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[15817] 【習作】魔術師、還る(銀英伝 逆行)
Name: 斗星◆52051aa0 ID:876a2a6f
Date: 2010/01/24 18:13
はじめに

この作品はその他版・チラ裏にある銀英伝二次創作作品の二番煎じ・三番煎じ作品です。
主にトリップが多い銀英作品の隙間産業を狙って製作されています。

また、この作品は作者が同盟側をどうすれば勝たせられるかと言う事を考えて作成されているため、
ご都合主義・原作キャラの改変が多分に見られる事となりますが、それでもよろしいと言う方のみご覧下さい。

また作者は基本的に文章力が低いので長い目で見ていただけると助かります。


1/24 追記
タイトルを一部変更しました。(句点を入れただけですけどね)
基本的には書ける時に書いているので、土日の更新が殆どになるかと思います。

あと某SSさまを見て気づいたので下記の一文を入れておきます。

このSSは、らいとすたっふルール2004にしたがって作成されています



[15817] プロローグ 『魔術師還る、ただし士官学校に』
Name: 斗星◆52051aa0 ID:876a2a6f
Date: 2010/01/27 17:51
大神オーディンが存在するとするのなら、
それは非常に戦が好きな神といえるであろう。




プロローグ 『魔術師還る、ただし士官学校に』




宇宙暦800年。新帝国暦2年。

二つの勢力にほぼ同時に現われた戦争の天才同士の戦いは、
戦場とは異なる場所で一つの結末を迎えようとしていた。

”不敗の魔術師” ヤン・ウェンリー
民主主義の象徴とも言えるその人は、
巡航艦レダⅡにおいて、その生涯を閉じようとしていた。

テロリストの凶弾によって腿の動脈を打ち抜かれた彼は、
流れ出る血液と共に朦朧とする意識の中で、
彼は自分が助かることは無いことを何とはなしに実感していた。

「ごめん、フレデリカ・・・ごめん、ユリアン・・・ごめん、みんな・・・」

彼が最後に口にした言葉は謝罪であった。
決して彼に落ち度が有ったわけではないのだが、
残された者達のことを思うと、謝罪せずには居られないのであった・・・

そしてその言葉を最後に彼は目を瞑り、意識を手放そうとした。

・・・


ふと、ヤンは自分の身体が軽くなった事に気づく。

抜けていく血液の量と反比例して重くなった身体が
今は嘘の様に軽いのだ。

まるで重力を感じないかのように。


そのおかしな感覚に耐え切れず、ヤンは目を見開くのだが、
そこで目にした物は・・・

壁を背に血の海に座り込む自身の姿であった。


・・・

『まいったね、まさか幽霊なんて非科学的なものに自分がなるとは・・・』

ヤンは現状を理解して考え込むが、
事態は彼に時間を与えずに物語を進めていく

つい先ほどまで自分自身であったものの傍らに、
彼の被保護者たる少年が到着したのであった。

「ヤン提督・・・?」

『ユリアン・・・』

彼はその後の光景に目を反らせたかったものの、
残されたもの達へ対する謝罪感から
逃げては行けないと思い踏みとどまる。

「赦してください、赦してください。ぼくは役立たずだ。
一番肝心なときに提督のお役に立てなかった・・・」

ヤンはそんな事は無いとユリアンに伝えたかったが、
質量を無くした彼の手はけっして正者に触れることは適わなかった。

・・・

ヤン・ウェンリーの魂はそれをただ傍観する事しか適わなく
展開は彼により一層の謝罪感を与えるだけであった。

泣き崩れる彼の妻の姿を見た時、その思いは最高潮に達していた。

『あぁ、こんな光景を見るくらいなら死ぬんじゃなかったな。
もっとも、死にたくてしんだわけでは無いんだけどね。』

申し訳無さから頭を掻き毟るヤンだが、残された者達はそれではすまない。

ヤンの亡き後、彼らはフレデリカとユリアンを旗手として
ささやかながら民主共和制の灯を消さない道を選ぶのだから。


やがて、そんなユリアンの光景を眺めるうちにヤンの意識は次第に暗転していった。
何とはなしに『これが成仏するってことかな』などと考えていたが、
暗転する意識の中でヤンは何者かの声を聞く。



それは果たしてうつつか幻か・・・




・・・

「不敗の魔術師が破れるは常勝の天才に非ずか・・・」

「だが、もしここで彼が死ななかったとしても果たして、
 最終的に勝つのはどちらとなったことか?」

「何分にも片方に対して圧倒的に有利な条件が揃っていたのは違いない。」

「今一度この二人の対決を見てみたいものよのう。次は対等の条件で・・・」

「は、オーディン様」


・・・


「先輩・・・ヤン先輩!おきて下さいよ!!」

「なんだよアッテンボロー・・・今起こしたら上官反逆罪にするぞ・・・」

「何馬鹿なこと言ってるんですか先輩!
 早く起きないとあのジャガイモ野郎に見つかりますよ?」

「いいからもう少し・・・って、ここは何所だ!?」

聞きなれた声に安心して二度寝使用としていたヤンだが、直前までの自分の状況を思い返して飛び起きる。

「ヤン先輩・・・まだ寝ぼけてるんですか?」

傍らに立っているのは彼のよく知る後輩のアッテンボローだが、
その格好に違和感を感じた。

そう、それは・・・

「ところで何で士官学校の制服なんて着てるんだい?」

その質問に不思議な顔をするアッテンボローだが、
彼の先輩がまだ寝ぼけてるのかと思い皮肉を返すのだった

「そりゃ今日が平日で学校があるからに決まってるでしょう。
 私服じゃ怒られますしね」

ヤンは会話が噛み合わない事に対して、背中に冷たい物を感じながらも、
その脳を必死に動かして現状を理解しようとする。

ふと、彼の手元に新聞がある事に気付く。
先ほどまで眠っていた彼の顔にかけられていたものであったが・・・


その日付を見て彼は過去最大級の驚きを得ることとなる。


宇宙暦785年×月○日


『・・・こいつはいったいどうしたって言うんだ?
 まさか過去に戻ってきたなんて馬鹿な事を言うんじゃないだろうな・・・』

この日、魔術師は無事に帰還した。

ただし、彼の愛する家族や仲間達の元ではなく、
今や彼の記憶の中で思い出となっていたハイネセン士官学校の日々に・・・



[15817] 第一話 『魔術師、いきなり落第危機』
Name: 斗星◆52051aa0 ID:876a2a6f
Date: 2010/01/27 17:50
”不敗の魔術師”ヤン・ウェンリー。

その二つ名の通りに彼は『勝つ為の戦い方』ではなく
『負けない為の戦い方』の方を得意としていたと言えるであろう。

もっとも、それは彼にあたえられた状況が常に勝ちを狙える状況に無いか、
もしくは勝ったとしても大きな損害を受けてはいけない状況がほとんどであった事も関係するが・・・

だが、彼はその『負けない戦い方』に関してはまさに天才であり、
そしてその才能の片鱗を周囲に初めて見せたのがこの時であった。

そう、学年主席で10年に一度の天才と言われるワイドボーンとの戦術シミュレーション戦である。





第一話 『魔術師、いきなり落第危機』





さて、どうやら私は過去に戻ってきたのか、
それともあの二度と繰り返したくも無い軍人生活が全て夢だったとでも言うのか・・・

どちらにせよ、いったい全体どうして私は士官学校生活などと言うものをしているんだろうか?

いや、考えても仕方ない。

あれが夢だったとしたら夢のままであってほしいし、
もしも未来に起こりうることならば・・・

・・・


ヤンが過去と思われる時期に戻ってきたことに関して、
彼は混乱しながらもすぐに順応させてみせるのであった。

そしてそれは彼のよく知る先輩や後輩、それに・・・

「どうしたヤン?早く移動しないと遅れるぞ?」

「あぁ、すぐ行くよラップ。」

遠い記憶の住人となりかけていた彼の親友の存在によるものと言えるであろう。
 
彼が過去に戻ってから会った友人たちは、
彼の記憶とまったく変わらなくヤンを大いに安心させるのであった。

「ところでヤン、聞いたか?
 今日のお前の戦術シミュレーションの相手はワイドボーンらしいぞ?」

「さてね、まぁ射撃や空戦よりは得意なのは間違いないのだから、
 せいぜいここで得点を稼いでおくさ。」


ヤンはラップに対して軽口を叩いているが、
その実、現状は彼に対してけっして優しくなかった。


それを端的に表すのが射撃や空戦といった彼のかつて苦手としていた授業であった。

前史(便宜上ヤンの体験した彼の過去の事をこう呼称する)において元々赤点スレスレであったこれらの授業は、
より一層の低空飛行を見せる事と相成る。

何故ならけっして得意とは言えなくも、
授業という括りの中で日々練習していた結果はそれなりにあったと言う事である。

それがすでに彼にとっては過去の話でしかない現状では、
既に何年も練習することが無かったそれを、
いきなりやれと言われるほうがどだい無理な話なのである。

結果、過去にこの戦術シミュレーションの結果で帳尻を合わせたヤンは、
より一層の評価を貰えないと帳尻が合わなくなってしまったのである。

軽口に対して見るにはあまりにも絶望的な現実であった。


もっとも、他人から見ればの話ではあるが。


・・・

さて、そんな注目すべきヤンとワイドボーンの試合を見る前に、
この戦術シミュレーションと言うものに関して説明しよう。


この試験において、基本的にお互いの戦力は同等のものとなる様になっている。


もちろん最初から劣勢の状況をどう耐えるか、優勢な状況からどう勝利を決定付けるか等もシミュレートできるが、
生徒による対戦となる試験においてはまず使われることは無い。


だが、まったく同じでは個性が出せないと言う意見もあり、
艦隊における錬度をポイントとして自由に振り分けられる事が出来るようになっていた。
振り分けられるポイントは攻撃・防御・機動・運用・情報工作等などである。


ワイドボーンは主に攻撃と機動を重視し、正面からの決戦を得意とし、
大多数の正面からの決戦を挑んできた同友たちに対して、
勝利するか、もしくは敗北したとしても相手に大きな痛手を与えていた。


一方のヤンは元々防御を重視し、相手の攻勢をひたすら耐えた上でその限界地点で反撃を開始し、
最終的に判定で勝つといったような戦い方がほとんどであった。




ある意味で正反対の戦い方をする両名であったが、
シミュレーションの戦跡に関してはこの二人が抜けてよかったのである。
※ちなみに次点には艦隊運用を重視して、
 どんな相手と当たっても柔軟に対応して好成績を残す”ジャンロベール・ラップ”がいた。


その為もあってか、この試合はこの士官学校の校長を含む多数の教官から注目を受けていた。


・・・もっともヤンはそんな事を気付くことも無かったのだが。




なお、試合前の評判はワイドボーン有利であった。


ヤンが攻勢に耐え切れず、耐え切れたとしても反撃するだけの戦力が残っていないと見たのである。

しかし、そんな中で幾人かはヤンが勝つとはっきり言ってのけた。
後の統合作戦本部長”シドニー・シトレ”もその内の一人であった。

シトレは教官を含めて勝敗を重視する風潮があるこの戦術シミュレーションにおいて、
ヤンの試合結果におけるある数値の高さに着目していた。

それは『生還率』

ヤンは勝った試合も負けた試合も、常にこの数値を7割以上という高い数字を出していた。

これに対してワイドボーンを引き合いに出してみると、
彼の艦隊の生還率は平均にすると五割を少し超えた程度で、勝った戦でも生還率が4割を着るという事もざらであった。

正面からぶつかって敵を撃破する。
それは正攻法ではあるが、正面からぶつかればそれだけ反撃を喰らうということでもある。

何よりシミュレーション上であるからこそ、お互いの艦船が0になるまで戦い続けるのであるが、
軍事上では5割も損害を受ける頃には兵の士気も下がっており、
継戦が不可能となり全滅とも言い換えることもできる。
(逆に言うとアムリッツァにて残り8隻になるまで戦い続けたボロディンなどは
それだけでも非凡な提督であった事が理解できる)

シトレに取ってみればこれは決して褒められた数字ではない。

もっとも、シミュレーションの都合上しょうがない部分もあるのだが・・・。


シトレはヤンがそれを理解した上であえて味方の損傷を減らす戦い方をしているのだろうと評価していた。

当のヤンからすればただ単に”楽に勝てる”戦い方をしているだけであって、
その様にたいそうな評価をされても困るのであったが、
その考え方自体が彼を”負けない戦い方”の天才であると言えるであろう。


・・・

試合が始まった。

まず最初の展開は前史における戦いとまったく変わりなかった。

ヤンはワイドボーンの補給線を断つと自陣の奥深くに引きこもったのである。

これに対してワイドボーンが無理に攻め込んだ結果、判定はヤンの勝ち

・・・と言うのが前史においての結果であるが、

幾多の戦いで成長し、このシミュレーション戦で他の教科の帳尻を合わせようとするヤンは
それだけで済ますことは無かった。

攻め込んできたワイドボーンの艦隊と相対したとき、
ヤンの艦隊は隕石地帯に半ば隠れる様に布陣していた。


なぜその様な陣形を取っているのかを不可解に思いながらも、
ワイドボーンは彼の得意とする正面からの攻勢を選択した。

これに対してヤンは隕石を盾にしつつ粘り強く耐えていた。



・・・まるで何かを待つかのように。




状況が変わったのは20分後。
シミュレーション内の時間で半日が立った所であった。

ワイドボーンの艦隊の背後に、突如ヤンの艦隊が現れたのである。

その数は6000。実に艦隊の2分の1に当たる数であった。




ヤンが隕石地帯に布陣していた理由は単純だった。
隕石帯に隠れることによって自軍の総数をごまかし、
自分の艦隊の半数にも及ぶ別働隊を出している事を気付かせない為だったのだ。



これに対してワイドボーンは始め背後に現れた艦隊を倒して窮地を脱するつもりであった。
だが無論それをさせるヤンではなく、隕石地帯から残りの艦隊を出し挟撃の構えを見せる。


ワイドボーンはならばと、紡錘陣形を取って正面の艦隊の突破を試みる。
が、ヤンはもちろんそれを読んでおり、自軍の艦隊を横に二つに割って左右から挟撃する形となる。

そこに伏兵として現れた艦隊も急行し、ワイドボーンは背後からの半包囲という最悪の形に追い込まれることとなる。


ワイドボーンはこうなればと当初ヤンが隠れていた隕石地帯に艦隊を逃がそうとするが・・・



「馬鹿な・・・機雷だと!?」



隕石地帯にはヤンが置き土産として大量の機雷を配置していたのであった。




勝負は付いた。
誰の目が見てもヤンの圧勝であった。

前史において最後までヤンの勝利を認めなかったワイドボーンも、
ここまでやられては何も言えなかった。

その後数日たっても落ち込んでいる彼を気の毒に思い、ヤンは一言声をかけた。

「君の戦い方はあまりにも正々堂々過ぎる。
 戦争って言うものはもっと泥臭いものだと私は思ってるよ。
 もっとも帝国の爵位でも欲しいのならば話は違うのかもしれないけどね。」

このヤンの一言を聞いてワイドボーンはより柔軟な戦術を立てられる様になり、
後に正攻法にこだわって戦死すると言うことも無くなるのであった。


・・・

シトレは悩んでいるのであった。

ヤンとワイドボーンのシミュレーション戦を見て以来、
ヤンの才能に対して恐怖すら感じていた。

『シミュレーションとは言え、あれだけの事が出来るものが今の軍にもいるだろうか?』


答えは簡単である。


否だ。


自分を含む多数の仕官、歴戦の勇将たる艦隊司令官を思い浮かべても、
戦術において彼に勝てるとは思えない。

無論、仕官に対して求められるのは戦術だけではなく、
特に司令官たるものは部下の士気を維持できるこそ事が重要だとシトレは思っているし、
ヤンはその点においてはまだ未知数である。



だが、その才能は未来において確実に同盟軍に必要になるだろうと感じていた。



その為には彼を戦史研究科に置いておくわけのは、あまりにもったいない。


さて、どうした物かとシトレが思案している所に飛び込んできた報告。
それは戦史研究科の廃止に関しての連絡であった。

---------------
後書き

同盟が勝つ為には絶対避けて通れない道。
それは如何にして帝国との人材の差を埋めるかと言う点に尽きるかと思います。
アムリッツァでの人的資源の欠乏は元よりですが、そのまま残っていたとしてもラインハルト陣営に勝てるか甚だ疑問です。
なのでこのようにちょこちょこと梃入れが入るかと思います。



[15817] 第二話 『魔術師、やる気を出す』
Name: 斗星◆52051aa0 ID:876a2a6f
Date: 2010/01/27 17:50
先の歴史を知っていてもままならない事がある。
還ってきたヤンがそれを始めて実感したのはこの瞬間とも言えるであろう。





第二話 『魔術師、やる気を出す』



ヤンは二度目の学校生活をそれなりに楽しんでいた。
元々戦史好きのヤンとしては、それらに関してはなんど講義を受けても楽しいものであったし、
むしろあらかじめ(過去に学んだため)知っている事によって新たな発見をする事や別の角度から捉えることも出来た。

軍事の事を考えずに大好きな歴史を研究する日々。
ヤンはそんな日々がとても幸せであった。
(ちなみにヴァーミリオン後の退役生活は、何だかんだで帝国の動きやフレデリカの事を気にかけていた為に歴史に没頭するとまではいかなかった)

もちろん嫌いな学科は多分にあったが、
そんな物は部下の生死やラインハルトの動向に頭を悩ませる事と比べれば何と言う事はない。




だが、そんな彼の幸せは長くは続かないのであった。

「はぁ、戦略研究科への転科ですか。」

「そうだ。戦史研究科が来年から廃止される事になったのでな。
君にはシミュレーションであのワイドボーンを破った実績があるし、戦略研究科へ入って貰おうと思っている。」

校長室に呼ばれたヤンは、予想通り(と言うか歴史通り)にシトレより転科の通告を受けるのであった。


「わかりました。どうせ今更反対したところでどうにもならなそうですし、つつしんでお受けいたします。」


あっさりと受けるヤンだが、これは以前の経験からどうにもならない事がわかっているため、
今更なにかをするのが労力の無駄だと考えたからである。

また、軍人生活の中でこれ以上の理不尽が多数にあった為に慣れてしまったとも言えよう。
(その原因の何割かは目の前の黒肌の偉丈夫のせいなのは言うまでも無い)

そしてこの態度も若干だが歴史を変える事となる。

「(もっと嫌がるだろうと思っていたが意外だったな。
戦史科にいたとはいえ軍人としての心構えは持っていたと言う事か)」

何故ならシトレがヤンの事をより一層評価する事となるのだから。


・・・

シトレの通告を受けた後に学生寮に帰ったヤンは考え事をしていた。

そしてそれは一つの結論を出す。

「(どうやら私は時間を逆行してしまったようだ。まったく、幽霊になったり逆行したりと非日常的な事は続くものだ)」

正直な話、ヤンは前史での日々が実際にあった事なのか自分が長い夢を見ていたのかの判断がつかずに居た。

何せ前史の学生時代はヤンにとって10年以上前の話であり、
細かい部分などから判断しようにも出来なかったからである。

だが、そんな中で忘れられようも無い事件が起きた。


そう、戦史研究科の廃止である。


父親の死と共にヤンの運命を変える事となる大事件である。
これが無ければあるいはヤンは統合作戦本部の記録統計室で軍人生活の全てを過ごせたのかも知れないのだから。
(ヤン本人の希望であり、本当にそうなっていたかは不明)


これを受けてヤンは自分は逆行したと考えて問題ないと考えた。

それにもし自分が長い夢を見ていたとしても、
この様に未来に起こる事がはっきりと予測できる予知夢だったのならば・・・

「結局時間を逆行したのと同じ事と言うことか・・・あぁ面倒な事になったものだ。」

そう言ってヤンは溜め息をついたが、その瞬間に部屋の入り口の扉が開いたのだった。

「おい、どうしたヤン。不景気な面をしてるぞ?」

入ってきたのはラップであった。

「やぁ、ラップ。どうやら春から君も私も転科させられるそうさ。
 そして私は戦略研究科行きだそうだ。まったく柄でもない。」

ヤンは悩みの元を伝えられるわけも無く、不機嫌であるいかにもな理由を答えておいた。

「あぁ、戦史研究科がつぶれるって話か。
 もっとも他の科に行けるって喜んでる奴らがほとんどの様だけどな。」

「私からすればありがた迷惑ってところさ。」

ラップがそう言うのにも理由がある。
戦略研究科とはかつては730年マフィアの面々も所属していた事がある、
士官学校の中でも特にエリートが集まる科であり、
戦史研究科はまさにその真逆に位置する科である。

シトレも言っていた事だが、戦略研究科に入れない者が他の科に入るのが普通であり、
その流れが逆になる事など士官学校始まって以来ほとんど無かった事なのである。

しかも言っては悪いが落ちこぼれ中の落ちこぼれが集まる戦史研究科からである。


「とりあえずお前の心境はともかくとして、俺も戦略研究科へ転科だってさ、
ジェシカやキャゼルヌ先輩らも喜ぶだろうし、また一緒につるめる事をおめでとうと言っておくよ。」

一瞬ジェシカという言葉を聞いて、ヤンは眉をひそめる。
前史においての目の前の彼と彼女の悲劇が頭をよぎったからだ。

「まぁジェシカはともかく、キャゼルヌ先輩が喜ぶのには同意だけどね、
『社会とは得てして厳しいものだ、社会に出る前に気づけてよかったじゃないか』とか言うんじゃないか?」

「まったくだ。」

そう、ヤンはラップと軽口を叩きつつも心の内では別のことを考えるのであった。

「(はぁ、アレが本当に起きる未来だとするのならどうしたものかね・・・)」


・・・

その日の夜中、ヤンはラップを起こさないように気を利かせつつ考え事をしていた。

「(はぁ、本当にアレがただの夢だったのならばどれだけ楽だっただろうか・・・)」

ヤンの希望は今も昔も変わらず、戦争とはかけ離れた世界でゆったりと歴史書でも読んで過ごす生活であり、
戦争の中で武勲をあげて英雄となる事など欠片も考えた事が無い。

正直言ってアレがただの夢だったのならば、
もう少しマシな人生を歩ませろとは思うがそれで済ませる問題である。

しかしながらどうだ?

この現実は自分を夢の中と同じく英雄への道を歩ませようとする。
英雄になる気などないヤンにとって見れば、まさに大きなお世話でしかない事である。


それに戦史研究科の廃止はある一つの変えがたい事実を示している。

「自由惑星同盟の経済は危ない・・・か。」

そう、戦史科の廃止は士官学校に戦史研究科などを置いておく余裕が無いからであり、
ひいてはその元となる同盟軍、
更に言えば同盟自体の経済状況に問題があるという事である。

前史において同盟経済は緩やかに終焉へと歩みを続けていたが、
その一歩はすでにこの時期にあったのだと考えさせられた。

「もしこのまま戦争が続けばどちらにせよ同盟経済は破綻するか。」



そしてここまで考えて



ヤンがもっとも考えたくなかった事が



あえて考えないでいた事実が頭を過ぎる。




「帝国にラインハルト・フォン・ローエングラムが現われる・・・か。」

決して自分で望んだ事ではないが、
ヤンの存在がラインハルトの覇業を妨げる一因になっていたのは代えがたき事実である。

あるいは自分がイゼルローンを落とさなければ、
アムリッツァの様な暴挙に出ないのではないかとも考えたが、
ヤンはその考えを即座に首を振って否定した。



ここで一つ仮定の話をしよう。

もしもヤンが同盟軍に存在しなかった(居たとしても前史ほどの地位に居なかった)場合の話である。

まずは第四次ティアマト会戦になるが、前史以上にラインハルトに翻弄される可能性があり、
下手をするとこの時点でパエッタとボロディン、更にウランフまでが戦死する事になる。

次にアスターテ会戦だが、パストーレとムーアは元よりであるが、新たにもう一個艦隊がここで犠牲になる可能性がある。

ヤンによるイゼルローンの攻略がない為にアムリッツァでの損失は無くなるかも知れないが、
政権の維持を目的としてイゼルローンへの出兵が決定した挙句に最大で三個艦隊程度がやられる可能性はある。

ここまでで最悪の結果を仮定し、九個艦隊と有能な提督の多くを同盟は失う事となり、
同盟経済も悪化の一途をたどる。

そして皇帝の崩御を切欠とする帝国の政権争いが起こり、
同盟では救国軍事会議のクーデターが起こる。
(ヤンの居ない同盟を甘く見て、何も手を打たない可能性も若干あるが)

このクーデターは可否に限らず同盟の力を大きく削ぎ取り、
そして門閥貴族を倒して万全の体制のラインハルトがイゼルローン回廊から攻めて来る。
(その場合イゼルローン要塞がリップシュタット連合軍に使用されて破壊される可能性もあるが、
ガイエスブルグ要塞を移動させれば結局同じ事である)

この際に同盟に残された戦力は精々三個艦隊程度と予測され、
ラインハルトの陣営にはヤンへの牽制で派遣されたロイエンタールらも加わる。

はっきり言ってしまえばヤンが居ようが居まいが関係なく同盟は滅びる。
それも『より早い時期に』だ。


「一体全体わたしにどうしろと言うのさ・・・」

先ほども言ったがヤンの望みは英雄になる事等ではない。
自分と、そして目に入る大切な人たちの幸せであり、
それは現在では知り合っている筈の無い、
彼にとって大切な二人の幸せも含まれているのである。

「ユリアン・・・フレデリカ・・・」

幽霊となった自分が見た最後の記憶。


『何と言われても構いませんよ、成功さえすればね。』


ユリアンは私を捨ててヤンの意思を継ぐことを選び、


『あなた、見ていて下さいますね?』


フレデリカは未来を捨ててヤンの理想に殉じる道を選んだ。


最後まで見届ける事は適わなかったが、
自分の死を切欠に辛い道を歩ませる事となる二人の事を、
ヤンは決して見捨てる事は出来ないのである。


「未来を変える・・・ねぇ。」

そう呟いたヤンの瞳は、かつて無いほどにやる気に満ちていた。

---------------
後書き
感想で指摘されている方も居ましたが、
同盟の勝利に必要なものの一つにヤンのやる気は欠かせません。
ラインハルトほどの覇気を見せろとは言いませんが、
少なくとも自分の身を守るために地位を上げることを考える程度には。

逆行のタイミングが死亡直後で無かったのは、
この辺を不自然にしない為の打算だったり(爆)

あとヤンとラップが寮で同室なのは独自設定です。
今後も原作に描写されていない部分に関してはご都合主義発動で捏造される可能性がありますが、
あらかじめご了承下さい。

追記
指摘がありましたので一部内容を修正いたしました。
ラップがヤンと同じ戦史科だって忘れてた・・・



[15817] 第三話 『魔術師、大いに悩む』
Name: 斗星◆52051aa0 ID:876a2a6f
Date: 2010/01/27 17:49
人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。
何かを得るためには同等の代価が必要になる。





第三話 『魔術師、大いに悩む』




その日、ヤンは一人でPCを前に自分の考えをまとめていた。


だが、未来を変えることに若干のやる気を見せたヤンではあったが、
考えれば考えるほどにその困難さに顔を顰め、
彼本来のやる気のなさが顔を出しそうになっていた。


何故ならば未来を知っていると言う事が、
絶対的なアドバンテージとはなり得ないからである。


まず最初に考えたのは如何にして同盟の命脈を永らえさせるかである。
前史では同盟を(ある意味)見捨ててエル・ファシルへ落ち延びたヤンではあるが、
最終的に民主主義の灯を消さない為には同盟の存続は不可欠と言っても良い。


ヤンはかつてイゼルローンを攻略する前にこう言った。


『要するに、私の希望はたかだかこの先何十年かの平和なんだ』


勿論これは本心であり、今も根本が変わることはない。




だが、この時はラインハルトが皇帝となって同盟を侵略する事も、
自由惑星同盟が滅ぶ事も考えていなかった。
(ヤンがこの事を思索したのはアムリッツァの大敗後が始めてである)


何だかんだ言ってもヤンは民主主義の国に生まれた事を誇りに思っており、
一方で専制主義を嫌っている節はある。

何故ならヤンがこの先何十年かの平和を何より優先させるなら、




ヴァーミリオンでラインハルトを討つべきだったのであるから。




この一点だけを省みても、ヤンは自分と周りの者の平穏と同等程度に、
民主主義の精神を尊重していると言えるであろう。


そして民主主義の国家を存続させる上でエル・ファシルやイゼルローンでは如何にも頼りない。


仮に前史に置いて皇帝ラインハルトとの講和を成功させていれば、
彼の生存中は決して約定を違えなかったであろう。


だが、彼の後継者や周りの者はどうであろうか?


例えばオーベルシュタイン等であれば気を見て潰しにかかるのではないか?


そしてその時に対抗できるだけの力が無くてはまずい。
だからこそ同盟の存続が不可欠であると考えるのだ。


そして同盟の存続するための条件はただの2点。

『同盟の世論が不戦に向かうこと』

『同盟の国力を上げること』


現在の同盟の国力では、どう考えてもいずれ経済が崩壊する。

前史の様な軍事的な大敗が無かったとしても、
軍隊は維持するだけで金を食うものである。

同盟が戦争を止めて国力を蓄えなければ同盟の未来は暗いのである。


だが、これこそが如何にも難しい事なのである。

何故ならばこの2点に関しては、
どう考えても軍人(現在は候補生だが)である自分の領分からは外れるからであるからだ。



・ ・・

ヤンは同盟に関してはひとまず置いておいて、別のことを考える。


それは、ラインハルトに関してである。

この先の未来が変わらないとして、
彼が帝国に出現した時に自分はどうすれば良いのだろうか?



ヤンはラインハルトと直接対峙する事となったアスターテ会戦を引き合いに出して考えてみた。


前史では敗戦直前で初めて対峙する事となった二人であるが、
仮にヤンが開始時点である程度の裁量を持てるだけの位置、
具体的には艦隊司令官であったとする。

そこでパストーレとムーアを何とか説得して、
前史とは違って三個艦隊を集中してラインハルトに対するとしよう。


この時点でヤンはラインハルトに勝って万々歳となるだろうか?


答えは否である。


ヤンは決してラインハルトを過小評価しない。

ヴァーミリオンやイゼルローンでの戦いでは何とかなったが、
何れも自分が負けていてもおかしくなかった。


アスターテでパエッタの位置を自分に置き換えたとして、
自分は彼に勝てるのであろうか?


艦隊の数は確かにこちらのが上である。
だが相手はラインハルトであり、
しかも後で知ったことではあるがメルカッツやファーレンハイトも帯同していたらしい。

大してこちらの味方はパストーレとムーアである。

闘士としては決して無能ではないが、幾つか問題がある。


その一つにこの仮定ではヤンと彼らは同格の艦隊司令官だと言う事だ。


ヤンが彼らの艦隊まである程度自由に動かせるのならばラインハルトに勝つ自信もある。
だが、同格でしかも年少のヤンが彼らを差し置いて全体の指揮を取るのは無理であろう。


そこまで考えてヤンは更に重要な事に気づいた。


アスターテ会戦は国防委員長(トリューニヒト)が個人的に武勲をたてさせたい艦隊を選んだと言う事実に。



「何てこった、これじゃ仮定すること自体が無意味じゃないか・・・」



ヤンはすかさず新たに考え直す。



先ほどのような裏事情を抜きに考えれば、
アスターテでのラインハルトの艦隊は2万程度であり、
通常ならば二個艦隊で迎撃に出るのが普通であろう。

2万対2万4千

同数程度の相手な上に味方の艦隊が誰になるかは判らない。
仮にウランフやボロディンでも勝てるだろうか・・・


それにラインハルトはこの時点では自分の大望をなしえていない。
敗戦色が濃くなれば逃げる事もいとわないであろう。

そうなってはこの時点でラインハルトを殺すのは至難の技である。




そう、ラインハルトを打倒するにはアスターテでは早くて遅いのである。






ここまでの考えをまとめた上で、新たに一つの考えが思い浮かぶ。


自分はここまで如何にしてラインハルトを倒すかを前提に考えていたのだが・・・




「皇帝ラインハルトを早いタイミングで殺してしまっては不味いのではないか?」




ヴァーミリオンの時にラインハルトを倒すのが条件と言ったのは
あくまでも彼が皇帝であったからである。


もしもアスターテなどで彼を打倒したとして、
その後には戦争が継続するだけではないのか?


ラインハルトが死ねば門閥貴族は倒れずに、
ゴールデンバウム王朝が続く。
(あるいはロイエンタール辺りが代わって立つ可能性はあるが、
帝国の将官をそこまで詳しく知らないヤンには判らない)



そしてゴールデンバウム王朝と同盟が講和する可能性は低い。



かつてイゼルローンを落とした後に講和を結ぶと言う事を考えたヤンだが、
その結果はより一層の主戦への傾倒であった。


と言うのもまず一つに長年積もりに積もったゴールデンバウム王朝への恨みと言うものがある。

同盟の世論を変える事が重要だと言ったが、
ゴールデンバウム王朝が相手ではまずそれ自体が難しいのである。


だからこそ、ラインハルトを倒してしまうと戦争が継続するのだ。



それに帝国側からすればラインハルトの死は悪夢でしか無いだろう。

かつてユリアンに『戦っている相手国の民衆なんてどうなってもいい、などという考えかただけはしないでくれ』と諭したヤンである。

心情的にはラインハルトに死んで欲しくないと言う部分も多分にあるのだ。






あるいはラインハルトさえ居なければ、
帝国を完全に打倒する事も適うのではとも考えたが・・・

「はぁ、柄じゃないし・・・それに面倒くさそうだ」

疾風ウォルフやロイエンタールらを相手に連戦連勝する事が、
如何に困難であるかを考えて溜め息をつくのであった。



同盟と自分の幸せのために、
同盟を内部から変革し、
ラインハルトを打倒せずに、
ラインハルトと講和をする。

「やれやれ、どうして第二の人生までこうして軍人の思考をしなくてはならないのだか・・・」

自分の理想の困難さにヤンは頭を抱えるばかりであった。


---------------
後書き
最初に記してあります通り、
この話は如何にして同盟が帝国に勝つかを私が考えた物語です。

作中のキャラ(主にヤン)には私と同程度に頭を悩ませて貰う事になります(爆)
そしてヤンの目標は同盟の存続と数十年の平和です。

ラインハルトの生死に関しては賛否あるかと思いますが、
ラインハルトを生かして講和を結ぶのと、
ラインハルトを殺して帝国を打倒するまで戦い続けるのと。
この二択ならばヤンは前者を選ぶと思いこの様になりました。



[15817] 閑話その1 『目覚めよ、ワイドボーン!』
Name: 斗星◆52051aa0 ID:876a2a6f
Date: 2010/01/27 17:49
人は他人の影響を多分に受ける生き物である。
例えばユリアンがヤン以外の家に引き取られたら?
もしもシェーンコップがカリンにとって良き父親であったら?

だからこんな事になっても良いよね?






閑話その1 『目覚めよ、ワイドボーン!』




春になり、戦略研究科へと転科と相成ったヤンだったが、
そのヤンの転科を誰よりも喜んで居たのはこの男だったかも知れない。


「来たな、ヤン・ウェンリー。お前はこの俺のライバルに相応しい男!
戦史科などと言う枠で収まる奴だとは思っていなかったぞ!!」

ヤンに負けたショックか、はたまた元々がそうだったのか知らないが、
やたらと暑苦しい男に生まれ変わったワイドボーンであった。


・・・

彼はヤンに負けた後、自分を省みると共にヤンの事を観察するに至った。

そうして見てきた普段のヤンは、
彼が負けたシミュレーションの時の様な冷徹な司令官(にワイドボーンからは見えた)とは程遠かった。

主に実技系において赤点すれすれの結果しか残さない彼に負ける事など、
かつてのワイドボーンには認められない事であっただろう。


しかし、少しだけ柔軟に物事を捉えられる様になったワイドボーンは、
逆にヤンが得意な科目にこそ自分が負けた原因があるのでは無いかと考えた。


そしてその結果として、ヤンの好きな歴史に目を向ける事によってワイドボーンの意識は変わって行った。


もともと過去は過去としか見ておらず、未来に自分が活躍するためには不要とすら考えていた彼は、
戦略研究科に戦史の授業が最低限(主にリン・パオやアッシュビーなど同盟の勝ち戦について)しかない事もあり
歴史に関しては軽く見ていたのであった。


この時に彼は負け戦にこそ学ぶ事が多い事も初めて知った。



天才の行った勝ち戦に関しては、秀才や凡才がいくら学んで真似をしようとしてみても無理なものである。


それは前史においてアスターテで同盟軍が払った高いツケであり、
そのアスターテやティアマトにおいてのラインハルトの動きが真似出来るのかという点に尽きる。


しかし、負け戦に関しては別である。
何故なら負けたからこそどうすれば勝てたのかと言う事をより深く考えることをするからである。

前史においてワイドボーンはただ一度しか負け戦を経験しなかった。
はたしてそれは彼にとって幸だったのか不幸だったのか・・・


さて、このワイドボーンの意識改革により彼はヤンに負けた原因を更に深く分析するにいたった。


そしてその結果として下記のような結論を出すのであった。

補給を軽く見ていた、と。



・・・

ワイドボーンがこう考えるに至った経緯を少し説明しよう。

まず最初に彼は自分の敗北した原因について考え、最初に感じたのは
『ヤンの思惑通りに動いてしまった』と言う点である。

かつてのワイドボーンであればその時点で考えるのを止めたであろう。
(むしろ正々堂々戦わないヤンを非難したかもしれない)

しかし、今のワイドボーンは何故ヤンの思惑通りに動いたのかをふと疑問に思い、
その時の自分の思考を改めて思い返すに至ったのである。


ヤンの援軍が背後に出現した時点で、ワイドボーンの軍には幾つもの選択肢があった。

例えば密集隊形をとりヤンの攻撃を耐えた上で陣形の薄いところを狙って突破する、等である。

しかし、この時点でワイドボーンの軍には重大な欠点があった。

それは正面からの攻勢にこだわり続けたせいで物資が減っていたのである。


ワイドボーンの得意とするのは正面からの圧倒的な攻勢であり、
それによってシミュレーションでも幾つもの勝利を拾ってきた。

しかしそれは偏に短期決戦に偏重した戦い方であり、
だからこそ補給線を断たれても気にせずにヤンを攻撃するに至った。

ワイドボーンの思考としては
『補給が切れる前に奴を倒す。もしも補給が切れれば戻って、その後にまた攻めれば良い』であった。

これはヤンの布陣を見て、
『どうにか隕石帯から引き釣り出せば勝てるし、
隕石帯に居ては容易に追撃できないので何時でも帰れる。』
と思ったからである。

だが、目の前の敵を倒す事に集中した結果、予想外の伏兵に襲われたのだ。

この時点で、まず容易に帰れると思っていた彼の思考は崩される。
そして補給や士気の問題から長期戦は自分に不利であるとも悟った。



そしてワイドボーンが取った作戦は『後方から来た艦隊を突破して帰還する』であった。

しかし、ヤンはそれを完璧に読み取り、その後の展開はただヤンに翻弄されるばかりであった。

そしてここでワイドボーンは一つの疑問を覚えるのであった。

『何でヤンは俺が後方の艦隊を狙うと判るような動きが出来たのか?』

ヤンが布陣していた隕石帯はシミュレーション上ではレーダーが効きづらく、
高速で移動しようとすると艦が消耗すると言った設定となっている。

そこからこちらの動きに呼応するかのように動くのはまだ何とかなるかもしれない。

しかし、ヤンは機雷と言う置き土産までしている。
『これは明らかに後方の艦隊が到着する前後には動き始めないと間に合わないのでは?』

そこまで考えた末、ワイドボーンは恐ろしい事に気が付いたのだ。


『ヤンは補給戦を断って、俺が攻めた時点からこうなる事が判っていたのでは?』


これはまさしくその通りである。

前史において魔術師と言われたヤンだが、
帝国軍にもっとも恐れられたのはこの“気が付けば奴の思い通りに動いている”と言う化け物じみた思考誘導である。
(前史におけるヴァーミリオン前哨戦などはその最たる物と言えるであろう。)

かつて『用兵巧者だからこそしてやられた』と称された通り、名だたる名将達をも陥れたこれは、
このワイドボーンとの一戦でも遺憾なく発揮された。

そしてシトレはあの一戦の中でこれが判ったからこそ、
ヤンの存在に恐怖すらしたのである。


ここまで考えた末で出した結論が冒頭にある
補給を軽く見ていたと言う事である。

もしも今回のシミュレーションの中で補給線を断たれた後に、
無理に攻め込まない相手だったのならばこうはならなかったであろう。



だが、現在の前線指揮官の中でされ、本当に補給の重要度を知るものがどれだけいるだろうか?



帝国(と言うかラインハルト陣営)の一線級の指揮官はこの事を判っていた。

ヴァーミリオンの前哨戦において、ミッターマイヤーが補給の護衛を買って出ようとした所や、失敗に厳罰を持って処した点。
その後も数多の名将を持って補給をしようとした点を見ても間違いない。


対する同盟はどうであろうか?

帝国進攻作戦においては当初補給を深く考えずに無秩序に進攻するに至り、
挙句の果てに責任者であるロボスまでが補給を軽視していたきらいがあり、
はっきりと言ってしまえば『補給は後方担当者が考えること』とすら思っているものが多いのでは無いだろうか?


そう言った点で言えば前史においてもワイドボーンは十分に同盟の司令官になる程の力はあったのかも知れないし、

あるいはこの点に気づいただけでも、ワイドボーンが前史と比べて一皮剥けたと言えるであろう。




ワイドボーンはそれからヤンに一方的なライバル宣言をすると共に、
何かと話しかけたりする様になっていた。

勿論、冒頭のように非常に暑苦しいテンションで、であるが。





・・・

「まったく、以前はこんな奴じゃ無かった筈だけどなぁ・・・」

ヤンは前史でも若干の付き合いがあったワイドボーンを思い起こすが、
この様な彼を見たことが無かった為に思わず口に出してしまう。

「ん、何か言ったか?」

「いや、君が大分変わったと思ってね」

人によっては悪い意味にも捉えかねない『変わった』と言う言葉。

だが、ヤンやラップはこのワイドボーンの変化を好意的に受け止めていた。
元々秀才である事を鼻に掛けて、他者を見下す癖があった頃に比べれば多分にマシだからである。

そしてそれに対するワイドボーンの回答もまた、彼が変わった事を認識させた。

「当たり前だろ?変わらないって事は進歩しないって事だろうが。」

その意見に『まったくだ』とヤンとラップは笑うのであった。



この後、三人はトリオで活動する事が多くなる。
そしてヤンとラップに悪い遊びを教わるようになったワイドボーンは、
また少し柔軟に物事を考えられるようになった。

---------------
後書き
この作品ではワイドボーンを猛烈にプッシュしていきます。
えぇ、だって元々の印象が少ない為に捏造がしやすいんだもの(死)

ちなみに私のなかで元々のワイドボーンのイメージは
ホーランド + フォーク - ヒステリー

本作のワイドボーンの性格(予定)は
(ビッテンフェルト + ウランフ) ÷ 2 + 若干の思慮深さ + 松岡修造

・・・そこの貴方、ワイドボーンをギャグ要員とか言わない!



[15817] 第四話 『魔術師、決断の日』
Name: 斗星◆ffb53dab ID:2792ad38
Date: 2010/01/27 17:56
真の友人とは友のことをよく見ているものであり、
そして自分が本当に困っている時にこそ手助けをしてくれるものだ。





第四話 『魔術師、決断の日』




「最近ヤンの様子がおかしい」

ラップが、久しぶりに出会ったジェシカに対して放った一声はこの言葉だった。




この日ラップは相談があると言って、
ジェシカを学校の近くのカフェテラスに連れ出していた。

ジェシカは急な誘いだったので最初断ろうかとも思ったが、
深刻な顔をするラップを見て着いてきていたのだった。






春になり、新たに戦略研究科へと転科となったヤンとラップであったが、
様々な事に日々頭を悩ませるヤンの表情は優れなかった。

そしてそれをヤンは必死で隠そうとする物の、
毎日顔を合わせていたラップからすれば、
一目瞭然なのであった。


「それって戦史研究科が潰れる事になったせいじゃないかしら?」

ジェシカはまず始めに思い浮かんだ理由を口にする。
だが、それに対してラップは即座に反論する。

「確かにヤンがおかしくなったのはその話を聞いた頃からで、
俺も最初はそうじゃないかと思ったのだけど、
新学期が始まる今になるまでずっと引きずってるのはおかしいと思わないか?」

「それは・・・確かにおかしいわね。
むしろヤンだったらそこまで引きずるくらいなら抗議活動の一つでもしてるわね。」

「やっぱりそう思うよなぁ・・・」



以前にも触れたが、転科をどうしようもない物として受け入れたヤンは、
前史と違ってこの時期に一切の抗議活動をして来なかった。

ラップはヤンが何か行動を起こすのならば最後まで付き合うつもりであったが、
何も無かった為に余計に考え込んでしまっていた。



二人はその他にも色々と考えるものの、
どうにも説得力がある考えが思い浮かばずに、
若干表情を暗くしていた。



そんなラップたちの元に声をかけてきた者がいた。


「ありゃ、ラップ先輩。デートですか?」

話しかけてきたのはアッテンボローだった。

アッテンボローはそう口にしながらも、
二人の顔色が優れないことから何かあったものとして声をかけていた。
(本当にデートの様だったら邪魔はしない程度の良識は持っている。
 もっとも相手が今は出会ってないがポプラン等であったら別だったかも知れないが)



「馬鹿言ってるんじゃないよ・・・ちょっと悩み事があってな。」


「・・・ひょっとしてヤン先輩の事ですかね?」


アッテンボローはヤンのことを尊敬していた。

門限破りを見逃してくれた事がきっかけで付き合い始めたと言う縁もあるが、
不本意ながら士官学校に進んだという点が自分と類似しており、
自分の得意な部分では誰にも負けない所等は素直にあこがれていた。

特にワイドボーンに勝ったシミュレーション戦などは、
信じられない様な物を見たと驚愕したものだ。

そして何よりも、他の自称エリート達と比べてそんな所を
まったく誇らないヤンの人間性が何よりも気に入っていた。


前史においてもアッテンボローはヤンのこの辺りに大いに影響を受けていた。

最終的に中将という階級を与えられながらも、
階級的には大分下になるポプラン達と軽口を言いあってる様な点からも判るであろう。
(無論本人の元からの性格による所も大きいのだが)

もっとも、それはかつてのヤン艦隊に所属した者の
ほとんどに対して言えることかもしれないが・・・




話を戻すが、そんなアッテンボローだけに、
ヤンの細かい変化を感じ取っていたのだ。

ラップはアッテンボローに対してもジェシカと同様の説明をするが、
アッテンボローにも思い当たる節が無く、
ともに頭を悩ませるだけであった。


そしてそんな3人の元に新たに一人の男がやって来た。


「お、ラップとアッテンボロ-か、なに不景気な面してるんだ?
エドワーズのお嬢さんを取り合いでもしたのか?」

それは空気を読まない男ワイドボーンであった。

「そう言えばヤンの奴は一緒じゃないんだな?
最近のあいつは全然楽しそうにしないし誘ってやれよ!」

『『『(いや、ヤン(先輩)の事を話してるんだから本人を呼ぶわけには・・・)』』』

三人は心の中で見事に同調した。


だが、ラップはそのワイドボーンの言葉に
思い当たる節がありはっとした。



そう、ヤンは何も楽しめていない様に見えるのだ。



同部屋で同学科のラップはプライベートを含めて、
平日はほぼヤンと一緒に居るといっても過言でない。

そしてそのヤンを思い返すに、何をするにしても楽しんでないように見えるのだ。
それこそヤンの大好きな戦史の授業や、普段テレビを見ている時でもだ。


「ナイスだ、ワイドボーン!」

「・・・なんだなんだ?俺にもわかるように説明しろよ!」

ラップは苦笑しつつも、三度最初から説明するのであった。

「(それにしても、ワイドボーンまでヤンの変化に気づいてるとは意外だったな。)」



・・・

一方のヤンはこの日も一人で考え事をまとめていた。


「よし、ようやく完成したか・・・」

数ヶ月の間に様々なことを考えていたヤンであったが、
その考えがようやく一つにまとまったのであった。



そしてその結論の末に、大きな選択肢を迫られていた。


「どう考えても私一人で何とかなる問題じゃないしなぁ・・・」


そう、それは理想を実現させるための
仲間を集めるかどうかをずっと悩んでいたのだ。



前史においてヤンは決して自分ひとりで全てを抱え込むタイプではなかった。
むしろ真逆と言っても過言ではないであろう。



それは生来の合理主義、
悪く言えば怠け根性が関係していた。

何かを実行するにしてもそれを得意な人物が居れば、
ほぼ丸投げといって良いレベルで裁量をまかせ、
そして何があっても(一部の例外を除き)文句を言わなかった。

門外漢である自分が何かを考えるよりも、
得意な人物に任せたほうが上手くいくし、
何より楽だと・・・





だが、今回ばかりは話が違う。

何せ事は途方も無くでかいことであり、






そして迂闊に人に話せるような内容ではないからだ。





もし、ヤンが帝国を完全に滅ぼすことを考えていたのなら、
こんなにも悩まなかったであろう。


何故ならそれは同盟においてごく一般的な考え方であるからだ。


前史において第11艦隊指令のホーランドは、
艦隊戦の最中というごく公的な場所で『皇帝を処刑する』とまで言ってのけた。

この時の周囲の反応は冷やかなものがあったが、
果たしてその中の幾人が一度でも同様の考えを持ったことが無いと言えるだろうか?


少なくとも軍人である以上、国家を守るためには敵国に勝たねばならないし、
その終着点は間違いなく皇帝の打倒であるのだから。





だが、ヤンの理想は前話でも触れたとおりに
「自由惑星同盟の存続」と「講和による一時的な平和」である。


別に誰に話しても問題ないのではと思う方も多数居られるかと思うが、
よくよく考えていただきたい。


帝国が同盟のことを叛乱軍と称しているように、
同盟も専制主義国家の存在を認めていないのだ。


もちろんこれは建前であり、本音が別の所にある事は子供でも判ることである。


だが、建前であっても無視出来ないことはある。




何故なら、それを利用して人を陥れようとする者は数限りなく居るのだから。




そしてこのヤンの思考は人によっては『利敵行為』、
もしくは『敗北主義者』と捕らえるのではないだろうか?



それは今現在は気にするほどの事ではないことかもしれない。
学生の戯言として聞き流される様な内容であるからだ。









だが、もしも今後ヤンが出世した後に引き合いに出されたらどうなるだろうか?







前史においては敵であるラインハルトよりも
味方のはずの人々の方にこそ足を引っ張られたヤンである。
この辺りは慎重になっても当然なのである。


もちろんヤンの中で、すでに相談しても良いのではと思っている人物は多数居る。


かつて最後まで仲間であった『アッテンボロー』や『キャゼルヌ』

人に難題ばかり押し付けて来たものの、人格や能力には疑いの無い『シトレ』

そして親友の『ラップ』・・・






『ワイドボーン』は・・・まぁ置いておくとして





だが、彼らに話をするとして何処から何処までを話せばいいのかも悩む。

少なくとも『自分が未来から来た』などとは絶対に言えない。



そんな事を言えば精神病の疑いを持たれて病院に放り込まれかねない。


もっともこれに付いては未来に起こることを自分が当てて見せることで
信用させると言う方法が無いわけではない。



だが、それは大きなリスクを伴うのだ。

何故なら『本当にそれが未来に起ることである確信が無い』と言う事であり、

それに伴って『未来の情報を当てにしては大きな失敗をする』である。



はっきり言ってしまえばヤンが歴史を変えると決めた時点で
すでに歴史は変わっているのだ。


仮に自分が如何にかつてと同じ道を歩もうとした所で、
世界は自分一人で回って入るのではないのだから・・・




ここでまたアスターテ会戦を引き合いに出して説明しよう。

仮に前話で仮定したとおりに同盟が三個艦隊を集中運用したとして、
それであっさりラインハルトが倒せるであろうか?


答えはやはり否である。


ラインハルトが兵力の集中と迅速を持って戦ったのは、
ひとえに同盟の艦隊が3方に分散していたからであって、
もし同盟側が集中していたのであればそれ相応の戦術を取ったであろうし、

間違っても兵力差がある中での正面決戦などは取らないであろう。

そうなればその時点でヤンの未来知識は無駄になると言うものだ。
(もっとも、兵力分散の愚を犯さなかった時点で当然被害は減るので
 まったくの無駄なわけはないが)




この様に何かを変えれば当然周りの人間の動きも変わるわけであり、
自分が未来で起こると思っていることが必ずしも起こるとは限らない。




それに何より起こって欲しくない未来は変えたいものなのだから・・・



以上のことから、ヤンは自分が逆行したことだけは
生涯を通して誰にも言うつもりがなかった。




ならば、代わりに自分の理想を語るに当たって
説得力がある事を考えなければならない。

ヤンがこの日まで永い間考えていたのにはそう言った理由があり、
そしてそれが文書にまとまったのがこの日であった。

そしてそれは・・・




Prrrrr・・・

ピッ

『ヤン、すまないがちょっと話したいことがあるんだが今暇か?』

「あぁラップ、私も君に話したいことがあったんだ。
 電話じゃアレなんで部屋に戻ってきてくれないか?」



奇しくもラップがジェシカ達とヤンについて相談した日であったのだ。











後にこの日の事がヤン達を特集する番組に置いてこう評された。





『その時、歴史が動いた』と。




---------------
後書き
文書の内容は次回に。
最後の一文は私の趣味です。

なお作者は説明厨です。
自分の考えを事細かに説明するのが大好きです(死)

そしてここまで読めば判ると思いますが、
本作ではキャラの思考を説明する文がやたらと多いですが、
自重はしません、そういう作品だとあきらめて下さい(爆)

まぁ元々ヤンに関してはすぐに考えにふけるキャラだと思ってますが・・・



[15817] 第五話 『魔術師、友を巻き込む』
Name: 斗星◆52051aa0 ID:876a2a6f
Date: 2010/01/31 11:45
かつてこの国には新進気鋭の若手将校たちの一つの集団があった。
それは士官学校の同窓生達の集まりであり、
帝国に対して次々と大きな戦果を上げる彼らの事を、
民衆は熱狂してこう呼んだのであった。


そう、『730年マフィア』と。


そして時は流れ宇宙暦786年、
後に『730年マフィア』と比較されるようになる者達が結束しようとしていた。






第五話 『魔術師、友を巻き込む』



「話は聞かせてもらった、このままじゃ同盟は滅ぶ!」

「な、なんだってぇ!!」








「・・・何をしているんだ、ワイドボーンとアッテンボロー?」

「いやぁ、このヤン先輩の文書で、
一番大事なところは何処かってワイドボーン先輩と議論になりまして・・・」




ヤンは何故こんな状況になっているのか困惑していた。



そう、この状況を一言で言うのならば



『まずラップに相談するつもりが、何故かアッテンボローと
おまけにワイドボーンまで付いてきて、なし崩しに話すことになった』である。

ラップが帰ってきた時にすぐに説明するために、
例の文書を印刷した上に手に持っていたのは迂闊としか言い表せないだろう。
(ちなみにジェシカはここが男性寮なので着いてこなかった)



「それで、実の所はどう思うだろうか?率直な意見を聞かせてほしい。」

ヤンは少々まじめに切り出すと、まずラップが口を開いた。

「正直な話、論文としては良く書けていると思う。
 俺からすればこの意見に反論する事は何一つ出来そうに無いよ」

「だけど、これは少し話しが飛びすぎてやいませんかね?
 なにせ20年以内に同盟が滅ぶ可能性があるだなんて・・・」

ラップは全面的に肯定するが、
話の大きさからアッテンボローはむしろ戸惑いのほうが大きかった。


「しかし実際に『戦士研究科の廃止理由』には説得力があるし、
『軍人の家で戦災孤児を養育する法』と言うのも
ニュースで確か法案にかけられてると言ってたはずだ」

そう答えたのはワイドボーン。
彼は秀才と言われるだけあって社会の動きなどもよく見ていた。




最近の言動からは想像も出来ないかもしれないが・・・



「そうだ。経済的な不安の兆候はすでに出ていて、
そしてそれはやがて社会的なインフラにまで及ぶだろう。」

「そしてその原因は150年にも及ぶ戦争・・・ですか。
先輩は経済学者としてもやってけるんじゃないですかね?」

ヤンの言葉にアッテンボローがそう言うのだが、
「私には向いてないさ」とヤンはあっさりと否定する。

ヤンの文書の内容は実際に15年後を見てきただけに、
アッテンボローがそう言うだけの説得力はあるが、
ヤンからすればそれはカンニングをしたような物で、
そちらの方に褒められてもその様にしか思えないのであった。




ここでヤンの文書について書こう

後に『ヤンの決起状』とも呼ばれるこの文書であるが、
その内容は大きく分けて4つに分かれていた。


まず頭の内容は『戦史研究科の廃止に見られる経済と人材の危機』である。

始めにこの内容を持ってきたのは、
もちろん自分がこの文書を書いたことに説得力を含めるためである。

はっきり言えば、『自分が望まぬ事を強いられたので、
それに関して深く考えてみました』と言う事だ。

そしてその内容はさらに大きく二点に分けられる。

『戦史の研究に金を出せる余裕が政府に無くなった』と、

『軍に置いて階級はピラミッドである必要がある為に士官学校の門を狭めた』である。

前者においては以前にも触れたので、
後者についてのみ少々説明しよう。

一つの艦を操るのに必要な人員を例にとるが、
(艦の種類によって違うが)一艦辺りに必要な人員は約200~300人である。

この中で一般的に仕官と呼ばれる人間がどれだけいるだろうか?



答えは10人にも満たないのである。
(無論艦隊の司令部などがある場合は別)

大抵の場合は艦長と副艦長が仕官(尉官以上)にあたり、
各セクションの責任者でも下士官(曹長など)である。
まぁ空母においては若干話はかわるがここは置いておこう。

つまりは一つの艦を動かすにあたって2人の仕官に対して
298人の下士官・兵が必要だと言い換えてもよい。

これが軍の階級がピラミッドである必要があると言う事だ。



無論、優秀な士官は兵よりも貴重なものである。

だが、戦史研究科は落ちこぼれが集まる科であり、
中には『どうせ徴兵されるなら仕官で』と言う思いから入学するものもおり、
戦時の仕官としては覚悟も能力も足らない者を増やすばかりである。
(なおヤンの存在は例外中の例外である)

しかしそんな彼らでも仕官である以上は給料も、
そして遺族に対する一時金や年金も下士官や兵より高いのだ。



さて、話をまとめるが、

様は『不要な仕官は最初から切捨て、徴兵したほうが良い』
と言う思惑が含まれているという内容なのである。

一つの学科を廃止したくらいで何が変わると思う方もいるだろうが、
年間数百人辺りが今後毎年変ることを考えれば
事の大きさが少しは理解していただけると思う。
(現に士官学校の卒業生はヤンの代で4000人強であり、
 一つの学科辺りの人数はそれほど居るのである。)



さて、ヤンの文書において続いて書かれたのは
『トラバース法に見る更なる社会経済の不安』である。

これに付いては懸命な方ならば言わずもがなであろうが、


こんな法案がまかり通る社会はもはや末期なのである。


年々戦災孤児は増え、その為の施設はパンパン。
そしてその解決策が『軍人の家庭で孤児を引き取る』・・・

政府からすれば施設を作る金を削れ、
孤児にたいする養育費も削れ、(施設だと人を雇わなければならないし)
そして身内が軍人である事から日常的な英才教育を期待でき、
しかも、軍人もしくは軍関係者にならない場合は養育費の返還が必要だ。


この法案が果たしてまともであると言えるであろうか?




これは断じて否である。




何よりもまともじゃないのは、
実の親を戦争で亡くした子供が、



今度は育ての親が戦争で亡くなる危機に常に晒されているのだ。




しかも対象となる軍人はある程度の基準で選ばれており、
(キャゼルヌがトラバース法を管理する職に居たことからもわかるだろう)
親を亡くした子供のことをみな可愛がってくれただろう。




そんな中で2度も親を亡くした子供が、
果たして戦争の相手国を憎まずに居られる事ができるであろうか?





はっきり言おう。



悪質な洗脳と大差ないと。






次に記載されているのは『徴兵による社会的人材の不安』であるが、
これに関してはヤンは前史の経験から記載していた。

かつて単純なミスから交通網が麻痺したり、
官舎の電気が停電した事等を思い返しただけである。
(詳細に関しては割愛するので、気になる人は原作を読み返そう)



そして最後に書かれたのが、
『戦争による今後の社会経済の悪化と戦争の早期終結に向けて講和の可能性』

この部分が冒頭でアッテンボローとワイドボーンが言った
『20年以内に同盟が滅ぶ可能性』に関してである。

そしてここも前の項に続いて、
前史の記憶から記入された内容である。

その内容は『帝国領侵攻作戦』(アムリッツァ前哨)の経験から、
敵国への侵攻の難しさと、敵が焦土作戦を取った場合の危険性。
そしてリスクを避けて国力を貯める為の講和と言う選択肢である。



・・・そしてそれが為されないのであれば、
同盟は社会から崩壊して行くと書かれていたのだ。









ラップはこの文書を読んで軽く冷や汗をかいていた。



そう、この内容は一人で考えるのには重過ぎる



だが安易に人に言えないのだ。


「(おそらく、ヤンは戦史研究科廃止を反対する為にこれを考え始めたのだろう)」

そう考えるとヤンの今日までの様子が全て納得できた。


始めは戦史研究科の存続の為に問題をあげていたが、
考えれば考えるほどに問題が出てくる。



そしてその問題を検証するに、途方も無い事実に当たったのだと・・・


「ヤン、これは発表できる類のものじゃないな。」

ラップのその言葉にヤンとワイトボーンは頷くが、
アッテンボローは一人判らないと言った風であった。

「え?どうしてですか先輩方。」

アッテンボローからすれば父親の影響から
駄目なものはハッキリ駄目だと言うものだと思っている。
それに前史では『伊達と酔狂』で戦争をした革命家である。


だからこそ何故この論文が発表できないのかが疑問であった。


「アッテンボロー、この文書の内容ははっきり言ってしまえば政府批判なんだ。
 言論の自由なんて建前はあるが・・・有害と認定されて黙殺されるのが落ちさ。
 それにこの文書を書いたのが私であるのが不味い。」

「へ?先輩が書くと何か不味い事でもあるんですか?」

アッテンボローはヤンの言葉に納得しつつも、
後の一言の意味が判らずに聞き返した。

「わからんか?俺達は士官学校に入った時点から軍人扱いなんだぞ?」

「あ・・・」

答えたのはワイドボーンだったが、その言葉に今度こそ納得がいく。

民主国家の軍隊は文民統制である事が当然なのだ。
その軍人が政府を批判すると言うことは非常に拙い事と受け取られかねない。
(場合によってはクーデターの恐れありとして、国家反逆罪と取られてもおかしくない)

「そう、だから此れは発表できないと言っているんだ。」

「「「・・・」」」

そう、ラップが締めると、四人の間に沈黙が下りた。





「それで、これを俺達に見せて如何しようと言うんだヤン?」


意を決して確信に触れたラップに対して、
ヤンは静かに語り始めた。


「・・・私はこの文の通りに帝国とはどこかで落とし所を付けるべきだと思っている。
 だが現在の同盟の世論はそれを許しはしないだろう。」


三人はそれに一様に頷く



「何よりそう言う話をする為にはまず発言力が必要だし、
 一人では何を言っても多数の意見によって黙殺される。」

「「「!?」」」



この言葉に三人は驚きの顔をあらわにする。


発言力と言う物は一般的に地位の高さに比例して上がるものだ。
当然それは軍においても変わらないものである。


それは遠まわしには言っているが、
ある意味では誰もが考えること。



だが、それを語っているのは
常日頃から軍人よりも歴史家になりたいと言っており、
そんな事を考えるとは思えない男だ。






「そう、まずは軍部の意見が統一されないようでは駄目だと言うことさ。」



その言葉に更にハッとなる。







そう、そうなのだ。



ヤンはこれを自分達に相談している。




・・・ならば




「かつて、730年マフィアは戦に勝つことによって
 軍人として最高の地位を独占して、
 ・・・そして民衆に絶大な支持を得た。」


引き合いに出されたの730年マフィア。



彼らは士官学校の同窓生である。


・・・それが意味するのは




「つまり・・・私と一緒に軍人としての上を目指して欲しいんだ」


この一言より、歴史は加速する。



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後書き
ヤン『アッシュビーに出来たことが私に不可能だと思うかい?』

アッテン『先輩、それはキャラが違うっす』

はい、十分にヤンらしくないかも知れません(死)
『ヤンの決起状』と合わせて相当な賛否があると覚悟しています。

前史で散々後悔したことと、やる気のせいだと思ってください。

あとはっきり言いますが
作者は『730年マフィア』が大好きです。
(特にアッシュビーと行進曲ジャスパーが)

同盟を勝たせる為に考えの一つとして本作『ヤンの逆行モノ』ではなく、
『アッシュビーの転生モノ』を書こうか迷ったくらい好きです(爆)

ヤンと転生アッシュビーがコンビを組んで帝国に立ち向かう。
何とも心が躍る展開じゃないですか!

・・・誰か書いてくれないかなぁ。


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