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[17292] 【習作】魔法少女と神喰らい(リリカルなのは×GOD EATER) 現在空白期【チラ裏出身】
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/12/31 08:53
初めまして、太公ボウといいます。

この作品は、リリカルなのはの世界に、
PSPソフト『GOD EATER-ゴッドイーター-』の主人公が転移してくる設定のクロスオーバー作品です。

このゴッドイーターという作品、主人公はプレイヤーが作成するいわゆるエディットキャラなので、
名前、性別はおろか、容姿、服装なども特に定まっていません。
キャラボイスはエディットで選択できますが、この手のゲームの性質上、
イベントシーンではリアクションこそ示すものの、まーーーーったく喋りません!声が聞けるのは戦闘中のみです。
なので、主人公とはいっても正しくプレイヤーの分身であって、明確なキャラ付けが為されていません。
よって、主人公と言いつつも、オリ主と何ら変わりません。ご容赦ください。

また、ゴッドイーターに関連した単語などは、なるだけ分かりやすく文中で説明するつもりですが、
世界観が複雑なこともあって、分かりにくくなることがあると思います。
勿論、そういう事は少なくするつもりですが。

また、明らかにご都合主義だと思われる描写があるかと思われます。
例えば、拡大解釈や都合のいい解釈などです。

最後に、この作品は無印ゴッドイーター、およびBURSTの重大なネタばれを含みます。
まだゴッドイーターをEDまでプレイしていない、またはこれからプレイするつもりだという方は、それを承知の上でお願いします。




上記を踏まえた上でお読みください。

※このSSはゴッドイーターバーストの発表以前に話の筋を決めましたので、バーストでの追加要素を鑑みた場合、矛盾が出る事があります。
 要するに、無印版の設定までで話を作っていますが、バーストでの追加要素も話が崩壊しない限りでは出来るだけ入れていこうかと考えています。





2010.3/15 第一話をプロローグに
       第一話を追加

3/16 プロローグの、感想板でご指摘いただいた部分を修正。ついでにレイアウト変更。
    第二話を追加

3/17 第三話を追加

3/18 第四話を追加

3/20 第五話を追加

3/22 第六話を追加

3/24 第六話の、感想板でご指摘頂いた箇所を修正
    第七話を追加

3/26 第八話を追加

3/29 第九話を追加

4/1  第十話を追加

4/2  第十話の、感想板でご指摘頂いた箇所を加筆修正

4/5  最終話を追加

12/11  空白期を開始。また、それに伴いチラシの裏からとらハ板に移動

12/22 幕間の2を追加

12/31 幕間の3を追加



[17292] プロローグ
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/03/16 09:13
周囲を警戒しつつ、慎重に進んでいく。

通路に一定間隔ごとに付けられている明りだけが、その道筋を照らしている。

「まったく、面倒くさい所にアジトなんか作ったもんだなぁ」

つい独り言が漏れ、慌てて口を噤む。

いかんいかん、気を抜いたらだめだ。

おっ、通信機に信号が。定時連絡だな。

少しノイズが入った後、オペレーターの声が聞こえてくる。

『――こちら極東支部。朝霧少尉、特務目標は確認できたか?』

「こちら朝霧。特務目標との接触、および発見は無し。策敵を続ける」

『――了解した。引き続き任務にあたれ』

再びノイズが入った後、通信が切れる。

通信が切れた後、僕はこの目標のアジトと思われる場所――研究施設と思しき建物を見やった。

ここに来るまでに、数体のアラガミを確認している。しかし、そのどれもが標本のような状態だったのである。

こういう勘は当たってほしくないが、相当ヤバイ研究をしていると思われる。

ふぅ、と息をつきつつ、僕はこうなった経緯を思い出していた。


そもそもの発端は、2年前に行われようとした「アーク計画」にまで遡る。


この世界は、2050年代に突如として発生した「オラクル細胞」が地球上のありとあらゆる対象を「捕喰」しながら急激な変化を遂げ、様々な生物体に分化した存在、「アラガミ」によって脅かされている。

既存の兵器が全く通じない、極東地域の八百万の神々の名を冠するこの強大な存在の出現により、大部分の都市文明は短期間のうちに崩壊してしまった。

もちろん、人類はただ黙って滅ぼされるのを待っていた訳ではない。

当時は生物工学、生物化学に特化した一企業に過ぎなかった『フェンリル』によって、『神機』と呼ばれる、アラガミに唯一対抗できる兵器が開発された。

神機は人為的に調整されたコア――群体、つまりオラクル細胞の集合体としてのアラガミを制御する指令細胞群――を有する、いわば人工的なアラガミそのものである。

これを、体内に投与されたP53偏食因子を媒介として、「腕輪」という因子の制御等を司る装備と接続することで、神機を初めて操ることができる。

ここまで言えば予想はつくだろうが、この神機は誰にでも扱えるようなものではなく、開発された神機に対して適合できる人間を見つけなければならない。

もし、適合していない状態で神機と接続した場合、人体は神機のオラクル細胞によって捕喰されてしまう。

文字通り、喰らい尽くされ跡形も残らないのだ。

それを防ぐために、遺伝子解析による適合候補者の選抜が行われるのだが、まあそれは割愛する。

そうしてアラガミに対抗する手段を見つけた人類だが、このオラクル細胞というものは非常に厄介な性質を持っている。

アラガミを撃滅し、活動を停止させてしばらく時間がたつと、アラガミの死骸は霧散してしまう。

本当に消えてくれればそれでいいのだが、この霧散したオラクル細胞は一定期間後に再構成され、再びアラガミとなってしまうのだ。

つまり、事実上地球からアラガミを滅ぼすのは不可能ということになる

そんな絶望的な状況の中でも人類は逞しく生き続け、あるときに「エイジス計画」というものが立案される。

海上にアラガミの手が及ばない人工島を作り、そこを人類の安息の地とする計画だ。

アラガミから採取された各種素材による防壁に守られた、人類の楽園となるはずだった。

……そう、だった。

計画は、僕の所属する極東支部の前支部長、ヨハネス・フォン・シックザールによって凍結されていた。もちろん、凍結されたことは隠蔽されていたが。

シックザール前支部長は、その前身はアラガミ研究の第一人者でもあった。

その中で、彼は思い知らされたのである。

エイジス計画は無意味である、最終的な人類の滅亡は避けられない、と。

アラガミ研究の第一人者であるペイラー・榊博士が提唱した理論にこんなものがある。

「ノヴァの終末捕食」という理論。

アラガミ同士が捕食を続けることで、地球全体を飲み込むほどに成長した存在、「ノヴァ」によって引き起こされるとされる、人類の終末理論である。

科学的根拠のない、単なる風説に過ぎないとされてきたが、じつはシックザール支部長によってそうなる様に情報操作されていたのである。

終末捕食は地球再生のエコシステムであり、地球上の存在をアラガミによって喰らい、一度一つにした上で生命力を再配分する現象とされている。

恐竜の絶滅など、過去に起こった大絶滅などもにも関わりがあると考えられているのだ。

終末捕食はいつ起こるか分からない。

しかし、いつかは必ず起こるものと考えられた。

そこで、「アーク計画」が登場する。

アーク計画は、大雑把に言えば、可能な限り人類を宇宙に避難させ、終末捕食を人為的に引き起こし、捕食が終わってから再び地球に戻ることで種としての人類の絶滅から逃れようとする計画であった。

考え方としては「ノアの方舟」に似ている。

その為に前支部長は特異点と呼ばれる人型のアラガミを捕獲しようとしていたが、榊博士によって匿われていたそのアラガミは、本当に人としか思えないほどの感情・理性を示していた。

それこそ、アラガミと分かりあえる日が来るかもしれない、と思えるほどに。

だが、そう何時までも隠し通せるほど、前支部長は甘い人ではなかった。

その人型のアラガミ――シオはついに見つかり、捕縛されてしまった。

放っておけば、このまま終末捕食が起きることとなる。

種としての絶滅を回避するために、人類を生かそうとした前支部長。

それは大局的に見れば正しいのだろう。

終末捕食は、いわば地球自体のシステムなのである。

逆らうだけ愚かである、ならばせめて少しでも制御し、人類が生き残れるようにすべきだ、と。

そう考えたであろう前支部長を、僕は否定的に見ることは出来ない。

現に、前支部長は宇宙に避難する人間のリストから、自身を外していた。

考えは立派だが、これは全人類に対する背信行為――大量殺人も同じである。

よって自分には避難する資格は無い――そう考えて。

だが、僕たちは認められなかった。

さらわれたシオに対して感情移入していたのもあるし、シオのようなアラガミがいたことで、少しは明日を――アラガミとの共存という夢物語のような話を、信じられるようになっていたから。

結果として、人の心を学んでいたシオによって、終末捕食はギリギリで回避された。

もちろん、これでめでたしめでたし、となるわけではない。

僕たちは前支部長の計画を否定――終末捕食を否定した。

つまり、地球に組み込まれた再生システムを否定したということになる。

そんな僕たちに安息が訪れるはずもなく、今もアラガミと神機使い――ゴッドイーターによる喰らい合い、イタチゴッコが続いている、というわけだ。


長くなったが、現在の特務について話を戻す。

前支部長の企てた「アーク計画」に加担していた人間で、オオグルマ・ダイゴという科学者がいるのだが、計画が表面化して以降、謎の失踪を遂げている。

極東支部は各支部に捜索の依頼を出しているのだが、依然として消息は掴めていない。

計画に深く関与していたとみられ、野放しとするには余りにも危険な人物なのだ。

事態を重く見たフェンリル本部は、昨年の2072年に僕に対し、「オオグルマ・ダイゴの捜索、捕縛」の特務を下した。そして2073年現在、それを遂行中というわけである。

そして先日、有力な情報をつかみ、その結果ここに居るのだが、どうも当りっぽい感じがする。


……そろそろ最深部に到達する。

それまでと比べ、広い空間に出てきた。

ここに来るまでに実験のなれの果てのようなアラガミを結構見てきたが、いつも撃滅している相手とはいえ、気分の悪くなるような状態だった。

果たして何が目的でこんな事をしているのやら。

――ん?あれは……!

果たして、そこにはオオグルマ博士がいた。

誰かと通信で話しているらしく、声が聞こえる。

「ぇぇ、そ……でお願…す。研き……も……すぐ……ん成です。……法で送ります」

聞き取れない部分が多いが、そんなことは後から聞き出せばいい。

僕はスタングレネードを取り出し、博士の近くに投げつける。

博士は気づいてこちらを向くが好都合だ。

閃光をまともに目に浴びることとなり、呻いている。

僕は迅速に博士に接近すると、ブレードを突き付けて宣告した。

「オオグルマ博士、アーク計画に加担した容疑での拘束が命じられています。僕と一緒に来てもらいましょう」

ようやく視力が回復してきたのか、こちらの顔を認めた博士が呻くように言う。

「ぐっ……。お前は、極東支部の新型か……!」

おや、向こうがこちらを覚えているとは予想外だ。

それが顔に出ていたのだろう、すぐ理由を言われる。

「ふん、アーク計画を阻止した功労者だ。知らないわけがないだろう」

功労者の部分でかなりの皮肉を感じたが、別にどうでもいい。

御託を聞く必要もない、さっさと済まそうとするが――。

「はっ、そう簡単に捕まると思うのか。これの相手でもしているがいい!」

白衣のポケットから取り出したスイッチを押す博士。

上から何か音がして、何かが落ちてくるような気配がする。

僕の目の前に姿を現したのは――

「――ッ!こいつは……アルダノーヴァ!?」

人の形をしているアラガミは少なく、こいつを除けばあとはサリエル等しかいない。

そしてこいつは女神と男神の二つに身体が分かれているため、見間違えることはまず無い。

「はっはっはっはっは!どうだ驚いたか。こいつは未だに不完全だがお前を道連れに出来る程度の力は持っているぞ!」

そう言われてアルダノーヴァを注視するが、本当に、以前一度だけ見たアルダノーヴァとは違い、身体が不格好で、形が崩れている。

あれはアラガミではあったが、造りだすのに神機製造のノウハウを使用した、いわば人型の神機とも呼べる存在だった筈だ。

本来なら、完成にもっと時間が必要なのだろう。

それよりも、聞き捨てならないことを言っていたな。

「道連れだと?お前は何を言っている」

「はっはっはぁ。すぐに分かる。こいつにはお前を倒す力は無いだろうが……」

そこで一旦言葉を切る博士。

相変わらずアルダノーヴァは不審な挙動を続けているが、攻撃の前兆の様なものは見受けられない。

「――お前と心中する力ぐらいはあるということだ!」

その言葉と共に飛びかかってくるアルダノーヴァ。

少し驚いたが、スピードはそれ程でもなく、難なくステップで回避する。

回避されたアルダノーヴァはそのまま不格好な体勢で倒れこみ、すぐに起き上がる気配もない。

だが、それで終わりではなかった。

うつ伏せになっている状態の背中から、唐突に触手らしきものが生えだしてきて此方に猛スピードで突っ込んでくる。

避けるのは不可能と見た僕は、シールドを展開して攻撃に備える。

ガギィンッ、という硬質な音と共に受け止めることに成功するが、なんと触手がいきなり軟化した。

そのまま神機ごと僕の腕を包みこみ、がっしりと固まって離さない。

何とか脱出しようとするが、神機使いの身体能力を持ってしても振り切れそうにない。

こんな不格好な形はしていても、素材はオラクル細胞ということだろう。

アラガミの細胞結合は、神機でしか破壊できない。

神機使いも、神機を使えなければ身体能力の凄まじいだけの唯の人間、ということだ。

腕を絡めとられ、すっかり身動きが取れなくなった僕に、博士は勝ち誇った声で告げる。

「ふふふ、気分はどうかな?新型使いの英雄君」

「……」

ぶっちゃけ最悪だが、それを態々言って喜ばせてやることもない。

それにしてもこのオオグルマ博士、随分粘着質だな。

まだ皮肉を言ってくるとは、余程アーク計画を潰されたことを根に持っていたらしい。

僕がそんなことを胸中で考えている間に、博士はいよいよ決定的なこと言いだした。

「お前にはこのまま実験台になってもらうとしよう」

「実験台?アラガミにでも改造する気か」

それが本当なら、ここに来る途中にあったアラガミの無残な死骸にも説明がつく。

だが、博士はこれを否定し、俄かには信じられない、狂人の妄言と取られても仕様の無いことをのたまいだした。

「ふふ、ははは。いいや、お前には魔法を使った転移実験に協力してもらうのさ。もちろん、拒否権は無いがね」

「……マホー?もしかして、空想の産物の魔法の事か?科学者がそんなオカルトにすがるのはどうかと思うぞ」

こいつ、こんな状況でトンデモ理論をぶちあげる気か?

しかし、博士の瞳が未だに理性的な光を宿しているのが気になる。

追い詰められた者が宿す、狂気を孕んだ光は見えない。

いきなりの博士の言葉に僕が少し混乱している間に、博士は僕を施設の台座の上に立たせた。

そして色々と機械を操作し、最後によく分からない呪文らしきものを唱えだすと、僕の足元に光輝く六方星のような模様が浮かび上がる。

何が何だかよく分からないが、このまま放っておいたら碌なことにならない――直感がそう告げている。

必死で抜け出そうと身体をよじるが、ビクともしない。

「お前は私の協力者に対する謝礼としてくれよう。新鮮なサンプルが手に入れば、随分と喜ぶだろうからな」

オカルトかぶれが何か言っているが、それが本当でも嘘でももう関係ない。

ここにいるとヤバイ。

さっきから足下の模様が明滅している。

相変わらず抜け出すことができず、だんだんヤケクソになってくる。

「だあぁあああぁーーーー!!」

最後の手段で、周りに見えている機械に蹴りを入れる。

神機使いの身体能力で蹴られればひとたまりも無いに違いない。

ガァンッ!といい音がして、機械の表面が凹み、コンソールがショートし始めた。

「き、貴様!今すぐ止めろ!止めるんだ!!」

慌てふためいたオカルト科学者が何か喚いているが、お前の言う通りになってやる義理なんてこちらには無い。

お前の思惑を潰して、お前を捕まえてここから脱出する。

今考えているのはそれだけだ。

機械を蹴り続けていると、いよいよショートが酷くなり始め、足元の模様が目を覆うくらいの光を出し始めた。

「なっ……!おい、これどうなってるんだ!壊しても止まらないのかよ!?」

「ええい、この脳筋めが!今の衝撃で機械が誤作動を起こしたわ!どこに飛ばされるか分からんぞ!!」

「この期に及んでまだトンデモ理論を喚く気か!さっさと何とかしろ、このオカルト博士が!!」

「貴様が力任せに解決しようとしたのが原因だろうが!あと、これはトンデモ理論でもオカルトでもない!」

「そんな事はどうでもいい!早くどうにかしろ!!」

不毛な言い合いを続けているうちに、光はもうまともに見れないほどにまでなっている。

模様はさっきまでより大きさを増し、今いる部屋全体を覆わんばかりだ。

そのとき、バチッという音がして、光が弾ける。

光が眼前の光景を覆い尽くし、目の前が真っ白になった光景を最後に、僕の意識は途切れた。



[17292] 第一話『主と騎士と神機使い』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/03/15 09:23
ミーンミンミンミーン――

「うー、あじぃー。……はやて、早く帰ってこないかなー」

日本の海鳴市の一角にある一軒家にて、セミの大合唱を聞きながら、一人の少女がそんな事を呟いていた。

現在は八月の半ば。

夏の盛りは過ぎているものの、まだまだ残暑が厳しい。

現に、今日も今日とて雲ひとつない空に眩しい太陽が輝いている。

庭先で、夏という季節を全開で主張する太陽を恨めしげに睨みつつ、少女はぶつぶつと不満を言っている。

「ヴィータ、止めておけ。口に出すと、余計暑く感じるぞ」

ヴィータと呼ばれた少女を窘めたのは、濃い青色の毛並みをした非常に大きな犬だった。

もっとも、犬というよりは狼に近い風貌をしているが。

「んなこと言ってもさー、事実なんだからしょうがねーじゃん。ザフィーラは暑くないのかよ?」

「それ程でもないだろう。今日は昨日より1度ほど気温が低いと予報で言っていたぞ」

「……昨日の気温が32度だぞ?そんなに変わんないよ」

むしろ涼しげに言うザフィーラに、なんであんな毛並みで涼しい顔してんだよ、何か魔法でズルしてるんじゃないだろうな、等と益体も無いことを考え始めるヴィータ。

と、その時――

「――ッ!ヴィータ、警戒しろ!」

今まで伏せていたザフィーラが突然起き上がり、ヴィータに警戒を促す。

唐突にそんな事を言ってくるザフィーラに怪訝な顔を向け、ヴィータは如何したのかと訊く。

「あん?何だよ急に。一体どうしたって――ッ!?」

「気づいたか。あれを見ろ」

庭の上空5メートルほどの所に、魔法陣が出現していた。

明滅を繰り返し、非常に不安定に見える。

「魔法陣……。しかもミッドチルダ式!?なんでだよ!アタシら管理局の目に留まるようなこと何もしてないぞ!?」

「落ち着けヴィータ、今はそんな事を議論している暇は無い。もし管理局の人間が来るというなら、うまく誤魔化すのが先決だ。もしそれが不可能ならば――主との約束を破ることになるが、致し方あるまい」

はっきりと明言はしなかったが、ザフィーラが言外に含ませたものをヴィータも感じ取り、頭が冷えてくる。

誤魔化すのが最善。

もしバレたならば――


――消すしかない。


はやてとの誓いを破るため、騎士としても個人としても心苦しいが、主を、はやてを守るためならば是非も無い。

ヴィータは決心し、上空の魔法陣を睨みつける。

「――来るぞ!」

ザフィーラの声と同時に魔法陣が一際激しく明滅し、思わず眼を逸らす二人。

一瞬ののち、どさりと音がして、何かが落ちてくる。

恐る恐る眼を向けてみると、そこには――

「……何だ、コイツ?」

「……分からん」

ヴィータとザフィーラは拍子抜けした様な表情で、目の前の気絶している少年を見やった。

歳は、外見から判断すればシグナムと同じくらいか、少し下と言ったところだろうか。

髪はシルバーグレイ、顔は少し童顔気味だが、なかなか整っている。

髪の色が少し特徴的だが、日本人的な風貌である。

服装は何処かの制服らしきものを着込んでいるが、一見して分かるほどぼろになっており、血も滲んでいる。

そして一番目を引くのが、少年がその手に握りしめている剣と思しきものである。

本当にこの少年に扱いきれるのかと思うほど長大で、柄まで含めて彼の背丈と変わらない。

その刀身だけでなく、他にも色々とパーツらしきものが装備されており、一見しただけでは全容を窺い知れない、有体に言って得体の知れないシロモノである。

他にも、とてもアクセサリーとは思えないような非常にゴツい腕輪を右手に付けており、武器らしきものから伸びた何かと繋がっている。

疑問は尽きないが、とりあえず一つ言えることがありそうだ。

「……魔導師ではないのか?」

「……分かんないな。魔力量は並より少し多い位だけど、魔導師がこんなアームドデバイスみたいな物ぶら下げてるもんかな?気にはなるけど」

「うむ。騎士が使うアームドデバイスに似ていないことも無いが、やはり別物だな」

「ま、とりあえず危険はなさそうだな。……怪しくなくなった訳じゃないけど」

とりあえず、いきなり厄介な事態になることはなさそうである。

すでに上空の魔法陣は消え去っており、新たに何かが出てくる気配も無い。

ひとまず安心したヴィータとザフィーラは、次に決めるべきことを話す。

「んで、コイツどうする?怪しいことは間違いないけど、いきなり放りだすってわけにもいかないんじゃねえの?魔法がらみなら、事情は知っとかないとマズそうだし」

「そうだな……。とりあえず、病院に行っている主たちには念話で連絡をしておいた。このデバイスらしきものは気になるが、とりあえず皆が帰ってくるまで待つとしよう」

「ふーん。ま、いいんじゃね?暴れられても取り押さえられるだろうし。となると、この怪我の手当てでもしてやるか?」

少年の怪我は全身に及んでいるらしく、血はそれ程出ていないようだが、かといって放っておいていいほど軽いようにも見えない。

手当ての必要は当然あるだろう。

「ふむ、そうだな。シャマルほど得手ではないが、応急処置ぐらいならばなんとかなるだろう。どれ……、む?」

傷を見ていたザフィーラが、不可解なものを見たような、何とも形容しがたい声をあげる。

「またなんかあったのか?」

「……ヴィータ、これを見てみろ」

ヴィータにその場を譲り、傷を見てみるよう促すザフィーラ。

不思議に思いつつ、ヴィータも傷を見てみることにする。

――息を呑んだ。

「これ……傷が治ってるのか?ウソだろ、こんな血まみれで傷が塞がりかけてるとかあり得ないだろ」

少年の傷は、もはや殆ど塞がってしまっていた。

服に付いている血がまだ乾いていないことから、怪我をしてからそんなに時間が経っていないことは明らかである。

たしかに、普通の人間ならばあり得ることではない。

「ああ、あり得ないな。……この少年が本当に純粋な人間ならば、だが」

意味深なザフィーラの言葉に、ヴィータは息を呑む。

その言葉の意味するところは――

「じ、じゃあコイツ、アタシたちと同じような……?」

「断言はできん。だか、この傷の治り方から見るに、普通の人間でないことは明らかだ」

少年を凝視するヴィータ。

その瞳には複雑なものが宿り、様々な感情が見え隠れする。

ザフィーラも同様、一言では言えないほどの感情が瞳に渦を巻いている。

そのまましばらく経過し、我に返った二人は少年を運びこむことにする。

「……とりあえず、血を拭いてからリビングのソファにでも寝かせとこう」

「ああ……」

家の中に、二人で少年を抱えて運び込む。

少年を見る二人の瞳から、感情の渦が消え去ることは無かった。





『――ああ、分かった。主はやての診察はつい先ほど終了した。そんなに急いでは帰れないが、その間はよろしく頼むぞ』

ザフィーラとの念話を終え、一息つくシグナム。

そこに、車椅子に乗った少女が話しかけてくる。

気がかりであるような表情をしており、心配そうに話しかけてくる。

「シグナム、そんな顔してどないしたん?」

少女の心配そうな表情をみて、何も心配することは無いと声をかけるシグナム。

「いいえ、何も心配するようなことはありませんよ、主はやて。なあ、シャマル」

シグナムの言葉を受け、シャマルと呼ばれた、車椅子を押している金髪の柔らかい雰囲気の女性も同調する。

「そうね。ちょっと私たちが現れた時と似たような状況になってますけど、何も問題は無いですよ、はやてちゃん」

その言葉を聞き、驚いた表情をするはやて。

「シャマル達が現れた時と似たような状況って……。いきなり人が現れたってことかいな?」

詳しい説明を求めるはやてに対し、ザフィーラから聞いたことをそのまま伝えるシグナムとシャマル。

それを聞いたはやては、ぽかんとしつつも話を呑みこんだらしく、二人に言いつのる。

「あかんやん!それ全然問題ない状況とちゃうやん!急いで帰るで、二人とも!」

二人を急かし、早くするように言うはやて。

シグナムとシャマルは慌ててそれに従い、家路を急ぐのだった。





「――で、このお兄さんが突然現れたっちゅうわけやね?」

ヴィータとザフィーラから事情を聞いたはやては、そう二人に尋ねる。

二人はそれに頷くが、ヴィータは難しい表情のまま少年を見ている。

はやてはそれに気づかずに少年を見ているため、ヴィータの表情には気づいていない。

「このお兄さん、見た目からするとシグナムと同じ位の歳やろか?それにこの制服みたいなの、見たこと無いなあ」

はやては少年の風貌に関して感想を述べていくが、やがて決定的なことを聞く。

「それで、魔法陣からいきなり現れたっちゅうことはこのお兄さん、魔導師か騎士なん?」

「それは分かんない、けど……」

言いよどむ様にもごもごと口を動かすヴィータだが、その途中でシャマルが口をはさむ。

「そうね。でもそうだとすると、これはデバイスなのかしら?」

「それは我々も気になっていたところだ」

やはり、神機の事が論点になっているようだ。

いきなりこんな物を持った人間が現れれば、当然の反応といえるが。

4人で喧々諤々の議論をしていると、はやてが唐突に声を上げた。

話を中断し、はやての方を向く四人。


「お兄さん、目ぇ覚ましそうやで!」

「「「「!!」」」」

嬉しそうに言うはやてとは対照的に、念話で互いに警戒を促す四人。

声をあげ、身じろぎしていた少年は、ついに眼を覚ました。





=side Yakou=

「うぅ……。いっててて……」

眼が覚めると、まずあの研究施設とは明らかに違う天井が目に入った。

普通の家か何処かの様な、とにかく人が住む場所らしいような……。

「あのー……」

状況の把握に努めていると、声が聞こえてきた。

まだ頭がぼんやりしているらしい、人がいることに気づかなかったとは。

声のした方を向くと、一人の女の子がいた。

車椅子に座っており、心配そうな表情でこちらを見ている。

その傍らには凛々しい顔立ちをした女性と、それとは対照的に柔らかそうな風貌の女性。

そして勝気そうな雰囲気の少女と、非常に大きな犬が一匹。

車椅子の少女の心配そうな態度とは対照的に、彼女らの態度からは観察する様な色がにじみ出ている。

こちらを害そうとするような敵意こそ感じられないが、かといって友好的な雰囲気ではもちろん無い。

「えらい怪我してはったそうですけど、どこも痛くないですか?あ、私は八神はやて言います」

そんな空気を意にも介さず、少女が僕に声をかけてくる。

正直、この空気を感じ取っていながらこの態度だとしたら、大したものだと思う。

「――朝霧ヤコウって言います。少し血が足りないような気がするけど、この程度の怪我は神機使いにとって大したものじゃない。現に、もう治ってるでしょう?」

けっこうな怪我をしたみたいだが、もう痕しか残っていない。

戦いの最中でも無いし、わざわざ薬を使うほどでもないだろう。

「ジンキツカイ?何ですか、それ?」

「え?あ、ほらあれだよ。あそこに立てかけてある剣」

僕は壁に立てかけてある神機を指して言った。

しかし、あの状況でも無事だったようだ、本当によかった。

「へぇー、あれ、ジンキっちゅうんですか。あれを使うからジンキ使い。なるほど」

「う、うん」

その反応に違和感を感じる。

まさか神機使い――ゴッドイーターを知らない?

そんな事があるとは思えない。

フェンリルの庇護下にある人々は、アラガミ装甲に守られた居住エリアに生活している。

その装甲の材料を調達し、襲い来るアラガミを撃退している神機使いを知らない?

「えっと、じゃあアラガミはもちろん知っているよね?」

これを知らないなんてことは絶対ないだろう。

アラガミを知らずに生きていけるほど、この世界は優しくない。

たとえ、それがこんなに小さな子供でも。

「荒神?日本の神話にぎょうさん出てくる神様のことですやろか」

「……………」

その答えは間違いではない。

間違いではないが、平和ならばいざ知らず、あんなバケモノ共が跳梁跋扈するこのご時世で、そんな呑気な答えが返ってくることは異常と言っていい。

そんな時、オオグルマが言っていた言葉が脳裏に過った。

――魔法で何処かに転移させる。

確か、こんな事を言っていたはずだ。

あの時は狂人の戯言と歯牙にもかけなかったが、この状況を鑑みて背筋がゾッとしてきた。

「あの、ヤコウさん。顔色が悪いみたいですけど……?」

表情に出ていたのだろう、少女が心配そうに声をかけてくる。

「あ、ああ。えっと、じゃあここはどこかな。極東支部の居住エリアの何処か?」

最後の望みをかけて、縋るような心境で訊く。

もう答えは出ているも同然だが、信じたくない気持ちが強く、受け入れられない。

なら、他の人から無理矢理にでも真実を突き付けられた方がいい。

「極東支部?確かにここは日本やから極東ですけど、支部って言われても心当たりありませんよ?まあ、居住エリアっちゅうことなら、ここら辺は住宅地ですから居住エリアと言えないこともないですけど」

その答えを予想通りだと受け止めつつも、やはり落ち込むのは止めようがない。

僕の世界の一般常識が、まるで通用しない。

つまり――

「落ち込んでいるところ済まないが、少しいいだろうか」

顔を上げると、あの凛々しい女性の顔が映った。

僕の落ち込み具合が気の毒に思われたのだろうか、さっきまでと違って厳しい表情はしていない。

「私はシグナムという。ヤコウとやら、お前の境遇についてだが――」

説明してくれるのだろうか?

だとしたら有り難いことだが、もう予想がついてしまっている。

というか、確信している。

シグナムさんの言葉を手をかざすことで遮り、自分の意見を言う。

「いきなり、本当に突然現れた。……そうでしょう?」

「そーだよ。いきなり魔法陣が現れて、そこからドサッと落ちてきてな。でもお前、その様子じゃ魔法の事知ってんのか?」

勝気そうな少女が説明と質問してくるが、たった今信じる気になったというのが正解だ。

「……そうだね。この状況じゃあ信じざるを得ないだろうからさ」

「ふーん……。あ、言い忘れてたけど、アタシはヴィータな」

勝気そうな少女――ヴィータちゃんが名乗ってくる。

それにしても、こんな小さな子まで魔法の事を知っているのか、この世界は。

「それじゃ、ヤコウさんは別の世界から来はったってこと、シャマル?」

「そうですね、はやてちゃん。話を聞くと共通点はけっこうあるみたいですけど、それでもこの世界とは違う別の世界ですね」

「……帰ることって、出来るん?」

「それは……」

はやてちゃんとシャマルさんが気遣わしげにこちらを見ているが、その視線だけで結構知れてしまう。

「不可能ではない、ですけど……」

「限りなく不可能に近いがな」

言いよどむシャマルさんの言葉をシグナムさんが引き継ぎ、一刀両断してしまう。

「シグナム、少しストレートすぎるだろう……」

「……容赦ねーなー」

その言葉にヴィータちゃんが顔を引きつさせて苦言を呈している。

あと、そこの大きな犬が喋った気がしたが、ショックの受けすぎで幻聴まで聞こえるようになってしまったのだろうか?

「後回しにしていてもいずれ分かることだ。なら、早めに言っておいた方が受けるショックが多少はマシになるだろう」

正論である。

正論ではあるが、このシグナムさん、やけに男らしい性格をしていると場違いながら思ってしまう。

その堂々とした態度が、ツバキさんと重なる。

ツバキさんも、この場に居たらこれくらいの事を言いそうであるし。

「まず、他所の世界に行くだけなら、私たちでも可能ではある。しかし――」

そこで言葉を切り、そして――

「――そこからあなたの住んでいた世界をピンポイントで探すことは、不可能に近いんです」

シャマルさんがシグナムさんの言葉を引き継ぎ、僕に説明してくれる。

さっきのシグナムさんのストレートすぎる物言いを気の毒に思ったのだろうか。

「予想はついているでしょうけど、こういった世界は無数に存在していて、発見されていないものも含めるとかなりの数に上ります。そして、あなたの住んでいた世界が発見されていない世界だった場合、如何しようもありません。座標が不明ですから。それに、発見されていた場合でも、個人の力で行けないような遠いところにある世界の場合、これも如何しようもありません」

ファンタジーな理論あふれる、荒唐無稽もいい所な説明だったが、僕自身がそのファンタジー理論でここに跳ばされた以上、信じるしかない。

結論としては――

「ヤコウさん、帰れへんっちゅうことか……」

その通りです、はやてちゃん。

あーあ、もうなる様になるしかないか。

僕は相棒たる神機を担ぎ、玄関に向かおうとしたが、はやてちゃんに止められる。

「ちょお待ってください!どこ行くんですか?」

「いや、帰れない以上、食いぶちを探さないと……」

それが現実的な視点というものだろう。

帰れる可能性が絶対零度よりも低い以上、生きていくためには金がいる。

この世界は実に素晴らしいことに、アラガミが存在しないらしい。

なので、当然だが神機使いとして食っていくことは出来ない。

しかし、神機使いは神機を操るために『P57偏食因子』というものを投与されている。

これは副次効果として、超人的な身体能力が得られる。

そうでもなければ、あんなバケモノ共と生死を賭けた戦いを行い、かつ互角以上に渡り合うなど出来るはずもない。

なので、肉体労働をすれば食っていけるだろうと、気楽に考える。

『P57偏食因子』の事は誤魔化して説明すると、はやてちゃんはチッチッと指を振りつつ、言いつのってきた。

「ヤコウさん、自分が身元不明の不審人物ってこと、分かっとります?」

「へ?」

はやてちゃんの言葉に虚を突かれる。

あ、そういえば……!

「ヤコウさんはこの世界の人やない。つまりこの世界で生まれてない。よって戸籍が無い。つまり、朝霧ヤコウという人間の存在を証明するものが、この世界にはなーんも無いっちゅうことですね」

愕然とする僕。

今はかなり間抜けな顔をしていることだろう。

そんな僕に、はやてちゃんは止めを刺してくる。

「つまり、ヤコウさんは透明人間やっちゅうことです」

「え、あ、ええ、ええええええ!?」

あまりの事に、それ以外の言葉が出てこない。

周りを見ても、全員がその言葉に頷いている。

「それに、それ神機でしたっけ?そんなん持って歩いてて、警察に捕まらんで済むと思います?明日になる前に逮捕されるんとちゃいますか?」

ダメ押しの様なその言葉に、僕はガクリと膝を折った。

床にぶつかった神機の音が空しく響き、心の中まで空しくなってくる。

このまま野垂れ死ぬしかないのか。

そう思った時――。

「そんな行くところの無いヤコウさんは、ここに居ればええんよ」

驚いて顔を上げる。

どうでもいいが、今日は本当に驚いてばかりいると思う。

「なぁ、みんなもええやろ?だって、可哀そうやんか。いきなり訳も分からんと跳ばされて。こんなん誘拐されて放りだされたのと変わらへんやん。それに、ヤコウさんの事情を分かってあげられるの、私らだけやろうし」

ついさっき僕に絶望を突き付けた無邪気なその顔が、悲哀に歪んでいる。

この子は他人の不幸も同情で無く本当に悲しむことができる、優しい子なんだなと、何となくそう思った。

少なくとも、僕にとっては救世主と変わらない。

「主はやてのお決めになった事なら、私は依存ありません。個人としても、このまま放りだすのはさすがに気がひけます」

「それでいいと思いますよ。ここで会ったのも何かの縁でしょうし。それに何より、悪い人には見えませんから」

「ま、いいんじゃねーの。確かに可哀そうなやつだと思うし、シグナムの言うとおり、ここで放りだして野垂れ死にでもしたら後味悪いし」

「うむ、そうだな。主の言うとおりだ」

全員がはやてちゃんの言葉に賛成を示す。

だが、感動的な場面なのに悪いが、どうしても気になるころがある。

「えーと、この犬は……?」

「ザフィーラがどないしたん?」

「しゃべった……よね?」

「あー、なるほど……。普通は驚くわなぁ。ザフィーラ、自己紹介しいや」

はやてちゃんは納得がいったという表情で、ザフィーラに自己紹介をするよう促す。

「ザフィーラという。以後、よろしく頼む」

「あ、うん……。よろしく……」

何かもう、何があっても驚かなくなりそうだってくらい驚いた気がする。

改めて思うが、比喩なしで本当に世界が変わったんだな……。

「じゃあ、これからよろしくな、コウ兄!」

「コ、コウ兄?」

いきなりあだ名らしきものを付けてくるはやてちゃんに面食らう。

「うん、ヤコウやからコウ兄。どや、ええ呼び名やろ?」

「そ、そっか。うん、まあいいんじゃないかな」

僕の言い方がお気に召さなかったのか、少しむくれた表情になるはやてちゃん。

「他人事みたいに言わんとってー。これから家族になるコウ兄の大事な呼び方やん!」

「家族……?」

「そや。ひとつ屋根の下、みんなで協力して暮らしていくんが家族やろ?なら、私らは家族や!」

僕は元の世界では天涯孤独だったため、家族という言葉は非常に憧れがある。

家族、か――。

「――うん、分かった。有り難くその名前、受け取るよ。これからよろしくね、はやてちゃん」

「はやて、や」

「え?」

「はやて、って呼んでーな?」

「で、でも住まわせてくれる恩人に呼び捨ては……」

再度ダメ出しを食らいうろたえる僕に、はやてちゃんは顔は笑っているが目は笑っていないという、何でこんな歳で出来るんだという表情で僕に詰め寄る。

「家族なんやで?恩人も何もあるかっちゅーねん。迷惑かけて、かけられながら生きていくのが家族やし、人間やん。誰にも迷惑掛けてないっちゅーのは、誰とも関わっとらんいうことやろ?そんな関係、私は認めへんよ」

本当に――この子は何でこんなに大人なんだろう。

この子は人との繋がりをとても大事にしているのだろう。

さっきまでのおちゃらけた空気は霧散し、絶対に譲らないという意思が瞳に現れている。

「……敵わないな。わかったよ。これからよろしく、はやて」

僕がそういうと、はやてちゃん――いや、はやてはにっこりと笑ってこう言った。

「ん、よろしい。じゃ、これから私らは家族やで、コウ兄!」

――こうして、僕は八神家の一員となった。





出会いと別れが交差した、悲しいクリスマスの4ヵ月前の出来事――









――終りの一言――

はやての関西弁があんまり自信ないです……



[17292] 第二話『魔法と相棒と神機使い』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/03/16 09:42
※Coution!!

厨二病展開警報です!
どんとこい!という方も、ちょっとだけ興味ある、という方もどうぞごゆっくり。


















僕が八神家に――不可抗力とはいえ――やって来てしまい、家族となった日。

僕ははやてが寝静まった後のリビングに、ヴィータを除いた3人に呼ばれていた(因みに、ヴィータははやてと一緒に寝ている)。

話があるのだという。

その話と関連して、ヴィータがこちらを妙な目で見ていたことを思い出した。

敵意のある目では無かったが、何というか、理解できないものを見る様な目とでもいうか……。

流石にあからさまにそんな態度ではなかったが、それでも何度もそんな様子を見せられれば気づく。

関係は無いかもしれないが、それが何となく気になる。

「それで、話とは?」

テーブルについた僕が尋ねると、シグナムさんが口火を切った。

「まずは、あれに関連してお前の世界の事だ」

シグナムさんは顎でしゃくった先の物――神機に視線をやりながら答えた。

「ゴテゴテしていて仕組みはよく分からんが、ともかくあれは武器なのだろう?しかもあの大きさだ。とても一般人が持つものとは思えん。ヤコウ、お前は戦いを生業にする人間なのだな?」

尋ねてはいるが、シグナムさんの表情を見る限り、もはや確信しているようにしか見えない。

「……訊くまでも無く確信してるんじゃないですか。それを尋ねる意味は何です?」

少々ムッとしたのが声色に乗ってしまったが、元来腹の探り合いというのは好きじゃないし、何より先ほど家族と認め合った人たちだ。

こんな事はされたくないし、したくない。

僕の態度にも腹を立てず、シグナムさんはこちらをじっと見つめている。

「家族には隠し事はしないというのがはやてちゃんの考えです。本当ははやてちゃんも交えて話したかったんですけど、ヤコウ君の事情はとても血生臭い話になりそうだってヴィータちゃんが言ってたんです。だから、こうして待ってもらっていた訳です。遠回しな言い方は謝ります。でも、私たちの気持ちも理解してください。――戦いに、身を置いていたんですね?」

シャマルさんが真剣な表情で考えを告げてきた。

なるほど、戦いの場に身を置いていた人間が周囲に居れば、警戒するのも当然か。

ただ、そうなると気になることもできる。

「ええ、そうです。僕は戦いの場に身を置いていました。それによって生計を立てていたのも本当です」

正直に僕は言った。

確かに家族に隠し事は無しという考えは理解できるし、シャマルさんの言うとおり血生臭い話になるので、はやてに聞かせられないというのも分かる。

はやてに隠し事をするのは心苦しいが、はやてはまだ子供だ。

聞かせるべきでない話というのも、少なからずあるだろうし。

「でも、そうなると疑問がありますね」

「何だ?」

「なぜ、僕が戦いを生業にしていると分かったんですか?皆さんの様子を見ていると、アレを見たから、というわけでも無さそうですね。それに、これは僕の勘ですが皆さんも戦いに関連する何かをしていますよね」

あちらの僕に対する確信と同様に、僕もあちらに関して確信していることがあった。

シグナムさんたちからは――少し驚いたが、ヴィータも含めて――戦いの気配がする。

シャマルさんからはガチでぶつかり合うような攻撃的な感覚はしないが、それでも欠片も動揺することなく戦いを――飾らず言えば殺し合いを――冷徹に観察できるだけの度胸が備わっているみたいな気配がする。

「ほう、その歳で大したものだ。余程よい師に恵まれたか、かなりの修羅場をくぐったのだろうな」

僕が言ったことに対する肯定だったが、僕はシグナムさんが言った師という言葉に少し胸を痛めた。

新米だった僕を導き、自分は嵌められながらも僕たちに生きることを諦めさせず、最期まで神機使いとしての――人を守る者としての生き様を示した恩人。

あの人の後を継いで第一部隊の隊長になったような僕だが、任命されて二年がたった今でも敵う気がしない。

「如何したのだ、上の空になっているぞ?」

思い出に浸っていた僕の耳に、ザフィーラの声が響いた。

いけないな、今考えるべきことじゃなかったか。

「いえ、何でもありません。僕の事は気にしないでください。それで、如何なんですか?」

「ふむ……。まあ、お前の思っている通りだな。我ら4人の過去は、血と戦いに彩られた血みどろの道だったわけだが……」

そこで一旦言葉を切り、僕の目を見つめてくるシグナムさん。

逸らすことを許さない、といった感情が窺える、とても真剣な瞳をしている。

「ここから先は、かなり突っ込んだ話になる。それこそ我らの存在に関わるような、な。主はやての人を見る目は我らも信頼しているが、私としては最後は自分の目でお前を見極めたいと思っている」

なるほど、つまりは……。

「はやてが僕を信じるから自分も信じる、では無くて、はやてが信じて、かつ自分もそうだと確信したから信じる、という段階に持っていきたい、ということですか」

「理解が早くて助かる」

シグナムさんはフッと笑うと立ち上がって、神機を持って付いてくるように促す。

家の外に出て、庭まで来ると同じようについて来ていたシャマルさんにこう促した。

「シャマル、何処か適当な異世界に転送してくれ。あまり障害物が無いところがいいが」

「それはいいけど……。シグナム、あなたのその考え方は相変わらずねぇ」

苦笑しながら言うシャマルさんに、シグナムさんも苦笑しながら言う。

「そう言うな。騎士としての性分というものだし、私はこの方法が一番正確に相手が掴めるからな」

「だが、ほどほどにな」

「分かっている、……と言いたいところだが、こればかりは確約できんな、ザフィーラ」

三人はこれから何をするのか分かっているようだが、当然僕は分かっていない。

困惑しつつ、僕はシグナムさんに尋ねた。

「あの、これから何を……?」

「まあ待て。ではシャマル、頼む」

シグナムさんがそう言うと、シャマルさんが構えをとるような姿勢になり、一瞬目が眩むような光を放ったかと思うと若草色をしたローブの様な格好に変わっていた。

突然の出来事に呆気にとられていると、今度はシャマルさんの足元に頂点が丸で縁取られ、内部に幾何学的な文様が施された三角の図形が現れ、僕たち4人を若草色の光が包み込んだ。

そして一瞬の後、僕たちは何もない原っぱにいた。

地平線すら見えていて、本当に何にもない。

ついさっきまで八神家の庭にいたはずだが……これが魔法なのか?

「さて、では始めるとしようか。――レヴァンティン!」

僕が辺りを見回していると、シグナムさんが首から下げられていた剣をデフォルメした様なペンダントを手に取り、名前を呼び掛けた。

すると、ペンダントから合成された音声の様な機械的な声が聞こえ、薄紫色の光に包まれたかと思うと、シャマルさんの時と同じように瞬時に格好が変わっていた。

戦装束と言えばいいのだろうか、手には籠手を付け、脚には脛当て、極めつけは腰に穿いた剣。

シグナムさんの元々の凛々しい容姿と相まって、僕は一つの連想をしてしまった。

「何か、戦士というか、騎士みたいですね……」

「そうだ、私は守護騎士ヴォルケンリッターが将、シグナム。ヤコウ――」

僕の呟きを肯定すると、シグナムさんは剣を抜き、切っ先を僕に向けた。

そして――。

「――構えろ」

その宣言で全て理解した。

要するにこの人は――

「私は無骨者だ。故にこんな方法しか思いつかんが、打ち合えばその者の本質が大体見えてくる。腐るほど戦ってきた私だからな」

――戦いを通して人となりを見極める、か。

本当に、騎士道や武士道といった言葉が似合う人だな。

構えた剣――レヴァンティンと言ったか――のように真っ直ぐで、一途な人なのだろう。

「なるほど、分かりました。僕は人と戦ったことは数回しかありませんが、それでも全力でお相手しましょう」

戦ったと言っても……あれは、部隊長としての責務でやった事なので、はっきり言って思い出したくない。

その日から、随分眠れない日が続いたし。

「それでいい。ああ、一応言っておくが、私は魔法も使うからそのつもりでな。お前も魔法とは違う力を持っているようだが、出し惜しみなどするなよ」

そう言ってニヤリと笑うシグナムさん。

暗に、負けた時の言い訳にされては堪らんからな、と言っているのだろう。

無論、僕は戦いに関して手を抜いたことなど無い。

僕たち神機使いの敗北は死、ひいては背後にいる守るべき人たちの死に繋がっているのだから。

装備をチェック。

今の装備はロングブレード・雷刀 改、スナイパー・ヤタガラス、抗汎用シールド 改、強化パーツの類は無し。

……武装が変わっている?

僕はアジトに踏み込んだ際、ショート・アサルト・バッグラーの組み合わせをしていたはずである。

狭い空間での戦闘を想定し、取り回しのいいそれらの装備を選んでいた。

だが現在の装備は、今言った通りに変わっている。

装填しているバレットは2つとも氷属性で、MサイズのノーマルとSサイズのレーザーか。

これも僕のバレットの中には選択していなかったはずだが、何故か装填されている。

……不可解なことだが、魔法の影響という事で自己完結しておく。

どうせ考えたって分かりはしないし、今は目の前の事象に集中すべきだ

まあ、ロングブレードだったのは正直助かった。

情報不足の相手には、スタンダードな武装が一番確実だし。

一通り確認が済み、僕はシグナムさんと向かい合った。

「用意はいいか?では……行くぞ!」

開始の合図もそこそこに、シグナムさんが居合のように剣を構えた。

そのままジリジリとこちらを窺っていたが……。

「……穿空牙!」

――速い!!

踏み込んでの単純な一閃だが、移動距離が半端では無く長いうえに、スピードも信じられないくらい速い。

更にレヴァンティンは薄紫色の光を纏っており、見た限り威力は絶対に強化されている。

目にも止まらぬ、とは正にこのことだろう。

この技を実現しているのが魔法だと言うなら、僕は魔法を舐めていた。

一瞬の油断が命取りだ。

迫りくるシグナムさんを、僕は反射的にサイドステップで避けた。

ゴゥッ!という空を裂くような音を響かせながらシグナムさんが僕の横を通過して行く。

追撃しようかと思ったが、もうシグナムさんはこちらを向いて臨戦態勢をとっている。

「なかなかやるな。今のは手加減なしだったのだが」

そう言うシグナムさんの顔には、うっすらと笑みすら浮かんでいる。

今の言葉を信じるなら、必殺の一撃を避けられたというのに。

「どうした、ヤコウ。ぼうっとしているだけでは面白くないぞ。お前の全力を見せてくれるのではなかったのか?」

「……分かりました。それじゃあご要望通り、僕の戦いをお見せしましょう」

先ほどまでのシグナムさんと同じようにあちらの隙を窺うが、まるで見えない。

そもそも僕は、対人戦の経験が圧倒的に不足している。

相手にしてきたアラガミ達は、そこそこ知性を有しているものの、やはり人間に比べれば圧倒的に劣るものばかりだ。

そもそも人間並みの知性を有しているアラガミなんていたら、とっくに人類は絶滅していただろうけど。

だからと言ってアラガミが弱いなんてことは無く、むしろ強いのだがその強さの質は人間の強さの質とは違う。

比べるのは愚かというものだ。

(グダグダ考えても仕様が無い。ここは迷わず行く!)

結局こうなるのだ。

まあ、敵の情報が不十分な状態での戦闘なんて腐るほどやってきた。

だが、それを乗り越えてきたのが僕たちだ。

臨機応変――悪く言えば場当り的――な対応は慣れている。

「――はぁっ!」

全身のバネを使って一瞬でトップスピードに乗り、距離を詰めて大上段からの一撃を繰り出す。

シグナムさんはそれを真っ向から受け止めた。

インパクトの瞬間、雷刀改から火花が散り、ギャリギャリと不快な音が響く。

そして力比べが始まるが、シグナムさんは一向に引かない。

その細腕のどこにそんな力があると言うのか、全く信じられない。

このままでは埒が明かないため、シグナムさんの剣をカチ上げ、無防備になった下段から切り上げる。

いける、完全に決まったと思った。

だが……。

『Panzergeist』

突然機械的な声が聞こえたかと思うと、シグナムさんの周囲に光の力場の様なものが出現。

金属同士がぶつかった様な音を響かせ、雷刀改での攻撃が阻まれた。

シグナムさんが何かをしたようには見えなかったが、これも魔法だろうか?

光が消え、蹈鞴を踏んだ僕にシグナムさんが上段からの振り下ろしを仕掛けてくる。

避けられない――。

そう判断した僕は、シールドを展開して攻撃を受け止める。

シグナムさんも少々驚いたようだ。

初めて神機を見たということだから、いきなり盾が出現したように見えたのだろう。

防御に成功した僕は、シールドで剣を押し返し、バックステップで距離をとった。

「成程な。色々と複雑な機構を有していると思っていたが、そういう機能もあるのか。少々驚いたぞ」

「それは此方も同じですよ。物理的な現象以外で攻撃を防がれたことなんて、それこそ初めてなんですから。いろいろ常識がひっくり返りそうですよ」

本当に、僕の世界の常識で計らない方がいいだろうな。

何が飛び出してくるか分かったもんじゃない。

ということで、先手必勝。

まだ見せていない形態で怒涛の攻めを展開して、一気呵成に勝負を決めるしかない。

(よし、行くぞ!)

『了解、マスター』

心の中での言葉に返事があったことに驚き、思わず神機を見つめる。

何故か知らないが、うっすらと光を放っている。

『一気に決めましょう、マスター。フォームチェンジ、ガンフォーム』

「あ、ああ。行くぞ」

疑問は尽きないが、ひとまず置いておく。

刀身パーツが縮小して柄の部分に引っ込み、逆に今まで柄の部分に縮小されて収納されていた銃身パーツが拡大される。

ヤタガラスがその漆黒の銃身を露わにし、バレットが装填されて冷気を帯びる。

一秒とかからずその姿を変えた神機に、シグナムさんはおろか、シャマルさんとザフィーラも目を丸くしている。

だが、残念ながら持ち直す時間はあげられない。

隙は突かせてもらいます!

『マスター、相手は現在一時的に注意力散漫です。攻撃のチャンスかと』

「分かっているさ!」

言われるまでもない。

僕はノーマルとレーザーを撃ち分けながら、シグナムさんを中心に回転する様に動きつつ、動きを制限していく。

しかしシグナムさんも然る者、素早く立ち直るとこちらの攻撃を紙一重で避けつつ、距離を詰めてくる。

だが、このままそれを許すわけにはいかない。

『マスター、レーザーをHレーザーに交換することをお勧めします。このままでは接近を許します』

「僕もそう思っていたところだ。頼む!」

『了解。氷属性Hレーザー、装填』

神機が戦闘の状況を的確に判断し、提案までしてきたことに驚きを感じるが、嬉しさも感じる。

こいつは今まで生死を共にしてきた相棒だからだろうか。

何にしろ心強い。

シグナムさんは此方の攻撃を紙一重で避け切っている。

素晴らしい見切りだし、僕も見習いたいと思うが今回はそれが命取りだ。

シグナムさんが跳び上がってノーマルでの攻撃を避ける。

(今だ――!)

Hレーザーを発射。

氷属性の蒼い軌跡を残しながら、シグナムさんに迫っていく。

シグナムさんは紙一重で避けようとするが、Hレーザーは起動を変更、シグナムさんの方向に迫っていく。

Hレーザーはある程度相手の動きをち追尾するので、この位は造作も無い。

驚きに目を見開くシグナムさんだったが、どんな反射神経をしていると言うのか、直撃コースだったというのに肩に掠っただけで済ませてしまった。

腐るほど戦ってきたというのは伊達では無いらしいが、それでも空中で体勢を崩している。

僕にとってはそれで十分だ。

僕は神機をブレードフォームに変形させつつ、素早くシグナムさんに接近する。

シグナムさんはまだ体勢を立て直せておらず、チャンスは今しかない。

使うか迷ったが、そんな僕の気持ちを察したのか、相棒から頼もしい言葉が告げられた。

『マスターが相手と打ち合ったデータを元に、刃の部分を魔力で覆っています。捕食するときも同様です。いわば刃を潰した状態ですので、死に至ることはありません。それに、今の私なら相手がアラガミで無くとも大丈夫です』

と、いうことらしいので、遠慮は要らないようだ。

シグナムさんに接近した僕は、ブレードフォームからのフォームチェンジを開始する。

刀身の部分が引っ込んでいき、それとは反対に柄の両側部分から何の生物とも知れない、化け物としか表現しようのない顎が姿を現す。

神機使いを神機使いたらしめている最大の特徴である捕食形態、プレデターフォーム。

突然バケモノの様に変形した神機を目にして、さしものシグナムさんも顔を引き攣らせている。

ザフィーラも同様だし、シャマルさんに至っては小さく悲鳴までもらしている。

僕も初めて目にしたときにはビビったので気持ちは分かるが、今は遠慮はしない。

シグナムさんに向かって顎を繰り出し、捕食する。


捕食といっても、実際に齧るわけではない。

アラガミの場合は対象が死んでいれば本当に喰らい尽くすような感じになるが、生きていれば違う効果になる。

神機を通して一時的に使用者を活性化させ、身体能力を劇的に向上させる。

さらに新型神機使いに限り、捕食した相手の性質に応じて使い捨てではあるが特殊なバレットを入手できる。

シグナムさんは何とかあの光の障壁で防御してきたが、捕喰形態の真価はその攻撃自体ではなく、僕たちの一時的な身体能力向上と、相手の性質を奪うことにある。

それに、捕喰形態に限っては防御も無駄である。

制御されているアラガミとも言える神機だが、オラクル細胞の賜物か、その食い意地の悪さは悪食というレベルですら生ぬるいほどだ。

よって、生き物に喰らい付けば防御などものともせずに何かしらの性質を奪っていく。

シグナムさんからの捕食を成功させた僕は、身体に力が漲っていくのを感じつつ、並行して手に入れた特殊バレットを確認する。

「放射連結刃……。どんな性質のバレットなんだ、相棒?」

『放射状に広がった連結刃が相手を追尾する、誘導弾系統の性質を持つバレットです』

僕が確認をしていると、シグナムさんから声がかかる。

「大層な攻撃方法をとったようだが、見かけ倒しだったのか?随分軽い手ごたえだったが。今度は私から行くぞ!」

シグナムさんが先ほど見せた踏み込みからの一閃で距離を詰めつつ攻撃してくる。

さっきは避けたが、今回は真っ向から受け止める。

少し押されながらも踏みとどまり、鍔迫り合いの体勢に移行する。

ちょっと前までの焼きまわしのような光景だが、決定的に違うところがある。

「ぐぅっ……!ヤコウ、今まで全力では無かったのか!」

「いえ、間違いなく全力でした。少しパワーアップしただけですよ!」

僕がシグナムさんを押し込んでいる。
ジリジリと、少しずつだが有利な体勢へと持ち込み、圧倒していく。

「パワーアップだと?……先ほどの妙な攻撃のことか。攻撃そのものが目的ではなく、お前の言うパワーアップとやらが目的だったのか……ぐっ!」

シグナムさんの言葉を視線で肯定する僕。

体勢を崩され、踏ん張りが効かなくなってきているシグナムさんを力任せに弾き飛ばす。

たたらを踏みつつ後退したシグナムさんだが、素早く体勢を立て直すと何処からか鞘を出現させ、剣を収めた。

(またお得意の一閃か?いや、ついさっき防がれた攻撃をもう一回してくるほどワンパターンじゃないだろうし)

そう考えていると、果たして僕の予想は的中したらしい。

ただ、その攻撃方法には度肝を抜かれたが。

「レヴァンティン!」

『Schlangeform』

機械的な声と共にレヴァンティンから弾丸を装填する様な音が響き、そして鞘から抜かれ再び姿を現したその剣は大きく姿を変えていた。

蛇のようにうねりながら猛スピードでこちらに接近してくる刃を紙一重で避けると、取って返して此方の背後を狙ってくる。

「逃がさん!」

シグナムさんの声と共に、此方の動きを制限してくるような軌道を刃がとっているので、このままでは追い込まれる可能性が高い。

それに、馬鹿正直に防御しようものならそのまま絡め取られて一巻の終わりだろう。

「成程、これが連結刃か……。相棒、同じようなものを僕たちも一度撃てるんだな?」

『まったく同じではありませんが、大凡同じです』

「十分だよ。問題なし」

話している間にも、連結刃の包囲網は狭まってきている。

打開策が無ければこれで詰みだっただろうが、幸いなことにさっきシグナムさんから手に入れた特殊バレットがこの状況を打破する鍵となってくれる。

なにより、僕は最後まで絶対に諦めない。

リンドウさんも言っていたではないか。


――とにかく生き延びろ。後は万事、どうにでもなる。


……回想している場合じゃないか。

ガンフォームに変形させ、特殊バレット・放射連結刃を装填、シグナムさんの連結刃に狙いを定める。

「行けえぇぇっ!」

一際派手な音を上げて放たれたコピーの連結刃が、前方向に放射状に撃ち出されていく。

オリジナルの連結刃と同じように唸りを上げながら、シグナムさんの連結刃への直撃コースを進んでいく。

「何っ!馬鹿な、あれは私のシュランゲフォルムと同じ……!?」

またまた度肝を抜かれたらしいシグナムさんだが、そんな驚きなんて関係なく連結刃同士がぶつかり合い、大きく撓んだ。

僕が発射した連結刃は激突の後に消えてしまったが、シグナムさんの連結刃も無事では済んでいない。

刃そのものはまったく無事だが、激突の衝撃によって今までの鋭い動きを喪失し、ただ空中に浮かぶのみとなっている。

この機は逃せない。

僕は駆け出しながら剣形態へと神機を変形させ、浮かぶのみの連結刃を避けながらシグナムさんへと接近する。

シグナムさんは連結刃を引き戻しているが、今は完全に死に体だし、あんな緩んだ連結刃では防御すべくも無いはずだ。

「今度こそ終わりです、シグナムさん!」

終わりにすべく、僕は振りかぶったブレードを振り下ろした。

……が。


――ギイィィン!


硬質な音と共に、僕の刃は受け止められた。

確かに、連結刃はまだ引き戻されていない。

では何に――?

「鞘……?」

僕の呆然とした呟きに、シグナムさんが称える様な声音で言う。

「見事な戦術だ、私にこれを使わせるとはな。これで魔法を相手にした戦闘が初めてというのだから恐れ入る」

そうこうしている内に連結刃が完全に引き戻され、変形前の普通の剣の形態になる。

距離を取らなければまずい。

もうバーストモードの制限時間も切れてしまっている。

僕は距離を取ろうとしたが――

「正直ここまでやるとは思わなかった。しかし、残念だがこれで終いだ」

『Explosion』

シグナムさんの言葉と共に、レヴァンティンからコッキング音が響き薬莢が排出され、その刀身に炎が纏わりつく。

僕のブレードは相変わらず鞘と競り合っていて、とてもじゃないが逃げ出せない。

弾き飛ばそうにもパワーが足りず、無理な相談となっている。

「紫電……」

シグナムさんから感じる圧力が爆発的に高まっている。

まともに食らえばただでは済まないだろう。

だがしかし、逃げ出せない。

「……一閃!」

紅蓮の炎を纏った刃が僕に向けて繰り出される。

達人の刃は相手に痛みを感じさせないと言うが、シグナムさんの一撃は正しくそれだった。

本当に痛くないんだなぁ、という場違いな感想と共に、僕の意識は途切れた。





――the third person――

ヤコウがシグナムの『紫電一閃』の一撃を受けて吹っ飛ぶ。

シグナムも片腕で放ったため全力では無かったようだが、それでもまともに食らえば人一人の意識など刈り取って余りある攻撃である。

現にヤコウは吹っ飛んで地面にぶつかった後、2回ほどバウンドしてさらに5メートルほど転がり、やっと止まった。

そしてピクリとも動かず、完全に気絶している。

これだけの一撃を受けたというのに神機を手放さないのは、もはや無意識レベルでの生存本能だろうか。

その様子を見届けて、シグナムは剣を鞘に納め、騎士甲冑を解除した。

ふう、と息をつくシグナムの表情には満足感が垣間見える。

「ふう、暫くぶりだったな、こんなに心が躍ったのは。予想外に興が乗ってしまったが、ヤコウは大丈夫か――」

「そんな訳ないでしょう!」

シャマルらしからぬ大声での一喝に、シグナムは思わず身を竦める。

「な、何だシャマル。何か問題でもあったか?勝負自体にはお前も賛成だっただろう」

「ええ、勝負自体には賛成したわ。あなたの言い分も尤もだと思ったから。でも、これはやりすぎよ!もっと手加減すると思ったのに!」

そう言ってヤコウの方を見やるシャマル。

そこには相変わらず大の字で気絶しているヤコウがいる。

「だから、何が問題だと言うのだ。我らは正々堂々戦い、雌雄を決した。それに何の問題があるという」

シャマルが何を問題視しているか、シグナムは気付いていない。

まあ、魔法が存在する世界では当たり前の事なので、意識が行かないのだろうが。

若干キレ気味のシャマルに代わり、ザフィーラが溜め息を吐きつつシグナムに言う。

「……シグナム。ヤコウは魔法が存在しない世界から来たのだぞ。当然、騎士甲冑やバリアジャケット、それに類するものを装着していたとも思えん。その無防備な身体に、よりによって紫電一閃の一撃を加えればどうなるか想像がつくだろう。結果はあの有様だ」

シグナムはハッとしたようにヤコウの方を見た。

何度見ようとも、まるで動かず意識を飛ばしている。

ヤコウにとって想像を絶する一撃だったことは明白だ。

「はあぁぁぁ……。もう、シグナムの悪い癖ね。興が乗ると手加減が出来ないその性格。……で、どうだったの?」

「な、何だ?」

自分がやり過ぎたことを悟ったシグナムは、若干挙動不審になりながら返事をした。

「ヤコウ君のこと、どう思った?」

「な、何?」

「何?じゃないでしょう。それを確かめるために戦ったんじゃないの?」

「あ、ああ、その事か。戦った感じだが、どうも我々の様に人間を相手に戦っていたわけではないと思う」

「なぜそう思うのだ?」

シグナムの感想に、ザフィーラが疑問を差し挟む。

「人間を相手にしていたにしては、一つ一つの振りが大味だったからな。だが、大雑把という訳でもなく鋭い一撃だったし、それで完成されていた」

「でも、それだけだと根拠としては弱くない?」

「あくまで私の勘だ。事実はヤコウに訊いてみなければな」

「……それを気絶させた張本人が言ってもねぇ」

「まったくだ」

「ぐっ……!」

ジト目で見てくるシャマルとザフィーラに、シグナムは反論もできず押し黙る。

「……ヤコウ君、私の見立てだと2日は目を覚まさないわよ。単なる気絶だから、治療も出来ないし」

「むしろシグナムの紫電一閃を生身でうけて、僅か2日で目を覚ませられるなら僥倖だろう。本気では無かったことを差し引いても、常人ならさらに長く気絶している」

「まあねぇ。そこは戦いに身を置いていた人間の面目躍如って所かしら?」

ますますシグナムの肩身が狭くなってゆくような話題を話していると――

『――済みません、皆様。宜しいでしょうか?』

「……ん?誰だ?」

『此方です』

3人が神機の方を向くと、神機はぼんやりと光りながら更に話を続けた。

『皆様方、マスターの事情はお聞きで無いのですか?』

「ええ、まあね。……というか、あなたデバイスだったの?相当高性能なAIを積んでるみたいだけど」

『いえ、この身は意思など宿さない唯の神機でした。しかし、魔法に触れたことにより、マスターが記憶していた大切な記憶とオラクル細胞が共鳴し、私は進化したようです』

「オラクル細胞?シャマル、ザフィーラ、知っているか?」

シグナムの問いかけに、2人は首を横に振った。

『それも含めて、皆様にデータをお渡ししましょう』

「でも、ヤコウ君に許可を取らなくていいの?」

『問題ありません。元々マスターは皆様にお教えする気だったようですし。では、皆様のデバイスに転送します』

………………


…………


……


「これは……本当なのか?ヤコウはこんな、滅亡から辛うじて踏みとどまっているような世界から来たと?」

「そんな……」

「……言葉が浮かばんな」

3人は信じられないというような表情だったが、無理もない。

永劫とも言える時を生き、戦いに明け暮れたヴォルケンリッターといえど、人間が他の生物から滅ぼされかかっているような光景は流石にお目にかかったことが無い。

『全てを語った訳ではありませんが、それがマスターの生きてきた世界です。マスターは皆様ほどの年月を戦い抜いた訳ではなくでは無く、まだ3年足らずですが、それでも人を守るために命をかけて戦ってきました』

3人は黙って神機の言葉を聞いていた。

滅亡寸前の世界で人類を守るために、危険な戦場に赴く。

それも、まだ子供と言っていい歳から。

力があるから、適合者だから。

それは、何て、何て――

「ヤコウもまた、騎士であるのだな……」

「ええ、そうね……」

「うむ……」

その姿は尊いと、三人は思った。

無論、綺麗な面ばかりではないだろうことは、三人にも予想がついた。

だが、自分を危険にさらして人類を守るその姿は、誇りある騎士そのものだと思った。

『……!マスターの意識が回復していきます。もうすぐ目を覚ましますよ』

「え、本当!?2日は目を覚まさないと思っていたのに」

『実は、シグナム殿の攻撃が当たる直前、魔力ダメージを緩和する障壁を張ったのです。なので、そう大したことも無かったのですよ。もっとも、全ての衝撃を防ぐことは出来ず、ああなりましたが』

「そ、そうだったのか……」

あからさまにほっとした様子を見せるシグナムに、シャマルがくぎを刺す。

「……シグナム、反省はしなきゃダメよ?」

「……本当にな」

「わ、分かっている!2人して言うな!」



――the third person END――




――side Yakou――

「ぅうう……。あー痛……」

どうやら今まで気絶していたらしい。

地面に大の字になっているらしく、目の前には空が広がっている。

「ヤコウ、大事ないか?」

聞こえてきた声の方にはシグナムさんたちがいた。

もうあの戦装束みたいな格好では無く、普通の服を着ている。

とりあえず、身体を起こして立ち上がる。

多少ふらつくが、大した問題にはならない。

「ええ、平気です。いや、それにしてもシグナムさんは凄いですね。気絶する様な一撃を受けるなんて本当に久しぶりですよ」

「そ、そうか?いや、まあ、その……大したことが無くてよかった」

「?」

何だかどもっているシグナムさんを不思議な表情で見ていると、相棒の声がした。

『マスター、お早うございます。そういえば、まだ言っていませんでしたね。初めましてというのもおかしいので、これからも宜しくお願いします』

「ああ。……というか、何で急に喋れるようになったんだ?」

『それはですね――』

そして相棒から説明を受けて、呆れつつも納得してしまった。

「何て言うか、アレだな……。オラクル細胞って、もう何でもアリだな?」

実際この状況を鑑みると、そうとしか言えないと思う。

神機が自我を持つなんてことになったら、榊博士なんかは大喜びしそうだが。

「ヤコウ。済まないが、お前の大体の事情はその神機から聞いた。その上で言う。我らはお前を信用する」

相棒と話していると、それを制してシグナムさんがそんな事を言ってきたので驚いた。

シャマルさんとザフィーラの方を見てみるが、2人とも頷いている。

「お前の世界の事情は基本的なことしか聞いていないが、それでも剣を交え、その神機の話を聞いて分かったこともある」

話が急すぎて、ちょっと置いてけぼりを食らっている様な感覚になる。

いや、認めてもらえたことは素直に嬉しいが。

「何かを守るために戦う者は、信ずるに値すると我らは考えている。その神機に聞いた。ヤコウ、お前のその戦いに臨む心は澄んでいて尊いと思った」

――それは違う。

初めはそうだったかも知れない。

シグナムさんの言うとおり、守るための戦いに誇りを感じていた。

神機使いは僕らの世界では優遇されたりしているため、妬みを受けることもあったが、それでも僕は満足していた。

英雄気取りだったかもしれない。

だが、2年前のあの日――。

支部長のアーク計画を否定した日に、僕の戦いはエゴを押し通すものになった。

そのこと自体に不満は無い。

しかし、アーク計画を否定すること――つまり終末捕食を否定してしまったことは、地球の再生システムを根本から否定する大罪だと、僕は思った。

後悔はしていない。

僕は自分の大事なものを守りたくて、支部長は人類という種そのものを守りたくて、それでぶつかり合った結果僕たちが勝ち、シオのおかげで未来を勝ち取ることができた。

でも、地球は未だに悲鳴を上げ、人類はこれからも永劫アラガミと戦い続けるのだろう。

僕たちは、全ての人類にその未来を強要したとも言える。

永遠に罪を償い続ける道を。

だから、僕にはそんな賞賛を受ける資格など無い――。

『――マスター。あなたの考えていることは分かっていますが、それは一面での真実でしかありません』

相棒が静かに、だが真剣に語りかけてくる。

『マスターは心から守りたいと思うものがあったのでしょう?大げさに言えば、世界と引き換えにしてでも。確かに、大手を振って喧伝できるような立派なことではないでしょう。しかし、だからと言ってあっさりと切る捨てられるべきものでもない。そもそも、大切なものなど人によって違うのですから』

相棒の言うことは僕にとって都合のいい意見だが、それでも僕の精神は持ち直した。

「……そうだな。すべて背負うと、決めていた」

『そうです。それに、マスターは実行していたではないですか。永遠に罪を償い続ける、という途方もないことを。知っていますよ?単独任務で、危険度の高いミッションを優先して受けていたこと』

「……まいったな。知っていたのか?」

『当然です。私はマスターの相棒ですから』

敵わないな、本当に。

もしかして、俺の事なら何でも知っているんじゃないか?

「ヤコウ君、大丈夫ですか?」

沈んでいた俺を心配してか、シャマルさんが痛ましげな表情で僕に声をかけてくる。

「ええ、一人で勝手に落ち込んですいません。もう大丈夫ですから」

「済まない、どうやら無神経な言葉だったようだ」

シグナムさんも気遣わしげな表情をしている。

僕としては自分で勝手に落ち込んでいただけに、逆に畏まってしまう。

「いえ、本当に気にしないでください。僕が一生抱えていくべき事なんですから」

そう、これは僕が死ぬまで背負っていくべき十字架だ。

だれかに甘えていい事柄ではない。

「……ふむ、分かった。私たちはお前の事情とやらにはこれ以上首を突っ込まない。だが、それ以外で私たちを頼りたいことが出来たら遠慮はしないでほしい」

「そうですよ。私たちは家族でしょう?」

「その通りだ」

3人の言葉に嬉しさがこみ上げる。

皆の瞳には優しい色が宿り、僕を見つめている。

「……ありがとうございます」

いけない、不覚にも泣きそうになっている。

それに気づいたらしい3人が、からかう様な言葉を投げかけてくる。

「なんだ、泣いているのか?涙もろいヤツだな」

「あらあら、うふふ」

「……フ」

いけない、このままでは泣き虫になってしまう。

「ち、違いますよ?本当に違いますからね!?」

「フフフ、そういう事にしておいてやろう」

「だから泣いてないですって!」

シグナムさんの言葉を力いっぱい否定する僕だったが……。

『マスター、説得力ゼロです。演技の練習をすることを進言します』

「ちょ、おま!?」

相棒の一言で笑いの渦が巻き起こり、3人とも声を上げて笑っている。

ぐぐぐ、ちくしょうめ。

おかげで此方も涙なんて引っ込んでしまった。





ひとしきり笑った後、シャマルさんが八神家に帰るべく転送の準備をしていると……。

「そう言えばヤコウ。お前のその神機に名前は無いのか?」

シグナムさんがそんな事を言ってきた。

「……ああ、そう言えば無いですね。刀身や銃身には名前が付いているんですけど」

考えてみれば、刀身やら銃身には専用の名前がちゃんとあるが、神機自体には無い。

神機というそれ自体が名前であるし、他にも旧型、新型とか、近距離型、遠距離型といった区分けの様な感じでしか付いていなかった。

「自我まで持っているのにそれでは寂しすぎるだろう。生死を共にする相棒ではないか」

ふむ、考えてみればそれもそうだ。

いつまでも『相棒』じゃあ座りが悪いしな。

「うーん、では……」

神機は……剣で切って突いて叩き壊して、銃で相手を撃ち貫く……、って感じかな。

銃と剣、……銃剣。

銃剣?

「……ベイオネット」

「ベイオネット?」

『――英語で『銃剣』の意ですね。成程、剣と銃に自在に変形する私には丁度いい呼び名でしょうか』

「ほう、いいんじゃないか。響きもなかなかで」

シグナムさんも賛成なようだ。

ネーミングセンスを疑われるような名前のチョイスでなくてよかった。

「――さあ、準備が出来たので帰りましょうか」

どうやら転移の準備が出来たようで、シャマルさんが呼んでいる。

色々あった1日だったが、明日からの日々が楽しみでもある。

家に帰ってきた僕たちは、おやすみと挨拶をして、それぞれの部屋へと別れた。

はやてが用意してくれた部屋で布団に横になりながら、右腕に付いている腕輪を何となく眺める。

あれからベイオネットがまた新機能を発揮して、この腕輪の中に収まってしまったことは些細なことだ。

今日は驚きすぎて、感覚がマヒしているんじゃないかという疑問は置いておく。

腕輪を眺める僕に、ベイオネットから声がかかった。

『マスター、この世界は実に平和です。我々が戦うべきアラガミもいません。そんな世界で、マスターは何を守っていきたいですか?』

何気ない質問だが、これからの僕の生き方を決める指針といってもいい答えを出させる質問だ。

だが、僕の答えは決まっている。

「家族を……僕を受け入れてくれた皆を、そしてこの平和な毎日を守っていくさ」

僕を受け入れてくれたはやて、それにシグナムさん、シャマルさん、ヴィータ、ザフィーラ。

皆の笑顔を守っていく。

『……安心しました。世界は変わっても、マスターはマスターですね』

「そんな簡単に人間の本質が変わるわけないって」

ベイオネットの言葉に苦笑しつつ、僕は疲れから眠りに就いた。





――翌日。

話を聞けなかったヴィータに連れ出され、シグナムさんと同じように戦いを挑まれた事は小さな出来事だ。

異議は認めない、主に僕の精神の安定のために。

「へっ、やるじゃん。いいぜ、おめーも今日から家族だな」

……まあ良しとしよう。

その後、闇の書のことや、自分たちがそのプログラム体であることなどの告白を受けたが……。

どうってことは無い、みたいなことを言ったら、目を丸くされた。

僕としてはシオと接していた段階で、姿形に拘ることは愚かだという考えがしみついている。

心があって、コミュニケーションがとれるのなら特に問題は無いと思う。

ましてや、守護騎士の皆は姿形が人間と動物である。

アラガミであるシオとだって話した事のある僕にとっては、些細なことだ。

守護騎士の皆には、

『いや、その理屈はおかしい』

みたいなことを言われたが、そうだろうか?





まあともかく、僕は本当に八神家の一員として認められました、ということで。













――終りの一言――

文中でシグナムが使った技の『穿空牙』は、PSPソフトの『リリカルなのはA`s POLTABLE』からです。
アニメのA`sでは、少なくともこの技の名前を言いながら使っている場面は無いと思います。



[17292] 第三話『襲撃と露見と神機使い』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/03/17 19:25
「~~♪~~~♪」

鼻歌を歌いながら、機嫌よさそうにはやてが料理をしている。

お楽しみという事で晩御飯の内容は教えてもらっていないが、はやてなら何を作ったとしても美味しくなるだろう。

実際、この世界に来てはやての料理を初めて食べた時、感動して涙が出た。

泣きながら美味い美味いと言ってひたすら食べていた僕を、みんなは顔を引き攣らせて見ていたが。

神機使いをやっていたおかげで、向こうの世界ではかなり高水準といえる食生活を送っていた僕だが、それが消し飛ぶくらいの美味さだった。

ヴィータがはやての料理はギガうまだと言っていたが、僕も全力で同意する。

話は変わるが、皆は何処かに出かけていて今は家にいない。

何をしているのかも知っているが、4人とも僕に隠したいみたいなので気付いていないフリをしている。

仲間外れとかそういうことではなく、迷惑を掛けたくないみたいな意思を感じたから。

はやてにも当然言っていないらしく(寧ろ言う訳にはいかないのだが)、はやては最近外出が多くなった皆に首を傾げている。

なので、最近ははやてと二人きりでいる事が増えてきている。

皆に関しては大抵の事なら心配いらないだろうが、本当に危なくなったら首を突っ込むつもりでいる。

料理をしているはやてを横目で見つつ、ぼんやりと考えにふける。

僕がはやてに拾われてから、もうすぐ4ヶ月――。

こういう風に言うと自分が動物か何かであるかのように感じて複雑だが、八神家の一員になった経緯が経緯なだけに、甘んじて受け入れるしかない。

シグナムさんたちもいきなり現れたという点では僕と同じらしいが、4人は主であるはやてを守るために侍る騎士と守護獣。

引き比べて僕は、特務の途中でしくじってここまで跳ばされた次元漂流者。

全く立場が違う。

……もう止めよう、これ以上ネガティブに考えるとどツボに嵌りそうだ。


兎も角、もう十二月である。

ここにやって来た時の厳しい残暑はとうに過ぎ去り、過ごしやすい秋の気候も既になりを潜め、冬の空気が顔を覗かせている。

町に行けば、まだ半月以上も先だと言うのにクリスマスというイベントを大々的に宣伝している。

僕は、このクリスマスというイベントを話でしか聞いたことがなかったので、けっこう楽しみにしている。

僕らの世界では、このクリスマスの様に神様に祈りを捧げる類の習慣などは、ほぼ全てが廃れていると言っていい状態だった。

原因は、やはりアラガミである。

名前で分かるが、人類を滅ぼさんとしている存在が、よりにもよって神様の名前を冠しているのである。

そして、一向に状況が好転せず、神機という対抗手段を得た今でさえアラガミを圧倒する目途さえ立たない現実。

なら、余計に神様に縋りたくなるのでは?と考えるかもしれないが、アラガミはそんな暇さえ与えなかった。

人を捕食するアラガミが出現し、神機という対抗手段が生み出されるまでの間、人類には正しく絶望しかなかったそうだ。

犠牲者数がピークを数えたころなど、一日に十万人余りが犠牲になっていたらしい。
単純計算で、一か月に約三百万人。

一年では約三千六百万人が犠牲になっていた事になる。

神は死んだ、と人々が考えてしまっても無理はない。

あまりの絶望的状況に、アラガミを本当に神が下した人類への罰と考え、比喩でも何でもなく人を生贄に差出すような破滅主義者の集団まで現れたほどだ。

そんな世の中では、神を称える行事など行っても空しいだけだし、大っぴらに触れまわれば寧ろ顰蹙を買っていたくらいだ。


故郷の世界での事を思い出していると、不意にベイオネットから念話が届いた。

(――マスター。ヴィータ殿が未確認の魔導師と交戦中です。緒戦は一人の魔導師を撃墜同然の所まで追い詰めましたが、仲間が増援に駆け付けたようです。このまま放っておくのは如何なものかと)

(そうか……。シグナムさん達は?すぐフォローに入れそうか?)

これまでの生活の中で更に気安くなった家族たちについて訊くが、ベイオネットの答えは芳しくない。

(現在向かっているようですが、まだ時間がかかります。我らの方が早く着きます。このまま放っておいて追い詰められてしまってからでは遅いでしょう)

(是非も無し、か……)

シグナムさん達は僕に迷惑をかけたくないようだし、その意思は尊重してあげたいが、このまま放置すれば危ない目に遭うと言うなら話は別だ。

決断すると、僕はソファから立ち上がって、はやてをごまかすべく演技を始めた。

「……あーっ、そう言えば!」

突然声を上げた僕に驚いたのか、はやてが料理の手を止めて此方を向く。

「何やコウ兄。いきなりそんな声出してどないしたん?」

はやての気を引くことに成功した僕は、こうなった時の為に考えていた言い訳を捲し立てる。

「実はさ、この前ヴィータとゲームで勝負した時にアイスを賭けてたんだけど、それをさっきまで忘れててさ。このままじゃヴィータが拗ねるから、今から買いに行ってもいいかな?」

我ながら少し苦しい言い訳かと思ったが、黙って行くわけにもいかないので仕方ない。

はやては少し考え込むそぶりを見せたが、了解してくれた。

「うーん……、しゃあないなぁ。早よ帰って来なあかんよ?」

「うん、勿論。……あ、はやてもアイスいる?」

「え、私もええの?」

「ああ。ヴィータもはやてと一緒に食べたほうが嬉しいだろうし」

実際その通りだろう。

ヴィータ以外の三人にも言えることだが、はやてと居る時は本当に笑顔が絶えないのだから。

かく言う僕も、はやての笑顔には癒される。

ヴィータと同じのでいいというはやてのリクエストを受け付けて、僕は家を出た。

………………


…………


……


「ベイオネット、結界の反応は?」

この世界は魔法文明こそ存在しないが(勘違いははやてに訂正された。爆笑と言うおまけ付きだったが)、無人世界という訳ではない。

よって、戦闘を行っているのなら確実に結界を張っているはずだ。

『――封鎖領域の反応を確認。更にヴィータ殿の魔力と、未確認の魔力を4人分感知しました。モニターに表示します』

そう言って表示された空間モニターには、見慣れた魔力反応の他、4つの初めて見る反応がある。

内一つは酷く衰弱しているようなので、この反応の魔導師をヴィータが襲い、他の3人が助けに来た、という感じか。

「それにしてもこの未確認の魔力反応、かなり大きいな……」

レーダーが示した方向へと急いで駆け出しながら、そんな事を呟く。

本当は空を飛んでいきたいのだが、結界の内部でもないのでそれは出来ない。

余談だが、あれから皆に魔法の訓練をつけてもらったので、そこそこ魔法は使えるようになっている。

もっとも、シグナムさんからは

「戦闘技術は及第点だが、魔法の腕はまだまだ精進が要るな」

という、辛口のコメントをもらっているが。

閑話休題。

『かなりの潜在能力を秘めていますね。魔力の総量ならば、ヴィータ殿やシグナム殿に比肩するでしょう』

「だな……」

現在ヴィータと戦っている未確認魔導師は、かなりのポテンシャルを秘めているようだ。

負けはしないだろうが、相手が複数いる為にこのままだとジリ貧になる可能性がある。

『マスター、結界内部に侵入します。ヴィータ殿が張った結界ですので侵入と同時に相手の魔導師に気付かれる可能性は低いですが、一応用心を』

「了解した。……行くぞ」

そう言って結界の内部に侵入する。

途端に人の気配が消え失せ、色や音のない寒々しい光景が眼前に広がる。

冬の身を切る様な寒さも手伝って、ゴーストタウンを思わせる様相になっている。

そんな人の消えた街で神機を展開し、フェンリルの士官服に似た騎士甲冑を纏いつつ空を見上げると、光を纏ってぶつかり合う2人の少女が目に映る。

赤い光を纏っているのがヴィータ。

金色の光を纏い、その光と同じような金髪をしている方が未確認魔導師の内の一人らしい。

黒いマントを靡かせ、金色の光を鎌の様に展開した長柄のデバイスを持っており、ヴィータに対して一歩も引いていない。

「ベイオネット、銃身交換。スナイパー・強化レールガン改」

『了解、マスター。バレルチェンジ、開始します』

因みに、これは魔法の訓練中に判明した事だが、僕が元の世界で製造した刀身・銃身・装甲の情報は神機のコアに集積されているらしく、ほぼ好きなように付け替えられるようになっている。

ほぼというのは、僕が製造したパーツの中でも特に高性能なものは、ランクを落とされて存在しているためだ。

元に戻すには、僕の魔法戦の経験に、あとは純粋に復旧までの時間が必要らしい。

少し、いやかなり無念だが、経験不足を指摘されてはどうしようもない。

いきなりハイスペックな武装は、身を滅ぼすという事か。


閑話休題。


ベイオネットの言葉通り、今までの銃身が光を纏って消えていき、代わりに新たな銃身パーツが装着されていく。

磁力によって超高速で弾丸を撃ち出す電磁銃、強化レールガン改だ。

まあ、実際の弾丸を撃ち出す訳ではないので、命中したら木端微塵という訳ではない。

それでも、その弾速は銃型神機の中では最高峰だ。

撃たれてから認識したのでは避けられないはず。


「今回は弾速を重視する。バレットはSSサイズのレーザーを装填。属性は雷」

僕の声に従い、ベイオネットがバレットを装填していく。

銃身と特性の合うバレットが装填されたためか、強化レールガン改の加速器が唸りを上げ、銃身が電気を帯びる。

再び空を見上げると、ヴィータがバインドで拘束されている。

どうやら、あの金髪の少女の方に気を取られている内に別の魔導師の仕掛けた罠にはまったらしい。

金髪の少女の傍らに、見た感じ十代後半くらいと思しき女性がいるし、恐らくこの人だろう。
ヴィータに念話を繋ぐ。

(ヴィータ、今から援護する。少し掠めるかもしれないけど、当てはしないから心配しないで)

(……ッ!えっ、ヤコウ!?どうしてここに!?)

(ま、事情の詮索は後回しで。そもそも訊きたい事なら僕の方が多いって)

(うぐ……)

僕に内緒にしていた事を後ろめたく思ったのか、ヴィータが押し黙る。

(とりあえず、僕はまだ気付かれていない。奇襲で相手の気を逸らすから、その間に何とか脱出して)

(……分かった。ゴメン、ヤコウ)

(いいって、今は戦いに集中しよう)

そう言って通信を終え、金髪の少女に銃口を向ける。

はやてと同じくらいの歳の少女を撃つのは気が咎めるが、それを振り払う。

引き金を引くと、パァンッ!という乾いた音と共に、猛スピードでレーザーが発射される。

少女は気付いたようだが、もう遅い。

完全に直撃コース、回避は不可能だ。

だが、あの長柄のデバイスのコアが光を放つと魔力障壁が展開され、レーザーをギリギリ防いだ。

そのまま2発目、3発目と続けるが、悉く避けられる。

奇襲に驚いたのか反撃こそしてこないが、当たらない。

まあ、僕の狙いはヴィータが脱出するまでの時間稼ぎだ。

絶対に当てなければならないわけではない。


そのまま牽制を続けていると、少女の上空からシグナムさんが現れ、少女を吹き飛ばした。

そしてザフィーラも現れ、もう一人の女性を攻撃し、吹き飛ばす。

更にシグナムはカートリッジを装填し、紫電一閃で少女に追撃をかける。

少女もそれを防ぐべくデバイスを構えるが、シグナムさんはそれが如何したと言わんばかりに切り込み、デバイスの柄を切断。

驚く少女に更に一撃を加え、少女は僕の時と同じくギリギリで防いだが勢いまでは殺しきれず、そのままビルへと突っ込んでいった。

仲間の女性がそこに駆け付けようとするが、ザフィーラが立ちはだかり一騎打ちが開始される。

また、別の方向に目を向けると、蜂蜜色をした髪の少年がビルに突っ込んだ少女の方に向かっているのが見える。

あれが救援に来た魔導師の最後の一人だろう。

『マスター、とりあえず危機的状況からは脱したようです』

「そうだな。人数は互角だし、それなら心配は要らないか」

そう考えて神機を肩に担ぐと、ヴィータからの念話が聞こえてきた。

(――ヤコウ、助かった。……ありがとな)

(お礼ならシグナムさんに言ってあげて。直接助けたのはシグナムさんなんだし)

(もう言ったって。ヤコウ、お前はこれからどうすんだ?)

(あー、そうだな……。シャマルさんの所にでもいるかな。来てるんだろ?)

訊くと肯定の返事が返されたので、シャマルさんの居場所を教えてもらい、そこに行くことにする。

(ヴィータ、気をつけてな)

(誰にモノを言ってるんだっつーの。ベルカの騎士は――)

(一対一なら負けは無い、だろ?)

(――へへっ、分かってんじゃん。じゃ、後でな)

(ああ、勝利を祈ってるよ)

通信が終わり、それと時を同じくして戦闘が再開される。

僕はシャマルさんと合流すべく、空に舞い上がった。





――the third person――

ヤコウとの通信を終えたヴィータは、ヤコウの事をシグナムに伝えた。

やはりヴィータと同じく隠していた後ろめたさは拭えないらしく、表情が冴えない。

真っ直ぐな性格をしているシグナムらしい反応といえる。

「そうか……。ついにヤコウに発覚したか」

「発覚っつーか、元々バレてたっぽいけどな。今までは知らないフリをしてくれてただけだろ?」

「……そうだな。シャマルも言っていたな。ヤコウのそういう感覚は、元々の戦いの勘に魔法が加わって、もはや動物並みだと」

「で、今回アタシが手早く片づけられなかったから、心配して見に来た、か……」

ヴィータが自分の言った言葉を苦々しそうに噛みしめる。

今の状況は、自分たち守護騎士の存在が理由で起こっていることである。

始末は4人でつける心算でいたが、ついにヤコウが手を出してしまった。

ヤコウは今回の件で管理局の魔導師に攻撃を仕掛けてしまったし、おそらく面も割れた筈だ。

今更無関係と言い張ることは出来ないだろう、立派な共犯である。

「ヴィータ、そう落ち込むな。せっかくヤコウが助けてくれたのだ。しゃんとしろ」

「でもシグナム……」

「確かに、ヤコウを我らの不始末に付き合わせてしまうのは遺憾だ。だが、不謹慎だと感じていても今回の事を嬉しく思う私がいるのも事実だ」

「はあ?嬉しいって何が?」

自分の不手際でヤコウを巻き込んでしまったと思っているヴィータに、シグナムは分からないか?いう表情で告げる。

「ヴィータ、ヤコウはお前の危機を感じ取って駆け付け、私がお前を助け出すチャンスを作り出した。我らは家族、仲間だ。ヤコウが助けに来た事を嬉しく思うのは不自然か?」

シグナムの言葉を聞いたヴィータはポカンとしていたが、一転して笑顔を浮かべた。

「――はは、そーだな、そう思って当然か。にしても、ヤコウも狙いすぎだろ。ピンチになったら助けに来るなんて、どこの正義の味方だよ」

今の自分たちに正義なんて無いと自覚しているヴィータだが、心の何処かでは期待していた。

ヤコウなら自分たちの行動を肯定してくれるのでは?と。



他人を犠牲にしても救いたいとはいえ、主たるはやてがそれを望まない事は周知の事実だ。

蒐集をしなければ死に至る、だから蒐集をさせてくれと懇願しても、はやては死を選ぶだろう。

人様に迷惑をかけるくらいならばと、死を受け入れるだろう。

だが、自分たちはそれを許容出来ない。

戦いしかなかった自分たちに平穏をくれたはやてが、自分たちのせいで死ぬなど、想像するだけで心が壊れそうになる。

だからはやてには黙っている。

それがはやてからの信頼を裏切る、卑劣な行為だと分かっていても。



そして、ヤコウにも蒐集の事は告げなかった。

夏の終わりに突然現れた新たな家族は、はやてに更に笑顔を与えてくれた。

最初は胡散臭いヤツだとヴィータは思っていた。

しかし、その心根は自分たち騎士と比較しても澄んでいると分かった。

それに、自分たち守護騎士には立派に主としての責を果たそうとするはやても、ヤコウには自分たちとは違う甘えや弱さを見せる事があった。

はやてが自分たちによそよそしいわけでは絶対に無いが、ヤコウには別の角度から心を開いているようだ。

実際、容姿は性別や年齢差を差っぴいても全然似ていない。

だが、普段2人が接している姿を見ると、歳の離れた兄妹と言われても違和感が無い。

自分たちが蒐集の為にはやての傍に居られなくても、ヤコウがいれば安心だ。

そんな感情が、守護騎士たちの心にはあった。

だからヤコウには告げず、隠していたが、結局は気付いて共犯となってしまった。

ヤコウは家族思いのいいヤツである、巻き込んでしまった事については何とも思わないだろう。

だが、隠していた事については絶対言及してくるはずだ。

「……ヴィータ。とりあえず、ヤコウからの追及は覚悟しておくか……」

「そーだな……」

シャマルの元に向かっているヤコウの事を考えつつ、剣の騎士と鉄槌の騎士はそれぞれの相手の方へと向かって行った。



――the third person END――



――side Yakou――

ヴィータから教えてもらったシャマルさんの反応のある場所に行くと、シャマルさんは誰かと通信をおこなっていた。

他の三人と同じく騎士甲冑を纏い、クラールヴィントを展開している。

まだ僕には気付いていないようだ。

もっとも、僕がこの場にいることなど想像もしていないのだろうけど。

「――いつものオリーブオイルが見つからなくて……。ちょっと、遠くのスーパーまで行って探してきますから」

会話の内容からして、通信の相手ははやてか。

まあ不自然ではない言い訳だが、事情を知っている僕としては苦笑ものである。

「出たついでに、皆を拾って帰りますかr「今晩は、シャマルさん」ひゃあ!」

会話の途中で口を挿むと、シャマルさんは背筋をピンと伸ばしてギクリとした様な体勢になりながら、驚きの表情でこちらを見つめた。

「や、ヤコウ君……!?え、あの、どうしてここに?」

しかし、すぐさま驚愕を引っ込めて表面上は冷静に見える態度に戻るあたり、流石は守護騎士の参謀担当といったところだろうか。

『え、なんやコウ兄も一緒なんか?』

クラールヴィントからはやての声が聞こえてくる。

さっきの僕とシャマルさんの会話が聞こえていたのだろう。

シャマルさんが何か言うより先に、僕はクラールヴィントに向かって返事をした。

「はやて~、こちらヤコウ。アイスの買い物に来たスーパーで偶然シャマルさんと会ったんだよ。僕も買い物に付き合ってから帰るからさ。他の皆も拾って帰るよ」

『あー、成程なぁ。じゃ、待っとるから気い付けて帰ってきてな?……シャマル~、聞えとるか~?』

「え、ええ。ちゃんと聞いていますよ、はやてちゃん」

僕に戸惑った様な瞳を向けつつ、シャマルさんははやてに返事をしている。

……それにしても、そこまでビックリしたのか?

『移動に際し、認識疎外の魔法を使っておきましたのでその所為かと』

ベイオネットが短く告げた言葉に、僕は納得した。

それにしても本当に気がきくよ、コイツは。

そうこうしている内に、シャマルさんははやてとの通信を終えたらしい。

困惑の抜けきらない表情で僕を見ている。

「ええと……、ヤコウ君は私たちのしている事を……」

言いよどむシャマルさん。

ヴィータもそうだったが、隠していたことが後ろめたいのだろう。

言いにくそうなので、僕の方から口火を切った。

「知っていますよ、こうなった経緯は。……はやての麻痺が進行していて、それが守護騎士の皆を維持するための魔力の消費が原因という事は。そして、このまま放っておけば死に至るという事も」

自分たちが原因という件のところで、ビクリと身体を震わすシャマルさん。

傷を抉る様な真似はしたくないが、話の流れ上仕方ないので見ないフリをする。

「はやての病気を治すことは、医学的にも魔法的にも不可能。治す唯一の方法は、闇の書の完成によってはやてを真の主にすることだけ……ですよね?」

僕の言葉に、シャマルさんは苦い表情で頷いた。

これで、放っておけばはやてが死んでしまうのは確定情報になってしまったか……。

出来れば信じたくない情報だったが、この上は否定できない。

そんな僕に、シャマルさんは力の抜けた様な笑みを浮かべつつ言った。

「全部お見通しだったんですね……。そうじゃなかったら、このタイミングで来るなんて出来ませんものね?」

そう言って溜め息をつくシャマルさん。

続いた台詞には、苦悩の色が見て取れた。

「……隠していた事は謝ります。でも私たちが原因ですから、ヤコウ君は巻き込みたくなかったんですよ。それに……あなたが傍にいれば、はやてちゃんは笑っていられると思いましたから」

それだけ信頼されている事は光栄だし、その言葉も優しさと思いやりに満ちていたが、だからと言って納得できるかというとそうはいかない。

「……僕が転移してきた日、はやてが言った言葉を覚えてますか?」

「え?」

突然の僕の言葉に、シャマルさんは目を瞬かせた。

この世界に来た日に聞いたはやての言葉は、僕の中では大切なものになっている。

「迷惑かけて、かけられながら生きていくのが家族だ、っていう言葉です。僕は家族が危険な目に遭っているから助けに来た。だからシャマルさん達が後ろめたく思う必要なんて無いんですよ」

「――っ。そう、ですね。はやてちゃんも、そう言ってましたね」

何だか涙声になっているシャマルさん。

そこまで感動的な事を言った覚えは無いのだが。

何にしろ、このままの空気では座りが悪い。

「あれ~、シャマルさん泣いてます?」

「っ!な、泣いてなんていませんよ?」

「ふふ、そういう事にしておきましょう」

僕がそう言うと、シャマルさんはむくれた顔になってしまった。

普段と比べて、だいぶ子供っぽい表情になっている。

「もうっ、知りません!」

「あはは、いつかの仕返しです」

重苦しい空気が霧散し、状況を考えれば場違いな軽い雰囲気になるが、いつまでもこうしている訳にはいかない。

「さて……。では、シグナムさんやヴィータ、ザフィーラも頑張ってくれていますし、早く家に帰れるように頑張りましょうか?」

僕がそう言うと、シャマルさんも表情を引き締めて頷いた。

「ええ、そうね、ヤコウ君。――クラールヴィント、導いてね」

『Ja……。Pendelform』

レヴァンティンやグラーフアイゼンとは違う静かな声でクラールヴィントが応答すると、指輪状のデバイスに嵌っていた宝石部分が空中に浮き上がり、さらに指輪から伸びた魔力の糸と結合し、糸は見えなくなる。

「相手がこちらに気付いても僕が何とかしますから、シャマルさんは最大限集中してください」

実際、僕がここにいる意味はそれが一番である。

「ええ、頼りにしてますよ?」

そう言うと、シャマルさんは周辺の警戒を僕に任せてターゲットの捜索を開始した。

空を見上げると、シグナムさんはあの金髪の少女、ヴィータは緑色の魔力光の少年とぶつかり合っている。

ザフィーラはここからは見えないが、反応によるとあの女性と戦っているようだ。

僕も射撃で援護したいところだが、こちらから居場所を知らせる様な馬鹿な真似をする訳にはいかない。


金髪の少女はデバイスの柄が切断されていたはずだが、修復されたのか元通りになっている。

そのままシグナムさんと数合打ち合い、攻撃の勢いで距離をとると複数の魔力スフィアを形成する。

それを確認したシグナムさんは、空中で停止してレヴァンティンに呼びかけた。

「――レヴァンティン。私の甲冑を」

『Panzergeist』

応答の声と共にシグナムさんの全身をバリアが覆う。

停止したシグナムさんを隙だらけと見たのか、少女が声を発する。

「撃ち抜け、ファイアッ!」

その声に呼応して、魔力スフィアから電撃を帯びた魔力弾が猛スピードで迸る。

見た感じ、まともに食らえばただでは済まない威力を備えていると思われる。

だが、シグナムさんは避ける素振りすら見せず、微動だにしない。

魔力弾はそのままバリアに衝突するが、シグナムさんはかすり傷一つ負っておらず、少女の魔力弾を完封していた。

「――っ!?」

驚愕に息を呑む少女に、シグナムさんはレヴァンティンの切っ先を向けて、淡々と告げる。

「魔導師にしては悪くない線だ。だが、ベルカの騎士に一対一を挑むには――」

そこで一旦言葉を切ると、剣を構えて少女を見据える。

「――まだ足りんッ!!」

言うと同時にシグナムさんは少女に突撃するが、そのまま馬鹿正直に突っ込むような真似はせず、途中で目にも止まらぬ速さで上空へあがって少女を幻惑し、勢いをつけて上空から切り下ろす。

少女はそれに対してバリアを張って受け止めるが、僅かに数瞬で破壊されてしまい、再びデバイスで鍔競り合う事になる。

再び数合打ち合うと、シグナムさんはレヴァンティンにカートリッジをロードし、紅蓮の炎を纏わせる。

「レヴァンティン、叩き切れ!」

『Jawohl!』

レヴァンティンが応えを返し、その威勢をそのままにシグナムさんが少女めがけて紅蓮の刃を振り下ろす。

少女は辛うじて受け止めたが、今度はバリアを張る余裕も無かったらしく、直接デバイスで受け止める羽目になっている。

それにしてもこの少女、押されてはいるが決定的な攻撃は全て回避するか防御している。
そこは敵ながら大したものだと思う。

少女のデバイスとレヴァンティンは暫く競り合っていたが、やがて少女が力負けし、攻撃の勢いを殺しきれずに再びビルに突っ込んでいった。


一方、ヴィータは緑色の魔力光の少年と対峙している。

少年は何故か一度も攻撃していないが、ヴィータの攻撃を悉く防ぎ、スピードでも互角という感じである。

ヴィータの瞬間攻撃力はヴォルケンリッターでは最高だし、スピードだって遅くはない。

何故攻撃しないのかは不明だが、他の仲間が来るまでの時間稼ぎか、はたまた結界からの脱出の算段でもしているのか。

いずれにせよ甘い相手ではなさそうだ。


「ベイオネット、ビルに突っ込んだシグナムさんの方の様子、モニター出来るか?」

『少々お待ちを。……映します』

予め放っておいたサーチャーを通して、ベイオネットが空間モニターを表示する。

ばれるとまずいので一つしか仕掛けていないが、今はそれで十分だ。

現れた空間モニターに、シグナムさんと例の金髪の少女が映る。

瓦礫が散らばり、砂埃の舞う中に少女が苦痛に顔を歪めて座り込み、シグナムさんはそんな少女を見下ろしている。

『終わりか?ならばじっとしていろ、抵抗しなければ命まではとらん』

『誰が……!』

強い意志を感じさせる声で少女が叩きつけるように言い、すっくと立ち上がる。
画面越しでも気迫が伝わってくるようで、とてもではないがついさっきビルに叩きつけられたようには見えない。

そんな少女をシグナムさんは面白そうに見遣っており、その顔には笑みが浮かんでいる。

『良い気迫だ。――私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン』

そう言ってシグナムさんはレヴァンティンを構え、その切っ先を少女に向ける。

『――お前の名は?』

少女は険しい視線をシグナムさんに向けたまま、名乗りを上げた。

『……ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ。この子はバルディッシュ』

ああ、、ついに管理局に本格的に露見したか。

これからの蒐集は、今までよりも面倒くさい事態が増えそうだ。

二人は睨みあうと、再び戦いに移行していった。

………………


…………


……


――結界内では未だに戦いが続いている。

シグナムさんとフェイトと名乗っていた少女、ヴィータと少年、ザフィーラと女性。

三組とも一進一退の攻防を繰り広げている。

正直、三人にここまで競り合える人間がいた事に僕は驚いている。

騎士や守護獣と名乗るのは伊達ではなく、僕も度々模擬戦を行っているが今だ白星より黒星の方が多い。

ましてや、シグナムさん、ヴィータと戦っているのは年端もいかない子供にしか見えない。
正直、末恐ろしく感じる。

戦いを見守っていると、ベイオネットが突如膨大な魔力反応を感知したらしく、僕に呼びかけてきた。

『マスター、強大な魔力反応を感知。おそらくヴィータ殿が最初に襲撃した魔導師かと』

シャマルさんも感知したらしく、ペンダルフォルムのクラールヴィントで旅の扉を形成している。

蒐集の準備だろう。

「ベイオネット、モニター表示して」

表示されたモニターには、白いバリアジャケットを纏った少女が映し出されている。

どうやら周辺の魔力を集束しているらしく、このまま放っておいたらこちらにとって宜しくない事態になりそうだ。

だが、おかげでこちらは探し物を見つけられた。

状況を打開するためだろうけど、迂闊と言うしかない。

果たして、シャマルさんは少女のリンカーコアを捉えた。

モニターには、いきなり胸から生え出した手を驚愕の目で見つめる少女が映し出されている。

「なのはぁーー!!」

フェイトという名の少女がそれに気付いて助けに向かおうとするが、邪魔をさせる訳にはいかない。

この段階まで行けばもう隠れている意味はほとんどない。

僕は強化レールガン改の照準をフェイトに合わせ、レーザーを撃ち出して牽制する。

フェイトは動きを止めてしまい、そこにシグナムさんが立ちふさがる。

もはや止める術はない。

「リンカーコア、捕獲」

広げられた闇の書に手をかざし、シャマルさんが命じた。

「蒐集開始!」

『Sammlung』

闇の書が光を放ち、次々にページが埋められていく。

蒐集に付き合っていなかった僕には分からないが、これだけどんどん埋められていくとなると、この少女かなりの魔力を持っているのでないだろうか?

だが、なんとこの少女、蒐集されながらも集束砲撃の発射シークエンスを完了させてしまった。

……本当に、ここには規格外の子供ばっかりいるなぁ。

「す、スターライト……」

息も絶え絶えといった感じだし、足もふらついているが、それでも決して倒れない。

「――ブレイカァーー!」

少女の声と共に集束砲が撃ち出される。
桜色の光の柱が天を突かんばかりの勢いで結界に激突し、何と完全に破壊してしまった。

――…………。

(本当に驚くと声も出ないんだよな、人間って……)

結界が破壊される様を見ながら、僕はただただ驚いていた。


蒐集が完了し、シャマルさんが旅の扉から手を抜き出して閉じる。

蒐集された少女はついに限界に達したのか、数歩ふらついた後、前のめりになって倒れた。

結界が破壊されてしまったので、早急にこの場を離脱する必要がある。

シャマルさん達が連絡を取り合うのが終わるのを待ち、僕とシャマルさんはそろって離脱した。

………………


…………


……


何とか相手を撒くことに成功し、無事に集合地点に到着したのだが……。

「「「「……」」」」

守護騎士の皆が押し黙ってしまい、重苦しい空気が漂っている。

「ええっと……」

僕の言葉に反応して、四人ともびくりと背筋を伸ばした。

……別に怒ったりなんてしてないのだが、そう見えるのだろうか?

「とりあえず、みんな無事なようで安心しました」

その言葉を聞いて四人ともこちらを見遣るが、全員の表情に苦しいものがあるのが窺える。

そんななか、ヴィータが口火を切った。

「ヤコウ……。お前、これでアタシ達と共犯になったんだぞ。今日の事で完全に露見しただろうしな……。……なんで来たんだよ!今まで通り知らないフリしてくれてたらよかったのに!」

ヴィータの口調は荒く激しいが、僕の事を心配して言っている事は分かっている。

「僕の事を心配してくれるのは嬉しいけど、家族が危ない目に遭っているんだ。助けに来るのに理由がいるか?」

「――ッ!……心配なんてしてないっつうの」

ヴィータは僕の言葉に顔を赤くした後、そっぽを向いてしまった。

いつも通りの天の邪鬼な反応に思わず苦笑していると、シグナムさんが声をかけてきた。

「ヤコウ……。済まないな、我々の不始末に巻き込んでしまって……」

シグナムさんの声音には忸怩たる想いがにじみ出ている。

だが、巻き込んだ事を申し訳なく思っているのなら、見当違いである。

「シグナムさん達は、はやての命を守る為に苦渋の決断をしたんでしょう?――はやてとの誓いを破るという決断を」

「……そうだ。主はやてを救うため、我らは殺し以外何でもやると心に決めた」

強い信念を宿した瞳でシグナムさんは答える。

他の三人も同じ目をしており、どんな犠牲を払ってでもはやてを救うと言う意思が見える。

「そうですか……。なら、少なくとも僕に対しては胸を張ってください」

「なに?」

シグナムさんにしては珍しく、キョトンとした表情をしている。

珍しい表情だと思いつつ、僕は考えを告げる。

「僕がはやてを救う事に反対すると思いますか?そんな事を考えているなら、とっくに皆を止めています」

無論、反対な筈は無いし、止めもしない。

寧ろ賛成である。

「確かに、皆のやっている事は褒められるものじゃないし、大手を振って喧伝出来る類のモノでも無いです。でも、誰かにそれを非難する資格があると思いますか?愛する人を救いたいと思う気持ちを否定する資格なんて、誰にも無いハズです。少なくとも僕には出来ません」

皆を見渡す。

四人とも黙って話を聞いてくれている。

元の世界で、自分のエゴを貫き通した僕だからこそ言える。

正しさだけで全ての問題が解決できるなら、すべてが救われるなら、世の中もっと平和な筈だ。

「だからと言って正しい行為ではないですが、少なくとも僕は絶対に否定しません。ですから、シグナムさんは僕にこう言えばいいんですよ」

「……何と言えばいい?」

静かな表情で僕を見つめるシグナムさんに、微笑みながら言った。

「手を貸してくれ、って」

「――っ。だが、これは我らの不始末が原因で「はいストップ」……ヤコウ?」

「シャマルさんにも言いましたけど、もう一回言いましょうか」

「……?」

ゆっくりと、言い含めるようにその言葉を紡ぐ。

「家族は、迷惑をかけて、かけられながら生きていくんです。だから皆は、僕に目いっぱい迷惑をかけてください。他ならぬはやての言葉です」

「――っ!そう、か……。そう言ってくれるのか……」

……何か声震えてないか、シグナムさん。

シャマルさんといい、何でこうなるんだろうか。

「あっれ~?シグナム、泣いてんのか~?」

それを目ざとく見抜いたヴィータが、さっそくシグナムさんをからかう。

対してシグナムさんは、慌ててそれを否定した。

「な、何を言っている、ヴィータ!それを言うならお前だろうが!」

シグナムさんの指摘通り、ヴィータは涙こそ出ていないようだが、目元が赤くなっており泣いた形跡の様になっている。

「うるせー!アタシのは涙じゃなくて心の汗って言うんだよ!」

「同じ事だろうが!」

いつもの冷静さがすっかり霧散しまったシグナムさんが、ヴィータとギャーギャー言い合う。

重苦しい空気は悉く吹き飛んでしまい、ヴィータとシグナムさんの言い争いをBGMに僕とシャマルさん、ザフィーラは互いに顔を見合わせ苦笑していた。

それに気付いたシグナムさんは決まり悪そうに咳ばらいをし、ヴィータは唇を尖らせて再びそっぽを向いてしまった。

「んん!と、とにかくヤコウ」

表面上は普段と変わらない態度だが、顔が赤くなっているのだけはごまかせていない。

まあ、ここは気付かないフリをしてあげるのも家族としての優しさだろう。

「隠していて済まなかった。……主はやてを助けるため、我らに力を貸してくれ」

シグナムさんが曇りのない目で見つめてくる。

先ほど言った通り、僕の答えに否は無い。

「勿論です。はやてを助けるためなら、どんな道を進む事も厭いません」

少し仰々しく言ったのが可笑しかったのか、シグナムさんがクスリと笑う。

他の三人もクスクスと笑っている。

……ううん、騎士っぽく言ったつもりだったが似合わなかったか。

「ふふ、そう言うセリフは私たちではなく、主はやてに言って差し上げることだ」

「だよなあ。口説き文句かっつーの」

「でも、はやてちゃん喜ぶと思いますよ?」

「芝居がかり過ぎだがな」

……酷い、みんな。

けっこうな決意を込めて言ったというのに。

だいたい何故そこではやてが出てくるんだ?

確かにはやては可愛いし、守りたいという気持ちもあるが、それはあくまで家族としてだ。


今度は僕がむくれる羽目になり、皆がそれをひとしきり笑った後、家路についた。

絶対に皆の笑顔を守る。

その決意を新たにして――。






――終りの一言――
はい、いきなり四ヶ月も跳んで、もうA`s本編です。
ヤコウの戦闘シーンを期待していた方がいましたら、申し訳ありません。今回は脇役でした。
リリカルなのは勢とヤコウの戦闘は、もう少し先です。



[17292] 第四話『命綱の在り処』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/03/18 20:22
※Coution!!

ご都合主義全開警報発令中!
疑問の答えとしては在り来り過ぎますが、僕のボキャブラリーではコレが精一杯でした……。






















12月2日 夜、八神家――



少し前に帰宅した僕たち五人は、はやての作った美味しい夕食を食べた後、リビングでそれぞれに寛いでいた。

はやてとヴィータにザフィーラ、それに僕はテレビ観賞、シグナムさんは新聞を見ている。

シャマルさんは食器の後片付けを買って出たため、今はキッチンにいる。

基本的に、シャマルさんは料理以外の家事は万能なのだ。

たしか、守護騎士の四人が闇の書から現れたのがはやての誕生日――6月4日の筈なので、半年余りでここまで上達したことになる。

今までの主のもとでは戦いばかりの日常だったというから、それを考えればけっこうな上達ぶりと言える。

まあ昔にやったことがあったとしても、転生の際に記憶がリセットされるそうなので、過去の事はあまり関係ないのかもしれない。

ちなみに、そのシャマルさんの料理だが僕も食べた事はある。





以前雑談中に、僕がシャマルさんは料理をできるのか訊いたところ、

「ええ、勿論です!ほっぺた落ちますよ!」

と自身満々に言い切った。

するとヴィータが、

「……ほっぺたが落ちるぅ?落とすのは命の間違いだろ」

と、ニヤニヤしながらからかう様に言ったため、シャマルさんがヴィータと言い合いになってしまった。

言い合いとは言っても、かわいいで済ませられるレベルだったが。

因みに、その時に何も言わなかった他の三人は、何とも言えない微妙な表情をしていたように思う。

僕がシグナムさんに目を向けるとさっさと逸らされ、ザフィーラには厄介な話題を振ってくれたな、みたいな目で見られ、はやては愛想笑いを浮かべるのみだった。

もっとも、その愛想笑いも目が泳ぎまくっていたが。

そうしていると喧嘩が一段落したのか、ヴィータは相変わらずニヤニヤ笑い、シャマルさんは悔しそうな表情で互いに顔を突き合わせていた。

シャマルさんの目には、若干涙も浮いていたと思う。

すると、シャマルさんが唐突に、

「だったら今からお料理します!ヴィータちゃん、見返してあげるから!」

と、宣言した。

そこからはドタバタ劇だった。

ニヤニヤ笑いが完全に焦りの表情に変わってしまったヴィータが、慌てて謝ってそれだけは止めてとシャマルさんに言い、シグナムさんは自殺しようとする人間を思い留まらせるかの様な冷静な口調で、しかし必死の説得を続けた。

ザフィーラはただ一言。

「止めておけ」

そう言って、しきりに首を横に振っていた。

はやてはシャマルさんの料理の先生でもあるせいか、特に何も言わなかった。

もっとも、僕はその口元が少し引き攣っているのを見てしまったが。

結論として、この説得は逆効果だった。

ますます意地になったシャマルさんは、目に物見せてくれると言わんばかりのオーラを漂わせながらキッチンへと行ってしまった。

説得に失敗した残りの守護騎士たちは、大きくため息を吐いた後、恨みがましい目で僕を睨んだ。

「ヤコウ、どーすんだよ!お前は知らないだろうけど、シャマルの料理の腕は相当なモンなんだぞ!」

「そうだな、……主はやてとは逆ベクトルで相当なモノだ」

「うむ……」

散々な言いようであった。

少し美味しくないという程度では、ここまで言われないだろう。

三人の言葉に怯んだ僕は、シャマルの先生のはやてに訊いてみた。

「皆はこう言ってるけど……、はやて大先生としてはどう思う?」

「うーんとなぁ……。もうちょい精進が必要……やろか?」

あはは、とまたもや愛想笑いをするはやて。

あと、なんで最後を疑問調で締め括るんだ。

どんよりとした空気を纏う戦闘担当の守護騎士、愛想笑いをする主、それらの態度に困惑する居候という、何とも言い難い空気が完成されてしまった中、皆黙りこくってしまった。

皆がこの微妙な空気に嫌気が差したころ、タイミング良くと言っていいか分からないが、シャマルさんが完成した料理を持ってきた。

「さあ、どうです皆!会心の出来です!」

そう言ってシャマルさんが披露した料理は――

「……普通だな、見た目は」

「ああ、今までの目も当てられないものと比べれば、格段に進歩していると思うが……」

ヴィータとシグナムのいかにも意外だと言わんばかりの言葉に、シャマルさんはフフンと得意そうに胸を張る。

「そうでしょう?私だって上達くらいするわよ。それに、はやてちゃんっていう最高の先生もいるんですから!」

「へぇ~。シャマル、上達したなぁ。先生ビックリや」

シャマルさんの調子に合わせて、はやても先生の様な口調で褒め称える。

シャマルさんが作ったのは、短時間で作った事もあって、ソースで味付けしたらしい豚肉入り野菜炒めだった。

ヴィータが言った通り、見た目は普通の、何の変哲もない野菜炒めである。

「んじゃまあ、一口……」

差しだされた野菜炒めを一口食べるヴィータ。

が、途端に顔色が激変した。

「――――――ッぐ!?」

野菜炒めを咀嚼していたヴィータの動きが止まり、その口から籠った様な、せき込んだような音が漏れ出る。

箸をテーブルに置き、両手を口元に持って行って必死に押さえている。

戻すことだけはしたくないのだろう。

シグナムさんとザフィーラはヴィータの有様を恐ろしげな様子で見つつ、シャマルさんに目をやると、やっぱりかと言いたげな様子で溜め息を吐いた。

「……シャマル、何入れたん?」

未だに口元から妙な音を漏らしているヴィータを見遣りつつ、はやてが苦笑しながら訊く。

「え、えーっとですね……」

自信満々で料理を披露しておきながらこうなった事で、シャマルさんは混乱気味の様だ。

えーっと、とか、そのーっ、とかの意味をなさないばかりが漏れ出ている。

「正直に言え。どうせいつもの事だ」

何気に酷いなぁ、シグナムさん。

「シグナムさん、もしかしてシャマルさんの料理を食べた事があるんですか?」

「……訊くな」

枯れ果てた様な調子で呟くシグナムさんに、僕はこれ以上突っ込んで訊いてはいけない気がした。

そして、気を取り直したシグナムさんがシャマルさんを問い詰めると、ようやく白状した。

「ええと……、使ったお肉が固くなっていたからお酢を……」

「「「「酢ぅ!?」」」」

あまりのチョイスに仰天して、ヴィータ以外の全員から驚きの声が上がった。

勿論、僕もビックリした。

お肉が硬いわね……→柔らかくしないと!→お酢を使えばいいんじゃない?

何という三段論法……。

シャマルさんは料理の腕よりも、こういう風に考える思考回路の方に問題がある気がする。

それに……。

「シャマルー、もしかしたら味見もしてないんちゃう?」

「うっ、そ、それは……。ハイ、その通りです……」

はやての指摘を、シャマルさんは項垂れながらも肯定した。

(悪い意味で)独創的なアイディア、(普通ならやらないその考えを)躊躇いなく実行する行動力、そしてトドメに味見をしない。

いい感じに、料理大失敗における三拍子がそろってしまっている。

「シャマル……」

あの気の毒な状態から復活したヴィータが、シャマルさんを恨みがましそうな目で……いや、本当に恨みのこもっていそうな目で睨んでいる。

ヴィータらしからぬ、低く暗い声だ。

「……どう責任を取るんだ、えぇ?」

「せ、責任って言われても……。こ、今後の進歩に期待ってことで?」

顔をひくつかせ、愛想笑いを浮かべながらそう言うシャマルさん。

その言葉にうつむいたヴィータがプルプルと身体を震わせたかと思うと、顔を上げてガーッと吠えた。

「ふざけんなーっ!また今日の二の舞になるのが目に見えてるっつーの!!」

「なっ!そ、そんなの分からないでしょう!?実際見た目は進歩してた訳だし、味だっていつかは……!」

ムキになって言うシャマルさんに、ヴィータが完全に馬鹿にしきった口調で言った。

「あり得ないって。はやての料理が不味くなるのと同じくらいあり得ねー」

つまり、確率ゼロという事だろう。

「そこまで言うの!?」

またしてもギャーギャー言い合う二人。

本当にそこまで不味かったのかと思い、箸を手にして野菜炒めを食べてみる。

「――!!……げっ、バカ、止めろヤコウ!」

言い合っていたヴィータとシャマルさんが停止し、ヴィータが必死に止めてくる。

が、もう遅い。

パクリと僕の口に入る野菜炒め。

皆は固唾を呑んで僕の様子を見守っている。

「……」

シャクシャクと咀嚼して、普通に呑みこむ。

「うーん……」

僕は首を捻った。

これは……。

「ヤ、ヤコウ……。何ともないのか?」

沈黙に耐えられなくなったのか、ザフィーラが驚いた様な表情で尋ねてくる。

「ええ、言うほど酷くない。……普通ですね」

「「ええっ!?」」

「「なにっ!?」」

はやてとヴィータ、シグナムさんとザフィーラが信じられないとばかりに声を上げた。

シャマルさんは、皆酷いー!はやてちゃんまでー!とか言っているが、この際気にしない。

「いや、前の世界では食糧事情が厳しかったですから。僕は仕事関係でだいぶ優遇されていましたけど、これはレーションか何かと比べればまだマシですね」

長期任務の際はレーションの類しか食べられなくなることがあったが、あれはカロリーと栄養の事しか考えられておらず、味など最悪だった。

霞を食っている様だとまでは言わないが、どちらにしろ積極的に食いたいモノではないし、そんな気はさらさらない。

あれと比べれば、シャマルさんの作ったコレはまだ人間の食べるものと言う感じがする。

「「「「「……………」」」」」

「え、な、何かな、皆……?」

本当に何なのだろうか、この沈黙は。

ヴィータ、シグナムさん、ザフィーラは凄く可哀そうなものを見る様な眼で見つめてくるし、さっきまで料理の事でショックを受けていたシャマルさんまでもが痛ましいモノを見る目で見てくる。

「コウ兄、苦労しとったんやなぁ……」

極めつけは、はやてのこのセリフ。

……どんな想像をしたのか知らないけど、そんな大袈裟なものじゃないからな?

皆が黙りこくり、僕もつられて沈黙していると、はやてが元気に宣言した。

「いよっし、ほんなら今日の夜は御馳走にしよか!コウ兄があっと驚く様なスゴイの作ったげるな!」

「おぉーっ、マジで!?やったー、ヤコウのおかげだな!!」

ヴィータは全身で喜びを表現している。

悠久の時を過ごしてきたとはいえ、こういう所は子どもそのものの態度である。

それからあれよあれよと準備が進み、はやての言った通りその日の夕食は非常に豪勢なものとなった。

僕の大切な思い出の一つ――





「はやてちゃん、お風呂の支度できましたよ」

「うん、ありがとう」

僕が過去の思い出に浸っていると、キッチンにいた筈のシャマルさんの声が聞こえたために少々ビックリした。

ビクッと背筋を伸ばした僕を、シャマルさんが不思議そうに見る。

「ヤコウ君、どうかしました?」

「い、いや、少しウトウトしていて」

まさか、あの料理の事を考えていましたなんて言えるはずもない。

さっきの戦いでリンカーコアを抜かれたあの少女の姿が何故か頭に浮かんだが、それは頭から追い払った。

シャマルさんはまだ不思議そうに見ていたが、すぐに頭を切り替えたようだ。

「そう……?あ、ヴィータちゃんも一緒に入っちゃいなさいね?」

その言葉にヴィータが返事をし、立ち上がる。

はやてをシャマルさんが抱きあげ、そのまま風呂に連れてゆく。

「シグナムはお風呂、どうします?」

その途中でシャマルさんがシグナムさんに問いかけるが、帰ってきた答えは意外なものだった。

「私は今夜はいい。明日の朝にするよ」

「お風呂好きが珍しいじゃん?」

ヴィータの言った通り、シグナムさんは女性と言う事を差し引いても八神家一の風呂好きである。

意外そうに言うヴィータに、シグナムさんはいつもの静かな口調でそんな日もあるさと告げる。

「ヤコウ君はどうしますか?」

「僕は最後に入りますよ。でも、時間に気を使わずにどうぞごゆっくり」

「ほんならお先にな、コウ兄~」

「ああ、ゆっくり寛いでな」

そう締めくくって、はやて、ヴィータ、シャマルさんの三人は風呂場へと入っていった。

暫くすると、湯船につかる様な水音が聞こえてくる。

シグナムさんが新聞を畳み、テレビを消すと、音の消えたリビングにザフィーラの静かな声が響いた。

「――今日の戦闘か?」

今日の戦闘?

はて、何か問題があったのだろうか。

終始圧倒していたように見えたが。

「聡いな。その通りだ」

その言葉と共に上着を少し上げると、腹部の辺りに一条の傷跡がついていた。

思わず目を見張る。

「シグナムさんのあの堅固な鎧を貫通させたってことですか……」

その言葉に頷くシグナムさん。

……やっぱり、あの子たちは只者じゃないな。

歳ははやてと変わらないようにしか見えなかったのに。

服を下ろしたシグナムさんは、さらにあのフェイトという少女の評を述べる。

「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろう。武器の差が無ければ、少々苦戦したかもしれん」

「辛口のシグナムさんが、そんなに高評価を下すなんて珍しいですね」

「それだけの相手だったということさ。お前も戦えば分かる」

服の上から傷跡を撫でながら、シグナムさんは噛みしめるように言う。

「だが……、それでもお前は負けないだろう?」

ザフィーラの言葉には、自分たちを纏める将への絶大な信頼が込められている。

長い年月を共にしてきたからこその、混じり気のない信頼。

「そうだな……。ところでヤコウ、お前は大丈夫か?」

「え、僕ですか?」

いきなり話を振ってきたシグナムさんに、僕はキョトンとしてしまう。

今回の戦闘では直接相手と打ち合う事も無く、だた遠距離からの援護に徹していただけだが。

「けっこう景気よく撃っていただろう。オラクルの残量は心配ないのか?」

シグナムさん達には神機関連の技術、つまりオラクル細胞の事について、基本的な事は一通り教えている。

僕の持つ力について、やはり知っておいてもらった方が何かと都合がいいし。

「ええ、問題ありません。この世界に来てからは魔力とのハイブリッドで撃つようにしていますから、オラクルの消費量を格段に抑えられていますし。馬鹿みたいにエネルギーを食うバレットを使わない限り、心配は無いですよ」

魔力を使ってバレットを撃てるようになったのは、素直に嬉しい事だった。

少しはオラクルを消費しないとそもそも銃形態が起動しないので、消費をゼロにする事は出来ないし、アラガミに対する有効性は格段に落ちているだろうが、アラガミが相手でないなら関係のないことだ。

それでも少しずつとはいえオラクルを消耗するので、使いどころには気をつけているが。

「それに、いざとなったらアンプルで補給しますから」

これは本当に運がよかったのだが、僕がこの世界に来るきっかけとなった特務において、OアンプルやOバイアル、さらにはエリキシル錠といった、オラクルを補給できるものを最大限ストックしていたのが良かった。

もともとアラガミと戦っても素材を回収する心算が特務では無かったので、その分医療系の道具をたくさん持ってきていたのだ。

その点に関しては、特務の準備をしていた過去の僕を褒めてあげたい。

「そうか、それならいい」

それについて話すと、シグナムさんは表情を緩めてそう言った。

だが、ザフィーラさんがそれに待ったをかけた。

「ヤコウ、オラクルの事が当面心配ないのは分かった。だが、他にもっと重要な事があるだろう」

「……何でしょうか?」

「P53偏食因子の事だ」

やっぱり聞いてきたか……。

いつか訊かれるとは思っていたが……まだこの件に関しては秘密にしておきたい。

「その偏食因子とやらを長期間摂取しなければ、お前は神機に喰われる事になるのだろう?……お前がここにきてもうすぐ4ヵ月だ。足りなくなりはしないのか?」

「そうだな……。オラクルとは違い、これはお前の命に直接関わることだ。絶対隠すなよ?」

シグナムさんもザフィーラの言葉に乗っかり、僕に釘を刺してくる。

「心配いりませんよ。ここに来る直前に腕輪に補給してもらいましたから。当分大丈夫です」

「だが、偏食因子はオラクルと違って簡単には補給できないのだろう。そこはどうする?」

さすが、シグナムさんは鋭い。

全くその通りで、偏食因子はオラクルの様に、Oアンプルを飲んですぐさま補給!なんてことは出来ない。

腕輪から定期的に注射されるのだが、腕輪の中の分が切れる前に補給しなければ、神機に喰らい尽くされることになる。

だが、もう僕にその心配は一生必要無くなっている。

「考えはあります。だからシグナムさん達は、僕を信じてください」

「……本当に心配無いのだな?」

僕はその言葉に大きくうなずいた。

「そうか、ならばいい。いきなりお前の姿が消えていることなど、無いようにしてくれよ?」

冗談めかして言うシグナムさんに、僕は苦笑しつつ頷いた。

実際、そんな事になる可能性なんて無いのだし。

それからはやて達が風呂からあがって来たので僕も入り、あがると自分の部屋へと赴いた。


………………


…………


……


「ふうぅ……」

自分の部屋に入った僕は、布団に寝転がって溜め息を吐いた。

打ち明ける決心のつかない自分を嘲笑いたくなる。

「……ベイオネット、僕は卑怯者かな?」

『……それは違います、マスター。全ての責任は私にあります。……せめてお伺いを立てるべきでした』

珍しく、ベイオネットの声音に悔いがにじみ出ている。

コイツも落ち込む事とかあるんだな。

「別にいいさ。僕の事を想ってやったことだろ?それに実際、やらなかったら僕はもう死んでる。お前にガブッ!てやられてさ」

場の空気を和ますように言うが、ベイオネットからの反応は無い。

……コイツ、こんなに背負い込む性質だったのか。

いつか僕の事を苦労性なんて言っていたが、人の事言えないだろ。

『私は、このままでは自分がマスターを殺してしまう事になる事に耐えられませんでした……。想像することもおぞましかった……。全ては私が背負うべき罪です……』

「だから、気にしてないって。そりゃあ最初は愕然としたけど、僕も他に方法が無かった事は分かってるから」

『申し訳ありません……!』

それきり静かになってしまうベイオネット。

まったく、仕様が無いヤツだな……。





シグナムさん達には心配無いと言ったが、それは正しくない。

当分大丈夫とは言ったが、P53偏食因子の補給を最後に受けたのは4ヵ月近く前である。

本来ならとっくに足りなくなり、ベイオネットに喰われていた事だろう。

正確に言うなら、もう心配無くなっている、が正しい。

本当に、これからの僕には偏食因子の欠乏を恐れる必要性が無くなった。



『……マスターを改造しました』



一か月ほど前に唐突に告げられたベイオネットから言葉に、僕は疑問符を頭に浮かべた。

改造ってどういう事?と訊き、帰ってきた答えに僕は一瞬頭が真っ白になった。



『……マスターのご友人であるソーマ・シックザール殿のデータをもとに、マスターの体内のP53偏食因子をP73偏食因子に変異させ、遺伝子レベルで組み込みました。暴走の危険は万が一にもありませんので、どうぞご安心を……』



――P73偏食因子



それは、僕の仲間であるソーマがとある計画において、誕生の際に埋め込まれた偏食因子の一種である。

人体の細胞をオラクル細胞へと変異させる作用が強く、現在神機使いに投与されているP53偏食因子のように、人体への直接投与は出来ないシロモノである。

P73偏食因子を遺伝子に組み込まれた体細胞は、P53偏食因子でのものと比べてもかなり身体的に強化され、さらにアラガミの捕喰に対しても強い抵抗性を持つようになる。

……と、ここまでならP53偏食因子の性質を強化しただけの様な感じだが、決定的に違う部分がある。



それは、偏食因子を自ら生成できるようになるため、人工的に偏食因子を投与する必要が無くなり、体細胞が構造的にオラクル細胞に近い形となることだ。



……ここまで言えば分かるだろうが、P73偏食因子にもし適応できた人間がいた場合、その存在は生物学的に見て人間でもアラガミでも無いという、非常に曖昧なものとなる。



体細胞の構造はオラクル細胞に近い、だからアラガミ?

でも人の形をしていて理性もちゃんとある、なら人間?



この質問に即答できる人が、はたしてどれだけいるだろうか。

前述したソーマは、表面上こそ何でもないように振舞っていたが、内心相当苦しんだようだった。

その苦しみの一端を、僕も今味わっている。

もっとも、僕の場合はベイオネットが独断で行ったとはいえ、相談されていたならば結局こうすることを僕も選んだだろう。

要は必要に迫られたからやったのである。

僕も死にたくは無いし、ベイオネットの判断は正しい。

だから、望ますにコレを埋め込まれてから生まれたソーマとは比較するのもおこがましいだろう。

「ソーマの奴、こんなモンじゃない位苦しんだだろうな……」

つくづくそう思う。

神機使いはP53偏食因子を補給しているが、あれもしている事を考えればソーマがやられたことと大差ない。

偏食因子は、オラクル細胞に含まれる「偏食」と言う性質を誘導する物質であり、まぎれもなくオラクル細胞の産物である。

生体用に調整されてはいるが、その事実は変わらない。

まあそのP53偏食因子は、定期補給では予防接種程度くらいしか投与されないのだが。


「はあ……」

黙り込んでしまったベイオネットを眺め、僕は考える。

「榊博士の夢見る世界、実現するといいな……」

こんな身体になってしまったからこそ思う。

アラガミとの共存という、途方もない夢のような話。

僕はもう帰れないかもしれないけど、それが叶う事を願わずにはいられなかった。


………………


…………


……


――the third person――

ヤコウ達が白いバリアジャケットの少女から蒐集を行った翌日。

事件があった海鳴市のとあるマンションのリビングに、ある二人がいた。

時空管理局本局・次元航行部隊所属の執務官、クロノ・ハラオウンとその補佐官であるエイミィ・リミエッタである。

昨晩の事件を受けて早急な対応が望まれるのだが、乗艦であるアースラが補修中であることもあり、母親であり上官でもあるリンディ提督の指揮のもと、海鳴に本部を構えることとなった。

今はまだ機材のセッティング中であるが、その途中に二人は空間モニターに今回の事件の原因と言えるものを映し出し、色々と話し合っていた。

見た目は普通のハードカバーの本だが、表紙の中心に施された剣十字の装飾が目を引くその本。

第一級捜索指定遺失物・ロストロギア、闇の書――

自身にも因縁のあるこの闇の書を、クロノは表面上冷静に見ていたし、話し合っていた。

もっとも、付き合いの長いエイミィからすれば抑え込んでいるのが見え見えであったため、心配そうな表情をされる羽目になっていたが。


一通り闇の書についての話が終わり、これでおしまいかと思い踵を返そうとしたエイミィだったが、クロノがそれに待ったをかけた。

「どうしたの、クロノ君?闇の書についてまだ何かある?」

「いや、闇の書についてはもう無いが……これを見てくれ」

そう言ってクロノがモニターに表示したのは、シルバーグレイの髪をしており、かなりの速度の魔力弾を一抱えもある銃らしきものから放っている少年――ヤコウだった。

「この人物についてだが、持っている銃型デバイスのように見える装備……どこかで見た覚えがある」

「うーん……。でも、こんな変わった型のデバイスなんて一度見たら忘れないんじゃない?」

管理局の魔導師は、大多数が杖型のデバイスを使用している。

昔から使われてきた型であるので戦闘方法などが確立されているし、だからこそ信頼性も高い。

まだ発展途上であるが、最近は近代ベルカ式の研究も進んできたのでアームドデバイスの使用者も増えてきているが、それは管理局よりも聖王教会の人間の方に多い。

だから、管理局所属であんな特徴的なデバイスを使用している人間がいれば、それだけで目立つ。

「ああ、管理局が把握している型のデバイスにあんな変わった形のモノがあったら、普通忘れない。……だから、この世界とは別の管理外世界の物品かもしれない、と僕は予想してる」

「え、じゃあその管理外世界から流れ着いた物品を、この世界の人が使ってるってこと?」

「確証は無いが、僕もそうだと……ん?」

「どうかした、クロノ君?」

モニターを見ていたクロノが何かを見つけ、疑問の声を上げる。

「エイミィ、この人物の腕の部分を拡大してみてくれ。右腕だ」

「……?うん、分かった」

言われた通り、画想を拡大していくエイミィ。

最終的に、ヤコウの腕に装着されている腕輪が大写しになった。

「うわ、これはまたアクセサリーの類とは思えない造りだね、手錠とか手械みたい。……クロノ君?」

反応のないクロノをいぶかしんだエイミィがクロノの方を見ると、目を見開いたクロノの表情が飛びこんできた。

「ど、どうしたの、クロノ君……?そんな顔しちゃって」

「……エイミィ、悪いが第95管理外世界での事について調べてほしい事がある」

「へ?」

突然そんな事を言ってくるクロノに、エイミィは面食らう。

だが、クロノの表情は真剣そのもので、意味のない事を指示しているとは思えない。

エイミィも表情を引き締めて、指示の詳細を聞く。

「分かった。第95管理外世界の何について調べればいい?」

「次元転送の類で物や人が移動していないか、それだけでいい」

「うん、了解」

その言葉を最後にモニターを閉じ、エイミィはリビングを後にした。

一人残ったクロノは、自身の勘が外れている事を願わずにはいられなかった。

「……あの世界の人間だとすると、結構な問題だ。しかも、その人物が蒐集行為に協力している可能性が高いとはな……」

クロノは先ほど見たヤコウの武装を思い出していた。

一抱えもある銃の様な武装と、なによりその武装から伸びたものが、赤く重厚な腕輪と接続しているところを。

「……神機使い、なのか?」






クロノの呟いた言葉はそのままリビングの静寂に消えていき、誰も聞く事は無かった――



[17292] 第五話『転換点』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/03/20 10:55
――ザッ、ザクッ、ザッ、ザッ――

雪が深々と降りしきる中、僕は神機を携えて周囲を警戒しつつ歩いている。

時間帯は既に深夜と呼べる領域に差しかかっており、吹き付ける風も容赦がない。

リンドウさんやサクヤさんが子供の頃はまだこの辺りにも人が身を寄せ合って暮らしていたそうだが、今ではアラガミが跋扈する危険地帯となり、出入りする人は僕らの様な神機使い以外ほとんどいない。



――作戦領域名、鎮魂の廃寺



その名の通り神仏を祭る寺社であったこの場所は、今ではアラガミが度々出没する場所となり、このご時世に神に祈ることの無意味さを人間に知らしめている様な、人とアラガミが相争う戦場へと変貌した。

そんな場所での今回の任務は、コンゴウの群れの討伐。

ターゲットの数は判明しておらず、群れと言うからには二体以上とされてはいるが、それ以外はこの辺りを根城にしているとしか分かっていない。

まあ複数体のアラガミの相手など、どの神機使いも経験する試練の様なものだ。

正直、相手が判明していればなんとでもなる。



慎重に辺りを窺っていると、人間の二倍以上はあるかという大きさの物体を発見した。

その姿形は大型の類人猿を模しており、こちらに向けている背中にはパイプの様な器官が付いている。

巨大な上半身を支えるがっしりとした下半身を備えており、その上半身は岩をも易々と砕く剛腕を備えている。

顔はまるで仮面を被っているかのように動かないが、肉食獣の様な鋭い牙をもつその口元は違っており、今だ霧散していない他のアラガミの死骸を食らっている。

多くの場合群れでいる事の多いコンゴウだが、今は都合のいい事に単独行動をとっているらしい。

僕はこの機を逃さず、素早く、しかし音を立てずに接近する。

コンゴウの聴覚は確認されているアラガミの中でもトップクラスに優れており、この程度の偽装など焼け石に水なのだが、やらないよりはマシだ。

案の定コンゴウはこちらに気付き、食事を中断してこちらに向き直り威嚇してくる。

新人ならこの威嚇でビビる者もいる位の迫力だが、生憎僕には通用しない。

ショート・超電磁ナイフをブラスト・群豹改に変形させ、予め装填していたLサイズ雷属性のモルターを、ジャンプしてその顔にぶち込む。

紫電を迸らせながら撃ち出された投擲弾は狙い通りコンゴウの顔に命中、炸裂してその巨体を怯ませる。

怯んだ隙を逃さず群豹改を超電磁ナイフに変形させ、その背後に回ってパイプ状の器官を滅多切りにする。

立ち直ったコンゴウはこちらを向くが、単独行動をしているコンゴウなど正直言って力馬鹿のノロマでしかない。

その剛腕を振りかぶってこちらを殴りつけてくるコンゴウだが、見え見え過ぎて欠伸が出る。

余裕を持ってサイドステップで回避すると、またもやこちらに背を向ける形になってしまった。

再度群豹改に変形させ、紫電の炸裂弾をその無防備な背中に叩きこむ。

数発命中させると、先ほどの近接攻撃で脆くなっていたらしいパイプ状の器官に罅が入り、そのまま崩壊してしまった。

崩壊の衝撃でコンゴウがたたらを踏み、尻もちをつく。

それを見逃さず前方に回りこみ、その仮面の様な顔に超電磁ナイフの突きを叩きこむ。

電撃が迸り、苦しいのかコンゴウが悲鳴を上げるが、流石にコンゴウの身体で一番硬い部分だけあり、僅かに罅を入れるだけで終わる。

コンゴウが立ち直ると耳をつんざく様な咆哮を上げ、その剛腕を矢鱈めったら振り回す。

黄土色の身体が僅かに赤みがかり、熱を持っているのか足元の雪が溶けている。

どうやら活性化したらしく、パワーもスピードも段違いになっている。

感じる敵意も今までより数段鋭くなっているが、怒りの為かこの状態のときには注意力が散漫になっている。

僕はその剛腕を使った振り下ろし攻撃を避けると、持ってきていたホールドトラップを仕掛けた。

振り下ろし攻撃を受けた地面が僅かに凹み、地震があったかのような振動が起きる。

本当に、パワーだけなら大型のアラガミに比肩する威力だ。

三度神機を群豹改に変形させた僕は、例の炸裂弾をコンゴウに打ち込む。

が、今度はまるで怯んでおらず、痛みを感じていないかの様にこちらに突進してくる。

その口元は鋸のような牙をむき出しにしており、それがコンゴウの殺意を現しているかのように月明かりを浴びて鋭く光っている。

……が、僕にその殺意を向けた代償は払ってもらう。

注意力が散漫になっていたコンゴウは、見え見えのホールドトラップに気付かず、その身体を痺れる罠に絡め取られた。

こうなっては活性化していようとも関係ない、唯の的である。

僕は消耗したオラクルをアンプルで補給すると、炸裂弾で罠にかかった哀れな得物を滅多撃ちにした。

炸裂の衝撃で身体を覆うご自慢の鎧が砕け散り、余波で剛腕を籠手のようにおおう甲殻も砕け散る。

ようやく罠から抜け出したコンゴウは息も絶え絶えながら、その殺意を聊かも衰えさせず僕に向き直った。

そしてその剛腕を振りかぶるが、弱っていようとターゲットに情けは掛けない。

予め取り出しておいたスタングレネードを地面に叩き付け、コンゴウの視覚と聴覚を奪う。

コンゴウは耳が特にいいので、至近距離でこの炸裂音を聞けばひとたまりもないだろう。

現に耳を押さえてもがき苦しんでいる。

そんなコンゴウの苦しみなど斟酌せず、僕は先ほどの攻撃で罅の入っていた仮面に再び突きを入れた。

仮面は完全に割れ砕け、超電磁ナイフの鋭い刀身が放電しながら突き刺さる。

コンゴウはブレードが刺さった瞬間棹立ちになり、そのまま数度痙攣したが、やがてピクリともしなくなった。

それを確認した僕が超電磁ナイフを抜きとると、コンゴウはその巨体を仰向けにして倒れた。

活性化していたその身体は完全に停止し、殺意も完全に消え去っている。

そのまま捕食形態に移行し、神機に喰らい尽くさせ、コアと生体素材を回収する。

コアを失ったコンゴウの死骸は構成を維持できなくなり、そのまま霞のように消え去った。

……一体目の討伐完了、あと何体いる事か。

そう考えて僕が一息ついていると、唐突に前方上空から何かが降って来た。

さらに後方からも気配がする。

前方向からの奇襲を避け、後方の気配の正体を確認する。

先ほど打ち倒したアラガミと寸分たがわぬ姿がそこにあった。

どうやら先ほどのスタングレネードの炸裂音を、その並はずれた聴覚で聞きつけてやって来たらしい。

身体をいからせてこちらをヒタと見据えてくるコンゴウ二体を睨み返し、僕は戦闘を再開した。


………………


…………


……


――ゴンッ!!!

「――――――――ッ!!」

頭に感じたあまりの衝撃に、僕は跳び起きた。

激痛に襲われ、思わず頭を抱えて蹲るが一向に痛みは引いてくれない。

「ああぁ、コウ兄だいじょぶか?」

「ヤコウ、平気か……?」

聞えてきた声の方を見ると、車椅子に乗ったはやてとマグカップを持ったシグナムさんが心配そうな表情でこちらを窺っていた。

床で寝ていたらしいザフィーラも、こちらを案じる様な視線を向けている。

蒐集で、アラガミを彷彿とさせる巨大生物と戦ったからこんな夢を見たのだろう。

昨夜は蒐集から帰った後、シグナムさんと同じようにリビングのソファに座って寝ていたが、先ほどバランスを崩してテーブルに頭をぶつけたらしい。

ぶつけたときの音といい、今現在僕を苦しめている激痛といい、かなりの勢いでぶつけたようだ。

「……うん、平気。何ともないよ」

実際は痛くて痛くて堪らないが、そこは男の意地で痩せ我慢をする。

はやては暫くその言葉を疑う様な視線を向けてきたが、やがて表情を緩めた。

「でも、なんぞ怖い夢でも見とったんか?さっき魘されとったけど」

「ああ……。前の世界での出来事を夢に見てさ」

「前の世界っちゅうと……。アラガミとかいう生き物と戦っとった夢?」

はやてにも、守護騎士の皆と同じように故郷の世界の事は一応伝えた。

守護騎士の皆と違い僕が口で説明しただけで、ベイオネットが具体的な映像資料などを見せた訳ではない。

なので今一イメージが湧かなかったみたいだが、それでいいと思う。

あの世界の出来事は、はやてに伝えるには重すぎると思うから。

「じゃ、そんなコウ兄にもホットミルクを進呈や。温まるよ?」

そう言って、はやてはお盆に載せれられたマグカップを差し出した。

中身ははやての言うとおりホットミルクで、温かそうに湯気を立てている。

「……うん、ありがとう」

そう言って笑顔を向けると、はやてもニコリと微笑み返してくれた。

口をつけると温かいミルクが喉元を通過し、未だに続く頭の痛みも幾分か和らいだ気がする。

そうしてミルクを飲みつつ頭を擦っていると、バタバタと慌ただしい音がしてシャマルさんがリビングにやってきた。

「――すみません、寝坊しましたぁ!」

エプロンを着けつつそう言うシャマルさんの頭には未だに寝癖がちらほらと見えており、かなり慌てて起きてきた事が窺える。

「おはよー、シャマル」

「おはよう、ああぁもう御免なさい、はやてちゃん!」

「ふふっ、ええよぉシャマル」

はやてはのんびりした口調でシャマルさんをフォローするが、効き目は無かったらしくシャマルさんはまだバタバタと家事の準備をしている。

そうやってシャマルさんの準備が一段落つくと、今度はヴィータが起きてきた。

「おはよー……」

お気に入りのノロイウサギのぬいぐるみを引きずっており、今にも寝てしまいそうな表情をしている。

「おおぅ、めっちゃ眠そうやなぁ」

「ねむい……」

はやてがヴィータに言葉をかけると、表情とシンクロしている様な眠そうな声で言葉を返した。

この何処にでもいる様な姿をした子供が歴戦の騎士なのだから、世の中は不思議に満ちている。

「もう、顔を洗ってらっしゃい」

「ミルク飲んでからー……」

ヴィータの有様にシャマルさんが苦言を呈すと、ヴィータはいまだ半分眠っている様な表情でミルクを要求する。

食卓についてミルクをちびちび飲んでいるヴィータを見遣っていると、隣に立っていたシグナムさんからしんみりとした言葉が漏れ出た。

「温かい……な」

「そうですね……とても」

同意を求めた言葉でも無いだろうが、この光景に対して自然と出てきた様な呟きに僕が返事をすると、シグナムさんはこちらを向いて静かに微笑んだ。

僕もそれに微笑み返すと、眼前の優しい光景に再び目を向ける。

ふと、以前コウタが言っていた事を思い出した。

苦しみながらも家族の為、アーク計画に乗ると言っていた時のコウタの言葉。

『――守れるんなら、どんなことだってやってやるさ』

あの時のコウタも、今の僕や守護騎士と同じような心境だったのだろうか……。

もう推測しかできないが、僕もこの笑顔を守るためならどんな事でもやるだろう。

「コウ兄~、ぼーっとしとらんと座りぃ。朝ご飯出来たで」

「ああ、分かった」

はやての声に僕は思考を中断し、食卓につくのだった。


………………


…………


……


――数日後、僕ははやてとシャマルさんに付き合って、スーパーへと来ていた。

今日ははやての友達の月村すずかという娘が来るそうで、せっかくなので夕飯は鍋物にしようという事らしい。

とはいえ、七人分もの材料をはやてとシャマルさんだけで買って帰るのは大変だろうという事で、僕が買い物に付き合うこととなった。

スーパーに着くと、はやては主婦顔負けの目利きで鍋の材料を吟味していく。

今までも買い物に付き合った事はあるのだが、相変わらずその姿には感心してしまう。

これでまだ九歳だ、普通は出来る事ではない。

そんな事を考えていると、はやてが唐突に言った言葉に僕とシャマルさんは虚を突かれた。

「せやけど最近みんな、あんまりウチに居らんようになってしもたね?コウ兄も近頃はよう出かけるし」

いきなりの言葉に、僕とシャマルさんは思わず声を詰まらせる。

「ええ……まあ、その……何でしょうね?」

「ああ……その、ええっと……」

僕とシャマルさんがしどろもどろになって必死に言葉を探していると、はやては普段と変わらない調子で言葉を紡ぐ。

「ああ、私は別に全然ええんよ?みんなが外でやりたい事とかあるんやったら、それは別に」

「はやてちゃん……」

別に含むものなど無い言葉だが、はやてに隠し事をしているという後ろめたさが僕らに重くのしかかる。

「私は、もともと一人やったしな」

「――――っ」

僕までが蒐集に加わることで一人になってしまう機会の増えたはやてだが、こんな言葉を言わせてしまうとは、完全に僕たちの落ち度だ。

はやてに他意は無いだろうが、寂しいと思う本音の一部が僅かに零れた形だろう。

そんなはやての心を察したシャマルさんが、真剣な表情をはやてに向けて言う。

「――はやてちゃん、きっと大丈夫です!今は……みんな忙しいですけど、その、すぐにまた、きっと……」

「うん……僕も最近はちょっと立て込んでて。……でも、もうすぐ片が付きそうなんだ。ほんと、もう直ぐ……」

本当にもう直ぐ……。

何気ない一言に、予想外の真剣な対応を受けたからだろうか。

はやてはしばらくポカンとしていたが、その表情を嬉しそうな笑顔に変えると明るく言った。

「……そっか。シャマルとコウ兄がそう言うなら、きっとそうなんやね」

それからは今夜の鍋についての算段をしつつ、三人で楽しく会話をしていく。

一緒にいられる時間は大分減ってしまったけど、心だけはいつも繋がっていたい。

さっきのはやての言葉を聞いて、僕はそう思わずにはいられなかった。






買い物も終わり、シャマルさんが荷物入れに今夜の鍋の材料をしまっていると、僕は自分の感じた感覚に密かに顔を強張らせた。

『……ヤコウ君、ちょっと』

『ええ……結界の反応と、シグナムさん達と他多数の魔力を感知しました』

シャマルさんも反応を捉えたらしい。

はやての手前、表情は普段と変わらないが念話の声からは焦りが滲んでいる。

管理局も本腰を入れたらしく、感じる敵性反応の数は前回の比ではない。

『……シャマルさん、助けに行ってあげてください』

『え……でも、それは……』

逡巡するシャマルさんだったが、感じた反応はそれを許してくれそうもない。

『また、みんなそろって平穏に暮らすんでしょう?ここで行かなかったら、絶対に後悔しますよ。はやての事なら任せてください』

僕の言葉にシャマルさんはハッとしたらしく、僕の方を見て頷いた。

僕もシャマルさんに頷き返す。

それを確認して、シャマルさんは申し訳なさそうにはやてに言った。

「……ごめんなさい、はやてちゃん。ちょっと皆から声がかかってしまって」

「みんなて、シグナム達?」

「私が来れば、早く用事を済ませられるそうなんです。ですから、手伝いついでに皆を拾ってきすので、ヤコウ君と一足先に帰っていてくれませんか?」

言っている事は全て本当である。

もっとも、重要な所はぼかしてあるし、とてもはやてに教えられることではないが。

「……そっか。うん、分かった。はよう行ってあげて」

「……はい。きっと、すぐに帰ってきますから」

「うん。でも、急ぎ過ぎて事故に遭わんようにな?」

それに返事をした後、シャマルさんは駆け出し、街の雑踏の中へと消えていった。

シャマルさんの行った方を見つめて、寂しそうな顔をするはやて。

僕はそれの表情を見て気分が沈みそうになるが、それを隠して努めて普段どおりに振舞う。

「さあ、はやて。帰って鍋の準備しようか?すずかちゃんを歓迎する準備をしないとね」

「コウ兄……。そやな、しっかり準備して、すずかちゃんとみんなを温かく迎えてあげんとな」

寂しさを隠し、僕に笑顔を向けるはやて。

もうすぐ……もうすぐ終わる。

『――きっと大丈夫です!』

さっきのシャマルさんの言葉を思い出す。

そう、きっと大丈夫。

また静かな、温かい日々が戻ってくる。

みんなの反応のする方向を一瞥して、僕ははやての車椅子を押しながら家路に就いた。






家に到着し、僕ははやてが鍋の下ごしらえをするのを眺めつつ、ベイオネットを通じてみんなの状況を確かめていた。

帰り際に飛ばしたサーチャーを通じて、リアルタイムで観測する。

『ベイオネット、みんなの状況は?』

『――現在は膠着状態です。管理局もかなり本気ですね。十人以上で結界を張り逃走経路を塞ぎ、さらに前回シグナム殿たちと戦ったあの少女たちがいます』

『それはまた……思いっきり不利じゃないか』

地の利は完全に向こうに傾いてしまっているし、あの少女たちもいるのならさらに向こうに天秤が傾く可能性が高い。

『おまけに、あの少女たちはデバイスをチューンしたようです。ベルカ式カートリッジシステムを搭載しています』

『……そんなに悪い条件ばっかなのに膠着状態なのか。逆にシグナムさん達が凄いのかな?』

『ですが、この膠着状態も今のところは、という枕詞が付きます。時間が経てば、相手に傾く可能性が非常に高いでしょう』

『だよな……』

本音を言えば、直ぐにでも助けに行きたい。

こんな時に手助けができないなら、何のために協力しているか分からない。

(くそ……!)

でも、僕はシャマルさんにはやての事を任されている。

その僕が、はやての事を放りだす訳にはいかない。

「コウ兄……?」

思考に没頭していたため、はやてが近づいてくるのに全く気付いていなかった。

手拭いで手を拭きつつ、心配そうに僕の顔を見ている。

「どしたん、何か心配ごと?」

「いや、何でもないよ」

咄嗟にそう返したものの、はやてはそれをあっさりと否定した。

「ウソやな。コウ兄の眉間、こーんなシワがよっとる」

「え、ほんと?」

思わず眉間に手をやってしまうが、はやてはまたもやそれを否定した。

「ウソや」

「……はやてぇ」

悪戯が成功した様な表情でくふふと笑うはやてに、僕は思わず弱った顔を向けてしまう。

はやてに鎌をかけられるとは……。

はやては僕のそんな表情を面白そうに見ていたが、やがて笑顔のままこんな事を言ってきた。

「ええよ、行ってきぃ?」

「え……?」

突然のはやての言葉に思わずポカンとしていると、はやてがさらに言葉を紡ぐ。

「スーパーで言うとった立て込んどる事が心配なんやろ?心配なら、行って来てええで?」

「はやて……でも」

僕が煮え切らない態度を取っていると、はやてがさらに押してくる。

「心配ならサッサと片して、みんなで美味しいご飯食べよ?」

……はやては本当に優しい娘だ。

その優しい娘を一人にしてしまう事を心苦しく思いつつも、僕はそれに甘える事しかできない。

「……ゴメン、絶対すぐに帰って来るから!」

「うん、お早いおかえりをー」

いつも通りのはやての言葉を背中に受けて、僕は家を飛び出していった。






家を出た僕は超特急で結界に強引に侵入し、そこからは慎重に周囲の反応を窺っていた。

相手にはバレている可能性が高いが、それはこの際しょうがない。

上空ではこの間蒐集された白い少女とヴィータ、フェイトと名乗っていた少女とシグナムさん、誰かの使い魔らしい女性とザフィーラがそれぞれサシで戦っている。

シャマルさんは何処かでサポートを行なっているらしく、空にはいない。

すると――。

『マスター、緊急事態です。シャマル殿が局員に発見され、武装解除を要求されています』

「――何処だ?」

『反応、表示します』

もう周囲を窺っていられる状況ではない。

すぐさま空に上がり、反応のあった場所を注視する。

「……あれか」

そこには、局員と思しき黒いバリアジャケットの少年に背後からデバイスを突き付けられているシャマルさんの姿があった。

少年は投降を呼びかける文言を言っているのだろう、デバイスを突き付けたまま攻撃はしていない。

「……」

僕は無言で少年に、銃形態の神機の銃口を向ける。

オペラ『魔弾の射手』に登場する猟師の名を冠するスナイパー・カスパール改。

炎属性を得意とするこの銃とは逆に僕の頭はすっかり冷え切り、標的を外す気がしない。

装填されたSSサイズ炎属性レーザーがカスパール改に更に力を与え、熱量を増幅させる。

『――今です』

ベイオネットの言葉と同時に引き金を引く。

赤い軌跡を残しつつ高速で黒づくめの少年に向けて迸ったレーザーは、しかし少年にギリギリで防御された。

蒼い円形のシールドが出現し、レーザーを阻む。

「――ッ!あなたは!?」

向こうは僕に見覚えがあるらしく、こちらを見て驚いているが、僕は勿論知らない。

大方、前回の襲撃の際に露見した顔を向こうが覚えていたのだろう。

なんにせよ、驚きで動きが止まっている。

『シャマルさん、無事ですか?』

『ヤコウ君!?どうしてここに?はやてちゃんは?』

『そのはやてに背中を押されました。心配事ならサッサと片づけて来いって。それより、脱出の算段をつけましょう』

シャマルさんに念話で脱出の要請をして、僕は黒尽くめの少年に上空から接近する。

ここに来て余計思ったが、状況はかなり悪い。

このまま戦い続けてもメリットなど無いだろう。

「――ふっ!」

息を吐きつつ、剣形態に変形させたベイオネットを少年に向けて振り下ろす。

「それは――ッ!」

少年はベイオネットが変形したのに驚いているようだが、先ほどと同じようにしっかりと防御も行ってくる。

円形のシールドに巨大なチェーンソー型のブレードが食い込み、カスパール改とは真逆の冷気を迸らせる。

冷却チェーンソー改の無数に並んだ刃が猛スピードで回転を始め、その堅固なシールドを切り裂くべく唸りを上げる。

そしてついに少年のシールドを切り裂くが、少年は紙一重で冷却チェーンソー改の回転する刃を避けてしまった。

シールドが砕けて光の粒子になって消えていくなか、少年は距離を取ってデバイスをこちらに向ける。

黒尽くめの少年の顔色は若干青く、息も荒いが、チェーンソーなんてモノを向けられて、挙句切り裂かれそうになったのだから当然か。

もちろん、魔力で覆っているので当たってもスプラッタな事にはならないが。

荒い息を整えながらこちらに杖型デバイスを突き付ける少年に対し、こちらもカスパール改に変形させたベイオネットを突き付けていると、少年が驚くべき事を言いだした。

「その武装……神機ですね?」

いきなりなその言葉を聞いて、思わず目を見開く。

時空管理局は、僕らの世界の事を知っているのだろうか?

「へえ……君、僕らの世界の事、知ってるのかい?」

僕が言外に肯定すると、少年はその表情を険しくして言葉を続けた。

「あの世界からやって来たと言うなら、我々管理局はあなたを拘束せねばなりません。なぜ闇の書の蒐集に協力しているかは知りませんが、素直に従うならあなたが行った蒐集行為については魔法関連の知識不足という事で、情状酌量の余地もあるでしょう。……悪い事は言いません、武装の解除を」

僕らの世界の事を知っているのにも驚いたが、いきなりそんな事を言ってきたのにも驚いた。

闇の書とは別に、是が非でも僕を確保したいらしい。

「……断ったら?」

「不本意ではありますが……力づくになります」

少年の力強い瞳が僕を射抜く。

油断なく向けられたデバイスから感じる圧力が増し、空気がピリピリと張り詰める。

「答えは……NO!」

僕は言葉と共にレーザー・スプレッドを発射。

前方に放射状にレーザーが発射され、少年の行動を制限する。

そんなに射程は長くない拡散タイプのレーザーだが、この位の距離なら十分届く。

少年は見事な回避力を見せてレーザーの包囲網から抜けるが、それは予想済みだ。

スプレッドを放ってすぐさま移動していた僕は、飛び出してきた少年にブレードを振り下ろす。

冷却チェーンソー改が刃を高速回転させながら少年に迫るが、少年は冷静に対応してきた。

シールドでしっかりと僕の刃を受け止めた少年は、片手に持ったデバイスでチェーンソーとの打ち合いを敢行してきた。

チェーンソーとの打ち合いを選ぶなど気でも違ったかと思ったが、それに僕は完全に油断した。

「――ブレイクインパルス!」

突如少年のデバイスが振動し、そのまま冷却チェーンソー改とぶつかり合うが、全く引かず互角の状態になる。

そのまま暫く鍔迫り合いのような状態になるが、驚いた事にベイオネットの方が先に根を上げた。

(――マスター、ブレード強度が警戒域にまで低下しています。このままの状態では破損もあり得ます)

(何!オラクル細胞で出来た神機が、アラガミの攻撃以外で壊れるのか!?)

念話だが、思わず驚いた声をベイオネットに返した。

神機は基本、アラガミの攻撃以外では摩耗しない。

銃形態の時は、内部のオラクル細胞を喚起して高エネルギーを発生させてバレットを撃つためにその限りではないが、外部からアラガミの攻撃以外による衝撃を加えられても何てことは無いはずなのだが。

(この少年、驚いた事にブレードに使用されているアラガミ由来の素材以外の所に負荷をかけてきています。この魔法は対象を粉砕する魔法でしょうが、そうならなくともこのままでは折れる可能性が高いです)

ベイオネットの考察を聞いた僕は、すぐさま離脱を決める。

鍔競り合いを強引に押しやって止め、少年の背後に回り込もうとするが――。

「――なっ!?コレは――!」

――僕の四肢は、帯状の魔力で拘束されていた。

「ディレイドバインド……。戦闘技術は正直大したものです。ですが、まあ当然でしょうけど魔法の知識は疎かなようですね」

そう言ってデバイスを僕の方に突き付けてくる。

「無駄な抵抗はしないでください。この状態なら、あなたが何かしようとしても僕の方が速い」

圧倒的に有利な状態になっても、油断なくこちらを威嚇する少年。

(くそっ、詰みか……?)

助けに来ておいてこの様になった事を不甲斐なく思い、磔にされた状態で少年を睨んでいると……。

「――ッ!?ぐぁっ!!」

唐突に現れた謎の人物の攻撃を受け、少年は吹っ飛ばされた。

相当綺麗に決まったらしく、反対側のビルのフェンスまで吹っ飛び、やっと止まる。

「……っく。まだ、仲間が……?」

仮面を着けた謎の人物は僕のバインドを解除し、近辺にいたシャマルさんに静かに言った。

「――闇の書の力を使って、結界を破壊しろ」

「え……?でも、あれは……」

苦労して集めたページが減る事を懸念したシャマルさんがその判断を退けようとする。

「減った頁は、また集めればいい。仲間がやられてからでは遅かろう?」

「っ!」

確かに、この男の言う通りではある。

結界を破って脱出するにはシグナムさんのファルケンか、ヴィータのギガント並みの力が必要であるが、二人とも手が離せる状況ではない。

シャマルさんは決心し、僕や他の守護騎士一同に脱出を呼び掛けて詠唱を開始する。

「闇の書よ……、守護者シャマルが命じます。眼下の敵を撃ち砕く力を……今、ここに」

その言葉と共に闇の書が光を放ち、結界の上空に渦を巻いた雷雲が出現。

闇の書は頁を消費していくが、それに比例して雷雲から感じる魔力も圧力を増していく。

「――撃って……破壊の雷!」

『Geschriben』

シャマルさんの言葉と共に闇の書がその力を解放。

膨大な魔力をその身に宿した雷が降り注ぎ、結界を蹂躙していく。

程なく結界は破壊され、辺りは目もくらむ眩い光に包まれた――。


………………


…………


……


「……もしもし、私です、シャマルです……。はやてちゃん、ほんとに、本当に御免なさい……」

シャマルさんの心からの謝罪の言葉を、僕と守護騎士の皆は顔を歪めて聞いていた。

結界を破壊した後、首尾よく撤退に成功したまでは良かったのだが、上手くいったのはそこまで。

僕たちはすぐに帰るというはやてとの約束をすっぽかし、大幅に遅くなってしまった。

帰って来た時にははやては既におらず、残されていたのはすずかちゃんの家に行くという書置きと、テーブルに並べられた僕らの食器、カセットコンロに置かれた鍋のみ。

かくして、すずかちゃんの家に行ったらしいはやてに、シャマルさんが謝罪の電話をかけているという顛末である。

電話をするシャマルさんの様子からして、はやては怒って無いのだろうが、それがまた辛い。

はやては九歳の子供なのだから、こういうときは怒るのがむしろ当たり前だというのに。

「はやて……?もしもし……」

電話を代わったヴィータの声にも張りがない。

ヴィータは特にはやてに懐いているから、今回の事を特に後悔しているだろうし。

庭に出ていくシャマルさんに続いて、僕とシグナムさんも出る。

三人で並んで空を見上げつつ、約束を果たせなかった事を悔いる。

「……寂しい思いを、させてしまったな」

「うん……」

「そうですね……」

ずっと一緒に暮らす未来のために、今という時間に寂しい思いをさせる。

なかなか矛盾した事だと思う。

そんな事を考えていると、シグナムさんが今日の事に関しての懸念を尋ねる。

「それにしても、お前とヤコウを助けた男はいったい何者だ?」

「分からないわ……。少なくとも、当面の敵ではないと思うけど……」

あの仮面の男の事もある。

管理局が本腰を入れてくる上に、今日は助けられたとはいえ不確定の要素が混じる事になる。

「あの砲撃で、大分ページも減っちゃったし……」

「だが、あまり時間はかけられん……」

そう、その破壊の雷で結構な数の頁が消費され、蒐集行為は僅かばかり後退する事になってしまった。

あの状況では致し方無いが、現状あまり好ましい事ではない。

……待てよ、頁が必要だというのなら。

「……シグナムさん、シャマルさん。頁は魔力……というか、リンカーコアがあれば蒐集出来るんですよね?」

シグナムさんとシャマルさんはいきなりの僕の言葉に疑問符を浮かべ、次いでハッとした表情になった。

「そうだが……ヤコウ、それ以上は言うな」

「え?」

「自分を蒐集してくれ、と言うつもりでしょう?駄目です、絶対に認められません!」

凄い剣幕でシャマルさんに怒られ、シグナムさんにも静かに睨まれる。

「我らは蒐集を行う事で、既に主はやてに背いている。この上お前を……、家族を犠牲にしたとあっては、もう我々は主はやてに顔向け出来ん」

「そうです。私たちの不始末にヤコウ君を付き合わせるだけでも申し訳ないのに、さらにヤコウ君から蒐集までしてしまったら……はやてちゃんに申し訳が立ちません……」

悲しそうに表情を歪める二人に、僕はそれ以上言う事が出来なくなった。

「……御免なさい、馬鹿な事を言いました」

「分かってくれたならいい。……お前も我らと同じく主はやての事を案じるのは分かるが、自分をもっと大切にしろ」

「シグナムの言うとおりよ、ヤコウ君。……もう二度と、そんな事言わないでね」

僕は二人の言葉に頷くと、一緒にリビングへと戻っていった。






管理局の本格的な出動、僕の世界の事を知っていたあの少年、謎の仮面の男――

僕たちの行く先は、どうなるのか――



















――終りの一言――

主人公陣営とのガチでの最初の戦闘は、VSクロノでした。
まあ、実質黒星ですけど……。
でも、この時点のなのは達が技術的に未熟な時期なら、クロノは一対一ではなのはやフェイトにも白星の方が多いんでしたよね?
そう考えた結果、ヤコウには実質負けてもらう事になりました。
オールラウンダーである、執務官という肩書きは伊達ではないでしょうし。



[17292] 第六話『ぶつかる想い、通じる心』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/03/24 22:57
――the third person――


ヤコウ達が、遅くなってしまってことをはやてに謝るために電話していたその頃――

海鳴に拠点を構える、今回の事件の関係者たちも話をしていた。

闇の書の性質から話が始まり、その主、そして書と主を守護する守護騎士。

守護騎士の性質についてクロノが説明した時、フェイトが自分の生まれや性質と同じようなものなのか訊いて窘められたが、それ以外は情報の共有が主で、取り立てて新しい情報も出ていなかった。

一通り話し終わり、これで終了かと思われた時、一人の少女が質問をした。

「あの……じゃあクロノ君と戦ってたあの人は?守護騎士の人は四人でしょう?ならあの人は?」

栗色の髪を二つ結びにしている、フェイトと同じ年ごろと思われる少女。

民間協力者の魔導師、高町なのは。

なのはの質問を聞いて、その場の全員がクロノとその上司で今回の事件の責任者であるリンディの方を交互に見る。

「ああ、そう言えばまだ話していなかったな。あの人物は……っと、そう言えばエイミィ、この人物に関連して指示しておいた事、どうだった?」

既に調べが付いていたらしいエイミィは、クロノのいきなりの質問にもすらすらと答える。

「95管理外世界での転移の記録だよね?あったよ、一件だけ。4ヵ月くらい前に中から外へ」

「……やはりそうか。どうしてこう、嫌な予想というのは当たるんだろうな……」

クロノが溜め息を吐いていると、この世界の事について知っていたらしいリンディが疑問を呈する。

「でも、第95管理外世界は次元航行部隊によって厳重に観測されているはずよ?転移の反応なんてあれば、かなりの騒ぎになっている筈なんだけど……」

「そこなんですよね。どうして今まで発覚しなかったのか……」

クロノとリンディが首を捻っていると、エイミィが言い難そうにしながらも疑問に答える。

「それなんだけどね、クロノ君……。その世界、魔法の文明が存在していないでしょ?」

「……?ああ、95管理外世界に魔法文明は確認されていないが……それがどうかしたのか?」

「その世界を観測してた部隊、外から中、つまりは管理世界から中に入ってくる方の転移には厳重に警戒してたらしいんだけど……。中から外、つまりこの世界から外に出ていく方の観測は割りとズボラだったらしいんだよねぇ……」

エイミィのその言葉で予想がついたらしいクロノは、驚きと呆れが混ぜこぜになった様な表情でエイミィに尋ねる。

「まさか……魔法が存在しない世界だから、内から外への転移なんてある訳ないと高を括って油断していたと?」

「そう言う事だね。……あ、それと今までコレが知られてなかったのは、その部隊の指揮官の人が隠蔽していたみたい。何とか自分で事態を収拾しようとしたらしいんだけど……。
そんな訳で、この情報を探るのにも少し苦労しちゃったよ」

「何てことだ……」

「ええ、本当にね……」

深刻な事態を嘆くように言うクロノとリンディに、話に着いていけなかった他の面々が疑問の声を上げる。

「えっと、それって何が問題なんですか?」

「うん、エイミィの言う通りなら、その人は唯の次元漂流者なんじゃあ……?」

「フェイトの言う通りだよ。蒐集に協力してるみたいだからそれは問題だろうけどさ、クロノたちの言い分だとその管理外世界から出てきた事自体が問題みたいじゃないか」

なのはとフェイト、それに彼女の使い魔のアルフは疑問を投げかけているが、ユーノは難しい表情をして考え込み、次いでハッとしてクロノに問いかける。

「……クロノ、まさかその世界って」

「さすが、スクライアの一族だな、こういった事にも詳しいか。……君の思った通り、現在の95管理外世界は惑星再生現象の真っただ中で、しかも次元世界史上初めてそれに対する対抗手段を生み出してそれを食い止めている」

「なんだって!?そんな世界の住人がこの世界にいるの!?」

「そう言う事だ。あまり信じたくない事態だが……僕が当の本人と戦って確認を取った以上、確定情報だな」

「そんな……」

ユーノまでが肩を落としてしまい、なのはとフェイト、アルフはますます困惑した。

「え、えーっと……結局何が問題なのかな?」

「う、うん。もうちょっと分かりやすく教えてほしい……かな?」

「そーだよ!私らすっかり置いてけぼりじゃないか!」

目を吊り上げて問い詰めてくるアルフをエイミィが宥めつつ、クロノとユーノが説明を始める。

「まずこの世界の事だが、95管理外世界の名前で分かる通り、この第97管理外世界とは比較的近い。それに中心となる惑星の名前も地球だし、歩んできた歴史もほぼ同じといっていいだろう。もっとも、この世界で言う所の西暦2070年代まで歴史を歩んできているから、文明的にはあちらが少しリードしているが」

「ほえ~、この世界にそんなにそっくりな世界なんてあったんだー」

「魔法も無いし、人間が中心の世界だからね。似通った歴史を歩むのも、ある程度は必然なのかもね」

なのはが素直に驚き、ユーノがスクライア一族らしい見解を述べる。

「だが、決定的に違う部分が一つある。それがコレだ。エイミィ、頼む」

「オッケイ」

クロノの指示通りにエイミィがモニターを表示すると、一見して良く分からない生物が映しだされる。

「トラ……じゃなくてライオン……でもないかな?」

なのはが映った生物について感想を言っているが、ユーノはそれを否定した。

「どっちでもないんだ、なのは。模写する存在は世界によって違うけど、この映っている存在がその95管理外世界を滅亡の危機に追い込んでいるんだ。……だろ、クロノ?」

「ユーノの言うとおり、この生物……いや、生き物といっていいか分からないが、とにかくこれらの存在によってこの世界は滅亡の一歩手前だ」

滅亡の危機というユーノとクロノの言葉に驚く知らなかった三人だが、フェイトが疑問の声を上げる。

「でも……不謹慎だけど、それはこの世界での出来事であって他の世界には関係ないんじゃ?」

フェイトの言葉にクロノが頷き肯定するが、関係ないというのは違うと告げる。

少なくとも今の段階では。

「まだ言っていなかったが、この存在は微細な生物の集合体でな。非常に危険な性質を秘めている」

「危険な性質って?」

「……ありとあらゆる存在を喰らうんだ」

クロノの言葉の意味が分からず、キョトンとするなのはとフェイト。

「えっと、食べる……って?」

「文字通り、食べつくすのさ。……命ある生物も、有機物、無機物の関係なく、等しく何でもね。この世界では、この存在をオラクル細胞、とか言っていたかな」

「オラクル細胞、か……。皮肉な名前だね、この存在が神の託宣で出現したとしたら、僕は神を呪うと思うよ」

なかなか結論を言わない二人に業を煮やしたのか、アルフが答えを求める。

「で、そのオラクル細胞とやらがそうやっていったらどうなるんだい?」

「まず、この存在……名前を借りるけど、オラクル細胞は唐突に出現するんだ。理由は不明だけど、特定の生物が繁栄を極めた世界に出現することが多いみたい」

そのユーノの言葉をクロノが引き継ぐ。

「そして周りの存在を喰らい、性質を取りこみながら驚くべきスピードで進化していく。その過程で数も爆発的に増える訳だが、これを自分たち以外の生物を滅ぼすまで続ける」

そこで、またフェイトが疑問の声を上げる。

「でも、クロノの話だと管理世界でも発生した事があるんでしょう?……無抵抗で滅ぼされちゃったの?」

その疑問を、クロノは首を横に振って否定した。

「勿論、発生が確認された世界の人間も必死に抵抗していた。だが……」

「オラクル細胞から発生したこの存在は、あらゆる攻撃手段が効かなかったらしい。魔法は勿論の事、その世界では禁忌として封印されていた質量兵器もね。結局、最期まで対抗手段を生み出せず、その世界は……」

クロノとユーノのセリフに嫌な連想をしたのか、なのはが確認をとる。

「じゃあ、その世界はもう存在しないの……?」

「いや、今は人の住んでいない無人世界になっているけど、ちゃんと存在している。惑星の環境という点だけに目を向ければ、むしろ人が滅んでからの方が良くなっているくらいだ」

「え、じゃあクロノ、そのオラクル細胞っていうのから発生した生き物はどうなったの?」

「そこからが、話の続きなんだが……」

そういって、再度話を再開するクロノとユーノ。

「その星の生命体といえる存在を全て喰らい尽くしたその生物たちは、今度は共食いを開始するんだ」

「そして、俄かには信じられないことだが、共食いを繰り返す内に惑星そのものを喰らい尽くせるほどの存在にまで成長するらしい」

惑星を喰らい尽くすというスケールの大きすぎる話に、なのはとフェイトは目を丸くする。

星一つを飲み込むなど、想像もつかないだろう。

「そして惑星をも飲み込んだその存在は、内に溜め込んだ生命の源を再分配して惑星の状態を最初期の状態にリセットしてしまうんだ。惑星再生現象とか呼ばれているのはこれが原因だね」

惑星を喰らうだの、生命を再分配して環境をリセットするだの、イメージが欠片も浮かばない様な話の連続に、もはやなのはとフェイトの表情は疑問符で埋め尽くされている。

「……そのオラクル細胞とやらが相当ヤバいってことは何となくだけど分かったさ。だけどさぁ、その世界から出てきたのはそのヤバい代物じゃなくて唯の人間が一人だろう?何の問題があるっての?」

未だ整理のついていない主人に代わり、アルフが疑問を述べる。

その質問に、クロノはモニターに映し出されたヤコウ――ではなく、神機の方を指しながら答える。

「さっき言ったが、このオラクル細胞から発生した生物には有効な攻撃方法は発見されていなかった。だが、この世界は惑星再生現象の発生した世界で唯一、対抗手段を見つけ出した。それがこの、現地で神機と呼ばれている武装だ」

クロノのその言葉に、全員がモニター中の神機に注目する。

「それで、この神機に使われている素材なんだが……発生した生物の残骸などを使用しているらしい」

「へえ~、何だかゲームみたいだね。敵の落としたもので武器を作る、とか!」

「なのは……その表現はちょっと……」

クロノの言った言葉になのはが的外れな感想をこぼし、フェイトがそれに苦笑する。

「なのは……事はそんな呑気に構えていて良いものじゃない。この武器はオラクル細胞から作られていて、その武器を所有している人間がこの世界にいる。……要するに、オラクル細胞が流出した可能性が高いし、この人物もそれに関連した知識を持っている可能性が高い」

「……ええっ!?じゃあ、じゃあ地球も……!?」

この世界も滅んでしまうのかというなのはの問いを予想し、クロノが首を横に振って否定する。

「それは分からない。まだ流出しているかどうか不明だからな。だからそうなる可能性があるか、真偽を確かめるためにも彼を捕まえなければならない。惑星再生現象については資料が殆ど残っていないからな。情報不足なんだ」

「なるほどね……。次元航行部隊はこの問題の細胞が流出しないように見張っていたけど、不手際で見逃してしまったってことか」

「本当に遺憾だが、そういう事だ」

ユーノの言葉にクロノはそう言うと、モニターを消して一同に向き直る。

「この人物が闇の書の蒐集に協力している以上、またぶつかる可能性は高い。幸いといっては何だか、一々探す手間が省けるという事でもある。なのはとフェイトは現場に出る事になるだろうから、守護騎士とは別口で覚えておいてくれ」

クロノのその言葉に、しっかりと頷くなのはとフェイト。

また少し話があった後、その場は解散になった。


………………


…………


……


――side Yakou――


今日も今日とて、他の次元世界で蒐集である。

今回は、広大な砂漠が広がる無人世界に存在する巨大生物がターゲットだ。

丁度僕が蒐集行為に介入したあの日よりこっち、人相手の蒐集は大分減らしたらしい。

やっていない訳ではないが、人相手の場合は必ず他の皆が担当するので、僕は巨大生物専門だ。

みんなは僕が元の世界で戦ってきた相手を知っているので、その経験を買っているんだと言うが、僕はみんなが人を相手に戦わせないようにしているんだと思っている。

遠慮は無しだと言ったのだが、こればかりは譲れない最後の一線なのだろう。

自分たちの不始末に付き合わせるのだから、せめて人は傷付けさせない様にしたい、という。

実際問題、僕よりシグナムさん達の方が人を相手にした戦闘経験は段違いに豊富なので、効率の面から考えても僕に否は無いのだが。

そんなこんなで、僕は今現在この世界で巨大生物を相手に戦闘を繰り広げている。

アラガミの様な姿形の生物なんてそうそういないだろうと思っていたのだが、実際に目の前にいるのだから現実を認めるしかない。

もう戦闘開始から十分以上は経っているだろう、お互いに結構消耗してきている。

僕は巨大生物が相手という事で選択した、バスター・肉斬りクレイモア真を腰だめに構え、いくらか触手を切り落とし、胴体にも痛撃を与えたターゲットを睨む。

ただ倒すだけなら、遠慮も手加減も必要なく全力で相手をすればいいのだが、そうするとリンカーコアを蒐集できなくなってしまう。

よって、ターゲットを気絶させる程度まで手加減をする必要があるのだが、生憎僕は戦いにおいて手加減をした事が無い。

僕の世界での戦いにおいて、アラガミとの戦闘で手加減をするなんて考えられなかったし、こちらの世界に来てからも皆との訓練は本気でのぶつかり合いばかり。

今まで二回あった管理局との戦闘も、当然手を抜いたなんて事は無かった。

なので、蒐集ではやり過ぎないように適度に力を抜くのも僕の課題となっている。


そうして巨大生物を相手にしていると、別の場所で蒐集の為に戦っている筈のシグナムさんから念話が届いた。

(――ヤコウ、聞えるか?戦っている最中だろうが、我らがこの場所にいる事が管理局に露見した。今、私はテスタロッサと戦っている)

(――なるほど。さっさと切り上げて合流、離脱って流れですね)

(そういうことだ。今お前が戦っている獲物のリンカーコアは惜しいが、この状況では致し方ない。離脱を優先させる)

(了解。すぐそちらに合流します)

(頼む。ザフィーラには既に伝えてあるから、そちらの心配は無用だ)

その言葉を最後に、シグナムさんからの念話は切れた。

僕は改めて、目の前の巨大生物に目を向ける。

事は急を要する状態で、故に出し惜しみはしていられない。

「ベイオネット、アレを出して」

『アレですか……。もう僅か八個しかない物ですが、よろしいので?』

「こういう時に使うために、今まで取っておいたんだろ?今が使い時だ」

『――了解です。マスターの手元に転送します』

そのベイオネットの言葉に反応し、手元にある物が転送されてくる。

片手で握れるくらいの大きさの、神機使いの戦いのお供。

動かない僕を隙だらけと見たか、巨大生物が耳をつんざく声を上げながら僕を一飲みにせんと襲いかかって来る。

「――命取りだ、デカブツ君」

僕は自分に迫って来る巨大生物を真っ向から見据えると、神機と反対側の手に持った物を地面に叩き付けた。

途端に強烈な光と聞くに堪えない甲高い音が辺りの空間を支配し、覆い尽くす。

地面に叩きつけられた物体――スタングレネードはその効果を余さず発揮し、音と光の二重奏をまともに受けた巨大生物は僕を見失い、狙いを外して勢いのまま地面に突っ込みのたうち回る。

このまま離脱してもいいが、追いかけてこられると厄介なので後始末をしていく。

僕は肉斬りクレイモア真を肩に担ぐように構えると、神機に均等に回されているオラクルをその刀身に集中させる。

肉斬りクレイモア真の刀身が集束したオラクルによって鈍い光を放ち、そのリーチも通常より長くなる。

「チャージクラッシュ――ぶった切る!」

僕は気合の声を発し、未だのたうち回る巨大生物の、先ほど甲殻を吹き飛ばした部分を狙って刀身を振り下ろした。

威力を普段の数倍に増した斬撃は、巨大生物の堅牢な胴体にあっさりと食い込む。

勢いを維持したままの攻撃は巨大生物の胴体を大根の輪切りの様に切断し、一瞬でその生命をも刈り取った。

刀身に集束したオラクルが再び神機に均等に回されていき、二等分された巨大生物は砂の海に沈みこんで最早ピクリとも動かない。

命を散らした巨大生物を一瞥すると、僕はシグナムさんの元に向かうべく空に舞い上がった。


………………


…………


……


僕が大急ぎでシグナムさんの元に駆けつけると、そこでは戦闘の真っ最中だった。

あのフェイトとかいう少女とシグナムさんが一進一退でぶつかり合い、紅蓮の剣と紫電の鎌で競り合っている。

(シグナムさん、ヤコウです。とりあえず僕がその少女の相手は務めますから、シグナムさんは離脱の準備を進めてください)

僕の存在に気付いていたらしいシグナムさんから、間髪いれず応答が帰って来る。

(ああ、お前に転移魔法が使えない以上、そうするしかないが……大丈夫か?強いぞ、テスタロッサは)

(全然問題ないです、と断言できないのが残念ですけど……必ず何とかします。僕に任せてください)

(……分かった。決着をつけられないのは残念だが、ここはお前に譲ろう。頼んだぞ)

そう言うとシグナムさんは少女との鍔迫り合いを力任せに弾き飛ばし、相手の方を警戒しつつも離脱を開始する。

少女は逃がさないとばかりに自慢のスピードで追いかけるが、僕はそれに上空から急襲をかけ、阻止する。

僕に気付いた少女が今は斧の形状をとっているデバイス――確か、バルディッシュとか言ったか――で、僕の攻撃を受け止めた。

ここに来る途中で超電磁ナイフ改に変更した刀身の先端を、上空からの急降下の勢いも乗せて突き込んだが、少女は顔を顰めながらも体勢を崩さない。

超電磁ナイフ改が盛大に放電し、バルディッシュとぶつかり合って火花を散らす。

暫く力比べを続けていると、ふと頭上から魔力を感じ、仰ぎ見る。

するとそこには環状の魔法陣が展開されており、その中心には少女の魔力光と同じ色の雷の槍が存在し、唸りを上げながら僕を狙っている。

『Plasma Lancer』

バルディッシュの音声を皮切りに、その名の通りの雷撃の槍が僕を穿たんと上空から降り注ぐ。

このまま鍔迫り合いを続けていれば少女もただでは済まないはずだが――。

『Blitz Rush』

再びバルディッシュから音声が発せられ、少女は消えたとしか思えないようなスピードでこの場を離脱してしまう。

取り残された僕は、ベイオネットを銃形態に変形させる。

もう避けている暇は無い、ならば撃ち落とすしかないのだから。

アサルト・縮地改がその姿を現し、僕はその銃口を降り注ぐ雷の槍に向ける。

このフェイトという少女がスピードタイプの相手だという事で、超電磁ナイフ改と縮地改を選択していたのだが、それが功を奏したようだ。

僕は装填された雷属性弾丸タイプの拡散弾・ショットを矢継ぎ早に打ち出して迎撃する。

アサルトはスナイパーやブラストと違い、特化した所は無いが全てにおいてバランスがよく、そして他の二種類に比べて速い連射速度が長所である。

流石にショット一発では雷の槍に影響を与えられないが、それが雨あられの様に次々とぶつかれば話は別なようだ。

次々にぶつかる弾丸に雷の槍は瞬く間に数を減らしてゆき、遂には最後の一つにまでなってしまう。

僕がその最後の一つを剣形態に戻したベイオネットで弾き飛ばすと、構成が弱まっていたらしい雷の槍は光の粒子となって消え去った。

少女はそれを少し驚いた表情で見ていたが、表情を引き締めて僕に問いかけてきた。

「……なぜ守護騎士に、闇の書の主に協力するんですか?あなたは唯の次元漂流者の筈でしょう?」

なるほど、僕が協力する動機か。

あの黒尽くめの少年から話は行っているらしく、向こうは僕の情報を持ってるらしい。

「……闇の書の主と守護騎士の皆は家族だ。自分の失敗が原因とはいえ、突然この世界に放りだされ、挙句帰れなくなった僕に居場所をくれた」

そう、僕はこの世界に来た直後は元の世界に帰ろうと、守護騎士の皆に協力してもらって元の世界を探していた。

家族と言ってくれたはやてには悪いと思ったが、僕は元の世界では責任ある立場だったし、何よりかけがえのない仲間たちを残してきている。

自分の責務を放りだす訳にはいかないし、仲間を見捨ててこの世界で安穏と過ごす訳にはいかなかった。

そう考えて元の世界に帰るべく探していたのだが、予想に反して割りとすぐ見つかった。

だが、僕の世界は時空管理局の次元航行部隊という集団に、厳重に監視されていた。

この監視の目を掻い潜って転送する事は、補助のエキスパートのシャマルさんでも不可能だったらしく、非常に申し訳なさそうな目で帰してあげられない事を謝って来た。

曰く、自分たちは時空管理局に見つかる訳にはいかないから、と。

自分の世界を発見しておいて帰れないという現実にしばし落ち込んだ僕だったが、はやて達の生活を犠牲にして僕だけが元の世界に帰るというのは違うと思い直した。

そうして今まで八神家で過ごしてきたのだ。

はやてと皆には、返しきれないほどの恩を受けている。

はやては恩なんて気にしないでと言うだろうが、それでは僕の気が済まない。

「前回あなたと戦った人――クロノも言ったそうですが、管理外世界の次元漂流者であるあなたには、今回の事件に関しても情状酌量の余地が十分にあります。……ですから、投降してください」

少女は真摯な表情でこちらを説得してくる。

「……仮に投降したとして、僕は元の世界に帰る事は可能なのかな?」

ここで相手がイエスと言っても絶対に投降なんてしないが、一応聞いてみる。

「そ、それは……」

少女は口ごもって黙り込んでしまうが、それで全てが知れた。

時空管理局とやらも、僕を元の世界には帰せない。

これで、僕はもう二度と故郷に戻れない事が確定した。

空気を全て吐き出すような溜め息を吐くと、僕はブレードの切っ先を相手に向けて宣言する。

「……交渉決裂だよ、フェイト・テスタロッサ。ここまで来たら、君のやる事は僕を倒して連れて行く事しかないだろう?ま、僕を倒してもシグナムさんがまだいるけどね」

僕の宣言に、フェイトは暗い表情を引っ込めてバルディッシュを握りしめ、僕を見据える。

「……あなたの事は可哀そうだと思いますが、でも容赦はしません。全力で行きます……!」

「……投降を勧めてくれた事には礼を言わせてもらうよ。けど、僕らは捕まる訳にはいかない。フェイト、君を退けてここから離脱させてもらう……!」

互いに最後の言葉をぶつけ合うと、僕らは再び激突した。

高速移動してくるフェイトの握るバルディッシュが伸縮し、薬莢を排出すると同時に斧状だった形態が変形して、電撃を帯びた光の鎌の形状になる。

僕は地面を踏ん張って飛び立つと、変形させた縮地改を撃って牽制しながら確実に近付いていく。

ショットのバレットから生み出される拡散弾の嵐の中を、フェイトはその驚異的なスピードを落とさないまま確実にこちらに向かってくる。

距離を詰めた僕はベイオネットを超電磁ナイフ改に形態変化させ、迫りくるフェイトの光刃を迎え撃つ。

『Haken Slash』

振り被られたバルディッシュから音声が響き、展開された光の鎌が二股に分かれ、向けられる圧力も上昇する。

威力の増強されたらしい光刃を超電磁ナイフ改で受け止め、そのままフェイトと睨みあう。

帯電する互いの獲物が干渉しあい、自分の主の敵を喰らい尽くさんばかりに放電する。

凄まじい音を上げながら紫電を迸らせ、鍔競り合う。

そうすること数瞬、僕が力任せにフェイトを弾き飛ばすと、彼女はバランスを崩して吹き飛ぶ。

そのまま追撃しようとするが、フェイトはそうはさせないとばかりに例の雷の槍を体勢を崩しながらも放ってくる。

何とかそれを避けた僕だが、予想外の攻撃にフェイトから一瞬目を離してしまい、見失ってしまう。

僕が周囲を探っていると、フェイトは少し離れた場所で足元に魔法陣を展開し、さらに二重に展開された環状魔法陣を僕の方に向けていた。

「――プラズマスマッシャー!!」

その言葉と共に放たれた魔力砲撃がこちらに向けて迫って来る。

電撃を迸らしてこちらに疾走してくる砲撃には、こちらを打ち倒すという強い意志が込められているように感じる。

一瞬の隙を突かれて放たれた砲撃、このタイミングでは僕は避けられず、防御するしかない。

展開された抗属性バックラー硬が凄まじい威力の砲撃を受け止めるが、バックラーの性能では余波までは防ぎきれない。

抗属性という名の通り、電撃の作用はほぼ完全に防ぎきったが、純粋な魔力の余波までは防ぎきれなかったようだ。

僕が決して軽くないダメージに荒い息を吐いていると、上空から再びフェイトが急襲してきた。

また鍔迫り合いになるが、今度は僕の体勢の方が悪かったらしく、吹き飛ばされてしまう。

フェイトが僕に止めを刺さんと突撃してきており、僕の崩れた体勢ではそれを防ぐ術は無い。

フェイトの光刃は、そのまま僕の体に――

(――なんてね。ベイオネット、やれ!)

『了解。Advanced maneuver』

――僕の体に吸い込まれた。

が、そのまま何の手応えもなくすり抜け、僕の姿は霧散して消えた。

「――っ!手応えが無い……!?」

「ふふ、こっちだって」

フェイトの背後に回り込んだ僕は、ベイオネットを変形させながら答えた。

さっき使った「アドバンスド・マニューバ」は、僕がショートブレードの高機動戦用にベイオネットと組み上げた移動の補助魔法だ。

僕の攻撃は今のところ全て神機パーツの能力に依存しているので、せめて移動に魔法を使えないかと思い立って作り上げた。

移動できる距離は半径四メートルとかなり短いが、その分スピードは正に電光石火といった感じに仕上がったし、かなり無理な体勢からでも発動できる。

初見の相手なら、まず翻弄される事になる。

捕喰形態に変形したベイオネットをフェイトに向け、構える。

「――――ひっ!?」

フェイトは首を回してこちらを確認するが、補喰形態のその異形を目にした途端、喉が引き攣った様な声を漏らして顔を恐怖に歪めた。

……シグナムさんでも最初はビビった位だし、子どもならこんなもんかな。

多少可哀そうではあるが、今は戦闘中、容赦はしない。

完全に展開したその顎で、フェイトに喰らい付く。

気持ちを持ち直したらしいフェイトはバルディッシュを構え、さらに防御魔法を展開して防いでくる。

補喰形態の顎が展開された防御魔法ごとフェイトに喰らい付き、その性質をコピーして奪う。

と――。



ドクン――



そんな音を聞いた途端、僕の視界が白く染まっていく。

フェイトも同様の状態に陥っているようで、困惑しながら目を瞬いている。

そのまま僕の目の前は真っ白に染まっていき、フラッシュバックの様に次々と見せられる映像が切り替わる。




――母にまた笑いかけて欲しくて、自分をすり減らして母の望む物を集めて回る日々

――その過程で出会ったあの白い少女との戦い

――互いに何度もぶつかって、最後に全力でぶつかり合っての敗北

――母から告げられた自分の出生、代用品に過ぎないという言葉、そして明確な拒絶

――それでも貴女の娘だからという自分を拒絶し、姉と共に虚数空間に身を投げた母




「―――――っく!」

「―――――っうぁ!?」

唐突に見せられた光景に、僕は訳も分からず混乱する。

取りあえず捕喰は成功させたようだが、頭がごちゃごちゃで戦闘に意識を向けられない。

フェイトもそれは同じようで、困惑しきった表情で僕の方を見遣っている。

『――マスター、これは新型神機使い同士の感応現象に近いモノがあります。念話などと違い、感情がダイレクトに流れ込んできたのでは?』

冷静なベイオネットの声に僕はほんの少しだけ落ち着くと、答えを返す。

「ああ……。あの娘の、フェイトの過去らしき場面が見えて、感情がダイレクトに流れ込んできた。あの時、アリサとの間に起きた現象に似ていた……」

理由は不明だが、新型神機使い同士が接触すると互いの感情がダイレクトに流れ込むという、通称「感応現象」と呼ばれる現象が極稀に起きる事が報告されている。

僕も過去、実際に体験したことがあった訳だが、今回のそれは前回のそれより格段に流れ込んできた感情が鮮明だった。

ベイオネットが自意識を生じ、感情を理解したからかもしれない。

「ヤコウ、さん……あなたは……こんな……」

フェイトが悲しみに顔を歪め、途切れ途切れに言葉を発する。

僕がフェイトの過去を見たように、フェイトも僕の過去を見たようだ。

名乗っていないのに、僕の名前を知っているのが何よりの証拠だろう。

幸いにも、あの様子ならこちらに来てからの事を見た訳ではなさそうだが。

「……ヤコウでいい。それに僕もお互い様だ。想像はついているだろうけど、僕も君の過去を見たんだからな」

「そう……です、か……」

項垂れ、意気消沈するフェイト。

フェイトから戦意が完全に消え去っており、僕も正直これ以上戦いたくない。

ベイオネットのお陰で少しは冷静になれたが、それでもメンタル面は最悪に近い。

『マスター、離脱を進言します。あの少女も今の状態なら追ってこないでしょう』

そう言うベイオネットの提案を受け入れ、シグナムさんの方に向き直ろうとしたが……。

「――っ!?フェイト、逃げろ!!」

「……え?あっ――!?」

捕喰で活性化した身体能力をフルに使って風のごとくフェイトに接近し、そのまま横に突き飛ばす。

どんっ、とフェイトを突き飛ばした次の瞬間――。

――ズブリ……

「ぐぁっ――――!!」

――僕の胸から腕が生えだしていた。

「――――――!?ヤコウ!!」

「――――え……ヤコウ、何で……?」

シグナムさんが転移の準備を中断してこちらに駆け寄ってきて、フェイトは僕の言葉通りに距離をとりつつも呆然とした声を漏らしている。

「ぐっ――おま、え……」

僕が胸から生えだした腕の主――仮面の男を睨みつけると、男はボソリと言葉を漏らした。

「ふむ……予定とは違ったが、まあいい。さほど変わるまい」

仮面の男はそう言うと、何かしらの動作と共に僕のリンカーコアを引きずりだした。

「うあああぁぁぁああ――!ぐ、があああぁぁぁああぁ――!!」

想像を絶する苦痛に僕が叫び声をあげ、それと共に僕のリンカーコアが姿を現す。

「貴様――!」

怒りを露わにして叫ぶシグナムさんに、仮面の男は淡々と告げた。

「――さあ、奪え」

僕のリンカーコアを、蒐集しろと。

「貴様ぁっ、ふざけるな!馬鹿も休み休み言え!!――直ぐにヤコウを解放しろ!十秒待つ間に実行しなければ、貴様を焼き尽くす!!」

シグナムさんがその二つ名と同じように烈火のごとく吠え、レヴァンティンを仮面の男に向ける。

そんなシグナムさんに、僕は途切れ途切れになりながらも告げた。

「……蒐集、して、下さい……シグナム、さん」

その言葉に目を見開くシグナムさん。

「なっ――!何を言っている、ヤコウ!我らはお前を蒐集したりは「シグナムさん!!」……っ!?」

僕の一喝に、シグナムさんが口を噤む。

大声を出すのは辛いが、言わなければならない事がある。

「主の、為に……殺し以外、何でも、やるんで、しょう?……そう、誓ったんで、しょう?なら、僕の、蒐集も……やれ、ますよ、ね……?」

「――――ッ!だが……だが!!」

未だ逡巡するシグナムさんに、僕は最後のひと押しをする。

蒐集が進むなら、僕としても望むところなのだから。

「僕も……主の、為なら……何でも、したいんです。……だから、これ位、平気、です。お願い、しま、す……蒐集、を」

僕の途切れ途切れの言葉にシグナムさんは迷いを押し籠めたらしく、闇の書を呼び出す。

「…………くっ。済まない、ヤコウ……」

「ははっ……。僕から、望んだ、事です……気に、しないで」

闇の書が展開され、僕のリンカーコアに向けてかざされる。

「……蒐集」

『Sammlung』

闇の書が音声を発すると同時に僕のリンカーコアから光が失われてゆき、魔力も根こそぎ奪われてゆく。

「――――――――――」

余りの衝撃に声すら出せずにいると、蒐集が終わったのか、展開された闇の書がバタンと閉じる。

蒐集が終わると同時に仮面の男の腕が胸から引き抜かれるが、僕は身体に力が入らずに倒れ込みそうになる。

「しっかりしろ、ヤコウ!」

シグナムさんがそんな僕を抱きかかえ心配そうにこちらを見るが、次いで顔を上げるとキッと仮面の男を睨んだ、が――

「――っ!?貴様、待て!」

仮面の男は僕たちの事など一顧だにせず、あっという間に何処かに転移していってしまった。

辺りに痛いほどの静寂が訪れる中、シグナムさんは僕に懺悔するように言った。

「ヤコウ、済まない……!私は、私は……!!」

その表情は後悔に彩られ、いつもの凛とした冷静な表情は欠片も見られない。

「いいんですよ……。僕も、何でもしてあげたいのは同じなんですから。今回のこれは、その一環という事で」

胸から手を抜かれたことで喋るのが少し楽になったが、何だか酷く眠い。

蒐集されるって、こんな感じなんだな……。

そんな事をぼんやり考えていると、いままで離脱していたらしいフェイトが僕の傍らに立って声をかけてきた。

僕が蒐集されたことで混乱に拍車がかかったらしく、もはや戦闘中の様子は見る影もない。

「……何で、何で、敵の私を庇って……こんな……」

迷子の子どもの様に心細そうな声で、そんな事を聞いてくる。

何で庇ったのか、か――。



過去の映像で見た、人とは違う生まれ方をした自分に苦しんでいた姿――

望まれて生まれた筈なのに、母から疎まれていた事――



その姿が、元の世界のソーマに重なった。

細部はもちろん違うが、この娘もあの白い少女――高町なのはに出会わなければ、僕と出会った当初のソーマのように、全ての他人を踏み込ませず、拒絶するようになっていた事だろう。

放っておけないと思った。

だからだろうか、敵だというのに庇ってしまったのは――

それを全部言う気力が残っていないのは残念だが、少しでも何かを言いたい。

僕はシグナムさんに抱きかかえられながら、混濁する意識の中フェイトに言葉をかける。

「――フェイトはフェイト、だろ?」

「え……あの、何を?」

突然の僕の言葉に目を瞬かせたフェイトが、不思議そうな表情で僕を見ている。

「君はちゃんとここにいて、ちゃんと心があって、その意思も紛れもなく自分のものだろう?戦っている最中、君の意思はしっかり伝わって来た。僕らに罪を償ってほしいって、正しい道を進んでほしい、ってさ」

そこで僕は言葉を一度切ると、今にも途切れそうな意識に喝を入れて再び続けた。

「――誰が何と言おうと、君はれっきとした人だ。もっと言うなら、心があり、その意思を伝え合えるなら、少しくらい変わった生まれ方をしていたって、それどころか人じゃなくったって関係ないと、僕は思う」

「――――っ」

フェイトは僕の言葉に驚いた様な表情をすると、一転して泣きそうな表情になって僕を見つめてくる。

最後に、もう一言だけ――。

「君の……フェイト・テスタロッサの代わりは……他に、誰もいないんだから」

「――――っ!!……ヤコウ……私、は……」

何かフェイトが言っているが、もうこれ以上意識を保っていられそうにない。

「……ゴメン、二人とも。も、限か、い……」

その言葉を最後に、僕の意識は途切れた――。






――the third person――

完全に意識を飛ばしたヤコウを、シグナムがしっかりと抱きかかえる。

シグナムにとっては不本意な事だが、ヤコウのリンカーコアを蒐集したことで今回のノルマは達成された。

これ以上ここにいる意味は無く、ザフィーラと合流して速やかに離脱するのが望ましい。

ヤコウを担ぎ上げたシグナムはフェイトの方に向き直り、その姿を見遣る。

フェイトはと言うと、シグナムが離脱の準備をしているというのにそれを阻止する姿勢すら見せず、ただ突っ立っているだけだ。

先ほどのヤコウの言葉を聞いて、表情を歪めるのみである。

「……テスタロッサ、今回はこのような事になってしまって済まなかった。勝負は再び預けさせてもらう」

そう言って、ザフィーラと合流すべく離脱を開始するシグナム。

それを阻止しろとフェイトの理性は訴えかけるが、感情の部分がついていかない。

不可解な現象からヤコウの過去を知り、敵の筈の彼に庇われ、極めつけは最後のあの言葉。

自分の心に根付いた不安を少しでも取り除こうとするような優しい言葉に、フェイトの心は千千に乱れてしまった。

自分の存在そのものを肯定するような頼もしい言葉に、嬉しさを覚えてしまった。

そんな状態で、まだ九歳のフェイトが気を持ち直す事など出来るはずもなく、ただ呆然と見送る羽目になってしまった。

しばし時間が経過すると、フェイトの元にアルフがやって来た。

ただただ立ち竦む自分の主のただ事ではない様子に、恐る恐る声をかけるアルフ。

「フェイト……?そんなに突っ立ったまんまで、どうしたっての?それにあいつ等は?」

「アル、フ……」

振り向いたフェイトの表情に、アルフはギョッとした。

目には大粒の涙を溜め、くしゃくしゃになった表情。

フェイトは涙をこぼしてしゃくり上げると、アルフの胸に飛び込んだ。

「~~~~~~~~~~ッ!!」

「ふぇ、フェイトぉ!?一体どうしたってんだい?」

戸惑うアルフの質問に答えず、ただ泣き続けるフェイト。

皆は自分をちゃんとした、ちょっと変わった生まれ方をしただけの普通の人間だと言ってくれる。

でも、自分でも気付かない所で不安に思っていたらしい。

自分の存在を丸ごと肯定するヤコウの言葉で、それに気付かされた。

人間としてばかりではなく、ただフェイト・テスタロッサという存在として認められたかったんだと。

代わりのいない、唯一人の存在として認められたかったんだと。

それを肯定したヤコウの言葉が嬉しくて……そんな言葉をくれたヤコウの過去が悲しくて、フェイトはただ泣き続けるのだった。
























――終りの一言――

いや、何というか……ええ、本当に済みません。
フェイトの心の隙間は、僕の独自の解釈です。

なのはを見て、ゴッドイーターをプレイして、何だか思ったんですよね。
ソーマとフェイト、キャラじゃなくて背景が似てるな、と。
ソーマもフェイトも自分の出生に思い悩み、フェイトは母親から、ソーマは同僚たちから疎まれていました。
文中であった通り、まったく同じではないですが。
そのソーマと分かり合い、シオの事もあった主人公なら、フェイトの事も全部受け止められるんじゃ?と思ったら、こんな話になってしまいました。
新型神機の感応現象を都合よく解釈した形ですが、どうだったでしょうか?
あ、分かっているとは思いますが、途中名前が出てきた『アリサ』というのは、なのはの友達のアリサ・バニングスではなく、主人公の同僚のアリサ・アミエーラの方ですので(笑)。

それと、途中出てきたヤコウのオリジナル魔法ですが、ゲームでのショートブレードの独自アクション『アドバンスドステップ』からとっています。
ご存知無い方の為に説明すると、ブレード攻撃後にタイミング良くステップという行動をとると、攻撃の隙を無くせるというもので、ショートブレードを使う際は必須のスキルです。
コレを使って縦横無尽に攻め立てるのが、ショートブレードの真骨頂と言っていいと思います。
で、そのアクションを魔法に応用できないか?と思い、こんな形で再現しました。
ただ、空を飛んでいるのに『ステップ』はどうなんだろう?と思い、機動という意味の『マニューバ』にアレンジした次第です。

ご感想、お待ちしています。



[17292] 第七話『カウントダウン、開始』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/03/24 20:33
――the third person――


昼間の八神家のリビング――

その場所において、守護騎士たちはそろって話し合っていた。

なお、ヤコウは離脱に成功した後、守護騎士がそろって病院へと連れて行ったため、現在は入院中である。

極度の疲労と診断されたのだが、大事をとって数日入院することとなった。

ヤコウが入院する事について、守護騎士たちははやてに問い詰められたのだが、何とか本当の事を言わずに誤魔化した。

主に対する不忠を、より一層噛みしめながら――。

「――で、そういう事情でヤコウを蒐集する事になったっての?」

当事者であるシグナムに対して、ヴィータがいつもより若干低い声で訊いた。

シグナムを見つめるその瞳も、今は険しい。

「……そうだ。仮面の男からテスタロッサを庇ったヤコウのリンカーコアを蒐集した……。ヤコウが望んだとはいえ、私は取り返しのつかない事をしてしまった……」

シグナムは罪を懺悔する様な、過ちを悔いる声音で吐き出すように言葉を発する。

表情は悔恨に彩られ、いつもの姿は見る影もない。

「何なんだよ、あの仮面の男ってのは!アタシを助けたと思ったら、シグナムのトコではヤコウのリンカーコアを蒐集しろだぁ!?訳分かんねぇ!それになんでヤコウも戦ってた相手をいきなり庇うんだよ!分かんない事だらけだっての!」

苛立ちを吐き出すように喚くヴィータ。

確かに、今回は分からない事が多すぎた。

敵なのか味方なのか判然としない仮面の男。

突然敵である管理局の魔導師を庇ったヤコウ。

謎が困惑を生み、困惑は苛立ちへと変わってゆく。

それについて、唯一現場に立ち会っていたシグナムが言葉を発する。

「仮面の男については何とも言えないが……ヤコウとテスタロッサが戦っていた時、一瞬奇妙な事が起こった」

「奇妙な事って?」

シャマルがシグナムに真剣な表情で訊く。

先日、蒐集を望んだヤコウをシグナムと共に窘めた事があるだけに、そうなった経緯は把握しておきたいのだろう。

「ヤコウとテスタロッサが戦っている時、ヤコウが一瞬の隙を突いて捕喰を成功させた。これで流れが変わると私が思った時……突然、二人の動きが止まった」

「いきなり動きが止まっただと?ヤコウが相手の反撃を受けた訳でもなくか?」

疑問を露わにするザフィーラに、シグナムは頷いて見せた。

「そうだ……本当に突然、二人同時に数秒間動かなくなり、また同時に弾かれた様に動き出した。そしてこれも奇妙な事に、再び動き出した二人からは戦意が全く感じられなくなっていた」

シグナムの言葉に、他の三人は訳が分からないといった表情をした。

ヤコウは基本的に、戦いに関してはシビアな性格をしている。

前の世界での戦闘を詳しく聞いた守護騎士たちはそれにも納得したが、人間が相手でもそれは変わらなかったはずだ。

現に、ヤコウが蒐集に関わるきっかけになった今月頭の襲撃事件で、フェイトに容赦無い銃撃を加えていた。

戦いとなれば一切情けをかけないであろうヤコウが、敵を前にして戦意を喪失し、挙句に相手を庇うなんて事をするだろうか?

守護騎士たちの思考はこの疑問で埋め尽くされていたが、シグナムがその疑問をとりあえず先送りにする。

「まあ、理由については後でヤコウに訊けばいいだろう。こればかりは見ていた私でも分からなかったからな」

「そうね……。幸い、シグナムとザフィーラが早く連れて来てくれたから極度の疲労で済んだし。二、三日中には退院出来るそうだしね」

ヤコウの事は心配だが、後で見舞いに行く事に決めて他の事について話し合う一同。

すると――



――ガッシャンッ!!



「「「「!!?」」」」

はやての部屋から聞こえた突然の激しい物音に、全員で急いで駆けつける。

「はやてぇ!?」

驚きの声を上げるヴィータの視線の先には、車椅子を横倒しにし、苦しそうに胸を押さえるはやての姿があった――。


………………


…………


……


――side Yakou――

病院の一室にて、僕がベッドに横になってウトウトしていると、いきなりはやてがやって来てビックリする羽目になった。

入院する事になったそうだが、家族の僕も入院していたという事で、はやての強い希望によって一人部屋に急遽ベッドを二つ並べる事になった。

症状が酷くなったのかと心配した僕ははやてに問いかけ、はやてが答える前にシャマルさんが答えた。

「ちょっと家で倒れてしまって……大変な事になるといけないから、ここまで」

「ああん、シャマル大袈裟すぎやん。ちょっと目眩がして、胸と手ぇが攣っただけやって。コウ兄もそんな心配そうな顔せんと、安心してやー」

「そうなのか……?」

「うん、ほんとやって」

はやては非常に軽い調子で言うが、はやての病気の真実を知っている僕としては気が気ではない。

守護騎士のみんなもそれは同じだろう、一様にはやてを案じる表情をしている。

「さて、ではシャマルさん、シグナムさん、ちょっと……」

シャマルさんとシグナムさんが、はやての主治医の石田先生に呼ばれて病室から出て行った。

本当なら僕も行きたいところだが、シグナムさんとシャマルさんの二人から目で制されたため、今回は自重する。

今はゆっくり身体を休めておけという事だろう。

二人が出て行って暫くの間、はやてとヴィータと僕で雑談をしていると、シャマルさんから念話で連絡があった。

それによると、今回のはやての症状は病の進行によるものである可能性が高いらしい。

よって、暫く入院する事になったそうだ。

「コウ兄、どしたん?」

「いや、何でもない。それよりさ――」

僕の話に笑顔をこぼすはやてを見ながら、嘘の上手くなった自分を嘲笑う僕。

こんな誤魔化しだらけ日々は、直ぐに終わらせる――

改めてそう誓う僕だった。






病院から帰る皆を見送りに入口まで行く僕。

未だ外来の患者が途絶えていない病院内を、四人で歩いていく。

「ヤコウ……繰り言だが、本当に済まなかった」

シグナムさんが僕にそう言って、また頭を下げてきた。

正直、望んで蒐集されただけなのにこれでは僕の方が畏まってしまう。

「本当に、欠片も気にしないでいいですって。あの仮面の男は訳が分かりませんけど、僕の症状は本当に大した事無いんですから」

手を振ってシグナムさんに言っていると、シャマルさんが別の事を訊いてきた。

「それで、その時の事ですけど……テスタロッサちゃんを庇ったそうですけど、何でそんな事を?」

「そーだよ、ヤコウ。戦いに関してはすげーシビアなお前が何でそんな事したんだよ?」

シャマルさんとヴィータが、僕が入院する結果になった原因の行動について訊いてくる。

言葉は発さないが、シグナムさんも同様の疑問を持っている事は表情で分かる。

「それなんですけど……御免なさい、言えません」

「……何でだよ?」

ヴィータが当然の事を言ってくるが、僕には口を噤むしか方法がない。

感応現象については証明の方法がないし、みんなは僕のいった事ならとそれを信じてくれるかもしれないが、そうすると今度はフェイトを庇った理由に話が及ぶ。

さすがに、他人の過去を黙って晒す事は出来ない。

フェイトとは敵同士だが、だからと言って彼女の秘密を晒していい事になどならないのだから。

「……ヤコウ。それを聞かなければ、今後我らは不利益を被る可能性が高いか?」

「いや、それは絶対無いです」

シグナムさんの突然の質問に、僕は即答した。

フェイトの過去など話さなかったところで、どうなる訳でもない。

だからこそ、僕も口を割らないのだが。

「ふむ……ならばいいさ。今後、この事は訊かないこととしよう」

「おい、それでいいのかよ、シグナム」

「ヤコウがこう言っているんだ。ならば不利益など起こり得ないさ」

シグナムさんが話を纏め、ヴィータが何か言いたそうに僕の方を見るが、一応納得はしてくれたらしい。

そうこうしている内に入口までたどり着き、三人は家へと帰っていく。

「では、主はやての事を頼むぞ」

「はやてちゃんの事、よろしくお願いしますね?」

「ちゃんとはやての事、見てろよ?」

それぞれ僕に言葉をかけ、念を押してくる三人。

「ええ、任せてください。ヴィータ、そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だって。はやても僕も直ぐ退院出来るさ」

そう言ってヴィータの頭を撫でると、顔を赤くしながら言った。

「あ、アタシははやての心配だけしてるんだ!お前の事なんかこれっぽっちも心配なんてしてねー!」

そう言って僕の手を払うと、次いでボソリと呟くように言った。

「……お前は、ヤコウは心配なんてしなくてもすぐよくなるだろ。それぐらい分かってるっての」

意地っ張りなヴィータのセリフを三人で微笑ましく見守り、それにヴィータが食ってかかることなどがあったが、それも一段落すると皆は帰っていった。

皆の背中をしばし見送り、僕も病室へと戻る。

病室のドアを開けると、そこには――

「うっ――っく――うっ……」

苦しそうに表情を歪め、寝巻の胸の部分を握りしめているはやての姿があった。

苦しさでドアを開ける音にも気付かなかったのか、僕にも気付いていない。

「っう――……あっ、コウ兄!?」

はやては今初めて気付いたという様な感じで言うが、ただ事ではない苦しみ方に僕が急いで駆け寄る。

「はやて、大丈夫か!?胸が苦しいのか?」

「――いんや、全然平気やって。ちょっと咽ただけや、だからそんなに心配せんと――」

はやてが言い終わる前に、僕ははやてをそっと抱きしめた。

急に抱きしめられたはやては目をぱちくりさせている。

「え……あの、コウ兄……?」

「はやて……強がらなくていい。本当は苦しいし、痛いんだろ……?」

「な、何言うてんねん!そんな事――」

未だに遠慮しようとするはやてに、僕はあの言葉を告げる。

「家族は迷惑をかけて、かけられるもの――。はやての言葉だよ?」

「――――っ!」

「だから、はやては僕にいっぱい迷惑かけていいんだ。我が侭も、もっと言っていいんだ。な、はやて?」

「…………」

僕の言葉にはやての動きが止まり、言葉も途切れる。

そのままはやてを抱きしめ、頭を撫でていると――

「……い」

ぽつりと、はやてが言葉を漏らした。

「……いた、い。ほんまに、苦しい……」

溜め込んでいたはやての本音が、零れ落ちていく。

「痛いんよ……!コウ兄、めっちゃ苦しい……!」

顔を上げたはやては、既に涙でくしゃくしゃになった表情で僕に訴えかける。

今まで誰にも、僕たちにも聞かせていなかった本音を零していく。

「なあ、コウ兄……私、死んでまうんやろか……?このまま治らんと……」

「そんな事ない。絶対に良くなる!」

蒐集が完了すれば良くなると、皆は言っていた。

ただ、はやてはそれを知らないし、言う訳にはいかない。

「嫌やぁ……死にとうない……皆と別れたくない、ずっと一緒に居りたい……!」

愛する人と、ずっと共に在りたい――。

僕たち全員の、切なる願い。

悲しみと恐怖で涙を溢れさせるはやてを安心させるように、僕は穏やかな調子で言った。

「大丈夫だよ、はやて。はやては死なない、僕たちが助けてみせる。そしてずっと一緒にいよう」

「ほんまか……?ほんまにずっと一緒におってくれるんか……?」

少しだけ静かになったはやてが、しゃくり上げながら上目使いで僕に訊いてくる。

「はやてがそれを望む限り、いつまでも」

はやての不安を取り除くように、優しく、力強く宣言した。

そう言うと、はやては再び僕の胸に顔を埋めてきた。

僕もまた、はやての頭を優しく撫でる。

はやてはくすぐったそうに身動ぎすると、少しぼんやりした様な感じで言った。

「えへへ……ずっと、ずうっと一緒におってな、コウ兄?」

はやてはそう言うと暫く僕に抱きついていたが、やがて疲れたのか、そのまま眠ってしまった。

泣いて、少しだけでも本音を吐きだせた事で楽になればいいと思いつつ、僕も服を掴んだままのはやてと共に眠りに落ちていった。


………………


…………


……


「ん~~、コウ兄分補給~」

「はやて……それ、そろそろ止めない?」

「えー、ええやんかぁ。ずーっと一緒におってくれるんやろ?」

「確かにそう言ったけどさぁ……」

「ならええやん、んぎゅ~~」

翌日、今まで抑え込んでいたのが爆発したかのように甘えん坊になってしまったはやては、何かと僕に抱きついてくるようになった。

そろそろ止めてといっても、昨日言った「ずっと一緒にいる」というセリフを持ち出してきて却下されてしまう。

余りの変わりように僕も戸惑ったが、子どもなら本来はこんなものかと思い直してはやての好きなようにさせている。

と、はやての相手をしているとシャマルさんから念話が入った。

(ヤコウ君、聞えますか!?)

(シャマルさん?どうしたんですか、そんなに慌てて)

理由を問いただしてみたが、聞くとその慌てようも納得がいった。

(なのはちゃんとテスタロッサちゃんが、今日はやてちゃんのお見舞いに来るんです!すずかちゃんの友達だったらしいんです、二人とも)

それは確かに驚きの事実だし、緊急事態だ。

この近辺に拠点を構えているだろうとは予想していたが、まさか二人がすずかちゃんの友達だったとは。

(私も様子を見に行きますけど、ヤコウ君も上手くやり過ごしてもらえますか?)

(分かりました。知らせてくれてどうも有難うございます)

念話を切ったヤコウは、ベイオネットに周辺の様子を尋ねる。

(ベイオネット、反応あるか?)

(少々お待ちを。……反応を確認、例の二人、高町なのはとフェイト・テスタロッサです。今現在、病院の入口を通過しました)

予想以上にギリギリだったらしく、僕は膝の上でニコニコしているはやてに対して口を開いた。

「ちょっと、屋上に外の空気を吸いにでも行ってくるよ。……すぐ帰って来るって」

「……うぇ。顔に出てたんか……?」

「はやても意外と分かりやすいよな。……じゃあ、行ってくる」

「……うぅぅ。いってらっしゃ~い……」

寂しいのを見破られたのが恥ずかしかったのか、顔を赤くしたはやてが僕を送り出した。

そのまま通路の曲がり角ではやての病室を見ていると、なのはとフェイトを含む四人の集団が中へと入っていった。

ばれずに済んでほっと息を吐くと、僕は途中の自販機で買ったコーヒーを持って屋上へ向かう。

この季節は寒いが、かなり厚着してきたし、元々僕は病気で入院している訳ではないからどうってことは無い。

設置されていたベンチに腰をかけ、缶コーヒーを開けて一口。

温まりつつ白い息をはいていると、誰もいないせいかベイオネットが音声で呼びかけてきた。

『ばれずに済んでよかったですね。まさに間一髪です』

「……そうだな、少しヤバかった」

そう言って他愛もない話を続けていると、ベイオネットが唐突にこんな事を言い出した。

『それにしても、マスター……』

「ん、何だ。何か訊きたい事でも?」

コーヒーを飲みつつ、僕がベイオネットに先を促す。

『あの時フェイト・テスタロッサに言った事といい、昨日はやてに言った事といい、マスターは年下の少女を口説く趣味でもあるのですか?極端な年下好きなんですか――?』

「ブッ――!!?」

いきなりのそんな言葉に、僕は飲んでいた途中のコーヒーを噴き出した。

気管に入ってしまい、ゲホゲホとむせ返る。

「ゲホッ、ゴホッ、……何でそうなる?酷い誤解だな、おい」

『客観的に見て、そう思ったまでです。……フェイト・テスタロッサの場合は彼女の存在を全肯定する言葉、はやての場合はずっと傍にいるという発言。これらの言葉は口説き文句で解釈できる確率が一番高そうですが?』

本当に疑問に思っているようにしか聞こえないベイオネットの言葉に、僕は溜め息を吐きつつ言葉を返す。

「……口説くわけあるか、馬鹿。フェイトの場合はただ放っておけなかっただけで、他意は無い。はやてには家族として当然の事を言っただけだ」

フェイトは過去を見てしまった以上、そのまま帰す事は出来ないと思った僕の自己満足行為だし、はやてに対しては家族として当たり前の事を言ったに過ぎない。

『………………そうですか。なら、そういう事にしておきます』

……その間は何だ。

あと、「そういう事にしておきます」って何だよ?

全然信用してないだろ、お前。

神機にロ○コン疑惑をかけられるという、どんな神機使いも体験した事の無い、出来れば体験せずに済ませたかった事態に大きな溜め息を吐きつつ、僕は残りのコーヒーを呷った。


………………


…………


……


――the third person――

「――トちゃん」

病院からの帰り道、なのはとフェイトが二人並んで歩いている。

「――イトちゃん?」

なのはが何回呼んでも一向に返事をせず、ただぼぅっとしながら歩いているフェイト。

周囲の安全だけは確認しているようだが、注意が散漫である。

「もうっ、フェイトちゃんってば!」

「ふえっ!?」

呼んでも呼んでも返事をしないフェイトに業を煮やしたなのはが声を張って呼び掛けると、フェイトは奇妙な声を上げてビクリと背筋を伸ばした。

「え、あっ、なのは。ど、どうしたの?」

「それはこっちのセリフだよー。フェイトちゃんこそどうしたの?さっきからずーっと上の空で」

慌てて返事をするフェイトを心配する様な表情で見つつ、なのははどうしたというのか尋ねる。

するとフェイトは、言いよどむ様な表情で顔を伏せた。

「この間、助けてもらったっていう……ええっと……ヤコウっていう人のこと?」

「……うん」

フェイトは暫らく逡巡していたが、結局は頷いた。

親友のなのはには出来るだけ隠しておきたくないと思ったし、話を聞いてもらえば少しは楽になるかと思ったから。

因みにフェイトは、感応現象の事については誰にも話していない。

自分でも理解不能な現象であったし、見たものも理解出来ない映像が多かった。

ただ、ヤコウの場面場面の感情はしっかりと伝わって来て、それであの場では取り乱してしまった。

(ヤコウ……悲しいことも、苦しいこともあったけど、それでも戦ったんだよね……。大切なものを守るために……)

喜びの記憶もあったが、悲しみや苦しみの記憶の方がインパクトが強く、鮮明に覚えている。

「私の事、何で助けてくれたんだろうって……ヤコウにとって敵の、私を」

「う~ん…………あっ!」

何かを思いついた様ななのはの言葉に、フェイトは少々の期待を向ける。

「その人、フェイトちゃんの思いは伝わってるって言ったんだよね?」

「う、うん。そう言ってたけど……」

フェイトの言葉に確信を深めたらしいなのはは、自信満々で言い切った。

「きっとフェイトちゃんと友達になりたいんだよ!」

「ええぇっ!?そ、そんな、私たち敵同士なんだよ?」

「問題無いよー、私とフェイトちゃんも最初はそんな感じだったじゃない?」

「そ、それはまあ……」

自分となのはの例を引き合いに出され、思わず納得しかけるフェイト。

なのはは何故かフェイトよりも気合が入った様な表情をしており、フェイトの手を握るとぶんぶんと振る。

「な、なのは?」

「頑張って、フェイトちゃん!言葉を伝え合うのは無駄じゃないんだから!」

伝え合うのフレーズで思い出すのは、やはりあの不可解な現象。

(でも、アレは……何というか……)

アレは精神の深いところで互いに意思疎通を図っている様な感じというか……言うなれば、使い魔との精神リンクが一番近いと思う。

念話は口を使わないで話をするというだけなので、精神で繋がるなんて事はないし。

(私の過去も見たって言ってたなぁ……そうじゃないとあんな言葉、出てこないと思うし……)

思い出すと、嬉しさと同時に胸が温かくなるあの言葉――



『君の……フェイト・テスタロッサの代わりは……他に、誰もいないんだから』



「――トちゃん、フェイトちゃん!」

「ふえっ!?あ……ご、ごめん、なのは」

またボーッっとしていたらしいフェイト。

「フェイトちゃんってば、その人に夢中なんだね~♪」

「え、ちょ、待ってなのは、夢中って……!」

そう言って駆け出すなのは。

夢中……確かに気にはなるが、自分でもこの感情は良く分からなくて持て余し気味だ。

誰でもいいから教えてほしい、この感情は何なのか。

「待ってよ~、なのは~!」

「きゃ~♪」

夕暮れの海鳴市に、魔法少女二人の声が木霊した。



















――終りの一言――

えー、今回はほのぼの&甘めにしてみました。……甘い?
甘いって言うか、はやてが甘えてるだけなんですけどね。
蒐集されたヤコウの現状と、その近辺での出来事でした。
……なのはが少し能天気過ぎたかも知れませんが。

……僕はほのぼのした空気を書くのが苦手かも知れません。
読み直してみると思いますが、書き方が硬いですかね?



[17292] 第八話『絶望、慟哭、顕現』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/03/26 20:24
「――よし、今だヴィータ!」

「ああ。やるよ、アイゼン!」

『Ja. Explosion』

ヴィータの声に答えたグラーフアイゼンがカートリッジを装填、そのまま撃発してその姿をギガントフォルムに変形させる。

「うおおおぉぉおおぉ!!」

僕の銃撃に対して気を散らしていた巨大生物に、ヴィータの攻撃が迫る。

その巨大な鉄槌から繰り出される強力無比な一撃は、巨大生物の急所をものの見事に捉え、インパクトと同時に隕石でも落ちたかのような轟音を上げる。

巨大生物は叫び声すら上げ得ず、意識を飛ばしてその巨体を地面に沈めた。

「お疲れ様、ヴィータ。これでこの辺りでの蒐集は終了かな」

今回はヴィータと共に行動していた僕は、彼女に労いの言葉をかけてノルマの達成を伝えた。





アレから翌日まで入院していた僕だったが、何時までも病院で置物の状態を続けている訳にはいかない。

退院の際、かなりはやてにぐずつかれてしまったのは予想外で、苦労して宥める羽目になってしまった。

病院にはシャマルさんが毎日行っているのだが、それに加えて僕も毎日来るように言い渡されてしまった。

戸惑って守護騎士の皆にお伺いをたてた僕だが、四人とも問題無いの一言で即決。

蒐集に滞りがでるのではと苦言を呈した僕だったが、僕は転移魔法が使えないため、管理局に発見された際などの緊急事態に一人で逃げる事が出来ない。

よって僕は必ず誰かについていく事になるのだが、そうすると手分けしての蒐集が出来ない。

だから、蒐集のスピードもそう落ちるものではないと皆に言われてしまい、結構ヘコむ事になってしまった。

僕の魔法の技術不足が祟った事態であるが、そう言われてはどうしようもない。

よって、僕は毎日病院に行く事が確定した。

この後も、帰ったらシャマルさんと一緒に病院に行くこととなっている。






打ち倒した巨大生物のリンカーコアを蒐集したヴィータが、闇の書を閉じつつ僕の方に向かってくる。

だが、どことなく様子がおかしく感じる。

「ヴィータ……?どうかしたのか?」

何か懸念があるのかと思った僕は、表情の冴えないヴィータに訊いた。

「……なあ、ヤコウ」

それに対しヴィータは、珍しく歯切れの悪い調子で僕に胸の内を明かした。

「闇の書を完成させてさ……それではやてが本当のマスターになって……そうしたら、はやては幸せになれるんだよな……?」

質問の内容が内容だったために、僕は暫らく呆気にとられてヴィータの顔を見ていたが、どうやら冗談を言っている訳ではないらしい。

「……えーと、何でそんな事を思ったの?そういう事は、守護騎士であるヴィータが誰より知ってるんじゃないのか?」

シグナムさんとシャマルさん、ザフィーラもそう言っていたはずだ。

はやての病気を治すには、闇の書を完成させてはやてを真の主にして、大いなる力を得るしかないと。

ヴィータもそう思っているのだと思っていたが……。

「そうなんだよ……そうなんだけどさ、ヤコウ……」

視線を伏せるヴィータの表情は相変わらず冴えず、自分でもよく分からないと思っているのが窺える。

「アタシは何か……何か、大事な事を忘れてる気がするんだ……」

それきり黙り込んでしまうヴィータ。

はやてを救うには、闇の書を完成させるしかない。

だが、本当にそれでいいのかと疑問を持つ自分もいる。

相反する二つの感情に翻弄され、それによって生じた迷いが口を吐いて出たのだろう。

僕はふと、皆が過去の記憶を忘れている事を思い出した。

大体の記憶などはあるみたいだが、かなり大雑把で細かいところまで覚えていないという。

その忘れ去った記憶が、ヴィータに引っかかりを与えているのかもしれない。

手掛かりはそこにあるのだろうが、思いだせるのならこんなに悩んではいないだろう。

「……心配なのは分かるよ、自分の気持ちに迷いが出てさ。でも、はやてが助かるには蒐集を完了させるしか手段がないんだろ?」

「……そうなんだよ。アタシも変だって分かってるよ、こんな事思うなんて……」

「だからさ、一人で苦しむなって。僕も気に掛けておくし――」

そこで一旦言葉を切ると、僕はヴィータに笑いかけた。

「――何かあっても、みんなと僕ならはやてを守れる。僕はそう信じてるけど?」

僕のセリフにヴィータは目を白黒させると、暗かった表情を少しだけ明るくして茶化すように言った。

「ま、お前の強さは一人前だと思うけどさ。……でも、そういうセリフは魔法も一人前になってから言えっつーの」

「ぐっ……!」

ヴィータの言葉に僕は二の句が継げず、言い返そうとして黙り込む羽目になる。

……そう、僕は未だ転移魔法などは使えないし、戦闘の際に使う事が多い結界魔法なども使えない。

だからみんなと二人以上で蒐集をやっているのだが、戦闘以外では他の四人におんぶにだっこといった感じである。

弱みを突かれて苦い表情をする僕を、ヴィータがクスクスと笑いながらからかう。

ひとしきり笑ったヴィータは転移魔法を発動させ、僕らは蒐集を終えて帰ることとなった。


………………


…………


……


「はやて、ゴメンね?あんまり会いに来れなくて……」

ヴィータが表情を曇らせてそう言うが、はやては気にしていないと首を横に振って言った。

「ううん、元気やったか?」

「メチャメチャ元気!」

はやてに頭を撫でられたヴィータは気持ちよさそうに表情を緩め、元気にそう言う。

今日は12月24日のクリスマス・イブ。

この日だけははやてに寂しい思いをさせたくないと、早々に蒐集を切り上げて夕方のはやての病室に皆で集まっていた。

ザフィーラがいないのが残念だが、万一に備えて家で待機をしている為に仕方が無い。

「それに、コウ兄が毎日会いに来てくれたから寂しゅうはなかったで?」

「んー、皆が用事を手伝ってくれてさ。それで来れない皆に代わって、ね」

花の咲くような笑顔で言ってくるはやてに、僕も笑いながらそう言った。

最近のはやては無理して笑う事が少なくなり、自然な笑みをこぼす様になったと感じる。

僕が来ている時に苦しくなった時はちゃんと言うし、泣いたりもする。

はやての泣き顔は見たくないが、それでも無理して笑っているよりはずっといいはずだ。

「ああ、ヤコウがちゃんと主を見舞ってくれるのなら、我らも安心だ」

「そうよね、シグナム。私も心強いし」

「ホントはアタシも毎日来たいんだけどさー。ヤコウが頼りねーからさぁ」

シグナムさんとシャマルさんの言葉に乗る形で言ってきたヴィータの言葉は、僕を怯ませた。

そうですね、戦闘以外は探知だけしか能がない僕ですよ……。

「……済まん事です」

「……ぷっ。あっはははは!そんなに落ち込むなってー、ちょっとした冗談じゃんか!」

割りと本気で凹んだ僕に、ヴィータは笑いながらもフォローをしてきた。

「自分で落としておいてフォローしても意味が無いだろう、ヴィータ……」

「や、ヤコウ君はしっかりやってますからね?ちゃんと頼りにしてますからね?」

シグナムさんが呆れるように言い、シャマルさんは慌てた様な表情で必死に僕を励ます。

「あっははは、みんな仲ええなぁー」

そんな僕らの様子を見ていたはやてが穏やかに笑い、それに応じて僕たちはそれぞれ笑顔を浮かべた。





それから少し時間が経った頃、病室のドアをノックする音がして、続いておとないの声が続いた。

「こんにちわー」

……すずかちゃんが来た?

と、いう事は――!

シグナムさんとシャマルさんもそれに気付いたらしく、表情を硬くするが最早どうしようもない。

「あれ、すずかちゃんや。はぁい、どうぞー!」

「「「「こんにちわー!」」」」

僕らが何かする暇もなくはやてが招き入れ、扉が開かれる。

現れたのは幾度かはやてがお世話になった月村すずがちゃん、それに彼女から紹介されたとはやてが言っていたアリサ・バニングスちゃん。

そして――

「――えっ?」

「――あっ……!」

――僕らを、そして闇の書の主であるはやてを探している管理局の魔導師。

高町なのはとフェイト・テスタロッサ――。

シグナムさんとヴィータは二人を見て一瞬で表情を険しくし、シャマルさんはそんな両者をオロオロして見比べている。

なのはとフェイトも僕らがいる事が予想外だったようで、驚いた表情のまま動きを止めてしまっている。

斯くして一触即発の空気が瞬く間に完成されてしまい、その空気を感じ取ったらしいアリサちゃんがこちらを窺う様にして尋ねてきた。

「あの……もしかして、お邪魔でした?」

「あ……いえ」

「い、いらっしゃい、皆さん」

「あ、ああ、そんな事ないよ。来てくれて有難う、はやても喜ぶし」

その言葉で我に返ったらしいシグナムさんが険のある表情を引っ込めてアリサちゃんの言葉を否定し、シャマルさんもぎこちなくはあるものの何とか笑顔を浮かべて歓迎の意を示す。

僕も僕で、声と表情に驚きが表れないようにするのが大変であったが、苦労して笑顔を作って言葉を紡いだ。

いつもなら、僕も皆もここまで接近されて気付かないなんて事は無かったのだろうが、ザフィーラはいないものの皆で集まれたので気が抜けていたのだろう。

はっきり言って、油断していた。

なのはとフェイトがはやてを見舞いに来ている事は、全員が知っていたというのに。

「ところで、今日はみんなどないしたん?」

僕たちと、なのはとフェイトが敵対しているなど知る由もないはやては、突然の来訪者に笑顔で質問をする。

すずかちゃんとアリサちゃんはそれに笑顔で応じるものの、なのはとフェイトはそれどころではないのだろう、さっきから戸惑った表情のままこちらを窺っている。

はやての質問にすずかちゃんとアリサちゃんは笑顔を浮かべると、コートに隠していたらしいプレゼントの包みを取り出して弾んだ声で言った。

「「サプライズプレゼントー!」」

「うわぁ……!」

一瞬驚いたはやてだったが、今度はみんなが来たと分かった時以上に嬉しそうな表情でそれを受け取った。

いままでは友人と言える存在がいなかったから、それも当然である。

今月の初めにすずかちゃんと友達になり、そのすずかちゃんを通じて他の三人とも友達になったのだから。

ただ、その内の二人が僕たちと敵対しているというのは……何と言うか、運命の皮肉というものを感じずにはいられないが。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、二人ともどないしたん?」

ここに入って来てから一言も喋っていないなのはとフェイトに、はやてが不思議そうな視線で問いかける。

「う、ううん、何でも……」

「ちょっと御挨拶を……。ですよね?」

「あ、あははは……」

二人で目配せしていたなのはとフェイトはハッとした様な表情で、出来るだけ普通に聞える様な感じでそれに答えた。

「……はい」

「あ、ああ、みんな。コート預かるわ」

フェイトに水を向けられたシグナムさんは無表情でそれに応じ、シャマルさんはこの空気を何とかしようと出来るだけいつもと変わらない態度で振舞う。

もっとも、シグナムさんの無表情はいろんな感情が渦巻く心の裏返しだろうし、シャマルさんの笑顔もよく見ると不自然さを隠せていないが。

シャマルさんが皆のコートを預かり、シグナムさんもそれを手伝っている中、フェイトが密やかな声で話しかけてくる。

「念話が使えない……通信妨害を?」

「まあ、当たり前の措置だけどね……。シャマルさんは一流のバックアップだ。これだけ近くに君等がいれば、正直どうとでもなるだろう」

シャマルさんは皆のコートをハンガーに掛けているだけで、魔法を使っている様な素振りなど露ほども見せていないが、それだけにこの位の事は造作もないという風に取れる。

僕が視線をめぐらすと、ヴィータがなのはを睨みつけて威嚇する様な状態になっていた。

普通にしていても吊目がちなヴィータだが、その目を目いっぱい吊り上げてなのはを睨んでいる。

「え、えっと、その……そんなに睨まないで……?」

「睨んでねーです、こういう目付きなんです」

ヴィータの視線に弱った様に声をかけるなのはだが、ヴィータは声に険を含ませてその言葉を一蹴した。

「ヴィータ、嘘はあかん!もう、悪い子はこうやで?」

なのははヴィータの言葉に肩を縮めたが、余りにあからさまなヴィータの言葉に、はやてがヴィータの鼻を摘まんで諭すように叱る。

それを見ていたフェイトだったが、やがて静かに質問してきた。

「お見舞い、してもいいですか……?」

「ああ……」

「うん……はやてと話してあげて」

僕とシグナムさんは、硬い声音でそれに返す。

僕らは敵対しているが、その事情にはやてまで巻き込む事は無い。

こうして、少しぎこちないお見舞いの時間は過ぎていった。


………………


…………


……


見舞いが終わった後、僕らとなのは、フェイトは屋上で向かい合っていた。

なのはが、闇の書の主を知って呆然と呟くように言う。

「はやてちゃんが、闇の書の主……」

その言葉を受け、シグナムさんとシャマルさんは二人を見据えて口を開く。

「悲願はあと僅かで叶う……」

「邪魔をするなら、はやてちゃんのお友達でも……!」

「はやてはもう少しで助かる……ここまで来て終わる訳にはいかない」

冬という季節にビルの屋上という立地が合わさり、身を切る様な冷たい風が吹き荒ぶ。

それは、触れれば切れるという様な僕たちの頑なな心を表しているかのようだ。

「待って、ちょっと待って!話を聞いてください!」

飽く迄話し合いを拒絶する僕らに、なのはは必死になって呼び掛けてくる。

「駄目なんです!闇の書が完成したら、はやてちゃんは――――ッ!?」

「――だああぁっ!!」

なのはは最後まで言う事が出来ず、上空から奇襲してきたヴィータの攻撃を咄嗟に防御した。

猛スピードで飛んできたヴィータがその勢いのままに鉄槌を振り下ろし、僅かに膠着したが堪え切れなくなったなのはをそのままフェンスまで吹き飛ばす。

「なのはっ!――っ!?」

「はああぁぁああっ!!」

なのはを案じるフェイトに、シグナムさんは展開したレヴァンティンを大上段から振り下ろし、フェイトは自慢のスピードで持ってそれを避ける。

「……管理局に我らが主の事を伝えられては、困るのだ」

「私の通信防御範囲から出す訳には、いかない……!」

「悪いけど……ここからは帰せないよ」

そう言う二人の表情は窺えず、僕もベイオネットを展開し、銃形態でフェイトに狙いをつけて威嚇する。

なのはを吹き飛ばしたヴィータは騎士甲冑を纏いながら歩み寄り、フェンスを背にして吹き飛ばされた体勢のままのなのはに呟くように言う。

「ヴィータ、ちゃん……」

「邪魔、すんなよ……」

ヴィータのその言葉に顔を上げたなのはは、窺えないヴィータの表情を見つめる。

「もうあとちょっとで助けられるんだ……」

手にしたグラーフアイゼンを握りしめ、胸の内を吐露するヴィータ。

「はやてが元気になって、アタシたちの所に帰って来るんだ……!」

ヴィータの目には涙が堪り、激情を堪えているのが分かる。

「必死に頑張って来たんだ……もうあとちょっとなんだから――」

そう言って言葉を切り、グラーフアイゼンを振り上げるヴィータ。

「――邪魔すんなああぁぁああぁーっ!!」

振り上げられた鉄槌はヴィータの咆哮に同調して唸りを上げ、その身に宿した魔力の弾丸に火を入れ、力を解放する。

攻撃がヒットして爆音と共に炎が上がり、屋上の一角がたちまち燃え上がる。

だが、その攻撃を受けた筈のなのはは無傷で、バリアジャケットを展開している。

「……悪魔め」

「悪魔で、いいよ……」

なのはは悲しそうな表情で俯いていたが、やがて自身のデバイスを展開して決然とした表情でヴィータを見据え、宣言した。

「悪魔らしいやり方で……話を聞いてもらうから!」

ヴィータ達が互いに向かい合う一方で、僕らもフェイトと向かい合っていた。

「シャマル、お前は離れて通信妨害に集中していろ。ヤコウは万一に備えて、シャマルの護衛を頼む」

「うん」

「分かりました、シャマルさんの事は任せてください」

フェイトを見据えたまま指示を出すシグナムさんに従って、シャマルさんと僕は離れる。

そんな僕たちに、フェイトはバルディッシュを構えたまま静かな声音で言う。

「闇の書は、悪意ある改変を受けて壊れてしまってる……。このまま完成させたら、はやては……!」

その言葉に、以前ヴィータが言っていた言葉がふと頭を過った。



――アタシは何か、何か大事な事を忘れてる気がするんだ……。



もしかして、忘れてる事ってこの事なのか……?

僕がそう考えを巡らしていると、シグナムさんとヴィータはフェイトの言葉を退けて自らの武器を相手に向けた。

「我々はある意味で、闇の書の一部だ」

「だから当たり前だ!アタシ達が一番闇の書の事を知ってんだ!!」

シグナムさんとヴィータの言葉には迷いなど欠片もなく、心からそう信じている事が窺える。

なのははヴィータの一撃に耐え切ると距離をとり、自分の周囲に誘導弾を設置しながらもヴィータに呼びかける。

「じゃあ、どうして!」

誘導弾を警戒したヴィータが距離をとるが、なのはは気にせずに言葉を続ける。

「どうして、闇の書なんて呼ぶの!?」

「えっ……」

ヴィータは虚を突かれた様な表情をして、必死に呼びかけるなのはを見遣る。

「何で、本当の名前で呼ばないの!」

「ホントの……名前……?」

一方、未だ互いに睨みあうシグナムさんとフェイトも、フェイトの方が先に動いた。

フェイトがシグナムさんにバルディッシュを向け、主の意思を酌んだ戦斧は機械音を発する。

『Barrier jacket. Sonic form』

バルディッシュのコアが瞬き、フェイトの出立ちが変化する。

これまでのバリアジャケットと違い、最低限の防御能力しかない様に見える。

フェイトの持ち味であるスピードをさらに先鋭化させたのだろう、ある意味命知らずな武装。

シグナムさんもそう思ったらしく、懸念を口にする。

「薄い装甲を、更に薄くしたか……」

「その分、速く動けます」

「……緩い攻撃でも、当たれば死ぬぞ。正気か、テスタロッサ?」

シグナムさんの言葉は事実なのだろう。

今までのバリアジャケットでも、シグナムさんの攻撃をまともに食らえば致命傷は免れなかったはずだ。

その装甲を、スピードを上げるためとはいえ更に薄くしたのである。

正気を疑うのも当然だろう。

「あなたに、勝つためです」

フェイトはハーケンフォームのバルディッシュをシグナムさんに向けて、唯そう言った。

「強いあなたに立ち向かうには、これしか無いと思ったから……!」

「…………っ」

相変わらずの澄んだ瞳で、ただあなたに勝ちたいと告げるフェイトにシグナムさんは言葉を詰まらながら騎士甲冑を纏う。

「……こんな出会いをしていなければ、私とお前はいったいどれ程の友になれただろうか?」

甲冑を纏ったシグナムさんは俯いて、この状況を演出した運命を呪う様に言う。

「まだ……間に合います!」

ここに至っても、未だに言葉を尽くしてくるフェイト。

痛いほどの想いが伝わって来る言葉だが、僕たちは止まれない。

「止まれん……」

シグナムさんがフェイトに剣を向け、向けられる想いを振りほどく。

「我ら守護騎士……主の笑顔の為ならば、騎士の誇りさえ捨てると決めた」

僕も聞いた、守護騎士の皆の決意……。

殺し以外、何でもやるという……主を、はやてを想うがゆえに、たとえ背いても救いたいと願った誓い。

そして僕は……家族だけは蒐集しないという皆の誓いを、自分の我が侭で皆に破らせ、背負わせた。

「もう、止まれんのだっ!」

血を吐くようにしてフェイトに告げるシグナムさん。

もう、止まれない。

どんなに苦しくても、はやてを救うまで――。

そんなシグナムさんに、フェイトは目を逸らさず静かに言う。

「止めます……私と、バルディッシュが……!」

主の言葉にコアを輝かせて答えたバルディッシュを握りしめ、フェイトはシグナムさんと向かい合う。

――紫電の炎と金色の雷は、互いにぶつかり合う。






「本当の名前が、あったでしょう……?」

ヴィータとぶつかり合っていたなのはは、その目を見つめてしっかりした調子で言う。

ヴィータはなのはの言葉で例の懸念を揺さぶられたのか、戸惑った様な表情をしている。

「闇の書の、本当の名前……?」

呆然と呟き、考え込んだような表情になるヴィータ。

だが、その表情はすぐさま驚きに取って代わられた。

「……?――えっ!?」

なのはは突如現れたバインドに、その身を絡め取られた。

唐突に現れたその魔法に、抗する暇もない。

「なのは!?」

シグナムさんとぶつかり合っていたフェイトは咄嗟に離脱し、あの雷槍を発生させて周囲を窺っていたが、やがて見極めたらしく何も無い様に見える虚空に発射。

雷槍は何も見えない虚空にぶつかり、その空間に歪みが生じる。

猛スピードで突っ込んだフェイトがバルディッシュでそこを斬りつけると、あの仮面の男が現れた。

「この間みたいには、いかない!」

僕もこの間の事情が事情なので、僕らを助ける様な行動をとっていたとはいえ、銃口を油断なく仮面の男に合わせる。

更に攻撃を加えようとしたフェイトだったが、何ともう一人現れた仮面の男に奇襲で吹き飛ばされた。

「二人!?」

思わず驚きの声を上げる僕だったが、その間にフェイトもなのはと同じくバインドで拘束されてしまう。

こいつらが突然現れるのはいつもの事だが、今回はいつにも増して唐突すぎる。

ましてや、今は特にピンチだった訳でもない。

嫌な予感がした僕は仮面の男に銃口を向けて次々と弾丸を発射したが、新たに現れた方の仮面の男がことごとく防ぎ切ってしまう。

「――えっ!?」

「――なっ!?」

「――うあぁっ!?」

そうしているともう片方の仮面の男がバインドを発動させ、僕らも同じような拘束されてしまう。

「くそっ、相変わらず訳の分からん奴だけど、今回はどういうつもりだ……?」

縛られながら呟くように、僕は疑問を口にする。

なのはやフェイトだけならまだ分かるが、なぜ僕たちまで……?

「この人数だと、バインドも通信妨害もあまり持たん。早く頼む」

「ああ」

先に現れた方の、バインドを仕掛けていると思われる仮面の男がそう言うと、後から来た方の仮面の男が手をかざした。

「なっ……いつの間に!?」

男のかざした手に何と闇の書が現れ、シャマルさんが驚きの声を上げる。

男はその声には答えず、闇の書を展開して何かをしている。

すると――

「うあ、あああぁぁ、あっ!?」

「う、ぐあ、あああぁあぁっ!?」

「う、あ、ああぁぁああっ!?」

「みんなっ!?」

ヴィータとシグナムさん、シャマルさんが突然苦しみ出し、その胸からそれぞれの魔力光と同じ色の光を発する球体――リンカーコアが現れる。

「最後の頁は、不要となった守護者自らが差し出す……」

淡々と告げる仮面の男を、僕はバインドで身動きが取れない身体をよじって睨み付ける。

「不要、だと……?くそ、何を言ってるんだ!」

仮面の男は僕の言葉が聞えていないかのように無視をして、また淡々と告げる。

「……これまでも幾度か、そうだったはずだ」

『Sammlung』

男の手元の闇の書が光を発すると、まずシャマルさんのリンカーコアを蒐集していく。

「あっ、ああ、ああぁぁああぁ――!」

「シャマルさん!?くそ、あいつ等……!!」

守護騎士の皆は、その身体を魔力で構成されている。

よって、リンカーコアの魔力を奪い尽くされた場合、身体の構成を維持できずに消滅するしかない。

消え失せたシャマルさんがいた空間を呆然と見詰める僕に、新たな悲鳴が聞こえる。

「うぐ、ぐあぁっ、ああぁぁああぁ――!」

「シグナムさん!?お前たち、止めろぉ!!」

シャマルさんと同じようにシグナムさんも蒐集されてしまい、その姿が霞のように消えていく。

その光景を、同じように拘束されているなのはとフェイトも呆然と見詰めている。

「壊れ呪われたロストロギア……。こんな物で、誰を救える筈もない」

「なにっ……!?」

その言葉は、闇の書を完成させてはやてを救おうとした僕たちを皮肉っているようにしか聞こえない。

「シャマル、シグナムっ!……何なんだ、何なんだよてめぇ等!?」

仲間たちの有様にヴィータが激昂して仮面の男を問いただすが、それさえも無視された。

「うあぁっ、ああ、ああぁぁああぁ――!」

「プログラム風情が……知る必要も無かろう」

「ヴィータ!?ヴィータ!この、お前らはいい加減に……!!」

蒐集されつつあるヴィータを前に、僕は縛り上げられて何もできない。

無力感を噛みしめてヴィータを見る事しかできない僕に、腕輪の中に戻ったベイオネットが異変を告げた。

『マスター、ザフィーラ殿が結界内に入っています。このまま攻撃を仕掛けてくるようです』

「何だって!この状態でか!?」

上空を見上げると、ザフィーラが物凄いスピードで仮面の男に急襲をかけようとしている。

「止めろ、ザフィーラ!逃げるんだ!!」

仮面の男の片割れが通信妨害をしている所為か、ザフィーラに念話が通らずに仕方なく大声を張り上げて逃走を呼び掛ける。

ザフィーラの強さは知っているが、このまま蒐集されてしまったのではどうにもならない。

だが、仲間の惨状を見ていたらしいザフィーラはそのまま突っ込んできて仮面の男に拳を繰り出すが……僕の時と同じように、容易に止められてしまった。

「うおおおおおぉっ!!」

「そうか……もう一匹いたな」

攻撃を障壁で受けとめながら苦もなく淡々と言う仮面の男は、他の三人と同じようにザフィーラからもリンカーコアを蒐集していく。

「うぐぁっ、ぐうぅああああぁぁ――!」

「奪え――」

『Sammlung』

仮面の男の声に呼応して、ザフィーラのリンカーコアも魔力を根こそぎ奪い取られていく。

「ザフィーラっ!ザフィーラーー!!」

その光景を、僕は縛り上げられ、身動きが取れない状態で見ているしかなかった。


………………


…………


……


仮面の男はヴィータとザフィーラの二人を蒐集し終わると、二人の姿を消してしまわずにそのまま残していた。

なのはとフェイトはあの後更に厳重に拘束され、少し離れたところに留め置かれている。

僕の方も厳重に拘束されたが、彼女等とは別にビルの上に転がされている。

ベイオネットのリソースの大半をバインドの破壊に回しているが、未だにビクともしない。

「……お前たち、これからどうするつもりだ?」

静かな怒りを込めて言ったが、仮面の男二人は風に柳とばかりにそれを流す。

「……そこで見ていろ。闇の書の主の目覚めを」

「ああ……。因縁の終焉を、な」

そう言うと、二人はなのはとフェイトに姿を変え、魔法を発動させる。

魔法陣が浮かび上がり、そこからは――

「……うっ。なのはちゃん……フェイトちゃん……?」

苦しいのか胸を押さえ、突然転移させられてきて困惑の表情を浮かべるはやて。

「何なん……何なん、これ……?」

ヴィータは空中に浮かべられており、ザフィーラと僕は冷たいコンクリートの床にうつ伏せで転がされている。

その状態を見たはやてが、胸を押さえながら偽物の二人に聞く。

「君は病気なんだよ……闇の書の呪いって病気」

「もうね……治らないんだ」

偽物の二人ははやての質問に答えず、残酷な真実を告げる。

「止めろ……お前ら、止めろよ……」

偽物の二人に、僕は絞り出すように言った。

二人は此方を一瞥したが、特に何事も無かったかのように話を続けていく。

闇の書が完成しても助からず、お前は一生救われない、と。

意識を失っているヴィータとザフィーラを見遣り、次いで僕を見てくるはやて。

僕らが誓いを破り、蒐集をしていた事に気付いたのだろう。

はやての目をまともに見る事が出来ずに、僕は目を逸らしてしまった。

「……そんなんええねん。ヴィータとコウ兄を離して……。ザフィーラに何したん……?」

はやては苦しみを押さえた声でそう言うが、偽なのはと偽フェイトはまた淡々と言葉を紡いでゆく。

曰く、二人はとっくの昔に壊れている――

曰く、その所為で、闇の書の機能をまだ使えると思いこんで無駄な努力を続けていた――

「――ああ、そう言えばこの人もその無駄な努力に付き合わされた……いや、自分から付き合ってたんだっけ?ほんと、馬鹿だよねぇ?」

「まったく……壊れたプログラムの言う事を真に受けるなんて……。愚かとしか言いようが無いね」

唐突にそんな事を言う偽物二人を、僕はあらん限りの力を込めて睨んだ。

この二人は守護騎士の皆を人間として、心のある存在として見なしていない。

「お前ら……!」

激情に駆られた僕が言葉を吐き出そうとした時、はやてが強い口調で叫んだ。

「無駄ってなんや!愚かってなんや!……シャマルは、シグナムは!?」

偽フェイトの方が視線で方向を示し、はやても続いてそちらを向く。

そこには今日シグナムさんとシャマルさんが来ていた服が、抜け殻のように横たわるのみ――

「――――――っ!!?」

僕からは見えないが、はやてが息を呑み、絶句しているだろう表情は容易に想像できる。

そんなはやての様子にも斟酌せず、偽物二人はただ自分たちの話を続けていく。

「壊れた機械は、直らないよね……?」

「そんなもの、いらないでしょ?だから、壊しちゃおう……?」

その声に反射的に振り向いたはやては堪らず声を上げ、僕もあらん限りの声で叫ぶ。

「嫌ぁっ、止めてええぇぇえぇっ!!」

「止めろっ、止めてくれええぇぇえぇっ!!」

偽物は僕たちの懇願を嘲笑うかのように、手に纏った光刃をヴィータとザフィーラに振り下ろした。

衝撃音と共にヴィータのザフィーラの姿が消え去り、後には何も残っていない。

「ああ、あああ、あぁああぁぁ……」

俯いて絶望に震えるはやてに、僕は力強く呼びかけた。

「はやてっ、この二人は偽物なんだ!本物のなのはとフェイトじゃない!」

「こ、コウ兄……?」

「他の四人もすぐに戻って来るから!絶対大丈夫だから!」

「……う、ん」

バインドで拘束され、転がされた状態では説得力があるかと心配だったが、はやてはほんの少しではあるが落ち着きを取り戻したようだ。

「だから――――っ!?ぐあっ!!」

「コウ兄!?」

偽なのはが放った魔力弾で僕は吹き飛ばされ、フェンスに激突した。

ろくに受け身も取れない状態で激突したせいか、一瞬息が止まった。

「コウ兄、大丈夫か!?――何でや、なのはちゃん!コウ兄に酷い事せんといてぇ!」

せき込む僕、偽なのはに食ってかかるはやてを一瞥すると、偽物二人はいかにも煩わしそうな声音で言う。

「君もさあ、いい加減ママゴトは止めにしたら?」

「そうそう、家族ごっこはもうお終いにしようよ」

こいつら……!!

未だ痛みで喋れない僕は、なのはとフェイトを騙ってはやてを絶望に落とそうとしている二人を射殺さんばかりに睨み付ける事しか出来ない。

「ただの夢だったんだよ。家族を望んだ君に、プログラムの他に追加された幻」

「そして、夢って言うのはいつか覚める……。夢の中の登場人物は消えちゃうんだよ?」

そう言って片手をこちらに向ける偽なのは。

はやては偽物が何をしようとしているか気付いたのか、縋る様な声で必死に制止しようとする。

「嫌あぁっ、止めてええぇぇえぇっ!」

「こういう風に、ね」

偽なのはが放った魔力弾は僕に的確に命中し、僕をフェンスごと屋上から弾き飛ばした。

宙に投げ出された僕は、そのまま重力に従い落下していくしかない。

「コウ兄いぃぃぃいいぃっ!!」

バインドを解除しようと必死にもがく僕の耳を、はやての叫びが震わせた――。


………………


…………


……


――the third person――


「コウ兄いぃぃぃいいぃっ!!」

涙を流し、屋上から弾き飛ばされたヤコウに向けて必死に手を伸ばすはやて。

だが、元よりその手が届くはずもなく、為す術も無く落下していくヤコウを見ている事しか出来ない。

程なくヤコウははやての視界から消え去り、辺りは痛いほどの静寂に包まれる。

そして、ヤコウと共に落ちたフェンスが地面に激突する音が静寂を破り、それが合図だったかのようにはやてが嘆きの声を上げた。

「う……うああああぁぁぁ――――っ!!」

髪を振り乱し、顔を手で覆って諾々と悲しみの涙を流すはやて。

その表情は絶望という表現すら生温いほどの負の感情で埋め尽くされ、瞳は光を失って何も映していない。

それに応じたのか、はやての前に闇の書が現れ、白銀の魔法陣が現れる。

『Guten Morgen, Meister』

主に呼びかける闇の書と、はやての絶望に呼応したように白銀色の魔法陣が紫色に染まっていく。

「はやてちゃん!」

「はやて!」

そこにバインドとクリスタルケージを破壊したなのはとフェイトが現れてはやてに呼びかけるが、最早どうにもならない所まで状況は進んでいた。

「……消えて、まえ……もう、嫌」

ポツリとはやてが言葉を零した。

「私の大切な人は……みんな、私を残して居なくなってまう……」

「はやてちゃん……」

「はやて……」

はやての言葉に只ならぬモノを感じながらも、なのはとフェイトはそれに対する言葉を見つけられず、ただはやての名前を呼ぶしかない。

肩を震わせて俯いていたはやては、大切なものを奪い去った世界を呪い……慟哭した。



「私の大切なものを奪う世界なんて……いらへん……全部……消えてまえ……消えてまええぇええぇぇーーーーーーっ!!!」



はやての叫びと共に闇が荒れ狂い、はやてはその光に包まれる。

その光の色は、現在のはやての心を表しているかのように暗く染まっている。

闇の書を携えたはやては、光の中で淡々と言葉を紡ぐ。

「――我は闇の書の主なり……。封印、解放」

『Freilassung』

闇の書が解放の旨を告げると、はやての姿が急激に変化していく。

身長は急激に伸びてゆき、髪の色も銀髪に変わって一気に腰の辺りまで長くなる。

黒を基調とした騎士甲冑に身を包み、背後から漆黒の翼を生やし、顔付きからして別人になっている。

目を開いたその人物――闇の書の意思は、悲しみの表情で天を仰ぎ、自身の……そして主の運命を呪う。

「また、全てが終わってしまった……一体幾度、こんな悲しみを繰り返せばいいのか……」

「はやてちゃん……!」

「はやて……」

悲しみの涙を流す闇の書の意思を見遣り、完全に別人になってしまったことに呆然とした声をこぼすなのはとフェイト。

「我は闇の書……我が力の全ては――」

そう言って静かに手を振り上げる闇の書の意思に呼応して、闇の書も完全に解放されたその力を遺憾なくふるう。

『Diabolic emission』

闇の書が今までに無く光を放ち、闇の書の意思の掲げた手の平の上に暗黒の魔力球を生みだし、それは急速に膨れ上がっていく。

「――主の願い、そのままに……」

膨大な魔力を内包した闇色の球体は、彼女の言葉をキーに力を解放する。

「デアボリック・エミッション……闇に、染まれ」

全てを呑み込まんとする暗黒の魔力が、街を覆い尽くす。

その様ははやての絶望を表すかのように強大で……しかし、悲しい力の具現だった……。




















――終りの一言――

今回は、あんまりアレンジ出来ませんでした……。
殆んど変わらないなら、代わりに表現を頑張ってみようと取り組みましたが、どうだったでしょうか?

今回好きな様にされたヤコウの活躍は、また今度。
……乞うご期待……ってヤツですかね?



[17292] 第九話『絆が生んだ奇跡』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/03/29 20:25
――the third person――


「……隠れたか」

空間攻撃をなのは達に放った闇の書の意思は、周囲の反応を探ってそう呟いた。

「……彼を、此処へ」

その声に反応して闇の書本体が光を放ち、一呼吸の間にヤコウが現れる。

展開していた騎士甲冑のお陰で酷い怪我は負っていないが、それでもバインド状態のままビルの屋上から落下したのである。

バインドは自力で破壊できたようだが、無理な体勢での落下を防ぐ事が精一杯だったのか、地面にはぶつかってしまったらしい。

完全に気絶しており、ピクリともしない。

ヤコウが大事無い事を確かめた闇の書の意思は一瞬だけ笑みを浮かべたが、直ぐにそれを引っ込めると未だ目覚めないままのヤコウへ言葉をかける。

「ここで静かにしているといい、主の愛する者よ。……私は主の願いを叶えに行く。もう会う事も無いだろうが……今まで主を守ってくれたこと、礼を言う」

そう言って踵を返すと、背中にある漆黒の翼を広げて飛び立つ闇の書の意思。

その顔には何も浮かばず、何も感じさせない無表情そのもの。

しかし――瞳から溢れる涙だけが、彼女の心の内を示していた。



………………



…………



……



――side Yakou――


『――ター、マスター』

自分に対する呼びかけで、僕は目を覚ました。

ベイオネットはずっと呼びかけていてくれたらしく、声音からは心配そうな色が滲んでいる。

取りあえず、痛む身体を無理矢理起こすと現状を確認していく。

と、いきなり不可解な事態に直面した。

「……何で屋上に居るんだ?僕は吹き飛ばされて、それで落ちたよな?」

『その通りです、マスター。ですがその後、此処に転移させられたのです』

「……誰に?」

落下した僕をここに転送させたなら、その人物は僕を助けたという線が強い。

故に味方であると予想も立つが……思い出したくも無いが、僕の味方である守護騎士の皆は仮面の男たちに嵌められて、消えてしまった筈だ。

僕には守護騎士の四人以外で、味方といえる人物などいない筈なのだが……?

疑問に思っていると、それにはベイオネットが答えた。

『マスターが気絶した後、此処に転送したと思しき人物は守護騎士の御一同と似た魔力の波長をしていました。それと、闇の書を携えていましたね』

「守護騎士の皆と似た魔力を持っていて、闇の書を携えていた、か……」

それを聞いて、僕は以前シグナムさんから聞いた話を思い出した。

曰く、闇の書も意思を持っているのだと。

確かに、僕も闇の書が誰の助けも無く宙に浮いている所などを何度も目にしている。

が、それはデバイスに搭載されたAIと似たようなものだと考えていたのだが……自分で闇の書を携えていたとなると、守護騎士の皆と同様に人の姿をしているのだろう。

考えを巡らしていると、突如ベイオネットからの声が響く。

『マスター、広域攻撃魔法です。この場所は安全ですが、攻撃範囲内に高町なのはとフェイト・テスタロッサが存在しています』

「……その闇の書から現れたと思しき人物と戦っているのか?いったい、どういう状況なんだ……?」

『不明です。私も双方の意思までは推し量れません』

如何にも機械らしい返答だが、僕もそれには同意する。

とはいえ、このまま傍観していても何も分からない事だけは確かだ。

「危険かもしれないが……行かなきゃならない気がする。ベイオネット、行くぞ」

『私はマスターの相棒です。何処までも、貴方と共に』

ベイオネットの力強い言葉に笑みを零しつつ、僕は闇の書が居ると思しき場所へと急いだ。






『マスター。対象、視認距離です』

「ああ、見えている」

最速で飛んできて現場を視野に入れると、そこには向かい合うなのはと闇の書から現れたと思しき女性が向き合っていた。

あの銀髪の女性こそが、闇の書の内に存在していた人格なのだろう。

結界が展開されている空は闇夜も合わさって暗く沈み、街の至る所から噴き出した火柱は世界の破滅を連想させる。

そんな中で向かい合う二人の間に、僕は割り込んだ。

「え、あ、あなたは……」

「お前か……目が覚めたのだな」

なのはは突然割り込んできた僕に驚きの声を上げるが、闇の書の女性は少しだけ目を見開いたものの、声も特に驚いた感じはしない。

後ろに居るなのはの事は気になるが、取りあえず訊かなければならない事を聞いていく。

「……君が僕を助けてくれたのか?」

「一応な、主の愛する者よ。……それより、安全な場所へ移動するがいい。私は主の望みを叶える」

「主の望み……?」

闇の書から現れた彼女が主と言うなら、はやての事に間違いないだろう。

しかし、はやての望みを叶えるとは一体……?

その疑問を察したのだろうか、彼女が答えを発する。

「――我が主は、自分の大切なものを奪ったこの世界が、悪い夢であって欲しいと願った。我は唯、それを叶えるのみ……」

世界が夢であって欲しいという願い……?

まさか……この世界が消える事を、はやてが望んだ?

僕が屋上から落とされた後、激情に駆られてそう願ってしまったのか……?

「主には穏やかな夢の内で、永久の眠りを……。そして、愛する騎士たちを……家族を奪った者たちには、永久の闇を」

――僕は絶句した。

はやては闇の書の内で、幸せだった時間の夢を見ている――

激情に駆られた心が思わせた感情に絡め取られ、自分を閉ざしてしまっている――

「私は主の願いを叶える……だからお前は、安全な所まで下がっているのだ」

「……そうはいかない」

「何……?」

彼女は不可解なもの見た表情で僕を見るが、それは聞けない。

「何故そんな事を言うのだ……?」

「はやてが本気で、心の底から世界の破滅を望むなんてあり得ない。守護騎士の皆が消された事で、そして僕が死んだと勘違いしてそう願ったなら――」

ブレードの切っ先を彼女に向けて、僕は宣言する。

「僕は君を止める。――はやてが本当に望んでいるのは、僕や守護騎士の皆、それに――」

僕はそこで一旦言葉を切り、なのはの方を向いてから断言した。

「――そこにいる高町なのはの様な友達と笑って暮らせる、そういう優しい世界だからだ」

「――えっ?」

キョトンとした表情を見せるなのはの表情が可笑しくてクスリと笑うと、僕は闇の書の彼女に向き直る。

「はやては破滅なんて望んでない。そんな一時の感情に任せた願いなんて、叶えさせてはやれない。――だから、僕は君を止める」

「……主の愛するお前を傷つけたくない。どうあっても退いてくれないのか……?」

「君がそれを止めるって言うなら退くさ」

僕がそう言うと、彼女は悲しそうに顔を伏せたが、数瞬後には鋭い目つきで僕を射抜いた。

「そうか……ならば仕方無い。お前を打ち倒し、主と共に眠ってもらおう」

「生憎、僕は夜更かしが大好きなんだ。眠るにはまだ早いんだよね」

冗談めかしてそう言うと、僕はなのはに向き直って話しかける。

「と、言う訳なんだ。……今まで敵対しておいて虫のいい話だけど、はやてを助けたいんだ。力を貸してほしい……!」

そう言って頭を下げる。

一方なのはは頭を下げた僕に慌てたらしく、わたわたと慌てたような声を出した。

「そ、そんな、頭なんて下げないで下さい!私もはやてちゃんを助けたいのは同じなんですから!」

「……有難う、本当に。じゃあ、えーっと……」

僕が呼び方に迷っていると、なのははそれを察したらしく、笑顔でこう言ってきた。

「なのはって呼んでください!私は、えーっと……」

「好きなように呼んでくれていいよ」

「んー……じゃあ、ヤコウさんって呼んでいいですか?」

「ふふっ、了解。……それと、気になってたんだけどフェイトは?」

なのはがいるならフェイトもいる筈だと思ったが、さっきから姿が見えない。

「それが……闇の書の内部に閉じ込められちゃって……」

「そうか……なら、尚更だね」

歪んだ願いは、このまま溢れないうちに終わらせる。

闇の書の彼女に視線を向け、僕は口火を切る。

「――行こうか、なのは。彼女を止めに」

「はいっ!」

「ベイオネット、無茶をさせるだろうけど、宜しくな」

『寧ろ望むところです、マスターの無茶はあちらに居たころから慣れっこですし』

挑む様なベイオネットの言葉に苦笑しつつ、僕となのはは共闘を開始した。



………………



…………



……



「――――はあぁっ!」

「……」

気合と共にブレードを振り下ろすが、闇の書の彼女が片手をかざすとシールドが出現し、難なく受け止められてしまう。

なのはが彼女の攻撃を受け止めている隙を狙っての攻撃だったが、彼女にとってはこの程度隙にもならなかったらしい。

今もなのはに攻撃を加えつつ、僕の攻撃も完全に防ぎ切るという離れ業を行いながら、表情を崩しもしない。

「――きゃあぁっ!」

「なのはっ!――ぐあぁっ!?」

攻撃に耐えきれなくなったなのはのシールドが割れ砕け、その勢いを維持したままの彼女の拳がヒットして、なのはを海へ向けて吹き飛ばす。

未だシールドとの競り合いを続けていた僕が吹き飛んだなのはに一瞬気を逸らした瞬間、彼女はシールドを解除。

体勢を崩した僕の身体に魔力を纏った手刀を振り下ろし、僕も続けて海に叩き込まれた。

海面に叩きつけられた苦痛など斟酌している場合ではないので、すぐさま上がってなのはと合流。

「はあ、はあ、……なのは、大丈夫か?」

「はあ、はあ、ふう、……うん、大丈夫、何てことないです」

大丈夫とは言っているが、半分は強がりだと考えた方がいいだろう。

僕もなのはも、いまだ有効な攻撃を一発も闇の書の彼女に入れていない。

一方で、僕らは何発も攻撃をもらっている。

致命的な攻撃は僕もなのはも受けていないが、積み重なればじわじわ効いてくる。

「分からない……何故、お前はそうまでして立ち向かう?この身の運命は変わらないというのに」

肩で息をしつつ彼女を見据える僕に、動きを止めた彼女が問いかけてくる。

「何故かって……?僕たちは家族だからさ……間違った事をしていたら止めるのが当たり前だろ?」

「家族……だから?それが、愛する者の願いでも止めるのか?」

理解出来ない様な表情で言う彼女に、僕はしっかりと言葉を紡ぐ。

「そうだ……愛しているからこそ、間違いは体をはってでも止める。はやても……新しい家族になるだろう、君もね」

「私が……家族?」

聞き間違いだろうかという様な表情の彼女に、僕は笑みを浮かべて続ける。

「君ははやてが物心つく前から傍にいて、ずっと見守っていたんだろう?なら、君もはやての家族だ」

僕の言葉に一瞬瞳が揺れたように見えた彼女だが、すぐにまた元の鉄面皮に戻ってしまう。

「……私は唯の魔道書。お前も知っての通り、主を蝕むだけの壊れた道具に過ぎない。……そんな私が、主の家族を名乗るなどおこがましい事だ」

「……泣きながらそんな事言ったって、信じられないよ。主であるはやてを想う心を持っているのに……君はその心を自分から閉ざして、悪役になろうとしている」

心があるのに……通じ合えるのに……

「何ではやてを想うその心を、そのまま表現できないんだ!」

突然叫んだ僕を彼女となのはが驚いた表情で見ているが、気にもならない。

「君ははやてと向き合っていない……。まだ始まってもいない内から終わろうとしている君は、無理矢理にでもはやてと向き合ってもらう!」

「……」

彼女は黙り込んで僕を見つめており、その表情は微動だにしていない。

ただ静かな瞳で……全てを諦めている様な瞳で、こちらを見るのみ。

「なのは……僕の無理に付き合ってくれるかい?」

僕の問いかけに、なのはは力強く頷いてくれる。

「任せてください!スターライトブレイカーが撃てれば何とか……でも、撃てるチャンスが……」

『I have a method』

「え……?」

難しいというなのはに、相棒であるデバイス――レイジングハートが手段はあると告げる。

だが、その案はかなり危険を伴うものであったらしく、すぐさまなのはは反対した。

『Call me. Excelion mode』

「ダメだよレイジングハート!アレは本体を補強するまで、使っちゃダメだって!私がコントロールに失敗したら、レイジングハートが壊れちゃうんだよ!?」

……自壊覚悟で攻撃しなければならないのか、それなら反対するなのはの気持ちも分かる。

『Call me. Call me, my master』

だが、レイジングハートは己を信じてくれと言う様にそう繰り返す。

「だけど……!」

『いいのではないですか?』

「どうしたんだ、ベイオネット?」

迷うなのはを後押しするように、今まで黙っていたベイオネットが声を発する。

『高町なのは。アナタの相棒は、アナタを信じて全てを預けています。自分の主なら大丈夫だと。ですから、アナタも自分の相棒を信じてあげてもいいのでは?』

ベイオネットの言葉を聞いたなのはは、虚を突かれた表情をして視線をレイジングハートに戻した。

レイジングハートは何も言わなかったが、ただベイオネットの言葉を肯定するようにコアを明滅させた。

「……分かったよ、レイジングハート。レイジングハートが私を信じてくれたのと同じ様に、私もレイジングハートを信じる!」

『Yes, my master』

なのはとレイジングハートは信頼で結ばれた力強い声で、モードの変更を宣言する。

カートリッジがロードされ、その形状が組み変わっていく。

「レイジングハート、エクセリオンモード……ドライヴッ!」

『Ignition』

宣言と同時にレイジングハートが変形を開始し、その姿を変えていく。

音叉の様な形状から一転、先端が槍の様な形状に変わって、より攻撃的な趣きになっている。

その様子を見ていると、ベイオネットが再び声をかけてきた。

『――マスター、データの再構築が一部完了。新たに使用可能なパーツが増加しました』

「いま、完成したのか?」

『はい、たった今。今の状況なら、マスターもより強い力を望むでしょうから。……必要でしょう?彼女を止めるために』

「……そうだな、今の状況では有り難い。それに交換してくれ」

『了解。刀身パーツ、交換開始』

ベイオネットの言葉を皮切りに交換が開始され、刀身の姿が変わっていく。

新たに使用可能になったのは――

「これは――!」

配色は赤と黒のツートンカラー。

回転する刃を持ち、主の意思に応えて敵を、アラガミを切り裂く。

幾千もの戦場を潜り抜けてきた、歴戦の神機――そのレプリカ。

「――ブラッドサージ!?」

リンドウさんが使用していた相棒のレプリカが現れた事に驚いて、僕はただ驚愕した。

「ベイオネット、これは一体……?」

『マスターはその神機のデータをツバキ殿より預けられ、再現する事に成功しましたがずっと使わずに封印していた事は知っています』

「……当たり前だ、僕がリンドウさんの神機のレプリカなんて使っていい筈が無い」

そう思ったからこそ、預けられたデータで再現はしたものの、ずっと封印していたのだから。

『ですが、ツバキ殿は言っていましたよね?弟の神機は再び適合者が出るまでは眠っているしかない、よってこのデータをお前に託すから有効に使ってくれと』

確かに、ツバキさんはそう言っていた。

リンドウさんが使っていたような歴戦の神機が破壊されずに回収された場合、それはまた新人の神機使いの相棒になる。

神機の中枢に加工できるような無傷のコアがアラガミから取れる事はかなり珍しく、余程こっぴどく破壊されない限りはまた使われることになるのだ。

リンドウさんの神機は僕たち第一部隊が回収したが、それからしばらくたった後、アーク計画阻止後に、僕はツバキさんからリンドウさんの神機――ブラッドサージのデータを託された。

驚いた僕が何故これをと訊くと、弟の神機を適合者が出てくるまで腐らせておくのは勿体無い、だからお前に託すと言う。

確かに、刀身パーツの付け替えが可能な新型神機を使う僕なら、再現したリンドウさんの刀身を使う事は可能だった。

だが、リンドウさんの刀身を受け継ぐと言っても過言ではない畏れ多いその事態に、僕はデータをツバキさんに返そうとした。

だが、ツバキさんは弟もそれを望んでいると言って取り合ってくれなかった。

途方に暮れた僕は、僕より何倍もリンドウさんと付き合いの長かったサクヤさんとソーマに相談したが、二人も僕が使うなら申し分無いと言う。

とどめに、コウタはただ単純にその事を自分の事のように喜んでくれ、アリサは貴方ならその資格がありますと目を輝かせながら言う始末。

どうにもならないと思った僕は、取りあえず皆の望み通りブラッドサージを再現した。

だが、その刀身が装着された神機を握った途端、手が震えた。

あのリンドウさんの神機を――レプリカとはいえ僕が使う資格があるか?

――否。

土壇場でそう結論した僕は、皆の望みを退けてブラッドサージを封印した。

みんなは不満を口にしたが、僕はいつか覚悟が決まったらと言って説得し、何とか納得してもらった。

その時のツバキさんの悲しそうな目は、今も忘れられないが。

それ以来、装着する事を先送りにしてきたその刀身が、目の前に存在している。

「……ベイオネット、他の刀身に代えてくれないか」

『拒否します。この場でこのパーツを使う義務が、マスターにはあると考えます』

「何だって……?」

忠実な相棒の予想外の言葉に絶句していると、続いた言葉に僕は言葉を無くした。

『リンドウ殿はマスター達に未来を託して逝き、その姉であるツバキ殿はマスターにこの刀身を託しました。守りたいものを守れるように、ツバキ殿はそんな願いを込めたのでしょう。――救いたい者が目の前にいて、まだマスターは逃げるのですか?』

「……」

黙り込んだ僕に、ベイオネットは更に言葉を続ける。

『もう、逃げるのは止めにしましょう。……この刀身を使う事が重いと言うなら、込められた願いが重いと言うなら、私も共に背負いますから』

「ベイオネット……」

『かつてはマスター一人で背負わなければいけない重さでしたが、幸い今は私がいます。重さも半分で済むでしょう?実は結構緊張しているんですよ、レプリカとは言え歴戦の神機ですからね』

冗談めかして言うベイオネットに、僕は思わず噴き出した。

同時に心も軽くなっていく。

「はは、お前が緊張ねぇ?――ベイオネット、有難う」

『お気になさらず』

ブラッドサージから目を逸らさず見据え、確りと神機を握る。

大丈夫、手は震えていない。

僕が迷い無く握ったことで反応したのか、ブラッドサージが駆動音を上げる。

いままでは存在していただけだった刀身が産声を上げたように聞こえ、僕も口元に笑みを浮かべた。

「……今まで仕舞い込んでいて、ゴメンな。これからは頼りにしているよ」

それに応えるように光を反射した刃を頼もしげに見遣り、僕は共闘している少女に目を向ける。

なのはは話を聞いていたのか、心配そうな表情で僕を見ている。

「心配いらないよ、なのは。……僕はもう逃げない。リンドウさんが、ツバキさんが託してくれたこの剣で、守りたいものを守って見せる」

「ヤコウさん……。うん、一緒に頑張りましょう!」

なのははそう言うと、闇の書の彼女に力強い言葉を紡ぐ。

「繰り返される悲しみも、悪い夢も――きっと終わらせられる!」

「そうだね――君が悲劇を繰り返してきたのなら……僕らがそれを止める!」

再び僕らはぶつかり合う――



………………



…………



……



――the third person――


――何処とも知れない、暗い、暗い空間。

暗いのに暖かく、宙に浮いているように体が楽で、安らぐ。

眠気が絶えず襲ってくる空間で、しかしはやては何故か眠る訳にはいかないと思っていた。

(私は……何を、望んでたんやっけ……?)

決して忘れてはいけない、大切なこと――

だけど今は、霞がかかった様に判然としない。

それをぼんやりと考えていると、何処からか声が聞こえてきた。

「夢を見る事……」

澄んだ綺麗な声が聞こえてきて、はやては意識をそちらに向けた。

目の前には女性がいて、自分に優しく微笑みかけている。

「悲しい現実は、全て夢となる……安らかな眠りを」

全てが夢――

不自由な体も健康そのもので――

命の心配も無く、コウ兄やシグナム達とずっと一緒に生きていく、幸せな暮らし――

だが……

(そうやったっけ……?)

それが本当の事だったらどんなに幸せだろう。

いままで望んでも手に入らないと思っていたものを一遍に手に入れ、懸念は欠片も無く。

愛する人たちと共に生きる、大切な時間。

しかし……それは何かが違う。

彼女が言っている事は、確かにはやてが望んでいた事だ。

でも、それは幻で……現実ではなく、唯の夢に過ぎない。

夢は育むもので、溺れていいものではないのだから。

ずっとここにいる訳にはいかない。

はやては頭を覚醒させて目を開き、目の前の女性に話しかける。

女性ははやてが意識をはっきりさせた事に驚いたようだが、構わずはやては言った。

「私……こんなん望んでない。あなたも同じはずや……違うか?」

「私の心は、騎士たちの感情と深くリンクしています。だから騎士たちと同じように、私もあなたを愛おしく思います」

そこで言葉を切った女性は顔を伏せると、苦しみを堪える様な表情で言葉を続けた。

「だからこそ――あなたを殺してしまう自分自身が許せない」

女性の言葉にはやてがハッとした表情になるが、そのまま女性は話を続ける。

「自分ではどうにもならない力の暴走……あなたを侵食する事も、暴走してあなたを喰らい尽くしてしまう事も……止められない……」

自らの有様を、そしてそれが原因で引き起こされている現在の惨状を嘆くような言葉に、はやては瞳を揺らして顔を伏せるが、やがてポツポツと話を始めた。

「……覚醒の時に今までの事、少しは分かったんよ。望むように生きられへん悲しさ……私にも少しは分かる……。シグナム達と同じや、ずっと悲しい思い、寂しい思いしてきた……」

「……はい」

はやての言葉に悲しそうに顔を伏せる女性だったが、はやてはそこで声を明るくして言う。

「せやけどさ……コウ兄が言うとった事、忘れとったわ」

「……」

女性は急に嬉しそうになったはやてに戸惑いつつも、言葉を待つ。

「ずっと一緒におってくれるって……私がそれを望む限り、いつまでも……って」

「――っ!」

「皆とずっと一緒やって言うとった……。私、こんな大事なこと忘れたらあかんかったなぁ……」

驚きに目を見開く女性に、はやてはいたずらっぽい表情で告げる。

「やから……こんな世界消えてまえー、なんて……言うたらあかんかったんや」

「……は、い」

俯く目の前の女性を見て、はやては静かな笑みを浮かべながら言う。

自分と同じ……ずっと一人だった女性の頬に手を伸ばして、優しく告げた。

「それに……忘れたらあかん。あなたの今のマスターは、私や……マスターの言う事は、聞かなあかんで?」

頬に手を触れられて驚く女性にはやてがそう言うと、はやてを中心に魔法陣が展開され、二人を包み込む。

白銀色の魔法陣は二人を祝福するように輝き、暖かに照らし出す。

跪いた女性の両頬に手を当て、穏やかな口調で言葉を紡ぐはやて。

「名前をあげる――もう闇の書とか、呪いの魔道書なんて呼ばせへん……私が呼ばせへん!」

「……っ」

力強いはやての言葉に女性の瞳から涙が零れ、口元からは嗚咽が漏れ出る。

「私はあなたのマスターで管理者や……私にはそれが出来る!」

涙を零しながら、嬉しさのあまりそれに縋ってしまいそうになる自分を戒め、女性は自嘲を浮かべながら嘆きを口にする。

「無理です……自動防御プログラムが止まりません……。管理局の魔導師と、あなたが兄と慕う者が共に戦っていますが、それも……」

「コウ兄もおるんやな……頑張ってくれとるんやな……。なら、絶対に大丈夫やて、な?」

女性の言葉に尚更確信した様な笑顔を浮かべたはやては、涙を零す彼女を慰めるように微笑むと、彼女の肩に手を置いた。

その震える肩に……少しでも温もりを与えようと――。



………………



…………



……



――side Yakou――


「はああぁぁああぁっ!」

「……」

矢継ぎ早に繰り出す剣戟を、闇の書の彼女は涼しい顔で受け止める。

高速移動しつつ打ち合いを演じる僕らは、後に何も残さないほどの勢いで戦い続けていた。

「――ヤコウさん、行きます!」

「了解!」

合図と共に数瞬斬り合い、隙をみて離脱。

「バスターッ!!」

そこへチャージを終えたなのはの砲撃が繰り出され、彼女にヒットする。

だが、またもや有効な攻撃は加えられなかったようで、その表情は微動だにしていない。

相変わらす何も感じさせない冷たい目で僕たちを見つめ、冷めた声音で言う。

「一つ覚えの剣戟、離脱、砲撃のコンビネーション……通ると思っているのか?」

そんなのはさっきから分かっているが、そういう問題じゃない。

「倒す……!レイジングハートが力をくれてる、命と心を賭けて応えてくれてる!」

そのなのはの声に応え、レイジングハートがカートリッジをロード、魔力をその身に充填させる。

「――泣いてる子を、救ってあげてって!!」

「そうだ……可能性の問題じゃない。――絶対に助けると誓ったから、僕らはそれを守るだけだ!」

この刀身に込められた想いに応えるために……絶対に諦めない。

守りたいものを、もう取りこぼさない様に。

かつて僕は、シオを助けられなかった――

あんな思いは、もうたくさんだから――

「はやてを、君を助けるまで……僕らは諦めない!」

『強制解放剤改、リミット間近。――再度投与しますか?』

「ああ……切れた途端しんどくなるけど、ここは踏ん張りどころだ」

『了解。投与開始』

ベイオネットが言うやいなや、強制解放剤改が腕輪から注射されてバーストモードが起動する。

この強制解放剤改は、普通神機を通して身体を活性化させるというプロセスのバーストモードを、神機使いの体内の偏食因子を強制的に喚起して身体から先に活性化させてしまうという逆のプロセスを踏ませる、いわば自己ブーストを起こさせる薬剤である。

捕喰の手順を踏まずにバーストモードに入るために特殊バレットは手に入らないし、自己ブーストの名の通り負担も大きい。

だが、神機を通さずに身体を活性化させるためか、その効率が捕喰よりも高いのだ。

そう言うわけで、多少の負担は無視して効果が切れる直前に投与するのを繰り返している。

今さっき投与したので二本目で、効果が切れた時を考えると怖いのだが今使わずに負けたら後悔どころの話ではない。

なのはがエクセリオンモードと言う切り札の中の更なる切り札、ストライクフレームを展開させる。

勝負に出る事を悟った僕は、それを確実に成功させるべく闇の書の彼女を撹乱する。

「なのは、僕が彼女の気を逸らすから、隙を見て攻撃して。――僕が近くに居ても、気にしないでいいから」

「――分かりました。絶対に当てます!」

心配したらしく一瞬表情を歪めたなのはだったが、思い直してくれたのか力強く頷く。

僕も頷き返すと、バーストモードの極限の機動力を用い一瞬で彼女に肉迫、ブラッドサージで連激を放つ。

眉ひとつ動かさずそれを捌く彼女だが、何とか鍔競り合いにまで持ち込む。

「……お前の攻撃は把握している。もう諦めるがいい……」

「そうか、なっ!」

「っ!」

鍔迫り合いの最中、僕は柄に仕舞われた銃身の銃口の部分を彼女に向け、隠し玉を公開する。

「ベイオネット、お見舞いしろ!」

『了解。Inpulse edge, string shift』

ベイオネットが起動音を発し、ブラッドサージの特性を反映した雷弾がゼロ距離で、連続して撃ち込まれる。

これはロングブレード用にベイオネットと作り上げた、インパルスエッジの発展型の魔法である。

元々単発でしか放てないインパルスエッジを連射できるようにしただけという発想としては単純なものだが、その効果は凄まじく攻撃力も大幅に増加したが、僕とベイオネットにかかる負担も大幅に増大してしまった。

よって、バーストモード中であり、一定以上の強度の刀身を使っている時でなければ使用できず、更に多用も不可という、いわば諸刃の剣の様な技に仕上がってしまった。

もっとも、その威力はデメリットに目を瞑るだけの価値があるが。

ゼロ距離での連続射撃に一瞬隙を見せた彼女に、なのはの攻撃が迫る。

「エクセリオンバスターA・C・S――ドライヴ!」

その言葉と共に突撃を敢行し、ストライクフレームの切っ先を彼女に向けて肉迫する。

彼女は体勢を崩しつつもそれを防御し、堪える。

「届いてぇっ!」

レイジングハートが更にカートリッジを装填し、魔力をその身に漲らせる。

そして、遂に彼女の堅牢なシールドに僅かに罅を入れる事に成功する。

「まさか……!」

「ブレイク・シュートッ!!」

なのはの言葉にレイジングハートが唸りを上げ、シールドの罅を押し広げるように凄まじい威力のゼロ距離砲撃を放つ。

途轍もない爆発が起こり、至近にいた僕も少なからぬダメージを負ったが、なのははもっと酷いダメージを受けただろう。

果たして、なのはは肩を押さえて痛みを堪えている様な体勢になっていた。

「なのは、大丈夫か!?」

「……はい、何とか。ちょっと疲れましたけど……ヤコウさんは大丈夫ですか?」

「ああ、僕は何ともない。でもこれで……」

「はい……少しは、ダメージを与えられていたらいいんですけど……」

だが、そんな僕らの願いは風の前の塵芥の如く儚いものだった。

『Master!』

『……残念ですが、戦いは続行されるようです。本当に、信じられない位頑丈ですね。防御体制のボルグ・カムランもあそこまで硬くないでしょうに……』

「ええぇっ、嘘!?」

「なっ……!?」

衝撃で発生した煙が晴れたその場所には、闇の書の彼女の悠然とした姿。

何の痛痒も感じていない様な、常と変わらない表情だ。

あれだけの決死の、捨て身とも言える攻撃をまともに食らったというのに、ダメージは限りなくゼロに近いのだろう。

思わず笑ってしまいそうな光景だが、諦める事は絶対にしない。

「……なのは、もうひと頑張りしようか?」

「はいっ……絶対に、諦めません!」

「僕もだ……二人を助けるまでは、絶対に退かない」

僕もなのはもお互いに満身創痍であるが、気力だけは充実している。

仕切り直しとばかりに闇の書の彼女の方を向くと、異変が起きた。

何やら不自然な挙動をしており、ガクガクとおかしな動きをしている。

突然の彼女の変調に訝しげな表情をしていた僕となのはだったが、次いで聞えてきた声に瞠目した。

『外の人!……えと、管理局の人、それとコウ兄おる!?そこにいる子の保護者の、八神はやてです!』

「はやてちゃん!?」

「はやて……!?」

『なのはちゃん!?コウ兄もほんまにおったんやね!……信じとったで、生きとるって!』

「……はは、当たり前だろ。ずっと傍にいるって約束したからな」

はやての声を聞いて、疲れ切っていた身体に活力が戻って来る。

なのはが今現在共闘している事を説明すると、はやてが意外な事を僕らに頼んできた。

『ごめん、なのはちゃん、コウ兄。何とかしてその子、止めたげてくれる?』

「え……?」

「……どういう事なんだ、はやて?」

『魔道書本体からはコントロールを切り離したんやけど、その子が奔ってると管理者権限が使えへん。……今そっちに出てるのは、自動行動の防御プログラムだけやから』

「んん……え……?」

はやての言葉になのはが首を捻っているが、その疑問に答えるように僕らに念話が入った。

(――なのはと、えーっとヤコウって呼んでいいかな?今から言う事を君たちが出来れば、はやてちゃんもフェイトも外に出られる!)

(えっ、本当なの、ユーノ君!?)

(うん。目の前の子を、魔力ダメージでぶっ飛ばして!全力全開っ、手加減抜きで!)

(……なるほど。確かにシンプルで、僕らにはお誂え向きの方法だな、ユーノ少年)

(でしょう?じゃあ、挨拶はまた後で)

(ああ、助言感謝するよ)

念話が切れると、なのはと顔を見合わせて互いに笑みを浮かべる。

「さっすがユーノ君、分かりやすい!」

『It`s so』

主従そろってユーノ少年の事を理解しているらしく、疑う事は全くない様だ。

「いやまあ、シンプルイズベストとは言うけど……ここまで単純とはね」

『いいじゃないですか、こういう展開はマスターも好きでしょう?』

「……違い無い!」

レイジングハートをなのはが構え、魔法陣が展開されて、そのデバイスからも光の羽が展開される。

砲撃の構えを見せるなのはを警戒したのか、海から何かの触手が伸びてきてなのはに迫り来るが、僕がいち早くそれを打ち払い、寄せ付けない。

「なのは、君は砲撃の準備に集中するんだ!こちらは僕に任せろ!」

「はい、ヤコウさんっ!――エクセリオンバスター、バレル展開!中距離砲撃モード!」

『All right. Barrel shot』

レイジングハートから放たれた不可視の衝撃波が闇の書の彼女を拘束し、磔の様な体勢にする。

それはその名の通り、必中の砲撃の為の通り道。

砲撃のチャージをしていくなのは、なのはの邪魔をせんとする触手を打ち払う僕。

カウントダウンは進んでいく。



………………



…………



……



――the third person――


ヤコウ達が着々と解放の準備を進める中、闇の書の内部のはやてと女性は、神聖な儀式の只中にあった。

命名――その存在を定義づける名を授ける、生まれて初めて貰う大切なもの。

長い時と悲劇の歴史を経た魔道書は、当の昔に自分の名前など忘れてしまっていたが、はやてはその名を再び授ける。

「夜天の主の名に於いて、汝に新たな名を送る……」

「……」

「強く支える者、幸運の追い風、祝福のエール――」

彼女はただ静かに、その名を享ける。

「――リインフォース」






一方その頃、闇の書に捕らわれていたフェイトも脱出すべく行動中であった。

「――バルディッシュ、ここから出るよ。ザンバーフォーム、行けるね?」

『Yes, sir』

コアを明滅させ、いつも通りの冷静な声音で告げるバルディッシュ。

フェイトはその応えに笑みを浮かべると、バルディッシュを頭上に構えてバリアジャケットを展開させる。

バリアジャケットを展開したフェイトはバルディッシュを腰だめに構え、カートリッジをロード、その形態を変化させる。

『Zamber form』

バルディッシュの音声と共にその形状が変化していき、両刃の大剣状に姿が変わる。

大剣状に姿を変えたバルディッシュを正面に構え、魔法陣を展開、その光刃も電撃を帯びる。

「疾風、刃雷――!」

バルディッシュを肩に担ぐように構えなおし、ここでの出来事を想うフェイト。

――優しい母、しっかり者のリニス、少しお転婆のアリシア、何時もと変わらないアルフ。

そして自分がいるその時間は、自分が何よりも欲しかったもの。

それを見せられた事で、改めて思った。

でも――それは夢で、幻で、本当じゃない。

だから――外で私を待ってくれている人達のところへ、帰らなくてはいけない。

大切な人たちのところへ。

居心地のいい夢を、振り切ってでも――

そんな主の決意を反映してか、バルディッシュが一際強い雷撃を放出していく。

全てを断ち切る勢いで、フェイトは雷刃を振り下ろした。

「――スプライト・ザンバーッ!!」

その一閃で夢の世界に罅が入り、崩壊していく。

夢の時間は終わり、フェイトは現実へと帰っていく。

彼女の帰りを待つ人々のいる世界へと――。



………………



…………



……



――side Yakou――


僕がその都度斬り伏せていた触手も、駆けつけたユーノとフェイトの使い魔のアルフのバインドですっかり動きを封じられている。

なのはのチャージも完了し、後はその強大な一撃を闇の書の彼女にぶつけるのみ。

なのはとユーノ風に言うと、全力全開、手加減抜きで彼女をぶっ飛ばすのみだ。

溢れんばかりの魔力を充填したなのはが、攻撃を宣言する。

「エクセリオンバスター・フォースバースト!」

レイジングハートの先端に巨大な魔力球が形成され、それを環状魔法陣が取り巻いて更に圧縮する。

「――ブレイク・シュートッ!!」

魔力が解放され、指向性を持った砲撃となって唸りを上げながら闇の書の彼女に直撃、その身体を砲撃の光が包み込んでいく。

それと同時に彼女の内からも閃光が迸り、雷鳴の様な音が辺りに響き渡る。

思わず皆で辺りを見回すと上空から空を裂くような音が聞こえ、そこには僕の知るフェイトがいた。

「フェイト!」

アルフが安堵の声を上げ、それに反応したフェイトが僕らの方を向く。

他のメンバーを見てフェイトも笑みを浮かべたが、僕の事を認識すると僅かに驚いた表情になる。

だが僕が笑いかけると目を瞬かせ、その後自然な笑顔を返してくれたのだった。






――the third person――


『――新名称、リインフォースを認識……管理者権限の使用が可能になります』

「うん……」

今や新たな名前が与えられた魔道書の管制人格――リインフォースがマスターであるはやてにそう告げる。

悲劇の魔道書がその輪廻を断ち切るべく踏み出した最初の一歩だが、まだ全てが終わった訳ではない。

その名を祝福する様な光に包まれているはやてに、リインフォースは問題点を告げていく。

『ですが、防御プログラムの暴走は止まりません……管理から切り離された膨大な力が、直に暴れ出します』

「うん……まあ、何とかしよか」

相当重大な事を告げられるが、はやてにもリインフォースにも不安はまるで無い。

リインフォースがいれば……主がいれば……そして皆がいれば大丈夫――その想いが、互いの心を満たしていたから。

はやてはそっと新たな名を与えられた魔道書――夜天の魔道書を抱き込む。

「行こか、リインフォース……皆のところに、コウ兄のおる所に」

『はい……我が主!』

そんな二人を送り出すかのように、光が包み込んでいくのだった――























――終りの一言――

植田さんの『Snow Rain』は神曲ですね!


――はい、今回は独自の想像に基づいた設定満載でお送りしました~!
……正直反応が怖いです、が。
僕の考えはああだったのですよ、ええ。

強制解放剤改の件は完全に想像です。
捕喰でのバーストモードと比べて効果が高いなんて事はありません。
ただ、それっぽく書いただけですので。

ブラッドサージはエンディングを見ると作れるようになる武器で、文中で触れた通りリンドウの神機そのままです。
そんな神機を、ただ第一部隊のリーダーの後を継いだというだけで、レプリカとはいえそっくりな物を作ることが許されるか?と考えた時、僕の結論はNOでした。
なので、リンドウの姉であるツバキから神機のデータを託され、それを元にレプリカの作ることとその使用を許された、という独自の設定を作りました。
そうでもしないと納得できなかったのです。
リンドウは極東支部で一番慕われていた神機使いと言っていいと思いますが、その神機を無許可で真似る?
大顰蹙でしょう、しかも本人は亡くなってしまいましたし、余計に。

あと、例によってオリジナル魔法ですが、これは単純に単発でしか撃てないインパルスエッジを矢継ぎ早に撃ちまくるという、ある意味僕の夢を体現したモノです。
……まあ、実際にゲームでやったら、あっという間にOPとスタミナがカツカツになるので使いものにならないでしょうけど。
魔法あっての産物で、しかもバーストモード限定、おまけに神機にかかる負担も大きく多用不可、と言う訳です。
『string』という単語は、「連続」と言う意味の語を探していた時、語感がよさそうなのがこれくらいしかなかったので採用しました。

ご感想、お待ちしています。






P.S――
劇場版なのは、ギリギリで観る事が出来ました。間に合って良かった……。
なのはとフェイトの出会いの物語は良かったですね。

あと、バルディッシュのグレイヴフォームがカッコいいと個人的に思いました。
これが加わったバルディッシュは、まさにハルバードといった感じだと思います。
アックスフォームで薙ぎ払い、サイズフォームで切り裂き、グレイヴフォームで突き刺す!って感じで。



[17292] 第十話『悲劇の輪廻、終わる時』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/04/02 22:08
――the third person――


完全に防衛プログラムを切り離した闇の書――いや、夜天の魔道書ははやてと共に在り、それは淀みとは完全に無縁な無垢な白銀の光を放っている。

その穢れ無い光の中で、はやては行動を起こす。

「――管理者権限、発動」

『――防衛プログラムの進行に、割り込みをかけました。数分程度ですが、暴走開始の遅延が出来ます』

「うん。――それだけあったら、十分や」

リインフォースの声に応えたはやての周りに、小さな光る球体が現れる。

それらを愛おしそうに見遣ると、夜天の主としての言葉を紡いでいく。

「リンカーコア送還、守護騎士システム……破損修復」

その声に応え、外の世界では消え去った筈の守護騎士が身体を再生させ、再び意識を覚醒させる。

「おいで……私の騎士たち」

はやては自らの騎士を、愛しき家族を呼び寄せる。

主と騎士の絆は、決して切れはしない――。


………………


…………


……


――side Yakou――


闇の書――正式には夜天の魔道書と言うそうだが、それから切り離された防衛プログラムは巨大な淀みを形成し、僕たちの眼前にあった。

この世の悪意を凝縮したようなその存在は、今は不気味な沈黙を保っているが、管理局の艦船であるアースラという名の船からの通信によれば、もう暫くの後、暴走を開始するらしい。

一方、過去の悲劇の演出者とは逆に、白銀の光を放ち周りに小さな光を従えている存在が新たに僕らの眼前に現れていた。

暫く静止していたその存在は強烈な光を放ち明滅すると、一瞬の後に五人の人影を生みだした。

「我ら、夜天の主の元に集いし騎士――」

「主ある限り、我らの魂尽きる事無し――」

「この身に命ある限り、我らは恩身の下にあり――」

「我らが主、夜天の王――八神はやての名の下に」

守護騎士の皆――シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラ、ヴィータが朗々と宣言し、目を開く。

守護騎士の皆が現れると白銀の光が拡散し、そこから杖を携えたはやてが姿を現す。

「はやてちゃん!」

「はやて!」

姿を見せたはやてに僕となのはが笑顔で声を掛けると、はやても笑み返す。

そして携えた杖を掲げると、力強い声で言う。

「夜天の光よ、我が手に集え!祝福の風、リインフォース――セーット、アップ!」

はやての声に掲げた杖が反応し、リインフォースの色の光とはやての白銀の光を放つ。

主と従者が一体になった様な光ははやてを包み込み、その出で立ちを変えていく。

髪の色は白く変わり、身体は白を基調に黒を配色した騎士甲冑で、どことなくリインフォースが着ていた物に似ている。

漆黒の翼を背後から生やし、片手に剣十字をあしらった杖、そしてもう片方の手には夜天の魔道書。

呪われた闇の書ではなく、その十字架から解き放たれた夜天の魔道書の真の主となったはやて。

夢から覚めたはやては悲しみを自らの手で乗り越え、帰って来てくれた。

「ヤコウさん。……行ってあげるべきですよ」

「えっ?」

はやてと守護騎士の皆の様子を見ていた僕は、突然のなのはの声にそうとしか言えなかった。

「うん、なのはの言う通り。……ヤコウも行くべきです」

「フェイト……?」

フェイトからもそう声が掛かり、僕は二人の考えが分からずに小さな疑問符を浮かべた。

「はやてちゃんを助けるために、あんなに頑張ってたじゃないですか。守護騎士さん達と同じように……はやてちゃんにとって、ヤコウさんも立派な騎士さんですよ!」

「なのはの言う通りなら……助けたお姫様を迎える義務が、ナイトにはあるんじゃないですか?」

「僕がナイトで、はやてがお姫様、か……。なるほどね」

なのはとフェイトの大仰な言葉に苦笑すると、確かに客観的に見てそうだと思い直す。

捕らわれた少女を救い出すために戦う――。

確かにそれは一般的に見て映える状況だろうが、しかし僕は一人で戦った訳ではなく、あまつさえ夜天の書の彼女に翻弄され、ボロボロにされただけだ。

はやても殆ど自力で出てきた様なものだし、僕が役に立った事と言えば、なのはの砲撃まで彼女の注意を引き付けた事くらいである。

決定打を放ったのはなのはだと告げると、なのはは首を横に振って言い募って来た。

「そんなのどうでもいいんです!はやてちゃんはヤコウさんが戦ってくれてるって知った時、凄く嬉しそうでした!途中がどうだって関係ないです!ヤコウさんははやてちゃんのナイトです!」

「そ、そうか……」

語気を荒げて言うなのはに気圧され、強引に背中を押されてはやて達のもとに送り出される。

泣いているヴィータを抱きしめて慰めていたはやては、僕に気付くと花が咲くような笑顔を浮かべた。

「コウ兄!……何やろな……色々言いたい事あったんやけど、これしか頭に浮かばへんわ……。――ありがとう、来てくれて」

一言では言い表せない想いが込められた言葉は僕の心にも届き、それに言葉を返そうとした僕はある事に気付いた。

守護騎士の皆が、何かを促す様な目で僕を見ている。

シグナムさんとザフィーラは、静かだが真剣な目で僕とはやてを交互に見て僕に何かを促す様に見ている。

シャマルさんは何かを期待するように目を輝かせている。

ヴィータまでがはやてに抱き付きながらも僕の方を横目で見て、何かを催促する用な感情を感じさせる。

(……はやてに気の利いたこと、言ってあげろってことだよ)

視線の意味に気付いていない僕に呆れたのか、ヴィータが念話で教えてくれる。

(……守護騎士の皆も、僕がはやての騎士として振舞うのがお望みなの?)

(いいじゃねーか。あの時みたいに芝居がかったセリフを言えって)

よく分からない状況に僕が呆れた返事を返すと、ヴィータは僕が初めて戦闘に介入した日の事を持ち出してきた。

まだ一ヶ月も経っていないし、覚えていてもおかしくは無いが。

観念した僕は、はやてに対して跪いたような姿勢をとり、その手を取る。

いきなりそんな行動に出た僕に、はやては目をパチクリさせてただ驚いた表情をする。

「礼には及びません、はやて。僕は貴女に誓ったのですから。――貴女が望む限り、いつまでも傍にいると。だから貴女の下に駆けつけるのも当然です」

歯の浮くようなセリフを、恥ずかしさを堪えてそれらしい調子で紡いでいく。

恐らく僕の顔は真っ赤になっているだろうが、はやても僕の言葉を理解して真っ赤になっていく。

「え、ちょっ……な、ななな何を急に言うとんねん、コウ兄!そ、そんな……不意打ちはあかんやろ……」

慌てたような照れたような調子で言うはやてだが、勢いの強かった言葉もだんだん尻すぼみになっていく。

その様子に少し余裕を取り戻した僕は、元の体勢に戻ってはやての頭を撫でた。

「ほんと……よく頑張ったな、はやて。帰って来てくれて、ありがとう」

「うん……」

はやては僕に頭を撫でられながら、ただ気持ちよさそうにしている。

守護騎士の皆に目を移すと、全員が優しい目で僕とはやてを見ている。

一度は引き離された僕らは、はやての優しい力によってもう一度引き合えたのだった。






再会を喜び合う僕たちに、なのはとフェイトも加わって明るい表情で笑い合う。

二人も僕たちの事を自分の事のように喜んでくれて、場違いだとは思うが和やかな空気が生まれる。

しかし、そこに一人の少年が気まずそうに割り込んでくる。

僕が一度戦ってしてやられたあの黒尽くめの少年で、確かフェイトはクロノとか言っていたと思う。

クロノ少年はこの空気に水を差す事を申し訳なく思っているようだが、それでも躊躇することなく堂々とした口調で言葉を紡ぐ。

「……済まないな、水を差してしまうんだが。時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」

簡潔に自己紹介を済ませたクロノ少年は、僕たちの注意が自分に向いたのを確認して話を続ける。

「時間が無いので、簡潔に説明する。あそこの黒い淀み――闇の書の防衛プログラムが、後数分で暴走を開始する」

その言葉を聞いて、僕たちの表情が一斉に引き締まる。

そう、まだ完全に終わった訳ではないのだから。

「僕らはそれを、何らかの方法で止めなければならない。停止のプランは、現在二つある」

そこで一旦言葉を切り、皆を見回したクロノ少年はプランを提示していく。

僕たちの前に一枚のカード――待機状態のデバイスを見せ、プラン其の一をまず開示する。

「一つ――極めて強力な凍結魔法で停止させる」

暴走した防衛プログラムを強制的に停止させて、それから何処かに封印するという算段だろうか。

生半可な方法では成し遂げられないと思うが、この少年がこんな状況で出来もしない事を口に出すとは考えにくい。

手段はあるのだろ、それが最善かどうかは別として。

「二つ――軌道上に待機している艦船アースラの魔導砲・アルカンシェルで消滅させる」

アルカンシェルと言うのは初めて聞くが、艦船に搭載されてる兵器となると戦術レベル、下手をすれば戦略レベルの威力を持つであろうことは想像にするに難くない。

こちらは一つ目のプランと違い消滅させるという、後腐れの無い選択肢である。

だがクロノ少年の表情は硬く、このプランにも問題があるという事を窺わせる。

「……これ以外に、他に良い手は無いか?闇の書の主と、その守護騎士の皆に訊きたい」

案の定、問題の多いプランらしく守護騎士の皆に先の二つに代わる方法を尋ねている。

確かに、長きに渡って書と共に在った守護騎士の皆なら方法が思い付くかもしれないが、守護騎士の皆がそれを知っているならここまで悲劇を生み出し続けただろうか?

僕が疑問に思っていると、シャマルさんがおずおずと手を上げ、言い難そうな表情で言う。

「ええっと……最初の方法は難しいと思います。主の無い防衛プログラムは、魔力の塊みたいなものですから……」

魔力の塊――つまりは、純粋なエネルギーの塊みたいなモノと言う事だろうか。

確かに、書の本体のように実体があれば凍結、封印と行けるかもしれないが、魔力そのものという不定形のモノならば封印は難しそうだ。

「凍結させても、コアがある限り再生は止まらん……」

シグナムさんがシャマルさんの意見にダメ押しをするように言い、封印はほぼ不可能だと告げる。

ならばアルカンシェルとやらはどうだろうかと思った僕の耳に、ヴィータの大反対の声が届く。

「アルカンシェルも絶ッ対ダメ!こんな所であんなのぶっ放したら、はやての家まで吹き飛んじゃうじゃんか!」

腕で×印を作りながら断固拒否とばかりに言うヴィータの言葉に、僕はそこまで凄いモノなのかと驚くが、同じように疑問に思ったらしいなのはがユーノに問いかける。

「そ、そんなに凄いの……?」

「発動地点を中心に、百数十キロ範囲の空間を歪曲させながら反応消滅を起こさせる魔導砲……って言うと、大体分かるかな?」

「……そんなモノがあるのか」

僕は思わず呆然とした調子で言ってしまう。

魔法関係で驚く事はもう殆どあるまいと思っていたが、そんな物騒なシロモノまで存在していたとは予想外だ。

空間を歪曲させて、更に反応消滅させる…………アラガミも殺せそうな感じがしてしまう。

そんなモノをここにある防衛プログラムにぶっ放したりしたら、消えるのは防衛プログラムだけで無く、海鳴の街まで含まれるんじゃないか?

なのはとフェイトもヴィータと同じく全力で反対し、それを受けるクロノ少年もそれは最終手段だと告げる。

だが本格的な暴走が開始されれば被害は其れよりも大きくなるため、残酷な引き算を……被害がそれより少ないであろうアルカンシェルを使わざるを得ないと暗に告げる。

今までの闇の書事件よりはかなりマシな状況であるが、不確実な封印か、周りに多大な犠牲を払って消滅させるかの二択しか浮かばない状況に、皆暗い表情を浮かべる。

しかも、考えられる時間は無限ではない。

先ほど入った通信によれば、暴走開始まで十五分を切ったらしい。

「何かいい手は無いか……?」

クロノ少年がもう一度守護騎士の皆に訊くが、返って来た返答は芳しくない。

「済まない、あまり役に立てそうもない……」

「暴走に立ち会った経験は、我らにもあまり無いのだ」

「でも、何とか止めないと……。はやてちゃんのお家が無くなっちゃうの、嫌ですし……」

「いや、そう言うレベルの話ではないんだが……」

シャマルさんが何処かずれた意見を言い、クロノ少年は少々困った様な表情で突っ込む。

一向に纏まらず、四方八方から意見が飛び交う。

議論は白熱し、侃侃諤諤の様相を呈してくる。

そんな話し合いの有様に業を煮やしたのか、アルフが苛立ったように言い募って来た。

「あーっ、何かゴチャゴチャ鬱陶しいなぁ!皆でズバッとブッ飛ばしちゃうわけにはいかないの!?」

「そうだな……あいつ等みたいにコアを粉砕、一撃消滅、被害ゼロ!……なーんて、出来たらいいのになぁ」

アルフのセリフに思わず零してしまう僕。

稀にだが、逃走したアラガミを別の任務にあたっていた人間が発見することがある。

そのアラガミが負傷してコアを露出させていた場合、そこに強かに攻撃をヒットさせれば普段のしぶとさは何処へやら、僅かに数撃で仕留められる場合もある。

コアをブッ飛ばしてそれでお終いってわけにはいかないか……そもそもコアなんて大事に仕舞い込まれてそうだしな。

「ヤコウさん……でしたね。そこまで単純にはいきませんよ……」

「うーん、やっぱりそうか……」

「アルフも、そんな簡単にはいかないよ……」

「……そっかぁ」

僕とアルフはそれぞれクロノ少年とユーノに窘められつつ、頭を捻る。

クロノ少年の示したプランで行くしかないのかと僕が諦めかけた時、なのはとフェイト、はやての三人が顔を見合わせる。

「ズバッとブッ飛ばす……」

「被害ゼロ……なら、ここで撃つ訳にはいかへん……」

「でも、ここじゃなければ……あっ」

顔を見合わせた三人は、閃いたという表情をしてクロノ少年に質問をしていく。

「クロノ君!アルカンシェルって、何処でも撃てるの?」

「何処でもって……例えば?」

なのはの質問の意図が読めなかったのか、質問で返すクロノ少年。

「今、アースラのいる場所……」

「軌道上……宇宙空間で!」

フェイトとはやてがそれに答え、自分たちの考えを披露していく。

すると、アースラから通信が入り、クロノ少年の補佐官のエイミィと言う人から通信が入る。

『管理局のテクノロジー、舐めてもらっちゃあ困りますなぁ。撃てますよー、宇宙だろうが、何処だろうが!』

その通信に更に確信を深めた様な表情をする少女三人に、クロノ少年は彼女たちのプランに見当がついたらしい。

表情を驚き一色で染め上げ、問いただす。

「おい、ちょ、ちょっと待て、君たち……まさか……」

本気かという表情をするクロノ少年に、三人の少女は自信満々に頷いたのだった。

僕も大体見当はついたが……その通りだとすると、もの凄い大胆というか、ダイナミックと言うか……とにかく発想が凄い。

さすが子供、柔軟なことだと思わざるを得ない。

そうこうしている内に、アースラで作戦の検討がなされていたらしく、クロノ少年が僕たち一同に再確認していく。

「実に個人の能力頼みで、ギャンブル性の高いプランではあるが……まあ、やってみる価値はある」

確かに、クロノ少年はこういった方法よりももっと堅実な手段を好みそうなところが見受けられるが、それもケースバイケースと言う事だろう。

くそ真面目なだけではない、柔軟な考えも出来るのだろう。

普段は厳しそうだが、話の分かるいい上司になりそうなタイプかな?などど考える。

僕がそんな事を考えている内にも、確認は進んでいく。

「防衛プログラムのバリアは、魔力と物理の複合四層式……まずはそれを破る」

はやてが解析の結果を確認し、それにフェイトが続ける。

「バリアを貫いたら本体に向けて、私たちの一斉砲撃でコアを露出させる」

「そしたらユーノ君達の強制転移魔法で、アースラの前に転送!」

なのはが言葉を締め括り、プランを実行に移すための準備に移る。

最後の締めはアルカンシェルで強制転送したコアを完全消滅させる事なのだが、寧ろそこまで持って行く僕らの方こそ責任重大だ。

本当に個人の能力頼みだが、ハイリターンな方法にはハイリスクが付き物なのが世界の常だ。

不可能だと述べる暇があるなら、一%でも成功する可能性が上がるように人事を尽くすべきだ。

といっても、魔法技術初心者の僕に出来る事など、最後の仕上げ……総攻撃の時しか無いので、邪魔にならない様にしておくしかない。

いい加減、戦闘しか能がないというのは本当に考えものだな……。

そう思っていると、ちょうど通信を終えたらしいクロノ少年と目があった。

せっかくなので、訊きたい事をいくつか訊いてみる事にする。

「えーっと……クロノ執務官、でいいかな?」

「はい、何でしょうか?」

先日の戦闘での隔意など感じさせない目をしているクロノ少年に、僕は安心しながら気になる事を訊いた。

「僕の世界……この世界の近くにあるんだろう?でも、そこは管理局の艦隊に厳重に見張られていた。……単刀直入に訊くけど、僕は元の世界に帰れるのかい?」

訊かれる事を予想していたのだろう、クロノ少年は言いにくそうな表情をしていたが、それでも真実を言ってくれた。

「……本当に申し訳ありませんが、不可能です。あなた達の世界を滅亡の危機に追いやっているモノの存在には管理局も非常に敏感で……。上層部は……いえ、これは言い訳ですね……僕も、人一人の為に数多の次元世界を危険にさらす事は出来ないと判断します」

「……要するに、僕を帰す時にオラクル細胞が流出するかもしれない。その可能性が僅かでもある限り、僕が帰るのは不可、か……」

「端的に言うと、そういう事です」

クロノ少年の言う事も理解できる。

コアが機能停止したアラガミは暫くすると霧散するが、それは目に見えない塵のようになるという事だ。

ウィルスに対する防疫のように、出入りを禁止しても別におかしくは無い。

惑星規模とスケールがまるで違うが、アレは惑星がかかる病気と表現できなくもないから、防疫と言うのもあながち的外れじゃない。

「それで訊きたいんですが……あなたの持っているその武装、神機ですが、それからオラクル細胞が流出する事はあり得ますか?」

なるほど、先日拘束しなければならないと言っていたのはそれでか。

「ベイオネット、どうなんだ?」

『あり得ません。あんな本能の赴くままに行動する輩たちと混同されるのは心外です。以前の私ならばそれもあり得たでしょうが……マスターが私の都合に付き合ってくださったお陰で、暴走の危険性はゼロです。銃型神機のバレットも、アレはオラクル細胞を撃ち出している訳ではなく、オラクル細胞を喚起して発生したエネルギーを凝縮して撃ち出しているだけです。ですから、流出はあり得ません』

都合に付き合った……例のP73偏食因子の事か。

たしかに、以前よりも身体的に強化されたと感じる事はあるが、問題は無く、寧ろ定期的な偏食因子の投与を必要としなくなったため、時間切れに怯える必要も無くなった。

便利などとは欠片も思っていないが、仕方ないと割り切っている事だ。

自分の性質の変化については……これから時間をかけて向き合っていくしかないだろう。

話を訊いたクロノ少年はほっと息を吐いた。

たしかに、オラクル細胞を流出させる可能性のある人間が闊歩していたら、おちおち気も休まらないだろうし。

あとは、あの事を聞いておかなければならない。

「あのさ……あの仮面の男、どうなった?」

そう、今はちゃんと元通りになったからいいものの、あの仮面の男たちに守護騎士の皆は消されてしまったのだ。

はやてが絶望に呑まれたのだって、態々そんな状況を演出して見せつけたからである。

この状況になるまでの責任は殆どが僕と守護騎士の皆にあるが、最後の引き金を引いたのは連中と言える。

僕個人としては、正直許し難い。

僕の言葉にクロノ少年は辛そうに顔を歪めると、僅かに沈んだ声で言った。

「……彼らは僕が拘束し、現在は管理局にて軟禁中です。処罰等については後日審議される事でしょう」

……唯の犯罪者を捕まえたといった雰囲気ではない。

あいつ等の行動に腹を立てているのとも違うし、何とも不自然な態度である。

「……あの仮面の男、もしかして君の知人だったのか?」

そうでもなければ彼の態度は納得いかないが、割りとあっさりクロノ少年は肯定した。

「時間が無いので省略しますが、彼らは過去に起こった闇の書事件での被害者の友人でした。その事件の後、闇の書の転生先を突き止め、主の覚醒を待ち……準備したデバイスで主ごと凍結・封印をする事を企てていました」

「……なら、僕と守護騎士の皆はある意味そいつ等の掌の上で踊らされていたって事?」

「……そうなりますね」

主を――はやてを凍結封印?

そんな計画を数年がかりで企て、あろう事か実行しようとした?

……怒りを通り越して呆れ果てる。

そんな事を何年もかけて準備するなら、同じ時間をかけてはやてを救おうとして欲しかったものだ。

前回の事件がどんな経過を辿ったか知らないが、はやてには関係の無い出来事だった筈だ。

封印なんて言っているが、要はもう人の目に触れない様に閉じ込めるという事で、それは殺す事と差なんて無い。

「……まあいいけど。直接の被害者ははやてだし、僕がどう思おうと関係ないか」

はやてが受けた仕打ちに比べたら、僕が連中にされた事など豆鉄砲レベルだ。

法的に罰を受けるならこれから受けるだろうし、連中に人としての罰を下す資格があるのははやてであり、僕ではない。

はやてが許すなら、僕も表面上は許すのはやぶさかではない。

まあ、心の中では絶対許せないだろうけど。

と、そうしている間に準備が整ったようだ。

連中の事は頭から追い出し、思考を切り替える。

クロノ少年もあの凍結の為のデバイスを展開し、準備万端にする。

「それと、あなたの処遇に関しては今回の一件が一段落してからでしょうね。今は――」

「――目の前に事態に集中、か」

クロノ少年は僕の言葉に頷き、それに僕は拳を差し出して応じた。

クロノ少年は訝しげな表情で僕を見たが、やがて理解したらしく少し笑うと自分も拳を作って僕の拳に軽くぶつけた。

「人事を尽くしに行こう」

「ええ、そうですね。――全力を尽くして、よりよい未来を掴みましょう」

僕たち二人はフッと笑い合うと、配置についてゆく。

悲劇の元凶を、絶つために――。






準備を完了し、配置についた僕たちは目標をただ沈黙で持って見遣る。

今まで数々の悲劇を生み出し、関わって来た人間の運命を狂わせた元凶。

「夜天の書を、呪われた闇の書と言わせたプログラム……闇の書の、闇……」

鳴動をはじめ、徐々にその姿を露わにしていく防衛プログラム。

それをただ見据えながら、ポツリと零すはやて。

「はやて……悲劇はここで終わらせよう。悲しみの連鎖は、ここで断ち切ろう」

「コウ兄……そやな、悲しい思いをするのは、私達で終いや」

僕の言葉にはやてが頷き、守護騎士の皆もそれに頷く。

「来る……!」

クロノ少年が呟き、それと同時に防衛プログラムを覆っていた球体が掻き消えていく。

そして完全に解き放たれた防衛プログラムが姿を現し、その異形を示す。

トンでもない威圧感を以って顕現した存在に、それでも僕らは怯まない。

今を戦い、よりよい未来を手に入れるために。






「チェーンバインドッ!」

「ストラグルバインド!」

一番手はユーノとアルフ。

互いに魔法陣を展開し、バインドで防衛プログラムを守る様に出現している触手を薙ぎ払っていく。

かなりの速度で繰り出されたバインドに、多くの触手は抗しきれずにその身を裂かれる。

だが、甘いと言わんばかりに触手が再生を始めてしまう。

「縛れッ、鋼の軛……でぇりゃああああぁっ!」

しかし、そうはさせないとばかりにザフィーラが魔法陣を出現させ、そこから現れた鞭状の魔力で再生しつつある触手を再度薙ぎ払う。

バリア以外遮るものの無くなった防衛プログラムに、次の攻撃が開始される。

「ちゃんと合わせろよ、高町なのは!」

「ヴィータちゃんもね!」

なのはとヴィータが互いに声を掛け合い、自分の相棒を構える。

先手のヴィータがグラーフアイゼンを振り上げ、宣言と同時にカートリッジを装填、撃発させる。

「鉄槌の騎士ヴィータと、鉄の伯爵・グラーフアイゼン!」

『Gigantform』

ロードされたカートリッジがグラーフアイゼンに魔力を漲らせ、その姿を大きく変えさせる。

主の意思に応えた鉄槌は主の望むまま、敵を粉砕せんと巨大化していく。

「轟天、爆砕――!」

気合の声と共に振り上げれた巨人の鉄槌は、もはや防衛プログラムの大きさに比肩する。

「――ギガント・シュラークッ!!」

唸りを上げて繰り出された巨人の一撃は、防衛プログラムの第一層物理バリアを強かに打ち据える。

轟音を上げてぶつかり合った両者だが、瞬間的に拮抗したものの鉄槌の一撃が勝り、バリアを粉砕、消滅させる。

防衛プログラムは苦しんでいるかのように呻き声を上げるが、攻撃は続行される。

ヴィータの次のなのははタイミング良く入れ替わり、その強力無比な砲撃を防衛プログラムにお見舞いせんと構えを取る。

「高町なのはとレイジングハート・エクセリオン、行きます!」

『Load cartridge』

魔法陣を展開し、パートナーを掲げたなのははカートリッジを連続で装填、撃発させストライクフレームを展開する。

光の羽をその身に宿したレイジングハートを防衛プログラムに向け、砲撃の道筋を作り出す。

「エクセリオン・バスター!」

『Barrel shot』

レイジングハートの言葉と共に不可視の衝撃波が撃ち出され、それが砲撃を阻止せんと迫っていた触手を打ち払い、それと共に砲撃の道しるべを作り出す。

完全に動きを止めた防衛プログラムに、その膨大な魔力による砲撃を敢行すべくチャージするなのは。

「ブレイク――」

レイジングハートの先端に巨大な魔力球が形成され、それを環状魔法陣が取り巻く。

増幅、制御を司るそれらは魔力を圧縮し、限界まで高めていく。

「――シューーートッ!!」

その言葉を始点に解放される膨大な魔力。

撃ち出された砲撃は作りだされた通り道を駆け抜け、防衛プログラムへと激突する。

幾筋かに分かれていた魔力の奔流は一点に凝縮され、第二層魔力バリアを蹂躙していく。

防衛プラグラムが自らを守るべく展開した盾は、桜色の砲撃に抗しえずに粉々に破壊された。

「次っ、シグナムとテスタロッサちゃん!」

ヴィータとなのはの連続攻撃によってバリアを一気に二枚貫いた状況、この順調な状況を維持すべく、観測に務めていたシャマルさんが間髪いれずに声をかける。

虚空に上がったシグナムさんはレヴァンティンと鞘を同時に抜き、それを両手に構える。

「剣の騎士、シグナムが魂……炎の魔剣・レヴァンティン!」

掲げられた刀身が鋭い光を放ち、その鍔が金打を鳴らす。

「――刃と連結刃に続く、もう一つの姿」

『Bogenform』

剣の柄と鞘とが連結され、カートリッジが装填されると同時にその姿が一つとなる。

長弓の形状になったレヴァンティンの弦をシグナムさんが引き、狙いをつけると同時に矢が現れる。

鋭い鏃が獲物を睨み付け、一点に凝縮された力はただ解放の時を待つ。

「――駆けよ、隼ッ!!」

『Sturmfalken』

放たれた矢はその名の通り猛禽が獲物を狩るが如き速さで疾走し、第三層物理バリアにその身を突き入れる。

鏃に込められた力は解放の時を迎え、獲物であるバリアは嵐を駆る隼にその身を蹂躙されて、衝突した部分から崩壊の時を迎える。

烈火の将が破壊し、残り一枚となったシールドに止めを加えるのは金色の魔力光を纏う魔導師、フェイト。

「フェイト・テスタロッサとバルディッシュ・ザンバー――行きます!」

闇を照らしだす金色の光の魔法陣を展開、バルディッシュにカートリッジをロード。

「はあぁっ!」

腰だめに構えたバルディッシュを全身を使って回転させるように振り回し、そこから発生した魔力による一閃で再生しかかっていた触手を切り飛ばす。

天を突くようにバルディッシュの切っ先を空に向け、その刀身に帯電させて力を集中させる。

「撃ち抜け、雷刃――!」

『Jet Zamber』

繰り出された雷神の刃は稲妻の様に放電しながら防衛プログラムに迫り、第四層魔力バリアとぶつかり合う。

衝突した雷神の刃はバリアを喰らい尽くさんばかりの勢いで光を迸らせ、雷撃で蹂躙しつくして最後の障壁を破壊し、そのままの勢いで防衛プログラムの本体の一部を断ち切った。

直接本体に攻撃を加えられたためか、防衛プログラムが悲鳴を上げ、それに呼応するかのように触手が復活して砲撃魔法を発動させようとする。

「盾の守護獣、ザフィーラ!――砲撃なんぞ、撃たせん!!」

再び発動された鋼の軛が砲撃しようとしていた触手を串刺しにし、その身を絡め取る。

砲撃は不発に終わり、僕たちは攻撃を再開する。

「はやてちゃん!ヤコウ君!」

防衛プログラムの挙動を随時監視しているシャマルさんから声がかかり、僕とはやても攻撃の準備を開始する。

はやては強い意志を込めた瞳で僕を見て、決意を込めて頷く。

「よし、コウ兄……いこか!」

「ああ、初陣にしては相手が大物過ぎるけど……ためらう事は無い。夜天の主の全力、見せやるといい」

「りょーかい!」

僕の声に笑顔で頷いたはやては夜天の書を開き、魔法陣を展開して朗々と詠唱を開始する。

「彼方より来たれ、宿り木の枝――銀月の槍となりて、撃ち貫け!」

詠唱をキーとして六つの魔力スフィアが形成され、形成された魔法陣の正面に展開される。

「石化の槍、ミストルティン!!」

はやてが剣十字の杖を防衛プログラムに向けて振り下ろし、杖は主の声に応えて輝くように光を放つ。

魔力スフィアから白銀の槍が次々と撃ち出され、今やバリアを無くして無防備な身体を晒すのみの防衛プログラムに次々と突き立ってゆく。

白銀の槍が突き刺さった部分から急速に石化していき、防衛プログラムはその身を彫像の様にしている。

僕も銃形態のベイオネットを構え、皆に続く。

「神機使い・朝霧ヤコウとその相棒、ベイオネット――続きます!」

『了解、マスター。カスタムバレット・ヴィセラルブレイカー装填』

展開された銃形態は人に仇なす神々を撃ち貫く、神殺しの狙撃銃・ルドラ改。

装填された神属性のカスタムバレット・ヴィセラルブレイカーをその身に宿し、静かに唸りを上げている。



ヴィセラルブレイカーは防衛班所属の神機使いが作り出したオリジナルの弾丸で、その威力は数多の神機使いを瞠目させた。

……が、新型神機が作り出されるまで、まるで使いものにならないと言われていた。

と言うのもこのカスタムバレット、消費するオラクルの量が半端無く多いのである。

エネルギーがフルだったとしても、二発撃つだけでもう撃てなくなるというのだからその消費エネルギーの多さは推して知るべし。

旧式・遠距離型の神機使いは、近接型の神機使いの様に攻撃と当時にアラガミからオラクルエネルギーを奪う事が出来ない。

旧式・近接型の神機使いが奪ったオラクルを受け渡してもらう事で補給は出来るが、はっきり言って戦闘中にそんな事をやっている暇など無い。

神機には自己修復機能があるので時間経過でエネルギーは回復するが、迅速な行動が求められる戦場で攻撃に参加できない時間があるのはあまりに致命的だし、その自己修復機能にしても回復量に限界がある。

よってOアンプル等のすぐさまオラクルを回復できる薬剤は遠距離型の神機使いにとって必需品だが、それも持ち歩ける数に限りがある。

いくら絶大な威力を誇ろうと、湯水のようにオラクルを消費するこのバレットは旧式しかなかった当時の神機使いには受け入れられず、見向きもされなかった。

が、新型神機が開発されたことでこのバレットは見直されることとなった。

新型神機は剣形態と銃形態を持っているので、たとえ銃の撃ち過ぎでオラクルが尽きたとしても剣形態で再度アラガミに攻撃を加えれば、エネルギーを奪ってまた銃撃が出来るようになる。

つまり、新型神機には戦場でのエネルギー切れが存在しない。

要するに、このカスタムバレットは生まれてくるのが早すぎたのである。

新型神機使いにとっては鬼に金棒のこのバレットは各地で見直され、新型神機使いの有用性を高め、唯でさえ数の少ない新型使いの生存率も増加させている。



「行くぞ、ベイオネット!ヴィセラルブレイカー、発射っ!!」

『了解。魔力によって再現します』

撃ち出された紫紺の弾丸は防衛プログラムに衝突、その個所を破壊して魔力球を形成して吸着する。

が、それで終わりではなく張り付いた魔力球からゼロ距離で発射された数発のレーザーが削岩機の様に突き刺さり、防衛プログラムの内部をズタズタにしていく。

魔力で代替しても消費が激しいのは変わらないらしくあまり数は撃てなかったが、五発も撃ち出す頃には石にされていた防衛プログラムも内部から崩壊し、内側に向けて崩れ出した。

「な、何や、アレ?中から崩れてったみたいやけど……どうなっとんの、コウ兄?」

「ああ、コレはね――」

はやてが訊いてきたので仕組みを説明してやると、みるみる恐ろしそうな表情に変わっていき、呻くように言った。

「うわ、えげつないもん考えよるなぁ……。コウ兄、それ人に向けて撃ったらあかんで……?」

「それは僕も同じさ。コレを食らった人が苦しむ様なんて見たくない……」

アラガミ以外に向けて撃つ機会があるなんて考えもしなかったが、あの防衛プログラムも凶悪さ加減ではそんなに変わらないし、お誂え向きだろう。

崩れゆく防衛プログラムを見て終わったかと思ったが、それはぬか喜びだったらしい。

崩壊した部分は内部から代替のパーツの様に代わる代わる新生していき、最早原形を留めない姿に変貌している。

様々な生物の寄せ集めの様な有様になっても健在な様子に、防衛プログラムのしぶとさを実感するが、回復しようとするという事はダメージは通っているという事になる。

『やっぱり、並みの攻撃じゃ通用しない。ダメージを入れた傍から再生されちゃう!』

「だが、攻撃は通っている。プラン変更は無しだ!」

通信を開いたまま此方を観測していたらしいエイミィさんが悲鳴のような声を上げるが、クロノ少年は続行を宣言して自身も攻撃に参加する。

「……行くぞ、デュランダル!」

『OK, boss』

短く、しかし確かな答えを返した氷結封印の要の杖を握りしめ、クロノ少年は詠唱を開始する。

朗々と紡ぐその言の葉は、防衛プログラムを永久の眠りへと誘う死出の歌の様だ。

「悠久なる凍土――凍て付く棺の内にて、永遠の眠りを与えよ――」

詠唱終了と同時に極寒の空気が現出し、周囲の海を端から凍結させていく。

「凍て付けぇっ!!」

『Eternal Coffin』

防衛プログラムもそれは例外ではなく、海に沈めたその身を瞬く間に凍て付かせ、氷の棺に閉じ込められたようにその動きを完全に封じられてしまう。

しかし完全に動きを封じたと思ったのも束の間、氷の檻から脱出しようともがき、のた打ち回るが、その動きは明らかに鈍い。

その様子を窺っていたなのはは、好機とばかりに叫ぶ。

「行くよ、フェイトちゃん!はやてちゃん!」

『Starlight Breaker』

なのはとその相棒の声に応え、フェイトとはやても自身の最大攻撃を発動させるべく準備する。

「全力全開!スターライト――」

皆が存分に魔法を使ったためだろう、大気中に溢れた魔力素がなのはの形成する集束砲に凝縮され、その威力を高めていく。

光の粒子が舞う様にして集まって集束砲を形作り、臨界点まで力を蓄える。

フェイトはバルディッシュを振り上げ、肩に担ぐようにして構えてその魔力を高めていく。

「雷光一閃!プラズマザンバー――」

その言葉に反応してバルディッシュの刀身に稲妻のような電撃が迸り、主の戦意を反映させていく。

雷刃は全てを断ち切らんと唸りを上げ、咆哮する。

はやては杖を振り上げ、夜天の書を開いて攻撃の準備をしつつ、防衛プログラムから目を逸らさない。

はやての目には悲しみの色が宿り……かつて、夜天の書の一部だったものを見ている。

誰かが改変したりしなければこんな事にもならず、ずっと夜天の書の一部で在り続けられただろうが……運命はそれを許さなかった。

歴代の主を喰らい、悲劇を撒き散らし続けるだけの呪われた存在となってしまった。

それを想っているのだろう、はやての表情は悲哀に歪んでいる。

「はやて……ここで終わらせよう」

「コウ兄……」

「夜天の主として……せめて、一息で眠れるように」

僕の言葉に一度目を閉じたはやては、今度は力強い目付きで防衛プログラムを見据える。

「ゴメンな……おやすみな……」

振り上げていた杖を振り下ろし、終りを告げる呪文を紡ぐ。

「響け、終焉の笛――ラグナロク!!」

詠唱と共にはやての正面に白銀の魔法陣が出現。

三角形のその魔法陣が衝撃音を奔らせながら顕現し、頂点の円形の図形から光を迸らせる。

なのは、フェイト、はやての三人は申し合わせもなく、同時に砲撃をかける。

「「「ブレイカーーーーーッ!!!」」」

一人だけでも圧倒的な威力の魔法が重なり合って乗倍化される。

桜、金、白銀の砲撃はそれぞれの威力を殺すことなく防衛プログラムに直撃し、その強固な身体を撃ち砕き、蹂躙していく。

まるで天罰かと思えるような威力の砲撃が止むと、極彩色の光を上げながらもの凄い規模の爆発が起こる。

最早外殻は完全に破壊しつくされ、コアが露出している筈だ。

そして当初の予定通り、シャマルさんがそのコアを探り当てる。

「本体コア、露出……」

旅の扉で探し当てた防衛プログラムのコアを、逃がさない様にしっかりと把握する。

「捕まえ……たっ!」

完全に捉えられたコアは、無防備な姿を晒すのみだ。

「長距離転送っ!」

「目標、軌道上!」

ユーノとアルフがコアの両端を魔法陣で遮り、逃げ場を無くす。

「「「転送!!」」」

シャマルさんも合わせた三人での強制転移に、先ほど極大の砲撃で撃ち抜かれていた防衛プログラムは抗する術もなく軌道上に転送されていく。

その間、状況を知らせるものは繋がれているアースラとの通信しかなく、全員が固唾をのんでその時を待つ。

そして暫くした後、アースラから決定的な言葉が聞こえてきた。

『アルカンシェル――発射!!』

いよいよ例の魔導砲が発射されたらしく、軌道上に転移させた防衛プログラムのコアに直撃したようだ。

この場所からでも僅かに見える位の凄まじい光を上げながらコアと魔導砲のエネルギーがぶつかり合い、コアを消し去らんとしている。

皆が皆空を見上げ、息をするのも忘れたようにじっと知らせを待つ。

沈黙が続き、永久にこのままであるかのような錯覚に囚われ出した時――

『――砲火空間内の物体……完全消滅!再生反応、ありません!』

エイミィさんの言葉に全員が息を吐いて、緊張に強張った身体の力を抜いてゆく。

僕も力を抜いて、思いっきり深呼吸を繰り返す。

辺りでは緊張から一転して和やかな空気が形成され、お互いの健闘を称え合っている。

「……っ」

行き成り目眩がして、思わずふら付く。

「コウ兄……どしたん?」

隣にいるはずのはやての声が、遠く聞こえる。

(強制解放剤改……五本連続使用はキツかったか……)

リインフォースと戦っていた時から合わせて、合計で五本も使用したのだ。

たった今その効果が切れて、緊張が緩んだのと合わさって身体が疲労のピークを迎えたのだろう。

「――!――――!!」

心配そうな表情で僕に呼びかけるはやてと、守護騎士の皆の姿がボンヤリと見える。

また心配かけてしまうなぁ、と申し訳ない気持ちになりつつ、僕の意識はそこで途切れた。



















――終りの一言――

巷で有名な防衛プログラムフルボッコの回でした~。

……本当に、ヤコウはどうやってフルボッコに参加しようか悩みました。
ゴッドイーターって、例えばなのはのスターライトブレイカーみたいに相手に一発で途轍もないダメージを与える方法が存在しないんですよね。
要するに、見栄えする必殺技が無い!
名前だけならチャージクラッシュとかインパルスエッジがありますが、リリカル勢のド派手な魔法に比べたらどうしても見劣りします。
そこで……ゲームをやっている皆さんなら絶対知っているだろう超有名なカスタムバレット「ないぞうはかいだん」を使わせていただきました。
この場でこのバレットの製作者様には多大なる感謝を申し上げます、あなたは天才だと思います本当に!
それ位凄い効果を発揮します、このバレット。マジで凄まじいです。
それと非常に申し訳ないですが、「ないぞうはかいだん」の名前をそのまま使うとシリアスな空気まで破壊されてしまいかねないので、勝手ながら僕が英語でそれっぽくアレンジした名前を付けました。

ヴィセラル=visceral=内臓の
ブレイカー=breaker=破壊者

という感じです。

ご感想、お待ちしています。






P.S
ゴッドイーターのサントラを買いました。
いや、椎名さんの楽曲はあらためて聞くと素晴らしいですね!
ゲーム中はじっくり聞く暇のない曲もじっくり聞けますし。
それと、ボーナストラックのドラマ!
シオ、可愛いですねぇ。



[17292] A`s編最終話『夜天の空で輝く夜光』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/12/11 22:13
※Coution!!!

暫くぶりですが、ご都合主義警報です。
こんな簡単にいくかぁ!……と、言う感じです。設定その他、突っ込みどころ満載でしょうし。
雰囲気に酔って見たら少しはマシに見えるかもしれません……よ?





















「――ん……。あれ、ここは……」

見慣れた光景を視線の内に収めながら、僕は寝ぼけた頭で考えていた。

「昨日の討伐から帰って来て、皆と別れて即行で部屋に帰って寝て……」

それから――?

……ダメだ、何か頭に霞がかかった様に判然としない。

取りあえずベッドから起き上がり、自室に設置してあるノルンの情報を確認する。

「メールは来てないな。――士官専任の特務も今のところ無し、か」

特に目新しい情報などが追加されていない事を確認した僕は、配給の食糧で朝食を済ますと制服に着替えて部屋を出た。

いつもと変わらない、フェンリル極東支部の神機使い居住区画の廊下。

肩を回しながら歩いていると、見知った顔に出くわした。

ニット帽をかぶり、薄い黄色のベストにマフラー、それにオレンジのボトムス。

「おっ、今起きたのかぁ」

「お早う、コウタ」

僕と同じ日にフェンリルに所属し、同じ第一部隊に配属となった同僚。

現在は偵察兵曹長を務める旧式・アサルトの使い手、藤木コウタだ。

着任当初はその抜群の運動神経やフットワークの良さを評価されながらも、座学に置ける不真面目さなどから知識不足をツバキさんによく指摘されていた。

だがそれも過去のものとなり、今では偵察任務に置いてトップクラスの腕前を見せているし、遠距離型の神機使いにしては撹乱の技量も抜きん出ている。

「コウタが僕より早く起きてるなんて、珍しいな」

「あ~、ヒッデェの!オレでもたまにはこんな日もあるって」

「……たまには、って認めるのか」

「え!……あ~それは~、ほら、あれだよ、あれ……えーと」

「……」

「…………。あ、そう言えばバガラリーを見に行かないと」

「こんな早くから見に行くのか……?それと、誤魔化すなっての」

「あっはははは……」

……相変わらずだらしのない所はあるが、ムードメーカーな一面もあり、部隊の空気を明るくしてくれる得難い存在だ。

一緒に任務に就いた回数も、たぶん一番多いと思う。

「んで、ヤコウはこれからどうすんの?」

「今日任務があるかの確認。あれば招集をかけるから、何時も通りにな」

「ん、りょうかーい。無かったら?」

「報告書の作成とか、神機のメンテに顔を出したりとか……取りあえず、今日は用事が結構あるかな」

「そうかー。やっぱリーダーは大変だな」

「仕方ないさ。それが責任ってヤツだし」

コウタが苦笑いしながら言ってくるが、これでも最初に比べたらマシな方だ。

もう生活の一部になってしまった事だから、どうという事は無い。

頑張れというふうに手を振るコウタに僕も手を振ると、エントランスに行くためにエレベーターに乗り込む。

エントランスに着くと流れているニュースなどの音を耳に入れつつ、端末の操作やミッションの確認などの為に話し合っている同僚たちの間を抜けてカウンターにたどり着く。

「ヒバリさん、お早うございます」

「お早うございます、ヤコウさん。今日もいい天気ですよ」

僕の挨拶に応えてくれたのは極東支部のオペレーターであり、ミッションの発注管理、それに報酬の支払処理などを担当している竹田ヒバリさんだ。

直接戦闘に参加したり、神機使いの養成や指揮に携わらないバックスの中では、神機整備班と並んで僕たち神機使いと関わることが多い。

「ええ、それはいいんですけど……さん付けと敬語を止める気にはなりませんか?」

コレである。

彼女は僕より先にフェンリルに所属していた先輩だし、年も上なので普通に呼び捨てや君付けで呼んでもらいたいのだが……。

「うーん……でも何かしっくり来ないんですよね。ヤコウさんは異例の早さで昇進しましたし、新型の使い手として必要以上にかけられる期待にも潰されずに、それどころか期待以上の成績を残してきましたし……。何と言うか、あまり年下って感じがしないんですよね」

思わずくすぐったくなる様な事を言われて、視線を泳がせてしまった。

神機使いはそれだけで一般人から特別扱いされるが、新型の使い手はその神機使いの中でさえ特別扱いされる。

それと言うのも、新型の使い手は唯でさえ希少な神機使いの中でも更に希少な存在で、適合者が殆どいない。

それゆえ、一般人から羨望の眼差しを受ける旧型の使い手からでさえ、さらなる羨望の眼差しを受ける。

いままで『特別』とされていた神機使いの中に、更に特別な存在が出現したのだ。

よって新型の使い手には多大な期待が掛けられるし、旧型の使い手からの嫉妬も少なからず受ける事がある。

斯く言う僕もそう言う類の言葉を言われた事はあるし、任務を成功させる事が出来たのも新型のお陰だ、みたいな嫌味を言われた事もある。

非常に下らない事だし、僕はそんな雑音を気にせずにいたが、他所の支部に所属する新型使いにもそういう事がある様である。

もっとも、今更僕にそういう様な事を言うヤツは全部実績で黙らせたのでいないが。

僕の神経が図太いだけだが、ヒバリさんにはそれが逆境にも負けない強い心を持った人間にでも見えたのだろうか。

「まあ、そういう訳で……私はこの役目ですからヤコウさんの実績をいつも見てきましたし……今更こんな凄い人を呼び捨てとかはちょっと……」

「うーん、そうですか……。なら、せめて君付けで呼ばれる事を期待してます」

「あはは、善処します。ところで、今日のミッションの確認ですか?」

「はい、今日はミッション入ってますか?」

「ちょっと待ってくださいね、えーと……」

ヒバリさんは視線を手元に移してコンソールを操作して確認を始める。

「今日は第一部隊の任務はありませんね。緊急の任務も特に無しです。第一部隊の皆さんは、今日はフリーです」

「そうですか。なら、今日は休日という事で。ヒバリさん、今日も頑張ってください」

「いえ、ヤコウさんもしっかり休んでくださいね。身体を休めるのもお仕事の内ですから」

僕はヒバリさんの言葉に頷くとカウンターを後にし、向かった先の端末で皆に休みのメールを送った。

それが済んだ僕は、エレベーターに再び乗って整備部門に顔を出した。

神機使いの牙である神機の整備、各種兵装の開発など、神機関連の技術を一手に引き受けている場所だ。

僕は邪魔にならない様に静かに移動すると、僕たち第一部隊の神機の面倒を見てもらっている人に声をかけた。

「リッカさん、お早うございます」

その声に反応し、作業服に身を包み額にゴーグルをつけている女性が振り返る。

「おっ、ヤコウ君かぁ。今日も見に来たの?」

「ええ、相棒の機嫌はどうですか?」

「バッチリ、最高だよ!完璧に仕上げておいたからさ!」

破顔しながら親指をたてて言ってくるリッカさんの様子を見る限り、出来は最高の様だ。

見せてもらった僕の相棒は、先日の激戦で激しく摩耗した様子を微塵も見せておらず、いつでも行けると言わんばかりの輝きを放っている。

仕上がりを確かめている僕を機嫌よさそうに見ていたリッカさんだったが、今度は一転して心配そうな表情を浮かべた。

「でも最近……ヤコウ君の神機、すごく摩耗が激しいんだよね……。仕方ないのは分かってるけどさ……」

「まあ、仕方ないですね。僕らは難度の高い任務に回される事が多いですし、それが適材適所ってやつですよ」

リッカさんは僕たちの部隊が行った戦闘の激しさを、神機を整備する過程で間接的に感じているのだろう。

リッカさんはもうこの仕事に就いてから七年以上経っているし、神機の摩耗具合からそれを推し量るのも難しくないだろうし。

「僕は自分に出来る最善を尽くします。それに、無理はしない様に心掛けてますから」

「そう……。なら、私も自分に出来る最善をしっかりやっていくよ。君達に神機の心配はさせない。これしか言えないけどさ……頑張ってね!」

リッカさんの言葉に笑顔で応じた僕は、整備部を後にした。

せっかくの休日だし、ただ漫然と過ごすのはどうも……。

ただ、何か……とても大切な事を忘れている様な……?

ああでもない、こうでもないと考えていると、またも見知った顔に出くわした。

銀髪にダークブルーのパーカーを着ており、そのフードをかぶっている。

そして濃緑のボトムスを穿いている、一見すると冷たい印象を受ける男。

「やあ、ソーマ」

「ん……?何だ、お前か」

決して明るい調子ではないが、ソーマはこれが素なので機嫌が悪いとかそういう事は無い。

もう二年以上の付き合いだし、その辺りは心得ている。

「ソーマ、暇なのか?」

「休みだから、当たり前だろう」

「そうかぁ、僕もなんだよ。……でもさ、何か頭に引っかかってる様な気がして、どうもスッキリしないんだよね」

先ほどから一向に抜けない変な感覚に首を傾げていると、いつのも無表情で僕を見ていたソーマが口を開いた。

「……お前にはやる事があるはずだ。こことは違う場所でな」

「え……?」

いきなりのソーマの言葉にポカンとしていると、ソーマは踵を返して自分の部屋に向かっていく。

「ヤコウ、守りたいものは確り守れ。……昔の俺達みたいに、取りこぼすな」

そう言い残して部屋に入っていくソーマ。

それから僕も自分の部屋へと帰ったが、その瞬間突然の頭痛に思わず顔をしかめた。

「――痛っ!……あれ、僕は……」

何かやる事があったはずで……?

『――ター』

唐突に聞えた声らしき音に周りを見回したが、部屋には僕以外誰もいない。

不可解な現象に視線を彷徨わせると、たまたま視線がいった腕輪が明滅しているのが目に入って来た。

『マスター……ようやく気付きましたか』

「え……何で、腕輪が……?」

『……まだド忘れしている様ですね。時間も無いのでショック療法を採ります』

「は?――ぐおぁっ!?」

行き成り腕の部分にトンでも無い痛みが走り、それによって思考が明確になっていく。

そうだ……僕は……。

「……済まない、ベイオネット。忘れちゃいけない事を忘れてたな、僕は」

コレは……この状況は夢、か……。

あの時クロノ少年に現実を突き付けられたから、心の何処かがその事を拒絶したくてこんな夢を見せているんだろうか。

『マスターが思いだせたのなら幸いです。……そして、重大なお知らせがあります』

「重大なお知らせ……?コレは夢だろうけど、現実世界で何か問題が?」

どういう訳か非常に明確な夢だが、僕は防衛プログラムの破壊の後、自己ブーストによる極度の疲労で気を失ったはずだ。

僕が気を失った後もベイオネットは機能していたはずだから、何か重大な話でも聞いたのだろうか。

『リインフォース……夜天の書の管制プログラムの彼女ですが、自らの破壊を進言しています』

「は……?え、だって防衛プログラムはもう消え去って、それで解決したんじゃないのか……?」

サラリと告げられた重大すぎる話に僕が呆然と言葉を返すと、ベイオネットは冷静に話を続けていく。

『破損が致命的な部分に至っており、そのままにしておくと再び防衛プログラムを生み出し、暴走してしまうという話です。だから自ら消滅を選ぶ……と言っていました』

「そんな……」

あまりにも救われない結末に、そんな言葉しか出てこない。

リインフォースは呪縛から解き放たれたと思っていたのに、刻み込まれた呪いは彼女に平穏を与える事を良しとしないのだろう。

新たな家族が行き成り消えてしまうという現実に僕が悄然としていると、ベイオネットが意外な事を言い出した。

『マスター……彼女を救いたいですか?』

「何……?方法があるのか!?」

俯いていた頭を上げると、僕は声を上げてベイオネットに問いかけた。

『あります……が、マスターに相当な負担となりますし、しくじればマスターも彼女諸共消える事になります。……覚悟はありますか?』

「当たり前だ、僕に対するリスクなんて考えなくていい!救える可能性があるんだろう!?」

『……分かりました、マスターの望みならば私はそれを遂行します。では、方法を説明します――』



………………



…………



……



「う……」

「あ、コウ兄も起きたんか!」

「はやて……」

夢から覚めた僕の目に飛び込んできたのは、車椅子に座ったはやてだった。

身体を起こしてその顔をよく見るが、そこにはいつもの穏やかな表情は無く、代わりに焦燥が浮かんでいる。

「……どうした、はやて?」

「分からん……けど、リインフォースが……」

はやては、リインフォースが自己を消滅させようとしている事を彼女から聞いていないのだろう。

無論、はやてがそれを聞けば何としても止めようとするだろうから、彼女の判断も分からなくはない。

だが……自分のマスターに、家族に別れを告げずに逝くというのは正直感心しない。

「コウ兄、リインフォースの所に行こ!行かなあかん……!」

「うん……新しい家族を、迎えに行こうか」

切迫した表情で僕を促すはやて。

その表情を見ながら、僕は更に決意を固めた。

はやてから、新しい家族は絶対に奪わせないと。

悲しみの根源は、全部僕が始末すると。






「リインフォース!みんなぁーっ!!」

僕が押してきた車椅子に乗ったはやてが、必死に声を張り上げる。

深深と雪が降りしきる丘の上に、僕ははやてと共にやって来た。

僕達二人の視線の先には、当のリインフォース、なのはとフェイト、それに守護騎士の皆。

それぞれが行き成り現れたはやてと僕を見て驚いた表情をする。

「あかん、止めてぇ!リインフォース、止めてぇっ!!」

何をするつもりなのか悟っているのだろう、はやては有らん限りの声でリインフォースに呼びかける。

「破壊なんかせんでええ!私がちゃんと抑える!だから、こんなんせんでええ!」

悲痛な表情で呼びかけるはやてに皆が表情を歪めるが、唯一人、リインフォースだけが悲しそうではあるが静かに微笑んでいる。

「主はやて、良いのですよ」

「いい事無い!いい事なんか、なんも無い……!」

はやての目には涙が浮かび、今にも零れ落ちそうだ。

はやてにそんな表情をさせてしまったのが辛いのだろうか、リインフォースは更に悲しそうに微笑みながら静かに言う。

「随分と長い時を生きてきましたが……最後の最後で、私はあなたに綺麗な名前と心を頂きました。騎士たちもあなたと共にいます、何も心配はありません」

「心配とか、そんなん……」

「ですから、私は笑って逝けます」

逝く、という言葉を聞いたはやての表情が更に悲痛に歪む。

思わず息を呑んだはやては、そんな事はさせまいと必死に言葉を紡ぐ。

「……っ!話し聞かん子は嫌いや!マスターは私や、話聞いてぇ!私がきっと何とかする……!暴走なんかさせへんって、約束したやんかぁ!」

はやてのその言葉にも、リインフォースはただ穏やかな表情で言葉を返すのみ。

「その約束は、もう立派に守って頂きました」

「リインフォースッ!」

感情が高ぶっているはやては思わず叫ぶが、リインフォースは瞳を伏せて優しく言葉を紡ぐ。

主の危険を掃い、主を守るのが魔導の器である自分の務めであると。

「あなたを守るための、もっとも優れたやり方を……私に選ばせてください」

自分が消えるというのに何の気負いも無くそう言うリインフォースに、はやてはついに瞳から涙を零してしゃくり上げる。

「そやけど……ずっと、悲しい思いしてきてん……やっと……やっと、救われたんやないかぁ……」

止め処ない涙を流しながら、声を震わせてそう言うはやて。

「私の意思は、あなたの魔導と騎士たちの魂に残ります。――私はいつも、あなたの傍にいます」

その言葉に、はやては激しく首を横に振って言い募る。

「そんなんちゃう!そんなんちゃうやろ、リインフォース!」

「駄々っ子は、ご友人に嫌われます。聞分けを、我が主」

子どもを諭すようにしてはやてに言い聞かせるリインフォース。

……もういいだろうな、これ以上やると本当にリインフォースは消えてしまう。

「はやてを守るために君は消えるそうだけど……本当に、それが一番いい方法なのか?」

今まで黙っていた僕が発した言葉に、その場の全員がこちらを見る。

「はやては責任感の強い子だ。リインフォース、このまま君が消えたら、君を救えなかった事をはやては一生悔むだろう」

僕の言葉にリインフォースはほんの僅かに瞳を揺らす。

聡いであろう彼女が、その事を考えなかった筈は無い。

「はやては強い子だから、時間が経てばその悲しみも乗り越えていくことが出来ると思う。でも、その傷が完全に癒される事は無いだろうね」

僕の方を見ているはやてを見れば分かる。

はやては何より、自分の大切な人が自分の力不足で居なくなる事を恐れているのだろう。

「それに……君はそれでいいのか?」

「お前は、何を……」

言っている、と言うのは言葉にならなかったようだ。

「さっきから、君ははやての事ばかり言っている。私が居てはあなたの為にならない、あなたを傷つける、だから消えるしかない、と。キツイ事を言わせてもらうが……これだとはやてのせいで自分は消えなければならない、というふうにも取れる」

「なっ……!」

リインフォースは僕の言葉に絶句しているが、事実はやてはそう言うふうに受け止めてしまう可能性がある。

消える前の今でさえこれだけ悲しんでいるのに、実際に彼女が消えればどれだけの傷をはやての心に残す事だろうか。

「これまで悲劇ばかりを経験してきたからかもしれないけど、僕から言わせて貰えば諦めが良すぎだと思う。もっと足掻いたらどうなんだ?それこそ、消えなければならないその直前まで」

「……ならば、どうしろと言う……」

リインフォースは今までの穏やかな表情を消し去り、遣る瀬無い感情が垣間見える表情で小さく言う。

「私とて消えたくは無い!だが、あの時お前に言った様に私は主を蝕むしか出来ない壊れた魔導書のままだ!主から救われ、綺麗な名前を頂いてさえもそれは変わらなかった……!」

冷静に見えたリインフォースはその様を霧散させ、心の内を零していく。

はやてとの別れが悲しくない筈は無いと分かっていたが、それでも言葉にしないと伝わらない。

「このまま私が存在していても、主を殺すしか出来ない!ならば……消えるしか、無いだろう……!」

「リインフォース……」

感情を露わにしたリインフォースをはやては悲しそうな表情で見つめるが、今度ははやても掛ける言葉が見当たらないのだろう。

ただゆっくりと近づいて、その身を優しく抱きしめた。

その様子を優しく眺め、ベイオネットに目をやる。

今まで共に戦ってきた相棒は、ただ静かに光っている。



「方法ならあるさ。だから僕はここに来た」



僕のその言葉に、弾かれた様に顔を上げるはやてとリインフォース。

「ほ、ほんまに、コウ兄?リインフォースは助かるんか?」

「し、しかしそんな方法など……」

期待を込めた表情でこちらを見てくるはやてと、盛大に戸惑った表情をするリインフォース。

「うん、ちょっと強引だけど方法は存在する。ベイオネット、説明してあげてくれ」

『了解です、マスター』

僕の指示を受けて、腕輪から声を発して説明を開始するベイオネット。

今やはやてとリインフォースだけでなく、その場にいた全員が真剣な表情で聞いている。

『リインフォース。貴女は防衛プログラム切り離しの際に、それに若干失敗して基礎構造に防衛プログラムの構成体……いわば欠片を残した状態ですね』

「……そういう事になる。だからそれらが再びこの身を侵食し、暴走する前に消滅を図ろうとしたのだ」

『そうですか……予想通りで助かりました。ならば話は単純です』

はやてとリインフォース、そして他のメンバーも固唾をのんで次の言葉を待っている。

『マスターを書の内部空間に取り込み、基礎構造を歪めている防衛プログラムの構成体を私の捕喰で駆逐し、神機内のオラクル細胞で喰らいます。……それが私のプランです』

神機に使用されているオラクル細胞の『捕喰』の性質よる裏技みたいな方法だし、かなり力任せで強引な部分がある事は否めないが。

「え……?ちょ、リインフォース、そんなん出来るん?」

「幸いと言うべきか分かりませんが……ヤコウは蒐集されていますから、内部空間に入れるだけであれば、私がそれを認め、主が管理者権限において承認すれば可能です、が……」

可能だと言う割には、リインフォースの表情は冴えない。

だいたい予想はついていたが、やはり危険な事に変わりは無いらしい。

「えっと……何か問題があるんですか?消えなくてもいいならそっちを選んだほうが……」

なのはが遠慮がちにリインフォースに訊くが、やはり彼女は苦い表情のままだ。

「高町なのは……今言った様に、この方法は私の内部空間に侵入して直接防衛プログラムの構成体を叩くという方法だ。……かなり力を落としているだろうが、それでもあの防衛プログラムの一部だったものだ。……危険は計り知れない」

「あっ……!」

リインフォースの言う通りで、かなりリスクが高い方法には違いない。

例えるならば、僕は夜天の書に巣食っている防衛プログラムの構成体と言う名の病気を駆逐すべく投与される薬と言う事になる。

しかしその薬には絶対の効果がある訳ではなく、効かない可能性もある。

薬が効かない、すなわち構成体に敗北すれば……。

「なら、もしその構成体を駆逐出来なかったら、ヤコウは……」

『……命はありません。よってマスターの生命反応を二十四時間体制で観測し、反応が途切れた時点で速やかにリインフォース共々消滅させる手順を踏んでください。マスターが亡くなってすぐに実行すれば、防衛プログラムが暴走するまでには間に合うでしょう』

フェイトが言い出せずにいた事をベイオネットがきっぱりと肯定し、その答えに全員が息を呑む。

皆が言葉を無くしていくが、ベイオネットは飽くまで淡々とリスクを伝えていく。

『それに、構成体の駆逐にどれだけ時間がかかるかも不明です。明日かもしれませんし、一か月ほどかかるかも知れません。年単位で時間がかかるかも知れませんし、下手をすれば一生出て来られないかも知れません。ただ、マスターはその間ずっと構成体の欠片を駆逐し続けるでしょうから、書の内部でマスターが亡くならない限り、リインフォースが暴走する事は可能性は限りなく低いと言えるでしょう』

リスクについて説明し終えたベイオネットは沈黙し、それを破る者もいない。

全員が全員、狂気の沙汰だという様な表情をして僕を見ている。

特にはやてはリインフォースが救われるかもしれないという安堵の表情から一転、再び泣きそうな表情になって僕を見ている。

「と、言う訳だ。……はやて、リインフォース、書の内部に入れてくれないかな?」

出来るだけ何でも無い様に言ったつもりだったが、その言葉を皮切りに今まで絶句していた皆が堰を切った様に詰め寄って来た。

「ふざけんな、ヤコウ!そんなバクチみたいな事しようなんて、お前正気か!?」

「しかも、確実にリインフォースを救える保証は無いと言ったな?家族が死地に赴こうとするのを止めないとでも思ったか!」

「そうですよ、ヤコウ君!あまりにも無謀過ぎます!!」

「……悪いが賛成出来ん」

守護騎士の皆は全員が猛反対して、語気を強めて提示された方法を却下してくる。

賛成されると思っていなかったから驚きはしなかったが、皆の想いが伝わって来るのでそれは素直に嬉しい。

「ヤコウさん……そんな方法じゃなくって、もっといい方法は無いんですか?そんな……無茶なことしなくても……」

「ヤコウ……リインフォースを助けたいのは分かるけど、それだと……下手するとヤコウも……」

なのはとフェイトは悲しげな表情で途切れ途切れに言葉を紡ぎ、僕に思い留まる様に諭してくる。

形だけじゃない本当の想いに、僕は今更だがこの娘達がはやての友達になってくれて良かったなどと考えた。

「コウ兄……そんな、そんなん……リインフォースの代わりにコウ兄が消えるいう事やないか……あかん、あかん……ずっと一緒やて……言うたやないかぁ……」

治まっていた嗚咽をぶり返させ、ぽろぽろと珠の様な涙を零しながら僕に縋って泣き出すはやて。

失う事を恐れている様に僕の服を握りしめ、肩を震わせている。

「嫌やぁ……リインフォースは私がちゃんと抑える……やから、皆で暮らそ……?」

涙を止め処なく流すはやては抱きしめ、慰めるように頭を撫でる。

その様子を見ていたリインフォースは、悲しみに彩られた表情で僕に訊いてくる。

「何故だ……なぜお前は私にそこまでする?どうして私如きに命をかける様な事をしようとするのだ……?」

リインフォースは心底分からないと言った様な表情だったが、そんなモノの答えは決まっている。

「戦っている時も言っただろ?――家族だから、さ」

この世界に来た夜、僕は何を守りたいかとベイオネットに訊かれた時にこう答えた。

家族を、皆の笑顔を守ると。

リインフォースが消えてしまう事ではやてが、皆が笑えなくなるなら、僕はこれ位の事は何でも無い。

「君が消えたら、皆が笑えない。絶対心に傷を残してしまう。……だからだよ」

「……その皆の中に、お前は入っていないのか?我が主はお前が居なくなったとしても、同じく悲しむに違いないぞ?」

「……それを言われると反論できない。だから、コレは僕の我が侭なんだよ。君を含めた家族が泣く事が許容できない僕の我が侭。それにさ――」

さっきから僕が死ぬ前提で話が進んでいるが、そこは納得がいかない。

「――みんな、僕が成功出来ないって思ってる?だとすると結構心外なんだけど」

命の危険がある以上、楽観視出来ないのは分かるが成功する可能性にも目を向けて欲しい。

「約束する、絶対に帰って来るって。だからさ……皆には信じて待っていて欲しい」

「……それを翻すつもりは無いのだな?」

「無い」

「……死ぬかも知れないのだぞ、それでもか?」

「自分からこんな提案してるんだ、命の危険は織り込み済みだよ。それに……修羅場なら慣れてる」

僕の言葉にこれ以上何を言っても無駄だと悟ったらしいリインフォースは、はやての方を向いて僕に促した。

実行するつもりなら、説得しろというのだろう。

「はやて……いつ帰って来られるか分かんないけどさ、絶対にリインフォースを苦しめてるものを退治して帰って来る。だから、信じて欲しい」

「……」

はやてはじっと僕の目を見つめてきたので、僕もそれから目を逸らさない。

暫くして、はやてはポツリと言った。

「ほんまに……帰って来るんやな……?私達のとこに……帰って来るんやな?」

「誓うよ」

僕がそう言うと、はやては嗚咽をぐっとこらえるように息を吸って、不自然ながらも笑顔を作った。

「なら、指切りしよ……?誓いの印やで?」

涙で濡れた顔を拭って笑うはやての表情は痛々しく、こんな表情をさせてしまった事を悔むしかないが、僕のやろうとしている事を考えれば当然か。

はやての小さな手の小指と僕の手の小指を引っ掛けて、契る。

「「ゆーび切ーりげんまんうーそ吐いたらはーり千本飲~ます!指切った!」」

相変わらず油断すればすぐ泣き顔に変わってしまいそうな笑顔で僕と誓い合ったはやては、なかなか指を離そうとしなかったが僕がもう片方の手で頭を優しく撫でると緩々と離してくれた。

その瞬間はやての笑顔が歪んだが、なんとかそれを立て直して笑いかけてくれる。

口を挿めずに黙っていた皆にも、別れの挨拶をしていく。

「ヴィータ、新しい家族も増えるけど……仲良くやるんだぞ?」

「……バッカ野郎、一人で勝手に決めやがって。……ちゃんと帰ってこいよ。はやてとの約束を破ったら、アタシがぶん殴ってやるからな!」

「あはは、それは勘弁してほしいしなぁ」

目を逸らしながら言うヴィータに苦笑しつつ、何時もと変わらないその調子に救われる。

「ザフィーラ、男手は一人になっちゃうけどさ……皆の事、守ってあげてね?」

「……我は盾の守護獣だ。主も、仲間も……守って見せる。お前もすぐに帰ってこい」

「うん、宜しく」

いつも通りの静かな口調だが、その裏に僕を心配する感情が見え隠れする言葉を確りと受け止める。

「シャマルさん、心配してくれて有難うございます。でも、僕は皆の笑顔も守りたいんです」

「ヤコウ君……絶対、絶対に帰って来て下さいね?あなたが帰って来れなかったら、私達は笑えないんですから」

「誓います」

何とか泣くまいとしているシャマルさんに短く、かつ力強く告げる。

「シグナムさん、皆の事……頼みます」

「案ずるな、剣に懸けて誓う。……ヤコウ、待っているぞ」

「ええ、必ず帰ります」

簡潔なシグナムさんの言葉に強い信頼を感じ、僕もそれに応えるように返す。

「なのは、君との共闘はとても心強く感じたよ。その折れない心はとても尊いと思う。だけど、僕と同じで君が無茶をすれば心配する人もいる事を忘れないで」

「はい……!約束します!」

「うん、いい返事だ」

若干泣きそうになっているなのはに頷き返しながら、僕は微笑んだ。

「フェイト、あの日の勝負は中途半端なまま終わっちゃったけどさ……いつか、決着付けような?」

「うん……いつでもお相手します。だから……早く、帰って来て下さいね?」

「ああ、きっとね」

こちらもなのはと同じように表情だが、力強く答えてくれる。

そして最後に、新たに結ばれた主従に向き直る。

「リインフォース、君のやるべき事は一つだけだ」

「私の、やるべき事……?」

「そう、僕に約束して欲しい。はやてと、皆と幸せになるって。そしたら僕は、笑っていけるから」

「――――ッ!」

リインフォースは顔を伏せ、暫く俯いていたが、やがて表情を歪めながらも約束してくれた。

「誓おう……必ず、主と、騎士達と共に……幸せになると」

僕が笑顔でそれに頷くと、リインフォースはただしと言って言葉と続けた。

「ヤコウ……お前もきっと、帰って来るのだぞ?……でなければ、私も酷く悲しい……」

「……うん、約束するよ。まあ、僕は君の内部に入る訳だから一心同体と言えなくもないけどね」

「……馬鹿者、茶化すな」

悲哀と照れが綯い交ぜになった様な表情で言うリインフォースを少し笑う。

そして、はやての視線まで屈むと一時の別れを告げる。

「はやて……少しの間お別れだけど、きっと帰って来るよ。さっさと済ませて、はやての料理を食べたいしさ」

「ん……もう、クドクド言わん。帰ってきたら御馳走やけど、帰って来んかったら針千本やからな?」

「うん、はやてとの、皆との誓いに応えるよ。……じゃあ、頼む」

「分かった……では、始めましょう、我が主」

「うん……」

はやてが頷くと、魔法陣が展開されていく。

リインフォースは夜天の書を開き、はやての作業を補助していく。

「ああ、最後に……言っておきたい事があるんだった」

魔法を続けながら、二人は僕の言葉に耳を傾けてくれる。

大したことではないが……何となく、言いたくなった。

「僕の名前……ヤコウって、向こうの世界がずっとお先真っ暗な感じだったからさ、その闇の中も照らしだせるように願って付けたんだって」

夜の光、でヤコウと読む。

両親は小さい頃に死んでしまったが、この名前はずっと好きだった。

両親が残してくれた、唯一のものだったから。

「そういう名前の僕が、夜天の書っていう物に関わるなんてさ……何と言うか、運命的だと思ったよ」

夜天と夜光……どちらも切っても切れないもの。

偶然だろうけど、それでもただ切って捨てる様な真似はしたくない。

「なら……コウ兄は私達と繋がっとるから、きっと帰って来るな?」

「そうだね」

冗談めかして言うと、はやても自然に笑ってくれた。

やっぱり、はやてはその笑顔が一番似合う。

「ほんならいくで、コウ兄。――管理者権限、発動」

展開された魔法陣が強い光を放ち、それに比例して僕の身体が薄くなっていく。

皆が手を振って別れを告げてきており、僕もそれに振り返す。

「みんな……ちょっとだけお別れだけど、また帰って来るよ」

更に光が強くなり、足などはもう完全に見えない。

「――またな」

そう言うと同時に、僕の目の前が光に包まれ皆が見えなくなる。

――ずっと一緒って約束、守れなくてゴメン。

――でも、必ず帰るから。

そう誓い、僕はみんなと別れた。



――離れてても、一緒だから



あの時シオが言っていた言葉が、ふと頭に浮かんだ――







――the third person――


光になって消えていくヤコウを、全員が固唾をのんで見守る。

「――またな」

そう言い残し、微笑んで完全に姿を消す。

夜天の書の内部空間で、防衛プログラムの構成体と戦いを繰り広げるのだろう。

欠片とはいえ、あの防衛プログラムだったものだ。

ここにいる全員がその凶悪さを知っているが、今更繰り言を言っても仕様が無い。

それに、全員が何故か少しも疑っていなかった。

ヤコウが無事に帰って来る事を。

「はやて……大丈夫?」

「はやてちゃん……」

「はやて……」

ヴィータとなのは、フェイトが心配そうにしているが、はやては零れていた涙を拭って静かに笑った。

「全然平気や、て言うと嘘になるし、寂しいけど……悲しくは無いんよ?コウ兄は、ずっと一緒やって約束してくれたしな」

夜天の書を抱きかかえながら、はやてはそれを慈しむように撫でる。

「それに……離れてても、私らは繋がっとる」

「そうですね……主はやて」

「少し寂しいですけど……ヤコウ君の事を信じて待ちましょう」

「そーだな……ちゃんと待っててやるか」

「ええ……ヤコウがいつ帰って来てもいいように」

はやての言葉に守護騎士たちも僅かに微笑み、頷く。

「ほんならリインフォース。コウ兄と約束した通り、私らと幸せになろうな?」

「はい……きっと。帰って来たヤコウに、幸せだと胸を張れるように」

「うん、その意気や」

はやての言葉と共に、その場は暖かい雰囲気に包まれる。

呪いを刻まれ、悲劇を一身に背負ってきた魔導書は夜天の主に包まれ、夜天を照らす夜光に見守られて悲しみの渦から抜け出した。

夜光は一時、夜天の空から離れてしまったが……また二人は巡り合うだろう。



離れていても……確かに、繋がっているから――





















――終りの一言――

……一応、これでA`s編は完結です。
ここまで読んで下さった皆さん、そしてこんな作品に感想を下さった方々、本当に有難うございます!
A`s編は休みが終わる前に仕上げようと意気込んだのは良いものの、何度かくじけそうになった事もありました。
そんな弱気を払い除けられたのも、読者の皆さんのお陰です!重ねて有難うございます!

この話を書こうと思ったのは、当然『ゴッドイーター』をプレイして世界観に魅了されたのもありますが、『リリカルなのはA`s PORTABLE』をプレイしたからでもあります。
他のキャラを全てプレイし終わり、最後にリインフォースシナリオをプレイしたのですが、その時に彼女の株がストップ高を振り切って天井知らずに上がって行きました。
最終ステージのあの展開は熱いです!思わず身震いしました!
アニメでも感じてはいましたが、彼女は健気だと思います。
で……この文章は、そんな彼女に消えて欲しくない僕の心が暴走した結果です(笑)。
ここまで続けられるとは、正直思っていませんでしたけど。

さて、これより先の話ですが……ぶっちゃけ、現在は燃え尽きて真っ白になっています。
なので、無茶苦茶マイペースな感じになると思います。
たまに、「ああ、そう言えばあの話はどうなったかな?」みたいな感じでいて下さればいいかと思います。休みももう直ぐ終わってしまいますし。

では、このご都合主義作品を読んで下さった方々、再度お礼申し上げます。
有難うございました!



[17292] 幕間の1『境界の裏表』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/12/11 23:06
闇の書事件から三週間ほど――






一月も半ばほどになり、世間も正月の空気から抜け出している頃。

「今日が精密検査の日やんなー。今までは結構ゴタゴタしとって詳しくは調べられへんやったから、ちょい緊張するなぁ」

「お察しします、我が主。とは言え、私も緊張はしていますが」

「あ、リインフォースもなん?」

強張った表情をしていたはやては、リインフォースの言葉を聞いて自分だけではない事に安心したのか、少し表情を緩めた。

そんなはやてとリインフォースの脇を、様々な人が行き交う。

外部は宇宙空間という星の海すら飛び越え、数多の世界を繋ぐ次元の海が広がっている。

時空管理局本局に、はやてとリインフォースは来ていた。

今までのゴタゴタで先延ばしにしていた事を、今日やっと行う算段がついたと昨日クロノから連絡があったのである。

かなり急な連絡であったが、クロノが忙しい中やっと取りつけてくれた事であるし、はやてとしてもこれ以上の先延ばしは精神的に悪い。

よって二つ返事で了承したのだが、守護騎士の皆は闇の書事件後にはやて共々保護観察処分が下された関係で、今現在は全員が任務についている。

守護騎士一同は付いて行きたがったが、まさか任務をサボってまで行くわけにもいかず、しぶしぶリインフォースにはやての事を頼んだという訳である。

リインフォースが車椅子を押して待ち合わせの場所までたどり着くと、そこには既に先客がいた。

「来たか、はやて。大事が無くて何よりだ。リインフォースも変わりない様で安心した」

「しばらくぶりだね、はやてちゃん!」

クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタのでこぼこコンビ。

とは言え、コレを口に出すとクロノの機嫌を著しく損なう事となるので口に出す者はあまり居ないが。

クロノは静かに微笑み、エイミィは賑やかな感じではやてを歓迎する。

「こんにちはー、クロノ君、エイミィさん」

「今日は世話になるな、ハラオウン執務官、リミエッタ補佐官」

フランクな感じのはやてと、少々硬い感じのリインフォース。

対照的な主従だが、その表情は二人とも似通っておりリラックスしたものだ。

旧友同士とまではいかないが、不要な緊張はしていないのだろう。

「ええと、それでこちらの人は?」

はやては、クロノ達が連れて来たと思しき人物の方を窺いながら尋ねた。

年の頃はクロノ達と同年代くらいだろうか、眼鏡をかけており、何より管理局の制服の上から着ている白衣が目を引く。

一目で技術職、あるいは医療関係者と分かるような格好だ。

だが、そういう仕事の関係者に有りがちな硬い印象は殆ど無く、フレンドリーな雰囲気をしていてとっつきやすそうな感じを受ける。

「彼女は管理局のデバイスマイスターで、マリエル・アテンザという。今回の件について協力を頼んだんだ」

「初めまして、マリエル・アテンザです。気軽にマリーって呼んでくれたら嬉しいかな」

「こちらこそ、初めまして。八神はやて言います。これからよろしゅうお願いします」

「リインフォースだ。主共々、よろしくお願いする」

はやてとリインフォースが挨拶を返すと、マリエルはにこやかな笑顔を更に深め、満面の笑みとしか言いようのない表情でリインフォースの手をとりぶんぶんと振った。

「な、何だろうか?」

「いやー、ホントに楽しみにしてたんですよ、今日あなた達に会うの!古代ベルカの融合騎に夜天の魔道書のマスター!もう存在していないとされていた存在をこの目で見られるなんて、感動です!!」

「そ、そうか……」

目をキラキラと子どもの様に輝かせながら言うマリエルに、さしものリインフォースも戸惑い気味になった。

こうまでストレートに好意を向けられた事が殆ど無いため、どうしていいか分からないといった表情だ。

「こら、マリー、そこまでにしておけ。二人とも困っているだろう」

「へっ? ああ、そ、そうですね。ごめんなさいね、二人とも」

「デバイスマイスターとして、ユニゾンデバイスを目の前に興奮するのは分かるが、自重するように」

「了解です、執務官殿!」

そう言って、ビシッとクロノに敬礼するマリエル。

組織の階級的にはクロノの方が上である様だが、公式の場では無いからだろう、畏まった雰囲気はほとんどなく、クロノも後輩を少したしなめるに留まっている。

「三人はお友達なんですか?」

「うん、まあそうだね。訓練校時代の同級生が私とクロノ君で、マリーは後輩なの。進路は全員違うけど、今でもプライベートでは仲良くしてるよ」

エイミィの説明を受けて、納得したように頷くはやて。

しばし話し込んでいたメンバーは、専用の施設に移動しながら今回の要件について話し始める。

「それで、今回の件なんだが……マリー、いけそうか?」

「ええ、準備は抜かりありません。ちゃんと上の許可も取り付けましたし、何しろユニゾンデバイスの調査ですから。技術部門の誇りをかけてやらせて貰いますよ」

「頼もしいな。よろしく頼んだぞ」

「お任せあれ!」

「私からもお願いします。……家族の命運が、かかってるんです」

「ええ。力の及ぶ限り、お手伝いさせて貰うつもり」

はやての言葉を受け、マリエルは自信に満ちた表情をはやてに向けた。


………………


…………


……


様々な機器が所狭しと並んでいる、研究・開発部門。

はやての様な魔法初心者は当然として、もう結構な年数を管理局で過ごしてきたクロノやエイミィにも何なのか分からない物品が置いてあったりする。

それはともかくとして、現在夜天の魔道書は調整用のシリンダー内に収められている。

過去にレイジングハートやバルディッシュが修復の為に収められていたシリンダーが使用されているのは、偶然なのか必然なのか。

シリンダーの内部では夜天の書をスキャニングしているのか、鏡面状の光が筒状の内部を行ったり来たりしている。

機械音と、マリエルが端末を叩く音だけが響く中、他の四人は静かに書の方を見ている。

「……ふう、一通りは完了しました」

マリエルのその言葉に、作業を見守っていた一同は早速質問していく。

「なら、まず核心から聞こうか。――このまま放って置いた場合、暴走する危険は?」

「ちょ、クロノ君!?」

「いいんです、エイミィさん。……私が一番訊きにくい、それでいて訊きたい事やから」

「そうですね、主はやて。リミエッタ補佐官、気にしなくていい。どういう結果になるにせよ、心構えは出来ている」

「はやてちゃん……リインフォース……。ゴメン、クロノ君、取り乱しちゃって」

「いいさ、皆が訊きにくい事なら僕が訊くべきだからな。――で、どうなんだ?」

「ええ、それがですね……」

マリエルがモニターに向き直り、端末を操作しながら説明していく。

「ここの数値なんですけど、見てくれますか?」

四人がその数値に目を向けると、数値が増加と減少を繰り返し、目まぐるしく変動しているのが分かる。

「この数値は内部機構の侵食率を表示しているんですけど、ご覧の通り上昇と下降を繰り返しているんです。正直、ここまで重大なバグが発生した状態では自浄作用なんかは殆んど期待出来ないんですけど……ここまでの勢いでバグを駆逐していくとなると、ワクチンプログラム並ですね」

「なら、今すぐ危機的状況にはならないんだな?」

「ええ、このままの状態が続くのであれば、防衛プログラムの暴走は避けられます」

「よかったなぁ、リインフォース!」

「はい、主」

取りあえず暴走は避けられると聞き、緊張を解いて喜ぶはやて。

リインフォースもはやてに同意し、控え目ながら笑顔をこぼす。

「ただですね、少し……いえ、結構な問題が……」

「ええっ!?何ぞあったんですか?」

「その問題とは?」

僅かに取り乱すはやてとは対照的に、クロノはあくまで冷静に話を進めていく。

はやての表情を見て言葉を詰まらせたマリエルだが、自分の義務だと思い、しっかりと真実を告げる。

「現状は大丈夫なんですけど……これ、結局はイタチごっこになる可能性が高いんです」

「イタチごっこ……。成る程、そういう事か」

「なるほど……そうなっちゃう可能性が濃厚だね」

「ど、どういう事なん?」

一転して緊張を孕んだ空気になってしまった事について行けず、不安な表情で疑問を呈するはやて。

そんなはやてに、マリエルがモニターの表示を指して説明していく。

「はやてちゃん。見て分かる通り、この数値はバグの侵食率を示していて、この数値がゼロになったらバグの駆逐が完了された事になる訳。ここまでは分かる?」

「はい……」

「で、現在のこの数値だけど、行ったり来たりしてるでしょう?……いつゼロになるか想像つく?」

「あっ……!」

イタチごっこという言葉の意味を理解したらしいはやては表情を悲痛に歪ませ、俯いてしまう。

意気消沈したはやてに代わり、リインフォースがマリエルに質問する。

「つまり……バグの駆逐にどれだけ時間がかかるか、そもそもバグを駆逐できるかさえ不明という事か」

「そうなっちゃうね……。何とか外部からアプローチできればいいんだけど、魔道書自体が非常に不安定だからそれも無理だし……内部に行ったっていう、ヤコウさんに期待するしかないのが現状だね……」

マリエルの言葉には、技術者として何もできない自分の不甲斐なさを嘆く感じがにじみ出ている。

重苦しい雰囲気のまま、誰も言葉を発さない。

はやてとリインフォースは元より、他の三人も何と言葉をかけていいか分からずに沈黙している。

すると――。

「――んん? えっ、これは……!」

何気なくモニターを見ていたマリエルがただ事ではない表示を発見し、驚愕の声を上げる。

「どうしたの、マリー?」

「書の侵食率に異常です! 現在八十%を超えています! まだ上昇中!」

「なんだって!? 原因は?」

「待って下さい……これは!」

「なんや、何が原因なんですか!?」

「一際強力なバグが発生しています。事件のときに防衛プログラムを構成していた残滓です!」

その言葉を聞いて、あの運命の時に立ち会っていた4人は戦慄する。

覚悟をしていたとはいえ、決定的なセリフが告げられたのだ。

「くっ……どうにもならないのか?」

「駄目……やっぱり外部からはどうにもならない……」

焦りを滲ませるリインフォースがマリエルに訊くが、返事は芳しくない。

「くそっ……ん? マリー、これはどういう事だ?」

「えっ……あ、数値が……」

「止まってる……」

クロノがマリエルに問い、直ぐに目を向けたマリエルとエイミィが思わず呆然と呟く。

数値は90%台まで突入しているが、そこからはコンマゼロ以下を行ったり来たりしているだけで、殆んど変化が無い。

「コウ兄や……!」

「主……ええ、そうでしょうね」

ポツリと呟いたはやてに、リインフォースも同意の返事をする。

つい先ほどまで消沈していた二人だが、今は目に力を取り戻し、顔色もいい。

「なるほど……あの人が踏ん張ってくれているのか。エイミィ、君もマリーを手伝ってあげてくれ。今はどんな事でも見逃せない」

「了解っ、クロノ君! やろうか、マリー!」

「何だか分かりませんけど、希望が見えてきたんですね? よし、では頑張りましょう!」

クロノからの指示で席につき、端末の操作を始めるエイミィと、それに続いて記録を取り始めるマリエル。

「コウ兄……頑張って」

車椅子に座り、膝の上に置かれた手をぎゅっと握りしめるはやて。

そんなはやてに、リインフォースは屈んで正面から手を重ねた。

自分たちはヤコウの事を信じる事しか出来ないが……それでもいいと思った。

なぜなら、ヤコウは約束したから。

絶対に帰って来ると――。


………………


…………


……


――side Yakou――

「はあぁ……。もうどの位倒したかな……?」

『今の所、オウガテイル型が127体、コクーンメイデン型が72体、コンゴウ型が5体ですね』

「ったく……なんでアラガミの姿で出てくるのかな? いや、戦い慣れてるから良いけどさ」

夜天の書の内部に入り込んだ僕は、手当たりしだい目に着くバグを潰していっていた。

そのバグというのが、何故か知らないが全てアラガミの姿をしていたのだ。

お陰で戦いに手間取る事は無いが、こんな所でお目にかかるとは思わなかったので少しウンザリしている。

今は周囲にアラガミはいないので、休憩を兼ねて周辺の探索を行っているのだが――

「ここ、もろに贖罪の街だよな……?」

かつての大都市の名残。

人類が作り上げた文明の粋であった場所だが、アラガミの影響で人が全くいなくなってしまったために、下手な心霊スポット並みに不気味な場所と化してしまっている、そんな場所。

『現在までに回った箇所での地形データは完全に一致しますね。……やはり、推論は裏付けられますね』

「推論? この状況について予想が立つのか?」

意外にも、ベイオネットは可能性の高い推測を立てたらしい。

たびたび思うのだが、こいつはどこまで高性能なのだろうか。

『アラガミを模って現れるバグに、贖罪の町と寸分たがわぬこの地形。どうにもマスターの記憶の中から作られているとしか思えませんよね?』

「……なるほど、蒐集された影響がここに出てるのか。じゃあ、バグがアラガミの姿をしているのは……」

『マスターが敵と認識していて、かつ最も追い詰められた存在を作り出したのでしょう』

「そういう事だろうな」

推論に過ぎないが、限りなく正しそうに思えて思わずため息を吐く。

この調子でいけば、僕が相対した事のあるアラガミとは全て戦う事になるだろう。

しかも、相手の戦力は不明ときている。

ただの予測でさえこんな不安なモノしか出来ないが、僕らは諦める訳にはいかない。

外で待っている皆のためにも。

そんな決意を新たに街を探索していると――。

『――! マスター!』

「どわっ、だああああああああっ!?」

ベイオネットの叫びとほぼ同時に、光弾が僕を目がけて飛来してきた。

緋色をした誘導弾らしきシロモノで、かなりの精度で僕を狙ってくる。

ある物はよけ、ある物は刀身で弾き飛ばして取りあえずの安全を確保すると、攻撃の出所を探るべく周囲を窺う。

――が、そんな事をする必要は無かった。

「――今のを避けますか。成る程、何の考えも無く我々の所に来た訳では無さそうですね」

攻撃の主らしい人物が出てきたが……これは、どういう事だ?

「なのは……!? いや、違うか……」

目の前の少女は、なのはに似すぎていた。

顔立ちだけなら、双子と言われれば素直に信じそうな位だ。

目の前の、なのはに良く似た少女はそれ程良く似ている。

しかし、それも顔立ちだけで違う所は結構あるのだが。

まず、髪型がショートカットで、僕の知るなのはの様に二つ結びにしていない。

バリアジャケットの方はさらに顕著で、この少女の場合は深い紫と緋色のツートンカラーで彩られている。

目付きもこのくらいの歳ではあり得ない位理知的な光を宿していて、こちらを観察する瞳は冷徹の一言に尽きる。

「なのは……高町なのはの事ですか。オリジナルに似ていて驚きましたか?」

「オリジナル……? なら、君はコピーだとでも言うのか」

「そうとも言えるでしょう。私は防衛プログラムが今回の戦いで、最も脅威であると判断した人物を模った存在ですから」

確かに、なのはの強さはあのメンバーの中にあっても埋没していないほどだった。

「敗北から学習したとでも……?」

「防衛プログラムも気付いたのですよ。ケダモノの強さでは、力を持ち、知恵を持ち、何より心を持つ人間に勝てないと……」

もっともな言葉ではある。

いくら力が強い存在でも、その使い方に考えを巡らせられなければ、それは穴だらけの張りぼての強さでしかない。

それを防衛プログラムが知ったとすれば、脅威以外の何物でもないだろう。

「お喋りはここまでにしましょう、神喰らいの方。――私は、貴方を倒します。それが私の存在理由です」

これまたレイジングハートと瓜二つのデバイスを僕に向けて、少女は僕の打倒を宣言する。

「貴方は朝霧ヤコウと云うそうですね。ならば、私も礼儀として名乗りましょう」

決して大きくは無いが、良く通る声で自らの名を謳いあげていく。

「――星光の殲滅者、参ります」

あくまで静かに、しかし胸の内に高ぶるものを感じさせる声で――。






「――パイロシューター」

起伏の殆んど無い声でそう言った星光は、自身の周囲に発生した緋色の誘導弾を手足の様に操り、僕に向けて撃ち出してくる。

正確無比を体現したかのような六発の誘導弾は、牽制用と本命の攻撃用に分かれているらしく、有機的な軌道を描いて僕を追い詰める。

ロングブレード・大氷刀の青白い刃を振るいつつ、誘導弾を迎撃するべく構える。

どれだけのホーミング性能があるんだと思うほどにしつこく追いすがって来る光弾を何とか撃墜すると、更に次の誘導弾が迫りくる。

「くそっ、なんて誘導性だ! これを一つ一つ個別に操作しているとしたら、トンでも無いな、あの星光って子は」

『というより、あの少女の元になったというなのはも、それはそれでトンでも無いですが』

「………………」

考えてみればそうだが、共闘した時はそこまで観察する余裕が無かった。

あの時はリインフォースの強さが圧倒的すぎて、僕らが何をしようと霞んで見える位だったのだから仕方がないが。

って、悠長に考えている余裕なんて無い!

「考え事をしている暇など無いですよ」

直撃しそうになった誘導弾を回避した瞬間、それは来た。

「――ブラストファイアー」

なのはのディバインバスターに匹敵する緋色の魔力砲が唸りを上げて迫りくる。

しかしそれだけでなく、予め放出されていたであろうシューターが僕の逃げ道を塞ぐように展開しており、挿みうちの様相を呈している。

逃げ道は――無い。

「チェックメイトです」

眼前が紅い光で塗りつぶされ、他には何も映らないほどにまで砲撃が迫って来る。

(くっ……一か八か。コレしかない)

僕が覚悟を決め、その体制に入ると同時に砲撃とシューターが炸裂した。

衝撃に全身が揺さぶられ、鋭い痛みに貫かれる。

――が、耐え切れない程ではない。

「……やりますね。完全に詰んだと思ったのですが」

「これでも、ベルカの騎士4人に魔法を師事したからね……。一対一で負けたんじゃ、顔向けできないのさ」

土壇場だったが、何とか成功してくれたか。

『パンツァーガイスト……シグナム殿には及びませんが、初めて成功しましたね』

「火事場の馬鹿力的に、土壇場に強いんだよ、僕は」

『伸るか反るかなんて、心臓に悪いでしょうに……』

「言うな……。今だって心臓が潰れそうなんだ」

『そんな有様で、どの口が土壇場に強いなんて言うんですか……』

仕様が無いだろうが、文字通り賭けだったんだ。

「それより、反撃いくぞ。何時までも好き勝手やらせてはいられないしな」

『了解です、マスター』

銃型に変形させ、今だ表情を崩さない星光を見据える。

形状こそ強化レールガン改と変わらないが、カラーリングが深緑に変わっており、発生させる電圧はこれまでより圧倒的に上昇している。

貧弱なアラガミなら数瞬で消し去る威力を持った電磁砲・イレイザー。

「貴方が何をしようと、私は勝ちます。――パイロシューター」

例の驚異的な誘導性を持つ魔力弾が発射され、飛翔していく。

僕を囲い込む檻の様な軌道を描き、迫りくる。

だが、それはもう織り込み済みだ。

「――っ! 撃ち落とされた……?」

初めて表情を揺らし、感情らしきものを乗せた声音で驚く星光。

その声音を聞いて、僕は自分の予想が的中している事を悟った。

「遠距離攻撃は君だけの専売特許じゃないんだ。――撃ち合いに付き合ってもらおうか」

「……望むところです」

今まで通りの平坦な声――では無かった。

僅かに、ほんの僅かだが感情の交じった声。

なのはを模して作られたと言うなら、あの心根まで似ているのだろうと予想していたが、これで九割がた的中した。

顔も無表情ではなくなっており、口元が若干笑っている。

「私は、貴方を倒します。……私の存在に賭けて!」

負けん気の強い所はオリジナルと同じらしく、思わず僕も口元が笑ってしまった。






「――っ。そこです、ブラストファイアー!」

「ちいぃっ!」

今だ一進一退の攻防が続き、僕も星光も決定打を見出せない。

均衡を崩すべく、互いに様々な手を打ったのだが、未だに成功しない。

もうどの位戦い続けたのか、書の内部に来てから曖昧だった時間の感覚が輪をかけて曖昧になってしまっている。

だが、星光には絶対負けられない。

これだけハッキリした自意識を生じているという事は、間違い無く防衛プログラムの残滓の主要部分の筈だ。

僕という存在に対するアンチテーゼとして生み出された構成体(マテリアル)。

彼女を倒さずして、リインフォースを救う事は叶わない。

「パイロシューター!」

一遍に十二発もの緋色の光弾が射出され、僕を打ち落とそうと空を駆けて迫りくる。

表情こそ動かないものの、星光は既に声音からは感情を覗かせている。

必殺の気迫が声に宿り、気炎を上げている。

最初よりも速くて鋭い攻撃を避け、あるいは撃ち落としながら星光に接近していく。

打ち落とされた緋色の魔力弾と雷属性の弾丸の名残が、この戦場で場違いにも幻想的なものを演出する。

互いの運命を賭けて戦っているという状況なのに、高揚感が抜けきらない。

有り体に言えば、僕はワクワクしているのだろうか。

いつまでも戦っていたい様な感覚を覚えるが……もう、僕も向こうも息が荒い。

最後の攻防も間近だろう。

緋色の魔力砲を紙一重で避け、誘導弾の生成をしている星光に目がけて一目散に突撃をかける。

星光は生成し終わった数発の光弾を僕に向けて奔らせ、冷静に僕を墜とそうとしている。

僕はギリギリまで魔力弾を引き付け、剣形態に変形させ、更にシールドを展開しながら魔力弾にそのまま突っ込んだ。

こちらが静止した状態ではなかったため、相手の攻撃の勢いと僕自身のスピードがプラスされて、神機を握る腕が痺れる。

だが、賭けには勝てたらしく、接近戦に持ち込む事が出来た。

「喰らえええぇえ!」

「くうううぅう!」

大氷刀での振り下ろしを、星光は魔力弾と同じ緋色のシールドで受け止める。

互いの魔力が反発しあって眩いばかりの光を迸らせるなか、星光は表情を歪めながらも口元だけで笑った。

嫌な予感がした僕はすぐさま距離を取ろうとしたが、僅かに遅かった。

「――ルべライト」

「――ぐっ!? バインドか!」

環状の輪が僕の腕を拘束し、動きを封じてしまう。

対応が早かったおかげで四肢を拘束されてしまう事だけは免れたが、左腕一本だけだと言うのにガッチリと空間に固定され、微動だにしない。

「心躍る、良き戦いでしたが……そろそろ幕を下ろしましょう」

星光がそう宣言し、デバイスを自身の頭上に構えると、周囲に拡散していたらしい魔力が光の粒子となって集い、魔力スフィアを形成していく。

「――集え、明星」

環状魔法陣を取り巻きながら見る見るうちに凝縮され、巨大化していくそれを見て、僕は顔を引き攣らせた。

「スターライトブレイカー……!?」

『溜めに入るプロセスがほぼ同じです。細部までは分かりませんが、そう言ってもいいでしょうね』

「冗談じゃない! こんな状態であんな攻撃喰らったら終りだぞ!」

未だバインドに絡め取られている僕の上空で、更にスフィアを巨大化させ、集束砲の完成度を高めていく。

世界の終焉を彩るような紅い光を放ち、しかし必殺の気迫が込められたそれは、敵である僕を睥睨しているようにも見える。

「――全てを焼き消す焔となれ!」

いつの間にか、なのはのエクセリオンモードと同じような形状に変形していたデバイスをこちらに向け、高らかに謳いあげる様にその魔法を解放する。

「ルシフェリオンブレイカー!!」

最後の祝詞で解放された、膨大な集束砲。

神への反逆者の名を冠した緋色の砲撃が、僕へと疾走する。

全てを焼き尽くし、世界の終焉をもたらさんばかりのそれを目の前に、僕の頭は嫌になるほど冷静だった。

『バインドブレイク、成功です』

「了解。……星光、もう小細工は抜きだ」

僕はタワーシールド、ベルゲルミル硬を展開し、ひたすら防御を高める体勢をとる。

僕の攻撃にはアレを相殺する様な威力のものは無いし、コレを選択する他ない。

「君が僕を潰すか、僕が耐え切るか……勝負だ!」

その言葉を言い終えると同時に、終焉の焔の様な膨大な魔力を纏った砲撃が直撃する。

防衛プログラムの大半を破壊し尽くした、なのはの本家スターライトブレイカーにも比肩するだろう桁外れの威力。

正直、タワーシールドで防御してここまで押されるのは初めてだ。

「ぐ、ぐうぅううぅうっ……!」

腕が軋み、体中のあちこちが悲鳴を上げているように痛む。

だが――。

「負けられない……信じて、待ってくれている皆の為にも……!」

押し負けそうになりそうな身体に喝を入れ、星光を見据える。

この砲撃はやはり向こうも最後の攻撃と覚悟を決めているのか、攻撃しながらも苦悶の表情を浮かべている。

自分の体にかかる負担を度外視しているのだろう。

「勝つ……」

「負けません……」

期せずして、僕たちは同時に呟いた。

視線が交差し、星光は無表情の仮面を完全に消し去って叫ぶ。

「僕は、勝つんだああぁあぁぁああああーっ!!」

「負けません、絶対に……!!」

ここまで来ると、互いの信念、意地のぶつかり合いだ。

星光は、自分の限界を超えているだろう威力を絞り出すために、更に魔力を捻りだし、僕は無茶だろうが何だろうが砲撃を分断する様な勢いで、シールドを構えながら突進していく。

歯を食いしばり、互いの信じる物の為にぶつかり合う。

「何故でしょうね……!?私の負けん気が強いのはオリジナルの影響でしょうけど……それとは関係なく、負けたくないと感じる私が居ます……!」

「ルシフェルなんて、神への反逆者の名前をデバイスに着けてるからじゃないか……!? 僕らもある意味、神への反逆者だったからさ……!」

「そうでしたね……! 貴方は神機使い、ゴッドイーター……! 星の摂理に反逆しても生きようとした、我が侭な人なんでした……!」

「そうさ、互いに神への反逆者同士、負けたくないんだろうさ……!」

意味があるのかどうかすら分からない会話だが、不思議と心地いい。

だが、もうそろそろ終幕だ。

「これで、最期ですっ!!」

「その台詞、そのままお返しするっ!!」

星光の言葉と共に、迸っていた集束砲が僕の眼前で集束、大爆発を引き起こした。

アレだけ集束されていた魔力が一気に拡散したのだから、その規模は想像を絶するものだ。

スターライト……いや、ルシフェリオンブレイカーにこんな隠し玉があったとは予想外だが、だがそれでも僕は止まらない。

左腕が完全に痺れて今の所使い物にならなくなったが、神機は腕輪のある方の腕、つまり右腕が無事なら動く。

「オラクル解放!!」

爆発から脱出した僕は星光の上空に上がり、捕喰形態を展開しながら急襲する。

「くっ、くうううぅぅうああああああぁっ!」

異形の顎が星光の展開したシールドに喰い付き、彼女をシールドごと噛み砕かんと牙を突きたてる。

星光は必死にこちらを押し返そうとするが、こちらもこれが最後のチャンスだと分かっているから簡単には放さない。

しばし一進一退が続いたが、遂に星光の堅牢なシールドにこちらの牙が罅を入れた。

「…………っ!?」

星光の表情が驚愕に歪む中、罅は加速度的にシールド全体に広がり、打ち崩していく。

そしてついに、ガラスが割れたような音を立てて崩壊した。

「喰らい尽くせええぇっ!!」

『了解』

ベイオネットが静かに同意し、この戦いに終止符を打つべく星光に喰らい付いた。

「――あ、うぁあああっ!?」

途端に星光は苦悶の声を上げ、表情を歪める。

喰らい付いたベイオネットが防衛プログラムの残滓をオラクル細胞で喰らい尽くし、浄化していく。

「ぐっ、あ、あぁ、あああぁ……」

時間が経つごとに、身体から力が抜けていくのか、もがいていた腕をだらりと力無く下げる星光。

『捕食、終了です。防衛プログラムの構成体は完全に浄化されました』

その言葉と共に捕食形態が解除され、どさりとうつ伏せに倒れ込む星光。

バリアジャケットも解除され、なのはが着ていた学校の制服らしき服装へと変化している。

たぶん、僕の記憶の中のなのはで、バリアジャケット以外の格好がこれしか無かったからだろう。

神機を腕輪に収納し、まだ痺れたままの左腕を擦りながら星光を見遣る。

なのはとそっくりで、同じく魔法もなのはとそっくり。

表面上こそ違う物の、その心根もまた、なのはとそっくりで――

「何でだろうな……。こんな所で出会わなければ、なのはと仲良くする未来が君にもあったんじゃないかって思うよ……」

多少強引な所があるらしいなのはに、星光が困惑顔で引っ張り回される構図が容易に浮かぶ。

そんな考えが浮かび、思わずクスリと笑ってしまう。

「不思議だよなぁ……。命がけで戦ったのに、憎めないなんて」

『本心をさらけ出して戦ったからでしょうかね?』

「そういうもんか? ……けど、そうかもな」

『そうでしょうとも。……ところでマスター。彼女、何時までたっても消滅しませんね』

思わず星光を見遣るが、ピクリとも動かないものの消えてしまう様な気配は無い。

「……そう言えばそうだな。防衛プログラムは間違いなく浄化したんだろ?」

『それは間違いないです。確定事項です』

「……そうですね。間違いありませんよ」

「!!??」

突然言葉を発した星光に、僕は思わず飛び上がって驚いた。

「し、死んだかと思ってた……」

「勝手に殺さないで下さい……喋るのも億劫だっただけです……」

起き上がった星光は、身体をふらつかせながらもこちらを見つめる。

そして、こうなった経緯を話し始める。

「防衛プログラムといえど、初めからこんな凶悪な仕様では無かったのです。本来の趣旨では、書を外部からの衝撃による消失から守ったり、データを保全するためのファイアウォールの様な働きをするべく構築されたのですから」

そこで一旦言葉を切った星光は、溜め息を吐いて無念だといった調子で言った。

「しかし……何時の世にも愚かな人間はいるもので、歴代の主の中に身の丈を弁えない改造を書に施した者がいました。その愚か者の所為で、夜天の魔道書は闇の書などと呼ばれ、破壊の限りを尽くす呪われた魔道書と呼ばれる様になったのです」

話を聞くと、何とも遣る瀬無くなってくる。

皆があんなに大変な目に遭ったのは、大昔の馬鹿一人の為だと言うのだから。

「私たちとしても、書の主を殺してしまうなど御免なのですが、そう定められたかのように思考してしまうのです。疑問が浮かぶ余地も無く」

『それでは、いま正常な思考が出来ているのは防衛プログラムがはがされたからですか?』

「正確には、防衛プログラムのバグが剥がれたからですね。私も防衛プログラムの一部なので」

話を聞く中で、もう星光には悪意も敵意も無い事は分かったが、これからどうするのか。

「で、君はこれからどうする?何と言うか、魔力らしきものを感じなくなってるけど」

「貴方にバグを剥がされましたからね……。力もその時に消失して、貴方の神機に還元された筈です。……どうしましょうか?」

「……君はここに置き去りにされた場合、どうなる?」

「そうですね……正常な状態に戻った私にバグが群がり、口では言えない様な悲惨な目に遭うでしょう。もっとも、誰かが守って下さるならば別ですが」

ジト目で僕を見る星光に、思わずタジタジとなる。

と言うか、口では言えない様なとか、何でそんなセリフがそのナリで出てくるんだ。

「私は防衛プログラムのデータと、貴方の記憶を元に作られた存在です。外見そのままだと思うと騙されますよ?」

「九歳の外見でそんなセリフを吐くなぁっ!」

……疲れる、もうさっさと切り上げよう。

「……ついて来る?」

「ではお供しましょう、マイスター」

「マイスター……? 何だそれ?」

「ご存知無いですか? ベルカ語で主人を意味する言葉です」

「いや、それは知ってるけど……それを使う意図は?」

「私はマイスターに文字通り食べられたので「もういい分かったそれ以上喋るな」……畏まりました、マイスター」

『責任はとらないとだめですよ、マスター』

「と言うか、喰ったのは僕じゃなくてお前だろうがっ、ベイオネット!」

『マスターは自分が行った行為を道具の所為にするんですか?』

こいつら……二人してああ言えばこう言うを地で行きやがる……。

「お前たちは……ほんっとにもう……」

左腕の痺れも取れてきているというのに、戦い以外の疲れでどうにかなりそうだ。

「はあぁ……」

溜め息を吐きながら星光を見遣ると、相変わらずの無表情が返って来る。

だが、僅かながら、微かに笑ってくれた事に、助けた事を後悔はしなかった。






















――終りの一言――

「リスポーンだ、リスポーン!」

『八ヶ月も何やってたんだ! とっくに時間切れだよ!!』

「orz」



……えー、皆さんお久しぶりですね? 本当にお久しぶりです。

もう忘れている人も居そうと言うか、このArcadiaのSSラッシュの中で僕が書いた貧弱小説なんて一ヶ月もしない内に記憶から無くなってたでしょうけど、感想を下さった方々の為にも……リスポーンしてみました。
お呼びじゃねーよ、なんて声が聞こえてきそうですが、それでも楽しんで下されば幸いです。
星光のキャラが後半にかけて崩壊している様な気がしますが……どうでしょうかねぇ?

あ、それとBURSTの追加要素ですが、この話が崩壊しない程度には盛り込みたいと思います。

では、また次回。



















『逃げるなあああぁぁああぁああっ! 続きを書く事からっ、逃げるなああああぁぁああぁっ! これは、命令だあああぁぁぁぁああああぁっ!』

「え、ちょっ、待っ……!」

『うおおおおおおおぁあぁあああっ!!』

ザシュッ!!!

「くぁwせdrftgyふじこlp?!?!?!」



[17292] 幕間の2『先触れの騎士』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/12/22 03:09
夜天の書、内部生活???日目――






『マイスター、標的の部位は脆くなっており、限界間近です。なので、このまま押し切れます』

『セイの言う通りです。ここは一気に畳みかけましょう』

「オーケーだ。このまま行くぞ!」

そう答えて、僕はバスターブレードを構えて素早く標的にダッシュで詰め寄った。

現在相手にしているアラガミ型のバグは、背中から巨大な腕羽とも呼べるものが生えており、腕は人間が工業的に作り出せるどんな物質よりも硬くしなやかだ。

更に、掌の部位は鋼鉄でさえ易々と切り裂く爪を備えており、岩石でさえ物ともせずに砕く。

姿形こそ人間と似ているものの、頭部の口元にはまるで吸血鬼もかくやというほど鋭い牙が並んでおり、月光を受けて不気味に輝いている。



中国神話の【蚩尤(しゆう)】、またはエジプト神話の【シュウ】が名前の由来とされている中型のアラガミ『シユウ』だ。



シユウに突撃した僕は、二人の助言に従って現在選択中のバスターブレード――野弧斬りを、走りながら斜め下からすくい上げる様に繰り出した。

シユウはその自慢の腕羽で野弧斬りのギザギザに並んだ刃を受け止めるが、僕は構わず力任せに押し込んでいく。

普通、こんなリスキーな事は滅多にしないが、今は相棒二名からの保障もある事なので、強引に行ってみる。

『予想的中。私達の演算に狂い無しです』

『食欲だけが先行した生き物モドキに、我らがマスターが負ける筈もありません』

二人なりに僕を褒めているのだろうが、そんな声をBGMに更に力を込めて押し込むと、薄青く、そして鈍く輝く腕羽に亀裂が走った。

その亀裂を見てとった僕は一旦獲物を引いて、距離をとる。

シユウは僕の喉笛を切り裂こうと、ヒビの入った腕羽を振るってきたが紙一重で頭を傾けて避ける。

僕に乾坤一擲の攻撃を避けられたシユウはその腕羽を無防備に伸ばし切っており、隙だらけだ。

僕がその腕羽にトドメとなる一撃を振り下ろすと、最後の一線を越えた衝撃が、脆くなった羽を完全に崩壊させた。

ヒビが加速度的に広がり、シユウの自慢の腕羽はバラバラになって地面へと散らばってゆく。

掌も同様で、その鋭い爪は数本が折れ跳んでおり、攻撃力は激減したとしか思えない。

更に、僕が大上段から叩き潰す様に野弧斬りを振るったためか、片方の腕は引き千切られてバラけた羽部分と同じく地面に野ざらしになっている。

それでもなお敵意を漲らせる様子は流石だが、そろそろ終いにするとしよう。

「ベイオネット、Mサイズレーザー・氷を装填」

『了解、マスター。セイ、マスターの補助を宜しく頼みますよ?』

『任されました、ベイ。マイスター、弾道のブレは私が修正します。貴方はいつも通り敵を撃つだけです』

「流石だね、二人とも。――じゃ、コレで終わりだ」

そうして、瞬時に剣形態から変形したスナイパー・ヤタガラス改の極悪な冷却機関で喚起されたレーザーが発射された。

発射されたレーザーは吸い込まれる様にシユウの頭部に直撃、その仮面の様に動かない顔をズタズタに崩壊させるとそのまま貫通し、大穴を空ける。

シユウの頭部はレーザー系のバレットに代表される貫通系統の攻撃に弱く、剣形態でしこたま小突いた上でこの様な攻撃をかますとあっさり逝ってしまう事がたまーにあるが、コレが上手く決まると最高に気分爽快だ――個人的に。

頭部を失ったシユウの亡骸は暫らく弁慶の如く立ったままだったが、僕が蹴飛ばしてうつ伏せにした後補喰してやった。

「ミッション完了、これより帰還する――なんてね」

『そして帰還した途端、休む間もなく出撃――等という、地獄のフルコースもありましたね』

『……神機使いが十代で死亡する割合が高いのも納得です』

「でも、それを受け入れるしかない。……アラガミが現れる前みたいに、先を見据えて生きるってことが難しくなって……大半の人が、今を必死に生きるっていう生き方しか出来ない世の中だったからさ」

ああいう末期的な世界だったからか、刹那的な生き方をしていた人たちは少なくなかった。

ゴッドイーターは十代半ばで招集される場合が殆んどで、人生で一番輝く時期に戦場を駆け回り、血と汗に塗れ、彗星みたいに命を燃やし尽くしたかのごとく死んでしまう。

そんなパターンが一番多い。

だからそうはならない様に、僕も新人の教育を任される様になってからは命の賭け所を間違えるなと、何度も唱え続けてきた。

人の死というものは、それが大切な人であるほど……突然であればある程受け入れられず、強く深い傷を遺す。

リンドウさんを喪った時に思い知った――思い知らされた事。

だが、大切な人がいなくなっても、人は前を向いて進むしかない。

だから、『命を賭ける事』と『命を投げ出す事』の違いは、本当に口を酸っぱくして新人に言い聞かせた。

自分が死ぬ事で泣く人がいる事を忘れるな、と――。

『マイスター、どうしましたか?』

『考え事ですか?』

「ん、いや……。外の皆はどうしてるかなって思ってさ」

わざわざ説明するのも恥ずかしかった僕は、もっともらしい理由で誤魔化した。

はやてにヴォルケンリッターの皆、なのはとフェイト、ユーノという少年にアルフというフェイトの使い魔、クロノという執務官の少年。

いったい外でどれだけの時間が経ったのか分からないが、皆どうしているだろうか。

「元気にしてたらいいんだけどね」

『きっと大丈夫でしょう。彼女等は十分強かった様ですし』

「年齢一ケタの子どもを心配するのは年長者の役目だろ?」

『ならば、ここから早く出られる様に早急にバグを殲滅しましょう。及ばずながら、私も協力しますので、マイスター』

「はは、頼もしいな、セイ」

相棒二人が宿った神機を片手に、すっかり暗くなった空を見上げる。

(皆……何とも無ければいいけど)

夜空に光る月に雲がかかった事が、何となく気にかかって仕方がなかった。


………………


…………


……


――the third person――

とある異世界にて――。

「こっちでいいんだよな、反応があったのは」

一見して唯の少女にしか見えないが、しかしその雰囲気は歴戦の猛者にしか出せない。

紅いゴシックドレスに、ウサギの飾りがついたハンチング帽の様なものを身につけ、その身の丈には明らかにアンバランスな鉄槌のアームドデバイスを肩に担ぐようにして飛んでいる。

ヴォルケンリッターの一人、鉄槌の騎士ヴィータ。

「うん、もう少しで目視出来そうだよ」

そう答えるのは、今現在管理局が注目する期待の新人の内の一人。

弱冠11歳にして、誰もが認める空のエース――高町なのは。

「はぁ~、ホントにツイてねぇな、アタシ等。よりによって任務の期間中に正体不明の魔力反応って……」

「にゃはは、仕方無いよ。それに、いくらか応援も送ってくれるって話だしさ。もう少しだけがんばろ、ヴィータちゃん?」

「ま、ちゃんとやるけどさ。正体不明ってのがどうもな……」

「まあ、私も気になるけど……無限書庫に問い合わせる時間も無かったみたいだし……」

「いくらユーノでも、んな短時間で、しかもノーヒントじゃ調べられねえだろ」

お互いに軽口を叩きながら、魔力反応があった場所を目指して飛ぶ。

日はもう完全に落ちていて、しんしんと雪が降っている。

かなり冷え込んでいるが、この程度の自然現象レベルの低温ならバリアジャケットと騎士甲冑はものともしない。

冷えた空気を切り裂く様に飛んでいく二人が目的の場所に着き、辺りを見回す。

「ここだよな、なのは?」

「うん、そうだけど……何だか遺蹟みたいだね」

「何もいねーじゃん」

「うーん……?」

着地した二人は魔力反応があったという場所を見回すが、そこは崩れかけた石造りの建築物以外は何も無く、生き物の気配もない。

ただ雪が降り積もった、まっさらな光景が広がるのみ。

10分ほど探して何も無かったために、調査終了の旨を艦の司令部に告げて帰還しようとしたとき――。

「――! ……なのは、お客さんだ」

「うん、ヴィータちゃん……」

ガシャッ、と金属が擦れるような音が響き、唐突にロボットとしか表現しようのないモノが現れた。

鉄仮面のよう頭部をしているが、四足歩行をしておりそれぞれの手足が鋭い刃物の様になっている。

暫らく睨みあっていたが、なのはとヴィータを敵と認識したのか、目にあたる部分に鈍い光が灯り、攻撃を開始した。

「いくよ、ヴィータちゃん!」

「おうっ!」

かけ声と共に飛行魔法を発動させ、数体出現したロボットを囲むような軌道で飛び立つ二人。

それを認識したロボットは、その鋭い刃となっている手足の一つをブーメランのように投擲する。

二人にそれぞれ向けられた凶刃を、しかし二人は冷静に回避する。

「お返しだ、アイゼン!」

『Schwalbefliegen』

ヴィータが掌を水平に動かし、グラーフアイゼンが言の葉を発すると鉄球が出現し、紅い光を纏う。

「そらあぁああぁっ!」

グラーフアイゼンが振り下ろされ、盛大な音をたててインパクト。

鉄球が物凄い勢いで撃ち出され、空を裂きながらロボットに迫る。

ロボットは紅く光る鉄球を避けるべく高速で走り回り、何とかそれを交わす事に成功する。

激突した鉄球が積もった雪を吹き飛ばし、地面の土砂までも抉り飛ばすが――

「――バーカ、アタシの事忘れんじゃねーっつーの」

巻き上げられた雪をその身に浴びながら現れたヴィータがロボットに向けて己の得物を振りかぶる。

哀れ、もはや回避手段を持たない木偶の坊は、鉄槌をその身に受けるしかない。

「テートリヒ・シュラークッ!」

ズガンッ! と景気のいい音を立てて、鉄の伯爵がロボットにめり込む。

装甲は言うに及ばず、内部機構も完全にズタズタに破壊し、今だ勢いの衰えない攻撃はロボットの決して軽くないボディを吹き飛ばし、建造物の壁にブチ当てて大破させた。

ブチ当たったロボットは何かの残骸としか呼べない程バラバラで、元の形は見る影もない。

「お人形遊びはシュミじゃねーんでな」

ヴィータ方の戦闘が終わるころ、なのはの方も締めを迎えていた。

「レイジングハート!」

『Accel Shooter』

レイジングハートは音声を発し、なのはの周囲に小型の魔力スフィアが形成されていく。

桜色のそれが生成されていく光景は幻想的でさえあるが、その本質は主の操作一つで敵を撃ち砕く矛だ。

「シュートッ!」

トリガーとなる言葉がなのはより発せられ、合計12発もの誘導弾が意思を持っているかのような軌道でロボットに迫る。

なのは自体は誘導弾の制御にかかりきりで移動もできないが、何時でも防御可能なように気を張っている上、そもそもロボットは撃ち出されたシューターに翻弄されていてなのはに攻撃するどころでは無い。

「――そこっ!」

なのはが叫ぶとともに、誘導弾の内の一発が起動を変更――牽制から攻撃へと転じる。

地面すれすれを滑る様に飛んだ誘導弾は、ロボットの足をすくい上げる様に命中し、その体勢を崩す。

地面に倒れ込む様な体勢になったロボットに、なのはは残りの誘導弾で総攻撃をかける。

「終わりっ!」

その言葉と同時に、誘導弾が彗星の様に飛来し、ロボットを地面に縫い付けていく。

一身に誘導弾を浴びたロボットには、全身を穴だらけのスクラップにする運命しか残されていなかった。

「フィニーッシュ!」

ガッツポーズをして、満面の笑みを浮かべながらVサインをヴィータに向けるなのは。

ヴィータもグラーフアイゼンを肩に担ぎながら、ニカッと笑ってVサインを返した。


………………


…………


……


「――はい、アンノウンは撃退完了です。詳しい事は分かりませんが――」

正体不明のロボットを撃破したなのはとヴィータは、艦の司令部にそれを報告するとともに、これからの指示を仰いでいた。

「――はい、分かりました。では、お待ちしています」

「で、なのは。何だって?」

通信を終了したらしいなのはに、ヴィータが問いかける。

「えっとね、艦から調査隊を派遣するから現場で警戒しつつ待機。引き継ぎを行った後に帰還せよ、だって」

「ふーん。ま、それがフツーだよな。あー、やっと帰れる」

「ここの所、仕事多かったもんね」

「だろ? そこにきて、このアンノウンだしさ。運ワリーよなぁ、アタシら」

「にゃはは、そうかも」

ヴィータの言い分に苦笑するしかないなのは。

とにもかくにも、あと少しで任務完了だと気を緩める二人。

――と。

「――? 封鎖結界? もう調査隊が着いたのか?」

「そんな、早すぎだよヴィータちゃん。まだ報告して5分も経ってないのに」

現場に関係者以外が立ち入らない様に結界を張る事は間々あるが、どう迅速に行動したとしてもこれは早すぎる。

「だよなぁ? ――っ!?」

「……ヴィータちゃん? ――ひっ!?」

小さな異変に思わずヴィータが周囲を見回していると、ソレはこそこそ隠れもせず、二人の前に現れた。

息を呑んで凝視する二人の目に映るのは、鈍い輝きを放つ鋼色。

一見して何を思い浮かべるかと言われると、サソリをあげるだろう。

ただし、既存のサソリの様に小さな体躯ではなく、胴体部分の全高は四メートル近くあり、その頭上まで伸びる尾針まで含めると、六メートル近くにまで達している。

前足の部分はハサミの様にはなっておらず、歯を剥き出しにした人の顔の片割れとなっており、左右の前足をくっ付けると正しく人の顔の様になると思われる。

上半身には13の突起があり、兜の様な形状をしてはいるが、そこから覗く人の意思などある筈もなく、ひたすら虚ろだ。

その代わりとでも言うのか、胴体の長さに匹敵するほどの長さを持った尾針が月明かりを受けて鈍く輝いており、まるで静かな殺意をあらわしている様でもある。



――ボルグ・カムラン



鋭い尾針と強固な盾を兼ね備えた、昆虫型の大型『アラガミ』。

アーサー王伝説から命名されたと言われる、ヤコウの世界のグレートブリテン島南部を発生起源とするアラガミである。

二人を認識したボルグ・カムランは、そのあらゆる地形を踏破する四本の足を用い、雪で滑りやすくなっている地面などものともせずに猛スピードで迫る。

我に返った二人はそのまま逃走に入るが、直ぐに諦めざるを得なくなった。

「この結界、半径百メートルくらいの広さしかないよ!?」

「ちくしょう、あいつか他の誰かか知らねーけど、何だってこんなマネを……ってか、なんでアラガミが出てくんだよ!? この世界がそんな状況になってんなら管理局は見張りだけして不干渉のハズだろ!?」

「あ、あれがアラガミなの、ヴィータちゃん!?」

「アタシらはヤコウから元の世界の事を色々聞いてたからな。だから、あんな姿のアラガミがいるってのも知ってたんだけど……色々後回しにした方がいいぜ、なのは」

「この広さじゃ直ぐに追いつかれちゃうから、戦いながら逃げるしかないけど……アラガミって魔法が利かないんでしょ?」

「は? それ、マジか……?」

なのはが口にした言葉に、ヴィータが呆然とした口調で訊き返す。

「う、うん。ユーノ君とクロノ君がそう言ってたの。魔法で対抗しようとしても出来なくて、滅びた世界があるって……」

「クソッ……。アレを倒して逃げる事は出来ないな。となると――」

「調査隊の人達が来てくれてるはずだから、その人達が外から結界を解除してくれるのを待つしかない、かな……?」

「マジでそれしかないっぽいな……。アタシらのギガントとかスターライトブレイカーは、溜めが長すぎてアレに狙われてる状況じゃ危険すぎるし」

結界がもっと広ければそれも可能だったかもしれないが、今は可能性を論じている暇もないほど切羽詰まっている。

「――覚悟を決めるぞ、なのは」

「――うん。いこう、ヴィータちゃん」

疾走してくるボルグ・カムランに向き合う二人。

相手に魔法が一切利かない以上、こちらからの攻撃は牽制にしか使えない。

となると、ヴィータとなのはは相手の攻撃を避けるか、又は防ぐかして結界外部からの救援を待つしかない。

完全に受け身の作戦だが、現状ではこれしか無い。

自分達に向けて、その巨体からは信じられない程のスピードで疾走してくるサソリの騎士を見遣り、二人は覚悟を決めた。

「通信は妨害されてなかったんだよな?」

「うん。救援要請はもう済ませたから、あとは私達が頑張ればいいだけ」

「オーケー、延長戦の開始だな」

――と、疾走してきたボルグ・カムランが脚を少し曲げ、溜めをつくる。

何かと思う間もなく、二人に向けて盾の様な前脚部分を振りかぶりながら跳躍してきた。

異形の騎士の予期しない行動に驚く二人だが、意外性だけで堕ちるほどヤワでもない。

近接戦に重きを置くベルカの騎士たるヴィータは元より、若干機動性に難があるなのはも急加速を咄嗟に行えるだけのスキルは持っている。

あっさりとボルグ・カムランの跳びかかりを避けるが、その攻撃力には目を見張らざるを得なかった。

振り被られた盾の片割れたる前脚での一撃は、この気候で凍りついた地面を完全に抉りとり、局所的な地鳴りを引き起こすほどのものだ。

だが、その攻撃を外した今は二人に背を向け、完全に死に体を晒している。

「今だ、アイゼン!」

『Schwalbefliegen』

「いくよ、レイジングハート!」

『Accel Shooter』

ヴィータとなのはから、それぞれが得意とする射撃魔法が放たれる。

誘導性もあるそれらの鉄球と魔力弾は、二人の技量も相まって前以外の左右と後背から押し包むようにボルグ・カムランに迫っていく。

効きはしないだろうが、相手の気勢はこれで殺がれる事になるだろうと期待する二人。

しかし、サソリの騎士は二人の方に方向転換する事すらなく、その予想を一蹴した。

鉄球と魔力弾が迫る中、ボルグ・カムランは突撃槍を彷彿とさせる巨大な尾針がついたその尻尾を旋回させた。

その巨大さを微塵も感じさせない精密な動きで、まるで別の独立した生き物であるかのように的確に鉄球と魔力弾を迎撃してしまった。

ヴィータの鉄球が四発、なのはの魔力弾が十二発の計十六発。

簡単に撃墜できるはずもないそれを、しかも死角から放たれたそれを完封されてしまった。

想像を絶する精度を誇る敵の迎撃に、戦慄するヴィータとなのは。

「ちっ……。こんなデカイなら、攻撃も大味かと思ったんだけどな」

「これじゃあ、魔法が効いたとしても苦戦しただろうね……」

各々の相棒を握りしめ、自分たちの方に急転換するサソリの騎士を見据えながら零す。

相変わらず顔の様な突起からは微塵も意思を感じないが、異形のバケモノにも関わらず、研ぎ澄まされた殺気が発せられている。

雪雲の間から覗く月の光を受け、鈍色の尾針が不気味に輝く。

「なのは、基本はアタシが前に出るからフォロー宜しく。アレ、見た目通り接近戦が得意っぽいしな」

「分かったよ、ヴィータちゃん。フォローは任せて」

完全に逃げられず、自分たちの攻撃が効かない事も分かっているが、結界の内部という限られた空間にいる以上、相手の一挙手一投足を見逃さない様に相対するしかない。

攻撃の前兆を見逃さない様に注視し、避けるか防ぎ、隙があれば此方から攻撃を加えて相手を勢い付かせない様にする。

難しい事だが、これをこなせなければ恐らく――命は無い。

「物理攻撃も魔法も効かねーなんてな……騎士殺しに魔導師殺しかっつーの」

物理攻撃が効かない事は、ヤコウから聞いているのでヴィータは知っている。

という事は、魔法を殺傷設定にした所で無駄だということだ。

「――行くぜ! おらああぁぁぁあああぁああっ!!」

だが、相手を打倒する事だけが勝利だとは限らない事もまた然りだ。

もう幾歳月戦い続けたか分からないヴィータも、今だ少女と言える年齢のなのはも、それは弁えていた。

自分たちの目標を達成することこそが勝利――ならば、ここでの勝利条件は救援到着まで生き延びる事だと。

自分に向かって突撃してきたヴィータを、ボルグ・カムランはその前脚を振り上げて迎え撃った。

空気を切り裂いて向かってくる深紅の少女に向けて、盾の片割れたる右前脚を一閃。

叩き潰す様に振り下ろされた鋼色の塊を、しかしヴィータは冷静に紙一重で回避する。

攻撃の勢いと研ぎ澄まされた殺気とが混じり合い、騎士甲冑に掠めただけにも関わらずビリビリと痺れるような感覚が起こる。

「アイゼン!」

『Raketenform』

攻撃を回避した勢いのまま、地面ギリギリの高さで身体を捻りながらグラーフアイゼンを変形させる。

あらゆる物を穿つ意志の込められた、削岩機の様に鋭い先端が出現し、反対側にはジェットエンジンの如き推進口が現れ、苛烈な主の意思を体現するかのように火が灯る。

魔力によって勢いを増した火は炎となり、敵を穿つべく鉄槌の勢いを増幅させる。

「そらあぁああああぁぁぁああああぁーーっ!」

掬い上げる様な軌道を描いて鉄槌の先端がサソリの騎士の下顎辺りに激突し、その鋼色の身体から青白い火花が散る。

どれだけの衝撃が発生したのか、インパクトの瞬間にボルグ・カムランのその巨体が若干浮き上がり、金属が擦れたような悲鳴が口から漏れ出る。

ダメージは無いらしいが、予想だにしない衝撃を喰らい怯んでいる事が目に見えて分かる。

だが、早くも持ち直したというのか、その突撃槍のごとき尾針がヴィータを狙う。

鈍く光る鋼の槍は、勢いよくヴィータに向けて突き出されたが――

「ディバイン――」

そのままヴィータに突き刺さり、串刺しになる事をなのはが許すはずもない。

「――バスタァアアァァアァーーッ!!」

予め、ヴィータのフォローに徹していたなのははチャージしていた魔力とカートリッジで爆発的に高まった魔力を混合、自分の代名詞とも言える得意の砲撃魔法を放った。

桜色の魔力砲は、狙い通りヴィータに迫っていた鋼鉄の尾針に命中し、その軌道を大きく曲げ、勢い余った尾針はヴィータを狙った刺突の勢いを殺す事無く、その半分ほどを地面へと埋める事となった。

その大部分を地面へめり込ませた尾針は簡単に抜けるものではなく、他への注意を一切散漫にしてボルグ・カムランは必死に抜こうとする。

だが、だからと言って二人にそれを待つ義理など無く、むしろ絶好の攻撃チャンスである。

「アクセル……シューットッ!」

「もう一丁っ……喰らいやがれぇええぇっ!」

なのははバスター終了と同時に展開していた6発のアクセルシューターを撃ち出し、ヴィータはボルグ・カムランの顔面と思われる突起へとラケーテンフォルムのグラーフアイゼンを振り下ろす。

6発の桜色の誘導弾は尾針の根元に着弾し、かなりの衝撃音と共にサソリの騎士の身体を揺さぶる。

撒き散らした音からすれば信じられない程だが、傷一つ付いておらず相手を怯ませるに留まっている。

ヴィータの場合は更に顕著で、自身の腕力、推進機関による付加、そして重力と考えられ得る全てを乗せたにも関わらず、派手な音と火花を散らした以外は何の痛痒も与えられていない。

攻撃ヒット時の手応えは会心の一撃を思わせるものだったにも関わらず、である。

そうこうしている内に尾針が地面から抜け、ボルグ・カムランが二人の方に急旋回する。

二人も一旦距離をとり、仕切り直しを図る。

「くそっ……ホントにまるで効いてねぇな。ケロリとしてるようにしか見えねえ……」

「衝撃で揺さぶることは出来るみたいだけど、それだけだね……」

「ま……アタシらのやることはコレに勝つ事じゃない」

「だね、負けない様にして……助けを待つ事だし」

なのはとヴィータはお互いのやるべき事を確認し、サソリの騎士を見遣る。

――と。

胸部にある口が突如開き、両前脚同士を叩きつけてかん高い音を出して、例の金属が擦れ合う様な声で咆哮する。

耳をつんざく様なかん高い咆哮に、思わず耳を塞ぐなのはとヴィータ。

そして、その一見して訳の分からない行動の直後――尾針の根元部分が発光し始めた。

どういう原理なのかまるで分からないが、危険度が更に高まった事を二人は理解せざるを得なかった。

戦いの初めから二人を襲っていた殺気が更に研ぎ澄まされ、未だに開いている口元から覗く牙からも、同様のものを感じ取ることが出来る。

そして、開かれていた口元の装甲が閉じられると、サソリの騎士はその有り余る力を二人に見せつけた。

「――なっ!? く、このっ!」

「ヴィータちゃん!?」

先ほどよりもさらに増した跳躍で、飛んでいる二人に覆い被さった上、叩き落とそうとしたのである。

咄嗟に避けたなのはは何とか脱出できたが、ヴィータをフォローしようとしたところに尾針を叩きつけられ、大きく弾き飛ばされる事となった。

シールドで防御したために大したダメージは受けていないが、フォローを受けられなかったヴィータはボルグ・カムランの強大な前脚で抑え込まれ、グラーフアイゼンで鍔迫り合いを行わされている。

「ぐっ……! 重て、え……!」

更に、片方だけで抑え付けていたヴィータを両前脚で抑え付け、先ほど閉じた胸元の口を大きく展開した。

このままヴィータを抑え付け、抵抗させないまま一飲みにする気だ。

通常の生き物ではあり得ないその補喰のプロセスに、アラガミという存在の異質さを感じずには居られないヴィータ。

が、抑え付けていた前脚をいきなり放したかと思うと、前脚同士を組み合わせて大盾を展開した。

敵のいきなりの行動に驚くヴィータだったが、展開された盾に膨大な威力の砲撃が命中したことでその真意を悟り、砲撃の主の方を向いた。

なのはがカートリッジをコッキングさせながら砲撃を撃ち続け、防御状態のボルグ・カムランを勢いだけで少しずつ押している。

「ヴィータちゃん、体勢を立て直して!」

「分かった。サンキュー、なのは!」

ヴィータが脱出できたことを確認したなのはは砲撃を止め、ヴィータに呼びかける。

砲撃に押しに押されたボルグ・カムランは防御態勢を解除するや、今度はなのはの方に向き直った。

食事にありつく直前で邪魔が入ったためか、心なしか殺気が増している様に感じるなのは。

「レイジングハート!」

『Accel Shooter』

向き直ったボルグ・カムランに備えるため、得意の魔力弾を形成して対する。

しかし、向き直ったボルグ・カムランは今までの様に突撃は行わず、盾を地面につけて伏せる様な体勢をとり、尾針だけをなのはに向けた。

尾針の根元は相変わらず発光しており、並大抵の威圧感ではない。

そして――ぶれていた尾針がピタリと静止した時、その先端から機関銃の様な勢いで針が発射された。

連射された針は、一直線になのはに向けて迫り、その身を貫こうとする。

しかし、なのはも然る者、あらかじめ形成してあった誘導弾で針を迎撃すべく操作する。



――しかし。



「アクセル……シュ――うっ……!?」

何の問題も無く迎撃できる……はずだった――――なのはが本調子であるなら。

まだ十一歳と、幼いとさえ言えるなのはには、自身の限界を正確に測る指標というものが無かった。

自分が頑張ることで救える人たちがいるのなら――そう考え、自分にかかる負担などを度外視した。

また、なのは自身の気質としての、どれだけ辛かろうと周りに漏らさない性質も裏目に出た。

もっとも、客観的にみて負担がかかっていようとも、なのは自身は何とも思っていない場合が多々あるが。

結果、なのは自身も気付かない内に積みかねられた疲労が、最悪な瞬間に現れてしまった。

「――なのはっ!?」

「…………あっ……」

集中力が途切れた事によりシューターが消失し、それを見て驚愕したヴィータの焦った様な声に一瞬暗くなった視界が元に戻るが――――全ては、もう遅かった。

『Protection』

主に迫る危機に対応するため、レイジングハートは独自の判断で防御魔法を起動するが、その攻撃に対するには足りなかった。

なのはに対して狙い澄まして放たれた針の連撃は、バリアの一点をピンポイントで集中的に攻撃した。

その結果――最後から二針目でバリアは完全に崩壊し、最後の一針はなのはのバリアジャケットを完全に穿ち、その身体すら貫通させた。

「なのはぁああああぁーーっ!!」

表情を歪め、有らん限りの声で叫ぶヴィータ。

鋼鉄の針に穿たれたなのはは身体をのけ反らせ、白のバリアジャケットを鮮血に染めながら墜ちていく。

視界が霞み、全ての音も遠くに聞こえる中、サソリの騎士に向かっていくヴィータがなのはの視界に入った。

「ヴィー、タ、ちゃん……」

逃げて、と言いたかったなのはだったが、声が掠れてしまって出せなかった。

「テメエェエエェエエエーーッ!!」

魔力を全身に漲らせ、紅い弾丸となってボルグ・カムランに突撃するヴィータ。

「アイツを潰す! アイゼンッ!!」

『Jawohl. Gigantform』

ヴィータの声に応えたグラーフアイゼンからコッキング音が発され、数発の薬莢が排出される。

その名の通り、巨人が持っているかのような巨大な鉄槌に変形したグラーフアイゼンを振りかぶり、突撃の勢いのままボルグ・カムランに向けて振り下ろす。

今までで最大級の音が響き渡るが、サソリの騎士は冷静さを欠いた者の攻撃など脅威ではないと言わんばかりに、微動だにせず盾で受け止めている。

「くっ……くっそおおおぉおおぉーーっ!」

何の痛痒も感じさせないボルグ・カムランの様子に、ヴィータは悔しげに声を上げるが……なのはが墜とされて散漫になったその隙を、見事に突かれてしまった。

「なっ……! ぐああぁっ!?」

乾坤一擲の一撃は盾に防がれ、そのまま弾き返された挙句、体勢を崩した所に横薙ぎに払われた尾に強かに打ち据えられた。

故意か偶然か、なのはが墜ちた所まで吹き飛ばされ、全身を強打するヴィータ。

騎士甲冑のお陰で軽症だが、何の慰めにもならない。

倒れ込んだ二人を、睥睨するように遠くから見降ろすサソリの騎士。

いつの間にか尾針の根元は元通りになっており、光を発していない。

「ち、くしょう……!」

最大級の一撃が歯牙にもかけられなかった事に、悔しさを隠せないヴィータ。

そして何より、仲間が墜とされた時にどうにも出来なかった自分に腹が立って仕方無い。

これ以上は、絶対になのはを傷付けさせない――その決意は、予想外の展開で果たされた。

ボルグ・カムランが唐突に魔法陣に包まれ、転移していってしまったのだ。

光の粒子を残して消え去る、サソリの騎士。

予想だにしない展開にしばし呆然としていたヴィータだったが、我に帰ると背後に倒れているなのはに駆け寄り、必死に呼びかける。

「おい……おいっ! バカヤロー、しっかりしろよっ!」

涙声で必死に呼びかけるヴィータに、なのはは明らかに重体にも関わらず、気丈に微笑んで見せた。

「…………から……だぃ……ぅぶ……だか……」

白をベースにしたバリアジャケットを溢れた血で染めながらも、なのははヴィータを心配させまいと笑う事を止めない。

その様子は痛々しくてならず、自分の無力さを思い知らされる。

――――アタシが何とかしてやらなくちゃいけなかったのに!

そんな後悔が止まらない。

だれもが認める空のエース。

彼女は無敵だと、絶対に負けないと思い込んでいた結果がこの様だ。

今まで負けなかっただけ――これから先も負けないなど、誰が断言できるというのだろうか。

そして……なのはを含めた知人全員の過信が、今回の惨劇を形作ってしまった。

あのボルグ・カムランが出てくるという、予想外の事態が起こったためというばかりでは無い。

本調子だったなら、あの針の攻撃を何の問題も無く迎撃していたことは明らかだったのだから。

「ちょっと……失敗した、ね……」

「なのは、もう喋るな。スグに医療班が来るからな……!」

血に濡れたなのはの手を握りしめ、懸命に言葉をかけるヴィータ。

そうしなければ、どこかに行ってしまいそうな感覚が抜けなかったから。

「ヴィータちゃんは……大丈夫だった……?」

「うん、何とも無い……! だからもう、静かにしてろ……!」

「よかった……」

ヴィータの答えに、安心したように目をつぶるなのは。

今の所は大丈夫な様だが、この有様では一刻の猶予も無いだろう。

「医療班っ! 何やってんだよッ! 早く……早くしないと、コイツ死んじまうよっ!!」

ヴィータは自分のデバイスを通じてこちらに来ている筈の医療班に呼びかける。






無慈悲な神が確認された、最初の日の出来事――






















――終りの一言――

……はい、StSで語られた、なのはの重傷事件を自分なりにアレンジした話でした。
疲労の積み重なりというのは同じ理由でしたが、怪我をさせた相手がガジェットⅣ型ではなく、アラガミにチェンジしました。
本物のアラガミが出てきたら大事件じゃね? と思うかもしれませんが、その辺はまた先の話で語ることになるかと思います。

では、今回はこれにて。
またよろしくお願いします!



[17292] 幕間の3『蒼き雷の落した涙』
Name: 太公ボウ◆566d43bd ID:d5c401a4
Date: 2010/12/31 08:52
「それじゃ、また後でな、リインフォース」

「はい、主。――ツヴァイ、主を頼んだぞ」

「お任せです、ねーさま! はやてちゃんのサポートはしっかりとやるですよ!」

「あはは、二人ともちょい大袈裟やで?」

家族同士の気安い会話を交わし、リインフォースは二人とは別方向へと歩いて行き、それを見送るはやてともう一人。

「んじゃ行こか、リイン」

「はいです、はやてちゃん」

いつもの如く、デバイスの研究・開発部門へと足を向けるはやて。

すっかり見慣れた本局の通路を、自分の足でしっかりと歩いて行く。

夜天の魔道書の影響により不調だったリンカーコアからの魔力の影響で麻痺していた脚は、この3年ですっかり完治し、今では思いっきり走ることも出来るほどである。

魔導師としても学生としても充実の日々を送っており、今では更なるステップアップへ向けて、上級キャリア試験へ合格すべく邁進する毎日。

そんなはやての目下の心配事は……彼女の頭の横にフワフワと浮かぶ一冊の魔道書。

正確には、この中に入って行った、自分の大切な家族のこと。

その人の事を想いながら歩いて行くはやての目に、親友の姿が映った。

「なのはさ~ん、フェイトさ~ん!」

「あれ、リイン? あ、はやてちゃんも」

「お早う、リイン。はやてもお早う」

「おはよーさん、二人とも」

なのはとフェイトを見つけるや、あっという間に駆け寄って行くリインに苦笑しながら挨拶を返すはやて。

「二人とも、これから仕事なん?」

「ううん、今日はレイジングハートのオーバーホールに来たんだ。明日から私達も中学生だし、気分的にもちょうどいいと思って」

「私はなのはからその話を聞いて、ならついでにバルディッシュも診てもらおうかなって」

「なるほどなぁ。なら、一緒に行かへん?」

はやての言葉を聞いて、首を傾げる二人。

夜天の書自体ははやての傍に浮いているが、その管制人格たるリインフォースが見当たらないからだ。

デバイスの整備なら、彼女も居なければ意味が無いのではないのかという疑問が浮かぶ。

「あー、リインフォースはいつも通り無限書庫や。なんか手掛かりがあるかもって」

「ああ、なるほど。ここの所ずっとみたいだね」

「リインフォースは何か見つかったって言ってた?」

二人の疑問に答えたはやてに、事情を察したなのはとフェイトは納得するが、その成果は二人も気になる事だった。

3年前の事件で出会った関係者――――朝霧ヤコウの話となれば、二人とも無関心ではいられない。

事件の終わりを、リインフォースの消滅という苦い形で締め括らずに済んだのは、他でもない彼のお陰だとなのはとフェイトは認識している。

ヤコウは必ず戻って来ると言っていたが、クリスマスのあの日からもう既に三年以上が経過している。

あの事件に関係し、ヤコウとも面識がある面々は首を長くして帰りを待っている。

かといって、ただ何もせず待つという事は精神的に苦しい事である事に変わりは無い。

そこで、事件以来のメンバーで比較的手漉きであったリインフォースが、無限書庫で何かしらの手掛かりが無いか調べる事となった。

今度は何か見つかったかと、期待するなのはとフェイトだが――

「んーん、なーんにも無い。梨の礫やなぁ」

「ねーさまも根気よくやってるんですけど……」

「そっか……。リインフォースさんも相当頑張ってるのにね……」

「まあ、仕方無い面もあるよね……。私も執務官としての仕事で無限書庫に行く事があるけど、ユーノが陣頭指揮をとって開拓してなかったら、今も情報の墓場のままだったと思うし」

「そのユーノ君もたまに協力してくれてるんやけど、参考になりそうなもんは何も無し。カスリもせんそうや」

三人娘と融合騎は肩を落とし、見事にシンクロした溜め息を吐いた。

「リインフォースもなあ……私にはこれ位しか出来ません言うて必死でやっとるけど……あの表情を見るんは、こっちとしても辛いなぁ」

「リインフォースさん、ユニゾンが出来なくなっちゃったから……?」

「出来なくなったんじゃなくて、正確には禁止されたみたい。義兄さんと義母さんに聞いたんだけど、防衛プログラムが完全に駆逐され切って無い様な状態でユニゾンすると、どんな影響が出るか分からないって言ってたけど……それは表向きの話なんだって」

「どういう事、フェイトちゃん?」

なにやらキナ臭い理由がありそうだと察したなのははフェイトに訊くが、それにははやての方が答えた。

「まあ……上の人達は怖いんやないかな、リインフォースの事が」

「何でねーさまが怖がられないといけないですか?」

まだ誕生して1年も経っていないツヴァイは理解出来なかったようだが、まだ半分は学生とはいえ、半分は大人の世界で過ごしてきたなのはは、はやての言葉で察した。

「……リインフォースさん、爆弾扱いされてるってこと?」

「そういう事やな……。いつまた壊れるか分からん欠陥を抱えた不良品……そんな風に思われとるんやて」

「実際、ヤコウのやった事を無駄だっていう人も少なくないって義兄さんが言ってた。それどころか、あの時消滅させてれば後腐れが無くて良かったっていう人も居る位だって……」

「何でそうなるですか! リインは会った事無いですけど、ねーさまを助けるために命を賭けてくれてる人ですよ!? 事無かれ主義もいい加減にしてほしいです!」

自分の姉の恩人で、まだ見ぬ家族を侮辱されたと感じたリインは憤懣やる方ないといった感じで、その小さな体全体で怒りを表している。

頭から湯気を立てる勢いでプンスカと怒るリインの様子に、他の三人は険しい表情を緩める。

「でも、この話はヴォルケンリッターの皆には黙っていた方が良さそうだね」

「あー、それは分かるなぁ。ヴィータちゃんとか、ヤコウさんの事を話すとき凄く楽しそうだもん。こんな話を聞いたら怒り心頭だよ」

場を和ませるように言うフェイトの言葉に、なのはも乗っかる。

「そうやなぁ。シャマルがその情報を調べ上げて、シグナムとヴィータ、ザフィーラでその話をした人に突撃していきそうやし」

「はやてちゃーん! リインとねーさまを忘れたらダメですよー!」

少しずれたところに抗議をするリインに、思わず三人娘が噴き出す。

その様子にリインは頬を膨らませて拗ね、三人は慌てて宥めにかかる。



リインを宥めながら、はやてとなのは、フェイトは、ヤコウが守りたかった幸せは、確かにここにある事を実感していた。


………………


…………


……


――side Yakou――

――夜天の書、内部生活???日目

「そらああああ! 喰らえええっ!」

掛け声と共に勢いよく跳び上がった僕は、空中に浮いている目玉――ザイゴートに、ショートブレードの突きを渾身の力を込めて叩き込んだ。

深々と突き刺さったショートブレードに激痛が走るのか、僕の攻撃の勢いのまま墜落するザイゴート。

地に落ちたザイゴートの目玉からブレードを引き抜き、そのまま微塵切りにする勢いで斬り刻んでいく。

「ベイオネット!」

『了解です』

僕の言葉だけで察したのか、攻撃の手を休める事無く、溜めを作る間もなく捕喰形態に移行したベイオネットは、ザイゴートのコアを丸呑みにして絶命させる。

原形を無くすほどに切り刻まれたザイゴートは、暫らくの後、その身体を霧散させた。

『――周辺に敵性反応無し。合計十七体のザイゴート種の群れの駆逐、完了しました。お疲れ様です、マイスター』

「まあ、ザイゴートが幾ら群れたところで他のアラガミが居ないんじゃ、脅威度は半減だしな。この目玉共だけなら数が多かろうと大したことないし、冷静に対処すればどうとでもなるよ」

『ですね、マスター。ザイゴートも、呼び寄せられる範囲に他のアラガミが居ないのでは怖くありませんし』

このザイゴートというアラガミは、それ単体では大した能力を持たない。

アラガミでは数少ない飛行能力を持っているが、神機使いの跳躍力から逃れられるほど高く飛べるわけでもないので、正直脅威ではない。

だがこいつらは近辺にアラガミがいた場合、原理は不明だが何らかの方法でそのアラガミを呼び寄せてしまうのである。

犬笛の様に、人間には聞こえない音を発しているなど様々な説があったが、元の世界でも不明なままだった。

そういう嫌らしい能力を持っているザイゴートだが、他のアラガミと群れて戦ってこそ真価を発揮するので、単体のスペックは正直低い。

そして、この目玉同士で群れている場合も大したことは無い。

飛んでいる、というか浮いているので少し攻撃しにくいが、それだけだ。

「ま、この空飛ぶ目玉の事はもういいや。セイ、ベイオネット、周辺に異常あるか?」

『いえ、今の所新たなバグが発生する気配はありません、マイスター。ベイオネット共々警戒しておきますので、心配は無用です』

『そうですね、セイ。マスター、しばらくは気を緩めても大丈夫でしょう』

「そうか。じゃあ警戒は任せたぞ」

ベイオネットとセイの言葉に少し安心した僕は、深く深呼吸をして辺りを見回した。

贖罪の街からこの場所に唐突にエリアが切り替わり、一度試しに離脱を試みてみたのだが徒労に終わった。

出ようとした場合、まるで封鎖結界が張られているかのような感覚がしたかと思ったら何故か元に戻されてしまう。

現在は夜で、風も無いためにはらはらと舞う雪が月明りに照らされ、幻想的な光景を醸し出している。

しかし、ここに来て二十四時間は絶対に経過していると思うのだが、何時まで経っても夜が明けないし、雪も止まない。

僕の記憶にある、この場所の一番強い印象を再構成したのだろうか。



――――鎮魂の廃寺



暗い夜空を照らす月を思わず見上げ、それがシオが旅立った後の薄い蒼に輝く月である事を認識し、僕は思わず表情を歪めた。

もう見ることは叶わないと思っていた元の世界の月の姿に、何だか嬉しい様な悲しい様な複雑な気分になる。

暫らくそうして月を見上げていると――



「ハァーーーハッハッハッハッハッハッハッハーーーッ!!」



唐突に、この静謐な空気を粉微塵に破壊する様な高笑いが聞こえてきて、顔をしかめる羽目になった。

思わず声のした方に目をやると、そこには石垣の上に陣取り、何やらポーズを決めている少女がいる。

今まで僕が見上げていた月と同じような薄い蒼色をした髪をしており、それを頭の左右でツーテールにしている。

顔には何やら……稲妻をモチーフにした様な仮面を着けており、瞳だけが覗いているのだが、らんらんと輝いており、今の状況を最高に楽しんでいるというのが丸わかりだ。

そして極めつけは、セイの時と同じような、何処かで見た覚えがあるバリアジャケットを展開している事。

「またソックリさん…………あれは、フェイトか……?」

断言できないのは、仮面で顔の上半分が隠れているというのもあるが、目の前の少女の仕草がフェイトとは似ても似つかないからだ。

ここにいる時点で構成体(マテリアル)だと分かってはいるが、はやての家でチラリと見た事のある、特撮のヒーローの様なポーズをとりながら高笑いをするなど、本物のフェイトでは絶対に出来ないだろう。

感応現象でフェイトの精神性まで知ってしまった僕としては、そのギャップにただただ呆然とするしかない。

ベイオネットとセイも、唐突に現れたフェイト似の少女の行動に言葉も無いらしく、警戒を促す言葉すら発さずに黙り込んでしまっている。

そんな僕達を置き去りにして、フェイト似の少女はヒーローのような口上を高らかに謳いあげていく。

「ようやく見つけたぞ、ゴッドイーター! このボクが来たからには、これ以上好きにはさせないっ!」

そう言って、これまたバルディッシュにソックリのデバイスを僕の方に突き付けて、啖呵を切る。

もしこれがテレビならば、「ビシィッ!」とか「シュバッ!」とかいう風切り音がしていただろうと思う。

「キミはここでボクに倒される運命だ! そしてボクは高く飛ぶっ! 何故ならこのボクは――」

フェイト似の少女はそこで一旦言葉を切り、溜めを作る様にして焦らす。

そして、その両側に環状魔法陣が出現したと同時に――

「――マテリアルファイター、マスク・ド・サンダーだからだあああああぁぁーーっ
!」

またしても良く通る声を張り上げ、ヒーローの様な名乗りを上げた後に、環状魔法陣に稲妻が落ちて少女を照らし出す。

何がしたいのかまるで分からないが、本当にまんま、ヒーローショーのノリである。

決まったとばかりに僕に対してニヤリと笑う少女に、どう反応したものかと本当に対処に困る。

『………………………………何をやっているのですか、雷刃』

ひたすら沈黙するしかなかった僕達の中で、絞り出したようなセイの声が響いた。

それを聞いた雷刃と呼ばれた少女は、僕が抱えている神機に目を向けながらまたしても芝居がかったセリフを紡いでいく。

「ムムッ、キミは星光か! おのれ、ゴッドイーターめ! ボクの仲間を捕らえ、拷問の末に奴隷にしてしまったんだなっ!!」

「はっ? いや、それは違「だが、しかぁーーーーし!」…………話を聞いてほしいんだけどなぁ……」

セイとの事があったので、元々平和的に説得出来るとは思っていなかったが、この雷刃というコの話しの聞かなさ加減は尋常ではない。

彼女の中では既にストーリーが出来上がっていて、僕が何を言ったところでそれが変更される事など有り得ないのだろう。

恐らくこれから戦いになるのだろうが、セイと戦った時みたいに最初から緊張感を持って戦う事が出来そうに無いくらい脱力してしまった。

「……セイ。あの子はお前の元の仲間なのか?」

『……あの有様なので大変不本意ですが、私の仲間であった存在です』

「という事は、あの子にも重大なバグが張り付いているって事か?」

『その通りです。あの調子なので脱力させられたかも知れませんが、その強さは本物です。油断はなどされませんよう』

セイがそう言うのなら、完全に子どものノリのあの子も相当な強さを持っているのだろう。

そもそも、どう考えてもフェイトが原型になっている筈だから、油断なんて出来る筈もなかったか。

気を引き締める僕とは対照的に、フェイト似の子は未だ特撮ヒーローのノリでボクに言い募る。

「いいだろう。星光の殲滅者を降したキミには、特別にボクの正体を見せてあげよう」

それなら最初から仮面なんて着けて来なければいいだろうにと思ったが、無粋なので言わないでおいた。

ヒーローには様式美も大事だと、コウタも言っていた気がするし。

「――ボクの名は、雷刃の襲撃者! 行くぞ、ゴッドイーター! キミにはボクの影すら踏ませないっ!!」

着けていた仮面を投げ捨てたフェイト似の少女――雷刃の襲撃者は、音を置き去りにする様な高速で僕に突撃してきた。

バルディッシュにソックリのデバイスを握りしめて突撃してくるその姿は、確かにフェイトを彷彿とさせた。






「いくよ、バルニフィカス! ――光翼斬ッ!」

高速で間合いを詰めてきた雷刃は、スピードを殺さないままデバイスに展開された魔力刃を僕に向けて放ってきた。

放たれた魔力刃が猛スピードで回転しながら迫って来るのを、僕は選択したショートブレード――過冷却ナイフ・改で迎撃する。

僕はフェイトが光翼斬とやらを使うのは見た事が無かったが、この魔法に相当する何らかの魔法を習得しているのだろう。

そもそも、ミッドチルダ式の魔法に漢字表記などある筈もないだろうし。

僕も空中に舞い上がり、その勢いのまま迫り来る魔力刃に過冷却ナイフ・改を袈裟がけに振りきった。

過冷却ナイフ・改の白い刃と光刃がぶつかり合い、衝撃音を撒き散らす。

カッターの様に高速回転する魔力刃がこちらを押し切ろうとしたが、体中に巡らした魔力で一時的に腕力を強化し、何とか押し返す事に成功した。

「よそ見はダメだよ、ゴッドイーター! ほらほらほらぁ、連撃いいぃっ!!」

光翼斬を牽制に使って僕の側面に移動した雷刃は、新たに展開したと思われる鎌状の魔力刃でこちらに連撃を加えてくる。

長柄のデバイスを自分の体の一部の様に使いこなすその姿は、圧巻の一言だ。

振り下ろし、袈裟懸け、横薙ぎ、逆袈裟、斬り上げと、目にも止まらぬ凄まじい斬撃の嵐だ。

とり回しのいいショートブレードを選択していて正解だったと、つくづく思う。

僕と雷刃の斬撃がぶつかり合う音が響き渡り、静かな寺院跡をたちまち殺伐とした戦場へと変貌させる。

「あっはははははははは! やるねえ、ゴッドイーター! ボクの予定では3分以内にやっつけて、変身解除といきたかったんだけどさぁ!」

「お前はヒーロー大好きっ子か! 三分以内でやっつけられるなんて、どこの巨大ヒーローを気取ってるんだよ!?」

「そうとも、ボクはヒーロー大好きっ娘だ! だからこそ許せないっ!」

「何の事だ!」

変形させたガトリング型のアサルト――ファランクスに魔力を打ち込み、SSサイズと最小だが連射のきく魔力弾を雨あられと雷刃に向けてばらまいて行く。

いくら速くても、これだけ壁の様に迫ってくれば避けられない筈だと思ったが、流石は防衛プログラムの残滓といったところか、軽々と僕の予想を覆してくれた。

「舐めるなああああぁーー! 電刃衝っ!」

向こうのデバイス――バルニフィカスのドラムマガジン型カートリッジシステムが収縮、瞬間的に圧倒的な魔力を生み出し、主の望む魔法を生み出していく。

数え切れないほどの環状魔法陣を形成し、その中央には雷撃の槍をたずさえ激しく放電し、明滅する。

「撃ち抜けえぇ、発射ああぁっ!!」

軽く三ケタは超えているだろう魔法の雷槍は、雷刃の合図と共に僕が撃ち出した魔力弾に向けて突撃を開始する。

槍状の魔力弾が圧倒的な密度で飛来し、僕が形成した魔力弾の壁を食い破ろうとする。

やがて互いに最初の一発が激突、それに続いて後続の魔力弾同士も次々に接触し、込められた魔力を解放させてゆく。

互いに百発を優に超える魔力弾を撃ち出しているので、ぶつかり合いによって生まれる魔力の奔流も尋常ではない。

雷刃の魔法の雷槍に込められた電撃が解放されて放電し、僕の魔力弾に込められた冷気は空気中の水分を凍らせていく。

微細な氷の粒に電撃の光が反射し、戦場に似つかわしくない幻想的な光景が生まれる。

「キミ達は、ボクたち防衛プログラムを危険物としてアッサリ切り捨てた! 元は同じ夜天の魔道書の一部だったボク達を!」

「――――っ!?」

もともとオリジナルより感情豊かなヤツだと思っていたが、今の彼女はそういう範疇に収まりきらない激情を見せている。

最早叫ぶ勢いで言い募り、防御を考えていないのではと思う様な捨て身の突撃を繰り出してくる。

「書の主も、守護騎士たちも、管制人格も助けたくせに――」

速く鋭い斬撃をがむしゃらに繰り出し、僕にぶつけて来る。

駄々っ子の様な有様の表情は僅かに涙ぐんでおり、見た目の年齢を更に幼く見せている。

「――何でボク達だけ見捨てたんだよおおぉーーーーっ!」

『雷刃! 落ち着きなさいっ!』

セイの呼びかけに僅かに表情を揺らす雷刃だったが、それは瞬時にある感情に取って代わったらしかった。

「いいよね、星光はさ……! バグを剥がしてキレイな身体にしてもらって、オマケに新しい主人も見つけちゃってさ!」

――嫉妬。

雷刃が発する言葉の端々に、星光に対する隠しきれない嫉妬の感情がにじみ出ている。

『……! 貴女、バグに感情を操られていないのですか!?』

「何だって! セイの時みたいに人格がバグに乗っ取られていないのか!?」

「ははっ、そうだよ星光! キミがバグを剥がされて正常になったからかな? 防衛プログラムにも少しは正常なトコロが出てきたんじゃないの?」

驚く僕とセイに、何故か自嘲的な笑みを浮かべる雷刃。

未だに涙を流している為、非常に痛々しく映ってならない。

「操られたまんまの方がよかったよ……! ボクの意志とは真逆のコトを正気を保ったまんまやらされるんだよ!?」

『なっ……! そんな事になっているのですか!?』

やっている事と表情がまるでリンクしていないのは、その為なのだろう。

今も矢継ぎ早に攻撃を繰り出し僕を降そうとしているが、その攻撃に気持ちが乗っていない様な感じがするのだ。

例えるなら、殺気が乗っていない必殺の一撃といった感じだろうか。

身体と心がてんでバラバラでは攻撃も上手くいかないはずだが、その部分もバグが補完しているのだろう。

「……だから、ボクはキミを殺すしかないんだよ。星光みたいに助かりたかったけど、ボクの身体はボクの心と関係なくキミを排除しようとするからさ……」

『そんな事にはなりません! マイスターが貴女を必ず助けます! そうでしょう、マイスター!?』

元の仲間同士である二人の、悲痛な叫び。

思う通りに生きられなず、意に沿わない行動を押しつけられる悲しさが、雷刃の心を悲哀に染め上げているのだろう。

皮肉にも、僕が星光をバグから解放したからこそ、それに気付いてしまったらしい。

「ああ……、僕の所為でこうなったのなら、責任は取るさ。雷刃、お前はどうなんだ?」

「ボクは……」

雷刃が撃ち出してくる雷槍を、ファランクスから撃ち出された魔力弾で撃ち落とす。

戦う意思なんてまるで無さそうにしか見えないのに、身体だけが戦闘に最適化され、雷刃の意思とは無関係に戦い続ける。

「――けて……」

ポツリ、と。

戦いに駆り立てられながらも、雷刃は自分の意思を忘れてはいなかった。



「――助けて……もう嫌だよ、こんなの……!」



涙を流しながら懇願する雷刃の言葉を聞いて、僕の心は決まった。

「――ぅ、あっ!? 逃げて!」

行き成りそんな事を言い出した雷刃を訝しげに見るが、その答えはすぐに知れた。

バルニフィカスが連続でカートリッジをロードし、鎌状になっていたその身を変形させていく。

眩い雷光を散らしながら急速に姿を変え、僕も一度だけ見た事がある形態になっていく。

「フェイトがあの時使っていた、ザンバーフォームか……」

金色に輝く大剣状の半実体化した魔力刃を備えた、フェイトの切り札だと思われる最も攻撃的な形態。

なのはとはやての二人と共に、闇の書の闇に痛撃を与えた強力無比な形態だ。

「ショートブレードじゃ対抗できないな……。ベイオネット、セイ、今すぐこの刀身にフルスピードで換装してくれ」

『それは出来ますが……その間は神機の使用が不可能になりますよ、マスター?』

「それでもやるしかない。シールドで受け止めるにしろ銃形態で捌くにしろ、いつかジリ貧になる。あいつのスピードは尋常じゃないから、真っ向から打ち合いながら倒すしかない」

『答えは変わらないみたいですね、マイスター。……1分半です。私とベイオネットでフルスピードでやったとしてもそれ位はかかります』

「分かった……。それまで頑張ってあの子の相手をするかな」

その言葉と同時に、バルニフィカスが変形を完了したらしい。

漲る魔力が電撃となって迸るその姿の威圧感は、並大抵ではない。

「うあああああああぁーーーー!」

青いマントを靡かせながら、僕に突進してくる雷刃。

もはや得物の長さは雷刃の身長に匹敵するほどにまで長くなっているが、それに自分が振り回されている感じを全く受けない。

悲壮感しか受けないその表情で、金色に輝く刃を振り下ろしてきた。

その細腕からは考えられない速さで振り下ろされた魔力刃をサイドステップで避けるが、余波だけでたたらを踏む羽目になった。

降り積もっていた雪は攻撃が当たった一帯だけ完全に蒸発し、湯気が立ち上っている。

僕の背後にあった石造りの壁は切り裂かれ、磨かれたかの様な鋭利な断面を晒している。

その様をチラリと見て、思わず息を呑んでしまった。

石を砕くのではなく斬り裂いており、カケラが散らばってすらいない。

まともに受けたら、斬られた痛みを感じる暇すらなく絶命するだろう。

とにかく、刀身が換装されるまで逃げ回るしかない。

「早く逃げて!!」

逃げてと言いつつ僕に向かって攻撃するしかない雷刃の心の内は、どんなものなのだろうか。

筆舌しがたい、最悪の状態だろう。

『残り69秒』

端的に告げるベイオネットの言葉を耳に入れつつ、雷刃からは目を離さない様に対峙する。

カウントダウンの終わりまでは、魔法を駆使して逃げに徹するしかない。

雷刃が何事か唱えると、無数の環状魔法陣が発生する。

さっきと同じく、目算だけで百は超えている。

それらによって形成された魔力の雷槍は、静かな殺気を以ってこちらを睥睨している。

『残り46秒』

セイがそう告げると同時に、雷刃が大軍に命令を下す様に自分のデバイスを振る。

大剣型になっているバルニフィカスから電撃が奔る音が発せられ、それを合図にしたかのように雷の槍が一斉にこちらに向けて発射される。

槍の壁と称してもいいようなその光景は、古代の戦術にあったと言われるファランクスを連想させる。

アレだけの密度の魔力弾に撃ち抜かれたら、こちらの防御なんてスグに抜かれてしまうだろう。

なにより、今は神機が使用不可だ。

タワーシールドでひたすら引き籠れば何とかなっただろうが、無い物ねだりをしても仕方ない。

高速で次々と迫って来る無数の雷槍を、元の世界で鍛えられた動体視力を駆使して分析する。

(アレは右に避ける、次は上昇、バック、パンツァーシルトで逸らす、屈みながら前進、下降……!)

空中という三百六十度全方位の空間を駆使して逃げに徹し、辛うじて回避していく。

『マスター、背後です!』

「チィッ!」

ベイオネットの言葉通り、ターンした数発の雷槍がこちらに向けて突撃してきている。

魔力弾のターン技術はフェイトとシグナムさんが戦った時に一度見ていたが、初めて体験するとかなり厄介だと分かる。

「ベイオネット、セイ!」

『了解です、マイスター。――Panzergeist』

セイが起動音声を発すると同時に僕の全身をフィールド状の魔力が覆い、保護する。

間一髪で間に合った防御に数発の魔法の雷槍が激突し、紫電の火花を散らす。

「――ぃづっ!! くっ……大した威力だよ、ホントに……!」

騎士甲冑の背面が焼け焦げた上にかなり強烈な痛みがあるが、戦闘続行は可能だ。

『残り9秒』

どうやら例の雷槍を回避している最中に大分時間か経過したらしいが……。

「……? 雷刃はどこに行った?」

雷刃が放った魔力弾の影響で雪が舞い上がっていたり、着弾のインパクトで電撃が放射されたらしく、視界不良になってしまったために見失ってしまった。

「――ゴッドイーターーーーーー!」

その声にハッとして上を向くと、ザンバーフォームのバルニフィカスを幹竹割りに振り下ろそうとしている雷刃が目に入った。

意図的にこの視界不良を起こし、ここまで接近したのだろう。

あの魔力弾の嵐もこの為の布石に違いない。

「ダメだっ! 早くっ……早く避けてええええぇーーーーっ!」

自分のしようとしている事に恐怖し、完全に表情を歪めてしまっている雷刃が僕に向けて声を張り上げる。

雷光を発しながら迫る大剣を――



『――カウント終了。刀身の換装、完了しました』



――僕は換装された刀身を以って迎撃した。

雷刃のザンバーフォームのバルニフィカスと同等以上の長さの大剣が、ぶつかり合って激しい金属音を打ち鳴らす。

その内に込められた能力がバルニフィカスと反発し合い、凄まじい勢いで放電し、目も眩むほどの光が発せられる。

黄色がかった鈍色の刃は、迫り来るバルニフィカスの刃を完全に停止させて鍔迫り合いに持ち込んだ。

「――――っ! そ、それは……」

「――バスターブレード……鬼斬りクレイモア・改……。コイツでお前に張り付いたバグを喰らい尽くしてやる!」

まさか真っ向から止める事が出来るとは思っていなかったらしい雷刃は、驚きと共に少し安堵した表情を見せた。

だが、安心するにはまだ早い。

「痛いだろうけど……少し我慢してくれよ?」

僕はそう言うと同時に、今だ力比べを展開するこの状況を打開すべく、雷刃を弾き飛ばした。

「うあっ!?」

弾き飛ばされてバランスを崩した雷刃に、二の太刀で特訓の成果を叩きこむ。

「セイ、ベイオネット!」

『準備は出来ています、いつでもどうぞ』

『行けます、マイスター』

頼もしい二人の相棒の言葉を聞きつつ、僕は鬼斬りクレイモア・改を雷刃に向けて横薙ぎに振りながら、そのまま神機を捕喰形態に変形させた。

セイがベイオネットの演算を手助けすることで可能になったこの捕喰を、僕たちは【コンボ捕喰】と呼んでいる。

今まで僅かに溜めが必要だった捕喰形態への変形を攻撃の最中に混ぜる事が可能になったため、攻撃のバリエーションが広がり、バーストモードになる事が容易になった。

ただし欠点もあり、この方法でバーストモードになると、効果時間が従来のそれに比べて半分しかない。

いい所ばかりではないが、隙の少ないこの方法は戦術の幅を大きく広げた。

「せえええええいっ!」

捕喰形態の牙が雷刃に喰らい付こうとするが、寸前でデバイスがバリアを発生させてそれを阻んだ。

だが、それは予想していた事なので問題ない。

『捕喰成功。バーストモードに移行します』

ベイオネットの言葉と共に身体に力が漲り、思考もクリアになる。

体勢を立て直した雷刃に突撃、その勢いのまま鬼斬りクレイモア・改を振り下ろす。

雷刃もバルニフィカスで迎撃し、さっきと同じような鍔迫り合いに移行したが決定的に違う点が出てきた。

「うっ、ぐうううううぅ……」

互角を演じていた鍔迫り合いが、僕の優勢に傾く。

操られている雷刃の身体が、僕を押し返そうと必死で押してきているが、もう逃がさないと決めている。

このまま終わらせる。

そのまま押し込んでいると、負荷に耐えかねたのか、バルニフィカスのコア部分に亀裂がはしった。

それと同時に魔力刃の部分が明滅し、微かに発光すると同時に砕け散る。

「――――――ぁ……」

砕けて散らばり、消えていく魔力刃を見遣りながら、雷刃は気が抜けた様な声で呟いた。

僕は神機を素早く捕喰形態に移行し、そのまま雷刃に喰らい付いた。

「オラクル解放!――終わりだ!」

「――――――っ! ぐっ、ぎっ、ああああああああああああぁーーーーっ!?」

「喰らい尽くせええぇっ!!」

喰らい付かれた雷刃が筆舌しがたい絶叫を上げ、のた打ち回る。

だが、ベイオネットが防衛プログラムのバグを浄化していくとともに静かになり、身体からも力が抜けてダラリとなっていく。

「あ……はは……ありが、と…………キミは……ボクの、ヒーロー……だよ……」

憔悴している事を隠し切れていないが、今までで一番きれいな笑顔で僕に微笑む雷刃。

『捕食完了です、マイスター。雷刃に張り付いていたバグは、完全に消滅しました』

セイがそう言うと同時に捕食形態が解除され、気絶したらしい雷刃がセイの時と同じ制服姿で倒れ込む。

フェイトの普段の格好もコレしか見た事が無いからだろう、この姿になったのは。

『お疲れさまでした、マイスター。……私の仲間を救って頂き、本当に有難うございます』

「気にしなくていいさ、セイ。雷刃を助けたかったのは、僕も同じだから」

神機を腕輪に収納し、倒れ込んだ雷刃を抱え上げる。



その表情から悲壮感などは完全に抜け切り、子どもらしくあどけない寝顔を見せていた。
























――終りの一言――

どこの熱血厨二病漫画だーーーーーーーーーーーーーーー!!



……はい、今回はVS雷刃の襲撃者でした。
多分、なのポに登場するマテリアルの中では一番有名でしょうね。
マテリアル三人の中では一番キャラが立っていると思いますし、初見の印象は半端無いと思います。

「強いぞ凄いぞカッコいー!」

うーん、愛すべきアホの子です、カワイイですし。

この話の雷刃の心境としては、正気を取り戻したにも関わらすどうにもならない自分の行動に自棄になって、カラ元気でヒーローの様に振舞っていた、という感じです。

では、今回はこれにて失礼します。
また次回をお楽しみにー!



P.S
前回の投稿後、PVの上昇具合が多分今までで一番だったと思います。
読んで下さった皆さん、有難うございました!!


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