「貴様は歪んでいる!」
「そうさせたのは君達だ……ガンダムという存在だ!」
ロックオンが散る。ティエリアが、アレルヤが、トレミーの仲間達が。紛争への武力介入による恒久和平実現の為に戦った私設武装組織ソレスタルビーイングの計画は私欲によって利用され、今滅びを迎えようとしていた。
確かに自分達を共通の敵とする事で世界は統一への道を歩みはじめた。それを平和というのならばそれもいい。統一された世界を支配しようなどと妄言をほざいた阿呆はエクシアの剣で断罪した。ここまで来たのなら、奴の言葉通り自分達は滅ぶべき宿命の存在なのかもしれない。
それでも。
ソレスタルビーイングは、存在する事に意味がある。生きて、戦い続ける。
「ならばその歪み、この俺が断ち切るッ!」
「よく言ったァ!」
トランザム直後で粒子残量も殆ど無く、武装もGNソードライフルしか残っていないガンダムエクシアを駆り、一騎討ちを挑んで来た擬似太陽炉搭載型フラッグに斬りかかった。
歪みを破壊しようとして生み出した新たな歪み。相手はかつて圧倒的な性能差を持ったガンダムの存在によって誇りや立場をズタズタにされたMSパイロットだと知る。それでも、だからこそ、彼はただ歪みを破壊する存在であり続けた。武力による紛争根絶を体現する者、『ガンダム』として。
振りかざしたGNソードがフラッグの片足をもぎ取り、代金とばかりにエクシアの左腕がビームサーベルに切り取られる。構わず降り下ろした剣は相手のコクピットを掠めるが仕留めるには至らず、その隙に頭部にサーベルを突き刺されメインカメラが死ぬ。
瞬く間の攻防で満身創痍となっていく二機のMS。だが刹那も敵も全く躊躇いを見せずに機体を加速させ、最後の激突を図った。
緑のGN粒子の光を放つエクシアと赤の光を放つフラッグ。幻想的に見えてその実命を奪うだけの光の粒は交錯しあい、爆発する。
「ガン……ダ…ム……………。」
そして刹那の意識は、その白い光の中へと吸い込まれていくのだった。
暖かく、包み込む様に。
白く。
拡散して曖昧になる。
死ぬということはこういうことなのか。『死の果てに神はいない』と言い切った刹那でも分かりなどしなかった。柔らかく、優しく、全て受け入れられる感覚は甘くそして―――、
(それでも俺は、生きたい!)
死への欲求を拒絶する。死は何も無い。振り払い突き上げた手は何かを掴み……彼の体が抱き上げられた。
驚いた彼は当然の様に目を開く。眩しい白、しかし人工色だと明らかに分かる光を背景に黒髪の少女が自分を―――いくら背が低いとは言え第二次性徴を半ば過ぎた筈の自分を!―――抱き上げている。
「くす………千冬おねーちゃんだぞ、一夏。ほら泣くな。わたしがまもってやるから…。」
それはしかし、刹那·F·セイエイが確かに死に、織斑一夏として生まれた瞬間に他ならなかった――――。
――――。
『これで世界が変わると言うのか……。』
ビルなどに遮られない太陽の光は見てるだけで暑苦しい。織斑千冬は波一つ無い海面に反射するそれを空から眺めながら、そんなどうでもいいことを考え隣にいる変声機を通した相棒の声を何処か遠く聴いていた。
イルカが跳ね、鴎でも鳴きそうな程のどかな青い情景。ほんの数分前までここが戦場だと―――それもミサイルが何千と飛び交い戦闘機や空母まで参戦した大規模な海戦の現場だと、普通は想像出来ないだろう。
波が巻き起こす白い紋様の代わりに海面に浮かんだ、無数の鉄屑さえ無ければ。
―――ましてそれらが戦いを挑み全滅させられた敵はたった二機の機動兵器だと、誰が考え及ぶというのか。
『IS<インフィニットストラトス>』。音速を軽く超える速度で空中を飛び回り、ミサイルの直撃にも耐える装甲とバリアを持つキチガイ染みたパワードスーツ。そしてそのコアにGNドライブ機能などという更によく判らないものを搭載したエクストラステージのIS『ガンダム』。
というより、ISを作り出した悪友·篠ノ之束と、顔も見た事が無いがGNドライブの構想を束に渡し更にISを凶暴化させた元凶·刹那·F·セイエイ。この二人が織斑千冬の目下の頭痛の原因だった。
現存する全ての兵器に優越する発明品であるISを世界から失笑と共に拒否されそれを認めさせようと無意味に突き抜けた頭脳を活用しようとした束と、紛争に満ちた世界を変えるなどと言い出した刹那の利害が一致して出た計画。それは、九カ国の軍事コンピュータを束がハッキングで掌握し全戦力を日本に向けさせ、それを悉く刹那が返り討ちにするなどというとんでもないものだった。
千冬は当初そんな二人の世界を相手にした馬鹿げた悪戯に付き合う気など更々無かった。どうでもいいと思っていた。だが。
『ほんとにいいのー、せっちゃん?ミサイル一発でも撃ち漏らしたら何の罪も無い一般人があぼーんだよ。どーんっ!』
『構わない。ガンダムマイスターのミッションに失敗は許されない。それだけだ。』
『わぉ、自信まんまん勇気りんりんっ!?そんなせっちゃんに痺れる憧れる惚れる濡れちゃう!』
『……?エクシア、光学迷彩起動。刹那·F·セイエイ、ミッション時間まで待機する。』
こんな通信を聴いて、刹那一人に迎撃を任せるなど出来る筈もない(それを見越して束も千冬にわざとこの通信を聴かせたのだろうが)。束を止める?彼女はやると決めたら絶対にやってしまう女、不可能だ。それにあんな事を言っていても、刹那一人で十分可能な『ミッション』だと束は判断しているのだろう。その判断が信用出来るかは千冬には分からないが。
こんな事で人死にでも出たら堪らない。気が進まないながらも千冬はIS『白騎士』を纏い、刹那に合流するしかないのだった。
「はぁ……。」
振り回されて、心労でため息が出る。今日は帰ったら一夏で癒されよう。
口下手で感情を出すのが苦手だが、そんな彼なりに千冬を精一杯気遣ってくれる不器用な愛弟を思い出して自分を慰める千冬。
彼女のため息を聞き咎めたのか、刹那からコアネットワークを通して話し掛けられた。
『どうした、千冬?』
「いや、何でもない。それより増援だ、二方面……お前は日本海側を頼む。」
『いいのか?いけるな?』
「誰に言っている。お前こそトチるなよ?」
―――刹那も、悪い奴ではないんだが。
刹那のIS『ガンダムエクシア』は青と白の西洋甲冑の様な手足と胸部の球形と頭部の二本角が特徴的な全身装甲<フルスキン>タイプ。今は更に巨大な一対のクローとビーム砲頭、ライフルを備えたそれ自体が汎用ISとして機能するインチキ追加装備『GNアームズ』とドッキングしているが、それはさておき。
ISを脱いだ刹那を見た事が無いから、千冬は『彼女』がどんな容姿をしているのかも知らないのだ。顔はおろか髪の色も年齢の程も。分かるのは千冬より少し大きいサイズのエクシアから割り出せる体格くらい。更にコアネットワークでの通信でさえ変声機?であからさまなアニメ声に聴こえる(絶対に束の趣味だ)念の入れよう。
怪しいことこの上ないが、興味の無い人間に対しては個人の識別すらしない束の数少ない関心を持つ対象で、今の様に気遣いもしてくれる。ISを操る実力もあり、なんだかんだで千冬は刹那を背を預けられる相棒として信頼していた。
『……了解。GNアーマーType-E<エクシア>、ポイントE-2-Kへ向かう。刹那·F·セイエイ、目標を駆逐する!』
だから尚更、世界を変えたいという発言が解せないのだが。
「考えてる時ではない、か。奴なりの事情もあるだろうしな。それよりも――。」
ISの高感度センサーが捕捉する艦影に向かって白騎士を加速させる。死人を出さない様に、特に戦闘機に乗っている相手を確実に脱出出来る様に撃墜するのは面倒だが、刹那もやっているしやるしかない。こんな事で人殺しになるのも馬鹿らしいから、
「―――織斑千冬、白騎士、目標を斬り伏せる!」
適度に緊張を抜く意味でも刹那の真似をしてみて、まずは空母上の出撃前の艦載機に向けて片っ端から近接対バリアブレード『雪片(ゆきひら)』を薙ぎ払った。