<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[17557] 【習作】散り続ける桜のように(転生→D.C.Ⅱ)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2014/05/09 19:58
はじめまして
クッキーと申します
様々な作品を読ませていただき私も書きたいとの思いから転生ものを書かせていただきました
この小説は処女作であると同時に注意点がいくつかあります

1、この話はDCⅡ転生ものです、え?なんでとらハじゃないの?と言われても土下座することしかできませんORZ

2、テンプレが多く含まれているため、もう飽きてるよー、もっと斬新なのを求めてるんじゃー><という方には厳しい戦いになってしまうと思います

3、原作と比べストーリーや口調がおかしい所が多々出てきます、独自解釈とかありえへんやろ、あれ口調違くね?原作ちゃんとやったの?みたいなことに苦しみます

4、ハーレムにはなりません、は、ハーレムじゃ……ない……だと!?な人にはごめんなさい、技術が想いについてきません

5、眼鏡をかけたクラス委員長の扱いが適当です、うちの嫁になにしてんじゃあああああああああな人はオススメできません

6、俺TUEEEEEEEにはなりません、ジャンルが違います

7、各話のタイトルは作者の妄想が漏れ出しただけであり、作中の話とはなんの関わりもありません、ちょっ!おまっ!!ってタイトルがあると思いますがスルーしていだだいた方が心にやさしいです

8、最後に作者の実力不足のため、文章が拙く、語法や誤字脱字がおかしい点が目立つと思います、おいおいあんちゃん分かってね~な~、ここはこうやって書くんだよ、と教えてもらえれば助かります

長くなりましたが、以上の事を気にしないよ~な人から、なんとなく覗いた人の時間潰しに役立てれば幸いです。
















 ちょっとしたメモをば

 書き始め2010年6月23日

 最近の出来事

体調も落ち着いてダカーポフォーリングラブを買ったのはいいのですが……過去に書いたものの時期が違うと分かりあわわなう……



[17557] 1話 『桜』
Name: クッキー◆09fe5212 ID:5736e323
Date: 2014/02/27 20:59
 どこから話せばいいのやら、事故や不治の病、とんでも設定なら隕石でもいい
俺が死んで今に至るなら、まぁ百歩譲って認めてやる
だけどなんだ、ただの学生が眠った次の日にこれって有り得ないだろ。

「あらあら、起きちゃったの?」

 ガタガタと振動が伝わる、エンジン音がすることからもここは車の中だろうか
声が聞こえる方に顔を向けるとにこやかに覗く女性が見えた。

 あれ?

「相変わらず可愛い子、目元なんてあたしにそっくり」

 ただ問題なことに、うふふふと声を漏らすこのお姉さん?を俺は知らないし
そもそも可愛いなんて言われたためしもないのだから俺は首を傾げるしかない。

 そういやなんで知らない人の車に乗ってるんだったか。

 ボーっとする頭を働かせるが答えは出ない。

「もうすぐあなたの新しいお家に着くわ」

 なんて言ったんだ?新しい家って聞こえたんだけど。

 揺れる座席が妙に大きく感じるがそれどころじゃない。
 
「今度のお家は広いわよ」

 にっこりと笑顔を向けて来るお姉さんを見て本気で焦る。

 いやいや、俺一人暮らしですから、月3万の良物件で満足してますからね、しかもロフト付きですよ!?

 と伝えようとするが

「それにしても芳乃さんには感謝しても仕切れないわ」

 誰だよそれ!?てか声が

「あぅあー」

 しか出ない、しかも体が固定されて動けない!?って、俺の手ちっさ!!

「今では違うらしいけど枯れない桜のすぐ近くなんて素敵じゃない?」

 俺をあやすように優しく囁く声を聞きながら

 ちょっと待て、もしかしてあれですか?

「初音島に来れて良かったわ」

 どうやら俺は、先日プレイしていたDCの世界に来てしまったらしい。





んなこと信じられるか!!!!



第1話

『願いが叶う桜って事は全員を俺の妹にでき(ry』


 信じられないと思い続けながらも今の俺にはどうする事もできない。
 車から抱きかかえられて乳母車に乗せられるが、こんな窮屈だとは思ってなかった。

 子供って大変なんだね。

 とは言ってもさっきよりは自由に動ける、落ちない程度にキョロキョロと……
壁しか見えないし。

 なんでこんなことになったんだか。

 やることもなく考える事はそれだけ、混乱した頭では当たり前かと他人のように見てる自分にため息が出る。

 車から降りて何十分経っただろうか、ちょっと距離があるが割と大きな家が見える。

 ははは、 とりあえず待て母様よ(途中の会話で分かった)
あなた様に一言言いたい。

「あーぅー」

 あ、言えねぇや、心の中でいっか、本当に有難う御座います。
あなた様のお名前は雪村様だったのですね、ゲームと家が違うから気が付かなかったけど門に「雪村 賢」と確かに見えた。

ひゃっほーい、本当にDCの世界だとしたら杏がいるはず
俺の妹君になるのか姉上様になるのかは分からないけどテンション上がるわ
あーでも本当に違う世界に来たって分かるから微妙に嫌かも。

「新しい家はどう?義春」

 呼ばれた名前に違和感。

 ん?義春?

 DCの世界だから義之に……ってのは可能性として考えれるけど、雪村家にいる時点でその可能性は限りなく0
やっぱりDCの世界じゃないのか?、こんな体にされて説得力無いけど枯れない桜と島だけでの判断は軽率だったか。

「そういえば隣に住んでる花咲さん家の長女も義春と同い年なのよ~、確か茜ちゃんって名前だったかしら
仲良くできるといいわね、会ったのもだいぶ前だし引っ越しの挨拶ついでに一緒に会いに行きましょうか」

 ファックっ!!この野郎いきなりネタバレすんなよ、やっぱりDCの世界じゃねぇか、しかも杏と同い年確定じゃん
芳乃って車で言ってたけどさくらさんの事だろ、今思い出したよ、悪いか!!
トリップとかマジで有り得ねぇ。

「あらあら、急に元気なくなっちゃったけどどうしたの?」

 あんたのせいだっつーの。

 そんなこんなで家の中に連行、なんでも母様と父様は別居してたとか、んで仲直りしたから父様の家で一緒に暮らすんだとさ。

 んなこたいいから杏を出せ杏を。

「これからは3人で幸せに」

 そこからはもう聞こえない。

 3人?杏は?いきなりこんな世界に連れて来てこれかよ
本当に泣きそう。

 こうして不安と絶望を残して3人の生活は始まった。











「本当に世話のかからない子ね、母さん的には助かるけど少し寂しいわ」

 あれから4年。

 え?早いって?知るか、なんにも出来ない頃の俺なんて黒歴史以外の何物でもない。

 今は幼稚園に入園と同時に神童とも囁(ささや)かれ、親にも可愛いがられている。
 ただ対人関係はあまり良いとは言えない。当然だ、だって中身は大学生だし。
 言葉を発せるようになり文字が書けるようになれば自然と周りとの差ができる。精神は体に引っ張られると言うが、その好奇心と記憶力がマイナスになるはずもない。

 茜だけが俺に積極的に話かけて来るが、DCキャラとはあまり関わりたく無いから基本的に無視か軽くあしらう。
 未来が変わって困るって事もないとは思うが、俺は平和かつ元の世界に帰る手段を探さなければいけない。
原作キャラはお節介が多いから尚更だ。

「では御母様、義春君を確かにお預かりしました」

 んで今日からお泊まり保育だとか。

 他の子の中には愚図(ぐず)ったりして、なかなか大変そうなので

「母様、父様との旅行楽しんできてください」

 母との別れを済ませ、部屋へ向かう、あの夫婦には俺から旅行を勧めた。

 だって前に行きたいって言ってたし、育ててもらってる恩もあるからね。
夫婦水入らずで楽しんできてほしい、いつか恩返しできる日までなるべく迷惑もかけたくないし。

 でも

 憂鬱だ、これからの事を思うと実に憂鬱だ、花咲茜を発見した時と同じぐらいヘコむ。

どうしてかって?茜がいる現実がDCを如実(にょじつ)に表してるのに気づいたからだよ。

 そして今、何が悲しくてこんなガキ達の相手をしなきゃいかんのじゃ。

 先生も

「ちょっと悪いんだけどそっちの子お願い」

 お前の仕事だろうが!!とか思いつつも仕方なく泣いてる子を慰める
なんたって優等生だからね。

 てか、あんたら俺の事どう思るのさ。

 なんども言うが……憂鬱だ








 3日後、俺の精神をガリガリとすり減らせるだけすり減らしたお泊まり保育は終わりを告げた。

 内容?んなもん茜の相手と端で読書、料理の手伝い等をこなしてたら終わってたよ。

 さぁ、母様カムバック!!早く我が家へ、俺を餓鬼の巣窟から助けておくれ
広い部屋を埋め尽くすほどいた子供が一人、また一人といなくなる。

「義春君、ちょっといいかい?」

 すっかり人が減った教室に園長先生が俺を呼びながら入ってきた。
最近本を借りるためよく顔を合わせていたが何かあったのだろうか。

「どうかしましたか?」

 もしかしたら母様が遅れるとかだろうか。

 嫌だなぁ、と子供らしい呟きを聞こえないぐらいの声で呟く。

 子供の相手がこんなに疲れるとは思わなかった、今は早く家に帰って休みたい、それにお土産話も聞いてあげたいしね。

「ちょっと、ね」

 っと言葉を濁しながら先生は少し落ち着かない様子で俺の手を引き歩き始めた。

 まだ来てないのなら仕方がない、道が混んでたのかもしれないし。

久しぶりに絵でも書いて時間潰すかな、今だまだ見ぬ杏を書いてやろうか。

 なんて考えているうちに園長室に到着

 流石園長室、って感じではなくボロくて狭い小部屋、子供達の部屋をできるだけ大きくしたかったのだろうか、だとしたら本当にいい人だ。

 その壊れそうなドアを開けると、背を丸めた優しそうなお婆さんが立っていた。

「君が義春君かい?」

 あんた誰だよ、思っても言わないのが大人。

 あ、今は子供か。

「はい、そうです、あなたは?」

 子供らしくない言葉にも反応せず。

「君のおばあちゃんって言えば分かりやすいかの、ちょっとばかし義春君のお父さんとお母さんは長い間帰ってこれなくなったからうちにと思ってのぅ」

 悲しそうに、しかしそれを隠そうと作った笑いは少し痛い。

 あぁ、なんとなく分かってしまった、そりゃ子供に言えないわな。

「事故ですか?」

 俺は冷めた気持ちで問う。

「…………」

 困ったような、迷ったような表情になるお婆さんと園長先生。
お婆さんは事前に聞いていたのかもしれない、俺が他の子と比べ聡明であると
だから沈黙してしまった、笑みと一緒に

 なんて事だろうか、こんな事で知りたくはなかった、俺の一言で人を二人殺してしまったのだ。
そうではない、違う可能性もある、だがこの大人達の表情はそれを認めさせてくれない。

「……これからお世話になります」

 今まで育ててくれた人達だ、例え2度目の人生だろうが親には変わらない。

 俺は涙を堪え深く深く頭を下げた。

 どこかゲームの世界だと考えてたのかもしれない、心の中で関係ないと思ってたのかもしれない。

 これは俺への罰だろうか、神様がいるなら言ってやりたい、他に方法があったのではないか、何故(なぜ)両親なのかと、そもそも何のために俺をこの世界によこしたのかと。

 ははは、笑えねぇ。

 ここで初めて気づいたのだ、俺は確かにこの世界で生きていて、このDCという世界が現実としてある事を。

 悲しみが心に満ちていく、どんなに悔やんでも変わらずにこの世界はここにある
今まで自分がしてきた事を振り返っても、そこにいるだけの存在だった気がする。
迷惑をかけない為とか理由をつけては傍観者になりたかっただけだったんだと思う。

 わかったよ、嫌というほどな。

 「何故」とか、「どうして」とか、「なんの為に」、とかもうどうでもいい。

 償いとは違うかもしれない、謝る事自体が違うのかもしれない
ただ、今の俺に出来る事はこの家族を今まで以上に大切にすることだ。

 それをここに誓う。

 そう、俺と一緒に雪村家のお婆さんのお世話になる事となった妹


 杏の事を。












 引き取られ見上げたその先にあったのは

 あぁ、雪村家だ。

 ゲームで見たあの大きな門構えと、3人で住むには広く大きすぎる部屋があった。

 俺はテレビを通し客観世界で見た構造物を現実として眺めたからだろうか、最初は生きてる心地がしなく、ゲームの画面そのままの部屋に現実味が薄れ、寒気で眠れない日も続いたほどだ。
 だが慣れとは怖いもので数ヶ月が過ぎた今では此処こそが俺の家だと思えるようになった。

「お婆ちゃん、肩凝ってない?」

 それ以外に変わった事と言えば、あの日から俺は他人に多く接する事にした事だろうか。特に、家族には迷惑をかけたくない、という理由ではなく心から役に立ちたいと思ったからって言うのが大きな理由なのだけれども。

 料理を作り、洗濯から掃除まで全部俺の役目。

 お婆ちゃんはメイドを雇うとか言っていたが俺が拒否する、それも普段よくある光景の一つになった。

 他人になんか家族の事を任せられない。

 それは誰かに向けた言葉じゃないけど、今まで以上に家族を大切にしたいっていう自分の我侭で願い。

 それは勝手な思いだけど、出来る限り家族と一緒に。

「大丈夫じゃよ、それより杏と遊んでおやり」

 だから、そのお婆ちゃんの気遣いは少しだけ残念だけど、その分愛情があるって分かる。

 本当にいい人なのに―――

 お婆ちゃんはそう微笑むとコタツに入りテレビを見始めた。

 俺は未来を知っている、このお婆ちゃんはもう長くは生きられず、杏が相続金争いに巻き込まれる事を。

 冗談じゃない、杏にあんな酷い目に合わせ、しかも家だけしか残らないだと?ふざけろ
そんな事はさせない、絶対に。

 どうせ断られると分かっていた俺はお婆ちゃんのすぐ近くに寄って肩を揉みほぐし、その後に杏の様子を見に行く。

「……」

 杏はあまり話さない子だ、記憶力が著(いちじる)しく欠けている事と、親に捨てられたのが原因だと思う。それはもう確かめようのない事だし

 俺にはそんな小さな事関係ない。

 杏という守りたい存在が出来たおかげで俺は心が壊れずに済んだのだと思う、でなければ両親を失った俺に居場所はなく絶望していただろう。

 それに杏がいる限り俺はこの世界の住人として、兄として過ごしていける
他人に頼りきった存在だが今はそれでいいとも思う。

「お兄ちゃんと一緒に散歩に行かないか?」

「……?」

 不思議そうに頭を傾げる杏は

「……うん」

 少し時間を空けてにっこりと頷く、きっと俺が兄だと忘れていたのだろう。

 ただこの笑顔を守れるなら俺にも意味があると言える。

 部屋着のまま外に行こうとする杏を止めてコートを出してやり着させと、また見上げてニッコリと微笑む。

 勿論手袋やニットも忘れない。

 なすがままの杏は少し窮屈そうにしてるがジッと終わるのを待っててくれた。

 いい子、と頭を軽く撫で、最後にマフラーを首に巻きつけた。

「はい、おまたせ」

 終わりの合図にぽんぽんと頭に触れると

「うん、ありがと」

 と、ニコっとまた微笑みながら返事をして玄関まで走って行った。

 この程度なら杏一人で出来るのだが、できるだけ世話をしたいってのはおかしな話じゃないだろう。

 杏用のホッカイロをポケットにしまい出発の準備を整えた。

 過保護と言われようが知った事か、あ~でも我が儘に育ったらどうしよう。

 アホな事を真剣に悩む俺を見た杏がキョトンとした顔で小首を傾げた。

「ははは、ごめんごめん、それじゃ行こっか」

 俺より小さな手をしっかり握り歩き出した。





 杏は全てを忘れてしまう訳ではない、人より記憶しずらいだけなのだ、他人の何倍も時間がかかるが何度も繰り返した事は覚える。

 まだ俺を兄だと確信的に覚えた訳ではないが少しずつ反応は良くなっているし
茜も良く杏と遊んでくれているのが良い方向に向いている。

 そして俺は子供達みんなと話すようになった、お婆ちゃんに心配かけたくないし、何よりその事で杏がイジメられるのは避けたかったから。

 今の所俺の妹だから、って意味でもイジメはない。

 これぐらいの年だと妬みなど無く、憧れとかまぁそんな所が多いかな。

 神様がやっと俺達に気付いてくれたかのように日常は平和そのものだ。

「今日はどこに行こうか?」

 適当にぶらぶら歩いてもいいのだが杏が行きたい場所があればそこがベスト。

「……桜」

 ポツリと言った言葉は、残念ながら春に見れるもの、
今の初音島は枯れない桜がない、その為冬の、それも雪もまだ解けていないこの時期には見れないだろう。

「桜かぁ、今は冬だからもうちょっと暖かくなるまで我慢だなぁ」

 せっかくの希望なのに叶えてあげられないのが悔しい、が仕方がない。

 正史ではその内枯れない桜がまた花開くのだが絶対とは言えない、そもそも義之がいるのかも定かではないのだから望み薄だろう。

「……桜」

 再び紡(つむ)がれた言葉と共に握った手を引っ張られ杏を見る。

残った手に乗るは一枚の花。

 おいおいマジかよ。

「おっ、良く知ってるなぁ、杏は賢いな」

 そっと頭を撫でてやると、杏は目を細め気持ち良さそうに頭を預けてくる
可愛いらしい妹に微笑みながら。

「『あの』桜が咲く頃なのか」

 多分隣の杏にも聞こえていないであろう声で呟く。

 今日行く場所は決まった。

「芳乃さんに会いに行こうか」

 期待を一心に、杏の手を握り直し歩き出す。

 失敗でもなんでもいい、桜の木を、願いを叶える桜を見に行こう。

 杏の願いを届けるために。



[17557] 2話 『願い』
Name: クッキー◆09fe5212 ID:5736e323
Date: 2014/02/27 21:33
 「こんにちは」

 時期は冬、景色が白一色に染まるほどに雪が降りしきる中、輝いてると錯覚するほどに美しく咲き誇る桜の木の下にその人はいた。

「あれー義春君どうしたの?」

 ツインテールを揺らし、可愛らしい声で振り返る少女は小首をかしげながらもにこやかに微笑んだ。
 彼女、芳乃さくらさんは年齢不詳の魔法使い、誰よりもやさしく、誰よりもこの島に住むみんなを思ってる人
 俺が、前世で見たDCでの彼女はそんな女の子だった。

 杏と一緒に桜の木を見上げながら

「杏が桜の木を見たいみたいだったので」

 そう言い繋いだ小さな手を上げた。

 その彼女がいったいどんな想いでこの木を作ったかの本当の意味ではわからない、ゲームを通じてただ見ることしか出来なかったのだから当然だ。
 だが俺は今その世界に住んでいて、しかも未来で起こる可能性の一つを知っている。
 
「そっかー、いきなりだったから誰かと思っちゃった、それにしても良く覚えててくれたねー、最後に会ったのは1年ぐらい前かな?覚えててくれて嬉しいなー
杏ちゃんもこんにちは」

 杏の身長に合わせしゃがみ込み、微笑んだ彼女を見て不意に感情が溢れそうになる。

 あんなにやさしい彼女の、みんなの幸せを考え一生懸命だった一人の少女の最後があんな結末なんて間違ってる。

「……?」

 不思議そうにしながらも俺の後ろに隠れた杏

 忘れてしまう事が大事なものもある、辛くってどうしようもないことだって人生にはあると思うから。だけど幸せだったこと、大好きな人の事を忘れてしまうのはきっととても悲しいことだ。

 何度も繰り返さないと記憶できない杏にとって刹那の幸せは少ししか残らない、だから心が育つまでに記憶力が戻らなければ一生俺に頼りきった人生になってしまうだろう、それほどに脆く弱い。

 そんなこの子を救う希望をくれたのもさくらさんだ。 失敗であろうと、歪であろうと魔法の木はこの子を救える。

「うにゃ?あたしの事忘れちゃったかな?」

 ちょっと悲しそうな表情をしているが、きっとこの人の事だ、杏の障害は知っているのだろう。

 俺は救われた側の人間だ、運良くおばあちゃんに引き取られ、杏と出会えた。それはどれだけ幸せなことだろうか

「それにしてもこんな時期に桜が咲くなんて不思議ですね、枯れた木でも、と思って来たのですがびっくりしましたよ」

 けどこの人は違う、周りが幸せになっていく中でも魔法を研究し他人の幸せを願った。

 見上げた桜の木がまるでさくらさんの心を映し泣いているようにはらはらと葉を落とす
 きっとおれが今作っている笑みはバレていないだろうがいつもと違うことだろう、あれからだいぶ慣れた仕草だがこの人を見ているとそれが崩れそうになる。

「そうだねー、また枯れない桜になってくれればいいんだけど」

 桜の木に触れながらにゃはは、と笑う姿を見て思う。
 どれだけ寂しい思いをしてきたか、どれだけ悲しい思いをしてきたか
ゲームを通してでしか感じた事はない。

 けどもし……そう考えてしまう。

「そういえば義之君は元気ですか?」

 考えていたら無意識のうちに聞いてしまっていた。

 会った事もない人の様子を聞くなんておかしいだろ。

 冷えた汗が背を伝う。

「うにゅ?義之君って誰の事かな?」

 ……は?今この人はなんと?ゲームでは義之の命の元とも言える桜の木だ。島民の幸せのためもあるだろう、魔法の理論が完成したのもあるだろう、だが最大の要因は彼、桜内義之の存在があったからこそこの木を作ったはずなんだ、俺の記憶では
 つまりはきっかけ、それがないならこの人は何の為にこの木を作ったんだ?

「さくらさんに息子さんっていらっしゃいましたっけ?」

 って聞き方間違えたー
 あいつは朝倉家の一員になったんだよな、くそ、だいぶゲームの記憶が薄くなってやがる、それとも俺の知識が役に立たないほど話が変わってしまったのだろうか。

「うーん残念ながらさくらさんは一人ぼっちなのー、義春君が息子になってくれるなら大歓迎だよ?」

 にゃははとまた冗談めかして笑う。

 ここにも助けを求める人がいた。強がっているがやっぱり一人は辛い、俺は偶々祖母に救われて杏がそばにいたが、この人は?
 本当なら今この世界には義之がいて、さくらさんを間違えてお母さんと呼んだり、料理なんかをして喜ばしてあげたのだろう。そう、これからも多くの幸せを彼女に与えていくはずの人物が自分のせいでいなくなってしまったのだ。

 くそっ!まただ、また俺のせいかよ、神様とやらは何がしたいんだ。

「まぁ義春君が息子になってくれなくても遊びに来てくれると嬉しいなー」

 ほんのちょっぴり覗かせた本音

 それを言うと

「それじゃさくらさんはお仕事があるから義春君、またねー」

 手を大きく振りながら去って行く。

 まったくこの人は

 心が強いとかそんなんじゃなく、ただの強がり。
 この街を誰よりも愛し、誰よりも幸せにした人物
 この人も幸せにならなければ嘘だ。

 背中にしがみついてる杏を正面に移動させ

「ちょっと待っててな」

 ゲームのさくらさんを知っている、ただそれだけ。
 もしかしたらゲームとは全く違う人生を歩んでるのかもしれない、さっきの言葉は本当に冗談だったのかもしれない。

 だけど

「お母さん!!」

 どうかさくらさんを救えますように
 大きな声で、力いっぱい叫ぶ
 それがあの人の心に響くように

 天国の母様、いいでしょうか?
 俺はこの人の為に、母様以外の人をそう呼びたいのです。

 恥ずかしくって何度も言えないと思う、それでも

 振り返ったさくらさんは丸い瞳に涙を溜めて両手を使って大きく手を振っていた。






「杏、お待たせ、お兄ちゃんの事待っててくれてありがとうな」

 軽くぽんぽんっと頭を触り

「……うん」

 その言葉を聞いてから桜の木の近くへ二人で向かう。

「知ってるか?昔この木は枯れない桜って言われてたんだ」

 桜の木は大きく次々と花を実らせている。

「魔法の木って言われてた事もあってさ、なんでも願いが叶うって話だ」

「……願い?」

「杏は何かお願いしたい事あるか?」

 実はさっきの話もあり、この木が魔法の木でない可能性が出てきた。さくらさんが「枯れない桜」という単語を出したが微妙な所だ。それでも可能性がある限りそれに頼るのは間違いだろうか

「……もっとかしこくなりたい」

 だから杏のこの願いを叶えてやってくれ

「なんで賢くなりたいんだ?」

 どうかお願いだ

「……内緒」

 そう言う杏の笑顔の為にも。







第2話

『いや待てよ、全員妹じゃ結婚できな(ry』








 結果から言えば願いは叶った。桜の木は街中に咲き誇り、年中初音島は綺麗な桃色と変わっている。

 ただ

「兄さん、その教科書はいらない
今日の授業は数学、歴史、体育、国語、選択授業のはずよ」

 あれだけ面倒を見てきただけあって今の状況は非常によろしくない。
 兄としての威厳やらなんやらがもう、これでもか!ってぐらい無い。
てか本音を言うなら寂しい。

 まぁ俺のイメージより明るくなった気はするが


「ふぅ、兄さんは仕方がない」

 仕方ないってなんだよ、お兄ちゃんはこんな子に育てた覚えありません!
てか俺とクラス違うくせになんで知ってんだよ。

 因みに、今俺達は風見学園付属2年
 俺は1組でコイツは3組。茜、月島は二人とも杏と同じクラスでホッとしたが、渉と白河が俺と同じ1組。
 原作がどうだったかは忘れたが白河は別のクラスだったはずだ。
 俺の介入でまた世界が変わったのだろう。
 ただ何より白河のあの能力を今回も持っているならヤバすぎる、チート持ちなんてバレるとかあり得ない

 って、時間ヤバっ!

 悩み大き年頃かなぁ、って違うか。

「お待たせ」


 急いで玄関に鍵を掛ける。

「遅い」

 なんか今日の妹君は機嫌が悪いようです。
 泣いていいでしょうか?

「あと襟、曲がってる」

 ぶつくさいいつつ直してくれる妹に感謝し、

「それじゃあ行こっか」

 一人で歩きだす俺の手を急いで繋ぐ杏。

「……あのさ、杏」

 流石にこれは言うべきだろう。

「何?」

 心底不思議そうな表情の妹になにも言えなくなる。

「いや、ちょっと走ろっか」

 とっさに違う事を言ってしまう。
 流石に学校付近では恥ずかしいので止めてもらってるがバス停近くまではほぼ毎日このまま
 しかも離してもらうのも一苦労な上に不機嫌になるのだから困る。

 っとまぁ今はこんな感じ。

 どうやら変な所で兄離れ出来てないらしい。

 願いを叶えた杏は記憶が消えない、本人は暗記術をなんちゃらとか言っているが俺は知っている。
 だからこそお婆ちゃんが死んでからは特に一緒にいる事にしたのだ。
 幸いに相続権は杏ではなく長男である俺になったので、直接的に杏に危害はなく、家族から遠ざける事ができた
 さくらさんの助けもあって無事?家と何割かの財産を守る事ができたのだ。

 しかし一緒にいすぎたのだろう、原作よりも人見知りしやすく、依存ぎみ。

 あれかなぁ、分離不安だっけか、子犬とか赤ちゃんがなるやつ。

 ……ヤバいよなぁ、こんなつもりじゃなかったんだがな
 寂しいけど兄離れさせないと将来が不安だ、杏には自分の意志で幸せになってもらいたいからな。

 そんな将来の事を考えてると

「あらららら~?杏ちゃんと義春君だ~、今日も一緒なの~?」

 だらけたような伸びるニュアンスで話しかけられた
 こんな話し方の知り合いは一人しかいない、花咲 茜、言わずもがな、元お隣さんで今は杏の良き友達

「あら、悪い?」

 ちょっと杏さん?あなたこれ見よがしに腕を絡めないでください

「あ~腕組んでる~あたしも~~」

「だめよ、兄さんは私みたいなツルペタにしか興味ないから」

 ヲイ!!誰がそんな事いった!?

「そんな事ないよね~私のだっていいよね~」

 この野郎、コイツまで腕絡めやがって

「いだっ!!」「っ!!?」

「歩きづらいだろうが」

 腕を外して軽くゲンコツ

 情操教育は正しくしなければ。

 茜は、しょうがないなぁ~とかいいながら、杏は、恨めしげに睨みながら離れる
朝から本当に疲れる。

 母様今日も皆は元気です

「みんな~待ってよ~」

 訂正、元気過ぎだ。
 後ろから走ってくる月島 小恋。彼女の合流に溜め息一つつき

 早く学校着いてくれ
 
 そう思わずにはいられなかった。










「よう義春」


 教室に入ると悪友から声がかかる。
 1年の頃から何かとつるむ事が多く、コイツと杉並と俺で3バカと言われた仲だ。
板橋 渉、いつも馬鹿ばっかりしてる馬鹿で馬鹿な馬鹿である。
 つまりは馬鹿だ。

「よう馬鹿」
 
 間違えた、てか3バカって言われてるのはもしかしてコイツのせいじゃないだろうか。

「どうした馬鹿」

 もういっかこれで

「よ、よ、よ……」

 馬鹿がぷるぷるし始め

「よ、義春のばかーん」

 走って教室を出て行く。
 
 とりあえず一言いいか

「渉よ、もうHR始まるぞ」

 さて席に座って先生が来るのを待つかな。
 今俺の席は教室中央の列だが、一番後ろというなかなかの良ポジション。だったのだが、前の席に白河がいる、そのせいで授業中もおちおち寝ていられない。

 何故なら

「義春君おはよう」

 って

「あぶっ!!」

 あぶねー考えたそばからこれだよ

「白河、挨拶は相手に触れなくても出来るだろ?」

 白河はぶーぶーと頬を膨らませる

 いや、可愛いよ、可愛いけどそれはそれ、これはこれ。

「なんか義春君私の事避けてない?」

 避けております、避けておりますとも

「そ、そんな事ないぞ?」

 こんな可愛い子を遠ざけなければいけない俺の気持ちになりやがれ。

「本当に~?」

 言葉と同時に手に触れようとする、当然避ける、追いかける、避ける

 フェ、フェイントだと!?

 っと驚く振りをしつつまた避ける。

「もう、なんで避けるの?」

 やっと諦めてくれたか、あぁ~周りからの視線が痛い
 俺は弁解を求める、断固として言いたい、じゃれ合っているんじゃない
これは人生を賭けた戦いなんだ。

「白河、お前はスキンシップが激しすぎるんだよ、
この前も勘違いしたやつに言い寄られてたじゃないか」

 偶然いた俺が助け船を出した訳だが

「えぇ~偶々だよ?」

 全く懲りてない、まぁ相手の気持ちが解る能力があるのなら分からなくもないが俺にとっては死活問題なのだ。

 愚痴りたいが言える相手もいない。

 そう、この子、白河 ななかはゲーム中の話であるが、触れた相手の考えを読める
 イジメが原因で嫌われない為の魔法なんだろうが、その能力は俺の天敵と言っていい。

「ほどほどにしろよ」

 しかしそれしか言えない俺はきっと悪くない
 DCを通して相手の気持ちを知っており、それを頼りにしていると言う点で考えれば大概俺も心が弱い人種なのだから。

「HR始めるぞ~」

 先生が教室に入ってくると静かになる、因みに渉は未だに帰らず。

 あぁそういえばこんな季節になったんだな

 黒板にはこう書かれていた



『卒業パーティーについて』




 今年も忙しくなりそうだ。








[17557] 3話 『出し物』
Name: クッキー◆09fe5212 ID:5736e323
Date: 2014/02/27 22:40
 風見学園には学園祭に匹敵するイベントが多数ある、その一つが卒パ、卒業式後に催されるパーティーの事だ。
 卒業生を送り出す意味でもそれは大いに賑わう、問題があるとすれば最後まで無事に済んだ事が一度もないことだろう。

 口癖になりそうだが言わせてもらう。

「あぁ、憂鬱だ」







第3話
『よし分かった、義理って言葉を前に持ってこよう!』







「それで、うちの出し物だけど」

 仕切るのは委員長

 名前?んなもん本人に聞いてくれ、眼鏡に用はない。

「雪村、あんたなんか意見ないわけ?」

 って思ってるそばからこれかよっ!おい眼鏡、いい加減にしろよ
意見がないからって俺を当てにするな!
 てかさっきから天まで伸びるかのように真っ直ぐと、しかも美しく手を挙げてるやつがいるだろうが。

「はいっ!はいはい!!はーい!!」
 
 まぁ委員長の気持ちも分からなくないよ?

 だって

「ハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイッ!!」

「うるさい!!」

 手元にあったペットボトルをなげつける

「あいたっ!!」

 あの阿呆こと問題児が、馬鹿で考えなしの渉が
授業では見せることの出来ない素晴らしい挙手をしているのだから……










 いや、やれば出来る子だとは思ってましたよ?

 今日の職員室で言われたという担任の言葉だ。

 期待はしていなかったが、意外なことに『ディナーショー』という渉にしてはまともな意見に出し物が決定したのだ。

 因みにこの時杉並はいなかった。

 どこで何をしているのやら。

 だから俺以外は気が付かなかったのだ、この後に待ち受ける悲劇、白河がこのディナーショーのメインに組み込まれている企みに。

「よっしゃーー!!」

「だからうっさい」

「いで!!」











 4時間目がやっと終わり昼休みになると、渉は上機嫌に教室を出て行った。
それを追うかのように教室が賑わっているのを見ながら俺は少し迷っている。

 今日寝坊したからなぁ。

 雪村家は当番制でお弁当を作ることになっている、いや、なっていたが正しいか。
今では何故か俺の担当になっている。
そのため、寝坊イコール学食か売店にお世話になる、の公式ができる
杏も料理できるのにだ。

 偶には杏が作ってくれてもいいのに。

 ないもの強請りをしても意味はないのだが、どうしても妹の顔が浮かぶ。
結局苦笑が漏れるだけで仕方ないかなと感じてしまう自分もいるのだが、
何故俺?疑問を挟む間もなく決まっていた事
 そのため俺の寝坊は必然的に弁当なしに

 今日は学食って気分でもないしなぁ。

 風見学園の学食はかなり美味い、美味いのだが席を取るのが面倒くさいのだ。

 はぁ、パンでも買いに行くか。

 急いで立ち上がりカバンから出した財布をズボンにねじ込んで教室をでるが、そこには既(すで)に人、人、人の山

 いや、出遅れたらどうなるかなんて知ってたよ、知ってたけど
今日は昼飯抜きでもいっかなぁ…

 そんな考えがよぎる。

 つか人多すぎだろ!どんだけ今日購買人気なんだよ!

 残り物のあんパンとかいらないし、出遅れたのが悔やまれる。

 誰か知り合いが、主に渉とか渉とか渉とか、 パン恵んでくれないかなぁ。

 っと浅ましい事を考えつつ、めげずに購買に向かい歩き始めた。




 その数分後

「あっ!兄さん!!」

 階段を下った所で聞こえた杏の声

 てかあの子周周りの状況とか考えて呼んで下さい、マジで(泣)
 普段あなたそんなに大きな声出さないでしょ?お兄ちゃんお前には内緒にしてるけど、結構クラスの男子に杏の事質問されるんだよ、普段の君の事とか
 思った以上の人気と人見知りにびっくりだよ。

 いや、兄として慕ってくれるのは嬉しいけどさ、男達の視線が…(泣)

 俺も人見知り治るように手伝うから、頑張って治そうな。

 その決心と共に様子を窺(うかが)う。

 当然音源は目立つ訳で注目も浴びる、周囲の様子に気づいた杏はやっぱり恥ずかしかったのか、頬を少し朱にそめていた。

 あーなんつうかすぐ場所はわかった、けど

 小柄な体で人を避けつつ向かおうとしているのだろうが、如何(いかん)せん人が多すぎた、再び動き出した購買へ向かう人並みに呑まれ遥か遠くへ。

 しょうがないなぁ。

 売店近くで悪戦苦闘しているだろう妹を思うと少しだけ苦笑が漏れた。

 パンを買うついでに助けに行くかな。可愛い妹が困ってたら、救うのがお兄ちゃんだしな。

 自分に言い聞かせてる自分に

 俺も親馬鹿と言うか兄馬鹿と言うか……結局妹離れ出来てないのは俺かもしれない。

 再び苦笑を漏らし俺は少し早歩きで迎えに行くのであった。







 無事に妹を救出した俺は、とりあえず人の流れが少ない場所に腰を下ろす。

「兄さん、お昼どうするの?」

 両手に戦利品であろうパンを持ち隣に座る杏。

「んー、残り物にまともなパンがあればそれ食うって感じかなぁ」

 焼きそばパンなんて夢のまた夢

 あぁ腹減った。

 お腹もいい感じにぐ~っと要求

「……ふぅ、ダメな兄を持つ妹は大変」

 なにを!?っと返そうと杏を見るとその手にはパン

「あげる、どうせ買いすぎて一人じゃ食べきれないしね」

 つ、ツンデレ!?

 なんて思ってたら杏はちょっと照れくさそうにうつむいて

「……うそ、本当は兄さんの事だから、お昼飯買い損ねると思って多く買っておいたの」

 あぁ母様、今日もうちの妹は素直でいい子です。

 パンを受け取り頭を撫でてやる。

 なんかこれしてる時が一番兄っぽいなと思いつつ


 目を細め頭を預けてくる杏を見る。

 昔から変わらないい仕草に微笑み

「今日の晩御飯は杏の好きな物にしような」

 ダメ兄貴全開な俺であった。

 PS ツンデレごっこは心臓に悪いので止めてほしいかな。










 授業もなくなり卒パの準備が主になり、業者との契約や、より良い案を出し合う。そして準備が整い、食材の調達や機材の準備などしていると、時間の流れなどはあっという間に過ぎてしまうものである。

 卒パまでもう残り数日と迫るにつれて、学校は一段と賑わっていた。

 本校と付属、学年は違えど、これだけの活気だ、良い祭りになる事は間違いなかっただろう。

 そう、この現生徒会長からの御言葉がなければ

「一番売上の多かったクラスには豪華商品を贈呈します!」

 ちくしょう、せっかくの平和を返しやがれ。

 杉並の企みと杏達の過激な出し物が確定した瞬間であった。












「諸君、このままでは我々が勝てる確率は万に一つもありはしないだろう」

 教室に戻るやいなや教卓前に立ち、大きな声を出すのはもちろん杉並だ。

 おい、お前は今までどこにいたんだ?

 そんな質問はそっちのけ、本当にどうでもいい事に力を注ぐやつだ。

 とりあえず俺を巻き込まないでくれ。

 切なる願いは毎度の事ながら叶えられず、今年もきっと懲りずにやらかすのだろう。

 まゆき先輩と追いかけっこしたいだけでは?とも思わなくないが……

 その杉並は黒板に書かれた文字をバンっと大きく叩き

「俺はこの『手作り焼おにぎり屋』を推薦する!!」

 クラスに言い渡す。

 あぁ、そういえばそんな話あったなぁ、確か朝倉妹の激マズ料理が飛ぶように行き渡り犠牲者が……

 うわぁ、俺知らね。

 杉並は利点を述べようと言葉を続けた瞬間、大きな音を発(た)てて立ち上がった人がいた。

「ちょっと待ってくれよ杉並!」

 椅子を倒す勢いで立ち上がったのは渉。

 珍しい事があるものだ、あの渉が委員長より先に杉並を止めている、まぁ委員会は口をパクパクしているだけなのだが。

 使えねぇメガネだ、今日傘持って来てねーぞ
あー、渉の机の中に置き傘あっかなぁ。

 俺の不安を余所(よそ)に

「俺の提案した『ななか様リサイタル、スペシャルビクトリーデラックススペシャルディナーショー』はどうなるんだよ!」

 いや、スペシャルって2回言ってるから、渉が喋ると馬鹿かボロしか出ない。

 ななかは、えっ!聞いてないよ~とか言いながらキョロキョロ

 そうだろうな、今初めて言ったもんアイツ、だからって俺の方を見るんじゃない、そんな目をしたってどうしてやる事もできん。

「ノンノンノン、甘い、甘すぎる!!貴様は祭りを甘く見すぎているぞ、そんなであの3組に勝てると思っているのか」

 正直面倒くさい、結果を知ってるから余計に

「良く聞け、手作りの良さを!!雪村、凡人にも分かるよう説明してやれ」

 そうなりますよね、お前が言うと委員長とかが出しゃばるからだろうけどこっちにはいい迷惑だ。

 とか言いつつ

「多分手作りという、今はなくなりつつある癒やし、それと女子学生、しかも美女がその手で握ったかもしれない米を食べるなんて!などなど云々」

 なんだかんだ説明する俺は偉いと思う。

 逆にエロいなんて呟きが聞こえるが無視。

「それに白河の歌が終わるまで客は出て行かないだろ?回転の悪さからして高益は望めない
そんな所か?」

 一応杉並に確認、自分で説明していてあれだけど、こいつの考えも大概無茶苦茶だ。

「流石だ雪村、そこまで読んでいたとは」

 誉められても嬉しくありません、女子からの視線も痛いし

 説明したのは俺だが提案したのは杉並だっつうの

 その説明に諦められないのか、渉を始めとしたななかの歌を聞きたい奴他、美女という言葉に惑わされなかった女子が猛抗議

 そうだよなぁ、回転率が悪いって部分しか理解できないもんな。

 だから

「てかさ」

 ここでいらん事を俺は口走ってしまった

「両方やればいいじゃん」

 俺はこの後後悔するのは言うまでもない。










 そして決定したのがコレ

『白河ななかディナーショー(待ってる間も楽しんでね♪』

 てかセンス無すぎだろこの看板、完全に白河任せの出来になった。

 つまりはこういう事

 ななかの歌を餌に客を集め、待ち人、つまりは列に並ぶやつらをターゲットに握り飯を捌(さば)く。
3組が何をするかまだ分からないが(分かりたくない半分、杏にあんな格好させたくない半分)
これで不正云々(うんぬん)関係なく勝てるだろう、周りの反応にななかはななかで仕方がないと諦め気味。

 仕方ない、原作通り途中で抜け出させるかな、景品とか興味無いし。

 方向性は定まった、希望はないが…










おまけ




 卒パで貰える景品がもし良いものなら兄にあげよう、きっと喜んでくれるに違いない。
茜に案を伝え、みんなにやる気を出させなければいけない。
幸いにも茜はその手の会話が得意であり、すんなりとうちのクラスはセクシーパジャマパーティーに決まった。

 クラス女子のパジャマ姿にドリンクサービス、ちょっとぐらい高くても人は集まるだろう。

 うん、これなら余裕で勝てる、けどもう一押し欲しい所。

 ……そうだ、個室を作ろう、金額は跳ね上がるが水着姿が間近で見れるとなれば……

 兄が来たらそれはもう驚く事だろう。

 ふふふ、当日が楽しみだ。









あとがき及び言い訳

え?杏の性格と口調が環境が変わったからといって違い過ぎるって?

……本当にごめんなさい、そのうちまたDCしなおします>A<







[17557] 4話 『卒パ』
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2014/02/28 20:21
 卒業式前、リハーサルでの一言で活気付いたのはうちのクラスだけではなかった。

 それは伝播し広がっていく。

 学校全体が薄暗く見えるのは気のせいだろうか、いや、気のせいだ、気のせいだ絶対

 かくして風見学園は大暗黒時代に突入す(ry




第4話『なぜ邪魔をする!!俺は妹達と幸せになりたいだけなんだ』




 廊下を歩いてると、正面から杏と花咲と月島がやってきた。

「兄さん、大丈夫?」

 会ってすぐに苦笑とも取れる笑みを浮かべる杏

 分かってくれるのはお前だけだよ。

 あの言葉のせいでクラスは荒れに荒れた、杉並が呪文を唱え渉が何も考えずに襲いかかる、眼鏡が発狂し白河は右往左往、さっきまで俺がいた場所はまさにカオスだったのだ。

「あぁ大丈夫、ありがとうな杏」

「そっか……無理しないでね」

 心配そうに此方を伺う杏をのけるように花咲と月島が出てきたが

「なぁ~んか兄妹の会話に聞こえないのは私だけ?」

「ううん私もそう思ってたところ」

 いきなりそんな事言われても俺はどうすることも出来ないんだが、それに何言ってんだこいつら、とか思わなくもない。

「それでお前らは出し物大丈夫なのか?」

 話をあからさまに変えたが問題ないだろ。

「ん~だいじょぶだいじょぶ~、もう完璧!そんな義春君の方は大丈夫なの?」

「あぁ、俺の体調を考えなければ順調なんじゃないか?今以上に杉並が無茶言ってなきゃ」

 結局言いたい事言った後に姿を眩ましたせいで俺が探すはめにになったのだが、そういえば

「杏のクラスはどんな事するんだ?」

 敵情視察というわけではないが一応聞いておくように杉並に言われてたんだった、ちなみに花咲達に聞かなかったのは話が進まないから

「えっとね……ぱ」

 杏の話をさえぎるように

「ちょ~~~~っと待っててね~」

杏の口を塞ぎ担いでいく花咲、うちの妹は荷物じゃないのだが

 折角杏が教えてくれそうだったのに。

「だめだよ~相手はライバルの1組なんだからぁ~お家に帰っても絶対教えちゃだめ、特にパジャマパーティーの秘密はばらしちゃいけないんだからね」

「兄さんなら……」

 二人は月島を置いてこそこそと話しているのだが、なんと言うか、ハイ、丸聞こえです。

二人は話終わったのか杏が再び近寄ってきて

「ごめんね兄さん、茜が内緒にしろって、だから家に帰ってから」

「だから言っちゃ駄目なんだって~」

 知らぬは本人ばかりとは言うが

「むぅ、じゃあちょっとだけ」

花咲も諦めたのか少しだけだよぉ~と言っている、やっぱり聞こえていたなんて言えない。

「じゃあ耳貸して」

と言われたままにしゃがみ込むと

「かぷっ」

って

「うひゃわっ!」

 分かってくれるのは杏だけと思っていたが勘違いだったようだ。最近の若い子の考えは俺には難しすぎる。てか噛むなよ!さっきまでの純粋さはどうした!?

「間違えた」

 ……生前兄妹がいなかった俺にはわからないが、こんなコミュニケーションは当たり前なのか?妹のいる家庭では……いやありえないだろやっぱり、そんな家庭やだよ!

 家に帰ったらちゃんと駄目だと言わないと

「はぁ」

 そのうち胃に穴が開きそうだ。

 杏にまた耳を貸してと言われるが

「こ、今度は噛むなよ?」

 信じることは大切だと思うがニヤリとした表情に不安を覚える。

 倫理とかちゃんと教えて育ててると思うんだけど、交友関係に問題があったのかなぁっと花咲を横目で見ると

「ん~?」

 ニヤニヤと笑いやがって、月島は月島で此方を凝視しているがどちらかと言えばビックリしている表情だ。

 絶対あいつのせいだな。後で花咲にも道徳を教え込まないと、と今後の事に思考を飛ばす。

 正直杏の行動に動揺してたのもあるが、近い未来までにやらなければいけないことの一つから目を逸らしたとも言う。

「兄さんが来るの、待ってるから」

 今度はそれだけを言い花咲の元に戻っていった。

 そう、近いうち、こんな駄目兄から離れられるように。










 結局杉並を見つけられず教室に戻ったのだが

「なぁなぁ、よ、義春様?女の子に耳噛まへぶしっ!!」

 たまたま現場を見たのであろう渉を殴った俺は何も悪くない。

「ほれ、渉もそんな所で寝てないで行くぞ」

「し、しどい……」

 渉を置いて席へと向かう。

 せめて卒業式である明日こそは問題が起きないように願いながら










 卒業式当日

「終わったねぇ……」

 横にいるのは月島、俺とはご近所さんでも幼馴染なわけでもない。ただ杏の友達ってだけの仲

 その月島はまだ卒業式の余韻に浸っているのだろう。少し目元が湿っている、周りにも卒業生を見送り感極まって泣き崩れてる在校生もいるのだが

 ありゃやりすぎだろ。

 卒業式に力を入れている、いや、入れすぎ感が否めない。月島がこうなるのも仕方がないと思えるほどに

 そういう俺もしっかり感動していたのはここだけの話。

「義春、良い式だったね」

「ああ、あそこまで慕われる先輩達だったってのもあると思うがやっぱり……それよりなんでお前はうちのクラスにいるんだ?」

 こいつは杏と同じ3組だ、当たり前のようにいたから気づかなかった。

「え~?茜が敵情視察してこいって無理やり、本当は杏が行きたいって言ってたんだけど」

 そんなことだろうと思ったよ。

 杉並にばれる前にさっさと帰れと教室からそっと追い出す。

 杏の兄だからだろうか、月島は原作ほどとは言わないが良く話しかけてくれる。
未来の、しかもその一つの可能性でしかない、また実際に起きない場合もある幻のような現実ばかり見てる俺だが、それでも助けになりたい一人でもある彼女と繋がりが作れたのは正直嬉しく思う。

 原作での月島はルートによって引っ越す時期が違ったか、家に帰ってノートを見なければ薄っすらとしか思い出せない程に時間が経った。杏だけではなく友達と言っていいのか分からないけれど、月島だけではなくD.Cで見た出会った彼女達を少しでも幸せにしたいと思う。そう考えるのは傲慢かもしれないけどちょっとでも


 今日の卒業式は俺が目指す未来のように思えた。

 在校生も卒業生も先生も、皆別れを悲しんで泣いていた、会えなくなることが寂しくて辛くって、
けど思い出の中では楽しく笑い合っていたと思う。幸せがいっぱい溢れてて、何度も何度でも思い出したくなるような。
そんな過去を沢山持ってたからこそ今日の卒業式は感動的だったんだと思う。

「だから杉並も今回は静かだったのかな?」

 辛いことも悲しいこともあったと思う。挫けそうになった事もあったと思う。でも俺は今回の卒業式みたいに誰もが最後には笑い話し合える卒業式を迎えられるようにしたい。

 俺に出来ることなんて何もないかもしれない、頑張って、頑張って頑張って、俺が未来を変えようと動いても未来は変わらないのかもしれない。

 それでも俺に出来ることしたいと思う。

 拳を強く握り締め

「ふはははは、ここからが本番なのに静かもなにもあるわけなかろう」

 その声に力が抜ける。

 どこから沸いてきたのか杉並が俺の背後に張り付いていた。

「おい、本番ってなんだよ」

 折角人が真剣に考えてるときに

 まぁそんな事杉並に分かるわけがないのだが

「そうよ、こうなったら超豪華商品とやらを拝んでやろうじゃないの!」

 眼鏡(委員長)に似合わぬやる気が目に灯り爛々と輝いてるのは気のせいだろうか。

「そうだ!豪華という程だ、さも高い寿司屋に行けるに違いない!」

 ニヤリと杉並が笑う。

 あぁ、そういうことね、杉並に踊らされてるだけか。変なテンションに焦ったじゃないか。

「というわけで、だ」

 何がとういうわけなのだ。

「まもなくどのクラスも開店準備が整う、お前はどうする?」

「どうするも何も店の手伝いにきまってるだろ」

「ふ、雪村、分かっているのだろう?」

 ……敵情視察ですね、わかります。

 その呆れた俺の表情で伝わったのか

「流石雪村、話が早い、俺も午前中には全てを終わらせたいのでな
雪村妹のクラスはたのんだぞ」

 その言葉を最後に俺が答えるよりも早くに姿を眩ます杉並

「雪村、頼んだわよ!」

 だめだこいつら、何とかしないと……

 まぁ杏の事が心配だというのもあり一応行く予定だからいいんだが
クラスの皆が何て言うのやら。










 『頑張ってこい!!』

 本当に駄目だこいつら

 唯一反対してくれたのが白河だったのだが

「え~義春君一緒にいてくれないの~
義春君の作ったおにぎりた~べ~た~い~」

 どうやらお腹がすいてるだけで俺じゃなくてもいいらしい。

 おにぎりなんぞ誰が作っても味は同じだ……朝倉妹以外は

 密かに美女特製手作りおにぎり屋さんは休憩や人数の問題もあり、美男美女特製おにぎり屋さんになっていたが、どちらにせよ俺には関係ない。

「シラカワガンバレー」

 俺に出来る精一杯の激励だけ残し、教室から出て行くことにした。










 とはいうものの、具体的に偵察とは何をすればいいのやら。普通の客として過ごす以外にやることがない気がする。
3組はパジャマ姿のウエイトレスが支給を勤める喫茶店になった為、一応原作通りでホッとするやら妹の姿を思いやきもきするやらで落ち着かない。

 教室を外から観察する限りでは飾りつけは常識範囲内であり、名前以外は普通。内容を知らない人たちにはそう思えるだろう。

 だが本編ではアルコールやらなんやらと問題が……頭が痛い。

 とりあえず入るか。

 杏にも招待されていたのだから問題ないだろう。
今の杏の性格ならばあそこまで過激にはならんだろうし、このまま廊下に立っているのも間抜けな話だ。

 受付が設置されてはいるが、開店まで数十分あり、まだ人がいない
なのでそのまま教室の扉に手を伸ばし

「早速来たわねぇ」

 俺が意を決した所で花咲の声がかかった。

「お、おいおい」

 マジかよ。

「……ちゃお」

「杏っ!お前なんて格好してんだ!」

 そこには花咲だけではなく杏が、しかもパジャマで立っていた。

「どう?普段から見てる兄さんでも場所が違うだけで萌えるでしょ?」

 ぷるぷると震える拳をどうしてくれようか。

「ね~杏ちゃんかわいいでしょ~、前に使ってたパジャマなんだってね~。あ、ほら私も見て見て~ちょっと大人のあいたぁっ!」

「こんの馬鹿花咲、杏になんて格好させたんだ!」

 杏はセーター1枚はおっているだけの格好だった

 昔は俺のTシャツばかり好んで着ていたが、流石にこの年であの格好はないと思いパジャマを着させるようにしたのだが

「だって~」

「だってじゃない、杏も早く着替えてきなさい」

 ふぅ、ほんとどこで育て方間違ったかなぁ、普段は純粋なのにどこかズレてるんだよなぁ。

「うん、わかった、けどその前に兄さんちょっと中入らない?」

 元々偵察に来ていたのでやぶさかではないのだが、う~んと悩んでいる俺をぐいぐいと引っ張る杏に連れられ3組の中へ。

 入り口には女子生徒の顔写真が並んでおり本来ならば選べるようだ。

 いくつかのテーブルがある中そこには座らずにどんどん奥へと進んでいく。

「おい、そこらの席じゃだめなのか?」

「……兄さんは特別席」

 連れられた場所は隔離されたスペースのようで、上には『VIPルーム』と。

「義春君には私達が付いてあげるね」

 ……やっぱりか。

「一名様特別ルームへご案内~」

 『VIPルーム』と書かれたカーテンをくぐると薄暗くライトが照らしており、どこから調達したのか高級そうなテーブルとソファーが置いてあった。

 無理やり座らされ両サイドには杏と花咲がぴったりとくっつくように座る。

 これが席に着くの意味らしいが

「お、お前ら、くっつきすぎだっ!ってをいっ、くっつくなって」

 くそ、なんだよこの個室、こんな設定なかっただろ、しかも狭すぎて離れられねぇ。

「スカーレットでぇす、よろしくねぇ~」

「あ、あぷりこっと」

 流石に恥ずかしくなったのか杏は控えめに源氏名を言っているのだが

「コレのどこがパジャマパーティーだって?」

「義春君怒っちゃやーよ~、それにみんなちゃんとパジャマ着てるじゃない」

 確かに着ているが、パジャマ姿の女の子が飲み物をお酌したり、限りなくゼロに近い距離に寄り添ったりするのをパジャマパーティーとは絶対言わない。

 てかキャバクラかよ。

 本編に近いといえば近いが

「他の子も納得しているのか?」

「とーぜん、私が頑張って説得したもん」

 花咲があっけらからんと答える。

「……豪華商品」

 つまりそういうことらしい、恐るべし釣り効果

「ねぇねぇ、そんな事よりも義春君何か注文してよ」

「……ボトルいれてくれたらサービスアップ」

 花咲と杏が同時に腕を絡ませ

「やめい!」

「あだっ!」「つぅっ」

 はぁ、この二人が揃うとろくなことがない。

 杏が花咲の方を見ながら「……話が違う」とか言ってるからやっぱり花咲のせいなのだろう。

「まぁいい、敵情視察ついでだ、適当なボトル1つ」

 これでアルコールが出てきたら……

「じゃぁ~眠れる美女一本はいりま~す」

 遠くからボトルはいりま~すっと聞こえてくる。

 まさかな

「おまたせしました」

 ウエイターがトレイに乗せて運んできたのは何の変哲もないケーキとペットボトル

「……普通そうだな」

「喫茶店だもん、それよりちょ~っと待っててね」

 そう言うと杏と花咲はどこかへ

 やっと落ち着けた、どうやら思い過ごしだったみたいだ
今もきっと普通のパジャマに着替えてるのかな、ホッとしたのもありケーキをちょびちょび食べ、飲み物を口に含んだところで

「あ~折角食べさせてあげようと思ってたのに~」

 吹いた。

「お、おお」

 唖然、その言葉ではなくその格好に

「お?」

「お前ら!!」

 思わず立ち上がる

 だってそうだろ、二人は先ほどのパジャマではなく水着になっていたのだから。










 納得はしていなかったが、存分に説教をし、水着だけはやめさせられた。

 最早パジャマ喫茶じゃないしな。

 花咲は知らんが杏は駄目だ。まぁ花咲の話では俺以外にやるつもりもなく、他の人にもあそこでは見せてないらしいが

 とりあえず自分の教室に行くか。

 もうどっと疲れた気分だ。その気持ちが表に出ているかの様にだらだらと歩いていると

「やっと見つけましたよ、義春さんどこに行ってたんですか?」

「ちょっと妹に会いに1組までな、何かあったのか?」

 話かけてきたのは朝倉妹

「や、別にそういうわけではないんですが」

「そっか、わざわざ悪いな」

「いえ、焼きおにぎり屋売り上げ貢献のために義春さんのクラスに寄ったんですけど、偵察に行ったまま帰って来ないから見つけたら連れて来いと言われてしまって」

「ははは、それは災難だったな」

 朝倉由夢、さくらさんちのお隣さんであり家族ぐるみでのお付き合いというか
昔に面倒を見てやったって感じだろうか。
こいつには音姫さんという姉がいるのだが

閑話休題

「うへー、それにしてもすごい行列だなー」

 教室前に着いたのだがすごいことになっていた。

 隣で由夢が目を丸くしているのも納得な光景だ。お昼だというタイミングもあり、焼きおにぎり屋は大繁盛。男女問わず長蛇の列ができていた。

「なんか良い匂いしね?」

「焼きおにぎり屋だってよ」

 どうやらディナーショー目当てじゃない客だけでも十分客が集っているようだ。

 「これじゃあ私が並ぶの悪い気がしちゃいますね」

 由夢は苦笑を浮かべて諦める様子だが

「腹減ってるんだろ?」

「や、そんな事は」

 そのタイミングでお腹がくぅっとかわいらしく鳴いた。

 「どうせ朝ぎりぎりだったんだろ?」

 伊達にお隣さんやってない。その程度ならすぐ気づく。

「いえ、そんな事は」

 くぅっとまた可愛らしい音が聞こえてくる。

 義之と違い兄弟のように育ったわけじゃないので猫被りなのはいいのだが、全く意味を成してない。

「ふぅ、わかったわかった
ちょっと待ってろ」

 教室に入り手を洗いちょっとご飯を拝借、鉄板の端を借りて焼きおにぎりの完成

 適当な作りだがまぁいいだろ。

「ほれ、特別支給だ」

 それを由夢に渡す。

 そう、俺と義之の違いは育った環境だけじゃなく、へんてこ魔法も使えないことだ。
当然といえば当然で俺と彼は完全に別人だと判り若干安心した。

 まぁ、てんぱってた時期にどうやったら出るんじゃあほんだら~~~っとさくらさんちで叫んだのは記憶に新しい。まさに阿呆だ。

「あ、ありがとうございます」

 おにぎりを受け取った由夢は嬉しそうにそれを食べており、その姿に思わず頬が緩む。

 魔法なんて使わなくたって俺なんかでも誰かを笑顔に出来るんだと。










「それにしても繁盛してるな」

 眼鏡と、その他可愛い女子がご飯を一生懸命に握る。
眼鏡は燃えに燃えまくっており、袖をまくりながらテンションをあげている。そのテンションゲージに応じてデコの輝きが増すのか、光が強過ぎて顔が見えん。

「あ、雪村。見てないで手伝いなさいよ、美男子握りはそっちだから早く入って」

 光元体が何か言っているが

「俺は美男子じゃないからパスで」

 そそくさと逃げる。

 だって白河も休憩させてやらんとあかんし。

 まぁ

「おっしっ」

 呼び込みぐらいはするかな。俺も一応このクラスの一員だし

「道行く旦那様っ!ちょっと寄って見てくださいな。
学園アイドルが歌う、心休まるディナーショーを!
それだけではありません。待ち時間でさえ退屈させません。この匂い、この列は伊達ではありません。
我々のコンセプトは「手作り」!!2年1組を代表する美女が精魂込めて握っております」

「美女だって」

 えへへ、と何人かが照れくさそうに笑う。歩いていた生徒も何人かが、おや?と足を止めた。

「彼女達の手元をよーく見てください、生の手で愛情をたっぷり注ぎ込んでいます、ひょっとしたらあの子の汗やらなんとやら」

「なんか握りづらいんだけど」

 クラスの女子はそう言うが、売り口上を聞く生徒にはウケている。
 周りの女子の目を気にして冗談として笑っているが、何人かの目の奥に怪しい光

 あの目は間違いなく『萌え』と灯っているのだろう。

「食べて膨れるのはお腹だけではありません!きっと心が膨れます!あとはどこを膨らませようが個人の自由!常識の範囲でなら!」

「こら雪村っ!」

 眼鏡の叫びにまたドッと笑いが湧いた。

 人手が足りない所にまた新たな列が加わり余計な事をしたかとも思うが

「愛情いっぱい胸いっぱい!2年1組へどうぞいらっしゃいませ」

 仕事は最後までしないとね。

 さて俺の役目は終わった。










 白河に会いに行くか。




[17557] 5話 『ドナテルロ』
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2014/03/01 21:27
やっぱりこうなったか。

 教室に入りすぐに思ったことだ。以前に聞いたが白河は人前で歌うのが嫌いだと言っていた。本編では歌っていた気がしたが、また何かが変わってしまったのだろう。だから必然的にこうなる。

 舞台の上で渉が一人、涙目であたふたしていた。



第5話
『お、俺だって妹の気持ちを知りたいんだ!』




 それは一時間程前

「さぁ白河、出番だぞ」

「やだ」

「頼むから出てくれよ~、後で絶対埋め合わせはするからさ~」

 渉はもう涙目なのだが

「だって名前だけで歌は歌わなくていいって言ってたじゃん、人前で歌うの苦手だからって言ったときに」

 白河が頬を膨らませ怒るのも無理はない。

 前日ギリギリまで揉めた白河の出演は、渉の出した名前だけとういう条件の一つとして出されていたのだ。だからここで歌う曲も知らなければ歌う練習さえしてない。

「なんで私がメインって事になってるの?」

「そうしないと客が集らないんだよ~、杉並のやつだって……ぶつぶつ」

 どうやらここにも杉並の魔の手が伸びていたらしい。

 だからといって客が納得する訳もなく、看板に名前があるだけ、なんて言い訳もできない。

 会場でも

「ななかちゃんまだ~」

「なんかおかしくね?」

 30分以上待たされているのだ、こんな発言が出始めても仕方ないだろう。
主催者側にとっても胃が痛くなる雰囲気になっている。

「何卒(なにとぞ)何卒……」

 その空気を敏感に感じ取った渉はすごいのか、すごくないかは分からないが

「何卒!」

 瞬時に繰り出された土下座、いや、スーパー土下座は感嘆に値するだろう。

 洗練されたフォルム、 滑らかであり力強い。
ここまで完璧なDOGEZAが誰に出来るだろうか、否、出来はしない。
その姿は正に―――閑話休題

 その甲斐あって数十分もの説得と、その情けないまでに堂々とした行為に折れ、白河はステージに立つこととなった。






 そして今

「休憩したい~、出店~劇~縁日~」

 と舞台裏で白河がうなだれており、渉は「あとちょっとだけでいいから」となだめている。
 勿論うちのクラスは大繁盛。その列は途切れることなく売り上げも上々
しかしそれは白河の休む時間がないということで、舞台の上で渉は

「おいおいまだかよ!」

「ひぃー」

 渉は表から聞こえる声に震えながら

「白河様、どうか、どうかあと一曲」

「板橋くんさっきもそう言ってたもん」

「うっ、本当にラスト一曲だからさ、歌ってくれよ~」

 お客の列を見れば一曲で済むはずもないことは明確であり

「じゃあちょっとだけ、ちょっとだけ待っててくれ」

 再び舞台へ戻り

「もう少し、もう少しお待ちください、白河ななか嬢は今衣装換え中でして」

 と、お客の険相にビビリ、白河の休憩を伝えないあいつは本当にどうしようもない。
ヘコヘコと頭を下げる渉にため息をつき

 そろそろ行くかな。

 っとあらかじめ準備していたステルススーツに着替える。

 体に纏うは茶色い毛皮、くるっと丸いチャーミングなお目目、鋭い爪、ではなくキュートなお手て、この肉球に癒されないやつはいないぜ!!

 まぁぶっちゃけ熊さんだよね。杉並に頼んで作ってもらったがなかなかの出来だ。

 控え室に彼女しかいないことを確認して扉から半身だけだしちょいちょいっと手招きする。

「ん?」

 不思議そうにこちらを見ていた白河の瞳は時間が経つに連れ怪しげに

 あ、あれ?なんで白河さんそんな獲物見つけたみたいな

 椅子から立ち上がった白河は興味津々とばかりに歩み寄ってきた。

「こんにちは熊さん、ななかに何か用?」

 ノリが良い子だってことは知っているが何故か嫌な予感しかしない。

「熊さん?」

 やっぱり言わないと雰囲気でないよなぁ。

 覚悟を決めて

「捕らわれの姫君、あなたをお救いに参りました」

 心の中では、俺はなに言ってんだかと思うが、気にしたら負けだと自分に言い聞かせ、片膝を着き、大袈裟に頭を下げる。

「捕らわれ?」

「聞くところに寄れば、姫君は卒業パーティーを見て周ることも出来ず、ディナーショーとやらに無理やり参加させられていると」

 聞くところも何も同じクラスなのだが俺だとバレないために小さな小細工。

 まぁこんな熊の着ぐるみ着てる時点でバレないだろうが、自分の格好に泣けてくる。

「私めと一緒に逃げましょう」

 騎士のように手を差し伸べ反応を伺うと

「あれ?」

 きっと俺の気持ちを読み取ろうとしたのだろう、熊ハンドをぺたぺたと触っては首を傾げてを何度か繰り返す。

 ふ、ふふふ、ふはははは、甘い、甘いわ!!

 俺が白河に対し何の策も用意せず挑む訳がなかろう!

 別に勝負してる訳でも正体がバレてる訳でもないが勝った気分だ。

 どの程度服の厚みを無視できるか分からなかった為、熊ハンドは杉並に渡されてから改造に改造を加え熊ハンド(改)に進化したのだ!
と言っても肘近くまでを全部綿で詰めただけ、当然握ったりなんやりと手の機能は一切出来なくなったのだが、結局は

 バレなければ何でもおっけーだ!

「んー」

 相手の気持ちが分からないからだろう、悩んだ表情を浮かべている白河だが

「うん、行きましょー熊さん」

 笑顔で熊ハンドを掴み教室を飛び出した。

 この場を逃げ出さない可能性もあったが正史より休憩がなかったのだ。少し怖い(相手の気持ちが分からない)からってこのチャンスを逃したりしないだろうと踏んでいた。

 予想通りになって一安心。

「では此方へ」

 声色を変え紳士スタイルを始めたのはいいが、正直しんどい。

 どないしよ。











 階段を駆け下り廊下を走り去って校庭へ向かう。

 あぢぃ~。

 息はあまり上がっていないが着ぐるみは生地が厚く、視界どころか通気性も悪い。

 白河対策に改造しすぎた。

「あの~?」

 様子を伺うように俺を見上げる白河

 誰だか分からないやつに付いてくるのはやはり怖かっただろうし、勇気のいることだったのだろう。

 だから

「姫君、あなたは自由の身です、お好きな場所へお好きな時に赴いてくださいませ」

 こんな臭い台詞を吐き一礼した、邪魔者は去るのみ。

 白河なら誰かしら知り合いでも見つけて楽しめるだろう。それに彼女と行動するのは何かとリスクが高い。

 白河に背を向けかるく体を伸ばす。

 あ”ぁ~疲れた~。早くこの着ぐるみ脱いで奇麗な空気を吸わなきゃ死ぬ。

 この後どこに行くか考えて歩きだすと

 あ、あれ?何故に私めの熊ハンドを掴んでいらっしゃる?

「く、熊さんにほとぼりが冷めるまででいいので卒パ案内してほしいかな~なんて」

 え、なんで実は弱虫っ子の白河が頑張ってるの!?

「え~っと……喜んで?」

 疑問系には目を瞑ってほしい。元々楽しませてあげたいとは思っていたが、本人に拒まれると考えていたのだ。
 本編での彼女は、能力依存の反動でまともにコミュニケーション出来なかった時があった、それは魔法の木が枯れ人の心が読めなくなった時

 今はその時期と同じ環境なのではないだろうか、能力を失ったわけではないが俺の心が読めないという点は一緒だから。
だからこそこの白河の行動に驚きを隠しきれない

 ってヤベ、声戻し忘れてた。

「コホン、では姫君、どこか行きたい場所はありますか?」

「え~っと」

 こちらを伺いながら口をもごもごさせている。

 いやいや、俺が行きたい場所とか考えないでいいから。

 相手の考えから行動内容を決める癖は確実についてしまってるようだ。

「私めは姫君を守るのが役目、どうぞ御自分の行きたい場所をなんなりと」

 役作りとはいえ臭い、臭すぎる。

 絶対後で思い出してもだえ苦しみそうだ。

 だが、自分で考えて自分の意志で行動してほしい。そんな彼女になれる助けになれるならいくらでも我慢できる。

 熊の格好で出会った時のように片膝をつき頭を下げる。

「く、熊さん!?あ、あのっえっとっ」

 オロオロし始めた白河に苦笑する。かなりのレアショットなのだろうが彼女を休ませるために連れ出したのだ。これで疲れさせたら本末転倒もいいところ。

「姫君、あなたはお姫様なのですから「熊よ、わらわは庶民の食べ物が食べたいぞよ」とでも言っていただければいいのですよ」

 言われた白河は初めキョトンとした表情を浮かべていたが

「ふふふっ、何それ」

 おかしぃと笑い始めてくれた。

 よかった、少しでも方の力を抜いてくれれば幸いだ。

「では熊さん、私を連れて行って、あなたの行きたい場所へ」

 あらら、まぁそんな簡単に根本が変わるわけないか。

「かしこまりました、しかし私が行きたい場所は姫君が喜んでくれる場所、なので道中興味があるものがあれば勇気を出して呼び止めてくださいませ」

 勇気を出してなんて思わせぶりな言い方をしたが本心でもある。本人にこの気持ちが伝わればいいのだが

 でも実際は押さえ込んでしまうだろうなぁ。

「ありがとう熊さん」

 その言葉に希望を抱きつつ

「私の事はどうぞ、ドナテルロと」

 熊の名前を伝えた。

 まずは焼きそば屋にでも行くかな。

 手を引くことはないが白河を背中に隠し、まるでナイトのように歩くのだった。

 熊だけど。










 色々な出し物で賑わう道を進む中

「ねぇ、ドナテルロはどんな所に住んでいるの?」

「私はとある山の中にあるお城で従者として暮らしています」

「ドナテルロは普段どんな事をしているの?」

「毛皮の手入れでございます」

「ドナテルロって男の子だよね?」

「はい、立派な雄でございます」

「兄弟は?」

「妹が一人おります」

「好きなタイプは?」

「毛並みのよいメス熊など魅力的ですね」

 等々云々の質問攻めにあっていた。

 不真面目な答えばかりだったが白河は楽しそうに笑ってくれている。間間にこちらの素性を確かめる質問もあったがのらりくらり
勿論ボロを見せるヘマはしない。

 おっと、気づけば目的地に着いていたようだ。

「こちらにありますのが焼きそば屋でございます。庶民の食事なので姫君のお口に合うかわかりませぬが」

「あはは、すっごくおいしそうだよ~」

 ここまでの会話で緊張が解れたのか、ただ目の前の焼きそばの匂いにつられたのか少しだけいつもの笑顔を浮かべた白河を見て、やっと俺はホッとする気持ちになれた。

 ちょっとした変化だがそれが今後彼女の助けになればと思う。

「亭主、こちらの姫君に最高の一品を」

 だからちょっと調子に乗った俺は熊の格好と忘れてこんな事を言ってしまっていた。

 幸いなことに

「へい、かしこまりました!」

 と雰囲気を出した言い方をしてくれたので助かった。

 お祭りだからだろうか、なかなかいい仕事するじゃないか。

 学園のアイドルは伊達じゃないって理由を後で気づいた俺は阿呆そのままだったと思う。

 白河に見えないようにポケット(自作)からお金を出し焼きそばを受け取る(と言ってもお財布を器用に熊ハンドではさむ様に持ち、中身を店員に出してもらう形だが)そのまま焼きそばも熊ハンドに乗せてもらい白河に渡そうとしたのだが

「あの、ドナテルロ、私教室にお財布置いてきちゃってて」

 抜け出すように出てきたので当然だ。だから俺が払ったんだけど。

「姫君、ここはこの熊めにお任せを」

 どんなにかっこよく言おうがたかが150円、しかも熊

 俺は熊さんより猫さんがよかったんだ、ちくしょー。

 その言葉と共に焼きそばを渡すと控えめに受け取ってくれた。

 熊ハンドの上が危なっかしすぎたから仕方なく受け取ったのだとは思いたくないが。

 まぁ貰ってくれたなら何でもいっか。

 とも思う。

 白河があとで払うからと言ってきたが、俺はいえいえと断り続けた、正体ばれたくないし、もうこの着ぐるみを着たくないのが本音なのだが

「このドナテルロ、熊畜生な為人間様のお金を持っていても使い道がないのでございます」

「えー」

 そんな言い合いでも笑いが生まれるから不思議だ。熊の力恐るべし。

 てか意外と頑固なんだねこの子。結局言い負かされて卒パが終わったら取りに来てってさ。

 勿論行かないけど。









 だが今の会話で大分雰囲気に慣れてくれたらしい。白河の口調は明るく足取りも軽い。本来彼女が持っているくるくると可愛らしい笑い方で行きたい場所を素直に教えてくれた。

 熊ハンドを引っ張りながらあちこちへ興味を示す。これが本来の彼女なのか違うのか

「あ、ご、ごめんね私ばっかり……」

 息の上がり始めた俺に気づき、後悔か心配か分からないが俯いてしまった白河。

 ったく、この子はまた。

「相手のことを考えるのもいいが、自分も大事にしろよ」

 またやっちまった。声色は変えていたが口調を間違えた。
慣れんことはするもんじゃないな、妙に偉そうな事を言ってしまった。

「ドナテルロって人の考えがわかるの?」

 うん、やっぱりこんな役もうやらん、そのうち大ポカしそうだ。

 軽く考えてる俺の心とは別に冷たい汗が背中を伝う。

 ホント、この子にはたまにドキっとさせられる。

 此方が読み取られていると勘繰ってしまうほどに。

「いえ、主人の事を常に考えるのが執事の務めで……」

 搾り出した言葉がそのままの意味で問題なく伝わったと信じたい。今後の生活のためにも。

「あははは、今度のドナテルロは執事さんなんだね」

 どうやら俺の答えで満足してくれたみたいだ。

 しかし、こう二人で長々ふらついているが見つからないもんだな。渉を警戒し続けてはいるが一向に現れる気配が

「白河のやつどこにいっちまったんだよぉ~」

 考えてるそばからこれだよ。渉のやつ最近存在感薄いんじゃないのか。

 面倒だが話しに行くか。本編のように着ぐるみの中に入れる訳にもいかんし。

「ど、ドナテルロ!チャックがないよ!?」

 勿論対策済み。チャックの位置を横にずらし、毛で隠すこだわり様。

「とりあえずそこの木の後ろにでも隠れててくれ」

 言葉遣い?そんなのは後だ。

 白河が潜む辺りに視線が向く前に渉に近づく。

「どうしたんだ渉」

 今来た風を装って目の前に立ちふさがる。勝利条件は白河がばれないこと。

 渉相手だったら余裕だな。

「どうって、大変なんだよ!白河はいなくなる、杉並も問題起こす、列はなくならないしで」

 色々ありすぎだろ。そのおかげで白河を探す人数が割けなかったのだろうが

「義春、お前もこんな所で遊んでないで手伝えよ」

 声色変えてなかったからな、バレて当然。

「俺だって今忙しいんだよ、なんでこんな格好してると思う」

「え?趣味じゃべハッ」

 熊ハンドを一閃。

「んな訳ないだろうが、杉並って言えばわかるだろ?」

「あぁ、お前も大変だったんだな」

 労わるように肩を叩く。

 余計なお世話だ。

「そういえばさっき焼却炉あたりで騒いでたけど、それじゃないか?」

 嘘は言ってない。ちゃんとまゆき先輩が「杉並~~~」って叫んでたし。まぁ本人はもういないと思うが

「そっか、サンキューな」

 走り去る渉の後ろ姿はまさに負け組み。

「姫ご安心を、悪は滅びました」

 その言葉に顔を出す白河。

「ドキドキしたね~」

 その顔は笑顔でいっぱいだ。

「ドナテルロ、今日はありがとうね、とっても楽しかった」

 熊ハンドをぶんぶん振って

「皆に迷惑かけちゃったし、私もう戻るね」

「はい、楽しんでいただきこの熊めも嬉しゅうございました、この後のステージも頑張ってください」

 どうせだから最後まで、へんてこキャラでここまで来てしまったが、ドナテルロを演じることは二度とないだろうしやりきりますかな。

 腕を曲げ奇麗にお辞儀した。

 だが白河がいなくなる気配がなく俺も顔をあげられない。

 えっと?俺にどうしろと?

 もうお役御免とばかり思っていたが白河は違ったらしい。

「最後に、最後にお願いがあるんだけどいい?」

 そんなことか、ちょっと焦った。

 白河がお願いするなんて滅多にないからな、出来るなら叶えてあげたい。

「私で叶えられる事ならばなんなりと」

 俺は頭を低くしたまま。

 沈黙が続き、何かあったのかと顔を上げたところで

「その、その着ぐるみを脱いでくれませんか?」

 真剣な眼差しを向けられる。

 あぁ困った。折角の願いなので叶えてあげたいがそれは無理だ。こんな事で感謝されるつもりがない、という理由もあるが、今までの関係が崩れるのが一番怖い。

 クラスで俺は白河を避けている。同じクラスになったばかりの頃に比べれば、普通に話す間柄になってしまったが、これ以上近づくきっかけは少ないに越したことはない。俺との距離が近すぎてはいけないのだ。

 だから白河にはこう思っててくれなければいけない「雪村義春は白河ななかを避けており嫌っている」と。

 白河の幸せを願い手伝いたい俺が、一番近づけず悲しませている可能性がある矛盾。

 本当にままならない。

 ここで俺はこう言うしかない。

「これは皮膚でございます。残念ながら脱ぐことはできません……ですが、またいずれ会えるでしょう。
困ったことや、願いがあれば私はあなたの助けになりましょう」

 熊の着ぐるみで見えないだろうがニッコリと微笑む。今後も彼女の助けになれればと。

「そっか、残念」

 と落ち込む彼女だが

「あ、でも帰りにはお金受け取りに来てくれるんだよね?」

 忘れてなかったか。

「えぇ、必ず」

 また嘘をつく。今までも、多分これからも嘘を重ねる俺は歪んでいって、最後にそんな自分に嫌気がさす日がくるかもしれない。だからその前に――――

 人を疑うのを知らない少女のような、満開に咲く桜のように笑った彼女に

「えぇ、またいつかきっと……」

 俺は言葉をそっと返した。





[17557] 6話 『悲劇』
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2014/03/01 21:41
「何があったらこんな事になるんだ?」

 俺は自分のクラスに戻り立ち尽くしていた。その光景に気づいてから一歩も動けずに汗が頬を落ちる。

「ま、まさか……!!」







6話

「今まで何が言いたかったって、妹っていいよねって事だよ」





 たった数十分、そう数十分だ。俺がこの場から離れてからそれだけしか時は経ってない筈だ。皆が笑い合って活気溢れ出たあの空気はどこへ行った!?

「くそっ、なんて事だ」

 思わず膝を着いてしまう。

「みんなすまねぇ、俺が不甲斐ないばかりに」

 地獄の閻魔様だってもう少しまともな仕事をする。それ程壮絶な場だった。

 廊下という、時に友情が、時に愛が生まれるほど平和な場所が今では見る影もない、ただあるのは屍のみ。

 ある者は口を押さえ、あるものは首を締め付けながら倒れている。

 きっとコレを見た人はこう言うだろう。誰だ、こんな非人道的大量殺戮兵器を使った奴はと……。

 だが何故だろうか、皆幸せそうな顔をしているのは。

 これが幸せの味か……と聞こえた気がするが気にしない。

「……っ!」

 無力さを嘆いてる時間はない、早く奴を止めなければ!!

 足に力を込め倒れた人達を乗り越えて行く。苦しみ続ける人から目を背け真っ直ぐに調理場へ向かう。考えたくは無いが犯人はあいつだろう。

 人がいるべき受付に誰も居ない事を確認し確信を深める。

「由夢っ!!」

「よ、義春さんどうしよう」

 メガネを看病してる由夢がそこにはいた。メガネだけじゃない、この場で立っている者は一人もいない。

「遅かったか」

 全滅、こんな簡単に俺らのクラスが終わるだなんて誰が分かるだろうか。

 せめて俺には知る権利がある。あいつ等が散った様を。

「……何があったんだ?」

 その言葉に焦った表情を浮かべ

「み、皆さんお忙しいみたいでしたので、お昼におむすびをと……」

 薄々自分が原因と気付いたのか目が若干泳いでいる。

 それ以上は聞くまい。

 そう、犯人は間違いなくコイツ、由夢だ。

 ただ解せない事が一つ。何故皆は毒物と分かっていながら食べたのか……。

 男子は分かる、見ためは可愛い女の子だ、せっかくの差し入れを断る事が出来なかったのだろう。だが女子は?

「由夢、その時の事を詳しく話してくれ」

 若干目を潤ませた由夢は

「……はぃ」

 と小さく頷きぽつりぽつりと語り始めた。











 神様、やっぱりあんたはサイテーだ。

「由夢、今度はちゃんと料理の勉強しような……」

 慰めにもならないが一言伝え、俺は迷わず携帯片手に119番を押した。

 要約するとこうだ、ななかが戻って来たために、客を捌ききれずに由夢を実戦投入、見た目とやる気だけはある由夢だ。それが神懸かり的な奇跡を生んだらしい。

「み、見た目は斬新だけど美味い」

 この男子の一言もいけなかったのだろう。その言葉に女子も釣られ全員が食べ終わった頃、最初におにぎりを食べた人が苦しみ出したらしく、一人、また一人と倒れていき……

「……遅効性の毒か」

 獅子身中の虫とはよく言ったものだ。

 南無。

 この惨劇を繰り返さないよう俺は強く誓った。





「何があったんだ雪村!!」

 あぁ~そう言えばコイツがいたか。

 杉並は床に落ちていた丸いナニカ(自称おにぎり)を見

「……遅効性の毒か」

 お前凄いのな。

 なんて事もあったが割愛する。




 その後、クラスで生き残った4人(俺、杉並、渉、白河)のみで体育館へ向かった。

 豪華商品の結果確認のためだ。

 しかしクラス別に集まっているので異様に目立つ、てかクラス全員で4人て。

 あーテステスとマイクを確かめる会長。

 やっとこの気まずい雰囲気から解放されるらしい。

 こほん、と一言置いて

「……えー、今日はお疲れ様でした。皆さんは存分に楽しめたでしょうか?
私は皆さんのおかげで卒業パーティーを盛大に執り行う事ができ、私は大変満足………満足……」

 会長の肩がぷるぷると震え始める。

 生徒達も卒業式の事を思い出したのか目に涙を溜始めるも人チラホラ。

「…………こんな結果で満足できるかぁあああああ!!!!!いいかお前等、いや付属二年一組!!てめぇらのせいで救急隊員には新種のウィルスではなんて言われるわぁ警察に事情聴取されるわ……ムキィーーーーー!!」

 会長が壊れた。磯鷲(いそわし)さんと言ったか、元はあんたの一言が原因なんだが。

 由夢をチラリと見ると

「あ、あは、あはははは……」

 乾いた笑いを漏らし気まずそうに顔を逸らしていた。当然俺達も。

 視線が痛ぇ。

 ただ会長にはドンマイとしか言いようがない。第一俺らは被害者なんだ、由夢を恨んでくれ。
むしろ※1塞翁(さいおう)が馬だと強く生きてほしい。

 そんな会長を音姫さんとまゆき先輩が取り押さえ口早に売上上位クラスを発表していく。





 そして




「第一位!!付属二年三組です」


 ありゃ、杏のクラスが優勝しちまったよ。原作だと学生の本分を逸脱した公序良俗に反するとか言ってた気がするのに。

「なお、付属二年一組は驚異的な売上でしたが入院費等で売上は没収、事情聴取もあるので勝手に帰らないように」

 ……ですよねー。

 てかその事が目立ち過ぎて杏のクラスがセーフになったのだろう。

 やれやれと俺達は肩を落とし、ビシっと指差すまゆき先輩に俺達は頷くことしか出来なかった。














「やっと終わったぁぁぁ」

 この年で警察の世話になるなんて真っ平ごめんだ。

 俺ら4人はその場に居なかったのでわりと早くに終わったが、会長含む生徒会メンバーはまだ帰れないようだ。

 まぁ最後の仕事だと思って頑張ってほしい。

 残念ながら?殺人コックである由夢が事情聴取されなかった時点で迷宮入り間違いないだろう。とりあえず誰かが意識を取り戻さない限り。

 実際病院の検査では原因不明って事になった訳だし由夢自体は大丈夫だと思う。寧(むし)ろクラスメートが心配だ。

 それと色々ごたごたして忘れてたが、今日はこれらの他にイベントがあった気がするんだが。

「はて?」

 なんだっただろうか、小説版DCの内容だったのであまり細かい所を覚えていない。大した事じゃなかったと思うが気になる。

「……う~ん」

 と首を傾げながら歩いていると。

「兄さん」

 あ、思い出した。

 由夢が校門で待ってて、音姫さんとまゆき先輩とも合流し、その後朝倉家から芳乃家に引っ越しを、って……アレ?

「杏?」

 そこにいたのは妹の杏だった、何故に?

「大丈夫だった?」

 朝倉姉妹との関係が原作と違うので当たり前と言えば当たり前だが。

「大丈夫もなにも俺は何もしてないから」

 何故待ってたんだろうか?打ち上げやらに行くと思ってたのに。

「誰かと待ち合わせか?」

 もうクラス解散から1時間程経っている、春が近いとはいえまだまだ寒い。

「兄さんを待ってた」

 当然元から朝倉家に住んでない俺はさくらさん家に移動イベントも有り得ないのでいつも通りの日常かと予測してた。なので杏が待ってるとは考えもしなかったので驚きもひとしお。

「そっか、待たせて悪かったな」

 ふるふると首を振り否定してくれる妹の頭を軽く撫で一緒に歩き始め

「知ってたら抜け出して来たのに」

 とおどけて見せる。

 鼻頭が赤くなるまで待ってるんだもんな。本当に俺みたいなダメ兄貴を持ちながら真っ直ぐに育ってくれたものだ。

 ばあちゃんが死んでからさくらさんによくお世話になってたとはいえ、基本的に俺と杏は二人暮らしを続けてきた。
 子供だった俺らだけで暮らすのは誰もが心配し、さくらさんも一緒に暮らそうと言ってくれた。当時の俺もさくらさんを助けるきっかけが欲しかったのでお世話になりたいと言ったのだが、杏が馴染めなかったのだ。

 杏にとって母はおばあちゃんであり、家は雪村家。

 記憶出来るようになった杏はその思い出が全てで、その記憶が無くならない。だからおばあちゃんの死を受け入れられなかった杏は変化を恐れた。家族以外がいるだけで食事も喉を通らなくなってしまうほどに。

 そんな過去を持ちながら此処まで素直な子に育ってくれたのは奇跡と言っていい程の幸運だろう。

 そんな俺を横に

「…待ってるのも案外いいものよ」

 と、呟く杏。

 そんなもんかね。とかつっこむと藪蛇になりそうだから聞こえなかった事にするけど。

 あ、そう言えば

「豪華商品って何だったんだ?」

 結局それが全ての元凶な訳で、あの努力が何の為に行われたのか知りたい。

 なのに

「……内緒」

 さいですか、まぁどうせ食品券やらだろうさ。

 う、羨ましくなんかないんだからな!!俺だって……俺だって…………さくらさ~ん(泣)

「そのうち教えてあげるから泣かないの」

 泣いてない、これは心の汗だ。

「……」

 我ながらいじけてるようで子供みたいだ、顔を見られたくなく逸らしてしまう。

 きっと自分はムスっとした表情になってるだろう、年頃の女の子は秘密が多いとは聞くが妹に内緒にされると悲しい。

 それに悔しいのもある、売上は確実に勝っていたのにと今更に考えてしまう。

 豪華商品が良いものだったら杏にプレゼントできたのに、とか

 その商品を妹自身が持っているので意味ないのだが。

 ただそっと俺の手を握る杏の手が冷えてるのを肌で感じ

「ならいいけど」

 そんな風に答えてしまう。なんか最近こんなんばっかだなぁ~と思うが気にしない。兄妹なんてこんなもんだろ。

 並び歩く杏を見ればそんな俺が面白かったのかにこにこと普段教室では見る事のない真っ直ぐな笑顔を向けていた、一緒に暮らしているとニヤリとしたあの表情を忘れてしまいそうになる。

 どっちの杏も可愛いんだけどさ、いろいろと兄妹として問題な気がしてそれは口には出さない。

 身内の贔屓目だろうか。

「今日の晩御飯何にする?」

 笑顔のまま聞いてくる杏に

「任せる」

 と単調に返し、日の沈んだ空を見上げた。

 今日1日の出来事は知っていたが知らない世界でもあった。

 杏のクラスの出し物もある程度合っていたし、白河の事も概ね予測通りだった。
なのに自分のクラスの状況はどうだろうか、全く思い通りにはいかなかった。

「ままならないな」

 ん?と杏は小首を傾げるが何でもないと歩先を進める。

 俺が知ってる未来の知識には偏りがあり、やっと知ってる未来だと足掻いた所で思い通りには進まない。

 今回はゲームと現実とのズレを確かめるのが大きな目的だったのもあり、本作とかけ離れた事はしていない。

 なのに未来が大きく変わった、最終的に俺はどうしたいんだろうか?

 次の知る場面は来年の12月辺りだ、しかしそれはゲームの世界でありそれ以上でもそれ以下でもない。
 俺はここに生きていてその一年を過ごさないといけないのだ、だから先ばかり見過ぎると足元で躓(つまず)く。

 今までも何度かあった、特に音姫さんの事を思い出すだけで憂鬱になる。

 そんな俺が悩んでるのを感じてか、杏は色々と話を振ってくれていた。

「ははは」

 自然と笑いが零れる。

 あぁそうか、結局俺は自分の事だけで精一杯なんだ。知らない世界に放り投げられ杏と一緒に暮らして、自分の居場所も分からずにウロウロと。

 人を救う以前に杏に心配掛けて何考えてんだかな俺は。
 
 このままずっと幸せでいたい、杏がいてさくらさんがいて他にも沢山の友達がいて。

 自己中なのだ俺は。未来を変えたいだのこの世界を救いたいだの、そんな英雄じみた事がしたいんじゃない。

 自分の周りに不幸な人がいるのが嫌なだけなんだ。

 未来を知ってるから、可能性の一つでしかないが出来る事があるから
そんな理由でさ迷ってただけ。

 俺は自分が幸せになる為に自分に出来る事をやる。

 それが今出来る精一杯な俺の生き方だ。










 買い物を済ませ家路に向かう俺を止めた杏が一言。

「そう言えば、今日はさくらさん家で晩御飯だって言い忘れてた」

 今の杏はさくらさんに苦手意識を持ちながらも過ごすことが出来るまでになった。そんな変化があってからか、学校でさくらさんは積極的に杏に会っているようだ。

「そうだったのか。まぁ沢山材料買ってたから不思議ではあったんだけど」

「朝倉姉妹も来るみたい」

「え”っ!!」

 やっぱり俺は生きて行く事だけで精一杯だ。




※1 人生思いがけないことが幸運を招いたり、不幸に繋がったりするので、やたらに喜んだり悲しんだりしても始まらない事



[17557] 7話(過去前編)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2014/03/01 22:28
第7話
「過去に戻れるなら俺にはやらなくちゃいけないことがあるんだ!!」(前編)



 おばあちゃんの葬式の時、財産に関係なく来てくれた一人の女性は泣いていた。
皆悲しんだ表情を浮かべるだけの中、彼女だけが涙を流し、俺達の事を本気で心配してくれている。そんな少女、芳乃さくらさんだけが俺達の味方だった。

 それはとても嬉しいことで、おばあちゃんもきっとその人に感謝しているだろう。

 ただそんな彼女を見た事で気づいてしまった事があった。

 半数以上が悲しんでる顔の下は財産の2文字が浮かんでいる。ハンカチを顔に当て肩を震わせているが、実際は喜びに肩を震わせているのだろう。葬式を挙げてくれた人はおばあちゃんの事を思って挙げたのではなく、未来の自分に投資したのだ。
そんな事信じたくなかったが、実際会話すれば底が見えた。

「ばあさんは残念だったな、まぁ俺が今後世話してやるから心配するな」

 心配とはお金の事だろうか。

「今までずっとおばあちゃんと一緒だったんでしょ?私もおばあちゃんにはよくお世話になってて」

 俺はお前なんて知らないし聞いたことも無い。

「法律って知ってるかな?」

 知っている。お前なんかに頼らないほどには。

「お前らは黙っているだけでいい」

 財産がお前らに入らなければな。

「何か欲しいものあるかい?」

 おばあちゃんを心から想ってくれる親族はまったくいなかった。いたらそもそも三人で暮らしてなっかたと思う。

 財産目当てだと隠す人物から、そのまま伝える人から色々いた。俺がただの子供だと思って子供だましみたいな物言いのやつもいたし、俺に関わらないように根回ししてるやつもいた。

 そんな大人達の言葉や態度が悲しくって、辛くって、
黒くどろどろとした感情が体に入ってくるようだった。

「大丈夫だ、俺ならやれる」

 自分に言い聞かせるように、この感情に負けないように

 心から泣いてくれている彼女を見て、俺は杏の手をしっかり握った。







 葬式が終わった後すぐに杏を花咲家に行かせることにした。
確実に汚い言葉が飛び交うであろうこの場にいさせたくなかったからだ。

 花咲家の両親も俺達を心配してくれる人であり信用ができる。

 友人の両親に対し信用とか言ってる時点で俺はたぶんこの空気に汚染されてたんだと思う。

「雪村家長男、雪村義春と言います。皆様、本日は―――」

 子供らしからぬ言葉に場が静まり返った。一枚の紙を出し内容を読むにつれ大人達が騒ぎ始めるが気にしない。

「―――とあり、財産は私、雪村義春に譲るものとする。以上がこの遺言書に書かれた内容です」

 偽物じゃないか?や、そんなのは嘘だ、なんて言葉は当たり前のように言われ、杏には確実に聞かせられない罵詈雑言の数々

「裁判でも何でもどうぞ、弁護士の元作成された遺言である以上結果が変わるとは思いませんが」

 感情の無い言葉で淡々と伝える。

 おばあちゃんに頼んで作ってもらった遺言書。本当だったらこんな物作ってほしいなんて頼みたくなかった。
 お金なんて働ける年までの生活費があればいいし、家だってもっと小さくてもいい。

「何か意見がなければ私は家に帰ります」

 ただ杏のためにも早く終わらせたかったし、将来杏がしたい事の助けになればと思ったのだ。

 全員の視線を浴びながら背を向け歩き出す。俺はまだやらなければいけないことがある。

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!!」

 っち。

「なんでしょうか」

「あんたら養う人物が血縁じゃないってどういうことよ!それに芳乃さくらなんて得体の知れない」

 腹が立つ、が切れてはいけない。

「あなた達は知らないと思いますが、今まで良くお世話になってた方ですよ」

「こんな奴に頼るなら俺の方が―――」
「芳乃さんでしたっけ?こんな子供みたいな―――」
「そんなのお金目当てに―――」
「どうせ―――」

 ここぞとばかりにそれぞれ自分の必要性や、さくらさんを貶める言葉が紡がれる。

 我慢だ、こんな奴等をを相手にする必要なんてない。

「ばあさんも余計な事書きやがって」

 ただ

「黙れよ……」

 ここで黙っていられるほど俺は大人でもなければ

「そうね、本当になんだってこんな事書いたのかしら」

「黙れって……」

 こんな連中に怯むほど子供じゃなかった。

「おばあさんもちょっとは役に立ちなさいって感じよね」

 おばあちゃんの悪口を言う空気が周りをおかしくしたのか、それとも本心なのかは分からない。

 だが俺は鬱憤を晴らすかのように

「黙れつってんだろうがっ!!お前らこそ全員金が欲しいだけだろ!
今までばあちゃんに何かしたか?俺達が困ってる時何かしてくれたか?俺達の事知りもしないやつがふざけたこといいやがって
さくらさんを、ばあちゃんのことを悪く言うんじゃねえええええ!!」

 叫んだ。

 こんなやつらがおばあちゃんの親族だってんだから世の中間違ってる。

 再び静まり返った会場を俺は一人歩き出た。

 ちくしょう……。








 式場の外に出るとさくらさんが立っていた。
 彼女には先に帰ってもらうように言ったのだが、わざわざ待っていてくれたらしい。

 一言お礼をしようと近づくとさくらさんは何故か少し驚いた表情をしていた。

 はて?

 自分の体を見渡すが特に異変もない。

「ちょっと待って」

 そう言いカバンから出した何かを渡された。

「えっと」

 それは小さく桜の花が刺繍された布。

 コレをどうすれば、と聞こうと思い首を傾げると

 暖かい何かが頬を伝う。

 そこで俺はやっと、出されたそのハンカチの意味を知ったのだ。

 俺はいつの間にか泣いていたのか。

「おかしいな、こんな予定じゃなかったのに」

 格好付きませんね。と必死に笑顔を浮かべようと思うがうまくいかない。

 渡されたハンカチを汚すのも悪いと袖で顔を拭うが、全然涙は止まらなくて

「あれ?くそ、止まんない」

 何度も何度も擦るが

「ははは、なんだよコレ」

 自分の体なのに思い通りに動かない。

 むしろ涙はどんどん溢れてきて

「義春君、もういいんだよ」

「ちょ、ちょっと待ってください、今に止まると思うんで」

 必死に顔を抑えるがうまくいかない。

 本当にどうしたんだよ、何で涙が止まらないんだよ。

 さくらさんに泣いている姿を見られるのが恥ずかしくって、背を向けたのだが。

「いいんだよ」

 何がいいのか分からない、早く泣き止んでコレからの事も話し合わなければいけないのに。

「もう一人で頑張らなくていいの」

 温もりに包まれていた。

「今までよく頑張ったね」

 俺は全然頑張ってなどいない、これからもやる事は沢山ある。

「だからもう一人で抱え込まないで」

 未来の事も考えて行動しないといけないんだ、誰かに相談なんて出来やしない。

「大丈夫だから」

 けど

「お母さんに任せて」

 その言葉で、俺は人生2度目の大泣きをした。












 遺言に書かれていたように財産は俺と杏に入る。だが問題なのが俺と杏の年齢だった。
生活自体は俺の知識だけで生きていける。だが学校や病院等々、親がいないと出来ない事は多く、相続したお金も自由に使えるわけではない。
だからおばあちゃんは遺言状を書く前にさくらさんに頼んだのだ。俺がさくらさんの名前を出したからかどうかは分からないが。

「ううん、でも本当によかったの?」

 さくらさんの目も赤く、涙の跡も残っている。

 葬式では彼女も泣いていた。俺だけが悲しんでる訳じゃない。

 だから今はもう表に出して悲しんだりしないが、先ほどの自分を思い出し悶えそうだ。

 いや、あれはない本当に
 
 穴があれば入りたい。

 表では平静を装っているが顔から火が出そうなほどに顔が熱い。

「はい、全て此処に書かれている以上あの人達は何もできませんから。さくらさんがわざわざ不愉快な気分になる場に出る必要はなかったので」

 俺と杏の親権はさくらさんが持つことになった、名前は雪村のままに。

「これからうちに来る?」

「いえ、杏を迎えに行かないといけないんで」

 さくらさんに抱きしめられたまま号泣した後、一度芳乃家を見に行った方が必要な荷物がわかると話し合ったのだ。おばあちゃんと過した家ではなく、これからお世話になるさくらさんと暮らした方がいいだろうと事前に話していたから。

「だから杏にも説明したら一緒にさくらさんちに行きますね」

 杏にはきっと俺なんかじゃなく、ちゃんとした大人の下で育った方がいいに決まっている。

 杏はまだ小さいので意味が分からないと思い、まだ引越しの事は伝えていないが

 ま、大丈夫だろ。

「俺達二人の荷物はあまりないんですが、準備とかもありますので引越しは後日って感じになりそうです」

「うん、こう言ったら良くないかもしれないけど、楽しみに待ってるね」

 おばあちゃんの事をまだ考えてくれている事に心の中で感謝し

「はい、これからよろしくお願いします」

 お辞儀をして杏の元へ向かうことにした。














「ほら、杏ご挨拶」

 花咲と遊んでいた杏を迎えに行き、その足で芳乃家へ赴いたのだが

「うぅ~」

 何故かさくらさんちの前で杏は俺の背中に隠れてしまった。

「にゃはは、杏ちゃんこんにちは」

 と、さくらさんが話しかけるが、ますます俺の背中に顔を押し付けるように逃るばかり。

「杏どうしたんだ?」

 俺が聞いても顔を横に振るばかりで、顔を上げてはさくらさんを睨んでいる。

「杏ちゃんどうしちゃったのかな?」

 さくらさんも優しく聞いたのだが、どうやら出る気はないらしい。俺を掴む力が増すばかりだ。

「う~ん、ボク何かしちゃったかなぁ?」

「そんな事ないと思うんですが」

 一向に動かない杏に疑問を浮かべながらも

「とりあえず中に入ろっか」

 という提案に乗ることにした。

「そうですね、ほら杏行くよ」

 だが、へばり付いている杏を引き離そうとするが

「うぅ~~」

 瞳に涙を浮かべる。

「さっき言っただろ?これからはここで暮らすことになるって」

 頑として首を横に振り続ける杏を見て首を傾げるしかない。

 杏は今まで俺が言ったことに盲目的と言えるほど着いてきていた。だから拒否であろうと意見を言ってくれるのは嬉しいが

「仕方ないよ義春君、雪村さんが亡くなったばかりだし」

「そうなんですけど、いつまでも二人って訳にはいきませんから」

 最初は知らない場所で不安があるだろう。だがこれからはここで過ごすのだ。
だから杏が何を嫌がっているか分からないが、俺も折れるわけにはいかない。

「杏、言いたい事があったら言っていいんだぞ?」

 優しく言った事に安心したのか

「おばあちゃん……」

 小さな声で話し始めてくれた。ただ

「ん?おばあちゃんがどうしたんだ?」

「おばあちゃん家で待ってるもん……」

 その杏の話に、俺とさくらさんは言葉を失った。












 俺もさくらさんも杏には時間が必要だと判断し雪村家に帰ってきた。
杏がおばあちゃんの死を受け入れられるまで、さくらさんも一緒に此処、雪村家で住むという案もあったが、杏がさくらさんを睨むという事実もあって、しばらくはまた俺と二人暮らしすることになった。

 俺に生活能力があること(今までおばあちゃんと杏の生活を支えてきた事)をさくらさんに説明し、納得とはいかないまでも何かあったらすぐにさくらさんを呼ぶことを条件に様子を見ることになり、今は二人広い部屋に一緒に過ごしている。


 おばあちゃんがいなくなり、いつも以上に広く感じる部屋。おばあちゃんがいつも座っていた場所はもう座布団しかない。そんな居間に俺と杏で二人ぽつんと。

 杏に何ていえばいいんだろうか、杏はまだおばあちゃんがいると思っている。

 天国に行った?星になった?そんな言葉で済ませていいのだろうか。

 悩みながら帰路を歩いていたのだが、その答え自体が間違っているのではと思い始めたのは家に帰ってすぐだった。

 さっきまでの俺は、おばあちゃんがどこかへ出かけているだけと杏が思っていると考えていた。だが実際は時折おばあちゃんの座布団の上をにこりと微笑みながら見ていたのだ。
まるでそこにおばあちゃんがいた時の様に。

 幽霊なんて存在は信じていなかったが、まさかと思う光景。
桜への願いがずっと3人で過ごすことを願ったからでは、とも考えたが記憶力が増してることからもそれは無いだろう。

「杏、おばあちゃんはそこにいるのか?」

 あまりにも自然な態度で

「うん、おにいちゃんには見えないの?」

 と言うのだから頭を抱えるしかない。

「おばあちゃん何か言ってるか?」

 と聞けば

「きのうとおなじこと言ってるよ」

 と答える。

 本当に困った。

 昨日も一昨日もおばあちゃんはいなかったのだから。

 一つ気になったとすれば

 同じ事ってなんだ?

 実際にそこにおばあちゃんがそこにいるのなら会話してもおかしくないと思うのだが、杏はたまに頷くだけ。

 「なぁ杏、おばあちゃんたまに誰もいない所見て話してないか?」

 その事と杏の能力で思いついた事があった。

「……うん」

 あぁ、やっぱりか、やっぱりお前は

 思わず杏を抱きしめる。

 杏が願った力は記憶、だがその記憶は完璧すぎた。
過去を思い出せばそこにはおばあちゃんが、楽しかった日々が変わらずにある。笑いあった頃の思い出はぬるま湯のようで、居心地が良すぎて……

 幼い杏は思い出と現実の区別が付かなくなっていたのだ。それ程に毎日が明るくって、無くしたくなかったんだろう。

 その杏は

「どうしたの?」

 と不思議そうにしながらも嬉しそうに顔を寄せてくる。

「あのな杏、おばあちゃんはもう死んじゃってそこにはいないんだよ」

 だからそんな杏にそのままの事実を、曖昧に言うのではなく死を伝える。

「だからもう」

「だったらあんずもしんでおばあちゃんにあう!」

 こうやって現実から逃げない様に。

「杏が死んだらもうお兄ちゃんと会えなくなっちゃうんだよ?」

 「でも」

 小さな杏には分からないかもしれない。けどこれからも起こるであろう辛い現実から目を背ける子にならないでほしい。

「目には見えないけど、おばあちゃんはいつも俺と杏の中にいるから」

 本当にその人が死ぬ時は、誰からも思い出されなくなった時だと思ってた。
だけど今は俺と杏の中で生き続けてると思える。おばあちゃんが教えてくれた事はこれからもずっと俺達を助けてくれるだろうと思うし、考え方の一部はおばあちゃんがくれたものだからだ。

「いつもおばあちゃんは俺達を見守ってくれてるんだ」

 けど、その想いを背負ってもこの現実に杏が耐えられないと言うのなら

「だからそのおばあちゃんに恥ずかしい所を見せないようにちゃんと生きていかないと」

 俺はそんな彼女を後ろからそっと押して助けられる人間になりたいと思う。

「代わりにはなれないけど」

 俺だって人にどうこう言える人間じゃない事は分かっている。心も弱いし自分の事も満足に出来てない

 けど

「杏が大人になるまでずっと一緒にいてやる。だから思い出ばかり見ないでくれ」

 どうか杏には幸せを







 結局杏がさくらさんを避ける理由は分からなかったが、その後杏には2つの変化が起きた。

 一つ目は数日後、杏がおばあちゃんの姿を追うことがなくなった事。今まで以上に俺にくっつく様になってしまった事でまた頭を抱えるのは別の話だが。
 そして2つ目が問題だった。この後起きる事件で杏はさくらさんの家に近づかなくなってしまった。


 俺はこの時気づくべきだったのだ。杏がおばあちゃんを追うために死という選択が出た時、本編で同じ事を言っていた彼女の事を。




[17557] 7話(過去中編)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2014/03/01 22:58
「じゃあ行ってくるな」

 杏が現実を受け入れ始め、さくらさんちに住めそうだと伝えるために玄関まで来たのだが

「おにいちゃんどこいくのぉ?」

 と寝ぼけ眼で杏が訊ねてきた。

「ちょっとそこまでだから杏は寝てていいぞ~」

 ちょっととはいえ、さくらさんちでこれからの事や杏の事を相談する予定だ。
だから話が終わるまで杏が暇になるだろうし、帰りには買い物も済ませたい。

 杏は俺のためにと荷物持ちをしたがるのだが、荷物を持つと袋を引きずってしまうので正直な所一人の方が楽なのだ。

 だが

「わたしもついてくぅ」

 と力無いながらに付いて来ようとする。

「眠いなら無理しなくても」

 説得するが、この言葉で引き下がる訳もなく

「つ~い~て~く~」

 どうしたものかね。

 本人は眠くて仕方ないのか頭が右へ左へ。だがそんな状態でも俺と離れるのが嫌なのか、必死に手を掴んでくるのだから対応に困る。

「この前だって付いてきて寝ちゃっただろ?」

 会話しているうちに目が覚めてきたのか今度は瞳に涙が

 って!

「ほら、ずっと離れるわけじゃないし、な?」

 慌てて嗜めようとする俺を恨めしそうに睨み

「ずっと一緒にいてやるって言ったもん」

 あの時の言葉をそのままに言い始めた。

 ゑ?

「ずっとって……」

 そういう意味じゃなかったんだが

 そんな言い訳が杏に通じる訳もなく

「……おにいちゃん言ったもん」

 と、ついに杏は泣き始めてしまった。

「いや、ほら泣くなって、一緒に行こっか?な?」

 妹相手におろおろしている兄は、外から見たら情けない事この上ないだろう。

「えと、あれだ、帰りに花より団子にいって甘いものでも買うのもいいしな」

 食べ物で釣ろうと思ったのだが一度泣き出した杏の涙は止まらず

 困った、なんだかんだ今まであまり感情を表に出さないというか、言うことを何でも聞いてくれていたので対処が分からない。世話のかからない子とは杏の事と言ってもいいぐらいだったから尚更だ。

「どうすりゃいいんだよ」

 あたふたするしかできない。俺のイメージで子供は甘い物で泣き止むものだったので万事尽くした感じだ。

 やけくそ気味に他にも色々言ってみたが分かった事は一つ、杏は物で泣き止まないという事だけだった。

 本当にどうすっかなぁ。

 さくらさんに細かい時間は言われてないが、今日行くと言った以上は早く向かいたい。
だからといって泣いてる杏を無理やり連れて行ったり置いて行くのも違う気がするし

 はぁ、本当に俺こんなんでいいんだろうか。

 杏に泣かれると本当に戸惑ってしまう。原作と時期が違うとはいえ、幼い杏は俺の中にあるイメージとかけ離れてしまっている、だからこれからもこのままと同じ様に接していいかの不安もある。

 何度考えても答えは出ないのだから意味がない行為だとは思うが、
こういった、ふとした拍子に考えてしまう。

 兄なんて立場だけでなく、誰かの人生を左右することになるとは今まで考えたこともなかったからだ。

 まぁこれからはさくらさんに相談もできるし大丈夫だろ。

「やっぱり杏の事はさくらさんに任せるのが一番いいのかも―――」

 考えてた事が自然に声に出てしまっただけなのだが、杏はビクリと体を強張らせた。

「いや……いやっ!!おにいちゃんと一緒にいるもんっ!!」

 ほえ!?一体何があったんだ?

 いきなり泣きから大泣きへシフトしたんだがその変わり様についていけない。

「杏いいこにしてるから……いいこにしてるから杏を捨てないで!!」

「ちょっ!!捨てるわけないだろ!?落ち着けって」

 もう本当に訳がわからない、なんで捨てるって話になるんだ?

「ちゃんとお留守番してるから、おにいちゃんいなくならないで」

「大丈夫だよ杏、言っただろ?ずっと一緒にいてやるって」

 戸惑ったが、まずは杏を落ち着かせないと。

 錯乱と言っていいほど妹はいやいやと首を振り、俺の腕を強く抱きしめ震えていたからだ。

 よしよしと頭を撫で続け、なんとか泣き止んでくれたが

「……一人にしないで」

 今までも杏が一人だった事はあまりなかったし、一人で留守番する時もここまで過剰に反応したことは無かった。

「杏、大丈夫だよ、俺はいなくなったりしないから」

 その内ちゃんと杏と話をしないとな。

「……ほんと?」

「あぁ、本当だ、今日はさくらさんとお話してすぐに帰ってくるだけだから」

 二人だけの兄妹なんだから。

「……うん」

「だから心配しなくていいから」

「……わかった」

 なんとか納得してくれたのかやっと手を離してくれた。杏の手をみれば爪のあとがはっきり残っている。

 どんだけ心配してんだよ。

 不安ばかりが募る。

「じゃあ杏もさくらさんちに行く準備しよっか」

 今日は杏も連れて行った方がよさそうだ。

 一人にしたらいけない気がしてそう言ったのだが

「……家でいいこにしてる」

「あれ?」

 返ってきた言葉は否定の言葉、あれだけ付いてくると言っていたのに。

「あそこ行きたくない……」

 そういえば行き場所は今言ったばかりだったか。

「さくらさんちで何かあったのか?」

「ううん、だけどおうちでまってる」

 どこに行くか聞かずに付いてくると言ってたからな、最初からさくらさんの家に行くと言ってればこんな事には

 違うか、今回の事があったから分かったこともあるしな。

 ただ、さくらさんとの事は今日も分からずじまい。

 それもいつかは聞かないと。

「でも……」

「ん?なんだ?」

「はやくかえってきてね」

 今日は買い物せずに帰ってこよう、と心に強く思い

「じゃあ行ってくるな」

 と背を向けたのだが杏がまた服を掴んでいて動けない。

 他に何かあったかと振り返るが、杏が両腕を広げているだけで何も言わないので分からない。

「?」

「ぎゅってして」

 あぁそういうことか。

 最近増えた行動の一つ、甘える事を覚えたのはいいが、その相手が俺だけだから今は仕方がないと

「すぐ帰ってくるから」

 軽く抱きしめぽんぽんと背中を叩く。

「んっ」

「行ってきます」

 最後に頭を撫で扉を開けた。

「いってらっしゃい」

 その声がえらく寂しげに聞こえた。











7話(中編)

『近所の女の子全員にお兄ちゃんて呼んでもらうフラグ立てないと!』




 さくらさんちまであと少しといった所を歩いていると、前方から走ってくる小さな女の子が見えた。

 あれ?なんでさくらさんがこんな所に?

 此方に向かって来ている少女はさくらさんだった。その姿は何故か焦っているようで普段見ることのない必死な形相。

「さくらさん何かあったんですか?」

 え!?っといった風に俺の顔を見たさくらさんは本当に急いでいるのだろう。

「よかった、さっき電話したら家出ちゃってたからどうしようかと思ってて」

 多分声をかけなかったら気づかずに走り抜けてただろう。そう感じる程彼女は取り乱していた。

「何かあったんですか?」

 さくらさんがそれだけ焦る出来事を思い浮かべてみるが

 考え付くものだと魔法の桜に何かあったとかか?それとも事件でも起きたか?

 ゲームでのイベントなども思い出そうとするが、この時期の内容自体あまり本編で出てないから関係ないだろうと思考を戻した。

 今の俺から見れば未来の内容を綴ったノート、何をするべきか、何をしてはいけないのか、それを事前に考えられる大事な物だ。だが今回のように本編に出てこなかった事柄は当然そこにも書かれていない。

 知っている道を歩く事は容易いが自分で選んだ道を進むのはとても不安がある、それこそ大層な言い方になるが未来を知っているだけに俺は他人より臆病であると言える。

 今の所、杏以外に大きく未来が変わる事はしてない自信があるし、これからだって……

 そう思っていただけに俺はこの後彼女から聞かされる内容で頭が真っ白になった。

「音姫ちゃんが病院から抜け出しちゃったって連絡が来て!」

 ……は?

 始めは意味が分からなかった。音姫さんと病院という単語があまりにもマッチしなかったからだ。

 何だよそれ、音姫さんが病院?ははは、んな事実知らないぞ俺は。

 学校に入るまで必要ないだろうと机の引き出し奥にしまってあるそれは、書いたその日から内容を確認していない。だが音姫さんが入院したなんて事は書いてないのは間違いなかった。

 そう考えた瞬間何故かこの前杏の姿がチラつく。「あんずもしんでおばあちゃんにあう」その言葉が何度も何度も。

 もしかして

 一つ思い出した、音姫さんの母、由姫さんが入院していた事に。

 由姫さんのお見舞いに行ってる?だけどそれだと抜け出すの意味が分からないし。

 考え込んだ俺の姿を見て俺に音姫さんを紹介してない事に気づいたのか

「音姫ちゃんって子は隣に住んでる子なんだけど、今入院してて」

 と、まくし立てる様に説明し

「ごめんね。ぼく急いで行かないといけないから!杏ちゃんとの事はまた今度に」

 その言葉と同時にさくらさんはその場から病院に向かって走って行った。

「は、ははは」

 彼女の背中を見ながら呆然と立ち尽くす事しか出来ない。

 音姫さんが入院?しかも抜け出すってなんだよ。

 同じ名前と同じ島、それだけで性格や出来事は全く違うって事だろう。俺が今まで大事にしまってきたノートはただの紙くずになったようだ。

 思い描いた未来が一瞬で砕かれた。

 大丈夫だ、そう、簡単な事じゃないか、
未来が分からないどこにでもいる男になっただけ、杏の兄で馬鹿な一般人。

 自分に言い聞かせようとするが体に力が入らなくなる。まるで今まで進んできた道が間違っていたと訴えるかのように。

 そうだ、俺も音姫さんを探す手伝いしないと。

 必死に前に進もうとするが、ふらふらと彷徨う様にしか足を動かせない。

「行かなきゃ……」

 例え俺の知っている世界でなかったとしても困ってる人がいるなら救わないと。

 その気持ちを力に前へ前へと地面を蹴り見えない明日ではなく今ある現実を見る。

 それは昔にだって考えた事だ。俺はこの世界に実際に生きていて暮らしているのだからと。

「急いで見つけ……」

 なのにちょっとした切欠でこの有様だ。すぐに遠くを見たがる自分に嫌気が指す。

 足元から崩れていく感覚に寒気を覚えながらもヨタヨタと足を動かす。情けない自分から逃げるように。















 どのぐらい歩いただろうか、記憶が曖昧で通った道も覚えていない。
見渡すとあまり馴染みのない通りに来ていた。

 確かこの先にあるのは高台だったか。

 今はベンチがあるだけの場所で、俺も一度しか来たことがない。その時杏を連れて来たのだが奇麗な景色を見せる事は出来なかった。

 何故ならば、本編で杏と義之が思い出に残すその場所は今、まだフェンスもなく、木で出来た簡易な柵があるだけだったからだ。小さな杏だと下から潜れるほど雑な作りで、全くというほど手入れがされていなかった。
満足のいく景色が見れず、危ないだけの場所。それが今のこの島の高台。

 誰もこの場所にわざわざ来ないのが原因の一つであり、此処までの道もあまり整備されてない事も問題なのだろう。
ただ流石に危険だという声も上がっており、近々改善されるような事を言っていた気がする。

 俺の信じてた未来ではちゃんとしたフェンスがあったなぁ。

 と、またその事を考えている自分に肩を落とし、引き返そうとしたとき、目に入ったものがあった。

「ぁっ」

 それは偶然か、それとも何かの力が働いたのか

「音……姫さん?」

 病院から抜け出したという少女がそこにいた。いや、正確には少し離れた位置に大きなリボンをつけた子が眼に入った。

 もしかしたら高台へ向かう道を弱弱しく歩く女の子は音姫さんじゃないかもしれない。だけど見ているのも危なっかしく感じる様に進む子を放っておける訳はない。

 なんでこんな所に。

 特に何もない此処にどんな意図があるかは分からないが、音姫さん本人であるならば皆が探している事だけではなく、入院する原因がある以上急いで呼び止めなければいけない。
違ったとしても足取りに不安があるし危険な場所だ。

「っ!」

 気合を入れ、坂の中腹あたりにいる女の子に向かい走りだした。

 俺にだってやれる事がある!

 やっと俺の足元に地面が出来たかの様にしっかりとした足取りで。













 追いついたのは丁度少女が柵に手を付けた時だった。

「音姫さん!!」

 息が上がり口の中が血の味がする状態だったが、何か嫌な予感がし兎に角大きな声で叫んだ。

 見たのは後ろ姿のみで音姫さんかどうか確信はなかったが、声にビックリしたのか少女は柵に置いていた手を外し振り返ってくれた。

「え?」

 その漏れた声は俺のものだった。その振り返った女の子の姿が思い描いていたものと違いすぎたからだ。

 「お、音姫さん?」

 髪型や大きなリボンは俺の中にいる音姫さんと同じだったが

 何があったんだ!?

 そう思わずにはいられないほど彼女の顔は疲れた顔をしており痩せていた。

 音姫さんは焦点のあってない瞳で俺を見たが興味がないのかフェンスの方へ向いてしまう。

 おいおい、まさか。

 名前を呼んだ時にはまだ音姫さんとの距離があり、彼女は力なくゆっくりとした動きだったのにも関わらず、俺が駆け寄った時には彼女は既にフェンスの外側に立ってしまっていた。
そして確信する。

 うそだろおい。

「そ、そっちに行くと、あ、危ないぞ」

 焦るばかりで何も思いつかない。声が震えているのが自分でも分かる。

 冗談じゃないぞマジで。

 高台の下がどうなっているか見たことないが、落ちたら死ねるだけの高さは間違いなくある。しかも今音姫さんが立ってる場所から数メートル先の位置は崖の様になっている様だった。

 俺と彼女との距離は10メートルたらず。

 だが近づいてる俺に気づいたのか

「来ないで」

 動きを止め、振り返りもせず一声投げかけてきた。

 大きな声とはいえなかった。いや、寧ろ小さな声だったが俺の動きを止めるには十分な冷たさを持った一言。もしかしたら魔法を使ってるんじゃないかと思ってしまうほど俺の体はビクリとも動かない。

 やばいやばいやばい。

 こんな時役立つ魔法があればと現実逃避してしまう俺を余所に、音姫さんはふと空を見上げふふふと笑い始めた。

 な、何か気を引かないと。

 焦燥に駆られながらも再び動き始めようとする音姫さんを止める一言、彼女の動きがゆっくりに見える程頭を回転させ出てきた言葉、それは

「怪我でもしたら由姫さんも悲しむよ!!」

 もうこの際会ったことがないなんて二の次に原作の知識から使えそうな単語を出すことにした。もう形振り構わず

「由夢ちゃんだってお姉ちゃんの帰りを待ってる」

 本当に思いつく限りの事を

「お母さんの所に帰ろう」

 叫び続けた。

「そこから落ちちゃったらお母さんと会えなくなっちゃうよ!!」

 止まれ!止まってくれ!!

 俺の願いは『一時』だけ叶った。だが何も考えずとはこの事を言うのだろう。

 だからすぐに後悔することになった。

 もしこの時少しでも考える事を諦めなかったら、もしもっと前にノートを見ていたら、もし杏の言ったお母さんに会いに行くという言葉に持った違和感に気づいてたら、そう思わずにはいられない。

 なぜならば

「いいこと教えてあげる」

 聞かされる内容は『知っている』現実だったから。

「私の」

 俺は道を間違えたのだ。

「私のお母さんもう死んじゃったから」

 死んだ様な目で俺の方へ振り返った彼女の顔はきっと一生忘れられそうにない。音姫さんの瞳に移った俺はさぞ滑稽だろう。

「だから此処にいたらお母さんに会えないの」

 そう、本編で言ってたじゃないか、お母さんに会うって杏と同じ言葉を彼女も

「け、けど由夢ちゃんは?帰らないと」

 家族が亡くなった事もまるっきり同じ状況で

「知らない!私はお母さんに会うの!!」

 何で俺は気づけなかったんだよこの事に!

「駄目だ、そんなの」

 自分自身に苛立つ。何度もチャンスはあったのにそれに気づけなかった。
一番気にすべきは義之君がいない事だったのだ。彼が守った人を代わりに俺が助けなければいけなかったのに。

 俺のせいで音姫さんは杏と同じ様に苦しんでいる。俺のせいで今も間違った道に行こうとしている。

 ゲームと全く違う世界じゃなかったのだ。

「ちゃんと生きてるのに何で死ぬなんて言うんだよ」

 音姫さんが入院したのは義之君がいるべき場所にいなかったから、ご飯を食べず母の元に逝こうとした彼女を止めれた人間がいなかったから。
 正確には母に会う事を諦めさせられる人間が、か。

「そんな事由姫さんが望む訳ないじゃないか」

 だから俺は絶対に彼女を救う。いや、救わなければいけない。

「お母さんは私を必要としてくれる」

 これは俺のミスが招いた結果なのだから。

「由姫さんだけじゃない!由夢ちゃんだって、純一さんだって音姫さんを必要にしてる!!」

「ううん、だって私とあの人達は違うから」

 違う?何の事だ?

「俺だって音姫さんを必要としてる!」

「適当な事言わないで、今初めて会ったばかりで」

「適当な事じゃない!!」

 俺にとっては音姫さんの必要とかそうじゃないとかは問題じゃないのだ。そもそも人に対して必要という言葉が間違ってる。人は相手の事を思いやり動ける生き物なのだから。

 側にいてほしい、いや、生きていてくれるだけでもいい。大切な相手に求める事なんてそれだけで十分じゃないか。

 人は物ではないのだから必要かどうかじゃない。音姫さんの言う必要では常に人に頼られてなければいけない事になる。誰とも会ってない時、必要だと誰からも思われてない時は要らない人になるのか?

 例え会えなくても幸せになってほしい、そう由姫さんも思ってるはずだ。

 音姫さんがこれから出会う人達の多くはその幸せを願ってくれる人だろう。それこそ学校に入ればどんどん増えるのは俺が保障出来る。

 けど今そんな事言ったって聞いてはくれないだろう。音姫さんが言いたいのは母に必要にされてたという想いだけだから。

「俺がもっと小さい頃にお母さんもお父さんも死んじゃって」

 何が違うのかは分からない、けど幸せを願う一人として何とかしてみせる。

 そんな気持ちが少しでも届いたのか、同じ様に親を亡くした事実に驚いただけかは読み取れなかったが、音姫さんは先ほどよりは興味を持ってくれたようだった。
音姫さんは目を細め疑うように此方を見てくるが俺は言葉を止めない。

「今までおばあちゃんに育てられてきたけど、そのおばあちゃんもこの前死んじゃった」

 今思い返すと不幸の中心はいつも俺がいるのではと思う。

「それでも俺は生きてる」

 今回の事も間違えれば音姫さんが死ぬ。まるで死神が俺にとり憑いてる様に俺の周りから幸せが逃げていく様だった。

「俺も会えるなら会いたいよ」

 けど

「けどお母さんもお父さんもおばあちゃんも皆」

 どうか

「皆生きて幸せになってほしいって願ってくれてたから」

 どうかこの人は

「だから俺は幸せにならなきゃいけないんだ」

 そっちに連れて行かないでくれ。

「音姫さんが死んじゃったら俺は幸せじゃなくなる」

「……そんなのあなたの勝手じゃない」

 音姫さんの瞳は戸惑う様に横に揺れていた。顔も先ほどよりも俯き、手を握り締めている。初めて俺の言葉にちゃんと考えて応えてくれたようだった。

「俺の幸せの為に音姫さんが必要なんだ」

 一歩音姫さんに近づく。俺の言葉に気をとられ気づいた様子はない。

 気づかれてはいけない緊張感が俺の体を震わせる。心臓も飛び出しそうなほどバクバクと鳴っていて、その音が彼女に聞こえてしまうんじゃないかと不安になる程に。

「そんな」

 否定の言葉だろうが遮る様に

「由姫さんは知らない人の幸せの為に行動する人だった」

 また一歩進む。

 由姫さんは誰よりも彼女を愛していたに違いない。だから音姫さんは此処までズレてしまったのだろう。

「その由姫さんが音姫さんが死ぬ事を願ってると思う?」

 受けた愛情が深すぎて、それだけに満たされていて

「その人が娘の幸せを願わないはずないじゃないか」

 失ったものは大きかったんだと思う。周りの人に必要とされて無いと感じてしまうほどに。

 音姫さんは何も悪いことをした訳じゃないのだ。なのに幸せになれないまま死ぬなんて間違ってる。

 また一歩前へ足を動かす。ガクガクと腰から落ちそうになるのを耐えしっかり音姫さんを見据えて。

「だって私にはお母さんしか……」

 そんな彼女を救うためなら何だってしてやる。見たことない人物を語る事だってやるし、嘘だってついてもいい。

 少しでも話が違えばお終いだ。彼女の求めてる事を出せなければ同じ結果になってしまう。だから今だけは俺についてる死神に願う。

「俺にも妹がいるんだけど」

 何だってしてやるから、何だってしてやるからそっちに連れて行かないでくれ。何度も何度もそう願う。

 あと数歩、俺と彼女の間には柵があるだけ。

「育ててくれる親が居なくなっちゃったから今度からさくらさんちに住む事になったんだ」

 頼む。

 また一歩踏みしめる、足の感覚がなく真っ直ぐ立ててるかも怪しい。

「さくらさんの家で暮らし始めたら音姫さんとはお隣さんになるんだ」

 頼むから連れて行かないでくれ。

「そしたら音姫さんは俺のお姉ちゃんみたいなもんだろ?」

 こんな話自分でも支離滅裂だとは思うけど、大事なのはあくまで音姫さんを必要としてるかどうかだったのだ。

「ほら、もうお母さんだけじゃない、由夢ちゃんに俺、それと俺の妹の杏で3人も音姫さんを必要としてるんだ」

 音姫さんの手は震えていた。死ぬのが怖くないはずがなかったのだ。彼女が立っている場所は一歩踏み出せば落ちてしまう場所なのだから当たり前だ。

「だから帰ろう、音姉(おとねえ)」

 手を差し伸べる。

 もう半歩で音姫さんに届く、柵なんて在って無いようなものだ。そこでやっと俺は気づいた。音姫さんがポタポタと涙を流していたことに。

「音姉?」

「ううん」

 願いが通じたのか音姫さんからも此方に手を伸ばしてくれ

 よかった、本当によか―――

「……ごめんね、お姉ちゃんやっぱりそっちに行けないや」

 伸ばしてくれていた手を俺が掴もうとした瞬間、音姫さんは開いていた手を閉じる様にし、そのまま自分の胸の方まで持っていってしまった。

 俺に対しても自分の事をお姉ちゃんと言ってくれたのに何で!

「……やっぱりあなたも違うから」

 音姫さんはそのままゆっくりと下がり最後にニコリと俺に微笑んだ。

 ふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんなぁあぁぁあああああああ。

 こんな結末許せる訳がない。また俺のせいで誰かを死なせるなんて事は絶対に!

 俺は彼女に飛び込む様に地面を強く蹴った。柵の下を潜り音姫さんに近づく様に。

「くそったれぇええええぇえええええええええ!!!」

 まるで時間が止まってしまうと思える程、景色がゆっくりと流れていく。後ろ向きに傾く様に落ちた音姫さんよりも飛びながら落ちた俺の方が早かったため、どうにか彼女を捕まえられたのだが、落下が止まるわけではない。

 俺に憑いた死神が微笑む錯覚を見てしまう程に状況は最悪。

 ここから俺が出来るのは体を張ることだけだ、俺より少し小さいぐらい彼女の体を抱きとめそのまま重力のままに落ちていく。次に来るであろう衝撃は思っていたより早く訪れ、痛みに備える間も無く

「ぅぐはっ!!」

 肺にある空気を全て吐き出させられる程の衝突が俺を襲った。その痛みを感じる間も無く何度も何箇所も何かに体を打ちつけられる。

 バキバキと連続して音がなる中、朦朧とした意識で

 杏との約束守れそうにないな。

 その事を悔やみながら俺は意識を手放した。







[17557] 7話(過去後編)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2014/03/01 23:27
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 最初に聞こえてきたのは謝罪の言葉だった。俺は死んだのだろうか、それともまた違う世界にでも飛ばされたのか?

 そう考えられる俺は案外余裕があるのかもしれない。

 重い瞼を無理やり開けて見えたのは泣き崩れた音姫さんの顔。その背後には折れた木が見えた。頭の後ろにやわらかい感触があることから膝枕をしてくれてるのだろうと思うが、遅れて訪れた痛みでそれどころじゃない。

 ただ意識が朦朧として彼女の状態がはっきりしないが、無事な事が伺えた。

「……は……はは」

 死神ざまぁ。

 思い切り笑い飛ばしたかったが

「っっっ!!」

 体中の痛みからそれも出来ない。

 まぁいい、音姫さんが無事だったんだから。

 すぐにでも眠りに就きたかったが、泣いてる彼女を放っておく事も出来ないし俺の出血も酷そうだ。

 虚栄を張り無理やりに微笑もうとするが

「つぅ!」

 うまくいかなかった。声もうまく出ないのでその涙だけでも拭ってあげようとする。

 右腕は痺れており上がらなかったので左手を音姫さんの顔に伸ばし涙を拭うとビクリと体を硬直させ、拭っても全然涙は止まらなかった。

 そのまますぐに

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 と再び謝り始めてしまった。

 困った、このままって訳にもいかないし俺が本格的にやばい。

「音……め……さ」

 無理に出した声は痛みもあり途切れ途切れだが声はちゃんと届いたのだろう。また体を強張らせている。

「さ……らさん……呼ん」

 だが彼女以外に頼れる人はいない。助けたかったのに結局助けてもらうはめになるとは格好がつかない。だが俺も死ぬわけにいかないのだから仕方ないだろう。

 こんな言葉だが、しっかりと伝わっている様で涙を頬に流しながらも何度も何度も首を縦に振ってくれた。

 流石お姉さん。

 心でそう思っていると音姫さんは涙を服でごしごしと拭き、ゆっくりと俺の頭を地面に降ろし立ち上がる。
そこにはもう先ほどまでの死んだ目ではなく強い意志を感じれる瞳が見えた。

 コレなら彼女は大丈夫だろ。

 何度も擦ったせいで目元は赤くなってしまっているが実に頼もしい。

 今日はちょっと疲れた。

 そのまま目を閉じようとして気づいた。

 ははは、すげぇ

 それは本当にどんな偶然が重なったのか、それとも彼女の魔法の成せる業なのか分からなかったが

「さ、すが……魔法……使」

 無傷の彼女を見てそう言わずにいられなかった。

 言われた彼女もその言葉に驚きもせず走り出した。その音姫さんの後姿を最後にまた俺の意識は暗闇に落ちた。





7話

『ついでに結婚の話まで出来れば完璧だ!!』







「知らない天井だ」

 この言葉をリアルに何度も使う人生は嫌だが、なってしまったのだから仕方がない。

 首だけを動かし左右と見るがやはり知らない部屋。

 いや、正確には見たことあるが初めて来た部屋が正解か?薬品臭いこの場所は人生初の病院だろうと想像が付いたし、似たような部屋はテレビや本、ゲーム本編で見たことがあった。

 そういや俺、高台から落ちたんだっけか。

 起きたばかりの頭はなかなか動いてくれず、ボーっと霞がかかったように曖昧にしか思い出せない。

 まぁ落ちた後すぐに意識取り戻したし(また気絶したけど)何だかんだそこまで酷くないだろ。

 とりあえず体をおこ

「いぃっ!!??!?」

 軽く体を起こそうとしただけなのにこの痛みはマジでない。

 しかも痛みで体を動かしてしまいその事でまた痛くなり再び、と負の連鎖が

 「し、死ぬ、マジで死ねるってこの痛み」

 誰もいない部屋で阿呆みたいに一人言を叫び上半身をくねらせて、と言うよりピクピクしているこの姿は誰にも見せられない。傷みが引くまで奇声を上げていた所は特に。
まぁその激痛で意識がはっきりし始め、やっと冷静になれたのだが、体を起こせない上に体も大きく動かせないので正直自分の状態が完全に把握出来ない。

 右腕はギブスで固定されているので

 骨折か

 と理解出来たが

 参ったなぁ、片腕だけならどうにかなるだろうけど。

 左足は吊るされているのかプラプラと左右に揺らせるだけで、右足も何かに引っかかり少ししか動かせない。

 足が使えないのは痛いな。流石に片手で車椅子じゃ何も出来ないじゃないか。

 料理や掃除と今後家に帰った事を考えると頭が重くなる。

 兎に角これからどうするかだな。

 どれだけの時間が過ぎたかは分からないけど、あの後どうなったか気になるし、杏の生活の事もあり早く連絡を取りたかった。

 杏心配してなきゃいいけど。

 帰らない兄を心配しない妹ではないのだが、なるべく知られたくない。

 ていうか、こんな情けない姿見せたくない。

 というのが本音だったりする。そもそも今回の事は完全に俺のミスであって、もっとうまく事を運べるはずだったのだ。

 あぁ、くそ。

 どんなに悪態をついても意味がないのだがつい言葉に出してしまう。それに結局杏には伝わるだろう。

「俺にも誰かを助けられる魔法が使えればな」

 そう呟き動く左手を強く握り締めた。




 結局時間だけが過ぎ誰も来る気配もない、流石にそろそろ誰か来てもいいんじゃないかと不安になるが

 けど動けないし待つしかないんだけど……。てかこれってあれじゃないの?普通幼馴染とか妹とかがずっと看病しててそのまま寝ちゃってるパターンじゃないの?
誰もいないとか、俺どれだけ人望無いんだろ。看護師さん、いやあえてこう言おう

「かむひあー看護婦さん~」

 阿呆な言葉が部屋に切なく響き、悲しくなったのでこの話題は頭の隅へ。結局何も出来ないのでそんな妄想に思いを馳せたのだが泣きたくなるだけだった。

 本当にどっしよっかなぁ~。

 とはいえ動けないので選択肢は無いに等しいのだが。

 「あっ」

 本当に頭が回ってなかったらしい、ナースコールで人呼ぶ事を思い付いたのはかなり時間が過ぎた時だった。
左手を必死に動かしボタンを探し

 よし!

 ベットの横や頭上と、くまなく手を動かした甲斐があり、つやつやとしたプラスチック独特の感触の物体を見つけた。

 それを取ろうと人差し指と中指でうまく挟むのだが、頭の位置より低い場所という動けない俺にとっては不親切極まりない場所にそのスイッチがあったため

カタンッと部屋に鳴り響く音。

 やっちまったぁああ。

 当然落ちたのは今必死に探していた物で、俺には一番必要な物だった。

 おのれガ○ダム!!いや、ガ○ダムは関係ないけど。

 この絶望感は形容しがたいものがある。脱力のあまり身動き一つしたくない。さっきから手以外動けていないのだが。

 はぁ。

 最近ますます増えてきたため息を一つ、そのまま目を瞑ると

 あれ?

 手の平には失われたはずのスイッチが

 背中にいやな汗が流れる

 は、はは、まさか、ね

 「その、いつからいらっしゃいましたか?」

 まだ誰かは分からないが、目を覚ましてから一度も寝た覚えはない。
その俺が扉の開く音も人の歩く音も聞いていないということは奇怪な行動を見られてたって事で

 聞きたくねぇ。

 耳を塞ぎたい衝動に駆られながらも聞き取った言葉は

「……よかった、本当によかった」

 俺を気遣う音姫さんの声だった。どうやら右足が動かせなかったのは音姫さんが俺の足を枕にして寝ていたかららしい。

 考えたくなかったが俺が寝ている間にまた自殺しようとしてたら、と頭を過ぎったのは杞憂だったみたいだ。

 そのまま音姫さんは泣き出してしまった為、それとは別の問題が現在進行形で発生してしまっているのだが。











 何だか音姫さんの泣き顔ばかり見ているな。

 そんな悲しい事実に凹みながらも彼女の顔を窺うが、ベットの隅をただジッと見つめているだけで、感情が読み取れなかった。何より

 き、気まずい。

 黙りこんでしまった彼女に話しかける内容が思いつかない。助けてくれてありがとうとも言い辛いし。

 それに話す内容とは別にまた問題が。

「その、音姫さん?」

 ビクリと体を強張らせる彼女にまた落ち込みそうになる。

「ごめ……んなさい」

 と、この言葉を繰り返すばかりなのだ。

「いや、あれは仕方なかったって言うか何て言うか」

 音姫さんが此処まで追い詰められているのを知っているのに責めることなんて出来る訳もなく、彼女は彼女で責任を感じてか、自分を責めてるのか何を話しかけても謝るばかりで会話にならない。

「俺も音姫さんも無事だったんだし」

 音姫さんをまた追い詰める結果だけは避けたいのだがどうしたものか。

 もう彼女は自分の命を必要ないと感じるほどギリギリの状態なのだから責任感からでも生きてくれればとも思うが

「本当にごめんなさい……」

 こんな状態が続いて良い訳がないし、このままじゃいつ同じ過ちを繰り返すか分からない。
だからといってこの場を凌ぐ言葉が出る訳でもないのだが。

 あぁ~ナースさん早く来てくれ。

 音姫さんを宥めた後にナースコールを押したのだが、時間の経過が遅く感じる。高台での事を話題にする訳にもいかず、話せば話すほど暗くなるのだからこう思っても仕方ない。
俺は動けないのでこの場を去ることも許されず、時計の音だけがカチカチと

 い、胃がキリキリする。

 会話が無くなり、二人きりの状況が後押しし、空気は重くなるばかり。
そのまま沈黙が続くかと思われた時に扉が開かれた。

 入ってきた人物は願っていた看護師だったのだが、ホッとする間も無く俺の体調を軽く確認した後、ちゃんと医師が来る事が告げられた。ただ音姫さんがこの病室に来ていたのは無断だったらしい。今までも入院していたのだ。その為、抜け出して此処に訪れていた音姫さんはすぐに自分の部屋に戻る事となった。

 彼女もそんな具合だった為、俺が寝ていた間は寝ていたらしく、ナースコールを落とした音で起きた。と、いう事にした。
俺の胃のためにも。

 動く以外には問題が無いので簡単な受け答えをした後、一応のため精密検査を受けたりと目まぐるしく時間と日にちが過ぎ

「おにいちゃん!!」

「ちょっ、まへぐ!!」

 家族と過激な面会となった。飛びつくように抱きつかれ、というか、のしかかられたせいで息が詰まっただけでなく痛みで声も出ないのだが。

「おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん!!」

 ここまで心配してくれた妹をこれ以上不安にさせないように

「大丈夫、大丈夫だから」

 そっと胸元にいる杏の頭を撫で付けた。背中は脂汗が流れ顔は痛みから引き攣っているのは仕方ないとして。

「杏、ちょっと」

 どいてくれとは言わなかったが、杏は俺の状態に気づいたのか慌てて移動してくれた。

「ご、ごめんなさい」

 平気平気と力なく応えていると再びドアが開き

「義春君大丈夫!?」

 杏と同様に走りながら入ってきたのはさくらさんだった。同じようにって事は

「またっ!?さくrぐふっ!!」

 静止の言葉を出す間も無く飛び込んで来たさくらさんの突撃を避ける事も出来ず、のしかかるさくらさんの小さな体が俺に直撃する。今回はすぐに杏が引き剥がすと思える程強引にさくらさんを引っ張ったため長時間の苦痛は訪れなかったのだが

「おにいちゃんに近づかないで!」

 あれ?なんかややこしい事になってる!?

 俺のいない間に決定的な何かがあったのか、威嚇するように俺と彼女の間に杏が入り睨み付けている。

「こら、杏そんな事言っちゃ駄目だろ?」

 とりあえず止めなければと杏に声をかけるが、杏は少し悲しげな目を俺に流し、またさくらさんの方に顔を向けた。

 本当に何があったのか、最近杏の事で知らない事が増える一方で、妹がどんな事を思っているか分からない。

 戸惑う俺を他所に、そんな杏を見て逆に冷静になったのか、さくらさんは思い出した様に俺に顔を向け

「義春君大丈夫?」

 と、杏の反応は仕方ないと言った感じに、そのままの場所で声をかけてくれた。

 後でさくらさんから話を聞かないと。

 とりあえず今は二人のせいで体中が痛いとも言える雰囲気でもない。

「はい、何とか生きてます」

 病室でこんなカオスな状況に苦笑を一つ零した。冗談にしては笑えない発言だったが、さくらさんは

「よかった……」

 と、本当にホッとした表情を浮かべ、両手を胸にもっていきギュッと握った。安心からかそのまま崩れ落ちる様に床にペタリと座り込んだ。
そんな彼女にすみませんと謝るのも何か違う気がして結局顔を伏せる事しか出来ない。

 実の所此処まで心配してくれていると思ってなかった。

 本当の息子の様に扱ってくれていると感じられるからこそ、余計に心配ばかりかけてしまっているのが心苦しい。今までも、彼女の役に立ちたい想いと正反対に助けてもらってばかりで、これから家族として暮らしていく自信もなくなりそうだ。

 今回の事も俺がうまく立ち回れてればと同じ後悔が俺の頭をよぎるだけでなく、未来に向けての不安と課題が山積みな事もある。

 何はともあれ早く治さないと。

 妹と親になってくれた女性が現在進行形でおかしな事になっているので尚更だ。
杏はさくらさんが部屋から出るまで動かないつもりかビクリともしないし、さくらさんは泣き崩れてしまってまだ動けそうにない。

 なのに来客を知らせるノックが二回。二人がこう着状態の中コンコンと軽くノックされた扉に俺は恐怖しか生まれない。

 ナースでありますようにナースでありますようにナースでありますように。

 この病室はこれ以上ない程訳の分からない状況なのに、誰か増えれば問題しか起きる気がしない。再び杏タックル並みの衝撃が来る可能性も考えるとマジで笑えない。
さくらさんもその音に気づき急いで目元を拭っており、杏は相変わらず。

 そんな中そっと開かれた扉の向こうにいたのは

 えっ!?

「音姫ちゃん!?」

 さくらさんが俺より先に驚きから声を上げた。本来なら彼女、音姫さんはまだ俺に会いに来れないと思っていたからその驚きは一入だ。

 そう何度も抜け出せていいのか疑問だったが、そんなさくらさんの声に反応せず、音姫さんは入り口から俺だけを見つめていた。

「駄目だよ!部屋で横になってなきゃっ!」

 慌ててさくらさんは音姫さんに近づいたのだが

「ほっといてください」

 と、さくらさんに静かに言い放った。そこまでならまだ今の音姫さんなら、と理解出来るのだが、さくらさんが何故か視線を逸らしてしまった事に驚きを隠しきれない。俺の知るさくらさんならそこで引き下がると思えなかったからだ。

 やっぱり俺の知らない所で何かあったのか。

 少なくとも俺が会っていたさくらさんなら確実に説得していると思う。だが実際は申し訳ないと目を俯かせるだけだった。

 しかもそんな不安の中良かったと言えるのは、今の彼女は前に見た時より幾分顔色が良くなっていた事だけで、タイミングは最悪に近い。

 俺の位置からは杏の顔が見えないが、握った小さな拳がふるふると震えている。一触即発の雰囲気がひしひしと伝わるだけでなく、さくらさんはさくらさんで対応に困っている。

 気づけば俺だけ何も事情が分からずのけ者に。杏がさくらさんを避けている理由、さくらさんが今音姫さんの事で戸惑っている理由、音姫さんが違うと言って家族を区別していた理由全部が全部。

 俺のいない所で何が起こったのか、今までどんな事があったのか、本当に肝心な場所が一つも分からなかった。

 音姫さんはそのまま、引きとめようと手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返すさくらさんの横を通り過ぎ、杏の前まで近寄った。

 さくらさんが中途半端に言い伏せられた形になった事もあり空気が重い。この場の雰囲気の理由を知らない俺は何も声を出すことが出来ずただ成り行きを見守るばかりだ。

「……?」

 杏は音姫さんを知らないのか、近づいてきた彼女に小首を傾げる。

 そういえば俺のこの状態は杏にどう伝わってるんだろ?

 さくらさんを敵視してる様な態度もあったのも思い返すと

 もしかしてさくらさんのせいになってる!?

 だとしたら先ほどの杏の態度に少しだけ納得出来る。

 けどその程度であそこまで過剰にさくらさんを避けるのもおかしいか。

 思考は泥沼にはまるばかり。音姫さんも俺の前に立ち塞がる様に立っている杏にどう対応すればいいのか分からない様で何か考えているみたいだ。

「その……ごめんなさい」

 結局杏の事は無視する事にしたのか、妹を挟んだまま俺に話しかけてくる。もう何度同じ言葉を言われただろうか。音姫さんからはその謝罪ばかりしか聞いてない。

 俺が聞きたいのはそんな事じゃないのに。

「杏、ごめんちょっと部屋の外で待っててくれないか?」

 だから話し合いたい。音姫さんだけじゃなく、杏ともさくらさんともだ。

「っ!?」

 俺の言葉に驚いた様に振り返る杏に

「大丈夫、ちょっとこのお姉さんとお話するだけだから」

「やっ」

「杏、少しの間だけだから」

 と、説得するが

「やだっ」

 俺の手を握って首をぶんぶん横に振るばかり。話をしたいと思うがこの3人が一緒だと話せない事もあるし、どんな食い違いがあったのか知らないが、このままでは話どころじゃない。

「お兄ちゃんもうだいぶ良くなったから後でいくらでもお話できるから、な?」

 それに杏は勘違いしてる。前から思っていたが、さくらさんが杏の嫌がる事をするはずがないのだ。

「やだっ!!」

 だから杏とさくらさん二人で話す事も必要だと思う。何時も杏が避けてばかりなのもあるが、さくらさんも色々と忙しいのもあり二人がちゃんと話す所を見たことがなかった。

 今日も杏が取り付く島もない程にさくらさんを避けるだけで話も出来てない。だから

「すみませんがさくらさんも外で待っててもらっていいですか?杏の事もお願いしたいので」

 いくら説得しても今日の杏は頷いてくれないので、さくらさんに頼ることに。最悪のセッティングで無理やりではあるけど、二人が少しでも分かり合えればと思う。

「杏」

 少し強く発した声にビクリと方を強張らせた妹に

「良い子だから」

 ずるいと思ったが杏が前に言ってた言葉を使った。人形の様に言う事聞く子が良い子だとは思わないから多分この言葉を言うのは多分コレが最後だと思う。
今は順位をつける訳ではないが音姫さんが深刻なのも事実だったからと自分に言い訳をし、嫌がる杏を色々説得しながら部屋から出してくれるさくらさんに「すみません」と謝り、音姫さんに顔を向けた。

 音姫さんは何か言いたいのか口を開けるが、結局何も言えず下を向いてしまった。

 俺は俺で、どうにかしなきゃと言う考えばかりで実際何を話すか考えてなかった。

 何度同じ事繰り返す気だよ俺は。

 いつも計画的にしてるつもりで行き当たりばったりな自分にため息さえ出ない。

 そういえば

「俺の名前言ってませんでしたね」

 本当に俺って考え無し過ぎる。切羽詰っていたから仕様がないと言えばそれまでなのだが

「雪村 義春って言います。
それでさっきいた子が、前に言った妹の杏で」

 まぁそのおかげとは言いたくないけど、話出しのきっかけにはなった。これで音姫さんが下げていた頭を上げてくれていなかったら悲しすぎる事になる所だったのだが、どうやらそうはならないで済んだようだ。

 俺や杏が今までどう暮らしてただとか、学校の事だとか兎に角適当に話した、時折頷くだけで会話と言えないかもしれなかったが、それでもよかった。

「ごめんなさい」

 それだけで、音姫さんの態度は変わらないのだが

「音姫さん、俺は大丈夫だったんですからもう謝らなくていいですよ。
お互い無事でよかったよかった。それでいいじゃないですか」

 それでもちゃんと俺の話しに反応してくれたのだ。言葉が伝わらないのが一番怖い。殻に閉じ篭っていた高台の時の音姫さんみたいに自己完結してたら何も出来ないのだから。

「でも」

「じゃあ言い方を変えますね。助けてくれてありがとうございます」

 音姫さんの言葉をさえぎって伝えた俺の気持ちに、そんな事言われると思ってなかったのかキョトンとしていた。

 また俺の目の前で誰かがいなくなる、それは本当に怖いことで

 生きていてくれて

「ありがとう……」

 本当にありがとう。

 俺は自然に笑顔で音姫さんに笑いかけれた。

 生きていてくれている、それだけで俺はまだ前に進める。今回気づけた事も沢山あったし、やりたい事も見つけた。だから本当に感謝しているのだ。

 けど、それは俺だけの理由で、助けを呼んでくれた事以外を知らない音姫さんは当然納得してくれなかった。

「私のせいだからお礼なんて言われたくない」

 何故か初めてあった頃の冷たいイメージはなくなったが、責任を感じてる音姫さんの声は震えていて痛々しい。

 どうすりゃいっかなぁ。

 恩を着せたい訳でもなければ責めたい訳でもない、俺自身の為にやった結果なのだから。

 「じゃあ聞くけど音姫さんは俺に何て言ってほしいんですか?」

 俺が許してる時点でもう音姫さんが納得するかどうかなのだ。だからこれ以上言うのは彼女の自己満足の為。
このまま意地悪な言い方をして音姫さんに嫌われたっていい。悪役になれば謝罪の気持ちが薄まると思うから。
 逆にこの質問で何か言いたい事があるならば聞きたいと思う。そうしないと責任に押しつぶされてしまうと言うなら俺は彼女の願いを叶えたい。

「それは……」

 せめて音姫さんの心が育つまでの支えになれるように。

 そう考えたが言葉に詰まる音姫さんにどう対応するか悩む。今此処に来ているのが謝罪の意味だけならまた母を追う選択を選んでしまう可能性があるからだ。

「その……」

 と、戸惑い顔を少し部屋に巡らせた後握りこんだ手を俺の見える位置まで持ち上げた。

「私も」

 その手が開き

 ちょっ!!

 俺は信じられない物を見た。

 それは緊張した面持ちで再び言葉を紡ぐ音姫さんに気づけない程の衝撃で

「私『も』魔法使いなの。だから、その、弟君のお手伝い出来ると思うの。私のせいで怪我しちゃって―――」

 音姫さんの言葉にも違和感を感じたが、それ以上に手のひらに『現れた』饅頭から目を離せない。

 なんで魔法使いって俺に言った?いや、それよりも『私も』ってどういう意味だ?飛び込んでまで助けたから?それとも音姫さんが無傷だったから?それは彼女が自分で使った魔法だろうし、無意識で使ってたとしたら……勘違いしてる?

「私は正義の魔法使いなの、だけど魔法使いは私一人きりで……」

 もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。予想外な答えすぎて頭が付いて来ない。

 正義の魔法使い。正確には魔法の監視者。それは彼女の母から受け継がれた役目だったが

「弟君の為になりたいの」

 その最後の言葉でやっと気づいた。彼女は助けを求めてたんだ。だけど自分だけに押し付けられた役目から抱え込んで仕舞い込んで閉じ込めきれなくなって。勘違いとは言え、やっとその役目を話せる相手がいた。それはどんな気持ちなんだろうか。

 ずっと一人か。俺もそのうち一度目の人生を話せる日がくるんだろうか。

 そう考え馬鹿馬鹿しいと頭を振った。

 それにしても俺としてはもっと違う答えに辿り着いて欲しかった。

 自分はこの為に生きている。それを他人に預ける生き方ではなく、今回の事で命の大事さを知って自分の為に。
 誰かの為に。それは尊い事だしすごいと思う。けど俺は正義の魔法使いなんて役目の為じゃなく、子供らしい生き方を選択してほしかったのだ。

 けどそれが今の音姫さんに必要なら

「ふぅ……わかりました、じゃあ音姫さんに一つお願いがあります」

 レーゾンデートルが俺なのは予想外だったが、必要とされるなら応えるまでだ。イメージ出来てなかったが音姫さんもまだ子供なんだから。

 それに心が大人になるに連れて治るだろう。そう思って了解の意を示したのだが、ホッとした表情を浮かべた後に何故かすぐに不機嫌そうな顔になった。

「その前に弟君」

「はい?」

「なんで音姫さんに戻ってるの?あと言葉も変」

 あ、そういえば音姉ってあの時呼んでたんだった。音姫さんも弟君っていつの間にか言ってるし。

「えっと」

 敬語っぽくなってるのは音姫さんの方が一応年上だし、音姉って呼んだのも他に止める方法を見つけられなくて仕方なくであって

「弟君?」

「……」

「ん?」

「……姉」

「聞こえない」

「……音姉」

「うん!」

 満面の笑みで頷かれてしまった。もう先ほどまでの暗さがないのは嬉しいが複雑だ。それに

 は、恥ずかしすぎる。

 今まで鬱々としてたとは思えない程元気になっただけじゃなく、妙にお姉さんぶっている音姫さんを見る。きっとこれが本来の音姫さん何だと思う。やさしく微笑んでる姿が眩しいくらいだ。

 でもよかった。もう弟として見られてるみたいだけど

 安堵と同時に他にも問題が残ってる事を思い出してしまった。杏とさくらさんの事もあるんだった。

 とりあえず

「じゃあお願いの続き」

 一拍置いて

 「音姉、早く音姉も元気になって」

 くださいと言いそうになったがギリギリ止められた。その心から願った言葉に

「うん!!」

 俺のお願いが嬉しかったのか、体調が悪いと感じさせない足取りで

「すぐに元気になって弟君のお世話するね!!」

 そんな爆弾発言を残して部屋を出て行った。






 その後さくらさんと話したのだが

「杏ちゃんうちに来るのまだ無理かも」

 原因はやっぱり俺らしい。

 前から理由は分からないが、元々さくらさんを避けてたのに、俺が彼女の家に行くと家を出て大怪我をした事でより近づけなくなったらしい。
そんな訳もあり、俺が病院で目を覚ますまでの間さくらさんが杏の世話をするはずだったのだが、さくらさんの家ではご飯もまともに食べてもらえず結局隣の朝倉家でお世話になっていたみたいだ。

「ごめんね」

「いえ、さくらさんは何も悪くないですから。杏もきっと話せば分かってくれますよ」

 大丈夫、杏は素直な子ですから。

 その言葉に若干笑みを浮かべてくれたのだが、すぐに暗くなってしまった。

 さくらさん自身由姫さんが亡くなってから音姫さんを励ましてたのだが、どうにも出来なかった事を悔やんでるようだった。無理に食事を取らせてもすぐに戻してしまい、音姫さんが弱っていく様を見ている事しか出来ず止められなかったと。
その負い目から病室で音姫さんに顔を合わせられなかったようだ。

「だから今回の事も」

 ボクのせい、その言葉を言わせたくなくて

「そういえば音姫さんから弟君って言われちゃって」

 敢えて明るい口調で言葉を挟んだ。

「今になってお姉ちゃんみたいな人が出来るなんて思ってなかったからビックリしちゃいました」

 さくらさんは思うことがあったのか顔をあげ

「あの音姫ちゃんが……」

 やっと顔をほころばせた。

「それと早く元気になって世話するんだ~って息巻いてたので音姫さんはもう大丈夫ですよ」

 杏もまだ時間がかかるかもしれないが大丈夫だろう。

「だからさくらさん」

 後はさくらさんが笑ってくれれば

 「お母さんが元気ないとまた皆しょんぼりしちゃいますよ」

 きっとまたすぐに明るい毎日が戻ってくる。

「にゃはは」

 さくらさんは恥ずかしそうに頬を掻き

「うん!こんなんじゃお母さん失格になっちゃうもんね」

「ははは、どんなさくらさんでも俺にとってはお母さんですよ。勿論元気なさくらさんが好きですけど」

 そう言い、俺とさくらさんは二人で笑い合った。





[17557] 8話 『引越し』
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2014/03/02 01:10
「兄さん?」

「あぁ、ごめんごめんちょっと昔の事思い出しててさ」

「もう、現実逃避してないで早く入ろ?」

 先ほどさくらさんの家の前に着いたのだが、中から聞こえてくる声で俺は足を止めてしまっていた。

「だって」

「だってじゃないの、ほら早く」

 グイグイ杏に引っ張られ引きずられるように着いて行く。

 未だに中から

「義春君にはぜ~ったいこっちの方がいいの!」

「そんな事ないです!弟君は絶対にそんな事望んでないです!」

 と、険悪とは言い切れないにせよ、言い合って確実にヒートアップしてしまっているのが分る。

「杏、悪いけどやっぱり俺は家に帰るわ」

「もう、そんな事言わないの
どうせ兄さんの事なんだし」

 二人の声は今思い出してた音姫さんとさくらさんの声だった。あの時と比べようもないぐらい頻繁に二人で過ごす所を見るようになったのだが

「弟君が帰ってきたら決着を付けましょう!」

「うん!絶対義春君はこっちを選ぶもん!」

 言い合いが絶えないというか馬が合わないって感じか、兎に角話すようになってくれただけでも良くなった方か。

 でもまぁ内容自体は分らないが確実に

「どう考えても今入ったら俺が集中砲火されるだろ」

「兄さんよかったね、両手に華で」

 いや、確実にそんな状況じゃないんだが。

「絶対お姉ちゃんの私を選んでくれます~!!」

「ぜ~~~ったいボクだもん!!」

 中から聞こえてくる言葉から不安しか生まれない。

「……よかったね、好かれてるみたいで」

 少しトーンが下がった杏の声にドキリとする。

「あ、杏さん?」

「……」

 ぷいっと顔をそらしたまま家の中に上がりこんでしまった。

 いやいや、両手に華って言うより両手に鎌って雰囲気なんですが。

 言い訳も出来ずに一人ポツンと残され

 俺は逃げるんじゃない、戦略的撤退であり決してびびった訳じゃないからな。

 そのまま扉の前で踵を返したのだが

「義春さん?こんな所で立ち止まって何してるんですか?」

 ブルータスお前もか!

 使い古されていようとそう言いたくなる。だってそこに朝倉由夢がタイミングを見計らったかのようにいたのだから。










 付属に入ってからさくらさん家には良く来ている。かって知ってる他人の家と言うより第二の我が家みたいな感じだ。

 杏も大きくなり、昔ほどこの家を嫌う事はなくなったからこそだが。

 さくらさんを母と呼んだ日以来ちょっとずつ顔を見せに来ていたが、おばあちゃんが亡くなってから以前に増し顕著にお世話になっている。俺の事故の事もあって、杏がさくらさんの家に忌避を持っていた時から俺達を暖かく迎えてくれたさくらさんには感謝してもしきれない。

 初めて桜の木の下でとっさにお母さんと叫んでしまった時もそうだが、今思うと俺も寂しかったんだと思う。杏の事やこれからの事、もしあの時さくらさんに会っていなければ今の俺は壊れてたかもしれない、今ではそう思う。

 だから何度思い出しても恥ずかしい記憶だが俺にとって大切で大事な出来事だった。

 まぁなんで今そんな事を思い出してるかと言うと

「うにゅー、音姫ちゃん、最近義春君がお母さんって言ってくれないの」

 よよよ、と泣く真似をするさくらさんに

「私もお姉ちゃん、とか音姉、とか言ってくれなくて」

 と音姫さんも泣くフリをしている、その横で由夢が綺麗な姿勢でお茶を飲んでいる。

「えっとその……」

 子供の頃自分には父親と母親がいたので間違いなく義之君とは違う。桜の木から産まれた訳じゃないしあの日までさくらさんとの関係も余りなかったと言える。
だからさくらさんを本当にお母さんと言っていいか迷う。って言うか

 正直恥ずかしい。

 一応と言ってはあれだが、養子だから問題はないのだが。

 さくらさん自身俺より若く見えるし。

 多分知らない人が見れば杏と同い年って言われても仕方ない気がする。

 そんなこんなでさくらさんを母と呼ぶのはまだ先になりそうだ。
 それと音姫さんの方だが、俺は一時期だが『強制的』に音姉と呼ばされていた。

 けどまだ俺は死にたくない。

 妬みやらなんやらで命がいくつあっても足りない。

 泣きマネをする音姫さんを見ると可愛らしくチラチラと指の隙間からこっちを見ていた。

 義之君の時よりも音姫さんに問題があるっていうね……。

 初めて暗く冷たい音姫さんを見た瞬間俺は考えなしに行動した。だからってこの変化が悪いって言うつもりもないし、文句を言う資格もない。

 ただその結果が

「お姉ちゃんが嫌いになっちゃったの?」

 義之君の時と同じか、それ以上に過保護に。

 それが昔の責任を感じて、と言うことじゃなければいいけど。

 ウルウルと上目使いに見るのは卑怯です、はい。

「い、いえそういう問題じゃなくて……由、由夢も何か言ってくれよ」

 しどろもどろに答えた挙げ句に由夢に頼る俺はチキンとしか言いようがない。

 だが死活問題なんだ。何度も言うが原作と違い俺は朝倉家に住んでいない、高校に入るまで音姫さんと頻繁に会っていた事を知る人がいない中、姉のように呼んだらどうなるか。

 答えは簡単だ。学校で俺は誰かに殺される。

 だからこその頼みの綱である由夢を見るのだが

「私も兄さんって呼びましょうか?」

 なんて

 呼ぶ気もないのに煽りやがったコイツ。

 服装は原作の緑ジャージではなく、制服姿であり言葉使いもきちっとしている。

 そんな由夢は杏には結構懐いてるというか、もう一人のお姉さんみたいだ。俺が入院している間、さくらさんの家だと誰にも手の付けようがないほど泣きじゃくった杏の世話を朝倉家でする事になった。音姫さんも入院してたのもあり由夢は杏お姉ちゃんって呼んでずっと杏にくっついていたらしい。

 由姫さんの死は音姫さん程ではないにしろ由夢を孤独にしていたのだからしょうがない。

 因みに、初めて由夢と会ったとき由夢ちゃんと呼んだのだが

 「杏お姉ちゃんを呼び捨てにしてるのになんで私はちゃんなの?一緒がいい~」

 だそうだ。

 いや、俺杏の兄だし。

 とかたまに思ったり。杏にくっついてお見舞いしてくれた由夢にとって俺の位置づけはどうなってるやら。

 まぁフラグ要素が全くなかった由夢が俺を兄と呼ぶ事は一生ないだろけど。

「ダメ!由夢ちゃんは別に義春君の妹じゃないでしょ!」

 いやあなたも俺の姉じゃないから

「ボクは義春君を育ててきたからお母さんで大丈夫だよ?今じゃ本当のお母さんだし」

 ってさくらさんは泣き真似から一転会話に参加してるし。

 杏は我関せずとばかりに人知れず風呂にでも向かったのかここにはいない。

 むしろ音姫さんとはさくらさん以上に馬が合わないので、いたらもっと大変だったか。





 とりあえず一言



 誰か助けて。




第8話

「なんだ?悩みがあなら言ってみろ。え?俺には言えない?それって俺の事が好きっt(ry」







「今日義春君と杏ちゃんを呼んだのは大事な話があったからなの」

 食事を終え由夢が家に帰ってからさくらさんがそう切り出した。

「前にも言ったと思うんだけど、そろそろ二人ともうちで暮らさない?」

 今俺と杏は雪村邸に住んでいる。それはばあちゃんの思い出の場所であり俺達の帰る場所という想いもあるが、一番は杏の問題があったからだ。俺の過去を魔法で知り得そうな音姫さんに近付かない為とも言えるが。

 なのでさくらさんに何度か誘われた時は杏の状態を確認しながらって感じだった。それにさくらさんもなんだかんだこちらの意見を尊重してくれてたのだが

「駄目です、弟君はうちで暮らすのがいいんです」

 音姫さん、それこそ駄目でしょ。

 体を乗り出す様に斜め前にいた音姫さんが色々主張するが

「最近物騒な事件とか増えてるし、私も寂しいなぁ~なんて……」

 その一言で音姫さんは乗り出していた体を元の位置に戻し、さくらさんに小さくすみませんと謝った。

 さくらさんとはもう本当の家族なのだからこんな会話自体おかしいのだが事情が事情である。

 ただ、それを除いて気になる事があるとすれば、今年に入り何故かさくらさんはこの事を積極的に進めてくるようになった事だ。

 特に事件事故等のニュースが増えたようには見えないが、彼女には何か思い当たる節でもあるのだろうか。

「兄さん?」

 横に座っていた杏が俺の裾を軽く引いていた。

 どうやら考え込んでたようだ。

「あ~悪い杏、ちゃんと聞いてるから大丈夫」

 少し気まずそうにこちらを覗くさくらさんの顔に不安そうになっている。

 俺は別にさくらさんちに暮らしたくない訳ではない、むしろこっちに住んだ方がいいのではと思うぐらいだ。随時さくらさんの様子を窺(うかが)えるし、それ以上に彼女の支えになりたいと思っているから。

 音姫さんも人の過去をむやみやたらと覗く人じゃないし、それはちょっと注意すれば大丈夫そうだ。だから杏次第と言った所か。それも此処最近じゃ問題なさそうだが

「杏はどうしたい?」

 自分に話が振られると思っていなかったのかキョトンとする杏。

「兄さんがいるならどっちでも一緒」

 ……さいですか

 まぁさくらさんの表情が引っかかってたし、今まで何度もこっちに泊まった事もあり生活ががらりと変わる訳もないしな。

「とりあえず音姫さんとは本当の家族って訳じゃないし、家もあるのでお世話になるわけにはいきませんので」

 分っていた事だと思うが残念~と机につっぷしイジイジといじけし始めた。

 そんな反応されても困りますって。言う必要もないが一応で応えたが本気だったのかもしれない。

 けど、今はそんな音姫さんは横に置いてさくらさんの方を向く。

「さくらさん、俺は此処が好きですし杏ももう問題ありません。けど」

 住む人間が二人増えるのだ。向こうから誘ってくれたとは言え

「全っ然!!大歓迎だよ!!」

 考える間も無く答えてくれた。今まで以上に賑やかになる未来が見えた気がして、さくらさん特有の明るい笑顔に俺も杏も笑顔を返した。












 次の日、早く一緒に暮らしたいというさくらさんの意見から引越しの準備をする事になった。

 さて、持ち込む荷物が余りない点は良かったのだが部屋をどうするかが問題だ。

 とは言っても俺の中ではもう決まってるのだが。

「俺が二階の部屋で杏は一階の部屋な」

 男の俺が杏やさくらさんと同じ部屋だったり、隣だったりでは色々問題がありそうなので二階がいい。

 だからそのまま主張しているのだが

「兄さんも一階でいいじゃない」

 と言って聞かないのだ。和式の家なので一階に部屋が多く広い。しかし二階は一部屋しかない上に一階の部屋と比べると狭い。

 なので男の俺が2階がいいと言うのは自然だと思うのだが杏は納得出来ないらしい。

 てか一緒に一階とかありえないから。

「二階に行くの大変だし」

 ん?

「もしかしてまだ俺の部屋に来る気ですか?」

 思わず敬語に

「当たり前じゃない」

 ……当たり前とか

 一瞬頭のブレーカーが落ち固まってしまう所だった。どう考えてもその考えはおかしいので再び杏に問質す為に体勢を低くし視線を合わせたのだがムッとするばかり。

「ほ、ほらさくらさんもいるんだし」

 ジッとこっちを見られても困るんですが

「え~っと……」

「……」

「その…」

「…………」

「義春く~ん、準備出来たよ~」

 神が降臨した!!さくらさん、あんた最高だ。

 荷物を持ったまま見上げる杏を余所にさくらさんの声の元へ向かった。









「これでいいよね?」

 リビングにさくらさんが見当たらず、うろちょろし、結局見つけたのが場所は寝室だったのだが

「なんで布団が3つ並んでるんでしょうか?」

「え?やっぱり家族は川の字になるのかなって」

 キラキラと輝いてるのは気のせいだろうか。そして何故誇らしげ?

「俺は二階で寝ますんで杏と一緒に寝てあげてください」

 それを聞いた途端に肩を落とすさくらさん。

 うっ、なんか心が痛い。

 後ろからついて来た杏も心なしか肩を落としてる。

 はぁ、まったくこの二人は。

「ほら、さくらさんみたいな可愛い女性と俺みたいな男が一緒に寝るのはちょっとって意味ですよ」

 とりあえず言い訳を並べる。

 え!?可愛い?もー義春君は正直さんなんだから~
 とか一人でハイテンションになってるさくらさんを無視して素早く布団を一つ持ち上げる。

 せこくて結構。俺の胃はそこまで強靭じゃないんだ。

 杏も同じ要領で突破出来るだろう……きっと……多分………出来ればいいなぁ。

 とりあえず杏が何か言う前に荷物を二階に持って行こう。早い者勝ちってね。













「兄さんと一緒に寝るとぐっすり眠れるの」

 それはいつ聞いた言葉だったか。

 大人になるに連れ兄離れが進むと予想した中、相も変わらず俺にべったりな杏。
嬉しいやら心配やらで将来が本気で不安になっているのは此処だけの話。
 今でも偶に俺の布団に潜り込んでくるのだが、それは不味いと思い理由を聞いた時の言葉だった。

「何時になれば兄離れするのやら」

「何か言った?」

 部屋に荷物を入れ一息ついた所なのだが杏は俺のベッドの上でゴロゴロしてる。

「うんにゃ何も」

 どうにか強硬手段になったが二階を占領出来、杏の本棚なども全部移動させた。

 今日はもう疲れたから俺もベッドでだらけたいんだけど。

 ついには布団にくるまり芋虫状態になった杏を横目に

 ……なんだかなぁ。

 どうしようか考え込む。

 あぁ~そういえば夕飯の買出しが残ってたか。

 引越しが忙しくて完全に忘れてた、買い物に行きたいけどこのまま杏をこの部屋に置いて行くのもまずい気がするし。

 とりあえず杏を動かすか。

「春休みになったからって寝てばっかじゃ太るぞ~」

 身動き一つない。まるで屍のようだ。

 杏は太る感じがないって言うより体も小さく食も細いのでこれからも太りそうもないので反応がないのも仕方がないだろう。だが

 やるなぁ。だが俺には必勝法があるのだよ。

「今から買い物に行こっかなぁ~
あぁ~だけど一人だと寂しいしなぁ~晩御飯も考えないといけないし」

 もぞもぞと少し動いてる、ちょいヒットか?

「音姫さんと二人で行けばいっ」

 最後まで言うことなく杏に反応が。

 音姫さんが俺を弟君扱いし始めてから妙に対抗意識を持ち始めた杏。別に取られやしないのに何に焦ってるんだか。

 うねうねと布団の中で動きぴょこりと顔だけ覗きこちらを見ている。

 なんだか猫を相手してるみたいだ。

「じーー」

「って、口で効果音出してるから!」

 新しいリアクションに思わずつっこんじゃったし。

 杏はまた頭を引っ込め何やら考え出す、この後はどんな反応するんやら。

 仕方なく暫く待つ事に。

 ただ、数十秒と待つ事なく

「付いてきてほしい?」

 結局は表立って音姫さんに張り合ってる事を悟られたくないからか俺に選ばせようとする杏。

「いや別に」

 って間違えた!しかも即答しちゃったよ。

 杏も目をうるっと

「ってのは冗談で是非付いてきてほしいです」

 杏は宜しいと言わんばかりに頷き、満足げに布団から這い出てくる。

 毎回こうならないようにどうにかしないと。

 俺の悩みがまた一つ増える中、その元凶を見れば肌がツヤっとしてる気がするのは気のせいか。

「ん~~~~、ふぅ~~」

 と布団から出て猫のように背筋を伸ばし俺を置いて一階へ向かう杏。
すれ違い際に何かを言った気がしたが生憎俺には聞こえなかった。










「それがなんでこんな事になるんだ?」

 真っ直ぐスーパーに向かった筈なのに喫茶店に着いた俺と杏。

「だって疲れたんだもの」

 商店街に着いて3分と経たずにここに来たがな。

「まぁそれはいい、いや良くはないが多目に見る。だけど何故わざわざ『ココ』なんだ?」

 店内を忙(せわ)しなく動き回る店員は皆スーツ、しかもそいつらは俺をニヤニヤと見てくるからたまったもんじゃない。

「どうせなら兄さんが働いてる場所見てみたかったし」

 此処『花の月』は俺がバイトしている喫茶店。店長が変わり者で何故か皆(男ばかりが)コスプレさせられている。

 そのせいか女性客が多く、巷で噂になってるとか。

「だからって」

「もういいじゃない。それよりもそれ一口ちょうだい」

 話をそらす為か早口に言い、俺の飲んでいた飲み物をひったくるように奪い去る。そして何故か杏の飲んでた物が手元に来る。
 杏はコップのふちに視線を注ぎ、そして意を決したように一口。

 ちなみに俺が飲んでたのはブラックコーヒーなわけで

「………」

「ちょっ!?何無言で砂糖流し込んでるの!?」

 ザーッと音が聞こえそうなほど入れてるし!

「……苦い」

「そりゃコーヒーだからな」

「こんなの飲み物じゃない」

 飲み物じゃないらしい。てかあんな砂糖の入ったコーヒーなんて飲めないぞ俺。

「んでこれは」

「私の頼んだやつ飲んでみて」

 バナナセーキとか甘過ぎる飲み物は嫌いなんだけど。

「早く」

 杏に急かされ仕方なく。

「……」

 一口口に含んだが思ったより爽やかな甘さが広がる。自分が働いてる場所だがなかなか良い仕事してるじゃないか。

「兄さん兄さん、感想は?」

「う~んやっぱり甘いのはちょっと苦手かな」

「じゃなくって、これって間接キスよね」

「まぁ兄妹だしな」

「……………」

 ジトッと見てくる杏に首を傾げると

「むぅ~」

 と唸り、俺の手元にあるバナナセーキをひったくる様にとり飲み物を一気に飲み干した。

「えっと」

「もう知らない」

 そのまま立ち上がりお店の外に行こうとする杏を追いかけたのだが、その後の買い物で杏が一言も会話してくれなかったのは言うまでもない。




[17557] 9話(過去続き)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2014/03/03 00:35
 妹との買い物が終わり―――結局買い物自体は一人でしたのだが―――家に帰る途中の公園で花咲と出会った。今は春休みなので会っても不思議ではないのだが

「ねぇねぇ今杏ちゃんが」

 わざわざニヤニヤした表情でベンチから立ち上がった彼女とは正直目も合わせたくない。

「兄さんのばか~って」

 何故ならば、こうやって楽しそうに首を突っ込んで来るのが分っていたからだ。

 彼女はケラケラと笑っているが、俺は家に帰るのが憂鬱になる一方。多分杏も此処で花咲とばったり会い色々話したのだろう。喫茶店では残念だったね~と細かい内容をベラベラと、それを言われても俺はなんと言えばいいのやら。

「花咲、もう時間も遅いから早く帰れ」

 とりあえず、からかわれているのが分っているのでバッサリと切ったのだが

「そういえば~、その花咲って言うのいつからだっけ~?」

「は?」

 何をいきなり

 その言葉が出る前に彼女は

「今思うと昔まで茜って呼んでくれてたと思うんだよね~」

 懐かしい事を言い始めた。

「そうだったか?」

「そうだったか? じゃないでしょ~
も~」

 ぶーぶー言う花咲に仕方なく昔の事を思い出してみるが記憶が色々曖昧だ。子供だったし、その頃は本当に色々な事が遭ったからから仕方ないと思うが。

 花咲の名前、か。

 もう大分昔、お隣さんだった時と幼稚園ぐらいの時までだったと思う。もう10年以上前の話だ。母親が茜ちゃん茜ちゃんと言っていた事もあり、俺も茜と言ってたきがするんだが、何がきっかけで名前じゃなくて苗字で呼ぶ様になったか思い出せない。

 って

 話がめっちゃ変わってないか?

 話の流れがガラッと変わったのにその会話が当たり前だと思えてしまうのが花咲らしいというかなんと言うか。

 まぁそれで一つ思い出したが

「花咲も昔俺の事君付けてなかったよな」

 俺が周りより何でも出来、こいつにとって辞書扱いされていた時は
義春あれ教えてこれ教えてと……

 あれ?そんな所だけ兄妹一緒な扱いか!?

 全然嬉しくない。月島の辞典が杏で花咲の辞書が俺とか笑えない。

「だって~義春君が私の名前呼んでくれないのに私だけ名前で呼んでたら片思いの女みたいでかっこ悪いじゃない」

 ちょっ!そんな理由かよ。

「それに一部の女の子の間でちょっとだけ話の種になってるんだよ?義春君は年下の女の子にしか興味ないんじゃないか~とか」

「おまっ」

「だって~そうじゃない、妹の杏ちゃんは分かるけど他の子だと由夢ちゃんだけしか名前で呼んでないし~」

 ……。

 知らなかったとはいえショックから口をパクパクとするだけで声が出ない。

「って事を私が広めたんだけどね」

 プチっと何かが切れる様な音がしたが気にしない。今はそれよりも悪を滅ぼさなければいけない使命があるから。

 その一言を聞いた俺は無言で花咲に近づき

「いやん、こんな所で告白?でも~」

 クネクネと動いている彼女の顔面を手で鷲掴みにした。そのまま手に力を込め

「えっと?何?ちょっと痛いけど快感?ってあれ?どんどん強く、い、痛い痛い痛い~
ごめ、ごめんなさいごめんなさい嘘です~話流したの嘘だから~」

 嘘って言葉はしっかり聞こえたが暴れていた花咲がぐったりするまでしっかりお仕置きしておいた。その本人は頭を抱えしゃがみ込んでしまっているが心を弄んだ罰って事で。

 てか本当の話だったら不名誉過ぎるだろ、冗談抜きで不登校になるわ。

「うぅ~ひどいよぉ~ちょっとしたお茶目なのにぃ~」

 まだ頭が痛いのかフラフラとしているが言い返せているし大丈夫だろ。

「お前の冗談は偶に洒落にならないんだよ」

 コツンと軽く頭を叩き窘める。

 もうそこまで怒っている訳じゃないが、毎回これに付き合わされる身としてはちゃんと言っておかなければやってられない。

「だって~」

「だってじゃありません、俺すげー焦ったんだからな」

 まったく、この性格が杏に影響しない事を願うばかりだよ。

「でも~さっきのは冗談だけど義春君の事が話しになってたのは本当だよ?」

「はい!?」

 ロリコン疑惑が!?

 マジで落ち込む、嘘とか言ってぬか喜びさせやがって。

 今度は俺が先ほどの花咲みたいに頭を抱え込んだ。だが花咲はその姿に不思議そうに小首を傾げ

「なんで由夢ちゃんの事は名前で呼んでるのかな~って話なんだけど……大丈夫?」

 ピタリと動きが止まった俺が心配になったのか俺の体勢に合わせしゃがみ込んだのだが、その顔に俺の腕が伸び

「また!?待って!今回は私悪く痛いイタイいたい~」








 ……

「いや~、つい」

「ついじゃないよぉ~頭割れると思ったんだからね」

 気がつけば俺は花咲をアイアンクローで懲らしめていた所だった。今回はすぐに手を離したのだが俺が理不尽だったのは変わらない。

「それでなんの話だっけ?」

 だから誤魔化そうと話を戻そうとしたのだが

「よ~し~は~る~く~ん~?」

 プンプンって効果音が付いても可笑しくないほど頬を膨らませて怒っていた。

「は、ははは」

 もう乾いた笑いしか出せないでいた中、その理不尽な攻撃を受けて怒っていた花咲は

「も~」

 その一言の後にはもう表情が変わっていた。

「あ、それより由夢ちゃんの事を名前で言うきっかけってなんだったの?」

 冗談はお互い様、というより好奇心が勝った様な雰囲気だ。既に聞きたくてウズウズと詰め寄って来る。

 それよりってのは間違ってると思うぞ。大した話じゃないし。

 けど本人は興味津々の様で

「お詫びだと思って教えてよ~」

 さっきの事を甘蜜類の食べ物と引き換えではなく此処で出してきた。

 まったく、なんでそんな事が気になるやら。

 今回は仕方ない、のか?

「って元々お前が」

「細かいことは気にしないの、ほらほら」

 そう急かされ、結局言い合った結果少しだけ話す事になってしまった。

「これ話したら帰れよ?」

 それを条件に

「まぁあまり細かく覚えてないけど、確か俺が馬鹿やって入院してた時だったかな」

 昔を思い出しながらそう語り出すことにした。















第9話(過去の続き)

『どうした?話したい事って、え?妹は私以外いらないってどういう…………っ!?』
















 入院している今、俺は何故か窮地に立たされている。その危機は一つだけではないのだが、とりあえず現在は

「さ~お姉さんとおトイレに行きましょうか~」

「い、いえ、一人で大丈夫です。本当に大丈夫ですから!むしろ一人で行かせてください」

 俺涙目。体がうまく動かせない今誰かに助けてもらわないと何も出来ないのだけど

「ふふふ」

 いやーっ!にじり寄って来ないで~

 もうこれ以上俺トラウマを増やさせないでくれ。

「ふふ、ふふふふふ」

 その後病院に悲鳴が轟いたとか









「……ねぇ。ちょっといい?」

 話初めてすぐに花咲に止められた。

「なんだよ」

「今の話って関係あるの?」

「……思い出しながら話してるんだから仕方ないだろ。俺だってこんな話をしたくなかったよ!」

 誰がこんな醜態晒したいと思ったもんか。

 だが、その言い訳を聞いた花咲はニヤリと獲物を見つけた表情で

「それでナースさんは」

 と、絶対に良くない内容だと分かったから

「それでその後」

 無理やり話の続きを始めることにした。










「……君?弟君?」

「あ、音姫さんイラッシャッタンデスネ」

 真っ白に燃え尽きた俺の部屋に気づけば音姫さんが入って来ていたようだ

「また呼び方戻ってる」

「ソウデスネ」

 本来ならまだ病室にいなければならない音姫さんだが、毎度の事抜け出したのだろう。いい加減何か対策を講じてほしいが、音姫さんは良くも悪くも頭がいい。
体力も戻ってきているものあって止められないだけかもしれないが

 怪我が治る前に胃に穴が開きそうだ。

 何が悲しくてこんな仕打ちを、そう思わずにはいられない。

 まぁ、今は横でおろおろ挙動不審な動きをしている音姫さんをどうにかしないといけないのだが

「それで、その」

 お世話宣言から数日。そう、数日は看護婦さんとのやり取り以外問題はなかった。音姫さんは俺との約束を守る様にしっかり養生し、お見舞いに杏が一人で来てしまうこともあったが、それも俺が心配だからさくらさんと来るように言ってから一緒に来る機会も増えたからだ。

 けど

「そろそろ朝ごはんの時間だから、その……」

 本人的にもう大丈夫と判断したのか、まだ入院中の音姫さんが今の状態に。

 まだ口調も硬く、少しきつい言葉を使う事があるが俺の為にと近頃は毎日ここに来ている。それが姉としてなのか責任からかは分らないが。

 とりあえず

「前にも言ったけど音姉はもうすぐ退院出来るんだから、それまでちゃんと部屋にいてください」

「食べてくれたら戻る」

 それ以前にご飯がまだ来てないのでそれも出来ないんだけど。

「それにお世話するって言ったもん」

 どうもこの音姫さんは子供っぽい感じで、断り辛い。

 いや実際に子供なんだが。

 そんな事を話しているうちに朝ご飯の時間になっていたらしく、食事をカートに乗せ進める看護婦さんがすぐにやって来た。

「あ、また音姫ちゃんここに来てたの?」

 そうです、来てるんです、だから連れて帰ってください。

「元気になったのはいいけど、無理しちゃ駄目だからね」

 そうですそうです、早くお部屋に戻った戻った。

「それじゃあ今日もお願いね」

 はい、っと元気良く返事をした音姫さんに渡されたのはお箸とスプーン。勿論俺の使うはずの物だ。

 って、ちょっ!

「ご飯食べさせてあげたらちゃんとお部屋に戻ってね~」

 次の仕事があるのかすぐに部屋を出て行く看護婦さんに呆れるしかない。

 し、仕事しろーーーーーーーーーー!!

 心の声が聞こえる訳もなく無情にも閉められる扉。それを確認した音姫さんは嬉しそうにお箸を使い食べ物を口の前に持ってくる。

「ん」

 ……

 先ほどの彼女達の会話からわかる様にこのやり取りは初めてじゃない。最初こそ部屋に戻るよう説得していた職員の方達だが、あれよあれよとこんな流れに。

「自分で食べられるからさ、ほらお箸をこっちに」

「んっ!」

 ずいっとさらに近づく音姫さん。

「いや、だから」

「弟君のお世話、するもん」

 ごめんなさい、無理、俺には断れそうにない。

 結局今日も説得を諦め食べさせてもらう事になり敗北記録が更新された。












 無事食事を終えた後音姫さんはちゃんと部屋に戻ってくれ、入れ替わるように杏と一人の女の子が入って来た。
あれから音姫さんと杏の二人は出会ってない。それは面会時間前に音姫さんが来てくれているおかげなのだが喜んでいいのやらどうやら。ただ、俺が怪我した理由を杏に教えてないので出来る事ならこのまま出会わずにいてほしいと思っている。これ以上厄介ごとを減らしたいって思いもあるのだが、杏の性格を考えると音姫さんとの仲が心配だから。

 音姫さんが自分のせいで、なんて言い始めたら最悪だし。まぁ今日は無事過ごせそうだけど

 それにしても……誰だろ?

 杏の後ろの隠れていて良く見えないが、その子の事以上に杏が知らない女の子と一緒にいる事が驚きだった。
杏の服の端を持ってこっちをチラチラ見ている姿は何か昔の杏を見ているようで微笑ましい。前にいる妹も妹でお姉さん風吹かせているし。

「お兄ちゃん?」

「ん、いや」

 妹の声に慌てて笑顔を作る。普段入院していると暇な事もあって色々考え込む事がある。それは勿論杏の事が多いのだが

 俺が元気じゃないって勘違いしたら家に帰らないなんて言いそうだし。

 今は自分の事より妹が心配でしょうがない。毎日此処に来てくれるのは嬉しいし、俺の事をいつも優先してくれるのは兄冥利に尽きる。
けどそれは度が過ぎる、お見舞いもそうだが今までの行動からもそれは分かる。だから

「またさくらさんと来なかったのかなって思ってさ」

 言い訳の様に取って付けたその言葉だが、杏は嫌そうな顔で

「……一緒に来た」

 そう呟いた。

 未だに理由を聞けてないが、杏はさくらさんを避けている。だけど一人で来るのは心配だから前に来るなら誰か大人と、出来ればさくらさんと来るようにと言ったのだ。
けれど残念な事にさくらさんを避けている杏が素直に聞いてくれるとは思っていなかった。

 来るとしても純一さんと一緒かな、と、言いながら思った程に。

 だが杏はその言った次の日からちゃんと二人で来るようになったのだ、さくらさんと。妹一人で此処まで来るには距離があるので一緒に来てくれれば安心だし、これがきっかけで仲良くなってくれればと期待もある。だけどそれ以上に嫌な事だろうと俺が言った事なら否定もせずに、すぐにしたがってしまう事に不安が。

 全く、どうしたもんかね。

 杏と二人で話す機会は幸か不幸か入院という形で今まで以上に増えたと思う。それは家事もなければ、授業もないっていうのもある。面会の時間の間はずっと妹と話している気がするしだから今日こそは後回しにしてきた事を清算したいと思ったのだが

「そういえば後ろの子は?」

 嫌そうな顔をしていた妹に今色々聞くのはよくないかと断念した。

 知らない子もいるみたいだし。

 その本人は杏の背中から少しだけ顔を出し

「由夢」

 と、短く応えた。

 あれ?なんで此処に?

 朝倉家に今杏の世話を頼む事になったのは知っていたが、何でわざわざ知らない俺に会いに来たのか分らない。まぁこの様子からして仲が悪い訳でなさそうなので安心したって気持ちは大きいのだが

 とりあえず黙ってる訳にもいかないので何か話そうと彼女達を見たのだが
由夢ちゃんが杏の後ろから此方に向かって指を刺している事に気づいて

「あぁ、俺は雪村義春、杏のお兄ちゃんだよ」

 自分の名前を尋ねているのに気づき、そう応えた。ちゃんと教えた事に満足したのか誰か分って安心したのか嬉しそうに笑顔になった由夢ちゃんに俺も釣られて微笑んだ。
杏もそのやり取りに満足したのかウンウンっと聞こえる様な顔で頷き、部屋の端に置いてあるパイプ椅子をわっせわっせとベットの横に移動させ始める。由夢ちゃんもそれに気づき杏と一緒にえっこらえっこら。

 手伝ってやる事が出来ないので見ているだけなのだが

 なんだか

 今までの嫌な事だとか大変だった事全部忘れてしまえそうな程平和な光景、俺が成れなかった本当の兄妹、由夢ちゃんの場合は姉妹か。楽しそうに椅子を運ぶ二人は本当の家族みたいに見えた。
 俺は記憶があるせいで杏と同じ目線で過ごす事が出来ない、やりたい事だけじゃなくやらなくてはいけない事も沢山あるから。だから俺と杏が本当の兄妹だったらあんな感じだったのかな、とか考えると複雑な気分になる。

「……うん」

「できたー」

 そんな中、杏は嬉しさを隠すように小さな声で、由夢ちゃんは満足そうに両手を上げていた。
どうにか椅子を無事二つ組み立て終え二人揃って座ったのだが、杏も由夢ちゃんも小さいので椅子の両端がすごく余っていて微笑ましい。
実は椅子を運び始めた時から一つで十分な気がしていたのだが

 楽しそうにしているからいいかな。

 と、子を見守る親みたいな心境で二人の奮闘を見守っていた事に気づき自分に苦笑を一つ。もう少し二人が成長して話している姿だったならまた違ったのだろうけど、今は俺とも見た目は同じぐらいだが精神年齢的に仕方ないだろう。まぁ杏が付属に入る頃にはまた違う見方になるかもしれないし今はどうでもいい話か。

 とりあえず

「二人とも大きな椅子自分で準備出来てすごかったな」

 褒めながらニッコリと微笑んだ。

「ん」

「うん!由夢がんばったー」

 いつもの杏ならもう少し喜んでいるのだが、今日はとことんお姉さんモードらしい、それとは対照的に由夢ちゃんは全身で喜びを表していて何だか新鮮だ。

 って杏以外の子を今みたいに褒める事なんてあまりないから当然か。

 そのまま二人をギブスの嵌めてない左手で頭を撫でたらまた違った反応で結構楽しい。

 病院にさくらさんと一緒に来ていたとしても杏は一人でこの部屋に来る事が多い、だから椅子を運ぶのも杏一人で移動させる事も当たり前の様に多くなる。なのでそれを褒めて頭を撫でてあげるのは癖というかいつもの流れみたいなものになっていた。今回もそのままに由夢ちゃんも一緒に撫でてしまったのだが、
由夢ちゃんはちょっと緊張しているのか戸惑っているのか杏と俺を交互にチラチラ見ていて困った顔をしている。杏は逆に慣れた感じで気持ちよさそうに目を細めていて比べると何だか面白い。

 そんな風に色々性格の違う二人だが、朝倉家ではどんな風に暮らしているのやら。

 治ったらまず朝倉家にお礼に行かないとな。

 とりあえず何時までも撫でている訳にもいかず元の姿勢に

 この後、今までは杏が今日あった事の話をして後からさくらさんが加わるって形になるのだが、
今回は由夢ちゃんも一緒になって話してくれたので病室は賑やかこの上ない。まぁ内容は要領を得ず殆ど分らなかったが。

 毎日楽しく過ごせているみたいだな。

 嫌な事も困った事もなく楽しく過ごせているのは伝わったのでホッと一安心。

「そういえば由夢ちゃんは」

 長く話してしまい時間が経ってしまっていることに気づき、お姉ちゃんに会いに行かなくていいのかと言おうとしたのだが

「ちがうよ?」

 まだ名前しか言ってないのに何かを否定された。

「えっと、何が違うの?」

 俺は話を続けずその理由を聞いたのだが、理由が考えてもいなかった事だっただけに目を丸くなる。だって

「由夢だもん」

「うん由夢ちゃんで合ってるよね?」

「ちがうよ~由夢だもん、由夢ちゃんじゃないもん」

 同じ名前なのに呼び方に駄目出しされると思ってなかったからだ。子供には子供のルールがあるのは知っていたが、由夢ちゃんの場合ちゃん付けは駄目らしい。

「う~ん、でも由夢ちゃんは俺より小さいからその方が言いやすいしなぁ」

 けど俺も呼び捨てには少し抵抗がありそれを言ってみたのだが

「杏お姉ちゃんをよびすてにしてるのに私はちゃんなの?」

 質問で返されてしまった。

 「杏は妹だしなぁ」

 それ以外応え様がない。だけどちっさい由夢ちゃんにそんな言葉は通じず

「いっしょがいい~」

 一蹴された。今も杏の事を杏お姉ちゃんと呼んでいる由夢ちゃんにとって、妹というポジションは自分と同じって意味が含まれているのか知らないが

「ま、いっか」

 本人がそう言ってほしいと言っているのだから頭ごなしに否定しても仕様がない。

 相手は子供だしな。

「じゃあ由夢」

 名前で呼んだら嬉しそうに

「ん?なに~」

 と、今度は返事をしてくれた。

「もうお話してる時間なくなってきちゃったからお姉ちゃんに会いに行ったらどうかなって思ってさ」

「あっ!」

 途中からは俺と話すと言うより杏と話していたから楽しくて時間の事を忘れてしまったのだろう。慌てて椅子から降り

「おに」

 お兄ちゃんか、お兄さんと続くかは分らないが由夢は杏の顔を見て何故か言葉を止めた。

「じゃなくて、よしはるさんありがとうございました」

 そう行儀良く頭を下げ走って部屋から出てしまった。

 二人の間で何かがあったようだが、概ね俺の入院生活はこんな感じに平和で穏やかな日々だった。あの日までは……















「そんな事が在ったんだぁ~由夢ちゃん可愛いね~」

「二人とも小さかったからもう由夢なんかは忘れてるかもしれないけど」

 思い返すと名前を呼ぶきっかけはそう呼んでと言われたって事だけだったんだな。しみじみと頷いていると

「それでそれで?」

「それでって?」

「もぉ~!話す事があるでしょ~」

 何故か興奮したかの様に先ほどより詰め寄って来た花咲にチョップをかます。

「とりあえず落ち着け」

 由夢の名前を呼ぶまでの話は終わったはずなのにまだ何か聞くつもりなのだろうか。

「ぶーぶー義春君のいけず~」

「何が?」

「だ~か~ら~、その続き、音姫ちゃんと杏ちゃんってその、なんて言うか馬が合わないって感じじゃない」

 どうやらそう感じていたのは俺だけじゃなかったらしい学年が違うこともあり学校で杏と音姫さんが話すことは滅多に……少ししかない。だからそう感じ取った花咲は妹の事を良く見てくれているのだろう。

「まぁ今は表立って言い合ってる訳じゃないし」

「杏ちゃんと音姫さんって言い合う仲だったの!?」

 花咲も同じ事を考えているとは思ってなく無駄な事言ってしまったみたいだ。

 また詰め寄って来られても敵わないので

「それよりほら、もう話しただろ、辺りも暗くなり始めたから早く帰れって」

「えぇ~今からいい所っぽかったのにぃ~」

「気が向いたら話してやるから」

 未来の自分に丸投げした。早く帰らないと俺も妹に何言われるか分かったもんじゃないんだ。

「ほんとぉ~?」

「ほんとほんと、だからさっさとバス停まで行くぞ、送ってってやるから」

「じゃあ歩きながら話してくれれば」

 それに、この後の話は事故の内容を聞かれかねないので俺は無視してバス停に向かって歩き始めた。

「あ~待ってよぉ~」

 今日の晩御飯が入った袋を両手に下げたまま。










あとがき

 現在?の話を期待していた方ごめんなさい;;今回はまた過去編を……
早く本編に追いつけるように頑張ります(*`>ω<´)ゞデシ


いいわけ

 昨日この話を出したはずが今見たら何故か投稿出来てなくて;;なので感想返しの内容と時間が合ってないです(TwT)気づいた方への言い訳でした。



[17557] 10話 『家族』
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2014/03/31 18:06
「ばかばかばか」

「馬鹿って言った方が馬鹿です~」

「……お節介おばさん」

「むっ」

「ふふ、おばさんおばさん」

「むか~、杏ちゃんなんかお子ちゃまじゃない、お兄ちゃんがいないと何も出来ないお子ちゃま~」

「うぅっ」

「お子ちゃまお子ちゃま~」

 ……残念ながら俺の目の前で言い合っているのは小学生ではなく杏と音姫さん。
最初こそ机に向かい合って真面目に話していた様に見えた。それこそ俺の知らない難しい単語が飛び交う内容でだ。どちらからそんな会話を持ちかけたかは知らないが、討論していた内容はまともだったと思う。

 なのに、なのに気づけばただの口喧嘩になっていた。いつもの事と言えばそこまでなのだが

「そっちこそ兄さんに付き纏って」

「杏ちゃんだって」

「「おたんこなすーー!!」」

 勘弁してくれ。













第10話

「妹だからって何でも許されるなんて……俺は許す!!」










 俺と杏がこの家に住み始めてから2ヶ月経った。
2ヶ月、それしか経っていないのに行事の様になった光景だ。

 子供の様な言い争いは中々終わらず、悪口のボキャブラリが少ない二人は途中から嫌いな食べ物を罵倒に変え、相手に向かってピーマンやらセロリやら。
俺も少しは慣れた物で、口喧嘩をBGMに溜め息を吐くのが常になっている。不明な事を繰り返す二人の相手はあまりに不毛だ。まぁ被害が自分に来ると分かっているので首を突っ込みたくないだけなのだが。

 慣れとは怖いものだ。

「酢豚に入ったパイナップル」

「サラダにマヨネーズであえたリンゴ!」

 ただ好き嫌いはいけないと常日頃から言っている音姫さんは勿論、俺が料理に出した物を残さなかった杏は嫌いな食べ物が少ない
今のが最後の品だったのだろう、既に泣きそうな二人は揃ってムッとしたまま涙を堪えている。ただその表情もうるうると瞳を湿らせてる事もあり全然怖そうでない。しかも、次言う言葉を考える姿は仲良しな姉妹が意地を張り合ってる様にしか見えない。開始数分も経たず言い終わるぐらいだったら言わなきゃいいのにとか俺が横から言ったら負けなのだろうか。

 そこから数十分間、お煎餅を中心に挟み繰り広げられていた戦場はやっと静まり、二人とも言われた事を思い出してるのか、いつ涙が零れ落ちてもおかしくない目になっている。あの程度の悪口で二人にダメージがある事に毎回驚くが、とりあえず今までの経験上そろそろ決着が着く頃合い。

 料理は作り途中だが一端鍋の火を止め、お茶を用意する。泣くのを我慢しているこのタイミングで出て行けば割かし安全だからだ。

 お茶でも飲めば少しは気分が落ち着くだろう。

 飲み物を二人分持って客間に向かい、そっと二人の顔を覗くと俺の事に気づいていないのか視線を落としたままぷるぷる涙を堪える杏と音姫さんがそこに。

 本当に何で此処まで張り合うのかなぁ。

 実際はなんだかんだ杏も音姫さんもお互いを気にし合っていると思うのだが、顔を合わせて話すとこの化学反応が起こる。二人がこの状態だと必然的に晩御飯担当は俺になるのでなるべくこうならないでほしい限りだ。
それに、逃げるため台所に料理を作くりに行く俺の背中は哀愁漂う事だろう。学校が休みになってから以前より頻繁に台所に引き篭もっている俺としては是非改善したい所。

 コップを二人の前に置き、諦め半分黙々と料理をしに戻った俺を余所に、沈黙が続いた二人が急に立ち上がり何かを言い合っている。

 また始まったのかと思い二人を見に行くと小さい影が部屋から出て行く所だった。

 今日は何が決定打になったのか、言い負けたのは杏だったらしい。不貞腐れた様にバタバタと二階に走って上がっていく音が聞こえてきたので間違いないだろう。その駆け上がって行った場所、さくらさんちの二階には俺の部屋しかないのだが。
そして音姫さんも何しにうちに来たのか不明なままお邪魔しましたと家に帰って行った。

 ……えっと?

 大量に作ったカレーはどうすればいいんだろうか。音姫さんがいたので由夢の分も考え多めに作ったのだが今じゃ一人ぼっち。

 切なすぎるだろ……。

 心の汗が目から零れそうだ。自分の部屋にも戻れず、誰もいない一階で鍋を混ぜる兄とかシュールすぎ。ヤンデレ兄ものを彷彿させる光景とかどうなのだろうか。

 ふぅ

 今日さくらさんは帰って来ないと言っていた、年始に向けての仕事があるらしいから仕方ない。だから今日の晩御飯は最低でも杏が降りて来るまではお預けになりそうだ。

 カチッと再び火を止めて鍋の蓋をする。何時までも一人でヤンデレ兄ごっこするのは悲しすぎるだろ。まぁ鍋の中身はあるのだが。

 とりあえず杏は一時間ぐらい部屋から出てこないだろうから問題ないだろう。
静かになった居間に座り込み、先ほどまで近づけなかった為見れなかったテレビを点けると見たかった情報はすぐに出た。初音島のニュースはいつも通り、枯れない桜を取り上げた特番や最新μ情報など、初音島で事件事故は殆ど放送されないので桜の木に異変があればすぐ分かるだろう。それだけ普段平和だって事だが、毎日同じ様な内容では誰が見るのやらって感じだ。

 他に気になる番組もなく、時間もあるのでもう一品作るかと立ち上がった所で

「ただいま~」

 玄関から高い声が聞こえてきた。

「さくらさんおかえりなさい」

 パタパタと急ぐように走ってきたさくらさんは俺を見上げながら

「にゃはは、ただいま義春君」

 元気に返事をし、嬉しそうに俺を見上げながら微笑んでいた。

「今日は学校で何か良い事あったんですか?」

 まぁ俺より先に台所まで行き鍋を覗き込む姿を見ると子供の無邪気さにも思えてしまうのが怖いが。

「ん~?今日もいつも通り入学式の準備だったり溜まった資料片付けたりだったかな?なんで~?」

「なんだかご機嫌みたいに見えたので」

 にゅふふ~っと、その笑顔のまま理由を教えてくれるかと思ったら

「わー今日はカレーなんだね、帰ってきて正解だったよ~」

 って話聞いてない!?

 今日の晩御飯の内容に満足したのか早速お皿を用意してるし。

「そういえば杏ちゃんは?」

「え?あ、あぁ、杏はいつもので」

 話が飛んだため返事に遅れたが、先ほどの光景を思い出し肩をすくめると納得した様に頷いた。

「じゃあさっきのお話はまた後でね」

 いつもの、それだけで通じる程日常に溶け込んでいるって事なのだが。
さくらさんはスキップしだしそうに鼻歌を口ずさみながらお皿を抱えて居間に歩いて行った。

「って、さくらさん!?まだ全部料理出来てないので待ってください~」

 杏や朝倉家の住民も呼ばないといけない俺は急いで残りの作業を終わらせにかかった。















「「おかわり!」」

 同時に差し出されたお皿を受け取りご飯とカレーを盛り付ける。
結局あの後さくらさんが朝倉家に行き、音姫さん達を招き、杏をうまく部屋から引きずり出した。そういう子供の事は分かってますって感じの対応は関心するばかりだ。

 盛り付け終わったお皿を杏と音姫さんに渡すとお世辞にも行儀よくと言えない勢いで黙々と食べている、時折二人がお互いを見ているのはさっきの言い合いが影響してますと言わんばかりだ。

「ほら、杏ちゃんも音姫ちゃんももっとゆっくり食べなきゃだめだよ~、折角おいしいご飯なんだから、義春君にも失礼だよ?」

 だから仲良く、ね?とさくらさんが優しく窘めると二人揃って申し訳なさそうにごめんなさいと謝るのだからさくらさん様様だ、食事を再開し始めた二人はショボーンってなっているが。

 お母さんしてるなぁ

 一番子供っぽい姿なさくらさんが大きく見えるから不思議だ。逆にシュンとしてしまった二人は何だかいつも以上に小さく見えて思わず笑ってしまいそうだ。
その後の食事は問題もなく平和に終わった。と、言ってもご飯時に喧嘩した事は一度もないと思う。むしろ、音姫さんが口の端にソースを付けている杏を見つければ無言でティッシュで拭ってあげたり、音姫さんの好きなおかずがあれば杏が少し多くよそってあげたりといつも見えない一面が見れる。普段からそれだけ相手を想えればいいのにと思うのだが、それはそれ、これはこれって言われそうだ。ただ、お互いに優しく接しれている事に気づいてない可能性もあるが

 あれ?そういえば

「さくらさんの機嫌が良かった理由って結局なんだったんですか?」

 帰宅時に後でと言っていたのだが、時間をずらす理由も分からなかったから余計に気になっていたのだ。

「うにゅ?」

 良い事があったのならそれでいいのだが、後でって……。

「今日は仕事が忙しくって帰れないって言ってたのでその事かなぁって思ったんですけど学校の事じゃないって言ってましたし」

 う~ん、と悩む俺にさくらさんは何故か背筋を正し

「じゃあちょっと皆聞いてくれるかな?」

 杏と音姫さんに由夢を見渡した。

 俺だけじゃなく杏達にも聞かせたい程良かった事らしい。

 皆の視線が集りちょっとだけ照れくさそうに頬を少し掻き

 「あのね、今日だけじゃなくていつもなんだけど皆に言いたい事があって」

 何やら大事な事だと感じた音姫さんはテレビを消し杏と由夢はさくらさんと同じ様に姿勢を正した。

「にゃはは、そんなに畏まったお話じゃないんだけどね、その、えっと……」

 いつもと違いつっかえつっかえに言葉を切り視線が落ち着きなさげに揺れている。今日あったであろう良い事を聞くつもりが大事な事を伝えるきっかけになったらしい。俺もちょっとだけ緊張した面持ちで次の言葉を待っていると

「その、いつも皆にありがとうって言いたくて……」

「へ?」

 思わずそんな声が出てしまった。何に対してだろうかと首を傾げ、周りを見たがお礼外も分からないようだった。

「義春君、杏ちゃん、ボクと家族になってくれてありがとう。
音姫ちゃん、由夢ちゃん、いつも遊びに来てくれてありがとう」

 その言葉に誰もがキョトンとした表情になった。だってそんな

「こちらこそありがとうですよさくらさん、俺達の親になってくれて本当に嬉しかったし、感謝したいのは俺達の方ですよ」

 そんな事言わなくたって、ここにいる皆はさくらさんに感謝しているんだ。杏もちょっと照れくさそうにコクリと頷いた。

「私達もさくらさんのお家に呼んで下さるおかげで毎日楽しいです、おじいちゃん達は温泉に行ったりしてて中々帰ってこない事も多いですし、私達も家族になれたみたいで……
だから私達からも言わせてください、ありがとうございますって」

 俺達はいつもさくらさんに助けられていた。その明るい性格から元気をもらったり、真剣に悩みを聞いてくれて、だから俺達からもさくらさんの為に何かやりたいと思っていた。
今は彼女の為に出来る事は少ないかもしれないけど、だけど

「さくらさん」

 感謝の気持ちを言葉に乗せる、それが彼女に届くよう願いながら。
今まで言えなかった感謝の気持ちを一人一人さくらさんに伝えたら、きっとさくらさんは当然の事だよと笑って応えるのだろう。辛くたって悲しくたって、誰かが悲しんでたら人の為に頑張ってしまうさくらさんだけど

 これからは一番の幸せ者になれますように。

 今までずっと一人で頑張っていたさくらさんに、新しい絆が出来た彼女に伝えたい

「俺達のお母さんはさくらさんだから」

 ずっと恥ずかしくて子供の時から言えなかった言葉。

 さくらさん、今じゃあなたの子供はこんなにいるんですよ。俺に杏、それに朝倉姉妹も家族みたいにさくらさんに集って笑い合って。血は繋がっていないけど、ここにはそれ以上の繋がりがある。きっとこれからもずっと解けない程しっかり結ばれたもので

 その俺の言葉を最後にさくらさんはそっと上を向いた。まるで溜まった涙が零れない様に。

 俺達は一度顔を見合わせ、そして笑顔になってさくらさんを見る。

「中々感謝の言葉が言えない時もあるけれどいつも思っているんです。」

「「「「さくらさんいつもありがと」う」ございます」」

 一緒に暮らす様になってからの時間は短いかもしれない、けどそんな事は関係ない。気持ちは長さだけじゃないのだから。
当たり前って言われそうな程普通の話をして、嫌な事があっても家に帰ると笑顔になって

 俺はいつも思う、笑顔が絶えないこの家に来れて、家族になれて良かったと。

 今この家は笑顔が溢れている。杏がいてさくらさんがいて、音姫さんに由夢、たまに純一さんも混ざって。
皆が楽しそうにご飯を食べているのを見るとそれが実感出来た。その中心にさくらさんを囲んで
だからコレはさくらさんが引き寄せた奇跡なんだと思う

 出自が普通じゃない俺に元孤児院の子で記憶力に障害のあった杏、母親の死と魔法使いの使命に心苦しむ音姫さんに、同じく母が亡くなり心が傷つき自分の夢に悩まされている由夢。
さくらさんがいなかったら今みたいになれなかった。さくらさんがいてくれたから笑顔になれた。

 だからさくらさん、俺達はいつも伝えたいのだ

 お母さんいつもありがとうって

 俺達の言葉を聞き終えた後もさくらさんは顔を下ろすことなく

「ボクね、皆が幸せになってくれればそれだけでよかったの」

 それはいったい誰の事だろうか。

「だから毎日考えて悩んで頑張って」

 それはいつの事だろうか

「他の人の幸せがボクの幸せに感じて」

 少し間を空けた後力なく笑って

「にゃはは、違う、かな、ボクの出来なかった事を皆がすることを見て自分も幸せだって錯覚してただけだったのかも」

 それは

「今じゃもう分からないけど、分からないけどボクはそれで一生懸命になれたし、満足だったの」

 だった、それは過去の事で

「お手紙もいっぱい来たんだ、ありがとうって、ボクのおかげだって」

 それはさくらさん自身が望んでた事で

「そのうちね、結婚しました、とか、子供が生まれましたってお手紙も届く様になったの」

 幸せがそこにあったはずなのに

「ボクはずっと昔に諦めてたのに」

 その望みは変わってしまって

「羨ましくなっちゃったの」

 さくらさんの頬を一筋涙が伝う。

「最初はね、いいなぁとか、子育てってどんな感じなんだろうなぁって考えるだけだったの」

 それだけで今まで以上幸せになれる自分に気づいてしまって

「でもね」

 また涙が一筋零れた。

「その想いがいつの間にか変わってた」

 そんな想いが強くなりすぎて

「こんな毎日が送れるなんて思ってなかったけど、でも」

 求めてしまった。

「ボクの、夢だったの」

 震える小さな声でそう言った。

「家に帰ると電気が点いててね、ただいまって言ったらおかえりなさいって言ってくれるの、それが毎日嬉しくって」

 今日早く帰って来たのはそういう事、家に帰れば俺達がいるから、家で待っててくれる人がいるから。

 もうさくらさんの瞳からは上を向いてても関係ないぐらい涙が溢れている。

「ボ、クね、夢、だったの」

 嗚咽で声が途切れても言葉を続ける

「ご飯食べる時ね、皆、皆で笑ってね、今日あった事とか話すの、それがいつも楽しくって」

 今日のご飯時ずっと楽しそうにしていた、一人ずつしっかり話を聞いては頷いて笑って。

 途切れ途切れの声だけど皆にはしっかり聞こえた。聞きなれた、大好きな人の声だから

「夢、だったの」

 ぎゅっと自分の服を握っても全然涙は止まってなかったけど

「ボクの事家族って、お母さんって、言ってくれるの、それが本当に……本当に幸せで……」

 ぐいぐいっと袖で涙を拭ってもまだその瞳は濡れたままで

「だからね、ボクが、昔諦めた夢が叶ったの」

 さくらさんはぽろぽろと涙を零しながら笑顔で「ありがとう」そう言った。











 思い出は風化して劣化する、だけどこの日の事はいくつになっても思い出せる気がした。だって俺達が本当の家族になれた、そんな記念日だからだ。
 芳乃家のカレンダーに毎年書き込まれるその日は、俺達にとって特別な日になった。

 家族をありがとうと、幸せをありがとうと、これからもずっと一緒に、そんな気持ちが詰まった日。

 俺はこの家族が大好きだ。杏にさくらさん、たまにお隣さんが遊びに来て騒いで笑って。

 まだまだこれからどうなるか分からないが、これからもこんな記念日を沢山増やそうと

 寝る前にそう笑い合った後、そんな家族記念日を大きく赤い字で、家族みんなで書き込んだ。



[17557] 11話(前編)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3
Date: 2011/04/24 10:21
白河ななかside

 卒業パーティーが終わり、12月も終わりに差し掛かかったこの日

「えっと……」

「だからさ~」

 初詣のお誘いが後を絶たなく困っていた。この人でもう二桁目のお誘いであり、例外なく断っているのだけど

「いいじゃん俺と一緒に行こうよ」

 どうしよう、日本語が通じてない

 やんわりと断っているのだが取り付く島も無く、話ばかりが進んでいく。予定が有る訳ではないけどこの人と仲が良い訳でもない。

 それに

 俺に気があるんだろ?

 そんな勘違いしてる人と一緒に何処かに行く気になんて当然なれない。だからって強く断って噂になっても嫌だし

 本当にどうしよう

 私が困っているのにも気づかない相手、それが一層私の気分をへこませる。

 こんな事だったら初詣なんてなければいいのに

 愚痴にも似た事を思いながら自分の髪を弄る。色々な人からのお誘いを断っているだけで時間がかなり経ってしまった事もあって、部活をしてる人以外はもういないと思う。

 何度目になるか分からないため息を吐き、一応辺りを見渡すと

「あっ」

 同じクラスの男の子と目が合った。

 私が困った笑みを浮かべると、その人はその場で辺りを見渡し、誰もいないことにがっくしと肩を落としこっちに向かってくる。

「白河、初詣杏と行く約束してるんだろ?いつもの所で杏待ってるぞ?」

 そんな嘘をさらっと言ってのけた。

 ただ残念な事は自分の名前を出してくれなかった事、私がどうこうって話しじゃなくて

「杏ちゃんも一緒なの?じゃあ俺も友達連れて行かないとな」

 そんな言葉じゃ目の前の良く分からない男の人が引くはずないから。
後ろにいる彼、雪村義春君に顔も向けずに話し続ける所を見ると都合の良い情報提供者としか思ってないのかもしれない。

 ニヤニヤした表情の目の前の人に寒気を抱きつつ、助けてくれようとしている義春君に顔を向けると、その彼はため息を吐いていた。仕方ないといった感じに目の前の男の人の肩に手を置くと

「うげっ!雪村!?」

「当然俺も杏に付き合って一緒に行く訳なんだけど、お前はそれでもついて来るのか?」

 何かを含む言い方だったので私には何の事だか分からなかったけど、目の前の男の人は冗談じゃないとばかりに走ってどこかに行ってしまった。

 昔に一体何があったんだろ

 ちょっと考えると杏ちゃんに過保護なお兄さん像が出てきて勝手に納得してしまった。

 やれやれと義春君も私に背を向け歩いて行こうとする姿にちょっとムッとしちゃって

「ありがとう、また助けてくれたね」

 お礼を言った。ちょっと意地悪な言葉を付けて。

 あれ?っと首を傾げている彼にちょっと笑ってしまう。

 今みたいに目の前で助けてくれたのは初めてだから、またって言葉に戸惑ってるんだと思う。ちょっと悪戯に成功したみたいで嬉しいのは此処だけの話。
私が勘違いしてたせいで、こんな風に笑って話せる日が来るなんて思ってなかったから余計に自分が笑顔になるのが分かる。

「うん、やっぱり義春君は義春君だね」

 余計にハテナマークを量産している義春君を見ながらまた笑ってしまう。

 たしか、私が初めて彼に興味を、いや、意識したのは入学して2ヵ月とちょっと過ぎた時
勿論その意識とは初めてのクラスメートへの興味でも、ましてや恋愛感情なんかじゃなく、むしろ嫌な奴への気持ちだったと思う。それは初めて話した時が最悪だったから仕方ないと言うしかない。

 自分で言うのも変な話だけど人受けは良い方だと思う、その為の魔法であり私の生きる術だから。
 昔イジメられていた事もあってそれだけに私は誰かを嫌な奴だと思う事はめったになかったし、妬みや憎しみを受けても仕方ないと諦めている子だったから嫌いって感情を思い出すきっかけをくれたとも言え……って本当に駄目すぎるよ義春君。

 まぁだからそんな事になっちゃったあの時はまず驚いた、初対面の人にあんな事言われるなんて






第11話

「閑話だから妹は出てこないよ、残念だったな!!
………チクショーーー!!!!!!」










 入学して2月程経ち、仲良くなったお友達と一緒に商店街に来ていた。
この日はウィンドウショッピングを存分に楽しみ、ちょっと休憩してこの後の予定を話そうという事になったのだけど、何処に行こうかと話し合ってすぐに出てきた場所の名前が噂のお店、『花の月』だった。
最近できたばかりだけど女の子同士での話題でもよく出てくる有名なお店。
それだけに今一緒にいる子も行ってみたいけど一人だと恥ずかしくて入れないと前々から言っていたのだ。

 なので今回は私も引き連れて初めての来店、

「緊張するぅ、ななかぁ助けて~」

「も~別に危ない場所に行く訳じゃないんだから」

「だってぇ」

「ほら行くよ」

 お店の扉の前で駄々をこねる子の手を握り締め引き摺るように踏み出した。
直ぐに目に入ったのはアンティークを感じる内装、そして

「「「お帰りなさいませお嬢様」」」

 スーツを着た男性が恭(うやうや)しくお辞儀をし出迎えてくれる光景だ

 ひぇーーっとなんとも情けない声が漏れてしまう、勿論二人分

 噂になるのも納得できる、だってこんなシチュエーション人生で経験する事なんてないだろうし、見た目は見渡す限りどの人も

 ……あれ?

 ちょっとした違和感
気のせいかな?っと思い直し一緒に来た子に目を向けると何やら顔写真を見ている

 数分とせずに一人の執事さんを指名している、さっきまでの態度はどこに行ったのやら、僅かに笑ってしまう

 ただ呼ばれた執事さんはさっきのそれが顕著に現れ初めた。

 指名されたのであろう彼はビクリと肩を竦ませ頭を下げたまま動かない

 一人だけが頭を上げないのだ

 心配になって私が近づこうとした瞬間弾けるように距離を開け片言で席へ案内してくれる

 なんだろう?案内をしてくれてる人だけが妙に余所余所しいと言うか、こちらから顔が見えないようにもしている。

 偶然にしても今の動きは意味が分からない

 一緒に来た子も新人さんなのかなぁ?なんて言ってくるが、避けた時の反応が気になってしまう

 もし私が何か気に障る事をしたのなら謝らないと

 私はそんな気持ちでいっぱいになっていた

 今思えばお店に入っただけの私が悪い訳がないのにと思うけど、人に避けられるのはトラウマに近い

 だからオシャレに飾り付けられたテーブルに着いた時に顔を覗いて手を伸ばし

 その時に気づいた

「同じクラスの雪村君、だよね?」

 雪村……えっと、名字しか分からないが見たことがある、寧ろ良く見られていた感じ

 見られるのは慣れているから気にする事でも無いのだが、他の男子と違い険しい顔でこっちを見てたから覚えてる

 う~ん、クラスメートにバレたくなかったのかな?それなら挙動不審な動きにも少し納得できる

「えっと、私白河ななかです」

 けど私を見ていた日の事や、さっきの反応に確信を持つ為に私はよろしくね、と握手を求めるように手を差し出した

「……っ!!」

 だが彼は上体だけでなく体全体で退いた、それも何かに怯えるように

「あの、私何かしました?」

 意味が分からない、何があったらこんな反応になるんだろうか

 動揺して顔が若干引きつったがとっさに上目使いの困った顔を作る

 今までこの表情で異性に訪ねれて無視された事はない

 だが、この慣れた筈の動作が次に発せられた言葉で完全に固まった

「わ、悪いけど近づかないでくれっ!!
って違う違うっ!!、じゃなくて、えっと俺に……俺に触るな?
あーっもーなんて言えばいいんだよ!!」

 何この人!?いきなり近づくななんて言われる筋合いは無いと思うんだけど!?

 パニックになってる私を余所に彼は頭を抱えて唸っている

 周りの店員や友達を含め誰もが身動きがとれない

 私と彼の距離も離れたままに時間だけが流れる

「あのっ!!」

 数十秒経ったか数分経った分からないが初めに動きを取り戻したのは皮肉にも私だった。

 だけど戸惑いから勇気を出して発した言葉も虚しく

「くそ、どうすりゃいいんだよ」

 全く聞いてもらえてなかった

 何だろかこの気持ちは、体の中心がキリキリするような…

 気付けば長い間忘れてた心の動きに身を任せ、形(なり)振り構わずに手を取りに行っていた、何が何でも理由を問い質してやる、そんな思いで勢い良く手を延ばし

「あっ!」

 彼は背後にある机も気にせずに後ろに倒れるように飛び退いた。

 いくつかのテーブルが倒れ花瓶も割れてしまってる

「いっつぅ」

 どうやら怪我はないようだが彼の表情は暗い

「だ、大丈夫ですか」

 流石にそこまで避けられてる事に不安を覚える、昔みたいに私は嫌われる事をしてたのだろうか?普段クラスで見えていた彼は頭がおかしい人って訳じゃなさそうだけど……

 また派手に避け怪我をしても大変なので恐る恐るゆっくりと手を差し伸べたのだが

「あぁ~くそ、なんでこう上手くいかない事ばかり起こるかなー」

 と一言呟き

「悪いけどそれ以上近寄らないでくれないか?」

 そんな事を此方の顔を見ずに宣った

「えっ?」

 理解に意識がついて来ない、本当に何故こんな事を言われなくちゃいけないんだろうか

「な、何か私気分を害す事しましたか?もし何かあったなら教えてください」

 彼が何に悪態をつき、何に苛立っているのか分からない
だが何かを決心したように険しい顔を作り

「別に白河は何も悪くない、だけど俺にもう近づかないでくれ、俺も近づかないから」

 再び重ねた言葉は拒絶であり、否定

 しかも向こうから一方的な完結であり会話とも言えないもの

 ただそんな片道通行な態度に私は腹を立てる事を思い出し、明日からの学校生活に思いを馳せた

 結局避けられる理由を分からないままに


 これが初めて彼と交わした会話であり、最悪の思い出だ。















 そんな出会いから1ヵ月と経たずに

「……また、か」

 教科書に罵詈雑言が殴り書きされていた。

「……ははは」

 力無く乾いた笑い声が漏れる。

 自分のクラスメートじゃないとは思う、大体の人とは能力を使って確かめたし、こんなこと考えてる人もいなかった筈だったから

 なら会った事もない人の仕業……かな

「……っ」

 汚されてしまった教科書を鞄の中に押し込める。

 私が何をしたと言うのだろか、私が何故妬みや憎しみを受けなければいけないのだろうか

「……はぁ」

 最早ため息しか出ない。

 容姿やファンクラブなんかは自分の意思と関係ない、望んでない、と声を大にして言いたい。
それ以外の理由だって私には分からないことばかり。

 そんな事でイジメられる側の気持ちを一度でも考えてほしい、靴跡の残る教科書を強く握り締め歯を食いしばる事しか出来ない人の気持ちを理解してほしい。

 思い出すだけでも涙が溢れるこの気持ちを分かってほしい。

 けどそれを言葉に出した所で絶対に伝わらないだろうし悪化をもたらすだけと分かっている

「……帰ろ」

 どんな事をしても伝わらないなら諦めるしかないじゃない、愛想を振り撒いて敵じゃない、機嫌を取っては仲間なんだって

 私に出来る事はそれぐらいだもん。

 明日からもっと効率良く人に触れなくちゃ。

 そのぐらいにしか感じなくなってる自分に嫌気が差した。
















 その日、早起きが苦手な私は必死に起き早く学校に来た。
下手に遅く登校し下駄箱や机、教科書の状態をクラスの人にバレない為に。

 多分気づいてくれた人がいるならば慰めてくれたり、一緒に悲しんでくれるかもしれない。
小恋なんかだったら私の為に怒ってくれると思う。

 けど

「ななか可哀想」

 そんな同情なんていらない。

 この言葉がどれだけ残酷かを私は知ってるし、悪戯の当事者がそれを聞けばどう反応するかも分かっているから。

 過剰な反応はこの手の人たちを喜ばせるだけで、今以上にエスカレートするのは目に見えている。

 今までの経験から、ほっといた所で次第に悪化していくものだとも知ってるけど、結局被害が大きくなるのならゆっくりと時間がかかった方がいい。

 陰湿な事が早々に無くなる訳じゃないのだから。

 まぁ、イジメられてると自分で思いたくない、そんな理由もあるのかもしれないけど

「あれ?」

 この学校で悪戯され始めて一週間が経った今、何故か机の落書きを消した跡のみが残されていた。

「な、んで?」

 嫌がらせがなくなり、喜ぶべき所で素直に納得する事が出来ない。

 だって結局誰の仕業でどんな理由かが不明なままだったから。

 いつ同じ事をされるのか、何がきっかけになるのか、そんな事を考えると気が気でない。

 自分の席に座り、机の中を確認すると無くなった教科書や、汚れていた物までもが奇麗な状態で出てきて余計に混乱する。

 私が反応しないから諦めた?ううん、有り得ない、そんな事で終わるなら今までだって苦労しなかったし、教科書を新しく用意する理由にはならない。

 だったら何で?

 不安だけが募る、誰もいない教室がいつも以上に広く感じ、そして自分がいなくなってしまう様な

「っ!!」

 怖い

 また一人ぼっちになるの!?一人は嫌……一人は嫌っ!!

 この不思議な力を手に入れる前の自分が鮮明に甦る。

 イジメと言えないような物も多かったが人を遠ざける理由に十分足りえるそれは本当に怖い事だった。

 根も葉もない噂で友達は減ったし、私を助けようとして巻き込まれた子も最後には離れていった。それでも日常は日常のままで過ぎていく。

 私なんていらないって言われてる様な時間、いなくなっても何も変わらない様な毎日。私を誰も必要としていない孤独と、上辺ばかりで陰口を叩かれ続けた日々は今でも夢に出てくる。

 震える肩を自分で抱きしめるが中々止まらない。

「はは、あはははは」

 大丈夫、私は上手くやれる、笑っていられる、これからも騙し続けられる。

 何度も何度も何度も何度も自分に言い聞かせるとちょっとずつ落ち着くのが分かる。

「……うん」

 こんな顔は白河ななかじゃない、私はいつも笑顔で明るい女の子

 薄くて重い仮面を何枚も自分に貼り付けて

「大丈夫……」

 今は昔と違うんだから

 自分を奮い立たせて俯いた顔を上げ

「っ!?」

 誰もいなかった教室、教師さえ数人としかいないこの時間
朝早くから見る事のない彼






 『雪村義春』がそこにいた。



[17557] 11話(後編)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:1428c0a9
Date: 2011/04/24 10:19
「お、はよ」

 伏せ気味に呟いた私の言葉は僅かに震えていた。握った手も変な汗が出て気持ち悪いし、世界がグルグル回っているかの様な錯覚さえ覚える。

 だって……

 目の前にいる彼、雪村義春が原因だと気づいてしまったから。
一瞬だが、この人が助けてくれたんじゃ?とも考えたけどそれはない。考えるまでもなく彼は私の事を嫌っているんだから……。

 そうじゃなきゃ普通あんな事言わないもん。

 お店での事を思い出し胸の辺りがキリキリとする。
そもそも今の今まで彼の事を疑わなかった事自体がおかしかったのだけど、それは仕方ないと開き直るしかない。

 それこそ、あんな事言われるまで話した事もなかったし、あの時の事も自分が何かしたのかって事ばかり考えちゃってたから。

 今だってこんな事される理由が分からない。

 本当にどうしよ。

 彼もその場から動かず、視線だけを此方に何度もさ迷わせてくるのだから余計にたちが悪い。

 彼は何かを言うか迷ってるのか、口を何度か開いては閉じてを繰り返していて、その度に私は身がすくむ思いになる。何を言いたいのか、何をしたいのか

 大きく吐きたい息をグッと我慢し、言葉を待つしかない私は、そんな彼に気づいてない振りをしながら顔を伏せる様に顔を隠した。

 もう嫌だ、何もかも全部。

 この学校に入った時からこうならない様にと頑張ったのに全部無駄になった気分になる。
これじゃあ何のためにこんな力を手に入れたのか分からない。毎日毎日上辺を繕って人を騙して、自分を隠して感情を偽って。疑って探(さぐ)って楽しくない生活を続けて。

 昔とは違う、そう自分で思える程頑張らないといけない日々だったけど、それでも昔みたいに辛い想いは減ったから。それだけで頑張って来れたのに。

 この人のせいで……。

 これは八つ当たりかもしれない、他人から見れば今まで人の心を覗いてた私への罰。お前は間違ってる、当然の報い、そう言われてる気さえする。
でもこれが私の見つけた道、やっと手に入れた方法だから

 この人のせいでまた昔に戻るなんて嫌!!

 ふるふると首を小さく振る。

 自分でも分かってる、この力はあまり褒められるものじゃないって、これを知られればそれこそ友達を無くすって事も。

 何でこんな事になっちゃったのかな。

 今までやって来た事を全部否定された気分になる。此処に来てからずっと上手くいってたのに。

 頭の中ではもう答えが出ている。

 今までを振り返っても同じ答えしかでない。

 どうすれば私は私でいられるのかな。

 気持ちの準備はもう出きている。

 それは何度も繰り返してきた事だから。

 これからどうすればいいのかな。

 もう私はそれが出来る力がある。

 上手くいかなかった理由も、これからを守る為に必要な事も、今からするべき事も全部分かってる。

 全部……

 そう、全部この『人の記憶を、考えを覗く力』を雪村義春に使えてなかったから。

 先ほどまで立っていた彼は結局言葉が浮かばなかったのか気まずそうな空気を出したまま自分の席へ戻って行くのを見てホッとしてる自分はやっぱり臆病だけど。

 自分が今までしてた事が私にばれたと思ってるのかな、それとも

 私にはこの力がある。一度止めたはずの悪戯を何で今日になってまたやり始めたか分からないけど、流石に私の目の前で落書きとか教科書を破いたりしないと思う。

 理由を『見たい』けど彼は私を避けてるし、何より怖い。もう彼と普通に会話なんて出来ないと思う程。

 クラスメートに嫌われているのは悲しいけど、早くに犯人が分かってよかった。これ以上友達を疑わなくて済むし、彼に直接触れなくても雪村義春の友達から情報を集めれば私を嫌う理由も分かる。

 うんっ

 今後の事考えると今までよりずっと気分が晴れた。小さな決意と共に手を握り締め

「その、先週」

 急に掛けられた彼の言葉にまた体が強張った。











 頭が真っ白になる。

 え?何?もしかして自分は何も関係ないとか言うつもり!?

 今彼が出した単語、先週はこの事が始まった日、びっくりした以上に自分の心が冷めていくのを感じる。

 誰もいないこんな時間に登校した彼が、私を嫌って避けてるあの男がどの口で

「ふざけないで!」

 喫茶店で感じたキリキリした感情が再び甦る。

 言葉を遮られる形になった彼は驚いた様な顔のまま固まっていて、それが余計にその感情を高ぶらせる。

 あぁ、これがムカつくって事なんだ。

 そう冷静に判断する自分がいて

「私の気持ちなんて何も分かってないくせに!!」

 彼以外に感じた事のない感情、悲しみや諦めとは違った心の動きに初めて自分をさらけ出す様に声を張り上げた。

 もううんざりだよ、誰かにイジメられるのも、周りに媚びるのも、全部全部全部!!

 「もうやめてよ、私が何したっていうの?」

「えっ!?い、いや、違っ!」

 何の事を言ったか今気づいた、みたいな振りまでしてっ!

 焦った様な、慌てた様な、そんな事実をとぼける為の顔が一層私を不機嫌にさせる。

 好きで人の気持ちを読み取ってる訳じゃない、イジメられたくなくって、嫌われたくなくって、人を好きになりたいから仕方なく使ってる力なのに。
なのに使わざる負えなくしてる本人は全てがなかったかの様に気にかける振りをする。

「もう私に近づかないでっ!!」

 前に同じ事を言われた。
状況も理由も全く分からないままに。

 そんな彼は私の見えない所で近づいていたのだから笑えない。

 自分からっ!自分から言ったのに!

 抑えられない感情のまま私は叫んでいた。

 あぁやだな、こんな人の前で泣くなんて

 感情と一緒に流れてしまった涙を止める事は出来そうになかった。だからそれに負けない様に相手の顔を強く睨んで

「私にもう近づかないで,私も近づかないから」

 あの時とは逆に私から言う、言われた事をそのまま

 彼は何かを言おうとしてるが聞く耳が持てない。

 泣き顔を見られるのも悔しくって、顔を伏せながら走って教室から出る。

 その間際言った、彼の言葉が届くのを避ける様に。















第11話(後編)

『…………妹分が足りないっ!!!!』














「うぅ、やっちゃったぁ~」

 今日は今朝の事もあって授業も出ずに保健室にいた。
後悔しても遅いけど、どう考えてもあれは白河ななかじゃない。

 カーテンで区切られている空間だとはいえ、今の私も人に見せられない程ひどい状態になっている。

「あうぁ~」

 頭を抱えてうめき声を上げる女の子とか……。

 ありえないありえない。

 あぁ、何であんな事言っちゃったんだろう。

 彼に嫌われるのはもういい、けどあんな事を言ったって他の人にバレたら、それを考えるともう立ち直れなくなりそうで、つい呻いてしまう。

 きっと、ずっと昔には持ってたのかもしれないけど、記憶にはもう残ってない感情に身を任せて思い切った事を言ってしまった。あの時は何も考えられない状況だったって事もあるけど思い返すと

「うぅ~」

 ゴロゴロとベットの上で転がったせいで私の髪はぐちゃぐちゃになってしまってる。けどそれすら気にならない程後悔が募る。

 本当に雪村義春という人の事が分からない、そんな彼に私は惑わされっぱなしで彼と関わって良い事が一つもない。
 もう上手く行かない事だらけで嫌な思いばっかりしてる気がする。

 先ほどのやり取りをまた思い出して枕を抱きしめる力が入ってしまう。
ああでもない、こうでもないと今後の事を考えると

 あ、でも……

「あなたが犯人ですね、いじめないでください、そもそも私が何かしましたか?」

 みたいに直接的でないにせよ、言いたい事を言えた気がする事に気づいた。

 そういえば、いつからだったっけ、自分の気持ちを伝えられなくなったのは。

 相手に嫌われない様に当たり障りの無い言葉ばかり並べて、自分の気持ちより相手を優先させて愛想を振りまいて、そんな毎日が当たり前になってて、こんなにも自分を持ってなかったなんて気づかなかった。
その代償に明日からまた悪戯をされると思うと憂鬱だけど、心の中は今までにない達成感のような、満足感のような感情もあるのに気づいた。

 ……そんな事思い出しても関係ないよね。

 それに気づいたからといって私が変わるわけじゃない。
私はこの力を得てしまった。悪いと分かっているし、あまり使うべきじゃないって思ってる。でもそれとは関係なく自然に私の体は相手に触れていて。

 もう戻れないもん。

 知ってしまった。相手の考えや気持ちを知る事で得られる物の大きさを。
ちょっとした事でも、相手からどのような関心が向けられてるか気になってしまう。何を考えているか分からないのは凄く億劫で、不安になる。普段の生活に欠かせないと思えてしまう程にこの力は大きくなっていて。

「はぁ……」

 色々な思いがごちゃ混ぜになったため息を誰もいないベットでそっと吐いた。













 何度も同じ考えばかり考えている間に時間が経っていたのか、扉が開く音で水越先生が帰ってきた事を知った。

 先生が返ってくるまで何度もゴロゴロしたシーツはしわになっちゃってたけど、それは、うん、仕方ない。寝相が悪いと思われたらいやだけど。

 それよりも明日からどうしよう……今日はもう授業なんか受けられそうにないし、帰っちゃおっかなぁ。

 先生が帰って来てしまい此処にい続けるのも気まずいのもあって名案に思えてきた。

 とりあえず家に帰ってから考えよ。

 そう考え、どう言い訳して帰ろうか考えているとカーテン越しに水越先生が

「ちょっとでも気分は落ち着いたか?」

 そう尋ねてきた。

 あぅ

 すぐに答えようとしたけど体調が悪いと言ってここに居させてもらっているのに、気持ちに対しての質問に気まずさから黙ってしまった。

「えっと、その」

「あぁ、すまない、別に早く出て行けって言いたいんじゃないんだ。仮病と分かっててその場所使わせてるんだし」

 これでも保健室を預かってるんだ。それぐらいは、ね。そう軽く笑いながら先生は言葉を続ける。

「それは別にいいんだ、いや、良くは無いけど」

 ただ、カーテン越しの先生の声はなんだか一つ一つが前に聞いた時と違って何か言い辛そうな、気まずそうな空気を感じる。私の水越先生のイメージは言いたい事ははっきり言うと思っていたので余計にそう感じる。
だから今から何を言われるのか不安になってしまい

 先生に触れて確認を

 そんな言葉が頭を過ぎる。また私はと思いながらも抗う気もなくカーテンに手をかけ

「その、すまなかったな、本当なら私ら教師がすぐに気づくべきだったのに」

 先生の言葉に手が止まる。何についての事だか考えて

 まさか、とか、そんな事

 と想像した事を否定して

「な、何の話ですか?」

 最もシンプルな、それでいて能力があれば必要のない、質問をしていた。

 だって思いついた事と言えば雪村義春が自分で自分のやった事を先生に言ったか、それとも言われたかして今までしてきた事の何かが露呈したって事ばかり、気づくって言葉で出てくる事が、私が受けていた内容を指してるとしか思えないから。

 今日の朝彼がいたのは先生にその事を言ってたから?それとも……

 想像だけでは何も解決しなくて、不安なままが堪らなく嫌になって掴んでいたカーテンを開けた。
先生が言いずらそうにしているこの間が辛い、能力を使えばすぐに解消されると思うと自然に手は先生に向かって行き、そこで気づいた。

 その先にいた先生を見ると残念そうな、悔しそうな、悲しそうな、色々感情が混ざった様な表情を浮かべている。

「不快なことがあったのは知っているよ。それをした本人にも問い詰めたし、もう二度としないという話もした。だから今回の事はもう大丈夫だとおもうけど、その、昔君がどの様な状態だったか聞いていたのに……本当にすまなかったな……」

 本当にすまなかった、そう繰り返す言葉に私は伸ばした手を引いた。それは決して先生の言葉を信じたり、考えがわかったからではなくて

 え?何でこの人が謝ってるの?

 むしろ分からない単語を聞いた様な、初めての感情をぶつけられた様な

「私ら、いや、私だけでもすぐ力になってあげられればよかったと後悔しているよ、普段君がどんな風に友達との付き合い方をしてるかも私は聞いてたのに」

 何を言ってるんだろう。

 そんな感情しか出てこない。だから

「そ、そんな先生は」

 悪くないではなく、関係ないと続けようとして

「私達教師は教えることだけじゃなく、生徒を守る為にもいるんだ」

 その言葉にまた出そうだった声が詰まる。まるで独白の様な始まりだったけど、それよりも、また有り得ない言葉が出てる事に自然と私の表情は硬くなる。

 守る?

「先に生まれた者として知識を学ばせる、それも大事だ。
けど私は正しいことや悪いこと、それだけじゃなくて、人との付き合い方や将来を生きていく若者の糧を作る場だと思っている。ま、当然全ての教師が全てそう考えてるとは言わないけどね」

 そんな事今更言われたって……

「だから勉学だけじゃなくて、人との関わりを大事にしてほしいと思っていたのに、こんな形になるまで気づかないなんて……本当にすまない」

 嫌われない様にすればいいだけ、そんな場所だって私は知ってる。今までずっとそうだったもん。

「こんな事になるまで気づかなかった私が言える事じゃないが、言える事じゃないんだが、どうかこの学校を嫌いにならないでほしいんだ」

 これは私個人の我侭なお願いだけど、そう水越先生は小さく付け加え

「何かあれば頼れる友達が出来る場所でもあるんだ、それが出来なかったら私達教師に頼ってくれていい」

 信じられない事を言った。

 思い出すだけで悲しくなる過去にその言葉を言って、本心では頼らないでと考えていた友達を知っている。何かあれば力になると言って何もしてくれなかった先生を知っている。嘘なんて当たり前で、誰かを頼るって行為は無駄だって知ってる。

 そんな事したらまた嫌われちゃうよ……

 助けてくれた人なんて一人もいない。ううん、何度かはあったけど結局は裏切られる。私を助けたら自分にも被害が来るって皆知るから。助けてくれた子まで私のせいで、って恨みを向けて来る。誰だって自分が一番大事だもん。それが普通の反応で、先生だから建前で言うだけで、問題が起きても何もしてくれない。それも当たり前。親が出てくれば直ぐに首になっちゃうって考えてたのも見た。誰もが面倒を起こさないでくれって内心では思ってて言葉だけ並べて。

 助けてって言うぐらいだったら嫌われない様に、嫌われてたら機嫌を直してもらう方がいいもん。

 私が悪くなくても噂だけで評価されて、全部私が悪い事になってた事もある。男の子に優しくすれば女の子から強く当たられて、女の子と仲良くしてても男の子を引き寄せるだけの存在。上辺だけの友達なんて要らないと思うけど、一人ぼっちは寂しいし、悲しい。

 それなら人に頼らない方がいいに決まってる。私も表面だけで付き合っていけば何も問題はおきないんだから。

 それに、此処で初めて私を心から想ってくれる友達、小恋に迷惑はかけたくない。まだちょっとしか話した事ないけど、そう思える子とも出会えた。

 最初から私を私として見てくれた小恋。そんな小恋にも距離を置いてる私だけど、私のせいで小恋まで何かされると考えるだけで震えが止まらなくなるし、その彼女までが私から離れちゃったらもう私はこの学校で過ごしていけないと思う。
だからこそ、この能力を手に入れてからは、力になるなんて言葉を聞かなくなったし、頼らなくなった。それが私の全て。

 小恋と出会えただけで私は凄いラッキーで、もうこれ以上失いたくない絆。失いたくないから距離も縮められない仲だけど。

 それでもいいって心から思える。

「白河にはこんなにも心配してくれる友達がいるんだから」

 こんな私だからさっきから先生の言ってる意味も、この言葉の意味も分からない。

 心配してくれる友達は小恋だけだし、その彼女もクラスが違ってて。普段私は自分の事よりも小恋の事ばかり話してるから余計に心配はさせてないと思う。私が『見た』時も小恋の心配事は新しいクラスでの事だけだったし。

 疑問のままに先生を見るとごそごそと白衣のポケットからレコーダーと手紙を出した。

「差出人不明のレコーダーと手紙、というか非公式新聞部とは書いてはあるんだけどね。
なんで本人に言いたくないのかは分からないけど、とりあえずこのレコーダーに入ってる今回問題になっちゃった子達と言い合ってる子と、差出人の子は白河に何も言わずに助けてくれたんだ」

 まぁ言い合ってる男の子は音を取られてるのに気づいてないみたいだけど、そう続いたのだが驚きを隠せない。

 ……?

「書いてあったよ、白河ななかは今回の事を誰にも相談していないし、諦めてる様だって……次がいつ起きてもおかしくない内容だったから私から色々話してくれって」

 タスケテクレタ?

 その一言に頭がこんがらがってしまって先生の声が遠くに聞こえる。

 だってそんな事有り得ない、今までだってそうだったしこの年齢になれば私を助ければどうなるかなんて考えなくたって分かる。

「この事はなるべく言わないでほしいと書いてあったが、お前に必要なのはこういう友達だと思うんだ」

 街を歩いていれば私の事を知らずに助けてくれた人もいる、だけどそれは私の容姿から好かれたいって思いからで、こうやって内緒にする人なんていなかった。
だからどう反応していいかも分からなくて、ふらふらとその手紙に向かって歩いてる自分にも途中まで気づかない程。

「差出人がどういう思いだったか私にはわからないけど、お前には伝えたほうがいいと思って」

 その手紙を掴んだ時に偶然触れた先生からも本気で心配してくれるのが分かって

「誰が突き止めたかも本人には言わないでほしいとも書いてあったが……聞くか?」

 何で?どうして?今までと何が違うの?

 これまでずっと上手くいかなかった事、だけど願って願って願って仕方がなかったこの言葉。

「お、ねがいし……ます」

 レコーダーが再生されて女の子二人と男の子の声が聞こえてきた。

 だけどその声の主は、私が思っていた人であり、そして違った
いつもふざけてるイメージの彼とはかけ離れており、必死に何かを言っている、それは本当に本人か疑ってしまうほど真っ直ぐな言葉で私の事を……

 あぁもう本当に訳分からないよ。

 内容はちゃんと聞こえているけど信じられない想いで心がふわふわする。
今回の事は女の子二人が好きだった男の子が私の態度のせいで好意を抱いたのに、私が振ったという内容を訴えているものだった。勝手に誘惑しておいて断るなんて……それを色々な言い方に変えては彼に押し付け、さらに白川ななかの事をあなたも嫌っているじゃない、そんな内容だった。

「まぁ一人は声が入ってるからわかると思うけど、多分雪村の声だな、差出人はあいつの連れって事とこんなやり方を考えると杉並辺りか」

 本当にどうして……

「こういう奴らもこの学院にはいる、それを知っておいてほしかったんだ。本人達には言うなって言ってたのにと文句を言われそうだがな」

 彼は、雪村義春は私を嫌っていたんじゃないの?避けてたんじゃないの?虐めていた本人じゃなかったの?朝だって

「だから絶望しないでくれ、私にはお前がこの学院に今そう感じてる様にみえる」

 杉並君は知ってるけどあんまり話した事がない、けど、あんな奴といつも一緒にいる人だから同じ様に嫌な人だと思っていたのに

「今はロボットにだって感情があるんだ、人間のお前も笑ったり泣いたり、当たり前の事をしていいんだよ」

 もう自分の感情なんて分からないよ。

「そんな泣いてる顔で笑うな、泣きたかったら泣けばいい、嬉しかったら微笑めばいい、楽しかったら笑えばいい」

 泣いたら五月蝿いって、うっとおしいと思われる、微笑んだって場所を弁えて相手に合わせないと、妬ましいって、媚びてるって思われる。好きなとき笑ったら空気読めないって、見下してるって思われる。

「私は信用できないか?」

 さっきから触れてて分かってる、この人は本気で心配してくれる人だって
だから私は困った顔になってからちょっと微笑んで、そのままでいようとするけど、それが我慢できなくなって

 大きな声で私は泣いた。

 朝、彼との別れ際に聞こえた言葉

「救いたかった」

 その意味が分かっただけに大きな大きな声で。


















 赤くなった目が元に戻る前だったけど、ちゃんと落ち着いた私は先生と色々な話をして

 どうしよう……

 今日何度目かのどうしようと言う言葉と共に教室の前まで戻ってきた。けどそんな私は中々扉を開けることが出来ない。

 水越先生に笑顔で送り出され、とりあえずぶつかってきなさい、っと背中を押されたのだけど、朝あんな事言っちゃった手前、雪村君と話すのは凄く難しい。だから今日は杉並君と話をしようと思うけど

 ぶ、ぶつかるって?と、とととととりあえず触れて色々探って昨日の事確認して、ええっと

 私絶賛テンパリ中。本人達は内緒にしてほしかったみたいだったからお礼も言えないし、そもそもどんな話をすればいいのか分からない。
先生の言っていた事を考えると

 余計に難易度が上がってる気がするし~~

 上辺だけじゃない付き合いって何が違うの?私にはこの力があるんだし、相手の望む事してあげればいいんじゃないの?

 でもそれだといつもと一緒だし……あぅあぅ~

 保健室に中途半端な時間までいたおかげで今は授業中、だから教室の前にいることも誰にもばれてないのが救いだけど

 と、とりあえず先週の事の確認だよね。

 結局いつも通りになってしまう、だけど今回はいつもと違うことがある。

 『本当に彼らは私の為にあんな事をしてくれたのか、信じていいのか』

 これは大事な儀式だと思う。あのレコーダーと手紙で今までとは違うと思っちゃったけど、実際はわからない。

 そんな言葉とは裏腹に

 本当は分かってる、今私が二の足を踏んでるのはそれを確かめるのが怖いからって。

 信じたいからこその恐怖。

 これで彼らも今までの人と同じだったら、そう思うとこの目の前の扉が重く大きい物に感じてしまう。
あと15分もすれば授業が終わり昼休みになってしまうから遅くても15分後には彼らの前に出なくてはいけない。それも私の気分を落ち着かせなくさせる。

「うん、がんばれ私」

 小さく呟いた言葉だけど不思議と力が湧いた。

 そういえば小恋にもよく頑張れって言われてたっけ。

 小恋の心の中は本当に清んでて安心できて、辛くなるとちょっとだけ小恋に触れにいっては元気を貰ってた。私の事を知らないからあんな風に接してくれると思うと中々何度も会えないけど。

 がんばれ私

 もう一度小恋の事を思い浮かべて自分に元気を入れる。

 これでもし、もしだけど、二人が私を心から友達って思ってくれてたなら、ううん、そんな贅沢言わない、二人が上辺じゃない、私自身を見てくれての行動だったなら

 先生の言葉を信じたいと思う。

 小恋とももっといっぱい喋ろう、周りの子達みたいに好きなお菓子の話をしたり恋ばなしたり、杉並君にはお礼をしよう、レコーダーを先生に送ってくれた本人だったらだけど。

 それで最後の一人

 ……雪村君にはいっぱい謝ろう。

 レコーダーから聞こえた言葉を思い出して顔が熱くなりそうになる。

 私の為に行動してくれた彼は今でも良く分からない、それでも途中で聞こえた言葉

『白河は―』

 思い出すのは止め。思い出したらまた泣きたくなっちゃう。

 兎に角謝ろう、それから聞いてみよう。彼は触られるのを避けていて心が読めないから。何で避けてるのか~とかから無駄なこといっぱいいっぱい話そう。本人は嫌がるかもしれないけど。

 嫌がりながらもちゃんと最後まで聞いてくれそうなイメージが勝手に沸いてちょっとだけ笑ってしまう。

 あんな事言ってたけど、どうせ嫌われちゃってるしいいよね。

 水越先生も言ってたし、いっぱい話せば分かり合えるはずだって。

 全部うまくいったら自分の事も色々話そう、小恋だったらきっとそばにいてくれる。今から会う二人ももしかしたらそんな風に話せるかもしれない。

 よ~しっ!

 そんな未来なんて思い描ける自分がいるって初めて知った。こんな風に笑える自分がいるって思い出せた。

 だからこれが最初で最後






『私にもお友達が、心から笑い合える友達が出来ますように』






 二つ目の願いに欲張りかな?と思いながらも咲き続ける桜に願いを込めて私は目の前の扉に手をかけた。

















 クリパから考えると凄く前の事に感じる。

「ふふ」

 昔を思い出しているうちに私って本当に駄目な子だったなぁ~とほのぼの思う、此処に来る前が来る前なだけに仕方ないじゃない、っと言いたくはなるけど。

 そういえばあの後

「あにょ!」

 って噛んじゃったなぁ~と思い出すと自分でも笑えてきてしまう。

 そんな昔の私からは考えられないぐらい私は今幸せな毎日を過ごしている、今でも人の考えが気になっちゃってすぐに手を出しちゃうのは変わらないけど、大事な友達って言える人が出来た。

 他の人は今でも表面の白河ななかしか見てない人がいっぱいで、不安になる事もある、だけど本当の友達がこんなにも頼もしいなんて思ってなかったし、正直その友達から頼られるとすごく嬉しくなってしまう。

 これが水越先生の言ってた友達って事だと思う、ううん、自慢出来る大事なお友達だよって胸を張って言える。

 まぁその友達の一人が問題で、何故か義春君は今でも私から嫌われてると思ってるみたいだけど。

 むしろいつも感謝してるぐらいなのに

 クリパの時のクマさん、確かドナテルロだっけ?あれも渉くんの記憶で見えちゃって義春君ってさっき知っちゃったし、今だってなんだかんだ助けてくれた。
でもそういうの全部隠してるみたいだし、私が知ってたら不自然になっちゃうからまだ言ってない。そのうち全部言って脅かしてやろうとは思ってるけど。

 その時の驚いた顔を思い浮かべるとやっぱり自然と笑いが零れる。

 彼とも普通に話せる様になったし一定の距離で話す分には普通に接してくれる。

 彼の心は覗けないけど、それでもあの時、レコーダーに残っていた言葉と今までの行動で勇気を出して話しかけられる。私の中では一番分からない人だけど優しいって信じれる人。

「初詣かぁ~」

 本当に小恋とだけじゃなくって杏ちゃんも誘ってあの兄を連れて行こうかな

 さっきまで無くなっちゃえばいい行事とか考えていたのに、なんとなくそう思っただけで妙案に思えてきた。

 人ごみで触れられるかもだし……

 そんな事思いながら、あんまり彼の心を覗きたいと思ってない自分にまた笑って。

「うん、来年も良い年になりそう」

 その言葉が零れた。

「え?何が~?」

 いつの間にかすぐそばにいた小恋にちょっとビックリした腹いせに抱きつきながら

「なんでもな~い」

「えぇ~~」

 やっぱりとってもとってもいい年になりそう、そんな予感がした。





[17557] 12話
Name: クッキー◆09fe5212 ID:1428c0a9
Date: 2012/04/21 04:39
 12月も終わりに差し掛かかったある日さくらさんが

「皆で初詣に行こー」

 っと、いう話になり、メンバーはさくらさんに杏、音姫さんに由夢と、いつも通りになっていた。

 そう、そうなっていたはずなのに

「……」

 俺は年越し前にダラダラと、なんて事はなく、まだ仕事を頑張っているさくらさんへちょっとした差し入れを持って行ったり、雪村家の掃除やらと忙しくしていた。なので帰りは遅くなってしまい夕飯を急いで作らなければと走って芳野家に帰ったのだが

「あ、お邪魔してま~す」

「やほー」

「お帰りなさい~」

 等々、予定していた人数を遥かに越える声が返って来た。

 目の前には当たり前の様に炬燵でぬくぬくと温まる渉と花咲を始め、白河や月島、高坂先輩と杉並と、普段来なさそうなメンバーまでもが家に上がり込んでいてくつろいでいる。

 月島や、高坂先輩が礼儀正しく挨拶をするもんだから余計に他の人達がだらけて見えなんとも言えず

「とりあえず晩ご飯まだ食べてない人」

 ほぼ全員が(何人か申し訳なさそうに)手を挙げたので帰るのが遅くなって逆に良かったと、足りない分の食材をコンビニへ買いにまた外に出る事になった。

 杏や月島、白河が一緒に買いに行くという話になったのだが、すぐ済む事だし、外に行く準備もめんどくさいだろうと一人でコンビニに

「これも買って行った方がいいわ、さくらさんも昔好きって言ってたし」

 なのに本人も納得していた筈の人の声がするのは気のせいか。

 会計に並ぼうかと思った所で何故か杏と合流。しかも籠をひったくられて色々と追加していくのだから錯覚ではないのだろう。

 はぁ

 最近本当にため息で幸せが逃げるのなら全ての幸せがなくなっていると思えるほど増えたため息を吐く。

「別に家にいて良かったのに」

 気を使ってくれる良い子に育ったのはいいけど、態々来なくても、そんな言葉も出そうになる中

「だって兄さん一人だと何か買い忘れそうだし」

 酷い言われ様である。まぁ気の利いた物は杏みたいに買えなかったとは思うけど。

「そんな事」

「今だって携帯忘れてるし」

 慌ててポケットに手を突っ込んだが中にはハンカチとティッシュにアメが二つ、勿論携帯はなくって

「……ありがと」

「うん、どういたしまして」

 ちょっと情けなくなる。携帯があるんだし、電話でもしてくれればと言い訳しようとしていたなんて絶対に言えない。
誤魔化す様に妹から受け取った携帯を確認するとメールが何通かと着信履歴が。

「今日兄さんずっと家に携帯置いたままだったから、その、今日皆で年明けしようって話になった事言えなくって……迷惑だった?」

 心配そうに覗き込んでくる杏の頭をぐしぐしと撫でつける

 まったくうちの妹は。

「んな心配するなって、賑やかになるし、さくらさんも喜んでくれるさ」

 勿論俺もっと付け加え力を込める。

 実際買い物の事はついでで、そんな事を言うためだけに追いかけて来たみたいな雰囲気を感じ、来年どうなるか心配やら不安やら。

「それにいつでも友達ぐらいいくらでも呼んでいいんだぞ?俺は迷惑だなんて思わないしさ、さくらさんだってそう言うと思うよ、まぁいきなり彼氏なんか連れて来たら焦るけど」

 ただ俺の言葉の何が面白かったのか、ふふふっと笑う杏に苦笑を浮かべるしか出来ない。

「そっか、よかった」

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、さっきよりももっと笑顔になってそう答えた。

「それに、人見知りもなくなってほしいしな」

「むっ、私人見知りじゃないもん」

 笑ってた顔がすぐ、ちょっとムッとした顔に

「口調が子供っぽくなってるぞ~」

 そうやってからかえる内が華かと、コロコロと変わる表情にケラケラと笑いながら兄妹二人、寒い帰り道、手を繋いで自宅に帰った。






「それで?誰ですか、甘酒を出した奴は」

 二人で家に帰ったのはいいが死屍累々、というか

「あひゃひゃひゃひゃ」

「うにゅ~」

「あぁ~弟君が回ってる~しかも3人もいる~」

「いつもお兄さんは」

 渉に花咲、音姫さんに由夢が壊れていた。

 笑いまくってる馬鹿に顔を真っ赤にして潰れてる花咲は、うん、ほっとこう。

 けど

 完全に視界が可笑しい事になってる優等生だった音姫さんと、俺の事をお兄さんなんて呼ぶ由夢は重症としか思えない。特に由夢。

「あ、あのね弟君、音姫が体温まるって1杯、というより一口だったんだけど」

 律儀に答えてくれる高坂先輩素敵です。というか他のメンバーも良く見ればほんのりと顔を赤くしてて

「それだけで酔った音姫がいきなり杉並の持ってきてた缶を皆に無理やり……」

 杉並、お前って奴は。

 常識人が一人でこの場を乗り切るのはさぞ大変だっただろう。この会話が行われてる間も壊れた4人以外もきゃっきゃうふふと騒いでいて手を付けられそうにない。

「その、先輩お疲れ様です」

 それぐらいしか言えなかった俺に、私こそ止められなくてごめんね、と謝ってくれる高坂先輩にちょっとだけ心が癒された。

 その後一応全員分の年越し用蕎麦を用意したけど、結局深夜に入る前に全員(テンションの上がる魔法の飲み物or甘酒を飲んでない人以外)眠りについてしまったため3人で全員を部屋に運び寝かしつけ、気づいたら0時を過ぎてるという間抜けな結果に。高坂先輩も酔っ払いの相手に疲れていた様でダウンしてしまい、すぐに部屋へ案内する事に。

 残念な事に、さくらさんが帰って来たのもその後すぐで

「うぅ~ん、もう0時過ぎちゃってる~」

 走って帰って来たのか息を荒くしながら部屋に入ってきたさくらさんは悲しげに肩を落としていた。

「あれ?そういえば音姫ちゃん達は?」

「えっと、実は」

 早く帰る事ばかり考えていて気づいていなかったのか、あれれ?と不思議そうな顔をしているさくらさんに、言いづらいけど仕方なしに経緯を話すと先ほどのがっかりした表情を変え楽しそうに聞いていくれる。

 あ、そういえば言い忘れてた

「明けましておめでとう御座います」

 話の最後に取って付けたような挨拶になってしまったけど

「にゃはは、ボクも言い忘れてたよ」

 さくらさんも今気づいた様だった。

「うん、あけましておめでとー、今年もよろしくね」

「あけましておめでと」

 三人揃って年を明ける瞬間を見逃す所も家族だなぁ~と思う。

「はい、今年も宜しくお願いします。
家族皆でいい年にしましょう」

 そう返し、3人でテレビをBGMに去年あった事を話し合う。
 ちょっとドタバタしてるけど楽しく過ごす、それは普段と変わらない光景にも見えるけど、なんだかそれは俺達らしい年越しかなと、そんな風に納得してしまった。










 結局その後
沢山話したがっていそうな杏だったけど少し話した所でうとうととし始め、肩にぽてりと頭を乗せ気づけばすーすーと静かに寝息を立てていた。

「にゃはは、杏ちゃん眠っちゃったね」

「今日は友達と遊んでたので疲れちゃったみたいですね」

 にゃはは、と杏を起こさない音量でさくらさんは微笑み、そして何故か俺の腕を見て

「お兄ちゃんっ子はまだまだ健在だね~」

 優しげに視線を投げかけていた。

「頼れるお兄ちゃんはもう卒業みたいで寂しいんですけどね」

 今日も買い物一つで心配かける有様だったとは言えないけど

「んー?そうでもないみたいだよ、杏ちゃんお兄ちゃんにしっかり掴まって」

 そんな杏もいつかは、早ければ『来年』には兄離れしなければならない、それは俺のもしもの予想でしかないとはいえ。

 そっと自分の腕を見てみれば杏がきゅっと袖を掴んでいて、なんだかこそばゆい。

「守ってあげなきゃだね」

「はは、いつまでもって訳にはいきませんけどね」

 その言葉に静かに頷きながら答え優しく髪を梳くとくすぐったそうに額を肩に押し付けてくる。それが本当に子供に戻ったかのようで

「約束もしちゃったので」

 昔を思い出しながらそれを口に出した。










 杏の部屋までお姫様抱っこで運び、布団の場所にそっと寝かしつけると、さくらさんもそれにつられる様に眠りに就いた。疲れていたのか直ぐに寝息を静かに立て始めたさくらさんにお疲れ様、と小さな声でいい戸を閉め俺は明日の準備を始める事にした。

 何となく、ただ家族と話してたら自分で作れる御節料理は自分で作りたい、そう思ってキッチンに行くと

「あれ?ここどこ?」

 迷子が現れた。

「何処も何も」

「義春お兄さん?」

 それもまだ酔っているだろう、または盛大に寝ぼけている由夢に。

「はぁ」

 大きなため息をしてしまった俺は、とりあえず由夢の背中を押して由夢が先ほどまで寝ていたであろう部屋まで行こうとした所で

「っ!!」

 由夢は先ほどより顔を真っ赤にして俺と距離を開けた。猫の様な俊敏さで離れたのはいいけど、その後は足元がおぼつかなくて危なっかしい。

「ほらほら、酔っ払いは大人しく部屋で寝てなさい」

「い、今私変な事言いませんでしたか!?」

 慌しくキョロキョロと視線を落ち着かなく動かす由夢はやっぱり酔っ払ってるみたいだ。

「い、いや!ち、違うんです!杏さんの事お姉ちゃんって言ってた時の事で」

 しかも俺が何も言ってないのに訳の分からない言い訳を始めたし。

「はいはい、なんも言ってなかったから、とりあえず落ち着け」

 もう一度軽くため息をつく、昔から俺の事お兄さんなんて呼んだことなかった、だから本当に酔いが残っているか寝ぼけているんだろう。杏お姉ちゃんって杏の後ろをウロウロしてた時からの付き合いだし、もしかしたら子供の頃にでも俺の知らない場所でちょっとだけでも言ってたのかもしれない。そんな事があっても不思議でもなんでもない。実際杏の兄は俺で、その杏を姉と慕っていたのだから。今でも隣の家のお兄さんではあるわけだし。

 そう思うと原作みたいに兄さんって呼ばれてたのかもしれないな。

 縁って言うのは本当に奇妙で分からない。けど由夢から実際にそう呼ばれる場面を思い浮かべて苦笑が一つ。

 似合わねぇ。

 由夢云々じゃなく、俺が由夢の兄って立場がだけど。

 呼ぶ相手が義之だったからこそ妹でいるのが由夢なんだよな。

 っと真剣に考えてしまった自分にまた苦笑を浮かべて。

「ほら、冷える前に暖かくしないと風邪引いちまうぞ?」

「は、はい!」

 駆け込む様に部屋へ戻る由夢に

 冷える前にとは言ったけどそんな急いで転んでも困るんだけど。

 またため息一つ。幸い無事に着けたのか何かがぶつかる音はしなかったけど明日どうなってることやら。

 優等生のフリも大変だなぁ~。

 俺の前でも敬語になって昔の姿が久しく感じるだけの時間が経った。緑のジャージも未だに見てないし、かったるいと不満も聞かない。何が彼女をそうしたのか知らないけど、それで家でも疲れる様な生活してなければ良いなとは思う。

 別にだらけてても何も言わないのに。

 音姫さんや家族にしか見せないソレにちょっとした寂しさも感じながら再びキッチンへ向き直り。後からガラリと戸が開く音に

 背後を振り返る事なく、また大きな息を吐くのだった。










 由夢と入れ替わる様に出てきたのは音姫さんだった。なんとなく予想していた人物だっただけに俺自身はがっくりとうな垂れるしかない。

「熱くなっちゃった~えへへ~」

 えへへじゃないでしょうが。
甘酒一口でそこまで酔えるのは貴方だけですよと声を大にして言ってあげたい。

 まぁ今言った所で明日まで覚えているかは定かではないけど。

「もうそんなに酔っちゃって、明日大丈夫なんですか?」

「外に涼みにいひょうかなぁ~って」

 あれ?

「今外に行ったら風邪ひいちゃいますよ」

「よってなんてらいよ~」

 駄目だこの人、どうにかしなきゃ。

「もう、由夢も酔っ払って俺の事お兄さんとか言い始めるし、音姫さんは会話成立しないし、姉妹揃って今後アルコール類禁止ですからね」

 ぴしっと軽くチョップをかました後コップに水を入れ渡す。

「え~あひた~?」

 本当に駄目この人。今の音姫さんと会話出来る気がしない。

 床に座り込んで水をくぴくぴと少しずつ飲んで少し落ち着いたのか

「由夢ちゃんね~今日凄く楽しみにしてたんだよ~?お兄さんの家でご飯だね~って」

 ちょっとだけ口調はまともになったのだけど言ってることがもう独り言に。

 てか、それ普通に今日の予定言っただけなんじゃ……

「ってお兄さん?」

 音姫さんからもその単語が出ると思っていなくて聞き返したのだけど

「それでねぇ~私の料理とどっちがおいしい?って聞いたらどっちもって言われちゃって」

 はい、無視ですね、分かります。

 聞いちゃいなかった、むしろ俺いらなくねって感じに空気感満載。それでもほっとくと何し始めるか分からないし、普段の由夢の様子がわかるのは俺としてもなんていうか、その、安心出来るからいいんだけど。

「由夢ちゃんにとって弟君が何でも出来る頼れるお兄さん~って思ってるのは知ってるけど、それでも悔しいの~」

 今度はうぅ~っと涙を瞳に溜め始めて床にのの字を書き始めた。

 ぶっちゃけさっきから由夢がお兄さんと言う部分以外は普通の会話にしか聞こえないのは俺だけ?

 そんな疑問も挟む間もなく

「お姉ちゃんが駄目駄目だった時一緒に遊んでくれたのが杏ちゃんで、弟君も由夢ちゃんの話し相手になってくれてた事も感謝もしてるけど~」

 完全にいじけ始めた。だって、だって、っといいながら

「それでもお姉ちゃんは私なのー!」

 っと、大きな声を出し、またいじいじとし始めた。

 まぁ自分の妹が違う人に懐いたらって思うと、その気持ちもわからなくないけど。

「そんな心配しなくても大丈夫ですよ、音姫さんはしっかり由夢のお姉さん出来てるのは知ってますから、由夢だって」

 一番音姫さんの事好きですよと言おうとしたら

「全っ然、わかってらーい!!」

 爆発した。っていうか

 噛んだ。

「わかってなーい!!」

 言い直しましたよこの人。

 そんな音姫さんは何事もなかったかの様に言い直して

「お姉ちゃんだって……お姉ちゃんだって……弟君と年越し楽しみだったんだからー!!」

 え?えぇっ!?そんな話だったっけ!?

 もう本当に酔っ払いとの会話は疲れる。早く寝かせるのが正解だと

「とりあえず楽しみだったのは凄い分かりましたから、明日ってもう今日か、初詣行くんだから早く寝ましょう、ね?」

 と優しく諭すと、ショボンと落ち込んでしまった。

「ねぇ、弟君」

「なんですか?」

 今までと違い真剣な眼差しで

「由夢ちゃん私の事好きでいてくれてるかなぁ~って、私ずっと駄目なお姉ちゃんだったし」

 昔の事を話していて思い出してしまったのか今にも泣きそうな顔でそう尋ねてきた。

 その答えなんて考えるまでもなく決まってるんだけど。

「当たり前じゃないですか、由夢はいつだって音姫さんの事大好きですよ」

 それは自信を持って言える。そうじゃなきゃいつも一緒にいて、お姉ちゃんなんて呼ばないだろうから。

「ほんと?」

「ほんとほんと、俺の言葉が信じられなかったら明日の初詣で聞いてみればってちょっと待って!?」

 今までの音姫さんが嘘の様にしっかりと立ち上がり

「由夢ちゃーん!私も大好きだよー!!」

 っと由夢が寝ているだろう部屋に走り出し

「むぎゅっ!」

 そんな由夢の声だけが聞こえた。

 ははは、悪い由夢。

 そう心の中で謝るけど今の出来事もどうせ朝には覚えてはいないだろう。

 マジであの二人はお酒厳禁にしないと。

 最後のやり取りも真剣に見えて酔っ払っていたと思うと本気で朝倉家のルールにしてほしいぐらいだ。まぁ今回の事で思わぬ発言を聞けたけど。

 普段からお兄さんと呼んでるかどうかは結局闇の中だけど、由夢にはそう呼ばれると思っていなかった事だっただけにちょっとくすぐったい。
それをネタにからかうのも面白いかと思うけど、杏の事が頭にちらついて止めておこうと決める。

 只でさえ音姫さんと張り合ってるのに由夢にも、とか考えたくない。

 流石にそんな事にはならないんじゃとも思うけど一応安全を優先。

 さて

 遅くなったけど料理の続きを、そう思ったけど、また誰か起きて来られても勘弁だなと思い止まり少し外に出る事にした。

 ちょっと足を進めるだけでそこには桜の木がある。

 吐く息が白くなり、肌に刺さる程痛い冷たい風が吹くが、それが気にならないぐらい目に映る景色は本当に奇麗だった。
月と星がキラキラと輝いている光景の中ピンク色の桜が舞い散る。幻想的なこの光景も、この島に住む人にとっては当たり前になっている。

 最初こそ慣れなかった俺でさえそれが当たり前と感じられる程、桜の木が枯れなくなってから月日が流れた。

 それでも毎年、年を越える度にこの景色を、桜の木を眺めると現実と幻想が混ざるような光景を目に焼き付けている。

「やっと……」

 ここまで長かったか短かったか、自分では分からない。
それでも精一杯生きてきたと、自分に正直にここまで来れたと、そう思う。

 やれた事もやれなかった事もいっぱいあった、成功した事もあれば失敗した事も数え切れない程あった。だから後悔が無いと言えば嘘になるけど

「彼女を……」

 寒い空の下ひとりごちた

 その後の言葉は風に流されていく、桜と一緒に。
















第12話

「願い事は大体しちゃったし……はっ!妹に大吉が、出来れば恋愛運の所に兄との事が書かれていますように!!」


















 初詣に行く前に振袖に着替えるから、楽しみにしててね。

 そう気張って昨日うちに来た数人が

「頭いたい~」

 もう散々である。初日の出は勿論の事、お昼前にやっと起動し始めた女性人は服を着替えにとヨロヨロよたよたと家へ向かって行く。大丈夫だろうかと本気で心配な光景だが、そこはプライドが許さなかったのか、断固として一人も付き添う事なく各自家に帰って行った。

「ふ、また後で会うとしよう」

 そしていつの間にか夜いなくなっていた杉並も、いきなり出てきたと思いきやすぐさま去っていった。

 本当に大丈夫なんだろうな。

 心配していても仕方ないのだが、あれで無事に家へ帰れるのだろうか心配でしょうがない。もう私服でいいんじゃないかと提案した時物凄い怒られて、何故に?とか思ったけど女の子にしか分からない何かがあるみたいだ。
 家で年越しすれば良かったんじゃとも言ったんだがソレも言わずもかな。

「なぁなぁ義春~」

「んだよ」

「あれ、かぁいいな、かぁいいな、持って帰っていい?」

 目の前にいるのは既に振袖姿の杏だった。お酒を全然飲んでいなかった杏はさくらさんに着付けてもらい紫色の振袖をもう着ている。だけど着崩れるのが嫌みたいで座る事せずウロウロと

「ん?辞書の事可愛いなんて渉目大丈夫か?」

 その妹が前を通過して見えた電子辞書を渉に渡す。

 本当にストライクゾーンが広い奴だ。

「ちげーよ!何で無機物を可愛いって持って帰らなきゃいけないんだよ!?」

 必死に何かを伝えようとする渉の肩を軽く叩き

「渉、いくら電子辞書に「俺の事が好きな女の子」とか「俺の事好きになってくれる女の子」って入力しても該当する件はありませんって出るだけだぞ?」

「そんな事しねーよ!」

「えっ!?」

「え?ってなんでそんな驚いた顔してるの!?いや、マジでしないからな!?」

「大丈夫、俺口固い方だから」

「そんな心配してないよ!?」

 まぁもし本気で持ち帰る様なやつだったら色々考え直したい所だけど。

 杏は杏でちょっと時間が経つ毎に

「兄さん兄さん、似合ってる?」

 っと聞いてくる。だけど数分過ぎた所で見た目が変わるわけではなく

「あぁ、似合ってる似合ってる」

 何度も同じ言葉を繰り返すしかない。最初こそ

「ふふふ」

 なんて笑顔で去って行ったのだけど

 何度目からか

 それだけ?とか他には?とか

 あぁ、今は早く時間が経ってほしい。

 そんな感じの会話をしながら時間を潰し、俺達は神社に向かうのだった。








 残念ながらさくらさんは用事が出来てしまったようで「楽しみにしてたのに~」と涙ながら―何度も振り返りつつ―肩を落として朝早くに家を出て行った。

 まぁ仕事というのだから仕方が無いのだが。

 落ち込んでいてもつまらないと神社に向かったのだが、そこに着くと人がごった返しており迂闊に入れば合流出来ない、はぐれる、が漏れなく付いてきそうだ。
なので門から少し離れた場所で皆集ったのだけど

「義春義春、ど、どうしよ、俺緊張してきた」

「帰れば問題解決だぞ?」

「んな事できるかよ、あぁ~でも早く来てほしぃー」

 白河と月島が少し遅れると連絡があったけど皆で行こうと言っていたので待っている所。

「あぁ~どんな服でも小恋なら間違いなく似合うからな~」

 白河と一緒にこの人ごみに突っ込むと考えるだけで家に帰りたくなってる俺の横で月島の服を想像して悶えてる渉だが、さっきから他にも気になってる事がある。

 あぁ、またか。

 俺達の前に音姫さんと高坂先輩が今後の行事での事を話していて、ちょっと離れた場所では杏と由夢と花咲が一緒に喋っているんだが。

 なんというか

 激しく目立つメンバーだ、何かあれば渉か俺に声をかけて男を避けてるけど

 ナンパってそんなにされるもんなのか?

 そう疑問に思ってしまう程女性人は忙しく断りを入れては話に戻っていく。もう何人目だよ、と小恋に夢中だった渉がちょくちょく言ってしまう程。

 俺達と喋っていても話しかけてくるんだからどうしようもない。今はガールズトーク中らしく俺達と離れているからソレは余計に多くなっていて

「なぁ、これで白河達と合流したらどうなると思う?」

「考えたくねぇ~」

 男子二人、杉並がもう来ているのか、勝手に合流する、というメール以外連絡が取れてないため分からないが肩身が狭い二人の出番が多い一日になりそうだった。

 今回は女性人だけで撃退出来た様で俺達の出番はなかった、とりあえず安心出来たが、二人が来るまであと何回か出番があると思うと気が滅入る。特に隣にいる男が同じ話ばかりするものだから余計に。

「なぁなぁ」

 また月島の話題かと思い適当に声を返したのだが

「杏って家だといつもあんな感じなのか?」

 妹の質問だった。

「いや、あんな感じって言われても分からないんだけど」

 けど抽象的すぎて何のことやらって感じだけど。

「なんっつーかさ、学校だとクールっていうか物静かってイメージでさ、俺も月島に会いに行った時雪月花に混じって話すけどよ、お前とのやり取り見てると杏が二人いるんじゃないかって思っちまうよ」

「は?」

「いや、別に悪いって言ってるんじゃないからな?」

 なんでいきなり焦って言い訳をするんだか

「初めて杏と会った時だってお前と名前が同じだけなんじゃないかって疑ってたし、正直杉並がふざけて雪村妹とか言ってるだけなんて思ってた時もあったよ」

 なんだそりゃ

「だって全然似てねーし」

 渉は杏が俺の事兄さんと呼んで初めて信じたとか。まぁ血が繋がってない事を知ってる人物は花咲ぐらいか、下手したら杉並も知ってそうだけど。

「ほっとけ」

 性格が俺に似なくて本当に良かったとは本気で思う。

「とりあえず、あんな素直で良い子って感じが普段の杏だと思うと不思議な感じでさ」

 そこまで違うと思ってなかったけど

「元々かなり人見知りだしな、不本意だけど渉からも色々話しかけてやってくれると助かる」

 そうなってほしい、と。人見知りなんて過去の俺が居たことで生まれた弊害でしかない。今の杏を否定はしないが、なくなってくれればとは思うから。

「んな事頼むもんじゃないだろ?、俺はもう杏と友達なんだからさ……って不本意だったのか!?」

「あ、月島」

「え!どこどこ!?」

 確かに阿呆っぽい事ばかりいう渉だが、良い奴と友達になれてよかったと心から感謝をし、俺は慌てて向かって来る白河と月島の方向へ向かうことにした。







 集ったのはいいけど

 この人数だと動き辛いので結局3組に分かれて移動することに
全員揃った所で更に豪華になったメンバーだが此処まで多いと逆に声がかけられないのか話しかけてくる男子は減ったのに、また防臭剤扱いになりそうだ。杉並とも合流出来、どの組にも男が一人入る事になって渉は大いに喜んでいたが

 なんでチョキ出しちゃったんだ俺は

 横には杏、その奥に白河というメンバーになり、なんとも言えない。杏を挟んでいるから安心って言えば安心なのだが

「昔の義春君ってどんな感じの子だったの~?」

 勘弁して下さい。

 馬鹿ばっかりやってる自分しか思い出せず穴があれば入りたい心境だ。杏はそんな俺にお構い無しに色々と言うのだから本当に忘れてる事まで様々と。

 兄さんが兄さんがと自慢げに話す内容は美化も風化もされずそのまま杏の視点で語られる。それだけに俺も言い訳に必死だ。

「ち、違うんだって!あの時は偶々迷子って勘違いされて保護されたんであって、あの時は研究所がどんな所か見に行くために」

 とか

「そ、それは、はい、叫んでました。魔法が使えると思っていた年頃だったんです」

 とかとか恥ずかしい限りだ。最後のやつは子供らしいって解釈になって良かったが、一人しかいないと思って油断してたのがこんな所で暴かれるなんて昔の俺も思いもしなかっただろう。

「って杏いつまで俺の話する気だよ!?」

「え?とりあえず2年分ぐらい?」

 って多すぎる!そんな暴露されたら俺これから羞恥心のあまり死ねる。

 これ以上言われるのは精神衛生上良くないので

「それじゃ俺だって言うからな、子供の頃の杏の事」

 俺も仕返しをする事に。微笑ましい話って感じではあるけどいい思い出だし

「あの頃の杏は本当にかわいかった」

「え?今は?」

 変な所で食いつかれて話がそれたら嫌なので

「さーな」

 と誤魔化し話の続きを話始めた。

 確かあれは夏の夜だったか

「今以上に素直だった杏が扇風機の前で宇宙人の真似してた時だったな」

 そう笑いながら白河に話始める。

「うんうん、もうそれだけでかわいい~って感じだね」

「風呂から上がったのはいいけど暑くって扇風機で涼まろうとしたんだけど、杏が占領してて風が来なくってさ」

 杏は今以上に小さかったから風も少しは来るけど扇風機の首を回してもらった方がいいと

 「ちょっと杏首振ってって言ったんだけど」

「ち、違うの、あれはちょっと夢中になっちゃってて、そもそも兄さんの言い方が悪い!」

 話してる途中で杏が言い訳をしようとするけど俺がそれで止める訳もない

「杏不思議そうな顔した後頷いてぷるぷる自分の首振ってて」

「あはは、可愛い~」

「だよな、しかも目が回ったのかコテって感じに倒れちゃうし」

「あ、あれも兄さんがすぐに違うって言ってくれれば」

「ふふふ、言い訳の仕方とかちょっと似てるかも、やっぱり杏ちゃんと義春君兄妹だね~」

 なんて言葉も頂いたり、他の話への牽制だったり白河の話を聞きだそうとしてるうちに大分進んでおり、目的地に着いてしまって兄妹暴露大会は幕を閉じた。痛み分けにしては俺の傷が深すぎると思うけど。

 そんな俺達ばかりが話してる内容だったけど白河も楽しそうに笑っていてちょっと一安心。それは人ごみに入る前は俺以上に体を強張らせていたから。知らない人とぶつかるだけで記憶が流れてくると考えると納得。気づかなかった事にちょっと後悔しながらも無事にお賽銭箱までたどり着けた事にほっとした。

 3人揃ってお賽銭箱に5円玉を放り込むと願い事を願い始める。俺はと言うと

 家族と知り合いが皆健康でありますように

 と、毎年同じ願いを。今年だけは違う願いをしようかと思ったが結局これに。その違う願いはもう変えられない事だから無意味だと判断したためだ。

 早く終わってしまい横を見れば、二人は必死にまだ何かを願っている。

 どんな願いであれ、その願いが必要な事であれば願えばいいなと思いながら、一人先に横道に降りた。







 賽銭を入れてから少し経ち、願いを済ました二人以外とも合流し食べては歩き、歩いては遊んでと出店を存分に楽しんだ。
渉が水風船釣りで夢中になりすぎ顔面から水にダイブしたり、渉が釣った金魚に金子(きんこ)となずけたのを見てバブル死させないように注意したり、渉が、げふんげふん。とりあえず変わった事はほぼ全部渉が起こした事だったが本当に今年は良い事があると予感させるぐらい幸せだった。

 だから自然と最後に皆で引こうと約束したおみくじにはいい事が書かれていると勝手に思っていた。

 今年に何を願ってか、力強く振る人からそっと傾ける人まで様々な振りをしながら一人ずつ引いていく。

 杏と白河が大吉を引き、渉も勢い良く引いのが末吉でびみょーっと叫んだり、そのあと引いた月島が同じ末吉だった事に喜んだり、由夢と音姫さんが中吉でお揃いだったり、高坂先輩が吉で杉並が超大吉を引いてムキになった高坂先輩がもう一度引こうとしたりと本当に賑やかだった。

 そんな中俺は

 凶、良くないことが続くでしょう。外出には気をつけて

 そう書かれてるのを見て本編、今年の最後に何があったのか思い出していた。

 今までの気持ちが急激に冷めるのを感じ、言い知れない不安に駆られた。
















おまけ1



年明け桜を見た後部屋に帰り


「さ、料理でも」

「義春きゅ~ん」

「またか」

 振り返れば甘酒と言う名のガソリンを補給している花咲が

「ってをい!」

 折角冷め始めたであろう酔いをまた復活させようとする花咲の傍には一本の空になった焼酎が

「おいおいおいおい」

「だっこ~」

 座り込んだまま手を大きく広げて見上げる花咲。

「だが断る!」

 それをバッサリ切ったのだが。

「うぅ……うぅぅ」

 え?ちょっっと泣くのは卑怯だって!

「私だってぇ~」

 泣きそうな花咲に逆らえそうになく、とりあえず手からコップをそっと外し頭をぽむぽむと

「な、なんだ?」

 さすがに抱っこは難易度が高すぎるので子供をあやす感じになってるのは否めないが、とりあえず言い分を聞こうとして

「私だってぇ~……私だってぇ~……」

 その言葉の後に酔ってるとは思えない足取りでスクっと立ち上がる

 言葉を聞き逃すまいと真剣に構えると

「……うっ、ぎもぢわるい」

 口元を押さえた。

 って!!

「ぎゃー!!ちょっと待ってちょっと待って!?」

「なんて事はないんだけど」

 もうやだ、本当にやだ、酔っ払い。








おまけ2

初詣の帰り道

 俺との会話を覚えていたからか知らないが杏に向かって

「杏って学校と家とじゃ性格違うよな」

 っと、いきなり言ったとか。

「電子辞書で自分の相手検索してる人に言われたくないわ」

「んな事してねぇって!」

「えっ!?」

「お前ら本当に兄妹な!」

 けど開始3秒で泣きながら走り去る渉がいたとか








おまけ3

杏と音姫さん一緒に回るパターン

「え、えっと」

 俺の両サイドに杏と音姫さんが陣取ってる訳なのですが

「その、ちょっと腕と視線が痛いなぁ~って」

 ギリギリと引っ張られる腕は痛いし、周りの男子からの視線は最早人を殺せるレベルなんじゃないかと思う。けど殺気と思える威圧から強く言えそうにない。

「兄さん!」

「は、はい」

「私綿アメが食べたい!」

「お、おう」

 急に発せられた声に思わず返事をしたのだが

「弟君」

「う、うん?」

「私は林檎アメが食べたいです」

「りょ、了解です」

 杏とは対照的に静かに言い放たれた言葉は有無を言わさずといった雰囲気。両方に返事を返した所で

「「それで!どっちから買いに行くの!」んですか!」

 本当に勘弁して







おまけ1
だが断る!が言いたかっただけな気がしたのと、私だってぇ……の下りが音姫さんの会話とかぶった事、年越しの話だけで長くなりすぎた事でカットに。今まで何度同じ様な理由で花咲さんカットになった事か、何故か花咲さんと渉君の両名はギャグに使われカットされやすいです。そして今回だけで言うなら高坂先輩と杉並君のやり取りほぼ全てカット、なんでメンバーに入れたかわからなく。


おまけ2
最後の場面で、不安に~とか言ってる後にこの会話を入れられず断念。


おまけ3
いつまで経っても前に進めず、最初書いていた内容では延々と似たような言い合いが……杏の過去の話を少しでも出したかったので没に、結局今回書いた方でも一つしか書かなかったんですが><。。


あとがき

今回はちょっとだけ早い更新になったので調子に乗ってこんなおまけ付けちゃいました。今後、今回と同じく作者が調子に乗るとおまけが追加される場合がありますが、毎回こんな残念なカット集だったり違うパターンなので興味が無かったらそのまま飛ばしちゃってください>A<ノ

くっきーでした。



[17557] 13話(前編)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:2ed99f08
Date: 2011/05/01 13:53
 1月の2日、さくらさんは仕事が長引いているのか、何処もかしこも休みの中、家に帰ってくることが出来なかった。だけど由夢の誕生日は盛大とは言えないけど身内で大いにはしゃぎ、さくらさんが返ってきた3日にさくらさんを混ぜて二回目の誕生日パーティーを開いたり、寝正月はいけないと買い物に繰り出したり。俺の場合はバイトも多く入っており何かと忙しい冬休みだった。

 そして

 長いようで短い、短いようで長い冬休みが終わり、懐かしく感じる程休んだ訳でないにしろ休日気分が抜けない。そんなだらけきった生徒が多いだろう中、うちの妹は

「兄さん!」

 まだ登校まで時間はたっぷりあるであろう時間から俺の安眠の時間を妨げる事にむきになっていた。始めは何故か必死に声をかけていた様だが、俺と目が合うといつもの様に仕方ないとばかりにユッサユッサと

 あぁ、頭がぼーっとする

「ほら、起きて」

 いつもの事ながら朝は頭が回らない。低血圧だとかそういう訳では無いはずだけど。

 部屋に侵入した妹は諦めるという言葉をどこかに置いてきてしまったのか、まだ懲りずに体を揺らす。まぁだからと言って動く気にはなれないのだが。

 とりあえず

「おやすみ」

「もー、今日久しぶりの学校なんだから」

 更に力が増すが小さな妹ぐらいの力じゃ大した変化はない。そもそも久しぶりだからと言って早く行く理由もないのだ。それこそ白河の言葉を借りるなら

「後5……」

「5分?」

「……5年」

「馬鹿言ってないで早く起きるの!」

 それは流石に言い過ぎだが。

 いつも早起きしているのだから今日ぐらいは許してほしい。今年の冬休みはバイトやらさくらさんの朝食の準備やら音姫さんの手伝いやら杏の買い物やらetc
だから今日ぐらいは時間ギリギリまで……なんて俺の思いがモゾモゾと布団に潜るだけで伝わる訳もなく。

「お~き~て~」

 ついには俺の上に乗っかり始めた。

 やっぱり伝わらなかったか。

 どれだけクールかつ的確に情熱的に念を込めたとしても、俺達兄妹に都合のいい考えを伝えるなんて変てこ能力は備わっていないので当たり前だ。

 今は1月、外に出ても春を感じるにはまだまだ早く、冷えた空気が痛く感じる事だろう。当然朝から自分の部屋に暖房を入れているはずもなく、起こしに来た杏の息も若干白く吐き出されているのだから相当気温が低いのだろう。下では炬燵(こたつ)と言う文明の利器が最前線で頑張っているのだろうが、俺の着ているパジャマは防御力が低すぎて一階に着く頃には凍死してしまう。杏が起こしに来たのも雪が降っているから、っと言った理由なら頷け……る?流石にそこまで子供じゃないか。

 きっと今頃NINNJYAは苦労してるだろうなぁ、SUMOUは無敵だから大丈夫だろうけど。
あぁ、駄目だ、思考が阿呆すぎる。地球は俺に厳し過ぎると思うんだ……

 とりあえず何が言いたいかと言うと

「寒いから出たくない」

 その一言に尽きる。なんだかんだ何度も話し掛けられているうちに目は完全に覚めたのだが、それが理由で布団から出れる気がしない。

「もー」

 本人的には怒っているのだろうが迫力もなく、ユサユサと揺られても逆に眠たくなるから不思議だ。
ただちょっと涙目なのは気のせいだと信じてカタツムリよろしくと妹が必死に起こそうとする中で布団に包まる様は最低としか言えない。

 地球温暖化やら気候変動やら騒がれているが、その全てが企業の策略なのでは!?
そんな風に見当違いな疑いを持ってしまう程今日は兎に角寒いのだ。だからこんな感じに妹に布団を剥がされようものなら……ん?

 て、敵襲っ!敵襲!!至急シェルターに退避せよ!!

「って寒っ!」

 くだらない事に考えが移った為か、あっさり持っていかれた布団。足の方は杏自身が乗っている為無事だったのだが上半身だけで十分威力のある攻撃だ。杏はしてやったりな顔で顔を覗いてくるがここで引いたら負けかなとか考えた負け組みが一人。これ以上体温を持っていかれないようにと縮まるがどうにかなる訳じゃなく。

「寒い~死ぬ~」

 それでも動こうとしないのは男としての意地なのか、ただの馬鹿なのかはさて置き

「ほら、早く起きて着替えないと風引くわ」

 いつもだらしない訳ではないが、こんな事だから杏から兄として扱われないのかもと頭を過ぎったそんなこんなな今日この頃

 上体を起こし、がしがしと頭を掻いた後ゆっくりとベットから這い出ると杏は満足したように部屋から出て行く。
それを確認し布団を再び被ろうとした時

 あぁ~出しっぱなしだったか。

 机の上に置きっぱなしになった瓶に気づき、それを鍵の付いた引き出しにしまう。
どうも今日はいつも以上に頭が回ってないらしい。

「早く降りてくるー!」

 下から聞こえてくる聞きなれた声に

「もうちょっと地球が俺にやさしくなったらな~」

 ついついからかってしまうのは仕方ない。

 今日も妹は元気です。















第13話

『えっ!?バレンタインって妹に何かあげる日じゃなかったの!?』
















 妹に連れられ張り切って学校に行った所でやる事もなく、杏と二人で話しながら時間を潰すことになりそうだと思っていたのだが

 「義春様~何卒、何卒この卑しいわたしめに宿題を写させて下さいませんでしょうか」

 教室のドアを開ければ危ない男が一名。勇者に出会った苦しむ村人の様な目を向けて来る渉がそこにいた。

 渉は足を折り、額を床に付けたまま空白の多いノートを俺に見せ付けるように頼み込んでいて動かない。よく訓練された渉はイエスと答えなければ先に進まないRPGのように何卒と呪文を唱えている。

 まぁ朝早くからこいつを見た瞬間にそうじゃないかとは思っていたが。

「ったく」

 宿題を前日まで残していた仲間として手伝うべきか、それとも昨日いっぱいで終わらせなかった自分が悪いと言うべきか。

「全部写すんじゃないぞ」

 とか考えつつもノートを渡すのもいつもの事。

「義春様~ありがたや~ありがたや~」

 そんな渉は、昼飯はなんでも!特に素うどんとか素ウドンヌとか素うだーん奢ると言いながら写す作業にさっそく入り始めた。心のどこかでは時間がないと感じていているのか、いつも以上に必死だ。時計を見なくても量的な問題で間に合わないとか言うのはなんだか憚られるので言わないけど。
それを認めないと言わんばかりに時計を見向きもしない背中に涙が出そうになる。

「がんばれ~」

 宿題の問題自体は簡単だからすぐに終わると甘く見ていた俺も人の事は言えないけど、それはそれ、これはこれ。哀れみの視線を送って良いのは終わらせることが出来た者の権利なのだ。俺の場合歴史など、前の俺に無い知識以外は復習だし、勉強方法だって自分に合った方法を実践出来たりと、ちょっとしたアドバンテージがあるからっていうのもあるけど。
やってなかったのは結局自業自得だから適当な応援で十分

 とりあえず席へ向かうかな

 渉は今から忙しいだろうから当分は静かだろう。だけど周りを軽く見渡すと数人が杏をチラリと。

 それにしても

 違うクラスである杏が此処にいるのも見慣れた光景になったためか特に用事も無く話しかけたり、過剰に反応する人はいない。それ以上に気を使ってか、それとも他の理由があるのか、杏がこのクラスに来たとき話をするメンバーは大抵固定で……というかそれを遠巻きに窺ってくるのがこのクラスでは普通になっている。委員長も最初こそ頻繁に来る杏に色々言っていたが、今じゃ諦めたようだし。

 話したければ話しかければいいのに

 それが普通になってるだけで、何人かの、特に男子だが杏の事をチラチラと見ているのは知っている。なんだか初々しさっていうか青春してるなぁ~とは感じるけど、何に遠慮してるんだか、っていうのが本当の所。
毎日朝、昼、放課後と来る訳じゃない。だけど、杏がいない時に毎回色々聞いてくる奴がいるのは困ったものだ。理由を聞けば、気後れするんだとか

 噂の杏は慣れたように机に近づき上に座る。その動作は背の低い杏には高すぎる場所で、軽くジャンプするのだが、今回はその時スカートが軽く捲れた。高さを考えれば仕方ないといえば仕方ないとも言えるけど。

「兄さん?」

「はぁ……」

 この時間にいる人は少ないけどいないわけじゃない、クラスを見回すとギクリと顔を逸らす人が何人か。

「杏、とりあえずスカート直せ」

「ん?うん」

 本人はあまり気にした様子も無く、軽く払う感じに戻すのだが、頭が痛い限りだ。警戒心がないというか薄いというか、ここら辺は花咲の影響かと疑ってしまう。下着が見えたわけじゃないと言われればそれまでなのだが

 誰かの椅子を借りれば済むのに変なこだわりがあるみたいだし

 こういうのを男の俺が注意するのもいかがなものか、俺が気にしすぎなのかとも思うけど、どうしたものやら。

 まずは机の上に座る事を注意すべきか、それとも今のような身だしなみから話すべきか、それとも先に花咲をどうにかするべきかと悩むのもいつもの事。

 そう、冬休みが終わったからといって何が変わるわけでもなく日常はそのまま。
だからおみくじに書かれていた事を気にしすぎても意味は無い。
あまりにゲームの内容を意識させられる言葉が多かったため、何日かは真実を知られるじゃなくて知る?とか、不幸って言われても……と色々悩んだりしたが、とりあえず信じるとしても外出に気をつけろって事以外どうしようもない。
こうやっておみくじの内容を思い出すって事が気にしてる証拠でもあるのだが

「それで兄さん」

 注意した後すぐ、別の事を考えていた俺に少し不満をぶつける様な杏の言葉に苦笑を浮けべ顔を向けると、妹は再び覗き込む様に

「来月の事なんだけど……」

 小さな声で話しかけてきた。渉に聞こえないように内緒話がしたかったのか、その距離は息がかかる程の距離で、見る方向によっては在らぬ疑いがかかるっていうか

「よ、よよよよ、義春?」

 そしてそれはいつもの様にタイミングの悪い渉が宿題を早くも諦めたのか、何かを聞く為にか振り返り、さっそく勘違いしていた。次の言葉を発しようとしていた杏は会話を邪魔されたことにムスっとした後、振り返ると渉が声にならない言葉を言いながら口をパクパクと動かしているのを見てニヤリ。

 ……あれ?

 杏も渉が勘違いしたのに気づき、慌てて言い訳をするか思いきや

「今良い所だから邪魔しないで」

「って違うだろ!」

 わざと勘違いさせるような事言って楽しむ事にしたらしい。今いるのが渉だけじゃないって、この妹が気づいた時の反応を考えるとまた頭が痛くなる。

「え?だってお前ら、あれ?あれ?」

 渉は俺の事を指差しながらもごもごと何かを言っているが混乱していて上手く言葉に出来ないようだ。何を言いたいかは分かるが。杏も分かっていて渉をからかうのはいいが、いや、良くは無いけど。百歩譲って良しとして、それは仲の良いメンバーだけの時の話。

 杏は良くも悪くも浮いている。もうこのクラス割りになって一年、この学校でいうなら2年経つというのにクラスメイトと話すより俺達と話してる時間の方がたぶん長い。杏と同じクラスの花咲のおかげで女子とは普通には話せるようだけど、男子相手だと結構適当っていうかごにょごにょと月島も洩らしていた。
自分のクラスでさえそれなのだ。違うクラスの事は最早言うまでもない。
よろしくない男子が杏にちょっかい出した時に俺が横から出たという噂も若干あってか、周りも話しかけづらい、杏からも話しかけないという図ができてしまっているみたいだ。それは大抵俺の事を知らない人の判断ではあるけど、良くない影響なのは変わらない。
一部の男子が話しかけられない理由は別にもありそうだが。

「ふぅ……」

 こんな渉だけど杏が普通に話せる一人でもある。違うクラスという区切りで言うなら中々珍しい部類に入るのだから世の中分からない。その話せるが為にからかわれているのだけど

 とりあえず目の前の事をどうにかしなくては話も進まない。来月に何があるか知らないが、経験上今聞かなければ後々面倒になる気がしてならないし。

「杏、それで来月何があるんだって?」

 だから周りの勘違いは一先ず脇に置く。
言い訳してもややこしくなるのは目に見えているし、正直渉相手だとめんどくさい。本当か?と何度も聞き返される未来が容易に想像できる。話が長引いて来月の事が聞けなくなり、不幸になるなんてコンボは遠慮したいし。

 今教室には10人に満たない人しかいないとはいえ、勘違いが広まったら困るので後で結局誤解を解かなければいけないが。

「あ、そうだった」

 未だに俺と杏を交互に見る渉を無視して思い出したように

「来月になったらちょっと家でやりたい事あるから、その、何日かさくらさんちに帰れないって伝えといて」

 伝えといてとは、さくらさんにだろう。直接言えばいいのにと思うけど、最近忙しいみたいで家に帰ってきても深夜だったり、すぐに自分の部屋に引き篭もってしまうので中々杏とさくらさんで顔を合わせる機会が少ない。ただでさえ、さくらさんと二人っきりでの会話になると言いたい事が言い出せない杏の保険的な意味での伝えといて、だと思うけど。
それよりも

「まぁいいけど、やりたい事って?」

 杏が危ないことをしようとしてるなんて事はないだろう。それは信じれるけど、知っていた方が安心できるし、さくらさんに説明する時のためにもと聞いたのだが

「……内緒」

 何かを含んだ妹の顔にちょっとだけ不安が残る。しかも

「ふふふっ」

 悪戯を企んでる様な表情をまさか向けられる日が来るとは、ちょっと前まではお兄ちゃんお兄ちゃんと……

 色々と教えてくれなくなった事に寂しさを感じた事に関しては蓋をして。ついでに鍵を何重にも閉めて引き出しの奥へ押し込みたいと思ったのは気にしない方向で。
これが父親の気持ちなのかなぁ~なんて言葉が頭を過ぎったけどそれもスルーする。

 こんな事が顔にでも出てたら渉達のシスコン呼ばわりが酷くなりそうだし、何より妹がそんな俺に気を使って友達がこれ以上出来ませんなんて笑えない。

「……危ないことじゃないんだよな?」

「うん、それは平気、茜達も一緒だしクラスの子も結構いるから」

 それはそれで不安材料が増えた気がするけど。

「まぁ何かあったらすぐに連絡するんだぞ」

「うん……ふふっ」

 兄離れ出来ないんじゃないかという予想より早いそれに、喜んでいいのか悪いのか。ただ、それだけを言うと杏は何故か嬉しそうにするもんだから

「お、お前らやっぱりそんな関係になぶっ!」

 さっき以上に勘違いした渉が走るように詰め寄ってきた。近すぎる顔にチョップしたせいで舌を噛んだみたいだが、それは知らない。

 てか、やっぱりってなんだよ、やっぱりって

「渉、お前そんなくだらない事言ってる場合じゃないだろ」

 俺が教室の時計に顔を向けると渉は焦ったように

「え?なんでだ!?さっきまであんなに時間あったのに!」

 宿題を写す作業に戻った。もう絶対間に合わねーよと泣き言も一緒にペンを走らせる音と共に聞こえるが、そんな事言ってる暇があれば手を動かすべきだろう。

「阿呆な勘違いした報いだ」

「義春の馬鹿野郎~」

「兄妹だっつーの」

 そんなやり取りを見た他の生徒もちゃっかり聞き耳を立てていてくれたため、冗談か、っと普段の杏しか知らない人ほど渉と同じ勘違いを有り得ないと勝手に納得してくれ、無事に事なきを得た。

 HRのチャイムと同時に宿題と一緒に崩れ落ちる渉ぐらい、考えれば分かる結果なのだが変な噂が立たなくて良かったと心からホッとする。

「そういえば、この前茜が」

 邪魔者がいなくなったとばかりにまた話出す杏を止める人は誰もいない。
杏は杏で、うちのクラスの男子には興味ありませんとばかりに見向きもしないで俺にまた話しかけるものだから、こういった変な勘違いが増えると思うのだけど、クラスの子とも仲良く出来てるみたいだと知って嬉しさが顔に出ていたのかもしれない。その調子でこのクラスでもと周りを軽く見るが

 無理だよなぁ

 もう10ヶ月近くが話した事が無い人が、兄の目の前で妹に話しかけるのは難易度が高いだろう。女子同士だったらとも思ったけど同じ事か、
やっぱり兄妹が同じ学年っていうのは色々問題があるのかもしれない。

 このクラスにも全然馴染めてない訳じゃないとは思うんだけど

 クリパの時見た感想だと別に雰囲気が悪い感じでもなかったし、クラスの人と話す所もちょっとだけ見れた。だから案外すぐに……っていうのは考えが甘かったみたいだ。まぁ家に呼ぶって事は、この冬休みに何があったのか知らないけど、同じクラスの女子とは何だかんだで思っていたより距離が縮まっていた様だ。それが普段での学校生活に反映されればって、いきなりそれは無理か。

 基準にしてる俺や渉、杉並なんかが他のクラスだろうが教師だろうが誰とでも話すし、話しかけられるもんだから、それに合わせた考えがおかしいのかもしれないが

 俺がこれぐらいの年だった頃はどうだったかなぁ

 参考になるかと思ったけど、全くといっていいほど思い出せない。仲が良かった人はおぼろげにだが出てくるが、それがいつ仲良くなって、どのクラスだったかなどがめちゃくちゃで全然参考にならないし、それがあったとしても杏の参考になるかどうかは微妙な所。

「兄さんは夏休み海と山どっちがいい?」

「うぅ~ん海かなぁ」

 楽しそうに話す杏に相槌をしながら

 ま、いっか

 っと、考えてすぐ、今日が1月半ば、あと3ヶ月も経たずにクラス替えだという悩みと奮闘することになった。










 休みが明けて学校が始まると時間はあっという間に過ぎる。それは毎日が充実してるからなのか、やりたい事や、悩んでるこ事が多すぎるからなのか

 クラス替えが近づくに連れて杏のクラスが心配になる、という新たな悩みが増え、いつも以上に時間の流れが速く感じる。カレンダーを見ればもう2月の半ばに差し掛かろうという日まで進んでおり、俺以外もクラスメイトが変わる事に不安を持ったり楽しみにする人もちらほら話に上がる。だからといって一日中その事を考えてるわけじゃないが、1月の終わりに杏の誕生日があり、それこそ色々な(話し始めたら長くなりすぎる)事があって、あまりその2月のイベントを気にしてなかった事も重なり

「なんか最近変な質問が多いんだよなぁ」

 杏の事がいつも以上心配になってきていた。その質問の内容のせいでもあるのだけど

「ふーむ」

 杉並と二人で話しているのだが、どうも落ち着かない。

 俺は昨日からいつも以上に色々な人に話しかけられるようになっていた。今日も朝から同じ様に質問攻めされて今はやっと昼休みになったという感じだ。珍しく杉並と二人での昼食となったのだが、お弁当を持参してなければ昼飯にありつけないぐらいの人気ぶりだ。嬉しくない限りだけど

「もう一回杏に聞いた方がいいと思うか?」

 渉もそのおかしな人の一人として今もどこかへ旅に出ている。昨日しつこく雪村家の現状を聞いてきた一人でもあったから今日はいなくて良かったって感じで

「いや、それは大丈夫だろう。雪村妹が何をしているか大体の事は予想がついているからな」

 流石にお昼抜きは勘弁したいので走って非公式新聞部の部室に逃げ込んだのだ。

「お前の大丈夫が全然信用出来ないんだけど」

 どこから聞いたのか、杏が雪村家で何人かの女子で何かをしているという噂が男子の間で広がっていた。質問はその参加メンバーだったり、自分の名前を誰か言ってなかったかという意味不明な事だったり。別に俺がどっちの家に帰っても問題ないが、最近忙しくしてるさくらさんの事を思うとさくらさんの家で過ごす事になる。だから杏が何をしてるかも知らないし、花咲がいる事以外は知らない。

「雪村にしては珍しいな、考えずとも分かるだろうに」

 クラス全体、それも男子だけが挙動不審になっている事なんて

 そんな2月のイベントは一つしか思い浮かばない。

「……もしかしてとは思うけど、バレンタインでこんな大騒ぎになった挙句、俺は昨日昼飯を食べ損なったのか?」

 そんな馬鹿な

 そう笑い飛ばそうとして止めた。だってクラス中の男子の豹変っぷりを思い出したら嫌な汗しか出ないから。

「普通に考えれば分かる事、っと雪村に言うのも酷か。ふむ、最近お前は色々考え込んでそれどころじゃないといった感じだったしな」

 そう一人で納得し

「俺もこの騒動を機に生徒会の連中を、そう思ってたんだが」

 杉並も何かあったのか苦虫を噛んだ様な表情を浮かべていた。

 家に集った女子だけで、杉並みたいに大掛かりな事をしてるかと心配しての不安だったのだが、今はそれ以上に嫌な予感しかしない。

「……」

「……」

 狭い個室で重い沈黙が続く。

 あぁ「企業の策略だ!バレンタインなんて正にそうだろ。イベントと称してチョコを買わせ諭吉を落とさせるなんて!」そんな軽口を言ってた頃が懐かしい。今じゃチョコと言う単語を出しただけで狩られる気がする。

 渉やその他の人の必死さを思い出すと涙が出そうだ。

 中には母親から貰ったやつや、自分で買った物を女性から貰ったと言わざる終えない、そんな悲しい現実を受け入れなければいけない人もいるのだから自重してほしい。いや、本当に。

 ただチョコを貰える者の言葉なんて届かないのだろう。

 俺もそれに漏れず毎年恒例となった杏とさくらさん、音姫さんに由夢、あと花咲の気分次第って感じで貰える側の人間。一応母と妹に幼馴染ってラインナップなんだが

 さ、流石に妹からのチョコで絡まれたりは

 そんな気休めは通じそうに無さそうだ。渉だけじゃなく色々な男子の杏が妹で羨ましいって言葉が脳内でリフレインされる。そして朝倉姉妹の事を知られれば間違いなく……

「杉並、今日って何日だっけ」

「14日だ」

「バレンタインって何日だっけ」

「14日だ」

「2月の?」

「14日だ」

 どうやら手遅れらしい。今までの学校ではクラスでからかわれたりする男子がいたりするけど殆ど日常と変わらなかったし、俺も家で渡されるものだったから完全に頭から抜け出ていた単語。だから今年もこんな事がなければ今日がバレンタインとは家でチョコを渡されるまで気づかなかっただろう。
クラス内でもバレンタインって単語は催促してるって意味に捉えられる為か、言葉に出さないのが暗黙の了解になっていたらしい。下駄箱に入ってるかして貰った男子もきっと、バレないように仕舞ったのだろう、あの殺気の前で自慢できる勇者は自殺志願者にしか見えない。そうじゃなければ流石の俺でも気づく。

 そういえば渉の誕生日も

「14日だ」

 どうやら杉並は壊れてしまったらしい。

 そんな冗談はさておき、今までに感じたことが無いほど壁の向こう側がピリピリしてる、気がする。あくまで気がするだけなのだが、隠し扉になっているから簡単に見つかるとは思えないけどプレッシャーを感じるのは何故だろうか。錯覚だと信じたいけど、そのタイミングで近くを通る足音が聞こえ体が強張るのが止まらない。

 質問攻めから逃げただけのはずが、真実を知った瞬間に部屋が砦に思えてくるから不思議だ。

 思い返せば杏や花咲は意図してバレンタインの話にならないように話してた気がする。いつもだったら花より団子みたいな甘味系の話が結構な頻度で出ていたが、ここ数日聞いた覚えが無い。

 甘い物が得意じゃない俺としては喜ばしい事だったのだが、それは嵐の前の静けさ的な前触れだったらしい。

 それにしても

 みんな怖いよ!てか当日じゃどうしようもないだろ

 朝から何が一番おかしいって、無闇やたらと優しくなる男子が増えまくってる事だった。無意味にニコニコとしていて普通にしていても恐ろしいのに、頼んでもいない事をせっせと男子がサポート。正に姫と騎士、って言うより女王と奴隷の姿がそこにはあった。

「なぁ杉な」

 これからどうするか訊ねようと思って横を向いた所で大きな音を立てて扉が力強く開かれた。

「ぬぅ!ぬかったか!」

 俺に呼びかけられて注意が横にそれたからか慌てる杉並。
どうやらこいつも今日は調子が出ないらしい。そんな杉並に扉からなだれ込み襲い掛かる人、人、人の山。

 うわぁ……

 それは凄く嫌な、暑苦しい光景だった。男が重なり山となる。
流石の杉並も隙間無く押し寄せられ道具を使う間も無く突っ込まれたらどうしようもないらしい。そんな俺は部屋の端っこで身じろぎ一つせずそれを見ることしか出来ないのだが。

「ふっふっふ~杉並、観念しなさい!」

 そんな超展開の後に出てきたのは矢張りと言うか、納得のまゆき先輩だった。

「流石のあんたでもコレだけの人員の前じゃ何も出来ないみたいね」

 あぁそういう事か

 途中生徒会の会話で嫌な顔をしたと思ったら、バレンタイン効果で男子の半数以上増加した生徒会にやられたって訳ね。

 優しくする相手はクラスの女子だけではない。当然磯鷲会長始め、副会長の宮代先輩、音姫さんやまゆき先輩目当ての男子が多くいたのだろう。それこそ美人揃いの生徒会の協力には多くの男子が集(つど)った理由には十分すぎる。
何度も言うが当日や前日ぐらいの行動で結果が変わるとは思えないのだが。

「そういえば杉並~」

 完全に身動き出来なくなった杉並を見下ろすように手を組んだまゆき先輩は本当に嬉しそうに

「昨日も今日もなーんにも起きなかったんだけど」

 こ、ここにも怖い人がいた!?

 いつもやられてばかりいるお返しとばかりにニコニコというよりはニヤニヤと白いカードをチラつかせながら詰め寄っている。

「そういえばー、生徒会にこんな手紙が届いたんだけど知らない?」

 きっと杉並の出した犯行予告か何かだろう、ただ俺は怖すぎてその先を見ることは出来なかった。触らぬ神に祟りなし。

 出て行く俺にまゆき先輩は気づいたが「あ、いたんだ」程度でスルー

 命拾いしました。神様ありがとう。

 何もしてないのに冤罪で極刑、そんな未来がチラついていただけに怖かった。世の中は厳しすぎるよ。

 それにしてもこれからどうするかな。

 時間的に考えて教室に戻っても数人から質問されたり嫌味を言われるぐらいだろう。さっきの恐怖を考えればどうってことない。

 だからって足取りが軽くなるわけじゃないけど

 あれよりはマシだよなぁ。

 教室に戻った後に起こった事を過去に振り返っても、今の甘い考えがいけなかったのか、それとも今まで全部がいけなかったのかどうか俺には分からない。











 時間ぎりぎりまでウロウロして戻ろうかと思ったが、携帯に早く帰ってきてほしいと何故か白河からメールが一通入っていたのに気づいたので最初の予定通りそのまま戻る事にした。

 帰る途中の廊下では、昼休みだというのに早くも掃除をしたりと誰の手伝いかは分からないけど精力的に働く姿にまた涙腺が緩みそうになる。

 あそこまでやってチョコ貰えなかったりするって思うと……。

 本当に涙を誘う話だ。っていうか女子が酷いって話になるのか?あれ

 どっちにしろ報われない話になりそうだ。副会長辺りはこういう事を想定して多く義理チョコ持ってきてそうだけど。女子同士の友チョコなんかは男子の入れる隙間無しって感じだろうし。

 そういえばうちのクラスでは友チョコのやり取りしてなかったような。

 良くわからない。他の学年では女子同士でのやり取りが多く行われてるのに俺の学年では全然見ない。

 そんなこんなで教室に戻ると

「えっと」

 何で杏に花咲、それに音姫さんまでがいるんだろうか

 クラスは正に一触即発、いつ爆発してもおかしくない。主にそこにいる女子を見つめる男子が

 そんなピリピリとした空気が張り詰める中

「あ、義春~こっちこっち~」


 俺への用事でない事を心の底から願ったのに、無常にも空気を読めない緩い声が響く。

 あぁ、帰りたい

 頭が痛い、眩暈もする気がする。もう絶望的なまでに状況は最悪。視線で人が死ぬなら俺はとっくの昔に亡くなっている事だろう。

 そして我クラスである白河までが加わってる今、俺に退路は無い。

 早くしろと杏の目が言ってる気がして仕方なくゆっくりと向かうんだが

「あー」

 まずいと思った時には遅かった。

 踏み出した足に力が入らずカクンと体が傾き、慌てて近くの机に手をついたが、それを巻き込みながら倒れてしまう。

 やっちまった。

 慌てて立とうとするが力が入らない。腕でどうにか体を起こし

「あはは、悪い悪い、ちょっと躓いちった」

 近くにいる奴に謝る、ただし視界が若干ぼやけてて、その方向が曖昧だったが。それでも、いつもの様にふざけておちゃらけて見せれば

「っ!兄さん!!」

 やっぱり妹には気付かれたか。

 慌てて近づく杏に唖然と固まる周りの人を見て苦笑いしか浮かべられない。多分杏がいなかったら上手く誤魔化せたのに

「杏、大丈夫だか」

「兄さんは黙ってて!」

 そういえば学校では初めてだったか

「悪い」

「黙って」

 時間が経てば大丈夫だと何度言っても聞いてはくれず、結局杏の肩を借りて保健室に強制連行。うちのクラスの保険委員が手伝おうとしたのだ妹は断固として譲らず本当に申し訳ない限りだ。そんな杏に、恥ずかしいとか平気だという言い訳は勿論届かない。体もだるく無理に戻るのも微妙だったのもあり諦めるしかないかと溜め息を付く。

「……ほんと悪い」

「……黙ってて」

 騒がしく、言ってみればそれを含めて楽しいイベントだったのに、変な空気を作ってしまった事を心の中で謝りながら保健室に向かう。

 この後妹に怒られると思うと憂鬱になる。

 大した事ないのに……











おまけ1

 杉並VS高坂先輩

「うふ、うふふふふふふふふ」

 じりじりと杉並に寄る先輩にドン引きである。

「痛くないからね~」

 マジでドン引きである。

 手足をむさい男子に押さえられ、手をわきわきと動かしながら近づく先輩。

「た、たすけ」

 その後の事は何故か覚えていない。ただ、高坂先輩を見ると体が勝手に強張るのは何故だろうか。


おまけ2

 義春が倒れず、保健室に向かわなかった場合

 教室を覗くと杏を始め、花咲や小恋、音姫さんと他のクラス学年から今会いたくないベスト5が揃っていた。しかも、白河までもが俺の席を陣取って何かを

「俺、今日を無事に過ごせたら、いや、やめとくよ、これ以上言っちまったらフラグ立てちゃいそうだしな」

 いや、別に誰かに言った訳じゃなくて独り言だけど。っていうか、扉から顔だけを覗かせ独り言とか危なすぎる。

 あぁ~やだやだ、俺はまだ死にたくない

 俺の席に集る女子を眺めてる男子に俺自身がまだ気付かれてないが、気付かれたらやばい。

 音を消して気配を消して、そう、俺は無になるんだ。

「ん?何やってんだ義春」

 ビクビクと時間が過ぎるのを待とうかと本気で検討してた所でかかる声に振り返ると

「ま、た、お前か!」

 やっぱり渉だった。お決まりというかなんて言うか。

 って

 恐る恐る再び視線を教室に戻すと

 ニコーっと笑顔の、いや、般若の顔が一つ、二つ、三つ……いっぱいだー。

「俺さ、こんな事もあろうかとって言葉が」

「うだうだ言ってないで早く来る」

「……はい」

 有無を言わせない言葉に体が勝手に前進。自分の席に戻るだけなのにプレッシャーが尋常じゃない。

「な、なんの御用でございましょうか」

 自分の机に戻ってもそこには白河が座っており、どうすればと助けを求める様に顔を杏に向けるが

「兄さん『とりあえず』コレ」

「あ、ありがと」

 正直今は受け取りたくなかった。周りの殺気が一段と膨れ上がり夜道は確実に歩けそうに無い。

 とりあえずなら家に帰ってからでいいじゃんとは言えない男が一人、まぁ俺だけど

「あぁ~杏ちゃんずるーい、私も」

 っと適当に花咲からもチロルなチョコを5つ、適当過ぎて涙が出そうだ。だけど少しだけ周りの殺気が和ら

「って言うのは嘘で、こっちが本物でした」

 がなかった。そのままここにいるメンバーからチョコが入ってるであろう箱を渡される。

 嫌な汗が止まらないのだけど

「ふふふ」

 そう、俺には見えている。にこやかに笑う杏の後ろにある大きな箱が

「その、えっと、聞いていいのか分からないんだけど、その後ろにある箱って」

「あー義春いけないんだー。そういうのは普通女の子が言うまで待つのがセオリーでしょ~」

 もうやめて、俺のライフはもう0よ。いや、マジで

「じゃじゃーん」

 っと結局出すつもりだったからか、文句を言った割に俺がソレを出す前に質問したのを気にした風も無く、杏達が俺の机に置いたのは勿論後ろに隠していた大きな箱。大きすぎて3人がかじゃないと持てないとか頭悪げふんげふん

 そのままゆっくりと開けられた箱の中には

「あー疲れてるのかな、俺の目の前に机の幅だけある大きな黒い塊が見えるんだけど」

 大きなハート型のケーキがあった。中央に限らず色々な向き、場所にそれぞれ好き勝手にコメントが書いてある。しかも真ん中には大きく

「ねー義春君、感想は?」

 もう白河の笑顔が痛い。心にダメージが残りそうだよ。

「意義あり」

「ん?何が?」

 ピンク色の文字で

「『シスコン野郎へ』ってなんだよ!しかもこんなでかでか、
その上他の場所の文字も、お返しは服でとか、花より団子全品とか、お返しの内容指定なんだよ、いや、それはいいよ、よくないよ!!ってそれより」

 奇麗に描かれた文字。それも家で食べるだけなら問題ない。なのに

「これどうすりゃいいんだよ!もう授業始まっちゃうし」

 そのケーキに被せられていた箱上部が取られたままどこかへ。もう数分とせずに先生は教室に入ってくるだろう。そんな俺を横目に

「あ~じゃあ私達は教室に戻ろっか」

「兄さんがどんな感じだったかは後で」

「お、弟君?私は一応反対したんだからね?」

「一人だけ良い子ぶらない」

 花咲に続き杏も戻ろうとしていたが、音姫さんの言い訳に一言突っ込み、袖を引っ張って仲良く出て行った。

「だからどうしろと」

 クラスの視線は殺気から一変。冷ややかというより笑いを堪えてる様な

 ……ちくしょう

 生温い空気の中ガラガラと扉を開ける音と共に入って来た先生が俺の机をチラリと見て

「あー義春君、妹さんに好かれてるのは先生もよーっく分かったから、早くそれ仕舞いなさい」

 ちくしょーーーーーー!








おまけ1

 もうキャラ崩壊が酷かったのと、カッとなってついやってしまった、だが後悔は……うん、消そう。って事であっさり削除。していたのですが「おまけ2」の言い訳で書きますが息抜きバージョンを書く時にコピーしてあり残っていたのでつい
おまけを載せるか悩んだ挙句、短いしいいよね?そんな理由でちょこんと

おまけ2

 これは元から出す予定も無く、息抜きで書いたものです。そのため口調やキャラの区別が曖昧なまま、好き勝手書いたバージョンです。久しぶりにまた本編を書き始めたのに、プロットを見たら暗い(´・ω・`)ショボーン って感じなので完成前UPバージョンをコピーしてそのまま明るい話をバビっと
久しぶりの更新だからちょっと色を付けて、というかおまけで文字を増やしちゃえーって事で追加を決意。あれ?文字逆に多すぎて読みづらい?どうしよ不安になってきた><感想板でちょっち聞いてみます。
って話がずれました。これはリハビリを兼ねて寝る前に書いたものの、作者書くの遅いのに2時間以上掛けて……(汗)って事で、おまけなのでコレは誤字脱字はチェックしてないでいいやーって┃電柱┃ω・@)もう直す暇あったら早く続き書きなさいって感じですよね。はい、ごめんなさい;;早く続き書きます。

くっきーでした。



[17557] 13話(中篇)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:2ed99f08
Date: 2011/07/10 18:11
 目の前で兄が崩れるようにして倒れた。操り人形の紐がプツリと切れたみたいに力なく。途中で伸ばした手は兄には届かず、その兄の体は机を倒す、大きな音を立てて。

「あはは、悪い悪い、ちょっと躓いちった」

 楽しく迎えるはずだった。何日も前から皆を家に呼んで練習して作ったバレンタインチョコ。皆に色々なレシピを教えた御礼にと悪戯の手伝いまでしてもらった無駄に大きなチョコレートケーキ。大きなハートをかたどった、真ん中に皆で書いた文字があるソレ。授業前に渡して困らせて、騒いで、そしてやっぱり皆で笑って

「っ!兄さん!!」

 喜んでもらえるはずだった。そんな悪戯でもいつも兄さんは笑ってくれる。ありがとうって頭を優しく撫でてくれる。そんな兄が目の前で

「杏、大丈夫だか」

 倒れた。ふざけてる風を装っても私には分かる。いつも見てたから。いつも一緒にいたから。いつもいつもいつも、ずっと傍にいてくれたから。だから知りたくも無い事実も知ってしまった。

「兄さんは黙ってて!」

 これは冗談じゃなく倒れたんだって。『やっぱり』兄さんは無理をしてたんだって。

「悪い」

 謝ってなんかほしくない。そんな顔で何も言わないでほしい。

「黙って」

 どうしてこんな事になっちゃったんだろ。どうしてこんな風になっちゃったんだろ。どうして。どうしてどうしてどうして

 力が入らないくせに大丈夫だって何度も言う兄に腹が立つが。

 どうして

 いずれこうなる事を止められなかった私自身が一番許せない。

「……ほんと悪い」

 どうしていつも私の

 周りが何かを言っているけど耳に全然入って来ない。

「……黙ってて」

 どうして私の大切な人ばかり。

 騒がしく、馬鹿馬鹿しく、そして凄く楽しいイベントになるはずだった。なのに神様は私の事が嫌いみたいだ。

 私が不幸になるなら別にいい、私はもう十分幸せになったから。だからこれからは兄が幸せに。

 こんな事大した事ない、兄がそう考えてるであろう事が一番悲しくって、辛かった。













第13話(中篇)
「保健室に来た見舞いが妹、しかも二人っきりって最高じゃないか! あ、先生、いたんですか……そうですか……いえ、別に深い意味なんてないですよ?えぇ本当に。。。」











 まだフラフラとしている兄に肩を貸せる程私の背は大きくない。だからって誰かに任せるという選択肢はなかった。軽くのしかかる様な体勢で人を運ぶ形になり正直大変ではあるけど、気を失ってる訳じゃないからどうにかといった所。兄じゃなかったら目的地に辿り着けなかったんじゃないかと自分でも思うぐらい頑張った。それだけ兄も余裕な状態じゃないって事だけど。

「兄さんもうちょっとだから」

 目の前に保健室と書かれた札に少しだけ安心し、兄に声を掛けたのだが、

「っ!」

 その言葉と同時に私は潰されてしまった。急に重くなった兄を支えきれなくなって。

「に、兄さん!?兄さん!?」

 焦って兄さんを呼んでも返事が無い。しかも上に覆いかぶさる形になり上手く下から抜け出せなく、周りを見渡しても今はもう授業が始まっていて人は居ない。もう頭が真っ白になってしまってどうしたら良いか分からなくなる。

「兄さん、兄さん!」

 それでも繰り返し兄を呼び続ける、自分にはそれしか出来なくなった様に何度も何度も。

「何やってるんだお前達は」

 そんな私の声に気付いて目の前の扉から出てきたのは水越先生だった。ホッとする間も無く、その姿を見た私は

「兄さんが!兄さんが!」

 叫び喚く事しか出来ない。声も震えて涙を目に溜めて

 こんな時の為に色々と本を読んでいたのにも関わらず、兄さんが兄さんがとしか言えない私は本当になんなんだろうか。役立たずでどうしようもない、慌てふためいて泣く事しか出来ない駄目な妹。

 そんな私の姿に、いつもだるそうにしているイメージだった水越先生の目がスッと細まり

「あんまりそいつを動かさないで」

 冷たく、ただそれを言い、兄の状態を確認し始めた。今まで見た事のない姿に私の声は止まった。上にいる兄の容態がを祈るように

「ふぅ」

 どんな人なのか、どういう人なのか、私にはこの人の情報が少なすぎて判断が出来ない。

「とりあえずベットに運ぶから手伝って」

 だけど

「安心して、こいつは大丈夫だから」

 私はむしょうに泣きたくなった。何も出来ない、頼るしかない、私の兄さんの事なのに。

「先生……」

 兄さんを助けて。

 でもその言葉は出なかった。いつまでも縋る様に見上げる私に水越先生はため息を吐いて

「後で話すから、今はまず」

 その言葉を言い、私の方を見たから。

「ぁ」

 自分がどんな状況か思い出した。

 すぐに周りが見えなくなる。そんな自分が嫌になるけど今はただ言われた通りにするしかない。急いで兄の下から這い出ようとするとやっぱり上手くいかなかったが、先生が少し手を貸してくれるだけであっさり立ち上がることが出来た。

 冷静に、どこか怒ったように兄を見る先生に言われるがままに。










 すぐ目の前に保健室があった事もあり、すぐに兄をベットに運ぶ事が出来た。けれど兄は死んだ様にピクリともしない。規則よく胸が動いているのが分からなかったら勘違いしてしまう程に顔色が悪く、とてもじゃないけど普段通りとは言えないだろう。だから私は落ち着きなく兄の顔を覗き込んでは息をしてる事にホッとして、椅子に据わり直しては心配になったりと、そんな事を繰り返してしてしまう。

 今、先生は何かを取りに行っていて保健室にはいない。だから余計に心配になっているのだけど、一応はどういう状況なのか説明は受けた。

ここを出る前に

「その様子だと知らなかったんだろうけど、前にも倒れたんだよね、この馬鹿は」

 呆れたと言うよりは、やっぱり怒った様に言っていた。

 けど、そんな事より私は前にも倒れた、その言葉にまた寒気の様な嫌な感覚になる。こんな時にも関わらず馬鹿って言葉にムッと眉が寄ったのは別として。

 それに、兄からそんな事聞いてないし気付けてなかった。

「この子の事だから話してないと思うし、あなたに気付かれない様にって余計な事をしたんだと思うけど」

 教えてくれなかった事を責める様に兄に顔を向けた私に気付いてなのか、私の心を読んだと錯覚するぐらい的確に答えられ情けなくなる。

 兄さんの事になるとすぐに顔に出ちゃう。

 それに兄を責める様に向けてしまった視線は八つ当たりみたいなもので、本当だったら私が気付かないといけない事だったから余計にへこむ。

「まぁ、だからって訳じゃないけど今見た感じでも前と同じ、寝不足と過労、かな。もう少し色々調べないとはっきりとは分からないし、一応また病院には行ってもらう事になるから結果はそこで詳しく話すよ」

 前にもこの事で病院にいったんだ……。

「今回も頭をどこかに打ったわけじゃなかったから良かったものの」

 再び先生は溜め息をつく。

 いつも一緒にいるのに知らない事がこんなに。そんな大事な事をなんで?とか、知らないのは私だけ?さくらさんは?音姫さんは?由夢は?もしかしたら自分だけ?
もしかしたら私だけ気付いてなかったのかも、皆はずっと昔から―――。そんな事ばかり考えてしまって悲しさにまた涙が出そうになる。

「前に病院で会った時は自分で話すからって、私から妹に言うと余計に心配かけるからって説得されたけど……ふぅ」

 何故か溜め息を吐き

「あんな性格の子って知ってれば嫌でも伝えたんだけどね」

 今までにあった何かを思い出した様に顔をしかめた。

「あんな言葉信じた私も馬鹿って言えば馬鹿、か」

 学校でどんな子か分かってたのに、とか、すぐに確かめればよかったと小さく呟いた言葉にまた胸が苦しくなる。

 信用出来ない様な事をしてたのか、それとも

 私の知らない事がまた一つ、また一つと増えていく。不安はどんどん大きくなる一方だけどそれは後回しにしないといけない。

 今は私の感情は関係ない。兄さんがどういう状況なのかしっかり聞かなきゃ。

 だから流れそうになる涙が落ちないように袖でゴシゴシと乱暴に拭う。先生の言葉を聞き逃さない様に、自分が情けなくって悔しいって思いも一緒に拭い去る様に何度も何度も。

 けど、そんな私の手を先生は優しく止めて

「だから今回は逆によかったって、不謹慎ながら思ったよ。これでちょっとはこんな事減るだろうし、妹の君が兄を支えてくれるだろうしね」

 励ます様に言ってくれた。

 どうしよ、また鼻の奥がツンとしてきた。

「今まで自分だけ内緒にされてたとか、信用されてないとか、そんな事ないから。どんな人って一番君が知ってるでしょ?」

 そんなの当たり前、普通だったらそう言い切れるんだろうけど

 私はすぐに頷けなかった。

 昔から何か隠してる気がする。それも私が本当に小さかった頃からずっとずっと。昔、一回だけ見た日記の様な、よく分からない言葉が書いてあったノートの事を思い出しながらそう感じてしまった。そのノートの事はいつもはぐらかされてしまっていたのを思い出し気が沈む。

 だけど、励ましてくれる先生に

「目が覚めたらいっぱい文句言います」

 その言葉だけを返した。






 そして今、出て行った先生を待ちながら昔見たノートの内容を頭から引っ張り出しながら兄の顔を横から見続けている。パイプ椅子の位置をベット近くに持って行った私は当然授業に戻る気はない。

 あのノート、今も多分鍵のある机に閉まってると思うそれを私は一度だけ見た事がある。内容が分かれば兄ともっと仲良くなれる。もっと話せると思った私は何度も何度もその一回の時に読み返したのだけど、桜に願いを叶えてもらう前で殆ど忘れてしまって内容が虫食いみたいになってる。むしろ記憶力のなかった私の場合火で燃やした紙ぐらいしか残ってないけど、それでも桜を見た時まで覚えていた事は全部思い出せる。そのノートを何度も何度も読み返して記憶しようとした過去の自分も褒めてあげたい。
だけど書いてある意味は私が小さすぎて理解出来てなかったし、未だ会った事がないさくらって人が兄に悪い事する。そんな解釈をしていた。

 自分がさくらさんを知らないだけで兄は知っていた人物、それだけの事だし、未来の事だって何でそう思ったかなんて自分の事でも知らないけど、そんな有り得ない物を信じてた私はやっぱり子供だったんだと思う。
だけど私はそのせいで、さくらって名前の人が全部悪い人で、家にも近づきたくなかったし今でもその頃の名残なのか話す時ぎこちなくなる。

 こんな私が記憶違いなんて言葉を出すのも微妙だけど。

 この能力があるせいで普段思い出せない事が無い私にとって、それはやきもきととした気分にさせる。今思えば、母代わりになってくれたさくらさんと、そのノートに出てきたさくらさんが同一人物とは限らない訳だし。

 昔から今にかけてさくらさんには本当に悪い事しちゃってるなぁ。

 そんな事を過去の自分せいにしつつ誤魔化す。

 いつかは謝らないと。

 そんな未来の事を思い浮かべて苦笑を一つ。

 いつだって昔の兄さんを思い出すと少しだけ元気が出てくる。いつも手を引いて好きな色々な場所に連れて行ってくれた兄、私が出来ない事を何でも出来て何でも知ってる兄。今も昔も変わらずに優しくって頼りになる、そんな人。

 だけど

 そんな兄が今倒れている現実にまた落ち込む。

「はぁ」

 普通に吐いたはずが溜め息の様に出てしまう。

 こんな私を兄さんに見せるから兄さんは

 そう思い気を引き締めようとするけど結局同じ思考がグルグルと。

「……ふぅ」

 また溜め息をついてしまう。

 そんな事を何度繰り返しただろうか、先生が帰って来てないのであまり時間は経ってないだろうけど、兄さんが倒れてから時間の感覚が曖昧になってる。

 そんな中、私の気持ちも知らずにゆっくりと目を開けた兄さんは

「っ!!」

 焦った様に辺りを見渡す。それも本当に鬼気迫る様子で、なのに泣きそうな顔で。

「に、兄さん?」

 そして私は、いきなりの事で取り乱した兄に驚き小さく声を掛ける事しか出来なかった。普通に起きてくれたなら自分から抱きついていたかも、とか、抱きついて恥ずかしい思いしなくって良かったと喜ぶべきか、チャンスを逃したと嘆くべきか、とかそんな事をもうちょっと落ち着いていたら考えたと思う。けど、今の私も見慣れない兄に対して十分混乱しているのかそれ以上言葉が出ない。

 そんな兄は上体を急に起こしたからかフラリと崩れたが、そんな自分にも構わず腕を使い体を起こそうとしている。本当に焦っているからか、真横にいて、しかも小さいとはいえ声を掛けた私にも気付いてないようだった。

 だからって悲しさはない、そこまで子供じゃなければ、今そんな小さい事気にする時じゃないって分かる。
だから兄が何を心配しているのか分からないけど、それでも手助けが出来ればと手を伸ばす。

 そんな兄の体を支えようと肩に触れて、初めて目が覚めた兄と目が合って

「――――っ!!??」

 私は声にならない声を上げた。

 え?なんで?どうして?

 多分顔は真っ赤になってるし、ドキドキと心臓が痛いぐらい鳴っている。

 わたっ、私が、え?

 目が合った瞬間、兄に抱きしめられてる私がそこにいた。

「よかった……まだ初音島だ」













 その言葉で火照った思考が冷める様に一つの文を思い出していた。











 震える兄の声に釣られる様に私の体も震える。今まで感じた事のないその恐怖。こんなに近くにいるのに遠くに感じる想いに思い出してしまった。そのノートの最後に書いてあった一文を。










『俺はいつまでこの島にいられるんだろ』



[17557] 13話(後編)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:2ed99f08
Date: 2011/10/01 16:57
 意識が浮上するのが分かる。けれど体がまだ睡眠を求めているのか、だる過ぎて起きれる気がしない。

 そういえば、こうやってゆっくり寝るのはいつぶりだっけ。

 家事に学校、それにバイトして、初音島の歴史を調べ、勉強して。不安から逃げるように毎日毎晩、日課と言えるようになるまでさほど時間は掛からなかった。

 たしか、最初に知らない人が家族って知って、おばあちゃんと一緒に暮らすようになって、杏と会って

 馬鹿みたいに闇雲に。もう前の居場所には戻れない理由が沢山出来た。残していけない人がいる。きっと泣いてくれる人がいる。だからこの世界から消えない方法を必死に探しながら自分に出来る事を懲りずに何度も何度も。

 その後さくらさんと会って、音姫さんと会って。

 俺がこの世界に来た理由も来れた原因も分からないうちに飛ばされた場所だけど、それでも知ってる事がある場所だった。幸せにしたいって、自分の周りだけでも最後には皆笑っていられるハッピーエンド、それだけを信じて

 沢山の友達が出来た。

 けど傲慢すぎるその考えはやっぱり難しくってうまくいかない事ばかり。どうすればいいのか迷ってしまうし不安も尽きない。

 消えたくない。

 だから足掻き続けるしかなかった。まだ消えると決まった訳じゃない、訳じゃないのだが

 あぁ、消えたくないよ。

 『前の俺』は寝て次の日を迎えただけで消えた。それを思い出すだけで怖くなる。寝て起きたらこの世界からまた消されるんじゃないかって。

 俺はまだ遣り残した事が、やりたい事が沢山あるんだ。

 だからなるべく寝ない様に毎晩作業に没頭した。何かに取り憑かれた様に

 だからまだ

 だけどずっと寝ないなんて事も出来ない。毎日毎日、次の日を迎えるのが怖くても、どんなにそれを否定しても、それは人間としてどうしようもない。

 まだ消さないでくれ……

 何度寝起きを繰り返しても、いつ世界に消されるか分からない不安は消えない。寝て起きては初音島にいる事を、杏が居ることに安心する。そんな毎日だけど

 俺だけが幸せじゃ意味が無いんだ。

 そんな毎日でも俺は幸せだって言えるから。杏が、さくらさんが、友達がそこにいる、それだけで。毎日毎日くだらないって言われる事でも皆が笑っているのだから。

 お願いだ。

 だから俺はこれからもやれる事をやるしかないんだ。

 お願い、します。

 何処で眠ってしまったか思い出せないが、起きないといけない。現実を確かめる為に。

 どうか此処が初音島でありますように。

 願いを込めて目を開けた。













13話
「兄には妹の寝顔姿を見る特権があるのだ!だから兄さんと一緒に寝ようじゃないか(キリッ」
















 目を開けると残酷にも見覚えのある自宅の天井じゃなく、白一色の天井だった。

 う、嘘、だろ!?

 体が重くてうまく動かない。それでも早く居場所を知りたく無理に体を起こす。横になってる自分の足元を左右に見るが、机がある他薬品が見えるがはっきりとした場所か分からない。

 嘘だろ嘘だろ嘘だろ!?

 頭が真っ白になりそうだ。初音島の病院だったら何度もやっかいになったから見覚えがあるが、こんな個室は見た事ない。ただ自分の知らない場所だったらいい。だけど嫌な考えしか浮かばず立ち上がろうと力を込めるけどフラつくばかりで上手くいかない。そんな自分を支える様に腕を使い無理に状態を上げるけど、変に力を入れたためか腕が痛む。けれど自分のよくない予感を早く否定したくてそのまま状態を戻そうとした所で

「っ!」

 肩に何かが触れた。それはとっても暖かくて

 あぁ……

 横を向けば心配そうにこっちを見る彼女、小さな手から伝わる温もりに涙が出そうになる。

 よかった……

 目に映った彼女を、妹の杏を見て心の底から込み上げる物を押さえながら力いっぱい、自分がまだ此処にいる事を確かめるように強く強く抱きしめた。

「よかった……まだ初音島だ」

 その気持ちのままに言葉を洩らしながら。








 そのままどれ程時間が経ったのか分からないが水越先生が帰ってきた所で慌てて離れる事となった。先生の「……何してんの」というごく普通の質問に杏はボーっとしていて答えず、直接的な問題を作った俺も「な、なんと言えばいいのやら……そう、生き別れの妹に会った兄妹みたいな事がしたくなって」と答えたら変な顔をされた。実際、初音島にいた事を実感できてつい、なんて本当の事を言えるはずもないから、訳の分からない言い訳で怒られる、又は呆れられる等ろくな選択肢は残っていなかったと思えば上手くいった方か。って今さっき言ったのも意味不明な言い訳だけど。

 やっぱり起き掛けは不安になるなぁ、戻るって確信があるわけじゃないのに馬鹿みたいじゃないか。

 さっき自分でやった行動を思い出すと苦笑いしか生まれない。

 いつもの俺でいないといけないのに。

 それにしても

「それで?何か申し開きは?」

 どうしたもんかなぁ。

「御座いません」

「前に言ったよね?自分で妹に説明するって、そもそも前に渡したヤツ飲んでないでしょ、しかも」

 杏とのやり取りの話が終わった今、ガクブルが止まらない状況になっていた。何故か知らないけど水越先生は俺に対して通常の3割り増しで怒りやすい気がするんだけど。

「聞いてる?」

「えっと、今回は」

「言い訳しない。聞いてるかって聞いてるの」

「はい!勿論であります!」

「大体ね、前に話した時から」

 この人こんな人だったかと疑いたくなるぐらい怒り心頭な先生に背中から嫌な汗しか出ない。怒鳴られるよりこうやって静かに怒られる方が怖いんだなぁなんてしみじみ考えていたら

「いい度胸ね、さっきからあなたの事を話してる訳なんだけど」

 ちょっと考えを横に逸らしたらコレである。助け舟をと杏を見るが難しい顔してると思ったら急に顔を赤くしたり、すぐにまた暗くなって考え込んだりと忙しい様でこっちの話に混ざる余裕はないみたいだ。

「とりあえず今から病院へ行くからちょっと待ってて」

 と、思い出した様に病院に行く話になったのだけど、勿論唯の寝不足の為だけにそんな所に行きたくない。考え込んでいた杏も病院って単語は頭の中に入ってきたからか、ビクリと体を強張らせて心配そうに俺を見てくる。当然俺は

「先生ちょっと待ってください、別に初めての事じゃないですし、薬も」

 あるから行かないと続けようとしたらめっちゃ睨まれた。それ生徒に向ける目じゃないですって本当に

「はぁ……今回はこの程度で済んだからいいものを、頭でも打ってたら大変な事に」

 まだまだ終わりそうもない苦言がまた始まった。これに関してはどうしようも無いのだ、結局の所自分が消えないって安心が出来なければ睡眠薬なんて飲みたくないし、寝る事への不安も消えない。

 けど、そんな俺の態度がお気に召さない様でこうやって説得は止まらない。

 心配してくれるのは嬉しいけど、どうしたもんやら。

 走ったり騒いだりしたいとは思わないけど、もう普通に動けるだけ元の体調に、とは言えなくても歩ける程度には戻っている。だからもう少し横になってれば治るだろうとは思うんだけど

「……兄さん、私にも説明して」

 杏までもが敵に回ってしまった。しかも妹にまで睨まれるとか悲しすぎる。杏だけが知らなかったなんて事でもない。この事は誰にも言うつもりはないし、どうしようもない事と諦めてもらうしかないからそんな風に見られても困るんだけど。

 そういえば教室で倒れたんだったか。説明どうするかなぁ。

 これで病院に行っても大した事をする訳じゃないのに、心配する人が増えるだけだと思うと余計に行きたくない。さくらさんにも何て言うべきか。

 こんな事で心配掛けたくないし。

 って言っても水越先生からさくらさんへ伝わってる可能性も高い。というのも、前回も同じ様に倒れた事があった。その時運悪く現場に出くわしたのが水越先生な訳で、病院に強制的に連行したのも先生で、ついでに言うなら薬を渡してきたのも本人で

 本当に困った。

 ただ、今の所さくらさんから何か言われた訳でもないので、もしかしたらさくらさんにもまだ知られていないのかもしれない。

 って今回の事で絶対にバレるよなぁ。

 憂鬱だ、さくらさんの負担をこれ以上増やすとか有り得ない。

「あーあれだよ、このぐらいの年頃の男の子には色々とやりたい事があってだな」

 首が回らなくなるってこういう事か、なんて考える暇もなく、まずは妹をどうにかしないといけない。

「……」

 だけど、その説明で杏が納得する筈もなく、むしろ怒りゲージがグングンと伸びるのが見えるようだ。そして横で聞いてる先生も勿論納得する筈もなく

「お前が年頃とか言うな、それで?実際は何をしてるんだ?」

「それはホラ、こう色々とですね、勉強とか?」

 嘘は言ってない、勉強もしてる。けど、言い訳を考えてなかった俺が、しどろもどろにした説明にやっぱり二人の視線は痛いく、凄く痛く突き刺さる。

「兄さん……」

 妹の泣きそうな目で見られて先生には射殺されそうな勢いとかもうどうしてこうなったって感じだよ。もう勘弁してほしいとしか言いようが無いけど、そうもいかず。

「……これからは気をつけます」

 こう言うしかなかった。

「それじゃ、とりあえず病院へ行こうか」

「それはちょっと」

「これからずっと妹に寝るのを確認される生活がいいと?」

「ごめんなさい、ついて行きます」

 くそう、こんな筈じゃなかったのに。

「……帰ったら覚悟して」

 どうやら家に帰ってからが修羅場らしい。










 病院までは水越先生の車で連れて行かれる事になった。当然杏は学校で授業をって事になると思っていたのだが、診断結果を知りたいという本人の願いが聞かれてなんて事は勿論ない。ただただ俺の信用がなく、妹の杏をお目付け役にするつもりらしい。

 大げさな。

 とりあえず病院は慣れたもので軽く行われた検査と言う名の尋問等も滞りなく終わり、薬とありがたーいお言葉をもらってそのまま自宅に。勿論杏と二人で。
一応病人扱いの俺は自分の部屋に寝かされたのだが

「前にもってどういう事?」

 絶賛妹お怒りタイムに突入していた。むしろここまで良く我慢した方かと。杏自身色々あって冷静になって考えれたのが今って線が濃厚だが。

「ちょっと疲れてたのかな?道端でパタリと?」

「聞いてない」

「だってほら、言ってないし?」

「なんで」

 短文過ぎる杏の言葉に怒りが染み出ていて何を言っても駄目な気がしてならない。

「し、心配かけたくないなぁって、さ」

「知らない方が心配するに決まってるでしょ!!」

 雷が落ちた、主に俺だけに。

 ちゃんと食べて寝て休む、最低限寝れないのなら睡眠薬を。結局それだけの話なのだが

「だ、大丈夫だって、ただの寝不足って話だから」

「どうしてそうなるまで何かしてるって事が問題なの!!」

 あぁ泣くかも、そう思ったときにはもう杏の目には涙が浮かんでいた。

 だから言いたくなかったなんて今更言うつもりはないけど、もう少し気をつけてればと思ってしまう。

 また失敗した。

 その言葉は何度目だろうか。

「その、ごめん」

 謝ってばかりな俺は、もう兄としてどうなんだろうってぐらい形無し。

「……そんな言葉、聞きたくない」

 グシグシと涙を拭いながらこっちを見るのを止めない杏に顔を向けられない。

 だけどこれしか言えない、これ以上言える事はもう無い、それが例え誰であっても。

 言える筈がないんだ。

 だからもう罵倒されるのを覚悟して杏からの言葉を待つ。それは妹から見ても微妙な兄である光景なのは間違いないけど、そんな言葉しか思いつかない。

 何て言われるかな。

 鼻をすすっていた杏が息を無理やり整えているのがわかる。それはこれから言う言葉をはっきり言う為なのか、それとも何か一大決心なのか、妹にこう真剣に怒られる事なんて滅多にないからドキドキする。さくらさんからも何か言われるのは間違いのに今からこれじゃ心臓が先に参ってしまいそうだ。

 そんな俺の横で杏は「はぁー」っと大きく息を吐き、同じだけ息を吸って

「もういい、今日から兄さんと一緒に寝るから」

 とんでも発言を炸裂させた。

「それとこれとは話が違」

「違わない!」

 またこの妹は

 俺の事になると考えがぶっ飛ぶ気がする。それはもう普段の杏からは絶対出なさそうな言葉がポンポンと

「はぁ、本当に今回はたまたまだから、それにこれからは気をつけるから大丈夫だって」

 気をつけるも何も、どうし様もないのだけれど杏との話を終わらせようと明るく、いつも通りの顔で言う

「本当に……本当に心配したんだから」

 こんな顔をさせないために頑張ってるんだけど本当にままならない。

「……もう倒れたりしないで」

 倒れないなんて約束が絶対とは言えなくても、杏の前でそうならない様にするから。

「大丈夫」

 俺にはこう言うしかない。それが現実になる様に

「……絶対だから」

「あぁ、約束だ」

 俺は笑顔を妹に笑顔を向けた。

 少しずつ誤魔化せなくなってきている。妹にも自分にも。

 来年なれば嫌でも真実が分かる。枯れない桜の木と俺の関係だったり、俺の知ってる話の結末との差異が、あとちょっと、あとちょっとの辛抱で。

 でもこんな形で家族に心配かけるなら

 覚悟を決めて聞くしかないのかもしれない。さくらさんに枯れない桜の事と、俺の事を。









 ちょっと俺には似合わない真面目な話が終わってすぐ杏は部屋を出るかと思ったが、何故か机をチラッと見ては俺の顔を窺ってる。

 もう今回の事は納得したと思ったけど、他に何かあったっけ?

 未だに固い表情を崩さない妹に疑問を持ちつつ、とりあえず言葉を待つ。

「に、兄さん」

「ん?」

「保健室での事なんだけど」

「うん?うん」

 何の事か思い出すが特に話辛い事はない気がする。倒れた事とか、色々内緒にしてた事は一応もう納得?してくれたみたいだし。

 そういえば倒れて杏の上に倒れた感じだしその事か?

 記憶が曖昧だけど、思いつくのはそれぐらい。だから次の言葉には頬を引き攣らせる事しか出来ない。

「保健室で、最初に言った言葉の意味って何?まだ初音島にってどういう事」

 自分は今笑えているか分からない。ただ動かずに、出来るだけ表情を変えずにいようと心がける事しか出来ない。

「それって昔ノートに書いてあった文と関係あるの?いつまで初音島にって」

 続けられた言葉に血の気が失せる。

 何でそれを!

 心で思っても顔には出さない様にするが引き攣った表情を妹が見逃すはずもない。だからといってそれを表に出せるはずもなく

「いやー変な夢でも見たんじゃないか?」

 淡々と言葉を発する。機械的に何も考えずに誤魔化すことだけを頭に入れて。この程度の言葉で杏が騙されるはずがないのは分かっているけど、これ以上聞かないでほしいっていうのは伝わったと思う。それがどういう意味かは別として。

「それと昔に書いた落書きノートなんていっぱいあったし……他には何か書いてあったか?」

 この事に触れないでほしいと願えば杏ならもう口に出さないと思う。だからすぐに恥ずかしいから、とか適当に言い訳と混ぜるだけでいいとも思ったけど『昔のノート』この単語が出ると話は変わってくる。杏の記憶力じゃ書いてあった内容はどう言ったって誤魔化しきれる物じゃない。見た時期によっては見た事もない人物の事が細かく書かれているのだから余計に。

 最悪だ、あの時の自分を殴り飛ばしたくなる。

 安心したからってあんな事言ってしまうなんて阿呆すぎる。今までノートの話をしなかったのは気になる程の事じゃなかったからなのに、迂闊な一言で、たった一言のせいで杏がこの言葉を言ったのだと思うとやり直したくなる。ロードボタンをクリックするみたいに。
 でもそんな事出来るわけもない。だから今出来る事は、そのノートを何処まで読んでしまったかの確認だけだ。場合によっては

 話す事になるのか?

 『俺はいつまで初音島にいられるんだろう』そんな悲観した言葉を昔最後のページに書いた気がする。あの時は誰にも読ませる予定のないノートに、落書きの様にただ思った事を書き殴っただけだった。まさかそれを杏が見てたなんて思ってもいなかった。

 そもそもノートは普段鍵の付いた引き出しに閉まってあるのだから杏が読む機会なんてなかった筈なのだ。必要になるまで見る事はないと長い間出してない。
せめてその場所だけチラッと見えただけでありますように。そんな都合のいい事を願って杏を見てしまう。

 その杏は俺の質問に苦虫を噛んだような顔で

「……覚えてない」

 小さく答えた。そう、『覚えてない』なんて言葉は杏にはありえない。それこそ

「覚えてない、のか。そのノートってもしかして桜の木を見に行く前ぐらいの話か?」

 魔法の木に願いを叶える前じゃなければ。

 俺はホッとした空気を出さない様に意識したせいで、今度は記憶力を手に入れた日を言ってしまった。きっとそれは杏が内緒にしてる事なのに。

「……うん、確かそうだったと思う」

 けど、その事に杏は気付かなかったみたいで覚えてない事を悔しがるように言葉を落とした。その感情は、俺の事を分からない事に対してなのか、それとも記憶力が著しく低かった昔の自分に対してなのかは分からなかったけど

「じゃああれかもな、俺親が死んじゃってすぐ知らない人に引き取られるって聞いてさ、島から出て行かないとって思ってた時期があったんだよな。だからそんな事書いたんじゃないか?」

 よかった、と安心してしまう。今回はどうにか誤魔化せそうだ。そう思ってしまう。

「あっ、えと……ごめんなさい」

 そんな風に思ってしまう自分が嫌だけど、この事に関しては嘘をつくしかない。せめてこの事以外には嘘を付かない様に心に想いを仕舞う。明るい表情を作って杏を見ながら。
だけど、そんな俺とは逆に、両親の事を話題に出してしまった事に杏は暗く顔を伏せてしまっていた。もう自分の中では区切りは付けられた事だから気にする事じゃないんだけど

「いいって、凄い昔の事で、杏と会う前の事だしな」

 今まで長い間一緒に住んでて子供の頃の話はした事無かった。辛い事があって話しせる様になった時には色々な事がありすぎて

「……うん」

「いい機会だし、ちょっと昔の事でも話そうか、今まで話した事なかったし」

 話してない事ばっかりの自分の事を少しだけ。

「俺が杏よりちっさかった時の話でもさ」

「うん!」

 嬉しそうに顔を上げて頷く杏に兄になる前の自分を、今よりずっと馬鹿で何も考えてなかった時の話から、出来るだけ面白おかしく語る事にした。幼稚園での事だったり花咲の事だったり。
 杏も俺を休ませる最初の目的を忘れた様に色々聞いてくる。

 こんな喜んでくれるならもっと前に話せばよかった。

 忙しくても話す機会はいくらでも作れた。それをしなかったのは俺の中でも話したくないって少しでも思っていたからなのかもしれないけど。
それからどれぐらい話をしたか、部屋から差し込む光が暗くなってきた所で一度話を止めた。杏はまだ聞き足らなさそうな顔をしているけど。

「さて、暗くなってきたし晩御飯作らないと」

 よいしょっとベットから立ち上がる。

 さて、今日は何を作るか

 そのまま杏を置いて一回へ向かおうとした所で

「何言ってるのよ!」

 思い出したように怒り出した。

「横になって休んだからいいかなって」

「もうっ、今日はずっと横になってないと駄目に決まってるでしょ!」

 雰囲気的に大丈夫かと思ったけど甘かったらしい。

「馬鹿……家族なんだから、私にも頼ってよ」

 家族なんだから、その言葉に文句は言えない。

 そう、だよな。

 いつまでも守られてるだけの妹じゃない、そう言ってるような気がして

「じゃあ、うん、今日はお願いするわ」

 そんな簡単な事に気付かされた気がした。守ってるなんて大きな勘違いだったのかも、そう思うと笑えてくる。

 そういえば

「兄さんと一緒に寝るとぐっすり眠れるの」

 思い返せばその言葉は俺にも言える事だったのかもしれない。横に杏がいると、この世界にいるって実感できる。目を覚ましたらそこに杏がいる。それは凄い嬉しい事だった。
もしかしたら俺は自分が思ってるよりもずっと杏を、家族を必要としていたのかもしれない。

「任せて!」

 小さな拳を握ってやる気を見せる妹にまた微笑んで

「今日だけ一緒寝るか?」

 そんな事を口走っていた。

「っ!?」

 びっくりしたのか自分の足に躓きそうになる妹の背中を見ながら

 たまにはそういうのも悪くない。

「はは、嘘嘘、料理楽しみにしてるな」

 今日だけは、よく寝れる気がした。




[17557] 14話
Name: クッキー◆09fe5212 ID:2ed99f08
Date: 2012/11/10 21:40
 朝倉由夢side

 ぼぅっとしながらシャーペンを片手にノートに文字を綴る。授業の内容は話し半分も頭に入ってこないが仕方ないと諦めて黙々と。だから書かれている文字も関係ない言葉ばかりが箇条書きになっているだけの落書きに。

 こうなってる理由は間違いなく一昨日の事が原因。

 義春さんが倒れた。

 毎日の様に世話を焼きに行っている姉ほどではないにしろ

「はぁ」

 授業中に何度も溜め息が出る程いつもの私ではないと自分でも認識出来る。

 昔から何でも出来て頼りになる人で、お姉ちゃんの命の恩人。杏お姉ちゃんのお兄さんで私にとって憧れのお兄さん。小さい頃からお世話になってて、いつも一緒にいてくれたお兄ちゃん。私にとってはそんなお兄さんだからこそ余計に自分の格好悪い所を見せたくなくて距離をとってしまうけど。

 そんなお兄さん、義春さんが倒れた原因を杏お姉ちゃんから聞いた時、私は嬉しく思ってしまった。お姉ちゃん達や義春さんには申し訳ないけど、それでも嬉しいと。すぐにその考えは心配に変わったけど、一度そんな感情を抱いたのは確かだし、今でもその感情が残っているのも確かなのだ。

 ふと思ったそれは私と同じ種類の悩みではないとは分かってるけど、寝る事に対して何かしらの感情を持っていた事につい出てきてしまった気持ち。それが命に関わらないと聞いた後だったからこそ思える事だけど。

 私って最低。

 自己嫌悪でモヤモヤする。

 私が夢で見た事は全て未来で起こる。それがどんな事でも。だけど、その内容が悪かったら?それが家族だったら?知り合いだったら?それを考えて寝れなくなる日が多くある。だから覚えている時はすぐにメモをして、それを避けられないか試すけど一度も上手くいった事はない。

 こんな一方的な夢なんて見たくないのに

 けど、そんな私の気持ちを共有出来たような、それでいて義春さんとの距離が少し近づいた様な不思議な感覚を喜ぶ私もいてやっぱり溜め息が漏れる。

 この溜め息をついてる姿も義春さんを思い出させて余計に頭が痛い限りなんだけど

 そんな事を考えていたからか

「朝倉さん?」

「え?あ、はい」

 どうやら先生に呼ばれていたみたいだ。気の抜けた返事しか出せてない私に先生は少し眉をしかめた。

 本当に今日の私はどうにかしている。これじゃあお姉ちゃんの事ばかり言えない。

「体調が悪いなら保健室に行ってもいいのよ?」

 そんな事を考えてるなんて知らない先生は、優等生って肩書きで私を怒りはしなかったけど

「いえ、すみません。私は大丈夫なので」

 恥ずかしくて最後の方は少し声が小さくなってしまった。いつもと違う私の顔を心配してか授業中にも関わらず覗き込んでから

「無理はしないでくださいね」

 と、優しく囁いてから黒板に再び向かい授業が再開される。クラスの何人かも、そんな私に顔を向けてるけど咄嗟に作った引き攣りそうな顔を必死に誤魔化した笑顔をにこりと向けると慌てて顔を逸らされた。その逸らした人の多くが男の人ばかりなのは気になるけど。

 流石に今のは無理があったかも。

 最近増えてきた視線に少しだけ自信がなくなる。優等生って皆に思ってもらえる様に振舞ってきたけど、お姉ちゃんみたいに出来ない。弟君弟君って義春さんの前だとアレなお姉ちゃんだけど、優等生なのは本当の事だし、それは周りも認めてる事。

 上手くいかないなぁ。

 そんな風に振舞える程私は器用じゃないし、自分の気持ちを素直に言える訳でもない。だから自分で出来る事を精一杯見えを張って奇麗に見せて来たけど

 やっぱり私には無理なのかも。

 猫を被る事自体自分でもあまり上手だとは思ってない。だから勉強もしたし、話し方だったり仕草だって気をつけて―――

 そんなネガティブ思考の流れを自分の頬をペチっと軽く叩いて飛ばす。後ろの席の子には不思議な顔をされたかもしれないけど、もう今更だと諦めた。

 おじいちゃんみたいに「かったるい」なんて言ってられない。

 普段、特にお姉ちゃんの前で口癖みたいに呟くそれは一種の意趣返しで、ただの見栄なのかもしれない、そんな呪文。その言葉は子供の頃に覚えた一つの鎧。
かったるいって言えば怠けてる様に見てもらえる、そんな魔法を皆に掛ける不思議な言葉。努力してない様に見えるだけでお姉ちゃんと同じ頭の良い子って思ってもらえる魔法の言葉。

 だけど今はそんな魔法の言葉を使えない。だって本当の優等生はそんな事を学校で言わないから。家族の前だけの魔法の言葉。

 だからこれ以上の事は家に帰ってから時間を掛けてゆっくり考える。不器用な私なりのやり方で。

 さっき失敗した分を取り戻すために箇条書きで半分以上埋まったノートのページを一枚捲って新しいページにしようとノートを見るけど意識が全然授業に向かない。

 まぁ第一もう授業の半分以上過ぎているのにこれから書くのも微妙な気がするし、なんて言い訳まで勝手に浮かぶ始末。

 実際、普段からしっかり授業を聞いてるし、今日一日分ぐらい友達にノートでも借りればどうにかなるのだけど。

 どうしよ。

 カチカチとシャーペンの芯を出しては机にそれを押し付けては戻してを繰り返す。

 もうこんな状態なら保健室で過ごすか、家に帰った方が良いのだけど、体裁としては微妙かなぁなんて考えると悩んでしまう。そのまま何気なくノートの隅に雪村義春と書き込み

 そうだよ、これもそれも全部義春さんが悪い。

 結局今日の失敗の多くの原因はその人が倒れたりしたからいけない事に気付いた。っと言うより朝の自分の状態に戻ったとも言うけど。

 その元凶である人物の名前を書いたノートをそのまま見返すと。

 ふえ!?

 朝書いた箇条書きの中に朝倉義春と書いてるのに気付いて慌てて黒く塗りつぶす。

 な、何してるんだろ本当に。

 本当に自分のお兄ちゃんだったらそうなってたのかなぁとか考えた事は何度もあるけど、それはあくまで想像で。

 はぁ

 また出た溜め息と一緒にそっと塗りつぶした文字を消す。

 昔はずっとお兄ちゃんだと思ってた。初めて会った場所が病院でも、呼び方がお兄ちゃんじゃなくたって。毎日毎日お姉ちゃんと一緒に会いに行くうちにこの人も家族なんだって。私の話を何でも聞いてくれて、何でも答えてくれて。

 義春さんと会うまでずっと寂しかった。お姉ちゃんとはあんまり話をしなかったし、お母さんの事があってから余計に一人の時間が増えて。

 そんな時出会った義春さんは私にとって特別だった。家族よりも家族だって思える程。

 家族じゃないって気付いた時も別に今までと変わらないって。これからもずっと、そんな風に思ってたのに。

 思ってたのに私から距離作っちゃって。

 無意識に雪村由夢と書いていた文字を見て、また崩れそうになった自分の表情に机に突っ伏すしかない。

 あぁもう本当に私の馬鹿。

 それでも名前を書いては消して消しては書いてと何度繰り返す。そのせいでノートに雪村義春の4文字が跡になって残っちゃったし。

「あぁもう!」

 猫を被るなんて言葉さえ忘れてノートに書いた文字をぐしゃぐしゃと乱暴に黒く塗りつぶした。

「えっと、どうかしましたか朝倉さん」

「あぅ、あの、その、なんでも……ないです」

 心で思ってた事を口で言ってしまったらしい。顔が赤くなってるのは間違いない。

 あぁでもお姉ちゃんと義春さんが結婚したら

 そこまで考えた所で何故か思考が止まる。

 あれ?

 義春さんは憧れの人で兄妹みたいな人、それ以上でもそれ以下でもない。うん、それは間違いないよね。

 お姉ちゃんの気持ちをずっと知ってる。だから私がそれ以上の感情を持つなんて有り得ない。

 杏お姉ちゃんに、義春さんをお兄ちゃんって呼んでいいのは私だけって杏お姉ちゃんに昔怒られたから本当の自分のお兄さんになってお兄ちゃんって呼ぶ事に忌避感があるだけだよね。

 ってまた私は。

 最初考えてた事からもどん離れている事に気付いてまた凹む。もう授業もどうでもよくなってきた。この授業も気付けばあと残り15分しかないし。

 勉強道具をそっと片付け

 今日は帰りに義春さんの様子見に行こ……。

 そう思いながら何気なく校庭を見ると。

「え、何で!?」

「あ、朝倉さん?」

 普段と違い過ぎる私に驚いてる先生を余所に

「すみません、体調が悪いのでやっぱり保健室に行って来ます!」

 そう元気に言い放ち私は走って外に向かう。

「は、はい、気をつけて」

 そんな頓痴気な返事を聞き流しながら。









第14話

「妹が準備してくれた料理、それが例え……うぐっ…………」








 走って校庭へ向かう。

 本当にあの人は……

 それ以上の言葉は出ない。どうして自分の事をもっと、とか、実は馬鹿なんじゃないの?とか、えぇ、考えてませんとも。

 何だか腹が立ってきた。

 お姉ちゃんと杏お姉ちゃんにあんなに心配かけてるくせに何やってるんですか。

 違う事を思い浮かべようとしても上手くいかない。いくら義春さんの事だからと我慢しようとしても文句ばかり出てしまう。

 まったく。

 それでもその一言で許してしまいたくなるのもあの人だからと言えるけど。

 そんな事ばかり考えていたからか足に自然と力が入る。

 とりあえずお姉ちゃん達に見つかる前に

 そのタイミングで

「わぷっ」

「おっと」

 そのままの勢いで誰かにぶつかった。早く会わないと、って気持ちばかり先立って、曲がり角に注意を払ってなかったせいだけど。

「あぅ」

 ぶつかった衝撃で私は目を瞑ってしまって相手の顔を見れなかったけど、倒れそうになった私の手をとっさに取ってくれたらしい。体が傾いた状態で止まってるのが分かる。だからホッとし目を開けた所で

「よっと」

「はわっ!?」

 引っ張られた勢いでその人の胸元に。

 び、びっくりしたー!

 ドキドキと自分の心臓が鳴ってるのが聞こえる。今、目の前にはYシャツの白一色しか見えないけど、一瞬見えた顔と匂いで間違いなく人物が特定できた。

 ど、どどど、どうしようっ、えっと何言おうとしてたんだっけ!?

 そのせいで余計にパニックになってしまって動けないのだけど

「大丈夫か?」

「は、はい」

 ぶつかった人物、義春さんが心配そうに声をかけてくれる。それだけで何となく安心出来るのは子供の頃からお世話になってるからだと思うけど

 落ち着け、落ち着け私。

 今日は本当にいつもの自分と違うみたいで思考が固まらない。そのまま息を大きく吸ってみるとちょっと落ち着けたんだけど

「はふぅ……」

「えっと、あー本当に大丈夫か?」

 何故かさっきと比べ、心配って言うより困った様な声が頭の上から

 あれ?

「はぃ!?」

 そこでやっと自分がどんな状態か気付く。

 だだだ、抱き、抱き

 あわわ!っと慌てて離れようとして

「あ」

 自分の足が絡まって尻餅をついてしまった。

「はは、何やってんるんだ」

 その言葉にムッとしながら見上げるけど義春さんが笑顔で手を伸ばしてくれてるからばつが悪い。こんな情けない姿を見られて恥ずかしいのもあって、私はその手を取らずに一人で立ち上がる。

 そう、私は優等生なんだから冷静に、冷静に。

「そ、そんな事より何で学校に来てるんですか!」

 全然冷静に答えられなかった。

 何もなかったかの様には振舞ったけど、とっさに出た強引過ぎる自分の言葉のせいで色々と台無し。この人の前だといつも上手く自分を見繕えない。結局この事を言いたかったので問題ないと言えば問題ないのだけど、それでもクラスにいる時みたいな優等生な自分を見せたかったって言うのも本当で

「あーもう快調だし、家だと暇で」

 こういう風にいつもと変わらない態度を見せられるとガックリと肩透かしを食わされた気分になる。

「大丈夫大丈夫って、いつもそれで心配かけてるんですから言われた日まで家で大人しくしててください!」

 だからそんな気持ちまで混ざって強く言葉に出てしまったけど、これもやっぱり本音だから仕方がない。うん、仕方ない。

「でも」

「でもじゃないです!杏お姉ちゃんに見つかったらどうせ同じ事になるんですから素直に帰りますよ」

 だからコレも仕方ない。私が一緒についてでも行かないと何処に行くか分かったもんじゃないから。

「えっと、もしかして」

「勿論付いて行きます」

 さて、まずは水越先生に早退届を出してもらわないと。









 保健室に無理やり義春さんを引きずって、もとい、引き連れると

「またお前は」

 溜め息混じりに水越先生が頭痛を抑えるかの様に頭を押さえて呆れられる所から始まった。また、という言葉につい私も頷いてしまうのを止められないけど。

「どうしてじっとしてられないんだ」

「どうしてって言われましても」

 すごく嫌そうな顔をして保健室に行きたがらないと思ったら、こう言われると分かってたからみたいだ。

 賛同しか得られない事しか言われて無いのに義春さんは不貞腐れたような顔で言葉を返そうとするが

「言い訳しない、前からいつもいつもいつもいつも問題ばかり起こして。この間だって杉並と一緒になって」

「いや、それは今関係な」

「黙りなさい」

 もう容赦がなった。水越先生が今までの不満の全部をぶつけているだけにも見えるけど、どこか楽しそうに見えるから不思議。個人的にも普段見ない義春さんの姿に色々思うところもあって止めることが出来ないんだけど。
何より

「一昨年の体育祭は『誰かさん』達が盛り上げ過ぎて保健室がパンクした事をきっかけに対策してた筈なのにも関わらず、「誰かさん」達が揃いも揃ってはしゃいだせいで前回の体育祭で保健室はどうなったか覚えてるかしら?」

「すみません」

「去年って言えば、一年の男子数人が急に『誰かさん』の妹にはもうちょっかい出さない、みたいな事を文脈も何も無い言葉でぶつぶつ呟きながら職員室を掃除して去って行った訳だけど」

「ごめんなさい」

「そういえば最近にも」

「もう勘弁してください」

 そろそろ家に帰らせて休ませるべきじゃないかと口を挿みたいけど、過去の話が気になりすぎて中々切り出せない。本当に知らない事ばかりで、いったいこの人は今まで何やってたんだって感じでもあるけど、最初に言ってた元気って言葉は信じれそうなやり取りにちょっとだけ口が綻ぶ。誰かさんって部分を強調しながら話す水越先生の表情も言葉と異なって柔らかく、義春さんの元気な姿に安心してるって気持ちが伝わってるから余計に申し訳なさそうに小さくなってる。そんな義春さんをもうちょっと見たいって言うのもあって、まだ傍観してる事に。

 たじたじの義春さんちょっと可愛いし。

 もう何年もお世話になってた人に失礼かもしれないけど、私にとってはやっぱり何でも出来る憧れのお兄さんってイメージが大きかった分距離が遠く感じてた。だけど今の義春さんは前よりも身近に感じられてついそんな事を思ってしまう。

 お姉ちゃんは知ってるのかな。

 まぁ例え知ってたからどうこうって事はないんだけど、義春さんの事を考えてると自然とお姉ちゃんの事が浮かんでくる。お姉ちゃんと比べても何の意味もないのに。私よりずっと何でも出来るお姉ちゃんに対してのコンプレックスなんて前から……

 なんて、ね。

 自嘲気味になりかけた思考を目の前の二人に向けて打ち消す。むしろ、何でこんな事を考えたのか気付けることなく次の言葉に意識が向いたとも言うけど

「まぁここまで言っておいてアレだけど、前にも一度同じ事が遭ったんだから数日ぐらい安静にしなさい。学園長も」

 その聞き逃せない言葉が出てきてすぐ私の体は自然に一歩前に出ていた。だって過去にあった事の多くは聞いてもいないのにお姉ちゃんが話してくるから殆ど知ってると思ってたし。

 倒れた、って事?

 寒気に似た何かを感じ思わず私は話しに入り込んでいた。数時間前は同じ寝る事に対して共感を感じれるだけの余裕があったけど、頻繁にそんな事があるなら話が変わってくる。

 今回が偶々じゃない?

「あの、すみません、前にも同じ事ってどういう……」

 その事実を確かめる為に割り込む形で話に入る私に先生は、あちゃー!みたいな顔を手で覆い。

「あー」

 水越先生が間の抜けた声を出した後、慌ててゴホンッとワザとらしく咳を一つ。私の事を忘れられてたっぽい空気もその一言で誤魔化す事にしたらしい。先生としてどうなんだろう、なんて突っ込む余裕もない程食いつく私から目を離した先生は義春さんの方を向くと

「悪い、言い方が良くなかったな」

 いつもの淡々とした言い方で訂正した。普段の先生が私の質問に対してすぐ、その言葉を言ったなら私に本当の事か判断出来なかったと思う、だけど今の先生はどっから見ても嘘の下手な大人だった。

「とりあえずあんな事があったばかりなんだし数日ぐらい安静にしなさいって話だ」

 今起こった事そのものをなかった事にしたらしいけどもう遅い。この前倒れた事を含めて、(水越先生の知る)義春さんの家族以外に対して態々話す事じゃないと判断したみたいだけど、私にっとって義春さんは―――

「うっ」

 聞いてない、お姉ちゃん達からも何もっ

 先生と同じ様に困った声を出した義春さんを睨む様に見つめる。もう過ぎた事と言われればそれまでの事だけど、それを言われたとしても納得なんて出来ない。それに、義春さんからも家族みたいな存在だと思ってくれてると思ってただけに悲しさで涙が出そうになる。

 そんな私に慌てた様子で

「だってホラ、言ったら色々、な」

 なんて、全然説明になってない言葉を発した。勿論それで睨むのを止めるつもりはないし、今回皆がどれだけ心配したか知らないなんて言わせない。むしろ、そんな事言われたら怒りしか湧いてこないと思う。

 もう大丈夫って言われてても朝からあんなに心配してたのに、そんな説明って、ない。

 家族で知らなかったのが私だけだったらって考えるだけでショックを隠しきれそうにない。

「説明してください」

 少し震えた声は悲しさからか、怒りからかは自分でも判断できないけど真っ直ぐ義春さんの顔を見る。

「そんな言う程大げさな事じゃないんだけどな」

 けど、その私の言葉を聞いた後も義春さんはまだ悩んでる様な、困った雰囲気の声を出している。その一言で、さっきの言葉はやっぱり本当だったんだなって思ってしまうのだけど

「それで?」

 それよりも続きを、と促すだけの言葉の筈なのに口調が強くなってしまう。そんな私と義春さんに見兼ねてか

「そういえば何か用があったんじゃないのか?」

 水越先生が話を変えよと話しかけて来る。

 その言葉に、あっ、と小さく言葉が漏れた後ゆっくりと先生に顔を向けて

「その、えっと、早退したいと思いまして」

 どうにか、しどろもどろになりつつも答えた私だったけど、苦笑する先生を見てすぐ恥ずかしくなって俯いてしまう。

 先生の事を忘れてしまってた私は、さっきの水越先生の事を言えない。しかも詰め寄る様に義春さんに近づいてた事を思い出して慌てて離れ、コホンッと一つ付いて誤魔化そうとしまった事で余計に。

 そんな私の姿にまた苦笑を浮かべられて、つい義春さんの方を恨めしげに視線を投げてしまう。

 あれもこれも全部義春さんが悪いのに。

 先生と同じ誤魔化し方をしてる時点で自分も十分残念な感じだけど、そう思わずにはいられない。

 いつもの様にいかないって朝から思ってたのに

 近くにいたのに途中先生を無視した形になってるのに気付かないなんて普段なら本当にありえないのに、って自分に言い訳しか出来ない。

 こんな筈じゃなかったのに。

 朝心配してた義春さんが学校に来てるのを偶々見つけたから、お姉ちゃん達に見つかる前に家へ無理にでも帰す。ちょっと小言でも言いながら二人で。それだけだったのに。

 何してるんだろ私。

 義春さんの前で同じ失敗した事にへこむって言うより、一人だけ勝手に騒いでる様で何だかしょんぼりとした気分になってきた。

「具合でも」

 先生もそこまで言って言葉を止める、まぁさっきのやり取りを見る限りじゃどこも悪い所はなさそうだから仕方ないけど。

 そんな先生に私も体調が悪いなんて言えず

「その、雪村さんが心配で、家まで連れて帰ろうと思ったので早退したいと思いまして」

 そのまま答えている自分がいた。

「こいつがいたから早退したいって」

 こめかみを片手で押さえながら言う水越先生は本当に申し訳ないけど

「お願いします」

 それしか私には言えない。

「まぁ街中でフラフラされるよりましか」

 普段義春さんにかまってばかりのお姉ちゃんが前例としているせいで、朝倉家が義春さん担当みたいな目でこれから水越先生に見られる可能性があるのは釈然としないけど

「ありがとうございます」

 それでも今日はそれも良いって思える自分がいた。










 水越先生から早退届を出してもらって直ぐに学校を出たけど会話が続かない。昔はこんな事悩む事もなかったし考える事でもなかったのに、今は思うように言葉が出ずにいる。前にも倒れたって事も聞きたいけど、出るのは全然関係ない言葉ばかりで、寄り道もせず真っ直ぐ向かったから家まで後わずか。

 どうしよう。

 何も浮かばず家までの距離ばかり縮まっていくのが私を追い詰めていくようで余計に言葉が出なくなる。一歩一歩がどんどん遅くなる私に合わせてゆっくり歩いてくれてた事に気付いたのはもう家の見えた時で

「その」

「ん?」

 咄嗟に出た言葉で義春さんを止めた。何も思いつく前に。だから咄嗟に出た言葉に自分で驚いた。

「ご、ご飯作ります!義春さん休まないといけないですし」

 だからそう、コレはちょっとした事故で

「え゛っ!?」

 嫌そうな顔をした義春さんの顔は見なかった事にした。何か言ってるけど聞こえない。

 そう、きっと私は元気な義春さんを見てホッとしてたんだと思う。周りの皆が大丈夫って言ってても、本人がどんなに大丈夫って言ってても、直接元気な姿を見れるのはやっぱり違うから。だから今日はこんな事を。

 まぁ料理をする提案は勝手に口から出ていたって感じだけど、よく考えたらこれはチャンスな気がしてきたし。自分が少し、ほんの少~し料理が苦手なのは認めるけど、クリパから密かに練習してたから大丈夫。多分。きっと。

 何かあったら話す切っ掛けにもなるし。

 そう考えると気持ちが軽くなる。ちょっとでも上手く出来るようにと料理し慣れた自分の家向かうと義春さんは諦めたようにうな垂れて付いて来る。けど、それも見なかった事に。色々聞ける機会が増えたって思えばなんのその。

 そういえば義春さんがうちに来るのっていつぶりだったっけ?

 私達がさくらさんの家にお邪魔する事は多いけど、義春さんがうちに来る事は少ない気がする。逆に、行き過ぎって感じでもあるけど。

 家の中に入ると落ち着かないのかキョロキョロする義春さんに椅子を勧めてさっそくキッチンへ。

「ん?」

 向かった後すぐ聞こえる足音に振り返ると何故か義春さんが慌てて付いてきていた。

「いや、当たり前のように首傾げられても困るんだけど!?」

「あ、まだ作る料理言ってませんでしたね」

「そういう問題じゃ」

「肉じゃがには自信があるんです」

「……」

 顔を逸らされた。

 料理と言ったら肉じゃが、なんて言ったら古いって友達には言われたけど、やっぱりこれは外せない。練習用にと多めに買った材料がまだ残ってるし、何よりこれしか練習してない。

「この前はちょっと失敗しちゃいましたけど、今回は大丈夫です」

 クリパでおにぎりを作った時はアレンジに色々したのがいけなかった。普通に作ろうと思えば私だって……練習で作ろうとした肉じゃがはまだ完成した事ないけど。

「ま、まぁ横で見てるし大丈……とりあえず怪我しない事だけ気をつけてくれれば」

「料理の基本は「さしすせそ」 砂糖に醤油、酢に」

「ちょっと待て!何でもう醤油が出てくるんだ!?」

「あれ?醤油の「し」じゃ」

「じゃ、じゃあ聞くけど「さしすせそ」の「せ」は何だ?」

「……大丈夫です、そんな事知らなくても肉じゃがは作れます」

 余計な事は言わない方がいいみたい。ちょっと料理出来る感じを出したかったんだけど失敗。

「ほら、必要なのは醤油と砂糖、あと、えっと」

「みりんか?」

「それです、それさえ分かってたら簡単に作れます」

 あれ?何で義春さんは頭を抱えてるんだろう。

「と、とりあえず料理をしますから義春さんは椅子に座って待ってて下さい」

「今のを聞いて座って待ってるは不安なんだけど!?」

 ちょっとみりんが出てこなかっただけなのに失礼な。ちゃんと料理の本まで買って勉強したんだから大丈夫なのに。

「病み上がりなんですからちゃんと休んでないと駄目です」

「いや、もう本当に大丈夫だから!むしろ料理を代わりにしたいぐらいに」

 ここまで必死にされると逆に怪しい

「それじゃあ本末転倒なんですけど」

 あ、でも

「―に関わる事なんだけど」

 小さく呟かれた言葉に首を傾げる。二人で料理もいいかも?って考えちゃってたせいでちゃんと聞き取れなかった。

 男の沽券に関わるって言ったのかな?何だか自分で料理したいって空気がすごいし。普通に料理は女の人がってイメージがあるけど雪村家は違うのかな?なんて思いつつ

「うーん、そこまで言われるなら。まぁ二人でって事でなら」

 これなら義春さんに何かあっても、すぐに何かしてあげられる。それに、ちょっと作る時不安な所もあるし。

 義春さんはホッとした様に頷いて

「うん、まぁそれなら色々教られるし丁度いいかもな、前に教えるって言ってからこういう機会もなかったし」

 そう言ってくれた。二人で料理なんて子供の頃以来で少し緊張する。だけど、それ以上にクリパの時言ってくれた事を覚えてれくれてた事に喜ぶ自分の方が大きかったみたいで

「はいっ!じゃあ頑張って作りましょう」

 なんて元気よく頷いて小さくちからこぶを作ってしまった。すぐ恥ずかしくなってその手を後ろに隠したけど、それが昔の私達のやり取りみたいで思わず笑みが零れる。

 と、とりあえず立ったままなのもアレだから、ジャガイモを洗ってまな板の上に乗せて

「じゃあ由夢、俺は最初に何を、って!何で包丁両手で構えてるんだ!?」

「まず下ごしらえにジャガイモを切ろうと思ったので」

「違う!持ち方の問題だ!」

 いきなり注意された。片手だと少し重いから両手でって思ったけど駄目だったらしい。ちゃんとした持ち方を教えてもらったのはいいけど結局ピーラーを渡されて皮むき仕事に。

 ま、まぁそういう事も偶にはあるよね。そんな事より味付けが肝心だし。

 その皮むきも気付けば半分以上義春さんがやっちゃったけど、それは今までの経験の差って事で諦める。

 私の本番は此処からです。

 下ごしらえが終わり順調に調理が進んで味付けの段階になる。さっきの失敗もあって挽回しなければ、と味付けの為に調味料へ手を伸ばし鍋の中へササッと

「あっ!さ、砂糖と塩間違えてしまいました」

「なんて古典的なっ!?」

 恐れおののいていた。失礼な。いや、実際に間違ったけど

「だ、大丈夫です。砂糖を入れれば中和されて」

「中和!?」

 なんてやり取りがあったりと賑やかに料理は進んだ。何回か落ち込む様な失敗もあったけど、話す事に悩んでた自分が馬鹿みたいに思える程色々話しながら。

 楽しかった。

 作るのに時間がかかったのもあって出来上がったのはお姉ちゃんが帰ってからになってしまったけど。これ由夢ちゃんが作ったの!?なんて驚いた顔が面白くって義春さんと二人で声を出して笑ったりもした。

 嬉しかった。

 杏お姉ちゃんにちゃんと家で休んでなかった事を二人で怒られたりなんかもあった。

 これからも

 聞けなかった前に倒れた時の話を三人で問い詰めたりして三人で怒ったりもした。怒りながら一人でホッとしながら。

 ずっとこんな日々が続けばいいのに。

 出来上がった肉じゃがは少ししょっぱくて、ジャガイモの形は色々だったけど

「うん、おいしい」

 自然と言葉が漏れて皆笑顔になって、さくらさんが帰って来たら食べさせてあげようってまた笑って

 ずっと、このまま

 楽しくって嬉しかった今日、私が見た夢は何故か―――



[17557] 15話(修正のみ)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:2ed99f08
Date: 2012/04/20 00:11
「なぁなぁ、この子可愛くね?」

「俺はどっちかと言えばこっちの方が好みだな」

「ふむ、渉は巨乳派で雪村はおとなしめが好みか」

 俺の部屋で男三人むさ苦しい事この上ない状況。呼び辛い事がある訳でもなく、広さにも問題ないのでよく遊びに来ている二人だが、なんと言っても華がない。しかも三人で同じ事をしている訳ではなく、渉はグラビア雑誌を見ながらあーだこうだ言い、杉並は大きな何かを作っており、俺は休んだ分のノートを写している。ただ、さっきから頻繁に渉が俺達に話を振ってくるせいで全然進んでいないのだけど。

「うるせぇ、こういうのは男のロマンなんだよ」

「俺は別に大きさで選んだ訳じゃないけどな、そんな杉並はどんなのが好みなんだ?」

「俺は断然UMA派だ、謎が多い程魅力的だとはまさに彼女を指して作られた言葉だろう」

「いやいやいや、そもそもそれ人じゃねぇし」

「はっはっは、そう褒めるな」

 こんな話で盛り上がれるのも男だけだからだが、この類の話をしている所を妹には絶対に見られたくない。色々怖いし。杏は友達と出かけているからその心配はないのだが、雪村家での集りだ、少しだけ注意はする。さくらさんの家だとお隣さんが来ないとも限らないし。だからと言って、最初からこんな話をしようと思ってた訳でもない。そして杉並の作業スペース確保が大きな理由って訳でも、多分、ない。
今回俺の家に集ったのは単純に俺の安静維持の為って事になっている。既に医者によるストップはなくなっていて、妹含む女性人によって家にいて欲しいってお願いなのだけど。
 別に外に用がある訳じゃないので二人を家に人を呼んでこうなった。そういう話。

「まぁ杉並らしいっちゃ、らしいけどよ。それより義春、お前の部屋にこういった本全然見当たんなかったんだけど」

 今手に持ってる本を振りながら聞く渉に苦笑を一つ。その本は渉が自ら持参した本なのだが、なぜここに持って来たかは未だに分からない。

 そして、作業の邪魔がしたいだけなんじゃないかと思えるほど話しかけて来る渉に、ないない、と首を振る。

 言い方からして渉はざっと見渡しただけじゃなく、知らないうちにベットの下や棚を調べてるっぽい感じがするけど。まぁ、探された所で何もないからいいけどさ。

 それ以前に

「置けるわけないだろ、妹も部屋に入って来るんだから」

 俺の部屋に鍵が付いてないのもあるけど、俺の部屋に入り浸ってる杏がいるのだ。置ける訳がない。

「なに、シスコンのお前なら」

「うるさい、変態」

 茶々を入れる杉並にチョップを入れようとしたが避けられた。

 っち。

 それに、自分の部屋だろうが、なんだろうがそんな本を買って来た所で隠せる場所もなければ隠しきれる自信もない。俺の部屋に物が少ないせいもあるけれど、毎日と言っても過言でないぐらい部屋に入る妹なのだ。それが起こしに来る時だったり音姫さんとの言い合いの後だったりと理由は様々なのだが。何より、読んでる時に妹が入ってきたら……。

「まぁ、それは……気まずいな」

 渉もその光景を想像したのか気まずい表情を浮かべている。顔を真っ赤にした杏にビンタされる俺でも見えたのだろうか。けど、そんな学校で人見知り全開な杏とは違い、俺が家で見る杏で想像するに、表情を変えず内容を全部読んでから文句を言ってくると踏んでいる。何故この種類を選んだのか、何が良いのか、兄さんは兄さんは兄さんは云々……そこまで考えて頭痛を覚えて頭を振る。そんな事にならない為に注意のし過ぎって事はないのだ。

「だろ?さくらさんの家だと音姫さんと由夢まで来るし、そういう本を持ってるなんて自殺行為なんだよ」

 どっちの想像が正しいにしても嫌な未来には違いない。一応本ではなくPCの中にデータとしていくつかは入っているが、悲しい事に現実は厳しいものなのだ。そんな俺の表情を見てか、羨ましいとばかり言う渉にも一応大変な一面が伝わってよかったけど。

「あー、でもお前にはちょうどいい罰かもな」

「何でだよ」

 そう考えてたのもあって、ブスッとした返事で聞き返すと渉は呆れたように

「だってそうだろ?妹が杏ってだけでもクラスの男子に恨まれて仕方ない状況だぜ?知ってる奴は少ないけど朝倉姉妹の隣に住み始めたとくりゃーそんぐらいの苦行は甘んじて受けるべきだろ、むしろ変わって欲しいぐらいだぜ」

 やれやれ困った奴だぜ、みたいに手の平を上に向けて首をすくめた。

 全然分かってなかった。

 学校でそう言う人達の中には、俺と杏が兄妹だと信じていない―――認めたくない―――一部の人も含めて色々言われ慣れてるけど、なんか釈然としない。釣り合いとか言うつもりはないけど

 そこまで考えた所で杉並が

「渉もそう言ってやるな、雪村もこれで普段から大変なんだぞ?可愛い妹に付いた害虫退治やら嫉妬の視線やら。なぁ雪村、シスコンは大変で」

「妹を大事にして何が悪い」

「あ、こいつ開き直りやがった」

 もう知らん。

「何度シスコンを否定しても信じないから諦めただけだ」

「何を馬鹿な事を、それをシスコンと言うのだ」

 ったく、杉並の奴のせいでクラスの連中にまでシスコンって言われてるのに。自分でも少し過保護だとは自覚しているが、これからの可能性を考えるとどうしても体が動いてしまう事がある。だけど、それを考えてもシスコンって言われるのは嫌過ぎる。

 そんな俺をからかう事ばかりの杉並も作業に飽きたのか、それともこっちの話の方が楽しいと思ったのか、持っていた物を置き結局三人で渉の持つ本を中心に囲む形になった。

 微妙に月島に似た人物のページに折り目がついているのには目を瞑ろう。

「兎に角その話はおしまいな、終わんないし。話を戻すと、本は持てないからパソコンの中に隠して……って何でこんな事言ってるんだろ俺。まぁいいけど、それも結局お前のいう音姫さんによってそれも一度は天に召されたし、学校で言われてる程いい事ばかりじゃないんだぞ?」

「んだよ、いいじゃんか、そんな事だけで音姫先輩が遊びに来る関係だろ?マジで羨ましいぜ」

「お前だって言われればいいんだよ、えっちなのはいけないと思いますって。しかも目の光をなくしてPCを初期化って流れで。しかもそれだけじゃなく正座させられたまま何時間も説教されて筋肉痛を越えて腕が上がらなくなるまで買い物につき合わさせられたり、その事で妹の買い物にまでつき合わさせられた俺みたいに」

 データの消し方が分からなかったのか他の理由なのか。一番確実で、それでいて容赦のないやり方だった。それを俺自身にさせる所なんかもう……。妹には伝わってないようでよかったが、出かけた事を自慢でもされたのか、あれこれ言われながら音姫さんの時と同じようなルートで買い物とか。もうあんなミスはしない。
余談だが、うちのダニエル(PC)は今新たなフォルダー守護の任に就いている。

「いやいや、だって音姫先輩だぜ?それでもたまんねーよ」

 そう言うと渉は持っていた本を乱暴に置き乗り出すように

「ルックス良し!成績良し!性格良し!優しくてしっかり者でその上料理もうまい!
しかも、すげーいい匂いがするんだよな~」

 完全に音姫さんの信者と化した渉に今度は俺が呆れるように首を振る。

 本当に言われてないから分からないんだ。見つかった後の苦労とか諸々。しかも熱弁する姿が本気過ぎて流石に引きそうになる。

「俺、音姫先輩の匂いでメシ三杯は軽くいけるね、これマジで」

 引いた。正直友達を見直そうと思うほどに。

 ごめん、それはないわ。

「流石にそれはない」

「うむ、やはりお前は皆とはどこか違うと思っていたが此処までの闇を抱えていたとは。流石の俺も驚きを隠せんよ」

 杉並は、とんでもない者を目覚めさせてしまったのかもしれん、とか言いながら、かいてもいない汗を拭っていた。杉並は大物だった。

「んだよ、別にいいじゃんかよ、
俺はお前と違って遠くから眺める事しかできねーんだからよ。
あー、俺も音姫先輩みたいなお姉ちゃんが欲しいよ。あーくそっ!義春やっぱてめー羨まし過ぎんぞ!」

 もう渉は誰にも止められない所まで行ってしまったらしい。自分の言葉で更に興奮し始めた渉を俺と杉並は生暖かい目で見るしかない。

「渉、大丈夫だ。きっとよくなるから、だから一緒がんばっていこうな。あ、分かってると思うけど、音姫さんに弟君って偶に呼ばれるけど別に俺の姉って訳じゃないから」

「渉、俺がいい医者を紹介するから安心しろ、傷はまだ浅い、意識を強く持つんだ。あと俺は一緒には付き添う気はない」

「ごめん渉、俺もやっぱり治るまでは付き添うのは勘弁な」

「おまっ!?俺はどこも悪くねーよ!二人してなんだよ!俺は音姫さんの一般的なイメージをだな……って、義春てめぇ!ますますいいじゃねーかよ!畜生!俺も美人姉妹のいる隣に住みてー!
家に帰ってからも音姫先輩に会えるなんて羨まし過ぎんぞお前!」

「仕方ない事ばっか言ってないで渉も一緒に勉強するか?」

「かーっ!これだから恵まれてるやつってのはっ!この恋愛ブルジョア!
妹は可愛いし隣は美人姉妹!?
いったいどんなチート行為に手を染めたんだちきしょ―!ゲームバランスはちゃんとしやがれ!」

「とりあえず落ち着けって、お茶でも持ってくるからさ」

 もうぐだぐだ。だけど男だけで騒ぐのも悪くない。

「そんな雪村は今日も朝倉姉妹と一夜を過ごす、と」

「ちょっ!」

「お前ふざけんな、どんだけ恵まれてんだよ!」

 いや、悪くないなんて言い方じゃなくて

「杉並お前適当な事言ってんじゃねぇよ!」

 少し照れくさいけど。

「くくく、こういう時ぐらいしか雪村をいじれんからな、それに晩飯は一緒に食べるのだろう?」

「おい義春、今のどういう事かはっきり聞かせろ!」

「ったく、お前らは……」

 俺のわけの分からない運命も、不思議な縁も

 悪いなんて余計に言えないじゃないか。

 楽しい、そう思える事が日に日に増えてるから困ったものだ。








―――これからどうなるか分からないのに―――










 楽しければ楽しい程、嬉しければ嬉しい程、幸せであれば幸せである程、不安が大きくなるのが嫌だった。














第15話ぐらい

『自重?何それ、おいしいの?まぁそんな事はどうでも良いから聞いてくれよ。俺の妹がな(ry』










 朝早くに起きて朝ご飯の準備をしようとした所で背後から杏の声が。

「いいから座ってて」

 あれから何日経ったと思っているのかは分からないけど、相変わらず病人扱いでせっせと料理に勤しむ妹の背中を眺めながらポツンと

 本当にどうしよう。

 手伝いに入ろうとすると怒る上に、無理に何かしようものなら普段なら有り得ない事に、音姫さんまで利用する徹底具合。むしろこの事については何か協定がされてる可能性まである。
でも正直な所、最近やる事が少な過ぎて困っている。ずっと料理してないと腕が落ちるんじゃないかって事も考えてしまうし。

 どうしたもんかなぁ。

 医者からも許可が出たのにも関わらず、料理や掃除といった家事全般をやらせてくれないせいで空いた時間をどう潰せばいいか分からない。慣れてないとも言うけど、普段やってた事が出来ないのは結構歯がゆい思いだ。そもそも全てをやってもらうって事自体居心地悪く感じるし。

 落ち着かない。

 だからってウロウロしてると怒られ、もとい、心配されて結局元のスタンスになるのは確認済み。だからと言ってずっとこのままって訳にもいかない。

 ほんと、どうしたもんかな。

 動かないせいで逆に体調を崩しそうだし、何かいい方法はないかと見渡した所で見慣れた部屋があるだけで何もいいアイデアも浮かばない。実際、全く家から出れない訳じゃないし、渉達と出かけるのも容認されているから本当に体調を崩すことはないんだけど気分の問題。最近はバイトにも少しだけとはいえ行っているから、その分家にいる時は休ませるって意味なのかもしれないけど。

 掃除の時に邪険に扱われる大黒柱に親近感が沸いてきた。

 やる事なく見るテレビで流れるニュースは今日も平和そのもの。適当にチャンネルを変えると、どこかのお祭り風景が映るがけど遠出がしたい訳でもない。

「あーそういえば杏、クリパの景品って結局なんだったんだ?」

 内緒と言われてからその話題に触れてなかったから今どうなったのか。もう使ってなくなってたりして、と、今見た内容から思い出した単語を久しぶりに出しただけなのだけれど、ガシャンッという音がキッチンから響いた。

 あれ?

 どうしたんだろ、と振り返ると杏が落としたお皿を慌てて拾い

「ごめん!兄さんちょっと待ってて!」

 その一言を残して自分の部屋へ走って行った。

「いや、別にいいけど怪我とかして」

 そこまで言った所でもういないのだけど、普段から要領のいい杏にしては珍しい。とりあえず杏がいないうちにと、既に出来上がってる料理をお皿に盛り付け、洗える物は洗っておく。

 後で何か言われるんだろうなぁ~とか思いつつも慣れたそれは凄く落ち着く。

 それにしてもあんなに慌ててどうしたんだか。あまり必死に何かをする事の少ない杏に様子を見に行こうか考えるが、どうせ自分から言ってくるか。そう思い直し、そのまま洗い物を続けていると、案の定ここから走って行った妹は戻ってきてすぐに

「に、兄さんは今日暇?」

 それに関する事に繋がるであろう内容の話をし始めた。右手に持った紙を握り締めたまま俺に聞いてくる辺り本当に焦っていたのかもしれないけど、急いで部屋に戻る程の事なのか?そう思えるような予想しか出てこない。

「あぁ、特に予定はないけど」

 洗い始めた手を止めずに答えると

「そ、それと兄さん、本当に体調は大丈夫?どこか調子悪い場所とかない?無理してない?我慢してない?」

 まくし立てられる様に質問攻めに。

 どうしたもんやら。手に持った紙からどこかのチケットだとは思うけど。

 チケットだとして、そんな心配する様な事なのだろうか。っていうか、その相手が兄でいいのかも考え物だ。

「大丈夫だって、医者からのお墨付きだし逆に沢山動きたいぐらいだよ」

 だから洗い物してる、なんて後で気付かれて怒られる事を態々言ったりしないからそのまま聞かれた事に対して答える。答えたからって一緒に行く気にもなれないんだけど。
遊園地だったら初音島にないから遠出になるのは間違いないし、それを兄妹で行くのも微妙な気がする。今月は俺のせいで妹が早くに家に帰ってきては家事やらなんやらと時間を使わせてしまってるのもあって、余計にこういうのは友達と行って楽しんできてほしいと思う。
季節はもう春なのに妹からその手の話を全然聞かないって理由と、兄離れさせないと、って意味もあるけど。

「じゃあ今日一緒に出かけ、って兄さん洗い物は私がやるって言ってたでしょ!」

 早くも気付かれた。今日は忙しい妹だ。

「洗い物も出来ないんじゃ外にも出れないって」

 苦笑しながら答えると、自分が言い出した言葉を天秤に乗せてるのか

「むぅ」

 唸り始めた。どっちに天秤が傾いたとしても

「それに手に持ってるのなんかのチケットなんだろ?俺なんか誘わずに友達と行きなって」

 そう言うから関係ないのだけど。

「駄目」

 駄目って……嫌って言わないだけ良かったと捉えるべきか、即答に嘆くべきか。

「はぁ、何が駄目なんだ?」

「だって……私は兄さんと行きたいから」

 兄離れへの道は険しく長そうだった。迷いのない妹の言葉にどうしたものかと今日何度目になるのか分からない悩みを抱えるしかない。

「そもそも何のチケットなんだ、それ?」

「映画って書いてあるけど……」

 遊園地ではなかったけどやっぱり兄妹で行く場所じゃないと思う。さっきの流れからクリパの豪華景品の一つだと思うけど

「一応聞くけど何を見るんだ?」

「……わかんない。無料ペアチケットって適当に書いてあるだけだから」

 えっ

 ちょっと見せて、と妹からチケットを見せてもらうと印刷ミスしたのか8割白色の券にボールペンで無料ぺあーと雑に書かれている。その文字の上から誰かのハンコウが押されているのだけど

「そもそもコレ使えるのか?」

 それである。一応チケット自体はちゃんとした物だが書いてある内容が酷い。どう考えても映画館で返品される一品。

「なんか景品用にって生徒会長が映画館の人に無理言って何枚か作ってもらったって副会長が」

 なんだかとてもかわいそうな内容だった。無理言ったってあたりは副会長さんからの客観的意見だと思うけど。

 磯鷲先輩、無茶苦茶な事言ったんだろうなぁ。

 副会長がオブラートに包み込めず無理って言葉を使うぐらいだ。凄く使いたくないチケットにシフトした。これを作ってくれた人に無条件で恨まれそうで余計に。

「まぁそれは、いい」

 そう言わないと話が進まないから不承不承認める。

「それは良いとしても、やっぱり映画を兄妹で見ても微妙じゃないか?」

 二人並び無言で映画鑑賞とか家でDVD見るのと変わらない気がするし。むしろ周りに気を使わないで雑談出来る分家の方がいい気さえする。今どんな映画がやってるかは知らないけど

「微妙じゃない、兄妹で映画見に行ったって普通だよ?」

 何を当たり前の事を、みたいな顔で言われても困る。

「って言われてもなぁ」

 だから渋る言葉が漏れたのだが

「むぅー」

 頬を膨らませ袖をぐい、ぐいっと引っ張る杏に

「はぁ」

 溜め息一つ。

 まぁ絶対に行きたくないって訳じゃないし、一緒に行けば今みたいに体調を過剰に心配しなくなるか

「それじゃあ帰りは商店街で買い物な、最近おっちゃん達の所に買いに行ってなかったし、杏にも会いたがってたしな。それでいいなら見に行こう」

 そう考え、条件付で行く事に。杏にとってもまずは人見知り解消からって思えば悪くない。

「うっ」

 怯んだ杏に追い討ちをかけるように

「勿論買うのも杏だからな」

 一言付け加える。

 妹はお店の人に話しかけられるのを嫌って商店街に一人で行きたがらない。話しかけられるのは、そこにおばあちゃんの知り合いが多いのと、子供の頃からお世話になっていたからって理由もあるけど。色々な意味で俺達兄妹は商店街ではちょっとした有名人。
おっちゃん達の親切―――当人達曰く、ただのお節介―――には本当に感謝しているのだが、人見知りスキルがカンストしてる杏にとっては最も苦手な場所と化している。

「うぅっ」

 凄く嫌そうな顔をした杏は自分との葛藤をし始めたのかチケットと俺を交互に見て、3度程繰り返して肩を落とした。杏もおっちゃん達を嫌ってる訳じゃないのだけど何を話したらいいのか分からなくなるらしい。子供の頃の自分を知られてて恥ずかしいっていうのと知らない人からの純粋な優しさに慣れてないって言うのもあるかもしれないけど。

「が、がんばる……」

 どうやら映画が勝ったようだ。

 そんな頑張る程の事じゃないと思うけど。

 杏にとっては苦渋の選択だったようで今も表情にそれが表れている。

「それでいつ行くんだ?」

「……すぐ」

 少し考えてから答えてたのにすぐって。

「いやいやいや、まだ朝ご飯も食べてないから」

「それは今日の夜ご飯にするから大丈夫」

「そんな事言ったって商店街には行くからな」

「いじわる」

「はいはい」

 俺にとってはそっちが目的なのだから譲るわけもなく、膨れる杏の頭をぽんぽんと手で押さえながら聞き流す。まだ不満そうに妹は見上げてくるけど知らん顔。

「そういえば急いでソレ取りに行ってたけど何かあったのか?」

 話を変えようと振ったものだったけど

「……覚えてるって言うのはいつでもその事を思い出せるだけで、いつもそれを意識してるわけじゃないもん」

 何故か言い訳風の言葉を言いむくれた顔が更に悪化した。何の事だ?と考え

「あぁ、色々ごたごたしてたからチケットの事忘れてたのか、けど別に急いで取りに行かなくても」

 すぐに思い至った。確かに倒れた時期に言う予定だったとしたら忘れもするなぁなんて思いつつ。忘れないって公言してるだけに、忘れてたって事が恥ずかしかったのか顔を横に逸らして手元をもじもじと。

「だって、兄さんと早く映画行きたかったし……」

 そんな事を言うのだった。












 結局、朝ご飯を家で済ませ、杏の準備を待ってから家を出たのだが

「兄さん早く早く!」

「分かったからそんなに引っ張るなって」

 現金なもので、何が楽しいのかさっきまで膨れっ面だった杏がニコニコした妹に腕を引っ張られながら街を歩いている。ダラダラ歩く俺を急かす様な仕草はやっぱり年齢以上に幼く見える。普段学校に行く時の多くが細い三つ編みを数本作り後ろで纏める様な髪形なのだが、今日はポニーテールの様に結った髪をアップにした髪形にしており、服装もヒラヒラとしたフリルやレースの多い黒がメインな服じゃなく、ワイシャツの上から茶色のセーターにチェックのスカートという、いつもと違うんです、大人なんです。みたいな雰囲気を出していた。正確には出そうとして失敗していたって言うのが正しいのだが、妹のファッションに対するイメージだとこれが限界らしい。この身長だし、童顔な杏がロリータファッションから少し変わった服を着たぐらいじゃ無理があるのだけど。

 まぁ本人に変化があるっていうのは良い事だし。

 勿論島の中じゃ二人が兄妹だと知ってる人も多いが、それでも無邪気に振舞う妹へ集る視線は多く

「ふふふ」

 学校でもよくあるけど、周りの状況に気付いたら顔真っ赤にするんだろうなぁなんて。こうやってすぐ妹は周囲が見えなくなるのもあってほっとけない。これも俺が兄になったせいだと思うと複雑な気持ちになるけど。

 そういえば杏と映画なんていつ振りだったっけか。

 今思うと、あまり二人でどこかに遊び目的で出かける事は少なかった気がする。杏の記憶力が良くなってからは特に。子供の時は家の事も含めてやらないといけない事が多かったし、時間を作っても二人でまったりって感じで家から出ない時の方が多かったと思う。当時から人見知りな杏も家から出たがらなかったのもあって余計に。家族となるべく一緒にいたかった俺が買い物に連れ出したりしたが、それは遊びとは関係なかったし。

 かわいそうな事してたかもな。

 杏も自分から何かを欲しがる事が全くなかったし、子供二人でいける場所も限られていたので尚更。それを思えば今日は良い機会なのかもしれない。ただ遊び目的で出かけていないだけで一緒にいた時間は長いのだけど。

「そんなはしゃいでるとこけるぞ」

 登校だったり学校帰りだったり、一緒に歩く事が多くても私服で映画に行くっていうのは何かこそばゆい。

「大丈夫、大丈夫っとと」

「ほら、ちゃんと前向いて歩けって」

「はーい」

 少し躓いた杏は掴んでいた手を放し、言ったそばから目の前でくるくる回るように歩き始める。それをやれやれと言いながら付いていくけど危なっかしくてしょうがない。

 はしゃいでるなぁ。

「そうやって歩いてるとまた躓くぞ~」

「へへへ、これで大丈夫」

 そう言うとちょこちょこと移動し俺の横に来て手を握る。

 まったく。

 こんな感じで映画館へはゆっくりと、時間を掛けながら向かった。

 映画館に着いてからは特に問題は起きなかった。

 受付のお姉さんにチケットを渡したら館長さんが出てきて俺たちの顔を見てホッとされたり、見る映画がこの島をテーマにした物語で恋愛ものになったりはしたけれど。

 それよりも

 映画の内容は魔法の桜に好きな人と付き合えるように、そう願った女の子の想いと苦悩の話だったのだが

「もー最後に諦めるなんて信じられない!」

 どちらかと言えば妹の方が問題だった。

 主人公の姉が……ってそれは別にいいか。

 とりあえず映画館から出て近くの喫茶店に入ったのだが妹の不満は納まらない。席に座らせて適当にケーキと飲み物を持ってきたのだが映画のパンフを睨みつけていてケーキに手も付けていない。パンフを買う辺り結構気に入ってたのかもしれないけど。

「分かったから落ち着けって、ほら、ケーキでも食べてさ」

「むー」

 唇を突き出しながら唸る杏に少しだけばれない様に笑う。今日はそればっかりな杏を宥める一日になりそうだ。
まぁ、外で感情を強く出す杏も珍しいし、やっぱり偶には外に出るのもいいのかもなぁ、なんて暢気に考えてしまう。

「兄さん、あーん!」

 いや、それって語尾強くして言う言葉じゃないと思うんだけど

 ムッとしてるんだか間抜けな顔をしてるんだか分からない表情で口を開けて待つ杏に少し笑いながらフォークで小さく切って口に運んであげる。

「はいはい」

「あむ、にいふぁん!」

 笑ってた事に気付いた杏が文句を言おうとするが、食べながらで上手く言葉が出なかったのか、言葉が拙くなる。そんな妹にやっぱり笑みが零れてしまって

「ははは、まぁ後で聞くから、ふくっ、ちゃんと飲み込んでからな」

 話しながら笑ってしまう。杏は何か言いたそうにするがちゃんともぐもぐとしていて、それも微笑ましい。
食べ終わった頃を見計らって

「ほら」

 ケーキを差し出すと、何かを言おうとしててもちゃんと食べるから本当に餌付けしてるみたいだ。

 この後商店街に行くことなんて忘れてるんだろうなぁ。

 何度も繰り返してるうちに映画の内容なんてどうでも良くなってきたのか、なすがままに食べるようになっているし。
 そんな風に甲斐甲斐しくケーキを妹の口に運ぶ兄の噂が学校でひっそりと呟かれるようになるのはまた別の話。

 喫茶店を出る頃には機嫌も良くなっていてそのままの足で

「おい」

 真っ直ぐ家の方に向かう妹の姿が。

「んー?」

「惚けるな」

 当然許すわけもなく今度は俺が杏の腕を引っ張る番になった。やっぱり今日はやめない?とか、まだ野菜とか沢山残ってた気がする等々色々言ってるが全て聞き流す。

 そんなに嫌かねぇ。

 杏は俺と目が合うと顔を逸らして重心も下がり気味になるけど、その程度で俺が止まる訳もなく

「よう坊主、久しぶりじゃねぇか!」

「義春ちゃん、そんなおっさんの所にいないでおばちゃんの方でお肉買っていきなさいな」

「こんにちはってやっぱり坊主って言うんですね、おばちゃんもお久しぶりです」

 商店街にはすぐに着いた。俺の事を子供の頃から坊主と呼ぶ肉屋の亭主に、その向かいにある肉屋の奥さんに話しかけられるのもいつもの事。最近は杏が材料をスーパーで買ってきたり、音姫さんが買ってきたりで俺がここに来るのは久しぶりだけど、変わらずに話しかけてきてくれるのはやっぱり嬉しい。
昔から俺一人で、または妹を連れた小さな子供二人で毎日の様に買いに来ていれば色々話かけられるのも当然かもしれないけど、雪村家の事情もある程度知っているのもあって本当に昔から親切にしてもらっている。

「はっはっはっ!んなもん俺らから見りゃお前なんかずっと坊主、って珍しく嬢ちゃんまでいるじゃねぇか」

「あらあら、杏ちゃんも久しぶりじゃない」

 横並びに続く店が見え始めてすぐ杏は俺の後ろに隠れたまま背中から離れていなかったのだけど、話しかけられてびくりと体を強張らせながらゆっくり顔を出す。

「ほら、杏」

 俺が体を動かすと一緒になって動いて隠れようとするから肩を掴んで前に出してやると。

「こ、こんにちは」

 本当に小さな声でボソリと呟く様に言った。

 初めて会う訳でもないのに

 子供の頃も今と同じ様に背中にくっついてたけど、その頃の方が……いや、あまり変わってないか。おっちゃん達がお菓子で釣ろうとして失敗してたのも今じゃ懐かしい話。孫って扱いだっただけにおっちゃん達に可愛がられてたけど

 懐かない黒猫って感じだったなぁ。

 それは今も変わらず

 いや、困った黒猫に変わったかも。

「いやー見違えたな!えっらいべっぴんさんになって!」

 杏に話かけるおっちゃん。その大きな声に杏はビクッとまた体を強張らせ、それを見たおばちゃんが

「そんな大きな声を出すもんじゃないよ、杏ちゃんが怖がってるじゃないかい」

「いえ、その、えっと」

「女は度胸って言うじゃねぇか、今からそんな事言って」

「そんなんだからあんたは古いって言われんのよ」

「あの……」

「んだと!?」

「なにさ」

「うぅ……」

 そんな二人のやり取りの中心で何を話せばいいか分からずにオロオロしていた。おっちゃんとおばちゃんが言い合いになってしまい、助けを求める様に俺の顔を窺ってくるが、頑張れ、そう気持ちを込めて微笑む事に。これもいつもの事だし。

 本人達も冗談で言ってるだけですぐに話が戻るだろうし。

「そういや嬢ちゃんは何を買いに来たんだ?」

 そう思ってたそばから話が変わったので俺は何とも思わないが、コロッと態度を変えたおっちゃん達に杏は、えっ!?みたいな顔をして再び俺の方へ顔を向けて来る。おっちゃんはその視線に合わせて俺の方を向くけど

「今日は杏が買う物決めるので」

 杏に答えさせる事に。別に杏も話せない訳じゃないし、何を話していいか分からなくて言葉が出ないだけだと思うので丸投げしたんだけど

「お肉なら安くするわよ」

「折角嬢ちゃんが来たんだ、おまけを付けるぜ?」

 おっちゃん達が杏に激甘なせいで余計に杏が困っていた。しかも

「ちょっとちょっと、そっちばっかりで話してないでこっちにも寄ってちょうだいな」

「お?杏ちゃんじゃないか、久しぶりだなぁ、義春君も元気にしてたかい?」

 商店街の住人が色々な所から話しかけるせいで

「あの、えとえとっ、その、あぅ」

 目を回していた。

「ははは」

 うん、やっぱり一緒に出てきて正解だった。

 杏から出る言葉は少なく、買い物が終わるまで時間もかかったけど、それでも一人一人に対して精一杯頑張って話そうとする姿に一人満足する。

 杏はこんなにも皆から愛されていて

 恥ずかしそうに、それに応えようと一生懸命話す妹にそっと微笑む。

 こんなにも素直な子なんだから。

 俺とずっと一緒にいたせいで、俺が色々甘かったせいで大きく変わってしまった性格だけど、それでも俺に頼らなくても何でも出来る子だって。もう桜の木なんて必要ない、そう思える一面を見れてよかった。俺自身の事はまだ分からないけど、ずっと傍にいられる訳じゃない。それは今までも何度も考えた事で、桜の木とは関係なく時間が経てばそのうち必ず訪れる事。

 どっちにしても遠くない未来、あの桜の木は消さないといけない。

 あの木が何の目的で作られたかは分からないけど、さくらさんに何かあってからじゃ遅い。

 だから俺に出来る事を一つずつ。

 季節は春。ゲームでやっていた学年がもう数日と迫っていた。












おまけ1という名の続き  買いすぎた食材の行方

「あー、ご飯がおいしいのは良い事だと思うよ」

 そう言う俺の前には豪勢な料理が並んでいる。

「うん、頑張った」

 だけど量が多すぎないか?

 と、続けようと思ったけど、料理の乗ったお皿をまた一つ置き、小さな胸を張って微笑む杏にうな垂れるしかない。

 どうしてこうなった。いや、答えは分かってるけどさ。

 最近、と言うより倒れてから料理担当になった杏のレパートリーが増えてくれたのは喜ばしい事なんだけど流石にこれは

「兄さん、ちょっとこのお皿置く場所作って」

 惨状を前にして動けなくなっている俺の前にまた一つ料理が増えた。

「あ、あぁ」

 料理以外が乗っていないテーブルなのに、置く場所を必要とする光景を直視出来ない。和食に洋食、それに中華と豊かに彩られた食べ物が所狭しと並んでいるのを二人で食べるのは流石に厳しい。というか無理。
さくらさんは休日返上、学校で作業があると言っていたのでここ、雪村家にはいない。調理器具の関係で雪村家に来た事はさくらさんにも一言その旨を伝えてあるので早く終わった時は来てくれるだろうけど、食事というジャンルでは戦力外だし。

 そんな俺の葛藤にとは裏腹に、まだ何か作り途中なのかまたキッチンへ戻る杏姿に俺はそっと携帯に手を伸ばす以外の選択肢はない。

「あ、渉?もう晩御飯は食べたか?そっか、残念だな。杏の手料理一緒に……うん?別に無理しなくても。そっか、じゃあうちに来てくれ」

 勿論助けを呼ぶ為に。まだ時間も早いのもあって何人かは確保出来るとは思うけど。

「ちょっとうちに来てくれないか?そうそう、雪村家の方」

 続けて花咲も確保。

 携帯片手に増え続ける料理をもう一度見ると、杏の張り切りようが伝わって来るようで文句は言えないし実際おいしいから嬉しいんだけども。

 商店街であれよあれよとサービスやらお勧めやらを断れず猫かわいがりと言わんばかりの優しさ―――本人達曰くただのお節介―――によって増え続けた食材。それを律儀にも鮮度が落ちないうちにと、その親切に答えるかの様に料理を作り始めた杏だが。

 もう何人か呼ばないと厳しいか

 鼻歌と一緒にまだ何かを作る杏に溜め息一つ。

 由夢と一緒に作った料理が振舞われた次の日、杏が妙に張り切って料理を作り、それを褒めて―――正確にはその日も由夢が密かに一人で作った卵焼き(だからあれ程アレンジするなと)を食べた後だったから大げさに褒めて―――から料理にはまり始めたらしい。

 だから味自体は本当においしいのだけど

 並ぶ料理を再び見て、また携帯に手を伸ばす

 そういえば、渉に雪村家の方だって言ってなかったけど。

 少し考えて一応メールだけ入れておく。
そもそも、花咲以外でさくらさんの家で暮らし始めた事を知ってる人は初詣に一緒に行ったメンバーぐらいで、そのメンバーでも引っ越す理由を花咲以外多分知らない。親がいない事は仲の良いメンバーなら知ってる事だけど、詳しい事は気を使ってか、聞かれてないのもあって色々伝えていない。正直な所、楽しい話でもなければ今までと何も変わらないからいいかなぁなんて状態。
 花咲だけは幼馴染な事もあって俺の両親を唯一知っている。俺と杏が血の繋がらない兄妹かを知っているかどうかは花咲の記憶力次第だけど、確認して墓穴は掘りたくない。そういった子供の頃の話を知られているのは黒歴史を含め、色々考え所なのはまた話が別か。
 なんにしろ、引っ越してからあまり時間が過ぎてない事もあって学園長の家に住んでいるとか、朝倉家のお隣さんになったとか伝えるのは―――

 そう現実逃避をしているとまた一品が手渡された。置く場所確保……

 テーブルを一つ増やさないと駄目らしい。

 まぁ今日もまたこんな感じで杏が一人で料理をしているが、今日出かけられたんだから体大丈夫宣言で明日からは今まで通り当番制になりそうだ。当番って名前だけの肩書きじゃなく、杏もちゃんとお弁当を含め作ってくれるみたいだし。全く何もしないのは嫌だが、お弁当を作ってもらえるのは結構楽しみだったりする。

 お弁当の中身を知っているとどうも味気なく感じるし。

 最終的にテーブル二つを埋める程の量の料理が出来上がり、来てくれた皆でそれを囲んだが

「なぁ義春、すっごくうまそうなんだけどこれって」

「何も言うな」

 横でソワソワとしてる渉に首を小さく横に振る。まぁ何品かは皆に持って帰ってもらえばいっか。そういう事にした。

 冷蔵庫に入る量はとうの昔にオーバーしてるし。

「兄さん兄さん」

 その声のがした方を見ると、褒めて褒めてと言わんばかりの杏ががそこにいた。

「あぁーとりあえず作り過ぎって感じだけどおいしそうだな」

「うん、今日は新しいレシピに挑戦したから楽しみにしてて。あと料理が余ったら茜とかに持って帰ってもらう約束したから大丈夫」

 同じ事を考えてたらしい。この量じゃ当たり前か。

 それでも何日かは残り物で大丈夫そうな気がする。

 明日から俺も料理が出来るはずだったんだけどなぁ。

 そう思いながらも

「それじゃあ食べようか」

 いただきます、その言葉の後に食べた料理はどれも凄くおいしかった。










おまけ2 ここからは完全に没になった話で本編と関係ないので読まなくても問題はありません。


15話の題名は「じ、実の妹とは結婚出来ない……だと!?どうして政府は何の対策も打たないんだ!」予定でしたが、最後の一言を渉が使ってしまったので却下に。結局おまけに回ったので使ってもよかったのですが一度却下したのに使ったら負けかな?と。


「そういや隣に住むって言う前から音姫先輩や由夢ちゃんと仲良かったよな」

「まぁ訳あって小さい頃からの付き合いだしな」

「お前そんな昔から仕込んでたのか!?なんて悪質な!お前はそこまでしてモテたいのか! !」

「仕込みっておい」

「くっそー!?こんな不平等があっていいのか!?いや、あってはいけない!どうして政府は何の対策も打たないんだ!」

「とりあえず落ち着け」


 みたいな┃電柱┃ω・`)



おまけ3 集合後「花の月」へ向かった場合


 二人の女性がもじもじとして顔を落ち着きなく動かしながら

「あ、あの、ちょっといい……ですか?」

 その言葉は横に並び立つ俺と渉どっちに言った言葉なのかは視線が定まってないのでわからないけど

「フラグキター!い、いや!落ち着け、落ち着くんだ俺、選択肢は慎重に……」

「ひうっ!?」

 スタートと同時に渉は完全にゴールしていた。ある意味今の発言は究極の選択肢の中の一つとして選んだ結果なのかもしれないが。結果怯えられているのだからどうしようもない。

「渉、ヤムチャしやがって……」

 結局その女性はバイトで働いている俺に従業員のA君を呼んで欲しいって話だった訳だが……






おまけ4完全息抜きNG

「どうしたんだ急に」

 その日珍しく真面目な顔をした渉がうちへ来た。その表情に俺まで緊張が走る。

「俺、杏の事が好きになっちまったんだ」

「なっ!?」

 有り得ない一言に俺は声を失った。だってこいつは

「俺は本気なんだ!」

「だってお前月島の事」

 そう、渉はずっと月島に想いを寄せていた筈なのだ。なのにどうして

「言うな!俺だって、俺だって最初はそうだったんだ。だけど、だけど杏を見てたら」

 渉の握った拳に力が入っているのが見て分かるほど振るえている。渉の友として、杏の兄として、渉の気持ちを聞くために正面から向かい合い。

「……」

 無言で先を促す。今はまだ俺から言える事はない。その想いが本気ならば俺から言える事なんてないのだから。

「妹属性に目覚めちまったんだ! !」

「帰れっ! !」

「義春、いや、お兄さん!杏を、杏を俺にください!」

「いや、もうほんと、帰r」

「出来ればさくらさん込みで!」

「死んでくれ」

* おまけ4は勿論本編とは一切関係のない話ですw
そぉい(ノ ゚Д゚)ノ ==== ┻━━┻←作業。ってなった結果こうなっちゃいましたw




 おまけ1は15話の終わりがすっきりしちゃったので一応おまけ1という形に。読まなくても話自体は全然進んでいないので問題ないのですが……


 おまけ2と3の没理由
 入れるタイミングがなくなったといいますか……これを入れると話がまた広がって更に長くなってしまいそうなのでプロット段階で没に。たぶんちゃんと書いたら5千字近く増え(ry

長々ごめんなさい。最後まで読んで下さった皆様、おまけにまでお付き合いいただきありがとうございます。



[17557] 16話『不安』
Name: クッキー◆09fe5212 ID:d70579af
Date: 2014/03/14 19:24
 腕に違和感を覚えながら目を覚ます。

 また杏か。

 最近また増え始めた侵入者は決まって杏なのだから見る前にそう思っても仕方ない。
春休みも半ばを過ぎ、もう二週間も経てば新学期が始まる。学年が上がるに連れ、大人になるどころか逆行してそうな杏に一言言おうと横を除き見ると

「……あれ?」

 すぐ近くに見える色は金。どう見ても杏の髪の色ではない。寝ぼけてるのかと空いた手で目を擦るが、その色が変わる事もなく未だに金色の髪が見える。

「夢か」

 なんて自分でも違うと分かる冗談を言った所で誰もツッコミを入れてくれる訳もないし状況も変わらない。

 ずっと硬直しても何も進まないので恐る恐るゆっくり痺れた腕を抜き、布団と捲ると

「うにゅー寒いー」

 寒さから逃げる様に体にくっつくさくらさんがそこにいた。

 えーっと?最近疲れてるのかな。長らく行ってなかったバイトとか行きだしたし。

 現実逃避して二度寝も考えたが、流石にそういう訳にもいかない。勿論幻覚が見え始めたなんて事はなく、考えている間も相変わらずさくらさんは小さく丸まる様に腰辺りにしがみ付いている。

 あぁーどうしてこうなった。

 俺も俺で頭が動いてないのかボーっとそんな様子を見ているだけで動けない。

 そんな中、タッタッタと階段を駆け上がる音がし

「兄さん兄さん」

 しばらく後から聞こえて来たその声が、俺には死の宣告に聞こえた気がした。















16話

「あはは、違う違う。ホワイトデーって妹がチョコを受け取ってくれた事に対してお礼する日だよ。ずっと俺のターン!」
















「いやー、義春君暖かくてつい」

「もー、そんな言葉が良い訳になると思わないでください。昨日は私だって我慢したのに」

「いや、杏、お前も一昨日同じ事言ってたからな」

 何で朝ごはんも食べずにこんな事になっているのかと一時間は問ただしたい。いや、やっぱりいい。早くご飯が食べたい。

 杏の叫び声でさくらさんが覚醒したのはいいのだが、そのまま事態が収拾する訳もない。
さくらさんの暢気なおはよ~って言葉を最後まで聞くことも出来ず、杏に引きずられるような勢いで一階に連れられて今に至るのだが

「明日は杏ちゃんに譲るからさ」

「むぅ」

「むぅ、じゃないよ……、そもそも一緒に寝るってのがおかしいんだから」

 相変わらず倒れた日の事を引きずってか、保健室で水越先生の言った冗談を実行して俺が寝るまで一緒にいる。なんてものは建前で、そんな事は最初だけ。今では俺より先に俺の布団に入って俺より先に寝たり、寝ている間に深夜に忍び込んでいたり。
 俺も最初こそ心配かけたのもあってやんわりと嗜めるぐらいだったのだが、それがいけなかった。今では好きな時に潜り込んでいいって解釈になったのか馬耳東風。

 流石に毎日ではないにしても頻繁に訪れていた杏。そして昨日はさくらさんまでもが侵入とか。

「もう二人ともいい年なんだし男の布団なんかに忍び込まないでください」

 起きた時に杏が横にいると安心するとか関係なく、常識な所で当たり前の話だ。まぁそのおかげと言って良いか、近頃は薬に頼る事無くよく寝れているのだけど。

「そんな事言っちゃって~、恥ずかしがらなくていいんだよ?じゃなかった、義春君心配だし」

「兄さん分の補充、じゃなかった。そんな事言ってまた倒れたら嫌だもん」

 いや、二人とも……

「ふぅ、よし、わかった。
今後俺の部屋に入る事を禁止します。勿論さくらさんも」

「えっ!?」

「そん、な……っ!」

 大げさに戦く(おののく)二人を余所に

 さて、朝ご飯でも作るか。

 そんなこんなで、今日も芳乃家は賑やかに過ぎていく。





 お昼を過ぎ、話は平行線を辿るばかりで進まない、なんていうのは予想通りであり、結局必要最低限、最悪俺が居る時以外侵入禁止の判決を言い渡して外に出る事にした。一般的にそれを逃げるとも言うらしいが、鍵を取り付ける事態にならない事を願うばかりだ。

 それにしても

 商店街まで出ると、街中はちょっとした賑わいを見せていた。明日は俗に言うホワイトデー。バレンタイン程ではないにしろ、飾り付けされたお店の前に出された机の上にいくつもクッキーが並んでいる。中にはお正月に出した門松をまだ仕舞ってなかったのか、看板の両サイドにそれが置いてある、なんてお店や着ぐるみで接客している人もいる。活気が溢れていて男女二人で歩く姿も多く……つまり、一人きりの男性の背中が哀愁漂う日になっていた。

 帰りたい。凄く家に帰りたい。

 そういえば色々あってお礼言い忘れてた気がする、なんて思い出せる自分は恵まれた側だけど、一人で歩く姿は完全に負け組みと同じ扱いである。結局バレンタインから数日後に妹経由で沢山のチョコを渡された訳だけど、お見舞い品としてクラスメイトからの義理チョコまで増えてしまった。悪夢だと言いたくなる量になった過去を思い出し『ホワイトデーまであと①日』と日付のカウントダウンが書かれた看板を見る目が険しくなる。

 はぁ、同じ店で全員分のお返し用クッキーなんて買ったら絶対変な勘違いされるだろうしなぁ。

 嫌な想像にお店に近づきたくなくなる。心配してくれたのは嬉しいのだが、甘い物が苦手な俺にとっては一つの試練の様な心持だったのは記憶に新しい。そしてその試練はお返しと言う名の壁を乗り越えるまで終わらないのだ。むしろ「第一の試練を乗り越えた所で第二、第三の試練が」みたいなものである。クックック、奴は四天王に入れたのが不思議ぐらい弱く……

 マジで帰りたい。

 アホな事を考えてたら余計に帰りたくなってしまった。買い物をする前から精神ポイントがガリガリ磨り減っていくのが分かる。

 ほんと後半の壁高すぎ。登りきる前に力尽きそうだし。

 元々、お返しの品を買うつもりで家を出たのだから買わないなんて選択肢は一応ないのだけど

 どうしよ。

 全然足が前に動く気がしない。お返しの品が揃っていそうな場所に来た訳だけど、人の多さに心が折れそうだ。
 普段の自分ならばこの手のイベントに過剰反応する事はないのだけど、お返しの量を勘違いされる事だったり、周りに二人組みが多いって事が居心地の悪さを増加させている。

 今から家へ戻るのも微妙だしなぁ。

 既に後ろ向きになりかけている思考を切り替えようとするのだが

 バイト入れとけばよかった。

 すぐにネガティブな思考になる。それだけ憂鬱だという事だけど。
ホワイトデー直前、という事もあって店長に入るよう進められたのだが、ホワイトデーイベントに合わせて知り合いが来る可能性を考えてバイトを抜いたのだ。白河と遭遇した時のようにはならないだろうが、あんなバイトをしてるって事自体知られたくない。
それでも、お返しを買うことだけでこんな事悩むぐらいならバイトに出てキッチンにでも篭っていればよかったと思ってしまう。そうすれば期間限定で出しているデザートを持ち帰るだけで済んだのに、なんて断る前に気付きたかった事にまで気が向いてしまった。

 そんなこと今更言っても仕方がないけどさ。

 それにしても、もうあれから一月である。つい最近バレンタインだった気がしたのに、あれから丁度一ヶ月も経ったという複雑な気持ちになる。

「はぁ」

 こんな調子で時間が過ぎたらあっと言う間に一年が過ぎてしまいそうだ。

 って、やめやめ。

 分かりもしない事を考えてネガティブになってしまうのはいつもの事だが、街中を歩くカップルや親子が楽しそうにしている中、男が一人とぼとぼと歩くのもなんか情けない。だからそんな不安を表に出さない様に、その気持ちを紛らわす意味で最初に見つけたクッキーを売っていたお菓子屋に向かうと。

「お、義春君じゃん、なーんかえらく景気の悪そうな顔してんねー」

 全然隠しきれてなかったらしい。そんなすぐバレる程分かりやすいつもりもなかったんだけど暗い表情がまだ顔に出ていたらしい。もしかしたら彼女がそういう空気を読むのが得意なだけかもしれないが、苦笑を一つ目の前の女の子に顔を向ける。そこにいたのはお菓子屋のロゴの入ったエプロンを付けたクラスメイト。頻繁に話す相手ではないけど目に浮かぶ「勿論ここでクッキー買ってくれるんだよね?」という文字が透けて見える気がするのは気のせいだと信じたい。

「そんな事ないと思うんだけどね、てかここでバイトしてたんだ」

「あー違う違う、ここ実家。本当は今日彼氏といちゃいちゃする予定だったんだけどねー」

 そう溜め息をわざとらしく大きく吐き、肩を落としながら両手の平を上に向け首を振っている仕草に思わず笑ってしまう。通販なんかで見る外国人が、ヤレヤレだ、なんて言ってそうなリアクションだ。

「んで、そんな義春君は今日杏ちゃんと一緒じゃないの?」

 なんて思っていたら、もういつも通りの表情になっているからビックリする。まぁそんな事よりも

「いやいや、いつも一緒にいる訳じゃないから」

 いつどこでも俺は杏と一緒にいると思ってる人が多すぎるとは思っていたが、まさかクラスメイトでまだそう思っている人がいるとは。朝、杏が教室に来る事や、周りから聞く兄弟、姉妹に比べて仲はいいのが原因だとは思うけど。

「まぁそんな事より」

「おいおい……」

 そんな事よりって。

 話の変わる早さにまた苦笑を浮かべてしまう。

 まぁ杏の事は何度も聞かれる事だからいいんだけど

 この子も花咲と同じ人の話をあまり聞かないタイプなのかなぁなんて思うと諦めるしかない。そんな彼女はこっちの事を気にせず売っているクッキーの上で大げさに手を広げ

「今日は見ての通りホワイトデーな売り物が満開全開大放出な訳さ」

「あ、あぁ、まぁ」

「そんで目の前にはちょうどおあつらえ向きのクッキーが売っている」

 やはり最初目に浮かんでた文字は勘違いじゃなかったらしい。手を大きく広げ、机の上にある商品に目をチラっと向ける。

「ちゃっかりしてんなぁ」

 そこまで言われれば何を言いたいか分かる。いや、言われなくても分かってたけど。今日はどこかでお返しの品を買わないといけないと思っていたからちょうど良い。クラスメイトの為という言い訳も出来た訳だしここでいいや。そう思い

 どれにするかなぁ。

 と、考えているのを彼女は買うか悩んでいるように映ったようだ。ビシっと指をこちらに向け。

「ここで稼がないとデート代が厳しいのよ!女子が奢ってもらうだけの時代が終わったせいで!」

 残念な子がおる、残念な子がおるで。

 大きな声に振り向いた通行人の視線に晒されて、つい

 私の知り合いではありません!

 と言いたくなるが、残念な事にクラスメイトとしての知り合い。しかも

 それは買うか悩んでる相手に言う言葉じゃないから。

 そう突っ込まずには入られない。

「まぁ、うん、それは人それぞれでいいんじゃないかな」

 直接は言わないけど。

 とりあえずその時代が終わったかどうかは知らないが、苦笑を浮かべつつ否定も肯定もしない返事だけ返しておくが彼女の話は終わらないらしい。

 知らない人にそんな事を言われたらまずこのお店から逃げる事を考えるからね、ほんと。

 ちなみに全然関係ないが、俺は最初ぐらい格好つけたい派。ずっと付き合っていくのだから割り勘になるだろうが最初ぐらい……みたいな。妹相手にしか、しかも兄としてって形でしか格好つけられる相手がいない俺が言っても仕方ないけど。兄らしいかどうか妹がどう思ってるかはぽいっと端へ置くとして。

 とりあえず、男が奢ってなんぼって人もいるだろうから、そこは当人同士が納得してればなんだっていいと思うのだが、奢ってほしいらしい彼女の彼氏は割り勘派らしい。

 誰かと付き合うねぇ、なんかピンとこない。それどころじゃないって事もあるけど。

 そんな事を考えているうちに、彼女はヒートアップしており

「だけど私はお金がない!主にデート用の服を買っちゃたから!」

 残念な事を堂々と胸を張って言っていた。

「いや、それ全然だめじゃん。しかもそれを俺に言われても」

 ほんと、どうしようこの子、絶対店番させちゃ駄目な子だよ。

「この鬼!人でなし!」

「買わないとは言ってないからな!?」

 残念な子がおるで……。

「きゃー義春君男前、かっこいい、売ってるもの全部とか素敵!」

 鬼で人でなしはこちらのお嬢さんだったようだ。いったいいくつ此処に置いてあると思っているんだか。

「そして、義春君はお財布と言う生贄と共に私と彼の血となり肉となっておくれ」

「怖いわ!」」 

 なんて軽い冗談を挟みつつ、とりあえず適当な物を数個手に持つ。いっぱい買ってほしいって言ってる手前、俺が少し多く買ってもそのデート代とやらの為にって意味で大丈夫だろう。

 えっと、杏にさくらさん、音姫さんに由夢と、一応花咲で5つのご近所セットで大丈夫かな。クラス分はまた別の所で量の入ってる大きいのでも買うとして。

 改めて数を考えると家族含む義理チョコの数だけだけど少し恥ずかしい。他の場所に行くのもめんどくさいので一気に買ってしまえて逆によかった。これだけでも多く感じるのにクラスメイト分も一緒に買うとか難易度が高すぎる。

 なのに

「あれ?それだけ?」

 クラスメイトから出たら言葉はそれだった。

「それだけって……むしろ多い方だと思うんだけど」

 先ほどまで考えていた自分の考えとの食い違いに頭を傾げると

「え」

 逆に驚かれる始末。

 あれ?

「いや、そんな意外そうな顔されても困る……って、そっか、多い理由知ってるから関係ないのか」

 ただの考えすぎだった。何故気付かなかったのか数分前の自分に言い寄りたい気分だ。

 てか自意識過剰とか恥ずかしすぎる。

 クラスメイトの大半には義理チョコの件は知られているのだから、逆にこんな数を買うのは間違いであり

「いや、ごめん、逆になんで5個?」

 墓穴と言う穴を全力で掘っていると言う結果が残ってしまった。

 俺の為のチョコ作りに協力してくれたのは10人程いたと知っていたらしい。そのクラスメイトへのお返し用とお見舞い義理チョコへのお返しを飼うと思ってたのに5つだけしか買って行かないなんて言えば不思議にも思うのも当然だ。足りないんじゃないかって意味で

 大失敗である。ホワイトデーに返さないって選択肢はこの子の中にはないみたいだし。

「いや、家族にだったり幼馴染だったりで……」

 結果的に言い訳みたいな言い方になってしまい余計に恥ずかしい事に。本当に大失敗。後日この話がクラス中に広まると思うと頭の痛い限りである。

「あ、あはは、クラスメイトと別枠が5人もいる事にビックリしちゃったよ、いや、うん、本当に。こういうのってアニメや漫画だけじゃないんだね……」

 穴があれば入りたいとはこういう事と言わんばかりの自爆に頬が引き攣る。クラスメイトの乾いた笑みが逆に痛いし。

「ごめん、今の無し。会話のやり直しを要求する」

「いや無理だってそりゃ。んで後ろの船橋君?はいくつ買ってってくれるの?」

 再び話が飛んだ上に、今まで出てこなかった人物の名前に後ろを振り向くと、そこには俯きながら拳をぷるぷるさせる渉がいた。あと船橋じゃなくて板橋。

「義春、お前は……お前だけはなんだかんだ味方だと思ってたのに」

 そんな名前を間違えて覚えられている本人は訂正する事もせず、顔を上げると同時に俺の両肩に手を置き

「嘘……だよな。そんなの嘘だよな。嘘だと言ってくれ!」

 血の涙でも流してそうな形相で俺を揺さぶり、頭を揺らされ答えられない俺からの返事を諦め、正面のクラスメイトの顔を向けるのだが

「とりあえず船橋君、自分用に5個ぐらい買ってく?」

「よ、義春の……」

 ダッ、っという効果音が聞こえそうな速度で踵を返し、義春のばかーん、と叫びながら渉は走り去ってしまった。毎回毎回何かある事に俺の名前を叫ぶのは止めて欲しいと思いつつ

「最後に言ったのは俺じゃないんだけど」

 結局、渉の姿が見えなくなった後に呟いた言葉は本人に伝わる事はなく、今回の事を内緒にするという条件で15個ものお返し用クッキーを買わされる事となった。

 はぁ。

 無駄に大きな袋に詰められたクッキーを持ちつつ振り返ると、他の客を捕まえたのか何個も売り物を進めている彼女がいる。

 初音島の女性はどこか逞しい気がする。勿論そんな言葉に誰かを当て嵌めた訳ではないが、そう思わずにはいられなかった。













 そんなこんなで、どうにかお返しの品を手に入れることに成功し、ついでにと晩御飯の買い物へと向かっていたのだが

「つっ!」

 痛みに近い何かが頭を過ぎる。その痛みも一瞬で、頭を傾げるしかない。

「なんだ、今の」

 疲れてるのかぁ、なんて思うが、胸の奥から湧き出るような不安な気持ちが拭い去れない。今までの習慣もあって、寝不足解消って程寝れている訳ではないが、それでも以前よりはだいぶ寝れている。ストレスからの痛みって考えると否定できない所があるが

 そういう感じじゃなくて、不安というか、嫌な予感というか……。

 何かが引っかかっている感じでどうも落ち着かない。何となくこっちの方に行けばいい事がある気がする。今日宝くじを買えば当たる気がする。そんな第六感は当たったり外れたり、人にもよるだろうが、俺に当てはめるなら全然その直感が当たった試しがない。だけど

 やっぱり今日はまっすぐ帰るか。

 一瞬の出来事でここまで過剰に反応する自分にもびっくりするが、胸の中のもやもやが晴れる気がしない。

 なんなんだいったい。

 初めての感覚に、なんとなく自分の体をぺたぺたと触るが、何かがわかるわけもなく、普段と変わりない様子しかわからない。

 最近倒れて皆に心配かけたばかりだし、また体調不良とかじゃなければいいけど……。

 自分の体を触り続けるのも怪しいのですぐに止めるが

 うーん

 やっぱり原作の年ってのを意識し過ぎてるのかなぁ。

 思えば、睡眠の事だって一度失敗してからは上手く付き合って来れたのに、今年になってボロが出て、今日だって勘違いかもしれない程の僅かな痛みに対して過剰反応してる。そう考えれば、このもやもやっとした不安にも納得できる。

 別に今日買い物に行かなくても家に材料はまだあるし、こんな状態で行っても良い事はなさそうだしな。

 そう自分に言い聞かせ、今来た方へ体を戻す。

 とりあえずバレンタインのお返しをどう返すか考えないとだし。

 結局どんなに悩んだところで答えなど出るわけがなく、悩むぐらいだったら行かなければいいと結論付ける事にしてゆっくりと歩き出した。不安は消えないままに。









 そのまま家に真っ直ぐ帰ったが、自分の周りに変わった事は特になかった。帰ってきてすぐ、杏から手に持った袋へ異様な視線が注がれたり、夕食時音姫さんから変なプレッシャーを受けたり……

 うん、平常運転だな。

 嫌な平常運転があったものである。今日変わったことがなかったか杏と音姫さんにも聞いたが、何時もと変わらずって内容で一安心だったからよしとするが。

 テレビの画面でも初音島の桜景色が映されていたり、ホワイトデイの特集が映るぐらいで変わった様子もない。

 平和ってすばらしい。

「やっぱり気のせいか」

 だから自然と呟いていて、その声を聞いたさくらさんに「どうしたのー?」なんて突っ込まれてしまったが

「いえ、何でもないですよー」

 と、さらっと返す。

 心配かけるのもあれだし、相談する程の事じゃないしなぁ。まぁ今日あった頭痛や嫌な予感の事は置いておいて、雑談って感じで一応聞いてみるか。

「そういえばさくらさん、今日ってなんか変わったことありましたか?」

 そう思っての言葉だったのだが、何故かさくらさんは俺の事を見てすぐに真剣な表情になり、じっとこちらを見ている。

「えっと」

 あれ?

 さっきまでの雰囲気とはかなり違い、まださくらさんから続きの言葉は出ない。瞳を覗き込む様に近づき目を細め

「あの、さくらさん?」

 何かあったのだろうかと心配した矢先

「えいっ」

 ぐにっ。

 何故かほっぺたを引っ張られた。

「なにふるんでふか」

 もう先ほどの雰囲気は消えているけど、えいえいと上下左右にぐにぐにと。

 やっぱり何かあったのか?と疑問を抱いたところで

「お母さんに隠し事はだめなんだぞー」

 そう言って、再び上下左右にぐにぐにと。俺の驚いた顔を見て満足したのか手を離してくれたが

 やっぱりこの人には敵わないなぁ。

 お母さん流石である。

 もしかしたら考えが顔に出やすいのかもしれないが。

「えっと、じゃあちょっとだけ聞きたいんですけど、今日バレンタインのお返しを買ったあと急に不安になったというか、嫌な予感がしたというかなんていうか」

 説明しようと思うと難しい。結局は勘違いだったし、気のせいだった訳で。どう説明したものかと悩んでいるとさくらさんはキラキラした目で俺を見て

「乙女心の事なら任せて!」

 ずっごく乗り気な感じで見当違いな事を言っていた。

 うん、だよね、悩んでるのが分かっても、内容までは分からないよね!てか俺の言い方も悪かったし。

 あれじゃあ完全に恋の悩みだ。

 なんだろ、この脱力感。

 ぐだぐだ。

 そんなさくらさんの乙女心講座をBGMに

 そういえばさくらさんから何か変わったことないか聞いたときの返事聞いてないや。

 なんて事を頭の隅で思いつつ、どう勘違いを正したものかと考えていた。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.16019415855408