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[16219] 【習作】(n+1)の世界【オリ主 多重クロス(シュタゲ・ゼノサ他)】
Name: コウヤ◆6f3b2832 ID:8e2f369d
Date: 2010/06/23 20:14
はじめまして。初めてssを投稿する、コウヤと申します。

この話はオリジナル主人公による多重クロスの転生/憑依ものです。
現在確定しているのは
・Steins;Gate
・Xenosaga
の2作品。
キャラクターが出るかは未定なものの設定や世界観がクロス
・ガンパレードマーチ
になります。

突発的に妄想が炸裂してしまい、とてつもなく大雑把なプロットのみで書き出しているため、展開が妙になるかもしれません。
それ以前に、貧困な文章スキルのため読みにくいかと思います。精進しますので生暖かく見守っていただけると幸いです。
とんでも設定ですが、主人公最強にはならない予定です。
また、多重クロスという設定上、原作のストーリーにはめったに接触しない、設定を借りただけの別物になる可能性も高いです。

シュタゲやゼノサの感動や重厚なストーリーは期待できないと思ってください。

キャラクターや設定など、原作とはかけ離れてしまう可能性もあります。
ご指摘いただければ善処したいと考えていますが、気分を害されるようならば見なかったことにしていただけると幸いです。



それでも目を通してやろうという心の広い方、本文へお進みください。

2010/6/23 無理やり一人称から三人称に変更しました。また所々に少しだけ加筆しました。



[16219] -1話
Name: コウヤ◆6f3b2832 ID:8e2f369d
Date: 2010/06/23 19:54

『誰もが自分自身の視野の限界を、世界の限界だと思い込んでいる』 
                         Arthur Schopenhauer



――――観測することは、影響を与えることに等しい。

ここで一つ例を挙げたい。

水素原子の構造を思い浮かべて欲しい。思い浮かんだだろうか?
それは今時子供でも知っている『原子核の周りを、一つの電子が軌道を描きながら周回』している絵だろう。ボーアの原子模型と呼ばれるものだ。
それはまるで太陽の周りを周る地球のように。キレイな円を描いているだろうか。
しかし、本当にそうなのだろうか?
今更天道説を唱えようという訳ではない。地球が自転していることも、太陽の周りを公転していることも自明だ。季節による太陽の傾きで実感することすら出来る。
だが、水素原子においてそれは実感できているだろうか。
透明な水。その構造が二つの水素と一つの酸素で構成されている。ここまではまぁいいだろう。小学校の理科の実験で水の電気分解を思い出してもらえればいい。
だが、原子核や電子の概念が――真実概念でしかないのではないだろうかと疑問に感じたことはないだろうか。
便宜的にそのように述べることができるだけで、真実は異なる――例えそうであったとしても、それは実生活において全く何の問題にもならないだろう。仮説は仮説であっても用を成す。証明など必要ない。

電子顕微鏡は0.1ナノメートル―――100億分の1mまで観測を可能で、これは原子レベルといえなくもない。
だが、我々には”今現在”電子がどこに存在するのか観測することは不可能だ。
なぜなら、ボーアの電子模型は、あくまでモデルでしかないのだから。電子はキレイな円を描いているわけではない。
”電子雲”という言葉を知っているだろうか。
原子における電子の存在する確立の高い領域を黒点で示したもので、その小さな黒点は集まり雲のようにみえる。
電子という粒子は観測されるまで明確な位置に存在せず、確立的に存在する。これはハイゼンベルグの不確定性原理で述べることができる。
粒子は明確な位置に存在しない。それは―――――”観測されるまで”。

ここで繰り返したい。
我々には”今現在”電子がどこに存在するのか観測することは不可能だ。
なぜなら、我々には視野の限界が存在するからだ。我々が見ているモノは、物体に辺り跳ね返った光を目の水晶体で受け取り、網膜神経を介し電気信号へと変換した後、脳で認識した後のものだ。
大前提として光粒子が必要なのだ。
詳細な原理は異なるが、電子を観測するためにも自ずと粒子をぶつける必要が出てくる。
が、その粒子と接触した時点で、電子はその存在位置を変えてしまう。
我々には”今現在”電子がどこに存在するのか観測することは不可能だ――と言った意味がお分かりいただけただろうか。
観測する行為そのものにより”今現在”の電子ではなくなってしまったのだ。

これをミクロの視点からマクロに移したらどうなるか、想像してみて欲しい。
”観測”――その行為自体がエネルギーを持ち得るとしたら。

これはまだ仮説でしかない。
証明どころか前提すら確定できていない、暴論だ。

だが、その存在を確かに感じている。
証明など出来なくとも、法則は存在し、仮説は仮説のまま用を成す。

この理論を元に―――ここに”魔法”の展開を宣言する。




[16219] 0話
Name: コウヤ◆6f3b2832 ID:8e2f369d
Date: 2010/06/23 20:08

さて、では何から語ろうか?
順を追っていきたい所だけれど、残念ながらそういうわけにはいかない。
これは”儀式”だから。
それに……語り部足らねばならない自分にとっても、この物語のどこが”始まり”だったのか、分からないのだから。
鶏が先か、卵が先か。
メビウスの輪の表はどちらか。
水掛け論にしかならないそんな話はどうだっていいだろう。



まずは、ココに一番近い場所から始めようか。




歩行者天国は人で溢れていた。
最近では海外においてもサブカルチャーのメッカとして人気の高い街、秋葉原。
この街は、多種多様の人が集まる首都東京においても、一際異彩を放っているだろう。
海外からの観光客や休日の会社員と言った人たちは大手電化製品店の箱を抱えて歩いている。
一方、所謂オタクと呼ばれる特徴的な服装……夢が詰まっているらしいリュックサックに、ビームサーベルを模したのか突き刺さるポスター。まるで登山にでも向かうかのようなゴツい靴にチェックのシャツ……の男性達が、闊歩している。
女性においても、やたらとシルバーや革ベルトが目立つ服装やひらひらとした実用性に乏しいお人形が着ていそうな服装の人物もちらほらと歩いていた。

その雑多な人々に混じり、彼――朝倉昌平は目的地へと歩を進めていた。
シンプルなシャツにズボン。特筆するような目立った特長も無く、日本人らしい漆黒の瞳と少し長めの黒髪は周囲の人々に埋没している。
唯一目に留まるのは、首から掛けられたチェーンに通された一つのリング程度だろう。
ピンクゴールドとプラチナの細やかな細工が施されたリングが東京の晩秋の日差しを受けて輝いていた。

平成生まれの平凡なその青年は、半年ほど前に終わった受験戦争にて負けを喫し、第一志望の大学を諦め滑り止めで妥協、現在は大学近くの安アパートを借り自堕落な独り暮らしをしていた。
両親共に健在で、その気になれば数時間で会いにいける距離、金銭面も苦労することもなく、日々の些細な悩みに惑わされながらも平穏だった。
あまり友人は多くないのもの週末に出かける程度には人付き合いもこなし、唯一の趣味とも言えるゲームと読書――といっても主にライトノベルや漫画ばかりだが――を語り合える友人が居ないのを残念に思いながらも、彼はそれなりに楽しく過ごしているつもりだった。

夏も終盤になり少し暑さも和らいできたとはいえ、まだ暑い秋葉原を歩いているのは、大学を数日間休んでいた知人に頼まれ、その間の講義のノートを貸すためだった。

目的地である”メイクイーン+ニャン2”は秋葉原でも人気のメイド喫茶だった。
昌平にとってはあまり馴染みのない店だったが、今日の待ち合わせの相手はここの常連らしかった。

「朝倉、悪いな。わざわざ週末に呼び出して」
「いや、別に構わないよ。岡部」
週末にわざわざ出かけてきて、しかも男二人でメイド喫茶という状況は昌平にとっても哀しい現実であったが、この用がなければ一日部屋に篭もってゲームに興じていたただろうという自覚もあるため、苦笑に留めるしかなかった。
昌平自身、引き篭もり一歩手前だという自覚はあったが、すぐさま改善しようという意気もない。

「で、これとこれが……この前の講義のノートと、レポートの要綱。コピーしたらすぐに返してもらえると嬉しい」
簡単に説明しながら、ノートとプリントを手渡すと、岡部はすぐに手持ちの紙袋に仕舞っていった。

――岡部倫太郎。
痩身で白衣に寝癖頭の目の前の青年は、先学期に始まった講義で知り合った人物だった。
彼は、百人以上が詰まった講義室においてダントツに目立っていた。
トレードマークであるらしいその薄汚れた白衣が、完全に浮いていた。
このメイド喫茶内においては、店員の衣装はもちろん、秋葉原という立地のため客層も世間一般の感性からすると個性的過ぎるファッションの若者ばかりのため、そこまで違和感はないが、街中でも常時着用の白衣は恥ずかしくないのかと小一時間ほど問い詰めたいと昌平は常々思っている。
しかも、最近――といっても、さほど長い付き合いではないのだが――少し様子が落ち着いたような印象は受けるものの、岡部倫太郎は重度の中二病患者だった。
その一方で、昌平のようなオタク趣味はない。
美少女コスプレイヤーや可愛い幼馴染、スーパーハッカーの友人が居るという噂を昌平は耳にしたことがあった。またアメリカの科学誌に学術論文が掲載された天才少女と連れ立って歩いていたところを、先日目撃していた。
あれだけ個性的で豪華なメンバーに囲まれていて、どうして何のとり得もない自分のような男に絡んでくるようになったのか、昌平は未だ尋ねる機会を得られないまま、現在を迎えていた。

「お待たせいたしました…に、にゃん。ご注文のニャンニャンかぷちーのです…に、にゃん」
メイド服風のミニスカートの制服に、猫耳カチューシャをつけた店員の女の子が岡部にカプチーノを置いていった。
まだこの店は長くないのか、少なからず恥ずかしがっている姿は初々しい。

自身の分のコーヒーを注文した後、店員が離れたのを確認して昌平は今日ここで待ち合わせる原因についてまずは尋ねた。
「で、なんで唐突に1週間も姿を消したんだ?」
「あぁ、実はな……”機関”の残党が――」
また始まった、と呆れずにはいられなかった。
この岡部倫太郎の会話では、その端々に”組織”だの”委員会”の陰謀が出てくる。
謎の自作の横文字を使った必殺技のようのなものや、特殊設定も日常茶飯事。しまいには電源の入っていないケータイを耳に宛がい、どこぞと連絡をとる動作をしばしば行う。
見事なまでの中二病患者ぶりだといっそ賞賛したくなることしばしばだった。これがなければもっと付き合いやすいだろうにと昌平は心底思っていた。
大抵の人はこの奇行に引いてしまうため友人は多くないらしい。根はとても真面目だということを知っている分、惜しいと思わずには居られなかった。
昌平自身も、最初の頃こそ面食らってはいたものの、次第に扱いを覚えてこの奇行にも慣れてしまった今は、全く気にならなくなっていた。

「あーはいはい、中二設定乙。そんなことより天才美少女と連れ立って歩いてるの目撃してんだよ、さぁ吐け」
「ぅぐっ!……いや、アイツはその、なんでもなくてだな……」
岡部は途端にうろたえていた。
普段は大仰な口ぶりで話をする岡部が、意外と突っ込みに弱いことを昌平は熟知していた。容赦なく突っ込むと、純朴そうな地がちらほらと見え隠れするのが少し楽しくて、悪いなあと思いながらも止められない。

「そ、そんなことよりだ!聞きたいことがある。……アーサー・ショーペンハウアーを知っているか?」
「えー…」
話を誤魔化そうと強引に話を変えたのだろうかと思ったが、岡部は真剣な表情だった。
昌平はとりあえずは真面目に答えるしかないと判断し、天才美少女の追求は一次的に諦めることにしたが、また同時に後で絶対に問い詰めようと心に誓っても居た。

「アルトゥル・ショーペンハウアーじゃなくてか?」
ぱっと思い浮かんだ名前を言うと、岡部は肩眉をあげた。

「朝倉は意外と博識だな」
「そーでもないさ。確かドイツの哲学者だろ?それがどうした」
意外と、という岡部からの評価に若干の不満を感じたが、話の腰を折るまいととりあえずは話を進める。

「そうではなくてだな、@チャンネルに出没しているアーサー・ショーペンハウアーを名乗る人物についてだ」
「@チャン?なんだ、人名っていうより単なるコテハンか。……んー、知らないなぁ」
@チャンとは不特定多数の人物が匿名で書き込み可能な、web上の有名な巨大掲示板だ。
昌平もそれなりの頻度で利用しているため、覚えはないかと思考を廻らせてみたが、心当たりはなかった。
閲覧頻度の高いスレッドでは話題にも上がっていなかったはずだと、頷いた。

「いや、知らないならいいんだ。どことなく、あの事件と同じ臭いを感じたから気になっただけでな……」
事件、という響きにまた中二設定が始まったのかとも思ったが、岡部の表情は変わらず真剣なものであることに昌平は戸惑った。

「事件って?何かと共通点があるのか?」
「あ、いや。……じゃあ、ジョン・タイターって知ってるか?」
こちらからの質問には答えず、岡部は更に緊張した声でまた外国人の名前を尋ねてきた。

「はぁ?誰だそれ。また@チャンのコテハンか?」
知らないと素直に答えると、岡部はほっとした様に息をついた。

「知らないならいいんだ。……俺の友人にスーパーハカーが居るという話は前にしたな?ヤツがアーサー・ショーペンハウアーは未来から来たのではないかという仮説を立ててだな…」
それからは、男二人で顔を付き合わせトンデモ理論について小一時間ほど語り合うことになった。
いつもの中二設定といい勝負の内容ではあったが、岡部の妙に真に迫った考察に思わずつられて真剣に話し込んでしまっていた。

「……なるほどね。俺のほうでも確認してみるわ。お友達のスパーハッカーさんみたいなことはできないけど、とりあえずスレのチェックだけはしてみるよ」
「あぁ。頼む」


そしてその夜、昌平はパソコンに向かっていた。
漫画とゲームがびっしりと並ぶ本棚に囲まれた自室は薄暗く、ディスプレイの白さが眩しい。
こうやって一日の最後にネットサーフィンをするのは昌平の日課だった。
話題に挙がっていた該当スレを探すとそれらしきものはすぐに見つかった。

「何々?これ……か?―――――――ぇ」

眩しい画面に映った文字列、その文面を視界に入れ、文章として認識した瞬間……昌平の視界は砕けていた。
痛みに声にならない叫びを上げる。
感情が抜け落ちて、記憶が記憶という形をなくしてただの熱量に変わり脳を焼ききる――そんな痛みともつかない痛みだった。


彼という存在は一度粉々に砕かれ、そしてゆっくりとパズルを組み合わせるかのように再構成されていった。


to be continued//



2010/6/23 かなり修正



[16219] 1話(追記)
Name: コウヤ◆6f3b2832 ID:8e2f369d
Date: 2010/08/13 15:09
まどろんでいた。うとうとと午睡をたゆたうかのように。
それは永遠のようで、刹那のようで。
それが、その瞬間にふっと覚醒した。


まず目に映ったのは、小さな手と絵本だった。
2回、瞬きをしてそれが自身の手だとやっと認識した。
じわじわと込み上げてくる何かを堪えながら顔を上げると、壁のディスプレイにテレビ番組らしきものが映っていた。
恐る恐るあたりを見回すと、彼が居たのはインテリアがベージュで統一された小奇麗な子供部屋だった。
彼はその一角でおもちゃを広げたまま絵本を開いていた。
間違ってもゲームと漫画と小説に埋もれた”彼”――朝倉昌平の部屋ではないし、パソコンの前でもない。
それまでの自分の認識と現状のあまりの食い違いに、ぞわぞわと肌が粟立っていた。

――ここはどこだ?今は……いつだ?

その答えは、恐ろしいことに自身の中で見つかった。
ココはボクの部屋で、ボク(俺)はショウヘイ アサクラ(朝倉昌平)だった。
見覚えは、ない、はずだった。
だが、そう感じる意思とは別に確固たる既視感も存在した。
立ち上がれば記憶よりも低い視線、重心のずれに思わず一歩よろめいてしまう。
既視感を頼りに部屋に備え付けの引き出しを開けると……鏡があった。覗き込むと、見覚えのある顔。
10年前には毎日見ていたであろう、平凡な黒髪黒目の少年の顔があった。
「俺……だ。小学校のころの。なんで?子供になってるんだ?それに、この部屋はなんだ?」
過去に戻ったのだろうかと考えたが、小学生のときの子供部屋はこんな小奇麗な部屋ではなかった。もっと所帯じみた和室だったはずだと、その考えは破棄した。
しかし取り出した手鏡の裏には”ショウヘイ アサクラ”と大きく書かれていた。
「朝倉昌平。間違いない。なら、今感じている”俺”の方がおかしいのか?」
口に出したとたん自分という存在がまるで異質なものになったような気がして、落ち着かなくなっていった。
可能性の一つとして自身が好んで読んでいた小説のキャラクターのように時間を遡ったかもしれないと、考えようとした。
しかしそれは無理だった。
一度認識してしまえばそれが当たり前のように、先ほどまでは既視感だけだったその部屋は、自ずと約10年暮らした自分の部屋だと感じられていた。

「胡蝶の夢……ってか?」
果たして荘周が夢を見て蝶になったのか、あるいは蝶が夢を見て荘周になっているのか。
気が狂ったとしか思えなかった。俺とボク……”どちら”の自身がかなのか彼には分からなかった。


――あぁ、今日はボク(俺)の10歳の誕生日だ。



彼が初めて覚醒してから、はや5年が経とうとしていた。
ショウヘイ・アサクラの体は大学生だった朝倉昌平の幼少期よりも体力が無かった。
それは環境のせいだろうと納得できる程度で、疑問に思うほどではなかったがその遅れも5年間で取り戻していた。
あのとき10歳と幼かった体つきも、15歳になり伸びやかに成長している。
この世界のショウヘイもまた、恵まれた環境で、なんの不満も無く生きていたようだった。
ショウヘイとして10歳までの月日を生きてきた”ボク”の記憶から、自ずと理解出来ていた。
過ごしてきた経験が全く違うはずなのに、ショウヘイ・アサクラとしても朝倉昌平としても自意識の崩壊をせずにすんだのはそのためだろうと、5年経ってやっと理解する余裕が生まれていた。
そして、彼が精神崩壊の危機を免れえた一番の要因は、”朝倉昌平”の記憶の中と同じ”ショウヘイ・アサクラ”の両親の存在だったのだろうとも彼は推察している。
町並みも、人種も、文化も、当然ご近所さんやクラスメートも全く異なる世界において、両親だけは変わらなかったのだ。



結論として、彼は逆行したわけではないようだった。憑依か……転生かは分からない。
だが確かにそこは以前の世界とは違っていた。

以前の世界に比べて、科学は進歩していた。
ナノマシンは普及し日々の生活に利用されている。小さな傷ならばナノマシンのスプレーひとつで瞬く間に治る。
人類は宇宙に進出し、俺――ボクとしての俺が育ったここは地球という惑星ではなかった。
ネットは存在するも、その規模は全宇宙を網羅していた。それはU.M.N.と呼ばれるもので、驚くべきは規模だけではなく生命以外の全てをやり取りできてしまうという汎用性の高さだった。ネットワークを介して物は一瞬でやり取りできてしまう。これは一般的にETHER――エーテルと呼ばれ、初見では魔法かと思ったものだ。所詮科学の域を出ないと理論を知って納得したが。

頭の中身は、曲がりなりにも大学生。
歴史や風習は全く異なるも、5年も暮らせば馴染めていた。

街ではアンドロイドが売り子をしていたり、蛍光色の目に鮮やかな髪色や瞳の色の人々が溢れ帰り、レアリエンと呼ばれる合成人間の姿もちらほらと見かけるが、彼はもう驚かない。

それに、変わらないものも多かった。宗教は存在し、戦争は絶えず、テロの恐怖はそこかしこにあった。
彼自身も、以前よりは体を鍛えた程度で、相変わらず平凡な一学生でしかない。
転生なのか、あるいは憑依なのかも不明だが、かつて読み漁ったweb小説のように異世界に飛ばされて特異能力に目覚めたりはしなかったのだ。

相変わらず霊感もなければ超能力も無い。
小学生の体に大学生の頭脳、それだけが唯一の特別だった。
所詮その程度では、少々優秀な子供でしかなく、S判定ばかりの学力通知に両親はとても喜んでくれたがそれだけだった。
名門大学に進学することも可能だったが、この星を離れたくなくて止めていた。
以前は何の疑問もなく当然だと思っていた両親の愛に、今度はきちんと応えて感謝を示したかったからだ。



両親の愛に応えたい――今の彼の中で大きな領域を占めているのはその一念だけだった。


パソコンの前で頭痛に襲われた大学生だった”朝倉昌平”があの後どうなったのか覚醒したばかりの当事の彼には知るすべはなかった。
脳卒中かなにかで死んでしまったのか、生きているのか、時々思いをめぐらせることしか出来ない。
ぬるま湯に浸るかのような、温かな両親との生活を過ごすうちに、そもそも、その記憶すら単なる10歳児の妄想か白昼夢でしかなかったのかもしれないとすら考えるようになっていった。

それでも、初めて覚醒した時に感じた気が狂ってしまったのではないかという恐怖は、彼を苦しめ続けた。
しだいに表面的には落ち着くも、根源的な恐怖は消えることはなかった。


そして無意識に縋ったのは、かつてと同じ両親だった。

その日は、いつも帰りの遅い父が早くに帰宅し、両親と彼、全員そろっての夕食だった。
食卓に並ぶのは”ショウヘイ・アサクラ”の好物ばかりで、何かお祝い事でもあったかと”ショウヘイ”の記憶に何かないかと思い返してみたが何も思い当たりはしなかった。

『今日は何かのお祝い?』
彼が素直に訪ねたとき、両親は表情を微妙に曇らせていたように思う。

『なんでもないのよ。ただ、ショウちゃんの喜ぶ顔が見たくてね。気を遣わなくても……ショウちゃんのために作ったのだから、遠慮なんかしないで好きなだけ食べていいの』
当事の彼はその言葉を聴いてやっと、自身の言動が10歳の子供らしくなくなっていたことに気がついた。
10歳の子供だったら、珍しく父さんが早く帰ってきたらそれだけで遊んでとせがむはずだ。
好物が並べば、何かあるのだろうかと考える前に、はしゃいで大喜びするはずだったのだ。

『う、うんっ。う、嬉しいな?』
慌ててそう取り繕った彼は、酷くぎこちなかった。
ああ、これはまずいと血の気を引かせた彼だったが、両親はそこで笑った。彼に微笑みかけてきた。

『いいんだ、遠慮なんか要らない。安心しろ、お前は俺の自慢の息子だ』

『何があっても、何が起きても、私達はあなたを誰よりも愛してるわ』
見透かされたのかと思った。
朝倉昌平にとって慣れない環境に戸惑い、ショウヘイ・アサクラにとって覚えのない記憶に困惑し、狂っているのではないかと怯えるばかりだった彼の感情が、その微笑に震えた。

『大丈夫だ』
父さんが、10歳に縮んだせいで余計に大きく見える手のひらを彼の頭に伸ばし、髪が乱れるののもかまわずワシワシと豪快に撫でていた。
その仕草が、しょうがないなと言うような笑顔が、”昌平”の両親と全く同じで、彼は思わず瞠目していた。
”昌平”の父さんは、もっと皺も白髪も増えていた。だから目の前のまだ若さと活力を感じさせる男性があの父と同一の存在なのだとその時まで理解しきれていなかったのだろう。
仕事帰りのきっちりと撫で付けてあるにも関わらずぴょんぴょんとアホ毛がはねてしまっている髪で、男にしては睫毛の長いツリ目を細めて笑っているのも、同じだった。
視線を移せば、それは母についても同様で、目の前の未だみずみずしさを残した女性の微笑みが、”昌平”の母さんの少し疲れた笑みに重なって見えた。
おっとりとした雰囲気を演出している少し垂れた目元や、日本人にしても珍しい完全な漆黒をした髪色と瞳の色、対照的に白さが目を引く肌色は、記憶に残る”昌平”の母の若い頃と変わらない。
その特徴の全てを子である彼は引き継いでいた。
父譲りの癖毛と目元、母譲りの髪と肌の色は20歳だった”昌平”も10歳の”ショウヘイ”も変わらない。
その間違えようのない血縁の証を手にしていることに気がついた途端、まるで免罪符を貰ったような妙な気分になったのを何年経っても彼は覚えていた。



”昌平”と”ショウヘイ”の間で振れていた自身が振り切れてしまわなかったのは、ひとえにこの血縁という絆と両親の愛のお陰だったと彼は心から両親に感謝していた。

そもそも”昌平”の人間関係は希薄だったのだろう。
”昌平”が居なくなって、泣いてくれるのは誰だろうと思いをめぐらせたとき……彼には両親しか思い浮かばなかった。
岡部や、数少ない友人も……たまには思い出して寂しがってはくれるかもしれない。
だが、泣いて惜しんでまではくれないだろう。

唯一の彼の拠り所は、今も昔も両親しか居なかった。

……そう気がついてしまってから、彼はほんの少しだけ頑張れるようになっていた。
ほんの少しだけ前向きに生きようと思った。
両親のために、そして彼が死んだときに……泣いてくれる人が欲しくて。




そして今日は、その一環としてここ一年かけてアルバイトで溜めたお金で3人でちょっとした旅行に出かけるところだった。
最近建造されたらしい娯楽衛星に一泊二日。学生アルバイトの小銭を奮発しての大一番だった。


街の舗装された道路は、昌平の見慣れていたアスファルトではなく合成樹脂で、滑らないように加工されている。
所々に走る光線は、道案内もかねていた。
「父さん、母さん。そろそろ乗り場だよ。二人は先に行っていて。俺は手続きしてくるから」
そう告げて彼は独り受け付けへと向かった。
U.M.N.経由で予め送られてきていたカードを装置に翳すだけでを手続きは一瞬で終わり、彼はすぐに両親を追いかけようとした

―――そのとき、彼は違和感にその歩みを止めていた





彼の視線の先には、少女が居た。
受付ロビーの片隅、がぼんやりと立っている白いワンピースの少女。
ぼんやりと――透けながら。


「!!」


あまりの驚きに、彼は思わず叫びそうになり、慌てて声を飲み込んでいた。
見慣れたホログラム特有のほの明るい輪郭ではない、不可思議な半透明さは幽霊と判断するに十分なほど異質だった。
しかも、道行く人は彼女に全く注意を向けることなく通り過ぎていく。
驚きのあまり凝視したまま立ち止まっている彼には、通行人の訝しそうな視線がちらちらと向けられている一方で、彼女のことは避ける素振りもなく時に体をすり抜けている。

その少女の瞳は、多くの人が行きかう中で間違いなく彼を注視してた。

科学の発展したこの世界で、魑魅魍魎の類に遭遇するとは思ってもみなかった。
如何するべきかと考えを廻らせていると、彼女は不意にすっと音もなく彼へと近づいてきた。
彼の周りからは不意に喧騒が遠のき、ありえないはずの静寂が響き渡っていた。

夕日色の長い髪が動きに合わせてさらりと靡いているのを、彼は呆然と見つめていた。
数歩のところで彼女は立ち止まり、身長差のある彼をわずかに見上げるかたちで立ち止まる。


『あなたは――何?……今まであなたの存在はなかった』
鈴が鳴るように微かな声だった。
まるで頭の中に直接響いているかのような鼓膜を震わせない音は、けれど不快ではない。


『……蝶の羽ばたきでは起こりえない。――あなたは異質』

異質。
その言葉に彼は自身の本質を突かれたと思った。
どれだけ馴染もうと、昌平のもつあちらの世界の記憶は彼の根底に根付き、5年たった今でも二つの記憶は彼を戸惑わせていた。
少女の断定的な口調は、彼女が彼があちらの世界から来たということを知っているのだと思い至らせていた。

「っ、俺がおかしいのが、分かるのか!?―――どうして俺はここに居る!俺は帰れるのか!?」

興奮のあまり思わず少女の肩を掴もうとして、その手はすり抜けてしまう。
彼の手は何の感覚もなく彼女の胸のあたりを突き抜いていたが、少女に全く構う様子はなかった。


『……哀れね。あなたは本来あちらの存在なのに。その自覚すらない?』

馬鹿にする風ではなかった。ただ、哀しそうな憐れみが滲んだ声色だった。


『もうすぐ、ここは堕ちる。……あなたならそれを変えられるかと思ったのだけれど……』

もの言いたげな視線を最後に少女の幽霊はそのまま姿を消してしまっていた。

彼の目の前にはもう、何もない。先ほど伸ばした手が、空へと伸びているだけだった。
やっと掴んだきっかけは、こちらの問いに答えることはなく消えてしまった。
彼女の残滓を掴み取るかのように、彼はその手をぎゅっと握る。

息苦しい。あまりの驚きに息を詰めていたようで、気がつけば鼓動も早いし握った手には汗が滲んでいた。

「……お、俺が異質。”あちら”の存在?――ははっ、俺、気が狂ってたんじゃなかったんだ」

覚醒したあの日以来、忘れようと心の奥底に沈めていた不安が氷解していた。

異質だと、否定されたはずなのに。なのに自身のの存在を許してもらえたかのように、どうしようもなく嬉しかった。

「ははっ、ははははっ!」

先ほどからの彼の奇行に、通行人は訝しげな視線を向けているがそんなことは全く気にならなかった。

込み上げてくる笑いを堪えきれない。目の奥が熱くて、上を向かなければ涙が溢れてしまいそうだった。






既に両親は船に乗り込み座席についていた。
無骨な宇宙船の様相を隠そうともしていなかった通路とは異なり、船室はそれなりに整備されている。
席のクッションは柔らかそうで、足を伸ばすことは出来ないが快適そうだ。
あまり高価な乗船券は買えなかったが問題なかったことに安堵した。

「ショウヘイ、遅かったわね……どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ母さん」
「そう?何でも相談に乗るから言ってね」

まだ目が赤かったのかもしれない。母さんに心配さてしまった。
彼がこの5年間歩み寄ったおかげか、以前よりもその心の距離は一般家庭よりもぐっと近い。
だが、以前の”昌平”の両親に育てられた20歳までの記憶は存在し、子供らしくない振る舞いをしてしまう度に、もしかしたらあなたの本来の子供じゃないかもしれないと居た堪れなかった……その思いが、彼にこれまで全てを打ち明けることを憚らせていた。
そしてついに、先ほどの少女の幽霊の言葉で確信してしまった。
―――”俺”はこの人たちの本来の子供ではない。

危惧はしていた。少女の言葉に自己肯定を得たように感じた。けれどそれは同時に両親に対する罪悪感ももたらしていた。

(ごめん。愛してる。感謝してる。けど、俺は……本当にごめんなさい)


過ごしてきた5年間は間違いなく彼自身のものだと自覚していた、またそれがこの真相ひとつで打ち消されるようなものではないと彼は信じていた。
けれど、込み上げてくる罪悪感は……どうしようもないものだった。



だから――


「うん、ありがとう。母さん、父さん」


――万感の思いを込めて呟いた。



「な、なによもう、この子ったら!改まっちゃって」
「いい子を持って俺達は幸せ者だな」

妙に神妙なわが子の言葉に、両親は照れながらも満更でもなさそうだった。

その様子を見て彼はやっと我に帰り、とたん猛烈に恥ずかしくなった。

それ程までに真剣な声だった。
ただの『ありがとう』の一言なのに。

”以前”の両親に、これくらい感謝したことがあっただろうか。
こんなに喜んでくれるなら、いくらでも言えばよかった。

胸のうちにじわりと広がる罪悪感と後悔を隠して、両親に背を向けて彼は座席についた。
きっと照れ隠しに見えたことだろう。

「出発までもうしばらくあるから、ゆっくりしてようか」
「そうね、あなた」

そっとしておいてくれるのも、優しさかもしれない。





―――しかし、その船が出発することはなかった。

出発予定時刻を過ぎても発進しない船に、乗客たちはざわつき始める。
先ほどまで目的地のレジャー施設の何処そこに一番に向かおうと計画を立てていたカップルも、持ってきたおやつについて喧嘩をしていた幼い兄妹とその両親も、こそこそと小さく何事か話し合っていた。


「どうしたのかしら?」
両親の顔にも不安が滲んでいた。

そして唐突に警告音がけたたましく鳴り響いた。
狭いながらも清潔で整然とした室内の隅々にまで不躾に赤い警告灯の光が染め上げた。

「な、なんだ!?」

それまで静かにざわついていた乗客たちに一斉に混乱が広がり、怒声や悲鳴が飛び交った。

「どうする?何のアナウンスもないけれど……!」

「しばらくは待とう。この混乱の中動き回るのは危ない!」

あまりの喧騒に家族3人は頭を寄せ合い、声を張り上げなければ会話も困難だった。

父の判断に従うことにし、3人はしばらく座席について待機していると乗客の一部が行動を開始しはじめた。
座席を離れ脱出を図ろうとする乗客達が押し合いへし合い、狭い通路への出入り口を競うように出て行く。
不安に震える母の肩を、父と彼の二人がかりで抱き寄せながらそれを見送った。
その喚き声や悲鳴は次第に遠ざかり、しばらくするとそれも聞こえなくなった。
しかしいくら待っても状況説明のアナウンスは無く、彼らのように様子を見ていた乗客も次第に立ち上がり始め、座席の空席は増えていった。

「俺達も、行こう?ここにいても何もわからない」

そう判断し彼は立ち上がったが、母は不安そうに父の腕にしがみついたままだった。

「……母さんは無理そうか。父さん、母さんについててくれ。俺はちょっと見てくる」
「分かった。ショウヘイ、頼んだぞ。暴徒に気をつけろ」
「ああ、父さんも気をつけて」

彼は独り船の出入り口へと向かっていった。
だが、たどり着く前にすぐに立ち止まってしまっていた。
奇妙なものを目撃してしまったからだ。



白い、砂。



こんもりと数キロ分はありそうな白い砂の山が通路に転々と積まれていた。
照明を眩しく反射している磨かれた金属の床の上には、その真っ白な色合いが不釣合いで、妙に不気味だ。
そして、周りには乗客が持っていたと思われる手荷物が散乱している。

「なんだ、これ?……砂、いや塩か?」

しゃがみ込み顔を近づけてよくよく見ると、その粒は結晶構造をしていた。
なぜこんなところにあるのだろうかと首をひねるも、分かるわけもなかった。

状況を把握しようとあたりを見回すも、人の姿は無い。
通路へと出て行った他の乗客たちは誰も戻っては来ていないのかという疑問が浮かぶ。
彼が父と母を残してきたように連れを残して様子を見に行った乗客は多かったはずだ。
今も両親と何名かの乗客が残っているはずだった。

警報音が喧しく鳴り響いているにもかかわらず、無音の空間に居る時のようにしんしんと耳から頭へと何かが沁みるようだ。

少し先に進むと、今度は床に転々と落ちる血痕を見つけてしまった。
壁には弾痕だろうか、所々の金属が小さく変色している。

「これ……は。やばいんじゃないか?」

本能的に危険を感じていた。
これで終わるかもしれない。
その予感を裏付けるように、後方から複数の悲鳴が聞こえてきた。

「か、母さん達の方から!?」

慌てて通路を走りぬけ、両親達の元へと戻る。



――――そして、見てしまった。

異形の怪物と、それに襲われる両親の姿を。


「!」

とっさに悲鳴を上げて逃げなかった彼は、勇敢だったと言えるだろう。
何か考えをめぐらせる間もなく、咄嗟に化け物に体当たりをかまし両親と化け物の間に無理やり体を割り込ませていた。

「――――――!」

異形は名状しがたい音を発しながら彼へと顔――のような部分を向けてきた。

そして振り上げられる丸太のように太く長い腕。あんなもので殴られたならば人体など一溜まりもないだろう。
次の瞬間には殺されていると思った途端、彼の中で逃げたいという衝動と恐怖が膨らんだ。
だが、後ろの両親の存在が彼をそこに留まらせた。

異形のその手は高く振り上げられた状態から、不似合いなほどゆっくりと彼の頭に伸び、――――それだけだった。
掴まれた頭部は彼に苦痛を与えている。吊り上げられ、足はつかない。だが、それだけだった。
宙吊りにして化け物が何をしたいのか彼には理解できなかった。

痛みを堪えて、滲んだ涙を瞬きで振るい落とし視線だけで様子を窺うと、まるで化け物自身も不思議だとでも言うように頭部を傾げて見せていた。
そして逆側の太く醜い腕がゆっくりと座り込んだ母へと伸ばされ、今度はそこに父が割り込んだ。
その咄嗟の動きは、間違いなく親子だった。
愛する妻を守ろうと、考える間もなく体が動いたのだろう。
しかし、無常にも異形の腕はその頭を素早く捕らえ掴み挙げた。

「う、うぁ――」
ただ掴まれているだけ――彼のときと変わらないように、見えた。
にも拘らず頭を掴まれた父は、すぐさま耐え難い苦悶の声を上げていた。

「と、父さん!」
父を助けようと頭を固定されたままじたばたと暴れてはみるが、手も足も出ない。届かない。
そして、変化はすぐに訪れた。

父の手足が変色していっていたのだ。ぼやけるように、白く。

「え、な……あな、」
母はもう声も出ないのだろう。頭部を持って吊り上げられた父の体にすがり付いていることしか出来ない。

さらさらと、場違いに静かな音で父はその末端から白い砂へと変わっていった。

「とう……さん?とーさ、あぁああああー」
気がついたら悲鳴を上げていた。恥も外聞も無く涙を流しながら、咽喉が裂けるのではないかと言う位。

最後の一粒が、ちり……と微かな音を最後に全て白い砂へと変わり落ちたのを確認したあと、異形は次の標的へと手を伸ばしていた。
父だった、白い砂に塗れて呆然としている……母へと。

「に、逃げろ母さん!!逃げてくれ!!!」

異形は次は母を砂に変えるつもりだった。必死に彼は母へと呼びかけるが、焦点を失った彼女の焦点は呼びかける最愛の息子にも化け物にも結ばれることは無かった。
ただ、どうしよもなく、手の中の白い砂を。

あっけないほど簡単に、両親は消えてしまった。

さっきまで笑っていたのに、照れていたのに。

―――なのに俺はなぜまだここに居る?

「離せ、なんで、なにが!―っ父さん、母さん!――ん”あ”あ」
もう、自分が何を叫んでいるのか分からなかった。仕舞には咽喉が焼けて声ですらなくなっていた。

ぽたり、と顔に生暖かいものが滴る。
それは掴まれた頭をはずそうと、爪を立てていた手からだった。

脱力して手を下ろすと、爪なんて当に無かった。
滴っていたのは自身の血だった。

急に静かになったショウヘイに、化け物はまた不思議そうに頭部を向けてきた。

しばらく考えるかの様な間のあと、彼は宙高く持ち上げられて








――――ぐしゃり

そこで意識は暗転した。



チリンと、彼の首から飛んだリングが血溜まりに沈んだ。




to be continued//

************************************************
はじめまして、コウヤと申します。
拙い文章をここまで読んでいただけた方、ありがとうございます。
キリが悪いかもしれないと思い直し、追記してしまいました。
紛らわしいことをしてしまって申し訳ありません。
ここまでがプロローグ的な扱いになります。
次話からはゼノサーガの本編に触れ始める予定です。
また、しばらくはシュタゲサイドは回想にしか出てきません。

へっぽこですが、もう少しだけお付き合いいただけると幸いです。


2010/6/23 かなり修正



[16219] 2話
Name: コウヤ◆6f3b2832 ID:8e2f369d
Date: 2010/08/13 15:13
まどろんでいた。
自意識がどこにあるのか不明瞭で、世界の全てが灰色だった。
そも、灰色とはなんだっただろうか。

ふいに感じた。
この感覚は、前にもあったと。
思い出そうと、拡散していく意識をむりやりにかき集めるが、それは指から零れていく。
そも、指とはなんだっただろうか。

そうやって、長い長い時間、意識の拡散と収束を繰り返していると、外から新たな刺激があった。



―――――ノイズ。



ザリザリと不快感を催すその音は、意識の収束を促してくれた。
俺はショウヘイ アサクラ。
ああ、そうだったはずだ。
自分が何かを思い出すにつれて、ノイズは聞き取れる音へと変わっていく。


『ザッ―ザザ――……いたい う。うぅ……やだ ぁ』
小さな少女の声だった。
誰だろう……痛いの?辛いの?
助けたい、と思うのに、ノイズは遠く小さくなっていく。


ノイズが消える……イヤだ、また俺が分からなくなってしまう。!
ノイズが無くなり拡散していく意識を手繰り寄せながら耳を澄ます。


その音は酷く遠く、微かだった。
――――――だが、つかまえた!




「ザザ―――朝 らは……、おいっ!」
「ザ……――わよ。専 ――……なさい」

あれ、これは岡部の声と、女の声?






なんで、こんな時に岡部なんだよ……他にもっと――




もっと、なんだ?
こんな時?こんなって、俺はどうしてたんだっけ?








俺は……


俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は―――――――――――――――――

どうして。なんで。痛い。逃げて。助けて。置いていかないで。白い砂。化け物。船。届かない手。娯楽衛星。散らばった手荷物。虚ろな瞳。チリチリと。かき集めても零れて。サラサラと。俺達は幸せ者だ。助けて。助けて。ごめんなさい。ありがとう。助けて。行かないで。逃げて。白い砂。鳴り響く警報。手が赤い。足が届かない。透けている。置いていかないで。ごめんなさい。どうして。悔しい。痛い。痛い。白い砂。照れた笑顔。呆然とした。逃げて。逃げて。悔しい。憎い。混ざり合った二つの白い砂山。痛い。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。痛い。置いていかないで。ごめんなさい。ごめんなさい。憎い。殺してやる。どうして。どうして。どうして。なんで!ごめんなさい。ごめんなさい。――――――――――助けられなくてごめんなさい。無力でごめんなさい。置いていかないで。――――憎い。化け物が憎い。どうして俺がどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてなんで











父さん、……母さん




(あああああああああああああああああああああ!)
「―――――――――――――――――――――!」





声の限りに叫んだつもりだった。
けれど、咽喉は震えず、掠れた吐息だけが漏れ出ていた。
目は開けているつもりなのに何も見えない。瞬きをしても淀んだ灰色しか見えなかった。
体も思うように動かない。泥のように重たかった。

けれど彼は生きていた。
父と母は白い砂になって混ざり合ってしまったのに。
耳は良く聞こえないが、鼓動が自身の内で脈打っているのを感じる。
力は入らないが、腕も、足もついていた。五体満足。
次々と零れ出る涙に流されて、歪んだ視界に色が戻っていく。


そして初めに瞳に映ったのは――

少女の笑顔だった。







―――――――――――――









思考がフリーズしていた。
彼の目の前数十センチ先には、少女の満面の笑顔があった。
嬉しくて嬉しくて思わず泣いてしまいそうな、そんな笑顔だった。
何かを語りかけているようだが、聴覚が麻痺してしまっているのか彼には聞き取れない。
呆然とその青い瞳を見つめていると、少女はそのまま彼の肩に頭を埋めて……


『―――!………目覚めてくれて嬉しい。おはよう』

その声は目の前に星が散るような鮮烈な音だった。
いや、頭の中に直接流れ込んでくる何かは音ではないと直感で知り、彼は戸惑った。

『ずっとずっと待ってたんよ?会いたかった。お話、してみたかったんよ?嬉しい』

――声というよりは、感情が直接流れ込んできている?
  なんだ、これは―――――というかこいつ誰だ!!
  可愛いけど、近い!近いって!!


見覚えのない美少女に抱きつかれているという有る意味異常な事態に、彼が先ほどとは別の意味で混乱していると、俺に圧し掛かっていた明るい金髪の少女が引き剥がされた。


「メリィ!突然インターリンクするなんて、何考えてるのよ!」
「だ、だって!」

今度は聞き取れた。
金髪の少女――メリィとうのだろうか、よりやや大人びた印象の少女が叱り付けている。
メリィの頭をぽこりと拳で触ると、彼へと視線を向けてきた。

「ごめんなさい、大丈夫かしら?」
紫色の髪と瞳の少女は膝をついて床に仰向けに倒れている彼に向かって何か――白い大判のタオルを俺に投げ掛けた。
それに釣られて自身の体に視線を向けて彼は再度驚愕した。



まっぱだった。
まっぱ、素っ裸。一糸纏わぬ全裸。




思わずタオルをかき寄せていた。
そして気がつく。
(濡れて……る?)

透明度の高い粘性のある液体で頭から何から何まで、ぬらりと濡れていた。
液体で出来た水溜りは俺が倒れている地面――清潔なタイルの上に結構な大きさで広がっていた。


(なんだこれ、なんだこれなんだこれ!!)


さきほどの押し倒してきた方の少女は14~5歳、紫髪の方はもういくつか上だろうか。
前者は俺に抱きついてきたせいで、その衣服が明らかに濡れてしまっていた。
液体はわずかに緑色をしているのか、白いシャツの大部分が薄緑色に染まり、肌に張り付いているがそのことを気にかけている様子は全くない。
また、彼が全裸だと言うことにすら全く気にかける様子がなかった。
嬉しそうに潤んだ瞳でこちらを直視していた。

「――ぁっ―――!(ちょ、あんまこっち見んな!)」
思わず叫ぼうとして、彼は失敗していた。
声を出そうとしても、うまく咽喉が震えないため音にならなかったのだ。

何故か目が覚めたことが嬉しくてしょうがないらしい同い年程度――もちろん、精神年齢ではなく肉体年齢だ――の少女に素っ裸を見られたくない彼は、後ずさるしかない。


「ふーん」

そこに助け舟を出してきたのは、彼よりも幾つか下くらいの赤毛の少年だった。

あまりの展開に気がつかなかったが、室内には彼を含めて6人の人物――先ほどの少女二人と、赤初の少年、黒髪の青年、茶髪の青年が存在していた。


「……こんなカッコじゃ可哀想だろ、女の子達は出た出た!おい、ガイナンはお前の服持って来い。俺のじゃ……サイズ合わないだろうしな」

(た、助かった!)

ほっと安心し、彼がその少年へと感謝の視線を向けると、少年は再度意外そうに目を細めた。


赤毛の少年は何故今まで黙っていたのだろう。
さっきの『ふーん』という声も、少なからず何かあるように感じられていた。
初対面の人間の何が分かると言う訳ではないが、どことなく含むところがあったように思う。

彼が赤毛の少年の言動について思索をめぐらせている間に、声を掛けられていた黒髪の青年――ガイナンは少女二人を引き連れて出て行った。

残ったのは赤毛の少年と、壁際に立つレアリンと思わしき茶髪の青年だけだった。

(服装からして、レアリエンの青年は警備か何か……か?)
警棒のようなものを片手に、油断無く彼を見つめていた。


「はっ―――ぁ」
ここは何処だ俺はどうなったのだと問おうとして、やはり声がでなくて眉をしかめた。

「あぁ、無理して声出そうとしなくていいから。見た所きちんと年相応の自我はあるみたいだし、ちゃんとそれ相応の対応してやるから安心しろよ。……お前、自分が誰だか分かるか?」

赤毛の少年はどうやらこちらの様子が分かっているようだった。
言葉に甘えて首を縦に振って肯定を示す。

「ショウヘイ アサクラ。合ってるか?」

肯定。

「ここがどこかは?」

否定。

「頭痛がするとか、気持ち悪いとか、あるか?」

否定。

そういえば、あのとき剥がれたはずの爪がきれいに生えそろっていた。
痛いところなど全く無い。力は入らないし声も出ないが、五体満足だった。

「じゃぁ、……自分がどうされたのか、分かってるか?」

どう、された?何かされたのだろうか。
あの化け物から生き延びられたこと自体、信じられないというのに。
みたところ治療はされているが、そのことでは無いのだろう。
少年の、どことなく哀れむような、言いにくそうな様子からして、それ以外に何かされた?あの化け物に?

分からない。
首を再び横に振って否定を示した。

「そうか……。なら、説明はもう少し落ち着いてからだな。そんな声も出ないような状況じゃ、質問もできないしな」

今すぐ聞きたいと、そう伝えたかった。
しかし、伝えるすべは無い。どうしようと視線をさ迷わせていると先ほど出て行った黒髪の青年が帰ってきていた。


「ルベド、持ってきたぞ。昔着ていた服だからサイズは問題ないと思う」
「ルベド言うな、ガイナン」

新品の下着とシンプルなシャツと短パンだった。

「お前……自分で着れ、ない…よな。そりゃ」




いくら同性とはいっても小学生くらいの子供と二十歳くらいの青年に着替えさせてもらったことは、彼の記憶になどない。無いったらない。







思うように動かない体のせいですぐには気がつけなかったが、着替えで転がされたことで彼にも少しだけ状況は理解できてきていた。
今居る部屋は、どうやら医療施設の一室のようだった。
今は無人だが、奥には真っ白なシーツが敷かれたベットが並べられており、俺の後ろには、先ほどまで彼が入っていたらしい培養槽……傾いた円筒状のポッドがあった。零れているものの中にはまだ透明度の高いうす緑色の液体が残っている。
道理で濡れているわけだと彼は得心がいった。

治療のための装置か何かなのだろうか。
重症患者を治療する際にこのような装置が使われるという話は聞いたことがあった。
昌平のいた世界とは異なり、この世界の科学技術はどれだけ進んでいるのだろうかと、思わず呆れたようなため息をついてしまっていた。
5年の生活で慣れてはいたものの、昌平としての認識も強くもつ彼は、そのギャップについ感心してしまうことを止められない。

「ガイナン様~、もう入っても大丈夫ですか?」
「ああ、もう大丈夫だ。入ってきなよ」

先ほどの少女達がさほど広くない治療室らしきこの部屋に再び戻ってきていた。


「とりあえず、説明はこいつの体力が回復してからってことになった。
呼び方は……ショウヘイ、でいいか?」

赤毛の少年の問いに頷くことで答えとした。

「だそうだ。しばらくは医務棟の個室暮らしだな。シェリィ、手配頼めるかな」
「はい、ガイナン様」

シェリィと呼ばれた紫髪の少女がぱたぱたと出て行った。

「今は混乱していると思うけど、俺達はキミの敵じゃない。仲間……かな?」

「あったりまえやん、ガイナン様!ショウヘイはず~~っと前から、ウチらの仲間なんやから!
……あの日、ウチらだけ助けてもろーて。だからウチ、ずっとずっと探して……やっとこうやって会えたんやから」

メリィの笑顔が眩しかった。
彼女は彼のことを知っているらしいが、その覚えが全くないため逆に居た堪れないような気持ちで落ち着かなかった。

「そうね、これからはきっと一緒にいられるわよ。メリィ、良かったわね」

状況が分からなかった。なぜこんなに好意的に迎えられているのだろうかと疑問が頭蓋の中で渦を巻いていた。
それに大人は居ないのだろうか。ガイナンという人物は子供ではないが、彼らの保護者という様子でもない。



あまりの情報の足りなさに、彼には混乱するしかない。


「ずっと一緒にいよな!なぁ、ショウヘイ」


―――こんなに温かな笑顔を向けられる資格が、俺にあるのか……?













――――――――――


某日某所

「つ、つ、ついにキタ―――!」
ディスプレイが壁一面に詰まれ、むき出しの配線がとぐろを巻くその部屋でに二つの人影があった。
その片方のあげた奇声に対し、もう一方の人物は全く関知する様子無く広げた分厚いファイルに集中していた。

「ちょ、ちょ、マジでちょっとみてよこれ。見張ってた甲斐あったよぅ。聞いてる?オ」
「その名で俺を呼ぶな。……で、何があった、タイター」
鋭く遮ると、男は仕方ないとでも言うような態度でファイルから顔をあげた。

「これは――」
「そうそう!監視をしてた被検体のいくつかが結構前にファウンデーションに回収されちゃってたじゃん、そのうちの一つが覚醒したみたい。ファウンデーションって守りが堅いから、見つからないように見張ってるの大変だったよう」
つらつらと言い募る声を無視し、男は表示されたその個体の詳細に目を走らせていた。その瞳は、鋭く輝いてる。

「よくやった。検討116598は成功だ……は、ははは」
男は堪えきれないように乾いた笑いを零した。
しまいにはふらりと痩身をゆらして顔をディスプレイから上げ、両目を手のひらで覆い天井を見つめて叫んだ。

「ははっ、やっとだ。やっと希望が見えてきた!」

その拍子に分厚いファイルがデスクから落ちて、その中身が散った。
その内の一枚には、びっしりと書き込みのされた……とある非合法研究所の被検体の実験記録があった。


――――――――――












「――あぁぁ―――っ!」

何度目だろう。
体力が相当落ちているのか、あの後個室に運び込まれてからすぐに彼は寝入っていた。
しかし、数時間で目覚めてしまう。
化け物の悪夢で。

頭を掴まれ中に吊り上げられたまま、両親が白い砂へと変わっていく様子を見せ付けられる悪夢。

――単なる夢ではないという事実が、目覚めてからも彼を苛む。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。たすけられなくてごめんなさい。おれだけいきていてごめんなさい。

とりとめもなく、ただ自責の念だけが胸のうちで渦巻いていた。



『もうすぐ、ここは堕ちる。……あなたならそれを変えられるかと思ったのだけれど……』



不意に思い出されたのは、鈴の音と共に現われたあの夕日色の髪の少女の声言葉だった。


堕ちた、堕ちた、堕ちた!!
何が起こったかなんて分からない、けれどあの船に乗っていた乗客は全て、もしかしたらあの街のヒト全てが化け物に襲われたのだろう。

あぁ、俺にはそれを変えられたかもしれなかった!
変えられた、父さんも母さんも死なずにすんだかもしれないのに!

何が出来たのかなど、思い浮かばない。ただ、少女の示した助けられたかもしれないという可能性が俺の自責の念を加速させていた。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

――――無力で、ごめんなさい。



「ショウヘイ!」

ぐいと肩を掴まれた。
下を向いたままぼたぼたと零れていた涙が頬を顎を伝う感触がした。

「だいじょうぶや、だいじょうぶだから。そないに苦しまんて?もう独りやない。ウチがいる。皆が居るから…」

メリィだった。
ぎゅっと抱きつかれる。



なぜこの部屋に居るのだろうと頭の冷静な部分が一瞬疑問に思うが、暴れ狂う感情にすぐに塗りつぶされてしまう。

頭の中を占めるのは、
もう二度と会えない哀しさ、もっと孝行したかったという後悔、どうにかできたかもしれないのに何も出来なかった無力感と罪悪感。
不条理な現実に対する怨念、化け物に対する恨み、憎しみ。

こんなにも強い感情が自分の中にもあったことがいっそ不思議だった。
バカみたいだ、泣いたって何も変わらないと訴える理性と、それでも収まらない感情の波がせめぎあっていた。




少女の背中に廻された手が、幼子を宥めるように背をなでる。
その手つきは、俺と同じか年下に見える少女なのに、どこか母性を感じさせた。


(母さん……)





彼は、どうしようもなく無力だった。

少女に慰められて泣くだけの、小さくて矮小な、ただのガキでしかないことが、悔しかった。

強く、なりたいと強く願った。









――――――――――












3日もすれば、滑舌は悪いもののなんとか発声だけは出来るようになっていた。
立ち上がるのは辛いが、自力でベットから体を起こせるようにもなった。

あれから毎日訪ねてきてくれるメリィにそれとなく説明を求めたのだが、チビ様とガイナン様の許可がないからダメ、ということだった。
チビ様というのは、例のルベドという赤毛の少年のことだそうだ。

待望の二人が訪ねてきたのは、目覚めてから5日目だった。
「よう、だいぶ良くなってきたらしーな」
会うのは目覚めた日以来だったが、あの時よりもルベドの警戒は少し緩んでいるように彼には見えた。

「あぁ、おかげさまで」

逆に彼は緊張に固くなっていた。
あの後どうなったのか。全く分からない現状にやっと説明がもらえるはずだった。

「よしよし。ちゃんと喋れてるな。じゃあ早速で悪いが、俺からの質問タイムだ」
「ちょっと待ってくれよ、ちびさま?るべど? ……名前くらい教えてくれよ」
「あぁ、悪いな。メリィから聞いてるかもしれないが、俺はガイナン・Jr.だ。ルベドってのは……あまり口にしないで貰いたい。
で、こっちがガイナン。あと今日は来てないが、メリィと、その姉のシェリィには会ったよな?」
「ああ。メリィには、世話になってるよ」

どうも呼び名の多いやつだと訝しく思った。彼の内心ではルベドで固定されていたため、うっかり口に出して気分を害さないようにしなければならないと気を引き締めようと誓う。

――それにしても、Jr.?兄弟にしか見えないのに……偽名ってことだろうか?やはり信用されていないのかもしれない。

「俺は、知ってると思うがショウヘイ アサクラだ。で、何が聞きたいんだ?むしろ俺が聞きたいことばっかりなんだが」
「あー、そりゃそうだろうな。だけど、お前がどこまで理解できているかで説明の仕方も変わってくるだろ?だから、説明の前準備みたいなもんだよ。で、さっそく、お前、幾つだ?」

「年齢か?15だよ」

「ふむ」
黙って立っていたガイナンにルベドは意味深な視線を飛ばしていた。
なんで年齢程度でそんな対応されるのか理解できなかった。

「生まれて一番最初の記憶はいつだ?それと、一番最近の記憶はいつだ?」

おかしな質問と思いながらも、彼は素直に答えていた。

「それがどうしたんだ?……ん。生まれて一番最初の記憶は……あー、どうなるんだ?10歳?よりもっと前もあるっちゃあるような……」
彼が10歳の時に昌平の記憶を手にしたことを知っているのだろうかと、彼はさらに訝しがる。

「なるほど、じゃあ一番最近の記憶のほうは?」
「……えーっと、確か――」
両親と旅行に出かけ、死にかけたあの日の日付を答えた。

「その内容は?」
「言いたくない」

思わず即答してしまっていた。
彼にとって思い出すだけで辛いあの日の記憶は、誰かに話すことなど当分は不可能な、瘡蓋すらない生傷同然だった。

「というか、今は何時だ?俺は何日意識を失ってたんだ?」

「何日、ねぇ……」
またルベドは意味深な視線をガイナンに飛ばしていた。

「……はぁ!?」
しかも、ルベドは突然奇声をあげていた。

初めて目が覚めたときメリィがしてきたテレパシーのようなものでこの二人は会話してるのだろうかと考えをめぐらせる。
この科学技術の進歩した世界では、手段を選ばなければ大抵のことは実現できてしまっているのだから、特殊な装置でも使っているのかもしれないと思っていた。

「二人でこそこそ会話しないでくれないか?なんだか不快だ」

「え、何、お前聞こえたのか!?」
「まさか」
鎌をかけたら即行で引っかかってきた。

「げっ」
ルベドが気まずそうな表情をしてきた。

「はぁ……ルベドのせいだぞ。迂闊だ」
ガイナンがため息をつきながらルベドにじと目を送っていた。兄弟だろうか、良く似た顔の二人の気の置けない関係が微笑ましかった。

「しゃーねー、お前、結構頭回るみたいだし、端的に言うぞ。ショックだと思うが、落ち着いて聞いて欲しい」
「まて、俺が言おう」
ガイナンがルベドを遮ってきた。
「どっちでもいいから、言ってくれ。はじめっから俺は右も左も分からなくて緊張しっぱなしなんだ」

ガイナンはふぅとため息をひとつついた後、彼の瞳を見つめながら口を開いた。
「今日は、いや、今年はT.C.4761年だ」

「…………は、え、何、マジで…?」
あの日は、T.C.4759年だった。2年……経ってるのかと驚愕していた。

「それに……君の記憶が誰のものなのかは分からないが、君が眠っていた期間は少なくとも4年以上、だな」

「え、は、何で4年?な、……」
理解が追いつかないうちに、次々と爆弾が投下されていく。
2年でなければ計算が合わない。
記憶が誰のものかは分からないなどと、理解不能だった。

「たぶん、俺達がお前を解凍する前に感情抑制プログラムを停止させたせいで、精神面に影響しちまったんだと思う。記憶の混濁ってのは、結構よくあるパターンだから」

「記憶の混濁って……」
言葉の端を反芻するも、理解は追いついていなかった。
確かに記憶は混濁している、けれどそれは今ではないはずだった。

――5年前……じゃなくなっているのか?あぁ混乱する。俺が10歳のときのはずだ。
  なんで2年の差が?

「俺は、生まれてからこの歳になるまでの アサクラ ショウヘイ としての記憶は全部あるってのにか?!」

ルベドが、言いづらそうに口を開いた。
幼い外見に反して、ルベドの口調も表情も酷く大人びてみえた。

「だからおかしいんだよ。俺が知っている限り、少なくとも4年間、お前はあのポッドの中で眠り続けてた。4年もの間、承認が降りなくて凍結されてたんだよ」

「お前の、勘違いだろ?そんな……何が」

「俺だけじゃない、ガイナンも知っているし、メリィもシェリィもずっとお前が起きるのを待ってた。俺達は……メリィがお前のポッドの前で悔しそうにしているのを、この4年の間、ずっと見てきてるんだ」


「な、なんだよそれ……」

――やっと、俺が俺だと証明されたと思った途端、全否定をくらっていた。











俺は誰だ?
―――俺は俺だ。


なら
―――ココはどこだ!




to be continued//




************************************
20kbってなかなかいかないものですね。
キリのいいところで……じゃなくて、ヒキのいいところで切っちゃいましたが、もう少し長めにすべきかもしれないなと思ってます。はい、単なる言い訳ですorz

やっとゼノササイドのキャラが出張ってきました。やたらアレですが、別にメリィがヒロインというつもりはありません。予定は未定ですが。
ガイナンの口調に違和感を感じたかもしれませんが、これは現状EPIの6年前なのでちょと若そうな、二グレド寄りの口調にしようと試行錯誤した結果です。メリィの関西弁?みたいなのと言い、難しい。頑張ります。
あんまりにあんまりだと思われたら、ご指摘いただけると嬉しいです。

ざっくりプロットの弊害でがつがつと作中の時間が経過しますが、そういうものだと御寛恕ください。

基本、土日更新を目指したいと思っています。ただ現在EP3の公式コンプリートガイドが行方不明なので、発見できるまで細かいところがおかしくなるかもしれません。EP1次点での設定資料集とシナリオブック参照中なので。

あとがきの場を借りた言い訳終了。
もうしばらくお付き合いいただけたなら幸いです。

2010/02/8 初投稿
2010/02/13 微修正
2010/6/23 かなり修正・ちょっと加筆



[16219] 3話
Name: コウヤ◆6f3b2832 ID:8e2f369d
Date: 2010/06/24 19:51

「な、なんだよそれ……」


乾いた呟きが個室に響く。
ルベドとガイナンが痛ましそうに彼の瞳を見つめていた。
けれど同時に、その瞳には彼が次にどう行動するのかを窺う冷静な色が宿っているように、彼には思われた。



(あぁ、こいつらの信用を得るためにはここで動転してはいけない)

そう彼の冷静な部分は訴えていたが、どうしようもならなかった。

「信じられるかそんなっ―!」
思わず叫んで掴みかかろうと体が動いていた。しかし未だ十全ではない体はベッドから落下しかけ、逆にガイナンに支えられてしまっていた。

「落ち着け」

至近距離からガイナンの深緑の瞳が見つめていた。
覗き込んだ瞬間、不思議なことにすっと感情が収まっていった。

すとんと感情が落ち着いた途端、自身の無様な格好が所在無い。

「わ、わりぃ」
「かまわないさ。ベッドに戻すから一度持ち上げるぞ」
15歳の俺と20歳程度のガイナンでは結構な体格差があるものあり、彼は軽々と持ち上げられ布団の中へと戻されていた。

「ガイナン、おまえ今……」
「そう言うな、ルベド。不可抗力だ……よし。ショウヘイ、混乱するのは当然だと思うが取り乱しても仕方がない。まずは情報収集に努めるのが良策だろう?」

「そう……だな。取り乱して悪かった。俺の認識とあんた達――客観的事実に齟齬があるのは分かった。まずは黙って聞くから、もう少し詳しい説明を頼む」

そう、いま必要なのは情報だ。
”昌平”が生まれた以前の世界と、ボクとして5年を過ごしたこの世界、さらに異なるらしいこの現在。
”昌平”は両親を心配させたくないがために、科学技術の進んだこの世界に馴染むことを最優先として、なぜなのかなど全く考えてこなかった。
この現在がまた異なる世界だとするのならば、彼は今度こそ自身の身に何が起こっているのか真剣に向き合わなければならない、と予感のように感じていた。

「ああ。もとからそのつもりだ。君がどこまでの知識があるかによって変わるが、それでも長い話になるだろうしね。体もまだ辛いだろうから楽な体勢で聞いてくれ」

「まずは……ライフリサイクル法を知っているか?」
「ああ、知っている。5年くらい前に……あー、5年前じゃなくなってるんだっけ?まぁいいや、確か廃案になったはずだ」

ライフリサイクル法。
こんな冗談みたいに科学の進んだ世界を、生来の世界として認識出来ていない”昌平”としては、結構衝撃的な代物だった。
ライフリサイクル――その名の通り、生命の再利用。
人の肉体を資源として再利用を認めた法律だ。
脳死や臓器移植など、かつての世界でもそういう概念自体はあった。しかし、それとはレベルが違った。
再利用された死体からサイボーグが作られ、彼らは人間以上の能力を持ちながら人権を剥奪されていた。そして過酷な動労に強制従事させられ――まさに都合のいい奴隷だった。
そしてこの法律は生者のサイボーグ化など肉体改造はもちろん、ヒトの遺伝子改変やクローンをも認めるものだったらしい。
昌平としての記憶を持つ彼の感性ではそのようなものが公然と法として認められていたのは信じがたかった。
けれど、”昌平”が気がついた時点では廃案されていて、それでもその名残はそこかしこに見えていた。
しかも不快なことに、廃案に出来た理由のひとつが、代替奴隷としてのレアリエン――合成人間が流通し始めたからだというのだ。
どこの世界でも、人間の醜さは変わらないものだと俺はほとほとあきれたものだ。
ただ、これは外から来たものとしての認識でしかないのだろう。
当たり前のようにこの世界で生まれ暮らしてきた”ボク”として認識するならば、それが当然だとも感じられてしまっていた。

「ここは、そのライフリサイクル法の被害者自身による被害者救済措置と生活基盤の確立・維持を目的として組織された『クーカイ・ファウンデーション』の本拠地なんだ」
「ちなみに、このガイナンが代表理事だったりするんだよなー」
ルベドが茶化すようにニヤついていた。

驚いた。クーカイ・ファウンデーションといえば、相当な規模の財団法人だったはずだ。

「そしてお前は、そのライフリサイクル法の被害者として4年前に非合法の製薬会社のラボから我々に救出されたインターリンクの実験体だ」

―――え、えぇぇえ~?いやいやいやいや。俺がライフリサイクルの変異体だって!?俺の両親はライフリサイクル否定派だったぞ?だから俺の遺伝子は両親由来のもの100%のはずだ。

「ちょっと待ってくれ!内容は……まぁ色々突っ込みたいが、それよりまず単語が分からなかった。インターリンクって何だ?」
「記憶連結――インプラントされた制御デバイスを介して2者間で――「原理なんていいんだよ」」
ルベドがガイナンの言葉を途中で遮って続ける。
「お前もう体験してるだろう?メリィがお前に抱きついてしてたやつだよ」

ルベドがちょんちょんと自身の頭を指でつつくジェスチャーをしながら説明してくれた。

「感覚としてはテレパシーみたいなもんだよな。ただ、正確には記憶の連結だ。
メリィはお前に声が聞こえてないようだからって、目覚めたばかりなのに行き成り繋ぎやがったが……あの時声が聞こえただろう?」
思い出す。メリィが満面の笑顔で抱きついてきた時――


『―――!………目覚めてくれて嬉しい。おはよう』


「……聞こえた。それに声だけじゃなくて……感情も」
「そうだ。会話も出来るが、表層記憶が連結しているから感情もそのまま共有することになる。メリィとシェリィも昔はお前と同じようにラボに居たんだ。被験体として」

驚いた。非合法のラボから救出された変異体――この単語から連想される悲壮な境遇に似つかわしくないほど、メリィもシェリィも明るく健全だった。
この数日間、見舞いや事務的に来てくれた

「6年前に俺達が救出した。だから……お前のこと、他人だって思ってないみたいなんだ。面食らっただろう?あまりの大歓迎振りに」
ルベドはそう言って苦笑した。それは酷く温かで、親愛の情が篭っているように見えた。

「二人は……特にメリィは本当にお前に会いたがってた。こんなに時間がかかってしまって本当にすまなく思っているよ。俺からもお前にも謝らせてくれ」
ガイナンが真摯な声で謝罪してきたが、彼にとっては覚えのないことなので困惑するしかない。

「状況が理解できていないからなんともいえないが、助けてもらったのは俺の方なんだろう?なら俺が感謝こそすれ、謝られることなんてないよ」
「……ありがとう」
空気が重たかった。
しんみりした空気は居心地が悪すぎた。何とか話題を戻さなければと、先日の会話を思い出して質問した。

「で、この前言っていた『どうされたのか分かっているか』とか感情抑制プログラム云々ってのは、ラボで受けた実験ってことか?」
「よく覚えていたな。そうだ。
インターリンクには脳内に制御デバイスをインプラントする必要がある。メリィとシェリィもこの処置を受けていた。
だが、お前は二人とはさらに状況が違ったんだ」

あの二人が脳にインプラントされてる……6年前といったらまだ8歳程度だったろうに。痛ましい。

「まず素体とされたのが通常環境で生育した個体ではなく、素質の高い人物のクローン胚を更に遺伝子デザインした上で培養された個体だということだ」

あまりにも予想外すぎて付いていけなかった。
いや、内容はなんとか理解できている。ただ、それが自分のことだとは露ほども実感がない。

「お前は自分では15歳だと思っているようだが、実際は胚が発生してから約7年だ。ラボで回収された報告書によると、半年で14~15歳程度の肉体にまで促成培養されている」

毎度の事ながら、この世界の技術はとんでもないな、なんて思う。完全に他人事だった。

「メリィたちはラボで何度かお前に会っていたそうだ。俺達が二人を救出した時にはお前は既に他のラボに移送されていて、行方を掴むのに2年かかった。そして、クローン体だったということもあって、解凍の承認を得るのにさらに4年かかってしまった」

そこで申し訳なさそうな視線を送られても困る。
もう、どこに突っ込んでいいのか分からないため、黙って聞き手に周るしかない。

「クローン体の遺伝情報の元となったのが、ショウヘイ アサクラだ。製薬会社はライフリサイクル法廃案のごたごたに紛れて、正規の方法でクローン申請中だったショウヘイ アサクラの遺伝子情報を非合法に入手し利用したらしい」

「正規の方法で申請?」
「コウヘイ アサクラ、アキラ アサクラ――彼の両親が申請していた。享年10歳だったそうだ」

「!!」

間違いなく”昌平”の、”ショウヘイ”の両親と同名だった。
それに10歳。”昌平”が目覚めた時の年齢だ。
ここは”ショウヘイ”の居た世界の平行世界か何かなのだろうか。

「本来なら二人の承認が得られればすぐに済む話なのだが、不運なことにこの二人は2年前の消失事件に巻き込まれて行方不明扱いになってしまっている。まず間違いなく死亡しているだろうが……」

二年前。消失事件。

(まさか……!)

「化け物に襲撃されて、死んだ……のか?」
「君には驚かされてばかりだな。……そうだ。2年前に地方星系のいくつかで起きた同時集団消失事件。ヒトや建物、大きいものでは衛星がまるごと消失している。大衆の不安を煽るとして原因は不明、現在調査中と公式発表されているが、あれはグノーシスの出現によるもので間違いないだろう」


「……グノーシス」
両親の、仇。


ショウヘイは居なかったことになっている。けれど、この世界でもあの事件自体は同様に起きている。

いや、むしろ”昌平”が目覚めたあの世界の方が異質なのか?
少女の幽霊も彼は異質だと言っていたではないか。
本来ならば”ショウヘイ”は10歳で死んでいた?

「俺の記憶だから意味は無いかもしれないが、両親――コウヘイ アサクラもアキラ アサクラも、ライフリサイクル否定派だったはずなんだが」
「アサクラ夫妻の詳細を俺は知らないが……10歳の一人息子を無くした悲しみが持論を変えさせたとしても俺は驚かないな」
「……そう、か」

記憶の中にあるあの両親の話ではないのかもしれないと理解できていても、彼の胸は悲しみで締め付けられた。



「話を戻してもいいかな?君はショウヘイ アサクラのクローン体を素体として、インターリンクの実験体として設計されている。そして、メリィとシェリィが単純なインターリンクの健常体への付加であるのに対して、君の設計コンセプトはもっと実利応用的なものだった。
それは――「U.M.N.を介して送受信される記憶情報の傍受」」

わずかに言いよどんだガイナンの言葉尻を、ルベドが奪っていた。

「ちょっとは俺にも喋らせてくれよ。お前ばっかりに辛い話をさせたくない」
「……ルベド」

ガイナンの咎めるような視線も、ルベドの率直な言葉には敵わなかったようだった。
幼い外見に反して、ルベドのガイナンのことをずいぶんと相手のことを思いやっているのが見ていて分かる。
この二人はやはり仲がいいなと兄弟の居ないショウヘイは少しだけ羨ましかった。

「インターリンク自体は、今でこそ法で取り締まられてはいるけれど、そんなに難しい技術ではないし結構施術されているやつも多いんだ。だからこそ、傍受することの出来る存在を創り出そうとしたんだろうな。
一応、ラボの報告書では失敗したってことになっているんだが……少なくとも通常のインターリンクは可能なはずだ」

「なら、俺の記憶と客観的事実の差異は――」

「そう、インターリンクを介して誰かの記憶を、その感情もろとも主観として得たために自意識が混濁しているんだろう」

(やばい、一瞬納得しかけた)

かつて10歳で”昌平”として目覚めて、”昌平”と”ショウヘイ”の記憶と認識の違いに戸惑ってきた彼にとって、自意識の混濁は常に感じざるを得ない状況で、それを理論的に説明できるそれは至極道理にかなったもののように感じられていた。
しかし、これだけでは全てを説明できてはいない。
なぜ、どの主観も『ショウヘイ アサクラ』なのか。誰かの記憶ならば、それはショウヘイ アサクラであってはいけないはずだ。
本来この世界ではありえないはずの5年間を、彼は体験していた。

「だが、俺は……あー、変異体としての記憶を一片たりとも持っていないんだが、これは何でだ?」

「感情抑制プログラムが導入されていたせいだろうな。インターリンクは送信者の深層意識や感情がノイズになるらしくてな。ノイズを減らすために感情抑制のためのナノマシンとその制御プログラムがインプラントされた制御デバイスにインストールされていた。解凍するにあたって、俺達のほうで勝手に止めたから……感情の伴わない記憶が、そのほかの記憶に飲まれて想起しにくくなっているんじゃねーか?」

(やばいやばいやばい、ものすごく筋が通っている!)

―――って、なんでやばいんだ?
―――いやそりゃ、俺って誰だって話に……

「じゃあ、この記憶は俺自身のじゃなくて、誰かの……?俺の経験じゃないっていうのか?」
酷く混乱していた。

「ショウヘイ」
ガイナンがまたひたりと彼の瞳を見つめていた。

「無理に考え込まないほうがいい。君には――十分な自意識を持っているように見受けられたから、客観的な状況を認識して貰いたかっただけなんだ。情報経験も経験のうちだよ。君が見て、知って、学んだことは現実だ」

はっとした。
この世界ではU.M.N.を介しヘッドギアなどの知覚リンクデバイスを用いて視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の情報を直接脳に送り込み認識することが一般的になっている。それは仮想でしかない。しかし、脳にとっては現実となんら差は無いのだ。
そこで得られる仮想的な体験は、現実の経験と同様に扱われるのが一般的だった。
仮想と現実を対立させ現実を優位だと考えるのは懐古趣味的だと扱われる。
事実、彼自身5年間はU.M.N.を介した通信教育を受けていた。ここで得られた経験は、現実のもではなくとも確固とした経験として認められている。それと同じなのだ。
昌平の過ごした世界にはなかった認識で、いまいち馴染みきれてはいないが……それでもその概念の存在は知っている。
両親にこの懐古趣味は誰に似たのかしらと言われていたのが懐かしい。

「俺は少し懐古趣味的なところがあってさ、素直に納得できないけど……とりあえずは現状は理解できた。
ガイナンもルベドも言いにくいことだろうにありがとうな」

「君の状況では邯鄲の夢症候群を発症しても全くおかしくは無い。出来るだけ考え込まず、不安を感じたら……溜め込まずに俺達なり、メリィやシェリィなりにぶつけてくれ」

「邯鄲の夢症候群、か。あれ、でもこの場合は逆じゃないか?」
昌平の世界にも全く同じ故事はあった。
科挙試験で上京し、何回目かの落第を喫した盧生(ろせい)という青年が、邯鄲(かんたん)のとある旅館に泊まる。そこでは粟が煮られており、居合わせた道士呂翁に悩みを打ち明けると枕を借してくれた。眠ったところ、富貴を極めた五十余年を送る夢を見たが、目覚めてみると、炊きかけの粟もまだ炊き上がっていないわずかな時間であったという話だ。
いわゆる一炊(いっすい)の夢のことである。
この世界では、目覚めた盧生の感じた、恋も闘争も勝利も、全てが夢の出来事で、ならばこの人生も、夢かもしれない――という不安とそれによりもたらされる症状を『邯鄲の夢症候群』と呼んでいた。
エンセフェロンという仮想現実が普及したこの世界では、この邯鄲の夢症候群はしばしば流行していた。

「確かにエンセフェロンではなくインターリンクによるものだから、亜種ではあるだろうな。だが根源的不安感は変わらないよ。
もうしばらくは医務室で我慢してもらって、自由に歩けるようになったらどこかに住居を提供しよう。
ここはクーカイ・ファウンデーションだからな。ライフリサイクルの被害者への救済措置は十分に整備されているから安心するといい」
ガイナンはどこか自慢げな様子で笑顔を零した。意外なことに少し子供っぽかった。
その表情は隣で同じく自慢げな顔をしているルベドに良く似ていた。

「俺がライフリサイクルの被害者だとか正直実感は全くないけれど、とりあえずお世話になります」
突然与えられた過多な情報に頭はオーバーヒート寸前だが、気持ちは何故か落ち着いていた。








”俺”は、”ボク”は、誰なのか。真実存在していたのか。ココはどこなのか――――不安の種を増やしながらも




こうして、彼はこの世界での新たな生活拠点と心の拠り所を獲得していた。







to be continued//



*****************************************************

ひたすらに説明でした。出来るだけゼノサを知らない人にも分かるように書いたつもりです。
ぽんぽん出てくる難解な説明もとい設定ばっかりで読んでいて詰まらなかったとしたら、それは文章力の足りなさのせいです。精進します。

ここまでで、とりあえずの主人公設定紹介終了って感じです。情報詰め込みすぎたかもしれません。





以下軽く主人公設定





ショウヘイ アサクラ(朝倉 昌平)

・個体属性
男。外見年齢20~21歳(ゼノサーガEPI本編開始時)。

・所属
クーカイファウンデーション

・エニアグラムタイプ
タイプ6(献身的/忠実/受動攻撃的/優柔不断)

・経歴
元の世界では20歳大学生で、岡部倫太郎と同期生。
趣味は読書とゲームで、かなりインドア派だった。

目覚めたら何故か恐ろしく科学の進んだ異世界?の10歳の自分になっていた。
しかも10歳までの記憶もあり、どちらが自分なのか、気が狂ったのかと不安になりながら5年を過ごす。
15歳で少女の幽霊に会い、その直後に両親共々グノーシスに襲われ死亡(集団消失事件)。

再び目覚めると、ライフリサイクルの変異体(しかも自分?のクローン、外見年齢14~15歳)としてクーカイファウンデーションに保護されていた。
集団消失事件の2年後であり、またクローンの元となった自分?は10歳で死亡していたため、平行世界の可能性が考えられる。


2010/6/23 かなり修正



[16219] 4話
Name: コウヤ◆6f3b2832 ID:8173a01b
Date: 2010/09/25 21:22

熱された空気が肺を焦がしているのか、息が熱い。

『ショウヘイ、落ち着いて。そのまま真っすぐや』

了解、と伝えたいが意識が上手くまとまらず言語化に失敗してしまった。

『大丈夫、うちらは以心伝心やもん」

手にしたサブマシンガンの重みが一歩一歩増してきているように感じる。
本来金属の冷たさを湛えているはずのそれは、グローブ越しでも分かるほど熱せられている。
ふっと暴発の危険性が脳裏を過るが、あえて無視する。

『そこを左に。3m右壁際の天井にLX系の警備システムが1機。レーザーに気を付けて』

残された時間は少ない。壁に背を付け、ひとつだけ深呼吸した。
意識を研ぎ澄ませる。余計な思考はそぎ落とし、今だけは機械のように行動しなければならない。

『3,2,1――今や! クールやわ~そこの右扉つきあたりがターゲットや』

狙い違わず、警備システムに銃弾を叩きこんでいた。
軽い反動を殺しての一連の動作は滑らかで、サブマシンガンは既に体の一部のように扱えてしまっていた。
この世界では、教育と学習は同義ではない。
”俺”の認識では銃器を扱う技術を習得した覚えはない。
ショウヘイ アサクラのクローン体として培養された後に、直接脳に情報として焼きつけられているらしい。
かつての……岡部やアキバのある東京で大学生活を送っていたあの頃は、学習といったら暗記とニアイコールだったのが懐かしい。
この世界で重要視されるのは学習の効率ではなく、思考能力だ。情報を如何に的確に利用し判断するか。無かったことにされてしまった両親と共に小惑星で暮らした5年間の間に、上位学校への進学を勧められる程度には、この思考能力が優れていることは確認済みだ。

思考能力は、戦闘においても必要不可欠なものだ。
左側の扉から気配を感じ、すばやく重心を下げ銃の照準を向けていた。

『大丈夫、ちび様やわ』

メリィの思念を認識するのとほぼ同時に赤毛の少年がレトロなピストル片手に現れた。
動きを阻害しない程度に防弾、耐衝性を重視した重装備のショウヘイに対して、少年の服装は街を歩いていても違和感のない軽装だった。

「ちび様、俺だ」

互いに向け合っていた照準を外して素早く背中合わせに移動した。

「へっ、ショウヘイも慣れたもんだな。これで何回目のバイトだ?」

赤毛の少年――Jr.の青い瞳は戦闘の興奮を隠すこともなく炎を受けきらめいていた。

「あ~、ちょっと前に二桁行ったはずだから今回で12~3回目かな」

答える黒髪の少年――ショウヘイは頭一つ分背の低いJr.に僅かに視線を流すと平然と答えていた。


「いくぜ」

Jr.が声をかけ二人で一気に扉を開け放つと、室内には異様な光景が広がっていた。

「ちっ、胸糞われぇ」

ショウヘイも同感だった。ちらちらと上がる炎に照らされ、巨大なシリンダー内の”彼ら”の姿が露わになっていた。

惜しげもなく裸体を晒す少年、少女たち。液体の中髪はゆるやかに広がり、閉じられた瞼は固く閉ざされている。

データを抜き出し、
「遅かったか。このラボが放棄されたのは最近という情報だったが、こっちは機能停止から大分たっている。生存は絶望的……だな。

何度もバイトに使って置いて今更だけど、おまえ、こういう――場所、平気なのか?」

Jr.は辺りを見渡してから、ショウヘイへと尋ねた。

「こういう――露骨な非合法研究施設(ラボ)がってことだよな。……胸糞悪いが、どちらかと言えば平気だな。メリィやシェリィみたいにトラウマっぽいのも無いし、相変わらず自分がこういう場所に居たっていう認識が薄いから、他人事なんだよ」

「ふぅん、そういうもんか」

「そうなんだよ」

今も、最後の扉を開けて以降の視覚情報はメリィへは送らないように意識的に操作していた。
ファウンデーションで受けた訓練でインターリンクの扱いにうも大分慣れてきていた。

「てことは、まだメリィとシェリィのことも思い出さないか?まぁ、ラボでの記憶なんて思いださない方が精神衛生上良いのは間違いないし、思い出せとも言えないが……」

そう言いながらJr.は顔をしかめながら、この施設の非検体の生死をひとりづつ確かめていく。
ショウヘイも同じように確認していく。
シリンダーの中の胎児を見ても、自分の肉体がこうやって14年分の成長を遂げた実感など微塵も湧いてこない。

「ちび様も無茶をするよな。私兵だけで……しかもご自分が率先してこんなところを急襲するなんて。皆心配してる」

メリィと繋がっているインターリンクからもJr.とショウヘイが心配だという思念が常に流れ続けていた。
今回のバイトもこれまでと同様に、ファウンデーションとして公に動くことの出来ない非合法な施設を秘密裏に襲撃し、その被験者や時には強制的に働かされている研究者達を救出することが目的だった。同時に、その施設の研究データも収集していることから、ただの慈善事業ではないようだったが、真の目的はショウヘイも知らされていなかった。

「心配、ねぇ。お前もメリィみたいなこと言うのかよ。だからガイナンは来させなかっただろ?ファウンデーションの立場が悪くならないようそれなりの配慮はしているつもりだ」

この行為自体はショウヘイが救出される以前から行われており、かつては代表理事であるガイナンも参加していたそうだ。というか、未だ参加したがっている節もあるらしい。
戦闘用レアリエンと、Jr.とガイナンにとってごく限られた信用のおけるものしか参加していない。誤って捕縛でもされない限り、内から情報が漏れることはないだろう。

「ショウヘイ、奥もある。行くぞ」

「ああ。あれ、こっちは電源が生きているな」

奥のブロックは非常灯で照らされていた。
先ほどまでの表側のブロックをJr.が爆撃してくださったせいで上っていた炎と違い人工的な光だ。
開け放たれた金属製のポッドをほの赤い色で染めている。

「これは、コールドスリープの装置みたいだな。逃げ損ねた研究者でも入ってんのかね」

「とりあえず、解放してみますか」

幸いにして装置の操作は簡単だった。
アラーム音の後、装置の蓋部分がスライドし解放されると

中には、真っ白な肌の少女が横たわっていた。
ゆるくウェーブのかかった髪はつややかな漆黒で、肌とのコントラストに思わず息を飲んだ。
長い睫毛には霜が降り、薄明かりの中きらめいて見えた。
固く閉ざされた瞼が見つめる視線に気が付いたかのように微かに震えた。

「……ま、さ…」

少女が吐息ととも何かをつぶやいたようだったが、聞き取れなかった。

「生きてる、な」

生きていた。白雪姫のように、棺の中で少女が息を吹き返していた。
じんわりと頬に血の気が戻っていく。

「そうだな。もしかしてお前が参加してから初めての救出者か?」

「そうなる」

思わず涙ぐんでいた。感動していた。

「そっか、よかったな。ならこの子はお前が担いでいけよ。俺はこの子のデータを集めて行くさ」

「了解、ちび様」

そっと彼女の体に手を伸ばす。
薄い病院着が脱げないように気をつけながら装置から体を引き抜く。
コールドスリープ(人工冬眠)状態にあった彼女の体は冷え切っていた。


「生きていてくれてありがとう」


切り刻まれ、ヒトとして扱われずに死んでいった者たちの亡骸に囲まれて、たった一人の生存者
の体は、冷え切っていてもどこか温かく感じられた。










―――――――――――――



同日同時 ファウンデーション



意識を集中しやすいということで、普段ショウヘイとのインターリンクの訓練に使用している部屋でメリィは待機していた。

壁一面のモニタに繋がる種種の装置の操作パネルとメリィの首筋のコネクタは有線で繋がれ、先ほど送られてきたラボの情報が表示されている。
今回のミッションは、メリィ自らサポートをかってでていた。

軽く瞳を閉じれば、ショウヘイの視覚情報と聴覚情報がまるで自分のものかのように感じられる。
ラボの施設情報とショウヘイの現在位置を照らし合わせて、簡易的なものだがナビゲートを行っていた。

――出来ることなら、自分も付いて行きたかったとメリィは考える。
Jr.がこの手の無茶を行うのは初めてのことではない。
実際に突入に参加することは稀だったが、メリィも何度か同行している。
しかしショウヘイが参加するようになってからは置いていかれてばかりだった。

ショウヘイのインターリンクの技術――あるいは組み込まれたデバイスの性能かもしれないが――は高く、ラボの異様な光景への恐怖心をショウヘイに読み取られてしまったのがきっかけだった。

『メリィがつらいなら俺だけで十分だ。それに、インターリンクで繋がったやつはバックアップに居た方が効率的だと思う』byショウヘイ

『毎度シェリィを引っ張っていたんじゃガイナンの執務に支障がでるし、良い考えじゃないか』byJr.

とかなんとか。


置いていかれるのは寂しいし、Jr.やショウヘイだけが危険にさらされるのは心配だが、こうやってインターリンクで長時間繋がっていられるのは実は少しだけ嬉しい。

今も誰かを助けられたという温かな思念がショウヘイから流れてきている。
ちらちらと視線を向ける腕の中の少女に対して少しだけドキドキしているのには、目を瞑ってあげなければと思う。

『ショウヘイ、よかったね』

『ああ。俺を見つけたときも、こんな感じだったのか?』

『うん、嬉しかったんよ。ずっとさがしとったんに見つからんかったから、初めは信じらへれんかったくらい』

ショウヘイは未だラボでのことは思い出せていないらしい。そのことは寂しいが、今の別人のようなショウヘイも好きだった。

『俺が言うのも変だけど、見つかって、良かったな』

『うん。生きていてくれてありがとう、や』

「ふふっ」

二人で笑う。

離れていても繋がっている。
嬉しいという感情が二人の意識の間で増幅され膨らむ。幸せだった。






―――――――――――――






「ショウヘイ」

「あれ、ちび様早かったですね」

「電源が生きてたからな。それにデータも持ち出しやすいように纏められてた。どうやらその子、わざと生かして行ったみたいだな。見ろよこれ」

差し出された紙片にはこうあった。


≪ルカを見つけてくれた誰かへ

自分にはこの子を破棄することは出来なかった。
コールドスリープは3年は持つはずだ、それまでに見つけてもらえただろうか。
願わくば、この子にも普通の生活と幸福を与えてやってほしい。

人間失格のマッドサイエンティスト≫

「人間失格のマッドサイエンティストって……なんつーか、その通りなんだろうが自虐的というか馬鹿にしたような署名だな。この子はルカっていうのか」

腕の中の少女は、静かに寝息をたてていた。
病院着からのびた手足には目立った傷はない。医療技術の進んだこの時代、殆どの傷は後も残さず治療できてしまうため、どのような実験の対象にされていたのかは身体を見たところで判断はつかなかった。

「研究者だって人間だからな。脅迫されて研究に携わっている者もいれば、そこ以外に行き場所の無いやつもいる。まともな精神じゃ耐えられない場所だからな、狂ってないやつは長生きできず数は少ないが、居ない訳じゃない。こいつは、比較的まともな部類だったんだろ」

「まとも、ねぇ。このマッドサイエンティストさんとやらは、ここを放棄してまたどこかの施設で研究に勤しんでやがるのか……」

「そう言ってくれるな。そいつのおかげで、そのルカって子は生きてるんだから。
ふぅん、この施設、超能力を真面目に研究してたみたいだぜ」

「超能力、ねぇ」

”俺”にとっては超科学の時代に、超能力と言われてもピンとこない。
所謂テレパシーだって、似たようなものを現在進行形で実行中だ。
スプレーひとつで傷は一瞬で治り、ヒーリングや回復魔法と大差ない。
U.M.Nを介して物体は一瞬で移動し、これ以上一体何を求めるというのだろうか。

「ヒトという種が原初から持ち退化させてしまった能力を復活させるんだとさ。
分野としては遺伝子工学に脳科学か。肉体的には何もインプラントはされてないな」

纏められていたという資料に目を通してJr.は思わず声を上げた。

「驚いた。テレパシーと未来予知はある程度成功させてる……らしいぜ」

「へぇ、じゃあこの子も俺達みたいなことが?」

「いや、ルカって子は未来予知の唯一の成功例ってなってるな。っておいおい」

呆れて声もないという風に苦笑していた。

「研究コードが≪巫女≫ってなってるぜ、この子。未来予知ってんだから、的外れではないけれどまたレトロな……」

「≪ミコ≫って≪巫女≫?神託を受ける聖なる処女ってやつか?」

久しぶりの単語に一瞬何のことか理解できなかった。今の≪巫女≫という単語は、切なくも懐かしい日本語だった。

「ショウヘイ物知りだなぁ。考古学とか専攻してたか?古代宗教の聖女を指す言葉らしいが」

驚くべきことにこの世界でも日本語は存在している。公用語は細部は異なるがかつての世界での英語とほぼ同一の言語で、普段の会話はすべてそれで行われていた。
連邦共通語――と呼ばれるその言語はショウヘイの知っている限り宇宙全域で使用されている。
また同時に、かつての世界で≪日本語≫と呼ばれた言語もまた呼称は違うが、利用されていた。
この世界に生きる人々のほとんどは2~3種の言語を扱う。その言語のほとんどは、かつての世界の言語と同じで、中国語やロシア語、フランス語なども存在している。

ただ、文化的なものは完全に一致はしていない。仏教という概念は存在していても古代宗教として扱われ、日本語を公用している地域でも一般的に普及はしていない。神道もまた古代宗教のひとつとされ、仏教よりもさらに認知度は低い。そのため、≪巫女≫という単語を知っている者も限られていた。

「この子もモンゴロイド系みたいだし、研究者もそっちの星系出身だったのかもしれないな」

ふっと、赤い袴の巫女服を着て恥ずかしそうに微笑むルカという娘の姿がショウヘイの脳裏を掠めた。ありかもしれない。

「クローン体?それともメリィやシェリィみたいに攫われてきた口か?」

「んー、その辺りの情報は見当たらないな。時間もないし帰ってから回収したデータを浚ってみないと」
Jr.はルカと一緒に纏めてあったらしい資料を仕舞いながらそう締めくくった。

「集合場所まで急ごう。この子の分のスペーススーツを用意してもらわないと」

「そうだな。思わぬ収穫もあったことだし、胸糞悪い場所はさっさと出よう」

施設内に居る他のメンバー――主にレアリエンだが、に知らせショウヘイ達はその場を後にした。








「きょうま、さま……」

未だ夢うつつの少女の呟きは、誰にも拾われることはなかった。








to be continued//

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お久しぶりです。忘れられていそうですが、コウヤと申します。
ザクザクと作中の時間が進んでおりますが、仕様です。さっさと本編開始時まで行きたいのですが、なかなか筆が進まず難航中です。
遅筆で申し訳ない。
ルカ子ちゃん登場です。今後、ルカ子とメリィのかわいらしいコンビで女の子率をがつがつとあげていただく予定なので、うまく動いてくれるといいのですが。
次回更新は未定。書き進めてはいるのですが……orz


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