「お、はよ」
伏せ気味に呟いた私の言葉は僅かに震えていた。握った手も変な汗が出て気持ち悪いし、世界がグルグル回っているかの様な錯覚さえ覚える。
だって……
目の前にいる彼、雪村義春が原因だと気づいてしまったから。
一瞬だが、この人が助けてくれたんじゃ?とも考えたけどそれはない。考えるまでもなく彼は私の事を嫌っているんだから……。
そうじゃなきゃ普通あんな事言わないもん。
お店での事を思い出し胸の辺りがキリキリとする。
そもそも今の今まで彼の事を疑わなかった事自体がおかしかったのだけど、それは仕方ないと開き直るしかない。
それこそ、あんな事言われるまで話した事もなかったし、あの時の事も自分が何かしたのかって事ばかり考えちゃってたから。
今だってこんな事される理由が分からない。
本当にどうしよ。
彼もその場から動かず、視線だけを此方に何度もさ迷わせてくるのだから余計にたちが悪い。
彼は何かを言うか迷ってるのか、口を何度か開いては閉じてを繰り返していて、その度に私は身がすくむ思いになる。何を言いたいのか、何をしたいのか
大きく吐きたい息をグッと我慢し、言葉を待つしかない私は、そんな彼に気づいてない振りをしながら顔を伏せる様に顔を隠した。
もう嫌だ、何もかも全部。
この学校に入った時からこうならない様にと頑張ったのに全部無駄になった気分になる。
これじゃあ何のためにこんな力を手に入れたのか分からない。毎日毎日上辺を繕って人を騙して、自分を隠して感情を偽って。疑って探(さぐ)って楽しくない生活を続けて。
昔とは違う、そう自分で思える程頑張らないといけない日々だったけど、それでも昔みたいに辛い想いは減ったから。それだけで頑張って来れたのに。
この人のせいで……。
これは八つ当たりかもしれない、他人から見れば今まで人の心を覗いてた私への罰。お前は間違ってる、当然の報い、そう言われてる気さえする。
でもこれが私の見つけた道、やっと手に入れた方法だから
この人のせいでまた昔に戻るなんて嫌!!
ふるふると首を小さく振る。
自分でも分かってる、この力はあまり褒められるものじゃないって、これを知られればそれこそ友達を無くすって事も。
何でこんな事になっちゃったのかな。
今までやって来た事を全部否定された気分になる。此処に来てからずっと上手くいってたのに。
頭の中ではもう答えが出ている。
今までを振り返っても同じ答えしかでない。
どうすれば私は私でいられるのかな。
気持ちの準備はもう出きている。
それは何度も繰り返してきた事だから。
これからどうすればいいのかな。
もう私はそれが出来る力がある。
上手くいかなかった理由も、これからを守る為に必要な事も、今からするべき事も全部分かってる。
全部……
そう、全部この『人の記憶を、考えを覗く力』を雪村義春に使えてなかったから。
先ほどまで立っていた彼は結局言葉が浮かばなかったのか気まずそうな空気を出したまま自分の席へ戻って行くのを見てホッとしてる自分はやっぱり臆病だけど。
自分が今までしてた事が私にばれたと思ってるのかな、それとも
私にはこの力がある。一度止めたはずの悪戯を何で今日になってまたやり始めたか分からないけど、流石に私の目の前で落書きとか教科書を破いたりしないと思う。
理由を『見たい』けど彼は私を避けてるし、何より怖い。もう彼と普通に会話なんて出来ないと思う程。
クラスメートに嫌われているのは悲しいけど、早くに犯人が分かってよかった。これ以上友達を疑わなくて済むし、彼に直接触れなくても雪村義春の友達から情報を集めれば私を嫌う理由も分かる。
うんっ
今後の事考えると今までよりずっと気分が晴れた。小さな決意と共に手を握り締め
「その、先週」
急に掛けられた彼の言葉にまた体が強張った。
頭が真っ白になる。
え?何?もしかして自分は何も関係ないとか言うつもり!?
今彼が出した単語、先週はこの事が始まった日、びっくりした以上に自分の心が冷めていくのを感じる。
誰もいないこんな時間に登校した彼が、私を嫌って避けてるあの男がどの口で
「ふざけないで!」
喫茶店で感じたキリキリした感情が再び甦る。
言葉を遮られる形になった彼は驚いた様な顔のまま固まっていて、それが余計にその感情を高ぶらせる。
あぁ、これがムカつくって事なんだ。
そう冷静に判断する自分がいて
「私の気持ちなんて何も分かってないくせに!!」
彼以外に感じた事のない感情、悲しみや諦めとは違った心の動きに初めて自分をさらけ出す様に声を張り上げた。
もううんざりだよ、誰かにイジメられるのも、周りに媚びるのも、全部全部全部!!
「もうやめてよ、私が何したっていうの?」
「えっ!?い、いや、違っ!」
何の事を言ったか今気づいた、みたいな振りまでしてっ!
焦った様な、慌てた様な、そんな事実をとぼける為の顔が一層私を不機嫌にさせる。
好きで人の気持ちを読み取ってる訳じゃない、イジメられたくなくって、嫌われたくなくって、人を好きになりたいから仕方なく使ってる力なのに。
なのに使わざる負えなくしてる本人は全てがなかったかの様に気にかける振りをする。
「もう私に近づかないでっ!!」
前に同じ事を言われた。
状況も理由も全く分からないままに。
そんな彼は私の見えない所で近づいていたのだから笑えない。
自分からっ!自分から言ったのに!
抑えられない感情のまま私は叫んでいた。
あぁやだな、こんな人の前で泣くなんて
感情と一緒に流れてしまった涙を止める事は出来そうになかった。だからそれに負けない様に相手の顔を強く睨んで
「私にもう近づかないで,私も近づかないから」
あの時とは逆に私から言う、言われた事をそのまま
彼は何かを言おうとしてるが聞く耳が持てない。
泣き顔を見られるのも悔しくって、顔を伏せながら走って教室から出る。
その間際言った、彼の言葉が届くのを避ける様に。
第11話(後編)
『…………妹分が足りないっ!!!!』
「うぅ、やっちゃったぁ~」
今日は今朝の事もあって授業も出ずに保健室にいた。
後悔しても遅いけど、どう考えてもあれは白河ななかじゃない。
カーテンで区切られている空間だとはいえ、今の私も人に見せられない程ひどい状態になっている。
「あうぁ~」
頭を抱えてうめき声を上げる女の子とか……。
ありえないありえない。
あぁ、何であんな事言っちゃったんだろう。
彼に嫌われるのはもういい、けどあんな事を言ったって他の人にバレたら、それを考えるともう立ち直れなくなりそうで、つい呻いてしまう。
きっと、ずっと昔には持ってたのかもしれないけど、記憶にはもう残ってない感情に身を任せて思い切った事を言ってしまった。あの時は何も考えられない状況だったって事もあるけど思い返すと
「うぅ~」
ゴロゴロとベットの上で転がったせいで私の髪はぐちゃぐちゃになってしまってる。けどそれすら気にならない程後悔が募る。
本当に雪村義春という人の事が分からない、そんな彼に私は惑わされっぱなしで彼と関わって良い事が一つもない。
もう上手く行かない事だらけで嫌な思いばっかりしてる気がする。
先ほどのやり取りをまた思い出して枕を抱きしめる力が入ってしまう。
ああでもない、こうでもないと今後の事を考えると
あ、でも……
「あなたが犯人ですね、いじめないでください、そもそも私が何かしましたか?」
みたいに直接的でないにせよ、言いたい事を言えた気がする事に気づいた。
そういえば、いつからだったっけ、自分の気持ちを伝えられなくなったのは。
相手に嫌われない様に当たり障りの無い言葉ばかり並べて、自分の気持ちより相手を優先させて愛想を振りまいて、そんな毎日が当たり前になってて、こんなにも自分を持ってなかったなんて気づかなかった。
その代償に明日からまた悪戯をされると思うと憂鬱だけど、心の中は今までにない達成感のような、満足感のような感情もあるのに気づいた。
……そんな事思い出しても関係ないよね。
それに気づいたからといって私が変わるわけじゃない。
私はこの力を得てしまった。悪いと分かっているし、あまり使うべきじゃないって思ってる。でもそれとは関係なく自然に私の体は相手に触れていて。
もう戻れないもん。
知ってしまった。相手の考えや気持ちを知る事で得られる物の大きさを。
ちょっとした事でも、相手からどのような関心が向けられてるか気になってしまう。何を考えているか分からないのは凄く億劫で、不安になる。普段の生活に欠かせないと思えてしまう程にこの力は大きくなっていて。
「はぁ……」
色々な思いがごちゃ混ぜになったため息を誰もいないベットでそっと吐いた。
何度も同じ考えばかり考えている間に時間が経っていたのか、扉が開く音で水越先生が帰ってきた事を知った。
先生が返ってくるまで何度もゴロゴロしたシーツはしわになっちゃってたけど、それは、うん、仕方ない。寝相が悪いと思われたらいやだけど。
それよりも明日からどうしよう……今日はもう授業なんか受けられそうにないし、帰っちゃおっかなぁ。
先生が帰って来てしまい此処にい続けるのも気まずいのもあって名案に思えてきた。
とりあえず家に帰ってから考えよ。
そう考え、どう言い訳して帰ろうか考えているとカーテン越しに水越先生が
「ちょっとでも気分は落ち着いたか?」
そう尋ねてきた。
あぅ
すぐに答えようとしたけど体調が悪いと言ってここに居させてもらっているのに、気持ちに対しての質問に気まずさから黙ってしまった。
「えっと、その」
「あぁ、すまない、別に早く出て行けって言いたいんじゃないんだ。仮病と分かっててその場所使わせてるんだし」
これでも保健室を預かってるんだ。それぐらいは、ね。そう軽く笑いながら先生は言葉を続ける。
「それは別にいいんだ、いや、良くは無いけど」
ただ、カーテン越しの先生の声はなんだか一つ一つが前に聞いた時と違って何か言い辛そうな、気まずそうな空気を感じる。私の水越先生のイメージは言いたい事ははっきり言うと思っていたので余計にそう感じる。
だから今から何を言われるのか不安になってしまい
先生に触れて確認を
そんな言葉が頭を過ぎる。また私はと思いながらも抗う気もなくカーテンに手をかけ
「その、すまなかったな、本当なら私ら教師がすぐに気づくべきだったのに」
先生の言葉に手が止まる。何についての事だか考えて
まさか、とか、そんな事
と想像した事を否定して
「な、何の話ですか?」
最もシンプルな、それでいて能力があれば必要のない、質問をしていた。
だって思いついた事と言えば雪村義春が自分で自分のやった事を先生に言ったか、それとも言われたかして今までしてきた事の何かが露呈したって事ばかり、気づくって言葉で出てくる事が、私が受けていた内容を指してるとしか思えないから。
今日の朝彼がいたのは先生にその事を言ってたから?それとも……
想像だけでは何も解決しなくて、不安なままが堪らなく嫌になって掴んでいたカーテンを開けた。
先生が言いずらそうにしているこの間が辛い、能力を使えばすぐに解消されると思うと自然に手は先生に向かって行き、そこで気づいた。
その先にいた先生を見ると残念そうな、悔しそうな、悲しそうな、色々感情が混ざった様な表情を浮かべている。
「不快なことがあったのは知っているよ。それをした本人にも問い詰めたし、もう二度としないという話もした。だから今回の事はもう大丈夫だとおもうけど、その、昔君がどの様な状態だったか聞いていたのに……本当にすまなかったな……」
本当にすまなかった、そう繰り返す言葉に私は伸ばした手を引いた。それは決して先生の言葉を信じたり、考えがわかったからではなくて
え?何でこの人が謝ってるの?
むしろ分からない単語を聞いた様な、初めての感情をぶつけられた様な
「私ら、いや、私だけでもすぐ力になってあげられればよかったと後悔しているよ、普段君がどんな風に友達との付き合い方をしてるかも私は聞いてたのに」
何を言ってるんだろう。
そんな感情しか出てこない。だから
「そ、そんな先生は」
悪くないではなく、関係ないと続けようとして
「私達教師は教えることだけじゃなく、生徒を守る為にもいるんだ」
その言葉にまた出そうだった声が詰まる。まるで独白の様な始まりだったけど、それよりも、また有り得ない言葉が出てる事に自然と私の表情は硬くなる。
守る?
「先に生まれた者として知識を学ばせる、それも大事だ。
けど私は正しいことや悪いこと、それだけじゃなくて、人との付き合い方や将来を生きていく若者の糧を作る場だと思っている。ま、当然全ての教師が全てそう考えてるとは言わないけどね」
そんな事今更言われたって……
「だから勉学だけじゃなくて、人との関わりを大事にしてほしいと思っていたのに、こんな形になるまで気づかないなんて……本当にすまない」
嫌われない様にすればいいだけ、そんな場所だって私は知ってる。今までずっとそうだったもん。
「こんな事になるまで気づかなかった私が言える事じゃないが、言える事じゃないんだが、どうかこの学校を嫌いにならないでほしいんだ」
これは私個人の我侭なお願いだけど、そう水越先生は小さく付け加え
「何かあれば頼れる友達が出来る場所でもあるんだ、それが出来なかったら私達教師に頼ってくれていい」
信じられない事を言った。
思い出すだけで悲しくなる過去にその言葉を言って、本心では頼らないでと考えていた友達を知っている。何かあれば力になると言って何もしてくれなかった先生を知っている。嘘なんて当たり前で、誰かを頼るって行為は無駄だって知ってる。
そんな事したらまた嫌われちゃうよ……
助けてくれた人なんて一人もいない。ううん、何度かはあったけど結局は裏切られる。私を助けたら自分にも被害が来るって皆知るから。助けてくれた子まで私のせいで、って恨みを向けて来る。誰だって自分が一番大事だもん。それが普通の反応で、先生だから建前で言うだけで、問題が起きても何もしてくれない。それも当たり前。親が出てくれば直ぐに首になっちゃうって考えてたのも見た。誰もが面倒を起こさないでくれって内心では思ってて言葉だけ並べて。
助けてって言うぐらいだったら嫌われない様に、嫌われてたら機嫌を直してもらう方がいいもん。
私が悪くなくても噂だけで評価されて、全部私が悪い事になってた事もある。男の子に優しくすれば女の子から強く当たられて、女の子と仲良くしてても男の子を引き寄せるだけの存在。上辺だけの友達なんて要らないと思うけど、一人ぼっちは寂しいし、悲しい。
それなら人に頼らない方がいいに決まってる。私も表面だけで付き合っていけば何も問題はおきないんだから。
それに、此処で初めて私を心から想ってくれる友達、小恋に迷惑はかけたくない。まだちょっとしか話した事ないけど、そう思える子とも出会えた。
最初から私を私として見てくれた小恋。そんな小恋にも距離を置いてる私だけど、私のせいで小恋まで何かされると考えるだけで震えが止まらなくなるし、その彼女までが私から離れちゃったらもう私はこの学校で過ごしていけないと思う。
だからこそ、この能力を手に入れてからは、力になるなんて言葉を聞かなくなったし、頼らなくなった。それが私の全て。
小恋と出会えただけで私は凄いラッキーで、もうこれ以上失いたくない絆。失いたくないから距離も縮められない仲だけど。
それでもいいって心から思える。
「白河にはこんなにも心配してくれる友達がいるんだから」
こんな私だからさっきから先生の言ってる意味も、この言葉の意味も分からない。
心配してくれる友達は小恋だけだし、その彼女もクラスが違ってて。普段私は自分の事よりも小恋の事ばかり話してるから余計に心配はさせてないと思う。私が『見た』時も小恋の心配事は新しいクラスでの事だけだったし。
疑問のままに先生を見るとごそごそと白衣のポケットからレコーダーと手紙を出した。
「差出人不明のレコーダーと手紙、というか非公式新聞部とは書いてはあるんだけどね。
なんで本人に言いたくないのかは分からないけど、とりあえずこのレコーダーに入ってる今回問題になっちゃった子達と言い合ってる子と、差出人の子は白河に何も言わずに助けてくれたんだ」
まぁ言い合ってる男の子は音を取られてるのに気づいてないみたいだけど、そう続いたのだが驚きを隠せない。
……?
「書いてあったよ、白河ななかは今回の事を誰にも相談していないし、諦めてる様だって……次がいつ起きてもおかしくない内容だったから私から色々話してくれって」
タスケテクレタ?
その一言に頭がこんがらがってしまって先生の声が遠くに聞こえる。
だってそんな事有り得ない、今までだってそうだったしこの年齢になれば私を助ければどうなるかなんて考えなくたって分かる。
「この事はなるべく言わないでほしいと書いてあったが、お前に必要なのはこういう友達だと思うんだ」
街を歩いていれば私の事を知らずに助けてくれた人もいる、だけどそれは私の容姿から好かれたいって思いからで、こうやって内緒にする人なんていなかった。
だからどう反応していいかも分からなくて、ふらふらとその手紙に向かって歩いてる自分にも途中まで気づかない程。
「差出人がどういう思いだったか私にはわからないけど、お前には伝えたほうがいいと思って」
その手紙を掴んだ時に偶然触れた先生からも本気で心配してくれるのが分かって
「誰が突き止めたかも本人には言わないでほしいとも書いてあったが……聞くか?」
何で?どうして?今までと何が違うの?
これまでずっと上手くいかなかった事、だけど願って願って願って仕方がなかったこの言葉。
「お、ねがいし……ます」
レコーダーが再生されて女の子二人と男の子の声が聞こえてきた。
だけどその声の主は、私が思っていた人であり、そして違った
いつもふざけてるイメージの彼とはかけ離れており、必死に何かを言っている、それは本当に本人か疑ってしまうほど真っ直ぐな言葉で私の事を……
あぁもう本当に訳分からないよ。
内容はちゃんと聞こえているけど信じられない想いで心がふわふわする。
今回の事は女の子二人が好きだった男の子が私の態度のせいで好意を抱いたのに、私が振ったという内容を訴えているものだった。勝手に誘惑しておいて断るなんて……それを色々な言い方に変えては彼に押し付け、さらに白川ななかの事をあなたも嫌っているじゃない、そんな内容だった。
「まぁ一人は声が入ってるからわかると思うけど、多分雪村の声だな、差出人はあいつの連れって事とこんなやり方を考えると杉並辺りか」
本当にどうして……
「こういう奴らもこの学院にはいる、それを知っておいてほしかったんだ。本人達には言うなって言ってたのにと文句を言われそうだがな」
彼は、雪村義春は私を嫌っていたんじゃないの?避けてたんじゃないの?虐めていた本人じゃなかったの?朝だって
「だから絶望しないでくれ、私にはお前がこの学院に今そう感じてる様にみえる」
杉並君は知ってるけどあんまり話した事がない、けど、あんな奴といつも一緒にいる人だから同じ様に嫌な人だと思っていたのに
「今はロボットにだって感情があるんだ、人間のお前も笑ったり泣いたり、当たり前の事をしていいんだよ」
もう自分の感情なんて分からないよ。
「そんな泣いてる顔で笑うな、泣きたかったら泣けばいい、嬉しかったら微笑めばいい、楽しかったら笑えばいい」
泣いたら五月蝿いって、うっとおしいと思われる、微笑んだって場所を弁えて相手に合わせないと、妬ましいって、媚びてるって思われる。好きなとき笑ったら空気読めないって、見下してるって思われる。
「私は信用できないか?」
さっきから触れてて分かってる、この人は本気で心配してくれる人だって
だから私は困った顔になってからちょっと微笑んで、そのままでいようとするけど、それが我慢できなくなって
大きな声で私は泣いた。
朝、彼との別れ際に聞こえた言葉
「救いたかった」
その意味が分かっただけに大きな大きな声で。
赤くなった目が元に戻る前だったけど、ちゃんと落ち着いた私は先生と色々な話をして
どうしよう……
今日何度目かのどうしようと言う言葉と共に教室の前まで戻ってきた。けどそんな私は中々扉を開けることが出来ない。
水越先生に笑顔で送り出され、とりあえずぶつかってきなさい、っと背中を押されたのだけど、朝あんな事言っちゃった手前、雪村君と話すのは凄く難しい。だから今日は杉並君と話をしようと思うけど
ぶ、ぶつかるって?と、とととととりあえず触れて色々探って昨日の事確認して、ええっと
私絶賛テンパリ中。本人達は内緒にしてほしかったみたいだったからお礼も言えないし、そもそもどんな話をすればいいのか分からない。
先生の言っていた事を考えると
余計に難易度が上がってる気がするし~~
上辺だけじゃない付き合いって何が違うの?私にはこの力があるんだし、相手の望む事してあげればいいんじゃないの?
でもそれだといつもと一緒だし……あぅあぅ~
保健室に中途半端な時間までいたおかげで今は授業中、だから教室の前にいることも誰にもばれてないのが救いだけど
と、とりあえず先週の事の確認だよね。
結局いつも通りになってしまう、だけど今回はいつもと違うことがある。
『本当に彼らは私の為にあんな事をしてくれたのか、信じていいのか』
これは大事な儀式だと思う。あのレコーダーと手紙で今までとは違うと思っちゃったけど、実際はわからない。
そんな言葉とは裏腹に
本当は分かってる、今私が二の足を踏んでるのはそれを確かめるのが怖いからって。
信じたいからこその恐怖。
これで彼らも今までの人と同じだったら、そう思うとこの目の前の扉が重く大きい物に感じてしまう。
あと15分もすれば授業が終わり昼休みになってしまうから遅くても15分後には彼らの前に出なくてはいけない。それも私の気分を落ち着かせなくさせる。
「うん、がんばれ私」
小さく呟いた言葉だけど不思議と力が湧いた。
そういえば小恋にもよく頑張れって言われてたっけ。
小恋の心の中は本当に清んでて安心できて、辛くなるとちょっとだけ小恋に触れにいっては元気を貰ってた。私の事を知らないからあんな風に接してくれると思うと中々何度も会えないけど。
がんばれ私
もう一度小恋の事を思い浮かべて自分に元気を入れる。
これでもし、もしだけど、二人が私を心から友達って思ってくれてたなら、ううん、そんな贅沢言わない、二人が上辺じゃない、私自身を見てくれての行動だったなら
先生の言葉を信じたいと思う。
小恋とももっといっぱい喋ろう、周りの子達みたいに好きなお菓子の話をしたり恋ばなしたり、杉並君にはお礼をしよう、レコーダーを先生に送ってくれた本人だったらだけど。
それで最後の一人
……雪村君にはいっぱい謝ろう。
レコーダーから聞こえた言葉を思い出して顔が熱くなりそうになる。
私の為に行動してくれた彼は今でも良く分からない、それでも途中で聞こえた言葉
『白河は―』
思い出すのは止め。思い出したらまた泣きたくなっちゃう。
兎に角謝ろう、それから聞いてみよう。彼は触られるのを避けていて心が読めないから。何で避けてるのか~とかから無駄なこといっぱいいっぱい話そう。本人は嫌がるかもしれないけど。
嫌がりながらもちゃんと最後まで聞いてくれそうなイメージが勝手に沸いてちょっとだけ笑ってしまう。
あんな事言ってたけど、どうせ嫌われちゃってるしいいよね。
水越先生も言ってたし、いっぱい話せば分かり合えるはずだって。
全部うまくいったら自分の事も色々話そう、小恋だったらきっとそばにいてくれる。今から会う二人ももしかしたらそんな風に話せるかもしれない。
よ~しっ!
そんな未来なんて思い描ける自分がいるって初めて知った。こんな風に笑える自分がいるって思い出せた。
だからこれが最初で最後
『私にもお友達が、心から笑い合える友達が出来ますように』
二つ目の願いに欲張りかな?と思いながらも咲き続ける桜に願いを込めて私は目の前の扉に手をかけた。
クリパから考えると凄く前の事に感じる。
「ふふ」
昔を思い出しているうちに私って本当に駄目な子だったなぁ~とほのぼの思う、此処に来る前が来る前なだけに仕方ないじゃない、っと言いたくはなるけど。
そういえばあの後
「あにょ!」
って噛んじゃったなぁ~と思い出すと自分でも笑えてきてしまう。
そんな昔の私からは考えられないぐらい私は今幸せな毎日を過ごしている、今でも人の考えが気になっちゃってすぐに手を出しちゃうのは変わらないけど、大事な友達って言える人が出来た。
他の人は今でも表面の白河ななかしか見てない人がいっぱいで、不安になる事もある、だけど本当の友達がこんなにも頼もしいなんて思ってなかったし、正直その友達から頼られるとすごく嬉しくなってしまう。
これが水越先生の言ってた友達って事だと思う、ううん、自慢出来る大事なお友達だよって胸を張って言える。
まぁその友達の一人が問題で、何故か義春君は今でも私から嫌われてると思ってるみたいだけど。
むしろいつも感謝してるぐらいなのに
クリパの時のクマさん、確かドナテルロだっけ?あれも渉くんの記憶で見えちゃって義春君ってさっき知っちゃったし、今だってなんだかんだ助けてくれた。
でもそういうの全部隠してるみたいだし、私が知ってたら不自然になっちゃうからまだ言ってない。そのうち全部言って脅かしてやろうとは思ってるけど。
その時の驚いた顔を思い浮かべるとやっぱり自然と笑いが零れる。
彼とも普通に話せる様になったし一定の距離で話す分には普通に接してくれる。
彼の心は覗けないけど、それでもあの時、レコーダーに残っていた言葉と今までの行動で勇気を出して話しかけられる。私の中では一番分からない人だけど優しいって信じれる人。
「初詣かぁ~」
本当に小恋とだけじゃなくって杏ちゃんも誘ってあの兄を連れて行こうかな
さっきまで無くなっちゃえばいい行事とか考えていたのに、なんとなくそう思っただけで妙案に思えてきた。
人ごみで触れられるかもだし……
そんな事思いながら、あんまり彼の心を覗きたいと思ってない自分にまた笑って。
「うん、来年も良い年になりそう」
その言葉が零れた。
「え?何が~?」
いつの間にかすぐそばにいた小恋にちょっとビックリした腹いせに抱きつきながら
「なんでもな~い」
「えぇ~~」
やっぱりとってもとってもいい年になりそう、そんな予感がした。