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[16812] 【習作・オリジナル】エトワール大陸の料理人
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/07/17 23:07
初めまして、美華月(ミカヅキ)です。

ジャンル:戦闘シーン無しのほのぼのファンタジー異世界迷い込み系。

異世界で料理人が頑張る物語です。

本作品はArcadiaの良作の更新を待つ間の暇つぶしに見る作品です。

これは処女作のため、決して過度な期待はしないようにお願いいたします。

お暇な方はどうぞ。

なお「小説家になろう」にも投稿しております。


-------------------------------------------------
【更新履歴】 ※細々とした表記修正・誤字修正は記載していません。
#2010/02/24 プロローグ、第01話掲載
#2010/02/25 第02話掲載
#2010/02/28 第03話掲載
#2010/03/02 第04話掲載
#2010/03/04 HOMEのリンク先URL削除
#2010/03/05 プロローグ大幅修正、第05話掲載
#2010/03/06 プロローグ、第05話の修正
#2010/03/09 第06話掲載
#2010/03/18 第07話掲載
#2010/03/28 第08話掲載、貨幣価値修正
#2010/04/26 第09話掲載
#2010/07/17 第10話掲載



[16812] プロローグ
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/04/26 08:26
パリのテュイルリー庭園の並木道の先に店を構える洋菓子店の裏口。
既に営業時間は終わり、辺りはいまにも雪が降り出しそうに冷え込み始めている。


扉から一人の男が出てくる。
レザーのコートを羽織、上着は白いカーディガンとチェックのシャツ、灰色のジーンズに買ったばかりのスニーカー、背中には鞄を背負っている。

裏口から出た男は店の中にいる男達に向き直り、その短い黒髪の頭を下げた。

「…お世話になりました」

「………本当にお前が盗ったのか?耕介コウスケ
「ミシェル店長!今更、何を言うんです!? こいつの鞄から財布が出てきたんだ! ロイの財布を盗んだのはこいつしかいない!」
「ロック副店長の言うとおりだ! 警察に突き出されないだけでもありがたいと思え!」
「初めから金が目当てだったんじゃないか?」


ミシェルは困惑している。耕介を店に招き料理の手ほどきをしてきたのは、他でもないミシェル自身なのだ。
信じたいのに信じきれないという思いを抑えきれず、結果睨むように耕介を見ていた。


ロックの目には嘲笑と愉悦が満ちている。
…誰もお前の言う事なんて信じねえよ!こいつ等は俺には逆らえねえのさ!
…俺より菓子作りの上手い奴なんて、この店にはいらねえんだよ!
…ふふ、これで店長の座は俺のものだ。


耕介は頭を上げ、大通りに向けて歩き出す。

俺は財布なんか盗んでいない!
何で誰も信じてくれない…。
何でロイの財布が俺の鞄から出てきたのか俺が知りたいくらいだ!!

嘘だ。本当は分かっている。

ロックが俺を追い出すために嵌めたって事は分かっている。

だが、証拠は無い。

従業員の誰も庇い立てしてくれなかった。
ミシェル店長は庇ってくれたが、全員に言い寄られては庇い立て出来ない。
俺一人と副店長を含めて他の従業員全員では、どちらを選ぶのかは自明の理だろう。

ミシェル店長の事は恨んではいない。
養護施設で育ったと知った上で雇ってくれて、丁寧に仕事を教えてくれた。
今思えば、それもロック達の癇に障ったんだろう。
ミシェル店長が庇えば庇うほど、ロック達の不満は募っていったように思う。

分かっていた事だ。こうなる前に辞めるべきだった。
それでも、ミシェル店長から料理を少しでも長く教わりたかった。
そんな思いでずるずるとここまで来てしまった。

日本からフランスへ渡り約5年。
友達も恋人も作らずに、ただひたすら料理の勉強をして来た。
育った養護施設にも一度も帰らずに、だ。
今更、日本に戻ろうとは思わない。

フランスにも日本にも居場所が無いのなら、外国を見て回ろうかな。
幸い料理ばかりしていてお金を使う暇が無かったから、多少の蓄えはある。
…そうさ。こんな事で落ち込んでいたって仕方ない。

どこの国に向おうか考えながらスーパーで買い物をし店を出ると、雪が降り始めていた。
時計を見ると、22時過ぎ。

仕方ない。鞄にカバーをかけて胸に抱えて走り出す。

「はっ、はっ、はっ…」

耕介の自宅へ帰るには、トンネルを抜けなければならない。

走りながら耕介は今朝の天気予報を思い出していた。

そういえば、今日はこの冬一番の冷え込みとか、午後から雪が降るとか言っていたっけ。


体が突風であおられる。耕介は自分が抱きかかえている鞄が心配になり抱え直す。

鞄、濡れてないよな?

耕介が自分の体より心配しているのは、先月購入したばかりのショルダーバック型の「ジェネレーター」。
太陽電池を内臓しており、外側のパネルに太陽光を当てる事で発電。付属の専用バッテリーに充電し、それをノートPCに接続して充電する仕組みを持つ。
効率の高いパネルを採用し、5時間で専用バッテリーにフル充電出来る点を気に入り購入した、今では愛用としているお気に入りの鞄だ。
まぁ、バッテリーと太陽電池込みで約2キロという重さが難点だが…。
紫外線と水に強いとは記事にはあったが、せっかくのお気に入りを濡らしたくはなく、鞄にカバーをかけている。
ミシェル店長は「やっぱりお前は几帳面だな」と笑っていたが、俺は気にしない。モノを大事にする事のどこが悪いのだ。


トンネルに着いた頃には、すっかり息が上がっていた。
座り込みこそしなかったものの、手を膝につきしばらく動けなかったほどだ。
息を整えながら、雪に濡れた髪をかき上げる。


ここでタオル出しても、また雪で濡れるよな…。
耕介はそう考え、ため息を漏らしながら、トンネルの出口に向け歩き始める。


このトンネルは全長100mも無いが、大きく右にカーブしている為、入り口からは出口が確認できない。
出口が見えなくても気にならないのは、等間隔に並んだ電球が頼もしげにトンネル内部を照らしているからだ。

トンネルに入り半分ほど過ぎ、耕介がまだ見ない外国に思いをはせていると、突然、地面が揺れる。
耕介は咄嗟に壁に手をつき、態勢を保つ。
地震によって電気が途絶えたのか、頼りの電球は一つ残らず消えていた。
暗いトンネルの出口から漏れる月明かりだけを頼りに、トンネルを抜ける。





そこには森が広がっていた。
トンネル内のアスファルトの地面ではなく、柔らかい土の地面。
排気ガスとコンクリートの匂いではなく、木々の青々としたむせ返るほどの匂い。夏のような暑い熱気。
すぐに振り返り確認するが、トンネルは無い。
いや、トンネルだけでは無く、アスファルトの地面も排気ガスの匂いも何も無かった。

目の前にあるのは鬱蒼と茂った森。前も後ろも右も左も森だけが広がっている。
何度、周りを見渡してもトンネルも無ければ、見覚えのある景色など欠片もなかった。



[16812] 第01話~出会いとチョコ~
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/07/17 23:14
耕介は地面を確認し、木々を確認して、雪で濡れた髪をかき上げ、抱えた鞄を再度抱きしめ、徐々に「これは現実なのかも」と考え始める。
地面は乾いていた。木々の葉も水滴は乗っていない。空は晴れ渡っている。
つまり、雨が降った形跡がまったく無いのだ。
何より、先ほどまでの刺すような寒さが無くなっている。
寒くて羽織っていたコートを今すぐにでも脱ぎたくなっている。

ありえない…。
家に帰っていただけなのに、トンネルを抜けたら夏の森でしたって…。
眠れば戻っている…と考えるのは楽観的過ぎるだろうな。
コートを脱ぎながら深呼吸をする。


知らない土地、暗い森、濡れて冷えた体、どこからか遠吠えが聞こえてくる。


獣がいる、そう思い至ると同時に恐ろしくなった。
獣に出会えば、対抗する手段は無い。獣と出会う=死。遠吠えの聞こえた方角から離れるように歩き始める。
出来るだけ静かに、なるべく速く森の中を進む。
音にも気をつけなければ。突然獣が出てくる可能性もある。

なんでいきなり森なんだ?この暑さは?
獣が襲ってきたらどうすればいい?怖い怖い怖い…。
自分が何故この森にいるのか、トンネルはどこにいったのか、どこかに連れ去られたのか、眠った覚えも無い、自分は確かに歩いてトンネルを抜けただけのはずだ。


当ても無く森の中を歩き始めて30分ほどで、話し声が聞こえてくる。
獣を惹きつけないように静かに動き、話し声のする方向へ向う。

「※&$#@…」
「”$&%$*&$$*@?」
「$$。$$」
「あはは」
川辺で火を囲みながら、4人の男女が食事をしており、一人の男が女に叱られている様に見える。


何語を話しているのだろう?
英語?フランス語?いや、聞いた事無い言葉だ。


「明日はエスクイルの宿屋でのんびり出来そうだな」
「&%。*`#$+#*&$」


日本語を話している!
日本語を聞いた途端、耕介は森を抜け彼等に話しかけていた。


「…すみません。道を教えて頂けませんか?」

耕介が声をかけると、4人は一斉に武器を取り出し攻撃態勢を作る。

「$&%*@!」


そこまで警戒されるとは思っていなかった耕介は驚いて、すぐに両手を挙げて話し出す。


「あ、えっと、言葉分からないんです。貴方は日本語話せますよね?ちょっと迷ってしまって…、道を教えて頂けませんか?」

日本語を話していた男性に声をかける。
その男性をよく見ると現代ではありえない格好をしている事に気づき、耕介はしばし呆然となる。
年のころは30代半ばだろうか、無造作に伸びた青紫色の髪の男性は鎧を身に纏い大剣をやや斜めに構えて、こちらを髪と同じ色の瞳で睨んでいた。

話しかけられた男性は耕介を睨み付けながら言う。

「川沿いにいけば道に出る。南に向えばラールの街。北に向えば首都エスクイルに着く。それより、お前は一人か?」

「え?はい。一人です。…あの、もし良ければ朝までご一緒させてもらえませんか?」

耕介は見ず知らずの人間より、周囲にいるかもしれない獣が恐かったのだ。

「…少し待ってくれ。みんな、どうする?」
男性はそう言って他の3人へ確認する。
男達は二言、三言話した後、耕介へ返答する。

「俺達は首都エスクイルに帰る途中だが、一緒に来るか?」

「是非、お願いします」

耕介は満面の笑みを浮かべて頭を下げる。

「いや、どうせ帰るだけだからな。気にしなくても良いさ。俺はサモンズ。こっちがヴァイスとレイラ、リリーだ」


「$%&+!」

ヴァイスが耕介に向って声をかけてくる。
サモンズよりいくらか年若い、人懐っこい男性。
だが金色の瞳の奥にある警戒色を消さず、いつでも長剣は抜ける姿勢を崩していない。


「…#$%$」

普段のレイラであれば、その涼しげな目に微笑みを浮かべ周囲から羨望の眼差しで見られるような魅力的な美人だが、今はあからさまに怪しい耕介を警戒して睨みつけている。
あいにく美人にきつく睨まれて喜ぶ性癖は耕介には無いため、居心地悪そうに視線をはずすのが精一杯だった。
だから、レイラの耳が尖っていた事にも耕介は気付かない。


「$#*+&~」

4人の中で一番背の低い彼女は耕介に向って手を振る。
腰まである長い蒼髪には猫耳が乗っており、猫のような細い目で笑顔を浮かべている。


「…は、初めまして、高橋タカハシ 耕介コウスケです。宜しくお願いします」

耕介は蒼髪の上の猫耳が動いたことに驚きながら挨拶をする。

「タカバス?言いにくいな」

「あ、名前はコウスケと呼んで下さい」

「分かった。コウスケだな。コウスケは翻訳の魔法具は持っていないのか?無いなら売ってやるぞ?」

「翻訳の…魔法…具ですか?」

耕介がおよそゲームか映画の中でしか聞いたことの無い言葉に困惑していると、サモンズが袋の中から藍色の指輪を出して見せる。

「あぁ、知らないのか?コレだよ。コレを着けると、言葉に不自由しなくなるんだ。お前と話が出来るのが俺だけなのは、俺だけが指輪を着けているからだ。
国が違うと言葉も異なるからな、こういったモノが重宝するのさ。コレに入っている文字は共通語だから問題ないと思うが、どうだ?銀貨50枚で良ければ売ってやっても良いぞ?」

「…そんな…物が………。すみません。欲しいのですが、あいにく持ち合わせが無くて…。何かと交換して頂けませんか?」

「何を持っているんだ?」

耕介は自分の鞄を開けて交渉になりそうな物を探すが、あいにくそれらしいのは無い。
出てきたのはアンパン、お徳用チョコ、ペットボトル(お茶)…。

「それは何だ?」

「これはアンパンです」

「アンパン?そっちは?」

「チョコレートです」

「チョコレート?見たこと無いモノばかりだな」

「アンパンはパンの中に餡子をいれた食べ物です。餡子というのは甘さ控えめですが、パンと一緒に食べるととっても美味しいんです。
こっちのチョコレートは餡子より甘くて美味しい食べ物です」

「甘い食べ物?」

「+‘$%&%$」
リリーがサモンズに話しかけてきた。

「あぁ、コウスケ、チョコレートを一つもらえるか?」

「えぇ、どうぞ」

サモンズはチョコレートを受け取ると、リリーに渡す。
レイラが止めようとする間もなく、リリーはチョコレートの匂いを嗅いで口に入れる。

「!!!!+$%<>!!*%&#+%+#!」

口に入れた途端、リリーは目を丸くして耕介に詰め寄ってきた。
耕介は何を言っているか分からず、サモンズへ助けを求める。

「チョコレートがもっと欲しいんだとさ」

「相場が分からないので困りますが、翻訳の指輪と交換お願いできますか?」

「リリーと直接交渉してくれ。ほら。どの指に嵌めても効果は出るぞ」

「ありがとうございます」

耕介が指輪を嵌めると、すかさずリリーが交渉してきた。

「こんな甘いの食べた事ないわよ!もう少し大きければ1個銀貨50枚はするんじゃない!?これなら銀貨10枚、ううん銀貨30枚でなら買うわ。どうかしら?
悪いけど、この大きさにこれ以上は出せないわ」

耕介はチョコの残りを考え、チョコ3個と銀貨90枚を交換する。
翻訳の指輪銀貨50枚を抜いた後の銀貨40枚を受け取る。

チョコを受け取ったリリーは狂喜していたが、あまりの勢いにリリー以外は若干ひいていた。


「リリー、そんなに美味しいの?一口頂戴?」

リリーの喜びように若干ひきながらも、レイラは興味をそそられる。
甘いものに目が無いのはどこの女性も一緒のようだ。

「嫌。先月食べた蜂蜜より上品な味がするわ~。最高よ~!幸せ~!」

「蜂蜜って、金貨1枚するあれでしょ?あれよりも!?」

取り付くしまもないリリーに呆れながら、他の三人も耕介からチョコを購入する。

「っ!美味しい!!口の中でさらりと溶ける!!あ~!もう無くなった!!」

「…これは旨いな」

「全然苦味が無ねえな。うん、美味い」


レイラ、サモンズ、ヴァイスは其々感想を口にし、レイラは追加で2個購入した。

その後、耕介はさらにチョコを売って欲しいとのリリーさんとレイラさんからの追求をかわして、サモンズさん達の馬車の中で横になる。


---------------------------
コウスケの所持金

【収入】
リリーから銀貨90枚
レイラから銀貨90枚
サモンズ、ヴァイスからそれぞれ銀貨30枚ずつ

【支出】
翻訳の指輪:銀貨50枚

【結果】
所持金:銀貨190枚



[16812] 第02話~ギルドと宿屋~
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/05/04 22:04
翌朝。

耕介が馬車の中で寝ていると、リリーが起こしに来た。

「コウスケさん、朝ですよ~。朝ごはんですよ~」

眠い目を擦りながらリリーへ挨拶を返す。

「…おはようございます」

「朝ごはん出来ていますから、顔を洗って来て下さいね~」

「はい」

やっぱり夢じゃないんだな。

深いため息と共に川へ顔を洗いに行く。
パリは冬だったのに、こちらではまるで夏に逆戻りしたかのように寝苦しかった。

すでにチェックの長袖シャツは袖をまくっており、灰色のジーンズも人目が無ければ脱ぎたいくらいだ。

サモンズ達はまだ耕介を信用しきってはいない。
耕介の服装が怪しいのだ。手に持っていたレザーのコートも鞄も中身も全て、サモンズ達にとっては見た事も無いモノばかりだったからだ。

だが、そこまで警戒しているわけでもない。
仮に耕介が不意打ちをしてきても、簡単に返り討ちに出来るとサモンズ達は考えている。



食事が終わり、首都エスクイルに向う馬車の中。
最初に質問してきたのはチョコレートが大好きになったリリーだ。
今は耕介から購入したチョコレートがあるが、無くなった時の事を考えて購入できる場所を聞き出したいと思っている。

「コウスケさん~、チョコレートはどこで買ったんですか~?」

「それは私も気になるわね」

「おう、あれはうまかったな~」

「パリで買ったんです」

「パリ~?どこですか~?リーダー、聞いた事ある~?」

「ん~?どこだって?」

「パリ~。知ってる~?」

「…いや、聞いた事無いな。地名か?国の名前か?」

サモンズは馬車の御車台で前方を見ながら返事をする。

「国の名前です。フランス、日本、アメリカ、ドイツ…これらの国の名前に聞き覚えはありませんか?」

「…聞いた事無いな」

その声色は嘘を言っているようには思えない。

「そうですが。…あの、少しお聞きしたい事があるのですが、良いですか?」

「何だ?」

「この指輪…。魔法を使っているんですか?」

「そうですよ~?じゃないと魔法具なんて呼びませんよ~」

リリーは笑って返すが、耕介の不安は増して行く。

「あの、簡単な魔法を見せてもらえませんか?」

耕介の心境としては、嘘であって欲しいという気持ち4割、魔法を見てみたい気持ち2割、昨日まで理解できなかった言葉が理解できている現実を否定したい気持ち3割、
魔法できちゃうんだろうな…という諦めの気持ち1割といったところだ。


「いいよ~。…ライト!」

リリーのピンと伸ばした右手から光の球が出て、馬車内を明るく照らすが、耕介の心は暗く沈んでいった。
信じたくない気持ちが無残に打ち砕かれてしまう。

「ね~?」

リリーが誇らしげに胸を張る。

リリーの胸に目を奪われる耕介をレイラが鋭く睨む。

やめてください。リリーさんの胸が立派なのは会った時から知っていますから。
レイラさん、そんな目で見ないでください。何もしていませんって。

耕介は慌ててリリーの胸から視線を外し、心の中で必死にレイラへ弁解しながら話す。

「あ~、私の住んでいた場所は魔法が無かったんですよ。ですから、ちょっとびっくりしちゃいまして…」

「魔法が無い?火はどうやって起こしていたの?明かりは?貴方の街にギルドは無かったの?ギルドで魔力確認できるでしょ?した事ないの?」

「…えっと、信じてもらえないと思いますが、魔法の無い場所で生活していたんです。火は…これを使えば…ほら」

耕介が鞄に入っていたジッポを取り出し火を点けて見せると、レイラが目を見開き驚く。

「はぁ!?こんなちっちゃいのに…え?魔法じゃないの?え?ちょっと良く見せてくれない?」

「はい」

「へぇ~!凄いわね!これ!」

レイラは耕介からジッポの点け方を教わると何度も点けたり消したりしている。
まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようだ、と耕介は微笑ましくレイラを見る。

「まぁ、そういった魔法の無い所だったんですよ。んで、気づいたら森の中にいた。正直、これからどうしようかと悩んでいるんですよね」

外国に行こうとは思っていたけど、いきなり連れて来られるなんて。しかも魔法って…、そこまで違う国なんて望んでないぞ?

耕介は困惑しながらため息をこぼす。

「…うーん。貴方、ギルドは知って………知らないみたいね。街に着いたら、ギルドに行きなさい。ギルドでお財布カード貰えるから。何をするにしても、財布は必要でしょう。
昨日、私達が渡した銀貨もその鞄に入れただけみたいだし、お財布カードも知らないのでしょう?」

「お財布カードですか?」

耕介は首を傾げてレイラを見る。

「そう。…ほらこれ」

レイラは腰袋から銀色無地のカードを取り出す。

「これは自分の情報が詰っているの。私のはギルドカードとお財布カード兼用のカードよ。…見てて?」

レイラが右手で持った銀のカードの下に左手を持って行き「銀貨1枚」と呟くと、カードから銀貨が出てくる。

「こうやって使えるのよ。昨日支払った銀貨もこうやって出したのよ?本人以外には取り出せないから、悪用される心配も無いわ」

お財布カード…。確かに凄く便利だよ。大量のお金も持ち運べるし、重くない。

耕介は自分の持っている常識が音を立てて崩れていくのを感じる。
ふと、今手にしている銀貨がどのくらいの価値を持っているのか確認したくなり、耕介はレイラに尋ねる。

「もう一つ良いですか?一般的に1ヶ月の生活費はどのくらいなのでしょう?」

「ん~、大体家族四人で1ヶ月金貨5枚くらいね。一人なら金貨1枚と銀貨50枚位。あ、宿に泊まるなら、1泊2食で銀貨10枚くらい」

レイラによると貨幣は小さい順に石貨、銅貨、銀貨、金貨、金板。

石貨10枚で銅貨1枚、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨以降は全て100枚で一つ上の貨幣1枚と交換できると教えられる。

耕介の所持金は銀貨190枚。何も購入せずに宿泊するだけなら、2週間程度は宿泊できる計算となる。

「魔法について、聞いて良いですか?」

耕介の問いにリリーが自信満々に話し始める。

「魔法なら私に聞いてよ~。魔法は白魔法が火、水、土、風、光、黒魔法が闇。
精霊に力を貸してもらう精霊魔法、幻獣を召喚して一緒に戦う召喚魔法、古代語をモノに刻む古代語魔法の5種類。
一般の人が使うのは白魔法ね。他の魔法も凄いけど、白魔法は組み合わせる事で色々派生して使い勝手が良くなるわね~。
例えば、水と風を組み合わせて『吹雪』、火と土で『溶岩』、風と土で『砂嵐』、火と風で火の魔法の威力を上げる事もできるわ~。
でも、注意点が一つあって、自分で思い浮かべたイメージによって威力が変わってくるから、同じ魔法でも人によって威力はまちまちなのよ~。
まぁ、魔力がゼロって人はいないから基本魔法は誰でも使えるわね~」

「…転移とか瞬間移動とか違う世界に行くみたいな魔法ってありますか?」

「うーん。転移の門は主要都市にあるけど、料金高いわよ~?」

「個人の魔法で移動するのは出来ませんか?」

「それは無理ね~。召喚はあくまで幻獣だけだし、行動が終わればすぐに消えてしまうわ。そんな魔法あったら私が使ってみたいわよ~」

「そうですか…。魔法って俺でも出来ますか?」

「大丈夫だと思うわよ~。ギルドは魔法教室もしているからお財布カードの申請と同時に申し込んでみたら~?但し、魔法教室は料金が発生するからね~?」

耕介は頷きながら魔法教室へ行くことを決意する。

「そういや、コウスケはどこの宿に泊まるか決めているのか?」

脇で横になっていたヴァイスが、突然尋ねて来た。

「いえ、初めての場所なんで決めていません。良ければ、安い宿を紹介してもらえませんか?」

「それなら、俺等と一緒の宿に泊まりゃ良いさ。一泊二食で銀貨8枚だ。どうだ?結構綺麗だし、お得だぜ?そうしようぜ?」

「是非、お願いします」

「やりぃ!こっちこそありがとよ」

いきなりお礼を言われて困惑している耕介にレイラが説明する。
何でも、宿泊者を紹介すると多少の紹介料が入るらしく、どこかしらレイラも喜んでいた。
耕介とレイラは見合って笑う。



「そろそろ着くぞ」

耕介はその言葉を聞きサモンズが座っている御車台に近づき進行方向を見つめる。
遠くに立派な城が見える。

「あれは、城ですか?」

「あぁ、立派だろう。ワイギール皇国の城だ。そのお膝元がここ、首都エスクイルだ。まずは宿屋で馬車を置いて、それから昼飯だな」



***



エスクイルの街並みを20分ほど進み、一行は宿屋に着く。

早速、耕介はサモンズに宿屋の主人であるゲイル・シューリッツを紹介してもらう。
鼻の下にある髭と豊かなお腹周りが印象的な男性で、くすんだ茶色の髪の生え際がだんだんと後退していることが目下の悩みだと言って笑う。

ゲイルが笑っていると、ゲイルの後ろから大きなため息が聞こえてくる。
後ろから現れたのは、金褐色の髪を首の後ろで束ねて背中に流し前掛けをつけた勝気そうな女性。

ゲイルの妻のエヴァ・シューリッツである。

エヴァとしては髪の生え際より太りすぎのお腹を心配して何度も注意しているのだが、ゲイルは全然意に介さない。
だからこその大きなため息だった。

二人には愛娘のアイシャがいるのだが、アイシャは食堂で掃除をしており、耕介が直接見ることは無かった。

中世木造建築2階建ての宿屋。
一人部屋が6部屋、2人部屋が3部屋。1階には食堂もある。

宿泊費はヴァイスの言ったとおり一泊二食で銀貨8枚。
この宿では貴重品の無料預かりサービスも行っている。


耕介は鞄から銀貨を取り出して持ち、鞄は店主に預ける。
預ける際に前金で銀貨40枚、5日分を支払っておく。

「俺はコウスケをギルドに案内してくるが、お前等はどうする?」

「私も一緒に行くわ」

「私も行きます~」

「俺はそこらへんをぶらついてくるぜ」

「そうか。ではコウスケ行くか」

「はい」




***




宿から少し歩くと大きな噴水広場が見えてくる。
噴水広場の周辺には、祭りの出店のように露店が並んでいた。
肉を焼いたモノを出している店、飲み物を出している店、果物屋、お肉屋など。
料理人としての性なのか、耕介は現地の素材や料理が気になってしまい、チラチラと目をやってしまう。


「はっはっは。コウスケ、後でゆっくり見て回ればいいさ。今は昼飯が先だ」

サモンズに見透かされてしまい、少し照れてしまう耕介。

「でも、ほんと良い匂い~、お腹すいた~」

「もうすぐ着くわよ。何食べようかしら」



噴水広場から少し東に向った先にその店はあった。
食堂というよりも酒場といった方が正しいだろう。
耕介達はカウンターで飲んだくれている者を横目で見ながら席に着く。



「肉料理が美味いぞ」

そう言うサモンズからメニュー表を受け取り確認する。
文字は日本語ではないのだが、指輪の効果なのか意味が頭に浮かんでくるので不便は無い。
耕介はその中から肉料理を選択した。

全員が選び終わると手を上げてウエイトレスを呼び注文する。
出てきた料理は、日本の料理に慣れてしまっている耕介には少し物足りない味に感じた。
もう少し、塩味を効かせて…。肉も焼きすぎ…。サラダも冷えていれば…。
職業柄、味の改善を考えてしまうのは仕方ないだろうと耕介は自分に言い訳をする。


食事代金の銀貨1枚を支払い、店を後にする。




***




ギルドに到着した耕介達は二手に分かれる。サモンズとレイラはギルドへの達成報告があるからだ。
耕介はリリーに受付の場所を教えてもらい、受付の女性にお財布カードの発行を依頼する。

「発行手数料として銀貨5枚かかりますが、宜しいでしょうか?」

「はい」

「こちらの書類に名前と職業を記入してください」

「実は文字を書けないんですが…」

「では、私が代わりに記載いたします。お名前を教えていただけますか?」

高橋タカハシ 耕介コウスケです」

「タカハシ=コウスケさんですね?タカハシが名前で良いですか?」

「いえ、コウスケが名前です。コウスケ・タカハシです」

「かしこまりました。…ご職業は?」

「まだ、職についていません」

「かしこまりました。ではカード作成に多少時間がかかりますので、出来ましたらお呼びいたします。…これお願いします」

受付の女性は慣れた手つきで書類を別の職員に渡す。
耕介はもう一つの用事を思い出しお願いする。

「はい。…あの、魔力測定もお願いできませんか?」

「かしこまりました。では、こちらの水晶球へ手を置いてください」

差し出されたのは窓口脇に備え付けてあった水晶球。
耕介は置物かと思っていたが、この水晶球は魔力測定用の道具である。

耕介はそっと手を触れる。

しばらくすると521という意味を持つ、見た事の無い文字が浮かび上がってくる。
耕介にはそれが高いのか低いのか判断がつかなかった。

「魔力値は521ですね。他に御用はございますか?」

「あ、魔法教室ってのも受けたいんですが…」

「魔法教室は白魔法、黒魔法の基本講習がそれぞれ銀貨5枚。応用は銀貨30枚。
精霊魔法、古代語魔法は銀貨30枚。召喚魔法は金貨1枚です。
コウスケさんは魔力値521ですから、基本講習しか受けられませんが、いかがいたしますか?」

「それでお願いします」

「かしこまりました。講習は毎日朝から昼にかけて行っています。講習料をご用意してこちらの窓口へお越しください。…他に御用はございますか?」

「いえ、ありません」

「ありがとうございました。お財布カードが出来上がりましたらお呼びいたしますので、しばらくお待ちください」

耕介は受付の女性にお礼を言って席を離れ、リリーと合流する。

「お疲れ様~。どうだった~?」

「うん。魔力値が521だって言われたよ。これ高いの?」

「うーん。普通じゃないかな~。戦士もそれくらいだし~。魔法を使うなら1000は最低必要だけどね~」

「そっか。リリーは魔法使いなの?」

「そだよ~?私は魔力値2000くらい~。魔法使いを名乗るならこれくらい普通だよ~」

「へ~」

耕介がリリーと雑談していると受付から耕介の名前が呼ばれる。



「はい。こちらがコウスケさんのお財布カードです。所有者登録しますので、水晶球に手を置いてください。…はい、終了です。これでこのカードはコウスケさんにしか使えません。無くした場合再発行可能ですが、中に入っているお金は戻ってきませんので無くさない様に気をつけてください。再発行の際も手数料は発生致しますのでご了承下さい。ご不安であれば、こちらでお金をお預かりするサービスもございますので、ご利用ください。カードの使い方はご存知ですか?」

「はい。カードを持って出したい金額を言えば良いんですよね?」

「そうです。お金は必ず地面に向けている方から出ますので、手を下にそえてから出すと良いでしょう。…あとは、カード同士直接やり取りを場合は、相手のカードを下にして重ね、相手の名前と金額、『渡す』というキーワードを入れてください。例えば、【コウスケさんに石貨1枚を渡す】と言った感じです」

耕介は持っている銀貨を思い出し、あとでカードに入れておこうと思う。

「分かりました」

「他に分からない事があれば、またこちらへお越しください。ご利用ありがとうございました」

お財布カード発行手数料の銀貨5枚を渡して、深々とお辞儀をしている受付の女性に御礼を言い、リリーと一緒に入り口で待っていたサモンズ、レイラと合流しギルドを後にする。



「コウスケ、帰り道はわかるな?レイラ、リリー。俺は少し用事があるから後は頼む」

「わかったわ」

「はい~」

そういうとサモンズは街の雑踏に紛れ消えていく。



「さて、コウスケはどこに行きたい?今日はコウスケに付き合っちゃうわよ?」

「では、野菜とかお肉、香辛料などが売っているお店を教えてもらえますか?」

「良いけど、貴方料理出来るの?」

「はい。本職はパティシエですが、普通の料理も出来ますよ」

耕介が満面の笑みでレイラに答えると、リリーが食いついて来た。

「へ~。じゃあ、今度食べさせてよ~」

「もちろん。腕によりをかけて作りますよ」

「楽しみにしてますよ~」

「ん~、でもその前に服屋が先ね。その服、ちょっと目立っちゃっているしね」



レイラに連れられて、耕介達一行は服屋に入る。

「ここで適当な服選んで。これから火の季節だから涼しい格好が良いと思うわよ?」

「火の季節?」

「そう。今は風の季節の終わりの時期。次が火、土、水、風と4つの季節があるのよ。風と土は過ごしやすいけど、火の季節は暑くて、水の季節は寒いわね」

詳しく聞くと、1週間は6日で光、火、土、水、風、闇の1サイクルとなる。
それを5週間で1ヶ月、12ヶ月で1年と数えるのだという。

日本の四季と似ているな。似たような所もあるもんだ、と異世界と日本の妙な相似点に不思議な気持ちになる。

結局、服を3着選び、店を後にする。1着銅貨30枚、上着を3着購入。
銀貨1枚におさまって喜んでいる耕介の姿はこの世界の基準から見ても小市民だった。



服屋を出て10分ほどすると、景気の良い呼び込みをしている声と野菜の青々とした匂いがしてくる。
通称野菜通り。新鮮な野菜がずらっと並んでいる通りは壮観の眺めである。


「ここがエスクイルの野菜通り。ここから北に行くとお肉通りがあるわ。本当は別の名前があったけど、通称が広まりすぎて今では誰も覚えていないの」

「調味料はどこです?」

「調味料は道具屋ね。お肉通りの先。通り毎に名前がついているから迷わないと思うわ?」

耕介は真剣に野菜類を確認していく。
肉・野菜類に関して、地球とこの世界では見た目、名前共にあまり変化は無い。
たまに耕介の見た事の無いモノがあるが、それは追々確認すれば良いと耕介は思う。

耕介としてはまず相場を確認したかった。パリに着いたばかりの頃に高い商品を買って痛い思いをしたからだ。
パリに着いたばかりの頃を思い出し、少し懐かしい気持ちになる。



結局、耕介に相場の把握はできなかった。
当たり前の事だが、相場は比較対象がなければ分からない。
誰かに教えてもらうか、覚えるまで足繁く通うしかないのだから。




***




宿に着いた耕介はレイラ達と分かれ、店主から預けていた荷物を受け取り部屋へ入る。

ベッドに横たわり考え始める。


異世界に来たって分かった時はびっくりしたけど、ちょうど外国に旅行しようと思っていた所だしな…。
言葉は通じるし、チョコを売ったお金が多少残っている。だけど、こんなのはすぐに無くなる。
幸い料理レシピはPCに入っているし、ミシェル店長からも教えてもらっていたから、料理を作って出す事もできる。
うん。とりあえず、ここで頑張ってみても良いかもしれないな。

しかし、料理人として雇われるのはごめんだ。
好きなお菓子や料理を作って、みんなの笑顔を見たい。
その為には雇われ料理人じゃ駄目だ。
てことはだ、自分で料理を作って出す場所が必要ってことで…。宿屋の店主に、店を出す事が許可制なのか自由に出せるのか確認して…、お客にうける料理も考えて…。



コンコン。

「コウスケさん?夕飯の準備が出来ました。…コウスケさん?」

………イカン。いつの間にか寝てしまっていた。

「はい。今行きます」

扉越しに聞こえる声に返事をして扉を開ける。

金色の短い髪、柔らかい目元が愛らしい。俺のお腹くらいまでの身長の可愛らしい女の子が立っていた。
たしか…。

「もしかして、アイシャちゃん?ごめん、寝てしまっていたんだ」

「あ、それはすみませんでした」

頭を下げてアイシャが謝るが、悪いのは寝過ごした耕介だ。

「いや、こっちが悪いんだから気にしないで。食堂に向えば良いかな?」

「あ、はい。着いたらママに声をかけて下さい」

「あぁ、わかった」



食堂では既に何人かが食べ始めていた。
サモンズ達が席に着いていたので、耕介は同席して夕飯を食べ始める。

皆、食事も終わり紅茶を飲んで寛いでいると、耕介はサモンズにこれからのことを聴かれた。

「俺は明日魔法教室に行って来ようと思います。皆さんは?」

「武器や防具の整備が1週間かかるから、1週間ほど休みだ。それからは地下迷宮に潜ろうと思っている」

「迷宮?」

「地下迷宮は100階あって、モンスターからは宝石が出る。誰が設置したのか知らねえが、宝箱もある。俺たち冒険者には夢の場所なのさ。コウスケも冒険者やってみるか?」

「いえ、荒事は苦手ですし、やりたい事も出来たので遠慮します。ここの地理を少し教えてもらえますか?」

「あぁ、ここ首都エスクイルは中央がワイギール城、北区に地下迷宮と歓楽街、ギルドに宿屋。今泊まっているのも北区だ。東区と西区は店と住居が並んでいる。但し、南区は貴族街だ。貴族街に入るには資格が必要だが、コウスケには特に関係ないだろう」

「ありがとうございます。ちなみにお店を出すのに届出は必要なんでしょうか?」

「うーん、そこら辺の事は知らねえなぁ。宿の主人なら知ってるかもよ?」

ゲイルは耕介の問いに嫌な顔をせずに答えた。

この国は職種ごとに組合があり、登録制をとっている。
但し、噴水広場の露店に関しては登録が必要ではない。
これはよほど珍しいモノ、美味しいモノ、品質の良いモノでなければ売れないからだ。
そこで稼いだ金で建物を買い、組合に登録して店を開くのが通常の流れなのだと耕介は教えられた。

耕介が噴水広場だけではすぐに場所が埋まってしまうのでは?と思って尋ねると、噴水広場は東西南北にそれぞれ3箇所ずつ、計12箇所あり、売れなければすぐに潰れる。そのため、一時的に埋まったとしてもすぐに空きが出るのだとゲイルは言う。


当面の目標を考える。

まず、魔法を習得して、売れる料理を考える。料理は元手のかからない品物が良いかな。


耕介はゲイルに礼を良い、サモンズ達と別れて部屋に戻る。



ノートPCを開きお料理ソフトを起動しながら、簡単な料理を思い出していく。

思いついた物は全てPCのメモ帳に入力。
この世界の住民はPCの使い方なんて知らないだろうが、耕介は一応パスワードロックをかけてある。
翻訳の指輪を使えば中身の確認が出来るからだ。



耕介の作業は夜中まで続いた。

---------------------------
コウスケの所持金

【収入】
無し

【支出】
食事代金:銀貨1枚
お財布カード登録料:銀貨5枚
服3着:銅貨90枚
宿泊費:銀貨40枚

【結果】
お財布カードの中身:金貨1枚、銀貨43枚、銅貨10枚



[16812] 第03話~魔法教室と魔法具~
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/04/26 08:34
チチチ…、チチチ…。

小鳥の鳴き声が聞こえる。

窓から朝日が差し込み、耕介の顔にかかる。

「…う」

スクリーンセーバーが止まり、パスワード入力画面が表示された。

「…あふ」

耕介は欠伸をしながら目の前のパスワードを打ち込み、パスワードロックを解除。
昨夜考えたモノを見返してからPCの電源を切る。
鞄のソーラーパネルを窓際に設置して、タオルを持ち宿屋裏の井戸に向うと、そこには水を汲んでいるアイシャがいた。

「おはようございます、コウスケさん。眠そうですね?」

「おはよう、アイシャちゃん。ちょっとね…」

宿に戻るアイシャに挨拶を返しながら、井戸桶で水を汲み、顔を洗う。
眠気が飛び周りを見渡すとサモンズが素振りをしているのを見つける。

荒削りだが大剣に振り回されず、きちんと振り切っている姿は、今まで剣とは無縁の世界で生きてきた耕介には圧倒的なモノに映った。
声を掛けられず、練習風景に見入ってしまった耕介をサモンズは横目でチラリと見る。

「…ふぅ」

左上から右斜め下への切り落とし状態でサモンズの姿が止まり、サモンズは練習をとめて耕介のそばにある井戸へ向ってくる。

「コウスケか」

「…あ、おはようございます。サモンズさん」

「あぁ、おはよう。昨日は良く眠れたか?」

「あ、ちょっと考え事しちゃって、少し眠いです」

耕介は苦笑しながらサモンズへ返答する。
サモンズは笑いながら桶の水で顔を洗い、手拭いで拭きながら話す。

「今日は魔法教室に行くんだろう?無理はするなよ?魔法ってのは精神力を使うからな。慣れない内は余計に疲れを感じるんだ」

「そんなもんですか…」

「そんなもんだ。まぁ、詳しい事は魔法教室で聞けばいいさ。ほら、朝飯の時間だ。先、行くぞ」

宿屋に戻るサモンズを追いかけるように耕介は歩き出す。



朝食を食べ終わり部屋に戻った耕介は鞄の中を見直してアンパンの存在に気付く。
すでにお腹は満たされているので食べたいとは思わないが、このままでは消費期限が来てしまう。
ふと、サモンズ達のチョコを食べた時の嬉しそうな顔を思い出す。腐る前に譲ってしまおうと、アンパンを持ち食堂に戻る。



みんなで食べられるようにと、耕介はエヴァに包丁を借りて適当に切る。
よく試食コーナーに置いてある、パンの切れ端をイメージしたのだ。

切ったパンを食堂に残っていた人に差し出す。
既にサモンズ達は『甘い食べ物』だと知っていたので、喜んで手を伸ばす。
サモンズ達が手を伸ばし、美味しそうに食べるのを見て他の宿泊者も手を伸ばしてくる。
耕介は遠慮しているアイシャの目の前に持って行き、アンパンを差し出す。

「甘くて美味しいよ?」

微笑みながら勧めると、アイシャはアンパンを掴み口に入れる。
途端、満面の笑みで歓声をあげる。

「甘い!甘くて美味しい!!」

耕介はその笑顔に微笑み返す。

「そんなに美味しいのかい?コウスケ、私達にもくれないか?」

「えぇ、どうぞ」

ゲイルとエヴァにもアンパンは大好評だった。
反応は予想以上であり、「どこで売っていた?」「もっと無いのか?」「どうやって作るんだ?」など、サモンズ達や他の宿泊者だけでなくゲイルやエヴァにまで問い詰められるほどだった。



耕介はこの国の事を呆れるほど知らない。

この国には甘味を使った料理は余り無く、砂糖、蜂蜜、樹液、花の蜜などは在るが、直接飲んだり舐めたりするモノが主流である。

十数年前より砂糖が隣国より供給されるようになり、徐々に砂糖の値段は下がってきている。国民も少し無理するだけで砂糖が手に入るようになった。
だが、肝心の砂糖を使った料理は開発が始まったばかりというのが現状だ。
つまり国民にとって砂糖とは、『直接舐めるモノ』、『水に溶かして飲むモノ』程度の認識でしかなかったのだ。

では、『餡子』を食べればいいのではないか?というと、話はそんなに単純ではない。
『餡子』は『小豆』を原料としているが、この世界では小豆を煮詰めて餡子を作るという発想をもっておらず。
専ら、煮込み料理やスープの材料としていたのだ。その為、渋く苦いものという印象しか持って居なかったのだ。

この世界で初めて『餡子』を食べた人の衝撃は、詰め寄られている耕介を見れば言うまでもないだろう。

そんな事情を知る由も無い耕介としては、「アンパンはそれだけしか無く、売っている場所も貰い物なので分からない」と誤魔化すほかなかった。



宿のみんなの残念そうな顔を見ながら、耕介はエヴァに尋ねる。

「甘いお菓子は少ないんですか?」

「あんまり無いねぇ。甘いものなんて果物とか蜂蜜、樹液、砂糖くらいだね。お菓子もクッキーとかなら聞いた事あるけど、他には聞いたことも無いよ」

エヴァにお礼を言い部屋に戻る。


お菓子は結構売れるかもしれないな…。後は砂糖の相場、卵、小麦粉類、食器具………。…まずは魔法教室行ってからか、魔法でどんな事ができるようになるのかも重要だからな。

耕介はお財布カードを持ち、鞄以外を貴重品として預かってもらいギルドへ出発する。




***




「おはようございます。魔法教室を受けたいのですが…」

「おはようございます。今回はどのコースをご希望ですか?」

受付の女性から魔法教室案内一覧と受講料が記載されている用紙を見せられる。

「白魔法の基本コースでお願いします」

「白魔法の基本コースですと銀貨5枚掛かりますが、宜しいですか?」

「はい」

「では、前払いとなっていますので、お客様のお財布カードをこちらのカードの上に重ねて、『ギルド』宛に銀貨5枚のお支払いをお願いします」

「ギルドに銀貨5枚を払う」

耕介は指示通り銀貨5枚を支払い、カードに表示されている金額が銀貨5枚分少なくなっている事を確認する。

「では、これを持って右手奥の101号室へ向ってください。そこに担当が居ますので、担当に渡してください」

受付の女性に言われ、「1番」と読める木札と耕介の名前と魔力値が書き込まれた紙を渡される。
受付の女性にお礼を言い、101号室へ向う。



101号室の扉が開いていたので覗きこんでみると、机と椅子が縦3列、横3列に並んでいた。教壇の上には碧色の水晶球、と何かを書き込んでいる金色の長い髪の女性が座っている。

「すみません。魔法教室を受けに来たんですが…」

「…あ、はい。では、その木札と書類はこちらで受け取ります。…はい。どうぞ、そちらの椅子へ掛けてください」

女性は木札と書類を受け取り書いていたモノをしまって、耕介に向き直る。
女性は碧眼にメガネをしており、耳は長く尖っている。体格は華奢であり、抱きしめれば容易く折れてしまいそうな印象を耕介は受ける。
女性に言われるまま木札と書類を渡して椅子に座る。

「白魔法の基本コースを受講される、コウスケ=タカハシさんですね?私はマリーベルと言います。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

マリーベルは耕介の机の前に椅子をずらし、水晶球を持ってきて目の前に座る。

「白魔法は火、水、土、風、光の総称として呼ばれています。出来る事としては、火を熾したり、水を出したり、土を動かしたり、風を起こしたり、光を点したりです。
但し、魔力量があっても、魔法を使えない人も居ますし、一つの魔法しか使えない人も居ます。もちろん全部の魔法を使える人も居ます。今回はそこを見極めて行くのが目的です。
ここまでは良いですか?」

「はい」

耕介の返事にマリーベルはにっこり笑いメガネを右手で軽く直す。

「この水晶球に触れてください」

耕介が水晶球に触れると、赤、青、緑、白と点滅を繰り返し始めた。

「…コウスケさんは火、水、風、光の適正があるようです。練習次第ですが、4通りの魔法が使えます。残念ですが、土魔法は使えないようです。では、次にコレを持ってください」

次にマリーベルが差し出したのは何の変哲も無い棒だった。

言われるままに棒を掴む。

「そのまま、『光れ』と念じて見て下さい」

耕介が頭の中で『光れ』と念じると、棒の先が赤く光った。

「魔法具も問題なく使用できるようですね。これは魔力が無い人でも、魔法を使えるように開発された魔法の道具。通称『魔法具』の判定道具なんです。
これが光らない人は魔法具が使えません。…まぁ、魔力が無い人でも使えるように開発されているので、そんな事はあり得ないんですけどね」

マリーベルは耕介から棒を受け取り机にしまい、代わりにネックレスを耕介に差し出す。

「では、最後にこのネックレスを着けて目をつぶってください」

言われるままにネックレスを首にかけ目を閉じる耕介。

「そのネックレスは体の魔力の流れを強くする働きがあります。胸の奥から首、頭、また首、肩、手、肩に戻って胸、お腹、足、足先。足先から胸に戻り胸の奥へ戻る。
体を巡っている流れがあります。…分かりますか?」


胸の奥を探す。

「………。なんとなく分かります」

「では右手を前に出し、右手に集まれと念じて下さい。充分集めたら『ライト』と唱えてください」

「…………ライト」

耕介は呟き目を開ける。
そこには直径10cm程の光球が浮かんでいた。

「おめでとうございます。それが光の魔法です。消すときは心の中で『消えろ』と念じるだけで消えます」

耕介が『消えろ』と念じると光球はすぐに消えた、と同時に疲労感が体を襲う。

「最初は1回使うだけで疲れてしまいますが、何回も使っていれば疲れないようになります。そこは慣れしかありません。もちろん、魔法は何回も使えるわけではなく、自分の魔力値を超える回数は使えません。ただ、魔力値は成長する可能性もありますのでご安心ください」

「魔力が底をついてしまうとどうなるんですか?」

「動く事も出来なくなります。大抵は自分の疲れ具合が分かるので、疲れてきたと感じ始めたら使用を控えたほうが良いでしょう。またカードには魔力値が記載されているので、魔力値が100を下回っている時にも使用を控えると安全です。安静にしている事で魔力値は回復しますから、そこまで気にする事もないですよ。火、水、風はそれぞれ『ファイア』、『ウォーター』、『ウインド』と唱えれば使えます。基本的にはここまでですが、何か質問はありますか?」

「…合成も出来ると聞いたのですが」

「合成は応用の授業ですね。さわりだけ言うと火と土が混じった後の合成物を明確にイメージする事で可能となります。イメージの持ち方は応用の授業で行います」

「イメージがはっきりしていれば、私にも出来ますか?」

「出来ます。ですが、イメージは難しいですし、魔力も結構使います。どうしても使うのであれば、基本魔法を使っても疲れないようになってからにするほうが良いでしょう」

「わかりました」

「他に質問が無ければ、基本講習はこれで終了です。宜しいですか?」

「はい、ありがとうございました」

耕介はお辞儀をして退室する。




***




ギルドを出た後は野菜通りに向う。
野菜・果物の値段を確認する為だ。
野菜通りを過ぎるとお肉通り。
陳列されている肉の種類は豊富で、牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉、蛙肉、ゴブリン肉、コボルト肉、オーガ肉などが並んでいる。


…美味しいのかな?味が想像つかないぞ…。
耕介は食べた事のない肉に未知の味を想像して首を傾げてしまう。


次にお肉通りを抜け、道具屋通りへ寄る。
耕介が初めに入った道具屋では迷宮探索用の道具屋だったようで、回復薬や麻痺を治す薬、解毒剤なんかが売られていた。次の店では、迷宮探索用の道具と生活用の道具が半々に並んでいる。
店によって売っているものが異なるようだ。耕介が道具屋の店主に確認すると、道具屋の看板の下に絵が描いてあり、盾の絵の前に剣を上から刺した絵が描かれている道具屋には迷宮探索用の道具が置いてあり、フライパンの絵は料理用の調味料が置いてある。魔法具店は水晶球の絵が描かれていると、と教えられた。

耕介は道具屋の下の絵に気をつけながら見て歩き、ようやくフライパンの絵を見つけて入ってみる。


…ふむ。スパイス、砂糖、塩、唐辛子…、結構充実しているか。
塩が銀貨10枚、砂糖が銀貨50枚、蜂蜜は金貨1枚…。

耕介は各種調味料類の値段を確認できた事に満足し、道具屋を後にする。

道具屋から宿への帰り道に野菜通りで買い物をして宿へと戻る。




宿に戻った耕介はエヴァに台所の使い方を教えてもらうように頼む。

「エヴァさん、俺に台所の使い方を教えてもらえませんか?」

「料理をしたいのかい?…う~ん、じゃ、これからお昼だからまずは見ていてごらん」

「はい。ありがとうございます」


耕介はこの世界の人が料理をしているところは始めて見る為、じっくりと観察する。
コンロに相当する場所には銀色の板が置かれており、その上『何も無いところ』から火が出ていた。下に薪が置いてあるわけでもないのにだ。

耕介が不思議に思っていると、アイシャが長方形の箱の扉を開けて肉を取り出す。
取り出した肉からは白い煙が上がっている。

まるで冷蔵庫のようだ、と耕介は目を丸くする

耕介が混乱している内に料理が出来てしまったようだ。
耕介は料理運びを手伝いながらエヴァに話を聞く。やはりアレらは魔法具だと言われる。エヴァ曰く、アレらの魔法具はすべて金貨1枚(銀貨100枚)以上かかっており、一般家庭で使う事は無いのだと教えられた。


料理を運びながら何気なしに火が出ていた箇所を見て耕介は驚いた。


---------------------------
コウスケの所持金

【収入】
無し

【支出】
魔法教室代金:銀貨5枚
買い物代金:銅貨30枚
お昼代金:銅貨30枚

【結果】
お財布カードの中身:金貨1枚、銀貨37枚、銅貨50枚



[16812] 第04話~新商品と露店の準備~
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/03/28 08:48
『火』…だよな。
耕介は銀の板を見つめ困惑してしまう。

銀の板には円が描かれており、その中に『火』の漢字が刻まれていた。
右手前には『切』の漢字、その隣に『点火』の漢字がそれぞれ刻まれ、線で四角く囲われている。
囲まれた四角と円が線で繋がっている。


何故漢字が刻まれているのか、耕介には理解できない。
ギルドで見た書類に書いてあった文字は見た事の無い文字だったからだ。


「コウスケ、どうしたんだい?昼ご飯が冷めちまうよ?」

エヴァが動きの止まった耕介を訝しんで呼びに来た。
エヴァは耕介の視線の先を確認すると、

「それに触るんじゃないよ?左の四角に触ると、そこの丸の中から火が出るんだからね。薪を使わなくていいし、ほんと便利な魔法具だよ。ほら、早くこっち来てお食べ」

エヴァはそう言い捨てて、食堂に戻っていく。
耕介は疑問を残したまま食堂に戻る。



メイン料理は、焼いたお肉。こんがりと焼かれたお肉が一口サイズに切られ、敷き詰められた香草の上にのっている。

その上にはゴマらしきモノが振りかけられ、香ばしい匂いが食欲をそそる。

ゆで卵がスライスされ、色とりどりの野菜の上にのっているサラダ。

パンがバスケットに入れられ食卓の真ん中に置かれる。


昼食を食べながら、耕介はゲイルに周辺地理について尋ねる。


ここ、ワイギール皇国の東の山脈を抜けた先にはスカーセル王国、北方にはシアロ王国、西のイルーガ砂漠の越えた先にリシリー王国、南にはラールの港街。
海の向こうにはデリザラス王国がある。

それぞれの国には特色があり、力を入れている魔法も異なる。


広大な草原と様々な遺跡を持つスカーセル王国は古代語魔法に、

常に水の季節で雪に覆われているシアロ王国は召喚魔法に、

常に火の季節でイルーガ砂漠にあるリシリー国は精霊魔法に、

海を挟んでいるデリザラス王国は白魔法・黒魔法に、

全ての国の交流地点であるワイギール皇国は魔法具の生産に、

それぞれが特化している。



食後のお茶を飲みながら、先ほどの魔法具についてエヴァに尋ねる。

「あれは魔法具店で作ってもらったのさ。良いだろ?…カンジ?なんだい、それは?あれは古代語だよ。
あたしも読めはしないけど、便利だから使っているのさ。それより、台所の説明をしてあげるよ。一緒においで」



耕介はエヴァから台所で先ほどの銀色の板について説明を受ける。

「この銀の板はさっき説明したね。ここを触ると…、火が点く。こっちを触ると消える。簡単だろ?コウスケもやってごらん」

エヴァに言われた通り、『点火』の文字に触れる。すると、円の中心から火が発生する。今度は『切』の文字に触れると火が消える。
電気コンロみたいだ、というのが耕介の感想だった。

「エヴァさん、火力の調節はできないんですか?」

「出来ないよ~。そんなのが出来る魔法具もあるのかい?」

エヴァはパタパタと右手を振りながら、あっけらかんと笑う。

「…いえ、出来たら楽だなぁ~と。はは」

「ふ~ん。まぁ、説明を続けるね」

そしてエヴァは台所の説明を順番に進めて行く。
肉が入っていた魔法具は古代語≪漢字≫ が刻まれた冷凍冷蔵庫だった。
上下2段に分かれており、上の段の扉には『凍』、下の段の扉には『冷』と文字が刻まれている。

魔法具は二つだけだったらしく、他は包丁、まな板など日本で使い慣れたものが並んでいた。


さすがに、『お湯』とか『水』と書いてあって、そこに触るとお湯や水が出てくる魔法具は無いか…。

耕介は残念なような安堵のような気分になりながら、エヴァの説明を受け終わり食堂に戻ってくる。

「エヴァさん、あとで台所を借りても良いですか?」

「構わないよ?」

「ありがとうございます」



話が終わるとちょうどサモンズさん達が戻ってきていた様子で、机に寝そべってぐったりしていた。

「あ゛~、あっぢ~。エヴァさん、麦酒エール頂戴」

「エヴァさん、俺も麦酒エールだ」

「あ~、あっつい~。もう外に出たくない~」

「同感。エヴァさん、冷たい麦茶もらえますか?」

サモンズ達が口々に飲み物を注文してくる。

ふと、リリーに尋ねる。

「リリーさん、物を凍らせる魔法って使えますか?」

「う~?出来るわよ~?」

「それって、凍った物はすぐ溶けちゃうんですか?」

「うん~。モンスターを凍らせた場合は数分で消えてなくなるわ~」

「水を凍らせた場合は、水は溶けますか?」

「ううん~。その場合は凍ったままね~。前にモンスターの水魔法で凍った時、体の冷えだけは中々とれなかったもの~」

指をあごに当て首を傾げて、思い出しながら話してくれた。


てことは、必要なのは…アレとアレ…。お金も…足りるか。

耕介は必要な材料と調達する為に必要なお金と手持ちのお金を頭で比べる。


「リリーさん、後で凍らせて欲しいものがあるんですが、お願いできますか?もちろん、お金は支払います」

「良いですよ~」

「よし!…ゲイルさん、大工はどこにいますか?」

ゲイルに道を聞き大工街に向う。



大工街と鍛冶屋で道具を注文。
注文した品が出来上がるまでに野菜通りでも買い物をする。
果物を宿屋に置き、再度大工街に向うとすでに注文の品は出来上がっていた。
それを受け取り急いで宿屋へ戻る。
お金は半分ほどになってしまったが、耕介は気にしていない。



「エヴァさん、台所をお借りしても良いですか?」

「良いよ。…何を作るんだい?」

「美味しいモノですよ」

怪訝そうな顔をするエヴァに耕介は笑顔で返す。


井戸から水を汲み、鍋に水を張る。

鍋に買ってきた砂糖を入れて火を点け煮詰める。

出来上がったモノ*1を瓶に入れて、脇に置く。


果物を潰して果汁を取り出して瓶に詰める。

果汁と水を1:1で混ぜ合わせて、さっき作ったモノ*1を少量加えて、長方形の型枠に流し込んでいく。

穴の開いた蓋をして、開いた穴に木の棒を入れる。


「リリーさん、こちらに来てもらって良いですか?」

「ん~?なあに~?」

「この箱を凍らせて欲しいんです。あ、木の棒は凍らせないで欲しいですけど、出来ますか?」

「簡単よ~」

リリーが杖を手に持ち、箱に向けて構えて呪文を唱えると、杖の先から出た白い霧が箱に当たる。
霧は箱を一瞬のうちに凍らせてしまう。
数分後、魔法の氷は消えて霜のかかった箱だけが残っている。

「こんな感じで良いの~?」

「ありがとうございます」

リリーにお礼を良い蓋を取り外し、仕切り板を外して木の棒を取り出して氷を舐めてみる。

「よし!成功だ!リリーさんも食べてみて下さい」

耕介は氷のついた木の棒をリリーに差し出す。
恐る恐る氷を舐めるリリーだが、味が分かると驚きの顔に変わる。

「ん~~!冷たくて美味しい!!甘い!!みかんの味がする!」

その言葉を聴いて、耕介は自分の考えが間違っていなかった事を確信する。

その後、エヴァ、アイシャ、リリー、レイラの女性陣に味と価格について尋ねる。


【各人の評価】
・これは美味しいね。…値段?銅貨50枚くらいなら買うね。(エヴァ)
・甘~い。(アイシャ)
・冷たくて美味しい~。もう一本良い~?(リリー)
・暑い日にはちょうど良いよ。(レイラ)


作成したアイスキャンデー(命名)は大好評だった。
耕介はリリーへ凍らせてくれたお礼に銀貨1枚を渡して、明日の露店の事を考える。


「リリーさん、明日はお暇ですか?」

「え?…やだ~、デートのお誘い~?美味しいモノ貰っちゃったし考えてもいいよ~?」

顔を赤らめて妄想し始めるリリーを耕介はスルーする。

「明日、露店でこの商品を出したいんですが、手伝っていただけませんか?」

「…でも、お酒に酔って変な事しないでね~?あ、でも強引なのもちょっと良いかも………、きゃ~~、何言ってんの!私ったら!」

頬を両手で挟み、体を左右に振っているリリー。

「お~い、リリーさ~ん。帰ってきて~?」

「もう、仕方ないわね」

見かねたレイラがリリーの頭に手刀を叩き込む。

「あいた!…ん~、何するの~?」

リリーが涙目でレイラを睨んでる。

…ちょっと可愛いと思ってしまう耕介。

「明日、露店の手伝いをして欲しいんだってさ。どうする?」

「別にいいよ~?でも、条件が一つ」

「何でしょう?」

「…それ、もう一本頂戴」




その後、耕介はアイスキャンデーを銜えたリリーとレイラを連れてギルドへ依頼をしに行く。

依頼内容は「露店販売の手伝い。報酬応相談」


ギルドは国民からの依頼を積極的に受けている。

国民の不満解消と同時に、冒険者の人間性・実力・社交性などが総合的に判断が出来るからなのだと教えられる。

もちろん、ギルドも無料で動くわけでは無く、ギルドを通して仕事をした場合、冒険者は報酬から1割をギルドへ納めなければならない。

それでも、ギルドランクが上がる事を思えば安いとレイラは耕介に頼んだのだ。


耕介が来たのは依頼だけではない。

口コミ効果を狙っているのだ。

いきなり露店で売り出すよりも、事前に報せておいた方が客の入りは圧倒的に良くなる。

リリーに追加で作ってもらったアイスキャンデー20本をギルドの職員に渡し、「明日、噴水広場でアイスキャンデーを販売する」と説明する。

あとは依頼しなくてもギルドの職員から口コミで冒険者に伝わっていくだろう。



宿に戻りリリー達と報酬について相談する。
結果、リリーが銀貨6枚、レイラが銀貨5枚となった。
サモンズとヴァイスは力仕事が無いため不参加。

リリーとレイラの報酬に差がついたのは、氷漬けにする魔法が水と風の魔法を組み合わせており、リリーだけしか使えないと分かったからだ。

レイラも出来るのでは?と耕介は聞いてみたが、レイラは精霊魔法使いであり、白魔法は得意ではないらしい。

もちろん、基本の白魔法は出来るが、二つ以上の魔法を組み合わせる事は、イメージを明確にしなければならないらしく難しいらしい。

よって、レイラは単純に売り子の手伝いの報酬となる。




夕ご飯を終えて、台所の一角を使わせてもらいながら、耕介は露店の準備を進める。


【露店の準備】
・シロップの瓶1個
・果汁入りの瓶4個
・木の棒100本
・長方形の型枠20個
・水瓶4個

ようやく露店の準備が完了する。

ここに来て噴水広場までの移動手段が無い事に気付き、耕介は困ってしまった。

ゲイルに相談すると、朝の仕入れが終わった後なら荷車を遣っても構わない、と言ってくれたので素直にその言葉に甘える事にした。


明日はいよいよ露店開業となる。
この世界で初めて作ったお菓子がウケるかどうか、耕介は不安で緊張してくる。


「コウスケ、飲みに行こうぜ!お前、いつまでも堅苦しいんだよ!敬語なんて使うな!仲間だろう?」

ヴァイスが耕介の腕を掴んで言う。

「え?いや、でも、明日露店出すし…」

「大丈夫!大丈夫!酒飲めるんだろ?」

「はぁ、じゃあ、少しだけ…」

「よっし!3人も来るよな?」

3人は苦笑しながらも頷き返す。


飲み始めて2時間もすると、ヴァイスは酔って隣のテーブルの女性に絡み、サモンズは部屋の隅にあった植木に話し掛け、早々に酔ってテーブルに突っ伏しているレイラの隣で底なしのように飲み続けるリリーにお酌をさせられる耕介。
混沌とした場が出来上がっていた。

「…明日、露店出せるかな…?はぁ」
耕介のそんな呟きは誰にも聞かれずに夜の闇に消えていった。


*1:シロップ。

---------------------------
コウスケの所持金

【収入】
無し

【支出】
瓶代金:銀貨1枚
木の棒代金:銅貨50枚
型枠代金:銀貨1枚
砂糖代金:銀貨50枚
果物代金:銀貨1枚、銅貨50枚
リリーのお手伝い賃:銀貨1枚
飲み代金:銀貨3枚

【結果】
お財布カードの中身:銀貨79枚、銅貨50枚



[16812] 第05話~露店と夢~
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/04/26 08:37
耕介が二日酔いで痛む頭を押さえながら食堂に入ると、すでにリリーとレイラ、サモンズが朝御飯を食べていた。

「…おはようございます」

「おはよう」
「おはよ~」
「おはよう」

二日酔いなどどこ吹く風のサモンズ達と挨拶を交わし、サモンズの隣に座って食べ始める。

「あれ?ヴァイスさんは?まだ寝てるんですか?」

耕介は昨日の飲み会でヴァイスに敬語禁止と言われていたが、それはヴァイス、レイラ、リリーだけ。
サモンズに対して敬語を使わないのは失礼に当たると、今までどおりに尋ねる。

「あいつは帰ってきてない。どこかの女のところでも行ってるんだろう」

苦笑している耕介に、リリーが話しかけてきた。

「それにしても、昨日は驚いちゃったわよ~。魔法にあんな使い方があるなんて、普通思いつかないわよ~?」

レイラも半分呆れ半分笑いながら話す。

「そうね。普通、攻撃魔法を料理に使うなんて思う人はいないわね。魔法を覚える時は攻撃する相手に向って練習するし、先生も詠唱を短くする方法、集中力を増す方法、戦い方なんかは教えてくれるけど、他の方法なんて全然教えてくれなかったわ。
それに氷の攻撃なんかで氷を作ってもすぐに消えちゃうから全然冷えないし、効率悪いから誰もやらない。
冷やすためだけに魔法を使った人って、貴方が初めてじゃない?」

「魔法を知ったばかりだから、一般的な使い方知らないんだよ。だから、何のための魔法って考えるより、魔法で何ができるかを考えただけ。大した事じゃないよ」

「そんな事無いわよ~。デリザラス王国で勉強したけど、物を冷やすなんて誰もやっていなかったわよ~。
だから、コウスケは凄いのよ~」

「あはは」


魔法で冷やせたら便利だな~って感じで、言ってみたら出来ただけなんだけど…。
それに俺からすれば実際に魔法で凍らせたリリーさんの方が凄いと思う。

耕介が勝手に気まずくなっていると、サモンズが話しかけてきた。

「コウスケ、広場には何時ぐらいに行くんだ?なんなら、荷車を引いてやっても良いぞ?」

「ゲイルさんが戻ってきてからです。でもサモンズさんに悪いですよ」


本当は手伝ってくれると嬉しい。俺一人じゃ時間かかりそうだしなぁ。

そんな耕介にサモンズが言い放つ。

「気にするな。俺も昨日のアイスキャンデー食ったからお互い様だ」

そっぽを向くサモンズに、三人は顔を見合わせ苦笑する。

「ふふ。では、お願いします。実はちょっと重いかな?と思ってたんです」



耕介達が雑談をしていると、汗を拭きながらゲイルが戻ってきた。

「コウスケさん、お待たせしました。荷車使っていいですよ。今日一日はもう使いませんから」

「ありがとうございます」

耕介はゲイルにお礼を言い、荷車に荷物を詰め込んで出発する。




***




噴水広場──広場の中心に噴水があり、周辺200mほどが大きく開かれている。噴水広場からは東西南北4つの通りへ抜けられる様な造りだ──には既に露店が数店並んでいた。
十字路の出入り口は既に占拠されてしまっているが、気にしない。


甘くて冷たいお菓子を誰も売っていなければ、俺の独占商売になるはずだ。

耕介はなるべく人が大勢並べるような場所を選び、露店の準備を始める。


今日も太陽が降り注ぎ暑いのか、みんな汗をかきどこか足早に見える。

「さてリリーさん、とりあえず10本お願い。あとはお客の状況で追加するから。レイラさんは出来た10本を家族連れの子供中心に配ってきて。配るときには必ず、『今回は1本無料。
次回はアイス1本銅貨50枚で販売中』と場所もあわせて伝えるのも忘れずにお願い」

「分かったわ~」
「分かった」


耕介とリリーが作り、レイラが家族連れを見つけて渡しに行く。
最初は怪訝な顔をしていた家族も子供の喜ぶ顔を見て笑顔に変わる。
もちろん、そのまま立ち去る家族連れもいたが、大半は奥さんも食べたくなり買いにくる。

耕介は女性の強さと男性の弱さに切ない気分になりながら、販売を続けていく。

「あら、みかん味だけじゃないの?」

「いらっしゃいませ。みかんの他に、林檎、レモンがございますが、どちらに致しますか?」

「じゃあ、林檎を1つ頂戴」

「林檎のアイス1本で銅貨50枚になります。お買い上げありがとうございます」

必ずお客様の注文を復唱する事で、誤注文を防ぐ努力をする。
あわせて、『アイス』という言葉の定着も狙っている。

「ママー! あたしもあれほしい~!」

「あれって?」

「あれ~!」

「…甘くて美味しい~」

女の子は満面の笑顔でアイスを食べる男の子を指差し、母親にアイスをねだる。

「…あの、おいくらかしら?」

「いらっしゃいませ。アイス1本、銅貨50枚になります。何味が良いですか?みかんと林檎、レモンから選べますが」

「へ~。どれがいい?」

「…う~んと、う~んと、みかん!!」

「じゃ、みかんと林檎を1本ずつください」

「みかんと林檎1本ずつ銀貨1枚になります。…はい、どうぞ。ありがとうございます。リリーさん、追加で20本お願いします」

「はい~」

「ねぇ、あそこでやっているのがそうじゃない?…すみません。アイスはここで売っているんですか?」

「はい、こちらで売っていますよ~」

ギルドで噂を聞きつけた人達や、広場でアイスを舐めている子供達の喜ぶ顔に釣られた人達が、徐々にこちらに集まってくる。

「レイラさん、もう配らなくて良いです。こっちで手伝ってください。リリーさん、追加でアイス作成をお願い」

「「了解(~)!」」



結局、アイスキャンデーは2時間ほどで完売した。
耕介は急いで大工街に向かい、木の棒を追加で500本依頼し、200本は広場へ、残りは宿屋に届けてくれるように依頼する。
お昼ご飯後もアイスキャンデーは飛ぶように売れた。

数時間後、持って来た果汁が残り少なくなったのを見て、耕介はこれから並ぼうとするお客様へ完売になった事、翌日も販売する事を説明して回る。
砂糖は高いからと、シロップの使用を控えたのでまだ半分以上残っている。

耕介はこれなら、明日も使えるとほくそ笑む。


シロップを荷車に積み、宿屋への帰り支度をし始める。
ふと、顔を向けると子供が二人こちらを見ていた。

「…食べたいのか?」

「…」

幼い二人は手をぎゅっとつなぎ、小さい方の子供はモノ欲しそうな顔をし、大きい方の子供は耕介を睨みつけている。
よく見ると二人の髪はぼさぼさ、服は着古されており所々ほつれが目立つ。

「どうしたの、コウスケ?」

「レイラさん、あの子達…」

「あぁ、孤児院の子供達ね」

「…孤児院の…」

「あぁ、近くに孤児院があって………」

二人の姿が養護施設時代の耕介自身と重なる。

「…」

耕介は箱に残っていたアイスを取り出し、そっと二人に差し出す。

「…ほら、あげるよ」

突然の事で動けない子供達の手の中に強引にアイスを掴ませる。

「あ、ありが…とう」
「ありがとー」

二人はこぼれそうな笑顔で答えてくれる。
笑顔になった子供達はアイスを持たない方の手をつなぐと走り去っていった。



「さ、今日は帰りましょうか」

二人を見送り、レイラとリリーに話しかける。

「そうね」

「はい~」




***




宿屋に戻り、耕介はレイラとリリーに報酬を支払い、明日の事について話す。

「明日もお願いできませんか?」

「良いよ~」

「えぇ、構わないわよ。でも、私達が手伝えるのは後2日だけよ?」

「2日ですか?」

「えぇ、4日後から迷宮に潜るから、前日から忙しくなるのよ。最初にリーダーが言ってたでしょ?まぁ、ギルドで依頼すれば手伝ってくれる人くらいすぐに見つかるわよ」

「分かりました。では残り2日、宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくね」

「宜しく~」

耕介がレイラとリリーに頭を下げると、二人は笑顔で返してくれる。
そんな他愛ないやり取りが、耕介の心を温かくして、耕介の目に涙がにじむ。

こんなに自然に笑えたのは何時振りだろう…。
働いていた頃は笑顔なんて気にする余裕無かった…。
笑顔で話す相手もいなかった。

耕介は涙をごまかし、サモンズとヴァイスに露店の成功を話す。
ヴァイスは成功を喜び、二日連続の宴会に突入してしまった。

…二日連続で飲んでしまった耕介は久しぶりに夢を見る。



───名前は?

初めて出会った時の険しい顔。


───違う!ホイップのしすぎだ!

容赦なく叱る時の厳しい顔。


───そうだ!だいぶ良くなったぞ!

料理に成功した時の笑顔。


───…本当にお前が盗ったのか?

そして…『裏切られた』という顔。



翌朝起きた耕介は自分が涙を流している事に気付く。

「結構…、気にしていたのか」

ため息をつく。



それからの2日間。
翌日も翌々日も、露店販売を始めるとすぐに長蛇の列が並び、用意したアイス300本はあっという間に売れてしまい、嬉しい悲鳴が止まらなかった。
買えなかったお客様には申し訳ないが、露店で用意できる数としてはアイス300本が精一杯なのだから我慢して頂くしかない。

当初、アイスの購入層として考えていたのはファミリー層だったが、実際の購入層はファミリー層だけでなく、シニア層、若者層も買いに来ていた。
この国では甘いものが少ないから、求める人が多いのだろう。


露店販売から戻り、宿屋のベッドで耕介は一人考える。


多少の蓄えは出来た。
ここらで古代語について確認しておきたい。
あれは間違いなく『漢字』だった。
魔法具は金貨1枚以上の価値を持つ高級品だ。
魔法具を自分で作成できれば資金面は一気に解決する。
いや、自分で作成できなくても、新しい漢字と意味を伝えれば情報料として収入を得る事は可能になるはず。
店を構えて魔法具店として経営する、もしくは情報料だけを魔法具作成者に売るって言うのも中々に良い方法だ。

仮に古代語が売れなくても、店を構えるのは必然だろう。露店ではこれ以上の収入は厳しい。地球と違って、使い捨て製品が無いからどうしても元手が嵩んでしまう。
木の棒1本石貨5枚だとしても、この3日間で900本=銀貨4枚と銅貨50枚も使っている。
決して粗末に出来ない。


どちらにしても店を構えなきゃいけない…か。
でも、料理店と魔法具店では組合も違うだろうし…。


明日は魔法具店に確認して、それから組合だな。

---------------------------
コウスケの所持金

【収入】
1日目:銅貨50枚*売り上げ280本=金貨1枚と銀貨40枚
2日目:銅貨30枚*売り上げ300本=金貨1枚と銀貨50枚
3日目:銅貨30枚*売り上げ300本=金貨1枚と銀貨50枚
合計:金貨4枚、銀貨40枚

【支出】
1日目
売り子手伝い賃:銀貨11枚
木の棒代金:銀貨2枚、銅貨50枚
果物代金:銀貨2枚、銅貨70枚
2日目
売り子手伝い賃:銀貨11枚
木の棒代金:銀貨1枚、銅貨50枚
果物代金:銀貨2枚、銅貨70枚
3日目
売り子手伝い賃:銀貨11枚
果物代金:銀貨2枚、銅貨70枚
合計:銀貨45枚、銅貨10枚

【結果】
お財布カードの中身:金貨4枚、銀貨74枚、銅貨40枚



[16812] 第06話~古代語と店舗~
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/03/28 08:19
道具屋の看板の下にある水晶球を確認して扉を開ける。
来客を告げる鈴の音が心地よい響きを奏でる。


「…こんにちは~」
「はい、いらっしゃい」


兎の耳に紅い目、年輪を刻んだ目元、口には柔らかな微笑を浮かべる店主──ロジャー・ベーコン──がカウンターに座っていた。
兎の耳さえなければ、寝不足のお爺さんと言えそうだった。


ロジャーが足を組み、細長い銀色の管の先に火をつける。
火をつけた反対側の先を銜えると、反対側の先がほのかに紅く灯る。
そっと、銀色の管から口を離し白い煙を吐き出す。


その淀み無い動作は長い年月と共に、既にロジャーの一部であった。
耕介は無遠慮にならない程度に店内を見渡す。壁際には申し訳程度に数点の商品が置いてあるのが見える。


見ても分からないけど、この商品全部が魔法具なんだろうか…。
そんな事を思いながらロジャーに話し掛ける。


「お爺さん、魔法具はお爺さんが作っているんですか?」
「…そうじゃよ。お前さん、魔法具の店は初めてかい?」

「はい」


ロジャーはその言葉に笑顔で頷いて話し始める。

「ここではお客から注文を受けて魔法具作成・販売しているんだよ」

そういって微笑み、また銀色の管を口につけて離し、煙を吐き出す。


「魔法具は誰でも作成出来るんですか?」


ロジャーは面白そうな顔で耕介を見つめる。

「そうさなぁ、古代語を覚えて、意味をきちんと理解して、魔力を持っていて、古代語魔法が使えて、古代語の結果を正確にイメージ出来て、古代語を刻めれば作れる。
あぁ、国から免許も取得しないとイカンな。…じゃから『誰でも簡単に』は作成はできんのじゃよ。ふぁっふぁっふぁ…」


そう言って壁に掛かってある、国からの免許状を指差す。
そこには相変わらず読めないけれど意味が分かる文字で、『魔法具作成許可証。ライギール皇国認可。』と書かれていた。


「古代語魔法の習得は難しいのですか?」

「…そりゃ難しいぞ。この国で古代語魔法を覚えるには、ケラニール学園に入学しての勉強が一般的じゃ。早くても1年以上掛かるのが普通じゃな」

「…1年…ですか」

「魔法具を作りたいのかい?」

「あ~…、古代語を少し知っているので自分で魔法具を作れたら、と思ったんですが…」

「そりゃ難しいぞ。古代語魔法を覚えるのも大変じゃし、古代語を刻む魔法はケラニール学園でしか教えておらん。じゃが、入学してもすぐに覚えられるわけじゃない。
覚えるのに2年は掛かるぞ。お前さん、ケラニール学園に入学する気があるのかい?」

「そのケラニール学園は誰でも入学できるんですか?」

「まぁ、13歳以上で入学金と学費を支払えば、誰でも可能じゃ。入学金は金貨5枚。1年分の学費が金貨50枚。6年制じゃから合計の学費は金板3枚(金貨300枚)。
もちろん、借金も出来る。高いと思うかもしれないが、学園に入ると迷宮探索も必須となるからのう。大抵の生徒は、その迷宮探索で稼いで在学中に借金返済してしまうな」


学費が高過ぎる…。何かと戦うなんてやったことないし…、学園に入学して魔法具作成するのは無理だなぁ。

耕介は『魔法具を自分で作成する』から『古代語を条件に魔法具を譲ってもらう』に頭を切り替える。


「古代語を買い取ってくれる方はいませんか?」

「古代語を?ふぅむ…。スカーセル王国になら売れるかもしれんな。スカーセル王国では古代語の研究が盛んじゃからのぉ。おそらく古代語の買い取りもしてくれるじゃろ」

「ワイギール皇国では古代語の買い取りはしていないのでしょうか?」

「ワイギール皇国は古代語の研究より、『古代語を刻む魔法』の効率的な術式の研究が盛んじゃからのぉ。
古代語の研究をしたい人はスカーセル王国に行って研究しておるよ」

「そうですか…」


スカーセル王国に行っても古代語が売れると限らないし、仮に売れるとしても報酬は分からない…か。

耕介はそっとため息をつく。


「…どんな古代語を知っておるのかね?モノによっては私が買わせて貰うよ。報酬はあまり出せないがね。…もちろん、お前さんが良ければじゃがな」

ロジャーはそう言って管から口を離し、煙を吐く。


その言葉に耕介は頭を下げて頼む。

「それで構いません。宜しくお願いします」


ロジャーは微笑みをそのままに頷き返す。

耕介は宿屋で見た『銀色の板の魔法具』について、料理人として使ってみた感想を伝える。
その上で、自分が『魔法具の改良に使えそうな漢字を知っている』と説明する。


「それで報酬なのですが、改良に成功した場合、成功した品を一つ譲って頂けませんか?成功しなければ報酬は必要ありません」

「ほう。それは面白そうじゃ。良いぞ?商品の質が良くなれば魔法具を買う人が増えるじゃろうしな」



『銀色の魔法具』は魔法コンロ──翻訳の魔法があるから魔法コンロと聞こえるが、厳密には違うのだろう──と呼ぶらしい。
耕介が魔法コンロの改良を提案したのは、宿屋で見知っていたという事もあるが、将来の自分の為でもあった。
魔法コンロで火力の調整が出来るようになれば、料理の幅は間違い無く広がるからである。


「『点火』以外に2箇所──『弱火』、『強火』──の操作部分を増やします。『弱火』は火力を下げる、『強火』は火力を上げるという意味を持ちます。
つまり『点火』した後に、その二つを利用して火力の調整をできるようにするんです」


説明しながら漢字の書き方と意味をロジャーに教える。
ロジャーはそれまでの微笑を消し、真剣な表情で古代語(=漢字)を見ている。


「…なるほどのぉ。こんな古代語があるのか、確かにこんな魔法具があれば使いやすいじゃろうのぉ。ふぅむ…」


ロジャーは何度か古代語を見直すと、俺に向き直った。


「ワシはロジャー・ベーコンじゃ、ロジャーと呼んでくれ。お前さんの名前は?」

「耕介です」

「コウスケか。ワシはこれから術式の調整をする。魔法具が完成したら連絡をしたいのじゃが、どこに住んでいる?」

「今はゲイルさんの宿屋にお世話になっています。連絡ならそちらにお願いします」

「分かった。良い情報をありがとうよ。久々にやる気が沸いてきたわい。ふぁっふぁっふぁ」



耕介はロジャーの魔法具店から出て、料理組合に向かう。




***




料理組合は食に関する職業全てが加入している組合だ。
居酒屋、食堂、肉屋、野菜屋、道具屋であっても調味料を取り扱っていれば、皆、組合に加入している。
もし料理組合に加入していなければ、他の店から食材が手に入りづらくなるからだ。
食材が手に入らなければ経営が立ち行かなくなるので、必然的に食の店は必ず加入している。


料理組合の建物は2階建てである。
1階は受付、2階では事務処理を行っている。


受付担当のケイトが組合への加入方法と共に組合の事業を耕介に教えてくれた。

1. 月会費は銀貨1枚。加入料無料。
2. 店舗物件の場所と店名、責任者1名以上が必要。
3. 店舗物件の斡旋。
4. 従業員の斡旋。
5. 貸金業。


耕介が最初に行ったのは店舗相場の確認だった。


「あの、お店って大体どれくらいの値段なんでしょう?」

「そうですね。…職によって多少異なりますが、どういった職業をご希望ですか?」

「飲食店をしようと思っています」


耕介の返答を聞きながら、ケイトは水晶球に手をかざす。
水晶球から光が出て、耕介とケイトの間に店の映像、その脇に店舗価格が表示される。


「飲食店を経営されるなら、今三つの空き店舗がございます」


ケイトは三つの販売値段と店舗の収容人数、店舗の映像を耕介に店ながら説明する。


1つ目は金板10枚で収容人数300名。新築2階建ての大きな建物。

2つ目は金板1枚で収容人数50名。築10年の2階建ての建物。

3つ目は金板5枚で収容人数200名。築5年の平屋。


内装はどれもすぐに開店できるように料理組合が清掃しており、目立だった傷みは無い。
もちろん、後日、自費で内装を変更する事も、店を取り壊して新築物件を建てる事も問題ない。
飲食店の店舗という条件で探した為、厨房は多少広く作られており、経営者が住む住居部分も全ての物件に備え付けてあった。


耕介の金額の大きさに困惑している顔を見て、ケイトが賃貸や借金も可能だと提案してきた。


賃貸の場合:毎月、販売価格の100分の1を組合に支払う。

借金の場合:毎月、借入金の100分の5を組合に返金する。限度額金板1枚。


耕介は物件の周辺状況を確認してから決める。

「2つ目の店舗を貸してください」

「かしこまりました。お店は何日から使い始めますか?」

「出来るだけ早くお願いできますか?」

「はい。そうすると本日清掃して、明日、鍵をお渡しする事が出来ますが、宜しいでしょうか?」

「それでお願いします」

ケイトは頷いて耕介の前に書類を差し出し、名前と店名を記載して欲しいと説明する。
文字がかけない耕介はケイトへ文字の代筆を頼む。

「かしこまりました。では、私が代筆させて頂きます。まず、お名前をお願いします」

耕介は自分の名前と店名『モントズィヘル』を伝える。
店名は昨日の晩、月を見て決めていたので迷わなかった。
職業については飲食店を経営するため、自動的に料理人となった。

「それから、賃料は翌月分を月末に支払って頂きます。ちょうど明後日から翌月ですから、1日分おまけしますね。翌月分と料理組合への加入料を合わせて金貨1枚と銀貨1枚となりますが、
宜しいでしょうか?」

「はい。かまいません」

「では、お財布カードをこちらの水晶球にカードを当てて、『料理組合』宛てに金貨1枚と銀貨1枚のお支払いをお願いします」

お財布カードを取り出しお金を支払う。

「ありがとうございます。これでコウスケさんは料理組合所属の『料理人』となりました。お財布カードの職業欄を変更致しますので、少しお借りしても宜しいでしょうか?」

耕介は頷いて、お財布カードをケイトへ渡す。

ケイトはお財布カードを水晶球に近づけて、何事か処理をするとすぐに耕介へカードを返す。

職業の欄を見ると、それはきちんと『職業:料理人』に変更されていた。


「コウスケさん。お店の水晶球はお持ちですか?」

「水晶球?」

「はい。こちらの水晶球のように、お客様の支払い代金を貯めておく事が出来る魔法具です。
これがないと、直接、金銭のやり取りが発生し、面倒になる上、支払いミスも発生する可能性が出てきます。
もし、水晶球をお持ちで無ければ販売したりお貸ししたり出来ますが?」

「おいくらですか?」

「販売価格は金貨10枚、賃料は1日銀貨10枚です。借りた場合は使用した月の30日に集金に伺います。日割り計算もしていますので、早めに購入したほうが楽ですよ」

耕介は少し考えて借りる事に決めた。
サモンズ達と外食した際、どこの店にも水晶球があったことを思い出したのだ。

「ありがとうございます。水晶球は本日の清掃と一緒にお店に運び込んでおきますね。それと、もう従業員は雇い入れておりますか?」

「いえ、まだですが…?」

「料理組合では従業員の斡旋もしております。就職希望の従業員を選んだり、従業員募集の告知をしたりする事ができます。どちらも手数料は一律銀貨1枚。
従業員の情報を事前に組合で確認してから雇う事が出来るので、結構評判良いんですよ。もし宜しければ、あちらの従業員斡旋部屋をご覧ください。
料理組合の組合員でないと部屋に入れないので、この木札を入り口の担当員に提示してください」

ケイトから木札を受け取り、礼を言って席を立つ。




***




耕介は従業員斡旋部屋の入り口で担当員に木札を提示して入室する。

中央に10個の机が、2個1組のように向かい合って並んでいる。
それぞれの机には水晶球が置かれていた。

水晶球の置かれた席は半分ほどが埋まっており、皆一様に真剣な眼差しで水晶球の真上あたりを見つめている。
どうやら、水晶球は触れている人物以外には閲覧できないのだと耕介は理解する。


机の奥にあるカウンター席では一人の女性が組合員と話している。
耕介はカウンターに向かい、受付女性のフィーリルに飲食店勤務希望の女性がいないか聞いてみる。

「何か条件はございますか?」

「そうですね…。野菜とか肉とか素材の相場に長けている方で、自分でも料理をする意欲のある方、それと魔法が使えるとより良いですね」

「…う~ん。勤務日はいつからですか?」

「1週間後くらいからです。ですが、恥ずかしながら人を雇うのは初めてなんです。月額賃金はどのくらいなんでしょうか?」

「普通は1日、銀貨15枚。月額だと金貨3枚程度ですね。お給料は月末払いが通常です」

今の手持ちだと一人雇うのが精一杯だな…。

「素材の相場に詳しくて、意欲があって、魔法が使える…。う~ん…、魔法が使える子って少ないんですよ~。魔法を使える子は大半が冒険者になっちゃうから…。それに魔法を使えるとなると賃金が1.5倍から2倍くらい必要になるんですよ」

フィーリルは悩みながら水晶球を操作する。
水晶球から映し出される顔写真と経歴が頻繁に切り替わり、一人の女性になった所で操作の手が止まる。

そこには艶やかな黒髪と澄み切った瞳が印象的な美しい女性が映っていた。
突然、フィーリルが小声で話し出す。

「…この子はどうでしょう?ちょっと癖がありますが…」

「癖…ですか?」

「えぇ、ご覧のとおり綺麗だし、料理も上手で魔法も使えます。ただちょっと………その………、少しだけ感情が顔に出難いんです。
以前、3件ほど居酒屋で働いたんですが、お客様から『顔が怖い』とか『表情が暗い』とか『何考えてるか分からない』とか言われて、店長も揉め事を避けたくてクビにしちゃって…」

フィーリルは話しながら感情移入してしまったようで、段々と熱が入っていく。
耕介は熱が入り始めたフィーリルの言葉を聴きながら、フィーリルの推薦した子──ノエル・ノイモント──の顔写真と経歴を確認していく。


【ノエル・ノイモント】
年齢:17歳。
生年月日:皇国暦1982年12月14日。
エスクイル生まれ、エスクイル育ち。
14歳で料理学校入学。料理学校は中の上の成績で卒業。
得意料理:卵料理。
魔力値:1416。


切れ長の黒い瞳が印象的な黒髪の美しい女性。
見方によっては、多少きつめに見えるかもしれない。

それが耕介の第一印象だった。


耕介は経歴を確認し、フィーリルへ目を戻す。

「…料理学校の成績も良かったですし、本当に料理が好きな子で…、とにかく一度、会って見て頂けないでしょうか?」

話してから決めても遅くは無いだろう、とフィーリルに同意する。

「えぇ、構いませんけど…。じゃ、明日にでも俺の店に来てくれるように伝えてもらえますか?」

「ありがとう!…ごめんなさい。実は隣にいる子がそうなの」

「え?」

隣を見ると、そこには水晶球に映っていた女性が座っていた。

「コウスケさん、この子がノエル・ノイモントちゃん。ノエルちゃん、こちらはコウスケ・タカハシさん。今回、お店を開くにあたり従業員を募集しているんだけど、どうお話してみない?」

ノエルは耕介を見据える。
ノエルの目は昔からきついと感じられる事が多く、耕介も不思議な威圧を感じる。




「…ノエル・ノイモントです。コウスケさん、私を雇ってくれますか?」

---------------------------
コウスケの所持金

【収入】
無し

【支出】
月会費:銀貨1枚
賃料:金貨1枚

【結果】
お財布カードの中身:金貨3枚、銀貨73枚、銅貨40枚




[16812] 第07話~従業員と開店準備~
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/04/26 08:40
耕介は戸惑っていた。

フィーリルは「話をしてみないか」と聞いたはずだが、ノエルから出てきた言葉は耕介に対していきなり結論を突きつけるものだったからだ。


「えっと、ノエルさん。少し話をしてからでも良いんじゃないかな?まだ俺が何の店をするか、話していないし」

「コウスケさんは飲食店を経営するんですよね?」

ノエルは淡々と耕介に尋ねる。

「私はコウスケさんの料理をもっと知りたいんです。駄目ですか?」

「…何故、俺なんです?」

「昨日まで噴水広場でアイスを売っていましたよね?」

「えぇ」

「私も食べましたが、正直驚きました。果汁と水を混ぜて凍らせただけの氷があんなに甘い食べ物になるなんて知りませんでした。
あんな発想ができるコウスケさんを尊敬しました」

「そんな大げさな…」

「大げさなんかじゃないです。
今まで冷たいエールならありましたが、甘くて冷たい食べ物なんて誰も考えつきませんでした。それに…」

「それに?」

「三日前、二人の女の子にアイスをあげているのを見て感じたんです。あぁ、この人は信用出来るかもしれないって」

ノエルは無表情のまま耕介ににじりよる。
そんなノエルの手は小さく震えていた。

「雇ってくれませんか?」

耕介は少し考え口を開く。

「野菜や肉、果物の相場は分かる?」
「分かります」

「水魔法と風魔法、魔法具は使える?」
「使えます」

「具体的には水を凍らせる事はできる?」
「出来ます」

「料理を覚える気持ちはある?」
「あります」

「いつから働ける?」
「明日からでも大丈夫です」

「…分かった。君を雇おう」

緊張が解けたのだろう、ノエルの体からふっと力が抜け手の震えがおさまる。

みんなが言うほど分かりにくくはないのかな?と思いながら、耕介は微笑ましくノエルを見つめる。

ノエルと話し合った結果、給料は一日銀貨20枚、一ヶ月(20日)で金貨4枚。
受け渡し時期は明日が風の季節三ヶ月目の最終日だった為、まず一日分(銀貨20枚)を明日の夕方渡す。翌月からは月末払いにすると決めた。



***



その後、『明日の朝、組合で待ち合わせる』と約束し組合を出て宿屋に戻る。

宿屋に戻った耕介はゲイル達に、明日から店を出すため宿泊は今日までだと伝えて今日の宿代を渡す。
ゲイルとエヴァは同じ商売人がまた一人増える事をとても喜び激励してくれた。
アイシャは元気良く耕介に話しかける。

「あたし、必ずアイス買いに行くね!」
「あぁ、待っているよ」




***




翌日、耕介は宿屋で『瓶10個』、『型枠20個』を預かっていて貰い、鞄を背負い料理組合へ向う。
料理組合前ではすでにノエルが待っていた。

「おはよう、ノエルさん。早いね」
「おはようございます。…あのコウスケさん、私の事は呼び捨ててください」
「え?良いの?」
「はい。店員に気を使う店長なんて聞いた事ありませんから」
「…わかった。これから宜しく、ノエル」
「はい」

耕介の笑顔と対照的に無表情なノエル。
これから慣れなければならないことの一つではあるがこれからの事を思い、耕介は少し早まったかな?と考える。



料理組合にて耕介が自分の店の鍵を受け取った際、ケイトから内装を担当する男性を紹介された。

「初めまして、内装を担当させて頂くシャルルと言います。ご希望があれば何でも言ってください」

シャルルは耕介より少し身長は低いが、がっしりとした体つきをしている。
戦士と言っても通じそうな体つきに不思議に思っていると、シャルルが説明してくれた。
なんでもシャルルは家具の配置提案・販売だけでなく、家具の作成、配達なども行う為、自然と筋肉がついてしまうのだという。
挨拶を済ませた耕介はノエル、シャルルと一緒にこれから自分の拠点となる家に向う。

「じゃあ、まず店に向おうか」
「「はい」」




***




耕介の店は二階建て、確かに水晶球の映像通りだった。一階は店舗であり、50人収容可能。奥には厨房がある。耕介はシャルルと話しながら家具の配置を決めていく。
配置以外にも店の看板、棚、食器類、厨房で必要になる包丁、テーブル、椅子などをシャルルに注文する。
ちなみにシャルルが持ってきた水晶球にはサンプルが入っており、その場で色々な棚、食器類を確認して指定する事ができた。

二階は部屋が4つと浴室、トイレがあるが、これは広すぎだ。
耕介はこの世界に来たばかりで荷物らしい物はほとんど無いし、別に結婚しているわけでも無い。
とりあえずベッドと物入れをシャルルに頼む。
物入れはノートPCが収納できて鍵もかかる頑丈なモノを注文する。
大切な物を自分で保管したいと思う人は多いらしくシャルルも疑問に思わない。

「ノエルは通いで良いのか?」
「はい」

耕介の問いにノエルは素直に頷く。

まぁ、同居なんてことにはならないか。


シャルルに内装代金を確認して金貨1枚を渡す。
注文した品物は全部一度に届くわけではなく、商品が出来次第届けてくれるのだと言う。
耕介はベッドとテーブル1台と椅子2脚は大至急揃えてもらうように話す。
ベッドが無ければ寝る事が、看板やテーブル、椅子が無ければ店を開けることが出来ないからだ。

「わかりました。夕方頃にベッドとテーブル1台、椅子2脚、他にも出来上がったモノがあればお届けにあがりますね」

「えぇ、お願いします」

注文を取り終えたシャルルは大急ぎで大工街方面へ走っていく。
シャルルと別れた耕介達は魔法具店へ向う。




***




昨日も聞いた心地よい音色を響かせながら扉を開き魔法具店へ入る。

「おはようございます、ロジャーさん」
「おはようございます」
「お、コウスケか。いらっしゃい。」

ロジャーは難しい顔をしながら、書類に何かを書き込んでいた。
煙が出ていない銀色の細長い管を銜えているロジャーは耕介の目に少し疲れたように映る。

「ロジャーさん、少し疲れていますか?」

「ん?まぁ、少しな。昨日、耕介に新しい文字を教えてもらったじゃろ?あれの検証に熱が入ってしもうてな。
大手柄じゃ、コウスケ。『強火』も『弱火』も正常に動作したぞ。あとは『強火』や『弱火』を押して火力の調整が出来るように術式を作れば良いだけじゃ。
大丈夫、明日か遅くても明後日には出来上がるぞ」

「それは助かります。それで、魔法具が出来たらゲイルさんの宿に連絡をして欲しいと言っていた件ですが、実は店を構えるようになりまして。
今日は連絡先の変更と従業員の紹介をしに来たんですよ」

まるで子供のようにはしゃぐロジャーを宥めながら、耕介はノエルを紹介する。

「今度、うちの店で働く事になったノエルです。」
「ノエル・ノイモントです。宜しくお願いします。」

ノエルは軽く会釈する。

「ワシはロジャー・ベーコンじゃ。宜しくな、お嬢さん。…それにしても、ずいぶん綺麗な子を雇ったのう?」

ロジャーはノエルを見て眩しそうに目を細める。
そんなロジャーをノエルは表情無く見つめる。
空気を変えるように耕介が口を開く。

「ありがとうございます。それから、少し魔法具について伺いたいんですが」

耕介が知りたかったのは宿屋で見た『冷蔵庫』の価格である。
飲食店の経営を志す者ならば、必ず1台は欲しいと願う魔法具だ。
耕介の問いにロジャーは少し首をかしげながら答える。

「そうじゃな、あれは金貨2枚じゃが…、コウスケなら金貨1枚と銀貨50枚でどうじゃ?」

「良いんですか?」

「構わんよ。今作っている術式が完成すれば、新しい魔法コンロは出来上がる。それを届ける時に一緒に届けようか?代金もその時支払ってくれれば良い」

「是非、お願いします。代金は必ずその時に支払わせて頂きます」

「気にするな。良い文字を教えてもらったからの。但し、他にも良い文字があれば教えてくれよ?」

そう言ってロジャーは片目を瞑って見せる。

「はい、ありがとうございます」

耕介はお礼を言いながら頭を深くさげる。




***




魔法具店からの帰り道、昼食を取って大工街で荷車と板、木の棒900本を購入した耕介達は、野菜通りとお肉通りで耕介はノエルに相場を確認しながら品物を購入していく。
ノエルは聡明であり、耕介がもっとも欲しかった知識を持っていた。
これだけでも耕介の印象は一変し、良い拾い物をした、と思い始める。

「ノエル、文字書けるか?」

「はい。書けます」

「それは助かる。俺は文字が書けないから、うちのメニュー表の作成をお願いしたいんだが」

「わかりました。どんなメニューにするか決めてありますか?」

「あぁ。とりあえずアイスキャンデーだけだな。アイスキャンデーの味を変えて売る。噴水広場で売っていたのは『蜜柑』、『林檎』、『レモン』だが、今回は『桃』を追加して売り出す。
メニューはお客から注文を受けるときに見せるから、さっき買った板に書いてくれれば良い」

「わかりました」

「それじゃ、宿屋に荷物受け取りに行くか」

「はい」




***




耕介は宿屋でエヴァに台所を貸して欲しいと頼み込み、果物を絞った果汁とシロップを作り瓶詰めする。
出来上がった瓶10個と型枠20個を荷車に積み、エヴァにお礼を言って|耕介の店《モントズィヘル》に戻る。
エヴァとアイシャにアイスキャンデーをおごる事になったが、台所を借りたお礼としては格安だろう。

耕介がノエルと一緒に荷物を店に入れていると、シャルルが2人の男達と一緒にベッドと看板、テーブル1台、椅子2脚を持ってきた。


「コウスケさん、お待たせしました」

「シャルルさん、随分早かったですね。もっとかかるかと思っていましたよ」

「うちの大工達を舐めてもらっちゃ困りますよ。このくらい朝飯前です。さて、運び込んじゃいますね?」

「あぁ、よろしく頼む。テーブルと椅子は店の入り口付近で構わない。すぐ使うから。ベッドは一緒に行って指示するよ」

「はい。分かりました。お~い、ベッド二階に持ってくぞ~」

「「あいよ」

無事ベッドの運び込みが終わり看板、テーブル、椅子の設置が終わった頃には日は暮れ始めていた。

「それじゃ、また注文の品が出来上がったら届けに来ますね」

そう言い残してシャルル達は去っていった。

「それじゃ、アイスキャンデー作ってみようか」

「はい」

ノエルが魔法で凍らせると、先日作ったモノと同じアイスキャンデーが出来上がる。

「大丈夫そうだね。明日、その魔法を何回か使ってもらう事になるけど大丈夫?」

「はい。この魔法はそんなに魔力を使いませんから大丈夫です」

「それなら良かった。仕込みも終わったし、今日はもう上がってもらって良いよ。お疲れ様」

耕介はノエルに銀貨20枚を渡す。

「ありがとうございます」

「明日もよろしく」

ノエルを見送り自室に戻る。
シャワーを浴び、ベッドでノートPCを開きながら考える。

アイスキャンデーだけでは頭打ちになるかもしれない。真似される可能性もある。
製法はそんなに難しいわけではないから当然だ。
アイスキャンデーに代わるナニかを今のうちに考えておかねば、店としてやっていけなくなるが…、どんなモノならいけるのだろう…。

この日も耕介は夜遅くまで調べ続けた。

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コウスケの所持金

【収入】
無し

【支出】
紹介料:銀貨1枚
宿代:銀貨8枚
水晶玉レンタル代:銀貨10枚
内装代:金貨1枚
砂糖代:銀貨50枚
果物代:銀貨10枚、銅貨80枚
木の棒代:銀貨4枚、銅貨50枚
昼食代:銅貨80枚
お給料:銀貨20枚

【結果】
お財布カードの中身:金貨1枚、銀貨68枚、銅貨30枚



[16812] 第08話~妹と団欒~
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/07/17 17:47
店先には長蛇の列が出来ている。
女性にお願いされたのだろうか、汗を拭きながら並ぶ男性。
子供にせがまれ並ぶ家族連れ。
楽しそうに話しながら並ぶ女性二人。
時刻は昼過ぎ。いつもは行列が出来ない通りが賑わっている。
賑わいの中心である二人は忙しそうにお客様からの注文を受けていた。

「いらっしゃいませ。どの味にいたしますか?」
「桃をください」
「はい、ありがとうございます。銅貨50枚です。」

「ママ~! 林檎が良い~」
「はいはい。林檎とレモンください」
「はい、銀貨1枚になります。ありがとうございます」

耕介は笑顔で、ノエルは淡々とお客様の相手をしている。
アイスキャンデーを売り始めた頃は客もまばらだったが、昼食後からだんだんと混み始めた。
午前中に買っていったお客様の口コミで知った人達、噴水広場で販売していたアイスキャンデーを知る人達が集まって来ているのだろう。
耕介はお客様の相手をしながらノエルに指示を出す。

「ノエル、あと五十本で売り切れるから、並んでいる人を数えて五十人以上なら断ってくれ」
「はい」




ようやくアイスキャンデーを売り切り、二人は片付け始める。

「お姉ちゃん!」

耕介は片付けの手を止め、声のする方向を見て驚いた。
そこには十歳前後の女の子がノエルの腰に抱きついていた。
だが、耕介が驚いたのは女の子が抱きついていた事ではない。
よく見なければ分からないが、少女を見るノエルの口元に微笑が浮かんでいたからだ。
…凄い笑顔。
耕介は驚き声をかける。

「ノエル、その子は?」

「はい、私の妹のナタリーです。ナタリー、こちらは店長のコウスケ・タカハシさん」

「初めまして、ナタリー・ノイモントです。お姉ちゃんがお世話になっております」

向き直って挨拶を促すノエルの口元は笑っていなかった。
あれ?見間違いかな?
内心、首を傾げる耕介。
そんな耕介をナタリーはじっと値踏みするように見つめる。

「ふ~ん、ここがあのアイスを売っている店か」

ナタリーの言葉に思わず耕介は聞き返す。

「“あの“って?」

ノエルと同じ黒髪を後頭部の高い位置で一つにリボンで纏めた髪型──ポニーテール──が活発な印象を与え、強い意志を湛えた目を持つナタリーは両の拳をきつく握り締めて話す。

「噂になってますよ? 冷たくて甘いモノが噴水広場で売られているって。この暑い中、冷たくて甘いモノが食べられるって聞いて、でも行ってみたらいなくて。昨日も一昨日も噴水広場でお店を探したのに見つからないし!」

「そうなのか、開店準備で忙しかったから気付かなかったよ」

「お姉ちゃん!」

「? なに?」

「なに?じゃないよ! 朝から噴水広場でお店探して、あちこちの噴水広場を探してたんだよ? ようやく売っている場所見つけたら、お姉ちゃんが働いているんだもん。びっくりしちゃったよ。
酒場で働いていたんじゃなかったの?」

「酒場はクビになった。三日前に組合で店長に会って雇ってもらったの」

ちぎれないのかと心配になるほど腕を振り回しながらナタリーは涙目でノエルに詰め寄る。

「も~、教えてよ~! あたしもアイスキャンデー食べてみたかったのに~!」

「ごめんね」

責めるナタリーと謝るノエル。
そんな二人を見ていると普段の仲の良さが分かり微笑ましくなる。
耕介はナタリーに提案する。

「そんなに食べたかったなら、アイスキャンデー食べてみる?」

「え? 良いんですか!?」

「あぁ、ノエル、まだ魔法使えるか?」

「はい、それは使えますが、良いのですか?」

「構わないさ。朝から探していて疲れているだろう? 気にしないで食べていいよ。俺も食べるからノエルも食べよう」

「わーい! お兄ちゃん、ありがとう!!」

最初は渋っていたノエルだが、耕介も食べると言われては断りきれるわけもなかった。
店の中、三人で一緒に食べたアイスキャンデーは疲れた体に優しく溶けていった。




***




「おはようございます! 今日からよろしくお願いします!」

「へ?」

翌朝、開店の準備をしている耕介はナタリーの唐突な宣言に戸惑ってしまう。

「すみません、店長。止めたんですけど、どうしても聞かなくて」

ナタリーの後ろにいたノエルが耕介へ謝りながら頭を下げる。
いきなりの謝罪に戸惑いながら耕介はナタリーへ真意を問う。

「あたしも働いて、少しでもお姉ちゃんの助けになりたいんです!」

「…どうして俺の店に?」

「お姉ちゃんが嬉しそうだったから」

「ノエルが?」

「うん。今までもずっと働いていたけれど、いつも辛そうだった。だけど、こんなに嬉しそうな顔をしているお姉ちゃんは初めてだったから。だから、コウスケさんの店で働かせて欲しいんです」

言われて耕介はノエルを見つめるが、ノエルの顔からは感情を読み取る事は出来なかった。

「わかった。じゃ、一日、銀貨5枚でどうかな?」

「やったー! よろしくお願いしまーす!」

ぴょこっと擬音が聞こえてきそうな勢いで頭を下げるナタリー。

「うん、こちらこそ宜しくね」

「あの店長、良いんですか?」

「構わないさ。近々、人を雇おうと思っていた所だし、ちょうど良かったよ」

ノエルの不安を耕介は優しく取り除く。

「さて、話も纏まったところで開店の準備でもしますか。ナタリーちゃん、そっちのテーブルの端を持ってもらえる? ノエルはそこの水晶を持ってきて」

「わかりましたー!」

「はい」

元気よく返事をしてテーブルの反対側に向うナタリー。
店の入り口付近にある水晶球へ向うノエル。

二人に手伝ってもらいながら店は開店する。

ナタリーがいる、それだけなのに店の雰囲気は大分良くなっていた。
ナタリーがその愛らしい姿で列の整理を頑張る姿は、並んでいる人の心を癒してくれる。それだけでも店としては良い買い物であるといえたが、それ以上にノエルの動きが良くなっていたのだ。
よく、身内と一緒に働くと緊張するという人もいるが、ノエルに関してそれは当てはまらないらしい。
手際よくナタリーの動きをフォローしながら魔法でアイスキャンデーを作る。
耕介は自分は必要ないんじゃないかと少し落ち込んでしまう。
実際、アイスキャンデー自体はレシピさえあれば難しくない。重要なのはシロップに棒を入れて凍らせるという発想と凍らせる魔法力だけだ。

「どうしたの?お兄ちゃん」

ナタリーが心配そうに耕介に声をかける。

「あはは、何でもないよ。さあ、もうひと頑張りしようか」

「うん!」

昼食後、耕介は先ほどの考えを吹き飛ばすかのようにお客様の相手をしていく。


日も落ちかける頃、ロジャーが若い男と荷車で大きな荷物を運んできた。

「コウスケ!」

「ロジャーさん。出来たんですね?」

「そうじゃ! 会心の出来じゃよ! ふぁっふぁっふぁ」

耕介の顔を見るなり笑いが止まらぬといった風にロジャーは笑いながら言う。
さっそく魔法コンロと冷蔵庫(冷凍機能有り)を設置していく。

耕介が試しに魔法コンロを作って問題なく動くことを確認する。
ノエルは魔法コンロで火力の調整が出来ることに驚いていた。
ノエルが今まで働いた店でも料理学校でも魔法コンロは使っていたが、火力の調整が出来る魔法コンロは存在していない。
そもそもこの世界の人間は火力の調整をするという発想すら無かったのだから驚くのも無理は無いだろう。

「うん。注文どおりですね。ロジャーさん、ありがとうございました」

魔法コンロと冷蔵庫の動作確認をした耕介はロジャーに頭を下げる。

「気にするな。ワシ達はこれが商売じゃからな。それに良い文字を教えてもらった。この魔法コンロ、これから注文が殺到するぞ。ふぁっふぁっふぁ」

「あはは。あ、そうだ。折角ですから、アイス食べていってくださいよ。ノエル、頼む」

「…あ、はい」

火力調整が出来る魔法コンロの存在に呆けていたノエルは耕介からの呼びかけに我にかえり、アイスキャンデーを作るとみんなに配っていく。

「ほう。これは美味しいな。婆さんにも食べさせてやりたいわ」
「へぇ! 凍らせただけなのに凄く美味しい!」

ロジャーも荷車を押してきた男もアイスに高評価をつけてくれる。

「ふ~、ご馳走様。そろそろ行くかの?」
「はい」
「魔法具ありがとうございました。またお願いすると思いますので、よろしくお願いします」




***




ロジャー達を見送ると耕介は水晶から二日間の売り上げを財布に移して食材を買いに店を出る。
耕介の店から歩いて20分ほど南東に向うと野菜通り、お肉通りが見えてくる。
ノエルに新鮮な魚を売っている店を教えてもらい、魚の状態を確認する。

「…う~ん、あまり新鮮じゃないな」

耕介が魚を見ていると、浅黒い肌に複雑な紋様を刻んだ男が話しかけてきた。

「あぁん? うちの商品はラールの村から直送した一番鮮度が良いんだ! これ以上新鮮な魚なんてあるもんか!」

「どうやって運んでいるんだ?」

「はぁ? 釣った魚を馬車で運んでいるに決まっているだろ?」

「凍らせてはいないのか?」

「凍らせる!? 何言ってんだ? あんた。魚を凍らせたってすぐに溶けちまうじゃねえか! まさかずっと魔法をかけ続けろって言うつもりか?」

「いや、魚を凍らせるのではなく、水に魚を入れて、その水を凍らせるんだ。魔法で出来た氷はすぐに消えるが、魔法で凍らせた水は氷のままだ。氷の中に魚を入れておけば魚が腐る事はない。氷が溶けるまでは、再び魔法を使う必要も無いし、魚を多く入れれば大量の魚を新鮮なまま遠くに運ぶ事ができるだろう?」

「………そうか、そうすればもっと新鮮な魚を仕入れる事ができる! ありがとうよ! 俺はジルチ・ベルモントってんだ。あんたの名前、教えてもらえるかい?」

「俺はコウスケ・タカハシだ。コウスケと呼んでくれ」

「あぁ、コウスケ! 今度から魚が欲しいなら俺に言いな! 新鮮な魚を売ってやるぜ! くっくっく、そうか! そんな方法があったか! おーい! 今すぐラールの村に向かえる奴いるか!?」

ジルチは耕介を捨て置き、店の奥に戻ってしまった。

「…魚はまた今度かな。ノエル、煮込むと柔らかくなる肉が欲しいんだけど、いくつか教えてもらえる?」

「はい。オーガ肉、コボルト肉、鶏肉、牛肉などが代表的です。私が知るお店はこちらです」

それから耕介はノエルに案内されて、肉、野菜、果物、香辛料を購入していく。
今までは冷蔵庫が無い、資金が無い、保存場所が無いなどの理由により購入を控えていたが、冷蔵庫が到着し、アイスキャンデーが売れて資金に余裕が出来、店を借りることで保存場所が確保できたことで、食材の大量購入をしていく。
もちろん、アイスキャンデーの食材も忘れずに購入する。せっかくのお客を手放す必要は無いからだ。


「こんなもんかな。荷車も一杯だし、そろそろ戻ろうか」

「はい」

「はーい」

荷車を引きながらノエル達に尋ねる。

「そういえば、夕飯はどうするんだい?」

「そうですね。この時間ならお店で食べて帰ります」

「よければうちでご飯食べていかないか?」

「良いんですか?」

「あぁ、久々に料理を作りたいんだ。材料もたくさん買ったしね」

「作ってもらうだけじゃ悪いので、私もお手伝いします」

「そう…だね。見た事の無い食材も買ったし、どんな味なのか教えてもらおうかな」

「えぇ、よろしくお願いします」

「やったー! お兄ちゃんの料理だー! ねぇねぇ、何を作るの?」

「出来るまでナイショ。ナタリーも手伝ってね?」

「まっかせてよ!」

ナタリーの元気の良い声は疲れた気分を吹き飛ばしてくれる。




***




店に戻り、台所で調理を始める。

耕介はマヨネーズを作りながら、ノエルへトマトの冷やしパスタの作り方を教えていく。

「ノエル、トマトは1cm角って言っても伝わらないか、ノエルの人差し指くらいの大きさで切るんだ」
「はい」

ナタリーには鴨肉サラダの盛り付けを手伝ってもらう。

「お兄ちゃん、こんな感じ?」
「そうそう、それで最後にお肉を綺麗にのせる」

作ったマヨネーズを調味料と混ぜてドレッシングを作り終える。
最後は数種類のきのこにバターを加えて炒めて煮て、きのこたっぷりのスープを作る。

ノエルもナタリーもセンスが良く、出来上がった料理はお店で出しても遜色ないモノだった。

パスタ、スープ、サラダの配膳が済み、三人は食卓に着く。

「いただきます」

耕介は手を合わせて食事前の挨拶を言う。
ノエル達は不思議に思い耕介に尋ねる。
『いただきます』とは料理人と食材を作った人と食材への感謝を表している、食後は『ごちそうさま』と挨拶するのだと耕介が説明する。
ノエル達は静かに感動した様子で手を合わせ「いただきます」と唱える。

今回のパスタは暑い夏の夜にはぴったりのさっぱりした味付けで少し塩多目。
サラダもドレッシングが野菜の味とマッチして美味しく出来上がる。
物足りないと感じるボリュームも鴨肉がしっかりと補ってくれてる。
きのこのスープも好評で、三人ともおかわりをしていたほどだ。


今日の働き具合や料理の味、盛り付けなど話題は尽きる事はなかった。
決して大声で笑うわけでは無いが、かといって重い雰囲気でもない。
耕介が望んでいた柔らかで暖かい空気がそこには流れていた。

「「「ごちそうさまでした」」」

三人は声を揃えて食事終わりの挨拶をする。


食器を片付け、二人を見送った耕介は先ほどの団欒の空気を思い返しながら、料理の仕込みをし始める。

---------------------------
コウスケの所持金

【収入】
開店初日:金貨2枚、銀貨50枚
二日目:金貨3枚

【支出】
昼食代:銀貨1枚、銅貨50枚
冷蔵庫代:金貨1枚、銀貨50枚
調味料代:銀貨82枚
お肉代:銀貨60枚
野菜代:銀貨48枚
果物代:銀貨10枚、銅貨80枚
木の棒代:銀貨2枚


【結果】
お財布カードの中身:金貨4枚、銀貨14枚



[16812] 第09話~試食会と友達~
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/07/17 17:48
「…もう少し冷やした方が良いかな」

取り出したトレイを冷蔵庫に戻して玄関に向かう。
耕介が玄関の掃き掃除をしていると、通りから元気良く声をかけられた。

「お兄ちゃん、おはよう!」
「おはようございます。店長」
「おはよう。ナタリーちゃん、ノエル」

ノエルとナタリーが仲睦まじく手を繋いで歩いてくる様子を見て、優しく微笑み話しかける。

「今日と明日は休みだと伝えていたと思うけど、どうしたの?」

「料理を教えて頂きたいのですが、お忙しいですか?」

「料理を?」

「はい。昨日のソースもそうですが、色々な料理を覚えたいんです。教えてくれませんか?」

「あたしは面白そうだったから。えへへ」

「ソースって…、あぁ、マヨネーズの事か。教えてもいいけど、条件が二つ」

耕介の言葉にノエルの体がこわばる。

「なんでしょう?」

耕介はノエルの態度に内心首をかしげながら続ける。

「一つはノエルの料理の腕を見たいから、朝食を作って欲しい。二つ目は試作品を作ったから試食して感想を聞かせて欲しいんだ」

「わかりました」

「あたしもやるー!」

「ありがとう、二人とも。それじゃキッチンに行こうか?」

「わーい! ご飯ー!」

「さっき食べたでしょう?」

「えー? あれだけじゃ、足りないよー」

「俺は構わないよ。どうせなら三人分作ってみてくれないか?試食もあるから軽目でね」

ナタリーは渋るノエルを置いて、耕介と一緒にキッチンに歩いていく。
そんなナタリーを見ながら、ノエルは軽くため息をつき歩き始める。

ノエルが作成した料理はパン、ハンバーグ、卵焼き、スープ、サラダ。
どれも一品辺りの量は抑えられている。

「いただきます」
「「いただきます」」

耕介と一緒に二人は昨日覚えたばかりの挨拶を食材への感謝の気持ちを込めて言う。
食事を摂らなければ人間は生きてはいけないが、食事が摂れることを当たり前だと感じてはいけない。
食べられずに死ぬ人間は多数いるのだから。
奇しくもここにいる全員が、昔、食事で苦しい思いをしていた。
だからこそ「いただきます」という言葉を気に入ったのだろう。

食事を開始すると、やはりナタリーが一番美味しそうに、それでいて一番楽しそうに食べ始める。

耕介はハンバーグに使用した肉を思い出しながら味わう。
今回作ったハンバーグはコンドルとデザートウルフの肉が使われていた。
二つは絶妙なバランスで配合され、耕介が今まで食べていた牛と豚の合いびき肉では出せない味が表現されていた。

耕介はノエルの料理手順を思い出し、味を確かめるように一口ずつ丁寧に噛み砕き飲み込んでいく。
思い出せない点や分からない部分はその都度ノエルに確認する。
地球では絶対に味わえない未知の味との出会いに喜びを感じ、耕介はこちらの世界に迷い込んだ事へ感謝をする。

そんな耕介の様子を、内心不安を抱えながらノエルは見つめていた。

「凄く美味しいよ、ノエル!」

「あ…、はい、ありがとうございます」

耕介の飾り気の無いその言葉にノエルの不安は消えていく。

食事が終わり、耕介はキッチンから試作品を持ってくる。

テーブルの上に細かく砕かれた氷が入った器とスプーン、その隣にシロップが入った瓶が置かれる。

「この料理は砕いた氷にシロップをかけて食べるんだ。好きな味をかけて食べてみてくれ」

耕介が促すと、ノエルはレモン味、ナタリーは桃味のシロップをかけて食べ始める。
アイスキャンデーとはまた違った味わいに二人は驚く。

「アイスキャンデーよりも冷たく感じて食べやすいですね」
「冷たくて美味しいー」
「あんまり急いで食べると頭が痛くなる…、って遅かったか」

耕介のその声はナタリーには遅かったようで、すでに左手で頭を押さえていた。
耕介は苦笑しながら、すぐ治まるからと説明する。

「どうだい?ノエル」
「…はい。美味しいですが、アイスキャンデー以上の驚きでは無いです」

「まぁ、そうだろうね」

そう言いキッチンに向った耕介はカップを三つ持ってきてノエル達の前に置いた。

お菓子には調理器具がなければ作れないモノ、作れないという事は無いが手間がかかり味もばらつきが出てしまうモノ、調理器具が必要でないモノがある。
今回、耕介が作った物は作れないという事は無いが手間がかかるモノである。

カップの真ん中には薄切り苺が三枚のっており、表面は綺麗な薄紅色をしている。
そこから立ち上る芳醇な苺の香りが食欲をそそる。

「美味しそう! これ食べていいの!?」

「もちろん。感想聞かせてね」

「はーい! いただきまーす!」

「…いただきます」

既に苺の香りに我慢が出来ないようで、ナタリーは急いで食べ始める。
ノエルはスプーンで軽くすくい、香りを嗅ぎ、色を確認してから口に運ぶ。
と、口の中に濃厚な苺の風味、次いで甘味と適度な酸味が舌の上で踊るように溶けていく。
初めての食感に二人はあっという間に食べ終えてしまう。

「店長! これは何という料理なんですか!?」

「それは『苺のムース』って名前のお菓子。どう? 美味しかった?」

「甘くてふわっととろけるように消えていく…。こんなの今まで食べた事ありません! …凄い」

普段表情を出さないノエルをしても、その目には明らかに驚愕が浮かんでいる。
ふと、耕介がナタリーを見ると、ナタリーは空になったカップの底を恨めしげに見つめていた。
…少し涙目になっているようだが、耕介は無言の賛辞として受け取った。
ナタリーの傍により頭を撫でながら耕介は続ける。

「試食はまだあるんだけど、次も食べてくれるかな?」

ナタリーはその言葉に弾かれる様に耕介を見上げ、満面の笑みで大きく頷く。
ノエルとナタリーの反応に手ごたえを感じた耕介は次の試作品を取り出す為に冷蔵庫に向かう。






****



ちょうど耕介とノエル達が朝の挨拶をしている頃、耕介が始めて露店を出した噴水広場で一人の女性が佇んでいた。
十代後半のようにも二十代半ばのようにも見えるその女性は金色の髪を長く伸ばし、半袖の上着とスカートからのぞく手足は健康そのもので涼しげである。
特徴的な耳と豊かな胸を見れば、彼女が純粋なエルフではなくハーフエルフであるのだと推測できる。
人目を引く事に慣れた様子で金髪の女性─リスティ・コーネリア─は辺りを見渡し、お目当ての二人を見つけ微笑む。

「ほら! カイト! 先輩を待たせてるんだから、急ぎなさいよ!」
「分かってるよ! あ、先輩!」

カイトと呼ばれた金髪の青年もリスティを見つけ手を振りながら駆け寄ってくる。

「え? あ、先輩!」

少し遅れて気付いたのは青年の隣に居た銀髪の女性。カイトより顔一つ分ほど背が小さいが内に秘めるエネルギーを隠そうともせず元気一杯にリスティに近づく。

「遅れてすいません、先輩!」
「すいません! マリノが来るのが遅くって…」
「あー! 私がカイトの家に行った時にまだ寝てたくせに!」
「いいのよ。私も今来たばかりだから。それより、早く行きましょう? 結構暑くなってきたし、アイスキャンデーを食べるには良い時間じゃないかしら」

リスティは二人のいつものやり取りに暑さを忘れてしまう。
三人は連れ立って噴水広場から歩き始める。


マリノはリスティにお店までの道程を確認する。
三人の中でお店に行ったことがあるのはリスティだけなので、自然と案内役はリスティになる。

「お店はこっちでいいんですか? 先輩」
「えぇ、昨日確認したから間違いないわ。店の名前はモントズィヘルよ。 …おかしいわね?」
「どうかしたんですか?」
「昨日はお店の前に台が設置されていて、そこでアイスキャンデーを売っていたんだけど、今日は何も無いのよ。人も並んでいないし…」

リスティは昨日の人の列を思い出しながらマリノとカイトに説明する。
店の場所は特定できなかったが、見通しの良い通りだけに『台』の有無程度はすぐに確認できる。

「台、無いですね」
「ねえな」
「…今日はお休みなのかしら?」

リスティが店の看板に書かれた店名≪モントズィヘル≫を確認する。

「場所は合っているのだけれど…」

「直接聞いてみようぜ」

お店を不安げに眺めている二人の様子を気にせず、カイトはモントズィヘルの扉に手をかける。

「こんにちは~!」
「あ、ちょっと!」

マリノが止める間もなくカイトは扉を開けて中に入る。
店は数十年前の作りをしているが、綺麗に掃除されており清潔感が漂っていた。
奥のテーブルには黒髪の女性と女の子の二人が座って談笑している。
カイトはその二人に見覚えがあったが、すぐには名前が出てこず言葉に詰まる。

「ノエル!? なんでここにいるの!? あんたもアイスキャンデーを食べに来たの?」

驚きの声を発したのはマリノである。
街で噂の新商品を食べに来て見れば行列は無く、扉を開けてみれば親友が居たのだから驚くなと言うほうが無理だろう。

「マリノ? 今日はお店休みだよ? 札下がって…」

言いかけて、扉の内側に下がっている札を見つけて、席を立つ。
通常、店が休みの時は『本日休業』の札を下げておくのがルールである。
ノエルは三人の脇をすり抜け、札を扉の外側に掛けて戻ってくる。

「お店はお休みです」

ノエルは何事も無かったように続ける。

「見てたわよ! 言わなくても分かるわよ! …はぁ、それより、あんた居酒屋で働いていたんじゃなかったっけ?」

「居酒屋はクビになった。今はここで働いている」

「あぁ、そう」

マリノが頭を押さえて肩を落とす。
ノエルのマイペースは今に始まった事じゃない。気にしたら負け、とマリノは自分に言い聞かせる。

「お久しぶり、ノエルちゃん」

「久しぶりだな」

「お久しぶりです。リスティ先輩。カイトも久しぶり」

「おう」

四人が久々の再会を楽しんでいると、調理場から耕介が戻ってくる。

「ん? お客様かい?」

「店長」

アイスキャンデーを食べに来たという意味ではお客様だが、ノエルの友達でもある。ノエルはどう説明してよいか返答に窮してしまう。

「初めまして、リスティ・コーネリアと申します」
「マリノ・キーロエアです」
「カイト・シーサイドです」

「初めまして、コウスケ・タカハシです」

「ノエルちゃんとは料理学校で一緒だったんです。今日はアイスキャンデーを食べに来たんですけど…、お店が休みだと知らなくて。押しかけてしまってすみませんでした。」

リスティがそう言うと、マリノはカイトの腕を軽く叩き肩をすくめる。
耕介は冷蔵庫の試作品の残りを思い出して一つの提案をする。

「ちょうど今、試作品の試食会をしていたんです。良かったら食べていきませんか?」

「良いんですか?」

「えぇ、ノエルの友達に何もしない訳にいきませんし、ナタリーも待ちきれないようですから、ね?」

「えへへ」

耕介が後ろを振り返ると、耕介の持ってきた試作品を興味深げに観ていたナタリーが恥かしそうに頭をかいていた。

「それじゃ、試作品を運ぶからノエル手伝ってくれ。皆さんは適当に座っていて下さい」

そう言うと耕介とノエルは調理場へ消えていく。

程なくして、耕介とノエルが戻ってくる。

テーブルの上に置かれたソレは透明なカップに入っていた。
上面1~2mm程は茶褐色をしており、周りは綺麗な黄色をしてぷるぷる揺れている。

「さ、どうぞ。食べてみてください」

五人は促されるままに食べ始める。

「美味しい~」
「旨い!」
「この茶色のとこと黄色のとこは味が違うんですね」
「甘くてぷるぷるで…」
「…」

みんなの反応から成功した事を悟り、耕介はほっと胸をなでおろす。

「それは『プリン』というんだ。本当は専用の調理器具があればもっと楽にもっと美味しく作れるんだけど、喜んで貰えて良かったよ」

耕介の言葉に五人は呆気にとられる。
これ以上の味があると言われても、今食べている味でさえ未知のモノと感じている五人には想像もつかない。
だが五人はそれぞれの感覚で理解する。
耕介が『嘘をついていない』ことを。



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コウスケの所持金

【収入】
無し

【支出】
無し

【結果】
お財布カードの中身:金貨4枚、銀貨14枚



[16812] 第10話~食材と制服~
Name: 美華月◆32094ba0 ID:ca023faa
Date: 2010/07/18 00:17
その後が大変だった。

作り方を教えて欲しいと懇願する三人に対して、耕介は「そう簡単には教えられない」と説得する。

そもそも今回作った料理は家庭で出すモノではない。これから店で出す料理であり、耕介の今後の生活を支える大事な売り物でもある。評価してもらう分には構わないが、材料や調理方法を軽々しく教える事は出来ない。
なぜならそれは自分の首を絞めることに他ならないからだ。

尤も、アイスキャンデーのような一口食べれば調理方法が想像つくものは別だが。
仮に、店で出す料理をお客様にバカ丁寧に説明する人物が居るとすれば、それは料理人ではなくただの料理好きな人だろう。

「店に並んだら是非食べにきてください。歓迎しますよ」

耕介の言葉に三人は了承の意を示す。

これから用事があるという三人は次の試食会も是非呼んで欲しいと耕介に何度もお願いし、更にノエルやナタリーにも試食会がある時は絶対教えて欲しいと言い寄る。

「ごちそうさまでした」
「絶対呼んでね~!」
「またな」

名残惜しそうに去る三人を見送った耕介はノエルに向き直り尋ねる。

「さて、ノエル。『カキ氷』の作り方は分かるね?」

ノエルは軽く頷き耕介に説明する。

「アレはアイスキャンデーの応用。アイスキャンデーとは違い、ただの水を凍らせて細かく砕いて器に盛り付け、シロップをかけている」

「その通りだ。では、『苺のムース』、『プリン』の作り方は分かったかい?」

耕介の問いにノエルは力無く首を振る。

「じゃあ、材料は?」

「分かりません」

「料理学校では習わないのかな? 苺のムースの材料に使ったのはコレだよ」

耕介は冷蔵庫からソレを取り出し机に置く。

「…コレは『スライムゼリー』ですか? 確かに食べても害は無いですが、普通は積荷の梱包材として使いますよね?」

「普通はね。但し、ノエルも言ったとおり『食べても害は無い』んだ。本当は『ゼラチン』があれば良かったんだけど、あいにくこちらでは売ってなくてね。
代用品を探していたら、店主が親切に教えてくれたよ」

──スライムゼリーは熱を加える事で溶けて、冷やすとまた固まる、とね。

「コレは無味無色だから、その点ではゼラチンよりも使い勝手が良いし助かったよ」

スライム系の魔物から取れる素材であるスライムゼリーは通常、数を集めてシート状に加工して使われる。水を通さないので、積み荷の梱包材として船で荷を運ぶ時などに重宝されているのだ。

そのほか、衝撃を吸収したりもする為、鎧、兜、篭手、靴などの装備品にも使われている。
海で遭難した船乗りや迷宮探索中に食べる物が無くなった冒険者が食べて飢えを凌いだという話もあるくらいだ。

ノエルに料理方法を教え終わる頃にはすでに日は高く昇っていた。
昼食を食べ終えた耕介はノエル達にこれから服を買いに行くが一緒にどうかと尋ねる。

「服ですか?」

「あぁ、店で働く時に使う服だ。今のままじゃノエル達の服が汚れてしまうし、従業員用の服があれば客側としても、誰に注文したらいいのか迷わなくてすむだろう?」

「はぁ、ですが、私達にはそんな余分なお金はありません」

「へ? いやいや。これは店の経費で買うから心配しなくていいよ。ノエル達を連れて行こうと思ったのは服のサイズを測ってもらうためさ」

耕介の言葉にノエルは呆気に取られてしまう。
そんなノエルを尻目に喜んだのは隣で話を聞いていたナタリーだ。

「お洋服買ってくれるの!?」

「あぁ。ナタリーの分も買うよ」

「やった~! 私、可愛い服が良い~」

この世界には従業員用の服という概念は存在しない。
普通、店で働く店員は私服で働いている。
良い店長であればエプロンを貸してくれる。
貴族用の店であってもそれは変わらない。但し、貴族用の店では『長く勤めていて信用できる』と店長に認められると、店長が服を仕立て貸し与える。
それは店長がこの従業員は十二分に信頼がおけるという証でもあるのだ。
つまり雇って数日で店側が服一式を貸すなどということは一般的にありえないのだ。

かろうじて貴族の屋敷で働くメイドが雇用初日から服を与えられるが、その服にしても給料から天引きされ、結局は自分の服となるのでコレは除外しても構わないだろう。

既に新しい服に思いを馳せているナタリーと初めての出来事についていけてないノエルを連れて耕介は店を後にする。




****



着いた先は、先日、耕介が洋服を購入した服屋である。

「すみません。こちらで服を仕立てて貰う事はできますか?」

近くに居た40歳半ばほどに見える女性店員に声をかけると、女性店員は服を畳む手を止めて答えてくれた。

「はいはい。出来ますよ~。といっても、店に出ている服に多少手を加える程度ですけど、大丈夫ですか? もし決まったデザインがあるなら一から仕立てる服屋をご紹介しますよ?」

「じゃあ、その店の場所を教えて貰えますか?」

かしこまりました、と店員は明るく返事を返す。

首都エスクイルの通りの幅は広く、荷馬車が相互に行き交う事もできるほどだ。
日中という事もあってか、人通りもそこそこある。
店を出て30分ほどで目的の店を見つけられた。
大通りに面している紅いレンガが印象的な2階建て、外観は落ち着いた雰囲気で綺麗な店構えをしている。
初めて入る場所に目を輝かせているナタリーの手を握りノエルは耕介の後に続く。

店に入ると正面から様々な洋服達が並んで耕介達を出迎えてくれた。
ナタリーが目を大きく見開き口を開けていると、女性店員が近づいてきた。
肩口で切り揃えられた綺麗な翠色の髪、藍色の瞳、口元の右下にあるホクロが印象的な女性は柔らかな微笑みを浮かべて耕介を見上げるように話しかけてくる。

「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか?」

「従業員用の服を作って欲しいんだけど、お願いできるかな?」

「従業員用…ですか? …かしこまりました。デザインはお決まりですか? お決まりでなければこちらの服を参考にして頂く事もできますが?」

「あぁ、デザインは決まっているんだ。上衣が白いブラウスの…」

「かしこまりました。それでしたら奥で詳しく伺わせて頂きますので、どうぞこちらへ」

女性店員は始めこそ戸惑った様子だったが、すぐに慣れた仕草で耕介達を奥の部屋へ案内する。
初めて訪れる場所にナタリーは興奮気味で、さかんに辺りを見渡してはノエルに話しかけている。
そんなナタリーをノエルは軽く撫でて落ち着かせながら、耕介と共に女性店員の後に着いていく。

耕介達が通された部屋の中央には長方形のテーブルが在り、その上には水晶球が置かれていた。耕介達は促されるままに椅子に座る。
水晶球を挟んで耕介達の正面に座った女性店員は改めて挨拶する。

「今回担当させていただくステラ・アーリヴィアと申します。よろしくお願いします」

「コウスケです。こっちの二人はウチの従業員でノエルとナタリーです」

耕介の紹介にノエル達はステラに会釈を返す。

「先程、従業員用の服を作りたいと仰っていましたが?」

「えぇ、接客用の服、料理人用の服を三着ずつ。ナタリーは接客用の服だけで良いので、合計十五着ですね。従業員が増えればまたお願いすると思いますが…」

「なるほど。デザインも決まっているという事でしたが?」

「はい。大まかには考えていますが、細部はお任せしたいと思っています」

「では、この水晶球に触れてデザインを頭に思い浮かべてください。出来る限り詳細にお願いします」

ステラに促され、耕介は水晶球を両手で抱えるように包み込んで目を瞑り、従業員用の服と料理人用の服をそれぞれ思い浮かべる。

水晶球の上に表示される耕介の想いは徐々に形となり始める。

「わー! 可愛い~!!」

「もう結構です。コウスケ様」

ステラの静止に耕介が目を開けると、目の前には耕介がパリで働いていた頃の服が空に浮かんでいた。
従業員用の服と調理用の服、それぞれ男女別で計四着。
それは耕介からすれば毎日袖を通して、あるいは間近で見てきた馴染み深いものであった。
まだ数日しか経っていないのにひどく懐かしい気がする。

「ではコウスケ様。詳細を教えていただけますか?」

「えぇ、まず、調理用の服の色は白。袖は厚い生地で…」

ステラは耕介の指示を丁寧にメモしていく。

「…気をつけて欲しいのは以上かな。出来そうかな?」

「お任せ下さい。では、別室にて生地選びと採寸をしますので、こちらへどうぞ」

耕介の要望をメモし終えたステラは、耕介達を別室へと案内する。


「仕上がりは2~3週間ほどで、料金は1着当たり大体銀貨50枚ほどかかりますが、宜しいでしょうか?」
「お願いします」

「承りました。本日はご利用誠にありがとうございました」




****



洋服店を出た耕介はノエルとナタリーに聞く。

「二人はこれからどうするんだい?」

「…出来れば、また料理を教えて欲しい」
「あたしは遊びに行ってくる!」

言いながらナタリーは駆け出す。

「ナタリー! 夕飯は店で食べるから暗くなる前に戻って来いよ~?」

「はーい!」

こっちに手を振り人混みに紛れていく。

「店長?」

「良いだろう? どうせ店で料理を作るんだ。夕飯として食べて貰わなきゃ、二人だけじゃ食べきれないかもしれないし」

「ありがとうございます」

「それじゃ、ちょっと寄り道してから店に戻ろうか」

二人は魔法具店へ向けて街を歩いていく

耕介は昨夜、洋菓子を作るのに意外に手間取ってしまったため、魔法具店で新製品を作ってもらえないかとロジャーに相談したかったのだ。
魔法具店に着き、新製品について話すと、魔法コンロが出来てすぐに次の新製品のアイデアを出すという耕介にロジャーは訝しげな表情を返す。
異世界からの知識と説明するわけにもいかない耕介は誤魔化すのに苦労するのであった。

「まぁ、話し辛いなら構わん。新しい物を作るのは楽しいし、弟子達も喜ぶからな」

何も聞かずいつも通り微笑みかけるロジャーに深い感謝をして店を出る。




****



その後、料理組合で従業員の募集を依頼し、野菜通り、お肉通り、道具屋通りで価格調査を行う。
ここでは耕介とノエルの立場は逆転する。
耕介は品質と価格、店の場所を頭に叩き込みながら通りを歩く。

「それは大体銅貨10枚ほどで、風の季節から火の季節の初め頃まで売られています」

「こっちは?」

「それは“キルツ”と呼ばれていて独特の苦味があります。人によって好みがはっきり分かれるモノです」

「じゃ、これは…」

適当な所で価格調査を切り上げて、耕介達が店≪モントズィヘル≫に戻り食材の整理をしていると、入り口の扉がノックされた。

「ノエル、ちょっと手が離せないから出てくれないか?」

「はい」

ノエルが扉の鍵を開けると、そこには40代半ばの小太りの男が立っていた。
ノエルよりも少し背が低い彼はノエルを見上げる。

「ようやく見つけましたよ? ノエルさん」


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コウスケの所持金

【収入】
無し

【支出】
無し

【結果】
お財布カードの中身:金貨4枚、銀貨14枚


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