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[17100] 【完結・後日談追加】世界を変革する力 【IS×OO 転生 刹那in一夏】
Name: サッドライプ◆f639f2b6 ID:88306c04
Date: 2013/09/03 03:25
「貴様は歪んでいる!」

「そうさせたのは君達だ……ガンダムという存在だ!」

 ロックオンが散る。ティエリアが、アレルヤが、トレミーの仲間達が。紛争への武力介入による恒久和平実現の為に戦った私設武装組織ソレスタルビーイングの計画は私欲によって利用され、今滅びを迎えようとしていた。

 確かに自分達を共通の敵とする事で世界は統一への道を歩みはじめた。それを平和というのならばそれもいい。統一された世界を支配しようなどと妄言をほざいた阿呆はエクシアの剣で断罪した。ここまで来たのなら、奴の言葉通り自分達は滅ぶべき宿命の存在なのかもしれない。

 それでも。

 ソレスタルビーイングは、存在する事に意味がある。生きて、戦い続ける。

「ならばその歪み、この俺が断ち切るッ!」

「よく言ったァ!」

 トランザム直後で粒子残量も殆ど無く、武装もGNソードライフルしか残っていないガンダムエクシアを駆り、一騎討ちを挑んで来た擬似太陽炉搭載型フラッグに斬りかかった。

 歪みを破壊しようとして生み出した新たな歪み。相手はかつて圧倒的な性能差を持ったガンダムの存在によって誇りや立場をズタズタにされたMSパイロットだと知る。それでも、だからこそ、彼はただ歪みを破壊する存在であり続けた。武力による紛争根絶を体現する者、『ガンダム』として。

 振りかざしたGNソードがフラッグの片足をもぎ取り、代金とばかりにエクシアの左腕がビームサーベルに切り取られる。構わず降り下ろした剣は相手のコクピットを掠めるが仕留めるには至らず、その隙に頭部にサーベルを突き刺されメインカメラが死ぬ。

 瞬く間の攻防で満身創痍となっていく二機のMS。だが刹那も敵も全く躊躇いを見せずに機体を加速させ、最後の激突を図った。

 緑のGN粒子の光を放つエクシアと赤の光を放つフラッグ。幻想的に見えてその実命を奪うだけの光の粒は交錯しあい、爆発する。

「ガン……ダ…ム……………。」

 そして刹那の意識は、その白い光の中へと吸い込まれていくのだった。

 暖かく、包み込む様に。

 白く。

 拡散して曖昧になる。

 死ぬということはこういうことなのか。『死の果てに神はいない』と言い切った刹那でも分かりなどしなかった。柔らかく、優しく、全て受け入れられる感覚は甘くそして―――、

(それでも俺は、生きたい!)

 死への欲求を拒絶する。死は何も無い。振り払い突き上げた手は何かを掴み……彼の体が抱き上げられた。

 驚いた彼は当然の様に目を開く。眩しい白、しかし人工色だと明らかに分かる光を背景に黒髪の少女が自分を―――いくら背が低いとは言え第二次性徴を半ば過ぎた筈の自分を!―――抱き上げている。

「くす………千冬おねーちゃんだぞ、一夏。ほら泣くな。わたしがまもってやるから…。」

 それはしかし、刹那·F·セイエイが確かに死に、織斑一夏として生まれた瞬間に他ならなかった――――。

――――。

『これで世界が変わると言うのか……。』

 ビルなどに遮られない太陽の光は見てるだけで暑苦しい。織斑千冬は波一つ無い海面に反射するそれを空から眺めながら、そんなどうでもいいことを考え隣にいる変声機を通した相棒の声を何処か遠く聴いていた。

 イルカが跳ね、鴎でも鳴きそうな程のどかな青い情景。ほんの数分前までここが戦場だと―――それもミサイルが何千と飛び交い戦闘機や空母まで参戦した大規模な海戦の現場だと、普通は想像出来ないだろう。

 波が巻き起こす白い紋様の代わりに海面に浮かんだ、無数の鉄屑さえ無ければ。

―――ましてそれらが戦いを挑み全滅させられた敵はたった二機の機動兵器だと、誰が考え及ぶというのか。

 『IS<インフィニットストラトス>』。音速を軽く超える速度で空中を飛び回り、ミサイルの直撃にも耐える装甲とバリアを持つキチガイ染みたパワードスーツ。そしてそのコアにGNドライブ機能などという更によく判らないものを搭載したエクストラステージのIS『ガンダム』。

 というより、ISを作り出した悪友·篠ノ之束と、顔も見た事が無いがGNドライブの構想を束に渡し更にISを凶暴化させた元凶·刹那·F·セイエイ。この二人が織斑千冬の目下の頭痛の原因だった。

 現存する全ての兵器に優越する発明品であるISを世界から失笑と共に拒否されそれを認めさせようと無意味に突き抜けた頭脳を活用しようとした束と、紛争に満ちた世界を変えるなどと言い出した刹那の利害が一致して出た計画。それは、九カ国の軍事コンピュータを束がハッキングで掌握し全戦力を日本に向けさせ、それを悉く刹那が返り討ちにするなどというとんでもないものだった。

 千冬は当初そんな二人の世界を相手にした馬鹿げた悪戯に付き合う気など更々無かった。どうでもいいと思っていた。だが。

『ほんとにいいのー、せっちゃん?ミサイル一発でも撃ち漏らしたら何の罪も無い一般人があぼーんだよ。どーんっ!』

『構わない。ガンダムマイスターのミッションに失敗は許されない。それだけだ。』

『わぉ、自信まんまん勇気りんりんっ!?そんなせっちゃんに痺れる憧れる惚れる濡れちゃう!』

『……?エクシア、光学迷彩起動。刹那·F·セイエイ、ミッション時間まで待機する。』

 こんな通信を聴いて、刹那一人に迎撃を任せるなど出来る筈もない(それを見越して束も千冬にわざとこの通信を聴かせたのだろうが)。束を止める?彼女はやると決めたら絶対にやってしまう女、不可能だ。それにあんな事を言っていても、刹那一人で十分可能な『ミッション』だと束は判断しているのだろう。その判断が信用出来るかは千冬には分からないが。

 こんな事で人死にでも出たら堪らない。気が進まないながらも千冬はIS『白騎士』を纏い、刹那に合流するしかないのだった。

「はぁ……。」

 振り回されて、心労でため息が出る。今日は帰ったら一夏で癒されよう。

 口下手で感情を出すのが苦手だが、そんな彼なりに千冬を精一杯気遣ってくれる不器用な愛弟を思い出して自分を慰める千冬。

 彼女のため息を聞き咎めたのか、刹那からコアネットワークを通して話し掛けられた。

『どうした、千冬?』

「いや、何でもない。それより増援だ、二方面……お前は日本海側を頼む。」

『いいのか?いけるな?』

「誰に言っている。お前こそトチるなよ?」

―――刹那も、悪い奴ではないんだが。

 刹那のIS『ガンダムエクシア』は青と白の西洋甲冑の様な手足と胸部の球形と頭部の二本角が特徴的な全身装甲<フルスキン>タイプ。今は更に巨大な一対のクローとビーム砲頭、ライフルを備えたそれ自体が汎用ISとして機能するインチキ追加装備『GNアームズ』とドッキングしているが、それはさておき。

 ISを脱いだ刹那を見た事が無いから、千冬は『彼女』がどんな容姿をしているのかも知らないのだ。顔はおろか髪の色も年齢の程も。分かるのは千冬より少し大きいサイズのエクシアから割り出せる体格くらい。更にコアネットワークでの通信でさえ変声機?であからさまなアニメ声に聴こえる(絶対に束の趣味だ)念の入れよう。

 怪しいことこの上ないが、興味の無い人間に対しては個人の識別すらしない束の数少ない関心を持つ対象で、今の様に気遣いもしてくれる。ISを操る実力もあり、なんだかんだで千冬は刹那を背を預けられる相棒として信頼していた。

『……了解。GNアーマーType-E<エクシア>、ポイントE-2-Kへ向かう。刹那·F·セイエイ、目標を駆逐する!』

 だから尚更、世界を変えたいという発言が解せないのだが。

「考えてる時ではない、か。奴なりの事情もあるだろうしな。それよりも――。」

 ISの高感度センサーが捕捉する艦影に向かって白騎士を加速させる。死人を出さない様に、特に戦闘機に乗っている相手を確実に脱出出来る様に撃墜するのは面倒だが、刹那もやっているしやるしかない。こんな事で人殺しになるのも馬鹿らしいから、

「―――織斑千冬、白騎士、目標を斬り伏せる!」

 適度に緊張を抜く意味でも刹那の真似をしてみて、まずは空母上の出撃前の艦載機に向けて片っ端から近接対バリアブレード『雪片(ゆきひら)』を薙ぎ払った。




[17100] 世界を変革する力☆そのに
Name: サッドライプ◆f639f2b6 ID:6a2012dc
Date: 2011/02/12 06:51
…ガキンッ!!!

 千冬の雪片が、エクシアのメイン武装『GNソード』に受け止められる。剣身が折り畳み式でバックラーとライフルと一体になったブレードだが、その切れ味だけは雪片を超える事を知っている。千冬は間髪入れずに退避、その鼻先を刹那が左手に持ったGNサーベルが掠めていく。

 時は流れ、IS世界大会<モンド·グロッソ>決勝戦。

 あれから世界は本当に変わった。束と刹那が思い描いた通りに。

 たった一機のISが一国の軍隊を凌ぐ武力であると世界に証明され、その台頭と共に役立たずとなった兵器という兵器が駆逐されていった。それによってISの女性しか動かせないという特性から軍事の中心が女性となり社会も女尊男卑に傾いたのは余談である。

 しかし篠ノ之束は彼女しか作れないISコアの製作を467基で止めてしまう。そして数少ないコアの取り分をめぐって決定的な紛争にならないようGNドライブとISを駆逐するIS·ガンダムの存在を示唆し、各国を牽制した。

 そうなるとISの兵器としての欠陥が不意に浮き彫りとなった。

 ISは数打ちならともかくより強力にするとなると操者に合わせて最適化されながら自己進化する、つまりは『そのコアは世界でたった一人しか使用できない』著しく汎用性に欠ける兵器となるのだ。

 人間は24時間活動出来る訳ではないから、例えば別の国の都市を占領するとしてISに出来るのは相手を降伏させる所まで。いくら一人で軍隊を破壊出来ても、そこを長期間防衛し続けるのは不可能だ。かと言って通常軍備で警戒をしていてもIS一機に潰される。『戦闘』では最強を誇っても、『戦争』ではそれ程の意味を持たないのだ。ISと通常軍備のあまりの戦力差のために。

 前記の理由で、ISの台頭とその絶対数が少ない事により、領土·資源·宗教、少なくとも『場所』を得る為の戦争は取る取られるをごく短期間に繰り返すだけの不毛なマスゲームと化し意味を失った。また他に戦争をする理由は民族·宗教的に相手を殲滅する為のものもあるが、これや独裁弾圧にISを使用した場合その紛争にガンダムで『介入』すると束は発表している。

 やがて世界は徐々に戦争の意味を見失い、無くなる事はないものの争いは減っていく。統一とは別の形の紛争根絶がここにあった。

 そんな中、各国は思惑を抱えながらもIS条約に批准。ISは軍事兵器でありながらその強さを決めるスポーツの役割まで果たす様になっていた。

………本当に余談だが、ISの開発者の出身国で先の事件で『誤作動』でミサイルや軍隊を向けられたという各国に非常に有効なカードを持っているにも拘わらず日本の立場がさして良くない条約なのは、それらによる被害が実質なかったというだけで危機感を持てない平和ボケし過ぎの日本国民と無駄に腰の低い外交しか出来ない時の政権が原因と思われる。

「そしてこの世界大会<モンド·グロッソ>でガンダムが他のISを蹴散らして優勝する。それでお前達の計画はひとまず完了という事か、刹那!?」

 IS条約に基づき開催された、国の威信を懸けて最強のISと操者を決める第一回国際大会。当然出場選手は各国の国家代表なのだが、一人だけ例外がいた。

 それが今決勝戦で戦っている片割れ、『IS発明者·篠ノ之束』枠として出場した刹那·F·セイエイとガンダムエクシア。目的は千冬の言った通り、ガンダムの性能を見せ付け世界に対する牽制という効果を確定させる事。事実これまでの試合で全ての対戦相手を長くとも三分以内に沈めてしまった。

 通常のISのコア·エネルギーでは絶対に間に合わない量の出力。標準弾頭を直撃させても傷一つ付かない装甲。むしろそんなものを相手に、

「しかし悪いが知っての通り私は負けず嫌いだ。優勝はいただいていくぞ!」

『……GNブレイド。』

 真っ向からやり合える織斑千冬が異常なのだ。

 二本の実体剣を交差させて斬り掛かるエクシアに対し、千冬はそれを雪片で受け止める。しかしそれは一瞬の激突。GNブレイドの性能で雪片の刀身そのものを『鋏み切ろうと』したのを本能としか言い様の無い勘で察知し、エクシアの胴体に蹴りを入れる。

 ダメージは当然無く、蹴りの効果は僅かに間合いを離した程度。刹那は崩れた態勢をも利用して体を回転、左から弐太刀目を振るう。白銀の刃が伸びきったままの暮桜の右脚部を襲い、

 犠牲にした右脚部装甲とスラスターを置き去りにして目標を見失う。

「まだだっ!」

 振り切ったエクシアの右腕、その更に外側に瞬間加速<ブーストイグニッション>で回り込んでいた。スラスターの一部を失い態勢を安定しづらく、いつもよりも更にエネルギー残量が減るが、もとよりそのコンセプトから超短期決戦を主眼とせざるを得ないのが今千冬が駆るIS『暮桜』だ。それにガンダム相手に出し惜しみなど、あり得ない。

 右手のライフルを使う暇は無い。構える間に一気に間合いを詰めてガンダムの装甲すら切り裂く刀·雪片を振り抜いてしまえるのが織斑千冬だ。そう判断した刹那は、左手のGNブレイドを千冬に向かって放り投げる事を選択した。

 だが、織斑千冬は刹那の瞬時の判断の更に上を行く。

『な……ッ!?』

「この雪片なら!!」

 体への負担と回転しながら迫り来るGNブレイドを無視しているかの様に、二段目の瞬間加速。首を傾げて猛スピードですれ違った剣に頬を切られながらも―――エネルギー節約の為に絶対防御すら一時的に切っていたというのか!―――刹那に肉迫、

 振り下ろした雪片が、勢い余ってエクシアの左腕を斬り飛ばした。

 その瞬間、会場が、中継を通してその試合を見ていた全世界の人が驚愕の余り沈黙した。

 人型をしたエクシアの左肩から下がごっそりと無くなっているから?違う。確かに試合中の事故とはいえ片腕が切断されるのは十二分に大事なのだが、違うのだ。

 元からエクシアの左腕の中身が無いのだ。

 ISならば身体の動きがイメージ通りになる様に補助する機能があるから、中身の入っていない空の鎧の腕を本物の様に動かすのは可能である。

 しかし―――ならば、エクシアの中身の人は隻腕だった?違う。切断面から機械部品の奥に人間の肩が見える。おそらくエクシアの胴体部に体を丸める様にして入っているのだろう。

 千冬より少し大きい程度のエクシアの胴体部に収まる程度の体の大きさ。ちらりと見える肩の、折れてしまいそうな細さ。

 まさか。

「まさか……。」

 織斑千冬ですら知らなかった、『刹那·F·セイエイ』の正体は、年端も行かぬ子供?

 全ての人が、織斑千冬に一撃を許したからといって刹那が機体性能だけに頼った戦いをしていた訳ではない事は、今までの試合でよく知っている。国際大会で通用する程のIS操縦技術を、その歳で持っているというのか。

 そして、それ以上に千冬は混乱していた。理屈ではなく、内側から込み上げてくる焦りに似た何かに。

 目の前の相手は、正体が子供だったとしてもやはり自分の知る刹那だ。だがそれ以上の何かが、千冬の心臓を煩いくらいに揺さぶり動かす。

 まさか、と。

 彼女は心の何処かで、あるいはそれを理解していたのかも知れない。

 動きを止めた千冬に、刹那は右腕のGNソードを展開し真っ直ぐに突進する。

 愚直なまでに、単純な動きで、だから、

 突き込まれたGNソードを今までの戦闘経験で身体に染み付いた動きで対処する。無意識の内に身体を斜めにしてかわし、流れる様に雪片をエクシアの右目に突き刺してしまう。

 エクシアの―――『刹那·F·セイエイ』の仮面が破壊され、右目から血を流す本当の『彼』の顔が見えた。

 一夏―――!!!??

 やはりという納得。あり得ないという驚愕。愛する弟に傷を付けてしまったという焦燥。何故気付かなかったのだという後悔。

 そんな、瞬時に沸き上がるべき感情が―――しかし、その前に全て淡紅色の粒子に浚われていた。

 一夏と千冬の、意識ごと。




[17100] 世界を変革する力☆そのさん
Name: サッドライプ◆f639f2b6 ID:75f60bef
Date: 2011/02/12 06:55
――――もう、どうでもよかった。

 織斑一夏として生まれ変わった刹那は、時代が彼の生きた頃から三百年も逆行している事に驚きながらも、変わらず紛争の絶えない世界に楔を打つ存在になる事を考えた。『ガンダム』になる事を決意した刹那にとってそれは当然で。

 しかし、『織斑一夏』には家族がいた。刹那·F·セイエイことソラン·イブラヒムの行動の根本には虚像の神を信じ己の家族を無為に手にかけた後悔があったから、その家族を捨てて主義に走る事は、かつての己の行いと重なりどうしても不可能で。その想いは両親が自分達を捨て千冬とお互いに世界でたった一人の家族となったことで更に増す。

 結局このまま千冬と、織斑一夏として平凡で穏やかな人生を歩むことすら本気で考えたのだ。

 千冬を通して知り合った篠ノ之束の作成したIS<インフィニットストラトス>の図面を見るまでは。

 彼には理解出来た。これがかつての太陽光発電システムと同じく世界を変えられる発明品であることが。そして世界でたった三人しか他人を識別しない束が、間違いなく最初のIS操者に千冬を選ぶことが。

 ISは兵器だ。それが変革させた世界においては、最初の操者である千冬の居場所は戦場に他ならない。

 そんな事はさせないと。たった一人の姉を必ず守ると。

 だから一夏は、再び『刹那·F·セイエイ』を名乗ったのだった。自らの為でもなく、世界の為でもなく、たった一人の姉を守り抜く為に。

 ガンダムエクシアに使われていたので『当然』それまで初等教育すら受けていなかったのに必死に勉強して覚えていたGNドライブの基礎理論を、公表しない事と太陽炉を六基以上作らない事を条件に束に提供し、完成したIS『エクシア』のマイスターとなった。

 そして、計画を発動させる。『ソレスタルビーイングの刹那·F·セイエイ』なら絶対に忌避した筈の、自ら紛争を起こしそれを粉砕する―――僅かでも罪の無い人間を危険に曝す歪んだ行為を行ってでも。

 そんな中一夏は正体不明の千冬の相棒として傍で守る一方家では何も知らぬげに姉を気遣う弟を装っていた。いや、装って、というと語弊がある。一夏が刹那·F·セイエイとなったこと自体元は同じく姉を気遣う気持ちなのだから。

 結局計画は予想以上に上手くいき、期せずして紛争根絶すら実現した。ISは各国の思惑はあるものの大部分においてスポーツ化し、もはやISを世界に認めさせるという束の目的も千冬を戦場に置かないという一夏の目的も達成した。

 ガンダムの性能のデモンストレーションは準決勝までで十分だろうし、通常のISに敗北したという事で多少ガンダムの牽制の効果は弱まるとしても、千冬が世界一という栄光を得る事を考えたら許容範囲だ。

――――だからもう、どうでもよかった。

「そうか……。」

 奥行きも何もない、暖かい光に包まれた不思議な空間。居るのは千冬と一夏の二人きり。その中で千冬は何故か一夏の行動の理由を全て理解していた。

「そうか……………。」

 理解する。一夏の想いを、誓いを、そしてその為にどれだけのものを一夏が犠牲にしたのかを。

 人生の支えだった『ガンダム』すら、千冬の為に捨てさせたのだと。

「馬鹿者がッ!!」

 理解して―――千冬は一喝した。

「何故私に何も言わなかった!勝手なことを、私がそんな事を望むとでも思ったのか!!」

「………。」

 想いが全て伝わるこの空間で一夏は無表情で沈黙を保つ。何も伝わって来ない。

 それは、その選択が彼にとって考えるまでもない当たり前の判断だったから。

「………そうか。」

 理解する。

 ああ、この『子供』は愛することはしても、愛されることは知らないのだと。

「馬鹿者が。」

 だから、手を伸ばした。一夏が転生者であったことなど全く関係ない。まだ赤子だった一夏を抱いた時、その温もりが弟だと知った時、自分とて誓ったのだから。

 弟を守る、と。

「その気持ちに嘘などあるものかっ!」

「、姉さ…ん…!」

「お前だって自分の道を歩いてよかったんだ。歩いていいんだ。私が傍で、見守っているから――。」

 初めて動揺を見せる一夏を、抱き締める為に、手を伸ばした。

 あと少しで届く―――、

「…トランザム。」

「……っ!?」

 その前に、二人きりの世界は弾けて消えた。

 結局、二人きりの世界で呆けていた時間は一瞬にも満たなかったのだろう。

 しかし、千冬が現実に回帰したと見るやそれを待っていたエクシアの姿が霞む。

 その瞬間誰にも何が起こったか分からなかった。

 その次の瞬間誰の目にも状況は明らかだった。

 根元から折れた雪片と、それを破壊したGNソードを振り切った体勢のエクシア。

 今まで使って来なかった『単一仕様能力<ワンオフアビリティ>』を発動させたと思われる、その全身の装甲が赤く輝いていた。

(トランザム、か。単純にして最も厄介な、能力値の一時的な飛躍的上昇……!)

 雪片は『暮桜』唯一の武装。それが破壊されたのだから、誰の目にも決着はついていた。

『――――ここに、ガンダムの最強とそのミッションの全完了を宣言する。』

 不意にオープンチャンネルで変声機を通した『刹那·F·セイエイ』の声が流れる。見れば、トランザムの眩いばかりの赤い輝きのせいで一部破壊されたエクシアの頭部の中身が伺えない。刹那=一夏はまだ自分しか知らないようだと判断した。

『現時刻を以てガンダムは一時的に歴史から消失する。願わくば、永遠に。』

 そして不意にエクシアは上昇すると、会場の遮断シールドを紙の様に切り裂いた。

『だが世界に再び争いが満ち、歪む時。俺は何度でもまた現れるだろう。その歪みを破壊する為に。…………そう、』

 一度停止し、全ての人間が仰ぎ見る空で一夏は、

『俺が ガ ン ダ ム だ!!!』

 全世界に向けて高らかに吼え、この世界のどんなISでも追い縋ることも出来ない速さで蒼穹の果てへと飛んでいったのだった。

 残された千冬は……笑った。馬鹿笑いだった。

「くっく……あはははははっはひははははははははっ、ははは、げほっ………はふぅ…………。」

 誰が見ても決着のついた状態で、しかし判定を下される前にエクシアは去った。つまり千冬の棄権勝ち、世界大会<モンド·グロッソ>優勝。夢を追ってもいいとは言ったが、一夏はそれ(ガンダムが全てのISを駆逐するISであると世界に証明するミッション)と千冬に世界一の栄光を渡すことを両立させたのだ。

(私の想いは、届いたらしいな……期待以上だよ。さすが私の弟だ。)

 おまけで降って湧いた様な優勝だが、決勝戦まで勝ち上がったのは純然たる千冬の実力だし、何より一夏の成長に免じて甘んじて受けることにした。

―――ただまあ仕返しに今日はちょっとゆっくり帰ってみるか。

 騒然となる会場を一人平然と見回しながら、生まれて初めてそんなことを考えた。だって。

 絶対に一夏は家で自分を待っていてくれる。

 本当の意味で、そう確信していたから―――――。





おまけ+後日談+嘘予告=?

「ただいま、一夏。高校入試はどうだった?」

「……姉さん、これを。」

「っ、IS学園の合格通知!?それも宛名が『刹那·F·セイエイ』、その上にフリガナでわざわざオリムライチカなどと………!」

「俺がそうであると知っているのは、世界で姉さんと束だけの筈だ。……筈だった。」

「ISを操れるのは女性だけ。万に一つも男であるお前にたどり着かれる筈がないと思っていたのだがな。どうするつもりだ?」

「誘いには乗る。そして出てきた相手が世界の歪みならば、駆逐する。それだけだ。」

「……やはりな。」

「既に束から擬装用追加装備『白式』は届いている。『世界で唯一ISを操縦出来る男』程度の身分で入学する手筈だ。」

「程度って……。まあいい。私もそこの教師だ、何かあったら私をすぐ頼れ。いいな、絶対だぞ。」

「了解した。ありがとう、姉さん。」

 そして一夏のIS学園での物語は始まる。

「……時に俺は寮での生活になるが、この家の家事は問題ないのか?」

「う゛……な、ないっ!」

 始まるったら始まる!!

「篠ノ之菷。」

「っ、………(ぷいっ」

「(関わって欲しくないのか……?ならそうするか、残念だが。)」

――――ファースト幼馴染みとの再会、しかし口下手と口下手で普通に疎遠。

「認めませんわ。こんな島国の野蛮な男をクラス代表にするなど!私はサーカスの猿のおまけを一年など耐えられませんわ、決闘を申し込みます!!」

「断る。俺に受ける理由が無い。」

「あら、理由ならあるでしょう?これだけ馬鹿にされても何も言い返せないなんて、これだから男は軟弱で―――、」

「そんな単純な偏見と底の浅い悪口に一々反応する理由が無い、と言っている。」

「な…、むきーーーっ!!?」

――――突っ掛かっては普通にスルーされる英国代表候補生。

「やっほー一夏。」

「鈴……。やはりお前といるのが一番落ち着く。いてくれてよかった。」

「にゃ!?あぅ、ぇ、い、一夏ぁ~~っ。」

――――コミュニケーション能力不足の一夏にとって唯一の話し相手となる友人なためひたすらクーデレられる転校してきたセカンド幼馴染み。

「一夏!」

「目標を紛争幇助と断定、介入行動を開始する。『白式』擬装解除、GNドライブ稼働開始。刹那·F·セイエイ、『ガンダムエクシアホワイトリペア』、目標を駆逐する!!」

「嘘……一夏があの『刹那·F·セイエイ』っ!?」

――――お約束、これが無ければ厨二を名乗る資格無し、『実はスゴイ正体』バラしシーン。

「シャルルさんは一夏くんのルームメートになるので、お世話も宜しくね。」

「えっと……宜しくお願いします!」

「(俺に続いて二人目の男のIS操者……俺に近付くには絶好の立場。俺が入学して数ヶ月も経たない内になどと時期が良すぎる事を踏まえてもクロ。何が目的だ?尋問も視野に入れるべきか……。)」

――――バッドエンドフラグが立ちました、男装仏国代表候補生。

「……なんのつもりだ。」

「私はお前を認めない、刹那·F·セイエイ。教官が貴様に劣るなどと、絶対にな。私のシュヴァルティア·レーゲンで貴様のガンダムを叩き潰す!!」

――――相変わらずの独国代表候補生、出るか脳量子波テレパシー。

 IS00<インフィニットストラトスダブルオー>続く!…………誰か続けてくれると…いいなぁ………。




[17100] 世界を変革する力♪
Name: サッドライプ◆1581e37b ID:4ebe556e
Date: 2011/04/01 17:10
「決闘ですわ!」

 険の籠った女の声が、静まりかえった教室に響いた。

――――。

 『世界で唯一ISを操縦できる男』としてIS学園に入学した一夏を待っていたのは、自分以外の全校生徒ともいえる女子・女子・女子の好奇の視線だった。

 それも当然のこと。世界の軍事バランスを根本的に破壊したパワードスーツ・IS<インフィニット・ストラトス>。『ISは女性しか装着出来ない』というのはそれが発明されて以来理由は解明されていないが世界の常識だったはずなのだ。それを覆す特異事例の男、これがファーストケースとなるのかそれとも突然変異に過ぎないのかはまだ誰も知り得ないが、その存在の発表は世界中を震撼させたものだ。現に一週間はニュースや新聞の見出しが一夏から外れることは無かった。

――――尤も、あくまで表向きはの話で、実際はIS開発最初期から十に満たぬ身でISを装着していること、更にそのISが『ガンダム』であったことなどのより数奇な経歴を知るのは姉の千冬とIS開発者の篠ノ之束のみである。その筈だった。

 だが、一夏の家にガンダムマイスターとしての名『刹那・F・セイエイ』宛のIS学園合格通知が来たのが一月前のこと。そんなふざけているとも言える差出主を突き止める為に一夏は限定的に表舞台に立ちIS学園に入学することを決めたのだった。

 そんな一夏が、世間一般でも標準を超えた容姿と好みは別れるだろうが視線の山に曝されているにもかかわらず怯えや萎縮などの情けないと思われる態度とは無縁の鉄面皮を持ち合わせたのは女尊男卑の浸透した社会の女子の中で幸いだったことだろうか。一夏を見ていたのはその多くが『好』奇の目だった。

―――とはいえ。人の考え方は千差万別。一夏を負の感情で見つめる女子もいないではなかった。

 男なんて女より下のくせにISを使うなんて生意気だ、と。しかしそれは『女しか使えないIS』という今の社会の女性優位の根幹を崩されるという恐怖の裏返しもあり直接に一夏の害となることはなく、せいぜいが同じ考えのグループと意気投合して陰口を叩くにとどまっていた。

 一夏と同じ一組となった英国代表候補生・セシリア・オルコットを除けば。

 イギリスの名門の家の出でIS操者の中でもエリートということで連想される高そうなプライドに違わず、『自分を差し置いて』クラス代表に推薦された一夏をサーカスの猿扱いなどクラス全員が聴いている中こっ酷く扱き下ろし、挙げ句何故か日本という国まで馬鹿にし始めたのだ。

………ある意味凄い度胸だ、と一夏は思った。自分を悪く言うのはともかく(実際はこれも問題である。クラスの大部分が一夏のことを物珍しさからだとしても好意的に見ている、だからこそのクラス代表推薦だというのにそれを一夏ごと公然と批判したのだから)、『国籍を問わない』と建前にはあるがISの開発者の出身国であるし立地の関係から必然IS学園には日本人や日本に縁深い者の割合が多い。その中で日本を後進国・イエローモンキー扱いなど白眼視して下さいと言っているようなものだ。余程の図太さが無ければ出来まい。あるいはそれも英国代表候補生の資質、あるいはそういう態度をとれと教育されているのだろうか?

 単に熱くなったセシリアがそれを考え付かないという可能性に思い至らない一夏は、なおも飽きずに続く彼女の暴言を聞き流しながらそんな事を疑問に思っていた。

 そしてそれを、馬鹿正直にセシリアに訊ねた。

 当然、セシリアは怒った。ぶち切れた。

「決闘ですわ!」

 これが冒頭の発言に到るまでの経緯である。



「一夏、お前に悪意が無いのは分かっている。分かってはいるんだが……。」

 少し経って、一夏を自分の部屋<寮長室>に呼び出した千冬。IS学園では先生と生徒でけじめをつけているが今はプライベートの空間で二人きり。なのでくだけた口調で話しているが、どちらかというと別の何かが砕けて脱力しているのが言葉に表れていた。それもこれも絶妙なタイミングで発動してしまった一夏の世間ずれ、天然ボケのせいだ。

 一夏にはセシリアに対する悪意は無かった。あくまで純粋な疑問からの発言だったし、そもそもどちらかといえば口より先に手が出るタイプの一夏は相手を貶す為の皮肉とは縁遠い。が、相手がどう受け取るかを考える能力がどうしても低いのもまた『刹那・F・セイエイ』だった。

 そのおかげでヒートアップしたセシリアだが、彼女が提案したISでの決闘を一夏は拒否。一夏の認識ではあくまで『IS=兵器』である。それを使っての決闘―――一夏の認識では殺し合い―――をわざわざ受ける理由など欠片もなかったから。

 が、ここで角が立たない断り方が出来るならそれは既に一夏ではない。図った様にセシリアをより怒らす様な言い方しかせず、日時を決めてと言わず教室でIS戦が始まるか、という所までいった所で一夏の勘違い(全く理論的に間違っている訳ではないのがたちが悪い)に薄々勘づいた千冬が介入し、一週間後にクラス代表決定戦として一対一の試合形式をすることで合意させたのだった。

「…………はぁ。」

 『ソラン・イブラヒム』という戦場で育ち果ては世界を変える戦いに身を投じた中で作られた感性は『織斑一夏』として十数年生きてもそう変わるものではないらしい。若干はましになったとはいえ、いずれ悪い女に引っ掛からないか、いやその前にほいほい女を落とす癖にその唐変木のせいで拗れて刺されないだろうかと心配になってくる。

「……姉さん。」

「なんだ?」

「一週間後、俺は試合で――――、いや。」

 そんな心配をしていると一夏が何か言いたげに、いや正確に言えば何が言いたいのか自分でもはっきりしないという風に話しかけて来た。

「なんだ、決闘とやらに気が乗らないか?」

「そういう訳じゃない。決定ならば従う。」

 元テロリストだが兵士教育を受けている彼はこういうことにはきっちりしている。

「そうじゃないんだ。だが……。」

 それでもはっきりしない返事をするほど、一夏の中で何かがつかえているらしい。千冬は心配を増やすのと同時に、小さい頃からなかなか甘えてくれなかった一夏の悩み相談に不謹慎にも少し嬉しくなってしまったのを感じていた。

 そんな中なんとか言いたいことをまとめたのか、よりほんの少ししっかりした口調で一夏が話し出す。

「―――姉さん。今のこの世界は、歪んでいるか?」

―――― かつて束と一夏で変革させた世界。第一目標でなかった戦争根絶をも成し遂げはしたが、その代償としてあまりに急激な変化による混乱を生み出してしまったのは否定出来ない。目に見える形で、大きな変化は二つ。一つ目は軍事バランスの一変。これはいい。通常兵器がまるで相手にならないISが各国にほんの少数ずつ均等に行き渡り、その暴走に対してはガンダムが楔を打つ。戦争行為がそもそも戦略的に無意味または困難な状況を世界に作り出したのはもともと一夏達だ。

 二つ目が、強大な戦力を持つISが女性にしか扱えないせいで起こった女尊男卑の流れ。これだ。それまで緩やかに男女平等へと向かっていた針が急に極端に振り切られてしまったせいで、『全ての女が男より優れている』『男が女の奴隷が当たり前』そんな考え方が珍しくもない世界になってしまった。

 そんなもの、言ってしまえば『暴力』という問題ですらなくもはや『人種差別』の域だ。ISの開発以来『男と女が戦争を行えば数日で戦果が決する』と言われているが、そんな仮定が出る時点で既に狂っている。

「狂っている。間違っている―――筈なんだ。だが、歪んでいるのか?それは俺がまたガンダムとなって駆逐すべき歪みなのか?」

 間違っているが、それで紛争まで起こっている訳ではない。なのに武力をもって介入するのか。馬鹿な。紛争根絶を絶対に成し遂げる為の『ガンダム』だ。そうでない目的の為に戦うなど……そうやって世界に自分が納得出来ないことがなくなるまで破壊を続けるなど、本末転倒にも程がある。それこそ『歪み』に他ならなくなってしまうだろう。

「なるほど。そこへきてのあの女尊男卑の権化のセシリア・オルコットとの衝突。それがいまいち戦うのに迷いがある理由ということか?」

「……ああ。」

 そこで一夏の悩みは締められる。それを聴き終わった千冬は……出来の悪い子を『仕方ないなぁ』と見守るとても母性に溢れた顔をしていた。

「そうか。確かに難しい問題だ。―――ふふっ、難しく『感じられる』問題だな。」

「?」

「はぁ。」

 千冬は溜め息を吐きながらも、予想外だろうリアクションにきょとんとしている珍しい表情の一夏をどうしようもなく可愛らしく想う。その衝動に委せて一夏を手招き胸元に優しく抱き締めて、続けた。

「主義・宗教・信念。確かに、お前の感じていることは人によっては絶対に答えなど見つからないような難問かもしれない。けれどな、それを解決することは実はとても簡単なんだ。」

「姉さん?」

「とても簡単だけど、とても大切なことだ。なあ、一夏。私の可愛い、世界でたった一人の弟。お前を守るなどと大口を叩いておきながら姉らしいことなんて何一つしてやれてないけれど、お前ならきっと分かるはずだ。それが分かるくらい、まっすぐに育ってくれたことくらいは私も知っているつもりだから。」

 答えを直接言う気はない。しかし千冬は一夏を信頼している。

「『ソラン・イブラヒム』でもなく、『刹那・F・セイエイ』でもなく、『織斑一夏』としてお前が生きてきた平凡で無意味で、けれどかけがえのない日常の中。お前は知っている筈だ。―――頑張れよ。」

 言葉にヒントを散りばめ、それで終わりと千冬は一夏を放しそっと背を押す。その優しい手つきと暖かい眼差しを受けて、一夏は立ち上がった。

「ありがとう、姉さん。少し考えてみる。」

「あぁ、それと一言。」

 千冬の部屋から退出しようとした一夏を、一回だけ呼び止めた。緩んだ目付きをきりっとしたものに戻し、しかし発言は第三者が聴けば十人が十人ブラコンとコメントするもの。

「お前がどんな答えを出すにせよ、セシリア・オルコットは手加減なしで完膚無きまでに叩きのめせ。これはIS学園教員としてではなく、お前の姉からの命令だ。」

「……は?」

「あれだけ公衆の面前で謂れもなく弟を馬鹿にされて、怒らない姉ではないぞ私は。絶対にあの高慢をISごと地に討ち墜とすんだ。身の程を教えてやれ。」

「あ、ああ……。」

「絶対だぞ!」

………そのまま何も言わなければちょっといい話で終われたのに、締まらないブラコンなのだった。




[17100] 世界を変革する力♪ あるいはただ鈴とデレるだけの幕間
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/04/03 11:44
「………。」

 一夏は一人で、千冬の言葉の意味を考えていた。

 『織斑一夏』として生きてきた平凡で無意味で、けれどかけがえのない日常。………それを一夏はくだらないと思ったことはない。僅か一センチにも満たぬ鉛の玉で、簡単に崩されてしまうものだという事実を知っているから。だからガンダムマイスターとしての訓練は隠れて続けながらも、当たり前の学生生活も大事に生きてきた。

 日常、IS学園合格通知が来るまでの普通の生活を思い出す。友人の弾や和馬と、少し前までは幼馴染みの鈴もいて、笑顔が下手で口も回らない自分と一緒に過ごしてくれた日々。

 暖かい記憶を思い返して、本人曰く下手な笑顔―――とても柔らかい―――を浮かべながらも、悩みの答えがそこにあるという千冬の言葉を疑わず考えていく。簡単でとても大切なこと。

『イチカ、だったよね。……ぁ、ありがとっ。』

『そんな、一夏は悪くないのにっ!』

『あたし、強くなるから!』

 そんな中でふと、回想が幼馴染みの鳳鈴音(ファン・リンイン)、鈴と出会い親しくなった頃に飛んだ。

………見慣れたものより幼い鈴の笑顔と共に、なにかぼやけたものが形になっていく。

 なんだろうと思いつつ、それでも急になんとなく鈴に『ありがとう』と言いたい気分になった。

 悩んでいたこともいつの間にかすっきりして清々しい気分になっているのにも気付かず、おもむろに一夏は携帯電話を取り出す―――。



 時差を考えなければ同時刻。電話端末の前で奇しくも一夏と同じ回想をしている少女がいた。長い黒髪をツインテールにした小柄な大陸系容姿の彼女こそ一夏の幼馴染み、鳳鈴音である。

 彼女と一夏の出会いは小学校五年生の頃。当時中国から来日したばかりで日本の空気に馴染めず、只でさえ外国人ということで孤立した鈴はいじめの対象になってしまう。そこに颯爽と駆けつけた(思い出&乙女補正)のが一夏だった。

 複数の女子に囲まれ、反抗しようと思いながらも体がすくんで動かず、頬をひっぱたかれて本気で涙まで出た。今となっては笑い話にすらなる温いいじめだったが、まだ幼さの残る心には本気で恐怖を覚えたのだ。

 そしてまた何か悪口を言われ(ブスとかチビとかそんなありきたりなものだったと思う)、腕が振り上げられる。頬に再び来る痛みを想像して硬直した鈴にその痛みは、来なかった。

 クラスメートだけれども言葉を交わしたこともなかった一夏が、後ろからその振り上げられた腕を掴み捻っていたから。助けてくれたから。

 その時は自分が助かったのをただ喜ぶだけだったが、後で考えるとそれが一夏にどれだけ不利益な行動だっただろうか。

 ISの開発で既に世の中に女尊男卑の考え方が浸透し始めていた時期で、一夏や鈴のクラスの女性担任が主義者だったこともあり、感受性が高く染まりやすい子供達は顕著に影響を受けていた。現に一夏に腕を捻られた女子は被害者面して痛い痛いと煩く喚き、その友達が男の癖になんてことするのよ、と非難がましく一夏に砲口を向けていた。

『お前達が人を傷つけ、暴力を振るった。俺がそれを力ずくで止めに入った。これに男や女であるかどうかなど関係あるものか……!』

 それに怯んだ様子もなく切り返した一夏は、鈴にはどうしようもなく格好よく見えた。のちのち一夏の行動が彼自身にもたらす不利益とそれを全く気にせずに実行に踏み切ったことを理解出来るようになると、もう胸の疼きを抑えられなかった。

 あの日から。鳳鈴音は、ずっと織斑一夏に恋をしている。

 尤も、この思い出は綺麗なだけで終われないのだが。

 男の一夏が女に暴力を加えたことだけを担任は神経質に取り上げた。鈴に対するいじめはまるでなかったかのように言われ、一夏が一方的に悪いとしつこく叱責されていた。クラス全員の前で織斑一夏くんの様になってはいけませんよ、なんて学級会で担任が言っていた時など鈴は悔し涙で前が見えなかったほどだ。一夏は何も悪くないのに。

 救いは、一夏自身が何も気にした様子を見せずそれどころか泣いている鈴を慰めるのを優先していたほど余裕があったのと、保護者として呼び出された織斑千冬が素直に頭を下げてやるような殊勝な人間ではなかったことだったろうか。

 あなたの教育方針は女ならいじめをいくらやってもよくて誤ったことも男に責任を押し付けて何の罰もなく許されると、へえ随分立派な先生ですねこれは是非教育委員会にこんな立派な方がうちの弟の担任をやっているんですと感謝の便りを書かなければ―――とよりにもよって世界最強の女性<ブリュンヒルデ>がそんな皮肉を言い、更にブラコン姉は本当に実行した。彼女の機嫌を損ねたくない市の教育委員会は即日担任教師を懲戒免職処分とし、更にいわゆる『破門状』 ―――事実上教師としての再就職が不可能になる―――まで出す。

 だが、そんな救いがあったにせよ鈴の悔しさは消えない。だから誓った。今度は自分が一夏を守れるくらい強くなると。

「まさかIS操者として強くなるとは、あの時は思ってなかったんだけどね……。」

 以来ずっと一緒だと思っていたのに、両親の離婚でまた中国に戻る羽目になり一夏と離ればなれになってしまった。そんな中自分のIS適性が高いことを知り、代表候補生になればIS学園に通う為また日本に戻れる、一夏に会える、その一心で努力を続けてきた。その努力は果たして実り、一週間後自分は本当に代表候補生としてIS学園に編入される。

 そんな中どんな偶然か一夏が『世界で唯一ISを操縦出来る男』と全世界に発表されたのは本当に驚いたが、しかしこれでまた同じ学校にも通うことが出来る、と鈴はとても喜んだ。一週間後のことなのに、もうろくに夜も眠れていない。

「…………どうしよう。」

 さて話は戻って鈴が何故電話端末の前で止まっていたかというと、自分が再び来日出来るようになったことを一夏に知らせるかどうか迷っていたからである。サプライズで登場して一夏を驚かせてみたい(シチュエーション的には遠距離恋愛の『てへ、来ちゃった♪』を妄想している)が、只でさえ妙にモテる一夏が女だらけのIS学園にいる現状に釘を刺す方が優先すべきかもしれない。

「うう……一夏なんてあたしにだけモテてればいいのに、蘭といい洋子といいあの無愛想のどこがいいのかしら。」

 自分のことを完全に棚に上げた発言である。ちなみに洋子とはかつて鈴をいじめていたグループの一人。一夏の騒動の後鈴に謝ってきて友達として振る舞っていたが、その根本の動機が一夏が好きで彼に嫌われたくなかったからという最早怒る気力すら失せる理由なのは一夏だけが知らない。

 そんな風にさっきから思考に脱線を重ねながらも、結論を出す、その前に―――、

 ピリリリリッ!

「きゃぅ!?」

 その電話が電波を受信して鳴り出す。死ぬほど驚いた鈴が反射的に受話器を取ると、電話の相手は更に驚かせる様な人物だった。殺す気か。

『もしもし、鈴か?俺だ。織斑一夏だ。』

「い、一夏あぁぁっっ!!?」

 タイミングが良いにも程があるその電話に、覚悟も決まってなかった鈴が落ち着いた対応を出来る筈もなく。

「え、あの、何で、一夏?」

 別れ際に一縷の望みを懸けて一夏にアドレスを渡していたことなども忘れてしどろもどろになる鈴。

「その電話がどうしてどうなって!?」

 いいけど日本語をしゃべってね。



『いや……無性に鈴の声が聴きたくなった。』



……………。

 そしてこの女たらし死ねばいいと思う。

…………。

………。

…。

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(ぼふっっっ!!)。」

『?鈴、どうした??』

「あ、あ、あう、あぅあぅあぅあぅあぅ………っ。」

 自分が爆弾発言、しかも鈴に対してなら威力が二倍どころか二乗になるものをかました自覚もなく、一瞬意識が遠くなった後思考回路がショートしてしまい返事をする余裕などなくなってしまっている鈴の返事が無いのを訝しむ一夏。二人の共通の友人の五反田弾がこの光景を見れば懐かしいと目を細めただろう。

 もうお前ら結婚してしまえ、という段階はさっさと過ぎ去ってしまった。ツンデレとクーデレは噛み合わないを地で行く二人はこのやり取りを三年以上やって未だに幼馴染み以上になっていない。寧ろ問題があるのは鈴の方だというのが仲間内での共通認識となっている。

『鈴、大丈夫か?』

「ぁぅ……はぁ。大丈夫よ。風邪一つ引いてない健康体ですぅー!」

『そうか、そっちでも元気でやってるか。良かった。』

「~~っ、もう!」

 皮肉なのに一切通じず本当に安心した風に言われるからテンポが保てない。

「あ、あんたこそテレビで見たわよ!大変なんじゃないの?」

『問題ない。……ああ、そうだな。もう大丈夫だ。』

「…………そう。」

 一瞬違和感を感じた。

 そして僅かの間に一夏の口振りからなんかあったんだろうな、ということが鈴には分かった。そしてそれを一夏は自分一人で解決してしまったことも。

(まだ、ね。まだあたしは全然強くなんかなってない。)

 その時自分が傍にいられなかったことなど関係ない。いや、一夏の傍にいられなかったことそのものが鈴の弱さなのだ。

 強くなること―――誰よりも。それは不可侵の誓い。

「ならいいけど、何かあったらあたしに言うこと、いいわね?何があってもあたしだけは一夏の味方なんだから!」

『!……ありがとう。君が俺の幼馴染みで、本当によかった。』

 今の時点では口だけに過ぎない薄っぺらい言葉にこれだけの想いを向けてくれる一夏を絶対に裏切らない為に。

 あと二言三言交わし電話を切ったけれど、胸の動悸と暖かい想いはずっとそのまま。

「………全く、しばらく会わない間に女たらしのレベルが上がったんじゃないの?」

 そういえば自分が来週から日本のIS学園に行けることを伝え忘れたな、と思いいたって、また電話は無理だなと毒づく。

 落ち着いてくると同時に一夏の『お前の声が聴きたくなった』発言がリフレインして、まともに会話出来る状態じゃなかったから。

「全く、一夏の馬鹿。馬鹿一夏……♪」



[17100] 世界を変革する力♪ しゅうりょうっ
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/05/18 22:42
「逃げずに来ましたのね。」

 織斑一夏とセシリア・オルコットのクラス代表決定戦の日が来た。試合を行うアリーナには話題の男性IS操者と英国代表候補生の戦いを見る為に殆どの生徒が観戦席に詰め掛け、熱気が集中している。

 そんな中装甲の殆どを青にカラーリングした専用機『ブルーティアーズ』を身に纏ったセシリアが侮蔑も露に対する白のIS『白式』の一夏に声をかける。

「最後のチャンスをあげますわ。ボロボロにされた惨めな姿を曝したくなければ、今からでも泣いて許しを乞えば考えないでもありませんことよ?」

 それは自分が一夏に負けるなど考えもしていない発言。しかし彼女だけでなくこの会場の観客のほぼ全ては一夏が勝つとは思っていないだろう。男性が女性に勝てないのが当たり前の世界で、しかも素人の一夏と専用機持ちの代表候補生のセシリア。皆一夏がどれだけ善戦するか、という心持ちで見ているのだ。

 なのに一夏は、

「悪いが、断る。」

 眉一つ動かずにこんなことを言う。プライドが傷つけられたセシリアは、そのまま開始の合図を待たずに長大なレーザーライフル砲を展開、一夏に撃ち込んだ。

「模擬戦を開始。敵、第三世代射撃型IS『ブルーティアーズ』一機を確認。目標、敵機のシールドエネルギーの枯渇。行動を開始する。」

「あら、よく避けましたわね。ですが!」

 走る閃光、初撃をあっさりとかわし、第二射、三射も右に左に機体を振って外させる。一見分かりずらいが、相手と必要以上に距離を離さない慣れた機動だった。そして一夏は身をひらりと翻すと、両手に一対の幅広の機械刀を展開する。

「『雪片改・白嵐(びゃくらん)』。」

「射撃型のブルーティアーズに近接武器で?無謀ですわ。」

「…………。」

「踊りなさいな!わたくしセシリア・オルコットとブルーティアーズの織り成すワルツで!!」

 嘲りながらも全く当たらないライフルに焦れたセシリア、その誘導で機体後部の突起が分離・独立して飛び始める。自在に飛び回りその砲口から放たれるビームを全方位から浴びせ、相手に抵抗する隙も無く『踊らせ』続ける機体と同名の第三世代型特殊兵器『ブルーティアーズ』だ。

 そう、これで相手は自分に触れることも出来ずに負ける。そう思ってセシリアは、

 細いながらも唯一の勝機を捨てたのだった。

――――あっはっは、馬鹿だねー。実験機だか知らないけど不完全な誘導兵器で隙を曝すより、無様に逃げ回りながらライフルを連射しまくってればゼロコンマゼロが2つ飛んで37パーセントでいっくんに勝てる可能性があったのに。

 何処かの誰かに、そう嘲われているとも知らずに。

「…………え?」

――――ブルーティアーズ、一機撃墜。

 ただの加速だ。スラスターのエネルギーの供給を調節し爆発を起こして瞬間的に加速度を得る『瞬時加速<イグニッションブースト>』の様な特殊なテクニックは一切使っていない、ただの加速。BT兵器を分離して射撃が止んだほんの僅かな間に一夏はまっすぐセシリアに突っ込み、散開して一夏を囲み込もうとする前のビットを交錯際に一機斬り捨てつつ、それらを置き去りに近接の間合いに入ったのだ。

 しかし、セシリアがその瞬間認識出来たのは『何故か』気がつけば目前で二刀を振りかぶっている一夏の姿だけ。

 それだけ白式が桁外れに機動性に優れた機体だというのもあったが、驚くべきは搭乗者自身も振り回されて然るべき猛烈な加速をあっさりと乗りこなした一夏だ。

 その一夏が、『雪片改・白嵐』の刀身を変形・展開させ、眩く光輝き始めたそれを十字に降り下ろした。

「――っきゃああああああぁぁぁぁぁ!!!?」

 『重力を感じない程の』速さで真下に叩き落とされるセシリアの機体。殆ど本能的に制動をかけ、ギリギリ地面との激突を免れるが、その後ダメージを受けた際の習慣として確認したシールド残量を見て愕然とする。

(残量106……たった一撃で500以上も、化け物ですのあの武装は!?)

 半ば恐慌して、残るビットに指示を出しながら腰部のミサイルを発射した。出し惜しみはしていられない。更にレーザーライフルをも乱射。無意識に今まで不可能だったBT兵器と自機の制動を同時に行っていたが、……それでも一夏の白式に掠ることも、減速させることすらできなかった。

 セシリアは知る由も無いが、遅いのだ、ブルーティアーズは。実験機仕様ということもあるが、かつて一夏(=刹那)が相対したアルヴァトーレやスローネツヴァイの繰り出す同じ全方位誘導兵器のGNファングは、ブレードとして相手に突き刺さる機能もあった為、唯の移動砲台のブルーティアーズよりも更に速かった。

 しかもファングの場合自機との同時制御など当たり前で、アルヴァトーレは16門のビーム砲と戦艦を飲み込むレーザー、スローネツヴァイの時はトリニティの連携攻撃にも対処しなければならなかった。

 それをたった四機の不完全なBT兵器で一夏を止めるなど、賭けにもならない愚策だったのだ。

 あっさりと一発も攻撃を当てる事なくビットを全て落とされ、ミサイルは二発とも引き付けた後白嵐を投げつけられ誘爆し無駄な花火と化して、ライフルは飾りと何も変わらないと錯覚させられるほど当たる気配が無かった。

(敗ける……この私が!!?)

「――――――駆逐するッ!!」

 そして降り立ってきた白式がブルーティアーズに雪片改を突き立て、

――――勝者、織斑一夏。

 無慈悲に決着のアナウンスは流れたのだった。





――――たった一度だけ見た鳳鈴音の涙を、一夏は忘れない。

『一夏は何も悪くないのに、あたしなんか助けたから!』

『ごめん…ごめんね一夏。』

『強くなる。今度はあたしが一夏を守れるように、あたし、強くなるから!』

 あれから鈴は泣いたことがない。強くなると誓った鈴にとって、それはきっと弱さなのだから。

 しかし、と一夏は思う。確かに今でもいじめの現場を見ればきっと止めに入る。今や大切な幼なじみの鈴がまた暴力を振るわれていれば、絶対にそいつを殴り倒したくなるだろう。

 だが、それで暴力を振るった結果、鈴は泣き、大いに自業自得とはいえ担任教師の人生を破滅させた。自分が完全に間違っていたとは思わないが、今思い返せばこれしかなかったと言うべき結末でもなかったと思える。

――――変わるべきなのかも知れない。

(………俺は刹那・F・セイエイ。ソレスタルビーイングのガンダムマイスター。)

 紛争に武力で介入するのがガンダム。その矛盾した存在で、世界から弾かれる覚悟はしていた。報いは受ける、世界を変えた後に。それでもなお戦い続けると誓った。

(けれど、俺は織斑一夏でもある。)

 だが転生して紛争の根絶した世界で平和に生きることになった一人の人間として。

 勿論自分が歪みを断ち切る存在であり続けることには変わりない。それでも、自分がマリナ・イスマイールに送った最期の手紙の様に、自分は破壊することしか出来ないと嘯き続けている訳にもいかないのだ。優しく受け入れてくれた姉や、自分の為に泣いてくれた少女の為にも。

(俺は、変わる。変わらなければ、世界とは向き合えない。俺という存在が破壊するだけの人生というのなら、その歪みこそを破壊する。今すべき――――それが俺の、戦いだ!!)





 クラス代表決定戦が終わり、日が沈み始める頃。IS学園学生寮の屋上で、蹲って泣いている影があった。そして、やがてその後ろに立つ影も。

「………ここにいたか、セシリア・オルコット。探した。」

「何ですの、織斑一夏。笑いに来たのですか?」

「いや、そういう訳では……。」

 顔を上げたセシリアの目元には、涙の跡がくっきり浮かんでいる。

「ではなんだと言うのですか!滑稽だと言えばいいでしょう!!あれだけ人を馬鹿にしておいて、大口を叩いて、蓋を開けてみればその相手に手も足も出ない。きっと学園中でも今頃私はあなたのかませ犬として噂が持ちきりでしょうよ、決闘なんて挑んで、私は、わた、くし、は……っ!!」

 一夏の顔を見て怒りが湧いたのか甲高い声で噛み付くが、すぐに涙ぐんで止まってしまった。

 情けない。打たれ強い訳ではなく、寧ろかつて両親を事故で亡くしてから虚勢を張ることで自分を保っていたセシリアは、敗北という挫折に俯くことしか出来ない。

 それでも尽きない涙を拭って、拭って―――理由もなく拭っていると、信じられないものを見る。

「すまなかった。」

 何故、一夏は頭を下げて謝っている?

 落ち着いてその理由を考えてみて、再び湧く怒り。

「馬鹿にしていますの!?」

「違う。………いや、それだ。」

「どっちなんですか!?」

………何故自分は漫才などやっているのか。

「俺の挙動は意図した所と相手にどう受け取られるかが食い違うことがある、ようだ。ちょうど今のように。それがあの時お前の怒りを助長した面がある。だから、すまなかった。」

「………え、え?」

 いきなりそんなことを謝られても、どうすればいいか分からない。そんなセシリアに、一夏は頭を上げて続ける。

「そしてお前も、謝って欲しい。」

「っ!!?」

「決闘で負けたと言うなら、お前が人種や性別で人を見下し、そして暴言を吐いた事を、謝って欲しい。」

「……、…………。」

「そして、これからはそんなやり方でなく、真っ直ぐに相手を見ていく様にして欲しい。俺も、相手に自分の思いがしっかり伝えられる様に、気をつけていくつもりだ。」

 言っている事は陳腐極まりないことなのに、何故か聞かなければいけない気になった。一夏の顔を見れば、いや、その口調だけでも真剣なことが伝わってきたからだろう。

「………………承りましたわ。敗者に拒否権はありません。謝罪も致します。申し訳ありませんでした、織斑一夏さん。」

 泣き疲れた身体をなんとか動かし、立ち上がって一夏に潔く頭を下げる。

 だが、これがなんだと言うのだろう、とセシリアは思う。謝って、態度を改めると口約束をしただけだ。そんな思いが、判断力の鈍った頭でつい口に出ていた。

「それで、だからどうだと言うのですか?」

「………?喧嘩が終わって、謝って、お互いに悪いところを直す。それでは駄目なのか?」

「はい?」

 ぽかん、としてしまった。さっきからこの人には混乱させられてばかりだ、とセシリアは思う。そのせいで涙もいつの間にか止まっていた。

 それはともかく、一夏の顔をまじまじと確認してみるが、ふざけている気配はない。だが、一夏の発言は、それでは、それではまるで―――、

「そんな、子供の喧嘩ですか!?私達がやっていたのは……、」

「そうだ、何も違わない!」

「っ?」

 食ってかかったのに、強い否定で断ち切られる。

「何も違わない。争い合うのは。子供の取っ組み合いも、兵士やテロリストが銃を撃ち合うのも。……相手が許せない。相手が気に食わない。なら倒してしまえ。排除してしまえ。」

――――この人は、何故こんなに悲しそうに話すのだろう。

「けれど、存在から許せなくなって嫌悪して、相手を殺すか自分が死ぬか……誰かが力ずくで塞き止めるまで戦う、そんな世界じゃないんだ、今俺達が生きている世界は。」

――――この人は、どうしてこんな当たり前過ぎて誰もが聞き流してすぐ後には忘れるようなことを、こんなに大事そうに言うのだろう?

「相手と分かり合える。ぶつかっても想いを伝えてまた共に歩き出せる。…………この平和<セカイ>は、それが許される場所なんだ……っ!」

――――この人は、何を背負ってこんなに深い眼をしているのだろう?

 夕日の影響か金色に光る様に見える一夏の眼に、セシリアの視線は吸い込まれた。

「だから分かり合おう。性別も人種も宗教も関係なく、真っ直ぐに向き合っていこう。難しく見えて、本当はとても簡単で、何より大切なことを。」

――――知りたい。

 とくん、と胸が高鳴る。

「たとえ痛みを伴ったとしても、俺と共に変わろう、『セシリア』!」

 火照る頬を自覚しながら、彼女は――――、

「……はい、『一夏さん』。」

 差し出された一夏の手を、そっと握り返したのだった。



<後書き>

※一夏さーん、それ分かり合おうとしてるんじゃなくて口説いてるんじゃない?……は置いといて、最後はなんか発言に電波入ってる気がするけど、まあ一大決心したばかりでテンションおかしいし一夏(刹那)の生い立ちを考えればそれなりに深い意味も見える……といいなぁ……な感じで。

※鈴に優しく。っていうかもうセカンド幼馴染みって前提からしてヒロイン選択出来るギャルゲー以外の公式メディアでは不遇なポジションになるのがほぼ決まってるってどうよ。

※次のページはちょっとダークなおまけだよ注意してね!というか俺は作品に一人はキチガイを出さないと気が済まないのか……?




[17100] 世界を変革する力♪ ぶちこわしぎみ?な蛇足
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/04/05 05:08
「終わったか……。」

 時は戻ってクラス代表決定戦終了時。管制室でコーヒーを飲みながら、千冬はほっと息を吐いた。

 モニターでは思わぬ結果に湧く会場を後にする白式の姿が映っている。

 擬装、ということだがエクシアの様に全身装甲<フルスキン>ではなく、装甲があるのは一般的なISと同じ手足と胴体、背中だけ。エクシアにはなかった非固定浮遊部位<アンロック・ユニット>も備えている。が、その形状はエクシアのGNシールドと同じ大きな平面の菱形で、実際にスラスターとしてだけでなく盾の役割もあるのだろう。その他の装甲に関しても、エクシアだと思って見れば面影が感じられる遊び心に満ちたデザインだった。まあ開発者にとっては実際遊びで作ったのだろうが。

 その白式のシールドエネルギー残量は初期値のまま。ノーダメージの完勝だ。まあ勝敗については心配していなかった。世界大会<モンド・グロッソ>棄権準優勝のガンダムマイスター『刹那・F・セイエイ』は伊達ではないのだ。

 しかもあの時千冬が戦ったエクシアの操者は別に勝っても負けても構わないという投げ遣りな気持ちで戦っていた一夏。あの時の一夏や他の誰がエクシアを駆っても千冬は負ける気はさらさら無いが、本気の刹那とやり合うなら自分も束に頭を下げてGNドライブ搭載型専用機を用意して貰わない限り機体性能の差で確実に負ける。

 安心したのは、試合が無事に終わったという感慨だけだ。一夏の顔を見れば悩みも答えを出して乗り越えたようだし、問題は無い。

「ほぇー、勝っちゃいましたね、織斑くん。」

「一夏なら当然だ。」

 試合中のデータを見直している後輩で千冬や一夏のクラスの副担任の山田真耶の感心した様な声に即答する。ブラコンですねー、と生暖かい目で見られたのには自分も同じデータに目を通していたので気付かなかった。

「でも、あの動き方も上手いし使いこなす織斑くんも凄いけど、白式の性能も凄いですよ。この加速性能に攻撃力……あれ、これに関しては先輩と同じ『零落白夜(れいらくびゃくや)』ですか?」

「だろうな。………っ?」

――――問題はない?本当に?

 何かが引っ掛かる。データを見る。一夏の完勝だ。おかしい所など、……まあ普通のIS関係者が見ればおかしいと言うだろうが、無い、筈。一夏の完勝。ノーダメージで。

………?

「馬鹿なッ!?」

「先輩?せんぱーい!?」

 世界大会に優勝した際の千冬のIS『暮桜』が有していた単一仕様能力<ワンオフアビリティー>『零落白夜』の能力は、自身のシールドエネルギーを攻撃に注ぎ込み相手のバリアを無効化、操縦者緊急保護機能の絶対防御を発動させシールドエネルギーを大幅に削るというもの。その詳細は千冬が一番知り尽くしている。一夏の白式が刀に纏っていた光は間違いなく零落白夜のものだ。

 だがそれを使っておいて白式のシールドエネルギーが『全く減っていない』。システムの前提からして違うのだ。それだけなら白式を開発した束が改良を加えたのだろうと思うが……何か嫌な予感がした。

 誰にも聞かれない様に管制室を出る。こういう時に奴なら見計らった様に(実際見計らっているんだろうが)連絡をよこしてくるだろう。果たして千冬の携帯の初期設定のままの味気ない電子音がなり始める。1コールも待たずに千冬はそれに出た。

『はろはろちーちゃん、束さんだよー。掛けて直ぐに出てくれるなんて嬉しいな、これがまさに愛の電波、なんちゃって!』

 奴なら……天災にして天才、篠ノ之束なら。

『いっくん完勝だねー。ま、この束さんのISといっくんなら当然だけど。でもでもおめでとっ!!』

「どこから覗いていた……というのは聞かない。が、それは一夏本人に言ってやれ。」

『それもそだね。でもちーちゃんが訊きたいのはそんな事じゃないでしょ?』

「そうだな。」

 相変わらず訳の判らない束のテンションだが、千冬はそれともう十年以上付き合っている。無駄に取り合わず本題に入った。

「白式の近接ブレード、あれの機能は『零落白夜』か?」

『ピンポーン!あれは左が雪片改、右が白嵐だよ。小型化して機能据え置きっ、な雪片改と、バリア無効化機能はあるけどどちらかというと切断力・頑強性重視の白嵐。いっくんがやってた様に二つを十字に重ねて繰り出すと威力倍増ドンで一撃必殺!改良奥義ってことで「零墜白夜(れいついびゃくや)」って呼んでね。あれ?あの金髪シールドエネルギーが少し残ってたから一撃必殺じゃなくない?まあ気にしない気にしなーい。』

「そうか。で、『零墜白夜』で白式のシールドエネルギーが減らなかったのは?」

『そんなの中身のエクシアのGNドライブコアからエネルギー引っ張ってきたからに決まってるじゃん。太陽炉は理論的に半永久機関。それを無駄にする束さんじゃないさー。これでシールドの損耗とか気にせずに撃ち放題だよって自分で作ってなんだけど凄いチート仕様!ま、この束さんがただの擬装用ISなんて作ると思った?とか言ってみたりしてっ。』

 束から説明が重ねられる。だが知識を得ることによってもたらされる安心感は皆無で寧ろ嫌な予感が強まる一方だった。

「待て、擬装用『IS』だと?GNアームズの様な『追加装甲』ではなく?」

『おお、いいところに気がついたねちーちゃん!GNアームズはね、GNコンデンサなんてバッテリー積んではみたけど、言ってしまえば装甲と武装をまるまるエクシアにレンタルして、二機分のISの動力をGNドライブの力技で強引に賄っている、ま、わりと急拵えの代物だったんだよぅ。だから白式に関してはちょちょいと工夫して、ISをそのままエクシアにくっつけてみました!わぉ!!頑張ったんだよ、褒めて褒めてー!』

 嫌な予感、その正体は……。

「………お前、ISのコアエネルギーは、起動してからでないと外に出せない、そうだよな?」

『正解ですちーちゃん、よく出来ました!まあ起動しなくてもコアエネルギーを使えるなら女性限定にしなくてもそれで色々なことに使えばいいだけだから、ここまで女性優位の世界にならなかっただろうねー。』

「GNドライブコアも基本的に同様、だったな?」

『またまた正解!GNドライブはエネルギー供給とGN粒子の精製機関として備えてるだけで、ISとしての性質には大して変更はないよ?………っていうかその質問をしてくるってことは、いいことに気がついたんじゃなーいの、ちーちゃんっ!』

 今の千冬が確認した情報に加え、先程起動中の白式が使う零墜白夜はエクシアの太陽炉からエネルギーを引っ張っていると言った。それが意味すること、嫌な予感の正体、それは……。

『えへへ、いっくんはね。なんと白式のコアとエクシアのコア、同時に二つもISを起動させてるのだ!!』

「そんな……ッ!」

―――あり得ない。

 今アラスカ条約に基づいて行われているIS世界大会は基本的に一対一の試合形式。ならばそれに関してだけはISコアを二個以上持っていても予備以外の意味は無い。ならば有している複数のISコア全ての莫大なエネルギーを集中した最強の一機を作れば、各々の威信を懸けた世界大会においてガンダムに匹敵する圧倒的な戦果を誇れるのではないか、寧ろガンダムの性能の根源は実はそれではないか、と考えられたことが一度あった。

 これを受けてある国々が共同でその開発プロジェクトを始動した。結果は、完全に失敗。

 理由は簡単で、誰一人としてISコアを複数同時に起動させることが出来なかったから。IS適性の高低などコア一機の起動に関するレベルの話に過ぎなかった、ということだ。仮にIS複数同時起動を行える人間がいるとすれば、その人間のIS適性はSが十個は並ぶだろうと今では言われている。

「それを一夏は、可能にした………?」

『まだ片方のコアからエネルギーを引っ張り出すくらいまでだけどね。………ねぇちーちゃん、いっくんが本当に凄いのは、ちーちゃんと真っ向からやり合える戦闘能力でも、わたしみたいにふざけてじゃなく真剣に世界全体を見つめてそれに戦いを挑める鋼の精神でもない。答えは、「進化する力」だよ。』

 途端、受話器越しの束の雰囲気が変わった。口調はそのままだが、感じられるオーラが陰性のものになっている。負の感情は無いが、表現するとすれば、ただひたすらに『闇』だ。

 千冬も、しかしそれに気圧される訳にはいかない。大事な弟のことなのだ。まだ聴かなければ。進めなければ。

「進化する力、だと?」

『それこそが男性なのにいっくんがISを使える理由。女性しか扱えないISに「進化」して適合し、今不可能と思われていたIS複数同時起動すら可能にした。やがては白式の真の名―――機動格闘仕様追加支援機『GNストライカー』を装備したいっくんの力<セカンドシフト>、ガンダムエクシアホワイトリペア。ISコア二つの完全掌握を成し遂げ、いっくんは更に上の位階へと進むよ。』

 くつくつ、と千冬が聴いたことの無い陰鬱な笑い声が重なって聞こえてくる。

『同性ってだけの他人がISを起動しただけで威張れるようなこの世界で、じゃあ唯一ISを複数起動出来るいっくんは何になれるのかな?かなかな……王様かな?あはは、足りないよ、いっくんには!役不足過ぎてもう笑えないね。もっと、もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと上さ!!!!!!』

「お前は、一夏をどうしたい?何故……。」

 狂ったとしか思えない束の挙動に、流石の千冬も戦慄を隠せない。

 それでも踏み込んだ質問で、何故、と問うのは途中でやめた。

『ふふふふふふふふふふふふっ!この手で至高の存在を生み出せる。科学者としてこれ程冥利に尽きることはないよ。どうでもいい奴がそれになるのなら絶対嫌だけど、いっくんがなるのならどんな道理でもわたしの無理でこじ開ける!!』

 認識しようとする世界が極めて狭く、しかし手の内にあるものには尽きることない慈愛を。それが篠ノ之束という人間。だが、ここまでとは。束が一夏にしようとしていることの動機は、純然たる善意に他ならない。

 そう、唯の善意で、導こうとしている一夏の先は―――、

『更に次の位階、GNドライブコア同士の連結起動!!有するはガンダムをも駆逐するガンダム、ダブルオー!そのツインドライブシステムがもたらすものは理論出力の二乗化なんてちゃちなものだけじゃない。ダブルオーガンダムの真義、「TRANS-AM-BURST」。ふふ、いっくん喜んでくれるよね。だからわたしも嬉しいな。だってこれを使ったいっくんには誰も逆らえない。全ての人がいっくんの思うようになる。誰もいっくんを傷つけない、いっくんに優しい世界。そう、いっくんは…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………「神」になる。』

――――ん、ちーちゃんも「神」になりたかったりする?ちょっと大変だけど、いっくんをそうした後でいっくんの協力があれば……、

「……………っ。」

 そんなことをどこまでも優しい声で、しかし閨言の様に妖艶に言われ、もう千冬は何も言えなくなっていた―――。



[17100] 世界を変革する力*
Name: サッドライプ◆f639f2b6 ID:4ebe556e
Date: 2011/05/17 17:14
『俺が ガ ン ダ ム だ!!』

 当時最強のIS『ガンダムエクシア』が自らの性能を見せつけ、かつて世界に発せられたこの宣言。それはどれだけ戦争の悲惨さを知ろうと愚かな過ちを繰り返す人類に発した、如何なる理由があろうとも紛争行為を許容しないという傲慢な裁定者の一喝でもあった。

 しかしこの言葉を、その時人々はどのような気持ちで聴いたのであろうか?

 無関心な者達がいた。ある者は日々暮らし生きることすら覚束なく、遠い地の誰かの言葉など耳にとめる余裕もなかった。ある者は戦争行為など自らと無縁の話だと、無自覚の加害者として一種醒めた視線でガンダムを見ていた。

 平和を願い、支持する者達がいた。紛争に武力で介入するという行為の孕む矛盾と歪みを真に理解することなく。

 憤った者達がいた。ただしこちらもガンダムの矛盾と歪みを正しく理解した者は少なく、戦争で利益を得ていた者や果てはISの登場で立場を失って憎しみの矛先を向けた者達が圧倒的だった。

 面白がっていた者達がいた。無責任どころか、真剣に紛争根絶を目指す刹那・F・セイエイの信念を馬鹿にして嘲笑う。

 憧れた者達がいた。ただただその圧倒的な強さに、あるいは世界に相対しても一歩も引かぬ信念に。

――――では、『彼』の場合はどうだっただろう?

 無関心?支持?……それだけは絶対にあり得ない。

 憤り?……近いが、最早そんな単純明快な感情など超越している。

 面白がる?……ああ、確かに愉快ではある。この歓びをそんな陳腐な表現で表せるのと言うのなら。

 憧れ?……そうだ、焦がれている。果てしない程に!

(会いたかった………っ!!)

 刹那に遅れること四年。明白に自己を確信してから間もない精神で、『彼』は噛み締める。本来のもので無い筈の、血が、肉が!奴に刻まれ蹂躙された、心が、魂が!!湧き上がる愉悦と闘争心という激情に衝き動かされ震えている……ッ!!!

 刹那の存在もまた自分と同じ世界にあることを確信したこの瞬間のセンチメンタルは、再び生まれた乙女座に感謝したところでまだ足りない。今なら例え創造主が目の前にいても足蹴に出来るだろう!

(会いたかったぞ、ガンダムッッッ!!!!)

 あるいは。

 かつて『グラハム・エーカー』と呼ばれた存在は、この時やっと新たな生を再び始めたのかも知れなかった――――。




 織斑一夏の朝は早い。

 起きたらまず布団をたたんだり顔を洗ったりなどし、その後ガンダムマイスターとして身体能力などを維持する為の朝のトレーニングを開始する。それなりに健康な一般人がやり遂げれば再び布団に逆戻りする程度の密度のメニューを表情一つ変えずにこなすと、部屋に戻って着替えを用意しシャワーを浴びる。終われば何事もなかったかの様に朝食と弁当の仕度だ。

 それを毎朝学校に行く前に繰り返す訳だから、一夏は老人の様に規則正しく早朝に起床する。IS学園に通い始めてからは食事の世話は寮で賄われるので多少目覚ましの設定時刻は遅くなるのだが、それでも学園生の一般的な起床時間よりもかなり早い時間に鳴り始めるものである。

 まあ、それで迷惑するルームメイトもいないからいいのだが。IS学園の生徒の中で唯一の男子である一夏の部屋は当然一人部屋である。誰か女子生徒と相部屋にするという案も何故かあったりしたが、そっち方面に致命的に鈍い一夏をそんな状況下に置けばどんな化学反応を起こすか分かったものではないと焦った千冬によって全力で阻止されている。旗に似た何かとか出番みたいな何かとか乙女の恋心のような何かとかが豪快にへし折れて砕け散った音が鳴ったが、悲しいかな一仕事やり逐えて安堵の最中の千冬の耳には届くことはなかったのだった………。

 さて、そんな朝の早い一夏の目覚ましであるが、今日はいつもより更に早い時間に、いつもと違った電子音を鳴らしていた。

 否、鳴っているのは目覚まし時計ではない。枕元に置かれていた一夏の携帯電話だ。ちなみに発信音は味気ない初期設定で、その最低限の機能しかないデザインからして地味に変なところで千冬とおそろい。

「一夏だ。」

『おはおはー、束さんだよ!あたしからいっくんへの愛のモーニングコールでーす、ご機嫌いかが?』

 寝起きのかなり良い一夏は寝惚けて通話を切るというドジをやらかすことなく普通に起きて掛かっていた電話に出ると、朝から物凄いテンションの女が受話器の向こうから話し掛けてきた。

「問題はない。そちらは?」

『こっちも大丈夫だよ元気元気っていうかいっくんに心配されたら無理矢理でも元気になっちゃうだって束さんだもん!!因みに今時差の関係でこっちは真っ昼間、ていうかちょうどいっくんがこの電話をとった瞬間に正午になるように国三つぶんぐらい移動して掛けたからねまあ純粋に太陽の位置計算からの時刻だけど、いやーさすが天才束さんあたしの計算に狂いなしっ!』

 いや無駄に労力を使い過ぎだとかそれが計算できるならわざわざ人を叩き起こす早朝に電話を掛けるべきじゃないだろうとか何気に息継ぎの暇が分からない早口が一番凄いとかツッコミどころに溢れた束の返答だったが、それをおかしいと認識しないある意味芸人泣かせの感性をしている一夏は普通に相変わらずの友人で協力者な束の様子に口元を綻ばせているだけ。

『それでそれで用件なんだけど、白式の方の調子はどうかな?』

「?起動データはそちらに送ったが。」

『うん、それはばっちりチェックしてあるよ。あたしの訊きたいのは、いっくんが白式を操縦してみた感想。特に難しく言う必要は無いから、思ったこと感じたこと率直に言ってね!』

「………。」

 若干頭の中から語彙を検索する間を経て一夏は、

「……馴染んだ。」

『ほほぅ?』

「手足の延長などという話ではなく、自らの身体の一部としてISの機能を扱うことが出来た。」

 ハイパーセンサーは五感に並ぶ感覚器官として。センサーから送られて来た情報を『処理』するのではなくそのまま『把握』できる。

 推進システムは生まれながらに翼を持つ鳥の様に。飛びたいと念ずればその為の姿勢制御やスラスター出力を考えるまでもなく、あたかも鳥が自分の羽ばたき方を理屈付ないのと同じく思うがままに空を翔ることが出来る。

『ふふっ、やっぱいっくんがその為にあたしが調整したISを使うとそうなれるか。うん、順調快調絶好調☆』

「これでいいのか?」

『問題なっしんぐーだよ。そう、……今のところ予定通りだから。』

「?」

『なんでもない。じゃそろそろ時間だから、バイバイ!』

 普通の女性ならISを装着して歩くだけで四苦八苦、訓練も無しに空を飛ぼうものなら明後日の方向に吹き飛ぶだけだと言うのに、一夏はそれを異常と認識しない。

 ISはパワードスーツ。如何に幼少から接してきたとはいえ、それが『手足の延長線上』以上になるものではない。ISに慣れる、というのは即ち当たり前だが人間とISが別々に分かれた存在であるのだから、本当の意味でISを自分の身体の一部と同じものとして扱う一夏は、男なのにISを動かせるとかそんな次元でなく異端なのかもしれなかった。

 それを、一夏はあるいは知識として知っている。しかし、感性が疑問という形で追いつくことはない。根本的に『それが出来ない自分』がいないからだ。犬に何故二足歩行をしないのかと問うヒトが存在しないのと同じように。

 エクシアで世界を変えた頃はそんな事はなかった。普通にガンダムというISを『操縦』していた。白式を装着し始め、厳密にはそれ以前から少しずつ、自らがヒトに似たモノへと変革しようとしていることに一夏は気付かない。

 自覚の無いまま――――、

 プツッピピピピピピピピピピピピピピピ――――!!

 時間とはこういうことかとその悪戯に流石に呆れた風に溜め息を吐いて、束が電話を切るのと全く同時に鳴り出した目覚まし時計を止めたのだった。




[17100] 世界を変革する力* そのに
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/05/18 22:35
「おはよう織斑くんっ!」

「ああ、おはよう。」

「おりむー、昨日の課題できたー?わたしは手間取っちゃって寝不足だよぅ~。」

「問題ない。」

 一夏が一組の自教室に入ると、早く来ていたクラスメート達が声を掛けてくる。初めの内は女の園に男がいる物珍しさから遠巻きに眺めてくるだけだったが、特に同じクラスの女子から慣れてくると親しげに声を掛けてくる様になった。あるいは切っ掛けとして―――、

「ごきげんよう、一夏さんっ。」

「おはよう、セシリア。」

 上機嫌に弾む、手入れの行き届いたふわりとした金髪。夕暮れの屋上で和解してから180度一夏に対する態度を変えたセシリア・オルコット、彼女との決闘が終わってからというのがあった。

 専用機持ちを完封する実力。偏見の激しかったセシリアをどうやってか改心させたこと。そして、そのセシリアが、次の日から一夏と休み時間楽しげに話をする仲になっていたことから、折角なのでと皆直接一夏に接近し構い始めたのだ。

(こうしてみると、意外と以前と大して環境は変わらないのか……?)

 男女比はガラリと変わっているが、基本的に前いた中学でもキャラが立っていてクラスで一、二を争う変人扱いだった一夏は声を掛けられる事が多かったので、IS学園でも以前と同じような学生生活は送れているなと少し安堵していた。

………普通に考えて全く別物なのだが、悲しいかな一夏の内面にツッコミをいれられる存在は不在である。

「あーそうそう、二組に転入生が来るんだって~。」

 そのまま一夏の周りに集まって、数人で他愛のない雑談をしていたセシリア達だが、その中の一人が妙に余らせた袖をぷらぷら揺らしながら話題を切り出した。

「転入生……本当に?」

「ここの編入試験って、かなり難易度高かった筈だよ。私たちが受けたのと比べ物にならないほど。なのに来るの?」

「ほんとだよ~!そう聴いたんだってば~!」

 あーん、と言い出しっぺの女の子は疑われて緊張感の無い泣き声を出す。本当に泣いているかどうかは……糸目の状態なのでよく判らない。一夏は取り敢えず助け船を出してみた。

「或いは、各国代表候補生は一年次までならば実質無条件で編入が認められているが。」

「あ、そうそう、そんなことも言ってたよ!たしか中国の代表候補生だって。」

「ああっ!」

 さっすがおりむーありがとー、と一夏にじゃれ付き始めたその女子にセシリアが軽く悲鳴を上げる。

「離れなさいな、一夏さんに迷惑でしょう!」

「うらやましいの、せっしー?」

「なっ、ななな……!?」

 セシリアが慌てて引き剥がそうとする横でされるに任せて、一夏はふと引っ掛かりを覚えていた。

「中国、か。いや、まさかな。」

「どうしたの織斑くん?」

「なんでもない。」

 とそこへ、

「あなたは、だから離れなさいなと言ってるでしょう!」

「はぅあ!?」

 競り合いの末ぺいっ、と間抜けな効果音で相手を投げ捨て勝利したセシリアが会話を継いで来た。

「気になるんですの?その、二組の転入生の方が……。」

「それは……本人を見ないことには何とも言えないが。」

「そーお?」

「「「「――――っ!!?」」」」

 瞬間、教室が静まりかる。

 いつの間にか現れてあまりに自然に会話に割り込んできた件の転入生と思しき存在に、ではない。その小柄な少女が一夏の背中におんぶされる様に乗っかかっているからだ。先程一夏がされていたじゃれつきとはレベルが一つ違う。本当に気を許したもの同士がするスキンシップだ。

 そんな中一夏は背中の少女を下ろし、それが誰かを確認する。確認して……珍しくはっきりと分かる驚愕の表情を浮かべた。

「鈴!?」

「えへへ……うん、久しぶりね、一夏っ!」

 そんな一夏を見て快活な笑みと共に再会の挨拶を述べるのは、一週間前に国際電話をしたばかりの幼馴染み、鳳鈴音だった。

「どうしてここに……、いや、転入してくる代表候補生はお前ということか?」

「うん。それで、どう?気になる?」

「……?」

「さっき本人を見ないことには、って言ってたじゃない。本人ここにいるんだけど、どう?その………。」

 久しぶりに直接会って会話を交わす鈴だが、その頬は少し赤い。会話の流れから思い付きで、『ああ、気になる』と一夏に言わせてちょっと嬉しい気分になろうと試みているからだ。

 そんな鈴の戯れに対し、デリカシーが溢れて止まらない一夏は、幾らか置いて驚きから再会の喜びへと変わった感情を本当に優しげな微笑みに乗せて返事を―――、



「鈴。お前のことなら、いつだって気にしている。」



 はい爆弾投下しましたー。

「にゃう――――――っ!!!?」

 学習しない女、鳳鈴音の杜撰な目論見の遥か斜め上の回答だった。しかも電話の時と比べて、幼馴染みと再会した喜びを全面に出した優しい笑顔付きのせいで更に攻撃力を増している。

 そしてそのついでに張りつめた水面の様なクラスの静寂を、ガチガチに凍りつかせていた。

 そんなものを真正面から食らった鈴の方は、もう心臓を直接殴りつけられたかの様に安定しない脈でなんとか生を繋ごうと必死だった。これでショック死出来たらまあある意味かなり幸せな死に方だろうが、それでもなんか絶対に嫌だろう。

「反則……っ、一夏、それ、あぁぅあぅあぅ、……反則だからっ!」



「っ、……鈴は俺に心配されるのは、嫌か?」



 はいはい、二発目投下ー。

 殆ど譫言で鈴が呟いたことを誤解して今度は悲しそうに言う一夏。

「ダ…っ、じゃなくて、その、嬉しいんだけど!嬉しいけど!!…………ぁぅ。」

 鈴に勝ち目は無かった。恋心に翻弄される年頃の乙女<ツンデレ>に対し、一夏の素直な感情<クーデレ>は相性が悪すぎる。

 結局生み出されたのは、もう何を言っていいのか分からないまま頭から湯気を出している鈴と、彼女の様子がおかしいと困惑している一夏と、固まり続けているクラスメート達―――セシリアに至っては白くなって今にもサラサラと塵に還っていきそうだ。何故か朝の清々しい教室に突如現れたカオスをどうにか出来るのは、一人しかいない。

「SHRの時間だ――――、はぁ。」

 一夏の姉にして女傑担任、織斑千冬。流石弟のことを知り尽くしている、時間になり教室に入って様子を見回し、それまで何が起きていたのか―――一夏が何をしでかしたのかすぐに把握すると、溜め息を吐いた。

「ほら、席につけっ!!鳳は隣のクラスだろうが!」

 本当に弟はいつか女に刺されるかも知れない。そんな心配をしながら、千冬は取り敢えず一喝しても固まったまま解凍しない連中に出席簿を叩き落としていくのだった。




(なんですの、あの方はっ!)

 セシリア・オルコットはIS学園アリーナで自機『ブルーティアーズ』に身を包んで滞空していた。現代最強の兵器インフィニットストラトスに相応しい狂暴性と彼女自身の優雅さを兼ね備えたデザインを曝しながら、しかし中のセシリアは可愛らしく、ぷぅ、と頬を膨らませる。勿論原因は、今朝方急に現れては一夏に羨ましいことを散々言われた転入生、鳳鈴音だ。

 ここ暫くセシリアは幸せな日々を過ごしてきた。年齢的にやや遅いが今や初恋の相手となった一夏と同じ学校、クラスで毎日話をしている。それも自分がIS学園に来て初めて一夏と親しくなった女子ということで、一番彼との距離が近いというのは客観的に見ても事実だった。

 周りの女子達も一夏にちょっかいを出してはいるが、セシリアほど本気ではないので本当に不安になったりする様なことはない。そう遠くない内に告白、正式に恋人として―――なんて、まあ有り体に言えば舞い上がっていたのだ。

 そこを、いきなり現れた少女にあっさり上を行かれた。

 後で聞いた話によると一夏の幼馴染みだという少女は、後ろから抱きついたりと一夏に甘えられる程度に距離が近い。それは付き合いの長さの分有利ということだが、こうなると恋の駆け引きなど経験したことのないセシリアには、なまじ僅かな期間順風満帆だった分パニックに陥るしかなかった。

(幼馴染みなんて卑怯ですわ!正々堂々と勝負なさい!)

 こんな意味不明な思考が出るくらいには。

 とはいえ、思考に熱中してその日一日の授業をまるで聴かずに先生に叩かれながら過ごせば少しは冷静にもなるもので、放課後になれば落ち着いて自分の為すべき対応を考慮出来るようになっていた。

(状況は『多少』不利。焦ってパニックになってる場合ではありませんわ。かといって今までの様にのんびりとしていても駄目、確実な一手を……!)

 きり、と垂れ気味の眼を引き締め決意と共に前を見つめる様は、傍からそれだけ見ていればこれからの戦いに一分の油断なく望む戦乙女の雄姿に他ならないだろう。

 否、彼女にとってはこれから始まる模擬戦も恋も同じく戦いだ。闘争だ。墜とす相手も同じく、

「準備はいいな、セシリア。」

「いつでもっ!」

 名と同じ色に染まるIS『白式』に身を包む男、織斑一夏。

 遠慮油断躊躇一切が不要。開始と同時にBT兵器を全て分離、四方八方からレーザーを撃ちかけ―――、

「模擬戦終了。損害無し。」

「………ぅぅ。」

 やっぱり一発も当たらなかったのだった。

 この模擬戦、というより放課後アリーナを使った一夏との訓練は決闘が終わった次の日から行っていた。

 セシリアから誘ったものだが、学園所有のISの貸し出しには煩雑極まりない書類の手続きが必要となる為、アリーナにいるのは専用機持ちが大半。だから数少ない専用機持ちである一夏とセシリアが一緒に練習をすれば必然生まれる状況は――――二人きり。

 誘った当初はそこまで計算していた訳ではなかったが、毎日のこれもセシリアが一夏に最も距離が近い女子でいられた大きな要因であった。

 故に。

(ここで勝負を賭けますわ……っ。)

 専用機持ち二人きりという状況も、あの中国代表候補が参入してくれば崩れる。幸いというべきか、一夏がISの戦闘機動に全く問題がないと知ると彼女は自分から別の訓練場で練習するらしい。

 おそらく近日のクラス対抗戦に備えて、国家代表候補の専用機持ちということで特例で交代した二組のクラス代表として、一夏に自分のIS戦闘の情報を隠す為だろう。試合直前まで一緒に練習などしていると、全力は出せるだろうがどうしても抜ける緊張感などはある。好きな相手だからこそ全力でぶつかりたいというのは、今のセシリアにも分からなくはなかった。彼女自身は、どちらかといえばそれでも好きな人と一緒にいる時間を増やしたい主義だが。

 それでも、セシリアが一夏と二人きりで訓練出来るのはクラス対抗戦が終わるまで、というタイムリミットが付いてしまっている。それ以降は鳳鈴音も遠慮なく訓練に参加してくるだろう。

 故に。今の内に、ここで勝負を掛けなければならないのだ。

 問題ない。策ならばある。経験不足でも思考を止めれば負けと考えに考えを尽くした必勝の策―――。

「あの、一夏さんっ!」

「なんだ?」

「―――私のIS近接戦を、見ていただけませんか!?」

………二人きりの練習、なんて下心はともかくとしても、セシリアにとって一夏との練習は意義あるものだった。

 一夏との決闘で切っ掛けは掴んだ自機とBT兵器の同時稼働。同じ相手で同じ状況を再現出来れば上達もしやすいことだし、というよりそれでもなお一夏には掠らせるのがやっとの現状を英国代表候補生としてはなんとかしなければなるまい。更に言えば至近距離(ISを装着していれば15mで既に近接戦の間合いとされる)まで近付かれると白式とブルーティアーズの足の速さの差もあって為す術など無い。

「ブルーティアーズの制御訓練は勿論第一課題ですけど、流石に近付かれたらもう何も出来ない、というのも放置していいものではないと思いますし………。」

「そうか。」

 教員を除いた身近な中で接近戦を教わるのには一夏が一番いい。

 ちなみにまだIS学園に入ったばかりの一夏がそこまで圧倒的に強いのを疑問に思う人間もいなくはなかったが、

『一夏が強い?………当たり前だろう、私の弟だぞ。』

 織斑千冬がそんなことを言った為皆黙るしかなかった。色々な意味で。『世界最強の女性<ブリュンヒルデ>』の称号に付随する偶像はそれほど大きいのだ。その発言をした時の千冬の表情がどう見ても姉馬鹿にしか見えなかったことは、関係ない。多分。

 とにもかくにも、そんな一夏に接近戦を教わるのはセシリアにとても利益のあることだろう。

――――という建前はさておき、本音はと言えば、

(IS越しでも、一夏さんとの接触が増やせれば!)

 とのことである。……セシリアの内心が読める女子生徒が居れば全力でこうツッコむ思考だ。

 アホの子か、と。

 一夏との距離をただ物理的に縮めてどうする。いや、ボディタッチは確かに一つの手だが、格闘訓練でそんな色気を期待する前にやるべきこと、やれることは沢山あるだろうに。

 こんなやり方を必勝とか言う辺り、切っ掛けがちょろくなくなっても残念属性の娘であることには変わらないのだった。

 そして、絶対的第三者の視点からすればセシリアに残念なお知らせはもう一つある。

 一夏こと刹那・F・セイエイの近接戦能力は、基本的にゲリラ時代にアリー・アル・サーシェスに仕込まれ実戦を経て発展させていったものだ。

 さて、戦争狂アリー・アル・サーシェスが中東の貧困地帯で適当に集めただけの子供に懇切丁寧な指導などする訳もなく。格闘戦をはじめ文字通り体に叩き込む、という教わり方で刹那は学んできた。

 故に、サーシェスほど乱暴ではないだろうが一夏(=刹那)の教え方もまた上に同じ。

「了解した。俺に出来る限りはやってみる。」

「本当ですの!?ありがとうございます、さあ今すぐにでも始めましょうっ!」

 一夏の了承の返事に笑顔を輝かせ浮かれたセシリアがそれを後悔し始めるまで、あと3分。



[17100] 世界を変革する力* そのさん
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/05/21 09:59
「…………無事か、オルコット?」

 時は経ってクラス対抗戦当日。教師陣の控えるアリーナの管制室で、なぜか代表候補生とはいえ一般生徒のセシリアの姿があった。

 そのシルエットは全身が疲労の二文字に包まれている。常に優雅たらんとする姿勢も、輝きを失って最早強がりにもなっていない。心なしか彼女の自慢の金髪まで色がくすんでいるかのようだった。

「問題、ありませんわ……。この程度、くっ……!」

 台詞だけ聴けばなんか格好いいが実質筋肉痛で悶えているだけのセシリアの姿は、厳格公正な織斑千冬をして観客席の人混みは危険と判断ししかしどうしても一夏の試合を見たいセシリアを管制室に入れてあげる程度には、哀れを催すものだった。

「織斑も加減は弁えている筈だが……いや、だからこそか。」

「ご心配なく、元は採りましたわ…、痛ぁ……っ。」

 千冬の言う通り、一夏は格闘戦については最低限しかやっていないセシリアの限界を見切ってその紙一重ギリギリまで訓練を施した。

 しかも、なまじISという防御力を確保した装備でのことだから逆に精神的なダメージが半端ない。痛くないからと言って殴られるのを怖がらない様には人は出来ていないのだ。それが自分から頼んで想い人にされるなら尚更である。

 それよりも一番酷かったのは『あいえすでもできるよいこのさぶみっしょんこうざ』。敢えて平仮名で書くと不気味極まりないが、実際一夏と千冬で考え出した、関節という可動部位がある以上ISでも防御不可能な、否ISがパワードスーツだからこそ弱点となる破壊技はそれ以上に『エグい』。教わった空中で相手の腕などを絡ませて抑え、磔にした相手をセシリアの場合BT兵器でなぶり殺しにする戦法なんてのはまだ大人しい方で、敵がISを装着している場合に基本的に破壊しやすい関節とそのへし折り方を一通り『実践で』教え込まれたことは最早トラウマにすらなっている。

(今なら、打鉄で試験官を倒せる気がしますわ……。)

 勿論目的は近接戦能力の向上なのでそんな色物ばかりではなく、最初から格闘戦に重点を置いた専用機持ちなどには劣るだろうがセシリアのその手のスキルは全体的にバランス良く伸びている。方法という問題を除けば一夏は教官としてそれなりに優秀だったらしい。彼女にとってそれが真に喜ばしいのかは別にして。

 だから元を採った、というセシリアの発言は、訓練にバテた彼女を一夏が甲斐甲斐しく看護してくれたり、一度だが膝枕までしてくれたことを指す。柔らかい訳でもなく高さも微妙で、しかし想い人の膝の上は至福の空間に他ならなかった。

 まあその辺最初に一夏に訓練を頼み込んだ理由を鑑みれば完全に手段と目的が逆転しているのだが、世の中には結果オーライという素敵な言葉があるし頭がフローラルなセシリアはその時一夏の膝の上で上機嫌に鼻をすんすんしていたので全く気にしていない。だから千冬に哀れみの視線を向けられているのだということも。

「まあ、特に問題がないならいい。」

「えぇ、それに、叩かれたりするのもすぐに慣れてきて、むしろ最近では一夏さんに乱暴されると何故か胸がきゅん、としてしまうくらいですの。」

「………………、うちの弟にそんな性癖は無いぞ、多分。」

「?何の話ですの?」

 自覚症状の無い変態予備軍に最早溜め息がこぼれ落ちる。そのまま千冬は静かに『脳内将来の義妹候補リスト』の中のセシリア・オルコットの評点を下げたのだった。

――――。

 IS学園のアリーナはこの日全校生徒の殆どがその客席で顔を並ばせている。入学式当日にまで授業を行うほどカリキュラムが詰められているIS学園も、流石にこの日―――クラス代表対抗戦の日ばかりは1日授業を無くしてその観戦に当てられるのだ。

 一応自クラス代表の試合についてのレポートの提出は課題として義務付けられているが、忙しい学校生活の中での、IS試合観戦という娯楽付きの休日だというのが多くの生徒達のこの日の認識である。ましてや今回参戦しているのは話題の織斑一夏、『あの』織斑千冬の弟で先の試合で英国代表候補を下したという話も流れている。もしかしたらの六文字は誰の脳内にもあり、そんな試合を見逃そうとする者など誰一人いなかった。

 そんな期待と注目の集まる観衆の最中、ざわつくアリーナの中心にいながら素知らぬ顔で試合開始を待っている一夏に、対戦相手の鈴は苦笑してしまう。

(相変わらずよね……。)

 自分は代表候補選抜にあたり大勢の観客の前でも挙動が鈍らない様に訓練しているが、一夏の態度はおそらく素だ。その鋼鉄の神経は、たとえ全世界中継の前でも眉一つ動かさないだろうと言い切れる。

「とと、そんなことより……。」

『鈴、どうした?』

「一夏ぁ、全力で来なさいよ!手加減なんかしたらただじゃおかないんだからっ!」

『……。』

 だから、鈴の発言を受けて僅かに表情を動かした一夏は違和感を感じさせるに十分だった。

 どうしたんだろう、と思う。一夏はそういうことにはきっちりしているし、えこひいきなんかとも無縁だ。だから正々堂々と、なんて言うまでもないことだと思っていたのに。

 しかしその詮索をする前に試合開始のカウントダウンが始まった。

 ほんの僅かの間静まり返る会場。しかしそれが引き延ばされた時間の中でまだかまだかと急く気持ちを必死で抑え付ける独特の緊張感。そしてそれを解き放つ爽快感。

 二剣一対の大刀『双天牙月』を握りしめ、気分を切り替える。

 この試合は、鈴にとって代表選抜の時と同じくらい大事な試合だ。手抜かりは許されないという意味で。

――――強くなる。今度はあたしが一夏を守れるように、あたし、強くなるから!

 その誓いを破らないことを、今の自分の強さを本気で一夏にぶつける―――。

 今、試合開始のブザーが鳴り響いた。

「………ッ!!?」

 瞬間、鈴を光を纏った突風が叩く。そんな錯覚―――それ以上に、自分が一瞬後にはその風にバラバラに刻まれる様な幻視。それほどの迫力があったからこそ、その迫力に錯覚を起こす程一夏を凝視していたからこそ、一瞬後にはその光景を実現させていそうだった刀の軌跡に己の双天牙月を挟むことが出来たのは……しかし、奇跡に近かった。

 突風の正体は当然ながら一夏の白式。纏う光は『零墜白夜』。更には『瞬時加速<イグニッションブースト>』まで使用した―――、

(試合開始直後の奇襲・強襲!分かってはいたけど……っ、)

 確信する。先程の態度が少し不安だったが、一夏も間違いなく全力で自分を倒しに来ている。それでいい。『守れるくらい強くなる』という誓いは自分で自分に課したもの。たとえそれが守る対象の一夏相手でも、他人の温情で果たせる誓いではないのだから。

 そして鈴も、本気で闘うが、本気で闘うからこそ一夏とセシリアの決闘を見ていた人間から白式の情報は聴き込みしていた。

 射撃型とはいえ第三世代機のブルーティアーズを軽く凌ぐ機動性と、始終近接ブレードしか使わなかったこと。そしてそのブレードのたった二度の直撃で試合が決したことと織斑千冬の弟の機体という情報があれば、IS関係者なら誰でも白式が千冬が世界最強の座を取った時の機体『暮桜』の後継機だろうと思い至る。

 重武装とそれを補う巨大なバーニアの増設で攻撃力と機動力に特化した自分の専用機『甲龍<シェンロン>』を上回る、近接戦しか出来ないが対ISにおいては最高級の威力を誇る素敵仕様の機体、それが白式だと。

 故にこの奇襲も予測出来ていたことだった。白式に限らず近接戦仕様の機体相手なら珍しいことではない、と、

(分かっていたけど!こんな『分かっていてもどうしようもない攻撃』なんて初めてよ!!)

 金属……というより鉄鋼がぶつかりあった音と表現するのが正しいだろうか。只でさえ機動力に優れた白式が瞬時加速<イグニッションブースト>まで使った、反撃も回避も暇を許さないその速度を全て載せて斬りつけた白嵐と、咄嗟にと言うことすら覚束無いまま動いた双天牙月の激突は、短い重低音の後当然に鈴が打ち負けた。

 そして、一夏の攻撃はそんなところで終わる筈も無い。右の白嵐と僅か一瞬の時間差で、左の雪片改が襲い掛かってくる。

 衝突の後にやっとそれを理解した様な鈴に、雪片改を反応して捌くことなど不可能。甘んじて喰らうしかない、

(なんて、認めるかぁーーっ!!)

 意地が、二度目の奇跡を起こす。

 喰らうことを前提に、刺し違えるほどの気迫を以て逆に完全な攻撃態勢で双天牙月を叩き落とす。一夏はそれに対し雪片改の太刀筋を曲げて打ち払い、結果的に鈴に対する一撃が防がれることとなった。

 だが、まだ、まだたったの二太刀。それを強運でやり過ごしたところでその程度序の口だと更に回転を掛ける一夏の剣舞に、今度ばかりは実力で対処しなければならない。

 縦横無尽に襲い来る雪片改。薙ぎ突き払い打つ白嵐。休む間どころかろくに予備動作を見る暇も無い斬撃の嵐。

「せぁぁ―――っ!!」

「くうぅぅっ!??」

 打ち負けるとか、躱し損ねるとかそんな問題ではない。あまりに苛烈。苛烈、俊烈、激烈、壮烈。鈴に出来るのはもはや双天牙月の幅広の刃を盾代わりに受けるだけ。

 そして当然の様に受け損ねる一撃一撃は、まともにはもらわなくとも一夏が零墜白夜を発動中である以上かすり傷ではすまない。

 機銃の掃射を喰らう以上の早さで減っていくシールド残量。このままでは、何も出来ないまま負けてしまう、駄目だ、少なくともこんな結果じゃあの時と何一つ変わらない。鈴を守ったせいで一夏に累を及ばした無力な自分と。

「負け…ないっ!!」

「――ッ。」

 接近戦では実力に天と地の差があると認めざるを得ない。だから賭けに出る。自らの第三世代型特殊兵装に。

 非固定浮遊部位<アンロックユニット>がその力を解放し目前の空間を軋ませる。しかしその隙を見逃さぬ一夏は白嵐を跳ね上げ、鈴の手から双天牙月の片方を宙へと弾き飛ばした後二刀を交差させて振りかぶった。

 其は、必殺。その意を込めて創られ撃たれる業が、そうと知らずとも喰らえば止めの一撃となることを鈴の勘が告げている。だが、間に合う。間に合え。相手は至近、狙いは必要ない。行程省略、暴発上等!

「ぶち抜け、『龍咆』ォッッッ!!!」

「『零墜白夜・辻喰<ツジバミ>』――――ッ!!」

 炸裂。互いの単一仕様能力がぶつかり、交錯した。

「間に合っ、た―――?」

 その問いに意味は無い。それでも口に突いて出た言葉。仮に間に合っていなければ、自身の敗北が既に決定しているというだけだ。

 故に。

 吹き飛びながらシールド残量を確認することもせずに白式の位置をレーダーで探知―――距離を、引き離せている!―――し『龍咆』を再度発動させる。

 龍咆。空間に圧力を掛けて見えない砲身・砲弾を形成し打ち出す第三世代兵器―――、

「『衝撃砲』か!」

 向こうもこちらの情報は予め収集していたのか、即座に盾となる非固定浮遊部位<アンロックユニット>を前面に翳す。

「防いでばかりだって……!」

 盾ごとぶち破る、そのつもりで龍咆を連射。すると向こうは防御を解き、数瞬前まで自分がいた空間を抉っていく不可視の弾丸を置き去りに横に逃げていった。

「それでもっ!」

 脱出はさせない。次の行動に移る隙はもう与えない。

 見えない砲撃に回避が出来ないなら狙いそのものを付けさせない、そんな風にランダムに上下と緩急を混ぜ鈴を中心にして周回する様に移動する一夏をなんとか捉える。命中率は四割を切るが、その数字を相手に知られない為通常の弾幕よりも更に効果は高いので足止めには問題ない。

 連射、連射。このまま封殺する。

(いや、墜とせる―――!)

 一夏のランダム機動に目が慣れてきて、命中率が上がっていく。一夏は盾で防御するが、そこで動きが鈍ったところに更に龍咆を叩き込んだ。

 最早逃げ惑う体の一夏に、やがて盾を翳していないタイミングで砲弾がクリーンヒットする。吹き飛び、よろよろと体勢を崩し、一夏は―――、

 前に。鈴向けて一直線に、白式が風を切って翔けた。その加速、まさに疾風。

(ここに来ての『瞬時加速<イグニッションブースト>』っ!?)

 速い、猛進する一夏が再び接近の間合いに入るまで幾ばくも無い。一撃を当てた後油断していた鈴なら為す術も無かっただろう。

「だとしてもっ!!」

 鈴は気を抜いてはいなかった。ならば二度目の奇襲など成功する筈も無し。一直線に真っ直ぐ向かってくる一夏は、ただの的に過ぎない。

 だから鈴が『当然に』撃った衝撃砲は、

 するり。

「え―――――?」

 僅かに移動の軸を右にずらした一夏に、いとも簡単に避けられたのだった。

 困惑する暇も無い。一夏から突進する勢いで再度放たれた『辻喰<ツジバミ>』。バリア無効化機能に加え単純な衝撃力が通常のIS用近接装備と一線を画す、それこそ第二世代最強の威力と名高いパイルバンカー『盾殺し<シールドピアース>』にも匹敵する一撃が受けた残る双天牙月を鈴の手から弾き飛ばす。

 くるりくるりと回りながら放物線を描きアリーナの地面に突き刺さる愛刀。しかし、鈴の顔に焦りは無かった。

 どうせ接近戦では勝ち目が無く、ならば役に立たない双天牙月を犠牲にしてでも一夏に隙を作らせることを優先したのだ。

 白嵐と雪片改を交差することで斥力場を発生させ、バリア無効化の効果と共に斬撃の威力を何倍にも増幅して放つ、それが『零墜白夜・辻喰』。そのメカニズム ―――辻喰を撃った後一瞬だけ機能冷却の為白嵐も雪片改もただの鉄の棒になること―――を把握している訳では当然ないが、そうでなくとも二刀を振り切った体勢で隙が出来る、そんな判断で咄嗟に動けた。

 目まぐるしく状況の変わる緊張感で知らず知らずの内に高速化していた鈴の思考が、

(――――やっぱ、誘導されてる!)

 『隙の出来た』一夏に撃ち込んだ龍咆を完全に回避されたのを確認しながら、一つ前の砲撃が躱された理由を弾き出した。

――――『ランダムに上下と緩急を混ぜ鈴を中心にして周回する様に』移動する一夏の機動に『目が慣れてきて』龍咆の攻撃が次第に当たる様になっていた。

 複雑な機動を取る以上、どんなに卓越した力量を持っていようと最高速度は落ちる………しかも鈴の視界を横切る形で、つまり『横の動き』。それに目が慣れていた、正確には『慣らされていた』鈴から見て、いきなりトップスピードで真っ直ぐ前に突進した『縦の動き』をした一夏の速さの目測は、いとも容易く狂ったのだ。

 ただの加速を、試合開始当初と同じ瞬時加速<イグニッションブースト>を使ったものだと勘違いする程に。

 瞬時加速中に細かな回避運動は出来ない、その先入観で撃った龍咆を体一つぶんずらしただけでいとも容易く躱した。

………『目を瞑っていても躱せる』という表現がある。比喩や誇張ではなく、相手の攻撃パターン、狙い、呼吸……それらを完全に読んでしまえば、次の相手の攻撃がいつどう来るかは分かるのだから、それを視て確認するまでもなく回避が可能である、という話だ。

 一夏は鈴の判断力すら利用してその様な状況を意図的に作り出した。試合開始時のインパクトが無意識にも残っている鈴は一夏に反応してタイミングをずらすことなくすぐさま衝撃砲を放ったし、狙いも一夏の真正面。攻撃がいつどう来るか分かる、『目を瞑っていても躱せる』攻撃が不可視であるかどうかなど関係ある訳がない。

 今の辻喰を撃った後の回避も然り。相手の隙を見逃さず攻撃出来る様に訓練していた鈴の反応速度を逆手に取ったのだ。

(……完敗。今回はあたしの負け、か。)

 最小限の動きで龍咆をやり過ごした一夏は、そのまま鈴向けて再び零墜白夜を発動、白嵐を斬り返す。双天牙月も手放し龍咆の発射よりも明らかに早い斬撃を避ける術など最早無く、バリア無効化攻撃に堪えるシールド残量もない。

 鈴は不思議と静かな気持ちで己の敗北を決定する太刀を見つめていた。

 しかし―――。

「っ、鈴!!」

「―――――!!?」

 白嵐は振られることなく、一夏は鈴を捕獲、抱きかかえる様にして加速する。

 その一瞬後。眩く橙に輝く巨大な光球が二人の居た空間を焼き尽くしながら駆けていった。

『茶番はそこまでにしてもらおう。』

 一拍遅れて、オープンチャンネルに響く少女の声と共に舞い降りてくる漆黒のIS。

…… 否。全身装甲<フルスキン>タイプだが非固定浮遊武装が無く、手足もすらっとしてより人型に近いその姿は。鎧武者の様な仰々しい形の突起などが付いてはいるが、かつてどこかの世界でユニオンフラッグと呼ばれたMSの面影を深く残すその機体は。そして何より、朱色の粒子を機体後部から散らすその動力炉は。

『割込み失礼、だが勝負ありだ。これ以上は先約の私に譲ってもらう――――無論、真の姿でな!!』

「鈴、逃げろ。」

「うん………って、だめ!あんたはっ、」

「甲龍のシールド残量は戦える値ではないだろう。奴もその為にこのタイミングで乱入してきたようだ。」

「くっ!」

 横抱きにしていた少し顔の赤い鈴をゆっくりと空に帰し、一夏は収納していた雪片改・白嵐を再呼出して構えた。肌に走る冷たい何かを感じながら。

「貴様は…っ!」

『ほう。顔も違う、声も違う。それでもお互いにその存在を理解するか。やはり私と君は、紅い絲で結ばれているようだな、少年!』

 確認する前に直感で理解した。突如乱入してきた目の前の存在は、かつて殺した者。同時に、かつて殺された相手。

 そして今また、敵となるもの。

 一夏の白式と対照的な黒の鎧が、一夏と同じく二刀を構えて加速する。それがこれから始まる、真の戦いの幕を開ける合図となった。

『ならば、』

「貴様はッ!!」

『あえて言おう、グラハム・エーカーであると!!』



[17100] 世界を変革する力* そのよん
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/05/22 19:20
「駄目です!システム、完全に乗っ取られました!」

「ち…っ。」

「ああ、一夏さん……。」

 織斑一夏と鳳鈴音のクラス代表対抗戦に突如乱入した謎のISに、管制室は騒然となっていた。正確には、あの黒いISの乱入と同時にIS学園のシステムが全てハッキングされ、アリーナの出入口も隔壁も遮断シールドも全て閉まったままロックされてしまったことに。

 増援は送れない、鳳鈴音もシールドエネルギーから戦闘出来ない、分かりやすく不明機の目的は一夏と一対一の戦闘だと理解出来る。

 しかもあのISから発せられる朱色の粒子は色こそ違えど、織斑千冬の中に該当する出力機関は一つしかない。

「―――GNドライブ、だと?」

「そんな……っ、織斑先生、今なんと?では、一夏さんを襲撃しているあのISは―――、」

「違うっ!」

 思わず漏れた一つの単語。それを聞き咎めたセシリアの、続くであろう言葉を強く否定する。

「絶対に違う。」

 セシリアは焦っている。一夏の身を案じて、しかしその為に出来ることが何もない現状に。自分の中にもあるその焦りを抑える為千冬は否定を重ねた。

 そして、それ以上に。

(一夏の判断が僅かでも遅れていれば、鳳は墜ちていた…。)

 『刹那・F・セイエイ』である一夏を狙う理由はあるのかも知れないが、鳳鈴音はIS国家代表候補と言ってもただの学生だ。一夏を襲撃するのに邪魔だからと民間人を排除しようとするなど、例えGNドライブを搭載していようが―――、

「あの機体が、ガンダムであるものか……っ!」

 弟が命を懸ける信念は、そんなものではない。あれはただの『歪み』だ。

「ああっ、織斑くんっ!!」

「「―――ッ!!?」」

 だが、GNドライブ搭載型としての性能は確かだった。出力で劣る一夏の白式が、黒いISに弾き飛ばされる。そして、機動性ですら上回られていて体勢を立て直す暇も与えられない。性能のみならず中の操者の技量も世界大会でも上位に入るレベルらしかった。

 やむを得ない。そう判断して千冬は一夏に通信を繋いだ。あるいはそれが世界を再び変える可能性と知りつつも。

「聴こえるな?白式の擬装を解除しろ。」

『っ、しかし。』

「命令じゃないよ、『一夏』。お願いだ、お前の命には代えられない。不利益なら私が庇い切ってみせる。」

 これから一夏が正体を曝すとして、観客席の隔壁は閉じているから映像記録はシステム障害のせいにして処分すれば目撃者はアリーナと管制室にいる面々だけ。自分が頼めば口を閉ざしてくれるだろうか。その位の信用はあるつもりだが……。

(いや、やるしかない。)

 世界を敵に回してでもたった一人の弟を失わない。なおかつ一夏には自分の道を歩ませる、そう誓った。ならばこの程度出来ずして何が姉か。

「だから蘇れエクシア。動いてくれ……ガンダム―――――!!」

――――。

「くっ……!」

 一夏の頭蓋目掛けて黒い鋒が迫る。疾速の突きを白嵐で払い、次いで振るった雪片改と敵ISのもう一つのブレードが激突………濁った戟音を上げた。一瞬その状態での鍔迫り合いに持ち込まれ、圧されて姿勢を崩した白式に逆袈裟に刃が迫る。それを一夏は空中戦ならではのアクロバットな動きで舞い上がり躱す。くるり、くるり。更にもう一太刀追撃の刃を、回転しながら白嵐で弾く離れ業を見せた。

 白式も黒いISも主武装は手数と速さを重視する二刀流。しかしそれらがぶつかり生み出すのは斬撃の雨と飛び散る火花ではなく、見る者を惹き付けさえする流れる様な剣舞。実質黒いISの猛攻を一夏が凌ぐ形で、性能で劣る白式の防戦一方だったが、有効打を一度も貰っていないせいだろう。しかし、武器の方が先に根を上げ始めていた。

 雪片改から響く異音。GN粒子でコーティングされた装甲や武装は常軌を逸する強度を持つ。IS用の近接ブレードとはいえ、何十と打ち合えるものではなかった。

「…っ、何故だ!この世界で、何故今頃になって貴様は!?」

『知れたこと!!』

 黒いISを振り払い一度距離を取った一夏を、敵は追撃しない。その位置に留まり、彼の問いに答える。

『世界が違う?月日が経った?――――だからどうしたぁ!!私のガンダムへの想いは愛を過ぎ、憎しみすら超越した。もはやこれは、宿命だ!』

「宿命……ッ!?」

『肉体すら違っても、私の魂が望んでいる。ガンダムとの果たし合いを、果てしないほどに!』

 その熱さを吐き出しながら、黒いISの頭部の兜の角の様なパーツが光る円環を作り始めた。一夏は警戒して構える、が―――狙いは一夏ではない。

『その為なら、私は修羅にも悪鬼にもなろう。』

『っきゃああああぁぁぁぁっっっっっ!!?』

「―――っ!!鈴ッ!!?」

 ビームの環が撃ち込まれたのはアリーナの出入口が閉じていた為隅に退避していた鈴の甲龍。

『茶番は終わりだと言った筈だ。さあ少年、そんな偽りを捨てガンダムに乗れ!私と決着を付けろ!!』

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。」

 土煙が晴れた後、そこに鈴の姿はあった。ISが強制解除され、血を流して倒れている幼馴染みの姿が。

 今。

 目ノ前ノ敵ハ、ナニヲシタ?

 一夏の中の何かが、ぷつりと音を立てて切れる。

「―――――覚醒<めざ>めろ、ガンダァァァァァァムッッ!!!」

 一夏の咆哮と共に、白式の白い装甲がひらひらと雪の様に霧散していく。霞む景色のその向こう、『最強のIS』の姿がそこにあった。

 青と白の全身装甲<フルスキン>。二本角に緑の両眼。背中のコーン型の動力炉から散らす翡翠の粒子。更に象徴の右腕に備えられた剣の刃は翠の輝きを放っている。第一回世界大会から一夏の成長に合わせた調整と共に更に全体に篠ノ之束がバージョンアップを施したエクストラステージのIS。

 ガンダムエクシアリペアⅡ。

「後悔するな……っ。」

『――望むところだと言わせてもらおう!』

 一瞬の後、一夏と黒いISは同時に飛び立つ。

 一夏は真横へ。黒いISも並行して追うように。そこへ薄紅のビーム弾頭が襲い掛かった。

「狙い撃つ!」

 かつての戦友の口癖を知らず言いながら、エクシアのGNソードライフルを連射。回避機動を取る黒いISのギリギリを掠めていく。

『ふっ、射撃も巧くなったな少年……だがっ!』

 一夏の『牽制』射撃を一度ひらりと身を翻して完全に回避すると、黒いISは猛加速で一夏目掛けて斬りかかる。一夏もまた、GNソード改を展開して迎え討った。

 柄を連結した二刀と大剣が朱と翡翠の粒子を散らして激突する。

「貴様は歪んだまま何も変わっていないのか!悪戯にその歪みを周囲に撒き散らすだけ、その結果が判らない筈がないだろうに!!」

 民間人の鈴を、自分にガンダムを使わせる為だけに攻撃したことを責める気はない。怒ってはいるが、かつて刹那・F・セイエイとして為した武力介入で巻き込まれただけの人間がいることくらい知っている。言えた筋ではない。

 それを承知の上で―――認めない。世界の為にその矛盾を力ずくで押し通す。

『そうしたのは君たちだと言った筈だ。世界などどうでもいい、ともな!』

「違う!貴様は只世界に自らのエゴを押し付けているんだ!」

『ならばどうする!?』

 性能差は互角。先程とはうって変わって、古代ギリシャの決闘の様な渾身の一撃をぶつけ合う剣戟を交わしながら、言葉をも叩き付ける。

 黒いISの連結二刀を受けたGNシールドが弾き飛ばされた。両者の間を遮る様に宙を舞う中、躊躇なく一夏が突き込んだGNソード改が黒いISの肩部パーツを抉る。

「――――破壊する。」

 黒いISが連結を解き二刀を振り回すが、一夏は既に間合いの外。

「ただ破壊する。こんな行いをする貴様を―――この俺が、駆逐するッ!!」



…………。

 出血により朦朧とした意識の上で、鈴は空を見上げる。

 輝く粒子を撒き散らしながら、襲撃者と剣を交わす一夏―――『刹那・F・セイエイ』。世界中の誰もが知る最強のIS『ガンダムエクシア』を駆る者。それが自分の幼馴染みだった。

(うん……それ自体は割りとどうでもいい、けど………。)

 自分に秘密にしていたとかそんな感傷は全く無い。ガンダムだろうが異世界のエイリアンだろうが一夏は一夏だ。少なくとも今の状況で重要なのはそこではない。

(一夏…、大丈夫か…な……。)

 今の状況。鈴が暴力に晒され、一夏が介入する。IS国家代表候補なんて粋がっても、無力だった頃のあの護られた出会いと結局何も変わっていない。違うのは―――あの時より更に性質の悪いのは―――一夏がそれでISという兵器を使った『殺し合い』をしていること。そして、

――――一夏は、傷ついている。

 自惚れの様だが自分が傷つけられたことに。

(うわ、泣きそう……。)

 痛い。全身に走る怪我の痛みなんかよりもよほど、あの時から禁じていた涙が出そうなくらいに情けない。

 それでも、涙はぐっと堪えた。

 多分ここで泣いてしまえば、鳳鈴音は二度と立ち上がれなくなる。ISを強制解除され今出来ることなんて何一つないけれど、一夏が命懸けで戦っている今幼子の様に泣きじゃくっているのだけは許されない。

 やっていることは何一つ変わらないかも知れないが、鈴は今も斬り合いを演じている一夏をしっかりと見据え『祈った』。

 どうか一夏が無事で終わりますように。どうか一夏の心が少しでも癒されますように。

「いちか―――。」

 無色の想いを乗せて、ただ心の在るがままに。鈴は祈った。



…………。

『ガンダムを倒す!それが今の私の生きる意味!!』

「く……っ!」

 GNソード改を叩きつける。心に覆い被さろうとする靄を振り払う様に。

 破壊するだけの『刹那・F・セイエイ』から変わろうと願った。だが、今目の前にあるのはかつての己の罪の形。自分が歪ませた存在が、平和な学園に争いを起こし果ては『織斑一夏』としての幼馴染みにまで累を及ぼす。それは彼の決意を不可能、無駄だと嘲笑われているようで。

 何より、今自分は戦っている。

(変われないのか、俺は……!?)

『、もらった!』

 焦りが生まれ、太刀筋がほんの僅かにぶれる。敵はそれを見逃すほど愚鈍ではなかった。

 跳ね上げられる剣。迫る刃。

「しまっ―――、」

『切り捨て、御免ェェーーーんッ!!』

 再びの死の幻視。

―――――いちか。

 りん。

―――、

 声が聴こえた。

 祈りが届いた。

 只管に自分を案ずる幼馴染みの想いが、一夏を包んだ。

………風が吹く。

『くっ、……何だ!?』

 白い雪風、否――かつて『白式』であった欠片が一夏のエクシアの下に集いだす。

(俺は……そうだ、)

 鈴の声が聴こえた気がする、ただそれだけで一夏の心が凪いだ。それまで心にあった葛藤や焦燥が吹き散らされる。

 その力の意味を見失うな。

 その誓いの理由を忘れるな。

 そもそも破壊するだけの自分から変わりたいと願ったのは、何故?

(俺はただ………、)

「守りたいんだっ!!」

――――二次移行<セカンドシフト>完了。『GNストライカー』及び零墜白夜追加バリエーション『雪羅(せつら)』正常動作。各部オールグリーン。

――――ガンダムエクシアホワイトリペア、革新<イグニッション>。




[17100] 世界を変革する力* そのご
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/05/23 21:25
 翡翠の光を放つGN粒子を纏うエクシア。しかし今、それ以上に純白に輝いていた。

 腕部と脚部を白式の装甲が補強し、他の白式のパーツ―――特に全てのスラスター類は一つに集合・変形して背面パッケージとしてエクシアの機体後部に接続。雪片改・白嵐はGN粒子を帯びて西洋剣に近いデザインへと変化、GNブレード・AIS(アイス)として両腰に収まる。

「―――変わることに伴う痛み。これがそうだと言うのなら、俺は受け入れよう。」

 辺りを見回す。アリーナの隔壁は閉じ、生きる者の気配は殆ど無い。あるのは戦っている二人と血を流して倒れている鈴だけ。

 彼にとって、魂にまで染み着くほど慣れた戦場の空気だ。今までの彼ならば、その中で戦う者――戦いを生むものを破壊すればよかった。『刹那・F・セイエイ』の在り方がそうであると共に、それが彼にとって楽な選択肢でもあったのだ。拒絶、とも言う。

 だが。

「俺は受け入れる。歪んだ世界も、俺自身の真実も、………貴様もだ。」

『っ!?何を……!』

 変わることは、過去を破壊し新たな意味を創造すること。それはそのもののありのままを見つめなければ、拒絶から来る破壊だけでは不可能なこと。

 受け入れる……それによって傷つくこともあるだろう。今がまさにそうだ。だが一夏はもうその痛みを怖れない。己の傍にいてくれる温もりを知っているから。

 変わらなければ世界とは向き合えない。変わる為に世界と向き合う。どちらも正しい。必要なことは同じだからだ。

 難しく見えて、本当はとても簡単で、何より大切なこと。

 エクシアWRのGNソード改を展開する。ただの破壊ではなく、変わること―――創造へと繋がる歪みの破壊を行う為に。

「刹那・F・セイエイ、エクシア。未来を切り拓く!!」

 真っ直ぐな決意を抱いて、一夏は新たなガンダムと空を翔けた。

『――――速いッ!?』

「せぇぇぇぇぇぇいっっ!!」

 これまでのエクシアとは段違いの加速でチャージするGNソード改の切っ先。タイミングをずらされたこともあるが何よりその純粋な運動エネルギーによって黒いISは弾かれ、姿勢を見失う。

 すぐさま回復した黒いISだったが、今度は一瞬だけ一夏の姿を見失っていた。

『っ、どこに――、』

「………『零墜白夜・雪羅』、」

『なんと!?』

 ISのセンサーに死角は無いが、一度他所に意識をやった後ならそれまでのISの軌道やその慣性などから『そんな所にいる訳が無い』という意識の死角は出来る。優れたパイロットである程出来やすいその意識の死角にエクシアは平然と尋常でない加速で潜り込み、射撃態勢を取っていた。

 エクシアWRの両肩を覆う様に移動した非固定浮遊部位<アンロックユニット>の盾。セカンドシフトの際にやや厚みが増した、その右側の内蔵した新たなパーツが迫り出しGNソードライフルと接続される。

「GNライフル・ブラストショット!」

 吐き出されるGN粒子の色は、白。闇を灼き全てを消滅させる炎。

 ギリギリで反応し、回避を選択する黒いIS。その勘は正しい。零墜白夜の効果が付与された粒子ビームは、ISのシールドバリアは勿論GNフィールドさえも威力を完全に保持したまま貫通する。事実躱し切れず脇を掠めただけで、その部分の装甲が粉々に砕けた。

『……ガンダム!?進化したと言うのか!』

「戦うだけの人生、」

『だがっ、』

「『刹那・F・セイエイ<おれ>』もそうだ!」

 逆側の雪羅が左手首のGNバルカンに接続、本来牽制用の小火器が必殺を伴って死の雨となる。その掃射から辛々逃れる黒いIS、だがその回避先に回り込んだエクシアWRが斬り掛かる。

 機動性に火力と、進化した性能。ガンダムというエクストラステージのISに第二世代があるとすれば、エクシアホワイトリペアはまさにそれだった。

 そのコンセプトは、GNドライブとインフィニットストラトスの技術融合。

 速さに特化しさえすればGN粒子を使った推進システムのガンダムに追い縋ることも出来るISの推進システムを、GNドライブの生み出す莫大な出力で賄えば。第三世代ISでようやく試験的に実装が始まったビーム兵器を標準装備しているガンダムにISの単一仕様能力を追加すれば。

 その答えがここに展開されている。

『それでも私の眼(まなこ)には見えている。ならば……トランザムッ!!』

 しかし敵も然るもの。機体が追いつかないだけで、反応は出来ている。トランザムで機体性能を上昇させ、その赤く輝く装甲でエクシアWRに追い縋り、その太刀を滑り込ませた。

「だが今は!そうでない『織斑一夏<じぶん>』がいる!!」

 届くかに思えた太刀は………しかし標的を捉えることはなかった。零墜白夜はあくまで白式、GNストライカーの単一仕様能力。別個のコアであるエクシアには当然トランザムが実装されている。

 トランザムを発動し一瞬白から紅に輝きを移り変わらせたエクシアWRの姿が掻き消える。否、あまりの機動性に目で見ることさえ不可能な域の速さに達しているのだ。

 一瞬の間を置いて、あらぬ方向からエクシアWRが黒いISへと突っ込んでくる。そしてすれ違い様に斬撃。そのまま斬り抜いて離脱すると、また予期せぬ位置から回り込んで突撃。得物をGNビームサーベルに持ち換え―――その速度での剣撃に実体剣では耐えられないと判断したというのか!―――何羽もの巨大な隼に集られている様な錯覚を起こすほどに四方八方から斬り抜きを繰り返す。

 反撃は勿論、回避も防御も許さない。瞬速の連続攻撃。黒いISの装甲が、GNサーベルにはバリア無効化能力はなく取り回しが不便になるため雪羅も接続していないのでシールドが働いているものの、それでもひとつ衝撃が走るたびにズタズタに引き裂かれていく。

『(なぶり殺しとは……いや、まだだっ!)』

 それでも、襲撃者の闘志は死んでいなかった。走る衝撃に堪え、刀を腰へ。抜き打ちの構えだ。

 次に襲って来るのを向かえ討つ。圧倒的不利だが、相対速度が途轍もないことになっているため決まれば一撃で逆転出来る。

『窮鼠、虎を噛み殺す……ッ!!』

 視 え た 。

 勘、ではない。襲撃者の類稀なパイロット資質が限界まで集中力の高まった時に見せる、未来視にも似た確信。次の攻撃が来る方向へと、渾身の居合いを放ち―――、

 『GNストライカー』の零墜白夜・辻喰と激突した!

『………馬鹿なっ!!』

 激突の衝撃で黒いISの双刀もGNブレード・AISも弾け飛ぶ中そこにエクシアの姿は無く、胴短の戦闘機にアームを取り付けた様な形態のGNストライカーだけがそこにいる。

 愕然とする黒いISへ、GNストライカーが腕を伸ばす。我に返る暇もあらばこそ、瞬く間に両腕の関節を極めて拘束されていた。

『関節技!?……ISだと………言うのか…………っ!!?』

 無人誘導兵器にあり得ざる器用さ、そして拘束された黒いISにトランザム状態の『ガンダムエクシアリペアⅡ』が迫る。

――――ISコアの複数同時起動とは、つまりそういうコト。

 『機動格闘』追加支援機、それがGNストライカー。

『く……っ!?』

「これが俺の、戦い< ガ ン ダ ム >だ!!」

 叫びと共に、大上段に構え天を指したGNソード改。その最後の一撃を、一夏は振り下ろした―――。




『………完敗だ。止めを刺せ。』

 エクシアのGNソード改は、黒いISの背部、疑似GNドライブを切り裂いていた。ガンダムタイプのISの核とも言えるGN粒子を生み出す主要機関が壊されては、最早ろくなことが出来ない。

 一夏はそれで潔く敗けを認める相手に対し、エクシアを静止させる。そしてトランザムを解除し、GNソード改を収めた。

「……俺に、お前を殺す理由は無い。」

『何だと!?私に生き恥を曝せと言うか!』

 激昂する襲撃者に、一夏はエクシアの頭部装甲を解除。顔を見せ、静かに、生の声で語り掛けた。

「どんなに変わろうが、俺は俺だ。お前もお前だ。かつてしたことが消える訳じゃない。それでも―――。」

 その声色はとても静かで、どこか優しく。

「違う世界。ソレスタルビーイングの無い世界で、俺には大切な人達が出来た。ここが生きる居場所になった。お前は違うのか?ユニオンの無い世界で、お前には本当にガンダムと戦う以外のものは何も無いというのか?」

『………。それでも、私は……!』

「生きることは逃げじゃない。」

 そして、強く。

「俺もお前も、破壊することしか出来なかった。だからと言って平和な世界に歪みを作り出す理由にはならない。仮に今のお前に生きる理由が何も無いとしても、己の力で見つけろ。未来を切り拓け。………生きる為に戦え!」

『――――!』

 一夏の言葉に、一瞬言葉に詰まる襲撃者。その後くつくつと笑い、皮肉げに言った。

『君がそれを言うのか、傲慢だな。それにいいのか?ここで私を生かしておいて、また君を襲うかも知れないぞ。』

 しかし心なしか強がりに聴こえて、

「俺だからこそ言う。だからこそ、何度でも受けて立つ。」

 一夏は。



「――――俺がお前を変えてやる。」



 傷だらけの黒いISがピクリと震えた。と共に、GNストライカーに掴まれたボロボロの装甲が塵になって消えていく。

 中から倒れ込む様に現れた『少女』を、一夏は優しくそっと抱き止めた。

「まさか、君に拘束された挙げ句口説かれるとは、な。」

――――本当に、私の完敗だよ。

 そう言って、十年以上張り続けた気が抜けたのか安らかに眠りについた『少女』。その寝顔は、憂いの無いとても無垢な笑顔が浮かんでいた―――。



――――。

 数日後。

「あのぉ………皆さん、新しいお友達の『みなさん』を紹介しますね。」

 そう躊躇いがちに話す山田教諭の隣に立つ、IS学園一年一組への転入生が『三人』いた。

 一人目は、金髪碧眼の優しげな………少年。なんと一夏に続いて発見された世界で二番目の男性IS操者、とのこと。希少価値に加えて一夏とタイプの違う整った容姿で女子達は沸いた。

 二人目は、それと何もかもが対照的な銀髪赤眼の少女。人形の様な風情でしかし眼帯を着用、無口・無愛想・冷徹と更に他人に無関心な様子さえ見せている。しかし何故か一夏にだけは敵愾心を顕にし、頬に平手打ち……しようとしてその腕を掴まれて条件反射で思い切り捻られて涙目になっていた。取り敢えず色々な意味でクラス中の目を引いた。

 そして、三人目。前二人のせいでくるくると癖っ毛のショートが可愛らしい小柄な金髪幼女だが、金髪も幼女も被っていることだしインパクトがどうしても薄くなると思われた。が予想を裏切り、寧ろ驚かせるという意味では最もひどいものだった。

「私の名はグレイス・エーカー。」

 そこまではいい。名前は自己紹介の究極にして基本だ。だが続く言葉が、ひどいとしか言い様が無いほどひどかった。

 きっ、とクラス中を睨んで一言。

「織斑一夏の存在に、心奪われた乙女だっっ!!!」

…………。

「「「「えええええええええぇぇぇ――――――――――――――っっ!!!?」」」」

「…………?」

 一夏に平穏は、暫く来そうになかった。



<後書き>

※転生TS金髪幼女降臨。実は最後のセリフがやりたかっただけ。そのためなら多少の展開の無茶などっ!

※長かった……。これで一巻分なんだぜ?もう、ゴールしてもいいよね………。

※公式チート(イノベイター純粋種なりかけ)に公式チート(頭脳人類最強)が手を貸した結果がこれだよ!阿修羅を超えた乙女座さえこのザマって。もうちょっと序盤せっさんフルボッコにするつもりだったのに。まだダブルオーも出てないんだぜ……?

※次ページ黒束さんリターンズ。やっぱりただの蛇足なので後味重視の人は回避推奨。




[17100] 世界を変革する力* だそく が よんほんあしに なった
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/05/23 21:43
『「グレイス・エーカー」はもともとIS学園の生徒。今回のことはクラス代表対抗戦の場に「事故」で乱入してしまった。データ上そうなっている。』

『……束の仕業か?』

『おそらくは。奴の専用機「スサノオ」も、架空の企業の提供となっていた。……もうGNドライブが解析・修復不可能な程破壊されているし、「フラッグファントム」という名で通常のISとして組み直されてるらしいが。』

『フラッグ……そうか。』

『お前のエクシアも、情報は残っていない。』

『………ありがとう姉さん。』

『ガンダムを見た連中に口止めしただけだ。大したことはしていない。』

『そうか。ありがとう。』

『……、むぅ。』

…………。

「うっふっふ。麗しきかな姉弟愛っ!あとであたしもいっくんに電話しよ!」

 コードの海に囲まれた薄暗い実験室。織斑姉弟の会話を写したモニターを見ながら、篠ノ之束は目をだらしなく緩ませる。

 彼女も流石に常時一夏や千冬を観察している様なことはないが、今基本的な作業を終えて暇なのでという理由で盗撮を行っていた。

 彼女が凭れ掛かっている、青と銀の鎧。エクシアの名残を留めながらもより攻撃的で鋭角なデザインで、左肩に装着されたGNドライブからそれがガンダムだと判る。一夏に渡す次なる機体、ダブルオーガンダム。その設計・組み立ては既に完了していて、あとは右肩にエクシアのGNドライブを搭載、一夏への最適化を待つばかりだ―――ハード面に関しては。

「シミュレーションで出来る範囲も終わってるんだけど、むー。」

 問題はソフト面で、ツインドライブシステムが安定しない。GNドライブを二つ連結させることで理論出力数値が二乗化するという―――束に言わせればそれすらおまけに過ぎないが―――ダブルオーガンダムの根源とも言えるシステムだが、その莫大なエネルギー量故に安定させるのが非常に難しいのだ。

 それでも束の頭脳により一夏がGNドライブコアの連結起動が可能になりさえすれば通常運用に問題が無いレベルには仕上がっているが、トランザムなど使えばいつオーバーロードを起こすか分からない。これはシステムが未完成だからというより、どちらかと言えば現状その制御の為のコアの容量の問題であった。

「しかぁし。こんなこともあろうかと、その為の解決策も用意してあるのさ。……うん。」

 そう言う束であったが、どこか気乗りしない風である。

 ダブルオーの隣にぽつんと置いてある、剥き出しのISコア。そこからコードで繋がれたモニターには、『0ーRAISER』と表示されていた。

 容量が足らないなら、それ専用のISの補助を受けさせればいい。エクシアWRのGNストライカーと同じく支援機としてISを設計してみたはいいものの、問題が一つ―――単純に、乗り手がいない。

 流石の一夏もISコアを三つ同時に起動させる、なんてことが出来る様になるまではそれこそ何十年待てばいいやらの話になるので、オーライザーには別の操者が必要になる。

「………ドッキング時にそいつの体が二人羽織みたいで邪魔になるってのは、単純にそいつを量子格納すればいいってだけなんだけど。」

 IS用の武装で出来て人間の肉体で出来ない訳はないんだし。

 そんなさらりととんでもない非道を吐きながら、束が躊躇するのはそこではない。いや、それで自分自身や千冬をオーライザーの操者候補から外している辺り、身内以外の他者に欠片も善意を抱かない束らしいと言えばそうだった。

 束が問題とするのは、ダブルオーとオーライザーをドッキングすることで、一夏とその操者が常時精神を共有するクロッシング・アクセス状態に入ること。その状態でオーライザーの操者が一夏を拒絶すれば最悪一夏が精神崩壊を起こしかねない―――逆も然りだがそれは束にとってどうでもいい。

 なので要求されるのは、『一夏に一定以上の好意を持ち、一夏の内心全てを覗こうともそれを受け入れる人間』。そんな都合のいい人間いる訳がない………いや、ごく稀に千冬が束に弟の天然の女たらしを愚痴っているのを鑑みればいるのかもしれないが、『ひとのこころ』を信頼するなど他人に興味を抱かない篠ノ之束とは無縁の行為。

 故に問題は、オーライザーの操者がいないというところに落ち着くのだった。

――――あるいはそれが彼女の、無意識の『最後の一線』なのかもしれなかった。人格だって、なんなら洗脳なり催眠暗示なりすればそれでいいのだから。

 だが運命の悪戯か、その一線を破る衝撃が束を襲う。

『一夏、束をあまり信用するな。』

「………………………………………………………………え?」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。モニターからふと聴こえてきたごく短い文の意味が、人類最高を自負する頭脳を以てして分からなかった。分かりたくなかった。

『学園のシステムの掌握。お前がそもそも「刹那・F・セイエイ」だと知られていた理由。それで命を助けられたのは事実だが、妙にタイミングの良い白式……GNストライカーの二次移行<セカンドシフト>。何より、GNドライブの精製可能な人物は誰か。』

『…………束の、脚本だというのか?』

『それで説明がつく。』

『彼女がそんなことをするとは思えない。束は確かに他人に興味を持たないが、それでも下手をすれば巻き添えで死人が出るような悪戯もしない。』

『悪戯ではないから―――、っ。』

『どうしたんだ?』

『……とにかく。あれとの腐れ縁も長いが、今の奴を私は信用出来ない。』

「……え。え?なんで、なんでそんなこと言うの?ちーちゃん、なんで…。」

 弟を『神』などと得体の知れないものに仕立て上げようとしている。今回の事件も結果だけ見れば一夏がISコアの複数同時起動を完全に可能にした、その為の布石だったのではないか。

 そんな疑心を一夏に言う訳にもいかず、会話を切り上げ背を向け去る千冬。モニターの中の映像に過ぎない筈が、千冬が自分を見捨て去って行く光景にしか見えず、束にはなんでと繰り返すしかなかった。

 どれだけ明晰な頭脳を持とうと、それだけでは『ひとのこころ』は分からない。

――――ちーちゃんに、嫌われた。

「あ………。」

 かくん、と膝が折れる。束は地面に座り込み、頭を両手で抑え髪を掻き乱し、震えながら首を振り始めた。

「やだ……やだ……やだ……やだ……やだ……やだ……。」

 次第にそれは、大きく激しくなっていく。

「やだやだやだやだやだっ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだっっっっっっっっ!!!!!」

 ただ現実を認めたくないがために否定の言葉だけを繰り返す様は子供のよう。――――否、躰は大人の女性のそれでも、篠ノ之束という精神は子供のそれでしかなかった。

 千冬の疑心がなんなのかも知らず、面と向かって決別を言い渡された訳でもないのに嫌われたと決めつけて途方に暮れる。

…………それは篠ノ之束の、一夏達が言っていた様に身内以外の他人に路傍の石ほども興味を持てないという人間的欠陥に起因していた。

 他人を『人』として見ない束にとって、『対人経験』は他者と比較するまでもなく圧倒的に少ない。しかし、最も重要なのはそこではない。

 『篠ノ之束の世界』を構成する人間は、僅か数人。それが一人欠けるということは、普通の人間にとっては単純計算で世界の数十億人から見捨てられたと同義となる。

 彼女の身内への善意もそういうこと。自分にとっては大した労でもないことでそこまでの人間が喜んでくれるなら、多少善的な人間ならほいほいとやるだろう。しかもそれは束にとっては、『嫌われること』への恐怖の裏返しでもあった。

――――なんでもするよ。あたしの全てをあげる。

――――だから、あたしを好きになって。

――――嫌いにならないで。

 彼女以外のほぼ全ての人間とは絆の重みすら段違いの差異がある束の精神構造は、『嫌われること』にアレルギーと形容出来る傷を抱えている。

 何故なら、

『…………それでも俺は束を信じるさ、姉さん。例えそれで何があっても後悔はしない。』

「あ……いっくん。いっくん!えへへ、いっくんいっくんいっくんっ!!――――いっくんだけは、あたしを見捨てないよね……?」

 また運命の悪戯か、打ち犇がれていた束の耳に聴こえてきた一夏の声と想い。今の彼女に、それに縋る以外の選択肢は無い。

 何故なら――――、

「――――ちーちゃんにまで嫌われたら、もうあたしにはいっくんしかいないんだから……。」

 繊細に、むしろ彼女の方が壊れそうな手つきで一夏の映ったモニターに手を翳す束。その後ろで、まるで脈動を始めたかの様にオーライザーのISコアをEカーボンが覆っていき、いつしかその組み立てが自立機械によって開始されていた………。




[17100] 世界を変革する力? ~空気さんの一日~ ※微鬱注意・後味重視の場合回避推奨
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/10/28 15:40
「………タイトルの変更を要求したいのだが。」

 朝。特になにか爽快な気分でも憂鬱な空模様でもなく、本当に何も特筆することがない朝。篠ノ之箒はそんな意味不明な言葉で一日の始まりとしてしまった。

 はて、自分でも何が言いたいのか分からない。タイトルって何の?まあ寝惚けて出たような発言に意味を求めるなどナンセンスだ。それにここIS学園学生寮の箒の部屋にはそれに反応する様なルームメイトもいない。

「…………。」

 『篠ノ之』箒に与えられた個室。金の掛かった調度の割にどこか寂しげな、その部屋の意味が分からない程能天気な生活をしてきた訳ではない。仕掛けられたカメラや盗聴機を見抜く手際はプロにも劣らない腕前になる様なこれまでの自分の人生に、新しい住処で習慣と化している盗撮·盗聴機器探しで出てきたブツがいつもより少なかったのにちょっとした喜びを感じてしまった自分に、もはや溜め息も出なくなっていた。これまで一日数十回のペースで吐いていたらいつの間にか出そうと思っても出来なくなっていたのだ。

 使ったのか。一生分使い果たしてしまったのか。一生分の溜め息の回数………そんなアホな。あるいは、一生分の運を溜め息だけで逃がし切ったとか?

「いや、それはそれでとてもレアな人間なのではないのか……?」

 何にせよあり得るのが痛いところだ。これ以上考えると泥沼なので、それ以前に思考そのものが阿呆丸出しなので、切り替えて制服の着替えに移ることにした。

 タイを締め、スカートには皺を作らず。身だしなみはきっちりと、特に改造もしていない制服を着こなす。最後に枕元に置いてあるリボンを手に取り………、

「………大した意味など、ない。くくっていないと髪が邪魔になるからというだけだ。」

 誰にともなく言い訳しながら後ろ髪をそれで纏める。

 そうして昨晩準備を終わらせていた学生鞄を掴むと、寮の自室を後にした。

 カチャリと、無機質な音を立ててしまるドア。窓際に飾られたサボテンだけが、それを見送っていた。



…………。

 吾輩は箒である。友達はまだいない。

「つまらない……。自分で考えておいてなんだが。」

 一人ごと。朝の教室で、移動中、気付いたら授業中でもそれをすることが箒の癖であった。さっきのは下らないギャグだったが、事実として話す友達がいないからだ。

 思春期の時期に場所を転々としていた彼女はコミュニケーション能力が低く、ここ数年友達と呼べる人間は出来た覚えがない。他人と交わしたやり取りは冷たい薄情さの同居する現代日本の都会の無関心さをそのまま形にしたようなものだけ。

「暖かさはあったか?………さあ。」

 ぷっ、と後ろの席で黙々と自習していた女子が吹き出した様に聞こえた。堪えようと思っても無意識に口を吐いて出るこの下らない発言のどこが面白いのかは知らないが、彼女とは話し掛ければ挨拶を交わす程度の仲にはなれるかも知れない。

 しかし今箒に友達はいない。

 他の人間に対して臆病なのだ。各地を転々としていたせいで友達を作ってもすぐに別れねばならず、そもそも篠ノ之束の妹を保護するという名目で誰かと接せられる機会も殆ど無く、長い時間を掛けて絆を育むということにもとんと縁がなかった。『友達の作り方』自体を、自分はもう忘れているのかもしれない。

(それに………。)

 臆病なだけでなく、恐怖をも感じている。

 脳裏に過るのは、かつて虚ろな目で倒れる姉の姿。

 一度、世界を変える発明をしたせいで自分をこんな環境に追い込んだ姉に対し詰め寄り、幼さのままに思う存分罵った後に見てしまった姿だ。自分に拒絶されたことがそんなにショックだったのか、ふらりと力なく気絶していった姿に、言葉の暴力によって人をここまで追い詰められるということを知った。幼いままに、自分のしたことに後悔よりも恐怖が湧いた。

 ならば黙っていようとばかりに生来の無口に磨きを掛けた様になった箒。だが、皮肉にもそのせいで菷を取り巻く環境は更に冷たくなった。

 特に中学生剣道の全国大会で優勝した時。表彰台に立つ彼女に送られる拍手はまばらだった。決勝戦で負けた悔し涙の痕を残す少女の上で無表情にトロフィーを抱え持つ娘という光景はそれは感心出来たものではないだろうが、理解は出来ても納得が行かないというやつで彼女の柔らかい心を傷付けるには十分だった。

 怖い。傷付く。もっと怖くなる。

 誰かを傷付けるのが怖い。それ以上に傷付けたことによって自分が傷付くのが怖い。そんな自己中心的な自分が、怖い。

 対人恐怖症。ある意味束と似た者姉妹であった。先天的か後天的かの違いはあるものの、共に自ら孤独に陥り易い性質をしている。

 そんな箒でも、IS学園に入って一人だけ関係を持とうと思う人物がいた。唯一ISを操ることの出来る男性、織斑一夏。六年ぶりに再会した、初恋の幼馴染み。

 だが、それだけの期間離れていた相手に、それだけの期間まともな友人も作ったことのなかった箒は何を話せばいいのか分からない。入学式の日から同じクラスになったのでいくらもチャンスはあったのに、久しぶりと挨拶することさえ出来なかった。

 それどころか、一度向こうから声を掛けてくれた一夏を―――自分のことを覚えていてくれた一夏を、つい気恥ずかしさと焦りで視線を反らし無視してしまう。

 そして、このたった一度が致命的。

 幼い頃から一夏は寛容な性質で大抵の我が儘は聴いてくれた―――それで同い年なのに兄の様に思っていた時期もあった―――が、放っておいてくれと言うような相手に積極的に絡む構いたがりではない。箒に無視された、あるいは自分のことを幼馴染みだと覚えていないのだろう、そう判断したらしく二度と向こうから話し掛けてくることは無かった。

 いや、それが一夏なりの優しさなのだろうし幼い頃から変わっていないのは嬉しいのだが、最早箒にはどうしていいか分からなくなってしまった。分からない、まま―――、

「一夏さんっ!」

「おはよう、セシリア。」

――――やがてセシリア·オルコットという女子が常に一夏の傍に寄り添う様になった。

 箒には判る。セシリアが、一夏に恋い焦がれていることが。一夏も満更でも無さそうだ。美男美女のカップルでいいことだろう。

 そしてそれと同時期に様々な要素から一夏がクラスの中心人物になって人に囲まれ始めると、箒にはもう大衆に埋もれることすら出来ずにぽつんとクラスの隅に取り残されるしかなかった。

 そこに追い討ちを掛ける様に、鳳鈴音が現れる。

 自分が知らないのに一夏の幼馴染みだという少女。一夏に本当に大切に扱われている。それを羨む様な周囲だって、もうこの認識で固まってしまっている。

 織斑一夏の幼馴染みは、鳳鈴音。

 織斑一夏の幼馴染みは、鳳鈴音。

 織斑一夏の幼馴染みは、鳳鈴音。

 織斑一夏の幼馴染みは、鳳鈴音。

「…………っ!」

 違う、それは私だ、そう主張することも出来ずに、自分の存在から否定された気分だった。自分の中の何かが壊れた。そして気付く。

 嫉妬·苛立ち·怒り·八つ当たり。自分がいつしか一夏を黒い感情で見ていることに。

 何を馬鹿な。一夏は何も悪くない。想い出よりもずっと格好よくなって現れて、自分のことだって覚えていてくれた。そんな相手に自分勝手な感情を抱き、あまつさえ自分自身の綺麗な過去の記憶までを自分で汚そうとするなど、己の浅ましさに泣きたくなった。

――――だから私は傷付ける。傷付けられる。

――――もう何も考えたくない。

 そして箒は、自分の世界<みみ>を塞いだ。



…………。

「――――ただいま。」

 おかえり。最後にそう返してもらったのは何年前のことだっただろうか。授業を終えて寮の自室に『いつも通り』直帰した箒は、そのままベッドにその身を横たえる。窓際のサボテンだけが彼女を出迎えた。

 寮の自室と学校を往復するだけの日々。いや、学校に行って勉強するのももはや唯の惰性だ。生きているのすら惰性であるのかもしれない。

 ふとむくりと身を起こすと、箒は窓際のサボテンを眺めた。そして近寄ると、指先でゆっくりとつつく。

「………お前は、私と同じだな。」

 僅かな棘の刺激が心地よい。

 ふとした拍子に手に入れてしまったサボテン。それを箒は、数少ない私物としてずっと傍に持ち続けていた。

 砂漠の過酷な太陽から自らの内の水を守る為。餓えた草食動物から喰われない為。サボテンの棘は本来その為にある。だが、そんな故郷の姿など全く知らず日本で生まれ育ったこの植物はそれでも棘を収めない。収められない。

「快適で、皆無·敵なのにな。」

………。

…………虚しい。そう、笑えない。笑えないほど、このサボテンは箒とそっくりだった。

 やがて飽きたのか、箒はまたベッドに戻ると個室なのをいいことに部屋の電気を消した。夕食も取らずに意識を飛ばす。

「―――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――――――――いちか、いちか。さみしいよぅ……。」

 時計の秒針が何周も円を刻んだ後に微かに漏れる囁き。それは安らかならぬ眠りの乙女の寝言だったのか、風の悪戯だったのか。それとも………。



<後書き>

※空気について本気出して考えてみた……ら、何この人生に疲れたOL。もう精神科行けってレベルで普通の意味での鬱病なのもアレだけど、育ててるサボテンに話し掛けるというキテる具合がなんとも…。

※しかしさらりと流してはいるが、さみしいとしんじゃうウサギさんが黒化した元凶の一つは篠ノ之箒、お前だ。

※一応これで箒を投げっぱにするつもりはないので、ヘイトとかディスってる言われたとしても………ぅぅ、束さん共々なんとかする方向に持って行こうと思います。




[17100] 世界を変革する力? ~ガンダム馬鹿と華麗なる仲間達~
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/05/28 21:11
「………。」

「?どうしたの一夏。急に機嫌良くなって。」

「ああ、何か最高の褒め言葉を言われた気がして。」

「…………?何よ、それって。」

「ふっ。秘密だ。」

「(……というか今の無表情が機嫌良かったんですの!?く、判りませんわ……。)」

 これはクラス対抗戦後の、そんな彼らのお話。



~IS学園学生寮~

「グレイス·エーカーだ。」

「更識楯無。今日からあなたのルームメイトってことに『なってる』わ。よろしくね。」

「……不服かね?」

「うん、ぶっちゃけね。だって本当なら織斑一夏くんと同じ部屋になる筈だったのに。男の子と一緒にドキドキ同棲生活が……、あーあ、お姉さんつまんない。」

「老けて聴こえるな、その発言は。」

「かっちーん。ロリータが生意気っ。」

「少なくとも貴女よりは少年を満足させられるぞ。ルームメイトになるにしても、私以上に彼という『男』を理解出来る人間はここにはなかなかいないからな。」

「へえ。後学の為にそのコツを訊いておきたいわね。」

「愛故に。」

「「…………。」」

「くくっ、雌狐め。」

「狸さんに言われたくないわー。」

「狸?いいところ鼬だよ、今の私は。」

「イタチさん、かぁ。可愛らしくなりたいの?」

「………この会話、いい加減切り上げないか。無駄な神経を使う。」

「あ、照れた?照れた!照れた♪」

「まさか。」




~五反田食堂~

『『………。』』

『……はっはっは!相変わらず良い目をしてやがるな一夏の坊主!よし、今日も奢ってやる、食ってけ食ってけ!!』

「………俺、たまにじいちゃんが分からねえ。」

「それは弾もまだまだ未熟ということらしいが、厳が言うには。だが俺にもよく分からないので、お互い様ということか?」

「ないない、じいちゃんを呼び捨てに出来る奴が未熟って。ところで、どうなんだ?」

「ラファールが唯の器用貧乏な機体になっている。これがバランスを考慮した結果というものか?」

「誰がテレビゲームの話をしろっつったよ。そしてそんな機体でソフトの持ち主をフルボッコしてるお前は何なんだ。………じゃなくて、IS学園だよIS学園。女の園なんだろ?」

「特に中学の時と大差ない。皆良くしてくれる。勢いと押しの強い人が多いが。」

「………ああ、つまりカオスなんだな。なんか急に羨ましくなくなったんだが。」

「?どういう話だ?」

「通訳だよ。一夏検定準一級ナメんな。」



「鈴も転校してきたって聞いたけど、相変わらずか?」

「ああ。」

「そうか、『相変わらず』か…………フッ(遠い目)。」

「お兄ー、ご飯出来たからさっさと食え………い、一夏さんっ!?」

「蘭?」

「(ちょっと馬鹿お兄ぃ、一夏さん来てるならなんで言ってくれないの!?)」

「(分かってるんだろ?俺達一夏の同級生の合言葉を。)」

「(絶対認めないわよ、『鈴は一夏の嫁』だなんて!)」

「弾?蘭?」

「あ、ああ。食堂降りようか。」

「こんな格好では……っ、ちょっと先行ってて下さいっ!」

「蘭はいつも慌ただしいな。」

「(………ま、別に俺は一夏が義弟でも構わないんだけど、多分そうなる日は来ないんだろうな。)」




~学生寮再び~

「ところで一夏。今度の学年別トーナメントで優勝した奴とあんたが、その……つ、付き合うっていう噂は何なの?」

「付き合う?何にだ?」

「ぅぅ。どうしてこうなったんですの……。」

「セシリア?……ああ、大体把握。」

「……はぁ。では私はこの辺で。ご機嫌よう一夏さん。」

「大丈夫かセシリア。具合が悪そうだが、部屋まで送るか?」

「喜んで…と言いたいところですが、今ばかりは。また次の機会ということにして下さいませ。」



「それで?寧ろ自分で優勝する自信はまああるんでしょうけど、世界大会準優勝経験者サマは。」

「?」

「全く。年齢一桁のガキだったあんたが実質世界最強の座を持ってたとか何の冗談よ。」

「それが出来るのがIS。それを成すのが、ガンダムだ。」

「……そ。あの、それでね?もし、もしよ。もしあたしが優勝とかしたら………っ。」


「鈴が俺に望むのなら、何時何処まででも付き合うが?」


「にゅうッッッ!!?」

「大丈夫か、鈴っ?派手に転けたぞ。」

「あ、あ、ああああんたはっ、もう………………………………ぁ、ありがと。」

「?どういたしまして。」

「~~~~~~っ!!」




~黒~

「ん?……このデータ、まさかっ。」

「ビンゴ!いっくんとの身体的相性抜群、自然状態でのクロッシングアクセス発生確率68%。ラッキー、この時期にこんなのがいっくんの近くに涌いてくるなんて、幸運のウサギさんだね流石あたしっ!」

「これならダブルオーライザーの起動も1392時間短縮出来る。じゃ早速ほいほいっと改竄をばっ。」

「VTシステム?………なんか妙なの積んでるねぇ。ジャガイモ農場の方々のやることはよく判らんっ!ま、いいや。こんな不恰好なシステム削除してその領域に束さん謹製のこれを……。」

「えへへ、いっくん、いっくん。いっくん……………。」



<後書き>

※前回かなり暗かったので、ほのぼの路線で。ほのぼの?………ほのぼのなんだってば!

※テンポの良い会話って難しい……。




[17100] 世界を変革する力? ~ラオウ様の覇道・天の巻~ ※タイトル詐欺。
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/06/05 06:31
「………何かとんでもない御方と間違えられた気がするのだが。」

 御方。立場の隔絶した目上、それに準ずる程度尊敬している相手に使う言葉。ラウラ・ボーデヴィッヒがそれを当て嵌める相手など織斑千冬を置いて他にいない筈だが、彼女ではない。寧ろ千冬がISを装着してなんとか勝負になる、そんな存在な気がした。

「………いや、馬鹿な。どんな化け物だそれは。」

 ISの適合に失敗し軍から用済みになりかけていた自分。それを鍛え上げてくれた千冬以上に強い存在などいる筈がないと、それはもはや信仰の域に達する程。

 だが、その千冬は言う。

――――私も弟には、勝てないよ。

(………認めない。)

 千冬以上に強い存在などいない。彼女がそんなことを言う相手など認めない。目障りな織斑一夏を自分が叩き落とし、教官の目を覚まさせるのだ。

「ガンダムだろうと所詮第一世代と同時期のアンティーク、シュヴァルツェア・レーゲンの敵ではない。奴を落とすのは、この私だッ!!」

 強い決意と共に、ラウラは誓ったのだった。

………実際のところ、千冬は織斑家の家事一切を取り仕切り、それでいて姉に対し善意しか籠っていない発言ばかりする一夏に頭が上がらないことを冗談めかして言っただけなのだが、それを直接戦力の話だと解釈するのがラウラのラウラ・ボーデヴィッヒたる所以だった。

 更に千冬より強い→そんな存在が二人もいる訳がない+第一回世界大会で棄権しなければ千冬に勝って優勝していたと言われる(認めないが)ガンダム=一夏がガンダムエクシアの操者という強引極まりない思考回路によって一夏を刹那・F・セイエイと決めつけるという暴挙に出ている。当たってる辺り凄いのか馬鹿なのか判別が付けがたいが、ツッコミキャラの不在は時にシリアスすらぶち壊すという一例だった。

 話を戻して。

 そんな決意で日本に降り立ったラウラは、一夏と同じIS学園でクラスメートになったのをいい機会として彼を打ち倒すと息巻いていた。まずは初対面、感情と勢いにも任せて平手を――――、

『何のつもりだ。』

『~~~~っ(予想していなかった痛みで声が出ない)。』

『………ああ。つい癖で。』

 うるさい。何が癖だ。……とは、振った腕をぽこんと気の抜ける様な間抜けな効果音で受け止められた挙げ句、椅子に座ったままなのに教科書に載せて構わないほど自然な感じに腕を捻られた状態では負け惜しみにしかならず、言わなかった。

「………い、痛くて言えなかったんじゃないぞ。言わなかったんだ。涙腺が緩んだのだって驚いたからで――違っ、気のせいだ!泣いてなんかないからなっ!?」

 どっちにしろ 自 爆 乙 。

「……………………………………………………………………………………………………………………………、こほん。」

 気を取り直してTake2。

 話を戻して。

 そんな決意で日本に降り立ったラウラは、一夏と同じIS学園でクラスメートになったのをいい機会として彼を完膚無きまでに打ち倒すと息巻いていた。

 その一環として、ラウラが見下ろすアリーナの一ヶ所。織斑一夏に尻尾を腰ごと振る女が二人、イギリスと中国の代表候補生がISを展開しながら何事か話していた。そこに自らもISを展開して降り立つ。

「イギリスのティアーズ型に中国の甲龍。ふん、データで見た方が余程強そうだったな。」

「はぁ?いきなり誰よアンタ。ケンカ売ってんの?」

「一夏さんに泣かされた腹いせに私達に仕返しでもしたいのですか?ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒさん?」

「ああ、こいつが一夏から聴いてたアレ。ていうかセシリア、それこいつが見た目もガキなら中身もガキってこと?たく、だったらおうち帰りなさいよ、IS学園は託児所じゃないの。」

「ああ、それと幼等部も存在しないので悪しからず。」

「………っ。」

 挑発から入って、現代の女子高生と上流階級のお嬢様に普通に口で返されて少し怯むラウラ。まともに情操教育も受けていない彼女が口喧嘩で勝てる相手ではない。ふっとなんとか冷笑一つで返したが、さて表情が引きつっていなかっただろうか。

「………ああ、『見た目は子供、頭脳も子供』<それ>だけじゃなくて残念属性持ち、と。」

「鈴さん、そこでどうして私を見るんですのッ!?」

 引きつっていたらしい。

 涙目になりそうなのを頑張って我慢し、ラウラは挑発を続ける。もはや残念さのオーラは払拭不可能な状態で、更に―――、

「仲間割れか?くだらん種馬を取り合う雌豚共は、やはり品性も低いらしいな。」

―――これが本日一番の残念な発言だとも知らずに。

「あら、幼稚だ幼稚だと思っていましたけれど、精神構造と言語基盤から違っていただけですか。――――まさか滅して灰に還して欲しいのだとは、露知らず。」

「………ッ!!?」

 瞬間放たれた光弾に、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンのシールドが削られる。反応する暇も無かった、『ロックオン警報が鳴ると同時に撃たれた』のだから。

 一度収納した銃器を相手に狙いを着けた状態で展開し直し、即発射。必勝の先手、

 『速撃ち<クイックドロー>』。

 その長大さから難易度が跳ね上がるスナイパーライフルでやるような代物ではないし、亜光速で飛ぶビーム兵器でこれを行えばそれにすら反応する超人―――一夏や千冬―――でもないとほぼ回避不可能な反則技だが、その一夏と毎日の様に一緒に練習していて更に現在怒りで集中力がぶっちぎっているセシリアは簡単に実行していた。

 思わぬ攻撃を食らったことに歯噛みするラウラ、そこに接近警報が鳴る。鳳鈴音の甲龍。

 予想していた。二人の連携で一人が射撃し一人が突っ込むなど初歩の初歩だからだ。故にその突進を自らのISの能力『停止結界』で止めようとして―――、

 近接でのメイン武装となる青竜刀『双天牙月』を何故か収納し、鉄拳を握りしめ近づいてくる鈴の姿に、ラウラの思考の方が停止した。

――――『停止結界』、AIC(アクティブイナーシャルキャンセラー)の弱点として、その慣性を打ち消し動きを止める対象のイメージがはっきり集中して出来ていないと効果を発揮しない、というものがある。

 これは一対一の戦いではさほど問題にならない弱点、に見えて実はそうでもない。

 まずイメージする、という僅かゼロコンマ数秒の間動きが止まることが、ISの高速戦闘で相手によっては致命的となり得ることがある。

 しかもそのイメージも正確でなければならない。ある程度ならISの方でサポートしてくれるが、あまりにイメージを外すと発動しない場合がある。

 最も分かりやすい例としては、操者がフェイントに引っ掛かった場合。例えばマシンガンで弾幕を張られると予想してAICを発動しておいて、そこにグレネードでも撃ち込まれれば、あっさりと停止結界を素通りして直撃を喰らうというかなり間抜けな図が見られるだろう。

 よって、鈴が双天牙月で斬り掛かって来ると予想して構えたラウラも、その鉄拳にあっさりと停止結界を以下略。

「歯ァ、食いしばれ。」

 一切の減速無し、寧ろ加速しながら単純に拳を突き出す、最速のチャージ&ストレート。故にラウラにイメージを切り替えるなど他の対応手段も取れず、

「…………あべしッッッ!!??」

 何やらメインキャラとして致命的な悲鳴を上げながら横っ面を叩かれ吹き飛ばされた。

 飛んで行くラウラの首を、更に青い二本の柱が捉える。

(……ッ、射撃型のブルーティアーズが組み付いて来ただと!?)

 意表を突く攻撃の連続に混乱しながら、ラウラはつい咄嗟にスラスターでセシリアを振り払おうとする。

 振り払おうと、してしまう。格闘戦においてラウラの方がセシリアに一日の長があるのだから、そのまま組み付き返せばよかったのだが………、

「せー、のっ!!」

 いきなり天地が逆転する。青い柱は、ブルーティアーズの腕ではなく脚。多少変則的だが、

 フライングレッグシザース、とか言ってみたりする。

 ISでまさかのプロレス技。セシリアを振り払う為に全開にしたスラスターは投げられたことでベクトルを変え、ラウラを全力で『地面に』突撃させた。

 頭から。

「…~…~…っ!!?」

 どこぞの平行世界で織斑一夏が陥った犬上家状態となるラウラ。しかもここで更に追い討ちとして嘲笑を被せるのが女子の容赦の無さというものである。

「………ぷっ、~~、っ!!くくっ、ちょ、なにそれコント?」

「クスクス、あまり笑ってはいけませんわよ。それは地面に突っ込んでめり込むなんて素人みたいな真似を仕出かす代表候補生はドイツにしかいないでしょうけど。おーっほっほっほっほ!」

 削られる。ガリガリとラウラのプライドとかその辺のものをヤスリで思い切り擦られる。

「っっっっっ貴っ様等―――ァァァァ!!!……、…………。」

 憤怒の咆哮と共にめり込んだ頭を上げ、………目にした光景に流石のラウラももう何も言えなくなった。

 右前に鈴、左前にセシリア。嘲笑とは裏腹に、目が完全に笑っていない。殺る目だ。勿論龍咆とスターライトMKⅡの砲口はラウラをロックし何時でも発射オーライと臨界して光っている。更に後方から風切り音。連結した双天牙月が、投げられロボットモノのお約束で何故かブーメランの様に鈴の所に戻って来る、その進路上にラウラが配置されている。左右からはミサイル、上方には四基のBT兵器。

――――最大の敗因は、公式で目のハイライトが消えた実績のあるヒロイン二人相手に迂闊な発言をしたことでした、まる。

 Q、この状況をなんと呼ぶでしょう?

 さあ、みんなで大きな声で答えを言ってみよう!



「 げ え む っ !? 」

「 O V E R !!! 」



「ひぃ―――――っ!?」

 ちゅどーん。




――――。

「―――――はっ!!?」

 意識の覚醒。と同時、ラウラはベッドから跳ね起きる。一瞬先程の悪夢は夢かと思うが、周囲の内装を見回すと医務室であったことから、現実だったらしい。あの後気絶した自分は、運び込まれたようだ。

「………くそっ!」

 情けない。織斑一夏に対する挑発と精神的なダメージを与える為に、奴と最も親しいあの二人を打ちのめそうとした(普通に考えて外道の所業だが)のに、ああまで呆気なく返り討ちになるなど。

………… いや、まあラウラから挑発したとはいえ同じ代表候補生二人がかりで一人に襲い掛かったのだからこの結果は本来当たり前なのだが、更に怒りぶち切って自分の拳で殴りたかったという鈴の言ってみれば気まぐれが偶然働いたこともあるし。それでも自分の無力感に苛まれているのはラウラも潔いというか律儀というかバk……けふん。

 そんなこんなで葛藤を続ける彼女に、ふと声が掛かった。

「織斑一夏が気になるのか?」

「……っ!?」

 さっき部屋を見回した時には誰もいなかった筈なのに。それに今のラウラにとって最も心穏やかでない名前を出されて反応しない訳がない。勢いよく声のした方を向くと、自分と同じくらいの背の少女が壁に凭れこちらを見ていた。

 確か、グレイスとか言ったか。クラスに対しても千冬と一夏しか関心を持っていなかったラウラだが、自分と同時に転校してきた彼女は起こした騒動もありなんとか名前を覚えていた。

「そうか、君も魅せられたのだな。」

「何?」

「少年の圧倒的な性能に!」

「…………っ!?」

 どーん。いや、意味が分からない。

「憎しみ、ふっ………君の今のその想いは間違いではない。ひたすらに突き進めば、全てが形の違いでしかないと気付くだろう。心の赴くままに行けばいいさ。」

 ではさらばだ、とそれだけ言い残し、ふははと高笑いしそうなオーラと共に言いたいことだけ言ってすぐに去っていくグレイス。見送ったラウラの背中はぷるぷる震えていた。

「一体………一体何だというんだーーーっ!!?」

 意味不明な上に一分も掛かっていないのにやたらインパクトのある出来事だった。

 混乱した彼女の疑問に答える者は、いない。




――――。

 数日後。

 アリーナで白式とシュヴァルツェア・レーゲンを展開し向き合う一夏とラウラの姿があった。

 学年別個人トーナメント。ある程度学習過程の一環としての側面が強いクラス対抗戦に比べ、参加自由で純粋にその段階でのIS競技の学年最強を決めるこの行事は更にイベント性が増していた。客にとっては前回クラス対抗戦でグレイスの襲撃によってうやむやになってしまったのもあって、熱気は始まる前から最高潮だ。

 とはいえラウラにとってはそんなこと関係なく、ISによって織斑一夏を公式に叩きのめす絶好の機会な筈だが、様子がおかしかった。

 俯いては何事か呟き、頭を振ったりしている。挙動不審。アリーナの客席からは遠くて分からないだろうが、近くでしかもISを装着して視力補正を受けている一夏からはよく分かった。

 が、その理由が分からない一夏は一応体調でも悪くしていれば事なので声を掛けた。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。大丈夫か?」

「……、大丈夫か、だと?」

 その瞬間、ラウラの動きがピタリと止まる。それはどこか嵐の前の静けさに似ていて。

「元はと言えば、」

「………?」

「元はと言えば全部お前のせいだろうっ!私がこんな扱いなのもこの話だけ半ば壊れギャグ化しているのも!!」

「っ、待て、それ以上は危険だ!」

「そうだ絶対そうだ!私が2chでラオウラオウ言われるのも作者の更新が不定期なのもこの作品で何故か黒ウサギ=篠ノ之束になってるのも空が青いのも、全部全部ぜーんぶ、お前のせいなんだーーーーーーーっっっ!!!!」

 ブレイクですラウラさん。一夏にツッコミをさせるという快挙を成し遂げてもまだ止まらない。どうやらあれからも色々あったらしい、ブラコン姉とかブラコン教官とかブラコン女王とか。

 ストレスがもう逝っちゃってる感じのラウラは、試合開始のアナウンスと共にプラズマ手刀を展開し一夏に突撃した。近接特化の白式にわざわざ接近戦を仕掛けるあたり、極限までテンパっているのだろう。一夏も迎撃する為に雪片改・白嵐を振りかぶり――――、



『コード・セラフィム、強制起動します。』



「「………ッ!??」」

 白式に肉薄した瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンの外部装甲が弾け飛び、内側からエクシアのGN粒子と同じ翡翠色の光が洩れ出す。

 暖かみを感じる筈の色が、何故か不吉な印象だった。やがてそれは目を焼かんばかりに輝きを強くし、二人を呑み込む。そして隔離する様に光の帯となると、繭の様なものを形成し一夏とラウラを閉じ込めてしまった。

 そこに残るのは静寂だけ。

――――『黒の善意』が、牙を剥く。




[17100] 世界を変革する力? ~ラオウ様の覇道・地の巻~ ※タイトル詐欺。
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/06/05 07:11
「ここは………?」

 光の洪水。流れて散って、常に溢れている翠の燎原。幻想的な光景の中、いつの間にか白式が解除されISスーツ姿となっている一夏は一歩踏み出した。

「織斑一夏。これは貴様の仕業か?」

「覚えが無い。というより、発動はお前のISからだった様に見えたが?」

「……………チッ。」

 一夏と数メートル離れた場所に、同様にシュヴァルツェア・レーゲンを解除されている―――まあ、最後に見た光景が正しければどのみち中破しているだろうが ―――ラウラも居る。気が付けば見た事も無い様な人知を超えた場所にいるという突然の事態に、逆に冷静になった様だ。そしてお互いに現状の心当たりは無いらしい。

 一夏は試しに足踏みを一つ。地面を踏んでいる感じがしない、なのに自分は二本の足で立っている。手を握って開く。感覚はある、けれど実在感が薄れていて、そこに肉体があるかの境界線が曖昧になっている。

「クロッシングアクセス……に、似ているがどこか違う。一体…。」

 一度千冬と体験した現象は、あれはもっと肉体そのものがあやふやになって精神だけの対話だった。こんな異世界を作り出すものではない。

 そして、感覚的に分かった。ここから脱出する為にはただどこかに進んでいけばいいというものでもなく、閉じ込めてられていると。

(暫くは、様子を見てみるか。)

 丁度やることもある。一夏はラウラに向き直った。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。」

「…………。」

 呼び掛けに応えはなく、その冷たさは心を閉ざしていた頃の自分に似ていて。構わず刹那は続けた。

「―――話をしないか。」



――――。

 長い時間が経った。短い一瞬なのかも知れなかった。

 一夏がクロッシングアクセスを例えに出した理由。それはこの空間で、同じことが出来るから。言わずとも想いが伝わる、言語という不完全な媒体でなく擦れ違いも起こらない対話。

 ラウラのガンダムと一夏に対する憎しみの理由を聴いた。一夏の信念を、変わりたいという望みを伝えた。そこに嘘はなく、ハダカの気持ちだけがそこにある。

 ラウラも次第に一夏を個と認め、コミュニケーションに応じる様になっていった、それでも―――、

「………織斑一夏。何故貴様は武力介入を行う?」

「世界の歪みを破壊する為。」

「欺瞞だな。あるいは自己満足か。貴様は戦っている、例え貴様らの言う恒久和平が成ったとして、貴様だけは戦いから逃れ得ない。」

「覚悟の上だ。それが俺の願いと矛盾すると言われても――――姉さんや鈴。彼女達だけじゃない、争い合わずとも皆が生きていける世界の為に。」

「それが自己満足だと言っている。戦いたいのならば戦わせればいい、その為の力だろうに!」

「だからといって何もしなければ、もっと何も変わらない。俺やお前の様な、戦いしか知ることのなかった人間達が生み出されては死んでいく、そんな世界で!」

「だからどうした!」

 ラウラは拒絶する。一夏の信念を聴いたからこそ、多少理屈が通っていなかろうがどうしても否定する。

 だって。

 平和な世界、そんなものが本当にあったとして。

――――戦う為に生み出された自分の居場所は、その世界のどこにある?

「っ、絶対に違う!!」

「―――!?」

 軍の強化人間として生み出され、戦闘以外に生きる道などないと教えられてきた自分が、彼の言うことを認める訳にはいかない。そう過った思考を捉えた一夏が、ラウラの澱みを断ち切った。

「自分の未来を切り拓けるのは自分だけだ。戦うしかない人生なんてそれこそが歪みだ。」

「わた、しが………私自身の未来を、切り拓く……?」

 出来るのだろうか、自分が。一夏から伝わってきた、ただの一般人としての幸せな暮らし。自分が知らなかった感情。ラウラ・ボーデヴィッヒがそれを手に入れられるというのだろうか、織斑一夏は。

 ああ、けれど。

 望みは。望んでいいのならば。

「わたしは―――、」

 さらさら、ざらり。

――――異変は、その時起こった。

「………………………………え?」

 初めは、しわくちゃの紙を擦る様な不快な音。間断無く鳴り続けるそれが、自分から発せられているのだとラウラは暫く気付かなかった。だって、誰が想像出来る?

 自分の躰が、砂か灰の様な細かい粒になって宙に散り、光になって消えるところなど。

「ラウラ、お前っ!?」

「いや………なに、これ…!!?」

 自分を抱える様にその場にへたり、必死にその現象を抑え込もうとする。しかし、それを嘲笑うかの様に全身から『命』が放出されていく。

 崩壊しゆく己への忌避感。純粋な死以上の何かへの恐怖感。肉体以外の何かまで消えていきそうな喪失感。震えすら、霞んで見えない。

 喰われていく。幻想的なこの風景は真実幻想で、『ヒト』が踏み込んではいけない領域だったのだ。それが過情報に曝され呑み込まれてしまったが最後、ラウラ・ボーデヴィッヒだったモノは唯の残骸<ジャンクデータ>として永久にこの世界を漂うだけ―――。

(死ぬ………?)

 嫌だ。自分は知ってしまった。幸せというものを知ってしまった。幸せになりたいと願ってしまった。

 思えばろくでもない人生だ。生まれてから死ぬまで軍の人形、挙げ句終わりがこんな形なんて。悔いしか残らない。

「嫌だ………死にたくない。―――――生きたいよぉっ!!」



「エクシアぁぁぁっっっっ!!!」



 一筋の風が、優しくラウラを拐う。抱きかかえられた鋼の腕が、何故かとても暖かった。

「…………いち、か?」

「宙域を離脱する。ラウラ、しっかり掴まれ。」

「っ!?無茶だ。ここはそんな単純な世界じゃない。判っているだろう!」

「証明された訳じゃない、可能性はゼロじゃない!ならば俺は、絶対に諦めない!!」

 そう言って一夏は展開したエクシアホワイトリペアを、ラウラへの負担を考えながら加速させる。果ての無い世界を、ただラウラを救う為に翔ける。脱出すればラウラの消滅も収まるかも知れない、そんな蜘蛛の糸に等しい希望に縋り。自分にだっていつラウラと同じ様なことが起こるか解らないというのに、ただがむしゃらに。

「何故だ………。」

 どうしてそんなに自分を救おうとしたがる。自分は一夏を憎んだ。大切な人達を傷つけようとした。信念を否定した。

「何故だ……?」

「どんな理由があろうと……歪みと、それに巻き込まれる者をただ見過ごす。そんな『力』に意味はない!」

「『力』………!?」

「俺はガンダムだ!!世界の歪みを駆逐するッ!」

(…………。そうか、これが強さ。強いということなんだな……。)

―――――だが。

 ばさり。エクシアWRの腕からラウラの躰がこぼれ落ちる。もはや崩壊が進み、自身の輪郭は薄く伸ばした腕の向こう側の景色が透けて見えるほどになっていた。

 なのにラウラの表情にもう恐慌は無い。自分の為に振るわれる力<ガンダム>が、唯暖かかった。幸せを知った。

――――『力』が欲しい。私も、こんな『力』が。

 そして自分もと欲する。今まで戦闘のみが己の生きる意味であった人生で、しかしかつてないほど『力』を欲する。死を忘れる程に、破壊だけではない、一夏の様な『力』を。

 急旋回して落ちた自分のところに戻ってくるガンダムエクシアWR。自分の憧れた姿。

(なれるだろうか………。)

「私も――――、」

 ラウラはひたすら手を伸ばす。一夏もまた。眼帯が外れ、金色の左目がエクシアの装甲の中の一夏の金色の両目と交錯した。

 大丈夫。一夏は言ってくれた。自分の未来は自分だけが切り拓けると。ISだって進化する。そこには無限の可能性がある。ましてや種子は、もう自らの内にある!



「私も ガ ン ダ ム だ !!」



 そして、『ガンダム同士』の手が繋がれた。

 覚醒(めざ)める。

 ラウラの躰の崩壊が止まり、それを護るこの世界のどんなISよりも重厚な全身装甲<フルスキン>が覆う。モノトーンカラーの装甲から覗く六門の砲身。エクシアと同じ翠のツインアイが光る頭部。何よりも、背中のパーツから飛び散る翡翠のGN粒子。

「………っ、ヴァー、チェ……!?」

「違うな、一夏。これが私の―――セラヴィー、セラヴィーガンダムだ!!」

 思いがけない機体の出現に驚愕し一瞬停止する一夏の握ったままの手を引っ張り合図する。ここがクロッシングアクセスと同じことが出来る空間でなくとも、意味は通じただろう。

 さっさとここから出よう、と。

「一夏っ!」

「判っている。」

「「――――トランザム!!」」

 紅に輝く二機のガンダム。セラヴィーは背部のパーツを展開させ巨大なガンダムフェイスをそこに現し、エクシアWRがGNストライカーを変形して接続する。

 唸る機関、磁場が悲鳴を上げて荒れ狂う。

「『零墜白夜・雪羅』――――、」

「GNバズーカ、ハイパーフルブレイカー!!」

 爆閃!

 二機のGNドライブを連結し、零墜白夜の効果を追加したトランザム状態での砲撃。互いに収束し合い六門という砲数は関係なく最早巨大な粒子ビームの奔流となったそれが天へと延びる。その果てがどこにあったかは知る由も無いが、

「「いっけえぇぇぇぇぇーーーーーっっ!!!」」

 少なくとも世界を撃ち砕くのには、十分な威力だったようだ。




――――。

 一夏とラウラが謎の世界に取り込まれてから、現実の時間はそんなに経っていなかった。数秒から十数秒といったところだろう。

 傍から見れば訳が分からなかった。試合開始直後に二人が接触した瞬間謎の光の繭に囚われ、呆気に取られてからリアクションを取る間もなくそれがなくなったのだから。

 そして、光が消えたと思えばラウラを一夏が後ろから抱きしめる形で二人してISを解除して寝ていて、かと思えば同時に目覚めて。

 目が覚めて、まずラウラがとった行動が一夏に正面から抱きつき、唇を奪ったことなのだから。

 何故?Why?ラウラは一夏をさっきまでもの凄く敵視していなかっただろうか。そんな全校生徒や来賓の疑問を他所に、彼女ら全てに何故か聴こえてくる声が続いた。



『ふふっ、一夏。私はお前がとても気に入った!だからお前を私の嫁にするっ!!』



「ら、ラウラっ?」

「「「「………………………!!?」」」」

 かなり珍しい狼狽する一夏と、凍りつくアリーナ。それを他所にラウラは誰にも見せたことのなかった太陽の様な笑みで一夏の温もりを堪能し続けている。

 それを、彼女の声を拡げた翠の粒子の残滓だけが、優しく見守っていた――――。




<後書き>

※少し謎を残してラウラ陥落。次回は前半で実は殆ど出てない一夏と、束さん関係なく死亡フラグ立ちかけのあの子との絡みだよ!空気になったりしてないんだからっ!

※というか前半のあれは一体自分でも何があったか分からない。前と後の落差や、前半最後のシリアス突入のいきなりさがもう………。

※ふーん、セラヴィー起動しちゃうんだ。奇跡?……っ、茶番だよ。だからこんな世界キライなんだ。

※………………あれ?今一体……?ま、いいや。とりあえず、ラウラをセラヴィーに載せたからってシャルにアリオス(色的に)・セシリアにケルディム(狙撃とビット)なんて安直なことは………しないんだからねっ(一瞬誘惑に駆られた)!




[17100] 世界を変革する力? ~腹黒エロ娘の策謀・前~ ※タイトル詐欺。
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/06/20 03:26
「僕のは完全に言いがかりじゃないかな!!?」

 何のことかな。メタな発言はやめてもらいたい。

「四話続けて電波で始めておきながら何を今更っ!」

 という訳ではっじまるよーっ!

「無視するなぁーーっ!!」

「………シャルル・デュノア。どこに話しかけている?」

「い、一夏!?なんでもないよ、なんでも。気にしないで!」

「………(じとっ)。」

「あ、あうぅぅ……。」

―――シャルル・デュノア、ただいま織斑一夏さんに絶賛警戒されてます。

――――。

 乙女座とかドイツさんの残念騒動のインパクトで埋もれていたが、その裏では一応世界で二人目に発見された男性IS操縦者というおどろくべき(笑)設定のシャルルと一夏が微妙な空気を間に漂わせていた。

 グレイスの襲撃事件の直後で一夏達がピリピリしていたというのもあるだろう。だが、それ以上に『シャルル・デュノア』は普通に怪しかった。

 現れたタイミングについては特に不自然ではない。IS学園入学直前に一夏が男性IS操縦者だと全世界に発表され、そこでフランスという国が男性国民にIS適性検査を受けさせていってシャルルを発見し、そのままIS学園に編入させたとすれば時期的には妥当な編入だし、実際にそう主張されている。

……… まあ、15才の中学三年の終わりにIS学園からの合格通知が来たという半ば必然だった一夏の入学と違い、『偶々』見つかった二番目の男性IS操縦者が『奇遇にも』丁度その時一夏と同じ15才で、『都合がよかったので』一夏と同じクラスになった、なんて『偶然』があるのならば、の話だが。

 それ以上の問題が、シャルルの仏国代表候補生という肩書き。時系列からすればシャルルはISを初めて動かしてから1ヶ月あるかないかの内に国家代表候補になったことになる。はっきり言おう、あり得ない。鈴の約一年という期間さえ奇跡的な早さだったのだ。候補とはいえ国家の威信を担う座は、男という物珍しさだけで獲れるものではない。

 するならば『シャルル・デュノア』には何処かに嘘があるか何かの力が働いているかのどちらかだと考えるのが自然。そして現状それによってシャルルあるいはそのバックが受けるメリットを考えると、男二人ということで寮の相部屋になったことを始めとする一夏との接近、が最も妥当だろう。先程の時期的なものも合わせてほぼ間違いなくクロ、と一夏は判断した。多少分かりやす過ぎる怪しさではあるが、警戒を緩める理由にはならず結果として一夏とシャルルの間のかなり緊張した空気が出来上がるのだった。

………まあ、後ろ暗いと言えば後ろ暗くはある一夏の事情もあるのだが。ただ一夏の基本無表情で警戒され続ける時のシャルルに掛かるプレッシャーは推して知るべし。

 たとえば、IS実習前の男二人の更衣室。

「シャルル・デュノア。」

「し、シャルルでいいよ。僕も一夏って呼ぶけど、いいよね?」

「勝手にしろ。それで、着替えないのか?」

「あ、あの……一夏、その、ちょっと向こう向いててくれないかな?あんまり見られてると――――、」

「何か都合の悪いことがある、のか?」

「はぅっ!?」

(これ絶対疑われてるっていうかもしかして全部バレてるのーーーっ!??)

「…………。」

「あ、あはは……ぼ、僕ちょっとトイレだから先に行って。」

「………『早く』済ませた方がいい。授業に遅刻する。」

(ふ、深読みするべきなのかなっ?)

 こんな感じ。ちなみにこの後シャルルだけ授業に遅刻し千冬に制裁を喰らったのは言うまでもない。

 一夏の警戒度が高過ぎてどちらがどちらをスパイなのやらな状況。

 はっきり言って時期が悪かったというのもある。先も言った通りグレイスの襲撃直後で一夏達がピリピリしていたところ―――エクシアの姿を曝したのがどこかで情報が漏れたのかも知れない―――に現れたあからさまに怪しい転校生。

 シャルルが接触してきたのが『織斑一夏』なのか―――それとも『刹那・F・セイエイ』なのか判らない以上、最大限の警戒で接するのも無理からぬことではあった。

――――が。

 織斑一夏として生きていた人生でかなり丸くなってはいるものの、元が『俺に触れるなッ!』な彼である。世界に喧嘩を売ったソレスタルビーイングの中でも果断さと信念の強さはトップだった彼に心を閉ざした対応をされた時の筵の悪さは並ではない。

 実際シャルルはそんなに胆の据わった性格をしていた訳ではないので、そんな一夏と同室で夜も眠れぬ日々を過ごしていた。

「…………っ!?」

 一夏が寝返りをうつだけでびくり。おどおど。

 やっぱり何かが逆である。

――――だから、まあ、それは起こるべくして起こったのだろう。

 シャルルは一瞬何があったのか分からなかった。

「―――やはりこういうのは向いていないな。」

「い、一夏……っ!?」

 ベッドに組み敷かれている。腕を取られびくとも動かず、シャルルより一回り大きな一夏の躰が密着して熱を伝えてきている。互いの吐息すら肌で感じる距離。

 だが。

 シャルルの背筋には冷たいものが走る。

 例えば―――『男同士』なので無いだろうが―――これが色事から来るものならそれ相応の反応が出来た。一夏にそんな様子は無い。それどころか、合わせた瞳に浮かぶ感情が読み取れることはなく、厚い雲に覆われている様。そのくせ眼光は鋭くシャルルを刺し竦ませる。怖いのかどうかも判らなくなって、抵抗していいのかすら迷ってしまう様な。

「もう回りくどいやり取りは無しだ。訊こう、お前は誰だ『シャルル・デュノア』?」

「え?なに―――、」

「何の為にここに来た。どこまでがお前のバックだ?デュノア社長単体か、デュノア社か、フランス政府か?目的は俺だな、だが俺の何が目的だ?お前は何を得る為にここに来た?あるいはもう得ているのか。答えてもらう。」

「っ、あ、あの…それは―――、」

「なお、お前の発言に解答以外を認めない。さあ答えろ。まずは、お前が俺と接触するにあたって、誰から何を命令されたのか。」

「―――っ。」

 そして、シャルルに会話の主導権どころかほぼ全てを認めない一夏。冷静になる間を持たせず詰めの一手はなかなか『らしい』尋問だが――――問題は、シャルルのメンタルが元々そんなに強いものではなく、しかもそれが最近ガリガリと削られていたことか。

(…………どうして僕は、こんな目にあってるんだろう?)

 物心つく前からの二人きりの母子家庭。だが経済的にも何不自由なく過ごせた幸せな日々。その歪さがどこから来ていたのか、あるいはそのツケなのか。母が病死してから、喪に服す間もなく顔も名前も知らなかった父に『買われ』今は遠い異国の地で押し付けられた役割を演じるだけ。しかもそのせいで今の状況がある。こんな恐い思いをしている。

 自分が何をしたのか。何が悪いのか。あったとしてじゃあどうすればいいのか。分からない。何も分からない。

 有り体に言って、シャルルはもう限界だった。だから、

 泣いた。

「…………ぐすっ。ふえぇぇぇぇぇぇ~~~~~~んっ!!!」

「―――!?」

「もう、もぉや゛だあぁっ!やだよぉぉ!!」

…………。

………こっちも嫌だ。もうちょっと上品に泣いてくれないだろうか。最近シリアスとコメディの間のブレイク率が酷すぎる。

……。

…。

「…………落ち着いたか?」

「……うん、ごめんね一夏。」

 一夏の淹れた茶で息をつくシャルル。その手首の拘束された時の痣を、泣き腫らした眼で胡乱げに見つめている。

 シャルルの涙を、一夏は信用した訳ではない。少年ゲリラ兵時代は嘘泣きしながら敵兵士に近寄り暗殺、なんて手口もざらにやっていた彼のこと。涙は女のなんとやららしいが性別年齢がどうあろうと一夏にだけは通じない。

――――それでも、一夏はシャルルの手を放した。何故かは自分でも分からない。警戒は相変わらずしていたし、解放されたシャルルが飛び掛かっても返り討ちに出来るように構えていた。

 そんな一夏をどう見たのか。

「ごめんね一夏。こんなことされるのも当たり前、なんだよね?」

「…………。」

 シャルルは話し出した。自分がデュノア社社長の妾の子だということ。母の死後自身のIS適性から路頭に迷うことは避けられたが、父の道具となったこと。そしてIS学園に行き、『同じ男性IS操縦者』として一夏と接触し彼の情報、第三世代と思われるIS『白式』のデータを盗んでこいと言われたこと。

 しかしそれは無理だ。一夏に警戒されてしまったし、そもそもが無茶な指示だったのだ。かと言ってそれで失敗したスパイの末路がろくなものにはなる訳ではあるまい。

「………もともと僕は使い捨てだったんだろうね。ただでさえ出遅れてる第三世代の開発に失敗すればどの道デュノア社は没落する。だからこんな無茶も―――――でも、だからって!」

「…………。」

 涙は枯れない。少しの感情の動きでまた溢れ出す。

 一夏はそれを……流石にまだ疑うことはなかった。どうせ一度解放してしまったのだ、騙されたならもうそれはそれだと納得させて。

(これも『歪み』か……。)

 それが何を指しているのやら。ただ気が付けば今聞いたシャルルの現状をどうにかする方法を考えている自分がいた。

――――どうにか、まあ、出来なくもない。

 フランスに戻れば不都合と消されるなら、IS学園からそのまま日本に亡命すればいい。『悲劇の境遇』を使って上手くマスコミと世論を味方にすれば申請も通るだろう。

 ただそれはそれで平穏な日々とは遠い道だ。おそらく言うほど容易くはなく、戦わなければ切り拓けない道だ。

「お前に……戦う覚悟はあるか?」

「え?」

「未来はまだ閉ざされていない。まだ掴める。だがそれは、他でもないお前自身の手でしか掴めないものだ。」

 そう、シャルル自身が、己の意思で戦わねばならない。

「…………。分かんないよ。なんで僕ばっかり、僕はただ平穏に暮らせればそれでよかったのに、そんな風にしか考えられない。戦う覚悟なんて……。」

「状況がそうさせる。歪んだ状況が。だが、そうだな―――――きっとそれでいいんだ。」

「どういうこと?」

「………いや。何にせよこのIS学園では建前上どこの国家機関・組織の介入も許されない。三年生になって卒業するまでここにいればいい。その猶予で覚悟を決めるなり他の方法を探すなりする時間はお前にはある。居場所も。」

「居場所………?」

 あるのだろうか、とシャルルは思う。一夏次第なのだ、実際は。仮に一夏がこれを問題にして結果学園側がシャルルを退学させればそれで全てが終わる。一夏が弱みを握っているとかではなく、自分の周りを嗅ぎ回る人間を排除するのは当たり前の心理。ましてスパイを信用するなど余程のお人好しか何かだ。

 だけど一夏は、昨日今日会ったばかりのこんな自分に居場所をくれると言うのか……?

――――期待、するな。

 信じたい心の裏返しの内なる警告。それに呼応する様に一夏はシャルルに背を向ける。そして続く言葉は――――。

「選ぶのはお前の決断だ。だが手助けがいる様なら俺に言え。」



 俺の力なら、貸してやる。



「――――――――――――ッ!!」

 やっぱり涙は、枯れていないらしかった。




[17100] 世界を変革する力? ~腹黒エロ娘の策謀・後~ ※タイトル詐欺。
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/06/21 09:30
 時間軸は前話を追い越して。

 IS学園学年別個人トーナメント。初戦がいきなり優勝候補の二人、織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒが試合中にISを解除したことによる競技規定違犯で両者棄権―――と、片付けられた―――でいきなり消えるという波乱の展開。しかし優勝者は織斑一夏と付き合えるという噂から当の一夏が優勝候補から落ちるのもこれはこれでという意味で、一部生徒は逆の盛り上がりを見せていた。

 その後は特に事件も起きず、順調に試合も進んで第七試合。

 鈴の甲龍を相手どって空を舞うシャルルの専用機『ラファール・リヴァイブ』の姿があった。

 鋭角的なオレンジの装甲のラファールが得意とするのは射撃戦。だが鈴の甲龍には目視不可能な射撃兵器・衝撃砲がある。それに対しシャルルは、弾幕という物量戦に任せて押し切る道を選んだ。

(………苦し紛れをッ!)

 そう鈴は判断した。ISのアシストがあってこそ可能になる、フルオートのサブマシンガンから吐き出される大口径弾の群れ………その連射能力の脅威も弾数が続いてこそ。

 全方位攻撃可能な衝撃砲で牽制しつつ滑空する様に地面すれすれを飛ぶ。鈴の機動を捉え切れず逸れた弾丸がアリーナの土に長い溝を作った。そして鈴が不意にほぼ垂直に急上昇した時、カチカチとトリガーが空打ちされる音がシャルルの耳に届く。弾切れ――――ほぼ同時に鈴は反転し翔けだした。

 唸る大刀、龍咆で退避しようとするシャルルを宙に縫い止めながら接近、双天牙月を振りかぶり得意とする回転斬撃に持ち込もうとする。

「貰った!」

「………クッ、このぉ!!」

 交錯、鈴の一撃がラファール・リヴァイブのシールドを切り裂いた―――。

――――直後、

「きゃうッ!!?」

 『後方』から受けた途轍も無い衝撃に鈴の甲龍も吹き飛ばされた。

………鈴の一撃を回避不可能と悟ったシャルルは、逆に前に向かって加速した。鈴と正面衝突しかねない程の速さで。

 それでも互いに流石の代表候補生と言うべきか僅かに進路をずらし擦れ違う様な形で交錯、更に鈴はなんら威力を減衰させない斬撃を放っていた。しかしシャルルはそれをも想定の内と、予測していた攻撃に体勢が崩れない様に堪えながら武装を展開。ほぼゼロ距離で反撃の砲火をぶっ放したのだ。

 口径が通常兵器の戦車砲に匹敵する、IS用アンチマテリアルライフルなどという代物で。

「……っ、やってくれる。なかなかの腕前じゃない。認めてあげるわよ。」

「それはどうも。光栄なのかな?」

 肉を斬らせて骨を断つ、という割には鈴の渾身の一撃だったぶん衝撃砲で貰ったのを含め自分の喰らったダメージも大きいので、いいところ相討ちと言ったところか。

 素早い武装の展開と戦況把握・攻撃選択の切り替えが可能な自身のスキル『高速切替<ラピッドスイッチ>』。代表候補生の座を獲った拠り所でもあるそれをこんな追い詰められる形で使わせた鈴の力量にシャルルは舌を巻いていた。ただ。

「でも悪いわね。優勝するのはあたしよ…………そうよ、あの残念チビがまさか一夏に…その、き、キスなんてするものだから、ますますここでアドバンテージ稼いどかないと。あの歩くフラグ量産機めっ。」

「あはは。概ね同意するよ。――――――優勝するのは僕だってこと以外は。」

「…………。」

「……… はっ!?い、いやいや、だって、その、このトーナメントで優勝した人が一夏と、つ……付き合う、なんて噂があるみたいだし。なんというかルームメイトとしては助けてあげないと?よく知らない子が、なんてなったら一夏も大変だもんね!他意なんて無くて、これは善意で、仕方なくというか寧ろ喜んでやるけどそこはほら一夏の為だから……ごにょごにょ………………。」

 何やら間違ったツンデレを発揮している気がするが、そういうことだった。

 最初は冷たく当たってくるただ恐い人だった。でもそんな対応をされるのが当たり前な状況だったので、嫌いになることも離れることも出来ず。

 でも。

 手を差し伸べてくれた。こんな自分でも、助けを求めたら応えてくれた。居場所があると言ってくれた。それがどれ程の救いだったか。それが………、

「フラグなのね。男にまでフラグ建てたのね一夏ってば。」

「心を読まれた!?」

「ふ、ふふふ……だったら、あたしも幼馴染みとして、大事な一夏をそんな不健全で非生産的な道に進ませる訳にはいかないわ………っ!」

 双天牙月を握る腕が怒りでぷるぷる震えている。かたかたと鍔鳴る音は爆発……いや噴火の確実な前触れ。

「尚更敗けられなくなった。あんたはここで殲滅する、シャルル・デュノアあぁぁぁっっ!!!」

「出来ない、それは出来ないよ。愛は性別を超えるんだ鳳鈴音んんーーーっっ!!!」

 つい売り言葉に買い言葉で、『カッとなって言った。後で絶対に反省する』な一言を言ってしまうシャルル。そしてそんなアホくさいやり取りとは裏腹に鈴は龍咆を乱射しシャルルもアサルトライフルで応戦、先程よりレベルの高いデッドヒートを繰り広げ始めた。

 デッドヒート。そう、白熱して、白熱して、白熱して…………具体的には、一応勝ったのは鈴だが衝撃砲や一部スラスター類が半壊してしまっている程度に。次の試合どうすんの?

 結局。

 夕方の表彰式で一年の部の表彰台から客席の一夏に向けて笑顔で手を振っていたのは、なんと……………………………………………セシリア・オルコットさんという方だったそうな。





<後書き>

※まさかの台詞が無いのにオチ担当はセシリアさんだったという。

※最初威圧しといて、弱ったところに優しくする。ん?ヤクザの手法…………?

※実は結局この話でシャルル=シャルロット(女の子)を明言はしていない罠。いや、まさか、いくら並行世界だからって、ねぇ………?(変な遊びをするな)

※ いやあ、第4部は一応ここまで。勝手ながら末尾の記号が『?』だった通り、かなりかっ飛んだ書き方してしまいました。ド欝だったり、地の文ゼロだったり、壊れキャラかと思えば突然シリアス入ったり。お付き合いしていただいた読者様方には感謝の言葉もありません。次回以降は多分今まで通りの書き方に戻ると思います。

※没ネタ。あるいはNGなお話↓



 突然だけど。

 私、シャルロット・デュノアの中にはもう一人の人がいる。なんか病気みたいなのでこういう表現はしたくないんだけど、二重人格的な意味で。身体を共有してて、表に出る人格が入れ換わることも出来る。

 名前は男性っぽい人格なのでシャルル・デュノア、便宜上の呼称だけど。ハレルヤ、でも通じるんだって。人の名前としては変じゃないかな?だから私はシャルルって呼んでる。

 私とは正反対の性格で血とか怖いのが大好きで、不良さんみたい。でもいざという時頼りになる。母さんが、その、死んだ時も、私達のIS適性を利用して政府に身分を保証させた。母さんが死んでからいきなり現れた父さんを脅迫………は、ごめんなさいで許してくれると嬉しいな。

 さて、こんな『同居人』を抱える私シャルロット・デュノアですが、今、大変なことになってます。

「よぉ、久しぶりだな刹那ちゃんよォ。いつの間に脳量子波なんて使える様になってんだ?いや、使いこなすって言うなら微妙みてェだが。」

「っ、アレルヤ…いや、ハレルヤ・ハプティズム!?」

 私が遅れて編入したIS学園で唯一の男の子、織斑一夏くん。世界初の男性IS操縦者で、シャルルが言うにはあの『刹那・F・セイエイ』でもあるんだって!?きゃあきゃあっ。でもそれさえも気にしてられないことが今起こってて。

(シャルル………なんで一夏くんを押し倒してるの!?)

 そこだよ。

 転入して、はじめましての挨拶もそこそこに夜一夏くんの部屋に行くと、表に出たシャルルがベッドに座った一夏くんの上にいきなりのし掛かったんだよ!感覚は共有してるから男の子の温もりが、しっかり締まった体つきがダイレクトに感じられて………あぅぅ。

(いいじゃねぇか。お前も嬉しいんだろ?役得だろ?………『一夏くん』、だもんなァ?)

(し、しししシャルルっっ!!?)

…………お恥ずかしながら一目惚れというやつでした。うぅ、でも、一夏くんにはしたない子だって思われたらどうしよう。

 って、ああ!今一夏くんの耳、ぺろってした!ていうか仰向けの一夏くんのお腹に跨がってそのまましなだれ掛かってるこの体勢も、ぁぅぁぅ、シャルル、えっちいよぅ。

「………ハレルヤ、くすぐったい。」

「っ。ぷっ、くすぐったい?今の感想がくすぐったいって!?ハハハハァ、面白ェ冗談だ!」

「…………?」

「つれねェな刹那。俺達お仲間じゃねェか、『色々と』。仲良くしようぜ、ほらスキンシップだ。お前もやってみろよ。」

 そう言ってシャルルは右の耳を一夏くんに向ける。って、え、まさか………まさかだよね?ひゃ!?一夏くんの息が、近い、近くて、近、ちか、ちかいちかちかいちか――――、



 ぺ ろ り 。



(~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッ!!?)

 ぷしゅう。



…………。

 これはそんな、エロ攻撃的な彼と、その存在のおかげで純情乙女でいられたが苦労も多い彼女の、シャレルヤさんな物語。

※んなわけあるか。

※自分でも思いついた直後にないわ~、って思って没に。ただタイトルにこれの名残がちょっと残ってる。

※ハレルヤもシャルもオリキャラ化してんじゃん、とかせっちゃんとハレルヤに面識あったっけ、とかそんなツッコミはナシでおねがい。あくまで没ネタだから。




[17100] 世界を変革する力Φ せっしりあ!せっしりあ! そのいち
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/07/12 18:08
 影。

 薄暗い部屋に背の高い影と低い影が浮かび上がる。体格差からしてまるで親子……だが僅かな光源を反射する黒と青の瞳は冷たく、交わす言葉は低く重い。

「トーナメントには出なくて良かったのか?貴様ならば優勝も十分狙えた筈だがな、グレイス·エーカー。」

「機体がないさ。愛機が『改修』中に他の機体に浮気するなど私の趣味ではないのでね。」

「ふん………皮肉か?」

 高い方の影、千冬が睨み付けると、見下ろされる威圧感にも動じずグレイスは肩をすくめた。

「失敬。そのつもりはない。だが元『ブリュンヒルデ』―――姫君に堕ちた女神が陰謀の真似事とは、状況そのものが皮肉ではあるな?」

「………似合わないことをやっている自覚はある。」

 必要なことだ、と切り捨てた。

「だから『デカブツもどき』も今は伏せ札、か?」

 エクシア以外のGNドライブコア、もはや大破したスサノオに続く新たなガンダム、セラヴィー。公開すれば各国も学園側もラウラを拘束しに掛かるだろう。

 そこで千冬はラウラの報告を揉み消し、今は彼女は専用機を破棄凍結したことにして―――事実レーゲンの方はもう使い物にはならない―――授業では量産機を使わせている。時間稼ぎだが。

 更にラウラとしては一応一度死に掛けたあのコード·セラフィムをかつてのシュヴァルツィア·レーゲンに組み込んだのは普通に考えれば本国の技術部以外にない、という不信感があったのでそれも煽っておいた。

 今まで信じていた誰かへの不信は別の何かへの依存に転化しがちである。こうすればガンダムに魅せられてしまった今のラウラは、一夏の為なら物理的にも精神的にもセラヴィーという強力な力を駆使してどんな敵とも戦える。迂闊に人目に曝せないのでそう何度も使えるものではないが、千冬の目的にとっては使える駒―――ああ、伏せ札という表現は的確だ―――を得た形だ。

 『らしくない』とは、思う。

「いやはや、あの憎しみが愛へと変わった少女には、幸多からんと祈ることとしよう。」

「それは………皮肉のつもり、か?」

 ああ、本当にらしくない。こんなやり方は『織斑千冬』のものじゃない。だが、今の千冬にはどれだけ手を尽くしても不安は拭えなかった。

 それを反映したのか先程と同じだが弱々しさが窺える千冬の問いを断ち切る様に、グレイスは答える。

「――――無論。そのつもりだ。」

 つまらなさげに癖毛を指で跳ねると、グレイスはそのままそこを退室していった。

 それを見送って、ぽつりと千冬が呟く。

「似合わないことをやっている自覚は、あるんだがな………。」

 だが、主義を捨て何をどれだけやっても、いや、だからこそ自分が網の中でもがく魚である錯覚を消しきれない。何故なら現状で自分の目的は、イコール人類の埒外にあるイカれた頭脳に挑むことなのだから。それでももがくことをやめられない。改めて自らが相対する『彼女<モノ>』の大きさを実感した気分だった。

 そう。それはとてもとても巨大な――――、

「――――――『世界を変革する力』、か。」



――――。

「一夏さんとデート、一夏さんとデート、一夏さんとで·え·とっ!」

 るんたった、と何やら明るいメロディーが聴こえてきそうな様子のセシリアがIS学園すぐ傍のモノレールの発着駅でご機嫌に直上までのシリアスをぶち壊しながら舞い踊っている。ややロリータ気味の水色のワンピースのスカートをはためかせ、くるりとターン。風に玩ばれるふわふわの髪をかき上げると、ガラス張りの掲示板に写り込んだ自分の顔と目があったので、笑顔でにらめっこを始めてみた。

 彼女が南欧出なら即興オペラでも歌っていそうな上機嫌具合。さぞかし綺麗なソプラノが鳴っただろう。

 なんでそんなに上機嫌かと言うと、彼女の言葉通り今日は一夏とのデートだからで、何故デートをするかと言えば先の学年別個人トーナメントで優勝したから。

 もとはと言えば、一夏へのアプローチと縁起担ぎの意味合いを込めてセシリアから『自分が優勝したら一日お買いものに付き合って欲しい』と言い出したことだが、何故かそれが他所に漏れしかも『優勝した女の子が』『恋人として』一夏と付き合うという発展を見せながら噂が拡がった。

 それ自体は結局千冬が『優勝景品に一夏と一日デート権付与』という形で事態を収拾したし、セシリアが自分で優勝してそれで済んだ話なのでいいのだが。『恋人として』に関しては若干惜しい気もするがこれも構わない。自力で相手を振り向かせる前にこんな型に嵌める様なやり方で付き合えたとして何が嬉しいのだろうか、そう思うからだ。

 何はともあれ一夏とのデートである。セシリアさんの機嫌は休日の朝も早くから絶好調。

 どのくらい絶好調かと言うと――――、

「こちら『ウサギ』。標的がモノレールの駅に到着。どうやらここが待ち合わせ場所のようだ。」

『こちら「龍玉」。了解、ICカードのチャージはこっちで済ませておいた。………にしても、一夏をどこに連れてく気かしら。8時半なんて何処の店も開いてないでしょうに。』

『えっと、それなんだけど。こちら「お菓子の魔女」。スペードのキングは動く気配無し。―――――えっ?待ち合わせって10時!?』

「『『……………。」』』

 ちなみに寮から駅までは5分と掛からない距離。

 一応公式の景品ということでお邪魔禁止令は出ているがあわよくば偶然を装ってデートの妨害、少なくとも『最悪の事態』の阻止はせねばと考えセシリアと一夏の両名を監視するつもりの少女達も、正直自分達を棚に上げて引くくらいの絶好調具合なのだった。

 ところで―――、

『で、ラウラ。あんただけなんでそんな真っ当なコードネームなのよ。いくらあたしのISの名前が「甲龍<シェンロン>」だからって「龍玉(※英語で読もう!)」はギリギリ過ぎでしょうが!?』

『僕の「お菓子の魔女」なんてもうギリギリ通り越して不吉な匂いがプンプンするんだけど……?』

「『シャルル。お前(あんた)は勝手にマミられとけ。」』

『酷っ!?なんのことか分からないけどなんか酷っ!』

 少なくとも恋においては敵の敵は味方ではなく敵である。潜在的排除優先度で言えば一夏と同室で、男性だと(少なくとも鈴とラウラには)認識されていて一夏を同性愛に目覚めさせかねないシャルルが一番高いことは記しておかねばなるまい。

 色々な意味で不安立ちこめるセシリアと一夏のこのデート、はてさて………?




[17100] 世界を変革する力Φ せっしりあ!せっしりあ! そのに
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/07/21 15:34
 集合時間ジャスト五分前に、一夏到着。

「セシリア。」

「ああっ、一夏様!!」

「………『様』?」

「こほん。ああいえいえ、なんでもありませんわ、ふふっ。」

 あれから約1時間半。セシリアさんが冷静になるには足りなかったらしい。むしろここからが本領とばかりにきらきらした笑顔を一夏に向けていた。

 流石の一夏もここまで分かりやすいとセシリアの上機嫌ぶりが察せる。

「浮かれているのか?」

「え、ええ。お恥ずかしながら。私この日を楽しみにしていて、あの、一夏さんは………。」

 ここで浮かれていたのは自分だけかも、とちょっとだけ不安になって一夏を上目遣いに見つめる。可愛いらしくて大変宜しいことで、期待の入り雑じったその視線は大抵の男を落とせるだろう。勿論、残念ながら肝心の一夏に対してはそれを直視しても落とせないのだが。

 落とせない。デートに千冬<姉>のコーディネートした私服を着てくるような唐変木はその程度では揺るがない。

「ああ、俺も楽しみにしていた。」

「~~~~っ♪」

 揺るがないまま、こういうのの対処方法だけは間違えないのが一番性質が悪いと言える。

 微かに一夏の口元が緩んでスマイルしているのを見たあたりでセシリアのご機嫌は限界突破し、腕に抱き着いて一夏を引っ張り始める。

「ささっ、時間は有限ですわ。早く出立致しましょう、一夏さん!」



 島一つが丸々学園の敷地というIS学園から出るモノレールは、湾の内側を走った後都市部のショッピングモールにも繋がっている。

 そこを目指して車輌に乗り込む一夏とセシリア。一夏がまず座席に座り、セシリアはその隣に腰を据ろし……しかし少しずつ更に一夏へと距離を詰める。巧い。なかなか女の手管ではある。只惜しむらくは、それが無意識にしか発揮出来ないことだろうか。

「何か予定はあるか?」

「ええ。臨海学校が近いでしょう?ですから水着を新調しようと思いまして。ついでに色々と……。」

 温もりを感じながらにこにこと話すセシリア。エスコートは殿方が、なんて考えは少し前まで女尊男卑を突っ走っていた彼女は思考の片隅にも置かない。『色々と』などと曖昧なことを言いながら、予定は一週間前から精密に立てておいた。

 精密に―――、

「そういえば姉さんも、今日の話をした時に水着の新調をしようとかそんな話をしていたな。」

「…………。」

………精密な機械ほど、少し悪戯しただけで全てが駄目になるものだが。

 IS学園の近辺でショッピングをする、となると今セシリア達が行こうとしているショッピングモールくらいしかない。となると、デート中織斑千冬と鉢合わせる可能性がある。偶然。

(まさか、ですわよね……?)

 いやいや、とセシリアはかぶりを振る。今回のデートは公認のものであり、その『まさか』が起こったとしても何もやましいものは無い。

 一夏と更衣室に二人きりで入って水着の着替えショー、なんて非常識かついかがわしい真似をする訳があるまいし。

「………。っ、~~~~~!!?」

 一拍遅れて自分の妄想、もとい想像に真っ赤になって悶えるセシリア。

 会話を突然切って挙動不審な行動を取り始めた彼女を、一夏は怪訝そうに見ていた。



――――。

「到着だ。」

「あら、熱気が……。」

 駅に降りた二人を、少し生温い風が撫でる。休日だけあってそこの通りは買い物客が忙しなく行き交っていた。

「蒸し暑いくらいですわね。空調は効いているみたいですけれど。」

「大丈夫か?」

「いえ、はい。それに日本の夏はこれからもっと凄いのでしょう?」

「………凄い、か?」

 確かに湿度が高く独特の暑さがある日本は、涼しいイギリス出身のセシリアには慣れないかもしれないが。どこかニュアンスの違いがある気がする。

「それはおいおい。それよりも早く行きましょう?時間は有限ですわ!」

 人混みできちんとエスコートしてくださいましな、なばかりに気取った様子で手を差し出すと、一夏はきちんとそれらしく取ってくれた。自分でやっておきながらぱちくり、と意外そうに瞬くセシリアに、ふっと一夏は微笑みかける。

「素人に毛の生えた程度のマナーなら俺にもある。それでいいか?」

 ガンダムマイスターになる時に何故か教養の一環で。二期で着ていたボーイ服は腐女子向けのコスプレサービスではないのである。多分。

「―――――、はいっ!!」

 からかわれたのだ、と少し経って気付くセシリアだが、それが嬉しくて、満面の笑顔で頷く。

 取っ付きにくい印象の一夏に本当に心を許されていると分かるから、それがただただ嬉しくて――――。



 そんなこんなで歩き出す二人は色々な人とすれ違う。次々と移り変わる顔ぶれは、人によっては眺めているだけで飽きないだろう。

 ところでこのショッピングモールの近所には一夏の地元もある。その気になれば一夏はIS学園にも自宅通学出来るほどだ。となれば一定以上の確率であり得ることがあった。

「お、おい、一夏っ!?」

 すれ違う顔ぶれに、一夏の古い知り合いがいるのは。

 手入れが大変そうな染めた長髪をバンダナで纏めた、パンクな感じの男。五反田弾である。

「弾か。奇遇だな。」

「ああ奇遇……じゃねえよ!?どうしたよ隣の美人さんは!鈴は!?」

「彼女はセシリア·オルコット。鈴じゃない。」

「いつも通りの一夏語だなコンチクショウ!?」

 会ったと思ったら隣のセシリアを見るなり何故か一夏にまくし立てる。傍から見るとテンションの高さが不気味だった。周囲の通行人の視線も少し痛い。

 流石のセシリアも気圧され気味だが、なんとか会話に入ろうと試みた。

「あの、一夏さん、こちらは?」

「ああ、同じ中学校だった五反田弾。―――俺の、親友だ。」

「……相変わらず物凄いセリフをムカつくほどクールに決めるあたり惚れそうだぜ親友。…それで、オルコットさん?もしや貴女は一夏と名前で呼び合う関係だったり?」

「………っ!」

 ぴくり、とセシリアの耳が揺れた。『名前で呼び合う関係』………なんかイイ(男嫌いだった彼女がファーストネームを許している男性はもう死んだ父親を除けば一夏くらいだ)。だがもうちょっと見栄を張りたい欲求も湧き上がり、一夏と繋いだ手を示して付け足す。

「一夏さんとはこの通り手を繋ぐ仲ですわ!」

「むむっ?」

「ひ、ひざまくらをして頂いたことだって!」

「なんとっ!?」

 セシリアの発言に律儀に反応しつつ、聴き終えた弾は一夏の首に腕を回しこそこそ囁いた。それにしてもこの弾ノリノリである。

「そう、か。そうか。一夏の好みは金髪の外人ねーちゃんだったのか。………意外に王道だな裏を掻かれた気分だぜ。」

「?金髪で外国人かどうかは知らないがセシリアは好ましいと思う。」

「一夏さん―――っ!」

「……………どうしてお前はそうなんだ。」

 何故かセシリアに聴こえる様に普通の話し声で、鈴に対するそれほど大きくはないが爆弾発言をかます一夏に遠い目をする弾。

 そして、ぽすんと紙袋が落ちたような音。

 あちゃあ、と一夏達との遭遇で忘れていたが自分が妹の買い物に荷物持ちとして連れてこられていたことを思い出し、弾は溜め息を吐いた。

――――物事は常に最悪を想定しておくべきである。

 かどうかは知らないが、良くも悪くも間の絶妙さには定評のある一夏の発言だから、会計を済まし戻ってきた妹、五反田蘭にも聴こえてしまったに『違いない』。弾にはそう断定することが可能だった。

「ア、アハハ…………一夏サンの好みハぱつキンノおねーチャン?そンな、私にはどうしヨうもないじゃナイ!?」

 案の定だった。

「蘭もいたのか、………?どうしたんだ?」

「そげぶされていらっしゃる―――!!」

「そウ。こレが覆し得ぬ生まれの差ナノ?ロリならまだ良かった。どうせ日本人なんてみンナロリ顔なんダもの。あのチャイナなんて目じゃナイ、どうせロリロリロリロリみんなみんな生マレた時から日本人はロリコンなのヨ。そこに外国人だナンてそんな酷なことないじゃない!生態系の破壊なのよこのままでは滅びてしまうわ立ち向かわねば今こそ立ち上がれ大和国民一夏さんを手に入れるその日まで――――、」

「落ち着けぇぇぇっっ!!」

 余程ショックだったのか公衆の面前でトンだことを叫び出す妹を―――関わり合いになりたくないが―――抑えようとする弾。

「くっ………!一夏、こいつは俺に任せろ。お前はさっさと行け!!」

「弾っ、大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃ、ねぇな………。だけど、だからこの、俺が、五反田弾が!大丈夫に『する』んだよおぉぉぉ―――っ!!!」

「――――。往くぞ、セシリア。」

「え、一夏さん?しかし………。」

「いいから。弾の思いを、きっと無駄にしてはいけない。」

 いや、むしろいきなり始まったコント染みたノリに着いていけないセシリアは、いいのかしら、と五反田兄妹の方を振り返る。

「離してお兄ぃ!せめて私も金髪に、ブリーチ頭からひっかぶって同じ土台に立つのーっ!!」

「無茶苦茶言うなッ!あとお前の髪の長さでそれやったら痛みまくってヤバいことになるぞ!?」

(…………。)

 まあいいかしら、とセシリアはそれきり彼らのことを頭から飛ばした。今はそれより無理矢理、強引に手首を一夏に掴まれて引き摺られている現状を堪能してドキドキしている。

 もうちょっと乱暴に、痛くて跡が残るくらい強くやってくれてもいいのに。いや是非そうしてくれるともの凄く嬉しくなれる気がする。いや寧ろ首輪を付けて引っ張ってくれるくらいで――――。

 真っ当な道を踏み外しかけている自覚の無いままそんな妄想に浸りつつ、一夏に視線を送りながらわざとゆっくり歩いて引っ張られていくセシリアなのだった。



――――。

「弾と蘭、か。懐かしいわねー、中学の頃いつもああやって仲間内ではしゃいでたわ。」

『え、あのカオスが日常茶飯事だったの君達!?』

『「黙ってろ変態。』」

『扱い酷っ!?………あーなるほど、一夏の好みが金髪の外国人だって話が、』

『なあ「お菓子の魔女」、――――生憎いまチーズの持ち合わせがないのでな、パイナップルは好きか?』

『あ、ゴメンナサイ黙ります………。』




[17100] 世界を変革する力Φ せっしりあ!せっしりあ! そのさん
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/07/21 15:56
――――肌を、晒す。

 それは、冒険にも似た行為だ(いや、露出狂的なアレじゃなく)。

 水着という、ある種特異とも言える衣服。肌を覆い隠すというだけではないベクトルを求められ、その少ない布地面積で個性を発揮し切るにも通常の服以上のセンスが必要となる。またそうかと言って布地を増やせば己の評価は野暮と可愛らしさの危うい境界線を歩くことになり、逆に減らし過ぎれば扇情的から下品に転げ落ちる危険がある。

(けれど、きっと大丈夫ですわ。)

 セシリア·オルコットが評価を求めるのはただ一人。その一人と共に選んでいるのだから。

 タグの付いたままのそれを装備完了。試着室のカーテンを開き、待っていたたった一人の彼、織斑一夏に肢体と共に見せる―――。

「ど、どうでしょう一夏さん?」

「セシリア…………黒、似合わないな。」

「ですわよねーーーっ!」

 大丈夫、最初はイロモノというか冒険、本命は最後に回す。気にしない。気にしないで売り場から見繕ってきた中の次の水着を手に取った。

(取り敢えず黒系、暗い色はアウトですわね。)

 頭の中の即席『一夏の評価メモ』に、そんなことを書き込みながらも。



 道程あれなことはあったがセシリアの当初の予定通りに、無事到着した水着売り場での即席ファッションショーは続く。

「どうです?」

「……綺麗だし、セシリアがいいならいいと思う。」

「そう、ですか。」

 今の言い方だと、一般論として綺麗だと言ったのだろう。そこで満足してはいけない、一夏がいいと思わなければ欠片も意味は無い。

 ただ、一夏は割と明け透けに感想を言ってくれる―――それでいて貶す様なことだけは全く言わない―――ので、感想を求める相手としては手応えがあった。

 何度か別々の水着を試着した姿を見せて、一夏の反応から好みもなんとなく判ってきた。色はエクシアや白式のカラーリングと同じ青や白、肌を隠す布地は広い方がいいが、フリルなど装飾の多いものは微妙。

(やっぱりこれですわね。)

 着せ替えの残る一着、『本命』を手に取り身に纏う。鏡を振り返り違和感が無いことを確認すると、セシリアは試着室のカーテンを開けた。

――――まず見えたのは、絹の様にしなやかな張りのある肌。透き通る様な白が上品さを醸し出している。

――――それが描くのは、女性特有の柔らかさを残しつつも余分な脂肪の無い優美な曲線。

――――金に波打つ髪が飾るその肢体に視線を這わせると、海面に描かれる細波をイメージさせる様な青と白のパレオが乙女の局部を優雅に覆っている。

――――そしてその青よりもより深い蒼の瞳が媚びる様に見つめる様は、さながら人魚がお伽噺の中から抜け出した様にすら見えた。

「…………………………………。」

「一夏さん?」

「っ、すまない。一瞬見惚れていた。」

「――――まぁ!」

 セシリアは見せたはいいものの黙って答えを返さない一夏に不安になるものの、その後の一言に全身が火照る程に悦びを感じた。『あの』一夏に異性を感じた様な発言をさせられたのだから宜なるかな。

「ふふ……。では、決まりですわねっ。」



――――。

 一夏とセシリアのやり取りを悔しくもただ影から眺めながら、鳳鈴音は思い出す。

――――服、と言えば。

 中学一年の自分の誕生日の時のこと。仲間内で開いた誕生パーティー(in五反田食堂)で、一夏がくれた誕生日プレゼントがそれだった。白いゴスロリ風の、ちょっとお上品な衣装。お姫様みたいで可愛らしいその服が嬉しくて、今でも大事に――――未だに問題なく着れる辺り自分の身体の成長に関して酷く葛藤があるが――――しているものだが、そのプレゼントを誕生パーティーで開けた時に一騒動あった。

 性に目覚めたばかりの青少年達のこと、誰かがぽつりと溢した一言。

『男が女に服のプレゼントするのって、それを相手に着せて脱がせたいって話じゃなかったっけ?』

 あとはお約束のパニックだった。鈴がテンパる。周りが囃し立てる。鈴が暴走する。弾が吠える。一夏が天然デレで更に引っ掻き回す。鈴が沈没する。

 まあ今ではいい思い出である。で、何故その話かというと。

(学習はしてるのよね。)

 よく分からないところで凄く気を回す一夏のことだから、セシリアの水着を自分が買おうか?とか言い出しかねないところだが、教訓にはなっているのだろう。会計に行くセシリアを見送り、自分はセシリアの出した他の水着を元の場所に戻し始めた。女モノの水着売り場で眉一つ動かさずにそれが出来るのは流石織斑一夏だが。

…………ふと、頭がざわざわする様な不快な感覚を覚える。

 気になって辺りを見回すと、ぶつけたのだろうか売り場の商品を散らかしておいてそれに見向きもせずに一夏に声を掛けようとしている女がいた。その眼には見下した様な傲慢な光しかなく、あれは見覚えがある、アノ時ノクズ教師ト同ジ――――。

 自分の失敗を手近にいた男、よりによって一夏に押し付けようとしているのだろう。それが判った瞬間、鈴の身体は自動的に動いていた。

「ちょっとそこのあな…………ぐぇっ!?」

「ねえオバサン―――ちょっとツラ貸せや。」

 かつてその為に最後の涙を流した鈴にとって、世界で最も嫌いな人種に対して容赦はしない。首の後ろをひっ掴んで思い切り引っ張る。

…………もうデートの監視も自分は抜けなければならないし、それどころかデートの邪魔をしたいならこの女を放置すべきなのだろうが、鈴にとってそれと一夏に迷惑を掛けることでは優先順位を付けることすら愚かしい。というわけで。

 『教育』を始めよう。

「ひィっ!!」

………ところで、なんで目の前の女はこんなひきつった汚い顔で怯えているんだろう?

 ま、どーでもいっか。



 一方、ウサギとお菓子の魔女。鈴の脱落に関して苦笑しながら躊躇いもなくGOサインを出し、自分達は一夏とセシリアの監視を続けるものの……、

「今度は男モノの水着売り場に入ったね、二人。」

「………そうだな。」

「セシリアが取ってるやつ、柄がさっき買ったのと同じじゃない?」

「そうだな。」

「……お揃い?」

「そう、だなッ!」

「痛い痛い痛いっ、や、八つ当たりしないでよぉ。」

 雲行きは怪しい。

「ところで、さっきセシリアが着せ替えショーやってる時に思ったんだけど……。」

「なんだ、発言を許す。」

「(僕の立場どこまで低いんだろ……。)よく考えれば一夏の周りの子の中で、セシリアだけ異常にアドバンテージ持ってない?主にスタイル的な意味で。」

 特に胸部の戦闘力が。

 セシリアを除けば金銀ツインテのロリと男の娘(?)―――――世界<作者>の悪意<趣味>が見えるようだ。

「「…………。」」

「フッ、………!?」

「二度は喰らわないよ。」

 一夏が特殊な嗜好でない限りスタンダードな意味で美人なセシリアが圧倒的有利。その現実に二人の眼から光が抜ける。

 そこに話し掛けざるを得ない、哀れな仔羊が一人。

「あ、あの二人とも?」

「………山田先生?」

「あぅ………、あの、あのですね?男女が二人きりで更衣室に籠って一体何を……。」

 買い物していて丁度通り掛かったらしい彼女らの副担任·山田麻耶教諭の言う通り、二人は狭い更衣室から一夏達を監視していたのだった。

「デュノア君もボーデヴィッヒさんも、いくら休みの日でもそういういかがわしいことは………。」

「「あり得ません。」」

 お互いを冷めた目で見つめあい、その後同時に鼻で笑った二人。異様な光景に山田先生が泣きそうになる。そしてそれでも教師の努めを果たそうと頑張る……っ。

「でもでもですね!?誤解を招くので、もう少し―――、」

「「心外です。」」

「ひぅっ!?」

 でも怖いっ!

 しかし頑張る山田先生を助ける人は、買い物に同行していたのだった。

 気配を感じたラウラとシャルルが山田先生の反対側を見ると、そこには怒り顔の世界最強の女性の姿――――織斑千冬。

「教師を威嚇してるんじゃない―――この馬鹿共がッ!!」

 ゴガッッッ!!

 出席簿が無い分制裁の拳が直接、作品のジャンルを明らかに間違えている効果音を立てて二人の頭に突き刺さる。

 そして説教に移行。結局お邪魔虫三人は、大した成果も無いまま一夏とセシリアがデートの続きをするのを見送るのだった……。




[17100] 世界を変革する力Φ せっしりあ!せっしりあ! そのよん
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/07/23 12:15
 鈴達がいなくなったからかどうかは知らないが、セシリアのデートは進んでいた。

 買い物を済ませた後、カフェでランチを取る。

「まあまあですわね。」

「そうか?」

「ふふ……夕食は私が一夏さんに手料理を振る舞いますわ。楽しみにしていて下さいまし。」

「――――ッ!?」

「………一夏さん?」

「ああ、いや、なんでもない……と、思う、多分。」

 不意に一夏が何故か物凄い悪寒を感じ、目を心なしか金色に輝かせながら辺りを探るも理由はよく分からなかった、なんて一幕もあったが概ね何事もなく食事を済ました。

 その後映画館へ。セシリアはせっかく日本で見るのだからと母国では上映してなさそうな作品を選んで入った。架空のISを用いたアクション物らしい。

「一夏さんは映画は見ますの?」

「自分からはあまり見ない。嫌いではないが。」

 そんな会話をしていると、場内が暗くなり映画が始まる。

 そして―――、

 どこにでもありそうな街、どこにでもいそうな女学生の放課後。いつもの様に帰宅するも、開かない玄関。思い切り引っ張ろうとドアノブを掴み――――――突如ノブを伝って女学生の腕に侵食してくる金属結晶。そして女学生が最後に見た光景は、異界と成り果てた我が家とそこに佇む人影……。

「ひぃっ!?」

 荒野の中ある軍事基地に立ち寄る巡礼者。だが基地に生命の気配は無く、転がるのは女学生の様に半身を金属結晶に変えられ苦悶の表情のまま固定された死体ばかり。……そしていやでも異変を感じた巡礼者へと向けて誰も乗っていないトラックがひとりでに突進してくる!

「きゃああぁぁぁっ!!?」

 夜の病院、恋人達に迫る影。ゆっくり、ひたひたと歩み寄ってくるその男はかつて主人公が殺した筈の男。それが亡霊だと主張する様に、主人公が銃弾を叩き込んでも意にも介さず、やむなく小型爆弾を投げつけ爆殺。だが残った下半身だけが、それでも、それでも歩みを止めない………、

「いやっ、いやっ、いやあぁぁぁぁ――――!!!?」

 まるでパニックホラーだった。その系統が完全にダメなセシリアは半狂乱になって悲鳴を上げた。それを宥めながら一夏は妙な既視感を覚えていたが。

 別にジャンル詐欺だった訳ではない。後半のアクションシーンは凄すぎて時々何が起こっているのか分からない程の迫力だったのだが、セシリアにそれを見る余裕はなかった。

 結果。

「ひぇーーーん!」

 震える肩を一夏に支えられながら、映画館を後にするセシリアなのだった。




…………肩に温もりを感じた。

 ぼやけた意識。不定期かつ緩やかな慣性の移動が微睡みを解く。

(あれ………。)

 確か映画の後、すぐ傍のベンチで暫く自分はダウンし、歩けなかったのだ。当然デートを続けられないし、学園の外出時の門限もある。結局一夏に支えられながら駅まで移動し、学園行きのモノレールに乗り込んで……、

「ほらセシリア。着いたぞ。」

「もう……ですの?」

 泣き疲れてうとうとしていたらしい。一応自分で歩けるようになったのでふらふらしながらもモノレールから降りると、もうIS学園だった。

(うぅ、不覚ですわ……。)

 デートも途中までは上手く行ってたのに、この有り様である。随分と無様を曝したし、その面倒を見させたのだから嬉しさよりも申し訳なさの方が余程先に立つ。

 空は橙色に染まっていて、自分も随分長いこと愚図っていたようだ。

(そういえばあの無人の車が襲ってくるシーンも夕暮れ時で……はわっっっ!?)

「………セシリア。」

 また怖いシーンを思い出してしまって一夏にひしっ、としがみついている状態で。でも怖いものは怖いのだ。映画の様に敷地内に停めてある車や、下手すると学園のISまでいきなり無人で襲い掛かって来そうに思えてしまう。

 一夏はそんなおっかなびっくりなセシリアを学園寮の入り口まで引っ張っていくと、ぷるぷる震えるセシリアの頭に手を乗せ優しく撫でてやった。

「大丈夫だから。」

「い、一夏さん?」

「俺が、守ってやる。」

「―――――――――――。」

 全部、吹き飛んだ。

 その言葉はあまりに甘く耳から入って脳髄を揺さぶり、心臓を抜けて全身に染み渡った。すぐに頭から離された手が寂しく思うのは、不安だからじゃない。

 ただただ一夏と触れていたい。一緒に居たい。剥き出しにされたセシリアの恋心が、高鳴りながらカラダを突き動かす。

「一夏さんっ!」

「なんだ?」

「一日デート、なんです。………もっと、一緒にいていいですか?」

 一夏の上着の裾をちょこんとつまみながら、返事を待つ。一夏の答えは―――、



「ふはははははここに居たのか少年探したぞいや少しばかり頼みたいことがあってな今暇か暇だろう暇に決まってる暇でないなどとは言わせない暇でなくてはおかしい暇なんだろう ひ ま な ん だ ろ う ? よし五段活用+即ち君は今暇だという訳で着いて来い一刻も惜しいというか私が待てない我慢など元から足りないのだこうしてる間にも我が魂がすり減りそうだいやはや君でなくては意味がないのでなもし見つからなければと考えると焦っていたところだいや重畳重畳さあ急ぐぞ翔るが如くだ少年んんん―――――。」

 少年んん―――。

 しょうねんん――――。



「……………………………………………………………はい?」

 ドップラー効果を残しつついきなり一夏を浚って飛んで行った金髪幼女。セシリアが我に帰った時にはもう遅く、見えるグレイスの姿は一夏共々豆粒の様な小ささになっていた。

 さて、一日デート妨害禁止の件をグレイスは知らなかったのか忘れていたのかそれとももう終了したと考えたのか。恐らくどれでもない。空気を読まなかっただけである。というかリニアライフルで思いっ切り撃ち壊した。

 かくして残されたのは結果的に空回りした形のセシリアさんだけ。

 春の風が、とても生暖かかった。

「やっぱり私、こういうポジションなんですのぉぉぉぉ~~~~~~っっっ!!!?」

 オチてしまって虚しく叫ぶその姿は、とっても哀愁漂っていたそうな。

 くすんっ。




<後書き>

※ごめん、このままほんわか甘で終わっても良かったんだけど乙女座が暴走した………。

※でもちょろいさんは残念可愛い!!

※伝統と実績のナデぽ→放置。作者は嫌いじゃないよ?いつまでも子供の心を忘れないでいたいな……。

※夏休みが始まるからって感想板荒らさないでね!




[17100] 世界を変革する力Φ ラウラさんと調理実習!
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/07/31 00:23
 IS学園は、名目上どこの国にも所属しない。これは条約に定められた内容である。

「では何故家庭科などという科目があるのだ?」

「一般教養だからだろう。」

「むぅ………。」

 世界唯一のISを専門に教えるエリートの集まりとはいえ、一応高等学校に相当するという体裁を取っているので、一日中ISのことしかやらない専門バカを量産する様なカリキュラムは組んでいない。最低限度の一般教養科目は時間割に含まれていて、その比率が日本の文科省が定めるそれに比較的似ているのは……… 単純に時間割を組んでいる人間が日本人だからであろうが。

 納得の行っていなさそうな顔で、ラウラはボウルからジャガイモを一つ手に取った。

 IS学園1年1組、ただいまその家庭科の時間。内容は調理実習、お題は『肉じゃが』である。

「織斑くんは料理できるの?」

「ああ。」

「へー!いいよね、そういう男の子。」

「ポイント高いよねー。」

「む………!」

 大体の学校でそうである様に、クラスの内幾つかの班に分かれて調理を行っていた。一班五人で、専用機持ち組で一夏と同じ班になったのはラウラ・ボーデヴィッヒ。あとセシリアとシャルルが同じ班になった。

 一夏と同じ班になった女子達で軽く話をしながら準備を始めていると、ラウラが不機嫌そうな顔で一夏の隣を確保し距離を詰めた。女の子達は、あらあらと温かい目でラウラのそんな行動を眺める。

 そのままラウラは手に持ったジャガイモの皮むき………を始めようとして、一夏に止められた。

「待てラウラ、その持ち方は危ない。」

「うん?問題ない。ナイフの扱いを間違える様な私ではないぞ。」

「ナイフと包丁は違う。仮にそうだとしても、わざわざ危険な持ち方をする意味がない。手を切るぞ。」

 こうだ、とラウラの手を取って、皮を剥く刃が勢い余って手を切らない様に持ち方を教える一夏。心配されたのと一夏と手が触れているので少しラウラの顔が綻ぶ。

「ふ……流石は私の嫁だ。」

(――――なんかさ、織斑くんとボーデヴィッヒさん見てると和むよね。織斑くん競争率高いから危機感持たないといけない筈なんだけど。)

(あ、わかるわかる。まあ間違えて嫁って言葉使ってたりボーデヴィッヒさん全体的に年下っぽいから、お兄ちゃんに甘える妹って感じにしか見えないもん。)

(なるほどー。確かにあたしも織斑くんみたいなお兄ちゃん欲しかったかも。………ていうか皮むきならピーラーそこにあるんだけどね。)

「………?どうした?」

「いやいや。」

「なんでも、」

「「「ないよーっ。」」」

 長身の一夏と同年代と比してかなり小さいラウラの身長差がまず大きな原因だろうが、なかなか愉快なことを話題にされているのは聴こえなかったらしい。

 代わりに、シャルルの何時もは甘い声が悲痛に張り上げられているのが隣のテーブルから聴こえてくるのだが。

――――お、オルコットさん、何やってるの?

――――はい?ジャガイモを切っているだけですわ、見本通りに。

――――………いや、美術の時間じゃないんだから見本の写真と全く同じ形に加工する必要とかないんだけど。

――――あら、そうですの?それでは……ぽい、っと。

――――ちょっ、鍋に直接入れるの早い、ていうか土!?よく見れば皮付いたままだし!まず洗おうよ、それ以前に芽くらい取って!!

「あ、あはは……流石お嬢様、なのかな?セシリアの班大丈夫かな~。」

「デュノア君がフォローしてるから大丈夫……だと思う、多分。」

「最後までシャルル・デュノアの体力が続けば、の話だがな。」

「………ラウラ。」

「う……。」

 皮肉を言ったのを一夏にたしなめる様な眼で見詰められ怯むラウラ。これもなんか兄が妹をしつけている様に見えてほのぼのしているのが、セシリア達のところと対照的だった。

 ちなみにグレイスはまた別の班に参加しているが、大した問題もなく他の生徒達と作業に当たっている。元々中二病の気はあるものの一応は社会人だった経験がある彼女だ、発症時でなければ常識は持ち合わせており人付き合いは意外に出来る方であった。

 調理を続行。何やら気に入ったらしいラウラがジャガイモの準備を全て引き受け、一夏達他の四人も他の野菜の下拵えを済ませ、鍋に火を掛けるところまで分担して進める。後は煮えるのを待つだけ、と問題なく完了した。というか、一夏の家事スキルとか関係なく普通家庭科の調理実習など予め説明された通りにやれば失敗はしない。

――――あれ、セシリア、野菜も牛肉も全部いっぺんに鍋に放り込んで良かったっけ……?

――――あわわ、良くないよぉ。プリントの行程4つくらい跳ばしてるっ!

――――しかも全部生の状態で、牛肉とかラップほどいたそのまんまの塊!?カチカチのお肉になるよっ!

――――あら、それではこれで、

――――ちょっ、まっ、何入れようとしたの今……!

――――重曹!?何であるの!?

――――あら、これ片栗粉じゃないんですの?

――――どっちにしてもアウトだよぉ!

――――それではこのバニラエッセンスで………、

―――――『『『『肉じゃがにバニラの芳醇な香りとか要らないからぁっ!!』』』』

………………失敗はしない。多分。

 少なくとも一夏の班は大した失敗もなく料理が完成していた。丁度いい時間で他の班も終了したらしく、家庭科室には食欲を誘う香りが漂っている。

「「「いただきまーす。」」」

 炊飯器で炊いていたご飯を茶碗によそい、取り分けた肉じゃがに箸を延ばす。

「うん、おいしい!」

「だよねー。ていうか素人料理の筈なのにこういうので食べると格別おいしく感じるよね!」

「場所と雰囲気によっても味は変わる。あとはみんなで作ったという事実だろう。」

「………むむ、いもが崩れた……。」

「あはは、ボーデヴィッヒさんガンバっ。」

 和気藹々、という言葉が相応しい食事タイム。

――――『『『『…………………………(ぴくぴく)。』』』』

 阿鼻叫喚、を通り越して完成した料理―――見た目『だけ』はあれだけの騒ぎにもかかわらず真っ当―――を口にした隣のテーブルが、死屍累々と化しているのはもう誰も気にしない。暗黙の了解で他の班も同様で一種の結界に等しいスルー空間が形成されていた。

「いいものだな……。」

 隣はさておいて、頑張ってイモを箸で摘まみ口に頬張ったラウラ。咀嚼して飲み込んだ後、左手で茶碗を持ち上げその縁に口をつけ、箸でご飯を掻きこむ。他のおかずでやると行儀が悪いのだが白米に関してだけはこれが伝統の食べ方らしい。うむ、奥が深い。

「………ラウラ。」

「む、なんだ嫁、くすぐったいぞ?」

「頬についている。そんな食べ方をするから。」

 まだまだ未熟ということか(違う)、ラウラの頬っぺたに付いていたご飯粒を一夏は指で取ってやる。やっぱり兄妹っぽい、と同じ班の三人が微笑ましく見守ったのは、―――――その時が最後だった。

 一夏の指に移動したご飯粒、それをラウラの視線が追い掛け、

「はむっ。」

 ラウラの口が食らいつく。

「「「…………………………………。」」」

「むん……ちゅぱ、ちゅぱ。はむ、れろれろ…ぺろ。………んふー、ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅぱ、ぺろぺろぺろぺろ……にゅ、ふは。」

 しかし歯は立てない、唇で甘噛みしながら舌を這わす。

 俗にいうYUBICHUPAである。もとい、指ちゅぱであった。何故アルファベット表記したかは分からない。

 しかしエロい。

 指をくわえて舐める。唾液が唇を滑らせ、指紋の一つ一つをふやかして肌に染み込まそうかという様な口の動き。もはや米粒のことなど彼方に追いやっているのだろう、恍惚とした表情で男の指の味を堪能するのはいたいけな銀の少女。

 否。それを唖然として傍から見てるしか出来なかった女子達は突然悟る。女だと。妹などではなく、容姿がどれほど幼かろうと、ラウラ・ボーデヴィッヒは愛欲を知ってしまい、己が焦がれる異性を訛かさんとその熱に身を委ねる一人の女なのだと。

「ちゅ………っ、ぁ。」

 どれほどそうしていただろうか、名残惜しげに一夏の指から口を離す。ラウラの小さな唇から、一筋透明な糸の橋が掛かって、切れた。

「これが、嫁の味。」

「ラウラ……?」

「いちばんおいしいぞ。」

 ふふ、と妖艶にワラうその顔に。いつしか黙り込んだ家庭科室中の生徒が目を奪われていた。




…………『『あ゛う゛~~~~っ。』』

 例のゾンビ班を除いて。



<後書き>

※料理ネタとご飯粒ぺろっをくっつけたらこうなった。前のデート話といい壊れない範囲での日常パートを書くのが苦手という作者の弱点がよく分かるぐだぐだ感。

※指ちゅぱって結構絶滅危惧種ですか?

※ってああああぁぁぁぁ!!この小説じゃ『鈴は二組なのでいない』はやるつもりなかったのにぃぃぃぃぃっっ!!

※こうしちゃおれん。俺は書くぞっっ↓





「…………あむ。」

 くわえる。

「ふぉえあ、いふぃふぁお……っ。」

 口腔に侵入してくる想い人のソレ。歯の上を滑り、舌を押し退け居座る異物。たったそれだけのことなのに、頭がじんわりとぼやける様な快感が押し寄せてきて、さながら擬似性交。動かない頭で、しかし鈴はもっと深く一夏のソレをくわえ込んだ。

 更に強く感じた意識に体に力が入らなくなって、ぺたんと両足を崩した女の子座りの形でへたり込む。しかし手を付いて頭を上げ続け、一夏のソレは絶対に唇から離さない。

「くぱ………ちゅぷる。ぺろぺろ、ぬぷ、ぺろぺろ、……ぁむ、む、むん、ぁ、はむ、……ちゅぱちゅぱ。」

 奉仕。その表現が似合うほど鈴は懸命に一夏のソレをくわえた頭を前後させ、舌を絡み付かせ、時には押して感触を確かめ、内側の頬肉に滑らせた。ちゅぽん、と唾液の跳ねる音と一緒に抜けようとしたソレを、改めて深くくわえ込む。

 その健気な動きによるものか、一夏の左手が鈴の頭の上に置かれ、撫でた。優しく、慈愛を込めて。それにうっとりとして、つい離すまいと言わんばかりに吸い付いていたソレを口から外してしまう。

「いちかぁ………。ふぁぅ、あたし……っ!」

 舌を動かして若干酸欠気味なのと、それ以上の興奮で息を荒げながら言葉を紡ぐ鈴の頭をもう一撫でしてから、座り込んだ鈴の高さに合わせて屈むと一夏はその額に口吻ける。

――――ああ、駄目だ。もう何も考えられない。

 ちゅっ、と自身の額から出た音がそうであると半ば信じられないような、そんな鈴の頬に一夏の掌が添えられる。それに甘える様にすりすりすると、少し固い男の感触が心地良過ぎる。

「ああっ、いちか………!」

 もう片方の腕は鈴の背中に回され、抱き締める様な体勢でキスを―――――、

――――、

――、

―――どさっ。

(………………………、…………?)

 一夏の唇が近付いてくる、そんな一番良いところで主に肩に大きな痛みが走り、目を開くと全く別の光景。真っ暗闇―――いや、転校してからもう慣れたIS学園の寮の自室。そしてそこで『まるで寝相が悪くてベッドから落ちた様な』ポーズをしている自分。

 結論。

(…………ゆめ?)

 正解を出した鈴の頭に、瞬時色々な考えが過る。

―――― なんて恥ずかしい夢を見てるんだ自分あとなんて恥ずかしいことをしてるんだ夢の自分あれちょっと変態っぽいんだがでも気持ち良さそうで今度一夏に頼んだら舐めさせてくれるかなぺろぺろちゅぱちゅぱさせてくれるかなってやっぱり変態じゃないかだけどあれもいちゃいちゃしてたし一夏もあれで気持ちよくなってくれたかもしれないしいっぱい優しくしてくれたわけで良い夢ではあってそうなるとあそこで中断したのがなんてタイミングの悪いでもまあ嬉しくはあってやっぱりそれ以上に恥ずかしいけど嬉しい!

(きゃああああぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!!)

 思考のパンクしそうな鈴はそのまま真っ赤に湯茹った顔で、掛け布団とシーツを巻き込んで絨毯の床の上を無意識に転がり始める。

 ごろごろごろごろごろごろごろごろ。




 朝になって起きた鈴のルームメイトが真っ先に目にしたのは、何故かだらしない顔で床に寝転がってるふとん簑虫の姿だった。



<後書き2>

※………………ふぅ。

※あ、XXX板じゃないんで鈴が夢の中で舐めてたのは指だよ!変な想像しちゃダメだからね!

※ずっと半壊れラブコメ続けてたんで、次からはそろそろ本気(シリアス)出す。………………………………たぶん。




[17100] 世界を変革する力★
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/08/14 12:16
 少しだけ、不安になった。

 IS学園学生寮の屋上から星の瞬く空を見上げ、一夏は物思いに耽る。

 かつて、『この世界に神はいない』と言った少年がいた。それがおそらくは輪廻転生などというオカルトをその身で観測し、二度目の生を生きている。死の果てに神はいない、だと言うのに何の皮肉なのだろうか?

 あるいは、これは夢ではないのか。今でも自分はあのエクシアのコクピットを棺桶として、死に際の幻覚を見続けているのではないか。あるいは、自分はここにいていいのか。今いるこの世界は、本来自分が生まれることなどなかった、居てはいけない世界なのではないか。

 益体も無い思考だと分かっている。普段は欠片も意識しない馬鹿げた考えだ。なのに誰もが一度はそんな風に考える呪いの様なもので…………一夏の場合は生まれ変わりという不可思議な経験から、多少笑えない冗談になっているだけ。

「―――――関係ない、な。」

 だが、そうだ。

 たとえ冗談ではないとしても、関係ない。今の自分が夢だろうが異物だろうが。

「俺はまだ生きている。生きて、いるんだ。」

 存在することは、生きること。死は消滅だ。全ての終わりだ。こうして今意識があるのなら、やることなど何一つ変わっていない。

 生きている。矛盾を抱えてでも、己の意思で前に向かう。道を貫く、迷いなく、がむしゃらに。夢だとか異物だとかそんな理由で目の前の出来事に目を背け逃げることが、最もやってはいけないことだ。

 星を掴まんとばかりに真っ直ぐ腕を天に伸ばし、きつく握りしめる。

 己の信念を確認し、そうして心の内から湧いて出た妄言を……………それを呼び寄せた『本当の不安』ごと、吹き散らした。



――――漠然と、ただ漠然とだが。

 最近、何をされたわけでもないのに、心が伝わってくる。遠い誰かの怒りだったり、近くの友人の喜びだったり。

 本当に第六の感覚が芽生えているかの様に、感じていた。それは深い霧の中で風の悪戯がふと向こうの景色を見せる様な曖昧な感覚で、一夏の頭に飛び込んで来る。

 期待。侮蔑。悦楽。不快。ざわざわと無秩序に頭を揺さぶる感覚は、日を追う毎に強くなっていく。

 そしてその直感は、自身にも向けられた。授業や放課後の鈴やセシリア達との訓練で白式に搭乗した時の、他に類を見ないイメージインターフェースとの親和性。ISを装着していなくとも背後が見えているかの様な空間認識能力の上昇。超高速の弾丸を見てから避ける人外の反射速度。

 自分自身のこと故に今まで自覚がなかった異常性にも気付けてしまう。分かってしまう。自分が今ヒトを超えた何かに変わろうとしていることが。

 はっきりと自覚してしまった時、気が狂いそうだった。無秩序に流れ込む思考の中に、姉や友人達の無条件に自分を想ってくれる感情がなければただ塞ぎ込んでいたかも知れない。彼女達と一緒にいる時だけは、安らげた。

(だが、甘えてばかりもいられない。)

 幸せだ。紛れもなく自分は今、幸せだ。だがそれを漫然と甘受することは許されない。他の誰が許しても、一夏自身が自分が戦いを止めて平穏に逃避することを許さない。

 平和が尊いものと誰よりも知りながら、だからこそ戦う。矛盾を孕んでいたとしても、それが己の意思だから。

(俺は――――向き合う。)

 携帯電話を取り出し、『彼女』に掛ける。やけに長く感じるコールの後にいつも通りの声が聴こえた。自分とお話していることが本当に楽しいと思っている声に、覚悟がうやむやになりかけるのを感じながら、………それでも、信じることは思考停止して自分の理想を押し付けることではないから。

「お前と、話したいことがある。話さなければならないことがある。そうだろう?―――――篠ノ之束。」

 織斑一夏は刹那·F·セイエイとして最後の平穏を断ち切る言葉を告げ。

――――くすりと、吐息のような笑みが電波の向こうから聴こえた。



「もうすぐ。もうすぐだよっ!」

 一夏と会う日時と場所を指定した後通信を切り、束はまるでデートの約束をした女の子の様な表情ではしゃぐ。

――――全てが上手くいったら。

 優しい『いっくん』は何をしてくれるだろう?褒めてくれるだろうか。喜んで、頑張ったねって、言ってくれるだろうか。

 アイシテ、クレルダロウカ。

 らしくもなく、確信が持てない。束にとって人の感情を解することはどんな複雑な数式を解くよりも困難なことだから。

 なにがなんだか分からないまま、最初は妹に裏切られた。次に友達に裏切られた。残っているのは、一夏だけ。そんな最後の一人には絶対に裏切られない為に。たった一度のすれ違いで全てが壊れた、そんな考えをしている時点で狭い視野を自覚しないまま、一夏にだけはそのたった一度を起こさないことを目的に天才と形容することすら生温い頭脳を回した。

 考える。考える。どうすれば一夏だけには絶対に嫌われないでいられるのか。考える、考える、考える、考える、考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える。

 自慢の思考能力が焼け付きそうなほど擦り切らして、出た答えはたったの一つ。

 織斑一夏に、篠ノ之束の全てを差し出す。

 絶対に自分を裏切らない人間、否、道具。それも一夏を『神』へと到達させられる最高の従僕。そうなれば、あるいはいつか一夏すらもが束を嫌っても、そんな使えるモノを遠ざけたりはしないだろう。そもそも最高に便利な道具を嫌いになる理由などそうそうない。

 独りにならない。

 それを思い着けば、実行するまでの全ての過程への躊躇いを束は即座に捨て去った。結末によっては『篠ノ之束』という自意識が一夏によって消し飛ばされる可能性すらあるのに、寧ろそれを望む程に。

…………ただ。

 誰かに自分を好きになって欲しいから優しくする。何かをしてもらったから好きになる。そんな悪く言えば打算、しかし決して間違いではない他人との交わりを試みるのは、無償の愛を与え続けた彼女には確かな変化ではあった。

 自覚はないけれど、確かな変化だったのだ。



「………ふふっ!」

 篠ノ之箒は、与えられた個室で一人上機嫌だった。ベッドに身を投げ出し、布団にくるまりながら、窓際のサボテンに声を投げる。何度も。

「一夏が……いちかがっ。」

――――『大丈夫か』って。

 篠ノ之箒にとって学生生活とは何かと問われれば、惰性と答える。

 寂しさに錆び付く感情。心の痛みからの自己防衛。登校して、食事を取り、授業を受け、寮に戻り、寝る。孤独を是と受け入れかねないほどに、まるで機械の様なルーチンワークをこなす毎日。学園で連絡事項以外を口にしたのは何ヵ月前のことだっただろう。

 もう、嫌だ。

 自分には出来ない他人と交わるということの難しさも、それをいとも容易く越えられる勇気を羨むのも、心を閉ざせば感じなくて済む。だから箒は、ただ淡々と日々を生きていた。

 傍目にはそうは見えなかったかも知れない。

 そもそもIS学園は世界きってのエリート校であり、他人との接触を最低限にしてひたすら勉強に打ち込む様な生徒も珍しくはない。素行という意味では良好極まりない箒の態度もまたそれと同類と見なされても無理のないことである。寝床を共にするルームメートという存在がいないこともあり、『篠ノ之箒』のただ日付だけを更新していく毎日に干渉する存在などいなかった。

 誰も気付くことは無い。そんな存在などいなかった、筈なのに―――、

――――『大丈夫か』って。

 時間そのものは数秒に満たない。廊下で擦れ違った箒を呼び止め、一夏が静かに訊いただけだ。別に顔色が悪かった訳でもなく、突然過ぎることに箒が思考停止している間に一夏もなんでもない、と言ってそのまま立ち去った。おそらく『なんとなく』口から出てきた、そんな言葉だったんだろう。

 そんな言葉で………箒には至高の絶頂であった。

 一夏が優しくしてくれた。こんな自分を気にかけてくれた。誰も気付かなかった自分の痛みを、微かにでも感じ取って心配してくれた。他の誰でもない、一夏が。

 第三者から見れば確実に感覚が麻痺していることなのだが、それだけで、一夏のそのたった一言だけで、箒はかつてないほどの幸せを感じた。もう死んでもいい、と確実に言い切れるほどの。それ以上の幸福を、諦めるどころか想像することすら出来ないほど、彼女のこころは疲れ切っていて。







―――――だから。

 奇しくも違う場所、同じ時間に姉妹の声は重なる。

「「分かり合う必要なんかない。」」

 姉は兵器<ダブルオー>に、妹は有棘植物<サボテン>に視線をぶつけながら。

「「この幸せな『未来/過去』さえあればいい。」」

 もう、ワタシは。

「「辛いから。」」

 だから『一夏』が生きる理由。

 一夏という人格ではない、ただ己の中にある好き勝手な『一夏』の定義。それを生を紡ぐ糧とする。

 無理もない、やむを得ない、同情されるべき境遇の………だけどそれは。

「「アナタの全てに、ありがとう。『いっくん/一夏』――――。」」

 歪んだ彼女達の自己証明に、他ならないのだ。



 そして日常が、終わる。




[17100] 世界を変革する力★ そのに
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/09/02 10:03
「うーみーだ~~~っ!!」

 燃える様な太陽。その激しい光を受け止めて熱を持った白砂、反射して煌やかに彩る水面。

 IS学園の敷地内ではやり辛い超音速飛行試験などを目的とした臨海学校に、学園の一年生は訪れていた。その目的上当然誰も来ない様な孤島の砂浜はごみ一つ落ちていない南国の楽園、訪れた女生徒達ははしゃがずにいられない。

 名目はレクリエーションではないのだが、限られたIS数から持ち回りで実習する為、それ以外の時間すぐにでも自由時間で遊べるクラスの女子達は大多数が制服の下に水着を着て来た様である。教員の許可が出るや我先にと水着姿になり寄せ帰す波打ち際へと走っていった。

 そんな中きょろきょろと辺りを見回す人影が一つ。

「一夏さんがいませんの……。」

 一夏と一緒に買った水着を身に纏い気分を変えてリボンで金髪を後ろに纏めたセシリアが淋しそうに息を吐く。折角お揃いの水着にしたのに。

 数少ない泳がない組―――Tシャツの上にパーカーを着込んだシャルルと他数名が雑談している―――の中にも姿は見えないし、服の下に水着を着て来るのをはしたないと思って普通に着替えたセシリアよりも着替えに時間が掛かっている、という訳でもないだろうに、どこにいるのだろう。というか、一夏なら目立って場所が分からない筈がないのだが。

「鳳鈴音もいない。」

「え?」

 そんなセシリアに、硬質なアルトで声が掛かる。ラウラ·ボーデヴィッヒ、佇む姿は白スク水幼女。だが目付きは何時になく鋭い。

「嫌な匂いがする。」

「ま、まさかっ!」

 一夏と鈴が二人で浅瀬の影にしけ込んであんなことやこんな事を―――!?

「そんな、駄目ですわーーっ!」

 妄想に赤くなったり青くなったりするセシリア。だがその隣のラウラは動じてはいない。

「……それなら嫁の浮気をたしなめれば済むが、しかし――――。」

 動じてはいない、が、静かに緊張を眼差しに走らせていた。

「これは、キナ臭い方の匂いだ。一体何が起きている?」

 無意識にラウラは首元につけたチョーカーの―――待機状態のセラヴィーの感触を確かめる。

 一夏は無事なのか?

 その思いを口にする前に。彼女らの副担任·山田麻耶の、専用機持ちを招集する声が聴こえた。




 見渡す限り一面の青。その海面を俯瞰する、白の雲海。―――そしてそれを切り裂く、一つの風があった。

 同系統の色でありながら、その飛行音を追い越す飛行によって生まれる衝撃波により雑ざることはない。空間を切り進むその鋼は、孤高だった。

 現代の伝説、ガンダムエクシアホワイトリペア。

(今頃皆は、臨海学校の最中か……。)

 その操者、刹那·F·セイエイこと織斑一夏は、その行事を一人抜け出し太平洋上を東南東に飛んでいた。束が、会うにはどうしてもこの日でないとダメと言うのでおそらく参加出来ないだろう行事を残念に思いながら、一夏はエクシアを飛ばす。

「………ここか。」

 指定されたポイントで取り残された様な小島を見つけ、降り立ってエクシアWRを解除する。そして赤道に程近く鬱蒼と繁る熱帯雨林と肌に張り付く熱気を掻き分け進んだ。

 道なき森―――ざっと見た限りではそうとしか見えないが、不自然なほど人にとって通りやすくまた特定の場所に迷わず行ける様に草木の生え方が管理されている。

 それを理解しながら、一夏は誘導のままに歩みを任せた。すると不意に木々による景色が開ける。

――――まるで森の奥で勇者に抜かれるのを待つ伝説の剣の様に、それは主を待っていた。

 鋼の人型。配色はエクシアと同じ青と白だが装甲を形成する輪郭はより鋭角的に研ぎ澄まされ、兵器としての攻撃性を前に出している。そして左肩に設置された動力炉と、右肩の窪みにも設置されるだろう同じパーツの名はGNドライブ。そのISの名は、

「ガンダム。」

「――――そう、その名はダブルオー。世界を変革する力。」

「束………。」

 そして、一夏の反対側から現れる女性。ふんわりひらひらとひたすら柔らかそうなイメージのロリータ服を着こなし頭の上にはウサ耳バンドをつけた、柔らかな美貌。幻想の住人を主張する様な彼女こそ、世界に幻想とされていた宇宙開発用高機動多目的パワードスーツ·インフィニットストラトスをもたらした天才科学者、篠ノ之束。しかし今彼女は、さながら詩人の様に唇を震わせ謳う。

「ガンダムをも駆逐するガンダム。最強を誇る兵器。世界でただ一人革新を遂げた織斑一夏にのみ許された至高の聖域――――破壊·殲滅·防衛·革命その他あらゆる闘争行為において敵に影を踏むことすら不可能な強さの極み。………私、篠ノ之束が貴方、織斑一夏に捧げる新たな光。」

 そこで束は表情をふっと緩め、

「君の力だよ、いっくん。」

 微笑んだ。

「……これを、俺に渡す為に?」

「うん。」

 一夏の問いに、束は頷く。

「改修や二次移行を行っているとはいえ、エクシア自体はそろそろ十年近い機体だからね。ホワイトリペアのデータを元に、今のいっくんに相応しい専用機に仕上げたよ。」

「………『今の』俺、か?」

「うん、『今の』いっくん。だから、エクシアを渡して。そのGNドライブコアで、ダブルオーは完成する。」

 今の、という言葉には当然一夏に起こった変化を含めているのだろう。思えばそれも最近の束との会話の端に上がっていた様に見える。

 果たしてそれが束の意思だとすれば、何が目的なのだろうか。今エクシアの後継機なのだろうダブルオーを自分に渡すことも含め彼女の思惑を考え、………それでも一夏はすぐに待機状態のエクシアを束に渡した。

「えへへ、ありがと。やっぱりいっくんは私を信じてくれる。」

――――いつか夕暮れに見た、まだ少女だった束の笑顔がちらついて離れない。今の陰りは無いのに何故か不自然な微笑みと重なる。

 唇が、舌が重い。もともと動かすのが上手な訳でもないそれを、しかし閉ざす訳にはいかないと一夏は無理矢理働かせた。

「ただ、これだけは教えてくれ。お前は何を考えている?何を求めてここに来た――――?」

 作業用のISだろうか多数のマニピュレーターや工具の接続されたアーマーを周囲に展開し、早速一夏から受け取ったコアを分解しダブルオーに搭載しようとする束の背中に投げ掛けた問い。その答えは。

「お話は、ダブルオーの最適化処理<フィッティング>と一次移行<ファーストシフト>を済ませながらでいいかな?」

「……………ああ。」

 或いは重い錠を鎖す音。




[17100] 世界を変革する力★ そのさん
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/09/06 00:21
 『銀の福音<シルバリオ·ゴスペル>』。

 第三世代ISにしてアメリカとイスラエルの共同開発機。その特徴は翼の様な多関節構造によるマルチスラスターと、備え付けられた数十もの光弾を一度に放つビーム砲頭。そして、全身装甲<フルスキン>仕様でありながらバーニアの容量を抑えすらっとした輪郭。目に美しい白銀の鎧は、最先端の技術を詰め込み攻撃力·防御力·機動力全てに於いて旧来のISを凌駕する『広域殲滅型』という新たなカタチを見せていた。

 それが、機動試験中に暴走する事件が起こる。

 暴走と言っていいのだろうか――――その挙動は確かに機械染みていたが、行動はと言えば無秩序に海の上を飛び続け敵対する者に対しては迎撃するというどこか作為が見え隠れする暴走の仕方。だが、いずれにせよその鎮圧を請け負うこととなった最も近くにいた臨海学校中のIS学園一年生専用機持ち組にとっては、多対一での強襲戦という条件でしてさえ勝機の見出だすことの困難な相手であった。まして、鈴と一夏がそのメンバーの中にいないのだから。

 その筈だったのだが、

―――――圧倒されている。たった一機相手に。

 逃げ惑う『福音』を、薄紅の火線が追い立てる。翼の形をした多方向推進装置<マルチスラスター>を生かして鋭角的な機動を行いながら、その羽を撒き散らすようにも見えるビーム砲の斉射を行う福音。だがそれらは牽制にもならずに大熱量のGN粒子に呑み込まれて消滅した。そのまま粒子の奔流は、辛うじて身を躱した福音の側面を掠めていく。

「――――フンッ。貴様如き、このセラヴィーの相手になるものか!」

 ラウラ·ボーデヴィッヒの駆るガンダム、セラヴィー。福音の美しい銀と対照的な鈍色、スリムな装甲に対し堅牢な重装。

 最先端の技術と言えど、世界中の識者が集まって未だに篠ノ之束の開発したISの全てを解析しきれていないのが現状。半ばラウラの悪運によって生まれたものとはいえ、『ガンダム』の名を持つISに対するには未だ早過ぎた。

 性能差を論ずれば火力は今の通りの有り様。加速力でさえ、明白な機体重量差にも拘わらず―――――セラヴィーの方が、速い。

 自らを沈めようと迫り来るセラヴィーに、福音は距離を引き離すことも出来ない。上下左右に振り回そうとしても、旋回性能ですらマルチスラスターをフルに利用して拮抗がやっと。これがGNドライブの力。

『…………………。』

「ここまでだっ!」

 セラヴィーの両肩に担いだGNバズーカから生まれた光条が、遂に逃げ回る福音の片翼を捉える。スラスターを吹き飛ばされてバランスを失い重力に翻弄される福音、その上に回り込みGNバズーカを上下に連結させそこにエネルギーを集中させるセラヴィー。

 天使が見上げた相手に鉄槌を落とされる、福音の見た目からしてそんな構図。福音の悪あがきに残ったビーム砲を打ち掛けた。地から天に降る光の雨が、チャージ中のセラヴィーを襲う。微動だにせず受けるラウラ。福音の攻撃は着弾と同時に爆発し、視界を埋め尽くす爆撃となった。

 やった、という感慨は暴走したISのAIには存在しないだろうが、苦し紛れの反撃が効を奏した結果を確認する為か爆炎を見上げつつ静止する福音。

 それが次に目にしたモノは、

「GNバズーカ、ハイパーバーストモード。」

 爆炎を切り裂いて一直線に迫る、ISをそのまま飲み込む様な巨大な薄紅の光球と、それを発射したセラヴィーの傷一つない姿。

――――守備力に関して言えば、福音とセラヴィーには絶望的な差があった。一発でもセラヴィーの砲撃を食らえば吹き飛ぶ福音の装甲と、福音の攻撃では揺らがせることも出来ないセラヴィーの周りの球形のバリア·GNフィールド。性能差以前に相性が悪すぎる二機だったのだ。

 その戦力差をそのまま叩きつけた形でハイパーバーストの光球が直撃して福音の前面装甲を砕き、機能停止に追い込む。セラヴィーの出力ならばその気になれば塵一つ残さないことも可能だったが、ラウラは中の操者に配慮して上手く加減したのだった。

「回収は別部隊が担当、か。」

 暴走して他所を頼らざるを得なかったとはいえ機密などの問題もあるだろうから無理もない指示。それ以上に、今ラウラがセラヴィーを動かしている名目はIS学園生徒としてではなく『所属不明のガンダムマイスター』としてなので、長居は無用だ。

「ミッション終了。これより帰投する。」

 洋上に墜落した福音の中の操者のバイタルに異常がないことと、搭乗者保護機能が働いていることを確認すると、ラウラは翡翠のGN粒子を撒き散らして空の向こうへと消えて行った。



――――。

 精神が拡張する。

 ある意味では変質と言ってもよい、思考の加速や感覚の膨張。

 本来ISの最適化処理<フイッティング>は、IS側が操者に対し一方的に処理を行う。身体情報、バイタルパターン、IS適性診断、あらゆるデータを参照しそれに合わせてネットワークを構築する。更にそこから操者と最も協調連携出来る『あるべきかたち』を弾き出しISは自らを適合させる。そして『一次移行<ファーストシフト>』を行うのが、操者とISの『出会い』なのだ。

 だが。織斑一夏は、今ダブルオーガンダムに対して自らもその操縦に相応しいかたちに適合していく。コアに対する相互協調、これがISコア二つを同時に起動出来る彼の『進化の可能性』。

「この力があるからこそのツインドライブ。いっくんは流石だよね?」

 だが、一夏が知りたいのはそこではない。装着したダブルオーの全身鎧の中から、作業中の束に声を投げかけた。

「始めから教えてくれ。まず俺とIS学園に関連する一連の非常事態に、どこまでお前は関わっている?」

 束は一旦顔を上げ、一夏に向けてにっこりと微笑んだ。

「ほぼ全て、かな?」

「――――なに?」

「まずいっくんにIS学園の合格通知を出したのからして私だし。あの時点でいっくんが『刹那·F·セイエイ』であることを知っていたのはいっくん·私·ちーちゃんの三人だけ。なら消去法で私しか犯人はいないよ。」

「何故………っ?」

「今言った通りのいっくんの力。ダブルオーを起動出来る様になってもらう為。」

 束は語る。

 進化は環境への適応を目的として発生する。退化もまた然り、両者を区別するのは周囲の環境が苛烈か安閑かの差に過ぎない。だから束は、一夏に対して進化を誘発する為に敢えて異変を起こした。

 幼少からIS操者として異常な成長力と努力を見せながらも、オンラインオフライン問わず様々な手を使ってガンダムの情報を集めていたグレイスに目を付け黒いIS·スサノオを渡した時も。

 あるいは直接的にTRANS―AM―BURSTを使った状態を擬似再現し、その環境に一夏を適応させる為のシステム『コード·セラフィム』をラウラのISに仕込んだ時も。

 一夏は状況を打破する為に、ホワイトリペア<コア複数同時起動>への二次移行<セカンドシフト>を起こし、あるいは自らの革新の道を加速させた。

 全ては一夏にダブルオーを、『神』の位階に上がってもらう為。

「『神』―――っ!?」

「…………今日だって。邪魔が入らない様に、………。」

 そこで束は一旦言葉を切った。同時に空気の唸る轟音が辺りに響き、木々がざわめく。

 一夏は感じた―――――何かが来ると。

 束がその方角に向けて手を振る。彼女の周囲の空間が歪み、紅の細剣が宙に浮かぶ。ISの部分展開―――朱色のGN粒子を散らすそれは、形こそ違えど一夏には覚えがある。

「ファングっ!!」

 束が聴いた事も無いような剣呑な声で名前を叫べば、紅の細剣はそのまま向かってくる気配に飛翔した。

 一瞬後、

――――はあぁぁぁっ!!

 裂迫の気合いと共にそれを弾いたのだろう甲高い音。そして現れる暴風の覇気。

「姉さんっ!?」

 黒き鎧を身に纏い、織斑千冬がそこにいた。



「……やあちーちゃん。お仕事はいいの?」

「福音なら、セラヴィーガンダム一機で十分。だろう?」

「…………。」

 打鉄の面影を残すがより鎧武者の様なデザインアレンジが加えられた、左肩の非固定浮遊部位<アンロックユニット>から大きく迫り出した可動式の機楯が印象的な明らかに専用機。漆黒のそれを身に付け現れた千冬に、平淡な声を掛ける束。対する千冬も、露出した表情を崩すことなく応じる。

 嫌な緊張感が辺りに漂った。

「一夏がいなくなったタイミングでISの暴走事故―――――これ『も』お前の仕業。あからさま過ぎだ、お前に謀(はかりごと)の才だけは無いよ束………他人の気持ちが分からないんだから。」

 左の機楯と反対の防御力が低そうな右側には、その艶々とした黒い長髪をサイドポニーに纏めたのがたなびき、掻き分ける様に差し出した右手に握るは朧気ながら刃先が朱色に光る長剣。その鋒を束に向けると、殺気が一直線に刺し貫く様であった。

 そのまま、要求を突き付ける。

「さて、今一夏の着ているISがろくでも無い代物なのは確証なくとも確信出来る。今すぐそいつを私の弟からひっぺがせ。」

「…………嫌だと言ったら?」

「貴様を押し退けて、無理矢理破壊するまでだ!!」

 啖呵を切って、加速――――その出足を挫く様に、千冬の足元を細い剣が掠めていった。その遠隔操作兵器が戻る先、篠ノ之束の肢体を深紅の全身鎧が包む。

「『ガルージュ』っっ!!」

 流線形の輪郭と、不気味に光る横に細長いモノアイ。背中を羽の様に扇状に束ねられた細剣型の六対十二本のGNファングが飾り、両の腰元には二基の小型擬似GNドライブ。ひたすら血の様に紅い装甲で、恐怖を煽り立てる異形の悪魔の如き容貌であった。

「させない。」

「…………っ!」

「いっくんを『神』にする。私の全てが懸かってるんだ。絶対に邪魔なんか、させないっっっ!!!!」

 銃身にして刃。GNソードⅡライフルモードを量子変換で呼び出し、束は躊躇なく千冬に向け撃ち放った。




[17100] 世界を変革する力★ そのよん
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2011/09/18 10:15
 密林を、疾風が駆ける。

 葉を、草を、木々を。掠め傷つけ時には食い千切りながら、獲物を襲う。

 紅い細剣、その鋭い刃を――――、

「ちぃっ!!?」

 千冬は身を反らし、剣を薙いで弾き飛ばす。休む間もなく、次、三つ空を飛んで来る。一つをまた半身になって避け、バックステップでもう一つ躱した。そして背後から来るファングを、

(木が邪魔で……っ!)

 ISはパワードスーツ。それが却ってこの密林では動きを阻害する。やむなく千冬は、『楯で受け流した』。

 GN粒子の強化により、厚さ数センチの特殊合金ですら貫通する能力を持つ筈のGNファングを。

「……ふーん。その楯、わざわざスサノオのパーツ再利用したの?」

「使えるものは使う。それだけだ。」

 その防御力の正体も、束はあっさりと見破った。

「けど、スサノオの擬似GNドライブは完全に破壊されてた。その剣もリサイクル品なんだろうけど、それで出来ることはせいぜい強度の上昇だけ。そのGN粒子の精製にもシールドエネルギーががりがり削られてるんじゃない?」

 僅かな攻防で、束は千冬の駆る『アヘッド・カミカゼ』の概要を把握していた。倉持技研に千冬のコネを使い個人的に依頼して(束を警戒して全てオフラインでデータのやり取りを行った)、カスタム済みの打鉄をベースにスサノオを解析したデータを元に開発した試作型GNコンバーターを搭載。シールドエネルギーをGN粒子に変換するシステムだが、ガンダムシリーズ並みの装甲強度の飛躍的上昇と引き換えに多量のシールドエネルギーを消費している。それ以上の、例えば圧縮GN粒子によるビームサーベルやライフル、ましてやトランザムなどは使える訳もない。

 突貫工事で実験機だけでも仕上げた倉持技研(あとスケジュール変更の犠牲になって機体そのものはほぼ完成しているもののろくに整備も出来ないので未だ倉持製の専用機を飛ばせないらしいIS学園一年四組の日本代表候補生)には酷だが、かなりの欠陥機だ。何せ普通に起動しているだけで一時間もシールドエネルギーが保たない、という宇宙開発用のパワードスーツという建前すらうっちゃった代物なのだから。

「相変わらず無駄に回る頭だな!」

「どうも。それで?私としてはちーちゃんのエネルギー切れを待つだけでいいんだけど。」

「もとより長期戦のつもりはない。それにお前の勝利条件は『一夏が最適化処理<フィッティング>を済ませること』、だろう?」

 どちらにせよ束は時間を稼いでさえいればいい。千冬もこんな余裕のない条件で勝負に望む趣味は無いのだが、一夏に気付かれないように、かつエクシアWRの速度を見失わないように抜け出した一夏を尾行するということがどれだけ困難だったかを鑑みれば言っても詮の無いことである。

 だから早く勝負を決めたいのだが、会話の中で隙を探っても、周囲を飛び交うファングの脅威が乱れずに絶えず千冬を牽制する。全身装甲で見えないが、束のこちらを冷静に、否、寧ろ冷徹に見据える視線も感じていた。

――――だが、千冬と束は十年来の腐れ縁。そしていくら天才だろうと戦場のド素人を崩す方法も知っている。

 あるいは、それは最後の一線の確認でもあった。

「束。私達は今尚、トモダチか?」

「、……違うよ。赤の、他人だ!」

「そうか。なら、」

「――――――っ!?」

「遠慮は要らないな!!」

 『裏切った』千冬が許せない。『弟を汚そうとする』束が許せない。一瞬その場に起こりかけた感情の渦を逆巻く様に、千冬は荒々しく剣を薙ぐ。その鋒、風の音すらも追い越し、

 衝撃波が、周囲の木々を乱れ切った。

 それぞれバラバラに、予想も付かない方向に倒れていく樹木。舞い上がった葉が視界を埋めつくし、ファングは目標を見失う。

 次なる命令が空裂く細剣に下されるのを待たずして、飛び出した影が一つ。言うに及ばず、千冬の『アヘッド・カミカゼ』である。束の『ガルージュ』に向かって一直線に迫る、迫る。

 それを視認した束が、仮面の下で―――――ワラッタ。



「『長期戦』?……………やだなあちーちゃん。もしかして勝てる気でいるの、そんなISで?」



「―――っっっっ!!?」

 瞬間、ガルージュの表面装甲が『開き』、朱色の粒子を散らすバーニアが覗く。

 次の瞬間、あっさりとカミカゼの出しているスピードを超え、尚も加速し、両手で握ったGNソードⅡで逆に千冬に襲い掛かり。

――――激突の瞬間、千冬は受け止めた剣から己の計算違いを理解した。

 正面衝突からの地に足を付けない鍔迫り合い、その結果に介在しえたのは技でも心構えでも無い。純粋に、物理的な力で、

(圧し負ける………っ!?)

 拮抗どころか障害になり得たかも怪しく見える程にそれまでのベクトルと逆方向に吹き飛ばされ、大地を擦った。

 ががががががががががががががががががががががががりがりがりがりがりがっっっっっっっ―――――――――――――――!!!!!

 そんな、複数の重機を総力で暴走させた様な爆音と、それと似た結果――――地肌が見える程一直線にそこにあった植物が全て削り飛ばされている――――を起こし、島の海岸までたどり着いた所でなんとかPICを使って停止した。

「ぐ……っ、ちぃ…!」

 よろよろと身体を起こすが、全身の節々が無茶な衝撃に悲鳴を上げる。それに鞭打って無理矢理動かしても、今のでカミカゼのシールドエネルギー自体が危険域に到達していた。搭乗者保護機能は最低限度に落としているのだが、それでも絶対防御が発動させられたのだ。

「もって、あと一撃か………。」

 それでも、千冬は立ち上がる。まだ防げるかも知れない、弟の為に。

 実際確かな根拠は先に千冬自身が言った通り何も無い。それどころか、束が一夏に施そうとしている変化が何なのかも分かってはいない。少なくとも、束主観ではすごく良いことをしてはいるのだろうが………それがどうしたと言うのだ?

 誓ったのだ。一夏を守ると。確かに一夏には戦う能力がある。だがそれだけで守られなくていいと言える訳がなく、まして自分よりも他人を優先する一夏だから。いいではないか、戦って、泣いて、戦って、泣くことも忘れて、そんな『彼』が平穏に身を埋めても、もういいではないか。

 千冬は、本当は弟はもうISになど関わらずただの織斑一夏として生きて欲しかった。なのに束はそれを崩した。今回の一件で、多分取り返しのつかないところまで一夏の平穏<幸せ>を崩壊させる。

「させるものか……っ。」

――――だから千冬は、立ち上がる。




「あははははははははははははっっっ!!ちーちゃんをやっつけた!あははははっ!!」

 何が可笑しいのか、束は笑う。狂った様に。泣き叫ぶ様に。

――――EX第二世代、かつ通常第四世代IS『ガルージュ』。

 GNドライブ技術を抜かしたIS開発の第四世代のコンセプトは『パッケージ交換を行わない全戦局対応型』。各国が第三世代に漸く取り組み始めたところである時勢に、束は『展開装甲』を使って一足飛びにそれを実現させていた。装甲を組み換えることによってパラメーターを戦闘中に大きく変動させる仕組みだが、更に束はエクシアホワイトリペアのデータを使ってこれをGNドライブ搭載機に連動。さらにGN粒子の変換炉を並列した2つに分けることで安定した粒子供給を可能にした。

 それでも尚展開装甲のシステム上GN粒子の消費率が高くトランザムこそ出来ないが、初期型エクシアのトランザム状態程度の性能は素で発揮出来る為それほど問題にはならない。

 スサノオはこのガルージュのデータ取りの側面も持っていた機体で、それをバラして(しかも一番重要なGNドライブ無し)貼り付けたアヘッド・カミカゼと、正統発展機ガルージュでは福音とセラヴィー以上の性能差が存在してしまう。

 このアヘッド・カミカゼですら、千冬がこれを使ってIS公式大会に出れば優勝を狙える程度の機体なのだが。

 ともかく、これ程の機体を造り上げながら彼女が尚も執着する機体、ダブルオー。その鎧の中で一夏は呻く。

(姉さん―――!!)

 先程吹き飛ばされた姉。容赦なく命を削り合う、大切だった筈の二人。何故、なぜ、繰り返しながらも出来ることは無い。

 調整不十分でツインドライブの暴走を防ぐ為、そんな『名目』か最適化処理と一次移行を終えないダブルオーはぴくりとも動かない。通信も繋げられない、戦いを止めなければと思うのに何も出来ない。焦燥感が募る。

 そして。

 最初はその焦りとごっちゃになっていたが、やがてそれ以上の『絶望』を、一夏は何故か感じていた。

――――やめろ。

 轟音の反動か、風すらも凪いで束の笑い声しか響かない中、一夏の鼓動はばくばくと早くなる。

 それは時間が経つほど、つまり行程が進む程に大きくなり。

――――やめてくれ。

「あは、あははは………あ、そろそろの筈だねいっくん?」

 行程終了を頭の中で感じ取ると同時に何処からともなく飛んでくる『それ』。

――――違う、やめろ!

 三ツ又に分かれた槍の穂先の様なシルエット。戦闘機と言うのが一番近いのだろうか、それにしてはサイズが小さ過ぎるが―――変型しながらダブルオーガンダムの背中にドッキングされる。

――――違う違う違う違うっ!!

 そして、声が、

――――視たくない、聴きたくない知りたくない!

 脳内に直接投影されイメージに飛び込んで来る『彼女』のシルエットと共に、

――――やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめてくれッ!!

『ダブルオーの一次移行<ファーストシフト>終了を確認。同期作業を開始します。』


――――その、声は、



『私はダブルオー専用支援機「オーライザー」演算操者、鳳鈴音。はじめましてガンダムマイスター、刹那・F・セイエイ。以後宜しくお願いします。』



 無機質で、感情などというモノが初めからなかったかの様な平坦な声は、しかし一夏には聞き間違えることが不可能な………幼なじみの声だった。

「……なん、の………冗談だ、鈴…っ?」

 今起こっている現実を、信じたくない。

 一夏をしてそんな逃避の言葉が出てくる程に、衝撃的だった。だが『彼女』は追い詰める様に容赦なく言葉を紡ぐ。

『その質問には答えかねます。「冗談」が何を指すのかは判別出来ませんが、私が貴方に対して虚偽の申告をすることはありません、刹那。』

 その声に温もりは無く、その瞳に光は無く、心が、躰が………存在すら、無い。なのに一夏には分かってしまう。

 『コレ』は紛れもなく、鳳鈴音本人だ。

 先日学生寮で別れた時は、本当になんでもないいつもの『またね』だった。こんなこと、知らない。

 鈴は何時だって、『織斑一夏』の日常だった。なんでもない平凡な日々に、一緒に笑って、怒って、それが背中に『いる』のに『いない』。オーライザーというらしい背中のISに、人が入る様なスペースは無い。

 何より、鈴は『彼』を刹那と呼んだりはしない。

「…………っ。」

『私と貴方の間に何らかの齟齬が生じているのでしょうか?刹那。』

 刹那。刹那。それは一夏のガンダムマイスターとしての名だ。鈴が絶対に呼ぶ筈の無い、名だ。

 それが何年も過ごした鈴との時間を全て否定されている気がして、聞きたくなくて、一夏は別の場所に捌け口を向けた。

「これはどういうことだ、束ッ!?」

「うん?」

 振り絞る様に叫んだ一夏に、束は声から察するににこやかなまま惚けた返事を返す。

「……ああ。ソレ?大丈夫だよ、ちゃんと薬漬けにして全部忘れて貰って、いっくんのこと以外理解出来ない様にしてから量子化したから、絶対にいっくんのこと裏切らないし害も為さないはず。」

 いっくんの為って話したらかなりあっさり言うこと聞いてくれたよ。いつもこれくらい楽だったらよかったのに。

「何…を……。」

 彼女の言うことが理解出来ない。こんなことを笑って言える神経の存在を疑う。ああ、初めてだ。

 目の前の歪みから、目を反らしたいと思ったことなど。

 なのに余程『彼』にそれを許したくない存在でもいるのだろうか、続く束の言葉に我を失いそうになった。

「別にどんな奴だろうが構わなかったとはいえ………よく分かんないけど、いっくんのお気に入りだったんでしょ、それ。」

「―――――――――――――――――――え?」

 一夏の、お気に入りだから。

 それは。

 それでは、まさか。もしかせずとも、鈴が記憶を、心を、肉体すらも失って人形ですらないものになっているのは……………………………一夏が、鈴に好意を寄せていたせいだとでも言うのか?

 認識してしまう、ぷちんと何かが切れた音がした。

 そしてそれ自体は、束の予期した訳ではないが、

――――『過酷な環境』が、一夏の進化の最後の引き金を引く。

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、うあ、あ、あああああああぁぁぁ―――――――――――――――――――っっっっっっ!!!」

『マッチングクリア。初期設定仕様につき、トランザムバーストをオート起動します。』

 完全に、完璧に、文句無いほどにそれは正常起動した。ダブルオーとオーライザーのドッキング形態、ダブルオーライザー………その装甲はあまりの光量に淡く輪郭が霞む程に紅に輝き、キラキラと光る粒を撒き散らす。それは霧となって一都市を纏めて飲み込める様な『翡翠の宇宙』を形成した。二乗の粒子出力。今やその場の島どころか海域そのものが一つの『世界』と化している。

 そんな世界で、束は満面の笑みでその主である機体を見つめていた。叫び、叫び、何を叫んでいるかも自分で判らない半狂乱になった一夏を見つめていた。ISを解除し、口から血を吐きながら、一夏だけを幸せそうに見つめていた。

 己の胸から刃を生やしながら、それでもなお一夏だけを見つめていた。

 正気の沙汰ではない。己の死に意味を見出だすことすらしない、殉教者をも凌ぐ信仰。

 本来なら誰にも理解され得ない感情の在り方。だが、ダブルオーライザーによって作り出されたこの世界では、それを全ての人間に伝えることを可能にする。

 衝動のままにただ叫ぶ一夏にも、彼女を背中から刺した織斑千冬にも。

――――寂しかった。寂しくて、寂しくて、ただ見捨てられたくなかっただけ。

――――だから頑張ったんだよ、わたし頑張ったよね、いっくん。

「…………………束?」

 そのまま彼女の躰は砂の様にさらさらと、まるで翡翠の世界に溶ける様に手足の末端から分かれて。

 消えた。




[17100] 世界を変革する力。
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/09/21 12:34
――――いつかの夕暮れ。

 元気な子供達の全て帰ってしまった、うら淋しい公園のブランコ。その錆びた鎖を軋ませながら、ゆらゆらと一人の女子学生が前後に揺れている。

 赤い光が長く伸ばす彼女の影。無表情でそれを眺めていたものだから、淡い黒を踏む小さな足に、彼女はすぐに気付いた。

『一人なのか?』

『…………。』

『帰らないのか?』

『………………どこに?ほーきちゃんが他所にお泊まりしてるのに。』

 少年の問いに、彼女は俯く。帰る場所なんか無い、欠陥を抱えた精神のせいで妹以外の家族も家族と認識出来ない彼女には家が無いのだから、と。

『そうか。』

 それきり少年は口を閉ざし、彼女の隣のブランコに座った。

 二人の間にもうそれ以上の会話は無い。馬鹿みたいに黙って。

 夜が来ても、馬鹿みたいにブランコに座ったまま。柱一本で一番高いのを主張する公園の時計がぐるぐると動いても、少年と彼女は黙って座っている。

 月が覗いて、ぷかぷかと上に浮かんで、それでも馬鹿みたいに二人は動かなかった。やがて心配した少年の姉がやっと二人を見つけて、当然馬鹿みたいに怒られて。

 この時別に少年は何をした訳でもなくて、けれどだからこそ。

――――ありがとう。

 姉の説教が終わって別れ際に彼女の言った礼と笑顔。戦う事しか出来なかった筈の『彼』が、戦わなくても誰かを救えた、何かを為し得た、最初。

 自覚したのはやっぱり馬鹿みたいに後の話だったけど、彼女のおかげで知ったことが確かにあって。それは小さなこと、馬鹿みたいなことだったのかも知れないけど。

 信じたかった。世界でたった数人の人間しか認識出来ない、そのくせ寂しがりやの心を守りたくて。なのに。

(間違っていたのか、俺は?)

 そんな想いを持っていたのなら、もっとしっかり束の傍にいてあげていれば、彼女はあんなことをしなかったのではないか。

 それとも、そんな想いを切り捨て、あるいは初めから持ってはならなかったものと、世界の歪みとして束を処断していれば……鈴は少なくともこんなことにはならなかった。

 だが。それを確かめる為に束と話をしようと思っていた筈だ。一方的に相手を悪として戦いを仕掛ける、歪みを破壊するという行いにはそんな側面が付きまとう。変わりたいと願ったのは容易にそういう楽な方向に振り切れる程柔らかい決意だった訳ではない。

 だったら。しかし。それでも。いや。

 ぐだぐだと接続詞が溢れるだけの思考。過去どうするべきだったという詮ないIFをごちゃごちゃ並べ立てる論理。ここ数日の一夏の頭の中ではずっとそんなことばかりが溢れていて、夢ですら同じだった。いや、夢の中では悩む一夏を無表情で遠くから見つめてくる鈴がいて。

 思うのだ。思ってしまうのだ、きっと責めているに違いないと。そして、

(逃げ、だな。それは。)

 責めるも何も鈴は、誰かを恨むという心すらも失っている。だからこんな考えは、逃避する弱さだ。

 弱くなっている。前世、世界を変えようと戦いを挑んだ時は、ここまで迷いを抱く自分ではなかった筈だ。織斑一夏として生きた十数年が否にも応にも促した変化はあるだろうが………いずれにせよ逃げることだけは出来ない、そんなことをしたら自分で自分を撃ち殺したくなるだろう。

 だが、なら何をすればいいのか。逃げようが逃げまいが既に起こってしまった束の凶行と消失という現実はそこにあり、それに対して一夏が出来ることも存在しない。過去は変えられないのだから。

…………悲しいのに。こんなに悲しいのに。結局結論は見えていて、鳳鈴音と篠ノ之束が消えた日常を今まで通りに過ごすだけ。

 特にやるべきことがそこに存在してくれないから、でもまたどうすればよかったのかなどという下らない考えをぐだぐだと回してしまう。

 一夏はそんな思考の迷路の日々を送っていた。



――――。

 チャイムの音。

 夏休みも近付いた、ある放課後。だがIS学園一年一組に独特の浮ついた空気は無い。

「一夏さん……。」

 授業終了と同時に席を立つ――――クラスの中心である一夏の元気が無いから。隣のクラスで彼の幼馴染みである鳳鈴音が『行方不明』であることも知られている。

「大丈夫かな、一夏は……。」

「さてな。鳳鈴音に何が起こったのか私達が知り得ていない以上、何も言えない。」

 自然会話もそのことについてになる。セシリアが悲しそうに廊下を歩く一夏を見送り、シャルルは心配げに眉を寄せ、ラウラは肩を落とす。

「確かに今の私達は野次馬になることも出来ない状態だが―――少年も少年で余程のことが『あったとしても』潰れはしないがな。」

「エーカーさん?」

 グレイスが、言葉を継いだ。

「そら、現に幼少から懇意にしていた少女におそらくは不幸が降りかかったにも関わらず、ノートを取り、教員の質問にははっきりと答え、授業に手を抜いていない。おそらく今すぐIS戦闘を行えと言われても問題はないだろうな。」

「…………。」

 形容しがたい笑みで語るグレイス、ラウラが黙り込んで、

「何が言いたいのです。」

「………、腑抜けにならない精神で、何よりだ。」

「――ッ!?」

 一瞬どう表現するのか言葉に迷った間の後、結局選択された皮肉にも取れる言葉にセシリアは食って掛かった。

「何ですの、その言い様は……ッ!悲しいことを何も出来ない程に悲しむことが腑抜けだと!?一夏さんにはそんな資格が無いとでも言うのですか!」

「………ある意味で、許されていない事は確かだな。」

「な、こ、この冷血魔―――っ。そこになおりなさい、その腐った性根、叩き直して差し上げますッ!」

 今にもISを展開せんばかりに激昂するセシリア。それをシャルルとラウラが抑える。

「考えている事は分かるが落ち着けセシリア·オルコット。」

「叩き直す、か。出来るものならばやってみせろ小娘。」

「………グレイス·エーカー。それ以上言うなら僕も一緒に参加させてもらうよ?」

 教室に一触即発の空気が満ちる。

 言葉面だけを捉えるならば完全にグレイスが悪者だが、彼女は純粋に一夏を恋い想うセシリア達と違い、和解していて己の中で納得が済んでいようともかつての宿敵という複雑な感情がある。前提条件が食い違っているのだがそんなことを知らないセシリアとシャルル―――ラウラは一夏の過去を知っている―――は冷静でなかった。

 だがそれは爆発する前に鎮静化される。

「何をしている、馬鹿者共が。」

 その場に現れた千冬が野次馬と化したクラスメイト達を散らしつつ騒ぎの中心を睨む。

「オルコット。お前はその直情傾向をどうにかしろ。」

「しかしっ!…………………………、はい。」

「エーカー。貴様が何を考えていようが勝手だが、ピリピリしている人間を無駄に刺激するな。」

「反省しよう。」

 軽く叱責を終えるとため息を吐く。そのまま話を続けた。

「まあいい。私がここに来た用件も、お前達専用機持ちだ。人の耳がある、場所を移すぞ。」



 移動した先は………生徒指導室。

「って、あの、僕達何か問題が……っ?それともやっぱりさっきので、」

「慌てるなデュノア。別に密室ならどこでも良かっただけだ。」

 何か疚しいことでもあるらしいシャルルを宥めつつ、千冬は単刀直入に事実を告げる。

「IS学園の整備施設に不具合が発生しているらしい。」

「「………はぁ。」」

 単刀直入とはいえ、いきなり結論だけ言われても生返事しか返せない。そんな彼女達に詳細を続ける。

「発覚したのは生徒会長の勘、らしいが………とにかく不具合があるのは確かなようだ。」

 整備課が点検したところ解析不能の『ウイルスの様なもの』に侵食された痕跡がログに残っていて、今学園はその対応で大わらわだとか。

「そのログによると発生時期は臨海学校から。」

「―――ッ!」

 ラウラがはっとした様子で目を見開く。

「よって学園登録のISの中でエラー設備の影響を受けていないのは例の発見者更織楯無のIS『ミステリアス·レイディ』。臨海学校に持って行った打鉄六機、ラファール·リヴァイブ六機。あとはお前達の専用機だけだ。」

 学園は夏休みが近いこともありこの『不祥事』を誤魔化す方針らしい。話を聴いた彼女らに箝口令を敷いた後、整備に学園の設備を使わない様に厳命された。

「分かりました。……しかし、なんともまあ、ですわね。」

「織斑先生、一つ質問が。」

「ボーデヴィッヒさん?」

「何だ。」

「もしエラー設備の影響を受けたISを起動させた場合どの様な事態が想定されますか?」

「………。誤作動で済めば御の字、最悪、暴走するな。」

「『福音』の様に?」

 ラウラとのやり取りに千冬は無表情な、しかしどこか疲れた顔をして俯く。それでも最後の一言はしっかりと、裏のニュアンスまで含めて肯定した。

「ああ。―――『福音』の様に、な。」

――――それは、何かが終わって、何も始まらない。けれどまだ終わっていない何かの、兆しだった。




[17100] 世界を変革する力。 そのに
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2012/02/01 17:50
 雨が降っていた。

 夏の熱気がもたらす不快な湿気を窓ガラスと空調に遮断してもらいながら、人影の疎らな職員室で千冬は書類をまとめている。時節は夏休み、その期間が短いこともあって多くの生徒教員が帰省の為IS学園から姿を消していた。

 とはいえ、千冬の様に残務処理の為学園に残る教員もいれば、ラウラやシャルルなど帰ろうにも帰れない事情を抱える生徒達もいた。それでも普段から多くのコマ数をこなしている校舎が昼間もの寂しい気配を放っているのは無理もないことだ。

 雨粒がガラスを叩く音を聴きながら、それ以外は全く静かな中を千冬は考えにふける。

(束は死んでいない。)

 千冬がその胸に刃を突き立てた後、光になって消えた女。だがいくらあの天災の精神が狂気の領域に足を踏み入れていたといって、あれであっさりと終わるとも思えない。臨海学校後の異変についても、束の流動的な意思が介入しているとその直感が告げていた。

 だから夏休みに入る前にもう一波乱あると千冬は踏んでいたが、まだ決定的なことは何も起こっていない。

 まだ、この瞬間までは、何も。

 閃光。

「――――――ッッ!!?」

 落雷ではなかった。一秒、二秒、……きっかり十秒を数えて止んだ光が自然現象の筈が無い。

 続いて衝撃が重なる。震動。ガラス窓が一枚ひび割れる。小刻みな揺れはカタカタと寧ろ音でその存在を主張した。

 それが止まると、痛いくらいの静寂。ゆっくりと顔を上げた千冬の眼を、日光が差した。

――――静寂?日光?

 雨は?

「……………馬鹿な。」

 分厚い雨雲を貫いた何かに道を譲る様に、真円の大穴が空けられている。まるで天使でも降臨しそうな、青空が覗ける程のその穴は、如何なる大質量ないし大熱量で穿たれたのか。

 そして問題は、それが『下』から空けられたのか『上』から空けられたのか。

 その答えは、ご丁寧に映像付きで自らのIS<アヘッド>から送られて来た。

 コアネットワークを介して、おそらくは全てのISコアを持つ者に向けて。

『地球に生きる、全ての人類へ。こちらヴェーダ。突然ですがこれより、自由電子レーザー衛星砲「メメント·モリ」による―――、』

 下、それどころか地下から撃った、らしい。直接その光を見た千冬にはなんとか分かる、だが日常見慣れた千冬でさえ一瞬分からない、元IS学園グラウンドだった黒く砕かれた砂地。蒸発させられた水気がきらきらと虹を形作る中、その下から無骨な鋼の要塞が宙に浮き上がっていた。IS何百機分の巨体と、アンテナの様な砲頭。

 そして、そこから発信される鼻に掛かった様な幼甘い声は聞き間違えようも無く、篠ノ之束。

『――――紛争根絶の為の最終作戦を開始します。』

「………っ!?」

 紛争、根絶?

 それは。IS登場時に幼き日の一夏と束が企み千冬が付き合った『表向き』の計画。世界から歪みが消えた訳でなくとも、少なくとも紛争行為は縮小傾向にあって終わっていた筈の計画。

「それが今さら……っ!あんなものまで持ち出して何のつもりだ、――――亡霊が!!」



――――。

「遅くなりましたわ!」

 丁度帰国の為に学園から出る電車に乗ろうとしていたセシリアが異変発生によって呼び戻された第二アリーナピット。千冬が臨時の集合場所としたそこに、千冬、ラウラ、シャルル、グレイス、山田教諭の姿があった。

「挨拶はいい。概要を伝える。」

 急いた様子の千冬が促すと、直ぐ様山田麻耶教諭が全員に見える位置のディスプレイに『メメント·モリ』を映し出す。

「自由電子レーザー衛星砲。必要電力から現実的ではないとされていた代物ですが、………観測データからシミュレートされた結果仮にこれが上空から地表に向けて発射された場合、最終的な被害半径は低く見積もって約1km。初射が全力でない場合は、あまり考えたくありませんね。」

「しかも奴はこれを『衛星砲』と呼んだ。このメメント·モリとやらは今も浮上を続けている以上、これを衛星軌道上から、世界中のありとあらゆる場所を狙い撃ってくる可能性がある。今の計算結果だってその場合の大気の減衰を考慮に入れた計算だ。」

「まるでIS時代の核兵器、ということですか?しかもほぼ光速で飛んで来る為に迎撃も不可能………。」

 千冬と麻耶が説明する内容に、シャルルがおずおずと感想を言う。放射能汚染は存在しないが、運用面においては核兵器以上の万能性を発揮するだろう。

「そんなものが、この学園の地下にあったなんて……。」

「ふん、そうだな。―――――『IS学園が私達姉弟や束の実家から電車で通える様な位置に作られた』時点で怪しむべきだったな。」

「「…………っ!」」

「この学園の成立自体に篠ノ之束が関与していた、と。―――それに関連してですが。」

 今まで何やら作業していたラウラが話に噛んで来る。真っ黒なスーツにプロテクターを付けた様な、不思議な装備を身に付けこれまた不思議な顔の形をしたパネルをいじりながら。いや、微かに翡翠の光が漏れているそれは。

「ガンダム、ですの?」

「セラフィムガンダム。戦闘性能の激減と引き換えに単一仕様能力<ワンオフアビリティ>『トライアルフィールド』を持つセラヴィーのもう一つの姿、だそうだ。それより何だボーデヴィッヒ。今それを使っていることと関係があるのか?」

「はい。臨海学校以後のIS動作不良の件ですが、少し勘違いがあったようです。問題があったのは整備施設ではなくIS側でした。」

 コードセラフィム。福音。そもそもこの辺りの事件から『テスト』も兼ねられていた。

 それを説明するにはまず元凶、光になって消えた束が今いる場所について触れなければならない。その場所とは、かつてラウラがそうなりかけた空間―――コアネットワーク内部。

「コアネットワーク内部………?」

「篠ノ之束の言うヴェーダとは、そもそもISの量子演算システムをコアネットワークによって並列に連結し、超々大容量高速処理を可能にした一連の演算機構群を指します。」

 その中には人間を量子化し、そのデータを入力することで文字通りネットダイブすることも可能になる。まあ普通にそんなことをすればラウラがそうなりかけた様に情報の奔流に巻き込まれて分解され、ジャンク情報となり果てるが。

 そうならない手段は三つ。一夏の様に自力でその環境に適応するか(というより、それを狙ってGNドライブとクロッシング·アクセスを用いて一夏とラウラをヴェーダ内という『環境』に放り込んだのがコード·セラフィム事件だった)、それかラウラの様に、ヴェーダに干渉するトライアルフィールドを使って侵食を食い止めつつさっさと脱出するか。

 あるいは、二度と人間に戻らない覚悟で専用のプログラム体として生きるか。篠ノ之束の様に。…………あるいは、強制された鳳鈴音の様に。

「鳳さんが!?どういうことっ!」

「……私だって知ったのはトライアルフィールドを使ったついさっきだ。それより今問題なのは篠ノ之束についてだ。」

 プログラム体となった束はガルージュからメメント·モリ内の端末に逃れ、後に近くにあったIS学園内のISコアにウィルスをばらまいた。設立時から小細工していたIS学園なら、一夏の合格通知を出す為に入学データを入れたり好きな時に一夏や千冬の様子を盗視していた様に、彼女の庭なので容易いことなのだ。

 そのウィルスは、メメント·モリの起動と同時に発芽する。名を、『コード·GNスリンガー』。

「………これですね。」

 麻耶が外のメメント·モリの映像を拡大する。正確には、それを守る様に周囲を飛空する、朱色の光を撒き散らす機体を。

 スリムな円形を重ねた様な全身装甲フレーム。赤と白の彩色に、武装として二挺のGNビームライフルを腕に構えている。そして何より特徴的なのは、下半身に当たるべき部分が存在せず、腰から下はボートの底の様な流滴形になっていること。

 ISはロボットではなくあくまでパワードスーツだが、どう見ても人が入っている様に見えない。幼少の一夏の様に子供が入っている、なんてこともまさか無いだろう。

「無人機ですか。もう何が来ても驚かない気分ですわ……。」

「正確には篠ノ之束が自分のデータを複製した劣化コピーを使って人が操っているとコアに誤認させているだけだがな。問題はこれらの機体のコアがIS学園所属のものだと言うこと。下手にISを近付けると同じものが植え付けられ、ミイラ取りがミイラになる。」

 ここにいる彼女らのISがそうならない為の防御処置をセラフィムのトライアルフィールドを用いて施していて、今終わったという。ヴェーダに逆アクセスされた場合に備えてこれ以上手を拡げられないことも。

 ここまで来ると、この場にいる全員がわざわざ遠回りな解説をされた理由を理解していた。

「迎撃が不可能なら、撃たれる前にあのデカブツを墜とす。ここにいる戦力だけでな。」

 そう、増援を呼ぶことも出来ない。役に立たないどころか敵を増やす結果に繋がりかねないから。だから、世界が未だ初期型エクシアすら越えられないGNドライブ搭載型数十機の守る巨大な兵器を、ここにいる彼女ら達だけで叩かねばならない。

「ちなみにこれは任務ではない、私の独断だ。だが、拒否権は認めない。全員ついて来てもらう。」

 元世界最強<ブリュンヒルデ>、織斑千冬の『アヘッド·カミカゼ』。

「見て見ぬ振りも出来ませんものね。いいですわ、私も参加させていただきます!」

 イギリス代表候補生、セシリア·オルコットの『ブルーティアーズ』。

「右に同じです。……残念ながら、僕に逃げ場所は無いですし。」

 フランス代表候補生、シャルル·デュノアの『ラファール·リヴァイブ·カスタムⅡ』。

「問題ありません。あれが世界の歪みなら破壊する。私がガンダムだ……っ。」

 ガンダムマイスター、ラウラボーデヴィッヒの『セラヴィーガンダム』。

 そして。

「ふっ。ただ私の愛機が初陣を迎えるというだけのこと。謹んでお受けしよう。」

 フラッグファイター、グレイス·エーカーの『フラッグ·ファントム』。




(((一夏【さん】……………。)))

 織斑一夏の『ダブルオーライザー』の姿は――――未だそこには、無い。




[17100] 世界を変革する力。 そのに、うら
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2012/02/01 17:51
 元に戻れないのか、と一夏はオーライザーを呼び出し鈴に問うた。

 無機質かつ論理的な思考の今の彼女にその抽象的な問いを理解させるのには困難もあったが、一夏は手間を惜しまなかった。

 それに、脳内に投影された鈴は回答を示す。

『私に、あなたの知る鳳鈴音というパーソナリティが存在し得るか、という意味での問いならば肯定を返します。――――しかし。』

「…………。」

『篠ノ之束は、かつての鳳鈴音に脳神経分泌物質の過剰生成を促す薬を投与し、ショック症状を引き起こして精神崩壊へと導きました。その後何も分からない状態での条件付けによって生まれたのが現在の私という人格です。ですが量子化されている今、肉体の反応から切り離されていますから、記憶というアーカイブからかつてあなたの幼馴染みであった出来事をフラッシュバック等の拒絶反応を起こさずに再生することは可能です―――、』

「!!なら……っ、」

『――――あくまで、「知識の閲覧」という意味でですが。』

「…………っ、そうか…。」

『たとえ「追体験」であったとしても、今の私に如何ほどの影響も無いと思われますが。尚、記憶の参照を元に以降あなたの知る鳳鈴音の口調、思考パターンをトレースすることは可能です。実行しますか?それによりマイスターとのコミュニケーションが円滑化するならば提案させて頂きます。』

「…………人形遊びの趣味は無い。お前だって、人形じゃない――っ。」

『……………、?』

 受ける説明、その一つ一つがナイフの様に一夏の胸に刺さる。この、まるで自分が人間でないことが当たり前の事実であるかの様な話しぶりが。

『量子化する以前の肉体に戻れるか、という趣旨の問いならば、完全に不可能です。』

「…………。」

 それでも。

『人間の身体組成については主に細胞分裂に触れるのが判りやすいと思われますが、日時を追うにつれ着々と変化していくものです。その変化を計算に入れずに量子化状態から戻ってもよくて人間そっくりのタンパク質の塊になるか、あるいは全身が細胞異常<ガン>の状態で数十秒後に死ぬ命となるかのどちらかです。かと言ってその変化を計算しきるのは私に与えられた演算スペックでも不可能ですし、そもそもそんな無意味な計算をするくらいならばオーライザーとして十全に機能を果たすべく力を使います。』

「無意味、か?」

『はい、無意味です。私は刹那、あなたのサポートをする為のオーライザー演算操者です。人間に戻る<その役割を放棄する>など、自殺に等しい。自身がスクラップになる方法を考えることに意味があるのですか?』

 言葉の一つ一つが痛い、辛い、もしかすればの望みを託して尋ねた問いに、こうまで冷酷に返される答えを聞き続けることにふと自分が馬鹿なことをしているという考えさえ過る。

 だとしても、一夏は聞き続ける。この痛みが自分への罰だとか自分は聞く責任があるとかそんなものとは違って、ただ聞くべきと感じるから。

 どんなに辛くても、向き合わなければならないことがあるから。

「……そうか。なら俺は今のお前を否定は、…しない。」

『重畳です……。』

 それでもこの心は、傷を疼かせ続けるのだろう。




――――。

 そして、今一夏は。天空へと姿を消そうとしているメメント·モリを真上に見上げながら、ただ佇んでいた。

『行動を起こさないのですか?』

「………。」

 問いかける鈴にも応えない。

 いや。鈴の為だから一夏は動けなかった。

 エクシアのGNドライブコアと連動することを前提にしていた白式はもう使えない。今一夏にあるのはエクシアのコアを使っているダブルオーライザーだけ。だが、それに頼るということは、オーライザーの演算操者たる鈴を『使う』ということだ。道具として。争いの為の、兵器として。

「俺は、お前だけには。」

――――戦いに関わって欲しくはなかったのに。

 それは道に迷うことはあっても常に前を向いていた一夏の吐いた、初めての弱音だった。自分だけならいくらでも戦える。でも、と。

『………………………………………………。』

 言葉に出さない思いは伝わる。だが理解されない。暫しの沈黙の後、鈴はこう返した。

『私は道具です。あなたの意思に反して勝手に動くことはあり得ない。――――ですが、使われない道具に価値は無い。「あなたの知る鳳鈴音」もまた、同じ事を言うでしょう。』

「……………なんだと?」

 ぴくりと一夏の指が跳ねる。

『私はかつての私の記憶·思考パターンの記録をトレースし、「彼女が言うであろうこと」を再現することが可能です。』

 それは、いわば完全なる遺言状。

 鈴は恨み言すら言えぬ立場になってしまったと思っていた。だが、それを言えるのなら、織斑一夏には聞く責務がある。信じがたいことだが、恨み言ではないと言うならばなおのこと。

「…………聞かせてくれ。」

 では、と一夏の脳に映し出された鈴は始めた。



――――『死に』たくなんてなかった。

 やり残したことなんて、それこそ見つけ切れないほど沢山ある。覚悟なんてしてる訳もない。二十の歳を数えることもなく、騙されて生け贄にされた骸の末路。脳に直接あらゆる苦痛と快楽を叩き込まれて人間性を破壊された、果てはヒトとしての器すら失った、それが『死』でなくて何だというのか。それも、安らかなどという形容詞とは程遠い尊厳無き最期。

 悲嘆·絶望·憎悪·怨嗟。

 自分がそんな風に死んでしまったともし知るのならば、当然浮かぶべき感情だ。

 そしてかつての鈴の人格に忠実にトレースした彼女は、言った。



『でも、わたしは悲しくないよ?』



「………!?」

 そんな訳はない。あり得ない。

 それが人の自然な感情の筈で、鈴だって普通の日々を当たり前に生きていた人だ。

 けれど、彼女はそんな理屈を蹴り飛ばして。

『―――――だってわたしが少しでも「今」を嫌だって思っちゃったら、そのせいで一夏が悲しむから。』

 自分が原因で一夏が傷つくなんて『もう』嫌だ。

 たったそれだけで、自分に降りかかった不幸にも、実行犯である篠ノ之束にも、勿論原因である一夏に対しても、恨みも憎みもしない。そんな感情自体が綺麗さっぱりなくなってしまう、って。

「う、嘘……っ。」

『ううん、そういうものなの。言わなかったっけ?』



――――たとえ何があったって、あたしはあんたの味方なんだから。



 それが鳳鈴音という少女だった。

「鈴……ッ!俺は―――、」

『一夏。』

 たった三文字、呼び掛けただけ。それがいつか以上に一夏の奥に突き刺さる。

『くす。それに一夏は勘違いしているわよ?』

「………何を?」

『ひみつ。だってもう遺言は十分(おわり)。あとは「今のあたし」に訊けばいい。』

 ううん、訊かなきゃいけない。そうしないと『一夏にとって』意味が無い――――。

 そう残して。

 鈴は元の、表情の無い演算システムに戻ってしまった。



 少しの沈黙を置いて一夏は問いかける。不思議と心は凪いでいた。

「鈴。お前があんな遺言を聴かせた理由はなんだ?俺は何を勘違いしていると言う?」

『………。』

 先程鈴は、使われない道具に価値は無いと言った。ならば罪悪感に縛られた一夏に自分<オーライザー>を使わせる為に、あんな赦しの様な『遺言』を聴かせたのかもしれない。

 多分、それは無いだろう。自然に一夏はそう思っていて………。

『…………私は。』

 それは何故か、なんて。



『私は一夏の力になりたいから。』



 肉体を失ってから、初めて『微笑んだ』鈴に、確信した。

 その誓いが鳳鈴音という少女の生きる柱、信念と呼べる想いであったことなど、知りもしなかったけれど。その微笑みなんて勘違いで、喋る時の僅かな唇の動きを見間違えただけなのかもしれないけれど。

 プログラムになって、精神を壊されていて、それでも―――――この少女は、鈴だ。

 何の感情も伝えてくれない機械的なリンクなんかじゃなく、もっと深い部分で、あるいはかなり単純に、

――――織斑一夏が、鳳鈴音<おさななじみ>を間違えることはあり得ない。



「鈴。………大好きだ。」



『…………っ、?』

 自然に漏れた一夏の想いにどう対応していいか分からず、まごつくのだってこうして見ればいつも通り。

「大好きだけど――――やらなきゃいけないことがあるんだ。お前の好意に、甘えさせてくれないか?」

『そこは「大好きだから」と言うべき場面かと思われますが、―――望むがままにどうぞ。私はオーライザー演算操者鳳鈴音。あなたの為だけの、おんなのこです。』

 今そこにある、大切なもの。それを噛みしめながら、一夏はまた空を見上げた。

 そして呼ぶ。

「 ガ ン ダ ム ッッッ !!!!」

 一夏の全身を覆う、青と白の鎧。そして背中を守る、少女の現身。翡翠の粒子が集まって装甲を象り、それは直ぐに赤く輝いた。

 生まれ出る新たな伝説、ダブルオーライザー。

 それがトランザムする時に両肩の二基の太陽炉から撒き散らす超高濃度GN粒子がIS学園を丸ごと包み込む。その現象の名は、TRANS―AM―BURST。

 この結界の中では、ISのクロッシング·アクセスと同じように人と人の思念を繋げる力がある。

「だが………ッ!」

 その中で篠ノ之束によって人類で唯一革新を遂げた一夏が、素で他人の思考を取り込めるその強力な思念を誰かにそのまま全力で叩き付ければどうなるか。さらに彼女の開発したシステムのサポートがあれば………結界に『取り込まれた』人間の心を壊すどころか、洗脳することすら不可能ではない。

――――誰もいっくんに逆らわない。

 支配も蹂躙も欲するが儘。まさしく『神』だろう。

「この世界に、………神はいない!」

 一夏さえそれを望むのならば。

「この世界に、神は要らないッ!!」

 当然、返事はノーだった。

 こんなモノがなくとも人は変わっていける。誰かに想いを伝えることを、それが出来るシステムを作った時点で分からなかった筈が無いのに。

 だから、戦ってでも束に会わなければならない。伝えなければならない。

「俺は示さなければならない。………この世界が、こんなにも簡単だということを!」

『各部正常。緊急航行モード、以降作戦空域到着までトランザムを維持します。発進タイミングをマイスターに譲渡。』

 歪んだ束に、それが一夏の答え。

「刹那·F·セイエイ。ダブルオーライザー、飛翔する!」

 迷いの断ち切れ、二つの輪を空に残して、一夏は飛び出した。




――――。

 外の騒ぎに興味は無かった。例え明日世界が滅ぼうとも、今の篠ノ之箒にとっては何時も通りの1日だ。夏休みだろうが学校に行かないだけで、ずっとIS学園という檻の中下を向いて蹲る。一夏さえ、関わらなければ。

『俺は示さなければならない。………この世界が、こんなにも簡単だということを!』

 思念。想い。閑散としたIS学園全体に響いた声。これが他の誰かの叫びなら箒は鼻で笑っただろう。なら私の人生はなんなのだ、と。だけど、それが一夏だったから。

 期待してしまった。何を示してくれるのだろうかと。どうやって示してくれるのだろうかと。

…………自分でもまだ幸せになれるのだろうか、と。

 期待する程度には、彼女はまだ姉ほど壊れ切れていなかった。

 だから箒はふらふらと、幽鬼のような足取りで部屋を出て歩き始める。

 向かう先は―――IS学園、ISガレージ。




[17100] 世界を変革する力。 そのさん
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2011/12/14 00:14
 浮上し地球を周回せんとするメメント·モリ。衛星砲がそれに課せられた命題とすれば、それを阻止せんと追い縋る光はさながら彗星であった。

 戦闘は青紫の『戦闘機の様なもの』に乗った千冬のアヘッド·カミカゼ。そして、その僅か後ろにラウラのセラヴィー。両翼を固める様に、二刀一対の大鋏を構えたシャルルと幾分装甲が鋭角的かつスマートになり、それを覆う外殻の様なものが出来たセシリアの機体。

 彼女ら二人の機体は、本来なら束の太陽炉搭載機に太刀打ち出来るものではない。それはセラヴィーと福音の戦闘で証明された通りのこと。それが前線に出ている。

 その為に必要な武器として、一応千冬からアヘッドのGN粒子対応型試作武装をレンタルされた。だがやれることにはやはり限りがあり、当てられた役割としてラウラの援護のみであり更に露払いとして先鋒を千冬が負った。

 それでも途中で脱落する。どうしようもなくそれは事実だと―――――当の二人以外が、認め。二人は、拒んだ。



 故の『革新<セカンドシフト>』。



 GNビームクローを自らに取り込み、豊富な武装容量を内蔵火器とする可動式推進翼を組み込んだシャルルの『ラファール·リヴァイブ=フェイク·アリオス』。

 そして、ブルーティアーズを小さな盾の集合体の様に変化させ、外殻として周囲に浮かせたセシリアの『ブルー·ティアーズ=フェイク·ケルディム』、取り込んだのは――――GNスナイパーライフル。

「………狙い撃ちます。」

 常よりもオクターブと言わずとも五度程は低く、抑揚は無い、そして金を打つ様な硬質な声。

 そして、抱えた長大な砲口から放たれた薄紅色の閃光が細く伸び――――米粒程の大きさにしか見えないGNスリンガー一機を刺し貫いた。

 アウトレンジからの長距離射撃……成層圏の果てまでといかずともこの程度なら余裕綽々。セシリアが淡々とトリガーを引く度に過たず光条が敵機の装甲に穴を空けて行く。

 しかし一行がメメント·モリの破壊に向かっている以上一方的に攻撃出来る距離は徐々に狭まっていき、向こうのビームライフルの射程に入った瞬間、襲い掛かる砲火の雨、雨―――!

「させないよ…………迎撃行動に移る!」

 後ろ腰のポッドから形状が球体に近いミサイルを二基発射するラファールRFA。ミサイルは重力にやや縛られた軌道を描いて、彼女らと敵群の中間でひとりでに炸裂。撒き散らした何かが更に細かく分かれ、霧と化して宙に浮かんだ。

 その霧が、日光を遮る雲の様に撃ち込まれたビームを次々と散らしていく。大気中の不純物の割合によっては距離を進む毎に著しく威力の減衰するビーム兵器に対しての撹乱膜。

 守護のカーテンの様な霧を、しかし視界の不透明な彼方から猛スピードで突っ切る様に抜け出る一つの機影があった。当然殺到するビームの集中砲火、それにわざわざ曝される真似は狂気の沙汰か―――――――否。

 彼女『達』こそ一騎当千。死の光の雨をすいすいと縫う様にして潜り抜け、織斑千冬が足場にしていた飛行物から跳躍。天空からGNスリンガーの一機に肉迫し、構えた長剣を大上段から一閃。

「でえぇぇぇぇいっっ―――――!!」

 達人たる千冬の、二の太刀要らずの斬撃。シールドこそ発動したが、それが不幸だったのかも知れない。重力加速度まで味方に付けた攻撃は頭を抜けて胴部分まで食い込み、そしてその剣を鋸の刃を引く様にして千冬が荒々しく引き抜く。結果として内部からぐちゃぐちゃに破壊され、真っ二つになるよりもなお悪い末路を辿って爆散した。

 そのGN粒子の花火を背景に、千冬が乗っていた『それ』が鋭く軌道を返す。

「先鋒は譲ったが――――。」

 実際の航空力学には所々そぐわない特撮に出てくる様なごつい胴部の装甲の一部と尾翼を量子化し、青紫の装甲が関節を伸ばし取ったのは人型。

 飛行形態から戦闘形態へ変形しながらの急旋回。グラハム·スペシャルと呼ばれていた機動でGNスリンガーの背後に回り込むIS初の変形機体『フラッグ·ファントム』。操るグレイスは左腕に装備されたコードをしならせ鞭として巻き付けた。

 赤い閃光。

 第三世代兵装『スパークウィップ』が、稲光を散らしながら相手のISのシールドエネルギーを強奪する。奪ったエネルギーは右腕の展開式クロスボウ『スナッチシューター』に蓄積……解放。シールドエネルギーを直接攻撃に転化した、白式の零墜白夜にも通じる属性の攻撃が光る矢となってセシリアの狙撃でボロボロになって漂っていたGNスリンガー一機に襲い掛かり、止めを刺した。

「グレイス·エーカー見参ッ!!」

 空中でポーズを取り、名乗りを挙げるグレイス。そこに撃ち込まれたビームを、拘束したGNスリンガーを盾にして同士討ちをさせる。

――――フラッグでガンダムを倒す。

 パイロットたる者並の整備士以上に自らの機体の事は全て頭に叩き込んでいる。ましてグレイスは、刹那のガンダムに対する執着に勝るとも劣らない程にフラッグを愛していた。

 故にアレンジを加えISで再現したフラッグで、今GNドライブを搭載した機体と戦っている。

「数奇な運命………センチメンタルを感じざるを得んな。さぁ、往くぞ!」




 千冬達の作戦は単純だ。

 彼女達の戦力のうち、GNドライブ搭載機はラウラのセラヴィーのみ。武装のトリッキーさなどで誤魔化してはいるものの総合的には―――特に装甲面と持久力でGNスリンガーに劣る、あくまで偽物<フェイク>。真っ正直にやればメメント·モリ破壊どころかその護衛部隊にすら喰らいつくことが出来ないだろう。

「ブルー·ティアーズ、シールドビット!!」

「こっっのぉぉぉ―――!!墜ちろぉぉっ!!!」

 故に、スモークによる撹乱の後強襲。千冬とグレイスが先に突っ込んで相手を掻き乱し、そこをセシリアとシャルルが援護しつつラウラが強行突破する。

 ラウラ達にも当然向かうビームの砲火を、GN粒子で強化された盾型のビットを操作して受け止めつつ、セシリアがスナイパーライフルを乱射。無人機故の特攻紛いの軌道でGNランスを構えつつ近付いて来るGNスリンガーは、横からシャルルがビームクローで浚い捕らえ、大鋏の剪断力でねじ切った。

「ふん……初陣にしては、よくやる。」

 だがそれを優に倍する戦果を叩き出しているのがラウラの駆るセラヴィー。セシリアやシャルルのような偽物<フェイク>ではない純正太陽炉搭載型の面目躍如とその一対多対応大火力砲戦仕様から、獅子奮迅の活躍を見せる。

 砲門が光を放つ度にGNスリンガーのビームライフルとは桁が違う威力の熱撃が放たれ、GNフィールドもISシールドバリアも纏めて灼き尽くす。その様はひたすら凄まじいの一言に尽きた。

「無駄口の割りに張り切っていらっしゃるようですけれど、宜しいのっ?」

「セラヴィーにとって、この程度は暖機に過ぎん。」

「ふーん。でっ、後20でミッションポイントに到達だよ。暖まってる?」

 15、12………8、7、6、……とカウントが始まると、ラウラは全身装甲の下でにやりと笑う。

「当然。―――――トランザム!!」

 装甲に貯蔵されたGN粒子を前面に解放し、一時的に飛躍的な性能の増強を行うトランザム。星の光を思わせる程に紅に輝いたセラヴィーが、新たな星を作らんばかりに懐から光球を生成する。

 稲光を放つ程にエネルギーを圧縮し、かつセラヴィーの体躯をそのまま飲み込んでなお余りある大きさの光球。それに警戒したかGNスリンガーの攻撃が集中するのを、四人でフォローに入り、

「目標……ロックオン………ッ。」

「往け、ボーデヴィッヒ!!」

「セラヴィー、対象を破壊する!」

―――――GNバズーカ、ハイパーバースト。

 放った光球は、射線上に留まっていた間抜けな機体を押し潰しながら悠然と天空に向かいメメント·モリに迫る。

 そして。

…………メメント·モリから『何か』が射出され、光球と激突した。

 『何か』としか表現しようがない。虹色が混ざった様な強烈な輝き。

「、GNフィールド!?」

 飛行する機能と超高出力のバリア、それだけに特化した名もなき機体。まさに使い捨てと言わんがごとく、派手に輝きを周囲に放つとセラヴィーのハイパーバーストを受け止め、まるで花火の様に閃光を放つと………受けきって共に爆散した。




 そもそもセラヴィーも元は束の作ったもの。対抗策が用意されていない訳がない。

 その考えがなかった訳ではなかった。しかし、こうもあっさりと作戦が無力化されるとは思わなかったし、いずれこれに賭ける他に選択肢もなかった。

 だが。

 彼女らに走った精神的衝撃は大きい。メメント·モリをセラヴィーの攻撃で破壊出来なかったとしても、ダメージさえあればそこを突破口として攻撃を集中するつもりだった。それが完璧に躱された形であり、セラヴィーも全力の攻撃だった為二射目は暫く撃てない。

 撤退の二文字が千冬の脳裏に過る。だがこの機を逃せばメメント·モリはすぐに衛星軌道上に上がり、それを叩こうとするIS部隊すら上空から狙い撃てる様になるに違いない…………そんな『悠長な』ことを考える暇も無く、動揺で動きが悪くなったシャルルがGNスリンガーの射撃の的となった。

「くぁう……っ!!?」

「デュノアさん!…………ぅっ!?」

「ちぃ………こっちだ!!」

 セシリアがシールドビットを伴ってフォローに入るが彼女も冷静さを欠き、グレイスが注意を引き付けてなんとか凌いでいる。かくいう千冬もすぐにラウラと必死の連携で保たせる状態に陥った。

「教官ッ!」

(このままではじり貧―――っ、)

 元教官と教え子の関係故か、時にGNフィールドを持つセラヴィーが盾となり時にその援護射撃を受けつつ突撃するアヘッド·カミカゼの巧妙な連携で凌ぐ中、その分析すら覆す様に迫る疾風の『剣』を反射的に叩き落とし、千冬は目を見張った。

「ファング………っ!まさか!?」

 打つ手の見えない彼女らに駄目押しとばかりに、深紅の影が浮かぶ。かつて千冬をスペックのみで圧倒した束の乗機『ガルージュ』、無人仕様なのだろうがそのISの姿があった。

 絶望。

 セシリアに、ラウラに、シャルルに、グレイスに、そして千冬に――――――浮かぶべき感情は、しかしその表情に欠片も見当たらない。

 『後ろにある』。確かに感じられる、魂の輝きが。矛盾を孕んで尚戦いを続ける、強い想いが。

「問題が無い、と………そう判断出来てしまうことが問題なのだがな。」

 己の身を切られるよりも痛かっただろう、そんな悲劇をも一人で背負い立ち上がってしまうひと。

「少しは姉らしいことをさせろと言うのに、姉不孝者め。」

 立ち直ったことに寂しがっていいやら安心していいやら。

――――往け、心のままに。

 ガンダム。



「作戦目標確認、戦術級破壊兵器メメント·モリの完全破壊及びヴェーダ内意識体·篠ノ之束との接触。―――――――刹那·F·セイエイ、ダブルオーライザー、この戦場に介入する!」



 青と白の風が、駆け抜けた。




[17100] 世界を変革する力。 そのよん
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2012/01/22 22:25
 一夏は翔る。

 己にとって最も親しき者を犠牲にした――――そんな忌まわしき鎧を、少女の祈りで翼に変え、環状の残光を置いて行く程に有り余る翡翠の粒子を溢れさせながら。

 空に融ける様な蒼い装甲と白き翼。しかし全てを置き去りにする神速。屈強な男達ですら血反吐を出す加速を意にも介さず、戦場へと翔<駆け>つける。

『敵群を捕捉。GNソードⅢビームライフルの射程距離に入ります。』

「了解。破壊する!」

 武骨な感のあったエクシアのそれを更に洗練させた様な右手の展開式複合武器を真っ直ぐ前に突き出すと、三つ連なった銃口からセラヴィーの砲に匹敵する威力のビームが放たれ、呆気なくもGNスリンガーの一機をその奔流に曝して砕いた。

 そのまま一夏は更に前進しつつも、もう一機強引な機動で必死に回避運動を繰り返すGNスリンガーを移動方向を限定・逃げ道を塞ぎ・止めを刺す三射で確実に仕留める。それを見届けるでもなく折り畳まれた刃を伸ばし――――、

 擦れ違って、稲妻の一閃。

 真っ二つになって墜ちる三機目を置いて、一夏はセシリア達の近くを旋回した。

「少年っ!」

「皆は下がれ、ラウラとグレイスでカバーを!」

「「一夏(さん)!?」

「姉さんとセシリア、シャルルの機体はエネルギーが限界だろうっ?」

「…………っ!」

 いきなり、かつ戦況を全て覗いていた様な指示。それに反論出来ない現状に声を詰まらせながら、なお少女達は返した。

「でも、一夏は!?」

「突然で済まない……だが、これは俺が決着をつけるべき戦いでもある。」

「…………だとしても、一夏さん一人で―――、」

「一人じゃないさ。」

「え?」

 穏やかな声。

 全身装甲に包まれた一夏の姿からふと、頭にもやもやしたものを感じる。一夏から発せられる雰囲気、強くて暖かい何か。それが何かは自分でも形容しがたかったが、優しいそれに不思議と大丈夫と思えて、彼女達は引き下がった。

「………水先案内人はこのグレイス・エーカーが引き受けた!後ろの心配はするな、少年!」

「一夏さん、ご武運を!!」

「また後でね、一夏。絶対ぜったい、『また後で』だよ!」

 重力に従い下へと離脱する三人。続いて、ラウラと千冬もすれ違う様に後退する。

「どんな生まれでも、人は変われる。お前が教えてくれた答えを、もう一度だけ見せてくれ!」

「一夏。―――――――――いってらっしゃい。」

 ああ。

 俺は一人じゃない。



「いってきます。」



 だって、こんなにも暖かい。

『…………いちか。』

 去り際に思い思いの言葉をくれた彼女達と、繋がっている彼女。

「行くぞ鈴。」

『はい、刹那。』

 爆発と見紛わんばかりに推進の為のGN粒子を撒き散らし、一気に加速する。

「――――俺たちが戦う。」

 的が1つに減ったことで、一気にダブルオーライザーに集中するビームライフルの雨をするすると掻い潜り、逆にその手のGNソードⅢで無人のISを斬り捨てていく。

「俺たちの意志で―――――!!」

 駆逐した相手の爆発の光に照らされながら、織斑一夏の戦いが始まった。




 ツインドライブシステムによりGNドライブ搭載機の中ですら圧巻の出力を誇るダブルオーライザー。数の差を毛ほども感じさせない程に敢然と戦うその機体に対し、GNスリンガーは三機ずつに分かれて陣形を組み対抗しようとする。

「―――――鈴。トランザム再起動までのチャージ時間は?」

『78セカンドです。』

 放たれた矢の様な速さで飛びそれを引っ掻き回しながら、ここに駆けつけるまでのトランザムで消費したGN粒子がまた装甲に溜まるまでの時間を鈴に確認する一夏。

 それをたしなめる様に、直上から撃たれる粒子ビームの光。一夏は機体を反転させつつその軸のぶれを利用して紙一重で躱し、そちらに振り向き様にライフルモードのGNソードⅢを抜き撃つ。だが、対象にされた機体は散開しつつ直ぐ様回避に専念し、別方向から一夏に攻撃が加えられた。

「チッ、…………鈴!!」

『援護行動。GNミサイル発射。』

 六基のミサイルがオーライザー側面から放たれる。翡翠の光で曲線を描き、今しがた一夏にビームライフルを撃ったGNスリンガー三機に襲いかかった。

 誘導するミサイル相手に撃ち落とそうとライフルで迎撃するも、GNスリンガーが落とせたのは四つまで。二つが着弾し、その爆発を叩きつけた。さらに、粒子の爆炎を切り裂いて、ダブルオーライザーが迫る。

 ミサイル迎撃の為に密集していた三機が、それ故に一夏の接近に対処出来ない。翡翠に染めた刃が閃き一機が胴を輪切りにされ、切り返してもう一機の肩を狩る。残る一機がGNランスに武器を持ち替え背後から槍を突き込むが―――――。

『……………。』

 オーライザーの両翼と呼べる部分の砲が展開して、一夏の背後にビームを発射する。見掛けは曲射だが演算を命題とする鈴の撃ったビームは狙いを正確にGNスリンガーの手に保持した武装ごと両腕を剥ぎ、腕を失ったGNスリンガーが失速しながら――――しかし一夏の間合いに入ってしまう。

「――――――こいつらじゃない。」

 一夏の両手にはGNソードⅢからやや細身の二剣一対のGNソードⅡに持ち替えられ、その剣身がビーム刃を発振しながら円を描く。両の腕の双剣で前後二機の敵を斬り裂きながら、一夏は静かに呟いた。

「何処だ。どこにいる?」

 鈴とシンクロした援護と鋭い挙動で敵部隊を翻弄しながら。

――――『篠ノ之束』。淋しい、とただその感情でこの事態を引き起こした天災。誰かの温もりが欲しい、本当はただそれだけを願っていた。

 彼女のコピー<残影>を駆逐しつつ。

――――だが、だとすれば。

 刹那・F・セイエイは。

 彼女を――――。

「束……ッ!お前は……、お前の『痛み』はどこにある!?」

 瞬間、残るGNスリンガー部隊の動きが変わった。

 ガタガタと震えたかと思うと、その震えをそのままに一夏を広く囲む様にばらける。

 ダブルオーライザーを加速させても、疎らに牽制射撃が来るだけ。グリップを組み替えて剣身が銃身となったGNソードⅡビームライフルで狙い射っても、撃ち返すどころか拙い回避運動で腹部にかすらせてでも包囲を優先させる様な動き。

 向こうは先程とはうってかわって消極的にも見えた。

『警告。敵部隊が戦術を変更したと見られます。分析予測―――、』

「分かってる、狙いはおそらく、」

『「自爆特攻<カミカゼ>。』」

 一夏と鈴の声が重なった瞬間、全てのGNスリンガーの装甲が紅に輝く。

 トランザム、だがその出力に構造が耐えられないのか不気味な震えを一層激しくしながら…………包囲したダブルオーライザーに殺到する!

「おおぉぉぉ―――っ!!」

 一夏はたじろぐことなく二挺のGNソードⅡビームライフルを出力を上げて撃った。銃身の『刃先』に圧縮され切ったGN粒子が、弾丸よりも弧月の刃となって二つ、トランザムの威力を全て特攻に載せたGNスリンガーをそれぞれ真正面から撃ち落とす。鈴もオーライザーの火器を使って一夏を援護。

 だが、すぐに残るGNスリンガーがダブルオーライザーに迫る。

『これより五秒間火器を停止、オーライザーの機能を全てダブルオーガンダムの機動支援に回します。』

「頼む。――――――ああ、たった五秒程度、凌いでみせる!」

 状況を判断し一夏の動きやすい様にサポートする。『一夏の力になる』。そんな鈴の支援を文字通り背に、一夏はガンダムを駆る。

 一秒。

 矢の様な速さで激突しようとしてくるGNスリンガーを勢いよく機体を振ってやり過ごし、更に二機目をすれ違い様に斬り捨てる。その残骸を爆発する前に蹴り飛ばし、別方向から来た相手にぶつけて自滅させた。

 二秒。

 休む間もなくGNソードⅡビームライフルの狙いを定めて発射。散弾状態で射ち出されたGN粒子のシャワーが至近距離まで来ていた敵機にもろに襲い掛かり、爆散という末路を辿らせる。

 三秒。

 散華の光の中から、突き抜けて加速するダブルオーライザー。だが真正面からGNスリンガーの特攻が迫っている。視界が塞がれたことで判断ミスをしたか………否、ダブルオーライザーのカメラアイが鋭く光ったと思えば向かって来る敵を踏みつけて更に高く飛翔する。

 四秒。

 一夏の背後を彩る様に、先程踏み台にされたGNスリンガーが真紅の粒子を撒き散らしながら墜ちる。その残骸にはいつの間にやらGNビームダガーの柄が突き刺さっていた。

 五秒。

 空を翔るダブルオーライザーを数える程にまで減ったGNスリンガーが追い掛ける。先と違って連携など考えない、寧ろ互いに接触しようが構わずに一目散に一夏を付け狙う……………、

『五秒経過。お疲れ様でした刹那。オーライザー搭載火器を一斉起動します。』

 故に。一夏から見て直線上に全て誘導される。

 振り返ったダブルオーライザーが全ての火器を構え、放つ。

 放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ―――――!

 セラヴィーに劣らぬ集中砲火。それがGNスリンガーをまとめて飲み込み、バリアなど無かったかの様に粉砕しきった。




 圧巻。まさに無双。

 いかに千冬達が数を減らしたといえど、両の指では利かない数のGNドライブ搭載機を一機で相手取り、損傷など欠片も負うことなく蹴散らしてみせたダブルオーライザー。変革した一夏の為だけの、全ての闘争に勝利すると豪語した束の言に嘘偽り無く、――――――ならば、その勇姿を観賞するだけしてただ一機で一夏の目の前に立ったその機体は。

『敵後続一機確認。認識名称『ガルージュ』…………。』

「そこか、篠ノ之束。」

 一夏の脳が、正面の真紅の機体を、それを操っているのが真正のデータ化した束であると捉える。故に。

「試していただけか、俺を………っ!」

 世界にISを広める為に数千のミサイルを日本列島に向けた、あの時と同じだ。紛争根絶の為の最終作戦なんて舞台装置が無駄に物騒なだけのただのはりぼて、メメント・モリの防衛など最初から考えていない。自らの生み出したダブルオーライザーの性能を試験してみたかっただけ。いや、下手をすると試験など必要もなくただ遊んでいただけなのかも知れない。

 そして、それと同時に『ガンダム』を世界の表舞台に引き摺り出す為。

 一夏とて馬鹿ではない。IS時代の新たな戦略兵器、そしてそれを唯一破壊するガンダムの構図―――それが何を意味するか。己一人で世界にあまりに大きな波紋を引き起こす、それが篠ノ之束だというのはある意味誰よりも知っている。そしてその動機が、悪意でもなんでもない、誰もが持つ願いであるのを。

 だから、悲しいのだ。

「束………っ。」

 GNスリンガーの役割はただの前座と邪魔者の排除。千冬達の奮戦も見方を変えればただの茶番劇。彼女達の決死の覚悟も貶めて。

 歪んでいる。

 一夏の理解を裏付ける様に、世界最高位のIS操者の織斑千冬をスペックだけでごり押ししたガルージュが、一夏の持つそれより多少剣身の長いGNソードⅡで斬り掛かってくる。第四世代技術・展開装甲を全開にして―――それでも尚ツインドライブを持つダブルオーライザーに出力で劣る、それ以前にGNスリンガーの束コピーデータにすらあった殺意の無い攻撃など一夏に通じはしなかった。

 剣撃を容易く受け流し、ガルージュの腹部を思い切り蹴り飛ばす。次の瞬間、背後に突如出現した気配を躱す。

「…………白式!」

『認証:刹那からGNストライカーの離脱を確認。アクセス不可能。「零墜白夜・雪羅」、来ます!』

 マスターと認識していた一夏から急に白式が離れ、分離変形しガルージュの腰部と肩部に接続して妖しく輝く。

 そして、放たれる計十二本のファング。

 防御無効化を持ち、ダブルオーライザーと言えど食らったら唯では済まない。そして更にGNストライカーを装備し機動力の上がったガルージュ本体もビーム刃を展開して再度斬り込んで来る。

 一夏のGNソードⅡを交差させて受け止めるが、零墜白夜を付与された光の刃が得物を二本まとめて切り裂いてしまった。

 武器を破壊され後退するダブルオーライザーを囲むファング。脱出不可能、それでも感じられない殺意。

「鈴。GN粒子のチャージは?」

『十全です。…………TRANS―AM、起動。』

――――だって、こんなもので、いっくんは壊せない。

 紅に輝く、ガンダム。しかしそれをファングが貫いて――――その姿が、光の粒子となって虚空に消えた。

 歪んでいる。

 ならば、俺は。

 量子化……ISと共に自らの全身をもそこに『存在しているのに存在していない』量子の波と化し、ガルージュの背後で再構成。傍目にはテレポートした様にしか見えない相手に反応すら出来ないガルージュに、

「束えぇぇぇーーーーーーーッッッ!!!」

 展開し直した右手のGNソードⅢを、

 その背中に――――、

―――――――――――――――――――。




[17100] 世界を変革する力。 そのご
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:4ebe556e
Date: 2012/02/01 17:51
 もはや一夏にとって驚くにも値しない、光に溢れたセカイ。これ見よがしに蹲る束を、一夏は見もしなかった。

「いっくん。ねぇ、いっくん……。」

「……………。」

「分からないんだ、何もかも。わたし頭良いはずなのに。」

「…………。」

「ほーきちゃんに、ちーちゃんに。最初は確かにあったはずの『何か』が、見えなくなっちゃう。冷たいんだ。」

「………。」

「いっくんも、そうなの?」

 一夏は、何も答えない。どうせ束は答えを求めていないから。現実に耳を閉ざし、だから―――、

「いつかなくなる絆なら―――、」



「 殺 し て ? 今 す ぐ 。 」



――――その愛が、消える前に。なんて。

 そんな身勝手な結論にたどり着くのだ。

 道具としてでも愛してくれるならそれで良かった。ダブルオーの『本当の力』を使って、暴走した束を一夏に都合の良い様に洗脳されたとしても。

 だが一夏はそれを拒絶した。別にいい。もう親しい人のことが分からなくなるのは慣れている。だけど一夏がまだ心のどこかで自分に対し暖かい気持ちを持っているのは分かるから。量子化してコアネットワークを漂う自分と、変革した一夏にある不可視の繋がりが教えてくれるから。

 一夏は己のエゴで世界を歪ませた束を許さない。だけど愛しているなら、殺したことでその愛は永遠だ。

「ねぇ……殺してよ。」

 本当に、それでいいのか?己の望みはそんなことだったのか?迷いも気付かない、世界が辛くて、つまらなくて、色々なものを見失った束に。

 一夏が初めて向き合った。

「……………。」

「………、あは。」

 黙ったまま、部分展開で一夏の右腕にGNソードⅢが展開される。それを見た束の頬が緩んだ。さあ、さあ。早く、その剣を。

 近付いて。見下ろす束に。

 一夏は振りかぶった『左手』でその頬を張った。

 ぱんっ。

「…………………え?」

 乾いた音。呆然とする束。

 そして。



「――――甘えるなッ!!」



 雷鳴の様な一喝だった。

「分からない?分かり合おうともしないくせに!こんな馬鹿をする前にやる事などいくらでもある筈だ!!」

 すぐに束も、金切り声に近い叫びで返す。

「それこそ分からないよ!わたしは誰かと分かり合えることなんてない!何をすればいいって言うの…………!?」

「そんなこと―――、」

 それは本来一夏だって気付くまでに長い時を掛けた――――刹那・F・セイエイのままでは判らなかったことだ。だからこんなことは言えた義理じゃないのかも知れない。

 けれどそれは、『難しく見えて、本当はとても簡単で、何より大切なこと』で。

「歩み寄る。性別も人種も宗教も何もかも、関係なく。」

「――っ、」

「それだけのことだろう?…………篠ノ之箒。」

 それは、ダブルオーライザーにやっと追い付き、そしてGN粒子の世界に巻き込まれた『彼女』にも、確かに向けられた言葉だった。




 歩み寄る。

 言葉にすればなんと簡単なことだろう。だが、それが出来ない人はいるのだ。それがこの世界が簡単だと言ったことの意味ならば、ああ、確かにこの生きづらさは当然の結果なのだろうか。

「ほーき、ちゃん?……っ、いや、いやぁっ!!」

 箒は自分に気付いて、悪霊でも見た子供の様に頭を抱えて震え出す束を見る。いや、本当の意味で見てはいなかった。だって直視なんて出来ない、あれが、己の為した罪。思考が硬直して、麻痺して、自分が傷つけた姉と向き合えない。

 傷付けるのが怖くて、誰かと触れ合うことさえ怖くなる。本当は温もりを貪欲なまでに求めているのに。その矛盾がどんどん心を病ませて………ああ、篠ノ之束<あれ>は篠ノ之箒<わたし>の鏡像だ。なんて似た者姉妹なのだろう。

「…………無理だよ、一夏。そんなことさえ出来ない馬鹿が、少なくともここに二人いる。」

 諦めに走る箒を、なのに一夏がその肩を押す。

「問題ない。必要なのは心の強さじゃない。喧嘩が終わって、謝って、お互いに悪いところを直す。それだけなんだ。」

 『此処』は、それが許されるセカイだから。

 ふっ、と。軽く押されただけなのに、束の真正面に立たされてしまう。それだけでばくばくと心臓ががなっているかのようだ。怖くて怖くて、ただ『いつものように』逃げ出してしまいたくて。

 束の震えがふと止まった。それだけで被害妄想じみた考えが浮かんでびくっ、と体が動くほど不安に縛られる。今度は自分が罵声を浴びせられる番なのか、と。

 今の彼女にとって、世界の全てが怖くて。

 けれど、本当は心の底では分かっているのだ。前に進まなくてはならないことに。

 折れそうな心。それを一夏の言葉を支えにして、それに縋って…………だとしても、箒は己の意思で。

 最初の一歩を踏み出した。




「――――――――――――――――――――――――――――――ごめんなさい。」




 ああ、確かに簡単だった。世界はこんなことで、変わるのだ。

 今まで心の奥底に閉じ込めていたものが溢れ出し、知らず知らずに涙をこぼしながら箒は謝り続ける。

「ぐすっ、ねえさん……ごめんなさい!ひどいこと言って、ごめん……っ!ただ、あ、あやまるだけなのに、こんな、遅くなって……、ごめんなさい…、っ、ごめん、なさい……!!」

「、ほーき、ちゃん………。」

 ずっと箒を苦しめ続けていた罪悪感と、後悔と。それを吐き出す本気の謝罪。伝わらない訳がない。ましてこの空間は、勢い任せに『自分を裏切った』箒がそれをどれだけ悔いて、人を傷付けるのがトラウマになって、人と関わることさえ恐怖になって。今までどれほど妹が苦しんでいたかを束に鮮明に伝える。

「ひぐっ、ぐすっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」

「あ、ああああぁぁぁぁぁぁ………っ。ほーきちゃん……!」

 束の頬にも、涙が伝う。甘えだった。自分の苦しみ?親しい人に裏切られる?自分の都合で理不尽な人生を課した姉に、あの時の箒は幼さのまま激情しただけではなかったか。そして優しい妹は、そのことで束を傷付けた以上にこんなにも苦しんでいて。

 気が付けば、束は箒を抱きしめながら謝罪を返していた。

「わたしの方こそ、ごめんね………!おねーちゃんなのに、ぅぐっ、おねーちゃんなのにっ!ほーきちゃんのこと、気遣ってあげられなくて。ごめんね、ごめん、ね…!」

「ねえさん……っ。姉さんっ!うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!」

 許されたのだと。箒は束に抱きつき返す。互いの涙が混じるほどにぎゅっと結びあって、ただ今までのすれ違いを謝り合う。わだかまりが、歪みが、その涙で洗い流される。

 もう、怯えることなんて何もないのだと。姉妹が分かりあえたことの、証として――――――――。




――――。

「……………。」

 ダブルオーライザーが、ガルージュの背に突きたったGNソードⅢを抜く。コアを破壊された真紅の機体が墜ちるのを見下ろしながら一夏に近付く打鉄に乗った箒。そして――――一夏のイメージの中で鈴の隣にいる、束。

『許される世界、って言ったよね。』

「…………ああ。」

『でも、許されないこともある。』

『………?』

 そっと鈴の頭の上に手を置く束。鈴の想いはどうあれ、束は彼女を一度殺した罪がある。

「償うさ。俺も一緒にな。俺の為にやったということで、俺が止められなかったのなら、俺も同罪だ。」

『そんな、いっくんは!?………………いや、ううん、ありがとう。』

 一夏が悪いなんて束は否定するが、それを望んでいない彼だから、そっと受け入れて。涙でぐしゃぐしゃになった顔で束はなんとか笑ってみせた。今のデータの塊に過ぎない束には見た目などいくらでも誤魔化せるのに直さないそのひどい顔は………それでも、今自分は生きていると全力で主張していた。

 もう俯かない。箒がそう出来た様に。一夏も答えを得た様に。前を見て進むんだ。

「一夏………。」

「箒、少し離れていろ。ケリを付けるぞ。この戦いを終わらせる。」

『了解。ライザ―――、』

『ライザーシステムアクセス、GN粒子固定。トランザムライザー回路良好。ライザーソード、行けるよいっくん!』

『…………それは、私の仕事だ、篠ノ之束。』

『早い者勝ちぃっ!』

『刹那。オーライザー内部に無駄に容量を圧迫するデータ群を発見。フォルダ名篠ノ之束。デリート許可を。』

『おおぅっ!流石に相手のホームグラウンド<オーライザーの中>じゃ束さんも分が悪いかなっ?』

「………戯れるのも後だ。」

 いつもの調子は元気を取り戻した証。真剣な場所でもおどけてみせて、けれど鈴のことはしっかり認識している束と、どこか迷惑そうにも見える鈴を一応たしなめて、一夏はGNソードⅢをメメント・モリ向けて構えた。

 二基の太陽炉がTRANS―AMで弾き出す莫大なGN粒子が、一夏の剣へと流れ込む。眩い紅と余剰となった翡翠の輝きが、剣先からどこまでも天に伸びて―――象るのは長大な裁きの剣。

『――――――ごめんね鳳鈴音。でもこればかりは、わたしの手で決着を着けたいんだ。』

 ふと漏れた束の呟きを耳に入れながら、一夏は遥か天を裂くビームサーベルをメメント・モリに叩き付けた。

 巨大建造物をまるごと切り裂く剣身。一刀両断され、あとは自重で崩壊する衛星砲。

 インフィニット・ストラトス、そしてガンダムが世に現れてからの物語。これがその、ひとまずの決着だった。





[17100] 世界を変革する力.
Name: サッドライプ◆a5d86b40 ID:20970b23
Date: 2012/02/03 13:58
 夏が終わり、IS学園の新学期が始まる。世の中は篠ノ之束のメメント·モリ騒動と、その後の『謝罪』で大わらわではあるが、将来のエリート候補と言ってもまだ子供である生徒達、特に一年生にはほとんど関係がない。強いて言えば、束のウィルス関連で学園で使えるISに大幅な変更が出た為、カリキュラムに少し影響がある程度だろうか。

 その話題で盛り上がり、長期休暇明けの教室の独特なテンションを維持しつつ。騒がしい朝の教室に、箒は意気揚々と乗り込んだ。

(……………ごめん嘘吐いた。)

 精神的引きこもりがそんなすぐに改善できる訳もなく、後ろのドアからこそこそと、だが。

 やっぱり慣れとは消えないもので、難しい。

(けど。大丈夫、大丈夫だ。私だって変われた筈なんだ。)

 孤独の世界から抜け出そうと足掻く努力は初めての様に思えて、まだ何もかもおっかなびっくりだけど。ひたすら大丈夫と自分に言い聞かせ、箒は自分の机に鞄を置き、振り返ると息を深く吸った。

「え、えーっと、篠ノ之さん?」

 箒の様子を訝しく思った後ろの席の子が声を掛ける。ふっ、問題などない。ターゲットは彼女だ。決意を込めて箒は彼女の机の天板をばんっ!と思い切り叩いた。

「ひぅっ!?」

 そして、廊下にまで響く様な声で言う。

「私と、友達になってくれないだろうか!」

 どうだ言ってやったぞ、と緊張する自分に勢いをつけ過ぎたあまり目的を見失っている感じで胸をそらす箒。これではただ残念に空回った子だが………きっと今はこれでいい。

 篠ノ之箒はもう大丈夫。

 彼女の部屋。主を応援するかの様に、窓際のサボテンが小さい花を咲かせていた。




――――。

 戦いの終わった一夏を迎えた彼女達が語る。

「世界が、また動くね……。」

「メメント·モリ騒動の『謝罪』として、新たなGNドライブコアを467基、面倒だからという理由でアラスカ条約の分配通りの数を各国に提供。まあ謝罪文の中に面倒などと入れる辺りが篠ノ之束の篠ノ之束たる所以なのかも知れんが……。」

「その『謝罪』の真意が如何なものかは知りませんが―――――今なら分かる気がしますわ、GNドライブの正しい使い方。」

(正しい……。『あの世界』でイオリア·シュヘンベルクが太陽炉を開発した訳、か。)

「オルコット、その眼……!?」

「変革し始めた頃からの一夏さんに最も長く接していて、GN粒子を使ったビットを操る私に最も機会があったということでしょう。ラウラさんはまた別の経路で覚醒したのでしょうし。」

「…………。」

「そうして変革は拡散する。GNドライブが普及すれば、更に。その助けを借りて、少しずつでも人は分かりあえるようになっていく。その先になら、きっと誰もが笑い合える世界があるのかも知れませんわね。」

「ISでも、GNドライブでもなく、人と人が分かりあうこと。それこそが世界を変革する力、か………。」

「ふん。篠ノ之束<やつ>がそんなことを考えているものか?」

「どうなんだろう。道具を作ることと使うことは必ずしもイコールじゃない。だから篠ノ之束さんがそれを考えていなくても…………。」

「だが、ISでさえ世界の軍事バランスを一気に変えた兵器となった。GNドライブコアの強大な力が逆に新たな火種となる可能性も大いにある。」

「くくく……っ。」

「ラウラさん、はしたないですわよ。」

「ふっ。私が言いたいことなど皆分かっているだろう?」

「「「「その時は、ガンダムがいる。」」」」

「紛争を武力によって根絶する。矛盾を孕みながらなお歪みを駆逐するあの愚弟がいる。」

「生きる為に戦い、自らをも変えるあの少年が、な。」

「………あら、噂をすれば女性や一部男性とは分かりあいつつ口説き落とす殿方が。一夏さぁ~んっ!」

「真っ先に撃墜された人の台詞じゃないとは思うけどね。」

「これが惚れた方の負け、というものか。と、待て、私も嫁と話す!」

「「…………。」」

「平和だな。」

「ああ、平和、だな。」




――――。

 向かってくる風を感じながら、一夏は海を眺める。一面の水平線と、たまに通りがかる船。

『「絶対遵守」システム、完全に消去したよ、いっくん。』

「………ああ。」

 どれだけの間そうしていただろうか、束がふと一夏に報告する。これでTRANS―AM―BURSTによる洗脳は一夏が望んだとしても不可能になった。まあ、これの消去を束に言ったのも一夏だが。

 それに、これ以降変革者が世界に拡散すれば、一夏より強い能力を持つ者ももしかしたら現れるかも知れない。その時にこんなシステムがあれば危険でしかない。

 人と人が分かりあう世界に、こんなものはそもそも必要ない。そんな世界を目指して、しかし目下一夏と束の目標は――――、

「それで、本当に可能なのか?鈴がもう一度人間として生きていけると。」

『それはもう理論的には。元の体が駄目ならそれ専用に調整した肉体に量子データを定着させればいいじゃないってことで。ある意味肉体じゃなくて端末と呼ぶべきなんだろうけど、それに使うのは鳳鈴音の遺伝子データを元にいっくんのデータを掛け合わせる。寧ろ娘?その年で子供を持つ心境はいかがでしょーか一夏おとーさん?』

「俺のデータ?」

『スルーされた………。ほら、前の戦いでいっくん、自分を量子化して元に戻るなんて離れ業やったじゃん。あの無茶は量子化している時間が短かったこともあるけど、何より変革者としての特権が大きいからね。だから鳳鈴音は人工変革者として強くなって復活だよ!』

「…………そうか。」

『………うん、それが「人間」なのかは別途考えるしかないよ。けれど心の在り方については、そもそもの問題があるからね。』

 鈴の『復活』についての解説。少しだけその言葉のトーンを落とし、またにぱっと笑って続ける。

『生物工学系は束さんの専門じゃないんだけどねー。ただまあやってみるよ。……それが私の償いの一つなら。』

 それきり束はヴェーダの奥へと引っ込んだ。新たに各国に配ったGNドライブコアは予めネットワークにより連結処置を施され、新たに世界規模の並列コンピューターが出来上がっている。世界経済を思うがままに支配出来る程の性能だが、今のところはただの研究所<ラボ>として使っているだけ。

 量子データとなってネットワークの海を漂っている束だが、立ち直ってしまえばたくましいというか。鈴と同じ方法で肉体を持つことも出来るのだろうが―――、

『ぅぇひひ、わたしといっくんの子ども?』

「…………っ!?」

 何故か悪寒がしたので一夏は考えを打ち切り、ヴェーダへのアクセス権はあるもののオーライザーの中から全く動こうとしない鈴に話しかけた。

「それで、人間に戻れるかもしれない。お前はどう思う?」

『……………意味がないことです。ですが……エラー。申し訳ありません、あなたの問いに正確な答えを返せません。』

「……そうか。」

 鈴の曖昧な答えに、一夏は笑ってみせる。

「戻りたいのか、戻りたくないのか。それも含めて、いつかお前の心を見つけるさ。」

『…………はい。ところで刹那、あなたはどうなのですか?』

「俺、か?」

『あなたの心は。あなたがしたいことを、お聞かせ願えないでしょうか?』

「……………。」

 考え込む。これまでの事件が基本的に束の糸引きであった以上、暫く大きな異変は無い。それを抜きにしても、使命などなしで一夏がやりたいことを考えてみる。

「そうだな……。」

 視線を上げる。眩いばかりの晴れやかな青空。その向こうにはかつて刹那·F·セイエイが一度死んだ場所。この世界の人類は未だ領土を拡げ得ない無限の領域がある。

 ただ己が戦うことしか出来ないと思っていたあの頃と、今ならば違うものが見られるだろうか。

「宇宙<ソラ>を飛びたい。今はただ、何も考えずに。」

『ではいきましょう。私も今はただ、あなたの翼ですから。』

「……ああ!」

――――過去にいろんなことがあって、未来にたくさんのことが待ち受けているけど。

――――人はいつだって今を生きてる。

――――何度だって躓いてしまうけど、それでも前を向いて進む強さがあるから。

――――だから、今はただ。

――――今はただ……。



「ダブルオーライザー、飛翔する!」



 澄んだ空の水色に、翡翠の流星が線を描いた――――。




                                 ~Fin~



[17100] 世界を変革する力Δ (後日談。)
Name: サッドライプ◆f639f2b6 ID:df5e4fb8
Date: 2012/07/22 03:57
 その後の、とある会話たち。やおい。





~篠之乃箒&束の場合~

『食堂なう。織斑一夏はラーメンを注文して席を探しています。』

「………束。鈴にツィッターをさせるのはいい案だと思う。だが俺の観察日記になっていると姉さんから相談を受けたんだが。」

『いいんじゃない?そのおかげで下手な芸能人以上のフォロワーがついてるんだから。いっくん以外とはネットワーク上の付き合いしか出来ないからこそ、数でコミュニケーションこなすことが彼女の情操を刺激する!はず……だと思う………。』

「なぜ最後に自信をなくす?」

『ぎくり。あ、あの、えーと……あああ、ほーきちゃんだ!ほーきちゃん、おーい!!』

「……はぁ。箒、隣いいか?」

「!!むぐ、ごほっ、けほっ………、姉さん、それに…い、一夏。ど、どどどうぞ!?」

『いっくんの前でテンパっちゃって、かわいいなあもうっ!』

「姉さんっ!!」

「いただきます。」




「……………。」

「……………。」

「……それで、調子はどうだ?」

「………あ。ああ。心配してくれてありがとう。でも、なんだか自分でも驚くくらいうまく行っているよ。そうだ、今度の休みに、女の子四人で買い物に行くんだ!」

「そうか。ああ、みんないい人達だから、楽しんでこれるだろう。」

「うん。本当にいい人達で………頑張って良かったって思うんだ。」

『ほーきちゃん………っ。』




『あ、ところでほーきちゃん。』

「なんだ、姉さん?」

『専用機欲しくない?』

「………は?」

『だから、ほーきちゃんだけのIS。この束さんなら、各国が手探りする場所すらまだ分かってないGNドライブコアを使った、最高峰〈ガルージュ〉並みの専用機を用意出来るよ!……流石に無双〈ダブルオーライザー〉は無理だけど。』

「………箒。」

「ああ、大丈夫だ一夏。…………姉さん、いいよ。いらない。」

『ええっ!?』

「まだ自分のことすらいっぱいいっぱいの私に、思い通りになる力なんて過ぎた代物だ。『ガンダム』どころか力に伴う責任だってろくに果たせそうにない。」

『そんなこと……っ。』

「でも――――、」


「いつか守りたいものができて、その為に力が必要になった時。その時は、お願いできるだろうか。」


『!!うん、もちろんだよ!ああ、ほーきちゃんてば本当に立派になってほーきちゃんほーきちゃんほーきちゃぁぁあああんっっ!!!』

「きゃっ!?もう、姉さん、いくら実体がないからって急に抱きつかないでくれ。驚くだろ。」

『えへへ~。すりすり。』

「……まったくもう。」

「……………クス。」






~セシリア・オルコット&鳳鈴音の場合~

「………………(にこっ)。」

「………………。」

「………………(ぱたぱた)。」

「………………。」

「………………(てれてれ)。」

「………………。」

「………………(むぅ)。」

「………………。」




「………何をやっているんだ、あれは。」

「オルコット嬢曰わく、『変革したことで使えるようになった思念をより使いこなすために少年の協力を仰いで訓練を』。」

「という名目でうちの弟と見つめ合っていちゃつこう、か―――――爆発してしまえ。」

「まあそういうな。いじらしいものではないかな。」




「………………(しゅん)。」

「………………。」

「………………(?)。」

「………………。」

「………………(がばっ)。」

「………………。」

「………………(ぱぁぁ)。」

「………………。」

『………キシャアアアァァ!!!』

「…………………(びくぅ)っっ!!???」

「………………鈴?」

「りりり鈴さん、いきなりなんなんですのっ!?」

『いえ、申し訳ありません。詳細不明のエラーコードが。』

「はうぅ………。」

「………………。」

「………………。」

「………………(ぽふっ)。」

「、一夏さん?」

「………………(なでなで)。」

「…………あ、ふふ…♪」




「……爆発、して、しまえ…………っ!」

「落ち着け、ブラコン。」







~織斑一夏&更識簪の場合~

『IS学園整備科なう、です。ふと立ち寄ってみたものの織斑一夏は普段使わない場所なので、興味深そうにあたりを見回しています。』

「あの!!」

「?」

「織斑一夏、くん、ですよね……っ?」

「ああ。お前は?」

「あ、失礼しました…。更識簪です。日本代表候補生やってます……。急に話しかけてすみません。」

「いや、遠慮は必要ない。急ぎの用事もない。」

「よかった…。お話、いい……?」

「ああ。」




「……?そこの機体は?打鉄のカスタム機、だろうか。」

「…………打鉄弐式、わたしの専用機、になるはずだった。結局一度も飛ばずに終わるのだろうけど。」

「(いやな予感がする…)どうしてか、訊いていいか?」

「うん。これ、もともと納期が遅れ気味で、わたしの入学には間に合わなかったんだけど、メーカー―――あ、倉持技研なんだけど―――が更に別の仕事を優先させてスケジュールが信じられないことになったみたいで……。」

『ぐさっ(それ、たぶんちーちゃんのアヘッド・カミカゼだ……)。』

「…………。」

「仕方ないし、わたしにもちょっとした事情があったから、こっちで完成させるって言って未完成のこの機体をよこしてもらったんだけど。その作業してたら、………その、『アレ』が……はぁっ………。」

『ざくっ!』

(コード・GNスリンガー、メメント・モリのウイルス騒ぎか。一度でも感染した以上なにが起こるか判らないからには、少なくともコアを初期化しない限りもう使えない、か。)

「そのおかげでわたしの扱いが宙に浮いたところで初の日本製GNドライブコア搭載試験機のテストパイロットに選ばれたのだけれど、やっぱり………。」

「…………その、なんというか、すまない。」

「?どうして、一夏が謝る、の?」




「そうだ。」

「どうした?」

「え、えっと………さっきキミに話しかけた理由。わたし…普段人見知りで、こんなこと出来なくって……でも、どうしてもって思ったから…。」

「本題か。ゆっくりでいい、友人の頼み事の範囲なら聞けるから。」

「え?ゆ、友人…?」

「……不快だったか?なら、すまなーーー、」

「ううん!友達になってくれるなら、嬉しい……。」

「そうか。」




「それで、さっきの話から予想つくと思うんだけど、わたしあの夏休み中IS学園にいて、一夏のあの声も聞こえてたの。『刹那・F・セイエイ』、なんだよね?」

「………。その試験機に関して助言でもすればいいのか?―――――それとも。」

「あ、違うの!そんなきな臭い話じゃなくて、個人的なことだから。子供の頃から、『ガンダム』に憧れてたから。話、聞ければな、って……それで…。」

「!あこが、れ……?」

「う、うん。」

「…………………。そうか。それで、何が聞きたい?」

「いいの?」

「友人に自分のことを教えるのなら、当然のことだろう。」

「あ………うん。ありがとうっ。」







~ラウラ・ボーデヴィッヒとシャル………ル?・デュノアの場合~

『二人きりで話したいことがあるので、放課後屋上に来てください。』

「えっと……一夏の机の中に手紙入れておいたんだけど、来てくれるかな?」

「そろそろしっかりこのこと話しておかないと、扱いが変なまま固定されちゃうし……。」

「ぁぅ、ちょっと暑いな。屋上にしたのは失敗したかも。」



「嫁なら、来ないぞ?」



「ひゃあ!?ぼ、ボーデヴィッヒさん?」

「私はそこまで無粋ではないつもりだが、流石にお前が嫁に愛の告白をするのだけは看過出来んのでな、手紙〈ラブレター〉はこの通り抜き取らせてもらった。」

「……………へ?」

「嫁はノーマルだ。普通に女の子が好きだ。というか私が大好きだ。そっちの道になど行かせるものか。」

「……………。」

「む?」

『二人きりで話したいことがあるので、放課後屋上に来てください。』

「あ、あああああああああっ!!?ど、どどどこから見ても、これラブレター……っ!?」

「なんだ?違ったのか?」

「……………ぅぅ。はぁ。そうだよ、違うよ。まあ、まだそんな勇気ないから今回は感謝するけどさ。」

「む。どういたしましてだ。」

「――――――でもさ。」

「どうした?」

「こういう―――こういう扱いをいい加減なんとかしたかったのに。このやるせない気持ちはどうするべきかな……っ!?」

「?よく分からんが、どんまい。」

「(ぷちっ)……ふーん。一夏がノーマルだって言うなら、君の方こそ絶望的じゃないのかな?ミスロリペド体型。」

「……なんだ?喧嘩なら買うぞ?」

「うん、今なら大特価で売りさばいてあげる。」

「「……………。」」




 唐突に終われ。







〈後書き〉

①原作者によるとISは「箒の成長物語」らしい。いや、他意はないけど。

②一夏とにらめっこ中のセシリアさんは眼が金色な感じ。爆発してしまえ。

③簪さんのキャラがつかめない……。まだ幼かった刹那・F・セイエイがあんな世界に挑むようなことして凄いなあ、とかそんな憧れを抱いている感じの設定。

④言わせねぇよ!!

 ところでやおい=やまなしおちなしいみなしの略、っていうのはどれくらい一般的な知識なんだろう。いや、他 意 は な い け ど 。


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