。

こちらへやってくるその姿が、恐ろしい顔をした男の姿と重なる。

いや……いや!。

『マジックスタン。』

シュウヤに手を向けて無詠唱魔法を放つ。胸元にある魔導器が動いているが無詠唱なので威力は相当落ちているが……。

「ぐ……」

男はそれを回避しようとして体を動かすけれども……無駄。

魔力で作られた網は執拗に相手を追い回す。

「な……愁也。」

悲鳴のような女の人の声が聞こえる。

それを無視して走りだす。どこか逃げられるところへ……


--------------------------------------------------------


え……。

いきなり、リュナと名乗った少女から放たれた正体不明の攻撃は愁也に直撃する。

愁也の苦悶の呻きが聞こえてくる。

その瞬間頭が真っ白になった。AIはその時の最善の結果を出さなくてはならない。という原則も飛んでしまうほどに。

ドタドタそんな音が聞こえてくる。

加害者であるリュナは逃亡を図っている。そんなことに血が上ったのかなんなのか解らない。

実際は、データで構成されている私は血がのぼるなんて言うことはないけれども……。

ザザザ……。

「敵性を確認。無効化します。」

世界の色が点滅する真紅に変化する。周りには「warning emergency」の文字が発生する。

それと同時に彼女の姿も変わる。おとなしく纏められたブラウスとロングスカートの格好は一瞬で粒子となって、その粒子はどこかの軍服のようなものへと変化する。

いくつものウインドウが自動的に開いて敵性対象の位置を指し示す。

そして逃走経路となりうる玄関や窓の鍵をロックして、外からも緊急用のガス式の扉を下ろす。
逃走者が戻れないようにそして、被害を最小限にするためにリビングに繋がる廊下の扉の横から透明な板が隔離を行う。

玄関にたどり着いた少女はこぶしで扉を叩いたりノブを引っ張ったりして、こじ開けようとするが少女の力では無理だろう。

そうフローラが判断した瞬間。玄関を監視しているサーモグラフィが異常反応する。

「………………。」

掃除の時に集音マイクを切っていたせいで、なにを少女が言っているのかが分からない。

ただ分かっているのは少女が何かをしているという結果だけだ。

少女の胸元に下げられている懐中時計から、淡い光が発せられたと同時にサーモグラフィーの数値がどんどんと上昇して行く。最初は、冷たかった鉄の扉も数瞬の後には高温になっている。

原因不明。しかしこの調子で上がり続ければ……


……敵性の逃亡の危険性有り非致死性鎮圧武器の使用を推奨。
……防衛コントロールシステムα・β・γ承認。


「……SRAD(Short Range Acoustic Device)起動。対象を無力化。音圧レベル……」

その瞬間。天井から小型のパラボラがせり出してくる。そして……

カメラに映ったのはほんの一瞬だけだがいきなり高音圧の音を浴びせかけられて目の焦点が合わないまま足元が疎かになってフローリングに倒れ込むリュナの姿だった。

胸元の懐中時計のようなものの光は既にかすかにしか光っていない。

おおよそ141bD以上の高音。いきなり浴びせられたらショックで倒れるだろう。

「無力化完了……虚しい勝利ね。」

………システムロック解除します。

その言葉の後、世界は元の色を取り戻す。ロックがかけられていたところもすべて解除される。

関係部署にはシステム検査のためと言う適当な文書を送っておく。お役所仕事だから適当な理由さえあれば彼らは納得するのだ。

彼女の格好も元のブラウスとロングスカートへ戻る。

それにしても、なにが悲しくてリュナに鎮圧武器を使わなくてはならなかったのだろう。
さっきのリュナの顔は、あからさまな恐怖であったじゃないか。

恐怖を感じた人間が自己防衛のために攻撃を行うことは普通ではないか。

……それでも、あれが普通の攻撃とは言い難いけれども。

思考の中でせめぎあうモノを打ち切る。

何はともあれ彼女を無力化をすることが出来た。生命反応も多少心拍が早いと言うことを除けばふつうのものである。気を失うと言うことは除いてだが。

リビングで、動く反応がある。そちらを見てみると愁也だ。

荒い息をしているけれども、問題ないみたい。

「大丈夫?愁也?」

「ああ。大丈夫だ。ちょっと気が遠くなっていただけだ。リュナは?」

「SRADで無力化したわ。今は気絶しているわ。」

「そうか……」

気を失わせてしまったということに少し顔を歪める愁也。でもその顔も直ぐに元に戻る。

「ごめん。少しやりすぎたかも。怖がっていたし……」

「仕方ないさ。今気絶しているんだろ。起きたら落ち着いているさ。」

「そうね……」

そのまま愁也は客間へと入っていった。

--------------------------------------------------------

……さっきのは驚いたな。

客間に迷惑な客のための敷き布団を引きながら考える。
正直ここまでする義理はないけれども……まあ、先祖代々から受け継がれる人情とか言うやつなのか?

それにしても、まさか回避もできないものとは……

手をこちらに向けられた瞬間に同じ手は食らうまいとして、とっさに軍事教練し込みの回避行動を取ったが、その回避を嘲笑うかのようにしてそれはこちらへ迫ってきた。

どんな武器なんだ?……胸元の懐中時計か?確かに妙に光を放っていたけれども……。

懐中時計型のエネルギー放出装置か?それでも、あんなに小型にできるものなのか?

それとも、懐中時計はブラフで全く違う攻撃手段なのか?でも、何も持っていなかったはずだし……。

そうなると……どうやったら手から電気ショックが放たれたんだ?もしかして電極でも腕に仕込んでいるのか?万国人間吃驚ショーじゃあるまいし……

「フローラ。リュナの精密検査を頼む。特に腕を中心に。電極でも仕込んでいないか?」

考えてみたことを聞いてみる。

「……無いわね。彼女の身体には傷ひとつ無いわ人為的なものの自然的なものも……」

敷き布団にシーツを引く。

「傷ひとつ無いって……リュナが現れたとき肩から血を流していたぞ。」

「え?うそ……でもそんなの確認出来ないわよ。」

血を流していないなんて言うことはない。多分だけれども、調べればシーツに血痕の一つはついているだろう。それに、廊下に出た時にカメラにきちんと写っているはずだ。
それを忘れているのか、それとも確認していないのか……どっちでもいいか。

「まさか……改造人間か?」

月刊アルカルフィアに載っていた改造人間の記事が脳裏によみがえる。全くもってバカバカしいが……。でも目の前にいるとなると……。

「連合非加盟国が作っている非合法兵器っていうやつ?馬鹿げた噂じゃない。」

確かに噂に過ぎないが……

「少なくと自然治癒で傷跡なしに血がふさがるなんて言うことはないぞ。それこそ改造人間ぐらいだろう。火のないところに煙は立たずっていうからな。」

まあ、それは於いておいてリュナを運び入れないとな。

客室を出てフローリングでぐったりとしている彼女を持ち上げる。

「う……うあ……」

どんな夢を見ているのか分からないが愉快な夢ではないだろう。だって……

こんなにも苦しそうな顔をしているのだから。

汗ばんだ彼女の額を彼女自身のローブの袖で拭う。それから、客間へ運び込む。

……その時ローブの隙間から見えるものが見えてしまったのは内緒だよ。多分カメラにも写っていないだろうから。

日本古来から続く畳が使われた客間。お客様をおもてなしすると言う意味が込められているらしい。少なくともそのように俺は祖母から教わった。祖母は、そのまた祖母から教わったらしい。脈々と人の心は伝えられていく。

布団の上にだきかかえたリュナをそっと下ろす。着崩れたローブをきちんと直す。
変な気持ちになったりはしない。そしてその上から薄い掛け布団をかぶせる。リュナの胸元にあった懐中時計のようなものを手にとってみる。

さっきの攻撃の時も、その前の時もこれが光を放っていたよな……。マジでエネルギー放出装置なのかもしれないし、何か関係があるかもしれないな。

それを手に持ってしげしげと見つめてみる。直径10センチくらいの丸い形の中に淡く光を放つ宝石のような物が見えるように取り付けられている。だが、それだけでは内部の構造は解らない。

「……。」

何にせよ話を聞かなくちゃな。一度きちんと寝れば気持ちも落ち着くだろう。
それでも魔法とか言い始めるんだったら……

ちらりと昔に読んだ小説の内容が頭に浮かぶ。

小説の内容は現代に生きる何の取柄もない少年(18歳が)がある日突然魔法バンザイの世界へと飛ばされる。そこでは、オーパーツといわれるものが数多く見つかっていた。
オーパーツは現代ならば誰でも見たことがあるものばかり。召喚されたからなのか、道具ならばどんなものでも一度見ただけでその構造がわかるとか言う能力を得てその科学道具を利用して貴族に成り上がっていくとかなんとか。最後は王様になっちまったらしい。

……チート能力と強さのインフレが半端じゃなかったから途中で読む気が失せたがな。

それに結局盗作騒ぎも騒がれたみたいで続編はなくなったし……。

それの逆バージョンか?……バカバカしい。そんな非科学的なことがあってたまるか。
まあ、少なくとも異世界の存在を否定する論文は出ていないけれども……。

考えていても仕方ない。

客間を忍び足で出る。そして、リビングへと向かう。

リビングへ出ると、先程は全く気付かなかったがソファーの近くに目につくものがある。これって……。

「フローラ……。これってまさか……。」

そう呟くと……

「うん。お姉さんびっくりだよ。小さかった愁也がいつの間にか大人になっているなんて……卒業おめでとう。」

地味に嫌なものだな。記憶もないのにそんなことを言われても……。

「キチンと成長記録に取ってあるけれども………見る?結構鬼畜だったわよ。泣き叫んで、気絶しているのにあんなことやこんなことを……」

その言葉を聞いて顔から改めて血の気が引いていく。背筋が急に冷たくなる。

なんですと……俺がそんな犯罪者まがいなことを……。

黒歴史の笑い話どころか他人から見れば少女を拉致監禁強姦……軌道刑務所へ放り込まれそう……放り込まれるな絶対に。
過去の例から言っても性犯罪に軽いも重いもなかったからな。
地上からだと軌道上のコロニーと見分けつかないから連邦非加盟諸国からの嫌がらせ的な攻撃にさらされる処に……

この数十年の急激な犯罪増加で、性犯罪にはとくに厳しくなったと言える。
昔ならば、ただの隔離地域の刑務所へ放り込まれたらしいが連邦非加盟国のコロニーへの攻撃が相次ぐと労働力として確保するためにわざわざ軌道上に刑務所を作ってコロニーの修繕やらなにやらをさせているらしい。
120年ぐらい前に大問題になった派遣労働者も真っ青な状況らしい。

寒気がする。なんで24年間品性高潔に生きてきたのにそんな思いをしなくちゃいけないんだ?

「消せ。速やかに消せ。」

そう言っても動かないだろうから、未だ起動中のパソコンからアクセスを行って隠しコマンドを入れて動画ファイルを片っ端からランダム上書き消去を行う指示を出す。

これでいいだろう。いくらなんでもこの形式で消したものだったらデータの復元はできないし。

「あ~あ……まあいいわよ。今愁也が消しているデータのオリジナルは別のところに移動しているし……。」

此処にあったのはバックアップか……。ダイブしたところで、ホームグラウンドであるフローラに勝てる要素がひとつも見つからない……。

「……参りました。」

完敗である。

……とにかく何かの拍子に外に流出されることだけはさせないようにしないと。
マジで社会的な死が待っているから……。

とにかくそのまま放置するのは非常に不味いので懐中時計はテーブルの上においておいて、容器に入っていて既に冷えてしまったお湯とタオルで綺麗にして行く。

「……ログの解析を頼む。」

フローラに仕事を任せて置く。それにしても腹へったな……

ふと時計を見てみると既に針は既に夕方の6時を示していた。ふと外を見てみると5月の夕暮れの空は赤々と部屋を照らしていた。

「リュナの分も作っておくか?」

さっきのことにしてもその前のことにしてもどちらも悲しい事故だと思いたい。

簡単に床を吹き終えてソファーの方を見てみる。

「素人がやるのはきついかな?」

色々と染み込んでしまっていて拭いただけでは取りきれそうも無い。

ふと目が部屋の端にある掃除ロボの出入口である壁に吸い寄せられる。

……なにはともあれ明日だな。

そのまま部屋を出て洗面所に鍵を締めて浴室へと入る。

それからしばらくして……それでも一般にカラスの行水といわれる時間で湯から上がってくる。

一度自室へ戻りきちんとした服に着替えてからキッチンへと入り冷蔵庫の中を確認する。

自室に戻ったときに一瞬だけ変な匂いがしたのは気のせいか?

……まあいいか。さて……簡単に単に出来そうなのは……

部屋からとってきた携帯を触ってレシピを検索してみる。え~と……簡単にできて早いのはカレーぐらいか。

レシピを手元の携帯で確認しながら棚を漁って見る。目についたのはエドモンドカレーのパッケージであった。

--------------------------------------------------------

「ログの解析ね………」

愁也に言われた通りログの解析をしているけれども、殆ど良く解らないものである。
かろうじて読める言語は日本語しか無い。
午前中にダウンロードした連邦に登録されている地球上の文字コードすべてと照らし合わせているが一つとして意味のわかるものはない。

----------------------------
サーバーへ特殊アクセス。
空間における情報を取得…………SYSTEM領域にアクセス。
管理領域723-2169-6502に於いて、情報媒体を確認。SYSTEM管理サーバにアクセス。
アクセス権限無し。デバイスコード28465026549gsdbdhf取得完了。リアクセス………情報媒体の再構築。
----------------------------

サーバーってどこのサーバ?SYSTEM領域って何?デバイスコードとか………情報媒体の再構築って何をやったの?

とりあえず……アクセスログも調べてみましょう。

フローラが指を振ると彼女の前に新たなウインドウが現れる。

外部ネットワークとローカルの簡単な通信記録だ。
~~~~~
06:22 ワイヤード
06:25 ワイヤード
~~~~~~
09:23 ワイヤード
09:45 ワイヤレス
09:46 ワイヤレス
09:47 ワイヤレス
~~~~~~
10:30 ワイヤレス
11:34 ワイヤード

11:35 ワイヤード
11:36 ワイヤード
~~~~~~

あれ?確かこの時間って……

「09:45~47までの詳細データを。」

目の前に現れたデータを確認する。どこへ接続を行っていたのか。

データによると、どこか外部へ接続しているはずなのにファイアーウォールやら、何やらに痕跡が残っていない。

「おかしいわね……」

接続先が不明なのである。部屋の中にはウチのものしか飛んでいないのにその時間に接続を行った形跡が無い。

「解らないわね。」

仕方なく一度打ち切りをして別のデータを確認する。それは……


「愁也。愁也の部屋のログの解析してみて良い?あの娘が出てきた時のデータが欲しいから。」

ウインドウを開いて愁也に呼びかける。データ自体は、サーバーに保存されているのだが、詳細なデータを確認する場合は許可が必要なのである。

「いいぞ~。」

そんな間延びした声が聞こえてくる。

それじゃあ……

「データ収集開始。時間軸は……本日の午前9:30分から通りあえず10:00まで」

詳細な指定を行うとフローラの手元にはいくつものウインドウが現れる。

「え~と……こっちが重力子でこれが放射性の物それから………」

この部屋の隅々に取り付けられた様々なセンサーのデータが集まってくる。

元々このマンション自体連邦の技術局の試作品の塊である。低賃金で借りることが出来る代わりに新技術が出来る度に実験舞台とされている。それらの状況を調べるためにセンサーが置かれている。

プログラムが走ってから急激な電磁波…テラヘルツ波ね…が確認されているわね。この数値は……かなり高いわね。長時間浴び続けたら……発信源は……ただの無線LANよね?
でも……プログラムが書き換えられている?いつの間に?
ログは……プログラムが起動してから10秒後までしか無い。ていうことは書き換えられたのはその時?

女神の指がリズミカルに動いていき数瞬ごとに世界の色が変化していく。

重力子にも変化があるし……あれ?不自然に此処で電磁波が消えているわね。
ちょうど電磁波が消えていた場所は……ベッドの上ね。
放射線指数に……少し変化有り。やっぱりベッドの近くね。
重力子の方もそうだし……これって無視出来ない共通点ね。

そのまま進めると刻一刻とデータが変動してくる……

そして……

「あ……ここね。」

そこで止める。止めた場所は全ての検査値が一瞬。ys(ヨクト秒)の単位であるが振りきれた場所である。
ちょうどその振りきれた時からほんの少しだけ……時間にするとfs(フェムト秒)だけだが常時レーザーやその他の機器で正確に図られているハズの空間にベッドを中心として歪みが発生した。その大きさはベットの大きさと同じだけ。

そして少女が現れたのであった。

……これは……

「理解不能ね。専門的なことは解らないけれども、多分プログラムに問題があると思うけれども……」

何にしても実験をするにもここじゃ危険過ぎる。今回は女の子だったから良かったけれども、次に出てくるのは何になることやら……

そして……

「これね。」

引き続いて流れるのは二回のリュナが電撃のようなものを発した場面と、先程の脱走劇である。

どれにも共通して変化があったのは……重力子と原子媒体?それから……熱量に……

これってどっちも通常の放電やら、発熱現象じゃないわね。電極を仕掛けているわけでもないし……もしかして彼女自身に生体電気を操ったりする力があるとか?

ふと思い浮かんだのはかなり昔の超能力やら魔術やらが出てくるライトノベルである。

ん?何かが引っかかる。

魔術?

「そういえば……魔法が云々言っていたわね。」

リュナが言っていたことを思い出す。もしかして……

少し考え込んで虚空で指を動かし始める。その動きはまるでピアノを弾いているかのようである。彼女の伴奏とともに光は収縮したり散らばったりを繰り返す。

そして、様々な条件にかけて余計なものを削っていく……

そして………


目の前に残ったデータが指し示していることは、「UNKNOWN.」それしか残っていない。

そして、そのしたには参考文献として様々な種類の本が並ぶ。薄っぺらいものや分厚いもの様々ある。それらに共通していることはただひとつ。内容の一部に魔法という文字が入っているか否かである。

どこかの名探偵の言葉であるが、様々な条件を排除して残ったものは一見あり得ないものであっても真実である。

でもそうなると……結果としては………

「証明する手段が無いわね。今あるものが絶対の真理というわけではないから……まあいいわ。報告しておきましょう。」

そう言ってフローラが腕をふると新しいウインドウが開いて文字入力の準備が整う。

そして、データを切り貼りして、報告書を作成することとなった。

--------------------------------------------------------

コトコト

そんな音が鍋の中でしている。元々はインドで食べられていたものが、200年以上前に日本人の日本人による日本人のためのカレーとなって今では世界に広がっている。
……主に手軽で美味しいという理由でだが。

さて……果たして彼女は起きてくるのだろうか。

時計を見てみると既に短針は9時を過ぎている。このままだと起きてこないかな?

そんなことを思っていた時のことだ。

ピローン。

そんな軽快な音がテーブルの上に置きっぱなしになっているパソコンから聞こえてくる。

それをのぞきこんでみると新しいファイルが一番上に表示されている。フローラからだ。

それを開いて内容を確認して行く。

プログラムを走らせた後に発生した環境の急激な変化。そして、現れた少女……少女の起こした不可解な現象……。

そして……

「『様々な条件を排除して残ったものは一見あり得ないものであっても真実である。』ね……」

とにかく今度は相手の言う事を否定しないで聞いてみるとするか。

さっきは魔法なんてありえないって言うばっかりで否定していたんだから……。

「彼女起きたわよ。でも……なんだか様子が違うみたい。まるで別人みたいな……」

フローラの声が聞こえてくる。

がちゃり。

リビングの扉が開く音が聞こえた。

--------------------------------------------------------
私が目を覚ますと柔らかな寝具の中に居た。
頭と耳がものすごく痛い。

ここは……

少女は、頭を抑えながらゆっくりと身体を起こす。そして、右手でこめかみの部分をグリグリとさするように動かす。

ふと周りを見回してみる。

此処が何処だか分からないがどこかの和室みたいだな。……それにしてもなんだか変な感じがする。

「布団に畳か……懐かしいな。」

ん?なんだか違う。

「あ~あ~……私の名前は……」

思い出す。欠落しているものが多いが記憶を……

私が私としていきた時間。封じられた人格。旅をし続けた時間。そして……

「そうか。書が傷ついたんだったか。」

書が書としての働きをなさなくなったから管理人格である私を逃がした。
すべての記憶を持つ私を……

……だれ?

そんな声が胸の奥から聞こえた。

……私は、お前が運んでいた魔導書……についている管理人格……精霊みたいなものだ。

心の中の人格に向かって話しかける。彼女がこの体の持ち主なのだろう

管理人格とと言っても理解は出来まい。理解ができるのはある一定以上の文明と概念を持つ者たちだ。

……なんで……

……わからない。何故私が外に出ているのか……

……そう……

言葉が少なく気のせいか存在が薄い。

……何があったのか話をしてもらえるか?力になれるかもしれない……

半分本当で半分は嘘だ。何にしても動くには情報が必要だ。

見たところこの文明はある一定以上の発展をしているようであるし、特にだ。

そして私は話を聞いた。

学院長に護衛の件を頼まれたこと。襲われて王宮課程の生徒は散り散りに逃げ出したこと、気づいたらベッドの上にいた事、はじめは言葉が通じなかったこと、魔法がひとつも見あたらないこと、よく分からない天まで続く塔、ロストマジックを使って言葉が通じるようになったこと、そして……

「魔道士であるはずなのに魔法を否定…か……。」

聞いた限りだと、多分だがこの少女は勘違いをしているのではないのだろうか?
自分の目で見たわけではないからなんともいえないが。

……私をかわいそうな人を見る眼で見てきたの……なんだか怖くなっちゃって……

「そうか……安心しろ。私が話をつけよう。」

……え…でも……

今の状況だと、また二の舞になりかねんぞ……

そう言って立ち上がる。

正直魔導書の精霊と言っているが赤の他人に身体を動かされるのは嫌なものだろう。すこしばかりの抵抗を感じる。

だが、それだけだ。

今肉体の制御権や、精神の優先も彼女より強い。もっとも、今は沈んでいるだけだから、そのうち変化があると思うが……

息を潜めて周りの音を拾おうとするが、いくらリュナの地獄耳とも言える聴力をもってしても、防音されたマンションの外の音を拾うことは出来ない。

なにはともあれ動かないことには始まらない。

そう考えた少女は着崩れていたローブを直して立ち上がる。それから、部屋の扉とおぼしき板の前に立つ。

扉に取っ手がないことに戸惑うが、すぐに凹みがあることに気づく。

なるほど。横にひらくものなのね。

納得した少女は、ゆっくりとその扉を開く。開いた扉の先は、何度か通り過ぎた廊下のような場所。

でも、廊下と言うにはあまりにも小さい気がするけれども……。

そこで思考を打ち切って周りに人影がないかを確認する。

廊下のような場所は木の板が床に貼られていて塵一つ無いように見える。

その廊下の先にガラスが嵌め込まれた扉があるのをリュナは確認した。

そうこうするうちにリビングの前まで到着する。

なんだか女の声も聞こえてくるな……

……使い魔のフロラ…みたい。

そうして扉を開ける。

すぐに感じるのは視線だ。目の前にいる男以外からも感じる。どこに潜んでいるのだろうか?


「……。」

感覚を鋭敏にする呪文を口の中で唱える。ふわりとリュナの体の周りに風の動きが生まれる。

感覚を鋭敏にして風の動きで人の動きを察知する呪文を使ったが目の前以外の男の気配しか察知できない。

それだけ隠密に特化した使い魔なのだろうか。それとも……

ちらりと周りに視線をやる。見た感じでは、魔法的な何かはない。

「どうぞ。」

扉のところで立ち尽くしていた私を男が自分の前の席を示す。
そして黙ったまま立ち上がって、キッチンへと入っていく。

私は、男にしめされた席へ座る。

「飲み物はなににしますか?コーヒー紅茶、日本茶、ほうじ茶、ココアなどなど言ってもらえれば大抵の物は出ますよ。」

「……紅茶をお願いします」

何故紅茶を頼んだのか解らない。でも、気づいたらかってに口が動いていたとでも言おうか。

別に飲み物はなんでもいい……重要なのはこれからどうするかだ。

今必要なのは情報だ。でもそれから先どうするかも考えなくちゃならない……。

男がキッチンに居る間も不審な視線は離れることが無い。

……監視されているわね。

しばらくすると、お湯が沸騰する音が聞こえ紅茶の良い香りが漂ってくる。

そして、カチャカチャという音がして目の前にポットとカップが置かれる。

それと一緒にお茶菓子が並べられる。そして男が目の前に座る。

「さてと……落ち着きましたか?」

おもむろに男が口を開いた。


------------------------------------------------------
5月某日。連邦非加盟国某所。

「閣下。例の反応が発生しました。」

執務室のような部屋には椅子に座って報告を受ける男と報告をする事務官のような男がいる。

「本当か?……してどこに?」

「忌々しい連邦のポイント6です。」

その言葉を聞いて男は手を顎に当てて考えこむ。それから口を開く。

「潜入させている者たちは?」

「現在比較的手漉きのものには事態の収集に当たらせています。しかしながら詳細な情報はもう暫く掛かると思われます。」

「分かった。いつでも動けるように指示を出しておけ。……それからチャングに指令を。ポイント6に揺さぶりをかけておけと。まあ、言われなくてもやっているようだが……。」

「了解しました。橙〈チャング〉に伝えておきます。失礼します。」

そう言って事務官は部屋を出て行った。部屋に残ったのは閣下と呼ばれた男ひとりだけ。

そして男は机の上にある受話器へと手を伸ばす。

「コールサイン005へ繋いでくれ。潜入任務だ。ああ……招待客をな。」

そして、事態はゆっくりと水面下で動き始める。

当人たちは全く知らない場所で……。



第三版2010/10/19/23:08


あとがき的なもの

前の更新からかなり空いていますね。その割にはかけていないという事実……。



[17562] 大体のお話って召喚しても責任をとらないよね。責任放棄というか……困るよね
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:91dd37b8
Date: 2010/10/19 23:13
人間は想像を絶する苦痛に見舞われた場合に防衛機制として解離を起こすことがある。痛覚などの知覚や、記憶、意識などを自我から切り離すことによって苦痛から逃れるのである。
強いトラウマを受けた場合、自我を守るために、その心的外傷が自分とは違う「別の誰か」に起こったことだとして記憶や意識、知覚などを高度に解離してしまうことがある。

解離性同一性障害 通称二重人格。 連邦医療データバンク情報サーバーより
------------------------------------------------------

「……さて。」

それを聞いた目の前の少女が紅茶を一口含んで口を潤す。

その姿は優雅なものだ。先程までの醜態はなく、その落ち着いた様は別人のようである。
今度こそ攻撃されないことを祈ろう。

「色々お互いに不幸なことがあったわけだし、ここいらできちんと自己紹介をしようか。」

少女の目を見て言う。その目の色は何故なのか分からないが真紅になっている。
一体どういう事だ?もしかして、眼球内での内出血とかなにかなのか?まさか二次元的な何かではあるまい。

……知ったことか。まあ、何かがあっても、先生のところへ駆け込みで行けばなんとかなるだろう。

何はともあれこれでやっとまともな会話ができる。話し合いで解決出来ることはしてしまいたいからな。

「俺の名前は和泉愁也。そして、こっちが相棒の……」

そう言って、机の上に出ているパソコンのプログラムを起動する。

パソコンのキーボードの下3箇所から薄い円盤のような3D表現機構が現れる。そして、空間に投影されるようにして見えるのは、黒髪の十分な色気を持った女性である。

3D表現機構の理論として下地には、RID(Retinal Irradiation Display)と呼ばれる理論が有る。
その理論は2017年に既に試作段階まではされていたが、レーザー照射のための位置特定など必要なものが多くまた大きさも巨大なものであった。当時は、部屋全体にレーザー発射装置を取り付け、数万個のセンサーを当時某国では最高性能を持っていた(…今では家電量販店で購入出来るPCと同スペック)スパコンであったAQUAが管理して実験を行っていたらしい。

結局その当時はそれ以上の小型化の不可などなどで計画は頓挫してしまったが、ある時期からブレークスルーが発生し、実験は再開され今では小型化・高性能化がすすみ今では様々な分野で使われている。

「この家の管理AIのフローラよ。」

部屋についている音声マイクから落ち着いた声が流れ出してくる。

そのままパソコンを怪訝そうにこちらを見ていた目の前の少女へと向ける。

残念ながら、この技術は情報を空間に直接出力するというわけではなく、網膜へ単体ならば不可視レベルのレーザーを数種類照射し、それによって像を結ぶというものであるため対象が正位置にいなければその姿を見ることは出来ない。

いくらこのマンションがマッドな技術部の実験住居と言っても住居全体にレーザーを放つ装置は置くことは出来ないだろう。なにせ3D表現機構に使われているレーザーは此処で観測されている幾つかの結果へ干渉しうるからである。

逆に言えばそれを無視すれば家全体に照射装置を置くことによって常時姿を見ることも出来なくはない。

「……それで君の名前は?」

目の前に現れたフローラを見たせいなのか目の色を白黒させている彼女に声を掛ける。
掛けつつもそのノートパソコンをこちらへと向けなおす。

「……。」

目の前に置いたマドレーヌをつかんでそれを咀嚼する、それからもう彼女は紅茶を口にして、口を開く。

「私の名は……アンリエッタ=リウェニア。そこにあるデバイスの管理人格だ。」

……どうやら、まともに話をする気はないらしい。

一瞬でカッとなるが、冷静な部分がそれを抑える。
落ち着け。落ち着け。クールダウンだ。

自分用に入れた紅茶を一口のむ。……だが、それでは別段クールダウンは出来ない。
目の前に置いたマドレーヌをつかんでそれを食べながら考える。

『もしかすると二重人格って言うやつかもしれないわね。』

耳元に直接声が聞こえてくる。何気なく廊下の方へと目を向けてみると、目の前の彼女の死角となる場所からパラボラが覗いている。目の前の少女が何も反応をしていないのを見るとあれで、指向性の音波を俺だけに発信しているのだろう。

「そうか……ミス リウェニア。単刀直入に聞きますけれども、あなたは連邦非加盟諸国の人間ですか?回答次第では少々手荒な手にならなくてはなりません。」

今椅子の下にある電気信号装置から電気信号を確認している。絶対とは言わないが、簡単な嘘発見器にはなるだろう。

そして、もしもの場合は……。

恐怖からなのかビクリと彼女の体が震える。そして、顔を下へ落とす。
その瞬間だけグラフの線が跳ね上がる。
一瞬の後、キッとこちらを正面から見つめる碧眼がある。

あれ?さっきまで真紅の瞳だったのに?まさか見間違えか?

「わたしが属しているのはコンプート王国コンプート魔法学院です。連邦非加盟諸国なんて言うものは知りません。」

目の前のグラフは、多少の興奮状態を示しているのか揺れ動いているが正常の範囲でしかない。とりあえずは……嘘はないと言うことか?

「そんなことよりも一体ここはどこなんですか?よく分からない魔法を使ってきたり……」

先程までの彼女とは全く違う。先程のアンリエッタを冷静沈着と言うならば今の状態は感情が暴走しているだけである。

「此処は、地球連邦極東地域の日本関東地区にある学術研究技術都市。通称夢の島。……悪いが君の言っているコンプート王国なんていうものはこの地球上、月、火星を含めて存在しない。
それに残念だが君が先程から何回も連呼している魔法という技術も無い。さきほど君が気絶したのはSRADと言う科学技術のものだ。それに実力行使を行ったのは、君が攻撃を行って来たからに過ぎない。」

「チキュウレンポー……。魔法がない……そんなのウソです。魔法が無くては光を得るのには火を使うしかありませんし、姿がないのに声が聞こえたりするのは魔法で見えないようにしているのでしょう。それに……。」

椅子から立ち上がって捲くし立てる。
なんだかスイッチがはいってしまったらしくヒートアップしている。このままでは何時まで経っても終わりそうにも無い。

目の前の少女の話を聞き流しながら話の流れをどうするかを考えてみる。

それにしても魔法……ね。そういえば……魔法が出てくる小説の舞台ってだいたい中世くらいだよな。魔法で文化レベルを引き上げているとかっていう……そうすると……

「……だったら、君の国にはこんなものはあるかな?」

そう言って俺は席を立って窓に近づく。すでに夜なのでカーテンは閉めているが……

それを一気に開く。窓の外の光が、部屋に降り注ぐ。

「な……」

窓の外に見えるのは、夜であるにもかかわらずにライトアップされた巨大な塔の底辺部分の端っこである。

塔の側に遥か彼方の月が位置していて今の時間だとそのコントラストが結構良い。
全周おおよそ14キロほどの天までも続く塔は地上からのサーチライトによって、夜も煌々と照らされている。遙か天空の塔のてっぺんは見ることも出来ない。

それを見た瞬間。なにか衝撃を受けたのかヨロヨロと彼女が窓へと近づく。

「うそ……なんで?」

彼女は、窓のある方向を見て呆然としている。

ん?どこを見ているんだ?

彼女の視線を追ってみると……

「ああ。あれは月だな。どうした珍しいのか?」

何でもない。彼女が凝視しているのは塔ではなく月の方だ。
そう言いながら彼女に近づくとガシッと彼女が必死の形相で胸元をつかんでくる。
喉元の手がちょうど首を圧迫する位置にある。

く…苦しい。

「ななな……なんで月がひとつしかないの!もうひとつの遊月は?どこへいったの!」

ねえ。そう言いながら俺の首を締めながらシェイクをする。

今回ばかりは、フローラも黙認しているようだ。
もっとも、何かしらの攻撃手段を使うにしても俺が巻き込まれるのは良しとしないからかもしれない。

「つ……月は…むか…しから……ひとつしか……ない。」

首がしまりながらも、少女の疑問に答える。

……というか、月が二つなんて無いだろう。

まさか……

あまり考えたくなかった異世界説がムクリと上がってくる。

否定をした瞬間に彼女の目が大きく見開かれてみるみるうちにその瞳に涙が満ちてくる。

「う……うそでしょ……えぐ………」

彼女の手が緩んで膝から崩れ落ちる。その後から聞こえるのは嗚咽しか無い。

何かの価値観が崩れてしまったのだろう。身体が細かく震えている。

こうなってしまうと何もすることは出来ない。ヘタに触ってまた電撃攻撃が来ても困るからな。

……そうやってしばらくしていると、彼女の嗚咽が止まる。そして、ゆらりと立ち上がる。

こちらを見つめるのは、泣き腫らして赤くなった真紅の瞳である。
今度こそ見間違え様もない。どうやってなのかは分からないが碧眼と灼眼を切り替えているらしい。

「……済まないな。いま、リュナは眠っている。」

先程まで感情を爆発させていた人物と同一人物には思えない。やっぱり二重人格なのか?

「さっきのはリュナだとすると、君は、ミス リウェニアと考えていいのかな?」

空となってしまったカップに再び紅茶を注ぐ。

「そうだ。……ミスじゃなくて、アンと呼んでくれ。さて、さっき表に出てきたリュナがこの体の持ち主。私は……ただ間借りしているだけだ。しばらくすればリュナの意識に飲み込まれて消滅する運命にある。」

自傷気味にそう言い放つ。

そうなると……碧眼と灼眼は二重人格のスイッチなのだろうか?

「それは……二重人格と考えていいかな?」

「おおまかに言えばそうなのかもしれないが、正確には違う。私とリュナは元々は別個体だ。さっきもいったとおり、私自身はそこにあるデバイスの管理人格だった。」

机の端っこにあるボロボロの本を一瞥して話をつづける。

まさか、魔法、魔法と言っている彼女に口からデバイスなんていう科学単語が出てくるとは思わなかったな。

「だが、ある事故によりデバイスは損傷。そのドタバタで契約を行った彼女の中に緊急処置的なものとしてイメージデータ化された私は放り込まれた。
もっとも、緊急処置だったために今此処にいる私は、ほとんど残りカスのようなものだがな。……簡単に言えばこの体には2つの人格がある。だが、それは元々一つなのではなく、始めから二つなのだ。」

精神の完全移植だって?そんなことできるわけ……否定しちゃだめだな。まずは聞いてからだ。とりあえず……

「……そんなことを言って信じられると思うか?そもそもデバイスって何なんだ?管理人格とは?俺にはあれはただの古本にしか見えない。」

「デバイスは物質の形にはとらわれない。デバイスと言うものは簡単に言うと様々なものが記録保持されている装置だ。無形のな。
だが、記録をとるために世界に存在するには、何かしらの物質の形をとらなくてはならない。私自身はたまたま本の形だったと言うことだ。管理人格は、私のように記録装置の中枢を担っている存在だ。」

もっとも壊れてしまったがな。古本にしか見えないデバイスを見てそう呟く。

あれが記憶装置……ね?魔法よりかはまだ現実味のある話だけれども……

「それから、消滅する運命とか言っていたがどういう事だ?」

「一つの体に精神が二つあるなんて言うのは自然の摂理に反している。その摂理に則って小さな精神体である私が消えるのは当然だ。」

精神体って……。まあなんとなくはわかるけれども……。

要するにアンリエッタという人格はもうすぐリュナの人格に吸収されるということなのかな?

「消えるというのは精神の混合によって消えるのか?それとも……。」

消滅するのかという言葉を飲み込む。目の前の少女から出されている雰囲気は正しく後者のほうだろう。

「……。」

「別に怖いなどは感じていないぞ。だって元々私は死んでいるようなものなのだからな……。」

フフフ。

そう言って不敵そうに笑うがその目に写るのは、なんとなくだが諦めの感情だ。だがそれを俺はどうすることも出来ない。

「……君が、リュナよりも高度な知識を持っていると言うことは分かった。しかしながら、それでハイそうですかと言って信じるわけにも行かない。君たちがこの世界に属さない確固たる証拠がなくてはならないな。」

だからこそ、話を変えるしか無かった。

納得はできないが、それなりには筋は通っている。
もっとも、与太話と言って切り捨てることはできるが、真剣な態度には嘘はないように思える。何よりもあの目は何よりの真実を語っているような気がする。

はてさてどうするか……。責任の一端は自分にもあるようには思えるけれども……。

「デバイスコード28465026549gsdbdhf。」

『デバイスコード28465026549gsdbdhf』それは確か……
目の前の少女が現れたときに動かしていたプログラムのなかにも、そして報告書の中にも出てきた正体不明の文字群。

「そこにあるデバイスの成れの果て。……もう役には立たないが私の認識コードだ。本来私自身には異世界へ跳ぶというプログラムは存在していない。あの場から彼女共々跳ばされた原因はこちらにあるはずだ。そうじゃないかな?」

そう言って彼女はこちらを見透かすような目で見てくる。正直言って怖いと感じてしまった。

少女の皮を被った全く違う存在。そうとしか言い表せない。

「……君は…SYSTEM領域という言葉を知っているのか?」

あの中でも一番わからない言葉を聞いてみる。口の中がカラカラだ。

手元のコップに手を伸ばして口を付ける。

「SYSTEM領域?……済まないな。私にも解らない。本来なら知っていたのかもしれないが何度も言うとおりに私は残り滓だからな。」

「……そうだな。君たちが此処へ着た原因の一端は俺にあるかもしれない。」

その言葉に、目の前の彼女の目が見開かれる。

「本当か?それは?」

「まだ仮定の段階だ。それだけで俺が悪いなんて言われるのは胸糞悪い。まあ良いか……。」

そう言って俺は、話し始める。

過去のアニメからインスパイアを受けた俺が気侭にプログラムをつくってみたこと。所詮欠陥のあるだろうものだから成功しないだろうと軽い気持ちで始めた実験。そして……。

「その意味不明な羅列が発生した後に私たちが現れたと。」

「そういうことだ。」

こう考えてみると、こいつらが来た原因って十中八九俺じゃない?
いやいや。そんなワケない。あれはただの事故だ。

なにはともあれ、原因を解析しないといけないだろうけれども……

ふと時計を見てみると既に時計の針は11時を廻っていた。

……とりあえず……

「取り合えず今の状況を説明したいんだが、もうリュナは落ち着いているか?」

「多分な……。それから……私の方はもう限界らしい。これでお別れとなるな……。きちんと責任を取れよ。」

そういうと彼女は目を閉じる。その言葉の意味は一体……。

そして……。

------------------------------------------------------

「ヒック……ヒック……」

暗いどこかで、一人の少女が泣いている。

その姿は何も身につけてはいない。

知識があるものならば此処が精神世界ということがわかるだろう。
だが、その知識を持つものはいない。

その暗い世界に降り立つものがいる。

それは……

「……おい。いつまで泣いているつもりだ。」

気の強い声が世界に響きわたる。

泣きじゃくっていた少女は泣き止み焦点の合わない目で侵入者の方を向く。

「え……いや……いや。」

この世界の主人の感情に反応したのか暗かった世界がさらに暗くなり、周りのものもなにかネットリとしたものにと変化する。

恐怖のために前後が見えなくなった彼女は暗闇の空間に一歩足を踏み出す。

「ヒッ……いやいやいやいやいや」

一歩足を踏み出したところの闇に足を取られゆっくりと身体が沈んでいく。

心の闇にとらわれてしまえばもう彼女は立ち直ることは出来ないだろう。

侵入者は足をとられて沈んで行く彼女を見て走りだす。

「チッ……手間をかけさせる!」

ねっとりとしたものの中を泳ぐようにして彼女のところへと行く。

そして……

「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ」

その顔を恐怖に歪ませ沈みながらも暴れている少女の手をつかむ。

そしてゆっくりとだがねっとりとした心の闇から引っ張り上げる。

「ふう。……どうしてそんなに怖がる。」

何故そんなに怖がっているのかが解らない。それも、こんな状況になるまで……

そう思い周りを見回す。

精神世界は、その人の心を表すと言うが……見事にガタガタに成っているな。

周りに溢れている黒くネットリとしたものは暴走した感情の塊。
頭の端で膨大な量の知識の中からそれを見つけ出す。

それにしても、彼女の怖がり方は尋常じゃない。一体何が……

そこまで思って、自分の状態を確認する。

金髪に、整った顔立ち鼻は高すぎず低すぎず、胸は……普通……何もつけていない。

目の前で恐怖に震えている少女と全く同じ姿……

「ああ……済まない忘れていた。」

多分だが世界移動する直前に殺されそうになって自分の姿を取られたのが鮮明に記憶に残っているのだろう。
……たしかにトラウマ物だ。

すまんすまん。と言いながら侵入者の少女は胸の前で手をたたく。

すると……

少女の身体から光があふれる。

恐怖におののいていた少女も、あっけにとられてそれを呆然としてみている。

「うん。こんな感じかな?」

そこに現れたのは短髪の茶色の髪をした16~17の少女であった。

「改めて自己紹介しようかしら。私の名前はアンリエッタ=リウェニア」

目の前の少女に快活そうに話しかける。
先程までの彼女とはえらい代わりようである。

なんというか……先程の彼女はどこかに感情を置いてきてしまったようなそんなものであった。だが、いまの彼女はそんなことを微塵も思わせない。

「……」

リュナはその代わり様を見てぽかんとしている。

「さて……リュナ。今の自分の状況は分かっている?」

そう彼女が目の前のリュナに聞くとフルフルと首を横に振る。
何がなんなのかわかっていない状況である。

「ここは……異世界よ。リュナがいた世界とは違う世界。」

「う……うそです。そんな……異世界だなんて……」






「思い出して。あなたが殺されそうになった瞬間にいきなり景色が変わっていたでしょう。」

「……。」

心当たりはあるのだろう。

いや、もしかしたら薄々は感じていたのかもしれない、だが、それを認めることは出来なかったのだろう。

「それに、今までの中で魔法が使われているものはあった?」

リュナに優しく問いかける。

「でも……でも……」

そう言ってまた顔をクシャクシャにする。

まあ、自分の常識外のことじゃ、認められないのも無理はないか……。

「とりあえず話を聞きましょう……ね。」

そう言って彼女の手をつかんで立ち上がらせる。

いきなり驚いたような顔をするリュナ。

「……行ってこい!」

そう言ってアンリエッタはリュナを放り投げる。

精神世界では通常の物理法則なんてゴミ以下の存在である。そのため……

「イヤ~」

ただ放り投げただけであるのにも関わらずものすごい勢いで天へ天へと行く。

そして……

「これで私の仕事もお終いかな。あとは任せるわよ……。」

そう言うと彼女を構成していたものは消えていった。

------------------------------------------------------

「えう……。」

そんな変な声が目を瞑った彼女の口から出てきた。

そしてこじられた瞼が開かれてその下から碧眼がその姿を表す。

……碧ということは……

「君はリュナと言うことでいいかい?」

そういうと、リュナはコクリとうなづく。
何らかの心情の変化があったのだろうか?とりあえずは落ち着いているみたいだ。

「君は、此処が君の世界ではないと言うことを、理解したか?」

「……不本意ながら。」

しぶしぶといった感じでリュナはそのように言う。
まあ仕方ないことだろう。
いきなり見知らぬところへ連れてこられてここはこうなんだと言う上から視線の押し付けをされちゃたまらんからな。

「とりあえずいっておくことは、この世界には魔法というものは存在しないと言うことだ。」

その言葉に顔をしかめながらリュナは質問をしてくる。

「だとしたらどうやって明かりやら何やらを手に入れているのですか?まさか火を灯しているわけはありませんし……」

そう言って彼女は改めて周りを見回す。

「この世界には、科学技術と言う誰がやっても同じ結果になるものがあるんだ。その技術のおかげで文明は栄えている。」

もっとも全部が全部いいことだけじゃないけれども……。

「誰がやってもおなじになるって……信じられません。人は万人は異なる存在です。出来ることには違いがあるはずです。」

「たしかにそうだな。人はすべて違う存在で同じ人はひとつも無い。でも、ある操作をするにあたっておおよそ同じ働きをすれば同じ結果が得られるというのが科学技術なんだ。」

例えば……。そう言って俺は周りに目を向ける。

ふと目に入ったのはサイドボードの上に置いてある細長いものだ。

あれなら……。

それを手にとって取って、リュナにわたす。

「なんですかコレは?」

奇妙なものを見たような顔でそれをじっくりと見ている。

「これはな、こうすると……」

そう言ってリュナの手から細長いペンのようなものを取り上げて側面をいじる。

「え……うそ?なんで?」

ペンの先に現れたのは一筋の光である。その光は、暗いリビングを突き進み壁を明るく照らしている。

それを消して、もう一度リュナに渡す。

「ここのボタンを押すと……」

そう説明して再びリュナがそのボタンを押すと科学の塊であるペンライトは先ほどと全く同じようにして光を放つ。

「このように、誰が使ってもおんなじ結果になるもので作られている文明が俺たちの文明なんだ。」

そう言って、リュナの方へ目を向けると呆然としたような顔でペンライトを見つめている。

「なんで……同じなの?魔法だったら、ひとりひとり絶対に変わるのに……」

また魔法か……まあ仕方ないか。価値観を変えるなんて強制することじゃないし……

「この世界では魔法というのは空想のものなんだ。だから小説とかそういうのだったら出てくるんだけれども……」

そこで言葉を切って冷めてしまった紅茶を口に含む。

「とりあえず、科学で構成されている社会の中で真面目に魔法とか言い出すと頭が沸いちゃっている人って思われるからな。だから……」

リュナの肩をガシッと掴む。

「絶対に外では魔法魔法と言わないように。」

真面目な顔で言っているのが分かったのかリュナは首を上下にふっている。

「わかってくれたんだったらいい。」

そう言って手をはなす。少しリュナは痛そうにしている。

さて……

「君が現れたことについては、正直言ってなぜなのかは解らない。」

リュナの様子は……固唾を飲んで見守っている状態だ。

「だから、君を必ず元の世界に戻すなんて言うことは出来ないしそんな手段も無い。」

リュナはあんぐりと口を開けてる、

「な……な………な」

声が震えている。

「なんで戻せないの?呼び出したんでしょ。帰してよ。ねえ帰してよ。それに責任とってよ!」

そう言って泣きながら俺に掴みかかってくる。

俺は……それをどうすることも出来ない。
振りほどくこともしなかった。否……出来なかった。

事故とはいえ彼女が現れたのは俺が動かしたプログラムのせいだ。
彼女にも生活があっただろう。それを故意でないとはいえ壊したのは俺なんだから。

それに最後の責任とってという言葉は……。

「済まない。……君が元の世界に戻れるように全力で努力する事しか約束することが出来ない。」

本当にできるかは解らない。とにかくやるべき事はあの不審な動作をしたプログラムを何とかすることしか無い。

片手で胸元で泣きじゃくるリュナの頭をなでもう片方で腕で背中をさするしか出来なかった。

しばらくすると、彼女の泣き声がなくなる。

「ごめんなさい。」

泣きはらした顔でこちらを見てポツリとつぶやかれるそんな言葉。

どうして謝られるのかが分からない。謝るのはこっちなはずなのに……。

「命を助けてくれた恩人に対してこんな……。」

何がなんなのかが分からない。それだけ言うと彼女は席に戻って、ポットから紅茶を継ぎ足してそれを口に含む。

「シュウヤの意図がどうれあれ私の命は救われたのは事実なのに……当り散らして……。」

そしてこちらの目をしっかりと見て微笑みながら再びこう言う。

「ごめんなさい。そしてありがとう。」

そんなこというなよ……。

その時の俺の顔は苦虫を潰したような顔であったらしい。

「……とりあえずこれは返しておこう。」

そう言って机の上においておいた懐中時計のようなものをリュナへ渡す。

「いいん……ですか?」

驚いたようにリュナはこっちを見ている。

「こっちは君を捕らえているわけじゃないからな。それに君も矢鱈滅多に使わないだろう。」

まあ一種の信頼ってやつだな。

それでもリュナは微妙な顔をしている。まあいいか。

「さてと……。明日は行くところが出来た。……責任は俺にもあるからな。だから……この世界にいる限りお前の事は面倒を見よう。」

「……。」

何も言わずにリュナはリビングを出て行く。

「……いいの?面倒をみるなんて言っちゃって?」

そんなフローラの声が聞こえてくる。

「責任は俺にあるんだ。作ったやつが放り投げちゃいかんだろう。どこかの科学者も言っていただろう。
『科学者は、技術を作りっぱなしではダメ。どのように影響をおよぼすのかきちんと監視する義務がある。』
……あのプログラムを動かしてこういう結果になったんだ。どうにかするのが筋と言うものだろうな。」

「それで?これからどうするの?彼女の戸籍もなければ身元の証明も出来ない。……普通に暮らしていくのは不可能よ。」

この夢の島では技術局の実験都市ということで他の都市と比べて管理体制が厳重である。

「……厳重と言ったってあれだ。廃棄区画には船で時々難民が現れるだろう。そういうことにすれば良い。」

難民とは簡単に言うと連邦にも連邦非加盟諸国にも属していない人たちである。
二つの勢力の小競り合いの結果消滅した地域の住民が多い。そして彼らには戸籍を証明するものは何一つ無い。大抵が着の身着のままの状態で有る。
もちろん亡命を目的としたものもいるがその数は余り多くはない。

「身元保証人である管理責任者がいれば難民であろうものにも市民権、住民権は得られるはずだ。確か連邦管理法のどこかに条文があったはずだ。」

大学の頃のゼミで受けた試験で覚えたことが今になって役になってくる。
何が役に立つか分からない。

「確かにあったけれども……本当にいいの?」

フローラの心配そうな声が聞こえてくる。一言に管理責任者となると言っても、それは面倒事を抱え込むと言うことである。

「いろいろ抱え込むのも承知のうえだ……。なにせリュナの初めても奪っちまったんだから……」

その罪悪感もあるといえばある。まあ、ここまで来るとどちらにしても見捨てるという選択肢はないかな。

「まあいいけれども……あら?」

急にそんな変な声がスピーカーから聞こえてきた。



「どうかしたか?」

こんな間の抜けた声を出すのは珍しい。一体どうしたのだろう。

「愁也の部屋の温度が急上昇している……ちょっと待って……あ!」

そんな悲鳴みたいな声が聞こえてくる。

「何があったんだ?報告してくれ」

自分の部屋で何があったのかが分からない。何も起きるようなことはないハズなんだが……。

「机の下のパソコン内部から高エネルギー反応を確認……シ…システムロックを起動します。」

そんな切羽詰った声と一緒にどこかからガス式の重厚な扉が閉まる音が聞こえてくる。

「きちんと説明をしてくれ。それじゃ何があったか分からない。」

すると机の上のパソコンに幾つものウインドウがあたらしく開く。

「パソコン内部からの急激なエネルギー反応を確認だって?一体何……が……」

そこまで言って何か思い当たることも無くはない。

パソコンの内部からエネルギー反応ということは……UPSか?

脳裏に昔先輩が言っていたUPSの基本原理が浮かんでくる。確か……電圧低下で反応する何十もの物質をかけあわせて云々。

注意事項としては……衝撃に注意しろということと……長時間そのままにはするなとかいうことだったような……

頭をガツンとぶつけたような記憶は……無いけども起きたとき頭が痛かったし、そういえば、抜いたプラグを戻していない。

もしもの時の対策法は……急激な気温の低下で物質崩壊させればいいとか言っていたような……

「フローラ……液体窒素とかってもしかしてあったりする?」

ダメ元で聞いてみる。技術局の実験住居だしもしかしたらなくはないかもしれないけれども……

「少し待って……アクセス。」

あたらしくウインドウが開いて何処に何があるかの一覧が出てくる。

「あるけれどもどうするの?高エネルギー反応の原因が分からないから対処の仕様がないし……。」

フローラは未だ何が原因なのかわかっていなかったらしい。

「原因は、パソコン内につけてある先輩からもらったUPSだ。なんとも先輩が作ったとかなんとか。」

衝撃で壊れるものって言うのはいただけないけれどもね。

「あのヘンタイが?」

その声に何か刺を感じるが、仕方ないだろう。

元々マッドな気がある先輩だが管理AIに対してののめり込みは尋常ではないのだ。

なんというか……。うん。まあ。

とにかく今は先輩の話じゃなくて俺の部屋だ。

「今どうなっている。報告してくれ。」

すると直ぐにセンサーを読み取ったフローラが報告してくれる。

「現在センサーにてエネルギー中心体において原子核の異常分裂を確認。同時にパソコン内温度240℃室温178℃……不味いわね。対処法は?」

室温は178℃か。耐熱素材が多く使われているから、まだ火事にはなっていないはずだけれどもそれでももう少し温度が上がれば発火するに違いない。そんな事になったら大惨事だ。

「急激な温度低下によって物質崩壊を起こさせること。具体的には液体窒素を直接パソコンにぶっかけること。」

「単純明快だけれどもどうやってやるの?スプリンクラーは上についているからそこから液体窒素投入はできるけれども直越パソコンにぶっけけるのは難しいわよ。」

構造上直接パソコンに当たらない位置にスプリンクラーはついている。

本来なら火災時の消火においてパソコンが被害を受けないようにという処置なんだが……今回はそれが裏目に出た。

「中の状況は?」

「生身で行くのは不可能ね。温度もそうだし、いろいろな原子反応が起きているから収まってから3時間は入れないわね。」

とにかくこの状況で発火されるのも不味いからな……。とりあえずは液体窒素投入で室温を下げるとするか。

「フローラ。液体窒素投入準備!」

「……どうしたんですか?」

いきなり声が聞こえてくる。

「うわ!」

声のした方を振り向いてみると目をこすっているリュナが居た。

リビングの扉はいつの間にか空いていた。

「一体どうしたんですか?いきなり大きな音がしてくるし、なんだか切羽詰った声が聞こえてくるし……」

そんなに大きな声を出していたのか……

「実は……」

簡単に事情を説明する。

「要するに凶悪な魔法が部屋の中で暴走している。それを放っておくと火事になる。それを止めるにはその原因を冷やすしか無い。でも部屋に入って冷やすことは出来ないと。」

科学技術を全否定しながら聞いていたな。

「魔法はないが概ねそのとおりだ。それでどうしようか考えている。」

取り敢えずはさっき準備させた液体窒素を投入させて技術局の処理班でも呼ぶか……。

「なるほど……その大元を凍りつかせればいいんですよね?」

そうニッコリとしながらリュナは問いかけてくる。その笑顔が何か違う物に見えるのは気のせいなのだろうか?

「どこなんですかそれは?」

「え?ちょうどその扉から少しいったとこ……」

その質問にフローラがかってに答えてしまう。それにしても何をする気なのか?

「……。」

ちょうど壁を挟んでパソコンの本体と同じ場所にリュナが立つ。

「水の精。風の精。現れれば我が眠りを妨げるものに……よくワカンナイ何かを氷結させたまえ。氷の女帝の名において……」

リュナの胸元に返した懐中時計のようなものがぶら下がっていて言葉が進むたびに光を放っていく……。

もしかして魔法を使っているのか?それにしても思いっきり私怨がはいっていないか?

「シュウヤ。彼女が何を言っているのかわかる?」

何を言っているんだ?リュナは日本語で何かまくし立てているだろう。

「ううん。私にはこの地球上に存在しない言語……に聞こえるの。何を言っているのか本当に解らないの。」

「……エターナルブリザード。」

「え……?急激な原子量の変化……相転移……うそ?有り得ない……。」

ドン

そんな低い音が封鎖されているはずの部屋から響いてきた。

「……もう寝ます。おやすみなさい」

何もなかったかのようにしてリュナは客間へと入っていった。

……何がどうなっているんだ?

慌ててリビングの机の上にあるパソコン動かして、部屋の状況をサーチする。

「な……。-158℃だって?」

計器の故障じゃないのか。真偽を確かめるためキーボードの上を指が滑る。

だが、いくらやっても変化はない。

「フローラ……解析は?」

「ありえないわよ……なにあれ?言葉をブツブツ呟くだけであんなことができちゃうの?ありえな~い。」

「……お手上げか。」

目の当たりにした魔法とかいう技術の非常識さ。技術局へ知られたら実験材料とか言って嬉々として大挙してくるんじゃないか?

まあ、それはあとから考えるにして、俺が寝る場所が無い。部屋は片さなくちゃいかんし……

……とりあえず、ソファーにでも寝るか。

明日には部屋に入れるようになるように祈るしか無いか。

汚れていないソファーにどっかりと体を下ろす。

……とりあえず明日は難民手続きと……それから……。

急に睡魔が襲ってくる。考えも纏まらないうちにどんどんと曖昧になって行く。

愁也の意識は沈んでいった。



第三版 2010/10/19/23:09

あとがき

なるべく早く改定を終了させて次を書き始めたいですね。
……結構忙しいですけれども書いていきたいと思います。




[17562] 言葉が通じても、意味している単語が全く違うとか文字が違うとかよくあるよね。それが異世界なら……
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:91dd37b8
Date: 2010/10/26 23:10
地球温暖化は、地球という星のサイクルである。古代において本来寒冷な地方であるはずの土地に、人々が生息した跡、温暖な場所に生える植物の化石があることを踏まえてみてもそれは確実なものである。地球のサイクルは、今大きく変動を始めようとしている。それを、人間のせいだ、環境の保護をしなくては……人間本位で考えすぎてはいないだろうか?
大変動以前のの環境学者の記録より。

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「……ふむ。来ましたか。」

暗い部屋。窓も扉もない部屋。
部屋中には様々なケーブルが引かれている。太いものから細いものまで大小様々ある。

そんな中に激しい光を放つモニターがある。それをのぞき込んでいるのはこの部屋の主である。

その他にも部屋の中には様々な光を放つ機械が存在しているがその光は弱々しく部屋の端の方は闇に覆われている。

……おかしい。

この部屋に入ることが出来れば誰もが考えるだろう。

扉もなく、周りには凹凸のない無機質な壁で取り囲まれた機械しかないこんな部屋。
食べ物をしまうようなものもなければ用を足すためのトイレも無い。
機械の中に食べ物を作り出すようなものもなければ瞬間移動出来るような装置もない。

それなのにどうやって男は生きているのだろう……と。

だが、そのことに疑問を持つ人は此処にはいない。この場に存在しているのは男一人だけであるのだから……。

「計画を早めた方がいいのでしょうか……。もう双方の上層部は気づいているみたいですし……。うまく立ち回らなくては……計画がおじゃんになってしまいます。」

モニターを見ながら部屋の主は独り言を言う。

男が右腕を上げたかと思うと男の周りに沢山の光が生まれる。その光は文字や図形に変化して刻一刻とその姿を変えている。
しばらくそれを見た長髪の男はまるで宙に浮いたかのような動きでごちゃごちゃとしたケーブルの山を乗り越えてその奥へと消えていった。

それからしばらくして……

ブン……

そんな音がして雑多に積まれている機械が動き出す。

そして、部屋中の闇はその姿を消し、部屋は光に包まれた。


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部屋に、東の方角から朝日が差してくる。

何年何十年何百年何千年何億年……太陽系が完成してから続けられてきた自然現象である。

だが、このたった数百年間で地球の環境は大きく変動した。
大変動と呼ばれる地球温暖化から始まる海面上昇、大規模な隆起、沈降。それに伴い海の下へと沈んでいった数多くの島国。

我が生まれ故郷の日本もそれらの島国と同じ運命を辿ることとなった。

最南端に位置する、連邦が出来る前は領土問題としてかなり問題となっていた沖ノ鳥島とか言うコンクリートで固められた岩は温暖化の影響に因る海面上昇によって完全に海底に沈没、本州や四国、九州、北海道などの大きなものはともかくとしてその周りに点在する島々は大規模な地殻変動による沈降によって沈んでいくという運命を辿った。

ここだけ見れば、過去の環境学者たちが警告していた事となっているだろう。
しかし、それも悪い方向のみには進むことはなかった。

沈んだ島や隆起した地形によって変化した潮流は、沈んだ島から発生した大量のプランクトンを運ぶなど、自然の作用により周りの環境に良い意味で影響を与えることもあった。
また人が住まなくなった廃墟は海の中へと沈むことにより魚たちの住処となることとなった。

大変動とひとまとめにされるため、地球温暖化だけではなく様々な問題があったが急激な自然環境の変化にも人類の故郷である地球は耐え忍んだ。本来ならば生物は全滅してもおかしくない状況であったにも関わらず、奇跡的な力で持ち直したのであった。

……最も地球という星自身はその環境の変化に耐えることが出来たが、デッドエリアと呼ばれる地域も多く発生し、その中で環境の変化に耐えることが出来なかった人や動物達は姿を消す。もしくは急激な体細胞の変化など、生態系が大きく変化したことも事実であるのだが……

大変動の影響によって100年前と比べると国土の30%ほどが海底の中へと沈んだ日本は多くの人工島を海上に建設をしている。

当時は沈んだ島々からの移住民で人工過多となり、フロートと呼ばれる移動型の領土防衛目的で作られた人工島や、島であったところの岩盤を利用したりして海上へ建築をせざるを得ない状況であったらしい。

その建設された数々の人工島の中でも群を抜いて大きく重要度の高い島が、この学術研究技術都市。通称夢の島である。

この島の大きさは半径24キロからなるおおよそ円形状の島だ。硬い岩盤がある島の中心部分に巨大な技術局の巨頭がそびえその周りに40の区域に分けられた浮島のような構造となっている。

浮島と言っても岩盤に直接固定されていてフワフワと海に浮いているという感覚は全くない。むしろしっかりとした島の一部という風になっている。

夢の島の技術は同じ島内にある連邦政府直属の技術局のお膝元であるために、周辺地域と比べてみても10~20年分くらいは先を進んでいるらしい。故に時たま、光粒子ネットワーク経由で連邦非加盟諸国の攻撃の対象になることもある。

ネットワークは、過去のものを含めて縦横無尽に張られている。大半のネットワークは連邦内だけのものであるはずなのだが、本当にあるかどうか分からない過去の遺物である海底光ケーブルなどがあるらしくどこかで連邦非加盟諸国とつながっているらしい。
あくまで噂であるがネットワークから攻撃されているのを考えるとあながち、うそでも無いようである。お偉いさんたちは何を考えているのか……はた迷惑な話である。

さてはて……朝を迎えた学術研究技術都市は一気に動き出す。

多くのものが技術局の分散型粒子光速自立演算システムで一元的に管理されている。その為、地域ごとにおおよそ同じぐらいの時間帯から活動が開始される。

それは個人レベルにも適応されることで…….


「あ~さ~よ。お~き~て~」

そんな間延びした声が聞こえてくるだけで慣れてしまった俺の目はゆっくりと開かれて行く。

東の窓から入ってくる光は俺の体を温める。

……寝みい……

再び目を瞑りたい欲求が身体を支配する。そして、その本能レベルの欲求に抗うことは出来ずに再び瞼を下ろす。

いくら長く住んでいて慣れるとはいってもこればかりは無理がある。

「あっさですよ~……愁也……さっさと起きないと……」

……起きないとなんだよ……

「大火傷することになるわよ」

その言葉が聞こえたと思った瞬間左腕がなんだかピリピリとしてくるのがわかる。

その時、管理システムによって管理されているリビング東側の窓の太陽光透過率は最大でありまた、光の屈折率が異常に変化されていた。
その結果……

「アチッ!」

脊椎に反応した熱から身体を回避させようとするがバランスを崩す。本当に一瞬だけ宙に浮くような感覚に襲われる。そして、そのまま床と豪快なキスをすることとなった。

「ムブッ」

そんな変な音が口から漏れてくる。腕はヒリヒリしていて身体中はなんだか痛い。

そんなこんなで俺の目はパッチり……とは言えないがなんとか覚めた。

……いつもだったら何も無いのになんで今日だけ?

ヒリヒリとして、真っ赤になった手を抑えながら周りを見回す。

目に入ってくるのは壁に備え付けのテレビ、棚、コーヒーテーブル、ソファー、朝日が差している窓……なんで俺リビングに寝ているんだっけ?

目は覚めているが頭の方は靄がかかったようになっていてまだ動きが悪い。

「おそようございます。現在の気温は22℃。昨日と比べるとかなり涼しいわね。天気は快晴。でも夕方からはもしかしたら降るかも。シュウヤ……いつも言っているけども、早く起きなきゃね。」

……とりあえず、腕を冷やすか。

フローラの小言を聞き流して少しふらついた足取りでキッチンに入る。そして水を出して左腕を冷やす。

熱せられて真っ赤になった皮膚にひんやりとしていい感じだ。

ふと、シンクに置かれている二つのカップが目に入る。

これって……
ぼんやりとしていた頭が腕に当たる冷たい水のおかげでやっとこさ回転してくる。

……ああ。なんでこんな重要なことを忘れていたのだろう?
いや。忘れたかったのかもしれないが……しかたない。現実逃避は出来ないんだから。

今日は、役所に行かなくちゃいかんな……

流しっぱなしの水から腕を引き上げて備え付けのタオルで拭きながら、冷蔵庫の隣にあるアナログ式の時計を確認する。

7:20

起こしてっていつも言っているのは6:00だっけ?だからか……そりゃあ、怒るわな。

さてはて確か窓口が開くのは10時からだったよな。それまでに準備をして……

あ…部屋ってどうなっているんだ?

ふとあの後自分の部屋がどうなったのかが気になる。

昨日は確か……先輩作のUPSが暴走。エネルギー反応によって部屋の温度が急上昇。
自分たちではなんにも出来なくて、それからリュナがなんだか呪文みたいのを唱えた後一瞬にして部屋の温度がマイナスにまで下がった……んだっけ?

正直言って、計器の故障を疑いたくなるけれども……まあ、見れば分かるだろう。

昨晩からずっと置かれているパソコンに触れる。そして、センサーを動かすための幾つかのコマンドを打ち込む。

コマンドが管理システムに受理された後、幾つものウインドウが流れるようにしては現れて消える。

計器の再起動中か。

室内に置かれている計器が起動し計測の結果を出すのを待つ。

しばらくして、画面がチカチカするのが収まり、室内温度と室内湿度。それから、部屋の中のエネルギー反応が表示される。

さてはて……結果のほうは?

室内温度……-74℃ 室内湿度……22.25% エネルギー反応……正常範囲内。半減期経過。

一度モニターから目をそらして目をこする。

目やにがついてくる。

……そういえば、顔を洗っていないな。

そのままリビングを出て洗面所へと向かう。途中ガス式の扉で厳重にロックされた自分の部屋が目に入る。

どうやら夢ではないようだな。

そのまま洗面所へ入り、いつものように顔を洗ってまたリビングへと戻ってくる

そして、もう一度モニターを確認する。

室内温度……-74℃ 室内湿度……22.25% エネルギー反応……正常範囲内。半減期経過。

昨日のは見間違いじゃなかったのか?正直言ってあり得ない。-74℃って言うと、実験室の冷凍施設レベルの温度じゃないか。

ありえないんだけれども……目の前に結果がある。
必要な過程全部すっぽかして結果だけ目の前におかれても……ね。

詳しいことは専門じゃないからわからんが……熱力学とかエネルギー粒子論やら、そういうのに関係のある法則とかまとめてゴミ箱に捨てているよね?

……とりあえず俺にでもわかること簡単なことは一つ。

俺部屋に入れないじゃん。……服どうしようか?

溜息をつきたくなるのを我慢する。そして自分のいま着ている服を見てみる。

Tシャツにジーンズ。

別に外に出るのにおかしい格好ではない。
出かけるときはその辺に引っかかっている上着を着ればいいか。

「フローラ。空調をフルで回して部屋に入れるようにしておいてくれないか?」

「分かったわ。問題ないわね。」

家をでるのを9時と考えて、道すがらいろいろなことを説明していって……口裏もあわせておいて、役所につくのが10時くらいかな?

そこで難民登録と戸籍登録、それから市民権登録をやって……それから難民登録をするとなると俺自身の難民保護管理官の資格も更新しないといけないし……

……忘れてた。仮許可証の発行をしておかないと。

「フローラ。連邦政府人民局にアクセスしてリュナの難民仮許可証の申請をしておいてくれ。」

「いいわよ。ちょっと待っていてね……リーダーは?」

ああ……そうか。リーダーが必要だったか。あれは確か……

テーブルから離れて壁際の戸棚の下の部分をあさる。

中から出てくるのはコードやら何やらが沢山ついた四角い機械やら何やらである。

「……あった。」

そんな中から引っ張り出したのは5×10センチ位の大きさの四角いカードである。真ん中の部分が有機ELとなっていて中の情報が確認出来るようになっている。

それをパソコンの上の読み取り部分に置いてキッチンへと向かう。

……昨日はなんだかんだいってまともに飯を食っていなかったからな。

腹が空きすぎて少し痛い。

これからのことを考えると少しでもお腹に入れておかないといけないな。

昨日の夕食と思い作ったカレーが鍋に入ったままクッキングヒーターの上に置かれている。

ひとりだったら別にこれを食べてもいいんだけれども……朝からこれは女の子に悪いか?

そうなると……さてはて……米の方がいいのかな?それともパンのほうがいいのかな?

っていうか、ファンタジー世界に米ってあるのか?小説とかだと全くもってみないけれども……

まあ、両方準備すればいいか。

「フローラ。リュナはどうしている?」

起きているのならば別にそのままでいいけれども寝ているならばそろそろ起こさないといけないな。

でも、流石に女の子が寝ているところに突入は不味いな。昨日やってしまったことを考えても不味い。

「まだ寝ているわね……どうやって起こそうかしら?」

そうか……まだ寝ているのか。案外図太い性格なのか?
いきなり見知らぬところに連れてこられたのにグッスリ寝れるなんて……。

クッキングヒーターから離れてリビングを出て、客間の襖の前に立つ。

とりあえずノックだわな。

ゴンゴン…ゴンゴン。

……反応なし?でもこのまま入るのにはかなりの抵抗があるんですけれども……

「起きてるか~起きろ~。」

ゴンゴン…ゴンゴン

何回も叩くが全然反応なし。

声をかけながらも襖を叩く。

「う……う~ん。」

そんな声が中から聞こえたような気がした。

------------------------------------------------------

ゴンゴン…ゴンゴン

なんだか遠くから音が聞こえてくる。

柔らかい寝具に包まれながら異世界からの来訪者であるリュナはまどろんでいた。

今まで自分が使っていたものよりも上質のもの。それだけで、リュナは深い眠りの中に居た。

……最新の健康科学で作られた安眠のためのものであることを、彼女は知らない。

そして、リュナ達の金銭感覚から見てあまりに安く販売されているということも。

「起きてるか~起きろ~」

そんな声が遠くから聞こえてくる……だれ?

いつもの習慣からなのかなんなのか分からないが、見知らぬ声にパチッと目が覚める。そして周りを見回す。

……此処……どこ?

眼に入るのは緑一色の壁、木で作られた棚、草で編まれた床、柔らかい寝具。

そして……着崩れてちょっとマズイことになっているローブ……

「…………あ!」

昨日あった驚きのことを思い出してリュナはガバっと動いて着崩れたローブを元に戻す。

それと一緒に変に巻き付いていた魔導器もきちんとする。

「……入るぞ~」

着崩れたローブをキチンとするのと同時くらいに外から声が聞こえてくる。

……良かった~見られなくて。

ほっとひと息つくとガラリと扉が開いて黒髪の男が部屋に入ってくる。

確か名前は……。

「よく眠れたかなリュナ?」

「は…はい。え~と……シュウヤ…さん?」

この場合って「さん」をつけた方がいいのかしら?でも昨日は呼び捨てで呼んでしまったし……でもでも……。

乙女心で少し考え込んでいると困っていたリュナに助け舟を出そうと愁也が再び話し始める

「別に「さん」ってつけて呼ばなくてもいいよ。愁也で構わない。……ところで朝食なんだけれども…パンが良い?それともお米が良い?」

ぱん?おこめ?

聞いたことがない単語にリュナの頭にはハテナが浮かぶ。

「あの……ぱんと、おこめって何ですか?」

朝食と言っているのだから食べ物の名前だろうか?

シュウヤの方を見てみると片手を頭に当ててアチャーと言っている。

「……そうか……その認識からなのか……分かった、それじゃあ、とりあえず着替えて……」

そう言ってシュウヤは周りをみまわしている。何を探しているのだろう?

「フローラ。リュナの服はどこへ?」

急に虚空へ向かって話し始める目の前の男。

一体何に話しかけているのかしら?

そして、何も無い空間から女の声が聞こえてくる。まるで耳元で女の人が話しているかのように……

「昨日清掃ロボが回収して……今は……洗濯機の中よ。もう乾燥も済んでいるし、着ても問題なさそうね。」

「……そうか。シャワー浴びてもいいよ。それじゃまたあとで。」

そう言ってシュウヤは背を向けて部屋を出て行く。

……私はどうすればいいの?

「え~と……フローラさん?」

とりあえずそう声をかけてみると……

「はい。どうしましたか?」

きちんと声が帰ってくる。

何処にいるのかは分からないけれども、ハッキリとした受け答えだ。本当に使い魔じゃないのかしら?

「私の服はどこに……」

「そうね。……その客間を出て、右へ向いて手前から2番目の扉をあけてください。」

いわれるままに部屋を出る。そして、言われたままにその扉を開く。

あ……ここは……

「此処が、洗面所。此処で顔を洗ったりするのよ。」

そこは、昨日何もわからないままに連れてこられた部屋であった。

「そして、この部屋に端っこにあるのが洗濯機。その中にあなたの服は入っているわよ。」

部屋の端っこ?

そう言われてリュナは端に目を向ける。

そこにあったのは、80×80×120デルミル位の箱であった。その箱の真中よりやや上の部分に窓がついていて、取っ手のようなものもついている。

その中に見えるのは……

「あ……私の服。」

リュナの制服であった。

すぐさま窓の部分を引っ張り中の制服を取り出す。

洗濯機に入っていたのは彼女自身のスラーブと蒼を中心としたジーレ、そして、スカートと下着であった。

スラーブもジーレも血とかいっぱい付いていてドロドロになっていた筈なのに……

「綺麗……」

目の前にある服は、すべての汚れが落ちた状態になっていてシワ一つない。

最も、もともとボロボロだったものはもとには戻らないが……

「ビックリだったわよ。まさか全部天然繊維だったなんて……洗う設定も苦労したわよ。」

そんな声が聞こえてくる。

が……リュナはそんな声を聞き流し、扉を締めて自分が来ているローブに手をかける。
そしてすぐに着替えを始める。下着を身につけようとして……その手が止まる。

「しゃわーって何かしら?」

先程のシュウヤの言葉が気になる。だが、その意味が分からない。

下着を片手に固まっているリュナを見かねたのかフローラの声が聞こえてくる。

「リュナさん?どうしましたか?」

「は…はい!シュウヤはさっきシャワーをしてもいいって言いましたけれども、それって湯浴のことですか?」

「湯浴びって……そこまですごいものじゃないわよ。別にやってもいいわよ。使い方は……わかるわよね?」

使い方?たしか昨日教えてもらったような……

「ええっと……すみません少し自信がないので教えてもらえますか?」

「ええ。いいわよ。それじゃまず今着ているローブはそこの青いカゴの中に入れておいて。」

下着と制服を木で作られたカゴの中に入れる。そのかごの中には既に大きなタオルが入っている。

たぶん……シュウヤかフローラさんが入れておいてくれたのだろう……

それにしても、フローラさんの姿見ていないけれどもどこにいるのかしら?

そうして彼女は一糸纏わない姿となって浴室へと入っていった。

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それにしても米とパンを知らないとは……。

人類の食文化の原点とも言えるこの二つの食べ物を知らないとは……考えづらい。

もしかしたら、完全に食文化が違うものなのかもしれない。なにせ、異世界なんだから。何があってもおかしくはない。

一瞬だけだがなにか黒いものウネウネとしたものをを美味しそうに食べる人達の姿が脳裏に浮かぶ。

……ないない。

そんな妄想を振り払って朝食の準備を行う。

まあ、いくら言葉が通じたといっても、もしかしたら完全に別の単語なのかもしれない。

別に目の前にそのものを出せば問題なく食べられるかもしれない……ってなんでこんなことを考えているんだ?

この家の家主は俺。別に俺が朝食くらい決めても良いんだけれども……。

まあ、一応今は客だしな。それに何が食べられて何が食べられないかがわからないし……。

どっちも用意しておくか。

クッキングヒーターの電源をつけてテレスターコートがされているフライパンを乗せる。

このコーティングが開発されたおかげで、それまで使われていたテフロンと取って変わり、食品への熱伝導率が格段に上がったとかなんとか。

それにサラリとした油を投入する。投入した油は植物性のものでありこれまでよく使われていた人工油よりも体に良いということもあり最近再び脚光を浴びてきている。

十分にフライパンが熱せられた頃合いに冷蔵庫から出したベーコンを投入する。

ジュー。

そんな小美味しそうな音が聞こえてくる。そして、そのまま冷凍室に入っている冷凍ご飯をレンジへ放り込んで急速解凍を行う。

本当だったら自然解凍したほうが美味しくなるらしいけれども、まあ仕方ない。

それから、フライパンに卵を投入し水を入れて蓋をする。

さて……ここからは時間との戦いだな。冷蔵庫の側面のタイマーをセットしてスイッチを押す。

卵を半熟とするには、このフライパンだと大体2~3分。それ以上だと、黄身が固くなっちまってなんだかあれだし、その前だと生だからな……

手早く皿を並べて野菜室からトマト・キュウリ・シャキシャキレタスを出して、さっと水洗いする。別に水洗いしなくてもそのまま食べられるが、まあそこは気分だ。

それからトマトは半分に、キュウリは薄く切り、シャキシャキレタスは、そのままで皿に並べて行く。

近くの棚から食パンの入った袋を取り出し、6片に切られているものから一つを取り出して最近あまり使っていないトースターに放り込む。
そしてスイッチを入れる。

合言葉は、「ぽちっとな。」

さて……そろそろかな?

タイマーを見てみると半熟卵が出来るまで残り10秒もなかった。それを鳴る前に止めてからクッキングヒーターの前へと急ぐ。

フライパンにかぶせている蓋をとると中で閉じ込められていた湯気が外へ飛び出してくる。

卵の黄身を見てみるとうっすらと白くなっている。ちょうどいい頃合か?

フライパンを前後にゆすって焦げ付かないようにしてから準備していた皿に投入する。

そうやって、朝食の準備をしているとリビングの扉が開いて人が入ってくる音がする。

「シュウヤ。」

そう言って見えるのはまだ濡れた金髪をタオルで拭いている制服姿のリュナであった。

その姿を見た瞬間シュウヤの胸は高鳴ったのであった。

「……丁度いいタイミングだな。たった今出来たところだ。座っていていいぞ。」

一瞬つっかえながらも、手は止まらずに盛り付けを続ける。

お茶碗を出して、レンジの中の温かいご飯をその中に入れる。トースターも中に入っているパンを上に吐き出して止まっている。

盛り付けが終わった物から順番にテーブルへと並べて行く。
それを椅子に座って物珍しそうに見ているリュナ。

最後に、自分用の緑茶とリュナ用の紅茶のパックを準備してお湯を注ぎこんでおく。

さてはて……食べられるのだろうか?

「こっちが米で、これがパンだ。君はいつもどんなものを食べていたんだい?」

「米、それからパン……このお米って言う方は分からないけれどもこっちは、ドルブのことね……。こっちなら食べられます」

そうして指を指すのはパンの方であった。まあ、世界でも米を食べる人種自体珍しいからな、パンはどこにでもあるのか。

何はともあれ……良かったよかった。

まあ、一応おんなじような造形はしているんだし食っているものもそんな変なモノじゃないか。

「それじゃ……。どうぞ召し上がれ。食べたらこれからのことを話さないといけないし……。」

そう言うとリュナは半熟卵の方へ手を伸ばそうとしてそこで手が止まる。一体どうしたのだろう。

「どうかしたかい?」

「えっと……。これは、どの様にして食べればいいのでしょうか?」

そう言って指を指すのはお箸だ。

お箸が一体……。とそこまで考えてふと気づく。

お箸なんて使える可能性は低いじゃないか。もともとアジア圏のごく一部のものだったのに……。

自分の感覚でやっていたから気づかなかったな。

「ゴメンゴメン。使い方分からないんだね。ちょっと待っていて。」

そう言って席を立ってキッチンにある食器棚をあさる。そしてすぐにステンレス製のスプーンを見つける。それと一緒にフォークとナイフも持っていっておく。

多分これだったら分かるだろうと思いながらも、もしもダメだったらどうしようという思いが頭をよぎる。

テーブルへ戻るとリュナは胸の前で手を組んで何かをブツブツ言っている。何を言っているかは解らないけれども、多分彼女自身の宗教か何かなんだろう。

別に兎や角言うことでもないから、なんとも思わない。

「あ……ありがとうございます。スラームとトルキー……え……すごい。銀製のものだなんて……。」

驚いたようにして持ってきた食器をまじまじと見る。

「これは銀製じゃなくてステンレスって言う金属で作られているんだよ。」

それから、少し冷めてしまったが朝食が再開された。

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おいしい。

それが、異世界の料理を食べての最初の感想だった。

今まで食べてきたコンプート魔法学院の学食は所属クラスによって料理人の腕は違う。
上流階級の生徒が多い王宮課程と研究課程の学食には何処とかの貴族に仕えていた料理人やら、何やらの手による料理である。

しかしながら一般課程の学食の料理人の腕はと言うと、いまいちぱっとしないモノである。
もちろん一般課程の中にも裕福な生徒はいるものでお金を掛けていて料理はまともという生徒もいる。

しかしながら殆どの生徒が魔法というものに夢を見てきたものであるために裕福とは言い難い家計の事情がある。

誰でも受け入れる王立学院といったところで慈善事業ではないので学費がタダになることはない。そして、その額は、裕福な家庭ならばまだしも多くの一般課程の生徒は四苦八苦している状況である。
もちろん奨学金やら特待生といった制度はあるがそれでも多くの生徒はカツカツの生活を送っている。

その為、様々なしわ寄せは食事にやってくることとなり、下手をすれば生徒自身で作ればいいと言うような腕の料理もしばしばであった。
もちろんそんな状態だったら自分で作れば?というような意見もあるかもしれないがそんなことをしている暇があればひとつでも錬金術のレシピを作った方がいい。魔法薬を作る方が良い。と考える人が多く、また材料費もバカにならない。

毎食出てくる黒焦げとは言わないけれどもあまり美味しいとは言えない物や、ものすごく味の薄いスープとか……贅沢をいうことは出来ないが、改善して欲しいと言うレベルであった。

その為にシュウヤが作ったあまり手の込んでいない料理でも、美味しいと感じるのであった。

その後リュナは、空腹を思い出したかのようにぺろりとすべて平らげてしまった。

「満足してもらえたかな?」

目の前の黒髪の男が引き攣ったような笑顔をしてこっちを見ている。

いったいどうしたのかしら?

「ごちそうさまでした。」

そう言って胸の前で手を組んで略式であるがお祈りをする。

「天空の神々に使えし精霊の糧をいただきましたことをここに感謝いたします。わが内に宿りし精霊の恩御霊を持って我を守り給え。」

目を開けると飲み物を飲んでいるシュウヤの姿が目に入る。

「そのお祈りって君のところの宗教のもの?」

あ……大丈夫かしら?もしかして異端とか言われたり……

リュナの脳裏に海を挟んだ隣の国の噂が浮かんでくる。
なんともその国では週裏教と呼ばれる宗教以外は信じてはならないとかなんとか。

もしかして……私死刑?

リュナの顔から血の気が引いていく。

「まあ、別にいいけれどもね。連邦では宗教の自由は認められているし。」

その言葉を聞いてリュナはほっとする。

「そうなんですか……良かった~」

そして、目の前の飲み物を一口飲む。

少し苦いけれども……暖かい。なんだかホッとするわね。

「さて……これからの予定なんだけれども、これから色々な登録のために役所に行かなくてはならないんだ。」

唐突にシュウヤは話し始める。

「役所って……ギルドのことですか?」

各組合から成っている生活の中で新たに居住する人は必ずギルドへ登録を行わなくてはならない。それが彼女の済んでいる世界の常識であった。

「ギルドが何のことかは解らないが、ここでは地球連邦と言う大きな組織に自分という人間を登録しないとここでは生きていけないんだ。それで、君は難民という登録をすることとなっている。」

なんみん?たしか隣の国でもそういう人達が出てきたと思うけれども……それって……

私の顔を見て解らないことに気づいたのだろう。慌てて説明を加える。

「難民って言うのは……まあ簡単に言うと行き場をなくして流浪の民となった人たちかな?」

「は……はい。」

わかったような分からないような……

「で……まあ、身元はそういうふうにしてやるとして、問題は知識なんだよな……」

シュウヤは溜息をつきながら私をみてくる。失礼な。

「わたしだって、学院の生徒でしたから。知識については問題ありません。数式も分かりますし、文字も書けます。それに魔法構築学とか、錬金術学だって……」

そういうと渋い顔をしながらシュウヤが話を続ける。

「そういう知識は……まあ置いておいて問題は一般常識なんだよ。君の一般常識とここでの一般常識は全く違うんだから……。」

ん……確かに……それは……。

シュウヤの手が机の上の黒い何かに伸びる。それをいじると、急にそれまでは黒光りしていたガラスに白髪の男が映る。

『次のニュースは……昨日午前中、学研技内の第四地区居住区域上空に起きまして大規模な蜃気楼が観測された模様です。技術局の公式見解ではマルコルニ現象が関係している事のことです。』

また何かの操作をすると、気の強そうな女の人が机に座った少年に向かって何かを言っている

『あれはダメね。書き直しよ……分かっている?構成だって……途中も放り投げているし……とにかく6月中には引き下げること。いいわね!』

女に小言を言われていた男が何かを言おうとしているようだが、その姿が一瞬で消えて、また黒光りするガラスに戻る。

……遠見の鏡みたいなものなのかしら?

「これがテレビっていうものなんだが……。その調子だと全く無いみたいだね。」

シュウヤは困った調子で頭を掻いている。

「まあ、それは道すがら説明していけばいいか。とにかく大げさに驚いて周りに人の注目だけは集めないようにしてくれると助かるな。」

「わかりました。それで、これからはどうするんですか?」

「役所に行った後は病院だな。そこで全身検査とワクチン接種をしないとな……連絡忘れていたな。」

そう言ってシュウヤは目の前の箱を触りだす。箱の上部からピカピカとした光が漏れている。

ワクチンって何?

それに病院って……。

私は悪いところなんてどこにもないのに……。

「……まあ、そんなところかな?」

そう言うと愁也は今まで使っていた箱の上から何か小さな四角いものを取り出す。そしてそれをこちらへと渡してくる。
大きさはだいたい5×10デルミル位で真ん中に硝子のような、クリスタルのような透明な板が入っている。

「これは、この町で動くために必要なものだから身に付けつけておいてくれ。」

それを受け取って光にかざしてみるとなにか細かいものがキラキラと光っている。

リュナはいろいろと触ってみるが、心のどこかで期待するような魔力の動きなんぞはない。

「それは、今から行く役所へ行くまでに必要になるんだ……ここに名前を書いてくれ。」

そう言ってシュウヤがカードの何処かを押すと透明の板がキラキラと光りだす。
そして、なにか棒状のものをこちらに渡してくる。

渡されたものをじっと見てみる。よく分からない材質で作られた棒状のようなもの。先端に行くにしたがって先が細くなっている。一体なんなのかしら?

「ん?どうした?もしかして使い方わからないか?」

その言葉に頷くしか無い。

するとシュウヤがタップルを回って私の方へと来る。そして私の隣の椅子を引くとそこに座る。

「これは、ワイヤレスペンタブレット……まあ、ペンタブって言うんだけれども、これを使って文字を書くんだ。個々の認識窓……光っているところへ自分の名前を書くんだ。」

なるほど!これは、ジオブレット(オーパーツから作られたもの。ペンのようなもの)みたいなものね。すごいわね~。上級家庭でもまだまだ羽ペンなのに……

光っているところへペンタブの先を当てて、自分の名前を筆記体で書く。いつも論文を書くときに行っていることだ。多少小さくてもなんとかなるだろう。

書き終えた後ペンタブの先をそこから離すと、今まで青く光っていたところが、真っ赤に染まる。

それを見たシュウヤの顔が、険しいものになる。そして、机を離れると、すぐに戻ってくる。その手には真っ白でペラペラな何かとペンタブに似た何かがある。

「……悪いがこっちにおんなじように書いてくれないか?」

目の前に持っているものを出される。

これってなんなのかしら?

しげしげと白いものを見てみる。羊皮紙とは全く違うものだけれども……もしかして……

「これって紙……ですか?」

噂に聞いたことがある言葉を口にする。

コンプート王国に関わらずリュナの世界では一般的に紙といえば羊皮紙を指す。ただ地方によっては植物性の繊維を使ったものがあったりしている。最近になってから、コンプート王国でも国王主導のもとで植物性の紙が作られるようになってきた。残念ながら、それ以上のことは国家機密らしい。

「そうだな。これは紙だよ。もしかして、こんなに白いのって珍しい?」

珍しいも何もリュナは羊皮紙以外の紙を見たことが無い。現在は国王主導のもとで植物性の紙が作られているから、王宮課程の生徒ならば使っているかもしれないが一般課程の生徒であるリュナはそんなものは使えない。

「いえ……初めて見たもので……こっちはわかります。これで書くんですね。」

紙と一緒に出されたのは、形こそ多少違うがジオブレットにそっくりだ。殆ど同じと言っていいだろう。

それを握ってリュナは自分の名を書き始める。

……書きやすいわね……

紙もそうであるが、今使っているものは今まで使っていたジオブレットよりも書きやすい。
第一、リュナが何回か論文作成の署名時に使ったことがあるジオブレッドは書ける方向が決まっていた。でも、これにはそのくせが無い。

さして時間もかけずにリュナは自分の名前を書き終えることとなった。

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まいった。ついつい言葉が通じていたからすっかりと忘れていた……。

「……言語体系が全く異なるんだから文字もぜんぜん違うって言うことを考えていなかった。」

シュウヤの目の前におかれていた紙にはこのような文字が書かれていた。

ՑԱԳՄ=Քф=ѓѡѢёѐѠ

「……参った。」

読めない。全く理解できない文字だ。思い返せば昨日地球上に存在しない言語体系だっていう結果だったじゃないか。

それを読み取れって言うには無理がある……。

認識窓が真っ赤になったリーダーを見ながら考える。

幸い難民登録には文字を書く必要性はないけれども……これだと、この先の生活がかなり危ういのではないのだろうか?


……そんなことを考えるのは後だ。とにかく今は、代筆をするしか無いだろう。

「悪いけれども、リュナが書いている文字は、全く読めん。」

リュナの目が驚いたように見開かれる。

「君のところの文字と、ここで使われている文字は全く根本から違うみたいでな……とりあえず今は俺が代筆しよう。リュナ……なんだっけ?」

そう聞くと、リュナは、なんだか信じられないような顔をしながら言葉を発する。

「ルオフィスです。それにしても、文字が違うなんて……」

「ルオフィスね。……っと。仕方ないさ。全く理の違う世界なんだろう君にとっては。この世界の中でも100を超える言語があるんだから……」


100年くらい前はもっとあったらしいけれども、継承者の消滅やら何やらで少数部族の言語は壊滅状態にある。少数部族の言語は、今や連邦の管理サーバーの肥やしとなっている。
少なくとも、歴史的な価値はあるかもしれないけれども、俺たちに取っては腹の足しにもならない。

連邦公用文字で認識窓にリュナのフルネームを記して行く。ペンタブの先が離れたとき認識窓は緑となった。

これで……良し。

「あ…あの……」

そんなおずおずとしたような声がかけられる。

「ん?どうかしたか?」

リーダーを再びパソコンの上におき幾つかのキーを操作して作業を進めながらも話を聞く。

「…………」

それっきり黙ってしまっている。

いったいどうしたのだろうか?パソコンから目を離してそちらをみると、少し顔を赤らめたリュナが居た。

「あの……レイスは何処にありますか。その……もよおしてしまって……」

レイス……文脈から考えるとトイレのことか? 
だとすると……参ったな。俺が案内するわけにはいかんだろう。

「……とりあえずリビングを出て右側。一番玄関に近い扉がトイレだ。フローラ…後は頼む。」

モニターに再び目を動かすと、後ろで扉の閉まる音が聞こえてくる。

……さてと。

モニターに表示されているバーを確認すると椅子から立ち上がって、少し伸びをする。

コキコキ

こんな音が背骨から聞こえてくる。
それから、テーブルの上に出ている食器を重ねてシンクの脇に置かれている食洗機へと並べて行く。

「スイッチオン。ポチッとな。」

別に食洗機には音声認識装置がついているわけでないがなんとなく言ってしまう。

まあ別に誰かが聞いているわけでもないし……

「…………。」

「…………。」

ちょうどリビングに戻ってきたリュナと目が合う。
奇妙な沈黙が部屋に走る。

聞かれていないよな?聞かれていたら恥ずかしいんですけれども……

別にフローラはいいよ。ずっと一緒に育ってきてこういうの知っているから。

でも流石に……ね。

「……それじゃ出かけようか。」

何事もなかったかのようにして、パソコンのところまで行き、載せてあるリーダーをリュナに渡す。
そして、廊下へと出て開き戸に入っている薄い長袖を羽織る。同じ場所に入っている自分の分の認証機を取り出す。

リュナが持っているリーダとは違いコチラの方はPDAタイプであり少し大型の携帯電話のような感じだ。

実際登録をすれば認証機は自分で選択をできるが、今は我慢してもらうしか無い。

「フローラ。それじゃあと頼む。帰ってくるのは……夕方くらいだと思う。」

「分かったわ。お風呂は沸かしておく?」

リュナは、自分のブーツを玄関で見つけて、それをはいている。

「そうだな……もしかしたら遅くなるかもしれないからな……お願いするよ。」

玄関の戸棚を開けて、靴を取り出しそれをはく。

ふとリュナの方を見てみると、その表情は固いものであった。

俺にとっては日常的なものだけれども……リュナに取っては全くの異世界。確かに緊張するだろうな。

「あ……あの?」

ブーツを履いたリュナが不安そうな声で聞いてくる。

「なんだい?」

何気なく聞いてみる。少しでも不安がなくなるんだったらいくらでも答えてあげよう。

「スラームとか、剣は持っていかなくていいんですか?」

……はい?

「武器は装備しないと意味ないんですよ。私は、魔導器がありますから大丈夫ですけれども……。」

……それなんてRPG?じゃなくて、なんでスラーム?に剣?
もしかして、リュナの故郷は近所歩くのに武器が必要なくらい治安が悪いのか?

「大丈夫だ。外に出ても恐れることはない。この街の治安はいいからな。」

そう言って安心させようとするがリュナの顔はこわばったままだ。
まあ……仕方ないか。
いきなり環境が変わって、それを自分ではまだ実感をしていないんだ。仕方ない。

「それじゃ。行こうか。」

そして俺は、玄関の扉……リュナに取っては全くの異世界への扉を開いた。



第4版 2010/10/26/23:09



[17562] 未知の世界へと踏み出した異世界人はどの様な反応を返すのであろうか?
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:91dd37b8
Date: 2010/10/26 23:24
「はあ……」

寝苦しい。なんとなくだが、部屋がむっとしている。

この部屋の主である少女は、ごろりと寝返りをうつ。
少女の顔は、かなりつかれたようなものである。

事実、少女が眠れていないのはこの部屋の暑さだけではない。

ぎしりという音を立ててベッドから立ち上がると、カーテンを開いて大きな窓を開く。

びゅ~

そんな音がして心地よい風が部屋の中を通り抜ける。
その風におかげで、火照った身体が、だんだんと冷やされて行く。

空を見上げると中空に浮かぶ煌々と光る金色の月と、ややぼんやりだが、それでもしっかりとその存在感がある蒼の月が寄り添っている姿が目に入ってくる。

「いい月ね……。」

こんなに双月が綺麗に見えることはあまりない。

大陸の向こう側……コンプート王国内の端の方にある世界の傘(ルーナ・ウルシャ)と呼ばれる山脈の近くにある彼女の故郷は季節的には、そろそろ名月の月だ。この時期になると故郷ならば空が澄み渡って最も美しく月が見えることだろう。

だが、この学院に入学して以来一度も帰ったことはない。

その事自体は、普通だ。少なくともこの学院では。

この学院以外の通常の学術機関。同じ王立の名を冠する王立アカデメイヤや、自治都市内に存在する学院の生徒たちは休みになり次第、親の元へと帰っていく。

ただ、それは、ただの学術機関であるからである。

このコンプート王立魔法学院の門を叩いたものは、必死に金を工面して魔法を学びたい、そして、一旗揚げたい。としてやって来ているのである。 
下手をすれば、帰る場所なんて無いというものもいる。

この少女。ミューラ=レニスもそんな一人であった。

大陸の向こう側にあった彼女の生まれ故郷。山と、海に囲まれた村は、貧しかった。
貧しくとも、それなりに生活を行っていた。……だが、それだけだった。

物産も何もない、強いていうなら痩せた土地だけしか無い貧しい村は、富める村になることはない。

農作物が取れる年も、取れない年もギリギリまで税金として搾り取られる。

貧しい村は、搾取される存在だ。その搾取されるのを止めさせるにはどうすればよいか。

簡単だ。力をつけて搾取される側から、搾取する側になれば良い。

そのように幼心にも考えたミューラは必死になって文字を覚えた。同じ年の子供も殆どいなかったため、のめり込むようにして算数や、歴史を学び、村の長老に頼み込んで村の重要な知識である医術や神官が使う祝福について学んだりした。

……ようやく旅に出たのはミューラが16の歳。あたたかい春の日であった。

自分が今まで生まれ育ち、今から旅立ち、そして、戻ってくる場所。

……そう考えていた。

王立学院へやってきて、はじめて知った事実。
来る者拒まず。去る者拒まず。されど平民が入れるのは、一般課程のみ。

搾取される側から、搾取する側となるためには越えられない壁があった。

当たり前だ。……この世界はそうできている。

目先のものにとらわれて、それを知ろうともしなかった自分の責任だ。

その顔にはキラキラと光る何かが流れていた。

……もうダメ。

心の支えとしていたモノをおられて、身分の壁というものに絶望し、どうしようもなく立ちすくんでいた。

「……どうしたの?」

それがルームメイトであるリュナ=ルオフィスとの出会いだった。



強い風が吹き込んできて、ネグリジェの裾が風に舞う。
その冷たさに思考を打ち切って、溜息をつきながら窓を背にして部屋を見渡す。

空っぽの部屋。本来二人のための部屋に一人しかいないので寒々しく感じる。

何日前のことだろう……。

心の中が空っぽになったような気がする。

いや。抜け落ちてしまったのは事実だ。

『全滅。』

数日前、リュナが学院長に呼ばれていった依頼。貴重な魔導書を護衛するとか言うモノだって聞いていたけれども……

学院長から渡されたと言う小さな赤い石がついたネックレスを見せてもらいながら聞いたことを思い出す。

それでも、信じられない。

別に何かに秀でているわけでもない。この世界のすべてで血筋がモノを言う以上超えられないものはある。
でも、血筋に頼らないものだってある。

少なくても、リュナの頭の回転はその辺の……王宮課程に七光りで入ったようなボンクラ貴族よりかは上のはずよ。
一を聞いて十を知るって言うのを地で行くようなそんな娘なんだから……。

もちろん頭の良さだけで生き残れるとは思えない。でも、頭の回転がいいと言うことは絶望的な状況でも、ほんの少しの可能性を探し出すきっかけになるはずだ。

全滅したって言うのは、ボロボロになってきた教師の言葉だ。

……残念だけれども、それは鵜呑みには出来ない。

だって……此処は王立魔法学院なんだから。

表面は綺麗に見えるけれども、中はドロドロ。そんな場所。入学してからの数年で嫌でも解ってしまった事実。

全てに対して疑ってかかること。それが身についた数年間でもあった。

「私は諦めない。」

風が吹き、カーテンが揺れる。

部屋の空気はもう冷えていた。

------------------------------------------------------

「ん?」

現実の世界ではありえない空間が広がっている中で俺は疑問の声を上げる

俺が、そのことに気づいたのは、偶然だろう。

いつものように仮眠室から出てきて、キーボードをポチポチと叩く。そして、ゴーグルを付けて電子世界へとログインを行う。いつもならば外側からの自動検査だが、今日は総点検の日だ。

幾つもの流れてくるデータを、脳との高速電子信号のやりとりで、高速化した思考の中で分析している時、リストにはない連続した数値が何回も何回も現れた。

ここでは、いつもシステムが稼働しているので少しぐらいリストと異なる数値が出てくるのは仕方がない。でも、今回はそれが多すぎた。

いったいどうしたんだ?

腕をふって、モニターを開いてさらに詳しい解析を行っていく……

これは……。

素人が見ればただの1と0の集まりで、視覚データで確認できる状態では何も変化はないように見えるだろう。

だが、見る目を持ったものから見れば明確な変化がある。

……侵入者!

『エマージェンシー!エマージェンシー!……交通管理局第四地区交通管理課に直接クラッキング。至急ダイブ者は現場に向かえ。コード番号S83-320-865A』

報告を行う間もなくどこかで発見されたのだろうかシステムが警戒音を鳴らし始める。

それと同時に世界が赤一色となって警戒態勢に入る。

目の前にウインドウが開いてコードが直接送り込まれてくる。それを捜査して即座に目的の場所へと飛ぶようにする。

「Enter!」

そんな機械音がしてその場で構成されている自分というものがて分解され対象区域において再び再構成が行われる。その一瞬だけ意識が真っ暗になる。

意識が戻り、視覚データが最適化される。

目に飛び込んできたものは……何もなかった。

……何なんだ?これは。

この区域では空間全体に様々な交通規制などのデータが一元管理されているはずなのだ。それが一体……此処のデータは、市内の交通に使われているはず……

本来ならば、オブジェクト化されたマシンや、AIが詰めているはずである。

それが、何も無い。綺麗さっぱりと。

少なくとも、二週間前に行われた総検査では、何も異常はなかったはずだ。データの削除をしているならば、事前に通達があるはずだ……。これは……まさか……。

『Protection!』

考え事をしていると、いきなり補助AIが起動して情報の荒波から身を守る防壁が展開される。

一瞬のラグが有って放たれた攻撃が防壁に直撃する。

ドン!

そんな音が防壁をすり抜けて直接、電気信号で接続されている脳に対して瞬間的なダメージを与える。

「所属を述べろ。此処は包囲されている。」

グラリと視界が揺れて、目の前が真っ暗になる

一瞬だけ飛んだ意識に合わせて情報が最適化される中で虚空から声が聞こえてくる。攻撃が放たれた方向を見てみると、幾つもの人のようなシルエットをした影が浮かんでいる。

その姿は、脳へのダメージに合わせた最適化によって、ぼやけたものとなっている。

その人影を視野に入れると、目の前に窓が開いてネットワーク管理部門クラッカー対策室所属AIのIDが表示される。

って……これって勘違いされていない?

それと同時に補助AIが自動的に自分の身分を相手に送信する。

「技術局システム保守課の人間か……状況の報告を。」

「詳細不明。こちらも現在到着したばかりだ。それよりも、こちらを攻撃した意図は。」

システムのほうが問題ないと判断したのだろう。だんだんと、視覚情報がハッキリとしたものとなって行く。
ハッキリとしていく人影のすべては黒いスーツを纏い角張ったサングラスを着けている。

「それは、威嚇射撃だ。攻撃をするならば攻撃性のプログラムを使っている。
そもそも、クラッカーが出現した区域にいる人間というモノは不審人物だ。我々は、疑わしきは攻撃という下で動いている。最初から攻撃性プログラムではなく鎮圧性プログラムを使ったことから考えても攻撃ではないと考えよ。」

……なんて攻撃的なAIなんだ。これを作ったやつ誰だよ。

まあ、AI相手に討論しても無駄か。

「……では引き継いでもよろしいか。」

何があったのかは解らないけれども、対クラッキングのプロが出ている以上ただの保守プログラマーがいても仕方ないだろう。

その言葉に同意をしたのであろうか、一人の黒服が腕を上げると、他の黒服達は様々な方向へと散らばっていく。

それよりも、心配なのは、クラッカーに消されたデータによってプログラムのエラーが発生して起きる交通事故の方だ。
一応こういうプログラムだと、万が一に備えてメインであるデータにアクセス出来なくて、エラーが発生しても、別領域にアクセスして問題を回避するんだけれども……万が一って言うこともある。

とりあえず他の作業員に連絡をとろうとしたその時だ。

ピピピ……ピピピ……

『Errer Code 3C-46D-3G2-A42-FR スタンバイ中の交通管理プログラムに致命的なエラーの発生。入力されるべきデータがありません。データ領域S-473G-0HIdにアクセスを行います。……Code Green。エラーは回避されました。』

……遅かったか。

右手を振ってウインドウを呼び出す。端の方に示されている時間は、本来ならすべての検査が終わっていなくてはならない時間だ。

連邦のシステムは時間帯によって運用されるシステムが異なる。深夜の部と、日中の部である。
プログラムがスムーズに切り替えが行われるためにある一定の時間から、プログラムの起動待機状態となる。
その時間になってしまうと、いくらシステム保安部の人間であってもプログラム内の情報に対してアクセスができなくなってしまう。

……まあ、別領域にアクセスしてくれたことだし、ここで出来ることはないか。

ため息をつくと男は、腕を振って世界から消えていった。

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扉が開かれると、まずはじめに感じたものは、ツンとした何かの香りであった。

開かれた扉の先は、通路のようになっていた。壁は学院校舎で使われているようなゴツゴツとした石造りのものではない、まるで王宮課程の寮に使われているような、なめらかな石のようなもので作られている。
また反対側からは陽の光とツンとした何かの香りを含んだ風が頬をなでる。
そこから見える景色はリュナが今まで見てきたものとは全く異なるものであった。

リュナの耳には様々な音が聞こえてくる。
リュナの目には様々な物が飛び込んでくる。

「……すごい。」

そんな言葉が口から出てくる。圧倒的な情報量に負けてしまいそうになる。
なんだかクラクラとしてくる。

「大丈夫か?」

隣にいるシュウヤの手が肩を叩く。リュナがそっちへ顔を向けると、心配そうな顔をしたシュウヤが見つめていた。

「……大丈夫よ。ただ……ちょっと驚いていただけ。」

本当はチョットどころじゃないけれども……

眼下に望む街には低い建物が幾つも立っている。
それらは、計画的に都市が作られたことを証明するかのようにある一定の間隔があることが見える。

休みの度に訪れる王都は無理な増築を続けているため、かなり狭苦しい。大通りの名を冠する道ですら3デューラーも無い。むしろ、王都に上がってくる道のほうが広かったと思う。

そして、低い建物の先には広くキラキラと光る大海原も広がっている。

「あれって……もしかして海?」

陽の光によって、水面がキラキラと光る。遠くには、なにか大きなものが浮かんでいる。
そして、海の方からそのツンとする香りは来ているような気がする。

「ああ。海だよ。此処は、海の上に立つ島……うん。島だからね。……もしかして海を見るのは初めて?」

「はい。王都は、海から離れていましたから。噂には聞いたことはあったんだけれども……。」

……ということは、このツンとする香りは、磯の匂いって言うやつかしら?

距離的には遠いがまだ近いはずの自分の世界の海を見ずに、遠く離れた世界の海を見ているとは、なんとも不思議なものだ。

それにしても、海の近くに都市があるということは、ここはそれなりに発展したところなのよね?海がつかえるということはたくさんの情報も入ってくるはずだし……

少女は、己の常識に当てはめて見える範囲のことを分析する。

「……ナ。リュナ。」

トントンと肩を叩かれて自分の世界から戻ってくる。

「……え?ああ。大丈夫よ。心配しないで。」

気づくと心配そうの覗き込むシュウヤの顔がある。

「大丈夫だったらいいんだけれども……無理しないで言ってくれよ。環境が違うと体調だって崩すから……」

「大丈夫よ。この間精霊の祝福を受けたばかりなのよ。体調なんて崩す訳ないわ。」

ちょうど学院長室から帰った後、厄払いのついでにミューラに『精霊の祝福』の魔法をかけてもらったんだから。
『精霊の祝福』によって体はあらゆる厄災から守られる。病は悪魔が近づいている証拠なんだから、継続的に祝福をかけてもらえれば悪魔は寄ってこないから大丈夫。

少なくともリュナは今までに病にかかったことはなかった。……魔道書護衛の最中に襲われるという厄災は回避できなかったが……

「……そうか。……まあ無理するなよ。」

なんともいえない顔をしてシュウヤは、廊下の先へ向かって歩き出す。

その後を、周りをキョロキョロとしながらリュナは歩いてついて行く。

数十歩程歩いた先には大きな扉が付いていた。扉には開くための取っ手もついていない。あるのは、扉の丁度真ん中のところにある長い一本の線だけだ。

……一体なんなのかしら?

リュナが首をかしげて扉を見ている。

扉の近くまで近づいた彼は、扉の隣につけられている縦長の何かに触れる。すると、その縦長のものに光が灯って遠くから何かが動く音が聞こえてくる。

ゴンゴンゴン……

普通ならば聴こえない音であるが、リュナの耳にはかすかにではあるが何かの音が聴こえてくる。

だが、数瞬のうちにはその音が止まる。

そして目の前の大きな扉が横に音もなく滑って開いていく。

「おっと……すみません。」

黒い大きなカバンを持った中年の男が扉の中から出てくる。
扉の前でその扉を観察していたリュナはその男とぶつかりそうになるが、するりと抜けるようにして、悠々と男は立ち去っていく。

そんな男の回避術をちらりと見てリュナは、自分にも出来るかどうかを考えてみる。

……動きは中堅シーフくらいよね。まあ、あれくらいの動きだったら少し訓練すれば出来るようになるかしら?


開かれた扉の先は、狭い部屋であった。壁には柔らかい起毛の絨毯のようなものが全体につけられている。そして、腰くらいの高さのところには、細い鉄の棒が部屋を取り囲むようにして張られている。

この部屋は一体なんなのかしら?

シュウヤが入るのに続いてリュナもその部屋に入る。

かすかにであるがギシりと部屋は揺れる。だが、それは普通に乗っている人物には気づかないほどの小さなものである。

「ねえ、この部屋は何なの?ギシギシという音が聞こえてくるんだけれども……大丈夫なの?」

だが、何故かこの少女の耳にはそんなかすかな音が聞こえてくる。

「ギシギシ?そんな音はしないよ。これは、エレベーターって言うんだけれども……まあ、言うより見てもらう方が早いか。」

そういうと、シュウヤは部屋の端についている細長い金属についているデッパリに触れる。すると触れた場所に光がともるのが見える。

もう一度シュウヤが金属の板に触れると、今入ってきたばかりのこの部屋唯一の扉が閉められて行く。

そして、ガコンと言う小さな音がすると、まるでフィンの魔法をかけたように体が軽くなる。

え……なんで?魔法は無かったんじゃ……?

魔力の流れを確認しようと意識をするが、それもつかの間で、フィンの魔法が解除されたように身体が重たくなる。

チン!

すぐに、そんな音がして今まで閉められていた扉が開かれる。

先程の廊下とは打って変わって、なめらかな石畳の部屋……エントランスのような部屋があった。部屋の真ん中辺りに大きなガラスの扉がある。

部屋に出てみると、カコンカコンという音が響いていく。

少し振り返って今出てきた扉を見てみる。扉はもう閉まってしまっていてその先を伺うことは出来ない。

さっきのは、ムーベンジーマ(移動する部屋)よね?……多分。
王城に最近備え付けられたモノらしいけれども、動かす度にものすごい音がするとかなんとか……。
見たことはないけれども、多分コッチの方がいいわよね。

「リュナ。どうした?大丈夫か?」

少し先にいるシュウヤから声がかけられる。

少し考え事に集中していたみたいね。悪い癖なんだけれども……。

小走りになってシュウヤの側へと行く。

シュウヤが大きなガラスの扉に近づくと、ブンというかすかな音がして、すごい勢いでガラス戸が開かれて行く。

さっきのムーベンジーマの扉もそうだけれども、どうやってこんなに大きな扉を開けているのかしら?
魔力の動きなんて全くといっていいほどないし、かといって、人が扉を引いている気配なんて全くないし……

「……ナ……リュナ。」

肩を揺さぶられて我に返る。

「本当に大丈夫か?なんだったら、今日のところは、止めて……」

心配そうにのぞき込んでいるシュウヤ。

「大丈夫よ。いつもこんな感じなのよ。一つのことに考えるあまりに自分が見えなくなって……だから心配しないで。」

自分の悪い点だ。親友にも何回も注意されているけれども、こればかりは直せない。

まあ、長所との表裏一体なのかもしれないからなんともいえないんだけれども……

「そうか。ならいいんだけれども……具合が悪い訳じゃないんだな?」

心配してくれているのよね?

「ええ。具合がわるいようだったら、言うから安心して。」

そうか。なら行こうか。そういうとシュウヤはもうひとつのガラス張りの扉に手をかける。

そして、それを押し開く。

ガラス張りのドアからの風は磯の香りがしていた。

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エントランスを抜けると磯の香りが海から流れてくる。

この季節にしては、涼しい風が頬をなでる。
その風は、ブルリと背筋を震わせるほど涼しい。

最近は収まってきているが大変動以後、地球の平均気温は前世紀と比べるとかなり上昇した。

21世紀が始まった頃は人類の大規模な産業化の所為で地球の温度は上昇するという仮説が叫ばれてたが、事が起きてからだと、これは地球の正常なサイクルの一つだと言うことが通説になっている。

そして、そのサイクルには、人間自身の変化もあったと言っていいだろう。

別に、放射線や未知の物質で細胞に特殊な変化があったわけでもない。ただ、生活環境の急激な変化というものに変化せざるを得なかった。

本来動物というものは、長い時間をかけて環境に適合をして行く。

遠く昔にいたネアンデルタール人は別の環境に適合し、高い能力を持った現在の人類の祖先であるホモ・サピエンスによって滅ぼされたらしい。
種が滅ぶのは、環境の変化に対して対応ができなかったからに過ぎない。

まともな文明が始まって5000年程過ぎた現代を生きる私たちは、余程の環境の変化がない限りは生きることが出来る術を得ている。

そして、大変動はその余程の環境の変化ではなく、短い期間で対応ができるそんな地球の変化であったのである。

……対応ができるとはいっても、それをガマンできるかはまた別なんだけれども。

そこまで考えてポケットからティッシュを取り出して鼻を拭く。
そこについてくるのは粘性もない水のような鼻水であった。

急激な気温の変化で起きるアレルギー性鼻炎のおかげで急に気温が下がるとこうやって鼻がズビズビと……

ふと後ろを見てみると、リュナがまた腕を組んで考え込んでしまっている。

まあ、こんなに環境が違えば戸惑うことも多いだろうけれども……

……それより、リュナって今まで何をやっていたんだ?

魔法学院とかいうのは聞いたけれども、具体的に何をやっているかなんて聞いたわけじゃないし……

もしかして、研究者か?よく先輩もあんな感じだったし……

固まったリュナに近づいて顔の前で手をヒラヒラとさせてみるが全く反応がない。

仕方ないのでその肩を軽く叩く。

その瞬間にパッとリュナは顔をあげる。

「……もしかしてまたやってました?」

その質問に、うなづくしか無い。

流石に、何時までもこの調子だと不味いんじゃないかな?
色々と慣れるためにも今日が終わったら、仮想現実の電子世界を体験してもらうか?

あそこだったら、外の時間と中の時間は全然違うし……

「まあ、いいか。こっちだ。」

そう言ってブラブラと舗装された閑静な住宅街を歩いていく。

一番近い駅まで徒歩5分ほどだ。そこから電車に乗れば目的地である「連邦技術局所管学術研究技術都市内第4地区役場」は15分もかからずに到着できる。

道幅10メートルくらいの道路をリュナと一緒に歩いていく。リュナはアチラコチラに興味があるらしくその首の動きはせわしない。

「あれはなんですか!」

「この道は何で出来ているんですか。」

その質問に丁寧に答えていく。リュナのキラキラした目を見ていると面倒でもキチンと答えなくてはと思ってしまう。

「あれはエレクトロニックポールと言ってこの都市で使われるエネルギーの伝達を行っているんだよ。」

「この世界の道は今じゃたいていはアースフェルトっていう物質で出来ているんだ。昔は舗装しないものもあったみたいだけれどもね。」

そんな質問に答えていると急にリュナがきょろきょろとし始める。一体どうしたんだろう?

「ねえシュウヤ。なんだかものすごく大きな音が聞こえてくるんだけれども、何の音なの?」

大きな音? そんな音しないけれどもな……。

周りは閑静な住宅街。一本先は大動脈だけれどもその音は全くと言っていいほど聞こえない。まさかその音を聞いているんじゃないか?

「どんな音がしているんだ?」

リュナはその質問に不思議そうな顔をする。

「え?聞こえないの?なんだかブロロロ……。って言う音なんだけれども。」

ブロロロ……。もしかして車のエンジン音か?それにしても聞こえるとはな。

「多分それは車のエンジン音だな。リュナのところには車は在ったかい?」

それを聞いてリュナは考えこむ。

そう言いながらも大動脈である都市道環状4号線へと辿りつく。ここから直ぐの場所にローカルトレインの駅はある。

「え……。あんな速さで動いている……。それに道が広い。……あれってなんなんですか。」

少し興奮した感じでリュナは質問してくる。

通勤や通学の人がこっちを見てくるが気にしたような感じではない。だけれども、ここで注目を集めるのも問題だな。

「リュナ。落ち着け落ち着け。あれが車だ。」

「あれが……クルマ。似たようなものはありましたけれどもあんなに速くなかったです。」

車があったのか……。意外だ。こうなってくると思い描いていた中世観じゃなくなる可能性が高いよな……。

「そうか。クルマがあったのか。……まあいい。行こうか。」

そう言って立ち尽くしているリュナの手を引く。

柔くて小さい女の子の手だな……。そんなどうでもいいようなことを考えながら他の人と同じ方向へと歩いていく。

環状線にはローカルトレインという列車が引かれている。車両間隔は通勤時間帯は3分に一本とかなり速いペースで回っている。

そして多くの乗客を乗せることが可能なため都市の渋滞はかなり緩和されている。

ファン。

そんな音がして目の前で列車が出発していく。

あ~あ。乗れなかったか。

環状線の端の駅にはもう疎らにしか人が残っていない。今しがたの電車に皆乗り込んでしまったからだ。

たった3分待てば次の空いているのに乗れるのに……。

そのおかげで今出て行った列車は乗車率150%位行っていたんじゃないかな。

駅員さんは板を持って人を押し込んでいたし……。あれが噂に聞く押し屋って言うやつか。

「次の待つか。リュナ大丈夫だったか?」

人ごみで潰されたりしていないか少し心配になる。もしかしたら人に酔ってしまっているかも知れないな。

「え……。あ……はい。大丈夫です。あの……。」

何かリュナは言いたげである。心なし顔が赤い気がするけれども……。

「すみません。手……離してもらえますか?なんというか……その……。」

手?

俺の手はリュナの手をしっかりと握り締めていた。

……ああ。

「ゴメン。気が回らなくて。本当にゴメン。」

そう言ってリュナに頭を下げる。なんというか……リュナに馴れ馴れしくしすぎたな。

それにしてもなんで普通に握り締めていたんだろう。今まで女の子の手なんて握ったこともなかったのに……。

「いえいえ。いいんですよ。その……私も……。」

列車の入ってくる音でリュナの声が聞こえなくなる。最後にリュナはなんて言っていたんだろう。

「それよりもあれは何ですか。」

興奮して指を指す先は今しがた入って行きた列車である。

「あれはローカルトレインって言う列車だよ。この街の主要な箇所を網羅している交通機関だよ。」

そう答えるけれども、リュナは首を傾げるばかりである。

ジリリリリ……。

駅のチャイムがなってアナウンスが流れ始める。

「この列車は環状4号巡回型トレイン外回り第4地区役場方面行きです。間もなく発射します。」

そのアナウンスにもリュナは反応する。

「この声ってどこから出ているんですか?あのピカピカ光っているのは何なんですか?」

今質問に答えていたら列車出ちゃうからな。

そう思ってリュナの手を握る。

「質問はのってから答えるよ。さあ行こう。」

そう言ってリュナと共に列車へと乗り込んだ。

あとがき

これにて修正完了です。長らくお待たせしました。
次の話を投稿するのは少し先になりそうです。ご了承ください。

何気なくいれた年表には2017年以外にも、もうひとつだけ元ネタがありました。また乗せると思いますのでその時にでも見てみてください。



[17562] 異世界の少女に炭酸飲料を飲ませてみた。
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:4a957723
Date: 2010/11/02 22:49
ファン。

そんな音がして動き出すローカルトレイン。

通勤ラッシュを過ぎたためか未だに人は多いものの押しつぶされるようなことはない。

それでも、座席はすべて埋まっていて座れそうにはない。

そんな中隣の少女は周りを注意深そうにみている。

もしも本当のこんな慣れていない状態で通勤ラッシュの時に押しつぶされたりしたら対人恐怖症とかにもなりかねない。

まあ、リュナにとっては分からないものだらけだろうからな。興味もあるんだろうな。

「すごい……。こんなにも早く動いているなんて……。」

周りを意識しているのかは解らないがささやき声程度の声がリュナの口から漏れる。

ローカルトレインの最高速度は時速90キロ。高速で走る車両は最先端の制御システムで管理されているために振動は全くない。

ピン~ポン~パン~ポン

突然車内のスピーカーから車内案内の開始のベルが鳴る。

珍しいな。いつもだったらこんなベルならないのにな。

「お客さまにお知らせいたします。本日未明。交通管理局第四地区交通管理課への不正侵入が発生したため、自動管理システムに一部不具合が発生しております。当車両も万一に備え、一部区間を手動運転に切り替え安全運転を心がけておりますが、何かお気づきの点がございましたら車内電話で車掌へとご連絡ください。ご迷惑を謝罪いたしますと共にご協力をお願いいたします。」

ふ~ん。不正侵入ね……。交通管理局の防御が抜かれていたのか……。

保安担当者は何をやっていたんだか。

「ねえ。シュウヤ。今の声は何処で話していたの?周りで話している人なんていなかったし……。拡声の魔法みたいだったけれども、それとは何か違うし……。」

上着の裾を引いて上目遣いで質問をしてくるリュナ。

それに少し心動かされてしまう。

なんというか……。本人にはその気はないんだろうけれども、グッと来るものがあるな~。

「ああ。これはスピーカーっていう機械を通して遠くから多くの人に情報を伝えられるんだよ。まあ、別に意識して使っているようなものじゃないね。ここではあって当たり前のものなんだよ。」

「魔法とはぜんぜん違うんですね。みんなが使える……か。」

少しうつむきながら何かを考え始めるリュナ。

そこに車内アナウンスが入り始める。

「間もなく次の停車駅。第4地区ターミナルへ到着します。他の地区への連絡線、セントラルライナー、エアポートライン、本州高速連絡線はこちらでお乗換です。」

そしてゆっくりとだが確実にかかるブレーキ。

そして、どんなに科学が進んでも発生する物理法則である慣性の法則。

しかし、それは知らなくては何も対処することは出来ない。
故にそれを知らない少女は……。

「……ッ!」

蹈鞴を踏んで転びそうになる。

が……。

「おっと……。大丈夫ですか。」

そう言って倒れこんできた少女を支える恰幅のいい男。

「あ。すみません。リュナしっかりしないと。」

そう言って考えグセの少女を注意しておく。それにしてもこんなクセがあって大丈夫だったのかな?
あまり、治安は良くなかったみたいだしぼーっとしている間にも……。

まあいいか。

「いえいえ。やわら……。ゲフンゲフン。しっかり見ていないと危ないですよ。」

……言いかけたことは聞かなかったことにしておこう。今のはこっちが悪いわけだし……。

列車がターミナルへ入り車内が一瞬暗くなる。

列車はスピードを緩めるためにブレーキの強度を上げてゆく。

今度こそリュナが倒れないように肩を支えて立つ。

やはり慣性の法則になれていないせいなのか、どうしてもリュナの体はふらついてしまう。

そして、何か柔らかいものが腕に押し当てられる。

……これはどうしようもないことだよね?

そうこうしているうちに列車はターミナルホームの規定位置へと停車をする。

最後にもう一度大きく揺れて完全に列車が停止する。

列車が止まってから扉が開くまでの短い間に扉の近くから離れてちょうど空いた対面式の座席へと足を進める。

扉の前から離れるのと入れ違いで今まで席に座っていた人が立ち上がり扉へと殺到する。

それを席に座らせたリュナは呆然として眺めている。

「何であんなに急いでいるんですか?何かあるんですか?」

「いや。特にないよ。これがここのいつもの光景なんだ。」

そう伝えるがリュナの表情は納得がいかないような感じである。

まあ文化の違いが出てくるわけだな。

価値観の違いとかもあるし仕方ないことだろうな。

ターミナルから第4地区の各地へ行くために乗り込んでくる乗客ですぐに一杯になる。

そんな乗客を横目に見ながらリュナは目を伏せる。

また何か考え込んでいるんだろうな。

そう思いながらも声はかけずに窓の外を眺める。

列車のスピードが上がるに従って、背の高いビルがどんどんと窓の外を流れていく。

そして、何度かの減速がかかる度に軽くだが体が流される感覚がある。

今日は手動運転も入っているんだっけ?あまり上手じゃないな……。

そう言っているうちに再び車内アナウンスが流れてくる。

目的地到着らしい。

いまだに考え込んでいるリュナの肩を叩いてこちら側へ引き戻す。

「次が目的の場所だからね。降りるよ。」

「目的地ですか……。」

列車が環状4号線上の駅に到着する。

「第四役場前。地区役場をご利用の方はお降りください。」

アナウンスと共に数人の人たちが降りて行く。

それに遅れないようにリュナの手を引いてホームへと降りる。

ホームには旧世代の改札は存在しておらず自由に乗り降りができるようになっている。

住民の銀行口座からは毎月必ず交通維持費が引き落とされておりそのお陰で、自由に交通機関は使うことができる。

そのままラッシュ時間を過ぎたにもかかわらずに交通量の多い環状線を横目にしながら整備された公園のような場所へと入る。

「あ……。ここは……。」

リュナが何かほっとしたような表情をしている。

「ここは自然保護地区だ。市民の憩いの場になっている他にこの地区の役場があるんだ。」

「そうなんですか……」

少し疲れたような表情をしているな。

まあ、なれない場所だし仕方ないか。

ポケットから認証機を出して時間を確認してみる。

九時半か。

未だ役場が空くまで少し時間あるしな。少し休んでいってもいいか。

幸いにもここは公園として整備されているため座る場所はいくらでもあるし、飲み物も簡単に買える。

「それじゃ少し休んでから行こうか。」

そんな提案にリュナの表情はパッとかがやく。

「いいんですか?」

「いいんだよ。役場が空くまで未だ時間あるから。」

そう言ってリュナを先導する。

すぐ近くにはちょうどいい木陰と備え付けのテーブルと椅子がある。

そしてその脇には自動販売機も備え付けられている。

リュナは自販機に興味があるのかそれをじっと見つめている。

使い方を見せても問題ないだろう。

そう考えて、認証機をポケットから出して読み取り部分に当てる。

そして適当に飲み物を買おうと思うが……。

何がいいかな?そう思ってサンプルを眺める。

そしてふと思う。

もしかしたらリュナのところには炭酸飲料はないかな?

異世界に来て炭酸飲料をはじめて飲んで驚く……。

見てみたいな。

そういう悪戯心が働いて2本の『コーラ!オレ!!』を選択する。

さてはてどんな反応を返すんだろうな……。

「はいどうぞ。」

そう言ってリュナの前に買ったばかりの缶を置く。

「ありがとうございます。」

そう言って缶を握るがなかなか開けようとしない。缶を上から見たりひっくり返してみたり。揺すってみたり。

……もしかして缶のあけかたがわからないのか?

そう思っているうちにもリュナの缶の調査は続いている。

机に叩きつけていたりさらに振ってみたり。

あがくの果てには……。

「これはすごいわね。いくら叩きつけても壊れたりしないものなんて……。でもこれなら。」

そういって何やら呪文のようなものを唱え始めるリュナ。

とにかくもう止めないとな。

「リュナ。ストップだ。その力は使うなっていっただろう。これがこう開けるんだ。」

キョトンとしているリュナの前でまだ開けていなかった自分の缶を開けて見せる。
そしてそれをリュナの前に置いて、ぼこぼこになった缶はこちらに回収する。

それを誰もいない方へ向けてゆっくりと開ける。

プシュー。

そんな炭酸特有の音をさせながら空いた隙間から褐色の泡が吹き出してくるが、すぐに缶にたまっていた炭酸は抜けて泡が吹き出さなくなる。

そうなったのを確認してリュナの前でプルタブを完全に開ける。

シュポ。

そんな間抜けな音がして最後の悪あがきが発動して泡が一筋天へと舞う。

幸いにも誰もいないところへと落ちたが、あれが服についたりしたらと

思うとあまりよい気持ちではない。

とりあえず……。

「ここにはそういう力はないからつかわないように。空け方が分からなかったら聞いてくれて構わないから。」

リュナはばつの悪そうな顔をして一言。ご迷惑をお掛けしましたと言う。

「まあ。別にいいから。ゆっくりここの暮らしになれていけばいいからね。」

そういってリュナにきれいな缶の方を勧める。

何か言われないうちに今しがた空けた缶の方に口をつける。

結構振っていたから炭酸が抜けているな……。

飲みながらもリュナを観察してみる。

さて。どんな顔をするのかな?

リュナが缶に口をつける。そして顔を変な感じに歪ませる。

……なんだか可愛いな。

吐こうにも吐けないというような感じでリュナは一口飲んだものを飲み込む。

「なんなんですか~。この変な飲み物は?」

あまりお気に召さなかったかな?

「これは炭酸って言ってそういう感触を楽しむ飲み物なんだ。」

「そうですか……。はじめての感覚でした。」

そうか。そう言って空を見上げる。

空の遥か彼方にスペースプレーンの姿が見えたような気がした。

ピン~ポン~パン~ポン。

そんな間の抜けた音が聞こえてくる。

「だたいま10時をお知らせいたします。現時刻より各地区役場の業務が開始されます。ご用の方は窓口までお越しください。」

おっと。もうそんなに時間がたったのか。

「それじゃそろそろいこうか。」

そう言って椅子から立ち上がる。

リュナも立ち上がってスカートの汚れを払う。

机の上に残った缶を回収してリサイクルホックスへと放り込む。

意外なことになんだかんだ言って全部飲んでいたみたいだ。

そして再び先導して並木道へと入っていった。

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ああ。いい天気だ。

そう思いながら男は帽子を被って扉を空ける。

年老いた体の節々がギシギシと言うが別に痛みなどはない。自分の祖父の時代ぐらいはこの都市になると筆記臨死の痛みに襲われていたらしいが今はそんな事はない。

ここは自然保護区域から続く並木道の中間点。保護区域と区域役場の行政上の境界線である。

そして男……老人の役目と言うと役場へ来る人の目的調査である。

目的を予め聞いておくことによって迅速な対応を行うと言う行政サービスの一環でもある。

そして男の目に一人の男性と金髪の少女…もとい道行く人10人に聞けば6人くらいは「うん。良いんじゃない?」というような少女がならんでこちらへと向かってくる。

さて。今日一発目の仕事か。

意気込みを入れて仕事を開始する。

「ようこそ、第四地区地域役場へ。認証コードをお願いします。」

手元に端末を用意して男がコード認証を行うのを待つ。

男が端末に認証機を当てると、連邦政府人民局の情報サーバーへアクセスされコード認証が行われる。

そして、それが終わると男は、付き添いの少女に認証機を出すようにといいそれを出ささせる。

男から開封されたばかりと見られる新品のリーダーを受け取って端末に当てる。
端末に表示されるのは難民の仮登録が行われていると言うことだ。

別に難民だからと言って差別するわけじゃない。むしろ、被害者か。

つまりこれから本登録なんだろう。

何にしても、幸いなことだ。

多くの難民がいる中でこういうふうに難民登録ができると言うのは幸運としか言えない。

いくら政府が難民を受け入れると言っても、なかにはスパイ活動を行うものだっている。

その為にも、難民保護管理官が保護監督責任を負わなくてはならない。

その監督してもらえる人に会えることがまれなんだから。

「難民の新規登録ですね。入り口入っていただいて二階窓口がそうです。」

「わかりました。ご苦労様です。」

そういうと男と少女は地域役場に向かって歩き始めた。

まだまだ今日と言う日は、始まったばかりである。

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「あれが、その役所なんですか?」

シュウヤの後ろを歩くこと数分。並木道を歩く先に見えてきた物を見て聞く。

高さは、学院の本館の高さと同じくらいだろうか。壁は、つるりとした

石のようなもので作られていて、学院のように凸凹が全くない。
まるで、王都の中心にそびえる王城の城壁のようだ。

「そうだ。此処が第四地区役場。この学術研究技術都市の各地区の自治のまとめ役だな。大元の連邦政府直轄の機関は第一地区にある。まあ、此処は技術局が強いからねあんまり大きな顔はしていないんだけれども……。」

そうして指を刺された方向には昨日窓から見えた塔……あの天まで届くとも見える存在感のある建物がある。

「この島は、全部で23の地区に分かれているんだ。そのひとつひとつにこんな役所があるんだ。まあ、詳しいことは後で説明するよ。……こっちだ。」

シュウヤは建物の中へと入っていく。その姿を追って、リュナも建物の中へと入る。

側面についているガラスからは中の様子がよく見える。ドタバタと動いていて、まるでギルドの本部みたいだ。

受付を待っているのか沢山の人が座っている。

その姿を横目にしながらどの様に作られたのかもさっぱりわからない不思議な階段を登ってゆく。

その先には考えられないような光景が広がっていた。


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階段を上がりきると、そこは天井が吹き抜けとなっていて、日がさんさんと入ってくる構造になっている。

リュナはその光景に心惹かれたのか、しばし立ち止まってしまう。

う~ん。やっぱり驚きの連続なんだろうな……。

何度目になるか解らないがリュナの肩を叩いて、意識をこちらへ呼び戻す。

それから難民関連の部署を探すためにホールを見回す。

さてと……難民関係の部署は……あったあった。

目の先には、天井から『難民係』と書かれたプレートが垂れ下がっている。

朝の忙しい時間帯で、他の職員は忙しそうに働いているのに、仕事にもあまり身がはいっていないんだろうか。

難民係のプレートが下がった受付にはパイプを咥えた中年のヒゲオヤジが雑誌をみている。

……明らかにヤル気ねえな。これでイイのか公務員。

リュナを連れて受付の前に行くも、全く反応しない。

行政サービスの担当官がこれでイイのか?

「難民保護管理官の更新をお願いします。」

「あ~はいはい。ここに認証機をよろしくね。」

そう言って雑誌から目をはなさずにトレーを出してくる。

それに認証機を置くと、やっと雑誌から目を離してこちらを見てくる。

あれ?この人どっかで見たような……?

「ん?もしかして、君僕のゼミ取っていた?」

その言葉で思い出す。この人は……

「ムラサメ教授!ムラサメ教授ですよね?」

声が少し大きくなってしまった性か周りで仕事をしていた人や受付に来ていた人たちが驚いてこちらを見てくる。

今でこそ髭面をしているが、その口にあるパイプは忘れられないものだ。

「ああ。教授は首になったよ。あいつら頭固いから……。」

あいつらって……。もしかして何か問題でも起こしたのか?

のんびりとした先生だったけれども生徒からは人気の先生だったのに……。

「査問会の坊ちゃんたちがさ~。教育精神がなっていないとか言い出してね。援護してくれる先生もいたんだけれどもね……。」

……のんびりとしすぎたって言うことなのかな?授業はマイペースでカリキュラムも滅茶苦茶だったけれども。でもいい先生だったのに。

「なに。これは俺の生き方だ。自分の生きたいようにして、のんびり過ごせばいいんだ。自分のやりたい事をやって、それでな。」

パイプのけむりを机の端に向けて吐き出す。そこで動いている小型の集煙機は、それを吸い込んで中のクリーナーを通して綺麗な空気を吐き出す。

それにしても、首になって専門の職に就いたんだろうけども、この態度を貫いていてよくもまあ、解雇されないもんだと思う。

いろいろ圧力もあるだろうに、自分のやり方も変えないし……完璧に我が道を行く人っていうやつだな。

まあ、能力が高いって言うのもあると思うけれども……。

元々大学でも査問会で首になるまで49年間にわたってこのスタイルを貫いてきたらしい。

それに、教授をしながらも難民管理法の第一線で働き続けた実績があるためなのか、他の難民担当官が行う難民登録手続きよりもこの人が行った登録手続きの方が高い確率で難民として認められると言うら
い。

あくまでゼミで聞いた噂であるが。

彼は、トレーの上の認証機を回収して、業務用の読み取り機の上に置く。

そして、彼の目がすうっと細められて、彼の指がキーボードを踊り始める。

その速さは、かなりのスピードだ。本業の自分から見ても速い速度だと思う。

カチャカチャ……。

「はい。これでオシマイ。」

声をかけられたときには目の前に認証機がおかれていた。

いつもはのんびりしているのに仕事早いんだよなこの先生。

「で……。今日の用事は何なんだ?まさか使いもしない物を更新しに来

ましたとか言うわけじゃないだろう?」

ニヤリとしながら聞いてくる。なんだか貫禄がある笑い方だ。

大学でこの人のゼミを取ったときは使うかどうか分からなかったけれども、急に使うことだってあるんだな。

「そうですね。」

「さてと……それでは、和泉保護管理官。今回保護する難民の名前は?」

さて。これから査問が始まる。まるでゼミの時の模擬査問を思い出す。

「リュナ=ルオフィス。性別は女。年齢は18。」

そのデータを聞きながら目の前の老人は見事なブラインドタッチで入力してくる。

「……!」

画面を見た教授の顔が驚きの表情で固まる。

そして……。

「和泉保護管理官。悪いがそこの彼女と共に来てもらえるか。」

全く予想しなかった回答がされた。

なんで……。ゼミの時の予備査問だったら、この後は何処で保護したとかそう言うのを聞かれるんじゃないのか?

「いや。そんな目で見られても……。こちらとしても、予想外だからな……。」

そう言って席から立ち上がって受付横の職員用の扉を開く。

教授が立った瞬間に、周囲からざわめきが聞こえてくる。

「嘘……だろ。あのじいさんが就業時間中に座席から動くなんて……。それどころかまともに仕事するなんて……」

「ありえない……。ここへ来てから3年。一度も動いたことなかったのに……」

「これは……。戦争になるかもしれない……。」

「イモービル・グランパが……。」

散々な言われようじゃないですか……。教授。

自分の専攻のはずなのに仕事全然して無かったんですか?

「ん?違うよ。たまたまここに難民登録に来る人がいなかっただけさ。論文とかは学会に出しているしね。」

言いたいことを察したのか質問する前に答えが出てくる。

仕事がなかったから自分の自由にしていたってことか?

なんともまあ……。

そうして教授の後ろについて職員の机をすり抜けていく。

リュナが珍しそうにして周りを見回しているが、空気をよんでいるのか惚けっと突っ立ったりはしない。

そして事務室を抜けて廊下へと入る。床には赤い絨毯が敷き詰められていて足音はほとんどしない。

金使ってるな……。民間企業だと節約節約って言っていたのに……。

前の職場を思い出す。良い同僚だったのにな……。

そう考えながらも黙々と教授の後ろを付いていく。

そしてその廊下の一番先の部屋の前で教授は立ち止まった。

「部屋に入って待っていてくれ。話を通してくるから。」

そう言って踵を返して廊下をもどっていく。

もうすぐ70になろうとしているはずなのにものすごい健脚ぶりだな。

そして少し不安そうにしているリュナに声をかける。

「それじゃ入って待っていようか。」

そして、部屋の扉を押し開けた。

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シュウヤが部屋を開いた瞬間に漂ってくる異臭を私の鼻は捉える。

いや。違う。これは異臭というよりも……。

あまりに濃厚すぎる香水の匂い。

よく王宮課程の人たちが寄って集って、付けているようなものだ。

少しならば品がいいで済むのになんでああいう人たちはやたら付けたがるのかしら?

シュウヤはそんな匂いを気にしないように部屋へと入っていく。

置いて行かれては困るので部屋の中へと一緒に入る。

「ねえ。シュウヤ……変な匂いでいっぱいよね。ここ。」

そう言うとシュウヤは困ったような顔をして頭を掻いている。

「変な匂いって言っちゃだめだよ。この香水をやたらめったら付ける人に心当たりはなくはないから……。」

そうやらシュウヤの知り合いだったらしい。

悪いこと言ったかしら……。

「……先輩。隠れてないで出てきてください。」

! 誰か人が隠れているの?

シュウヤにはあまり使うなって言われていたけれども……。

小声で感覚を鋭敏にする呪文を唱える。

すると、微かにではあるがリュナの回りに風の動きが発生して、その動きで何かがいることがわかる。

「そこの部屋のすみ!誰かいるでしょう。」

そこに向けて指を突きつけてみる。

すると……。

「ハハハハッハハハハハッハハハハハハハッハ。まさかこんなに簡単にわかってしまうなんてね。」

高笑いと共に部屋のすみがぼやけて人の輪郭をとりはじめる。

そして今まで壁が見えていたはずなのにそこに人が現れる。

「ようこそ異なる理が支配する世界からの来訪者。我々は君を歓迎する。」

体のボディーがはっきり出ている若い男の声が聞こえてきた。


二版 2010/11/02/22:49

あとがき。

今回は話が急展開過ぎますかね……。
あまり、描写とかもしきれていないし、心情も表しきれていない……。

それから、今回はあたらしく手に入れたIS01で執筆してみました。

書いたあとに何回か確認していますが、もしかしたら誤字とか、変換ミス、変なところでの行替えとかがあるかもしれません。

結論。次回を期待してください。

それでは明日は大学で始めたアーチェリーで初めての個人戦があるので失礼します。

取り敢えず目につくミスは修正しました。



[17562] 慣れない交渉なんてするものじゃない。
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:4a957723
Date: 2011/06/22 21:52
某日某所

ここはどこかの指令所のような部屋。
いや。ようなではなく正しく指令所である。

どこの企業にもあるような大きな部屋のなかの壁一面に設置されたいくつものパネルは最新の情報をすべて表示している。

そして周りの机には,地図や紙媒体の機密文書が至るところに積まれている。

その回りを何人もの白衣を着た研究員が忙しそうに動いている。

「鴉が巣を作りました。繰り返します。鴉が巣を作りました。」

そんな指令室に一人の私服の男が入ってくる。

首には所属を示すカードがぶら下げられている。

この技術局には実に多種多様な人が働いている。そのなかで諜報の分野に携わるものらしい。

まあ、実際のところ上司に打診したらすぐに送られてきたところを見ると、このことは上も重要視しているらしい。

だったら今までなんで放っておいたのかはいろいろ気になるのだが……。

「了解ご苦労。現在より第二級警戒に移行する。交代要員が来たら仮眠室に行ってよし。」

そこの責任者のような白衣を着た男が指示を出す。

それと同時に今まで張り詰めていた空気が弛緩する。

これで出来ることはしたと言うわけか……。

白衣の男は一人心地をつく。

全く。何で一介の研究員が司令官の真似事をしなくちゃいけないのか……。

大きくため息をつくと近くの机の椅子に腰を下ろす。

そして大きく伸びをする。

「どうぞ。」

そう言って机の上にお茶がおかれる。

ふとそっちを見てみると盆にいくつもの湯飲みをのせたラボキーパーの女性がいた。はじめてみる人だけれども、新人さんかな?

「ありがとうございます。」

そう言って男は口をつける。

ん?気のせいかななんだかいつも飲んでいるのとは違うような気がするな……。

まあいれかたを間違えただけか。

そんな些細な疑問を打ち消して、机の上につまれた山のような書類の方に意識を向ける。

ああ……。これを今日中に処理しとかなくちゃいけないのか。

気が滅入るな。

……まあ、いつまでも放っておいても仕方ない。さっさと片付けないと。

そういって研究員は紙媒体にされた調査結果をまとめて報告書を作り始める。
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機密文書DーSー25

           本日朝に発生した現象についての報告書
1 時系列経過

発生した内容については資料1-Aから参照すること。
今回発生した重力子、原子核量、放射線指数、その他地球上で観測可能なエネルギーにおいての中心地は、point44f-37-s253D.(point座標については資料93-Gを参照。)
最高級の実験室で計測される数値の34×(10^10)がヨムト秒の単位で計測された。
このことにより、同住居4423号室であることが87%の確率で予測される。
同事象において1フェムト秒の間にわたりマイクロブラックホールが開いた可能性もある。
また、時空間の歪みにより波状的振動が感知されたとのことも指摘されている。

なお周辺には放射線被曝、重力子による異常現象は確認されず。
可能ならば周辺住民に対して健康診断を行うことを提案する。

同住居上空に、事象発生時に蜃気楼のようなもの(資料23ーBを参照。)が発生。一部研究者から第5次元世界接続論(機密書庫資料48ーF以降を参照すること。)による事象ではないかとの指摘あり。

マスメディアに対しては「マルコルニ理論」と提示しておく。

同理論に基づいて調査を開始する。

同事象発生後から同住居内にて数回の破裂音を確認。それにともない振動センサーにて住居人以外の固定周波数を確認。その他にも、室内熱源関知システムが、住居人以外の人形を確認している。
事象発生前後には同住居には来客はおらず、入室も確認されない。

それにもかかわらずに室内には住居人の他に一名の反応がある。

同日同住居入居人により連邦政府言語サーバーにアクセスを確認。

これにより、事象発生後に何らかの理由があり言語データを確認したと思われる。

一番の可能性としては、機密資料48ーF(P76二行目から)内に示されているようにマイクロブラックホールを通過して何者かが出現したものがあげられる。

それから数時間のデータは観測されず。何らかの問題でデータが保存されていなかった可能性もある。他方で管理AIによる意図的な情報規制とも考えられる。

その後一度であるが破裂音発生後に緊急防衛システムが起動した。そのときにとられたログによると対個人鎮圧兵器が使用された模様。
その後システムは解除され関係部署に対してシステム検査のためとの文書が発行されている。

その後大きな混乱は発生せず朝を迎える。同時に鴉の正式配置が終了する。
詳細な調査を開始する。

異次元からの有害物質の侵入の可能性については資料K-32-Fを参照すること。

2 異なる次元からの対象が確認できた場合。 

混乱がなかったのは、住居人が説得に成功した、脅威を排除した、もしくは脅威によって排除された。のどれかに分類されると考えられる。

第一に我々にとって利があることは、住居人が説得に成功している場合であり、その場合は人道的に人権を保証すること(衣食住において十分なものとすること。精神的に保全を図ること。)により有利に対象の研究を行うことができると考えられる。場合によっては住居人をも対象にすることを提案する。
また、場合によっては技術提供を行うことなども提案する。
なお、目的としては技術を入手することなので交渉決裂時には非人道的にでも回収する必要性がある。
異次元からの細菌類の侵入の可能性もあるため対バイオテロナノマシンの頒布を完了させる必要がある。
交渉には交渉官の派遣を依頼する。

第二に我々にとってあまり、利が少ないと思われることは既に対象が脅威として排除されている場合である。
排除されていた場合は対象の体細胞を入手することによってクローニングを行った後、研究対象とする。
ただしこの場合は投資される金額に見合わない研究結果となる可能性がある。また、正しい研究結果となるかも不明である。

第三に我々に脅威となる場合は対象が住居人を排除している場合である。
住居人宅には技術局の粋を集めた防衛兵器が標準装備されている。(資料17ーWを参照すること。)

また同住居人が保有する優秀な管理AI(資料78ーDを参照にすること)が住居人の安全を維持している。住居人が排除され対象が存在している場合、必然的にすべての防衛兵器が効果を表さなかったということとなる。

その場合一般の警備部隊では歯が立たない可能性が非常に高い。都市防衛部隊、もしくは「GF」の派遣を検討する必要性もある。

この場合研究対象の確保は諦め鎮圧に当たる必要がある。ただし、あまりにも大きな部隊を動かすことは都市にとってあまりのぞましくはない。「GF」ならば迎撃可能か?要検討。

万が一の場合、視覚に入らない超遠距離からの狙撃がよいと考えられる。ただし、類似兵器も上記住居には搭載されているため学習され回避される恐れもあり。

以上危険性について述べていたが、対話できる可能性が高いことを念頭におく必要性がある。相手が対話を行う姿勢ならば攻撃や、妨害は極力避けるべきであろう。

我々にも、対象関係者にも益があるように説得が成功していた場合は様々な便宜を図ることができる体制を整えることを提案する。

尚とある情報筋によると連邦非加盟諸国。特にコメリカにおいて諜報機関の不審な動きがあるとの情報がある。万が一当情報が掴まれていた場合。対象が「招待」される可能性も否定できない。
その事によって連邦にとって不利益になる可能性も少なくはない。

当情報を知る人間は限りなく少なくすることが必須である。

故にこの情報は機密ランクSに指定する。この情報を確認することができるクラスは、対象部署主任権限以上を持つものとする。

技術局局長、以下管理三役。統括事務局長以下運営三役、人民局局長、以下統計三役。法務局長、以下法務執行三役。その他重要機関長、ないし三役は前項の規定の例外とする。

                 プロジェクトチーム 担当責任者 グリムジョー=アウスレーゼ




う~ん。こんな感じかな?


手早く現状から推測できるだろう事柄を列挙して報告書を完成させる。

これを提出すればあとは上の判断で動いていくことになる。

基本的に時空研が主導することになるだろうけれども、場合によっては他の課とも協力しなくいちゃいけないな。

作成した報告書を手にもって、椅子から立ち上がって研究課長の部屋へ向かおうとする。

そして扉の方に向かって歩き出して妙な違和感に気付く。

「ん?なんだ……。」

視界がぐらりと揺れる。

立ちくらみのような気持ち悪さを伴って世界が回り始める。

とっさに近くの机にもたれ掛かろうとするがそのまま、床へと倒れこんでしまう。

かなり大きな音をたてて倒れたにも関わらずに、誰も反応しない。

何人も詰めていた研究員は、皆男と同じ状態に陥っていた。

「クッ。」

これは……睡眠薬。さっきのお茶だったのか。

いったい誰が……。

そのまま意識が飛びそうになるが歯を食いしばって耐えようとする。

せめて、緊急を……。

どんどんと体から力が抜けて行く間にもどうにか、男は自らのポケットから出した筒型のものを壁に投げつける。

その筒型のものが壁に当たると同時にそれから煙が発生し、あっという間に部屋中に充満する。

どこかで警報音が聞こえ始める。

その音が男の耳に届いたかわからない。だが男の意識は深いところへと落ちていった。

------------------------------------------------------
チッ。

そんな舌打ちをする微かな音が聞こえてくる。

煙の充満した部屋の床に近いところで寝転がっている研究員から出された音だ。

だがこの部屋で転がっている研究員とは違い意識もハッキリしている。

よく調べてみればこの人間にかかっている認証カードは全くの偽物言うことがわかるだろう。

そしてその研究員は深い煙のなかに身を潜めながらこれからの事を考える。

……全く予想外の事をしてくれるよ。

本来だったら此処の連中がこそこそと始めたことのデータを回収して回収地点までいけばいい簡単な任務だったのに、あの男のお陰で滅茶苦茶だ。

こうなったら、もう安全とは言えないな。任務は失敗。
速やかに対象地点から撤収するしかない。

まだポイント6の研究員の姿をしているが、非常ブザーがなった時点で調べられることは確実。

こっちの足を捕まれないようにしないと。

煙のなかでさっさと着ていた研究員の服をさっさと脱ぎ捨てる。その行動に少しの躊躇もない。すると、そのしたには紺色のボディースーツが姿を見せる。

ボディスーツは潜入者の姿をエロスティックに表している。

……が煙にまぎれてその姿は余り見えない。

「ユニバーサルハイド起動」

その言葉と共に今までそこにいた侵入者の姿が消え失せていく。
辛うじて煙の動きでそこに何かがいると言うことがわかる。だがその動きもほとんど無くなる。

数秒後には一目見ただけではそこに侵入者がいると言う痕跡がなくなっていた。

それを確認した侵入者は音もなくこの部屋唯一の扉の横に隠れる。

そしてすぐに……。

数人の警備服を着た男たちが飛び込んでくる。

その脇を何事もないようにすり抜けてしまう侵入者。

騒ぎが起こっているのに乗じて撤収ポイントまで向かうようである。

案の定煙が充満していることと、研究員が倒れていることに気づいた警備員が館内全体に警報を鳴らし始める。

ここからは時間の勝負だな。

そう独白すると侵入者は音もなく技術局のなかを動き始める。

「緊急事態発生。時空研に侵入者あり。機密情報が漏洩した可能性あり。全職員ならびに研究者に対しレッドコードFを発令する。」

すぐに館内全域に警報が走って警報やら何やらが起動し始める。

すぐ後ろの通路も障壁が降りてきて隔離を始めるため、すぐ近くの通路へと飛び込んでブロックRへ移る。

そのように迂回をしながら目的地へと向かっていく。

館内の警備が強化されると、様々なところにおいて障壁が降りたり検問が張られる。

だがエージェントとしての身体能力をフルに活用して障壁が降りる前に滑り込んだり、ステルス迷彩の効果を遺憾なく発揮して、人や機械の目には写らないように進み続ける。

警戒が強化されている研究棟からなんとか脱出して脱出ポイントである一般解放されている第6展望台へとたどり着く。

が……。

まずいな。

そこにはすでに数人の研究員たちと警備服に身を包んだ男たちで封鎖されていた。

警備服の男たちはもちろん、何故なのかは解らないが白衣姿の研究員たちも思い思いの武器を持っている。

それが小型の電磁投射砲であったりとか、いくつもの小型ミサイルがつまれていると思われるランチャーとか、凶悪そうな機関銃のようなものや……。

正直言ってまだ警備員の持っているスタンロッドや、小銃の方が楽に見えてしまう。

果たしてどうやって脱出するか。

警備員たちは経験を積んでいるだろうが研究員たちは、こういう荒事に対しては全くの素人だろう。

ならば強行突破?いやはや。いくら素人相手でもあれだけの人数を相手に突破して脱出用気球で高速離脱するには危険がありすぎる。

銃器で狙われてしまえばいくら高速離脱できるものといえども撃ち落とされる可能性もある。

そう思ってふと外を眺める。展望台はかなりの高さにあり風を切るおとが聞こえてくる。ちょうどこの下は貯水地のようだ。

脱出プランBが思い浮かぶが出来れば遠慮したいものだ。

それでは、このまま隠れていればどうだろうか。

隠れて、ここの警戒がなくなったときに脱出。なかなかいいのでは?

上司から与えられたこのスーツは最長で40時間はステルスを維持することが可能である。
このまま隠れ続けていれば……。

そんな考えも生まれるがすぐに方針変換を求められる。

「対ステルス看破装置入ります。」

そんな声が聞こえてきたからである。

本国を信頼しないわけではないが何事にも絶対はない。

自分が捕まればこれに関与していることがわかってしまう。

そうすれば相手にうまい口実を与えることとなってしまう。

果たして貯水地へのダイブを行うか、それとも、ここで無理に脱出気球を使うこととするか。

……もう時間はない。

装置が起動されるのも時間の問題だ。

そして音もなく侵入者は柵を乗り越え外へと身を踊らせた。

------------------------------------------------------

「……なぜその事を。」

部屋に沈黙が走る。

俺はリュナの前に立って先輩の変態的な姿を見せないように壁となる。

「なに。技術局は多くの事を知っているんだよ。」

そういいながら先輩は変態的スーツの上に白衣を羽織る。……あまり変わらないが無いよりはましか。

そしてソファーにどさりと座る。そして、手で座るように指示をされる。

まさかこんなに早く出てくるとは……なぜ。

そこまで考えてひとつの考えが浮かぶ。

技術局はリュナに利用価値を見いだしたと言うことか?

異世界からの少女。知識や生活文化、細胞もすべてが研究対象だろう。

どうやって存在を知ったか何てとるに足らない。

今住んでいるのは技術局の実験住居だ。技術局がその気になれば調査するなんて簡単なことだ。
それに、自分達でさえ重力子がどうとかって言うことが分かったんだ。

専門家たちならば調査していてもおかしくはない。

そうなると……。ここで重要なのはどのような形で保護するかと言うことだ。

下手すれば技術局がリュナの身柄を拘束して実験漬けにする可能性だってなくはない。

少なくともリュナの意見が通るようにしなくては……。

覚悟を決めてソファーへと腰を掛ける。リュナも同様にして隣に腰を掛ける。

「わかりました。でも、最終的には本人の意思が尊重されます。そこは、解っておいていただきたいです。」

「ええ。分かっていますよ。さて。異世界からの少女。あなたの名前は?」

そういわれると、不安そうな目でリュナが俺を見てくる。

不安にさせちゃいけないな。

リュナの目を見て頷く。するとリュナは口を開いた。

「私の名前はリュナ。リュナ=ルオフィスです。」

「そうか。それではルオフィスさん。私たちにはあなたを受け入れる準備があります。」

そういわれていくらか考え込むしぐさをするリュナ。

「例えばどのようなことですか?」

「住居の保証、人権の保証、その他様々です。少なくとも住むのに困ることはなくなりますよ。」

「でもそれは、シュウヤがしてくれた難民と言う手続きで保証されるはずです。保証されること自体を条件に出されても、意味がないのでは?」

その質問に先輩はニヤリとして指を組む。

「これは手厳しい。ただ、難民の決定権もこちらが握っているのですよ。別に破棄処分にしても構いませんがね。」

高圧的な態度をとらざるを得ないと言うことか。でも……。ひとつ忘れていることがありますよ先輩。

「難民保護管理官執行規約により今のあなたの言葉のなかに公権力の行使による私意的な介入を窺わせる問言を確認しました。この事は連邦憲章によって禁止されていますがこの事に関してはどのようにお考えでしょうか。」

そういうとため息をつきながら先輩は顔の前で手を振りだす。

「まあ、建前上はということだ。実際としてはどんな手段を使ってでもそこの少女から技術提供をしてもらうと言うことが必要なんだよね……。腹芸は苦手なんだけれどもね……これも予算…っと。来たようだね。」

その言葉と共に扉がノックされて開く。

そこにいるのは一人の若い男だった。スーツを着こなしていて、いわゆるエリート官僚とか言うやつなんだろう。

「こんにちは。あ~あ。勝手に始めないでくださいよ。こっちにも順番って言うものがあるんですから。」

そう言って男は手に持った幾つもの資料をテーブルの上に置いてソファーに腰を掛ける。

「技術局交渉課の新藤です。今回の件についての交渉責任者です。よろしくお願いします。」

なんだか抜けているような雰囲気をさせているけれども、案外こういうやつが油断ならなさそうだな。

「さて。そこの人がハッキリ言っちゃいましたけれども、こちら側としては彼女の意志を尊重しつつ技術提供をしていただきたいと思うんですよ。」

もう隠す必要性はないのだろう。本題をズバリといってくる。

「その為に出せるものはありますか?正直この件で一番の保護権を持つのは自分です。それを引き渡せというならば彼女に対してそれ相応な対応をとっていただく必要性があります。引渡してそれでお終いなんて後味が悪すぎますから。」

その事を伝えると男は大袈裟に否定の形をとる。

「いえいえ。我々は身柄を引き渡せというわけではなく、Give and Takeの関係で居たいのですよ。
……我々は技術を提供していただく代わりに我々の技術を貴方へと提供することが出来ます。」

これだけだったら良さそうだけれども……。

リュナがそれに対して口を開く。

「それは、私を元の世界に戻すことが出来るということ?」

個人でダメなら組織ではどうかって言うことか。

でもいくら技術局でも……。

「それはわかりません。ただこちらの技術、人材その他を提供することは可能です。」

やっぱりな。

「……。」

「住居の方はこちらで指定した場所に住んでいただきますし、この街の治安レベルは最高レベルのものです。正直あなたにとってデメリットはないのではないでしょうか。」

……やっぱりそう来たか。まあ、あっちにとっては俺は必要ない存在。せいぜいおまけ程度だろう。

「……それはすなわちシュウヤの元を離れろということかしら?」

まあ仕方ないだろうな。

「そうです。残念ながらあそこでは安全を保証し切るのは難しいですから。」

「なら答えは簡単よ。私は……。」

次の言葉を固唾を飲んで見守る。

「この件はお断りします。」

な……。てっきり受けるものだと思っていたのにな……。

目の前のスーツの男がその回答を予想していたかのように口を開く。

「それは何故でしょうか。」

「簡単よ。信じられない。ただそれだけね。特に貴方みたいに腹の底で何を考えているか解らない人はね。シュウヤと比べたら天と地ほどの差よ。」

一日でそこまで信じられるか?普通。まあ、信じてもらえているだけいいとするか。

……って言うか、今のことからすると俺って分かりやすいのか?

リュナが言い放つとスーツの男は突然笑い出す。

「ククク。面白い人ですね貴方は。……仕方ありません。和泉さん。」

獲物を見つけたような目をしてこっちへ口を開く。

「なんでしょうか。」

「簡単です。貴方も一緒に来てください。まだ信じられる人が一緒ならばいいでしょう?」

その事にリュナが声を荒らげる。

「な……。シュウヤを巻き込む気?関係ないでしょうシュウヤは。」

それをいともしないようにして受け流す交渉人。

「残念ながら関係ありますね。一番近い保護責任者をこちらに取り込めば必然的にこちらに入らざるを得ません。今の貴方は和泉愁也を拠り所としているだけの人なんですから。」

リュナにたいして俺が足かせになっていると言うわけか。

「和泉さん。確か今貴方は……無職でしたね。ちょうどいいです。技術局にポストを設けましょう。そうですね……。これで行きましょう。」

このままではあまりよろしくない結果になってしまいそうな気が……。
なにも言えない自分が歯がゆい。

「すみませんが何を勝手に決めているのでしょうか。私は何も意志を示していませんよ。」

とりあえずも反論を行うが交渉人は聞く耳を持たない。

「いいのですよ。これは確定事項なのですから。貴方の意思は関係ありません。まあ、もしもどうしてもというならば……仕方ありません。こちらも諦めるとしましょう。ただ……。」

「ただ?」

「言わずともわかるでしょう。こちらは何としても未知の技術を手に入れたいのですよ。何としてもです。」

要するにここで断れば、正規の方法ではない手段に打って出るということか。

そういえば……。こっちにも一応切り札はあるんだっけ?

まあ、だめかもしれないけれども……

「……ところで、先輩。彼女が現れた原因ってわかりましたか?」

そう言って先輩に聞いてみる。

「残念ながらそれは調査中だ。それが何か?」

言外に関係ないと言う意味を持たせているんだろうけれども残念ながら関係ある。

「その資料がこちらにあるとすれば……どうします?」

それを聞いた役人の顔色がほんの一瞬だが変わる。

そりゃそうだ。異世界からの来訪者と関連性がある今までノーマークだったものの存在。

予想外だろう。

「……幾つかの条件を飲んでもらえれば、資料は引渡しましょう。」

あのプログラムがあったところで、世界を越えるとか言うのは詳しい知識がない俺にとってはどうしようもないことだろう。
それに、いくらでもコピーは作れるからな。

「その資料の価値にもよりますね。」

よし。とりあえずは聞いてくれるらしい。あとはどれくらいの価値を持たせるかだな。使い方によっては役に立たないものになっちまうからな。

「彼女が現れたときに動作していたプログラムのデータです。100%関連性があるデータと思われます。」

それを聞いた先輩の顔が百面相のように変化する。

「その根拠は。」

「プログラム中に発生した現象、並びに残ったログのデータからです。」

スーツの男は指を組んで考え始める。そして直ぐに顔を上げる。

「ダメですねお話になりません。もっと他のものがなくては……」

……やっぱりダメか。興味はありそうだけれども、もっと直接的なもので気を引かなくちゃいけなかったか。

こうなったら、こっちの要望は飲んでもらえな……。そういえば……。まだあったな。興味が出そうなものが。

「ならば……。彼女が放った電撃に関するデータも必要ないということですね。」

ポツリと言ってみる。

果たしてこれが使えるかどうか……。

「な……。ちょっと待ってください……。」

そう言うと急に交渉人は黙りこんでしまう。果たして効果はどれほどになるかな……。

「電撃を受けた時のバイタルデータも付けておきましょうか。」

あちらにとってはリュナが持つ技術は研究対象だ。これで釣れるかどうか……。

「……いいでしょう。それでそちらが望むことはなんですか?」

乗った。

喜びをできるだけ顔に出さないようにしながら要求を提示する

「なに。簡単ですよ。リュナに対して絶対に危害を加えないという確約、並びにリュナがこの都市……じゃなくて世界で暮らしていくことが出来る確約。それに付随する各種権限の貸与、もしくは授与……それから。」

これが一番重要だ。

「技術局からの技術提供並びに彼女の帰還に関する協力です。」

「帰還ですか……。」

「残念ながら私個人の力では彼女の帰還についてできることは皆無に近いです。」

「わざわざ金の卵を産む鶏を返すと?」

「いえいえ。金を生む研究になるんですよ。今までに誰もやったことのない分野の問題です。何処にそれがあるかはわかりません。その目標の終着点にリュナの帰還という目的があるだけです。」

「……。」

考え込んでいる考え込んでいる……。さてどうなるか……。

言っている内容はさっきの内容と殆ど変わらない。
だが、リュナの身の安全の保証や対応のされ方がこれで少しは変わったと思う。

「……リュナ=ルオフィスさん。貴方の難民保護認定を受託し、それから技術局時空間研究科第4分室へお迎えします。それから、和泉さん。それでは貴方は今日付けで彼女付きの難民保護管理官兼、時空間研究科第4分室付き研究員に就任させます。リュナ=ルオフィスの補佐を全力で行うこと。その為には我々も協力は惜しみません。」

「それはつまり……。」

「データの方は、迎が来たときに渡してください。それから、管理AIも一緒に連れ出してください。しばらくは戻れないと思うので私物の整理もしておいてください。……私は利を取っただけです。それ以上でも以下でもありません。それでは失礼。」

そう言うとすぐさま立ち上がり部屋から出て行った。

「ねえ。シュウヤ……これって……。」

「……わるい。勝手に交渉の道具に使ってしまったな。」

「いいのよそれは。使えるものは使うって言うのが基本なんだから。聞いている限りだと、そこまで問題がなさそうな内容だったし。」

「フフフッ。仲睦まじきことはよいことで。」

そう言って立ち上がる先輩。そういえばなんでこの人がいるんだ?

先輩の所属は時空間研究科とかいうところじゃなかったはず……。

「なに。たまたま協力が来ていて一番暇だったからだ。」

なんで俺の言いたいことがわかるんだ?先生にしても先輩にしても。

「どうして分かるのかって……。こいつ顔に出やすいからな。あんまり嘘がつけない性格なんだわ。さっきのも顔に出ていたし……。正直見ているこっちがハラハラしたわ。」

最初のセリフを俺に向かっていってあとのセリフをリュナに向かって言う。

「そうなんですか。シュウヤは顔に出やすいのね。……ありがとうございます変態さん。」

その純真無垢であろう言葉は先輩の心を大きく抉った……様に見える。

「ああ……。自己紹介していなかったね。牧原つかさだ。愁也の先輩に当たる。『技術局の常識人』って呼ばれているんだ。よろしく。」

常識人(笑)。まあ技術局自体が変人の巣窟だから……あながち間違いではないと思うけれども……。

脳裏に技術局へ就職していった知り合いが思い浮かぶ。

いつも「俺の右手が……疼いている……。」とか言っていた重機専門のエンジニア。
「我輩のハイスペックチート頭脳でこの世界を……。」とか言っていた演算技師。
「な……。なんで魔法がないんだよ。……これじゃハーレムが……。」とか毎度のように言っていたネットワークエンジニア。
etc.etc.


……みんな優秀なんだけども、やっぱりまともな人居ないかも……。

「……まあ、本当の常識人だったら恥ずかしげもなくそんなかっこはしませんよ。」

「なに!この『超ユニバーサルなステルススーツ MK2』になにか文句があるのか?」

まあ、名前とその体にピッチリ過ぎる形状には……。

今まで羽織っていた白衣を脱ぎ去りボディースーツを露にする。
体の線がバッチリと現れるため意外に筋肉質な体が見てとれる。

リュナが隣で「キャッ」っていいながら顔を指でおおっている。その隙間から蒼い目が見えている気がするのは気のせいだろう。

……多分。

あんなことやこんなことを考えているわけはない……はずだ。

純真無垢なこの子が技術局の魔の手にかかって……。そんな事はさせない。絶対に。

「とにかく、これはどんな環境においても潜入ができると言う優れものなんだぞ。これにどれだけの金が掛かっていると思う?」

どれだけかかっていても、もとは税金なんだよな……。おれ達の。
そんなのに金はかけなくていいですから、もっと普通に使えるのにしませんか?

「……まあいいです。とりあえず今日はもう帰ります。必要書類とかは明日持ってきてもらえるんですか?」

「ああ。そこのところは大丈夫だ。明日の朝10時くらいまでに私物を揃えておいてくれれば、スムーズに行くことができるな。詳細なデータはあとで自宅の方へ送っておこう。」

「分かりました。ああ。あとそれから誰か女性の研究者の方で手が空いている人っていません?出来ればリュナの私物を揃えてしまいたいので。」

納得したようにうなずいてボディスーツに付いているポーチから小型の端末を取り出してそれを振る。

「それならば俺の義妹を呼ぶとしよう。確か撮影が終わればフリーと言っていたからな。」

何でもいいんですけれども、それを出したところが……。少々卑猥なんですけれども……。

そんな思考を打ち切って部屋を出ていこうとする。

「それじゃよろしくお願いします。……あ。そうだ。経費とかって出ます?」

後ろの方はあまりリュナには聞かせられないので小声で聞く。

女の買い物は高いって聞いたことがあるからな。下手すればこれからの食費やらが大変なことに……。

「技術局時空間研究科第4分室の名前で申請すれば経費でおちる。まあ、それ以前に難民登録されているから証明書出せば良いんじゃないか。」

ああ。そうか。だったらきちんとやってもらってから行かないとな。

「ありがとうございます。それでは失礼します。」

そう言ってリュナを伴って部屋を出る。

一歩、二歩歩き始めたとたんに足ががくりと崩れ込む。

隣にいたリュナは驚き声をあげてすぐそばに膝をつく。

「シュウヤ。大丈夫!」

「ああ。大丈夫だ。あんな交渉を行うなんて思ってもいなかったからな。あとになってから怖くなっちまって。」

「もう。心配させないで。」

そう言って笑顔で手をさしのべてくる。その手を握ってしっかりと立ち上がる。

もっと華奢かと思っていたけれども、結構力あるんだな。

この笑顔を見ることができるんなら交渉を頑張ったかいもあるってことだな

そう思いながらしっかりと足をつけ廊下を歩き始めた。



[17562] 【どこかであったかもしれないIFエンド】 思いは永遠に ある男の手記
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:65afd3ff
Date: 2011/06/22 21:50
2148年4月1日
彼女がこの世界に現れてから今年で18年が過ぎた。
18年。
この月日は子どもが大人になるまでの月日と同等であり、また大きな変革の月日でもあった。
多次元世界理論による異世界の認識にはじまり、「魔法的科学技術」通称魔術が異世界の知識により確立し、地球人で初めての「魔法的科学技術取り扱い技師」通称魔術師となったこと。
その理論研究中に彼女が帝国、旧名称連邦非加盟諸国コメリカに招待という名の誘拐事件は生々しく記憶にのこっている。
彼女を学術研究技術都市防衛部の特殊部隊と共に奪還しに行ったあの緊張感は忘れることは出来ない。
そして、そこから始まった長きに渡る戦いの日々も。

2130年12月24日

この日を誰も忘れることは出来ないだろう。聖母マリアから救世主キリストが生まれたとされる日。

地球上での最後の世界戦争。第三次世界大戦の始まりであった。

連邦非加盟諸国コメリカからの一方的通達は我々地球連邦を脅かすものであった。

「我々コメリカは真の世界平和を目指すために、連邦非加盟諸国のリーダーとしてここに帝国の樹立を宣言し地球連邦に対し宣戦布告を行う」

その数分後には連邦と旧名称連邦非加盟諸国ポーチュナとの間の勢力境界線監視基地を重力子収束砲で破壊。大規模な侵略行為が確認されることとなった。

帝国は破竹の勢いで各地の主要都市を攻略していった。
最大侵略時には連邦の75%が帝国軍によって制圧されることとなった。

学術研究技術都市もその力の暴力に耐えることは出来なかった。

最新鋭の都市外周兵器は鉄の嵐とも思えるほどのミサイル飽和攻撃に耐えることも出来なかったし、都市防衛部のパワードスーツでも数の暴力には耐えることは出来なかった。

かくして帝国の手に渡った学術研究技術都市であったが技術局の変態たちはそんな事では諦めなかった。何とかして奪還しようとしていた。

たしかに帝国軍の都市制圧は自分たちから見ていても見事とも思えるものであった。

無抵抗の市民には手を出すことはないが反抗の意思を見せたものには容赦なくその牙を向く。
移動手段、通信手段、インフラ設備すべてを破壊しながら重要拠点を制圧してゆく。

私たちがいる都市中央部の技術局を残しあっという間に制圧をしてしまった。

一応戦争の規則なのだろうか帝国軍は圧倒的な武力全てを技術局へあわせながらも降伏勧告を行って来た。

本来ならばこれ以上の被害を出さないためにも入り口を開放して降伏を受け入れるのが当たり前なのだろう。

帝国軍の司令官もそう考えていたかもしてない。

実際のところ技術局が下した決断はcode0000

すなわち敵に研究データがわたらないようにするということだった。

別にこれは正しいことだと思う。ここの技術が使われれば被害が増えるのは分かりきっているのだから。

しかし……。技術局にもともと仕掛けてあった自爆装置を起動させるのはやり過ぎだったと思う。

局員がすべて非常通路で退避したあと研究データを万が一にも回収できないようにこの世から消し去る。

合理的であるが危険性が高いものであったはずだ。

そもそも技術局は学術研究技術都市の中心部に位置する場所にある海底岩盤に接触する形で立っており、その他の部分居住区や商業施設がある場所周辺は強靭な海底に引かれたワイヤーで固定されている、いわば浮島のようなものだ。

普通だったらそこを破壊すれば他の市民に影響が出ることも分かっているはずで設計コンセプトに入れないはずである。

だが、技術局局員はいろいろな意味で変態だった。

それについては詳しくは語らない。

なにはともあれ技術局は見事なまでに爆散しその周りにある程度の勢力をまとめていた帝国軍にもある程度の被害を与えることになった。

そして最悪にも海底岩盤を支えていたケーブルは爆発の影響で破壊されてしまった。

その結果として浮島を支えていたものが崩れ一気にバランスが崩壊することとなった。

学術研究技術都市は幾つものブロック構造の集合体である。つまりそれがすべてバラバラになったということである。

そして、学術研究技術都市崩壊が示すことは、彼女をもとの世界へ返すための装置となりうる物すべてが消えて失せたということになる。

もしこのことがなければもっと早く。それこそ数年で帰ることができたかもしれない。

だが起きてしまったことはもう変えることは出来ない。必要なときに必要なことが分かっていれば変えることはできる。でもそれは難しい。

だから、この記録を残す。IFの世界があればその世界へ可能性を託すために。

学術研究都市から辛くも脱出した私たちは幾つものグループに分かれ連邦の中心部でもあるアルプスへ向かった。

彼女とも一緒のグループで脱出をしたが途中帝国軍の追撃を受けた際に別れてしまった。

この後彼女に会うことができたのはそれから数年後のことであった。

再び彼女と出会ったとき私は彼女の変貌ぶりに驚きを隠すことが出来なかった。

何もかもに夢中であった彼女。朗らかでその笑顔に和んだこともあった。

しかし、再びあった彼女にはその欠片も残ってはいなかった。

何もかもに無関心となり自分の殻に閉じこもってしまった彼女。

何が悪かったのであろうか。

帝国軍の追撃を受けた時に手を離してしまったことか。
それとも目の前で彼女の誘拐を止めることが出来なかったことか。
なによりもあんなプログラムを産み出してしまったことなのだろうか。

解らない。

それから数年に渡る献身的な介護の結果として彼女に喜怒哀楽の感情が戻り表情も柔らかくなった。

その代償としてか彼女は自分に依存するしか無くなってしまっている。

四六時中とはいわないがそれでも殆どの場合は自分から離れることはない。

無理にでも離そうとするととたんに悲鳴を上げ始める。

私たちは彼女をこの世界から元の世界へ返すということを改めて誓った。

それからというものの私たちの仲間、元技術局のメンバーは帝国軍に見つからないようにして秘密裏にアルプスの地下に時空間干渉装置を創り上げていった。

材料はないないづくし。

帝国の侵略の手は着々と伸びつつあった。

帝国軍の補給基地から必要な物資を命がけで拝借したりいろいろなことをした。

そのなかで数人の命を手にかけたこともあった。

人の命は地球より重い。

この言葉は誰が言ったのだろう。

この戦争を通じてわかったことはあのフレーズは戦争が小康状態の時に言われるものだと。

人の命は利権より軽い。

多分こう言うことなのだろう。

こうして隠れている間にも様々なことが耳に入ってくる。

いわく帝国上層部内でもコメリカ派とポーチュナ派その他幾つもの派閥に分かれている。

そしてそれらがどこの支配をするかでもめている等々。

帝国上層部がもめている間にも着々と連邦は反撃体制を整えてゆく。

技術局のメンバーが集まったことによって作られた魔術兵器とも呼べるクラスターバスター。

魔術の元も言える魔力の永久機関的な性質を生かしたエンジンを積んだ空中要塞グレイプニル。その派生機グレゴール、イリスタ。

戦乱は泥沼状態にあった。

そして今ようやくこれまでの苦労が達成しようとしている。

彼女を元の世界へ戻すための準備が整ったのだ。

18年かかったがようやくこれまでの苦労が実を結ぶ。

多くの仲間達の思いが完成する。

だが、時間はない。

帝国軍はここで何かの兵器を開発していると思っているらしくすでに圧倒的兵力がこちらに向かってきている。

本当はこれを記す時間も惜しいくらいだが記しておかなくてはならない。

あと1時間ほどでここに帝国軍がやってくるだろう。もうすで起動準備も終わり起動後の心配をしなくてはならない。

これが帝国の手に渡れば利権争いをさらに激化させるものとなるだろう。

だから、リュナを送った後は破壊しなくてはならない。

一応技術局の局員だしな。やっぱりアレをするしか無いだろう。

リュナは薬で眠りについている。

このまま目が覚めればどの様な行動に出るかも解らない。

依存させてしまった上でこの行為は無責任としか言えないだろうがどうしようも無い。

こんな縁もゆかりもない世界で死なせるなんてさせてはならない。

だからなんと思われようともこの世界に連れ込んだ自分が責任を負わなくてはならないだろう。

……だから一緒にリュナと飛ぶ。

それはこの世界に対して不義理を働くということになるが仕方ない。どちらかしかとることは出来ないのだから。

依存する前ならまだしも依存してしまったリュナを元の世界へ返したとしても。自殺するのが落ちだろう。

……そんな事はさせない。連れてきてしまったことでリュナの運命を変えちまったんだ。それの責任をとらなくてはならないだろう。

さて。そろそろ時間だ。

この手記はリュナの帰還のためのゲートがひらくと同時に粒子データとして飛ばされることとなっている。

不確定空間に跳ばされた粒子データは不確定空間にアクセスを行い、確定空間にて誰かが読み取ったときに初めて元の形を取り戻すが、
第五次元とは文字通りの不確定な空間でありその接続場所は確定していない。

だから、まったくの異世界のものがこの文章を読んでいるかもしれないし、もしかしたら平行世界のリュナを呼び出してしまった自分が読むかもしれない。

もしもこの手記を受け取った人がまったく関係ない人ならば訳もわからない謎の文として捨ててしまうかもしれない。それでも構わない。

だが、自分が生きた証として以下のデータを添付する。第五次元空間へのアクセス手段についてのものと、それの基礎理論についてだ。

確率は低いがもしも平行世界の自分へ届いた場合のために詳細なデータや帰還装置についても記録を添付しておく。

これらはすべて私たちの血と汗と涙の塊だ。自分はこれを汚してしまうがこのまま捨ててしまうのでは皆に対して申し訳が立たない。

願わくば正しい使い方がされるよう祈りたい。

添付ファイル

第五次元空間へのアクセスに関する設備等

基礎理論A
基礎理論B
基礎理論C

詳細データα  pass 姉の名前
詳細データβ pass 彼女の学校名
詳細データγ pass 彼女のフルネーム
帰還装置設計図 pass 彼女の魔法特性

                  地球連邦技術統括本部兼、学術研究技術実験都市総本部時空間研究科魔法的科学研究所副所長 和泉愁也



[17562] 異世界からやってきた細菌によって人類は全滅したりするのだろうか?いいやそれはない。
Name: 書との契約者◆a772b41e ID:8c55c45c
Date: 2011/06/22 21:57
「失礼しま~す。トーカイトンボ高速輸送です。お荷物の受取に参りました。」

昨晩から急ピッチで仕分けしたダンボールを積み上げていると荷物を受け取りに来た業者の声がする。

「フローラ。開けちゃっていいよ。」

ダンボールを運ぶ作業で忙しく開けている暇はなさそうだ。

はいはい。そんなフローラの声がすると、ガチャと言う音がして玄関のオートロックが解除される。

「トーカイトンボ高速輸送、高速輸送支援班のダニエル=オスカーです。お久しぶりですね和泉先輩。」

そんな懐かしい声と共に現れたのは大学時代同じ部活の後輩だったダンであった。

身長は平均くらいだが、その顔は老けて見えるせいなのか本来の年齢よりもかなり上に見られてしまうというあまり笑えない顔の持ち主だ。
高校時代は何かの用事でスーツを着ると学生ではなくカンペキに大人としてとらえられてしまったらしい。

そんなダンもトーカイトンボの制服を着ると多少老けて見えるけれどもそれでも許容範囲内の様に見える。

「久しぶりだなダン。早速だけれどもそこに積んである荷物を運ぶのと、大きな家具の移動をお願いしていいかな。」

今しがた詰めたばかりのダンボールにテープで封印をしながら指示を出す。
その指示にダンはうなづくと直ぐに一緒に来た部下らしい作業員に声をかけ始める。

指示を受けキビキビと動き出した作業員の動きは早い。

直ぐに玄関に積まれていたダンボールを運びだすと、壁や廊下に傷をつけないようにするための保護素材を取り付けていく。

さすが専門家といったスピードでみるみるうちに終了して次の作業へと移っていく。

俺もこうしてはいられないので自室に戻り荷物の仕分けを開始する。

とは言っても、氷漬けになって解凍された部屋から運び出せるものは余り無い。

せいぜい機密性の高いクローゼットの中にあった服とアーチェリーの道具、漢の浪漫と言う名前の超気密性金庫にしまわれていた若干の宝物……。

他のものは氷漬けになった際に破損するか解凍されたときにグチョグチョになってしまった。

前の二つはすでにダンボールに放り込んでいるがこれはどうしようか……。

金庫を前にしてどうしようかと悩む。

悩む……。悩む……。

金庫の解除キーを押して暗証番号を打ち込む。それからダイヤル式の鍵を解除する。

ガチャッという音を立てて扉が開かれる。そこに鎮座するのは……。

「シュウヤ!これはどうするの?」



体中の血の気が引いて、開いたばかりの金庫を勢い良く閉める。

開けられた途端に閉められたことに文句があるようにピピッと言う小さな音を発する。

自分の心臓がものすごいスピードで脈打っているのが聞こえる。

「ど…どうしたんだ?リュナ?」

いきなり声をかけられたことにびっくりしながら後ろを向く。
それにしてもいつの間に来たんだ?扉は閉めていたはずなのに。

「なんだか、顔色が悪いみたいだけれども大丈夫?」

よほど変な顔をしていたのかリュナが覗き込んでくる。

その瞬間に耳が急に熱くなるような感覚がする。

「いやいや。大丈夫!大丈夫!それよりもどうしたんだ?」

動揺を気取られないようにしようとするが声が震えている気がしなくもない。

「そう?え~と。これはどうするの?」

リュナが差し出した手には床の間に飾られていた壺が握られていた。

その壺は祖父からもらったものでウソかホントかは解らないが清王朝の時代のものであるらしい。

「ああ。それは保護材に包んでダンボールだな。俺もそっちへ行くよ。」

そう言ってリュナを部屋からさり気無く離す。

なんとなく気まずいからな……。

漢の浪漫。

その中身は金髪碧眼の美女のあられのない姿……。絶対に知られたくはない。

壺を持って部屋から出るとちょうどリビングからソファーが運びだされているところであった。

「ダン。悪いんだがそこの部屋の中にある金庫も運んでおいてもらえるか?」

これ以上部屋においておくとなんだかんだで運び出せなくなるような気がしてしまう。

わかりました。

その声を聞きながら今はリュナの部屋となっている和室へ足を踏み入れる。

部屋の隅にはリュナの几帳面さを示すかのように昨日買ってきたばかりであるはずの日常生活品が並べられている。

一度壺を床の間に戻して押入れの中にあるダンボールを探し出す。

そして、緩衝材を壺の周りにつけて割れないようにしてからダンボールに入れて他のものと一緒にしておく。

ざっと部屋を見回してみるがもうダンボールに入れるべきものはなさそうだな。

さてと……。

懐にある携帯端末を取り出して時間を確認してみる。

9:55分か。

確か10時に来るとか言っていたよな。

昨日の夜にメインPCに届いていた約束の時間をもう一度確認する。

「フローラ。移動の準備はできた?」

引っ越すに当たって今まで貯められていたデータの取捨選択の他にフローラ自身のデータの移動もしなくてはならない。

「う~ん。大丈夫。あと五分もあれば全部終わるわ。……データロムの取り外し完了ね。」

お!もうデータロムの取り外しが終わったのか。直ぐに梱包しないとな。

和室から出て家具を運び出しているトーカイトンボの作業員の後ろを通ってリビングへ向かう。

リビングの壁の部分は普段は隠し扉のようになっていて見えないが内側には管理AIの本体とも言えるロムチップと保存領域であるデータロムが格納されている。

その部分が今は解放されていて中のデータロムの回収ができるようになっている。

さすがにまだ本体であるロムチップの方には触れないように厳重に保護されている。

「すみません。データロムの保護材はありますか?」

さすがに手持ちの保護材では足らないようだ。ここに住んでから8年。それより前のものもあるからかなりのデータロムがささっている。

「ねえ。シュウヤこれって何?」

リュナは興味深そうにデータロムを見つめている。

彼女の世界は聞くところには中世前後の工業レベルなのでこのような記録装置は皆無だろう。好奇心の塊であるリュナが気になるのも仕方ないだろう。

「これはデータロムって言うものでこの中に記録……例えばどこかへ行ったときの思い出とかそういうものがたくさん詰まっているんだよ。このデータさえあればかさばる紙をどうにかする必要もなくなるからね。ここでは普通に使われているんだよ。」

最も、本当に大切なモノは紙でやるんだけれども。

「へ~。そうなんだ。」

そう言っていろいろな角度からデータロムの観察を始めるリュナ。

使っている自分でもどうやって作っているか解らないからな。ほんと。どうやって作っているんだろうな。

トーカイトンボの作業員たちがすぐに保護材を運んできて、手早く梱包を始める。

その速さは、素人の自分たちがやるよりも効率がいい。

そんなわけでそこを任せて他にまとめていないものがないか確認をしようとしたときフローラから声がかかる。

「シュウヤ。移行終了よ。これから待機モードに入るわね。」

「了解。」

その受け答えが終わった瞬間にすべての管理AI直下で動いていたセンサー類が沈黙し、フローラの手からこの家が離れた。

ロムチップを梱包しているトーカイトンボの作業員の横で、規定された手順に従ってフローラのすべてが入っているロムチップを格納容器に封印する。

それと同時に万が一の補助系統ともいえるサブチップも別容器に保存する。

その作業が終了するのと同じくらいで来客を示すブザーが鳴る。

時計を見てみるとちょうど10時を差しているところだ。

時間キッカリ。ご苦労様ですね。

そうしながら扉を開けるとスーツ姿の男と2人の白衣をきた男女が立っていた。

「技術局人事特務課の斉藤です。和泉愁也さんとリュナ=ルオフィスさんで間違いはありませんね。」

初めにスーツ姿の役人と思われる男が自分とその後ろのリュナを見ながら確認を取ってくる。

それに肯定の意を示すとすかさず白衣をきた男女が「失礼します。」といってこちらにスキャナーのようなものを当ててくる。

リュナはそれを見てあまりいい顔はしていなかったけれども、それでも我慢してくれていた。

「取り敢えずは問題ありませんね。失礼しました。」

そう言って白衣の研究者たちは道具を片付けて役人の後ろへと下がる。

「本日現時刻よりお二方を技術局時空間研究科第4分室へご招待します。それでは時間も押していますのでどうぞこちらへ。」

鍵をダニエルに渡してあとのことをすべて任せてしまい手荷物を持って斉藤さんと二人の研究員についていく。

「自分は時空間研究科第3分室の八代っていうんだ。こっちが第2分室のマクダウェルさん。」

歩きながら男の研究員が自己紹介を行う。

「エミリー=マクダウェルよ。しばらくは私たちが技術局内でのフォローにつくことになっているわ。よろしくね。」

シルバーブロンドの髪の女性研究員が車の扉を開けながらフォローを行ってくれることを言ってくれる。

技術局は変態が多いって思っていたけども、偏見だったのかな?

技術局から回された車に全員が乗り込むと音もなしにゆっくりと走り出す。

リュナはそのことに感動しているのかその口から思考がダダ漏れしている。

「すごいすごい。車を引く動物もいないのに動き出すなんて。こんなにも早く動くのに音も揺れもまったく感じないなんて……。」

その言葉を聞いた八代研究員は首を横に振って話し始める。

「いえいえ。ルオフィスさん。そんな事はありませんよ。この車は次世代型のエンジンを使っているのですがまだまだ問題点が多くて本来なら数字上ですが9%ほどの振動の軽減がなされる予定なんですよ。使われている素材は……」

ああ。そういう方向のオタクか。別に問題はないけれども。

「ごめんなさいね。彼自分の趣味になると止まらなくて。昔は動力工学を専攻にしていたらしいんだけれどもね。……。」

動力工学を専門にしていたのになんで時空間研究なんていう部署にいるんだ?

そんな疑問を抱きながらも車は幹線道路を抜けて研究地区へと入っていく。

これから向かう先にあるのは技術局付属最先端医療研究センター。

部屋のセンサーで簡易的に体質を調べたりはできたが、さすがに詳しいこととなるとそれなりの専門機関でないと難しい。

また、異世界から来たリュナにとってこちらの病原菌に耐性がないというおそれもあり、その逆もあり得る。

たぶん今頃はかなりの規模で消毒活動が行われているんだろうな。

少しだけ苦い顔になるがそれを押しとどめておく。

昨晩届いた資料の中には異世界からの細菌類があるかもしれないという可能性を示す物があり、リュナについても書かれていた。

少し考えればわかるはずなのに何も考えなしで連れだしてしまった自分が悔やまれる。

SF小説とかだと未知の土地からの病原体でその土地がほぼ全滅状態となる設定がよく見受けられる。

誰でも思いつくようなことなのにそんな事も気に留めていなかったとは……。

まあ、最悪リュナが感染症にかかったとしてもそれを治すだけの技術もあればバックアップもある。

まあ、その逆は結構危ないけれども……。

そこまで考えてふと最悪な考えが浮かんできてしまう。

……今一番危険なのって俺じゃん。濃厚な体液交換もしてしまったし……。

……多分大丈夫だ。ついでに検査をしてもらおう。

そんな事を思っていると車は厳重に守られたゲートを抜けて目的地である最先端医療研究センターに到着する。

センター前の入口と思われる場所はこれから自分たちを受け入れるためなのかバイオテロの現場や映画で観るような真っ白なテントが張られている。

そしてその周りには消毒液と思われるものを撒いている防護服を着た職員の姿も見受けられる。

「あそこにいる人達は、過剰に反応しすぎな気もするのよね……。」

窓の外を見たマクダウェルさんがポツリと呟く。

「自分としては、貴方達が何も防御していないのが気になりますけれどもね。」

自分は何もしないうちに手遅れだったけれども、ついさっき出会ったばかりの人たちならば防御しているのは当然なのではないだろうか。

どんな危険性があるのか解らないのだから。

「別に大丈夫よ。私は生態細菌学が専門だけれども、この都市内では余程のことがなければ危険な細菌は増殖は出来ないのよ。」

それはいったいどういう事だ。細菌が増えることがないなんてそんな事はありえないだろうに。

「まあ、一般には知られていないでしょうけれども都市内には対バイオテロ用のナノマシンや、健康管理用のナノマシンが大量にばらまかれているのよ。」

そう言うと懐から携帯端末を取り出して情報を投影し始める。投影されたものは都市内で使われているナノマシンの一覧表であった。

「まったく知られていない細菌を発見した場合は対バイオテロ用のバイオマシンがそれを解析、シミュレートを行って適切な対応を行うし、季節性の流行風邪とかは健康管理用のナノマシンが適度の調節を行うようになっているわね。」

季節性のインフルなどが完全に消えてしまうとそれに対する耐性が全くなくなってしまうので、適度に流行を管理しているらしい。

なんともまあ……こういう裏話を聞いてしまうと人間ってやっぱり管理されているんだなって思ってしまうな。

そんな話をしているとすべての準備が終わったのか車の扉が開かれる。

ふと気づくとリュナは防護服で完全防御している人たちにおそれをなしているのか、キュッと腕を掴んできている。

まあ、当たり前か。

「大丈夫か。無理しなくていいんだぞ。」

そう声をかけるが、それに対してリュナは首を振って少し上目遣いでこちらを見てくる。

「大丈夫よ。それにシュウヤも来てくれるんでしょう。」

それもそうだな。

防護服を着た職員の指示に従ってテントに入って検査服に着替える。

リュナの着替えに関して一悶着あったようだがここでは特に語る必要性はないだろう。

さして時間もかからずにセンターの中に案内され最先端技術の塊によって検査が開始されることとなった。



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あとがき
皆さんお久しぶりです。昨年11月に祖父が肺癌のため永眠してからまともに筆をとる機会が少なくなっていました。
エイプリルフールに書き上げた偽最終回はあまりにも拙いようなものだったと思います。
小説にしても、小論文にしても書かなければ下手になるとはよく言われるものでそのことを痛感している自分がいます。
文章表現などの面で厳しいお言葉があるかもしれません。
感想に書いていただければ直すよう努力するつもりであります。
時々筆が止まってしまうこともあるかとは思いますが、物語を進めていきたいと思います。
どうかよろしくお願いします。

追伸
考えてみると微妙な性的描写があるにもかかわらずに注意書きを書いていなかった。一番上に追加しておこう。


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