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[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? (現実→犬上小太郎憑依・魔法先生ネギま!二次創作)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2011/08/27 01:23
【まえがき】

もともとの遅筆加え、ブランクもあったことから、非常に乱雑な文章となっております。

それでも、読んでくださるというお方は、ぜひ、些細なことでも、お知らせください。

不出来な筆者ではございますが、少しずつでも、改善し、より読みやすく、面白い作品を作っていきたいと愚考しております。


2011/07/25 00:26 1時間目 修正
読者様より、盛大な矛盾点を指摘され読み返したところ、やっぱり間違ってましたので修正いたしました;

2011/08/2 23:58 タイトル 修正
読者様より、タイトルの並びが不適切とご指摘を受けましたので変更したしました。



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 0時間目 有言実行 いやいやいや!!これはなんか違うから!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/08 01:27
ひゅんっ

俺の頭蓋を打ち抜かんと迫る竹刀を、寸でのところで払う。

そのまま距離をつめてくる相手を、真正面から受け止め、相手の速度が無に帰すその瞬間、全霊をもって押し返した。

案の定、たたらを踏んで体勢を崩した相手に、俺は内心で唇を吊り上げた。


貰った、と、そう確信した。


敵を押し返した際に、振り抜いた両の腕は、既に己の頭上高く掲げられている。

無論、己の得物たる3尺9寸の竹刀と共に。

相手が体勢を立て直すより数瞬早く、俺は自らの得物を、今度は敵の脳天目掛けて振り下ろす。

しかし、相手とて素人ではない。

俺が振り下ろした得物を防がんと、不安定な体勢のまま頭上へと振り抜かれる敵の得物。

だがしかし、それすらも想定の範疇。

今度は実際に、唇が釣り上がった。


その“返し”を待っていた!!


無造作に振り抜かれる迎撃は、それ故に、全力の一合。

つまり、二の太刀を無視した、ただ一の太刀のみの剣戟。

ならば道理、その一撃を抑えれば、この打ち合いの雌雄は決する。

振り下ろした自らの両の腕を、敵の得物と衝突する寸前、右へと軌道をずらす。

正面に振り下ろされる一撃が、斜面に振り下ろされる一撃へと姿を変える。

その瞬間、敵もこちらの狙いを看破したことだろう。

しかし、既に遅い。

俺の得物が捕らえたのは、敵が無造作に振り上げた両腕の下。

がら空きになった“胴”。

迎撃のため、重心を固定した敵は、もはやその一撃をかわす術を持たない。

吸い込まれるようにして、俺が放った一撃は、敵の右腹部へと直撃した。


ぱぁんっ


「どぉおおおおおおおおおおっっ!!」


右腹部へ振り下ろした竹刀を、敵の“胴”に当て、打ち抜く“逆胴”。

往々にして、正当でないとされるこの技を、しかしこの瞬間、俺は正当とされる形で打ち放った。

“体”を左へと裁き、地を這わせるように、両の足を擦って、敵の攻撃範囲外へと“間合い”を取る。

決して“気”と“眼”は敵から逸らさぬまま。

俺の“残心”を見届けると同時に、3人の審判が一斉に、赤い旗を振り上げた。


「胴有り!!」


俺は改心の笑みを浮かべ、自らの勝利を噛み締めた。









部活でかいた汗を、シャワーで流すと、俺はすぐに道場を飛び出した。

目指すのは駅前の本屋。

そう、俺は今日、この瞬間ばかりを夢に描いて生き抜いてきた。

発売日には已むに已まれぬ事情から、泣く泣くあきらめた「ネギま!」の28巻。

昨日が小遣い日だった俺は、それを購入するため、目下爆走しているのだった。

え?

俺が何者かだって? 特別重要な気はしないのだが、答えておかないと話が進みそうに無いから、手短に答えておくYO☆

大島 孝太 18歳 市内の公立進学校3年 特技 剣道 一応去年は県大会の決勝まで粘った。

趣味 自宅警備。

以上、俺スペックでした。

ん? 最初のシリアスなバトル展開は何? 

さぁ? 筆者がいきなりこんな電波だったりメタ発言満載だと、読者に引かれるんじゃないかって、ビビッてたんじゃない?

と、そんなわけで、日々文武両道に励む俺だが、決して譲れぬものが一つ。

もう皆さん分かっているとは思うが、俺はオタクなのであった!!(ばばん!!)

え? そんな自慢げにいうことじゃない? うん、分かってる。ちょっと言ってみたかっただけ。

一応部活で必死にやって来た身分だし、中二病とか邪気眼設定はありません。・・・・・・好きだけどもね!!

まぁ、そんな俺が目下、激ハマリしているのが、さっきも言った「ネギま!」だ。

さっきも言った通り、中二病や邪気眼大好き人の俺は、ああ言った学園ラブコメと、シリアスバトルの同居にめちゃくちゃ弱いのだ。

生まれ変わったら「ネギま!」の世界の住人になりたいくらいに!

しばしば二次創作だと、「ネギま!」の世界に転生してしまった主人公は、ネギと距離を置いて死亡フラグを回避する選択をしているけど、俺は違うね!

むしろ積極的に関わって、一緒にネギたちと成長していくことを選ぶね!!

命の危険? そんなものくそ喰らえだ。 

人生は楽しまなきゃ損だろ? 命すら、そのための道具だと思ってる俺にとって、死亡フラグは避けるものじゃなくて、正面からへし折るものなのだ!

もちろん、自分の考え方が若さ故の無鉄砲さだって言うのも分かっているし、平穏に生きられることがどれだけ尊いだってことも分かってる。

それでも、俺はそのぬるま湯に漬かったみたいな生き方に否を唱えたいのだ。

それは俺に流れる武人としての血によるものなのか、単純に、俺がガキだからなのか、どちらの理由によるものかは分からない。

それでも、俺は自身を練磨して、命を削りあう生き方をしている「ネギま!」の登場人物達に共感を覚え、そして共に歩みたいと思う。


ま、全て妄想に過ぎず、それを実現する術なんて、この世には存在しないのだが。


駅前に出るために、俺は視界に飛び込んできた交差点を、走り抜けようと更に速度を上げた。

信号も確認。よし、青信号。

一気に横断歩道を駆け抜けようと道路に飛び出し、俺の意識は闇に飲み込まれた。

信号を無視して真横から突っ込んできた大型トラック。

その無慈悲な走る凶器によって、俺の短い生涯は、一瞬で幕を閉じたのだ。













「おんぎゃあああああああああっ!!!!!!!!!!!!!(ってなんじゃそりゃああああああああああああ!!!!!!!!!!)」


あまりの超展開に、思わず俺は叫んでいた。

いや、叫んだつもりだった。

だというのに、俺の口から飛び出したのは、まるで言葉になっていない、ただの泣き声だった。

それどころか、四肢に力も入らないし、五感の全てがぼんやりしている。

今まで感じたことのない感覚に、俺は再び困惑する。

ここはどこだ? 俺はいったいどうなった?

鈍くはなっているものの、感覚があるところを見ると、どうやら生きてはいるらしい。

しかしながら、以前として自分の置かれている状況は見えてこない。

迷走する思考の渦に埋没しようとしていると、不意に何かに包みこまれた。

温かく、優しく、懐かしい。 そんな温もりに抱かれたせいか、急激に睡魔が押し寄せてきた。

それに抗う術を、今の俺は持っておらず、数秒とせずに、俺の意識は再び闇に落ちて行った。




この時の俺は知る由もなかった。

自らの願いが、思ってもみなかった形で実現していたということに・・・・・・。




















皆さん、こんばんわ、初めまして、お久しぶりです。

さくらいらくさと申します。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

さて、今回の作品、多くの方が思われたことと思います。

「ドコがネギまSSなんだよ!?」と、そう突っ込まれたに違いありません。

まことにその通りでございます。

作者の力量不足により、ネギま的展開は次話よりとなっております。

こんな作者に、もうしばらく付き合ってくださると言う心優しい皆様、是非、次話のあとがきで、またお会いしましょう。






草々










[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 1時間目 愛別離苦 のっけから重たい予感が・・・・・・
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2011/07/25 00:26
おっす!おら大島 孝太!ってそこ!! 何か痛々しいものを見る目でこっちを見ない!!

いきなり序章で主人公死亡!! ってことで、きっと皆さんこのパターンに気がついていただけたのはないかと思う。

うん。そう、その通り。生まれ変わっちゃったんだなぁ、これが。

うん。そう、それも望み通り「ネギま!」の世界に。

いや、男は度胸!何でもやってみるもんだ、って言うけど、まさか、本当にこんなことになるなんてね。

しかもね、こういう転生って、普通原作に登場しないオリキャラになるって思うだろ?

それがね、これは俺にも誤算だったわけよ。俺だって原作に関係ない方が、動きが取りやすいとか、思ってたよ。

なのにね、バッチリ原作キャラに憑依しちゃいました。それも、とびっきりの爆弾に。

いや、理由はなんとなく想像がつくんだ。多分、性格が一番似てたから。

負けず嫌いなところとか、相手が強いって分かると、白黒つけないと気が済まない性格とかね。

え? もういいから、誰に憑依したか教えろって? OK、そうしよう。

俺が憑依した相手。それはなんと、ネギのライバルキャラ。


『犬上 小太郎』。その人だった。


もうちょっと、動きが取りやすいキャラにして欲しかったです・・・・・・。





俺が犬上小太郎として生まれて、8年が過ぎた。

家族は母と、父親が違う兄の3人暮らし。

比較的小さな呪術師の隠れ里のようなところで、俺は兄のもとで自らの戦闘技術を磨きながら過ごしてきた。

いやもうね。半妖の身体の凄いの何のって。

もともと俺は、剣道をやっていたおかげで体捌きと、戦闘に際して相手の先を読む洞察力「心眼」とでも言えばいいかは、人より優れていた自信がある。

それを、この体は完全な形で生かしきってくれる。

俺が長年描いていた理想と、寸分違わず肉体が反応してくれるし、体力的にも現時点で全盛期の俺を数十倍に凌いでいる。

気がつけば、8歳にして体術的には村の誰も敵わないほどになっていた。

といっても、兄が召還する前鬼、後鬼相手には、流石に10回に1回勝てるかどうかという勝率。

それでも虚空瞬動、浮遊術、挙句に簡単な忍術なんてものも習得済み。

分身はマックス16人までいける!! まぁ、ほぼ完全な影分身ってなると未だ2人が限界ですが。

今までの話を聞いていて分かった人もいると思うが、俺の兄は呪術師である。

で、母も当然呪術師だが、二人は戦闘に特化したスタイルの呪術師だったため、ある程度の体術も納めているのだとか。

おかげさまで、気とか犬神とか使えるようになる前は毎日フルボッコでしたとも・・・・・・。

兄の父上も当然呪術師だったが、所謂“大戦”で帰らぬ人となったそうな。

俺の親父は、母上が召還した妖怪の中にいた狗族の長がそうなのだとか。

馴れ初めについて詳しくは聞かなかったが、随分と人間臭い不思議な妖怪だったようだ。

そんなこんなで、俺は「桜咲 刹那」のような迫害を受けることもなく、概ね平穏に日々を謳歌していた。

予想していた命の危険。生と死が紙一重で交叉する、そんな戦場に身を投じることもなく。

原作の犬上小太郎が何故天涯孤独となったのか、その理由の片鱗すら、俺には欠片ほども見つけられなかった。

だからだこそ、油断していた。

まさか身内から、そんな危機的状況を突き付けられることになるなんて。



その年の冬、俺の兄は一族に反逆する。



理由? そんなもの俺が知るわけがない。

過程はどうあれ、兄は集落にいた全ての一族を虐殺した。

母によって、結界を張った納屋に匿われていた俺は、茫然と、圧倒的な暴力によって命を刈り取られていく人々を見つめていた。

燃え盛る民家、木霊する悲鳴、闇に咲く血華、その全てを他人事のように見つめていた。

最後に俺の母親が殺されて、俺はようやく納屋から出ることが出来た。

何故、今まで出ることが出来なかったのか。そんなの決まってるだろ?

俺が兄の前に立ちはだかったところで、何一つ出来ることは無いと、本能で悟っていたから。

それでも、全ての者が死に絶えた世界で、俺は迷い無く兄へと、その足を進めていた。

兄は俺に気が付くと、感情のまったく映らない瞳でこう言った。


「ああ、生きとったんか。この炎で焼け死んでると思ってたで。まぁ、自分何か生きてても何もできひんけどな」

「っ!?」


何一つ言い返せず、ただ息を呑んだ俺を、兄は今度は明確な感情を湛えた瞳、すなわち、つまらないといった瞳で見つめた。


「しょうもないな。自分、死ぬのが怖いんか?ほんまにしょうもない奴や。口では何と言っても、結局は死ぬのが怖いやなんて」

「・・・・・・」


兄の言う通り。俺は今、自分が死ぬかもしれない状況に立たされている。

しかし、兄は一つだけ思い違いをしていた。

俺が死を恐れていると、兄はそう言った。

それは違う。俺は命を賭した戦いを臨み、その為に練磨してきた。

今更、死など恐れる道理はない。


「・・・・・・ちゃうで、兄貴」

「?」


俺が恐れているのは、そんなくだらないことじゃない。


「俺が怖がってんのは、死ぬことやない・・・・・・一度も“戦い”を知らんままに死んでいくことや」


俺はまだ、“戦って”いない。

何一つとして、望みを果たしていない。

そんな様で、どうして死ぬことができるだろうか。

兄の瞳の色が再び変わった。

退屈、を示す虚無から、愉悦、を湛えた眼光に。


「くくっ、ははっ・・・・・・やっぱ自分、どっかおかしいで? 流石、半妖やな。人間とはまるでちゃう」


兄は、手にしていた一振りの太刀を投げてよこすと、心底愉快そうに笑った。

慌てて投げられた太刀を受け止め、訝しげに、兄の表情を伺う。


刹那、兄の姿がぶれた。


「!? ごがぁっ!!!!!!」


気がついた時には俺は、太刀を握りしめたまま、10数mほど蹴り飛ばされていた。

とっさに気で肉体を強化したというのに、胃の中が全てひっくり返ったような吐き気に思わずのたうつ。


「ほぉ、離さんかったか。まぁ、そりゃ大事にせんとな。そいつはな、自分の親父の牙から打った太刀なんやて。昔お袋が嬉しそうに話してくれたわ」

「ぐっ、えぇっ! ・・・・・・はっ、はぁっ、そ、れが、ど、ないやっちゅうねん!!」


何とか呼吸を整えて、兄を睨みつけ凄む。

実際、見え見えの虚勢だ。兄がその気になれば、俺は一瞬で塵芥と化すだろう。

それでも、俺は何もせずに屈することだけはしたくなかった。


「まぁ聞けや。そいつは、自分にくれてやる。どういうわけか、わいには抜けへんかったしな。その代わり、自分は必ず生き延びてわいに復讐しに来るんや」


どや、面白そうやろ?と、兄は心底楽しそうにそうくくった。

・・・・・・ああ、そうか。

こいつは結局、どこまでも俺の兄なのだと、そう思った。

この殺戮も、結局はそういうこと。単純に誰が、一番強いか、それをはっきりさせたかっただけ。

つまり、俺は、その雌雄を決する舞台にすら上がれていないということ。

だから生かす。その牙を磨き、この喉元に喰らい付けるようになれと。


「じょう、だんやない!! 他人に生かされるやなんて、真っ平ゴメンや!!」

「凄むなや、クソガキ。 自分に選択権なんてあらへん」


そう言って、兄は踵を返し歩き始める。

逃がすものかと、俺は駆け出そうとして、膝から崩れ落ちた。


「ぐっ、なんでや!っなんで!?」

「殺すつもりで蹴飛ばしたんや。むしろ生きてたことを褒めたるわ」

「・・・・・・俺はまだ、負けてへん!! 負けてへんからな!! クソ兄貴!!!!」

「ああ、そうや。わいらの兄弟喧嘩は、今始まったばかりや。・・・・・・必ずわいを殺しにこい、小太郎。」

「その首、必ず喰い千切ったる!! 喰い千切ったるっ!!!!!」

「その意気や。わいを失望させてくれるなや。自分がつよぉなるのを、首をながぁくしてまっとるさかい」



その言葉を最後に、兄の姿は霞のように消え、同時に俺の意識も闇に落ちた。

母の形見だという、父の牙を握りしめたまま。




















皆さん、こんばんわ、初めまして、お久しぶりです。

さくらいらくさと申します。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

プロローグのテンションから一転してのシリアス展開に、多くの方が思われたことと思います。

「この作品(作者)、本当に大丈夫か?」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

まことに、弁解しようもございません。

今後とも、作者の妄想を交えつつ、緩急の激しい作品展開となることが予測されるため、お眼汚しと感じられた方は、遠慮なく感想掲示板にてお知らせください。

自重する、かもしれません。

感想掲示板に起きましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それでは、次回のあとがきに、皆様がまたいらっしゃることを期待しつつ、今日はこれにて失礼させていただきたいと思います。



草々











[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 2時間目 合縁奇縁 原作が崩壊し始めたようです
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/08 01:28
気が付くと、俺は見知らぬ部屋に寝かされていた。

どことなく気品溢れる和風建築。

鼻腔をくすぐる藺草の香りが、その気品が本物であることを再認識させる。

いったいここはどこだ?

俺は燃え盛る村で、意識を手放した筈だ。

それが、室内で目覚めたということは、何者かが、俺を保護、或いは監禁したということ。

原作知識から、思い当たる人物は何人かいるが、まったく見知らぬ人物に保護された可能性も捨てきれない。

“修学旅行編”天ヶ崎 千草に雇われていた経緯を考えれば、そこまで悪意ある人物に拾われた可能性は低いが、だからといって善人に拾われている可能性も高くは無い。

もっとも、俺があの「太刀」を受け取った時点で、多少なり歴史に歪みが生じている可能性もある。

原作通りにことが進むと、そう決め付けるのは軽率だろう。

そこまで考えて、俺は重要なことに気が付いた。

父の牙が見当たらない。

見渡す限り、この室内のどこにも、それらしきものは見当たらない。

原作の小太郎が、何も得物を持っていなかったことを考えると、さして重要な品には思えない。

しかし、あの太刀は、母の形見であり、父の顔すら知らぬ俺にとって、唯一親子の絆と呼べる品なのだ。

ここで失っていい代物ではない。


「探し物はこの太刀でしょうか?」


必死になって部屋を引っ掻き回していると、不意に声を掛けられた。

気が動転して、周囲に対して注意が散漫になっていたようだ。

ここまでの接近を許してしまうなんて。

もっとも、それは、この男が一流であることの裏返しでもある。

獣の血が流れる俺に、気配を察知させないほどに、気を抑えることが出来ているのだから。

それはさておき、どうやらこの男、俺の太刀を所持しているらしい。

その真偽を確かめるため、俺はゆっくりと振り返り、絶句した。

そこに立っていたのは、俺の拾い主としては、もっとも想定外の人物。

いや、小太郎が近衛の総本山にいた時点で、何らかの接点があることは明白だった。

それでも、恐らく原作では、このような形では出会っていなかっただろう。

既に、シナリオは俺の予想を離れ、紡ぎ出されているのだ。

開け放たれた襖。そこから覗く廊下に、黒い鉄拵の鞘に収まった2尺7寸の太刀を携え、穏やかな笑みを湛え、その男は立っていた。

関西呪術協会会長にして、サムライマスター。

二界にその名を轟かせた、紅き翼がその一人。

日本において、間違いなく5指に数えられる、最強の一角。

近衛 詠春。その人だった。


「どうやら大切なもののようですね。 私には抜くことすら叶いませんでしたが」


そう言って、西の長は、躊躇うことなく、俺に太刀を手渡した。

・・・・・・こいつ、正気か? いくら子供とはいえ、正体不明の半妖に得物を渡すなんて。

サムライマスターの名が聞いて呆れる。

そんな俺の考えを見透かしてか、彼は苦笑いとともに告げる。


「これでも人を見る眼はあるつもりですよ? 君は一宿の恩を仇で返すような人間ではない、そう思ったんですが」


違いますか、と、西の長は念を押した。

・・・・・・前言撤回。この男、とんだ食わせ物だ。

そんなに風に言われては、こっちは手を上げざる終えない。しかも、さりげなく恩を売っている辺りが、余計に性質が悪い。


「・・・・・・助けてくれたことには、礼を言っとくわ。おおきに」


今気が付いたことだが、俺の腹部には丁寧に包帯が巻かれており、何者かに手当てされた形跡があった。

それも含めて、俺は頭を下げた。

そんな様子を見てか、今度は含みの無い笑いを漏らして、長が言う。


「ふふっ・・・・・・思った通り。君はなかなかにまっすぐな性根を持っているようだ」

「褒めても何もでぇへんで? んで、あんた何者や? ここはどこや? 何で俺を助けた?」


矢継ぎ早に質問を投げかけると、今度は困ったように苦笑いして長は言った。


「そう慌てないでください。私は関西呪術協会、その長を務める、近衛詠春という者です、そしてここはその総本山」

「近衛詠春て、サムライマスターかいなっ!?」


一応、驚いておく。向こうにしてみれば、こちらは何も知らない半妖の子供だ。

下手に落ち着き払っているよりは、オーバーに驚いて見せた方が、怪しまれずに済む。

そう思ってのリアクションだったのだが、流石にオーバー過ぎたか?


「そのように呼ぶ者もいますが、私としてはその名は返上したつもりです。寄る年波には勝てなくて・・・・・・」


・・・・・・おーけー。怪しまれてない。というより、この長、本当に大丈夫か?

一組織の首魁にしては人が好過ぎないか?

おかげさまで、あの虐殺からこっち、シリアスモードになってた頭がようやく、持ち前のペースに戻ってきたが。

そんな呆れはおくびにも出さずに、俺は努めて冷静に話を繋げた。


「・・・・・・本物かいな。何でそないな大モンがいきなり出てくるんや?」

「それに関しては、運命の悪戯とでも言いましょうか、私が君を拾ったのは、ただの偶然です」


しれっ、と、本当に何でもないことのように言ってのけた長に、俺は少し頭にきた。

何処を、如何すれば、あの惨劇の村に偶然居合わせ、偶然俺を拾うというのだ。

何より、あの死臭立ち込めた世界で、多くの屍を見捨て生き残った俺の命が、ただの偶然だと言われたことに腹が立った。

死した者の命を、軽んじられたように感じて。

怒気を隠そうともしない俺に、少し慌てたように、長は繕った。


「そもそも、私は現場に立ち合わせた訳ではありません。陰気の異常な上昇を感じて、調査に向かった者からの報告を受けただけですから」


それを聞いて、ようやく得心がいった。

彼はあの地獄を直接目の当たりにしたわけではないらしい。

もちろん、紅き翼時代には、その程度の惨事、いくらでも経験してきたことだろう。

だからこそか、俺の幼稚な怒りに、彼は何も言わず話を続けた。


「私は、保護された半妖の子供、という情報に興味を抱いて、君に会いに来ただけに過ぎません。言ってしまえば、個人的な感情というやつですね」

「半妖なんて、そんな珍しいもんとちゃうやろ? 何でわざわざ、西の長自ら会いにくんねや?」


彼が、わざわざ俺に会いに来た理由が、本当に個人的な感情だったとして。

それでもなお、何故彼が俺にそこまでの興味を抱くのか、という疑問が残る。

桜咲 刹那の存在も考えると、この長にとって半妖は、たいして珍しいものではないと考えられる。

他の個人的な感情で思いつくことといえば・・・・・・ガチホモフラグとかじゃないよね? それだけはマジで勘弁してください!


「何やら、多大な誤解をされているように感じるのですが・・・・・・」

「・・・・・・気のせいや。んで、結局俺を拾った理由ってなんなんや? 奥歯に物が引っかかったみたいに言わんと、はよ教ぇや」


俺の思考を感じてか、冷や汗を流していた長。

俺が先を促したことで、その表情は一変する。

その真剣な眼差しは、彼が英雄たることを雄弁に語っていた。


「・・・・・・君が眠っている間に、いろいろと調べさせていただきました。失礼を承知であなたの記憶も覗かせていただきました」


記憶、という言葉に、一瞬心拍数が跳ねた。

原作知識について、知られてしまったのではないか、と、そう懸念した。

しかし、それに関しては随分前に答えは出ている。

まだ母が存命だった頃に、リスク覚悟で何度か俺の記憶を覗いて貰ったことがあるのだ。

その際、原作知識に関しての記憶、或いは俺の前世に関しての記憶は、一切垣間見ることは出来なかったらしい。

かなり婉曲な質問だったが、母に対して、数十回に渡り検証してきた結果なので間違いないだろう。

それでも、身構えてしまうのは、小心者の悲しい性である。


「すみません。やはり気分が良いものではありませんよね。しかし、一組織を預かる者として、抱える物の危険性を推し量る必要があったのです」


どうかご理解ください、と、長は深々と頭を下げた。

オーケー、俺の反応を良い方向に勘違いしてくれたらしい。

もうその方向でいいから、さっさと話を進めてくれ。


「別に構へん。んで、覗いた結果、あんたは俺を如何したいんや?」

「結論から言うと、しばらくはこの本山で暮らしていただこうかと思います」

「は?」


今、何とおっしゃいましたか?

この本山で暮らせ?

Why?

いや、確かに見た目8歳だし、半妖だし監視付きの軟禁生活とかは全然予測してましたよ。

しかし、だからといって、本山の中にいろなんて言われるとは、誰が予想し得るだろうか。

別に本山の中で暮らすことに不満があるわけではない。

武術・剣術や呪術の知識を得る上では、恐らくこれ以上の環境は用意できない。

そういった意味では、長の提示した内容は、願ってもない、美味しい話だった。

もちろん、何の理由もなしに、英雄の一人、サムライマスターがそんなことを言い始めるとは思えない。

だからこそ、この美味しい話には何か、裏がある。

そう結論付けて、俺は長に先を促した。


「・・・・・・ええんか? 俺みたいな半端者をこんなところにおらせて?」


そう続けた俺を、長は感心したように見つめて言葉を繋ぐ。


「・・・・・・やはり、年の割には良く頭が回る。確かに君の言う通り、反発する者も出てくるでしょう。表向きは監視のためとさせていただきます」


窮屈な思いをさせてしまい、すみません、と本当に申し訳なさそうに、長は再び頭を下げた。

・・・・・・いや、このおっさんマジでイイ人だわ。

普通、8歳のガキ相手にここまで真摯に対応するか?

まぁ、俺の記憶を覗いて、俺の精神年齢が並の8歳と同等ではないことを踏まえての対応だろうが。

それにしても、ここまで丁寧だと本当、疑って掛かってることが、むしろ申し訳なくなるね。

ごめんね。けど、あんたの目的が分かるまでは、気を抜いてはいけないって、俺のゴーストが囁くんだよ。

だからさっさと結論を言え!!


「で、俺を保護する条件は何や?」

「いえ、何も危険なこと押し付けようなどとは思っていませんよ。・・・・・・ただ、友達になってほしいのです」

「HA?」


おい・・・・・・いま、この男、なんつった?


『友達になってほしいのです』とか抜かさなかったか?


「・・・・・・スマンけど、俺にそっちの趣味h「違います!!」・・・・・・じゃあ、なんやっちゅうねん!!」


それ以外の意味には取れませんでしたよ!!

どう考えても『俺達、友達から始めようぜ』敵なノリだったじゃねぇか!!


「すみません。少々急いていたようです。実は、この屋敷には君の他に半妖の子どもを預かっていまして」


ああ、なるほどね。

桜咲 刹那のことか。確かにこの時期、原作では西で神鳴流の修行に励んでいたんだったか?

・・・・・・あれ? 何かおかしくないか? 

確か原作で刹那は、中学入学と同時に麻帆良に転入したんだったよな?

俺と刹那は5つ違いだから、現在、刹那は13歳のはず。

とっくに麻帆良に旅立って、お嬢様を影ながら見守ってるはずの年齢じゃなかったか?

まぁ、これも、俺と言うイレギュラーが引き起こした齟齬かも知れない。

黙って事の成り行きに身を任せよう。

つーか、ぶっちゃけ今の俺には何もできないし☆

・・・・・・自分で言ってて悲しくなってきた。


「つまりは、そのガキの友達になれっちゅうことかいな?」

「そういうことになりますね。年齢は君と同じ8歳ですし「はぁっ!?」どうかしましたか?」


長の爆弾発言に、俺は思わず声を上げてしまった。

いやいやいや!!

今のに突っ込まないってのは無理でしょうよ!?

だって、何て? 桜咲刹那が、俺と同い年だって?

原作クラッシュするにもほどがあるっちゅうねん!!

ん? 待てよ。長は、半妖の子供の名前が、桜咲刹那だとは、一言もいってないよな?

もしかして、桜咲刹那以外に、半妖の子供がいて、そいつと仲良くしてほしいって言ってるという可能性もあるんじゃないか?

俺は意を決して、長に尋ねてみることにした。


「そいつ、何ちゅう名前や?」

「? 桜咲 刹那という子ですよ?」


うっわー☆

マジでか!?

どんだけ原作を打ち壊したいんだよ・・・・・・。

しかも、俺がフライングで生まれたのか、刹那の出生が遅かったのか、はっきりしていないミステリー。

刹那だけが以上に遅く生まれてたら、本当に今後の展開が読めなくなってしまうな。

早いうちにはっきりさせておく必要があるだろう。

なんて、思考の渦に陥ってる俺を他所に、長は勝手に話を進めていく。


「少々思い込みが強い部分はありますが、根は優しい娘です。君とならきっと仲良くできると思うのですが、どうでしょうか?」


・・・・・・うん。やっぱあんた、組織の長に向いてないわ。そんな小娘一人の行く末に、そこまで苦心してどうするよ?

もちろん、彼女に自分の娘このかという枷を嵌めてしまったことに、罪の意識があるのかもしれないけど、それすらも割り切るのが、上に立つものの責任でしょうに。

もっとも、そんな長のお人好しっぷりに、好感を覚えてる時点で俺ももう負け組みというか、同類ですが。

いいだろう? 誰だって幼い娘には甘くなってしまうものなのさ。・・・・・・そこ、ロリコンってゆーな。

何にせよ、俺の答えは既に決まっている。

どの道、人より頑丈なだけで、ただの子供である俺は、ここで保護される以外に選択肢はない。

それに、今後の展開も考えて、刹那と顔見知りになっておくことに、メリットもある。

死亡フラグ? 上等だ。元より、俺はそれを真正面からへし折るつもりで生きてきたんだから。

・・・・・・しかしまぁ、言いたいことは言わせてもらいますよ? 西の長さん?


「別に構へんけど、あんた一つおかしなこと言ってるで?」

「?」

「友達はなろう思ってなるもんとちゃう、気が付いたらなってるもんやろ?」

「!! 確かに・・・・・・君の言う通りですね」


年齢不相応な、シニカルな笑みを浮かべる俺に、長は穏やかな笑みを浮かべて言った。そこ、中二病とか言わない。

まぁ何にせよ、これで当面の衣食住は確保された。

今は胸を撫で下ろしておくべきだろう。多分に前途は多難だが、それでも、俺は挑むための基盤を、手に入れたのだから。











『・・・・・・必ずわいを殺しにこい、小太郎。』











奴にやられた腹の傷が、短く、しかし明確に脈動する。

そう、俺は今度こそ挑むのだ。あの男に。母の、村の、敵に。

かつてそう願ったように、今一度願う。強く、強く在りたいと。

勢い良く、俺は右手を長に差し出した。


「犬上 小太郎や。これからよろしゅうたのむで」


自らの名に誓うかのよう告げる。強く、強くなると。



















皆さん、こんばんわ、初めまして、お久しぶりです。

さくらいらくさと申します。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

さて、前話からの異常な展開速度に、多くの方が思われたことと思います。

「作者、妄想自重w」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

一重に、作者の不徳のいたすところでございます。

まことに申し訳ございません。

しかしながら、そんな作品傾向でも、少しでも皆様に楽しんでいただけるよう、日々練磨を絶やさずに、執筆していきたいと思っております。

さて、ここで私的なお知らせを一つ。

次回の更新は少し時間が空いてしまう恐れがあります。

私の作品を楽しみにされてる方が、大勢いるとはとても思えませんが、もし楽しみにされてるかたがいらっしゃるのならば、大変申し訳ございません。

お詫びは、作品の向上、という形で捧げさせていただきたいと思っております。

さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。



草々



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 3時間目 一触即発 おっもーいーこんだぁらっ♪とか笑えないし! 
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/08 01:28
とりあえず、俺の根城が完成して二日が過ぎた。

いや、もちろんあてがわれた部屋に、日用品やら家具やらを運び込んだだけですけどね?

あてがわれたのは、この屋敷には珍しい洋室で、きちんと鍵も掛かります。

素人所見ですが、監視のためのカメラ、盗聴器、探索魔法、結界の類は見当たりません。

ちなみに、この二日間、長は何かと世話を焼いてくれました。

本当にそっちの気があるんじゃないかと怖くなってきましたとも。

長以外にも、何人か呪術協会の人とお話をさせていただきました。

あからさまに嫌悪感とか、侮蔑感のこもった目で見られました。半妖だからでしょう。

大分イラっとしたのでガン飛ばしておきました。

俺がいた村が、つくづく俺に優しい環境だったのだ思い知りました。

以上、近況報告でした。

え?そんなことより、刹那はどうしたって?

まだ会っていませんよ? え? いやいや、こっちも身辺整理とかで忙しかったですし。

あ、でも、今日の午後には、長が彼女のところへ連れて行ってくださるのだそうです。

もちろん向こうにもその旨は伝えてます。

あまり同年代の知り合いがいないため、そうとう刹那ちゃんはテンパッってるのだとか。本当胸キュンです。

あ、ちなみに、俺と刹那が同じ年齢だった件について。

どうやら、俺が完全にフライングしていたようです。長の娘さんも同い年だと、長が嬉しそうに教えてくれました。

このかは既に麻帆良にいるようです。



・・・・・・さて、状況報告はこれくらいにして、長がくるまでの行動予定を立てるとしよう。

部屋でゆっくりしていても良いのだが、あまりじっとしているのは性に合わない。

散歩にでも出かけようか?

長から、本山の結界内であれば、好きに行き来して構わないと言われてるしね。

3日も安静にしていたせいで、いい加減体もなまってきているし、リハビリがてら散策してこよう。

俺は太刀台に飾ってあった父の太刀を手に取り、実に子供らしく、元気いっぱいに部屋を飛び出した。







気が付くと、俺は見知らぬ森の中に立ち尽くしていた。


「・・・・・・まぁ、ちっとは予想してたけどな」


THE 迷子☆

マジで有り得ねぇー・・・・・・。

とゆーか、本山半端無く広ぇー・・・・・・。

いや、興味本位で山道の方に踏み出した俺が悪いんだけどね?

しかし、周囲を見渡しても、ここが何処なのか皆目見当も付かないとは、どれだけ遠くに来たんだ?

既に道らしい道は姿を消しており、俺の周囲は生い茂った木々によって埋め尽くされていた。

本殿の付近なら、狗族クオリティな嗅覚でお香の匂いなんかを辿って戻れるのだが、ここまで山間だとそれも困難だ。

さて、本当にどうしたものか・・・・・・。







――――――――ヒュンッ


「! 刀の風切り音?」


確かに聞こえた。聞き間違うはずの無い、太刀や刀特有の、紙を擦る様な風切り音。

これまた狗族クオリティの俺の聴覚が聞こえたというのだから間違いない。

この音が聞こえる先には必ず人がいるはずだ。刀も太刀も、人間がいなければ振るわれることは無い代物だしな。

本山の結界内であることから、悪意ある輩ではないと考えられる。

おそらくは神鳴流の剣士が稽古でもしているのだろう。

俺は藁にでもすがる思いで、音がした方向へと駆け出していた。

生い茂る緑を、掻き分け掻き分け進んでいくと、急に視界が開けた。

そこには、お屋敷と同じ建築様式の、広い石畳の空間が広がっており、ここが屋敷の近くであることを伺わせる。

良かったぁー・・・・・・無事に戻ってこれましたよ。





――――――――チャキッ

「!?」


安堵したのも束の間。背後から聞こえた金属音、恐らくは、自らの得物を構える音に、俺ははっとなって飛び退いた。

空中で姿勢を制御し、相手と対面となるように、振り返りながら着地する。

無論、すぐに戦闘に移ることが出来るよう、前傾で両足着地することは忘れない。

うん、俺ってば戦士の鑑だね☆



・・・・・・なんて、冗談言ってる場合じゃない。


俺はすぐさま相対する得物の持ち主を睨み付けた。


「!!!!」


そして見事に絶句する。

そりゃあそうだろう。誰だって同じ状況になったら、似たようなリアクションをとるに違いない。

俺に無遠慮な敵意を振りまく相手、その相手に見覚えがあったのだ。

幼い体躯に、病的なまでに白い肌。

艶やかな黒髪を、左側で片結びに。

意志が強そうな、鋭い双眸で睨みを聞かせ、その体躯に不釣合いな野太刀を構える彼女は紛れも無く、彼女だった。


桜咲 刹那。


長がその将来を憂える少女は、どういう訳か、今俺に向かって全開の殺気をぶつけてくれていた。

なんでさ・・・・・・。

いや、確かに神鳴流剣士かな?とか思ったけどさ、彼女だなんて思わなくない?。



「・・・・・・貴様、妖の類だな?」


呆然としていると、唐突に声を掛けられた。

もちろん、えらくドスの利いた低い声です。いや、幼女が無理して低音出してるから、むしろ微笑ましい感じではあったけどね。

しかも、なにやら彼女、俺を本山に侵入した妖怪か何かと勘違いしてるらしい。

気付いて欲しい。

ここが西日本最強の魔法集団の巣窟だということに。

英雄クラスの魔法使いでもない限り、その結界は破れないということに。

そもそも、俺は妖怪ではないということに。

何て、考えてたところで埒が明かない。一先ず、今は誤解を解かないと。何か、刹那の表情がますます険しくなってるし!


「誤解や!! 俺は怪しいモンとちゃうっ!!」

「怪しい輩は、総じてそう言うのだ!!」

「・・・・・・」


あるぇー? むしろ事態が悪化したくない?

まぁ、確かに自分から怪しい者です、なんて言う奴いないもんね。

って、落ち着いてる場合じゃない! 何とかここを切り抜けないと、今にも刹那は切り掛かってきそうな勢いですよ!?


「少しでええ! 話を聞いてくれ!」

「・・・・・・問答、無用!!」


本当に切り掛かってきたーーーーー!!!!!

しかも、初太刀から“抜き”“入り”完璧な瞬動術とは、年齢を考えると、誠に恐れいる。

反射的に身を屈め、身体を前方へと投げ出した。

瞬間、禍々しい凶器が、俺の居た空間を、その空気ごと切り裂いていった。


「っち! 遠慮なしかいなっ!!」


どうやら、本気で刹那の奴は俺を切り捨てるつもりらしい。

躊躇していては、俺は本当に切り殺されるだけだろう。

純粋な実力で上回っていても、それを振るわなければ意味が無い。

殺意を以って凶器を振るう者と、敵意無く技を躱すだけの者では、後者は嬲り殺しになるだけだ。

それを分かっていてなお、俺は戦うことはしたくなかった。

彼女が同類半妖であるということと、立場の問題からだ。

俺はこの本山で監視を受けている存在だ。修行の名目で刀を振るうことが許可された彼女とは違う。

俺がここで自らの力を振るうこと、それは最悪、長への反逆の意思と、こじつけ染みた解釈をされる恐れさえある。

そんな状況下で、力を振るう覚悟が、今の俺には足りていなかった。

こちらの心情を露知らず、刹那は容赦無しに、俺の命を刈り取らんと、無骨な野太刀を振り抜く。


「斬空閃!!」


圧縮された“気”の刃。濃密な死臭を放って肉薄するそれを、紙一重で躱す。

しかし、その俺の動きは相手にとって想定内の“捌き足”。

ならば王手を書けるための一手は、その脳裏において、既に顕現している。

瞬動にて、俺の右側面へと現れる刹那。その腕から、数十に及ぶ殺戮の剣舞が放たれた。


「百烈桜華斬!!」


俺の身体を取り囲むようにして放たれる致死の牢獄。

退路は絶たれ、俺は為す術も無く切り刻まれるだろう。

そしてその瞬間は、その繰り手の名の通り、ほんの“刹那”先に訪れる。



だというのに。

――――――――ドクン

性質の悪い勝負癖が、鎌首を擡げる。


――――――――ドクン

俺の武人としての本能が、告げる。


――――――――ドクン

刃を抜け。


――――――――ドクン

戦う意志を示せ。


――――――――ドクン

三度目の死の予感。今度は・・・・・・


――――――――自らの手で叩っ斬って見せろと。



「っらぁぁぁあああああああああああああっ!!!!」

父の牙。

その鉄拵の鞘から、無造作に刀身を振り抜く。

瞬間、鞘は狗神のような影となって霧散した。

問題ない、鏡のように磨き挙げられた刀身は問題なく振り抜かれた。

ならば技も理なく、叩きつけられる全ての斬撃を叩き落すまで。 

上払い、下払い、横薙ぎ、袈裟、逆袈裟、ありとあらゆる角度、速度を持って。

二閃、払い損ねた。


「っつぅっ!?」


右頬、左肩を、それぞれ掠めるが、それは致命傷には成り得ない。

技の特性上、この局面にて追撃は無い。ならば、と、俺は瞬動術で大きく飛び退き、間合いを取る。


「っは!!?」


取ろうとして、唖然とした。

            ・・・・・・・
あろうことか、俺の身体は飛び過ぎたのだ。


想定していた距離のおよそ2倍。言葉にすればただ二文字だが、武人として、その認識の齟齬は有り得ないのだ。

これには、流石の刹那も呆けたようにこちらを見て立ち尽くしていた。

一体何が、と周囲を確認しようとして気付く、俺の周囲を漆黒の風が覆っていることに。

おそらくは、これが父の牙、その能力なのだろう。詳しいことはさておき、これは俺の“体捌き”を補助する、そういうもののようだ。

ならばやはり、何も問題ない。いつもより身体がキレ過ぎる。それに何の不都合があるだろうか。

今度はしっかりと、両の手で柄を握り、中段にてその剣先を相手の咽を貫く形に突きつける。

その気迫に、刹那が一瞬身じろいだ。

それは、およそ9年ぶりに取った、正当たる正眼の構えだった。

加えて、転生して初めて、太刀を振るっているというのに、どういうわけか、柄の握りは妙に俺に馴染む。

どうやら、俺は戦士である前に、武人である前に、何処までも剣士だったようだ。

気が付けば、これだけ極限で命を凌ぎあっているにも関わらず、俺の口元には、笑みが浮かんでいた。

それもそのはず。

俺は、この命の削り合いを、心の底から愉しんでいた。

初めて感じた戦いの張り詰めた空気が、

剣と剣とが交叉する甲高い太刀音が、

風を切り頬を撫でる刃風が、

俺を倒さんと突き刺さる敵の眼光が、

全てが、心地よかった。


「・・・・・・俺も、たいがい変態やな」


自らを嘲って、俺はその剣線を敵の咽下からから右後方へと構えなおす。

所謂“脇構え”の姿勢にて、全身に纏った“気”を高めた。

対して、刹那は俺に呼応するかのように、八相の構えに携えた野太刀に纏う“気”の密度を高めていく。

どういうわけか、いつのまにか、彼女の唇も両端が釣り上がっていた。


「ようやくその気になったか・・・・・・しかし、この一撃で全て終わらせる」


やはり、彼女も武を志す者。強敵との出会いに、心踊らぬ謂れは無いようだ。

だからこそ、改心の笑みを浮かべて、俺は答える。勝つのはこの、俺だ、と。


「やってみぃや。俺は負けへん。絶対に負けへん!!」


地面を掴む両足を、強く強く踏みしめた。

決着は一瞬でつく。

どちらからとも無く、瞬動を以って疾走し・・・・・・





「そこまでです、小太郎くん」「いい加減にしとき、刹那」





人智を超えた二つの力によって意識を刈り取られた。

・・・・・・テラチートwwwマジキチwwww・・・・・・いや、本格的にね。










皆さん、こんばんわ、初めまして、お久しぶりです。

さくらいらくさと申します。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

前回のあとがきにて、更新はしばらく遅れると書いたのですが、皆様より予想以上に感想を頂き、勢い余って連日投稿となりました。

明日は午前5時起床のため、非常に強行軍となっておりますwww

さて、ようやく女の子の原作キャラが登場したと言うのに、いきなりバトルパートに突入、恐らく多くの方が思われたことと思います。

「こいつ、何が書きたいんだよ?www」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

そろそろ、作者にも分からなくなって参りました。

赤松先生の描く、魅力的なキャラクターの個性を作者が制御できていないことが、敗因であると分析しております。

少しずつでも改善し、皆様により良い作品が遅れれば、と愚考する次第であります。

さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。





草々




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 4時間目 管鮑之交 フラグ?いいえケ○ィアです
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2011/08/14 00:06
「犬上さん、こちらが大広間です! えと、新年会とかの大きな催しをするときに使います!」

「うお!?ホンマにでっかいなぁ・・・・・・前住んでたとことは段違いやわぁ・・・・・・」


目下、目の前をトコトコと可愛らしい足取りで歩く刹那を微笑ましく見守りつつ屋敷の中を案内してもらっている。

舌足らずながらも、一生懸命に説明してくれようとしている刹那の姿には、本当に心洗われるようだった。

・・・・・・もう、ロリコンでいいや、なんて思ってしまった俺を、誰が咎められようか。


「そ、それでわっ、次は道場にご案内しますねっ」

「お! 道場か、ええな! 俺も自由につこうてええんか?」

「えーと、誰か大人の人がいれば大丈夫だと思います」


む、道場は保護者同伴じゃないとダメか。明日から何処で身体鍛えようかね。

その辺も、後で長に相談しておくべきだろう。




―――――――と、それはさておき




いい加減、話の展開に皆さん付いて来れないと思うので、これまでの経緯を少し整理しておこうか。

先ほどの俺と刹那の戦闘(個人的にはそう言って遜色ないくらい洒落になってなかった)は、長と刹那のお師匠様によってあっさりお開きとなった。

ていうか強制終了? 俺も刹那も、こう、手刀で延髄をズバッとね。

まったく、長、というか、この世界の大人は何か、手加減ってものを知らないのか?

首が取れるかと思ったぞ?

で、気を失った俺達は、一時客間に運ばれて、寝かされていた。

そんなに時間も掛からずに、まず俺が目を覚まし、次いで刹那も目を覚ました。

刹那は起きた瞬間、再び俺に斬り掛かろうとしていたが、刹那のお師匠様だという女性に制止されて、しぶしぶといった体で一応は大人しくなった。

その後、長から俺がどういった素性の者か説明を受けて、自己紹介と相成った訳だ。

しかし長に説明を受けているときの刹那ときたら、顔を真っ青にしたかと思ったら、だんだん真っ赤になって、しまいには半泣きで俺に謝る始末。

もう本当に持ち帰って四六時中愛でていたいくらいに愛らしかったですとも!

いや、己のボキャブラリーの少なさが恨めしい。あの異常な愛らしさはきっと言葉じゃ伝わらないと思う次第なのです、はい。

で、俺は刹那が斬り掛かってきたのが勘違いだと分かっていたし、

何よりあんな愛くるしい生き物を起こるなんて人道に反する真似は出来そうもないのですんなり謝罪を受け入れた。

そして、長の提案により、仲直りの印にと、刹那に本山の中を案内してもらう運びとなった訳だ。

先ほども言った通り、普通に接していると刹那は歳相応に舌足らずで、見ていて微笑ましい。

そんな感じだから、会話しているこちらも毒気を抜かれて、外見相応の言葉遣いと言うか、喋り方になってしまう。

おかげで長や刹那のお師匠さんの暖かい視線が痛いこと痛いこと・・・・・・中の人、今年で26ですよ?

まぁ、精神は肉体に引っ張られると言うことなのかも知れないが、何となく、自分が成長していないような気がして寂しいのは気のせいではないだろう。

・・・・・・話が逸れたな。

何はともあれ、刹那は最初のような険のある態度も完全に軟化し、俺を同類で同い年の男友達くらいには認識してくれたらしい。

記憶にあるこのかへの接し方に比べて、大分親しげに接してくれているような気がする。

もっとも、俺はこの時点での刹那がどのように暮らしてきたかは知らない。

しかし、麻帆良で再会した時のこのかの印象を聞いた限りでは、この時点で自分と周囲との人間の間に壁を作っていたことが予想される。

それを考えると、今の刹那の態度は随分好感触なのだろう。

自分が人間でないことを気にして、このかを遠ざけている部分があったからな。

俺が同じ半妖だと聞いて、親近感が湧いたのかもしれないな。

心の中で、まだ見ぬ親父と、今は亡きお袋にグッジョブと言わずに入られなかった。



「着きました!ここが道場です!」


おっと、いろいろと回想しているうちに、いつの間にか道場についていたようだ。

元気良く、右手を掲げ、ででん!とでも効果音がつきそうな感じで刹那がそう言った。


「おぉ~!!流石は西日本最大の魔法組織!!道場も立派なもんや!!」


その道場を見て、心から俺は簡単の言葉を漏らした。

まず、広い。

普通の中学校の体育館4個分はあろうかという広さだ。

加えて、清掃も行き届いている。

磨き上げられた松の板の目は、曇り一つなく塵や埃も一切落ちていない。

何より、充実した魔法対策。

ざっと見た限りでは、遮音、物理衝撃、魔法衝撃への各結界がそれぞれ何重かに敷かれているらしい。

詳しく調べると、もっと多くの術式が見つかりそうだ。


「ここでは、私達神鳴流の剣士も稽古するので、とても頑丈に作られてるんですよっ」


少し自慢げに、そして楽しそうに微笑む刹那。

なるほど。彼女には、今まで武道について語れる同年代の友人などいなかったのだろう。

だから、今初めて、この道場の素晴らしさを理解できる人間に出会えた、そのことで興奮が抑えきれないのだろう。

刹那の瞳は、新しい玩具を買ってもらったばかりの子供のそれに似ていた。

だからだろう、そんな刹那の雰囲気に当てられたように、俺のテンションが無意味に高くなってしまったのは。


「せやろうなぁ・・・・・・くぁ~~~~~!! はよぉここで身体動かしたいわ!!」


実際、さっきの戦闘は不完全燃焼だったしな。

かといって、ここで刹那と闘り合うつもりは流石にないけどね。次やったら多分、本当に追い出される気がするし・・・・・・。

流石に長が手ずから相手してくれることは無いだろう。してもらっても勝てる気はしませんが。

いや、それでもそれは面白いかもしれない。“英雄”と呼ばれる人間との勝負。それは何と魅力的なことだろう、と、そこまで考えついて我に返った。

まずいな・・・・・・。小太郎の身体になってからこっち、俺はつくづく“勝負”が好きになっている。

もちろん、その“勝負”というのは“戦闘”であり、即ちその技術を競い合い“敵”を倒すものである。

しかしながら、村に居た頃は命の危険を伴った殺伐としたものではなく、生前から行っていた競技内での技の競い合いに近いものしか行っていなかった。

生前から、俺は剣道でも試合や互角稽古と言った、戦術を競う場面を最も楽しみにしていたし、白黒きっちりつける勝負事を好む傾向にあった。

だからこそ、自身の異常性に、俺は気が付くことなく、これまで生きてこれた。

しかし、もう目を背けてはいられない。俺は気が付いてしまったのだから。

自らの命を賭けた、混じり気無しの“勝負”こそが、己にとって、最も“愉しい”と。

これは、先に俺達の前に現れるであろう、月詠と同じ性癖、即ち“戦闘狂”バトルマニアと称される変態の一種であるということ。

・・・・・・自分で言ってて悲しくなってきたな。

まぁ、それは割りと生前から理解していたことだし、今更覆すつもりも無い。

むしろ武を志すものとして、その在り方は望むところだ。

客観的に分析すれば、その在り方にはいくつかの欠点が付きまとうが、それも今は懸念事項足りえるほどのものでもない。

当面は、この嗜好の赴くまま、己を鍛え、技を練磨していけばいい。




なんて、考えながら百面相してたせいだろうか、いつの間にか、刹那が不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「ああ、スマン。自分のことほったらかしてしまっとったな」

「あ、い、いえっ、そうじゃなくてっ、えと、なんて言えばええんやろっ、そのっ」


覗き込まれていたことに気が付いて、慌てて声をかけたら、逆に刹那が慌て始める。

突然慌て始めた理由は分からないが、真っ赤になった頬っぺたと、素に戻った京弁が可愛いので良しとする。

うむ、可愛いは正義。

しばらくわたわたした後、ようやく落ち着きを取り戻したのか、刹那は、今度は真剣な顔で俺に尋ねた。


「・・・・・・犬上さんは、何であんなに強くなれたんですか?」


What?

何だって? 俺が強い? いえいえご冗談を。

本当に強かったら、子供に追い詰められて暴走とかしませんから。


「俺は強ぉなんかないで? そんなん言うたら、桜咲のんが強いんちゃうか?」


実際、初見で繰り出してきた瞬動は完璧だった。その後の戦術も、こちらの回避先を完全に読んだ上での奇襲、見事だった。

俺がアレを捌けたのは、親父の太刀、という反則染みた代物を持っていたからだ、俺の実力じゃない。

・・・・・・ちなみに、太刀は俺が気絶するのと同時に再び鞘に収まったそうです。長が回収してくれていました。


「そんなことありません!!私の太刀は、ほとんど犬上さんに弾かれました!!あのタイミングであんなこと、お師匠さまくらいしかでけへん!!」

「うそん」


おう、思わず声に出ちまったぜ。

いやぁ、あれ周りから見たらそんなにギリギリやったんか・・・・・・。

くわばらくわばら。本当、親父様さまだな。

しかし、そんなこっちの事情を知らない刹那の顔は、段々険を帯び始めていた。

何だろうな、彼女の何かを渇望しているような、この表情は。

台詞の後半は、興奮し過ぎて再び素に戻っていた。


「あんなんマグレや。ほら、死にそうになったら出る、火事場のなんとかってな」

「そんな・・・・・・ううん、せやったら、死ぬほど頑張れば、あんなんできるゆうことやんな!」

「ちょちょちょっ!?ちゃうやろ!!そないなぽんぽん出せるもんとちゃうわ!!」

「???そーゆー意味とちゃうん?」


俺の言葉を聴いて、刹那が思案顔で恐ろしいことを口走り始めたので流石に止めた。

この娘、やりかねない・・・・・・・。こらっ、そんな愛らしくきょとん、とした顔で首を傾げてもダメなものはダメです!!・・・・・・可愛いけどさっ。


「・・・・・・なんでそないに強さにこだわんねん?歳考えたら、桜咲は十分強い方やで?」


自分のことは棚に上げて、俺は刹那にそう問い掛けた。

もちろん、俺は彼女が強く在ろうとする理由を十二分に知っていたし、そう在ろうとしていた彼女は、生前からのお気に入りの一人だ、今更、確認することも無い。

しかし、それでも俺は、それを彼女の口から聞きたかったのかもしれない。

その強さの理由を、決意の、固さを。

俺の問いに、彼女は身を固くしていたがしばらく迷った後、俯いたまま搾り出すように、しかしはっきりと、


「・・・・・・守りたい人が、おんねん」


そう、告げた。

それはたった一言。

口にしてしまえば、何のことなど無い、唯の言葉。

しかしながらその“決意”ことばは、俺の胸に、吸い込まれるようにして、響いていた。

思わず、唇が吊り上る。なんとまぁ、青臭いものだと、自嘲する。

何故、わざわざ、彼女にその理由を問うたか?だと、そんなの当の昔から知っていたではないか。

俺は生前から、小太郎と成る、その前から、桜咲刹那という少女に惹かれていた。

その決意に、その在り方に、その美しい、生き方に。

だからこそ、その隣に立ちたいと、そう願い、俺は無意識に、彼女に問い掛けていたのだ。

・・・・・・まったく、今年で26が聞いて呆れる。こんなの唯の中学生ではないか。

しかし、これで俺はその資格を得るチャンスを手にした。

ならば後は、それを掴まなければならない。


「・・・・・・俺はな、桜咲と逆や。どうしても、ぶっ飛ばしたいヤツがおんねん」

「ま、守りたいだけやと、強ぉなれへんのっ!?」

「少し聞いてくれ・・・・・・けどな、桜咲の気持ち、何となくやけど分かるねん。俺は、守りたかった人、守れへんかったからな・・・・・・」

「っ!?・・・・・・」


燃え盛る、山間の村落。木霊する断末魔。誰よりも近しく、今は誰よりも憎い、その男。

脳裏に、今も鮮明に浮かぶその光景を思い描いて、俺は刹那に語りかける。

一つ、一つ、言葉を選びながら。


「せやから、守るために強くなりたい。桜咲の気持ち、大事にしたらええねん。俺はそう思うんが、遅過ぎたんや」

「・・・・・・けど、せやったらなんで、犬上はんはそんな強いん?」

「ちゃうってゆーたやろ?俺は強ぉなんかない。もちろん、桜咲も今は、強ぉなんかない。」

「・・・・・・うん」


苦い表情で、しかし刹那はしっかりと、俺の言葉に頷いてみせる。

そんな彼女が、本当にいじらしくて、胸が暖かくなるのを感じた。


「俺も桜咲も、今は強ぉなる途中なんや。これから、強ぉなんねん」

「強ぉなる・・・・・・せ、せやけど、どないしてっ?」


結局、俺が具体的なことを何一つ言っていないことに気が付いて、狼狽した刹那はすぐにそう尋ねてきた。

しかし、俺は尊大な態度でそれをぴしゃりと跳ね除ける。

・・・・・・こ、心が痛いっ。


「そんなん知らんわ。」

「ええっ!? そ、そんなん、犬上はんいけずや~!!」

「やかましい。俺かて、そんなん知りたいわ。せやからな、自分で見つけんねん。強ぉなる方法をな」

「自分で・・・・・・?」


刹那は俺の言葉に、再びきょとん、と首をかしげる。

・・・・・・あーもう!!可愛いなぁ!!


「せや。自分は神鳴流の稽古でも何でもしたらええ。俺もいろいろ鍛えるさかい。で、ときどきお互い、どれだけ強なったか手合わせして確かめるんや。どや?」

「稽古して、手合わせして、確かめる? け、けど、せやったら、いつもお師匠さまとしとるえ?」

「だあほっ。そんなんお師匠さんがぶっちぎりで強いに決まっとるやんけ。」

「うっ!? そ、そうやんな・・・・・・」

「せやから、俺と自分で確かめんねん。多分、今の俺らの強さは、同じくらいやしな」

「そうなん? それで勝てたら、うち、強なってる?」


恐る恐る問い掛ける刹那に、俺は笑って頷いた。


「けど、ええん?犬上はんに付き合うてもろて?」

「そんなん気にせんでえーねん。言うたやろ?俺も強ならなあかんって」

「・・・・・うん。せやったね。犬上はん、うちが強なるの、手伝ってくれはる?」


再び、決意に満ちた表情で、刹那は、俺にそう確認する。

そう彼女が決意したのなら、俺の答えは決まってる。

最上級の笑みを浮かべて、力強く俺は答えた。


「当たり前や。こっちこそ、頼むで? “刹那”」

「!?・・・・・・えへへっ、よろしゅう頼んますえ“小太郎”はん?」


見てるこっちまで幸せになりそうな笑みを浮かべて、刹那は、その右腕を差し出してきた。

その右腕をしっかりと握り返して、俺は決意を、もう一つ追加することにした。



強くなる。あのクソ兄貴をぶっ飛ばせるくらい、強く。


そして、守る。この花のような笑顔が、昏く曇ることのないように、守り抜いてみせる。



無邪気な笑顔と、歳の割りに少し固い少女の手の温もりに、俺は今一度その在り方を誓った。














皆さん、こんばんわ、お久しぶりです。

さくらいらくさです。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

前回の更新から打って変わって、非常に間が開いてしまったこと、大変申し訳ございません。

あまりに音沙汰がないため、みなさんこう思ったことでしょう。

「何?作者、また脱兎落ち?www」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

まことに弁解しようもございません。読者の皆様の指摘にも在りました通り、作者は非常に日常を描くことを不得手としておりまして。

つきましては今回この4時間目・・・・・・難産でした。

ええ、難産でしたとも。

しかしながら、こうやって皆様の前にお出しすることが出来ましたこと、心より嬉しく思っております。

しばらく更新速度は、今回のように遅くなってしまうことが予測されますが、前回のように、皆様のご声援によって、一念発起する恐れもあります。

過度な期待はせず、お待ち頂けると幸いです。

さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。





草々





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 5時間目 因果応報 用意するもの:鋼の精神力
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2011/08/14 00:06
俺が近衛の屋敷で暮らすようになってから、およそ4年の月日が過ぎた。

光陰矢の如し、とは言ったものである。

俺のこの4年間は、まさに瞬く間に・・・・・・って、何? 時間描写をはしょるための言い訳にしか聞こえないって?

仕方ないじゃん? このまま刹那以外のヒロインがまったく登場しないまま話数重ねるとさ、ヒロイン固定しちゃって痛いことになりますよ?

きっと読者の皆さんだって、他の可愛い娘ちゃんの登場を心待ちにしているはずさ!!

と、言う訳で、ここ4年間の話はおいおい語っていく方向で勘弁してください。

特筆すべきことがほとんど起こらなかったというのも理由の一つですけどね。

刹那のお師匠さんが途中で違う人になったとか、俺の稽古に時折長が付き合ってくれたとか、その程度だ。

他に大きなイベントはなかったはずだ。うん、俺の記憶上には存在しないね。

話を戻そうか。

そういう訳で、この4年間はさしたる問題もなく過ぎていった。

俺と刹那は、先の約束通り、月に2~3回程度の手合わせを重ねながら、着実に武人としての腕を上げてきたつもりだ。

親父の太刀に関しては、抜くと身体能力が飛躍的に向上するってこと以外分からないままだったが、剣を振るうことによる最大のメリットは他にあった。

神鳴流の技を、いくつか使えるようになったのだ。

もちろん、刹那が使う完全な神鳴流と比べれば完成度は劣るものの、斬空閃や斬鉄閃といった単純明快な技なら、ほぼトレースできるほどになった。

これは剣士としては、かなりのアドバンテージとなると俺は確信している。

原作のように我流で技を磨き続けると、いずれその極地に辿り付けたとしても、それは大きく遠回りしてしまうことが常だ。

対して、一本でも筋が通った流派を体得することは、武の高みを目指すにおいて、絶対の優位となる。

それ故に、俺はこの神鳴流の剣技を、刹那との手合わせを重ねるごとにより正当のそれに近づけようと画策していた。

その事実に気が付いた刹那が、少し拗ねたように頬を膨らませていたことに悶えたのは、俺と皆の秘密だぜ!!

無論、剣以外にも鍛えては来たが、それは追々ということで、披露するその瞬間まで楽しみにしておいてほしい。

次に、身体的な変化についてだが、これはこれで驚きの連続だった。

現在12歳となった、俺こと犬上小太郎の肉体は、まさにパーフェクトと言って差し障りない完成度を誇っていた。

身体能力がどうこうとかではなく、外見が素晴らしいのだ。ジュニアアイドルも裸足で逃げ出すレベルですよ。

これは流石に予想以上だった。年齢詐称薬の下りで、将来結構なイケメンになることは予測できたが、ここまでとは思っていなかった。

決して自画自賛だとは思わないで頂きたい。身長はおよそ160cmで現在なおも成長中である。

あ、ちなみに小太郎のトレードマークともチャームポイントとも言えるあの犬耳ですが・・・・・・消しました。

いや、もちろん物理的にではないよ? 痛いじゃん? 長に幻術の初歩を教えてもらって、それを応用して普通の耳に見えるようにしています。

おかげさまで、今の俺はただのロン毛な中学生にしか見えません。つーか、成長してしまってるせいで、最早小太郎とは別の生き物に見えなくも無いね。

今更ながらに思う。小太郎になれて本当に良かった。

こんなにイケメンなルックスがあれば、女の子口説き放題じゃね?なんて、マジで企んでしまうもの。

まぁ、正直なところ、特に目当ての女性がいる訳でも、不特定多数とよろしく楽しむつもりもございませんが。

生前はどうだったのか・・・・・・聞くなよ。剣道がそこそこ強い以外、ただのオタクだった俺に彼女なんて出来ると思うか?

なんてことを、考えならがら、ふと気が付く。



俺、今後どんな風に原作に関わっていくんだ?



この屋敷で暮らし始めたこととか、年齢が違うこととか、親父の太刀とかのせいで、完全に原作とは違う世界のようには感じていたけれども。

この世界が“ネギま!”の世界であることは紛れもない事実だ。

サウザンドマスター“ナギ・スプリングフィールド”の存在と、20年前の大戦についての記録も確認した。

その全てが、俺の記憶にある“ネギま!”の世界の流れと完全に合致していたことからも、間違いないといえるだろう。

つまり、俺、というイレギュラーを除けば、この世界は凡そ、俺の知る通りの歴史を辿っていく可能性がある。

もちろん、その逆も然りだが、だからと言って何もしないことの理由にはならない。

それに、俺は誓ったのだ。

刹那を、その彼女が守りたいと思うものを、守り抜いてみせる、と。

そしてこの世界が、俺の知る限りの歴史を刻むと言うのであれば、俺は今後彼女に降りかかるであろう苦難を、知っている。

それから彼女を守るため、どう動くべきか、何をすべきかを、俺は知っているはずだ。

しかしながら、それは俺がいなかった“歴史”。だからこそ迷う。俺は何をすべきなのか、と。




・・・・・・結局、今考えていても仕方が無いことなのだろう。俺はそこで強制的に思考を打ち切った。




大体、刹那以外の原作メンバーに出会う前から、あれこれ考えていても埒なんて明かない。

原作開始まで、残りおよそ2年。その間に、自身の身の振り方について何らかの答えを出そう。

そう決意して、俺は目下の作業を再開することにした。




え? 何をしてるかって? 

俺のやっている作業を一言で表すなら・・・・・・そうだな、“ストーキング”という言葉がしっくりくるかもしれない。

コラそこ!!ゴミを見るような目で俺を見るんじゃない!!

これにはちゃんとした事情があるのだ。

今日は、刹那と前もって取り決めた“手合わせ”の日だった。

なので朝食を終えてからしばらくして、俺は彼女の部屋に声を掛けに行ったのだが、生憎と彼女は不在だった。

屋敷の中の心当たりを隈なく探したのだが、彼女はどこにもいなかった。

そんな様子を見かけた女中さんが、彼女が裏山の森へと入って行くのを見かけた、と教えてくれたので、目下捜索中、と言うのが現状だ。

え?全然ストーキングじゃないって?・・・・・・いや、その追跡方法に問題があるのだ。

いつぞや話した通り、俺の五感は、まさに犬のそれと同等なのだ。

前回は確か、聴覚が鋭いということを話したが、犬が鋭いのは、何も聴覚ばかりではない。

その嗅覚も、人間が及びもしないほど、広範囲の匂いを嗅ぎ分けることが出来る優れものなのだ。

・・・・・・察しが良い方はもうお気づきだろう。

鬼のように広い屋敷の裏山を、ただ闇雲に人一人を探して彷徨う馬鹿はいない。

つまり俺は、刹那の“匂い”を頼りに、彼女を探している訳だ。

もちろん、汗臭さとか、そういった類のものではない。

いかにも女の子らしい、独特の甘い香りとでも表現すればいいだろうか。

ともかく、そういった類の香りだ。

刹那に限っていえば、半妖独特の血が混ざった、不思議な匂いもするため、非常に追跡しやすいしな。

お分かり頂けただろうか。これを“ストーキング”と言わずになんと呼ぶ。

自分で選んだ手段だとはいえ、流石に悲しくなってくるな。・・・・・・だって便利なんだもん。

そんな訳で、俺は刹那の姿を求めて、このだだっ広い森を駆け抜けていた。

瞬動使ったり、木と木の間を跳躍したりと、やりたい放題に走っているため、普通に移動するよりは、遥かに早い動きはしていたが。

それでも、人一人を見つけ出すには、屋敷の裏山は余りに広大過ぎた。

ちょっと心が折れてしまいそうだった。

そもそも、探しに行く必要があったのだろうか? 今まで、刹那がこの“手合わせ”の約束を違えたことなどない。

ならば、彼女の方が俺に声を掛けてくれるまで、部屋で待機していた方が得策だったのではないだろうか?

大体、あの刹那が勝負事の前にわざわざ出かけるような用事だぞ? そっとしておいてやるのが友情ってもんでしょう?

などとも考えたが、結局のところ、ここまできて引き返せる訳も無いので、ひたすら森の中を彷徨い続ける俺なのだった。

刹那の匂いが強くなるほう強くなるほうへと、木から木へと飛び移る俺。うーん、ナイス忍者だ。

わざわざ木の上から探しているのは、普通に道が無いからという理由と、上からの方が視界が広くなっているから。

大分近づいてきているはずなのだが、一向に刹那の姿は見つからなかった。

何本目か分からないが、一際大きな木の枝に飛び移った際、背の低い木々に覆われて死角になっている箇所を見つけた。

匂いの強さから、この周辺に刹那がいることは間違いないので、俺は仕方なくその茂みへと飛び降りた。

一瞬の葉が擦れる音とともに、視界が開ける。

瞬間、俺は驚愕した。水の“匂い”には気が付いていたが、まさか、こんな光景が広がっていたとは、流石に予想していなかった。

そこには、特別大きいと言うわけではないが、綺麗な湖、いやこの大きさなら池と表現したほうがいいだろう、が広がっていた。

水はそこが見えるほどに透き通っていて、一目でこの池の水が清浄であることが分かる。

4年間この本山で暮らしていながら、こんな素晴らしい光景を知らずに生きてきたとは、不覚だな。

おっと、余りの景観美に本来の目的を忘れるところだった。

池の周辺を見渡してみたが、やはり刹那の姿はない。やはり匂いはかなり近い地点から感じるというのに。

俺は溜め息を軽くついて踵を返し・・・・・・再び声を失った。


「・・・・・・」

「っ!?」


俺の視線の先には、多分俺と同じ理由で完全に硬直しきっている刹那が居た。

いや、普通にそこにいるだけだったらね、俺だって思考がフリーズしたりなんかしませんよ。

多分刹那だって、平時であるなら、俺が飛び降りてきた時点で声を掛けてくれたはずだ。

それが、今の今まで完全に硬直するほどに衝撃を受ける事態が、今目の前で繰り広げられていた。


あー、つまり・・・・・・刹那は純白の双翼を広げた上に、何故か下着しか纏っていない状態だったのだ。


いや、マジで眼福です。


・・・・・・ではなくて!!

ど、ど、どうしよう!? 普通に裸見ちゃった♪だけならまだしもっ!! この4年間で一度も見せてもらえなかった羽を見てしまったとなるとまずくない!?

原作でも、このかたちに見られた後「掟が~!!」とか言って刹那は皆の前から姿を消そうとしていたし!!

も、もしかして・・・・・・俺はこの4年間で積み上げてきたものを一瞬のうちにぶち壊してしまったんじゃあ・・・・・・?

だって、何か今にも泣いてしまいそうなんですよ!? あの刹那が!!

っていうか、いい加減目をそらせよ俺!!

いつまでもジロジロ見てちゃ余計まずいだろうが!!

・・・・・・っ! だ、ダメだ。刹那から目をそらすことができない。

白磁のような、白く透き通った肌に、未発達で起伏の少ない肢体。

水浴びをしていたのか、肩に掛かった黒髪は濡れいて、酷く艶かしい。

驚きに高潮した頬は、いつもより朱を帯びていて、歳相応に愛らしい。

漆黒の相貌は、イミテーションだと分かっていても美しく、今にも溢れそうなほどに涙を湛えていた。

それらを覆うように広げられた、一対の白い翼。

まるで完成された芸術品のような彼女の姿に、俺は目をそらすどころかまつ毛一つ動かすことが出来なかった。


だというのに、この口はいらんことだけは言えるらしい。


「・・・・・・天使、みたいやな・・・・・・」


本当にぽろっと、呼吸するくらい自然にそう零していた。

修学旅行でのこのかの気持ちが理解できた。

これは、反則染みて美しい。


「っっっ~~~~~~~!!!!!!!!?」


瞬間、顔を真っ赤に染めた刹那によって投合される石ころ。

気すら纏ってないそのただの石ころは、これまた障壁の一つもはってない俺の眉間を直撃、俺の意識は暗転した。

・・・・・・まぁ、アレだ、刹那の裸を見た代金がこれだっていうなら、おつりが来るくらいだしね。











皆さん、こんばんわ、お久しぶりです。

さくらいらくさです。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

なお、この作品は1/19の投稿後に一度編集されています、ご了承ください。

今回の作品、余りの台詞の少なさに、作者自身戸惑いを覚えております。

この5時間目につきましては、主人公の今後の方針やこれまでを振り返るための、総集編、あるいは次話への中継ぎ的な存在と思って頂ければ幸いです。

しかしながら、最後の最後でお約束展開。皆様こう思ったことでしょう。

「作者、せっちゃんの裸書きたかっただけだろwww」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

そうですけど、何か?

後悔?ちょっとしてます・・・・・・。

反省?いえ、余り。

赤松作品の面白い点は、惜しみないラブコメ的展開、最近で言う『ToLOVEる』キャラクター達が可愛らしいことにある、と、作者は声高に主張して回りたいのです。

さて、感想掲示板にて、私が文末につける『草々』に関して、しばしばご指摘を受けるので、この場をお借りして弁解など述べさせて頂きたいと思います。

まず、『草々』は接頭句とセットで、手紙等のかしこまった文章の文末に用いられること、実は作者、重々承知しておりました。

その上で、お約束好きな作者は、文末に何かしら、自分のお約束的な閉めの言葉を用意したく、悩んだ末に思い浮かんだ言葉が『草々』でした。

ですので、初めから、形式どおりの運用法を無視した上での言葉遊び程度のつもりで使用していたのですが、どうやら皆様のお目汚しになってしまったご様子。

やはり、接頭語とセットで用いる、或いは、別の終了句をしたほうがよろしいのでしょうか?

よろしければ、次話までの間、皆様の忌憚のないご意見をお聞かせいただけると幸いです。


さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。





草々


・・・・・・やはり、違和感がありますかね?www




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 掌中之珠 すいませーん!台本くだs・・・・・・へ?あ、ない?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/01/19 23:41
OutSideView:SETSUNA


その日。

私はいつものように、本山守護結界の端にある池に来ていた。

目的は、これまたいつものように、私の背中に生えた一対の“白い翼”を洗うこと。

普段は折り畳み、肩甲骨と一体化しているこの翼だが、身体の一部であることには違いはない。

何日か経つと汚れたり、かゆくなったりする。

そこで私は、3日に一回、この池で翼を洗うように決めていた。

これは、まだこのかお嬢様が屋敷にいらした頃から、私が続けている数少ない習慣である。

・・・・・・お嬢様、今頃いかがお過ごしでしょうか?

ゴホンッ! 話を戻そう。

だから、と言い訳をするつもりはないが、何年も行っていたために、私は羽を洗う際の、周囲への注意を怠っていらしい。

羽を綺麗に洗い終えて、用意していたタオルで水気を飛ばし、符の炎を用いて、羽を乾燥させる。

そして、ここに来る前から来ていた稽古着に袖を通そうとしたそのとき、それは起こった。

頭上の木をガサガサと揺らして、着地する黒い影。

私はすぐさま先頭に移れるように、衣服を纏うことなど忘れて夕凪に手を伸ばそうとして、失敗した。

突如として姿を見せたその人物を、私は知っていたのだ。

出会った頃は、ちょうど同じくらいだったはずの背丈は、今では彼の方が10cm以上も高くなっていた。

肩幅も広がり、何処となく頼もしくなってきた背中。

もともと男性にしては長めだった髪は、伸ばし続けていたせいで肩にかかるくらいになっていた。



何より、自分にとって馴染み深い、半妖独特の不可思議な気配を、間違えるはずもなかった。



“犬上 小太郎”



4年前にふらりと、この関西呪術協会の本山に現れた“得体の知れない”心許されざる存在。

今となっては“忌み子”である私にとって、唯一“友人”と呼べる存在。

幼くて要領を得なかった私の願いを、真摯に受け止め、互いに技を練磨しあった“戦友”と呼べる存在。

本当にかけがえのない、お嬢様と同じくらいに、私が“守りたい”と思える存在。

何よりも、“失いたくない”と願っていた存在。



だから、私は動けなくなった。



この4年間で、私は一度も彼のこの姿を晒したことなどなかった。

いや、彼だけではない。屋敷において、私のこの姿を知るのは、最初のお師匠様と、長のみ。

お嬢様にすら見せていない、否、見せることが出来ないこの姿を、私は、彼に晒す勇気がなかった。

彼に拒絶されることが、とても恐ろしかった。


―――――――烏族の世界において“白い翼”は禍いの申し子とされていたからだ。


種族は違えど、同じ妖しの血が流れる彼は、その事実を知っているかもしれない。

だから私は、烏族との混血だということは伝えても、白い翼だけは、彼に決して見せるつもりは無かった。

禍いを恐れ、彼が私から離れていく姿を想像して、顔から血の気が引いていった。


―――――――嫌だ。私は、桜咲刹那は、彼を、犬上小太郎を、喪いたくない!!


彼がいたから、私は自らの弱さと向き合えた。

彼がいたから、私は己の剣に自身を持てた。

彼がいたから、私は私自身の願いに気が付くことができた。


その借りを一つも返さぬままに、二人の関係は崩れてしまうかもしれない。

押しつぶされそうな恐怖に、私の四肢は戦慄という名の鎖に縛り付けられていた。

幸い、彼はまだ私に気が付いていない。

今すぐにここを飛び立てば、彼にこの姿を見られずに済むかもしれない。

だというのに、髪の一筋さえも、私は動かせなかった。


そして、ついに彼は踵を返した。


瞬時に驚愕の色に染まる彼の表情を見て、私は絶望に一瞬目が眩んだ。


―――――――終わってしまう。彼に何も返せぬまま、私達の関係はここで終わりを告げる。

お嬢様を助けられなかったあの日以来、一度も流さなかった涙が、こみ上げて来ているのが分かる。

何故?私はこんなにも弱い人間だったのかと、再び自身に失望しかけて気が付いた。

そう、私が弱いから、泣きそうなのではない。

私にとって、それだけ彼が大切だから、悲しいのだ。

お嬢様のときとは違う、彼を“喪いたくない”という気持ちの正体に、ようやく気が付いた。




桜咲刹那犬上小太郎に恋している。




だから、あの時とは違う絶望が、私の胸に渦巻いていた。

この恋は今始まりを告げ、この瞬間終わりを告げる。

だって、この翼は“禍いの翼”。誰からも受け入れられることのない、孤独の象徴。

彼だけが例外だという、そんな都合のいい話があるはずもない。



この恋は、ここで終わる



耐えられなくなって、涙しそうになったそのとき、彼の口から、静かに言葉が零れ落ちた。



「・・・・・・天使、みたいやな・・・・・・」


え?

今、何て?

彼の言葉が信じられなくて、自分の耳を疑った。

しかし、彼は確かに言ったのだ。



―――――――“天使みたい”だと。



拒絶の言葉ではなく、確かにそう呟いた。

この翼が“禍い”を呼ぶものだと、恐らく知りながら、それでも彼は、私を天使のようだと、言ってくれた。

私は、彼に拒絶されていない?

私は、彼を喪っていない?

そう思った瞬間に、今度は安堵から、涙が零れそうになった。

ようやく芽付いたこの恋を、ここで終わらせずに済む。

ここから、彼への想いを紡いで行くことが出来る。

四肢を絡めていた重い鎖が、一瞬で砕けていった。



そして、重大なことに気が付いた。



一先ず、この翼について、彼は私を拒絶していない、と解釈していいだろう。

すると、それ以外の現状が残っているわけで・・・・・・。

つまるところ、彼は頬を紅く染め立ち尽くしており、その視線の先には私がいる。

そして今の私は、下着以外の衣類を、一切纏っていなかった。



「っっっ~~~~~~~!!!!!!!!?」



羞恥心で、顔から火が出そうだと本気で思ったのは初めてだった。



そこから先はもう良く覚えていない。

気が付くと、近くに落ちていた、少し大きめの石をつかみ、彼目掛けて全力投球していた。

普段ならば、やすやすとかわせるであろうそれは、どういう訳か彼の額に吸い込まれるようにして直撃し、もんどりうって彼は気絶した。


やってしまった、と反省するが既に遅い。

この後どうやって彼を運ぼうか?

彼が目を覚ましたら、どんな顔で話せば良いだろうか?

などと、この後のことを考えるとどうしても気が重くなる。

しかしながら、心は前よりもずっと晴れやかだった。



私はようやく、彼に全てを晒すことが出来たのだから。

いつも裏表なく私に接してくれた彼の誠意に、ようやく報いることが出来たのだから。

そして、ようやく気が付けたのだ。



彼への想いに。



この淡い恋心に。



色恋なんて、物語の中だけのものだと思っていた自分が、こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。

どこかくすぐったくて、不思議なこの感情。

ときに持て余してしまいそうになるそれに、私は溜め息をつきながら、まずは服を着ることにした。

・・・・・・さて、いったいどんな顔で起こせばいいでしょうか?


















皆さん、こんばんわ、お久しぶりです。

さくらいらくさです。

まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。

久々の連日更新となりました。が、話はあまり進んでおりません。

だって番外編なんですもの!!

進行の余りの鈍足に皆さんこう思われたことでしょう。

「ネギまーだー???」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。

作者もその瞬間を心待ちにしております。

しかしながら、ネギの登場はしばらく先になる予定です。

さて、今回のお話は、タイトルからもお察しの通り『番外編』となっております。

もっとも、単純に前回のお話を主人公以外の視点から描いただけなのですが。

作者の中では、修学旅行編までの刹那は誰よりも繊細で、他人に拒絶されることをとても怖がっている、そんな印象を抱いていました。

今回の作品では、そんな彼女の弱さを描くと同時に、何故かそんな彼女に愛されてしまった主人公に殺意を抱いて頂ければ、作者の目論見は8割方成功といって良いかと思っております。

さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。

皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。

それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。





草々










[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 6時間目 報本反始 いざ尋常に・・・・・・ん、キャラがおかしい? 
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/17 22:03
「ほんっっっとうにすみませんでした!!!!」


意識を取り戻した直後、俺は地面に頭を擦り付けながら、全力で土下座していた。

もうこれでもかってくらい深々と頭を下げて。

正直な話これで許してもらえるなんて思ってもいなかったが、俺に出来ることはこれくらいしかなかった。

切腹という手段も残っていたが・・・・・・痛いのは怖いじゃん? 刹那ががっつり介錯してくれそうですがね・・・・・・

肝心の刹那はというと、


「・・・・・・」


さっきから俺の正面で仁王立ちしたまま微動だにしない。

それが余計に俺の焦燥感に拍車を掛けていて、背中から嫌な感じの汗がドバドバと溢れてくるのを感じた。

刹那が動かない以上、俺も下手に動くことが出来ず、先程から謎の硬直状態が持続しているわけだが・・・・・・

これならぶっちゃけた話、長と剣を交えてる方がよっぽど精神的には楽だ。

いっそ殺してくれと、そう思わずにはいられない刹那の迫力に、俺のチキンハートは崩壊寸前だZE☆


「はぁ・・・・・・」


「っ!!?」


刹那が溜息をつく気配を感じて、俺は思わず身を固くした。

顔を挙げて彼女の表情を伺う勇気は、当然のようにありませんでした。


「もう顔を上げてください。別に悪気があって覗いたわけじゃないんでしょう?」

「そ、それはもう!! 天地神明に誓って!!」


想定外だった刹那の言葉に、俺は飛び起きてそう返事をしていた。

すると刹那は、呆れたように苦笑して、やれやれと言った体で肩をすくめて見せた。


「なら、この件は小太郎さんの誠意に免じて不問にしましょう。小太郎さんが近づいたことに気が付かなかった、私の未熟さにも原因がありますし」

「ほ、ホンマに? もう、怒ってへん?」


女の子の裸を覗いといて、こんな簡単に許されちゃって良いの? 警察さん仕事しなくて良いの?

などと、思わずにいられなかった俺は、ビクビクしながらもそう聞き返していた。


「くどいですよ? それとも、切腹でも申しつけた方が良かったですか?」

「マジで勘弁してください」


刹那が笑顔のまま凄むという、謎の高等技術を披露し始めたところで、再び俺は土下座を開始した。

しかし、今回ばかりは、刹那の心の広さにマジで感謝感激だな。

悪気はなかったとはいえ、裸を覗いた悪ガキを、こんな簡単に許してくれるなんて・・・・・・

・・・・・・刹那ちゃんマジ天使・・・・・・




「そいじゃ、さっそく始めよか?」


その後、俺は未だに少し痛む額を擦りながら、刹那にそう促した。

いや、もう正直な話、身体がうずうずしてしょうがなかったのよ。

刹那相手に使う技を、あれやこれやと開発しては脳内シュミレーションを繰り返してきたからな。

それがいざ使えるとなるともう、楽しみ過ぎて夜も眠れないレベルでしたとも!!

そこ!! 戦闘狂っていうな!!

そんな俺の様子に、刹那は再び苦笑いを一つ零した。


「もう少し待ってください。長が私たち二人に用事があると言付かっていますから、先にそちらを確認しないと」

「はぁ~~~!? じゃあ何や!? しばらく手合わせはお預けかいな!?」

「そう、なりますね・・・・・・」


がくっ、とあからさまに脱力する俺。

だぁって~、あの長が、わざわざ俺たちを同時に呼び出すような用事ですよ?

どうせ一朝一夕で終わらないような、非常に面倒極まりない仕事とかを押し付けられるに決まってる。

おまけに楽しみだった手合わせを反故にされるという最悪の連鎖攻撃付きだ。

俺のやる気は最早ストップ安か上場停止ですぜ・・・・・・


「そ、そんなにやさぐれないでください! そ、そりゃ、うちとの手合わせを、楽しみにしてくれてたんは嬉しいけど・・・・・・」


刹那は何故か台詞の後半で口ごもってしまい、狗族クオリティな俺の聴覚でも、何と言っていたのかは聞き取れなかった。


「と、ともかく、まずは長のところに向かわないと」

「んー・・・・・・まぁ気乗りせえへんけどしゃあないな」


一応、養って貰ってる身ですしね。


「それでは、早速長のもとへ」

「あ、ちょお待ちぃや」

「どうかしましたか?」


瞬動を行おうと、足に気を集中させていた刹那が、急に制止を掛けられたことで、きょとんとした表情でこちらに振り返った。

・・・・・・や、ヤヴァイ、可愛すぐる・・・・・・!!

で、でわなくて!


「長んとこに行くんやろ? やったら、もっと早い方法があるで」

「早い方法?」

「まぁ見ときぃ・・・・・・そらっ!!」


気を手掌に集中させ、己の意識を自らの影と、長の居室に出来た影に集中させる。

物理的に干渉できないであろう二つの地点に、気の力を以ってバイパスを繋げるイメージを、一瞬で作り上げる。

瞬間、俺の影は半径3m程の円形へと拡大した。


「どや?」

「これは・・・・・・影を利用した、転移魔法、ですか?」

「そや。完成させるんには、大分苦労したけどな。これで、戦術の幅が相当に広がるで」


俺が見せた高等技術に、驚きを隠せない様子の刹那。

ふふふ、どうだ驚いただろう? その顔が見たくて見たくて仕方なかったのだよ!!

・・・・・・さて、目を白黒させる可愛らしい刹那も拝めたことだし、さっそく用事を済ませるとしますかね。


「じゃ、行くで?」

「え゛? こ、この中に飛び込むんですか?」

「当たり前やろ?」

「で、ですが・・・・・・?」


どうやら、刹那はこの得体の知れない空間に飛び込むことに、若干の抵抗があるらしい。

というか、俺様の腕そのものを疑ってる臭いな。

これ、本当に大丈夫かよ?って雰囲気が滲みまくりだ・・・・・・ユルスマジ。


「四の五の言わずに、とっとと入れや」


どかっ


「うひゃあっ!!!?」


足踏みする刹那の尻に、後ろからヤクザキックを見舞ってやった。

いや、もちろん加減はしてたよ?

普段ならあっさり避けれたであろうそれを、転移魔法に意識を取られていたのか、刹那はあっさりと喰らって、可愛らしい悲鳴を上げて、影の中に落ちて行った。

さて、俺も行くとしますか・・・・・・。

ぴょん、と刹那が呑みこまれていった影の中に、俺は躊躇なくその身を躍らせた。






「よっ、と」

「いたたぁ・・・・・・」


転移魔法を抜けると、そこはきっちりと長の部屋の縁側に繋がっていた。

刹那は俺に蹴られたお尻をさすりながら、尻もちをついていた。

ふふん、見たか刹那め。

俺の忍術もなかなかのものだろう?

何て勝ち誇っていると、刹那はわざとらしく咳払いをして、からさっと立ちあがった。


「ぶ、無事に長の部屋に辿り着けましたね」

「何今更もっともらしいこと言ってんねん。さっさと入るで」

「わ、分かってます!」


そう言って、刹那が靴を脱ごうとした矢先。


がらっ


「外が騒がしいと思って見てみれば・・・・・・痴話喧嘩ですか?」


行き成り、長の部屋の戸が開け放たれた。

まぁ、こんだけ騒げば当たり前か。


「ち、ちちちちちわげんかなどっ、滅相もございません!!」

「そやで。詠春のおっさんが急に呼び付けるさかい、刹那との手合わせがおじゃんや。そのストレスを刹那をからかって発散しとったんや」

「こ、小太郎さん!!」

「はぁ・・・・・・仲が良いようで何よりです。小太郎君が暴れ出してもあれですし、早く中に入ってください」


促されるままに、俺たちは長の部屋にお邪魔することにした。




「で? 俺ら二人をわざわざ呼び出して、どんな面倒事を押し付ける気ぃや?」

「こ、ここ小太郎さん!? お、長になんて物言いを!?」


おら、さっさとゲロっちまいな、という雰囲気全開で長に悪態をつく俺。

無礼者MAXな俺に、刹那の心臓は爆発寸前だろう。


「ふふっ・・・・・・この本山で僕にそんな口を聞けるのは君くらいのものですよ」

「何や、褒められてる気がせぇへんわ」

「褒められてません!!」


おお、刹那の突っ込みが、大分鋭くなってきたな。


「まぁ、君には悪い話じゃないと思いますよ?」

「ええから、もったいぶらんとさっさと話しぃ」

「せっかちなところも相変わらずですね・・・・・・良いでしょう」


長は居住まいを正すと、いつもの飄々とした雰囲気から一片、真剣な顔つきになり、


「君たちに、全力で戦って貰いたいのです」


そう、一言申しつけた。


「あー・・・・・・スマン、質問の意味がよぉ分からん。つまり、何や、俺らに長の前で手合わせしろ、っちゅうことかいな?」

「平たく言えばそういうことです」

「で、ですが、長・・・・・・私たちが本気でやりあうと、本山の結界に少なからず影響が・・・・・・」


そこで、長はにっこり笑って、後ろの戸棚から、見覚えのあるガラス球を取り出した。


「それは・・・・・・」

「魔法球かいな!?」


間違いない。

長が取りだしたそれは、原作でエヴァがネギの修行にと掘り出してきた別荘と同じ、魔法球だった。


「この中でしたら、周囲への影響を気にせずに戦えるでしょう?」

「詠春のおっちゃんも人が悪いで。そんなんあるなら、早ぉ出してくれりゃあええのに」


俺たちの4年が24倍に跳ね上がっていたはずなのに!!

・・・・・・いや、もちろんそんな連続で使用はしませんがね?


「いえ、これを取り寄せたのは今回の件が決まってからなんですよ」

「今回の件、とは?」

「それが、今回俺らに手合わせしぃ、なんて言い出した理由っちゅうわけかいな?」

「ええ・・・・・・今回、私の娘も通っている、麻帆良学園に、関西呪術教会から一人留学生を出すよう要請がありまして」


ん?

それ、もしかして原作で刹那が麻帆良に転校してきた理由か?

・・・・・・え、えーと、俺の予想が正しいと、それってヤヴァイ方向に話が進んじゃわない?


「出来る限り優秀な者を、ということでしたので・・・・・・二人のうち勝った方を派遣しようかと」


ホラやっぱりぃ!!!!

ダメじゃん! 間違って俺が勝ったら、刹那とこのかの百合百合フラグへし折っちゃうじゃん!?

刹那も、勝てなければ、お嬢様の護衛役になれない、とか考えてるに違いない。

いつも以上にシリアスな表情で押し黙っちゃってるし!!


「おっちゃん、それ、わざわざ戦って決めなあかんのか? 多分、お嬢様の護衛役もかねとるんやろ? やったら・・・・・・」

「私は、情でこのような決定を下すような人間ではありませんよ?」

「ぐっ・・・・・・!?」


そう言われては、押し黙るしかない。

だが、刹那にとって、これは悲願だ。

ぽっと本山に出て来た俺に、掻っ攫われて良いような役割ではない。

だからと言って、手合わせを加減なんてしたら、俺たちの関係は確実に修復不可能な感じなる。

それどころか、刹那が麻帆良行きを辞退しかねない。

それはいくらなんでもあんまりだ!!


「ちょうど、手合わせの約束をしていたようですし、早速、初めて貰おうかと思いますが、よろしいですか?」

「ま、待ってくれおっちゃん、俺は!!」

「小太郎さん」

「!?」


長に講義の声を上げようとした俺の声は、刹那によって遮られた。

見ると、刹那は先程とよりも険を帯びた表情で、俺のことを睨んでいるではないか。

何でさ?


「もしかして、戦う前から私が負けるとでも思っていませんか?」

「!?」


言われて初めて気が付く。

俺の一連の焦りは、刹那が負けた際、俺の知っている歴史が大きく塗り替えられることを危惧していたからだ。

つまりそれは、刹那に俺が勝利を納める前提での話に他ならない。


「それは酷い侮辱です。この四年間、誰よりもあなたと剣を交えて来たのは私ですよ?」


言いかえればつまり、彼女の実力を、誰よりもしっているのは、この俺だということ。

・・・・・・冷や水を頭からかぶせられた気分だ。


「・・・・・・そぉやったな。確かに、ヤる前から勝った気でおるんは良くないな」

「ええ。すぐに吠え面をかかせてあげます」


そう言った刹那の表情は、すでに先程までの険しいものではなく、力強い、まっすぐな笑みに変わっていた。


「ええ度胸や。その台詞、必ず後悔させたる!!」


刹那の笑みを見て、俺の中にくすぶっていた憂いは晴れた。

残ったのは、轟々と吹き荒れる、ぎらついた闘志のみ。


・・・・・・さぁ、思う存分にやろうやないか!!






あとがき

きっとみんな忘れてるに違いない・・・・・・

だというのに、何故投稿したし!!

・・・・・・きっと天気が良かったせいだ(orz


待っててくれた人がいたら、感想掲示板にでも書いてやってください。

そして私生活が何気にピンチ。

通帳残高を見るのが怖い。

煙草の値上げでマジ死にそう。

あとカレンダーを見るのも怖い。

卒論の締め切りまで2カ月切った。

はぁ~~~~~~・・・・・・私も生まれ変わりたい・・・・・・



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 7時間目 乾坤一擲 某魔砲少女の影をせっちゃんに見た!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:4b24b11f
Date: 2010/10/30 21:08
SIDE Eishun......

我ながら、酔狂というか・・・・・・

彼らの、いえ、彼の本気が見てみたいと、それだけの理由で、こんなものまで取り寄せてしまうとは。

大戦時から考えて、ずいぶん年をとったと思っていたのですが、いやはや、まだ私も若いということですかね?

もちろん、麻帆良行きに相応しいのはどちらか、それを見極めたいという建前はあります。

ですが、それは彼が危惧していた通り、このかの護衛役も兼ねてのこと。

なら、このかと面識のない彼よりも、刹那君が適任だというのは、私にもわかっています。

それでもなお、彼らを戦わせようと考えたのは、あくまで私の好奇心に過ぎません。

心と体に、深刻な傷を負いながら、なお真っすぐに、己の志を貫く彼。

どこか、彼を彷彿とさせる彼の生き様、私は魅せられていたのかもしれませんね。

さて・・・・・・

この勝負、どちらが勝っても得るものは大きいでしょう。

私にとっても、彼らにとっても・・・・・・


SIDE Eishun OUT......




魔法球の中は、驚いたことに、本山の結界内と同等の広さと、そして瓜二つの外観をしていた。

最初からこの状態だったってことはないだろうから、長がわざわざしつらえてくれたのだろう。

芸が細かいというか、律儀というか・・・・・・逆に一組織の長としての資質が疑われる気がしますがね。

もっとも、そんなことは、今の俺たちにとっては些細なことだった。

長は今頃『遠見』によって、魔法球の外から俺たちの様子を窺っていることだろう。

その事実は、俺の頭の中から消え去っていた。

何せ・・・・・・


「・・・・・・さぁ、闘ろか?」


俺の頭は、滾った闘志に埋め尽くされていたのだから。

先ほどまで、彼女と刃を交えることを迷っていた自分が、嘘のように、思考はクリアだった。


「ええ、いつでも構いませんよ」


対する刹那は、すでいつもの戦士らしい、感情を押し殺したもの表情で夕凪を抜き放っている。

ビリビリと、肌を焼くような刹那の闘気が伝わってくる。


―――――ぞくり、と、背筋を快感に似た感覚が撫で上げた。


思わず、唇が釣り上がる。

彼女と同じように、自らの太刀を抜く。

鏡のように磨きあげられた刀身には、獰猛な笑みを浮かべた自身が映し出されていた。

互いの間合いは、距離にしておよそ九歩。

始まりを告げる合図は、俺たちの間に存在しない。

たった二つ、それが、俺たちの手合わせに設けられたルールだった。


―――――かさっ


落ち葉が一枚、石畳を撫でた。

同時に、俺たちは互いに、神速を以って肉薄した。


―――――ガキィンッ


「はっ!!」


打ち合った衝撃を利用して、刹那が身を翻す。

次に来るのは、正確に、俺の首筋を狙った斬撃。

迫りくる死神の鎌を、俺は己の人ならざる脚力を以って躱す。

開いた間合いは、瞬動であれば一足の距離。

いつぞやは、この後刹那にたたみ掛けられたが、今回は違う。

本来ならば太刀の届かぬその間合い。

その距離を埋める術は、俺の掌中に存在する。


「見様見真似・・・・・・斬空閃!!」

「っっ!!!?」


俺に接近しようとしていた刹那が、慌てて右へとステップを踏み、迫る斬撃を躱す。

最初と同じ、九歩の間合いに立って、俺たちは再び睨み合った。


「前回より完成度が上がってますね・・・・・・まったく、見様見真似だけで、これほどなんて」

「そういう自分も、瞬動の入りが早くなったんとちゃうか? 今までやったら、あの打ち合いで二の太刀なんてでけへんやったやろ?」


どちらからともなく、今度は二人して、獰猛な笑みを浮かべた。

勝負は、こうでないとつまらない・・・・・・!!


「んじゃ、ちっとギアを上げるで? ・・・・・・ついてこれるか?」

「愚問ですね・・・・・・行きますよ?」


再び、俺たちは疾駆する。

ただ、互いを斃す為だけに。

それが、無性に愉しくてたまらなかった。

打ち合う刀から伝わる、刹那の勝ちへの執念が。

大気を震わせる、刀の哭き声が。

肌を焼くほどの、熱い闘気が。

全てが、俺に闘いの喜びを伝えているようで。

だからこそ・・・・・・


「・・・・・・もっと」


仕様のない欲望が鎌首を擡げる。


「・・・・・・もっとや」


もっと、魂を奮わせろと。

もっと、血を滾らせろと。

そう、俺自身の本能が告げているようで。


「・・・・・・こんなんじゃ、全然足りひんっ!!!!」


―――――ガキィンッ


「っっくっ!?」


大振り一閃ともに、俺は再び刹那と距離を取っていた。

同時に、全ての構え、闘気を捨てる。

それは実質、戦闘放棄に他ならない。

案の定、刹那は追撃を仕掛けることなく、訝しげに俺を睨んでいる。


「どういうつもりですか? 手合わせの最中に構えを解くなんて、小太郎さんらしくありません」

「まぁ、いつもなら、そうやな」


だが、今日は違う。

俺はもっと、この手合わせを愉しみたい。

闘いを渇望して已まない俺の魂を、潤わせたくて仕方ない。

だから、今までと同じでは、意味がない。


「俺はな、闘いで負けるんわ、心底嫌いや。 けどな、それ以上に我慢ならんことがあんねん・・・・・・」

「それは・・・・・・」

「相手が全力を出さんこと、それが俺にとって最大の屈辱や」

「!? し、しかしそれは、本山の結界のために!?」

「今まではな。けど、今日はちゃうやろ?」

「っっ!?」


わざわざ、長が御膳立てしてくれたこの舞台。

存分に堪能しなくては損というもの。

なればこそ、俺たちは今この時を限り、真の姿をさらすことを許される。

もちろん、彼女がその姿を、自分の白い翼を忌み嫌っていることは知っている。

しかし、今さらそれがどうしたというのだ?

俺たちはただ、互いの全力をぶつけ合うためにここに立っているのではなかったか?


「全力で来い、刹那・・・・・・せやないと・・・・・・」


俺は自らの上着を脱ぎ捨てた。

そして・・・・・・


「勝つんは間違いなく、この俺や・・・・・・!!」


自らに流れる妖の血を解き放つ。

同時に、俺の周囲を覆う黒い風が一層に密度を増し、空気を震わせた。

半妖として生まれた俺に与えられた一つの恩恵。

獣化。

普段は結界への影響を憂慮し、決して見せないその姿を、今は一切の憂いなく露わにできる。

ならば、使わずして、何が全力だというのだ。


「ふっ・・・・・・まったく、小太郎はんには敵んなぁ・・・・・・」


刹那は、そんな俺を見て諦めがついたのだろう。

呆れたように笑うと、両の手を顔の前で交差させた。


「・・・・・・この姿を、綺麗と言ってくれたのは、あなたが初めてですよ・・・・・・」


勢いよく、彼女が両の手を開く。

同時に、純白の双翼が、息を呑むほどの美しさを以って、その姿を露わにした。


「行きますよ? 今度こそ、全力全開です」


・・・・・・せっちゃん、そのセリフは、なんかヤヴァい気がするぜ?

全力全開が全力全壊にしか聞こえない。

俺は気を取り直すと、右手に太刀を掲げて宣言した。


「さぁ、勝負は・・・・・・こっからや!!!!」


刻みつけるように、会心の笑みを浮かべて。











あとがき



勢いでやった、今は反省してる。

ちょっと感想版の反応が良かったからって調子に乗った。

正直眠い。

でも感想版には感謝感激でした。

涙ものですよ。

うんこれからもがんばる。

みんながいるからがんばれるよ!!

というわけで、今後ともよろしくです。



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 8時間目 急転直下 行くぜ、行くぜ、行くぜ、行くぜぇ!! 
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2010/10/30 21:10
「はぁあああっ!!」


―――――ガキィンッ


「ぐぅっ!?」


上空からの一撃をギリギリのところで受け流す。

対する刹那は、俺とすれ違いざま、すかさず軌道修正を図り、再び俺のはるか上空へと駆け上がっていった。

闘ってみて初めて気付いたが、翼を持ってる奴に、空中戦を挑んだのは、大きな間違いだった。

浮遊術と虚空瞬動を多用しても、すぐに制空権を奪い返される。

正直な話、空中戦では刹那に大きく分があった。

しかし・・・・・・


「・・・・・・・んな道理、力で捻じ伏せて何ぼやろうがっ!!」


それをただ是として終わる俺ではない。

手にした親父の太刀を口に咥え、精神を研ぎ澄ます。

そして、その優劣を覆すためだけに、俺は従属する全ての狗神を自身の体に収束させた。


「犬上流獣化奥義、狗音影装!!」


瞬間、俺は巨躯の狼、そのものの姿と化す。

これまでの手合わせで、一度も見せたことのないその姿に、流石の刹那も一瞬、思考が停止したらしい。

一瞬とはいえ明らかに、空中で動きが止まっていた。

そして、その隙を見逃すほど、俺はお人好しじゃあない!!


「ガァァアアアアッ!!!!」


上方にいるとはいえ、動きが止まっているならば、今の刹那に攻撃力など皆無。

出掛かりが遅れた以上、彼女に残されたのは防御という選択肢しかない。

しかしこの質量差なら、結果は目に見えている。


―――――ガキィンッ


「くぅっ!?」


案の定、衝撃を受け流しきれず、刹那は大きく体制を崩し、降下していく。

ならば、この機を逃す手はない。

振り向き様に、俺は二対の影分身を、刹那へと放った。

無論、本体ですら、苦戦する相手に、劣化コピーとも言える分身が勝てるなんて思っていない。

むしろ十秒も足止め出来れば良い方だろう。

しかし、今俺に必要だったのは、その十秒という隙に他ならなかった。

俺は、纏っていた狗神を、全て刀身へと集中させる。

それこそが、今回刹那を斃す為に用意した秘策の一つ。

無論、秘策というには少々荒い感が否めないが。

原作の小太郎に無いものを考えた結果が、これだったのだから仕方がない。

俺の知る彼には、一つとして、ネギの千の雷や、刹那の真・雷光剣に代表される、大軍を相手にする、広範囲かつ高威力の技がなかった。

故に、千の雷なんて高望みはしなくとも、せめて雷の暴風、欲を言えば真・雷光剣に匹敵する威力の技が必要だと考えた。

その果てに編み出したのが、今回のこの技。

仕込みに、狗音影装を要するのがネックだが、今回はそれが功を奏した。

こうして、刹那から制空権を奪取することに成功したのだから。

技の構築が完了すると同時に、刹那が、俺の分身を切り捨て、こちらへと向きなおった。

その双眸が、驚愕に見開かれる。

・・・・・・くくっ、思わず笑みが零れる。

俺は、その顔が見たくて仕方なかったんだよ!!


「いくで刹那・・・・・・上手く避けへんと、さすがに死んでまうで!!」


手に握り直した太刀を、大上段に構える

狗音影装は、いうなれば攻防一体の技だ、俺が使える狗神を防御と攻撃の双方に半分ずつ振り分けて、爆発的に戦闘能力を飛躍させている。

ならば、防御を捨て、その力の全てを攻撃に回したら、どうなると思う?

これが・・・・・・その答えだ!


「犬上流剣術、狗音斬響、黒狼絶牙!!」


刀身に纏う、狗神の奔流。

それを全てを破壊する暴風として、敵に放つこの技。

並みの術者が相手なら、肉塊になるまで切り刻まれるところだろうが、彼女相手では、その威力でさえ不安に思える。

故に、俺に躊躇はなかった。


「ざっ・・・・・・せいっ!!」


眼下で迎撃態勢を取る刹那に対し、有無を言わさず、俺は構えた太刀を振り下ろした。


「神鳴流、決戦奥義、真・雷光剣!!」


刹那は、俺の予想通り、彼女自身の最大の技を以って、迫る漆黒の暴風を迎え撃つ。

互いが放った気と気が鎬を削り合う中、俺たちは負けるものか、と更に柄を握る手に力を込めた。

刹那にとっては、待ち望んだ千載一遇のチャンスを。

俺にとっては、四年の研鑽、その集大成を。

それぞれに掴み取るために、決してこの一合、屈する訳にはいかなかった。

しかし、勝利とは、そうやすやすと掴みとれるものではない。


―――――バチィッ


「ぐぅぅっ!?」

「うわっ!?」


俺たちの技は互いに相手の技を殺しきれず、押し戻された気によって、大きな衝撃波を生み出した。

それぞれ、互い違いに吹き飛ばされ、俺は石畳に、彼女は森の中へと墜落する。

背中から強く落下した所為で、肺がひっくり返ったように、その機能を放棄していた。

明滅する視界の端に、同じように、満身創痍で太刀を杖代わりに立ち上がる、刹那の姿を認めた。

どうやら、やはり簡単には、勝たせてくれないらしい・・・・・・







SIDE Setsuna......



本当に、彼の技の多彩さには驚かされる。

見様見真似で神鳴流の技を模倣して見せるばかりか、本来身に纏うはずの獣化外装を、気弾として敵に放つなんて・・・・・・

しかも、その威力までが想像以上とくれば、もはや私には、ひたすら嘆息を零す以外、反応のしようがなかった。

けれど、この一戦は、決して負けることは許されない。

私が、何のためにこの十年余りを剣に費やしてきたか、それが試されているのだから。

落下の衝撃は、普段は忌み嫌っている、この白い双翼が和らげてくれた。

全身に打ち身を負ったらしく、各所が痛んだが、今はそんなことで、攻撃の手を緩める訳にはいかない。

頭の回る彼のことだ、僅か数秒を与えただけで、どんな奇策を思いつくか、計り知れない。

ならば、その暇を与えず、ひたすらに攻め抜くことしか、私が勝利する道はない!


「はぁああっ!!!!」


最後の力を振り絞って、私は彼に肉薄した。

風も、音すらも置き去りにする勢いで。

見ると、彼の獣化は既に解けており、先程まで感じていた、鬼神すら圧倒する闘気は、彼から消え失せていた。

恐らく、あの技を使った反動なのだろう。

それほどに、彼の新たな技、狗音斬響 黒狼絶牙は圧倒的な破壊力を有していた。

彼が分身に気を裂いていなければ、あの一合で雌雄は決していただろう。

しかし、結果として有意に立っているのは私なのだ。

勝負は一期一会、この機を逃しては、彼を斃す瞬間などありはしない!!


―――――ガキィンッ


「ちぃっ!!」

「くっ・・・・・・!!」


裂帛の気合で振り抜いた一閃は、すんでのところで彼の太刀によって遮られた。

しかし、その一合で、彼の体制は完全に不安定になった。

これはあくまで手合わせ、命を削り合う死合いではない。

ならば、もう一撃、高威力の技を以って、彼の戦闘力を奪ってしまえば、勝敗は決する。

悲鳴を上げる身体に鞭打って、私は、最後の一撃と、愛刀・夕凪に持てる全ての気を纏わせた。


「神鳴流奥義・・・・・・」


しかし、そこで違和感に気付く。

何かがおかしい、まるで、パズルの中に、全く無関係な、別のパズルのピース混ざっているような、そんな錯覚。

何だろう、この違和感は?

そうして気付く、あまりにも相対する彼の気配が希薄だということに。

どういうことだ?

確かに、先程の一合で、彼は気の殆どを使い果たしたのだろう。

それでも、私がここまであからさまに隙を見せたのに、それを付く素振りすら見せないなんて・・・・・・


・・・・・・まさかっ!?


その瞬間、彼から焦燥の滲む表情が消え、いつものような獰猛な笑みを浮かんだ。


「残念賞。気付くのが遅すぎや」


――――――ぞくり


「!?」


突如として、背後に感じた濃密な悪寒。

それが、肉食獣のような獣染みた闘気によるものと気付いて振り返った時には、すでに全てが遅すぎたのだろう。

そこには、私の影から飛び出した、小太郎さんの姿があった。


「いつの間に分身とっ!?」


慌てて迎撃態勢を取る。

しかし、この距離では無手である彼の方が、数段速さにおいて私を圧倒している。


「狗音・・・・・・爆砕拳っ!!」


がら空きとなった私の脇腹に、狗神を纏った彼の拳が突き刺さる。


「かっ、はっ・・・・・・!?」


その瞬間、視界は暗転し、私は自らの敗北を悟ったのだった。



SIDE Setsuna OUT......




崩れ落ちる、刹那を抱き止めて、俺はゆっくりと両目を閉じる。

・・・・・・あ、危なかったぁ~~~~~!!

もし、後一瞬でも刹那の対応が早かったら、俺の首は身体と繋がってなかったかもしれん。

普段なら寸止めしてくれるだろうが、あの極限状態ではそうもいかないだろうからな。

あー・・・・・・まだ心臓が早鐘みたいにバクバク言ってら・・・・・・

しかしながら・・・・・・


「愉しい勝負やったで、刹那・・・・・・」


腕の中で眠る少女に、俺は会心の笑みを浮かべてそう告げた。

さぁて、これで残る問題は・・・・・・



・・・・・・どうやって彼女を麻帆良に送り出そうかね?



刹那とこのかが百合百合できないとか、マジ勘弁。

そこ、ダメ人間ってゆーな!!




本格的に頭痛を感じながら、俺は一人だだっ広い魔法球の中で、途方に暮れるのだった。












あとがき

前回が中途半端に終わってたんで、決着までは一気に書き上げてみました。

さすがに京都修行編は、今回くらいで切り上げたいです。

そして、いい加減他のおにゃの子が書きたいです。

いや、せっちゃん可愛いんだけどね?

あと、小太の真技「狗音斬響 黒狼絶牙」については、ネーミングが厨二なことに突っ込んだら負け。

イメージ的には、某ハンターゲームのアカムさんが使ってたブレスみたいなものと思ってください。

さて、感想版に励まされつつ、出来るだけ早めの更新をがんがります。



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 9時間目 嚆矢濫觴 思春期ってムツかしい年頃よね・・・・・・
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/19 21:51
「ひゃーーーー・・・・・・実際に来てみると、やっぱり圧巻やなぁ・・・・・・」

「こ、小太郎さんっ! そんなにきょろきょろしてると、お上りだって思われますよ!?」


刹那に言われて、俺は苦笑いを浮かべながら詫びた。

しかし・・・・・・感無量である!!

俺はついに、ついに!!

麻帆良の大地に足を踏み入れたのだ!!

え、何で負けたのに刹那までいるかって?

あー、言葉にするといろいろ面倒だし、さくっと回想でも見てくれ。

はい、それじゃVTR、スタート。








『は? おっちゃん、今何て?』

『ですから、勝敗には関係なく、私は最初から二人に行って貰うつもりだったと言ったんです』

『・・・・・・せやったら何で俺たちに戦えなんてゆーたんやっ!?』

『派遣する側として、人材の能力を知っておくのは重要でしょう?』

『あんなんさせんでも、十分知ってたやろうに!?』

『それは私を買被りすぎです。実際、君が使った獣化外装には驚かされましたしね』

『全っ然、そんな風には見えへんわっ!!』

『いえいえ、そんなことありませんよ? それに、君はともかく、刹那君はああでもしないと全力を出せないでしょう?』

『む・・・・・・そりゃあ、まぁ、そうやろうけど』

『君としても、刹那君の全力が見れて、満足だったでしょう?』

『結果だけ見ればな・・・・・・けど、刹那には何て言うんや? 絶対、自分はまだ未熟やからー、とか言って、麻帆良行くん渋るで?』

『・・・・・・はははっ!』

『笑えばええと思うなよ!?』

『では、私は仕事がありますのでこれで。あ、刹那君が目を覚ましたら、君から麻帆良行きのことを伝えておいてくださいね』

『あ、ちょっ、コラァ!! 面倒事押し付けて消えるんちゃうわっ!!!!』








以上、回想終わり。

・・・・・・本気で長に殺意が湧いたわ。

マジで、あのおっさんいつか拳でシバく!!

それはそれとして、マジで刹那を説き伏せるのは苦労した。

だって彼女ってば、超頑固なんですもの。

長の意向を何度説明しても、「自分にお嬢様を護衛する資格は、まだありません」の一点張り。

何で急に麻帆良行きに積極的になったのか未だに謎だ。

ん? そんときの様子? 

まぁ、そんなに知りたきゃ、教えるのもやぶさかじゃない。

んじゃ、もういっちょVTR、はいっ、キュウ!








『なー? いい加減考え直せや? 刹那の守りたい人って、そのお嬢様なんやろ? やったら、この話は渡りに船とちゃうんか?』

『いいえ。今回の件で身に染みました。小太郎さんの新技術に惑わされて動揺するようでは、まだまだ未熟です』

『いや、あれはそうなるん狙ってやったんやから、そんな気にすることとちゃうで?』

『いいえっ!! あれが実践なら、私はすでにお嬢様を護り切れなかったことになります。もう一度、一から腕を磨く必要が・・・・・・』

『あーもう、ヤメヤメ!! 何回同じ内容で会話せなあかんねん!! 自分意固地になりすぎや!!』

『ですが、これは私が決めたことです。それに、私が行かなくても、小太郎さんなら、お嬢様を立派に護ってくれるでしょう?』

『そら、刹那の大切な人やっちゅうなら、やぶさかやない。おっちゃんにも恩義があるさかい、娘さんのお守くらいお安いご用や』

『でしたら、私に憂いはありません。お嬢様の護衛に相応しい腕を得たなら、必ず駆けつけます』

『そういう問題とちゃうやろ? それに、腕を磨くっちゅうなら、向こうにだって色んな達人がおるっちゅう話やで?』

『それは、まぁ、そうなのでしょうが・・・・・・』

『それに向こうに行くっちゅうことは、中等部に入学するっちゅうことや。同年代の女友達もできて、いろいろ楽しいことも経験できるチャンスやで?』

『わ、私には、そのようなことに時間を割いてる暇はありません!!』

『そうは言うても、自分も年頃の娘なんやから・・・・・・』

『くどいですよ、小太郎さん?』

『はぁ・・・・・・せっかく刹那の友達とか紹介してもらいたかったんに』

『・・・・・・小太郎さん? 今のはどういう意味でしょうか?』

『ん? いや、こっちやと同世代の女子なんて、刹那くらいのもんやろ? 向こうで刹那に友達が出来て、紹介とかしてもらえたら、俺も可愛い女の子と仲良くなれへんかなぁ、なんて・・・・・・』

『ほう・・・・・・そんな浅ましい心根で、お嬢様の護衛が務まるとでも?』

『ちょっ!? そんな目くじら立てんなや!? 俺かて健全な男子中学生やぞ!? 女の子と仲良くしたい思うんは当然や!!』 

『それとこれとは話が別です!! 麻帆良に何をしに行くつもりですか!?』

『もちろん、ちゃんと仕事はこなすわ!! せやけど、ちょっとぐらい女の子仲良くしたって罰はあたらへんやろ!?』

『・・・・・・今まで気が付きませんでしたが、もしや小太郎さんは・・・・・・その、女好き、ということですか?』

『おう、三度飯より大好きや(キリッ)』

『そんな迷いの無い目で肯定しないでください!!』

『いや、今まで自分が気付かんかったんが不思議なくらいやで? 良ぉ屋敷の女中さんの尻追いかけてふらふらしてるんを、おっちゃんに見つかって叱られとるんに』

『知りませんよそんなこと!!』

『そ、そうなんか? まぁ、別に年上が好きっちゅうわけでもないし、最近は大人しゅうしとったしなぁ』

『こ、こんな人に、ウチは・・・・・・』

『ん、どうしたんや? 刹那、何か顔色悪いで?』

『・・・・・・小太郎さん、麻帆良への出発はいつでしたか?』

『ら、来週の土曜やけど・・・・・・な、なんや今度は目つきが怖ない? 自分、ホンマ大丈夫か?』

『・・・・・・気が変わりました。麻帆良行き、私も御同行します』

『お、おお!? そ、そら良かったわ! けど、何でそんな急に?』

『いろいろと思うところがあっただけです。・・・・・・出来るだけ、小太郎はんに女を近づけんようにせんと・・・・・・』

『ん? 何や? スマン、聞き取れんかったわ』

『な、何でもありません!! さぁ、早く準備をしましょう!!』

『お、おう・・・・・・』








ほい、終了。

見ての通り、いきなり言ってることが180°変わってんの。

まぁ、彼女も思春期だし、いろいろと情緒がアンバランスなのだろう。

先人として、ここは温かく見守っていくのが最善と思い、俺はそれ以上の追及をしなかった。

あ? 俺が女好きっていう設定?

ああ、もちろん向こうの世界じゃ、女性経験は愚か、彼女すらいませんでしたとも。

けどこっちにきて小太郎の身体になってみると、マジイケメンじゃん?

半妖っていう事情を抜きにすると、そういう男の子って年上の女性に可愛がられる訳で・・・・・・。

気が付いたら、俺は女性にかいぐりされることが、かなりお気に入りになってしまっていたのだった!!

え? リア充爆発しろ? HAHAHA、聞こえねぇな。

まぁ、前にも言った通り、今は恋愛どうのにかまけるつもりはない。

ただ、可愛い女の子と仲良くしたいっていう願望は、非モテ男子の永遠のテーゼだろ?

それに、ネギま!の登場人物は、本当に多彩で、俺の好みどストライクな子がたくさんいるしな。

ストイックな、刹那や楓、古菲、真名、超みたいな生き様が格好良い娘たちには共感を覚えるし。

女の子らしい、木乃香やのどか、亜子、夏美やさよ、茶々丸も護ってあげたくなる感じがする。

少しとぼけた感じがする、明日菜やまき絵、いいんちょなんてメンバーもからかい甲斐があって楽しそうだ。

弱冠擦れてる感じの、千雨や和美、パルや夕映、エヴァなんかは一緒に飲んでみたい。

面倒見の良い、千鶴やアキラ、四葉には甘えたいとも思う。

トラブルメーカーな美空や鳴滝姉妹、祐奈と悪戯に精を出すのもなかなかおもしろそうだし。

部活に入って、チアガール三人娘に応援されるのも悪くないな。

さすがに聡美やザジにはどう絡んだものか迷ってしまうが・・・・・・。

お、言い出したら31人制覇してたな。

つまり何が言いたいかというと・・・・・・俺はかなり節操無く女の子が好きだってことだ。

本当にこの生まれてからの12年間、麻帆良に行くのが楽しみで楽しみで仕方なかった・・・・・・。

ついにその念願が叶う訳だ。テンションも駄々上がりDAZE☆


「ほら、小太郎さん。早くしないと約束の時間に遅れてしまいますよ」


数歩先を歩いていた刹那が、少しむっとしたような表情で、こちらを一瞥くれる。

はぁ~~~~、そういう顔まで可愛いって、刹那ちゃんマジ無敵ね。

なんて、言ってる場合じゃない。

俺は、すぐに刹那へと駆け寄った


「おう! その学園長は、女子中等部の校舎におるねんな?」

「ええ。長のお義父様、お嬢様のお祖父様に当たる方ですので、くれぐれも失礼のないようお願いしますよ?」

「うへぇ・・・・・・俺そういうん苦手やから自信ないわ。けど、女子部の校舎かぁ~~・・・・・・きっと、可愛い女の子がいっぱいおるんやろなぁ・・・・・・」

「(ぴくっ)・・・・・・く・れ・ぐ・れ・も! 粗相の無いようにお願いしますよ?(にこっ)」

「は、はい・・・・・・」


ど、どうしたというのだ!?

今日のせっちゃんは、迫力がこないだの手合わせの5割ましだぜ!?

久しぶりに木乃香に会えるってんで、気合が入ってんのか?

それはさておき、俺はすたすたと歩き去って行く刹那の背中を慌てて追いかけた。

これから、今まで以上に波乱万丈な日々が始まることを確信しながら・・・・・・。











あとがき


徐々に本文が短くなっていくミステリー。

更新速度に重点をおくとこうなるのか・・・・・・。

それはそうと、麻帆良編の開幕です。

早く他の女の子が出て来ないかと作者自身わくわく。

主人公がリア充過ぎてむかつく?

それは言わない約束だぜとっつぁん・・・・・・

ってなわけで、また次回。ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 10時間目 破鏡重円 使い方間違ってる? いやいや木乃香と刹那は夫婦ですよ?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/20 22:06
―――――コンコン


中学校の校舎とは思えないほどに重厚な扉を、刹那の白い手が優しくノックする。

俺は彼女の半歩後ろに立ち、その様子を眺めていた。

というか、想像を絶してでかいんだよ、この校舎・・・・・・。

最初は感動してきょろきょろしてたけど、流石に驚き疲れてぐったりですわ。


『入ってくれて構わんよ』


すぐに内側からそう声が掛った。

しゃがれた老人特有の声から、返事をしたのは間違いなくあの人間離れした学園長だろう。

・・・・・・実物もあんな風に頭が後ろに尖がってんのか?

そんな風に思考を巡らす俺を余所に、刹那はゆっくりと学園長室の扉を開いていく。


「失礼します」

「うむ、待っておったよ」


扉が開いた先、部屋の一番奥にある机に腰掛けた老人は、やはり記憶の通り奇怪な外見をしていた。

というか、俺よりよっぽど妖怪臭いわ!! 思わず表情が引き攣ったし!!

あれを見て平静でいられるせっちゃんてやっぱり凄いね!!

そもそも、あれは本当に人間か? 

あの後ろに長い頭には、長年詰めこんだ人類の叡智でも詰まってるとでも言うのだろうか?


「フォッフォッフォッ、そう堅くならんでも良いぞ。楽にしてくれて構わん」

「そ、そらおおきに・・・・・・」


どうやら学園長は、俺の引き攣った表情を緊張によるものと勘違いしたらしい。

もっとも、俺はそんな繊細なハートなんて持っていない。

学園長の傍らには、もう一人お馴染みの顔が立っていて、そのことがまた俺を驚かせていたということもあるが。

白いスーツに、年齢不相応に老けた外見。

かつて、英雄と謳われたネギの父、サウザンドマスターとともに、魔法世界を駆け抜けた一人。

無音券の使い手であり、究極技法、咸卦法を扱う、恐らく麻帆良において最強の一角。

高畑・T・タカミチ、その人だった。

いや、あんた結構忙しいんじゃなかったか?

ネギが来た訳でもないのに、たかだか魔法生徒が来たくらいで狩りだされるような役職じゃないでしょ?

しかしながら、その佇まいには感服する。

無造作に立っているにもかかわらず、まるで隙がない。

だからと言って、好戦的に構えていると言う訳ではない。

あたかもそこにいるようで、そうでないような、奇妙な気配の希薄さを感じる。


―――――それこそが、咸卦の気を操るために必要な、無念無想の境地に繋がるスタンスだと、この時の俺は知る由もなかった。


「桜咲刹那、犬上小太郎両名。関西呪術教会、長の命により、麻帆良に着任いたしました」

「よろしゅう頼むわ」

「こ、小太郎さん!!」


恭しく頭を下げた刹那とは対照的に、片手を軽く上げるだけのノリの軽い挨拶をする俺。

流石に刹那が焦っていたが、知ったことか。

生前から堅苦しい物言いとか敬語とか苦手なんだよなぁ。

部活で先輩からはどやされてたけど、今更直るとは思えないし、直す気もない。

そこ、DQNってゆーな。


「フォッフォッフォッ、婿殿に聞いておった通りの性格じゃな、小太郎君?」

「ん? 何や、おっちゃん、俺のこと何か言うてたんか?」

「うむ、元気の良い少年だと言っておったよ。そして・・・・・・どこか、奴に似ておるとも、な」


不意に、学園長の表情が、過去を懐かしむような、そんな表情になった。

もっとも、それは一瞬のことで、次の瞬間にはいつもの飄々とした、人を食ったような雰囲気を取り戻していたが。


「おっちゃんは、俺が誰に似てるて言うてたんや?」

「ふむ・・・・・・千の呪文の男を、君は知っておるかな?」

「当たり前やろ? おちゃんの親友やったっちゅう、大英雄の話を知らんわけあるかい」


というか、それを知らずに今まで裏の社会で過ごしてきたとしたら、俺大分モグリじゃね?


「うむ、それもそうじゃの・・・・・・あの悪ガキが大英雄と呼ばれるなぞ、思いもしなかったがのぅ」

「・・・・・・なぁ、もしかして俺が似てる誰かいうんは・・・・・・」

「ふむ、御察しの通り、千の呪文の男、ナギ・スプリングフィールドのことじゃよ」



Σ(゜□゜;)!?



マジでか!?

そりゃあ、何て光栄な・・・・・・

いや、しかしどの辺がだ?

俺、あんなに無敵くないよ?

それに、ナギには女好き設定とかなかった気がするぞ?

アリカ姫一筋だったくない?

何て考えを巡らせながら百面相してるうちに、学園長がさくさくと話を次の段階に進めていってしまった。


「さて、婿殿からだいたいの事情は聞いていると思うが、二人には有事の際、麻帆良の警備にあたって貰うことになる」

「はい、承知しております」

「もっとも、君らはまだ小学校を卒業したばかりじゃ。普段は学生として、学園生活を存分に謳歌するんじゃぞ?」

「お心遣い、痛み入ります」


・・・・・・改めて、せっちゃんすげぇな。

いや、俺みたいに一回人生やり直してるってなら、使わないにしても、目上の人に対する口の聞き方を知っていてもさ、不思議じゃ無いじゃん?

けどさ、刹那って普通に12歳な訳ですよ。

それがあのやり取りって・・・・・・ビビらない?

頭悪いとか、本当は嘘じゃね?って思ってしまうが、あれで実は馬鹿レンジャー予備軍なんだよなぁ。


「フォッフォッフォッ、刹那君は、小太郎君とは正反対の性格じゃな」

「おう。刹那は俺と違うて、出来る娘やからな」


何となく、刹那を褒められて胸を張る俺。

いや、何か娘が褒められたみたいで嬉しかったんだよ。


「さて、君らには入学式までの一ヶ月間、警備員見習いとして研修を受けて貰わなくてはならん」

「うげぇっ!? そんな面倒臭いことせなあかんの!?」

「小太郎さん・・・・・・いい加減にしないと、尻尾斬り落としますよ?」

「・・・・・・な、何でもありませーん・・・・・・」


俺の無礼発言連発に、流石のせっちゃんがぶち切れモードだ。

俺の耳元で俺にだけ聞こえるように『少し、頭冷やそうか?』とのたまわれた。

いや、めちゃくちゃ怖いんですけど!? もう、目のカラーが反転しそうな勢いだぜ!!

手合わせのときにその迫力が出せてたら、俺なんかそれだけで縮みあがってましたよ!?

と言う訳で、俺はしばらくマナーモード。

幻術で見えないとはいえ、12年間付き合ってきた尻尾だ。愛着もある。

流石に今更斬り落とされるのは抵抗感がある。っていうか痛いの怖い。


「まぁまぁ、刹那君もそれくらいにしといてやりなさい。それはさておき、詳しい話は、このタカミチ君に聞いてくれ」

「広域生活指導員の高畑・T・タカミチだ。よろしくね、桜咲君、犬上君」


学園長に促されて初めて、タカミチが言葉を発する。

こちらもまた、原作通りの飄々とした雰囲気で。


「おう、よろしゅうな。えーと・・・・・・タカミチ、でええんか?」


原作読んでるときはそういう認識だったからな。

下手にボロ出す前に、先手を打っておこう。

ただ礼儀知らずなだけ? ほっとけ。


「ははっ、他の生徒の前では、きちんと先生を付けて貰えるなら、それで良しとしておこうかな?」


おお? 存外簡単に了承されてしまったぞ?

聞きしに勝る良い奴だな、タカミチ。

まぁ原作でも10歳のネギに名前で呼ばせてたしな。

ナギとの生活が長過ぎでフランクなのに慣れちゃってるのかも。

そんな俺たちの様子に、刹那は慌てまくりだったが。


「し、しかし高畑先生っ」

「良いんだよ桜咲君。それに・・・・・・僕も学園長や詠春さんとと同じさ。彼を見ていると、ナギを思い出して懐かしいんだ」


そう言って、嬉しそうに顔を綻ばせるタカミチ。

んー・・・・・・原作では、目つき以外そんなに小太郎とナギが似てるって印象は無かったんだけどな。

まぁ原作の小太郎より俺のアホっぽさが増してるってことかな?

・・・・・・全然喜べねぇよ!!(orz

伝説の英雄に似てるなんて言われて、悪い気はしないけどね・・・・・・。


「詳しい話はまた明日にしよう。長旅で疲れただろう? それぞれに寮の部屋は手配しておいたから、今日はゆっくり休むと良い」


荷物はもう届いているはずだからと、タカミチは俺たちにそれぞれ学園から寮までの地図を渡してくれた。

こいつはもう本当に良い奴だな。

男の俺から見てもいい男だぜ。

明日菜の親父趣味を差し引いたって惚れてまうやろ。


「重ね重ね、お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、今日はこれにて失礼しようかと思いますが」

「ふむ、それがよかろうて。刹那君はそうでもないが、小太郎君は寮までそれなりに距離があるからの。くれぐれも迷子にならぬようにの」

「あははっ、小学生じゃあるまいし、そんな心配いらへんて」


そう言いながら、こっちの世界じゃ既に2回ほど迷子になってますがね・・・・・・。


「それでは、失礼します。明日からしばらくご面倒をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いします。学園長、高畑先生」


そう言って、刹那は再び、恭しく頭を下げた。

なので、俺もそれに習って、今度はきちんとお辞儀をしておく。

うん、尻尾とお別れはマジ勘弁。


「よろしゅうお願いします」

「フォッフォッ、まるで調教師と訓練犬のようじゃな」


殊勝な俺の様子に、学園長がそんな冗談を零すと、刹那は何を想像したのか、いつぞやのように顔を真っ赤にしてわたわたしていた。


「ちょ、調教師なんて、そそそそそそんなつもりわっ!?」

「まぁ、俺がワン子っちゅうのは間違いやないわな・・・・・・」

「ははっ、自分で言ってたら世話ないね、小太郎君」

「こ、小太郎さんっ!!」

「おお怖っ。尻尾斬られたらかなわんから、俺はさっさと退散するわ」


そう冗談めかして、俺は学園長室から小走りで出て行った。

もちろん、すぐに刹那も出て来たので、俺は彼女を待ってから、一緒に昇降口へと向かった。

そして、その道中、案の上彼女に苦言を呈される俺なのでした。


「まったく・・・・・・小太郎さんと一緒に目上の人の前に出ると、本当に心臓に悪い」

「あははっ、まぁええやん? ちゃんと相手は選んでやっとるで?」

「そういう問題じゃありません!!」


前に長も言ってたけど、刹那は硬すぎるんだよなぁ。

それこそ好きな男でも出来れば少しは砕けてくれそうな気がするが、原作でネギとそんな雰囲気になってる節はなかったしな。

まぁ今回はネギも俺同様、同い年になってる可能性もあるし、刹那の性格軟化はそれにお任せする方向で行こう。

今の刹那も、からかい甲斐があって楽しいしな。

昇降口で靴を履き替えて、俺たちはそれぞれ寮へと向かおうとする。

そのときだった。


「・・・・・・せっちゃん?」


不意に、刹那を呼び止める声が聞こえたのは。

いや、もちろん人が接近していることは気が付いていた。

けれど、それが知り合いだとは、俺はもちろん、刹那だって思っていなかったのだろう。

俺と同じように、慌てて声がした方を振り返っている。

そして、その彼女の表情が驚愕に凍りつく。

そこにいたのは、紛れもなく、彼女が誰よりも大切だと思っていた存在。

刹那が、力を渇望した理由そのものだったのだから。


「やっぱり・・・・・・せっちゃんや!」


ふんわりとした口調と、暖かくなり始めた風になびく、漆黒の髪。

一見して可憐だと、そんな印象を抱かせる少女。

俺も見覚えがあるその姿は、そう、間違える筈もない。

近衛 木乃香、その人だった。

まるで刹那の胸中を表す様に、春風と木々がざわめきを醸し出していた。









あとがき

ど、どうにか今日中に書けたんだぜっ・・・・・・。

何故か友人に拉致されて、バイクの荷台に揺られて5時間半。

お尻が痛い。

あとあさりの味噌汁おいしかったでつ(・ω・)

しかし・・・・・久しぶりにまともに話を書いた気がする。

相変わらず、本編は進行してないけどね・・・・・・。

と、いうわけで、麻帆良編スタートです。

あと刹那以外の女の子出た!!

このちゃん待ってたよこのちゃん!!

中途半端に引いたこと?

うん、今は反省してるんDAZE☆

と、言うわけで、また次回なんDAZE☆

ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 11時間目 膠漆之心 このちゃん可愛いよこのちゃん!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/21 01:33
「せっちゃんなんやろ? ホンマに久しぶりやなぁ、元気しとった?」


心底嬉しそうに顔を綻ばせて、木乃香は刹那へと駆け寄る。

俺のことはガン無視かーい。

いや、しかしながら、最早そんなことどうだっていいわ。

だって・・・・・・だって!!


―――――実物のこのちゃんマジで可愛えんだもの!!!!


刹那も大概可愛いけど、木乃香は可愛いさのベクトル違うしね!!

もう刹那以外の女の子にようやく会えた俺の胸は感動でいっぱいだよ!!

テンションマキシマムドライブな俺とは反対に、刹那は予期せぬ再会に、言葉を失っていた。


「このちゃ・・・・・・お久しぶりです、お嬢様」


しかしながら、さすがと言うべきか。

すぐに感情を押し殺した表情と声音で、刹那は木乃香にそう言った。

やっぱり、そこの溝はそう簡単には割り切れないか・・・・・・。

俺の接してる雰囲気で、原作より大分明るいと感じてたんだけどな。

木乃香は、刹那のそんな対応に寂しげに表情を曇らせていた。


「そんな他人行儀にせんといて。昔みたいに、このちゃんて呼んでぇな」

「いえ、私はあくまで、近衛家に仕える身ですので」

「せっちゃん・・・・・・」

「それでは、お嬢様、今日はこれにて失礼いたします」


そう言い残して、刹那は踵を返して、寮への道を歩き出してしまった。


「あ、待って、せっちゃん!!」


木乃香の声は、確実に彼女に届いていたはずなのに、刹那はそれを聞こえないふりしていた。

俺は慌てて刹那の隣に駆け寄る。


「おい、ええのんか? あの子が、おっちゃんの娘さん・・・・・・刹那が護りたいて思てた人とちゃうんか?」

「良いも悪いもありませんよ。私は、あくまでお嬢様の護衛です。必要以上に、近づく必要はありませんから」


この娘は・・・・・・心にもないことを。

本当、思春期ってのは難しい年頃だよね?

本心では、きっと刹那も、木乃香と仲良くしたいはずなのに。

生真面目な彼女は自分の出自や、家柄を気にして、必要以上に彼女に近付けないでいる。

それが、木乃香を何より傷つけるとも知らずに。

対する木乃香も、刹那が必要以上の接触を拒むと知っているから、これからの二年間、誰にもその悩みを打ち明けず、自分の中にしまい続ける。

これ以上、刹那に嫌われたくないと、そう思って。

最初から、刹那は彼女を嫌ってなど無いと言うのに。

見てるこっちがやきもきするくらいに、彼女たちはどうしようも無く不器用だった。

もっとも、放っておいても、二年後の修学旅行編以降で、勝手に二人は和解して、チュウまでする仲になっちゃうんだろうけどさ。

しかし、何と言うか・・・・・・さっきの木乃香の寂しそうな、悲しそうな表情がどうしても頭から離れない。

俺の女好きにも困ったもんだ。

どうしても、女の子は、やっぱり笑顔が一番似合うと思ってしまうのだから。


・・・・・・ああもう!!


「刹那、用事思い出した。一人で帰っててくれ」


どうせ二人とも寮に帰るつもりだったんだ。

ここで別れたって、大差ないだろう。


「え? 用事って、そんな今日来たばかりで・・・・・・」

「俺にもいろいろあるんや。んじゃ、また明日な!!」


そう言い残すや否や、俺は先程後にしたばかりの女子部の校舎目がけて走り始めた。








「今日来たばかりで、一体どこに何の用事が・・・・・・ん? も、もしかして・・・・・・お嬢様の、ところ? ・・・・・・し、しもたぁ!! いきなり小太郎はんが女の子と仲良ぉなってまう!? ああ、でもこのちゃんの前に出るんは・・・・・・そもそもどないして妨害すればええんや?・・・・・・ああもう!! 小太郎はんのアホー!!!!」



・ 




「へぇっぶしっ!?  な、何や? 風でも引いたんやろか?」


豪快なくしゃみに鼻をすすりながらも、俺は走る脚を止めない。

早く戻らないと、木乃香の方が先に寮に帰ってしまう可能性があるしな。

頼むからまだいてくれよ・・・・・・。

そして俺は、五分と掛からずに、女子部の校庭に辿り着いた。

キョロキョロと周囲を見渡す。

・・・・・・いた!

良かった。どうにか間に合ったようだ。

木乃香は、校庭の隅に置かれたベンチで、寂しそうに背中を丸め、俯いていた。

・・・・・・ほれ見たことか。刹那、お前のお嬢様は、お前の言葉であんなに悲しんでるんだぜ?

原作の中でも、あんな風に悲しそうにしている木乃香を、俺は見た覚えがない。

裏を返せば、刹那同様、木乃香にとっても、刹那はそれだけ大きな存在だったということだろう。

だから、今更俺が何をしようと、彼女の憂いが晴れることはきっとない。

だが、だからといって何もしないのは、俺の性分じゃなかった。

・・・・・・単純に、女好きな悪癖が鎌首を擡げただけとも言いますがね。

俺は躊躇なく、木乃香が座るベンチに近づいて行った。


「よぉ。えらい景気の悪い面しとんな?」

「え? あ・・・・・・せっちゃんと一緒におった・・・・・・」


声を掛けるまで、俺の存在に気が付かなかったのだろう。

木乃香は、きょとんとした表情で、俺のことを見上げていた。

う、上目遣いが、上目遣いがっ!!

お、落ち着け俺! こういうときは素数を数えるんだ!!

って、そんなことしてたら会話にならんわ!!


「え、ええと・・・・・・自分、近衛 木乃香で合うてるよな?」

「え? なんでウチの名前知ってるん?」

「やっぱりな。俺は、犬上 小太郎。京都で刹那と一緒に剣道しててん。近衛のことは詠春のおっちゃんと刹那から良ぉ聞かされてたんや」

「せっちゃんと、一緒に・・・・・・そうなんや」


い、いかん! 刹那の名前を出した瞬間、木乃香のどんより具合が5割増しだ!

さすがにノ―プランで彼女を励まそうと思ったのは失敗だったか!?


「せっちゃん・・・・・・ウチのこと、嫌いになってもうたんやろか?」


ぽつり、と、木乃香は、弱々しく、そんなことを呟いた。

そういえば、原作でもそんなことを、言ってたな。

つまり木乃香は、これからの二年間、ずっと刹那に嫌われたという勘違いをしたまま過ごして行く訳だ。

・・・・・・なるほど、なら俺に出来ることが、一つだけあるじゃないか。


「そんなことあれへんわ」

「え?」


俺は、さも呆れたと言わんばかりに、大仰な溜息をついてやった。


「あんな、自分刹那の幼馴染なんやろ? 今日のことはともかく、昔は刹那と仲良ぉしてたんやろ?」

「う、うん・・・・・・」

「やったら、刹那が自分のことどんくらい大事に思てたか、知っとるはずやんか?」

「あ・・・・・・」


恐らく、彼女の脳裏には、増水した川で溺れたとき、そのとき、必死で彼女を助けようとした刹那の姿が浮かんでいることだろう。

自らの危険も顧みずに、それでもなお、自分を救おうとした、そんな優しい少女の姿が。


「刹那は今も近衛のこと大事に思とる。この四年間、誰よりもあいつと剣を交えて来た俺が保証したるわ」


ただ今は、自分の気持ちに整理が付かないだけだ。

だからどうか、彼女が素直になれるまで、待っていてあげて欲しい。

そんな願いを込めて、俺は言葉を紡いだ。


「・・・・・・犬上君、ええ人やんな。目つき悪いから、もっと怖い人かと思ってたえ」


そう言って、ようやく木乃香は、俺が知っている花のような、可愛いらしい笑みを浮かべてくれた。

・・・・・・ここでいきなりその笑顔は反則だろ!?


『メーデー!! メーデー!!!! 我が軍の防衛ライン、被害は甚大!! 至急撤退されたし!!』

『おい衛生兵!! 何やってんだよ!? こいつ死んじまうぞ!!!?』



俺の頭の中で、そんな光景が繰り広げていることも露知らず、木乃香は勢い良く足を振って、ベンチから立ち上がった。

・・・・・・生足がっ、生足が眩しくて死んでまう!!


「うん、元気出て来た。おおきに、犬上君。せやんな、せっちゃんがうちのこと簡単に嫌いになるなんて、あれへんもんなっ」


そう言った木乃香の顔は、まだ弱冠の不安はあるのだろうが、それでも、先程より幾分も晴れがましい笑顔だった。

俺は、その笑顔が見れたことに満足して、両頬が緩むのを感じた。


「・・・・・・やっぱ女の子は、笑とるのが一番やな」

「ん? 犬上君、何て言うた?」

「何でもあれへん。それより、俺のことは、小太郎って呼んでんか」


正直、同世代の女の子に名字で呼ばれるのはむず痒い。

今まで知り合いが刹那しかいなかった分余計に。

・・・・・・中身の年齢? さぁ、何の事だか?


「んー、それじゃあ、コタ君で呼んでもええ?」

「ああ、好きにしたらええわ」

「うん。せやったら、コタ君もウチのこと、木乃香って呼んでぇな」


それは渡りに船というもの。

タカミチ同様、心の中では木乃香木乃香呼んでたからな。

お言葉に甘えさせて貰おう。


「んじゃ、そうさせて貰うわ。・・・・・・これからよろしゅうな、木乃香」

「ウチこそ。励ましてくれてありがとな」

「どういたしまして。また何かあったらいつでも言いや? 可愛い女の子の悩み事やったら、いくらでも受け付けてるさかい」

「あははっ、コタ君、おじさんみたいやで?」

「うそん!?」

「あははははっ」


この後、俺は木乃香の元気そうに微笑む姿に満足して、一人男子部の寮へと岐路を急いだ。

これで彼女たちのわだかまり、全てが解消されたとは思わない。

けれど、少なくとも、木乃香の憂いを晴らすことは出来たと思う。

あとは刹那自身の問題だ。

頑張れよ? お前のお嬢様は、お前が心を開いてくれる日を、何よりも待ち望んでるぜ?

少しおせっかいだったか? 何て、柄にもなく反省しながら、俺の麻帆良における一日目は、こうして幕を下ろして行ったのだった。








オマケ


「・・・・・・ど、どないしょう? やっぱ様子だけでも・・・・・・あかん、小太郎はん、ウチのこと匂いだけで気付いとる節があるし・・・・・・かと言って、このままほたっとたら、お嬢様以外の女の子とも・・・・・・ああああ、ウチはどうしたら!?」

「刹那君」

「うひゃああっ!? た、高畑先生!? ど、どうしてこのような場所に!?」

「いや、巡回してただけなんだけど・・・・・・急がないと、もうすぐ寮の門限だけど?」

「・・・・・・え゛!?」



チャンチャン♪








あとがき

ふははははっ!!!!・・・・・・眠ぃよ!!(orz

何でもう一話書こうなんて思ったんだ!?

二時間前の俺の頭を殴ってやりたい!!

だって木乃香が可愛いんだもの!!!!

ああ、バイクに乗ったせいでケツに筋肉痛が来てる・・・・・・

うん、今日はね、もう駄目な気がするよ・・・・・・

と、いうわけで、そろそろ寝るよ。

おやすみなさい。

え? 明日の更新?

さぁ、生きてたらするかもね。


ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 12時間目 意気軒昂 明日菜め、いつか見てろ!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/21 23:54

麻帆良についてから一週間が経過した。

最初は面倒だと思っていた警備員の研修も、タカミチがちょいちょい稽古を付けてくれるおかげで、とても有意義に感じている。

試しに咸卦法を再現してみようとしたところ、暴発して死ぬ思いをしたのには正直凹んだが・・・・・・。

男子寮は、たまたま空きがあったため一人部屋を借りることが出来た。

おかげ様で、夜中に脱走するのが楽だ。

寮では既に何人かの同級生が共同生活をしていて、俺も数人と仲良くなった。

思っていた以上に幸先の良い新生活の始まりに、本来なら文句なんて出ようはずもないのだが、しかし・・・・・・

誠に遺憾なことが一つだけあった。


「僅か一週間で14件・・・・・・小太郎君、これがどれくらいの数字だか分かるかい?」


いつものように穏やかな表情のタカミチだが、その額にはぴくぴくと青筋が浮かんでいた。

俺は乾いた笑いを浮かべて、彼の逆鱗を逆撫でしないような解答を必死で探っていた。


「え、えーと・・・・・・平均より、ちょこっと多い?」

「平均をぶっちぎって多いよ」

「ですよねー☆」


・・・・・・さーせん。

タカミチが言ってるのは、ここ一週間で俺が受けた生活指導の回数だったりする。

ちなみに内訳は、深夜に寮から脱走したことで3件、他学年の生徒との揉め事で11件だ。

まぁ脱走に関しては100%俺が悪い、そこは認めよう。

次からはちゃんと見つからないよう転移を使うか、或いは見つかっても大丈夫なよう影分身を置いていくことにしよう。

しかし、喧嘩に関しては、情状酌量の余地があると思う。


「全部向こうからしかけてきとるんや、全然俺は悪ないやろ?」


別に俺は好き好んで喧嘩してる訳じゃない。

向こうが勝手に喧嘩を売って来るんだ。

やれ目つきが気に入らないだの、やれ中坊の癖に生意気だの、と。

そういう時代錯誤と言うか、年齢や体格だけで勝てると思いあがってる連中には灸を据える必要があると思う。


「せやから、こう紳士的にな、身の程っちゅうもんを教えたろうと思てな」

「・・・・・・紳士は肋骨を2、3本持って行ったりしないよ」

「あ、あははは・・・・・・」


ま、まぁやり過ぎてしまった感は、否めないかな?

け、けど気とか忍術とか狗神とかは一切使ってないんだぜ。 本当だよ!?



「まぁ、君の言う通り、喧嘩に関しては全て正当防衛だったと裏付けも取れているからね。大目に見るのは、今回までだよ?」

「おお!? さすが、タカミチ! やっぱ話が分かるなぁ」


まぁ、脱走に関しては寮のトイレ掃除一カ月+反省文というペナルティが課せられているので、見逃すのはこれまでの喧嘩に関することだけだろうが。

次からは、きちんと医者のお世話にならなくて良い程度にボコることにしよう。


「ただし、次は相応のペナルティを受けて貰うからね? 出来る限り話し合いで解決するか、無理そうなときは逃げきること。君ならそれくらい簡単だろ?」

「むぅ・・・・・・敵前逃亡は性に合わへんなぁ。ちなみに、次喧嘩したらどないなるん?」

「そうだね・・・・・・気と忍術、狗神に関して一週間の封印処分と、その上で、第3グラウンドの清掃と、あ、もちろん一人でだよ? あとは、400字詰め原稿用紙5枚以上で反省文の提出ってところが妥当かな?」

「うそん」


前言撤回。

絶対もう喧嘩はしねぇ・・・・・・。









その後、俺はタカミチに今週一週間の研修スケジュールが書かれた紙を貰って、女子部の生活指導室を後にした。

ん? 何で男子部の生活指導室じゃないかって?

何でも、現在俺と刹那のお目付け役がタカミチだから、俺たちへの指導はこの一カ月間に限って全部タカミチがやることになってるんだとか?

というわけで、俺は問題を起こすたびにこうして女子部の校舎を訪れてたりする。

もうね、周りの女子の視線が痛いこと痛いこと・・・・・・。

俺完全に不審者扱いよ?

いかにイケメンボディと言っても、TPOを守らないとこういう目に合うということか。

一つ身を持って学んだよ・・・・・・。


「あれ? コタ君?」

「ん?」


聞き覚えのある、ふんわりした声に呼び止められて振り返ると、そこにはやっぱり見知った顔がいた。


「おう、木乃香か。久しぶりやな」

「あはは、前に会ってから、そないに経ってへんよ?」


いやいや、この一週間、タカミチと男子寮の連中にしかあってない俺からすると、木乃香みたいな可愛い女の子との会話は物凄く希少なのよ。

本当めちゃくちゃ久しぶりに女の子と話した気がするもの。

刹那とさえ、時間が合わなくて会ってないしなぁ・・・・・・。

嬉しそうに俺へ向かって、とてとて駆け寄ってくる姿に、引き攣っていた俺の胃が癒されていくのを感じる。

ああ、女の子って、本当にイイモノですね・・・・・・。

それに、この前会った時より幾分元気そうだし。

刹那のことに関して、彼女なりに気持ちの整理が付いたってことかな?



「今日はどしたん? 女子部の校舎って、基本的に男子禁制なんとちゃうんっけ?」

「あー・・・・・・話すと長なるというか、複雑というか・・・・・・」

「???」


返答に窮する。

魔法絡みのことを隠して、タカミチが俺の指導員になってることを説明するのは難しいしなぁ。

うーむ・・・・・・ここは単純にタカミチに用事があった、ってことでOKなのではなかろうか?

そう思って返事をしようとした矢先のこと。


「あんた、木乃香に何してんのよっ!?」

「へ?」


―――――リィンッ


俺と木乃香の間に、彼女を庇うようにして割り込んだのは一人の少女だった。

鈴の髪飾りが、風に揺られて甲高い音を奏でる。

特徴的な二つ結びの髪に、これまた特徴的なオッドアイ。

木乃香が牡丹だとするなら、まるで向日葵のような印象を受ける、快活そうなその人物。

この世界において、間違いなく最重要人物の一人であろう彼女。

それが俺と、神楽坂 明日菜の出逢いだった。


「あ、明日菜?」

「大丈夫、木乃香? こいつに変なことされてない?」

「オイ。ちょお待てやコラ」


行き成り人を痴漢扱いですか!?

むしろ話しかけたの木乃香の方ですよ?

そんな俺の言葉に、まるでゴミ見るかのような視線でこちらを振り返る明日菜。

このアマ・・・・・・可愛ければ何でも許されると思うなよぉ!!

しかしここで怒るのも大人げないしな。

ここは笑って彼女の間違いを正してあげようではないか。


「白昼堂々、女子部の校舎に忍び込む変態と、話すことなんて何もないわ!!」

「(ぴくっ)・・・・・・おいコラ、誰が変態やて?」

「あんた以外に誰がいるってのよ!?」


こ、このガキ・・・・・・。

人が黙ってりゃあ好き放題に。

俺だって好きで白い視線を浴びてる訳とちゃうわぁっ!!!!


「女子部の校舎は男子禁制!! 初等部の子でも知ってるわよ!!」

「止むに止まれん事情があったとは考えん訳かい」

「心にやましいことがあるから、そうやって言い訳が出るんでしょ!?」

「ちったぁ、人の話を聞けや!!」

「だから、変態と話すことなんてないって言ってるでしょ!!」


ぬおおお・・・・・・!!

明日菜め、勘違いとは言え、ここまでこの俺を虚仮にするとわ!!

ゆ、許せん・・・・・・女の子だし、穏便に済ませてあーげよっ☆なーんて思っていたがもうヤメだ!!

かくなる上はこの拳で黙らせてくれるわ!!


「明日菜、明日菜っ」


鬼の形相を開始した俺を余所に、木乃香は慌てた様子で明日菜の袖を、くいくい、と引っ張っていた。


「こ、木乃香? 待ってて、すぐにこの変態を追っ払うから!!」

「ちゃ、ちゃうんよ。その人変態さんとちゃう。むしろ良い人なんよぉ!」

「へ?」


木乃香に説明されて、きょとんとなった明日菜は、油の切れた玩具のような挙動で、こちらを一瞥した。


「え、ええと・・・・・・(ちらっ)」

「・・・・・・あぁん?(ギロッ)」

「怖っ!? ちょっと木乃香ぁ!? あれやっぱ完全に悪役じゃない!? あんた絶対騙されてるって!!」

「だ、誰が悪役やとぉ!?」


そら、あんだけ変態変態連呼されりゃあこんな顔にもなるわっ!!

自分の言ったことを棚に上げて、好き放題言ってんじゃないよ!!


「そら、あんだけ変態さん呼ばわりされたら、誰だって怒るえ? 明日菜、ちゃんとごめんなさいせなあかんよ?」

「え!? あ、う・・・・・・ええと、その、な、何か、早とちりしてたみたいで、その、ごめんなさいっ」


そう言って、明日菜は意外に素直に頭を下げて来た。

へぇ、存外素直なところもあるみたいだな。

間違いを間違いだと認めるのは、結構難しいことだと思うけど。

まぁそれだけ木乃香を信用してるってことか。

何はともあれ、向こうが勘違いに気付いてくれたなら、そう目くじらを立てることもないだろう。


「・・・・・・はぁ。分かってくれたなら別に構わへんよ。売り言葉に買い言葉で、こっちも熱くなってもうたからな」

「あははっ。コタ君、ヤーさんみたいな顔してたで」

「うそん。やっぱそんなに目つき悪いんか、俺・・・・・・」


正直凹むわぁ・・・・・・。

やっぱりやたらそういう人種に絡まれるのも、それが原因だろうか?

次からは出来る限り笑顔でいるよう心がけよう。


「木乃香、こい・・・・・・この人とどういう関係?」


おい、今一瞬こいつって言いかけなかったか?

あーそう言えば、原作で「チャラチャラした男は嫌い」って言ってたような・・・・・・。

そう考えると、今の俺の外見は、まさに彼女の嫌いなチャラチャラした男になるわけだし、目の敵にもしたくなるか。

髪はのばし放題だし、学ランの前ボタンは全開。おまけにシャツもガラものだしな。

ふむ、イケメンな見かけがこんな風に災いすることもあるんだな。

勉強になったぜ。


「うん。犬上 小太郎君。コタ君、こっちは神楽坂 明日菜。ウチのルームメイトやえ」

「よろしゅうな」

「あ、こちらこそ。で、木乃香いつの間に男子と仲良くなったのよ? 関西弁だし、向こうにいたときの知り合いとか?」


おお、明日菜の奴、まだ俺のこと警戒してんな。

それだけ木乃香のことを大事にしてるってことか?

友達思いだな。

さっきの言い合いで急降下だった明日菜株が急上昇中だ。


「ううん。知り合うたんは、一週間くらい前やよ」

「木乃香のお父んに向こうで世話になっとったさかい、こっちに来たら挨拶くらいしとこ、って思っててん。そしたらたまたま、こっちに来たその日に会うてな」

「そうだったんだ。私てっきり・・・・・・」

「てっきり何や?(にこり)」

「な、何でもありまっせーん・・・・・・」


そんなに俺は悪人面か?

まぁ、初登場時は敵役だったし、そういう外見というか、オーラが滲み出てるのかもな。

中身はこんなナイスガイだというのに!!


「それで、結局コタ君は何で女子部に来てたん?」

「そ、そうよ!! 本当なら女子部は男子禁制でしょ!?」

「まぁ、神楽坂の言う通りなんやけど・・・・・・タカミチに用事があってん」


そりゃあ女の子は好きだけど、白い目で見られると分かっててわざわざ女子部に堂々と入ったりはしない。

それこそ、本気でピーピングするなら、狗神やら幻術やら使って隠密行動で来るわ。


「タカミチて・・・・・・高畑先生のこと?」

「ああ、そうや・・・・・・って、しもた。他の生徒の前では、先生てつけろ言われてたんや」


本人いないし大丈夫だとは思うけど。


「た、高畑先生を呼び捨て!? アンタ、高畑先生と一体どういう関係よ!?」

「別に、ただの生徒と先生やで? ちょっと訳あって専属指導員みたいになってもうてるけど、入学式までのことやさかい」


つかみかかってきそうな勢いの明日菜に、俺は淡々と事実を告げる。

というか明日菜さん、タカミチのことになると目の色変わり過ぎ、ワロタ。


「じゃ、じゃあ、なんで呼び捨てなんてしてるのよ!?」

「本人がそれでええっちゅうんやから、別にええやろ? 他の生徒の前ではちゃんと先生て呼んでるし」

「そういう問題じゃないでしょう!?」

「明日菜、少し落ち着かんと。コタ君も困っとるえ?」

「え? あ・・・・・・ご、ごめん」


木乃香にたしなめられて、しゅんとしてしまう明日菜。

何か犬っぽくて可愛いかも。

まんまワン子の俺に言われたくは無かろうが。


「別に構へん。強いて言うなら、俺が高畑センセの友達に似てるから、っちゅうのが呼び捨てを許可してくれた理由みたいやで?」

「そ、そうなの? 高畑先生に、あんたみたいな友達が・・・・・・想像できないわ」

「そうけ? 結構性格が正反対の方が、仲が良くなるもんやとウチは思うけどな?」


君と明日菜とかね。


「ほんなら、コタ君はもう帰るとこなん?」

「そうやな。自分らも帰るとこ?」

「そうよ。今日は制服の採寸があったんだけど、もう終わっちゃったしね」


あー、女子は結構面倒臭いんだよな。

バストとかウエストとかメジャーでぐるぐる測られるの。

男子みたいにSMLと丈だけ合わせりゃ良いってもんじゃないし。

確か、タイも好きなのを選べるんだよな?

お洒落にこだわってる奴からすると、遊びがあって良いんだろうが、俺には理解できん。


「ねえコタ君。この暇やったりするん?」

「ん? まぁ暇といえば、暇やな」


今週分の食料の買い出しに、と思ってたけど。それは別に明日でも構わないだろ。


「せやったら、ウチらと一緒に買い物行かへん? 向こうでのせっちゃんのこととか、いろいろ聞かせて欲しいし」

「別に俺は構へんけど、明す・・・・・・神楽坂はそれでええんか?」


あっぶねぇ! 今、明日菜って言いそうになってた!

気取られてなきゃいいけど・・・・・・

それはさておき、木乃香や明日菜みたいな可愛い女の子を、両手に花状態で買い物なんて、まるで夢のようではないか。

むしろお金を払っても良いレベルですぜ!!

もっとも、明日菜がそれを良しとしてくれるかは微妙ですがね。


「明日菜で良いわよ。噛みそうでしょ? 私の苗字。 木乃香が良いなら、良いんじゃない?」


しっかり気取られてたー☆

けど、予想に反して動向が許可されたぜ!!

今日の俺は何てついてるんだ!!


「ただし・・・・・・妙なこと考えたら、お星様にしてやるから、覚悟しときなさい」


・・・・・・OH、魔王が見えたぜ。

くわばらくわばら。 明日菜の前では、必要以上に木乃香に近づかないようにしておこう。

障壁とか狗神とかガチで抜いてダイレクトダメージは流石にきつい。


「ほな、行こか?」


明日菜の了承が得られると、木乃香は嬉しそうにはにかんで、俺と明日菜の手をそれぞれにとって引っ張った。

この世界に来て、二番目に握った女の子の手は、俺が想像してた通り、柔らかくて、とても温かだった。


「ちょ、ちょっと、木乃香! そんなに引っ張んないでってば!」

「あはは、意外と明日菜の方が木乃香に振り回されとるんやな?」

「ほらほら、二人とも早ぉ行かなお店しまってまうえ?」


楽しそうな、木乃香の笑みを見てると、それだけで満ち足りた気持ちになって来るから不思議だ。

さて、木乃香のご機嫌を損なわないよう、急ぐとしますかね。

そう思った矢先。


『わんっわんっ!! わんっわんっ!!』


「お? メールや」


俺の携帯が鳴った。

ちなみに料金は、屋敷にいた時に作った俺の口座から引き落とされてる。

あ、そこに入ってる金は、もちろん長から依頼された仕事料ですよ。


「着メロが犬の鳴き声って、あんた・・・・・・」

「あはは、コタ君、名前に犬って入ってるもんな」

「ま、まぁそういうことにしといてくれ」


俺自身が半分犬なんですとは、言えないしね。

おもむろに携帯を開くとそこには見知った名前が表示されていた。


『桜咲 刹那』


「何やろ? 手合わせの約束はまだ先やったはずやけど・・・・・・」


そう思ってメールを開くと、そこには一言だけ、簡潔な文章が刻まれていた。


『お嬢様に手を出したら・・・・・・分かってますね?』


「どっ、どこや!? どこから見とるんやっ!?」


慌てて周囲を見回す俺。

そもそも何故俺が木乃香たちと一緒だとバレたっ!?

というか、いくら気配を消すのが上手くても、俺の嗅覚には引っかかるはずなのに!!

あのバカ、一体どんだけ遠くからお嬢様を見守ってるんだよっ!?


「こ、コタ君どないしたん!?」

「ちょっと!? 一体何があったのよ!?」

「わ、分からん・・・・・・一体どこにおるんや・・・・・・!?」


木乃香たちとの買い物に浮かれ気分だった俺は一転、恐怖のどん底に落とされた気分だった。

・・・・・・せっちゃん、マジパねぇっす・・・・・・





あとがき


なんとか日付をまたがずに更新できたんDAZE☆

そして最近せっちゃんがオチ担当と化しつつある・・・・・・

いや、せっちゃん好きだよ?

そして感想板でのせっちゃん人気に吹いた。

みんなせっちゃん好き過ぎだろwww

ご安心を、せっちゃんの本領発揮はこれからなんDAZE☆

あ、あと明日菜出た。

続々と女の子が書けてすげぇ楽しい。

ちゃんと特徴がつかめてるか不安だけどな!!

違和感があったら感想版で教えてね☆

さぁ、明日もちゃんと更新できるかにゃ?

が、がんばるんDAZE☆

それじゃあみんなっ、おやすみー☆

ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 13時間目 阿鼻叫喚 そもそも13って数字が不吉だって・・・・・
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2011/08/26 02:39
可愛い女の子を二人も侍らせて、きゃっきゃっうふふの楽しげなショッピング。

ああ、自分が幸せ過ぎて怖いv

・・・・・・なぁんて、思ってた時期が俺にもありました。


「明日菜、明日菜っ、これなんてどうえ?」

「うーん・・・・・・それならさっきのワンピの方が・・・・・・」

「そうけ? んー、結構いい線行ってると思たんやけどなぁ」


こんな感じでかれこれ二時間だぜ?

しかも、二人ともまだ一着も服を買ってないと来た。

正直何が楽しいのか俺にはさっぱりだ!!

まぁ、着飾ってる女の子を見るのは楽しいし。

試着してた木乃香と明日菜はそりゃあ可愛かったよ?

けどさ・・・・・・けどさっ!!

イマドキの女の子服なんて分かんない俺は完全に蚊帳の外ですよ!?

木乃香よ、何で俺を買い物に誘ったし!!

これなら荷物持ちも不要だったくねぇ!?


「・・・・・・コタ君? もしかして、退屈やった?」

「全然そんなことあらへんで(キリッ)」

「ホンマに? 良かったぁ、女の子の買いもんに付き合うん、男の人は結構退屈やって聞いてたから、心配やったんよ」


そう言って嬉しそうにはにかむ木乃香。

こんな無垢な笑顔を、無為に奪える人間がどこにいると言うのだ。

そんな感じで、脊髄反射のようにイイ顔で返事してしまう自分の女好き加減が恨めしい。

まぁいいさ。

俺の退屈を代償に、木乃香のこんなに可愛い笑顔が見られるなら安いもんだ。

・・・・・・俺、将来絶対尻に敷かれるタイプだな。

結局、三時間が経過し、店を5件回ったところで、軽くお茶をしようと明日菜が提案するまで、その謎の苦行は続いた。






「へぇ~、それじゃ、コタ君が剣道始めたんはせっちゃんと会うてからやったんや?」


注文したチャイを啜りながら、木乃香が以外そうな声を上げた。

明日菜の提案に乗っ取り、俺たちは現在、駅前のド○ールで茶などしばいている。

ちなみに、俺はアイスコーヒー(ブレンド)を明日菜はミルクティーをそれぞれ注文した。

昼食も兼ねているので3人ともそれぞれセットで軽食を頼んでたが、正直俺の腹はこんなもんじゃ満たされない。

まぁ空気読まないのもアレだし、後でまた何か買い食いでもしよう。


「剣道やのうて、剣術な。もともと俺は剣術やのうて体術、格闘技みたいなんやってたからな」

「へぇ、それじゃあ何、あんた結構喧嘩とか強いの?」


感心したように明日菜が呟いた。


「女の子が真っ先に喧嘩て・・・・・・まぁ、そこそこは強いけど、そんな望んではせぇへんよ?」

「あはは、そんなの当たり前じゃない」


何バカなこと言ってんのよ、と明日菜が呆れたように笑う。

・・・・・・この一週間で11件、述べ26名を病院送りにしたことは死んでも言えんな。


「それやったら、せっちゃんとはどっちが強いん?」


木乃香が核心に触れるような質問を投げかける。

毒気の無い顔して、なかなかに答えづらいことを聞いてくるな・・・・・・。


「そうやなぁ・・・・・・最後に手合わせしたときは俺が勝ったけど、実際は五分五分っちゅうのが妥当やな」

「は!? その桜咲さんて、女の子なんでしょ!?」


驚いた声を上げる明日菜。

あ、明日菜には刹那のことについて木乃香が軽く説明してくれてたみたいだ。

こんなとこでも微妙に原作を歪めているようで心苦しいが、今更そんな細かいことは気にしないようにする。


「剣術も体術も大局的に見れば戦術やからな。力の強弱、技術の高低だけで勝負が付く訳とちゃう」


それでも、剣術そのものは刹那のが強いけどね。


「そ、そういうもんなの? けど、女の子が男子と五分五分に強いって・・・・・・桜咲さんて、どんな屈強な体つきを・・・・・・」

「あ、明日菜・・・・・・せっちゃんはかなり可愛いえ」


恐らく、刹那に対して結構失礼な想像を膨らませていたであろう明日菜に、木乃香が苦笑いを浮かべながら言った。


「そうやで? こう、肌なんか雪みたいに白ぉてな。ホンマ、同し生きもんとは思えへんというか・・・・・・」

「やけに褒めるのね。・・・・・・もしかして、その桜咲さんのこと好きだったりして?」

「ええ!? コタ君、そうなんっ!?」


『!?(がたんっばたんっ)』


明日菜の爆弾発言に、木乃香までもが目を爛々と輝かせて身を乗り出してくる。

本当にこれくらいの歳の女の子って、そういう話題に目がないというか。

しかし、後ろの方の客がやたら騒いでたな。カップでも落としたか?


「そりゃあ、好きか嫌いかで言われたら大好きや」

『@*$#&%=~~~~~!!!?(がたがたっばたんっっ)』


オイオイ!? 本当に大丈夫か後ろの客!? 何か持病の発作でも起こしてるんじゃないのか!?

それはさておき、俺の答えに木乃香は顔を真っ赤に、明日菜はきょとんとしてフリーズしていた。


「え? ま、マジで?」

「キャーーーー!! コタ君、大胆やぁ!」

「盛り上がってるところ悪いけど、多分自分らの思とる意味とちゃうからな・・・・・・」


もちろん、刹那のことは可愛いと思うし、女性としての魅力も感じてる。

事故とはいえ裸を見てしまった時なんて、正直鼻血出そうだったし。

しかしまぁ、彼女は今、己の腕を磨くことにいっぱいいっぱいで、色恋なんて目にも入ってないだろう。

俺のことも、修行相手とは認識していても、そういう対象として見たことはないんじゃなかろうか?

第一、俺自身彼女と剣を交え過ぎて、今までそういう関係になれたら、なんて想像すらしたこと無かったからな。


「何よそれ。友達として好きってこと?」

「まぁ、そういうことやな。というか、俺は可愛い女の子はすべからく大好きやで?」

「コタ君・・・・・・それ多分、堂々と言うこととちゃうと思うえ?」

「そうか? ともかく、刹那のことは可愛いと思うけど、それ以上に尊敬やら感謝やらの気持ちが、今は多いっちゅうのが本音や」

「ふぅん・・・・・・幼馴染ってそういうもんなのかしら?」

「さぁな。けどま、刹那のこと大好きってのは本当やな。あいつほど、今の俺に気心知れたダチはおらへん」


『・・・・・・』


それは間違いなく、俺の本心から出た言葉だった。

俺がここまで強くなれたのも、故郷を失った後、自暴自棄にもならず、自身の弱さと向き合えたのも、常に直向きな彼女と出逢えたおかげだ。

照れ臭くて、なかなか本人には言えないが、刹那には感謝してもし足りない。

お、そう言えば後ろの客、急に落ち着いたな。

やっぱ持病か何かだったのか?


「ほな、そろそろ出よか? あんまり長居しても、お店の人に悪いえ?」

「それもそうね。面白い話も聞けたし、案外あんたがついてきたの正解だったかも」

「って、やっぱりついて来るの反対やったんかい・・・・・・」


がやがやと、明日菜と不毛な良い争いをしながら、俺たちは店を後にするのだった。








「さて、と・・・・・・結構まだ時間あるわね」

「ホンマやな。採寸10分くらいで終わってもうたもんな」


明日菜の言う通り、時計の針はまだ2時を回ったばかりで日も高い。

これからまたあの買い物地獄に付き合わされるかと思うと正直鬱だ。

・・・・・・離脱するなら今しかないか?

なんて、卑怯なことを考えていた罰が当たったのかも知れない。


『そっちからぶつかって来たんじゃん!?』


そんな、悲鳴染みた女の子の声が聞こえて来たのは。



「? 何やろ? 大きい声やなぁ」

「こんな往来で、誰か喧嘩でもしてんのかしら?」

「・・・・・・」


おおおい、マジかよ?

よりによって、次やらかしたらOSHIOKI☆決定だというのに、こんなときに荒事には関わりたくないぞ?

けど今の声・・・・・・聞き覚えがあったんだよなぁ。

気のせいだと良いんだけど、こういうときの俺の悪寒って当たるからなぁ・・・・・・。


「うーん、何か女の子の声してたし、一応警察とか呼んだ方がええんかな?」

「先にどんな様子か確認した方が良くない?」

「それもそやね」

「・・・・・・うそん」


ほるぅああああっ!!

何か、俺が知らぬ間に見に行ってみよう☆的な流れになってるし!!

本当、次喧嘩したらヤバいんだって!!

しかし、明日菜と木乃香を放っておくわけにもいかず、俺は自らの保身も許されないまま、二人の後を追うしかなかった。








「あ、あそこみたい」


明日菜が指差した方を見ると、そこには俺たちと同世代と思しき女の子が、性質の悪そうな男4人と何やら良い争いを繰り広げていた。

というか、やっぱり俺の悪寒は的中してたか・・・・・・。

よりによって絡まれてる4人、バッチリネギクラスのメンバーじゃねぇか・・・・・・。

背の高いポニーテールは、大河内アキラ。

活発そうなサイドテールは、明石祐奈。

色素の薄い髪でおどおどしてるのは、和泉亜子。

同じように涙目になってるのは、佐々木まき絵で間違いないだろう。

よりにもよってこんなときに絡まれてんじゃねぇよ・・・・・・。

まぁ彼女たちに非は無いんでしょうがね。


「だから、お嬢ちゃんたちがぶつかってきたのが悪いんだろ?」

「そうそう。大人しく付いてくるだけで許してやるってんだから、感謝して欲しいくらいだよな?」


あー・・・・・・随分面倒臭い手合いに絡まれたな。

普通にナンパしてくる奴らより、ああいう輩の方がしつこいんだよなぁ。

頑張って祐奈が食ってかかってるけど、あれじゃ暖簾に腕押しだろう。


「ああもう! 見てらんない! 木乃香、ここで待ってて!! あいつらの鼻っ柱へし折って来るから!!」

「あ、明日菜!! 危ないえ!!」


木乃香の制止も聞かずに、ナンパ4人衆にずかずかと突貫しようとする明日菜。

はぁ・・・・・・やっぱりこうなるわな。

俺は、彼女の手を掴んで、無理やりに引き留めることにする。


「待て待て。ちょうど荒事向きなんがここにおるんや。ここは大人しゅう俺に任せとき」

「小太郎・・・・・・」

「それに、可愛い顔に傷でも付いたら大事や」

「んなっ!? ば、バカなこと言っていないで、行くならさっさと行って来なさいよ!?」

「あいよ」


耳まで真っ赤にして大声を上げる明日菜。

今ので観衆の何人かはこっちに視線を奪われてる。

しかし・・・・・・くくっ、やっぱりからかい甲斐のあるやつだ。

さぁて、そいじゃあさくっと、運動部4人組を助けるとしますかね?


「なぁ、兄ちゃん達」

「あん? 何だてめぇ」

「んー、通りすがりの中学生ってとこやな」


厳密に言えば、まだ小学生ですけどー。

まぁ俺の身長じゃあそうは思われないだろ。

そして予想通り、こっちに敵意全開の視線をぶつけて来る4人衆。

タカミチの言う通り、俺一人なら逃げ切ることは容易い。

というか、こんな恰好だけの一般人になんぞ一生掛かっても追いつかれない自信がある。

しかし、彼女たちを助けるとなると話は別だ。

かといって、話し合いで解決できそうな手合いじゃないしなぁ・・・・・・。

気は進まないけど、あの手で行くしかないか。

俺は一番先頭にいた祐奈に目配せをした。


「え?」


しっしっ、と追っ払うかのように手を振る。

もっともこの場合、その行動に込められてる意味は『俺のことは気にせんと、さっさと逃げぇや』だったりする。

伝わってくれていることを信じながら、俺は男たちに向き直った。


「別に立ち聞きする気はなかってんけど、たまたま聞こえてな。兄ちゃん達、この子らにぶつかられて頭に来とるんやろ?」

「何だ、分かってんじゃねぇか? だったら、さっさと失せな!!」

「まぁまぁ、落ち着きぃ。せやったら、この子らのことは見逃してくれへん?」

「あぁん!? 何トチ狂ったこと言ってやがる!?」

「その変わりと言っちゃあ何やけど、俺のこと好きなだけ殴ってもらって構へんから」


一般人に殴られたって、大したダメージは無いしな。

よしんば口の中を切ったとしても、翌日には治るだろ。

それに、俺から手を出さなければ、喧嘩じゃないしな。タカミチからお咎めを受けることはないだろう。

あとは、こいつらが食いついてくれるかどうかという、ギャンブルみたいな作戦だが・・・・・・。

男たちは一様にいやらしい笑みを浮かべていた。


「はっ! 坊主、いい度胸してるじゃねぇか?」

「本当に好きなだけ殴っていいんだな?」

「さぁて、何発もつかな?」

「ぎゃははっ! ちゃんと俺まで回せよ?」


何だ、単に何かしらでストレスを発散したいだけの手合いか。

俺は安堵に胸を撫で下ろし、4人を庇うようにして割り込むと両手を広げた。

公衆の面前で殴られるのは抵抗があったが、それで彼女たちが助かるなら安いものだろう。


「よっしゃ、どっからでもええで?」


ぱっと見では分からない程度に、気で全身を強化し終えると、俺は殺気立つ男たちを促した。


「はん、肝が据わってんじゃねぇか? ほんじゃ、俺から行く、ぜっ!!」


―――――ばきっ


「・・・・・・」


・・・・・・なんじゃこりゃ?

放たれた男の拳は、ものの見事に俺の顎へと吸い込まれて行った。

うん、直撃だった、はずだ。

だと言うのに、何だこのダメージの無さは!?

別に気で強化する必要なかったんじゃねぇか!?

こいつら本当に恰好だけのヤンキーかよ・・・・・・。

ちょっと殺気ぶつけるだけで『お話合い』になったんじゃなかろうかと、一瞬後悔したがもう遅い。

男たちは次々に俺へと拳やら蹴りやらを見舞ってきた。


―――――どかっ、ばきっ、ばきっ


「おっ・・・・・・あたっ・・・・・・ととっ」


対して痛くはないが、この程度の強化じゃ慣性までは誤魔化せないか。

俺は男たちの打撃によって、前後左右に身体を揺さぶられていた。

・・・・・・これって、傍から見てたら、かなり痛々しそうな光景になってるんではなかろうか?


「も、もう止めたってっ!!」


やっぱりですか。

相当痛々しそうに見えたらしく、両目に涙いっぱい溜めた亜子が俺を殴っていた男の一人の腕にしがみ付いた。

あーあ、逃げろって言ったのに。

君らが逃げてくれないと、俺殴られ損ですよ?

まぁ、これだけ殴れば、彼らも気が済んだことでしょう。

そろそろ一言謝れば許してもらえ・・・・・・


「うっせぇ!! 引っ込んでろっ!!」


―――――どんっ


「きゃっ!?」


・・・・・・なんて思っていたが止めだ。

この野郎、今何をしやがった?

自分より一回り以上小さい女、しかも無抵抗な人間に手を上げやがっただと?

幸い、亜子は大した外傷はないようだが、尻もちをついて痛そうにお尻をさすっていた。

アキラがそれを助け起こそうとしたところまで視界の隅で確認して、俺の思考は完全に真っ赤になっていた。

人前だということも忘れて、瞬動を使い、亜子を突き飛ばした男の鼻先に移動する。


「お前っ!? いつのまに゛っ!!!?」


男が驚愕のあまり何かを叫ぼうとしていたが、それを最後まで聞かずに、その暑苦しい顔面を鷲掴みにする。


「よぉ自分・・・・・・この世で一番大事にせなあかんもんって何か知っとるか?」

「ふ、ふがっ!?」


俺の問い掛けに、男は苦しそうに呻くだけだった。

ああ、そう言えば、俺が口ごと顔を掴んでるんだったか。

まぁ、そんなことどうでもいい。

こいつには、身体に叩きこんでおく必要がありそうだからな。


「それはな・・・・・・可愛い女の子や。二度と忘れんよお・・・・・・身体に刻み込んどけ」


―――――ぎりぎりぎりぎりぎりっ


「ぎ、ぎゃああああああああっ・・・・・・!!!?」


俺が指に力を入れると、男は10秒と持たずに口から泡を吹いて意識を手放してしまった。

まぁ、頭蓋骨にヒビが入るほどはやってないし、痛みに精神が耐えられなかったんだろう。

本当に外見だけの野郎だったか。

俺は動かなくなった男を放り捨てると、残りの連中に向き直った。

女に手を上げるような野郎の連れだ。最早容赦してやる謂れはなかろう。


「お、おいっ!? トシ君!?」

「しゃ、洒落になんねぇぞっ!? あのガキ、今何しやがった!?」

「何慌てとんのん? ちょこっとその栄養の足りてなさそうな頭をマッサージしたっただけやん?」


そう言って、口元を釣り上げる俺。

頭の中では、既に数十に及ぶ抹殺方法が繰り広げられていた。

しかしながら、タカミチに釘を刺されているしな。

ここは一思いにマウントに沈めてやるとしよう。

ただし・・・・・・二度と悪さをする気が起きないような、エグい一撃でな。


「お、おいっ!? こ、このガキ、もしかしてっ!?」

「あ、ああ、学ランに長髪、オマケに殺人鬼みたいな目つき!!」

「最近噂になってる、30人近い不良を一週間足らずで病院送りにしたっていう、麻帆中の狂犬っ・・・・・・!?」


男たちが何か喚いていたが、最早俺の耳には届いていなかった。



「―――――さぁ、OSHIOKIの時間や・・・・・・」



『『『ぎ、ぎゃああああああああああああああああっ・・・・・・!!!!!?』』』


白昼の街中に、野太い男たちの断末魔が響き渡った。







「ふんっ、口ほどにも無いわ」


所要時間5秒で残りの3人を叩きのめして、俺はぱんぱんっ、と手を払った。

こっちが穏便に済ませてやろうと思ったら、調子に乗りやがって。

ぴくぴく、と断続的に痙攣を繰り返す死に体の男どもを尻目に、俺は亜子へと慌てて駆け寄った。


「自分、大丈夫か!? 怪我とかしてへん!?」

「え? えぇっ!? う、ウチは大丈夫ですけどっ!?」

「あ、あなたの方こそ、その、大丈夫なんですか?」


亜子を心配する俺に対して、アキラが珍しい生き物でも見るような目でそう言った。

まぁあれだけ殴られてりゃ当然の疑問だな。


「おう。あんなへなちょこパンチ何発喰らっても平気や」


俺は会心の笑みでそう答えてやった。

いや、でないと俺相当目つき悪いらしいから怖がられそうだしね。

その心遣いが通じたかは定かでないが、亜子はほっと、安堵の溜息を零していた。


「ホンマに、危ないところを助けてもろて、何てお礼を言ってええか・・・・・・」

「いやいや、大したことはしてへんよ?」

「そんなことないですよ。・・・・・・本当にありがとうございました」


そう言って二人から頭を下げられる。

な、何んか照れくさいぞ? 喧嘩して人に褒められるのって変な感じだ。


「お兄さん強いねー? 格闘技とかしてるの???」

「いや、本当に凄かったわ。最後の方とか、何やったのか全然分かんなかったし」


続いてまき絵と祐奈が俺の技に賞賛を浴びせて来る。

いやぁ、一般人に弱冠反則臭い技使ったんで正直後味はよろしくないんですけどね。

あとまき絵や、俺はお兄さんやのうて同級生や。


「こ、小太郎っ!!」

「コタ君っ!!」


4人に囲まれて、わいわい言ってると、慌てた様子で明日菜と木乃香が駆け寄ってきた。

ああ、そう言えば遠巻きにこいつらも見てたんだったか。

余計な心配を掛けちまったな・・・・・・。


「あ、あ、あんたっ!? 何けろっとしてんのよ!?」

「大丈夫かえ!? 痛いとこあらへん!? どこ怪我したん!?」

「ちょっ、ちょっ、ちょ!? 落ち着けや二人とも!! ほら見てみぃ!! 俺は怪我一つしとらん、無傷や!!」

「う、嘘!? だって、あんなに殴られてたのに・・・・・・」

「・・・・・・ホンマや。傷どころか、赤くすらなってへんよ?」


これで安心して貰えただろうか?

最初に殴られても平気ってことは言っておくべきだったかな?


「明日菜と木乃香じゃん? この強い兄ちゃん、もしかして二人の連れだった?」


二人を見た祐奈が、そんなあっけらかんとしたことを聞いた。


「い、一応・・・・・・私たちもこんなに強いなんて知らなかったけど」

「コタ君、凄かったえ! 正義の味方みたいやったよ!!」

「マジでか!?」


やったね☆ これで悪人から卒業だな!!

・・・・・・目つきが変わった訳じゃございませんが。


「あ、それから、こいつこれでも私たちと同級生だから」

「ええっ!? そ、そうだったの? てっきり年上かと思ってたよ!!」


そう言われて、まき絵が驚きの声を上げる。

というか、運動部4人組は全員俺がタメだとは思ってなかったらしい。

皆一様に目を点にしていた。


「今年から麻帆中男子部に通う、犬上 小太郎や。 よろしゅうな」


俺がそう名乗ると、4人娘も一人ずつ丁寧に自己紹介をしてくれた。

うんうん、やっぱ第一印象って大事ね。

明日菜の時とは違って、4人は皆俺のことをヒーローを見るかのような熱い視線で見てくれていた。

ちょ、ちょっと照れるぜっ。


「それはそうと、小太郎。あんなに強いなら、何で最初から本気出さなかったのよ?」

「そやそや。うちら、心臓が止まるかと思うたんやえ?」


明日菜がもっともな疑問を口にして、木乃香がそれに便乗する。

うーむ、それは本当に申し訳ないことをしたな・・・・・・。


「いやぁ、最初はやり返すつもりなかってんけどな。亜子がこかされたん見てカチンと来てもうた」

「そ、そそそんな、いきなり呼び捨てやなんてっ!?」

「あ、スマン。嫌やったか?」

「そ、そんなことっ、あれへんけど・・・・・・」

「そら良かったわ。あ、皆も俺のこと小太郎て呼んでんか」

「こら、話が逸れたわよ? 何でやり返す気がなかったのよ?」


おお、明日菜め、バカレッドの癖に意外としっかりしてんじゃないか。

と言う訳で、俺は明日菜に喧嘩をしたくなかった事情を話そうとして・・・・・・



―――――ぞくり

「―――――っっっ!?」



見動きが取れなくなった。

急に動かなくなった俺を、明日菜たちが訝しげな顔で覗き込む。

今まで感じたことの無い恐怖に、全身から滝のような汗が噴き出していた。

じょ、冗談じゃない!! 俺は手合わせとは言え、こんな化け者を相手にしていたのか!?


「ちょっと? どうしたのよ小太郎? な、何か凄い汗だけど・・・・・・」

「あ、あかん・・・・・・もうおしまいや・・・・・・」


こいつらは、このプレッシャーに何も感じないと言うのか?

それもそのはず。ヤツは、俺一人を標的に、この身も凍るような殺気をぶつけているのだから。

ぎぎぎ、と、油切れのロボットのような動きで後ろを振り返ると、そこにはスーツ姿の鬼神が立っていた。


「た、高畑先生っ!?」


どうやら明日菜も彼の存在に気が付いたらしい。

しかし、もう一つ気が付いてほしい。

彼の纏っている雰囲気が、平時とは比べ物にならないほどに禍々しいことに!!


「やぁ明日菜君に皆。それに小太郎君も・・・・・・5時間ぶりってところかな?」

「そ、そうです、ね・・・・・・」

「君が麻帆中の学ランを着ていてくれて助かったよ。目撃した人が、学校に連絡をくれてね」


タカミチの口調は穏やかだったが、そこに込められた闘気は隠しようがないほどに膨れ上がっていて、彼が言葉を発するたびに、バカみたいな気がバンバンと俺に突き刺さるようだった。


「さて小太郎君? 僕はさっき、君になんて言ったかな?」

「え、ええと・・・・・・見逃すのは、今回、限り・・・・・・?」

「正解だ。じゃあ、僕が何を言いたいか、分かるよね?」

「あ、あはははは・・・・・・情状酌量の余地は?」

「無い」


ぐわしっ、と、タカミチは俺の学ランの詰襟部分を掴むと、ずるずると連行を開始した。


「ご、後生や!! 堪忍してくれぇっ!!!!」

「男が言い訳するのは見苦しいよ? 大人しく罰を受けること」

「い、嫌やぁ!! 封印処置は絶対に嫌やぁっ!!!!」


タカミチは、恐らく咸卦法でも使っているのだろう。俺が暴れるのをものとせず、ずんずんと突き進んでいた。


「―――――だ、誰かっ、助けてくれえええええええええええええっ!!!!!!」


白昼の街中に、二度目の断末魔が響き渡ったのだった。








「・・・・・・ちくせう」


―――――ぶちっ、ぶちっ

俺は一人ごちながらも、せっせっとグラウンドの草抜きに精を出すのだった。

あの後、再び女子部の生徒指導室に連行された俺だったが、明日菜や木乃香、運動部4人組が事情を説明しに来てくれたおかげで、どうにか封印処置と反省文は免れた。

しかしながら、約束は約束ということで、こうして一人第3グランドの草抜きを命じられてしまったわけだが・・・・・・。


「こんなん一人で終わるわけあれへんやろ・・・・・・」


広すぎるわ!!

あーあ、絶対日暮れまでに間に合わねぇ・・・・・・。

既に時刻は4時を回っており、日は完全に西へと傾きつつあった。


―――――ぐうぅぅぅ


胃袋までが抗議の声を上げ始めた。

そういえば、買い食いしようと思ってたんだったか。

あんな騒ぎになったせいで、完っ全に忘れてたわ。

はぁ~~~~・・・・・・何で俺がこんな目に・・・・・・。



「よぉ。えらい景気の悪い面しとんな?」

「んあ?」


何か言った覚えのある台詞で呼びかけられて振り返ると、そこには悪戯が成功した子どものように微笑む木乃香の姿があった。

なして?


「どないしたんや? ぼちぼち寮の門限とちゃうかったか?」

「えへへ、コタ君、お昼少なかったみたいやから、お腹空かしてへんかなぁ思て。ほい、差し入れ」


そう言って、木乃香が差し出してくれたのは、綺麗に握られたおにぎりだった。


―――――ぐうぅぅぅ


再び、俺の腹が自己主張を開始する。

そんなことがどうでもいいくらいに、俺の胸はもう感動で一杯だった。


「こ、木乃香~~~~~!!」


感極まって木乃香に抱きつこうとする俺、その瞬間だった。


「調子に乗るなっ!!」「調子に乗らないでくださいっ!!」


―――――どかっ


「ぐぇっ!?」


息ぴったりのダブルドロップキックが、ノーガードだった俺の脇腹に突き刺さったのは。


「な、何や!? 敵襲かっ!?」

「何が敵襲よ!? どさくさに紛れて木乃香に何しようとしてんのよっ!?」

「言っておいたはずですが? お嬢様に手を出したら、どうなるかと・・・・・・」

「あ、明日菜に、刹那まで!? ど、どないしたんや!?」


俺は夢でも見てると言うのか!?

差し入れを持ってきてくれた木乃香はともかく、彼女たちにはこんなところに用は無いはずなのに。


「ま、まぁ、あんたをけしかけたことは、私にも責任があるからね。一人でこんなだだっ広いグランドの草抜きは可哀そうだと思ってさ」

「ま、まさか・・・・・・手伝ってくれるんか!?」

「な、何よ? 悪い?」


大歓迎です!!

前世から数えて30年。果たして女の子にこんなに優しくして貰ったことがあっただろうか。

もう俺、泣いてもいいんじゃね?


「あなたがああいう行動に出ると分かっていて、止められなかった私にも落ち度がありますからね。少しくらい助太刀しますよ」

「せ、刹那ぁ・・・・・・」


っていうか、あなたやっぱり木乃香のことスト―キングしてたんですね。


「あ、あなたが桜咲さん?」

「・・・・・・(ぺこっ)」


刹那は静かにお辞儀をすると、俺たちとは反対側の隅へと向かっていってしまった。


「な、何か、怖そうな人だったわね・・・・・・」

「き、気を取り直して、さくっと終わらせてまおう!!」


俺は慌てて、刹那のフォローをしておく。

まぁそれ以上に、さっさと終わらせて、木乃香のおにぎりに有りつきたいというのが本音だった。


「よーし、ウチも手伝うえ。さっさと終わらせんと門限に遅れてまうしな」

「それもそうね。それじゃあ、早速・・・・・・」


『おーい!! 小太郎ー!! 明日菜―!! 木乃香ー!!』


明日菜が手近な草に手を伸ばした瞬間、少し遠くから聞き覚えのある元気な声が響いた。


「祐奈? それに、まき絵やアキラ、亜子まで!?」

「おーう!! やっとるね? アタシらも助っ人に来たよ!」

「えへへっ、皆でやった方がきっと早く終わるよ?」

「もとはと言えば、私たちを助けてくれた所為だし、私たちが手伝うのは当然だと思って」

「え、えと、よろしゅうお願いしますっ!!」


・・・・・・何て、良い子たちなんだ。

あ、あれ? 変だな? 悲しくないのに、おじさん、涙が出てきちゃったよ・・・・・・。


「・・・・・・(ふるふるふるふる)」

「コタ君? どないしたん? どっか具合でも悪いん?」

「えぇっ!? こ、小太郎君、やっぱりどっか痛めてたんっ!?」

「た、たいへんっ! 早く保健室にっ!?」


俯いて黙り込んでいると、木乃香と亜子、アキラが心配そうに声を上げた。

もう・・・・・・もう、俺の胸は君たちへの愛でいっぱいだ!!!!



「・・・・・・みんなっ!! 俺、みんなのことが大好きやあっ!!!!」


―――――ぴょーーーーんっ


「だからっ!! 調子に乗るなっつってんでしょうがっ!!!!」


―――――べきぃっ


「ぎゃふんっ!!!?」

「あははっ、コタ君変な声や」


あ、明日菜・・・・・・良い蹴りだったぜ。

そ、その足ならきっと、世界も狙える・・・・・・。

地面とキスする俺を見て、皆が楽しそうに笑い声を上げた。

もちろん、顔は少し痛んだが、それでも俺は、どこか満ち足りた気分になって、釣られたように笑みを浮かべていた。







SIDE Takamichi......



「やれやれ・・・・・・手伝って貰ったら、罰にならないんだけどね」


がやがやと、楽しそうに談笑する彼らを遠目に見つめながら、僕は胸ポケットに入れてあった箱から、煙草を一本取り出した。


「まぁ、今回は止むに止まれぬ事情があったようだし、これで大目に見てあげるとしよう」


―――――しゅぼっ


ふぅ・・・・・・しかし、ああやって仲間と笑っている姿を見ると、ナギ、本当にあなたを思い出しますよ。

何が特別と言う訳でもないのに、人を惹きつけて已まなかったあの人。

そんなあの人に、彼はどこか分からないけれど、良く似ている。

そして、誰かのために自分の身を犠牲にしようとする、そんなところまで。


「ふぅ・・・・・・早く君に会わせてあげたいよ、ネギ君・・・・・・」


吐き出した煙は、すぐに風に揉まれて見えなくなってしまった。




SIDE Takamichi OUT......





あとがき


きょ、今日もなんとか日付変更線またがずに済んだんDAZE☆・・・・・・

さ、さすがに焦った;

つーか、今回の話は長過ぎた;

自分でも途中何が言いたかったのかわからなかったし;

あ、でも今回は女の子たくさん出たよ!!

とくに亜子たんはお気に入りだから超嬉しいv

亜子たんマジ亜子たん!!

ちなみに、次回からは再びちょっとシリアス、というかバトル要素含むお話になります。

ネギ君の出番?

・・・・・・作者だって早くネギ書きたいよ!!(orz

と、いうわけで、また次回。

次の更新も、サービスサービスぅ☆

ノシ




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 14時間目 開巻劈頭 幻想を抱いてるものって、実際に見るとイメージが崩れるよね
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/23 19:06
「護衛任務?」


春休みの終わりがけ、研修期間もあと僅かとなった今日、俺と刹那は学園長室に呼び出されていた。

何でも仕事の依頼があるとのことだが・・・・・・ガチで働かされるとは思わなかったぜ。

だって一応俺達ってば、小学生以上中学生未満な訳じゃない?

労基法云々の前に、倫理的にどーよ?とか思ってた訳さ。

しかしながら、先天的素質に左右され易い裏の世界では、表より人材不足が深刻なようだ。


「うむ。君達二人に、学園内のある人物の護衛を頼みたいんじゃ」


そう言った学園長の表情は、いつものような好々爺染みたものではなく、組織の長としての威厳に溢れる、険しい表情だった。

それだけ、今回のヤマがヤバいということか。

なおさら俺達なんかに依頼して大丈夫かよ?


「察するに大変難易度の高い任務とお見受けしますが、その、本当に我々に依頼してよろしいのでしょうか?」


刹那も同じ疑問を感じたらしく、おずおずと、学園長にそう進言していた。

学園長はそれに対して、頭が痛そうに溜息をつくと、居住まいを正した。


「わしも今回の件に関しては頭が痛いんじゃよ。本来なら、こういった仕事はタカミチ君の管轄なんじゃが・・・・・・」


残念ながら、タカミチは昨日から別件で魔法世界に出張中だった。

だからと言って、俺らにお鉢が回ってくるのは少々にが重すぎる気がする。

本来タカミチがするはずの仕事だって言うならなおさらだ。


「もちろん、それだけが理由ならまだ学生の君たちにこんなことを依頼はせんよ」

「他にも理由があるということですね?」

「うむ・・・・・・大きく理由は二つ。一つは、今回の首謀者が関西呪術協会の過激派だったということ」


なるほど、つまり、俺たちにそれを迎撃させることで、俺たちが過激派の間諜じゃないという証明をしようと言う訳か。

えらく物騒な踏み絵もあったなもんだな。

しっかし・・・・・・本当に仲が悪いのね、西と東。

夢と希望に溢れた中学生に、そんな汚れた大人の世界を見せないで頂きたいところだ。


「もっとも、呪術師本人は既に拘束しておってな。問題はその男が召喚した妖怪の方なんじゃよ」

「術者に命令を取り止めさせることは出来ないのですか?」

「どうも自らの身の丈に合わん高位の妖しを召還したようでな。完全に奴の制御化を外れておる」

「なんじゃそら? 自分のやったことには責任持てや」


飼い犬に手を噛まれるどころの騒ぎじゃねぇだろ?

しかも話を聞く限りじゃ、言うことは聞いてなくても、その妖怪は術者の命を遂行するために動いてると見える。

それを完遂しないと、恐らく還れないよう呪がかけられてるんだろうな。厄介な・・・・・・。


「では、我々の任務は、護衛対象に貼りつき、その妖怪を迎撃、殲滅する、ということでよろしいでしょうか?」

「そういうことになるの」


何だ、結構上手い話じゃねぇか?

強敵と闘り合えて、給金まで入るなんて、俺にとっては願ってもない話だ。

バトル脳過ぎる? ・・・・・・ほっとけ。


「して、二つ目の理由じゃがな。お主らに話すのはもう少し先にしようと思っておったんじゃがのう・・・・・・」

「何や? 珍しくえらい歯切れがわるいやんけ?」

「うむ・・・・・・実のところ、その者を保護することに関して、魔法を知る職員の間でも疑問の声があがっておってのう」


ふーん・・・・・・麻帆良の教員も一枚岩ではないということか。

まぁ、組織なんてどこもそんなもんだろう。

それで、学園長の裁量で自由に動かせる、警備員見習いである俺たちが抜擢されたと言う訳だ。

よくもまぁ、都合良く話が出来てますこと・・・・・・。


「そんで、魔法先生方に嫌われとるその護衛対象って誰なんや?」


痺れを切らして、俺は学園長に先を促した。

そして再び、大きくため息をつくと、学園長は重々しく、俺たちにこう問いかけた。


「・・・・・・不死の魔法使いを知っとるかね?」











学園都市の郊外。

そこに颯爽と建つ木造のコテージ。

これこそが、今回俺と刹那が護衛することになった人間の居城なのだそうな。

・・・・・・って、もう大体誰か予想はついてるでしょうけどね。


「ここが不死の魔法使い・・・・・・吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさんのお宅ですか」


そう、今回の護衛対象とは、みなさんお馴染み、千の呪文の男に魔力の大半を封じられて女子中学生生活を余儀なくされている齢600歳越えの吸血鬼。

ツンデレ比9:1のドS幼女こと、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様なのだった!!

・・・・・・つーか、護衛の必要あったのか?

俺の記憶では、封印状態で刹那を圧倒してたはずだけど?

そんなに今回の妖怪が強いってことか?

学園長から護衛対象の話が出た時、刹那なんか弱冠顔引き攣ってたからね。

俺は魔法先生が護衛を渋ってるとかいう下りら辺で何となく予想はしてたけど。

学園長らが拘束したという呪術師はかなりの高齢だったらしく、50年程前に父をエヴァちゃんに殺されたとかの恨みがあったのだとか。

そこで、どこから嗅ぎつけたのか不明だけど、彼女が最弱状態で麻帆良に軟禁されてることを知り、今回の犯行に及んだんだと。

エヴァの性格を考えると、そのお父さんが名誉と懸賞金に目が眩んで一方的にエヴァに喧嘩売っただけなのだろうが。

逆恨みも甚だしい。

しかしまぁ、意に反して真祖にされるわ、魔力を封じられるわ、変な連中に命狙われるわ・・・・・・本当に災難だな、あの幼女。

原作の明日菜じゃないが、同情を禁じ得ないぜ。


「ぼうっとしててもしゃあないし、上がらせてもらおか」

「ちょ、ちょっと小太郎さん!? 仮にも最強の魔法使いの一角の根城ですよ!? もっと慎重にっ」

「封印されてる相手に何を警戒しとんねん・・・・・・」


原作で半熟状態のネギが入って無事だったんだ。

とても危険があるとは思えない。

そんな訳で、俺はベルも鳴らさず無遠慮に木製の扉を開いた。


「ちわー、みかわ屋でーす」

「ちょっ!? 小太郎さん!? ふざけてる場合ですか!?」


俺のお茶目なジョークに刹那は冷や汗をかきながら慌てていた。

本当、一挙手一投足に突っ込んでくれるんだから、嬉しくてついからかっちゃうよな。

そんな風に刹那に癒されていると、二階から誰かが降りて来る気配を感じた。


「・・・・・・酒屋の御用聞きに訪問される謂れなどない」


お、このネタが通じるとは・・・・・・噂に違わぬ日本通だな。

階段を一段一段、ゆっくりと降りて来たのは、金髪碧眼の美しい少女。

緩やかにウェーブのかかった金砂の髪と、精巧な硝子細工のような容貌はまるで西洋人形のように整っていた。

こちらを射抜くように細められた双眸は、まさしく彼女が幾年月戦場に身を置いてきたことの証明。

魔力を封じられてなお、氷のように突き刺さるその眼力は、彼女が幻想種の最たるものという証。

不死の魔法使いと恐れられた少女、エヴァンジェリン。

彼女とこうして現実に対面できるとは、思ってもみなかったな。


「言うてみただけや。あんたがエヴァンジェリンで合うてるよな?」

「ふん、口の聞き方気をつけろ小僧。私が誰か知らん訳では・・・・・・っくちゅん」

「・・・・・・なんや? 今の無駄に可愛いくしゃみは?」

「な、何かの聞き間違いだ!!」


いやいやいやいやっ!? 絶対エヴァがくしゃみした声だろう!?

何だよ、っくちゅん、って!? 乙女か!?


「だ、だいたい、ベルも鳴らさずに貴様ら何の用だ!? 私はこう見えて忙しいんだ!! 用がないならさっさっと・・・・・・っくちゅん」

「もう隠しようがあれへんやろ・・・・・・」


うっわー・・・・・・何か原作後半だと、主人公たちを厳しくも優しく導く賢者的なポジションだったからさー、ショックだわ。

俺、弱冠エヴァのこと尊敬の眼差しで見てたのに。


「っくちゅん、くちゅん・・・・・・く、くそっ!? 何で今日に限ってこんなに花粉がっ!?」


あー・・・・・・そう言えばそんな設定がありましたね。

花粉症患ってるんだっけか?

まぁ、魔力失ったらただの10歳の女の子だしな。 


「っくちゅん、くちゅん・・・・・・そ、そうかっ!? き、貴様らの服に!?」

「ああ! さっきまで外歩いとったから」

「か、花粉を我が家に持ち込むんじゃっ・・・・・・っくちゅん」


憐れ不死の魔法使い。

魔力を極限にまで封じられて、台詞まで言い切ることが出来ないとは。


「す、すみません! すぐに払ってきます!!」


そう言いながら、慌てて花粉を払いに出て行こうとする刹那。

しかしそこで、俺にはしょうもない悪戯心が芽生えてしまった。


「・・・・・・ほほう、余程花粉が恐ろしいと見える(ニヤリ)」

「な、何だ貴様っ!? そ、その薄気味悪い笑みを止めっ・・・・・・っくちゅん」

「んー? 何のことやぁ? 俺、そんなオモロイ顔なんてした覚えあらへんなぁ?(ニヤニヤ)」

「今まさにしてるだろっ!?」


俺の醸し出す怪しげなオーラに、既に涙目なエヴァ。

さっきまでの威厳はどこへやらだったが、むしろ今の俺にはそれが楽しくて仕方がない。

ずずい、とエヴァに身を寄せる俺。


「っくちゅん、くちゅん、くちゅんっ!? や、やめんかバカ者ぉ!! 花粉が付いた服で花粉症患者に近づくんじゃないっ!!!!」

「あっれー? 自分、最強の魔法使い(自称)とちゃうんかったっけ?(ニヤニヤ)」

「っくちゅん・・・・・・き、貴様ぁ・・・・・・分かっててやってるな!!!?」

「バレたか・・・・・・しっかしなぁ、最強の魔法使い(自称)が、花粉症ごときでこんなに弱ってまうとはなぁ?」


さらに事態を面白くするため、俺はその場で手をばっさばっさと振ってみる。


「@*$#&%=~~~~~!!!? きききき貴様ぁっ!!!? な、なんて恐ろしいことをっ・・・・・・っくちゅん、くちゅん、くちゅん、くちゅんっっ!!!?」

「・・・・・・あかん、めっさ楽しなってきた」

「きっさまぁ~~~~~~!!!! 調子に乗るのもいい加減にっ!!!!」

「おりゃ(ばっさっ)」

「@*$#&%=~~~~~!!!? っくちゅん、くちゅんっっ!!!?」


ヤヴァい・・・・・・これ、超楽しい・・・・・・。

好きな子にちょっかいかけたくなる奴の気持ちが少し分かった気がする。


「そ、それ以上動くんじゃないっ!!!? こ、この花粉男め!!!!」

「人をシ○ッカーの怪人見たく命名するなや・・・・・・そんな子には、ほれ、喰らえ(ばっさっ、ばっさっ)」

「@*$#&%=~~~~~!!!?」

「あはははっ」


ぽろぽろ涙を零しながら、くしゃみを連発するエヴァを見て爆笑する俺。

ハッ!?・・・・・・いかん、これでは完全にただのいじめっ子ではないか。

流石にやりすぎたと思って謝ろうとした矢先だった。


―――――ごきんっ


「っっ@*$#&%=~~~~~!!!?」


頭頂部に強い打撃を受けて、今度は俺が意味不明の叫びを上げた。


「なななな、何てことしてくれんねんっ!?」


もちろん犯人は俺の後ろにいる筈なので、即効振り返ってシャーーーー!!と威嚇する。

そこには額に青筋を滲ませて、袋に入ったままの夕凪を振り抜いた態勢の刹那さんが居ました。

いつぞやのような、迫力全開の笑顔で。


「小太郎さん? ・・・・・・何、大人気ないことしてるんですか?」

「・・・・・・スミマセンでした」


逆らう気力?

冗談じゃない。俺はこんなところで人生に幕を降ろすつもりなどないわ。









服を外で払った後、俺たちは何とか激昂するエヴァを宥めすかしてエヴァの居室に潜入することに成功した。

しかし・・・・・・人の趣味にとやかく言う気はないが、無駄にファンシーな部屋だなぁ・・・・・・。

これでベッドに天蓋までついていようものならば、どこぞのお姫様・・・・・・って、そういえば元はお姫様だったか。

どっかりと、行儀の悪い姿勢で、ベッドに腰掛け床に座る俺たちを見下ろすエヴァ。

コラ、年頃の娘が異性の前ではしたなく足を開くんじゃありません!! ・・・・・・600歳越えを年頃と呼ぶのかどうかは甚だ疑問だが。

そんな状況で、刹那はかいつまんで俺たちがここに来た理由を説明した。


「私の護衛? 貴様らがか?」

「はい」

「学園長のジジイに依頼されてな」

「こ、小太郎さん!? 口を慎んでください!!」


そう刹那に釘をさされて口を紡ぐ俺。

最初は必要性が分からずに、正直タルい、なんて思っていた今回の任務だったが、今はそうでもないことを認識しているので、黙っていることにする。


「はっ、笑わせるなよ? いくら魔力を封じられているとは言え、禍音の使徒と恐れられたこの私が、貴様らのようなひよっこの力など、必要とすると思うか?」

「それは、そうなのでしょうが・・・・・・」


自信満々に言い返すエヴァにたじろぐ刹那。

いや、俺もさっきまでそう考えていたんだけど、学園長が何を危惧していたか分かったし、一応口を挟んでおこう。


「・・・・・・それ以前の問題や」

「む・・・・・・小僧、それはどういう意味だ?」

「アンタ、そんなごっつい花粉症を患ってて、外で戦えると思うとるんか?」

「「あ・・・・・・」」


二人して開いた口が塞がらない様子だった。

腐っても魔法使いなエヴァは、無詠唱が可能といっても、最終的には詠唱魔法を使うことになる。

それが、服についた花粉ごときであんなにくしゃみを連発するのだ。

とてもじゃないが、室内とは比べ物にならない量の花粉が飛び交う外で、まともな詠唱が行えるとは思えない。



『リク・ラク・ララック・ライラッ・・・・・・っくちゅんっ、って!? キャアアアアアアアッ!!!?』


―――――どかーんっ


・・・・・・洒落にならねぇだろ、それは。

最悪、詠唱中に高めた魔力が暴発して自爆するわ。


「っちゅう訳や。まぁ学園長の顔を立てるためにも、今回は大人しゅう俺らに護衛されとき。不本意やろうけどな」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ・・・・・・し、仕方ない。タカミチも不在だと言ったな? 不本意甚だしいが、貴様らに護衛されてやろう」


あ、やっぱりタカミチのことは当てにしてるんだ?

・・・・・・むう、少し羨ましいな。

俺ももっと研鑽を積んで、早いとこエヴァに信用して貰えるくらいの実力を身につけたいものだ。


「それでは、具体的な戦略ですが、私が外で敵の迎撃を。小太郎さんは、室内でエヴァンジェリンさんの護衛をお願いします」

「ま、妥当な配置やな」


野太刀による豪快な剣技を使う刹那の神鳴流は守りよりも攻めに特化した戦闘技術だ。

対して、前世から蓄積された知識と、忍術、剣術、狗神など多彩な戦術を要する俺の戦い方は、防衛線に特化していると言える。

単に策を弄して相手をおちょくるのが得意なだけとも言う。

何にせよ、刹那の言った配置は理に叶っていた。

いざとなったら、転移でエヴァを連れて逃げれば良いしな。

そんなに遠くまでは行けないが、何回か使えば時間稼ぎにはなるだろう。

そう思っていたのだが・・・・・・。


「却下だ」


俺達がお守りするお姫様には、何かしら不満があったらしい。


「な、何故ですか? エヴァンジェリンさんの安全を第一に考えるなら、これ以上の配置は・・・・・・」

「その目つきの悪い小僧は、昔散々私をおちょくった不愉快極まりないヤツを思い出す。私の側に置くなんぞもってのほかだ」

「・・・・・・何じゃそら」


アンタ、本当に真祖の魔法使いかよ・・・・・・。

そんな子供みたいな理由と身の危険を天秤にかけんなよ。

つーか、今さっき散々俺自身もエヴァをおちょくったしな。

遠ざけられるのは自業自得か。


「しゃあない。刹那、ここは大人しゅう、お姫様のご希望通りにしとこうや?」

「し、しかし・・・・・・!!」


諦めたように、エヴァの要求を呑もうとする俺に対して、なおも食い下がろうとする刹那。

本当、生真面目な娘よのう。

それに、俺自身西の刺客が放った高位の妖怪というのが気になっていた。

神鳴流は妖魔の類にとっては天敵だからな。

俺がエヴァの守護担当に回されると、最悪闘うことなく終わってしまう。

せっかく学園長が用意してくれた舞台だ。できれば一戦交えたいという本音もある。


「小太郎さん・・・・・・もしかして、自分が闘いたいだけなんてことはありませんよね?」

「(ギクッ)・・・・・・ナンノコトカナ?」


せっちゃん、最近俺に対してやたら鋭くありませんこと?










「そもそもの疑問なんやけど、自分って死ぬんか?」


敵襲は夜になるだろう、ということで、その瞬間まで俺たちはエヴァの家で待機することになった。

刹那は念のために、とエヴァの屋敷の周囲に、簡易結界を設置しに行ってくれている。

俺はというと、特にすることもなかったので、俺はそんな兼ねてからの疑問をエヴァにぶつけていた。


「貴様な・・・・・・誰に口を聞いてるのか本当に分かっているのか?・・・・・・そんな簡単に死ぬなら、不死の魔法使いなどと呼ばれるはずがなかろう?」

「やんなぁ? ・・・・・・さっきは花粉症のこと言ったけど、やっぱり俺たちが護衛する意味ってあんのん?」


少々シバかれたぐらいじゃ死なないなら、護る必要性はない気がする。


「不死、などというが、そんなもの、所詮まやかしに過ぎん・・・・・・死ににくいだけであって、真祖を殺す術は、確かに存在する」


ですよねー。

そうじゃなければ、現存する真祖がエヴァ一人ということは無いだろうからな。

裏を返せば、エヴァを殺すつもりで刺客を放った以上、何らかの真祖を殺す手段を用意しているということだろう。

もっとも・・・・・・。


「不死なんて事情差し引いても、女の子が傷つくんは見たないしな」


それが例え、最強の吸血鬼であっても、な。

やっぱり女の子は女の子だ。

友達を作って買い物に行ったり、オシャレしたり、それこそ、素敵な異性を見つけて、恋に落ちたり・・・・・・。

ささやかな幸せを望む権利が、彼女にもあるはずだ。

千の呪文の男・・・・・・ナギ・スプリングフィールドは、きっと彼女にそのことを伝えたかったんじゃないかと思う。


『光に生きてみろ。エヴァンジェリン・・・・・・』


・・・・・・とはいえ、好きな男に先立たれたとあっちゃあ、余計に彼女は孤独を感じることになった気がしないでもないがね。


「ふんっ・・・・・・貴様というヤツは、妙なとこまでヤツを思い出させてくれる・・・・・・」

「ん? ・・・・・・ああ、そういうことか・・・・・・」


なるほど、散々色んな人から似てると言われてきたのに、ころっと忘れてた。

エヴァさっき言ってた不愉快極まりないヤツってのは、恐らく・・・・・・。

それなら、俺を遠ざけておきたいのも無理はない、か。


「結界の設置、滞りなく完了しました。 って・・・・・・お二人とも、何かありましたか?」

「何でもあらへん」「何でもない」


二人して黙り込んでいるところに、ちょうど刹那が帰って来て不思議そうに首を傾げる。

彼女の問いに、俺たちは全く同じタイミングで返事をし、エヴァが俺を睨みつける。

そんな彼女に対して、俺は苦笑いを浮かべ、首をすくめるしかなかった。


―――――かたかたっ


「ん?」


何だ、今の?

気のせいか、少し親父の太刀が震えたような気がしたんだが・・・・・・。


「どうかしましたか?」

「いや・・・・・・何でもあれへん。多分気のせいや」

「? そうですか」


気付かないうちに鞘がどっかにぶつかったとか、そんなんだろ。

と、俺はそのときこの現象を気にも留めていなかった。

そうして、徐々に夜は更けていく。



―――――これがまさか、麻帆良に来て最も長い夜の始まりになろうとは、このときの俺たちはまだ、予想だにしていなかった。







あとがき


最近、前後編形式が定着しつつある悪寒。

ってな訳で、エヴァちゃん登場編ですv

久々にまともな時間に投稿できたなぁ・・・・・・。

感想版でネギフラグへし折り過ぎって言われたんだけど、うちの小太郎はこの先もどんどんへし折っていく気がするんDAZE☆

どうしても、折ったらヤバくない? ってフラグがあったら、感想板で教えて欲しいんDAZE☆

さて、時間もあるし、さっそく後編の執筆に取り掛かるんDAZE☆

そいじゃ、また次回v

ノシ





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 15時間目 舐犢之愛 いやいやいやいやっ!! これは可愛いがるってレベルじゃねぇぞ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/23 22:13



「ぼちぼち、頃合いやな」


時刻は深夜1時。

刹那と交代で仮眠を取っていたのは正解だったな。

エヴァはというと、俺との会話の後、すぐに寝入ってしまっていたのだが、日が暮れてというものやたら元気になっている。

晩飯の時に、茶々丸がいないことに疑問を覚えたりしたが、よくよく考えると、彼女は超鈴音と葉加瀬聡美の合作だったということを思い出した。

じゃあ誰が晩飯作ったのかって? 

結局俺が作りましたよ・・・・・・人に食わせるほど上手く無いからやりたくなかったんだけどね。

俺は、親父の太刀を握りしめて、すくっと立ち上がった。


「ええか、俺が押され始めたら、迷わずエヴァを連れて逃げるんやぞ?」

「承知しています。・・・・・・けれど、あなたがやられるところなんて、想像もできませんけどね」


そう言って、刹那は俺に向けて力強い笑みを送ってくれた。

嬉しいこと言ってくれるじゃないの。


「エヴァも、外の花粉はきついと思うけど、万が一のときは我慢してくれな?」

「ふんっ・・・・・・馴れ馴れしいぞ、バカ犬。誰が愛称で呼んでいいなどと言った?」


幻術で、俺が狗族だってことはぱっと見わからないんだが、さすがは真祖の吸血鬼と言うべきか、エヴァは俺がワン子だということを既にお見通しだった。


「まぁ堅いこと言いなや。・・・・・・ホンマに、今回の敵はヤバい予感がしてんねん・・・・・・」


軽口でも叩かないとやってられない。

さっきから、ひしひしと感じている、バカみたいにでかい闘気。

結界の中でこれなのだから、外に出たらどれだけ膨大になっていることやら。

正直な話、勝つ目算が全く立っていない状況だった。

昼間は強敵と戦える!! なんて喜んでいたものの、今となってはそんな余裕はない。

何せ俺が負けた時は、刹那とエヴァ、二人の命まで危険に曝すことになるからな。

死んでも、敵を通す訳にはいかない。


「・・・・・・それじゃ、ちょっくら行ってくるわ」


あくまでも平静を装って、俺は二人に、笑顔を浮かべて告げる。


「はい、御武運を・・・・・・」

「まぁ、骨くらいは拾ってやろう」


そう言って、刹那は真剣な眼差しで俺を無事を祈念する言葉を、エヴァは悪戯っぽい笑みとともに皮肉の言葉を以って俺を送り出してくれた。








「・・・・・・ははっ、何やこれ?」


洒落になってないぞ・・・・・・。

外に出た瞬間、まるでそこが中東の紛争地帯に早変わりしたかのような錯覚を覚える。

それほどまでに、膨大な闘気が周囲に立ち込めていた。

それに・・・・・・何と言えば良いのか、さっきから感じているこの感覚・・・・・・。

既視感、とは、少し違う・・・・・・そう、言うなれば・・・・・・。


「・・・・・・懐かしい?」


その表現が、最もしっくりくる。

そんな不思議な感覚だった。

・・・・・・オイオイ、勘弁してくれ。

そこまでバトル脳に侵された覚えはないぞ?

いくらなんでも、中東の紛争地帯を彷彿とさせるバカみたいな殺気が、懐かしい、はねぇだろ?



―――――ぞくっ


「っっ!?」


そんなバカなことを考えていた矢先、急激に周囲を包む闘気が昂るのを感じた。

そして近づく、人ならざる者の気配・・・・・・。

間違いなく、これが学園長が言っていた『高位の妖怪』なのだろう。

冗談じゃない、やっぱり俺たちには荷が重い依頼だったではないか。

そう、心が折れそうなことを考える一方で、不思議と、俺の唇は無意識に笑みの形をとっていた。

どうやら、俺は思っていた以上に、脳みそまで侵されているらしい。

明確な死臭を放つ、眼前に迫る敵にさえ、闘うことの楽しみを見出そうと言うのだから。


「・・・・・・しかし、これが懐かしさの正体かいな・・・・・・」


敵が俺の嗅覚の届く範囲に入ったためだろう、先程まで感じていなかった匂いを感じた。

それは、紛れもなく・・・・・・。


―――――俺と同じ、狗族の匂いだった。


高位の妖怪などと言っていたが、よりにもよって狗族だとはな・・・・・・。

修学旅行編に出て来るような、鬼みたいなのを想像していたが、完全に予想を外れていたか。

まぁ、それは些細なことだ。

どの道、任務を遂行し、二人を護り抜くためには、敵が何であれ斃すしかないのだから。

そう思って、親父の太刀の柄を握り締める。


―――――その時だった。


―――――がたがたがたがたっ


「っ!? な、何や!?」


親父の太刀が、今度は気のせいなどではなく、意思を持ったかのように震え出した。

いったい何が起こってるんだ?

・・・・・・そう言えばこの太刀、親父の牙を使ったということは、少なくとも狗族の魔力を帯びているはず。

同族が近づいたことで、何かしらの反応を示しても不思議はない、のか?

しかし、この反応はまるで・・・・・・。


「・・・・・・共鳴、か?」


そう感じられてならなかった。

俺はいよいよ敵が近いことを悟り、震える太刀を握りしめ、臨戦態勢を整える。


―――――さぁ、どこからでも来やがれ!!


そしてその瞬間は訪れる。

俺の眼前に高く伸びる一本の大樹。

月光に照らされて伸びた、その大樹の影が、まるで黒の絵具を落としたようにその闇を増した。

これは・・・・・・俺と同じ、転移の術式!?

こんなものを有していながら、なおも堂々と正面から現れるとは。

どうやら敵さんは、余程自分の実力に自身があるらしい。

或いは・・・・・・。


「・・・・・・俺と同じ、戦闘狂か?」


どちらにせよ、敵は眼前に迫っている。

俺は柄を握る右手に、一層の力を込めた。

やがて、影のゲートから、一つの影が浮かび上がる。

黒い着流しに、赤い飾り布をあしらった黒の羽織。

腰には一振りの太刀。刃渡りは俺のものと同程度だろう。

身の丈は180といったところか?

外見から判断するに20代半ばというところだが、エヴァ然り、テオドラ皇女然り、亜人種の年齢なんて、外見じゃ判断が付くはずもない。

漆黒の髪を背中ほどまで伸ばし、頭頂部から生えているのは、紛れもない、人ならざる獣の耳。

それは、この男が狗族であることを如実に語っている。

眼光は猛禽類のように鋭く、見る者によっては、目があっただけで戦意を殺がれてしまいそうなほどだった。

間違いない、こいつが西の刺客が放ったという、高位の妖怪・・・・・・。

全身がゲートから抜けると同時に、男が広げていた影は、意味を失ったように収束した。


「・・・・・・何だ? 護衛はこんなガキが一人か?」


俺を見るや否や、心底つまらなさそうに、その男はそう吐き捨てる。


「もっと大軍で待ち構えてくれると期待したんだが・・・・・・やっぱつまんねぇままに終わりそうだな、今回の仕事」


俺の予想はどうやらどちらも的中していたらしい。

この男、自分の実力に自身がある上で、オマケに戦闘狂の気があるようだ。

もしかすると、変態染みた戦闘欲は、狗族の特性みたいなものなのかもしれないな。


「そう言うなや。俺かてただのガキとちゃう。それなり楽しめると思うで?」


命を賭してな。


「へぇ・・・・・・なかなか肝の据わったガキじゃねぇか。それにこの匂い、お前、俺と同族だろう? こいつが震えてたのはそういう訳か・・・・・・」


俺が一切臆していない様子を見せると、男の瞳に、弱冠ではあったが精気が増したように感じた。

納得したように、腰に差していた刀の柄をぽん、と叩く。


「ご明察。つっても半分やけどな。一族の嫌われモン、半妖ってやつや。・・・・・・どや? 少しは楽しめそうやろ?」


俺はそう返事をして、もう一度、刻みつけるように笑みを浮かべた。

刹那との手合わせの時、彼女の闘気を肌を焼くようだと比喩したが。

こいつの闘気はそんなものじゃない。あいつがこちらを一瞥くれる度に、身体が噛み千切られたような錯覚さえ覚える。

正直、自分を鼓舞してないと、立っているのもままならないくらいだった。


「半妖で、関西弁・・・・・・おまけにその刀は、影斬丸か? しかもこの匂いは数打じゃねぇ方か・・・・・・」

「・・・・・・何やて? あんた、この太刀のこと知ってるんか!?」


かげきりまる、と言ったか? どうやらこの男、この刀のことを知っているらしい。

それに、半妖ってところにも妙に反応を示していたな・・・・・・まさかとは思うが・・・・・・。


「やれやれ・・・・・・奇妙な巡り合わせもあったもんだ。京都でならいざ知らず、こんなところで・・・・・・」


そう呟く男の様子が、いつか見た戦争映画の中、故郷に残してきた家族に再会した兵士の姿にダブって見える。

やっぱり・・・・・・それじゃあ、俺が感じていた懐かしさの正体は・・・・・・・。


「なぁ、もしかしてアンタは俺の・・・・・・」 




「―――――それ以上、口にするんじゃねぇ!!」




「っ!?」


瞬間、先程まで気だるそうにしていた男が、大気を哭かせるほどの大声でそう叫んだ。

俺はまるで、男に攻撃を受けたように感じて、思わず太刀の柄に手を掛けていた。


「ったく、ガキが・・・・・・身内なんて思っちまうと、刃が鈍っちまうだろうが」

「!? ・・・・・・ああ、あんたの言う通りやな」


そうだ、今は俺たちの出自なんてどうでも良い。

こうして、敵として対面してしまったのだ。

ならば互いに、言葉など不要。

どうしても語りたいと言うのなら・・・・・・。


「・・・・・・その立派な刀で語ればいいだろう?」

「・・・・・・はっ、同感や!!」


月光の下、お互いの太刀を抜き放つ。

双方の鞘は、やはり同じように黒い風となって爆ぜた。


「行くぜ? クソガキ?」

「来いや。 妖怪」



「「―――――はっ!!」」


―――――ガキィンッ


交叉する、刃金と刃金。

爆ぜる、赤い火花。

一瞬でも気を抜けば、喉笛を食い千切られそうな殺意。

その全てがやはり、俺にとってはどうしようもなく・・・・・・。


「―――――ははっ、悪くねぇ剣筋だっ!! 愉しいねぇ!!」

「―――――ああっ!! 頭が沸騰しそうなくらいになぁっ!!」


―――――そう、愉しかった。


互いに凶悪な笑みを浮かべながら、俺たちは一合、二合と、際限なく刃を交叉させる。

大気が爆ぜ、鼓膜を突き破るような太刀音が大気を哭かせる。

お互い一歩も引かずに、返す刃で敵の斬らんと吠えた。


―――――ガキィンッ


「はぁあああああっ!!!!」

「ぉぉおおおおおっ!!!!」


―――――ガキィンッ


まるで互いの生きた道を確かめあうように。

互いに空いた、心の隙間を埋めるように。

俺たちは、必殺の斬撃を繰り出す。

まほら武道会で、ナギの幻影と闘ったネギの気持ちが、今なら分かる。


―――――これは、どうしようもなく、悲しいくらいに、魂を震わせる。


だからもっと・・・・・・もっと!!

俺に闘いの愉しみを教えてくれ!!


―――――ガキィンッ


「うおっ!?」


タイミングをずらした逆袈裟の振り抜きで、男の態勢を大きく崩す。

その瞬間、俺は裂帛の気合を持って、今まで以上の斬撃を放った。


「―――――見様見真似、斬岩剣!!」


―――――ガキィンッ


「ぐぅっ!? ・・・・・・オイオイオイ!! 神鳴流の技だぁぁ!? そりゃ水と油だろうがっ!?」

「はんっ!! 使えるもんは親でも使う!! それが俺の流儀やっ!!」


口ではそう言いながらも、男の口元には、今まで以上に愉しげな笑みが浮かんでいた。


「こんのっ!! 親不孝者がっ!!」

「アンタがっ!! それを言うかっ!!」


―――――ガキィンッガキィンッッ


軽口を叩きながらも、互いに振う剣筋は一切の衰えを知らず。

互いに、その命を削らんと刃を振るった。


―――――ガキィンッ


「ぐあっ!?」


しまった、と思った時にはもう遅い。

男の振った横薙ぎの一閃によって、俺はたたらを踏んでいた。


「今度は俺の番だ・・・・・・行くぜぇっ!!!!」


―――――ゴゥンッ・・・・・・ガキィィンッッ


「なぁっ!?」


な、なんちゅー馬鹿力!!

あろうことか両手で鎬を抑えて受けたというのに、俺ごと刀を振り抜きやがった!!


「ほうっ!! 今のを凌ぐか!!」

「凌がな死んでまうわ!!」


何にせよ、おかげで間合いが開いた。

距離にして、およそ10m・・・・・・これは・・・・・・。


「―――――俺の間合いやっ!!!!」


全身に気を集中させ、五体の分身を作りだす。

もちろんその全てに、本体同等の密度を持たせて。

しかも今回は全員に刀を持たせるという特別仕様。

あいつが作ったこの間合い、それが自らの墓穴だと知れ!!


「―――――見様見真似、斬空閃・五連!!!!」


気合一閃、振り抜かれた気の斬撃が、それぞれに男の身体を斬り裂かんと迫る。

避けようにも、それぞれの斬撃が退路を断つように迫ってくるのだ、防ぎようがあるまい。

勝負はこの一撃で決したかに見えた。


「―――――影斬丸、狗尾(イヌノオ)」


―――――ガキキキキィンッ


「な、何やて!?」


俺が放った五閃の斬撃は、男まであと一歩というところで全て弾かれてしまった。

・・・・・・一体何をしやがった!?


「かぁ~~~~!! 神鳴流どころか、忍術まで使うたぁな。本当に芸達者ガキだ」


愉しませてくれる、とそう言った男が突き出している左手には、黒い円状の障壁が現れていた。

アレは・・・・・・狗神と似ているが違う。

恐らく、太刀を抜いたときに俺の身体を覆っている鞘だろう。

それが、どういう理屈か、今は男の身体を守る盾として機能していると見た。


「人のこと言えた義理か。 あんたこそ、その盾は何や? 見様見真似とはいえ、神鳴流の技を防ぐなんて普通やないで?」

「あん? お前、もしかして影斬丸の使い方、何にも知らねぇのか?」

「知らん」


というか、銘すらさっき知ったっつーの。


「はぁ!? 真打を持ってんのにか!? くぁ~~~~~!! 何つー宝の持ち腐れ・・・・・・」

「ほっとけや!! 誰かさんが詳しい使い方も教えんと現物だけ残していくのが悪いんや!!」


自分のこと棚に上げて、人が悪いみたいに言うんじゃねぇよ!!


「言うねぇ・・・・・・良いぜ、ちょうど俺に残された魔力も底を尽きかけてきたところだ。冥土の土産に、こいつの使い方を見せてやる」


―――――ゴォッ


「っっ!?」


瞬間、男の纏う雰囲気が変わった。

ま、マズイ!?

これは・・・・・・やられるっ!?

見ると、男を護っていた黒い盾は消え失せていた。

恐らくそれが、今奴の放とうとしている技に繋がるのだろう。

俺は万事に対応できるよう、正眼の構えで応じる。


「行くぜ、目ぇ見開いて、良く見とけ!!」


力強く、奴が叫ぶ。


「―――――影斬丸、咆哮(トオボエ)!!」


―――――ゴォオオオッッ


「こ、これはっ!?」


避ける、のは間に合わない、効果範囲が広過ぎる!?

一瞬の逡巡の経て、俺は懐から、用意しておいた20枚の護符全てを取り出して。

迫り来る『黒い暴風』に向かってそれを投げた。


―――――バチィィッ


「オイオイオイ、陰陽術まで使うってか? 本当に何でもありだな、お前」

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・間違いあれへん、今のは・・・・・・」


威力こそ弱冠低めだったが、間違う訳がない。

先の手合わせで、刹那を斃す為、俺が血の滲む思いで編み出した技。

狗音斬響 黒狼絶牙に違いなかった。

いや、理論だけを言うなら非常に簡単な技だ、狗族の中にそれに似た技を使える者がいたところで、何ら不思議はない。

しかし、一つだけ解せないことがある・・・・・・。


「・・・・・ノータイムで、この威力やと?」


冗談じゃない、そんなことが許されて堪るか!!

ジャック・ラカンでもあるまいし、そんなことが出来る筈がない。

そう心の中で否定するも、現実として目の当たりにしたことは覆りようがなかった。


「どうした? 愉しそうだった顔が凍りついちまってるぜ?」


驚愕に目を剥く俺に、男は愉しげにそう問いかける。

護符は今ので全部だ。

次同じのを喰らったら、ひとたまりもない。

しかしどうしろと言うのだ? あんな溜めの動作無しに繰り出されるバカげた一撃を、どうやって防げと?

圧倒的な力の差に、目の前が歪む。

・・・・・・どうやら、俺は途方もない敵に闘いを挑んでしまったらしい。


「・・・・・・あーあ、もうちょっと愉しめるかと思ったんだが・・・・・・どうやらそこが、今のお前の器だったらしい」


男の表情からも笑みが消える。

その瞳からは、最初に出遭った時と同様、愉しげな輝きは失われていた。


「じゃあなクソガキ。まぁ、割と愉しめたぜ? ただ・・・・・・俺に挑むには早過ぎた」


男がつまらそうに刀を振り上げる。

避けなければ、一歩先に確実に俺の死が迫っている。

だというのに、両脚は根でも張ったかのようにそこから動いてくれなかった。


「―――――影斬丸、牙顎(アギト)」


―――――ヒュンッ


無慈悲な漆黒の一閃は、ものの見事に俺の肩口から下腹にかけてを、大きく斬り裂いた。






あとがき


前後編で片付けるつもりだったんですが、長過ぎたのでここでうp。

茶々丸の出番を期待してた方にはガチで申し訳ない;

そして次回こそ、この二人の闘いに決着がつきます!!

切り捨てられた小太郎君の運命や如何に!?

こうご期待なんDAZE☆

ノシ




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 16時間目 捲土重来 俺にはまだ、帰れる場所がある・・・・・・
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/24 00:50





傷口から、洒落にならない量の血が吹き出る。

俺は立っていることもままならず、地面に向かって前のめりに崩れ落ちた。


「・・・・・・ちっ、殺りそこねたか。あんなへなちょこに召喚されたせいで、力が鈍ってるからな」


奴が何か呟いていたが、俺の耳にはもう、その声は届いていなかった。

やけに、顔に触れる地面が温かく感じる。

違うか・・・・・・これは、血を失って俺の身体が熱を無くしてるだけだ。

いつか感じた喪失感が、今再び俺の中で面を上げる。

これは、そう・・・・・・死の兆候。


―――――俺は、また死ぬんか?


誰に問うということもなく、俺はただ迫りくる現実に対して、そんな疑問を抱いた。


―――――こんなにあっけなく、死んでまうもんなんやな。


前もそうだったではないか、と、どこか他人事のように答える自分がいた。


―――――そうか、そう言えば、そうやったな。


徐々に薄れていく意識。

そう遠く無く訪れるであろう幕引きに、俺は既に抗うことを放棄していた。

しかし・・・・・・


―――――なんや、これ・・・・・・。


俺の意識が唐突に覚醒へと傾く。

脳裏に流れるのは、恐らく走馬灯と言われる今際の際に見られる、その人間の自叙録。

前の人生を含まないそれは、この世界での俺の12年間を、新しい方から遡って行った。


『まぁ、骨くらいは拾ってやろう』


そう言って意地悪そうに微笑むのは、今回の依頼で初めて知り合うことになった、永遠に幼いままの吸血鬼。


―――――スマン、ホンマに骨を拾ってもらうことになりそうや。


『あなたがやられるところなんて、想像もできませんけどね』


信頼に満ちた笑みで、俺を勇気づけてくれたのは、この4年間、共に研鑽を積んできた竹馬の友。


―――――そう言ってくれたんになぁ・・・・・・あかんわ。どうやらこれが、俺の器やったらしい。


『だからっ!! 調子に乗るなっつってんでしょうがっ!!!!』


調子づいた俺に、容赦なく突っ込みを入れるのは、元気いっぱいな亡国の姫君。


―――――ホンマやな。ちょっと調子に乗ってたみたいや。


『よぉ。えらい景気の悪い面しとんな?』


ほにゃほにゃと、見てるこっちが幸せになりそうな笑みで俺をからかうのは、東洋一の魔力をもった名家の娘。


―――――そうけ? そんな景気の悪い死顔してるやなんて、何か嫌やなぁ。


そこから駆け巡るのは、友と野山を駆け巡り修行を積んだ目まぐるしい日々。

そして、舞台は一瞬にして塗り替えられる。


―――――ここは・・・・・・。


焼き尽くされる民家。

響き渡る、断末魔の叫び。

そう、これは・・・・・・ネギと同じく、俺の力の根源となった、心の原風景。

俺の全てが、始まった場所。


『・・・・・・必ずわいを殺しにこい、小太郎』


―――――ドクンッ


血を、熱を失ったはずの身体が、強く脈打つ。

まるで作り変えられたかのように、激しい力の奔流が死にかけていた俺の身体でのたうちまわる。


―――――そうや・・・・・・こんなところで死んでる場合とちゃうやんな?


『よろしゅう頼んますえ“小太郎”はん?』


幼いあの日、彼女に誓ったあの言葉を、こんなところで違える気か?


『励ましてくれてありがとな』


嬉しそうにはにかむ彼女が、友と和解できる日を、楽しみにしていたのではなかったか?


『バカなこと言っていないで、行くならさっさと行って来なさいよ!?』


この先、彼女たちが直面するであろう苦難を、共に乗り越えたいと願ったのではなかったか?


『貴様というヤツは、妙なとこまでヤツを思い出させてくれる・・・・・・』


彼女たちが、信頼してくれるに足る力を、必ず得てみせると、誓ったのではなったか?

俺は・・・・・・そう、何を望んでこの世界を訪れたのだったか?




―――――死亡フラグは避けるものじゃなくて、正面からへし折るものなのだ!




ならば・・・・・・この程度の死の予感、へし折れずしてどうすると言うのか!!








「――――――――――ぐ、ぉ、おおおおおおおおおおおっ!!!!!!」








「っ!?」


くず折れそうな四肢に、ありったけの力を込めて、俺は立ち上がった。

冗談じゃない!! 何が、あっけなく死ぬもんだ、だ!?

この闘いの直前に何を誓ったか忘れたのか!?

死んでも、敵を通す訳にはいかない、そうだっただろ!?

こんなとこでくたばってて、良い訳があるか!!!!


「・・・・・・驚いた。まだ立ち上がるだけの気力が残ってるたぁな」

「げふっ!? ・・・・・・ぺっ、舐めとるんとちゃうんわ!! 腐っても狗族のはしくれやぞ!?」


気管から逆流してきた血だまりを、地面に吐き捨てる。

この妖怪の存在が、俺が歪めた世界によるものだというのなら、これは本来、エヴァに、刹那に、及ぶはずの無かった危機だ。

ならば、その後始末を刹那達に任せるのはお門違いというもの。


―――――これは間違いなく、俺が斬り捨てなくてはならない運命だ!!


「無理すんなよ? 牙顎(アギト)の斬撃は、圧縮した狗神。それをノーガードで喰らってんだ、内臓までボロボロのはずだぜ?」

「そうかもな・・・・・・けど、そんなんで引ける程、俺は軽いもんを背負ってるんとちゃうっ!!」


斬撃は肺まで届き、息をするたび、のたうちまわりたくなる激痛が俺を襲ったが、そんなこと、最早どうでもいい。

こいつを斃すとっておきの戦略を思いついたのだから。

唇が再び釣り上がる。

さっきまでの、自らを鼓舞するものじゃない、心の底から、刻みつけるように、自らの生を証明するかのように、俺は笑った。


「・・・・・・大人しくしてりゃあ、助かったかも知れない命を・・・・・・俺は何度も同族を斬りつけるような真似したかないんだがな」

「連れへんこと言うなや。あんたのおかげで、ようやっと影斬丸の力が分かったんやさかい」

「・・・・・・何だと?」


再び奴の瞳に愉悦の輝きが燈った。

どうやら、俺たちはとことん、バカに出来てるらしい。


「はっ・・・・・・良いだろう。相手になってやろうじゃねぇか・・・・・・吠え面かくなよ!!」

「それは、俺の台詞や!!」


咆哮一喝、俺は握っていた影斬丸・真打を地面に突き立てた。


―――――ざっ


絶叫とともに、俺は狗音影装を纏うと、有無を言わせず、奴の刀を持っているのと反対側の腕、左の前腕に喰らい付いた。


「ガァアアアアアッッ!!!!」

「うおっ!? どこにこんな力を残してっ!!!?」


奴を地面に引きずり倒そうと、俺は力任せに首を引っ張る。


「ぬぅっ!? このっ、野郎っ!!!!」


―――――ざしゅっ


「!?」


引きずり倒されると確信するや否や、奴は自ら自身の左手を斬り捨てた。

支えを失って、大きくよろめく俺に、奴の蹴りがめり込む。


―――――ドコォッ


「ぐぅぅっっ!!!?」


つくづく思うが、何という馬鹿力だろう。

奴はあろうことか、獣化外装を纏った俺を、蹴りだけで吹き飛ばして見せた。

再び数mの間合いが開くと同時に、俺を包んでいた獣化外装が霧散する。


「ハァッ! ハァッ!」

「ちっ・・・・・・召喚中とはいえ、まさかテメェでテメェの腕を落とすことになるなんてな、アッパレだぜ」


まるでダメージなど無いかのように、奴は息も絶え絶えの俺にそう告げた。


「しかし、これでしまいだ。魔獣化にゃ驚かされたが、それも解けた以上、勝負は見えたぜ」


奴のその台詞に、俺は獰猛な笑みが浮かぶのを抑えられなかった。

獣化外装が解けた? 見くびって貰っちゃあ困る!!


「・・・・・・解けたんやない、解いたんや!!」


地面に突き立ていた、影斬丸を引き抜くと、その刀身は磨き上げられた鏡の銀ではなく、宵闇の漆黒へと染まっていた。


「なっ!? お前、まさかっ!?」

「普通に考えれば分かったことなんやけどな・・・・・・あんたがさっき言った台詞で確信が持てたで」


これが、影斬丸の本来の能力。

この太刀は、狗神と相性の良い狗族の牙を元に作られてる。

故に狗神の放つ魔力に非常に親和性が高い。

普段鞘のように見えているアレは、普段刀を帯びている使い手の魔力が、刀に蓄積され可視化したものに過ぎないのだろう。

つまり、分かりやすく言うならば、この影斬丸は、狗族専用の魔力バッテリーと言う訳だ。

これでノータイムの謎も解けた。

最初から堪っているのなら、わざわざ溜めの動作を行う必要なんてない。

奴もさっき言っていただろ?

牙顎(アギト)の斬撃は、圧縮された狗神、だってな。


「本当に喰えねぇガキだな。普通あんだけのヒントで、それに辿り着くかぁ?」

「お生憎様・・・・・・頭使って人をおちょくるんは、俺の専売特許や」


加えて、気付いたことがもう一つ。

奴が見せてくれた、影斬丸の魔力の使い方は3つあった。

牙顎(アギト)、咆哮(トオボエ)、そして狗尾(イヌノオ)。

最初の二つはノータイムで繰り出されるは威力が高いやらで、正直、事前に防ぐ手立ては皆無に等しい。

それと同等の威力の攻撃手段を有するか、あるいは俺のように、大量の護符を使用するかだ。

しかし、狗尾(イヌノオ)に関しては話が違う。

奴はさっき、刀を握っているのと反対側の手に影斬丸の魔力を集中させていた。

それはつまり・・・・・・。


「片腕じゃあ、狗尾(イヌノオ)は使えへんのやろ?」

「っ!? ・・・・・・そんなとこまでお見通しか・・・・・・」


やっぱりな・・・・・・予定とは違ったが、奴の片腕を奪ったのは正解だった。

これで、俺は何の憂いもなく、この一撃を奴に振うことが出来る!!

前に言った通り、咆哮(トオボエ)は間違いなく、俺の黒狼絶牙と同じ類の技だ。

言い換えるなら、影斬丸に堪った魔力に、狗音影装の魔力を上乗せして放つ咆哮(トオボエ)が、黒狼絶牙ということ。

やつの咆哮(トオボエ)が黒狼絶牙より威力で劣ったのはそれが原因だろう。

ならばここで、発想の転換をしてみよう。

咆哮(トオボエ)に狗音影装が上乗せ出来るなら、同じように、牙顎(アギト)にも上乗せできるのではないか?

要は収束率の違いだ。

広範囲を切り刻むか、ただ単一の標的を両断するか、という点で使い分けが為されているのだろう。

狗尾(イヌノオ)が使えないとはいえ、奴が有する気力は膨大。

その護りを貫いて、奴の身体を両断するには、最早これしか残っていない・・・・・・。


「行くで? ・・・・・・これが俺に出来る、最後の一閃や!!」


影斬丸よ・・・・・・お前は、確かに奴の牙かもしれない。

しかし、今この一時だけでいい!!

俺に、この俺に!! 奴を打倒し、彼女たちを護るだけの力を貸してくれ!!!!


―――――キィンッ


俺の呼びかけに答えるように、小さく、影斬丸の鍔が鳴った。

それが合図だったかのように、俺たちは互いに瞬動をもって疾駆した。





「「――――――――――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」」







――――――――――ヒュンッ






「「――――――――――牙顎(アギト)!!!!」





――――――――――パキィンッ


銀の刃金が一振り、中空を舞った。

すれ違いざまの一合。

それぞれに振り抜いた俺たちは、互いに背を向けて立ち尽くしていた。



―――――ブシュッ



「ぐうっっ!!!?」


先程と反対側に、新たな刀傷が一筋走る。

意識が遠のきそうになるが、歯を食いしばってそれを止めた。

・・・・・・しくじった!?

ぐっ!? だったら、もう一閃っ!!

そう思い振り返ろうとした瞬間だった。 


―――――ぐらっ


「づっっ!? ・・・・・・はっ!?・・・・・・」


血を流し過ぎたらしい、視界がぐにゃりと歪み、どちらが天で、どちらが地かさえ分からなくなる。

こんなところで・・・・・・俺は・・・・・・!!

どうにか持ちこたえようと、地についているはずの両足に力を入れるが、最早身体は言うことを聞いてはくれなかった。


「く・・・・・・っそ・・・・・・」


あ、かん・・・・・・刹那、エ、ヴァ・・・・・・逃げ・・・・・・







SIDE ???......


「よっ、と・・・・・・」


崩れ落ちそうになる、半妖のガキを残った右腕でどうにか支える。

握ってた刀はどうした?

んなもん、捨てたに決まってんだろうが!!


「ったく・・・・・・最後の数打だったってのに・・・・・・」


このガキ・・・・・・根元から叩っ斬りやがって・・・・・・。

おまけに・・・・・・。


「俺にここまでの深手を負わせたのは、あの赤毛の異人以来じゃねぇか?」


俺の胴にはぱっくりと見事な程に開いていて、どうにか皮一枚で繋がっている状況だった。

召喚された借り物の身体だからこの程度で済んでるが、生身だったら腸やらなんやらはみ出しまくってるぞ?

へなちょこ術師による魔力の制限があったとは言え、こんなガキにここまでやられるたぁな・・・・・・俺もヤキがまわったもんだ。

しかし、こいつは久々に・・・・・・


「愉しい勝負だったぜ、小太郎・・・・・・」


苦悶の表情で息も絶え絶えだが、目を覚ました時には、きっとこいつも同じようなことを言うに違いない。

・・・・・・本当に血ってのは厄介だな。

さて、残りの魔力じゃ、どうやっても命令を遂行は出来そうにないな・・・・・・。

現界してられるのも、残り数分だろう。


「こ、小太郎さんっ!?」

「バカ犬!?」

「ん?」


感覚も殆ど消えかけてるようだな。

俺が女子供の接近にすら気付かないなんて。

振り返った先には、身の丈ほどもある大野太刀を携え、明らかに俺を警戒する純真そうな黒髪の少女と。

大分幼い、性格悪そうな金髪碧眼の異人の娘だった。

まさか・・・・・・両方こいつのアレか? よりによって、そんなとこまで俺に似なくて良いだろうが・・・・・・。


「よぉ、お前らこいつの女か?」

「んなっ!?」

「な、何をトチ狂ったことを聞いとるんだ貴様はっ!!!?」

「なんだ、違ったのか・・・・・・まぁ、仲間には違いねぇだろ? さっさとこいつを受け取ってくれ。もう重すぎて持ってられん」


金髪の方は力強く否定してたが、黒髪の方は・・・・・・こりゃ脈有りだな。

俺の言葉に、黒髪の少女は俺を警戒しているのだろう、近づいて良いものか思案している様子だった。


「安心しろ。勝負はついてる。このクソガキの勝ちだ。この腹の傷見りゃ分かるだろ? もうセクハラする気力も残ってねぇよ」


その言葉に、ようやく少女は、おずおずとではあったが、俺に近づき、クソガキの身体を支えてやっていた。


「・・・・・・な、何て傷!! 早く手当てをしないとっ!?」

「まぁ、そいつも狗族のはしくれだ。止血だけでもしといてやりゃあ、一日二日で全快するさ」


それでもくたばったときは、もう俺は知らん。


「よぉ、そこの金髪チビ」

「誰がチビだっ!!!!」

「威勢良いな・・・・・・お前が真祖の吸血鬼か?」

「・・・・・・それがどうかしたか?」


やっぱりか、これは全くの予想外だ。

齢600で、最強最悪の不死の魔法使いなんて聞いてたもんだから、てっきり屈強なムキムキマッチョを想像してたんだが・・・・・・。


「こりゃ、こいつに負けてて正解だったか・・・・・・」

「え? ・・・・・・それは、一体どういう意味ですか?」


俺が言った言葉に、黒髪の方が不思議そうに首を傾げる。

自由になった右手で、頭の後ろを掻きながら、俺はもう何べん口にしたことか分からない台詞を口にした。


「女に手を上げるのは、俺の趣味じゃねぇ」


その直後、俺を構成していた魔力が、ゆっくりと足元から霧散を始めた。

もう時間切れか・・・・・・。


「おい嬢ちゃん。そいつが目を覚ましたら、伝えといてほしいことがあるんだが」

「・・・・・・何でしょうか?」


俺は大きく息を吸い込み、会心の笑みを浮かべて言った。


「俺に良く似たイイ漢になった。次会うときは、全力で闘れるのを愉しみにしてる」


魔力制限なんて受けてない、全力全開の状態でな。

俺の言葉を頭の中で反芻していたのか、黒髪の少女は得心が言ったように頷いていた。


「俺に良く似た、って・・・・・・やはりあなたは、小太郎さんの・・・・・・」

「ストップだ、嬢ちゃん」


ったく、若い連中っての揃いも揃って・・・・・・。

親心ってもんが、全く分かっちゃいねぇ。


「その続きは、そいつが一人前になったときだ。とりあえずは・・・・・・今日の勝負は愉しかったぜ」


それを告げたのと同時に、俺を構成していた魔力は、ちょうど全てが霧散した。





――――――――――愉しみにしてるぜ、小太郎?




――――――――――次に会う時、お前が、どれだけ強くなっているのかをな。





SIDE ??? OUT......














あとがき



日付は回っちまったが、どうにか影斬丸編3部作は終了したんDAZE☆

まぁこのあとちょこっと後日談があるんで、終わったのは小太郎と狗妖怪の一戦だけですが。

しかし・・・・・・書いてて超楽しかった!!

やっぱ熱いのはいいね!! 血湧き肉躍る!!

女の子分が少ない? ・・・・・・が、がんがるんDAZE☆

全力の狗妖怪がどんくらい強いか妄想・・・・・・結論、まぁラカンと戦えるくらい???

強すぎ? だって小太郎の目標はそこなんだもん☆

あとちょこっとぼやき・・・・・・

最近、感想板の投稿数が少ない気がする(orz

も、もしや、作者の書く文章がハードコア過ぎて、いつのまにやら一見さんお断りSSにっ!?

まえがきに書いていた通りのオ○ニー作品になり果てようとしているのかっ!?

・・・・・・ガチでヤバいと思った方、早めに止めてくれると嬉しいんDAZE☆

あぁ、もちろん、まだまだ書きますよ?

そいじゃ、また次回v

ノシ




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 17時間目 確固不抜 意外とエヴァは可愛いところが多いと思う
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/25 19:55


目を開くと、そこにはどこかで見た覚えのある、木目の天井が広がっていた。


「こりゃあ・・・・・・どうにか生き残ったみたいやな」


さっきから奴に斬られた傷跡がジンジンと痛んでいるということは、ここがあの世だと言うことはないだろう。

それにしたって、誰かに助けられたことは間違いないみたいだが。


「って・・・・・・そうや。エヴァと刹那はどないなったっ!?」


慌てて起き上ろうとするも、先の戦闘のダメージがまだ残っているらしく、俺の身体は思うように動いてくれない。

特に左腕は酷いな。

何か重りでも付けているかのように、まるで持ち上がってくれない。

牙顎(アギト)の反動か? 

いや、それなら、前に黒狼絶牙を使ったときにも似たような現象が起きているはずだ。

なら、一体何故・・・・・・?

そう思って自分の左側を見て、謎は全て氷解した。


「うわー・・・・・・悪夢でも見とるんやろか・・・・・・?」


そこには、俺の左腕をがっしりと抱きこんだエヴァが眠っていた。

俺のことを看てくれていたのだろう。上半身をベッドに預ける形で完全に寝落ちしている。

あげく、悪夢にうなされてでもいるのか、彼女の眉間には物凄い皺が寄っていた。

つか、アンタ人のこと心配して抱きついてるようなキャラじゃなかったでしょうよ?


「まぁ、心配してくれたんは、素直に嬉しいけどな。・・・・・・スマンな、心配掛けて。それと、おおきに・・・・・・」


俺は彼女を起こさないよう、ゆっくりと上半身を起こすと、空いていた右手で、優しく彼女の髪を梳いた。

くすぐったそうに身じろぎするエヴァ。眉間の皺は、いつの間にかなくなっていた。

そんな様子に、胸がほっと、温かくなるのを感じる。

一時は死を覚悟した俺だったが、改めて思う。

生きて帰ってこれて、本当に良かったと。

それもこれも、全ては今まで俺が触れあってきた、彼女たちのおかげだ。

死の淵で、彼女たちの笑顔に勇気づけられたから、俺は自らを奮い立たせることが出来た。

悪戯に与えられた、二度目の生を、何のために送ろうと決意したのか、思い出すことが出来た。

二度も死の淵にいたからこそ分かる、生きる理由があるというのは、それだけで、何て幸福なことなのだろうかと。



―――――がたっ、ばしゃんっ


「ん? ・・・・・・」


派手な物音に驚いて、振り返ると、いつの間にか部屋の扉が開いていて、そこに刹那が立ち尽くしていた。

驚きに目を見開き、わなわなと唇を震わせる彼女の足元には、洗面器とタオル、それから、零れた水が溢れていた。


「こたろ、う、さん・・・・・・?」

「おう、小太郎さんやぞ」


驚きに震える刹那に、俺はいつものように、軽いノリで笑顔を向けた。

良かった・・・・・・どうやら、彼女も無事でいてくれたようだ。


―――――しゅんっ


「え゛?」

「小太郎はぁんっ!!!!」


―――――がしっ

―――――ごんっ


「あだっ!? あだだだだだだっ!!!!?」

「小太郎はんっ、小太郎はんっ!?」


何が起こったかって?

端的に説明するとだな。

①最初の音で、刹那が何を血迷ったのか、室内で瞬動術を使う。

②そのまま、ベッドで上半身を起こしていた俺に刹那が抱きつく。

③彼女を支え切れず、ベッドに逆戻りする俺。

④柵で頭を打ち付ける俺。

⑤刹那に抱きつかれたことで、胸の傷がギリギリと締め付けられて死ぬほど痛い。

ってな状況だ。

つか、ヤバイ!!

本気で死ぬる!! 死の淵に逆戻りしてしまうっ!!


「せせせせ刹那ぁっ!! 心配掛けてスマンかった!! 俺が悪かったっ!! せやからっ、頼むから離してくれぇっ!!!!」

「はっ!? ・・・・・・すっ、すすすすすすすみませんっ!!!?」


俺の必死の叫びにより、どうにか俺を離してくれる刹那。

これが元気な時なら、跳び跳ねて喜ぶところだが、内臓まで達している刀傷を締め上げられているとあっちゃあ意味が違ってくる。

あと刹那さん、よっぽどパニクってんだろうけど、俺に馬乗りなままなのはどうかと思う。


「でも、本当に良かった・・・・・・小太郎さん、まる一日眠ったままだったんですよ?」

「マジでか!?」


よっぽど魔力と体力を消耗してたんだな、あと血液。

そう言って微笑みを浮かべる刹那の目尻には涙が浮かんでいた。


「ホンマに心配かけたみたいやな・・・・・・スマンかった。それから、ホンマにおおきに」


俺はもう一度笑みを浮かべてそう言うと、そっと右手を伸ばして、出来るだけ、優しく彼女の涙を拭ってやった。


「あっ・・・・・・小太郎さん・・・・・・」


急なことに驚いて、一瞬身じろぎをする刹那だったが、特に抵抗することはなく、俺にされるがまま、大人しくしていてくれた。

月並みだが、やっぱり、女の子に涙は似合わないと思う。

親指で彼女の涙を拭い終えると、少しだけ頬を上気させた彼女と、正面から視線がかちあってしまった。


「・・・・・・小太郎さん・・・・・・」

「・・・・・・そんな泣いたら、可愛い顔が台無しやで?」


潤む瞳で、俺を見つめる刹那。

どうやら相当に心配を掛けてしまったらしい。

けれど、いつものはきはきした感じと違って、こんな風にしおらしい刹那も、とても可愛いかった。

こんなに可愛い刹那が見られるなら、心配されるのも悪くない。

なんて考えてしまうのは罰当たりだろうか?

そんな風に思っていると・・・・・・。


「貴様ら・・・・・・人の家でいちゃつくんじゃない」


「うおわっっ!?」「ひぁああっ!?」


左側から、急に声を掛けられて驚きの声を上げる俺たち。

そこには、何故か涙目で、後頭部を抑えているエヴァが立っていた。

いや、ないとは思うが、涙目なのは俺を心配していたからだとしても、何故後頭部を抑えて?


「わ、私が聞きたいくらいだっ!! ・・・・・・しかし、ようやく目を覚ましたか、この駄犬め」


何となく予想は出来るけどね・・・・・・。

恐らく刹那が抱きついたときに俺が腕を振り上げた所為で、体重の軽いエヴァは吹き飛ばされて床と衝突、ってとこだろう。

バレたら、干からびるまで血を吸われそうだから絶対に言わんけども。


「心配かけてもうたみたいでスマンな。ベッドも占領してもうたし」

「ふん、誰が貴様ごときの心配なんぞするか。あまりにも目を覚まさんから、腕の一本でもへし折れば激痛で起きんかと思っていたところだ」


腕を抱き込んでたのはそういう理由かっ!?

い、命拾いしたぜ・・・・・・。


「全く、たかだか学園の依頼ごときで、他人の、それも吸血鬼のために命を投げ出すとはな・・・・・・このお人好しめ」


シニカルな笑みを浮かべてそういうエヴァは、すっかりいつもの調子を取り戻していた。


「それはそうと・・・・・・桜咲 刹那、いつまでそうしているつもりだ?」

「え?」


エヴァに突っ込まれて、ゆっくりと自分が今どこにいるかを確認する刹那。

彼女は、自分が俺に馬乗りになっていることに気が付くと、一瞬で耳まで真っ赤になった。


「ご、ごごごめんなさいっ!? べ、べべ別に悪気があってのことでわっ!!!?」


慌ててベッドから飛び退く刹那に、俺は忍び笑いを堪えることが出来なかった。


「そういや、誰があの妖怪を斃したんや?」


場が落ち着いてきたので、俺はようやく、兼ねてからの疑問を口にすることが出来た。

俺が放った決死の一撃は未遂で終わってしまったからな。

刹那かエヴァ、あるいは後から来た援軍が奴を還してくれたとしか考えられない。


「覚えていないんですか?」

「ああ。俺が死ぬ思いで打った斬撃は、当たらんかったみたいでな」

「まったく、この駄犬が・・・・・・自分の攻撃の手応えくらい覚えておけ」


呆れたようにエヴァがそう溜息を零した。


「えーと、それはつまり・・・・・・」

「はい、私たちが駆け付けたときには、既にあの妖怪には現界する魔力すら残されていませんでした」

「ばっくり腹が裂けていたぞ。恐らく貴様の攻撃によるものだろう」


マジでか・・・・・・。

俺がざっくり斬られたもんだから、てっきり届いてなかったもんだと思ったぜ。

それじゃあ、あの時折れた影斬丸は・・・・・・。


「なぁ俺の太刀はどこいってん?」

「安心してください、ちゃんと枕元に立てかけてありますよ」


言われてエヴァが寝ていたのと反対側の枕元に視線をやる。

そこには鞘に収まった状態の影斬丸の姿があった。


「もう必死過ぎて腕の感覚すらなかったんか・・・・・・」


今更だけど、よく勝てたな、俺。


「しかし、刹那・・・・・・さっき、駆け付けた言うたな?」

「はい、そうですがって、はぶぶぶっ!!!?」


俺は予備動作もなく、右手で刹那の頬をむぎゅっと挟みこんだ。


「何、俺のピンチに駆けつけとんねん。俺は、危なくなったら逃げろって言うたやろ?」

「あぶ、あぶぶっ!!!?」

「あかん、何言うてるか分からへん」

「はぁ・・・・・・だったら、その手を離してやれ」

「ああ、そうやったな」


呆れたように嘆息するエヴァに促されて、俺は刹那の頬をぱっ、と開放してやった。


「うぅぅぅ・・・・・・で、ですが、小太郎さんの気が弱まったことに、気が動転して・・・・・・」

「くくっ・・・・・・あの時のそいつの慌てようと言ったら、まるで親の死に目にあったかのようだったぞ?」

「なっ!? そ、それを言うならエヴァンジェリンさんも!! 本気で私に骨を拾わせるつもりかっ、なんて、私より先に飛び出していったではないですか!?」

「そ、そんなことはないっ!? 貴様、でたらめを言うなっ!?」


そういってぎゃあぎゃあと、小学生のような言い合いを開始してしまう二人。

俺、一応病み上がりなのに、と思わないこともなかったが、それでも俺は、こんなにも自分を心配してくれる人がいることに、どこか安らぎを感じていた。


「そいじゃ、傷の手当ても二人がしてくれたんか?」


奴に斬られた胸には、丁寧に包帯が巻いてあり、このおかげで俺が一命を取り留めたのは一目瞭然だった。


「え!? あ、はい、手当は私が行いましたが、薬を用意してくれたのはエヴァンジェリンさんで・・・・・・」

「ふ、ふんっ・・・・・・私を護って死なれたなど、寝覚めが悪いからな。ただそれだけだ・・・・・・」

「ははっ、そりゃおおきに」


素直に心配だったと言ってくれればいいのに。

自分の優しさについつい理由をつけてしまうんだな、彼女は。

まぁ、それがエヴァの魅力でもある気がするが。


「何はともあれ、これで任務完了っちゅうわけやな」

「はい、そういうことになりますね」


やれやれ、本当に長い一日・・・・・・いや、眠ってた時間を含めれば、本当に長い二日だった。

しかし、おかげで刀の銘、影斬丸・真打も判明したし、その能力も・・・・・・。

さすがに今回は死ぬ思いをしたが、何よりも・・・・・・。


「あれが、俺の・・・・・・」

「ストップです、小太郎さん」


言いかけた俺に、刹那がそう制止を掛けた。

きょとんとする俺に対して、刹那もエヴァもニヤニヤと意味ありげに笑みを浮かべていた。

何だってんだ?


「その先は、貴様が一人前になってからだそうだ」

「は? あいつがそう言うてたんか?」

「ええ、俺に似てイイ漢になった、とも言っていました」

「全力で闘れるのを楽しみにしてる、ともな」


・・・・・・俺に似てって、それ殆ど答え言ってるじゃねぇか。

それに、全力でって・・・・・・あれが全力じゃなかったのかよ!?


「格下のしょうもない術師に召喚されたんだ。魔力量に制限があってもおかしくはなかろう」

「うそん・・・・・・そんな、相手に俺は死にかけてたんか・・・・・・?」


そもそも、次があるかどうかも怪しいが・・・・・・まぁ、この世界にいる限り、いつも闘いとは隣合わせだ。

いずれ、また相まみえることもあるかもしれない。


「そんなら、今よりも強く・・・・・・もっと強くならなあかんな」


次は、こんな無様な姿はさらさない。

あの野郎が、どれだけ強かろうとも。


「本気で言ってるのか? 私の見立てでは奴の真の実力は、千の呪文の男や私と同等だ・・・・・・茨の道どころか道があるかすら怪しいぞ?」

「関係あれへん。やったら、その千の呪文の男よりも強くなれば良いだけの話やろ?」


そんなこと、とうの昔から考えていたことではないか。

でなければ、フェイトにも、奴にも・・・・・・。


『わいらの兄弟喧嘩は、今始まったばかりや。』


―――――あのクソ兄貴にも、届きはしない。


なら俺が目指すのは最初から、その高みで間違っていない。

全ての逆境を、この刀一本で斬り捨て、己の道を抉じ開ける。

善も悪も、清も濁も全て、ぶった斬って、世界すらを敵に回そうとも、己の信念を今度こそ貫く。

もう二度と、臆することはしない。


「俺は誰よりも・・・・・・強くなって見せる!!」


俺は今一度、その誓いを新たにした。


「くくっ・・・・・・あはははははっ!! あの千の呪文の男を越えるだと!? 貴様、正気か!?」


俺の言葉に、エヴァは心底愉快そうに声を上げる。

それほどまでに、俺の立てた誓いは無謀なものだと言うことだろう。

しかしそれがどうした? そんなこと、俺はすでに知っていたはずだ。


「俺にとって強くなるんは、生きてるっちゅうことそのものや。多少目標がでかかろうが、今更後に引けるもんとちゃう」

「大きく出たな小僧。貴様にとって命は、そのための道具に過ぎんと言うことか・・・・・・」


いつぞや俺が考えたことと同じことを、エヴァが口する。

そこに浮かぶ彼女の表情は、昨日のような、外見相応の少女のものではなく、俺がかつて幻想した、幾百の時を生きた、強者の顔だった。


「・・・・・・おう。近いうちに、俺はあんたさえも越えて見せるで?」

「ほう? この不死の魔法使いをか? ・・・・・・面白い、その日を楽しみにまっているぞ、犬上 小太郎」


唇を釣り上げて、俺たちは互いに睨み合った。

エヴァの言葉は、追いつけるものかという、いつものような皮肉めいたものではなく、必ずここまで辿り着けという、強者の貫録を持ったものだった。

ならば、俺はいつか必ず、その期待に答えて見せよう。

そして必ず、彼女たちの信頼を勝ち得、その笑顔を護りきれる漢になって見せよう。

もう二度と、失う悲しみなど味合わないように。





――――――――――俺は、誰よりも強くなってみせる。




心の中、今一度、俺はその言葉を反芻した。







あとがき



遅くなってしまいましたが、これでようやく、影斬丸編、完結です!!

今回の話は、とくに必要があったかと言われれば首をかしげてしまいますが、小太郎の新たな決意を明示したかったので。

あとエヴァにゃんかぁいいよエヴァにゃん。

ロリコン? 聞こえないんDAZE☆

さて、これでようやく新章に入れる・・・・・・。

次回からは、またしばらく女の子分多めな話を考えてるんDAZE☆

それでは、また次回。

ノシ






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 18時間目 常住坐臥  いや、そんなに闘うことばっか考えてる訳では・・・・・・
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/25 19:54

―――――ゴォッ


「うおわっ!?」


―――――ジュッ


い、いいいい今ちょっと学ランに掠ったぞ!?

あっぶねぇ・・・・・・当たりがデカイは威力高いは、何という反則技。

しかもノータイムと来たら性質が悪過ぎる。

間合いが近いと使えないにしても、あんなんどうしろと?

というか、アレか? ハイレベルに行くには、ノータイムの対軍殲滅技法が必須なのか?

それこそ咸卦法とか使えないと無理なんじゃねぇか?


「上手く凌いだね。なら・・・・・・これはどうかな?」


俺と約15mの距離、上着のポケットに手を突っ込んだ状態のタカミチの、咸卦の気がさらに密度を増した。


「―――――千条閃鏃無音拳!!」


刹那、恐ろしい魔力密度をもった無数の衝撃波が俺に襲いかかった。

オイオイオイオイっ!? お前、原作のネギ戦が本気じゃなかったのかよっ!?

そんなの原作で見たことねぇぞ!?(※彼は原作27巻までの知識しか持ってません)

これは、流石に避け切れないか・・・・・・!?

安全地帯なんて、とてもじゃないがありそうにない。

ならば・・・・・・。


「自分で作るだけやっ!! 影斬丸、咆哮(トオボエ)!!」


刀身に圧縮された狗神が、デタラメに暴れ狂う漆黒の暴風と化す。

それは、俺に迫る数十の衝撃波の内、幾ばくかを呑みこんで掻き消えた。


「っく!!!?」


その瞬間に、背後に迫る殺気。

俺は慌てて、振り抜いた影斬丸を、遠心力を利用して後方へと薙いだ。


―――――ガキィンッ


「おっ、と・・・・・・驚いたよ、アレを凌いで、僕の瞬動にも気付くとはね」

「驚いてんのはこっちや。なんで刀を裸の拳で防げんねん・・・・・・」


一応、狗神の魔力と俺の気で無茶苦茶に強化されてるんですけど?

まぁ、ジャック・ラカンも剣が刺さんねーんだけど? なんて言われてたし、武器持ちゃ勝てるなんて世界ではないんだろう。

しかし、これだけ接近した以上、居合い拳に連なる大技は使えまい。

―――――ここからは、俺のターンだ!!


「ふんっ!!」


―――――ガキィンッ


「よっ・・・・・・」


俺の放った袈裟斬りの斬撃を、いとも容易く防ぐタカミチ。

もちろん、その程度でこのチャンスを逃すつもりなどなく、俺は立て続けに、必殺の威力を持って斬撃を繰り出した。


「はぁぁあああああっ!!!!」


―――――ガキィンッガキィンッガキィンッ


「よっ、ほっ、はっ・・・・・・はは、なかなか隙を見せてはくれないね」


・・・・・・ったく、こっちはこんなに必死だってのに、涼しい顔しやがって。

しかし、その余裕の顔には、ここらでご退場願おうか。

10度目の斬撃が弾かれた反動をもって、俺は身を翻し、渾身の蹴りをタカミチの腹に見舞った。

無論それは、彼にはあっさりと防がれるが、それすらも俺の計算通り。

ガードごと、俺は彼を蹴り飛ばした。


「うおっ!?」

「もろたっ!!」


俺はタカミチを追うことはせずに、影斬丸を逆手に握ると、眼下に出来た自身の影に突き立てた。

一瞬にして、八方に広がる俺の影。

その中には、俺に蹴り飛ばされたタカミチの影すらも含まれていた。


「・・・・・・やばっ!?」

「もう遅いわ!! 喰らえ・・・・・・狗音斬響、影槍牢獄!!!!」


広がった影から、狗神で作り上げた、無数の影槍が突き出る。

それは四方八方から、タカミチを貫かんとしていた。


「くっ、こんな技まであるとはねっ!?」


流石に、タカミチの顔からも、笑顔が消え失せていた。

しかし、これを王手とするには、まだ威力が足りない。

事実、四方八方からタカミチに繰り出されるそれは、彼の正確な拳によって尽く砕き折られていた。


「まぁ、それも予想済みや・・・・・・捕えろ、影槍牢獄!!」

「何っ!?」


タカミチを中心に円柱状にせり出す一群れの影槍達。

これこそが、影槍牢獄の真の使い方。

敵を影の牢獄に閉じ込め、一時的にその動きを封じる。

無論、タカミチ級の相手では、封じられるのは一瞬だが。

それでも、俺には十分過ぎる。

俺は突き立てていた影斬丸を引き抜くと、有無を言わせず、タカミチに肉薄した。

放つのは、俺の技の中で、最も高威力のあの技。

無論、前回の付け焼刃みたいなものとは訳が違う、より完成された、漆黒の一閃。

いかにタカミチと言えど、流石にこれを喰らえば、まず立ち上がれまい。

俺は影斬丸を大上段に構え、本来狗音影装とするはずの狗神を、全て刀身に纏った。

銀色の刀身が、漆黒の牙へと姿を変える。

同時に、俺は得物を振り下ろしていた。


「――――――――――狗音斬響、獣裂牙顎!!!!」

「っっ!!!?」


タカミチを捉えていた、影の牢獄ごと、俺は全てを斬り裂いた。

否・・・・・・斬り裂いた筈だった。

衝撃で、土煙が舞い上がり、視界は殆どない状態だったが、そこにタカミチの気配は微塵も感じられない。

それ以前に・・・・・・。


「・・・・・・手応えが、あれへん?」


まったくと言って良い程、俺の刀には、敵を斬ったときの手応えがなかった。

瞬動で逃げようにも、影の牢獄のせいで、それは不可能だったはず。

いったいどうやって・・・・・・?

俺は、いつどこから、攻撃を受けても対応できるよう、柄を握る手に、更に力を込めた。

ゆっくりと、土煙が晴れていく。

意外にも、タカミチは俺の正面、20m程の地点で笑みを浮かべて立っていた。


「いつの間に・・・・・・」

「いやぁ、保険はかけておくものだね」


そう言ってタカミチは、俺にボロボロになった一枚の紙切れを見せた。


「それ、転移符か!?」

「まさか使うことになるとは思わ無かったけどね。結構高いんだよ? ・・・・・・さて」



「――――――――――そろそろ、終わりにしようか?」



―――――――――ぞくっ



タカミチの顔から、完全に笑みが消えた。

高まっていく咸卦の気は、先程の比ではなく、それが全て、ポケットに納められた彼の右拳に収束していく。

打たせてはならない、直感的にそう感じた。

たかだか20mの距離、瞬動なら一瞬だ。

そう思い、両足に気を集中する俺だったが、タカミチ自身、そんなことは百も承知。

彼の方が、僅かながら速さで勝っていた。


「――――――――七条大槍無音拳」


巨大な気の塊が、俺に向かって放たれた。

迎撃は、間に合わないっ!?


「っ!? 狗尾(イヌノオ)っ!!!!」

「―――――遅い」


障壁を展開するものの間に合わず、俺は見事に吹っ飛ばされていった。










ゴールデンウィークも修行三昧で通過し、五月も半ばになったある日曜日。

タカミチが、久しぶりに稽古を付けてくれると持ち出してきた。

願ってもないことだったので、俺は二つ返事で了承し今に至る訳だが。


「で、どうして貴様らは、当然のように人の別荘を使ってるんだ?」


場所は何故かエヴァの別荘たる魔法球の中だった。

俺はタカミチにやられた傷を手当てしながら、どうしてこうなったんだったかと考えていた。


「うーん・・・・・・俺がタカミチに、全力で闘っても怒られへん場所ってあれへん?って聞いたから?」

「何で疑問形だ!? 貴様が元凶ではないか!?」


人の休日をなんだと思っている!?っと、エヴァが激昂していたが、小学生の女の子が駄々をこねているようにしか見えず微笑ましかった。


「転移符かぁ・・・・・・あんなん予想できる訳あれへんやん、ズルいでタカミチぃ・・・・・・」


恨みがましい目で、少し離れて煙草を吹かすタカミチにそう言うと、珍しく冷や汗を浮かべていた。


「いや、使わないと僕死んでたからね?」

「んなことあれへんやろぉ? せいぜい10分の1死にくらいやったやろぉ?」

「・・・・・・小太郎君、人はそれを瀕死って言うんだよ?」


知ったことか。

麻帆良に来て2カ月。ようやく初めてタカミチに勝てると思ったんだが。

まだまだ、未熟ということか。


「そもそも、貴様の闘い方は中途半端なんだよ。浅く広く技術を拾い過ぎだ」

「あ、やっぱりそうなんか?」


薄々は感じていたが、人に指摘されると凹むな。

ざっと使える技術を上げてみると、体術、忍術、神鳴流、我流剣術、陰陽術、あとは多少の影に関する魔法。

戦術的には剣術、体術に偏ってはいるが、どれも極端に突き詰めたということはない。

やっぱその辺りが、俺の成長の妨げになっているってとことか。


「私に言わせれば、魔に属する者としての利点を完全に潰している。強大な魔力と人外の身体能力をもっと前面に押し出せば良いだろうに」

「それなんやけどな・・・・・・俺、実は狗神以外の魔力の操り方が良ぉ分からへんねん」

「は?」


お、エヴァの目が点になった。

こういうきょとんとしてるエヴァは新鮮で可愛い・・・・・・じゃなくて、それって、やっぱりそれくらい有り得ないことなのか?

けど、原作の小太郎だって、肉弾戦一辺倒だったではないか。

そんな魔法チックな技を使っていたイメージはなかったんだけど・・・・・・やっぱり魔族ってそういうのが使えて然りなのだろうか?


「前に咸卦法を試して失敗したのもそれだろうね。圧倒的に気の方が出力が大きかったんだろう」

「そうなんか?」

「・・・・・・こ、この駄犬め。それでは半妖の血が宝の持ち腐れではないかっ!?」

「そ、そこまで酷いんか!?」


ま、まぁ、原作でも『闇の魔法』の下りで『魔族の強大な魔力量が云々』とか言ってたしな・・・・・・。

妖怪の血を引く以上、膨大な魔力を使えないのは宝の持ち腐れということだろう。

そう言えば、原作で妖怪化したときの刹那の技は、やたら派手なもの多かった気がするしな。

さしずめ、今の俺の状態は、修学旅行編直後のネギや木乃香と同じく、ただでかいだけの魔力タンクってことか・・・・・・。

獣化より狗音影装を多用してるのも、コスト対効果の観点からだしな。

使って見て気が付いたが、獣化はあれでガンガン気を消耗してくから、効果とコストが全く釣り合わないんだよな・・・・・・。


「うーん・・・・・・魔法でも習ったらええんかな?」

「貴様な・・・・・・人の話を聞いていたか!? これ以上他の方面に手を出してどうする!?」

「いや、一概にそうとも言えないよ? 狗神に良く似ている、影や闇に関する魔法なら、もしかすると彼の魔力運用効率上昇に有用かもしれないしね」

「む・・・・・・それも、一利あるか・・・・・・」


あー、そう言えばそんな感じはあるな。

原作でも、カゲタロウの使ってた技は、狗神に良く似てたし。

狗神と影精って近いもののような気がするしな。

そもそも、今回使った影槍牢獄は、そこに着想を得たものだ。


「ふむ、闇属性か・・・・・・どうだ小太郎? 貴様がどうしてもと、地に這いつくばって懇願するのであれば、この私が直々に指導してやることもやぶさかじゃないが?」

「いや、それは遠慮しとくわ」

「ぎゃふんっ!?」


せっかくのエヴァの申し出だったが、俺はそれを光の速さを持って断った。

俺の答えを予想だにしてなかったのだろう、エヴァが珍妙な声を上げてずっこけていた。


「ななな何でだっ!? 私のどこが不満だっ!? 腐っても不死の魔法使い、悪しき音信、禍音の使徒などと恐れられた大魔法使いだぞっ!!!?」


余程あっさり断られたのが気に障ったのか、俺の学ランの詰襟をがっくんがっくん揺さぶるエヴァ。

その姿は、ナギに自分のものになることを拒否された時を彷彿とさせた。

600年以上も生きてる割に、本当に不測の事態に弱いよなぁ・・・・・・。


「それは分かってんけど・・・・・・俺、改まって人に物を教わるん苦手やねん」


もちろんこれは建前で、実際はエヴァに鍛えられると、最終的な出力向上のため『闇の魔法に』辿り着く可能性があるからだった。

どうせなら、自分の知恵と努力と発想力でそれを越えたいし、何より、考える楽しみがなくなる。

そういう理由から、俺はもとより誰かに師事する気はなかった。


「それに闇属性の魔法より、操影術のんが俺の狗神に近いからな。どうせならそれを使える奴から技術を盗みたいねん」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ・・・・・・ま、まぁ貴様がそういうのならば仕方あるまい」

「はははっ、フラれてしまったねエヴァ」

「なっ!? ななな何を血迷ったことをほざいている!!!?」


タカミチのそんなからかいの言葉に、顔を真っ赤に目を吊り上げて噛みつくエヴァ。

ナギとの過去をネギに知られたときもそうだったけど、意外と自分に降りかかってくる恋愛系の話に弱いのかな?

・・・・・・これは格好のからかい材料を手に入れてしまった(ニヤリ)。

こないだの花粉症の話じゃないが、エヴァは意外とからかいがあって楽しいということが判明してしまったからな。

ただあんまりやり過ぎると、ガチで十年間氷漬けの刑とかに処されそうだから、引き際が肝心ではありますが。


「それはさておき、小太郎君。今、ちょうど女子部の3年にそういう類の魔法を使える生徒がいるんだけど、彼女に頼んでみようか? 年齢が近ければ改まった雰囲気にもならないだろうし」

「マジでか? それは、願ったり叶ったりやけど・・・・・・」


大丈夫か? 魔法生徒の中には、魔族のハーフに悪印象を持ってる奴もいるって話だろ?

そう思って思案顔になっていると、タカミチはいつものように飄々とした表情で笑った。


「君の心配も無理はないけど、君なら問題ないと思うけどね?」

「どういう意味や、それ?」

「さてね・・・・・・」


俺が問いかけても、タカミチは曖昧に答えを濁すばかりで、決して教えてはくれなかった。











別荘の中で一泊して、俺はエヴァのログハウスを後にすることになった。

操影術の件に関しては、タカミチが後日また連絡をくれるそうだが・・・・・・本当に大丈夫だろうか?

まぁ、なるようにしかならないだろう、ということで、俺は思考をその辺りで打ち切っていた。

ちなみに、別荘の中でタカミチより負った傷は、一晩で全開している。

狗族ボディ様々だぜ。


「それじゃ、タカミチ、エヴァ、おおきに」

「ああ、気を付けて帰るんだよ?」

「貴様、愛称で呼ぶなとあれほど・・・・・・もう、いい。さっさと消え失せろ」


タカミチはそんな心配の言葉と笑顔で、エヴァは諦めたような溜息でそれぞれ俺に手を振ってくれた。

俺は足早に男子寮への道を帰ることにした。














「それにしても・・・・・・残念だったね、エヴァ?」

「・・・・・・何の話だ?」

「小太郎君に、魔法を教えられなくて」

「なっ!? 何を言っている!? む、むしろ面倒が増えなくてほっとしてるところだっ!!!!」

「そうかい? ・・・・・・まぁ、彼は本当に良くナギに似ているからね、君が目を掛けるのも無理はない」

「オイ? 人の話を聞いていたか? そんなんじゃないと言っているだろう!?」

「ははっ、そんなに照れなくても良いじゃないか? きっとナギも喜ぶと思うよ?」

「何がだっ!?」

「エヴァが人並みに恋をしてくれて」

「@*$#&%=~~~~~!!!? だだだだだ誰が恋などするかっ!!!? トチ狂ったことをほざくんじゃないっ!!!!」

「大丈夫さ、年齢や種族なんて些細な問題だと僕は思うよ?」

「オイ、違うからな? 違うからな!?」

「はははっ・・・・・・」

「その微笑ましいものを見るような笑みを今すぐ止めんかぁっ!!!!!!」








あとがき



新章、麻帆良修行編、始動。

へ? 女の子分増やすんじゃなかったのかって?

エヴァにゃんが出とるやろうもん!!!!(ぉ

しばらくは今回のような軽いノリの話が続くことになるかと思われますv

でわでわ、また次回v

ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 19時間目 青天霹靂 もうヤダ……女の子怖い……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/10/26 01:29






エヴァの別荘で、タカミチに稽古をつけてもらってから、三日後の水曜日。

約束通り、タカミチはくだんの3年生に話を付けてくれたらしく、俺は目下彼女との待ち合わせ場所に向かっていた。

タカミチに相手の人相が分からないと待ち合わせようがないんじゃ?って聞いたんだが。


『向こうは絶対に君のことが分かるから大丈夫だよ』


なんて、笑顔で返されてしまった。

知り合いに影使いなんていた覚えはないんだけどなぁ……?

ちなみに、待ち合わせ場所は世界樹の広場だったりする。

前回の生活指導みたいに春休みだったら堂々と女子部の校舎に行くんだが、流石に平日に堂々と行くのは問題があるしな。

しっかし……世界樹の広場に女子と待ち合わせなんて、まるで……。


「デートみたいやな……」


年甲斐もなくニヤついてしまうではないかっ!!

なんて、るんるん気分で、俺は世界樹の広場に続く階段を駆け上がっていった。










時刻は4時30分。

日は既に傾き始めていたが、さすがは学園内で人気のデートスポット。

ちらほらと学生カップルの姿が見受けられた。

……リア充どもめ、爆発しろっ!!

学校が始まったせいで、最近任務以外で女の子に全く会えない俺は、弱冠女の子分が不足気味でイライラしてたりする。

こないだエヴァに会った時は、本気で癒されたともさっ!!

……自分で言っててなんだが、キモいな俺。

アホなこと考えてないで、さっさと待ち合わせの相手を探すか……。

しかし、どうやって探したものか。

全く心当たりなんて……。


「もしや……犬上 小太郎さんですか?」

「はい?」


周囲をキョロキョロと見回していると、後ろから女の子に呼びかけれたので振り返る。

俺の名前を知ってるってことは、この子が例の影使いかな?

けど、この子……どっかで見たことある気がするんだけど、どこだったかな?

俺の後ろに立っていた女子は、ハーフなのか長い金髪のストレートヘアーに、青い瞳。

すらりとした長身で、プロポーションは、ネギクラスの面々に負けず劣らず素晴らしいものだった。

顔もかなり整っていて、共学ならさぞかしモテただろうに、と悔やまれるくらいだった。


「やっぱり……切れ長で凛々しい目つきに、黒い艶やかな長髪、長身で無駄なく鍛えられたしなやかかつ強かな体つき……あなたが犬上 小太郎さんで間違いないですねっ!?」

「は、はぁ? 俺が、犬上 小太郎で間違いあれへんけど……」


な、何だこの子?

やたら俺の容姿に詳しくないか?

い、いや、内容自体は、こっちが恥ずかしくなるくらい美化されたことを言ってて、まぁ悪い気はしないけども……。

殺人鬼みたいだと、揶揄され続けたこの壮絶な悪役面を、凛々しいて……。

そんな詳しく知られてると、弱冠の薄ら寒さすら覚えるんですが?

弱冠表情を引き攣らせてる俺を余所に、その子は瞳を爛々と輝かせながら、ばっ、と両手で俺の右手をしっかりと握った。


「お会いできるのを楽しみにしていました! 私が高畑先生よりあなたに操影術を指南するよう承った、女子部3年の高音・D・グッドマンです」

「へ? は、はぁ、こ、こちらこそ、どうぞよろしゅうたのんます……?」


たかね・でぃー・ぐっどまん……?

何か、これまたどっかで聞いたことある気がする名前だが……って、ああ!?

こいつ、どっかで見たことあると思ったら、ウルスラの脱げ女じゃねぇか!!

麻帆良の制服着てるもんだから気が付かなかったぜ。

そうか、まだ原作が始まる2年も前だから、麻帆良に通っている訳か……。

それにしても、何だろう、この長年憧れていたヒーローにようやく出会えました、見たいな彼女の目の輝きようは?


「えーと、高音で、ええか? 自分、俺に会えるんを楽しみにしてたって……俺のこと前から知っとったんか?」

「い、いきなりファーストネームで呼んで頂けるなんてっ……そ、それはもうっ!! あなたは魔法生徒の間では英雄ですから!!」


は? 英雄? 俺が?

何だ、その与太話は……?

だって今一番浸透してる俺の渾名と言えば『麻帆中の黒い狂犬』ですよ?

悪役の筆頭みたいな扱いを受けている俺が、どこをどうすれば英雄になるというのだ。


「とんでもない!! 多くの魔法先生が忌み嫌い、誰も護衛を引き受けなかった、あの闇の福音の護衛を単身買って出る、とても慈愛に満ちた方だと伺っています!!」

「はぁ!? なんじゃそりゃ!?」


あれは学園長のクソジジィが俺らに押し付けただけだっつーの!!

しかも単身じゃなくて刹那とバディだったし。

しかしながら、高音には最早俺の言葉など届いていないらしく、更に自分の世界に入り込み、俺自身の知らない俺の英雄譚を語り始めてしまっていた。


「瀕死の重傷を負いながらも、彼女を護らなくてはという使命感と優しさから立ち上がり、ついには東洋の名のある妖怪だった刺客を打ち倒すという、本来なら見習いの魔法生徒にはとてもできない偉業を為しておきながら、なおそれを鼻にも掛けず自己の未熟を顧み、高畑先生に師事して更なる研鑽を積む勤勉さ……私、あなたのお話を聞いて、とても感銘を受けました!!!!」

「わーお、今までで一番長いかっこつきの台詞やぁ……」


ところで、この妙なノリはいつまで続くんだい?


「かくいう私自身も、闇の福音を保護することについて疑問を抱いていましたが、あなたのお話を聞いて考えを改めました……真に偉大なる魔法使いを目指すなら、どんな者にでも躊躇わず手を差し伸べる覚悟が必要なんです!! あたなは、そのことを気が付かせてくれました!!」

「……どーでもええけど、この話まだ続くん?」


あ、いけね口に出しちまった。

まぁ高音には聞こえてないみたいだし良いよね?

しかし……これは、誰かがこの話をお脚色して吹聴しているとしか考えられないな。

もっとも、犯人は一人しかいませんが……。

……あんのクソジジィ!!

大方、一人の見習いが身を呈してエヴァを助けたのに、偉大なる魔法使いに連なる諸君らはそれで良いのか!?みたいな人心掌握のために俺を利用しやがったな!?

エヴァの保護に対して、否定的な魔法先生たちを、丸め込むためにやったんだろうが……ふざけやがって!!

こんな謂れの無い讃えられ方したって、まるで喜べねぇってーのっ!!

しかし悲しいかな、ここまで話が独り歩きしてしまうと、最早俺が何を言ったところで『そんなに謙遜して……何て慎ましい人なんだ』ってな感じで、聞き手にとって良いようにしか変換されまい。

それまで計算ずくか……あの狸ジジィめ。


「そんな素晴らしい人物が、私のような者から少しでも学べることがあるとおっしゃるのでしたら、この高音・D・グッドマン、喜んでご協力いたします!!」

「そ、そりゃ、おおきに……」


い、いかん……がんばって笑ってるつもりだが、どうやっても笑顔が引き攣ってしまう。

そう言えば原作でも思い込みの激しそうな娘だったな……タカミチめ、彼女がこんな様子だと分かっていたから、大丈夫だとかぬかしたな……。

彼女の方が大丈夫でも、俺が大丈夫じゃねぇよっ!?

こんな調子で、本当に彼女から操影術なんて学べるのか……?

万が一の時は、もうタカミチにチェンジを要求する他なさそうだ。


「それでは、早速操影術に関して少しお話をしましょうか?」

「それは願ったりやけど、場所変えへんか? 立ち話も何やろ?」


何だ、ちゃんと操影術の話をするために来てくれてたんだな。

そう言えば、原作でもやたら使命感と正義感に溢れた描写が多かったもんな。

刹那同様、少々生真面目すぎて暴走するタイプの性格なのだろう。

それが分かっていれば、まぁ何とかやって行けそうかな?


「それもそうですね。それでは、下のカフェテラスにでも移動しましょうか?」


彼女にそう促されて、俺たちは連れだって世界樹の広場を後にするのだった。










「端的に言うなら、操影術は攻防一体に秀でた魔法系統と言えます」


注文したアッサムに、ミルクを注ぎながら、高音はそう得意げに言った。

あー、何だろ……今更だが、俺、結構高音と馬が合いそうな気がしてきた。

自分の専攻とする技術に関して聞かれた時に嬉しくなってしまうところは、俺にはいたく共感できる。

木乃香と明日菜に剣術の話をしてるときなんて、実は楽しくてしょうがなかったしな。


「影を纏うことで自らを護り、同時に物理的、魔法的攻撃力も向上させる、攻守の両面を補助できる属性という訳です」

「それは何となく分かるな。俺の狗神もあんたらの使う影精に似たようなもんやさかい」


開放した影斬丸が、俺の体裁きを補助するのは攻撃力を、狗尾(イヌノオ)は防御をという風に、それぞれ攻守を助けているのもそこに起因するのだろう。


「そう言えば、犬上さんは狗神使いでしたね」

「小太郎で構へん。それに敬語もいらへんで? 自分のが先輩やろ」


だったら俺が敬語を使え? ……それは言わない約束だぜ。


「そ、そんなっ!? ……それでは、小太郎さんと呼ばせて頂きますね。それから、敬語は癖のようなものですのできになさらないでください」


まぁそうだろうとは思ったけど。

原作で、佐倉愛衣にも敬語だったしな。

俺は注文したカフェモカを啜りながら、ぼんやりとそんなことを思い出していた。


「一つ気になったんですが、どうして操影術を学ぼうと? 狗神を使えるのなら、それほど、技能的に大差はないと思うのですが?」

「ああ、俺が狗族……人狼と人間のハーフっちゅうのは知っとるんやったか?」

「はい。そのおかげで一命を取り留められたのですよね?」

「まぁ、そういうことや。魔族の血を引くっちゅうことは、俺の中には強大な魔力が眠ってるはずやねん。せやねんけど、俺はどういう訳かそれを操れへん」


狗神は例外だけどな。


「なるほど……つまりは操影術、魔法を学ぶことで、その魔力を引き出せるのではないかと、そういうことですか?」

「そういうことや」


さすが偉大なる魔法使い志望。

話の飲み込みも早くて助かるな。

そう言えば、原作で愛衣が彼女を『油断さえしなければ優秀』と称していたか。

俺にとっては幸か不幸か、今の彼女はさしずめ、噂のヒーローと対面して、ガンガンに緊張しているという状態なのだろう。

持ち前の優秀さが十分に発揮されているという訳だ。

彼女は、未だ湯気の立ち上るアッサムティーを一口飲むと、ふう、と小さく吐息を零して、先程までとは違う真剣な表情を覗かせた。


「小太郎さん、もう一つよろしいでしょうか?」

「良いも何も、教えて貰うんはこっちや、気になることがあるなら何でも言ってくれて構へんで?」

「では、お言葉に甘えて……あなたは、どうしてそこまでして強い力を求めるのですか?」

「…………」


いやはや、ヒーローに憧れるだけの、ただのミーハー女子高生、今は中学生だが、だと思っていたが、なかなかに鋭いことを言うじゃないか。

彼女の言う通り、力とは何かを為すための手段に過ぎない。

その手段を欲するということは、その先には必ず、果たしたい目的が存在して然りなのだ。

奇しくも、それはかつて、幼い刹那に俺がしたのと、全く同じ問い掛けだった。

かつての自分なら、或いは原作の小太郎なら、その問いに対して、あの日の刹那ほど明確に答えを出すことが出来なかっただろう。

だからこそ、原作における彼女はあれほどまでに強かった。

しかし、今の俺とて、同じこと。

あの長い夜の勝負で、もう見失うことの無い、明確な目標を手に入れたのだから。


「……多すぎんねん」

「え?」


俺の言葉に、高音は不思議そうな、きょとんとした表情を浮かべる。

さすがに言葉が足りな過ぎたか、と俺は自分自身の物言いに苦笑しながら、改めてその目標を口にした。


「俺は欲張りやから、護りたいもんが、喪いたくないもんが多すぎんねん。せやから……護れるよう、取りこぼさんよう強くならなあかん。誰よりも、何よりも強く」


喪う悲しみを味合うのは二度とごめんだ。

喪う悲しみを味あわせるのは、もっとごめんだ。

俺の周りにいて、俺に力をくれる皆を俺は守りたい。

かつては、復讐のためと、そして自身の欲望を満たす為にと力を望んだが、今は違う。



――――――――――俺は皆の、笑顔を護るための力が欲しい。



それが、あの一夜を生き延びた、俺の見つけた答えだった。

高音は、俺の聞いていて恥ずかしくなるような台詞に、驚いたように目を見開いていたが、やがて頬を上気させると、子どものような、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。


「噂に違わぬ、慈愛に満ちた方ですね」

「いや、やからそれは買被りすぎやって……」


頼むから、その話はいい加減忘れて欲しい……。










「結構良い時間になってしまいましたね」


カフェテラスを後にすると、すでに夕日は西に傾ききっていた。

思いの外、操影術談義が弾んでしまったからな。

まだ使ってすらいないが、結構奥が深いぞ操影術。

これはタカミチに頼んで正解だったな。

よしんば、俺の魔力が引き出せなかったとしても、戦術的な引き出しは驚くくらい増えてくれることだろう。

……エヴァには叱られそうだがね。


「結構遅いし送って寮まで送ってくで?」

「そ、そそんなっ!? 噂の英雄に送って頂くなんて、恐れ多い!!」

「……その設定引っ張るん、いい加減やめてくれ。ほな行こか?」


俺は有無を言わさず、中等部の女子寮へと歩き出した。

その後を高音が慌ててついてくる。

原作ではピックアップされてなかったから気付かなかったけど、高音もさすがネギま!の登場人物だと思う。

少し話しただけだが、ちょっとした仕草とか、純粋さとか、ちょっと行きすぎた正義感もそうだが、本当に魅力的な女の子だと思った。

さっきまで、リア充爆発しろ、なんて言ってたのが嘘みたいに、今は可愛い女の子と連れだって歩ける嬉しさで胸がいっぱいだ。

なんて思ってたのが顔に出てしまったのだろう。

追いついた高音が不思議そうな顔をしていた。


「何か面白いことでもありましたか?」

「いや、何でもあれへんよ」


悪戯心なしに、可愛いなんて女の子に言えるほど、俺のハートは鋼じゃないんだな。


「あ、そうでした。小太郎さんにこれを渡しておきます」


そう言って、高音が鞄から取り出したのは、日本語で書かれた影に関する魔法の入門書だった。


「本来なら初心者用の杖と一緒にお渡しする物ですが、小太郎さんには魔力媒体は必要ないでしょうし、今渡しておきます」

「なるほど……おおきに、ありがたく貸して貰うわ」


俺が礼を言うと、いえいえ、と、嬉しそうに高音が笑った。

……オイ、やっぱメチャクチャ可愛いじゃねぇかっ!? 誰だ、脱げ女とか言ったのっ!?(←お前だ)

そんな彼女にドギマギしてるのを、決して表情に出さないよう心がけつつ、俺たち二人は女子寮への道を急ぐのだった。









ほどなくして、俺たちは麻帆良の女子校エリア、中等部女子寮の前に辿り着いた。


「すみません、本当に寮まで送って頂いて」

「気にすんな。魔法生徒つっても高音は女の子やねんから、男が送るんは当然や」

「小太郎さん……」

「それに……謝られるより、嬉しい言葉があんねんで?」

「ふふっ、そうですね……今日はありがとうございました。それでは明日から本格的な特訓に移りますので、覚悟しておいてくださいね?」


悪戯っぽく、高音がそう言って笑う。

中の人の年齢はさておき、その表情はやはり年上と言うべきか、そんな頼もしさを感じさせた。


「ははっ、せいぜい叱れんよう頑張るわ。よろしゅう頼むで、高音センセ?」

「はい! それでは、これで」


高音は俺の言葉に満足そうに頷くと、軽く手を振って寮の中へと去って行った。

さて、俺も帰るとしますかね……。

そう思って踵を返す。


「うおあっ!?」

「……(じーーーー)」


その次の瞬間、驚きの声を上げる俺。

び、びびった……。

そこには何故か、俺のことをやたらジト目で凝視する明日菜が私服姿で突っ立っていた。

恐らく、夕刊の配達か、牛乳ビンの回収かのバイト帰りだろうが。

つか、仮にも一般人にここまでの接近を許すとか、俺どんだけ高音との会話に舞い上がってたんだよ……。

そんな下らないことで、己の未熟さを思い知らされることになろうとは思わなかった。

しかし……。


「何やねん明日菜。おったなら声くらいかけてくれてもええんちゃうんか?」

「……はぁ。どっかの誰かさんが年上のお姉さんにのぼせて気が付かなかっただけでしょ?」 


俺の問い掛けに対して、明日菜は何故か、物凄い険のある受け答えだった。

なして?


「いや、別にそういう訳とちゃうで? 高音とは今日あったばっかりで……」

「今日あったばっかりで名前で呼んじゃうような仲になるんだ? へぇー、おモテになることですねー」


……オイ、こいつ完全に俺の話聞く気ゼロだろ?


「それを言うなら、明日菜のことかて会った日から下の名前で呼んでるやんけ?」

「む、まぁそれはそうなんだけど……べっ別に、ちょっと言ってみただけじゃないっ!?」


今度は逆ギレかよ!?

本当に何なんですか一体!?

女心とか分かんないお兄さんは、弱冠本気で泣きそうだよ!?


「大体、今日会ったばっかりだってのに寮まで送ってあげちゃってさ。明日から何の特訓をするんだか……」

「それかて、自分と初めて会った日も皆を送ったったやんけ!? しかも盗み聞きかいな!?」


しかも完全に何かピンク色の勘違いをしている臭い。

ったく、これだから思春期は難しい。

一応誤解を解いておかないと、他の連中はともかく、木乃香や亜子みたいな純粋な子に、そんな話を聞かせるのは気が引ける。

いや、木乃香はあれで結構耳年増だとは思うけどね……。


「ちゃうからな? 俺と高音は、明日菜が思とるような関係やないからな?」

「何必死になって否定してんのよ? バッカみたい」


そう言うと、明日菜は、もう俺と話すことなんてないとばかりに、俺の横を素通りしていってしまった。

って、ダメだろそれ!?


「お、おい明日菜っ!? ちゃんと話を聞けや!?」

「はいはいっ、お幸せにっ!!」


な、なんやねんいったい……?

結局、明日菜は俺の制止も効かずに、ずかずかと足取りも荒く、女子寮の中に入っていってしまった。

さすがに寮の中まで追いかける訳もいかず、茫然と立ち尽くす俺。

はぁ……次、木乃香達に会ったときに、白い目で見られないことを祈ろう……。

可愛い女の子と知り合えて舞い上がっていた気分は、いつのまにか梅雨空のような曇天に早変わりしていた。



――――――――――俺がいったい何をしたぁっ!!!?








あとがき


さて、皆さんの期待通り脱げ女こと高音さん登場ですv

彼女との修行風景をきちんと描くかは考え中ですが、まあ反響しだいですかね?

愛衣がいないって? いや、だって彼女のパクティオーカード、中等部の制服だったじゃない?

多分、高音のパートナーになるのはこの翌年だと思うんDAZE☆

今はアメリカのジョンソン魔法学園にいることでしょう。

さて、感想板にて読者の方に、あとがきを感想板に移動しては?という、意見を頂きました。

どうも、全文表示で読んでくださる読者の方々には煩わしかったみたいですね。

次回からあとがきは、更新ごとに感想板にて行わせていただきます。

毒を食らわば皿まで、仕方ないから見てやろうかな?ってな方は、ぜひ感想板までお越しくださいv

ではまた次回^^

ノシ



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 改過自新 マッチ一本火事の元って言葉がガチだとはな……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2011/08/19 00:49


「……はぁ」


気が付くと、昨日から溜息ばかりついている気がする。

……何でかなぁ? 


「明日菜、どうかしたん?」


心配そうに私の顔を覗きこむルームメイトに、私は苦笑いを浮かべると、軽く手を振って答えた。


「だ、大丈夫よ? ちょっと授業に疲れちゃっただけだから」

「あー、明日菜勉強でけへんもんなぁ……」


……事実だけど、何か釈然としないわね……。


「今日は部活やんな? 帰り、何時くらいになるん?」

「うーん……そんなに遅くは何ないと思うけど……帰る前にまたメールするわ」

「りょーかい。寄り道せんと帰ってくるんやえ?」


まるで母親みたいな物言いの木乃香に、私はもう一度苦笑いを浮かべた。


「ほんなら、部活がんばってなー」

「うん、ありがと」


ほにゃっとした笑顔を浮かべて、木乃香は教室を後にして行った。

……木乃香だったら、こんなに悩んだりしないんだろうけどなぁ。

つくづく、自分のアマノジャク加減に嫌気がさす。

そんなに気になるのなら、昨日あいつの話をちゃんと聞けば良かったのに、頭に血が上って、そんなこと気付きもしなかったんだから。

……そう言えば、桜咲さんはあいつの幼馴染だって言ってたわね。

あるいは、彼女に聞けば、あいつとあの上級生の関係について分かるかもしれない。

そう思って、桜咲さんの席を見る。


「……」

「……?」


一瞬目があったけれど、桜咲さんはいつかのように、軽く会釈をすると、何事もなかったかのように教室から出て行ってしまった。

……クールだなぁ

こうしてうだうだしてても、仕方がない。

私は気を取り直して、部活、美術室に向かうことにした。










「……はぁ」


結局、教室にいた時と状況は変わらなかった。

下書きを終えたばかりのキャンバスに向かい、絵具と筆を持ってはいたけれど、私は一向に絵を描く気分にはなれなかった。

集中しようと思う度、見知らぬ上級生と、楽しそうに笑っているあいつの顔ばかりが頭にちらつく。

本当、私はどうしてしまったんだろう……?

昼間の授業の内容も、殆ど右から左に抜けて行っていた。

……いつものこと? 大きなお世話よ!?


「……はぁ」


本日何度目になるか分からない溜息。

……それもこれも、全部あのバカが悪いのよ!!

私を悩ませていたのは、他でもない、男子部のとある生徒の、とある現場に出くわしてしまったという、昨日の出来事だった。

その男子の名前は、犬上 小太郎。

私が大嫌いな、チャラチャラしてて、気障ったらしい男。

昼間っから堂々と女子部の校舎に入って来て、あげく、冗談交じりに、女の子に「可愛い」なんて言う女ったらし。

最初は、そう思っていた。

けど、木乃香に私の誤解だったことを指摘されて、話してみると、意外といい奴だってことが分かった。

厄介なナンパに絡まれていた祐奈たちを、躊躇いもなく助けに入ったり、次に喧嘩をすると、重い罰を受けるって分かっていたのに、亜子が倒されたことに腹を立てて、結局全員を返り討ちにしちゃったり、つくづくお人好し。

実は、その後にも、あいつのお人好しっぷりを、私は目の当たりにする出来ごとに出会っていたりする。

あれは、入学式が終わって2、3日経った日のことだった。

いつものように夕刊配達をしていた時のこと、その途中にあるグランドから、聞き覚えのある声がして来たのだ。


『おらショートーっ!! キバって走らんかーいっ!!!!』

『???』


私は気になって、仕事の途中だと言うことも忘れてグランドに入って行ってしまっていた。

するとそこには、いつものようにボタン全開の学ランに、野球帽とバットという珍妙ないでたちの小太郎がいて、何故か小学生たちと野球をしていた。


『……アンタ、何やってんのよ?』

『よぉ明日菜、見ての通り、野球や』


私は後ろから近づいたはずだったのに、何故かあいつは、最初から私がそこにいたのを知ってたみたいに、そう言った。


『そんなの見りゃ分かるわよ。何で小学生とやってんのかってこと』

『ああ、そういうことかいな。こいつら麻帆小の野球チームらしいんやけど、コーチが腰痛めて入院したらしくてな。しかも見てるこっちが情けなるくらい弱かってん。せやから、ちょっとシゴいたろ思てな』

『へぇー……アンタ、野球も出来たんだ?』


確か、体術に剣術だったかしら? そんなのも出来て野球もって、スポーツ万能なのかしら?

まぁ、私は人のこと言えた義理じゃないけど……。


『スポーツも武道も、身体動かすんは何でも好きやで? まぁ謂れのない肉体労働だけは勘弁やけどな』

『へぇ……』

『小太郎すげぇんだぜ!! 小太郎に教えてもらったら、こないだ試合で初めて勝てたし!!』

『だあほっ。俺が教えとるんや、今後一切の負けは許さへんで? 負けたら、グランド100周の刑』

『マジでっ!?』


顔を真っ青にして驚いた様子の小学生に、小太郎は満足そうに笑っていた。

練習を見たのはそれっきりだったけど、小太郎は随分小学生達に懐かれてる様子で、彼の周りには笑い声が絶えなかった。

そんな感じだから、彼が誰にでも気さくで、誰とでもすぐに仲良くなれるのなんて、私はとっくに知っていたはずなのに。

昨日の光景が、どうしても胸に突っ掛かっていた。


『それでは明日から本格的な特訓に移りますので、覚悟しておいてくださいね?』

『ははっ、せいぜい叱れんよう頑張るわ』


タイの色から、3年生だろう、凄く美人な人だった。

そんな人と、親しげに話していた小太郎を見て、何故かは分からないけど、私は釈然としない苛立ちを感じていた。

別に、あいつが誰と仲良くしようが、私にはまるで関係ないはずなのに……これじゃまるで……。


「……あいつのこと、好きみたいじゃない……」


……って!! ない!! ないないないないっ!!!?

私が好きなのは、高畑先生!! ずっと前から一途にお慕いしていたじゃないのっ!?

しっかりして私!!!!


「……はぁ」


……だって言うのに、何だろう、この胸のモヤモヤした感じは……。


「……はぁ」

「何か悩み事かい?」

「へ? ひぁあああっ!?」


急に声を掛けられて振り返ると、そこにはいつの間にか、高畑先生が立っていて、いつものような穏やかな笑みを浮かべて、私の絵を見つめていた。


「た、たたた高畑先生!? い、いつの間に……」

「たった今さ。今日は職員会議が長引いてね。……筆が進んでいないようだけど、どうかしたのかい? 随分と重い溜息だったようだけど」

「え!? あ、う……」


思わず口ごもってしまう私。

うーん……せっかく、高畑先生が相談に乗ってくれるって言うんだし、ぜひ聞いて貰いたいんだけど、何て説明すれば良いかしら?

あんまり下手なことを言って、バカだとは思われたくないし……もう手遅れな気はするけど……。

あ、そう言えば、初めて小太郎に会った時、あいつが気になることを言っていたのを思い出した。


『俺が高畑センセの友達に似てるから、っちゅうのが呼び捨てを許可してくれた理由みたいやで?』


小太郎に似た高畑先生の友達って、どんな人なんだろう?

思い切って、私はそれを聞いてみることにした。

悩み事とは、関係ない気がしたけど、その友達が小太郎に似ているっていうなら、何かこのモヤモヤした気分のヒントがあるかも知れないし。

そうと決まれば、早速聞いてみよう。


「あ、あの!! 前に小たろ……犬上君が言ってたんですけど、高畑先生のお友達って、どんな方だったんですか?」

「僕の友達? ああ、小太郎君から聞いたのか。うーん、そうだねぇ……一言で言うなら、優しくて強い人だったかな?」

「優しくて、強い?」


そ、それのどこが小太郎と似てるっていうんだろうか?

確かに、あいつのイメージで強いっていうのは当てはまる気がするけど、優しいっていうのはどうだろう? お人好しだとは思うが、最初は本当にただの不良にしか見えなかったわよ?

朝倉の話では、不良の間ではあいつのことを『麻帆中の黒い狂犬』なんて呼んでるらしいし。


「ああ、本当に優しくて強い人だった……困っている人がいたら、それが知人だろうと初対面だろうと、関係なく手を差し伸べてしまう人でね」

「へ、へぇ……」


そ、それは少し小太郎に当てはまる、なんて思ってしまったけど、何となく悔しいので認めたくはなかった。


「その所為で、何度も自分の身が危険に曝されることもあったんだけどね……それをものともしない、強さを持った人だった」

「……」


それは……まるで、私と初めて出会った日の小太郎ではないかと、今度は誤魔化しようがなく、そう思ってしまった。


「小太郎君は、本当に彼に似ているよ。格式や世間の常識に捕らわれないところや、少し言動が乱暴なところ、少し悪役染みた表情まで含めてね」


そう言って笑う高畑先生は、本当に楽しそうで、聞いてるだけで、その友達をどれだけ信頼しているのか、そして今、小太郎をどれだけ買っているのかが伝わってきた。

だからだろう、私は悔しくて、心にもないことを言ってしまった。


「そ、そうですかぁ? 私は全然似てると思いませんよ? 昨日だって、女子部の上級生にデレデレしちゃって……」

「ああ、それはきっと高音くんのことだね」

「え?」


高畑先生は、どうやら彼女のことを知っているらしい。

ま、まぁ考えてみれば当然か。

ウチの生徒なんだから、授業を受け持つことがあってもおかしくはないし。


「た、高畑先生の知ってる人ですか?」

「知ってるも何も、彼女を彼に紹介したのは僕だからね」

「えぇっ!?」


せ、先生が男子部の生徒に女子部の生徒を紹介って……それ大丈夫なのっ!?

いやいやいやいやっ!! きっと何か理由があったのよ!! 高畑先生がそんなバカなことする訳ないじゃないっ!?

どうして、と私が聞く前に、高畑先生は楽しそうに理由を教えてくれた。


「彼が剣術や格闘技をやっているのは知ってるよね? それで今、彼は壁に突き当たってしまっていてね。彼女の知識が、彼の成長に役立つんじゃないかって助言をね」

「そ、それじゃあ……」


昨日、たかね?先輩が言ってた『特訓』って……格闘技のことだったの!?

そんな、私てっきり……。

そこまで考えて、私は頬が熱くなるのを感じた。

あ~~~~もうっ!! は、恥ずかしい!! 穴があったら入りたい!!


「彼は、本当に強さに貪欲でね。向上心の塊みたいな生徒だよ」


たまに、それが心配でもあるけどね、と高畑先生は笑った。


「それに才能もある。僕とは違ってね……」

「そ、そんなっ! 高畑先生は十分っ……」

「ふふっ、良いんだ明日菜君。ただね、ときどき彼を見ていると羨ましくなる時がある、僕に彼のような才能があれば、もしかすると……」


そう言って、高畑先生は遠い目をした。

まるで、どこかに忘れて来た、何かを懐かしむような、そんな目を。

けど、小太郎の奴……そうならそうと言えば良いじゃないっ!?


「あのバカ……あれ以上強くなってどうするつもりよ?」


朝倉の話だと『一週間で学内の中等部、高等部の不良12組30人を病院送りにした』ってくらい強いって言うじゃない?

中学生だってことを考えれば、十分過ぎるくらいあいつは強いと思う。

一体、それだけ強くなって、何を目指しているのだろう? 世界最強の座、なんてものでも欲しいのだろうか?


「ははっ……その理由は彼自身に聞いてみることだ。きっと、僕が彼を優しいと言った理由が分かるはずだよ」

「そ、そうなんですか? ……うーん……」


高畑先生はそう言って笑うと、結局、あいつが強くなりたい理由を教えてはくれなかった。

けれど、私は、少しだけ胸のモヤモヤが晴れた気分がして、その後は普通に絵を描くことが出来た。

次あいつに会うことがあったら、ちゃんと昨日のことを謝ろう。

それから、どうして強くなりたいのか、聞いてみよう。

そう思いながら、私は絵を描くことに専念した。









「そ、それじゃ高畑先生、ありがとうございましたっ!!」

「ああ、気を付けて、寄り道しないように帰るんだよ?」

「はいっ!! それじゃ、また明日!!」


高畑先生に笑顔で手を振ると、私は他の部員達に混ざって美術室を後にした。

寮までの道を急ぎ足で歩きながら、木乃香に今から帰るとメールする。

しかし……次、小太郎に会った時とは言ったものの、いつになることやら……。

出来ることなら、あんまり気まずい空気を長引かせたくはないんだけど……。

そんなことを思いながら歩いていたせいだろう、気が付くと、私は既に女子寮の目の前に辿り着いてしまっていた。


「……仕方ない、後でメールでもしておこ」


確か、木乃香はあいつの連絡先を知っていたはずだ。

そう思って、足を進めようとした時だった。

門の前に二つの人影があることに気が付いた。

あれは……。


「小太郎に、たかね?先輩……?」


そう言えば、今日から本格的に特訓を始めるんだったか。

恐らく、その特訓が終わってから、昨日と同じようにたかね?先輩を小太郎が送ってきたんだろう。

律義なんだから……。

けれど、私には願ったり叶ったりの状況だった。

少し様子を見て、二人の話が終わったら、小太郎に謝りに行こう。

そう思って、二人に近づいて様子を伺うことにする。

近づいてみると、何故か周囲が焦げ臭いことに気が付いた。

え? 火事?

いやいや!! だったら寮の火災報知機が既になってるはずだ。

じゃあ、寮の誰かが料理を焦がしたりしたのだろうか?

そう思っていたのだが、小太郎を見て謎が解けた。

この異臭の原因は、間違いなくあいつだ。

見ると、小太郎は少し顔に煤のようなものが付いていて、髪の毛も、少し毛先が焦げて縮れていた。


「か、髪が燃えるなんて……どんな過酷な特訓を積んでんのよ……!?」


そ、そこまでして強くなりたいものなのかしら?

接近したおかげで、昨日のように、少しだけ二人の会話が聞こえて来た。


「そ、そんなに気を落とさないでください。誰だって、初めは似たようなものですよ?」

「……ほうか? そう言って貰えると救われるわ」


どうやら、小太郎は今日の特訓が上手くいかなかったらしい。

髪や顔が焦げているのはそれが理由なのだろう。

しょぼくれる小太郎をたかね?先輩が必死で慰めていた。


「そ、それに、素質があると分かっただけでも、大進歩じゃないですか!」

「そ、そうやんな? 明日からちゃんと加減を覚えればええことやんな!?」

「そうです!! 失敗は成功の母、ですよ?」

「おう!!」


たかね?先輩に慰められると、小太郎は子どものように元気になって、力強くそう答えていた。


「ふふっ、その元気なら大丈夫ですね。それでは、明日も頑張りましょう!! それから、今日も送って頂いてありがとうございました」

「いやこっちこそ。明日はもっと上手くやってみせるわ」

「はい! それではこれで」


たかね?先輩はそう言って軽く手を振ると、寮の中に入っていってしまった。


「……とは言ったものの、先は厳しいで……」


たかね?先輩の姿が見えなくなった瞬間、再びがっくりと肩を落とす小太郎。

まったく、うじうじするなんて柄じゃないでしょうに……。

しかし、そんなあいつの背中を見ていると、妙に悪戯心を刺激された。

ちゃんと後で謝るんだし、少しくらい良いよね?

私は足音を忍ばせて、ゆっくりとあいつの背後に近付いて行く。

そして、あいつの真後ろまで来たところで、私は思いっきりあいつのお尻を蹴り飛ばした。


「何しけた面してんのよっ!! ……って、アレ?」


しかし、私の蹴りは見事な空振りで、そこにいたはずの小太郎もいつの間にかいなくなってしまっていた。


「う、嘘!? いつのまに……!?」


た、確かにそこにいたはずなのに……。

私は急に薄ら寒さを覚えて、顔から血の気が引いていた。


―――――がしっ、ぎゅ~~~~っ


「っ!? なっ、いたたたたたっ!!!?」


な、何っ!?

突然、何者かが私のツインテールを鷲掴みにしたかと思うと、それぞれを反対側に強く引っ張っていた。

ってか、本当痛いって!?

こ、こんなバカげたことする奴は、私の知り合いに一人しかいない!!


「そう何度も、俺の後ろを取られると思うなや」

「こ、小太郎っ!? あんたいつの間に、って痛い痛いってっ!!!? ぎ、ギブ、ギブギブギブっ!!!?」


私が涙目を浮かべて彼の腕をタップすると、ようやく、彼はぱっ、と手を離した。

あ痛ぁ~~……もう!! 髪が千切れるかと思ったじゃないっ!?


「何してくれんのよっ!?」

「人のケツ思っくそ蹴り上げようとしてた奴の台詞か?」

「うぐっ!?」


こ、こいつ……前もそうだったけど、後ろに目でもついてんのかしら?

さ、さすが格闘少年。


「んで? 今日は何の用や? 昨日も言ったけど、高音とは……」

「格闘技みたいなの教えてもらってるんでしょ? 高畑先生に聞いた」

「? そうなんか?」


私がそう言うと、小太郎は不思議そうな顔をした?

本気で、私が何で声を掛けたか分からない、とそういうことだろう。

だから私は、その場ですぐにぺこっと、上半身ごと頭を下げた。


「ごめん!! 変な勘違いした上に、訳分かんない怒り方して!!」


これくらいで許してもらえるなんて考えは、虫が良すぎる気がしたけど、私には他にどうして良いか分からなかった。

だから、出来る限りの気持ちを込めて、深く頭を下げる。

それくらいしか、私の頭じゃ思いつかなかったから。


「……別にそんなに気にしてへんよ。ほら、早ぉ顔を上げりぃや」

「ほ、本当に!?」


私は勢い良く頭を上げた。

その瞬間……。


―――――がしっ、ぎゅ~~~~っ


「いたたたたたっ!?」


今度は左手で頭をがっちりホールドされて、右手の親指の腹で眉間をぐりぐりと押されてしまう。

もうっ!? 何だってのよっ!?


「痛いって、言ってるでしょうがっ!!!?」


―――――ぶんっ


「おっ、と」


さすがに頭に来て、私は前に立っている小太郎の顔面目がけて、思いっきり蹴りをお見舞いしようとした。

もちろん、それはあっさり避けられてしまったけれど、私はようやく解放された。


「はぁ……はぁ……人がせっかく謝ってるのに、何なのよっ!?」

「いや、自分俺に会うたとき、いっつも眉間にごっつい皺寄せてるやん? それをこう、ぐい~っとほぐしたろ思て」

「だ、誰のせいで皺寄せてると思ってんのよっ!?」

「さぁ?」

「こっ、このバカ…………」


ひ、人の気も知らずに、いけしゃあしゃあと……。


「それと明日菜、刹那みたいにスパッツ履いてるわけとちゃうんやから、そうポンポン足技使うもんとちゃうで?」

「へ? ……あっ!? ……も、もしかして、見た?」

「……まぁ何や。くまさんは子どもっぽ過ぎやないかと思うで?」

「コロスっ!!」


―――――ぶんっ、ひょいっ


「避けるなぁっ!?」

「無茶言うなやっ!?」


私のパンチをあっさり交わした小太郎を睨みつけ、私はそう叫ぶ。

純な乙女の下着の覗き見て、ただで済むと思うな!!!!


「このっ、乙女のっ、純情を、踏み躙ったっ、罰をっ、受けろぉっ!!」


―――――ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ、ぶんっっ


「勝手にっ、見せたっ、だけやんけっ、二回もっ、大蹴りっ、するからやっ!!」


―――――ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ


何発殴っても、小太郎には一発も届かなかった。

こっちは肩で息をしていると言うのに、全てを涼しい顔で交わしながら、私の言葉にきちんと返事までする余裕っぷり。

普通に考えれば、ただでさえ男女で力の差があるのに、子どものころから格闘技とかを習っているような小太郎に、私の攻撃なんて当たるはずもなかった。

アホらし……本当、何やってんだろ、私……。


「はぁっ、はぁっ……本当、あんた、いったい何なのよ? それ以上強くなってどうするつもり?」


もう、こいつを殴るのは諦めよう……当たる気がしない。

だから私は、高畑先生が言っていたことを、素直に聞くことにした。

高畑先生が、小太郎を優しいという理由が分かると言うその質問を。


「今だってメチャクチャ強いじゃない? それ以上強くなるって……世界最強でも目指してんの?」

「世界最強か……ええな、それ。やったらそれを目指す方向で行こか?」

「はぁっ!?」


何言ってんのよこいつは!?

そんな今思いついたみたいに答えちゃって……。

高畑先生、やっぱりこいつが優しいなんて、何かの間違いだと思います。

こいつの脳みそ、きっと小学生並ですよ!?

世界最強? じゃ、それで行こう、って何よそれっ!?


「……そんだけ強かったら、きっと護れんもんなんかあれへんやろうしな」

「え?」


こいつ、今何て言った?


「あんた……ただ喧嘩に強くなりたかっただけじゃないの?」

「……好き好んではせぇへんって前にも言うたやろ? あれか? 明日菜はアホの子ですか?」

「誰がアホよっ!?」


ひ、人が真剣に聞いてるのに、このバカ男わ……。

けれど、小太郎は呆れたように笑うと、ええか? と話を続けてくれた。


「誰それより強い、なんてのはただの物差しで言葉遊び。重要なんは、その強さを何に使うか、何のために強ぉなるかや」


呆れたようにそういう小太郎は、どこか大人びていて、とても同い年だとは思えなかった。


「それじゃ、あんたは何のために強くなりたいのよ?」


それが重要だと言うなら、きっとこいつには、その理由があるはずだ。

だから、私はそれがどうしても知りたかった……。


「何や、最近良ぉその質問されるな……護りたいもんが多すぎるから、やな」

「護りたい、もの?」

「せや。まぁ人って言い変えても構へんで。刹那や木乃香、高音に亜子やアキラ、まき絵に祐奈……俺は自分の大事なダチ、皆を護れる力が欲しいねん」

「あ……」


『きっと、僕が彼を優しいと言った理由が分かるはずだよ』


照れ臭そうに言う小太郎の台詞に、私はそう言ってた高畑先生の笑顔を思い出していた。

なるほど……だからこいつは、こんなにも強くて、こんなにも、強くなろうとしてるんだ。

自分以外の誰かのために、自分以外の誰かを護るために、もっと強い力が欲しいと願っている。

普通なら、胡散臭いと思ってしまいそうなその台詞が、どういう訳か、こいつが言うと妙に素直に受け入れることが出来た。

……本当に、底抜けのお人好しなんだから。


「それで世界最強? ちょっと話が飛躍し過ぎじゃない?」

「うっせ!! つか世界最強うんぬんは明日菜が言い出したんやんけ」

「あ、そう言えばそうだった……けど、護るって言っても、いったい何から?」

「そうやなぁ……世界の危機、とかどうや?」

「何よそれ?」


そう言って、私たちはどちらからともなく吹き出した。

よりにもよって、世界の危機、って、少年漫画の読みすぎだと思う。


「あははっ……ふぅ、まぁ世界最強は大げさにしても、そういう理由なら、応援してあげるわよ。せいぜい頑張んなさい」

「大げさか? ははっ、けどまぁ応援してくれるっちゅうなら、ありがたく受けっとたるわ」


小太郎は、そう言って満足そうに笑った。


「明日菜も、頑張りぃや? 俺も一応、応援しといたるさかい」

「は? 何をよ?」

「もうちっと女らしゅうせんと、タカミチに愛想尽かされてまうで?」

「え゛!?」


こ、こいつ!? 何でそれをっ!?


「あ、あああああんたっ!? それを誰に聞いたのよっ!?」

「んなん、自分を見てたらアホでも分かるわ」


あ、う……そう言えば、前に木乃香にも似たようなことを言われた気がする。

そ、そんなに分かり易いのかしら、私?


「そうやな、一先ずの目標は……」

「目標は……」

「くまさんパンツを卒業することやな」

「……死ねっ!!」


―――――ぶんっ、ひょいっ


「だから避けるなぁっ!!」

「あかん、りょうのもんげんになってまうでー? いそいでかえらんと、しかられてまうー」

「めちゃくちゃ棒読みじゃないのよっ!?」

「それじゃ、今日はこの辺で……アディオス☆」

「あっ!? こらぁっ!!!! 待ちなさいよーーーーっ!!!!」


私の叫びを完全に無視して、小太郎は足早に女子寮から去っていった。

……逃げ足の速いやつめ。

まぁ逃げられてしまったけど、昨日から私を悩ませていたモヤモヤした感覚は、嘘のように晴れやかだった。


――――――――――頑張んなさいよ? 底抜けのお人好しさん?


「さぁてっ!! 私も人のことばっかり言ってらんないなぁー……」


高畑先生に振り向いてもらうためにも、頑張って女の子を磨かないとね!!

そうね……とりあえずは……。



……今度の休みに、木乃香と下着を買いに行こうかしら?









[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 20時間目 焦唇乾舌 人ってつくづく見かけによらないと思うんだよ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2011/09/04 10:35
「……何やねん、休日の朝っぱらから呼び出しやなんて……」


6月も中旬に差し掛かったとある日曜日。

暦の上では梅雨だというのに、今日はあまりの暑さにイラっとするような快晴だった。

そんな中、急遽学園長とタカミチに呼び出された俺は、身仕度もそこそこに、わざわざ女子部の校舎まで出向かされていた。

いつも以上に厚顔不遜な態度で聞く俺に、タカミチは苦笑いを、学園長はいつも通りの愉快そうな笑みを浮かべた。


「フォッフォッ、相変わらず元気そうじゃの。しかし、警備員に課されとる月一回の定例報告を忘れてもらってはこまるぞい?」

「ん? ……ああ、そういや、そんなんもあったな」


あまりにも意味を感じないんで忘れてた。

大体、こんなのわざわざ呼び出してやる意味あるのか?

学園長に報告せにゃならんような大事があったなら、それが起こった時点ですでに報告が行くだろうに。

先月分のときも思ったが、まったく存在意義が分からん。

そんなものに時間を割く前に、俺にはやりたいこと、やらなくてはならないことがたくさんある。


「そう邪険にするでない。上に立つとはすなわち人を視るということ。現場からの生の声を聞くのもワシの重要な仕事なんじゃよ」

「……ちっ、別に変ったことはあれへんよ。一昨日の放課後巡回で、迷い込んだ狐の妖怪を二匹送り返したったくらいや」


もちろん、それだって大した仕事とは言えない。

第一、それもタカミチに連絡して判断を仰いだのだ、すでに学園長の耳には入っていることだろう。

やっぱり、わざわざ報告をする必要が感じられなかった。


「話はそんだけやんな? ほんなら、俺はこれで失礼するで?」

「うむ。スマンかったの、休日の朝っぱらから」

「……」


そう思うなら、次回からこの定例報告自体をなかったことにして頂きたい。


「じゃあな」

「気を付けてかえるんじゃよ」


俺は学園長の言葉に、軽く手を振って答えると、踵を返して学園長室を後にした。










SIDE Takamichi......



「……ふむ。随分とイラついとるようじゃのう?」


小太郎君が出て行くのを見送って、学園長がやれやれと言った風にそう呟いた。

どうしたものか、と、自慢のひげを撫でるその姿は、言葉とは裏腹に少し楽しそうに映った。


「どうやら、先月から始めている、操影術の特訓が上手く進んでないようでして」

「なるほどの。しかしそれは……青春じゃのう」

「はい、全く」


恐らく、小太郎君はこれまでその才能のおかげで、驚くべき速さでの成長を遂げて来たのだろう。

しかし、今は皮肉にも、その才能が、彼の成長を阻む障害となっていた。


「さしずめ、今回の操影術は、彼にとって人生初の難題とと言う訳じゃな」

「そういうことになるのでしょうね」


見習いの身でありながら、制限付きとは言え、狗族の中でも最強に類する妖怪を退け、ときに僕とさえ渡り合うほどの実力さえ発揮する。

そんな彼だからこそ、今回、思ったように魔法が使えないことを、人一倍恥ずかしく感じているに違いない。

そしてそのことに、焦りばかりが募っていっているのだろう。

かつての、僕のように……。


「魔法の習得に、焦りは禁物なんじゃがのう。焦燥感は、己の集中力を奪い、更なる泥沼へと彼を誘う」


深い溜息とともに、学園長が言った。

おっしゃる通り、彼が今の焦燥感を抱えている限り、いつまで経っても、魔法の習得にはいたらないだろう。

しかし……。


「賢しい彼のことじゃ、いずれそのことにも気付くじゃろうて」

「ええ、僕もそう信じています」


そして、そのことに気が付いた時、彼は今より、一回りも二回りも強い力を手に入れるだろう。

大切な仲間を、守るために。

これは、僕もうかうかしていられないかな?


「……口元が緩んでおるぞ?」

「おっ、と……ははっ、どうやら、僕も随分彼に毒されてしまったようですね」


慌てて、口元を押さえた。

手合わせをする度に、新しい技術を身に付け、そして必ず、前よりも強くなっている。

そんな彼と手合わせをすることを、最近では楽しみにしている自分がいた。

彼の直向きさや、強さに対する、驚くほどの貪欲さは、僕に久しく忘れていた、強くなる喜びを思い出させてくれる。

忙しい仕事の合間を縫って、鍛錬の時間を増やしたのは、他でもない、彼がここに来てからだ。

こういうところも、彼の人を惹き付ける魅力なのだろうか。

だとしたら……。


「……本当に、彼にそっくりですよ」

「同感じゃな」


味方も他人も、ひっくるめて救おうとした、強い背中を思い出す。

小太郎君と出逢ってから、本当に良く彼のことを思い出すようになった。

もちろん、今までだって、彼のことを、彼らのことを忘れたことなんてなかった。

いつまでも、彼らは僕の憧れであり、大きな目標だったから。

しかし、小太郎君が思い出させてくれるのは、そういった彼らの強さばかりではない。

ちょっとした日常の、ありふれた光景や、彼らの優しさを痛感した、そんな出来事まで。


「やんちゃが過ぎるところまで、昔のナギを見ているようじゃよ」

「それは……何となく、分かる気がしますね」


気に入らないことは気に入らないと、はっきり口にする人だったからなぁ。

今の小太郎君が、僕らに対しても対等にものを言う様は、彼の幼少時代を知る学園長にとってはとても懐かしいものなのだろう。

口では愚痴を言いながらも、その表情は、とても楽しげだった。


「……彼なら、そう遠くないうちに、ナギに追いついてしまう気さえするのう」

「ええ……彼なら、きっと」


だからだろう、つい過剰な期待をしてしまうのは。

しかしそれは、他でもない、彼自身が望んだ目標に違いなかった。


――――――――――負けるんじゃないぞ、小太郎君。


僕はそう、心の中で彼の健やかな成長を祈った。



SIDE Takamichi END......









女子部の校舎を後にして、俺は一人女子高エリアの駅へと向かっていた。

予想外のことに時間を取られてしまったからな。早く帰って、鍛錬の続きをしないと。

その鍛錬とは、先月から始めた、操影術の鍛錬に他ならなかった。

既に高音に稽古を付けてもらうようになってから、3週間余りが経過している。

だと言うのに、俺は一向に、まともな魔法を、一つとして成功させることが出来ないでいる。

そのそもそもの原因は、俺の中に眠っている、バカみたいにデカイ、桁外れの魔力にあった。

今でも忘れない、最初に稽古を付けてもらった日の出来事だ。

俺は高音に言われて、「火よ灯れ」の呪文を唱えることになった。

もちろん、俺も高音も、その程度の初級魔法、成功して当たり前だと思っていた。

そして、結果だけを言えば、魔法は問題なく発動した。

予想外だったのは、その威力にある。

本来「火よ灯れ」の呪文は、ライターや、マッチ程度の小さな火を灯す魔法だ。

しかし、思い出して欲しい。

原作において、木乃香がヘルマン伯爵の襲撃時に使用した「火よ灯れ」の呪文を。

あの魔法は、使用者の魔力を吸って、その威力を増大させる性質がある。

俺の魔力を、存分に吸ったその威力はというと……。


……一瞬「燃える天空」が発動したかと見紛うほどの大炎上だった。


俺の顔や髪を焼いて暴れ狂ったその炎は、高音の使った水の魔法によってどうにか消火された。

そのことで、存在が定かでなかった、俺の中に眠る魔族としての強大な魔力は、確かなものになったのだが……。

如何せん、その制御は未だ以って、全くと言って良いほどに出来なかった。

その後、火や雷の魔法は、危険があるため練習に向かないと判断し、俺たちは主に「風よ」と「光よ」の呪文を用いて練習することにしたのだが……。

「風よ」と唱えれば、ハリケーンのような暴風が吹き荒れ、「光よ」と唱えれば、閃光弾が炸裂したかのような、痛烈な光が網膜を焼いた。

……俺は生物兵器か?

ま、まぁ、魔法使いはそれだけで生物兵器なんて揶揄されるんだから、目指しているところとしては間違っていないんだろうが……。

このままでは、自分の魔力が暴発して死んでしまう。

しかしながら、未だそのバカ魔力を制御する術は、その糸口すら見つかっておらず、焦燥感ばかりが募っていた。

高音は「最初だから仕方ありませんよ」なんて励ましてくれるが、俺には、こんなところで立ち止まっている暇なんてない。


『―――――俺を失望させてくれるなや』


―――――あのクソ兄貴に追いつくためにも。

時間は奴にも平等になったのだ。

燃え盛るあの日よりも、奴は強大な力を手にしているに違いない。

だから、俺はより多くの力を得る必要がある。

もう何も、喪わないために。

とは言ったものの、本当にどうすれば……。


「……こーたーろっ!!」


―――――べちんっ


「あいたぁっ!?」


な、ななな何やとぉ!?

お、俺に気付かれずに背後をとるとは、何処の刺客だっ!!!?

……なぁんて、ね。

分かってるよ、俺が油断してただけだって言うんだろ? 言って見ただけじゃん。

しっかし……ダメだな、一般人にここまで接近されるまで気付かないなんて。

戦場なら今ので死んでたぞ?

俺は叩かれた背中をさすりながら、肩越しに襲撃者の顔を覗き見た。


「よっ☆ 春休みぶりかにゃ? 元気してた?」

「……祐奈かいな」


悪びれた様子もなく、祐奈は元気よく、俺にそう挨拶をした。


「女子校エリア(こんなとこ)で、朝っぱらから何してんのさ?」

「例により、学園長から呼び出しや」

「何、また何か悪さしたの?」

「……人を近所の悪ガキみたいに言うなや」


人聞きが悪い。

それじゃあ俺が、喧嘩ばっかりしてる不良のようではないか。

……あれ? あながち間違ってないじゃない……。


「自分こそ、今日はどないしてん? 部活は?」


見ると、祐奈は半袖ジャージの上下にスニーカーというラフないでたちで、肩にかけた鞄は不自然に膨らんでいることからバスケットボールが入っていることが予測される。

部活に行くとしたら、制服で行くはずなので、今の彼女の恰好だと、彼女が何をしているのか判断はつかなかった。


「今日はお休み。けど試合が近いからさ、今から近くの屋外コートで自主練さっ!!」


ででん、と、効果音が付きそうな勢いで、胸を張る祐奈。

……他意はない、本当に他意はないんだが……この時は、まき絵たちとそんなに変わらなかったんだな……。


「……ん? んんー???」


突然、妙な声を上げながら祐奈が俺の顔を覗きこんできた。


「な、何や何や? 俺の顔に何かついとるんか?」


朝食の食べ残しでもついてたか?

慌てて口元に手をやったが、何が付いているということもなかった。


「にゃるほど……そういうことか……小太郎、今日暇?」


……お願いだから、少しは人の話を聞いてください。

俺の質問に答えることなく、祐奈はあけすけにそんなことを聞いてきた。


「まぁ、特に用事はあれへんのやけど……」


よりによって今日、ときたか。

祐奈とは中々会うこともないから、遊びの誘いとかだったら、余り無碍には断りたくないんだが。

今は、そんなことに時間を割いている余裕が、俺にはなかった。


「だったらさ、これから私と勝負しない? 負けた方は、今日の昼飯おごりで!!」


びっ、と俺に人差し指を突き出す祐奈。

勝負、という言葉に、身体がぴくっ、と反応したが、今日ばかりはそれに応じる訳にはいかない。


「せっかくのお誘いやけど、今日は……」

「あっれぇ? もしかして、この祐奈様に負けるのが怖いのかにゃ~?」

「……何やて?」


あからさまな挑発の言葉を告げる祐奈、普段なら容易に聞き流せたはずのそれに、鬱憤の堪っていた俺は、図らずも乗せられてしまっていた。


「上等や。麻帆中の黒い狂犬がどんだけ恐ろしいもんか教えたる」

「おおっ、ノリが良いねぇ。そういうの嫌いじゃないよ。それじゃ1on1の5本勝負ね? オフェンスを5本ずつやって、最後に点数が多い方の勝ちってことで」

「分かりやすくてええな。すぐに吠え面かかしたる」

「ふふん、そう簡単にいくかにゃ?」


不敵な笑みを浮かべる祐奈に先導されて、俺たちは屋外コートへと向かうのだった。










「……よっ!!」

「っ!? しもたっ!!」


右と見せかけて左に、鮮やかなドリブルで颯爽と俺を抜き去っていく祐奈。

しかし、そう簡単に抜かせるものかっ!!

スピードなら俺の方が上、俺は彼女に置き去りにされるよりも早く、その前に再び回りこんだ。


「おそぉいっ!!!!」

「んなっ!?」


しかし、俺が回り込むのとほぼ同時、祐奈はこれまた綺麗なジャンプシュートを放っていた。

慌てて上に手を伸ばしたが、彼女の放ったシュートは打点が高過ぎて、俺の手は虚しく空を切るばかりだった。


―――――がんっ、くるくる、すぽっ


「……っしゃあーーーーーっ!!!!」

「ちっ……」


ボールは、リングに一度跳ねた後、そのリングを二周してから、静かに網の中へと落ちて行った。

五回表、祐奈の攻撃が終わって、得点は8対6で俺の負け越し。

次のオフェンスで、俺がゴールを外す、或いは祐奈にカットされれば俺の負けが決定する。

いくら気も魔力も使えないにしても、ただの一般人、それも女にまっとうなスポーツでここまで追い詰められるなんて……。

最低のシナリオを演じてる気分だ。

魔法の修行ばかりで、格闘や剣術を怠けていた訳ではないと言うのに……。


「ふぅーーーー……結構疲れたね。ちょっと休憩!!」

「はぁっ!? 休憩て、あと俺の攻撃が一回残ってるだけやんけ!? 何で今更休憩せな……」

「もーうっ、男のあんたと違って、私はか弱い乙女なの!! いいから休憩!!」

「む……分かった」


男女の違い、という部分を傘に着られては言い返しようもなく、俺は静かに彼女の提案を受け入れた。


「うむっ。そうそう、気の使えない男はモテないからねー。それじゃ、私は飲み物買って来るから」

「おう、気ぃ付けてな」

「あははっ、ちょっと自販機に行ってくるだけじゃん?」


心配性なんだから、と祐奈は呆れたように苦笑いして、ベンチに置いてあった鞄から財布を取り出すと、小走りで自販機へと駆けて行った。


「……あかん、ホンマに調子狂っとるわ」


本当、冗談じゃない。

本来なら、こんなところでスポーツに興じてる場合ではないはずなのに。

挙句、ただの女子中学生に、ハンデ無しの真っ向勝負リードされている始末。

どうしてしまったというのだ、俺は……。


「……こんなことじゃ、あいつに追いつけへんのに……」


こんな状態では、本当に彼女たちを護りきれる訳がないというのに……。

快晴の空とは裏腹に、俺の気持ちには暗雲が立ち込め始めていた。

そんな風に考えごとに没頭していると、祐奈が戻って来る足音が聞こえた。


「おっまたせー。ほい、スポーツドリンクで良かった?」

「ん? ああ、おおきに、俺の分も買ってきてくれたんか」


慌ててベンチに掛けてあった上着から財布を取り出そうとすると、祐奈は笑いながら、それを制した。


「春休みに助けてもらったお礼。そう言えばまだしてなかったしね」

「そんなん気にせんかてええのに。第一、あんときはグランドの草抜き手伝うてもろたやんけ?」

「まぁ、あれは皆でやったしね。いいから、気にせず受けっとっときなって」

「んじゃぁ、まぁ、遠慮無く」


俺は彼女の物言いに苦笑いとともに礼を述べて、おもむろにベンチに腰掛けた。

水滴が滴るボトルのキャップを捻って、喉を潤す。

喉の渇きは癒えたが、一向に気分は晴れそうになかった。

そんな俺の隣に、ぴょん、と腰を下ろすと、祐奈は同じようにドリンクを一口あおった。


「……ぷはー!! 生き返るねー!!」

「晩酌するおっさんかいな……」

「む? こんなピッチピチの女子中学生を捕まえておっさんはないっしょ?」


自分で言うことじゃないと思う。

……はぁ、本当どうしたものかねぇ……。

まるで、出口の無い迷宮に迷い込んだかのように、俺の思考は堂々巡りを繰り返していた。


「んー……身体動かしたぐらいじゃ、気分転換にならなかったかにゃ?」

「は?」


今、祐奈は何て言った?


「……自分、俺が悩んでんの気付いてたんか?」

「ふふん、この祐奈さまを見くびってもらっちゃあ困るぜ?」


そう言って、祐奈は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

いやはや、中学生に見抜かれるほどに、俺はイライラした表情を浮かべていたのだろうか?


「そんなに顔に出てたんやろうか……?」

「もうただでさえ悪い目つきが、こんなんなってたよ?」


祐奈は俺に向かって、両手の人差し指で、目尻をぐいっと引き上げて見せた。

いやいや、流石にそりゃあねぇよ。


「それにさ、何てゆーのかなぁ……前会った時と、雰囲気が違ったからかな?」

「雰囲気?」

「うん、前会った時は、何かこう、大人の余裕、みたいのが滲み出てた気がしたんだけど……」


ちょ!? ……何気にひやっとすることを言ってくれるな。

実際中の人の年齢は、君らより一回り上ですからね……。


「今日は、焦ってるっていうか、何か全然余裕がない感じだったから、どうかしたのかなぁ、と思って」

「余裕がない……なるほどなぁ……」


確かに、今の俺には余裕なんて微塵もない。

というか、祐奈がそれを感じ取れることに驚きだが。


「で? 何に悩んでんのさ? 相談に乗れることなら、乗ったげるよ?」

「んー……そうやなぁ……」


祐奈の申し出はありがたかったが、彼女に言ってどうにかなる問題とはとても思えなかった。

第一、魔法に関することだ、下手に彼女に教える訳にもいかない。

しかしなぁ……祐奈の目の輝きようと来たら「どんと来いやぁ!!!!」と言わんばかりだ。

何かしら言わないと、これは納得してくれそうもないし、かと言って、適当な嘘八百を並べたてるのも気が引けるし……。

うーむ……どうしたものか。


「んー……格闘技、っちゅうか、まぁ集中力ーみたいな話なんやけども……」

「あ、やっぱそーゆーのやってんだ? ムチャクチャ強かったもんね」

「まぁ、な……それで、新しい技術……闘い方に手ぇ出してんけど、どうも上手く行けへんねん」


散々迷った結果、俺は話の核には触れず、自分が今余裕がない理由を話せる範囲で彼女に伝えた。

それを聞いて、祐奈はうーん、と首を傾げた後、眉を顰めたまま、こんなことを聞いてきた。


「それってさ、いつくらいからやってんの?」

「先月やな。大体三週間くらい経ったところや」

「……それってさ、そんな簡単に身に付くようなものなの?」

「え?」


……それは、どうだろうか?

確か、ネギの魔法学校は7年課程で、ネギみたいな天才と称される程の才能ある者でも5年と言う歳月を要していたはずだ。

一朝一夕で身に付くということは、ないように感じる。


「……本来なら、基本から7年くらいかかるらしいな」

「はぁ!? な、7年? 小太郎は、それをどれくらいで覚えようとしてるわけ?」


どれくらい、かぁ……。

そうだな……あの兄貴と闘うのが、いつになるかは分からない。

しかし、少なくとも2年後には、彼女たちに危険が及ぶことは間違いないのだ、ならば最低でもあと2年以内に、それ以外にも修行を積みたいと考えれば、最短で半年くらいには操影術を納めたいと言うのが俺の本音だった。


「2年から半年やな。もちろん、早ければ早いほどええ」

「……あんた、それ無茶言い過ぎ」


呆れたように、祐奈は深く溜息をついた。


「その新技?がどういうのか分からないけど、普通の人の3倍から10倍以上のスピードでそれを覚えたいなんて、メチャクチャだよ」


祐奈の言ったことは、紛れもない正論だった。

しかし俺には、それを無理に押し通さねばならない理由がある。

無理を押して道理を砕くだけの力を、俺は渇望している。


「だったらさ、余計に焦っちゃダメだと思うな」

「……何でそう思うんや?」


どこか達観した態度の彼女に、俺は思わずそう問い掛けていた。


「良く分かんないけど、そーゆーのって焦れば焦るほど、上手くいかなかったりしない? 私も昔さ、似たような経験あるんだ」

「それは……どんな話や?」


何かヒントになる、とは思わなかったが、俺は彼女が体験した経験とやら気になっていた。


「えと、私がバスケを始めたばっかりの頃なんだけど、初めのうちって、どうしてもドリブルとかの基礎練から始まるでしょ?」

「まぁ、基本は大事やからな」

「それでさ、私もドリブルからスタートだった訳だけど、それが出来たら、次はパスの練習だったんだ」

「へぇ……」

「ドリブルのテストがあって、それをクリアしたらパスの練習にいけるんだけど、私はなかなかそのテストに合格できなくてさ」


そう語る祐奈は、少し恥ずかしそうに舌をちろっ、と出した。

見落としがちだが、どんな熟練者でも、必ず駆け出しの時期というものはあったはずなのだ。

その時代に、どれだけの下積みを積んだかで、その後、その上達速度は変わってくる。

しかし、その渦中にある者は、そのことに得てして気が付かない。

祐奈の話を聞きながら、俺はそんなことをぼんやりと考えていた。


「周りの友達が、皆合格していく中で、私一人だけが、ずっとドリブルの練習やってるとさ、どうしても焦っちゃってね」

「……」

「もう寝ても覚めてもドリブルのことばっか考えててさぁ。ご飯も食べずに、遅くまで練習してたり」


それは……まるで今の俺のようだと、そう思った。

恐らく今の俺を見て、彼女はかつての自分のようだと、同じように感じたに違いない。

だからこそ、今回無理やりにでも気分転換をさせようとしてくれたのだろう。

俺は押し黙って、彼女の話に耳を傾けた。


「それで一回門限過ぎるまで近くの公園で練習しててさ、日も暮れちゃってて、心配したお母さんが迎えに来てくれたの」

「……」

「私てっきり怒られると思ってさ、けど、お母さんは私のこと怒らなかった。怒らないでこんなことを言ってくれたんだ」

「……」

「『出来ないことを出来るようになるのは難しくて当然、祐奈は自分のペースで、ゆっくりやってけばいいのよ』ってね」

「……難しくて、当然……」


反芻する俺に、祐奈は楽しそうににっ、と笑った。


「そ。それを言われた時は、本当に救われた気がしたなぁ~。焦ることなんてないんだ、って本気で思えた」


身体をぐっと伸ばしながら、懐かしそうに祐奈は目を細める。

焦ることはない、か……。


「でね、その次の日のテストでは、今まで何回も落ちたのが嘘みたいに、すんなり合格出来たんだ」

「そら、良かったやないか?」

「うんっ。早く出来るようにならないとって、焦ってただけなんだろうね。だからさ、小太郎も焦ってると、かえって良い結果は出ないんじゃなかな?」

「……そうかも知らんな」


……らしくもない、意地になり過ぎていたか。

楽しそうに微笑む祐奈を見ていると、今まで自分が焦っていたのが、急にバカみたいに思えて来た。

言われれば当然だったのだ。人よりも早いペースで物事を進めようと躍起になり過ぎていた。

いつも悠々と構えて、自分の好きなように、やりたいようにやるのが、俺のスタンスだったはずだ。

何故、そんな簡単なことも忘れていたのだろうか。

俺はボトルのキャップを閉めると、すっとベンチから立ち上がり言った。


「……もう休憩は充分やろ? 俺のオフェンスが、後一回残っとるで?」

「……良い顔になったじゃん」


不敵に笑みを浮かべる祐奈。

きっと、今は俺も同じ笑みを浮かべていることだろう。

彼女からボールを受け取って、俺は静かにハーフラインに立った。


「……自分の言う通り、ちっとばかし焦ってたみたいや」


―――――だむっ、だむっ、だむっ……


ボールを地面と手の間でキャッチボールさせながら、俺は祐奈に言った。


「どんなときでも、自分の好きなように、やりたいようにするんが、俺のポリシーやったはずやったんにな」

「……そうみたいだね。すがすがしい顔してる」


そりゃあ、お前のおかげだよ……。

俺は、大きく息を吸い、満面の笑みを浮かべて言った。


「せやから、俺はやりたいように、自分らしい方法で勝ちに行くことにするわ!!」


―――――だむっ、ぱしっ


「え!? 嘘っ!?」

「……」


俺はハーフラインから一歩も進むことなく、これまでで一番高い打点のシュートを放った。


―――――ぱすっ


「……うしっ!!」

「うっそぉーーーーーっ!!!? す、すすすスリーポイントォっ!!!?」


バスケ部員でもない俺が、スリーポイントシュートを放ったことに驚きが隠せない様子の祐奈。

俺はもう一度笑みを浮かべて、自分の勝利を高らかに宣言した。


「5回裏、8対9で俺の勝ちや。ふふん、言うたやろ? 麻帆中の黒い狂犬を舐めんな、ってな」

「く、くっそぅ……こんな奴の心配なんてしてやるんじゃなかったーーーー!!!!」


地団駄を踏んで本気で悔しがる祐奈。

そんな彼女を見ている俺の気持ちは、さっきまで鬱屈していたのが嘘のように晴れやかだった。

そう、何も焦ることなどない。道はまだ長いのだ、少しくらいの寄り道も悪くない。

もしこの力を得る前に、彼女たちに危険が及ぶというのなら、今持てる力の全てを賭して、その危険を退ければ良い。

エヴァのときだって、そうではなかったか。

何を俺は意固地になっていたんだろうな。

そのことに気付けた今、先程までのイライラが鎌首を擡げることはもうないだろう。

それもこれも、全部祐奈のおかげだろう。

幼い日の自分と重ねて、俺の焦りを拭ってくれた、彼女の優しさの。


「祐奈」

「んー、何よぅ?」


未だに涙目で悔しがる彼女に、俺は優しい笑みを浮かべて言った。


「おおきに。自分のおかげで、少しは前に進めそうやわ」


それは、自分が目指す高みからすれば、ほんの小さな一歩かもしれない。

それでも、歩を進めたことには変わりはないのだ。

それだけでも、俺にとっては大きな前進に違いなかった。

俺の気持ちが伝わったかどうかは定かではない。

しかし、祐奈は俺の言葉に満面の笑みを浮かべてくれた。


「へへっ……どういたしまして。それじゃ、相談料として、今日の昼飯は小太郎のおごりってことで☆」

「はぁっ!? 勝負で負けた方のおごりやなかったんか!?」


どんだけ調子が良いこと言い出すんだよ、あんたは……。

これは、性質の悪い集りに引っかかってしまったものだ、と俺は内心溜息をついた。


「堅いこと言わない!! それじゃ、私着替えて来るから、ちょっと待ってて」

「別にそのまんまでええやんけ?」


半袖ジャージ、結構可愛いよ?

こう、ボーイッシュな感じで。


「ヤだよ。汗臭いしダサいじゃん? 大人っぽい顔に戻っても、乙女心が分かってないなぁ」


モテないよ、と祐奈は俺に釘を刺すようなことを言って、寮への道を駆け出そうとする。


「どうせなら、出来るだけ可愛い恰好して来ぃや」

「へ? 何で?」


首だけでこちらを振り返り、不思議そうな顔をする祐奈に俺は意地の悪い笑みを浮かべた。


「……せっかくの初デートやねんから」

「っ!? んな、ななななっ!!!?」


ぼんっ、と音がしそうなくらい、祐奈の顔は一瞬で真っ赤になった。


「も、もうっ……小太郎のバカタレェっ!!!!」


そう、捨て台詞を残して、祐奈は走り去ってしまった。

ようやく、いつのも軽口が叩けるくらいの余裕が戻ってきたらしい。

顔を真っ赤にした祐奈は、思っていた以上に可愛くて、思い出しただけで口元が綻んだ。


「お、そや……『光よ』」


近くに誰もいないことを確認して、俺は静かに、その呪文を唱えた。

次の瞬間には、いつものように痛烈な閃光が網膜を焼く……なんてことはなかった。


「何や……やっぱ祐奈の言うとった通りやんけ……」


俺の人差し指の先、蛍の光のような淡く小さな光が、微かな明滅を静かに繰り返していた。











【以下、オマケ】


予想以上に時間を掛けて戻って来た祐奈は、故意かどうかはともかく、本当にそれなりに可愛い恰好で戻ってきた。

多分、19巻辺りで親父さんとデートするときに来てた服じゃないかと思うんだが……。

確かアレってかなり気合入れて選んでたよな?

も、もしかして……ゆ、祐奈ってば俺に気がある!?


「よっしゃー!! 吉牛行こうぜっ、吉牛!!」


……こりゃねーな。

その可愛い恰好で牛丼はねーよ。

こりゃ、たまたまこの服だっただけだな。

特に考えての行動じゃなかろう。

まぁ、俺もその手のジャンクフード大好きだから良いんだけどさ……。

何となく残念な気分になりながら、俺は祐奈に手を引かれて、駅前へと連行されていくのだった。











駅前に出て、人通りが多くなった道を、祐奈は相変わらず俺の腕をがしっ、と抱き込んだまま引きずる。

そんなことしなくても逃げたりなどしないというのに。


「特盛り頼んでも良いよね?」

「おま……ちったぁ遠慮ってもんをやなぁ……はぁ。もうええわ、好きにしぃ……」


まぁ、エヴァの護衛んときの危険手当のおかげで、金銭的には余裕があるし構わないんだけどね。

たださ……運動部とは言え、女の子があけすけに特盛りとか頼むのはどうかと思う訳よ……。


「やたっ!! 小太郎、さすが太っ腹だにゃ~!!」


嬉しそうに、祐奈はばんばんっ、と俺の背中を叩いた。

む、むせるっ!!


「こほっ……ホンマ、自分はまだ色気より食い気やなぁ……」

「ん? 何か言った???」

「何でもあれへん……」


きょとん、とこっちを見上げる祐奈は、さっきの達観したような雰囲気が嘘のように、年齢相応で可愛らしかった。

いや、まぁ普段からかなり可愛いけどね。

武道家気質な刹那、女の子らしい木乃香、元気が有り余ってる明日菜、厚顔不遜なエヴァ、物腰丁寧な高音、なんてバラティに富んだ女性陣と接している俺だが、祐奈みたいなスポーティというか、さばさばしてる女の子との付き合いはなかったからな。

これはこれで……こう、新鮮でぐっと来るものがあるよね!!

ビバ女の子!!

やっぱ麻帆良に来て一番良かったと思えるのは、こういう可愛い子たちと仲良く出来ることだよね!!

高音との特訓が始まったおかげで、女の子分が不足してるってことはなかったけど、それでも、たまに他の女の子と話すと嫌でも癒されるもの。


「あれ? ゆーな?」

「ふぇ?」

「ん?」


急にそう呼びかけられて、祐奈が立ち止まる。

そうなると、彼女に腕をホールドされている俺も立ち止まらざるをえないので、大人しく歩みを止める。

声のした方に視線を向けると、そこには見覚えのある顔が、驚いたような、かつ青い顔でこちらを呆然と見つめていた。

……OH、こんなこともあるのですね。


「おとーさんっ!!」


嬉しそうにそう言って、祐奈は抱き込んでいた俺の腕をぽいっ、その男性の腕の中へ飛び込んで行った。

いや、別に良いんだけど、この扱いには泣きそうだよ?

祐奈におとーさんと呼ばれたその人物には、原作を読んでいたときに見た覚えがある。

確か、彼女の父親で、うちの大学部で教授をやってる魔法先生、明石教授だったか?

下の名前は知らん。だって原作ですら触れられてないもの!!

……なぁんて、メタ発言もそこそこに。

しかし、驚いた顔は分かるけど、何で顔から血の気が引いてんだ?

祐奈が楽しそうにじゃれついてるのに、心ここに有らずって感じだけど……って、そうか!!

……そりゃあ、年頃の娘が男と腕組んで(実際は逃げ出さないようホールドされてただけだが)楽しそうに歩いてたら、そんな勘違いもするわな。

恐らく、今の彼の心境としては「ドキッ☆娘のデート現場に遭遇しちゃった☆」ってなところだろう。

早めに誤解を解いておいた方が良いかな?


「祐奈、その人は?」

「ん? ああ、ごめんごめん。ウチのおとーさんだよっ」


俺の言葉に祐奈は嬉しそうにそう言った。

そう言えば、彼女には極度のファザコンっ気があったな。

友達からも「危ないレベル」なんて言われるほどの。

言ってみれば、彼女にとっては、世界一大好きなおとーさんなわけで、その紹介を求められたなら、そんな嬉しそうな顔にもなるか。


「おとーさん、この人が春休みに言ってた男子部の犬上 小太郎。不良に絡まれてたの助けてくれたって言ったじゃん?」

「え? あ、ああ、君が小太郎君かぁ……てっきり娘の彼氏かと思って驚いちゃったよ」


祐奈の言葉に、ようやく安心した様子でそう苦笑いを浮かべる明石教授。

ん、これで誤解は解けたかな?


「初めまして、よろしゅう」

「こちらこそ、その節は娘がお世話になったみたいで……」

「結局その後俺が助けられてもうたからな、お合いこや」

「……いやいや、謙遜することはないよ。春休みの件は、学園長から僕らも聞いているしね。改めて、本当にありがとう、と言わせてもらいたい」


そう言って、恭しく一礼する明石教授。

祐奈は俺の彼の顔を交互に見比べて、不思議そうな顔をしていた。


「何、なに? 小太郎ってば、私たちの他にも誰か助けたの?」

「ああ、そりゃあもう命懸けでがんばってくれたんだよ?」

「い、命懸け!? こ、小太郎、やっぱすげぇ奴だったんだ……」


尊敬の眼差しを俺に向ける祐奈。


「ちょ!? ええんか!? 祐奈はあんたの娘やけど一応……」

「ははっ……」


焦る俺に対して、明石教授はそれ以上は秘密だ、と言わんばかりに、祐奈に見えないよう右の人差し指を口元に当てた。

……つか、やっぱ学園長、俺の知らない俺の武勇伝を吹聴して回ってたんかい……。


「これからも、ウチの娘と仲良くしてあげてくれると嬉しいな」


相変わらずの穏やかな笑みで、明石教授は俺に右手をすっ、と差し出してくれた。


「そんなん、お願いされるまでもあれへんよ」


俺も笑みを浮かべて、その手をすっと握り返した。

その瞬間……。


―――――がしっ、ぎりぎりぎりぎりっ


「っっ!?」


な、何ぃっ!?

な、何だこの万力で締め付けられたような圧力は!?

あ、明石教授? お、俺いったい何か粗相をいたしましたでしょうか!?

更に力が篭りつつある彼の右手に、押しつぶされないよう右手に力を入れながら、俺は彼の顔を恐る恐る覗いた。


「……もちろん、友達として、ね……」


……うっわぁ☆

そこには先程と同じ穏やかな笑みが浮かんでいたが、どういう訳か、彼の背後には鬼神の貌が見えた。

あれか、娘も娘でファザコンなら、父親も父親で、大概な親バカというわけか……。

つか、明石教授、見かけによらず武闘派だったんですね……。

祐奈には分からないだろうが、彼が右手に纏っている魔力はかなりのもので、俺が気付かない程の一瞬でこれを練り上げたのだとしたら、彼は相当の熟練者だ。

そう言えば、原作でも武闘派っぽい台詞はあったんだよなぁ。

タカミチとネギの試合見て、自分もネギと戦りたくなる、とかなんとか……。

って、そんなこと考えている間に、手の締め付けが増してきたんですけどっ!!!?


―――――ぎりぎりぎりぎりぎりぎりっっ


「……ぐっ、ほ、ほう……噂にっ、違わぬっ、剛腕だねっ?」

「……あ、あんたこそ……人はっ、見かけにっ、よらんなっ?」

「え? え? な、何か、二人とも、人間の手からはとてもしないような音がしてない?」


不敵な笑みを浮かべ、互いの手を握りしめたまま見つめ合う俺たちを、やはり祐奈は不思議そうに見まわしていた。


「ふ、ふふっ、ふふっ…………」

「は、ははっ、ははっ…………」



――――――――――ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりっっっ



結局、俺たちの力比べは、祐奈が空腹の限界を訴え始めるまで、互いに一歩も譲らずに続けられるのだった。






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 21時間目 玩物喪志 本当に大事なもんって、意外と気がつかないよね?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/01 23:06

「小太郎さん、こちらに来る前に、私は一度問いかけましたね? 何をしに、麻帆良に行くつもりか、と」

「……そ、そう言えば、そんな気もするなぁ……」


場所はエヴァの別荘。

何故か俺はご立腹な様子が全開だと、すぐに見て取れる刹那さんの目の前で正座をしていた。

いや、画面越しだと分かんないだろうけど、この圧力は半端じゃないのよっ!?

着実に刹那は力を付けていることの表れなんだろうけどさ。

あの妖怪と対峙してた時を思い出すレヴェルですよっ!?

本当、何であんときの手合わせで俺が勝てたのか謎だ……せっちゃんに限って手を抜いてたなんてことはないと思うけど……。


「……おーい? いい加減話はまとまったかー?」

「あ、すみませーん! もう少しかかりそうなので、先にお食事されててくださーい!!」

「おー」


遠くに用意されたテーブルから、そう呼びかけるエヴァに対して刹那がそう答える。

……そうか、まだかかるのか。

かちゃかちゃと、茶々丸がエヴァの昼食を用意している音が聞こえてきて、俺の感じているもの悲しさはピークを迎えようとしていた。

……はぁ、どうしてこんなことになったのか……。

俺は今日一日に起こった出来事を、頭の中で振り返ることにした。










7月の第1週。

祐奈との勝負以来、操影術の稽古はあれだけ足踏みしていたのが嘘のように、軽快にステップアップを積んでいる。

『影の鎧』や『黒衣の夜想曲』なんて言われると、さすがにまだ無理だが。

『魔法の射手・影の矢』や影の捕縛結界なんてものは、無詠唱で発動できるほどに俺の腕は増してきた。

それに合わせて、当初の目論見だった、俺の魔力に関しても大分引き出せるようになってきている。

まだその全てを引き出せているとは言い難いが、タカミチの助言は概ね的を射ていたと言って良いだろう。

獣化の連続使用時間なんて、驚くほどに伸びたからな。具体的には、1回の戦闘中なら、持続して使い続けられる程度にはなった。

……咸卦法? んな簡単に体得出来たら、タカミチはあんなに老けてねぇよ!!

そんなこんなで、新しい技術、新しい戦術を獲得した俺。

覚えてしまったら、それを実践形式で試したくなってしまうのが、戦闘狂たる俺の性な訳でして……。

そんなことを容易に頼めるのは一人しかおらず、俺は迷うことなく刹那に手合わせを申し込んだのだった。

返事は二つ返事での了承。

麻帆良に来て4ヶ月余りが過ぎようとしているが、彼女との手合わせは4月の1度しか出来ていない。

彼女もそろそろ、自分がこちらに来て、更に磨きをかけた腕を試したくてうずうずしていたのだろう。

そのチャンスをふいする謂れは全くと言って良いほどなかったに違いない。

そうなると、残る問題は闘いの舞台だけで……。

俺は迷わず彼女の家を訪れていた。


「……半ば私物化されてないか?」

「気のせいや」


そうぼやくエヴァに、俺は光の速さでフォローを入れておいた。

そして、今回何より驚いたのは、エヴァの家に、ついに彼女が現れていたことだった。


「……絡繰 茶々丸と申します。以後お見知りおきを……」


エヴァの従者にして、麻帆良工科大等々の工学系サークル、及びネギクラスの頭脳、超鈴音&葉加瀬聡美が誇る科学技術+αの結晶。

ガイノイド・絡繰 茶々丸はいつの間にやら既にエヴァのもとで元気に給仕を行っていた。

もちろん、初期のメカメカしい関節やら表情やらは、如何ともし難いのだろうが、それでも実際に動いている彼女の動作は、人間と遜色ないほどに洗練された動きだった。

HO○DAにSO○Yも真っ青だね☆


「こっちこそ、よろしゅうな? あ、俺のことは小太郎で構へんで?」

「はい、小太郎さん。マスターから、お話は伺っております」

「は? エヴァから? そら、殊勝なこともあったもんやなぁ……」

「ええ、『身の程を知らない駄犬』だと……」

「……んなことやろうと思ったわ」

「???」


脱力した俺の様子に、茶々丸は不思議そうに首を傾げていた。

あーアレかな? 葉加瀬が作ったってことから考えて、おそらく彼女にはアイザックアシモフの提唱した、ロボット三原則が登録されてはいるのだろう。

他にも倫理的なこと、善悪の判断基準など、データ的には多くのことが彼女には知識として存在している。

しかしながら、起動して間もない彼女には、会話レベルでの相手に対する気遣いや、ちょっとした感情の機微を図るための経験が不足しているのだろう。

まぁ0歳児だしねぇ……あれ? これって何かメチャクチャ調教し甲斐がありませんこと?

お、おじさん年甲斐もなく興奮しちゃったよっ!!!?

……なんて余談はさて置こう。

とりあえず、ここら辺では刹那の逆鱗を逆撫でするようなことはなかったはずだ。

エヴァのログハウスに来た時に、「いっ、いつの間にエヴァンジェリンさんとそんな親密な関係になったんですかっ!!!?」とか喚いてたが、それは気にしない方向で。

で、その後は予定通り、彼女と手合わせを行った。

結果は引き分け。

影の矢と捕縛結界には相当面喰らってたんだが、前回の狗音影装のことが余程頭に残っていたらしい。

新技術に驚く刹那、その隙を突こう躍起になる俺、そこにカウンターを用意する刹那、それをギリギリで凌ぐ俺、という感じで勝負は平行線。

残念ながら、昼時になったため手合わせはそこで幕引きとなってしまった。

まぁそのまま続けても良かったんだが、何度か妖怪化を余儀なくされかけた刹那が、エヴァの目を気にしてたみたいだし。

その隙を突くのはフェアじゃない気がしたんだよな。

んで、手合わせ終了後は、俺たちの中で定着している、お互いの腕についての品評会となった。

今回はスーパーバイザーとしてエヴァを迎えた特別編だったが。


「しかし、あの結界には驚きました。前回の影槍牢獄とは違って、直接四肢を絡め取るなんて……」

「ふんっ、操影術では初歩の初歩だ。あの程度出来たところで自慢にはならんさ」

「はっきり言うてくれるな……結構苦労したんやで?」

「操影術? では、アレは西洋魔法……も、もしやエヴァンジェリンさん、小太郎さんに魔法の手解きを?」

「いや、私じゃないさ。この駄犬は、こともあろうに私に師事することを拒みおったからな。この身の程知らずめ」

「そ、その話はちゃんと言うたやないか? 改まって習うんは性にあわへんねんっ」

「ふんっ……」

「で、では、小太郎さんは、どなたに魔法を?」

「あー、何と言ったか? タカミチの紹介で……女子部の3年だったか?」

「高音や。高音・D・グッドマン。見習いにしちゃあ、まぁ一流やと思うで? 魔法生徒の中やと群を抜いとるんちゃうか? あとめっさ美人」

「……そんなところばかり見てるようじゃ、貴様も底が知れたな」

「いや、しゃあないやん? 男としては重要なところやで? ……ん? 刹那、どないしたん? 何か震えてへん?」

「……また、ウチの知らんところで、知らん女と……それも、めっさ美人やなんて……」

「せ、刹那さん? おーい? もしもーし?」

「っ!?」


―――――ばっ、じゃきっ


「ひぃっ!? な、なななななんやぁっ!? 気でも違たかっ!?」


何を血迷ったのか、刹那は急に立ち上がると、俺の首筋に夕凪を突き付けていた。

な、何というスピード!? こ、この俺が目で追えないなんて!!!?

刹那はいつぞやのように、目の色が反転してしまいそうな迫力で俺を睨みつけると、こう一喝した。


「……もう堪忍袋の緒が切れました。今日という今日は、その曲がった根性を叩き直して差し上げます!!!!」


何の話やねん……。










「……」


だ、ダメだ。

思い返しても、全くと言って良い程、刹那の怒っている意味が分からん……。

何だ? 一体何が彼女の地雷を踏み抜いたというんだ!?


「……マスター、お食事中に申し訳ございません。よろしいでしょうか?」

「はぁむ、むぐむぐ……ん? どうした?」

「何故、桜咲さんは、小太郎さんに腹を立てているのでしょうか? 先程のマスターたちの会話文章を、文節・単語レベルで分解、分析を行いましたが、小太郎さんに桜咲さんの不孝を買うような発言は見られなかったという結論に至りました」

「……まぁ、ときに感情とは、そういう物差しで測り切れないものだ。今日のあの二人のやり取りを見ておくと良い。良い勉強になるはずだ」

「??? ……イエス、マスター」


俺の狗族クオリティな耳に、二人のそんなやり取りが聞こえて来る。

つかエヴァさん、刹那の怒りの理由が分かるなら、助け舟くらい出してくれ。

そろそろ空腹も相まって泣き出しそうだ。


「小太郎さん? 人の話を聞いていますか?」


―――――ぺちっ、ぺちっ


「ひぃぃぃいっ!!!? 聞いてるっ!! むっちゃ聞いてる!!!! せやからっ、その刃ぁで頬ぺちぺちするの止めてぇなっ!!!?」


キャラクターがおかしいぞ刹那ぁっ!?

俺よりお前の方がしっかりしろぉっ!!

……なんて言える筈もなく、俺は彼女の話を一語一句聞きもらさずに聞くべく、居住まいを正すのだった。


「まったく……良いですか? あなたは、まず到着初日から、護衛対象であるお嬢様に不必要に近づきすぎなんです」

「う゛……それは、まぁ……お節介やったかな、て反省はしとる」


どうやら、刹那はここぞとばかりに俺に堪っている不満不平をぶちまけて行くつもりらしい。

これは、本当にしばらくかかりそうだ……。

ともかく、俺の罪状の一つはそれのようだ。

しかし……他に何かあったっけ?


「それどころか、お嬢様のルームメイトとまで必要以上に親密になって……」

「そ、それは関係あれへんとちゃうん?」


―――――ぺちっ


「な、何でもありません!!」

「ただでさえ、我々は任務の都合上、また魔法の隠匿という観点から、悪目立ちすることを禁忌とされているのに……女子部であのように騒いでは良い訳のしようがないはずですが?」

「おっしゃる通りですっ!!!!」


下手に頷くと、リアルに夕凪で頬を斬りそうだったので、俺は全力でそう答えていた。

とゆーか、そういう言われ方してしまうと、間違いなく俺に非があるしね……。


「悪目立ちと言えば、その後にもお嬢様たちと親しげに喫茶店で談笑などして……」

「そ、そこもきちんと見てたんかい……」


いや本当どこから?

俺の嗅覚で察知できないのって本当大事よ?

しかも、俺はそこでは騒いでないし。騒いでたのは、むしろ俺たちの後ろの客だったし!!


「……ま、まぁ、あんとき聞けた、小太郎はんの本音は、ちょっと……いや、かなり嬉しかってんけど……」

「へ? す、スマン、ちょっと聞き取れへんかった」

「こ、こほんっ……な、何でもありません!! それより、問題はその後です!! ただでさえ、必要以上に荒事を起こしてたせいで、高畑先生に釘を刺されていたにも関わらず、また喧嘩をしてっ!!」


うぐっ!?

そ、それを言われると辛い……。

亜子に手を出されてカチンと来てしまったが、やりようはいくらでもあった気がするし。

必要以上にことを荒立てたことは、間違いなく俺に責任があった。


「……しかもそれが、女の子を助けるためっちゅうのが腹立つわ……そ、そりゃあ、不良をこらしめる小太郎はんは、格好良かってんけど……」

「え? ほ、ホンマ、何回もスマン。ま、またちょっと聞き取れへんかってんけど……」

「こ、こほんっ……何でもありません!!」


せ、刹那さんさっきからそれが多い気がするんですが……?


「その後のエヴァさんの護衛に関しても!! 一命を取り留めたものの、あと一歩で死んでしまうところだったじゃないですか!?」

「ま、まぁ、そりゃあなぁ……」

「……女の子と聞いたらすぐそうやって良い恰好しようとするんやから……」

「へ?」

「っ!? こほんっ!! ……まったく、他人のことを思いやることは良いことですが、それでは小太郎さんの身がもちませんし、何より、麻帆良に来た本来の目的を忘れて、女生徒と親しくなり過ぎです!!」

「……」


と、とりあえず、話をまとめると……刹那が俺に立腹な理由は、女遊びが過ぎるってことに関してで、おk?

けど、俺からすると、まだネギクラスの中には知り合っていない生徒もいるし、必要以上に仲良くなったやつなんていない、ってのが本音なんだが。

女遊びというには、随分可愛いレベルだと思う。

それに、俺は長から麻帆良の警備員として派遣された訳で、エヴァに一見然り、その任務はきちんと全うしてる気がするんだが?


「スマン、結局何が悪いんか分からんのやけど?」

「何でやねんっ!?」


おお! 刹那の素が出るの久しぶりにみた気がする。

つか、そんなに驚くことじゃない気がするけどなぁ。


「女遊びが過ぎる言うたかて、別に友達以上の関係になったやつがおる訳や無し、麻帆良に来た目的、警備員の任務かてちゃんと全うしとるやんけ?」

「ぐっ!? ……た、確かにそうなのでしょうが……そ、その、ともかくっ、女の子のために自分の命を危険にさらしたりせず……もっと自分のことを省みてですね……」

「無理や」


なおも食い下がる刹那に、俺はそう言い切った。

自分の身を大切にしろ、というのは、俺の生き方には余りに反する訓示だ、とてもじゃないが受け入れられない。


「なっ、何でそんなに迷いなく言い切るんですかっ!?」

「いつか言うたかもしれんけど、俺にとっちゃあ、命は強くなるための道具でしかないねん。それに、俺は一度護りたかったもんを、護らなあかんもんを護りきれへんかった……あんな悔しい想いは二度とごめんや」


あの燃え盛る故郷を、響く悲鳴を、憎たらしい男の嘲笑を、忘れたことなど一度たりとてない。

俺はもう二度と、喪うのはごめんだ。

だからこそ、この命を捨ててでも、護りたいものは護り抜いて見せると、あの夜に誓った。


「せやから俺は、自分の命なんて惜しない。大事なダチに危険が迫っとんなら、この命を捨てでも助けに入る。それは絶対に曲げられへん、俺の信念や」

「小太郎さん……」


はっきりと言い切る俺に、刹那は何故か俯いてしまった。


「……やん」

「ん? 何やて?」

「……そんなん、小太郎はんの自己満足やんっ!!」


目尻に涙を浮かべて、刹那はそう訴えた。

いつも気丈に振る舞う彼女が、涙を浮かべたところなど、あの夜以外に俺は目にしたことがなかった。

いったい、どうして……?


「小太郎さんはいつもそうや……一緒に強ぉなろう言うたんに、勝手に自分ばっか強ぉなって、いつもいつも、誰かを護ることばっかりで、一緒に闘おうとはしてくれへんっ!!」

「っ!? や、やけどそれは……」


喪わないため、彼女たちを傷つけないため。

しかし、俺はそれを口に出来なかった。

何故なら、それこそ、俺の自己満足ではないのかと、そう思ってしまったから。


「ウチは、小太郎はんの隣におりたくて強ぉなった!! このちゃんを護れるように、努力した!! やのに、小太郎はんはいっつも遠いとこばっか見とる……一度も、ウチのことなんて見てくれたことあれへんやんかっ!!」


ぽろぽろと、刹那の黒い双眸から、大粒の涙が零れ落ちた。

そんなことはない、俺はお前のおかげで、ここまで強くなることが出来た。

お前との4年間があったから、俺はこうして、あの一夜を生き残ることが出来た。

しかし、俺はその言葉を告げることが出来ないでいた。

そう、確かに彼女の言う通りなのだ。

俺の目指す先にはいつも……。


『―――――自分がつよぉなるのを、首をながぁくしてまっとるさかい』


―――――あのクソ兄貴がの姿があった。


もちろん、俺は復讐のために強くなると誓った訳ではない。

それは違えようの無い、俺の信念。

しかし、俺を、俺の強さを作り上げた要素に、あの男の存在は間違いなく大きな影を落としている。

だから、刹那の言葉、その全てを否定することは出来なかった。


「何でなん? ウチは、小太郎はんに……小太郎はんと一緒に闘いたいっ!! 護られてばっかりの、弱い女の子やないっ!!」

「刹那……」


そんなこと、俺はとうの昔に知っていた。

逆に俺は、今の彼女のように、いつか彼女たちの隣に立てる、そんな男になりたいと願っていたはずだ。

だというのに……一体どこで、俺の道は違えてしまったんだろうな。


「その辺にしておけ、桜咲 刹那。大体、最初と論点がズレているじゃないか」

「へっ!? あ、え、エヴァンジェリンさん……」


いつの間にか、食事を終えたのだろう、エヴァが刹那のすぐ近くまで歩み寄っていた。

涙で表情をぐしゃぐしゃにしていた刹那に、エヴァは一枚のハンカチを渡すと、そのままずかずかと、未だに正座する俺の目の前へやってきた。


「さて小太郎、桜咲 刹那の言葉は何とも青臭く、聞き苦しいものではあったが、あれはあれで的を射た斬り返しだったとは思わんか?」

「……そんなん、思わへんかったら、とっくに言い返してるわ」


悔しさを滲ませて言う俺に、エヴァは満足そうに底意地の悪い笑みを浮かべた。


「貴様の信念はいずれ、人を泣かせることになる。命を捨てでも護るだと? そんなもの、護る側の勝手な理屈に過ぎん」

「……」

「それに貴様は、自己を犠牲にすることで、喪う悲しみから自分自身を護っているだけに過ぎないのではないか?」


彼女の言うことは、実に的を射ていた。

たしかにその通りだ、俺は自分が喪わないようにと、それだけを恐れていた。

だから、闘うのなら己一人で良いと、喪うなら、己の命一つで良いと、いつもそう思っていた。

しかしそれは、俺とともに腕を磨いた刹那にとって、酷い侮辱に違いなかった。


「己を捨てて、他を護り続けた男の末路など、実に惨めなものだ。後に残るのは、周囲が勝手に作り上げたその者の美談と、遺された者たちの悲しみばかりでな」


それが、暗に彼女自身の悲しみを指していることは、わざわざ聞き返さなくても分かった。

懐かしそうに目を瞑り、エヴァは雄々しく笑みを浮かべた。

先程のような、意地の悪いものではない、年長者としての威厳を放つ、強い笑みを。


「それでもなお、他者を護りたいと貴様が願うなら、強くなることだ。他も、己も、全て護りきれるほどに強くな」


……無茶を言ってくれる。

それは、何という茨の道だろうか。

それどころか、以前彼女自身が言ったように、道があるかどうかすら危うい到達点。

しかしそれを……どうやら俺は、目指さなくてはならないらしい。


「……ホンマに、どないせぇっちゅうねん。それこそ、自分みたいに不死でもならなあかんのちゃうん?」


俺は皮肉めいた笑みを浮かべて、彼女にそう言っていた。

そして彼女も、最初と同じ、嘲笑とも取れる笑みを浮かべる。


「ふん、今でも殆ど不死みたいなものだろう?」

「どこがやねんっ!?」


お前と一緒にすんなっ!!

現に一回死にかけて、まる1日昏睡してたの知ってるだろうが!!


「良く言う。……肉も骨も、臓腑すら斬り裂かれて、なおも獲物に喰らいつく狂犬が」

「む……まさか、自分にまでその名で言われるなんてな……」


しかし……狂犬か、悪くない。

どの道、その道程は困難を窮めるのだ。

狂いでもしなければ、辿り着けはしない。

ならば上等。

俺はその名の通り、狂犬となってやろうではないか。


「見てろや……千の呪文の男すら為せへんかったその高みに、俺は必ず辿りついたる」

「ふん、大口を叩いたな……しかしまぁ、期待せずに待っていてやろうじゃないか」


満足そうに鼻を鳴らして、エヴァは、顔をハンカチで拭っている刹那へと向き直った。


「だ、そうだ。これで少しは気が晴れたか?」

「え? あ、う……はい、その、取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」


本当にすまなそうに、しゅんと項垂れる刹那。

そんな彼女にも、エヴァは容赦なく喝を入れる。


「全くだ、この未熟者め。泣いてる暇など、貴様に有りはしないだろうが」

「ええ、全くおっしゃる通りですね……」


しかし刹那は、そのエヴァの言葉に力強い笑みで頷いていた。

そう、まるで俺と同じように。

刹那は俺に向き直ると、真摯な眼差しでこちらを見据え、宣言した


「小太郎さん……私ももっと強くなります。あなたがともに闘うことを認めざるを得ない程に、強く……」

「そんなんとっくに認めとるっちゅうねん……これからも、よろしゅう頼むで?」

「はいっ!!」


俺がそう返すと、刹那は、本当に嬉しそうに、そう笑った。

本当、先の祐奈の件と言い、少し子どもっぽ過ぎやしないか、俺?

いつも周りのことが見えていないというか、どこまでも自分一人で突っ走ろうとして空回り。

いい加減、大人にならなくてはと、つくづく思わされる。

大切な物を護るために、大切な人々を悲しませるなんて本末転倒ではないか。

その大きな過ちを犯す前に、刹那は、俺にそのことを気が付かせてくれた。

……また一つ、大きな借りが出来てしまったな。

しかしながら、やることはこれまでと変わらない。

俺は今まで通り、己の強さに磨きをかけていくだけだ。

ただ一つ違うのは、己の命を捨てる覚悟ではなく、己も大切な人も、必ず護りきる覚悟で臨むということ。

何だか、どんどん目標が大きくなっている気がしなくもないが、俺に迷いはなかった。

……ただ、一つだけ腑に落ちないことがある。


「なぁ、エヴァも論点がずれた言うてたけど、結局刹那は、何に怒ってたんや?」


最後まで、その謎は分からず仕舞いだった。


「え゛!? ……あー、ま、まぁ、その……す、過ぎたことは良いじゃありませんか?」

「良い訳あるかい。こっちは刀で延々頬をぺちぺちされてちびりそうやったんやぞ?」


こんな灰色決着、認められるものか。

しかし刹那は、愛想笑いを浮かべるばかりで、答えようとはしてくれなかった。


「……その件でしたら、私に一つ推論があります」

「茶々丸、もう食事の片づけは終わったのか?」


いつの間にか近づいて来ていた茶々丸に、エヴァがそう問いかける。


「はい。お二人の分の昼食もテーブルにご用意させて頂きましたので、後ほどお召し上がりください」

「マジでか? そりゃおおきに。……んで、推論言うのは?」


俺は身を乗り出して、茶々丸の答えを待った。

いい加減正座を解け? ……うん、タイミング逃した気はしてた。


「はい、先程のお二人のやり取りを分析した結果、桜咲さんが小太郎さんに抱いていた感情は『怒り』の中でも『嫉妬』に該当するものだと予測しました」

「嫉妬? ……はぁ、どこをどうすればそないな結論に達すんねん」


全く的外れな茶々丸の解答に、俺はがくっと、肩を落とした。

さっきの俺と刹那のやり取りのどこに、嫉妬なんて言葉が出て来る要素があったと言うのだ。

やはり、彼女はコミュニケーションに対する経験が足りていないと見える。


「具体的に解説を致しますと、桜咲さんの『あんとき聞けた、小太郎はんの本音は、ちょっと……』」

「わーーーーーっ!? わーーーーーっ!!」

「うわっ!? な、何やねん刹那!? 急にそんな大声出してからに!?」


茶々丸が具体的に説明を開始した途端、急に刹那が両手をばたばたとさせながら大声を上げ、俺と茶々丸の間に割って入った。


「ちゃちゃちゃちゃ茶々丸さん!? ど、どどどどどうして小太郎さんも聞き取れなかった台詞をぉっ!?」

「私には超鈴音謹製、広域集音マイクが内蔵されていますので、この別荘内でしたら、どこにいても蚊の羽音程の微細な音声まで録音することが可能です」


超鈴音謹製て……いや、もはや何も言うまい。

しかし、俺も聞き取れなかったということは、刹那が小声でごにょごにょ言ってたときの台詞か?

どうやら、そこに刹那の怒りの訳を知る重要なファクターが隠されているらしい。


「何やねん、やっぱ重要なこと言うてたんやんか。で? 何て?」

「はい。『あんとき聞けた、小太郎はんの本音は、ちょっと……』」

「わーーーーーっ!? わーーーーーっ!!」


茶々丸が再び話し始めると、刹那も再び大声を上げ始めた。


「小太郎さん!! それ以上追及を続けると、小太郎さんを斬って舌を噛みますっ!!」

「しっ、心中覚悟っ!? な、何やねん、そげな恥ずかしいこと言うたんか?」

「茶々丸さんもっ!! どうかその台詞は忘れてください!! なかったことにしてくださいっ!!」

「? 了解しました。記録メディアから音声ファイル、文章ファイル双方を削除します」


こうして、刹那の怒りの真相は闇に葬られてしまったのだった。

いや、死を覚悟して止められなんてしたら、それ以上追及なんて出来ないでしょうよ?

……本当、何で怒ってたんだろうな?


「くくっ……青いな。どうせいつかバレることだろうが?」

「そ、それはそうですがっ……い、今はとにかくダメなんですっ!!」


からかうように笑うエヴァに、刹那が顔を真っ赤にして叫ぶ。

ついぞ刹那が怒った理由を知らされることはなく、俺の休日は幕を降ろしていくのだった。







[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 22時間目 暗雲低迷 和服もいいけどゴスロリもねっ!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2011/08/26 02:40


うだるような暑さの7月下旬某日。

夏休みに入ったというのに、俺は例によって、何故か女子校エリアにいた。

今回は学園長に依頼されて仕事をしているとか、高音に操影術の稽古を付けてもらっているという訳ではない。

今回は、我らがせっちゃんたっての頼みごとを遂行するためだったりする。

昨日から刹那は、神鳴流のお師匠……俺と出会ったときに稽古をつけて貰っていた最初の人な? が久しぶりに本山を訪問するとかで一時京都に帰省している。

あまり長居するつもりはないらしく、明後日の昼過ぎには帰ってくるつもりのようだが。

……まぁここまで言えば察しはつくと思うが、刹那に頼まれたことというのは、木乃香の護衛だったりする。

正直、今の学園で彼女にどんな危険が及ぶのだ、なんて思ってたりもするのだが、刹那も心配性だな。

承ってしまった以上、きちんと役目は果たさなくてはならない訳で、俺はこうして女子校エリア、中等部学生寮を訪れている訳だが……。

どないして、護衛しろと?

まさか女子寮に踏み込む訳にもいかないし……刹那さん、これ人選ミスじゃありませんこと?

確か、龍宮隊長と同室だったよな? どうせなら彼女に依頼した方が良かっただろうに。

まぁ、しこたま依頼料を請求されそうな感じは否めないけどね……。

何はともあれ、本当どうしたものだろうか。

こんな考えを繰り返しつつ、俺はさっきから女子寮の前をぐるぐるぐるぐる、行ったり来たりしていた。

木乃香に直接連絡するって手も考えたが、刹那から「必要以上に近づいたら、その尻尾を斬り落としますので(ニコッ)」とか釘刺されてるしなぁ。

今更断尾とか、ドーベルマンとちゃうんですから、勘弁してください。

……しかし、いい加減どうにか手を考えないと、これでは完全にただの不審者ではないか。


「こら、そこの不審者」

「どぅあれが不審者やっ!!!?」


しゃーーーーー!! と振り向きざまに俺はそう一喝した。

自分で考えていたこととは言え、人に指摘されるとカチンと来るじゃん?

これでもこっちは必死だってのに……。

近づいてきた人物に、匂いで見当を付けておいたので余計に脊髄反射だったってのもあるが。


「明日菜、自分はホンマ、相変わらず失礼なやっちゃなぁ?」

「……あんた、本当に後ろに目でもついてんの?」


俺の言葉に、明日菜は驚いたように目を丸めていた。

まさか匂いで個人が特定できるんです、とは言えんしな。

ちょうど出かけるところだったらしく、明日菜は珍しくめかしこんでいた。


「で、こんなとこで何うろうろしてんの? 通報されても文句言えないレベルだったわよ?」

「……言うてくれるなや。自覚はあってん……」


ただ上手い解決方法が見つからなかっただけで。


「……ん? そや! 自分確か、木乃香と同室やってんな?」

「え、ええ? まぁそうだけど……」

「せやったら、今日木乃香が何してるか分からへん? つか、今寮におるんか?」

「何? 木乃香に用事? だったら直接メールすればいいじゃない?」


更に不審な物を見るように、明日菜の目がすっ、と細まった。

まぁ、理由も分からないのに、男に女友達の所在とか動向を事細かに聞かれたら普通の反応ですよね……。


「いろいろ理由があんねん……決してやましいところはあれへんで?」

「……はぁ、まぁあんたには、やましいことをするような甲斐性も度胸もないでしょうけど」

「……」


……ほっといてくれ。

明日菜は呆れたように溜息を付くと、ようやく警戒を解いてくれたのか苦笑いを浮かべてそう言った。


「けど、木乃香に用事なら残念だったわね」

「へ? そらどういうことや?」

「今日は朝早くから出掛けてていないわよ」

「うそん……」


な、何のためにこんなところまで……。

って、それより早く木乃香の所在を確かめないと!!

ちゃんと見張ってなかったとばれたら、刹那に何をされるか分かったものじゃない!!


「どこに行くと言うてへんかったか?」

「んー……そうねぇ。お見合いがどうのとか……」

「……あぁ」


例のイベントですか……。

つか、学園長のジジィ、こんなときから木乃香にお見合いさせてたのかよ……。

これでなびいた男がいたら、そいつただのロリコンじゃね?

何はともあれ、俺の行くべき場所は決まった。

俺は明日菜に礼を言うと、颯爽と女子寮を後にするのだった。










「おら、さっさと吐かんかいっ!!」


―――――ばんっ


「フォッ!? な、何のことじゃ!? 吐いても今日の朝飯くらいしか出て来んぞぃ!?」


んなもん見たくもないわ!!

俺は風のように駆け抜けて、驚きの速さで女子部学園長室に辿り着くと、慌てふためく学園長に詰め寄って、無駄にデカい机を叩きながらそう言った。

まぁ、少し端折り過ぎたと思うので、きちんと説明することにする。


「木乃香のことや。自分が見合いのために連れ出したっちゅうんはネタが上がってんねん」

「……は、はて? 何のことか皆目見当がつかんのぉ?」


こ、この狸ジジィ……!!

ここまで言われてなお白を切るか!?

つか、露骨に冷や汗かいて目ぇ逸らしてたらバレバレだっての!!


「ええからさっさと白状せい!! やないと刹那に何されるか分かったもんやないねん!!」

「いやぁ、最近物忘れが激しくてのぅ。はて、一体どこで見合いをしとるんじゃったか……」


ついに開き直った妖怪ぬらりひょん。

俺はこめかみをひくつかせながら、ジジィの胸倉をがっと掴もうと手を伸ばして……。


―――――ばんっ


「「!?」」


手を止めた。

急に開いた扉の向こうには、息を切らした黒服にグラサンという、いかにもSP風の男が立っていた。


「何事じゃ?」

「た、たいへんです!! 木乃香お嬢様が行方をくらましました!!」

「何ぃ!? またか!?」


あー……完全にネギのときと同じ流れで話が進んでいるらしいな。

つかSPの皆さん、そんな簡単に普通の女子中学生に逃げられんなよ。

木乃香なんて、平均より運動神経低いくらいだと思うんだが?

しかし、これは渡りに船。

俺は瞬間的に、ジジィを陥落させる手段を思いついていた。


「おい、ジジィ」

「な、なんじゃ小太郎君? 悪いが、見ての通り立て込んで……」

「俺やったら、会場近くに行きさえすりゃ、木乃香を匂いで探せるで?」

「!?」


ジジィの遠見は場所を指定しないと見れない、非探査系の魔法だしな。

かといって、木乃香を探すのに魔法先生をいちいち動かす訳にはいかないだろうからな。

その点、俺ならジジィの裁量で動かせる上に、人探しは得意分野と来てる。

この要求は呑まずにいられまい。

学園長は散々逡巡してから、俺に木乃香の居場所を伝えた。











俺がやってきたのは、女子部の茶道室だった。

成る程、和風建築で部活がなければ人気のない茶道室。

学園内でお見合いをするのに、これほど適した場所はないというわけだ。

原作で木乃香が学園の中を逃げ回っていたのは、これが原因だろう。

さて、木乃香はここで着付けをしてから逃げ出したということらしい。

ならば後は簡単。いつぞやせっちゃんをスト―キングしてた要領で木乃香の匂いを追跡すれば良いだけだ。

……刹那にバレたら尻尾どころか耳まで削ぎ落とされそうだな。

と、ともかく彼女の足では、そう遠くには逃げられまい。

すぐに見つかるだろうと辺りをつけながら、俺は彼女の匂いを追うべく、すんすん、と鼻を鳴らした。


「……こっちか」


さっそくヒット。

つか、これ香水かなんかつけてるだろ。

おもっくそ吸ったせいで、弱冠鼻がツーンとしたぞ?

まぁ、おかげで簡単に彼女を追うことが出来そうだけどな。

俺は匂いの通った後をフラフラと追った。

……ん? この方角って……


「茶道室?」


ま、まさか、な?

さすがに中に隠れてるのを、SPが見落とすなんてことはないだろう。

既にSPの方々は、方々に散って木乃香の捜索に当たっていることだろう。

周囲に黒服の姿は一つとして見受けられなかった。

しかし、俺の鼻が間違うということも考え難いし……。

とりあえず、俺は一度茶道室を見て回ることにした。


「えーと……ああ、中からは出たみたいやな。こっちは……って物置かい!?」


あ、あからさまに怪しい。

いやいや、さすがにSPさん達もここは見てるだろう。

しかし、何度鼻を鳴らしても、一番匂いが強いのはその物置の中だった。


「ま、まぁ、一応確認のためや。確認、確認……」


俺は呪文のように自分に言い聞かせながら、おもむろに扉を開いた。


―――――がらっ


「ふぁっ!? 見つかってもうた……」

「……何してはるんですか木乃香さん……」


まさか本当にここに隠れているなんて……。

物置の中には、野立てで使うと思しき機材の間で、ちょこんと膝を抱えた木乃香の姿があった。

しかし……こう、何だ、和服すげぇ……。

見ると木乃香は、原作で着ていた赤い物ではなく、淡い桃色を基調とした可愛らしい見立ての着物に身を包んでいた。

それがもう、彼女の儚げと言うか、はんなりとした柔らかな印象にベストマッチしてて、もう筆舌に尽くしがたい状況。

しかも、体操座りしてたせいで、きょとんとした表情で俺を上目遣いに見つめるもんだから……あ、あかん、鼻血出そう。


「あ、良ぉ見たらコタ君やんか? 何しとるん?」


木乃香は捜索者が俺だと言うことにようやく気付いたらしく、相変わらずのふわふわした声でそんなことを尋ねた。


「こっちの台詞や……ったく、学園長に頼まれて自分を探しててん」

「う゛っ!? や、やっぱそぉなんや……」


さて、俺としては所在が分かれば、刹那の頼みごとは遂行できる訳だし、これ以上木乃香に近づいて刹那に睨まれるのも勘弁だ。

さっさとSPさんたちに彼女を引き渡して……。


「木乃香お嬢様!?」


何て思っていたら、ちょうど良くSPの一人が戻って来てくれた。

よっしゃ、これで後は遠くから木乃香を見守るだけで……。


―――――くいっくいっ


「ん? 何や?」


これからの行動計画を見直していると、急に学ランの裾をくいくいと引っ張られた。

位置的に引っ張ったのは木乃香しか考えられないので、俺は振り返ってそう確認した。


「……ウチ、お見合い嫌やぁ……」

「……」


…………はっ!?

うぉおおおいっ!? 危ねぇ、一瞬思考が停止したぞ!?

振り返った俺に、木乃香は両目一杯に涙を溜めて上目遣いに、消え入りそうな声でそう懇願した。

こ、これは反則くないですかっ!?

こんな風に頼まれて、断れる生き物いるのかっ!?

そいつ絶対人間じゃねぇよ!?

しかし、刻一刻とSPさんは近づいて来てる訳でして……。


―――――つか、つか、つか、つか……


「(うるうる)」

「……」


ここで彼女を引き渡さないと、後で刹那さんに酷い目にあわされる訳でして……。


―――――つか、つか、つか、つか……


「(うるうるうるうるっ)」

「…………だぁぁぁぁぁぁああああっ!! もうっ!!」


俺はそう叫ぶと、有無を言わせず木乃香を抱え上げ全力疾走を開始した。


「ひあっ!? うわぁ、コタ君力持ちやぁ♪」

「喋ると舌噛むで!!」


楽しそうな声を上げる木乃香に、俺はそう釘を打ってから、どこに逃げたものかと思案を巡らすのだった。











「コタ君って足も速かったんやね?」

「……」


木乃香が無邪気な声でそう尋ねてくるが、今の俺には、それに受け答えできる気力はなかった。

終わった……よりによって、お見合い会場から木乃香を連れ去ってしまうなんて……。

……グッバイ、俺の尻尾……。

あの後、俺はSPの執拗な追跡を振り切るために木乃香を抱えて奔走した。

能力的に問題がある気はするが、あのSP達、根性だけはなかなかのもので、撒くのに苦労した。

2、3回、瞬動も使ってしまったが、もう見逃して欲しい。

こっちは人一人抱えて逃げてたんだ。魔法の隠匿とか言ってられる場合じゃなかった。

で、今どこにいるかというと、学園祭編で亜子と大人ネギが休憩に使っていた廃校舎の中に避難してたりする。

女子校エリアからどんだけ走ったんだよ俺……。


「コタ君? 大丈夫かえ? やっぱ無理させてもうたかな?」


あまりにも無反応な俺に、心配そうな声で木乃香がそう問いかける。

……まぁ、やってしまったことはしょうがない。

くよくよするのは止めて、刹那にバレないことを心から祈っておこう。

俺は手近な机を引き寄せて、その上にどかっと腰かけた。


「心配いらへん。後で何て言い訳しよか考えただけや」

「言い訳? コタ君、誰かに怒られるん?」


……しまった、失言だったか。

不思議そうな顔で、木乃香は俺をじいっと見つめていた。

まぁ、木乃香は刹那のことを知ってるし、尻尾のことと、護衛を依頼されたことさえ伏せていれば大丈夫かな?

そう思って、俺はいきさつを説明することにした。


「実は、こないだ刹那に説教されたばっかやねん。女にかまけ過ぎ、何しに麻帆良に来たんやー!! ってな」

「へぇ、そぉなんや? うーん……」


俺の言葉に対して、木乃香は難しい表情をして、何やら考え込んでしまった。

何か変なところがあったのだろうか?


「なぁコタ君? これ、ウチが言うてええことやないかもしれへんけど……それって、せっちゃん、コタ君のこと好きなんとちゃうん?」

「……あー、やっぱそう思うやんな?」


刹那に限ってそんなことはない、と思い続けて来たけど、もう誤魔化しようがないよなぁ……。

彼女が俺に理解できない怒りをぶつけて来るときって、大体が彼女以外の女の子と仲良くしてたときだし。

こないだ茶々丸も、嫉妬がどうの、とか言ってたしな。

原作では木乃香以外に惚れてる、というか、恋愛感情的なものを向けている描写はなかったし、何より、この時期の彼女に、恋愛にかまける余裕はないと思っていた。

それ以上に、元オタク現戦闘狂の俺に、刹那程の女性を惹き付ける魅力があるなんて思わなかった、という卑屈な理由も後押しして、その可能性から目を背け続けていた。

……うん、まぁ好いていて貰えているというのは、単純に嬉しいと思う。

前にも言ったが、刹那は原作でもお気に入りの一人だった。

俺は、彼女の隣に立ちたいと願っていた。

その相手に、好意を向けられているのだ、もう天にも昇る思いだ。

……けれど、それを知って俺はどうしたいのだろう?

彼女に告白して、恋人同士になりたい?

……何か違う気がするな。


「コタ君は、せっちゃんのことどう思とるん?」

「どうって……そりゃあ好きやけど、前も言うたみたいに、俺はあいつを恋愛対象として見たことがなかってん」

「けど、今はそう見れとるやろ?」

「う……そうやけども……」


木乃香の問い掛けに、俺は返す言葉が見つからなかった。

逆に考えてみよう。

もし刹那に想いを告げられたとして、俺はそれを受け入れるだろうか?

彼女のことは可愛いと思う、魅力的だと思う、もちろん好きだと思う。

しかし、そこに恋愛感情はあるだろうか?

たとえこれが刹那以外のネギクラスの面子だったとしても、俺は同じ疑問に至るような気がする。

女好きと豪語してるくらいだ、そりゃあ恋人が欲しいと思ったことは、星の数ほどある。

しかし何だろう、この改めて考えたときに感じる、違和感は……。


「コタ君、もしかして好きな子ぉとかおるんやない?」


唐突に、木乃香がそんなことを言った。

好きな子、ねぇ……。

前の世界では剣道と趣味にかまけ過ぎて、人付き合いがなおざりだったからな。当然のように好きな子すらいなかった。

それならばと、俺がこの世界で出会った女の子について思い返す。

刹那、木乃香、明日菜、祐奈、亜子、まき絵、アキラ、エヴァ、高音……。

いずれも俺にはもったいないくらいの、魅力的な女性だ。

彼女たちといると楽しいし、大切だと、護りたいと思う。

……しかし……。


「……今はまだ、恋愛感情ってほど、好きな相手はおれへんな」


それが結論だった。

別段、恋愛にトラウマがある、という訳ではないのだが、何故だろう?

自分自身のことなのに、一向に答えは見えてこなかった。


「コタ君、別に子どもっぽい訳やあれへんのになぁ?」


木乃香も、同じように不思議そうな表情を浮かべている。

言われて、自分の中身の年齢に思い至ったが、別段彼女たちを子どもだと感じることはない。

何度も言うように、皆魅力的だと感じてるし、さっきだって木乃香の涙目に鼻血を吹きそうだったくらいだ。

うーん……。


「あ! あれとちゃう? コタ君、何か格闘技で大きな目標みたいなんあれへん?」

「目標? そんなんあるに決まってるやんけ?」


とびきりデカい、辿り着けるかも怪しい目標がな。


「それとちゃうんかな? ほら、良くマンガとかであるやん? 『これ頑張ったら、あの子に告白するんやー!!』みたいなやつ」

「ああ。確かに、それは一利あるかも知れへんな……」


なるほど、言われてみれば、無意識にそう感じていたのかもしれない。

俺の目標である『大切なものを護れる力』を得るまでは、恋愛なんてしている暇はない、と。

それともう一つは……やはりあの男の存在だろう。

いつもいつも、俺の前にちらつく、何よりも憎いあの男。

あの過去を清算するまで、俺は自身に訪れる幸福を、是と出来ないと考えているのかもしれない。

それはつまり、奴を倒すまでは、俺はここから先に進めないということに、他ならない。

……故郷が焼ける、あの地獄のような光景から。

刹那には申し訳ないが、俺はそれまで、まともに恋愛なんて、出来そうもなかった。


「……せっちゃんも、難儀な人を好きになったもんやなぁ」

「そんな呆れた風に言うなや。それに、まだ本当に好きって分かった訳とちゃうやろ?」


よしんば本当に、彼女が俺のことを好きだったとして、別にその思いを打ち明けられた訳ではない。

こっちが勝手に騒ぎ立てることはない。

今まで通り、彼女とは背を預け合える戦友でいれば良い。

……というのは、少し都合の良い自己弁護だろうか?

そんな俺の言葉に、木乃香は訝しげに首を捻っていた。


「そうけ?」

「そうや。……木乃香こそ、人のことばっか言うてるけど、好きな人とかおれへんのか?」


ここまで質問詰めに会っていた俺は、ここぞとばかりに意地悪な笑みを浮かべて木乃香に尋ねた。

しかし木乃香は、別段慌てた風もなく、んー、と唸りながら、考えを巡らせ始めた。

……何か寂しいな。やっぱりからかうなら、明日菜とかエヴァとか、あと刹那とかが面白い反応をしてくれる。


「おらへん、かなぁ……けど、やっぱお見合いは嫌やわぁ。ウチはちゃんと好きになった人と結婚したいなぁ……」


原作で聞いたことのある台詞で、木乃香はどこか切なそうな表情を浮かべていた。

そりゃあそうだよな。

誰だって、自分の結婚相手を、他人に決められるなんてゴメンだろう。

特に思春期の女の子ならなおさら、胸をときめかせ、とき締め付けるような恋愛に憧れているはずだ。

大人の勝手な都合で、それを踏みにじられるのは、堪ったものじゃないはずだ。

俺は今更ながら、先程自分の取ろうとしていた行動を省みて、胸が苦しくなった。

せめてもの罪滅ぼしにと、俺は俯く彼女の頭にぽんっ、と手を置いて優しく撫でた。


「コタ君?」

「……まぁ、また無理やり見合いさせられそうになったら俺に言い。そんときゃあ、今日みたいに自分のこと攫ってったるわ」


きょとんとした表情で俺を見上げる木乃香に、俺は目一杯の笑みを浮かべてそう言った。


「……はぁ、せっちゃんが心配するのも当然やんな」

「へ? 何やて?」

「何でもあれへんよ。……へへっ、そんときはまたお願いするえ、コタ君?」

「おう、任せとけ」


嬉しそうにはにかむ木乃香に、俺は威勢良くそう答えた。


―――――がたんっ


『お嬢様っ!? こちらにおいでですか!?」


「「!?」」


うそやろ!?

最初にいた場所から相当移動しているはずなのに……どんだけ根性あるんですか!?


「こ、コタ君!? どないしよ!? 見つかってまうえ!?」

「んなん、決まってるやろ?」

「へ? わわっ!?」


俺は再び、木乃香を抱き上げた。


「そんじゃ、いっちょ、愛の逃避行と行きますか?」

「っ!? ……うんっ、お願いするえ」

「しっかりつかまっとけよ、お姫様!!」


俺は微笑む木乃香をしっかりと抱き締めて、開け放った窓からその身を躍らせるのだった。










結局、俺はあの後、寮の門限ぎりぎりまで木乃香を連れて、学園都市中を駆け巡った。

つくづく根性のあるSP達で、撒いたと思ったら、すぐにまた発見されてしまうのだ、あれは本当に心臓に悪かった。

門限が迫ったことで、ジジィが白旗を上げ、試合終了となったが……これから、お見合いがある度にあの鬼ごっこが繰り広げられるかと思うと、正直鬱だったり。

やっぱり安請け合いはするものじゃないな。

けどまぁ……。


「コタ君、今日はホンマにおおきになー!!」


こんな嬉しそうな木乃香の笑みが見れるなら、その苦労も報われるかな?

俺に手を振りながら寮に入っていく木乃香に、俺も右手を振って答えた。

さて、俺もそろそろ帰るとしますかね?

木乃香の姿が見えなくなったのを確認して、俺は踵を返した。

そのときだった。


「小太郎さーーーーん!!」

「ん? この声は…………」


俺が今帰ろうとした道から、全力で駆けて来る人影。

聞こえた声は、紛れもなく刹那のものだった。


「な、何でここにおんねん!? 帰って来るんは明日やったんとちゃうんか!?」


木乃香にあんなことを言われたせいで、何となく彼女のことを意識してしまう。

いかんいかん、彼女が何も言わない限り、今まで通りに接しようと誓ったばかりじゃないか。平常心平常心……。

そんな風に自分を落ち着かせる俺の様子に気付く気配もなく、刹那は肩で息をしながら俺の下へと駆け寄ってきた。


「はぁっ、はぁっ……良かった、そのっ、様子っ、ではっ、はぁっ……何もっ、起こらなかった、みたいですね……」

「な、何もって何のことや?」


一瞬、木乃香と一日中一緒にいたことがバレたか!?と焦ったが、刹那の様子を見る限り、どうやら違うらしい。

何というか、彼女の様子は、もっと切迫した状況を思わせた。


「どうしたんや? 帰って来るんは明後日のはずやなかってん?」

「はいっ……ふぅっ、ようやく少し落ち着いてきました。実は、本山で気になることを耳にして、予定を繰り上げて帰って来ました」


あれだけ乱れていた呼吸を、どうにか落ち着けて、刹那は深刻そうな表情でそう言った。

一体、何を聞いたというんだ?

俺の記憶では、原作のこの時期に、そんな大きなイベントはなかったはずだ。

もちろん、俺と言うイレギュラーが居る以上、春休みのような例外が起こり得る可能性はある。

もしや、今回もそういった事態だと言うことだろうか?


「そんで、本山で何を聞いたて?」

「はい……この2週間で17名、近衛家所縁の呪術師が、相次いで何者かに襲撃を受けたとのことです」

「2週間で、17名!?」


冗談じゃない!? 

ガキの喧嘩じゃないんだ。

2週間足らずでそんなに襲撃をされるなんて、確実に近衛家を狙った確信犯じゃないか!?


「それも、特に近衛家に所縁の深い、実力派の呪術師ばかりが、です……」

「それこそホンマに冗談やない。近衛家に所縁の深いて、実質関西呪術教会の主力やないか!?」


タカミチほどとは言わないまでも、魔法世界でも屈指と数えられてもおかしくないレベルの猛者たちだぞ?

それに喧嘩売るってどんな化け物だよ!?

それに相次いで、ってことは、その犯人は未だ敗北を記していないということじゃないか!?


「襲撃された人たちはどないしてん? 無事なんか!?」

「……幸いにも、命を落とした人はいないようです。……ただ、呪術師としての再起は、絶望的のようですが……」

「絶望的て……襲撃犯は、全部同じ奴なんか!?」

「はい、被害者の証言が一致しています」


マジかよ……。

何でそんな化け物が近衛家を……?

しかし、何で刹那はそれを聞いて、飛んで帰ってきたのだろうか?

忠義に厚く、受けた恩義は決して忘れない彼女のことだ、それこそ、あちらに残って、その犯人の捕縛を手伝うなんて言い出しそうなものなのに。


「実は……それぞれの呪術師が襲撃された地点を、時系列別に並べると、敵は急激に北上していることが判明して……」

「北上て、皆京都で襲われた訳とちゃうんか?」

「はい、多くは関東での任務中に襲われていまして……最後の襲撃は2日前、箱根山の麓でした」


……めちゃくちゃ近いじゃねぇか。

それじゃあ、まさか、敵の次の狙いは……。

恐らく、刹那も俺と同じ考えに至ったのだろう。

いつも以上に真剣な表情で、重々しく、それを告げた。




「次に狙われるのは十中八九――――――――――木乃香お嬢様に違いありません」



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 23時間目 人面獣心 そこはかとない大荒れの予感……オラわくわくしてきたぞっ!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/02 19:55



急遽帰省から戻ってきた刹那の話を聞いて、俺は心臓を鷲掴みにされた思いをしていた。

木乃香が狙われる? そんなの当分先の、それこそ2年後の話だと楽観し過ぎていた。

近衛の家、特に元紅き翼のサムライマスターたる長に私怨のある者の犯行か。

それとも、単純に木乃香の魔力を狙った者による犯行か。

既に近衛の術者数人が襲撃に遭っていることから、前者の可能性が大きいように感じる。

ともかく、今は彼女の安全を確保することが最優先だろう。


「私は木乃香お嬢様に付いていますので、小太郎さんはこの事を学園長に知らせて頂けますか?」


刹那も同じ考えだったらしく、真剣な表情で俺にそう依頼した。


「お安いご用や。ええか? 何かあったらすぐに連絡するんやぞ?」

「はい……もちろん、そうならないことを願いますが。小太郎さんも十分にお気を付けて」

「おう」


俺は刹那に一瞥くれて、すぐに学園長室へと向かって駆け出した。

まだあれからそんなに時間は経っていない、学園長がいるとしたら、まずあそこで間違いないだろう。

俺は更に足に力を入れて、学園を目指した。

そんなときだった……。


『わおーん!! わおーん!!』


「ん? 着信?」


ったく、この忙しいときに、一体誰だよ……。

そう思いながら携帯を取り出した俺だったが、携帯背面の液晶ディスプレイを見て凍り付いた。

何せそこには、『桜咲 刹那』と表示されていたのだから。

まさか、もう既に木乃香の身に危険が!?

俺は慌てて着信に応答した。


「刹那!? 木乃香の身に何かあったんか!?」

『え!? な、何を言ってるんですか!? ……まさか、もうお嬢様の身に何か!?」


俺の言葉に、刹那は驚いたように返事をした。

何だ? 会話が噛み合ってないぞ?

大体、木乃香に付いていると言ったのは刹那だったじゃないか。

万が一、木乃香の身に何かあったとしたら、最初に気付くのは自分だろうに。

一体何を言って……。

そこまで考えて、俺はおかしなことに気付く。

携帯のスピーカーから聞こえる、かすかな異音。

これは……電車の走行音?


「……おい、刹那。今自分どこにおるんや?」

『な、何ですか藪から棒に? 先程空港を出て、麻帆良行きの特急に乗ったところです』

「なん、やて……!?」


麻帆良行きの特急!?

じゃ、じゃあさっき俺が会った刹那は一体……?

彼女に、まるで怪しいところなんてなかった。

木乃香を心配して息を切らせている様子や、俺のことまで気遣う優しさ。

どう見ても、いつも通り、俺が知る刹那そのものだった。

しかし、今電話口で話している刹那からも、違和感なんて感じられない。

どちらかが、俺をたばかっているのは間違いないというのに。

しかし、俺は先程あった刹那の姿を思い出して、違和感を感じた。

何だ、この違和感は……?

別に彼女に変わったところなどなかったはずだ。

いつも通り、髪を一つ括りにしていたし、相変わらずの切れ長で綺麗な目だった。

ユニフォームと化した麻帆良の制服も着ていたし、帰省のために用意した大きなキャリーケースも抱えていた。

しかし、何だ……何かが欠けているような気がしてならない。

画竜点睛を欠くというか、これがなくては、刹那とは思えない、そう感じさせる何かが……。


「……しもた……何で気付けへんかったんや……」


そうだ、先程会った刹那は……。



――――――――――夕凪を、背負っていなかった。



『そんなことよりも、落ち着いて聞いてください。実は、お嬢様の身に危険が……』

「……やられた。クソッ!! 今まさにその危険が来たところや!!」

『なっ!? どういうことですか!?」

「説明してる暇はあれへん!! 俺は木乃香んところに向かう!! 自分は学園長に連絡を!!」

『ちょっ!? 小太郎さん!!!?」


―――――ぶつっ


俺は刹那が名前を呼ぶのを無視して、通話を終了した。

乱暴に携帯を閉じ、ポケットに突っ込むと、今来た道を、先程以上の速度を持って、駆け戻り始めた。

……頼む、無事ていてくれ、木乃香!!

そう、何度も祈りながら……。










SIDE Konoka......



ホンマ今日はおもろい一日やったわぁ。

じっちゃんに、お見合いせぇ言われたときは、ホンマに憂鬱でしゃあなかったけど。

コタ君が助けてくれて、お姫様抱っこでいろいろ逃げ回ってくれて。

じっちゃんとコタ君には悪いけど、ホンマに楽しかった。

それに、久しぶりにせっちゃんの話も聞けて嬉しかった。

あのせっちゃんが、コタ君の事が好きかも知れへんなんて、相当驚いたわぁ。

けど、コタ君やったらあんま不思議やあれへんな。

始めて会うたときもそうやったけど、怖そうな外見と違て、ちゃんと人の事を良ぉ見てるし。

何より、誰にでも優しいし、オマケに背も高ぉて格好ええしなぁ。


『―――――そんときゃあ、今日みたいに自分のこと攫ってったるわ』


……それにあの笑顔は反則やで。

ウチかて、ほんのちょっとやけど、ドキッてしてもうたもん。

いつもムチャクチャ大人っぽいのに、笑うたら子どもみたいに可愛えやなんて。

そらせっちゃんも心配になってまうわ。

うん、せっちゃんのこと影ながら応援したるためにも、これからはコタ君に悪い虫が付かへんよう、ウチがちゃんと見張ったらんとな!!

ウチは拳をぎゅっと握って、そんなことを決意した。

しかし、楽しかったけど、やっぱ疲れてもうたなぁ……。

今日は早く風呂入って、さっさと寝てまおう。

玄関で靴を履き替えて自分の部屋へ行こうとする。

そんなときや……。


「木乃香お嬢様」

「え……?」


後ろから、良ぉ知ってる声で呼びとめられたんは。

振り返ってから、ウチは余計にびっくりしてもうた。

だって、そこにおったんは、麻帆良に来てから、一度も自分から話しかけてくれへんかった、せっちゃんやったんやから。


「せっ、ちゃん……?」

「ご無沙汰しています、お嬢様」


な、なな、ななな何でなん!?

今までずっとウチのこと避けてたんに、何で急に話しかけてくれたん!?

あ!! も、もしかして、さっきコタ君に送ってもろたん見られてたんかなぁ?

せっちゃん、ヤキモチ焼きさんみたいやから、勘違いして怒っとるんとちゃうかなぁ?

あっちゃあ……しもたなぁ、ちゃ、ちゃんと誤解を解いとかんと、ウチ、せっちゃんに嫌われとうないえ!?

けど、そんなウチの考えとは裏腹に、せっちゃんは優しく頬笑みを浮かべていた。

へ? どないしたん?


「今までそっけない態度をとってしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「……え? えぇぇっ!? そ、そんなん、全然気にしてへんよ!? あ、謝らんといて、頭上げてぇなっ!?」


せっちゃんはそう言って、深々とお辞儀をしてくれた。

ど、どないしたんやろ?

というか、ウチはどないしたらええんやろ!?

そ、そりゃあ、せっちゃんとは仲良くしたいし、向こうからそう言ってもらえたんは嬉しい。

けど、どうして急に?


「せっちゃん、急にどないしたん? もしかして、何かあったんとちゃうん?」

「はい……そのことも含めて、お嬢様とお話がしたいと思いまして。日も暮れて涼しいですし、よろしければ、ご一緒に少し外を歩きませんか?」


相変わらず笑顔を浮かべて、せっちゃんはウチにそう言うた。

ど、どないしよぉ……そ、そらウチかてせっちゃんとお話はしたいけど、もうすぐ門限になってまう。

今出て行くんは、無理なんとちゃうかな?


「え、えとな、せっちゃん、もうすぐ門限になってまうで? 良かったら、談話室とかで話さへん?」


ウチは思い切って、せっちゃんにそう提案した。

けどせっちゃんは、笑顔を浮かべたままやったけど、静かに首を横に振った。


「他の方に聞かれる訳にいかないお話ですので……門限のことなら、今日くらいなら管理人さんも大目にくれますよ」


う、うぅ……あかん、せっちゃん手強いわぁ。

ウチもちょっと、今日くらいならええかなぁ、なんて思てまうもん。

……あれ? 何やろ、変な感じ……。

何でやろ?

違和感っちゅうか、こう、モヤモヤした感じがする……。

ああ、そうやんな!!

せっちゃんが、自分から門限破ろ、なんて言うこと言い出したから、驚いてもうただけやんな。

……驚いてもうた?

ちゃう……この変な感じは、それだけとちゃう……。

確かに、せっちゃんは自分から決まりを破ろう、なんて言い出す不真面目な子とちゃう。

けど、それよりも、何やろ……今、目の前におるせっちゃんは、いつもより『薄い』気がした。

まるで、そこにおるのに、おれへんみたいな……。

せやから、ウチは思わず言ってもうた。


「……自分、せっちゃんとちゃうやんな?」

「え?」


しもた、とは思わへんかった。

だって、ウチがそう言ったら、せっちゃん一瞬驚いた顔したけど、すぐにお面みたいな無表情になってもうたから。

つまりこのせっちゃんは、自分が偽物やってことを、否定せえへんかったんや。


「誰やのん? 何でせっちゃんとそっくりな格好しとるん?」

「…………」


な、何?

せっちゃんのそっくりさんは、ウチが何を聞いても答えてくれへんかった。

まるで、ロボットみたいに、瞬きもせず、ウチのことをじぃっと見つめるばっかりで。

ウチは薄ら寒くなって、思わず後ずさってた。


「……な、何? 何やの、自分は……?」

「…………」


―――――すっ……


「っ!?」


わ、わわっ!?

ウチが一歩下がると、せっちゃんのそっくりさんは、それを追いかけるようにして右手をウチの方に伸ばして来た。

な、何やのん? 顔は、せっちゃんそっくりなのに、この人……何や、怖い……。

ウチはそこから動けんようになってもうて、けど怖いのから逃げたくて、目をぎゅって瞑った。

……だ、誰か助けてぇな!?

心の中で、そんな風に叫ぶ。

怖くて、実際に口にすることはでけへんかったから、ウチは一生懸命祈った。

……明日菜っ、せっちゃんっ!!

頼りになる友達の思い浮かべる。

そっくりさんの手は、もうすぐにウチに届きそうやった。


―――――コタ君っ!!!!


その瞬間……。


―――――ザシュッッ……


「!?」


鋭い風がウチの前を通り過ぎて、そっくりさんが息を呑んだ気配が伝わってきた。

……ホンマに? ホンマに来てくれたん……?

ウチが目を開けると、そこにはいつも通りの学ランをなびかせる、頼りになる広い背中があった。


「―――――木乃香には、指一本触れさせへん」



SIDE Konoka OUT......










影のゲートを木乃香の影に対して発動させた。

気が動転していて、自分がこれを使えることを今まで忘れてるなんてな。

まだまだ未熟ってことか……。

しかし、反省は後にしよう。

俺はすぐさまゲートを通り抜け、木乃香の前に姿を躍らせた。


「!?」


グッドタイミング俺。

ゲートの先では、今まさに、刹那のパチモンが木乃香に手を伸ばそうとしている瞬間だった。

ありふれた方法で騙された俺自身の怒り。

刹那の姿を侮辱された怒り。

そして、木乃香を危険に曝したことへの怒り。

全てを叩きこんで、俺は問答無用、奴が伸ばした右手を影斬丸で斬り飛ばした。


「木乃香には指一本触れさせへん」


木乃香を庇うように立ち、敵に剣先を突き付ける。

右腕を斬られたと言うのに、そいつの腕部、斬られた断面からは1滴の血すら零れなかった。

それどころか、斬られた右腕の方は、すぐにただの小さな紙切れに姿を変えてしまった。

……こいつ、やっぱり……。


「自分、式神の類やな?」

「…………」


刹那のパチモンは、俺の問いに答えはしなかったが、まず間違いないだろう。

そして、この式神の術師はかなり性格が悪いに違いない。

俺を騙せるほどの演技を、この式神に仕込んだのだ、時間もそれなりにかけたのだろう。

そこまでして人をおちょくる根性がまず気に入らない。

あの憎たらしい男を彷彿とさせるからな。

だからこそ、俺はこの式神が、余計に気に入らなかった。


「こ、コタ君っ!? そ、その人の手ぇっ……」

「説明は後や。安心しぃ、こいつは人間やあれへん」

「にん、げんと、ちゃう……?」


俺の背中に隠れて、木乃香が不思議そうな声を上げていたが、今はゆっくり話している場合じゃない。

この式神、完全に戦闘用ではないようだが、逃がすと必要以上にこちらの情報を敵に渡すことになる。

下手な危険を招くより、ここで還してしまっておく方が吉だろう。

そう思い、影斬丸を握る右手に力を込めた瞬間だった。


「…………っ」

「あ、コラ待てっ!!」


式神は踵を返すと、脇目も振らずに逃げ出した。

慌てて追いかけようとする俺だったが、それよりも早く。


―――――ざしゅっっ


「なぁっ!?」


式神は頭から真っ二つに切り裂かれた。


「……よりにもよって、私の姿でお嬢様をかどわかそうとするとは……万死に値しますね……」


めっさ黒いオーラを纏った刹那さんの手で……。

つか、刹那さん怖っ!?

俺に殺気が向けられている訳でもないのに、何だこの寒気!?

ま、また腕を上げたな……。

俺達に気付くと、刹那はさっきのパチモンと同じように、脇目も振らずに駆け寄って来た。


「お嬢様っ!? お怪我はありませんかっ!?」

「へっ!? う、うん、ウチは大丈夫。コタ君に助けてもろたから」


こんな状況だと言うのに、木乃香は刹那の問いにほにゃっ、とした笑みでそう答えていた。

しかし……。


「自分、どうやってここに来たんや? ついさっき電車や、って言うてたんに」


俺みたいにゲートが使える訳じゃないから、そんな簡単に駆けつけれるような距離じゃないと思うんだが。

さっきの迫力と、夕凪をきちんと所持していることから、この刹那は間違いなく本物だろうが、そのことが余計俺の疑問に拍車を掛けていた。


「小太郎さんの様子が尋常じゃありませんでしたからね。友人に頼んで、迎えに来てもらいました」

「友人……?」


ゲートが使えるような友人なんて、刹那に居ただろうか?

それこそ、全開状態のエヴァなら、その程度お安いご用だろうが……。

そう思っていると、俺の後ろにすっと現れる気配を感じた。


「長距離用転移符3枚、計600万。これは学園長にでもツケておくとしようか?」


そう言って、ニヒルな笑みを浮かべる長身に褐色の肌を持った女性。

あー……そういや学園祭編でそんなもん使ってたな……。

そこに立つのは、凄腕スナイパーこと、龍宮 真名だった。

なるほど、確かに彼女ほど頼れる助っ人もいないか。

おかげで式神を逃がさずに済んだのは行幸だった。

刹那が斬り捨てた紙片から、相手の情報が引き出せるかも知れないしな。


「な、なぁせっちゃん。これ、一体何が起こっとるん? さっきのせっちゃんのそっくりさんは何やったん?」

「え!? そ、それはその……話せば長くなるのですが……」

「話は後にした方が良いだろう。今は、彼女の安全を確保することが最優先だ」


3人がそんな会話を繰り広げているのも余所に、俺は刹那が斬り捨てた紙片へと歩み寄り、それを拾い上げた。


「っ!? この筆跡は……」


そして表情を凍りつかせる。

斬り捨てられ、真っ二つになっていはいたが、俺はその癖のある文体に、確かな見覚えがあった。

一瞬、ミミズがのたうち回ったようにしか見えない、稚拙な文字。

その下手くそな文字を、俺はこの4年半、片時も忘れたことなどなかったのだから。


『わおーん!! わおーん!!』


再び、俺の携帯が鳴った。

液晶表示を覗くと、そこには麻帆良学園と記されている。

恐らく学園長だろう。

俺はすぐに通話ボタンを押した。


『もしもし、小太郎君かの?』

「おう、そっちは学園長で間違いあれへんな?」

『うむ、刹那君に連絡を受けての。今そちらに動ける魔法先生を何人か向かわせ取るところじゃ』


春休みのように、真剣な重みのある雰囲気が、電話越しにでも伝わって来る。

本当、昼間のボケた老人と同一人物とは思えないな。


「あー……それはとりあえずもう必要あれへんわ」

『何じゃと?』

「木乃香に近づいた式神は、刹那が還した。木乃香もちゃんと保護しとる。今から回収した紙片と木乃香を連れてそっちに向かうわ」

『うむ、了解した。くれぐれも気を付けるんじゃぞ?』

「分ぁっとる。……それと爺さん、巡回中の魔法先生、生徒に連絡して欲しいことがあんねんけど』


もし、相手が俺の考えている通りの相手だとしたら、相当厄介なことになる。


『何かの?』

「ホシに遭遇したら、召還系の魔法は一切使わんこと。式神なんて持っての外や、ってな」

『……犯人に心当たりがあるようじゃの?』


さすが学園長。

俺とのやりとりで、すぐそれに思い当ったか。

しかし、心当たり、というのはいささか違うな。

何故なら、俺はこの一連の騒動の犯人に確信を持っていたから。

道理で式神の使い方がムカつくはずだ。

これは昔から、俺をからかっていたあのクソ野郎の手口ではないか。

電話越しの学園長に対して、俺は重々しく、その名を告げた。




「――――――――――ホシの名は、犬上 半蔵。……俺の、父親違いの兄貴や」




そう、俺の家族を全て奪い、俺に影斬丸を託した最悪の敵。

必ずその喉笛を食い千切ってやると誓った、俺の仇敵。

この一連の騒動は、全て奴が起こしたものに相違なかった。









[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 24時間目 金剛不壊 つくづく性格の悪い奴もいたもんだ……あれ? 人のこと言えない?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/02 23:14


「……なんと、式神殺しとな?」


学園長が、いつになく驚いた様子でそう口にした。

木乃香を連れて、俺たち三人は学園長室を訪れていた。

襲撃を警戒して、俺のゲートを使ったんだが、その時も木乃香は目を白黒させては居たものの、さほど怖がったりというか、動揺は見られなかった。

本当、物怖じしないというか、落ち着いた子だなぁ……。

学園長室についてから、まず俺たちは木乃香に魔法のこと、彼女が狙われていることを説明した。

学園長は最初、それを告げることを渋っていたものの、現状がどれだけ切迫しているか悟ったのだろう、最後には自ら彼女に魔法のことを教えていた。

刹那は、終始木乃香とあまり話さないようにしているようだった。

全く、この状況でまだ割りきれてないのかねぇ……。

普段なら、そこで何かしらのフォローを入れるのが俺の性格なのだが、今はそんな余裕など微塵もなかった。

そして今、俺は学園長に敵の……兄貴の持つ厄介な能力について説明しているところだった。


「そや。俺の一族、っちゅうか俺の居た集落の連中は代々狗神使いやってん。それが、当時15やった兄貴に全滅まで追い込まれた。その理由が兄貴の持つ式神殺しの能力や」


納屋に身を潜めて、兄貴と村の術者が闘う様子を見ていたが、アレは本当に悪夢としか言いようがなかった。

村人が使う狗神は、全て兄に触れる前に消滅するか、或いは制御そのものを兄に奪われ、使用した術者に襲い掛かっていたからな。

それに気付いた村人は、式を召喚して応戦しようとしていたが、結果は狗神と同様、消滅か制御を奪われるばかりだった。

おそらく召喚系の魔法に対しては、全て似たようなことが出来ると見て間違いないだろう。

具体的な方法や理論は分からないが、少なくとも兄貴にその能力がある以上、下手に召喚魔法を使うのは自殺行為だ。

俺の説明を受けて、学園長は得心がいったように頷いていた。


「なるほどの……これで近衛の術者が次々と倒れた理由に説明が付く。その能力は陰陽師にとっては天敵に違いないからの」

「ああ。もっとも式神殺し、ちゅうのは、俺が勝手に付けた名や。実際のところ、奴にどれだけのことが可能で、何が不可能なんかも分かれへん」


ぶっちゃけると、魔法や直接攻撃が効くかも怪しい。

ただ、そこまで来ると、ガチで魔法無効化能力臭いので、そこまではないと思う。

アレはウェスペルタティア王国の王族にしか使えない代物だ。

うちの家系に、そんな高尚な血が流れてるとは考え難いからな。


「しかしそれでも、学園結界が機能しなかったことに疑問は残ります。結界までも操れるということはないでしょうか?」


俺と学園長の話を聞きながら、刹那がそう言った。

確かに当然の疑問だろう。

学園長の話によると、刹那のパチモンが学園に侵入しているのに、学園結界は愚か警報関係も全く機能していなかったらしい。

しかしながら、俺はそのことに別段疑問を感じなかった。


「人を騙くらかすんは奴の十八番や。結界も同し要領で騙くらかしてるに違いあれへん」

「確かに、君や近衛を出し抜ける程の式神を作る男だ。結界に綻びを作る程度、造作もなくやってくれそうだな」


俺の言葉に真名がおもしろくなさそうに吐き捨てる。

その件に関しては俺もカチンと来ていた。

そもそも、あそこまで完璧に刹那を演じられる式神を作ったということは、手段はどうあれ、あのクソ野郎はこの2日間みっちりと刹那を観察していたはずだ。

つまり最初から、あの式神は木乃香を攫うことだけでなく、俺に対する挑戦の意味合いを持って作られていたに違いない。

挙句、自分の犯行を式神にペラペラ喋らせて、こっちの焦りを誘発する周到っぷり。

それに俺はまんまと嵌められたという訳だ。

……胸クソ悪いったらない。


「け、けどその人、コタ君の兄さんなんやろ? やったら、話し合いとかでけへんのん?」


全員が一様に暗い顔をしていたからだろう、木乃香はその空気を何とかしようと思ったのか、そんな提案をした。

しかしそれに対して、この場にいる全員が押し黙った。

そんな平和的な解決法が取れるなら、20年前の大戦など、起こりはしなかったと、そう思っていたから。

だから、俺は全員の気持ちを代弁すべく、こう言った。


「……出来るんやったら、俺の家族は殺されたりせぇへんかったやろうな」

「っ!? ご、ゴメン、ウチ、そんなつもりや……」

「ええねん、気にすんな。そういう優しいとこが木乃香のええとこなんやから」

「……コタ君……」


今にも泣き出しそうな木乃香の頭をぽんぽんと軽く叩いて、俺は再び学園長に向き直った。


「あの式神がやられるんも、あいつの計算のうちやったと見てええ。あれは多分俺をからかうためだけにやっとった可能性が高いからな」

「ふむ……ワシらは君の兄の手の上で踊らされているという訳か……」

「ああ。あいつの一番怖いんは、あの頭のキレやからな」


ガキの頃から、真正面から闘うことを信条としていた俺に対して、あいつはいつも裏を掻くような姑息な戦法ばかり取って人をおちょくっていたからな。

俺の今の戦闘スタイルが確立したのは、少なからず奴の影響を受けているからだ。


「敵の真意が君と木乃香、どちらに向いているかも判明しとらんしのう……全く厄介なものじゃ」

「俺の考えがあっとれば、多分両方っちゅうのが正解やろうな……で、例によって、こんなときに限って頼りになるタカミチは出張と……」

「うむ……今回はよりによって魔法世界じゃからのう、そう簡単には呼び戻せんのじゃよ……」


間が悪いとはこのことだ。

学園内の魔法先生・生徒を総動員しても、奴の裏を掻けるかどうか……。

今後奴がどんな手段に出てくるかも分からない今、俺たちに出来ることはなく、正直八方塞がりだった。


「一先ず、今木乃香を寮に戻すんは間違いなく自殺行為や」


肉食獣の檻に両手足を縛った人間(餌)を放りこむようなものだからな。


「それは当然じゃ。孫一人護れずして、何が関東魔法協会会長か」


そう言った学園長の瞳には、ギラギラとした闘志が滲んでいた。

その表情は一組織の長というよりも、むしろ一人の戦士としての威厳を感じる。

……学園最強の魔法使いって肩書きは、あながちガセでもないみたいだな、とそう思った。


「本来なら未来を担う若者を危険な目に会わせたくはないのじゃが……敵のことをもっとも良く知るのは間違いなく小太郎君じゃろう。申し訳ないが、エヴァのとき同様、今回も君の力を借りることになりそうじゃ」


申し訳なさそうに、そう言う学園長。

しかしながら、その謝罪はお門違いだ。

もとより俺は、この闘いを降りるつもりなどない。

最初から俺は、あのクソ兄貴をぶちのめすために力を磨いてきた。

あの惨劇の夜を、燃え盛る地獄のような光景を、この手で断ち切るために。

その予定が少し早まったというだけのこと。

奴の首は、必ず俺が取る。


「……これは俺とあのクソ兄貴の兄弟喧嘩や。端から他人に任せて降りる気なんてあれへん」


影斬丸の柄をぎゅっと握り締めて、俺は大きく息を吸った。


「……奴は必ず、この手で斬り伏せたる」


母の、仲間の敵を討つために。


「……よろしく頼む。刹那君に龍宮君も、申し訳ないが付きあって貰うことになるじゃろう。当てにしておるぞ?」


学園長はそう言って、俺の後ろに立つ二人を交互に見つめた。

刹那はその言葉に、ぐっと握っていた夕凪を押し出して高らかに宣言した。


「もとよりこの身は、お嬢様を護るための刀。長より頂いたこの太刀に誓って、桜咲 刹那、命を賭してお嬢様をお護りいたします」

「せっちゃん……」


そんな刹那を、木乃香はどこか切なそうな、心配そうな眼差しで見つめていた。

真名はそんな俺たちを見て、ふっと小さく笑った。


「君たちの生き方には本当に好感を覚えるよ……僭越ながら、私も力を貸すとしよう。もっとも、給料は弾んでもらうことになるがね」


そう言って、持っていたキャリーケースを掲げて見せた。

あのクソ兄貴を相手にするとあっては、十分な戦力とは程遠いかも知れない。

しかし役者は揃った。

祐奈との勝負で誓ったのだ、例え準備が万全でなくても、その時持てる全てを出し切り、俺は大切なものを護って見せると。


『人生は常に準備不足の連続だ。常に手持ちの材料で前に進む癖を付けておくがいい』


いつか、原作でエヴァの言っていた言葉が頭の中に思い浮かぶ。

ならばこの闘いに挑むことに、一抹の憂いすらない。

必ず奴を倒し、木乃香を護って見せるだけだ


「みんな……ウチのために、ゴメンな?」


意気込む俺たちに、木乃香はやはり心配そうにそう言った。

本当につくづく優しい子だと思う。

表の世界で育った彼女は、自分のために誰かが傷つくのが耐えられないのだろう。

しかしながら、今回はそうとばかり言っていられない。

彼女の命が掛っている上に、これは俺にとって母の弔い合戦だ。

決して退くことの出来ない闘いなのだから。

だが、忘れた訳ではない、刹那が涙ながらに言ったことを、エヴァが俺に、自らの後悔とともに諭した言葉を。


『―――――誰かを護ることばっかりで、一緒に闘おうとはしてくれへんっ!!』

『―――――命を捨てでも護るだと? そんなもの、護る側の勝手な理屈に過ぎん』


だから俺は、必ず生き残らなければならない。

これ以上、木乃香を、心の優しい彼女を悲しませないためにも。


「安心しぃ。俺は絶対に死なへん。大体、まだ彼女もおらんのに、こんな若い美空で死んだら、死に切れへんて」

「コタ君……」


冗談めかして言う俺に、ようやく木乃香は小さく笑みを浮かべてくれた。


「……少しは成長してくれたようですね?」


そんなやり取りをする俺たちに、刹那は満足げな笑みを浮かべて言った。

ちょっと悔しいので、俺はやっぱり意地悪な笑みを浮かべて言い返してしまうのだった。


「誰かさんが泣いて説教垂れたおかげやんな?」

「そ、そのことは言わないでください!!

「ふふっ、ホンマ二人は仲良しさんやなぁ……」

「お、お嬢様までっ!?」


木乃香にまで言われて、刹那は弱冠涙目だった。

……この分だと修学旅行編と言わず、この闘いが終わった頃には二人は和解してくれるかもしれないな。

夢見て来たその二人の姿を見るためにも、必ず俺は生きて帰らなければならない。

俺はもう一度、影斬丸の柄を強く握り締めた。

その時だった。


『じりりりりっ!!じりりりりっ!!』


「「「「「!?」」」」」


学園長の机に据え付けられた、古風な電話のベルがけたたましく鳴り響く。

もしや、兄貴が発見された?

俺はたちは固唾を呑んで、学園長が電話に出るのを見守った。

ゆっくりとそれを取り、学園長は受話器を耳に当てる。


「……もしもし? ……っ!?」


やや間を置いて、学園長の双眸が驚愕に見開かれる。

一体、何があったというんだ?

俺たちは、眉一つ動かさず、学園長の挙動を見つめていた。


「……うむ、ワシが学園長であっておるよ。……ふむ……分かった……小太郎君、君にじゃ」

「俺に?」


俺は自分を右手の人差指で指しながら、素っ頓狂な声を上げてしまった。

おもむろに学園長から受話器を受け取り、相手に向かって問いかける。


「……もしもし?」


そして、電話口の相手は、心底愉快そうに言った。



『――――――――――久しぶりやな、小太郎』







[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 25時間目 大胆不敵 木乃香って本当に良い性格してるよなぁ……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/03 16:53



受話器の向こうから響く、酷く愉快そうな声。

4年前より、低くはなっていたものの、俺がその声を聞き違える筈はなかった。

視界が真っ赤に明滅し、数年来の怒りに我を忘れそうになる。

握りしめた拳が、思わず震えた。


―――――ぎゅっ


「!?」


そんな俺の手を、木乃香が両手で優しく包みこんでくれた。

そして俺を見上げ、優しく微笑む木乃香。

大丈夫だと、そう言い聞かせるように。

おかげで、俺はいつもの冷静さを取り戻すことが出来た。


「……ああ、4年振りやな、クソ兄貴。随分派手に暴れ回ってくれたみたいやないか?」

『ありゃ? なんや、てっきり怒り狂って喚き散らすもんと思ったんに、随分あっさりしとんな? あーあ、おもろない……』


好き勝手言ってくれる。

しかしながら、木乃香が居なければ、俺は兄貴の言う通り喚き散らしていたことだろう。

俺は心の中で、改めて木乃香に感謝した。


『……まぁええわ。ところで、わいのプレゼントはどないやった? 結構良く出来とったやろ?』

「……ホンマ、つくづく人を食ったようなやっちゃなぁ……おう、ええ出来やったで? 思わず腕を斬り飛ばしたなるくらいにな」


俺の言葉に、受話器の向こうで兄貴はからからと笑った。

やはりあの式神は、俺に当てた挑戦状で間違いなかったようだ。

一しきり笑うと、兄貴は相変わらずの調子で、話を続けた。


『愉しんで貰えたようで何よりや。あ、あんま腹立てんといてな? 近衛の小娘を探しに来たら、たまたま自分を見つけて懐かしゅうなってもうてな。ちょっとからかいたくなっただけやねん』


良く言う。

どうせ全力で楽しんでいた癖に。

しかし、俺を見つけたのがたまたまということは、やはりこいつの目的は木乃香ということか?

だとしても、何故近衛の者ばかりを狙う必要が……?


「そんな下らん話するために電話してきた訳とちゃうやろ? 一体何が望みや?」

『……おお怖。そう邪険にするんとちゃうわ。わいかて感傷に浸りときくらいあんねんで?』

「嘘こけ。 ええから、さっさと答えぇ。何で近衛の者ばっか狙た?』


弱冠の苛立ちを覚えながらも、俺は努めて冷静に質問を繰り返す。

これが兄貴のいつもの策略だと分かっているからこそ、それに乗せられる訳にはいかない。


『せっかちなとこも相変わらずやなぁ……まぁええわ。近衛の呪術師を狙たんは、単に私怨や。自分とも無関係やあれへんと思うで?』

「何やと……?」


近衛家に、私怨?

しかも俺にも関係があることだと?

少なくとも、俺が生まれてから8年の間には、あの集落の一派と近衛の家には何の接点もなかったはずだ。

もっとも呪術してある以上、関西呪術協会の総本山である近衛家と親交があっても不思議ではない。

しかし、奴が私怨を感じる理由は、俺には思い当らかった。


『もっとも、それは今の自分が気にしてもしゃあないことや。考えるだけ無駄やで? 気が向いたらその内教えたるわ』

「その内、な……結局のところ、自分は何がしとうてここに来たんや?」

『ホンマつれへんなぁ……さっきも言うた通り、俺は近衛の小娘を殺すために来たんや』


穏やかじゃないことを、やはり兄貴は愉快そうに、それこそ鼻歌を口ずさむかのように言った。

冗談じゃない……そんなこと絶対にさせるものか。

苛立ちも露わに、俺は兄貴言った。


「ふぜけんなや。木乃香は絶対に殺らせへん。少しでも近付いてみぃ、その首を跳ね飛ばしたる」

『それやんなぁ。わいももっと簡単に行くかと思たんやけど、麻帆良の警備は厳しゅうてかなわんわ』


やれやれと言った風に、電話越しの兄貴が溜息をついた。

そう言いながらも、ちゃっかり学園都市に侵入している辺りさすがだと思うが。

しかし、この男に限って、八方塞がりということはないだろう。

既に俺たちの懐に潜り込む算段すら付いている可能性がある。

俺は奴の真意を探るべく、もう一度、先と同じ質問を繰り返した。


「もう一度聞くで? 何で電話なんてしてきた? もう茶番は十分やろ」

『……はっ、まぁええわ。さっきも言うた通り、麻帆良の警備を抜くんわ難しゅうてな。せやからちょっと取引でもせぇへんかな、とか思てん」

「取引?」


恐らく、何かと引き換えに木乃香を渡せ、ということなんだろう。

応じる気はさらさらないが、それを聞かないことには、対策の立てようもない。

俺は黙って兄貴が言う取引の内容を聞くことにした。


『まぁゲーム、っち置き換えてもええんやけどな。実はさっき俺のヒトガタを学園都市に5体ばら撒いてん』

「ヒトガタて、身代わりのヒトガタか? 何でそんなもんを……」


原作でも登場したあれは、術者と同じ外見を模し、その命令を遂行するというものだったはず。

しかし式の一種である以上、火や水に弱く、オマケに大量の魔力を有する訳でもない。

加えて言うなら、完全にスタンドアローンで、戦闘や情報集には全く向かない、ただの影武者にしかならない代物だ。

撹乱のために使用するにしても、保有する魔力量で簡単に真贋を看破されてしまう。

一体、何でそんなものを……。


『それにはな、ただ歩きまわれ、としか命令してへん。この話のキモは別でな、それには大量の爆符が張り付いとんねん』

「っ!? 何やとっ!?」


そんなもんが学園内を跋扈してるってのか!?

……クソッ!! やはり悠長に構えている暇はなかったか……学園結界を過信し過ぎた。

あの刹那を模した式を飛ばすのが精一杯かと思ったが、この野郎、しっかりそんな仕込みまで……。


『龍種を一発で仕留められる量の爆符や。学園都市ん中で炸裂したら、そりゃあ大惨事やろうなぁ……』


他人事のように、電話越しの兄貴がくつくつと笑った。

こいつが言っていることが事実なら、被害は甚大だ。

人的被害だって、想像を絶するレベルで出るだろう。

しかし、取引と言った以上、こちらが条件を呑めばそれを解除する手立てはあるということ。

その条件を呑む気はさらさらないが、俺はその解除方法に賭けることにした。


「……何が望みや?」

『まぁ慌てんなや。自分も知ってる通り、ヒトガタは完全にスタンドアローン。俺にも今どこにおるかなんて分かれへん。せやから爆符は時限発火式にさせてもろた』

「っ!?」

『お、驚いとるな? まぁ安心しぃ、解除する方法はきちんと用意しとる。と言うよりも、俺の魔力が届けへんかったら作動せんようになっとんねん』


それはつまり、このクソ野郎を見つけて、爆符の有効半径以上の距離に引き離す、つまり学園結界の外に放り出せば良いということか。

なるほど、木乃香を殺しても自分が捕まっては元も子もないからな。

その為の保険も兼ねていると言う訳か、反吐が出るほどに周到な奴だ。


『最初の爆符が爆発するんは、今から1時間後、その後は10分おきに1つずつや』

「……話は分かった。で? 俺らに何をさせる気なんや?」


今すぐ爆発させる気がないということは、俺たちに判断の余地を残したということ。

こいつは俺たちに、究極の選択を迫るつもりでいるのだろう。

俺はそれを確認した。


『さすがは俺の弟、話が早ぉて助かるわ。別に難しいことはあれへん、ただ、自分に近衛の小娘を連れて来て欲しいだけや』


やはり狙いは木乃香か……。


『俺は今から1時間、学園都市外れの橋で待っとったる。そこに自分1人で小娘を連れて来ぃ』


俺1人で、と来たか……。

そこに姿を見せるということは、その際にこいつを倒してしまえばいいのでは、と一瞬思ったが、すぐにその考えを掻き消した。

こいつのことだ、恐らくこちらが自分に危害を加えても、爆符が炸裂するような細工をしているに違いない。

同様に、俺以外の人間が木乃香を連れて行ったり、木乃香のヒトガタを使用しても同じ結果が待っているだろう。

学園都市の外れということは、原作でエヴァとネギが闘ったあの橋か……。


「……何が取引や、どっちに転んでも、こっちは損しかあれへんやないか」

『くくっ、そうでもないやろ? 1人の命と大勢の命、天秤にかけるまでもあれへんのとちゃうか?』


人を小馬鹿にしたような態度で、兄貴はもう一度笑った。


『そんじゃあな。……自分に会えるんを楽しみに待っとるで?』


―――――ブツッ、ツー、ツー……。


その台詞を最後に、通話は一方的に断たれた。


「……クソがっ!!」


―――――がしゃんっ


余りにも後手に回り過ぎたと、苛立ちも俺は乱暴に受話器を叩き付けた。

心配そうに見守っていた4人が、明らかに息を呑む。


「……最悪の状況になってもうたみたいやで……」


俺は、今しがた兄貴と話した内容を、全員に伝えることにした。











3分ほどで全てを話し終えて、俺たちは目下、兄貴を捕縛するための方法について議論を交わしていた。

しかしながら、どうやってもこちらに人的な損害が出そうな案しか浮かばず、正直、議論は平行線だった。


「残り1時間、いや、もう50分程か……要求を呑めば、近衛は確実に殺されるが、大勢の命は助かる……なるほど、テロリストが良く使う手だ」

「性質の悪さはそんなもんやないで? 最悪、木乃香を差し出したところで、どかん、っちゅうのも、あの兄貴なら十分にやってくれそうや」

「ふむ……全くの八方塞がりと言うわけじゃのう……」


全員の雰囲気が、再び重苦しいものへと変わっていく。

結局、残り1時間程度では、俺たちに出来ることなど殆ど残されてはいない。

あの男に侵入を許した時点で、勝敗は決していたようなものだった。


「……なぁ、やっぱりウチが行けばええんとちゃうかな?」

「なっ!? 何をおっしゃるのです、お嬢様!?」


木乃香が言い出した、信じられない提案に、刹那が慌ててそう叫んだ。

あの兄貴のことだ、木乃香ならこういう提案をするということも、十分に見越していたのだろう。

そして、残り時間が少なくなるにつれて、余裕をかいた俺たちが、渋々彼女の提案を受け入れる。

結果的に多くの命を救っても、そこに残るのは達成感ではなく敗北感と絶望。

ただ目的を遂行するばかりか、こちらの戦意を根元からへし折っていく策略。

我が兄ながら、本当に恐れ入る。

……しかし、それに屈服する訳にはいかなかった。


「我々はお嬢様をお護りするためにここに集ったのです!! それをみすみす敵の手に引き渡すなどっ!!」

「……せやけど、ウチのせいで、一杯の人が傷つくなんて、ウチは嫌や!!」

「あー……もう、自分ら落ち着けや」


喧々諤々と言い合う二人の間に、俺はすっと割って入った。


「こ、コタ君? 止めんといてぇな!! ウチ、覚悟は出来てるえ!!」

「黙れだあほっ」


―――――べしっ


「あいたぁっ!?」


俺はなおも食い下がろうとする木乃香の額を、思い切り弾いた。


「こ、こここここ小太郎さんっ!? お、お嬢様に何ということを!?」

「うっさい、自分もちょっと冷静になれや」

「うぐっ!? ……」


食ってかかろうとした刹那にも、俺は一喝くれてやった。

今は言い争っているべきときじゃない。

それに、木乃香の口にした覚悟は、とても容認できるものじゃなかった。

かつての自分が似たようなことを口にしていたかと思うと、恥ずかしくて何も言えないが。


「あーうー……コタ君酷いえー? 何でデコピンするん?」


俺に弾かれた額を擦りながら、涙目になった木乃香がそう尋ねて来た。

溜息をついて、俺は木乃香に言った。


「死ぬ覚悟なんてな、そんな簡単に決めるもんとちゃう。俺もこないだまで、今の自分みたく、死ぬなら自分一人でええ、なんて思とった」

「や、やったら、なおさら、ウチのこと止めんといてぇな!」

「最後まで人の話聞け。……確かに、それで誰かのことは護れるかもしれへん。けどな、それで自分が死んだら、遺される連中はなんて思う? 素直に感謝してくれると思うか?」

「あ……」


俺の言葉に、木乃香ははっと息を呑んで周りを見回した。

心配そうに彼女を見つめる刹那。

同じように押し黙る学園長。

何も言わないが、小さく笑みを浮かべる真名。

そして最後に、俺へと視線を戻すと、木乃香はぽつりと小さく呟いた。


「……ごめん……ウチ、皆の事考えとらんかった……」

「ま、俺もそんな感じやったし、気にすることやあれへんよ」


悲しげに俯く木乃香の頭を、さっきと同じようにぽんぽん、と叩いて俺は笑った。

どや? とでも言うように刹那に目配せすると、彼女は呆れたような苦笑いで答えてくれた。


「しかし……本当にどうしたものかのう……恐らく探査系の魔法には対策がなされておるじゃろうし……」


再び、学園長が重苦しい声でそう呟く。

確かに彼の言う通り、木乃香を引き渡す気がないというなら、現状の問題、爆符付きのヒトガタをなんとかしなくてはならないのだが……。


「敵の居場所が判明しているなら、私が狙撃すればいいんじゃないか?」


妙案とばかりに、真名がそう言う。

しかしそれも、兄は計算付くだろう。


「多分、学園結界内で奴が死んでもどかん、やと思うで? ただで死んでくれるほど、甘かない」

「む……確かに、その可能性は否定できない……やはりヒトガタを直接除去するしかないか……」


真名の言う通り、それが現実最優先とされる事項だろう。

木乃香がこちらの手に有る以上、下手に向こうも動けないはずだからな。

しかし残り時間が余りにも少な過ぎる。

約束の時間まで、残り45分を切っていた。

クソ……本当にどうすれば……。

全員の中で焦りばかりが募っていく。

そんなとき。


「そや……コタ君、やっぱウチ、コタ君のお兄さんのとこに連れてってぇな?」

「はぁ……それはさっきも言うたやろ? それは絶対に……」


再び木乃香を諭そうとした俺は、彼女の瞳を見て言葉を失った。

彼女の黒い双眸には、先程のような、諦めの色はなく、絶望にでも立ち向かえる、希望の輝きが湛えられていたのだから。


「……何や思いついたみたいやな?」

「うん……みんなの力、ウチに貸してもろてもええかな?」


見ていて頼もしくなるような、力強い笑みで、木乃香はそう言った。

……本当、ついさっきまで魔法のことなど一切知らなかったのが嘘みたいな肝の据わりようだな。

俺は彼女に感化されて、思わず浮かぶ笑みを堪えることもせずに言った。


「ええで……こっちは最初からそのつもりや」


そして、俺たちは木乃香の考えに耳を傾けるのだった。











「……そ、それは余りにも危険です!! お嬢様の身を護る者として、承服しかねます!!」


木乃香の案を聞いた途端に、刹那がそう声を上げた。

それも当然だろう。

木乃香が告げた策は、策というには余りに稚拙で、その上大胆だった。

殆どが運に任せた大博打。

しかし、刹那以外の、俺を含めた3人の反応は、全く同じだった。


「……口惜しいが、今はそれ以外の方法はなかろうの」

「ああ……ふふっ、近衛は見た目より大分思い切った性格をしているな」


学園長と真名が、木乃香の案の後押しをする。

これには、さすがの刹那も閉口せざるを得なかったようだ。

かくいう俺も、木乃香の案を呑むことが、現状における最善の策だと感じていた。

しかし、もちろんこの策はリスクも大きい。

下手を打てば木乃香は愚か、多くの学園住人が傷つくことになるだろう。

俺は今一度、木乃香にその覚悟を問うた。


「ホンマにええんか? 下手したら、火傷じゃ済まへんで?」

「うん。……大丈夫や。ウチ、みんなこと信じとるもん」


俺の言葉に、木乃香はいつものほにゃっとした笑みを浮かべて答えた。

そう言われると、こちらには言い返す言葉などない。


「お嬢様……」


刹那もようやく観念したようで、溜息を付くと、すぐにいつもの戦士然とした、凛々しい表情を浮かべた。

ならば、後は時間との勝負。

1分たりとも、俺たちは無駄にすることは出来なかった。


「すぐに動ける魔法先生、生徒全てにはワシが連絡を付けよう、諸君らはさっそく割り当てられた仕事へ取り掛かってくれ」


学園長はそう言うと、早速電話を取り出し、どこかへ連絡を取り始めた。

それを見た真名は、さっきと同じように小さく笑みを浮かべて、鞄を背負い直した。


「こんなに気持ちが昂るのは中東以来だよ……腕が鳴る。女子校エリアの東側は任せてくれ」

「うん、頼んだで、龍宮さん」

「ああ……今回は特別サービスだ。給料分以上の働きをしてみせるさ」


木乃香の言葉に、力強く答えて、真名は学園長室を後にして行った。

それを見送って、刹那が木乃香へと歩み寄る。

その表情には、木乃香に対する心配の気持ちが隠し切れていはいなかったが、それでも、すでに覚悟は決まっているようだった。


「お嬢様、くれぐれも無茶をなさらぬように……必ずや、ご期待に沿う働きをお約束します」

「うん、せっちゃんも気ぃ付けてな。帰ってきたら、いっぱい話したいこともあるんやえ?」

「……はい、必ずや」


刹那は木乃香の言葉に、幾ばくかの逡巡を経て、しかし優しい笑みでそう返事した。

すっと、今度は俺の方へと向き直り、迷いのない、凛々しい笑みを浮かべて彼女は言った。


「お嬢様のこと、よろしくお願いします」

「言われるまでもあれへんよ……自分こそ、無茶するんやないで?」

「あなたにそれを言われるようになるなんて……そっちこそ、もう春休みのようなことはゴメンですよ?」


心配そうにそう尋ねる刹那。

昼間、木乃香に言われたことを思い出して、少し胸が高鳴った。

しかし、それをおくびにも出すことはせず、俺は力強い笑みで彼女を送り出した。


「当たり前や。約束したからな、千の呪文の男より強なるて。それまでは死ぬ訳にはいかへんよ」

「……信じています。……では、私は女子校エリアの西側に。みなさん御武運を」


俺の言葉に満足げに微笑むと、そう言い残して刹那は真名と同様、学園長室を飛び出して行った。

その後ろ姿を、今度は木乃香が心配そうに見送っていた。

俺は何の気なしに、彼女の頭にぽんと手を置く。

不思議そうに俺のことを見上げる木乃香だったが、すぐに先程のように力強い笑みを浮かべた。


「……大丈夫。みんなのこと信じるって決めたもんな」

「その意気や。そんじゃ、俺らも行くとしよか? ……憎たらしい、あのクソ野郎の面を拝みに」

「……うん!!」


俺の言葉に、木乃香は真剣な表情で、しっかりと頷いた。

学園長に一瞥くれると、彼は一端受話器を置いて、真剣な眼差しで俺たちに告げた。


「……今回ばかりは、ワシもすぐここを離れることになるじゃろう……木乃香のことを護ってやってくれ」

「……当然!!」


俺はいつものような、獣染みた凶暴な笑みを浮かべて言った。

さて……それじゃ、行くとしますかね。

俺は木乃香を連れて、学園長室を後にした。


―――――兄貴の待つ、橋を目指して。







[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 26時間目 背水之陣 ……くくっ、今宵も影斬丸は血に飢えてお(ry
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/04 23:37



橋へと続く道を、俺は木乃香と二人、ゆっくりと歩いていた。

季節柄、蒸し暑いはずなのに、日が暮れた今は風が涼しく、それが心地良かった。

本来ならば、こんなにゆっくりとしている場合ではないのだろうが、約束の1時間までに残り20分もある。

ゲートを使うと一瞬で付く距離を、俺はわざわざ手前でゲートを開き、こうして木乃香と歩くことにした。

とは言ったものの、俺は後ろに残して来た仲間たちの事が気がかりで、さっきからちらちらと振り返っていたりする。

これじゃ、木乃香にデカいこと言えないなぁ……。

かくいう木乃香は、こん、こん、と道端で見つけた小石を蹴飛ばしながら、楽しそうに俺の隣を歩いていた。

まるで、この大勝負が、自分たちの勝利だと信じて疑わないように。

やっぱり、彼女は俺が思っていた以上に強い、とそう感じずにはいられなかった。


―――――こんっ、こんっ、からんっ


「あ、落っこちてもうた」


ふと、木乃香が足を止めた。

しばらくそうして、溝に落ちてしまった小石を、残念そうに眺めていたが、すぐに顔を上げると、ま、しゃあないな、と楽しげに笑った。

そんな彼女の様子に、俺も自分が置かれた状況を忘れて苦笑いを浮かべずに居られなかった。


「なぁなぁ、コタ君? ちょっと聞いても良え?」

「何や?」


立ち止まっていた木乃香が、不意に俺を振り返ってそう言った。

まだ時間はある。

俺たちの役目は、出来るだけの時間を稼ぐことだ。

そう考えれば、ここで彼女と2、3会話を交わすことに、何の問題もないだろう。


「うーん、ホンマは、聞いてええことやないと思うんやけど……コタ君て、お兄さんと昔から仲が悪かったん?」


予想だにしていなかった彼女の問いに、俺は一瞬、どう答えたものかと逡巡した。

思い返されるのは、山奥の静かな村の光景。

めったに人里との関わりもなく、農業や畜産、ときには狩りまでして、自給自足の生活を送っていた、幼少時代。

その中で真っ先に思い出されるのは、仕事で家を空けることが多かった母の代わりに、いつも俺の面倒を見てくれていた、年の離れた兄とのやり取りだった。










『兄貴、隣のじっちゃんが猪の肉持って来てくれたで』


俺は、今しがた受け取ったばかりの荷物を掲げて、満面の笑みで兄貴にそう言った。

そんな俺に、兄貴も符を作っていた手を止めて、嬉しそうに小さく笑った。

集落の中でも高位の術者だった母は、対外からの依頼で、村を留守にすることが多かった。

そのせいもあって、俺たち兄弟は、近所の大人から良く目を掛けてもらっていた。

俺と7つ違いの兄は、とても器用で、人当たりも良く、近所の大人たちの間でも評判が良かった。

もっとも、俺との稽古においては、既に性格の悪さが際立っていて、ブービートラップや伏兵なんてものは日常茶飯事。

兄弟喧嘩でも俺が勝てた試しはなかった。

また、兄貴は符術や狗神使いとしての資質も群を抜いていて、母の跡取りとして、その将来を切望されていた。

俺はその前衛として、いつか兄貴とともに戦場を駆けることを、信じて疑わかった。

兄貴は筆を置いて立ち上がると、俺のところまできて荷物を受け取り、ぽんぽん、と手の中でその荷物を上下に振った。


『……結構あるなぁ。今日は母ちゃんも帰る言うてたし、久しぶりにぼたん鍋でもするか?』

『マジでか!!』


ガキの頃から食い意地の張っていた俺は、夕食が肉料理だと聞いて目を輝かせていた。

そんな俺に苦笑いを浮かべて、兄貴は俺の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。


『そん代わり、今日の稽古はいつもより厳しくいくで?』

『うそん!? もう式神に爆符貼り付けんのは勘弁やで!?』


当時直接攻撃しか使えなかった俺にとって、式神による神風特攻は対処のしようがない最悪の戦法だった。


『だあほ。実践じゃあ、敵はそんな甘いこと言うてくれへんで?』

『……いや、兄貴ほど性格歪んでんのは、そうそうおらへんと思うで?』


原作知識を頼りにしても、そこまで姑息な戦法使ってた敵キャラはいなかったと思う。


『……ほう、良え度胸やな?』

『ひはははっ!? は、はひふんへんっ!?』


兄貴は生意気に口答えした俺の頬を思いっきりつねっていた。

ちょっと生意気な口を聞くと、兄貴はいつもこうやって俺の頬をつねり上げた。

対していたくはないが、後でちょっと頬が赤くなるので虫歯みたいで恥ずくて、俺はそれが嫌いだった。

涙目になる俺を見て、兄貴は楽しそうに笑っていた。

いつまでも、こんな風な日常が続くと思っていた。

底意地の悪い兄貴と、滅多に帰らないが優しい母親、神のきまぐれが俺にくれた第2の人生は、俺にかけがえのない絆をくれたと、そう思っていた。



―――――あの、惨劇の夜までは。



兄貴の15の誕生日だった日の夜、それは怒った。

焼け落ちていく故郷。

響き渡る断末魔の叫び。

母に匿われた納屋の中で、俺は村人たちが一方的に虐殺されていくのを、ただ見ていることしか出来なかった。

天才と称された兄の実力は、その評価に相応しく、圧倒的だった。

ただ、それを加味しても奇妙な点の残る技術に、俺は空恐ろしさを感じていた。

最後に兄貴の前に立ちはだかったのは、他でもない、俺たちの母だった。

その時、母と兄が交わしていた会話。

風と木が焼ける音に遮られながらも、俺はそれに必死で耳をそばだてた。


『……ようも10年間、わいをたばかり続けてくれたな?』

『……そうやね。これはウチらのエゴが招いた結果かも知れん』


普段めったに感情を露わにしない兄貴が、明らかな怒りの感情を込めてそう言った。

対して、母もそれが当然のものだというように、諦めたような受け答えをしていた。

10年間? 俺が生まれるより以前に、兄貴に何かあったというのだろうか?


『……開き直りおって、贖罪のつもりやったとでも言うんかい?』

『…………』

『だんまりか……まぁええわ。どの道、あんたとあのガキで最後や、母子仲良く往生しぃ』


兄貴の右手が高々と上げられる。

そこには、信じがたい量の魔力が、禍々しさと圧倒的な破壊力を持って収束していた。


『母ちゃんっ!?』


思わず、俺は納屋から飛び出していた。

しかし既に全ては遅く、兄貴の右手は、母の胸を深々と貫いていく瞬間だった。


『…には……んよ……』

『……何やて?』


最期の瞬間に、母は、兄に何かを伝えたようだったが、それは俺に届くことはなかった。










「…………」

「……コタ君?」


俺が黙り込んでいたせいだろう、木乃香が心配そうな、申し訳なさそうな表情でこちらを見上げていた。


「……スマン、ちょっと昔ん事思い出してた。……そうやな、あいつが裏切るまでは、そりゃ仲の良え兄弟やったと思うで? 俺は兄貴の事を尊敬すらしてた」


過去の思い出を語りながら、俺は不思議な感情に捉われていた。

未練、とでも言うのだろうか。

戻れるはずがないのに、あの楽しかった山奥の生活を懐かしいと感じてしまうのは。

ともすれば、昔のように優しかった兄に戻ってくれるのではないかと、そう思ってしまう自分が居る。

奴は……母を、仲間たちを殺した、憎き仇敵だと言うのに。

俺の言葉に、木乃香は切なそうな表情を浮かべていた。


「……ほんなら、何でコタ君のお兄さんは、そんなことしたんやろ?」

「さぁな。俺が生まれるより前に、お袋と兄貴の間で何かあったんは間違いないやろうけど……」


今となっては、それを知るのはあのクソ兄貴だけ。

そして、あの兄貴がそんな簡単に口を割ってくれるとは思えなかった。

実質、真相は闇の中という訳だ。


「……やっぱり、コタ君はお兄さんのこと、殺したいと思てる?」


先程と同じ、どこか悲しそうな、切なそうな表情で、木乃香は俺にそう問いかけた。

俺は今の自分がどう考えているか、改めて逡巡する。

目の前で母を殺されたとき、その時に、明確に俺の中に芽生えた業火のような激情。

それは、否定しようの無い、明確な殺意だった。

そしてそれは、護るための力が欲しいと願った今もなお、俺の心のどこかで、燻り続けている。


「……そりゃあ、な。あいつはお袋達の敵やさかい。ちょっと前まで、見つけたら刺し違えてでも殺したる思てたわ」

「じゃあ、今はどうなん?」


俺の物言いが引っかかったのか、木乃香は不思議そうに、もう一度訪ねた。

その表情は、どこか一抹の希望を見つけたかのような、そんな表情だった。

……ああ、そうか。

先程から彼女が浮かべていた、切なそうな表情の正体はこれか。

心の優しい彼女は、俺が残された最後の肉親、仇敵である兄をこの手に掛けることを、そして、手に掛けることで、文字通り俺が天涯孤独となることを恐れているのだろう。

だから、兄との闘いに挑む今この時に、彼女はそんなことを問いかけたのだろう。

俺の真意を知るために、俺を修羅道に堕さぬために。

溜息をついて、俺は苦笑いを浮かべると、学園長室でそうしたように、そして兄が、いつか俺にそうしてくれたように、木乃香の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。


「あのクソ兄貴は、きっと俺に情けなんてかけへん。確実に息の根を止めるつもりでかかって来るやろう。こっちも殺る気がなかったら、殺られるだけや」

「っ!? せ、せやけど……そんなの悲しすぎるやん……」


そう言った木乃香は、今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情を浮かべていた。

そんな心優しい少女を、俺はこれ以上悲しませたくはなくて、彼女の頭に置いた手で、その頭をくしゃくしゃ、と撫でつけた。


「……コタ君?」

「……俺が殺してやらんと、あいつはもっと多くの命を奪ってまう。それを止めるんは、他の誰かに押し付けて良えこととちゃう」

「っっ……」


俺の言葉に、木乃香は唇を噛んで、鳴いてしまいそうなのを堪えていた。

それを知った上で、俺は言葉を続ける。

己の決意が、彼女に伝わると信じて。


「……昔俺の知り合いがな、こんなこと言うてん『一歩を踏み出した者が、無傷でいられると思うなよ?』ってな」


正解に言えば、その時はまだ俺たちは知り合いではなかったし、こちらの彼女はまだその言葉を口にはしていない。

それでも、この言葉こそが、今の俺と、木乃香に必要なものだと、そう感じてならなかった。

うわ言のように、木乃香はこの言葉を繰り返して、不思議そうに俺にその意味を問うた。


「……どういう意味なん?」

「……『キレイであろうとするな、他者を傷つけ、自らも傷つき、泥にまみれても尚、前へと進む者であれ』……俺も奴も、譲れんモンがあって、互いに一歩を踏み出してもうた。今更後には引けん……例え互いが、互いの血に濡れても、な……」

「…………」


そうだ、善悪も正も誤もない。

道を違えてしまった以上、俺たちはただ、己が信念を貫くために闘わざるを得ない。

経て来た道程は違えど、俺たち兄弟は、あの燃え盛る夜に捉われている。

そこから踏み出すために、傷つくことを、傷つけることを躊躇うことなど出来ない。

だが、それでも俺には、譲ることが出来ない、もう一つの決意がある。


「……けど俺は、独りになる訳とはちゃうで?」

「……え?」


俺の言葉に木乃香は、心底驚いたように、目を白黒させていた。

かつて刹那と、強くなることを誓った時と同じ力強い笑みを浮かべて、俺は宣言した。


「……俺にはまだ、仲間がおる。泣きながら説教垂れてくれる幼馴染が、喧嘩っ早くてオジン趣味な女友達が、厚顔不遜でわがまま全開の吸血鬼が……んでもって、人のこと心配して、泣きそうになっとる女の子が、な」

「あ……」

「俺は自分らと、前に進むために闘いに行く。……心配せんでも、どこかに行ってもうたりせえへんよ?」


俺の決意を、今一度聞いて、木乃香はようやく、いつものようなほにゃっとした笑みを浮かべてくれた。


「……うんっ!! ウチ、みんなのこと信じてるて言うたもん。コタ君のことも信じたらんとな?」

「そういうこと。……何や、分かっとるやないかい?」


そう、エヴァが刹那が教えてくれたように、俺は決して独りなんかじゃない。

ともに進む仲間が、背を押してくれる友たちがいる。

兄を斃すのは、過去を清算するためじゃない。

過去を断ち切り、奴の業、それすらを背負って、前へと進むためだ。


「……あーあ、あかんわ、やっぱり……ウチ、せっちゃんに後で謝らなあかん」

「は? 何か刹那にしたんか?」


不意にそんなことを言い始めた木乃香に、俺はそう問いかけた。

木乃香は、悪戯っぽく微笑むと、右手の人差し指を口元に当てて、口ずさむように言った。


「……今はまだ、ヒミツや♪」

「何じゃそら……」


女ってのは、本当難しい生き物だと思う。

ふと、木乃香が真剣な表情を浮かべ、腕もとの時計を見た。


「……時間、やな」


釣られて、俺も携帯のディスプレイを確認する。

約束の時間まで、気が付くと残り5分を切っていた。


「ああ……そろそろ、行くで?」


これから、間違いなく自分が一番危険に曝されるというのに、木乃香はそれを微塵も感じていないかのような、力強い笑みを浮かべた。


「うん……みんな、頑張ってくれとるんや、ウチも頑張らんとな」


見てるこっちが頼もしく感じるほど、力強い笑みを。

それに答えるように、俺ももう一度、同じ笑みを浮かべる。


「ほな行くで。覚悟は良えか?」

「うん。もちろん……ちゃんと帰ってくる覚悟やんな?」


木乃香は、当然やろ? とでも言いたげに俺を見上げた。

しっかりと頷いて、俺は自身の影に手を付いた。

決戦の場へと、彼女を運ぶために。











橋の学園側にゲートを開いて、俺たちは月明かりに浮かぶ、巨大な橋を眺めた。

普段街灯が煌々と燈っているはずの橋は、今夜に限って、一切の電飾がその灯を消していた。

恐らく兄の手によるものだろう。俺は別段、それを不思議だとは思わなかった。


「コタ君、あそこっ!?」


慌てた声で、木乃香が指さすのは、橋の対岸。

そこには、月明かりに照らされた、一つの人影が、悠然とその青白い光を見上げていた。

宵闇に溶け込むような、漆黒の髪。

狐のように細く、切れ長な双眸。

記憶よりも幾ばくか背は高く、しなやかな強さを感じさせる体躯。

そして髪と同色の、黒いYシャツとジーンズに身を包んだその男は、紛れもなく今回の黒幕。

犬上 半蔵に相違なかった。

俺たちが現れたことに気が付くと、奴はゆっくりと視線をこちらに移し、橋に向かって数歩、その足を踏み出した。


「よぉ。こうして直接会うんも4年振りか? あんなちっこかった自分がこんなに大きくなるなんてな。ちっとばかし感動したわ」


兄貴はまるで、旧知の友人にでも会ったような気軽さで、そう言った。

俺も奴同様に、何気ない風を装って、それに答える。


「おかげ様でな。自分の鍛え方が良かったおかげで、そっちの腕も大分上がったで?」

「そりゃ重畳……約束通り、近衛の小娘を連れて来たみたいやな?」


俺の隣に立つ木乃香に視線を移して、奴は悪戯が成功した子どものように笑った。

自分の策略通りにこちらが動いていると、そう確信して。

だから俺も、それを演じて、やりとりに答えた。


「ああ、これで満足やろ? もう時間があれへん、爆符の作動を解除してくれや」

「まぁ、そういう約束やったしな。……ほれ、これで5体の爆符は作動せえへん。つっても妙なことは考えるんとちゃうで? 爆発させるんはいつでも出来るからな」


兄はぱちん、と指を鳴らし、愉しげにそう言った。

よし、一先ず一つ目の山は越えた。

これで時間が来ても、爆符が作動しないことに奴が疑問を抱くことはない。

あとは少しでも、1分でも多く、ここに奴を引き止めなければ。

俺は、兼ねてからの算段通り、兄にこんなことを尋ねた。


「……自分の言うた通りにしたんや。1つくらい質問させてくれても良えやろ?」

「……まぁ、良えやろ。今は気分が良えからな、1つくらいなら、何でも答えたるで?」


喰いついた。

本当は、こいつに聞きたいことは1つや2つじゃ済まないところだが。

今は、さっき奴が俺に言った言葉が、一番引っかかっていた。


「さっき言うとった、近衛家に対する私怨て何のことや? 俺にも無関係やあれへん言うとったけど……」


その質問に、兄は意外そうな表情をした。

もっと別の質問を、俺が投げかけると、そう思っていたように。

しかしながら、兄はその質問にすぐに答えた。


「まぁ安心しぃ。自分には、直接関係はあれへんよ。良ぉある話やで? 近衛の連中はな……わいの家族を殺してん」

「はぁっ!? 何ふざけたことほざいてんねんっ!? お袋を殺したんは、間違いなく自分やったやないか!?」


はっきりと、抑揚のある声でそう告げた兄貴に、俺は思わず叫んでいた。

どういうことだ?

俺の記憶が改竄されている?

だとしてもどうして?

それに、原作からの様子を見ても、長がそんなことをするとは思えない。

奴が、俺を惑わせようと嘘をついている?

いや、だったら、今まで俺の前に姿を現さなかった意味が全く不明だ。

俺は奴の真意を、奴が言ったことの真贋を測りかねていた。

相変わらずの様子で、兄貴がくつくつと、喉を鳴らした。


「予想通りの反応や。やっぱおもろいなぁ自分。心配せんでも、自分の言うてることは合うとるよ。あの狗神使いの一派を全滅させたんは、わいで間違いあれへん」

「……何や、自分お得意の下らん嘘八百かいな?」

「いんや……近衛家がわいの家族を殺したんは紛れもない事実や。嘘やあれへん」


呆れたように言った俺に、兄は真剣な表情でそう返した。

なおさら、俺は意味が分からなくなって、もう一度訪ねていた。


「どういう意味や? 全く話が見えへんで?」

「……質問は1つだけの約束や。今の話が分からんなら、自分はまだそこまでの男っちゅうことや……さぁ、小娘をこっちによこしぃ」

「っ……」


思ったよりも時間を稼げなかったか……。

学園長からの知らせは、まだ届かない。

くっ……何とかして時間を稼がないと……。

しかし焦れば焦るほど、良い考えは俺の中に浮かんでこなかった。


―――――すっ……


苦悶に表情を歪める俺の前にふと木乃香が歩み出た。


「大丈夫や、コタ君。ウチに任せといて……」

「木乃香……」


俺に首だけで振り向いた木乃香は、いつもと同じ、ほにゃっ、とした笑みを浮かべてそう言った。

だから俺は、それ以上何も言えず、黙って彼女の背中を見送った。


「そうや。そのまま橋のこっち側まで一人で歩いて来ぃ」

「…………」


楽しそうに木乃香を促す兄貴。

それに一瞥くれることもせずに、木乃香は黙って歩み続ける。

一歩一歩を、強く踏みしめて。

……くそっ!? まだなのかっ!?

俺は、今すぐにでも、木乃香と兄の間に割って入りたくなる衝動を必死で押さえながら、その瞬間を切望していた。

ふと、木乃香がその歩みを止めた。

兄貴が、訝しげにその表情を伺っているが、彼女の真意は読みとれない様子だった。

俺の方からも、彼女の表情は伺えず、彼女が何を考えているのか、図り知ることは出来なかった。


「……ええと、コタ君のお兄さん? ウチからも1つ質問しても良えですか?」


まるで、緊張感の無い声で、急にそんなことを言い出す木乃香。

俺の方は余りの驚きで口から心臓が飛び出るかと思ったが、逆に兄貴は、彼女のそんな様子に声を上げて笑っていた。


「はははっ!! ……い、今から死ぬいうんに、肝の据わった娘さんやなぁ……ふぅ、良えで。ただし、小太郎と同しで1つだけやけどな」

「おおきに。ええとな、ウチを殺したら、その後はどないするつもりなん?」


あっけらかんと、自分を殺そうとしている相手に、そんなことを質問する木乃香。

こっちはさっきから冷や汗と妙な悪寒が止まらねぇっての!?

……頼むっ!! 急いでくれ学園長!!

木乃香の質問に対して、兄貴は顎に手を当てて、どうしたものかと思案している様子だった。

しかしすぐにそれも終わり、木乃香に向き直った兄貴は、やはり歌うように楽しげにこう告げた。


「しばらくは力を付けるために身を潜める予定やけど……せやな、最終的には、自分のお父んを殺すつもりやで」


親子3人、あの世で再会させたるなんて気が利いとるやろ? と兄貴はもう一度、声を上げて笑った。

そんな兄貴の答えに、木乃香は大きく息を吸って、やたらはっきりとした声でこう答えた。


「……せやったら、やっぱり自分はコタ君にここで斃して貰わなあかん。優しかった自分に、もうこれ以上、誰かを傷つけたりさせとうないもん!!」

「……何やと? 随分生意気な口を聞くやないか、小娘?」


兄の目が、すっと細められる。

……っマズいっ!?

俺は最早学園長の知らせを待つことを放棄して、影斬丸の柄に手を掛けた。

ちょうどその瞬間だった。


―――――ひゅ~~~~~っ……ぱんっ


「……何や? 狼煙?」


学園都市の方角から、一筋の閃光が打ち上がる。

闇夜を切り裂いて上昇するその輝きは、まるで希望の輝きそのものようだというように……。


―――――緑の輝きを灯していた。


「……グッドタイミングやで、学園長」


俺は口元に浮かぶ、獣染みた笑みを隠そうともせず、今度は躊躇なく、木乃香の前へとその身を躍らせていた。

突如、自分と木乃香の間に割って入った俺に、兄は訝しげに目を細めていた。


「……どういうつもりや? それに今の狼煙、自分ら何ぞ企んどるな?」


焦った様子は微塵も見せないものの、そう問いかける兄貴の様子からは、自身のシナリオが崩れ始めたことへの苛立ちが感じられた。

それが可笑しくて可笑しくて、俺は更に唇の端を釣り上げて、自らに纏う闘気の密度を増していた。


「人聞きが悪いで? はかりごとは自分の専売特許、こっちはそれを正面から叩き潰したっただけやないか?」

「……何?」


俺の言葉に、兄貴の表情は更に疑問の色を濃ゆくした。

今、全ての風は、俺たちへの追い風となっている。

ならば今、この時を持って、俺たち兄弟の因縁を断ち切る好機は、在りはしない。

俺は迷いなく、影斬丸を鞘から解き放った。


―――――ごぉっ……


「きゃうっ!?」


漆黒の風が暴風となって爆ぜる。

突風に木乃香が可愛らしい悲鳴を上げていたが、俺はそれに詫びることもせず、兄から木乃香を隠す様に立ち、影斬丸を高々と掲げた。




「―――――――――行くで、クソ兄貴。約束通りその喉笛……俺が喰い千切ったる!!!!」






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 27時間目 狂瀾怒涛 頭によぎったのは、某狂戦士さんの姿でした……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2010/11/06 16:10




―――――30分前、麻帆良教職員宿舎前。


「……ふぅ、一先ずこれで安心かな?」


ただの紙片に戻ったヒトガタと、湿気て使い物にならなくなった爆符を確認して、僕はそう呟いていた。

全く、学園長も無茶な注文を付けてくれる。

30分足らずで、居場所も特定出来ないヒトガタを見つけ出して、爆符が作動しないよう水をかけろだなんて……

しかも攻性魔法の使用は厳禁と来た。

とても正気の沙汰とは思えない任務だった。

まぁしかし……。


「可愛い娘の、その友達の命が懸かってると聞いちゃあ、父親として黙っていられないけどね」


さて、残るは4体のヒトガタと、それを操る敵。

学園長の話だと、今回、敵と対峙しているのは、またもあの少年とのことだった。

少々、彼に負担を掛け過ぎているようにも感じたが、彼なら喜び勇んで、最前線へと飛び出して行きそうだと思い、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「……負けるんじゃないぞ、小太郎君」


僕は静かに笑みを浮かべて、残りのヒトガタが、無事発見されるのを祈った。










―――――27分前、麻帆良学園、高等部女子寮前。


「凄い量の爆符……これを仕掛けた人間は、本当に正気だったのでしょうか?」


私は紙片に戻ったヒトガタと、それとともに散乱した爆符を見て驚きを隠せませんでした。

学園長から、龍種を一撃で屠れるほどの量とは聞いていましたけど……まさかここまでの量なんて。

そんな狂気に侵されたような人間を相手に、小太郎さんは一人で対峙している……。

以前、西の刺客が差し向けた妖怪と対峙した時も、彼は瀕死の重傷を負ったとのことでした。

そんな彼だから、きっと今回も自身の危険を顧みずに無茶をするのではないかと、私は湧き上がる不安を抑えられませんでした。


「……学園長の知らせを待っているなんて、とてもじゃないけど出来ません!!」


確か、彼が向かったのは、学園外れの橋でしたね……。

待っていてください、小太郎さん。

前回のように、あなたを一人で戦場に送ることなんて、私が許しません。

私は呪文を唱え、影の人形に跨ると、脇目も振らずに、彼が戦っているという橋へと飛び立ちました。










―――――21分前、麻帆良男子校エリア、中等部男子寮前。


「……全爆符の効力消失を確認しました。ご指示を」

「うむ、ご苦労だった。早いとこジジィに報告してやれ」

「イエス、マスター」


……全く、何故私がこんなことを……。

そう思わなくもなかったが、よくよく考えると、あの駄犬には、春休みに借りが一つあったこと思い出した。

ここらで、それを清算しておくのも良いかもしれないな……。

それに今夜は満月だ。

制限は大いにあったが、いつもより幾らかマシに暴れ回ることが出来る。

それを思うと、思わず口元に笑みが浮かんだ。


「マスター、学園長への報告、終了いたしました」

「ご苦労。さて、もう一つ仕事だ、あの駄犬の居場所を検索してくれ」

「駄犬……小太郎さんのことと推察し、検索を開始します。よろしいですか?」

「それで構わん。くくっ、あの未熟者にどう泡を吹かせてやろうか……」


駄犬の居場所を探るパートナーを尻目に、私はこれから起こるであろう戦いに胸を躍らせるのだった。










―――――8分前、女子校エリア、ウルスラ女学園校舎。


「……やれやれ、私の魔眼から逃げられると思ったのか?」


水浸しになった紙片と、爆符の束を見つめて、私は笑みを浮かべて言い捨てた。

小癪にも、私の視線に気づいたこのヒトガタは、私を撒くために、この女子校校舎まで逃げてきた。

攻性魔術の使用は禁じられていたため、転移符を再び使用することになってしまったが……後でこれも学園長にツケておこう。


「しかし、思った以上に時間がかかってしまったな。私が4番手とは……」


近衛に大口を叩いてしまった手前、ここでこの戦闘を降りるのは後味が悪い。

さて、どうしたものか……。


「……仕方ない、今夜は特別サービスだ。もう少しだけ、この戦いに付き合うことにしよう」


私は銃器の入ったキャリーケースを背負い直し、彼らが向かったという橋を目指して移動を開始した。

さて……絶好の狙撃ポイントは、どこだろうな?

そんなことを、ぼんやりと考えながら……。










―――――2分前、世界樹広場。


「よもやこのワシが最後の一人とは……やれやれ、歳は取りたくないものじゃのう」


ただの灰と化したヒトガタと爆符を眺めながら、ワシは一人ごちた。

時間になっても、学園都市郊外から大きな魔力の乱れは感じられとらん。

おそらくは、小太郎君が上手くやってくれているのじゃろう。

全く、若い世代に任せてばかりでは、長老としての立つ瀬がないわい。

……しかし今回のこの件は別じゃ。

これは、紛れもなく彼の背負うべき業。

彼が前へと進み続けるために、いつか必ず断ち切らなければならない過去の因縁。

ならばワシらに出来ることは、その背中を、思い切って押し出してやることだけじゃろうて。


「……さて、喧嘩っ早い彼のことじゃ。そろそろ痺れ切らしとるところじゃろう」


にやり、と年甲斐もない笑みを浮かべて、ワシは杖を頭上へと翳した。

杖先から迸るのは、開戦を告げる緑の光。


「……待たせたのう。……存分に闘うがいい、小太郎君!!」


若い世代の門出を祝すように、緑光が燦然と瞬いた。










―――――現在、麻帆良学園都市郊外、大橋。


「爆符が作動せぇへん……? まさか……この1時間で、攻性魔法もなしに、5体のヒトガタ全部を還したっちゅうんか?」


驚きも露わに、兄貴がそう呟いた。

無理もないだろう、広大な学園都市だ。

一度そこに無作為に歩き回るよう放った式が、そう簡単に発見されることなんて、まず有り得ない。

しかしその常識を、俺たちは覆さざるを得なかった。

そこで木乃香が提案したのは、2つの突拍子もない策だった。

1つ目は、俺と木乃香の二人が橋におもむき、1分でも長く時間を稼ぐというものだった。

兄貴は、会話の端々で相手をおちょくることを得意としている。

こちらから質問を投げ掛ければ、喜んでそれに応じ、こちらの神経を逆撫でしようとするだろう。

俺たちは、それを逆手に取ることにした。

2つ目は、現在麻帆良にいる、魔法先生・生徒によるローラー作戦。

30分ちょっとの時間で、全てのヒトガタと爆符を無力化するという、机上の空論としか思えない無茶な作戦。

しかしそれを成功させる以外に、この兄を止める手立てがないこともまた事実だった。

全ての魔法先生・生徒を総動員したこの作戦。

普段は黙して報告を待つだけの学園長までもが現場で捜索を行った。

そしてその結果、この大博打に勝利したのは、間違いなく俺たちだった。

時間内に処理できたヒトガタが2体以下だった場合は、赤の閃光が。

3もしくは4体だった場合は、黄色の閃光が。

5体全てが処理された場合には、緑色の閃光が、それぞれ打ち上がる手筈となっていた。

今しがた、打ち上がった閃光は、見紛うことなき、緑光。

それは即ち、俺にとっての後塵の憂い、全てが薙ぎ払われたことを示す輝きだった。

自身のシナリオが崩されたことでたじろぐ兄を、俺はまっすぐに見据えてこう吠えた。


「ヒトガタがスタンドアローンやったのが災いしたな? 自分が異変を察知出来たら、こうは上手くいけへんかったと思うで?」


そう、この男は見縊っていたのだ。

俺の、俺たちの……麻帆良の底力を。

時期に、散り散りになっていた、魔法先生・生徒たちがここに集まってくるだろう。

そうなれば、クソ兄貴には、一片の勝ち目すら残されていなかった。


「……なるほどな。さっきの会話は、わいをここに釘付けるための芝居やったっちゅう訳か……えらい頭が回るようになったやんけ?」


別段悔しさを感じさせることもなく、兄貴が俺を見て唇を釣り上げた。

……何だ? この違和感は?

間違いなく、追い詰められているの奴だというのに、まるで、一種の余裕すら感じさせる奴の表情は……。

しかし、俺はその奴の口上に、雰囲気に、呑まれるわけにはいかない。

きっ、と眼光を鋭くし、俺は今一度、兄貴に問い掛けた。


「今更、観念しろとは言わへん。自分はここで、俺が斬る。異論あれへんな?」

「……くくっ、はっ、ははははははははははっ!!!!」

「!?」


突然、兄は顔を右手で覆うと、気でも狂ったかのように声を上げて哂った。

それすらも、俺を油断させるポーズだという可能性がある。

俺は背後にいる木乃香を庇うように立ちながら、全神経を兄貴の一挙手一投足に集中させた。

一しきり哂うと、兄はだらん、と両手を下へ投げ出した。


「……デカい口叩くようになったやんけ? 自分らを少し見縊っとたわ……けどな、わいのことも見縊ってもらっちゃあ困るで?」

「……何やて?」


奴は薄い笑みで唇を歪ませると、すっと、ズボンのポケットから一枚の符を取り出した。

思わず、身構えてしまう俺。

それも当然だろう。

奴が取り出した符は、漆黒の紙片に、血でしたためたとしか思えない、深紅の文字が綴られていた。

そして、外見だけでも禍々しいその符は、それに見合うだけの圧倒的な魔力を放っていたのだから。


「教えたはずやで? 自分の勝利を確信する瞬間が、一番危険な瞬間やて……わいがまさか、何の保険もなしに、敵に姿を曝す思たんかいな?」

「……いんや。けどな、それも全部含めて、俺は自分を切り伏せるつもりで、ここに来たんや。今更蛇が飛び出そうが驚けへん」


そう、全てを正面から叩き斬る強さを、俺はあの妖怪に、そして木乃香に学んだのだ。

兄貴がどんな策を弄そうが、そんなことは関係ない。

俺はこの太刀で、それごと兄貴を叩き斬るだけだ。

まるで衰えない俺の気勢と闘志に、兄は面白くなさそうに目を細めた。


「……腹立つなぁ、自分もあの男と同じ目ぇをしよる……自分はここで殺さんといたろ思たけど、止めや。……小娘と仲良ぉ、あの世へ逝って来い」


兄はその言葉とともに、頭上高く、手にした符を投げ放った。


「来たれ……鬼の頭領、災禍の申し子よ」


濃密な魔力が、黒い渦となって時空を歪める。

そこに書き出される深紅の魔法陣。

それが式を召喚するためものだと気付いた時には、漆黒の渦は明確な指向性をもって一つの巨影を作り上げつつあった。


「京を焼き、暴虐と殺戮の限りを尽くした最悪の権化、千の時を経て、ここに再び顕現せよ」


兄貴が最期の一節とばかりに言葉を紡ぐと、魔法陣からはその巨影は、地響きとともに橋に降り立ち、片膝を付いた。

俺は春休み以来、腹の底から震えるような魔力の奔流に、ちょっとした戦慄すらを覚えていた。

何しろ、その巨影が持つ特徴こそが有り得ないものだったのだから。

薄い朱の肌に、赤茶けた短い乱れ髪。

頭頂部には5本の角が生え、地に付いた手は熊のように巨大だった。

そして優に6mを越えるであろう巨躯の大鬼とくれば、この世界で、その名を知らぬものなど居ないだろう。


「……オイオイオイ!? 自分、なんつー洒落にならんもんを呼び出しとんねんっ!?」


俺は思わずそう叫んでいた。

冗談じゃない、そんなもの、人の身でどうこうできる存在じゃないはずだぞ!?

どうやってそんなものを召喚したってんだ!?

驚きを隠せない俺に、兄貴は相変わらずの薄い笑みを浮かべて、悠然と語った。


「首塚明神の土をちょこっと拝借してな……本物にはまるで及ばへん劣化コピーやけど、自分らを殺すくらいなら訳あれへんやろ?」


……なるほど、な。

俺は兄の言葉に、安堵の溜息をついた。

さすがに本物とあっちゃあ、今の俺だけじゃどうしようもない。

それこそ学園結界を落として、最強状態のエヴァにでも登場願わないと、今の麻帆良にはあれのオリジナルを潰すだけの戦力はないだろう。

もっとも、例えオリジナルであったところで、俺はこの闘いを降りる気などさらさらなかったがね。

しかし劣化コピーだって言うならなおさら、ここで引き下がる理由は微塵もない。

この鬼を斬り捨てて、それからあのクソ兄貴を斬る。

多少遠回りになってはしまうが、当初の予定と何ら変わりない。

俺は気を取り直して、再び兄を真っ向から睨みつけた。


「……念のためや。一応、その大鬼の名前を聞いといたるわ」


俺がそう言うと、兄は先程までの薄い笑みとは違う、心底愉快そうな笑みを形作ってそれを告げた。



「大江山の鬼頭―――――酒呑童子」



日本三大妖怪と恐れられた、その悪鬼の名を。










かつて、京都と丹波国の国境、大江山に住んでいたとされる鬼の頭領の話をご存じだろうか?

その者は、人間の母より生まれ出でながら、その母の胎内で33月を過ごし、生まれながらにして人語を解し、大人すら打ち倒す怪力を持っていたという。

そのような幼子を、周囲は恐怖と不気味さから『鬼っ子』という蔑称をして呼んだ。

やがて、親に捨てられた鬼っ子は、京を目指し、そこで多くの手下を従え暴虐の限りを尽くしたという。

夜な夜な都より、貴族の娘をかどわかし、その血肉を生きたまま喰らった。

毎夜酒を呑み明かし、夜ごと50升もの酒を飲み干した大鬼は、人々にこう呼ばれた。


―――――大江山の酒呑童子、と。


白面金毛九尾の狐、讃岐の大天狗と並び、日本の三大悪妖怪と謳われた彼の大鬼は、悪行の果て、ついにときの帝の勅命を受け、源頼光率いる軍勢によって討ち滅ぼされた。

しかしなが、その執念は深く、ついには跳ねられた首のまま、大将だった頼光の兜に喰らい付いたという。

その首は老ノ坂峠に埋葬され、今日では霊験新たかな神仏、首塚大明神と呼ばれ奉られている。

しかし、かつての悪名全てが忘れ去られた訳ではない。

語り継がれる彼の鬼の凶悪さを、邪悪さを人々が語り継ぐ限り、鬼とはその存在を世に知らしめ続ける。

クソ兄貴は、それを逆手に、この大鬼が没したと言われる首塚明神の土で、これを複製したという訳だ。



……さすがは天才、やることのスケールが違うねぇ……。

正直に、俺は舌を巻いていた。

普通複製とは言えども、伝説上最強の鬼を復活させますか?

これオリジナルだったらスクナとかの騒ぎじゃない化け物ですよ?

あ、でも酒呑童子には英雄や土地神としての側面はないから、霊格的にはスクナの方が上なのか?

……そういう問題じゃねぇよ!!

どんな錬金術師だ貴様は!?

つか、人体練成じゃねぇのかこれ!?

腕と脚はオートメ○ルってオチか!?

じゃないとフェアじゃないでしょコレ!!!?

もっとも魔力で式を召喚するのと同じ要領で、あの巨体を維持しているのだろうが。

しかし、だとすればあのクソ兄貴の魔力は、ざっと見積もっても全開時のネギ並にあるということではないか。

つくづく、厄介な奴を敵に回したものだと思う。


「うわぁ……でっかいおっちゃんやなぁ……」

「……木乃香さん? そんな感心したみたいに言うてる場合とちゃうで?」


俺の後ろで緊張感のない声を上げる木乃香に、俺はそんなツッコミを入れておいた。

そんな俺たちには目もくれず、兄貴は酒呑童子の傍らに立ち、その背中に何やら呪を書き込んでいた。

恐らくは、俺たちを殺せだのの物騒な命令を刻んでいるんだろう。

それを終えて、兄はこちらをゆっくりと振り返った。


「急造過ぎて知性もあれへん化け物やけど、代わりに理性もあれへん……その小憎たらしい頭から、ばりばり喰われてまえ」

「……恐ろしいこと言うてくれるやないか」


自分の事は棚に上げて、俺は兄貴を睨みつけた。

……さて、雲行きが怪しくなってしまったな。

木乃香を護りつつ、この大鬼と兄貴を斬るのは至難の業だ。

それに鬼に気を取られていて、兄貴に木乃香を狙われたんじゃ堪ったものじゃない。

実質二対一のこの状況に、俺は苦虫を噛み潰さずにはいられなかった。


「……安心しぃ。俺は自分と闘う気はあれへん。俺がここを離れる間に、酒呑童子に膾にされてまえや」


そう言って、兄は俺たちに踵を返した。


「待てっ!? クソ兄貴っ!!!!」


それを追おうと両足に気を集中させた瞬間。



―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!



「っ!?」

「きゃっ!?」


大気全てを震わせるような雄叫びを上げて、酒呑童子がこちらへと突っ込んで来た。

しかも手にはいつの間にやら、奴の身の丈程はありそうな長大な金棒が握られている。

……くっ、この距離じゃ、狗尾の発動は間に合わない!!

かといって、避ければ木乃香に当たってしまう……ならばっ!!


「……身体張って止めるまでや!!!!」


俺は奴が振り下ろす金棒の真下に潜り込み、全身の気を昂らせた。


―――――ガキィンッ、ボコォッ


「ぐぅっ!?」

「うわわっ!?}


ぐっ、何てバカ力だ!?

上着がビリビリと裂けていくの構わずに、獣化状態で受け止めたというのにこの破壊力。

しかも衝撃を殺しきることは出来ず、俺の両足はアスファルトにめり込み、周囲の地面がぼこぼこと隆起していた。


「ぐっ……このっ……調子に、乗るなやっ!!!!」


―――――ガキィンッ


やっと思いで奴の金棒を弾く。

酒呑童子は、それをどう捉えたのか、再び俺たちと数mの間合いを空けて動きを止めた。

その更に奥、橋の対岸には既に兄の姿はなく、宵闇の漆黒だけがそこに残っていた。

……クソ、逃がしたか。

しかも厄介な置き土産を残しやがって。

気も纏わずにあんなバカ見たいな一撃を放つ化け物なんて、聞いたこともない。

しかし気も魔力も使えないというなら、勝機はいくらでもある。

さっさとこいつを斃して、兄貴を追わせてもらうとしよう。

俺は乱暴に、地面から足を引き抜いた。


「……コタ、君なん?」


後ろから、木乃香の不思議そうな声が聞こえた。

そう言えば、獣化状態を彼女に見せるのは、これが初めてだったか。

余りの俺の姿の変わり様に、驚きが隠せない様子だった。


「おう。みんな大好き小太郎さんやで? ……ちょっと大荒れになりそうや。木乃香絶対それ以上前に出てきたらあかんで?」


敵から視線を逸らすことは出来なかったため、俺は振り返ることはせずに、出来るだけ優しい声を努めて、木乃香にそう言った。

俺の背後には、敵の殺気、その一片すらも通さない覚悟を持って。


「……うん。コタ君、あんなおっちゃん、やっつけてまえ!!」

「はっ!! 当然っ!!!!」


まるでここが戦場だということを、忘れさせてくれるような明るい声で言う木乃香に、俺も会心の笑みを浮かべて答えた。

同時に、弾かれたように、俺は動きを止めた酒呑童子に向かって、瞬動を持って肉薄していた。

こいつが伝説の大鬼と同じ存在だと言うのならば、それを殺す方法は、一つしかない。

俺は躊躇いなく、その首へと影斬丸を奔らせた。

しかし……。


―――――ガキィンッ


「なっ!?」


影斬丸は、まるで鋼鉄でも斬りつけたかのような甲高い音を立てて弾かれてしまった。

いや、仮に奴の皮膚が鋼鉄並の硬さだったとしても、気で強化された影斬丸の刃を弾くなんて有り得ない。

一体どうして……。

しかしその答えは、奴に視線を戻すと一目瞭然だった。


―――――ぞくっ


心臓を鷲掴みにされたような悪寒とともに、この橋一体に立ち込める空気が、紅く歪んだ。

これは……酒呑童子の、魔力?

さっきの一合は、召喚されたばかりで、魔力が上手く使えていなかっただけだと言うのか?

今奴が、無作為に放出している魔力が、奴の本気だと言うのなら、それこそ洒落になっていない。

制限状態だった、あの狗族の男同等、いやそれ以上に強大で、禍々しい魔力。

指向性もなく、ただ周囲にまき散らされているだけで、影斬丸の刃を退けるほどの圧倒的な魔力量。

やはりあの男同様、この大鬼に刃を届かせるには、牙顎しかない。

俺は一端距離を取り、影斬丸に狗音影装を纏わせようと気を高めた。

その瞬間。


―――――周囲の魔力が、奴の金棒に向かい収束した。


まずい、とそう思った瞬間には既に遅く、奴は巨体に似合わぬ速度で、俺の頭上高く飛び上がっていた。


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


先程同様、耳を突き破るような雄叫びを上げながら、急速に落下してくる、巨大な影。

これは先程のように、受け止めることなど、とても出来ない。

そう思った俺は、牙顎を放つために用意した狗音影装を、全て狗尾へと回し巨大な防壁を作り上げた。


―――――ドゴォンッッッ


「づっ……!!!?」」


―――――バキバキバキ、ミシッ、メキッ


再び、地面に呑みこまれる俺の両足。

しかし、今回の衝撃は、先程の比ではなく、周囲のアスファルトを隆起させるだけには留まらず、巨大な橋という構造物に、連鎖的に大きなダメージを与えた。

しまった……このままでは……。


―――――この橋が、墜ちるっ!?


もちろん、浮遊術が使える俺や、この大鬼にとって、そんなことは些末な問題だろう。

しかし、俺の後ろ、橋の4分の1程の場所にいる木乃香は、そうも行かない。

橋が倒壊したなら、彼女は為す術もなく下の川へと落ちていくだろう。

そうなったら、最悪、怪我では済まないかもしれない。

俺はこれ以上橋にダメージを与えないよう、巨躯の大鬼を押し返そうとした。

しかし……。


―――――バキンッ……


無情にも、その瞬間はやって来てしまった。


「くっ!?」


重力に引かれ、倒壊を開始する。

金属とコンクリートが砕ける音とともに、俺たちの足場はがらがらと崩れ落ちていった。


「きゃあああああっ!?」

「ぐっ、ちっくしょおぉっ!!」


―――――ガキィンッ、ドゴォンッ


ようやくの思いで、俺は酒呑童子の金棒をいなすと、敵に背を向けることも厭わず、落下していく木乃香へと走っていた。

しかし、余りにも前に出過ぎていたのか、このままでは、彼女が水面に衝突するまでに、僅かに一歩間に合わない。

―――――くそっ……くそっ、くそぉっ!!

何が、絶対に護るだ!? 

何が皆と前へと進むためだ!?

大切な友1人護れずに、何が世界最強を目指すだっ!?

俺は、それでもありったけの気力を両足に込めて、崩れ落ちていく足場を疾駆する。

―――――あと少し、あと少しなんだ!!

そう思い、必死で木乃香へと右手を伸ばす。

しかし……。


―――――それが、彼女に届くことはなかった。


「木乃香ぁっ!!!!」


もう一度、彼女に向けて、跳ぼうと虚空瞬動の構えを取る。


―――――ヒュンッ


「っ!?」


しかしそれは、俺の前を雷光の如く駆け抜けていく、白い影によって遮られた。

影は木乃香への距離を、まさに疾風迅雷と詰めていき、彼女が水面へと叩きつけられる直前、その身体を抱き止めて、再び宙へと舞った。

俺は安堵の溜息とともに、上昇して来た、その影の主に笑みを浮かべた。


「……美味しいところ持って行きおってからに」


そう、彼女は自らの大切な者を護るため、自らが忌み嫌う、その純白の双翼を持って、風より疾く、この場所へと舞い降りたのだ。


「―――――お怪我はありませんか、お嬢様?」

「せっ、ちゃん……?」


満月に照らされた宵闇に、一対の白き翼を広げ、刹那はこの戦場に風と共に降り立った。




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 28時間目 一致団結 燃え尽きたぜぇ……真っ白になぁ……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2010/11/07 00:35




「……キレーなハネ……なんや天使みたいやなー」

「……お嬢様……」


刹那が広げた翼を、木乃香は嬉しそうに見つめてそう呟いていた。

恐らく、木乃香の危機を察して、止むを得ず使ったのであろうあの双翼。

あの姿を見せるのは、刹那にとって最大の禁忌だったはずだが、それを押しても尚、木乃香を救いたいと願ったのだろう。

おかげでこの戦闘の後にまた一悶着起こりそうだが、俺は刹那のそんな一途な想いを垣間見て、思わず口元が綻んだ。

倒壊した橋の瓦礫、その1つで、宙に浮かぶ2人を目がけて、再び酒呑童子が跳ぼうと身を屈めた。


「……ようやくのラブシーンや、外野は黙っとくんがマナーやで?」


俺はそう呟くと、先程使用しなかった分の気力で、酒呑童子へと跳躍した。

その勢いのまま、先程よりも幾ばくも濃く、狗神を纏わせた影斬丸を振り抜く。


「―――――牙顎ォッ!!!!」


―――――ガキィンッ


「ちぃっ!?」


しかし、その一閃も、酒呑童子の振りかざした棍棒によって、易々と遮られてしまった。

やはり、狗音斬響に類する威力のある技でもない限り、俺の太刀では、こいつに傷すら負わせられないと言うことか。

そう思い、もう一度距離をとろうとした瞬間、俺の太刀を凌いだ態勢から、酒呑童子は、あろうことかその右腕を俺へと振り抜いていた。


「うそぉっ!?」


慌てて、飛び退こうとするが間に合わない。

衝撃を覚悟して、直撃するであろう腹部に気を集中させる。

しかし……。


―――――ドカァッ


「おぉっ!?」


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


見覚えのある、黒い人形に体当たりされて、酒呑童子は川へと真っ逆さまに落下して行った。

これは、影精の人形?

ってことはまさか……。

俺は人形の飛来した方角を慌てて振り返った。

するとそこには、黒い巨大な人形『黒衣の夜想曲』に跨る、高音の姿があった。

高度のせいか、風に金髪を靡かせるその姿は、原作での彼女の姿が嘘のように頼もしく、俺は思わず笑みを浮かべていた。


「……どいつもこいつも、ホンマに良えタイミングで来おってから」


俺のその呟きが聞こえたは定かじゃないか、俺と目が合うと、高音は誇らしげな笑みを浮かべて声高に言った。


「お待たせしました、小太郎さん!! 正義の使途、高音・D・グッドマン、只今推算です!!」


そう言えば、原作でもそんなこと言ってたな。

見ると、刹那は木乃香を連れて、橋の付け根、陸地へと降りていた。

川に沈んだ酒呑童子は、未だに上がって来る様子を見せない。

しかしながら、あの程度でやられるとは考え難い。

酒呑童子が復活する前に、一端合流しておくべきだろう。

俺は高音に目配せをして、刹那たちへと駆け寄った。

駆け寄る俺に気が付くと、木乃香は嬉しそうな笑みを、刹那も安堵したように小さく笑みを浮かべていた。


「良かったぁ、コタ君怪我しとらん?」

「ご無事だったようで何よりです」

「おう、二人もな。せやけど、良かったんか、刹那? その姿は……」


俺が言いかけると、刹那はすっと、俺の口元に右の人差し指を宛がい、それを制した。


「今はそんなことを言っている場合ではないでしょうから……」


少し悲しげにそう言うと、すぐに刹那は戦士然とした凛々しい表情へと戻った。

その直後、『黒衣の夜想曲』から、相変わらずの優雅さで、高音が降り立つ。

俺たち3人の様子を見回して、高音は満足そうに笑みを浮かべた。


「みなさん、ご無事だったようで何よりです」

「……小太郎さん、こちらの方は?」


そんな高音の様子を受けて、刹那が申し訳なさそうに俺に彼女の事を尋ねて来た。


「こん人が、前言うてた高音や。俺に操影術教えてくれてる先輩」

「こっ、こちらの方が!? ……う、ウチより、はるかにスタイルがええ……」

「……せっちゃん、ドンマイ。ウチらには、これからがあるえ?」


刹那が何事か呟き肩を落とすと、木乃香が何故かそれを慰めていた。

何なんだ一体?

……っと、今は楽しく談笑してる場合じゃない。


「高音、こっちは、桜咲 刹那、神鳴流の剣士。んで、こっちが今回の護衛対象で、学園長の孫の近衛 木乃香や」 

「高音・D・グッドマンです。よろしくお願いします」

「よっ、よろしくお願いしまず」

「よろしゅうお願いします」


俺は集まった面々に、簡単な自己紹介をさせた。

さて、とりあえずは、いかにしてあの大鬼を斃すかだな。

刹那も同じことを考えていたのだろう、すぐに彼女の口からこんな質問が投げかけられた。


「あの鬼が小太郎さんのお兄さんなのですか? 聞いていた話と、随分印象が……」

「んな訳あるかいっ!!」


俺の兄貴は、あんな脳みそまで筋肉で出来てそうな外見はしてません。

すると高音が、いつになく真剣な表情で、重々しく口を開いた。


「5本角に朱の肌、そしてあの巨大な体躯……小太郎さん、まさかとは思いますが、あの鬼は大江山の……」

「ああ、酒呑童子や。つってもオリジナルとは比べ物になれへん劣化コピーやけどな」


あの特徴だけでそれに気付くとは、高音が優秀なのか、それだけあの大鬼が有名なのか。

どちらにせよ、俺がそれを肯定したことで、刹那と高音、2人の表情に大きな緊張が走ったのは間違いなかった。


「酒呑童子……小太郎さんのお兄さんは、そんなものまで呼び出せたのですか……」

「え? え? こ、コタ君、さっきのでっかいおっちゃんて、そんな有名人なん?」


もっとも、木乃香だけはことの重大さが飲み込めていないらしく、自分だけが仲間外れになったような悲しそうな様子でそんなことを聞いてきた。

俺は苦笑いを浮かべて、それに答えてやることにする。

現状の再確認の意味も込めて。


「有名人も有名人、超大物や。日本三大悪妖怪とか言われてんねんで?」

「ほ、ホンマにっ!? ひ、人は見かけによれへんなぁ」


いやーどちらかと言えば、俺は見かけ通りだと思うんだが?


「酒呑童子ということは、斃すにはあの首を切り落とすくらいしか方法はないでしょうね」


現状を把握した高音が、そんなことを言い出す。

もちろん、それは俺も承知の上だ。

そのため、さっきから2度に渡って、渾身の斬撃を奴の首筋に叩きつけているのだが……。


「……そう簡単にはいかないでしょう。見たところ、小太郎さんの獲物が、傷一つすら負わせられない魔力を纏っているようですから」


苦々しげに、刹那がそんなことを呟いた。

そうなのだ。

俺の影斬丸は、2度に渡ってあいつに弾かれている。

その首を切り落とすなど、並大抵の術や技では不可能と言って良いだろう。

麻帆良の連中でそれが出来るとしたら、それこそ最強状態のエヴァくらいのもんじゃないか?

或いは、刹那が斬魔剣・弐ノ太刀を使えれば話は早いのだろうが……。


「あの鬼が常に纏っている、強大な魔力の障壁を抜いて、尚あの首を斬り飛ばす方法なんて……」

「……1つだけ、方法があるで……」

「「「!?」」」


俺の一言に、3人が、かっと瞳を見開いた。

うわー、すげぇプレッシャーを感じる。

しかしながら、今俺が思いついている方法というのも、決して上策という訳ではなく、苦肉の策には違いない。

それでも、今はそんな下策に縋ってでも、俺たちはあの大鬼を打倒しなくてはならないのだ。

そんな俺の心情を知ってか知らずか、高音は、俺にその方法を促した。


「一体、どのような方法ですか?」

「あんな、俺の技で一番威力が高いんは獣裂牙顎っちゅう技なんやけど、それは知っとるな? 恐らくそれはあいつの障壁は抜けても、首を切り落とすまではいけへん」

「はい、1度拝見したことがありますが、確かに、その評価は無難でしょうね」


刹那がそう頷いて俺の言葉に同意をする。

問題はいかに奴の障壁を抜き、且つ奴の首を切り飛ばす威力を確保するか、に掛かっている。

そして、俺が考え付いている策とは、単純明快に、その部分の威力、言い換えれば出力そのものを補ってやろうという話。


「通常刀に乗せる狗音影装は1体分。今の話も、1体分でやったらっちゅう前提の話や。せやけど……それを2体分乗せれたら、話は変わってくるんとちゃうか?」

「!? ……そんなことが、可能なんですか?」


俺のそういった技を知らない高音と木乃香は、顔中にクエスチョンマークを浮かべていたが、ただ1人刹那は、真剣な表情で俺にそう聞き返していた。


「正直、やってみんと分からん。しかも俺が1回の戦闘中に使える狗音影装は最大3回。今日はもう1回無駄にしとるからな、打てるんは1発限りや」

「なるほど、失敗は許されないという訳ですか……」


その通り。

出たとこ勝負も良い所の大博打。

さらにこの技には、もう1つ欠点がある。


「1体までならノータイムで使えるようになったけど、2体目を刀に乗せるんには、軽く見積もって20秒は必要になるやろうしな」


詠唱魔法並みのタイムロスだ。

さっきの高音のように、不意を突くならともかく、その間真正面からあの大鬼とやり合って、気力を集中させてる俺を護るなんて、生半可な覚悟じゃ出来ない。

しかし、今はその覚悟を、彼女たちに決めてもらう必要があった。

しばらくの逡巡を経て、刹那は嬉しそうに笑みを浮かべると抑揚のはっきりした口調でこう言った。


「ようやく、一緒に闘う気になってくれましたね?」

「……まぁ、な。……やってくれるか?」

「今はそれ以外に、酒呑童子を斃す方法はありませんよ」


刹那は力強くそう答えて、夕凪を握る拳に、力を込めていた。

そんな刹那の様子に、高音も得心がいったように頷いた。


「良くは分かりませんが……ともかく、20秒稼ぐことが出来れば、小太郎さんに、あの鬼を打倒する術があると、そういうことですね?」

「ああ、上手くいくかは、大分賭けやけどな……」

「ふふっ、大丈夫です。信じていますよ?」


彼女が頬笑みとともにそう言った瞬間だった。



―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


「「「「!?」」」」


川から、耳を劈くような、奴の咆哮が再び木霊したのは。

刹那は、既に態勢を低くし、いつでも飛び出せる準備を整えている。

高音も、『黒衣の夜想曲』を、まほら武道大会のとき同様、自身の背後に纏い、いつでも戦闘に入れる態勢を作っていた。

自分に命を預けてくれた2人に、俺は今1度心の中で感謝して、影斬丸の柄を強く握り締めた。


「……みんな、気ぃ付けてな?」


そう言って俺たちを送り出そうとする木乃香の表情には、心配した様子や、不安の色のなどは一切浮かんでいなかった。

ただ、俺たちに対する、信頼の笑みだけを湛えて、彼女は俺たちにその言葉を告げた。

3人で顔を見合わせて、俺たちはそれぞれに、力強い笑みを浮かべて木乃香に答えた。


「おう、自分は危なないよう隠れとくんやで?」

「行って参ります、お嬢様」

「この私が付いているのです、御心配には及びません」


俺たちの言葉を受けて、木乃香が小さく頷いたのを確認すると、俺たちは、一斉に駆け出していた。

酒呑童子が待つ、橋の瓦礫に向けて。










「おうおう、大分殺気立っとるなぁ……」


先程、高音に突き飛ばされたのが余程頭に来たのか、酒呑童子が纏う禍々しい雰囲気が、更にその密度を増していた。

俺は酒呑童子とは少し離れた場所、比較的平面の残る瓦礫の上に立ち、その様子を見つめた。

その俺の右側を刹那が、左側を高音が、それぞれに駆け抜けていく。

それを見送ると同時に、俺は外界へと向けられる全ての五感を、己の内へと向けた。

思い描くのは、自身の中で暴れ狂う数千の狗神たちを、全てこの刀に集中させるイメージ。

いつも狗音斬響を使う際に、刀に纏う狗神に倍する数の狗神を、全て己の刃と為す。

彼女たちが命を賭して与えてくれたこの20秒、何が何でも俺はこの一閃、最強の斬撃を作り上げる覚悟を決めた。


―――――残り20秒。


最初に酒呑童子へと肉薄したのは刹那だった。

妖怪化により強化された、持ち前の速度を持って、上下左右自在に飛び回り酒呑童子を翻弄する。

その隙を付いて、高音が『黒衣の夜想曲』から20は下らないだろう数の影槍を放つ。

しかしその全てが、奴の身体に傷一つ付けることも敵わないままに弾かれて行った。


―――――残り15秒。


「神鳴流奥義―――――百烈桜華斬!!」


今度は刹那が、自身の技の中でも最も手数の多い技を持って、酒呑童子の動きを封じた。

再びその隙に乗じて、詠唱を終えた高音が、200近い魔法の射手を、酒呑童子目がけて放った。


「魔法の射手・連弾・影の199矢!!」


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


さすがに数が多すぎたらしく、直撃を受けた酒呑童子がたたらを踏んだ。


―――――残り10秒。


高音の放った魔法が、酒呑童子の怒りに火を付けてしまったらしい。

童子は手にした金棒を、ぶんぶん、とデタラメに振り回し始めた。

その直撃を受けそうになった刹那を、高音が『黒衣の夜想曲』の触手を使い、自らの元へと引き寄せた。

奴から強大な一撃を貰うことはないが、これでは手出しも出来ない。


―――――残り5秒。


「斬鉄閃っ!!」


金棒を振り回す酒呑童子に、刹那が裂帛の気合を持って、刀を振った。

当たり所が悪かったらしく、酒呑童子は自らの獲物を弾き飛ばされてしまった。

その瞬間、高音は両手を童子目がけて勢い良く振り抜いた。


「影よ!!」


『黒衣の夜想曲』から100近い影の触手が、また、童子の足元からも数十の影の触手が殺到し、その動きを拘束する。

恐らく、童子の怪力を鑑みると、拘束出来る時間はおよそ3秒ほどだろう。

しかし、すでに俺の手の内には、奴を打倒する切り札が、完成していた。


―――――残り0秒。


「……時間や。覚悟は良えか、古の大鬼……その首、俺が貰い受ける!!」


握っていた影斬丸の刀身は、普段の2尺7寸の一般的な太刀の姿をしておらず、2mはあろうかという長大な漆黒の刀身が、はち切れんばかりの気を孕んで顕現していた。


「……今ですっ!!」

「小太郎さんっ!!」


彼女たちの呼び声に答えるように、俺は両足に、持てる気力の全てを投じた。

俺の酒呑童子との距離は、瞬動を持ってしても、僅かに遠い。

しかし、その距離を埋める術は、既に俺の内にある。


「縮地―――――无疆!!」


―――――ドカァッ


粉々に砕け散る俺の足場。

しかし俺の体は、確実に童子の首筋目がけて飛び立った。

高音に四肢を封じられて首を覆うことも出来ない童子。

これならば、確実に奴を仕留めることが出来る。

自らの勝利を確信し、俺は獣染みた笑みを浮かべた。

その瞬間だった。


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


「なにっ!?」


童子が、大口を開けた。

そしてそこに収束していく、禍々しいほどに強大な魔力。

そうか……こいつは腐っても鬼の卷族。

これは、学園祭編で召喚された鬼神たちが使用していた、魔力の大砲。

失念していた、何故奴に、これが使えると考えなかったのか。

しかし既に遅い。

俺の身体は、完全に奴の真正面を突き進んでおり、奴が放つであろう魔力の射程圏内にはっきりと収まっていた。

こうなってしまっては、一か八か、奴が放つ魔力ごと、奴の首を斬り伏せるしかない。

そう覚悟を決めた。

しかし……。


―――――パァンッパァンッパァンッパァンッ……


「っ!?」


立て続けに4発、銃声が響き渡る。

それは仁王立ちする酒呑童子の右膝を正確に打ち抜いていた。

身体を支える柱を失い、大きく態勢を崩して行く童子。

俺に放たれるはずだった魔力は、完全に明後日の方向へと付き抜けていった。

ニヤリ、と口元が再び緩む。

……なるほど、約束通り給料分以上の働きをしに来てくれたという訳か。

俺は心の中で、ニヒルなスナイパーに感謝した。

既に酒呑童子との間合いはなく、俺は裂帛の気合を持ってその刀身を振り抜いていた。

風を、大気を、空間すら断ち切るつもりで、最後の斬撃を放つ。

一瞬、酒呑童子の双眸が、驚愕に剥かれたように感じた。


「狗音斬響―――――獣裂牙顎ォォッ!!!!」


―――――ガキキキッ、キィンッ、ザシュッ……


俺に持てる全ての気力を費やした一撃は、そしてその代償に似つかわしく、日本最強と謳われた鬼の首を、見事に跳ね飛ばしていた。











SIDE Hanzo......



「ん? ……酒呑童子め、やられおったか……」


大気を震わせる魔力の波で、わいは自分の放った式鬼、酒呑童子(未完)がやられたことを悟った。

どうやら、わいが思てた以上に、あのクソガキは強ぉなってるらしい。

自分でそう仕向けたとは言え、今回のように目的の邪魔をされたとあっちゃあ、腹立たしいことこの上あれへん。

しゃあない、近衛の小娘は一端諦めるとするか……


「……にしても、やっぱパチモンはあかんなぁ」


十分なコストを払たはずなんやけどなぁ、たかだか中坊のガキにやられるようじゃ、全く使い物になれへんやんけ。

あーあ……やっぱ、次に狙うんやったら、ちゃんとした、オリジナルの魔物やないと意味があれへんな。

そして何より腹立たしいのは、あの女が死に際に放た言葉通り、今回もあのクソガキを殺せへんかったことや。


「……まぁええわ。次に会うときは、酒呑童子以上のバケモンを用意したらええねん……となると……さぁて、次はどこへ行こうかね……」


京のスクナか、讃岐の大天狗か、近い所なら、栃木の殺生石っちゅう手も有りやな。

何にせよ、あの酒呑童子を上回る、強大な魔力がわいには必要や。


「わいの復讐は、まだ始まったばかりや……覚悟せぇよ、近衛詠春、小太郎……」


いつも通りの薄い笑みを浮かべて、わいは夜の闇に紛れるようにして、学園都市を後にした。



SIDE Hanzo OUT......










崩れ落ちていく酒呑童子の巨体を見つめながら、俺は影斬丸を杖代わりに何とか立っていられるという状態だった。

し、しんど……。

狗音影装2つ分も気力を絞り出したもんだから、俺の中に残っている気力は殆ど0。

言わば、今の俺の状態は、完全にガス欠の状態という訳だ。

あそこで真名の援護射撃が間に合ったから良かったようなものの、あれがなかったら、俺死んでたかもしれないな。

そう考えると、まだまだ「他も己も護れる強さ」は程遠いように感じる。

しかも、ようやく見つけたクソ兄貴には逃げられるし、まだまだ1枚も2枚も奴が上手だったということか……。

さて、くよくよしていても仕方がない。

何はともあれ、これでとりあえずの決着はついたのだ。

疲弊しきった身体を休めるためにも、今日はさっさと帰って眠ってしまおう。

そう思い、俺は木乃香の元へ戻ろうとした矢先。


「小太郎さん!! 後ろです!!」


悲鳴染みた、刹那の声が響いた。

反射的に後ろへと振り返ると、切り落としたはずの酒呑童子の首が、俺の喉笛目がけて飛び込んで来ていた。

なっ!?

そうか、酒呑童子の首は切り落としてもすぐは!!

避けようと、両足に力を入れたが、疲労困憊の身体は言うことを聞いてくれなかった。

マズイ、殺られ……!?


「来れ氷精 爆ぜよ風精―――――氷爆」


―――――キィンッ……


「へ?」


俺の首へと辿り着く前に、酒呑童子の首は、空中で見事なまでに氷漬けとなっていた。

こ、この魔法は……。


「ツメが甘過ぎるぞ、駄犬」


声を掛けられて振り返ると、そこには黒いボロのようなマントを纏った、小さな吸血鬼と、それに使える人形の従者の姿があった。


「え、エヴァ? 自分まで助けに来てくれたんか!?」

「ふんっ、誰か貴様のことなど。私はただ、借りを返しに来ただけだ。今夜が満月だったことを幸運に思え」


そ、そう言えば……。

余りにも切羽つまり過ぎて、空なんて眺める余裕がなかったな。

何はともあれ、俺は彼女のおかげで命拾いした。

ゆっくりと、茶々丸とともに降りて来た彼女に、俺は会心の笑みを浮かべて、礼を言った。


「助けてくれておおきに、エヴァ。おかげで命拾いしたわ」

「だ、だから助けてなどない!! 貴様ごときに借りを作ったままというのが気に入らなかっただけだ!!」


そういって喚くお子様吸血鬼。

全く、素直じゃないってのも大変だねぇ。

俺は今度こそ闘いの終わりを感じて、ほっと胸を撫で下ろすのだった。

エヴァたちに続いて、高音が俺の元へと駆け寄って来た。


「小太郎さん!! ご無事ですか!?」

「おう、エヴァのおかげでな。さすがに今のんは死ぬかと思たで……」


そう言われて初めて、高音は傍らに立つエヴァに視線を移した。

驚いたように目を丸くして、しかし、次の瞬間には優しい微笑みを浮かべていた。


「……何だ貴様? 何が可笑しい?」

「いえ、小太郎さんに伺っていた通り、噂のような悪人ではないのだな、と思いまして」

「……ふんっ」


そう言われて、エヴァはむず痒そうにそっぽを向いた。

その直後、刹那が木乃香を抱きかかえて、俺たちの居る橋の瓦礫へと降り立った。


「あれ? エヴァちゃんもおる?」


降りて来てすぐに、木乃香はエヴァを見つけてそんな風に驚きの声を上げた。

すぐに刹那が、エヴァの事を説明し始める。


「お嬢様、エヴァンジェリンは高名な魔法使いで……」

「悪名高いの間違いやあれへん?」


本人だってそう公言してるし、魔法世界じゃナマハゲみたいな扱いだって言ってなかったけ?


「……何か言ったか駄犬?」

「な、何でもありませーん……」


後ろから付きつけられる殺気により、俺はそれ以上の発言は出来ませんでしたが。

そう言えば、真名は来ないのかな?

まぁ、仕事堅気な彼女のことだ、給料分は働いた、とか言って、早々に引き揚げてしまったのだろう。

近いうちに改めて礼を言わないとな。


「何はともあれ、これで一見落ちゃ……っとと?」


―――――どさっ


影斬丸を引き抜こうとして、俺は仰向けに盛大に倒れてしまった。


「小太郎さん!?」

「コタ君!?

「小太郎さん!?」


心配そうに刹那、木乃香、高音が俺の顔を覗きこんだ。

あー……まさかここまで気力を使い果たすのがつらいとは思わなんだな。

指先1つ動かすことさえ億劫だぞ。


「……あかん、もう1歩も動けへんわ」

「よ、良かった、気を使い過ぎただけですか……」


気だるげに言った俺の言葉に、刹那がほっと胸を撫で下ろした。


「んー……そや♪ コタ君、ちょっと失礼するえ……」

「?」


俺の頭元で、木乃香かごそごそと何か動いているが、俺にはもはや、首を動かす体力さえ残されていなかった


「よい、しょっ、と……」


―――――ひょいっ


「うおっ!? 何やっ!?」


不意に頭を持ち上げられて、驚きの声を上げる俺。

次の瞬間、待っていたのは、ごつっとしたアスファルトの感触ではなく。


―――――ふにょんっ


やたら柔らかい、心地の良い感触だった。

しかも何か良い匂いするし、これは……。


「木乃香、これ……」

「うん、ウチの膝枕。コタ君、頑張ってくれたから、ご褒美や♪」

「お、おおおおおおお嬢様っ!? な、ななななんてうらや、じゃなくて大胆なことをっ!?」


刹那がメチャクチャ喚いてるけど、うん、今回ばかりは最早何を言い返す気力も残っていなかった。

後で何言われるか分かったもんじゃないが、せっかくだし、今はこの感触を堪能させて貰うことにしよう。


「ふふっ、微笑ましいですね」

「ふんっ、能天気なガキどもめ……」

「膝枕……あれにはどう言った意味があるのでしょう……」


外野も何か言っていたが、それにももちろん言い返す気力が残っているはずもなく。

ついには、俺はゆっくりとその両瞼を閉じてしまった。


「ふふっ、お疲れさんやったなぁ、コタ君……ウチのこと、護ってくれてありがとな……」


木乃香が、俺に何か言っているが、既に意識は途絶える一歩手前。

結局返事も出来ないままに、俺の意識は闇に呑まれていった。

最後に、誰かが優しく髪を梳いてくれる感触を、やけに心地良いと感じながら……。






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 29時間目 一陽来復 もう、ゴールしても、いいよね……?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2010/11/09 01:28


時刻は午前5時、まだ日も昇りきっていないこの時間。

兄貴の襲撃から一夜明けた今日。

俺は何故か再び麻帆良中等部女子寮の前にいた。

正直、昨日の疲労は抜けきっていないし、ガス欠状態で足取りも怪しい。

しかしながら、この機を逃すと、俺は一生後悔してしまいそうだったから。

体調の不良なんて、全て気が付かないふりをして、俺はこの場所に立っていた。


「……ふわぁあぁ……」


朝から何度目になるか分からない欠伸を噛み殺す。

余りの魔力切れぶりに、影斬丸の鞘すら、その姿を現してくれなかった。

そのため、影斬丸は今日、部屋でお留守番させてる。

このイベントが終わったら、エヴァに頼んで別荘で2時間=2日間くらい休ませて貰おう。

でないと、本当に身体が持ちそうになかった。


「……ぼちぼちやと思うんやけどなぁ……」


じいっ、と女子寮の門を見つめる。

そういえばさっき、朝刊配達のために出て来た明日菜に、またも変質者呼ばわりをされて泣きそうになった。

うん、この辺の問題が終わったら、必要に迫られない限り、女子寮に来るのはしばらく控えようと思うんだ……。

俺のガラスのハートは、既に粉々ですぜ?

だから早く出てきてくれ……。


「……お?」


そんなことを考えていた矢先、ようやく目当ての人影が、入口からこちらへと、ゆっくりとした足取りで向かってきた。

一度、後ろに立つ女子寮を振り返り、懐かしそうに目を細めながら。

彼女は迷いを断ち切るように、さっと、こちらへ踵を返した。

……未練たらたらじゃねぇかよ……。

そんなに不安なら、悲しいなら、こんなバカなこと思いつかなければ良いのに。

もっとも、そんな頭の堅さも、彼女の可愛らしさだと思ってる自分がいるから性質が悪い。

それに、そんな風に思っていなければ、俺は今日、こんな場所に立ってなどいない。

道端に突っ立てる俺を見つけると、彼女は足を止め、驚いたように目を丸くした。

しかし、やがて観念したようで、小さくため息を付くと、先程と同じ歩調でこちらへと歩いてきた。


「……おはようございます、小太郎さん」

「おはよーさん……こんなとこで会うとは、奇遇やなぁ?」

「こんな作為的な奇遇があるものですか……」


俺の小粋なジョークに、刹那はがっくりと肩を項垂れさせて答えてくれた。

そんな余裕があるってことは、彼女は完全に覚悟を決めてしまったということだろう。

それは、とても悲しいことだと、そう思わずには居られなかった。


「……行くんか?」


俺が真面目な顔でそう言うと、刹那はいつものような凛々しい表情に戻り、はっきりと頷いた。


「はい……あの姿を見られた以上、ここに留まる訳にはいきませんから」

「そんなん、俺と詠春のおっちゃんかて、その姿は知っとったやんけ?」


それでも、彼女は俺たちの前から、姿を消すことはしなかった。

何故今更、俺たちの前から姿を消そうとするのか、それが俺には理解できなかった。


「それを承知で拾ってくれた長と、私と同じ身の上の小太郎さんでは話が違いますよ」


苦笑いを浮かべて、刹那はそう答えた。

なるほど、ね……。


「私の白い翼は、禍いを呼ぶと忌み嫌われていました……それを、あなたとお嬢様は、綺麗だと言ってくれた。それだけで、私は十分です」


そう言った彼女の言葉に、偽りはないのだろう。

心から嬉しそうに、愛おしげに、彼女は優しい笑みを浮かべていた。


「……木乃香の護衛はどないすんねん? 今後も、あいつが狙われる可能性は十分あるんやぞ?」

「そうですね……けれどそれも、あなたになら安心して任せられます」


……そんな信頼しきった笑みを向けられたら、こっちは何も言い返せねぇだろうが。

やはり、俺では彼女の気持ちを変えることは出来ないらしい。

俺は諦めて、大仰に溜息を付くと、右手で後ろ頭を掻きながら言った。


「……だ、そうやで?」

「?」


疑問の顔を浮かべる刹那を余所に、俺の後ろからすっと、1つの人影が姿を現した。


「お、お嬢様っ!? い、いつの間に!? ……まさか、小太郎さん!?」

「俺が陰陽術使えるん、忘れたとは言わせへんで?」


木乃香の背に貼っていた、認識阻害の符をべりっと剥いで、俺は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

さて、後は彼女に任せよう。

俺が何を言ったところで、木乃香ほど刹那の心を揺さぶることは出来ない。

だから俺の出番はここまで、あとはことの成行きをそっと見守るだけだ。

……もちろん、それでもダメなときは実力行使させてもらうけどな?


「……せっちゃん」

「っっ……お嬢様……っ、長い間、本当にお世話に」


―――――ふわっ……


「……え?」


別れの言葉を告げようとした刹那を遮るように、木乃香は優しく彼女の首元に抱き付いていた。

事態が飲み込めず、目を白黒させている刹那に、木乃香は蚊の鳴くような、小さな声で呟いた。


「……いややえ?」

「え?」

「……せっちゃんに会えんようになるなんて、ウチはいややえ?」


今にも泣き出しそうな……いや、俺から表情が見えないだけで、既に木乃香は泣いていたのかもしれない。

そんな切実な声で、木乃香はそう、刹那の耳元で告げていた。


「……この、ちゃん……」

「せっかくまた会えたんにっ、またいろいろ話せるようになったんにっ……もう会えへんなんて、そんな寂しいの、絶対にいややっ……」


慟哭のように響く、木乃香の言葉に、ついには刹那の瞳も潤み始めていた。

抑えていた木乃香への思いが、彼女の傍に有りたいという願いが、一族の掟と彼女の中で激しくせめぎ合っているのだろう。

震える声で、刹那は木乃香にもう一度、別れを告げようとしていた。


「……っ、しかし、あの姿を見られては、私は、あなたの傍にはっ……」

「関係あれへんっ……せっちゃんが、どんな姿やっても、ウチはせっちゃんのこと、大好きやえ?」

「っっ!!!?」


見開かれた刹那の黒い双眸から、大粒の涙が零れ落ちた。

ずっと独りで闘ってきた彼女に、初めて人の温もりを教えてくれた、心優しい少女。

そんな木乃香は、今もまた、刹那の心を、孤独から救おうとしていた。


「……ええの? ……ウチ、このちゃんの傍におっても、ええの?」

「……当たり前や……せっちゃん、ずっと、ウチと一緒におってくれる?」

「っっ!? ……っ、うん……うんっ!!」


堰を切ったように、刹那の目からは止めどなく涙が零れ落ちて来た。

手にしていた荷物も、かなぐり捨てて、刹那は、木乃香の背へと手を伸ばし、彼女の身体をしっかりと抱き締めていた。

……どうやら、これで一安心かな?

俺は、互いを抱きしめ、子どものように泣きじゃくる二人の少女の姿を見て、心の底から、満足の笑みを浮かべた。

さて、邪魔者はこれで退散するとしますかね?

俺は二人に気付かれないよう、そっと踵を返して、女子寮を後にするのだった。











で、女子寮を後にした俺は、当初の予定通り、ふてぶてしくもエヴァのログハウスを訪れていた。


「……こんな朝っぱらから、どういうつもりだ、この駄犬?」


寝込みに押しかけられて、家主たるエヴァ様はたいそうご立腹です。

まぁ、満月も過ぎた今の彼女だと、魔力が使えないために、そんな恐ろしいことはない。

せいぜい寝起きが悪い小学生にしか見えなかった。


「まぁまぁ、そう怒らんといてぇな? 男子寮に戻って寝ても良かったんやけど、どうせなら魔力の濃いエヴァの別荘のが回復早いやん?」

「知るか!! 普段の授業よりも早い時間に押しかけおって!! やはり、その腐った性根、叩き直してやる必要があるようだな……」

「小太郎さん、目玉焼きは片面焼きと両面焼き、どちらがお好みでしょうか?」

「あ、俺片面焼きで。黄身はやぁらかい方が好きやねん」

「かしこまりました」

「人の話を聞けーーーーーっ!!!!」


完全にエヴァの迫力満点な台詞をスルーして、俺は茶々丸にそう答えた。

さすがに無視されたエヴァは、ばんっばんっ、とテーブルを涙目で叩いていた。


「こらこら、テーブルを叩くんはお行儀が悪いんやで?」

「やかましいっ!! 誰のせいだと思っている!? 大体、何を当然のように朝飯までたかっているんだ!?」

「いや~……良ぉ考えたら俺、昨日の朝飯以降何も食うてへんねん」


木乃香を連れて麻帆良中を飛び回った挙句に、兄貴の襲撃にあったからな。

正直空腹なんて忘れてましたとも。

しかし思い出してしまった今とあっては堪ったものではない。

さっきから俺の胃袋は断続的に、激しい自己主張を繰り返していた。


「それこそ知ったことか!! 勝手に餓死してしまうがいい!!」

「そんなつれへんこと言うなや。俺らの仲やんけ?」

「き、気持ち悪いこと言うんじゃない!! だいたい、どんな仲だと言うのだ!?」

「ほら、命を救い合うた仲?」

「だから何で疑問系だ!? そっ、それに昨日の一件は、借りを返しただけだと何度も……」

「お待たせしました。朝食になります」

「おおっ、美味そうやなぁ~」

「……だからっ、人の話を聞けーーーーーーーーーー!!!!!!」


早朝のログハウスに、エヴァのそんな叫びが虚しく響き渡った。











茶々丸が用意してくれた朝食を、これまた遠慮なく平らげた俺は、予告通り、エヴァの別荘へと入らせてもらった。

おして、有無を言わせずベッドへと直行。

上着を脱ぎ捨てて、勢い良くダイブした。


―――――ぼふっ


「うっわー……めっさふかふかやー……」


しかも良い香りがする。

エヴァは殆ど使ってないみたいなこと言ってたけど、この匂いは多分彼女の香りだな。

何度か使っただけかもしれないが、俺の狗族クオリティな嗅覚は誤魔化せない。

つまり、俺は今まさにエヴァの温もりに包まれてるわけだな!!

……これではただの変態ではないか……。

アホらしいことを考えるのは止めにして、俺はごろんと寝返りを打つと、襲い来る睡魔に身を委ねることにした。


「…………」

「……ふんっ」


―――――どすっ


「ぐふぉっ!?」


な、なななななな何だっ!?

兄貴の奇襲か!?

突然腹部に痛烈な重みを持って圧し掛かってきた物体に目をやる。

するとそこには、何故か不機嫌そうに俺の腹に鎮座するエヴァさんがいた。


「……え、エヴァはん? そこで何をしてはるんですか?」

「……ふん、人の話を聞かぬ愚か者に、少し灸を据えてやろうと思っただけだ」


そ、それにしたって、この報復はあんまりだ。

さっき食った朝食が飛び出すかと思いましたよ!?

しかし、俺はそれ以上言い返すことはできなかった。

何故なら、俺から見えるエヴァの横顔は、どこか寂しそうというか、苦しそうに見えてしまったから。


「……小太郎」

「何や?」


俺と目を合わせないままに、エヴァが俺の名を呼ぶ。

最近気付いたことだが、彼女は重要な話をする時に限って、俺のことを名前で呼ぶ癖がある。

だから今回も、俺か、彼女にとって、何かしら重みを持った話をするつもりなのだろう。

俺はいつものように茶化すことはせず、黙って彼女の言葉を待った。


「ジジィから、今回の事の顛末を聞いた。……昨夜の襲撃者は、貴様の兄だったそうだな?」

「……ああ」


そう肯定した俺を、やはり振りかえることはせずに、彼女は淡々と話を続けた。


「貴様が私の護衛をした際に、私は貴様のことを『英雄願望の凝り固まったような、救いようの無いガキ』だと思っていた。不幸など、逆境など知らぬ甘ちゃんだとな」

「そら、えらい評価を貰ったもんやな……」


ちょっとは予想してたけど、その評価にはさすがに泣きそうだぞ?


「……しかしその実は違ったのだろう? 貴様は全ての仲間を喪い、最も信頼を寄せていた人間に裏切られ、たった独りになったはずだ」

「まぁ、そうやな……」


あの惨劇の光景を、地獄と表現するくらいには、俺は自分の置かれた境遇を悲観していた。

そして、そこから逃げ出すために、前へと踏み出すために、力を求めた。


「だというのに、何故貴様は光に生きる? また裏切られるかもしれないと、恐怖を抱かずにいられる? 復讐のためでなく、何故護るための力を望める?」

「…………」


恐らく、彼女は自身の境遇と俺の境遇を重ねているのだろう。

確か彼女は10歳の誕生日の朝、全てを喪った。

俺が全てを喪った8つの時と同じように、とある人間の裏切りによって。

そして魔道に堕ち、他者を傷つけながらしか、生きられなかった彼女の半生。

千の呪文の男、ナギ・スプリングフィールドと出逢い、人の温もりを知るまで、彼女にとって他者は全て、敵に違いなかったのだから。

600年もの回り道を経て、ようやく光へと一歩踏み出した彼女には、一度も闇に、復讐という修羅の道に堕ちず、尚も光に生きる俺は不可解極まりない存在に映ったに違いない。

俺はどう答えたものかと、思案を巡らせていた。

確かに、俺は一歩間違えば、俺は彼女のように、他者を傷つけながら生きる道を選んでいただろう。

しかし、それを是とせず、光に生きることが出来たのは、やはり仲間の存在があったからに他ならない。


「信頼に足る人間に、俺はすぐ出会えたからな……」

「信頼に、足る人間だと? ……それすらも詭弁だ。どんなに美辞麗句を繕おうと、その裏の顔があるのでは、と何故恐れずにいられた?」


それは、原作知識によるところが多いだろう。

確かに彼女の言う通り、それだけの裏切りにあった直後に、初対面の人間を信頼することなんて出来はしない。

特に俺たちのように、その時の年齢が幼ければ幼いほど。

しかし俺は、その時既に、20過ぎの精神年齢を持ち、出会う人々の人柄をおおよそ知っていた。

だからこそ、長を信頼し、刹那とともに強くなる道を選べた。

とは言え、それをどうやって彼女に説明したものかな……。


「……ええとな、これはある男の話なんやけど、何なら聞き流してくれても構わへん」

「……言ってみろ」

「……そいつは、自分の名誉と快楽だけに生きて、人付き合いなんてなおざり。結局最後は事故であっけなく死んでもうた」


そう、それは他でもない、俺自身の話だ。

この世界に生まれ出でるまで、周囲のことなど気に掛けず、自身の楽しみのためだけに生きた、しょうもない男の末路。

生まれ変わったことで、失念しがちだったが、その短い生涯を振り返り、俺が感じたのはどうしようもない後悔だった。


「きっとな、見渡したら、そいつに手を差し伸べてくれる奴なんて、仰山おったはずや。せやけど、そいつはそんなん気付かんと、自分のことばかりを見てた」

「…………」

「死んでから、そいつは後悔すんねん『俺は孤独なまま、こうして死んでいくんやな』って」


そして望む。

二度目の生があるのならば、次こそは仲間とともに歩む人生をと。

そしてそれを手にした俺は、図らずも、その誓いの通り、かつて願った通りに生きる道を選んでいた。


「俺はそんな風に後悔したないねん……差し伸べられてる手があるなら、それに気付かへんなんて、悲しすぎるやろ?」

「差し伸べられてる、手か……」


エヴァは、静かに目を閉じて、何か考えごとをしているようだった。

恐らくは崖から落ちそうになった彼女を、優しく繋ぎとめた、赤毛の魔法使いの、その頼もしい手の温もりを思い出しているのだろう。

しばらくして目を開けたエヴァは、高慢な笑みとともに、ようやく俺を振り返って言った。


「ふん……バカだバカだと思っていたが、どうやら貴様は底なしのバカだったようだな」

「くぅおら金髪幼女、どういう意味やそれは!?」

「誰が金髪幼女か!!!! ふんっ……まぁ良い。そのままの意味だ。どん底を経験し、尚も人の温もりを求める、この性善説信望主義者め」

「む……別に悪かないやろ? こんな時代や、そんなバカも一人二人は必要やで?」


どっかの誰かに抱き付いて泣いてる、白い羽根の剣士とかな。

それに、エヴァだって、それを望んだから、こうしてここで学生生活をしているはずだ。

全く持って、人のことを言えた義理ではない癖に。


「ふんっ、自分で言うことか? ……さて、興が削がれた。どの道私も1日はここから出られん。少し寝る」

「いや、こっちは最初からそのつもりやってんけど?」


邪魔したのはあなた様ではございませんか……。

エヴァはぴょん、と俺の腹から飛び降りて、こちらを振り返ることなく言った。


「それと、今後この別荘が使いたいなら勝手にしろ。毎度毎度、昼寝の邪魔をされたら堪ったものじゃないからな」

「マジでか!? そらおおきに。ホンマ助かるわぁ」


願ってもなかった申し出に、俺は思わず上半身を起こして喜んだ。


「か、勘違いするなよ? 私はただ、底抜けのバカが、どんな場所に辿り着くのか、興味が湧いただけだ」

「ははっ……そんなん最初から言うてるやろ? ……俺は千の呪文の男すら越えて、世界で一番強なったるってな」


照れくさそうに言うエヴァの背中に、俺はいつもの獣染みた笑みを浮かべてそう投げかけた。

最後までこちらを振り返ってはくれなかったが、恐らく似たような力強い笑みを浮かべてくれていたに違いない。

強者としての風格が、その小さな背中から、ひしひしと伝わってきた。

手をひらひらと振って出て行ったエヴァを見送り、俺はぽん、っと再びベッドに身体を預けた。

今回の闘いで、俺はまだ、あの男に届いていないことが判明した。

回復した暁には、今まで以上に腕を磨かないと、俺はいつまでも奴に届かないままだ。

ぐっ、と握り拳を付き上げて、俺は今一度誓った。

他者も己も、護り抜く力を手に入れることを。

神の悪戯が与えてくれた、このかけがえのない絆を、今度こそ護り抜いて見せることを……。













【オマケ:コタ……ま?~はぁとふるこのせつ劇場~】



「はれ? そう言えばコタ君どこ行ったん?」

「そっ、そう言えば、いつのまにか姿が見えませんね?」

「あっちゃあ……まだせっちゃんのこと教えてくれたお礼言うてへんかったのに……」

「携帯で呼び出してみましょうか? まだ、近くにいるかもしれませんし」

「あ、うん、せやな!!」


―――――『おかけになった電話は、現在電波の届かないところに……』


「あ、あかん、圏外や……」

「学園都市の中で圏外になるような場所なんて……ま、まさかっ!?」

「せっちゃん、どうしたん? 顔色が青いえ?」

「え、エヴァンジェリンさんの、別荘?」

「へ? エヴァちゃん、別荘とか持ってるん?」

「え、ええ、ただ1度入ると1時間単位でしか出て来れません」

「へぇ、でも1時間くらいやったら何も心配せんでも……」

「外での1時間は、別荘内での1日に換算されます……ともすれば、小太郎さんは、エヴァンジェリンさんと丸1日二人きりに……」

「せっちゃん、今すぐ行こか?」

「へ? え? えぇっ!?」

「何しとるん? コタ君がエヴァちゃんに取られてまうで?」

「なっ!? おおおおお嬢様っ!? ななななな何でそのことをっ!?」

「あ、やっぱりコタ君のこと好きなんや?(にんまり)」

「なぁっ!?(は、ハメられた!?)」

「んー……けど、せやったら、やっぱウチ、せっちゃんに謝らなあかんわ……」

「え? い、いったい何をですか?」

「うん……ウチも、その……コタ君のこと、好きになってもうた(てれっ)」

「へ? ……えぇぇぇぇぇぇぇええええええっ!!!!!!」

「わっ!? せ、せっちゃん、大きい声は近所迷惑やで?」

「も、申し訳ありません……って、このちゃんっ、その、小太郎はんのこと、好きて……え? ええ!?」

「せっちゃん、落ち着いて、はいっ、深呼吸、深呼吸……」

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」

「落ち着いた?」

「は、はい……で、ですが、その……木乃香お嬢様、小太郎さんのどこに……?」

「そっ、そんなん、わざわざ言わんでも、せっちゃんかて分かってるやろ?」

「……えぇ、それは、まぁ……」


「「あの優しさと笑顔は反則ですよねぇ(やんなぁ)……」」


「んー……けどなぁ、ウチ、せっちゃんとコタ君取り合うて、喧嘩とかしたないなぁ……」

「そ、それは私もっ! その、お嬢様とそんな、どろどろした関係には……」

「やっぱ、アレしかあれへんかなぁ?」

「あ、アレとは?」

「……せっちゃん、日本には妻妾同衾て、素晴らしい言葉があってな」

「そっ、そんな爛れた解決方法はいかがなものかと!?」

「けど、コタ君鈍感やから、二人で協力でもせぇへんと、絶対振り向いてくれへんよ?」

「そ、それはまぁ、確かに……」

「やろ? せやから……これからは、一緒に頑張ろな?(にこっ)」

「う……うぅ……はい、その……よろしくお願いします……(かぁぁぁっ)」

「よし! そうと決まれば、早速エヴァちゃんの魔の手から、コタ君を救い出すでー!!」

「お、お待ちください!! 木乃香お嬢様ーーーーーっ!!」



――――――――――小太郎が安眠できる瞬間は遠い。




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 30時間目 日進月歩 タカミチはやっぱすげぇ苦労したんだと思うのよ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2010/11/09 01:36

―――――みーんっみーんっみーんっ……


「…………」


酒呑童子との激戦から4日後、男子校エリア某所。

俺は何を血迷ったのか、さんさんと日光の降り注ぐ中、ベンチに座り両目を固く閉ざしていた。

とは言っても、決して眠ろうとしている訳ではない。

これには、止むに止まれぬ理由があるのだ。











エヴァの別荘で一休みしていた俺。

何故かその後、刹那と木乃香が押しかけてきて、何やらエヴァとてんやわんやの大騒ぎとなっていたが。

とりあえず、それに一しきり付き合いつつも、俺は二日間、がっつりエヴァの別荘で静養をさせてもらった。

そして3日目の朝、ようやく身体のダルさも抜けて来たため、俺は軽く身体を動かしてみることにした。

気の運用は問題なく出来ており、俺は次の段階、魔力が運用できるかを試してみることにした。

とりあえず、魔力を引き出してみようと思い、獣化状態になろうとしたのだが……。


『……獣化、出来ひん?』


全くと言って良い程、俺の魔力は引き出されてくれなかった。

何かの冗談かと思い、狗神やら転移魔法やらも使って見たが結果は一緒。

俺は気以外の特殊技能の全てを封じられている状態だった。


『な、何でや? 無茶が過ぎたんか? 狗音影装にばっか使い過ぎて狗神が拗ねてるんか!?』


もう殆ど涙目の俺。

この体で十数年生きて来たが、今回のようなことは初めてだった。

このまま一生魔力が使えないなんてことになったら、それこそ、千の呪文の男を越えるなんて、夢物語になってしまう。

俺は必死になって、狗神を呼ぼうとしたが、尽くそれは失敗に終わった。


『……何を遊んでいる?』

『……え、エヴァさまぁ……』

『な、何だ気持ち悪い!? 情けない面してないで、さっさと理由を話せ!!』

『じ、実は……」


俺はエヴァに、それまでの経緯を一通り説明した。


『……ふむ。恐らくは限界まで魔力を絞り出したことが原因だろうな』

『お、俺の魔力ちゃんと戻るんやろか?」

『……さぁな?』

『エヴァさまーーーーーっ!!!?」

『い、いちいち叫ぶな!! ……詳しく診てみらんことには何とも言えん。とりあえず、診てやるから、さっさと上着を脱げ』

『うぅ……す、スマン。恩に着るわ……』

『む……貴様がしおらしいと妙に調子が狂うな……』


俺が上着を脱ぐと、エヴァは手に魔力を集中させて、俺の身体をあれこれと調べ回ってくれた。

もう藁にもすがる思いの俺は、延々と涙目でそれを見守っていた。


『……ふむ』

『ど、どや? 俺の魔力、戻って来そうなんか?』

『ああ、安心しろ。恐らく今まで使われてなかった魔力が目覚めようとしている予兆だ』 

『へ?』


エヴァの下した診断に、俺は目を白黒させた。

今まで使われてなかった魔力?

それって、高音との修行で引き出せるようになってたバカ魔力のことじゃないのか?

すると、エヴァは呆れたように溜息を付いて、丁寧に説明を始めてくれた。


『貴様が操影術に使っていた魔力など、魔の卷族が使うにしては余りに微々たるものだ』

『ま、マジでか……』


『火よ灯れ』が『燃える天空』みたくなるほどのバカ魔力が微々たるものって……魔族さんパネェっス。


『恐らく、今回貴様が狗音影装を限界まで酷使したことで、身体の方が本能的に今まで以上の強大な魔力を求めているのだろう』

『強大て……具体的な例えとか出来ひん?』

『今までの限界は狗音影装3体分というところだろうからな……そうだな、少なくとも、ざっと10体分くらいの魔力は運用できるようになると見て間違いないだろう』

『マジっスか!!!?』


おお!! それって物凄い超絶進化じゃありませんか!?

……待てよ? それじゃ何か、回復した後に狗音影装を限界まで使ったら、俺またパワーアップ?

それ何てサ○ヤ人だよ!?

ひゃっほーう!!

何て、手放しで喜んでいる俺だったが、エヴァはそんな俺に、ぴしゃりと釘を刺した。


『そんな無茶なことを続けてみろ。遠からず本当に魔力が枯渇することになるぞ?』

『うそん……』

『嘘なものか。今回は運が良かっただけで、こんなもの、10回に9回は魔力が回復しなくなってアウトだ』


ま、マジでか……。

けど、原作でネギだって、何回も魔力切れ起こしてたじゃないか?

アレは大丈夫で、俺の魔力切れはアウトだと言うのはどういう理屈だ?

俺は魔法使いの魔力切れと、どこがどう違うのか、エヴァに尋ねてみた。


『あのな……私たち魔に属する者にしてみれば、魔力は精神エネルギーだが、同時に生体エネルギーだ。それを何度も限界近く酷使して、無事でいられる筈がないだろう?』

『な、なるほど……』


魔力の枯渇どころか、下手したらリアルに餓死してしまう訳か。

くわばらくわばら。

うん、やっぱり自分を追い詰めるのはほどほどにしておかないとね☆


『あ、ちなみに、千の呪文の男の最大魔力量て、狗音影装に換算すると何体分くらいになるん?』

『比べるのもおこがましいが……そうだな、恐らく……』

『おそらく?』

『50体』

『ごじゅっ!? はぁあっ!!!?』


まだまだ先は長そうだな……。


『ま、まぁ良えわ……とりあえず、俺の魔力はいつになったら戻んねん?』


俺の魔力量を底上げするのはまた別の機会として、当面の問題は、いかにして俺の魔力を回復するかだ。

俺の問い掛けに、エヴァはしばらく逡巡してこう答えた。


『放っておいても半月程で戻るだろうが……外の魔力を取りこんでやれば、案外簡単に回復するんじゃないか? 魔法を使う要領だ、簡単だろ?』

『……いや、そんな器用なことでけへんよ?」

『は?』


俺の返答に、エヴァは開いた口が塞がらない様子だった。


『できないって、貴様どうやって操影術を使っていたんだ!?』

『そら、自分のバカ魔力にものを言わせて……』

『アホかぁぁああっ!!!? それでは気を使っているのと変わらんではないか!!!!』


ですよねー☆

俺も薄々、おかしいとは思ってたんだよ。

それでも、魔法を覚えたことで獣化の持続時間が延びたし、まぁ細かいことは良い良い、で放っておいたんだが。

さすがに問題があったな。

外の魔力を使えるようになれば、更に魔力の運用効率は上がるだろうし、この際だ、その方法とやらをきちんと学んでおくとしよう。


『で、具体的には、どないすれば良えん?』

『知るか。大体、人の申し出をあっさりと蹴っておいて、今更泣きつくなど言語道断だ』

『ぐっ……それを言われると辛い……』

『ふんっ』


エヴァは普段からからかい倒されている腹いせとばかりに、意地悪い笑みを浮かべた。

仕方ない、別荘を抜けたら、高音にコツを教わることにしようかね……。

そんなことを考えていた矢先だった。


―――――たったったっ、どかぁっ……


「あべしっ!!!?」


横っ腹に物凄い衝撃を受けて、俺は床へ思っくそダイブしていた。

な、何だ何だ!?

俺が現状を確認しようと顔を上げると、そこには何故か顔を真っ赤にして、俺に馬乗りになってる木乃香がいた

な、何? 何か俺悪いことした!?

そう思って目を白黒させていると、木乃香は胸の前でぎゅっと両拳を握ると、震える声でこう叫んだ。


『あ、あかんよコタ君!?』

『はぁっ!?』

『い、いくら中身が600歳過ぎててもっ、み、見た目的にエヴァちゃんに手ぇ出すんは犯罪やぁ!!!!』

『……はい?』


何を言ってるんでしょう、このおぜう様は……?

あ、俺が上半身裸でエヴァといたから、何かピンク色の妄想を膨らませてるのか!?


『え、えええええ、えっちなのはいけないと思いますっ!!!!』


いつの間にかやって来ていた刹那までそんなことを叫び出す始末。

こ、この思春期どもは……。

と、ともかく、これでは俺が何を言っても、聞いてくれそうにないし、エヴァに誤解を解いてもらおう。

そう思ってエヴァの方に視線を向けると。


『ふぁぁあ……さて、二度寝でもするか……』


欠伸を噛み殺して、颯爽と寝所へと引き返して行ってしまった。

って、ちょっと待てーいっ!!!?

頼むっ!! せめて二人の誤解を解いてから二度寝してくれえぇぇぇぇっ!!!?

そんな俺の心の叫びも虚しく、エヴァの姿はだんだんと小さくなっていってしまった。


『こ、コタ君が、そんな変態さんやったなんて……せっちゃんがどんだけアタックしても気付けへんかったんは、そういう訳やったん!?』

『いや、それは兄貴を斃すまで恋愛なんて考えられへんからやて言うたやんけ……』


ってか、エヴァに欲情できる方々なら、せっちゃんの体系でも十分欲情できると思うんだが?

彼女も結構物悲しい胸してると思うし……。


『……小太郎さん? 言いたいことがあるならはっきりとおっしゃたらどうですか?(にこっ)』


―――――ちゃきっ……


『……な、なんのことかさっぱりやわぁ?』


せ、刹那さん、口にしてない人の心まで読むはマジで勘弁してください……。

完全に頭に血が上った二人の誤解を解くのに、俺はその後3時間を要したのだった。










で、予定通り俺は、別荘を出てから高音に事情を話し、大気中の魔力を取りこむ方法を教わったのだが……。

言われた途端に、それが出来たなら苦労はない訳で、俺はこうして、夏休みを返上して鍛錬に励んでいる。

具体的には、こうして目を閉じ、大気の動きを感じ取ることで、自然界に溢れる魔力の流れを感じ取る訓練をしている訳だが……


―――――みーんっみーんっみーんっ……


「……」


じりじりと照りつける太陽。

かしましく鳴く蝉の声。

アスファルトから照り返す紫外線。

そもそも出歩くだけでイラっとするレベルの湿度と気温。

とてもじゃないが、自然界の魔力を感じられる環境だとは思えなかった。

しかし、高音によると『自然を理解し、一体となること』が魔力を取り出す為のコツとのこと。

やはりこうやって自然の声に耳を傾けるしかないのか……。

俺は再び黙して、鍛錬を続けることにした。


―――――みーんっみーんっみーんっ……

―――――しゃかしゃかしゃかしゃか……

―――――じーわっじーわっじーわっ……

―――――しょうへいっへーいっ……


「……だぁぁあああああっ!! やってられるかいっ!!」


しょうへいっへーいっ、って何の鳴き声やねん!!!?

俺は遂に我慢の限界に達して、がばっとベンチから立ち上がった。

……だ、ダメだ、埒が明かん。

つか、こんなところで日がな一日瞑想してたら、脱水起こして死んでしまう。

来ていたTシャツは既に大量の汗によって変色してしまっていた。

とりあえず俺は、水分を補給することにして、ベンチにかけてあった学ランの上着を手に取り、近くにあるコンビニへ行くことにした。











「いらっしゃいませー!!」


店内に入ると心地よい冷気が身体を包んだ。

あ゛ー、生き返るー。

やっぱ無理だって、あんな凶悪な自然を理解するなんてとてもじゃないが不可能だって。

とは言っても、出来ないことにはいつまで経っても、俺の魔力は戻って来ない。

いや、正確には半月程度で回復するらしいのだが、俺の性格上、そんなに待ってはいられない。

どうしたものかねぇ……。

俺は頭を掻きながら、スポーツドリンクの棚を開こうとして……。


「きゃっ!?」

「おっ? スマン、御先にどうぞ」


同じタイミングで棚を開けようとした女の子の手に触れてしまった。

別に急いでいた訳でもないので、相手に譲ることにしたのだが、驚いたことに、その女の子は俺の知り合いだった。


「……亜子やないか? 何で男子校エリアのコンビニになんかおるんや?」

「へ!? う、あ、こ、小太郎くん!?」


向こうも、まさか俺に合うとは思っていなかったのだろう、相当に慌てていて俺の質問には答えられそうもなかった。

可愛いやつめ。

原作から、相当の照れ屋で上がり症だってイメージだったしなぁ。

魔法世界編ではいろいろ吹っ切れて、積極的なキャラになってたけども……。

ナギさんともう一回キスかぁ、の下りには正直吹いた。

しかしまぁ、あれの2年前な訳だし、今の亜子に突然の事態に対応できるほどの精神的なキャパはないのだろう。


「まぁ落ち着きぃ。ほれ、深呼吸」

「へぇ!? ひっひっふー……」

「……亜子さん、それ深呼吸とちゃう、ラマーズ法や」


一体何を産み出すおつもりですか?


「ひゃあああ!? そ、そやんな!? えーと、深呼吸、深呼吸……」

「……深呼吸て、そんな考えんと出来ひんもんやったっけ?」


どんだけ、テンパってんだよ亜子さん……。

しかし、この反応は……あれだな。

原作でナギ(15歳ネギ)に惚れたばっかりのころの反応に良く似てる気がする。

そう言えば、ネギクラスキャラで、唯一年上の先輩にフらてどうのこうのって設定があった気も。

亜子って結構惚れ易いのかなぁ?

自意識過剰な気もするけど、やっぱり惚れられてるのかなぁ?

こないだエヴァの別荘に押しかけて来た木乃香といい、刹那といい……。

まぁ願ってもないことに違いはないし、彼女たちをフる理由も見当たらない。

けど、前にも言った通り、俺ってばほら……戦闘狂じゃん?

それに兄貴の事を清算しない限り、色恋どうのこうのを考える余裕はないんだよなぁ……。

ついでに言うと、女好きという悪癖もあって、彼女たちから一人を選べとかとてもじゃないけど、今の俺には出来ないしね。

これは……俺が兄貴を斃す前に、血迷って亜子が告白とかしてくれないよう祈ろう。

……問題の先送りとも言う気はしてるけどね。


「亜子、どうかした? すごい叫んでたみたいだけど……」


そんなことを考えながら、わたわたしてる亜子を生温かく見守っていると、後ろからこれまた見覚えのあるポニーテールがひょこっと出て来た。


「おう、アキラも来てたんか」

「小太郎君? 久しぶりだね」


俺に気が付くと、アキラはさすがに亜子よりも冷静で、にっこりと優しい笑みを浮かべて挨拶をくれた。

しかし、何で二人とも男子校エリアなんかに?

女子校エリアより、女に餓えたヤンキーとかいっぱいで治安が悪いのに。

また絡まれても、その場に俺がいなかったら助けられないよ?


「なぁ、自分ら何で男子校エリアにおるんや?」

「あ、うん。少し泳ぎに行こうと思って。市民プールや学校のプールだと、人が多いから」


俺の疑問に、アキラは少し気まずそうにそう答えた。

あー、なるほど……。

恐らくは亜子の背中の傷が原因だろう。

彼女はあの傷を人に見られるのを極端に嫌がってたからな。

男子校エリアからだと、学園都市郊外にある川の源流に抜けていく山道があるからな。

きっとそこの川で水遊び、というか泳ぎに行くつもりなのだろう。

そりゃ邪魔しちゃ悪いな。


「あ、あのっ!! 良かったら小太郎君も一緒に行きませんか!?」

「へ?」


予想外だった亜子の言葉に、俺は一瞬思考が停止した。

だ、大丈夫なのか? だって原作でナギ(ネギ)に傷見られたときって、一目散に楽屋を飛び出して言ってたよな?

もしかして、今日の水着は背中が隠れてるタイプってことかな?

恐る恐る、アキラの顔を伺うと、俺と同じように驚きに思考停止しているようだった。


「え、ええと……良えんか?」

「は、はい!! 是非っ!!」

「あー……アキラも?」

「う、うん……亜子がそれでいいなら、私は構わないよ?」


そう言ったアキラの頬には、しかし冷や汗が伝っていた。

うーん……どうしたものか?

普通に考えると、今は魔力の回復を優先させるべきで、遊んでる暇なんてないのだろうが。

前の祐奈のときみたいに、ちょっとした息抜きを挟んだ方が、効果的な場合だって有り得る。

それに涼しい場所なら、自然との調和がもっと容易に図れるかもしれない。

大体、今年の夏休みを思い返してみろ。修行、修行、襲撃、修行のローテーションで、まともに学生らしい夏休みを謳歌してないじゃないか!?

人生で一回しかない(何故か俺は2回目)13の夏休み。

水着姿の可愛い女の子たちと水辺できゃっきゃうふふと涼を取る。

なんて素敵なアバンジュールだろうか……。

そうと決まれば、俺は一向に構わん!!


「そいじゃ、ちょっくら寮から水着取って来るわ。裏山のとこやんな? 先に行ってくれてて構へんで?」

「う、うん。それじゃ、先に行ってるね」

「は、はいっ!! ごゆっくり!!」

「……なるだけ急いで戻るわ」


相変わらずテンパり捲ってる亜子に苦笑いでそう答えて、俺は寮への道を急いで駆け戻るのだった。










5分ほどで、俺は亜子たちの待つ、裏山の入口に辿り着いていた。

結構早く戻ってきたが、やっぱり魔力が使えないのは不便だな。

忘れ物した時、ちょっとコンビニのトイレとかに入って転移魔法であら不思議、手元に忘れたはずの物が現れました、なんてことすら出来ない。

やっぱり早いとこ復活させないとなぁ……。

そんなことを思いながら、アキラに先導されて山道を進んで行くと、すぐにちょうど良さ気な河原に辿り着いた。


「へぇ……こんなところあったんやなぁ……」


原作で楓が岩魚を獲っていたことから、結構綺麗な川だとは思っていたが、想像以上だ。

水は透き通っていて、底の方まで綺麗に見えるし、深さも大人が泳ぐにはちょうど良いくらい。

人道からは少し外れているため、滅多に人も来ないだろうし、ここなら亜子が心おきなく泳ぐのにちょうど良いと言う訳だ。

俺は感心の声とともに、アキラに尋ねていた。


「良ぉこんな穴場知っとったな?」

「水泳部の先輩に教えてもらって、先輩は卒業した先輩に教えてもらったって」

「ふぅん……何か良えな、そういうん……」

「うん、私もそう思う」


俺の言葉に、アキラは嬉しそうに顔を綻ばせた。

久しく忘れていたが、そういう部活内の、先輩から後輩に受け継がれる伝統みたいなものは、やっぱり良いものだと思う。

前の世界では、殆ど人付き合いとかなかった俺でも、部活の先輩から技を盗んだり、教わったりはさすがにあった。

そういう懐かしさを、アキラの話は、俺に思い出させてくれた。

……何か部活とかしたくなってきちまうな。

まぁ、魔法関連のこともあるし、結局は無理なんですがね。


「小太郎君、私たちはあっちの茂みで着替えて来るから」


物思いに耽っていると、アキラが少し先の茂みを指さして俺にそう言った。


「おう、誰も来んよう見張っといたるわ」

「あ、あああ、ありがとうございますっ!!」


相変わらずのテンパりようで、亜子がぺこっ、と勢い良く頭を下げた。

アキラはそれに苦笑いを浮かべたかと思うと、急に真剣な顔つきになり、俺の方へと向き直った。


「……覗いちゃダメ」


めっ、という風に右の人差し指を突き出して、アキラは俺にそう言った。

し、信用ないのかな?


「……安心してくれ、そんな度胸はあれへん」


原作の美空や祐奈のように、頭掴まれて投げられるのは勘弁だからな。

アキラは俺の言葉に満足したのか、小さく笑みを浮かべて、亜子と一緒に茂みの方へと入って行った。


「さて、俺も着替えるとするかね……」


突発的なことで、学校指定の水着しか用意できなかったけど、まぁあの二人以外に誰か見てる訳じゃなし、問題ないだろう。

ごそごそと鞄を明後日いると、二人が入って行った茂みから、小さな声で二人の会話が聞こえて来た。

普通なら聞こえないような音量だったが、ところがどっこい、そこは俺の狗族クオリティなお耳。

それくらいの声ならばっちり聞こえちまうんだぜ?

まぁ、盗み聞きは良くないし、あんまり聞かないようにはしよう……と言いつつも、年頃の女の子の会話ってついつい気になっちゃうのよね。

俺は素知らぬ振りで着替えを続けながら、幻術で見えない犬耳をピーンと屹立させた。


『……ほんとに驚いた。亜子、良く頑張ったね』

『う、ウチも何が何やら分からんようになってもうて……あああああ、アキラっ!! ウチの水着おかしないかなっ!? もっとセクシーなん買うべきやったんかな!?』

『え、ええと、お、落ち着いて? それに今日の水着も十分可愛いと思うよ? ……けど、良かったの?』

『へ? 良かったて、何が?』

『……えと、その……亜子の背中の……』

『背中の? ……あ!! ああ~~~~~っ!!!?』


……忘れてただけかーいっ。

まぁおかしいとは思ったけどね。

いや、原作と違って、こっちの世界の亜子には背中の傷とかないのかもしれないなぁ、なんて思ったりもしたんだよ。

けど結局は原作と同じだったらしいな。

どうしたもんかなぁ……?

今更帰るのも誘ってくれた亜子に悪いし。

かと言って俺がいると、亜子は俺の目を気にして泳げないだろうし。

ここは、しばらく適当に泳いで、用事を思い出したとか言って早めに切り上げてしまうのが吉だろう。

そう思って、俺はおもむろに、学ランの下に来ていたTシャツを脱いだ。

あれ? そう言えば俺も何か忘れてるような気が……。


「ん? ……ああ!! し、しもたっ!? 人の事言うてる場合とちゃうやんけ!!!!」


半裸となった自分の上半身を見て、俺は重大なことに気が付き、思わず叫んでいたのだった。










「あれ? 小太郎君も?」

「ま、まぁ、いろいろあってん……」


茂みから着替えを終えて戻ってきたアキラが、俺を見て意外そうな顔をした。

それもそのはず、何故なら俺は、下は海パンに着替えているというのに、上はTシャツを着たままだったのだから。

そしてそんな彼女の隣では、弱冠顔色を悪くした亜子が、申し訳なさそうに、俺と同じくTシャツを着たままの状態で立っていた。

いや、しかし……やっぱ来て良かった!!

亜子と違い、アキラは普通に水着だけを纏って登場してくれた。

原作で来ていたスクール水着や、競泳用の者とは違って、上と下の分かれたビキニタイプで、色は白で縁に黒いラインが入ったもの。

露出はそう多いと言う訳ではなかったが、彼女の程良く引きしまった身体のラインが直に見えるため、非常に煽情的な雰囲気を醸し出している。

……マーベラスッ!!!!


「ど、どうしたの、小太郎君? 突然、拳を堅く握りしめて……」

「いや、この生を与えたもうた神に、心からの感謝をしててん」

「?」


俺の意味不明な発言に、アキラは顔いっぱいに疑問符を浮かべていた。


「ところで、小太郎君は泳がないの? Tシャツ着たままだけど」

「あ、あー……も、もうちょいしたら泳ぎ始めるさかい、自分らは気にせんと、先に泳いでてくれて構へんよ?」

「あ、う、ウチも!! し、しばらく休憩しとくっ!!」


俺の言葉に便乗して、亜子がはいっ、はいっ!! とばかりに手を挙げて言った。

そんな俺たちの様子に、アキラは苦笑いを浮かべながらも、準備体操を始めて、おずおずと水に入って行った。

俺は比較的大きくて平らな岩を見つけて、それにどっかりと腰を降ろし、楽しげに水と戯れるアキラを、遠巻きから見つめることにした。

そんな俺の隣に、おずおずとではあったが、亜子もちょこんと、腰を降ろし、アキラのことを見守っていた。


「え、ええと、小太郎君?」

「ん? どないした?」

「い、いやっ……そ、そのぉ、ウチに気遣わんと、泳いで来てくれて良えよっ?」


恥ずかしそうに俯きながら、俺にそう促す亜子。

うーん……別に彼女に気を使ってるというか、これは女子供に見せるようなものじゃないと思ってるだけなんだけどね?

しかし、そう考えると、彼女のことさえ否定してるような気もするし……。

さっきからアキラもちらちらとこっちを伺ってるんだよなぁ。

だいたい、遊びに来て一人だけ泳いでるってのも可哀そうな話だよなぁ。

……覚悟を決めて、脱ぐしかないかな?

いやしかし……。


「こ、小太郎君?」

「ん? ああ、スマン。ちょっと考えごとや」


自分の世界に入り込んでしまっていたらしい。

全く反応のない俺を、亜子が心配そうに覗きこんでいた。

もっとも、俺がその視線に気付いて目があった瞬間、恥ずかしそうにそっぽを向かれてしまったが。

……うん、やっぱり覚悟を決めよう。

上手く行けば、これで亜子も泳ぐ気になってくれるかも知れないし。


「そんじゃ、お言葉に甘えて、ちょっくら泳ぐとするわ」

「え? あ、ああ、うんっ」


俺は、ばっとTシャツを一気に脱ぎ、足元へと落とした。

そして俺の予想通り、それを見たアキラと亜子は、一様に目を見開き、言葉を失ってしまっていた。

……やっぱり、早まったかな?


「こ、小太郎君……」

「そ、その胸の傷、どないしたん……!?」


亜子が口元を押さえて、震えながらに指差した俺の胸、正確には胸からに腹にかけて。

そこには十字に刻まれた不揃いな刀傷があった。

そう、言うまでもなく、春休みの一件で、あの狗妖怪に付けられた傷だ。

さすがに内臓まで斬り裂かれたこの傷は、狗族の回復力を総動員しても紙一重な代物だったようで。

エヴァ謹製の魔法薬の力を借りて、ようやく命を繋ぎとめられるレベルだったらしい。

おかげ様で、あの戦いから数カ月が過ぎた今となっても、こうして痛々しい傷が残ってしまっていた。

右上から左下に掛けて、長い方が最初の牙顎で付いた傷。

左上から左下に掛けて、短い方が最期の一合で付いた傷だ。

さすがに女、子どもに見せるのはどうかと思ったので、隠す様にしていたんだが……。

ちなみに、水泳の授業があるため、クラスの連中や、教員は俺の傷のことは知ってる。

事情が事情だけに、木乃香もこないだの一件でこの傷を目にしていた。

ただ、一般人の女の子には、さすがに見せるつもりはなかったのだが。

それでは、亜子の傷も、そのように否定しているような気がして、俺は結局この傷を彼女たちに曝すことにした。

正直なところ、俺はネギのように肉親に付けられた傷を喜ぶようなマゾい性癖は持ってないので、出来れば消し去りたいのだが。

エヴァ様曰く、もう手遅れなのだそうな。

あんときに、木乃香のアーティファクトがあったらなぁ……。

ないものねだりをしていても仕方がないので、俺は二人に、この傷が付いた経緯を、適当に端折りつつ説明することに付いた。


「まぁ、事故みたいなもんや。あと己の未熟さを痛感した、教訓みたなもんやと俺は思うことにしてる」


殆ど端折ったが、良く良く考えたら、詳しく話せることの方がないんだよね。


「事故に、教訓て……その傷、命に係わったんじゃないの?」

「おう、1日生死の境を彷徨って、2日間爆睡、1週間絶対安静やったで?」

「そ、そんなあっけらかんと言うことじゃないと思う……」


あけすけにそう言う俺に、アキラは苦笑いを浮かべながらそう言った。

うん、どうやらアキラは大丈夫そうだ。

さすが女子、やっぱり傷や血には男より強いな。

問題は亜子の方だろう。

最悪、傷を見た瞬間、原作みたく貧血でばたんっ、てのも有り得るかと思ったが、それはなかったみたいだ。

恐る恐る、亜子の顔を覗き見ると、弱冠涙目になっていた。

……や、やっぱり早まった!?

しかし、次の瞬間には、亜子はきゅっと唇を噛み、俺と同じように立ち上がってTシャツを脱ぎ捨てていた。


「あ、亜子っ!?」


アキラが慌てた声を上げるが、その時には既に遅く、亜子は水着だけになって、両手を太ももの前あたりできゅっと握りしめ、恥ずかしそうに俯いていた。

……夏、万歳……。

亜子が来ている水着は、ワンピースタイプの可愛らしいピンク色のもの、足の付け根のところに小さくフリルがあしらわれていて、年齢相応の可愛さを演出している。

驚いたのは、胸のところから紐を回して、首の部分で留める構造になっているため、背中の部分が大きく開いていたこと。

そう、彼女が最も気にしているであろう、背中の傷が、完全に曝されていたことだ。

しかし亜子は、俺の視線から逃げるようなことはせず、肩を震わせながらも、俺の方へと向き直った。


「う、ウチも、そのっ……背中に傷があって、ひ、人に見られるんは、凄い、嫌やけどっ……けどっ、小太郎君も、頑張って見せてくれたんに……ウチも、頑張らなって……!!」

「亜子……」


しどろもどろになりながらも、懸命に気持ちを伝えようとしている亜子を、アキラは優しい微笑みを湛えて見守っていた。

俺も温かい気持ちに満たされて、思わず彼女の頭にぽん、と手を置いて、優しくその髪を撫でていた。


「ありがとな。俺のために勇気出してくれて」

「え? あう、あう……」


顔から湯気が出そうなほどに、亜子は顔を真っ赤に染めていたが、どうやらこれで一安心のようだ。

さて、せっかくだし、川の冷たい水を、満喫させてもらうとしましょうかね?

俺は亜子の手を引いて、アキラの待つ川の中へと飛び込んで行った。










一しきりはしゃいだ後、俺は比較的流れが穏やかな部分に立って、先程ベンチに座っていた時のように目を閉じていた。

さっきの炎天下と違い、涼しくて比較的意識の集中がさせやすいこの場所なら、と思い、周囲の魔力を取りこもうとしてみたのだが。


「……やっぱそう上手くはいけへんか」


結果はさっきと一緒、まるで成功の糸口がつかめないでいた。


「小太郎君、どないしたん? も、もしかして疲れさせてもうたかな?」


急に動かなくなった俺に、心配そうな表情で亜子が近づいてきた。

さすがにあれだけ一緒に遊び回ったため、最初のような緊張はなくなったものの、俺に対する口調は、未だ恐る恐ると言った様子だった。

俺はそんな彼女の様子に、苦笑いを浮かべた。


「いや、この程度じゃ疲れへんよ。……ちょっと格闘技の稽古でな、今教えてもろてる人に『自然と一体になれー!!』みたいな事言われてんけど……さっぱりやねん」

「自然と、一体に?」


不思議そうに亜子が首を傾げる。

そりゃそうだ、格闘技で自然と一体となるって、どんな技を使う気だ。

自分で言っておいて無理がある、と思わず俺は苦笑いを浮かべた。


「それ、私は少し分かる気がする」


ちゃぷちゃぷと水を掻きわけながら、アキラも俺の方へと近付いてきた。


「分かる、て……教えてもろても良え?」

「うん……例えばさ、ここみたいに流れが緩やかな場所だと、泳ぐのは比較的簡単だよね?」


そう言ってアキラはすいー、と優雅に背泳ぎをして見せた。

さすがは水泳部期待のエース。

彼女のフォームには無駄がなく、実にしなやかだった。

見慣れているはずの亜子でさえ、その繊細な泳ぎに感嘆の溜息を零すほどだ。


「まぁそらそうやな」

「でしょ? でも少し流れの速い場所だとそうはいかない」


そう言って、アキラは少し流れの速い地点へと、足を進めて行った。


「そういう場所だと、水の流れは全然違うから、その動きを知らないといけない。水は生き物だから」

「ふむ……生き物、ね」


なるほど、言われてみれば、俺は自然を漠然と捉え過ぎていたのかもしれない。

その対象を、1つの生命として考えれば、そのイメージが固まり、全体像を捉えやすくなるだろう。

アキラの言っていることは実に理に叶っているように感じた。

そんな俺の感心を余所に、アキラは先程と同じように、しかし先程よりはるかに流れが急な場所で、やはりとても優雅に泳いで見せた。

そう、まるで自分が、その川と一体だとでも言うように。


「……えと、上手く伝わったかは分からないけど、そんな感じだと思う」


俺たちのいた地点まで戻って来ると、アキラは照れ臭そうに頬を掻きながら、そう言った。


「ああ、おかげで何か掴めそうや……今日はホンマおおきにな、亜子、アキラ」

「え、えぇっ!? そ、そんなっ!? う、ウチは何もしてへんよっ!?」

「自分が誘ってくれへんかったら、アキラにこんなためになる話も聞けへんかったからな。素直に受け取っときぃ」


わたわたと両手を振る亜子に、俺は優しい笑みを浮かべてそう言った。

そんな亜子の様子を嬉しそうに見つめていたアキラが、ついっと俺のすぐ傍まで泳いできて止まった。

彼女は川底に足が付くと、すっと俺の耳元に顔を寄せて、俺に耳打ちした。

彼女の濡れた髪が少し肩に辺り、小さな息遣いが肌に伝わる。

心臓が早鐘のようにリズムを刻んでいたが、それをおくびにも出さずに、俺は彼女の言葉に耳を傾けた。


「……こちらこそ、あんなに楽しそうな亜子は初めて見たよ」


そう言って、アキラは再び、つい、と気持ち良さそうに泳いで離れていった。


「あ、アキラ? い、今小太郎君に何言うたん!?」

「ふふっ、秘密だよ♪」

「ええっ!? 何ー? ウチだけのけものにせんといてー!!」


慌ててアキラの後を追う亜子だったが、恐らく水の中じゃあ、勝ち目はないだろう。

俺は楽しそうに戯れる彼女たちを眺めながら、先程のアキラの言葉を反芻していた。


「……水は生き物、か……自然そのものも、そう考えられるやんな?」


川から上がったら、早速エヴァの別荘で試してみよう。

そう誓いながら。









亜子とアキラに分かれを告げて、俺は再び、エヴァの別荘を訪れていた。

もちろん、先程アキラに教わった、自然と一体になるコツを実践してみるために。

俺は上着を脱ぎ捨てると、両目を閉じて、大きく息を吐き出す。

別荘内に満ちる濃密な魔力、それを含む空気を、一つの巨大な生き物として捉える。

そうして見えて来る、その呼吸の流れ。

俺はそれに同調させるように、己の呼吸のリズムを整えた。

そして深く、深く息を吸う。

大気中の魔力を、自身の中に取り入れるように。


―――――キィンッ……


一瞬、空気が哭いた気がした。

同時に俺は目をかっと見開き、全身の感覚を研ぎ澄ました。

そして……。


「……よっしゃ、成功や……」


俺の身体は、ものの見事に獣化することに成功していた。

うん、今の感覚を忘れないようにしておこう。

しかし凄いな……エヴァの言っていた通り、これなら狗音影装の10体くらい平気で作り出せそうだ。

というかさっきから放出されてる魔力がヤヴァい。

今まで普通に全開で気を纏ってたとき並に魔力の層が出来てるんですけど?

もう『影の鎧』とか無しに、これだけで十分な魔力障壁なんじゃね? ってレベルだ。

だというのに、外側から魔力を取りこんでるせいで、消費魔力はこれまでより格段に低いんだから驚きだよな。


「思ったより早くに戻ったみたいだな?」


俺の魔力が戻ったことに気付いたのか、いつの間にか別荘に入っていたエヴァは満足そうに笑みを浮かべながら、俺に近づいてきた。


「しかし気を抜くなよ? 急に膨大になった魔力は、オンオフの切り替えが難しい。気を抜いていると一気に枯渇して……」

「獣化解除」


―――――しゅぅん……


「……何か言うたか?(ニヤニヤ)」

「ふ、ふんっ!!!!」


くっくっく……祐奈との下りで魔力の制御方法は完璧にマスターしたからな。

多少その量に違いが出てきても、オンオフの切り替えくらいは万全よ。

こないだ、木乃香と刹那の魔の手から完全に見捨てた仕返しとばかりに、俺は相当に底意地の悪い笑みを浮かべてやった。


「しっかし、こないなバカ魔力やったら、あれも出来るんちゃうかな?」

「あれ? ……ああ、咸卦法のことか」


エヴァは俺の言葉に合点がいったらしく、含みのある笑みを浮かべた。


「そんな簡単に出来るものでもないが……まぁ試すのは自由だ、やってみれば良い」

「よっしゃ!!」


エヴァの許可を得て、俺は鼻息も荒く、久しぶりに咸卦法の練習を行うことにした。

左腕にありったけの『魔量』、右手にありったけの『気』を注ぎ込む。

一番最初は魔力の出力が低すぎて、こないだは気の出力を絞り過ぎて失敗してしまったからな。

今回は同じ轍を踏まないよう、どちらも出力を上げて試すことにしよう。


「お、おい待てっ!? 最初からそんなバカみたいな出力でっ……」

「ふぬぅっ!!!!」


エヴァが何か言いかけていたが、俺はそれに気付かず、両腕に溜めた相反する二つの力を、思いっきり抱き合わせた。

次の瞬間。


―――――ゴゴゴゴゴゴッ……


「お? 何か今までと違う反応が……」


これは成功の兆しか!?

なんて喜んでいると、エヴァから痛烈な叱咤が飛んできた。


「ばっ、バカ者ぉっ!!!! い、今気を抜くと、二つの力がっ……」

「へ?」


エヴァが全てを言い切るよりも早く……。


―――――キィィィンッ……ズドォォォオオオオオオオオオオオオオンッッッ……


世界は、白い閃光に包まれていた。


「けほっ…………貴様、余程死にたいらしいな?」

「ごほっ…………正直、スマンかった」


瓦礫の山にエヴァと二人で埋まりながら、俺は究極技法という通り名が、伊達じゃないということを改めて思い知るのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 辺幅修飾 見栄っ張りって損だと思わない?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/10 23:46



新学期が始まり、一月が過ぎた10月某日金曜日。

生徒指導室の椅子に腰かけて、私は頭を抱えていた。

というのは、生活指導のために呼んだとある問題児の指導内容……ではなく。

一月前の飲み会で、学生時代の友人と交わしたとある約束、というより賭けの内容だったりする。

酔った勢いとは言え、余りにも最近出来た彼氏のことを自慢してくる友人が鬱陶しかったため、売り言葉に買い言葉で、ついこんなことを口走ってしまっていた。


『わ、私だって、その気になれば、若い燕の一羽や二羽や三羽くらい、余裕で捕まえられるわよ!!』


……どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。

しかし、一度口にしてしまった以上、それを撤回するのは難しく……。

あれよあれよという間に、今週の土曜……つまりは明日、私は一月の間に捕まえた若い燕を連れて、友人とダブルデートをする約束を交わしてしまっていた。

麻帆良学園男子部教員、葛葉 刀子、2●(ピー)歳……過ぎ去った春が、二度と戻らないことを、今ほど後悔したことはなかった。

一月程度でどうこうなる問題なら、私は婚期を逃すことをこんなに焦ったりはしない。

しかし期日が迫って来ている以上、どうにかしなくてはならない。

もちろん、意中の相手は愚か、簡単に靡いてくれそうな相手もいない。

彼女に謝ってしまうのは簡単だが……あそこまで大見えを張ってしまって、今更後に引くと言うのは私のプライドが許さなかった。

仕方がない……瀬流彦くん当たりに、彼氏の振りをお願いすることにしよう。

……いや、ダメだ。

同じ職場で、その手のお願い事はリスキー過ぎる。

そもそも余り好みじゃないし。

……ああああ、どうすれば!?


―――――コンコンッ


「!? ……空いています、どうぞ」


あ、危ない、考えごとに集中し過ぎて、周囲への気配が散漫になっていた。

私がそう促すと、学ランの前ボタンは全開、オマケに長髪という、いかにも素行が悪そうな学生が一人、悪びれた風もなく入室してきた。


「ちぃーす」


私の姿を確認すると、彼は右手を軽く挙げて、にこやかにそう挨拶した。

彼こそが、私のもう一つの頭痛の種。

私が担当する、麻帆良学園男子中等部1-Aで、最凶と謳われる問題児。

犬上 小太郎だった。

この春休みに、私もかつて研鑽を積んだ京の地から編入してきた、魔法生徒の一人。

同じ時期に編入して来て、現在私が神鳴流の手ほどきをしている刹那の話によると、剣の才に溢れ、見様見真似で神鳴流の技を模倣するほどの手慣。

春休みの時点で、あの闇の福音を名のある妖怪の魔の手から救い、学園の魔法生徒と一線を隔す実力を知らしめた、期待の星。

正直、学園長から彼の担任を仰せつかったとき、私はとても楽しみだった。

学園長から聞かされていた話だと、闇の福音を命懸けで護ったなど、実直で非常に心優しい性格の持ち主とのこと。

また高畑先生よれば、そのことに驕らず、直向きに研鑽を積む、向上心の塊のような少年だとのことだった。

方々のそんな話を聞いて、実物はどんな好青年だろうと期待を膨らませていた私だったが、その想像は彼の入学から僅か1ヶ月で音を立てて崩れ去った。

式神や分身を使って授業や、門限以降の寮からのエスケイプは日常茶飯事。

ことあるごとに暴力沙汰で生徒指導室、果ては学園長室に呼び出されることもしばしば。

挙句の果てには、女性関係にだらしなく、毎回毎回連れている女生徒が違うなどと、あまり良くない噂まで飛び交っている。

しかもその女生徒の中には、私が剣を指南する刹那や、学園長の孫である木乃香お嬢様まで含まれるという。

正直、私は彼の担任となったことをかなり後悔した。

入学から半年、彼が私に提出した反省文の枚数は、原稿用紙100枚に上ろうかという勢いで、目下その記録を更新し続けていた。

しかし、その後悔は、今やそれを超越し、呆れへと変わっていっていた。

というのも、彼が生徒指導を受ける際の罪状は、どれも決まって裏の理由があったのだ。

暴力沙汰で呼ばれた時は、相手の集団による理不尽な暴力から女子供を助けたり。

また授業や寮を抜け出した際は、毎度毎度、決まってどこかで武芸の稽古に励んでいたり。

女性関係にだらしがないという噂に関しても、いたるところで女子供を助けているため、周囲の方が彼に惹きつけられているだけとのこと。

もっとも、本人はそれで呼び出されても、そういった言い訳は一切しない。

ぶちぶちと文句を言いながらも、淡々と与えられたペナルティーを消化していた。

今私が言った内容に関しても、大部分は他の先生方や、刹那から聞き知ったことだったりする。

恐らく、彼は底抜けのお人好しなのだろう。

加えて言うなら、年齢不相応に理屈っぽい。

一度、言い訳をしない理由を尋ねた時に至っては、真面目な顔でこう返されて面喰らったものだ。


『どんな理由があったかて、俺が先生たちにするな、て言われたことをやったんは間違いあれへんからな』


中学に入学したばかりの1年生が言うこととは、とても思えなかった。

彼は自分の中で1つのルールをきちんと持っていて、身に降りかかる全てのことをきちんとその物差しで測っている。

その評価は、奇しくも学園長に初め聞かされていた『実直』という評価に、見事に一致していた。

そんなことも有り、最近では、私も彼をただの問題児と見なすことはしなくなったが、それでも、こうして彼が生徒指導室を訪れるに足る罪状は後を絶たないのであった。


「きちんと反省文は書いてきましたか?」

「うす……さすがに最近はネタもあれへんようになって来てもうたけどな」


苦笑いしながら、彼は少しよれた原稿用紙を5枚、すっと私に差し出した。


「一応確認するので、そこに座って待っていてください」

「はいな」


彼は私に促されると、正面の席を静かに引いて、その上にどかっと腰かけた。

それを横目で確認して、私は彼の提出した反省文に目を走らせる。

……うん、今回もきちんとした内容で書けているみたいね。

素行不良なため、学生間、時には職員にさえ知らない人もいるが、実は彼、こう見えて学業でもかなりの成績を収めていたりする。

具体的に言うと、入学から4度に渡って行われた定期考査では、常にトップ10以内をキープしているほどだ。

そのため、こうして都度与えられる反省文も、きちんとした内容で、期日までに仕上げて来る。

だから尚のこと、生活指導でここに呼び出されることが悔やまれるのだが。


「今回も反省文には問題ありませんね。少し35回目のときと内容が被っている気もしますが」

「い、いちいち覚えてんのかいな? さ、さすが刀子センセ」

「教師を下の名前で呼ばない。何度注意すれば分かるんですか?」


きちんとしようと思えば、彼なら目上の人に、敬語やそれなりの態度を取ることは可能なはずなのに、どういう訳か、彼はそれを嫌い、誰にでもフランクに接しようとする癖があった。

そしてそれを何度注意しても、彼は悪びれた様子もなく、きまってこう答えるのだ。


「「そういうん苦手やねん」」

「……分かってんなら、聞かんといてぇな」

「そういう問題じゃありません。……あなたがそんな態度だから、いつまで経っても生活指導の回数が減らないんですよ?」

「いやぁ、自覚はあんねんで?」


彼は私の言葉に、苦笑いとともにそう答えた。

そうなのだ、確かに彼は喧嘩をする度に、いかに騒ぎを抑えて相手を斃すかを工夫したり、脱走がばれる度に、より高度な影武者を用意するなど、生活指導を回避しようと画策はしていた。

……ただし、力の入れ具合というか、努力のベクトルそのものが、明後日の方向へと向かっている気はするが。

私は溜息とともに、彼に本日のペナルティを言い渡すことにした。


「良いですか? 今回の罰は……ん?」

「……(じぃーーーー……)」


しかし、途中まで言いかけて、私はそれを止めてしまった。

どういう訳か、彼は私の顔を呆けたように見つめて、固まってしまっている。

いつも生徒指導室で話をするときは、さすがに大人しく人の話を聞いてるのに、どうかしたのだろうか?


「私の顔に何か?」

「へ? ああスマン、女の人の顔そんなん見つめたら失礼やんな?」

「ええ、まぁ一般的には……それより、どうかしたんですか? あなたが人の話を聞いていないというのは珍しいですね?」

「ん、いや……俺のことというか、むしろ刀子センセの話なんやけど……」

「私の?」


やっぱり顔に何か付いていただろうか?

そう思って自分の手で顔を触れてみたが、別段何が付いているということもなかった。

一体何のことを、彼は言っているのだろう?


「いや、顔の話しとちゃうねん……ただ、何か悩みごとでもあるんかなぁ、て。口調とか表情はいつも通りやねんけど、雰囲気がぴりぴりしとる気がしてな」

「ああ、なるほど……」


そう言えば、彼は狗族のハーフだったか。

人並み外れた聴力と嗅覚を持った彼には、人のちょっとした感情の機微が、心音や呼吸数の上昇などを通して雰囲気で伝わってしまうのだろう。

いけない、いけない……生徒に自分の動揺を感付かれるようでは、教員としてまだまだだ。


「確かに、少し頭を悩ませていることはありますが、それはあなたの指導に必要の無いことです。忘れなさい」

「そうけ? 指導つっても、どうせペナルティくらってしまいやろ? 最近は俺どうせ暇やし、良かったら相談乗るで?」

「…………」


そう言えば、ゴールデンウィーク明けから始めていた操影術の稽古を先月修めたのだったか。

なかなかに異例の早さだが、その対象が彼だと言うことで別段驚きはしなかったが。

操影術以外にも、簡単な陰陽術や狗神の使役、果ては忍術までこなすという万能振り。

確か普段は、犬と同じ形状の耳と尻尾を、幻術を使って隠しているのだったか。

年齢からは考えられない実力だと、改めて感じる。

しかし、それとこれとは話が別だ。

同じ職場の教員にさえ、話すのをはばかられるような内容だ。

それをわざわざ、担当する生徒に話すような謂れなどない。

そもそも、今回私が頭を抱えている内容は、あまりにもプライベートなものだ。

やはり解決は、自分の手でどうにかするしかないだろう。


「せっかくの厚意ですが、遠慮しておきます」

「えー……俺、口堅いんに……」

「そういう問題では……」


……待てよ?

確か彼は、幻術を使えるのではなかったか?

もしそれが、耳を隠したり以外の内容でも可能だとしたら……。

鎌首を擡げてしまった興味を、私は抑えることが出来なかった。

逆に言えば、私はこの時、それだけ追い詰められていたのかもしれない。

しかし、なりふり構っていられないのも事実。

私は思い切って、その疑問を口にしていた。


「犬上君、あなたは幻術が使えるんでしたよね?」

「ん? ああ、耳と尻尾を普段隠してるんはそれを使ってる訳やさかい」


彼がぱちん、と指を鳴らすと、ぽんっ、と音を立てて、頭に可愛らしい犬耳が現れた。

……へぇ、符も詠唱も使わずにこれほどなんて……。


「1つ質問ですが、その幻術で人間の幻影を作ることは可能ですか?」

「人間の? うーん……出来ひんこともないけど、さすがに依代があれへんとなぁ……動かんでも良えなら話は別やで?」

「なるほど……」


逆を言えば、中身の人間さえ用意すれば着ぐるみのような気軽さで、ハリウッドの特殊メイク以上の完成度を誇る変装が可能という訳だ。

……これは、使えるんじゃないだろうか?

代行者を用意すれば、後は彼に幻術で適当な男性の姿を作って貰い、芝居をしてもらえば、週末のダブルデートはどうにか回避できる。

問題は、彼に協力を仰ぐためには、事情を全て説明しなくてはならないということ。

さすがに生徒をこんなことに巻きこむ訳には……。


「何? 何か俺が力になれることがあんねんなら、何でもするで? 刀子センセにはいつも迷惑かけてるさかい」


にっ、と年齢相応の無邪気な笑みで、彼は言った。

……そうね。

確かに、この半年間、彼には迷惑を掛けられっぱなしだった。

ときには夏期休校中にまで呼び出されて、生活指導をしたこともあったほどに。

ここらへんで、その貸しを返してもらっても良いのかもしれない。

しかし、それは彼に私の恥とも言うべき今回のいきさつを全て暴露するということ。

ま、迷う……。


「あー……もしかして、相当にプライベートな話? ホンマ大丈夫やで? 俺、口マジで堅いねんから。墓場まで持ってくさかい」


とん、と自分の胸を叩きながら、誇らしげにそう言った。

彼はやや大口を叩く癖はあるものの、概ね他人に嘘を付くような人間ではない。

これはもう、彼の言葉を鵜呑みにして、頼るしかないのではなかろうか?

……さっきも言ったけど、本当に手段を選んでる場合じゃない気もするし……。

私は、散々迷った挙句、結局彼にことのいきさつを全て説明することにした。


「じ、実は……」









「……ギャハハハハッ!! ぶはっ、ぶははははははっ!!!!」

「ちょっ!? そこまで笑うことですか!?」


一しきり事情を聞いた犬上君は、腹を抱えて大爆笑していた。

た、確かに、普段は必要以上に感情を表に出さないよう心がけてるせいもあって、私はそういう話とは無縁だと思われがちだけど……。

……今考えたら、そのキャラ作りに問題があった気もする。

一見、とっつきにくそうな印象を与えているのかもしれない。

男子部を任されているのも、そういった厳しい印象が功を奏してのことだろうし……。

……早まったなぁ。


「ひーっ、く、苦しっ……くくっ、そ、それにしても、全校男子の憧れの的、クールビューティーな刀子センセが……ぶはっ!!」

「もうっ!! いい加減にしなさい!!」


ばんっ、と机を叩きながら一喝すると、さすがに犬上君は笑うのを堪えてくれた。

……ただ、手で押さえた口元から、僅かに覗く頬は、未だにピクピクと痙攣していたが。


「ふぅ……で、つまるところ、俺は何をすれば良えん?」

「はぁ……やっぱり物凄く早まった気もするけど……誰か彼氏の代理人を立てるので、その方に幻術を掛けて欲しいんです」


私が先程立てた計画を話すと、犬上君は先程まで爆笑していたのが嘘のように真剣な表情で、手を顎に当てて考え込んでいるようだった。

こういう切り替えの速さも、年齢不相応というか……本当、中学生とは思えない。


「なぁ、それ俺が彼氏代行役やれば良え話なんとちゃうん?」

「は? 何を言い出すかと思えば……さすがに大人の情事に生徒を関わらせる訳には行かないでしょう?」


それを言い出すと、幻術をお願いしてる時点で、大分アウトな気がするが、この際それはスルーな方向で。


「せやねんけど、もし他の人にお願いするにしても、魔法関係者やないと無理やろ?」

「それは当然です」

「やんな……とするとやな、刀子センセは今の恥ずかしー話をもう一人別な、それも男の魔法先生にせなあかん訳やけど……」


それは刀子センセ的にセーフなん? と彼はあくまでも純粋な疑問としてそれを尋ねて来た。

……し、しまった……確かに、そのことは考えていなかった。

彼の話によると、あまりにも元の依代から外見が外れると、幻術を掛けるのは難しいということだし、彼氏役は自然と男性に限られてしまう。

となると、学園の魔法先生にそれを頼むことになる訳だが……そんなの絶対無理!!

いつでも冷静沈着、クールな女剣士を装ってきたというのに、今更そんなことを頼んだら、これまで積み上げて来た私のイメージが!?

うぅ……で、でも、犬上君に彼氏役を依頼するとなると、彼と腕を組んだり抱きあったりという可能性も出て来る訳で……。

そ、それはいくらなんでも……


「毒を食らわば皿まで言うし、実際デートんときは、俺の外見は24、5歳になってんねやから、見る人が見らんと分からんと思うで?」

「そ、それは確かに……うぅ、倫理的にどうかとも思いますが……仕方ありません、それで手を打ちましょう……」


結局、私は職員としての倫理よりも周囲からの自分へのイメージを優先することにした。

……う、後ろめたい。


「任せとき! ……しかしそうなると、服とか買いにいかなあかんなぁ……」

「え? 幻術でどうにかならないんですか?」

「さっきも言うたけど、元の見た目からあんましかけ離れるんは無理やねん。俺、学ランとTシャツしか持ってへんし」

「は?」


目が点になった。

Tシャツと学ランだけって……そ、そういえば、今年の記録的な猛暑の中、彼と豪徳寺君だけは何故か最後まで学ランを貫いていたのだった。

よもや、私生活でも学ランにTシャツだけで押し通していたなんて……。


「そ、それでは、寒暖の差に適応出来なかったでしょう?」

「いやいや、学ランを甘く見たらあかんで? 夏用は生地が薄くなるだけやのうて、内側はメッシュ素材で通気性抜群。冬用は厚手の生地に裏地は起毛で防寒対策もバッチリや。ちなみに春秋用は市販のやつとまったく同しやで」


俺はそれぞれ5着ずつ持ってんねん、と犬上君は誇らしげに胸を張っていた。

……発想が病気としか思えない。

何がそこまで彼を学ランに駆り立てているのだろう。

そら恐ろしさを感じながらも、私は彼にその理由を尋ねてみた。


「そんなん、学ランが男の戦闘服やからに決まっとるやん?」


……キマってるのはお前の頭だ、とは口が裂けても言えなかった。


「とりあえず、今日の帰りにショップにでも寄って適当にみつくろうわ」

「……お、お願いします。あ、領収書は取っておいてください。依頼したのは私ですし、それくらいは私が払います」


私がそういうと、彼はひらひらと手を振って無邪気に笑った。


「構へんて、どの道そろそろちゃんと服買おと思てたとこやし……そん代わり、今回のペナルティはこれでチャラにしてくれへん?」


む、なかなかに人の足元を見る少年だ。

まぁ、どうせ頼もうと思っていたのは、中庭の清掃だし、それくらいで私の尊厳が守られるなら安いものだろう。

私はすぐに、彼へ了承の意を示した。


「ほな、これ俺の番号とアドレス。明日何かあったときのために渡しとくわ」

「確かに、後で空メールを送信しておきます」

「頼むわ。そんなら、今日はこれで解散で良え?」

「ええ……明日はくれぐれもお願いしますよ?」

「おう!!」


もう一度、彼は笑顔で頷いて、席を立った。

私も彼に続いて席を立つ。

照明を消して、彼に続いて生徒指導室を後にした。


「おお、小太郎!! こんなところにいやがったのか!?」

「ん? おお、薫ちゃんやないか? どないした?」


生徒指導室を出ると、そこにはちょうど豪徳寺君が通りかかったところだった。

犬上君を見つけて嬉しそうに近寄って来る。

彼も私の担当する1-Aの生徒で、豪徳寺 薫という。

一般人ながらも、直向きな研鑽の結果、気を操れるようになった、ある種武術の天才ともいえる少年。

裏の世界で言えば、ありふれた才能だが、一般社会に居ながら気を体得するに至ったそのセンスは、驚嘆に値する。

ただ解せないのは、彼の風貌だった。

時代錯誤なリーゼントに、これまた時代遅れの長ラン。

喧嘩っ早いところが通じ合ったのか、クラスでは犬上君と比較的仲の良い友人らしいが……。

彼らがどんな普段どんな会話をしているのか気になって、私は職員室に戻る前に、少し二人の様子を見てみることにした。


「実はお前に見せたいもんがあったんだが、放課後になったら急にいなくなるもんだからよ、探したぜ?」

「ああ、スマン、いつもの呼び出しやってん。で、見せたいもんて?」

「ふふっ……実はな、遂に完成したんだよっ!!」


そう言って、豪徳寺君は学ランのボタンを全て外すと、ばっ、と勢い良くその内側を開いて見せた。

そしてそこに現れたのは……。


「こ、これはっ!?」

「おう、昇り金竜の刺繍だ!! なかなか値もはったけど、どうだ? かなりの出来だろ?」


……こ、この子もなの!?

私は軽く目眩を感じずにいられなかった。

確かに我が校は自由な校風を謳い文句にしているだけあって、制服や髪型に関する規制は皆無だ。

しかし、彼のようなリーゼントや、年から年中の長ランをしている生徒は、さすがにこれまでもいなかった。

ほ、本当にこの子たち大丈夫なのかしら?

さ、さすがにこれには小太郎君も冷ややかな目線を送っていることだろう。

そう思って彼の方を見ると、私の期待は、ものの見事に裏切られていた。


「か、かっけー……」


そこには、目を少年のように……いや、未だ持って彼は少年なのだが、瞳を爛々と輝かせ、豪徳寺君の学ランに見入る犬上君の姿があった。

……ダメだこの子たち、早く何とかしないと……。

そんな私の心配を余所に、彼らはわいわいと学ラン談義を始めてしまった。


「ええなぁ、俺も刺繍とか入れたいわぁ……けど長ランはなぁ……」

「いいじゃねぇか? 長ランは最高だぜ? お前も着て見ろよ?」

「いや、別に長ランが嫌いなんとちゃうねん、むしろ格好良え。ただ俺が着るとビジュアル的にな……」

「あー……長い鉢巻でも巻いたら様になるんじゃね?」

「なるほど……って、薫ちゃん、それただの応援団や」


どっ、と彼らは二人して笑い始めた。

……やっぱり、犬上君に彼氏役を頼んだのは失敗だったかもしれない。

私はこめかみを押さえながら、そそくさと職員室へ退散していくのだった。











そして一夜明け、ついに決戦当日、土曜日となった。

友人との待ち合わせは12時に駅前だったが、私は10時に犬上君と同じ場所で待ち合わせをしていた。

というのも、昨日の話を聞く限り、彼のファッションセンスは余りにも怪しく、最悪その場でお店に入り、私が手ずからコーディネイトし直す必要もあると考えたからだ

もちろん、彼と細やかな打ち合わせをするためというのもあるが。

現在の時刻は午前7時半。

少し起床が早すぎた気もしなくはない。

女性教員用の宿舎から駅までは、徒歩で遅くとも10分有れば着く距離だ。

しかしながら、犬上君に頼んでしまったことが気がかりで、あれやこれやと考えていた私は、重要なことに気が付いて飛び起きていた。

……自分の服、どうしよう?

友人と会うということもあり、余りにしゃれっ気の無い服を着ていくのもどうかと思うし。

かといって、余りに遊びの過ぎる服だと、普段の堅いイメージを持っているであろう犬上君に、またバカにされかねない。

ここは慎重に選ぶべきだ……。


「……とりあえず、コンタクトにはしておこう」


普段は軽い近視のため、眼鏡を愛用している私だったが、プライベートで出かけるときはコンタクトに変えることもある。

眼鏡だとどうしても堅いイメージを与えてしまいがちだし。

まぁ、もともと釣り目がちな目をしているので、その効果のほどはたかが知れているのだが。

さて、久しぶりに少し髪も弄ってみようかしら?

いつもは長くのばした髪を梳く程度で、結んだりアップにしたりすることは殆どない。

たまの休暇にくらい、気合を入れて見るのも悪くないだろう。

……って、相手は自分の生徒なのだから、そんなに気合を入れる必要ないのだけど。

さて、服はどうしようかしら?

まだ温かさも残っていることだし、薄めの服でも大丈夫だろうか?

あれやこれやと考えながら、私はクローゼットと格闘を続けた。









「はっ、はっ、はっ……!!」


ぬ、ぬかった!!

思いの外服選びに時間が掛かってしまった。

少し派手なものを手にとっては、これは学校での私のイメージと違う、と言って戻すの繰り返しで、気が付くと時刻は待ち合わせ時間の10分前になっていた。

結局、大人し目な服を選択し、私は犬上君の待つ駅前へと走っていた。

ちなみにどんな服装かと言えば、白のカットソーにグレーで七分丈のフレアスカート。

一応寒いといけないので、生地の薄いベージュ地にエンジュと黒でチェックの入ったストールを羽織っている。

靴はいつも通り黒のストッキングを着用した上で、ブラウンの網上げブーツを履いている。

おかげで走りにくいことこの上ない。

髪はアップに纏めて、琥珀柄のシンプルなバレッタで留めている。

少し若作りし過ぎたかと、後悔もしたが今更遅い。

まさか生徒との待ち合わせに遅れる訳にもいかないと、私は必死で駅前へと駆けていった。

駅前の広場に入り、すぐに目印にしていた噴水の前を確認する。

時間は約束の5分前、どうやら犬上君はまだ来てないらしい……良かった。

私はすぐに噴水の前まで歩き、走ったことで上がった息を、彼が付くまでに整えようと深呼吸を繰り返した。

しかし……やっぱりちょっと気合を入れ過ぎたかも知れない。

目前の問題が去ったことで、考えても仕方の無いことが次々に思い浮かんでしまう。

この服装は、やはり学校での厳しいイメージとかけ離れていたのではないだろうか?

少し可愛い目にまとめ過ぎたか?

どれも今更後悔してもしょうがないことばかりだった。

……って、何を私はこんなに緊張しているのだろう?

た、たかだか、自分の生徒とカップルの振りをすると言うだけの話じゃない?

いつも通り、冷静な態度を装っていれば良いのよ!!


「……刀子センセ?」

「は、はいっ!?」


自分の世界に没頭していたところに、急に声を掛けられて、私は思わず上ずった声でそう返事していた。

や、やってしまった……。

後悔したところでもう遅い。

私は努めて平静を装いながら、ゆっくりと声の掛けられた方へと振り返った。


「お、やっぱり刀子センセやったんかいな。知らん人に声掛けたかと思て、一瞬焦ったで?」

「やはり犬上君でしたか、おはようございま……」


そう挨拶しかけて、私は開いた口が塞がらなくなった。

そこにいたのは、紛れもなく犬上君なのだろう。

しかしその外見は、余りにいつも違っていて、私は言葉を失ってしまっていた。

私の不安を裏切って、彼はいたって普通の服装で現れてくれた。

グレーのパーカーの上から黒いジャケットを羽織り、下は黒のジーンズに白いスニーカー。

うん、心配していたような変な格好ということはない。

むしろ問題なのは、彼自身の容姿だった。

髪形はいつも通り、少し跳ねた長髪で、長く伸びた襟足は黒いゴムでまとめられている。

目つきは普段は釣り目がちだったものが、少し成長した姿をイメージしたためか、落ち着きが見える目元になっている。

普段から170と年齢にしては高い身長が、今ではおよそ185ほどの長身となっていた。

その姿で彼が浮かべた照れたような、無邪気な笑みは何と言うか、こう……。


……反則染みて、格好良かった。


し、しまった……さっきまでとは別の意味で、彼に彼氏役を依頼したのは間違いだった気がしてきた。

少し考えれば分かったことじゃないか。

普段だって、彼はそのきつい目つきや『麻帆良の狂犬』というイメージが先行して恐れられていはいるものの、十分に整った容姿をしていた。

それが24、5歳に成長したら、どれだけ男前になるかなど、容易に想像が付いたというのに。

私の心拍数は、強大な妖怪と対峙したとき以上に白熱していた。

最悪なことに、彼の容姿は余りに私の好みを押さえ過ぎていた。

うぅ……ど、どうしよう……これでは彼のちょっとした動作に思わず過剰反応してしまいそうだ……。

し、しかし今更後に退く訳にはいかないし、よ、要は今日一日を乗り切れば良いのよ!!

私はそう自分に言い聞かせて、何とかいつも通りの冷静さを取り戻そうとした。


「刀子センセ? いきなしぼーっとして、どないしたん?」

「な、何でもありません。あなたが思った以上にまともな格好をして来てくれたので、少し驚いただけです」

「そうけ? まぁ、自分のセンスを信用してへんから、マネキンが着てたん一式買うて来ただけなんやけど……」


そ、それでこのハマり様!?

な、何て末恐ろしい……。

そんな動揺を気付かれないように、私は必死で冷静という仮面をかぶろうと心掛けた。


「しかし、犬上君の幻術がここまでとは思いませんでした。元の姿を知っている私でも、一瞬見違えましたよ」

「せやろ? けどそれは刀子センセもやで?」

「え゛?」


予想外の言葉に、冷静という名の仮面はあっさりと砕け散った。

思わず自分の姿を見回す。

や、やっぱり、ちょっと無理に若作りし過ぎただろうか?

そんな風に焦っている私の心などどこ吹く風で、彼は再び信じられない言葉を放った。


「いつもは厳しくて綺麗、っちゅう印象やけど……今日は何や、綺麗で可愛らしいな」

「@*$#&%=~~~~~!!!?」


そう言って無邪気に笑う犬上君。

私は顔が一気に熱くなるのを感じた。

そ、そそそそ、その顔で可愛いなんて言うのはずるいと思う!!

何の気なしに、彼は口にしたのだろうけど、そんな男前に言われたら、思わずその気になってしまいそうだ。

……ま、まぁ中身は生徒な訳だし、その気になることなんて絶対ないんだけど。


「それに今日はメガネもあれへんし。メガネ取ったら、意外と可愛い顔立ちしてたんやな」

「っ!? お、大人をからかうものじゃありませんっ!!」


さ、さすがに二回目ともなると、耐性が付いて言い返すことは出来たけど……。

あー……ダメだ、まだ顔が熱い。

強めに言い返した私に、犬上君は苦笑いを浮かべた。


「別にからかってるつもりは……うん、俺はメガネかけてへん方が好きやで? メガネ属性ないし」

「メガネぞく……? 何ですか?」

「……いや、ただの妄言や、忘れてくれ」

「?」


どうにか平静を取り戻した私は、彼の提案で近くにあるス○バに移動することになった。










時刻は10時17分。

友人との待ち合わせには、まだ十分時間がある。

私は犬上君と、入念に打ち合わせをすることにした。

結構鋭くておまけに執念深いあの女のことだ、ちょっとでもボロを出すと、そこをチクチク突いてくるだろう。

そう言った事態にならないよう、打ち合わせは念入りにやっておく必要がある。

とりあえずは、彼の人物設定だろう。


「今の姿は、とりあえず24歳ということでよかったですね?」

「ああ、それで構へんやろ? 実際、相手にしてみれば、年齢なんて大した意味はあれへんやろうし」

「それもそうですね……」


私の言葉に、犬上君は悪戯の成功を楽しみにしてるかように笑った。

へぇ……普段は大人びていて逆に違和感を感じるけど、今の姿で話す彼の落ち着きようはむしろその姿に良くマッチしていた。

そうまるで、今の彼の姿こそが真実であるように。

1つ1つ確認事項を示して合わしていったが、やはり彼の落ち着きようは、逆に違和感を全く感じさせなかった。

注文したブレンドコーヒーを啜る姿などは、むしろ私よりも年上なんじゃないだろうか、と疑いたくなるほどだった。

大体の項目を決め終わって時計を確認すると、時刻は11時23分と、意外に余っていた。


「確認しておくことはこれくらでしょうけど、まだ時間がありますね。少しこのままここで時間を潰しましょう」

「せやな。あ、そういやデートってどこ行くん? 俺まだ聞いてへんねやけど?」

「そう言えば伝えていませんでしたね。友人とは学園都市内にある遊園地に行こうと話しています」


私の言葉に、犬上君は驚いたように目を丸くしていた。


「へぇ、意外やな。もっと大人し目というか、クラシックのコンサートとか美術館とかかと思てたで?」

「せっかくの休日ですし、それに犬上君もそう言った場所の方が楽しめるでしょう?」

「え? 何? もしかして俺に気遣うてくれたんか?」

「いえ、そう言う訳では……私自身、絶叫マシンは好きですしね」


確かあの遊園地には、最近落差東日本最大という謳い文句のコースターが出来たばかりだったはずだ。

実は前から乗ってみたくてうずうずしていたので、正直それは楽しみだった。

そんな私を、犬上君が何か微笑ましいものを見るような視線で見つめていた。、

し、しまった!? 顔が緩んでた!?


「わ、私の顔に何か?」

「いんや。ただ、刀子センセも意外に可愛いとこがあんねんな、って」

「べっ、別に良いでしょう!? それから、いつも言っていますが、教員を軽々しく下の名前で呼ばな……」


言いかけて、私は重要なことに気が付いた。

お互いの呼び方について、何も決め事をしていなかったのだ。

まぁ百歩譲って、私は今のままで良いにしても、さすがに今の犬上君に先生と呼ばせるのはまずいだろう。

いろいろと思案をしてみたが、彼の性格や話し方すると、女性をさん付けで呼ぶようなことはしないだろうし、ここは呼び捨てで呼んでもらうことにしよう。

一回りも年下の男の子に呼び捨てにされるのは弱冠抵抗があるけど……。


「……今日だけは特別です。私のことは下の名前で呼び捨てにして構いません」

「なら、センセも俺の事は下の名前で呼んでぇな?」

「は? 私は別にこのままでも……」

「いや、話を聞く限り、その友達いうんは鋭いんやろ? せやったら、その辺勘ぐられたら厄介やで?」


確かに、彼の言うことは一利ある。

まぁ刹那のことも呼び捨てにしているのだし、彼を呼び捨てにすることくらいなんということは……ない、わよね?

な、何だろう、それはもの凄く恥ずかしいことをしてるような気がしてきた。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼はあけすけにこんなことを言い始めた。


「ちょっと練習してみいひん?」

「え゛?」


れ、練習って……今、ここで!?

ま、まぁデート中は遊園地という人が密集した場所にいる訳だし、周囲の目を気にしないためにも、ここで練習をしておくべきか……。

……え、ええい、ままよ!!

私は自分を奮い立たせながら、彼の名をおずおずと口にした。


「……こ、小太郎?」

「何や、刀子?」


そう言って、にっ、と優しい笑みを浮かべる犬が……小太郎。

……これは反則でしょうっ!!!?

私の心拍数は生まれてから一番の快速で刻まれていた。

はっ、はずっっっ!!!?

な、何これ!? 何よこれっ!!!?

ただ名前で呼ばれただけでこの緊張感って何なのよ!?

そ、それもこれも、小太郎の容姿が無駄に良いのがいけないんだわ!!!!

私は自分を落ち着かせるために、心の中でそんな理不尽な責任転嫁をしてみた。


「……なんや照れくさいもんやな? 人を呼び捨てにするんは、いつもことなんやけど」


言いだしっぺだった小太郎も、どうやら恥ずかしかったらしく、照れくさそうに頬を掻いていた。

うぅ……こんな調子で、本当に今日のデートは大丈夫なのかしら。

もう一度時刻を確認すると、既に11時40分を回っていた。

そろそろ出てないとまずいか……。

私は昨日とは全く質の違う、弱冠の不安を覚えつつも小太郎を促して、待ち合わせ場所へと移動して行った。

葛葉刀子、一世一代の大芝居が、無事に成功することを祈りながら……。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 欲念邪意 女の人って本当に分かんないよ……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/11 23:51




「一応確認やけど、相手は一般人やんな?」


待ち合わせ場所に移動すると、不意に犬が……小太郎がそんなことを尋ねて来た。


「当然でしょう? でなければ、幻術なんて手段、最初から思いついたりしませんよ」

「そらそうやな」


もっとも、あの女は下手な魔法使いよりもよっぽど性質が悪い性格をしていたりするのだが。

大学時代に出場した、学園祭でのミスコンで、一体どれだけの妨害工作にあったことか……。

もちろん、それは代表的なものであって、あの女に被った被害を上げていくと限りがない。

……ああ!! 思い出しただけでも忌々しい!!


「と、刀子センセ? 何や、物凄い禍々しいオーラが出てるで?」

「はっ!? す、すみません、ついあの女のことを思い出して……」

「思い出してて……そ、その人自分の友達やんな?

「え、ええ……自分でもときどき自信がなくなりますが」


何であんなのと未だに友達でいられるのかが不思議でしょうがない。

時刻を確認すると、11時50分を過ぎたところだった。

時間には正確な子なので、そろそろ来る頃だと思うけど……。


「おーい、とーこー!!」

「あ、来たみたいですね」


時間の10分前にちょうど到着。

こういうところは素直に褒めてあげたい。

呼びかけられた方を振り返ると、少し跳ねたセミロングで元気そうな女性が、にこやかにこちらへと手を振っていた。

彼女こそ、私の大学時代の友人、尾上菊子だった。

私が大学で所属していた、剣道サークルでマネージャーをしていたことで知り合いとなったのだが、高校時代は彼女も剣道をしていたのだとか。

何かトラウマでもあったのか、当時は男性をやたら毛嫌いしていたのだが……。

周囲の女友達が次々と彼氏を作っていくことに焦りを感じて、認識を改めるようになったらしい。

先月の飲み会では、その一週間前に合コンがきっかけで付き合い始めた彼氏のことを、やたら惚気て来て鬱陶しいことこの上無かった。

学生時代は、私に彼氏が出来そうになると尽くそれを妨害し『刀子は最後まで私の味方でいて!!』なんて訳のわからないことをほざいていた癖に……

そういえば以前私の結婚式でも、最後まで私の元旦那のことを狙っていた。

……まぁ、結局別れてしまった男のことなんてどーでもいいですけどっ!!

菊子は私と目が合うと、嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。

しかし、おかしなことに、本日連れて来てもらうことになっていた彼氏の姿は見えない。

彼氏と一緒に来る約束をしていた訳じゃないのだろうか?


「ひっさしぶり!! 元気してた?」

「久しぶり。あなたほどの元気はないわよ……ところで、彼氏は一緒じゃなかったの?」

「うぐっ!?」


駆け寄って来た菊子に、そう質問すると、菊子はどういう訳か、急所を突かれたかのような声を上げて固まってしまった。

……どうしたのだろうか? 彼氏の都合が悪くなって来れない、とか?

だとすると、わざわざ小太郎に頼んで来てもらった意味が半減するなぁ……。


「……かれたの……」

「え? ごめん、聞き取れなかったんだけど……」

「だからっ、先週別れちゃったのっ!!!!」

「は?」


前言撤回、小太郎に頼んだ意味なんて全くなかった。

それならそうと早く言って来なさいよ!?

この一週間、私が今日の事を考えてどれだけ苦しんだと思ってるの!?

しかも、飲み会での話からすると、付き合い始めて一か月も経ってないじゃない……。

いったい何をしたのよこの子……。

既に菊子は半泣き状態だったため、それ以上突っ込んだことを聞くのははばかられた。

が、次の瞬間、菊子は周囲を見回したかと思うと、急に嬉しそうな顔をして、ぎゅっと両手で私の右手を握って来た。


「でもやっぱり刀子は私の味方でいてくれたのね!?」

「は? 何を言ってるの?」

「だって、結局刀子も若い燕捕まえられなくて、一人で来たんでしょ?」

「…………」


こ、この女……。

私を見つけた時の嬉しそうな表情はそれが理由か!?

し、しかも隣にいる小太郎は、どうやらイケメン過ぎるため、まるっきり私の彼氏だとは認識していないらしい。

小太郎に言って彼氏の振りはやっぱり良い、なんて頼もうと思ったが、止めた。

少しこの女の悔しがる姿を楽しませてもらおう。

私は珍しく底意地の悪い笑みを浮かべて、菊子に言った。


「喜んでるところ悪いけど、さっきから隣にいるわよ?」

「え……?」


私にそう言われて、菊子はゆっくりと小太郎の方へと首を動かした。

ばちっと、二人の視線が正面からかち合う。


「ども、初めまして」


にっ、と小太郎が笑った瞬間、菊子の顔がみるみる赤く染まっていった。

……ね? やっぱり今の彼の容姿は反則でしょう?

菊子は前置きもなく握っていた私の手を引っ張って、小太郎から少し離れた噴水の裏側へと連れて行った。


「ちょちょちょちょっ!? どーゆーことっ!? どーーーゆーーーことーーーっ!!!?」

「ちょ、ちょっと、落ち着きなさい、みっともない……」


小声ではあったものの、菊子は随分動揺しているようで、真っ赤な顔のままでそんなことを叫んだ。

凄い優越感……今初めて小太郎に彼氏役をお願いして正解だったと思えたわ。


「ま、ままま前の旦那より断然イケメンじゃない!? しかも若ぇっ!! いくつだあいつ!?」

「前の旦那の話はするな!! ……歳は24よ。だから言ったでしょ? 私だって本気を出せば、って」

「げ、解せないっ……あんた、何か怪しい術でも使ったんじゃないの!?」

「ひ、人聞きが悪いこと言わないでよ……」


幻術を使っているため、術を使っているというのはあながち間違っていない。

や、やっぱりこの女、油断できないわね……。

あまり小太郎を放っておいても悪い気がしたので、私は何とか菊子を宥めすかして、小太郎の元へと戻って行った。


「お、内緒話はもう良えんか?」


戻って来た私たちを見て、小太郎かもう一度微笑む。

何度か目にしていたため、私は大分耐性が付いて来たけど、菊子の方はそうもいかないらしく、彼の笑顔に再び顔を真っ赤にしていた。


「ええ、待たせてしまいましたね(というか、どうせ聞こえていたんでしょう?)」


確か彼の聴力は犬並だったはず、あの程度離れたくらいの小声なら、きっと聞き取れていたに違いない。

そう思って、菊子に分からないよう、小声で呼びかけると、小太郎は苦笑いを浮かべた。


「いや全然待ってへんよ?(まぁ、な……ホンマ鋭い姉ちゃんやな? 幻術がバレたか思て焦ったわ)


どうやら彼も私と同じことで焦っていたらしい。

私はとりあえず気を取り直して、小太郎に彼女のことを紹介することにした。


「小太郎、こちら私の大学時代の友人で、尾上菊子です」

「よっ、よろしくお願いします!!」

「で、菊子、こっちが私のか……か、彼氏の、犬上 小太郎」


あ、改めて彼氏なんて言うと、相当に照れるっ!!

小太郎は、私のそんな動揺に気付いているのかいないのか、相変わらずの笑みを浮かべていた。


「改めて、初めまして、いつも刀子がお世話になってます」

「……小太郎? むしろ世話をしてるのは私ですからね?」


飲み会の度に酔い潰れるこの女に、私がどれだけ苦労させられてきたことか……。

まぁ、小太郎は特に意識せず、社交辞令として言ってるのだろう。

その辺の対応の仕方といい、自然体な態度といい……やっぱり、中学生って嘘なんじゃないの?


「お、驚いた……まさか刀子にこんなイケメンの彼氏が出来るなんて……」

「あははっ、そらおおきに。お世辞でも嬉しいわ」


赤い顔のまま、動揺も隠しきれずに呟く菊子に、小太郎が楽しそうにそんなことを言う。

いや、多分菊子はお世辞のつもりで何て言ってないと思う……。

それはさておき、菊子の方が彼氏を連れて来てないのでは、今日の賭けはそれ自体が破綻だろう。

小太郎にいらぬ苦労をさせるのも気が引けるし、何とか今日は解散という運びに持っていきたい。

そう思って話を、進めようとした矢先。


「ところで小太郎君、年上の女性についてどう思うかな?」


あけすけに、菊子が小太郎へそんなことを聞き始めた。

な、何を考えているのかしら?


「へ? そりゃあ、落ち着きがあって魅力的やと思うけども……」

「あ、まぁ刀子と付き合ってるんだしそうだよね。それじゃあ、好みの女性のタイプは? 刀子以外で」


困惑したように答える小太郎に、菊子はにこやかに質問を続ける。

……こ、これはまさか……!?


「菊子、あんたまさか、小太郎のこと口説こうとか思ってないわよね……?」

「っ!?(びくっ) ……そ、そんなことない、わよ?」


やっぱりか、この性悪女!!


「あんたいい加減にしなさいよ!? 私の結婚式の二次会でも元旦那を口説こうとしてたわよね!?」

「さ、さぁ? そ、そうだったかしら? そ、それより、前の旦那の話しは聞きたくないんじゃなかったの!?」

「い、いけしゃあしゃあと……!!」


や、やっぱり駄目だ!!

この女は、いたいけな男子中学生には有毒すぎる!!

一刻も早くこの場を離れないと……!!

私は小太郎の手を取って、この場から離れることにした。


「小太郎、帰りますよ!!」

「へ? あ、ちょ、え、良えんか?」

「あんな歩く有害図書は放っておきなさい!!」


無理やりにでも小太郎をここから連れ出さないと、あの女、彼に何を吹き込むか分かったものじゃない。

可愛い教え子を守るためにも、ここは心を鬼にして、ここを立ち去らないと!!

そう思って歩き出そうとした私の腰に、菊子は、がしっ、と抱きついてきた。


「ちょっ、待って刀子!! 冗談だからっ!! もうしないからっ!!」

「う、嘘おっしゃい!? あんた完全に本気の目だったじゃないの!?」

「そ、そんなことないって!! お願いだから!! あんたにまで見放されたら、私今日一日寂しくて死んじゃうから!!」


涙ながらに、そう私に縋りつく菊子。

う……確かに、失恋から一週間では、心に空いた穴は埋められまい。

その寂しさは分からないでもないけど、ここで甘い顔をしてしまうと、小太郎にこのバカ女の魔の手が……。

だ、ダメよ刀子!! 

彼氏の振りでさえ大分ギリギリ(というかアウト)なのに、これ以上小太郎を変なことに巻き込むつもり!?

そう思って、何とか彼女を振り切ろうとしていると、小太郎がおもむろにこんなことを言い出した。


「ま、まぁまぁ、刀子。もうせえへん言うてるし、少しぐらい付き合ったったら良えがな」

「なっ!?」


ひ、人が誰のためを思って……!!

ま、まぁ確かに、失恋してしまったことは可哀そうだし、寂しいという気持ちは良く分かる。

それに、小太郎までこう言っているのに、無理やり押しきるのも大人げない気がする。

私はしぶしぶ、足を止めた。


「……はぁ、分かりました。菊子、次小太郎に妙なこと言い出したら……分かってるわよね?」

「うんっ!! 大丈夫、大丈夫!!」


本当に分かってるのかしら……?

元気を取り戻した菊子の笑みに、そこはかとない不安を感じながら、私は二人と一緒に昼食を取るため、近くのファミレスへと移動することにした。











注文を終えて、私たちはこれからどうするのかを決めることにした。

私としては、出来るだけ早く開放して貰いたい。

というか、一刻も早くこのバカ女と小太郎を引き離したくてしょうがない。

なので、正直昼食を取った後は、解散の方向で話を進めたかったのだが……。


「予定通り遊園地に行こう!!」


……バカだバカだとは思っていたけど、どうやらこの子、本当に手の施しようがないバカだったらしい。

何が悲しくて、カップル+1などという不思議な組み合わせで遊園地に行かなくちゃいけないのだろう。

むしろ菊子の物悲しさが増すだけだと思うんだけど?

……いや、多分まだ小太郎のことを何とか口説こうと思ってるんだろうけどね……。

そんな彼女の提案に、私が異を唱えるよりも早く、小太郎が答えていた。


「良えんとちゃう? 刀子も、新しい絶叫マシン乗りたかってんやろ?」

「う……ま、まぁそうですが……というか、私そんなこと言ってました?」

「いや、絶叫マシンが好きとしか言うてへんけど、あそこの新しいアトラクション、ニュースでも取り上げられてたさかい」


ああ、それで絶叫マシンが好き、という情報だけでそれが分かったのか。

確かに、新しいアトラクションには興味があるけど……。

ま、まぁ菊子は、私がきちんと見張っておけば大丈夫かな?

というわけで、私は結局、菊子の案を呑むことにした。

……何だか、今日は流されてばっかりな気がする……私ってこんなキャラだったかしら?

そんな風に頭を悩ませていると、菊子は突然、私と小太郎の間の空間をじいっと凝視し始めた。

あ、ちなみに今の席は4人掛けのテーブでに片側に小太郎と私、対面に菊子という座席で座っている。

私は菊子の視線が気になって、彼女に直接尋ねてみた。


「どうしたの?」

「んー? いや、ちょっと、さっきから見てて思ったんだけど、何か二人の距離って、カップルって言うには遠い気がして……」

「っ!?」


余りの驚きに、心臓が口から飛び出しそうになった。

こ、この女、やはり侮れない……!!

早速、私と小太郎が偽カップルだと疑い始めてるなんて。

こ、こは慎重に切り返さないと……。


「ああ、人前でべたべたすると、刀子に張り倒されんねん」


上手い返しを思案する私を余所に小太郎は、何気ない風にそう返していた。

少し苦笑いを浮かべながら、刀子は照れ屋さんやから、なんてダメ押しまでする始末。

非の打ちどころの無い、完璧な対応だった。

な、何なのよその落ち着きは!?

こっちがいつバレるかと、びくびくしているのが恥ずかしくなってしまうほどの落ち着きぶり。

本当は小太郎っていくつなんですか!?


「あー確かにそういうとこあるよねー」


小太郎の返しが自然過ぎて、そんな風に納得している菊子。

と、とりあえず、当面の危機は去ったか……。

ちら、と横目で小太郎を盗み見ると、含みのある笑みを浮かべて、私にしか見えないよう、右の親指を立てていた。


「ところで、二人はどうやって知り合ったの? 哀れな私に、イケメンゲットの秘訣を教えて欲しいんだけど……」


……危機、全然去ってないじゃない!?

な、何!? もしかして、料理が来るまで延々とこの尋問は続くの!?

正直私の胃はさっきからきりきりと痛みを訴えっぱなしですよ!?

料理なんて運ばれて来ても喉を通らない気さえする。

再び私が何て答えたものかと迷っていると、やはり小太郎が先に答え始めてくれた。


「俺が仕事で麻帆良に行ったときに知り合うてん」

「へぇ……小太郎君って、どんなお仕事してるの?」

「ちょっ!?」


こ、小太郎!?

その対応は間違いだったんじゃないの!?

さっき確認した項目の中に、小太郎の職業というものは含まれていなかった。

へ、下手な受け答えをしたら、私の見栄っ張り加減が露呈されて恥ずかしいことに……。

こ、このバカ女だけにはそんな醜態曝したくない!!


「一応慈善事業……NGOに所属してん」

「NGOに? へぇ、大変そうだね? それじゃあ麻帆良には募金のお願いとかで?」

「まぁそんなところやな」


私の心配をあっさり裏切って、小太郎は初めからその答えを用意していたようにそう答えた。

しかし、そんな発想が良く出たものね……。

確かにNGOの活動は公になっているものの、範囲が広すぎて、その実態が一般に浸透していない。

菊子を煙に撒くには、最良の選択だったと言えるだろう。

さて……次はどんな質問を繰り出してくる気?

私は、今度こそ菊子の質問に答えようと身構えた。

しかし……。


「で、実はこれが一番気になってたんだけど……どっちから告白したの?」


にんまりと、実に楽しげな笑みを浮かべて言った菊子に、私の思考は完全に停止していた。

……そ、そんなの、想像するだけで恥ずかしくて、何も設定なんて考えてないわよぉっ!!!?

こ、小太郎に下手なことを言わせる前に、私からと言ってしまうべきだろうか!?

し、しかし、その後小太郎ほど上手に切り返せる自信もない……ど、どうすれば!?

迷っている私を余所に、結局は同じように小太郎が声を発していた。


「―――――俺の一目惚れや」

「「へ?」」


…………はっ!?

い、今私、一瞬気絶してた!?

な、ななな、何でよりによってそういう切り返しを選択するのかしら!?

そ、その顔で照れ臭そうに、それも迷いなくそんなこと言われたら、女は堪ったものじゃないわよ!?

どうやら、菊子も同じ考えだったらしく、真っ赤になった顔をぱたぱたと掌で仰いでいた。


「いやー……まいった。ちょっとからかうつもりだったんだけど、小太郎君微塵も動じないんだもんなー……ちょっと私、顔洗って出直すことにするよ」


そう言って席を立つと、菊子はどこか夢遊病患者のような足取りで、ふらふらとお手洗いに消えていった。

……はぁ~~~っ、よ、ようやく謎の緊張感から解放された……。

小太郎の方へ振り返ると、彼もやれやれといった体で、深く溜息をついていた。


「……た、助かりました。それにしても、よくあんな切り返しが思いつきますね?」

「いえ、どういたしまして。最初のんは、ちらちら見られてたん気付いてたしな、答えを用意しててん。職業は、前に知り合いが似たようなとこで使うてたから」


な、なるほど、彼自身の咄嗟の思いつきじゃなかったのね……。

まぁ、どんない大人びて見えても、彼はいち中学生な訳だし当然か。

いや、それでも十分年齢不相応に落ち着いているけど……。

……そ、それにしても、最後の返答はどういう思いつきなのかしら?

も、もしかして、小太郎、本当に私のことを……?

あまりに迷いなく答えていたため、ついそんな考えが頭をよぎってしまう。

そう言えば、色んな女の子に言い寄られてはいるけど、特定の子がいる訳ではないと、刹那は言っていた。

……それはもしかして、本命がいたから?

私は、彼が自分の生徒だと言うことを一瞬忘れて、彼にそのことを問いかけていた。


「あ、あの……最後の答えは、どうして?」

「ん? ああ、一目惚れってやつかいな? んー、やっぱそれが一番しっくり来る思てな」

「しっ、しっくり来る!!!?」


そ、そそそ、それじゃあやっぱり、小太郎は私のことをっ!!!?

……だ、ダメよ刀子!? か、彼は自分の教え子なのよ!? そ、それも今年中学に入ったばかりの1年生!!

い、いくら今の外見が24歳相当だとしても、いくら彼の雰囲気が大人びているからと言っても、教師と生徒の垣根を超えるなんて犯罪じゃない!!!?

あ、ああ、でも……彼が高校を卒業するのを待って、それからでも遅くは……。

さっきの菊子との会話を聞く限りだと、彼は年齢なんて気にするタイプじゃないようだし……。

って、何を考えてるの私はっ!?


「馴れ初めやらなんやら、理屈をごねられたら面倒やしな」

「へ?」

「俺の一目惚れってことにしといたら、それ以上突っ込まれへんやろ?」

「……」


……な、なんだ、そういうこと……私はてっきり……。

そうよね、まだ中学生ですもの、教師にそんな感情を抱いたりなんて、そうそうないわよね。

何、一人で舞い上がってたのかしら。

思い出したら、急に恥ずかしくなって来てしまった。

……それもこれも、小太郎の言い回しが紛らわしいのが悪いのよっ!!


「あれ、刀子センセ、顔赤いで? どないしたん?」

「な、何でもありません!!」

「? な、何を怒っおるんや?」

「別にっ!! 何でもないって言ってるでしょう!?」

「???」


急に怒り出した私に、小太郎は不思議そうな顔をするばかりだった。

ほどなくして、料理が運ばれて来て、菊子も戻ってきたため、私たちはすぐに昼食を終え、予定通り遊園地へと向かう運びとなった。











「あーーーー、楽しかったーーーーっ!!」

「そりゃあれだけ叫べばね……」


駅に戻って来て、ぐうっ、と背伸びをする菊子に、私は呆れた声でそう言った。

あの後、私たちは遊園地で日暮れまで遊び倒した。

当初の懸念要素だった、菊子による小太郎へのアタックはしばしばあったものの、私が目を光らせていたため、そんな思いきったことは出来なかったらしい。

私も私で、目当てだったコースターにも乗れ、文句を言っていた割には楽しんでいたと思う。

小太郎もそれなりに楽しんでいたようだったが、子どもらしくはしゃいだり、ということはなく、やはり落ち着いた様子で、ときには楽しそうにする菊子を優しく見守っているような節さえあった。

日暮れが近づいたことで、菊子の仕事の都合により、引き上げの時間となってしまったため、私たちはこうして、駅へと彼女を見送りに来ていた。


「お、電車結構すぐ来るみたい」

「そうなの? それじゃあ、気を付けて帰りなさい」


電光掲示板を確認して言う菊子。

私がそう言うと、にっ、と子どものように笑って手を振った。


「今日はありがとうね。おかげで別れた寂しさも吹っ飛んだよ」

「そう……まぁ寂しくなったらメールの相手くらいならしてあげるわよ?」

「うん、そんときはよろしく」


珍しく素直に頷いて、菊子は改札へと駆けて行った。

が、突然こちらへ向き直ると、大きな声でこう叫んだ。


「こたろーくーん!! とーこに飽きたらー、すぐに連絡してねー!?」

「ちょっ!? 何ふざけたこと言ってんのよっ!!!?」


私に怒鳴られると、菊子はそそくさと改札を抜けて行った。

全く、あの女は……いくつになっても子どもっぽさが抜けないんだから。

そこが少し羨ましくもあるが、面倒を見させられる方は堪ったものじゃない。

あの破天荒さを思い出すと、思わず苦笑いがこぼれた。


「……まぁ、ああ言う冗談は、ホンマに仲が良くないと言えへんよな?」


その様子を伺っていた小太郎が、含みのある笑みを浮かべてそう言う。

私は同じような笑みを浮かべて、それに答えた。


「ええ、そうかも知れませんね……」











菊子を見送った私と小太郎は、連れだって学園都市への帰り道を歩いていた。

良く良く考えてみると、もう菊子はいないのだから、彼のことを名前で呼ぶ必要はないのだが。

何となく、それが惜しい気がして、私は未だに、彼のことを名前で呼んでいた。


「今日は本当にありがとうございました。おかげで、あのバカの鼻を明かすことも出来ましたし」


改めてお礼を言うと、小太郎は珍しく子どもっぽい、悪戯が成功したときのような笑みを浮かべた。


「いやいや、こちらこそ。全校男子の憧れ、刀子センセとデートが出来たんや、これでお礼なんて言われたら罰が当たりそうやわ」

「っ!?」


そんな小太郎の言葉に、私は気恥しくなって、思わず視線を反対側に逸らしてしまった。

……や、やっぱり、今日の私はどこか変だ。

と、言うよりも、昼のファミレスの一件以来、どうしても小太郎のことを、異性として意識してしまっている自分がいる。


『―――――俺の一目惚れや』


お、思い出しただけで顔が熱いっ!!

もっとも、彼はその場を乗り切るために、最善を尽くしてくれただけで、特に意味のあった発言ではなかったのだろうが。

実際、それを意識しているのは私だけだろうし、こんなことでは、週明けからどんな顔をして彼に会えば良いのやら……。

……って、これじゃあまるで、私が小太郎のことを好きみたいじゃないっ!?

な、なな、何を考えているのよ刀子!?

か、彼は教え子でしょう!?

……けれど、今日改めて感じた、彼の不思議な雰囲気。

紛れもなく中学生の筈なのに、時折、私よりも年上なのじゃないかと感じさせる、優しげな表情。

1つ仮説を立てるなら、それは彼の経験してきた出来ごとによるものが大きいのかもしれない。

夏期休校中に、学園の魔法関係者を震撼させた、襲撃事件。

あくまで噂話だったが、その襲撃犯は、小太郎の実の兄だということだった。

学園長からの話だと、彼は幼くして家族を全て喪い、関西呪術協会の長に拾われて、今まで武芸の研鑽ばかりを積んできたのだという。

それは、どれだけの茨の道だっただろう。

頼るものの無い彼は、たった一人で大人たちと対等に渡り合うために、ああいう話術や、年齢不相応の落ち着きを、獲得せざるを得なかったのかも知れない。

いつもあっけらかんとしているが、その実、彼は心身にたくさんの傷を負っているのだろう。

……そう思うと、何だか、無性に彼に何かをしてあげたいと感じてしまう。

それこそ、恋人のように寄り添い、彼の痛みを半分背負うくらいなら、私にも……。

……って、だからそれはダメだってばっ!!!?


―――――がつっ……


「きゃっ!?」


考えごとをしながら歩いていたせいだろう、普段なら絶対躓かないような、アスファルトの窪みに、私は見事に足を取られた。

既に姿勢は完全に落下態勢だったため、私は諦めて受け身を取ろうと身構えた。

……教え子の前で、こんな醜態を曝すなんて……。

そんな物悲しさに打ちひしがれる私だったが、その衝突は、意外なことで回避されてしまった。


―――――ぎゅっ……


「えっ……」


え? 何? 何が起きたの?

地面との接触は避けられない、そう思った私の体は、後ろから、力強い何かによって抱き締められていた。

本当に何が起こったのか分からなくて……いや、本当は分かっていたけど、余りに想定外のことだったから、脳がそれを無意識に否定してしまっていたのかもしれない。

状況を確認するために、後ろを振り返ると、そこには……。


「あっぶな、ホンマ、今日はどないしてん?」


心配そうに、私の顔を覗き込む、小太郎の顔があった。

それも、小さな息遣いまで伝わるほど近くに。

え? え?

それでもまだ現状が理解できなくて、私は自分の身体を支えてくれている、何かに目を落とした。

そこには、小太郎のものと思しき二本の腕が、しっかりと私の腰辺りを抱きこんでいて……つまり……。


―――――私は、小太郎に抱き締められていたのだった。


状況を理解した瞬間、私の思考は焼き切れそうになった。


「@*$#&%=~~~~~!!!?」


声を発したいけど、言葉にならない。

何で!? どうして!?

そんな言葉ばかりが、頭の中をぐるぐると回る。

今までだって、任務中に怪我を負って、同僚の男性に肩を貸してもらったり、抱き抱えられたりすることは何度かあった。

それでも、その時にこれほどまで胸の高鳴りを感じたことなんてなかったのに……。

あの時は任務だと割り切っていたから?

……違う。

同じ状況でも、きっとそれが小太郎なら、私は同じように冷静でいられなかっただろう。

無垢な少女のように顔を赤らめ、話すことすら、きっとままならなくなる。

つまり私は、小太郎のことを……。


―――――すっ……


不意に、腰にまわされていた、小太郎の腕が離れる。

その瞬間、私は胸がきゅっ、と締め付けられるような、そんな切なさを感じた。

これは……もう、否定しようがない。

どうやら私は、教え子に、この犬上小太郎に……。


―――――恋を、してしまっている。


それを認めてしまった瞬間、私は急激に顔が熱くなって行くのを感じた。

私から手を離した小太郎は、私の正面へと来て、やはり心配そうに、私の顔を見つめる。


「大丈夫か? 何や今日は調子悪いみたいやな。早いとこ帰って休み」

「え、あ、う……は、はい、そ、そうします、ね」


絞り出すように、私がそう答えると、小太郎は満足げに笑って頷いた。

その笑顔に、また胸がきゅうんと締め付けられる。

一度自覚してしまった想いは、もはや止めることは出来なかった。


「……あの、小太郎」

「ん? 何や? やっぱり具合悪いんか? 何なら宿舎まで負ぶってたろか?」


そ、その申し出は非常に魅力的だけど……どうせならお姫様抱っこの方が……ではなくてっ!!

私はそんなことを口走りそうになるのを、必死で押し留めて、小太郎にその疑問をぶつけていた。


「昼間、菊子にされた質問……年上の女性を、どう思うか、という質問への答え……あれは、本心ですか?」


彼は年上の女性を、魅力的だと、そう返していた。

もし、それが本当なら、心から、そう思っているのなら……。

……私にも、彼を振り向かせるチャンスがあるかもしれない。

そんな淡い期待を抱いてしまった。

小太郎は私の、そんな突拍子もない質問に、しかし笑顔を浮かべて、こう答えた。


「ああ、もちろんやで?」


頭が真っ白になった。

それはつまり、やはり私にも、チャンスがあるということだろうか?

年甲斐もなく、異性にこんな想いを抱くことが、許されると言うことだろうか?

嬉しくて、思わず頬が緩む。

私は、こんな単純な性格だっただろうか?

……いや、きっとこれは小太郎のせいなのだろう。

彼の不思議な魅力が、周囲の女性たちをそうさせてしまうから、彼の周りには、いつも色んな女性が後を絶たない。

……どうやら、これはなかなか分の悪い勝負に、私は乗り出してしまったのかもしれない。

けれど、後悔はない。

年上の女性に魅力を感じているというのなら、私にも勝機がある、

いつか、絶対に彼を振り向かせて見せる。

そんなことを思っている私に、彼は空気をまるで読まない、爆弾発言を投下してくれた。


「つか、須らく女性は好きやけどな」

「……は?」


思わず、目が点になる。

彼は今、何と言った?


「いや、女性の魅力って、一人一人ちゃうやろ? そういう個人の差異を含めて、俺は須らく女性は好きやねん」

「そ、それじゃあ、特別年上が好みということは?」

「んー……特にこういう女が好き、っちゅうんはないなぁ」


な、ななっ!?

ひ、人にあれだけ期待させておいて、この朴念仁は……!!


「あ、あれ? どないしたん? 刀子センセ、何か震えてへん?」

「……このっ……女っ誑しっ!!!!」


―――――ばっちぃんっっ……


「ひでぶっ!!!?」


闇を劈く快音が鳴り響き、小太郎はまるで蹴られた空き缶のように宙を舞った。

し、しまったっ!? 思わず気を込めて引っ叩いてしまった!!

ど、どうしよう……え、えと、こんなときは……そう!!


―――――三十六計逃げるに如かず。


私は、わき目も振らず、女性職員宿舎に向かって駆け出していた。


「こっ、これくらいじゃ、諦めないんだからねーーーーっっ!!!!」


半泣きになりつつ、そんなことを叫びながら。

……見てなさいよ、小太郎!!

いつか絶対、私以外の女なんて、目に映らないくらい夢中にさせてみせるんだからっ!!!!












【オマケ:はぁとふるこのせつ+1劇場】


「おつつ……何やねん、何で俺引っ叩かれなあかんかってん……それも気まで使うて……」

「あれ、コタ君?」

「ん? ああ、木乃香に刹那やないか」

「あ、やっぱり小太郎さんだったんですね、いつもの学ランじゃないから、一瞬違う方かと」

「ああ、まぁ知り合いの頼みでちょっとな……」

「そうなん? けど、そういう格好も似合うとるえ?」

「まぁ、自分では良ぉ分からん」

「……小太郎さん、つかぬことをお伺いしますが、知り合いの方とは、女性の方じゃありませんよね?」

「え゛? な、何でや? そ、そんなことあれへんよ?」

「……女の人とおったん?」

「な、なんやねん、木乃香まで!? 俺にそんな甲斐性があれへんことくらい知ってるやろ!?」

「む、そこまで言うのなら、そうなのでしょうが……」

「はれ? コタ君、肩になんかついとるえ?」

「ん? 何やろ?」

「……これ、女の人の髪とちゃうん?」

「っ!? しもたっ!? さっき抱き締めた時にっ……!?」

「……聞き違いでしょうか? 今『抱き締めた』と聞こえましたが……」

「……コタ君、ちょっとお話聞かせてもろてもええかな?(にこっ)」

「きょ、今日は厄日かーーーーっ!!!?」



―――――――――――小太郎の安息の瞬間は遠い。











【オマケ2:とーこてんてー奮闘記】


「あれ? 葛葉先生、コンタクトに変えられたんですか?」


月一回行われている全学部合同職員会議で、久しぶりにあった源先生が、そんなことを尋ねて来た。


「はい。最近、少し気になる男性に、こっちの方が可愛いと言われまして」

「まぁ! ふふっ、葛葉先生も隅におけませんね?」


嬉しそうに笑う源先生だったが、私の胸中はそれほど穏やかではなかった。


「いえ、少し倍率の高そうな相手なので、これくらいでは多分振り向いてくれない気もしています……」

「あら、そうなんですか? ……葛葉先生みたいな美人の方でもそう思うなんて、相手の男性は、よっぽど格好良い方なんでしょうね?」


にこにこと、穏やかにそう言う源先生。

その言葉には否定する要素など何一つない。

私は、満面の笑みを持って返した。


「それはもう。少し鈍感なところが玉に傷ですが……落ち着きがあって、優しい子です」

「あらあら……(葛葉先生、まるで学生みたい……罪な人もいたものねぇ……ん? 優しい子? 子、って……まさか学生? そ、そんなはずないわよね?)」





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 31時間目 旱天慈雨 幼女(見た目)のエロい発言は心臓に悪いと思わんかね? 
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/12 23:19



「さすがに11月にもなると、朝は寒いなぁ……」


そんなことをぼやきながら、俺は早朝の学園都市住宅街をぽてぽてと歩いていた。

時刻は午前4時過ぎ。

いつもだったら目覚めてもいないこの時間に、なんでこんなことを歩いているのか。

そんなの学園長に押し付けられた厄介事意外に、何があると言うのだ。

ちなみに今回の任務内容は『昨晩学園に侵入した、何者かの捕縛』とのこと。

学園結界の反応から、小型の魔物であると推測されている。

数値的には、魔法生徒なら片手で捻れるレベルの小物らしいが、さすがに一般生徒にどんな影響があるか分からないため、こうして俺が駆り出されている。

魔力が低いと言っても、とんでもない特殊能力を持ってたりするしね。

原作ののどかなんて良い例だと思う。

で、俺にお鉢が回って来た最大の理由は、その探索能力の高さ。

学園長のジジィ、木乃香の一件で完全に俺の使い方を覚えやがった。

最近では探知魔法に引っかからないような、遺失物の探索と回収、或いは侵入者の確保なんていう面倒臭い任務ばかりが俺に回って来ていた。

現在こうしているのも、侵入者が使用したと思しき経路から、その匂いを辿って来たせいである。

……あー、物騒な話だが、たまにはこう、がぁーっと暴れたい。

夏休みの兄貴による襲撃事件からこっち、麻帆良はいたって平和そのものだった。

最近ではタカミチも仕事が忙しいらしくて、手合わせをしてくれないし。

刹那も木乃香と和解したことで、何かと彼女と一緒に出掛けたり任務だったりで捕まらない。

まぁ、俺自身も面倒事を押し付けられっぱなしで、なかなか時間的な余裕がないしな。

高音に操影術を教わってたときは、何やかんやで、彼女と模擬戦とかしてたし、それなりに暴れられていたんだが、それも9月の段階で修めてしまったしな。

魔力を引き出すという当初の目的に加えて、『影の鎧』までの操影術は完全にマスターした。

高音からは、予想以上の早さでした、と評されて、なかなかに鼻が高い思いだった。

しかしまぁ、それは彼女の教え方が良かったことと、俺自身が狗神の扱いに慣れていたおかげで、影精への呼びかけが、結構簡単に出来たことに起因するのだが。

ともかく、それもなくなってから2カ月、俺の戦闘狂としての血が、こう騒ぐのだ。

派手に暴れさせてくれ、と。

さすがにこの性癖はヤバいんじゃないかと思って、一応エヴァにも相談してみたりもしたのだが……。










『ずずっ……定期的に暴れたくなる?』


事情を話した俺に、つまった鼻を啜りながら、エヴァは不思議そうな顔をしてそう答えた。

何でも、この話をした2、3日前から軽い風邪を引いていたらしい。

いつもなら俺が別荘に入ると、頼んでもないのに付いて来てちゃちゃを入れるのに、この日ばかりは大人しくベッドで寝ていた。

花柄フリルのパジャマが実に可愛らしくて目の保養対策は万全だった。


『ああ。俺、そんな破壊主義者なつもりもないんやけどな』


理性を失って大暴れ、なんてことはないだろうが、正直なところこれは余り良い傾向とは思えない。

いつぞや話した、戦闘狂の欠点の最たるものとして、己の戦闘欲を満たすためだけに、周囲の犠牲を厭わなくなる、というものが挙げられる

自分がそうなるとは思えないが、少しでも仲間に対するリスクは排除しておきたい。

でなければ、周囲を護りたい、という俺の誓いを、とてもじゃないが守れている気がしなかった。

するとエヴァは、どこか納得したように頷いていた。


『ふむ……まぁ、貴様は私たち吸血鬼のような精霊に類される魔族ではないしな』

『そらどういうことや?』


彼女の言葉の意味を図りかねて尋ねると、彼女はぴっと人差し指を立てて、いつぞやのように丁寧に説明してくれた。

それにしてもこの人外幼女、ノリノリである……何だかんだ言ってても、やっぱり面倒見が良いよね。


『精霊種に類される魔族は、最初から人間と同等の知性と理性を持つが、お前たちのような魔獣種に類される魔族は、生来の理性が著しく弱い』

『あー……確かに、動物やと、戦闘欲は闘争本能て言い換えられるもんな』

『そういうことだ。本来ならば、魔獣種は長い年月をかけて、その凶暴性を抑えられる理性と知性、そして魔力を身につけていく』

『けど、それやったら、俺は半分人間なんやから、その理性を最初から持ってるんとちゃうん?』


もちろん、人間の理性だって後天的に獲得するものだとは分かっているが。

俺の場合、一度人生をリセットされてるせいで、最初から理性を持っていたはずなのだ。

もちろんその辺りの事情はエヴァには話してはいないが、それでも、半分人間であることで、俺は通常の魔獣種より理性の獲得が早くてしかるべきだ。

だというのに、ある程度肉体も精神も、魔力までもが成長してきた今になって、こんな戦闘衝動に駆られるというのは、納得がいかなかった。


『魔族の本能は、そう生易しいものではない。逆に半妖だからこそ、それを抑える魔力……この場合は、それを制御する精神力というべきか。ともかく、それが不足しているのだろう』

『なるほど……メンタルの話をすると、人間は魔族よりストレスに弱そうやもんな』


言われて初めて、その事実に思い至った。

なるほどね。

エヴァの話をまとめるなら、人間らしい知性を持つが故にストレスに過敏になり、揺るがぬ精神力が欠如してしまっていると、そう言うことだろう。

俺の場合、母親が高位の術者であったが故に、それを制御するための魔力が少なからず受け継がれたことで、これまで暴走することなく過ごせていたのだろう。

しかし……半妖が嫌われる由縁は、案外そこにあるのかも知れない。

魔族の強大な力を持ちながら、それを御するための精神力を欠いている。

それは一歩間違えば、味方に牙を剥く、危険な存在になりかねないということ……。

自分が刹那たちに、殺意とともに刃を向けるシーンを想像して、思わず背筋が寒くなった。

俺が何を想像したのか、その表情から察したのだろう、エヴァが含みのある笑みを浮かべた。


『まぁ暴走する貴様と闘うのも、面白そうではあるな』

『……勘弁してくれ。味方に剣を向けるなんて、死んでもゴメンや』


げんなりして俺がそう答えると、逆にエヴァは満足そうに笑った。


『まぁそうなりたくないのであれば、定期的に魔力を発散させてやることだ。無駄にため込むと、いつその闘争心が暴走するか分からんからな』

『発散て……これでも、結構日常生活で魔力使うてると思うで?』


移動に便利な転移魔法は日常的に使うしな。

最近では身代わりのヒトガタに、影分身と『影の人形』を利用して作った『完全自立型完コピ影武者人形:ニセコタ1号』なんてものまで使い、授業を抜け出したりもしてる。

魔力を消費しろ、というならそれこそかなりの消費量のはずなんだが。


『戦闘並みに大規模な魔力を消費せねば意味はない。以前のように手合わせや模擬戦が出来ないのなら、魔術礼装でも作ってみたらどうだ?』

『そんな器用な真似出来ひんわ。それに、これ以上技術の方面を広げんな言うたのは自分やんけ?』


興味はあったが、それに手を出し始めると、いろいろ収拾がつかなくなりそうなので勘弁願いたい。


『そう言えばそうだったな……ならば残る方法は、使い魔と契約して魔力を喰わせるか、誰かと仮契約を結んで魔力供給してやるか。さもなくば……』

『さもなくば?』


予想の範疇だった二つに続けて、エヴァが言おうとした手段を促す。

しかし、そこでエヴァが口にしたことは、俺の予想のはるか斜め上を行く珍回答、というか最早NGワードだった。


『―――――女を抱け』

『ぶっ!!!?』


何真面目な顔して言ってんだこのロリババァっ!!!?

つか、そんないたいけな少女の姿ではしたないこと言うんじゃないよっ!!!?

びっくりするわっ!!!!


『俺は真面目な話をしとるんやっ!!』

『私だって真面目に答えてやってるさ。男の精には多大な魔力が流れ込む。貴様だって知っているだろう? 金に困った魔法使いが、自らの血や精、髪などを売り物にしていることを』

『うぐっ!?』


そ、そりゃあまぁ、曲がりなりにも13年間この世界で生きて来た訳ですから、そういう文化があることは知ってたよ?

けどさぁ、自分の暴走を抑えるために女を抱くって……どっかの名家の長男(ダメな本物の方)みたいじゃん?

むやみにヤンデレを量産しそうな行為は身を滅ぼすと思う。

というか、そんないい加減な気持ちで女性に向き合いたくはないしね。

これは自らを女好きと豪語する、俺の譲れない哲学だった。

しかしそんなこととは露も知らぬエヴァは、自らが提示したバカげた意見が、いかに有用であるかを得意げに語り出していた。


『仮契約のような制約も、使い魔の面倒を見る手間もない。ただ欲望の赴くままに女を抱くだけで問題が解決するのだ、一石二鳥だろう?』

『あ、あんなぁ……そんないい加減な理由で女に向き合いたないわ!! そもそも相手がおれへんっちゅうねん!!』


前の人生から含めて約30年、俺の彼女いない歴もばっちり30年だ!!

恐れ入ったか!!!?

……言ってて悲しくなってきたよ。

しかし、そんな俺の反論に、エヴァは再び含みのある笑みを浮かべて言った。


『器の小さい男だな。英雄、色を好むと言うだろう? それに……貴様ならそれこそ選びたい放題だろうが?』


……それは問題発言だと思う。

確かに、俺に好意を向けてくれていると思しき女の子は数名いる。

けれど彼女たちが俺に向けているのは、そういう肉欲とは無縁の、もっと純粋なものだろう。

そもそも、今の俺には彼女たちの中から一人を選べるような甲斐性はない。

よって、その案は最初から却下なのだ。


『ふん……まぁいいさ。せいぜい暴走しないよう、早めに魔力を発散させてやることだな』


エヴァは話は終わりだと言わんばかりに、ばふっ、と布団を頭までかぶってしまった。

それ以上は有益な助言も貰えそうになかったため、俺は茶々丸に挨拶して、そそくさとログハウスを後にした。










……と、こんな感じで、俺のバカみたいな戦闘欲を抑える有効な手段は見つからず仕舞いだった。

単純に攻性魔法をばんばんぶっ放せば良いと思うかもしれないが、それは見た目以上に危険が伴う。

攻撃対象を指定せずに放たれる攻性魔法は、得てして暴走しやすいからな。

特に俺が最も多用する攻性魔法である狗神なんて、元はと言えば個人を指定し、それも呪い殺すためのものだ。

その個人を特定せずに放つと、周囲の人間を無差別に襲う危険すらある。

そんなの豪語同断だ。

となると、残る手段として仮契約が挙げられるが……。


「相手がなぁ……」


俺の魔力を消費したい以上、俺が従者を従える形での契約をすることになる。

となると、候補として挙げられるのは、前衛として信頼も置いている刹那、中距離系の高音、あるいは、刹那同様神鳴流の剣術を修めた刀子先生くらいだが……。

誰を選んでも碌な目に遭いそうにない。


①刹那:俺を好いてくれている節があるため、下手に期待を持たせるのは申し訳ない。

②高音:契約を機に、私生活のだらしなさまで是正されそう。

③刀子先生:再婚を焦っている節があるので、下手なことをすると婚約まで持って行かれそう。


……ほらね?

誰を選んだって、俺に待っているのはBADENDな予感がしてならない。

まぁ①と③に関して言えば、俺の覚悟が足りていないだけなのだが……。

さて、最後に挙げられるのは、使い魔と契約する、という方法だ。

しかしこれも、ちょうど良い魔獣やら精霊やらがいてくれないとどうしようもない。

……八方塞だな。

まぁ塞ぎ込んでいても仕方がない、今は任務を全うすることに集中するとしよう。

そう思って周囲に神経を集中させると、向こうの方から足音が聞こえて来た。

誰かジョギングでもしてるのか? そう思ったが、足音は不自然なところで止まったり、走ったりを繰り返している。

そこまで考えて、現在の時刻に思い至った。

なるほど、朝刊の配達か。

原付自転車での配達が主になってきた昨今、自分の足で配達をするなんて、元気な人もいたものだ。

そう思って耳を澄ませていると、どうやら足音の人物は、こちらに近づいて来ているようだった。

任務とは関係の無いことだったが、何となく、その足音の主が気になって、足音の聞こえた方へと、俺は歩を進めていた。


「あれは……明日菜やんけ?」


角を曲がったところで、その足音の主が判明する。

特徴的なツインテールをぴょんぴょんと揺らしながら駆けまわるのは、紛れもない明日菜の姿だった。

なるほど、朝刊配達のバイトをしてた訳か。

まだ明日菜の姿は大分遠くにあるが、近付いて挨拶くらいしておこうか?

いやしかし、話しかけて仕事の邪魔をするのも悪いし……。

そんな風に迷っていると、ちょうど明日菜と同じくらい離れた地点、道路のど真ん中、ふらふらと歩く小さな影に気が付いた。

あれは、子犬か? 何か、メチャクチャ弱ってる気がするが……。

少なからず同類な生き物が目の前で弱っているとあっては、見過ごすなんて真似は出来ようはずもない。

なので俺は、その子犬に駆け寄ろうと思って、駆け出した。

その直後、明日菜たちのいる方角から、一代のトラックが走って来たのが見えた。

しかもこのトラック、かなり運転が荒く、住宅地のど真ん中だと言うのに、時速50㎞は下らない速度で走っている。

その進行方向には、先程の子犬が、まだ道路のど真ん中をよたよたと歩いていた。

まずいっ!?

そう思って、思わず瞬動を使おうとする俺。

しかし、今からではとても間に合いそうにない。

そう思った瞬間、子犬に気付いた明日菜が、何の迷いもなく道路へと飛び出して行った。


「あんのバカっ……!?」


下手したら大怪我じゃ済まねぇぞっ!?

そんな俺の心配も余所に、無事に子犬を抱えた明日菜、反対側の通りへと前転しながら辿り着いていた。

トラックはそんな彼女にクラクションを鳴らしながら通り過ぎて行ったが、彼女は逆にそのトラックに向かってギャーギャーと文句を叫んでいた。

はぁ、どうやらいつも通りの元気な明日菜だ。

本当、無茶はされる側の寿命を縮めると思う。

俺が言えた義理ではないのだろうが、今のはそれをつくづく痛感させられた。

隣を過ぎ去っていくトラックの運転手に、殺気を込めた視線でガンを飛ばす。

少しだけ、トラックの速度が遅くなったようだった。


「明日菜っ!!」


俺はそんなトラックの様子を確認してから、未だしゃがみこんだままの明日菜へと駆け寄って行った。

すると明日菜は、俺の姿を見つけると驚いたように目を丸くしていた。


「こ、小太郎!? どうしてこんなとこにっ!?」

「ちょっと頼まれて探しもん。んなことより、大丈夫やったか? どこも怪我しとらんか?」


心配して彼女の顔を覗き込む、すると途端に、いつもは怒ってたり笑ってたりと元気いっぱいな明日菜の顔が、嘘のように涙を滲ませていった。

や、やっぱりどこか怪我を!?

そう思って確認しようとすると、明日菜は抱えていた子犬を、ずいっと俺に見せた。


「ど、どうしよう!? こ、この子、車からは助けたけど、さっきから全然動いてくれなくてっ!? 息も弱いみたいだし、し、死んじゃったりしたらっ……」


今にも泣きそうな顔で、そう言う明日菜。

確かに、彼女に助けられる前から、この子犬は既に弱っている様子だったからな。

既に息も絶え絶えだったとしてもおかしくはない。

……くそっ、明日菜がせっかく身体を張って助けてくれたというのに、俺には何も出来ないのか!?

そう、悔しさに打ちひしがれようとした矢先、俺はとあることに気が付いた。

それは、明日菜が抱きあげた子犬の模様だった。

全体的に漆黒の毛並みをした、子犬らしいコロコロした体型の子犬。

腹と四肢の半分から下が白、というのはまぁ実に一般的だが、それより何より目を引いたのは……。

背に5本、頭部に3本走った、深紅の毛並みだった。

自然界に存在する犬で、深紅の毛並みを持つ犬なんて存在しない。

確かに赤犬と呼ばれる犬はいるが、その実、彼らの毛色は赤ではなく茶だ。

一瞬、誰かに悪戯されたか、とも思ったが、よくよく見ると、そこの部分の毛は少しだけ長いように感じる。

どうやら、これは間違いないようだ……。


「……明日菜、その犬、俺にちょっと貸してみぃ?」

「えっ!? あ、うん……」


おずおずと、俺に子犬を差し出す明日菜。

それをしっかりと受け取って、俺は両手に魔力を集中させ、虫の息をする子犬へと送りこんだ。


―――――ぴょこっ……


その瞬間、ぐったりと垂れていた子犬の耳が、ぴんっと立ち上がった。

少しずつ魔力を送り続けてやると、その子犬はついには、その瞑らな双眸を開いてくれるほどに回復した。

それを見た明日菜が、心からの歓喜の声を上げた。


「め、目を開けたっ!? よ、良かったぁ~~~~……!!」

「……よし、もう大丈夫やろ」


たっぷり狗神2匹分は魔力を送り込んで、俺はその子犬をゆっくりと地面に降ろした。

するとどうだろうか、さっきまでよたよたしていて無視の息だったのが嘘のように、その子犬は嬉しそうに元気良くクルクルと跳び跳ねた。


「きゃんっ!! きゃんっ!!」

「す、すごい、こんな元気になるなんて……あんたいったい何したの?」

「いや、何も。多分、急に抱き上げられて、びっくりしてもうただけなんとちゃう?」


俺が何でもない風に答えると、明日菜は、そ、そうなの? なんて、少し納得が行かない様子だった。

しかしこの犬……やっぱり魔犬の子どもだったか。

余りにも風変わりな容貌なので、試しに魔力を喰わせてやったらこの通りだ。

恐らく、今回の侵入者はこの子犬だったのだろう。

見たところ生後1月かそこらのようだし、親とはぐれてしまい彷徨っているうちに、だんだんと魔力がなくなって来ていたのだろう。

生まれて間もない魔獣は、上手に大気から魔力を取り込めないと、文献で読んだのを覚えている。

そのため、魔力の取り込み方を覚えるまでは、親の肌にぴったりくっついて魔力を分けてもらうのだが、その親がいないのではしょうがない。

しかも運が悪かったことに、明日菜に抱き締められたせいで、魔力の枯渇が一気に押し寄せてしまったらしいな。

彼女の持つ魔法完全無効化能力は、攻性魔法以外に発動する瞬間として、彼女の危機感が急激に高まった状況が挙げられる。

今回も例外ではなかったらしく、発動してしまった魔法無効化能力のせいで、この子犬に僅かに残っていた魔力が根こそぎ消滅しかけたらしい。

いつぞやエヴァも言っていた通り、魔族にとって魔力は生命エネルギーだ、冗談抜きで、この犬は死の淵に立たされていた訳だな。

……近くに俺がいて良かった。

危うく明日菜は、善意で子犬一匹を死なせてしまうところだった訳だ。

自分の周りを行ったり来たりする子犬に、明日菜は嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「怪我しなくて良かったね~?」

「きゃんっ!!」


明日菜がそう言って頭を撫でると、子犬は嬉しそうに、そう一吠えした。

どうやら、俺の仮説は当たっていたらしい。

今も明日菜が子犬に触れているが、もうその子犬の魔力が消失していくということはなかった。

明日菜に一しきり撫でられると、子犬は何を思ったのか。

俺の方へと駆けて来て、すりすりと、その身を俺の脚に押し付けて来た。


「くぅん、くぅん……」

「な、何やっ!?」

「あははっ、あんた仲間だって思われてるんじゃないの? ほら、名前にも犬が付くし、確か渾名も狂犬とか言ってなかったっけ?」


意地悪そうに笑って、明日菜が茶化す様にそんなことを言う。

まぁ、実はリアルに仲間ですけどね……。

しかし、これはそんなに単純な話じゃないような気もするな。

恐らく俺に魔力を分けてもらったせいで、俺を親だと勘違いしているのだろう。

あんまり懐かれると、離れるのが悲しくなるから嫌なんだけど……。

どの道、この子犬は、学園長に引き渡して、送り還すことになるだろうからな。

そこまで考えて、俺はあることに気が付いた。


「こいつ……」


ひょいっと抱き上げて、正面からその子犬をマジマジと見つめる。


「あう?」


不思議そうに首を傾げるその子犬。

俺はそれに構わず、その犬の至る部分をへと視線を走らせた。

お、こいつオスだ。

……って、それはあんまり重要じゃない。

しかし……やっぱり間違いないようだ。

この子犬、実体がある。

通常、間違えて召喚された魔獣や妖怪は、大気中の魔力で身体が編まれていて、実体は魔界だか魔法世界だかに置きっぱなしなのだ。

しかしこの犬は、何を間違ったのか、実体を持ってこの場所にいた。

そりゃそうだよな、でなければ、魔力が枯渇して死にそうになったりはしない。

せいぜい、身体を編んでいた魔力が霧散して送り還されるだけだ。

これは、厄介なことになったな。

これでは、この子犬は、送り還したところで、母犬と再会できる保証はない。

それどころか、全く見知らぬ土地に飛ばされ、最悪のたれ死ぬ可能性だってある。

どうしたものか……。

ともかくは学園長の元に連れて行って、判断を仰ぐしかないだろう。

そう思いながら、俺は再び、ゆっくりと子犬を地面に降ろした。

すると子犬は、今度は俺の持つ影斬丸が収まった竹刀袋にじゃれつき始めた。

ああ、そう言えば影斬丸の鞘も狗神と同じ魔力で編まれてるからな。

どうやらさっき喰った魔力じゃ足りなかったらしい。

燃費悪いな、魔犬よ。

そんな風なことを考えながら、袋を甘噛みして引っ張る子犬を、微笑ましく見守っていると。


―――――びりっ……


「きゃうんっ!?」

「「あ゛」」


竹刀袋が見事に裂けた。

急に支えを失って、子犬がぽて、と可愛らしく転ぶ。

まぁ、最後に交換したのは2年前だし、いい加減耐久年数の限界だったんだろうなぁ。


「うっわぁ、見事に敗れちゃったわね……それ大丈夫?」


心配そうに、明日菜がそんなことを聞いてくる。

俺は苦笑いを浮かべながら、もう買い替え時だからと答えておいた。

さて、捜索中の目標も見つかったことだし、早速学園長に連絡してこいつを連れて行かないとな。

そう思って転んで目を白黒させている子犬を、俺はそっと抱き上げた。


「あ、もしかして小太郎、その子引き取ってあげるの?」

「はい?」


何の気なしに子犬を抱き上げた俺に、明日菜が目を輝かせてそんなことを聞いてきた。


「いや、引き取る気は……」

「放っておいたら、その子また車に跳ねられそうだし……引き取ってあげたいけど、私は部活とバイトがあるから、木乃香に任せっきりになると申し訳ないからさ」


そう言って、悲しそうに言う明日菜。

木乃香だったら喜んで世話をしてくれそうだけどな?

……ん、待てよ。

そうか、その手があったか。

さっきの燃費の悪さからしても、こいつは結構な魔力を喰いそうだし。

どの道送り還せないのなら、誰かがこいつの世話をする外に手段はない。

だったら、俺の使い魔にしてしまえば、俺の暴走も抑えられて、こいつも貰い手も決まって、まさに一石二鳥ではないか。

学園長の許可は必要だろうが、渡りに船とはこのことだろう。

人生万事塞翁が馬、何がどう転ぶか分からないものだな。


「せやな……とりあえず、学園長に許可貰て、俺が世話することにするわ」

「本当に!?」


俺の言葉に、明日菜は再び目を輝かせる。

ほんっと、こいつも人のこと言えないくらいお人好しだよな。

命懸けで子犬守ったり、その貰い手のことを我がことのように心配したり。

素直じゃないのが玉に傷だが、本当に優しい子だと思う。

思わず顔を綻ばせて、俺は未だしゃがんだままの明日菜に、子犬を抱えている左手と反対側の手をすっ、と差し出した。


「ほら、はよ行かんと、朝刊の配達間に合わんで?」

「ああ!? 忘れてた!? 早く残りを配んないとっ!!」


言われるまで、完全にそのことを忘れていたらしい。

明日菜は驚いた声を上げ、慌てて俺の手を握ると立ち上がろうとした。

しかし……。


「いたっ……!?」

「おっと……!!」


立ち上がったところで、急に短く悲鳴を上げてよろけてしまう。

驚いて、思わず彼女の身体を支えた俺だったが、これはもしかして……。


「やば……足、挫いたかも……」

「マジでか!?」

「きゃんきゃんっ!?」


俺の大声に驚いたのか、腕の中で子犬が慌てたように鳴いた。

明日菜が肩に掛けている鞄を見ると、まだ結構な量の新聞が残っていた。

さすがに挫いた足でこれを全て配るのは不可能だろう。


「会社に連絡して、誰かよこしてもらえへんのんか?」

「だ、ダメよ!! 今日はもう一人休んじゃってるしムリ!!」

「……最悪やないかい」


一人分にしてはやたら量が多いし、恐らくその休んだ人の分も彼女が請け負っているのだろう。

普段の明日菜なら、何ということはない量なのだろうが、今ばっかりはそれが裏目に出てしまっていた。

顔を真っ青にして、明日菜は途方に暮れていた。

……これを放っておける男がいたら、俺はそいつを力の限り殴り飛ばすことにしよう。

俺は腹を括って、明日菜にずいっと子犬を差し出した。


「え? え!?」

「ちょっと抱えててくれ」

「え? あ、う、うん……って小太郎、あんた何するっ……!?」


―――――ひょいっ


「きゃっ!?」


問答無用で、俺は明日菜の身体を抱きかかえた。

いつぞやの木乃香同様、お姫様抱っこで。


「いっ、いいいいい、いきなり何してくれてんのよーっ!!!?」


半ギレ気味で、そう叫ぶ明日菜。

子犬を抱きかかえてるせいで手こそ出なかったが、これがいつも通りなら、拳の一発は貰っていたかもしれない。


「新聞、配達せなあかんねやろ? その足じゃ無理やろうから、今日だけ特別に俺が自分の足になったるわ」

「なっ!? ちょっ、まさかずっとこのままでっ!? やっ止めて!! 恥ずかしすぎて死ぬっ!!!!」


顔を真っ赤にしてそう叫ぶ明日菜。

まぁ負ぶるという手も有るにはあるが、それだと胸とか太ももとか当たって俺がヤバそうなので却下だ。


「聞こえへんなぁ? 怪我人は大人しゅう、道案内だけしときゃあ良えねん」

「だからムリだって!? こ、こんなとこ誰かに見られたらっ……!?」

「こんなクソ早い時間に出歩いてる奴なんておるかいな。それこそはよ行かんと人が出て来る時間帯になってまうで?」

「うっ……!?」


俺の言葉で、ようやく明日菜は抵抗を止めて大人しくなった。

観念したのかな?

さて、そうなれば、早いとこ配達を終えるに限る。


「ほんなら明日菜、道案内頼むわ」

「うぅ……分かったわよぅ……こうなったら、意地でも誰かに見られる前に終わらせるんだからっ!!」

「ははっ、その意気や」

「きゃんっ、きゃんっ!!」


力強くそう言った明日菜の声に、返事するかのように、子犬が嬉しそうに鳴いた。


「それじゃあまず、この隣の通りから終わらせてくわよ?」

「りょーかいっ……それじゃ走るで? しっかりつかまっとけよっ!!」

「きゃんっ!!」


子犬の一吠えが合図だったように、俺は明日菜を抱えて、早朝の街を駆け抜けて行くのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 32時間目 八面玲瓏 明日菜姐さん、マジイイ女ッス……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/14 23:44


「よっしゃ、どうにか間に合うたな」


空っぽになった明日菜の鞄を見て、俺は無事に新聞を配り終えたことに安堵した。

時刻は午前6時ジャスト。

明日菜を寮まで送って帰っても、十分始業に間に合う時間帯だった。

先程拾った子犬も、俺の頑張りを讃えるように、ぴょんぴょんと足元で跳び跳ねていた。


「……せやから、良え加減泣き止んでくれや」

「しくしくしくしく……」


俺はベンチに身体を預け、さめざめと涙する明日菜に言った。

配達中、早朝だったため出歩いている人なんていないと思っていたのだが、考えが甘かった。

というかサラリーマンなお父さん方を舐めていた。

家族を養うために、彼らは6時前という恐ろしく早い時間帯から、身を粉にして働いていたんだな……。

頑張れ、日本のサラリーマン……。

ってな訳で、俺にお姫さ抱っこされた状態で新聞を配達する、なんて羞恥プレイを幾人にも目撃された明日菜なのだった。

その精神的苦痛は図り知れず、思春期真っただ中の乙女ハートは見事粉々。

先程からベンチに身を預け、両手で顔を覆って静かに嗚咽を零し続けていた。


「……もうダメ、お嫁にいけない……その前に、この地区に配達に来れない……」

「しゃあないやろ? あれ以外に、上手い方法が思いつかへんかってんから……」

「しくしくしくしく……」


さっきからこの調子で、何を言っても彼女は、泣いてばかりでどうしようもなかった。

……俺は犬のお巡りさんか?

犬って部分は間違ってはいないが、彼女は子猫というにはちょっと強すぎるだろう。

俺は明日菜に返事を期待するのは諦めて、鞄の中に手を突っ込むふりをしてゲートを開いた。

魔力を貰えると思ったのか、子犬が嬉しそうに尻尾をバタつかせていたが、ごめんよ、そうじゃない。

目的地は俺の部屋の救急箱。

こういう緊急事態に備えて、必要になりそうなものは、常に影が発生する地点に保管するようにしている。

ちなみに、今回取り出したのは、冷湿布とそれを止める医療用テープ、はがれるのを防止するためにそれを覆うネット(中)。

もちろん明日菜の捻挫を手当てするためだ。

本当は病院できちんと医者に診てもらうのが一番なのだろうが、あいにくとこの時間帯に開いてる診療所なんてありはしない。
仕方なく、俺は彼女の足に応急処置を施すことにした。

ゲートが閉じると、子犬が残念そうに耳と尻尾を項垂れさせる。

あとで腹いっぱい魔力くれてやるから、我慢してくれ。


「ほら、明日菜、捻った足見せてみぃ」

「しくしく……え? あ、ああ、うん……」


そう言うと、明日菜は素直に右足を差し出した。

その前に屈んで、そっと靴を脱がせると、慌ててた声で明日菜がそれを制しようとする。


「ちょっ!? じ、 自分で脱げるからっ!!」

「良えから大人しゅうしとけ」

「う、うん……」


よっぽど精神的ダメージが大きかったのか、明日菜は妙に大人しいというか、珍しくしおらしい態度で、素直に俺の言葉に従った。

靴と同じように優しく靴下を脱がせると、すべすべぷにぷにした、可愛らしい足が姿を現す。

結構走り込んでるはずなのに、明日菜の足は女性らしい、綺麗な足をしていた。


「あー、やっぱ結構腫れとるな……」


まぁ、そんなに酷くはないようだけどな。

エヴァほど詳しく診断は出来ないが、手に気を集中させて、彼女の気の流れを診てみる。

うん、変な淀みはないし、骨に異常はないみたいだ。

これなら2、3日安静にしてれば回復するだろう。

そのことに安堵して、俺は患部に用意した湿布を貼りつけた。


「冷たっ!?」

「我慢しぃ。明日菜は出来る子やろ?」

「こ、子ども扱いしないでよっ!? というか、あんたも同い年でしょうが!?」

「はいはい……ほれ、出来たで」


しっかりとネットを掛けて、手を離す。

それを見て、明日菜は感心したように声を上げていた。


「へぇ……手慣れてるのね。いつも湿布とか持ち歩いてるの?」

「ま、荒事に巻き込まれやすいしな。あと良ぉ怪我する幼馴染みがおったさかい」


もちろんそれは刹那のことで、怪我を負うのは剣術の稽古中の出来ごとなので仕方がないのだが。

ちなみに俺は獣化するとすぐに軽い傷なんて治ってしまうため、余り治療は必要としない。

明日菜はしげしげと手当てされた足を見つめて、くすっと本当に久しぶりに笑みを覗かせた。


「何や?」

「いや、ちょっと意外だと思って。あんた怪我とかツバ付けときゃ治るー、とか思ってそうじゃない?」

「まぁ思ってへんこともないけど、女の子の怪我は見てて気分良ぉないからな」


そう言うと、明日菜の頬が赤く染まった。

クラスでも比較的運動神経が良くてバイタリティに溢れている彼女だから、もしかすると女の子扱いされることに慣れてないのかも知れないな。

ひょこ、と俺の悪戯心が顔を覗かせた。


「お転婆が過ぎると、タカミチに愛想尽かされてまうで?」

「なっ!? た、たたた高畑先生の前では、そんなに暴れてないわよっ!?」


俺のあからさまな挑発に、明日菜は予想通り、顔を真っ赤にしてそう叫んだ。

……やっぱり、少し可哀そうに思えて来るな。

原作知識のおかげで、俺は彼女に思いを告げられたタカミチが、何と答えるのかを知っている。

恐らく、この世界のタカミチも、同じように答えるに違いない。

彼女が今抱く感情が、例え家族愛に似たものであっても、そこには思春期らしい純粋な想いが含まれてるに違いないのに。

よくよく考えると、そんな悲しい恋を応援するのは、少し寂しく、そして罪深い行いのように思えて来た。

けれど、人の想いは変わるものだ。

この世界の彼女なら、あるいはタカミチを振り向かせることが出来るのかも知れない。

俺はそんな期待を込めて、彼女の頭をくしゃ、と撫でた。


「っ!? なっ、何なのよ急にっ!? 子ども扱いするなって言ってるでしょ!?」


真っ赤な顔のまま、明日菜が身をよじったが、ベンチに座ったままでは、そう簡単に逃げ出せない。

それを良いことに、俺は彼女の髪が乱れるのも構わずに、くしゃくしゃとその頭を撫でつける。


「っ、このっ!! 良い加減にしろぉっ!!」

「おっ、と……」


怪我をしてない、彼女の左足が、俺の顔面目がけて正確に振り抜かれた。

とは言っても常人の動きなので、俺はそれをあっさり回避して見せるのだったが。


「さっきから何なのよっ!?」


俺の手から解放されると、明日菜はがぁ、と吠えた。

びっくりした子犬がきゃんきゃん吠えてるのが実に微笑ましい。

そんなこともひっくるめて、俺は明日菜に笑いかけた。


「どうやら、元気出たみたいやな?」

「え? ……もしかしてあんた、わざとやったの?」


俺の言葉に、明日菜は一気に毒気を抜かれたようで、はぁ、と深い溜息をついた。


「もう……本当何なのよ、あんた。何考えてるのか全然分かんない……」

「良ぉ言われるわ。ほら、一端事務所に戻るんやろ? お姫様抱っこが恥いんなら肩貸したるさかいはよ行くで」


そう言って、俺は明日菜に右手を差し出した。

それをじっ、と睨んでから、明日菜は諦めたように苦笑いを浮かべて、それを握り返した。

よろよろと立ち上がって、俺に体重を預けると、明日菜は真剣な表情でこう凄んだ。


「……変なとこ触ったら、ぶっ殺すわよ?」

「……この状況じゃ避けれへんから止めとく。ほら、お前も行くで?」

「きゃんっ!!」


俺が首だけで振りかえって呼びかけると、まるでこちらの言葉が分かっているかのように、子犬は嬉しそうに吠えた。

まぁ、普通に歩く速度なら、あの子犬も付いてこれるだろう。

そう結論付けて、俺は明日菜を連れて、事務所への道を急いだ。











事務所に着くと、人の良さそうな中年夫婦が出迎えてくれた。

事情を話すと、しきりに明日菜のことを心配してくれ、彼女の怪我が治るまで1週間はゆっくり休めるよう手配してくれるとのことだった。

そのことに、ほっと胸を撫で下ろしていると、奥さんの方が、明日菜にこんなことを言い始めた。


「しかし、明日菜ちゃんも隅におけないね?」

「はい?」


奥さんの言葉の意味が分からなかったのだろう、明日菜はきょとんとした顔でそう聞き返していた。

それに対して、奥さんは含みのある笑みを浮かべる。

……女の人って、いくつになってもそう言う話題が好きだよなぁ。


「こんなイケメンの彼氏がいたなんて、おばさんびっくりしちゃったよ」

「っっ!!!? はぁっ!? ち、ちちち違いますからっ!!!? こんなバカ犬っ、ぜんっぜん好みじゃないですしっ!!!?」

「……おーい、そろそろそのバカ犬泣いてまうぞー?」

「あう?」


明日菜にそう呼びかける俺に、子犬が不思議そうな顔でそう鳴いた。

ま、紆余曲折を経て、無事に明日菜のバイトを終えた俺は、学校に間に合うよう、急ぎ彼女を学生寮まで送り届けることにした。

俺に体重を預け、必死で歩く明日菜が、申し訳なさそうに尋ねて来る。


「……本当ゴメン、あんた時間大丈夫?」


時間は午前7時。まぁ、どの道このワン子を見せないといけないし、直接学園長に話を付ければ問題ないだろう。


「問題あれへん。学園長に呼ばれとるさかい、そんときに直接事情を話しゃあお咎めもあれへんやろ」

「そうなの? だったらまぁ、安心だけど……」


少しだけ、明日菜は緊張の糸が緩んだ様子だった。

そんな感じで、俺たち二人はようやく女子学生寮の門へと辿り着いた。

すると、そこには木乃香が、パジャマ姿のままで、そわそわとした様子でこちらの方へ視線を向けていた。


「あ、おーい、このかーーーーっ!!」


それに気付いた明日菜が、俺に身体を預けているのとは反対側の手を振って、木乃香にそう呼びかける。

こちらに気が付くと、木乃香は慌てたようすで、ぱたぱたと駆け寄って来た。


「明日菜っ!? どないしたんっ!? 帰りが遅いから心配してたんやえ?」

「ご、ごめん。ちょっと怪我しちゃってさ」


ちろっ、と舌を出して謝る明日菜。

それに苦笑いを浮かべながらも、木乃香は少し安心した様子だった。


「って、良ぉ見たら、隣におるのコタ君やんっ!?」

「うす、おはようさん」


俺に気付いた木乃香に、そうやって笑いかけると、木乃香は顔を真っ赤にして、身を隠すように明日菜の影へと入ってしまった。

どうしたのだろうか?


「こ、木乃香? どないしてん?」

「や、やや!! 見んといて!! こ、コタ君がおるなんて思わへんかったからぁ……」

「……ああ」


なるほど、どうやらパジャマ姿のままだったことを気にしてるらしい。

木乃香は顔を赤らめながら、必死で俺の視線から逃げようとしていた。

別に気にしないんだけどなぁ……逆にパジャマ姿なんて、滅多にお目にかかれないから、新鮮で嬉しいくらいです。


「そんなん気にせんでも良えがな。そのパジャマ、良ぉ似合うとるで?」


木乃香が着てるのは、薄いピンクを基調とした、チェック柄のオーソドックスなパジャマだ。

少し大きめなのか、袖口からちょこん、と覗く彼女の白い指先がとても可愛らしい。

しかしながら、どうやらお姫様は何かお気に召さなかったらしく、眉間に皺を寄せたままだった。


「……こ、コタ君のばかっ!!」

「は? な、何でや!?」

「……デリカシーがないわねぇ」


木乃香にはバカ呼ばわりされ、明日菜にまでこの言われよう。

俺褒めただけなんですけど?

……何、女の子の寝間着姿を見るのって、そんなに罪なことですか?

それだと、俺はそろそろエヴァに殺されなきゃならないと思うんだが。

まぁ、気を取り直して、俺は木乃香に事情を説明し明日菜を預けることにした。

さすがに、そろそろ時間も押してきたことだしな。


「そんじゃ、明日菜のことよろしく頼むで?」


そう言って、木乃香に明日菜の肩を支えてもらう。

木乃香は、まだ弱冠恥ずかしがってはいる様子だったものの、笑顔で承ってくれた。


「うん、明日菜のこと助けてくれてありがとな、コタ君」

「ま、困った時はお互い様言うしな」


それに笑顔で答えて、俺はひょい、と足元にじゃれついていた子犬を抱え上げた。


「きゃんきゃんっ!!」


遊んで貰えると思ったのか、それに対して嬉しそうに吠える子犬。

それは放課後になってからな、と小さく諌めると、やはり人語が分かっているらしい、残念そうに耳を垂らした。


「そんじゃ、俺はこれで。明日菜、木乃香に迷惑掛けんとちゃんと安静にしとくんやで?」

「わ、分かってるわよ!!」


俺が茶化して言うと、明日菜は顔を真っ赤にして元気良くそう言い返した。

うん、十分元気そうだ。この分なら問題ないだろう。

満足げに笑みを浮かべて、俺は踵を返そうとしたが。


「こ、小太郎っ!!」


明日菜に呼びかけられて、それを中断した。

見ると彼女は口をごにょごにょと動かし、恥ずかしそうに顔を赤らめている。

何だろうか?


「え、えと、今日は、その……あ、ありがとう、ね……」

「ん? ああなるほど……どういたしまして。お大事にな?」


恥ずかしそうに礼を述べた明日菜に、俺は会心の笑みを浮かべてそう言い返すと、今度こそ学園長室に向かって駆け出していた。

難儀な性格をしたもんだな、彼女も。

お礼一つ、素直に言うことすら一生懸命なんて、天の邪鬼にも困ったものである。

俺は思わず顔を綻ばせながら、行く道を急ぐのだった。










SIDE Asuna......



「明日菜、怪我大丈夫? 痛ない?」


肩を借してくれている木乃香が、心配そうに私の顔を覗きこんできた。

正直なところ、こうして肩を貸してもらっていても歩くと少し痛んだが、あいつが手当てしてくれたおかげか、最初の立っていられないほどの痛みはなかった。

笑顔で、木乃香にそのことを伝える。


「うん、あいつのおかげで、大分痛みは引いてきたわ」

「ほか。今度コタ君に改めてお礼せんとな」

「ええ……」


本当に不思議な奴だと思う。

行動はメチャクチャで、何考えてるか分かんなくて。

いつもいつも私のこと振りまわして、それがわざとなのか、天然なのかも分からなくて。

そのくせ、人が困ってるところに、当然のように現れて、頼んでもないのに助けてくれる。

全く……正義の味方じゃないんだから。

普通、人一人担いで町中走りまわる?

それも、たまたまそこに居合わせたなんて理由だけで。

そりゃ、私だって困ってる人を見たら、考える前に首を突っ込んじゃうけど。

あいつがやってることはスケールが違いすぎる。

それに……。


「結構、しっかりした身体つきしてたわね……」

「へ?」


小声でそう呟いた私に、木乃香が不思議そうな顔をした。

抱きかかえられたときに感じた、あいつの腕や胸板の感触。

見た目結構細身だから、もっとなよなよしてるのかと思ってたんだけど……実際は全然違った。

掌は石みたいにごつごつしてたし、腕や胸なんて、筋肉の付き方が分かるくらいしっかり鍛えられてた、と思う。

剣術とかやってるって言ってたし、そうでもなければ、私一人抱えて走り回るなんてできないんだろうけど。

……そっ、そんなに重たい訳じゃないわよっ!?

そ、それにしたって、普通の男子中学生には、とてもじゃないけど出来るようなことじゃない。

やっぱり、あいつはそれだけ努力をしてるってことなのだろう。


『……そんだけ強かったら、きっと護れんもんなんかあれへんやろうしな』


夏休み前に聞いた、あいつの目標。

世界最強なんてものに、本気で挑戦しようとするバカげた願い。

しかし、あいつは、それを本気で為すために、本気で身体を鍛えてるんだろう。

私たちと同い年だなんて、本当思えないくらい立派だと思う。


「……木乃香、小太郎って、凄い奴だね」

「へ? ……えぇっ!? ど、どないしたんっ!? 明日菜がコタ君を褒めるやなんてっ!? 足だけやのうて、頭も打ったんとちゃうっ!?」

「し、失礼ね……」


そ、そりゃあ、素直にあいつのこと褒めるなんて、まずないけどさ……。

けど今日は、本当にそのことを痛感させられた。

……木乃香の言う通り、今度何かお礼をしないとなぁ……何が良いだろう? 

無難なのは、何かプレゼントでもすれば良いんだろうけど……男子が喜びそうなものなんて分からないし……。

そんなことを考えていると、急に木乃香の顔が青ざめていった。

え? え!? な、何っ!? 貧血っ!?

そう思って口を開こうとした瞬間、木乃香が予想外なことを口走り始めた。


「あ、明日菜……自分、高畑センセのこと、好きやんな?」

「ちょっ!? こ、こんな寮のど真ん中で口にしないでっ!!」


な、何を突然言い出すのよ……。

もちろん、その言葉には否定する要素は全くないので、顔を真っ赤にしながらも、私は頷いておく。

すると木乃香は、続けて更に訳の分からない質問をし始めた。


「こ、コタ君のことは、どない思てる?」

「はぁ? 藪から棒に何を言い出すのよ?」

「え、良えからっ、答えてぇな!!」


余りにも必死な様子だったので、私は素直に思ったことを口にした。


「さっきも言ったけど、凄い奴だと思うわよ? ただ、スケベだし女の子だったら誰にでも優しいし、そういうチャラチャラしたとこは気に食わないわね」

「……す、好きか嫌いかで言うたら?」

「……木乃香が何を心配してるか分かったわ」


私はようやく納得がいって、激しく肩を落とした。

夏休みのある日、木乃香がお見合いのために連れ出された日にどうやら小太郎との間で何かがあったらしい。

ついでに言うと、桜咲さんとも何かあったみたいで、それまで木乃香を避けるようにしていた桜咲さんが、その日を境に、木乃香に普通に接するようになっていた。

で、具体的に言うと、どうもその日から、木乃香は小太郎のことを好きになってしまったみたい。

口を開けば何かと小太郎のことを言い始めるし、校舎が違うせいで滅多に会えない小太郎と、たまに会った日なんて、すこぶる機嫌が良い。

……そう言えば、10月に一回だけ小太郎と会えたのに機嫌が悪そうな日があったけど、何だったのかしら?

ともかく、そういう理由だから、木乃香は私が小太郎のことを好きにならないか心配になったのだろう。

私は溜息交じりに、木乃香に言った。


「あのね? 心配しなくても私は高畑先生一筋だから!!」

「ほ、ホンマに? だ、大丈夫やんな!?」

「当たり前でしょ!? それに、心配するなら、私より幼馴染の桜咲さんでしょ? 小太郎も、何かめちゃくちゃ信頼してるみたいだったじゃない?」

「それはそうなんやけど……実はそれ、一応解決しとるんよ」

「? そうなの?」


桜咲さんも、小太郎と一緒で、あいつのことをただの友達としてしか見てなかったのかな?

長いこと二人で剣術の稽古してきたって言ってたし……ん? 剣術?

……そうだ、良いこと思いついたっ!!


「ねぇ木乃香? 今日の放課後さ、ちょっと桜咲さんにお願いしたいことがあるんだけど、仲介役頼んでも良い?」

「せっちゃんに? 別に構へんけど、何をお願いするん?」

「うん、実は……」


私は木乃香に、今朝起きたことと、今自分の考えていることをかいつまんで説明した。

少しはあのバカも驚いた顔をしてくれるかしら?

いつもあいつには驚かされてばっかりなので、偶には意趣返ししてやりたい。

その企みが成功する様子を想像して、私は思わず頬が緩んだ。



SIDE Asuna OUT......










明日菜を送ってから俺は学園長に事情の説明と、任務の報告をしに行った。

で、この魔犬の子どもを使い魔にしたい旨とその理由を告げると、二つ返事で了承が貰えた。

寮にペット飼育の許可申請を出すようには釘を刺されましたが。

それから、こいつが実態を持って召喚されてしまった理由についても聞いてみたのだが、詳しいことは学園長にも分からないそうな。

ただ、麻帆良ではしばしば起こることらしく、魔科学で制御されている学園結界のバグみたいなものとのこと。

その都度修正は加えているため、最近は珍しいとのことだったが。

それで、授業を受けている間は、とりあえず今日のところは学園長に子犬を預けることになった。

放課後引き取りに行くと、子犬と一緒に『魔犬大全』『魔犬飼育指南~これであなたも一流ブリーダー~』という書籍を渡された。

まだ詳しくは読んでいないが、この子犬思っていた以上に普通の犬より賢いらしい。

幼くてもだいたいの人語は通じるらしいし、育て方というか、親の能力次第で簡単な術まで覚えるのだとか。

特にこいつは賢い種類の魔犬らしく、親が遊びの中で魔法や特殊能力を使うと、簡単なものなら見様見真似でそれを習得していくらしい。

……何というハイスペック犬。

また、生後1カ月そこらで完全に乳離れも出来ているそうな。

この子犬も確認してみたろところ、小さいながらも立派な歯が生えそろっていて、試しにと与えてみたドッグフードを、美味しそうに平らげていた。

あと、通常ならばこの種類の魔犬は、3ヶ月ほどで成犬となり、体調は2m程まで大きくなるらしい。

ただそれは自然界の中で育った場合らしく、人間に飼育されたり、使い魔の契約を結ぶと、主人の魔力を吸ってすくすく育ち体調4~5mまで成長するとか。

すげぇよな? 背中に乗っけてもらってもの○け姫ごっことか出来そうだ。

まぁその辺の特徴はおいおい詳しく調べていくこととして、部屋に戻った俺は、こいつを使役する上で一番の難題に頭を悩ませていたりする。

部屋のど真ん中にどっかりと胡坐をかいて、その周りを嬉しそうに駆け回る子犬を見ながら、俺は思案を重ねていた。

……名前、どうしようかね?

それを決めないことには、使い魔としての契約も出来ないのだった。

黒い毛並みが多いからクロ? ……ダメだ、安直過ぎる。

足だけ白い(本当は腹も)しクツシタとかどうだ? ……同上。

頭に赤いラインが三本、背中に五本だから、足して八本で赤八!! ……売れない絵本の主人公じゃないんだから。

ああ、本当どうしたものか……。

そんな俺の苦悩など露知らず、子犬は元気良く部屋の中で駆け回っていた。


「おいチビ、お前も遊んどらんと考えてくれー」

「きゃんっ!!」


俺の呼びかけに、名前を呼ばれたと思ったのか嬉しそうに駆け寄って来る子犬。

胡坐をかいている俺の足の真ん中にぴょん、と飛び乗って、楽しそうに尻尾をバタつかせる。

そして、遊んでくれ、と言わんばかりに目を輝かせて俺を見上げた。


「……おチビちゃん? 俺は遊んでやるとは一言も……」

「きゃんっ!!」

「? 何や、これ……もしかして、返事しとる?」

「はっはっ」


でろんと舌を出して、遊んでくれよー、とばかりに俺を見上げる子犬。

いやいやまさか……さすがにチビなんて愛称で呼ばれたいとは思わないだろう。

人語を理解できるならなおさらだ。

そう思いながらも、俺は少し気になって試してみることにした。


「クロ」

「はっはっ」

「クツシタ!」

「はっはっ」

「赤八っ!!」

「はっはっ」

「……チビ(ぼそっ)」

「きゃんっ!!」

「マジでかっ!?」


他の名前で呼んだときは、微塵も反応しなかったくせに、チビと呼んだら、小声だったにもかかわらずしっかり返事しやがった。

俺は恐る恐る、子犬を指さしながら、もう一度聞いてみた。


「ええと……チビ?」

「きゃんっ!!」


今度は吠えるだけでなく、丁寧に頷いてくれた。

……これは間違いないらしい。


「自分『チビ』て意味分かっとるんか? 小さいいう意味やぞ?」

「きゃんっ!!」


俺が言葉の意味を説明すると、チビ(仮)はおうよ!! とばかりに元気良く頷いてくれた。

そりゃあ今は小さいけどさ、あなたその内俺よりデカくなるんですよ?

それなのにチビって呼ばれ続けるんですよ?

何それ、ただのギャグじゃない。

しかしまぁ……本人(犬)が気に入ってるのを無理やり改名させるのも憚られるし……まぁ良いか。

俺は諦めて、子犬をチビと名付けることにした。


「改めて、これからよろしゅうな? チビ」

「きゃんっ!!」


頭を撫でながらそう言うと、チビは尻尾をバタつかせながら、元気良く吠えた。

そんなときだった。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


「きゃんっ!?」


携帯が鳴り、犬の鳴き声に驚いたチビが悲鳴を上げるように吠えた。

おま、仮にも魔犬がこんなことでビビるなよ……。

そんな様子に苦笑いを浮かべながら携帯を取り出すと、液晶表示には『神楽坂 明日菜』の名前が表示されていた。

こんな時間に何やろ?

今朝会ったときに何かあっただろうか? そう思って記憶を遡るが、これといって心当たりはなかった。

待たせても悪いので、俺はすぐに通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『あ、出た。もしもし小太郎? 今、時間大丈夫?』


通話に出た明日菜はいつも通りの様子で、今朝の羞恥プレイを引きずっているという訳でもないらしい。

なおさら謎が深まる。


「ああ、今は暇やけど、どないしたん? 自分が電話掛けて来るなんて、初めてとちゃう?」

『ま、まぁそう言えばそうね……それで、用件なんだけど、今からちょっと出て来れたりしない?』

「今から? 全然構へんけど……デートのお誘いならまた今度にしてぇな。ちゃんと休んで足直してからにしぃ?」

『だっ、誰があんたなんかデートに誘うか!! そうじゃなくて、そ、その……ちょ、ちょっと渡したいものがあるのよ……』

「渡したいもの?」


何だろう? 引導か?

さ、さすがにこの若い美空で死ぬのは勘弁願いたいが……。


「い、引導とかなら間に合うてますが……?」

『……あんた、ふざけるのも大概にしとかないと、本気で引導渡すわよ?』

「じょ、冗談でーす……」


電話口の明日菜の声がやたら迫力満点になってきたので、俺はその辺で冗談を言うのは止めにした。


『はぁ、もう……とりあえず出て来れるのよね? それじゃ、今から駅前に……』

「ああ、怪我人に出歩いてもらうのも何やし、俺が女子寮まで取りに行くわ」

『そう? それじゃお言葉に甘えようかな? 着いたらケータイに連絡ちょうだい』

「りょーかい、そんなら、また後でな」

『うん、待ってるから』


そう言って、通話は打ち切られた。

……引導じゃなくて、明日菜が俺に渡したいものって何だろう?

賠償請求とかか? 

今朝の羞恥プレイで辱められた私の精神的苦痛を賠償しろ!! 的な何かか?

……いかん、行くのが怖くなって来た……。

しかしながら、行くと言ってしまった以上、あんまり待たせるのも悪い。

俺は覚悟を決めて、女子寮へと向かうことにした。


「あ、ついでにチビの散歩もしとかなな」

「きゃんっ!!」


俺の言葉に、チビは嬉しそうに跳び跳ねた。










いつもならゲートを使うところだが、今日はチビの散歩も兼ねていたので、俺はゆっくりと歩きながら女子寮へと向かった。

まぁ本来なら電車を使うような距離なので、ちょくちょくチビを抱きかかえて瞬動も使いましたけどね。

と、そんなこんなで大いに時間を費やして女子寮に辿り着くと、どうやら痺れを切らしたらしい、門のすぐ傍で明日菜が腕を組み仁王立ちしていた。


「遅いっ!!」

「スマンスマン、ついでにこいつの散歩もしてたさかい」

「きゃんっ!!」


明日菜の姿を見つけると、チビは勢い良く彼女に向かって駆けていった。


「あ、今朝の子犬? それじゃあ、許可貰えたの?」

「おう、すんなり。とりあえずチビと名付けてみた」

「はぁ? 何よそれ? もし大型犬だったらどうするつもりよ?」


俺の言葉に、明日菜は呆れたようにそう尋ねて来た。

だよなぁ、普通そう思うよなぁ……。


「俺もそう思てんけど、本人が気に入ってもうたからなぁ」

「えー? ……えと、チビ?」

「きゃんっ!!」


明日菜がしゃがみこんで名前を呼ぶと、チビは尻尾をバタつかせながら元気良く一吠えした。


「ほ、本当だ……意味分かってんのかしら?」

「分かっとるみたいやで? なぁ、チビ?」

「きゃんっ!!」


やっぱり元気良く頷くチビなのだった。


「ところで、渡したいものて何や?」


俺は一番気になっていたことを明日菜に尋ねてみた。

どうか、俺の予想が良い意味で裏切られますように、とそう祈りながら。

すると明日菜は、何故か照れくさそうにしながら、可愛く包装された小包を俺にずいっ、と差し出して来た。


「ええと、俺、今日誕生日やったっけ?」

「ち、違うわよっ!! ……今朝のお礼。何にしようか迷ったんだけど、これしか思いつかなくてさ」

「? 開けてみても良え?」

「ええ……あ、あんまり期待しないでよ?」


俺は明日菜に確認を取って、丁寧に包装を剥がしていく、すると、中から現れたのは……。


「!? これ、竹刀袋やんか!?」


出て来たのは、俺が今まで使っていた布せいのもとは違い、革と化学繊維で出来た幾分丈夫そうな竹刀袋だった。

しかも肩から下げれるように、紐まで付いている。

これは、正直かなり嬉しいかも知れん……。

けど、良くこんなの見つけられたな?

確か剣道は完全に門外漢だったはずなのに……。

そう思っていると、明日菜は照れ臭そうに頬を掻きながら、種明かしをしてくれた。


「今朝買い替えるって言ってたから、それで桜咲さんに相談して、売ってるお店を教えてもらったの」

「なるほど、それでこれが売ってる場所を知ってたんか……」


麻帆良には何箇所か武道具を売ってる店があるからな。

確か女子校エリアにも2件くらいあったはずだ。

それで刹那に場所を聞いて、わざわざこれを選んで来てくれたという訳か……。

……ヤバい、ちょっと嬉しすぎて涙出そうだ。


「ヤバい、めっちゃ嬉しい……嬉しすぎて涙が出てきそうや……ぐすっ」

「ちょっ!? お、大げさよっ!?」

「いやいやいや、ホンマおおきにな? わざわざ普段行かんような店にまで行って選らんで来てくれて……」


しかもこれ、結構値段が張ったんじゃないか?

俺が以前使ってた布製の奴の2倍から3倍した筈だぞ?

なのにこれを選ぶって……明日菜さん、どんだけイイ女なんですか……。


「結構長く使うものだって聞いたから、丈夫そうなの選んだんだけど……喜んでもらえたみたいで良かった」


感動に打ち震える俺の様子に、明日菜は満足そうにはにかんだ。

……イイ女すぐるだろ明日菜姐さんっ!!


「ホンマ大事に使わせてもらうわ。ありがとな、明日菜」

「そ、そんな何回もお礼言わなくて良いからっ……こっちこそ、ありがとね」


両手を左右に振りながら、しかしまんざらでもない様子で笑う明日菜。

……タカミチ、こんなイイ女フるなんてもったいないぞ?

やっぱり、俺はこの世界の彼女を影ながら応援することにしよう。

どれだけ勝率の低い勝負だって、諦めてしまったら、その時点でゲームオーバーだ。

それに……こんなにイイ女が、幸せにならないなんて不公平だと思う。

俺は明日菜に貰った竹刀袋に、そんなことを誓うのだった。










【オマケ:はぁとふるこのせつ+1劇場】



「さて、小太郎も帰ったことだし、言われた通り、しっかり休もうかなー?」

「明日菜……(ゆらり)」「神楽坂さん……(ゆらり)」

「うわっ!? こ、木乃香に桜咲さん!? ど、どこにいたのよっ!?」

「……良え雰囲気やったなぁ?」

「……小太郎さん、涙ぐんで喜んでましたね?」

「え? あ、ああ、うん。えと、これも二人のおかげよ、ありがとね」

「……明日菜、ウチ、高畑先生とのことメチャクチャ応援しとるえ?」

「はぁっ!? そ、それはありがたいけど、いきなり何で?」

「……私も、微力ながら助太刀させて頂きます」

「桜咲さんまでどうしたのよっ!?」

「せやからな、明日菜……間違うてもコタ君に鞍替えしよ、なんて思わんといてぇな!!」

「こ、小太郎さんは確かに高畑先生に負けず劣らず素晴らしい方ですが、それだけは止めてください!!」

「は? はぁぁあっ!?」

「ウチ、明日菜のこと信じてるえ!!」

「私も、お嬢様の親友である神楽坂さんのことは信用していますからっ!!」

「な、何なのよいったいっ!!!?」

「「絶対、ぜぇぇぇっったいっっ!! 鞍替えは禁止やえっ(ですよっ)!!!!」



――――――――――明日菜の安息の瞬間は遠い。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 33時間目 報恩謝徳 人を驚かせることに、体張ってますから!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/15 22:18



12月24日。

それは、ある意味最も人々を惹きつけて止まない特別な日かも知れない。

親子の絆を確かめ合う日であり、或いは恋人たちがその愛を確かめ合う日。

そして、子どもに夢を与える日であるだろう。

今一度言おう、12月24日。

そう、今日は史上最も祝福された男の生誕前夜祭。


―――――セントクリスマスイヴ、その日だった。









無事に終業式を終えた俺は、今日この日のために用意した衣装に袖を通していた。

真っ赤な布地で、裾や袖に白いファーをあしらった、とても特徴的なこの衣装。

所謂サンタ服という奴だ。


「うし、サイズぴったり、問題なしやな?」


ネット通販で購入したため、少し不安だったのだが、我ながら、なかなか様になっていると思う。

最後の仕上げとばかりに、サンタ帽をかぶると、俺は姿見の前で両手を広げてみた。

うん、さすが俺、良く似合っているではないか。


「どや? 決まっとるやろ?」

「わんっ!!」


振り向いて足元で尻尾をバタつかせるチビにそう聞くと、元気良く返事をしてくれた。

1月前に拾った時は、体調40㎝程だったチビだが、既にその体調は1mを越えようかという勢いで成長していた。

ころころとしていた体形はところどころシャープになり、猟犬のような様相を呈し始めている。

そしてその分、魔力も飯も良く喰うこと……。

俺の月の出費で、もっとも大きな割合を占めるのは、チビの餌代だったりする。

まぁ、そんな余談はさておき、俺は用意していたもう一組の衣装を取り出して、チビに見せることにした。


「ほら、自分の分も用意したったで?」

「っ!? わんわんっ!!」


嬉しそうに一跳ねして、チビはきらきらと目を輝かせた。

その様子に満足しながら、俺はいそいそと、チビに衣装を着せてやるのだった。

ちなみに用意したのは、サンタには欠かせない相棒、トナカイの衣装だった。

と言っても、裾にコゲ茶ファーが付いた茶色のベストに、トナカイの角が付いた耳が出るタイプの帽子なのだが。

しかしそれを、待ちきれないとばかりに、尻尾をバタつかせるチビなのだった。


「ほれ、出来たで?」

「わんっ!!」


お礼とばかりに一吠えすると、チビはさっきの俺のように、姿見の前に行って、しげしげと着飾った自分の姿を見つめた。


「わんわんっ!!」


どうやらお気に召したようだ。

嬉しそうにぴょんぴょんとその場で跳ねて、くるくるとチビは回った。

え? 俺が何でこんな格好をしてるのかって?

そりゃあ、クリスマスイヴにこの格好とくれば、決まっているだろう。

俺はこれから、今年中お世話になった人たちにプレゼントを配って回る算段なのだった。

麻帆良に来てから、早9ヶ月。

今年1年は、この世界に来てから最も密度の濃い年だった。

2度に渡る強敵の襲撃に、新天地での新たな生活、そして新たな友たちとの出会い……。

俺はいろんな人たちに支えられることで、どうにかこの1年を、無事に乗り切ることが出来そうだ。

そして今日はその恩を返すには、うってつけの大イベント。

これを逃す手はないだろう、ということで、11月中旬から、俺はさまざまな手段を講じて、一人一人に贈るプレゼントを用意してきた。

少しでも喜んでもらえれば良いが……。

まぁ、中にはネタみたいなプレゼントも含まれているが、それはそれ、大いに笑って、この聖夜を過ごしてもらえれば吉だろう。

俺はプレゼントがつまった、サンタらしい白い大きな袋を抱えて、チビに言った。


「そんじゃあトナカイ君、良い子のみんなに、さっそくプレゼント配りに出発や!!」

「わんっ!!」


俺はさっそく、最初の目的地、麻帆良学園・女子中等部校舎を目指して寮を飛び出して行った。










SIDE Takamichi......


「ふぅ……」


無事に終業式は終えたものの、僕は職員室の机上に積まれた書類の山に頭を抱えていた。

やれやれ、世はクリスマス一色だっていうのに、どうやら今年も、僕は味気のないクリスマスを送ることになりそうだ。

そんなことに苦笑いを浮かべつつ、僕はとりあえず、一番上にある書類から片付けようと手を伸ばす。

……9時までには終わるだろうか? なんて考えながら右手に書類を、左手にコーヒーのカップを持つ。

書類の一行目に目を通しながら、僕はコーヒーを口に含んだ。

ちなみにこのカップ、結構前から使っていたものなので、そろそろ買い替え時かと思っている。

後で自分のクリスマスプレゼント用に買って帰ろうかな?

そんなことを思いつつ、二口目を口に含む。

そんなとき。


「失礼しゃーーーすっ!!」

「わんわんっ!!」

「ぶぅっ!!!?」


女子部の校舎に似つかわしくない、元気の良い男子の声と、これまた元気の良い犬の鳴き声が響き渡った。

い、今の声は、まさかっ!?


「こ、小太郎君っ!? こ、ここは女子部の校舎で、一応男子は立ち入り禁止なんだけど……?」


あとペットの動向も禁止だよ?


「お、タカミ……やのうた、高畑センセ、ちょうどおってくれて助かったわ」


そんな僕の台詞は全く気にせずに、彼は僕の姿を見つけると、嬉しそうに笑みを浮かべて近寄ってきた。

良く見ると、彼の格好はいつもの学ランではなく、これでもかというほどのサンタクロース姿だったりする。

傍らにいる彼の使い魔は、それに合わせてトナカイの格好をしていた。

ひ、非常に微笑ましくはあるけど、良く校門をくぐれたな……。

まぁ、彼らのことだ、瞬動術やゲートで守衛さんを上手にかわして来たのだろう。

近付いてきた彼に、一応僕は教師としてもう一度注意を促した。


「小太郎君、ここは女子部の校舎なんだから、みだりに許可なく侵入されると困るんだけど? それにペットの連れ込みも禁止だ」


しかし予想通りと言うべきか、彼は全く悪びれた様子もなく、にっ、と健康そうな白い歯を覗かせて笑った。


「んな堅いこと言いっこなしや。なんてったって、今日はクリスマスイヴなんやからな!!」

「わんわんっ!!」


彼の言葉に、使い魔のチビくんがそうだそうだとばかりに元気良く吠えた。

……そう言う問題じゃないんだけどなぁ?

しかしここに来たということは、僕に用事があってのことだろう。

一体何だろう? 特別呼び出したりした覚えはないけど……。

あとプレゼントをねだられても困るな。残念ながら彼に用意したプレゼントなんてないし。

そう思っていると、彼はごそごそと持っていた大きな袋をあさって、中から二つの包みを取り出した。


「ほい、タカミ……高畑センセの分や、メリークリスマス!!」

「ぼ、僕にプレゼントかい?」

「おう!! 日頃世話になっとる感謝の気持ちや!!」

「わんっ!!」


目を白黒させながら、僕は小太郎君が差し出した長方形の長い包みと立方体をした小さな方の包みの両方を受け取った。

お、驚いたな……それに、これはなかなか嬉しい。

今年も味気ないクリスマスを覚悟していただけに、その感動は一塩だった。

僕は柄にもなく教員という立場を忘れて、彼に尋ねていた。


「開けてみても良いかな?」

「おう。つか、タカミチには否が応にもここで開けてもらわんとあかんねん」

「?」


彼の言い回しの意味は分からなかったけど、僕はさっそく、大きいほうの包みから丁寧に包装を剥いでいった。


「これは……煙草かい? 良く僕の吸ってる銘柄を知ってたね?」

「ああ、明日菜に聞いたら一発やったで?」


なるほどね。長い包みの方には、一ダース分のMalboroのボックスが入っていた。

ちょうどストックも切れていたことだし、これは助かるな。


「いやぁ、ちょうど良かったよ。ストックが切れてたからね。ありがとう、小太郎君」

「いえいえ、もう一個の方も開けてぇな?」

「うん、そうさせてもらおうかな」


同じように、もう一つの包みも開けていく、するとその中にはケースに入ったマグカップが入っていた。

ケースから取り出して見てみると、カップの側面には、高畑・T・タカミチの略だろう青い文字で『TTT』と記されている。

こんな模様だったということはないだろうから、わざわざオーダーメイドで作ってくれたのかな?

芸が細かいというか、マメというか……。

何はともあれ、こちらもちょうど買い替え時だと思っていたし、タイミングが良いことこの上ない。

僕は心から、もう一度小太郎君にお礼を言った。


「本当にありがとう小太郎君、ここ数年で、一番嬉しいクリスマスだった気がするよ」

「喜んでもらえたようでなによりや……ところで、1つ頼みごとがあんねん……」

「頼みごと?」

「ああ、そのカップを持って笑てる自分を写メらせて欲しいねんけど……」

「僕を? ま、まぁ、それくらいならお安い御用だけど……」


一体何故?

疑問符を浮かべる僕に、小太郎君は、まぁ良えから良えから、と、手際良く携帯のカメラを準備していく。

仕方ないので、僕は言われた通り、マグカップの取っ手を握って掲げると、ぎこちなくではあったけど、笑顔を浮かべた。


「ほな撮るでー? 3、2、1……」


―――――カシャ


携帯からシャッター音が響く、どうやら撮影は終了したようだ。


「……よし! おおきに、おかげで良え絵が取れたわ」

「あ、ああ、それは何よりだよ……ところで、その写真は何に……」


―――――ガラッ


「コラァっ!!!? そこの男子生徒っ!! 何をしている!!!?」


僕が尋ねようとした瞬間、職員室のドアが行き良い良く開かれ、新田先生の喝が飛んだ。


「やばっ!? 逃げるでチビ!! そんじゃ、タカミチ、またなっ!!」

「わんわんっ!!」


そう言い残すと、小太郎君は、チビくんと一緒に職員室の窓を開け放ち、そこから外へと身を躍らせていった。

……ここ、一応3階なんだけどな。

まぁ、彼らにとってそれは些末な問題だろう。

大きな袋だったし、世話になったことへの感謝だと彼は言っていたから、これからお世話になった人たちのところを回って行くに違いない。

本当に義理堅いというか、マメな少年だ。

そんなところは、ナギには全然似てない。

むしろナギは少し見習った方が良い気がするくらいだね。


「……さて、気合入れて、仕事を終わらせるとしようか?」


先程より幾分も明るい気持ちで、僕は書類の山へと向き直った。



SIDE Takamichi OUT......










最大の難関を無事クリアしたことに安堵しながら、俺とチビは女子部校舎を後にするのだった。

タカミチの場合、捕まえたくても捕まらないときが多いからな。

年末だし、出張はそんなにないとは思っていたが、どうにか捕まってくれて助かった。

これであっちのプレゼントも無事に成り立つしな。

さて、お次は女子寮に向かうかな?

お祭り好きなネギクラスのメンバーたちだ、多分クリスマスパーティとかやってるだろうし。

上手くいけば、プレゼントの大半を捌くことが出来るだろう。


「ほんなら、次の場所に向かうで? 着いてこれるな?」

「わんっ!!」


俺の質問に、チビは当たり前だぜ!!とばかりに力強く答えてくれた。

よし、それじゃさっそく……。

そう思って駆け出そうとした矢先。

女子部の校門出たところに、ちょうど見覚えのある4人組を見つけることが出来た。

これはグッドタイミング。

俺は笑みを浮かべながら、彼女たちへと向かって走って行った。










SIDE Ako......



「ほ、ホンマに大丈夫やろか……?」


いつものように自信のない声でウチはそう呟いてた。

今夜はクリスマスイヴやし、この日のために1カ月も前から準備してきた。

けど、いざ渡すとなると……や、やっぱ不安や。


「大丈夫だよ。凄く良く出来てると思う」


アキラが不安がるウチに、優しく笑ってそう言うてくれる。

うぅ……そうやろか?

い、一応精一杯頑張ったつもりやけど……小太郎君、受け取ってくれるやろか?


「だいじょぶだいじょぶ!! このゆーな様が教えてあげたんだから、小太郎もこれでイチコロだにゃー!!」


そう言って、これの作り方を教えてくれたゆーなが、胸を張ってそう勇気づけてくれた。

……意外やけど、ゆーな、ホンマこういうん得意なんよねぇ……。

おかげ今日に間に合うたわけやし、教えてくれたゆーなのためにも、やっぱ頑張って渡さなあかんよなぁ……。


「けど、みんなひどいなぁ……教えてくれたら、私も頑張ったのにぃ」


拗ねたように唇を尖らせて、まきえがそんなことを言うた。

12月初めに新体操の大会が控えてたまきえには、このことを知らせてへんかったから、まだそれを根に持っとるみたい。

やっぱ、悪いことしてもうたかな?


「いや、まきえの場合、教えても上手に出来ないでしょ? 新体操以外、かなりぶきっちょじゃん?」

「そ、そんなことないもん!!」


茶化すように言うたゆーなに、まきえが顔を真っ赤にしてそう言い返してた。

……確かに、まきえぶきっちょやし、教えてても出来ひんかった気がするな。

はぁ……けどホンマどないしよ……?


「渡すってことは、コタ君に連絡しないといけないよね?」


あっけらかんと、まきえが今ウチを一番苦しめていることを口にした。

そう、小太郎君にこれを渡すためには、彼に電話をせんとあかんねん。

けど、ウチはどうしても、通話ボタンを押すことが出来ひんかった。


「こうしとる間に、小太郎君が他の予定を入れてもうてたら……ど、どないしよーっ!?」

「お、落ち着きなよ亜子。大丈夫、プレゼントを渡したいって言えば、きっと小太郎君は受け取りに来てくれると思うよ?」

「そーそー。小太郎のことだし、女の子がプレゼントくれるって言ったら、喜んで飛んでくるって」

「コタ君てそんなに女好きだっけ? まぁ、とにかく、亜子、連絡してみたらどうかな?」


口々に、三人がウチのことを励ましてくれる。

……うん、せやな。

やっぱり、ちゃんと勇気出して渡そう。

この日のために頑張ってきたんやもん!!

そう思って、携帯を取り出そうとした。

その瞬間……。


「おーいっ!! 亜子にまき絵にアキラに、えーと、ファザコンの人ーっ!!!!」

「誰がファザコンの人だっ!!!?」


後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえて来て、からかわれたゆーなが顔を真っ赤にして言い返していた。

う、うそっ!? ま、まだ電話してへんのにっ!!!?

予想外の出来事に、ウチの心臓が口から飛び出しそうなくらいに暴れ出してた。

振り返ると、近づいてくるのは、やっぱり小太郎君やった。


「いやーちょうど良えところにおってくれたわ」

「わんわんっ!!」


駆け寄って来てくれた小太郎君の傍には、トナカイの格好をした黒い犬がおった。

小太郎君のペットなんかな?


「おいコタロー、誰がファザコンだって?」

「自分以外におれへんやんけ? それより、ちょうど良かったわ、自分らに渡したいものがあってん」

「さらっと流すなーーーーっ!!」


怒ったままのゆーなを余所に、小太郎君は持っていた大きな白い袋をごそごそとあさり始めた。

と、というか、小太郎君の格好サンタクロースやんっ!?

ま、まさか渡したいものて、もしかして……!?

すぐに目当ての物は見つかったみたいで、小太郎君は得意げにそれを取り出してくれた。


「ほい、メリークリスマス。良い子にしてた自分らにコタクロースがプレゼントや」

「わんわんっ!!」


ほっ、ホンマにっ!?

小太郎君が取り出したのは4体の可愛らしいぬいぐるみやった。

プレゼント用にしてくれたんか、4体はそれぞれ首に色の違ったリボンが結ばれてた。

1つ目は黒い犬で首には赤いリボンが巻かれて、2つ目は三毛猫で首には青いリボンが巻かれてる。

3体目はピンクのリボンが巻かれた白クマで、最後はクリスマスやからか、黄色いリボンが巻かれたトナカイやった。

どれも可愛いかったけど、一体どれが誰用のプレゼントなんやろ?


「え? え? わ、私ももらって良いのっ?」


まきえが目を白黒させながら小太郎君に聞いてる。

小太郎君は、いつも通りの格好の良い笑みを浮かべて頷いてた。


「おう!! ただ、好きな動物とか分からへんかったから、この場で好きなのを選んでもらお思てな」


な、なるほど、それで包装が首のリボンだけやったんや。

ど、どないしよ? 貰えるなんて思ってへんかってんから、どれを貰てもめちゃくちゃ嬉しいけど……。

ウチが一番気になってたんは、最初に出て来た黒い犬のぬいぐるみやった。

その……何となく、小太郎君っぽい気がするやん?

け、けど、それをいきなし主張すんのも、図々しい気がするし……。

小太郎君にそんな女やって思われたないし、やっぱここは涙を呑んで余りもんにしとこう!!

そう思て、ウチはみんなを促した。


「み、みんなから選んで良えよ? う、ウチは余りもので良えからっ……(ちらっ)」


そうは言うたものの、ついつい視線は黒い犬に向いてまう。

……うぅ、お願いやから、最後まで残ったって~~~~!!

そんなことを祈りながら、ウチは皆がぬいぐるみを選ぶのを待ってた。


「え、ええと……あ、そだ!! はいっ、はいっ!! 私、この黒い犬が良いなっ!!」

「っっ!?」


まきえがそう言い出して、思わず声が出そうになってもうたけど、どうにかそれを飲み込んだ。

うぅ……やっぱりウチはダメな子やなぁ……最初から、ちゃんと欲しいて言うとけば、貰えたかも知れんのに……。


「なるほど、そういうことか……そんじゃ、はいっ!! 私もその黒い犬が良い!!」

「ゆ、ゆーなもっ!?」


あわわわ……な、何でそんなに黒い犬人気なん!?

や、やっぱ小太郎君に似てる気がするからっ!?

そう思って慌ててると、ついにはアキラまでがおずおずと手を挙げた。


「それじゃあ、私も」


そう言うて、アキラはウチにぱちっ、とウィンクをしてくれた。

え? あ、何? これ、そういうことなん?

な、何や、皆にウチが犬のぬいぐるみを欲しがってたんはバレバレやったんかぁ……

ウチは心の中で皆に感謝しつつ、覚悟を決めて手を挙げた。


「は、はいっ!! う、ウチもっ!!」

「「「どうぞどうぞ」」」

「ぷっ、何やねんその小芝居は?」


そんなウチらの様子を見て、小太郎君が楽しそうに笑た。

あーうー……め、めっちゃハズいっ!!

結局、黒い犬のぬいぐるみはウチが、三毛猫はゆーなが、トナカイはまきえが、白クマはアキラが貰うことになった。

ぬいぐるみを手に取ると、ウチは不思議なことに気が付いて、思わずそれを口にしてもうた。


「甘い、香りがする……?」


ぬいぐるみから、かすかにやけど、何や気分が落ち着くような、そんな香りがしてた。

ウチの言葉に、皆ぬいぐるみに顔を近づけて匂いを嗅ぎ始める。


「ほ、ホントだぁっ!? 何でっ!?」

「あ、でもこの匂い、何か落ち着くかもー……」

「本当だ。凄い落ち着く感じがする」


上から、まきえ、ゆーな、アキラの順に、皆そう言うて、ほにゃっとした笑顔になってもうてた。

え、ええと、何でやろ?

ウチが不思議がってると、小太郎君は悪戯っぽく笑って、その理由を教えてくれた。


「実は中に発酵させたハーブが入ってんねん。今流行りのアロマセラピーやな。4人は運動部やさかい、それでちょっとでも疲れを癒して貰お思て」


な、なるほど、それで甘い香りがして、皆が癒されてたんや……。

……小太郎君、やっぱ凄いなぁ。

優しゅうて、オマケに格好も良えし、プレゼントの選び方にまで、それが表れてるもん……。


「いやーこれは癒されるよ……コタ君、ありがとね」

「まぁ、あんたにしちゃ、良く気が回ってたんじゃない? ありがと、大事に使うね」

「うん、本当。凄い落ち着く……ありがとう、小太郎君」


3人が嬉しそうにそれぞれ小太郎君にお礼を言う。

そ、そうや、ちゃんとお礼せんとあかんやんなっ!?

ウチは3人にちょっと遅れて、頭をぺこっと下げた。


「あ、ありがとうございますっ!!」

「ははっ、どういたしまして、喜んでもらえたみたいで、こっちも嬉しいわ」


そんなウチらに、小太郎君は満足そうに笑てくれた。

……うぅ、やっぱ格好良えよぉ……。

そ、それに引き換え、ウチなんて、見た目も性格も地味で、用意したプレゼントまでありきたりやし……。

あ、あかん!? やっぱこれ渡すんはハズいっ!?

けど、ちゃんと渡さんと、教えてくれたゆーなと、付き合うてくれたアキラに悪いし……ど、どないしたら……。

ウチが迷ってると、ゆーながそれに気付いてくれたんか、さっきのアキラみたいにウィンクしてくれた。

へ? な、何? 今度はどーゆーこと?

そう思ってゆーなを見てると、鞄から小さな包みを取り出して、小太郎君に差し出した。

ゆーなが何も言わずに差し出したもんやから、小太郎君は目を白黒させてた。


「へ? 何や? もしかして、俺に?」

「そ……まぁ、私は誰かさんのついでなんだけど、良い物もらっちゃったし、用意しといて正解だったかにゃ?」

「誰かさん?」

「そっ。ね、亜子?」


そう言うて、ゆーなはウチに話を振ってくれた。

さっきの合図はそういう意味やったんか……。

ウチは心の中で、もう一度ゆーなにお礼を言うて、鞄の中から用意してた包みを取り出した。


「え、えと、これ……つ、つまらんものですけどっ」

「あ、亜子もかいな? おおきに、プレゼント渡そとは思てたけど、まさか自分が貰えるとは思てへんかったわ」


小太郎君はそう言うて、嬉しそうに笑みを浮かべながらウチのプレゼントを受けってくれた。

……よ、良かったぁ……ゆーなのおかげで、何とか無事にプレゼントを渡すことが出来たわ。

今度改めて、ゆーなには何かお礼せんとあかんな。

そんなことを思てると、アキラも自分の鞄からウチのより少し小さな包みを取り出して、小太郎君に渡してた。


「はい、これは私から。祐奈と一緒で亜子のついでに作ったんだけど」

「おおきに。……って作った? え、ええと、中身見ても良え?」


アキラの言葉に目を白黒させながら、小太郎君はおずおずとそんなことを尋ねて来た。

ゆーなはそれに笑顔で頷いて、アキラも同じように頷いた。

それを確認した小太郎君の視線が、ぱちっとウチの視線とぶつかった。

は、はよ返事せんとっ!?

ウチは頭突きでもするみたいに、首をがっくんがっくん振った。

そんなウチに、小太郎君は苦笑いを浮かべながら、最初に貰たゆーなの包みから開いた。


「これ、ニット帽?」


出て来たのは丁寧に編み込まれた黒いニット帽やった。

ウチに編み方を教えてくれただけあって、ゆーなの作ったニット帽の出来栄えはぴか一やったりする。

……あ、あれの後に見られるんは、何や不利な気がする。


「しかもこれ手作りなんか? へぇ、祐奈にも意外と女らしいとこがあるんやな?」

「一言余計だってのっ!!」

「ははっ、スマンスマン。ホンマおおきに。ありがたく使わせてもらうわ」


小太郎君は、笑顔でゆーなにお礼を言うと、続いてウチのあげた袋を開いていく。

ちゃ、ちゃんと喜んで貰えるやろか?

どきどきしながら待っていると、それを取り出した小太郎君は、ゆーなのニット帽を見た時より、驚いた顔をした。


「これ、セーターやんけ!? はぁ~~……亜子、これ結構時間かけたんとちゃうんか?」

「ゆ、ゆーなに教えてもろたから、そんなに掛かってへんよ?」


嘘や。

1カ月も前から準備してたとは、口が裂けても言えへん。

ゆーなやアキラは、初めてにしては上出来やって褒めてくれたけど、やっぱりゆーなや器用なアキラとは違て、ウチの編んだセーターは不細工やったし……。

ウチが小太郎君にあげたんは、ゆーなのニット帽と同じ、黒い毛糸で編んだセーターやった。

左の胸に、白い毛糸で『K・I』てイニシャルを入れるんは、かなり苦労した。

小太郎君はそれをまじまじと見つめると、さっきゆーなに言うたときみたいに、にっ、と嬉しそうに笑うてくれた。


「おおきに。こりゃ今年の冬は暖かく過ごせそうやで」

「っ!? ほ、ホンマにっ!? よ、良かったぁ~~~~……」


どうやら、小太郎君はウチのプレゼントを喜んでくれたみたいやった。

うぅ、頑張ってホンマに良かった……。

やっぱり、今度ゆーなとアキラ、それに励ましてくれたまきえには、あらためてお礼せんと。

小太郎君が浮かべた笑顔は、ウチにとって、今年一番のプレゼントやった。

最後に、小太郎君は、アキラに渡された包みを開けて、さっきみたいに目を白黒させた。


「マフラーか? これは白いんやんな?」

「うん、亜子がイニシャル用に使った毛糸の余りで作ってみたんだ。帽子とセーターが黒だったし、合わせやすいと思って。どうかな?」

「おう、これなら二人がくれたんと一緒に使えるわ。おおきに、アキラ」

「ふふっ、どうしたしまして。こっちこそ、ぬいぐるみ、大切にするね」


そんな風に小太郎君は、アキラと談笑して、さっそくアキラのマフラーを首に巻いていた。

え!? な、何でアキラのマフラーだけ!?

ま、まさか小太郎君、アキラのことを……!?

う、ウチらのぬいぐるみは、アキラのついでやったん!?

そう思て、ウチは顔から血の気が引いて行った。

せやけど、ウチの考えは間違うてたみたい。

すぐに小太郎君は、申し訳なさそうな顔で、ウチとゆーなに謝った。


「本当は、この場で全部試着してみたいんやけど、さすがにここで脱ぐんは勇気いるさかい、堪忍してや」

「まぁ、帽子も既にサンタ帽被ってるしね」

「そゆこと、寮に帰ってから、ゆっくり試着させてもらうわ」


……な、何や、そういうことか……。

あ、焦ったぁ~~~~。

ウチがほっと、胸を撫で下ろすと、楽しそうに談笑する三人にを見て、まきえが残念そうに呟いた。


「いいなぁ。やっぱり私も用意しておけば良かったよぉ」

「うっ……ご、ゴメンなまきえ?」


やっぱ、まきえだけ誘わんかったんは、可哀いそうやったな。

うん、申し訳ないことしてもうた……今更どうにも出来ひんけど、ウチはそう言って、まきえに謝った。


「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃないよ? ゴメンね、亜子、気にしにないで。ただ、コタ君に貰いっぱなしだと申し訳ないって話で……」

「ああ、それこそそんなん気にせんといてや。俺はプレゼント目当てでしてるわけやないからな、その気持ちだけで十分や」


申し訳なさそうに言ったまきえに、小太郎君がやさしい笑みを浮かべて言うた。

やっぱ、優しいな小太郎君。

ウチらとなんて、数えるくらいしか会うてへんのに、きちんとプレゼントまで用意してくれて。

お返しなんか、全く期待してへんかったんやろう、ウチらのプレゼント受け取ったときは、ホンマに驚いた顔してたし……。

……や、やっぱ、ウチなんかが好きになるには、良い男過ぎやと思う。

春休みに、不良に絡まれてたウチら。

それを助けに入ってくれた小太郎君。

最初はそれだけで、昔話の中の王子様みたいやと思った。

けど、それだけやなかった……。

小太郎君は喧嘩を禁止されてたにも関わらず、ウチが付き飛ばされた時に、本気で怒って、突き飛ばした不良にこう言うてくれたんや。


『この世で一番大事にせなあかんもんって何か知っとるか?……それはな……可愛い女の子や』


……お、思い出しただけでも、胸がきゅんてなってまう!?

男の人に、可愛いなんて言われたのは、生れて初めてやった。

けどそんときは小太郎君のこと、格好良えなぁ、くらいにしか思てへんかった。

ウチとは全然違う、そんな人、好きになるなんて身の程知らずや、ってそう思ってた。

けど夏休みに、一緒に川へ泳ぎに行ったとき、ウチは知ってしもうた。

小太郎君の胸に刻まれた、大きな十字の傷跡のことを。

ウチの背中には、ずっと前から付いてる大きな傷跡がある。

こんなん知られたら、きっと男の人は、ウチのこと気味悪がる、気持ち悪がられてまう、そう思ってた。

けど小太郎君は違うた。自分の傷をウチらに見せて、それを何でもないことのように笑うてた。

それを見て、この人なら、ウチの傷を、ウチのこと分かってくれるんやないか、ってそう思った。

それで、緊張で倒れそうになりながら傷を見せたウチに、小太郎君は優しい笑みを浮かべて言うてくれたんや。


『ありがとな。俺のために勇気出してくれて』


もう幸せ過ぎて、死んでしまいそうやった。

それにウチは、小太郎君のためやない、自分のために勇気を出してたんやと思う。

きっと小太郎君も、それは分かってたはずやのに、そう言って、ウチの頭を撫でてくれた。

そんときの、小太郎君の優しい手の感触が、ウチはずっと忘れられへん。

小太郎君のことを、思い出しただけで、考えただけで、胸が切なさで締め付けられる。

ウチはいつの間にか、こんなにも、小太郎君のことを好きになってもうてた。

いつも地味で、目立たへんくて、とことん脇役やったウチやけど、これだけは、この恋だけは、脇役のまんまで終わりたくはなかった。

せやから、ゆーなとアキラに相談して、頑張ってセーターを編んで、少しでも小太郎君にアピールしようと思ったんやけど……。

……やっぱウチ、ダメダメやな、小太郎君、格好良過ぎや。

そんな風に肩落としていると、まきえが鞄をごそごそと漁り始めた。

何やろ? プレゼントなんて用意してへんて言うてたのに……。

まきえが鞄から取り出したのは、少し長めの赤いリボンだった。


「うーん……何か今すぐ渡せそうなものないかなぁって思ったんだけど、今はこれくらいしか持ってなかったよ」

「ほ、本当気にせんで良えって。第一、リボンなんて貰ても、俺男やし、どないして使えば良えねん?」


さすがに冷や汗を浮かべながら、小太郎君は苦笑いを浮かべた。

けどまきえは、どうしても何かお返しがしたいみたいで、しばらく考え込んでいた。


「……あっ、そだ! コタ君、コタ君、ちょっと右の小指貸して!!」

「小指? 別に構へんけど……」


何か思いついたらしい、まきえは小太郎君の差し出した右手の小指に、くるっ、と用意した赤いリボンを巻きつけた。

さ、流石の手際や……と、いうか、ぶきっちょなんに、リボンって名前が付いた瞬間器用になるなんて、まきえどんだけ新体操に命賭けてるん!?

次にまきえは、残った方のリボンの先を、自分の左手の小指に、これまた器用に結び付けた。

こ、これはもしかしてっ!?


「運命の赤い糸ならぬ、運命の赤いリボン!! ……なんちゃって♪」

「……いや、こんな使い方はせぇへんよ……」


嬉しそうに言うたまきえに、小太郎君は、相変わらず苦笑いを浮かべてた。

け、けどまきえ……いきなり運命の赤いリボンやなんてっ!? 

ももも、もしかしてっ、まきえも実は小太郎くんのことっ……!?

ど、どないしよっ!?

まきえ、頭は悪いけど、明るいし、スタイル良えし、可愛いし……う、ウチみたいな地味人間に勝ち目あれへんやん!?

そんなふうに焦ってると、小太郎君が、ウチにとって絶望的な一言を言うた。


「まぁ、まき絵みたな可愛い子と結ばれてる言うんは、光栄やけどな?」

「へ、へぇっ!?」

「「「!!!?」」」


いつも以上に大人びた表情で、格好良え笑みを浮かべる小太郎君。

そ、その表情にどきっとしてもうて、直接笑顔を向けられたまきえだけやのうて、アキラもゆーなも、ウチまで言葉が出て来ぃひんやった。

け、けど……それって、小太郎君もまきえのこと……まんざらでも、ない?

……そ、そんな……それやったら、ウチは……。


「ん? あ、亜子どないしたんや!? 顔真っ青やで!?」

「え!? ああっ!? し、しまったっ!?」

「バカまきえっ!! どうしてそういうことするかなっ!?」

「あ、亜子落ち着いてっ!! まきえは冗談でやってただけだよ!?」


みんながいろいろウチに言うてたけど、もうウチの耳には届けへんかった。

あ、あかん……ウチの恋、終わったわ……。

せめて涙は見せまいと、ウチは思いっきり踵を返して、駅とは反対側に向かうて走り出してたた。


「おっ、お幸せにーーーーーっ!!!!」


さよなら、ウチの恋…………。



SIDE Ako OUT......









「おっ、お幸せにーーーーーっ!!!!」


そんなことを叫びながら、亜子は駅とは全く反対の方へと走り去ってしまった。

い、一体どうしたんだ?

あとチビ、嬉しそうに追いかける準備しない。


「何でよりによってそういう冗談言うのっ!?」

「だ、だって思いついちゃったんだもん……」

「と、とにかく亜子を早く追いかけないとっ!!」


アキラにそう言われると、二人はしっかりそれに頷いた。

慌ててまき絵が、自分の指に結んでいた方のリボンを解くと、俺にぱっとそれを手渡す。


「お、おいっ、これ渡されても、俺にはどうしようも……」

「ゴメンねコタ君、ちょっと亜子を追いかけなきゃだからっ!! プレゼントありがとーーーーっ!!」


言うが早いが、まき絵は亜子の走って行った方へと駆け出して行った。

続いてアキラも、俺に軽く会釈して、申し訳なさそうにそれを追い駆けて行く。

最後に祐奈が、むすっ、とした表情で、俺に言った。


「……せっかくプレゼントは良い感じだったのに、この朴念仁っ!!!!」

「はぁっ!? そりゃ一体どういう意味やっ!?」

「自分で考えろっ!!!!」


そう怒鳴ってから、べーっと舌を出す祐奈。

結局、答えは教えてもらえないまま、祐奈も三人を追い駆けて走り去って行ってしまった。

取り残された俺に、やはりチビが追いかけたそうに、目を輝かせているのだった。


「追いかけたらあかんで?」

「くぅん……」


俺にそう言われて、残念そうに、チビは耳を項垂れさせた。

それにしても……。


「……一体、何やったんやろうな?」

「あーう?」


俺たちは1人と1匹、ひたすら首を傾げるばかりだった。






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 34時間目 香囲粉陣 ちょっとしたホストの気分だぜ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2011/08/31 23:22
「き、気を取り直して、次の配達先に向かうか?」

「わんわんっ!!」


尻尾をバタつかせて、チビが一吠えする。

それじゃ、最初の予定通り、女子寮に向かうとしますかね?

さっきの亜子たちみたいに、駅に向かってる途中の連中がいるかもしれないし、そっち経由で向かうとしよう。

俺はチビを連れて、駅へと駆け出した。









SIDE Asuna......


スーパーのレジ袋を両手一杯に抱えて、私は駅への道を一人、とぼとぼと歩いていた。

……ったく、何で私が買い出しなんて。

せっかくのクリスマスイヴ、今年こそは、高畑先生と甘い一夜を、と思っていたのに。

通り過ぎればいつも通り、私は今年も結局、高畑先生を誘うことすらできずに今日を迎えていた。

どういうわけか、いつもは頭で考えるより先に、身体の方が動いてるタイプなのに、私は高畑先生のこととなると、どうにも消極的になってしまう。

いい加減やになっちゃうなぁ……。


「わんっ!!」

「うわぁっ!?」


な、何っ!?

急に大きな声で吠えられて、私は思わず飛び上がった。

見ると、いつの間にか足元に、トナカイの格好をした、見覚えのある黒い犬が、パタパタと尻尾を振りながら渡しを見上げていた。

こ、この子、前より大分大きくなっちゃってるけど……もしかして、チビ?


「ち、チビなの?」

「わんわんっ!!」


肯定するように、チビはその場でぴょんぴょんと跳ねた。

どうやら、間違いないみたい。


「ちょっと見ない内に、随分大きくなっちゃったわねぇ~~~~?」

「わんわんっ!!」


私がしゃがんで、頭を撫でると、チビは嬉しそうに尻尾をパタパタさせた。

あははっ、デカくなっても、まだまだ子犬ね。


「そういえば、小太郎は一緒じゃないの?」

「わんわんっ!!」


うん、何言ってるのかさっぱりだわ。

こんな格好してるし、チビ一人でここまで来たってことはないんだろうけど……。

そう思って周囲を見渡そうとした瞬間だった。


「……ふっ」

「ひ、ひゃああああああっ!!!?」


な、ななななな、何っ!?

急に耳に息を吹きかけられて、私はさっきとは比べ物にならないくらい大声で奇声を上げていた。

ま、前にも言った気がするけど、私の知り合いにこんな馬鹿げたことする奴は、一人しかいないってのっ!!


「こ、こここ、小太郎っ!! いきなり何してくれてんのよっ!!!?」

「おお!? 見もせずに俺やと気付くやなんて、腕を上げたな、明日菜?」


わざとらしく、驚いたような表情をして、小太郎は悪びれた風もなくそう言った。

こ、こいつ……絶対泣かす!!

そう思って拳に力を入れた瞬間、私は小太郎の服がいつもの学ランではないことに気が付いた。

良く見たら、これサンタ服じゃない? それで、チビがトナカイの格好してたんだ・・・・・・。

小太郎はご丁寧に、本物と同じように白くて大きな袋まで抱えていた。


「あんた……そんな格好で何してんのよ?」


私が訪ねると、小太郎は嬉しそうに、にっと笑みを浮かべた。


「クリスマスイヴにサンタの格好と来たら、そりゃ一つしかあれへんやろ?」

「ケーキ屋のバイト?」


あ、小太郎が盛大にずっこけた。

な、何よ? ふ、普通はそれ思いつかない?

ま、まぁ他のバイトだって、クリスマスの近くになったらサンタの格好してるけどさ……。

小太郎はよろよろと立ち上がると、苦笑いを浮かべた。


「け、ケーキ屋のバイトて……あんな? サンタクロース言うたら、一番の仕事はあれやろ? プレゼント配りやんか」

「ま、まぁそうだけど……それじゃあ何? あんた達、もしかしてプレゼント配ってんの?」

「おう!! 今年世話んなったヤツのところを、一件一件回ってるところや!!」

「わんわんっ!!」


私がそう聞くと、小太郎とチビは二人揃って、誇らしげに胸を張った。

ぷっ……飼い主に似るっていうけど、そんなところまで似なくても。

吹き出している私を他所に、小太郎は持っていた白い袋から一つ小さなケースを取り出した。

綺麗に包装されていることから、クリスマスプレゼントだろうけど……え? もしかして、それって……。


「ほい、これが明日菜の分や。メリークリスマス!!」

「わ、私にっ!?」


だ、だって小太郎、世話になった人にって言ってなかった!?

む、むしろ私は、結構迷惑掛けてた気がするんだけど!?

そんな私の気持ちに気付いたのか、小太郎は優しく微笑んでこう言った。


「いやいや、かなり良え竹刀袋貰てもうたしな。これはほんのお返しの気持ちや」

「そ、そんなのっ、気にしなくて良かったのに……」


むしろあれは、足の手当てやら、寮まで送ってくれたことに対するお礼のつもりだったのに……。

……これじゃあ、またこいつに借りが出来ちゃうじゃない。

けど、せっかくくれるって言ってるものを、無碍に突き返すのも気が引けるし……。

私は結局、苦笑いを浮かべながら、プレゼントを受け取った。


「ありがと。今開けても良いの?」

「おう、自分のんは自信作や。結構驚くと思うで?」

「?」


どこか含みのある笑顔で言う小太郎を不思議に思いながら、私は包みを開いていった。

出てきたのは、白のマグカップで、横のところには多分私のイニシャルだろう、ピンクの文字で『A・K』と書かれてた。

と、いうことは……これ、もしかしてオーダーメイドっ!?

け、結構値段がしたんじゃないの!?

だ、だから小太郎自信作って……。

目を白黒させながら、私はもう一度小太郎にお礼を言うことにした。


「ほ、本当に、ありがとう……大事にするわ」

「どういたしまして……けどな、驚く言うたんはプレゼントそのもののことだけやないねん」

「え!?」


再び驚いた私に、小太郎は自分のケータイを取り出して、その画面を突きつけた。


「こっ、これってっ!!!?」


今日何回目か分からない驚きに、私は目を見開いていた。


「た、高畑先生と、おそろいっ!!!?」


小太郎のケータイには、私がさっき小太郎から貰ったカップと、まったく同じデザインに青い文字で『TTT』と書かれたマグカップを持ち微笑む高畑先生の写メが移っていた。

ど、どいうことよこれっ!!!?


「実はさっきタカミチに同じマグカップ渡して来てん。そんときに撮らせてもろたんがこの写真や」

「なっ!? そ、それじゃこのマグカップ、最初から高畑先生のと……」

「おう、ペアカップやったもんや」

「@*$#&%=~~~~~!!!?」


う、嬉しさのあまり言葉が出ないっ!!!?

小太郎ナイス過ぎるっ!!!!

そんな私の様子に、小太郎は満足げな笑みを浮かべて続けた。


「どや? これで次からそのマグカップ使うときは、ささやかやけどタカミチの恋人気分が味わえるっちゅう寸法や」

「こっ、恋人気分……」


ごくり、と、思わず私は唾を飲み込んでいた。

……す、すげぇ!?


「小太郎!! ありがとうっ!! これ、めっちゃ大切にするわっ!!」

「おう!! 喜んでもらえて何よりや」

「わんわんっ!!」


3度目になるけど、元気良くお礼を言った私に、小太郎はそう言って笑みを浮かべ、それに同調したみたいにチビが鳴いた。

すると、小太郎は白い袋の口を縛りなおして、ぱっ、と軽く右手を上げた。


「そんじゃ、まだ回るとこがあるから、俺はこれで。タカミチのこと、応援してるで」


そう言って、颯爽と立ち去ろうとする小太郎。

私は思わず、その肩をがしっ、とつかんでいた。


「な、何や!?」

「……あ、あのさ、小太郎……もう一つお願いがあるんだけど……」

「お、お願い?」

「……さっきの高畑先生の画像、ケータイに送ってくれない?」

「…………」


こうして、私は小太郎から、ここ数年で一番素敵なクリスマスプレゼントを、2つも入手したのだった。

……よしっ、来年こそは、高畑先生を振り向かせて見せるぞーーーーっ!!!!



SIDE Asuna OUT......










…………あ、焦った。

立ち去ろうとしたら、いきなり咸卦法でも使ってるんじゃないか、って握力で肩を掴まれるんだもんな。

いや、しかし喜んでもらえたようで何よりだ。

彼女には、下手に高価なものを贈るより、こうしてタカミチを絡めた方が喜ばれるだろうという俺の読みは当たりだったらしい。

今年は残念ながら、タカミチをデートに誘うことすら出来なかったようだが、何慌てることは無いだろう。

マグカップと携帯を抱きしめて、嬉しそうに笑みを浮かべる明日菜を見ながら、彼女が幸せになれるよう、俺はこれからも影ながら応援していこうと、改めて誓った。

さて、明日菜と別れてから、俺はチビと一緒に女子寮へと向かっていた。

本来なら電車に乗るところだが、チビは電車に連れて行けないからな。

瞬動を使いつつ、俺達は信じられないような速度で女子寮へ向かっている。

一番信じられないのは、チビがいつの間にやら瞬動術を使えるようになってたことだけどな。

俺が時々使ってたのを見て、いつの間にか覚えてたらしい。

この分だと、その内俺の手合わせの相手もしてくれるようになりそうだな……。

なんて、考えながら走っていると。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


「お?」


突然携帯が鳴った。

足を止め、ポケットから携帯を取り出すと、液晶表示には『高音・D・グッドマン』と表示されていた。

何だろう?

もちろん彼女にもプレゼントを渡しに行くつもりだったが、驚く顔を見たくて、事前には何も知らせていない。

俺は首を傾げながらも、徐に通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『あ、もしもし、小太郎さんですか? お久しぶりです』


電話から、いつも通り、丁寧な物腰で話す高音の声が響いて来た。


「おう、久しぶりやな。ところで、どないしたん?」

『いえ、大した用事ではないのですが……今、何かされていますか?』

「今? ああ、これからちょうど女子寮に行くところやけど?」


俺がそう言うと、高音が意外そうな声を上げた。


『けれど、それならちょうど良かったです。渡したいものがありますので、寮に着いたらまたご連絡ください』

「おう、分かった。ほんなら、また後でな」

『はい、失礼します』


最後まで丁寧に挨拶をして、高音は通話を切った。

渡したいものって……これは、ひょっとするかもな。

亜子達のとき同様、あまり相手からプレゼントが貰えると期待はしていなかったんだが。

俺は期待に胸を膨らませながら、女子寮へ向かう足を、更に速めるのだった。










SIDE Takane......



到着の知らせを受けて、私はぱたぱたと学生寮の階段を降りていました。

彼はきっと少しくらい待たされても何とも思わないでしょうが、やはり少しでもお待たせするのは気が引けます。

手にはしっかりと、この日のために用意したプレゼントを握りしめて、私は彼の喜ぶ顔を思い浮かべながら顔を綻ばせました。

6月から9月までの短い間でしたが、彼に操影術を指南した3ヶ月は、私の目指す偉大なる魔法使いへの道に、大きな道筋を示してくれたように感じています。

最初に彼のことを知ったのは、3月の終わりがけ。

緊急で開かれた魔法先生、生徒の集会で、学園長より伺った衝撃的なお話。

小学校を卒業したての、一人の魔法生徒が、こともあろうに、かの闇の福音を護り、東洋の名のある妖怪を討伐したという、おとぎ話のような英雄譚。

かの英雄、千の呪文の男とともに大戦を戦った、高畑先生までもが太鼓判を押すその方は、実際にお会いすると、伺っていた以上に素晴らしい方でした。

その方の名は、犬上 小太郎さん。

人狼と人間の間に生まれたハーフである彼は、きっとこれまで辛い人生を送って来たに違いありません。

しかし彼は、それを感じさせない明るさと、そして強さ、優しさを持った、とても年下だなんて思えないほどの人物でした。

確かに、操影術を指南したのは私でしたが、それ以上に、彼の生き様が私に教えてくれたことは、とても多かったように私は感じています。

とれだけ過酷な状況に追い詰められても、前だけを向き、自分に持てる全てを賭して、意地でも一歩を踏み出そうとする、心の強さ。

どんな者に対しても、その手を差し伸べることを厭わず、そして、その者を必ず救って見せようとする、心の優しさ。

それは奇しくも、私が理想とする、偉大なる魔法使いの姿、それに相違ありませんでした。

自分よりも幼くしてそれを持つ彼に、私はとても多くのことを学ばせて貰いました。

だから今日は、そのお礼をするのに、うってつけのイベントだと言えます。

勢い良く寮の扉を開いて、私は彼が待つ門へと駆けて行きます。

目当ての人影は、門のすぐ傍らで白い息を付きながら待っていてくれました。


「すみません小太郎さん、お待たせしま……」


そう言いかけて、私は思わず固まってしまいました。

だって、今日の彼の格好はいつもとあまりに違っていたから。

上下赤の衣装に、同じような帽子。

それは見紛うことなく、このイベントには欠かせない人物、サンタクロースだったのですから。


「おう、高音。早かったな」


驚きを隠せない私に、小太郎さんは何でもないように挨拶をしてくれました。


「い、いえ、お待たせしてすみません……と、ところで、その格好は一体?」

「見ての通り、サンタクロースや」

「わんっ!!」


似合うやろ? と楽しげに笑う彼の傍らで、一匹の黒い犬が吠えました。

良く見ると、その犬は小太郎さんと合わせたかのように、トナカイの衣装に身を包んでいます。

それに、普通の犬とはあまりにかけ離れた毛色と魔力。

魔犬の類には間違いないのでしょうが、もしやこの犬は……。


「小太郎さん、もしやそちらのワンちゃんは……」

「おお、そういや高音は初めてやったな。俺の使い魔のチビや、よろしゅうな」

「わんわんっ!!」


小太郎さんが紹介してくれると、チビさんはそれに合わせてぴょんぴょんと、その場で跳ねました。

ふふっ、飼い主に似て、とても元気の良いワンちゃんみたいですね。

私は気を取り直して、準備していたプレゼントを小太郎さんに手渡すことにしました。


「はい、小太郎さん。お渡ししたかった物は、こちらです」

「お、おおきに……これってやっぱり、その……」

「ええ、クリスマスプレゼントです」


恐る恐る尋ねられた小太郎さんに、私は笑顔でそう言いました。

すると小太郎さんは、嬉しそうに顔を綻ばせて、持っていた白い袋から、私が渡した物と同じくらいの大きさの箱を取り出しました。

も、もしかして、これは……。


「ほい、俺からも、高音にプレゼントや」


メリークリスマス、と小太郎さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、私にその箱を差し出してくれます。

お、驚きました。

彼を驚かせるつもりが、逆に驚かせてしまうなんて……やっぱり彼には敵いませんね。


「よ、よろしいんですか?」

「当たり前や。今年は操影術のことやら、夏休みの襲撃事件やらでお世話になったしな。せめてものお礼やと思ってくれ」


お礼だなんて、本当に義理堅く、素晴らしい方ですね。

私ははにかみ笑いを浮かべながら、小太郎さんのプレゼントを受け取りました。


「ありがとうございます。あの、開けてもよろしいですか?」

「おう、気に言って貰えると良えんやけど。こっちも開けて良え?」

「はい、どうぞ」


私たちはお互いに確認を取ると、いそいそと包みを剥がして、互いのプレゼントを確認しました。


「おお、ネックレス……やけど、これ良く見たら護符やんな?」

「はい、持続型の魔力障壁発生媒体です。魔法の射手10本くらいなら、ほぼ通さない優れ物、だそうです」


私のプレゼントは、ミスリル製のシルバークロスです。

説明の通り、魔法防御いわゆるレジストの魔法が掛ったマジックアイテムですが。

彼は実践に出ることが多いようですので、少しでも彼の身を護って頂ければと、そう思い、本国の知り合いに頼んで送って頂いた品物になります。

それを嬉しそうに見つめて、小太郎さんはマフラーを取ると、すぐにそれを身に付けられました。


「どや? 似合うてる?」

「はい、とても」

「ははっ、おおきに、大切に使わせてもらうな?」


小太郎さんの言葉に笑顔で頷いてから、私は自分が受け取ったプレゼントの箱を開きました。

そこに入っていたのは、一本の白い杖でした。

恐らく魔法媒体でしょう、一見すると木製にも見えますが、これは良く見ると植物ではないようです。

これは……象牙、でしょうか? いえ、少し違う様な気もします。

螺旋状に入った独特の模様と、私と契約をした訳でもないのに、既に魔力を放っているという不思議な雰囲気は、象牙にはない特徴でした。

も、もしかして、どことない、この神聖な雰囲気は……。


「こ、これはもしや……角獣の角から?」

「さすが高音。察しの通りユニコーンの角から切り出した一品モノのステッキや」

「っっ!!!?」


思わず息を飲んでしまう私。

だ、だって当然でしょう!?

ユニコーンと言えば、魔法世界でさえ滅多にお目に掛かれない神獣ですよ!?

そ、その角から切り出した杖だなんてっ!!!?

い、いったいどれほどの値打ちが付くか……想像しただけで寒気がっ!!!?


「こっ、こんな高価なものっ、頂けませんっ!!」

「ああ、料金のことは気にせんでも良えねん。それ、某ぬらりひょんが死蔵しとったん掘り出したやつやさかい」

「し、死蔵!? こ、コレクションとしておくならまだしもっ、死蔵って、しまいこんでいたんですかっ!?」


こ、こんな素晴らしい品物をっ!?


「ああ、何でも人から貰たは良かったけど、自分とは相性があわへんかったらしくてな。まぁ見るからに邪悪やもんなぁ、あのぬらりひょん」

「そ、そうなんですか? と、ところで、そのぬらりひょんとは一体……?」

「……まぁ気にせんのが吉やな。ともかくそいつは、俺がその妖怪の個人的な依頼を受けたときの対価として貰たもんや。せやから料金は自分が思ったほど掛かってへんねん」


だから遠慮せず受け取って欲しい、と小太郎さんは困ったように笑っていた。

……そんな風に言われてしまっては、こちらが引き下がるしかないではないですか。

私は、頂いた杖をきゅっ、と抱きしめて、小太郎さんに心からの笑顔を浮かべて言いました。


「ありがとうございます、小太郎さん。この杖は、一生大切に使わせて頂きますね」


この杖を持っただけで、何だか偉大なる魔法使いに近付けた気さえしながら、私は小太郎さんにもう一度お礼を言いました。

すると、小太郎さんは満足げな笑みを浮かべてこう言ってくれました。


「おう、こっちこそ、こんな良えもん貰て、ホンマにおおきに」


これで、戦闘中にちょっと無茶しても平気だ、なんて、冗談めかして言う小太郎さん。

私はそんな彼の物言いに、思わず吹き出してしまいました。

そんなときです。


「……随分と楽しそうですね?」

「……コタ君、鼻の下伸びてるえ?」


聞き覚えのある声に振り返ると、そこには見覚えのある二人が、とても不機嫌そうに私たちのことを見ていました。

……なるほど、そう言えば、以前お会いしたとき、このお二人は小太郎さんに想いを寄せている節がありましたね。

私は苦笑いを浮かべながら、何て弁明したものだろうと考えていました。



SIDE Takane OUT......










SIDE Setsuna......



お嬢様に言われて、グッドマン先輩の後を追ってみて良かった。

どうやら、お嬢様の考えは見事的中だったらしい。

女子寮の門の前で、楽しそうに談笑する二人の姿は、非常に微笑ましくあったが、私たち二人の胸中は穏やかではなかった。

かと言って、ここで二人の間に割って入るのは、余りにも不躾だと思い、二人の話が終わるまで待つことにした私たちだったのだが。

グッドマン先輩が、小太郎さんから貰ったと思しき杖を愛おしそうに抱き締めたところで、我慢の限界に達した。


「……あかんわせっちゃん、ウチ、もう我慢の限界」

「……ええ、私も同じことを考えていました」


二人して、小太郎さん達の元へと歩き始める。

もちろん私達に、今の小太郎さんがどの女の方と楽しそうに談笑していようと、それを止める権利などありはしない。

それは分かっていた。

しかし、誰よりも彼と一緒にいたのは私だという自負が、そして何より私の彼への想いが、それを是とはしてくれなかった。

きっとお嬢様も同じ思いだったのだろう。

夏休みに起きた、小太郎さんのお兄さんによる、お嬢様を狙った襲撃事件。

あの直後に、お嬢様から聞かされた、小太郎さんの胸の内。

お兄さんとの因縁を清算しなければ、恋愛なんてすることが出来ないという、彼の想い。

それはきっと、彼の本心だろう。

いつもふざけたように振る舞ってはいるが、根は実直な彼のことだ、それは間違いない。

だからこそ、私とお嬢様は、彼がその本願を成就するまで、この想いは、胸に秘めておくと誓った。

しかし、だからこそ、今出来ることは、全て後悔のないようやっておかねばならない。

即ち、彼にこれ以上女性を魅了させる訳にはいかないのだ。

せ、先日の神楽坂さんの一件と言い、春休みの和泉さんたちと言い……最近ではエヴァンジェリンさんも危ない気がしてきたし。

最近は、稽古を付けてくれる刀子さんまでも、何かと小太郎さんのことを聞いてくるようにもなっていた。

確か担任だと言っていたし……と、刀子さんに限って、教え子に手を出すようなことはないと思うが……。

……い、いやしかし、再婚を焦っているという話も聞くし、ま、まさか……。

と、ともかく!!

もうこれ以上、小太郎さんに女の影を落とす訳にはいかなかった。

私たちが声を掛けると、二人は驚いた顔で振り返り、小太郎さんは目を白黒させ、グッドマン先輩は、苦笑いを浮かべていた。


「え、ええと……そ、それでは小太郎さん、私はこれで……」


プレゼント、本当にありがとうございました、と言い残して、グッドマン先輩はそそくさと去って行った。

残された小太郎さんは、いよいよ事態がつかめないようで、目を白黒とさせたままだった。


「コタ君、高音先輩にプレゼントあげたんや?」


お嬢様が、唇を尖らせて、拗ねたような口調で小太郎さんにそう問いかける。

そういう表情も新鮮で可愛い……ではなくっ!! そう、今の問題はそこなのだ!!

私にプレゼントがなくても、この際それは良い。

しかし、お嬢様も貰っていないのに、グッドマン先輩にはきちんとプレゼントを用意しているというのは、看過出来る事態ではない。

しかも丁寧にサンタクロースの格好までして、使い魔にトナカイの衣装まで着せるという徹底ぶりで。

……や、やはりスタイルの問題?

そ、そんなんウチに勝ち目ないやんっ!?

と、焦る私だったが、木乃香お嬢様に対する、小太郎さんの返答は、予想外のものだった。


「おう、自分らにもちゃんと用意して来たで?」


兄貴のことでは迷惑掛けたしな、と小太郎さんは笑みを浮かべて、持っていた袋から、小さな包みを二つ取り出した。

え? え!? ほ、ホンマにっ!?

余りに予想外だったため、逆に目を見開いてまう私。

隣に視線を移すと、お嬢様も同じように固まってしまっていた。

そんな私達に、小太郎さんは先程グッドマン先輩に浮かべていたのと同じような笑みで、私たちにそれぞれその包みを手渡してくれた。

おずおずと、それを受け取る私とお嬢様。

思っても見なかったことに、正直、胸は幸せで一杯だった。

こ、小太郎はん……ちゃんとウチらにも用意しといてくれたんや……。

そう思うと、身勝手にヤキモチを焼いていた自分が、どうしようもなく情けなく感じる。

隣のお嬢様も同じことを考えていたのだろう、罰の悪そうな表情を浮かべていた。


「……こ、コタ君、ホンマありがとうな。え、えと、これ、中身見ても良え?」

「おう、自分らのために用意したもんやからな。刹那も是非開けて見てくれ」

「は、はいっ!! あ、あの、ありがとうございます」


手をひらひらと振って、小太郎さんは優しい笑みを浮かべてくれた。

慌てて、しかし丁寧に、私は手渡された包みを開く、そこに入っていたのは、白い髪飾りだった。

あまりこういう装飾品には詳しくないのだが、確かこれは、バレッタと呼ばれる髪留めだったはず。

お嬢様は何を貰ったのだろう……そう思って隣を見てみると、お嬢様の包みに入っていたのは、私の物と色違い、薄桃色のバレッタだった。

しかしこのバレッタ、よくよく見ると不思議なこと気が付いた。

白い飾りの裏には、髪を纏めるための機構が付いているのだが、そこには1つの鈴かくっついていた。

しかしこの鈴、どれだけ振ってもならない。

位置的に装飾ということはないだろう……もしかして、壊れてる?

そんな考えがよぎった時、私に変わってお嬢様がその疑問を口にしてくれた。


「コタ君、この鈴鳴れへんよぉ!?」

「ああ、そういう仕様や。鳴るんは、自分と刹那、どっちかに危険が迫ったときだけやさかい」

「へ?」


小太郎さんの言葉に、お嬢様は不思議そうな顔を浮かべた。

なるほど、所謂警鐘というわけだ。

一見すると分からないが、これは鳴子に似たマジックアイテムだということだろう。

もし私がお嬢様の傍にいないとき、お嬢様に危機が迫ると、この鈴が鳴ってそれを知らせてくれる。

なかなかに便利な品だと思う。

お嬢様が身につけてもおかしくないよう、可愛らしい髪飾りの形をしているところに、小太郎さんの細やかな配慮が伺える

……本当、小太郎はんには敵わへん。

改めて、そう感じさせられた。

私とお嬢様は、心からの笑顔を浮かべて、小太郎さんにもう一度お礼を言った。


「ホンマおおきに、コタ君。大事に付けさせてもらうわ」

「私も、本当にありがとうございます、小太郎さん」

「いえいえ、喜んでもらえたみたいで嬉しいわ」


そう言って、小太郎さんは本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。

となれば……次は私たちの番ですね?

そう思ってお嬢様の顔を伺うと、お嬢様は悪戯っぽい笑みを浮かべて、鞄からそれを取り出した。


「はい、コタ君。ウチとせっちゃんから、メリークリスマスや」

「マジでか!? お、おおきに……いやぁ、今日はあれやな、一生分の幸運を使い果たしてる気さえするな」


そんな大げさななことを言いながらも、小太郎さんはやはり笑顔で、お嬢様の差し出した包みを受け取ってくれた。


「どうぞ、開けてみてください」


私が促すと、小太郎さんは早速、その包みを開き、中を覗きこんだ。


「お? 1つやないんか? ……えーと、まずこれは……グローブ?」


小太郎さんが最初に取り出したのは、黒い革製のフィンガーレスグローブだった。


「それはお嬢様の案で、私が真名に頼んで手配してもらったものです」

「……これ、ただの皮とちゃうな? ……もしかして、黒龍?」


さすが小太郎さん、見ただけでそれを看破するとは。

私は笑顔でその言葉に頷いた。


「良えんか!? これ相当値が張ったんとちゃうんか!?」

「いえ、恐らく小太郎さんが思ってらっしゃるほどはかかってませんよ?」


実はこれ、型落ちして、魔法世界の貿易会社に死蔵されていたものを、真名がたまたま見つけてくれたものだったりする。

そこで、どうせなら良いものを、ということでお嬢様とお金を出し合って購入したものなのだ。

黒龍の皮は伸縮性に富み、抗魔力も高い。

恐らくこれなら、小太郎さんが獣化状態になってもはち切れたりすることはないだろう。

私の言葉に安心したのか、小太郎さんは早速、グローブを手にはめて、その感触を確かめていた。


「何というフィット感……これなら何万本でも素振り出来そうやわ」

「そ、それは勘弁してな?」


無茶なことを言い出した小太郎さんに、お嬢様が冷や汗を浮かべながらそう言った。

続いて小太郎さんは、残っていた2つのプレゼントの内、私が用意した物を取り出してくれた。


「これは符やな……つーことは刹那お手製やろうけど、転移符とはちゃうな?」


不思議そうに符を見つめる小太郎さんに、私は笑顔で解答を示した。


「それは召喚符です」

「召喚符? 何が呼び出せるんや?」

「私です」

「は?」


私の返答が予想外だったのか、目を丸くする小太郎さん。

仕方なく、私はそれを贈った理由を、細かく小太郎さんに説明することにした。


「夏休みのように、小太郎さんに何らかの危険が迫った場合、私があのようにタイミング良く駆け付けられる保証はありませんよね?」

「ま、まぁ、それはそうやんな」

「そこで召喚符の出番です。それさえあれば、小太郎さんの意思一つで、私を呼び出すことが出来る訳です」

「な、なるほど……ピンチになった時のお助け用アイテムっちゅうわけやな?」

「そういうことです」


納得してくれたらしい、小太郎さんはもう一度符を見つめながら、しきりに頷いていた。


「コタ君、コタ君、ウチが用意したんも見たって」


待ち切れないという風に、お嬢様がそんなことを言い出した。

小太郎さんは、そんなお嬢様の様子に苦笑いを浮かべながら、最後のプレゼントを袋から取り出そうとした。

そういえば、何を入れたのか、私もまだ聞かされていなかった。

小太郎さんがそれを取り出すのを、私も若干楽しみにしながら、その瞬間を待った。

すると、中から出て来たのは、3枚つづりになった、チケットのような紙切れだった。

あ、あれは一体?

私と同じように、不思議そうな顔を浮かべながら、小太郎さんは、そこに記された文字を読み上げた。


「……コタ君専用、木乃香・何でも券……って、はぁっ!?」

「はぁっ!?」


二人して、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

こ、ここここ、このちゃんっっ!!!?

な、何でも券て、何でも券てっ!!!?

一体何を考えとるんっ!!!?

そんな私たちの焦りも知らず、お嬢様はいつも通りの、ほにゃっ、とした笑みを浮かべたまま、その券の説明を始めた。


「ウチはせっちゃんみたいに魔法が使えへんから、せやから、ウチに出来ることやったら、3回まで何でもお手伝いしてあげるえ?」

「な、何でも……?」

「うん、何でもや♪ お料理でもお洗濯でもお掃除でも……そ・れ・に、もっと凄いことも♪」

「こ、、このちゃっ……!!!? お、お嬢様ーーーーーっ!!!?」


じょ、冗談なのか本気なのか全く分からない!?

こ、小太郎さんに限って、そんな変なことに使うとは思えないが……。

ちら、と横目で小太郎さんの様子を盗み見る、すると……。


「……す、凄い、こと……!?」


はいアウトーーーーーっ!!!!

な、何ですか!? うわ言のように呟いて、鼻抑えないでくださいっ!!!?

私は、がっ、と小太郎さんの両肩をつかみ、ドスの利いた声でしっかりと言い聞かせた。


「……良いですか小太郎さん? 分かってると思いますが、く・れ・ぐ・れ・も!! お嬢様に変なことをお願いしないように!! ……もしそんなことをすれば……」


小太郎さんの肩から手を離し、夕凪の柄に手を掛ける。

慌てて小太郎さんが両手を振った。


「しませんっ!! しませんっ!!!! 天地神明に誓うて、木乃香に変なことなんて要求しませんっ!!!!」


……ふぅ、ここまでしておけば、流石に変なことは頼まないだろう。


「えー……ウチ、別にコタ君にやったら構へのにぃ……」


残念そうに呟いたお嬢様に、私はもう一度頭を抱えるのだった。


SIDE Setsuna OUT......










クリスマスパーティの準備があるという、木乃香と刹那に分かれを告げて、俺は女子寮を後にした。

しっかし……さすが木乃香さん、俺には出来ないことをさらりとやってくれる。

……まぁシビれないし、憧れないけどね。

下手なことに使って、刹那に尻尾をちょん切られるのは勘弁だ。

さて、これで残すところ、プレゼントはあと3つだ。

夜は男子寮のクリスマスパーティもあるし、何とかそれまでには間に合わせないとな。


「よっしゃ、チビ、次の目的地まで競争と行こうやないかい?」

「わんわんっ!!」


望むところだ、とばかりに、チビが威勢良く吠えた。

俺はそれを満足げに見つめて、両足に力を込める。


「ほな行くで? 位置について、よーい……どんっ!!」

「わんわんっ!!」


イルミネーションに彩られた並木通りを俺たちは再び二人して、全力で駆け出した。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 35時間目 有頂天外 調子に乗りすぎたらダメだと、身をもって学んだお……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/18 00:41


およそ5分という、本来ならあり得ない速度で、俺とチビは女子寮からエヴァのログハウスまでを駆け抜けていた。

……つか、チビハイスペック過ぎだろ!?

本気で振り切るつもりで走ったにも関わらず、ばっちり喰らい付いてきやがって。

こりゃ獣化しないともう、スピードでは俺と同等だな。

もう少しデカくなったら、本格的に戦闘訓練積ませてみるのも悪くないかもしれない。

学園長に渡された本にも、戦闘教練がどうのとか書いてたしな。

さて、ともかく目的地に辿り着いたのだ。

何気にエヴァのプレゼントは、渡す瞬間を一番楽しみにしてたものでもある。

俺は渡した時の彼女がどんなリアクションをしてくれるのか、期待に胸を膨らませながら、ベルを鳴らすのだった。










SIDE Chachamaru......



呼び鈴が鳴ったため、料理を作る手を止めて、私は玄関口に向かいました。

本日は、どなたかお見えになるような予定は入っていないのですが。

新聞や牛乳の勧誘が訪れることはまずあり得ません。

私は、現状を不可思議だと分析しながらも、玄関に辿り着き、その扉を開きました。


「どちらさまでしょう?」


そう言いながら外に出ると、そこにいたのは、良く見知った男性でした。


「よっ、ご無沙汰」

「小太郎さん?」


小太郎さんは、私と視線が合うと、にこやかに片手を上げ、そう挨拶されました。

何故か、いつもの学生服とは違う衣装、データベースと照合する限り、これはサンタクロースのコスチュームと判断されます、に身を包んで。

熱源がもう一つあったため、視線を下に移すと、足元にはチビさんがぱたぱたと尻尾を振って私を見上げていました。

そのチビさんも、いつもとは違い、トナカイの衣装に身を包んでいます。

なるほど、恐らく今日がクリスマスだからだと推測されます。

しかし、何故このログハウスに?

その格好では、いつものように別荘で修業を、ということはないでしょう。

私はそのまま、その疑問を口にしていました。


「今日はどういった御用件でしょうか?」


すると、小太郎さんは、悪戯っぽく笑みを浮かべてこう言いました。


「サンタの衣装で連想されるもんは1つしかあれへんやろ?」

「連想されるもの?」


小太郎さんにそう言われたので、私はすぐさま、インターネットに接続し、サンタクロースに連なるワードを検索しました。


「……ヒット、もっとも多い順にプレゼント、手紙、そり、トナカイなど149件のワードが該当します」

「そ、そういうときは一番目だけで……ま、まぁ良えわ、ほい、これ」


苦笑いを浮かべながら、小太郎さんは私に高さ40㎝、幅30㎝、奥行30㎝の桐箱をお渡しになりました。

多重多角スキャン実行……該当した形状から茶器と断定。

更に分析を続行……制作者、幕末京焼き三大名人が一人、青木 木米と断定。

同封された封書は、鑑定書であると推測。

……これは一体どういう意味でしょう?


「……これとサンタクロースと、一体どのような関係が?」

「今自分もプレゼントが一番サンタに関係がある言うたやろ? つまり、そういうことや」


そう言って笑みを浮かべる小太郎さん

そのお言葉を分析する限り、これは私に対する小太郎さんからのクリスマスプレゼントだと推測されます。

一般的な包装されているプレゼントとは様相を異にしていましたが、小太郎さんがそう主張されているので間違いないでしょう。

しかし、それではなおさら疑問が残ります。


「私のデータによりますと、クリスマスにプレゼント贈る相手は、一般的に親から子、恋人、親しい友人、或いはそれに類する親しい間柄とあります」

「まぁ、それが一般論やな」

「それでは、小太郎さんから私がプレゼントを頂く理由が分かりかねます。私と小太郎さんは、先に述べた間柄、どれにも該当いたしません」


もし、これがマスターへのプレゼントだと言うのなら、理解できます。

クラスでも、必要以上に他人と接することを嫌うマスターが、小太郎さんといらっしゃるときは、随分楽しそうに談笑されていますから。

その様子から判断する限り、マスターと小太郎さん、お二人の間柄は、親しい友人、に該当すると判断して良いと思われます。

しかし、私はあくまでそのマスターの従者であり、小太郎さんと親しい間柄であるどころか、人間ですらありません。

他人よりプレゼントを頂く理由は、皆無だと考えられるのですが……。

そんなことを考えていると、不意に小太郎さんが、ぽん、と優しく私の頭に手を置かれました。

そしてそのまま、小太郎さんは私の頭を優しく撫でます……一体、どうして?


「そんな悲しいこと言わんといてくれや。まぁ俺の一方的な考えかも知れんけど、俺は十分、自分のことを友達と思とるで?」

「私が、小太郎さんの友達……?」


意味を図りかねて、小太郎さんの言葉を反芻する私に、小太郎さんは笑みを浮かべてくれます。


「おう、いつも勝手に押しかけて来た俺に、上手い茶やったり料理やったり作ってくれて、ホンマに感謝してるで」

「しかしそれは、マスターの友人をおもてなしするのが私の役目だからです。私はあくまでマスターの人形、小太郎さんに友人と呼んでいただけるような存在では……」

「関係あれへんよ。人間かそうやないかなんて些末な問題や。なぁチビ?」

「わんわんっ!!」


小太郎さんの言葉を肯定するように、チビさんが元気良く吠えました。


「自分で考えられて、誰かのために行動できる……自分には心があんねん。せやったら、十分誰かと友達になれるわ」

「私に、心が……」


心、というものに対する定義は、データベース上には存在しましたがどれも曖昧で、これまで私は、それが自分にあるなどと、考えたことも有りませんでした。

しかし不思議と、小太郎さんの言葉は正しいのでは、と、詳しい分析もせずにそんなことを思ってしまいました。


「それと、プレゼント貰たらごちゃごちゃ言わんと、笑顔でありがとう、っちゅうんが礼儀なんやで? 良ぉ覚えとき」

「小太郎さん……はい、ありがとうございます。ありがたく、受け取らせて頂きます」


この時、テスト以外では起動してから初めて、私は『微笑み』とう表情を浮かべて言いました。


「ははっ、どういたしまして。ところで、エヴァは中におるんか?」

「はい、マスターはリビングでおくつろぎに」

「ほか。エヴァにも渡したいものがあんねん、ちょっと上がらせて貰ても良えか?」


恐らく、小太郎さんはマスターにもプレゼントを用意してくださっているのでしょう。

でしたら、断る理由はなく、マスターもそれを拒まないと考えられます。

私はそう判断付けて、首を縦に振りました。


「はい、ご自由に……ところで小太郎さん、今日のお夕食はどうされますか?」

「夕食? あー……残念ながら、寮の連中がクリスマス会やっとるから、それに行かなあかんねん」


そう言って、本当に残念そうに、小太郎さんは苦笑いを浮かべられました。

同時に、駆動系の作業能率の僅かな減退を確認。

これは……私も、小太郎さんが食事相席されないことを、残念と感じたということでしょうか?

私はそんな疑問を感じながら、小太郎さんに言いました。


「でしたら、またお時間のある時にお立ち寄りください。プレゼントのお礼に、何かお好きなものをお作りさせて頂きます」


マスターの命令以外で、そのような行為を行うのは、私のプログラムに反すると考えられますが、何故でしょう、それが間違いだとは思いませんでした。

そんな私の言葉に、小太郎さんはもう一度笑みを浮かべて答えられました。


「おう、楽しみにしとくわ」


その瞬間、作業能率の正常化、及びモーターの回転数上昇が確認されました。

これは、どう言語化すれば良いのでしょう?

もしやこれが……今私が感じている感情が『嬉しい』というものなのでしょうか?

次回の整備でハカセにお会いしたときに、是非確認を取ることにしましょう。

そう結論付けると、私はリビングに入って行く小太郎さんの後姿を見送り、作りかけていた料理を完成させるため、厨房へと戻ることにしました。



SIDE Chachamaru OUT......










SIDE Evangeline......



突然鳴り響いた呼び鈴に、茶々丸がぱたぱたと玄関口へと向かって行った。

全く、こんな日に尋ねて来るとは、一体どこの礼儀知らずだ?

もっとも、自分が応対することもないため、私はリビングのソファーに腰掛け、スナック菓子を頬張っていた。

12月24日。

2000年前に生まれた救世主の生誕前夜など、今更祝うことにどんな意味があるというのだ。

かつては自身もそれを信望する国に、家族に生まれたが、今となっては神の教えなど、毛ほども役に立たないことを思い知っている。

神は、信じる者に、救いなど施しはしない。

そんなものを祝う人間どもの気が、私には知れなかった。

しかしながら、世間は今日、その話題で持ち切りとなっており、TV番組もそれに応じた特番ばかり。

つまらん上に、気に食わないことこの上ない。

さっさと寝てしまおうかとも考えたが、せっかくだ、世間の浮ついた空気に乗せられて、茶々丸に御馳走を用意させるのも悪くない。

そう思って準備をさせていた矢先の来訪者。

おかげで、御馳走がまた遠のいていった。

腹立たしいことこの上ないな……。

ちょうどスナック菓子もなくなり、やることもなくなった私は空になった袋をゴミ箱へと放り投げ、ソファーに深く身体を預けた。


「随分とおもろなさそうな顔しとるな?」

「わんわんっ!!」

「っ!!!?」


そんな瞬間に、二つの声を上から下から掛けられて、私は思わず飛び起きた。

な、何だっ!? こいつら、いつの間に現れた!?

ソファーに腰掛けた私を見下ろしていたのは、最近ではお馴染みと化しつつある、黒髪の駄犬だった。

そして下から吠えていたのは、最近奴が使役し始めた、一匹の魔犬で、見るとぱたぱたと尻尾を振っていた。

更に私を混乱させていたのは、この駄犬主従が、何故かサンタクロースとトナカイの仮装をしていたこと。

私はこめかみに急な痛みを感じながら、無駄だとは思いつつも駄犬に問いかけることにした。


「……貴様ら、一体ここで何をしている? それに、何だその格好は?」

「ええと……つまらんそうなエヴァの顔を観察?」

「わう?」

「だから何で疑問系だっ!? それに、それは結果であって、ここに来た目的ではなかろう!!!?」


だ、ダメだ……。

やはりこいつと話していると調子が狂う。

そもそもまとも会話が成り立つことすら稀ってどういうことだ?

これがゆとり教育の弊害か?

これだから最近のガキは……。

そんな風に眉間を抑えていると、デカい方の駄犬が、不意ににっ、と無駄に健康そうな歯を見せて笑った。

……な、何だ?

こいつがこんな風に笑うときは、決まって碌なことが起きない。

それを思い返して私が身構えると、小太郎は予想に反してこんなことを言い始めた。


「つまらんそうな子供に、夢を配りに来たったねん」

「は?」


思わず目が点になる。

何を言ってるんだ、こいつ?

ついに鍛え過ぎて、脳みそまで筋肉に侵されたか?

なんて考えていると、小太郎は持っていた白い袋から、その格好に似つかわしくない、えらく古風な桐箱を取り出した。

これは、もしや……。


「貴様、これは……」

「おう、クリスマスプレゼントや」


そ、それにしては、あまりに包装というか、外見がなおざり過ぎないか?

しかし、冷や汗を浮かべながら、それを受け取ると、その謎は氷解した。


「こ、小太郎!? この箱はっ!?」

「お、気付いたか……ホンマ、恐ろしいくらいの日本通やなぁ」


驚愕に目を剥く私に、苦笑いを浮かべてそういう小太郎。

ど、どうやら間違いないらしい。

桐箱には『青木 木米』と焼き印が押されていた。

そう、京焼きの幕末三大名人とも謳われる、あの青木 木米の焼き印が。

慌てて箱を開くと、中には和紙に包まれた1つの湯飲みと、一枚の紙切れが同封されいた。


「まぁ焼き物には明るくあれへんねやけど、知り合いに頼んで鑑定書付きの奴を探してきてん」

「な、なるほど……よ、よくもまぁ、こんな物を探し当てて来たな……」


しょ、正直にこれは驚きが隠せなかった。

確かに、私は趣味でこういった工芸品を蒐集しているが、名工と謳われる者の作品は、総じて一般市場に出回らない。

自ら学園結界の外に出ることの敵わない私には、こういった一品物に出会う機会が全くといって良いほどないのだ。

……だ、駄犬のくせに、こ洒落た真似を……。

し、しかし素直に礼を言うのは照れ臭い。

私は思わず、いつも通りの皮肉めいた受け答えをしていた。


「ふ、ふんっ……ま、まぁ、貴様にしては、なかなかに良い選択だったと、褒めてやらんこともない」

「……いらんのやったら、持って帰って質に流してまうけど?」

「い、いらんとは言っておらんだろう!?」


こ、この駄犬……ひ、人の足元を見おって……!!

こいつとくれば、いつもそうだ!!

毎度毎度、この齢ン百年の真祖、闇の福音と恐れられた大魔法使いをおちょくりおって……!!

私の長い人生で、ここまで人を小馬鹿にしたのは、ナギ率いる赤き翼のメンバー以外ではこいつが初めてだ。

本当に不愉快極まりない。

……そうは思いながらも、最近では、こいつの行く末に、少なからず興味を抱いてしまっている自分がいるから始末に負えん。

私と同じように、理不尽な暴力によって全てを喪い。

復讐を誓いながらも、他を護るための力を求める。

そんな矛盾を孕みながらも、その葛藤に蝕まれず、ただひたすらに前だけを見据える不思議な男。

私が出来なかった選択を、当時の私よりも幼くして掴み、この私を恐れずに対等であろうとする不遜なクソガキ。

しかしながら、自身の強さを過信せず、逆にそれを認め、更なる強さを求める向上心は、奴が現実をしっかりと見据えている証拠だろう。

今年になって出会ったさつき同様、年齢不相応な精神力を持った男だと、そこは素直に評価してやって良い。

春休みに出会ったときもそうだったように、手に余るような逆境であっても、持てる力で、何とか打破しようとあがく姿には、共感すら覚える。

……だが、だからこそ、こうやって人を喰ったようなこいつの態度は、余計に気に食わん!!

……そうだ、良いことを思いついたぞ。

くくっ、この際だ、今まで散々おちょくられてきた礼をここで晴らしてやるとしよう。


「……しかし残念だな、私はこれの礼にくれてやるようなものは一つとして持ち合わせていない」


倉庫を探せばマジックアイテムの1つ2つ見つかるだろうが、私はわざとらしく、含みのある笑みを浮かべてそう言った。

しかし、その続きの台詞を紡ぐよりも前に、小太郎は予想外なことを口にした。


「いや、実は自分から貰いたいクリスマスプレゼントは決まってんねん」

「は?」


目を白黒させる私を余所に、小太郎は、再び白い袋を、ごそごそとあさり始めた。

わ、私にもらいたいものって……だったら何で自分の袋をあさっているんだ?

不思議に思いながらも、その光景を見つめていると、やがて小太郎は袋から一着の服を取り出した。

妙にサイズの小さいその衣装は、どうやら私に合わせたサイズらしい。

今夜に実に似つかわしい、赤を基調としたデザインに、裾や袖にあしらわれた白いファー。

しかもワンピースタイプという異質なもので、可愛らしさを際立たさせるように、いたるところにリボンが装飾されていた。

ご丁寧に、それに合わせた帽子まで用意されているということは、これは間違いなく、サンタの衣装だろう。

ま、まさか、こいつ……!?


「これを着てからにっこり笑て、俺に『メリークリスマスだよ、お兄ちゃん♪』て言うてほしぶるぉおあああっ!!!?」

「一遍死んでこいこの駄犬がぁぁぁぁああああああっ!!!!」


奴が言い切るより早く、私は奴の顔面に渾身の蹴りを見舞っていた。

た、ただ着せるだけならまだしもっ、何て無茶苦茶な要求をしとるんだこの変態はっ!?


「え、良え蹴りや……魔力なしにこれとは、さすが闇の福音……」


頬を抑えながらよろよろと立ち上がる駄犬。

ちっ、魔力さえあれば、そうそう立ち上がることも出来ないようにしてやれたのに。


「ま、まぁ今のはお茶目なジョークや。ちょっとネットで見つけてエヴァに似合いそうやな思てん」


気が向いたときにでも着てくれ、と、小太郎はその衣装を私に手渡した。

……最初からそう言えば受け取ってやらんこともないというのに。

この駄犬は、私に対して一ネタ挟まんと会話が出来ない呪いでも掛かってるのか?

まぁ何はともあれ……やはりこいつは、一度教育しておいてやる必要がありそうだ。

ニヤリ、と口元を歪めながら、私はその言葉を口にした。


「さて、話が逸れたが……私からのクリスマスプレゼントが決まったぞ、犬上 小太郎」

「へ? い、いや、俺はそんなつもりでプレゼントしてた訳やあれへんし、気にせんでも……」

「まぁ、そう言うな。わざわざこんな学園都市の外れまで足を運んだんだ。少しくらい持て成すのが家主の努めというものだろう?」


無論、そんなつもりは毛頭ない。

考えているのは、いかにむごたらしく、このバカ犬に制裁を加えてやるかだ。

かつてを思い返して、私は賞金首時代のような、いかにも悪役らしい笑みを浮かべた。


「……貴様に、稽古を付けてやろう」


天と地ほどの実力の差を承知で、私はそう申し出た。

拒否権? 

そんなもの、この駄犬にくれてやる訳ないだろう?

表情を凍りつかせた駄犬を、問答無用で糸を用いて拘束すると、私は一片の躊躇もなく、そのまま別荘へと放り投げた。



SIDE Evangeline OUT......










「……し、死ぬ」


―――――どさっ……


「きゃんきゃんっ!?」


倒れこむと同時、獣化の解けた俺に、心配そうにチビが駆け寄って来た。

え、エヴァめ……問答無用で別荘に叩きこんだかと思ったら、これまた問答無用で詠唱魔法連発しやがって……!!

殆ど嬲り殺しじゃねぇかっ!?

しょ、正直、ここまで実力差があったことに、ショックを禁じ得ない……。

既に原作の小太郎をはるかに凌駕する力はあると自負していたんだが……やはり最強クラスは別格と言う訳か。


「ふんっ、不甲斐ないな。そんな体たらくで、良くも千の呪文の男を越えるなどとほざいたものだ」


御満悦の様子で、俺にすたすたと近寄って来るエヴァ様。

ち、ちくせう、返す言葉も見付かられねぇよ!!

俺は立ち上がる気力も残されておらず、その場にぐったりと倒れ込んだまま、近づいて来るエヴァを見上げた。


「もっとも、以前よりは幾分マシにはなったようだな。魔族としての闘い方が板についてきたじゃないか?」

「……そらおおきに。誰かさんが説教垂れてくれたおかげや」

「……ふん、口の減らん奴だな」


皮肉を言い返す俺に、エヴァはおもしろくなさそうに言い捨てた。

ここまで一方的にやられたら、口でくらい言い返さないとやってられない。

しかし、ここで予想外の事が起きた。

起き上がることもままならない様子の俺を、しげしげと眺めると、何故かエヴァは罰の悪そうな顔をしたのだ。

なして?


「ま、まぁ良い。とりあえず体力が回復するまで、そこで寝ていろ……」


そう言い残すと、エヴァは来た時と同じように、すたすたと屋内へ引き返して行ってしまった。

い、今の表情は何だったんだろう?

首を傾げながらも、俺はチビに頼んで上着を取って来てもらうことにした。

別荘内は外よりも魔力が濃いこともあって、チビが上着を持って来たときには、既に起き上がれるくらいの体力は戻って来ていた。

俺は身体を起こし、いそいそと上着を着込む。

すると、ちょうど上着のボタンを止め終わった瞬間に、後ろに人の気配を感じた。

エヴァが戻って来たのかな?

そう思って振り返り、俺はものの見事に言葉を喪っていた。


「……う、うそん」

「なっ、何だその顔はっ!!!?」


そう言って顔を真っ赤にしているエヴァ。

俺の脳は、余りに想定外の出来事に対して、情報処理が追い付いていなかった。

だ、だってエヴァが……あの闇の福音がっ!!!!

俺の贈ったサンタコスを、恥ずかしげに着こなしていたのだからっ!!!!

……な、何これ? 新手のドッキリ?

つか、世界滅亡の予兆!? 完全なる世界さん仕事してるっ!!!?


「か、勘違いするなよ!? こ、これは、せっかく貰ったのに、1年間もタンスの肥やしにするのはどうかと思っただけだっ!!!!」


恥ずかしそうに顔を赤らめながら、そんなことを叫ぶエヴァ。

……ははぁん? これは、あれだな……。

恐らく、さっきの罰の悪そうな顔の理由はあれだろう『せっかくプレゼントを届けに来てくれたのに、ちょっとやり過ぎちゃったかな?』とかそんな感じだろう。

エヴァはこう見えて、結構貸し借りを気にするタイプだからな。

だから、俺がこの衣装を着たエヴァが見てみたいと言っていたのを思い出して、わざわざ着て来てくれたと、そう言う訳だろう。

しかし……抜かったな、闇の福音。

俺がその程度のお返しで、全てを水に流す程お人好しだと思ったら大間違いだっ!!

光の早さで、上着のポケットから携帯を取り出すと俺は有無を言わせず、スカートの裾を握って恥ずかしそうにもじもじしているエヴァに向かってシャッターを切った。


―――――カシャッ


おし、ナイスショット。

携帯の液晶画面には、バッチリ顔を赤らめるエヴァの可愛らしい姿が納められていた。

俺はそれを、またも光の速さでデータフォルダに保存し、念のため自室のパソコンへとデータを送信した。


「お、おい? き、貴様、今何をした……?」

「ふっ、堕ちたな、闇の福音……敵に止めを刺さず隙を見せるとは、笑止千万やっ!!!!」

「どっ、どういう意味だっ!?」

「今の写真は、ありがたく携帯の待ち受けにさせてもらいます」

「なっ、何ぃ~~~~~っっ!!!?」


驚愕に目を剥くエヴァ。

ふっふっ、敵に隙を見せる方が悪いのだよ!!

状況を理解したエヴァが、すぐさま俺の携帯に向かって手を伸ばす。


「よこせっ!!!?」

「別に構へんけど、無駄やで? もう俺の部屋のパソコンに送ってもうたもん」

「ぬなっ!? あの一瞬でかっ!!!?」

「現代っ子の力を甘く見たな?」


ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる俺に、エヴァはぎりっと悔しげに歯噛みした。

見たか? 俺の辞書にやられっぱなしって言葉は乗ってねぇんだよ!!

あー気分良いわー……。

やっぱり、からかうのは刹那か明日菜、そしてエヴァにかぎ……。


―――――がしっっ


「な、何やっ!?」


悦に浸って高笑いしてると、いきなり何者かが俺の首に背後から飛び付いてきた。

いや、犯人は一人しかいないんですがね……。


「ふっ、貴様こそ、油断大敵という言葉を知らんようだな?」


首だけで振り返ると、やはりそこには、目がヤヴァイ感じに血走ってるエヴァンジェリンさん(サンタコス.ver)のお姿が。

し、しまったっ!? こ、このままじゃ、腹いせにチョークスリーパー、最悪首の骨をへし折られるっ!!!?

……と、思ったのだが、一向に首が閉まっていく気配はなかった。

な、何で? そう疑問に思っていると、エヴァ様はこんなことを言い出した。


「……少し魔力を使い過ぎたからな。ここは魔力を消費させた本人に、責任持ってそれを補ってもらうのが筋だろう?」

「なっ!? お、おい、まさか……!?」


にぃっ、と俺が可愛く思えるくらいの悪人面で、エヴァが微笑んだ。


「―――――貴様の血、最後の一滴まで絞りつくしてやる」


――――――かぷっ……ぢゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ


「ちょまっ!!!? お、音がっ!!!! 音が洒落になってへんってっっ!!!?」

「私が受けた屈辱に比べれば、この程度可愛いくらいだっ!!!! ええいっ、大人しく絞り取られろ!!!! ……かぷっ」


―――――ぢゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ


暴れる俺をものともせずに、俺の首筋から血を吸い続けるエヴァ。

や、ヤヴァイってっ!?

こ、このままじゃ、春休みの二の舞になるっ!!!?

そう思った俺は、心の底から叫んでいた。



「―――――す、吸っちゃ、らめぇぇぇぇええええええええええっっっ!!!!!?」



断末魔の叫びは、虚しく別荘内に反響するばかりだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 36時間目 冒雨剪韮 ほ、本当に長い闘いだった……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/20 00:17

「けぷ……き、気持ち悪い……」

「おい、人の生き血たらふく吸っといてそれはないやろう?」


右手で口元、左手で腹を抑えながら、エヴァが顔色も青く、そんなことを呟いた。

体格差が災いしたらしく、エヴァは結局、俺が死ぬほども血を吸えず、よろよろと俺の首から手を離していたのだった。

……それでも十分ふらつきますけどね。

ったく、この癇癪吸血鬼め……もし俺が原作通りの体格とかだったら、ガチで死んでたぞ?

まぁ、さすがにそこまで来たら止めてくれるつもりだったのかも……知れない?

……ねぇな。この金髪幼女、完全にさっきの目は俺を殺す気だった。

くわばらくわばら……やっぱり大は小を兼ねるって、本当のことだと実感したね。

さて、この分なら、首元についたエヴァの噛み傷も、このふらふらした感じも、一晩ここで休めば回復するだろう。

最期のプレゼントを届けても、十分にクリスマス会に間に合う時間帯だった。


「そんじゃ、エヴァ、ベッド借りるで?」

「…………」

「エヴァ?」

「……は、話しかけるな!! い、今動くと吐きそ……けぷっ……!?」

「…………」


……ま、まぁあれだ、血液って、もともと飲みすぎると吐くようになってるって聞いたことあるしな。

いくら吸血鬼が、血から魔力を得ることが出来ると言っても、過ぎたるは及ばざるが如しということだろう。

いつもふんぞり返ってるエヴァには良い薬だろう。

そう勝手に納得して、俺はチビと一緒に寝所へと向かうのだった。










で、一眠りした俺は、吸血鬼主従に分かれを告げて、一路男子校エリアに戻って来ていた。

もうお気付きだろう。

俺が用意したプレゼント、その最後の渡す相手というのは、我らが担任、神鳴流剣士で、全校男子の憧れの的。

葛葉 刀子先生だ。

……この1、2学期、呼び出しに次ぐ呼び出しと、100枚以上に上る反省文など、彼女には死ぬほど迷惑を掛けたからな。

迷惑を掛けたってことなら、刀子先生は間違いなく、俺からの迷惑を一番被っているだろう。

まぁ、こんなもの1つでそれを清算できるとは思わないけど、やっぱり気持ちって大事だしね。

てな訳で、俺は男子部校舎は、職員室を訪れていたのだが……。


「……おれへん?」

「わう?」


首を傾げる俺に合わせるように、チビも不思議そうに首を傾げていた。

おかしいな……いつもなら、結構遅くまで残っていたりするんだけど、今日は何か魔法関連で仕事でも入ってたかな?

最初にタカミチでなく、彼女に渡しておくべきだったなぁ……なんて後悔していた時。


「……何やってるんだ、犬上?」

「ん? おお、神多羅木センセやんけ」


突然の声に驚いて振り返ると、そこにいたのは黒いサングラスにオールバック、口元には渋い髯を蓄えた男性教諭。

原作で、ヒゲグラだかグラヒゲだか言われてた魔法先生、神多羅木先生だった。

神多羅木先生は俺の姿と、チビを交互に眺めると、諦めたように嘆息した。


「学ランまたは体操服、及び各部活動のユニフォーム以外での校舎への立ち入りは禁止だぞ? ペットの同伴も同様だ」

「ま、まぁ終業式も終わってんから、堅いこと言わんといてぇな?」


もっとも、神多羅木先生からすると、口で注意してる分、譲歩してるんだろうけど。

前に先生の授業をボイコットしようとした際は、問答無用で捕縛結界に捕まったからな。

さすが年季が入っているだけあって、俺みたいな魔法の使える不良生徒の扱いも心得てるって訳だ。


「……まぁ良い。それで? そんな格好で何をやってる?」


もう一度、神多羅木先生が俺に尋ねる。

そうだな……神多羅木先生なら、もしかして刀子先生の居場所を知ってるかもしれない。

俺はありのまま、ここに来た目的を神多羅木先生に話すことにした。


「なるほど……それは良い心がけだ。お前ほど手の掛かる生徒は。俺の今までの教師生活でも初めてだからな」

「あ、あはは……じゅ、重々承知してます」


そう言って皮肉を返す神多羅木先生に、俺はただただ乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。

話を聞き終えた神多羅木先生は、顎に手を当てると、何やら思案顔で黙り込んでしまった。

何だろう? やはり、魔法関連の仕事中だとか?

それなら、やっぱり今日プレゼントを渡すのは諦めた方が……。

そう思って諦めかけた瞬間、神多羅木先生は考え込むポーズを解いた。


「……まぁ、お前になら構わんだろう」

「へ?」

「……葛葉なら、今日はさっさと帰ったぞ」


御丁寧に、一週間前から仕事が残らないよう調整していたらしいしな、と神多羅木先生は淡々と告げた。

ってことは、何か別に予定が入っていたということだろうか?

あれかな? 原作で言ってた、年下の彼氏が出来たのかな?

けど、あれは学園祭編で最近出来たって言ってたし……。

考えを巡らす俺の様子に気が付いたのか、神多羅木先生がいつも通りのクールさで言った。


「多分、お前の考えてるようなことはないぞ? 疲れきったような背中で、鬱々と帰って行ったからな」


……OHジーザス、そんな事実は知りたくなかったよ。

しかし何でだろうなぁ? 刀子先生、格好可愛いくて、それに美人だし、オマケに優しいのに。

まぁ、10月に彼氏役したときに見た感じ、エヴァ同様、ちょっと癇癪持ちっぽいとこあったし、それが原因だろうか?

未だに、何であの最後にビンタを喰らったかは、分からないままだったりする。

ともかく、神多羅木先生の言葉通りだとするなら、刀子先生は自宅にいるということだろう。

それなら是非直接届けに行きたいのだが……さすがに教員の自宅住所までは教えてくれないよな?

途方に暮れようとする俺だったが、神多羅木先生は余りにも意外なことを口にした。


「ちょっと待ってろ。今あいつの部屋番号を渡す」


教員宿舎の場所は知ってるな? なんて聞きながら、神多羅木先生は自分手帳を千切って、それに何やら書き込みを始めた。

……って、うそん!?


「ちょっ、ちょっ!? え? えぇっ!? そ、そんな簡単に教員の住所って教えて良えもんなんか!?」


慌ててそう尋ねる俺に、神多羅木先生は、いつも通りの憮然とした態度で答えた。


「まぁ普通はダメだな。気にするな……これは俺から奴へのクリスマスプレゼントだと思え」

「は? い、いや、言うてる意味が良ぉ分からへんのやけど……」

「だから深く考えるな。それに、お前が万が一葛葉に何かしようとして、上手くいくと思うか?」

「……微塵も思いません」


頭から一刀両断にされる自分を想像して、俺は背筋が凍り付きそうだった。

神多羅木先生は、恐らく教員宿舎の棟番号と、刀子先生の部屋の番号が記されたと思われるメモを俺に手渡してくれた。


「渡しておいてなんだが、プレゼントを渡したら、速やかに帰宅しろ。間違っても上がり込むなよ?」

「ははっ、もちろんや。いくら俺でも、そこまで傍若無人とちゃうで?」

「……むしろ俺は、お前の身の危険の話をしてるんだがな……」

「?」


神多羅木先生が、最後に何か呟いていたが、それは小さすぎて、俺の耳には届かなかった。


「ほな、神多羅木センセ、おおきに。チビ、行くで?」

「わんわんっ!!」


俺は礼を告げると、一目散に昇降口へと駆け出して行った。


「……まぁ、さすがに葛葉も今の犬上に手を出したりはせんだろう……多分……きっと……恐らく……」









神多羅木先生に渡されたメモを頼りに、俺とチビは刀子先生の部屋がある教員宿舎の一棟を彷徨っていた。


「この並びのはずなんやけど……お、あった」

「わんわんっ!!」


扉の隣には『葛葉』とやたら達筆なネームプレートが掲げられていた。

刀子先生も陰陽術使えるし、書道は得意なのかもな。

なんて考えながら、俺は当初の目的を果たすために、インターホンを鳴らすことにした。


―――――カチッ……し~ん……


「ありゃ?」


音が鳴らない。

どうやら、インターホンは故障してるらしい。

試しにもう一度鳴らしてみたが、やはり音は鳴らなかった。

さて、どうしたものか。

とりあえず、俺は目の前にある鉄製のドアをノックしてみることにした。


―――――コンコンッ


「とーこせんせー? 御在宅ですかー?」


―――――……し~ん……


しかし、中からの返事はなかった。

うーん……もしかして、出掛けちゃったかな?

一足遅かったか、と思いつつ、俺は何の気なしにドアノブを握った。

すると……。


「お? 開いとる」


声に気が付かなかっただけで、中にはいるのかな?

そう思いながら、俺はゆっくりとドアを開いた。


「お邪魔しま~す……」


気持ち小声で、そう断りながら。










SIDE Touko......



……ハァ。

私は重々しい足取りで、自室のドアを潜った。

靴を無造作に脱ぎ捨てると、そのままよろよろとベッドまで歩き、化粧を落とすこともせずに、うつ伏せに倒れ込んだ。

しくじったなぁ……。

今日この日のために、残業しなくて良いよう、調整に調整重ねて来たというのに。

私は、その目的を達成することが出来なかった。


「……こんなことなら、最初から小太郎を抑えておくんだった……」


そう、勤務調整を行った理由というのは、他でもない。

今日12月24日を、我が愛しの教え子、犬上 小太郎と過ごそうと思っていたからだった。

あの10月の一件以来、学校以外でなかなか顔を合わせる機会もなく、最近では生活指導の回数も減り、彼と接する機会はめっきりなくなってしまっていた。

そこで私は、菊子との一件のお礼と称して、彼を今日食事にでも誘おうと思っていたのだが……。


「終礼が終わった瞬間飛び出しちゃうんだもの……」


声を掛ける間もなかった。

それに、あの様子だと何か予定が入っていたのだろう。

どのみち、私は彼を誘うことは出来なかったということだ。

私は、もう一度大きな溜息をついた。

……せっかく用意したプレゼントも、無駄になってしまいそうだなぁ。

そんなことを考えて途方にくれていたときだ。


―――――コンコンッ


「?」


部屋にノックの音が響いた。

そういえば、インターホンが壊れたままになっていた気がする。

今は誰とも会いたくはない気分だったけれど、私は仕方なく立ち上がり、玄関へと向かった。


「はい、どちらさまで……」

「やっほーとーこっ♪ 元気してた?」

「……菊子?」


ドアの前に立っていたのは、10月以来、久しぶりに会う菊子だった。

まさか、クリスマスに一人でいるのが寂しくて会いに来たのかしら?

……まぁ、小太郎もいないし、彼女に付き合うのも悪くないか。

そう思っていたのだが、彼女の口から出て来たのは、予想外の言葉だった。


「いやーダメ元で来てみて良かったよ。はいコレ」

「?」


彼女が差し出して来たのは、どう見てもプレゼントにしか見えない包みだった。


「これ、もしかして、クリスマスプレゼント?」

「うん。前の彼氏と別れた時は、いろいろと迷惑かけちゃったしね」


そのお礼、と彼女は照れ臭そうにはにかんだ。

まさか、彼女からそんなものをもらえるとは思っていなかった私は、目を白黒させながらも、その包みを受け取った。


「あ、ありがとう。けど、わざわざこれを渡しに来てくれたの?」

「うん。どーせこれから小太郎君とデートなんでしょ?」

「う゛……」


だったらどれだけ良かったことか……。

ま、まぁ彼女がそれを信じているのなら、わざわざ訂正するのもどうかと思うし……。

けど変ね……彼女なら、小太郎がいると分かれば、なおのこと食い下がって来そうなものなのに……。

しかし、菊子はそんな私の疑問を氷解させる、1つの爆弾発言を炸裂させてくれた。


「あ、それとご報告です!! 実は……新しい彼氏が出来ましたっ!!」

「……え?」


えぇっ!?

う、嘘でしょ!? こんなタイミング良く彼氏が出来るって……あ、あんたこそ怪しい術使ってんじゃないのっ!?

驚愕に目を剥く私に、菊子は、実は今も下で待ってくれてるんだ、何て頬を染めながら言っていた。

……呪うぞ、この歩く有害図書っ!!!?


「まぁ小太郎君に比べたら平凡な感じだけど、優しくて良い人だよ」

「っ……そ、そう。良かったじゃない?」


頬をぴくつかせながらそう言う私に、菊子は幸せそうに微笑んで、礼を述べた。


「という訳で、もう小太郎君のこと狙ったりしないから、安心してね」

「え、ええ、そうね……」


……ひ、人の気も知らないでっ!!

あんたが狙わなくても、小太郎を狙ってる女は、私含めてたくさんいるのよっ!!

なんて、口が裂けても言えるはずがなく、私は幸せそうな菊子を、ただただ見つめるしか出来なかった。


「それじゃ、彼待たせると悪いし、そろそろ帰るね」

「……ええ、お幸せに。プレゼント、ありがとうね」

「どういたしまして。それを着て、しっかり小太郎君を喜ばせてあげるんだよ?」

「? それって、どういう……」

「それじゃ、またね? 良いお年をっ♪」


私が聞き返すよりも早く、菊子は踵を返して走り去ってしまった。

小太郎を喜ばせろ?

一体どういう意味だろう、と私は首を傾げながらも自室に引き返した。

ベッドに腰掛け、おもむろに私は菊子から貰った包みを開いていく。

重量と、さっきの菊子の言葉から、衣類だと思うけれど……。

際どい下着とかだったら、次会ったときに、あの無駄に柔らかそうなほっぺを思い切りつねってやろう。

なんて思っていたのだが、包みから出て来たのは、思っていたより布面積の多い服だった。

しかし……。


「これ、サンタ服……?」


それにしてはデザインが奇抜すぎない!?

上の服はノースリーブだし、下もやたら丈の短いスカートになっていた。

……こ、小太郎を喜ばせろって、そういうことっ!?

た、確かに、男性が好みそうなデザインだけど……こ、小太郎は中学一年生よ!?

何考えてるのかしら、あの有害図書女……って、そうか、菊子は小太郎の事を24歳だと思ってるんだっけ?

……い、いや、仮に小太郎がその設定通りの年齢だとしても、こんな恥ずかしい服、彼の前で着れる訳ないけど……。

……で、でもまぁ、せっかく貰ったのに、一度も着ないままっていうのは、ねぇ?

そんな好奇心が顔を覗かせたため、私はいそいそと、菊子がくれたサンタ服に袖を通して見るのだった。









「こ、これはなかなか……私もまだ捨てたものじゃないわね……」


洗面所の鏡で衣装を纏った自分をしげしげと覗き込む。

腹が立つことに、菊子のくれた衣装のサイズは私にぴったりだった。

け、けどこれ、やっぱりスカートの丈、短か過ぎないかしら?

ちょっと動くだけで下着が見えてしまいそうで、とてもじゃないけど、ずっと着ているは無理そうだった。

というか、こんなの着て人前に出たら、恥ずかしくて死んでしまう。

……いや、まぁその……見えるの前提に作られてる気は薄々してるけどね?

さ、さて、試着も終わったんだし、いつまでもこんな格好してても仕方ない。

そう思って、リビングに服を取りに行こうと玄関前の廊下に出た瞬間だった。


―――――ガチャ……


「え?」

「お邪魔しま~す……」


突如として開く玄関のドア、そしてそこからひょこっと顔を覗かせた小太郎と、真正面から視線がかち合った。

余りの出来事に、私の思考回路は、限界を超えてストップしてしまっている。

数秒間の沈黙を経て、ゆっくりと、小太郎がドアを閉めていく。


「お、お邪魔しました~……」

「ちょっ!? ちょっと待って!! ち、違うんですこれはっ!!」


完全にドアが締め切られる前に小太郎の腕をつかんで引き留める。

そんな私と、小太郎は努めて視線を合わせようとしてくれなかった。


「……い、いや、趣味は人それぞれやと思うし、別に構へんと思うで?」

「だ、だから違うと言ってるでしょう!? 少し話を聞いてくださいっ!!!!」

「話を聞くも何も……この場合状況証拠が全てやと思うねんけど……?」

「うぐっ!? そ、それはそうかもしれませんが……ともかく、き、着替えて来るので、少しそこで待っていてくださいっ!!!!」


私はそう言い残すと、脱兎の勢いでそこから逃げ出して、すばやく先程まで来ていたスーツに袖を通すのだった。

……やっぱり、次あったら絶対あの女を泣かすことにしよう。











「な、何や、菊子さんのプレゼントやったんかいな。俺はてっきり、クリスマスに一人っちゅう鬱な気分を吹き飛ばそうと自棄になってもうたかと思たで」


着替えを終えた私は、放心状態の小太郎を、何とか説き伏せてリビングに通し一通り事情を説明した。

すると苦笑いを浮かべながら、小太郎はそんなことを言った。

……う、鬱な気分だったのは間違ってないけども……。

そ、それにしても、不覚だった……。

普段だったら、ノックにくらい気が付くはずなのに。

衣装の試着に気を取られて注意が散漫になってたなんて……。

し、しかも、あんな恥ずかしい格好を小太郎に見られて……。

……あ、穴があったら入りたいっ!!!!


「まぁ、そんなに落ち込まんといてぇな? 似合ってたで? ミニスカサンタコス」

「あっ、改めて口にしないでくださいっ!!!!」


邪気のない顔でそう言った小太郎に、私は脊髄反射のように言い返した。

うぅ……何でよりによってあのタイミングで……。

ん? 待てよ……そう言えば、どうして小太郎は私を訪ねて来たのだろうか?

恥ずかしさが勝っていて、今の今までそのことに気が向かなかった。

それに良く良く見ると、小太郎はこれでもかというほどにサンタクロースの格好をしていたし、ついて来ていた使い魔もトナカイの衣装だった。

これは……ひょっとして、ひょっとすると……。

私は、そんな淡い期待を抱きながら、小太郎に尋ねてみた。


「あ、あの小太郎。今日私を訪ねて来た理由は、もしかして……?」

「お? さすが刀子センセは話が早くて助かるわ、ちょお待っててや」


小太郎はそう言うと、ごそごそと持って来ていた白い袋の中に手を突っ込み、何かを探し始めていた。

やがて、目当ての物が見つかったらしく、にっ、と白い歯を覗かせて笑うと、掌サイズの綺麗に包装された箱を私に差し出して来た。


「メリークリスマス、刀子センセ」

「わ、私にですか?」

「おう、いろいろとセンセには迷惑かけっぱなしやったからな。せめてもの礼や」


そう言って無邪気に笑う小太郎に、胸が思わずきゅんとする。

こ、こここ、この子はっ、そうやって無意識に女心をくすぐるんだからっ!!

で、でも正直に、一人寂しいクリスマスを覚悟していたからこそ、この小太郎の気遣いは、涙が出そうなほど嬉しかった。


「あ、ありがとうございます。あ、あの、開けても良いですか?」

「ああ、気に入って貰えると良えんやけど」


小太郎に確認を取って、私は丁寧に包装を開いていった。

中から現れたのは、装飾品を入れる小物入れ。

サイズ的には、ちょうど指輪が入っているものと同程度だった。

も、ももも、もしかしてっ、そーゆーことっ!?

爆発しそうなほどに胸を高鳴らせながら、私はゆっくりとケースを開いた。


「……こ、これは……」


残念ながら、入っていたのは指輪ではなかった。

……そ、それはそうよね……な、何を期待していたのかしら、私……。

がっかりしている空気を、小太郎に悟らせないよう、私はケースに入っていたそれを、片側だけ手に取った。

入っていたのは、銀色のスタッドピアスだった。

リング状になった装飾部分には、恐らくルーンだろう、彫刻が為されていた。

素材は恐らくミスリル、ということは、マジックアイテムの可能性が高いけど、一体……?

不思議そうに眺めていると、小太郎は悪戯っぽく笑って、説明をしてくれた。


「そいつはな、法に触れん程度のチャームの呪いが掛かってんねん」

「ちゃ、チャーム? ……つ、つまり、魅了の魔法ということですか?」

「そゆこと」


小太郎が断っていた通り、そう言った人の心に干渉する類の魔法は、その使用が法律や条約で禁止されている。

しかし彼の言っていた通り、軽度の、それこそ『何となく好ましく感じる』程度のものは、黙認されていた。

このピアスは、そう言った類の魔法具ということか……。

け、けれど、何でこれを私に?

そ、そんなに女性としての魅力に欠けてるのだろうか?


「護符と迷ってんけど、やっぱ大人の女性に贈るんは、そういうのの方が喜ばれるかと思て……気に入らんかったか?」

「い、いえっ、とんでもない!! そ、その……た、大切に使わせて頂きますね?」

「そうしてもらえると嬉しいわ」


……な、なんだ。これを選んだのは、彼なりに悩んだ末だったらしい。

べ、別に女性のしての魅力が足りてない、なんて思われてはいない……わよね?

そんなことを心配していると、小太郎がこんなことを言った。


「まぁそんなん使わんくても、刀子センセは十分魅力的やと思うけどな」


気持ちの問題だと思って、と小太郎はあっけらかんと笑った。

一気に顔が熱くなった。

だ、だからっ!! どうしてこの子は、特に考えずそーゆーことを口にするのっ!?

こ、これが計算だとしたら、何て末恐ろしい……そ、そうでないことを祈っておこう。

と、ともかく、せっかく小太郎がこうしてプレゼントを持って来てくれたのだ。

これは絶好の機会だろう。


「少し待っていてください。実は私も、小太郎にプレゼントを用意してるので」

「へ? 俺に? ……通知表ならもう貰てんけど?」

「そっ、そういうものじゃありませんっ!!」


し、しかも、どうせあなたオール5だったじゃないのっ!?

何て、真面目な顔をして言い返す小太郎に一喝して、私は机に置いたままになっていた、彼へのプレゼントを手に取り、そのまま彼へと渡した。

いろいろと迷ったのだが、どう考えても彼が一番喜びそうな物は、これしか思いつかなかった。

よ、喜んでもらえると良いんだけど……。

小太郎はさっきのように嬉しそうに微笑むと、開けても良いか、と許可を求めて来た。

もちろん、二つ返事で了承する私。

ドキドキしながら、彼が包みを開ける瞬間を待つ。

そして袋からそれを取り出した瞬間、彼の目が驚愕に剥かれた。


「こ、これはっ!? ……一見するとただの学ランやけど、ちゃうな……この質感、そして重量……ま、まさかっ!?」


そう呟くと、彼は徐に、その学ランの裏地を開いた。


「な、なんとぉっ!?」


そこには、金と銀の刺繍糸で、見事なまでの装飾が施されていたのだから。

左手側には金の糸に銀の縁取りで『狗』の行書が。

右手側には、銀の刺繍で一匹の狼が描かれている。

以前、豪徳寺君と、学ランの裏地に刺繍を入れたいと話していたのを思い出して業者に注文してみたのだ。

一般的には、龍や虎、鳳凰などを刺繍するらしいが、彼を連想させるなら、これが最も適切だろうと、少し無理を言ってみた。

しかし……その選択は間違っていなかったらしい。

見る見る彼の目には、新しい玩具を見つけた子どものような、爛々とした輝きが宿っていた。


「す、すげぇっ!? ムチャクチャかっけーっ!!!! こ、こんな良えもん、ホンマに貰て良えんかっ!?」


頬を紅潮させて、いつになく子どもっぽい表情でそう言う小太郎に、私は苦笑いを浮かべながら答える。


「ふふっ、喜んでもらえたみたいですね? はい、というか、貰ってもらわないと、学ランの使い道なんて、私にはありませんよ?」

「そ、それもそうやんな……ふぉぉおおおお……すんばらしい……何という美しさや……刀子センセ、ホンマおおきにな?」

「いえ……こちらこそ、素敵なプレゼントありがとうございます」


未だ興奮状態の小太郎に、笑顔でそう言い返して、私は早速小太郎から貰ったピアスを付けてみることにした。

いつも付けている、質素なピアスを外してそれを付けると、気のせいだとは分かっているものの、小太郎の温もりが感じられる気がした。


「え、ええと、どうでしょう? 似合っていますか?」

「…………」

「?」


私が問い掛けたにも関わらず、小太郎は口をぽかんと開いて、全く反応を示してくれなかった。

一体どうしたのだろう?


「あの、小太郎?」

「ほぁっ!? あ、ああ、スマン。良ぉ似合うとるで? ただ……」

「ただ?」

「いや、魅了の威力を舐めてたな、思て。さっきはあんなん言うたけど、それつけただけで、何や……」



「―――――刀子センセが、いつもより可愛いらしゅう見えてもうたわ」



「@*$#&%=~~~~~!!!?」


な、ななな、ななっ!!!?

照れ臭そうにはにかむ、小太郎に、私の心臓は、今度こそオーバーヒート寸前だった。

ちょっ!? 嘘でしょっ!?

こ、この前は24歳の姿だったから、余計に格好良く思えてたものだと考えてたけど……。

い、今でも十分彼の笑顔は反則じゃないっ!?

何で今までこの笑顔を直視して平気だったの私っ!?


「じょ、冗談でも教師にか、かかか、か、可愛いだなんて言わないっ!!!!」

「ははっ、まぁ良えやん? 刀子センセが可愛いのんは事実なんやし」

「@*$#&%=~~~~~!!!? ……も、もう知りませんっ!!」


恥ずかしさの余り、そっぽを向く私に、小太郎は楽しそうな笑い声を上げた。

うぅ……そ、そりゃあ、小太郎に可愛いと言って貰えるのは嬉しいけどもっ……。

じゅ、13歳の子どもに主導権を握られるなんて……な、何か複雑……。

けれど、今日は今までで一番素敵なクリスマスになったと思う。

恋愛という意味では、一歩も前進はなかったが、小太郎が運んで来てくれた、素敵な贈り物だけで、私の胸は幸せで一杯だった。

私はそんなささやかな幸せを噛み締めて、心からの微笑みを浮かべるのだった。



SIDE Touko OUt......









刀子先生からの夕食の誘いを丁重に断って、俺は男子寮への帰路を、チビと二人とぼとぼと歩いていた。

何とか、時間内に全て配り終えることが出来たか……。

何か異常に時間がかかった気がするけど……具体的に言うと5日くらい。

まぁ、何はともあれ、これで少しは俺の感謝の気持ちが皆に伝わってくれていると良いな。

改めて、今年起こった出来事を、頭の中で思い返す。

本当、この13年間で、一番密度の濃い1年だったな……。

俺はこれからも、望むと望まざるとに関わらず、いろんな人の助けを借りながら、途方もない目標に向かって突き進んでいくことになるだろう。

その絆を、俺はこれからも大切にしていきたい。

そんな誓いを胸に、俺は空を仰いだ。

ふと、白いものがゆっくりと視界をよぎっていった。


「……道理で、寒い訳やなぁ」

「わんわんっ!!」


空から舞い降りるのは、無数の白い雪だった。

嬉しそうに、チビがそれを見て、くるくるとその場を駆け回る。

まだ、大晦日まで日付はあったが、俺はなかなかに充実した、年の締めくくりを行えたと、そう感じた。

さぁて、来年からも、頑張って鍛えるとしますかね?

今日の出来事で、俺はまだまるで目標に達していないことが再確認されたしな。

俺はそんな決意を胸に、何故か全て配り終えたはずなのに、まるで軽くなっていない白い袋を抱え直すと、寒さをものともせずに、寮への道を急ぐのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 37時間目 千客万来 謂れのないことで責められると、訳もなく焦ることってない?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/27 14:27



兄貴の式紙を相手に、俺はいつも通り、森の中で体術の稽古に励んでいた。

生い茂る木々の間を、必死の形相で駆け抜ける。

少しでも気を抜けば、追ってくる式神に確実にやられる。

何とかあれを送り返す手段はないものかと考えを巡らせていたせいだろう。

俺は普段なら絶対に飛び乗らないような、細い枝に着地してしまっていた。


―――――パキッ


『っっ!?』


しまったと、そう思ったときにはもう遅く、俺は重力に引かれて、遥か眼下の地面へと引き寄せられていた。

このとき、虚空瞬動も浮遊術も使えなかった俺には、それに抗う術は残されていなかった。

もう今更仕方ない。

兄貴には絞られてしまうだろうが、最悪でも、骨折で済むだろう。

そう思って、受身を取る態勢を作る。

いよいよ地面と衝突する、そんなときだった。


『小太郎っ!!』

『っ!?』


悲鳴染みた呼びかけと共に、兄貴が俺と地面の間に割って入った。

横から滑り込んだせいだろう、兄貴は俺を受け止めてから、数m滑ってから、ようやく動きを止めた。


『大丈夫か!?』

『お、おう……』


驚いて目を白黒させる俺に、心配そうに問いかける兄貴。

俺はおずおずと、それに頷くばかりだった。


『ドジなやっちゃなぁ……飛び乗る枝くらいきちんと見分けんかい』

『う……す、スマン』


呆れたように苦笑いを浮かべて、兄貴は俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。


『まぁ、気にすんなや。弟を守るんは、兄貴の役目や』


清々しい笑みとともにそう言った兄貴は、本当に、それこそ何よりも頼もしい存在に思えた。










「……ヤな夢やったなぁ……」


久々に寝覚めの悪さを感じながら、俺はゆっくりと体を起こした。

時の流れは早いもので、気がつけば俺が麻帆良に来てから季節が一巡りしていた。

つまるところ、今は2年への進級を控えた春休みという訳だ。


「ばうっ」


俺が目覚めたことに気が付いたのだろう、いつもより少し控えめにチビが鳴いた。

拾ったときは、片手で抱え上げられるほどに小さかったチビは、いつの間にやら、俺よりも遥かに大きくなっている。

おそらく4mは下らないであろう巨体で、俺の自室のフローリングを完全に一匹で占拠していた。

さすがにそろそろ人前に出すのはヤバい感じなので、外を歩くときは幻術で1.2m程の大型犬の姿を取って貰う。

うん、チビ自分で幻術使えるようになったんですよ。

最近では戦闘訓練でも5回に1回は俺を圧倒するようになってきたし……本当、魔獣パネェっス。

俺はそんなチビの頭に軽く手を置いて朝の挨拶をした。


「おはようさん」

「ばうっ」


しっかり返事をするチビに笑みを浮かべて、俺はベッドから降りた。

時刻は午前7時。

せっかくの休みなので、こんなに早い時間に起きる必要はなかったのだが、目覚めてしまったなら仕方がない。

チビの散歩がてら、少し外の空気を吸いに行こうか、そう思ったときだった。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


お馴染みとなった犬の鳴き声で、携帯が鳴った。

充電器に掛けていたそれを持ち上げると、背面のディスプレイには『麻帆良学園』の文字が表示されていた。

ということは学園長だろう。

つい一昨日も厄介事を引き受けたばかりなのに、また何かあったのだろうか?

俺は溜息交じりに通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『もしもし、小太郎君。良かった、もう起きておったようじゃの』


電話口から聞こえたのは、予想通り、学園長のしわがれた声だった。

しかし、その口調はいつもの飄々としたものではなく、1年前の妖怪、半年前の兄貴による襲撃を想わせる重々しい口調だった。


「……何や、あんまし楽しそうな話とちゃうみたいやな?」

『……うむ、少々、並みの魔法生徒には手に余る厄介事が起きての。電話では盗聴されとる恐れもある。急ぎ、学園長室まで来てくれ』


俺の勘は当たっていたらしく、妙に切羽詰まった様子で俺そう命じた。

二つ返事で了承の意を示して、俺は静かに終話ボタンを押した。

どうやら、一昨日の比じゃない、厄介事が舞い込んできたらしい。


「やれやれ……春休みは俺にとって鬼門にでもなっとるんかいな……」


そう吐き捨てるように呟いて、俺はすぐに身支度を始めるのだった。










着替えと簡単な身支度だけを終えると、俺はゲートを何度か使用し、すぐに女子中等部校舎を訪れていた。

休みのため、殆ど人はいなかったが、学園長室の前で、俺は見知った顔を見つけて、目を丸くした。


「刹那やないかい?」

「小太郎さん?」


俺がそう声を掛けると、向こうも俺がいることが意外だったらしく、驚いたような顔をした。

刹那はいつも通りの制服姿だったが、髪形はいつもの片結びではなく、下ろした状態で、後ろに一房を俺の贈ったバレッタで留めていた。

最近では、木乃香の傍を離れるときは、いつもそのスタイルらしい。

俺の贈った品が存外役に立っているようで、素直に喜ばしかった。


「自分も学園長に呼び出しか?」

「ええ。ということは、小太郎さんも、ということですね?」


ああ、と短く答えると、刹那は少し嬉しそうな表情になった。

実は、かくいう俺も少し刹那と呼び出されたことを喜んでいたりする。

昨年の春休み以降、彼女の相方はもっぱら真名が努めていた。

逆に俺は、単独で任務に就くことが多かったため、こうして信頼できる相方がいるのは非常に嬉しい。

しかし、それとは逆に、一抹の不安も頭をよぎる。

俺と刹那は、現状の魔法生徒の中……いや、一部の例外を除けば魔法先生を含めても、特に戦闘に特化した人員だ。

それが鴈首を揃えて召喚されたとなると、今回の厄介事とやらは危険なものだということだろう。

同じことを考えたのだろう、刹那の眉間に皺が寄った。


「まぁ、蓋を開けてみらんことには、話は始まらんやろ?」

「……そうですね。では……」


俺の言葉に頷いて、刹那はいつかのように、学園長室の扉をノックした。










「兄貴が見つかった!?」


学園長に話を聞かされた俺は、思わずそう叫んでいた。

そう、昨年の7月に木乃香を狙って来た兄貴は、その後の消息を完全に経っていた。

しかしそのクソ兄貴が1週間前、関東魔法協会の魔法使いと戦闘になったというのだ。

俺の言葉に学園長は重々しく頷いた。


「左様……1週間前、岡山の真庭市勝山において、殺生石の欠片の管理に当たっておった魔法使いより連絡があった」

「殺生石て……あの玉藻の前が化けたっちゅう、あの殺生石かいな!?」


再び、学園長はゆっくりと頷いた。

まさか、あのクソ兄貴、酒呑童子の次は、玉藻の前……九尾の狐を復活させようって魂胆か!?

……冗談じゃない!!


「その殺生石の欠片は無事なのですか?」


俺の気持ちを代弁するように、刹那が学園長に尋ねた。

しかし、期待を裏切って、学園長はゆっくりと首を横に振った。


「岡山の欠片だけではない、栃木県那須町の大元を始めとし、福島県白河市他、現存する全ての欠片が偽物にすり替わっておったそうじゃ」

「っちゅうことは、殺生石……九尾の身体は、全部兄貴に渡ってもうたっちゅうことかいな?」

「そう考えて間違いないじゃろう」


……最悪じゃないか。

前回の酒呑童子は、伝承に基づき、その首が埋葬されたとされる土地の土でその肉体を再現しようとしていた。

対して、今回の九尾は、その死体であるとされる、殺生石そのものが奴の手にある。

最悪の場合、記憶から魔力から、全てをそのまま引き継いだ白面金毛九尾の狐、玉藻の前が、完全な形で復活する恐れすらあるということだ。

そしてあのクソ兄貴のことだ、どこぞのへっぽこ呪術師のように、それを制御できないなんてことはないに違いない。

しかし、わざわざそれを伝えるためだけに、俺と刹那を呼び出したとは考えにくい。

学園長の真意は、もっと別のところにあるはずだ。

そんな俺の心情に気が付いてか、学園長がこんなことを尋ねてきた。


「話は変わるが、昨日の侵入者騒ぎは聞いておるかのう?」

「いえ、私は何も……」

「俺は聞いてるで? 刀子センセが発見したけど、逃げられてもうたっちゅう話やろ?」


魔力的に見れば、大したことはない小物だったらしいが、逃げ足が速く、発見しても戦闘になる前に、ことごとく逃げられてしまうらしい。

侵入地点が男子校エリアだったため、刀子先生を始めとした魔法先生達が、未だ血眼になって捜してるはずだろう。


「けど、それとさっきの兄貴の話に何の関係があんねん?」


全く持って関係のない話にしか聞こえなかったが。


「うむ……実は葛葉君の証言じゃと、侵入者は狗族……それも、どうやら狐の妖怪らしい」

「「っっ!?」」


学園長の言葉に、俺と刹那が思わず息を飲んだ。

それは、まさか……。


「……その侵入者が、九尾だと?」


震える声で、刹那が学園長に問い掛ける。

学園長は力なく、首を軽く振った。


「それは分からん。しかし、その可能性もゼロとは言い切れん」

「まぁ、ホシが捕まってへんしな……せやけど、学園結界の反応やと、小物っちゅう判断やったんとちゃうんか?」

「確かにの。しかし、彼奴が伝承通りの妖術使いであり狡猾で残忍な性格なら、結界を欺く程度朝飯前じゃろう」


背後に君の兄上がおるのならなおさら、と、学園長はトーンの低い声で付け加えた。

確かに、前回も兄貴は悠々と学園結界を破って見せていた。

おかげで、学園結界はあの後、大幅な見直しを余儀なくされたらしいが、それも万全ではない。

九尾と手を組んだとなると、なおさら平気で侵入している可能性が高い。


「調査に当たっておった魔法先生・生徒は一端引き上げてもらい、魔法先生を1人含む3人1組の編成で班行動を義務付けた」

「……妥当な判断ですね。もっとも、それすら安全だとは言い切れませんが……」


学園長の言葉を受けて、刹那が苦々しく、そう答えていた。

……なるほど、ようやく話が見えて来た。


「つまり、俺らにもその調査に加われっちゅうことやな?」

「左様じゃ。本来なら生徒を危険な目には遭わせとうないが、探し物は君の得意分野じゃろう?」


学園長の言葉に、俺は力強く頷いて見せた。


「任務の概要は把握しました。しかし、私達もどなたか教員の方との行動を義務付けられるのでしょうか?」

「うむ。君らなら、下手な教員を付けるよりも良く働いてくれそうじゃがの。既に現地で葛葉君に待機して貰っておる」


まぁ、妥当っちゃ妥当か。

前衛に偏り過ぎた気がしなくはないが、式神殺しのある兄貴に、下手に呪術師や魔法使いを当てるよりリスクは低くなるからな。

学園長に、別れを告げて、俺はゲートを開き、刹那とともに、刀子先生の待つ男子校エリアへと向かった。









男子校エリア、学園結界境界線付近の森に、刀子先生はいつものスカートスーツではなく、ベージュのパンツスーツ姿で待っていた。

髪も動き易さを重視してだろう、珍しくポニーテールでまとめられていた。


「おはようございます、刀子さん」

「お待ちどうさん。その様子やと、やっこさんはまだ出てへんみたいやな?」


俺たちの到着に気付くと、刀子先生は昨日から捜索を行っているはずなのに、その疲れを微塵も感じさせない凛とした表情でこちらを振り返った。


「おはようございます、刹那、小太郎。……ええ、先に出立した3班のいずれからも、発見の報告は上がって来ていません」


苦虫を噛み潰すように、刀子先生は俺たちに現状を伝えてくれた。

まぁ、そんな簡単に見つかるのなら、俺が呼び出されることはない訳だ。

予想通りの返答に、俺は軽い笑みを浮かべた。


「侵入者が使うた経路は、分かってるん?」

「それも全ては……ただ、侵入口となったのは間違いなくこの地点です」


刀子先生が指差したのは、学園結界の境界線、その一部だった。

見ると、そこだけ足元の落ち葉が踏み荒らされていた。

……ここまであからさまだと、逆に罠だとは思えないな。


「刀子さんは、実際に敵と対峙したのですよね?」


どのような様相でしたか、と刹那は刀子先生に問い掛けた。

刀子先生は、短い溜息とともに答えた。


「正直、九尾だとはとても思えません。体躯は140~150程度ですし、妖艶な女性とは見えませんでした。魔力自体も、それほど強くありませんでしたし……」

「学園長の思い過ごし、だと……?」

「そこまでは……ただ、そうであって欲しいという希望はありますが」


刀子先生の言葉に、二人して、俺たちは頷いていた。

そりゃあそうだろう。

誰だって古の大量殺人者になんて蘇って欲しくはない。

しかしながら、その確たる証拠を得るためには、やはりその侵入者に直接会って見るしかないだろう。


「そんじゃ、早速スト―キングするとしますかね?」

「? 小太郎、スト―キングって、どうやって敵を探すつもりですか?」


肩を回しながら意気込む俺の言葉に、刀子先生が不思議そうに尋ねて来た。

そう言えば、刀子先生には俺が匂いで探し物や、人探しが出来ることを言ったことがなかったか。

というわけで、俺はかいつまんで、そのことを説明した。


「え゛!?」


途端、刀子先生は顔を青ざめさせて、カエルが引かれたような声を上げた。

何だ一体?


「刀子センセ? 一体どないして……」

「す、ストップです小太郎!! そ、そそ、それ以上近付かないでくださいっ!!!!」


俺が心配して顔を覗きこもうとすると、刀子先生はずざざっと、後ずさってしまった。

……何でさ?


「いや、ホンマどないしてん? 何か問題があったんか?」

「大有りですっ!? あ、あなが犬と同等の聴覚を持ってるということは聞いていましたが、まさか嗅覚までだなんてっ……」

「? せやから今回の捜索に駆り出されたんやんけ?」


不思議そうに首を傾げる俺の肩を、刹那がぽん、と叩いた。


「……小太郎さん、刀子さんが気にしてらっしゃるのは、そういうことじゃありません……」

「? ほな、何のことやねん?」

「き、昨日から不眠不休で捜索を行ってたからっ……け、決していつも入っていない訳じゃありませんからねっ!!!?」

「…………」

「……そういうことです。御理解いただけましたか?」


疲れ切った表情で言う刹那に、俺は無言で頷いた。

なるほどな……刀子先生は、自分が汗臭いのではないかと心配しているらしい。

前に刹那をスト―キングしたときにも言ったけど、女の人の場合、汗の匂いより、髪からする甘い香りとかのが強くて、そんなの気にならないことが多いんだけどな。

それに、ちょっと離れたくらいじゃ、俺の嗅覚からは逃げられない。

というか、少しでも近くにいた時点で、そこに残った匂いを嗅ぎわけることが出来てしまうんだもの。


「……刀子さん、小太郎さんの嗅覚は最早気にしない方が吉です。少し離れたくらいではどうしようもありませんから」

「せ、刹那……うぅ……分かりました、諦めて任務に集中しましょう……」


がっくりと肩を項垂れさせる刀子先生を、刹那が悟りきった表情で慰めていた。

な、何か猛烈に悪いことをしてる気がしてきたんですけど?










紆余曲折はあったものの、俺はすぐにホシの匂いに見当を付け、それを追跡することに成功していた。

ただ俺のやる気は、現時点でもの凄いストップ安だったりする。

……侵入者、本当に九尾なのか?

というのも、嗅ぎ分けた侵入者の匂いには、明らかに化学物質の匂いが混じっていたのだ。

恐らくシャンプーか石鹸だろうが、九尾の狐がそんなもの使っているとは考え難い。

兄貴がそういった入れ知恵をするとも考えにくいしな。

恐らく、侵入者は九尾とは関係のない狐の妖怪だろうと当たりを付けつつ、俺は捜索を続けた。

そしてもう一つ、侵入者の匂いで気が付いた、というか、感じたことがある。


「……何やこれ? どっかで嗅いだことあるような気もするんやけど……」


既視感に似た、不思議な感覚を、俺は侵入者の匂いから感じ取っていた。

しかしながら、どこでその匂いを感じたのか、俺には全く思い出せなかったのだが。

そんなこんなで、俺は達は俺の鼻だけを頼りに、森を抜け、とある建物の前にまでやって来ていた。


「……こ、小太郎? 本当にこんなところに敵がいるのですか?」

「……俺も自信のうなってきたわ」


俺たち三人は、何を間違えたのか、俺も居を構える、男子寮の前に来てしまっていた。

……これはないだろ!?

誰が好き好んで、自分を追っかけてる連中の監視下にある建物に侵入するっていうんだ!?

い、いや、もしかしたら、男子寮生の誰かの命を狙って、とかかもしれないけど、そんな物騒な魔力が発生する気配もない。

……お、俺の鼻が間違ったのか?

一瞬そんなことも考えたが、何度嗅ぎ直しても、その匂いは男子寮の中へと向かっていた。


「ど、どうしましょうか? さ、さすがに私は入る訳にはいきませんよね?」


引き攣った笑みを浮かべながら、刹那が俺にそんなことを聞いてくる。

そ、それはそうだろうけどさ……。

俺は困り果てながらも、どうしたものかと思案を巡らせた。

そして、ポケットにあのアイテムがあったことを思い出した。


「とりあえず、刀子センセは俺と一緒に正面から入って貰うとして、刹那は敵と遭遇した場合、これで呼び出したら良えんとちゃう?」


そう言って取り出したのは、クリスマスに彼女から貰った召喚符だった。

なかなか使う機会に恵まれなかったが、きちんと携帯しておいて助かった。

俺の提案に、二人はしばし思案してから了承してくれた。


「では、早速踏み込みましょう」

「ふ、踏み込むて……俺としては家に帰るような気分なんやけどな……」

「刹那も、いつ呼び出されても良いよう、準備はしておいてください」

「了解しました」


引き攣った笑みを浮かべる俺はスルーで、刀子先生と刹那は、顔を見合わせて頷き合っていた。










「……うん、これはもう本当に俺の鼻は当てになれへんと思うわ」

「……ざ、残念ながら、同感ですね」


打ち合わせ通り、刀子先生と俺は男子寮の中に踏み込み、、侵入者の匂いを追跡したのだが……。

辿り着いた先は何と……先程後にしたばかりの、俺の部屋だった。

……俺、部屋を出てから2時間くらいしか経ってないよ?

だ、第一、俺の部屋に悪意を持って踏み込もうものなら、ケルベロスばりに恐ろしい番犬に頭からバリバリ噛み砕かれるのは間違いない。

かと言って、血の匂いが立ち込めてる訳でもないし……。

しかしながら、俺の鼻によると、侵入者は間違いなく、この部屋の中に入った様子だった。


「ど、どないしよ? こんなことで召喚符無駄にするんはどうかと思えてきてんけど……」

「い、一応召喚してあげてください。万が一ということも有りますし……」

「万が一、ねぇ……」


俺は首を傾げながらも刹那に連絡し、彼女を召喚符で呼び出した。

そして、刹那に事情を説明する。

予想通り、先程と同じような、引き攣った表情になっていた。

もう九尾や兄貴のことなんて、完全に頭から消え去っていた、そのときだ。


―――――かたかたかたかたっ……


「うおっ!?」


突然、竹刀袋の中で影斬丸が震え始めた。

な、何だ何だ!?

これって、1年前のあの夜と同じ現象だよな?

けど、あのときはあの妖怪の魔力と兄弟刀である数打に、奴の牙である影斬丸が反応を示していたはずだ。

そう考えると、今俺の知る限り、影斬丸が反応するような要素は、全くもって存在しない。

俺たちは、三人揃って顔を見合わせた。


「こ、小太郎さん、これは一体……?」

「俺が聞きたいくらいや……」


刹那の質問に、力なく答える俺。

そんな俺たちの様子に、刀子先生は何かを決意したような表情を浮かべて言った。


「……小太郎の鼻は、やはり間違ってなかったのかもしれません……中を確認してみましょう」


そう言って、刀子先生は袋に入れていた野太刀を取り出した。

それに習って、刹那は夕凪を、俺は未だ震える影斬丸を、袋から取り出す。

もはや、全ての謎を解くには、この部屋に踏み込む以外にない。

俺たちの思いは一つだった。


「……俺の部屋や、先頭は俺にさせてくれ」


俺が声を潜めて言うと、刀子先生と刹那は、静かに頷いてくれた。

念のため、周囲には人払いの結界を張っておくことも忘れない。

準備を整えて、俺はこれまで何度も開いてきた自室のドアノブに、覚悟を決めて手を掛けた。


「……ほな、行くで?」


最後に確認して、俺はゆっくりとドアを開いた。

そして、言葉を失った。


「…………」


部屋の中には、いつも通りの様子で、くるんと丸まった状態で寝息を立てるチビの姿があった。

それ以外に変わった様子といえば、何故か窓ガラスが一枚割れていることくらいだ。

が、良く見ると、丸まっているチビの中心に、寄り添うように丸まった人影があることに気が付く。

そこには、小柄な少女が一人、安らかな寝息を立ていた。

俺はゆっくりと、今開いたばかりのドアを閉めた。


「こ、小太郎っ!?」

「な、中はどうなっていたんですかっ!?」


俺の背に隠れて中の様子は何も見えなかったのだろう、俺の突拍子もない行動に二人して慌てた声を上げていた。

目頭を抑えつつ、俺は呟いた。


「あ、あかん……俺、疲れとるみたいや……」


あの光景はおかしいだろっっ!!!?

窓ガラスが割れてたってことは、明らかに不法侵入者じゃねぇかっ!?

何でそれが、チビと仲良く寝息を立ててんだよっ!!!?

有り得なくないっ!?

と、叫びたくなる衝動を抑えつつ、俺は息を整えて、もう一度ドアノブに手を掛けた。


「……多分、さっきのんは俺の見間違いや。今度こそ、行くで?」


もう一度、俺は二人に確認して、もう一度自室のドアを開いた。

そして……。


「…………」


先程と何一つ変わっていない状況に、絶望を禁じ得なかった。

もう全てを諦めて、俺は影斬丸を抜こうともせずずかずかと部屋に入った。


「こ、小太郎さんっ!? もっと慎重に……」


そう言いかけた刹那が、部屋の状態を見て、俺と同じように言葉を失った。

後から入ってきた刀子先生も、やはり同じように、目を白黒させて沈黙してしまった。

とりあえず、俺は気持ち良さそうに寝息を立てる少女の様子を観察することにした。

年齢は、俺と同じか、少し幼いくらいだろう。

身長は木乃香や刹那より更に10㎝近く低く、かなり小柄な部類に入る。

顔は幼さが残っており、ぷにぷにとしたほっぺたが実に可愛らしく、長い睫毛がその可愛さに拍車を掛けていた。

黒い髪の毛はポニーテールで一まとめにしているが、降ろせばセミロングといったところか。

癖っ毛なのだろう、ポニーテールの毛先がぴょんぴょんと跳ねていて可愛らしい。

服装は春らしく、白いニットのカットソーに黒い短めのプリーツスカート。

足は黒のオーバーニーソを履いていて、御丁寧に靴は揃えて彼女の物と思しき鞄の上に鎮座させられていた。

そして服にも、彼女自身にも、ところどころ泥が付いていることから、彼女が一晩中森を彷徨っていたことが伺える。

つまるところ、彼女がくだんの侵入者に間違いないということだった。

しかし、何で俺の部屋に?

一瞬、兄貴が俺を油断させるために放った式神か、とも思ったが。

だったら最初に隙を見せた時点で、俺の首は身体と繋がっていない気がするし……。

この少女は一体……?

そんな風に首を捻っていると、突然、背後に強力な闘気……否、殺気を感じた。


「……小太郎はん、その人とはどういう関係?」

「……寮に異性を連れ込むのは、校則で禁止されてるって、知ってるわよね?」


振り返るとそこには、二人の鬼神がいた。

お、お二方とも完全に口調が素に戻ってらっしゃるっ!?

こ、こいつは勝てんっ!!


「お、おおおお、落ち着けや二人とも!! お、俺はこんな女知らへんってっっ!!」


しどろもどろになりながら、必死でそう訴える俺。

しかしながら、二人の殺気は一向に成りを潜めてはくれなかった。


「……ホンマに? 小太郎はん、女の子には誰かれ構わんと優しゅうしよるからなぁ……すぐには信じられへんわ……」

「……刹那の言う通り……どこぞで家出した女を匿ってたり……なんて、小太郎なら十分考えられそうね……」


そう言いつつ、それぞれに太刀の柄を握る二人。

ぎらぎらとした白刃が、ちらりと顔を覗かせた。

ひ、ひぇぇぇええええっ!!!?


「ま、待てって!? 良ぉ考えろや!? 女連れ込んどんのに、わざわざ自分らをここまで案内すると思うか!!!?」

「「あ……」」


俺がそう叫んだ途端、部屋中に蔓延していた殺気が、すっと身を潜めていった。

……ど、どうにか命の危機は脱したか……。

身の安全のための3人班が、危うく命取りになるところだったぜ……。

太刀を修めた二人を、俺はジト目で睨みつけて言った。


「……自分らが俺をどんな風に見とるか、良ぉ分かったわ」


確かに可愛い女の子は好きだけど、ときと場合と場所くらい選んで行動するわっ!!

大体、刹那は木乃香から、俺が今恋愛出来ないって知ってるだろうが!?

物凄い裏切られた気分だ……。

すると二人は、手をパタパタと振りながら、慌てて弁解を始めた。


「い、いえっ、決してそういう訳ではっ!? た、ただ現実に、こうして女性が部屋で寝息を立てていると、何というか、状況証拠に情報を左右されると言いますか……」

「そ、そうですよっ!! そ、それに私は、担任教師として、教え子が間違った方向に走っているなら、それを諭す義務もありますし……」


二人して尻すぼみだと、全く説得力が有りませんよー?

……まぁ、ここで言い争っていても仕方ないか。

俺は気を取り直すと、未だに眠る少女へと向き直ろうとした。

そのときだ。


「……ふみゅ? ……ふぁ~~~……」


そんな可愛らしい欠伸とともに、少女が身体を起こし、ぐぐっと身体を伸ばした。

未だに寝ぼけているのか、半目で辺りをキョロキョロと見回している様は、さながら小動物のようだった。


「……あれ? キリ、寝ちゃってた?」


おう、もうばっちり気持ち良さそうにな。

なんて、返事をする訳にもいかず、とにかく俺は、彼女に話しかけてみよと思い声を掛けようとした。

ちょうどその瞬間、少女がこちらへ振り向いた。


「ひあっ!? だ、誰っ!!!?」

「……それはこっちの台詞や……」


俺は余りに緊張感のない少女の物言いに、思わず肩を落とした。


「? ……この匂い……」


すると突然、少女は何を思ったのか、急に立ち上がると、ぴょん、と俺に近寄って、すんすん、と可愛らしく鼻を鳴らした。

な、何だっていうんだ?


「お、おい? 一体何やねん?」

「……やっぱり、間違いない……キリとおんなじ匂いだ……」

「は?」


キリ、というのは、先程の台詞からして、彼女自身を指す名のことだろう。

しかし、俺とこの少女が同じ匂いというのはどういうことだろう。

確かに彼女の匂いを追いかけているとき、嗅いだ事の有る匂いだとは思ったが、まさかそれが、自分の匂いだとは思わなかった。

だが仮に、俺たちの匂いが同じものだったとして、それはどういう理屈になるのだろう?

そんな風に目を白黒させる俺。

しかし少女は対照的に、俺のことをまじまじと見つめると、これまた突然、目をうるうると涙で滲ませ始めたではないか。

ほ、本当に何だって言うんですか!?


「……良かった……本当に、ここに居てくれた……生きててくれた……」

「さ、さっきから自分何やねんっ!? 言うてることの意味が全く分からへ……」


そう、疑問を口にしようとした瞬間だった。

その少女は、涙を湛えた瞳のまま、急に嬉しそうに笑みを浮かべた。

そして次の瞬間……。



「――――――――――お兄ちゃんっ!!!!」



少女は、俺の首に思いっきり抱きついてきた。

急に飛び付かれたせいで、俺は受け身を取ることも出来ず、そのまま後ろに押し倒されてしまう。

こっちは事態が全く飲み込めず目を白黒させているというのに、俺を兄と呼んだその少女は、相変わらず感極まった様子で、俺に頬ずりした。


「ちょ!? は!? えぇっ!?」

「お兄ちゃん!! お兄ちゃんっ!! ずっと会いたかったんだよ? キリはずっと、お兄ちゃんのこと探してたんだよ?」

「い、いや、何が何やらさっぱりなんやけど……?」


もう本当何がどうなってるのやら……。

少女の言動は全く分からないし、兄と九尾に何らかの繋がりがあるかどうかも不明のまま。

挙句の果てには、俺のことを兄だと言い始める始末だし……俺は、何から対処すれば良いやら……。

しかしまぁ、とりあえず、俺が対処すべき当面の問題は……。


「……こ・た・ろ・う・はん?」

「……覚悟は、出来てるわね?」


この二人の鬼神の怒りを、どうやって静めるかだと思うんだ……。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 38時間目 異体同心 べ、別に妹属性ってわけじゃないんだからねっ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/27 14:28



何とか怒り狂う二人を沈めて、俺は先ほどの少女を連れ、学園長室に戻って来ていた。

先程の少女は、どういう訳か、俺以外の人間とは全く口を聞こうともしてくれないため、学園長の尋問も、何故か間に俺が入らされている。

彼女がそんな様子なので、学園長も気を遣って、現在学園長室には、俺たち3人しかいない状態だった。

もっとも、一緒に来た刹那と刀子先生は学園長室の外で待機しているみたいだが。

俺は溜息交じりに、とりあえず彼女が何者なのかを確かめることにした。


「そんで、自分、名前は?」

「キリは霧狐だよ? 霧の狐で霧狐、九条 霧狐(くじょう きりこ)。お兄ちゃんは、犬上 小太郎って言うんだよね? キリ知ってるよ」


嬉しそうに少女、霧狐ははにかんだ。

嘘をついている風ではないし、恐らくそれが彼女の本名で間違いないだろう。

俺たちの様子を静観していた学園長が、不意に咳払いをした。


「して、霧狐くん? この麻帆良にはどういった用件で来たのかの?」

「っっ!?」


学園長がそう尋ねた途端、霧狐は怯えたように身を竦ませて、さっと俺の後ろに隠れてしまった。

俺の部屋で、刀子先生や刹那に気が付いた時も、似たような反応だったから。恐らく俺以外の人間に対しては、総じてこのような反応なのだろう。

ちら、と学園長に目線を向けると、肩をすくめて、右手を差し出すジェスチャーをされた。

……尋問、俺に丸投げかい。

再び溜息をついて、俺は背に隠れた霧狐に事情を聞くことにした。


「霧狐、何で麻帆良に侵入したんや?」

「……ま、麻帆良に、お兄ちゃんがいるって聞いて、居ても立ってもいられなくなったからっ」


おずおずとだが、霧狐ははっきりとそう答えた。

となると、やっぱり疑問なのは、俺を兄と呼ぶ理由だな。


「俺のこと、お兄ちゃんて、呼んでるけど……それはどういう意味や?」

「そ、そのまんまだよっ!! 霧狐はお兄ちゃんの妹だもんっ!!」


必死な様子で、霧狐はそう訴えた。

……そう言われても、俺には兄貴以外に兄弟がいたなんて知らねぇんだが?

妙な生まれ方したおかげで0歳からの記憶もはっきりしてるけど、生き別れの妹がいたなんて感じは全くないし……。

しかし、1つだけ思い当たる節があった。

……俺が生まれてからの親父の所在って、全く不明だったよな?

もしや……。


「腹違いの、妹っちゅうことか……?」

「うんっ、キリのママはイタコの娘で、お兄ちゃんのママと違う人だって、パパが言ってたらしいよ」

「うそん」


マジでか。

ま、まぁ、そんな可能性があってもおかしくはないだろうけどさ……。

あいつ、中々にイケメンだったし……。

それにしても、母親がイタコの娘ってことは、やっぱり霧狐も半妖なのか?

どんだけ俺の親父人間好きだよ……。

霧狐に聞かされた、衝撃の事実に打ちひしがれていると、学園長が俺にその真偽について尋ねた。


「小太郎君、今の話、どう思うかね?」

「どうも何も、否定する要素を見つける方が難しいわ……匂いは間違いなく狗族ん中でも俺に近いし、影斬丸まで反応しとったしな」


1年前に奴と対峙したときの経験から、影斬丸は単に狗族ではなく、俺たち一族に反応を示すみたいだし。

この子に、俺と同じ血が流れているという点は、最早疑いようがない。

外見的特徴が、狗族のそれと一致しないが、恐らくそれは幻術によるものだろう。

一応、俺は確認しておくことにする。


「耳と尾は幻術で隠してるんか?」

「うん、キリ不器用だから、幻術はこれしか出来ないんだけど……」


恥ずかしそうに、ぺろっ、と舌を出して言うと、霧狐は目を瞑って、精神を研ぎ澄ませている様子だった。


―――――ぽんっ


可愛らしい爆発音とともに、霧狐の頭には一対の狐の耳、スカートの裾からは2本の狐の尾が顔を覗かせた。

黒かった髪と目も、同時に黄金色へと変貌を遂げている。

これが彼女の本当の姿だという訳だ。

……おい待て、俺の親父って、どう考えても犬だったよな?

な、何でその娘が狐になるんだよ?

生命の神秘すぎるだろ!?

なんて思っていたのだが、その疑問は霧狐の台詞であっさり解決した。


「パパのお母さん、キリとお兄ちゃんのお祖母ちゃんはね、5尾の狐さんだったんだって。キリもいつかそれくらい優秀な妖怪になりたいな」

「な、なるほど……覚醒遺伝かいな……」


ということは、俺にも少なからず狐の血が混じってる訳か?

ま、まぁ犬や狐の変化を総称して狗族っていうくらいだし、大別すると同じ類の妖怪なんでしょうけど……大雑把過ぎる感が否めない。


「ふむ、どうやら霧狐君には、麻帆良への害意はないようじゃの」


俺たちの様子を静観していた、今朝からの重々しい雰囲気を消してそう言った。

学園長までがそう判断するってことは、やはり霧狐は兄貴や九尾のことと無関係なのだろう。


「小太郎君に会いに来た、というのがその子の本心のようじゃし、せっかくじゃ、ゆっくり話してみるとよかろう」


もっとも、親御さんに連絡はさせていただくが、と学園長は霧狐を怯えさせないよう、笑顔でそう言った。


「あ、う……その、ありがとう、ございます……」


そんな学園長の誠意が伝わったのか、あれだけ他者に怯えていた霧狐が、おずおずとだが、礼を言った。

さて、これで今回の侵入者騒ぎは一件落着か。

もっとも、兄貴の手に殺生石が渡っている以上、警戒は怠ってはならないだろうが。

俺自身、余りに急な出来事で、正直気持ちの整理が付いていないし、学園長の申し出は願ってもないことだ。

それに、自分に妹がいた、という事実に、少なからず俺は喜びを感じていたりする。

俺の血のつながった家族と言えば、お袋に親父、そしてあのクソ兄貴だけで、今この旧世界にいることが判明してるのは、あのクソ兄貴だけだ。

そして、奴を殺したとき、俺に残る家族は、どこにいるかも定かでない親父だけ。

いつか木乃香が危惧した通り、俺は正真正銘、天涯孤独の身になってしまう。

その覚悟を決めていただけに、自分を兄と慕ってくれる、血の繋がった妹がいた、という事実は、本当に喜ばしいことだと、そう感じていた。

もちろん、俺は護りたい仲間がたくさんいる。

だから兄と決別したところで、それを孤独だと感じることは一度もなかった。

しかしそれを差し引いても、俺の背に抱きつく、小さな霧狐の温もりを心地良いと感じている。

やはり生き物にとって、血の繋がりって奴はそれだけ大きなものだということだろう。

俺はそんなことを考えながら、小さく笑って、霧狐の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「ほんなら学園長、後のことは頼むわ。それと、最悪今日は麻帆良に一泊させることになるやろうから、宿の手配も頼みたいねんけど……」

「うむ、そうじゃな……子ども一人でホテルというのものう……ここは女子寮の誰かに頼むのが良かろうて」

「確かにな……そんなら、俺の方で誰かに頼んで見るわ」


そう言うと、学園長は静かに頷いてくれた。

どの道、霧狐を今の泥だらけの状態で連れ回すのは気が引けるし、刹那辺りに頼んで、女子寮の浴場を遣わせてもらおうと思っていたところだ。

そのついでだと思えば、大した労ではない。

霧狐が俺以外の人間に対して、やたら懐疑的というか、怯えきっているのが気になるが。

先の学園長のように、自分への優しさに対して、答え方が分からない訳ではないようだし、まぁ何とかなるだろう。

そう結論付けて、俺は霧狐の手を引き学園長室を後にした。









学園長室の外では、やはり刀子先生と刹那の神鳴流コンビが、しっかり待機していてくれた。

学園長の采配と、霧狐が本当に俺の妹だったということを話すと、二人は安心したらしく、ほっと胸を撫で下ろしていた。

刀子先生はそれを聞いて、まだ仕事が残っているらしく、すぐに男子校エリアへと引き返して行った。

大人って大変だよなぁ……。

とりあえず、俺は残された刹那に、事情を説明して、霧狐を女子寮の風呂に入れて貰えるようお願いしているところだ。

ただ……。


「や、やだっ、キリ、お兄ちゃんと一緒じゃないとヤだよっ!?」


こんな感じで、霧狐は俺の手を離そうとしてくれなかった。

困り果てて、刹那を見ると、俺と同じように、苦笑いを浮かべていた。

……それにしても、ここまで他人を拒絶するとなると、何か理由がありそうな気がする。

刹那も幼い頃は迫害を受けてた、みたいなことを言っていたし、同じく半妖の霧狐にも、似たような経緯があるのかもしれない。

そう思って、俺はそれを尋ねてみた。


「俺以外の人間をやたら嫌っとるみたいやけど、何や理由があるんか?」


出来るだけ優しい声でそう聞くと、霧狐は目を泳がせた後、俺にしか聞き取れないくらいの小さな声で言った。


「……キリ、半妖だから……昔いた村を、それで追い出されちゃって……今まで、ママと二人きり、山奥で暮らしてたからっ……」


なるほど、予想通りという訳だ。

それで、ここにいる人間も、自分のことを半妖だからと、遠ざけるのではないかと心配して距離を置いていたのか。

俺は怯えきった様子の霧狐の頭を撫でて、笑顔で言ってやった。


「安心しぃ。ここの連中は、自分のこと半妖やからって傷つけたりせぇへんよ」

「ほ、本当に?」

「ああ、そんなんで差別されるんやったら、俺かて今頃ここにはおれへんやろ?」


信じられないといった様子の霧狐に、俺は念を押すようにそう言ってやる。

それでも、霧狐はまだ納得がいかないみたいで、上目遣いに、俺を見上げ、刹那に視線を移しを繰り返していた。

そんな様子に気が付いた刹那は、優しい笑みを浮かべて言った。


「ご安心ください、霧狐さん。私も、あなたと同じ半妖です」

「っ!? そ、そうなの!?」

「はい」


刹那の言葉で、ようやく霧狐は緊張の糸が解けたらしい、ゆっくりと俺の手を握っていた指を解いていった。

これなら、安心かな?

……それにしても、彼女の他者、特に人間に対する恐怖感は、尋常じゃないな。

母親と二人きりで暮らしていたせいで、それ以外の人間に接する機会がなかったせいもあるのだろうが。

どうも俺には、それ以外にも、彼女が他者を遠ざける理由がある気がしてならなかった。

何はともあれ、刹那が半妖だと知って、霧狐も少しは彼女に心を開いてくれたらしい。

そんな様子に刹那は慈しむような笑みを浮かべて、右手を差し出した。


「桜咲 刹那です。あなたのお兄さんとは、幼馴染になります。よろしくお願いします、霧狐さん」

「うぅ……えと、よろしく、あの、刹那?」

「はい」


怖々と刹那の手を握り返して、彼女の名を呼ぶ霧狐。

俺はほっと胸を撫で下ろして、女子寮へと向かうことにした。









「あ、あの、お兄ちゃん?」


校舎を出たところで、霧狐が突然俺に声をかける。

刹那とは少し和解した様子だが、未だ怯えた様子が抜け切れていないため、俺はそんな霧狐を怖がらせないよう、出来るだけ優しい声音で聞き返した。


「どないした?」

「う、うん……あのね、窓ガラス、割っちゃったから……その、ゴメンなさいっ」

「ああ、そのことか……」


まぁ、それ自体には驚いたし、チビがそれを全く警戒していなかったことも遺憾だが、さすがに一晩中追い回されてたら、なりふり構っていられないだろうからな。

別段咎める必要もないと思ってたんだけど、先に謝られてしまうとは。


「さ、最初は、お兄ちゃんの部屋にいた、おっきなワンちゃんが開けようとしてくれたんだけど……」

「それであいつが無反応やったわけかい……」


しかもあいつは俺より匂いに敏感だからな、俺と霧狐が最初から兄妹だって気が付いてたんだろう。

番犬失格どころか、かなり優秀だってことが改めて証明されたな。

霧狐は俺が怒ってると思ってるらしく、少し涙を滲ませながらもう一度謝罪の言葉を告げた。


「本当にごめんなさいっ」

「良えよ、というか、そんなに怒ってへんし」


学園長が、後で修理してくれる魔法先生を送ってくれるとか言ってたし、戻った頃には元通りだろう。

……まぁ、チビも空気読んでくれるよな? 

いきなり噛みついたりはしないだろう。

そんなことを考えながら、俺は隣を歩く霧狐の頭をくしゃくしゃと撫でつけた。


「嬉しそうですね、小太郎さん?」


そんな俺たちの様子を見ていた刹那が、含みのある笑顔で、俺にそう言ってくる。

普段からかわれてる仕返しか?

まぁ、それに乗っかってやるほど、俺は甘くはない。

逆に刹那をからかってやろうと、俺は上手い返しを模索した。


「血の繋ごうてる家族に会えた訳やしな……それに、もともと手のかかる妹みたいな幼馴染みもおったし」

「て、手のかかるって、そ、そんなにお転婆ではありませんでしたよ!?」


顔を真っ赤にして言い返す刹那に、俺は意地悪く笑ってやった。

不思議そうに、俺たちのやり取りを見ていた霧狐が、不意にこんなことを聞いてきた。


「お兄ちゃんと刹那は、どれくらい一緒にいたの?」

「ん? まぁ、麻帆良に来る前は結構一緒におることが多かったな。最初に会うてから、大体5年くらいや」

「5年かぁ……キリは刹那が、羨ましいよ」


少し寂しそうに、霧狐がそう呟いた。


「キリは6年前に村を追い出されて、ずっとママと二人だけで暮らしてたから……それに、お兄ちゃんと一緒にいたら、キリの力も……」

「はれ? コタ君とせっちゃんや」

「っっ!?」


急に第3者に声を掛けられて、霧狐は言いかけていた言葉を引っ込めて、俺の背に隠れてしまった。

俺と刹那は、もうお馴染みの声だったので、それに別段慌てることもなく、声がした方角に向き直った。

もちろんそこにいたのは木乃香で、いつも通りの制服姿に、刹那同様、後ろ髪を俺の贈った薄桃色のバレッタで留めていた


「よぉ木乃香、春休みなのに登校やなんて珍しいな」


俺がそう挨拶すると、木乃香は嬉しそうに、ほにゃっ、と笑った。


「明日菜が部活やったのにお弁当忘れてもうてたから届けに来たんよ」


慌てんぼさんやから、と木乃香は困ったように、もう一度笑った。


「ところでコタ君、その女の子、誰なん?」


言葉だけ聞いたら、いつもの説教モードかと思うが、刹那もいるおかげで、いたっていつも通りの口調で木乃香は言った。

木乃香は一応魔法のことも知ってるし、前に兄貴と対峙した時も、俺が天涯孤独になることを悼んでる節も有った。

ここはありのままを伝えて、少しでも安心して貰うべきかな?

そう結論付けて、俺は木乃香に、霧狐を紹介することにした。


「こいつは俺の妹や。霧狐、この子は俺の友達の近衛 木乃香や」


自分で自己紹介できるか、と尋ねると、霧狐は少し迷ってる様子だったが、やがてゆっくりと頷いた。

びくびくしながら木乃香の前に出ると、霧狐は恭しく一礼した。


「お、お兄ちゃんの妹の、く、九条 霧狐です。よ、よろしくお願いしますっ!!」


ぎこちなくはあったが、霧狐はそう、はっきりと自分の名を告げた。

刹那と話したおかげで、少しずつ麻帆良の人間を信用できるようになってきたのかな?

それに対して、木乃香は目を丸くしてしまっていた。


「こ、コタ君、家族はもうお兄さんしかおれへんのとちゃうかったん?」

「俺もそう思てたんやけど……どうも間違えあれへんみたいやで?」


母親はちゃうけど、と付け加えると、木乃香はじっと霧狐の顔を見つめ始めた。

一瞬、霧狐はそれにたじろいだが、何とか後ずさることなく踏み止まった。

すると、次の瞬間、木乃香の目尻に大粒の涙が浮かんだ。


「……そっかぁ……コタ君、ちゃんと家族がおったんやぁ……」


今にも泣き出しそうな声で、木乃香はそう呟くと、嬉しそうな笑みを浮かべて、霧狐に抱きついた。


「@*$#&%=~~~~~!!!?」


いきなりの事態に、霧狐が声にならない悲鳴を上げていた。

普段なら霧狐を助けてやるところだが、俺は木乃香の優しさが嬉しくて、それを止めさせる気がまるで起こらなかった。

隣を見ると、同じように刹那も温かい笑みで二人を見守っていた。


「……霧狐ちゃん、やったよね? ……自分は、ずっとコタ君の味方でおったってな?」

「えぇ? あ、う、うんっ……」


目を白黒させながらも、霧狐は自分の抱き締める木乃香に、しっかりと頷いていた。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 39時間目 奇策縦横 ちょっと親父にイラッとした
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/27 14:28



SIDE Kiriko......



木乃香と刹那に連れて来てもらったお風呂は、見たことないくらいに広くて、キリは思わず言葉を失っちゃった。

すごい……人がいる街には、こんなのもあるんだ……。

やっぱり、お兄ちゃんに会いに来て良かったなぁ。

ママは大好きだけど、あのまま二人で山奥にずっといたら、こんなのも見れなかっただろうし。

それに……人間って、怖い人ばかりじゃないってことも分かった。


『……妖怪なんぞと契るから、こんなことに……』


……木乃香も刹那も、昔いた村の人たちと全然違う。

キリに優しくしてくれるし、半妖だからって、キリのこと怖がったりしない。

ちゃんと、キリのことを見てくれる。

木乃香にぎゅっ、てされて、少し驚いたけど……不思議、全然嫌じゃなかった。

温かくて、ほわっとして……すごく、安心した。

人間って、怖い人ばっかりじゃなくて、優しい人もいたんだね……。


「ほなキリちゃん、早いとこ身体洗ってまおか?」


木乃香が、何だろう、ほにゃっとしてて、安心する笑顔でキリの手を引っ張った。

ママ以外の人とお風呂に入るのは初めてだし、少し恥ずかしかったけど……やっぱり、嫌じゃない。


「ほら、早くしないと、小太郎さんと話す時間がなくなってしまいますよ?」


ぽんっ、て後ろから刹那が、キリの背中を押してくれた。

びっくりしたけど、それもすごく優しくだったから、やっぱりキリは、全然嫌じゃなかった。

それどころか、すごく、何だろう……胸がほわってする……。

だからキリは、少しだけ笑って、二人に頷いた。


「……うん」


……変なの、悲しくないのに、何だか目がぼんやりするよ。










「うわー……キリちゃんのお肌すべすべやぁ……」


キリの背中を洗ってくれてた木乃香が、嬉しそうにそう言ってくれた。


「そ、そうなのかな? ……ママ以外の人と、お風呂入ったことないから、良く分からない……」

「そうなんや? ホンマに綺麗やえ? 羨ましいなぁ……」

「ふふっ、お嬢様も十分に綺麗な肌をされてると思いますよ?」

「いやいや、それを言うたら、せっちゃんかて……ほぉれ、ぷにぷにー♪」

「ちょっ!!!?お、お嬢様っ!!!?」


キリの隣で髪の毛を洗ってた刹那の背中を、木乃香がぷにぷにと突いてる。

刹那はびっくりして飛び上がってたけど、やっぱり嫌そうじゃなかった。

……変なの、嫌じゃないのに、どうして慌ててるんだろ?

木乃香は、刹那が息をはぁはぁと切らすまで、背中を突くと、キリの方に振り返った。


「あはは、お待たせキリちゃん。そろそろ石鹸流さんとな」

「うんっ」


木乃香が優しく笑ってくれたから、今度はキリもちゃんと笑って頷いた。

ママやお兄ちゃん以外の人に、こんな風に笑えるなんて、今まで全然思ってなかった。

ドキドキしながら待ってると、木乃香はゆっくりと、キリの身体についた泡を、シャワーで洗い流してくれた。

お湯は温かかったけど、何でかな? さっき木乃香にぎゅってされたときの方が、もっと温かった気がした。










お風呂から上がったら、木乃香がにこにこしながら、服を持って来てくれた。

キリが着てた服は泥だらけだったから、木乃香が洗濯してくれるって言ってた。

お兄ちゃんと話して、ここに帰って来る頃には乾いてるって。

ここに帰って来るつもりはなかったから、不思議だなって思ってたんだけど、お兄ちゃんの住んでる所は、本当は女の子が入っちゃダメなんだって、刹那が教えてくれた。

だから今日は、刹那がキリのことを泊まらせてくれるんだって。

誰かのお家にお泊まりしたことなんてなかったから、すごくドキドキする。

刹那のお家には、もう一人刹那のお友達が一緒に住んでるんだって。

知らない人は、やっぱりちょっと怖かったけど、刹那と一緒なら平気な気がした。


「はい、キリちゃん。ウチのおさがりやから、多分サイズは合うとるはずやえ」


キリは木乃香が持って来てくれた服を受け取って、着替えることにした。

白いロングTシャツに、ジーンズ生地のスカート。

どっちも乾燥剤の匂いと一緒に、少しだけ木乃香の匂いがした。

……やっぱり、少しほわってする。

サイズは少しだけ大きかったけど、そんなに気にならなかった。


「良かったですね。良く似合ってますよ、霧狐さん」


刹那が木乃香とは少し違うけど、優しい笑顔でそう言ってくれる。

何だか嬉しくなって、キリは精一杯の笑顔で頷いた。


「ありがとう、木乃香、刹那……」


また少しだけ、目の奥がぼんやりした。



SIDE Kiriko OUT......









霧狐を女子寮の前で待ちながら、俺は学園長と電話をしていた。

もちろん、彼女の出自について確認がとれたかどうかを尋ねるために。

学園長の話によると、霧狐はちゃんと13年前に出生届が提出されているらしい。

ということは、俺より1つ下になるのか。


「ほんなら、霧狐の経歴は白やったんやな?」

『いや一概にそう言い切ることは難しいのう。何せ6年前からの経歴は、母子ともに行方不明となっておるのじゃ』

「行方不明?」


人里離れた場所に住んでいないにしても、行方不明扱いというのはどういうことだろうか。


『まるで何かから逃げるように、6年前からの経歴はまったく追えなくなっておる。これから彼女に聞いた住所へ、人を派遣してみるつもりじゃ』

「逃げるみたいに、ね……とりあえず了解や」


6年前、か……さっき霧狐自身も6年前に村を出たと言っていたし、証言は一致している。

しかし、逃げるようにってのは、気に掛かるな。

それも含めて、彼女に後で聞いてみる必要があるだろう。

……その空白の6年の間に、兄貴との接点がないとも限らない。

正直な話し、俺に無邪気な笑顔を向け、他者に怯える様子さえ見せる彼女が、あのクソ兄貴の刺客だとは思いたくはないが。

それに、彼女は仮にも俺の妹だと名乗り、俺を心から慕ってくれているのが分かる。

そんな彼女を疑うなんて真似は、少なからず俺の胸を締め付けていた。


『……気持ちは分かるが、努々油断するでないぞ?』

「……わぁってるわ。相手はあの兄貴や、何があっても不思議やない」


心配そうな様子で言った学園長に、俺はいつになく真面目な口調で、そう返していた。

そう、いくら用心を重ねても、用心し過ぎるということはないのだ。

例えそれが、血を分けた肉親を疑っているとしても。

あの兄貴なら、人の心さえ、良いように操れる可能性があるのだから。


『……うむ。出来るだけ早く、彼女の母親と接触できるよう計らおう。それまでは、スマンが辛抱してくれ』

「別にあんたが謝ることとちゃうやろ? ……よろしく頼むわ」


学園長が了承の言葉を告げるのと同時に、俺は終話ボタンを押した。

もし霧狐が、こんなときに来ていなければ、もっと素直に、肉親に会えたことを喜べただろうに。

柄にもなく、センチメンタルな気持ちになりながら、俺は桜の花が舞う空を仰いだ。


「コタくーんっ!!」

「お兄ちゃーんっ!!」

「お?」


女子寮の方から呼びかけられたことで、俺は一端思考を中止した。

振り返ると、さっきとは違う服に身を包んだ霧狐の手を引いて、木乃香がこちらへと駆け寄って来ていた。

その少し後ろを、慌てた様子で刹那が付いて来ている。

木乃香に手を惹かれた霧狐は、先程までの怯えようが嘘のように、楽しげな笑みを浮かべていた。

釣られて、俺も笑みを浮かべる。

先程の学園長との会話で感じた暗い気持ちが、少しだけ払拭された気がした。

俺の下まで辿り着くと、霧狐は嬉しそうにはにかんだ。


「お兄ちゃん、木乃香がお洋服貸してくれたんだよ」


似合うかな? と霧狐はその場で両手を広げて見せた。

俺は笑顔でそれに頷いて、改めて、木乃香と刹那に礼を言った。


「ああ、良く似合うてる。木乃香、刹那、ホンマおおきにな」


俺の言葉に、木乃香ははんなりと笑って首を振り、刹那はそれを見て、楽しそうに笑みを浮かべた。


「別に構へんよ。こんな時間にお風呂に入るん、新鮮でおもろかったしな」

「ええ、屋敷にいたころの水浴びを思い出しました」

「そう言ってもらえると助かるわ」


二人と談笑していると、ぎゅっ、と霧狐が俺の手を握った。


「刹那も木乃香も、すっごく優しいね。キリにお姉ちゃんがいたら、あんな風なのかな?」

「あはは、何やったら、今度からウチのことは『お義姉ちゃん』て呼んでくれても……」

「きっ、霧狐腹減ってへんか!?」


木乃香が馬を射ようとしたため、俺は慌てて彼女の言葉を遮った。

た、頼むからこんな無垢な子を、そういうのに巻き込むのは勘弁してくれ。

木乃香はおもしろくなさそうに俺をジト目で見ていたが、もうそれはこの際スルーの方向で。


―――――きゅるきゅる……


俺の言葉に反応したのか、霧狐の腹が、可愛らしい声を上げた。


「あ、あう……そう言えば、昨日から何も食べてなかったよ……」


恥ずかしそうに霧狐は頬を赤らめて苦笑いを浮かべた。

まぁ、一晩中刀子先生達と追いかけっこをしてたんだ、食事してる余裕もなかっただろう。

俺はにっと笑って、彼女に言った。


「ほんなら、飯食いながらゆっくり話すか。俺に用事があってんやろ?」

「うんっ!! お兄ちゃんに聞きたいことが、たくさん、たくさんあるんだよっ!!」


霧狐は目一杯の笑顔で、そう頷いた。


「ちゃんと門限までに送ってきたらなあかんえ?」


いつの間にか、普段通りの笑顔に戻った木乃香が、俺にそんなことを注意する。

俺は笑顔で頷いて、それに返事した。


「わぁっとるよ。刹那、スマンけど、今晩はよろしゅうな」

「はい、私も妹が出来たみたいで、少し楽しみにしてますから」


俺の言葉に、刹那は優しい笑顔で頷いてくれた。

そんな二人に笑顔で手を振って、俺は霧狐の手を引いて歩き始める。

手を振り返す二人が見えなくなるまで、霧狐はずっと手を振り続けていた。


「お兄ちゃん……」

「ん?」


二人の姿が見えなくなって、不意に霧狐が俺の名前を呼んだ。


「人間って、怖い人ばっかりじゃないんだね……」


霧狐はどこか切なそうに、愛おしそうに、そう呟いていた。

だから俺は、彼女と繋いでいた右手と、反対の左手で、優しく彼女の頭を撫でて答えた。


「……ああ、そうやで。俺の仲間はな、みんなそういうやつばっかりや」


いつか霧狐にも紹介してやる、そう続けて微笑むと、今度は満面の笑みを浮かべて、霧狐は頷いた。


「うんっ!! 楽しみにしてるね!!」










女子寮を後にした俺は霧狐と二人で、世界樹の広場まで来ていた。

霧狐はしきりに世界樹を見上げて、すごいすごいと声を上げていて、その様子がとても微笑ましかった。

いつか高音と話したカフェテリアで、食事を済ませて、今は食後のティータイムを味わっているところだ。


「ふぅ~~~……すごいね。人の街って、こんなにいろんなものがあったんだ……」


注文したココアを一口啜って、霧狐はまたも関心の言葉を零していた。

本当に、何も人里のことを知らずに育ったらしい。

俺は苦笑いを浮かべながら、霧狐にこれまでの事を尋ねてみようと思った。

しかし、俺が言葉を紡ぐよりも早く、霧狐がこんなことを呟いていた。


「……キリが半妖じゃなかったら……ううん、ちゃんと力を使えれば、ママとこんな場所で暮せたのに……」


悲しげな、悔しそうな表情で、本当にぽつりと、零すように霧狐は呟いた。

力を使えない? どういうことだ?

麻帆良に来たばかりの俺みたいに、魔族としての魔力が引き出せないということだろうか?

いや、それにしては、霧狐の様子は、随分と思いつめているような様子だった。

俺は改めて、霧狐にこれまでどうやって過ごして来たのかを尋ねてみようと思った。

それが決して、穏やかな日常ではなかったことは、想像に難くない。

しかし、それでもなお、そこに踏み込まなければ、俺は彼女と、本当の意味で『兄妹』になれないと、そう感じた。

だから俺は、もしかすると霧狐にとっては、思い出すことさえ苦痛なのかもしれないその記憶を、彼女に求めた。


「霧狐は、これまでどうやって暮らしてたんや? 何で、自分のお袋と二人だけで生きてきたんや?」


その俺の問い掛けは、霧狐にとって想定の範囲だったのかもしれない。

さほど驚いた様子はなく、しかし、霧狐は悲しげに目を伏せて、しばらく、どう答えたものか、迷っている様子だった。

やがて、考えがまとまったのか、霧狐はゆっくりと顔を上げ、重々しくその可愛らしい唇を開いた。


「霧狐はね、妖の血に負けたんだ……」


その言葉を皮切りに、霧狐の口から、少しずつ、少しずつ、彼女が歩んできた物語が紡がれ始めた……。










それは、今から十年以上の昔の出来事。

とあるイタコの集落で生まれた、少女のとある失敗から、全ての物語は始まった。

その少女は、優秀なイタコの家系に三女として生を受けた。

優秀な両親の血を受け継いだ二人の姉と比べ、少女は魔力が少なく、使える術も一向に増えなかった。

いつもいつも、優秀な姉と比べられ、少女は劣等感にさいなまれ続けていた。

そんなある日、少女は家の書庫から、とある術が記された呪術書を持ちだした。

その書物は、実体を持った妖怪、魔族を召喚する、特殊な召喚術を記したものだった。

これに成功して、強大な妖怪を使い魔に出来れば、姉たちを見返すことが出来る。

そう思った彼女は、居ても立ってもいられず、霧の濃いある晩、家を抜け出し、村はずれの森で一人、召喚術を実行した。

しかし少女の考えは甘かった。

たとえ、召喚に成功したとしても、彼女の魔力では、契約出来る妖怪などたかが知れている。

もし自身の力量を、はるかに上回る妖怪を召喚したら?

そしてその妖怪が、決して人間に友好的でなかったなら?

そんな可能性を、少女は全く考えていなかったのだ。

しかし、少女の期待通り、召喚術は成功してしまった。

彼女が呼び出したのは、大人10人分はあろうかという、巨大な蛇の妖怪だった。

すぐに契約を結ぼうとする少女だったが、案の定と言うべきか、大蛇は静かに首を横に振った。

そして、大きく裂けた口を三日月に歪めて、少女にこう言った。


『身の程を知れ小娘。貴様なんぞ、我が糧となれるだけでも光栄だと知るが良い』


少女の顔から、さっと血の気が引いた。

確実に殺される、少女は本能的に、そう感じたという。

しかし彼女には、その死に抗う術はなかった。

後悔とともに、自分の愚かな行為に絶望したその瞬間だった。

どういう訳か、彼女が描いた召喚陣が、再び輝いたのだ。

そこから現れたのは、黒い髪に、肉食獣のような闘気を放つ、獣染みた一人の男だった。

その男は、腰に下げた太刀を引き抜くと、それを大蛇に付きつけてこう言った。


『テメェ……何、良い女泣かせてんだ?』


そして男は、自らに向かって大口を開け、禍々しい牙を剥いたその大蛇を一刀の下に斬り伏せた。

それは紛れもなく、少女が望んだ、強大な、揺るがぬ力の顕現に相違なかった。

男は刀についた血を払い、それを鞘に納めると、少女に駆け寄りその頭を優しく撫でて、笑みを浮かべた。


『安心しろ。もう大丈夫だからよ』


その笑顔に、少女は一目で恋に落ちた。

何としてでも、その男を自身のモノにしたい。

そう思った少女は、男に想いの丈を、自らが召喚陣を描いた理由を包み隠さず話した。

しかし、男は首を縦に振ることはなかった。

男にとって、自分以外の誰かの命で闘うことは、その矜持に対する、最大の反逆だったのだ。

少女は俯き、もう一度絶望を感じていた。

しかし次の瞬間、男は何を思ったのか、少女を抱き寄せると、彼女の耳元でこんなことを囁いたのだ。


『……お前のモノにはなってやれねぇが、お前を俺のモノにしてやることはできるぜ?』


今一度、少女は、それに抗う術を持たなかった。





それから数日が経ち、少女はあの一夜を、自分の夢だったのではないかと感じるようになっていた。

しかしながら、鮮烈残る、あの男の斬撃が、自分を抱き寄せた力強い腕の感触が、全てがその夜の出来事が、現実だったと思い知らせた。

そして、その一夜の出来事が、現実だったと決定付ける出来事が起こる。

少女はあの男の子を身籠っていたのだ。

周囲はその事実を訝しみ、少女に厳しく問い詰めた。

少女は止むに止まれず、全ての事情を両親に打ち明けた。

その事実に、少女の父は怒り狂い、母もまた、厳しく少女をなじった。

それでも少女は、愛しいあの男の子を産みたいと、この手で育てたいと、自らの意志を、最後まで貫いた。

そして1年の歳月が過ぎ、少女は子を産んだ。

狐の耳と尾を持った、元気な女の子だった。

イタコの家系であった少女にとって、その娘が持つ特徴は、一層娘を愛おしく感じさせた。

少女は母となり、その娘に『霧孤』と名付けた。

濃霧の中で出会った得体の知れぬ強い男、その男との間に授かった狐の娘という名を。

あれだけ出産に反対していた両親も、霧狐が狐の半妖であったこと、父譲りの強い魔力を有していたこと。

そして何より、霧狐の無垢さ、純粋さにほだされて、いつしか自らの孫として可愛がるようになっていたという。

特に祖母は、霧孤の母が子どものときよりも、幾ばくも優秀だと彼女を褒め、手ずから術を指南してくれた。

狐の半妖であった霧狐は、物心ついたころから火を操る術を得意とした。

それに目を付けた祖母は、より強力な火術を霧狐に授けようと、霧狐が6つになったある日、彼女を外に連れ出した。

しかしその祖母の好意が、悲劇を招いた。

今まで以上の魔力を引き出そうとした霧狐は、自らに流れる妖怪の血に負け、理性を失った。

霧狐は魔力を使い果たすまで暴れ、村の家屋という家屋を焼いた。

一尾だった霧狐の尾は、いつの間にか二尾に裂けていた。

魔力を使い果たした霧狐は、母と祖父の手によって、家に貼られた結界の中に寝かされた。

目を覚ました霧狐の耳に入って来たのは、喧々諤々と言い争う、母と祖父母、家を焼かれた村人たちの声だった。


『……妖怪なんぞと契るから、こんなことに……』

『……幸い怪我人は出なかったが、いつまた、このようなこと起こるか分からんぞ!?』

『……やはり産むべきではなかったのだ!!』

『……家を焼く霧狐の目は、とても人がするようなものじゃなかった!!』


あれだけ自分に優しくしてくれた祖母までもが、霧狐を強く罵っていた。

指一本すら動かせぬ程に封じられた状態で、霧狐は己が行ったらしい惨劇を耳にし、ただただ身を震わせた。

やがて、霧狐の祖父がこう言った。


『……已むを得ん。こうなっては、次にこのようなことが起こる前に、あの子を殺す外あるまい』


そうか、自分は悪いことをしたから、お祖父ちゃんに殺されるのか。

けど、殺されるって、死ぬって何?

死ぬって、痛いのかな?

痛いのは嫌だな……。

動くことの叶わない身体で、霧狐はぼんやりと、そんなことを考えていた。


『……ならばそのお役目、私に任せては頂けませんか?』


我が子の命を背負うのも、母の役目だと存じますと、震える声で霧狐の母は言った。

断腸の想いであっただろう彼女の言葉に、場にいた全ての人間が息を飲んだ。

霧狐は、それで母が救われるなら、それで良いと、安心して意識を失った。






それから一夜が明け、霧狐が目を覚ますと、そこは今まで見たことのない山の中だった。

自分が母の背に背負われていることに気が付いて、霧狐は母に尋ねた。

自分はあの村で、殺されるはずではなかったのか、と。

母は少し驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑みを浮かべて言った。


『大丈夫、キリはママが護るから』


それからは母と二人、転々と住まいを変えながら、自給自足の生活を続けた。

最初の3年目程は、村からの追手と、交戦することも何度かあった。

その最中、霧狐は何度か暴走することもあったが、母のおかげで、今まで人を殺めることはせずに済んだ。

泣きながら謝る霧狐に、母は同じように泣いて謝った。

自分に才能がなかったばかりに、霧狐に悲しい想いをさせてしまっている、と。

しかし、霧狐はそうは思わなかった。

自分は母のおかげで、今も生きていられる。

母のおかげで、辛くても、人の温かさを感じながら生きていられる。

母は自分にとって無二の、何物にも代えがたい、かけがえのない、大切な存在だった。

だからこれは、自分のせい。

妖怪の血を抑えられない、自分が招いている災害。

自分に、この血を抑える力があれば。

妖怪の血に負けない、精神力があれば。

もう母を悲しませずに済むのに……。

そんな想いを抱きながら、霧狐は村を出てからの6年間を過ごして来た。









霧狐の話を聞いた俺は、思わず息を殺していた。

それも当然だろう。

自分も大概酷い半生を送って来たと思っていたが、霧狐は自分より幼い頃から、過酷な道筋を歩んで来ていたのだから。

全てを話し終えて、霧狐は俯きながら、こう続けた。


「3年前にママが口寄せでパパを呼んで、キリにお兄ちゃんがいるって初めて知ったの」


恐らくその口寄せも、たまたま成功しただけのものだったのだろう。

その中で得られた、二人に残された数少ない希望が、俺の存在だったという訳だ。

それは血眼になって探しもする。


「けど、お兄ちゃんのいた村にキリたちが着いた時には、もうそこに何も残ってなくて、近くに住んでた呪術師さんにママが聞いたら、少し前に全滅したって言われて……」


その絶望に打ちひしがれながら、彼女たちは今まで、逃亡生活を続けて来たのだろう。

頼るものは、互いに母子しかいない状況で。

そこまで話して、俯いていた霧狐が、突然顔を上げた。

目には大粒の涙が滲んでいたが、その表情は、まるで死地で希望を見つけたかのような笑顔だった。


「……だから、お兄ちゃんが生きてるかもって知ったとき、キリはすごく嬉しかったよ」


自分と同じような宿命を背負った者が、この世界にまだいるという事実に。

しかし、彼女の喜びは、それだけが理由じゃなかったらしい。


「もしかしたら、お兄ちゃんなら、妖怪の血に負けない方法を知ってるかもしれない。それを教えてもらえたら、キリはもうママを悲しませなくて済むかもしれない」


そう思ってここまで来た、と霧狐は涙ながらに言った。

……そうか、そのために、危険を押して、麻帆良に侵入したのか。

これで、彼女が必要以上に他人を恐れる理由にも納得がいく。

幼い頃から、命を狙われ続けて来た彼女にとって、己と母意外に、味方の無い生活を送ってきた彼女にとって、見知らぬ者は全て敵に違いなかった。

だから、半妖である自分を否定せず、その存在を受け入れてくれた木乃香の優しさを喜び。

自分と同じ、半妖としての宿命を背負った刹那に、僅かばかり心を開いたのだろう。

そこまで考えて、俺はゆっくりと目を閉じた。

……やはりこの子は、学園長が危惧するような、そんな存在じゃない。

霧狐の過去を聞いた今、俺にはその確信があった。

ならば俺は、彼女の兄として、出来得る限りの、全てをしてやりたい。


『弟を守るんは、兄貴の役目や』


いつか、頼もしい笑顔とともにそう言った、兄の姿が脳裏をよぎった。

だからきっと、今俺が浮かべようとしている表情も、霧狐にとって、そう在って欲しい。

そんなことを願いながら、俺は霧狐に笑みを向けていた。


「……なら、これからしっかり自分のこと鍛えたらんとあかんな」

「え……?」


言葉の意味が分からなかったらしい。

霧狐は、目を白黒させて、不思議そうな声を上げた。


「妖怪の血に勝つには、強い精神力が必要なんやて。せやから、それを身に付けられるよう、俺が自分のこと鍛えたるわ」

「け、けどっ、キリはいつ追手に狙われるか分からないんだよっ?」


俺の提案が、一朝一夕で成り立たないことに気付いて、霧狐は慌ててそう尋ねた。

それはそうだろう。

だったらなおのこと、霧狐には……いや、霧狐の母親にも、麻帆良にいて貰った方が都合が良い。


「やったらなおさら、自分には俺の傍におってもらわんと困るな」

「ど、どうしてっ?」


もう一度、俺は力強く笑って、不安そうな顔をする霧狐に言った。


「―――――近くにおらんと、その追手から自分らを護られへんやろ?」

「っっ!?」


息を飲んだ霧狐が、ぽろぽろと大粒の涙を流した。

それは自分の命を危険に曝す行為だっていうのは、十分に理解している。

しかしそれは、俺が彼女を遠ざける理由になりはしない。

彼女が俺を頼って、俺との血の繋がりだけを信じてここまで来たというのなら、彼女はもう、俺にとって『大切な存在』だ。

俺が望んでいるのは、それを護るための力であり、それを護る生き方だ。

ならば甘んじて、その危険を俺は飲み込もう。

それが、霧狐と俺の絆になると、俺はそう信じていた。

霧狐の母親に関しては、学園長に頭を下げることにはなるだろうが。

それでも、麻帆良以上に安全な場所は日本にはないだろう。

そういう意味でも、霧狐が俺を頼ってくれたのは僥倖だったと言える。

可愛い顔をくしゃくしゃにして、霧狐は涙を流した。

溢れだした涙は、止まる事を知らず、彼女がそれを拭っても、次から次へと零れていった。


「へ、変だよっ……悲しくないのにっ……嬉しいのにっ、涙、止まんないよぅっ……」


嗚咽を零し続ける彼女の頭に、俺はそっと手を伸ばした。


「何や、霧狐は泣き虫さんやなぁ」


そんなんじゃ、いつまで経っても強くなれへんぞ、と冗談めかして言うと。

霧狐は溢れる涙をそのままに、嬉しそうにはにかんで、何度も何度も頷いた。


「ぐすっ……うんっ、キリ、強くなるよっ……ありがとう、お兄ちゃんっ……ありがとうっ……」


自分自身に誓うように、霧狐は何度もそう言った。

そんな彼女の様子が嬉しくて、俺はもう一度笑みを浮かべて、彼女の頭を撫でた。

彼女が泣き止むまで、ずっと。











霧狐が泣き止んでから、俺たちはしばらく他愛のない話をしていた。

といっても、霧狐の質問に俺が答えていただけだが。

それでも互いに違う時間を過ごして来た俺たちは、それだけのやり取りで、どこか本当の『兄妹』に近付けたような気がしていた。

嬉しそうに笑う霧狐の様子を見ていると、本当に心が温かくなる。

やはり、家族というものは良いな……。

久しく忘れていた感覚に、思わず頬が緩んでいた。


「ねぇ、お兄ちゃん。ずっと気になってたんだけど、その袋って何が入ってるの?」


不意に、霧狐が俺の持つ竹刀袋を指して言った。


「何でかな、ずっと懐かしい匂いがするの……」


不思議そうに首を傾げながら言う霧狐。

さすがは狗族の端くれ、鼻は相当に効くらしい。

まぁ、俺のことも匂いで見つけてた節があったしな。

本来はこんな公共の場で披露するような品じゃないんだが、まぁ本物とは思われないだろうし、出しても構わないかな?

そう思いながら、俺はおもむろに、影斬丸を竹刀袋から取り出した。


「それ……カタナ?」

「おう、銘……名前は影斬丸。俺が唯一親父から貰ったもんや」

「パパからっ!?」


親父という言葉に、霧狐はがばっ、と身を乗り出した。

さっきの霧狐の話を聞く限り、霧狐の母親は、親父に大分幻想を抱いてるみたいだったからな。

そんな母親から親父の話を聞いていた霧狐も、相当に親父のことが気になっているのだろう。

霧狐は目を爛々と輝かせて、黒い鞘に収まった影斬丸と俺の顔を交互に見ていた。


「え、えと……触っても平気かなっ?」

「ん? まぁ、構へんで。ただ危ないから抜いたらあかん」


それ以上に、影斬丸の魔力にあてられて、霧狐が暴走すると敵わないからな。

今はそれでも、俺の方が強いだろうが、さすがにこんな大勢人がいる前でそれをやるのは勘弁してほしい。

そんなことを考えながら、霧狐に影斬丸を手渡すと、彼女は恐る恐るそれを受け取って、すんすん、と可愛らしく鼻を鳴らした。


「……これ、パパの匂いだったんだ……だから懐かしかったんだね……」


そう呟いて、霧狐は愛おしむように、影斬丸を見つめた。

俺と違って、親父所縁の物を何も残されていない様子だし、彼女にとって、この刀は親父を知るための数少ない断片なのだろう。

そう思いながら、俺は刀を見つめる霧狐を、優しく笑みを浮かべて眺めていた。

そんなときだ。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


「うひゃあっ!?」


携帯がけたたましく遠吠えを上げた。

その音に驚いた霧狐が、慌てて影斬丸と落としそうになっていた。

おっかなびっくりという様子で、こちらをじっと見つめてくる。

そんな様子に苦笑いを浮かべて、俺は携帯の背面ディスプレイを覗いた。

表示は『麻帆良学園』となっていた。

恐らくは学園長だろう。

最後に連絡して2時間ばかりが経っているしな。

霧狐の母親と連絡がついたのかもしれない。

とはいえ、霧狐にその話を聞かせるのは気が引けるな。

スピーカから離れていても、彼女の耳だと、通話が聞き取れるだろうし。

自分が今の今まで疑われていたなんて、とてもじゃないが気分の良いものじゃないだろう。

俺は仕方なく、霧狐に謝りながら席を立ち、男子トイレまで駆けて行った。


「もしもし?」

『もしもし、中々繋がらんから手遅れだったかと思ったぞい』


その様子では、大丈夫そうだ、と学園長は、心底安堵したような様子でそう言った。

俺はその言葉の意味を図りかねて、学園長に尋ねた。


「どういうことや? 霧狐の母親と連絡が取れたんとちゃうんかい?」

『うむ、なかなか探すのに骨が折れたがのう。しかし、そのおかげでちょっとばかし厄介なことになってしもうた』


電話越し学園長の声は、今朝と同じ、切迫したというか、重々しい雰囲気を纏っていた。

俺も頭を完全に切り替えて、その言葉の続きを促す。


「厄介なことって、どういう意味や?」

『うむ……結論から言うと、霧狐君に黒の可能性が出て来た』

「なっ!? そんなバカな話しがあるかいっ!!!?」


俺は周囲の目も気にせず、電話越しの学園長に怒鳴っていた。

霧狐が黒だと? そんなバカなことがあって堪るか!?

母のために強くなりたいと、人の優しさに涙を流すような、そんな彼女が兄貴の片棒を担いてるなんて、そんなはずはない。

彼女の見せた表情が、俺に聞かせた話が全て演技だなんて、そんなこと信じたくはなかった。


『気持ちは分かるが、落ち着いてくれんか……本来初めに気が付くべきだったのじゃ、彼女がここに来たということは、何者かが君の存在を九条親子に示唆したはずじゃと』

「っっ!?」


学園長の言葉に、俺ははっとした。

そうだ……何で今までそれに思い至らなかった。

そもそも、霧狐みたいな子どもが、単身麻帆良に乗り込んで来るなんて、不可能に近いのに。

つまり彼女に俺の存在を伝え、麻帆良への侵入を手引きした第3者の存在があったはずだ。

学園長は相変わらずの調子で、話を続けた。


『母親の話じゃと、3日前に出会った旅の呪術師から、君の話を聞いたそうじゃ』

「3日前? ……おいジジィ、まさかその旅の呪術師いうんは……」


奴が姿を見せたのは1週間前、5日前ということは、皮肉にもちょうど計算が合う。

俺は最悪の想像をしながら、その呪術師が何者なのか学園長に尋ねた。

出来ることなら、俺の期待を裏切って欲しいと、そう願いながら。

しかし学園長が口にしたのは、無情にも、俺が最も忌避していた男の名だった。



『―――――呪術師はただ、半蔵、と名乗ったそうじゃ』



―――――ズドォォンッッ……



俺が息を飲んだのとほぼ同時、霧狐が待つ場所から、膨大な魔力と衝撃が感じられた。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 40時間目 甘言蜜語 ……なぁ? これって番外編扱いじゃねぇの!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/11/27 14:30



SIDE Kiriko......



誰かから電話が掛かってきて、お兄ちゃんはどこかに走って行っちゃった。

すぐ戻るって言ってたから、キリはここで待ってた方が良いよね?

キリは、パパの刀、影斬丸をぎゅって握りしめて、お兄ちゃんを待つことにした。

……やっぱり、麻帆良に来て良かったな。

お兄ちゃんは、キリが思ってたよりもずっと優しくて、思ってたよりずっと格好良かった。

ママから聞いてたパパも、きっとあんな感じだったのかな?


『―――――近くにおらんと、その追手から自分らを護られへんやろ?』


初めて会ったばかりのキリのことを、ちゃんと妹だって信じてくれて、キリだけじゃなくて、ママのことも護ってくれるって言ってくれた。

キリはお兄ちゃんがどれくらい強いのか知らなかったけど、きっとお兄ちゃんなら、キリたちをちゃんと護ってくれる。

理由は全然分かんなかったけど、不思議とそう思えた。

嬉しくて、嬉しくて、泣いちゃったキリの頭を、優しく撫でてくれたお兄ちゃんの手はとても温かかった。

木乃香にぎゅってされたときみたいに、胸がほわってなった。

それが嬉しくて、キリはまたたくさん泣いちゃったんだけど……。

お兄ちゃんに教えてもらえば、きっといつか、妖怪の血にも負けないくらい、強くなれるよね?

……ううん、強くならなきゃダメなんだ。

そうすれば、もう誰かを傷つけたりせずに済むもん。

ママのこと悲しませたりしないで済む。

だからお兄ちゃんに頼ってばっかりじゃなくて、キリはちゃんと、自分の意志で強くならなくちゃ。

そう思って、キリは影斬丸を握る手にもう少し力を込めた。


『……どうやら、上手く兄貴に会えたみたいやな?』

「っっ!? は、半蔵っ!?」


急に声を掛けられて、キリは周りをキョロキョロ見た。

けれどどこにも、半蔵は見つからなかった。

キリは耳に自信があるから、一度聞いた人の声なんて、聞き間違うはずないのに……。

そう思ってたら、半蔵はもう一度、キリに声を掛けてきた。


『ああ、近くにはおれへんよ。自分が麻帆良に入るときに、ちょっと細工しててん』

「そ、そうなんだ……これが念話っていう術なのかな?」


キリがびくびくしながら聞いたら、半蔵は楽しそうに、似たようなもの、って教えてくれた。

そうだ、半蔵にもちゃんとお礼言わないと……。

きっと半蔵がいなかったら、キリはここまで辿り着けなかった。

お兄ちゃんや、木乃香や刹那に会うことはなかったと思う。

だから、キリは心から、半蔵にお礼を言った。


「ありがとう。半蔵のおかげで、ちゃんとお兄ちゃんに会えたよ」

『いやいや、礼には及ばへんよ。どうせわいもここに用事があったさかい』

「用事?」


キリがそう聞いたら、半蔵は、大したことじゃない、って教えてくれなかった。


『それよか自分、今、親父さんの刀持っとるな?』

「え? う、うん、お兄ちゃんに貸してもらってるよ」


念話ってすごいね。

半蔵は近くにいないって言ってたのに、キリが何をしてるのか、見えるみたいなんだもん。

キリが返事をしたら、半蔵はそうか、って嬉しそうに返事をした。

どうして嬉しそうなんだろ? 何か良いことがあったのかな?


『―――――なぁ嬢ちゃん。せっかくや、その刀抜いてみぃ』

「えっ!? だ、ダメだよっ、お兄ちゃんに、危ないから抜いちゃダメって言われてるもん……」


半蔵に、慌ててキリはそう返事した。

けど本当は、さっきから影斬丸を抜いてみたくて仕方がなかった。

パパの刀が、どんな形で、どんな魔力を持ってるのか、見てみたかった。

きっと、すごくきれいなんだろうな……パパの刀は……。

だって、今までたくさんの……


―――――人と妖怪の血を、啜ってきたんだから。


―――――ドクンッ……


「っっ!?」


な、何、今の……!?

魔力も使ってないのに、胸の奥がざわざわする……。

……これは、何?


『何、ちょっと刀身を覗くだけや。すぐ鞘に戻してまえば、兄貴には分からへんよ』

「そ、そう、なのかな……?」


半蔵が言ったことに、ちょっとだけ心がぐらぐらした。

……や、やっぱりダメだよっ!!

だってお兄ちゃんが、危ないって言ってたもん!!

そりゃあ、パパの刀は見てみたいよ?

けど、ダメ……だって、少し怖いんだもん。

これを抜いちゃったら、きっとキリは、キリじゃなくなっちゃう。

そんな気がして、どうしようもなく怖い。


『良えんか? ここで抜かへんかったら、その刀はずっと、自分の兄貴のもんや。自分が使えることは、もうあれへんかもしれんで?』

「あ……」


そうだ。

これは、パパがお兄ちゃんに上げた刀なんだ。

キリにくれたものじゃない。

お兄ちゃんは危ないから抜いちゃダメだって言ってたから、もしかすると、キリはもうずっと、影斬丸を使うことが出来ないかもしれない。

これは、最後のチャンスかもしれないんだ……。

そう思った瞬間、ごくり、と喉が鳴った。

……少しだけなら、いいよね?

きっと今のキリみたいに、影斬丸の刀身は、妖怪の血を引いてる人なら、きっとみんな惹きつけられちゃう。

だって……


―――――幾千、幾万の戦を斬り抜いた、血濡れの刀なんだから。


もう頭の中には、お兄ちゃんの注意なんて、残ってなかった。

熱に浮かされたみたいに、キリはただ、その黒い鞘に手を掛けて、影斬丸を鞘から抜いた。


―――――ゴォッッ……


黒い魔力の風が、途端にキリのことを包み込む。

途端にキリの中に、強い魔力が流れ込んで来る……これって、お兄ちゃんの魔力かな?

すごい……これが、影斬丸の力なんだ……。

握ってた鞘は、いつの間にか、黒い風と一緒に消えちゃってた。


『……どうや? 自分の親父の刀は?』


刀を抜いたキリに、半蔵が楽しそうに……ううん、愉しそうに聞いた。

だからキリは、いつもとは違う笑い方で唇を歪めて、頷いた。


「うん、想像以上だったよ。これなら、何人追手が来たって……」


―――――きっと、全部一振りで殺せる。

それくらい、影斬丸から流れて来る魔力は大きかった。


『ははっ、そりゃあ重畳……しかし、そうなるとあれやな……試し斬り、したくあれへんか?』

「試し斬り? ……そうだね……」


半蔵の提案に、キリは少し考え込んだ。

試し切りじゃなくて、試し斬り……つまり斬るのは、物じゃなくて、生きてる人間。

そんなに都合良く追手が襲って来てくれるとは思えないし……試し斬りは無理なんじゃないかな?

そう思ったんだけど、半蔵は違ったみたい。

くつくつって喉を鳴らして、こんなことを言った。


『なぁに、斬る相手なんて、ここには仰山おるやないか』

「……無抵抗な人を斬るの?」


それは何か違う気がした。

刀を振って、上がる血飛沫が愉しいのは、相手が必死になってるから。

抵抗もしない人間を斬ったって、何も愉しくなんてない。

キリがそんなことを考えているのに気付いたのか、半蔵はうーんって唸って、こんなことを言い出した。


『なら、あの神鳴流の小娘ならどうや? 嬢ちゃんの兄貴と一緒におった、半妖の女や』

「半妖……刹那のこと?」

『あー……確か、そんな名前やったかな?』


半蔵に言われて、キリはまた少し考えた。

……刹那かぁ……お兄ちゃんと一緒に、剣術の稽古してたんだよね?

それなら、かなり強いのかな?

だって刹那も、妖の血に負けてないみたいだったし。

うん、それならきっと、愉しい闘いができ……。


『―――――よろしくお願いします、霧狐さん』


「―――――っっ!?」


急に、優しく手を差し伸べてくれた、刹那の笑顔を思い出した。

き、キリ、今何を考えてたの……!?

いつの間にか、影斬丸も抜いちゃってるし、いったいどうして!?

慌てて鞘を探したけど、影斬丸の鞘はどこにも見当たらなかった。

ど、どうしよう!? お、お兄ちゃんに抜いちゃダメって言われてたのに!!

そんな風に慌ててたら、また頭の中に直接、半蔵の声が響いてきた。


『ちょうど良えんとちゃうか? あの小娘がおらなんだら、きっと自分の兄貴は、もっと自分のこと見てくれるで?』

「え……?」


一瞬、半蔵が何を言ってるのか、キリには分からなかった。

けど、すぐに小娘が刹那のことだって気が付く。

……そう、なのかな?

刹那を殺したら、お兄ちゃんは、もっとキリのこと、可愛がってくれる?

……何だか、それは、とても魅力的なことだと思っちゃった。

それにやっぱり、刹那と闘うのはとっても愉しそうだったし……。

キリは結局、その誘惑には勝てそうになかった。


『くくっ……何やかんや言うても、やっぱ自分はあいつの妹やな。……小娘の居場所くらい、嬢ちゃんの鼻なら一発やろ?』

「うん、すぐに分かると思うよ」


どこかで見てる半蔵に、キリは笑顔で頷いた。

それに足の速さなら、きっとお兄ちゃんよりもずっと早い自信があった。

だってこの6年間、キリはずっと逃げ続けて生きてたんだから。

影斬丸から流れ込んで来る魔力と、それに呼ばれて、溢れそうになってる自分の魔力。

その両方を、キリは自分の足に込めた。

使うのは、前に追手の人が使ってた『縮地无疆』っていう技を、キリが改造した移動用の技。

だってあの技、移動距離が長いけど、小回りが利かなかったんだもん。

にぃ、って唇を歪めて、キリはその技を使った。


「歩法―――――舞姫」


―――――ズドォンッッ……


音を置き去りにするくらいの速さで、キリは刹那の匂いがする方へ飛び出した。

……待っててね、刹那。


―――――今までで、一番愉しい闘いをしようね?



SIDE Kiriko OUT......










SIDE Hanzo......



「思ったより強情な嬢ちゃんやったな」


学園結界の境界ギリギリにある森の中で、わいはそう一人ごちてた。

それでもまぁ、あっけないもんや。

ちょっとしたきっかけをくれてやったら、あっさり暴走してもうてたもんな。

前に近衛の小娘を殺りそこねたときに、小太郎の刀が狗族の魔力を引き出してたんは分かってたし。

上手いこと事が運んでくれて助かったわ。

しかしまぁ、ここで簡単に嬢ちゃんがやられてもうたら、話にならんのやけど……。


「神鳴流の小娘相手なら、心配いらへんな……」


小太郎と同しで、クソ甘いあの小娘のことや。

きっとあの子狐と小太郎のこと気にして、自分が殺されそうになっても、子狐を殺すことは出来ひんやろう。


「あの嬢ちゃんの尾が、せいぜい5尾くらいになるまでは保ってくれんとな……」


恐らく、それがあの嬢ちゃんの限界やろうからな。

一番厄介なんは、嬢ちゃんが覚醒しきる前に、小太郎や他の魔法使いどもが集まってまうことやけど……。


「気ぃは進まへんけど……保険は賭けた方が良えな……」


わいはポケットから、前回、酒呑童子を呼び出した符と同じものを3枚取り出した。

全体的な魔力量は、前の6割程やけど、撹乱に使うんなら十分やろう。

今回はこいつが主役とちゃうしな……。

反対側のポケットから、わいは酒呑童子のそれと同し造りやけど、全く異質の、そしてより強力な魔力を持った符を取り出し見つめた。


「……直に出番や……楽しみにしとれよ? 玉藻御前……」


くつくつと喉を鳴らして、わいは酒呑童子の符を出来るだけ離れた場所に放った。

さぁ、暴れろや酒呑童子……妖の姫が舞うんには、前座が必要やさかいな。


「さぁて……わいも嬢ちゃんとこに急がんとな……」


三日月の形に唇を歪めて、わいは嬢ちゃんが向かった場所へと向かった。



SIDE Hanzo OUT......









SIDE Sestuna......



小太郎さんと霧狐さんを見送ってから、私はお嬢様と連れだって、昼食を食べに出ていた。

食べ終わった後、お嬢様が霧狐さんに夕食を御馳走したいとおっしゃったため、今はその買い出しをしている。

両手いっぱいにスーパーの袋を抱えていながらも、私の表情はどうしても綻んでしまっていた。


「大丈夫? せっちゃん。重たない?」


心配そうに顔を覗きこんでくるお嬢様に、私は笑顔で頷いた。


「これくらい、何ということはありませんよ」

「あははっ、せっちゃん鍛えとるもんな?」


そう言って、お嬢様は楽しそうに笑われた。

……本当のことを言ってしまえば、少し小太郎さんが羨ましかった。

経緯は違えど、家族を失くしてしまった私には、小太郎さんの孤独が良く分かったから。

血の繋がった家族に会えることが、どれだけ幸せなことか、それも良く分かってしまったのだ。

しかし、そんな子ども染みた嫉妬も、お嬢様の様子を見ていると、途端にバカらしく思えてくるから不思議だ。

お嬢様はきっと心の底から、小太郎さんが霧狐さんに出会えたことを祝福しておられる。

彼が天涯孤独でなかったことに、純粋に喜びを感じていらっしゃる。

その優しさに触れてしまうと、自分がいかに幼稚だったか、思い知らされて恥ずかしい。

だから今日の晩は、たくさん霧狐さんと言葉を交わそう。

お嬢様が感じておられるその喜びを、少しでも分かち合えるように。

そして私も、心からお二人の出逢いを祝福できるように。


「コタ君とキリちゃん、今頃何しとるんかなぁ?」


不意に、お嬢様が首を傾げながらそんなことをおっしゃった。

もうあれから2時間以上が経っている。

昼食は食べ終えている頃だろうし、お互いの身の上話にでも花を咲かせているのではないだろうか。


「きっと今頃、楽しくお話してるに違いありませんよ」

「……そうやな。コタ君とおると、何や胸が温かくなるもんなぁ……」


少し頬を上気させて、お嬢様は空を仰がれた。

そんなお嬢様の様子を見て、私も小太郎さんの笑顔を思い出した。

少しだけ、顔が熱くなるのを感じた。


「……やっぱ、将を射るなら馬から言うし、ちゃんとキリちゃんとは仲良くならんとな!!」


ぐっ、と両拳を握りしめて、お嬢様は決意の表情でそうおっしゃった。

へにゃん、と私は両肩の力が抜けるのを感じた。

お、お嬢様……。


「も、もしや、この夕食の準備も、そのために……?」

「へ? もちろんそうやえ? そりゃあ、本気でキリちゃんに喜んで欲しいっていうんもあるけど……せっちゃんも、そのつもりでキリちゃん泊めたるんとちゃうん?」

「い、いえっ!! わ、私はそのようなことは、これっぽちも……」

「…………(じぃ~~~~っ)」


しどろもどろになった私を、お嬢様がきょとんとした表情で見つめられる。

うっ……お、お嬢様、やっぱりお可愛いらしくなられた。

そっ、そのように熱い視線を向けられて、わ、私はどうすればっ!?

……って、そ、そうではなく!!

……こ、これは白を切り続けるのは無理そうだ。

観念して、私はがくっと首を項垂れさせた。


「じ、実は、ほんの少し……」

「あはは、せっちゃんは正直さんやなぁ」


にぱっ、とお嬢様は嬉しそうに微笑まれた。

うぅっ……あ、あの尋問は反則なのでは……?

そんなことを思いながら、私は思わず涙に暮れるのだった。


「さぁて、ほんなら早く帰って、夕食の準備頑張らんとなっ!!」


そう気を取り直すようにおっしゃったお嬢様に、私も気持ちを切り替えると、笑顔で頷いた。

そんな時だった……。


―――――ドクンッ


「? これは……魔力?」


世界樹の広場の方角から、急速に迫って来る魔力を感じて、私は瞬時に頭を切り替えた。

こんな白昼の堂々と襲撃?

……まさか、そんなバカげたこと、しようとする輩の気が知れない。

これまでの経緯を考えれば、襲撃者の正体は、小太郎さんの兄上である可能性が高かったが。

前回のことを考えると、それこそ真正面から、私ごときに感知されるような方法で突っ込んでくるとは思えなかった。


「せっちゃん? どうかした?」


急に足を止めた私を訝しく思われたのだろう、お嬢様が不思議そうな顔でそうお聞きになる。

……どうする? 仮に迫って来る魔力が敵のものだったとして、お嬢様を一人で逃がすのは危険だろう。

とは言え、本当に小太郎さんの兄上であった場合、前回の酒呑童子然り、私一人では到底お嬢様を護りきれるとは思えなかった。

……いや、その考えは間違っている。

小太郎さんなら、きっとこんなとき、例え到底敵わないような相手であっても、お嬢様を護りきって見せるだろう。

自分に持てる全ての力を賭して。

……その覚悟は当然、私にもある。

その誓いを立てて、私は麻帆良に来たのだ。

ならば臆せず、この刀一振りで、お嬢様を護って見せるのみ。

私は大きく息を吸って、現状をお嬢様に言った。


「落ち着いて聞いてください……敵が、迫っているやもしれません」

「てき? ……それって……ここで夏休みみたいな闘いになってまうってこと!?」


私の言葉に、お嬢様はそんな悲痛な声を上げられた。

人一倍お優しいお方だ、無理もない。

顔から血の気を引かせていくお嬢様に頷いて、私はこれからの方針を話した。


「敵の狙いは分かりません……前回のようにお嬢様を狙った襲撃という可能性も有ります」

「そ、そんな……誰かが怪我してまうかも知れへんなんて、ウチ嫌やっ!!」


そう、前回の襲撃時は、小太郎さんが魔力切れを起こしたのみで、奇跡的に死傷者は出なかった。

しかし、一歩間違えば、未曾有の大惨事だったのも事実。

今回も上手く事が運ぶとは限らなかった。

私はスーパーの袋を地面に起き、お嬢様の肩を掴んだ。


「落ち着いてくださいお嬢様……私も小太郎さんも、それに他の魔法使いの方々も、そう簡単にやられはしません」

「あ……う、うん。……せやんな、皆のこと信じるって、こないだんときに決めたんやった」


ようやく、お嬢様は少し落ち着いた様子で、笑みを浮かべて下さった。

……本当に、お強いお方だ。

私も見習わないとな、なんて思いながら、お嬢様に応えるように私も笑みを浮かべた。


「ともかく、ここから移動しましょう。一般の方を巻き込んでしまう恐れも有りますから」

「そうやね……けど、どこに逃げるん?」


お嬢様の言葉に、私は思考を巡らせた。

安全面を考えれば、学園長室に向かうのが上策だろう。

しかし、敵の速度は尋常ではない。

最悪、移動中に背後から襲撃を受ける危険もある。

確かこの先には、共同グラウンドがあったはずだ。

もしものときは人払いの結界を張り、そこで迎え撃つしかないだろう。

私はかいつまんで、その考えをお嬢様に伝えた。


「けど、どないして移動するん? コタ君がおらへんから、あの黒いどこ●もドアみたいなんは使えへんのやろ?」

「はい。ですので、自分の足で移動することになりますね。……失礼致します、お嬢様」

「え? ひ、ひあっ!?」


お嬢様の返事も聞かず、私はその華奢な体を軽々持ち上げていた。

……あ、柔らかい……それに、さっき洗ったばかりだから、髪の良い香りが……って!!

ちゃうやろウチっ!? しっかりせな!!

私は首をぶんぶんと振って、邪念を追い払った。

敵はすぐそこまで迫っている。

最早一刻の猶予もなかった。

私は両の足に気を集中させると、グラウンドの方角へと、一気に跳躍した。


「……くっ、これでも距離が縮まるのかっ!?」


人目に曝されるリスクを負って、瞬動術を使ったというのに、敵との距離は現状維持どころか、ぐんぐんと縮まっていた。

やはり、学園長室には辿り着けそうにない……。

私は歯噛みしながら、スカートのポケットから、人払いの符を取り出し放った。

せめて、グラウンドまでは辿り着かないとっ!!

そう思いながら、私は2度目の跳躍を行った。

グラウンドまでは……最低でも、後3回は跳躍が必要か……。

私は駆ける足を止めることなく、2枚目の符を放った。

その瞬間、近づいてくる敵の速度が、更に早まった。

マズイッ!? 捕捉されたっ!!!?

もしこのまま攻撃を受けたら、お嬢様を庇えたとしても、そのまま戦闘の続行は不可能だ。

急がないとっ……!!

先程よりも気の密度を増して、私は3度目の跳躍を踏む。

しかし、もう既に、敵との距離は殆どなかった。

……考えている暇はないっ!!

4度目の跳躍を諦め、私は足を止めて、お嬢様と敵の間に身を躍らせると、残りの符を全て放った。

ここまで追って来たということは、やはり狙いはお嬢様か……。

袋を投げ捨て、夕凪を鞘から抜き放つ。

最悪、この翼をを曝してでも、お嬢様を護り抜いて見せる。

そう覚悟を決めた、次の瞬間……。


―――――トンッ……


その速度に見合わない、とても軽い音とともに、その『敵』は私の前に舞い降りた。

……いや、『敵だと思っていた者』と言った方が正しいか。

何せ、その姿を目にした瞬間、私はおろか、お嬢様までもが目を剥き、息を飲んだのだから。


「あれぇ? もう鬼ごっこは終わりで良いの?」


場に似つかわしくない、無邪気な調子で、彼女はそう言った。

どうして……!?

何故、彼女が、こんなところにいるっ!!!?

余りの事態に思考が付いてこない。

いったい、何が起こっているというんだ……。

そんな私の気持ちを代弁するように、お嬢様が震える声で、その名を口にされた。


「キリ、ちゃん……?」


そう……私の前に立つ少女は、紛れもなく、先程別れたばかりの少女。

小太郎さんの、腹違いの妹、九条 霧狐さんに相違なかった。

何故? どうして? そんな言葉ばかりが、頭のなかでぐるぐると渦巻く。

しかし次の瞬間、私は強制的に、思考を切り替えざるを得なかった。


―――――チャキッ……


「っっ!?」


霧狐さんは、どういう訳か右手に握っていた刀を、私たちに向かって突き出していた。

それに、今の悪寒は……紛れもない、殺意。


「どういうことですか霧狐さん!? 何故私たちに刃を向けるのですっ!?」


彼女の真意を図りかねて、私は思わず叫んでいた。

しかし、それを意に介したようすもなく、霧狐さんは、およそ先程の少女と同一人物とは思えない酷薄な笑みを浮かべて言った。


「さぁ? なんだったかな? そんなの忘れちゃったよ」

「っっ!?」


その返答に言葉を失う。

本当に、この少女は霧狐さんなのか?

纏う雰囲気も、禍々しい魔力も、まるで別人のそれじゃないか!!

言葉は無用とばかりに、霧狐さんの纏う黒い風が、紅蓮の炎へとその姿を変えた。

……闘うしか、ないのか!?

酷薄な笑みを浮かべたまま、霧狐さんは口ずさむように、こう告げた。



「――――――――――さぁ刹那……愉しく闘ろう?」





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 41時間目 暗中模索 刹那の活躍に全俺が泣いた(主人公的な意味で)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/12/01 20:01


春休みに浮かれる学園都市を、俺は必死に駆け抜けていた。

学園長との通話を切った後、席に戻った俺を待っていたのは、余りに変わり果てた、カフェの惨状だったのだから。

俺たちが座っていた席に、既に霧狐の姿はなく。

恐らく縮地无疆を使用したと思しき破砕痕と、俺の竹刀袋、そして彼女の荷物だけが残されていた。

衝撃の余波で、周囲のテーブルや椅子もぐちゃぐちゃに飛ばされていたが、幸いにもランチタイムを過ぎていたおかげか、怪我人は出ていなかった。

あの場にいた人間で、あんな惨状を起こせる人間は一人しかいない。

俺は目下、彼女の匂いを追っていた。

しかし……。


「どんだけ、スピード速いねんっ……!?」


俺の足でも、まるで追い付ける気がしなかった。

しかも最悪なのは、影斬丸が持ち逃げされてしまっていること。

刀の力に頼り切っているつもりはないが、それでも、あの刀が俺の大きな戦力になっているのは疑いようのない事実だ。

最近では、魔力の発散という意味合いも込めて、影斬丸に待機させている魔力量は、通常時から狗音影装4体分相当。

ノータイムで狗音斬響系の技が使えるようにしていたのだが……今回はそれが災いした。

恐らく刀を抜いた霧狐は、自分にフィードバックされた影斬丸の魔力によって暴走状態に陥っている。

少し話しただけだが、彼女の性格からすると、俺の言いつけを破ってまで、影斬丸を抜くとは考え難い。

つまり何者かが、彼女を言葉巧みにそそのかしたということ……。

そして今回の件で、そんなことをする性根が腐った野郎に、俺は1つ心当たりがある。


「……あのクソ兄貴、ホンマに碌なことせぇへんなっ!!」


こう言う姑息な真似を思いつくのは、あいつくらいしかいない。

しかも、毎度毎度人の命が掛かってる非常事態を引き起こしやがって!!

しかしながら、おかげで今回霧狐が学園に侵入出来た訳と、九尾の狐に関して、少しだけ見えて来た。

まず霧狐が学園に侵入出来たのは、学園長の推察通り兄貴の手引きがあったから。

そして、九尾の狐のこと。

恐らく、兄貴はまだ九尾を復活させることが出来ていない。

いや、復活そのものは出来ているが、戦闘に耐え得る強度がないのかもしれない。

その根拠が、兄貴の霧狐に対する執着だ。

いつものあいつなら、人の裏を書いても、その後の攻撃手段は、直接的かつ致命的なものが多い。

その奴が、わざわざ霧狐をけしかけて来たのには、間違いなく理由がある。

恐らくは、九尾を復活させる依代に、霧狐を使おうとしてるのだろう。

……ふざけやがって、人の命を、心を何だと思ってやがる!?

いつだってそうだが、今回はそれに輪を掛けて、あいつの思い通りにしてやる訳にはいかない。

ようやく出会えた俺の家族を、二度もあいつに奪われてたまるか!!

走る脚に更に力を込めようとした、その瞬間だった。



―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!



「っっ!? この雄叫びは……!?」


聞き覚えのある、しかし二度とは聞きたくなかった咆哮を轟かせ、その大鬼は、砂埃を舞い上げながら俺の目の前に降り立った。

土煙の中心で、相変わらずの巨体を誇るその鬼神は、紛れもなく半年前に相見えた伝説の妖怪、酒呑童子に相違なかった。

兄貴の奴、こんなものの予備まで用意してやがったか……。

魔力は前回のものに比べて6割程度と、全体的な防御力、攻撃力は共に低下してるだろう。

しかしながら、それを補って余りある巨躯と出力は如何ともしがたい。

影斬丸無しで相手をするには、少々手に余る相手だ。

……こんな台詞実際に言う日が来るとは思ってなかったけど。


「……万事休すか?」


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


吐き捨てるような俺の呟きに、呼応するかのように大鬼が再び咆哮した。










SIDE Setsuna......


―――――ガキィンッ……


「くっ……!?」


迫り来る斬撃を、夕凪の鎬を持って、ぎりぎりのところでいなす。

しかし霧孤さんは身を翻し、すぐさま次の斬撃へと転身した。


「はぁあっ!!!!」


―――――ガキィンッ……


再び互いの得物が交叉し、赤い火花が飛び散る。

3合目を避けるために、私は大きく飛び退いていた。


「っっ、止めて下さい霧狐さん!! 私には、あなたと争う理由がありません!!!!」


心の底から、そう叫ぶ。

どうしてこうなってしまったのか、霧孤さんからは、先ほどまでの怯えは、無邪気さは微塵も感じられない。

交叉させた得物から伝わってくるのは、ただただ禍々しい灼熱の殺意ばかりだった。

私の言葉に、霧孤さんは先ほど同様、およそ彼女には似つかわしくない笑みを浮かべて構えを解いた。


「そんなこと言ってると、本当にすぐ終わっちゃうよ? それじゃキリもつまんない……キリは、本気の刹那と闘いたいだけなんだから」


彼女を覆う、紅蓮の炎が、その密度を増した。

同時に膨れ上がる魔力。

これは……先ほどの斬撃とは桁が違うっ!?

下手をすると、お嬢様までも巻き込んでしまう。

咄嗟に、私はお嬢様の下へと駆け出していた。


「これは本気で受けないと、さすがに怪我じゃ済まないよ? ……影斬丸で使うのは初めてだけど、お兄ちゃんの刀だもん」


失敗するわけがないよね、と自答して、彼女は太刀を大上段に構える。

その切っ先に彼女を覆っていた炎が収束していった。

瞬間、彼女は恐ろしい速度で私に肉薄した。

……迅いっ!? これでは、結界は間に合わないっ!!

寸でのところで避けた霧孤さんの剣先から、灼熱の焔が迸った。


「―――――我流炎術、曼珠沙華!!」


痛烈な閃光とが網膜を焼き、響き渡る爆音が鼓膜を貫く。

紅にそまる視界の中、私は必死にお嬢様の体を抱き寄せていた。


SIDE Setsuna OUT......









SIDE Kiriko......



石と土が焼ける匂いが立ち上る。

ちょっとやり過ぎちゃったかな?

やっぱりまだ加減が難しいなぁ……こんな簡単に終わらせるつもりはなかったんだけど。

本当なら、影斬丸の刀身で、きちんと刹那を斬るつもりだったのに……刹那ってば、全然本気を出してくれないんだもん。

しょうがないなぁ……これだけ騒いでたら、きっと誰かが来るだろうし、もういっそ、試し斬りはその人たち相手でも……。

そう思った瞬間だった。


「あれ? ……ふぅん、やっと本気になってくれたみたいだね?」


爆発で舞いあがった砂埃の中から感じるのは、ぴりぴりと肌を焼くような、熱い闘気。

あの爆発の中で無事だったなんて、さすがお兄ちゃんの幼馴染。

嬉しくって、キリは思わず笑みを浮かべてた。

晴れていく砂埃の真ん中には、自分と木乃香を覆うように、真っ白な羽を広げた刹那の姿があった。


「……お怪我は有りませんか? お嬢様」

「……う、うん。せっちゃんこそ、怪我してへん?」


刹那は翼の中で、木乃香にそんな風な声を掛けてる。

まだ人の心配する余裕があるなんて……許せないなぁ。

今は、キリのことだけ見てくれなきゃ。

そう思って、もう一度影斬丸に魔力を集中させようとしたら、急に刹那が、木乃香を庇うようにして、キリの方に向き直った。


「……霧狐さん、私は先程、あなたと闘う理由はないと言いましたが、撤回します」


きっ、て目を細めて、刹那が握ってた大きな刀を、初めてキリに向かって構えた。

ぱんぱんに膨れ上がってた闘気が、全部キリに向かってきて、思わずぞくぞくしちゃった。

……やっぱり、闘いはこうじゃなきゃ!!


「お嬢様を傷つけると言うのなら、誰であろうと、この私が許しませんっ!!」


刹那の白い羽が、大きく広がった。

まるで、キリから木乃香を隠すみたいに。


「―――――神鳴流剣士、桜咲 刹那……推して参る!!」


それに答えるみたいに、もう一度、狐火を刀に集めて、キリは叫んでた。


「おいで刹那……今度こそ、全力でっ!!」


どちらともなく、キリたちは、お互いに向かって、刀を振り抜いた。



SIDE Kiriko OUT










―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


相変わらず巨体に似合わねぇスピードだなオイッ!?

振り抜かれる酒呑童子の金棒を、ギリギリのところで回避する。

武器がデカい分、一発撃った後の隙もデカい。

俺は両手に、狗神を集中させた。


「狗音っ……爆砕拳!!」


衝撃に酒呑童子がたたらを踏んだが、まるで堪えている様子はなかった。

ちっ……やっぱり、狗音影装級の魔力じゃないきゃびくともしないか。

とはいえ、こいつが出て来たってことは、今回も兄貴が後ろで糸を引いてるのは間違いない。

今日使える狗音影装は残り8回。

出来ることなら、魔力の消費は最小限に抑えたかったのだが、已むを得ない。

それに先程から、女子校エリア側で、二つの魔力が激しく衝突を開始している。

片方は間違いなく影斬丸……否、霧狐の魔力で間違いない。

となれば、迎え撃っているのは、恐らく……。

俺にとってはここで悪戯に時間を消費して、最悪の事態を招く方がよっぽど恐ろしかった。


『……ありがとう、お兄ちゃんっ……ありがとうっ……』


あの笑顔を、俺を慕ってくれた可愛い妹を、こんなところで喪ってたまるものかっ!!

狗音影装を纏おうと、俺は狗神を収束させようとした。

その瞬間だった。


「ガァァァアアアアアアッ!!!!」


―――――ドカァッ……


―――――グゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!


「何やっ!?」


体勢を
立て直した酒呑童子が、何者かに体当たりされてごろごろと転がっていく。

今の鳴き声は、まさか……。

酒呑童子を吹き飛ばした影は、その巨躯に似合わぬ軽やかさで、俺の隣へと着地した。


「ばうっ!!」

「チビっ!? 自分、良ぉ俺のピンチに気付いたな!?」


当然だ、とばかりに、チビはふんっ、と鼻息を鳴らした。

……こいつめ、普段からバカみたいに魔力を持っていくだけのことはあるじゃないか。

大方、俺と繋がってるレイラインのおかげで、俺が戦闘中だと言うことに気が付いたのだろう。

大した忠犬ぶりに、思わず泣いてしまいそうだ。

しかし助かった。チビがいるなら、幾分魔力の消費は抑えられる。

いつでも飛びかかれるよう、体勢低くするチビとともに、俺は怒りを露わにする酒呑童子に向き直った。

金棒を杖代わりに、ゆっくりと立ち上がろうとする酒呑童子。

しかし、もう一度奴は立ち上がることを阻まれる。

何故なら……。


―――――ここに、この麻帆良で最強に類される男が光臨したのだから。



「―――――七条大槍無音拳」



―――――ドゴォォォンンッッ……



「うぉわっ!?」


直上から降り注いだ破格の衝撃に、離れた場所にいた俺までも吹き飛ばされそうになる。

それを為した本人は、いたっていつも通り、何事もなかったかのように、アスファルトにめり込む酒呑童子の傍らに降り立った。


「やれやれ……麻帆良の中で、こんな無茶な技を使うことになるとはね」

「タカミチっ!?」


いつも通りの穏やかな笑みを浮かべてそう言ったのは、間違いなくタカミチだった。

……そうか、いつも出張でいないもんだから、今回もてっきりいないものと思ってたぜ。

しかし、彼がいるなら、これほど心強いものはない。

俺は彼に、ここを頼もうとしたが、先に彼の方からこう言われてしまった。


「さぁ小太郎君、ここは僕に任せて、君は妹さんのところへ行きなさい」

「お!? お、おう……な、何や、てっきりこっちの方を任せられるかと思ってたんに……」


驚いて目を白黒させる俺に、タカミチはにっと歯を覗かせて笑い掛けた。


「学園長から話は聞いていたからね。それに、人探しは君の領分だ……必ず妹さんを助けてあげるんだよ?」

「はっ!! 言われるまでもないわ!!」


俺は力強い笑みを浮かべて、踵を返した。

向かうのは女子校エリア。

先程から、魔力が衝突している共有グラウンド周辺だ。

両足に魔力を込めて、俺は大きく跳躍した。










SIDE Takamichi......



女子校エリアへと跳んでいった小太郎君を見送って、僕は傍らに寄って来たチビ君に視線を移した。


「小太郎君について行かなくて良かったのかい?」

「ばうっ」


僕の問い掛けに、チビ君は彼なら大丈夫だ、とばかりに短く吠えた。

ふふっ、中々の忠犬っぷりだね……。

……しかし、小太郎君、しくじるなよ?

かつての僕のように、君がこれ以上の痛みを背負う必要などない。

否が応にでも、妹さんを救って見せるんだ……なんて願うのは、少し過剰な期待だろうか?

……さて、人の心配ばかりしてる場合じゃないだろうね。


「……あれを喰らって、なお立ち上がれるなんて……」


さすがは、伝説上最強とされる鬼。

その伝承に違わぬ屈強さだ。

残り2体の討伐に向かった神多羅木君や刀子君も、これは手こずっているだろうね。

……となると、早い所片づけて、合流した方がいいかな?

既に戦闘態勢で、牙を剥き、低く唸り声を上げるチビ君に習って、僕も最初から全力で相手をするとしよう。

これまで幾度となくそうしてきたように、僕は自身を空にして、その両手を虚空へと広げた。


「―――――左手に魔力、右手に気を」


そして伽藍堂になった自身へと、その二つの力の奔流を流し込む。

反発する力を融合させ、巨大な力へと昇華させるために。


「―――――融合!!」


そしてその瞬間、僕は自身の持てる全ての力を引き出した。

かつて師に教えを請い、数年を費やした、血の滲むような研鑽の末に得たこの力を。

……今度こそ、大切な人たちを傷つけまいと得た力。

そしてその願いの通り、僕は今度こそ、大切な友たちを、生徒を護り抜いて見せる。


「さぁ、余り時間も無い……最初から全力だよ」

「ばうっ!!」


そう呟いて、僕とチビ君は、仁王立ちする大鬼へと肉薄した。



SIDE Takamichi OUT......










SIDE Setsuna......



数合の剣戟を交えながら、私は霧狐さんをお嬢様から離れたグラウンドまで誘導していた。

そしてそれに気付く様子もなく、霧狐さんは凄惨な笑みを湛えたまま、私を追撃した。

やはり狙いはお嬢様ではないのか……しかし、彼女の豹変ぶりは一体……。

彼女は浮遊術が使えないらしく、それを逆手に取って、私は高高度でそんなことを考えていた。

しかし、そんな私の思惑を嘲笑うように、彼女はこんな言葉を私に投げかけた。


「これだけ離れたら、安心して闘えるよね?」

「なっ!? ……私の狙いに、気付いていたのですか!?」


ならば、どうして安易に誘いへと乗ったのだろうか?

そう尋ねる前に、彼女は笑みを浮かべたまま、こう言った。


「言ったでしょ? キリはただ、全力の刹那と闘ってみたいだけなんだって」

「…………」


迷いなく言い放った霧狐さんに、思わずっ言葉を失う私。

しかしなるほど、これで彼女の豹変に得心がいった。

恐らく彼女は、自らに流れる妖の血に……。

しかしながら、彼女の言い様を思い出して、私は思わず笑みを浮かべていた。

そう、その言い様はまるで……。


『―――――全力で来い、刹那……せやないと、勝つんは間違いなく、この俺やっ!!』


彼女の兄、そのものではないか。

……よりにもよって、そんなところで似なくても良いだろうに。

しかし、彼女を正気に戻すには、それしかないだろう。

八相の構えを取り、私は刀に纏う気を高めていった。


「……良いでしょう。ならば我が全力の剣で、お相手致します!!」


上空から、私は一直線に、霧狐さんへと滑空する。

その勢いすらを味方に付けて、私は剣を振り抜いた。


「神鳴流奥義―――――斬岩剣!!」

「我流炎術―――――管丁字!!」



―――――ガキィンッッ



私の一閃を、霧狐さんは先程の爆発と同程度の魔力を、刀に集中させた斬撃を持って受け止めた。

打ち合っただけで、大気すら焦がす灼熱の炎、その熱波が比喩ではなく肌を焼く。

堪らず、私は刃を返して距離を再び広げた。


「凄いね……さっきとは速さも威力も全然違う……やっぱり、こうじゃないと愉しくないよねっ!!」


そう叫んで、霧狐さんは、再び私へと跳躍する。

恐ろしく迅い彼女の瞬動は、気による脚力の強化のみならず、足元で小規模な爆発を起こすことでその速度を増していた。

咄嗟に上空へと身を交わし、私はその斬撃を避けた。

まさか、妖怪化した私と互角以上の速度だなんて……。


「……本当にあなたたちは……兄妹揃って、私を驚かせてくれる!!」


今度は私が、笑みとともにそう叫び、身を翻した遠心力のまま、夕凪を振り抜いた。


―――――ガキィンッ


「きゃっ!?」


それを鎬で受け止めた霧狐さんは、衝撃を殺し切れず、数歩たたらを踏んだ。

思っていた通り、力では私に分があった。

そして、彼女を無力化する好機は、今を置いて他にはない!!

私は夕凪の柄を返し、その頭を持って、彼女の腹部を打とうと羽ばたいた。

……少し痛むかも知れませんが今は……御免っ!!!!

そして、柄が彼女の腹を捉えようとしたその時。


『―――――血の繋ごうてる家族に会えた訳やしな』


「っっ!?」


―――――ピタッ……


脳裏に、嬉しそうにはにかんだ小太郎さんの姿がよぎり、私は思わずその手を止めていた。

そして当然、霧狐さんがその機を逃す訳もなく……。


「っっ!? ……えぇいっ!!!!」

「しまったっ!?」


―――――ガキィンッッ……ザッ……


大きく弾かれた夕凪は、空で数転した後、私のはるか後方へと突き刺さっていた。

喉元に、灼熱を帯びた霧狐さんの刀、彼女の言葉が真実なら、これは小太郎さんの影斬丸なのだろう、それが突き付けられる。

状況は完全に投了していた。

……くっ、未熟!!

何故あそこで手を止めたのだ!?

最初から、命を奪うつもりなどなかったのに……それでもなお、彼女を傷つけることを拒んだのはやはり……。

彼女が、彼にとって大切な存在になり得る。その事実に気付いてしまったから。

その彼女を傷つけることで、彼に嫌われたくないと願ってしまった……これは私の愚かさが招いた結果だ……。


―――――チャキッ……


霧狐さんが、刀を握り直す気配が、空気越しに伝わる。

……くっ、無様な。

申し訳ございません、小太郎さん、お嬢様。

刹那は、ここまでのようです。

僅かばかり引き戻された刀が、この喉を貫くのは一瞬だろう。

私は自らの未熟と、もうお嬢様を護れないという自らの運命を呪いながら、ぎゅっと、両目を閉ざす。



――――――――――ヒュッ……



風を切る、小さな太刀音が、静かに大気を揺らした。



SIDE Setsuna OUT......









SIDE Kiriko......



一瞬で刹那の喉を焼き切れたはずだった影斬丸を、キリは勢い良く下に振り抜いてた。

もちろん、そこに刹那の身体は無くて、影斬丸の刀身は、ただ空気を薙いだだけだった。


「……何故、止めを刺さないのです?」


ぎゅっと目を閉じてた刹那が、不思議そうにキリにそう聞いた。

……キリが聞きたいくらいだよ。

さっきまで、持て余すくらいに溢れてた、誰かを斬りたいって気持ちは、嘘みたいになくなってた。

それに、それを言うなら刹那だって……。


「先に攻撃を止めたのは刹那だよ……どうして? あのままなら、勝つのは絶対に刹那だったのに……」


刹那が振り抜こうとしてた刀の柄は、間違いなくキリのお腹に当たるはずだったのに、刹那は当たる瞬間に、その手を止めてた。

そんなことをすれば、自分がどうなるか、分かってたはずなのに。

……何これ? ……嫌だ、もやもやする……まるで、キリがキリじゃなくなってくみたい。

キリは、そのもやもやを誤魔化すみたいに、きっ、て刹那のことを睨みつけた。

刹那はそんなキリの視線を真正面から受け止めて、困ったみたいに、目を細めた。


「……私にもどうしてか……正直に言ってしまえば、嫌われたくなかったんです」

「……嫌われる? 誰に?」


言ってる意味が分からなくて、キリはもう一度刹那に聞いた。

今度は真っ直ぐキリのことを見て、刹那は言った。


「小太郎さんに……そして霧狐さん、あなたにも」

「お兄ちゃんと、キリに……?」


どうして?

お兄ちゃんに嫌われる?

だってお兄ちゃんは、刹那に勝てば褒めてくれるんじゃなかったの?

それに、キリにもって……キリは刹那のこと殺すつもりだったんだよ?

分かんない……分かんないよ……。

頭の中でもやもやが、広がってく。

それがどうしようもなく怖くて、キリは思わず、後ずさってた。


「訳分かんないよっ!? キリは刹那のこと殺そうとしたのにっ!! 何で嫌われたくないなんて思うのっ!?」

「それは、霧狐さんの本心ではないでしょう?」

「っっ!?」


……なん、で?

キリは本気で、刹那のこと殺そうって、殺したいって思ってた。

それが、キリの本心じゃない?

そんなことないっ……キリは刹那を、もっとたくさんの人たちをっ……。


「……もう、傷つけたくなんて、ない……」


絞り出したみたいに出た言葉に、キリは自分で驚いた。

そう、だ……キリは、もう誰も傷つけたくなくて、その方法を知りたくて、麻帆良に来たんだ。

なのにどうして、こんなこと……?

刹那を殺そうなんて、思っちゃったの?

キリは、また……。


―――――カシャンッ……


気が付いた瞬間、キリは思わず、影斬丸を取り落としてた。

ふらふらって、膝から地面に崩れ落ちる。

それと一緒に、ぽろぽろって、涙が溢れて来てきた。


「……ごめっ……なさっ……ごめんっ、なさいっ……」


どうして良いのか分からなくて、キリは何回も、何回も、震える声で謝ってた。

袖で涙を何回拭いても、次から次に涙は零れてく。

謝って済むことじゃないのに、許されて良いことじゃないのに、キリには謝るくらいしか出来なかった。


―――――ふわっ……


「っっ!? ……せつ、な……?」


急に、刹那が優しく、キリのことをぎゅってしてくれた。

どうして? さっきまで、キリは刹那のこと、殺そうとしてたんだよ?

刹那だけじゃない、刹那が護ってくれなかったら、きっと木乃香のことも、キリは殺しちゃってた。

……だからキリには、刹那に優しくして貰う資格なんて、ない。

そう思って、逃げ出そうとしたら、刹那はもっと強く、キリのことをぎゅってした。


「……もう良いんです。霧狐さん、あなたのせいじゃない……」

「ち、違うよっ!! キリが……お兄ちゃんの約束破ったから、だからっ!!」

「一歩間違えば、私もあなたのようになる可能性がありました」

「っっ!?」


キリの耳元で、刹那は優しい声で、そう言った。

そうだ、刹那も半妖だったんだ……だけど、刹那は妖怪の力を使ったって暴走してなかった。

だからやっぱりこれは、キリのせい。

キリが弱いから、妖怪の力に勝てないから、刹那と木乃香を危険な目に遭わせちゃった。

やっぱり、キリには優しくして貰える権利なんてっ……。


「かつての私も、今の霧狐さんのように、誰かに優しくして貰える権利なんてない……そう思っていました」

「……う、そ? だって、刹那は……」

「私の羽をご覧になったでしょう? 私は烏族、黒い翼を持つ妖怪……故に白い翼は、禍いを呼ぶと、忌み嫌われていました」

「そ、それって……」


キリと、おんなじだ……。

人を傷つけるから、殺しちゃうかもしれないから、そうやって、村を追い出されちゃったキリと、凄く似てた。

刹那はもう一度、キリの事を強くぎゅってして、優しい声で続けてくれた。


「そんな私には、誰かに優しくされる資格なんてない。そう思っていた私に、小太郎さんと木乃香お嬢様……このちゃんは側にいて欲しいと言ってくれたんです」

「お兄ちゃんと、木乃香が……?」


顔は見えなかったけど、刹那が笑ってるのが、何となく伝わって来た。


「……お二人に、私はとても救われました。……だから、今度は私が、あなたを救う番です」

「刹那……」


キリの肩をぎゅって掴んで、今度は顔が見えるように、刹那は少しだけ離れた。

刹那の手から、すごくやさしい温もりが伝わって来て、それだけで、キリはまた涙が止まらなくなってた。


「優しくされる権利なんて、必要ないんです。優しくされたなら、その分、その人たちに優しさで返せば良い」

「優しさで、返す……?」


うわ言みたいに繰り返したキリに、刹那は嬉しそうに笑って頷いてくれた。


「あなたに妖怪の血を抑える強さがないのなら、あなたがその強さを手に入れるまで、私と小太郎さんが、その力をお貸しします」

「……で、でもっ!! それじゃまた、キリは刹那たちの事をっ!!」

「見くびらないでください。今回のように遅れをとることなんて、そう何度も有りません」

「だけどっ!!」

「小太郎さんだって、きっと同じことを言いますよ?」

「っっ!? お兄ちゃんも……?」


もう一度、刹那は頷いた。

そして今度は、さっきよりもずっと優しく、キリのことをぎゅってしてくれる。

ぽろぽろって、また涙が止まらなくなった。


「……だからもう、自分を責めないでください。あなたの弱さは、あなた一人で背負わなくて良い……」

「……ぐすっ……良い、のかな? ……キリは、誰かに、優しくして貰っても……刹那に、お兄ちゃんに頼っても……良いのかな……?」


また、刹那の腕に少しだけ力がこもった。


「……当然でしょう? あなたが小太郎さんの家族なら、私にとってももう、大切な仲間です」

「っっ!? ……刹那っ!! 刹那ぁっ!!!!」


キリは初めて、自分から刹那のことをぎゅってした。

本当に? 本当にキリは、誰かに優しくして貰って良いの?

刹那が言ったことが、まだ信じられなくて、そんなことをずっと考えてたけど、今はただ、ぎゅってしてくれる刹那の温もりに甘えたい。

そう思って、キリは何度も何度も刹那の名前を呼んで、その身体を抱き締めてた。


「……大丈夫です。私はここに居ますから」

「……うん……うんっ!! ……ありがとうっ、刹那っ……」


かすれた声でお礼を言ったキリの髪を、刹那は優しく撫でてくれた。

いつもママがしてくれるみたいに、優しく、温かく。

すごく安心する……そんな温もりに、ずっと身を委ねてたい。

自分がやったことも忘れて、そんなことを思ってしまった罰だったのかな。

その瞬間、苛立ったような雰囲気で、その声は響いた。




「――――――――――茶番は、もうその辺で良えやろ?」





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 42時間目 不倶戴天 ようやく出番!!……って、刹那と扱いが違い過ぎるだろっ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:3cbc67de
Date: 2010/12/01 19:59



SIDE Setsna......



「全くとんだ見込み違いやったわ……いや、この場合、そっちの神鳴流の嬢ちゃんを見くびってたっちゅんが正解か……」


突如現れたその男は、面白く無さそうにそう吐き捨てた。

……一体何者だこの男は?

それに、この男に声を掛けられただけで感じた、あの悪寒に似た胸のざわつきは……?

この男は危険だ。

剣士として鍛えて来た私の勘が、そう警鐘を鳴らしていた。

私の腕の中で嗚咽を零していた霧狐さんが、右側から歩み寄って来る男を見て息を飲んだ。


「は、半蔵!? どうしてここにっ!?」

「半蔵? ……では、あなたが小太郎さんの!?」


霧狐さんが口にした名は、紛れもなく半年前に麻帆良を襲撃した人物と同じもの。

つまり、この男が近衛の呪術師たちを次々に襲撃し、お嬢様のお命を狙い、そして今回九尾の復活目論んでいるという、小太郎さんの宿敵。


「……犬上、半蔵……」


私がその名を口にした瞬間、まるでつまらなそうだった男の目に、ぎらぎらとした憎悪の炎が宿った。


「犬上、な……胸糞悪い。そんな家名はとうの昔、あの村を焼いたあの日に捨てとるわ」


半蔵の言葉に、霧狐さんの小さな肩がびくっ、と震えた。


「あの村を焼いたって……もしかして、お兄ちゃんのいた村を全滅させたのって……」


震える声で、そう言った霧狐さんに、半蔵はにやりと唇を歪めて答えた。


「お察しの通り、小太郎の村を焼き、あいつの母親を殺したんは、このわいや」

「っっ!!!?」


霧狐さんが、驚愕に目を剥く。

この反応ということは、やはり霧狐さんは何も知らずに、踊らされていたということだろう。

恐怖と驚愕に言葉を失った霧狐さんに変わって、今度は私が、半蔵に尋ねていた。


「今回は何が狙いだ? お嬢様と小太郎さんを狙う貴様が、何故霧狐さんを暴走させた?」


殺気を込めた視線で睨みつけても、半蔵はそれをそよ風ほどにも感じていないのか、相変わらず嘲笑とも取れる笑みを浮かべていた。


「教えたる義理はあれへんけど……まぁ良えやろ。わいが九尾の復活を狙うとるんはもう知っとるな? ……つまりは、そういうことや」

「九尾の復活……っ!? まさかっ、霧狐さんを依代にするつもりかっ!!!?」


すうっと、半蔵の目が細められる……つまりそれは、私の言葉を肯定しているのと同義だ。

なるほど、その為に霧狐さんをそそのかし、魔力を引き出すために暴走させたのか。

器となる人間のそもそもの出力が低ければ、注ぎ込まれた魔力に耐えられず、器は壊れてしまう。

反吐が出るが、理に適った話だ。

しかし……。


「……させると思うか?」

「いんや。嬢ちゃんの性格は、前回来たときに分かってるさかい、そんなに甘いとは思ってへんよ。けどな……」


瞬間、半蔵の姿が揺らいだ。


「……詰めは甘かったな」


突如、私の懐に姿を現す半蔵。

マズイ、とそう感じた瞬間には全てが遅く、私は腹部に強力な蹴りを受けて吹き飛ばされていた。

ごろごろと、土の上を10m程転がり、ようやく私の体は止まった。

胃がひっくり返ったような吐き気がするが、歯を食いしばってそれを堪える。


「か、はっ……!?」

「刹那ぁっ!!!?」


霧狐さんの悲痛な声が耳に届くが、すぐには立ち上がれそうになかった。

顔だけを上げて、どうにか半蔵の姿を視界に捉える。

……抜かった!! 前回の戦略から、完全に後衛型の呪術師だとばかり思っていた。

その実、蹴りの一発で私を無力化出来るほどの実力を持っていたなんて……。

歯を食いしばって四肢を奮い立たせる私に、半蔵は感心したように声を上げた。


「へぇ……殺してまおうと思てんけどな。さすが、小太郎と言い半妖いうんは頑丈にできとるな」

「ぐっ……貴様っ!!!!」


それでも立ち上がれずに、私の膝はがくがくと笑う。

それを良いことに、半蔵は傍らに座りこんだ霧狐さんの腕を無理やりに掴み上げた。


「ひっ、酷いよ半蔵!? どうしてこんなことするのっ!?」


必死で半蔵を振りほどこうと、霧狐さんが暴れる

半蔵が小さく舌打ちして、一枚の符を取り出すと、それは一瞬で鋼鉄の鎖へと姿を変え、霧狐さんの体を十重二十重に拘束してしまった。


「ぎゃーぎゃーやかましい子狐やな。大体この状況は、全部自分の弱さが生み出したもんや。つまり全部自分のせい。その責任を人に押し付けるんとちゃうわ」

「っっ!?」


半蔵の言葉に、霧狐さんがもう一度息を飲んだ。

そしてその黒目がちな瞳に、再び大粒の涙が浮かび上がる。


「だ、ダメです霧狐さんっ!! そんな男の言葉に、耳を貸してはいけないっ!!」


息をするだけで、ずきずきと痛む腹。

しかし、その痛みを忘れて、私は霧狐さんにそう叫んでいた。

半蔵の細い双眸がこちらを射抜くように睨んだが、そんなこと知ったことか。

私はもう一度、自らの双翼を広げ、痛む身体に鞭打って立ち上がった。

腹を抑え、荒い呼吸を無理やりに飲み込み、私は茫然とする霧狐さんに構わず呼びかける。


「くっ……この状況を生み出したのは、あなたじゃないっ!! 全ては、その男の姦計です!!」

「ほぉ、言うてくれるな神鳴流。弱さは罪やないとでも?」


私の言葉に、半蔵は先程犬上姓を呼んだときと同様、憎悪のこもった視線をぶつけて問い掛ける。

それに臆せずに、私は正面から、半蔵を睨み返した。


「当たり前だ……!! 弱さが罪だと言うのなら、全ての人間は罪人。しかしそれを受け容れ、前へ進もうと足掻くなら、それは弱さでも、罪でもないっ!!」


そして、例え自らはそれに気が付かなくても、教え諭してくれる仲間がいるなら、人は前に進める。

だから、弱さは罪なんかじゃない。

かつて自分がそうだったように、人は自らの過ちに気付き進めるはず。

ならば罪とは、その歩みを奪おうとする人間にこそある。


「詭弁やな。なら、足掻く機会さえ与えられへんかった人間はどないすれば良え? 自分は何もしてへんって、神にでも訴えるんか?」

「例え全てを失ったとしても、その人間が希望を捨てない限り、いつかきっと差し伸べられる光があるはずだっ!!」


かつて一族から離反した私を、長が拾ってくれたように。

人の温もりを知らぬ私に、お嬢様がその優しさを教えてくれたように。

自らの弱さと向き合う強さを、小太郎さんが自らの生き様で示したくれたように。

救いは、前へと進み続ける全ての人間に、平等に与えられる筈だ。

しかし半蔵は、そんな私の想いを嘲笑うかのように、ふん、と小さく鼻で笑った。


「……なるほど、ならわいもその道を貫くことにするわ。もっとも……わいの見つけた『光』いうんは、自分らにとっての悪に違いあれへんけどな」

「……何が言いたい?」


半蔵は、ズボンのポケットから一枚の黒符を取り出し哂った。


「神鳴流……自分は、思てたより幸福に愛されとったらしい」

「……そうだな。そしてその幸福を知るからこそ、それを知らぬ霧狐さんを、むざむざ貴様にくれてやる訳にはいかない!!」


夕凪を拾っている暇はない。

無手で勝てる相手とは思えなかったが、今は躊躇してる時でもない。

神鳴流は得物を選ばず。

お嬢様を護りたいと、そして大切な仲間たちを護れる強さが欲しいと願った時点で、この身は既に、一振りの刃金。

ならば、この身一つであろうとも、たった一人の少女すら救えずにどうすると言うのだ!!

ぐっ、と私は姿勢を低くし、その両足に気を集めた。


「それは絶望を知らん人間の理屈やな……良えやろう。こっから先の展開は、甘ちゃんな自分らへ、わいからのプレゼントや」


半蔵が、黒符を握った右腕を、高々と掲げる。


「―――――させるものかっ!!!!」


瞬間、私は弾かれるように、双翼をはためかせていた。


「やから自分は甘ちゃんなんやっ!!!!」


同時に、半蔵の左手から、数十の符が放たれる。

それをかわし、或いは気を纏った手掌で打ち落とし、私はついに半蔵を、自らの間合いに捉えた。

小太郎さんには申し訳ないが……その首、ここで私が貰い受ける!!


「神鳴流奥義―――――斬空掌!!!!」


気を集中させた右の手刀を、神速を持って半蔵へと突き出す。

貰った、そう私が確信した瞬間、急に私の身体は、後方へと強い力で引っ張られた。


「ぐっっ!? な、何がっ!?」


慌てて後方を確認すると、そこには、地面に張り付いた一枚の符と、そこから私の足へと伸びた、鋼鉄の鎖があった。

まさか……先程放った大量の符はこのために!?

私がどの符を避け、どの符を叩き落とすかも計算に入れていたというのか!?

ぎりっ、と音が鳴るほどに歯を噛み締めて、私は半蔵に向き直る。

奇襲は封じられたが、この程度の拘束、神鳴流の技を持ってすれば、大した脅威ではない。

私は敵の首を打ちぬかんとしていた右手を自らの足を縛る鎖へと振り下ろそうとした。

しかし……。


―――――ジャラジャラジャラッ……


「っっ!!!?」


更に伸びて来た十数本の鎖によって、その動きを封じられてしまった。

バカなっ!? あの一瞬で!?

これは……最初の鎖に気が付かなかった時点で、私の負けだったとでも言うのか!?

その想像を裏付けるかのように、半蔵は薄く笑った。


「自分はその特等席で、この嬢ちゃんが生まれ変わるんを見物してると良えわ……」


そして今度こそ、半蔵が右手に持つ黒符を霧狐さんへと振りかざす。

拘束された霧狐さんが、抜け出そうと必死でもがくが、ジャラジャラと鎖が音を立てるばかりだった。


「くぅっ……!! や、ヤダっ!! キリはもう、誰も傷つけたくなんかないよぉっ!!!!」

「安心しぃ。これから暴れるんは自分やない。烱然九尾……妖の姫君、白面金毛九尾の狐や」


唇をいやらしく釣り上げて、半蔵はその腕を振り下ろした。


「や……止めろぉぉぉぉぉおっっ!!!!」


それを止めようと、必死で鎖を引くが、びくともしなかった。

もう、ダメなのか……!?

そう思った瞬間だった。


―――――ザワッ……


「狗音斬響―――――影槍牢獄」


半蔵の影大きく広がり、そこから数百の黒い槍が、奴を穿たんと突き出された。


「なっ!? ちぃっ!!」


それを避けるために、半蔵は舌打ちとともに、その場から大きく飛び退く。

それでもなお、奴を追った槍を、彼は更に数枚の護符を放ち、全て薙ぎ払った。

そう……霧狐さんを、その場に置いて。


―――――ザッ……


拘束された霧狐さんの傍らに、良く見知った黒い影が降り立つ。

怒りに表情を歪ませながら、彼は雄々しく、力強い声で咆哮した。



「―――――覚悟は良えかクソ兄貴……今日という今日は、その喉喰い千切ったる!!!!」



SIDE Setsuna OUT......










霧狐を拘束する鎖を、俺は狗神を纏った拳で全て砕いた。

……どうやら、間一髪間に合ったか。

先程の黒い符が、恐らく九尾を封じたものなのだろう。

霧狐の純粋な気持ちを弄びやがって……さすがに、俺の頭も沸騰寸前だった。


「……思てたより来るんが早かったな? 酒呑童子に足止めさせといたはずやけど……」

「それなら今頃、タカミチら魔法先生にフルボッコにされとるはずや……言うた筈やで? 麻帆良の底力、舐めるんとちゃうわ」


普段飄々としている兄貴が、珍しくその表情を悔しさに歪めた。

俺は兄貴から視線を外すことなく、刹那を拘束している鎖にも気を放って破壊した。


「お、お兄ちゃんっ……」


心配そうに俺に声を掛けた霧狐を背に隠して、俺はいつでも奴に攻撃できるよう体勢を整える。

そして彼女を振り返ることなく、俺は出来る限り優しい声で告げた。


「自分は下がっときぃ……あいつは、俺の獲物や」

「……うん。お兄ちゃん、ゴメンね、キリのせいで……」

「謝るんは後にし。刹那と一緒に、こっから出来るだけ離れるんや」


俺がそう言うと、霧狐はそれに小さく答えて、おずおずと駆け出して行った。


「……刹那、霧狐のこと頼んだで?」

「承知しました。……御武運を!!」


刹那の返事とともに、二人分の足音がグランドから離れて行く。

さて……これで後はこのクソ野郎を倒してしまいさすれば万事解決だ。

6年越しの因縁、今日こそ断ち切る!!

兄貴を睨む両目を、俺は強く見開いた。


「本気でわいと闘り合う気かいな? 刀もあれへん自分が、わいに勝てるとでも?」


そう言って、兄貴が掲げたのは、鞘に収まった影斬丸だった。

いつの間に……。


「手癖まで最悪になっとるみたいやな? 刀があれへんでも、自分を殺さん理由にはなれへん。それに、そいつは自分には抜けへんしな」


影斬丸は狗族の血を引く者にしか抜くことはできない。

つまり、あれが奴の手に渡ったところで、大した脅威にはなり得ない。

そう、思っていた。


「……確かに、俺には抜けへん。けどな、九尾の狐なら、話はちゃうで?」

「何? ……まさか、自分っ!?」


俺が驚愕に目を剥いた瞬間だった。

クソ兄貴は、有ろうことか先程の黒符を、自身の右手に張り付けた。

金色の業火が広がり、奴の右袖を焼き払う。

露わになった兄貴の右手には、深紅のタントラが幾列にも渡って刻まれていた。

……恐らく、あれは右手以上を侵食されないための封印式。

最初から、この状況も想定してたって訳か!?

ゆっくりと兄貴の右手が、影斬丸の鞘に掛けられた。


「―――――光栄やろ? 親父の牙に掛かって死ねるやなんてな!!」


そう叫び、兄貴は影斬丸を鞘から抜き放った。


―――――ゴォォォオオオッ……


金蘭の炎が、兄貴の身体を包み込むように燃え盛る。

にやり、と兄貴が唇を釣り上げて言った。


「依代としての適性があれへんわいやと、引き出せる魔力はせいぜい4割……せやけど、自分を殺すんには十分やろ?」


オイオイオイ!? 狗音影装4、5体分の魔力放ってて、それが4割だとっ!?

何両目見開いて寝言言ってんだ!?

……なんて、それが冗談じゃないことくらい、俺にだって分かる。

こんな魔力が霧狐に注がれていたらと思うと、ぞっとするな。

もっとも、クソ兄貴はまだ諦めてくれてはいない様子だが……。


「そう長くは抑えられへんからな……さっさと自分を殺して、あの嬢ちゃんを追わせて貰うで?」

「はっ!! そない簡単に、ここを通すと思てんのか?」


俺は無詠唱で影精を喚び、それを束ねて一振りの剣と化すと、兄貴に突き付けて言った。

絶対にここから先へは通さない。

奴の右腕を斬り飛ばして、影斬丸を取り戻す。

そう誓って、俺は影の剣を強く握った。


「良え度胸や……こうして自分と闘うんは5年振りやな……わいを落胆させてくれるなや?」

「そっちこそ……俺は手加減なんて器用な真似、出来ひんからな?」


ふっ、と俺たちは互いに小さく笑った。

元よりこれは命を賭した勝負。

敵の実力なんて、知るところではなく、加減なんて以ての外。

なればそう問いかけたことに、もはや意味などなく、それはただの挨拶に過ぎない。

小さく息を吸い、俺たちは互いに吠えた。



「―――――行くで小太郎? ……金色の業火に抱かれて、母の下へ逝けっ!!!!」


「―――――こっちの台詞や。 ……自分の業に焼かれて、地獄に堕ちろっ!!!!」



―――――――――ガキィィンンッッ……



引き寄せられるようにして、俺たちは互いの刃を交えていた。

5年越しの因縁、それをそれぞれが望む形で清算するために……。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 43時間目 悪漢無頼 最悪の状況ってのは、起こるべくして起こるんだよな……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:b360ff24
Date: 2010/12/03 12:04



金襴の劫火と漆黒の千影が際限なく交叉する。

打ち合うたびに、互いの剣速はその鋭さを増し、敵を切り裂かんと振るわれた。


―――――ガキィンッ


俺の振るう影の刃が、乾いた音を立てて砕け散った。

やはり、九尾なんて規格外の魔力を纏った影斬丸相手だと、数合で限界か。

俺の操影術がカゲタロウ程の域に達しているとは思っていなかったが、それでも九尾との間にここまでの差があるなんて。

それに、兄貴の体術との間にも、大きな隔たりがあると見て間違いない。

……忘れてたな。俺に体術の基礎を叩きこんだのは、このクソ兄貴だったってことを。

一端距離を取り、俺はもう一度、しかし先程より多くの影精を収束させようとする。

しかし、そんな隙を、兄貴が見逃すはずもない。

すぐに振り抜いた影斬丸を引き戻し、俺へ向かって瞬動術を持って駆け出してきた。


「……けどな、それくらいは予想済みやっ!!!!」


俺は待機させていた影の矢を、全て解放し、向かってくる兄貴に向けて放った。


「魔法の射手、影の199矢!!!!」

「っっ!? 西洋魔法っ!? ちぃっ……!!!!」


兄貴は舌打ちして、動きを止めると、金の焔を纏った影斬丸を、大きく逆袈裟に一薙ぎした。

その一閃で、俺が放った漆黒の矢は全て叩き落されてしまう。

本当に洒落になってない。

ただの魔力を込めた一閃がこれだ、数合とは言え、打ち合えたことをむしろ褒めて欲しいくらいだ。

再び手の内に顕現した黒い刃を握りしめて、今度は俺から、兄貴に向かって駆け出していた。


―――――ガキィンッ


影の刃を、兄貴は真っ向から影斬丸をして受け止めていた。

どうやら、バカみたいな魔力に、さすがのクソ兄貴も振り回されてるらしいな。

大きな魔力を使う技は、そう連発して出せないと見える。

ならば……俺の勝機は十分にある!!


「ここらが年貢の納め時やで、兄貴!!」

「はっ!! クソガキが、調子に乗るんとちゃうわ!!」


―――――キィンッ……


「くっ!?」


鍔迫り合いの状態から、兄貴は強大な魔力によるブーストを利用して、力任せに俺を押し切った。

瞬間、自由になった左手で、印を結ぶ。

兄貴のポケットから、十数枚の符が姿を現した。

これは……まさかっ!?


「鉄鎖鋼縛陣!!」


兄貴の呼び声に応えるように、放たれた符が鋼鉄の鎖へと姿を変える。

やはり、先ほど刹那たちを拘束してた術かっ!!

これを喰らう訳にはいかない。

俺は、とっさに影の刃を自らの影に突き立て、叫んだ。


「影槍牢獄!!」


刹那に現れる千の影槍。

その全てが、俺を捕えんと迫る鎖を悉く打ち砕く。

しかし、兄貴の性格上、本気で俺を捕えるために、この術を使ったとは考えにくい。

これはあくまで布石……ならば、その狙いはただ一つ!!


「……上かっ!!」


とっさに上空を仰ぐと、そこには、金襴の炎を纏いながら、俺へと刀を振り下ろそうと迫る兄貴の姿があった。

回避は間に合わない……仕方がない。影斬丸なしでいけるかは微妙だが、迷ってる暇すらないのも事実。

俺は右手を点に突き上げて、声高に叫んでいた。


「狗尾(イヌノオ)!!」


瞬間、俺の目の前に現れる、黒い狗神の障壁。

その完成と同時に、大気すら焼き斬る程の熱を持って、兄貴の斬撃が叩きつけられた。


―――――ズドォォンンッ……


「ぐぅっっ……!!」

「ちぃっ!!」


酒呑童子のそれと、遜色のない威力が俺を襲う。

きれいに均されていたグラウンドの土が、圧力に押し上げられて、放射状に盛り上がっていた。

障壁に阻まれた兄貴が、空中で身を翻し、俺の正面5m程の距離に着地した。


「……しばらく見らんうちに、随分と器用になったやんけ?」


燃え盛る黄金の炎を挟んで、兄貴が俺に賛辞の言葉を投げ掛ける。

それに違和感を覚えて、俺は思わず押し黙った。

……何故、攻撃の手を止めた?

魔力も体術も、俺を上回っているのなら、こんなところで、手を緩める必要はないはずだ。

それとも、何か別の狙いがあるのか?

わざわざ必要のない会話を交わす理由……以前の俺たちのように時間稼ぎ?

いや、援軍の用意があるのなら、初めから単独で霧狐を狙いに来りはしないだろう。

兄貴はそんな分の悪い勝負をする男じゃない。

なら、何だ?

他に考えられる可能性なんて……。

まさか!?


「……九尾の浸食が、思ったよりも早かったみたいやな?」

「…………」


俺の問い掛けに、今度は兄貴が押し黙った。

つまりはそういうこと。

考えなしに大技を使い過ぎたツケが回ってきたのだろう。

恐らく、九尾の魔力が奴の右腕を食い潰しつつある。

兄貴はもう、先ほどのような高威力の技は放てない。

だからこそ、兄貴は不要な会話を持ちかけて、俺の不意を突こうとした。

相変わらず、良く頭の回る男だ。

しかし……。


「残念やったな? ……あんたの下らん復讐劇も、ここで幕引きや」


俺の言葉に、兄貴の眉がピクリと跳ねた。

まるで、俺の放った言葉が、心外だとでも言うように。


「下らんやと? ……やったら、同じ理由でわいと闘う自分は何やねん?」


あくまでいつも通りの口調で、兄貴は俺に再度そう問い掛けた。

もっとも、その口調には、推し量ることの出来ないような、憎悪が感じられる。

感情を露わにすることなど、殆どない兄貴が今、明確な怒りを俺にぶつけていた。


「……確かに、俺はあんたを憎んどる。けどな、俺が自分と闘うんは復讐ばっかのためやない。自分の蛮行から、大事な仲間を護るためや」


力を掴もうとしたきっかけは、確かに奴の言う通り、復讐心によるものだった。

母を奪ったこの男を、俺を裏切った兄貴を、心の底から許せない、必ずこの手で殺してやると、俺は確かにそう誓った。

しかし俺は、長に拾われ、刹那と出会い、麻帆良に来て多くの人間の心にふれあった。

そして一年前に、あの狗族の男と対峙した時、俺は思い出したのだ。

自分が何を望み、何のために闘おうと、どうやって二度目の生を歩もうと誓ったのかを。


「……自分みたいに他人を傷つけてまで目的を果たそうとする奴を、俺は放っておくわけにいかへん。それにな……」


思い出すのは、あの森の中でともに過ごした日々。

何不自由なくとは言わなかったものの、それでも温かく、とても穏やかだった幼い日の思い出。

その中で、兄貴が言ったあの言葉。


『―――――弟を守るんは、兄貴の役目や』


「―――――兄貴の業を背負うんは、弟である俺の役目や」


俺は真っ直ぐに兄貴の目を見据え、そう宣言した。

兄貴の目が、驚いたように見開かれる。

やがて兄貴は、静かに目を伏せて、唇だけで笑った。


「……好き勝手言うてくれるわ。自分と道を違えた人間を、悪だと断罪出来るほど、人間は高尚な生き物とちゃうで?」

「百も承知や。それでもな、自分のやってきたことは、誰かが清算せなあかん」


会話はここまでとばかりに、俺は再び影の太刀を握る。

今度は影精ではなく、狗音影装をして、その刃を作り上げた。


「その役を自分が買って出る、と? ……自惚れるなや小太郎、この業は、そんな浅いもんとちゃう」


兄貴はその言葉とともに、伏せていた顔を上げた。

その相貌に宿っていたのは、先ほどの憎悪の光ではなく、明確な決意の輝きだった。

まるで、この状況を打破する秘策があると、そう言わんばかりの。

だから俺は、それをなおも打ち崩さんと覚悟を決めた。

刻み付けるように、雄々しく笑みを浮かべる。


「……今度こそ、決着(けり)つけようやないか」


俺のその言葉に、兄貴はいつものような嘲笑ではなく、俺のそれに似たような、雄々しい笑みを浮かべて言った。


「……悪いけどな、自分の覚悟に付き合うてやる暇はない。良ぉ目見開いて見とけ、これが……」


兄貴は右手に握っていた影斬丸を逆手に持ち替えると、そのまま地面へと突き刺し叫んだ。


「―――――自分が下らん言うた、復讐心の為せる業(わざ)やっ!!!!」


刹那、強大な魔力が、土の中を爆走し始める。

バカなっ!? そんなことをしたら自分の右腕がっ!?

……否、覚悟を決めた漢にとって、そんなことは些末なことか。

ならばこの一撃、防いで見せず、どうするという!!

刃の形に収めた狗音影装を、俺は今一度、円状の障壁へと変えた。


「爆ぜろ豪炎―――――炮烙の刑」


瞬間、俺のすぐ正面の地面から、金襴の火柱が舞い上がった。


―――――ズドォォンンッッ……


「ぐおっ!?」


今までにない衝撃が、狗尾を貫こうと襲い掛かる。

防ぎきれなかった炎が、俺の衣服や肌を焼くが、それに構う暇などない。

押し切られれば、俺は跡形もなく蒸発する。

しかし俺は、こんなところで死ぬわけにはいかない。

約束したからな、霧狐を鍛えてやると。

だから俺は……この一撃、必ず防ぎ切り、兄貴を斬り伏せて見せる!!


「――――――う、おぉぉぉおおおおおおおお!!!!」


突き出した右腕と、反対の左腕に、俺はもう一体分の狗音影装を集中させた。

こっちも、影斬丸なしにやるのは初めてだったが、狗尾が上手くいったのだ、しくじる道理はなく、しくじる訳にもいかない。

ともすれば押し潰されそうな衝撃に、俺はぎりっ、と歯噛みして、力強く咆哮した。


「―――――狗音斬響っ、黒狼絶牙ぁっっ!!!!」


漆黒の暴風が、俺を焼き尽くさんと迫っていた黄金の炎を貫いて行く。

わずかの間をおいて、大量の砂埃が舞った。

……どうにか凌いだか?

しかし気を抜くのは早い。

この土煙でも、兄貴なら十分に奇襲を仕掛けてくる可能性がある。

だがそれは、同時に俺が奴を迎え撃つ最大のチャンスとも言える。

黒狼絶牙の反動で、左腕はしばらく使い物になりそうになかったが、残った右腕でやるしかない。

俺は再び影精の刃を握って、兄が仕掛けてくるのを待ち構えた。

しかし……。


「……何や? 何で仕掛けて来ぃひん……?」


一向に、兄貴が仕掛けて来る気配はない。

そしてその攻撃のないままに、ゆっくりと土煙が晴れていった。

そこに待っていた光景に、俺は思わず息を飲むこととなる。


「……やられた!!」


そこには既に兄貴の姿はなく、残っていたのは、地面に穿たれた大穴と、立ち上る硝煙だけだった。

野郎、最初からこのつもりで!?

このままじゃ、霧狐が危ない!!

俺は弾かれたように、霧狐たちが駆けていった方角へと走り出した。

……頼む、どうか間に合ってくれ!!










SIDE Setsuna......



「……ええ、女子校エリアの共有グラウンドで……はい、小太郎さんが」


私は霧狐さんの手を引いて、学園長室へと向かう傍ら、学園長と連絡を取っていた。

目的は、小太郎さんへの援軍の要請と、霧狐さんの保護。

あの男、半蔵は、今まで任務で対峙してきた妖怪や、魔物とは、あまりに格の違う敵だ。

いかに1年前、小太郎さんが狗族の妖怪を退けたといっても、あの時敵は魔力に制限を受けていた状態だったのだ。

小太郎さんでも、勝てるという保証はない。

そして、万が一彼が敗れたとき、私が霧狐さんを護り切れるという保証も……。

……ダメだな、負けた時の言い訳を今からしているようでは。

きっと小太郎さんなら、こんなときにも力強い笑みで、霧狐さんを必ず護ると言い切って見せるだろう。

その彼から、霧狐さんを任されたのだ、ならば私は、全力でその信頼に応えなければならない。


「霧狐さん、まだ走れますか?」


開いていた携帯をパチン、と閉じて私は右手を握る霧狐さんに尋ねた。

それに対して、霧狐さんは笑顔で頷いてくれる。


「うんっ、刹那こそ、お腹の怪我は大丈夫?」

「ええ、これくらいなら、何とか」


心配そうに尋ねた霧狐さんに、私も笑顔でそう答えた。

霧狐さんがもう一度頷いてくれたのを確認して、私たちはさらに走る速度を速めた。

この笑顔が曇るなんて、決してあってはならないことだと、そう思う。

自分に差し伸べられた幸福を知らぬまま、耳を塞ぎ怯えたままに、彼女の未来を奪うなんて、許されない。

お嬢様と小太郎さんが私に示してくれたように、霧狐さんにも、与えられるべき幸せな未来があるはずなのだ。

だから、私は彼女を守り抜かなければならない。

闘うための道具なんかに、決してさせはしない、そう改めて誓った、その時だった。

背後に突如として現れる、濃密な殺気。

反射的に、私は霧狐さんの手を話し、夕凪を振り向き様に振るっていた。

しかし……


―――――ザシュッ……ガシッ


「っっ!? バカなっ!!!?」


振り抜いた夕凪を、件の男はその皮一枚を切り裂かせて、私の腕ごと捉えていた。

まさか、私に攻撃させたのは最初から、動きを止めるために!?

……正気の沙汰じゃない、一歩間違えば、胴とから真っ二つになると言うのに、この男は……!?

驚愕に、一瞬動きを止めた私に向かって、その男、半蔵はニヤリ、と唇を釣り上げ哂った。


「―――――やっと捕まえたで、神鳴流っ!!!!」


―――――バキィッ……ドサッ……


「ぐっ、あっ……!?」


視界が明滅する。

半蔵は、私の動きを止めた左手を握り締め、私の顎を振り払うように打ち抜いていた。

先ほどの蹴りのような威力はなかったが、それでもまともに受けてはどうしようもない。

明滅する視界の向こう、半蔵の右手が、怯え竦む霧狐さんの額を鷲掴みにした。


「い、けないっ……霧狐さんっ、逃げてっ!!!?」


必死でそう叫ぶ私。

霧狐さん自身も、必死でその手から逃れようとしているが、抜け出すことが出来ないようだった。

小太郎さんとの戦闘と、私の今の攻撃によるダメージか、半蔵はおよそらしくない、疲弊しきった様子も露わに、霧狐さんに言った。


「手こずらせてくれたな……狐狩りなんてしたんは、5年振りやったで?」

「はっ、離してっ!!!?」


霧狐さんが、魔力まで込めて、自分を拘束する半蔵の腕を叩いたが、奴はそれをまるで意に介していない様子で、口上を続けた。


「もう逃がさへん……わいにも闘う力は残らへんけど、九尾さえ手に入りゃあこっちのもんやからな」


ぎりっ、と、霧狐さんの頭を握る奴の指に、強く力がかかった。


「くぅっ!? っぁぁぁあああああっ!!!?」


霧狐さんが悲痛な叫びをあげるが、それすらも、奴は心地良さそうに笑みを浮かべる。

……くそっ!?

動いてくれ、私の身体!!

ここで闘わないと、闘えないとっ!!

彼女を、霧狐さんを護れない!!

霧狐さんに、幸せを!! 小太郎さんに、家族を!!

教えてあげることが出来なくなってしまう!!

だから、お願いだ……私に、今一瞬だけで良い、闘う力を!!!!

……しかし、そんな私の願いは、届くことはなかった。

四肢すら動かぬ私の目の前で、およそ人間が放つとは思えない強大な魔力が解き放たれた。


「―――――喜べ嬢ちゃん……これが、自分が望んでた『強さ』や」


半蔵のその言葉とともに、解き放たれた魔力が全て、霧狐さんへと流れ込んでいく。

その奔流に飲まれ、霧狐さんが悲鳴を上げたが、やがて半蔵の腕をつかんでいた両腕がだらんと降ろされ、その悲鳴さえ止んだ。


「そん、な……」


護り、切れなかった……。

絶望に眩む私の視界の中、半蔵の右腕に記された無数のタントラが霧狐さんの額へと飲み込まれて、荒れ狂う魔力の奔流もようやく身を潜めた。

ゆっくりと、半蔵が霧狐さんの額からその右腕を離す。

露わになった霧狐さんの額には、先ほどはなかった、深紅の梵字が一文字、刻まれていた。

その双眸は、まるで眠っているかのように閉ざされ、先ほどまでの、無垢な少女の面影はない。

茫然自失となった私に振り返り、半蔵は心底愉しげに、唇を釣り上げた。


「おめでとう神鳴流……自分は歴史的瞬間に立ち会うた。……数千年を生きた邪悪の権化、死してなお命を奪い続けた殺戮者……妖の姫、玉藻御前の復活や!!!!」


―――――ゴォォォオオオオオオッッ……


「っっ!?」


半蔵の言葉が合図だったかのように、霧狐さんの閉ざされていた両目が見開かれる。

その瞳には、先ほどの金色ではなく、深紅の煌きが燈っていた。

そして、半蔵の言葉を裏付けるかのようにもう一つ。

二尾だった、霧狐さんの尾。

それを金色の炎が包み込んでいく。

目も眩むほどの金襴の業火。

それは彼女の身の丈以上に膨れ上がったかと思うと、まるで花吹雪を散らしたかのように掻き消えた。

そして、そこに姿を現したのは……。



―――――烱然九尾。九尾の狐を象徴する、金色の九本尾だった。



SIDE Setsuna OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 44時間目 金科玉条 出番の少なさは俺へのいじめか?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/01/24 21:44



SIDE Hanzo......



「……ちっ、右腕ごと持っていきおってからに……」


ビキビキとひび割れていく自分の右腕を見つめて、わいはそう吐き捨てた。

まぁ、小太郎に炮烙の刑を放った時点で、こうなるんは分かり切ってたことや。

わいには、それを押してでも、九尾を手に入れる必要があった。

でなければ、西の本山を破ることも、あの憎たらしい男……近衛 詠春を屠ふることもできひん。

そもそも、九尾なしやと、この麻帆良から逃げ出すのさえ難しいわ。

保険は掛け取るとは言うても、ここまで小太郎と、小娘二人に振り回されたまんま言うのは、わいの矜持に反するしな。

しかし……これでわいの悲願は叶う。

長かったで……全てを奪われてから15年。

そして、全てを知ったあの日から5年……この日をどれだけ待ちわびたことか。

失敗に終わった酒呑童子に引き続き、殺生石から引っ張り出した九尾は、式神として使役することが適わんかった。

情報の劣化もそうやけど、そもそも、一度死したことで、そん中に個を個たらしめるもの……言うなれば『魂』があれへんかった。

それでもバカデカい魔力と、劣化しとるとはいえそこから引き出せた情報は、捨ててまうには惜しい代物やった。

とはいえ、人造霊にも出来ひん妖怪を、どないして使役すれば良えんやっちゅう話や。

親父からもろたわいの能力やと、さすがに魂のあれへんもんを使役は出来ひんからな。

けど、考えてみれば、わりと単純な話や。

魂があれへんなら、代わりの魂を用意したら良えねん。

霧狐、いうたかな? あの野狐の嬢ちゃんは、依代にはうってつけやった。

想像以上に手こずらされた上に、魔力は殆ど引き出せんづくやったけど……まぁ、上手くいったようで何より。

九尾の力を注ぎ込まれた嬢ちゃんは、爆散したり、人型を逸脱するいう様子はあれへん。

伝承にある玉藻御前、そのまんまの姿で、悠然と神鳴流の嬢ちゃんを見降ろしていた。


「烱然九尾……想像以上に綺麗なもんやな。自分もそう思うやろ、神鳴流?」


ようやく立ち上がれる程に回復したのだろう、茫然と子狐……いや、玉藻御前を見上げる神鳴流に、わいは嘲笑とともにそう告げた。

その整った要望が、悔恨と憎悪に歪む。

それが愉しゅうて愉しゅうて、わいは声を上げて哂った。

左の腰、ベルトに差していた小太郎の刀、影斬丸やったかな? それを引き抜き、わいは御前に差し出した。

御前はわいがそう仕組んだ通り、感情の無い瞳でこちらを一瞥した後、それを受け取る。

そして躊躇いなく、その白刃を曝した。

わいがそうしたときとは、比べ物にならない魔力が、金の焔となって爆ぜた。


―――――ゴォォォオオオオオッ……


……出力も申し分あれへん。

これなら、千の呪文の男とは言わずも、弱体化したサムライマスターを葬るくらいなら……。

そう思って唇を釣り上げた矢先やった。


―――――ザッ……


背後に人の気配を感じて、わいと御前は反射的に振り返る。

その人物を確認してから、わいはもう一度、愉悦に表情を歪ませるのだった。


「思てたより早かったな……」


そこに居たのは、先程までわいと闘うてた小太郎やった。

炮烙の刑を捌ききったんには驚かされたけど、それかて予想してへんかったわけとちゃう。

それに、ここまで来てくれたんは逆に僥倖と言えるやろう。

小太郎と神鳴流。

わいの目的を達成するんに、最も邪魔になる障害を一緒くたに葬るまたとない機会なんやから。

さぁて……どうやって殺したろか……。

御前の背後に揺れる烱然九尾に、唖然とする小太郎を見つめて、わいは思案を巡らせた。



SIDE Hanzo OUT......








―――――何やねん、これ……?


目の前の光景は、余りにも現実離れし過ぎていて、俺の脳はどうにもそれを認識してくれそうになかった。


―――――何で、こないなことになってもうたんやっ!!!?


風にたなびく金色の尾。

九本という有り得ない数のそれは、息を飲むほどに美しく、そして世界で最も酷薄なものに思えて仕方ない。

俺が親父から譲り受けた影斬丸を握り、感情の無い瞳で一瞥する彼女は、明らかに俺の知っている彼女とは別人だった。

それはつまり……。


―――――俺は、間に合えへんかった……?


そういうことに他ならない。

絶望に目が眩む。

目の前の光景を、正常に認識できない。


『―――――お兄ちゃんっ!!』


……もう、あの無邪気な声を、無垢な笑顔を、望むことは出来ない。

そんな事実がどうしても、受け容れられない。

しかし無情にも、兄貴は言い捨てた。


「どんな気分や? 自分の大事にしてたもんを、二度も奪われるいうんは?」


そう、得意げな笑みを浮かべるのは、紛れもない俺の宿敵。

ぎりっ、と奥歯がなった。

余りに加減無く噛んだせいか、歯ぐきから出血し、口内に血の匂いが広がる。

しかし、そんなこと、もうどうでもいい。

全身を喰らいつくさんばかりの魔力が、身体の奥から溢れて来る。

忘れかけていた黒い炎が、俺の中で再び鎌首を擡げようとしている。

フラッシュバックする。

母を失ったあの日の光景が。

嘲笑を浮かべ去っていく、兄の姿が。

そして、傷つけたくないと泣いた、霧狐の姿が。


―――――ドクンッ……


視界が赤く、赤く、朱く、緋く、あかく、アカク、明滅を繰り返す。

悔恨が憎悪に、闘争心が復讐心に塗り替わる。

護りたいという切望が、破壊したいという願望へと挿げ替えられる。

今この時、俺を支配しているのは間違いなく信念ではなく。


―――――妖の血だった。


「―――――はんぞぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!!!!」


弾かれるように跳躍する。

右手には力任せの魔力が、桁外れの出力を持って黒い風を巻き起こしていた。

その爪は一瞬先、確実にクソ兄貴の喉笛へと飲み込まれる。

俺自身、否、その光景を見ていた全ての人間が、その結末を信じて疑わなかっただろう。


―――――シュンッ……


「っっっ!!!?」


―――――ガキィンッ


その一撃を尾の一振りで無効化した、金色の超常を除いては。

感情のない、虚ろな瞳で半蔵を一瞥し、霧狐……否、九尾の狐と化した彼女は、ゆっくりとこちらへ振り返った。


「……ははっ、上出来や。命令なしにわいを護るいうことは、術式は問題なく働いとるみたいやな」


そのすぐ後ろで兄貴が何か言っていたが、最早俺の耳に届くことはない。

ただただ、兄貴への殺意だけが、俺の身体を突き動かす。

彼女と争う必要はない。この身が朽ちようとも構わない。

ただ、奴さえ殺せれば……。

右の爪に、獣裂牙顎を放つための魔力を纏わせていく。

右腕は使い物にならなくなるだろうが、この後のこと何て、知ったことか。


―――――俺はただ、奴さえ殺せればそれで構わない!!!!


大きく右腕を振りかぶり、二度目の跳躍をしようと身構える。

同時に、霧狐が太刀を振り上げる。

その刀身の覆うように金蘭の炎が渦を巻いた。

……良いだろう。

俺が燃え尽くすのが先か、この爪が兄貴の喉笛を引き裂くのが先か、1つ勝負と行こうじゃないか。

かつて刹那に誓った『必ず生き残る』という決意は、既に頭の中から消えていた。

九尾の炎を受けて、金色に輝く影斬丸が俺へと振り下ろされる。

しかし俺の瞳に映るのは、憎たらしい兄貴の面ばかり。

今度こそ、殺ったと、そう確信した。


「っっ、ダメです!! 小太郎さんっっ!!!!」


俺の体に、金蘭の炎が届くよりも早く、何者かが俺を抱き止め、その場を飛び立った。

無論、そんな真似が出来たのは、この場に一人しかいない。


「離せ刹那!! 俺は死んでも、あの男を殺さなあかんねんっ!!!!」


その手を払いのけて、俺は浮遊術でその場を離れようとする。

しかし、翼を持つ刹那に、空中で敵うべくもなく、すぐに回り込まれてしまった。

両手を大きく広げて、刹那は俺を通すまいと、涙すら浮かべて睨みつける。


「今のあなたを、行かせる訳にはいきません!!!!」

「邪魔すんなや!! そこをのけへんのなら、自分も斃してでも俺はあいつを殺す!!!!」

「っっ!? ……小太郎はんの……」


俺の言葉に、刹那は目を剥いたが、次の瞬間……。


「……大馬鹿もんっっっっ!!!!」


―――――パァァンッ


「っっ……!?」


乾いた音ともに、俺の頬を力任せに叩いていた。

目の前で火花が散る。

彼女がこんな行動に出るなんて、予想だにもしていなかったため、俺は一瞬思考が凍りついていた。

じんじんと、熱を帯びる左頬に手を触れて、俺は二の句も告げられず、茫然と刹那の顔を見つめる。

大粒の涙を零しながら、刹那は俺のことをきっと睨みつけた。


「小太郎はんの……あなたの怒りと悲しみは、筆舌に尽くしがたいものでしょう。その感情をあなたに抱かせた責任の一端は、紛れもなく私にも有ります、しかし……」


手の甲で涙を拭い、刹那は真剣な表情で、こう告げた。


「あなたまで魔道に堕ちてしまったら、誰が霧狐さんを救えるというのですか!?」

「霧狐を、救う……?」


その言葉の意味が分りかねて、俺の思考は再び凍りつく。

救うも何も、霧狐は完全に奴の手に堕ちた。

先程も、何の躊躇いもなく俺を殺そうとしていたではないか。

……そんな彼女を救う手立てが、どこにあるっていうんだ!?

一瞬、消えかけていた復讐の炎が、その勢いを取り戻す。


「……九尾が取り憑いてんねやぞ? ……術者を殺す以外に、どないして霧狐を救えっちゅうんやっ!!!?」


激情のまま、俺はそう刹那を怒鳴りつける。

それにすら刹那は一歩も譲らず、今にも掴みかからんとする俺に、噛みつくようにこう言った。


「九尾が何だと言うのです!? いつものあなたなら、敵が以下に強大だろうと、状況がいかに絶望的だろうと、諦めたりはしないはずだ!!」

「っ!?」 


思わず、息を飲む。



『―――――誰かを護ることばっかりで、一緒に闘おうとはしてくれへんっ!!』


……刹那はあのとき、涙を浮かべて怒鳴ったのは、いったい何故だったか?


『―――――命を捨てでも護るだと? そんなもの、護る側の勝手な理屈に過ぎん』


……後悔とともに、エヴァが俺をそう諭したのは、一体何を護るためだったか?


『―――――大丈夫。みんなのこと信じるって決めたもんな』


……あのとき木乃香は、俺の……俺たちの何を信じてくれると言ったのか?


『―――――必ず妹さんを助けてあげるんだよ?』


……タカミチは、俺にどんな思いでこの場を託したのか?


―――――俺に生きて、その上で目的を果たせと、そう願ってくれていたからではなかったか。


……そうだった。

俺は一年前、あの狗族との闘いを経て、何と誓った?

『どんな敵にも、二度と臆さない』と、そう確かに誓ったのではなかったか?

敵とは即ち、牙を剥く者ばかりではない、絶望的な状況すら、俺が打倒すべき敵だったはずだ。

だと言うのに……何をこんなところで諦めていたんだ!?


「……」


ゆっくりと両目を閉じて、大きく息を吸う。

状況は既に詰んでいると言っても過言ではない。

だがそれは、今回に限ったことじゃない。

一年前も、半年前も、端から俺は絶望的な状況で闘ってきた。

―――――否!!

望みが絶える、即ち絶望だと言うのなら、俺が、俺たちが望みを捨てない限り、それは絶望なんかじゃない!!


「……おおきに、刹那。おかげで目が覚めたわ」


ゆっくりと両目を開いた俺は、いつも通りの笑みを浮かべて、刹那にそう告げた。

刹那は、驚きの表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべて、先程と同様、大粒の涙を零した。


「……全く、手が掛かるのはどっちですか」

「ははっ、全くや。こなんやと、正気になった霧狐に合わせる顔があれへんわ」


……とは言ったものの、状況が芳しくないことは事実だ。

九尾は完全に霧狐に取り憑いていて、無理に引きはがすと霧狐の精神にすら深刻なダメージが残りかねない。


「刹那、自分は斬魔剣・弐ノ太刀は使えへんのやったな?」

「……ええ。この際です。使えるのならば掟などかなぐり捨てて使ってますよ……」


そらそうだ。

俺の問い掛けに、苦虫を噛み潰すような表情で刹那は答える。

眼下にてこちらを見上げる霧狐と兄貴。

こちらに攻撃を仕掛けて来る様子が見受けられない。

恐らくは俺と刹那が仕掛けるのを御丁寧に待ってくれているのだろう。

大方、お前たちなんていつでも殺せるんだぞ?と余裕を見せつけているのだろう、胸糞悪い。

それを睨みつけながら、俺はもう一度状況を冷静に見つめ直した。

まず兄貴に関してだが……奴に闘う力は最早残されていないだろう。

俺の前に現れた酒呑童子と、それ以外にも何体か召喚していたようだし。

それに先程の俺との戦闘に加えて、霧狐に九尾を憑依させたこと。

全てを賄って余りある魔力が、奴に眠っているとは考え難い。

つまり、九尾さえどうにかすれば俺たちにもまだ勝機があるということだ。

しかしながら、問題はそこだろう。

あの九尾の強さが全盛期の本物に比べ劣っていたとしても、先の酒呑童子よりも弱いことは有り得ない。

恐らく、俺が今まで刃を交えて来た相手では最強と言って良いだろう。

……あの狗族妖怪は例外な? だって前回は魔力制限されてたし。

そんな化け物を相手に、霧狐を傷つけず救うとなると……正直な話、上手い手があるとはとても思えなかった。

そもそも、完全に肉体を掌握した状態の式を引っ張り出すなんて、斬魔剣・弐ノ太刀意外にどんな手段があると……。


……ん? 引っ張り出す?


「……そうや、その手があったやんな!!」

「何か思いついたのですか!?」


歓喜の声を上げた俺に、刹那が驚きの声を上げる。

それに俺は、いつかと同じ獰猛な笑みを浮かべて答えた。


「刹那、耳貸し……あの勝ち誇ったクソ兄貴に一泡吹かせてやろうやないか?」










SIDE Setsuna......



「ほな頼むで? 一瞬でも構へん。あいつの刀を受け止めてくれ!!」

「委細承知!!」


小太郎さんにそう答えて、私は眼下にて待つ敵の眼前へと降り立った。

対して小太郎さんは、グランドとは反対方向へと疾駆して行った。

やはり彼はモノが違う。

私がきっかけを作ったとはいえ、妖に精神を侵されかけたにも拘らず、その状態からすぐに自分を取り戻した。

それどころか、次の瞬間には霧狐さんを救い出す術を思いついてしまうのだから……。

……いや、感傷に浸るのは今ではない。

彼が救うと言って見せたのなら、必ず霧狐さんは助かる。

そしてそのために、私の力が必要だと彼は言った。

そう、他ならぬ彼が私にその役目を託したのだ。

答えなければ、剣士としての私が、女としての私が廃るというもの。

この一合……何としてでも九尾の、霧狐さんの一撃を受け止めて見せる!!


「ありゃ? 小太郎の奴は逃げたんか? それとも……はぁ。応援なんか呼んでも、無駄なことくらいわぁっとるやろうに」

「生憎だな半蔵。今まで彼がやったことが無駄になった試しなど、ただの一度もない」


呆れたように首を振った半蔵に、私は右手に握った夕凪を突き付けて声高に告げる。

別段それを気ににした様子もなく、半蔵はふっ、と小さく笑った。


「えらく信頼されたもんやな……まぁええ。末期の会話は楽しめたんか?」


末期……自らの勝利を、我々の敗北を信じて疑わぬその物言いに、私は緩みそうになる唇を必死で抑えていた。

これは僥倖だ。その慢心こそが、私達が付けいる隙となる。

しかしながら、その傍らに立つ霧狐さんは、先程と同様に一切の感情を映さぬ瞳でこちらを微動だにせず見つめていた。

その能面のような表情があまりにも異質で、私は背筋に悪寒が走るのを感じた。


『―――――ありがとう、木乃香、刹那……』


しかし同時に、背中を後押しする激情も湧きあがっていた。

霧狐さんに、そんな面のような顔は似合わない。

もちろん先程のような、酷薄な笑みなど持っての外だ。

霧狐さんには……彼女には、あの蕾が開いたような温かい笑みの方が、何倍も似つかわしい。

だから私は、私達はそれを取り戻すのだ。

あの悪魔のような男から、霧狐さんを必ず救い出すのだ。


「霧狐さんには二度目になりますが……神鳴流剣士、桜咲 刹那……推して参る!!!!」


先程より何倍も力強く名乗りを上げて、私は霧狐さんへと羽ばたいた。


「……九尾」

「…………」


半蔵の呼びかけに、霧狐さんは答えることなく、迫る私に向かって跳躍した。

金蘭の焔を巻き上げる、影斬丸を振り上げて、私の太刀を受け止める。


―――――ガキィンッ


「っく!? やはりそう易々とはいかないかっ……!!」


しかし、そんなことは百も承知。

この絶望的な状況……道理など、無理で抉じ開けて見せなくてどうするのか!!

返す刃に力を込めて、私は全身に漲る気を研ぎ澄ました。


「神鳴流奥義、斬岩剣っ!!!!」


―――――ガキィンッ


その一撃すらも、涼しい顔で受け切って、霧狐さんは私とおよそ9歩の間合いへ飛び退いた。

彼女の感情の無いその瞳に、一瞬だけ殺意の狂光が宿る。


「っっ……!?」


ともすれば、気押されてしまいそうになる迫力。

きゅっと唇を噛み締めて、その覇気に耐える。

うろたえる必要はない、何故なら……。


―――――これは、小太郎さんの目算通りの展開だからだ。


霧狐さん……否、恐らく彼女の肉体を掌握している九尾の魔族としての本能は、今の一合がお気に召さなかったらしい。

結果、今度こそ私を葬らんと、彼女は振り上げたその太刀に、先程の比ではない規模の炎を纏わせている。


―――――ならば私は、その一撃を真正面から受け止めれば良いだけのこと!!


本来ならば正気の沙汰とは思えない自殺行為。

伝説の妖怪相手に、その攻撃を真正面から受け止めようだなんて。

それを為そうとしている私もだが、それを依頼した小太郎さんも小太郎さんだ。

しかし、それは麻帆良に来た時からすれば、考えられないことだった。

きっと当時の彼なら、こんな危険な役目を私に託したりはしない。

死ぬのならば自分一人で良いと、そう決めつけていたのだから。

だが、今は違う。


『―――――ウチは、小太郎はんに……小太郎はんと一緒に闘いたいっ!! 護られてばっかりの、弱い女の子やないっ!!』


あのときの私の、八当たり染みた独白を、彼は愚直に、しかし真摯に受け止めてくれている。

その上で私を信じて、この場を私に託したのだ。

その事実が、私に普段以上の力を与えてくれていた。

不謹慎にも思わず頬が緩みそうになる。

想いを寄せる相手に信頼されることが、ここまで心地良いものだったなんて知らなかった。

そして、寄せられた信頼には、応えなくては不義理が過ぎるというもの。

私は曲がりなりにも武人。

その矜持、必ず貫き通して見せる!!

私を覆う気が、雷光と暴風を撒き散らし戦場を蹂躙する。

こみ上げて来る気力は平時の何割増しだろうか。

今この瞬間なら、私はどんな悪魔にだって勝てる気がしていた。


「さぁ、どこからでもどうぞ? ……この一合、我が全霊を持って受け止めて見せる!!」


私がそう宣言するのとほぼ同時、霧狐さんは豪炎を纏った太刀を振りかぶり、私へと弾丸のように疾駆していた。

それと数瞬違わず、私も白い両翼をはためかせ、霧狐さんへと駆ける。

雷光と風が、夕凪を多いまるで小さな台風のように荒れ狂う。

私は躊躇うことなく、振われる霧狐さんの太刀目がけて、その刀身を振り抜いた。


「神鳴流決戦奥義……真・雷光剣!!」

「……っっ!?」


――――――ガキィィィンッッ


瞬間、爆音と雷光が空気を震わせた。

巻き起こる風に、身体が押し返されそうになるのを、私は必死で堪えていた。

舞いあがった粉塵と焔に遮られて良く見えないが、霧狐さんも似たような状況だろう。

だから私は、一歩も引けない。

しかし状況は整った。

霧狐さんは、全霊とは言わないにしても、それなりの力を込めて刀を振ったのだ。

言わば必殺の気負いで放ったそれは、弐の太刀を考慮しないただ一度の斬撃。

故に受け止められれば、次の行動に移るまでいかな熟練者と言えど僅かな隙が生じる。

とは言え、正面から受け止める以外に防御のしようがない以上、受けた側もその瞬間は動きは取れない。

しかしそれは、一対一の勝負であった場合のみ。

この勝負は端から、一対二の攻防だ。

ならばその勝機は、数で勝る我々にある!!

霧狐さんの影が直径4m程の円に広がった。

そしてそこから伸びたのは、見覚えのあるたくましい腕。

それは刀を振り抜いた霧狐さんの腕を有無を言わさずに掴んでいた。


「……捕まえたで、霧狐っ!!!!」


雄々しい笑みを浮かべて、小太郎さんが宣言する。

そう、この瞬間私はこの命を賭けた大博打に勝利した。



SIDE Setsuna OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 45時間目 悪酔強酒 いや色んな意味で……どうしてこーなったっ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/01/28 17:24



刹那が霧狐の一撃を受け止めたのを確認して、俺はすぐさまゲートを使って飛び出した。

目的は霧狐に奪取されていた影斬丸の奪還。

斬魔剣が使えないなら、他の方法で霧狐から九尾を引っ張り出すしかない。

そしてその引っ張り出すって発想が光明となった。

加えて言うなら、霧狐に取り憑いたのが九尾の狐、即ち狗族の類だったことも僥倖だった。

前にも言った通り、影斬丸は狗族専用の魔力バッテリーだが、同時にその機能を正しく使用するための付加機能が備わっている。

そしてその片鱗はかつての俺も、そして霧狐も味わっている。


―――――影斬丸は狗族の魔力を引き出す。


そうすることで使い手の魔力を充実させ、結果的に刀身への魔力供給量を底上げしているのだ。

そしてある程度それを理解し使いこなせている者であれば、その供給量を自在に操れる。

……ここまで言えば、もう俺が何を考えているのか分かるだろう。


―――――影斬丸に九尾の魔力を取り憑かせる。


二つの器から魔力を引き出そうとすると、まず初めにより魔力の濃いものから引っ張り出される。

言わば水溶液の浸透圧と同じ原理だ。

それを経験的に俺は理解していたからこそ、この策を思いついた。

霧狐の中には今、あいつ自身の魔力と九尾の狐の魔力が混在している状態。

ならばあいつの中から魔力を引っ張り出そうとすれば、自然と九尾の魔力から流れ込んでくるはず。

そのためにはまず、影斬丸を取り戻さなくてはならない。

刹那に無理を言って霧狐の斬撃を受けさせたのはそのための布石だ。

いかな達人だろうと、全力で撃った一撃の後は技後硬直って逃れられない枷が発生する。

俺はその隙をついた訳だ。

そして、その目論見は上手くいった。

霧狐の斬撃を真正面から受け止めた刹那は、気を使い果たしたのか、俺の視界の隅で膝を折っている。

……おおきに、刹那。この借りはクソ兄貴をぶっ飛ばした後で必ず返す。


「影よ!!」


俺は万全を期すために、霧狐の腕を掴んだ状態で更に影の捕縛結界を使用する。

ゼロ距離で発動したこいつは、いかにバカデカイ魔力をもっていようと、数分は身動きできまい。

左手を俺は影斬丸の柄へとかざした。


「待っとれや、霧狐。今助けてやるさかい……」


出来る限りの優しい声で霧狐にそう告げる。

もちろん、九尾に支配された彼女は結界から逃れようと必死になるばかりで、俺の言葉には答えなかった。

ぎりっと、再び俺は歯噛みしながらも、霧狐を救うために影斬丸へと意識を集中させた。

正直な話、ここから先がこの策における最大の博打である。

影斬丸は確かに魔力バッテリーとしての機能を持っているが、その限界貯蓄量は定かではない。

万が一、九尾の魔力容量が影斬丸の許容量を上回っていたら……。

そんな考えが一瞬脳裏を過ぎったが、それを俺は気合で振り払う。

そうなったらそうなったときだ。

また別の方法で霧狐を救い出せば良い。

決して諦めないと、必ず霧狐を救い出すと誓った以上、失敗の可能性なんて恐るるに足りない。


「さぁ九尾。自分の魔力と影斬丸の食欲、どっちがデカいか勝負と行こうやないか!!」


俺は影斬丸に魔力を集中させる。

瞬間、刀を握る霧狐の手から、信じられない量の魔力が流れ込んできた。


「……っっ!?」


能面のようだった霧狐の表情が驚愕に染まる。

どうやら俺の考えは正しかったらしい。

ならば後はこのまま……。


「小太郎さん後ろです!!」


更に魔力の供給量を上げようと意識を集中しようとした矢先、悲鳴染みた刹那の呼びかけで俺は思わず振り返る。

そこには先程九尾を憑依させたダメージだろう、石灰化しひび割れた右手を俺へと突き出す兄貴の姿があった。

咄嗟のことだったため、俺は回避するタイミングが一瞬遅れてしまう。

くそっ!? 完全にノーマークだった。

あの状態で、兄貴まだ闘うだけの魔力が残ってたなんて……!!

そんな後悔が頭を過ぎるが、それも一瞬のこと。

刹那が身体を張って作ってくれたこのチャンス、是が非でも逃してなるものか!!

俺は影斬丸から手を離し、カウンターの体勢をとった。

しかし……。


「残念、ハズレや」


兄貴は俺がカウンターに突き出した右拳を回避すると、自らが突き出していた右手で俺の腕を掴みそして……。


「バイ」


タントラを告げ、あろうことか自らの右手を切り離したのだ。


「!?」


驚愕に一瞬目を剥く俺。

そして兄貴は一足で間合いを取ると、再び印を結んだ。

っ!? あの印、それにこの匂いは……!?

咄嗟に切り離された兄貴の腕を掴み虚空へと投げる。

その腕には三枚の爆符が張り付いていた。

俺が腕を投げたのとほぼ同時に……。



―――――ズドォォォンッッ……



轟音と爆炎を上げて、兄貴の爆符が炸裂した。


「ぐぉっ!?」


障壁の展開も間に合わなかった俺は、もろに爆風の煽りを受けて数m地面を転がる。

クソ兄貴め!!

昔から式神に爆符を付けるのが常套手段だったが……。

普通使えなくなったからって自分の右手に爆符付けて切り離すか!?

俺は痛む身体に鞭打って何とか立ち上がり、霧狐へと視線を向けた。

最悪の状況になっていないことを祈りながら。

しかし、その願いは当然のように裏切られる。

睨みつけた視界の真ん中では、ちょうど兄貴によって俺が霧狐に掛けた戒めが解かれるところだった。


「危ない危ない……そういや前んときも自分らに時間をくれてやったせいで痛い目みてもうたんやった。ホンマ、可愛げのない育ちかたしおって」


兄貴は残った左手で顎を伝う汗を拭いながら俺をそう一瞥した。

……抜かった。これは霧狐に気を取られ過ぎた俺の失態だ。

今影斬丸に吸収できた九尾の魔力はおよそ3割程度だろう。

刹那にはもう闘えるだけの気力は残されていないだろう。

となると、ここは何とかして俺一人で切り抜けなければならない。

そのためには、何とかして、もう一度霧狐に肉薄しないと……。

そう思い、俺は霧狐に飛びかからんと痛みにくず折れそうになる両足に力を込めた。


「おっと、動くなや? もしほんの少しでも動いたら、この嬢ちゃんの首を刎ねてまうで?」

「っっ!?」


半蔵の声とともに、霧狐は自らの手で影斬丸の切っ先をその白く細い喉へと宛がった。

動きを止めた俺を見て、半蔵は愉しげに笑い声を上げた。


「ははっ、ホンマどうしようもない甘ちゃんやな自分? ほんなら、これ以上悪巧みされん内に、さくっと消えてもらおか?」


兄貴の宣言と同時に、霧狐が首に宛がっていた影斬丸を逆手に握る。

マズい!? あれはさっき兄貴が俺に使った……!!


「ホンマもんの九尾が放つ炮烙の刑。自分らごときじゃ、防ぎようがあれへんやろ?」


兄貴の唇が、三日月のように釣り上がる。


「っっ!?」


瞬間、霧狐は振り上げた影斬丸を勢いよく突き立てた。


―――――ザシュッ……


自身の腹部目がけて。


「なっ!?」

「っっ!? 霧狐っ!?」

「霧狐さんっ!?」


驚愕の声を上げたのは、俺たちだけではない。

兄貴までもが、その霧狐の行動に目を剥いていた。

どういう、ことだ?

何故、霧狐が自分を傷つけた?

兄貴が驚いているということは、これは兄貴の命令じゃないのか?

そんなことより、早く止血しないと、あの出血量は……!?

なりふり構わず霧狐に駆け寄ろうとする俺。

しかしその俺を阻んだのは、九尾が放つ金蘭の炎だった。


「ぐっ!? 霧狐っ!!!!」


炎に阻まれながら、俺は必死でその向こう側にいる霧狐に呼びかける。

返って来たのは、久しく聞いていなかったようにさえ感じる、あどけない少女の声だった。


「おにい、ちゃん……?」

「っ!? 霧狐っ!? 自分、意識がっ!?」


炎の壁の向こうから聞こえて来たのは、紛れもない霧狐自身の声だった。

しかし、ならば何故この炎は俺を阻むんだ?

いや、今はそんなことはどうだっていい!!


「霧狐っ!! 待っとれや!! 今すぐ治療できる人んとこに運んでやるさかい!!」


早く手当てを施さないと、あの出血量はやばい!!

そう思って俺は何とか炎の壁を消そうと気弾を当てるが、一向に炎が消える気配はなかった。

焦燥感ばかりが募って行く俺に、霧狐はもう一度俺に呼びかける。


「だい、じょぶ、だから……これ以上、お兄ちゃんや刹那が怪我するの、見たく、ないからっ……」

「っっ……まさか霧狐、この炎は自分がっ……!?」


揺らめく陽炎の向こう、力なく笑った霧狐の顔が、一瞬だけ見えた気がした。

間違いない。彼女はその身を犠牲にしてでも九尾を止めるつもりだ。


「っっ!!!? 止めぇ!! こんなところで、自分が死んでどないすんねんっ!?」

「だいじょぶ、だよ……霧狐も狗族だもん。普通の人より、頑丈、なんだよ?」


途切れ途切れに聞こえて来る霧狐の声。

いったいどこが大丈夫だって言うんだ!?

一向に、霧狐を覆うように広がった金蘭の炎はその勢いを失くさない。

その光景は、まるで蝋燭の火が消える間際にその勢いをますかのようで、俺の背筋を冷たい何かが通り過ぎていった。

見ると炎の熱気に当てられて、あの兄貴でさえ霧狐から大きく飛び退いていた。


「……キリね、ずっと弱いの自分が嫌いだった。キリが弱いから、皆を傷つけちゃうんだって、そう思ってた……」

「霧狐……」


ぽつり、ぽつりと、霧狐はまるで独白のように言葉を紡ぐ。

まるでこれが、自分の最期の言葉だと言わんばかりに。

そんなの嫌だと、そんなことはないと、そう否定したいのに、俺は必死で言葉を紡ぐ霧狐を止めることが出来なかった。


「だから、刹那に、一人でその弱さを背負わなくて良いって言われて……キリ、すごく嬉しかったんだぁ……」

「っっ……そうや霧狐!! 全部一人で背負うことなんてあれへん!! せやから、この炎を……!!」

「ダメだよ……それでも、キリは弱いままじゃ、嫌だから」

「っっ!!」


弱々しく響いた霧狐の声は、それでも強い意志が篭っていて、俺はそれ以上を言葉を続けられなくなる。


「キリね、ずっとね妖怪の血が嫌いだった……キリが半妖じゃなかったらって、ずっと思ってた……けど、今はね妖怪の血に感謝してるよ?」

「…………」

「キリに妖怪の血が流れてるから、パパの刀が使える……だから、今お兄ちゃんたちを助けられる……だから」


霧狐はそこまで言うと、大きく息を吸いこんで、こう告げた。



「―――――ありがとう、パパ。それと……ごめんね、お兄ちゃん、ママ……」



ばいばい、と、霧狐がそう言ったような気がした。



「霧狐っ!?」


俺がそう呼びかけると同時に、霧狐が放っていた禍々しい九尾の魔力がその身を顰め、彼女を覆っていた金蘭の業火も嘘のように消え去った。

焼け跡の真ん中で、霧狐は自らの腹に突き刺した刀をゆっくりと引き抜き、ふっと、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


「っっ霧狐っ!?」


慌てて崩れ落ちそうになるその小さな体を、俺は抱き止める。

木乃香に貸してもらった白いロングTシャツは、霧狐の血で真っ赤に染まってしまっていた。


「霧狐っ!? 霧狐っっ!? しっかりせえっ!!」


必死で呼びかける俺。

今霧狐が意識を失うと、もう二度と彼女と言葉を交わせないような気がして、俺は何度も何度も、彼女の名を呼び続けた。

やがて、うっすらとではあったが、霧狐はその黒目がちな可愛らしい双眸を開いてくれた。


「……おにい、ちゃん……キリ、妖怪の血に、負け、なかったよ……」

「っっ!? ……ああ……これなら、俺が自分のこと鍛えたる必要なんてあれへんやないか」


微かに笑みを浮かべて、誇らしげにそう言った霧狐に涙が溢れそうになる。

震えながら俺に差し出して来た霧狐の右手を、しっかりと俺は左手で握ってやった。


「え、へへ……キリ、もぉ、弱く、ないよね? もぉ、ママに、心配、かけなくて、良い、よね……?」

「っっ……おう。安心せえ。自分はもう一人前や。兄ちゃんが太鼓判を押したる」


涙を必死で堪えて、俺は霧狐にそう答えてやった。

それで安心したのか、霧狐はゆっくりとその両目を閉じて、浅く寝息を立て始めた。


「……そんな……霧狐、さん……」


いつの間にか背後に近付いて来ていた刹那が、絶望に打ちひしがれた声で霧狐の名を呼んだ。

俺は霧狐の手を離し、左腕で目尻に浮かんだ涙を拭い去り、その身体を抱え立ち上がる。

そして、眠った霧狐の身体を刹那にゆっくりと預けた。


「小太郎、さん……?」

「……腐ってもこいつは狗族や。今すぐ手当てしたら、俺とおんなしでまだ助かるかもしれへん」

「っっ!?」


絶望に染まっていた刹那の瞳に、ぱっと希望の光が宿った。


「俺はクソ兄貴と決着を付けなあかん。……霧狐のこと、よろしゅう頼むわ」


俺がそう言うと、刹那はしっかりと頷き、白い両翼を広げて飛び立って行った。

もちろん、刹那に告げた言葉は方便に過ぎない。

いくら狗族の血を引いていようと、あれだけの血を失って助かる保証なんて、どこにもない。

加えて言うなら、狗族の回復力は魔力によるブーストに裏打ちされたものだ。

九尾を封印するために、限界まで魔力を使った霧狐にそれだけの回復力が残っているとは思えなかった。

だが……だからこそ、俺はただ一人ここに残ったのだ。

漆黒の鞘に覆われた影斬丸を拾い上げ、俺はゆっくりと兄貴に振り返る。


「待たせたな……決着、付けようやないか?」


落ち着いた声で告げる俺が意外だったのか、兄貴はふん、と面白く無さそうに息をついた。


「全く、自分にこだわるとホンマ碌なことになれへん。せっかく見つけた九尾の依代が、まさか自分で九尾を封印してまうやなんてな」


人一人が死にかけたというのに、兄貴の口調はまるで友人に口でも零すかのように軽快だった。

だというのに、俺はそれに別段感情が高ぶることはない。

……いや、違うな。

これはもう、怒りが度を超えているため、その程度では何も感じなくなっているのだろう。

その証拠に……。


「これで、九尾の計画は全部おじゃん……んなっ!?」


―――――バキィッ


俺は尚も言葉を紡ごうとした兄貴の面を、真正面から有無を言わさずに殴り飛ばしていた。

ごろごろと、数mを為すすべなく転がって行く兄貴。

……妙な気分だ。

先程のように身体から魔力が湧きがって来る感覚は微塵もない。

頭が妙に済み切っていて、まるで自分が自分でなくなってしまったかのようだ。


「げほっごほっ……ぺっ。はっ、不意打ちとは、随分らしくない真似やないか?」


俺の拳撃で口の中を切ったのか、血を吐き捨てながら、兄貴がこともなげにそう言った。

しかし、それに応えてやる気は毛頭ない。

俺は躊躇いなく、九尾の魔力が封印された影斬丸を、その鞘から抜き放った。


―――――ゴォッッ……


金蘭の炎が舞い上がり、俺の身体を喰いつくさんばかりの魔力が、影斬丸を通して流れ込んで来る。

しかしそれはほんの一瞬。

次の瞬間には、金蘭の炎は漆黒の風へと姿を変え、流れ込んでくるで来る魔力はまるで旧知の友のように俺の身体へと馴染んだ。


「っっ!? 九尾の魔力を……喰ったやと……!?」


驚愕に兄貴が目を剥く。

それもその筈。

本来、兄貴が復活させた九尾の魔力は俺が従えられるような、チャチな代物じゃない。

ならば何故、俺は俺の身体を乗っ取ろうとした九尾を抑えつけることが出来たのか?

そんなの理由はたった1つだ。

原作におけるヘルマン戦で、ネギが見せたのと全く同じ現象。


―――――怒りによる、魔力のオーバードライブ。


それを裏付けるように、俺の体は望んだわけでもないのに、獣化していた。

使い物にならなくなっていた左手は完全に再生し、先の戦闘で負った全てのダメージがほぼなかったことになっている。

想像を絶する魔力が、半妖である俺を、より妖怪へと近付けようとしているのを感じる。

そして同時に、かつて感じたことがない魔力が、自分の身体から溢れてくる。

なるほど『闇の魔法』が強力な訳だ。

魔の卷族が持つ力ってのは、どうやら俺が思っていた以上に馬鹿げていて、それを今使役している俺ですら、戦慄を禁じ得ない。


「……ちっ……」


九尾の魔力を吸収した俺との戦力差を、分が悪いと判断したのだろう。

兄貴はどこからか一枚の符を取り出した。

恐らくは転移符。それもいつか真名が使ったのと同じ長距離用のもの。

学園結界の外に逃げ出すつもりだろうが、俺はそれを許すわけにはいかない。

こいつは…………


―――――俺の家族を。


―――――ようやく出会えた妹を。


――――――――――傷つけたのだから!!


「ふっ!!」

「っっ!?」


瞬動を使い、兄貴が取り出した符を一刀のもと両断する。

恐らく兄貴には俺が瞬間移動でも使ったように見えただろう。

自身でも驚くほどの速度で俺はそれをやってのけた。

しかし、それに対する感慨はない。

振り抜いた刃を大上段に構え、見据えるはその喉笛を食い千切ると宣言した憎き仇敵

俺は今度こそ、5年来の悲願を……


「―――――果たすっ!!」


―――――しかし、三度その願いは阻まれる。


―――――ヒュンッ……ガキィンッ


「「っっ!!!?」」


俺も兄貴も、共にただ息を飲んだ。

正確に兄貴の首元を捉えた斬撃は、突如発生した石柱によって阻まれた。

否、それがただの石柱であったなら、九尾の魔力を纏った俺には紙を立つように切り裂くことが出来た筈。

しかしその刀を阻んだとなれば、それは石柱に非ず。

何者かが使った魔法に違いない。

石の魔法……それを使う者に、俺はたった一つだけ心当たりがある。

しかし早過ぎる。

あいつが、あの白髪の少年が出て来るのは少なくとも2年後だったはず。

ならばこれも、俺と言う存在が引き起こしたイレギュラーか?

怒りで沸騰していた思考が、冷や水をかけられたかのように急に冷静さを取り戻す。

そして次の瞬間。


―――――ドゴォンッ


パイルバンカーでもこうはならないってくらいの拳撃が俺を襲った。

咄嗟にガードはしたものの、ノーダメージとはいかない。

10数mから吹き飛ばされて、俺はどうにか体勢を崩さずにその衝撃を殺すのが精一杯だった。

冗談じゃない……こっちは九尾の魔力まで使ってんだぞ?

先程まで俺の中にあった全能感が、嘘のように砕かれていく。

しかし退く訳にはいかない。

俺は今度こそ、兄貴を仕留めなければならない。

散って行った里の連中のため、母のため、そして霧狐のために!!

俺はゆっくりと顔をあげ、新たに現れた敵の姿を確認し……。


「っっ……!?」


そして言葉を失った。

俺が想像していた相手とはまるで、敵の姿が異なるものだったからだ。

すらりとした細い体躯に、病的なまでに白い肌。

背中ほどに伸びた綺麗な銀髪に、感情のない瞳でこちらを見据えるその姿。

年の頃は俺の同じくらいと見える。

そう、兄貴を庇い俺を吹き飛ばした敵は紛うことなく……少女だった。

着ている服も、俺の記憶にある灰色の学ランのようなものではなく、灰色のセーラー服に同色のプリーツスカートだった。

1つの仮定が思い浮かぶが、断定は出来ない。

俺はいつでも攻撃出来るよう、影斬丸を握りしめ問い掛けた。


「……何者や自分?」


少女はそれに答える素振りを見せず、こちらを一瞥すると兄貴に対して何かの魔法を使って見せた。

瞬間、そこには水なんてなかったのに、兄貴を覆い始める夥しい量の水流。


「……っっ!? しまった!!」


水を使ったゲートだと気付いた時には既に、兄貴の姿はそこにはなかった。

しかし……こんなのまで使えるってことは、やっぱりこいつは……。


「……まだ闘る? ボクと君との力の差は歴然だと思うけど?」

「っっ!?」


俺の問いには答えなかった少女が、俺にはまるで興味がないと言わんばかりの声音でそう問いかけて来た。

野郎……言ってくれるじゃねぇか。

兄貴を逃げられたことで、俺は頭に血が上っていた。

いや、あるいは九尾の魔力に当てられていたのかもしれない。

ほんの少しでも、今の俺ならこのバケモンに勝てるかもしれないと、そう思ってしまったのだから。


「狗音斬響……獣裂牙顎!!!!」


ノータイムの上に、俺はその場から動くことなく狗音影装2体分の魔力を持って牙顎を放った。

その速度はまさに神速。

妖怪化状態の刹那でもそうは避けることが出来ないであろう一撃。

しかし、その少女は俺の想像を絶する存在だったらしい。


「……ふっ」


その一撃をまるで子ども騙しだと言わんばかりに失笑。

次の瞬間には、俺の視界をまるで2㌧トラックにでも跳ねられたかのような揺れが襲っていた。

それが、あの少女に腹を殴られたことによるものだと気が付いたのは、10数mを転がり身体が完全に停止してからだった。


「安心して。殺しはしないよ。いや殺せないという方が正しいかな? まぁとにかく、目的は達したから」


霞む視界の向こう側、その少女が先程と同じ水のゲートを開く様子が伺えた。


「もう会うことはないだろうけど……それじゃあね。ウェアウルフの少年」


少女の姿が水に飲まれていく様子を見送ってから、俺の視界は完全にブラックアウトした。

クソ……俺は、また……仇を、討てな、か……。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 46時間目 羊頭狗肉 結局のところ何も解決しなかったし俺の活躍少ないし……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/01/30 00:26
……どこだここ?

気が付くと、俺は何もない真っ暗な空間に居た。

一歩先も見えない、というか上下の感覚すら危ういのに、自分の身体だけははっきり見えるって、どこの不思議空間ですか?

さすがはネギま!の世界……何て感心してたら、すぐ後ろに人の気配を感じて、俺は咄嗟に振り返っていた。


「お兄ちゃん」

「霧狐……?」


そこに居たのは、ついさっき初めて会ったばかりの妹だった。

すぐにどうしてこんなところに、と尋ねようとして、俺は凍りついた。

ゆっくりと顔を上げた霧狐、その口元から深紅の滴が一筋滴り落ちたからだ。


「っっ!?」


良く見ると、霧狐の腹には見覚えのある太刀が刺さっていて、彼女の白い衣服を赤く染め、その足元に深紅の血溜まりを作っていた。

俺が動けずにいると、霧狐は小さく笑みを浮かべてただ一言、こう言った。


「……ばいばい」


刹那、急速に落下を始める霧狐の身体。

何とか手を伸ばそうとしても、俺の手は空を掠めるだけで、決して彼女身体に届くことはなかった。

それと同時に、崩れ落ち始める俺の足元。

最後に響いたのは……。


『―――――どんな気分や? 自分の大事にしてたもんを、二度も奪われるいうんは?』


憎たらしい、あの男の声だった。








「霧狐っっ!?」


熱に浮かされたように飛び起きる。

そこは漆黒が支配する謎の空間ではなく、白いカーテンに遮られたベッドの上だった。

ずきずきと響く腹の痛みが、急速に俺の意識を現実へと呼び起こす。

瞬間、自分が今まで何をしていたかを思い出した。

すぐにベッドから降りようとして


―――――ぐいっ


「ぐえっ!!!?」


見えない力によってベッドに引き戻された。

つか、首!? 首締まってますから!?

身に覚えのあるその感覚で、犯人はすぐに察しがついた。

シャッ、とカーテンが開く音がして、その犯人は不遜な態度で入って来た。


「動くな怪我人。せっかくの治療を無駄にする気か?」

「え、エヴァ? 何で自分がこんなとこに? つかここどこや? ……って、そうやない!! この糸を解いてくれ!! 兄貴を追っかけんと……!!」


―――――スパァンッ


「あいたぁっ!?」


尚も糸から逃れようともがいた俺の頭を、エヴァはどこからともなく取り出したハリセンで景気良く叩きやがった。


「何してくれてんねんっ!?」

「黙れこの駄犬が。ここは女子中等部の保健室で、どの道貴様の愚兄とやらはとっくに逃げた後だ」

「なっ……!?」


一瞬驚きかけたが、考えてもみればそうだろう。

俺が気絶した時点で、既に兄貴はあの少女の手によってどこかに跳ばされてたしな。

結局俺は一族の、霧狐の仇を討つことは……って!!


「霧狐は!? 霧狐はどないなったんや!?」


エヴァが拘束を解いたのを良いことに、俺は彼女の肩を掴んで噛みつくようにそれを尋ねた。


―――――スパァンッ


「ぶべっ!?」


が、次の瞬間、俺は再びエヴァのハリセンの餌食となった。


「か、かか顔が近いわこの駄犬がっ!! ……はぁ。貴様の妹とかいう小娘なら、とっくにジジイに引き渡した。刹那が血相を変えて私のところに来たからな、止血だけはしてやったが、今はどうなってるか私にも分からん」


なるほど、確かに俺たちが闘っていた位置からなら、学園に戻るよりエヴァのログハウスまで跳んだ方が近かったからな。

あとは霧狐の運の強さを信じるしかない訳か。

そう考えると、俺はここでじっとしている気になんてなれなかった。

ひょいっと、俺はベッドから飛び降り、学園長室へ向かおうとして。


―――――スパァンッ


「ぷろもっ!!!?」


本日三度目となるエヴァ様のありがたい突っ込みを受けることになった。


「ホンマ何さらしてくれとんねんっ!?」


今の動きのどこに落ち度があったよ!?


「だから落ち着け駄犬。貴様その格好で女子部の校舎をうろついてみろ。確実に豚箱行きだぞ」

「へ?」


そう言われて初めて自分のしている格好を見る。

獣化の影響で上着は破れたため、完全なる半裸の状態だった。

おうジーザス……命拾いしたわ。









ゲートを使って上着とTシャツを取り寄せてから、俺は学園長室に向かった。

一応、エヴァに一緒に来るか尋ねてみたのだが『興味がない』とばっさり切り捨てられた。

挙句の果てに欠伸を噛み殺しながら保健室を後にする始末。

若干冷た過ぎないか、なんて思ったりもしたが、彼女の足が向いていたのは昇降口じゃなくて職員室棟の方角だった。

恐らくタカミチ辺りに、それとなく霧狐の状態を聞きに行くつもりだろう。

本当、悪ぶってる割には心配症と言うか天の邪鬼というか……。

それはさておき、俺は今学園長室にいる。

室内に居るのは学園長と俺だけ。

エヴァの話では、出撃した先生たちの大半が現在酒呑童子や兄貴たちが暴れた所為で壊れた施設やら通路の修復等の事後処理に当たってるらしい。

ってなわけで、一番状況を把握してんのは学園長を置いて他にいない。

学園長の方も刹那と分かれた後、いったい兄貴がどうなったかの報告待ちだったらしい。

立場上、俺はすぐにそれに関して報告せにゃならんのだろうが、今はとてもそんな気分にはなれなかった。


「単刀直入に聞く。霧狐はどないなったんや?」

「うむ。まぁ最初にそれを聞かれるとは思っとったがのう。……正直なところ何とも言えん。出来る限りの処置は施したと連絡はあった。今は刹那君と木乃香がついておる。意識が戻るかどうかは霧狐君自身の生きる意志次第といったところじゃ」

「……さよけ」


……くっ。学園長に聞いても、結局エヴァから聞いた以上の情報は得られなかった訳か。


「して小太郎君。霧狐君のもとに駆け付けたいのはやまやまじゃろうが、ワシは組織の長として、ことの顛末を把握する義務がある。話してくれるかの?」

「……最初っからそのつもりや。けど時間が惜しい。手短に話すで? 詳しいことはまた報告書でも何でも書いたるさかい」

「うむ、それで構わんじゃろう。君の気持ちは、兄としては当然のものじゃからな」


学園長は俺の言葉に笑顔で頷いた。

そしてそれを皮切りに、刹那があそこを離れてから、何が起こったかを説明し始めた。










「何と? それでは君の兄上に協力者がおったとな?」


片方の眉毛をぴくりと上げて、学園長はそう驚きの声を上げた。


「協力者かどうかいうんははっきりしてへん。ただ兄貴の性格を考えると、自分から誰かと手を組むとは考え難い。おまけに、下手したら九尾より強いかもしれへん相手やぞ? そんなんと協力してんねやったら、あんなリスキーな方法やのうて、端からもうちっと正攻法できとるはずや」

「うむ、一利あるのう。ふぅむ……重ねて聞くが、小太郎君はその少女のことは何も知らんのじゃな?」


念を押すように、学園長が俺にそう問いかける。

それに押し黙って頷く俺。

確かに俺は石の魔法を使う西洋魔法使いに心当たりはあったがそいつは『少年』の姿であってあの『少女』とは別物だ。

……もっとも、これが霧狐や兄貴、あの狗族と同様に俺と言う存在によって歪められたイレギュラーであることは、比を見るより明らかだったが。

ともかく、学園長の問いに対して、俺は一切嘘は吐いていない。


「ただ大方の予想は付いてんねん。恐らくあの嬢ちゃんの狙いは兄貴の力……」

「式神殺し、じゃったな。なるほど、詳しいことが分からん分、どのように利用されるかも分からん。仮にその少女が君の兄上に関して何らかの情報を持っているとするなら、今回の戦闘に介入した理由にも納得がいくというわけじゃ」


もう一度、俺は静かに首肯した。


「問題はあの嬢ちゃんが、何のために兄貴の力を必要としたかってことや。……力はあくまで手段に過ぎひん」

「相応の目的があってこその犯行というわけか。いやはや……うむ、おおよそは把握した。その少女に関しては、引き続き調査を行おう」

「よろしゅう頼むわ。……ほな、俺はそろそろ行くで?」

「うむ。霧狐君は女子校エリアの総合病院におる。早く行ってやると良い」


おおきに、と、俺は学園長に頭を下げてから踵を返した。










ばたん、と控えめな音を立てて学園長室の扉を閉める。

その瞬間、俺は木製のその扉に、まるで崩れるようにして背中を預けていた。

霧狐の居場所は分かった。

今は刹那達が付いてくれているというなら、それも一安心だ。

学園長への報告も終わったし、俺は兄として一目散に彼女の下へ駆け付けるべきなのだろう。

しかしだ。


「……どの面下げて会いにいきゃええねん」


誰にともなく呟いたのは、ここ数年吐いたこともない弱音だった。

あれだけ護ると、必ず救うと豪語しておきながら、俺は彼女が傷つくのをただ黙って見ているだけしか出来なかった。

加えて、兄貴を倒すどころか、新手の敵に返り討ちにあい、為す術もなくその場に倒れた。

……情けないにもほどがある。

正直、慢心していたのだろう。

昨年の春休みからこっち、俺はここぞという勝負で、必ず勝利を収めて来た。

もちろんそれは、周囲の力や、そのときどきの運が味方してのものだったというのに、それをどこか自身が強くなったように錯覚してしまっていたらしい。

その果てに、俺は自分よりもはるかに小柄な少女の拳一発で意識を刈り取られた。

何が世界最強を目指すだ。何が千の呪文の男を越えるだ。

ちゃんちゃらおかしくて笑いが込み上げて来る。

大事な妹一人護れずに、何が仲間も自分も護って見せるだ。


「……兄貴の言うてた通り。俺はまだまだ半人前以下の甘ちゃんっちゅうわけや」


あーあ、本当これからどうしたもんかね……?

そうやって病院に向かうかどうかを躊躇しているときだった。


「小太郎? もう意識が戻ったんですか?」


声を掛けられて、俺は反射的に顔を上げた。


「……刀子センセ?」


そこに居たのは、いつものスカートスーツに身を包んだ刀子先生の姿があった。

手には大量の紙束を抱えているので、恐らく事後処理にある程度の目処が立って、その報告に来たってところかな?


「ここにいるということは、あなたも学園長に報告ですか?」

「ああ、まぁそれはもう終わってんけど……」

「? では早く妹さんのところに行かなくて良いんですか? 酷い怪我を負ったと聞いていますが……」


刀子先生の問い掛けに対して、俺はすぐに答えることが出来なかった。

そんなことは俺だって分かってる。

出来ることなら、今すぐにでもあいつの傍に行って、その手を握ってやりたい。

少しでもその痛みを分けて欲しいくらいだ。

けど、俺にその資格があるのか?

同じところを回り始めた自問に、俺は明確な回答を出せず押し黙っていた。


「……へぇ、あなたでも、そんな表情をすることがあるんですね」

「は?」


しかし沈黙を守っていた俺に、刀子先生が投げかけた言葉は、俺の予想のはるか斜め上をいく感想だった。

おかげで、素っ頓狂な返事をしてしまう俺。

今鏡を覗いたら、恐らく今世紀最大の間抜け面を拝むことが出来るだろう。

写真に残しておいたらギネスも狙えるくらいの。

そんな俺の思考を知ってか知らずか、刀子先生はまるで安心したかのように少し笑みを覗かせて言葉を続けた。


「いつものあなたはどこか飄々としていて、年不相応に落ち着いていますから。今みたいな表情が見れて少し安心しました。あなたもまだ中学生なんだ、ってね」

「飄々って……俺そんなに老けこんどんのかいな……」


それはそれでショックを禁じ得ないぞ。

俺がげんなりしてると、刀子先生は何か思いついたのか、漫画なら頭の上に電球が光ってそうな表情を浮かべる。

が、すぐに少し頬を赤らめてこんなことを言い始めた。


「な、何を悩んでるのか知りませんが、私で良かったら相談に乗りますよ? こ、これでもあなたの担任ですしねっ」


何故か少し上ずった声の先生。

その気持ちはありがたい。ありがたいのだが……。

生前の行き方も相まって、俺は誰かに弱みを見せるのが余り好きではない。

それこそ強くなるためとかなら話は別だが、今回のことは俺の精神的な弱さというか、クソみたいなプライドの話だ。

余り人の耳に入れるようなことじゃない。

なんて思ってたのだが……。


「うっ……そ、そんなに私は頼りないですか?」


俺が黙り込んでるのを何か勘違いしたらしい。

刀子先生は若干涙目になりながら、消え入りそうな声でそう言った。

何かその様子は雨に濡れた子犬みたいで、普段の刀子先生とはギャップが凄くて可愛いらし……っではなくて!!

うう……女の人にこういう顔されると、俺はどうにもダメだな。

どうしても逆らう気力が削がれるというか、それ以上何も言えなくなってしまう。

俺は諦めて、何故霧狐の下へ行くことを躊躇っていたのか、刀子先生に話すことにした。


「……なるほど。少しは年相応の顔もすると思って感心したんですが……小太郎、やっぱりあなたは老成し過ぎです」

「ぐはっ!? ……そ、相談に乗ってくれる言うた割には辛辣な……」


話を聞いた刀子先生は、ばっさりとそう斬り捨ててくれた。

見えない何かに胸を貫かれたような気がして、俺は一層鬱屈とした気分を味わっている。

……いっそコロセ。


「はぁ……。それで、結局のところあなたは今後どうしたいんですか?」

「せやから、それを悩んどるんやないかい。正直、霧狐には合わせる顔があれへん」

「……では大まかな選択肢を上げてみましょうか? 1つは、以前にもまして己を練磨するという方針、もう1つ挙げられるのは、いっそのこと武の練磨はほどほどにして、普通の魔法生徒と同じように、それなりの経験を積んで行くという方針ですが……」

「後者なんて俺が選ぶ訳あれへんやろ?」


殆ど脊髄反射で答えた俺に、刀子先生はにんまりと楽しそうな笑みを浮かべた。

……何か、見透かされたようで嫌なんですけど?


「なら何も悩む必要はないでしょう?」

「いやいや、そりゃ大局的に見たらそうやけども。霧狐を護れへんかった事実はなくなる訳とちゃうやろ?」

「そもそもその考え方がおかしいんですよ。あなたの妹さんが、あなたを怨んでいる、とでも言いましたか?」

「む……」


そう言われると返す言葉もない。

確かに、霧狐はそんなこと言ってなかったし、むしろ今回の件に関しては自分に一切の責任があるみたいな物言いだった。

そもそも、全ての責任を人に押し付けられるような愉快な性格をしていたら、わざわざ危険を犯してまで俺に会いに来たりはしないだろう。

そう考えると、俺がここでうじうじ悩んでるのは筋違いな気もしてきた。

……本当、俺って奴はつくづく半人前だな。

以前刹那にも言われた通り、相変わらず周りが見えてないらしい。


「ふふっ。どうやら少しは気分が晴れたみたいですね?」


考えが顔に出ていたらしい、それを見た刀子先生は勝ち誇った笑みを浮かべてそう言った。


「ホンマ、センセには敵わんわ……おおきに。おかげで吹っ切れたわ」

「気にしないでください。言ったでしょう? 私は、あなたの担任なんですから。……ゆ、ゆくゆくはそれ以上になりたいですど……」

「ん? スマン刀子センセ、最後の方聞こえへんかったんやけど?」

「き、気にしないでくださいっ!!」


俺が聞き返すと、何故か刀子先生は顔を真っ赤にしてそんな風に追求を避けたのだった。

なして?

その瞬間だった。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


突然鳴り響く犬の遠吠え。

お馴染みとなった俺の携帯の着信音だった。

慌ててポケットから取り出した俺は、背面ディスプレイの桜咲 刹那という表示に目を見開いていた。


「刹那!? どないした!? 霧狐に何かあったかいな!?」

『小太郎さんっ!? 霧狐さんが!! 霧狐さんがっ……!!』


今にも泣き出しそうな刹那の雰囲気が、電話越しにも伝わって来る。

俺は即座に最悪の状況を覚悟して、思わず生唾を飲み込んだ。

そして刹那は、涙に濡れた声で、こう告げた。



『―――――霧狐さんが、今っ……意識を取り戻しました!!』










病院の廊下を俺は脇目も振らず駆け抜けていた。

途中看護師さんに何度か注意されたが、俺の耳には殆ど届かなかった。

ほどなくして、受付で聞いたの同じ部屋番号のプレートが目に入る。

よし、ここで間違いない。

走ってきたことで息は完全に上がっていたが、俺はそれを整えることもせず、躊躇なくそのドアを開け放った。


「霧狐っ!!」


驚いた顔で、木乃香と刹那がこちらを振り返る。

叫んでから、しまったと思ったが、そんなの今さらだ。

俺はゆっくりと霧狐の寝かされているベッドへと歩み寄り……。


「……霧狐?」


今度は、出来るだけ穏やかな声で、彼女の名を呼んだ。

ベッドに寝ていた彼女は、ゆっくりと目線だけでこちらを見て、僅かに微笑みを浮かべた。

輸血のパックは繋がったまま、酸素マスクもしたままだったが、それでも彼女ははっきりと、その可愛らしい唇を動かしてこう答える。


「……なぁに、お兄ちゃん?」

「―――――っっ!?」


瞬間、俺の中で張り詰めていた何かが、ふっと緩んだのを感じた。

がくっ、とその場に俺は膝を付く。

あのときだって我慢していたはずなのに、お袋や村の皆が死んだときだって決して泣かなかったのに……。

今この瞬間、俺の涙腺はこれまでの役目を全て全うするかのように、涙を溢れさせていた。


「……良かった……ホンマに、良かった……!!」


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、俺の口元にはこれ以上ないくらいの笑みを浮かべていた。

俺に釣られたかのように、霧狐の目からつうっと、一筋の涙が零れ落ちる。


「……うん。キリも、またお兄ちゃんに会えて嬉しい……嬉しいのに、やっぱり涙、止まんないんだ……」


そう言って目を閉じ、静かに涙を流し続ける霧狐。

俺はその小さな左手を両手でそっと包み、それ以上の言葉を紡ぐこともできず、ただただ彼女が生きている喜びを噛み締めたのだった。










あれから数分後。

一生分は泣いた俺。

落ち着いてから、ずっと霧狐に付いていてくれた木乃香と刹那に礼を言おうとして振り返ったら、二人とも俺以上に凄いことになっていた。

刹那は直立のまま滝のように涙流してるし、木乃香はその刹那の胸に顔をうずめて泣きじゃくってたし……。

俺よりも二人が落ち着くのに時間がかかったのは言うまでもない。

二人をどうにか落ち着かせた俺は、霧狐の容体について担当の医師(治癒術師)から説明を受けていた。

傷に関してはもう完全に塞がっているとのこと。

この分だと跡も残らないそうだ。

どちらかと言うとデカい血管をブチ切ってたせいで出血の方がヤバかったらしい。

輸血が間に合ったため、そちらももう心配ないとのことだ。

ちなみに傷の治りが良いのは、皮肉にも九尾が取り憑いていたおかげらしい。

九尾の魔力を吸って極限まで高められた影斬丸の切れ味だったからこそ、こうもあっさり損傷した臓器や血管の修復が上手くいったんだと。

……素直に喜び辛い状況ですがね。

まぁ女の子なんだし、傷が残らないってのは、本当に良かった。

俺はともかく、そういうのに偏見を持ってる男なんてごまんといるしな。

まぁ、今から霧狐の貰い手の心配しても仕方ないのは分かってるけどね。

ん? もしとんでもない男を連れてきたら? HAHAHA!! ……サクッと殺って世界中の肥やしにでもしてくれるわ。

なんて、早速シスコン気味になってきた俺の与太話は置いておこう。

一度は目を覚ました霧狐だったが、やはり結構なダメージを負っていたらしく、俺がドクターに説明を受けてる最中にまた眠ってしまった。

そういう訳で、俺は今霧狐の病室で、刹那と木乃香に今回の事の顛末を説明している真っ最中だ。


「新たな敵、ですか……」


一通り俺の話を聞いた刹那は、神妙な面持ちでそう言った。


「九尾の魔力使うてた俺ですら手も足も出ぇへんかった……正直、悪夢みたいな話や」


それが兄貴と手を組んだとなると、本当に厄介だ。

何度も言うが、あいつの恐ろしさはその体術や規格外の呪術センスではなく、その頭のキレ。

力の使いどころを間違えないところにあるのだから。

霧狐が回復したことで残された、最悪にして最大の課題に、俺と刹那は揃って閉口するしかなかった。


「大丈夫やえ」


しかし、そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように、木乃香がそんなことを言った。

春の陽気みたいに、柔らかく温かな笑みを浮かべて木乃香はなおも続ける。


「だって、コタ君負けっぱなしは嫌いやろ? せっちゃんかて、昔から結構まけず嫌いで意地っ張りやん? ……このままで終わろなんて、思ってへんのとちゃうん?」


何が大丈夫なのかは甚だ疑問の残る物言いだったが、なるほど、言われてみれば確かにそうだ。

自信満々といった風ににこにこする木乃香が余りにも頼もしくて、俺も刹那も予期せず吹き出していた。

そんな俺たちの様子に、木乃香は一人慌てた風に疑問符を浮かべている。


「う、うち、何や変なこと言うてもうたかな?」

「くくっ……いや、何も変なことはあれへん。ああ、俺の辞書には負けっぱなしっちゅう言葉はあれへん」

「ふふっ……はい、私とて剣を握る者です。力が足りてないというのなら、一層腕に磨きをかけるだけですから」


そう、今更歩みを止める訳には行かないのだ。

ついでに言っておくなら、俺は最初からその高みを目指していた。

今回の出来事は、その到達点がいかに遠いか、それを再確認させられただけに過ぎない。

なるほど、やはり俺の目指す道は相応に険しいらしい。

思い浮かべたのは、憎たらしいあのクソ兄貴と、俺を一撃の下、地に伏した銀髪の少女。

恐らく彼女こそが、この世界における俺たちの最大の強敵にして、ネギ・スプリングフィールドのライバル。

かつて彼の父、ナギ・スプリングフィールドと彼率いる紅き翼によって壊滅寸前に追い込まれた秘密結社。

完全なる世界を動かす、中枢人物の一人にして造物主が忠実なる人形の一人。



―――――その名を…………









SIDE Hanzo......



「……っ、どこや、ここ?」


わいが目を覚ましたんは、恐らくどこかのビジネスホテルやろう。

それなりに整った内装のこじんまりとした部屋やった。

自ら切り離した右腕がずきずきと痛む。

いや、正確に言うと痛む右腕はもう存在すらせぇへんのやけど……まぁこれがファントムペインってやつやろ。

そう結論付けると、早速わいは今の状況を把握することに努めることにした。

わいはあんとき、九尾の魔力を喰った小太郎に殺されかけた。

丹精込めて作った九尾復活の術式が、あろうことかあのクソガキに逆手に取られるなんてな……ホンマ胸糞悪い話しや。

そんで、もう避け切れへんと思うた矢先、突然生えて来た石の塊が小太郎の刀を受け止めた。

かと思うたら、小太郎が何者かにぶっ飛ばされた。

んで、今度はわいが水のゲートで跳ばされて……あかん、その後どうなったかが思い出せへん。

まぁ生きとるし、拘束もされてへん。

それどころか、傷の手当てまでされとるいうことは、とりあえず当面の危機は去ったと見て構わへんやろ。

そこまで考えたときや。

不意にドアが開く音がした。

一応、警戒だけはしとく。

とは言え魔力もすっからかん、オマケに片腕になってもうたわいに闘う気力なんてもう残されてへんから、ホンマに警戒するだけになってもうたけどな。


「目が覚めたのかい? もうしばらくは寝たままかと思っていたんだけど、案外頑丈みたいだ」


んで、思わず面食ろうてもうた。

何せ入って来たんは、あのクソガキとそう歳の変わらへん銀髪の嬢ちゃんやったんやから。

まさか、この嬢ちゃんが小太郎をぶっ飛ばしたいうんか?

そんなバカなと思うたけど、すぐにそうおかしなこともあれへんと思うた。

嬢ちゃんから感じる魔力に変な淀みと妙な規則性を感じる。

これは……。


「自分、ホムンクルスとかオートマタみたな人形の類やな? つーことは、俺をここに連れてきたんは自分の主の命令っちゅうことか?」


さっきも言うた通り、今のわいにはこの嬢ちゃんと闘う術なんてあれへん。

そもそも、九尾を一撃で殴り飛ばすようなバケモン相手にどないせぇっちゅう話や。

せやからわいは、もう警戒のポーズすら解いて、不遜な態度でそう聞いたった。

嬢ちゃんはこちらを、感情の読みとれへん無表情で見つめた後、意外にもあっさりわいの問い掛けに答えてくれた。


「お察しの通り、ボクはある人に作られた人形だよ。けれど、主は今不在でね。君を連れて来たのはボク個人の意思だ」

「ほぉ……そいで? 中房に出し抜かれるような間抜けを拉致って何をさせよういうんや?」


皮肉を込めてそういうわい。

それにも嬢ちゃんは顔色一つ変えへん。

……あかんわ。この嬢ちゃん、わいのいっちゃん苦手なタイプや。

感情が表情に出ん上に、割と素直に何でも答えてくれる……。

人をおちょくるんが大好きなわいにとっては、天敵みたいな性格しとる。


「鬼喰い、だったかな? 君の父上が考案したあの術式は」

「っっ!?」


鬼喰い、という言葉に、わいの身体は否が応にも反応してまう。

この嬢ちゃん……どこでそれを知った?

いや、そもそもそれを知る者はおっても、わいがそれを使えるいうんを知ってる奴なんて、もうこの世にはおれへん。

唯一知っとったあの女も、5年前にこの手で確実に息の根を止めたった。

せやのに……この嬢ちゃん、とんだ食わせもんやで。


「ボクがその事実を知っているのは大したことじゃない。今重要なのは、君とボクは共闘できるかもしれないという事実だ」

「言うてくれるな? 自分で言うんもなんやけど、完全に記録は残ってへんはずなんやで? ……ほんで、共闘できるかもしれへんいうのは、どういう意味や?」


こういう手合いには、いっそ話を合わせてそうそうに会話を打ち切った方がストレスを感じんで良え。

せやからわいは、一先ずこの嬢ちゃんの話に乗った振りをすることにしたった。

けど、すぐにそんな考えは吹っ飛んでもうた。

嬢ちゃんが言うた内容は、わいにとってあまりに破格のものやったからや。


「京のスクナと、サムライマスターの命……君なら、喉から手が出るほど欲しいものだと思うんだけど?」

「!? ……ホンマに、食えへん嬢ちゃんやな。……その見返りに、わいに何をさせるつもりや?」

「犬上 半蔵、君は少し勘違いをしているようだ。ボクは君に力を貸して欲しいとは言っていない。寧ろボクが君に手を貸そうと、そう言っているんだ。何せ、僕が欲しいのは君と同じサムライマスターの命だからね」


俺が寝ているベッドの正面に、嬢ちゃんは椅子を置いてすっと腰掛ける。

それこそまるで機械のような、整然とした動きで。

その様子から、この嬢ちゃんは嘘が吐けへんタイプやと直感したわいは、思わず口元を三日月に歪めた。


「……なるほど。かなり上手い話やないか。良えで、その話乗ったるわ」


実際、酒呑童子、九尾の狐と立て続けに失敗に終わってもうた以上、わいの目的を達成する手段として残されとるんは、最早京のリョウメンスクナくらいしかおれへん。

わいがそう言うと、嬢ちゃんは初めて、彫刻みたいに動けへんかった表情を、ほんの少しだけ笑みの形に歪めて言うた。


「交渉成立、ということで良いかな?」

「……その前に、一つだけ聞いても構へんか?」

「何かな?」

「自分、何ちゅう名前や?」


今思えば、非常にらしくあれへん質問やったと思うけども、こんときばかりは状況が違うた。

同じ魔法生物を作るモンとして、ここまで完成度の高い作品の銘くらいは気になってまうやろ?

嬢ちゃんは突拍子もあれへんわいの質問に、ちっとばかしやけど面食ろうたんか、少し目を丸くした。

けど、それはほんの一瞬で、次の瞬間には彫刻のような表情はそのまま、その小さな唇だけをわずかに動かしこう名乗った。



「―――――ボクの名は……」










――――――――――フェイト・アーウェルンクス。     「――――――――――フェイト・アーウェルンクス」





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 47時間目 首尾一貫 そろそろタイトルのネタも尽きて来たなぁ……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/02/01 00:23



各学部に新入生が入って来てから最初の日曜日のこと。

俺は男子部エリアの裏山に居た。


「……ま、今日はこんなところやろ」


ぱんっぱんっ、と手をはたいて、俺は全身に纏っていた『気』を引っ込めた。


「きゅう……」

「あうぅ……」


そしてそのすぐ後ろで目を回して倒れている二人の女の子。

一人は一時はどうなることかと思ったが、春休みの事件から無事復活を遂げた妹、九条 霧狐。

霧狐はあの事件の後、すぐに退院し、今では一緒に逃亡生活を送っていた母共々麻帆良で暮らしている。

そして霧狐の母親は学園長の厚意で、女子中等部学生寮の管理人として住み込みで働くことになった。

しかし、霧狐の母親に初めてあったときは本当に驚いた。

メチャクチャ若いんですもの。

だってね、聞いた話だと霧狐は彼女が14のときに生まれたんだとか。つまりまだ20台な訳ですよ。

……そういや、俺のお袋もかなり若かったけど……親父はアレかな? バッ●べヤード様にどやされたり、ア●ネスが来ちゃったりする類の人だったのか?

それはさておき、その娘である霧狐は、当然のように女子中等部に入学した訳だ。

真新しい制服が良く似合っていて可愛らしい。

そして、その霧狐の上に重なるようにして倒れこんでいるのは彼女のルームメイト。

アメリカはジョンソン魔法学校で7年の研修を終え、日本にやって来た魔法使いの卵、佐倉 愛衣だった。

他人を極端に怖がる霧狐なので、正直最初は人付き合いが上手くできるか不安だったのだが……。

どうやら同じ炎を使う者同士、何かしらのシンパシーがあったのだろう。

仲良くしてくれているようでそちらは一安心だ。

んでもって。このひと呼んで炎の新入生コンビが何故目を回しているのかと言うと、答えは至極簡単である。

俺相手に実践形式の魔法戦をやらされたからだ。

春休みにした約束通り、俺はあれから霧狐を鍛えている。

その話を聞いた、愛衣の世話役となったとある女子高生が、是非愛衣を一緒に鍛えてやって欲しいと言い出したのである。

そしてそのとある女子高生に借りのあった俺はそれを断る理由もなく、今に至る。


「さすがですね、小太郎さん」


そう言ってぱちぱちと手を叩くのは、真新しい麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校の制服に身を包んだ金髪碧眼の美少女。

彼女こそが俺に愛衣の指南を依頼した件の女子高生、高音・D・グッドマンその人だった。


「愛衣は魔法学校も首席で卒業。最近では一部の魔法も無詠唱で行えるようになってきた非常に優秀な魔法使いなんですけど……二人掛かりでこうもあっさりとは」


そう言って溜息交じりで未だ目を回す愛衣を見つめる高音。

いやいや、潜って来た修羅場が違いますからね。


「しかし、不便でしょう? 魔力の類が一切使えない生活というのは」


高音の言葉に忘れかけていた問題を思い出してがっくり肩を落とす俺。

そうなのだ。今俺は一切の魔力を封印されている。

その原因は春休みの兄貴による二度目の麻帆良襲撃事件に遡る。

霧狐の意識が戻った後に気が付いたのだが、その時点で既に俺の魔力は完全に封印されてしまっていた。

何でも、これは学園長とエヴァの判断による緊急の処置なのだとか。

俺が吸収した九尾の魔力は、全盛期のエヴァやナギに匹敵し得る強大なもので、オーバードライブしていない俺がむやみに扱うにはあまりに危険な代物らしい。

そこで、俺の魔力が暴発したり、あるいは九尾の魔力に当てられて魔獣化したりしないように、その魔力の全てを封印した、とのこと。

おかげで俺はかつてない最弱状態を味わっている。

うん、エヴァの気持ちが物凄い分かった。

これはかなり辛い。時と場合によってはすげぇイラっとする。

何せ今まで普通に出来ていたことが全く出来なるのだ。

そのストレスは半端じゃない。

獣化はおろか、狗神も使えず、影斬丸すら抜くことが出来ない。

幸いだったのは、チビが既に自分で魔力を取り込むことが出来るようになっていたことだ。

しかし、いつまでもこの状態ってのはあんまりだってエヴァに言ったところ。

俺の精神力が九尾の魔力を制御し得る状態になれば、自然と封印は解かれる、とのこと。

とは言え、精神力の鍛え方がイマイチ分からないので助言を求めたところ。


『九尾の魔力を吸収したときの感覚を思い出せ。それぐらいできなければ、いつまで経っても貴様は半人前以下の駄犬だ』


とのありがたい言葉を頂いた。

しかしなぁ……あんときはブチキレてて何が何だか良く分からなかったし……。

先は中々遠いようだ。

とはいえ、正直な話、気だけで並みの魔法使いくらい倒せないと話にならない。


『―――――まだ闘る? ボクと君との力の差は歴然だと思うけど?』


―――――あのバケモノを斃すためには。

せっかく手に入れた九尾の魔力も、使えなければ宝の持ち腐れだしな。

霧狐達との手合わせはその一環と言う訳である。

と、言う訳で、俺は苦笑いを浮かべながら高音に答えるのだった。


「まぁ、鍛え直すためのちょうど良い機会やと思って受け容れるしかあれへんよ」

「ふふっ、小太郎さんらしいですね。まぁ、今のままでも十分過ぎる程にお強いとは思いますが」


小さく笑って、高音はようやくよろよろと立ち上がった二人に視線を移す。

怪我するほど攻撃した覚えはないので、恐らく魔力の使い過ぎと、俺に誘導された霧狐が、愛衣に力いっぱい突っ込んだときに脳震盪でも起こしたのかもしれないな。

ちなみに、高音はあっさりなんて言うが、実際のところ、魔力も太刀もなくこの二人を相手に立ちまわるのは結構な重労働だった。

典型的な前衛であり、スピードだけなら俺をも凌駕する霧狐。

そしてそのサポートとして、十分に実力を持つ詠唱型の魔法使いである愛衣。

中々にバランスの取れた名コンビだったと言えよう、愛衣だけに。

ただ、今まで術師タイプとの戦闘経験ばかりしかない霧狐と、そもそも実践経験のない愛衣では、俺の闘い方に対応しきれなかったという話であって。


「ま、経験の差やろ? そんなん一朝一夕ではどうにもなれへんし、これからぼちぼちやって行ったら良えわ」

「……それもそうですね」


俺の言葉に賛同すると、高音はもう一度小さく笑みを浮かべた。

するとふらふらとした足取りで、二人がとぼとぼと俺たちの近くまでやって来る。


「うぅ……くらくらするよぉ……」

「は、はい~……お、お姉様と霧狐さんからお話は伺っていましたが……まさか封印状態でこれほどまお強いとは……」


まだ視界が揺れているらしい、霧狐と愛衣はお互い頭を擦りながら口々にそうぼやいた。


「いやいや、二人とも十分強いで? 単純に俺のが実戦経験が多かったいうだけで」

「全く相手にならなかった、という訳でもありませんし。今のところは及第点だと思いますよ?」


俺と高音の先輩コンビにそう言われると、二人はゆっくりと顔を見合わせると、こちらに向き直って苦笑いを浮かべて言った。


「「これからもよろしくお願いします」」


うむうむ、素直な教え子たちでお兄さんはとても嬉しいです。










それから数分後。

汗を掻いたのでシャワーを浴びたいという女子一行と別れて、俺は学生寮へと戻る途中だ。

魔力封印のせいで警備の任務から一時的に外されたため、これと言ってやることもないからな。

おかげでどっかのスナイパーががっぽり儲けてるとか。

なんて考えながら歩く、学生寮への道の途中。


「……ん? ……何や、アレ?」


異様な光景に出くわした。


「腕自慢募集してます!!」

「格闘技だろうが喧嘩だろうが関係なく、俺こそが最強だ、という方は是非話だけでも!!」


何だ何だ? 新学期名物の部活動勧誘か?

いやいや、それにしては雰囲気が物々しい。

『挑戦者募集』『集え!!強者よ!!』なんて看板を掲げて声を張り上げている暑苦しい筋肉達磨なその集団。

良く見ると、そいつらの格好はあまりにもチグハグで、とても部活動の勧誘には見えなかった。

だって空手の道着のやつも居れば、剣道の防具をフルセットで装備したバカもいるし。

ボクシングかムエタイか分からんがハーフパンツのやつに、レスリングと思しき格好のやつまでいる。

……本当、何なんだよこいつら?

まぁ下手に関わると明らかに痛い目を見そうだったので、俺はその集団をとりあえず見なかったことにして通り過ぎようとした。

が……。


「おお!! 小太郎じゃねぇか!?」

「げ……」


その集団の中から、良く知っている声が聞こえて来て、俺は仕方なしに足を止めるのだった。

振り返った先に居たのは、時代錯誤なリーゼントに長ランといういかにもな番長スタイルの男。

その隣には、中華風な服にやたら唇の厚い強面と、空手道着を着た、髪の毛がまるで向かい風でも受けたかのように逆立った男。

そしてもう一人。そこそこイケメンなんだが、明らかに中二病かコスプレイヤーとしか思えない不思議な格好の男もいた。

……言わなくても分かると思うが一応順に紹介しておこう。

最初のリーゼントが豪徳寺 薫。次の中国が大豪院 ポチ。空手が中村 達也。中二病が山下 慶一。

まぁ……あれだ。

麻帆良武道会における負け犬カルテットと言ったら分かるだろ?

何の因果か、俺はこつらとクラスメイトだったりする。

それぞれに得意とする武術は違うものの、それぞれ武を志す者同志気が合って、今では俺にとってクラスの中でもかなり仲の良い友人たちだ。

何でこいつらが、この集団にいるんだ?

薫ちゃんは、にかっ、と男臭い笑みを浮かべながら、集団から俺に向かって歩いてくる。

その手には『伝説に、君もチャレンジ!!』と書かれた看板が掲げられていた。

いや、本当に何!?


「いや~~良い所に来てくれたぜ。お前ならあいつにも勝てるだろうからな!!」

「は? いや、待ってくれ薫ちゃん。いったい何の話を「おい!! こっちだ!! 麻帆中の黒い狂犬がいたってよ!!」……ホンマに何やねん」


全く状況が飲み込めてない俺を余所に、その集団は俺の方へとこぞって大移動を開始。

ヒィィィイッ!? あ、暑苦しいにもほどがあるっ!!!!

軽くドン引きな俺、さらにドン引きなことに、その集団は俺の前に来るや否や、こぞって土下座しやがった。


「お願いです!! どうか、どうかあの人と闘ってください!!!!」

「…………」


……いつから麻帆良はクエストが発生するような村になったんだ?










「中武研の部長?」


結局断り切れなかった俺は、ぞろぞろと暑苦しい集団に連れられて大学エリアへと移動中。

その道中で、俺は薫ちゃんに事情を説明して貰っていた。


「おう。あまりにも強過ぎて、最近は稽古相手もままならねぇらしくてな。見るに見かねた他の部員が、ああやって挑戦者を募ってたもんだからよ……」

「挑戦して返り討ちに合うた、と……」

「瞬殺だったぜ☆」


ぐっ、と右の親指をサムズアップする薫ちゃん。

そんな堂々と敗北宣言するなよ。ある意味男らしいけどさ。


「で? 自分らもことごとくやられた訳かいな?」


残りの3人に、半ば呆れたような視線を向けると、皆一様にぐっ、と悔しそうな表情に変わった。


「め、面目次第もない……」

「大豪院はまだ良いだろ? 俺と慶一なんて一撃でK.O.だ」

「ちょっ!? た、達也!? それをばらしてんじゃねぇよ!?」

「…………」


まぁ、大豪院は同じく中国武術使いだしな。

それなりの闘い方を分かってたから保ったんだろう。

それにしても達也と慶一……特に慶一だが、この世界でも一撃兄ちゃんは健在らしい。


「で、俺たち以外の挑戦者も次々にやられちまってな。こうなると意地でもあの部長が負ける姿が見たくなっちまってよ」

「なるほど、それで挑戦者の募集に参加してたんやな」


それなら合点が行く。

そう言えば集団の中にはやたら中華風の衣服の連中が多かった気もするな。

俺に土下座した連中は全員そうだったから、あれが中武研の会員ってことか。

しかし……中武研の部長ってことは、古菲のことだよな? まだ2年じゃねぇか。

まぁ一番強い奴が部長に、ってことなんだろうけど、確か中武研って図書館探検部と同じ部大学までの合同サークルだよな?

それで良いのか中武研!?

それはさておき、古菲と手合わせできるってのは、俺からすると願ってもないことだ。

ちょうど気の使い方を見直していたところだし……って、今の古菲って気使えるんだっけ?

確か古菲が本格的に瞬動やらなんやらを使いだしたのって、修学旅行編以後だったよな?

ん~……それだと、俺は気すらも封印して闘った方がいいだろうな。

まぁ、薫ちゃん達相手に稽古する時も同じ条件だし、何とかなるだろう。

そんなことを考えながら、俺は大人しくぞろぞろと動くマッチョたちに黙ってついていくのだった。










で、やって来たのは、大学エリアのレクリエーション施設の1つである第2道場。

ここは中武研が主に活動を行っている場所とのこと。

午前中からずっと挑戦者を募っていたらしく、既に道場には結構な数のギャラリーが押し寄せていた。


「何だ? 次の挑戦者はあんな優男かよ?」


不意にギャラリーからそんな声があがる。

もっとも、見た目だけで実力を判断するようなバカの戯言だし、そんなのそよ風ほどにも感じ……。


「ば、バカ!? お前殺されるぞ!?」


……何だ? えらく物騒なこと言って諌めてる奴がいるが?


「知らねぇのかよ!? あいつだ。去年一年間で100人以上の不良を病院送りにした『麻帆中の黒い狂犬』……」

「なっ!? ま、麻帆良の暗部を牛耳ってるって噂の、あの『狂犬』だってのか!?」


俺はゴッド●ァーザーじゃねぇっ!!!!

あまりの貶されように、そう声を大にして叫びたくなったが、無用の混乱は避けたいのでぐっと堪える。

俺、偉い。

しかし、そんな俺の考えも余所に、外野の論争はヒートアップする一方だった。


「逆らう者は容赦なくその拳で黙らせる……まさにアルティミット・ヤンキー……」

「な、なるほど……それじゃこの勝負は、麻帆良の表と裏。その頂上決戦って訳か……」

「…………」


……もう何とでも言ってくれ。

俺は広まった自分の悪名が、最早返上不可能だと知り、軽く打ちひしがれるのだった。










軽くショックな事実を突き付けられながらも、俺はようやく道場の入口に立っていた。

形式に則り、一礼してから道場に足を踏み入れる。

念のため靴下を脱いでいたため、ひんやりとした床の感触が伝わって来る。

道場になんて、入るのは近衛の本家に居た時以来だな。

とても懐かしく、心地良い冷たさだった。

道場の両脇には中武研の会員と、これまでに散っていった挑戦者たちがずらりと並び、俺のことを固唾を飲むようにして見つめている。

そして俺の視線の先……神棚の真下に座禅を組み、両目を閉ざした道場の主は、まるで周囲のざわめきなど聞こえていないかのようにただただ沈黙を守っていた。

特徴的なサイドテールに、小柄ながらも豹を彷彿とさせるしなやかに鍛えられた筋肉。

肩口から袖のない、おそらく動きやすいようにあしらえられたであろう簡易的なチャイナ服に身を包んだその少女。

彼女こそがこの中国武術研究会を統べる、最強の使い手。

―――――古菲。

気や魔力、裏の社会について何も知らないとは思えないほどに、座禅を組んだ彼女の佇まいは荘厳だった。

俺が試合場の中に入ると、古菲はゆっくりとその双眸を開き、武人然とした力強い笑みを浮かべた。


「……次の挑戦者はお前アルか?」

「おう、相手がおらんで難儀してるくらい強い奴がおるって聞いてな」


そう答えた俺も、恐らく似たような笑みを浮かべていることだろう。

しゅんっ、と古菲は手を使わずに立ち上がって見せた。


「さっきまでの相手とはまるで雰囲気が違うアルな。……かなりの達人とお見受けするアルよ」

「達人なんて呼べるようなモンとちゃう。ただの喧嘩屋や」

「日本ではただの喧嘩屋が、相手に呼気を読ませない呼吸をするアルか?」


……へぇ。今の僅かなやり取りでそれを読むか。

全ての格闘技において、人間は息を吸うときに攻勢に転じることは出来ない。

攻撃を行うときは、息を吐いてるか、止めてるかのどちらかだ。

そのため相手に呼吸を読まれるということは、即ち自らの隙を曝け出しているのと同義。

故に熟練者は、余程の乱戦でない限りはその呼吸を気取られないよう無意識に息を整えているのだが……。

それに気が付けるくらいには、古菲は強いということだろう。

正直、気まで封印してもすぐに勝負が付きそうだと思ってたが、これはやってみないと分からなくなったな。


「……中等部男子2年、犬上 小太郎や。自分が相手なら愉しい勝負が出来そうで安心したで」

「同感ネ。―――――同じく女子部2年、中武研部長の古菲アル。その挑戦、受けて立つヨ!!」


そう言ってびっ、と構える古菲。

左右の手掌をぐっと前に押し出し、一直線上に両足を並べる中国武術、八卦掌独特の構え。

対する俺は、どんな攻撃にも対処できるよう軽く腰を落とし、同じく軽めに握った両拳を胸の高さにまで持ち上げる攻防のバランスを重視した構えで相対する。

ギャラリーの集団から一人、恐らく中武研の会員と思われる男が歩み出て来て、その右手を高々と挙げた。


「―――――それでは……始めぇい!!」


ひゅん、と振り下ろされる男の右手。

その瞬間、闘いの火蓋が切って落とされた。

爆発のように上がる大歓声。

しかしそれは俺たち二人の耳には届かない。

既に俺たちは、互いに敵しか感じぬほどに、その神経を研ぎ澄ましていた。

はち切れんばかりの歓声の中、最初に動いたのは古菲だった。


「先手必殺アルよっ!!」


微妙に間違った四字熟語を叫びながら、その右足でしっかりと床を踏みしめ繰り出される右の崩拳。

―――――迅い、とそう感じる程には十分な練度を持った一撃だった。

しかしそれは、あくまで一般的な表の世界での格闘技ならの話し。

午前中に対峙した霧狐の一撃は、これに比べれば紫電の如き速さで俺を捉えていた。

故にその一撃は、俺には届かない。

ぱしっ、と小気味の良い音を挙げ、俺の左手に吸い込まれる古菲の右拳。

伸びきった彼女の右腕を、俺は残った右手で掴んだ。

親指は天井に向け、拳骨は下を向くようにしたその掴み方に、古菲は瞬時に俺の意図を理解したことだろう。

その両目が驚愕に見開かれた。


「しまタ……!?」

「遅いっ!!」


古菲が体勢を立て直すより早く、俺は右足で彼女の両足を払う。

そして身体をぐりんと回転させながら、彼女の懐に潜り込み掴んだ右腕をそのまま担ぐと、叩きつけるつもりでその身体を投げ飛ばした。

所謂、一本背負いというやつだ。

とは言え俺の身体能力で繰り出されたそれは、冗談抜きで一撃必殺のそれ。

叩きつけられれば、そう簡単に起き上がれない。

その筈だったのだが……。


「……何のっ!!」

「うおっ!?」


叩きつけられるよりも早く、古菲は身体ごと右腕を回転させ、俺の腕からするりと逃げると、そのまま2、3回宙転し、俺との間合いを広げた上で着地した。

器用なやつめ。


「アイヤ~……い、いきなり危ないところだたネ……」

「今のを抜けるたぁな……さすがに一筋縄では勝たせてくれへんか」

「当然アル!!」


とは言え、今の攻防で古菲の大体の力量は分かった。

今の古菲だと、正直な話10回やったら10回俺が勝つだろう。

しかし古菲の性格を考えると、その実力差を決定的に知らしめる技を見せないと納得はしてくれないだろうな。

けど女の子には怪我させたくないし……。

ここはやはり投げ技がサブミッション、或いは打撃の寸止めか……。


「小太郎」


そんな風に、どうやって古菲を倒すかシュミレーションしていたら、少しむっとした表情で古菲が俺の名を呼んだ。


「ワタシに手心を加えるつもりアルね? ワタシ、そういうの好きじゃないアルよ!!」

「…………」


なるほど、今の攻防でそれに気付くか。

武人としては至極当然の考え方だな。

彼我の実力差がいかに歴然でも、真剣勝負で手を抜かれるのは最大の屈辱だ。

そこには男も女も関係ない。ただ武人としての矜持だけがある。

こりゃちょっとばかし礼儀知らずだったな。


「獅子は兎を狩るのにも全力を出すネ……小太郎も全力で来るヨロシ!!」


ぐっと拳を握り、先程とは少し違う構えを取る古菲。

剛の八極拳か……本気で俺を斃すつもりでいるな、古菲?

そう来られると、少しは応えてやらなくてはいけない気になってしまうのが勝負好きな俺の悪癖。

にやりと口元を歪めて、俺は古菲にこう宣言した。


「自分とは気が合いそうやな……ほんなら、ちっとばかし本気を見せたるわ」

「そう来ないと面白くないネ!! すぐに吠え面かかしてやるヨ!!」


そう叫び、再び俺に向かって疾走しようとする古菲。

常人離れした、高速の体裁き。

しかし、それを持ってしても今はまだ……。


「―――――俺の方が『迅い』」

「っっ!?」


古菲からすると、俺の姿は完全に消えたように見えただろう。

それだけの速度でして、俺は一瞬で古菲の懐に飛び込んでいた。


―――――とんっ


「へ……?」


片膝が床に付くか付かないかの低い姿勢。

その状態から俺は、古菲の腹部へと真上に向かって掌底を放つ。

否、掌底と言うには、その一撃はあまりに威力が無く、単に彼女の身体を押し上げたと言っても過言ではない。

ふわりと空中に浮く古菲の身体。

無論、天井に当てて怪我をさせるような愚は犯さない。

放り挙げられた彼女の体は、空中でくるんと仰向けに変わり、重力に引かれて落下を開始する。

叩きつけられて怪我をされても困るので、俺はその落下地点で両腕を差し出し……。


―――――ぽすっ


「ひにゃっ!?」


その身体を受け止めた。

所謂、お姫様抱っこの状態で。

一瞬の出来事に、古菲は愚か全てのギャラリーまでもが声を失っていた。

断っておくが、決して瞬動を使った訳じゃないので悪しからず。

ともあれ、これで古菲も俺との実力差が分かったことだろう。

俺はニヤリと、底意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「どうや? これでもまだ闘るつもりかいな?」


ばちっ、と正面からかち合う俺の古菲の視線。

次の瞬間、ぼんっ、と音を立てそうなくらい一気に、古菲の顔は真っ赤に染まった。

……え?


「ひ……」

「ひ?」




「―――――ひにゃ~~~~~~~~~~っっ!!!?」




耳を劈くような悲鳴を上げると、古菲はひょいと身軽に俺の手から飛び降りて、どこかへと走り去ってしまった。

……ええと、何? この状況。

瞬間、道場に湧きあがる大歓声。


「や、やりやがった!! 本当に、あの菲部長を倒しちまった!!」

「さすがは狂犬!! 俺たちに出来なことをやってのける!!」

「そこに痺れる、憧れるぅっ!!!!」


はいそこ、悪乗りしない。










「へ? コタ君、くーふぇと試合したん?」


あれから一夜明けた月曜日の放課後。

女子校エリアは女子中等部とその女子寮の間にある公園で、俺は木乃香とベンチに座り、昨日の出来事について話していた。

本当だと今日は刹那と手合わせをする約束だったのだが、何でも英語の小テストで赤点を取ったとかで、現在居残り補習を受けてるのだとか。

……手合わせばっかじゃなくて、偶には勉強も見てあげた方が良いのかもしれないな。

で、補習が終わるまで待つことにした俺は、木乃香とこうして雑談に花を咲かせている訳だ。

手には二人とも、そこに出ていたクレープの移動販売車で買ったクレープが握られている。

待つのに付き合わせてるってことで、お代は俺持ちだ。

ちなみに木乃香のはストロベリーカスタードといういかにも甘ったるそうなやつ。

少し腹が減っていた俺はチリドックを注文した……自分で買っといて何だが、これって共食い?


「おう。何や自分知り合いやったんかいな?」


そんなことを聞きながら、俺は出来たてで少し湯気の出ているクレープにぱく、と齧りつく。


「うん、クラスメイトやえ。ぱくっ……ん~~っ♪ おいひいわぁ~♪ んむんむ……ほんで、結局勝負はどうなったん?」

「まぁ普通に考えて俺が勝つわな……ぱくっ」

「んむんむ……そらそうやんなぁ。いくらくーふぇが強ぉても、コタ君が一般人に負ける訳あれへんもんな」

「むぐむぐ……そーゆーことやな。ほんでもまぁ、かなり強かったで? 気の使い方覚えたら、それなりに良え勝負が出来るかも分からん」


そんな風に会話をしながら、俺は最後の一口を頬張ると、包み紙をくしゃくしゃと丸めて、少し離れたところにあるゴミ箱に向かって投げる。

……うん、ナイスショット俺。

木乃香も真似して投げてみたのだが、上手く入らずに結局立ち上がって自分で捨てに行く羽目になっていた。


「はぁ~、美味しかった。コタ君、ごちそうさまや♪」


幸せそうな顔でお礼を言ってくれる木乃香。

クレープ程度でこの笑顔が見れるなら、いつでも奢ってやりたいところだ。


「どうしたしまして。……にしても、刹那はまだかいな?」

「う~ん……いつもやったら、そろそろ終わってる頃なんやけど……」


時刻は午後5時。

そろそろ放課後になって1時間が経過する。

だと言うのに、刹那は未だ持って現れなかった。

今日の手合わせは延期かな?

何て思ってた矢先のことだった。


「お嬢様~~~~!! 小太郎さ~~~~ん!!」

「お? 噂をすれば何とやら……」

「せっちゃ~~~~ん!!」


声のした方を振り返ると、軽く手を振りながらこちらにかけて来る刹那の姿が見える。

それに対して、木乃香は元気良く手を振り返していた。


「す、すみません。お待たせしてしまって……」

「いんや。別に暇やから構へんよ。……せやけど、こりゃ今日の手合わせは延期やな」

「そうやねぇ……今からやと、門限ギリギリになってまうもんなぁ」

「うっ……も、申し訳ございません」


木乃香にまで言われて、刹那はますます小さくなってしまった。

叱られてる子どもみたいで、今の刹那は大分可愛い。

こう、お持ち帰りしたくなる感じ?

……はっ!? も、もしかすると、親父もこんな感じでお袋や霧狐の母親と……って、んなこたぁ無いんだろうけど。

仕方なく、今日は適当に街をぶらついて帰ろうか、と話がまとまりかけた矢先だった。


「あぁぁぁっ!?」


誰かの絶叫が、突然公園に木霊した。

驚いて振り返ると、そこに居たのは昨日のチャイナ服とは打って変わって女子部の制服に身を包んだ古菲だった。

何故か古菲は、顔を真っ赤にした上で、驚いたように目を見開き俺のことを力一杯指差していた。

……人指さしちゃいけないんだぞ~?

てか、こんな時間に通りがかるってことは、こいつも補習を受けてたクチだな。

さすがバカイエロー。


「こ、ここ小太郎!? こんなところで何してるアルか!?」

「何て……クレープ食べながら話してただけやけど……」

「小太郎さん、古と知り合いなのですか?」

「あ~、何か昨日なぁ……」


先程話した出来事を木乃香が刹那に説明し始めたので、俺はとりあえず古菲の近くに移動することにした。


「昨日はいきなりおらんなってしもうたから心配したで」

「う……い、いやその……男相手に負けたのは日本に来て初めてだたネ……そ、それでいろいろパニくてしまたヨ……も、申し訳なかたアル」

「まぁ元気ならそれで構わへんけど」


反省してるようだし、それ以上追及してやるも可哀そうだろう。

それに恐らく、試合してたのにいきなり俺にお姫様抱っこされて焦っただけだろうしな。

原作でも、古菲は意外と純情な感じだったし。


「そ、それにしても、驚いたアル……こ、小太郎はその……み、見た目より、た、逞しいアルな」


何が? と聞こうとして、すぐに気付く。

恐らく、俺の腕や胸板のことだろう。

無駄な筋肉は付けず使う筋肉だけを鍛えているから、服を着てるとぱっとみ俺は細く見えるからな。

直接触れた古菲は、その意外性に驚いたのだろう。


「ホントびっくりしたアル……そ、それに、あ、あんな大胆なことをされたのは、生まれて初めてだたアルよ」


まぁ、殆どの中学生女子はお姫様抱っこなんてされたことないだろうな。

そんな初心な反応を示す古菲を、かぁいいなぁこいつ、みたいな目で見つめていると、不意に後ろから凄まじいプレッシャーを感じた。

こ、この感じ……シャ●かっ!?

……って、俺の後ろに居るのは二人しかいないんですが。


「……コタ君? いったい昨日は、く―ふぇと何の『試合』をしたん?」

「……見た目よりも逞しい『何』を見せて、どんな『大胆なこと』を古にしたんでしょうね?」


……背後から感じる圧倒的な殺意は、正直酒呑童子のそれが可愛く思えるくらいに禍々しいものだった。

ってか絶対何か勘違いしておられる!?

何をどうやったら、そんな曲芸飛行みたいな受け取り方が出来るんだよ!?

明らかにエロ方面の勘違いしてますよね!?

この思春期どもが!!!!

と、ともかく、俺が無事に明日を迎えるために取るべき最善の選択は……。


「―――――これは敗走やない。戦略的撤退や!!!!」


そう言い残して俺は、全力で逃走を開始した。


「ああっ!? せっちゃん捕まえて!!」

「もちろんです、お嬢様!!」

「へ? へ? な、何がどうなたアルか?」


突然の二人の豹変ぶりに、古菲が不思議そうな声を挙げていたが、俺にはそれに構っている余裕はなかった。

捕まってたまるものかっ!!!!

というかそれ以前に……。



「――――――――――俺がいったい、何をしたっていうんやーーーーっ!!!?」





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 48時間目 頓首再拝 やっぱ学ランが一番楽だわ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/02/08 22:40


6月に入ったばかりのとある放課後。

俺は刹那、木乃香、霧狐の3人と一緒にエヴァの別荘に居た。

例により修行と手合わせのためである。

ちなみに、相変わらず魔力は使えないままだ。

おかげで影斬丸は使えないので、俺はエヴァの家の倉庫に会った無銘の日本刀を借りて刹那と手合わせをした。

……勝敗は? んなもん、この最弱状態で刹那に勝てる訳がねぇだろ。

で、その後は、いつも通り霧狐と実践形式の特訓をやって、二人の悪かった点を刹那に指摘して貰ったり。

ちなみにエヴァも一緒に別荘に居て、魔力が戻ってない俺を『貴様その程度で千の呪文の男を越えるだと? 笑わせるなこの半人前以下の駄犬が』みたいな目で睨んでた。

……あれは遠回しに俺の精神力を鍛えるための試練だったんだと信じたい。。

それから魔力が封印されてるおかげで、最近は気の出力がじわじわと上昇中。

けどまぁ、さすがに魔力が使えてた頃の出力には及ばねぇわな。

そんな感じで稽古を終えた俺たちは、一日は出られないため、別荘内で茶々丸の作ってくれた夕食をごちそうになっている。


「そういや、もうすぐ麻帆良祭やけど、木乃香達のクラスは何するか決まったんか?」


そうなのである。

6月と言えば学園祭。そう、あの麻帆良祭の季節なのだ。

生徒が合法的に商売、もといこづかい稼ぎが出来ることもあって、例年各クラス・団体の面々はかなり気合が入っているこの季節。

それは俺の在籍する男子中等部2-Aも例外ではなく、現在必死になって麻帆良祭の準備に勤しんでいる。

ちなみに去年の出し物は食い逃げ喫茶。

クラスの猛者共から逃げきれた客は飲食代が無料、しかし捕まれば料金が1.5倍になるというというボッタクリ企画。

我がA組には俺以外にも、男子部武道四天王(女子部の四天王より圧倒的に弱い)が揃っているため、逃げ切れるわけがないと言うのに……。

女子部に比べて集客率が低く、売上ランキングではそこまで上位には登れなかったが、それでもぼろ儲けだった。

……ちょっと大人げないことをしたかな?と、今では少し反省している。

それはさておき、今の話題は今年の木乃香達が何の出し物するかである。


「ウチらは中華喫茶やえ。さっちゃんいうて、料理が得意な子がおるからその子に教えてもろてな」


めちゃくちゃおいしいんやえ~、とさつきの料理の味を思い出しているのか、嬉しそうに笑みを浮かべて言う木乃香。

ああほら、よだれよだれ。

もっとも俺が注意するよりも早く、刹那がわたわたと木乃香の口元を拭ったのだが。


「りょ、料理は確かに美味しいのですが、わ、私はやはりあの衣装はどうかと……」

「衣装?」


何だろう?

原色バリバリで奇抜なデザインだったりするのだろうか?

けど刹那達のクラスのメンバーを考えたら、そういうのには結構こだわってくれそうなもんだが……。


「えぇー。ええやん。ウチは可愛くて良えと思うで? せっちゃんも良ぉ似合うてたしなぁ……チャイナドレス」


……なるほどね。

中華喫茶ということで、店員の衣装もそれらしくチャイナドレスと。

それは確かに刹那は嫌がりそうだな。

あと、それじゃ一部の人間っていつもと変わらねぇだろ。

古菲とか超とか。

まぁ普通に眼福そうなので是非見に行かせて頂きますが。

しかし……。


「エヴァもチャイナドレス来て参加するんか?」

「するわけないだろう。魔力が使えないせいで、脳みそまで筋肉に侵されたか?」


……ちょっと聞いてみただけでこの言われよう。ちょっと泣きそうだ。

まぁ、原作でもエヴァは一人でうろうろしてたみたいだしな。

そりゃクラスの出し物になんて参加する筈はないか。

エヴァのチャイナドレスも見てみたかったのに……まことに残念だ。


「霧狐たちのクラスはクレープ屋する言うてたやんな?」


こないだ愛衣と一緒に稽古を付けたやったときに、確かそんなことを言ってた筈だ。


「うん。メニューはねぇ、クラスのみんなで一緒に考えたんだよ。お兄ちゃんも食べに来てね?」


えへー、と嬉しそうにはにかんで言う霧狐。

何だかこっちまで嬉しくなって、俺は笑みを浮かべて霧狐の頭を撫でてやった。

あ、目細めた。

狐っていうか猫っぽいな。


「そんで、コタ君のクラスは何の出しもんすることになったん?」


俺に頭を撫でられて目を細める霧狐が可愛かったからか、木乃香はウチもウチも、といった風に霧狐の頭を撫でながらそんなことを尋ねて来た。


「そういやまだ言ってへんかったな。俺のクラスも木乃香達とおんなしで喫茶店やることになってん」

「そうなんですか? ですが、今どきただの喫茶店じゃ、そんなに集客は……」


刹那が言いにくそうにそんなことを言ってくる。

もちろん、そんなのは俺たちだって分かってたさ。

数少ない小遣い稼ぎの場だ、有効に活用するためには普段使ってない脳みそだってフル活用するというもの。


「せやから、最近の流行りを意識して、ちょっと変わったもんにしよう、って話になってん」

「ふん……ガキどもの浅知恵でいらん工夫をするとろくなことにはならんぞ」


いかにも興味がありません、といった風にエヴァが水を差す。

まぁ、俺も実際あんまり乗り気じゃないけどさ。


「まぁ聞くだけ聞いてやろう。いったい何をするつもりだ?」

「……何や引っかかる物言いやけど、まぁええわ。俺らのクラスの出しもんはな……」



「――――――――――執事喫茶や」










そして第77回 麻帆良祭初日の朝。

原作の女子部3-Aと違い、早めに出し物を決めていたため、準備が当日の朝までかかるなんてことはなかった。

既に食品関係の在庫確認は終了したし、教室の装飾も完璧である。

んで、俺たちフロア組は今日という日のために用意した勝負服に身を包んでいるのだが……。


「動きづらい、堅苦しい、そもそも恥ずかしいし俺には似合わへん」


とまぁ、不満たらたらな俺なのだった。

これこそが、我がクラスの出し物「執事喫茶 ソムニウム」の目玉である衣装。

高貴な人物に使えることが許された、選ばれた者のためにある衣装、即ち燕尾服である。

しかも、かなり精巧にできてる。

デザイン的には某あくまで執事な人が来てたファ●トムハ●ヴ家の奴に良く似たもの。

それに合わせて、普段はぼっさぼさで襟足を結んだだけの俺の髪も、今日は丁寧に櫛を入れられて、大分大人しくなってます。

いや、必要ないって言ったんだけど、委員長に『クラスのメンバーとして売り上げに貢献しろ!!』ってすげぇ剣幕で押し切られた。

ついでに燕尾服を着てからこっち、委員長が俺に対してやけに熱い視線を送って来てる気がするんだが……気のせいだと信じたい。

そう言えば、執事喫茶の案が出た時に一番乗り気だったのが何故か刀子先生だった。

『接客というのは人間性を育む上で非常に貴重な経験となる、実に素晴らしいアイデアじゃないですかjk』とか言ってたけど……腐女子だったりしないよな?

それはともかく、とりあえずこれで準備は整った。

あとは学園祭の開始を待つばかりだ。

そんな時だった。


―――――ガラッ


「おはようございます。……って、どうやらもう準備は万端のようですね」


教室のドアが開いて、聞こえて来たのはいつもより少し楽しげな刀子先生の声だった。

俺は反射的に振り返って……。


「っっこ、こたろうっ!?」

「お、おはよーさん……」


真正面から刀子先生と目が合った。

そして、しばしの沈黙の後。


「……………………ふぅっ(くらっ)」


刀子先生が顔を真っ赤にして倒れた。

いや、なして?


「くっ、葛葉先生っ!?」

「担架だっ!! 誰か!! 至急、担架をここにっ!!」

「保健委員!! 早く葛葉先生を保健室……いや、第3特設救護室の方が近いか? とにかく運ぶんだっ!!」


急な出来ごとに騒然となる教室。

……こんなんで大丈夫なのかね?










……とまぁ、開始前からトラブルに見舞われた、俺たちの『ソムニウム』だったのだが、開始後はかなり順調に営業を行えている。

つか、順調を通り越して忙しいわ!!

さっきちらっと廊下を覗いたら、物凄い長蛇の列になってたし。

殆ど女性客ばっかりだったのは言うまでもない。

席数が少ないから、回転率が低いってのがネックだな。

ちなみにフロアを担当してるのが、現在俺含めて4人。

全体だとクラスで10人がフロア担当なのだが、それを時間制でシフト分けしてる。

慶一と達也も俺と同じくフロア担当で、きっちりした燕尾服に身を包んで接客してる。

ポチと薫ちゃんは、ごつすぎるって理由でキッチンに回された。

と言っても、キッチンは殆どすること無いんだけどな。

そもそもメニューが少ないし。

回転率を上げるために、メニューはあらかじめ作っておいたケーキが3種類と紅茶、コーヒーがそれぞれホットとコールド。

キッチンは注文を受けて、それを食器に並べるだけの作業だ。

一応、差分でさまざまなセットメニューがあるのだが、そっちは付いてくるサービスの違いによるもの。

店と化した教室の一角に撮影スペースが設けられているので、そこで執事と写真を撮ったり、執事が食事中相席してくれたり、サービスの内容は様々だ。

ちなみに、店員の指名は不可。

人数取られてフロアが回らなくなるしな。

一応、写真を撮るときは出来るようになってるけど、それ以外は、最初に接客した執事が延々とそのテーブルを担当することになっている。

そっちの方が『専属執事付き』気分を存分に味わえる、って委員長が力説してた。……あいつは本当にどこに向かって走ってるんだろうな。

そうこうしているうちに、俺が現在対応していた一組の客が会計を終えて出て行った。

すぐにテーブルを片づけて、次の客を受け付けから招き入れなくては。

この20日近く、延々と練習を積まされてきたので、この辺はもうお手のものである。

1分と掛からず準備を終えて、俺は入口へと向かった。

受付に促されて入って来た次の客を、俺は右手を左胸に当てた状態で、恭しく頭を下げて出迎える。


「おかえりなさいませ、お嬢さ、ま……」


のだが、客の顔を見た瞬間に、その営業スマイルは音を立てて崩壊した。

何せ入って来たのは……。


「くくっ、中々似合ってるじゃないか? まぁ、実際犬なのだからイヌの仮装が似合うのは当然か」


フハハハハッ!!なんて高笑いを上げる金髪の幼女。

言わずと知れた真祖の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様だった。

学園祭と言うことで、いつもよりお洒落使用なのか、今日はホワイトロリータファッション。

いつも黒い服のゴスロリファッションが多いので、これは中々新鮮で可愛らしい。うむ、眼福だ。

それは良いのだが……お前、ガキどものお遊びに興味はないって言ってなかったか?

……まぁ、大方似合わない燕尾服着せられてる俺を笑いにでも来たのだろうが。


「はぁ……まぁ、良えわ。ほなさくっと案内するさかい、こっちに「おい駄犬」……何や?」


メニュー片手に案内しようとした俺を、エヴァは若干威圧するような態度で呼び止めた。


「何だその態度は? お遊びとは金を取っているのだ、きちんと接客しろ。それに役を演じるならそれに徹しろ。興が冷めるではないか」

「ぐっ……」


エヴァの言ってることは確かに正論なのだが、如何せん顔に『傅け、跪け、奴隷のように私に仕えるが良い』って書いてあるので納得いかない。

とは言え、確かに人によって接客態度を変えるのは良くない。

なので俺は、しぶしぶエヴァの要求を飲むことにした。


「……で、では、お嬢様。お席に案内いたしますので、こちらへどうぞ」


関西弁のイントネーションは拭えない上に、頬を引くつかせながら俺がそう促すと、エヴァは満足そうに笑った。


「くくっ、それでいい。出来るじゃないか。さすがは犬だな」

「…………」


……この幼女、後で絶対復讐してやるからな。










エヴァを席に付かせて、俺は用意していたメニューを開いて彼女に見せた。


「ご注文はいかがなさいますか?」

「ああ、別に何でも構わん。どうせ味には期待していないからな」


貴様に任せる、とエヴァはひらひらと手を振る。

こっちが下手に出てるからって、かなり調子に乗ってんなこの幼女。


「こちらの『執事の愛情セット』などオススメですが……」

「だから貴様に任せると言ってるだろう。良いからさっさと持ってこい」


なおも食い下がった俺に、ぴしゃりとそう言い放つエヴァ。

俺は仕方なく、メニューを閉じて注文の復唱を行った。


「それではお嬢様、『執事の愛情セット』お1つでよろしいですね?」

「ああ、それで構わん」


エヴァが肯定の意を示したことに、内心ほくそ笑む俺。

……メニューをきちんと読まなかった自分を、後で死ぬほど怨むが良いわ。


「かしこまりました。それではお嬢様、しばらくお待ちください」


極上の笑みを浮かべて一礼し、俺はキッチンに注文を伝えに行くのだった。









「お待たせいたしました、お嬢様。こちら『執事の愛情セット』でございます」


そう言って一礼し、俺はテーブルに持ってきたガトーショコラと紅茶を並べる。


「ほう、見てくれはまともじゃないか?」

「お嬢様のため、シェフが腕によりをかけて作っておりますので」


つまらなそうに言うエヴァに、俺はあくまでも営業スマイルでそう答えた。


「それはまぁ良い……で、貴様はそこで何をしてるんだ?」


ギロリ、と俺を睨みつけるエヴァ。

それもそうだろう。俺は何故か、エヴァの隣に座っているのだから。


「ご説明させて頂きます」

「せんで良い。さっさとどけ」


しっしっ、とまるで野良犬を追い払うかのように手を振るエヴァ。

しかしそれで退くほど俺はやわじゃない。


「お嬢様よりご注文頂きました『執事の愛情セット』でございますが……」

「無視するんじゃない!!」


全く退かない俺に、エヴァが声を荒げるが気にしない方向で。


「こちらは、執事がご注文頂いた品物を、お嬢様のお口に直接運ばせて頂くというサービスになっております」

「だから無視するな!! それに何だ!? その頭が湧いてるとしか思えんサービスは!?」

「その様は、まるで病気のお嬢様を献身的に看病する執事の愛情を体現しているかのよう……ということで『執事の愛情セット』と名付けられました」

「名前の由来何ぞどうでも良いわ!! 私は病気でもなければ、貴様の愛情なんぞいらん!!」


ばんっ、とテーブルを叩くエヴァに、俺はにこり、とあくまで笑顔のままこう言った。


「『役を演じるならそれに徹しろ』。そうおっしゃったのは、確かお嬢様でございますよね?」

「な、何が言いたい?」


俺の放つ異様な迫力に、エヴァが一瞬たじろぐ。


「お嬢様は『お嬢様』という役で入店されました。でしたら役に徹して頂きませんと。……自分の言葉の責任が取れないほど、お嬢様は子どもではありませんよね?」


そう言って、ダメ押しとばかりにもう一度微笑む俺を見て、エヴァは開いた口が塞がらなくなっていた。

そんなエヴァを余所に、俺はフォークを握り用意していたガトーショコラを一口大に切り分けエヴァの口元まで持っていく。


「それでは、お嬢様お口をお開きに。はい、あーん……」

「んなっ……!?」


エヴァが顔を真っ赤にして、びくっと身を振わせる。

しかし、ようやく観念したのか、一度だけギロッ、と殺意の籠った眼差しで俺を睨み。


「……き、貴様、後で覚えていろよ!?」


そう、消え入りそうな声で言って、大人しく俺の差し出したケーキにぱくついたのだった。

恥ずかしさと怒りで、顔を真っ赤にしながらも、もぐもぐとケーキを咀嚼し飲み込むエヴァ。

その様は小動物のようで、普段の彼女とのギャップもあって、かなり可愛らしかった。


「……お味はいかがですか?」

「分かるわけないだろう!!」


そりゃそうだ。

そんな感じで、俺は麻帆良祭初日の午前を慌しく過ごすのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 49時間目 乱痴気騒 賑やかなのは良いけど、偶にはまったりとしてぇよな……
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/02/08 22:41



午前中のシフトを無事終えた俺は、現在昼食がてら女子校エリアは本校女子中等部まで足を伸ばしていた。

それにしても、男子部とは比にならないほどの大盛況だな。

そりゃあ持て成して貰う側からすると、むさくるしい男より可愛い女の子に持て囃されたいだろうしな。

ちなみにあのまま抜けると、逆上したエヴァに何されるか分からなかったので、エヴァの食器を下げたときにタカミチに連絡しておいた。

『クラスの出し物サボってる不良幼女がいるので回収してください』ってな。

でもって、颯爽と現れたタカミチ(咸卦法状態)に為す術なくドナドナされてく金髪幼女。

ザマァミロだ。

ってなわけで、俺は安心して女子部校舎をうろついてる。

とりあえず最初に霧狐と愛衣のクラスに行こうという算段だ。

さっきシフトが終わるってメールが来たし、一緒に学際を回るのも一興だと思って。

……しかしまぁ、平穏無事に過ごしたいと思ってるときに、何かしらの騒動に巻き込まれるのが俺クオリティ。


―――――ドカァッ


「ぶふぉっ!?」

「…………ふんっ」


――――ドカッ


「げふんっ!!!?」


何かにぶっ飛ばされてきた見知らぬ男を、とりあえず人のいない方向へ蹴り飛ばす。

鬼だぁ? んなもん、俺の前に吹っ飛んできたこいつが悪い。

それはさておき、男が飛んできた方向に視線を移すと、何やら小柄な女の子2人と、4、5人の男が険悪な様子で睨み合っていた。

……オイオイ勘弁してくれ。このパターンは1年前、亜子達んときに一回やったじゃねぇか?

とはいえ、見なかったことにするのも気分が悪い。

俺はなるべく事を荒立てたくないなぁ、とからしくないことを考えながら睨み合う両者に近付いて……。


「…………」


言葉を失った。


「……自分ら何してんねん?」

「こ、小太郎さん!?」

「あ、お兄ちゃんだ」


俺を確認するや否や、わーい♪なんて楽しげな声を上げながら俺の胸に飛び込んでくる霧狐。

対照的に、事態に付いていけなくなったのか、おろおろと助けを求めるように周囲を見回す愛衣。

……何でこう、俺の知り合いは騒ぎの渦中にいたがるんでしょうかね?

まるでマーキングするかのように、俺の胸板に顔を擦りつけて来る霧狐の頭にぽんっ、と手を置きながら、俺は状況把握に努めることにした。


「……これ、何の騒ぎや? さっき誰かしらんけど、吹っ飛ばされた奴がおったやろ?」

「あ、それ霧狐が殴り飛ばした人だ」

「……まぁ、予想はしててん」


弱っちかったねー、とかにこやかに言う霧狐。

……悪気がない分、俺よりよっぽどこいつのが性質悪い気がする。

そんな霧狐の様子を見かねたのか、愛衣が慌てた様子で事情を説明してくれた。


「き、キリちゃんは悪くないんです。その、私がその人たちに、言い寄られて困ってたから、キリちゃんが助けてくれて……」

「そうだよっ。愛衣は嫌がってるのに、無理やり連れてこうとするんだもん。ああいうのチカンって言うんでしょ?」

「……とりあえず事情は分かったわ。ついでに、霧狐はナンパと痴漢に対する認識に齟齬があるらしいいうこともな」

「ナンパ?」


不思議そうに小首を傾げる霧狐を、とりあえず引っぺがして愛衣に預ける。

良く見たらこのナンパ男共、どっかで見たことある面だしな。

おそらく去年俺が返り討ちにしたバカどもの一味だろう。

これなら事を荒立てずに収拾できそうだし、さくっと片づけよう。

……もう十分荒立ってるって? それは言わない約束だろjk。

しかし、毎度思うが、中等部の生徒ナンパする連中って正気を疑うよな?

2-Aの巨乳組ならいざ知らず、霧狐とかギリギリ幼女カテゴリーですよ? 犯罪ですよ? ア●ネス来ちゃうよ?

それはさておき、俺は溜息をつきながら、俺たちの様子を見ていたナンパ男たちに振り返った。


「ヒッ!? く、黒い狂犬!!!?」


俺の目算通り、連中は相手が俺だと分かっただけでビビり倒している。

……だったら、前の一回で懲りといてくれ。俺の平穏な生活のためにも。


「よぉ、兄ちゃんたち、俺の可愛い妹と可愛い後輩が世話になったみたいやな?」


ニヤリ、と最早お馴染みとなりつつある悪役スマイルで語りかける俺。

男たちは最早失禁寸前だろう。


「あ、ああ、あんたの妹だなんて知らなかったんだっ!!」

「そ、そうだって!! ちょ、ちょっと可愛いかったから、こう、祭の案内でもしてもらおうかなぁ、なんて!!」

「……ちょっとやと?」

「「「「メチャクチャ可愛いであります、サー!!!!」」」」


若干殺気を込めて俺が聞き返すと、無事な男たち4人はびっ、と背筋を伸ばして敬礼した。

……いかん。これ結構楽しいぞ。


「まぁ、それは良えわ。妹たちが世話になったみたいやし、ここは兄としては何やお礼せんとなぁ?」

「め、めめめめ滅相もない!?」

「まぁ、遠慮することあれへんって。さぁ…………」


べきん、と拳を鳴らす。

爽やかな笑みを浮かべて、俺は男たちにこう告げた。


「―――――どこの骨から持ってかれたいんや?」


瞬間、まるで幽霊でも見たかのように悲鳴を上げながら、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


「……とまぁ、これが正しいナンパ撃退方法や」

「それ、実践できるのは小太郎さんだけだと思います……」


したり顔で言った俺に、愛衣はげんなりした様子でそう突っ込むのだった。










あの後、適当にギャラリーを蹴散らして、俺は兼ねての予定通り愛衣と霧狐を連れて2-Aの中華喫茶「花・花(ほあほあ)」に向かうことにした。


「ほ、本当に私もご一緒して良いんですか?」


俺の右腕にぶら下がってご満悦な様子の霧狐とは対照的に、愛衣はおどおどした様子で俺にそう尋ねて来た。


「構へんよ。つか、誘っとんの俺やし。後輩と飯食うんは別におかしなことやあれへんやろ?」

「そ、それは、そうなのですが……や、やっぱり恐れ多くて……」

「恐れ多い?」


愛衣の言葉に、いつかの高音の様子を思い出して嫌な予感がする。

まさか、と思いながら尋ねると、愛衣は俺について色んなところから聞いていたらしいことを教えてくれた。


「入学早々、東洋の名のある妖怪を撃退したり、伝説上最強に類される酒呑童子を倒したり……今年の春休みには、復活した九尾の狐を吸収してしまうなんて……男子中等部の犬上 小太郎さんと言えば、魔法生徒の中でも知らない人なんていないんですよ?」

「……まぁ、字面だけ聞きゃあそんな感じやな」


しかもその全てが事実だし。

いや、絶対どこかしら尾びれ背びれは付いてるだろうけどな。

しかし……デジャヴを感じるな。

高音も最初似たようなこと言ってたし、本当に俺について回る噂って碌なのがねぇな。

まぁ、高音に関しては、操影術の稽古付けて貰ってたこともあって、そういう噂による誤解は解けて……


「そ、それにお姉さまも『魔法生徒としても、人間としても小太郎さんは見習うべき素晴らしい人』と、とても褒めてましたし!!」

「…………」


前言撤回。全く誤解解けてねぇし、寧ろ悪化してるじゃねぇか!?

どういうことだよ!?

言葉を失う俺を余所に、身内が褒められて嬉しかったのか、霧狐は自慢げに、お兄ちゃんは凄いんだよ? とか言ってるし。


「ですから、そんなマンガの主人公みたいな人とと、こうしてお話をしてるだけで夢みたいなのに。キリちゃんと一緒に稽古を付けさせてもらったり、ご飯まで誘って頂けるなんて、ちょっと恐れ多いと言うか……」


本当に緊張しているらしい。おどおどとした様子で、そう告げる愛衣。

こりゃ、完全に最初の高音と同じで、犬上 小太郎ヒーロー説が浸透しきってんな。

原作でもナギや紅き翼のことについて詳しかったりしたし、結構ミーハーっぽかったもんな。


「あんな? 俺はあくまで自分らとおんなし魔法生徒の一人や。ついでに言うなら、そのお姉さまからすると俺は魔法の弟子で、立場的にはますます、自分と変われへん。そんな畏まる必要なんてあれへんからな?」


とりあえず、愛衣の中のイメージを払拭したい俺は一気にそう捲くし立てた。

愛衣はというと、そんな俺の剣幕にビビったのか、目を白黒させてる。

しまった……逆効果だったか?


「んー……良く分かんないけど。お兄ちゃんは、愛衣ともっと仲良くしたいんだよね?」


不意に、今まで俺の右腕にぶら下がって遊んでいたキリが、そんなことを聞いてきた。


「まぁ、ニュアンス的には合うてるわな」

「あ、やっぱり? それで、愛衣はお兄ちゃんのこと嫌いなのかな?」

「そ、そんなっ!? と、とんでもないです!! 寧ろ憧れてるくらいでっ!!」


急に話を振られた愛衣は、顔を真っ赤にしながら、手をわたわたと振ってそう答える。

それに満足したのか、霧狐はにこっ、と可愛らしい笑みを浮かべて言った。


「じゃあ一緒にお昼ご飯食べに行こうよ? キリも愛衣とお兄ちゃんが仲良くしてくれた方が嬉しいし。愛衣はキリに初めてできた同い年の友達だもん」


ね? とダメ押すような霧狐の微笑みを向けられて、一瞬たじろぐ愛衣。

しかしながら、それで観念したのか、耳まで真っ赤にして。


「あうあう~……そ、それじゃあ、い、一緒に行かせてもらうね?」


と、しどろもどろになりながらも頷いたのだった。

霧狐さんマジパネェっス……。










ちょっとしたトラブルには見舞われたが、俺たちは予定通り、2-Aの中華喫茶「花・花(ほあほあ)」に辿り着いた。

予想通りというか、かなりの長蛇の列だったが、それもスムーズに進み、ついに俺たちに順番が回って来る。


「ファンイン!! ようこそ2-A中華喫茶『花・花』へ……って、小太郎じゃん!?」


元気良く出迎えてくれたチャイナドレスの女生徒は、俺の顔を見て驚いた顔をした。

髪形がいつもと違うので一瞬気付かなかったが、良く見ると見覚えのある顔だと気付く。


「祐奈かいな? へぇ……馬子にも衣装とは言ったもんやな」

「それさ、微妙に褒めてないよね?」


ジト目で俺を睨みつける祐奈。

口ではああ言ったものの、祐奈の格好はかなり……こう、ぐっと来るものがあった。

いつものサイドアップテールは両側でシニョンの中に纏められていて、彼女が着ているチャイナドレスに絶妙にマッチしている。

しかもこのチャイナ服、なんとミニ丈である。

人によっちゃあ邪道だ何だと騒がれそうだが、そこからすらりと伸びた祐奈の脚線美が惜しげもなく披露されていて……何と言うか、実にけしからん仕様だ。


「ええぞ、もっとやれ」

「? 何をやるのさ?」

「スマン、何かそう言わなあかん気がしてん」

「???」


突然意味不明な言葉を口走った俺に、祐奈は不思議そうに首を傾げていた。


「あーコタ君だー♪」


入口のところで立ち往生してると、俺を見つけたまき絵がぱたぱたと元気良くこっちに駆け寄って来る。

そして当然のように、まき絵もチャイナドレス。

まき絵はシニョンこそしていないが、着ている服は祐奈と同じ仕様のもの。

さすがは新体操部と言うべきか、細くしなやかな両足はそのキャラクターとは裏腹に実に煽情的で……男に生まれて来たことを、思わず何かに感謝したくなる。

麻帆良祭、万・歳……。


「いらっしゃい。来てくれたんだね。そっちの一年の子はコタ君の友達?」


俺の後ろにいる霧狐と愛衣を目ざとく見つけて、まき絵はにこにこと問い掛けて来る。

無論、人見知りが激しい霧狐と、大人しい愛衣はそんなまき絵の勢いに押されて、さっと俺の背中に隠れてしまうのだった。

俺は苦笑いを浮かべながら、まき絵と祐奈に二人のことを紹介する。


「俺の妹とそのルームメイトやねん」

「へ? 小太郎、妹いたの? けど前に兄ちゃんが一人だけとか言ってなかったっけ?」

「まぁ、いろいろあってん。霧狐、愛衣、自己紹介したり」


俺に促されると、2人はおっかなびっくりという様子だったが、俺の背から出て来て、それぞれぺこりと頭を下げた。


「さ、佐倉 愛衣です。よ、よろしくお願いします」

「く、九条 霧狐です……」


愛衣の方はともかく、霧狐の奴はかなり戦々恐々な様子。

さっき絡んできた男を問答無用で殴り飛ばした勇猛さはどこへやらだ。

それはさておき、2人に自己紹介されたまき絵と祐奈は、さらに疑問符を浮かべまくっていた。


「え、えーと、小太郎。どっちが妹さんだって?」

「ん? ああ、こっちや、霧狐の方」


祐奈に聞かれて、俺は未だにカチコチの霧狐の頭にぽん、と手を置いた。


「ねーコタ君、どうして兄妹なのに名字が違うの?」

「ば、バカまき絵!? どうしてそういう聞きにくいことをっ……!?」


あー、それで不思議そうな顔してた訳ね。

何か普通に妹として受け入れてたもんだから、最近気にしてなかったけど、俺たち腹違いだし名字が違うんだった。

で、祐奈はそこに複雑な家庭の事情があると勘違いしたから、まき絵を諌めて……。


「世の中にはそーゆー特殊な性癖な人もいるんだから!!」

「ってちょっと待てぇいっ!?」


誰が特殊性癖の持ち主やねん!?

勘違いするにしてもかなり最低なベクトルの勘違いしてんじゃねぇよっ!?


「だ、だって、そんないたいけな一年生捕まえて『お兄ちゃん大好き?』とか言わせて、い、いかがわしいことさせてんでしょ!?」

「いかがわしいんは自分の頭ん中や!!」


思わず叫んだ俺に、状況が飲み込めていないのか、霧狐と愛衣、まき絵は不思議そうに首を傾げていた。

うん、君たちはそのまま、純粋なまま大きくなってください。


「じゃ、じゃあ何で名字が違うのさ?」

「腹違いやねん。俺と霧狐は、違う母親から生まれてきてん」

「えっ……そ、その、ごめん……」


俺が事実をありのままに告げると、祐奈はしゅんとしてしまった。

まぁ、それがこれを聞いた時の普通の反応だよな。

俺としては、親父は妖怪だし特に気にしてないんだけども。

ともかく、このまま祐奈にしゅんとされてると気まずいので、俺は彼女を励ますことにした。

ぽんっ、と祐奈の頭に手を置いてよしよしと撫でてやる。


「まぁ気にすんなや。そんな複雑な事情がある訳とちゃうし。ただちょっと……俺の親父が女ったらしやったいうだけの話でな」


にっ、と笑顔を浮かべて祐奈に言う。

これで祐奈が笑顔を取り戻してくれる……というのが、俺の目論見だった訳だが。

何故か祐奈は、呆れたような、何とも言えない視線で俺の事を見つめていた。


「あー……うん、あんたの父親だし、何となく納得」

「確かに、コタ君のお父さんなら……納得だよね」

「はい、間違いなく小太郎さんはお父さん似ですね」

「え? え???」


祐奈と同じような視線を俺に向けて、まき絵どころか愛衣まで口々にそう言った。

唯一状況がつかめないのか、霧狐だけが不思議そうに首を傾げていたが。

あれ? 祐奈が元気になったのは俺の計画通りなのに、何か泣きそうだぞ?










まぁ、いろいろと誤解もあった訳ですが、とりあえず俺たちは席について、しっかり料理も平らげたところである。

あのさつき直伝と言うだけあって、出された飲茶は味も量もかなりのハイクオリティだった。

それはさておき、何と言うか……壮観だな2-A。

1年間通っていて、今日初めて潜入した訳だが、見渡すと必ず原作で一度ならず見た顔が居る訳よ。

これはかなり眼福……もとい、感動的な光景だ。

残念ながら、木乃香や刹那、明日菜といった普段から絡みの多い連中は軒並み現在当番から外れてていませんがね。

しかし今、俺の興味はそんな感動を更に越えた、とある人物に注がれていたりする。

絶妙に俺と視線が合わないように動いているみたいだが、残念、俺には嗅覚という武器がある。

その程度で気が付かない訳はないのだ。

無愛想に食器を下げるしかしていない小柄な一人のウェイトレス。

その正体に気が付いた俺は、ニヤリと口元に浮かぶ笑みを抑えられなかった。

こうなると止まらないのが俺の悪戯心。

こんな好機めったにないからな。ここは弄り倒させて貰おう。


「おーい、そこのウェイトレスさーん?」

「…………」


聞こえていない訳などないのに、完全に俺の声を無視する小柄なウェイトレス。


「あっれー? 聞こえてへんのかいな? そこの小柄でSっ気の強そうなウェイトレスさーん?」

「だ、誰が性悪な金髪幼女だこの駄犬めぇぇぇっ!!!?」

「…………誰もそこまで言うてへんがな」


しかもやっぱしっかり聞こえてたんじゃねぇか。

俺の声に耐えきれなくなったらしく、その金髪幼女……エヴァは顔を真っ赤にしながら、がぁっと噛みつかんばかりの勢いで俺たちテーブルへ詰め寄って来た。

その剣幕に、愛衣が、ひぃっ!? や、闇の福音っ!!!? とか悲鳴を上げてるのは、まぁ御愛嬌と言うことで。

しかし……さすがはタカミチ……あの金髪幼女を連行しただけではなく、見事にこの格好をさせるとは。

エヴァは他の女の子たち同様、ミニ丈のチャイナドレスに身を包んでいた。

長い髪は先程の祐奈同様、両方でシニョンに纏められているが、髪の量が多いためか、一束がそのシニョンから飛び出していた。

逆にそれがエヴァの外見相応の可愛らしさを演出していて、非常に微笑ましい。

しかも彼女がその格好を恥ずかしがって、ドレスの裾をきゅっ、とか握っちゃってるもんだからもう……これはいっそロリコンでもいいや、ってなるわ。


「き、貴様がタカミチなんぞをけしかけたせいで私は……私はぁぁぁああっ!!!!」

「そんなんクラスの出しもんサボってた自分のせいやんけ、自業自得で因果応報や」


ついでに言うと、エヴァのチャイナ服姿が見れて実に俺得です。

あー、やっぱエヴァはからかうとおもろいなぁ。


―――――ブチッ


「……ぶちっ?」


何かが切れる音と共に、壮絶に嫌な予感を感じた俺は、恐る恐るエヴァの顔を覗きこんだ。


「ふ、ふふっ……ははっ、ハーッハッハッハッ!!!!」


いきなり高笑いを上げたエヴァにドン引く俺と霧狐。

愛衣に至っては泡吹いて気絶してた。

つか、周囲の客も何事かとこちらを注目しちゃってるし。


「え、エヴァが壊れてもうた!?」

「誰が壊れるか!! ……ふっ、あのタカミチに言われたからと言って、こんなところで大人しく給仕をするなんて、そもそも私の柄じゃなかったんだ……」


ギンッ、とこちらを射抜くような眼力で、俺を睨みつけるエヴァ。

……あ、ヤッベ、完全にご乱心だわ。

俺は手早く財布から千円札を3枚取り出して霧狐に渡した。


「へ? お、お兄ちゃんコレ、どうしたら良いの?」

「ここの支払い頼むわ。余ったら愛衣と何か上手いもんでも食うてくれ。お兄ちゃんは今から明日を守る旅に出ます」

「へ? へ???」 


不思議そうに首を傾げる霧狐。

うん、霧狐、君はそのまま、人間の汚れを知らずにすくすく育つんだよ?

と、その瞬間殺気を感じて、思わず俺は椅子から飛び退いていた。


―――――カラァンッ


その瞬間、ばらばらに割れる俺の椅子。

え、エヴァの奴、今完全に糸で切り刻みましたよね!?

つか、動きを封じるだけじゃなくてそんなことまで出来たんだ!?

あ、人間は気で強化されてるから切れないとか?

って、冷静に分析してる場合じゃねぇ!!


「先程の執事喫茶での件と、ここで受けた私の屈辱……貴様の首を取って晴らさせてもらうとしよう」


ドス黒いオーラを全開にして、ニタリ、と心臓の弱い方々は腹の底から震えそうな笑みを浮かべるエヴァ。

……ちょっとやり過ぎたかな?

まぁ、今反省しても仕方ないけどねっ!!

俺は人前にも関わらず、瞬動を使って窓際まで移動。

躊躇いもなく窓を開け放ってそっから跳び下りるのだった。


「な!? ま、待たんかこの駄犬っ!!!!」

「はっ、待てと言われて待つバカがどこの世界におるんや?」


魔法も使えず空も飛べないエヴァではさすがにここまでは追って来れまい。

本当なら、霧狐&愛衣の炎の新入生コンビとゆっくり麻帆良祭を回りたかったんだけど、ここはほとぼりが冷めるまで一人でうろうろするしかないよなぁ。

とかなんとか考えている内に、無事俺は地面に着地成功。

こんなとき、本当気とか魔力って便利だと思う。

が、俺は失念していた。

ネギと違って、俺は認識阻害なんて便利なもんが使えないってことを。

つまり、今3階から飛び降りた俺の姿を、バッチリ目撃してる人がいたりしたら……。


「そ、空から人が……きゅうっ……」


俺の着地地点にたまたまいたその女の子は、跳び下りて来た俺を見て卒倒してしまうのだった。

……俺には一時の休息すら許されないんですかね?





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 50時間目 時世時節 一つ事が絡むと、女子ってビビるほど大胆だよな
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/02/13 17:04



……まいったな。

とりあえず、無事2-Aから脱出した俺だったのだが、たまたま偶然跳び降りの現場を目撃した女の子が気絶してしまった。

しかもこの女の子に、俺はバッチリ見覚えがあるという……。

それはさておき、地べたにいつまでも寝かせておくわけにもいかないし、近くのベンチにでも運ぶか。

その際、エヴァに追いつかれてしまうと困るので、俺はしっかりタカミチにメールを送っておく。

『癇癪起こした金髪幼女が教室で暴れてますよ』と。

それからしばらくして、上の教室から盛大な幼女の怒号が聞こえて来た。

……こりゃしばらくエヴァと会わないようにしないとな。命がいくつあっても足りん。

話を戻そう。

とりあえず俺は件の少女の身体をひょいっと抱き上げて、近くにあったベンチに運んだ。

その少女は、年齢を考えると実に標準的な体形と身長で、特徴的なのは、目を覆ってしまうくらいに長く伸ばされた前髪。

……まぁ、それで分かると思うが、一応言っておく。

原作で唯一ネギに告白した、勇気ある読心術師。

本屋ちゃんの愛称で親しまれる、2-A図書委員、宮崎 のどかだ。

読書は嫌いなわけではないが、図書館島にはこの一年殆ど行く機会がなかった俺。

正直、彼女と出会うのは原作が始まるまで無理だろうな、なんて思い始めていたのだが。

事実は小説より奇なりとは言った物。というか学園祭効果でネギま!キャラとのエンカウント率でも上がってのかね?

ともあれ、今重要なのはその辺の真偽より、のどかを起こすことが先決だよな?

彼女が気絶したのは、昇降口を出てすぐのところだった。

恐らく、どこかへ向かう途中だったんだろう。

もし待ち合わせや、部活動主催のイベント当番だったりするとマズい。

気は進まなかったが、俺はのどかの頬を軽くぺちぺちと叩いて呼びかけた。

あ、そういや事実上初対面だし、名前は呼ばないようにしないとな。


「お~い? 嬢ちゃん? 起きてんか~?」


―――――ぺち、ぺち


「う、う~ん……」


……ダメだこりゃ。

のどかは俺の呼びかけに、少しだけ身じろぎして見せたがそれだけで、意識を取り戻す様子は一向に無かった。

仕方ない。しばらくはこのベンチでのどかが目を覚ますのを待とう。

思えば麻帆良祭が始まってからこっち、ろくに休憩もしてなかったしちょうど良い。

そう思って、ベンチに深く腰掛けようとして、ふと周囲の視線に気が付く。

そして今の状況を客観的に分析。

俺+前ボタン全開の学ラン=明らかに素行不良の問題児。

のどか+気絶=意識を失った大人しそうな女生徒。

この2つを総合すると……どう見ても俺がのどかを拉致ったようにしか見えない。

おかげでさっきから通行人の向けてくる視線が痛いこと痛いこと……。

……軽めの人払い、しておいたほうが良いよな?










―――――それから約20分後。


「う、うぅ……」


起きるのを渋る子どものように身じろぎして、のどかがうっすら目を開……いてるはず。いや、だって前髪に隠れて見えねぇし。

ともあれ、ようやく目が覚めてくれたか。

これで楽しく麻帆良祭を回ることが出来る。

そう思った俺だったのだが。


「ぴぃっ!?」


そんな風に、何故かのどかは俺の顔を見て悲鳴を上げた。

……そこまで悪人面か、俺?


「さ、ささ、さっき跳び降りた人!? ゆ、幽霊さん!? きゅぅ……」


そんな悲鳴を上げながら、再び夢の世界へ旅立とうとするのどか。

いや、マジで勘弁してくれ!?

本当そんな心臓の小ささで、良く魔法世界とかいけましたよね!?

あれね!! 恋って本当に人を変えちゃうのね!?


「待て待て待てっ!? 幽霊ちゃう!! せっかく起きたんに、また気絶とか勘弁してくれ!!」

「へ? ゆ、幽霊さんじゃないんですか……?」


慌てて俺が呼びかけると、間一髪のところでのどかは意識を取り戻してくれた。


「おう。ちゃんと足もついとる。つか、俺の運動神経は人間離れしとるさかい、あん程度は大したことやあれへんねん」

「そ、そうなんですか?」


俺の言葉に、のどかはとりあえず俺が生きているのは理解してくれたらしい。

しかしながら、まだ怯えきってるみたいで、その身体は若干震えていた。

まぁ、かなり大人しい子だし、異性と話すのなんてそれだけで緊張ものなんだろうけど。


「ともかく、無事に目覚ましてくれて良かったわ」

「あ、あう~……ご、ご迷惑おかけしてしまって、その、す、すみませんです~」

「ああ、ええって、ええって。むしろ驚かせてもうて、こっちこそ申し訳なかったわ」


恐縮そうに頭を下げるのどかに、俺は手を振ってそう答えたのだった。


「それより自分、時間大丈夫なんか? どっかに行く途中やったんとちゃう?」

「へ? ……ああっ!?」


俺に言われ、慌てて時計を見るのどか。

その顔が見る見るうちに真っ青になっていく。

うわ、やっぱり何か予定があったみたいだな……。


「どないしてん?」

「こ、これから図書館島の探検ツアーがあるんです……わ、私、ガイドの当番になってたのに……ど、どうしよう!?」

「それ、何時からや?」

「さ、3時からです~……」


涙目ののどかに言われて、俺は携帯の時計に目をやった。

現在14時43分。

ここ本校女子中等部校舎から図書館島まで、女の足だと急いでも30分は掛かる。

どう考えても間に合いそうにはなかった。

……『常人』ならば、って話だけどな。

まともじゃない手段なら、その距離でもどうにか間に合わせることは出来る。

そもそも、のどかが気絶しちまったのは俺のせいだし、ここは俺が何とかしなきゃ嘘ってもんだろ。


「……事情は分かったわ。俺に任せとき」


自分の胸をとんっ、と叩き、のどかを安心させるように微笑みかけた。


「え? えぇっ!? で、でも、どうやって……?」

「俺しか知れへん秘密の抜け道があんねん。そこを通ったら5分とかからずに図書館島までつくわ」

「ひ、秘密の抜け道? で、もいくらなんでも5分じゃ……」


信じられないっって様子で、のどかが驚きの声を上げる。

確かに、図書館島までは直線距離でも15分以上かかるからな。


「それが出来るんや。まぁ人には教えられへんさかい、抜け道通ってる間、嬢ちゃんには目ぇ瞑っててもらわなあかんけど」

「め、目を瞑って? そ、それじゃあ、どうやって歩いたら良いんですか?」


にっ、と微笑みかけ、俺はのどかの身体をさっきと同じように抱き上げた。


「ひゃわわっ!?」

「こうやったら、嬢ちゃんは歩かんでええやろ?」

「た、確かにそうですけど~……はぁうう~……」


状況に付いていけないのか、のどかは顔を真っ赤にして目を回してしまった。

ちょっと可哀そうだけど、時間は待ってくれないし、早速出発するとしましょうか。


「ほな行こか? しっかり捕まっとき。あと、俺が良い言うまで、絶対に目ぇ開けたらあかんで?」

「は、はい~……」


俺がそう言うと、のどかは素直にきゅっと両目を閉じる。

それを確認した俺は、両足にぐっ、と力を込め、力いっぱい地面を蹴った。

瞬間、加速する俺の視界。

そう、これこそが俺の言う秘密の抜け道。

つまり『地上がダメなら、空を行けば良いじゃない』って訳だ。

幸いにも、今日は麻帆良祭。

ちょっとした無茶なら、ワイヤーアクションとか、CGとか言っとけば通じる。

さすがにのどか本人には言い訳出来ないから、目を瞑ってもらうことになったけど。

しかしこれなら、確実に時間に間に合う。

俺は空を蹴る両足に更に力を込め、徐々に速度を上げつつ図書館島を目指すのだった。










「よっ、と……」


宣言通り出発からおよそ5分後。

のどかを抱えた俺は、無事に図書館島に辿り着いた。


「嬢ちゃん、もう目開けてもええで?」

「は、はい~……」


俺に言われて、のどかは恐る恐るそ目を開け……てるはずだ。だから見えないんだって。


「……ほ、本当に着いてる。い、一体どうやって……?」

「ま、それは企業秘密ってことで」


驚きに目を丸くするのどかを、俺はゆっくりと地面に降ろしてやった。


「ほ、本当に助かりました~。な、何てお礼を言ったら良いか……」

「気にせんで良えって。元々嬢ちゃんが気ぃ失ってもうたんは俺のせいやし。それより、急がんとせっかく間に合うた意味がなくなってまうで?」


笑顔でそう答えてのどかを促す。

正直、リスク負って虚空瞬動まで使ったんだから、ここまで来て間に合いませんでしたってのは勘弁してもらいたいからな。

のどかはそんな俺の様子に、少しどうしたの物か迷ったのだろう、俺の図書館島の入口を、何度か交互に眺めて。


「あ、ありがとうございました。え、ええと、お、お礼もちゃんとしたいですし、も、もし良かったら探検ツアー、見て行ってください~……」

「やから礼なんて……まぁ、せっかくやし探検ツアーにはお邪魔させてもらうわ」

「あ……は、はいっ!! 是非っ!!」


苦笑いしながら俺がそう言った途端、のどかはぱぁっと笑みを浮かべた。


「わ、私、宮崎 のどかって言います~。そ、それでは、また探検ツアーで~!!」

「おう。俺は犬上 小太郎。小太郎って呼んでんか。ほんなら、また後でな」


のどかはもう一度、ぺこっ、と頭を下げると、とてとてと若干危なっかしい足取りで図書館島へと駆けて行った。

ときどきこちらを振り返りながら。

……ちゃんと前見ないと転ぶぞ~?










「はれ? コタ君? 来てくれたんやー♪」


図書館島探検ツアーの受付を終えて待っていると、恐らくガイド役なのだろう、俺を見つけた木乃香が嬉しそうに走り寄って来た。


「意外やね? コタ君、本とか読みそうにないんに」

「いやいや、人並み以上に読むで? 知識言うんは十分『武器』になるさかい」


そうでもしないと、ここまで我流でなんかやって来れなかったっての。

原作の小太郎とかナギとかラカンがおかしいんだよ。

感覚だけでやってけるほど、実践は甘くない。


「ほんでも、図書館島に来たんは入学説明会以来やけどな」

「そうなんや? ほんなら、何で探検ツアーに? ……も、もしかして、ウチに会いに来てくれたん!?」


きらきらと、黒目がちな瞳を輝かせて上目遣いに俺を見上げて来る木乃香。

凄い期待させて申し訳ないけど、別にそう言う訳じゃない。

とは言え、この表情を曇らせるのは大分心が痛むなぁ……。

いやいやいや、不必要な嘘のがマズイわ。

と言う訳で、正直に事情を説明しようと思った矢先だった。


「こ、小太郎さん?」

「へ?」

「お?」


後ろから、可愛らしい声に呼び止められて、思わず振り返った。

木乃香も声の主が気になったのか、俺の身体からひょいっと顔だけ覗かせて、声の主を確認してる。

まぁ、もちろん、ここにいる俺の知り合いなんて、木乃香以外だとあと一人しかいないんですがね。


「よぉ、のどか。その様子やとちゃんと間に合うたみたいやな?」


俺が笑顔でそう尋ねると、のどかは、前髪から覗かせた唇を小さく笑みの形に変えて、ぺこっと小さくお辞儀して見せた。


「はい~。こ、小太郎さんのおかげで、どうにか間に合いました。た、探検ツアー、た、たた、楽しんで行って下さいねっ」


しどろもどろになりながらも、のどかは台詞を言い切り、途端踵を返して、他のガイドたちの方へと走って行ってしまった。

慌しい奴だな、本当。

苦笑いを浮かべながら木乃香の方に振り返ると、何故か木乃香は先程とは打って変わりジト目で俺のことを睨みつけていた。


「え、ええと……こ、木乃香はん? ど、どないしましたか?」

「む~……コタ君、のどかに何かしたやろ?」

「っ!? ……あ~、まぁいろいろあってん」


さ、さすがは恋に恋する乙女。その洞察力たるや侮れない。

とはいえ、お姫様抱っこで女子校エリアを走破しました、とは言えないし、笑って誤魔化すしかないよな?


「のどか、めちゃくちゃ上がり症やし、男の人話すなんて絶対苦手やのに……それに、ちょっとやそっとのことやったら、あんな風にお礼言いに来たりせぇへんよ?」

「あ、あはは……い、今どき珍しい義理堅い嬢ちゃんやなぁ?」


木乃香の執拗な追及に、俺はただただ乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。

た、頼む!! 早くツアーの開始時刻になってくれ!!

もっとも、そういう風に思ってる時ほど、時間の流れは遅く感じるもので。

俺は結局、ツアー開始時刻までかなりの精神をすり減らしながら、木乃香の尋問に耐えるしかなかった。










と、言う訳で、ようやく始まった図書館島探検ツアー。

既に俺のLPは真っ赤でしたが、まぁこれはこれでかなり楽しめた。

とは言え、俺たちが見て回ったのは、トラップのない安全な場所ばかりで、原作でネギ達が侵入してたような、深い所は見れなかったけど。

それにしても……ここ作った奴らって、何考えてたんだろうな?

だって、本棚が滝になってるんですよ?

本と水って、かなりアウトな組み合わせ過ぎやしませんか?

にも拘らず、図書館島に安置されてる本は、湿気を吸ってる風でもない。

恐らくは何らかの魔法が働いてるんだろうけど……魔法の無駄使いな気がしてならないよな。

そんな感じで、一通り見て回ったツアー一向は、現在自由行動中。

俺も俺で、何か物珍しい本はないかって散策してるところなのだが。


「随分と珍しいものを飼っていますね?」

「っ!?」


急に背後から声を掛けられ、反射的に跳びのきそうになった。

殺気がないことに気付いてすぐにそれは止めたが、心臓は早鐘のように脈打っている。

……冗談だろ、こいつ、気配がまったくなかった。

冷や汗が頬を伝ったが、声をかけた主の姿を見て、俺は思わず肩の力を抜いていた。


「……おいおい。詠春のおっちゃんとタカミチ以外のメンバーは行方不明とちゃうんかったか? ……それとも、俺は紅き翼の連中に、妙な縁でもあるんかいな?」


俺に声をかけて来たのは、いかにも魔法使いといった風情なローブ姿の優男。

気配を感じなかったのは、単純にこの変態ローブの実力だろう。


「おや? 私をご存じですか? それにタカミチや詠春ともお知り合いとは、これは来てみて正解でしたね」


俺を見て薄く笑みを浮かべるその男。

かの英雄、紅き翼の一人にして、重力を操る大魔法使い。

他人の人生収集という変態染みた趣味の持ち主にして、エヴァへの対応から若干ロリコンの気でもあるんじゃないかともっぱらな噂の変態紳士。

クウネル・サンダースこと、アルビレオ・イマその人だった。


「私のことはご存知のようですし自己紹介は必要ありませんね?」

「まぁ構へんけど……俺は犬上 小太郎、詠春のおっちゃんに最近まで世話になっとったモンや」

「なるほど、それで関西弁ですか……よろしくお願いします、小太郎君?」


感情の読みづらい笑みを浮かべながら、俺にその右手を差し出して来るアル。

どうしたものか迷ったが、結局俺は、恐る恐るその手を握り返すしか出来なかった。


「で? 話を戻すけど、自分こんなところで何してんねん? 魔法世界の連中は自分のこと躍起になって捜してるんとちゃうんかいな?」

「ふふっ、友人との約束がありましてね。今はこの図書館島の司書、ということになっています」


今日は学園祭を見に出て来ていたのですが、なんてアルはこともなげに笑って見せた。


「……まぁ良えわ。それと、俺は望んでこんなモンを飼ってる訳とちゃうからな?」

「それはそうでしょう。見たところ随分厳重に封印されているようですし。その術式の癖はエヴァによるもののようですね?」


見ただけでそれを看破するって……やはり英雄と呼ばれるだけのことはある。

俺は溜息をつきながら、アルにこれまでの経緯を話すことにした。

もしかすると、九尾の封印を解くヒントが手に入るかも知れないしな。










「……それはそれは。一族の仇を討つために、九尾の狐を吸収、ですか……」


俺の話を全て聞いたアルは、珍しく真剣な表情でそう呟いた。


「俺が九尾の力を引き出せるほど、強い精神力を持てたら解けるらしいんやけど……如何せん、精神力の鍛え方なんて分かれへんねん」

「ははっ、それはそうでしょう、何せ……」


ぴっ、と人差し指を立てて、アルは爽やかな笑顔でこう言った。


「精神力は鍛えることなんて出来ませんから」

「…………は?」


思わず開いた口が塞がらなくなる俺。

え? 今、なんつった?

精神力は鍛えられない?

……それじゃ俺は、このまま一生魔力が使えないままってことかよ!?


「まぁ、今のは言葉のあやです。精神力を強くする方法は大きく2つ。過酷な経験を積むか、歳を重ね知識と経験を積み重ねていくかの2通りしかありません」

「つまり、時間が経てば黙っとってもそのうち封印は解けるいうことかいな?」


アルは静かに首を横に振った。


「九尾の力がどれほどのものか知りませんが、あのエヴァがここまで厳重に封をする程です。恐らく普通に老成していくだけでは事足りないかと」


ですよねー☆

……やっぱ、何らかのきっかけ……追い込まれるような状況に瀕さなければ、そうそう精神力なんて強くならないってことか。


「もっとも、小太郎君自身が自らを追い込む程度では、その封印が解けるとは思えません。余程の死地に赴くでもない限り、ね」

「……ほんなら、結局のところ今は打つ手はない、いうことかいな?」

「時間という万能薬に縋る以外の道はないでしょう」


あー……何か一気に脱力したわ。

この春先から俺がやってきたことは、殆どただの無駄足だったのかよ……。

まぁ、気の出力向上や、体術の見直しって面では十分役に立ったんだろうけど。


「そう気を落とす必要はないと思いますよ? あなたは黙っていてもトラブルに巻き込まれるタイプのようですし、そう遠からずきっかけは訪れるでしょう」

「……それ、何や複雑やな」


魔力は戻って欲しいが、望んで死にには行くたくないぞ?

ともあれ、アルに会えたのは嬉しい誤算だったな。

しばらくは、いつ戻るとも分からない魔力のことを考えるよりも、黙って気の出力向上に努めた方が良いってことが分かっただけで良しとしておこう。

それから数分、俺は自由時間が終了するまで、アルと他愛のない世間話に花を咲かせるのだった。









自由時間後、再開した探検ツアーも無事終わり、俺は今図書館島入口のベンチで缶コーヒー片手に木乃香を待っていた。

霧狐たちと合流するってのも考えたんだけど、さっき当番だから戻るって連絡あったしな。

一人で回るのも何だし、せっかくなら可愛い女の子と回った方が、花があって良い。

そう思って木乃香を待ってる俺。


「コタ君? ウチのこと待っとってくれたん?」


そう時間も掛からず、木乃香はやってきた。

俺の姿を見て駆け寄って来る様は、まるで飼い主を見つけた子犬のようで微笑ましい。


「おう、一人で学園祭回るのもなんやし、良かったら一緒に回れへんかと思ってな」


どうや? と俺が尋ねると、木乃香は少し顔を赤らめながら、嬉しそうに頷いた。


「うん、大歓迎や。あ、でもちょお待って。探検ツアー終わったら、せっちゃんに連絡する約束しとるんよ。せやから、せっちゃんも一緒で良え?」

「構へん。人数は多い方が楽しいわ」


俺は笑ってそう答えたのだが、何故か木乃香は少し複雑そうな表情を浮かべて、ぶつぶつ言ってる。

ちょっとはウチと二人きりになりたがってくれてもええのにとかなんとか……。

いや、むしろあなた二人きりになると意外に積極的だから怖いのよ。

もっとも、木乃香は俺に対して、刹那と同盟を組んでるっぽいので、大人しく刹那にメールを打っていたが。

程なくして、刹那から返信がくる。


「せっちゃん、10分くらいでこっちに来れるって。ほな、のんびり待とか?」


つまり少なくとも10分は俺と二人きりでいられる、という事実がお気に召したのか、木乃香はすっかり機嫌を直して、俺の隣にすとん、と腰を降ろした。

現金な奴め……。

本当、俺みたいな格闘バカのどこが良いんだろうね?

そりゃ女の子は好きだし、木乃香みたいな可愛い子に好かれて悪い気はしないけども……。

やっぱり今一つ踏ん切りが付かない。

俺にとっての僥倖は、木乃香が俺のそんな心情を察してくれて、必要以上に迫ってこないところだろう。

……たまにヤキモチで暴走されるのは勘弁だが。刹那とタッグだと本当に手に負えない。

とは言え、いつまでも逃げてはいられないだろう。

俺がやってることは、あくまで問題の先延ばしだ。

……いつかちゃんと、向き合わないとな。


「コタ君どないした? おでこきゅ~ってなっとるえ?」

「いやいやいや、そんなオモロイ面にはなってへん」


木乃香が両方の人差し指で、眉間をぎゅうっと押して皺を作るもんだから、思わず俺は噴き出してしまっていた。


「えへへっ、コタ君なんや悩んどるみたいやったから、笑わせたろ思て。……ウチで力になれることがあったら、何でも言うてな?」


満足そうに笑った後、木乃香はすぐに優しい包み込むような頬笑みを浮かべて俺にそう言った。

……本当、俺の周りの女どもは、良く人を見てるよな。

俺は笑みを浮かべて、その木乃香の頭をくしゃくしゃっと撫でてやった。


「まぁ、これは俺自身でどうにかせなあかんことやし、気持ちだけ受け取っとくわ。おおきにな、木乃香」

「むぅ……コタ君がそう言うなら、しゃあないな。けど、ちゃんと必要なときは頼ってくれんと嫌やえ?」

「わぁっとる。木乃香の力が必要なときは、迷わず頼るさかい」


そう俺は言ったのに、木乃香はまだ不満なのか、ホンマかなぁ~?と疑いの視線を向けて来る。


「だってコタ君、ウチのあげた何でも券、全然使うてくれへんし……」


唇を尖らせて、分かりやすく拗ねた表情を浮かべる木乃香。

って、あんなのおいそれと使えるか!!


「さすがの俺も、刹那に尻尾斬り落とされたくはないしな……」

「ふぅん……コタ君、せっちゃんに尻尾斬り落とされるようなお願いするつもりやったん?」

「い、いやそんなことあれへんけど……俺も男やさかい、何でも言われたら、なぁ?」


ちょっとはやましいことを考えてしまうのが男の性ってやつでしょうよ?

そんな俺の返答をどのように受け取ったのか、木乃香は嬉しそうに小さく笑みを浮かべると、ぐいっと俺に身体を寄せて来た。


「ちょっ!? こ、木乃香、近いてっ!?」

「……良えよ?」

「……へ?」


慌てふためく俺を余所に、木乃香はずずいっとさらに身体を俺に近付けて来る。

俺を上目遣いに見つめて来る双眸はうっすらと潤み、その愛らしい頬は僅かに種を帯びていた。

……これは何というか、ヤヴァい。今の木乃香の様子は俺のハートにストライク過ぎる。

瑞々しい唇を震わせて、なおも木乃香は続ける。


「ウチ、コタ君にやったら何されても……良えよ?」

「ちょっ!? 木乃香さんっ!!!?」


だ、だから木乃香と二人きりはマズいって言ったんだ!!

この子、俺の気持ち知ってるから、告白とかしてこないけど、その分アプローチが積極的過ぎるんですよ!!

しかも天然で男心をくすぐる仕草が危な過ぎる!!

早く来てくれ!! 刹那ーーーーっ!!!!

なんて心の中で叫んだところで、刹那が駆け付けてくれるはずもなく、俺の精神力は、先程とは全く違ったベクトルでガリガリ削られていった。

……うん、これに耐えきるとか、正直無理だと思うんだ☆

徐々に近付いて来る木乃香の顔。

俺は逃げ出すこともできず、二人の唇が重なりそうになったその瞬間だった。


「あ、いたいた!! おーい!! そこの目つき悪いお兄さーーーーんっ!!!!」

「「っ!!!?」」


突然大声で呼びかけられて、俺たちは反射的に距離を取った。

うっわぁ……心臓がバクバク言ってるわ。

危ない危ない……一時の雰囲気に流されて、大きな過ちを犯すところだった。

多分、木乃香も自分で作り出したとはいえ、その雰囲気に呑まれてたんだろう。

我に返った様子で、真っ赤になった顔をぱたぱたと仰いでた。


「あっれー? 木乃香じゃん? あんたもその人と知り合いだったんだ?」


俺たちに声をかけたと思しき人物は、近くにくるなり、木乃香のことを見て意外そうに言った。

見ると、近付いてきたのは二人組、背の高いメガネのロングヘアーと、対照的に小柄なデコっぱち。

のどかの親友2人組、早乙女 ハルナと綾瀬 夕映だった。


「は、ハルナにゆえ? え、ええと、どないしたん?」


まだ仕事残ってたん? と、まだ動揺してるのだろう、木乃香がしどろもどろになりながら2人に問い掛ける。


「いや、用があったのは木乃香じゃなくてさ、そっちのお兄さんなんだよね」

「こ、コタ君に?」

「何でも、ノドカが彼にお世話になったそうで、ちょっとお話がしたいと……」


2人に言われて、木乃香はぱちぱちと目をしばたかせたかと思うと、再びジトっとした目で俺を睨みつけて来た。


「……コタ君、やっぱのどかになんやしてあげたんや?」

「(ギクッ!?) あ、ああ、ちょっと困ってたとこをな。 そ、それはそうと、のどかはどないしてん?」


お姫様抱っこの件に関しては、俺に非はない。

非はないが、木乃香に伝えるのは何となく身の危険を感じてならない。

なので、俺は早急に論点のすり替えを図ろうと、2人に向き直ってそう話題を振った。


「のどかなら、向こうで待ってるよ。木乃香、悪いけどこのお兄さん借りてくね?」

「へ? あ、ああ、うん。別に、ウチは構へんけど……」


ハルナの問い掛けに、木乃香はどこか歯切れの悪い返事をした。

恐らくは、刹那との約束の時間を気にしてるのだろう。

まぁ、ちょっと話して戻ってくれば良いし、間に合うだろう。

そう思って木乃香のフォローをしようと思った矢先、キュピンッ、とハルナの瞳が怪しく輝いた。


「ねぇ木乃香? もしかして、このお兄さんと付き合ってたりする?」

「ぶっ!?」

「…………」


まさかの問い掛けに、俺は絶句し、木乃香は思わず吹き出す。

慌てて、否定の言葉を告げようと、俺は手を振って答えた。


「ちゃうちゃう。木乃香の親父さんに、俺が世話になった関係で仲が良えだけや」

「……むぅ、そんな思いっきり否定せんでも良えやん……」


小声で木乃香が抗議の声を上げてますが、そちらはスルーな方向で。


「あははっ、そっか。そりゃ安心したよ。いや~、何か2人から、甘酸っぱいラブ臭がほのかに漂ってきてたからさぁ」


……原作でも思ってたけど、そのラブ臭って何なのさ!?

俺の嗅覚でも嗅ぎ分けれませんよ? その触角か!? 触角が嗅ぎ分けてんのか!?

なんて、初対面の人間に突っ込むわけにもいかず、俺はぐっと堪えるのだった。

しかし……俺と木乃香が付きあってなくて『安心』ってことは、やっぱアレだよな?

のどかフラグktkr!!!!

……キタコレじゃねぇよ!!!!(orz

どうしたもんかね?

若干、頭を抱え込みたい衝動にかられた俺を余所に、ハルナと夕映は自己紹介を始める。


「ま、付き合ってないならオーケーよ。そんじゃ木乃香、お兄さん借りてくね? 私はのどかの友達で早乙女 ハルナ。よろしく」

「同じく綾瀬 夕映です」


にこやかに右手を差し出して来るハルナに、ぺこっと頭を下げる夕映。

さすがに何も言い返さないのはマズいと思って、俺は動揺をひた隠しにしながら、ハルナの右手を握り返した。


「犬上 小太郎や。勘違いしとるみたいやけど、俺は自分らとタメやからな? あと、出来れば小太郎って呼んでんか」

「あ、やっぱりそうだったんだ?」

「では、あなたが噂の『黒い狂犬』ですか。何と言うか、少しイメージと違いますが……」

「……まぁ、所詮噂やし。つかあの噂8割方大嘘やからな?」


当たってるのは、俺がヤンキー共を尽く殲滅してるって話だけだ。

とりあえず、俺は木乃香にすぐ戻って来るからと言い残し、2人に引っ張られながらのどかの下へと向かうのだった。









俺が2人に連れて来られたのは、書架の一角。

ちょうどデカい本棚が袋小路みたくなってて、一方向を除き周囲からは見えなくなってる場所。

そんなところで、ぽつんと待ってるのは、前髪の長い華奢な少女。

俺を連れて来た2人はいつの間にかいなくなってるし……あいつら、修学旅行編ときみたくのどかを焚き付けやがったな?

とはいえ、ここまで来てしまった以上、俺には最早どうすることも出来ない。

諦めて、俺はのどかに出来るだけにこやかに話しかけるのだった。


「よぉ、待たせてもうたな」

「ひゃいっ!? い、いえ、そんなっ、全然待ってにゃいれすっ!!」


メチャクチャ噛んじゃった!?

そ、そこまでテンパらなくても良いだろうに……。

恐らく夕映とハルナもどこかで見守ってたんだろう。

盛大にずっこけた音が聞こえて来た。

まぁ、微笑ましいし、可愛いんだけどさ。


「早速で悪いんやけど、俺に何の用や? 何回も言うたけど、さっきのことなら別に礼なんて気にせんで良えで?」


さすがに木乃香を待たせてるし、あんま時間を取られるのもな。

それに、早めに切り上げてしまえば、告白なんてイベントは起こらないだろうし。

……ヘタれ? ……言うな、分かってる。


「あ、いえそのぅ……や、やっぱりきちんとお礼はさせて頂きたいですっ」

「さ、さよか? そこまで言われたら、まぁ別に断る理由もあれへんけど……」


けど、お礼って、何してくれるつもりだろう?

1巻の時みたいに図書券か? それはまぁ助かるけど……。

……血迷って木乃香みたいに何でも券とかは勘弁してくれよ?←ややトラウマ気味


「そ、それでですね、、友達にも相談していろいろ考えたんですけど……」

「おう」


のどかは、そこで一端言葉を区切るとすうっと、大きく息を吸って。



「―――――あ、明日。も、もし良ければ2人で学園祭を回りませんか?」



「…………はい?」


一足飛びじゃ足りないくらいぶっ飛んだ結論を宣言してくれた。

いや本当、どうしてこうなった?






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 51時間目 時期尚早 恋愛に時期もクソもないとは思うけど原作的に
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/04/24 22:25



「へぇ……それで小太郎さんは、宮崎さんとデートすることになったと、そう言う訳ですか?」

「概ねその通りであります、サー!!」


学園祭初日の夕方。

遠方からの家族連れが帰宅を開始し、若干閑散とし始めた学園都市の一角。

男子高等部の出している即席カフェで、俺たちはまったりと……。


「ウチには『兄貴の事がケリつくまで、色恋なんて考えられへんー!!』とか言うてたのになぁ?」

「ま、誠に恐縮であります、サー!!」


……まったりと過ごせてたら良かったのにね。

むしろ殺伐とした雰囲気で、俺は何故か背筋をピンと伸ばし、某海兵隊のような返事を繰り返していた。

のどかの急な申し出の後、俺は木乃香と既に到着していた刹那と合流し、事の経緯を説明した。

当然、俺の尻尾が危険なので、のどかをお姫様抱っこした件と、木乃香とヤヴァい雰囲気になった件伏せて。

結論から言うと、俺はのどかの急な申し出を、いろいろと思案の末承諾してしまったのだ。

だって、正直明日の午後は予定もなかったし、断る理由なんて特に無いだろ?

で、まぁこれは恐らくハルナ辺りの入れ知恵だろうけど、せっかくだから夕食と、その後に『マホラ・イリュージョン』を見て回ろうって話しになった。

原作でネギとのどかが一緒に見てた、光と水のショーアトラクションね。

……しかし、これじゃ完全に俺が原作のネギと同じポジションだよな?

ネギのフラグバキバキにしてってる気がするけど……仮契約とか大丈夫だろうか?

フェイトの様子や、俺のことから考えても、恐らくネギは俺と同じ歳だろうし、恋心なしに女の子が唇を許してくれるとは思えない。

原作でネギがあんだけ仮契約出来たのも、彼が子どもだったという理由が大きい気がするし。

……まぁ、それは今考えても仕方がないか。

原作の一年前ということもあって、世界中による呪い関連の危険はない。

恐らく無事に、のどかと楽しい時間が過ごせるはずだとは思う。

しかしながら、俺が一番危惧しているのはそこではなく、のどか自身の気持ちだった。

原作ではちょいちょい思い切った行動にでる彼女のことだ。

学園祭の雰囲気に当てられて、出会って2日の俺にいきなりの告白、とかも十分有り得る。

とは言え、俺は今のところそれに応えるつもりはない。

ないのだが、別段彼女が嫌いという訳ではないのだ。

そこで、女の子的にはそういった場合、どのような対応が望ましいのか、2人に助言を仰ごうと思ったのだが……。

事情を説明しただけでこの有様である。

刹那が夕凪を持ってなくて本当に良かった。

下手をすると、俺の尻尾はとっくに切り落とされていたかも知れない。

いるかどうかも分からない神様に、一瞬だが感謝したくなった。


「まぁ、約束してもうたもんはしゃあないわ……けど、ホンマにどういうつもりなん? ……ま、まさかのどかに本気で惚れてもうたとか?」


縮こまって両手の人差し指をちょんちょんっと付けたり離したり。

そんなビクビクした様子で、木乃香がそんなことを尋ねて来た。

……うん、常にそういう雰囲気でいてくれると、俺の寿命がもう少し伸びると思うよ?

若干禍々しいオーラを放ち始めていた刹那までもが、そ、そうなんですかっ!? なんて身を乗り出してくる。

その白い頬っぺたは、興奮した所為か少し赤く染まっていた。


「いや、さすがにそれはあれへん。断れへんかったんは、単純に明日は予定があれへんかったからや」

「ホンマに!? ホンマのホンマに、のどかに惚れてもうた訳とちゃうやんなっ!!!?」


否定の言葉を述べた俺に、木乃香がぐぁっと掴みかからんばかりの勢いでそう聞いてきた。


「ちょっ、落ち着けや!? ホンマのホンマ。つか今日会うたばかりやぞ? 良ぉ知らん女のことなんか、そうそう好きになれるかいな」


ぶっちゃけていうと、それなりにのどかの事は知ってるし、結構好みだけどね?

とはいえ、この世界での俺たちは初対面なので、そう言っておくしかあるまい。


「それに、のどかは魔法について何も知れへん。俺が付き合うには、ちょっとばかしハードルが高いわ」


今後は関わって行くでしょうけどね。

ともあれ、木乃香はそこまで聞いて、ようやくはぁっと肩の力を抜いて、自分の席に座りなおした。

刹那も同じように、安堵の表情でテーブルに突っ伏している。

俺の一挙手一投足はそこまで重要ですか? ……恋する乙女には重要なんだろうな。


「し、しかしそれでは、あまりに宮崎さんが可哀そうでは? その……妙に期待を持たせてしまったり……」

「あ、やっぱそう思うやんな?」


刹那に言われて、頭を抱え込む俺。

そうだよなぁ……本気でのどかのことを考えるなら、あそこできちんと断って、のどかに希望を持たせたりしなければ良かったんだ。

しかしそこはそれ、女好きな俺の悪い癖というか……あんな可愛い子にデートに誘われて、断れるわけがないと言いますか……。

男性諸君ならきっと分かってくれると信じてる。


「いや、別にのどかのこと嫌いか、言われたら、そういうわけとちゃうねん。ただ、その……そもそも俺、恋愛感情いうんが良ぉ分からんいうか……」


これは結構ガチな話。

何回も言ったと思うが、俺は生前、その人生における時間を4剣道、3オタ活動、2勉強、1その他、みたいな割合で割いてきた。

ゲームやアニメ・マンガのキャラクターを見て恋焦がれることは多々あったが、実在の人間相手に恋したことなんてゼロ、全くない。

つか、そもそも友人だって殆どいなかったし……。

……暗い青春を送ってたなぁ、過去の俺よ。

と、言う訳で、こと恋愛に関して、俺は経験値ゼロ。

このまま村から出てしまうと、2、3匹のスライムにすらタコ殴りにされてしまいそうな雑魚キャラっぷりなのだ。

これまで俺が木乃香や刹那、亜子たちの気持ちに気が付けたのは、正直原作知識によって彼女たちの人となりを、俺が良く知っていたから、という理由が大きい。

とてもじゃないが、俺の親父のようなスケコマシにはなれそうもなかった。


「それでウチらに相談したんや?」

「そーゆーことやな」


俺が頷くと、木乃香はむむむ、なんて唸りながら顎に手を当てて小さく首を傾げる。

もうちょっとお説教モードが続くと思っていただけに、何だか拍子抜けだ。

……いや、別にお説教されたいとか思ってないよ? Mじゃないよ?

やがて、木乃香はさも名案が浮かんだとばかりに、ぽんっと手を打った。


「せやったら、ちょっと練習してみたら良えんとちゃう?」

「へ?」


素っ頓狂な声で返事した俺に、木乃香はいやに上機嫌な様子で笑みを浮かべた。










日暮れ時の男子校エリア。

普段ならそろそろ人気がなくなり始める時間だが、今日に限っては話が違う。

きらびやかな照明に彩られた通学路には、中等部、高等部、大学部それぞれので店が所狭しと並び、その客で溢れかえっていた。

つまりは、大勢の人で賑わっているということだ。

これだけの大観衆の中、ただ歩いているとうだけで人目を引くってのはかなり至難の業だ。

いや、よっぽど面白い格好してたら話は別だろうけど、今日に限っては、そこら辺にコスプレした連中がわんさかいるからそれも不可能。

だからこそ、敢えて言おう。

この状況は、どう考えてもおかしいと。

周囲の男どもは、今にも血涙を流さんばかりの形相で俺たち…………否、俺を睨みつけている。

ともすれば一斉に襲い掛かって来そうな勢いだ。

戦闘力的にはカスみたいな連中だろうが、さすがにこれだけ集まれば、その殺気たるや一流の暗殺者並みである。

本来なら、こんな不特定多数に恨みを買う様な覚えは、全くと言って良いほどない。

ないのだが、ただ今俺が置かれている状況を鑑みると、その殺意の矛先は明白だった。


「…………」

「…………(////)」


終始無言で歩き続ける俺。

その左側で、頬を赤らめ気まずそうに付いてくる刹那。

その服装は木乃香の提案で、いつもの制服ではなく、貸衣装屋でレンタルした黒を基調としたゴスロリ調の服を着せられていた。

最後まで自分には似合わないと言って、着ることを渋っていたが、さすがに木乃香の押しには勝てなかったようだ。

ひらひらフリルのスカートが気になるのか、先程から恥ずかしそうに何度も自分の足元を気にしてる。

…………敢えて言おう、木乃香グッジョブ。

もちろん、そんなことで俺は無言になっている訳ではない。

こんなに可愛い格好をした刹那とデートできるなら、周囲からの殺気なんて甘んじて受け止めよう。

問題はその刹那と、俺を挟んで反対側にいる御人だ。


「~~~~♪」


終始言葉を発さない…………否、発せない俺たちとは対照的に、鼻歌交じりで歩く木乃香。

その服装は、刹那が来ている服と同じデザインのゴスロリ服だが、色は白を基調としたものになっている。

本人曰く、せっちゃんとおそろいがええ、だそうな。

…………誠に眼福である。

そして当然のように、そんな木乃香の服装も、決して俺が沈黙している理由ではない。

問題なのは、その木乃香の行動だった。


「やっぱ、デートいうたら、腕組むんは基本やんな♪」


俺を見上げて、嬉しそうに言う木乃香。

そう。ただ今俺の右腕は、木乃香によってがっちり抱き込まれているのだ。

先程から、ひかえめだが柔らかい木乃香さんの双丘の感触がふにふにと押し付けられて、いろいろとヤヴァイ感じ。

周囲からぶつけられる殺気の大半は、こんな嬉s…………ゲフンゲフン。恥ずかしい状況の俺に対するものである。

うん、確かにね。デートの予行練習をするっていう木乃香の提案は承服したよ?

けどさ、こんな針のむしろに突っ込まれるとは思わなかったわけよ。

つか、刹那も付いて来てる時点で、どう考えてもデートとは言えなくね?

そんな考えが溜息となって口から零れる。

その瞬間、ふと足を止めて、木乃香が俺のことを見上げた。


「…………コタくん、うちとせっちゃんやと不満なん?」

「ぜっ、全然そんなことあれへんっ!!」


…………毎度思うけど、木乃香のうるうる上目遣いは反則だと思います。

アレを前にして、なお立ち向かう気力が残ってるやつは人間じゃねぇよ。

今更ながら、ネギクラス最強キャラって、実は木乃香なんじゃないかと思う。


「ホンマに? コタくん、さっきからずっとだんまりやから、もしかしてあんまり楽しないんやないかなぁって思って…………」

「あー…………最初から自分らと学祭回るつもりやったし、楽しんではおんねん。ただ、その…………人前で腕組むんは、ちょお…………ハズいやん?」


左手で頬を掻きながらそう言うと、木乃香は面白く無さそうに口を尖らせた。


「むー…………せっかくのデートなんやから、腕くらい組むんは当然やえ?」

「せやかて、なぁ?」


俺は視線を刹那に向けて助けを求める。


「は、はい…………そ、そのお嬢様、正直この格好だけでも恥ずかしいですし、これ以上人目を引くようなことは、その…………」

「せっちゃんかて、ホンマはコタくんと腕組んで歩きたいんとちゃうん?」

「っっ!? そそそそそ、そんなことは、あ、ああ、ありません、よ?」


刹那さーん? メチャクチャ動揺してませんかー?


「みんなお祭りに夢中でウチらのことなんか気にしてへんよ。せやから、せっちゃんもほら、ぎゅ~~~~ってしてみぃ?」


言いながら、腕により一層力を込める木乃香。

当然のように、彼女の胸がより一層強く押し付けられる。

同時に、周囲から向けられてる異様な殺気の密度が倍増した。

…………もうどうにでもしてくれ。


「ほらほら、せっちゃん。ぎゅ~~~~っ…………」

「う、ううっ…………」


嬉しそうに俺の腕を抱き締めながら、尚も刹那を追い詰める木乃香。

刹那は耳まで真っ赤にして、俺の左手の木乃香の顔を交互に見つめて…………。


「…………や、やはり私にはムリですっっ!!!!」


そう言って、そっぽを向いてしまった。


「むー…………せっちゃんと一緒が良かったんに…………」


残念そうに呟く木乃香には悪いが、俺は内心ほっと胸を撫で下ろしていた。

これ以上、腰かけたむしろ針を増やしたくはないしな。


「ほな行こか? はよせんと、出店閉まってまうえ?」


気を取り直すように言って、木乃香はさっきと同様、ぐいぐいと俺の腕を引っ張って歩き始める木乃香。

俺はそれに引きずられるようにして、再び歩き始めた。

そっぽを向いていた刹那も、慌てて俺の左側に駆け寄って来る。

こうなったら、一刻も早くこの男子校エリアを抜けて、カップルが大勢いる世界樹広場周辺に向かうしかない。

そう思って歩調を早めようとした俺の左手に、すっと誰かの手が重ねられて、俺は思わず息を飲んだ。


「せ、刹那さん?」


驚いて左側を見ると、相変わらず耳まで真っ赤にした刹那が、いっぱいいっぱいな様子で俺の左手を握っていた。


「そ、そのっ…………こ、これはあくまで小太郎さんの練習のためでっ!! け、決して私が手をつなぎたかったとか、そういうわけではっ…………」


しどろもどろになりながら、一生懸命にそんな言い訳をする刹那。

その仕草が恐ろしく可愛らしくて、何と言うか…………胸がきゅんきゅんします。


「あはっ、せっちゃん意地っ張りさんやな♪」

「ち、ちがっ!? ち、違いますからっ!!!!」

「…………」


楽しそうにからかう木乃香と、必死になって言い繕う刹那。

そんな二人の様子を見てると、何だかこっちまで楽しくなってきてしまう。

こんなに可愛い女の子二人に挟まれて学園祭を回れるんだ、多少の居心地の悪さくらい、甘んじて受け止めるべきなのかも知れない。

そんな風に思えて来て、俺はようやく口元に笑みを浮かべるのだった。










予行練習その1・世界樹前広場、大学部クレープ屋台



「ん~~~~っ♪ ほっぺがとろけてしまいそうや~♪」

「ふふっ、お嬢様。いくらなんでも大袈裟ですよ」

「そんなことあれへんよぉ? ね、コタくんも食べてみて」

「どれどれ、ぱくっ…………へぇ、甘過ぎるかと思ってんけど、結構いけるもんやな」

「あ。コタくんコタくんっ。ちょお屈んでぇな」

「? こうか?」

「…………(ぺろっ)」

「っっ!!!?」

「お、おおおおおおおお嬢様っ!!!? 一体何をっ…………!?」

「コタくん、ほっぺにクリーム付いてたえ?」

「せ、せやかて舐め取らんでも…………」

「だってウチ、右手はクレープ持っとるし、左手はコタくんと腕組んでるんやもん」

「組んどる方の腕を放せば…………」

「えぇー…………ウチと腕組むん、そんなにヤなん…………?(うるうる)」

「…………何でもありません」


ちなみに、左手も刹那によってしっかりホールドされたままでした。










予行練習その2・聖ウルスラ女子高等学校、2-Dお化け屋敷



「結構怖いって、クラスの子たちが話してたんやけど…………何や、二人は全然平気やったみたいやね?」

「そりゃあ…………」

「まぁ…………」

「「半分は本物の妖怪やから(ですから)」」

「あっ…………!!」











予行演習その3・麻帆良工科大学、即席ゲームセンター



「麻帆良祭限定プリクラ…………工科大の連中、こんなもんまで作ってるんかいな…………」

「ほらほらっ、せっちゃんもはよぉ入らんと」

「や、やはり、私はっ!! こ、このような格好をしている写真を残すのはちょっと…………」

「今更何言うとんねん。似合ってて可愛いやん、そのカッコ」

「か、かわっ!!!?」

「つか、刹那はもとが良えんやから、普段からもっと女の子らしい格好すれば良えのに…………」

「~~~~っっ…………!!(////)」

「むー…………コタくん、せっちゃんのこと褒めてばっかや。ウチかて色違いのおんなし服着とるんに…………」

「あ、あー、いや、それはそのっ。こ、木乃香は普段から女の子らしい服着とるやろ? けど刹那は普段制服ばっかの着たきりスズメやから、こう、ギャップ萌え~言うか、な?」

「「ぎゃぷもえ???」」

「…………スマン、ただの妄言や。忘れてくれ」










予行演習その4・???



「ちぃっ!! よりによって今夜が満月やったなんてっ…………!!」

「こ、コタくんっ!? な、なんで逃げるんっ!?」

「追っかけられとるからやっ!!!!」

「待たんかこの駄犬っ!!!! その皮剥ぎとって剥製にしてやるっ!!!!」

「こ、小太郎さん、エヴァンジェリンさんにいったい何をしたんですかっ!?」

「…………当番サボってたんをタカミチにチクったった」

「なっ…………!? 何でそんな恐ろしいことをっ!?」

「ちょっとした出来心や!! 反省はしてるっ!! けど後悔はしてへんっ!!!!」

「開き直ってる場合ですかっ!!!?」

「コタくんっ、せっちゃんっ!? エヴァちゃんが何か投げたえっ!?」

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!! 来たれ氷精、闇の精。闇を従え吹けよ常夜の…………」

「ちょwwwおまwww それは街中で使って良えもんとちゃうやろっ!!!?」

「やかましいっ!!!! 貴様が大人しく捕まらんからだっ!!!! 氷漬けにして粉々に砕いてやるっ!!!!」

「さっきより物騒なこと言うてるしっ!!」
 
「喰らえっ!!!! 闇の吹雪っっ!!!!」

「ぎーーーーーにゃーーーーーっっ…………!!!?」










予行練習その5・学祭門下



「ぜぇっ……ぜぇっ…………」


な、何とか撒いたか…………?

まさか日暮れ時にもエヴァの魔力が有効だとは思わなかった。

重要なのは満月が出てるかどうからしい。一つ身を持って学んだぜ。


「はぁっ……はぁっ…………え、エヴァちゃんて、怒ったらあんな怖かったんやね…………」


肩で息をしながらも、木乃香は楽しそうに笑みを浮かべてそんなことを言った。


「ま、まさか街中であんな魔法を使って来られるとは思いませんでした…………彼女だけは、敵に回したくはないですね…………」


俺たち同様、大きく息をつきながら、刹那までもが苦笑い交じりそう言った。

全く、とんだ予行練習になったもんだ…………。


「せっかく二人に付き合うてもろたんに、何やどたばたしてもうてスマンかったな」

「そんなこと、別に謝らんで良えのんに。それに…………」


そう言って木乃香はぎゅっ、と俺の右腕に抱き付いて来た。


「…………まだ、デートは終わってへんよ?」

「はい?」


その言葉の意味を、俺が木乃香に問いかけようとしたその瞬間だった。



―――――ヒューーーーー…………ドォンッ…………



「!! …………もうそんな時間かいな?」


麻帆良の空に、大輪の花が咲いたのは。


「なるほど。デートの締めにこれを見たかったわけやんな」


さすがは女の子と言うべきか、確かに締めくくりにこの花火は、とてもロマンチックで相応しいと思う。

感嘆の溜息を零した俺に、木乃香はしてやったりという表情を浮かべて見せた。


「ふふっ…………けどな? ホンマはこれで終わりとちゃうんよ? なっ? せっちゃん」

「お、お嬢様っ…………そ、そのぅ、ほ、本当にするんですか?」

「ウチはせっちゃんと一緒が良えんやけどなー…………」

「う、ううっ…………わ、分かりました。覚悟を決めますっ」


顔を見合わせて、こそこそとそんな会話をする二人を、俺は呆然と見つめる。


「え、ええと? 二人ともいったい何の話をして…………」

「そぉれっ♪(ぐいっ)」

「~~~~っ!!(////)(ぐいっ)」

「うおっ…………!!!?」


何だ何だっ!?

二人に一体何の話をしてるのか聞こうとした俺は、急に両方の腕を引っ張られていた。

思わぬ奇襲攻撃に、堪らず前へとつんのめる俺。

そして次の瞬間。



――――――――――ちゅっ…………



両頬にやぁらかい感触を感じた。


「…………へ?」


い、今のって、もしかして…………!?

呆然自失になりながら、油の切れた玩具のような動きで二人の顔を除く俺。

木乃香はいつも通りのほにゃっとした笑みを浮かべているが、頬を少しだけ赤く染めている。

刹那は耳まで真っ赤にして俯き、恥ずかしそうにスカートのすそをきゅっ、と握りしめていた。


「えへへ…………やっぱり、デートの最後にはロマンチックなキス、やんな?」

「~~~~っっ…………!!(////)」


や、やられた…………。

得意げに言ってのける木乃香と、ますます顔を赤くした刹那に、俺は何も言い返すことが出来ない。

それどころか、指先一つ動かすことが出来なくなってしまっていた。


「え、ええと…………そ、そろそろ一日目の打ち上げが始まってまうから、ウチらは帰るな? こ、コタくんも、気を付けて帰るんやえっ?」


言いたいことだけ言って、木乃香はさっと人ごみの中へと走り去って行ってしまう。


「お、お嬢様っ!? お待ちくださいっ!!!!」


慌てて刹那もその後を追い駆けて行ってしまった。

残された俺は一人、棒立ちになって人ごみに消えていく二人の姿を見送ることしか出来ないでいる。

…………どうやら、俺は親父のようになれる日は、一生掛かっても訪れそうにない。


「…………女の子の唇て、あんなやぁらかいもんやったんやなぁ…………」


未だ夢見心地な気分のまま、俺はぽつり、とそんな言葉を零すのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 52時間目 艱難辛苦 世界の悪意が聞こえるようだよ…………
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/06/29 22:56



「はぁ!? 助けたお礼にデートしてくれだと!?」


麻帆良祭2日目の朝。

教室で燕尾服に着替えながら、慶一は素っ頓狂な声でそう聞き返して来た。


「まぁ、大まかに言うとそんな感じやな。つーわけで、その武道大会とやらには参加出来ひん。スマンな」


いそいそと自分の燕尾服を整えながら、俺はそう返事する。

もうお分かりだと思うが、俺は慶一から武道大会への参加を勧められていたのだ。

で、そもそものどかとの約束があったし、話を聞く限り小規模な大会だったため、理由込みで丁重にその誘いを断っていたのだが…………。


「どんな娘だ!? 可愛いのか!? ちっくしょぉぉおおおおっ!!!! どうしてお前ばっかり!!!?」


慶一の興味は完全に俺のデート発言に注がれていた。

この分じゃ、武道大会のことは完全に頭から消えちまってんだろうな…………。

まぁ、気持ちは分からんでもないが。


「え? 何? 小太郎、誰かとデートすんの?」


慶一が余りにも大声で叫んでいたせいだろう、興味津々と言った様子で達也まで近付いて来た。


「くれぐれも言うておくけど、別に好いた惚れたの話とはちゃうからな?」

「じゃあ何か!? お前は可愛い女の子を下心無しに助けたって言うのか!?」

「…………慶一、お前はその下心をどうにかせえへんと一生モテへんと思うで?」


確かにネギクラスの子たちと仲良くなりたいって下心はあったけどもさ。


「慶一の醜い嫉妬は置いといてよ。小太郎にその気が無くても、相手の子は結構その気なんじゃねぇのか?」

「んー、どうやろ? 案外、周りに急かされてフライングしただけみたいな気がせんことも無いで?」


原作でもそうだったように、引っ込み思案なのどかが少しでも大胆になれるようにって、パルと夕映が扇動してると見た。


「それなら尚更、その子は勇気出してお前にデートを申し込んできたってことだろ? それならちゃんと楽しませてやらないとダメだぜ?」

「む。ま、まぁ確かに、達也の言う通りやな…………」


やけに的を射たことを言って来る達也に、俺は思わず舌を巻いていた。

普段は試験前に必ず泣き付いてくるバカ四天王の癖に、今日は何か格好良いじゃねぇか…………。

ま、まさか!? 意外と恋愛経験豊富なのか!?


「…………という訳でだ。どうだ小太郎? デートの下見がてら、俺に代わってこのビラを撒いて来るってのは?」

「…………それが本音かい」


感心して損したわ。

確かに6月も半ばを越えて、ぐっと気温が上がって来てるしな。

外は結構暑かったりするおまけに、この燕尾服の暑苦しさときたら…………達也じゃなくてもやる気がなくなるか。


「まぁ、言うてることはもっともやったし、今回は特別に代わったるわ」

「マジでか!? 恩に着るぜ小太郎!!」


小躍りしながら喜ぶ達也からビラを受け取って、俺は苦笑い交じりに教室を後にするのだった。










で、あっという間に午後4時10分前。

のどかとの待ち合わせ時間になった訳ですが…………。


「まぁ、確かに学ランでデートっちゅうんも失礼な話やとは思たけども…………」


原作学園祭時の小太郎と同様、俺はチンピラまがいの服装となっていた。

…………正直な話、別にここまで気合入れる必要はなかったんじゃねぇか?

もっとも、この服装は木乃香さんチョイスであり、コーディネイトされていた俺には拒否権がなかったのだが。

それはさておき、そろそろのどかとの待ち合わせ場所だ。

気負う必要はないと分かっていても、可愛い女の子と初デート(一対一的な意味で)、緊張するなという方が無理な話。

緩みそうになる頬を必死で引き締めながら、俺は世界樹の広場に続く階段を駆け上がった。


「お? あちゃー、待たせてもうたみたいやな」


幸いにも、のどかの姿はすぐに見つかった。

恐らくパル辺りの入れ知恵だろうが、今日はしっかりと顔が見えるように、髪の毛を後ろで束ねている。

うん、やっぱ原作通り、かなり可愛い。

このまま遠巻きにそわそわしてるのどかを観察してみたかったが、さすがに可哀そうなので、俺は小走りでのどかの下へ急ぐことにした。


「よぉ。 待たせてもうたかな?」

「ぴぃっ!? こ、ここたこたこた小太郎さんっ!?」

「…………いや、そんなん驚かんでも」


幽霊でもみたかのように飛び上がったのどかに、俺は苦笑いでそう答えた。


「す、すす、すみません。あ、あのっ!! きょ、今日は来て下さって、あ、ああありがとうございましゅっ!!」


ぺこりっ、なんて擬音が付きそうな程、深々と頭を下げるのどか。

緊張してんなぁ。


「そんな緊張せんといてぇな? 別に取って食ったりせえへんで?」

「は、はい~…………じ、実は、あんまり男の人と喋ったことなんてなくて…………」


まぁ、初々しいし微笑ましいし、何より可愛いから良し。

にしても…………。


「自分、随分心配性な友達がおるみたいやな?」

「え…………?」


不思議そうに首を傾げるのどか。

当然のリアクションだろう。

彼女は全く気付いていないようだが、この広場には招かれざる客人が4名2組ほど混じっているのだ。

1組は恐らくのどかが無事にデートできるかを心配して見に来たハルナと夕映。

もう1組は、恐らく俺がのどかに手を出さないか心配…………否、釘を刺しに来た木乃香と刹那だ。

前者はともかく、木乃香と刹那は俺の嗅覚や聴覚の事をしってるんだから、ここまでの接近で俺が気付かないとは思ってないはず。

だから2人の目的は、完っ全っに俺への牽制と見て間違いないだろう。

…………俺はそんなに信用がないのか(orz


「え、えと、わ、私ドジだし良くとろいって言われてて…………だから友達には心配かけちゃってるかも、です…………」


俺の言葉をどう解釈したのか、しゅんとしながら言うのどか。

うおおいっ!? 別に責めた訳じゃないんですよぉぉっ!?

とっ、ともかくっ!! 人の目もある手前、この話の流れはマズい!!

何とか軌道修正を図らねば!!


「あ、ああ~ちゃうねんっ!! その、な? そ、そんだけ仲の良いダチがおるんは、自分が優しいっちゅう証拠なんやろうな~って、そう思ってん!!」

「あ…………そ、そそっそんなことっ、な、ななないです!! む、むしろ2人が優しいから、私と一緒に居てくれてる感じで…………」


褒められたのが恥ずかしかったのか、わたわたしながらのどかが言い繕う。

…………ふぅ、これで何とか危機は去ったか。

ハルナと夕映は言わずもがな、のどかを悲しませたとあっちゃ、黙ってないだろうし。

木乃香と刹那も、不用意に女子を悲しませたとあったら、俺にどんな制裁を行って来るか分からんからな。

…………あれ? 何気にこのデート、全然ご褒美じゃなくね? 

いや一部の業界の方にはご褒美なんだろうけど、俺にとっては完全にただの死亡遊戯ですよ!?

…………ヤバい。さっきとは別の意味で緊張してきた。

あいつら、いったいどこまで着いてくるつもりだよ?


「? 小太郎さん? ど、どうかしましたか? 顔色があんまりよくないですけど?」

「へ? い、いやいやっ!! 全然そんなことあれへんよ!? ひ、光の加減とちゃうかな~? は、ははははっ!!」


心配そうに俺の顔を覗き込んできたのどかを慌てて誤魔化す。

…………よ、よし、落ち着こうぜブラザー?

さ、さすがにあいつらも延々と着いてくるなんてヤボな真似はしないだろう。

しばらくは警戒を怠らず、且つ普通にのどかと学園祭を楽しんでいれば問題ない。

さっき自分で言ってたじゃないか? 『気負う必要はない』ってな?

もう少し自分の友人たちを信じてやろうぜ?


「そ、それではっ。せ、僭越ながら、昨日のお礼も兼ねて、今日はわ、私が案内させて頂きますっ!!」

「お、おう。よ、よろしゅう頼むわ」


手と足を一緒に出しながら、ぎくしゃくと進むのどかの隣を、同じくぎこちない動きで進む俺。

…………だ、大丈夫だよな? あ、あいつらは、俺が思ってるより大人だよな!?

4人が早々に引き揚げてくれることを祈りながら、俺はただただ冷や汗を拭うことしか出来なかった。









あれから1時間後。

俺は早くも、自分の考えが甘かったことを思い知っていた。



…………後ろの4人、引き下がる気なんて毛頭ねえぇぇぇぇぇっ!!!!



これはあれだよ。完全に最後まで着いてくるパターンだよ。

エヴァ風に言うなら、ディナーとその後までバッチリ記録するパターンですよっ!!

そんな感じで相変わらず戦々恐々な俺とは裏腹に、のどかは俺と話すことに慣れて来たのか、上機嫌な様子で次に行く店の説明をしてくれていた。


「…………と、学園祭期間しか開かれないお店ですが、ボリュームもあって男子学生にはたいへん人気なんだそうです」

「へ、へぇ~、そないな店があったんやぁ。きょ、去年は気付けへんかったな~。は、ははは…………」

「そ、そうなんですか? あ、もしかして、小太郎さんは余りたくさん食べない人だったり…………?」

「そ、そんなことあれへんっ!! もうファミレスのメニューとか、端から端までもってこーい!! って感じや!!」

「ええっ!? さ、さすがにそんな量のメニューは置いてないかも知れないです…………」

「あ~っ!! い、今のは物の例えや!! そ、それに今日は学園祭でいろいろ食い歩いとるさかい、ちょうど良えくらいやと思うで!!」

「ほ、ホントですか? よ、良かったです~…………」

「…………」


…………つ、疲れるっ!!

とゆーか胃に穴が開く!! 潜行性胃潰瘍で吐血してしまうわ!!

何で可愛い女の子とデートしてんのに、こんなに気を遣わなきゃいけない訳っ!?

俺が何かしましたか!? 何か悪いことしましたかっ!?

つーか神様はそんなに俺がお嫌いですかっ!?


「あれ? な、何だか少し騒がしくないですか?」


ふと、異様な喧騒に気が付いてのどかが足を止める。

俺も同じように足を止めて、確かに伝わって来る不穏な熱気に気が付いた。

…………つーか、結構な騒ぎになってるみたいだな。

これに気付かないって、普段の俺なら考えられねーぞ?

どんだけ後ろからの視線に神経研ぎ澄ましてたんだよ…………。


「も、もしかして、喧嘩?」

「いや、ちょっとちゃうみたいやで?」


さっきから聞こえて来るのは、どうやら歓声みたいだ。

確かあっちには、特設ステージがあったはずだから、何かしらのイベントをやってるんだろう。


「結構賑おうてるみたいやし、のどかが興味あるんやったらちょろっと覗いてみよか?」

「い、良いんですか?」

「良えも何も、今日はのどかが案内してくれるんやろ? やったら俺はのどかが行きたいところに着いてくだけや」

「っ!? は、はいっ!! そ、それでは、少しだけ…………」


顔を赤くしながらはにかむのどか。

はぁ~~~~っ、癒される~…………。

正直な話、のどかのこのヒーリングスマイルがなかったら、俺は開始30分で吐血してた自信があるね。

それはさておき、近付いてみると、上がってる歓声が予想していたものより遥かに大きいことに気付かされる。

こんなに盛り上がるようなイベントが、こんな隅っこの特設ステージとかでやってるものなのか?

疑問に思いながらも、立てられてるポップに目をやる俺とのどか。

2人して開いた口が塞がらなくなるのに、そう時間は掛からなかった。


「…………ファイティング・カップル?」

「…………女は力で勝ち取れ?」


…………何じゃその似非フィーリン●カップルはああぁぁぁぁっ!!!!!?

思わず叫びたくなった俺だが、そこはのどかの手前ぐっと堪える。

肩をわなわなさせる俺を余所に、のどかはその下に書かれた大会ルールを読み上げてくれた。


「ルール説明。まず参加する男女に自己紹介をして頂きます。その後、男性陣は第一印象で気に入った女性を発表します」

「完全にフィーリ●グカップルやんな? プロポー●大作戦やんなっ!? 企画者は某TV局の回し者かなんかやんなっ!!!?」


さすがに突っ込みを堪えるのも我慢の限界だった。

しかし、俺が本当に頭を抱えるのはここからだった。


「え、えと…………もし気に入った女性が重複した場合は…………え゛!?」

「な、何や? どないしたんや?」


突然表情を凍りつかせたのどかに、俺はそこはかとない不安を感じながらも、恐る恐るポップを覗き込む。

そして、再び言葉を失った。


「も、もし気に入った女性が重複した場合は…………」

「同じ女性を指名した男性同士で闘って頂きます…………?」


ルール説明はそこで文章が終わっており、その下にはやたら太くて達筆な字で『女が欲しくば闘って奪え』と書き記されていた。


「何処の世紀末やねんっっっ!!!!!?」


企画者頭の中腐ってんじゃねぇのか!? 発酵してんじゃねぇのか!? 良い感じで醸造されてんのかコラァっ!!!?

何でお見合い企画とバトル●ワイヤルが同居してんだよっ!?

どう考えてもミスマッチだろ!? どう考えても相容れぬ2つだろそれは!!!?


「こ、こここ小太郎さん!! は、早く離れた方が…………」

「せ、せやな。こないけったいなイベント、関わり合いにならん方が良えに決まっとる」


そそくさとその場を立ち去ろうとする俺たちだった。

が…………。


「おおっ!? 君たちこのイベントに興味が終わりかね!?」

「ぴぃっっ!?」

「げぇっ!?」


そこにさっそうと現れる筋肉ダルマ2名。

み、見覚えがあり過ぎる…………。


「思い立ったら即実行!! これぞ漢気!! さぁ出よう!! 今すぐ出よう!!」

「我らイベント出させ隊!! ボディビル研もよろしくね!!」


原作でネギと亜子が捕まってたイベントの強制勧誘じゃねぇかっ!?

ふっ、しかし俺がネギのように易々と捕まってやると思ったら大間違いだ。

最悪瞬動術を使ってもこの場を離脱してしまえばこっちのモノ。

すぐにのどかを抱きかかえようと振り返って…………。


「…………あれ?」


俺は思わず絶句していた。

のどかが、いない…………?


「こ、こここた、こた、こたろうさーーんっっ!!!?」

「の、のどかぁっ!?」


悲鳴が聞こえた方へ慌てて振り返ると、そこには筋肉ダルマに担がれてドナドナされていくのどかの姿があった。


「HAHAHAHA!! 彼女を返して欲しくば、大会で勝ち残ることだ!!」

「これぞまさに漢気!! 女が欲しくば力で勝ち取れいっ!!!!」

「おいぃぃぃいいっ!? こーゆーんは普通独り身の連中を狙うんとちゃうんかいっ!!!?」


何で端から女連れなのに、その女を賭けて闘わなあかんねんっ!?

って、冷静に突っ込んでる場合じゃねぇっ!?

あれよあれよという間に、のどかは大会会場へと連れ去られて行ってしまった。


「…………これ、つまるところ、のどかを助けるには参加せなあかんってこと、やんな?」


…………どーしてこうなった!!!?









『199X年…………世界は核の炎に包まれちゃいなかった!!』

「…………そらそうやろうな」


嫌にノリノリでそんなアナウンスをするMCに、俺はげんなりしながら小声で突っ込んだ。

つかMC、なんで北●の拳の雑魚キャラコス?

これフィーリング●ップルのパチ企画だろ? 普通に西川●よしの仮装とかでよかったんじゃねぇのか?

よりによってそんなMCとかけ離れた格好しなくてよかっただろ!?

更に腹立つのは、MCの声がやたら千●繁の声にそっくりだったこと。

どうでも良いけどクオリティ高過ぎワロタ。


『少子高齢化が進み、荒廃の一途をたどるこの日本…………この世界で女を手に入れるのに最も重要なもの。それは鍛え上げた己の肉体!!』


―――――ワーーーーッ…………


『今夜ここに集った男たちは、女に餓えた野獣!! その頂点に君臨し、愛する女を手に入れるのは一体誰なのか!!』



―――――ワーーーーッ…………



MCの煽り文句に、会場の熱気は一層激しさを増していた。

つか、自分もその野獣の1人に数えられてるとか思うと、かなりげんなりするな…………。

それにしても…………。


「まさか自分が参加する言うてた武道大会が、こないにけったいで下らん代物やったとはな…………」


俺は軽蔑の眼差しを自らの隣に立つ出場者に向けた。


「そ、そんな目で見ないでくれ…………」


そこに居たのは、例の某二病コスに身を包んだ我が友人、山下 慶一だった。


「い、いいじゃねぇか? 名誉のため、金のため、権力のため、闘う理由は人それぞれだ!! お前だってそう言ってただろ!?」

「女勝ち取るために闘えとか言うた覚えはあれへんけどな」

「ぐっ…………け、けどよ。そう言うお前だって、結局この大会に参加してんだから、俺と同じだろうが!?」

「連れが拉致られたさかい已む無く参加しただけや。どっかの誰かさんみたく、喜び勇んで飛び込んだ訳とちゃう」」

「はうっ…………!?」


俺の反論に二の句も告げなくなったのか、慶一は苦々しい顔をして押し黙ってしまった。

つか、お前仮にも気を操れる格闘技の達人クラスなんだからよ。こんな一般人だらけの大会に参加するのはちょっと大人げなくないか?

まぁそこまでしてでも彼女が欲しかったんだろうけど…………。

その情熱を少しでも勉強に向ければ、先生は試験前にもう少し楽が出来るんですがね。

しかし、これは思ってたよりも楽に片が付きそうだな。

参加してる男性陣は、確かに腕に覚えがありそうな屈強な猛者どもだが、さすがに俺、というか慶一より強い奴すらいないだろう。

加えて年齢は俺たちと同じくらいかそれ以上の連中ばかり。

女性陣の方も年齢層は同じくらいみたいだし、さすがにこの状況でのどかを指名するようなロリペド野郎はいないと見た。

後はつつがなく自己紹介を終え、俺がのどかを指名すれば闘わずしてカップル成立。

変に意気込む必要はなさそうだ。

安堵の溜息を零す俺を余所に、MCは着々と大会を進行していく。

まず初めに女性陣の自己紹介。

これも大きなトラブルなく進み、あれよあれよという間にのどかの順番が回ってきた。


「じゅ、じゅじゅ15番っ、み、みみみやじゃきにょどかでしゅっ!!」


そして予想通りと言うべきか、盛大に台詞を噛むのどか。

そんな微笑ましい様子に、変な熱気に包まれていた会場が、一瞬生温い笑いに包まれた。

ちなみに、予想通りと言うべきか、先程から俺たちを尾行していた4名もちゃっかり観覧席に入って来てたりする。

テンパりまくってるのどかの様子に、パルは苦笑を浮かべ、夕映は溜息をついていた。

木乃香と刹那に関しては、この大会の趣旨を完全に履き違えているらしく、俺に向かって『いてこませー!!』『油断は禁物ですよ―!!』などと声援を送ってた。

だから闘うつもりは毛頭ねぇんだってば!!

そんなこんなで女性陣の紹介が終わり、続いて男性陣の自己紹介が始まった。

こちらもつつがなく進み、あっという間に俺へと順番が回って来た。


『そして男性陣最後の1人!! え? …………な、何と!! 飛び入り参加の15番は、予想外の大物だあああぁぁぁぁああっっ!!!!』

「は?」


カンペを読みながら驚きの声を上げるMCに、会場がどよめく。

俺は訳が分からず、ただただ自分に話が振られるのを待つしかなかった。


『これまで数々の武勇伝を打ち立てながらも、決して表舞台には姿を現さなかった麻帆良が生んだ破壊神!! たった1年足らずで100名以上の不良達を冥土へと葬ったアルティミットヤンキーが、力のみが支配するこの会場に殴りこみだああああぁぁぁぁああっ!!』

「人聞きが悪いこと言ってんなやっ!! 誰一人として殺してへんわっ!!」


MCを睨みつけながらそう叫ぶも、響き渡る歓声に掻き消されて、全く持って功を奏さない。


『もう皆さんお分かりだろう…………そう、最後の参加者はあの悪名高き『麻帆中の黒い狂犬』…………犬上 小太郎だああああぁぁぁぁああああっっ!!!!』



―――――ワーーーーッ…………



「…………もう好きに言うてくれ」


意味不明の熱狂に包まれた会場で、俺は諦めの溜息を零しながら呟くしかなかった。

ちなみに、俺には自己紹介の必要はないだろうってことで省かれました。

仲間外れいくない。









全員の紹介が終わり、いよいよお相手発表の時が来た。

ちなみに、これは某お見合い企画と違って、それぞれ男性陣が目当てのこのナンバープレートを掲げて発表する方式。

まぁ予算やら何やらの都合なんだろう。

決してあのマシーンの描写を言葉で表現するのが面倒な訳ではないので悪しからず。


『それでは一斉に発表してもらおう!! 男性陣、目当ての女性はいったい誰だぁっっ!!!?』



―――――バッ…………!!



『こっ、これはぁぁぁっっっ…………!!!?』



一斉に掲げられる男性陣のプレート。

そこに書かれている文字を目にして、俺は本日何度目か分からない驚愕に開いた口が塞がらなかった。


『ぜ、全員が15番を指名!! これはいったいどうしたことだぁぁぁああああっっ!?』

「…………んなアホな」


どう考えてもおかしいだろぉっっ!!!?

こんな作為的な展開があってたまるか!!

責任者出て来い!!

余りの事態にパニくる俺を余所に、MCは男性陣に何故のどかを選んだのかインタビューを始めていた。


参加者1「だ、第一印象から決めてたッス!! 押忍!!」

参加者2「やっぱりああゆう守ってあげたくなるタイプの子? 武道派としてはグッとくるよね?」

慶一「同年代の女性は彼女しかいなかったので。付き合うなら同じくらいの歳がやっぱりベストでしょ」

参加者3「ようじょ!!ようじょ!!( ゚∀゚)o彡゜」


…………おいぃぃぃぃいいいいいっっっっ!!!?

百歩譲って1番と2番、慶一までは許してやるっっ!!

けど3番!! お前はダメだっ!!!!

何だよ『ようじょ!!ようじょ!!( ゚∀゚)o彡゜』って!!!?

完全にアウトだろ!? 限りなくアウトに近いアウトだろっ!!!?

警察突き出されても文句言えないレベルだろっ!!!?

誰だあんなん参加させたバカはっ!!!?


『なるほど、全員理由は違えど15番への愛情は変わらない様子。つまりこの瞬間、益荒男たちの熱い闘いの火蓋が切って落とされたと言う訳だぁぁあああっ!!』



―――――ワーーーーッ…………



MCの煽り文句に湧きあがる会場。

これから始まる闘いに備えて、観覧席側の特別席に誘導されていく女性陣。

俺の魂の叫びも虚しく、完全に会場はバトルロワ●ヤル開始の準備が整えられつつあった。


『さぁ漢達よっ!! 彼女が欲しくば自らの力を証明しろ!!!! 女が欲しくば…………力で勝ち取れぇぇぇいっっっっ!!!!!!』


―――――カーーーンッッッ!!!!

―――――ワーーーーッ…………


MCのそんな掛け声と同時に響き渡るゴング。

そして湧きあがる会場の声援。

その瞬間、どう言う訳か戦場に放りこまれた俺以外の14名は、一様に俺へとその闘気をぶつけて来た。


「オイオイオイ、オイ!!!? おかしいやろっ!? こんだけおんのになして全員俺狙いやねん!?」


思わず突っ込んだ俺に、慶一がニヤリと不敵な笑みを浮かべて答えた。


「この中で一番厄介なのはお前だからな…………。まずは全員でお前を倒して、残りはその後倒す!!!!」

「いかに狂犬と言えども、この人数相手なら隙も生ずる!!」

「悪いが、ここは連中に乗っからせて貰うぞ!!」

「ようじょ!!ようじょ!!( ゚∀゚)o彡゜」


だから参加者3番!! てめぇはもう黙ってろ!!!!

こ、この野郎ども…………どんだけ女に餓えてやがる!?

何だ? 何が悪かった!? というか俺が何をした!?

あー…………何か考えたらもうむしゃくしゃしてきたわ。

つか、俺何も悪いことしてなくね?

のどかを助けて、そのお礼にきゃっきゃうふふの楽しいデートをするはずだったよな?

それが何であんな胃の痛い死亡遊戯を演じさせられて、挙句の果てに14名もの猛者から一斉に狙われなきゃならんのだ?

こんな理不尽、許されて良いのか!?


「悪く思うなよ小太郎…………怨むなら俺たちに一人も女を回さなかった、自分自身を怨むんだなぁっ!!!!」



―――――ブチッ…………ドゴォォンッッッ!!!!!!


「ひでぶっ…………!?」


俺に跳びかかった瞬間、蹴られた空き缶のように吹き飛んでいく慶一。

会場の隅にぶつかり、ようやくその身体は動きを止めた。


「…………こないチンケな大会で本気出すのも大人げあれへんと思てたんやけど。もう止めや。」


普段の俺ならやり過ぎたと反省したかもしれないが、今の俺にはそんなことを気にする心なんて微塵も残っていない。

それに慶一なら少なからず気で身体を強化してんだろうから、あれくらいやったって死にはしねぇだろ。


「な…………!?」

「え? い、今の何? 特撮? CGだよね? ワイヤーアクションとかだよねっ!?」


急な出来事にどよめき始める残り13名の参加者たち。

残念ながら、今のは種も仕掛けもない、単純な俺の蹴りだ。


「全くなぁ…………可愛い女の子とデートや言うて浮かれとったら、最初から訳の分からん尾行におうて胃を痛めて…………」





~その頃の観覧席一角~

ハルナ「あ、あっれー? も、もしかして、小太郎くん私達が付いて来てるの気付いてた?」

夕映「そ、そんなはずはないです!! 私たちは常に彼らの死角から付けていました! も、もしやあれが世に聞く達人の気圏というもの? い、いやいや、そんな非科学的で不条理な物を一介の学生が使えるとは思えませんです。いやしかし…………」

木乃香「あ、あははー…………も、もしかしてコタくん、メチャクチャ怒っとる?」

刹那「い、いや。温厚な彼がこれくらいのことで怒るとは思いたくないのですが…………あ、あの様子だと、そうかもしれません…………」





ずしっ、と一歩俺が踏み出すと、男性陣からひいっと悲鳴が上がったが、今更容赦してやるつもりはない。


「挙句の果てにこないな訳の分からん大会に参加させられて…………さすがに俺も堪忍袋の緒が切れたわ」


べきんっ、と右の拳を鳴らし、パンパンに膨れ上がった闘気を参加者たちにぶつける。

それだけで、何人かは腰を抜かしてしまっていた。

観覧席までもが俺の異様な殺気に当てられたのか、先程までの盛り上がりが嘘のように静まり返っている。


「さぁ自分ら覚悟は良えか? お気の毒にも今日の俺はマジやで?」


右手をサムズアップさせ、その親指で喉元を掻っ切るジェスチャー。

そして間髪入れずに親指を地面へ突き出し、俺は高らかに宣言した。



「―――――自分ら全員地獄逝きや」



それからきっちり30秒。会場に響き渡ったのは歓声ではなく、逃げ惑う参加者たちの悲鳴だった。










あれから1時間後。

俺たちは予定を大幅に変更して麻帆良イリュージョンの会場にいた。

あの訳のわからん似非フィーリングカ●プルに巻き込まれたせいで、のどかの予定していたコースは半分も回れていない。

ちなみにあの大会、パンフレットには載っていないゲリラ企画だったらしく、俺が大暴れした所為で警備員まで駆け付けえらい騒ぎになった。

参加していた男性陣は軒並み病院送りで、恐らく明日の最終日に参加出来る者は1人もいないだろうとのこと。

おかげで明日のシフトは慶一の分も俺が肩代わりすることになった。

…………少しくらい手加減してやれば良かったな。


「そ、その、たいへんな騒ぎになっちゃいましたね?」

「あー…………何かもう、ホントスミマセンデシタ」


せっかくのどかが勇気を出してデートに誘ってくれたと言うのに、面目次第もない。

まぁ会場で盛大にブチ切れたおかげで、尾行していた4人はさすがに引き上げたみたいだけどな。


「そ、そんなに謝らないでくださいっ。も、元はと言えば私がとろいのがいけないんですからっ」


本当に申し訳なさそうに謝って来るのどかに、俺はなおのこと罪悪感が湧いてきて仕方がない。

ううっ…………どうしてこんなことに…………。


「そ、それに小太郎さんに選んで頂いたとき、その…………仕方なくだってことは分かってるのに、何だか嬉しかったですから…………」


頬を赤らめながら、恥ずかしそうにのどかが言った。

…………ううっ、良え子やぁ。

そしてその仕草が俺のハートにストライク過ぎてヤバい。

別に俺のじゃないけどのどかが可愛過ぎてヤバい。


「…………あ、あの!! 小太郎さんは今、お付き合いしてる女性は、います、か?」

「へ?」


…………しまったぁぁぁぁああああっっ!?

い、いつの間にやら告白イベントの雰囲気になってたぁぁあああっっ!?

いやいや待て待て落ち着けっ!!

まだ付き合ってる人がいるかどうか聞かれただけじゃないか!!

上手く立ち回れば、このフラグはまだ折れる!!

…………それはそれでもったいないような気がするが。


「あー…………今はそういう女はおれへん、よ?」

「ほ、本当ですかっ!?」


俺の言葉を聞いた瞬間、ぱあっと明るくなるのどかの表情。

それにチクりと胸の痛みを感じたが、俺は正直に今の気持ちを伝えることにした。


「けど、な? 俺は今んとこ、誰とも付き合うつもりはあれへんねん」

「え…………?」


先程の笑顔が嘘のようにしゅんとするのどか。

思わず抱きしめて「嘘だー!!」って叫びたくなったが、ぐっと堪える。

自分に想いを寄せてくれてる女性とは、真正面からきちんと向かい合う。

それが俺のポリシーだったはずだ。

だから、これはきちんと告げなくてはないけない。


「俺には、どうしてもやらなあかんことがある。それが終わるまで、恋愛とかそういうんを考える余裕はあれへんねん」


いつまでもこの封印状態に甘んじているつもりはない。

今はただ、この胸に納めた牙を磨くことしか出来なくとも、いつの日か必ず…………。



『―――――必ずわいを殺しにこい、小太郎』

『―――――まだ闘る? ボクと君との力の差は歴然だと思うけど?』



磨き上げた牙で、奴らの喉笛を噛み千切る。

その日まで、俺に寄り道をしている暇などありはしない。


「せやから、俺は誰かと付き合うとか、考えたことはないんや」

「あ…………そ、そうなんですか…………」


放心してしまったように、虚ろな目で水面を見つめるのどか。

これが間違ったことだとは思わないが、さすがに女の子にこんな顔をさせるのは心が痛むな。

何とかして、話を変えた方が良いか?

しかし、そんな俺の心配とは裏腹に、のどかはふっと小さな笑みを浮かべて俺に向き直った。


「不思議だったんです。同い年なのに、小太郎さんはどうしてあんなに大人びて見えるんだろう、って」


…………そりゃ中身が御歳30歳を超えてるからです、とは口が裂けても言えなかった。


「けど、何となく分かりました。大人びて見えたのは、きっと小太郎さんに大きな目標があったからなんですね」

「そない大したモンとちゃうよ。ただの意地みたいなもんやし」

「そんなこと、ないと思います」


俺のなおざりな言い方に、のどかが苦笑いを浮かべて言った。


「その…………小太郎さんの目標、それが達成出来たときは、私にも教えてもらっても良いですか?」


およそ彼女らしくない、決意の色を湛えた瞳で、のどかは俺をまっすぐ見据えてそんなことを聞いてくる。

そんな風に見つめられたら、断りたくても断れないっての。


「ああ。それが片付いたら、必ず自分にも教えたるわ」

「っっ!! …………あ、ありがとう、ございます」


自分が余りに俺を真っ直ぐ見ていたことが恥ずかしかったのか、のどかは顔を俯けながら、消え入りそうな声でそう言った。


「あ、あの、その時には、小太郎さんにどうしても聞いて欲しい話があるんです。聞いて、くれますか…………?」

「可愛い女の子の頼みや。俺が断れる訳あれへん」

「か、かわっ…………!?」


そんなことを言われ慣れてないのだろう。

のどかは耳まで真っ赤にして黙り込んでしまった。

そんな初々しい反応が微笑ましくて、俺は口元が緩むのを止められなかった。

その瞬間だった。

静かだった水面に、何条もの光が差し込んだのは。


「へぇ…………こりゃ見に来た甲斐があったな」

「はい…………とっても、キレイです…………」


その言葉を最後に、俺たちはしばらくの間、2人して揺らめく水面とそれを彩る光のアートを見つめていた。

普段なら、ここまで長い沈黙は毛嫌いする俺だが、今は何でか別段それを不快に感じることはない。

どこか心地良いこの時間がいつまでも続けば良い。

そんな風にさえ感じていた。


「…………小太郎さん」

「ん? どないした?」

「私、小太郎さんのこと、応援してます。それくらいしか出来ないけど、けど一生懸命、応援してますから」

「…………おおきに」


水面から目を離さず、互いにそんな言葉を交わす俺たち。

のどかの表情は分からなかったが、きっと笑顔を浮かべてくれていたと思う。

そんな確信があって、俺はやっぱり小さな笑みを浮かべたまま、いつまでも揺れる水面を見つめていた。

結局、どたばたに始まって、慌しく過ぎて行った学園祭2日目。

だけどこんな日常が、やっぱり俺はどうしようもなく愛おしくて、それを護っていきたい。

今日は、それを再確認した、そんな1日だった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 53時間目 苦心惨憺 あれ? 死亡フラグが立った音が聞こえたよ? 
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/02 21:18



のどかとのデートから一夜明けた今日。

我らが執事喫茶ソムニウムは連日大盛況で、今日も今日とて俺は息つく暇もなく接客に勤しんでいた。


「こたろー!! それ下げたら次のお嬢様方を案内してくれ!!」

「あいあい。ホンマ、これが一日中かと思たら気が滅入るわ…………」


達也からの呼びかけに答えながら、俺は本日のシフトを思い出してげんなりしていた。

諸事情により病院送りとなった慶一の肩代わりのため、本来なら午前上がりだった俺は何故か1日中シフトに組み込まれている。

…………まぁ、身から出た錆だと言ってしまうとそれまでだが、何か釈然としない。

そんなことを考えながらも、決して表情に出してはいけないのが客商売の辛い所。

俺はすぐさま気持ちを切り替え、営業スマイルを貼りつけるとメニューを片手に受付口へと向かった。


「おかえりなさいませ、お嬢様が、た…………って、自分らかいな」


俺は入店してきた客を見て、思わず営業スマイルを崩してしまった。


「こ、コタくん、おはようさん」

「お、おはようございます」


そこに居たのは、2人して罰の悪そうな顔で挨拶する木乃香と刹那。

そう言えば、昨日のファイティングカップル会場で暴れた後から会ってなかったな。

もしかして、俺がまだ昨日の事で怒ってるとか思われてんのかな?


「あ、あんなコタくん? き、昨日はその、ホンマにごめんなさいっ!!」

「わ、私も。その…………武人にあるまじき行為を働き、本当にすみませんでした!!」


俺の予想通りと言うべきか、2人は異口同音に謝罪を述べて、深々と俺に頭を下げる。

…………やっぱあんな公の場でブチ切れたのは大人げなかったよなぁ。

今更ながら反省した俺は、思わず苦笑いを浮かべた。


「気にせんといてぇな? つーかあないなことで切れた俺も大人げなかってん。2人は何も悪いことしとらんて」

「こ、コタくん…………」

「小太郎さん…………」


俺の言葉を受けて、ようやく2人は安心したのか、安堵の表情を浮かべて溜息を吐いてくれた。










で、何やかんやで午後1時。

昼食時になって客入りはまばらになって来た。

ウチのメニューはデザートばかりだし、忙しくなるのはもう少ししてからだろう。

あ、ちなみに午前中やってきた木乃香と刹那だが、木乃香が迷わず『執事の愛情セット』を注文し、俺は再び公開処刑に処された。

…………木乃香さんは本当に反省してたんでしょうかね?

それはさておき、客足は少なくなったとは言え、俺の仕事がなくなった訳ではない。

客が少ない内に店内の清掃やら何やらで、結局俺には休む暇なんてなかった。

俺の人間離れした体力と、部活など他の予定がないことを見越してだろうが、さすがにこの扱いには異議を唱えたい。

とは言え、責任は考えなしに慶一を病院送りにした俺自身にあるため、黙って働くしか出来ないのだが。

そんな不満を抱えながらも、俺がもくもくと雑務をこなしていたときだ。


「すみません、こちらの教室に犬上 小太郎さんがいらっしゃると聞いて伺ったのですが」


凛と済んだ女性の声が聞こえて来たのは。

何だ? 台詞から察するに客じゃないみたいだが…………。

と思わず振り返って、俺は言葉を失った。

そこに居たのは、金髪碧眼ですらりとした長身の美少女。

まぁ、美女と言っても差し支えのないほどに整った容姿と色気を持ってはいるが。

本校女子中等部2-Aが誇る才色兼備のパーフェクトお嬢様、雪広 あやかこといいんちょ。

どう言う訳か、彼女は俺を探しているらしい。

どういうことだ? この世界だと現時点で彼女が俺に対して何かしらのアクションを起こすような要因はないはずだ。

だって今の俺、原作と違ってショタ属性持ちじゃないし。

訝しく思いながらも、いつまでも待たせるのは悪い。

俺は軽く右手を上げながら返事した。


「俺が犬上 小太郎やけど? 自分は?」

「あなたが…………お初にお目に掛かります。私、本校女子中等部2年の雪広 あやかと申します。本日は犬上さんに少し御相談があって参りましたの。ですがその前に…………」


そう言うと、いいんちょはつかつかと俺の前まで歩み寄って来て。


「失礼致します」


にこやかにそう告げると、間髪入れずに結構本気の掌底を振り抜いて来た。


「うおわっ!?」


あ、危なっ!?

仰け反ってギリギリのところで避けたものの、その風圧はもろに俺の顔を通り過ぎていった。

何なんだいったい!? 俺、いいんちょに恨まれるようなことした覚えはねぇぞっ!!!?

そんな俺の動揺を知ってか知らずか、いいんちょは自分の攻撃を避けた俺を驚きの表情でまじまじと見つめていた。


「オイオイオイ!? 何やねん自分っ!? 俺が何かしたか!?」

「失礼しますと申したでしょう? にしても驚きました。あの間合い、あのタイミングで私の天地分断掌をいとも容易くかわす方が居るなんて…………どうやら伺っていたお話以上に出来るようですわね」

「はぁ? いったい何の話や? 分かるように説明してくれ」


今朝からの忙しさも相まって、徒労で今にもへたり込みたい気分になりながら、俺はいいんちょにそう尋ねる。


「ええ、もちろん説明はさせて頂きますわ。出来れば場所を変えてお話させて頂きたいのです。少しお時間を頂いても?」

「あー、どうやろ? ちょっとクラス委員に聞いてみるさかい待っててんか」


いいんちょにそう言って、俺はそそくさと裏方を回している委員長に外出許可を求めることにした。

…………何か紛らわしいな、この言い回し。










それから5分後。

俺といいんちょは2人して男子高等部が出店している屋外カフェを訪れていた。

意外にも俺の外出許可はあっさり下りて、昼食休憩を含めて1時間で帰って来いとのありがたいお達しを委員長より賜った。

…………やっぱ紛らわしいわ。


「で? 一体俺に何の用や? いきなし攻撃してきたんにも、それなりの理由があるんやろうな?」


注文したコーヒーを一口啜って、俺は早速いいんちょにことの真相を問い掛けた。

いいんちょはいいんちょで、自分が注文した紅茶を優雅に一口、ふぅっなんて艶っぽい溜息をつきながら話を切り出してくれた。


「まずは先程の御無礼をお詫びしますわ。あなたの実力を知るには、あの方法が最も有効だと思ったものですから」

「俺の実力? 何や自分、荒事にでも巻き込まれとんのかいな?」


だったら俺に頼る前に雪広コンツェルンお抱えのSPとかに声が掛かりそうなもんだけど…………。

そんな疑問が顔に出ていたのか、いいんちょは苦笑いを浮かべながら話を続けてくれた。


「私個人は人様から恨みを買う様な覚えはございませんことよ? あなたにお願いしたいのはそう言った物騒なものではなく、もっとビジネス的なお話ですわ」

「ビジネス?」

「ええ。本年度学園祭の全体イベントのお知らせはもうお読みになりまして?」

「まぁ、それなりに。確か学園全体鬼ごっこやったか? 確か自分とこの家…………雪広コンツェルンが全面協力しとるとかいう触れ込みやんな?」


そこは原作通りの話だったので、何か嬉しくて結構詳しく読んだ。

確かルールは、開始時間と同時に学園都市内各所に貼られる指名手配書を確認、参加者はその指名手配者を捕まえる鬼役となって学園全体を捜索する…………確かそんな感じのゲームだったはずだ。

もっとも、俺が参加すると反則臭い気がしたから全く参加するつもりはなかったのだが。

逃走中の指名手配者を1人捕まえるごとに商品として高級学食の食券が貰えるからって、クラスの武道派連中がやる気になってたっけ?


「そこまで御存じ頂けているなんて、光栄ですわ。実はその学園全体鬼ごっこのことで、犬上さんにお願いがありますの」

「お願い?」

「はい。その学園全体鬼ごっこは、10名の逃走者を参加者が捕まえる、というゲームを予定していまして、既に逃走者の方々は我が雪広コンツェルンの方で選出されていたのですが…………」


そこまで言って、いいんちょは少し表情を曇らせた。


「何やトラブルでも起きたんか?」

「ええ。実は予定していました逃走者の内1名が、先日参加した格闘大会で怪我を負い入院してしまいまして…………」

「…………」


どっかで聞いた話だなオイ?


「もしかしてその逃走者、山下 慶一とか言う名前とちゃうか?」

「おや? お知り合いですか?」

「お知り合いも何も、クラスメイトや。ついでに言うと、その格闘大会であいつを病院送りにしたんも俺や」

「!? そ、それは、何と申し上げれば良いやら…………」


俺の言葉を聞いて、いいんちょは何とも言い難い表情を浮かべて言葉を失っていた。

うん、大会とは言え確かにクラスメイトを病院送りにしたのはやり過ぎたと思う。


「それはさておきや。大体話は分かったわ。入院した慶一に代わって、俺に逃走者役をやれ。多分そんな感じやろ?」


俺がそう言うと、いいんちょは小さく笑みを浮かべた。


「お話が早くて助かりますわ。大まかに言えばそんなところです。もちろん、これはイベントですので犬上さんが逃げ切った場合には商品はあなたのものになります」


なるほど、逃走者も参加者には違いないからな。

それに、ゲームは見返りがあった方が燃えるもんだ…………これは結構面白いかも知れねぇな。

捕まえる側が俺ってのは反則臭いが、逃げる側で俺が参加するなら人数比の面で結構ハンデがあるし帳尻も合いそうだ。

そう結論付けると、俺は笑みを浮かべていいんちょに言った。


「オーケー。その話乗ったで。それと、俺のことは小太郎って読んでんか」

「分かりました。詳しいルールについてはこちらの資料に目を通しておいてくださいませ。ご健闘をお祈りいたしますわ、小太郎さん」


資料を俺に手渡しながら、いいんちょはにこやかにそう言った。










それからすぐに俺たちはカフェを後にした。

今はそれぞれ自分たちのクラスの出し物に戻るところなのだが、途中までは道が一緒なので自然連れだって歩いている。


「そういや自分。何で俺に代役頼もうなんて思たんや? 単純に足が速いだけやったら、陸上部の連中とかわんさかおるやろうに」

「資料を読んで頂ければ分かると思いますが、ただ足が速いだけではダメですの。総合的な身体能力に優れた方で無ければ、簡単に捕まってしまいますわ」

「???」


え? 何? 学園全体鬼ごっこって、そんなサバイバルな企画なんですか?


「ですから、なかなか逃走者を選出するのは難しくて…………苦し紛れにクラスメイト達に相談してみましたところ、あなたのお名前が挙がりましたの。もちろん、逃走者云々のことは伏せて置きましたのでご安心くださいませ」


確かに、俺が逃走者役だって分かったら、イベント開始前に俺のことを包囲してしまえばそれでケリが付くからな。

いいんちょが言ってるのは、その辺に関する配慮の話だろう。

それはさておきだ…………。


「自分に俺の事を紹介したいうんは、いったい誰や?」


ぶっちゃけると心当たりが多過ぎて特定できない。

結構俺のことは噂になってるみたいだし、例のパパラッチ娘って線が濃厚かな?


「誰、と言うと難しいですわね。まず最初にあなたのお名前出したのは神楽坂 明日菜さんです。お知り合いなのでしょう?」

「まぁ、それなりにな。明日菜は俺の何て言うてたんや?」

「とてもお強い方だと。単純な格闘技ならあなたに勝てる相手なんて殆どいないだろうとまで申してましたわ。あの明日菜さんがそこまで人を褒めるなんて、私少々面食らってしまいましたもの」

「…………」


いや、俺も面喰らってますよ。

明日菜の俺に対する評価ってそんなに高かったのか?

何かからかうと面白いからついついからかって度々怒らしてるイメージしかなかったんだけど…………。

人生万事塞翁が馬とは良く言ったものだな。


「もちろん明日菜さんのお話だけでは決めかねてしましたわ。けれどあの古菲さんが手も足も出なかったほどだと伺って、これはあなたに依頼する外ないと思いましたの」

「中武研の菲部長な。そん話しは本人から?」

「ええ。あんなに強い相手はお師匠様以来だと、こちらも手放しで褒めてらっしゃいましたわ」


まぁ、古菲は手合わせんときの印象が強いだろうから、その評価は妥当かもしれないな。

そうなると、やっぱり明日菜からの評価は解せない気もするけど…………ま、褒められて悪い気はしないけどね。

しかし…………いいんちょって、ショタが絡まないとこんなにまともなキャラだったんだね。

話してる感じ、良く出来るキャリアウーマンみたいで思わず見惚れそうになったもんな。

原作の暴走ぶりは、全てネギくんが放っていた魅了の魔力(主人公補正)によるものだったと言う訳か…………。


「それでは小太郎さん。私はこちらですので」

「おう。ほんなら気を付けてな」


分かれ道でそう挨拶をかわす俺たち。

去って行くいいんちょの後姿を見送りながら、俺はちょっとした興味が湧いて、思わずこんなことを口にしていた。


「あー!! あんなところで10歳前後の美少年が迷子になって寂しそうにしとるでー!!(棒読み)」

「!? どこっ!? 何処ですのっ!? 迷子の美少年は何処(いずこ)にっ!?」

「…………」


…………良かった。いいんちょはやっぱり俺の知ってるいいんちょだったよ。

顔を紅潮させ、きょろきょろと辺りを見回すいいんちょに生温かい視線を送りながら、俺はそそくさとその場を去ろうとした。

が…………。



「―――――中々面白い話を聞かせてもらったよ」



聞き覚えのある少女の声に、俺は思わず心臓を鷲掴みにされたような戦慄を感じた。

恐る恐る振り返る俺。

そこには一昨日とは対照的な、漆黒のゴスロリファッションに身を包んだ悪魔が、まるで獲物を見つけた猛禽類のような笑みを浮かべて仁王立ちしていた。


「え、エヴァンジェリンさん? え、ええと…………いつからいらっしゃいましたか?」


お、俺の嗅覚聴覚で捉えられないって、一体アンタ何してくれてたのさっ!?


「フンッ。私を誰だと思っている? 貴様の感覚を誤魔化す程度、魔力が使えずとも朝飯前だ。そんなことより…………学園全体イベントの件、話は聞かせて貰ったぞ?」



―――――ニヤリ



エヴァの笑みを見た瞬間、俺の背筋を冷たいものがよぎった。

な、何なんだ一体っ!?

え、エヴァの奴、何を企んでやがるっ!?

まさか、俺が逃走者役だってことを、他の参加者にリークしてフルボッコとか?

いやいやいや!! エヴァの性格上、そんなアンフェアなことするくらいなら、自ら俺をフルボッコにするだろう。

じゃあ一体何を…………?


「ガキ共のお遊びになんぞ興味はなかったが、貴様が逃げる側だというなら話は別だ。私もその鬼ごっことやら、参加するとしよう」

「は? な、何でいきなりそんな話になるんや? つか、俺が逃走者やって分かってる時点でゲームがアンフェア過ぎるやろ!?]

[安心しろ。ゲーム開始前に貴様をどうこうするつもりはない。それでもアンフェアだと言うなら、そうだな…………ゲーム時間が半分経過するまで、私は貴様に手を出さんと確約してやろう。何ならギアスペーパーを使っても構わん」

「へ? へ???」


エヴァの台詞を聞いて、なおさら俺は彼女の考えが分からなくなって困惑していた。

開始前に俺をどうこうするつもりがないどころか、俺に対してハンデとも取れる提案をしてくるなんて…………。

これじゃまるで、彼女自身がゲームを楽しみたがってるみたいなもんじゃないか?


「恐らく貴様の考えている通り、私は純粋にゲームを愉しみたいだけさ。…………もっとも、私が参加してしまうと、それはもう鬼『ごっこ』ではなくなってしまうがな?」


再びエヴァの口元が三日月に歪められる。

そして俺はようやく理解した。

…………この幼女、俺をとことん追い詰めて愉しむ気でいやがるっ!!


「貴様も勝ちが決まっている出来レースでは面白みに欠けるだろう? だからこの私が参加して、貴様に緊張感と追われる者の恐怖…………真実の絶望という奴を教えてやろうと思ってな。ありがたく思えよ駄犬?」



―――――アーッハッハッハッハッ!!!!



高らかに響き渡るエヴァの笑い声に、俺は逃走役を買って出たことを、心の底から後悔し始めていた。

…………俺、無事に後夜祭を迎えられるんだろうか?






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 54時間目 周章狼狽 き、貴様!? 裏切ったのかっ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/05 00:05



SIDE Evangerine......



「くくっ…………私が参加すると言ったときのあの駄犬の顔と来たら…………」


ここ数日分の鬱憤が嘘のようだ。

…………しかし、まだ足りぬ。

私が学園祭1日目に受けた屈辱と恥辱、この程度では前金にもなりはしない。

与えられた屈辱は利息を付けてきっちり返さねば、闇の福音という私の異名が廃るというもの。

そう考えると、開始から時間半分まで手を出さないという制約はいささか豪気が過ぎたか?

…………まぁ口は出さんとは言ってないのだがな?

とは言え、一体どうしたものか。

クラスの小娘共を手駒にしてしまおうにも、満月を過ぎた今の私では吸血鬼としての異能は使えんし…………。

奴らの欲望を煽ろうにも、親しくしている友人など殆ど…………。

そう思っていた矢先だった。


「ええやん。せっちゃんが参加してくれたら百人力やえ?」

「だ、だからこそですっ。一般の方が大勢参加するようなイベントで、私が本気を出す訳にはいかないんです」


私の目に飛び込んできたのは、そんな風に押し問答する桜咲 刹那と近衛 木乃香の姿だった。

どうやらくだんの鬼ごっことやらに刹那が参加するか否かで揉めてるようだが…………青いな小娘。

本気を出してはならぬのなら、その制約の下でゲームを愉しめば良いだろうが。

この私のように…………ん?

確かこの小娘たちはあの駄犬に惚れているのだったな。

…………良いことを思いついたぞ。

あの駄犬の悶え苦しむ様を想像し、思わず口元が緩む。

それを抑えようともせず、私は目の前でなおも良い争いをする2人に声をかけることにした。


「良いじゃないか桜咲 刹那。その鬼ごっことやら、そのお嬢様の言う通り参加してやれ」

「え、エヴァンジェリンさんっ!? いつからそこにっ!?」

「つい今しがただ。貴様なら一般人相手に力加減を謝ることはなかろう? それに用意される逃走者とやら…………それなりの実力者も混ざっているらしいからな」

「そ、そうなのですか?」


貴様らが良く知っている奴がな。

口元まで出かかったその言葉を飲み込み、私は小さく笑みを浮かべた。


「ほらぁエヴァちゃんもこう言うとるんやし、せっかくの全体イベントなんやから。思い出づくりと思たら良えやん?」

「うっ…………そ、そこまでおっしゃるのなら。ですが、過剰な期待はなさらないでくださいね?」


敬愛するお嬢様にダメ押しまでされて、刹那はしぶしぶと言った様子でようやく頷いた。

…………良し。これで手駒が1つ手に入った。

思った通りに事が運ぶのは実に気持ちが良い。

とは言え、本当に面白くなるのはこれからなのだが…………。

先程よりも口元を釣り挙げながら、私は刹那たちに1つ出鱈目を吹き込むことにした。


「ところで貴様ら、その鬼ごっこに関して、こんな噂があるのを知っているか?」


見ていろよ犬上 小太郎?

真の絶望とはいかなるものか、この私がその身にとくと刻みつけてやる。



SIDE Evangerin Out......









学園全体鬼ごっこ開始まで残り10分。

俺は世界樹の広場を訪れていた。

エヴァに挑戦状を叩きつけられられたときは取り乱してしまったが、考えてみるとたかが鬼ごっこだ。

仮にエヴァに追い詰められたところで、別に命を取られる訳じゃない。

必要以上にビビる必要はないのだ。

そう、ビビる必要などない…………。


「何かわくわくするねー!! こんな大勢に追っかけられるなんて、前に村から追手の人がきたとき以来じゃないかな?」

「ばうっ!!」


…………ち、違うからね!?

べ、別にエヴァが怖くて霧狐とチビに援護をお願いした訳じゃないからね!?

これはただ、獅子は兎を狩るのにも全力というか、本気を出さずして負けるのが嫌だっただけだからね!?

向こうも全力で来るだろうし、そうなるとこっちも本気で相手をするのが礼儀というか、そんな感じのアレだからねっ!?


「けどお兄ちゃん、ただの鬼ごっこなんでしょ? 普通に逃げるだけなら、わざわざ霧狐達がお兄ちゃんを助ける必要なんてないんじゃないの?」

「ばう?」


心底不思議そうな顔で、霧狐とチビは同じように俺を見上げながらそんなことを尋ねて来た。

…………甘い。甘すぎるぞ若人たちよ。


「まぁ追っかけてくる連中が『普通』の人間やったらな。俺以上にごっつい封印受け取るとは言え、エヴァはあまりにも規格外やねん」


加えていうならこの学園全体鬼ごっこ、逃走者確保の判断基準があまりにもシビア過ぎるのだ。

鬼役の人間が逃走者の身体、或いは衣類に接触した時点で即終了。

不意打ちでも喰らって、ちょっと服の裾を鬼の手が掠めようものならば、その時点でアウトとなる。

いいんちょが『足が速いだけではダメ』と言っていた理由が良く分かった。

逃走者には追いかけて来た鬼の猛攻を掻い潜れるだけの格闘センスまで要求される。

ちょっとしたエクストリーム競技なのだ。


「ふーん…………けどエヴァは2時間経たないと参加しないんだよね? その間に隠れちゃえばいいんじゃないかな?」

「それが出来たら自分らに声はかけへんて…………」


無邪気な声で尋ねて来た霧狐に、俺はがっくり肩を落としてそう答えた。

鬼ごっこの更にシビアなルールとして、逃走者は同じ建造物内に10分以上身を潜めてはならないというものがある。

ゲームを盛り上げるためのルールだろうが、リアル鬼ごっこをさせられる俺からすると悪鬼羅刹の所業としか思えない。


「えーと、それじゃあキリ達は4時間の間、なるべく外を逃げ回らなくちゃいけないってこと?」

「まぁ、そーゆーことや。ついでに言うと最悪の場合は、霧狐とチビには俺が逃げる時間稼ぎをしてもらうことになるわ。このゲームの勝利条件は『俺が4時間の間、捕まらずに逃げ切ること』やさかい」


普段の俺なら、妹や愛犬を犠牲にしてまで生き残るなんてまっぴらゴメンだが、今回は少々勝手が違う。

泥水を啜ろうとも俺は捕まる訳にはいかないのだ。


「勝てばたらふく焼き肉喰わせたるさかい。あんじょうきばってや?」

「うんっ!! 任せてよ!! 焼き肉やきにく~♪

「ばうばうっ!!」


鼻歌交じりで小躍りする霧狐と尻尾をバタつかせるチビに、俺は僅かばかり緊張完が緩むのを感じた。


「ぼちぼち時間やな…………」


腕時計に目を落とし、頭を切り替える。

その瞬間、学園全土にけたたましい警報が鳴り響く!!



―――――ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! 



『緊急事態発生!! 緊急事態発生!! 指名手配中の凶悪犯が麻帆良学園都市に潜伏中との情報が入りました!!』

「どぅあれが凶悪犯やっ!!!?」


変なところでクオリティ高めてんじゃねぇよっ!!!?

設定とはいえ、散々な言われように俺は思わず突っ込んでいた。


『巡回中の警備員及び自警団のメンバーは、指名手配犯を目撃した場合直ちに確保してください!!』


その放送が終了すると同時に、学園各所から地鳴りのような足音と、雄叫びのような歓声が挙がった。


「…………はぁ。ほな2人とも準備は良えか?」


正確には1人と一匹だが。

俺の言葉に霧狐とチビは力強く頷いて見せた。


「うんっ!! チビも一緒に頑張ろうねっ?」

「ばうっ!!」


本当、頼りにしてますよ?


「ああそや。霧狐、髪の毛一本もろて良えか?」

「へ? キリの髪の毛? 全然平気だけど、何に使うの?」

「まぁお守りみたいなもんや。もしもんときの切り札ともいう」

「??? 分かった。絶対勝って焼き肉食べにいこうねっ!!」


笑顔で髪を一筋引き抜き俺に渡して来る霧狐。

それを同じように笑みを浮かべて受け取って、俺は熱気に包まれた学園都市を見渡した。


「…………さぁ、祭の始まりや!!」









「待ちやがれ狂犬!!」

「焼肉定食は俺のもんだっ!!」



―――――ドドドドドドッ…………



地鳴りを響かせながら追いかけて来る集団。

構成員の左腕には一様に『鬼』の文字が刻まれた腕章が掲げられている。

その先頭から少し離れたところを、俺たち2人と1匹は息を乱すことなく走り抜けていた。


「ねぇお兄ちゃん。本気で走ったらあの人たちくらい簡単に撒けるよね? どうしてわざと追いかけられてるの?」


俺の横を警戒に走りながら、霧狐が首を傾げながらそんなことを聞いて来る。


「そういう作戦や。こんだけ人目があったら、さすがにエヴァとか他の魔法使いとかも大それた術とかは使えへんやろ?」


その点では却って人目を避けて行動する方がリスクが高いと言えるだろう。

もっともエヴァは2時間後からしか参加しないし、他の魔法関係者が参加してるとも限らないため、現在俺がやってることはただの保険に過ぎないのだが。


「それじゃしばらくはこのまま適当に逃げてれば良いのかな?」

「出来るだけ人がぎょうさんおるところを通ってな」


ついて来てる連中の体力がいつまで続くか分からないし、断続的に追っかけ要員補充は必要だろう。

後は2時間後に参戦して来るエヴァがどんな手で俺を追い詰めて来るか次第なのだが、まぁ打てる手は打ったしそこは臨機応変に対応する外ない。


「むー…………これじゃ思ってたよりゲームになんなくてつまんないよー」

「そう言いなや。勝てば焼き肉食い放題やねんから」


あからさまにむくれる霧狐を俺は苦笑いを浮かべて諭すしかなかった。

さて、今のところは俺の目論見通りにことが運んでくれていると言える。

さしたるイレギュラーも無ければこのままエヴァとの直接対決まで体力を温存して…………。



―――――ズドォォォンッッッ!!



「ふぇっ!?」

「きゃいんっ!?」

「…………うそん」


走っていた俺たちの後方。鬼集団の走行していた辺りから突如響いて来た爆発音に、俺たちは思わず足を止めていた。

何? 今度は何ですか!?

まさかエヴァ以外にも、こんなところでチートパワー炸裂させるバカ野郎がいたってのか!?

振り返ると、あれだけ元気に俺たちを追っていた鬼たちは、1人残らず地面に突っ伏してしまっていた。


「…………オイオイ冗談やろ? 一体誰が「お兄ちゃんっ!! 上っ!!」っっ!!!?」


霧狐の悲鳴染みた叫びを受けて咄嗟に俺は瞬動を使って飛び退いていた。



―――――ズドォォォンッッッ!!



その直後、轟音とともに俺が立っていた地点降り注ぐ一撃。

砂埃が舞い上がり視界を遮る。

しかしそれも一瞬のこと。

襲撃者は得物の一振りで、会いあがった砂塵を吹き飛ばして見せたのだから。


「ちぃっ!! 一体何モンやっ!!!?」


そう叫んだ俺だったが、その襲撃者を目にした途端言葉を失ってしまっていた。

何せ襲撃者は、俺たちがあまりに良く知る人物だったのだから。

麻帆良学園本校女子中等部の制服に身を包み、艶やかな黒髪を片側で束ねたその少女。

手にしているのは普段の大太刀ではなく、一般的な木刀だったがそんなことで俺たちが彼女を見間違える筈もない。


「せ、せつ…………な…………?」


擦れた声で、霧狐がそう呟く。

そう、俺たちを襲撃したのは紛れもなくかの少女、桜咲 刹那その人だった。


「ようやく追い付きましたよ小太郎さん…………」


ひゅん、と風を切り裂き、刹那は右手にした木刀の切っ先を俺たちに突き付けてこう宣言した。



「―――――お嬢様たっての命。そして何より私自身の願いにより、小太郎さん…………あなたは私が確保します」



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 55時間目 竜騰虎闘 たかが鬼ごっこ、されど鬼ごっこってとこか?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/06 21:57



俺たちに木刀を突き付ける刹那の左腕には斬然と輝く『鬼』の腕章があった。

…………いや、木乃香辺りのお願いで刹那が鬼側に参加することは予測してたよ?

けどさ、こんなことになるとは思わなくない?

だってさ、今日のせっちゃんてば、いつになくマジですよ?

本気と書いてマジですよ!?


「大人しく捕まって頂ければ危害は加えません。しかし抵抗すると言うのなら…………骨の1、2本は容赦して頂きます!!」


瞬間、急激に密度を高める刹那の闘気。

やべぇっ!? こりゃ冗談じゃなくやられるっ!?


「霧狐っ!! 人目がどうこう言うとる場合とちゃう!! 刹那の足止めをっ!!」

「おっけー!! やっと面白くなってきたねー!!」


俺の呼びかけに応えて、刹那の前に躍り出る霧狐。

その表情は俺とは対照的に、強敵の登場によって愉悦の色を湛えていた。

…………うん、そういうとこはあんまりお父さんやお兄ちゃんに似て欲しくなかったな。


「霧狐さん。邪魔立てするというのなら、今度はあなたと言えど容赦はしませんよ?」

「えへへー。それはこっちの台詞だもん。前回は妖怪の血で暴走してたけど、今日は最後までキリ自身の意志で闘わせてもらうから。それに…………」


瞬間、紅蓮の炎が霧狐の周りに巻き起こる。

同時に霧狐の幻術が解け、黒かった髪は黄金色に、漆黒の瞳は金色にその色を変えた。

そして…………。


「キリが前のままだって思ったら、大間違いなんだよ!!」


スカートから覗く狐の尾。

そこにはかつての二尾ではなく、三尾となった黄金色の尾があった。

…………どうでも良いんだけど、霧狐さん。それスカートのデザインどうかしないとパンツ見えるぜ?


「なるほど、前よりも更に出来るようになったみたいですね。本来なら是非手合わせを願いたいところですが…………今回は貴女に構っている暇などない!!」


霧狐へと一直線に飛び込んでくる刹那。

それを迎え撃とうと、狐火を両腕に集中させる霧狐。

両者の衝突は避けられないかのように見えた。

しかし…………。



―――――スカッ…………



「あ、あれっ!?」


振り抜いた霧狐の両腕は、虚しく空を割いただけだった。



「言ったはずです!! 貴女に構う暇などないとっ!!」



霧狐と衝突する寸前で軌道を変えた刹那は、そのまま一直線に逃げようとしていた俺へと疾走を始めていた。

ちょっ!? 嘘だろっ!? 

さすがにチビでは全力を出した刹那の足止めは不可能だろう。

…………完全に投了じゃねぇかっ!?


「小太郎さん…………覚悟ぉっ!!!!」

「っっ…………!!!?」


必殺の速度で振われる刹那の木刀。

やられるっ!?

半ばそう確信し、覚悟を決める俺。

しかし…………。



―――――ガキィンッ



その切っ先が俺に届くことはなかった。


「こんな公共の場で神鳴流の剣を披露するなんて、正気を疑いますね、刹那」

「と、刀子センセぇっ!?」


そこには刹那の木刀を軽々と受け止める刀子先生の姿があった。


「あなたもあなたですよ小太郎。この程度のイレギュラーで取り乱さないでください。…………あなたを捕まえるのは、この私なんですからっ!!!!」



―――――ガキィンッ



鍔競りの状態から刹那を力任せに押し返して、刀子先生は武人然とした力強い笑みを浮かべる。

その左腕には、やはり刹那と同じ『鬼』の腕章が輝いていた。

…………って、おいぃぃぃぃいいいいいいっ!!!!

どーゆーことだよっ!!!? 何が起こってんのぉっ!!!?

いや、確かに学園全体イベントは教員の参加もオッケーってルールですよ!?

だからと言って、刀子先生ってば、こんなイベントに喜んで参加してくるようなキャラじゃなかったでしょうよ!?

余りにも予想外な事態の連続に、俺の脳みそは軽くオーバーヒートを起こしそうな勢いだった。


「くっ…………刀子さん。まさか貴女が参加なさるなんて…………」

「たまには生徒と遊興に興じて親交を深めるの教師の務めですから。それにしても…………貴女がそこまで本気ということは、あの噂、あながちただの出任せと言うわけではないようですね」


互いに睨み合い、そんな言葉をかわす神鳴流の女剣士二人。

一体何がどうなってるんだ?


「そ、その噂をご存知ということは…………やはり刀子さん、貴女も小太郎さんを!?」

「な、何を言ってるのかしらっ? わ、わわ私がそんなことある訳ないじゃない!! 教師が生徒にそんなアレを抱くなんて。せ、刹那ってばドラマの見過ぎじゃないかしらっ?」

「…………」


いや、刹那に何を指摘されたのかは知らないけど、刀子先生メチャクチャ素に戻ってますやん。

あれじゃあ説得力の欠片もない。

刹那も同じように考えてるのだろう。さっきまでの闘気が成り顰めて、胡散臭いものを見るような目で刀子先生を見つめていた。


「お、おほんっ!! と、ともかく!! 刹那は私が引き受けますから、小太郎は早く逃げてください!!」

「へ? え、良えんか? センセも鬼役で参加しとるんに…………」

「どの道、今の参加者の中では彼女がもっとも厄介ですから。…………邪魔な芽は早めに刈り取っておくに限ります…………」


そう言って笑う刀子先生の目は、完全に白黒反転していた。

…………もうお家に帰りたい。


「その代わり、私が捕まえるまで、誰にも捕まらないこと。良いですね?」

「いやまぁ、刀子センセにも捕まる訳にいかへんのやけどな? …………とりあえず、この場は礼を言っとくで。おおきに!!」


そう言い残して、俺たちは再び人目が多い場所へ向かって逃走を開始するのだった。

…………それにしてもさっきの2人の様子…………何か裏があると見て間違いないだろう。

まさか俺の知らない裏ルールがあったとか?

或いはこの鬼ごっこに隠された別の目的が?

…………まぁ、今はそんなことを考えても仕方がない。

とにかく、捕まりさえしなければ良いのだ。

どんな陰謀があろうと、最後まで逃げ切れば俺の勝ち。

そう結論付けて、俺は疾駆する足に一層の力を込めた。









「おいっ!! いたぞっ!!」

「逃がさねぇぞっ!!」



―――――ドドドドドドッ…………



「うしっ!! 追手がかかった」


これでようやく普通の鬼ごっこの再開だ。

先程と同様、俺たちは追いかけて来る鬼達の少し前を加減して走っていた。

刹那と刀子先生が何故あんなにもマジだったのか、かなり疑問ではあったが、そのことを考え過ぎて足元をすくわれるのはご免だからな。

現在地は女子校エリアの大通り。

こんだけ人目があるところだったらさすがに大仰な魔法や術は使えまい。

せまい路地も多いから、危なくなった際に逃げ込むことも出来るしな。

後はさっきみたいなイレギュラーがないことを願うだけなんだが…………。

そう思った矢先。

俺たちの進行方向に颯爽と現れる複数の人影。

さすが麻帆良学園の生徒、一筋縄じゃいかないらしい。


「やっと見つけたネ!!」

「逃がさないわよっ!! 焼肉定食っ!!!!」


真っ先にそう勇んだのは古菲と明日菜。

見ると、他の面子も俺が良く見知った連中だった。


「ふっふーん♪ 高級学食の食券200枚。考えただけで涎が止まらんよ」

「ゆ、ゆーなってば…………私たちは亜子のために参加してるの覚えてる?」

「コタくーん!! 食券は分けてあげるからー、私たちに捕まってくれないー???」

「お、お願いしますっっ!!!!」


2人の後ろに立っているのは運動部の4人組。

なるほど、さしづめ女子中等部2-A体育会系チームってとこか。

正直、楓や真名なんて化け物女子中生たちが居なくてほっとした。

もちろん明日菜と古菲の身体能力は脅威だが、現段階じゃ俺たちを無力化できるほどの実力はないからな。

前方の集団に突っ込むわけにもいかないので、俺たちは仕方なしに立ち止まる。

もちろん後ろからは先程連れ回してた鬼集団がいるため、うかうかはしてられない。

とはいえ、さっき刹那に襲われたときみたいな焦りを感じることはまるでないのだが。

さぁて、どうやって切り抜けた物かね?

とりあえず、一番近い脇道に入ろうか、なんて俺が考えていたときだ。


「まぁ、私はアンタの絶対服従券なんて興味はないんだけど」


明日菜が聞き捨てならない言葉を発した。

何? ぜったいふくじゅう券? 何だよそれ?

一体何の話だ?


「おい、それは一体何の…………っっ!?」


明日菜に問いただそうとした俺は、足元に迫った気配に気が付いて思わずその場から飛び退いていた。


「あーん惜しいー。もうちょっとでコタくん絶対服従券が手に入るとこだったのにー…………」


リボンを自分の手元に引き戻して、がっくりと肩を落とすまき絵。

あ、危ない所だった。


「まき絵、分かってると思うけど何でも券は…………」

「分かってるって。ちゃんと亜子にあげるよ? けどさ、食券は捕まえた人のもので良いんでしょ?」

「そりゃ当然っしょ? ふふん。高級学食JoJo苑で焼肉食べ放題なんて滅多に味わえないからね」

「ご、ごめんな3人とも、ウチのために…………」


そして4人の会話の中にも登場する『コタくん絶対服従券』。

いやいや、本当に何の話ですか!?

話が読めなくて混乱する俺。

その背後に迫っている闘気に気が付いたときには全てが遅かった。


「…………スキありネ!!」

「っっ!? やばっ…………!!!!」


いつの間にか俺の背後に回っていた古菲。

その両腕が、俺を捉えんと伸ばされる。

マズい。 この間合いじゃ避け切れないっ!?

そう思った瞬間だった。


「させないもんっ!!」

「っっナントぉっ!?」


古菲の横腹目がけて放たれる霧狐の蹴り。

咄嗟にそれを腕でガードしたものの、古菲は堪らず明日菜たちの方へと後退を余儀なくされた。


「ナイスアシストや、霧狐」

「えへへー♪ キリだってたまには役に立つんだよ?」


そう言って自慢げに胸を張る霧狐。

いや、あんましないけどね?


「ムムムッ…………今の技の切れ、ただものと違うアルネ? いったい何者アルか!?」

「九条 霧狐。小太郎お兄ちゃんの妹だよっ!!」


驚きの声を上げる古菲に、勇ましく名乗りを上げる霧狐。

…………それにしても霧狐。戦闘になった瞬間普段のおどおどが消えるよね? やっぱり狗族の血なのかねぇ…………。

古菲はそんな霧狐の言葉を聞いて顔いっぱいに疑問符を浮かべていた。


「アレ? 何で兄妹なのに名字が違うアルか?」

「あー多分あれじゃない? 妹萌えがどうのってやつ? 最近そーゆー特殊性癖の変態って増えてるらしいし…………」

「あー…………それなら納得ネ」


俺に対して若干軽蔑の眼差しを向けて来る明日菜にそう言われて、ぽんっと両手を叩く古菲。

いやいやいやいやっ!!!! それで納得すんなしっ!!!?


「誤解やからなっ!? 俺と霧狐は単純に腹違いなだけやからなっ!? ちょっとばかし親父が女ったらしやっただけやからなっ!!!?」


涙目になりながら俺が叫ぶと、明日菜と古菲はしばらく考え込んだ後。


「…………まぁあんたの父親だし」

「それなら納得ネ」


こないだの祐奈たちとまったく同じ反応をしてくれた。

…………いやさ。何だろうね? 誤解は解けたのに、このやり切れない感じは…………。


「お兄ちゃん!! 後ろの人たち、もうすぐそこまで来ちゃってるよ!?」

「ちっ…………ここで遊んどる暇はあれへんみたいやな。行くで霧狐、チビ!! こっちや!!」


2人に声をかけ、一足飛びに手近な横道へと飛び込む俺。

その後ろを霧狐とチビはきっちりと着いて来た。


「…………って、お兄ちゃん!? ここ行き止まりだよぉっ!?」


驚きの声を上げる霧狐。

その言葉通り、俺たちが逃げ込んだ路地は完全な袋小路だった。

しかし、それこそが俺の狙いなのである。


「…………ここなら絶対に人目もあれへんからな」


言ったはずだ。

俺は『全力を出さずに負ける気はない』ってな。









SIDE Asuna......



しめたっ!!

小太郎が路地裏に飛び込んだ瞬間、私は自分の勝利を確信してた。

あの横道は表からだと分かり辛いけど、実は袋小路になってる場所だったから。

普段女子校エリアに来ない小太郎は多分そのことを知らなかったのだろう。

あとは私が真っ先に路地裏に入っちゃえばこっちのもん!!

これで当分の昼食代が浮くわ!!

喜び勇んで、私は小太郎たちが消えていった路地に飛び込んだ。


「さぁ小太郎!! ここらが年貢の収めど、き…………?」


え? えぇっ!? う、嘘でしょ!?

路地に飛び込んだ瞬間、私は言葉を失ってた。

だって…………。


―――――そこには小太郎どころか、ネズミ一匹いなかったのだから。


「な、何でよ!? ここかんっぜんっに行き止まりじゃない!? どこに行ったって言うのよっ!!!?」


頭がどうにかなっちゃいそう。

まるで狐にでも摘ままれたような気分になって、私はしばらくの間、その場で呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。



SIDE Asuna OUT......










影の転移魔法(ゲート)を潜り抜けた俺たちは、人気の少ない女子校エリアの外れまで来ていた。


「チビってば凄いね!? こんな魔法も使えるんだ!?」

「ばうばうっ!!」


驚きの声を上げる霧狐に、チビは誇らしそうにそう吠えた。

霧狐の言葉通り、影の転移魔法を使って俺たちをここまで運んだのは、何を隠そう我が愛犬のチビ。

どうやら俺が広げた転移魔法を何度か通ってる内に、その使い方を覚えていたらしい。

マジでこの使い魔優秀すぎるわ。

本当は一般人相手に使う気はなかったのだが、刹那を初めとするイレギュラーのせいで余裕がなかったからな。

それにしても…………。


「絶対服従券って、一体何の話や…………?」


明日菜たちが口々に呟いてたその言葉がどうにも引っかかっていた。

字面通りに解釈するなら、俺を意のままに操れる券、所謂何でも券のことを指すのだろうが…………。

いいんちょに渡された資料には、そんなものに関する記述は一切無かった。

だとすると、あいつらが言ってたことは一体…………?

そこまで考えて、俺は強制的に思考をシャットダウンさせる。

何故なら…………。


「いつまでそこに隠れとるつもりや?」


この場所に、招かれざる客が居ることに気が付いてしまったから。


「ありゃりゃ? やっぱコタくんには気付かれとったんや」


街路樹の陰から出て来たのは、苦笑いを浮かべた木乃香だった。


「まぁ自慢の鼻と耳があるさかい。けど良ぉここに俺らが来るて分かったな?」


チビは転移先に人気のないところを選んだはずなんだが?


「いや~まさかコタくんが自分だけで来るとは思とらんかったんよ。ホンマはせっちゃんがここまでコタくんを追っかけて来て、ウチと挟み打ちにするつもりやったんやけど…………」

「…………じゃあ何か? 俺はたまたま、自分と刹那の待ち合わせ場所に飛び込んでしもた、と?」

「そういうことになるんかな?」


…………なるほど、道理で人気が無い訳だ。

最初からこの場所に追い込んで俺を仕留めるつもりだった刹那は、この場所一体に人払いの結界を作っているらしい。

お嬢様想いの刹那のことだ。恐らく俺を拘束した後、木乃香の手で確保させるつもりだったのだろう。

さすがに木乃香1人じゃ、俺を捕まえることなんて到底不可能だからな。

そう思っていたのだが…………。


「せっちゃんがコタくん捕まえてくるまで大人しゅう待っとるつもりやったけど、コタくんが目の前におるならウチが捕まえても構へんよね?」

「え゛…………?」


一瞬、木乃香が何を言ってるのか分からなかった。


「いやいやいや。木乃香はん? 冗談言うたらあかんで? 俺だけでも絶対に捕まえられへん自分が、チビと霧狐までおるこの状態で、どないして俺を捕まえるっちゅうんや?」


実力の差は、大人と子供どころか蟻と像程にあると言っても過言ではない。

木乃香の発言は本気のものだとは、俺には到底思えなかった。

しかし木乃香は、自信に満ちた笑みを崩そうとはしない。


「コタくんの言う通り、確かにウチ1人やとコタくんは捕まえられへん。せやから、ちゃあんと助っ人を用意して来とるえ」

「助っ人?」

「うん♪」


笑顔でそう頷くと、木乃香はごそごそとポケットを漁り何かを探し始めた。


「ん~と…………あ、あった。じゃじゃ~~~~んっ!!!!」


木乃香が(≧▽≦)←な顔で取り出したのは2枚の紙切れ。

…………ん? 紙切れ?

…………な、何でしょうね? このそこはかとない嫌な予感は…………?


「ま、まさか木乃香、その紙切れは…………?」

「んーと、多分コタくんの考えてる通りやと思うえ? おじいちゃんに頼んで作ってもろたんよ。えーと…………ゼンキとゴキやったかな?」


…………やっぱりかよっ!!!?

あんのクソジジイっ!!!! 孫になんつーモン渡してんだ!!!?

しかも作ったって言ってたな?

つーことは何か? あの善鬼と護鬼は学園長謹製か?

麻帆良最強の魔法使い謹製って…………いかん、どう転んでも悪い方向にしか話が転がらない気がする…………。


「ホンマは、せっちゃんにコタ君をここまで誘導してもろて、ウチのゼンキとゴキで捕まえる予定やったんやけど、せっちゃんがおらんならウチがなんとかせんとあかんよね?」

「いやぁ、せっちゃんのこと待っててあげた方が良えんとちゃうかな?」


乾いた笑みを浮かべながらそう進言する俺に、木乃香はほにゃっとした笑みを浮かべて宣言した。


「却下やえ♪」


その瞬間、木乃香は手にしていた2枚の符を虚空へと放つ。

ぽんっ、というコミカルな音をたてて舞い上がる煙。

そんな気の抜ける描写とは裏腹に、現れたのは赤と青という真逆の体色をした5m弱はあろうかと言う巨躯の大鬼2体だった。


『お嬢はん、わしらに何か御用ですかい?』


赤い鬼が腹の底まで響くような低い声で木乃香に告げる。

木乃香は笑顔のまま、その鬼達に命じた。


「んとな、あの黒い服着た男の子を捕まえて欲しいんやけど」

『あの目つきの悪い坊主でんな? わしら兄弟にかかりゃ、朝飯前ですわ』

『任せといてくださいお嬢はん。行くで兄者?』

『応よ』


何処からともなくそれぞれに巨大な金棒を取り出す2体の大鬼。

本来なら冷静さを欠いてしまいそうなほど、絶体絶命のこの状態だったが、俺は思わず笑みを浮かべていた。

何せ…………。


―――――大鬼の左腕に『鬼』の腕章は存在しなかったのだから。


それは即ち、俺が触れても問題はないということ。

加えて言うなら、ここには人払いの結界が張ってあり、俺たち3人が少々本気を出したところで何も問題はない。

さんざん振りまわされて堪った鬱憤、せいぜい晴らさせてもらうとしよう!!

…………って、その前に。


「なぁ木乃香。やり合う前に1つ聞きたいことがあんねんけど」

「? なぁに?」

「いや、さっき自分のクラスメートらに会うたときに『絶対服従券』がどうの言うとったんやけど、何の話かと思てな」


恐らく木乃香ならそのことについて何か聞いているだろう。

そう思って問い掛けたのだが、俺の予想とは裏腹に、木乃香は驚きの表情を浮かべていた。


「はれ? コタくん聞いてへんの? 逃げとる人たちはもし捕まってしもたら、1日だけ自分を捕まえた鬼役の言うことを何でも聞いたらなあかんって噂になっとるんやけど…………?」

「…………初耳なんですけど?」


そんなこと資料のどこにも書いてなかったんですけど!?

…………いや、冷静に考えてみよう。

この噂、学園祭当初からあったものだとすれば、自然と俺の耳にも入って来ていたはずだ。

しかし今の今まで、俺はそんな噂を聞いたことがない。

となると、この噂は何者かによって意図的に広められたものと考えるのが妥当だろう。


「それ、一体誰から聞いたんや?」

「へ? ウチとせっちゃんはエヴァちゃんに聞いたんやけど?」

「…………」


…………あんのロリババアァァァァァアアアアアアッッッ!!!!!!

ぬぁにが『開始時間から半分過ぎるまで手をださない』だっ!!!?

しっかり俺を追い詰めるための策略練ってんじゃねぇかっ!!!?

まぁ、突っ込んだところで『口を出さんと言った覚えはない』とか言ってしらばっくれるのが関の山なんだろうけどよ…………。

刹那がやたら本気になってたのはそれが理由か。

ん? 刀子先生も噂がどうの言ってたよな?

…………まさか刀子先生も絶対服従券狙い?

今まではさすがに先生に限って、俺に惚れるとかないだろう、って思って来たけど…………いつまにか、俺ってば先生にまでロックオンされてる?

いや、それはそれで嬉しいことと言うか、男冥利に尽きることなんだろうけど、何かねぇ?

って、今はそんなこと気にしてる場合じゃねぇか。


「霧狐、チビ。聞いてた通りや。人目を気にする必要はあれへん。思いっきし暴れたり」

「りょーかーいっ♪」

「ばうっ!!」


俺の言葉に応えて、霧狐とチビが幻術を解く。

霧狐は先程と同じ半妖の姿に、チビは本来の魔犬としての巨躯へとその姿を変えた。


「ようやくやる気になってくれたみたいやね。ほなゼンキはん? ゴキはん? やぁっておしまいっ♪」

『『あらほらさっさー』』


木乃香の掛け声とともに、俺たちへと駆けだして来る2体の式神。

…………しかし木乃香さん。そのネタは少々古過ぎる気がするんだが?

ともあれ、激戦の火蓋は切って落とされた。










「…………ま、こんなもんやろ。相手が悪かったな」


ぱんぱんっ、と両手を叩いて、俺は紙切れに戻った式神にそう言った。

さすがに封印状態とは言え、霧狐やチビの力を借りて一介の式神に易々とやられるほど俺の腕は鈍っちゃいない。


「えへへっ♪ お兄ちゃんとキリのコンビはさいきょーなんだからっ!!」

「ばうっ!!」

「へ? あ、うん。チビもだよね? 私たちトリオはさいきょーだよっ!!」

「ばうばうっ!!」


そんな微笑ましいやり取りをしてるウチのパーティ達とは対照的に…………。


「あーん!! コタくん捕まえられるくらい強いのんちょうだいって言うたのに~~っ!! おじいちゃんのばかーーーーっ!!!!」


地団駄を踏みながら悔し泣きする木乃香。

いや、無茶を言いなさんな。

ああ見えて多忙な学園長だ。この式神作るのにも結構苦労したと思うよ?

ましてや、木乃香が頼んだのは例の噂を聞いた後だと思うし、むしろ少ない時間であのぬらりひょんは良く頑張っただろ。

さて、式神も片付いたし、早いとこ別の鬼集団に見つけて貰わないと…………。



―――――ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! 


移動を開始しようとした瞬間、学園中に鳴り響いた警告音。

…………まさか!?


『巡回中の警備員、自警団の方に伝達します!! ただ今、警戒体制発令から2時間が経過しましたっ!!』


開始時刻と同様、切羽詰まった声で告げるアナウンス。

しまった…………式神との闘いに夢中になってて失念していた。

開始時刻から2時間が経過。

それは即ち、残り時間が半分を切ったことを意味する。

と、言うことはだ。



「――――――――――さぁ、お祈りは済んだか? 駄犬」



…………とうとうラスボスのお出ましと言う訳だ。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 56時間目 一件落着 まさか俺にこの技を使わせるとはな(ニヤリ)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/08 12:36



「ふむ…………思ったよりも疲労していないようだな? 少し甘かったか? まぁ、どの道私が参戦するまでの時間稼ぎのつもりだったのだから、その塩梅などどうでも良いのだが」


夕陽を背負い、颯爽とこちらに歩いてくる大小2つの人影。

言うまでもなくエヴァと茶々丸だった。

って、タイミング良過ぎだろっ!!!?

2時間たった瞬間お出ましって、どう考えても俺のこと見張ってたとしか思えない。

まぁ、恐らくは茶々丸にオーバーテクノロジーで俺の位置をトレースしてたんだろうが…………。


「いやいや、これでも結構疲れてんねんで? 刹那たちを煽ってけしかけるやなんて、ようもやってくれたな?」


僅かばかり本気の怒りを込めて言ったんだが、もちろんエヴァには何の効果もない。

エヴァは俺の言葉に対して、ふっと小さな笑みを浮かべただけだった。


「なぁに、本番はこれからだ。知っているか? 生き物は追い詰められれば追い詰められる程冷静さを欠くものだ。極限に追い込まれた者の奇行とは、実に滑稽なものだぞ?」


お得意の悪役スマイルを浮かべて講釈をたれるエヴァ。

彼女の外見とのアンバランスさが、逆に不気味さを引き立ていてかなり心臓に悪い光景だ。

負けじとこちらもシニカルな笑みを浮かべてそれに答える。


「窮鼠猫をなんたらってな。案外、追い詰められた奴の奇行もバカになれへんねんで?」


ついでに言うなら、エヴァが追い詰めたのはネズミではなく狂犬。

魔力は使えずとも、立派な牙と爪がある獣の類だぜ?


「ふふっ…………それくらいの威勢がなくてはな。その闘志にぎらついた瞳が、絶望に染まる瞬間が何よりの美酒だ。それと、一つ忠告しておいてやろう…………」


そう言って、右手を軽く掲げたエヴァは、その5指を小指から順にゆっくりと折り畳んでいく。

瞬間、きりきりと張り詰めた弦をさらに引いたときのような音が響いた。

こ、これってまさか…………!?



「―――――貴様らは既に私の巣の中に居ると言うことを忘れるな?」



夕陽の照り返しによって露わになる無数の糸。

疑いようもなく、これはエヴァが張ったものだろう。

今の口上はこれを張り巡らせるための時間稼ぎかよっ!?

魔力が使えないとは言え、やはり積み重ねて来た年輪は伊達ではないということか。

俺はその周到さに舌を巻かずにはいられなかった。


「霧狐!! チビ!! 出鱈目で構へん!! 糸を千切ったれっ!!」

「うんっ!!」

「ばうっ!!」


俺の呼びかけに応えて、虚空に向けて技を放つ霧狐とチビ。

霧狐の炎弾が幾筋の糸を焼き、チビの放つ影弾が幾筋の糸を引き千切る。

エヴァがこれに引きつけられてる内に退路を確保しないと…………。

そう考えて、俺は世界樹の広場へと向かう道を開くため、両腕に気を集中させた。

もっとも、それもフェイクだ。

俺の狙いは、エヴァたちに隙を作らせ、チビの転移魔法(ゲート)によってここを離脱すること。

魔法が使えない今のエヴァなら、距離さえ離せば追跡の手段はない。

そのために俺たちの退路を塞ぐことに集中させ、隙を作る算段だ。

全てはそのための布石。

そして俺はその成功を信じて疑わなかった。

だが…………。


「茶々丸」

「yes. マスター」


エヴァの命を受けて、俺目がけて飛び込んでくる茶々丸。

…………計画通り(ニヤリ)。

俺の予測通り、茶々丸を差し向け退路を塞ぐつもりだろう。

しかし、それこそが俺の狙い。

レイラインを通じて、使い魔であるチビに転移魔法を使うよう指示を出す。

それと同時、突っ込んでくる茶々丸から身をかわそうと両足に力を込める俺。

だが茶々丸は直前で、攻撃の矛先を俺からチビへと変えたのだ。


「んなっ!?」


一体何のつもりだっ!?

驚愕し動きを止めた俺。

その目の前で、茶々丸の右腕が大型の銃器に姿を変える。


「―――――結界弾、装填完了。発射(ファイア)」


―――――ドォンッ


「きゃんっ!!!?」


転移魔法を開くため無防備となったチビに容赦なく浴びせられたその弾丸。

それは直撃すると同時、眩い閃光を放って術式を展開させた。

この術式は…………拘束型の結界魔法っ!!!?

それじゃ、最初からエヴァの狙いは…………!!


「その使い魔が転移魔法を使えるのは先刻承知だからな。まずは足を潰させてもらった。…………一思いに捕まえてやると思ったら大間違いだぞ、犬上 小太郎?」

「…………」


わーお…………この幼女、俺を嬲り殺しにするつもりですよ…………。

チビにかけられた術式は、ざっと見積もって1、2時間程度の拘束力はあるだろう。

つまりはこの鬼ごっこが終わるまで、チビは強制的に1回休みの状態。

俺たちは切り札の一つを完全に失った訳だ。


「お、お兄ちゃんっ!? どうするのっ!?」

「…………ちぃっ!! とりあえず自分は茶々丸の相手を!!」

「う、うんっ!! 分かったよ!!」


返事をするや否や、霧狐は茶々丸に向かって疾駆する。

現在の茶々丸のスペックでは瞬動術は使えないはずだ。

体術の腕では彼女に分があるが、スピードでは霧狐に軍配が上がる。

急場しのぎだが十分に時間は稼げるだろう。

問題は…………。


「どうした? 時間を稼ぐだけでは私からは逃げられんぞ? ふふっ…………アーッハッハッハッ!!!!」


…………この性格悪い人外幼女をどう退けるか。

チビが潰されたことで、距離を取って追跡をかわすって手段は断たれた。

残された手段は2つ。

ここで時間一杯まで時間を稼ぐか、エヴァたちを何とか無力化してこの場を離れるか。

…………どっちも現実的とは言えねぇなぁオイ。

原作においても、魔力も気もなしに刹那を圧倒するような体術を見せたエヴァ。

そんな化け物相手に1時間以上も逃げ回れるとは思えない。

ましてや無力化する方法なんてある訳がない。

何かしらのイレギュラーでも起こらない限りは…………。


「ふふっ、良い顔だな? この状況を持てる力で何とか打破しようと足掻く者の目だ。貴様は気に食わんが、その姿勢だけは評価してやっても良い」


必死で考えを巡らす俺に、エヴァが嘲笑とも取れる笑みを浮かべてそんな言葉を投げかける。

揺さぶりのつもりか?

それとも、その気になったらいつでも俺を捕まえられるってアピールのつもりか?

何にせよ、やっぱ性格最悪だぞこの金髪幼女。


「そうだ小太郎。刹那たちに吹き込んだ出鱈目だが、私が貴様を捕まえた場合、出鱈目ではなく実際に服従してもらうと言うのはどうだ?」

「はぁ!? 何、目ぇ見開いて寝言言うとんねん!?」


突然何を言い出すかと思えば…………。

恐らくこれも俺に対する煽動の1つ。

負けた際のリスクを高めて、俺の焦りを誘発しようという訳だ。

…………その手に乗るかよ。

しかしそこは引くことを知らないエヴァ。

俺の返事などお構いなしで、なおもその話を続けた。


「これはゲームだ。確かに賞品と言うリターンはあるが、何もリスクがないと面白みに欠けるだろう? だから貴様が負けた場合は明日1日、この私に絶対服従しろ。その方がゲーム性が出て楽しいだろう?」

「…………」


こんな負けが見えかかってるような状況で、俺に一体何を楽しめと?

…………そんな出来レース、俺はまっぴらゴメンだ。

せめて、何か一つでも、エヴァの布陣を切り崩す切っ掛けだけでも掴めれば…………ん?

…………そうだ。重要なことを忘れていたじゃないか。

このゲーム、俺にとっての敵は何もエヴァだけではない。

そして敵にとっての敵は、即ち味方と言う訳ではない。俺にとっても、エヴァにとっても。

思わず唇が釣り上がる。勝負はまだ終わっちゃいない。


「良えで。その条件飲んだろやないかい」

「ほう? 殊勝な心掛けだな。しかしそう来なくては面白味に「ただし!!」…………ん?」

「俺が逃げ切った場合、自分は初等部の制服着て満面の笑みで『お兄ちゃん大好きっ♪』言うてる動画を撮らせること、良えな?」

「…………」


俺がそう告げた瞬間、エヴァの表情が時間停止でも掛けられたかのように凍ったのは言うまでもない。


「あ、あああああアホかぁぁぁあああああっ!!!? 何が悲しくてこの私が、そんなバカみたいな辱めを受けねばならんのだっ!!!?」


そして次の瞬間には顔を真っ赤にして怒りの声を発するエヴァ、まぁ当然だな。

しかし、そう簡単には引き下がらない俺クオリティ。

さんざん人を振りまわしてくれたんだ。勝ったときにはそれなりの褒賞がないと嘘ってもんだろ?


「…………もしかして、負けるのが怖いんか?」

「(ぴくっ)…………なん、だと?」


あからさまな挑発にも関わらず、エヴァはぴくりと頬を引き攣らせた。

プライドの高い彼女だ。その自尊心をくすぐられて、黙ってはいられまい。


「まさか闇の福音と恐れられた大魔法使いが、こんな勝ちの見えかけてる勝負で尻込みするわけあれへんよなぁ?」

「ぐっ、ぐぬぬぬ~~~っ…………い、良いだろう!! その賭け乗ってやる!! すぐに吠え面かかせてやるから覚悟しろっ!!」


その掛け声と同時に、俺へと突っ込んで来るエヴァ。

無論、魔力も気の助けもない彼女の速度は、さしたるものでもない。

それでも600年以上の研鑽に基づく体術を会得している彼女だ。接近されるのは得策ではない。

しかし、俺はその場から1歩たりとも動くつもりはなかった。

何故なら…………。



―――――ヒュンッ…………



「っっ!!!?」


俺が止めずとも、『彼女たち』がエヴァを止めてくれると、そう確信していたからだ。


「まさかエヴァンジェリンさん、あなたまで敵に回るとは予想していませんでした」

「闇の福音…………このような形で相見えることになるなんて思ってもみませんでしたね」


エヴァと俺の間に颯爽と割って入った2人の人影。

この鬼ごっこ序盤で俺を苦しめた刹那と、その刹那から俺を助けてくれた刀子先生だった。

そう、この鬼ごっこにおいて、俺を捕まえたがっているのは何もエヴァだけではない。

エヴァが流した出鱈目な噂のせいで、異常なやる気を発揮している彼女たちにとって、自分以外に俺が捕まると言うのはもっとも忌避すべき事項だろう。


「桜咲 刹那!? それに神鳴流の女剣士…………葛葉 刀子だったか? 下らん小競り合いに手間取っていたはずの貴様らが何故ここに!?」


…………あ、やっぱ2人が足引っ張り合うように仕向けたのはエヴァだったか。

彼女が言う通り、2人は互いを最大の障害と認識し、この鬼ごっこから退場させるために闘っていた。

本来ならば、どう足掻いてもここに俺がいることなど分かるはずもない。

しかし、エヴァは失念していたのだ。

この場には俺と霧狐、チビ、そしてエヴァと茶々丸以外に、もう1人参加者がいることを。


「木乃香お嬢様から連絡がありました。小太郎さんが今にもあなたに捕まってしまいそうだとね」

「おじいちゃんが念のためにってくれとったお札が役に立ったえ~」


ほにゃほにゃと笑みを浮かべて一枚の符をひらひらと見せる木乃香。

恐らく刹那相手に念話を行うためのものだろう。

先程エヴァと問答しているときに、木乃香がこれを取り出したのが見えたからな。

いちかばちかの賭けで時間稼ぎの会話をしたのは正解だったらしい。


「小太郎が捕まってしまっては、刹那を倒しても本末転倒ですからね。一時休戦して駆け付けたわけです」


そして刀子先生なら賢明な判断をしてくれるという信頼からの策だったが、どうにか上手く行ったようで何より。

端から木乃香を取るに足らない存在と思って放置したエヴァの失策だ。

さて、後は3人が小競り合いを繰り広げてる内にこの場を離れるだけ…………。


「しかし、最早争っている場合ではないようですね」


…………ん? あ、あるぇ? 何か話の雲行きが怪しくない?

エヴァと対峙していた刹那が、くるりとこちらを振り返りながら言った台詞に、背中からどっと嫌な汗が噴き出し始める。


「ええ。今のように、小競り合ってる内に、第3者が小太郎を捕まえてしまっては死んでも死に切れませんからね」


と、刀子先生までっ!?

先程見たような、白黒反転した目でぎろりと睨みを聞かせる刀子先生に、俺の鼓動はアッパーなテンションのビートを刻み始めていた。


「ふんっ…………貴様らの舞台はもう閉幕したというのに…………まぁ、どう足掻こうと、その駄犬を捕まえるのはこの私だがな?」


…………お、俺ってばもしかして、墓穴掘った?

気が付けば、3人の闘気は完全に俺1人に向けられていた。

うん、まさに絶対絶命☆

って、可愛子ぶってる場合じゃねぇっ!!!?


「き、ききき霧狐さぁんっ!!」

「へぇっ!? お兄ちゃん、なぁにーっ!!!?」


茶々丸と闘いながら、こちらを振り返ることなく返事する霧狐。

俺はその霧狐に駆け寄りながら、必死の思いで叫んだ。


「戦闘は一端中止!! 10秒ちょっとで良え!! 障壁を!!」

「っ!? りょ、りょーかいっ!!!!」


茶々丸から大きく飛び退いて距離を取った霧狐は、俺と背中合わせに近付くと手を天へと翳した。



―――――ゴォォォォォォオオオオオッ…………



瞬間、俺たち2人を中心に燃え上がる炎の渦…………って熱ぅっ!?

ついでに息苦しいっ!!

こりゃ、どう転んでも10数秒くらいしかもちそうにねぇ!!


「ど、どどどどーするのお兄ちゃん!? エヴァと茶々丸だけじゃなくて刹那や先生まで相手じゃ勝ち目ないよぉっ!?」


涙目になりながら、俺に縋りついてくる霧狐。

…………已むを得ん。

本当は使いたくなかったんだが、これはもう手段を選んでる場合じゃなさそうだ。


「…………ほんなら、最後の切り札の出番といきますか」

「きり、ふだ?」


不思議そうに首を傾げた霧狐に、俺は2枚の符を取り出すと、底意地の悪い笑みを浮かべた。











SIDE Evangerine......



「全くどこまでも往生際の悪いガキだ…………」


小太郎と子狐を包んだ炎の障壁を眺めながら、私は溜息とともにそう呟いた。

どの道捕まるのは時間の問題だと言うのに、ここに来てこんな小細工で時間稼ぎとは。

いかに頭の回る奴とて、たった10数秒程度では何の策も思いつくまい。

悪戯にいたぶられる時間を伸ばしただけだと何故気付かん。

…………まぁ良い。

その障壁が消えた瞬間が、貴様の最期だ。

さぁて、どんな風に辱めてやろうか?

女装姿で学園中を練り歩くというのはどうだ?

ただ女装させただけでは面白みに欠けるな…………。

いっそ幻術で本物の女と見分けが付かんくらいに完璧にして…………。

いや、それだとあのバカは面白がるだけで辱めにはならんか。

だったら薬で本当に女にして…………(以下自主規制)。


「ん? もうそろそろか…………」


いかんな、少しばかり思案に没頭し過ぎていたか。

気が付くと、その炎は上部から徐々にその勢いをなくしつつあった。

私は小太郎を拘束するために両手の5指に糸を用意する。

さぁ…………覚悟しろ、小太郎!!



―――――フッ…………



全ての炎が掻き消える。

それと同時、私は自らの両手を振り下ろし、同じように炎を見つめていた神鳴流2人も小太郎目がけて飛びかかろうとしていた。

ふっ、この距離なら、私の糸の方が速い。

私は自らの勝利を確信し疑わなかった。

しかし…………。



「「―――――縮地…………无疆!!!!」」



私の糸が届く直前に、あろうことか小太郎と子狐は長距離瞬動術を持って、この場を離脱しようとしたのだ。

ちぃっ!! あの駄犬め、ここまで追い詰められながら、なおあの10数秒でここまで冷静に策を練るとは!!

少々侮っていた…………しかし、その長距離瞬動は連発できまい。

やはり貴様は、悪戯に死刑執行を先伸ばしただけに過ぎん!!


「茶々丸!!」

「yes. マスター」


私の呼びかけに応え、茶々丸は私を抱えると、背中のノズルを吹かせて小太郎たちへと飛び立った。

…………そう簡単に逃がすと思うなよ、小太郎?










簡単に決着が着くかと思っていたこの勝負だったが、ことの外小太郎は粘って見せた。

捕まりそうになる度に、先程の障壁と長距離瞬動の組み合わせての離脱。

それに翻弄され、いつの間にか神鳴流剣士2人は完全に小太郎を見失っていた。

かくいう私も、茶々丸に搭載されているらしい高性能センサーとやらが無ければ見失っていた可能性が高いだろう。

ここまで私の張った網を掻い潜り続けたことは、素直に償賛に値すると言える。

しかし、追いかけっこはここまでだ。

既に数度に渡る長距離瞬動の使用で奴の気は残り僅か。

妹の方に至っては障壁も張っていたため、とっくに魔力は底をついているだろう。


「惜しかったな? もう少し制限時間が短ければ結果は違ったかも知れんが…………この勝負、私の勝ちだ」


再び進行ルートに現れた私たちを目にして、小太郎と子狐が悔しそうに表情を歪ませる。

そして私の予想通り、その表情には拭いきれぬ疲労が滲んでいた。


「もう十分だろう? この闇の福音相手にここまで粘ったんだ。貴様は十分良くやったさ」


ただ、少しばかり相手を間違っただけでな?

…………フフフ、アーッハッハッハッ!!!!

おっと、まだ笑うには早いか。

この駄犬は油断ならない。それは先程の追跡劇で身を持って学んだからな。

悪戯に時間を与えるのは得策ではない。

それに、残り時間も10分を切っているしな。

ニヤリと唇を釣り上げて、私は右手に再び糸を用意した。


「っっ!? お、お兄ちゃんっ? き、キリは十分頑張ったよね!? そ、そそそれじゃっ、後は1人で頑張ってねー!!!!」

「っちょっ!?」


私の笑みに恐怖を覚えたのか、子狐の方はそんな台詞を残しそそくさと瞬動で逃げて行った。

ふん、無理もないか。

この闇の福音、不死の魔法使い、童姿の魔王と恐れ讃えられた私の恐ろしさを知って、むしろ平然としているこの駄犬の方が異常なのだから。


「さぁ、チェックメイトだ。犬上 小太郎」

「っっ…………!?」


なおも往生際が悪く、逃げ出そうとした小太郎。

その足を右手にした糸で絡め取る。


―――――ドカッ


「みぎゃっ!?」


結果、盛大に顔から地面に突っ込んで動かなくなる小太郎。

ふぅ…………全く、随分手間をかけさせてくれたものだ。

しかし、これで終了だ。

突っ伏してピクリとも動かない小太郎に歩みより、私はその肩にそっと触れた。


「タッチだ。これで貴様は明日1日私の下僕だ。ふふっ、どうやって辱めてやろうか?」


あー…………実に気分が良い。

こんなに気分が良いのは久しぶりだ。

普段から人を食ったような気に食わん態度のコイツを、思う存分辱めることが出来るかと思うと…………くくっ、笑いが止まらんな。

おっと、逃走者を捕まえたら大会本部に連絡せねばならんのだったな。


「茶々丸、大会本部に連絡『ぽんっ』を゛…………?」


な、何だ今の音は? 

嫌な予感がして、私は足元に転がっているはずの小太郎に目をやった。

そして案の定、先程までピクリとも動かなかった小太郎は白い煙に包まれていた。

ま、まさか、あの駄犬…………!?


「っっ…………!!」


そんなバカな!? あいつにそんな余裕はなかったはずだ!?

慌てて手で煙を払う私。

やがて煙が晴れ、その中にあったのは…………。


「きゅ~~~~…………」

「く、九条、きり、こ…………?」


目を回して気絶する奴の妹、九条 霧狐の姿だった。



SIDE Evangerine OUT......









『巡回中の警備員、及び自警団の方々に連絡します。警戒体制発令から4時間が経過。潜伏中の凶悪犯の内、未確保だった1名は学園外へ逃走しました。ただ今を持ちまして、警戒体制を解除します。お疲れさまでした!!』


学園中に響く、イベント終了を告げるアナウンス。

世界樹の一枝に腰を降ろし、俺はそれに耳を傾け、自らの勝利に酔いしれていた。


「って、もう幻術解いても良えやんな?」


―――――ぽんっ


コミカルな音とともに、霧狐の姿だった俺は、普段の俺自身の姿へと変貌を遂げた。

そう、これが俺の用意していた最終手段にして切り札。

霧狐が俺の、俺が霧狐の変装をするという反則染みたカード。

だって、ルールブックに変装禁止ってルールはなかったんだもの。

最初に霧狐から髪を一筋貰ったのはこの幻術のため。

前にも言ったけど、俺は依代なしだと元の姿からかけ離れるような幻術は使えないからな。

陰陽術が気でも使えることが幸いした。魔力が封印されてる俺だと、使える術のレパートリーは極端に制限されてしまうからな。

そして魔力が封印されてるが故に、エヴァは俺がこんな術による小細工をしかけてくるとは思っていなかったに違いない。

今頃元の姿に戻った霧狐を見て呆然としていることだろう。

そう考えると…………ぷぷっ、笑いが止まらんよ。


『続きまして、後夜祭のご案内です。…………』


再び流れた校内放送に、俺は学園祭の終わりを感じてしんみりとした気分になっていた。

…………また来年もこんな…………もっと騒がしくて楽しい学園祭を、みんなと過ごせたら良い。

そんな、ささやかだが幸せな未来を思い描いて、1人小さく笑みを浮かべる。


「さぁて、後夜祭の前にチビと霧狐を拾ったらんとな」


この勝利は2人のおかげだし、焼き肉食い放題とは別に、今度なにかお礼をしないとな。

そんなことを考えながら、俺は学園祭の興奮冷めやらぬ麻帆良にその身を躍らせるのだった。










【オマケ 麻帆良祭の後日談】



小「はーいエヴァたん、笑って笑ってー」

エ「お、おおお、おに、おにいちゃん、だ、だだ、だい、だいすっ…………って、出来るかぁぁぁぁぁあああああっ!!!!」

小「あーもー。そんなんじゃいつまで経っても、その初等部の制服脱げへんでー?」

エ「や、やかましいっ!!!! だいたいっ、エヴァたんって何だ!?」

小「いや、そこはその場のノリ? ほら、しゃあないからもっかい霧狐に手本見してもらい? はい、霧狐」

霧「お兄ちゃんっ♪ だ~い好きっ♪」

小「はいOK。分かったかエヴァ? ポイントは満面の笑みとお兄ちゃんの部分でちょっと溜めることや。ほんなら、行くで? さんっはいっ」

エ「お、おにいちゃんっ♪ だ、だ、だ…………だぁぁああああああっ!!!! 出来る訳ないだろぉっっ!!!?」

小「ほぉ…………あの闇の福音ともあろう大魔法使いが、まさか自分の言うたことを覆すと?」

エ「ぐっ…………!? だ、だが、いくらなんでもこんなもの映像で残されては私の威厳と築き上げて来たイメージが…………!!」

小「まぁ確かにな。ほんなら携帯で撮るんは勘弁したるわ。それで良えか?」

エ「むっ…………ま、まぁ、それなら…………」

小「ほな今度こそ行くで? さんっはいっ…………」

エ「お、お兄ちゃんっ♪ だ、だ、だ~い好きっ♪(ニコッ) …………」

小「…………はいオッケェェェイっっ!!!! エヴァたんの大好き頂きましたぁっ!!」

エ「だからエヴァたん言うなーっっ!!!!」

小「どや茶々丸ー? バッチリかー?」

エ「へ?」

茶「(ジーーーカチッ)…………録画モード終了。データは3形式バックアップ含め、完全に保存されました」

小「よしっ! 後で俺の携帯に送っといてくれ」

茶「了解しました」

エ「ちょっと待てぇいっ!!!?」

茶「何でしょうマスター? あ、霧狐さんの携帯にもきちんと送信致しますのでご心配には及びません」

霧「ホントっ!? わーい♪」

エ「わーい♪ ではないわ、このたわけぇぇえええええっ!!!!」

小「おおう!? エヴァがノリ突っ込みを…………更に出来るようになったな」

エ「やかましいっ!! そ、そもそも話が違うではないかっ!?」

小「え? 携帯で撮るんは止める言うたけど、別に茶々丸が撮るのは止めるって言うてへんで?」

エ「ぬがっ…………!?」

茶「たいへん可愛らしいお姿でした。これから毎晩かかさずマスターの就寝後に鑑賞させて頂きます」

霧「私はねー、愛衣に見せてあげようかなー? 愛衣ってば、何でか知らないけどエヴァのこと怖がってるみたいだし」

小「それは良い考えやな。ほんなら、俺は刹那と木乃香辺りに…………」

エ「…………き、貴様らぁ…………くびり殺してやるっ!!!! 全員そこになおれぇいっ!!!!!!」




♪おしまい♪





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 57時間目 一虚一実 オリキャラはあれほど慎重にって…………!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/11 19:12



1学期の一大イベント、麻帆良祭から3週間後。

夏休みを目前に控え、同級生が浮かれている間も、俺は相も変わらず修行に明け暮れていた。

とは言え、一向に俺の封印が解ける様子はなく、体術の腕と気の出力が悪戯に向上していくばかり。

いや、それはそれで別に悪いことじゃないんだけどね。

最近では刹那との手合わせでも3回に1回くらいなら勝てるようになってきたし。

…………ただ、それと同時に霧狐が同じくらいの割合で俺に勝つようになって来て焦ってるんだが。

もっとも、エヴァによると封印自体はいつ解けてもおかしくない状態まで緩んでるんだとか。

いつか説明した通り、無作為に放たれる魔力は得てして暴走しやすい。

そのため俺に掛けられた封印も、その魔力を放出するに相応しい時と場所を選ぶんだとか。

つまるところ、後はきっかけ次第で俺の封印は解けて、九尾の魔力というチートパワーアップを図ることが出来るということ。

それを聞いて大喜びした俺だったのだが…………。

春休みの九尾事件以来、驚くほど平和な学園都市麻帆良。

そんな状況で、大規模な魔力を放出するに相応しい出来事なんて起こる筈もなく、俺は目下封印を解けずにいる。

無論、平和ってものは勝ち得るより維持する方が難しいものであり、それが続いているという状況が何よりだってことは俺も理解している。

だからこそ、この現状を苦痛とは思わない。

そういう訳で、俺の封印が解けるのは少なくとも3年になってから。

つまるところ、ネギま! で言うところの、本格的なバトルもの展開が始まってからになるだろう。

そんな風に思い始めていた。

そんな状況下で、ついに先日待ちに待った夏休みが到来。

それを利用して刹那と木乃香は京都に里帰りする予定だ。

俺も一緒にと誘われたのだが、霧狐とその母親、九条親子のこともあったので、今年は遠慮しておいた。

あの2人は故郷に帰りたくても帰れない。そんな2人を残して近衛の本山に俺だけ戻るのは少し気が引けたのだ。

そう言う訳で、俺は今年の夏休みも、麻帆良で修業を積みながら生活することにした。

麻帆良を後にする刹那と木乃香。

霧狐と2人それを見送っていたとき、俺は夢にも思わなかった。

この3日後に、まさかあんな事件に巻き込まれることになるなんて…………。










―――――ザーーーー…………



刹那と木乃香が京都へ帰郷してから3日後。

7月も残すところ1週間だと言うのに、今日は朝から梅雨に逆戻りしたかのような大雨だった。

雨は嫌いだ。

前のときから好きではなかったが、この世界に来てなおさら嫌いになった。

他人より効きすぎる耳と鼻が、雨の匂いと音を一際大きく俺に伝える。

…………あーあ、早く止まねぇかな?


「すみません小太郎さん。こんな日に巡回付き合わせちゃって…………」


俺の隣を歩いていた愛衣が、傘から俺を覗き込むようにして申し訳なさそうな声でそう言った。


「別に構へんよ。後輩の面倒見るんも、先輩の務めやさかい」

「そう言って貰えると、何だか少し気が楽になります」


小さく笑みを浮かべて、愛衣は再び周囲に気を配りながら歩き出した。

時刻は午後7時。

現在俺たちは、学園の巡回の真っ最中。

本来愛衣の指導役である高音が、夏休みを利用して本国に戻っているため、俺は臨時で彼女の代役を務めている。

もっとも巡回は元々愛衣と高音の担当だった女子校エリアを中心としたものなので、俺は殆ど愛衣に連れられて歩いてるだけのようなものだが。

そうこうしてる内に、通学路の途中にある公園にさしかかり、俺たちは連れだってその中に入って行った。

耳と澄ませ、鼻を鳴らす。

人の気配も匂いも感じられなかった。


「まぁ、さすがにこんな日に遊んどるバカはおらんわな…………」

「それはそうですよ」


溜息交じりに呟く俺に、愛衣は苦笑いを浮かべて答える。


「小太郎さんは、雨がお嫌いみたいですね」

「まぁな。多分霧狐も嫌いなんとちゃうか?」

「ええ。さすがにご兄妹ですね。今日は朝から部屋に閉じこもってます。『髪が跳ねるー!! 雨音で耳が痛いー!!』って」

「…………」


…………まぁ、確かに俺より霧狐の方が動物的な雰囲気はあるしね。


「そういう自分も、雨はあんま好きやないやろ?」

「まぁそうですけど…………どうしてそう思われたんですか?」

「いや、だって自分、炎使いやん?」

「そんな安直な…………」


俺の言葉に、愛衣は再び苦笑いを浮かべた。

そんな風に軽口を叩き合いながら、巡回は大きな問題もなく終了するかのように思えた。

しかしエリア外輪部に来て、その期待が大きく裏切られたことに俺は気が付く。


「…………この匂いは…………」

「? 小太郎さん? どうかされましたか?」


急に足を止めた俺に、愛衣が不思議そうに問い掛ける。

…………今の彼女の実力じゃ、巻き込むのは危険か。

俺はすぐにいつも笑みを顔に貼りつけた。


「いんや、ちょっと旨そうな匂いがしてん。こんな雨でもどこかしらで屋台出しとる酔狂者がおるらしい」

「そうなんですか? (すんすん)…………全然分かりません」


可愛らしく鼻を鳴らす愛衣だったが、目当ての匂い分からずしゅんと肩を落とすばかりだった。

しかしそれも当然だろう。俺が言ったことは全て口から出まかせなのだから。


「さて、巡回はここで終了で良かったやんな?」

「え? あ、はい。一通りの見回りは終わりました。後は報告書を学園長に提出するだけです」


…………と、いうことは、俺がここで愛衣と離れても何も問題はないってことだ。


「ほんなら、そっちは自分に任せたわ」

「えぇっ!? 報告書、私一人で書くんですかっ!?」

「俺、そーゆー形式的なん苦手やねん」

「う、嘘ですよぉ!! この前学園長が『小太郎くんの報告書は要点が明瞭で分かりやすい』って褒めてましたもんっ!!」

「…………」


あの狸ジジイ、余計なことを…………。


「まぁ、サボりたいときもあるがな。そん代わり、今度何か甘いもんでも奢ったるさかい、な?」

「むぅ~…………わ、分かりました。もともと今日は私が付き合わせちゃった訳ですし。そ、その代わり、今度絶対奢ってくださいよ?」

「おう。ほんならまたな」


愛衣が学園へと戻って行くのを見送って、俺は彼女とは反対側に駆け出していた。

さっき僅かだが確かに感じたあの匂い。

雨に掻き消されて希薄になっていたが間違いない、あれは…………。


―――――人間の血の匂いだ。


少なくとも2人。

そしてその内一方は、かなりの深手を負ってると見える。

この雨の中、俺の鼻にその匂いが嗅ぎ分けられる程だからな。

恐らくは派手にやり合ってる奴らがいる。

原作の時間軸に合流するまで、もう厄介事は起きないだろうなんて高を括った矢先にこれだ。

全く、今度の人生は退屈しないように出来てるもんだ。

俺は差していた傘をかなぐり捨てて、匂いが強くなる方へと足を速めていた。









SIDE ???......



「ハァッハァッ…………」


右脇腹の傷を抑えながら、拙者は木に背を預けその足を止めた。

無論、警戒は緩めない。

否、緩めることが出来ないと言った方が正しいでござろう…………。

何せ襲撃者は、この雨音に身を顰め、今なお拙者を狙っている訳でござるから。


「ハァッ…………ハァッ…………ま、まさか、こんなところで同業者に出会うとは…………」


少しばかり平和ボケしていたのかも知れん。

自嘲気に笑みを浮かべて、拙者はぼんやりとそんなことを考えていた。


―――――バシャッ


「っっ!?」


不意に響いた水音に、拙者は反射的に体勢を整えた。

姿こそ見せていないが、敵は迷わず拙者の急所目がけて苦無を投げつけてきたほど。

つまりそれは、明確な殺意があっての襲撃。

そのような者が、わざわざ拙者に分かるよう、音を立てて現れたのでござる。

止めを刺すつもりでのことに相違ない。

とは言え、拙者とて甲賀の中忍。

そうやすやすと死んでやるつもりはござらん。

服に忍ばせていた苦無を手に、いつでも闘えるよう身構える。

しかし敵は、攻撃をしかけて来る気配を見せなかった。


「…………私の襲撃に気付かず手傷を負わされるなんて、平和ボケが過ぎるんじゃない? 甲賀の中忍がこの程度なんて、里の行く末も見えたわね」

「…………ハァッ、ハァッ、こ、これは、手厳しいでござる、な」


いつでも拙者を殺せるという意思表示か、それとも何かの意図があってか、襲撃者は止めを刺すどころか、降りしきる雨の中、拙者の前に姿を現した。

現れたのは、拙者とそう歳の変わらない少女。

背は恐らく160程度。艶やかな黒髪は肩口で切り揃えられた尼削ぎ。

服装は槐の忍装束に、顔の下半分を覆う鋼鉄製の仮面…………あれは、甲賀の忍装束!?

な、何故同郷の者が拙者を襲う!?

思わず声を失った拙者を見て、襲撃者は呆れたように溜息を吐いた。


「はぁ…………まだ気付かないの? あなたを狙う人間なんて、この世界には数えるほどしかいないでしょうに…………」

「ま、まさか!? そなたは…………!?」

「そう。ようやく気付いたのね…………」


仮面に隠れた表情は読めなかったが、恐らくその襲撃者は笑ったのだろう。

僅かに覗く双眸は、静かに細められていた。

ゆっくりと彼女はその右手を仮面に伸ばし、そっとそれを外し素顔をさらす。

露わになったその顔は、拙者が良く知っているものだった。


「やはり、そなたでござったか…………紅葉」

「…………驚かないのね? いつかこうなるって、最初からそう思ってたのかしら?」


面白く無さそうに襲撃者…………紅葉は拙者に問い掛ける。


「どうで、ござろうな? …………しかしそなたであれば、拙者を襲う理由にも、得心がいく…………」


傷の痛みと出血のせいで、呼吸すらままならなくなりながら、拙者はその答えを絞り出した。

そう…………我が父と私は、彼女に怨まれて当然のことをした。

それを正当化するつもりも、それから逃げるつもりも毛頭ござらん。

故に、拙者がここで討たれるのも已む無し。

それが天命であったのだろうと諦めがつく。

しかし、1つ得心がいかないことがあった。


「…………最期に1つだけ、教えてはくれぬ、か…………?」

「…………何かしら?」

「4年前に里を去ったそなたが、何故これほどの実力を?」


彼女に修行を付けていた彼女の父は、8年前に他界している。

いかに己で研鑽を積んだとて、先程拙者に手傷を負わせた紅葉の手腕は、あまりに洗練され過ぎていた。

己の間合いに拙者を捉え、なお拙者にそれを気取らせぬ忍びの法…………幼くして里を去った彼女に、それだけの実力を付ける術があろうはずもない。


「ああ、そのこと? 簡単なことよ。あなたを殺して、私はのうのうとこの麻帆良で生きてつもりなんてない。だからあなたを殺せれば、その後この身がどうなろうと関係ないの。だから…………」


仮面を持っているのと反対側、左の手を装束の襟に伸ばす紅葉。

その襟元が開かれたとき、拙者は再び言葉を失った。


「私には、手段を選ぶ必要が無かった。だから外法に手を染めることも迷う必要なんてなかったの」

「…………」


大きく開かれた紅葉の胸元、その左胸には…………。


―――――生き物のように脈を打つ、一枚の不気味な符が張り付いていた。


命を引き換えに力を得る外法。

彼女は拙者に復讐するために、自らの身を差し出したのでござるか…………。

こんなことを言えた義理ではござらんが、しかしこれは…………。


「そなたの父上は、そんなことを…………」

「―――――黙りなさい」


私の台詞を厳しく遮った紅葉。

その左手には、いつのまにか1本の苦無が握られていた。


「あなたに父を語られたくない。あなたにそんな資格はない。不愉快なのよ。あなたの何もかもが…………」

「もみ、じ…………」


最早拙者のどのような言葉も、彼女には届きはしない。

それを悟った拙者は、覚悟を決め、ゆっくりと両の目を閉じた。


「往生際が良いのね? それも忍の信念かしら? …………だとしたら本当に、不愉快よ」


そんな大層なものではない。

ただ…………拙者の命一つでそなたの無念が少しでも晴れると言うなら、この短い人生にも僅かな意味があった。

そう思っただけでござるよ。

しかしその言葉を紡ぐ資格を、既に拙者は持っていなかった。

故に拙者は、ただ黙して自らの死を待つ。

彼女によって下される断罪を、拙者は甘んじて受ける義務がある。

そう思っていた。


「それじゃあね、楓。…………安心なさい。私もすぐに逝くから」


―――――ヒュンッ…………


大気の震えで、紅葉が苦無を放る気配が伝わった。

彼女の腕ならば、放たれた苦無は寸分違わず、拙者の心の蔵を貫くでござろう。

しかし…………。


―――――ガキィンッ


その一撃が、拙者に届くことはなかった。


「っっ!? 誰っ!?」


そこに、予期していなかった乱入者が現れたことによって。



「―――――よぉ? パーティ会場はここで合うとるか?」



未だ降り止まぬ豪雨の中、その男は不敵にも笑みを浮かべてそう告げた。



SIDE ??? OUT......









「よぉ? パーティ会場はここで合うとるか?」


苦無を弾いた俺は、場にそぐわぬ笑みを浮かべながらそう尋ねた。

背後には木に背中を預け、息も絶え絶えになっている麻帆良本校女子中等部の生徒。

長身に糸目が特徴的な甲賀の中忍、長瀬 楓の姿があった。

俺が知る魔法世界におけるネギパーティの中でも、屈指の実力を持つ彼女。

その彼女にここまでの深手を負わせるなんて、このくの一只者じゃない。

愛衣を連れて来なくて正解だったと思う反面、1人出来たことを迂闊だったと後悔する自分が居た。

しかし懺悔は後だ。

今はこの状況を打破することが最優先。

楓の傷は一見してそれが致命傷だと分かるほどに深い。

手当てが遅れれば命に関わるだろう。

だから俺は、相手がどんな化け物だろうと、速やかにそいつを退け、楓を安全かつ手当の可能な場所まで運ぶ必要がある。

考えてる暇なんてなかった。


「…………麻帆良の生徒? 驚いたわ。普通の学校じゃないとは思っていたけど、私たち以外にもこんな変わった人間がいたなんて」


楓と対峙していたくの一は、右手にしていた仮面で顔を覆いながら、そんな言葉を投げかけて来た。

…………麻帆良の魔法生徒について知らない?

ということは、やっぱりこいつは楓と同じ忍者ってことか?

もっとも、相手が誰であろうが、今は関係ない。

この女の危険性を、楓の傷の重篤さを理解しながらなお、俺は湧きあがる高揚感を抑えられずにいた。

数か月ぶりの強敵との出逢いに、封印されている狗族の血が騒ぐのを感じる。


「まぁあんたの言う通り、俺ははみ出し者や。はみ出し者同士、仲良くしようや?」


告げた俺の顔には、ハッタリではない。正真正銘の笑みが浮かんでいた。


「…………ただの通りすがりなら、そこを退きなさい。無関係な人間を巻き込むつもりはないわ」


しかし女が告げた言葉は、予想外にもただの勧告だった。

学園都市でこんな襲撃を敢行するような奴だ、余程の戦闘狂、或いは殺しのプロかと思ったんだが…………意外に話の通じる人間か?

とはいえ、彼女の要求は到底呑めるものではない。

俺は再び笑みを浮かべながら、女に応えた。


「袖擦れ合うも多少の縁ってな、見てしまった以上助けるんが仁義っちゅうもんや。日本人は判官贔屓やとも言うしな」

「…………不愉快な男ね。余程死に急ぎたいのかしら?」


明確な殺意を持って、女の双眸がすっと細められる。

しかしそれは一瞬のこと。

戦闘になるという俺の予感を裏切って、女は滾っていた殺気を嘘のように霧散させていた。


「…………いいわ。この場は見逃してあげる。けれど次に会ったとき、まだ私の邪魔をするようなら…………その不愉快な女と一緒に、あなたも始末するわ」


そう言い残し、女は降り続く雨に溶け込むようにして姿を消した。

拍子抜けだが、幸いだったと言うべきか。

もし本当に戦闘になっていれば、楓を助けられる確率は、限りなく0だっただろう。

そして女が獲物を前に立ち去ったのは、俺と楓の2人を合わせても、いつだって消せるという自信の表れ。

己の無力さに、俺は歯痒さを感じずには居られなかった。

…………って、今はそんなことより、やるべきことがあるだろ。

俺は先程背を預けていた木の下で、完全にへたりこんでしまった楓に駆け寄った。


「自分、大丈夫か? 待っとき、すぐ病院に運んで…………」

「す、すまぬが、病院はご勘弁を…………素性が、知れる訳には、いかぬ、ゆえ…………」


俺が抱え上げようとすると、左手を上げてそう制する楓。

しかし彼女の出血量は、そう悠長なことを言ってられるようなものではなかった。

…………どこか彼女の素性を知られず、治療を受けさせることができる場所は…………あ。

そこまで考えて、俺は今自分がどこに居るのかをようやく思い出すのだった。










「…………貴様、私のログハウスを診療所か駆け込み寺と勘違いしていないか?」


こめかみに青筋を浮かび上がらせながら、御立腹の様子でエヴァは呟いた。

女子校エリアの外れといえば、エヴァのログハウスのすぐ近所。

というわけで、俺は致命傷を負った楓を慌ててここに運びこんだ訳だ。


「まぁそう目くじら立てんといてぇな? 困ったときはお互い様やろ?」

「ほぉ? では目下、駄犬に困らされているこの私は誰が助けてくれるのだろうな?」


物凄い形相で睨みつけてくるエヴァに、俺はただただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

とは言いつつも、きちんと楓の手当てをしてくれる辺り、やっぱエヴァはお人好しだよね。


「いや~驚いたでござる。まさか本当に魔法使いなどという存在がいようとは」


ソファーに横になった状態で、楓は飄々とした声でそんなことを呟いた。

すでに傷は塞がっていて、安静にしていれば数時間で完全に回復するとのこと。

さすが不死の魔法使いということか。封印されていても、その魔法薬の効能は折り紙つきである。


「ふん…………貴様の方こそ、ただの能天気な女子中学生ではないと思っていたが、まさか甲賀忍者とはな」

「ははっ、そうでござったな。改めて、助けて頂いたこと、礼を申し上げるでござる。犬上殿、エヴァンジェリン殿」


さすがにまだ身体は起こせないのだろう、横になったまま楓は俺たちにそう言った。


「礼なんて構へんよ。さっきも言うたけど、困ったときはお互い様や。それより、落ち着いたんなら事情を聞かせてもえるか?」


先程の女は、必ずもう一度楓を殺しに来る。

そうなる前に、事の顛末くらいは把握しておきたかった。

俺の言葉に、楓はしばらく押し黙った後、覚悟を決めたのか、こんな語り出しで話を始めた。


「…………あい分かった。されどお二方とも、この話は他言無用でお願いしたい」

「他人の事情を言いふらす趣味はない。変な勘ぐりせずさっさと話せ」


そんなエヴァの態度に苦笑いを浮かべながらも、言ってることには同意なので、俺は楓に頷いて見せた。

それで安心したのか、楓は小さく笑みを浮かべて、話を続ける。


「―――――あの者の名は、弥刀 紅葉(みと もみじ)。拙者の幼馴染であり、かつて抜け忍となり殺された、父の親友の娘でござる」



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 58時間目 烏兎匆匆 だから捏造設定も慎重にって…………!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/11 19:16



かつて、甲賀の里にその人有りと謳われた、2人の忍びが居た。

1人は代々里の頭を務める長瀬家の直当主。

もう1人は、その長瀬の跡継ぎとは数年来の友人であり、代々頭の片腕を務めてきた弥刀家の跡取りだった。

強者ぞろいの忍軍において、なお2人の腕は群を抜いていた。

時が流れ、2人は互いに家庭を持ち、そして同じ時期に娘を授かった。

公私ともに、常に互いを支え合ってきた親友同士であった2人の忍びは、自分たちの娘もそのように支え合える日が来ることを願った。

長瀬の娘は楓と名付けられ、弥刀の娘は楓の異称である紅葉と名付けられた。

そして父たちの願い通り、2人の娘は実の姉妹のように互いを思いやり、支え合いながら修練に励むようになっていった。

2人の中睦まじい様子を喜んだ父たちは、娘たちの八つの誕生日にそれぞれ同じ意匠を施した苦無を送った。

その苦無の柄には、深紅に染め抜かれた楓の葉が彫刻されており、父たちは2人に対してそれを武器ではなく護符の意味を込めて贈ったのだ。

それを受け取った娘たちは、その苦無に自らの髪を一房括りつけると、互いの物と交換して、こんなことを誓った。


―――――例えこの身が傍に無くとも、この志は常に共に。


それは少女たちの父が任務に赴く際、2人の間でのみ交わされる合言葉だった。

少女たちはいつか自分たちが父の後を継ぎ、互いを護り支え合いながら戦場を駆ける日が来ると信じて疑わなかったのだ。


―――――されど、その2年後、少女たちの願いは誰よりもそれを願っていた父たちによって崩れ去ることとなる。


時代が変わり、忍者という存在が忘れ去られていく中、甲賀の里は徐々に困窮していた。

そんな背景もあり、仕事を選り好み出来なくなった当時の頭は、生きるために少々汚れた仕事にも手を出すようになる。

多くの大人たちはそれを、里の存続のためと割り切っていたが、ただ1人、その方針に異を唱えた者がいた。

弥刀の跡継ぎ、紅葉の父親である。

今、自分たちのしている所業は、忍びの誇りを汚し、決して後世の者たちに誇れるものではない。

彼が叫んだその主張は、確かに正しいものであったが、困窮した里にとって、依頼される仕事はまさしく命綱。

おいそれとそれを断ることは出来なかった。

里の出した解答に絶望した彼はある決意をする。

それは、娘と妻を連れ、里を抜けるというものだった。

掟により、抜け忍となったものは、問答無用で殺すことが定められていた。

彼の決意を事前に知った楓の父は、無論それを止めたが、彼は聞く耳を持たなかった。

そして紅葉の父が里を抜けた日。

里から逃げ出した3人の前に立ちはだかったのは、予想された忍びの軍勢ではなく、たった2人の忍び。

楓の父と、まだ幼かった楓自身だった。

それを目にした紅葉の父は、彼女に手出し無用との断りを、楓の父も同じように娘に告げ、かつて親友同士だった2人の忍びは一昼夜に渡り激闘を繰り広げた。

激闘の果て、先に力尽きたのは弥刀の跡継ぎ、紅葉の父だった。

されど決着が着いたときには、楓の父も既に死に体であり、紅葉とその母を追う余力は残されていなかった。

もっとも、忍術の修行を受けていない女と、見習いの子ども一人。

取り逃がしたところで、里は大きな問題になるとは見なさなかった。

こうして、将来共に闘うと誓った友を、楓は失ったのである。










「…………後で父上に聞かされた話でござるが、どうやら紅葉の父上は最初から死を覚悟していたようでござる」


話の途中で取り出したくだんの苦無を見つめながら、神妙な面持ちでそう告げる楓。

恐らく弥刀の父は、里の中核である自らが抜け忍となることで、今後そうした者が増加する可能性を示唆すると同時に、自らの死を以って、自らが愛した里が目を覚ましてくれることを願っていたのだろう。

…………皮肉な話だ。誰よりも里の将来を憂いた人間が、里の意志によって殺されるなんて。


「そのすぐ後で拙者の父は里の頭領となり、それからは紅葉の父上が願った通り、里は汚ない仕事を請け負うことはなくなったでござるよ」


楓の父親の片腕だった弥刀の父は、その命を駆けてなお、その責務を全うしたと言う訳か。

だが、そんな彼らにもたった1つの誤算があった…………。


「取り逃がした弥刀の娘。そいつが貴様の命を狙ったということは…………」

「恐らく目的は、父親の仇討ちでござろうな。紅葉は自らの師であるお父上を、誰よりも敬愛していたでござるから」


それで父親の仇討ちか…………。

しかし、ならば実行犯である楓の父親ではなく楓を?

そんな疑問が一瞬頭を過ぎったが、とある男を思い出し、すぐにその疑問は氷解した。


『―――――せやな、最終的には、自分のお父んを殺すつもりやで』


初めて麻帆良であのクソ兄貴と対峙したとき、あいつは確かにそう言っていた。

詳しい事情は分からないが、あいつの目的も復讐のはず。

なら、その仇自身でなくその縁者を狙う理由はただ一つ。

自分が味わった奪われる苦しみを、相手にも与えるため。

言っていることは分かるが、俺には到底理解できない、反吐が出そうな理屈だった。

しかしここで、もう一つ疑問が浮上する。


「なぁ? 何で弥刀は自分が麻帆良におるて分かったんや?」


話を聞く限り、甲賀の里の情報はかなりのレベルで隠匿されている様子だ。

そんな状況下で楓の足取りを追うのは、かなり困難を極めるはず。

だというのに、弥刀はどうやって楓の居場所を突き止めたのか、それだけが腑に落ちなかった。


「ああ、そのことでござるか。実を言うと1年以上前から紅葉はこの麻帆良に住んでいたでござるよ」

「「は?」」


あっけらかんと言ってのけた楓に、俺とエヴァは開いた口が塞がらなくなった。


「ど、どういうことや? 何でそんなに前から気付いとったんに、襲撃されるまで気付けへんかったんや?」

「うむ。それを言われると耳が痛いのでござるが、つい最近まで、紅葉は拙者に気付いてないと思っていたでござるよ」

「???」


なおさら訳が分からんのだが…………?

恐らく俺の顔には無数の疑問符が浮かんでいたことだろう。

しかし、楓が次の言葉を口にした瞬間、それは再び感嘆符へと姿を変えた。


「紅葉は拙者たちと同じ、麻帆良本校女子中等部の生徒として、この麻帆良に住んでいたのでござる」

「!?」


弥刀が…………麻帆良の生徒だった!?

驚愕に言葉を失った俺とは対照的に、エヴァは顎に手を当て納得顔でもっともらしく頷いて見せた。


「なるほどな。あのジジィならやりそうなことだ」

「え、えーと、エヴァさん? 話が全然見えてこないんですけど…………?」

「…………やれやれ、頭の回転は速いと思っていたのだが、かいかぶりだったか?」


溜息交じりにそう言うと、エヴァはぴっと右の人差し指を立てて説明を開始してくれた。


「いいか? 話を聞く限りでは、その弥刀 紅葉という女、決して万人に対する悪というわけではない」

「まぁ、それはそうやろ。お父んが殺されて復讐したるって思うんは、別におかしな話やない」


俺だって、兄貴に対して同じ感情を抱いてるくらいだ。


「加えて、里を抜けだしたその親子は頼るところなど無かったのだろう。大方風の噂に麻帆良のことを聞いて、転がりこんだというところではないか? あのジジィは腹黒だがお人好しだ。身寄りがない者を放ってはおけん。貴様の妹、九条 霧狐とその母親がそうだったようにな」

「なるほど…………」


それなら確かに得心が行く。

けれど、楓が言ってた『紅葉が楓に気付いていない』ってのはどういう意味だろう?


「1年のときから同じ校舎にいたにも関わらず、紅葉は拙者とすれ違っても何の反応も示さなかったのでござるよ。なので拙者はてっきり、紅葉は成長した拙者に気付いていないのでは…………そう思い始めていたでござる。だが…………」

「気付いていないどころか、しっかりと復讐の牙を研いでいたと言う訳か」

「1年間も復讐相手に素知らぬ顔をしながら、か…………」


それは何ともまぁ、凄まじい執念である。

惜しむらくは、恐らくは彼女が父の真意を知らないであろうこと。

きっと彼女は、父が自らの親友に裏切られ、失意の内に死んでいったと、そう思っているに違いない。

もっとも、父の真意を知ったところで、彼女の復讐心が消えるとは限らないか…………。


「何にせよ事情は分かったわ。とりあえず、自分の傷が癒えるまでは何とかして護ったる」


とは言え、今の俺に出来るのはせいぜいが時間稼ぎくらいだろうが。


「かたじけない。本来は里の事情に他人を巻き込むのはご法度でござるが、今回はそうも言っておれぬ故」


苦々しい表情で言う楓。

他人を巻き込みたくないって気持ちは俺も良く分かる。

だから俺はそれに笑顔で答えた。


「おう。大船に乗ったつもりでおりぃや。それと俺のことは小太郎で良えで?」

「すまないでござる、小太郎殿。それから、もう一つ伝えておくことが」

「何や?」


再び沈痛な面持ちに戻った楓に、こちらも気を引き締めて問い掛ける。


「紅葉は復讐を果たすため、外法に手を染めたようでござる。彼女の左胸には、まるで生き物のような不気味な符が張り付いていたでござるよ」

「生き物みたいな符?」

「うむ。魔術や陰陽道には明るくない故、詳しいことは分からぬが、今の紅葉の実力は少々異質でござる。対峙した際は、決して無理をしないで欲しい」


楓の言葉に、俺は思わず首を傾げた。

符を用いるということは、その外法というのは、陰陽術の類なのだろう。

しかし、そんなけったいな術に、俺は心当たりが無かった。


「ライカンスロープ、こっちでは神降ろしだか狐憑きだか言われている術だろう」

「さすがエヴァ、今の話だけでそこまで当たりがつくやなんて」


伊達に歳は喰ってないってか?


「茶化すなクソガキ。辺りを付けたところで対処法を知ってるわけではない。それに神降ろしにしろ狐憑きにしろ、本来は符を用いるのではなく、霊媒体質の人間を触媒にして行うものだ」


無すかしい顔でそう告げるエヴァ。

確かに、降霊術に符を用いるってのはあまり聞かないな。


「ほんじゃあ、弥刀が使うとるんはもっと他の術かも知れへんってことか?」

「いや…………恐らくは狐憑きであっているだろう。大方、召喚した妖怪を符に封じ込めて、自らの肉体を代償に力を得るような契約を結んだ…………そんなところではないか?」

「…………」


それを聞いた俺の脳裏に過ぎったのは、またしてもあの兄貴の姿だった。

九尾を復活させようとしていた兄貴も、自身の右手に九尾を撮り憑かせて莫大な力を引き出して見せた。

弥刀はその兄貴と同じような術を使って、自らの力を高めていると言う訳だ。

…………こりゃ、こんなところでじっとしてる場合じゃなさそうだな。


「とりあえず楓の忠告は頭に入れとくわ。ほんなら、俺はちょっくらその辺の見回りにでも言って来るさかい、自分は大人しゅう寝とき」


そう言い残して、俺は足早にログハウスの玄関へと向かった。

エヴァの話が本当ならば、あまり時間があるとは思えなかったからだ。

符に封じ込めた妖怪に、自らの身体と魂を食わせて力を得る外法。

それは長時間力を使用し続ければ、いつか自身が飲み込まれてしまう危険をも孕んでいる。

兄貴が九尾に右腕を喰われたのと同じように…………。

手遅れになる前に、彼女とその符を引き離す必要がある。

そう思って、俺はすぐさま外に飛び出そうとした。

しかし…………。


「止めておけ」


後ろからエヴァにそう呼び止められ、足を止めざるを得なかった。

思わず振り返る俺。

腕を組み仁王立ちしながら俺を見上げるエヴァは、いつか見たのと同じ、年長者としての威厳を持った厳しい表情だった。


「貴様のことだ、どうせその弥刀 紅葉とかいう女も救うつもりなのだろう?」


…………やっぱエヴァにはお見通しか。

先程、事情を話してくれた時の楓の表情。

後悔の懐かしさの入り混じったあの顔は、恐らく未練の表情だった。

きっと楓は、今でも幼い頃に弥刀と交わした約束を忘れていない。

彼女の心はきっと、今もなお弥刀の傍にある。

だから俺は、何とかして弥刀の復讐を止めようと、そう考えていた。


「…………そこまで分かっとんのなら、俺が止めたって止まらへんってことも分かっとんのとちゃうか?」


唇を釣りあげた俺を見て、エヴァは大仰に溜息を吐いてみせる。


「…………今まで貴様が幾度となく窮地に瀕し、それでもなお生き残ってこれた最大の理由を教えてやろう」


しかしすぐに先程の威厳溢れる顔つきに戻り、エヴァは俺にそんなことを言った。


「それは貴様に迷いがなかったからだ。あの狗族にしろ貴様の兄にしろ、これまで貴様は確固たる闘う理由がある敵としか対峙してこなかった。しかし今回は勝手が違う。どちらが善でどちらが悪か、その境界などあやふやで、正しい答えなど決してない、そういう闘いになるだろう」

「…………」

「戦場では迷った者から死んでいく。敵に情けをかけた者から死んでいく。敵を救うだと? 笑わせてくれる。今の貴様にそんな力があると思うな」


エヴァは嘲笑を浮かべ、厳しくもそう言い放った。

確かに彼女の言う通り、魔力も封印され、刀も使えない今の俺にそんな大層な力はない。

彼女の言う通り、俺は今自分の立ち位置すら決めかねている。

しかし…………。



「―――――それがどないした?」



俺はもう一度、力強く笑みを浮かべてそう答えた。

今までだって、俺は決して十分とは言えない力で闘ってきた。

自分の護りたいものを護るため、己の信念を貫くために。

魔力が封印されている、だからなんだと言うのだ?

足りない分は気合で補う、それが俺の生き方だ。


「ここで行けへんかったら、俺やない。護りたいもんが多いなんていつものこと。敵がどんだけ強大やろうと、俺はただ死ぬ気で自分の生き方を貫くだけや」


今でも、そしてこれからも。

俺はエヴァの目を真っ直ぐに見つめ言い放った。


「…………」

「…………」


互いの目を見てしばし沈黙する俺たち。

しかし意外にも、その沈黙を破ったのはエヴァだった。


「…………ふっ」

「ふ?」

「…………はっはっはっはっ!!!!」

「おおう!?」


な、何だっ!? エヴァ様ご乱心っ!?

急に高笑いを始めたエヴァに、俺は思わずのけぞっていた。


「…………ふぅ、全くこれでも若いつもりだったんだが、貴様ら本物のガキには敵わんな」

「? は、はぁ、そらどうも…………?」


え、ええと…………もしかしてこの幼女、俺の覚悟を試した?

…………そういや原作で刹那に似たようなことやってたけど、まさか自分までやられるなんて、ねぇ?

何とも釈然としない気持ちになる俺だった。


「迷い無く私の質問に答えて見せるとは…………恐らく貴様には最初から迷いなど無かったということか。やれやれ、私の洞察力も当てにならんな」


そう言って肩を竦めると、エヴァはさっと踵を返した。


「茶々丸」

「はい、マスター」


エヴァが呼びかけると、間髪入れずに現れた茶々丸。

そして茶々丸は何故か、エヴァではなく俺の下まで来て、一振りの日本刀を手渡して来た。


「これは…………?」

「無銘だがそれなりの品だ。多少とは言え神鳴流が使える貴様なら、戦力の足しくらいにはなるだろう。持って行け」


そっぽを向いたまま、無愛想な声でそう告げるエヴァ。

…………これってもしかして照れてる?

俺を心配してるのを気付かせたく無くて意地張ってんのか?

全く素直じゃないというか…………まぁそこがエヴァの可愛いとこだと思うけどね?


「おおきに、ありがたく借りてくわ。それと…………」


俺は右手をすっと、伸ばし後ろからエヴァの頭にぽんっと手を置いた。


「…………心配してくれておおきに」

「き、気安く触れるなっ!! そ、それとっ、誰が貴様の心配なんぞっ…………!!」


次の瞬間、案の定というべきか、俺の手を払いのけ、があっと捲くし立てるエヴァ。

何というツンデレ…………ごちそうさまでつ。

俺はもう一度、力強い笑みを浮かべて言った。


「ほな言って来る。必ず帰って来るさかい、朝食の準備頼むで」

「ふんっ…………本来なら貴様に食わせる飯などないところだが、まぁ無事に帰ってきたらそれくらいは食わせてやる。さっさっと片づけて来い」


ぶっきらぼうなエヴァの台詞に苦笑いを浮かべて、俺は未だ降り続く豪雨の中へとその身を躍らせるのだった。










SIED Evangerine......



「…………フン、あのクソガキめ」


久々にあいつを思い出して腹が立った。

自分の護りたいもののためなら、敵に手を差し伸べることさえ厭わない、あの不愉快な赤毛の魔術師の姿を。

実力は程遠いが、既に小太郎はあいつを英雄たらしめた、最も重要な要素を持っていると言っても過言ではないだろう。

…………べ、別にだからといって目をかけている訳ではないがな。


「マスター。小太郎さんが心配なのでしたら、私が追跡いたしましょうか?」


私が奴の出て言った玄関を眺めていたからだろう。

不意に茶々丸が、そんなことを言い出した。


「いや必要無い。そもそも私がこの件に肩入れしてやる理由は無い。長瀬 楓の手当と、さっきの日本刀だけで十分手助けしてやったと言えるさ。それに、お前はまだ耐水加工を施されてないんじゃなかったか?」

「あ、そうでした」


…………そうでしたって、ロボが自分の規格を忘れるってどうなんだ?

まぁ、こいつも最近はあのバカ犬に感化されているようだからな。

もしかするとあいつの身を案じて、本当に飛び出していきたかったのかも知れん。

全く、人のパートナーまで籠絡しおって…………。


「…………必ず帰って来い」


私に対する貴様の借り、全て清算せずに死ぬなど、許した覚えはないからな?

奴が出て行ったドアに小さく笑みを浮かべて、私はさっと踵を返した。


「ん? どうした茶々丸?」


振り返ると、茶々丸が驚いたような顔で固まっていた。


「今のお言葉…………もしやマスターは、小太郎さんに恋愛感情を…………?」

「…………解体されたいか?」

「滅相もありません」



SIDE Evangerine OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 59時間目 一旦緩急 俺、今めっちゃ主人公してる…………
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/26 02:41


SIDE Momiji......



―――――ザーーーー…………


降りしきる雨の中、私は世界樹の一枝に座り目を閉じていた。

雨は嫌い。

あの日を思い出して不愉快になる。

父を目の前で殺されたあの日。

あの時も、今日と同じような豪雨の夜だった。

かつて親友として、共に戦場を駆け抜けた男の手に掛かり、静かに息を引き取った父。

その死に顔は、本当に不愉快な…………。


「…………」


そこまで考えて、私は閉ざしていた両目をゆっくりと開いた。

私が座っているののすぐ隣の枝、そこに飛び乗ってきた何者かの気配に気が付いて。


「よぉ? こんな雨の中傘も差さんと何しとんねん?」


その男は、先程と同じ軽い調子で私に話しかけて来た。

…………この雨の中、私の気配を察知して追いかけて来た?

だとすれば、この男は思っていた以上の使い手ということ。

…………ああ、不愉快だ。

どうしてあの女はこうも、世界に愛されているのだろう。


「…………私の忠告を聞いて無かったのかしら? 次はないと言ったはずよ?」


語気を強めてそう言った私に、その男はなお笑顔を崩そうとはしなかった。


「生憎と聞き訳の悪い上にお節介な性分でな。事情聞いたら、なおのこと引き下がれんようになってもうたわ」

「…………そう。あの女、本当に不愉快なことをしてくれるわね」


恐らく楓は、父の最期を、里の掟を、無関係なはずのこの男にしたり顔で話してやったことだろう。

つくづく不愉快な女だ。


「けれど、それなら話が早くて助かるわね。分かったでしょう? これは私と楓の問題よ。たまたま居合わせただけのあなたに、首を突っ込まれる筋合いはないわ」


立ち上がった私は、男を睨みつけながらそう言い放つ。

ようやく男の表情は、飄々とした笑顔から真剣なもの…………毅然とした武芸者のものへと姿を変えた。


「お節介や言うたやろ? 引き下がるつもりはあれへん。いざとなったら、力尽くにでも自分を止めたる」


そう言って、男は左手にしていた日本刀の柄に右手をかける。

…………どうやら、闘わずに済む様子ではなさそうね。


「はぁ…………不愉快だわ。無関係な人間を傷付けたくはなかったんだけど…………私には時間がないの。悪いけどその命、ここで貰い受ける」


左胸に仕込んだ呪符は、残り一昼夜もあれば、この身体を喰い尽すだろう。

そうなる前に、私は何としても、楓を仕留める必要があった。

全身を気で強化し、手には無数の苦無を握る。

いつ何時でもその男を殺せるよう、私は身構えた。


「ストップ。闘り合う前に、1つだけ聞きたいことがあんねん」


相も変わらず、場にそぐわない軽い調子で男はそう尋ねて来た。

私の殺気にすらまるで動じていない様子の男に毒気を抜かれてしまう。

溜息とともに構えを解きながら、私は男に問い掛けた。


「…………何かしら?」

「自分は殺されたお父んが、本気で復讐なんて望んどると思っとるんか?」



―――――ギリッ…………



男の台詞を聞いた瞬間、私の口内に充満する鉄の匂い。

強く歯を噛み締めたせいで出血してしまったようだ。

けど、そんなことどうでも良かった。

この男が口にした、不愉快な問い掛け。

それは瀕死の楓が口にしたのと同じ、私にとって何よりも許し難い問い掛けだった。


「不愉快だわ…………ぽっと出のあなたに、父を語られたくなんてないっ!!!!」


怒号とともに、私は手にしていた全ての苦無を男へ向かって投げ放つ。



―――――ガキキキキィンッ



男は手にしていた日本刀を抜き放つと、一見して洗練されていると分かる腕前で、全ての苦無を叩き落として見せた。


「…………そらスマンかったな。まぁ、端から口で済むとは思ってへん。俺もあんたも武人や。語りたいことは…………」


獰猛な笑みを浮かべ、男は刀の切っ先を私に向けて掲げる。



「―――――コイツで語るとしようや?」



SIDE Momiji OUT......










―――――キィンッ、ガキィンッッ



「重たっ…………!? 投げてんのホンマに苦無かいなっ!?」


後方から放たれる苦無を叩き落としながら、俺は速度を緩めずに走り続けていた。

さすがに世界樹の広場で派手にやり合う訳にもいかないからな。

現在俺は女子校エリア外れの林に向かって疾走している。

恐らく弥刀も俺の意図には気付いているだろう。

それでもついて来てるってことは、周囲を巻き込みたくないって言葉は真実なのだろう。

…………しかし、どうしたものか。

言葉での説得は無理と見て、一先ず力に訴えてみたものの…………。

どうやって彼女を説得すれば良い?

恐らくは力で捩じ伏せたところで、彼女の憤りは収まることは無いだろうし、むしろ下手に追い詰めて自棄になられると困るのはこっちだ。

そもそも直接戦闘力というか、気の出力自体は圧倒的に彼女の方が上。

このまま逃げ続けていても埒が明かないどころか、俺の敗北は必至だろう。

…………む、何気に八方塞がりか?

そんなことを考えながらも、俺は必死で走り続ける。

足を止めれば即ち、それは敗北に直結する。

立ち止まる訳にはいかなかった。

そうして5分程走った頃だろうか。

ようやく見えた学園外れの雑木林。

瞬動術を用いて一足に飛び込む俺。

その後ろに張り付くようにして、弥刀も林へと飛び込んできた。


「もう追い駆けっこは十分でしょう? そろそろ幕を引かせてもらうわっ!!!!」


その言葉と同時に、一瞬にして16に増える彼女の気配。

密度こそまばらだが、どれも攻撃力を持った彼女の影分身だろう。

頬を一筋、雨に紛れて冷たい汗が滴る。

だがそれと同時に、俺の頬は獣染みた笑みに釣り上がっていた。

…………この感覚も久しぶりだな。

強敵との戦闘で、自分自身が研ぎ澄まされていく快感。

不謹慎だとは思いながらも、逸る鼓動を抑えられない状況。

封印の箍が緩んだことで、狗族本来の闘争本能が目覚めつつあるのだろう。

この極限の状態でなお、それを愉しんでいる自分が居た。


「ははっ…………本当にどうしようもないなぁ俺は」


一瞬たりとも気の抜けない状況で、口をついで出たのはそんな軽口。


「こいや抜け忍。お前の力…………しかと受け止めたるっ!!!!」


俺が叫んだと同時に、一斉に襲い掛かる弥刀の分身たち。

放たれる苦無を叩き落とし、忍者刀で斬りかかって来る分身を斬り捨て、大手手裏剣で突っ込んでくる分身と鍔迫り合い、押し返す。

獣の本能のまま、放たれる攻撃の全てを捌き切る。

息を吸うことすら許されぬ、瀑布のような攻撃の嵐。

その渦中にあってこそ、俺の頭は冴えわたっていく。


「ちっ…………往生際の悪いっ…………!!」


身体能力で差のあるはずの俺に、ここまで手こずったことで焦りを覚えたのか。

舌打ちとともに3体の分身が同時に突っ込んでくる。

手には先程同様、おびただしい数の苦無。

これはさすがに捌き切れない。

ならば…………全てをかわせば良いだけのこと。

鍔迫り合いしていた分身を蹴り飛ばし、俺はその場でぐっと腰を低く落とし両足に力を込めた。


「―――――歩法、舞姫!!」



―――――ドォンッ



「っ、何っ!!!?」


驚愕の声を上げる弥刀。

恐らく彼女には、俺が突如として姿を消したように見えたに違いない。

これは並みの瞬動術とは訳が違う。

俺との稽古の中で霧狐が見せた彼女オリジナルの歩行技術。

縮地无疆と同等の加速力を持ちながら、通常の瞬動術以上の機動性を持つこの技に、初見で追い付ける人間はそういまい。

…………ジャック・ラカンとかは別な? あれ人間じゃねーし、バグキャラだし。

それはさておき、最初に霧狐からこの術の使い方を聞いたとき、俺は耳を疑った。

雷速瞬動とはいかないにしても、相当の加速と機動を併せ持つこの技。

余程高度な気の制御が必要だと思っていたが、その実、この技はこれでもかという程の力技だった。

縮地无疆は小回りが利かない。

その理由が分かっていながら、何故多くの人間が、その壁を打ち破れないのか。

それは単純に、縮地无疆の加速を急激に止めれるだけのブレーキを人間は持たないからだ。

ならばそのブレーキさえあれば、爆発的な加速と機動性を両立出来るという話。

それに気付いた霧狐は、あろうことか縮地无疆の加速中…………未だ減速しきっていない最大速度時に、重ねて縮地无疆を使用するという無茶をやってのけていたのだ。

話だけ聞けばそれだけのことと、そう思うかもしれない。

しかしそれは、正直命懸け過ぎる大バカ者の所業だ。

何せ踏切のタイミングをコンマ1秒でもしくじれば、片足を失うどころか、悪くすれば死んでしまう。

原作でただのネギが瞬動術をしくじっただけで、盛大に吹っ飛んでいた光景を覚えているだろうか?

あれ以上の衝撃が身体を襲うのだ。恐らく人間には不可能だろう。

故にこの歩法・舞姫は、妖怪かそれに殉ずる強靭な肉体を持つ者にしか操れない。

そして半妖である俺ですら、この技をきちんとした形に出来るまで3ヶ月を要した。

…………霧狐に内緒で練習してて、エヴァの別荘で瀕死の重傷を負ったのは皆と俺との秘密だ。

しかしこの舞姫、それ故に使用できればかなりのアドバンテージとなる。


「くっ、捉えられないっ!!!?」


雑木林の中を縦横無尽に駆け巡る俺に、ただただ翻弄され狼狽する弥刀。

舞姫は使用してしまえば最後、敵に1撃貰うか、自らの体力が尽きない限り加速を続ける。

何度も言うが、雷速瞬動程ではないにしろ、今この戦場で、弥刀は完全に『迅さ』というアドバンテージを失ったのだ。


「鬼さんこちら~、ってなぁ!!」

「っっ!? このっ、人をおちょくってぇっ!!!!」



―――――ヒュンヒュンヒュンッ…………



彼女が投擲する苦無は、尽く俺の残像を射抜くばかりで、決して俺自身を捉えることは出来ない。

いかに彼女が外法で気の出力を強化し、身体能力を底上げしていようと、半妖である俺には及ばない。

故に今、彼女が俺に追いつくことは出来ない。

暗雲垂れこめていた先行きに、一条の光が差し込む。


「くっ…………!! 本当に不愉快な男ね…………けど、こんなところで遊んでる暇はないのよっ!!!!」


残っていた弥刀の分身5体が、背中合わせに円陣を作る。

分身と弥刀は、一様に無数の苦無を携えていた。


「私の敵は…………あんたなんかじゃないっ!!!!」



―――――ヒュンッ



一斉に統合される数十の苦無。

四方八方にばら撒かれたそれに死角は無いかのように見える。

なるほど、俺を捉えられないなら、見える範囲全てを攻撃すれば良い。

下手な鉄砲数打ちゃ当たるってか?

しかし甘い。

一見して死角が無いように見える今の攻撃。

しかしそれも、決して死角が無い訳ではない。


「手応えがない…………? っっ!? まさかっ!!!?」


ばっ、と一斉に天を仰ぎ見る5人の弥刀。

彼女の目に映ったのは、曇天の空を背に、刀を翻す死神の幻視。


「―――――真上ががら空きやでぇっ!!!!」



―――――ザシュッ



一刀の元、残る4体の分身全てを切り裂く。

弥刀は驚愕に表情を凍りつかせながらも、的確な判断でその場を大きく飛び退いた。

しかしそれも、俺も計算通りの行動。

弥刀が分身を密集させた時点から、既に彼女は俺の掌で踊っていたのだ。

これが次なる俺の一手。

スペックで上回る者を、いかにして倒せば良いのか。

そのためには、知恵を絞り、策を張り巡らせる外に術は無い。

達人は相手の千手先を読むとさえ言われるが、その言葉通りの達人になるには、多くの実戦経験が必要となる。

方や裏の世界を脱して、日の下で生きて来た弥刀。

方や裏の世界を望み、その世界で闘い続けて来た俺。

実践経験では、俺が圧倒的に勝っていた。


「逃がさへん…………これでしまいやぁっ!!!!」


咆哮と同時に、俺は弥刀目がけて疾走する。


「っっ!? くっ、来るなぁっ!!!!」


―――――ヒュンッ、ヒュンッ


焦りか恐怖か。

どちらにせよ、平静を失った弥刀。

そんな彼女が放ったのは、先程と打って変わり、僅か2本だけの苦無だった。

恐らく、先程までの攻防でほぼ全ての苦無を投げ切ってしまったのだろう。

そしてこの状況も、須らく俺の思惑通り。

俺は迫り来る一対の凶刃を然りと視界に捉え…………。



―――――ザシュッ、ガシュッ



「っっ!? どうしてっ…………!?」


驚愕に悲鳴染みた声を上げる弥刀。

そして彼女の疑問が示す通り、俺は自らを襲った2本の苦無を避けなかった。

俺と弥刀の距離はおよそ5m。

この間合いでは、苦無を避けても叩き落としても、彼女にとって十分な隙を与えてしまう。

つまり黙って苦無を喰らう以外に、方法はなかった。

それに…………。


―――――殺意の無い攻撃など、避ける必要が何処にある?


放たれた苦無の内、一方は左の二の腕に、もう一方は右の太ももに突き刺さっていた。

どちらも致命傷にはなり得ない部位だ。

本当にあの局面で俺に隙を作らせたいのなら、彼女は頭か心臓を狙うべきだったはず。

それを例えかわされる、打ち落とされると分かっていても、弥刀は殺意を持って苦無を放つことが出来なかったのだ。

今の2本だけではない。

弥刀の攻撃には最初から、殺意なんて一片も見えなかった。

彼女はずっと、無関係な人間を傷付けたくないと言っていた。

復讐のため外法に手を染めようと、その心まで邪に染めることは出来ない。

ましてや、彼女が敬愛する父は、生きるために他を虐げることを厭い、命を張って里にその道を示した。

その娘である彼女が、目的のために他を虐げることなど、出来る筈がない。


「くっ…………!!」


慌てて、懐から新たな得物を取り出そうとする弥刀。

しかしもう遅い。

俺の手は、既に王将を捉えている。



―――――ヒュンッ



「っっ…………!?」


刀の切っ先を弥刀の喉へ突き付けて、俺は再び獣染みた笑みを浮かべていた。


「…………勝負ありや。これ以上続ける気ぃなら、さすがに腕の一本くらいは…………」


脅迫染みたことを口にしようとして、俺はすぐに出かかっていた台詞を飲み込んだ。

弥刀が最後に取り出そうとした得物。

その見覚えのある意匠に、語る言葉を失ったから。



―――――チャキ…………



刀身に付いた雨垂れを一払いし、俺はベルトに差していた鞘に、刀を収めた。


「…………何のつもり? 止めを刺さずに勝った気なの? 本当に不愉快な男…………」


悔しさに表情を歪めながら、忌々しげに吐き捨てる弥刀。

俺は彼女を一瞥し、左腕に突き刺さった苦無を抜きながらそれに応えた。


「別に勝ち負け決めるために自分と闘った訳やない。俺はただ、自分が何を考えとるんか知りとうて剣を交えただけや」


もっとも、弥刀が使ってたのは主に苦無でしたけどね。

太ももに刺さった苦無を、同じように抜き取る。

それを投げ捨てて弥刀の顔を見ると、本当に不愉快そうに眉根を寄せていた。


「…………それで? 私の考えが分かったから、刀を収めたって言うの? 闘ってみただけで、他人の事を全部分かった気になってるって訳? 不愉快極まりないわ」

「あんま不愉快不愉快連呼すんなや。ほんまに人生楽しなくなるで?」


軽口を叩いた俺に、弥刀は一層眉間の皺を深くした。


「それで結構よ。これ以上、父の仇と同じ空気を吸って生きるくらいなら、私はいっそ…………」

「…………ホンマにそう思とるんか?」

「…………どういう意味かしら?」


俺の言葉に、弥刀は語気を荒げて尋ね返した。

身を潜めていた彼女の怒気が、再びその炎を滾らせている。

しかし、彼女の深淵の覗いた今の俺が、その炎にたじろぐことなどなかった。


「ホンマに楓のこと、殺したいくらいに憎んどるんか? 自分はただ、父親を失うた悲しみを、復讐心にすり替えて自分を保っとっただけと違うんか?」

「…………不愉快ね。ふざけたことを言わないでくれる? 私は、そんな弱い人間なんかじゃないっ!!」


顔の半分を覆っていた仮面をかなぐり捨て、怒りをむき出しにそう叫ぶ弥刀。

今にも掴みかかって来そうな彼女に、俺はその言葉を口にした。


「やったら…………何で自分は、その苦無を後生大事に持っとんねん?」

「っっ!?」


はっきりと弥刀が息を呑む。

たじろいだ彼女の忍び装束。

その懐から覗いたのは、楓が俺に見せたのと同じ、深紅の紅葉が彫刻された苦無だった。

本当に楓を殺したいのなら、その楓との絆である苦無を、そんな大切に持っている訳がない。

極限まで追い詰められた状況で、最後に手にする得物が、その苦無である訳がない。

にも関わらず、彼女が最後の最後で縋ったのは、幼い日に親友と自身を結びつけていた、その苦無だった。


「…………んな、そんな…………私、どうして…………?」


懐からその苦無を取り出し、呆然とそれを見つめながら、弥刀はぽつりぽつりと呟いた。


「もう一度だけ聞いとくで。自分の親父さんは、ホンマに復讐なんて望んどったんか? 親友に裏切られて、無念のうちに死んでいったんか?」

「っっ…………!?」


さらに追い打ちをかけるような俺の問いに、呆然としていた弥刀は我に返ったように顔を上げ叫ぶ。


「と、当然じゃないっ!! 父上は親友だったあの男に裏切られて、降りしきる雨の中で冷たくなっていった!! その死に顔をはっきりと覚えているもの!! 父上は…………!!」


そこまで言いかけて、再び弥刀は息を呑んだ。

そして、ゆっくりと膝を折り、崩れ落ちるようにして地面に座り込む。


「…………どんな死に顔やったんや?」


穏やかな声で尋ねた俺に、弥刀は絞り出すようにしてこう呟いた。


「不愉快な…………本当に不愉快なくらいに、晴れがましい笑顔だった…………」


項垂れる弥刀からは、先程までの闘気も怒気も一切感じられない。

ようやく、彼女は自らの過ちに気が付いたのだろう。

父を失った悲しみから逃避するあまり、父の最期を塗り替え、復讐のために強くなることで、彼女は自分自身を保っていた。

しかしそんな生き方をすれば、いつかどこかで擦り切れてしまう。

そうなる前に、俺はどうにか彼女を救うことが出来たらしい。

小さく笑みを浮かべて、俺は大仰に溜息を吐いた。


「ほな、行こか?」

「行くって、どこに…………?」


呆然と俺を見上げた弥刀に、笑顔を浮かべて俺は応える。


「楓んとこや。喧嘩したら仲直りすりゃ良えねん。それが友達っちゅうもんやろ?」

「…………」


しかし弥刀は、そこから動こうとはしなかった。

再び俯き、精魂尽き果てたような擦れ声で彼女は呟く。


「出来るわけ、ないじゃない…………私は、あの子を殺そうとしたのよ…………? 許されて、良い筈がない…………」


それは当然の言い分だった。

しかし楓は、彼女を恨むつもりなどきっとない。

きっと彼女もまた、謝りたいと思っているに違いない。

弥刀が里を抜けた時、本当に彼女に伝えたかった言葉を伝えられず、今もまだ楓は後悔している。

それを俺が伝えるのは少し反則が過ぎる気もしたが、降りしきる雨の中、これ以上女の子を雨に曝すのも忍びない。

俺は意を決して、その言葉を伝えることにした。


「俺らに事情を話してくれたときな? 楓、その苦無のこと懐かしそうに、愛しそうに眺めとったで? …………きっとあいつは、自分が里を抜けたとき、ホンマはこう言いたかったんとちゃうかな?」

「え…………?」



―――――ザーーーー…………



降りしきる雨音に遮られぬよう、俺は彼女と目線を合わすように屈んで、その言葉を告げた。



「―――――例えこの身が傍に無くとも、この志は常に共に。」



「っっ…………!?」


瞬間、弥刀の双眸からは、関を切ったように大粒の涙が溢れ出していた。


「覚えてて、くれたっ…………ずっと、傍にいて、くれたんだっ…………!!」


溢れ出した感情を、もう自分では止められないのだろう。

両手で口元を押さえながら、弥刀は声にならない慟哭を零し続けた。


「…………ごめっ、なさいっ…………楓っ、私っ…………!!」

「…………」


泣きじゃくる弥刀の頭にそっと手を置き、俺は静かに黒く染まった曇天の空を仰いだ。

どれだけ雲が厚かろうと、どれだけ雨が激しかろうと、いつか必ずまた太陽が、月が顔を出す瞬間は訪れる。

楓と弥刀、二人の間に降り続いていた雨は今この瞬間、晴れ渡る青空か、月光が照らす星月夜に姿を変えたことだろう。

俺は自然と笑顔を浮かべていた。

…………さぁて、帰るとしましょうかね?


「ほな行くで? あんまし女の子が身体冷やすもんや…………」



―――――ドシュッ…………



「な、い…………?」


一瞬、何が起こったか分からなかった。

しかし次の瞬間、腹部を襲う灼熱のような痛みで理解する。

俺、もしかして、刺された?

一体、誰に…………?

そんなの、この場には俺ともう1人しかいないのだ。

考えるまでもない。

理性で分かっていても、感情がそれを否定する。

しかし、視界に飛び込んできた情報、それを否定する術を、俺は持たなかった。

見下ろした俺の腹、そこには…………。





―――――俺の腹に突き刺さったくだんの苦無と、それを握りしめる弥刀の右手があった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 60時間目 意趣遺恨 良かった…………最後の最後で役に立って、本当に良かった
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/18 00:21



「く、ぁ…………!? み、弥刀…………!?」



―――――ブシュッ…………



「ぐぅっ!?」


答えることなく、弥刀は俺に突き刺していた苦無を、有無を言わさず引き抜いた。

くそっ!? 一体何がどうなってんだっ!?

彼女が流していた涙は、紛れもない本物の涙だったはずだ。

それが、何故こんな…………。

傷口を抑えてよろめく俺。

そんな俺の様子を余所に、ゆっくりと立ち上がった弥刀。


「な、何でこないなことを…………? 自分、一体…………っっ!?」



―――――ヒュンッ



「っっ!?」


振り下ろされた弥刀の苦無を、咄嗟に飛び退くことでかわす。

今の一撃…………さっきまでの弥刀に無い、明確な殺意がこもった一撃だった。

しかしおかげで、ようやく全ての疑問が氷解した。


「…………なるほど、自分が弥刀の召喚した妖怪っちゅう訳かいな?」


俺の言葉に、ゆっくりと顔を上げる弥刀。

その瞳には光が無く、一見して彼女には意識がないと分かる。


『…………随分と余計な真似をしてくれたものだな、小僧』

「っ!?」


思わずぎょっとした。

弥刀の口から発せられた言葉は、明らかに彼女とは別人のもの。

否、人のものではない。

腹の底まで響く不快な低音。

そして何より、存在そのものがまるで異質だと手に取るように分かるその声の主。

…………弥刀のやつ、よりによってかなり厄介な部類の妖怪を召喚したらしい。


「いや…………妖怪っちゅうより、呪いの類っちゅうた方が正解か?」


今の弥刀から発せられる気配は、近付くだけで周囲の者に不快を与えるほどに混沌としている。

かつて近衛の本山で、後学のためにと見せてもらった蟲毒の儀式。

あれを彷彿とさせる不快感が込み上げて来て仕方がない。


『ほう? 博識だな小僧。そなたの言う通り、『我ら』は妖怪に非ず、言うなれば怨念そのものよ』

「我ら、やと…………?」


弥刀の中に巣食ってんのは1匹じゃねぇってことか?

だが、言われてみれば納得だ。

1匹にしては、このざわざわする気配が濃過ぎる。

それに、怨念そのものってのは聞き捨てならない。


「自分ら、一体『何』なんや…………?」


俺の言葉に、弥刀の身体を乗っ取った『そいつら』は、ニヤリと三日月に口を歪めて哂った。


『我らは怨念そのもの。故に名も、姿さえも不確かなもの…………そうさな。言うなれば我らは…………』


そいつは弥刀の胸に貼りついていた呪符を強引に引きはがすと、それを彼女の顔の前に掲げて告げた。


『―――――我らは、無念の内に朽ちていった者たちの代弁者だ』


その瞬間、呪符は紫暗の炎に焼き尽くされ、無数の黒ずんだ骸骨が弥刀の周囲に殺到した。










古今東西、骸骨を模した妖怪というものは後を絶たない。

この日本という極東の島国の中でさえ、その存在は多くの文献の中に現れている。

有名どころといえば水木 しげるの創作として知られるがしゃどくろだが、それ以外にも古くからこの国には骸骨の姿をした妖怪が知られている。

古くは日本書紀に登場する千五百の黄泉軍(チイホノヨモツイクサ)に始まり、狂骨、骨女などなど…………。

まさに枚挙に暇がないほど、骨を模った妖怪というものは数多く存在する。

しかしその多くは実体のない、中身の伴わない伝承にしか登場しない。

その妖怪の特徴や、一体どんな由縁を持つ妖怪なのか、多くが謎に包まれていることが多い。

だがたった1つだけ、その妖怪たちに共通する特徴がある。

それは…………。



―――――強い怨念が形作った存在であるということだ。



…………なるほどな。

確かにこいつは、復讐のために呼び出す妖怪としてはうってつけかも知れない。

何せ存在そのものが恨みの塊。純度100%の怨念だ。

弥刀のように恨みを晴らしたいと願ってる人間は、こいつらにとって何よりの御馳走だろう。


『この娘のおかげで随分力を付けることが出来た。あと僅かで、魔界に残された者たちを呼び出すだけの力が集まるはずだったというのに、ようも邪魔してくれたのう?』


感情の映らない虚ろな瞳で、そいつらは俺を睨みつけた。

弥刀はこいつらを利用するつもりが、逆に利用されちまってたってことか。


『あれだけ心地良い怨念を放っておったこの娘の心から、すっぽりと恨みが抜け落ちてしもうた。…………まぁ良い。身体は手に入れた。これからゆっくり時間をかけて、この小娘の心に再び復讐の炎を灯すとしようぞ』



―――――カカカカカカッ!!



弥刀の身体が笑うと、周囲の骸骨達は共鳴するかのように、かたかたと顎を鳴らした。

薄気味悪い光景に吐き気を催しそうになる。

しかしそれ以上に、俺の血管は今にも破裂しそうだった。


「そないなこと、俺がさせると思うんか? 貴様らまとめて、俺が魔界に送り還したる!!」


ようやく父の真意に気付き、楓の手をもう一度取ろうと思い始めていた弥刀。

こいつらを呼び出したのは確かに彼女の自業自得かもしれない。

しかしそれでも、彼女を復讐の鎖に捉え続けようとするこいつらに、俺は我慢がならなかった。

再び日本刀を鞘から抜き放つ俺。

そいつはの様子を見て、骸骨達は笑うのを止めた。


『小僧、正気か? その傷は浅くは無いぞ? まぁ無傷であろうと、貴様ごとき矮小な生き物に、我らを止められるとは思えんがな』


弥刀の身体を乗っ取った奴が、嘲笑とともに言い捨てる。

腹の傷は、どうやら太い血管を傷つけているらしく、先程から出血が止まらない。

滴り落ちる血は、いつのまにか俺の足元に深紅の水溜りを作っていた。


「はっ。舐めんなや、妖怪。 こちとらちぃっと血の気が多過ぎてなぁ。少しくらい抜いた方が調子が良えくらいや」 


見え見えの強がりだったが、それでも黙って指咥えてるよりよっぽどマシだ。

抜き身の刀身を再び弥刀に突きつけて、俺は口元に凶暴な笑みを浮かべた。


『カカッ…………良かろう。貴様の怨念は我らにとって良い肥やしになりそうだしのう』

「…………」


そいつの放った一言に、無意識の内に眉が跳ねる。


『言うたであろう? 我らは怨念そのもの。貴様の内に眠る強い復讐の炎に、気付かぬ道理がどこにあろう。カカッ…………滑稽よな? 復讐のために生きる者が、復讐心そのものである我らと闘おうとは』



―――――カカカカカカッ!!



再び骸骨たちは一斉に哂い声を上げた。

そう、こいつらの言う通り、今の俺があるのは間違いなく兄貴への復讐心があったからだ。

奴を殺すため、奴より強くなるために、俺は自らを鍛えこれまでを生き抜いて来た。

だが俺がこの世界で、この人生で得たものは、そんな黒ずんだ復讐心ばかりではない!!

俺はさらに雄々しく力強く、獰猛な犬歯を露わにして笑みを浮かべた。



「―――――貴様らみたいな腐れ骸骨と一緒にすんなや。俺は復讐のために強なったんとちゃう。ダチ公護るために強ぉなったんや!!!!」



俺の咆哮と同時に、再び鳴りやむ骸(ムクロ)たちの笑い声。

同時に膨れ上がる、千にも及ぶ濃密な殺気。


『…………良かろう。この世に怨念に勝る力等ないこと、その身をもって学ぶが良い!!!!』


その瞬間、かくんと糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる弥刀の身体。



―――――ガチガチガチガチガチッ



そして不快な音を響かせながら、崩れ落ちる弥刀の身体に殺到する骸骨達。

またたく間に弥刀の身体を飲み込んだ奴らは、次の瞬間には体長30mはあろうかという巨大な骸骨に姿を変えていた。



『『『『『―――――行くぞ、小僧。貴様の恨み、骨の髄までしゃぶりつくしてくれよう!!!!!!』』』』』



―――――ガチガチガチガチガチッ!!!!



巨大な骸が、その顎を鳴らし不快な哂い声を響かせる。

元より、こっちは取り込まれた弥刀を取り戻すつもりだったんだ。

今更その姿かたちが多少変わろうと、大した問題じゃない。

獰猛な笑みを浮かべ、俺は骸骨目がけて駆け出した。











融合し一体となった無数の骸骨。

初めは、何より目を引くその巨大さこそがこいつの恐ろしさだと、そう考えていた。

しかし…………。


「―――――はぁぁあああっ!!!!」


―――――ガキィンッ…………ガチガチガチガチガチッ


「―――――せぇいっ!!!!」


―――――ガシャンッ…………ガチガチガチガチガチッ


「―――――そぉいっ!!!!」


―――――ガキィンッ…………ガチガチガチガチガチッ


何度斬りつけても、またたく間に元の形に再生する巨大骸骨。

こいつの本当の恐ろしさは、その巨大さよりその再生速度にあった。

くそっ!! これじゃ埒が明かない…………!!

止まらない出血のせいで、次第に覚束なくなる足元。

何より、奴らに取り込まれた弥刀の身を案じて、焦燥感ばかりが募っていく。


『『『『『カカカカカカッ!! 無駄よ無駄よ!! 我らは一にして全!! 全にして一!! 何度砕かれようが、一体でも残っておる限り、我らは不滅よ!!!!』』』』』



―――――ガチガチガチガチガチッ!!!!



こちらの焦りを煽るように、不快な哂い声を上げる骸骨。

ちっ…………!! これ以上手間取ってる訳にはいかないってのに…………!!

失血により、徐々に霞み始める視界が、俺に残された時間の少なさを嫌でも自覚させる。

闘う力が残されている内に、せめて弥刀を助け出さなければ、彼女はまた、復讐の炎に駆られてしまう。

…………迷ってる暇はない!!


「―――――うぉぉぉぉおおおおおっ!!!!」


咆哮と同時に、俺は再び歩法・舞姫によって加速する。

周囲の景色を置き去りにし、向かうは巨大骸骨の頭蓋骨。

がたがたと不快な音を立てる無数の骸、その音に掻き消されそうなか細い音で聞こえる僅かな鼓動。


―――――ドクン…………


それは紛れもなく、弥刀の鼓動だった。


『『『『『おのれ、ちょこまかと往生際の悪い…………!!』』』』』


加速する俺を捉えようと、腕を出鱈目に振りまわす巨大骸骨。

木々を薙ぎ倒し、大地を抉るその巨腕は、されど俺を捉えることは出来ない。

その隙を付き、俺は一足に頭蓋骨へと跳躍した。


「弥刀ぉっ!!!! いつまでもそんなとこで寝てんなやっ!!!!」


刀を大きく振りかぶり、刀身に気を集中させる。

彼女の傷付けないよう細心の注意を払いながら、俺は刀を振り下ろそうとした。

しかし…………。



『『『『『―――――抜かったな、小僧!!!!』』』』』



―――――ガラァンッ…………



「っ!? 何やとっ!!!?」


俺の刀が振り下ろされる瞬間。

音を立ててばらばらに崩れる骸骨たち。

一瞬、奴らに捕らわれていた弥刀の姿が目に入り思考が止まる。

その予想外の状況に、俺の刀はただ空を切るしかなかった。

そして背後に迫る濃密な殺気。

咄嗟に身体を捻ろうとするが、間に合わない。

俺は腹部に強烈な一撃を受け、盛大に地面へと叩きつけられた。


「ぐぅっ…………!? がふっ…………!?」


どこか内臓をやられたのか、咳き込んだ俺の口からは、鮮血が零れ落ちる。

また、腹部に攻撃を受けた所為で広がった傷口からは、おびただしい量の血液が流れ落ちていた。

霞む視界を上に向けると、そこには再び巨大な骸骨となった奴らの姿があった。


『『『『『言うたであろう? 我らは全にして一。身体を砕き再び集めることなど造作もない』』』』』



―――――ガチガチガチガチガチッ!!!!



けたたましい哂い声を上げる巨大な骸。

俺は血溜まりの中、何とか立ち上がろうともがくが、ぼろぼろになった四肢には、塵芥程の力さえ入らなかった。


「…………くそっ、たれ…………!! …………俺、は、こんな、とこで…………!!」


それでもなお、立ち上がろうと足掻く俺。

その鼓動に合わせて傷口から幾度となく出血するが、それでも構わず、俺は何とか立ち上がろうとあがき続けた。


「ぐっ、げほぉっ…………!!!?」


口内に広がる鮮血の味。

その血反吐を吐き捨てて、俺は有らん限りの力で叫んだ。


「弥刀ぉーーーーっ!!!! 聞こえとるんやろうっ!!!? さっさと目ぇ覚まさんかいっ!!!!」


力を入れた所為で、再び傷から吹き出す血液。

にも関わらず、返ってきたのは骸骨達の嘲笑だけだった。


『『『『『無駄だ小僧。娘は完全に我らが手中。貴様の声など届きはせぬ』』』』』



―――――ガチガチガチガチガチッ!!!!



「…………く、そが…………」


震える四肢で、何とか立ち上がろうとした俺だったか、上体を起こすことすら叶わず、再び血と雨の混ざった泥に崩れ落ちた。


『『『『『もう十分であろう? 貴様も小娘同様、我らの糧となるが良い』』』』』


ゆっくりと伸ばされる、巨大な骸骨の腕。

緩慢な動きのそれすら、今の俺にはかわすことが出来ない。

…………こんなところで、死ぬ訳にはいかないってのに…………!!

歯を食いしばって、必死で立ち上がろうとする。

しかし、ようやく片膝を着いたときには、既に骸の腕が眼前に迫っていた。


「っっ…………!!!?」


思わず両腕で防御の姿勢を取る。

しかしその程度、この巨体の前には何の意味もなさないだろう。

そう思った矢先だった。



―――――ヒュンッ…………ガキィンッ!!!!



『『『『『―――――っっ…………!?』』』』』



骸の群れが息を飲む気配とともに、俺に迫っていた巨大な腕は、その中ほどから見事に切断されていた。



―――――ザッ…………



その直後、骸から俺を庇うように立ちはだかった人影。

見覚えのあるその後ろ姿に、俺は思わず笑みを浮かべた。


「すまない小太郎殿。せっかくの厚意でござったが、じっとしているのは性に合わなかったでござる。しかし…………」


勿体ぶって言葉を区切り、そいつは上半身だけで振り返る。


「…………この状況、拙者の助太刀が必要でござるかな?」



―――――ヒュンッ…………トスッ…………



空を切り、返ってきた大手手裏剣を受け止めて、楓は頼もしい笑みを浮かべて見せた。










「それにしても…………あの化け物は一体?」


斬り落とされた腕を復元している骸骨を眺めながら、当然の疑問を口にする楓。

俺は刀を杖代わりに、どうにか立ち上がってその疑問に答えた。


「弥刀が召喚した妖怪や。説得は成功したんやけど、そこであいつが弥刀の身体を乗っ取ってもうてな。弥刀は今、あいつの頭蓋骨に捕まっとる」

「何と…………!?」

「ついでに言うとあの化けモン、少々砕いてもすぐ元に戻ってまう。倒すためには、全部まとめて消し飛ばすだけの気力か魔力が必要や」

「それはまた…………少々反則が過ぎるでござるな」


俺が告げた絶望的な状況を知ってなお、楓はのほほんとした笑みを浮かべてそう答える。


「状況は把握したでござる。あれを消し去る術がない以上、今は紅葉の救出が最優先…………後は拙者に任せるでござる」


大手手裏剣を握り直すと、楓は骸骨に向き直り、跳躍するため体勢を低くした。


「おっと、その前に…………小太郎殿、紅葉を最後まで見捨てないでくれたこと、心より感謝するでござるよ」


そう言い残して、楓は腕の再生を終えた骸へと弾丸のように跳躍した。

普段なら足を引き摺ってでもそれに付いて行くところだが、今の俺にはそんな力は残っていない。

俺はただ楓を信じてその背中を見送った。


『『『『『貴様、この娘の仇か? 愚かな…………今更貴様に、出来ることなど何一つないわ!!!!』』』』』

「それはどうでござるかな?」


楓に伸ばされる巨大な腕。

それが彼女の身体を捉える瞬間、楓の身体は16体に分身した。

分かれた分身15体は、巨大髑髏に向けて同時に鎖分付きの大手手裏剣 を放つ。

狙い違わず放たれた鎖は、骸骨の巨体を見事に絡め取っていた。


『『『『『ぐぅっ!? おのれ小娘!! この程度で、我らを仕留められると思うたかっ!!!!』』』』』


自らの身体を封じた鎖を、力任せに引き千切ろうともがく巨大骸骨。

それに引きずられそうになりながら、楓の分身たちは必死にその鎖を引く。

その隙に乗じて、楓の本体は頭蓋骨へと虚空瞬動で跳躍した。


「拙者の親友を返してもらうでござる…………さぁ紅葉、いい加減に目を覚ませ!!!!」



―――――ガキィンッ…………



振り抜かれた大手手裏剣は、見事巨大骸骨の額に一筋の亀裂を描いた。


『『『『『カカカカカカッ!! 道理を解さぬ愚か者共め!! 怨念そのものである我らが体内にある小娘に、貴様らの声など届く訳などないと、まだ解らぬか!!!!』』』』』


その状況下でなお、ガタガタと嘲り哂う骸の群れ。


「…………それはちゃうで?」

『『『『『何…………?』』』』』


俺は足を引きずりながら、着地した楓の傍らに近寄り、骸骨へと言い放った。


「…………どんだけ深い闇ん中でも、どんだけ絶望的な状況でも、心底信じたダチの声っちゅうもんは、絶対に聞こえるもんや」


その言葉に同調するように、楓も笑みを浮かべて告げる。


「紅葉は飼い犬に手を噛まれて黙っている程、大人しい娘ではないでござるよ」


そんな俺たちの言葉を受けて、骸の群れはなお嘲りの哂いをがたがたと響かせた。


『『『『『カカカカカカッ!!!! 世迷言を!!!! 現に小娘は今なお我らの呪縛に捕らわれ…………』』』』』



―――――ピシッ…………



その瞬間、大口を開けて哂う骸骨の額、楓が付けた一筋の亀裂から、無数のヒビが広がった。


『『『『『な、何だ!? これは一体…………!!!?』』』』』


想定外の事態に、狼狽する巨大な骸。

その頭部の亀裂は、徐々にその根を広げて行く。



―――――ピシッ…………ピシピシ…………



『『『『『がっ!? が、がががががっ…………!!!?』』』』』

「…………不愉快だわ」

「「!?」」


亀裂から響いた少女の声に、俺たちは思わず笑みを浮かべていた。



―――――ピシピシピシピシッ…………



『『『『『あががっ!!!? ご、ごぶずべっ!? ぎざばっ、だぜっ(こ、小娘っ!? 貴様、何故っ)…………!!!?』』』』』

「あんたなんかに見くびられることも、命を狙った仇に信頼されてる事実も。そして何より…………」



―――――ピシピシッ…………ガキィンッ!!!!



『『『『『あごぁっっ…………!!!?』』』』』



次の瞬間、額に入った無数の亀裂は内側より砕かれ、そこから弾丸のように一人の少女が飛び出した。

少女の手には、深紅の紅葉が彫刻された、一本の苦無。

空中で体勢を整えながら、両目に溜めた涙を拭い去り、少女…………弥刀 紅葉は、自らを捉えていた骸骨に向き直る。



「―――――それを嬉しいと思ってる私自身が!!!!」



その瞬間を待ち望んでいたとばかりに、楓は右手で呪印を組む。


「ナウマク・サマンダ・ヴァジュラダン・カーン―――――爆鎖、爆炎陣!!!!」



―――――ズドォォォォンッ…………ガラァンッ、ガラッ、ガラガラッ…………



瞬間、鎖に仕掛けられていた爆符が連鎖的に爆発する。

巨大な骸の群れは爆炎に包まれ、がらがらと音を立てて崩れ落ちていった。

その傍ら、爆発の煽りを受けて吹き飛ばされた弥刀を受け止めるため、慌てて飛び出す俺。


―――――ドサッ…………



「きゃんっ…………!?」

「へぶぅっ…………!?」


何とか受け止めたものの、力の殆ど入らなかった俺の体では彼女を支えられず、彼女の下敷きになる形で俺は再び地面に倒れ込んだ。


「ちょっと!? 受け止めるならちゃんと受け止めなさい!!」

「スマン、思てたより重かってん…………」

「重っ…………!? ふっ、ふふふ不愉快なこと言わないでっ!! そ、そんなに重たくはないわよっ!!!?」

「…………ボロボロになった俺の状態的にっちゅう意味で、他意はあれへんかったんやけど…………もしかして、気にしとる?」

「っっ!? う、うるさいっ!!!!」


顔を真っ赤にして叫ぶ弥刀。

…………どーでも良いから早く退いてー。

死んじゃうから。本当は弥刀が動く度に痛みで気を失いそうだから。


「うむ、どうなることかと心配したが…………その様子では、2人とも大丈夫でござるな。ニンニン」


影分身を解いた楓が、まるで微笑ましいものを見るような温かい眼差しをこちらに向けながら近寄って来る。

そこでようやく、弥刀は俺の上から飛び退いた。


「か、楓!! あんたもあんたよっ!! あんな爆発起こすなら最初に言いなさよねっ!?」

「それでは敵に気取られてしまうかも知れなかったでござる。兵法とは即ち奇道なり。そなたの父上の教えだったではござらんか?」

「~~~~っっ!!!? ふ、不愉快だわっ!!!!」


しれっと言ってのけた楓に、弥刀はますます顔を赤くしてそっぽを向いた。

俺はその様子に、安堵の笑みを浮かべる。

…………どうやら、この2人はもう大丈夫そうだな。

弥刀が涙を流したときに俺がそう感じた通り、本当に2人の間に降り続いていた雨は上がったらしい。

じゃれ合う2人の様子は、まさに雨降って地固まるという表現が実に似つかわしいものだった。

あーあ、現実の雨もさっさと止んでくれないもんかね?

それとお2人さん? いい加減俺を治療できる場所に連れてってくれません?

これ以上雨の中放置されたらさすがに死ぬと思う。俺、今魔力使えないし。回復力人並みだし。

そう思って声をかけようとしたときだった。



―――――カランッ…………



「―――――っっ!?」


背後に響いた、僅かな物音。

雨音に掻き消されそうな程に小さなその音に、2人はまるで気付く様子が無い。

俺は咄嗟に、談笑する2人を突き飛ばしていた。


「きゃっ!?」

「っ!? こ、小太郎殿っ!?」


―――――カラカラカラカラッ!!!!


その瞬間、殺到する黒ずんだ無数の髑髏。

こいつら…………さっきの爆発で消滅しなかったのかよ!?

どこからともなく湧いて出た無数の骸骨は、またたく間に俺の身体を抑え込むと、ガタガタと耳障りな哂い声を上げた。


『言うた筈だ。我らは全にして一、とな…………貴様の恨み、我らの糧としてくれる!!!!』


次の瞬間、俺の視界は骸骨の群れによって全て覆い尽された。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 61時間目 金蘭之契 祝!! 俺様、復・活!!!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/20 23:53



―――――ゴォォォォォオオオオオ…………



燃えていた。

家も、人も、大気さえもが、紅蓮の炎に包まれ焼け落ちて逝く。

忘れもしない。これは…………6年前、兄貴が一族を裏切った日の光景だ。

何故、こんなところに俺は…………?

確か俺は楓たちを庇って、あの骸骨どもに取り込まれた筈だ。

だとすれば、この光景は奴らが俺の憎しみを揺り起こすためにしかけて来た幻術?

否…………俺の深層心理を具現化した幻想空間(ファンタズマゴリア)って考えた方が正解だろう。

それを証明するかのように、先程まで瀕死の重傷を負っていた身体は完全に回復していた。

…………奴らめ、人の記憶を好き勝手覗きやがって。

しかしその意図が読めない。

俺の憎しみを増大させるだけなら、幻想空間に閉じ込めるなんて回りくどい真似をする必要はない筈だ。

一体何故こんな真似を…………?

不思議に思いながらも、脱出の糸口を掴まなくてはと、俺はその胸糞悪い世界を歩き始める。

その時だった。


『一族郎党を皆殺しにされたか…………なるほど、貴様の怨念が深い訳よ』

「っっ!?」


不意に響いた骸の声に、俺はぎょっとして振り返る。


「なっ…………!?」


そして再び、俺は息を飲んだ。

振り返った先、声をかけて来たその骸は、今の俺と全く同じ姿をしていたのだから。


『何を驚いておる? 我らは怨念そのもの。そしてこの世界を模る怨念は貴様のもの。故にこの世界ではこの姿こそが我らにもっとも相応しいものであろう?』

「…………」


俺と同じ顔で、骸はニヤリと口を三日月に歪め哂う。

この野郎…………どこまでも人をコケにしやがって。

すぐさまその首を斬り落そうと、俺は自らの爪を気で強化した。

この世界を作り出しているのがこいつなら、その根源を断てば元の世界に戻れるはず。

俺はいつまでも、こんな辛気臭い所にいるつもりはない!!

しかし…………。


『そう逸るでない。これからが面白いのではないか』


躊躇なく腕を振るおうとする俺に、不快な笑みを貼りつけたまま骸は言った。


「…………どういう意味や?」


問い掛けた俺に、骸は応えることなく、ただ右の人差し指で俺の背後を指し示す。

訝しみながら、俺はゆっくりと奴が指した背後へ振り返った。


「っっ…………!!!?」


そんな…………この、光景は…………!!

骸が示した先、燃え盛る村の中には、真っ向から睨み合うかつての兄の姿と、その兄を悲しげに兄を見つめる母の姿があった。


『―――――あんたとあのガキで最後や、母子仲良く往生しぃ』


うろたえる俺の視線の先で、兄貴の右腕が高く掲げられる。

光さえ屈折させる大量の魔力がそこに集中していた。

俺はこの結末を、この最悪の状況を知っている…………。


「―――――やめろぉぉぉぉぉおおおおおっ!!!!」


弾かれるように俺は兄貴へと肉薄し、気で強化した右の爪を容赦なく振り下ろす。

しかし実体のない幻に触れることは叶わず、俺の爪は虚しく兄貴をすり抜けるだけだった。


「っっ!? あかん…………やめろ。やめてくれぇっ!!!!」


されど届かぬ俺の叫び。

その身体をすり抜けて、兄の腕は深々と母の身体へと突き刺さった。


「母ちゃんっ!!!?」


崩れ落ちる母の身体を支えようと手を伸ばす。

しかしその瞬間、母と兄の幻は、紅蓮の炎となって消えていった。

呆然とその場に膝を折る。

…………忘れていた訳ではない。

兄を恨まなかった筈がない。

それでも、俺は復讐のためではなく、仲間を護るために闘うと誓ったのだ。

しかし…………。


―――――出来ることなら、全てを捨ててでも兄貴を殺したい。


その衝動を、どうして殺すことが出来るだろうか?

骸どもは、そんな俺の深層心理を読みとっていたのだ。

そこに付けこまれたと分かっていながら、俺は沸き上がる兄への復讐心を抑えることが出来なかった。


『――――――抑える必要などない』

「っっ!?」


いつの間にか俺の背後に立っていた骸の言葉に、はっと顔を上げた。

骸は俺の前までゆっくりと歩いてくると、視線を合わせるように片膝を着く。


『大切な物を奪われて、その報復を行うのは理に反したことではない。何を躊躇う必要がある? 何を抑える必要がある?』


すっと右手を差し出す骸。


『我らは果たされぬ復讐心のなれの果て。故にそなたの復讐心は痛いほどに解る。我らを受け入れよ。さすればそなたの悲願、我らが共に果たしてやろうぞ…………』


それは甘美な誘惑だった。

この手を取れば、俺は力を手に入れることが出来る。

兄を殺すための、一族の復讐を果たすための、強大な力だ。

一瞬の逡巡を経て、俺はゆっくりと自らの右手を骸の右手へと伸ばした。











SIDE Kaede......



小太郎殿をまたたく間に飲み込む黒い髑髏の群れ。

不意を突かれた拙者たちは、ただそれを見ていることしか出来なかった。


「くっ!! よもやあの爆発で生き残りが居たとは…………!!」

「不愉快ね…………殺しても殺してもすぐに再生なんて。さすがに執念深さは筋金入りってことかしら?」


再び立ち上がった紅葉とともに、拙者は己が得物を構える。

その目の前で、小太郎殿を飲み込んだ骸たちは、再び巨大な骸骨へと姿を変えた。


『『『『『カカカカカカッ!! 他愛もないなぁ、小童共。あの程度で我らを滅するなど片腹痛いわ!!』』』』』



―――――ガチガチガチガチガチッ!!!!



巨大な顎を鳴らして、骸骨は不快な哂い声を上げる。

小太郎殿はすでに瀕死の重傷でござった。

紅葉のように、自力で脱出することはほぼ不可能でござろう…………。

ここはやはり…………。


「拙者たちで何とかするしかないようでござるな…………?」


視線だけを紅葉に向けると、彼女も同じように視線を合わせ、口元には力強い笑みを浮かべていた。


「さすがに気が合うわね。あの男に借りを作ったままじゃ不愉快だもの。それに…………」


苦無の柄を強く握り、紅葉はそびえ立つ骸骨を睨みつける。


「これを召喚したのは私よ。後始末くらい、自分で付けて見せる!!」


紅葉のその台詞に、拙者は小さく頷く。

そして次の瞬間には、骸骨に向けて走り出そうとした。

そのときだった。



―――――ドクンッ…………



『『『『『―――――ぐぅっ!!!?』』』』』

「「!?」」


突如として、うめき声を上げる巨大な骸。

何が起こったか分からない拙者たちは、ただ茫然とその光景を見つめるしかなかった。

しかし、これはもしや…………!?



『『『『『―――――お、おのれ、小僧!!!!』』』』』



降りしきる雨の中、骸骨の咆哮が大気を震わせた。



SIDE Kaede OUT......









俺は伸ばした右腕で、骸のそれを躊躇い無く斬り飛ばしていた。


『ぐぅっ!? こ、小僧!? 貴様、血迷ったかっ!?』


斬り落とされた右腕を抑え、数歩後ずさりながら骸が叫ぶ。

へぇ、この世界では斬り落とされた奴の身体は再生できないのか…………。

それは良いことを知った。

恐らく俺の目算通り、奴さえ倒せば俺はこの世界から解放されると言うことだろう。

俺はゆっくりと立ち上がると、驚愕に目を向く骸に向けて言い放った。


「見くびるなよ? カビの生えた亡霊が。仇討ちに他人の力を借りる程、俺は落ちぶれてへん」

『な、何だと…………?』


予想だにしていなかった答えなのか、骸はまるで理解できないとばかりに両目を瞬かせる。

燃え盛っていた周囲の景色は、いつの間にか見覚えのある立派な道場にその姿を変えていた。


『こ、これは…………!?』

「確かに俺は兄貴に対する恨みを捨てられへん。それは認めたる。けどな…………」


そこは、かつて刹那とともに腕を磨いた、近衛の道場だった。

急に姿を変えた景色に狼狽する骸の背後、そこに2つの小さな人影が現れる。

それは幼い日の俺と、初めて出会った日の刹那だった。


『―――――よろしゅう頼んますえ“小太郎”はん?』


見てるこちらまで幸せにするような、極上の笑みを浮かべる刹那。

そんな彼女と握手を交わし、力強く笑みを浮かべる幼い日の自身の姿。

俺はこのとき確かに思った筈だ。

彼女の花のような笑顔が、昏く曇ることのないように、守り抜いてみせると。

その誓いは今もなお、この胸に生きている。


「最初に言うた通り、俺は仇討ちのためだけに強くなった訳とちゃう…………」


再び姿を変える景色。

次に現れたのは夕焼けに染まる学園都市。

その女子寮の前で、当時の俺と談笑する明日菜の姿だった。


『―――――そういう理由なら、応援してあげるわよ。せいぜい頑張んなさい』


あのとき俺が口にした言葉は、決して嘘なんかじゃない。

全てを護る力が欲しいと、俺は確かに願い己を練磨してきた。


「俺は1人で強くなってきた訳とちゃう。俺を信じて、俺に力を貸してくれたかけがえのない仲間たちがおる…………」


次の景色は、漆黒の宵闇。

廃墟となった郊外の橋。

その瓦礫の上で、俺の頭を膝に乗せ優しく微笑む木乃香の姿だった。


『―――――コタ君……ウチのこと、護ってくれてありがとな』


あの充足感を、俺は決して忘れたりしない。

いつの間にか、大切なものを護るため闘い、仲間とともに勝利を掴む瞬間は、俺にとって何にも勝る幸福となっていた。


「仲間たちがおったから、俺はこれまで闘って来れた。仲間たちが背中を押してくれたから、俺は迷いも、躊躇いもせんかった…………」


またも姿を変える世界。

そこは何度も世話になったエヴァの別荘。


『―――――私はただ、底抜けのバカが、どんな場所に辿り着くのか、興味が湧いただけだ』


ベッドで横になった俺に背を向け、照れ臭そうにするエヴァ。

彼女の小さな、けれど大きいその背に誓った野望に、俺はこれまで直走り続けて来た。


「俺は復讐以上に、仲間たちを護るため。その力を得るためにただ真っ直ぐ走ってきたんや…………」


次に現れる世界は、白く統一された病室。

そこに居たのは様々な機械に繋がれながらも、小さく笑みを浮かべ、その瞑らな双眸から涙を流す霧狐と、彼女の小さな手を握り、同じように涙する俺。

そして俺たち以上に涙を流し、後ろからそっと見守ってくれている木乃香と刹那だった。


『―――――うん。キリも、またお兄ちゃんに会えて嬉しい……嬉しいのに、やっぱり涙、止まんないんだ…………』


自ら決死の覚悟を持って俺たちを護ろうとした霧狐。

彼女が生きてくれていた奇跡に、一生分の涙を流したことを、俺は決して忘れない。


「ときには仲間が傷つくこともある。傷付けた奴を死ぬほど恨むこともある。けどな、そんな思いをするんもさせるんも、俺はもうごめんや」


だから俺は強くなりたいと願った。

ただ復讐を果たすためじゃない。

ただ殺すためじゃない。

ただ破壊するためじゃない。

ただ…………ただ護り抜くための力を、俺は望んだ。


「もう一度言うで? 俺は復讐ばっかのために強ぉなった訳やない…………」


目を閉じ、大きく息を吸う。

そして俺は、いつも通り、闘気に満ちた獣の笑みを浮かべた。


「―――――ダチ公護るために強ぉなったんや!!!!」


そしてもう一度宣言する。

俺の力の源は、決して復讐なんて血生臭いものなんかじゃないと。


『…………くくっ…………カカカカカカッ!!!!』


その言葉を受け、骸はけたたましく哂い声を上げる。

まるで俺の言葉が理解できないと、俺と己が相容れないと、そう示すかのように。


『ほざいたな小僧!! 我らが同胞(はらから)として迎えてやろうと思うたが…………もう終いよ!! 復讐果たせぬ無念を抱え、冥府へ堕ちるが良いっっ!!!!』


瞬間、俺と同じように左手に魔力を集中させ飛びかかって来る骸。

振われるその腕はまさに俺自身の放つ一閃。

この間合いでかわすことなど叶わない、確かに具現化された死。

されど、俺はそれを甘んじて受けるつもりなどなかった。



―――――ガキィンッ…………



『バカなっ…………!?』



驚愕に目を向く骸。

刹那先に、俺の首を切り落とすと思われた奴の爪は、俺が掲げた左手、そこに収束した漆黒の盾に阻まれていた。


「…………狗尾(イヌノオ)」


ニヤリと唇を釣り上げ、俺は盾の名を口にする。

それは魔力が封印されたことで、久しく使うことを許されていなかった技だった。


『ば、バカなっ!? 貴様魔力は封じられておった筈…………!?』

「自分が人の頭ん中引っ掻き回してくれたおかげでな。忘れとったこと思い出してん」


封印を解くカギを問い掛けた俺に、エヴァが告げたあの言葉。


『―――――九尾の魔力を吸収したときの感覚を思い出せ』


俺はあのとき、凄まじい怒りに駆られていて、正直そのときの感覚なんて覚えていなかった。

しかし、この幻想空間が俺に見せた追想が、それを思い出させてくれたのだ。

霧狐を、大切な仲間を傷付けた兄貴への怒り。

大切な仲間を護り切れなかった自分への怒り。

その2つがせめぎ合い、俺は自らの感情を処理しきれなくなっていた。

混沌とした俺の心の中で、最後に残ったのはただ一つ、純然たる闘争本能。

冷たい怒りとでも表現すれば良いだろうか、たった1つの感情に支配された俺の思考はあのとき、自身でも驚くほど冴えわたっていた。

久しく忘れていたその感覚、今それと全く同じものが俺の全てを占めている。

右の拳を握りしめれば、そこに溢れだす膨大な魔力。

この身を焼き尽くさんばかりに流れ出すその魔力は、まさしく伝説の妖狐、玉藻の前が有したもの。

皮肉にもこの骸のおかげで、俺は封印を解く最後のカギを手に入れたのだ。

…………もっとも、ここが俺の心象風景を体現したものであるなら、この世界でまで封印の枷が俺を苛んだとは考え難いが。

しかし、例えこの魔力がこの幻想世界が表した幻だろうと構うものか。

今の俺には例え現実世界でも、封印を破れる自信があった。


「さぁ腐れ骸骨共。そろそろおねむの時間や」


再び獣の笑みを浮かべて、俺は全身に魔力を纏う。

びりびりと上着を引き裂き隆起する俺の体躯。

完全に人ならざるものとなった俺の姿を恐れるように、骸は呆然とした表情で数歩後ずさった。


『あ、有り得ん…………貴様如き矮小な生き物に、我らが気押されるなど有り得ん!!!!」


自らを鼓舞するかのようにそう叫び、骸は俺と同じように獣化すると、驚くべき速度を持って肉薄してきた。


『認めん!! 怨念たる我らが恐怖するなど、断じて認めん!!』


先程に倍する速度で振り下ろされる骸の左腕。

しかし…………。


「どんだけ姿を真似ようが、所詮紛いもん。ホンモンの俺は…………その100倍は迅いっっ!!!!」

『―――――っっ!!!?』


骸の顔に驚愕が滲んだのは一瞬にも見たない時間。

振われた俺の爪は、紫電の如き速さで奴の身体を引き裂いた。


「結局、復讐心なんてそんなもんや。どんだけ頭数揃えようが、護るもんがあるやつには敵えへん」



―――――ヒュンッ…………ガラァンッ!!!!



俺が腕に付いた血糊を払うと同時、幻想空間は音を立てて崩れ落ちた。









SIDE Kaede......



『『『『『ぐ、グォォォォオオオオオアアアアアッッ!!!!!?』



―――――ピシピシピシッ…………ガキィンッ!!!!



「「!?」」


巨大骸骨が一際大きな呻き声を上げた瞬間、先程の紅葉同様、その額を叩き割って弾丸のように飛び出す人影。

その人影は雨粒を弾きながら弧を描くと、息を飲むほどの華麗さで降り立った。


「小太ろ…………!?」


小太郎殿、そう呼びかけようとして、拙者は咄嗟に言葉を飲み込んだ。

骸骨の額を割って現れた人物。

その者の気配と容姿が、余りに小太郎殿とはかけ離れていたからでござる。

纏う気配は、小太郎殿の優しくも厳しいものでない。

禍々しく重苦しい。しかし温かくもある、混沌とした気圏。

獣のように発達した四肢と体躯には、いたるところに深紅の呪印が刻まれていた。

髪の長さは小太郎殿より更に長く、また野生の狼の毛並みのように跳ねており、頭頂部には一対の獣のような耳が生えている。

背後には漆黒の毛並みを持った九つの尾が生え夜風に揺られている。

そして夜闇の中でなお煌々と輝きを放つその双眸は、血のような深紅を湛えていた。

一見すれば別人としか思えないその者。

しかし次の瞬間、拙者は、その者に笑みを浮かべ呼びかけていた。


「―――――小太郎殿っ!!!!」


その者が浮かべていた獣染みた力強い笑み。

それはまさしく、小太郎殿笑みだったから。

拙者の確信を裏打ちするかのように、その者はこちらを振り返ると、笑顔とともに告げた。



「―――――よぉ? 待たせたな」



SIDE Kaede OUT......










俺の名を呼んだ楓に笑顔で答える。

どうやら、骸骨はまだ2人に何の危害も加えていないらしい。

しかし、安堵するにはまだ早い。

再び振り返る視線の先。

そこには、俺が内側から砕いた額を再び再生する巨大な骸骨の姿があった。


「さぁ、そろそろ幕引きといこうやないか。辛気臭い怨霊ども、覚悟せぇ!!!!」


右足を振り上げ、強く地面に叩き付ける。

だんっ、と地が揺れると同時に、俺の影から現れたのは一振りの太刀だった。

持っていた日本刀を投げ捨て、その太刀を左手で掴む。

それは封印されたことで抜くことすら敵わなくなっていた父の牙。

我が愛刀、影斬丸・真打。

多少砕いたところでこの化け物はすぐに再生してしまう。

奴を完全に葬るには、やはりこの刀の力が必要だろう。

そして、奴を葬るにはもう一手、奴が分裂する隙を与えない必要がある。

俺は太刀を握った左と反対、右の腕を高く掲げて始動キーを口にした。


「ガル・ガロウ・ガラン・ガロウ・ガルルガ!! 影の精霊1001柱!! 縛鎖となりて、敵を捕えよ!! 魔法の射手、戒めの影矢!!」


虚空に現れる無数の黒い矢。

巨大骸骨が完全に再生した瞬間を狙い、俺は奴向けて全ての矢を放った。



―――――ヒュンヒュンヒュンッ…………



放たれた漆黒の矢は、狙い違わずその全てが骸骨へと殺到する。

戒めの風矢同様、捕縛の属性持つ俺の影矢。

それは骸骨に着弾すると同時、漆黒の縛鎖となって奴の巨体を絡め取った。


『『『『『ぐっ…………!? こ、この程度の結界で、我らを抑えられると思うてかっ!!!?』』』』』


影の鎖に捉えられてなお、禍々しい咆哮を上げる骸骨の群れ。

しかし、俺は笑みを浮かべたままそれに答えた。


「別に抑え込もうとは思うてへん。けど…………こんだけ厳重に縛られたら、いくらなんでも分裂できひんやろ?」

『『『『『っっ!?』』』』』


深紅の狂光を宿す骸骨の眼窩。

そこに一瞬覗いたのは、紛れもない驚愕の光。

俺は奴を葬るための最後の一手を見事に制したのだ。


『『『『『お、のれ…………おのれ、おのれ、おのれ、おのれぇぇぇぇえええええっ!!!!』』』』』


怨嗟の声を上げながら、強引に鎖を引き千切ろうともがく骸骨。

その巨体が結界を砕くよりも早く、俺は奴の懐へと跳躍した。

空を切る身体は、自分でも恐ろしくなるくらいに軽い。

獣化した体躯は、これまでの獣化の比ではない身体能力をまざまざと見せつける。

これなら…………。


「これなら…………どんな化けモンにも負ける気がせぇへんっ!!!!」



―――――ガキィンッッ!!



獣染みた笑みを浮かべ、俺はもがく骸骨を中空に向けて蹴り上げた。


『『『『『ば、バカなぁっ!!!?』』』』』

「あ、あの巨体を蹴りの一撃でっ!?」

「どーゆーバカ力してんのよっ!?」


蹴られた骸骨ばかりか、背後で見守ってくれていた2人までもが驚愕の声を上げる。

30mはあった巨体は、俺の蹴りで軽々と宙へと舞って行った。

骸骨の身体が最高点に達する前に、俺はぐっと身を屈め、獣の両足に力を込めた。


「―――――縮地…………无疆!!!!」



―――――ズドォンッ!!!!



垂直に飛び出す俺の身体。

落下を開始する直前の骸骨の懐に、俺は先程よりも力を込めて蹴りを放った。


「もういっちょぉぉぉぉぉおおおおおっ!!!!」



―――――ガキィィィイイインッッ!!!!



『『『『『ぐぁあっ!!!?』』』』』


呻き声を残し、先程を超える速度で上昇していく骸骨の巨体。

虚空瞬動でそれを追いながら、俺は影斬丸を鞘から抜き放った。


「こんだけ地面から離れときゃ、まぁ安心やからな…………」


この骸骨を1対も残さずに滅するには、最大出力で放つ黒狼絶牙しかない。

しかし俺は、九尾の魔力を用いて絶牙を放ったことがなく、それが一体どれだけの威力を持つか分からなかった。

故に地上でこいつを葬ることは出来ず、こうして奴を空へと追いやった訳だ。


『『『『『ぐぅっ…………お、愚かな。ここで我らを滅そうとも、恨みを持つ人間が居る限り、我らが決して滅びることなどない!!!!』』』』』

「…………」


身動き一つ取れない状況でありながら、なおも禍々しく咆哮する巨大な怨念の塊。

しかしその言葉は紛れもなく真理。

人が恨みを捨てない限り、何度でも奴ら怨霊は蘇り、何度でも人間に牙を剥く。

俺がここで奴らを倒すのは時間稼ぎでしかなく、それは単なる偽善なのかも知れない。

だが…………。


「…………何度自分らが現れようと、何度でも俺が自分らを噛み砕く!!!!」


抜き身となった影斬丸の刀身に、ありったけの魔力を集めながら、俺は力強くそう叫んだ。


「偽善やなんやと言われようと、俺は俺の刀が届く範囲で、もう誰も傷つけさせたりせぇへんっ!!!!」


収束する魔力は、黒い竜巻となって影斬丸の刀身を覆い尽くす。

渦巻く魔力は狗音影装20体分に相当しようかというもの。

いかな障壁をもってしても、防ぎきることはできない破壊の具現が、今俺の手の内にあった。


「じゃあな怨霊。礼は言っとくで? 自分らのおかげで、封印が解けたんやからな」


そして、これからも真っ直ぐ突き進んでいく決意が出来たのだから。


『『『『『おのれこぞぉぉぉぉぉぉおおおおおっ!!!!』』』』』


一際大きく、大気中の雨粒を弾くほどの咆哮を上げる骸骨。

奴の身体が最も高く上がった瞬間、俺は手にした影斬丸を振り抜いた。


「―――――行くで影斬丸…………噛み砕け!! 狗音斬響、黒狼絶牙ぁぁあああっっ!!!!!!」



―――――ヒュゥンッ…………ゴォォォォォオオオオオ!!!!



放たれた黒い竜巻は、今までにないほど強大で、またたく間に骸骨の群れを飲み込む。

天へと突き進む暴風は、飲み込んだ骸を砕き、切り裂き、なおもその進攻を緩める気配を見せなかった。


『『『『『ぐ、お、お、お、お、お、ぉ、ぉ、ぉ、お、お…………!!!!』』』』』


奴を捉えていた影の鎖が全て砕けてもなお、骸骨は身動き一つ許されない。

やがて、奴の全身に無数の亀裂が走っていった。


『『『わ、わす、れぬ、ぞ…………けっ、して、わすれは、せぬ…………!!!!』』』


弱々しくなっていく奴らの呻き声。

されど禍々しさはそのままに、奴は怨嗟の言葉を口にした。


『―――――この恨み、決して忘れはせぬぞっっ…………!!!!!』



―――――パキィンッ…………



その言葉を最後に、跡形もなく砕け散る巨大な骸骨。

なおも暴れ狂う魔力の奔流は、奴を砕くだけでは飽き足らず、天を覆っていた分厚い雨雲をさえ貫いて行った。


「…………生憎と、都合の悪いことはすぐ忘れてまう性質でな」


獣化を解き、影斬丸を鞘に納めると、俺はシニカルな笑みを浮かべて奴らが消えた虚空にそう吐き捨てる。

絶牙が貫いた雲の先には、青白い光を湛えた半月が、優しげに輝いていた。










―――――あれから5日後。

あの骸骨を葬るためとは言え、学園内で報告もなしにバカデカい魔力を使った俺はもうこっぴどく叱られた。

オマケに、愛衣を足手纏い呼ばわりしたことが本人にバレて、俺の財布は予想以上の痛手を被ったりもした。

…………小食な愛衣だけならともかく、俺並みに食う霧狐まで連れて来るのは反則だろ。

またそのことが原因で、楓と弥刀は素性と今回の顛末一切を学園長に説明させられる羽目に。

とは言え、弥刀は麻帆良に編入してきた時点で忍者云々の事情は説明していたらしく、今回の件に罪悪感を感じた学園長は全ての事を自分の胸にしまうと約束してくれた。

問題はそれからだ。

今回の件を通して、和解した楓と弥刀。

これで弥刀が里を離れる以前のように、中睦まじく2人は学園生活を送ってくれるものと、俺はそう信じて疑わなかった。

恐らく、楓も俺と同じように考えていただろう。

しかしそんな俺たちに弥刀が告げた決意は、余りにとっぴなものだった。

何と弥刀は、甲賀の里に戻って修行をやり直すと言い出したのだ。

抜け忍が里に戻ってただで済む筈がない。

とても正気の沙汰とは思えず、俺と楓は何とか説得を試みたのだが、弥刀から返ってきたのは芳しくない回答だった。


『今回の件は私の弱さが招いたことよ。だから私はもっと強くなりたい。父が愛した里を護れるくらい。そして、大切な親友のと約束を守れるくらいに』


鉄のように堅い彼女の意志を知った俺たちは、それ以上何も言えなくなってしまった。

もっとも、さすがに彼女の身を案じた楓が、里の親父さんにそれとなく事情を説明したらしい。

親父さんも自ら手に掛けた親友の娘とあって、弥刀のことは責任を持って護ると約束してくれたそうだ。

そんなこんなで、今日はついに弥刀が麻帆良を出発する日。

俺と楓は彼女を見送るため、駅までやって来ていた。

弥刀は学園であまり積極的に友人を作るタイプではなかったらしく、見送りに来たのは俺たちだけだった。

引き摺っていたキャリーケースを置き、弥刀は改札口の前で足を止めた。


「それじゃあここで。世話になったわね。楓、犬上」


あの夜からは考えられないほど晴れがましい笑顔で、弥刀は俺たち2人にそう言った。

きっと彼女の父親も、こんな晴れがましい笑顔で旅立っていったのだろう。

そう思うと、俺は何だか胸が温かくなった。


「気ぃ付けてな。まぁ、何かあったらいつでも麻帆良に逃げてくりゃ良えし」


冗談めかして言った俺だったが、その実、その言葉は半分以上本気である。

一度抜け忍となった弥刀。

里で彼女を待っているのは、想像を絶する困難な境遇だろう。

それを気遣って言ったのだが、どうやら弥刀はお気に召さなかったらしい。

不愉快そうに眉根を寄せて、じとっとした目で俺を睨んできた。


「不愉快ね。私はもう、何からも逃げたりなんかしないわ」

「…………そら悪かったわ」


不機嫌さを隠そうともしない彼女の台詞。

しかしその中に、彼女の決意の強さを感じて、俺は小さく肩をすくめて見せるのだった。


『間もなく2番ホームに13:03発、特急―――行きが…………』


駅構内に流れた放送に、俺たちは揃って電光掲示板を見上げた。


「そろそろ時間ね…………」


ぽつりと零した弥刀。

しかしそこにか心細さなど微塵もなく、むしろこれから始まる激動の日々に胸を弾ませているようでさえあった。


「犬上。私がいない間、楓はあんたに預けとくから」

「は? いやいや、そんな人を物みたいに…………。つかそもそも、そんな大層な役を俺に任して良えんか?」


目を白黒させて問い掛けた俺に、弥刀は苦笑いを浮かべる。


「あんたは不愉快な奴だけど、実力と芯の強さだけは認めてるからね。頼んだわよ?」


そう言って右手を差し出す弥刀。

俺はそれをしっかりと握り返して、笑みを浮かべた。


「せいぜい期待を裏切らんよう頑張るわ」


満足そうに笑って、弥刀は俺の手を話すと、今度は楓へと向き直った。


「…………そういうことだから。楓、私はもっと強くなる。そして今度こそ、あんたとの約束は絶対に忘れないから」

「うむ。拙者も負けぬよう腕を磨くでござるよ。拙者はいつまでも、紅葉を信じて待っているでござる」


俺とそうしたように、2人はしっかりと互いの右手を握りしめた。

どれだけそうしていただろう、やがて弥刀は、すっと楓の手を離すと、置いていたキャリーケースの取っ手を握る。


「それじゃ、私行くわ。次に会う時には、見違えるくらい強くなっててみせるんだから。今度こそ、自分自身の力で…………」


その決意と向日葵のように明るい笑顔を残して、弥刀は振り返ることなく改札を抜けて行った。

弥刀の背中を見送りながら、俺は微動だにしない楓の背中に向けてぽつりと零す。


「寂しくなってまうな」


感傷染みたその一言。

しかし、楓から返って来たのは、予想だにしなかった明るい声だった。


「寂しくなどないでござるよ。どうやら小太郎殿は重要なことを忘れているようでござるな…………」

「重要な、こと…………?」


首を傾げる俺。

そんな俺の方へ勢い良く振り返り、楓は右手を掲げて見せる。

そこに握られていたのは、柄に深紅の紅葉が彫刻され、柄尻に黒い髪が結われた一本の苦無だった。







「――――――――――例えこの身が傍に無くとも、この志は常に共に…………で、ござるよ」







そう言った楓の表情は、照りつける8月の日差しに負けないくらい眩しいものだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 課外授業 閑話休題 夢の内容なんて大体覚えてない
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/21 20:55



ラ「ジャック・ラカンの!! 『転生武道伝コタ・・・ま? 質問コーナー』!!!!」

霧「わーいっ!!」

チ「ばうばうっ!!」


―――――どんどんぱふぱふー


小「…………って、ちょお待てぇいっ!!!?」

ラ「このコーナーでは、お馴染み最強の傭兵剣士『千の刃の男』こと俺様ジャック・ラカンが、読者の方々から寄せられた質問にビシバシ答えていく!!」

小「やから人の話を聞けや!!!? 質問コーナーって何の話やねんっ!? つかここどこやっ!?」

ラ「ケツの穴の小せぇ男だな。そんなことじゃいつまで経っても俺様のようなダンディかつパワフルな漢にはなれねぇぞ?」

小「…………百歩譲ってパワフルは認めたる。けどダンディってところはガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグか神多羅木センセに謝っとけ!!」

ラ「と、いうわけで早速最初の質問だ!!」

小「ガン無視かっ!? お願いやから質問に答えろや!? 何や知らんけど、霧狐にチビまでおるし…………ホンマここは何処やねん?」

ラ「ったくしょうがねぇなぁ。今回は特別に無料で教えてやろう。ここは所謂幻想空間だ」

小「幻想空間? それにしちゃあ随分普通の教室みたいやけど…………」

ラ「それは今回のコーナーのために用意した特別仕様だからだ!!」

小「…………まぁ、良えわ。んで? さっき言うてた質問コーナーって何の話や?」

ラ「ああ。それなんだが…………実は俺にも良く分からん!!」

小「はぁっ!?」

ラ「俺は隠れ家で優雅にシエスタしてたんだが…………気付いたら何故かこの教室に居てな。俺用って書かれた台本があったんで、とりあえずそれに従って行動してみた」

小「ほんなら、霧狐とチビも?」

霧「うん。普通に寮の部屋で眠って、目を覚ましたらここに居たよ?」

チ「ばうばう!!」

小「そういやチビも俺の部屋で寝とったな。何でまたこないな面子で…………」

ラ「ああ、それに関しては俺の台本に理由が書いてんぞ?」

小「マジで!?」

ラ「おっさんと男子中学生だけじゃあまりに絵面がアレなんで、萌えキャラとマスコットを用意したとか何とか…………」

霧「もえ?」

チ「ばう?」

小「…………絵面がアレで悪かったな」

ラ「なお、この幻想空間での記憶は俺様含め全員無かったことになるので悪しからず、と注意書きもある」

小「…………いや、もうホンマに何なんですか?」

ラ「さぁな? まぁ案ずるより産むが易しって言うだろ? ここは騙されたと思って台本通りに動いてみるのも一興じゃねぇか」

小「…………もう好きにしてください」

ラ「それじゃあ早速、1つ目の質問から行くぜ? え~と何なに…………『今の小太郎くんは、原作キャラと比べてどれくらい強いのですか?』…………ふむ、こういう質問のために俺が呼ばれた訳か」

小「ああ、それは俺も正直気になっててん。今回九尾の魔力が復活したおかげで、一部ではジャック・ラカンともまともに闘えるんやないかって騒がれとるらしいやん?」

ラ「ラカン・インパクトォォオオッ!!!!」



―――――ドゴォンッ!!!!



小「ヘブゥッ!!!?」

ラ「調子こいてんじゃねぇぞクソガキ? テメェなんぞ、未だ俺の足元にも及ばん!!」

小「…………さ、サーセン」

ラ「まぁ、ここは分かりやすく表を作ってやろう。表世界の一般人を基準の1としてだな…………(詳しくは講談社KCM3791魔法先生ネギま!第22巻を参照)」

小「ほうほう…………で? この表やと、今の俺はどの辺になるんや?」

ラ「まぁ慌てるんじゃねぇよ。分かりやすくするために、これまでお前が闘って来た連中の強さも表にしてやっから」


―――――霧狐(九尾憑依状態):2500

―――――骸骨妖怪:2000

―――――半蔵(九尾憑依状態):1900

―――――狗族妖怪(魔力制限付き):1800

―――――弥刀 紅葉(外法使用時):1600

―――――酒呑童子(未完):1500

―――――酒呑童子(量産型):800


小「…………霧狐と骸骨はまぁ分かる。けど狗族妖怪の数値って…………俺、良く生きとったな」

ラ「確かに奴と闘った頃のお前だと、せいぜいが800だったろうからな。まぁこの数値はあくまで基準ってことよ。闘い方次第で数値が上の奴も倒せる。お前は実戦で実力を発揮するタイプってことだろ?」

小「まぁそういうことにしとくわ…………で、肝心の俺の数値は?」

ラ「よし。それじゃあ期間で分けてやろう」


―――――小太郎(九尾獣化):2800

―――――小太郎(九尾復活編):1000

―――――小太郎(封印状態):950

―――――小太郎(仇敵襲来編):900

―――――小太郎(麻帆良到着時):800


小「…………」

ラ「どうした? 感慨にふけってんのか?」

小「予想を上回る数値の低さに言葉をうしなっとるんや!!」

ラ「低いってこたぁねぇだろ? 大戦時の鬼神兵と同レベルだぞ?」

小「それはそうやねんけど…………紅き翼の面子って、これやと確か軒並み1万越えやったやんな?」

ラ「まぁな。ちなみに俺様は12000だ」

小「約4倍て…………ハァ。さすがに道は遠いな…………」

ラ「そう肩を落とすな。台本によると原作時間軸合流まで時間もあるって書いてるし。まだまだ若ぇんだ。伸び白があんだろ? …………ところで、『原作時間軸』って何の話?」

小「…………その台本、ホンマに大丈夫なんやろうな?」

霧「ねぇおじさん? 今のキリとチビはその表だとどれくらい強いの?」

チ「ばうっ」

ラ「お? そうだな…………大体この辺じゃね?」


―――――霧狐(暴走時):700

―――――チビ(魔犬時):600

―――――霧狐(九尾復活編以降):500


霧「えぇ~~!? 今のキリってチビより弱いのっ!?」

チ「ばう♪」

霧「うぅ~…………ショックで立ち直れないよぅ…………」

ラ「だから、あくまで目安だって言ってんだろ? 狐の嬢ちゃんも小太郎と一緒で、まだまだ伸び白があんだからよ」

霧「そ、そうだよね? よーし!! お兄ちゃん、キリもっと頑張るからね!?」

小「おう!! 俺も負けんようにキバらんとな!!」

チ「ばうっ!!」

ラ「その意気だ。励めよ若者ども。さて、そんじゃあ一つ目の片付いたところで…………」

小「2つ目の質問やんな」

ラ「いや、もう飽きたし帰る」

小「はぁっ!? いやいやいや、飽きるん早過ぎやろ!? つか、帰る方法知っとるんかいな!?」

ラ「それは知らんが…………大体のことは気合で何とかなる!!」

小「エエ顔でサムズアップすんなや腹立つ!!」

ラ「よーし、そんじゃ早速試してみっか。嬢ちゃんたちは危ねぇから下がってろー」

霧「はーい」

チ「ばうっ」

小「…………もうヤダ、このおっさん」

ラ「ふんっ!! ぬ、ぐ、ぐ、ぐ、う、ぉ、ぉ、お、お、お、お…………!!!!」


―――――ぴしっ…………ぴしぴしっ…………


霧「お、お兄ちゃんっ!? ゆ、揺れてるっ!? すっごい揺れてるっ!?」

チ「ばうばうっ!?」

小「…………おー、どっかで見たことある光景やー…………」

ラ「ぬぅぐぅぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ…………!!!!!!」


―――――ぴしぴしぴしぴしっ…………


ラ「―――――ふぅんっっ…………!!!!!!」


―――――ぴしっ…………がしゃぁんっっ!!!!


小「…………って、壊れたの床だけやんけっ!?」

霧「お、落ちる~~~~っ!!!?」

チ「きゃいんっ!!!?」

ラ「はっはっはっ…………やっぱ何でもノリだけでやるのは良くねぇな」

小「言うてる場合か!? くっ、虚空瞬動!! …………って使えへんっ!?」

霧「き、キリもダメなんだけどっ!?」

チ「ばうっ!?」

ラ「どうやら、俺の気合で幻想空間になんらかの影響が出てる…………気がしないこともない」

小「適当かっ!? ってヤバい!? みぎゃ~~~~~っっ…………!!!?」










「…………ハッ!?」


ふと眼を開くと、そこは良く見なれた自室の天井だった。

まだ暗いことから、恐らく夜明け前だろう。

枕元の形態に手を伸ばすと、3:25と表示されていた。


「…………何や、けったいな夢見てた気ぃする」


殆ど内容は思い出せないけど

床で眠るチビに目をやると、悪夢にでもうなされているのか、眉根を寄せて苦しそうに呻いていた。


「…………とりあえず、2度寝するか」


今日は休みだし、それくらいしたって罰は当たるまい。

そう結論付けて、俺は再び横になると静かに目を閉じるのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 62時間目 天罰覿面 いや、これは天罰って言うか人誅だろっ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/23 10:53



弥刀を見送った翌日。

俺は例によりエヴァの別荘を訪れていた。

用件はもちろん、九尾を完全に取り込んだ俺の身体の診察。

薄々どんな状況になってるか予想はついてるが、さすがにここは先達にきちんと見立ててもらうべきと思って彼女を頼ったのだ。

エヴァの方も、俺の容体に気が付いているらしい。

俺がいつも通り朝食をたかっても、今日は文句を言ったり、皮肉ることはしなかった。

茶々丸が用意してくれた朝食を食べ終えて、俺は早速エヴァの診察を受けることに。

診察にはエヴァが魔力を使える必要があるため、一旦俺たちは別荘に入ることになった。

そして俺は言われるがまま上着を脱ぎ、彼女の診察を待つ。

エヴァは神妙な面持ちで掌に魔力を集中させると、以前より念入りに俺の身体を診てくれた。

やがて診察が終わったのか、エヴァはゆっくりと手を降ろし、重い溜息を吐く。


「…………どや? 何も異常はあれへんかったか?」

「…………薄々感づいているんだろう? ガキが無理に明るく振る舞うんじゃない。余計に気分が悪い」


そう言った彼女は、どこか悲しげで、まるで俺のことを憐れんでいるようにさえ思えた。

…………そうか、やっぱり俺の思ってた通りの状況ってことか。

俺の考えが分かったのか、エヴァは一度目を瞑ると、今度は真っ直ぐに俺を見据えて口を開いた。


「九尾と完全に同化したことで、貴様は最早半妖…………ヒトに近しいカテゴリーの生き物ではなくなった。言わば私と同じ、完全な化け物の仲間入りをしたと言う訳だ」


まるで死刑宣告をする裁判官のように、彼女はそう告げる。

俺は彼女の言葉を2、3度頭の中で反芻し、そして…………。



「―――――ぃよっしゃぁぁぁぁぁあああああっ!!!!!!」



右手の握り拳を天に付きだして、力の限りそう叫んだ。


「…………は?」


突然テンションを上げた俺の様子に、エヴァは状況が理解できないのだろう、目をぱちぱちと瞬かせ、顔いっぱいに疑問符を浮かべていた。


「…………って、待て待て待てっ!! そのリアクションは可笑しいだろっ!!!?」


ようやく事態が飲み込めたらしく、エヴァはぎんっ、と目を釣り上げて、その場で小躍りしていた俺にそう怒鳴る。

しかし俺は、笑顔全開で彼女の言葉を否定した。


「いやいや、このリアクションで合うとるで。俺はめでたく、自分らと同しバケモンの仲間入りしたっちゅうんやろ? そら俺にとっては喜ばしいことで間違いあれへん」


―――――千の呪文の男よりも強くなる。


前人未到の目標に辿り着くためには、手段や道筋を選んでなどいられない。

半妖から完全な魔族になり果てるというのは、俺の目標を達成するためには単純明快かつ非常に手っ取り早い手段だったのだ。

しかし、そんな俺の心情が理解できないのか、エヴァは頭を掻きむしりながらこう叫んだ。


「き、貴様本当に状況が理解できてるのか!? いいか!? 貴様は確かに私のようにほぼ完全な不死者になった訳ではない。しかしだ!! それでも、貴様はこれから並みの人間では考えられない程の歳月を生きることになるのだ!! その過程で何度、絶望的な死と敗北に出会うか、予想が出来ぬ貴様ではなかろう!!!?」


一気に捲くし立て、エヴァははぁはぁと肩で息をする。

…………良く今の長台詞一息で言えたね。

それはさておき、エヴァの言う通り、永遠に等しい年月を生きる辛さは重々承知しているつもりだ。

否、恐らくその辛さは、俺の想像が及びもしないほどに過酷なものだということは、おおよそ理解している。

しかし、それでも俺はその気が遠くなるほど長い歳月にこの身を投じることに、最初から躊躇いなんて無かった。


「エヴァの言うとることは分かっとる。…………いや、きっと俺が考えてる以上に、自分は辛く過酷な人生を歩んできたんやと思う。その上で俺を心配してくれてんのも、痛いくらいに解ってるつもりや」

「だ、誰が貴様の心配なんぞするか!? 気持ち悪いことを言うなっ!?」


急に顔を真っ赤にしてがなり立てるエヴァ。

そんな彼女の様子に、俺は苦笑いを浮かべて、ぽんぽん、と彼女の頭を優しく叩く。


「まぁまぁ。一応真面目に言うとるさかい聞いてくれや」

「む…………い、良いだろう。だが、気安く触るなと何度も言ってるだろうが」


ぺしっ、と俺の手を払いのけ、居住まいを正すエヴァ。

俺は小さく咳払いをして話を続けた。


「確かに、俺はこれまで仲良うなった連中の死を、これから何度も見ることになるかも知らん。けどな、そいつらが目一杯幸せに生きて、俺の思い出ん中がそいつらの笑顔で一杯になって、そんで最期に俺が連中を笑って見送ってやれたら、それは悲しい別れとちゃう。俺はそう思てんねん」

「…………」


それはとても青臭い理屈で、きっとエヴァもそんなことは分かってる。

しかしそれでも、彼女は黙って俺の話を聞いてくれていた。


「それにな、俺には自分らみたいな、追いかけるべき背中がある。その背中が見えとる内は、どんな暗闇ん中におっても、俺は迷わずに真っ直ぐ走ってける…………せやから、俺はバケモンになることなんて怖くあれへん。それで強くなれるんなら、俺はバケモンにでも悪魔にでも、いくらでもなったるつもりや。それに…………」


俺は一度払い退けられた手を、再び彼女の頭に置いて笑みを浮かべた。


「自分みたいな先輩もおるしな。長生きし過ぎて疲れたときは、こうして自分とこ来て愚痴らせてもらうわ。そんくらい構へんやろ?」



―――――よろしゅう頼むで、先輩?



そう言って、優しく彼女の頭を撫でる俺。

すると彼女はそれをどう受け取ったのか、ふん、と小さく鼻で笑い、再び俺の手を払った。


「気安く触れるなと言ってるだろうが? 何度言わせる気だ、この駄犬め。貴様のように不快な茶飲み相手なんぞ冗談じゃない。だが…………」


彼女は俺と向かい合わせに座っていた椅子から立ち上がると、くるっと俺に背を向ける。


「…………土産次第では、まぁ茶ぐらい出してやるさ。せいぜい私好みの茶菓子を選んで来ることだ」


そして、俺に背を向けたまま、照れ臭そうにエヴァはそう言った。

…………本当、素直じゃねぇよな?

まぁ、やっぱりそんなツンデレなとこがエヴァの魅力だとは思うけど。

…………さて、俺の診察は無事に終わったことだし、そろそろ良いよな?


「ところで、そろそろ本題に入ろうと思うんやけど、良えか?」

「は? 何を言っている? 貴様、自分の身体のことが聞きたくて来たんじゃなかったのか?」


俺の台詞の意味が分からなかったのだろう、振り返ったエヴァは再び不思議そうに目をしぱしぱさせていた。


「いや、そっちは大体予想ついとったさかい、あくまでついでに確認しとこうと思っただけやねん」

「か、確認って…………じゃ、じゃあ貴様は一体何の用で私を訪ねてきたと言うんだ?」

「えーとな、今日の4時から龍宮神社で縁日やってるんは知っとんな?」

「知るか!! 大体、それと貴様の用と何の関係が…………って、き、貴様まさか…………」


大方の予想が付いたらしく、エヴァは驚きと呆れが混ざったような複雑な表情になった。

俺はそんな彼女に、極上の笑みを浮かべて告げる。


「せっかくやし、一緒に見て回れへん? 霧狐も一緒に連れてくさかい」

「却下だ!!」


ですよねー☆

まぁ、予想通りの回答ではあるわな。

俺も霧狐に提案されて一応言ってみただけだし。

何でか知らないけど、霧狐のやつやたらエヴァに懐いてんだよなー?

何か吸血鬼独特の匂いでもしてんのかね? 俺には分かんねぇんだけど…………。

それはさておき…………やっぱ、エヴァを誘い出すには一筋縄じゃいかないか。

だがしかし!! ここで引き下がるお兄ちゃんじゃねぇのである!!


「良えやん? 俺も自分も長い人生送ることになるんやさかい、こういう思い出は必要やろ?」

「よしんばそうだとしても、誰が好き好んで貴様なんぞと!! しかもあんな人の密集した場所に行くか!!」

「そらそうやけど…………せっかく自分の分も浴衣用意したんに」

「は?」


凍りつくエヴァの表情。

それを余所に、俺は自分の影に手を突っ込み、一着の浴衣を取り出した。

ピンク色の生地に紫のデフォルメ蝙蝠がプリントされたデザインの小さな浴衣。

袖と裾には赤のフリルがあしらわれていて、和風ゴスロリとでも言うような様相のそれ。

ちなみに丈がミニなのは俺の趣味だ。

霧狐用の浴衣を注文したときに一緒に注文しておいたものがようやく届いたのだ。

なお弥刀の件で久々に危険手当が出たので、料金は全て俺持ちです。


「絶対自分に似合うと思たんやけへぶっ!?」


言葉を続けようとした俺は、突如として床に頭から叩きつけられていた。


「…………お願いやから、ノーリアクションで踏みつけるんは勘弁してください」

「黙れ変態」


その言葉が示す通り、俺は後頭部をエヴァのしなやかな右足で踏みつけられていた。

いや、これ一部の業界だとご褒美だけど、俺にはそんなマゾな性癖ないからね?


「毎度毎度…………私は貴様の着せ替え人形か!?」

「いや、別にそういうつもりではあれへんけど…………」


クリスマスの件で、エヴァは割かしこういう可愛い服は着たがりだって分かったし。

そういう餌をぶら下げたら喰いついてくれないかなー? とか考えただけで別に他意はない。

…………ごめん嘘。ちょっとはミニ丈の浴衣着たエヴァ見たいなーとか思った。


「自分こういう服好きやろ? 今回はこの浴衣に免じて、な?」

「ま、まぁ、確かに嫌いではない…………それに良く見ると、なかなか良い作りをしているようだしな」


力がこもっていたエヴァの足から、若干だが力が抜ける。

表情は見えないが、どうやら俺が用意した浴衣に大分興味が湧いているらしい。

これは後一押しか…………?


「着付けは茶々丸やったら出来るやろ? 茶々丸の分も浴衣を用意したったから、せっかくやし2人とも一緒に祭行こうや」

「しゅ、周到を通り越して最早気持ち悪いな…………ま、まぁ良いだろう。この服に罪は無い。今回だけは貴様の口車に乗ってやる」


よっしゃーーーーっ!!!!

見たか霧狐!?

お兄ちゃんはやってやったぞーーーーっ!!!!


「ほな早速試着してみぃひん? 祭前に一応サイズが合うとるか確認を…………」



―――――ズボッ…………



「…………」

「…………」


自分の状況を忘れて身体を起こしたのまずかった。

今日のエヴァの服装はノースリーブタイプの黒いワンピース。

俺は彼女に踏みつけられていた訳で、頭をあげれば当然、全男子が求めて止まない幻想郷がそこにある。

つまり…………。


「…………白のレース」

「 死 ね 」

「ぎゃふんっ!!!?」


零距離で膝蹴りを顎に貰って、俺の意識は一瞬でブラックアウトした。










あれから数時間後。

俺はエヴァたちと待ち合わせした鳥居の下に来ていた。

女の子待たせるのも何だかだしな。

ちなみに呼んだのは、霧狐、エヴァ、茶々丸、木乃香、刹那と、まぁ割とお馴染みのメンバーだな。


「ばうばうっ!!」

「おっと、自分もやったな」


足元で吠えたチビの頭を笑顔で撫でた。

さすがに、こんな日まで部屋で留守番ってのは可哀そうだからな。


「お待たせしました、小太郎さん」

「ほう、先に着いていたか。随分と殊勝な心がけだな?」


声のした方向へ視線を向けると、そこには俺が送った浴衣に身を包んだエヴァと茶々丸の姿があった。

茶々丸に送ったのは薄い緑地に様々な猫の顔がプリントされたもの。

ちょっと子どもっぽ過ぎたかとも思ったが、彼女は猫が好きだったはずだからな。


「ありがとうございます、小太郎さん。浴衣、サイズもぴったりでした」

「…………毎回思うんだが、何で貴様が用意する衣装はこうもサイズがぴったりなんだ?」


お礼を言う茶々丸の下で、納得がいかないと首を傾げるエヴァ。

もちろん彼女もきちんとドレスアップしてる。

くだんの浴衣は思った通り彼女に良く似合ってるし、こちらは茶々丸の手によるものだろう、普段は下ろしたままの髪はアップでまとめられていた。


「それは当然やろ? だってクリスマスの衣装用意する時に茶々丸から自分のサイズ聞いてんねんから」

「は?」


本日何度目か分からない驚愕に、再び顔を凍りつかせるエヴァ。

彼女は油の切れた玩具のような動きで自らの従者を見上げ、若干の怒気を孕んだ語調で言った


「…………お前、私のパートナーだという自覚はあるのか?」

「yes.マスター。マスターもサイズがぴったりの衣服の方が喜ばれると思いましたので」

「そういう問題じゃないだろう!? 人の個人情報をなんだと思ってる!?」


があっ、と自分の従者を怒鳴り散らす金髪幼女。

傍から見たら、これ駄々っ子にしか見えねぇな。


「あ、おったおった。お~い、コタく~ん!!」


再びそう呼びかけられる俺。

振り向くと、そこには例により着飾った3人の姿があった。


「すみません。お待たせしてしまいましたか?」

「うわ!? お兄ちゃん、ホントにエヴァも連れて来てくれたんだ!?」


申し訳なさそうに小走りに駆け寄って来る刹那。

その刹那の隣で同じように駆けて来る木乃香と霧狐。

もちろん3人とも浴衣装備である。

木乃香は赤ベースに、色とりどりの花があしらわれた比較的オーソドックスなデザインのもの。

しかし、それはそれで彼女のはんなりした雰囲気に良く合っていて非常に可愛らしい。

刹那は白地に桜の花と花弁があしらわれた、こちらも良く見るデザインのもの。

その控えめ具合が逆に彼女らしくて、こちらも良く似合っていた。

ちなみに、2人とも髪は俺がクリスマスに送ったバレッタで留めている。

最後に霧狐だが、これは俺が選んだものだ。

薄い黄色をベースに、こちらも薄い浅葱色で狐が描かれたもので、もちろんミニ丈。

活発な霧狐のイメージに合わせてみたんだが、どうやら正解だったらしい。


「うんうん…………祭はやっぱこうやないとな。皆良ぉ似合ってて可愛いで」


実に眼福である。

これだけで、祭に来た甲斐があるよなー…………。


「えへへ。何やコタくんにそう言われると照れるわぁ。コタ君も、その浴衣良ぉ似合うとるで」


頬を朱に染めながら、木乃香がそう言って俺を指差す。

そう、郷に入っては郷に従えってなわけで、今日は俺も普段の学ランではなく浴衣装備なのだ。

デザインは黒ベースで、裾と左の袖にかけて赤でグラデーションが入ってるもの。

背中には俺らしく、一匹の白い狼が描かれている意匠だ。

ちなみに、チビも同じデザインの半被でおめかししてるんだぜ?


「普段は学ラン姿ばかりですから、そう言った姿は新鮮ですね」

「チビも良く似合ってるよ~」

「ばうばうっ!!」


そんな感じで、楽しそうに談笑を始める面々。

さて、全員揃ったし、早速出発…………。


「おっと、その前に…………」

「「「「「「???」」」」」」


歩きだそうとした矢先、急に立ち止まった俺。

それを見て不思議そうに首を傾げる5人と1匹。

そんなことはお構いなしで、俺はエヴァに歩み寄る。

そして…………。



―――――ひょいっ…………すとっ



有無を言わさず抱きかかえ、チビの背中に乗せた。


「…………一応聞いておいてやるが、貴様、これは一体何のつもりだ?」

「いや、自分の歩幅やと俺らと歩調合わせるんきついやろ? せやから、チビに運んでもろたら楽やと思て」

「む…………な、何だそういうことか。駄犬の割には気が利くじゃないか」

「せやろー? 別に『もの●け姫ごっこしてるエヴァ様ゲトォォォォォオオオオオッ(゚∀゚)!!!!』とか思てへんでー」



―――――カシャッ



「…………しっかり撮ってるじゃないかこの駄犬がぁぁぁぁぁあああああっ!!!!!?」

「いやいや、気のせいやて」


取り出した携帯を懐にしまいながら、手をひらひらさせる俺。

すると、驚くほどの俊敏さで茶々丸が背後に近寄って来た。


「…………小太郎さん、後で私のメールボックスにも送信お願いします」

「…………おう、任せとけ」

「聞こえてるからな!? ばっちり聞こえてるからな!? 貴様ら後で覚えておけよ!?」


そんなこんなで、俺たちはようやく縁日へと向かって行くのだった。









その1・金魚掬い


―――――ぱしゃんっ


木「あん! もぉ~、もうちょっとやったのに~…………」

刹「惜しかったですねお嬢様。もう少し角度をなくせば次は取れますよ」

木「むぅ~…………はれ? コタくんたちはせぇへんの?」

小「いや、俺らがやったら店潰れてまうで?」

霧「キリはやっても良いよね?」

エ「いや、それもダメだろ…………」

茶「では私が…………」

小「それもあかんって!!」

茶「残念です。野良猫たちの餌が…………」

小「金魚さんたち逃げてーーーーっ!!!?」










その2・綿飴


霧「うわぁ…………ふわふわで甘くて美味しいよぅ…………」

小「そういや霧狐は綿飴初めてやんな?」

霧「うん。人里ってホントにたくさん美味しいものがあるんだね!! ぱくっ…………美味しいよぅ~♪」

エ「…………おい子狐、それは本来少しずつ千切って食べるんだぞ? そのまま食べると口の周りがべたべたになるからな」

霧「ふぇ?」

小「…………もう手遅れやったな。ああほら、拭いたるさかい、こっち向きぃ?」

霧「む~~~~…………ぷはっ。えへへっ、お兄ちゃんありがとっ♪」

木・刹「…………ぱくっ」

茶「??? お2人とも、そのような食べ方をしては…………」

木・刹「こ、コタくん!! ウチも…………!!」「こ、小太郎さん!! 私も…………!!」

小「何やチビ、自分もかいな?」

チ「ばう?」

小「まぁ自分は手が使えへんしな。ほれ、顎あげぇ」

チ「う゛~~~~…………」

木・刹「「…………」」


―――――べしっ


茶「…………お2人とも、綿飴はお嫌いでしたか?」











その3・型抜き


―――――ぺきっ


霧「うにゃあっ!? あう~…………割れちゃったよぅ…………」

小「あははっ。まぁ結構力加減ムズいしな」

木「もうちょい、もうちょい~…………」

刹「お嬢様!! あと少しです、頑張って!!」

茶「…………行きます」


―――――ビビビビビビビビビビビビビビビッ!!


茶「…………お団子、1万円ゲトー…………」

エ「ふん、この程度か? まどろっこしい。この店の型全て持って来い!!」

店「勘弁してください!!」

小「…………大人げないことすんなや」










その4・お面


小「まぁ、定番っちゃ定番やな」

チ「ばう!! ばう!!」

小「ん? これか? …………ってわんこが犬の面してどないすんねん」

霧「キリはこれにするー!!」

刹「いや、霧狐さんが狐のお面をするのもどうかと…………」

木「さすがにカラスはあれへんなー…………」

刹「…………お嬢様? もしあってもさすがにそれを付けるのはちょっと…………」

茶「では私はこちらの猫を」

店「へい毎度!!」

エ「ふん、くだらんな。そんなもの買ってもどうせゴミになるだけだろう」

店「お? 嬢ちゃん小学生か? 良いねぇ、こんな優しそうな兄ちゃん姉ちゃんがたくさん居て」

エ「…………(プチッ)」

小「まずっ…………!?」

エ「誰が小学せもがもがーーーーっ!!!?」

小「エヴァさん抑えて!! 一般人やから!! 相手一般人やからっ!!!!」









その5・おみくじ


木「ここのおみくじは当たるって評判なんやえ」

刹「そうなんですか? 余り悪いことが出なければ良いですが」

エ「くだらんな。たかが運だめしだろう」

霧「けど面白そうだし、エヴァも引こっ♪」

エ「ま、まとわりつくな子狐!! 暑苦しい!!」

木「あ、たつみーが巫女さんしとる」

真「…………たつみーはよせ近衛。しかしまた随分と変わったメンツだな?」

小「そこはほら、小太郎プレゼンツっちゅうことで」

真「? まぁ良い。おみくじなら1回100円だ」

小「ほなせっかくやし俺も」

真「…………毎度。それじゃこの箱を振ってくれ」

小「本格的なやつやな…………お、出たで。16番」

真「16番だな。…………ほら」

小「おおきに。どれどれ…………」

真「どうした? 凶でも引いたか?」

小「いや、これ…………極凶ってなんやねんっ!?」

真「逆に運の良いやつだな。それはここの神主が月に1枚しか混ぜないという激レアものだ」

小「そ、そうなんか? まぁ、そう考えたら悪い気も…………」

真「ちなみに、それを引いた人間は大抵、生死の境を彷徨う様な凶事に見舞われるらしい」

小「悪い気しかせんわ!! え、えーと他には何が書いてあるんや? 何なに…………女難の相有り。優柔不断な態度は悪し。決断を急ぐも悪し。八方塞。…………」

真「まぁ、何だ…………世界樹の天辺にでも結んでおけ」

小「そうするわ…………」










「んーーーーっ!! いっぱい遊んだーーーーっ!!」


ぐぅっと伸びをして、満面の笑みで叫ぶ霧狐。

彼女が言う通り、俺たちは大体の出店を回りつくして散々遊んだ後だった。


「ホンマに…………こんな思いっきし遊んだん久しぶりやったわぁ」

「ええ。私も何だか童心に返った気がします」

「…………いや、お前らまだ十分幼いからな?」

「大丈夫ですマスター。マスターも外見は十分幼いので」

「…………貴様というやつは…………本気で廃品回収に出してやろうか?」

「謹んで辞退させて頂きます」


一部不穏な発言もあったが、楽しそうに談笑する少女たち。

彼女たちを見ていると、こちらまで不思議と笑顔になってくる。


「…………こうやって皆笑うてくれてたら、俺はどんだけ長い時間を過ごすことになっても、きっと大丈夫やんな?」

「ばうっ!!」


俺が頭を撫でながらそう言うと、チビは元気良くそれに答えてくれた。


「何だ駄犬? あれだけ大口を叩いておきながら、何だかんだで不安だったのか?」


俺の呟きが聞こえたらしい。

エヴァは意地悪そうな笑顔を浮かべながら、俺の傍まで来てそんなことを尋ねて来た。


「まぁ、さすがに全く不安が無い訳やないで? けどま、自分ら見てたらそんな不安も消しとんだわ」


笑顔でエヴァの頭をわしゃわしゃと撫でる俺。

当然のように、その手はエヴァにとって跳ね退けられる運命なのだが。


「だ、だから触るなと言ってるだろうが!?」

「あははっ。まぁたまには良えやろ? それに自分も、今日は出て来て正解やったと思とるんちゃうか?」

「む…………ま、まぁ、たまにはこういう日があっても悪くないかも知れんな」


照れ臭そうにそう言うと、エヴァはぷいっとそっぽを向いて、つかつかと先の方へと進んで行ってしまった。

…………本当、素直じゃねぇなぁ。

しかし、きっと彼女も俺と似たようなことを思ってたに違いない。

俺たちはこれから、気の遠くなる時間を過ごすことになる。

何度も繰り返す出会いと別れの中で、きっと俺たちを救ってくれるのは、仲間たちとの幸せな思い出だろう。

だから彼女も、きっとこんな日常が続くのは、悪くないと、そう思ってくれてる筈だ。

口に出すと怒られそうなので、俺は心の中でそんなことを考えていた。

さて、そろそろ良い時間だし、寮生どもを送って帰るとしますか?

そう思って、俺は歩調を早めることにした。











…………と、いうところで、話が終わっていれば非常に綺麗だったんだけどな。


「マスター、そんなに急がれますと…………」


つかつかと一人で突き進んで行くエヴァに、茶々丸がそう声をかけようとした瞬間だった。



―――――かつっ…………



「ふぎゃっ…………!?」


地面に窪みでもあったのだろう。

急ぎ足だったエヴァはそれに気付かず、見事に足を取られて盛大にこけた。

そして問題だったのはこれからだ。

今のエヴァの服装を考えて欲しい。

そう、彼女は今日浴衣を着ている。

しかもそれは俺が送った例の浴衣。

つまり、丈はかなりのミニなわけで…………。


「いったたた…………ん?」


こけた拍子にその裾は捲れ上がり、彼女の可愛らしいお尻と、それを包む純白の布地が露わになってしまっていた。


「~~~~っっ!!!?」


慌てて裾を直したエヴァだったが、もちろん時既に遅し。

彼女の痴態は、俺の脳内ハードディスクバッチリ録画済みだった。


「…………み、見たのか?」

「…………え、ええと、ごちそうさまでした?」

「 殺 す !!!!」


エヴァの殺気が膨れ上がった瞬間、俺は明後日の方角へ全力で駆け出していた。


「チビーーーーっ!! ちゃんと皆を送ったってなーーーーっ!!!?」

「ばうっ!!」

「待たんか小僧!! 1度ならず2度までも!! 殺す!! 今すぐ殺す!! その目玉抉り出して、二度と光を拝めなくしてやるーーーーっ!!!!」


最悪なことに今夜は満月。

全力で追いかけて来るエヴァの殺気を背後に感じながら、俺の脳裏に過ぎったのは先程のおみくじだった。


『極凶:女難の相有り』


…………バッチリ当たってんじゃねぇよ!!

とにもかくにも、捕まったら先程の膝蹴りどころで済まないのは確実。

せっかく始まった長い人生を、こんな一瞬で終わらせないために、俺は全力で逃げるのだった。










木「コタくん…………そんなに見たいんやったら、ウチのをいつでも見せたるんに…………」

刹「お、お嬢様、そういう問題では…………(裸見られたんは、このちゃんには黙っとこう。このちゃん、小太郎はんの前で脱ぎかねへんし…………)」

茶「マスター…………こんなことなら、着付けの際に勝負下着をお出しするべきだったでしょうか?」

刹「い、いや、だからそういう問題じゃないと思いますよ?」

霧「えーと…………とりあえず門限近いし、帰ろっか?」

チ「ばう」

木「そうやね」

刹「そうですね」

茶「そうしましょう」


…………チャンチャン♪







[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 63時間目 円転滑脱 手際が良いを通り越して、むしろ恐ろしいけどな
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/23 23:37




「…………それはそれは、随分と楽しげな夏休みをお過ごしですね」


爽やかな微笑を浮かべて、紅茶を一口啜る妙齢の美男子。

言うまでもなく、かの紅き翼のメンバーが一人、大魔法使いアルビレオ・イマその人である。

俺は今、この大魔法使いと2人でお茶などしばいてるのだ。

九尾の封印が解けたことを彼にも報告しようと図書館島を訪れたところ、例の地下図書館でお茶でもと誘われたのだ。

そんな訳で、俺は彼に封印が解けた経緯を話した後、麻帆良祭のとき同様、取り留めもない世間話に花を咲かせていた。

ちなみに現在の話題は先日縁日に行ったこと。

俺は苦笑いを浮かべながら、彼と同じようにお茶を啜った。


「まぁ楽しかったことは認めるけどな。けどホンマに大変やったんやで? あの後エヴァに死ぬほどどつきまわされてんから」


復活した俺は、真っ先に例のおみくじを持って世界樹の天辺へと向かったさ。


「ですが、それはむしろその程度で済んで良かったと思うべきでは? 彼女の下着を覗き見て、今こうして生きていられるなんて奇跡に等しいことですよ?」


ですよねー☆

正直、ボコボコにされる程度で済んで良かったと思う。

あの鬼畜幼女なら、本気で目玉抉り出しかねないし。

くわばらくわばら。


「しっかし、魔力だけなら封印されとるエヴァより俺んがある筈なんに、何であない一方的にボコボコにされてまうんやろうな?」


もちろんこちらから手出しする気は毛頭なかった。

だが、逆に俺が防御に徹底していた分、彼女からの攻撃をあそこまで防ぎきれなかったというのは可笑しな話だ。

やはり600年の研鑽は伊達ではないということなのか?

しかしそれだけじゃやっぱり納得がいかないような気もする…………。

俺が頭を悩ませて唸っていると、アルはぴっと右手の人差し指を立ててこんなことを言った。


「それは単純に、小太郎君が手に入れた魔力を完全に引き出せていないからではありませんか?」


彼の言う通り、その可能性は考えた。

原作のネギだって、サウザンドマスターに匹敵する魔力を持ちながら、序盤で全くと言って良い程フェイトに歯が立たなかった。

それは単純に、彼が自身の魔力を使いこなせていなかったから。

強い魔力を持っていても、それを使いこなせなければ宝の持ち腐れ。

その理屈は、自分の経験を通して理解している。

しかし、経験しているからこそ、そして魔力の引き出し方を学んだ俺だからこそ納得いかない。

九尾の魔力は勝手が違うとでも言うのだろうか?


「以前よりも大きな魔力を手に入れた訳ですからね。無意識のリミッターが強いのは当然の理屈ですよ」

「なるほど…………」


アルの説明にようやく得心がいって、俺はぽんっと手を叩いた。

つまり、今の俺は自分でも行使したことがないような大魔力にビビって、アクセルを全開する前にブレーキをかけちまってる状態ってことか。

…………けどそれって、どうやって解決すれば良いのん?


「何か上手いこと魔力を引き出せる方法とかあれへんかなぁ?」

「まぁ、普通に修練を積んでいても、徐々に引き出せる魔力は上がっていくと思いますよ?」


相変わらず爽やかな笑みを貼りつけて言うアル。

その理屈は分かるが、原作に合流するまで残り時間が少ない以上、あまり悠長にもしていられない。

可及的速やかに、俺は手に入れた九尾の魔力を引き出せるようになる必要があった。


「そうですね…………では上位古代語魔法(ハイエンシェント)などを覚えてはいかがでしょうか?」

「上位古代語魔法ねぇ…………」


確かにそれなら、俺のリミッターとか関係なしに、馬鹿デカい魔力を引き出す必要がある。

使えるようになれば、自然と俺が無意識に駆けてるブレーキも緩むだろう。

しかし…………。


「正直、俺白兵戦タイプやから、あんまそういう固定砲台っぽい魔法は使いたないなぁ…………」


上位古代語魔法と言えば、エヴァのこおるだいち、ネギやナギが使っていた千の雷、超鈴音の燃える天空などに代表される広範囲殲滅型の大魔法。

詠唱が長いそれは、前衛型の俺にとってデメリットが大き過ぎる攻撃手段だった。

しかしアルは、そんな俺の否定的な意見を前に、なおもにこにこと爽やかな笑みで続ける。


「いえいえ。何も上位古代語魔法が全て広範囲殲滅型の術という訳ではありませんよ? 特に小太郎君が得意とする影属性のものは…………」


そう言ってアルは立ち上がると、背後にあった書架から1本の古めかしいスクロールを取り出した。

そのスクロールは魔力を持っている訳ではなく、一見するとただの巻物にしか見えない。


「そのスクロールは?」

「これは操影術の中でも禁術とされたとある上位古代語呪文が記された巻物です。もっとも御覧の通り、特に封印がされている訳でも、書自体に危険な魔法が掛けられている訳でもありません。魔法を記しているだけで、これはただの紙切れです」

「操影術て…………俺がここに来るんが分かってたみたいやな?」

「フフフ。学園都市内で大規模な戦闘が行われたことには気が付いていましたから。もしかすると、程度の考えで用意していたものですが、無駄にならずに済んで、正直ほっとしています」


微笑んで、アルは再び自分の席に腰掛けた。

…………さすがは紅き翼の参謀役。先回り加減まで規格外ですね。


「けど禁術て、その魔法俺が使うても大丈夫な代物なんか?」


闇の魔法を過使用したネギみたいに暴走するのは勘弁なんだが。

つか、今の麻帆良で俺が暴走した場合、学園長かタカミチ連れて来ないと止められないだろ?

それかエヴァの封印解くか。


「ご安心ください。これは何もそういった危険があるために禁術とされた魔法ではありませんから」

「??? ほんなら、何で禁術に指定されてん?」

「―――――術者自身の身体が耐えられないからです」


その言葉を口にした瞬間、アルの顔から今までの笑顔が消えた。


「…………この魔法は、使用することで人間では…………いえ、魔族ですら考えられないほどの膂力を術者に与えてくれます。しかし極限まで引き上げられた膂力に、術者自身の骨肉が耐えられず悲鳴を上げてしまう、言わば諸刃の剣…………」

「…………」


なるほど。

確かにそれは俺向きの魔法だ。

一度使用すれば、俺が出しあぐねている強大な九尾の魔力全てを引き出せ、俺の身体能力を極限まで高めることが出来る。

しかしその分、使用するリスクも高い。


「この図書館島に残された記録によると、この魔法を使用した魔法使いのおよそ9割が、たった一度この魔法を使用しただけで、その反動に耐えられずに死んでいます。残りの1割も、十に満たない使用回数で死んでいる未完成の上位古代語呪文…………あなたに、この魔法を使う覚悟がありますか?」


先程と同じ人物とは凡そ思えないほど威厳に満ちた表情で、アルは俺の目を真っ直ぐに見据えそう問い掛ける。

上位古代語魔法と言う時点で、これを行使しようとした魔法使いは、その全てが大魔法使いに列される猛者たちだったということは予想に難くない。

しかしその猛者たちがなお、その反動に耐えきれず死に至った禁術。

決死の覚悟で、この術を使う覚悟はあるか?

…………もちろん、そんな覚悟ないに決まっている。

俺に有るのはただ一つ…………。


「…………生き残る覚悟なら、いつでも出来とるで?」


獣染みた笑みを浮かべ、そう答える俺。

そう、俺の中にある覚悟。

それは、どんなに絶望的な死線であろうと、必ず踏み越えて、仲間とともに帰ってくる。

ただそれだけの誓い。

俺が刹那の涙に誓った、かつて千の呪文の男ですら、果たせなかった誓いだ。

どれだけ困難な状況だろうと、俺はあの時以来その誓いを忘れたことはない。

その魔法がどれだけ術者に強烈な反動を見舞うとしても、強くなるために必要なら、俺はそれを甘んじて受け止める。

しかし絶対に、俺はそれを乗り越え、必ず仲間たちの元に帰って来て見せる。

それこそが、俺の譲れない覚悟だった。

俺の言葉をどう受け取ったのか、真剣な表情をしていたアルは、再び先程のような笑みに戻っていた。


「フフフ。あなたならそう答えると思っていましたよ。本当に、これだから人生は面白い。あなたの人生も是非コレクションに加えたくなりました」


そう言って、俺へとスクロールを差し出すアル。

俺は苦笑いを浮かべて、そのスクロールに手を伸ばした。


「人生蒐集て、やっぱ良え趣味とは思えへんなぁ…………」


そしてそのスクロールを俺が掴もうとした瞬間だった。



―――――ひょいっ…………



「…………」

「フフフ♪」


アルはにこやかな表情のまま、スクロールをひょいと上に掲げていた。


「えーと…………何?」

「フフフ。誰も無料(タダ)で差し上げるとは言っていませんよ? これでも貴重な歴史的文献ですから、それなりの対価を支払って頂かないと」

「…………」


…………この狸めっ!!

エヴァの気持ちがメッチャ分かったわ!!

この変態紳士、性格悪過ぎだろっ!?

普通あそこまで勿体ぶって今更そんなこと言い出すか!?

そんな俺の苛立ちも全て計算づくなのだろう、にこにこと微笑んだままアルはこちらを見つめている。


「何も対価に支払うようなものが無いとおっしゃるのでしたら、そうですね。私とゲームでも…………」

「いや、それには及ばへん」


原作のエヴァを見ていれば分かる通り、アルは絶対こっちが一番嫌がる罰ゲームを賭けて来る。

結果的に自分が負けるように仕向けるにしても、その過程でこっちが焦っている様子を見てほくそ笑むに違いないのだ。

それが分かっていて、むざむざその賭けに乗っかるほど俺はお人好しじゃない。

それに俺には、こいつに対する最強のカードがあった。


「俺が支払う対価は…………これや!!!!」

「こ、これは…………!!!?」


俺がアルに突き付けたのは、俺愛用の携帯電話。

無論、その携帯電話を対価にするわけではない。

俺が言った対価とは、その画面に映されているもの。

携帯の液晶に映し出されているのは、初等部の制服に身を包んだエヴァの姿だった。

俺が再生ボタンを押すと、画面の中のエヴァはもじもじと恥ずかしそうにスカートの裾を引っ張りながら、次の瞬間には満面の笑みを浮かべて…………。


『お、お兄ちゃんっ♪ だ、だ、だ~い好きっ♪(ニコッ) …………』


そうのたもうたのだった。

目の前で展開された驚愕の事態に、あの大魔法使い、アルビレオ・イマは呆然と目を見開いている。


「わ、私ですらその完成形を思い描きながら、倫理的障害の多さと彼女の性格を考え撮影を断念した幻の動画…………本当に完成させるとは…………」


どこかで聞いたことあるような台詞を零すアルに、俺は獣の笑みを浮かべて高らかに宣言した。


「どーや!? これが対価なら文句あれへんやろ!? もしこれでも足りひん言うんやったら、さっき言うてたミニ丈浴衣(もの●け姫ごっこver)と去年のクリスマスに撮ったミニスカサンタコス着用の写真も付けたる!!!!」

「!!!? 売ったぁっ!!!!」



―――――がしっ



俺たちは互いの右手を堅く握り合った。


「…………まさかこれほどとは。小太郎君、あなたとは美味しいお酒が飲めそうですね」

「いやいやあんたこそ。さすがは伝説の魔法使い。ここまで話の通じるやつとは恐れ言ったわ」


そして互いの顔を見合わせ、俺たちはにやりと笑みを浮かべた。


「フフフフフフッ♪」

「はーっはっはっはっはっ!!」


こうして、俺とアルビレオ・イマの間に良く分からないが、鉄のように堅い同盟が締結されたのだった。










―――――その頃、エヴァのログハウスにて。



エ「…………くちゅんっ!?」

茶「? マスター? お風邪ですか?」

エ「い、いや…………な、何か知らんが、急に寒気が」

茶「風邪の引き始めかもしれません。夏風邪は長引きますので、今日は温かくされて早めにお休みになられては?」

エ「そ、そうか? い、いや、しかしそれにしては妙な胸騒ぎもする…………い、一体何だと言うんだ?」

茶「???」


…………チャンチャン♪





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 64時間目 十人十色 だからって許容出来ないこともある
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/25 16:16




「これは………古代ギリシャ文字ですね」


俺がアルから貰ったスクロールを広げて、高音は興味深そうにそう呟いた。

あの後、家に帰って早速スクロールを開いた俺は、その中身を目にした瞬間絶句していた。

…………うはwwwいみふwww

自慢じゃないがこの俺、ラテン語だってまともに読めない男だぜ?

操影術の稽古だって、高音が作ってくれたアンチョコが無ければ、正直もっと時間がかかったと思う。

そんな俺が古代ギリシャ語なんて読める筈がない。

上位古代語呪文って時点で気が付くべきだったな…………。

アルのことだから内容を教えて欲しいなんて持って行ったら、確実に何かしらの賭けを持ちかけて来るだろう。

秘蔵のエヴァコレクションは既に打ち止めだし、こんなことで胃を痛めるつもりはない。

かと言って、エヴァんところに持って行ったら、このスクロールの出所を聞かれてアウトだ。

アルからは、自分が麻帆良に居ることは彼女に黙っておくようにとお願いされてるしな。

必然的に、俺がこの魔法書について聞ける相手は高音しかいなかった訳だ。

そんな訳で、俺たちは今、駅前のファミレスに来ている。

人目はあるが、例の魔法書は特に魔法が掛かってる訳ではないので問題はないだろう。

しげしげと魔法書を眺める高音に、俺は恐る恐る尋ねる。


「どや? 自分やったら読めるんやないかと思てんけど…………」


高音は一端魔法書をテーブルに置くと、にこっと笑みを浮かべて…………。


「全く分かりません」


潔すぎる敗北宣言をしてくれた。

思わずテーブルに頭を打ち付ける俺。

いやいや、笑顔で言うところじゃないでしょ?


「魔法陣の配置などから、かろうじて操影術に関する記述だとは分かりますが…………どうやらこのスクロール、暗号になってるようですね。これを解読しない限り、内容について知ることは不可能だと思いますよ?」

「んな、アホな…………」


これは胃痛薬持参でアルのところに行くしかなさそうだな…………。

そんな風に諦めかけた俺だったのだが、高音が口にした言葉は予想外のものだった。


「少し時間を頂けますか? そんなに複雑な暗号では無いようですし、1月も頂ければ解読できると思います」

「へ? そ、それは構へんけど、良いんか? 自分かていろいろ忙しいやろうに」


申し訳なく感じて尋ねた俺に、高音は再び笑顔を浮かべる。


「構いませんよ。私が居ない間、愛衣の面倒を見て頂いたお礼です。小太郎さんだって、霧狐さんの指導役なのに愛衣の面倒を見てくれたでしょう? それに比べれば勉強の合間に解読作業をするくらい、どうってことはありません」


菩薩のように大きな高音の包容力に、俺は正直涙がちょちょぎれそうだった。


「おおきに、高音。ホンマ恩に着るで」

「そ、そんな大袈裟ですよ」


照れで頬を染めながら、ぱたぱたと手を振る高音。

本当、面倒見は良いし優しいし、原作のイメージとは偉い違いだよなぁ。(※彼は原作27巻までの知識しかありません)

そんな風に考えながら、コーラを煽る俺。

その時だった。


「…………はぁ」

「???」


不意に、高音の表情が曇ったように感じたのだ。

しかしそれは本当に一瞬で、ともすれば見間違いだと思ってしまいそうなほどの変化だった。

だが、俺の耳にはしっかりと彼女の溜息が届いた。

何か悩み事だろうか?

こっちから頼み事をした手前、俺で力になれることなら何かしてあげたい。

思わず俺は、彼女に尋ねていた。


「何か悩み事か? 俺で良かったら相談に乗ったるけど?」

「え? い、いえ、その…………た、確かに悩んでいるのですが、何と申し上ればいいのでしょうか? 少し言葉に詰まってしまうようなお話で…………」


およそ彼女らしくない歯切れの悪い返答に、俺はますます彼女の力になりたいという思いを強めた。


「幸い夏休みで時間もあるし、ゆっくり話聞くで? まとめにくい話やっちゅうんなら、思いついた端から言うてくれりゃ良えし」

「は、はぁ…………」


俺の言葉に、高音は少しの間押し黙る。

その逡巡を経て、ようやく覚悟が決まったのか、彼女は真剣な面持ちで、こう切り出した。


「じ、実は…………悩み事というのは、愛衣のことなんです」


高音が口にしたのは、彼女が指導役を仰せつかっている魔法生徒の名だった。

…………つか、どんだけ面倒見が良いんだよ? 悩みごとまで他人のことって…………。

少し呆れながらも、実に彼女らしいと思った俺は、気持ちを引き締めながら高音に先を促した。


「んで? 愛衣がどないしたんや?」

「ええ…………愛衣が霧狐さんと同室だと言うのはご存知ですよね?」

「そらな。こないだ巡回してるときも、普段の霧狐の様子とか楽しそうに話してくれてたで?」

「た、楽しそうに…………そ、そうですか…………」


何の気なしに答えた俺だったが、その言葉を聞いて、高音は更に落ち込んでしまった。


「な、何や何や? 愛衣と霧狐が喧嘩でもしとんのか?」

「い、いえ。2人の仲は順調と言いますか、その…………むしろ仲が良過ぎるのが問題と言いますか…………」

「???」


ますます高音の悩みが何なのか分からなくなる俺。

2人の仲が良過ぎるって、それが一体何で高音の悩みに繋がるんだ?

そんな疑問が顔に出ていたのか、高音は目を瞑り、1度大きく深呼吸をすると、意を決した表情でこう切り出した。


「じ、実は最近、愛衣の霧狐さんを見つめる視線が、妙に熱っぽいと言いますか…………その、まるで恋する乙女のような表情をするようになってきて…………」

「…………え゛?」


…………え、えーと?

それは、つまり…………。


「…………め、愛衣が、霧狐に惚れとるっちゅうんか?」

「そ、そうとしか思えないんです…………」

「…………」


…………俺の妹がキマシタワー!!!?

いやいやいやいや、いやっ!!

そ、そそそそ、そんなバカな話がある訳ないだろ!?


「じ、自分の勘違いなんとちゃうんか? ほ、ほら!! 霧狐のやつ、小動物っぽいからこう、ペットに対する愛着っちゅうか、な?」

「…………私も最初はそう思って真面目に考えていませんでした。ですが帰省中に電話で、愛衣とこんなやりとりをしまして…………」






高『どうですか愛衣? 私のいない間、小太郎さんや霧狐さんに迷惑はかけていませんか?』

愛『だ、大丈夫ですよお姉様っ。ちゃんと修行も警備員のお仕事も頑張ってます』

高『ふふっ、それは何よりです。霧狐さんとは相変わらず仲良くしていますか?』

愛『はいっ!! そんなのもちろんですよっ!!!!』

高『っっ!? そ、そう? それを聞いて安心し…………』

愛『昨日なんて、キリちゃんってばリビングで上級生が見てたホラー特集を一緒に見ちゃって、一人じゃ眠れないーって言って、一緒のベッドで寝たんですよ!!』

高『そ、そうなんですか? ほ、本当に仲が良いんですね?』

愛『はい!! キリちゃんて、お部屋で寝てる時は幻術解いてるんですけど、眠ってると狐の耳が物音に反応してぴょこぴょこ動くんですよ!? もうそれが可愛くて可愛くて…………』

高『へ、へぇ…………』

愛『しかも!! しかもですよ!! キリちゃんって、ついこないだまでお母さんと一緒の布団で寝てたらしくて、一緒に寝てると寝ぼけて私に抱き付いて来るんです!! こう、私の腰にぎゅ~~~~って!!』

高『…………』

愛『だから私も、キリちゃんのことぎゅ~~~~ってしたんです!! そしたらキリちゃん、寝言で私のこと『おかーさん…………』って呼んで(中略)…………とにかくっ!! もうそれはそれは物凄く可愛いんですよ!!!!』

高『…………』

愛『それからっ、それからっ…………(以下エンドレス)』






「…………」

「…………」


…………アウトォォォォォオオオオオッ!!!!!!

愛衣さん完全にアウトですやん!?

有罪判決ですやん!?

弁護人が匙投げますよこんなんっ!!!!

あと霧狐、半妖が作り物ホラーにビビんなし。

しかし…………まさか事態がここまで深刻だとは…………。

けど、冷静になってみると、愛衣が霧狐に恋愛感情を抱いて何か問題があるのか?


「…………小太郎さん、1つ忘れているようですが、愛衣はあれでも『優秀』と評価される魔法生徒です」

「? まぁ、それは分かっとるで?」


魔法学校を首席卒業するくらいだ、戦闘技術はさておき、魔法の腕と知識だけならかなりのものだってことは俺にも分かる。


「しかも愛衣は霧狐さんと同室…………間違いが起こらないと言い切れますか?」

「!?」


その言葉に冷や水をかけられた気分になる俺。

た、確かにそうだ…………。

愛衣のことだし、さすがに惚れ薬とか、法で規制されてるような精神干渉をして霧狐を落とそうとはしないだろう。

しかし儀式魔法や魔法薬を使えば、一時的とは言え身体を男性の物に変えることだってできる。

もし愛衣の想いが霧狐に通じた場合、霧狐と合意の上で、そーゆー行為に及ばないとも限らない。

しかも彼女たちは中学生…………性に関する知識は、はっきり言って乏しい。

最悪の場合こんなことだって…………。






『…………お兄ちゃん。キリ、ママになるんだ♪』






「―――――ぬがぁぁぁぁぁあああああっ!!!!!!」

「っっ!? こ、小太郎さんっ!!!?」


急に叫んだ俺に、高音が心配そうに呼び掛ける。

そんなのお構いなしに俺は両拳をだんっ、とテーブルに叩きつけた。


「認めへん!! 出来ちゃった婚なんて、お兄ちゃんはずぇっ…………っとぅわいに認めへんからなっ!!!?」

「い、今の数秒間で一体どんな想像を膨らませたんですか…………?」


さすがに呆れたように呟いて、高音はこほんっと小さく咳払いをすると話を元に戻した。


「多少の事なら私は愛衣の気持ちを尊重するつもりです。しかし私は彼女の指導を承っている身。不純異性交遊に発展しそうな恋愛は、さすがに看過できません…………」

「この場合、不純同性交遊やけどな…………」

「それに…………愛衣には幸せになって欲しいんです。霧狐さんと愛し合うことが不幸だとは言いません。けれど、世間の目や批評という障害は拭いきることが出来ない物です。私は彼女たちをそんなものに苛ませたくないんです…………」


真剣な表情でそう呟く高音。

それは俺だって同じだ。

今まで散々苦労して生きて来た霧狐には、絶対に幸せになって欲しい。

彼女の決めたことなら、どんなことだって手を貸してやりたいが、今回ばかりは別だ。

やはりここは、どうにかして愛衣の目を覚まし、普通の恋愛に目覚めさせてやるべきだろう。


「そうと決まれば、早速明日辺り俺が愛衣と会うて話をしてみるわ」


まずは彼女の腹の中を探らないと、ここまで俺たちが想像を膨らませておいて、実は盛大な勘違いでしたー、じゃ笑えないしな。

俺の言葉に、高音は真剣な表情で頷いて見せた。


「お願いします、小太郎さん。どうかあの子の…………愛衣の目を覚まして上げてください…………!!」


切実な彼女の依頼に、俺は同じように、真剣な表情で頷いたのだった。









―――――翌日。


「ごちそうさまでした♪」


手を合わせて行儀良くお辞儀する愛衣。

俺は高音との打ち合わせ通り、昨日彼女と話していたファミレスに愛衣を連れ出していた。

高音は愛衣にバレないよう、認識阻害の魔法が掛ったメガネをかけて俺たちのすぐ後ろの席にスタンバっている。

愛衣には計画を気取られる訳にはいかなかったので、食事がてら霧狐の学校や寮での様子を教えて欲しいと伝えておいた。

状況は整った。

ここからが俺の腕の見せ所だ。

何とかして、愛衣の真意を聞きださないと…………。


「えーと、キリちゃんの学校での様子をお教えすれば良いんですよね?」


そう話を切り出してくる愛衣に、内心ドキッとする俺。

…………そうだった、そういう建前で連れ出したんだった。

俺は慌てて笑みを作り、愛衣に話を合わせることにした。


「あ、ああそうや。霧狐のやつ、人見知りが激しいやろ? 知らん人間ばっかの学校や寮で上手くやってけとるか心配でな」

「あはは、小太郎さんは心配症ですね。大丈夫ですよ? 入学して4カ月も経ちましたし、もう殆どクラスや寮の人たちとは打ち解けてます。この前なんか、寮でクラスの娘たちと一緒にお菓子作りしたんですよ?」

「そ、そうけ? まぁ、上手くやってけとるなら一安し…………」

「それでですね!! 霧狐ちゃんって、甘いもの食べてると凄く幸せそうな顔をするんですよ!?」

「へ、へぇ? そ、そういえばそんな感じやったな…………」


急にテンションが最高潮に達した愛衣に、一瞬たじろぐ俺。

あ、あれ? 何かマズいスイッチ押しちゃったっぽい?

普通に霧狐の話をしながら、頃合いを見て愛衣の気持ちを確かめる計画だったんだが…………。

そんな俺の焦りを余所に、愛衣のテンションは更にヒートアップするばかりだった。


「その仕草がもう可愛くって!! 皆で誰がキリちゃんにお菓子上げるか喧嘩になっちゃったくらいですよ!!」

「…………」

「それからですね…………」


最早俺が話を聞いてるかどうかも関係ないと言った様子で、なおも愛衣は手に汗握りながら霧狐の可愛さを語り続ける。

…………もう計画云々とか良いから、誰か俺を解放してくれ。


「…………ていうことがあって、もう本当、キリちゃんのあんな姿見たら、誰だって骨抜きになっちゃいますよね~?」

「…………そ、そうやな」


最早愛想笑いにすら力の籠らない俺。

しかしようやく愛衣は満足したらしく、語るのを止めて、テーブルのオレンジジュースに手を伸ばした。


「ゴクゴク…………ぷはっ。えへへ、たくさん話したら喉が乾いちゃいました」


ぺろっと、舌を出して笑う愛衣。

いや、その仕草だけ見てたら可愛いけど、その前の怒涛の霧狐トークのおかげで俺は最早溜息を吐く気力すらありませんよ。

…………しかし、これはもうどう考えても黒の予感しかしない。

だが、一応万が一ということもあるし…………。

俺は意を決して、愛衣の気持ちを確かめることにした。

つか、これ以上世間話を続けて、再び瀑布のように『キリちゃん可愛い!!』『キリちゃんサイコー!!』なんて言葉を浴びせられても敵わんからな…………。

ここは少々リスクもあるが、正面突破しかあるまい。

そう思って、俺は恐る恐る、その疑問を口にした。


「え、ええとな…………俺の勘違いやった忘れてくれて構へんねやけど、もしかして愛衣…………霧狐のこと、好きなんか?」

「へ? そんなの当たり前じゃないですか? だってお友達ですよ?」

「…………」


―――――がつんっ


昨日同様、テーブルに頭を打ち付ける俺。

そんなお約束な答えは誰も期待してねぇんだよっ!!!?


「せ、せやなくてな? その、恋愛対象っちゅう意味の好きであってな?」

「…………」


その瞬間、急に真剣な表情で黙りこむ愛衣。

…………あ、あれ? 何だこのマジな空気?

や、やっぱ俺と高音の予感が的中してたってことか!?

そんな俺の動揺を知ってか知らずか、愛衣はぽつりとこんなことを呟いた。


「…………やっぱり、女の子同士でそういう気持ちになるのって、変ですよね?」

「へ?」


その言葉は、俺の問い掛けを否定してるとも肯定してるとも取れるもの。

しかし愛衣の様子を見ていれば、彼女が真剣に霧狐のことを思っていると伝わって来る。

硬直した俺に、愛衣は独白のように言葉を続けた。


「私も最初は勘違いだって、自分に言い聞かせてたんです。だけど抑え込もうとすればするほど、忘れようとすればするほど、キリちゃんへの気持ちがどんどん止まらなくなっていっちゃって…………」

「…………」

「小太郎さん、やっぱりこんなのおかしいんでしょうか? クラスの子やお姉様には相談できなくて…………もう、私どうして良いか分からないんです!!」


両目一杯に涙を湛えて、そう訴える愛衣。

その表情からは、彼女が自分自身の感情と世間一般の倫理観の板挟みになり、今にも押しつぶされそうになっていることが、ひしひしと伝わって来る。

…………ど、どどどどどーしよう!?

当初の計画通りに行動するなら、俺は彼女に『女の子同士なんてやっぱりおかしいと思う』と告げるべきなのだろう。

しかし、だがしかしだ!!

こんな彼女の切実な思いを打ち明けられて、そんな残酷な言葉の刃を突き立てるような真似が出来るだろうか!?

そんなの否だ!!


「え、えーと…………別に良えんとちゃうか?」

「え…………?」


…………言っちまったぁぁぁぁぁあああああっ!!!!!?

何考えてんの!? 何やってんの俺ぇぇぇええええっ!!!?

しかし言ってしまった以上、もう後には引けない。

俺は必死になって、彼女にかける励ましの言葉を模索した。


「ま、まぁ確かに、世間的に見たら同性でっちゅうんはおかしな話かも知れへん。けど、恋愛なんて十人おったら十通り、百人おったら百通りあって当然やろ?」

「こ、小太郎さん…………」


俺の言葉に感銘を受けたのか、愛衣はふるふると唇を震わせる。

そんな彼女の様子に一先ず上手く行ったことを確信して、小さく咳払いをすると、俺は話を纏めた。


「せやから、別におかしいことはあれへんのやないか? 愛衣が真剣なんは痛いくらい伝わって来たし、何や…………妹のことそんだけ好いてくれとるやつがおって、俺は嬉しかったしな」


彼女を安心させるように、出来るだけ穏やかに微笑んで、俺はそう言葉を締め括った。

愛衣はぽろぽろと零れた涙を両手で拭いながら、それでも精一杯の笑顔を浮かべてくれる。


「ありがとうございます、小太郎さん…………私、何だか元気が湧いて来ました」


その言葉に、ほっと胸を撫で下ろす俺。

…………ん? 何かおかしくないか、これ?

そんな疑問が頭を過ぎったが、一先ず愛衣が元気になってくれたので、考えるのは後でも良いだろう。

そう思って、俺は彼女が落ち着くのを待つことにした。











「あ、もうこんな時間ですね」


あれからすぐに落ち着きを取り戻した愛衣により、再び怒涛の霧狐トークを聞かされていた俺。

愛衣が放ったそんな言葉、俺はようやく解放されると、安堵の溜息を零した。


「ご、ごめんなさい小太郎さん。実はこの後、キリちゃんと買い物に行く約束しててっ…………えと、お代ここに置いときますからっ」

「ああ、そんなん構へん構へん。良えから遅れんようさっさと行ったりぃ」


慌てて財布を取り出した愛衣に、俺は手をひらひらとさせながらそう促した。

それでも、悪いからとか何にかと理由を付けてお金を出そうとした愛衣だったが、本当に時間がギリギリだったらしく、最後は深々とお辞儀をして、お礼を告げるとともに駆け出して行った。


「小太郎さんっ!! 今日はありがとうございました!! 私、頑張りますね!!」


そんな言葉を残しながら駆けて行く愛衣。

俺は彼女の背中を、満足げな笑みを浮かべて見送った。


「…………って、見送っちゃダメじゃないですかっ!!!?」

「のぉわっ!!!?」


急に背後からそう怒鳴られて、思わずのけぞった俺。

振り返るとそこには、こめかみに青筋を浮かべた高音の姿が。

…………あ、あはは…………そう言えば、俺の目的って愛衣を諦めさせることだったんだっけ?

今更当初の目的を思い出した俺は、只管乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。


「どうするんですか!? 諦めさせるどころか、愛衣の背中を押すなんて…………これでは、火に油を注いだようなものです!!!!」

「せ、せやかて仕方ないやん!? 俺は泣く子と女の涙は苦手やねんっ!!!!」

「時と場合があるでしょう!? あそこは心を鬼にしてでも、愛衣を止めるべきところじゃありませんか!!!?」

「ほんなら自分は、あんな捨て犬みたいに震えとる愛衣に、追い打ちをかけるような真似できるんかっ!!!?」

「う゛っ…………そ、それは、確かに難しい問題ですが…………」


俺の言葉に、高音は勢いを欠いて、しおしおと席にへたり込んだ。


「うぅっ…………どうしましょう? 万が一、愛衣が間違いを犯したちしたら、私は愛衣の御両親に合わせる顔がありません…………そうでなくても、世間に認められない禁断の愛…………そんな茨の道にあの子を誘うなんて…………もう私、どうすれば良いのか…………」


普段の彼女からは考えられないほど弱々しい様子で呟く高音。

自分でその原因を作っただけに、これはかなり罪悪感が湧いてくるな…………。

しかしやってしまったものはしょうがない。

ここは何とかして高音を励ます他ないだろう。

そう思って、俺はこんなことを口にした。


「ここは発想を逆転させてみたらどうやろ?」

「発想の逆転?」


不思議そうに首を傾げる高音に、俺は優しく笑みを浮かべて続ける。


「確かに愛衣の取ろうとしとる選択は茨の道や。世間は決して味方なんざなってくれへんやろう。そんなとき、あいつらの味方になってやれるんは…………一体誰やろうな?」

「!? そ、そうですね。確かに、あの子たちの味方になってあげられるのは、私たちしかいません!!」


そう言った高音の表情には、いつも通りの明るさと、強い決意で溢れていた。


「そや。せやから、俺たちが見守ってやったら良えねん。愛衣が間違いを犯さんよう、世間の荒波に負けへんよう、影からあいつを支えたったら良え」

「はい!! 必ずや、私の手であの子を護って見せます!! あの子を護るのは世話役である私の役目ですから!!」


立ち上がり、すっと俺に右手を差し出して来る高音。

俺は同じように立ち上がって、笑顔とともに彼女の右手を握った。


「んでもって、妹を護るんは兄貴の役目や。俺たちの手でしっかりあいつらを護ってやろうやないか?」

「はいっ!!!!」


そうして、俺たちは堅く互いの右手を握り交わしたのだった。

…………これ、一応めでたしめでたしで良いんだよね? 俺、間違ったこと言ってないよね?

一抹の不安を感じながらも、俺は高音が元気を取り戻してくれたことで、再び安堵の笑みを浮かべるのだった。


「…………あ、あの~、お客様方?」

「「はい?」」


急に店員から声を掛けられて、素っ頓狂な声を上げてしまう俺と高音。

そんな俺たちに、店員は申し訳なさそうにこう告げるのだった。


「他のお客様のご迷惑になりますので、あまり大きな声で騒がれるのは、ちょっと…………」

「「…………本当にスミマセンデシタ」」


…………チャンチャン♪





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 65時間目 一期一会 嘘だと言ってよ、バー●ィィィィィィイイイイイッッ!!!!!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/28 10:53



いろいろと慌しかった夏休みから、早くも5カ月が過ぎた。

あれだけ鬱陶しかったセミの鳴き声は、とうの昔に為りを顰め。

今は冬の冷たい風が、麻帆良の空を我が物顔で吹き荒んでいる。

この5ヶ月間は、これと言って特筆するような出来事は無く、至って平和に過ぎて行った。

そんな中で、一つだけ報告すべきことがあるとすれば、例の禁術のことだろう。

当初の約束通り、1月ほどで解読作業を終えてくれた高音。

解読結果を記したレポート紙を俺に渡す際、彼女が口にしたのはこんな言葉だった。


『―――――この魔法は、決して使用してはいけません』


とは言え、そこは俺の性格を知っている彼女。

次の瞬間には困ったように笑って、こう付け加えてくれた。


『もし使用するならば、最大でも10秒以内の連続使用に留めてください。いくら小太郎さんが人より頑丈だとしても、それ以上は耐えられるような代物じゃありませんから…………』


そんな彼女の言葉通り、10秒を超えてこの禁術を使用することは、ほぼ不可能だといって良いだろう。

試しにと、エヴァの別荘を借りて15秒ほど使用したところ、俺はその後丸1日身動きが取れなかった。

並みの魔族よりよっぽど頑丈な俺が、たった5秒でそのダメージだ。

普通の人間がこんなものを使用すれば、死に到ると言うのも頷ける。

この禁術を完全な形で使用するには、まずは己の肉体を内側から強化していく他ないだろう。

幸い10秒という限界さえ侵さなければ、この禁術はそれ以上のリスクを持たない。

アルの予見通り、使用することで俺が引き出せる魔力も徐々に上がってきているしな。

九尾の魔力を最大限に引き出せるようになるころには、恐らくこの禁術の使用時間も格段に延びるはずだ。

…………そう考え、地道な努力を続けていた俺だったが…………。

気が付けば、暦は2月にさしかかっている。

それが意味するところを、皆さんはお気付きだろうか?

…………そう、ついに来たのだ。

俺が前世より、焦がれて止まなかった、ある人物との邂逅の瞬間、その時が。


―――――2003年2月上旬。


それは『魔法先生ネギま!』の、原作がスタートした時期。

即ち、ついにネギが、この麻帆良にやって来る時が近付いているのだ。

この日をどれだけ待ちわびたことか…………。

これは余談だが、昨年の九尾事件の折に、フェイトの姿を見て嫌な予感がした俺は、学園長やタカミチへの聞きこみを行った。

その調査の結果、千の呪文の男には俺と同い年の息子が居ると判明。

つまり、この世界において、この麻帆良にやって来るネギは俺と同様、原作よりも年を取っている訳だ。

それはつまり、彼が原作における麻帆良着任時より、確実に強いことを意味する。

そんな彼と手合わせできることを、俺はその事実を知った時から、心待ちにしていた。

恋焦がれた物語の主人公、そんな人物と実際に剣を交えることが出来る。

武人にとってこれ以上の幸せはない。

…………ないのだが。

当初の予定では、俺は例の禁術を原作開始前までに完成させるはずだった。

しかし、その予定は想像以上に難航し、気が付けばとても実践に堪えられないような完成度のまま、原作突入を迎えてしまいそうなこの状況。

まぁ、来てしまったものは仕方がない、こうなったら、意地でも修学旅行編までには完成させないとな…………。

灰色の雲が遮る2月の空を見上げ、俺はそんなことを誓うのだった。











で、俺は今何をしているかというと、女子校エリアの駅にて、とある人物を待っていた。

そのとある人物とは一体何者かと言うと…………実際のところ俺も詳しいことは知らないのだ。

というのもこれ、一応学園長から下された、正式な護衛任務なのである。

何でも、とある留学生が今日麻帆良に到着するから、その人物の安全に配慮しつつ学園長室まで案内して欲しい、とのこと。

この麻帆良でそうそう危険なことが…………まぁ、去年からこっち、結構起こったけど、そうそう何度も起こるとは思えない。

そんな訳で、俺はこの護衛任務とやらに疑問を感じたが、一応給料をもらってる身としては逆らい難いものがある。

幸いにも今日は土曜で学校も休みだったし、俺は甘んじてこの依頼を受けることにした。

…………しかし寒い。

いや、気とか魔力使えばどうとでもなるけど、さすがにこの程度の事態で使うのもどうかと思うじゃん?

ちなみに今の俺の格好は、1年のクリスマスに、亜子、アキラ、祐奈の運動部娘達から貰った手編みシリーズ+冬用の学ランである。

ここまでしても寒いってんだから、今年の冬はまさに厳冬と言えるだろう。

…………え? コートは着ないのかって? いやいや、学ランが隠れちゃうでしょ? これ、戦闘服だし。俺のポリシーだし。

そんなどーでもいーことを考えながら、待つこと数分。

そろそろ到着する頃なんだけどなぁ…………?

そして例により、俺は到着する護衛対象の顔を知らない。

学園長曰く、向こうには俺の写真を送ってるらしいから問題ないとのことだが…………人事書類とはいえ、俺に許可なく送るのはどうなんだ? 肖像権の侵害じゃね?

まぁ学園長のことだし、そんなオモロイ写真は送ってないだろうから構わないんだけどさ。

ホントさびぃ…………早く来てくれ留学生よ…………。


「…………あ、あの、犬上 小太郎さんですよね?」

「ん?」


駅前のベンチに埋もれるようにして座っていた俺は、急にそう声を掛けられて顔を上げた。


「…………」


そして声の主を見た瞬間、俺の思考はものの見事に凍りつく。

その人物の容姿に、思わず目を奪われたのだ。

俺と同じ、本校男子中等部指定の学ランに身を包んだその人物。

背丈は150前後と随分小柄で、体つきも男性にしては華奢で、学ランを着ていると言うより、着られているという印象さえ受ける。

そもそも学ランが大きめなのか、袖口からは指先が覗く程度。

そしてその袖口から覗く指先は、男性にしては余りに白く、そしてしなやかだった。

顔立ちは幼く、しかし十分に整っていて、どこか子犬を彷彿とさせる愛嬌がある。

しかし何よりも目を引いたのは、その人物の髪だった。

鮮やかな、赤みがかった頭髪。

それは本来肩口程までの長さはあるだろう、今は襟足のところで1つ結びにされていた。

…………ここまで言えば、その人物の容姿が、一体誰と酷似しているのか、もう分かるだろう。

そんな俺の予感を裏付けるように、その人物は笑顔を浮かべて頭を下げた。



「―――――ネギ・スプリングフィールドと言います。どうぞよろしく」



そんな、予想を大きく裏切った物語のスタートに、俺がしばらく立ち直れなかったのは言うまでもない。











「…………どういうことかきっちり説明して貰えるんやろうな?」



―――――ダンッ!!



学園長の机に両手を叩きつける俺。

恐らくそのこめかみには青筋が浮かんでいたに違いない。

この理不尽な状況に対する憤りを、一体どこにぶつければ良いのか分からなかったのだ。大目に見て欲しい。

そんな怒り心頭している俺の様子にも関わらず、学園長は相も変わらず飄々とした笑みを浮かべていた。


「フォッフォッフォッ、どういうことも何も、見ての通り編入生の案内を頼んだだけじゃよ? ああ、ちなみに彼は今日から君とルームメイトになる予定じゃ、いろいろと面倒を見てやってくれ」


そして、しれっと爆弾発言をする妖怪ぬらりひょん。

俺は本格的に始まった頭痛に、思わず目頭を押さえた。

…………いや、ネギが俺と同い年で男子部に編入して来て、あまつ俺と同室になるのは、まぁ100歩譲って良しとしよう。

確かに明日菜に魔法がバレるイベントは? とか、期末試験うんぬんの騒ぎは?とか思わなかったこともない。

しかしそれ以上に、俺にはどうしても納得いかないことがあった、それは…………。


「…………正気か妖怪ジジィ? あいつ『女の子』やんけ?」


『彼女』の性別だった。

現在ネギは、学園長室隣の待合室にいるため、俺ははばかることなくその事実を学園長に突き付ける。

学ランを着ていたため、俺自身も最初は『何でネギきゅん男の娘になっとるんー?』とか思ったりもした。

しかし原作でネギ(15歳ver)の姿を見ている俺としては、ネギのあの成長の仕方には納得がいかない。

とはいえ、原作においてもカモが、あくまであの幻術は使用者が思い描く未来像だと言っていたから、あのネギの姿はそれほどの正確な物ではなかったのかも知れない。

だがしかしだ、俺には常人にはない、とある特徴がある。

言わずと知れた犬の嗅覚だ。

人間にはそれぞれ固有の匂いがある。

そしてその中で最も大きな差異を見せるのが、男女の差だ。

どれだけ男装をしようと、また幻術を使おうと、女性特有の甘い香りまでは誤魔化せない。

…………ちなみに、男性の汗臭さとかも分かるため、正直柔道部の部室とかだと俺は窒息しそうになる。

学園長やタカミチから、ネギは男だと聞かされていたため、一瞬本気で騙されそうになった俺。

しかし嗅覚から入って来た情報は誤魔化しようがない事実。

俺はこの、予想を大きく裏切った事態に対する、明確な回答を学園長に求めた。


「…………ふむ。さすがに男装程度で君を騙し通せるとは思わなんだがのう。こうもあっさり看破してしまうとはさすがじゃな」

「俺の嗅覚舐めんなや? つか、散々人の嗅覚にかこつけて面倒事押し付けとったんや。こん程度んことくらい予想しとったやろ?」


俺が皮肉ってそう言うと、学園長は相変わらずの飄々とした様子で頷いた。


「まぁの。どの道君には全てを話した上で協力してもらうつもりでおったのじゃ。『彼女』の正体がバレたところで大事ではない」

「この狸ジジィめ…………まぁ良えわ。ほな、早速詳しい話を聞かせてもらおうやないかい」


先を促すと、学園長は先程までの飄々とした雰囲気を消すと、しっかりと頷いて話を切り出した。


「君が看破した通り、彼女…………ネギ君は紛れもなく女性じゃ。しかしとある理由から、今日まで男性と偽って生活してきた」

「まぁ、俺が聞いたときも、自分やタカミチはネギんこと『千の呪文の男の息子』やって言うとったもんな」


おかげで一杯食わされるところだった訳だが。

しかし気になるのは、どうしてそんな面倒な事態になってるかってことだ。

フェイトが女になってたときに、俺はこの世界が『ネギが女として存在している世界』だという可能性を考えなかった訳ではない。

むしろ覚悟完了済みだったと言っても過言ではなかったのだ。

そのため、ネギが女性であることは大した問題ではない。

問題なのは、『どうしてネギが性別を偽っているのか?』という部分だ。

そのせいで俺は、ネギと手合わせできると糠喜びさせられた上、事実を知って余計に凹むと言う二重苦を味合わされたのだ。

その理由について聞く権利くらいあると思う。


「で? 何でネギは男として生きらなあかんかってん? 肝心な理由を聞かせてもらいたいんやけど?」

「…………残念ながら、その問いには答えられんのじゃ。何せ彼女自身も知らされておらんことでのう」

「は…………?」


学園長の思わぬ答えに、思わず目が点になる俺。

じゃ、じゃあ何か?

ネギはこの15年間、理由も知らずに男として生活してきたってのか?

…………どんだけ純朴な上に素直なんだよ…………? 普通嫌気がさしたり反抗的になったりするもんじゃねぇのか?

そんな疑問が顔に出ていたのか、学園長は小さく笑って話を続けた。


「まぁ彼女の純真な性格が幸いしての。そこは大人たちの勧めることに素直に従ってくれとる」

「さよけ…………。ほんなら具体的な説明は出来ひんにしても、大まかな理由くらいは教えてもらえへんのかいな?」

「うむ…………簡単に言えば、これは彼女の身を危険から護るための処置なのじゃよ」

「危険から、護る…………?」


再び学園長の言葉に首を傾げる俺。

それだとまるで、ネギが女性だと何か不都合があるみたいな言い方じゃないか?


「…………何や気になる言い方やけど、これ以上は聞いても教えてくれへんのやろ?」

「うむ、スマンのう。しかしこれはナギの…………彼女の父の友人である『紅き翼』の面々が取り交わした約束なのじゃ。おいそれと破る訳にはいかんでのう」

「…………」


学園長の言葉に、俺は思わず黙り込む。

そう言えば、原作でテオドラ皇女にネギが自分の母親について尋ねたときにもそんなことを言ってたか…………。

確かアリカ王女だったか…………恐らくあの人がネギの母親で間違いないんだろうが、どうやらその辺が関係してるらしいな。

つまりこの情報は、ネギが一人前になるまでは明かされない秘密ってことなのだろう。(※彼は原作27巻までの知識しか(ry)

ということは魔法世界編辺りまでは、この謎はお蔵入りって訳だな…………。

まぁ、この際それは良い。その内分かるっていうなら、それは先の楽しみにしておけば良いからだ。

ネギの性別に関する問題は、疑問は残るものの一先ず片付いた。

となると、次に問題となるのは…………。


「まぁネギの性別に関する話は分かった。約束や言うんならこれ以上追及もせぇへん。けどな…………」



―――――ダンッ!!



俺は再び両手を机に叩きつけた。


「―――――何で俺が、同じ年頃の娘と同棲せなあかんねん!?」


そう、それこそが残された最大の問題。

いろいろと裏はあるものの、この学園都市麻帆良は、言わずもがな教育機関である。

その長である学園長が、何を血迷って同世代の異性を一つ屋根の下に住まわせようとしているのか、それが甚だ疑問でならなかった。


「フォッフォッフォッ、そういきり立つでない。先程言った通り、彼女は男性として世間に認知されておる。それは良いな?」

「ああ。それはもう分かったわ。けど、今聞いとんのはそんなことやないで?」

「せっかちじゃのう…………まぁ良い。魔法学校では卒業時にそれぞれ修行課題を言い渡されることは知っておるかな?」

「おう」


素直に頷く俺。

前に高音と愛衣がそんな話をしてたし、何より原作を見ている俺にとっては、その話は余りに印象深い事柄だったからな。

確か高音や愛衣のような魔法生徒は、人間界…………というか、旧世界で魔法使いという事実を知られず学生として過ごすこと、ってのが修行内容だったか?

ってまさか…………。

そこまで考えて、俺はとある結論に至って絶句した。

そんな俺の様子に気付いたのか、学園長は静かに笑みを浮かべる。


「彼女の修行内容はのう『日本の学校で普通の学生として過ごすこと』というものじゃ。そして彼女は男として生活しておる。つまりこの麻帆良で学生となる以上、彼女が通えるのは、本校男子中等部以外にないのじゃよ」

「なっ…………!?」


マジかよっ…………!?

思春期真っ盛りな上、男子校という隔離された空間で女に餓えた男子生徒共。

そんな中に、美少女と言って遜色ない女の子を1人紛れ込ませるなんて…………。

肉食恐竜の群れに、手負いの兎を放りこむようなもんじゃねぇか!?

とても正気の沙汰とは思えなかった。


「小太郎君の心配は無理もない。彼女の正体を知っとる一部の教諭陣でも彼女の扱いには意見が割れての。結局受け容れ自体は可決されたが、彼女の身の安全を護るため、何らかの処置が必要となったわけじゃ」

「何らかの処置て…………オイ、まさかそれが、俺との同棲やとかほざくんやないやろうな?」


しかし俺の予想を裏切って、学園長はにっこりと笑って頷いたのだった。

ふ ざ け ん な !!!!


「どこをどうしたら、それが『彼女の身を護るための処置』に繋がんねん!? 明らかに彼女の貞操はピンチのままやんけ!!!?」


つか俺、リアル狼さんだからねっ!? 獣っつうかケダモノの類だからね!?

そこんとこちゃんと分かってんのか!?

しかし学園長は笑顔を浮かべたまま、一歩も譲る気はないとばかりに御高説を続ける。


「まぁ考えてもみなさい。君は現在、学園の魔法生徒の中では間違いなく最強の存在じゃ。否、魔法先生を含めても、君と渡りあえるのはワシかタカミチ君。或いは刀子君か神多羅木君くらいのものじゃろうて」

「それが厳然たる事実やったとして、今の話とどう関係があんねん!?」

「ワシの裁量でネギ君に付けられる護衛として、君以上に腕が立つ者はおらんということじゃ」

「なるほどー☆ …………って納得するかボケェッ!!!! 気付かんのんか? 言わんと気付けへんのんかっ!? そもそも俺は『男』で、ネギは『女』やろ!? 狼避けに狼のおる檻に突っ込んでどないすんねんっ!!!?」


つか、それって俺こそがネギの貞操を護る上で最大の脅威に他ならないってことだろ!?

どう考えてもミスキャストじゃねぇか!?

そんな俺の怒涛のツッコミにも関わらず、学園長は相変わらず涼しげな表情を崩さない。

何だこの自信は? まさか俺を完全論破するための切り札でもあるってのか?

いやいや、どう考えてもそんなものないだろ!?

完全にこれは投了だろ!?

しかし俺は思い知らされる。

このクソジジィが、どこまでも性格が悪い狸野郎であると言う事実を。

連続でツッコミを入れたため、息を切らす俺に、学園長は笑顔とともにこんなことを言い出した。


「無論、君自身が危惧しとることは良く分かっとる。しかしそれを踏まえた上で、我々はネギ君の護衛兼ルームメイトとして、君が適任だと判断したんじゃ」

「…………スマン、全然話が見えてきぃひんのやけど…………?」

「何、簡単な話じゃよ。つまりの…………我々教諭陣は小太郎君、君を信頼しとるということじゃ」

「…………は?」


再び目が点になる俺。

この狸ジジィ、今何つった?


そんな俺に、学園長は居住まいを正して、こう告げる。


「君は女の子を泣かせるような行いが、何より嫌いな性分じゃろう? そんな君だからこそ、我々はネギ君を君に任せることにした。つまりはそういう訳じゃよ」

「…………」


…………えーと、何コレ?

つまりはこういうことか?

『お前のこと信じて任せたんだから、間違っても襲ったりするんじゃねぇぞゴルァ!!』と、そういうこと?

…………ふざけんなし!!

何それ!? 何その据え膳!?

蛇の生殺し、いや、狼の生殺しですやん!!!?

…………ヤバい、本当に目眩までしてきた。

もうツッコむ気力すらなくなってきた俺に、学園長は追い打ちをかけるようにこんなことを言い出す。


「まぁ君がそんなに嫌じゃというなら仕方ない。少々不安が残るが、ここは他の生徒と合い室か、或いは一人部屋を用意する外あるまいて。…………小太郎君が引き受けてくれれば、万一のフォローなども含めて安心だったのじゃが、仕方ないのう…………(チラ)」

「…………」

「シャワー室などで他の生徒と鉢合わせしたらどうなることかのう? そうでなくても、彼女は正体がバレるとオコジョ収容所行き…………若い美空で、哀れな話じゃのう…………(チラ)」

「…………」

「他の生徒と合部屋になった場合、万が一正体がバレるようなことがあったら…………あまつそれをネタに脅され、あられもない要求などされたら…………心配じゃのう…………(チラ)」

「…………だぁぁぁぁぁあああああっっ!!!!!! 分かったわ!! 分・か・り・ま・し・た!!!! 俺が面倒見たる!! 俺が合い室になったら良えんやろ!? これで満足か狸ジジィ!!!!」

「…………うむ。ではよろしくたのむぞい?」


自分で誘導しておきながら、しれっと言ってのける学園長。

…………俺や茶々丸に弄られるエヴァの気持ちが少し分かった。今度からはもう少し優しくしてあげよう…………。

それはそうと、一つ気になることがある。


「…………ネギの方は、俺の同室になることについて何も言ってへんのかいな?」


男として生活してきたとはいえ、彼女は女性としての自覚くらいあるだろう。

それが見ず知らずの男と、いきなり2人で暮らせなんて、そうそう受け容れられる提案だとは思えないんだが…………。


「うむ、その件に関しては彼女の了承も得ておる。タカミチ君が手紙を送ってくれたようでの、ワシが電話した際にも別段不満に思っておる様子はなかったのう」

「マジでか…………」


この場合、ネギの順応力が高いのか、それともタカミチの話術が凄かったのか、判断に窮する。

とは言え向こうがその気なら、俺がこれ以上何を言っても無駄か…………。

だってこのぬらりひょん、一歩どころか1ミクロンも譲る気ねぇし。

俺は溜息を着きながら、ネギの待つ待合室へと向かうのだった。












「あ、もうお話は終わったんですか?」


俺が待合室に入ると、座っていたソファーから立ち上がり、それこそ飼い主を見つけた子犬のように駆け寄って来るネギ。

…………

これで本当に今まで男として生活してこれたのかよ?

どう見ても可愛い女の子にしか見えないだろう…………。

それはさておき、彼女は既に学園長との謁見は済ませていたため、完全に俺待ちの状態だったのだ。

思ったより時間が掛かってしまったし、俺は素直にそのことを詫びた。


「ああ。スマンかったな。長いこと待たせてもうて」

「気にしないでください。それにそんなに待ってませんし」


にこにこと人懐っこそうな笑みで、本当に気にしてないとばかりにそう言ってくれるネギ。

…………せめてもの救いは、彼女がこんなに良い子だってことだろう。

まぁ、原作でも人当たりは良かったしな。

それはそうと、寮に戻る前に、俺は彼女に言っておかなければならないことがある。

大きく深呼吸をすると、俺は意を決して彼女に話を切り出した。


「まず最初に、俺は自分に2つばかし言うとかなあかんことがあんねん」

「? はい、何でしょう?」


不思議そうに首を傾げて答えるネギ。

…………ヤバい、素直に可愛すぐる…………。

ネギが女の子になってたショックで気にしてなかったけど、こうして見るとかなり可愛い容姿をしてるんだよね。

子犬っぽい立ち居振る舞いは木乃香と被る気がしなくもないが、物腰が丁寧だったり、木乃香ほどおっとりしてなかったりと、やっぱ今まで俺の周りにはいなかったタイプだし…………。

…………あれ? 俺ってばやっぱり早まった?

こんな可愛い子と1つ屋根の下で暮らして、湧き上がる青春のリビドーを抑えるとか無理っぽくね?

早速、彼女の護衛兼ルームメイトを後悔し始める俺。

そんな一抹の不安を打ち消すように、俺は小さく咳払いをして話を進めた。


「こほん…………え、ええとな? 1つ目の話やけど、俺は一応自分が女やっちゅう事実はもう知っとる。せやから、俺相手に正体隠さなあかんとか、そういうことはあれへんから心配せんでくれ」

「はい」

「…………え? そんだけ?」


今まで必死になって隠して来たであろう事実を、あっさり看破されたと言うのに、ネギから返って来た反応は、あまりに淡白なものだった。

そんな疑問が顔に浮かんでいたのか、ネギは困ったように笑いながら、その理由を説明してくれた。


「タカミチからの手紙で犬上さんのこともいろいろと言ってましたから。きっと犬上さんにはすぐに女だってバレちゃうだろう、って。タカミチもそれに関しては予想してたみたいです」

「なるほどな」


タカミチグッジョブ。

どっかの狸ジジィと違って、ちゃんと俺のフォローも万全だな。

…………もっとも、ネギの言ってた『いろいろ』って部分に、どんな内容が含まれているかはかなり気になるが。

ともかく、それなら話が早くて助かる。

俺はすぐに、もう1つの話を切り出すことにした。


「もう1つの話しなんやけど、これから一緒に生活していく上で、こっちの方が大事な話やねん」

「は、はい。何でしょうか?」


勿体ぶった口調で言ったためか、ネギは少し緊張したような面持ちになる。

そんな彼女に、俺は会心の笑みを浮かべてこう告げた。


「俺と自分は今日から友達や。せやからさん付けとか敬語とか、そういうんなしでもっとフランクにいこうや? よろしゅう頼むで、ネギ?」


そう言って、俺は彼女に右手を差し出す。

一瞬、呆然としていたネギだったが、すぐに状況を理解したのだろう。

次の瞬間には、先程と同じように、子犬のような笑みを浮かべて俺手を握ってくれた。


「はい!! じゃなくて、うん!! よろしくね、小太郎君!!」


握った彼女の手は思っていたよりもずっと小さく、そしてとても温かかった。

…………うん、こんな可愛い娘と同棲とか、俺絶対早まったわ。









そんなこんなで、俺たち2人は女子中等部校舎を後にした。

影の転移魔法を使うことも考えたが、ネギの案内もあるし、今日のところはとりあえずぶらりと歩くことに。

ウェールズののどかな村で過ごしていたせいか、近代的な建物や大勢の人に歓声を上げるネギの姿は、麻帆良に来たばかりのころの霧狐を彷彿とさせた。


「そういやちょっと気になってんけど…………」

「? うん、何のこと?」

「いや、自分はこっちに来る前から俺と相部屋になること分かっとったんやろ? いきなり見ず知らずの男と相部屋やなんて、良ぉ了承したな思て」

「ああ、そのこと。うん、最初はさすがにボクも不安だったよ? それ以上にお姉ちゃんと幼馴染が猛反発してて…………」


余程その様子がどたばたしていたのか、過去に思いを馳せるネギの表情は、どこか疲れた様子だった。


「けどタカミチから手紙が来て…………あ、知ってると思うけど立体映像が再生されるタイプのやつね? それで小太郎くんのことをいろいろ聞いて決心が付いたんだ」

「…………」


ネギの言葉に黙り込む俺。

やはり気になるのは、タカミチが言ってたという俺に関する『いろいろ』なこと。

何だか聞かない方が良い気もするが…………逸る好奇心には勝てないよなぁ。

俺は意を決して、彼女に尋ねてみた。


「なぁ? いろいろって、タカミチは俺のこと何て言うてたんや?」

「うーんとねぇ…………凄く優秀な魔法使いだって言ってたかな? 少し血の気が多いのが玉に傷だとも言ってたけど…………」


…………」


…………これは、完全に高音や愛衣と同じパターンじゃね?

俺が知らないところで、勝手に広がる美化された俺のイメージ。

…………お願いだから、初対面の人間に対する俺のハードル上げるのは勘弁して…………。

がっくりと項垂れる俺。

しかし、そんな俺を余所に、ネギはなおも話を続ける。

そしてそれは、俺も予想していなかったものだった。


「けど、一番決め手になったのはあれかな…………小太郎君がどこかボクの父さんに似てるって、タカミチが言ってたこと」

「へ?」

「あれ? タカミチから言われたことない? 千の呪文の男に似てるって」


不思議そうに俺の顔を覗き込むネギ。

…………いや、言われたことあったけどさ。最近は余り言われてなかったから忘れてたんだよ。

つか、未だにどの辺が似てるか分かんねぇし。

あれか? 喧嘩っ早いとこか? それかバカっぽいところか?

…………言っとくけど、俺はそれなりに頭良いからな? まぁ、転生者の特権ではあるけど…………。

そんな俺の疑問を知ってか知らずか、ネギは両目をキラキラと輝かせながらなおも続ける。


「ファザコンって思われるかもしれないけど、ボク、父さんに憧れてて。それで父さんみたいな偉大なる魔法使い(マギステルマギ)になるためにも、やっぱり修行はきちんとしなくちゃいけないって思ったんだ。それに…………その話を聞いてから、実は小太郎君に会うのを楽しみにしてたんだよ?」


そう言って、にっこりと笑みを浮かべるネギ。

…………おのれタカミチ。

フォローどころか、やっぱりネギが俺に対して抱くイメージのハードルを無茶上げしただけじゃねぇか…………。

高音や愛衣同様、俺はこれから地道にネギにが抱いているイメージを払拭していくしかないらしい。

加えて、ネギが女の子で、しかも俺と同室になるとか…………もう完全に俺が知ってる原作知識は当てにならなくなったじゃん…………。

俺がいることで、ある程度まで彼女たちに降りかかる危険の種を取り除くことができるとか考えてたけど…………どうやらそれも無理そうだ。

そう考えると、否が応にも気が滅入った。

予想を全く裏切る形となったネギとの邂逅。

それを経て俺の心の中に生まれたのは一つの切実な思い。



―――――近衛の屋敷に帰りてぇ…………。



これから始まるネギとの新生活を前に、俺が思うのはそんなヘタれた願望ばかりだった。

こりゃ本格的に頭痛止めと胃薬が必要かもしれないな…………。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 進取果敢 思い切りが良いって言えば聞こえは良いけどさ…………
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/29 00:34



―――――これは、ボクが麻帆良へ出発する2週間前の出来事。



「…………はぁ」


魔法学校を卒業したボクは、ウェールズの家に帰って来ていた。

溜息を吐きながら、ベッドに倒れ込む。

久しく忘れていた故郷の匂いに、少しだけ心が軽くなった気がした。


「…………はぁ」


けれど、次の瞬間には再び、あれからずっと感じている重苦しい気持ちが戻って来る。

ボクを悩ませているのは他でもない、魔法学校の卒業証書に現れた、偉大なる魔法使いになるための修行内容だった。

証書に現れた課題は、たった4語の簡潔な文。


"A Student in Japan."


つまり、日本の学校で学生をしろということ。

普通だったら、そんなに思い悩むことのない、ありふれた修行の内容。

だけどボクは、そんな"普通"とはかけ離れた人生を送っていた。

女の子として生まれたボクは、物心ついた頃から"男"として生活することを余儀なくされた。

大人たちは詳しい理由を教えてはくれないけど、どうもそうしないと、ボクの命が危ないらしい。

もちろん、最初の内は嫌々男の子としての生活を送っていた。

けれどそれは、6年前のとある冬の日、本当にボクの身を護るために必要なことだったと思い知らされる。

だからボクはこれからも、それこそ『偉大なる魔法使い』になるまでは、男として生きて行かなくてはいけない。

そしてそれこそが、今ボクを悩ませている最大の要因だった。


「…………知らない土地で、男の子ばかりの環境で暮らすなんて…………」


ボクの修行先に選ばれたのは、日本の麻帆良という学園都市。

何でもお祖父ちゃん…………メルディアナ魔法学校校長の知り合いが経営している大型の教育機関らしい。

基本的に全寮制のシステムを採用しているため、ボクはそこに編入することになれば、寮生活を余儀なくされる。

そしてボクは、男性ということになっているので、麻帆良に行けば、必然的に男の子ばかりの環境、即ち男子校に編入させられることになってしまうだろう。

これまで曲がりなりにも、ボクが男性として生きて来られたのは、知り合いが多く居る環境で、お姉ちゃんや幼馴染のアーニャがいろいろとフォローしてくれていたから

だ。

それが突然、そういった知り合いのいない環境で、そして誰も頼れない環境で男として暮らしていく自信が、ボクにはどうしても持てなかった。


「だけど、修行を放棄すると、偉大なる魔法使いにはなれないもんなぁ…………」


そうでなければ、ボクはこんなに悩まず、あっさりと麻帆良行きを断念していただろう。

けれどボクには、どうしても偉大なる魔法使いにならなきゃいけない理由があった。


「父さん…………」


10年前に行方不明となった父。

殆ど顔も覚えていない父さんだが、それでも周囲から、その名声は何度も聞かされてきた。

曰く、無敵の魔法使い。

曰く、赤毛の悪魔。

曰く、千の呪文の男。

聞けば聞くほど募って行く父への憧憬。

そして、きっとボクが一人前になれば、そんな父にもいつか会えるような気がしているのだ。

だからボクは、どうしても偉大なる魔法使いにならなきゃいけない…………。

けれどそのためには、男子校に編入して、しかも1人で無事に卒業するまで頑張らないといけない。

ボクにそんなことが出来るだろうか?

そう考える度に、胸の奥で不安ばかりが募っていく。

アーニャもお姉ちゃんも、ボクにそんなたいへんな修行は無理だと思ってるみたいだし…………。

正直、今回ばかりはどうにも挫けてしまいそうだった。

こんなところで、足踏みしてる場合じゃないんだけどなぁ…………。



――――コンコンッ…………



『ネギー? 入るわよー?」

「お姉ちゃん? どうぞ?」


控えめなノックの後、ドアの向こうから聞こえて来た声に、ボクはそう返事をする。

ゆっくりとドアを開いて入って来たのは、声の通りネカネお姉ちゃんだった。

良く見ると、お姉ちゃんの右手には1通のエアメールが握られている。


「はいこれ。タカミチさんから、あなた宛てに手紙が届いていたわよ」


持っていたエアメールを差し出して言うお姉ちゃん。

それを受け取って裏面に視線を走らせると、そこには達筆な文字で『Takamichi.T.Takahata』と差出人の名前が刻まれていた。


「タカミチから手紙なんて久しぶりだなぁ。どうしたんだろ?」


最後に会ったのはいつだったっけ?

そんなことを思いながら、便箋を開こうとするボク。

すると突然、お姉ちゃんがこんなことを言い出した。


「ネギ…………魔法学校では、お姉ちゃん取り乱しちゃったけど、お姉ちゃんはネギが決めたことなら、どんなことでも応援するからね?」

「お姉ちゃん…………」


優しく微笑んでくれたお姉ちゃんの様子に、ボクは思わず目頭が熱くなった。

そんな笑顔を残して、お姉ちゃんは入って来た時と同じようにゆっくりドアを締めて、ボクの部屋を後にする。

お姉ちゃんの後姿を見送って、ボクは改めて、タカミチからのエアメールを開くことにした。

便箋から手紙を取り出すと、そこには前に会った時と殆ど変わらない姿のタカミチが映し出される。


『やぁ、ネギ君。久しぶりだね? 元気にしてるだろうか?』

「タカミチってば…………」


…………今の状況は元気とは言えないかな?

とはいえ、友人から海を越えて届いた手紙に、少しだけボクの心は楽になっていた。


『今回手紙を送ったのは、例の修行の件でね。きっと随分思い悩んでるじゃないかと思って…………』


さすがは中学校の先生をしているだけあって、タカミチは人の気持ちの機微に敏感みたいだ。

久しく会っていないボクの心情を、こうも慮ってくれるなんて…………。


『簡単に決められることじゃないと思うし、十分に悩んでくれて構わない。けれど1つ覚えていて欲しいことは、君は決して1人じゃないということなんだ』

「…………1人じゃ、ない…………?」


タカミチの言葉に、思わず首を傾げる。

そんなボクの様子さえ彼は予見していたのか、優しい笑みを浮かべて、タカミチはこう言葉を続けた。


『何かあればボクや学園長が出来る限り協力する。正直、今君が置かれている境遇は、僕らのエゴが作り出したようなものだからね…………』

「タカミチ…………」


申し訳なそうにするタカミチの映像に、ボクは再び涙が溢れそうになった。

出来ることなら、今すぐに電話してでも、彼に教えてあげたい。

ボクはタカミチや他の大人たちが、ボクを男として生活させてきたことに、感謝こそすれ、恨んでなんかいないということを。

タカミチたちが決してエゴなんかじゃなくて、ボクを思いやってこの境遇を作ってくれたことを、ボクは知っていると。

そんなことを思いながら、ボクはなおも続くタカミチのメッセージに耳を傾けた。


『とはいえ、ボクや学園長だけじゃ行き届かない点も多いと思う。そこで、君が安心して学生生活を送れるよう、もう1人協力者を用意することにしたんだ」

「協力者?」

『同封した写真の生徒なんだけど、ちゃんと届いてるかな?』


タカミチに言われて、ボクは便箋の中に、1枚の写真が同封されていたことに気が付く。

慌てて写真を取り出すと、そこには黒いカタナを右手で肩に担ぎ、楽しそうに笑う学ラン姿の男の子が写っていた。


『彼は犬上 小太郎君と言ってね。君が通うことになる麻帆良本校男子中等部の学生で、君とは同級生なんだ』

「ボクと同級生なんだ…………もっと大人っぽく見えるけど…………」

『君が修行を受けると決意した場合、男子寮では彼と同室になってもらう予定だ』

「へぇ、この人と相部屋に…………って、えぇぇっ!!!?」


思わず叫んでしまったボク。

だ、だって、こんな見ず知らずの男の人と相部屋だなんて…………。

しかも何か、この人メチャクチャ強そうだし…………。

とゆーか、どうしてカタナなんて持ってるのか分からないし、しかも若干目つきも悪いような気が…………。

その人が相部屋だと聞いて、余計にボクの麻帆良行きに対する意欲が弱まったのは言うまでもない。


『まぁ、写真を見ただけだと、余計に麻帆良行きが憂鬱になっちゃいそうだけどね』

「…………すごいねタカミチ。本当にその通りだよ…………」


そしてそう思ったんなら、どうしてわざわざ写真を送ったりしたんだろうね?

けれどタカミチが続けた言葉は、さらにボクの予想を上回るものだった。


『けど心配には及ばない。ボクは麻帆良の生徒で、彼ほど真っ直ぐで誠実な少年を他に知らないからね』


そう言って笑みを浮かべるタカミチの様子は、本当にこの写真の人を心から信頼してる素振りだった。


『きっと彼なら、君の良き理解者になってくれると思う。そもそも、普通に同じ学校に通った場合、彼に対して君の性別を誤魔化し続けるのは不可能だろうし』

「? どういうことだろ?」


再び首を傾げるボク。

タカミチはそれも分かってたみたいに、すぐにその理由を説明してくれた。


『彼は狗族…………西洋で言うところの狼男(ヴェアヴォルフ)と人間の間に生まれたハーフでね。人並み外れた嗅覚を持ってるから、きっと匂いで君の正体にも気付いて

しまうと思うんだ』

「へ、へぇ…………ま、麻帆良って色んな人がいるんだなぁ…………」

『そんな訳で、後からバレて騒ぎになるより、彼には最初から理由を説明して協力してもらった方が良いと思ってね』


なるほど…………そういうことなら納得だ。

だ、だけどそれって本当に大丈夫なのかな?

狼男のハーフって、それってかなり忠実にオオカミさんだってことだよね?

お、お姉ちゃんやアーニャも『男はいざとなったらオオカミだ!! ウルフだ!!』って騒いでたし…………。

タカミチの説明を聞いて、余計に不安が増したボクだった。


『まぁもちろんすぐには信用できないだろうね。だけど、これでも小太郎君は優秀な魔法使いなんだよ? 恐らく今の麻帆良にいる魔法生徒の中では、実力は最強と言って間違いない。きっとネギ君も、彼から学ぶことは多いと思うよ?』

「が、学園最強!? …………い、イマイチどれくらい凄いのかがピンとこないけど、ともかく優秀なことは間違いないんだよ、ね?」


人は見かけによらないって本当なんだ…………。

タカミチが太鼓判を押すくらいだし、きっと犬上さんは本当に優秀な魔法使いなんだろう。

それなら確かに、ボクもいろいろと学ぶところがあると思う。

だけどやっぱり、良く知らない男の子と一つ屋根の下でっていうのは、そうそう踏ん切りのつく事じゃなかった。

そう思ったボクだったけど、その後タカミチが告げた言葉に、大きく心を動かされることになる。


『それに、僕の個人的な感情としても、君と小太郎君には是非友人になってもらいたいんだ』

「個人的な感情? …………どういうことかな?」


首を傾げるボクに、立体映像のタカミチが告げた言葉は、あまりに衝撃的なものだった。


『…………小太郎君の雰囲気はどこかナギ…………君のお父さんに良く似ていてね』

「っ!? と、父さんにっ!!!?」


思わず大きな声を上げてしまって、反射的に口元を押さえる。

だけどそれくらいに、タカミチが口にした言葉はボクにとって余りに重要なことだった。

取り出した写真を再び見つめるボク。

だけど父さんを殆ど知らないボクには、犬上さんのどこがどういう風に父さんに似ているのか、残念ながら良く分からないままだった。


『もちろん、今の彼の実力は僕同様、あの人には遠く及ばない。だけどね、目まぐるしい成長を続けて来た彼なら、そう遠くない未来、きっと君のお父さんに追いついて

みせる…………最近はそんな風にさえ思えてきたよ』

「父さんに、追い付く…………」


それは奇しくも、ボクが思い描いて止まない到達地点と、寸分違わぬ目標だった。


『さて、彼のことはこれくらいにして、話を戻そうか? 結論を急げとは言わないよ。だけど、さっきも言ったように、君は決して1人じゃない。それだけは覚えておいて

くれるかい?』



―――――君が良い選択を出来るよう、心から祈っているよ。



そんな言葉を締め括りに、タカミチからの手紙は幕を閉じた。

ゆっくりと手紙を便箋へと戻して、ボクはもう一度、くだんの写真に視線を落とす。

タカミチからの手紙を読んで、あれほど麻帆良行きに不安を募らせていたボクの心の中には、いつの間にか別の感情が生まれていた。

それは、この写真の少年に対する純粋な興味。

父さんと良く似た雰囲気を持ち、そしてボクと同じように父さんの背中を追いかけている彼…………。

タカミチがこうも持ち上げるその犬上さんが、一体どんな人物なのか、ボクは気になって仕方がなくなっていた。


「麻帆良学園に、犬上 小太郎さんかぁ…………」


きっとそこでは、魔法学校での7年間より、ずっと困難な日々が待ち受けていることだろう。

しかしそれと同時に、魔法学校ではとても学べないような、多くのことをボクはきっと麻帆良で教わることが出来るだろう。

そう思った瞬間、ボクの心は決まっていた。

慌しく自分の部屋を飛び出し、1回に居るお姉ちゃんの下へと駆ける。

一刻も早く、この決意を誰かに伝えたかったから。



―――――バタンッ!!



「ネカネお姉ちゃん!!」

「きゃ…………!? ね、ネギ? ど、どうしたの急に?」


乱暴に扉を開けたボクの顔を心配そうに覗き込むお姉ちゃん。

ボクは肩で息をしながら、それでも満面の笑みを浮かべて、その決意を告げた。




「――――――――――ボク、行くよ。日本に…………麻帆良学園に!!」




これから始まるであろう、波乱に満ちた道程に胸を高鳴らせて…………。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 66時間目 前途多難 いや、可愛いよ? 可愛いけどもさっ!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/07/30 23:46




頭痛や目眩に悩まされつつも、俺は何とかネギを連れて男子寮まで戻って来ていた。

本当にこれからどうなることやら…………。

それを考えると本格的に気が滅入りそうなので、俺は一端思考を強制的に中断した。


「こ、ここが男子寮…………」


目の前にそびえる男子寮の外観を見て、生唾を飲み込むネギ。

俺はそんなネギに苦笑いを浮かべながら、入口へ向かうように促した。


「そんな堅くならんで良えて。女やってバレとるわけやなし。そんな取って食われるようなことはあれへん」

「そ、それはそうなんだけど…………」


なおも尻込みするネギ。

まぁ見知らぬ土地で、しかも男ばかりの環境に放りこまれた訳だしな。

そう考えると、確かにネギが置かれている境遇は可哀そうなものだった。

そんな彼女を安心させようと、俺は彼女に代わって、男子寮の扉を開く。



―――――ガチャ…………



「ほらな? 何も怖いことなんてあれへ…………」

「天誅ぅぅぅぅぅうううううっっっ!!!!!!」

「うひゃあっ!?」


扉を開けた瞬間、急に飛びかかって来る何者か。

それに怯えて悲鳴を上げるネギ。

そんな中で、俺はひとまず冷静に…………。


「…………ふんっ!!」



―――――ベキィッ!!



「あべしっ…………!?」


飛びかかって来た何者かを力の限り殴り飛ばしておいた。

そして爽やかな笑みを浮かべて、ネギへと向き直る。


「な? 何も怖いことなんてあれへんやろ?」

「ドコがっ!!!?」


…………ちっ、誤魔化せなかったか。

さすがにいきなり襲われたんじゃ驚きもするわな。

せっかく人がネギを安心させようとしてたのに余計なことを…………。

殴り飛ばされた襲撃者は、殴られた顔を抑えて、床にうずくまって呻いている。

その正体は、我がクラスメイトの1人、山下 慶一だった。

…………麻帆良祭からこっち、俺に女性問題が浮上する度に突っ掛かってくるんだよなぁ。

そのおかげかどうかは知らないが、最近打たれ強さが人間の域を越えつつあるのは、彼にとって幸か不幸か。

今も並みの人間なら4、5時間は起き上がれないくらいの力で殴ったと言うのに、しっかり意識を保っている。

果たして今回俺に掛けられている嫌疑は何なのか。

それを問い質すために、俺は呻く慶一のケツを蹴り上げた。


「おら、起きぃ」

「ぎゃふんっ…………!? …………お、お前…………これが友人に対する仕打ちかよっ!?」

「それはいきなし殴りかかって来た奴の台詞とちゃうな…………」


盗人猛々しいとはまさにこのことである。

それはさておき、慶一は殴られた右頬と蹴られた尻を擦りながらゆっくりと立ち上がった。


「くそう…………どうやったらこのラブコメ野郎に天誅を下すことができるんだ…………!?」

「安心せぇ。自分が下さんでも度々何かしらの人災に見舞われとるさかい…………」


某京都出身主従とか、某吸血幼女とかからな。


「んで? 今回は何でいきなし襲いかかってきてん?」

「ん? ああ。さっき達也から『小太郎がまた見知らぬ可愛い娘を連れて歩いてた』ってメールがあってよ」

「…………何や最近、襲撃してくる理由のハードルが下がってきてへんか?」


その内、女と会話しただけで襲い掛かられそうな勢いだ。


「ね、ねぇ、小太郎君? その人は?」


慶一とそんな会話をしていると俺の後ろに隠れていたネギが、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。

恐らく俺が慶一と普通に話していたのを見て、少し警戒が解けたのだろう。

これ幸いと、俺はネギに慶一のことを紹介することにした。


「こいつは俺のクラスメイトで、名前は山下「とぅえんちゅうぅぅぅぅぅううううううっっ!!!!!!」だぁああっ!! 何やねんっ!?」


再び俺に襲い掛かって来た慶一を、今度は渾身のボディブローで黙らせて俺は叫んだ。

せっかく警戒を解きつつあったネギは、今の慶一の奇行によって再び俺の後ろでプルプルと身を震わせている。

…………この野郎、簀巻きにして龍宮神社の池に沈めてやろうか。


「ぐ、ぐふぅ…………い、今のは身体にも心にも響いたぜ…………」

「自業自得や。つかホンマに何やねん!? 今の攻撃は脈絡がないにも程があるやろ!?」


というか、今の一撃で気絶しないって、本当に慶一のやつ人間離れしてきたな…………。

完全に意識を刈り取るつもりで殴ったにも関わらず、慶一は脇腹を押えて蹲っただけだった。


「みゃ、脈絡ならある!!」


慶一はそう言い放つと、さすがにまだ立ち上がれないのか、膝立ちのままびしっと右の人差し指で俺の背後を指差した。


「小太郎、てめぇ…………可愛い女の子を侍らせてるだけじゃ飽き足らず、女人禁制の男子寮に白昼堂々と女を連れ込むなんてどういうつもりだよっ!!!?」

「…………」


…………な、なるほど、確かに慶一の言ってることは正しいよな。

男子寮は女人禁制。それは紛うことなき事実で、ネギが女性である以上、ここに彼女を連れ込んだ場合悪いのは俺だ。

とはいえ、一応現在ネギは『男子』ということになっているので、俺は頬を掻きながら慶一にその旨を説明することにした。


「あー…………あんな? こいつはこれでも『男』やねん。しかも今日から俺のルームメイト」

「…………え゛?」


俺の言葉に、全身の色を失う慶一。

まぁ、信じられないのも無理はない。というか実際嘘だしね…………。

慶一が凍りついたことで安心したのか、ネギはひょこっと、俺の背中から顔を出すと、礼儀正しく頭を下げた。


「ね、ネギ・スプリングフィールドと言います! よ、よろしくおねがいしますっ!!」


緊張のためか、少し上ずった声で自己紹介するネギ。

彼女の声を聞いて、ようやく正気に戻ったのか、慌てて立ち上がると小さく頭を下げて同じように自己紹介を始めた。


「や、山下慶一です。い、いきなり騒がしくしてすいません。あんまり可愛いから女の子と勘違いしちゃって…………」


罰が悪そうに謝る慶一。

恐らく初対面の相手だということと、ネギの容姿のせいで、どう対応していいのか分からなくなっているのだろう。

…………うん。その気持ち、すげぇ分かるわ。

ともあれ、慶一の誤解も解けたことだし、俺は早速ネギを自分の部屋へ案内することにした。


「ほな、慶一。そういうことやから、もしネギを見て女がおるとか騒いどる奴がおったらたしなめといてや」

「あ、ああ、分かった」


未だにネギが男だというショックから立ち直れないのか、心ここに在らずといった様子で返事をする慶一。

そんな彼を余所に、俺はネギを部屋へ行くよう促した。


「また誰かに見つかったら面倒やし、さっさと部屋に行くとしよか?」

「う、うん、そうだね…………」


今の慶一とのやり取りが余程トラウマだったのか、ネギは光の速さでそう頷いた。

そんな訳で、俺たちは慶一の横を通り過ぎて、2階へ続く階段へと進んで行く。

ネギには聞こえなかったようだが、通り過ぎていくネギの背中を見つめていた慶一は、最後にこんなことを呟いていた。


「…………嘘、だろ…………あんな可愛いのに×××ついてるなんて…………」


…………ついてねぇし、そういう生々しい表現はヤメロ。










一悶着はあったものの、ようやく俺たちは目的地である俺の…………今日からは俺たちの部屋に辿り着いた。

部屋の前には、たくさんの段ボール箱が山積みにされていて、いかにも編入生到着!!ってな様子だ。

そんな折、俺は段ボールの山に紛れて、見覚えのある物を見つけた。

白い布に巻かれた、俺の身の丈近くある棒状の物体。

紛れもなく千の呪文の男が、ネギに託した例の式杖である。


「これ? 自分の魔法媒体か?」

「うん。さすがに長過ぎて、飛行機には持ち込めなかったから。荷物と一緒に先に送ってたんだ。本当は肌身離さず持っておきたかったんだけど」


ぺろっ、と舌を出して、悪戯がバレた子どものように笑うネギ。

…………くそ、可愛いじゃねーか…………。

あー、本当こんな可愛い子と同棲なんて、普通に考えたら飛び上がって喜ぶところなんだろうけど…………。

如何せん学園長に釘刺されてるし、何より女の子泣かせるとか絶対NGだし…………。

今まで築き上げて来た自分のイメージが何より恨めしい。

それはともかく、いつまでもこうしてたって仕方ない。


「ほな入ろか? さっさと荷物運び込まんと日が暮れてまうし」

「うん。そうだね。えーと…………お、お邪魔しますっ」

「はい、すとーっぷ」

「え? え???」


そう言ってドアに手を掛けようとしたネギ。

しかし、そんな彼女を、俺は左手を目の前に翳して制した。


「え、えと…………ぼ、ボク、何か間違っちゃったかな?」

「まぁな。お邪魔しますはオカシイやろ? 今日からここは、自分の部屋でもあるわけやし」


にっ、と犬歯をむき出しにして俺が笑うと、ネギはようやくそのことに思い至ったのか、照れたようにはにかみ笑いを浮かべた。


「そ、それじゃ…………た、ただいまっ」


そう言って、ネギは今度こそ、ゆっくりとドアを開いた。


「…………おかえり。んでもって、ようこそ、麻帆良男子中等部男子寮へ」


そんな言葉を発しながら、俺はネギの後ろに続いて部屋に入る。


「わぁ…………」


新居の様子を確かめるように、部屋の至るところを見回して進むネギ。

しかしそんな彼女の足は、部屋のど真ん中、フローリングの大部分を占拠している黒い影を目に止めた瞬間、ぴたりと止まってしまった。


「…………な、ナニ、これ?」


彼女の発した声に反応したのか、それまで眠っていたフローリングの主は、ゆっくりとその双眸を開けると、大きく欠伸をしてゆっくりとその身を起こす。


「…………」

「…………」


そして真正面からかち合うネギと主の視線。

一体どれだけ見つめ合っていただろうか、先に沈黙を破ったのはフローリングの主だった。


「…………がう?」


見知らぬ人物がここにいることが不思議だったのか、短い鳴き声とともに首を傾げるフローリングの主こと、俺の使い魔である魔犬チビ。

その瞬間、ネギはぺたん、とフローリングに吸い寄せられたみたいに尻もちを付いた。


「な、ななな、なななななっ…………!?」


余りの驚き、というか恐怖に声もでないのか、ネギは血の気の引いた顔で口をぱくぱくさせている。


「紹介しとくわ。こいつは俺のペット兼使い魔のチビ。見ての通りの魔犬やな」

「がう」


ネギにそう紹介しながら顎を撫でてやると、チビは気持ち良さそうに目を細めた。


「ぺ、ペット!? じ、地獄の番犬じゃなくてっ!? と、というかこんなに大きいのにチビって…………!?」


腰が抜けて立ち上がれないのか、尻もちを付いたままの状態でチビを指差すネギ。

…………いや、名前の件は俺だって正直疑問に思ってるけどね。


「本人がその名前を気に入ってもうたからしゃあないねん。な? チビ?」

「がう」

「ほらな? まぁ確かに凶悪そうな面しとるけど、全然人懐っこうて可愛いやつやさかい仲良うしたってや」

「そ、そんなこと言ったって…………!?」


チビの巨体に気押されてしまったのか、ネギはがたがたと震えるばかりで、一向に立ち上がれそうになかった。

これから一緒に暮らしてくことになる訳だし、いつかは慣れてもらはないと仕方が無いんだけど…………。

今日のところはしょうがない。

このままネギが震えてると、いつまで経っても荷物は片付かないし、それにそもそもチビがデカいままだと片付けの邪魔だしな。


「チビ、ネギもビビっとるし、どの道今から部屋片付けるさかい、悪いけど省エネモードで頼むわ」

「がう」


しっかりと頷くチビ。

すると次の瞬間、ぽんっというコミカルな音ともに、チビは拾ったばかりの頃と同じくらいの子犬へと姿を変えた。


「きゃんっ」

「…………え? え?」


目の前で繰り広げられた光景があまりに唐突だったためか、ネギは目を白黒させている

そんな彼女の様子に苦笑いを浮かべると、俺は尻尾をパタパタさせておすわりするチビの首根っこを掴んで持ち上げた


「こいつはな、こうやって幻術で、ある程度自分の大きさを好きに変えれんねん」

「えぇ!? じゃ、じゃあ、その子犬が、さっきの魔犬なのっ!?」

「そゆことやな」

「きゃんっ」


俺の腕の中で、同調するようにチビが吠える。

そんなチビを、俺は未だに立ち上がれないネギの太ももへ、そっと置いた。


「わ、わっ…………!!」

「別に噛みついたりせぇへんから安心しぃ。何なら撫でたり抱き上げたりしたったら良えわ」

「う、うん…………」


ネギは恐る恐るチビの頭に手を伸ばし、そっとその頭を撫でた。


「く~ん…………」


気持ち良さそうに目を細めるチビ。

そんな仕草が女心をくすぐったのか、ネギは次の瞬間、がばっとチビを抱きしめていた。


「か、可愛い~~!!」


そう言って、チビに頬ずりするネギ。

古今東西、女の子と言えば可愛い物好きと相場は決まっている。

どうやらネギもご多分に漏れなかった様子。

これなら、そう遠からずチビの巨体にも慣れてくれそうだ。

俺は一安心して、早速外に置いてある荷物を運びこむことにした。


「ほな荷物運んで来るさかい、チビのことよろしゅうな~」

「え!? ぼ、ボクも手伝うよっ!? というかボクの荷物だし!!」


慌ててチビを横に座らせ、立ち上がろうとするネギ。

しかし、やはり腰が抜けていたらしく、どうにも立ち上がれない様子だった。


「あ、あう…………」

「まぁ、その様子じゃしゃあないやろ? とりあえず運ぶんは俺がやるさかい、自分は俺が運んだ荷物の整理しとってくれた良えわ」

「ご、ごめんね? 引っ越して早々、迷惑かけちゃって…………」


申し訳なさそうにするネギに、俺は笑って手を振る。


「構へんて。つか、もともとチビのこと説明してへんかった俺が悪いんやし、気にせんといてくれ」

「う、うん。…………ありがとう、小太郎君」


小さく笑みを浮かべるネギ。

それを確認して、俺は今度こそ荷物を運ぶため、部屋の外へと向かった。










「ん、しょっと…………ふぅ、これで全部やな?」


思ったより時間掛からなかったな。

表に置いてあった荷物を全て運び終えた俺。

まぁ普通に荷物運ぶ程度、俺のスペックから考えたら大した労じゃないしね。

運んでる内に腰が抜けていたネギもようやく立ち上がれるようになったみたいで、今はチビを抱えて荷物の山を見つめていた。


「ありがとう、小太郎君。ごめんね、結局全部運んで貰っちゃって…………」

「いやいや、構へんよ。どれも大した重さやなかったさかい」


多分これなら、気を使わなくても平気だったんじゃないか?


「やっぱり本物の男の子は力持ちだね。ボクなんて荷造りしてるとき、重くって凄く時間掛かったもん」

「?」


苦笑いを浮かべながらそんなことを言ったネギに、俺は首を傾げた。

魔力で身体強化したら、この程度の荷物は彼女にだって…………ってまさか…………?


「なぁネギ? もしかして自分、魔力で肉体強化する方法知らへんのんか?」

「にくたいきょうか? 確かに魔力のおかげで普通の女の子よりは頑丈な体してると思うけど…………それとは違うの?」

「…………」


…………何てこった。

首を傾げて言うネギに、思わず絶句した俺。

今の今まで、単純に原作より歳が上ってだけで、原作ネギより強いと思いこんでいたんだが…………。

よくよく考えてみれば、ついこないだ魔法学校を卒業したということは、彼女はまだ本格的な戦闘訓練を一度も受けていないということなのだ。

つまり、今の彼女の実力は、原作で麻帆良に来たばかりの頃の10歳のネギと同等ということ。

…………こ、これは手合わせどころの話じゃねぇな。

失礼な話だとは思うが、俺は彼女の実力を垣間見て、正直がっかりした。


「あ、あれ? 小太郎君、何か元気なくない? や、やっぱり疲れちゃったかな?」

「いや、そういう訳やあれへんから、気にせんといてくれ…………」


疲れたと言えば疲れたが、それは肉体的な話じゃなくて精神的な話だから。

もちろん、そんなことを言う訳にもいかないので、俺は笑って誤魔化すしかなかった。

そんな俺を心配そうに見つめるネギ。

そして彼女は何を思ったのか、傍らにチビを降ろすと、腕まくりしながら決意に満ちた表情を浮かべた。


「小太郎君はちょっと休んでて。もともとボクの荷物だし、後はボクに任せてよ」


俺に笑顔を浮かべて、勇み段ボールの山に向かうネギ。

あっけにとられた俺は、そんな彼女にただ頷くことしか出来なかった。


「えーと…………最初はやっぱり衣類からだよね?」


小さく呟いて、ネギは段ボールの山、その頂上におかれた1つの段ボールに手を伸ばす。

と、その時だった。



―――――グラッ…………。



俺の積み方が悪かったのか、ネギが触れた瞬間大きくバランスを崩す段ボール。

もちろん安全面を考慮して、3箱以上は積み重ねていなかったため、別段危険ということはないだろう。

しかし、今回はその段ボールの中身が問題だった。

崩れ落ちた拍子に、ネギが取ろうとしていた段ボールの中身が散乱する。

箱に『clothes』と書いてあったことから、中身は衣類だろう。


「うひゃあっ!?」


荷物が散らかったせいで、そんな悲鳴を上げるネギ。

彼女は慌てて散らばった荷物を拾い始める。

俺は苦笑いを浮かべながら、彼女を手伝おうとして、凍りついた。

散乱した衣類、その正体に気が付いたからだ。


「み、見ちゃダメーーーーっ!!!!」


俺の目の前で両手を広げて叫ぶネギ。

もう分かるだろ? 女の子がこうも必死になって隠すような衣類なんて1つしかない。

ネギがバラ撒いたのは、彼女の下着だったのだ。

…………まぁ、男装してるって言ってもさすがに女性物の下着も必要だしな。

それにしても量が多い気がするけど…………いや、女の子の平均下着保有数とかしらないけどさ。

ばら撒かれた色とりどりの布地を直視しないようにしつつ、俺はそんなことをぼんやりと考えていた。


「あー…………とりあえず外に出とくさかい、その間にそれ片付けといてくれるか?」


天井に視線を向けて、頬を掻きながらそう提案する俺。


「う、うん…………ほ、本当にごめん…………」


表情は伺えなかったが、本当に申し訳なさそうな声音でネギはそう言う。

それを聞いてから、俺は上を向いたまま玄関へと向かう。

…………こんなんで、この先大丈夫かね?

予想とは大きく外れた新生活の始まりに、俺の不安は募って行くばかりだった。










…………まぁそんなトラブルはあったものの、俺たちはどうにか部屋の片づけを終えることが出来た。

とはいえかなりの時間を取られてしまい、ふと気が付けば、時刻は午後6時を回っていた。

季節がら窓の外はいつの間にか暗闇に包まれている。


「け、結構時間がかかっちゃったね…………ごめんね、小太郎君。結局最後まで手伝ってもらっちゃって」

「いやいや、片付いとらんと俺も寝る時困るさかいな。つか自分、謝り過ぎや。言うたやろ? もっとフランクに行こうやってな」


相変わらず申し訳なさそうというか、どこか遠慮勝ちに言うネギに、俺は苦笑いしながらそう言い返す。

性別が女なせいか、このネギはどこか原作のネギと比べても弱気に見えてしまう。

それが何となくやるせないと言うか、何か違和感を感じると言うか…………ともかく、気になってしまうのだ。

まぁ、これから一緒に生活していく内に少しは改善していくだろうが。

そう結論付けて、俺はこれからどうするかを考えることにした。


「さて、片付けも終わったし次は…………」


あれ? 俺、何か重要なことを忘れてないか?

再び携帯の背面ディスプレイを覗く俺。

そこには18:12という表示…………って、そうかっ!!


「風呂っ!!」

「わっ!? ど、どうしたの小太郎君? 急に大きな声出して…………」

「いやいやいや!! 自分の風呂のことや!! すっかり忘れとったけど、風呂は共同やねん!!」


この男子寮では、入浴時間は18:00~20:00と決められている。

しかも部室棟のようなシャワー室など付いていないため、入浴するにはここを使う他手段はない。

いつ何時他の生徒と鉢合わせしてもおかしくないデンジャーゾーンなわけだ。

…………おいおい、同居生活1日目にしていきなりのピンチじゃねぇか!?

一体このピンチをどうやって潜り抜けようか?

今日一番の勢いで頭を回転させる俺。

しかし、そんな俺にネギはどこか他人事のようにこんなことを言った。


「ああ、そういえば入寮のしおりにもそんなこと書いてたね」

「へ?」


余りにも落ち着いてるネギに、思わず素っ頓狂な声を上げる。

そんな冷静に言ってるけど、何か策でもあるのか?

だが、ネギが口にしたのは、余りにも予想外な言葉だった。


「別にお風呂くらい、2、3日入らなくても平気だよ」

「…………」


にこにこと笑顔を浮かべたまま、とても女の子とは思えない爆弾発言を投下するネギ。

…………ちょっと待てやっ!!!?


「いやいやいや、いや!! あかんって!! 女の子としてそれは絶対あかんっ!!!!」

「だ、だけど、ここでは一応男子として過ごす訳だし…………それにボク、お風呂って嫌いだし…………」


小声でそんなことを付けたして、気まずそうに俺から目を背けるネギ。

…………こんだけ原作とキャラが違う癖に、何でそんなマイナーな設定だけ引き継いでんだよっ!?


せっかく身をひそめていた頭痛が再び俺に襲い掛かる。

とりあえず、何とかしてネギを風呂に入れないと…………。

とは言え、原作で明日菜がやってたみたいに、無理やり裸に剥いて浴槽に放り投げる訳にはいかないし…………。

まぁ原作より大人なんだ。風呂に入れる状況を整えさえすればさすがに文句は言うまい。

そう結論付ると、俺は立ち上がり机の引き出しから数枚の札を取り出した。


「? 小太郎君、それ何? 何か魔力が籠ってるみたいだけど…………」

「ちょっとした秘密兵器や。今から自分が安心して風呂に入れるよう準備して来るさかい。自分は風呂に入る準備が出来たら急いで来ぃ。風呂の場所は分かるか?」

「う、うん。」


状況がつかめないのか、訝しげな表情を浮かべるネギ。

俺はそんなネギを置いて、早歩きになりつつ浴場を目指すのだった。










「え、えーと、小太郎君。一応お風呂に入る準備はして来たけど…………」


準備を終えて大事浴場の暖簾の下で仁王立ちしていると、やってきたネギが心配そうに声をかけて来た。


「あのさ…………ここに来るまで全然他の入寮者と会わなかったんだけど、小太郎君、一体何したの?」


誰とも出逢わなかったことに恐ろしさを覚えたのか、ネギは青白い顔をしながらそう尋ねる。

俺はポケットから2種類の札を取り出してネギに手渡した。


「これって、お札、だよね? 日本の魔法使い、おんみょうじ、だっけ? その人達が使うっていう…………」

「大正解。1枚は人払いの結界用で、もう1枚は出入禁止…………まぁ部屋に出たり入ったりしたくなくなるっちゅう呪いやな」


机からこの札を取り出して部屋を後にした俺は、入寮者の居る部屋という部屋に出入禁止の札を貼った。

そして、既に部屋から出てしまってる生徒が大浴場付近に近付かないよう、人払いの結界をしいて準備完了。

後はネギがつつがなく入浴を終えて、その後で使用した符を全て剥がせば誰も気付かない。

その作業は俺が30人くらい影分身作ればすぐに終わるし、戦闘じゃないから密度もそんなに必要じゃないしな。

どうだ!! この完璧な布陣は!!

…………まぁさすがに毎日これだと身がもたないけどね。

これは早急に学園長と連絡を取って何か対策を考えないと…………まぁあのクソジジィのせいで俺はこんな面倒な状況に追い込まれてるんだ。

さすがに手を貸せと言えば、無為には断れまい。


「す、凄い。今のちょっとの間でそんな結界を作っちゃったんだ…………さすが学園最強の魔法生徒…………」

「まぁ仕事柄、人払いの結界符は常備しとるかんな。けどあんまし長いことは誤魔化せへんし、出来るだけさっさと入ってくれるか?」

「う、うんっ。ご、ごめんね小太郎君。本当に何から何まで…………」


しゅん、と項垂れてしまうネギ。

その仕草は、何だか叱られた子犬みたいで確かに可愛かったが、期待を裏切られたという気持ちと、ここまでの徒労によって、俺はいつもみたいにテンションを上げてる

余裕はなかった。


「良えから、さっさと入って来ぃ。念のため、ここで誰も来ぃひんか見張っとったるさかい」


苦笑いを浮かべて、しっしっ、とネギを浴室へ促す俺。

ネギは少し躊躇いがちだったが、やがて意を決したように、浴室へと足を踏み入れた。

が、その直前でこちらへと振り返り…………。


「…………ぜ、絶対に覗いちゃダメだからね?」


頬を赤く染めながら、そう念を押して、そそくさと浴室に消えて行く。


「…………あれ? 今の俺のスペックなら、女風呂バレへんように覗くくらい朝飯前やん?」


…………ど、どーして今まで気付かなかったんだぁぁぁぁぁあああああっ!!!?

ま、まぁ、女の子泣かせるような真似+こそこそと姑息な真似をしたくないという自尊心故だろうが…………。

しかし今この暖簾をくぐれば、まさにそこに理想郷が広がっているわけで…………。


「…………いやいやいや、いや!! あかん、あかんで俺!! そんな卑怯な真似、許されるはずがあれへんっ…………!!」


結局俺は、ネギが上がって来るまでのおよそ20分間、そこで延々と倫理観と欲望の狭間で葛藤し続けるのだった。










あの後、仕掛けた結界を解いて、俺自身も入浴を済ませて部屋に戻って来た。

晩飯は時間が無かったのでカップ麺だったが、向こうでは食べたことが無かったらしく、やたらネギがはしゃいでいた。

後はネギに寮の中を案内して、その道中で明日は学園都市を案内する約束をして本日の工程は終了。

寝るには少し早い時間だったが、お互い慣れないことの連続で疲れていることだし、今日はもう休むことにした。

というわけで、現在俺たちはそれぞれ自分のベッドの上に居る。

ちなみにベッドは2段ベッドで下が俺、長らく不在となっていた上にはネギが陣取っている。

実は俺、入寮当初は人生初の2段ベッドにテンションを上げて上を使っていたのだが…………。

ある夜、寝ぼけたチビ(当時はリアル子犬)が噛みついてきて、痛みに跳び起きた際に天井で頭を強打した。

それ以来、俺は下のベッドを活用している。


「ほんなら電気消すで? 自分も長旅で疲れとるやろうし、今日はしっかり休んどきぃ」


照明のリモコンに指をかけながら、上で布団に入っているであろうネギに俺はそう呼びかける。


「うん。今日は本当にありがとう。それと、いろいろ迷惑掛けちゃって、本当にごめんね…………」

「…………気にせんで良えって言うたやろ?」


最後の最後まで遠慮勝ちなネギに、俺は溜息とともにそう言い返した。

リモコンのスイッチを押すと、部屋はその瞬間、暗闇に包まれる。


「ほなな、ネギ。おやすみ…………」


毛布をかぶりながら、呟くように言う俺。


「…………うん、おやすみ、小太郎君」


そして消え入りそうな声で、ネギがそう返事をする。

どうやら俺は本当に疲れていたらしく、すぐに睡魔が襲ってきた。

…………これじゃ、本当に先が思いやられるな。

そんな先行きへの不安を感じながら、俺の意識はゆっくりと眠りへと落ちていった。









…………?

…………何だ? これ?

眠っていた俺は、ふと感じた違和感で僅かに意識を覚醒させた。

布団の中に、何かいる…………?

何だ、またチビが寝ぼけてんのか…………?

ぼんやりとした思考のまま、そう考えた俺は再び眠りに着こうとした。


「…………って、そらないやろ?」


しかしすぐに、そんなことがある訳ない気が付く。

既にチビの体躯は5mを越えているのだ。

とてもじゃないが、俺の布団にもぐり込めるような大きさじゃない。

じゃあ一体誰が…………?


「…………んぅ…………」


その瞬間、俺の背中に回される何者かの両腕。

そして俺の胸板に押し付けられた柔らかい感触に、俺の目は一気に覚めた。


「@*$#&%=~~~~~!!!?」


目を開いた瞬間飛び込んで来た光景に、声にならない悲鳴を上げる俺。

俺の視線のすぐ先には、気持ち良さそうに眠るネギの無邪気な寝顔があった。

…………つか、ここまでの侵入を許すって、どんだけ俺は疲れてたんだよ…………。

恐らくトイレか何かに起きた後、寝ぼけて俺のベッドにもぐり込んだんだろうが…………そっちの設定もしっかり引き継いでましたか。

原作でも度々問題になっていたネギの『抱きつき癖』。

15歳という年齢と、そもそも女性にしか発動しないだろうという予測で問題視してなかったのだが、まさかこんな形でその皺寄せが来るとは…………。

原作とは全く違うかと思えば、思わぬところで原作と同じ設定が生きてたりするし…………本当にもう勘弁してくれ。

普通に考えると、女好きの俺的にこの状況は嬉しい限りなのだが、ぶっちゃけ今朝から振りまわされっぱなしで、むしろ苛立ちすら覚えた。

…………腹いせにちょっとくらいエロいことしても罰は当たんねぇんじゃね?

風呂での自問自答が尾を引いたのか、一瞬そんな邪な考えが頭に浮かぶ。

ネギの方もかなり疲れていたらしく、俺が手を目の前でひらひらさせても一向に起きる気配はなかった。

…………これはイケるんじゃね?

そう思って、俺はそっとネギに手を伸ばそうとした…………何処にかは御想像にお任せする。

しかし、その瞬間だった。


「…………おねぇちゃん………」

「っっ!!!?」


何事か口にしたネギに、思わず身を堅くする俺。

…………し、心臓が口から飛び出すかと思ったぜ。

どうやら、ネギの呟きはただの寝言だったらしく、次の瞬間には何事も無かったかのように寝息を立てていた。

…………驚かせおって。

俺は彼女が熟睡していることを確認すると、再び手を伸ばそうとする。


「…………ボク、がん、ばるよ…………しんぱい、しないで…………」

「…………」


しかし、再び零れたネギの寝言に、俺は伸ばしかけていた手を引っ込めた。

…………そうだよな。

考えてみると、彼女はこんな小さな身体に、目一杯の不安を募らせながらも、偉大なる魔法使いなるという目標のため、意を決して単身ここまで乗り込んで来たのだ。

夢の中でさえ、大切な姉に心配をかけまいと、健気に強がっている小さな少女。

そんな彼女の様子を見ていると、俺は今日これまでの自分が、何だが酷く情けなく思えてきた。

今、俺の中で安らかに寝息を立てている少女は、確かにネギ・スプリングフィールドだ。

しかし彼女は、俺が待ち望んでいた『ネギ・スプリングフィールド』じゃない。

俺が知るよりずっと弱くて、俺が思ってるよりずっと不安を抱えて、しかし俺が知ってるよりずっと勇気のある、そんな女の子。

彼女には、俺が持ってる原作知識なんて全く関係ない。

なのに俺は今日一日、原作とかけ離れた彼女の容姿と仕草に、1人で勝手に形容しがたい苛立ちを覚えていた。

…………女の子を泣かせたくないと言った俺が、こんな可愛い子ときちんと向かい合ってなかったなんてな…………。

俺は苦笑いを浮かべると、今度は邪な気持など一切なく、彼女の頭に手を伸ばした。

今度こそはちゃんと、今目の前に居るネギと、この可愛らしい少女と、きちんと向き合っていく。

そんな決意を込めて、俺は彼女の頭を優しく撫でる。

その感触がくすぐったかったのか、ネギは小さく身じろぎして、ふと口元に笑みを浮かべた。


「…………まぎ、すてるまぎ、に…………なるんだ…………」


再び寝言を零すネギ。

釣られて俺は、いつのまにか彼女と同じように笑みを浮かべていた。

彼女は確かに俺が予想していたより、俺が待ち望んでいた『ネギ』よりもずっと弱い。

だけどそれがどうしたの言うのだ?

彼女が弱いなら、俺が護ってやれば良いだけの話だ。

俺は最初からそのつもりで…………彼女を護り、彼女の隣で闘うつもりで、その強さを目指して来た筈だ。

その想いは、今も消えたりなんかしていない。

俺は今一度、安らかな寝息を立てるネギの笑みに、その想いを誓うのだった。

…………さて、とりあえず当面の目標は…………。


「…………どないして脱出したら良えねん?」


…………俺の理性は、皆が思ってるよりずっと鋼じゃないんだぜ?





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 67時間目 脚下照顧 早急にインフラ整えないと俺が死ぬる!!!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/02 16:27



…………ガチで、ガチでもうダメかと思った。

ネギのやつ、眠ってるくせにしっかり俺の身体をホールドしてるんだもん…………。

いや、字面だけ聞いてたら羨ましがられるかもしれないが、あの状態のネギに手を出そうものなら、即☆犯罪者!!

最悪、ネギの護衛という任務を放棄したと見なされ麻帆良追放という結末も用意されてる。

…………据え膳食わぬわ何とやら、とはいえ毒入りと分かってるお膳にどうして手が出せようか。

そんな訳で、あの天国地獄同居状態から何とか脱出を図った俺。

無理に抜けだして起こしたりしたら、絶対悲鳴とか上げるだろうし、もうヒヤヒヤだった。

結論から言うと、俺は転移魔法を使用してどうにか抜けだすことに成功した。

…………もっと早くにこの方法を思いつけば良かったんだがね。

とりあえず脱出した俺は、ネギを起こさないよう細心の注意を払って上のベッドに運んだ。

起きた時に俺のベッドに居た場合、普通に疑われるのは俺だし、そんなことで余計なトラブルを招きたくはなかったからな。

んで、もう一度寝ようと思った俺だったのだが…………携帯の背面ディスプレイを見て凍りついた。

時刻は午前5:50。

…………つまり俺は2時間近く格闘していたのか…………。

とはいえ、本日が日曜という状況を考えれば、普通に二度寝したって何も問題はない時間だったのだが…………。

如何せん、俺には反故に出来ない約束というか、日課が存在していた。

約束の時間は6:30。

チビの散歩も兼ねていることも考えれば、もうそんなに時間はない。


「…………まぁ、早めに寝た訳やし、構へんか…………」


そう自分に言い聞かせるものの、正直全くと言って良いほど疲労感は拭えていなかった。

…………こんなんが毎日続いたら、確実に俺は禿る自信があるぜ…………。

溜息を付きながら、俺は身支度を整えるため洗面所へ向かうのだった。












そんな訳で、俺はチビの散歩のため男子校エリアをぐるっと一回り、やって来たのは龍宮神社の境内だった。

こんな朝早くに何でここに来たかというと…………。


「お~に~いちゃんっ♪」


そんな上機嫌な声とともに、俺の胸に飛び込んで来る霧狐。

そう、俺がここに来た目的は彼女に稽古を付けるためなのだ。


「おはようございます、小太郎さん」


霧狐の後ろからそう声をかけて来る刹那。

彼女もこの早朝稽古のメンバーである。

俺の魔力が復活して以来、完全に日課のとなったこの稽古。

さすがに毎朝こんな時間にエヴァの別荘を訪れる訳にもいかないため、こうして神社の境内を借りて稽古に励んでいる訳だ。

ちなみに一般人も使う公共の場であるため、ここでの稽古は一切の魔力や気を使用しないで行う。

つまり稽古の内容は、体術や剣術の基礎確認ということだ。

今更俺たちがそんなことをやって意味があるのかと疑問に思うかもしれない。

しかし、基礎をおろそかにしては、何事も大成しないのだ。

そんな訳で、俺は主に体術を、刹那は主に剣士との闘い方の基本を霧狐に指導している。

ちなみにこの早朝稽古時、2人はいつもの学生服ではなく、それぞれ自前のジャージ姿。

季節がら、今は2人とも長袖のジャージだが、稽古を始めた夏場は、Tシャツにスパッツなんていうかなりラフな格好だった。

刹那のラフな格好なんて中々お目に掛かる機会がないから、あれはかなり眼福だったなぁ…………。

え? 霧狐? …………いや、可愛かったけど、妹のそういう姿に欲情するとかかなりアレじゃね?

とまぁ、そんな話はさておきだ。

メンバーも揃ったことだし、早速稽古に取り掛かろう。

そう思って、未だ俺に抱きついたままの霧狐を引きはがそうとした瞬間だった。


「…………あれ? お兄ちゃんから知らない女の人の匂いがする」



―――――ビシッ



霧狐の放った発言により、一瞬で境内の空気が凍りついた。

…………わ、忘れてた。霧狐の嗅覚は俺並み…………否、下手をすると俺以上に鋭いんだった…………。

俺は恐る恐る、霧狐の後ろで俺と同じように凍りついた刹那の表情を伺う。


「…………その話、詳しく聞かせて頂けますよね?」


…………OH。

刹那は満面の笑みを浮かべていた。

浮かべていたが、その背後には般若の化身がはっきりと見て取れる。

俺はこの窮地を脱するために、必死で言い訳を考えた。


「ちゃ、ちゃうねんっ!! じ、実は昨日からルームメイトが増えてな? そ、そいつがぱっと見女みたいな顔つきしててん? せ、せやから多分そいつの匂いやないかなぁ~? あ、あははっ!!」

「? けど、お兄ちゃ…………」

「!?」

「ふ、ふみゅっ…………!!!?」


納得がいかなかったのか、なおも言葉を続けようとした霧狐の口を慌てて抑える俺。

分かってるよ…………俺だってそれくらいで男女の匂いを間違えたりしないことぐらい分かってるよ!!

しかしここは何としてでも、その理由で刹那に納得してもらうしかないのだ。

ネギの身を護るためにも、何より俺自身の安全を護るためにも!!

そんな訳で、俺は霧狐の実際の耳、今は幻術で見えていない狐の耳がある辺りで、刹那に聞こえないよう耳打ちした。


「…………頼むから話を会わせてくれっ!! 今度、駅前のうどん屋で『特選きつねうどん』食わせたるさかいっ…………!!」

「!? (コクコクッ)」


狐は油揚げが好き、という伝承に漏れなく油揚げが大好きな霧狐は、どうやらその報酬がよほど気に入ったらしい。

耳打ちした瞬間、俺の胸の中で小さく何度も頷いた。

俺は安堵の溜息を零しながら、ようやく霧狐を解放する。


「あ、あはは~、そ、そういう理由なら納得だよ~。き、キリの鼻だって、間違えることだってあるしね~?」

「そ、そうやんな? そ、それにそのルームメイト、女と間違えてもしゃあないくらい女顔やからな~? あはは~…………」

「? そ、そうなんですか?」

「「(こくこくっ)」」


腑に落ちないようすで尋ねてきた刹那に、2人して光の速さで頷く。


「ま、まぁお2人がそう言うならそうなんでしょう…………しかし、そんなに女性っぽいんですか? その、小太郎さんのルームメイトの方は…………」

「あ、ああ。昨日寮に連れてったときは、女連れ込んだと勘違いされてちょっとした騒ぎになったくらいにな」

「そ、そこまでっ!?」


話題が変わったことに安堵しつつ、昨日の慶一との一件を話した俺に、刹那は目を見開いた。

しかし次の瞬間、刹那は顎に手を当て、何やら考え込むようなそぶりを見せる。

? な、何だ? 今の発言には、何も彼女の逆鱗に触れるような話題はなかったと思うんだが…………?


「…………小太郎さん、念のため確認しておきますが、まさか"そっち"の趣味は…………」

「それ以上言うたらさすがに自分でもシバくで?」


青い顔して尋ねてきた刹那に、俺は青筋を浮き上がらせながら即答したのだった。









―――――1時間後。

つつがなく早朝稽古を終えて帰路についた俺とチビ。

さすがにネギも起きてる頃だろう。

俺は部屋に戻る前に部室棟でシャワーを借りて汗を流す事にした。

ネギに汗臭い男と思われるのも嫌だしな…………。

そんな訳で、シャワーを浴びてから俺とチビは転移魔法を使い寮へと戻る。

外出中にしておいた自分の札を元に戻して、そそくさと部屋へと向かう俺。

やっぱ朝早くから良い汗かくと気持ちが良いな。

…………これで前日の疲れがもっとしっかり取れてれば言うことないんだがね。

もっとも、今更そんなことを言っても仕方がないとは分かってる。

それに俺はちゃんとネギに向かい合うって決めたんだ。

もう弱音なんて吐いてる場合じゃない。

俺は出かけた溜息をぐっと飲み込むと、気合を入れ直しながら自室のドアをくぐった。


「うーす、ネギー? もう起きとる、か…………」

「…………」


そして、リビングに入った瞬間凍りつく。

俺の視線の先には、同じように凍りついたネギの姿が。

恐らく着替えようとしていたのだろう、ネギは可愛らしいピンクのショーツと胸に巻きかけたサラシ以外何も纏ってはいなかった。


「…………」

「…………」


一体どれくらいの間見つめ合っていただろう。

俺たちの間に流れた沈黙は数時間にすら感じられた。

永遠に続きそうなその沈黙を、先に破ったのはネギだった。


「…………っっ!!!?」


ネギがすっと息を吸い込んだ瞬間、俺は直感的にマズイと、そう感じる。

しかし、時既に遅し。



「―――――きゃぁぁぁぁぁああああああっっ!!!!!?」



―――――ゴォォォォォオオオオオッッ



「のぉぉうっ!!!?」


耳を劈くネギの悲鳴とともに、俺へと向かって放たれる暴風。

それがネギの魔力の暴走によるもとだと気付いたときには、俺は自室のドアへと叩きつけられた後だった。

ちなみにチビはちゃっかり障壁を張ってて、無事だったりする。

つか、どうせ障壁張るなら俺も助けてくれよ…………。

せっかく入れ直した気合が、一瞬で瓦解していく俺。

しかしながら、ネギの半裸を拝めて、ちょっと得したなぁ、とか思ってるのも事実だった。

…………まぁ、その度にこんな制裁受けてたら洒落にならんけどね。











「「すみませんでした!!」」


あれから光の速さで着替えを済ませたネギ。

そして同じく光の速さで退室し、ネギの悲鳴に何事かと集まって来た寮生たちに苦しい言い訳を済ませた俺。

そんな俺たちは互いに自室のリビングで土下座し合っていた。


「も、元はと言えばボクの不注意なのに、あんな大きな声で悲鳴上げて、しかも小太郎君にその言い訳までさせちゃって…………本当にゴメン!!」

「いやいやいやいや!! 女子が中におるん知っとった癖に、ノックもせんと入った俺の不注意やってんて!! ホンマにすみませんデシタ!!」

「そ、そんなっ!? わ、悪いのはボクだからっ!! 小太郎君は謝らないでっ!! 本当にゴメンね!!」

「いやいやいやいや、いや!! 今のんは100パー俺のせいやからっ!! ホンマにスマンっ!!」

「いやいや、ボクの方こそ…………!!」

「いやいや、俺の方が…………!!」


そんな感じで延々と米つきバッタのように頭を下げ続ける俺とネギ。

一体、どれくらいの間そうしていただろうか。

互いに肩で息をし始めたころ、ようやくネギがこんな提案を持ちかけて来た。


「はぁっ、はぁっ…………あ、あのさっ…………」

「ぜぇっ、ぜぇっ…………な、何や…………?」

「そ、そのっ、き、きりがないし、止めない? その、お互い不注意だったってことで…………」

「き、奇遇、やなっ。俺も、ちょうど、そう思っててん…………」


乱れた呼吸を整えながら、俺たちはそこでようやく互いに笑みを浮かべた。


「あははっ…………ふぅ、入寮して初めての朝なのに、大騒ぎになっちゃったね?」

「せやな…………いや、しかしホンマにスマンかったな」

「もぉ、小太郎君ってば、止めようって言ったそばから謝んないでよ?」


ぷぅっと頬を膨らませ、拗ねたような表情で俺を睨んで来るネギ。

その仕草は歳相応の女の子らしくて…………こう、ぐっと来るものがあるよね!!

…………とまぁ、そんな話はさておき。


「いやいや、女の子の着替え覗いといて、この程度で許されたらあかんやろ?」


俺は苦笑いを浮かべながら、ネギにそう答えた。

前回こっちに来る前に、誤って刹那の裸を覗いたときも土下座の一つで許されたし…………。

こういうラッキーな展開って、それ相応の罰が当たらないと逆に怖いしね。

…………かと言ってエヴァみたいに過剰な報復をされるのもヤだけどさ。

そんな俺の考えを知ってか知らずか、ネギはんーと右の人差し指を頬に当てて考え込む素振りを見せる。

…………この仕草、天然でやってるとしたらかなりこの娘据え恐ろしいな。


「んー…………それじゃあさ、こうしない? 今日麻帆良を案内してくれてるときに、何か甘いものでも御馳走してよ?」

「へ? そ、それは構へんけど…………そんくらいでホンマに良えんか?」

「うん。さっきも言ったけど、ボクの不注意も原因だし。それに男の子と同居って時点で、さっきみたいな事故もあるかもって、それなりに覚悟はしてたから」


ぺろっ、と舌を出して恥ずかしそうに笑みを浮かべるネギ。

覚悟してたからって許せるような話じゃないと思うんだが…………。

まぁ本人がそれで良いって言ってるんだし、変に掘り返して無駄に言い争う必要もあるまい。

そう思って、俺は無理やり納得することにした。

…………ネギちゃんマジ天使。











そんな訳で、俺はネギを連れて学園都市の案内へと出掛けた。

もちろん、原作で鳴滝姉妹がネギに言っていた通り、学園都市全エリアとなると1日では回れない。

なので最初にこれから良く使用することになるであろう男子校エリアを案内した。

で、男子校エリアを一しきり案内した俺は、今朝の約束…………ネギに甘いものを奢るという約束を果たすために、女子校エリアまで足を伸ばしている。

ちなみに目的は、以前木乃香と一緒に食べてたクレープの移動販売だ。

相変わらず女子校エリアの公園でのみ営業しているため、あれを食べるには女子校エリアまで足を伸ばさないといけない。

…………まぁ男子校エリアでスイーツ(笑)ってのもバカみたいだしな。

という訳で、現在俺たちはクレープ片手に女子校エリア駅近くの商店街を歩いていた。

ネギが頼んだのはトリプルベリーとかいうやたら真っ赤なやつ。

イチゴとクランベリーとラズベリーの果肉入りソースがかかってるかららしいが…………意外と見た目グロいよ?

そして俺は今回もチリドッグ…………やっぱ共食いか? 共食いに何のかコレ?

そんなことを考えながらも、空腹には勝てずあっさりとかぶり着く俺。

俺の横を歩いていたネギは、行儀良く、いただきます、と挨拶してから、小さな口をいっぱいいっぱいに開けて1口目を頬張った。


「ぱくっ…………ん~~~~っ♪ おいしい~~~~っ♪」


そして次の瞬間、こっちまで嬉しくなる幸せそうな笑みを浮かべる。

こんなんで、向こうでは本当に男として生きて来れたのかと心配になるが、今は彼女が満足そうなので良しとしよう。


「それにしても、小太郎君って甘いもの好きなの?」

「ん? まぁ、嫌いっちゅうことはあれへんけど…………何でや?」

「いや、だってここ女子校エリアだよね? 普通男子生徒は来ないようなところなのに、そこにあるクレープのお店を知ってるくらいだからてっきり…………」


なるほど、確かにそれだけの情報だと、俺が甘党だと勘違いするわな。


「そこまで甘党ってことはあれへんな。それにこの店は女子部に通っとるダチから教えてもろたんや」

「女子部の?」

「ああ。俺がまだ麻帆良に来る前、京都におった頃に世話になった人がおってな。その人の娘っちゅうことで仲良うなったやつがいてん」


言うに及ばず木乃香嬢のことだ。


「あの店教えてくれたんはそいつでな。まぁそいつとの繋がりもあって、今じゃ男子部生にしちゃ女子部の知り合いは多い方やと思うで?」


クレープを頬張りながら、何の気なしにそう言った俺。

しかしネギは何か気になることでもあったのか、気が付くと足を止めていて、いつの間にか俺は彼女を置き去りにする形となっていた。

慌てて引き返すと、俺はネギに尋ねる。


「ど、どないしてん?」

「あ、ご、ゴメン。ちょっと考えごとしてて…………」

「考えごと?」


俺が首を傾げると、ネギは少し言い澱んでから、こう尋ねて来た。


「あ、あのさ? 小太郎君てもしかして、かなりモテる…………?」

「また直球で聞いてきおったな…………」


しかもかなり答え辛い質問を…………。

確かに、現在俺に好意を寄せてると思しき女性は複数名いる。

刹那に木乃香、亜子に刀子先生、それからのどかくらいか?

この状況を客観的に見れば、確かに俺はモテるといって遜色ないのかも知れない。

だからと言って、自分で自分のことを『モテる』だなんて公言するのはさすがに憚られる。

仕方ないので、俺は適当に誤魔化すことにした。


「じ、自分では良う分からへんな。その話は明日にでもクラスの連中に聞いてくれ」

「あ、そ、そうだよね? 自分で自分のこと『モテる』とか言ってる人、ちょっとアレだしね」


そこでようやく自分の質問の意味が分かったのか、ネギは顔を赤くしながら苦笑いを浮かべていた。


「しかし…………何でそないなこと急に?」

「ん~…………自分でも良く分かんないんだけど、何か気になっちゃって」


本当に不思議そうに首を傾げるネギ。

まさかこの時点で既にフラグが!? なんて思ったりもしたのだが、この様子ではそう言う訳でもないらしい。

そんな風に他愛もない話をしつつ、俺は次の目的地へネギを案内しようとした。

その時だった。



「―――――こたろーーーーっ!!!!」



「!? 何や何やっ!!!?」


後ろから大声で名前を呼ばれて振り返る俺。

すると視線の先には、見覚えのある顔がこちらに向かって全力疾走していた。


「あ、明日菜っ!!!?」


そう、俺に向かって全力疾走して来る人影。

その正体は神楽坂 明日菜その人だった。

な、何でっ!?

ネギの件は関係ないと思うし、俺の方も明日菜に追いかけられるようなことをした覚えはない。

では何故?

しかしその疑問は、明日菜が次に叫んだ一言で氷解する。


「そのひったくり犯捕まえてーーーーっ!!!!」

「ひったくり?」


言われて明日菜の少し前方へ視線を移す俺。

そこにはいかにも怪しそうな風貌の男が、不似合いな婦人物の鞄を抱えて必死の形相で走っていた。

…………なるほど、そういうことね。

事態を大雑把にだが把握した俺はすぐさま身構えて…………。



―――――ヒュンッ…………



「あがっ…………!?」


ひったくり男が目の前を通り過ぎる瞬間、その延髄目がけて華麗に手刀を放った。

うむ、俺様絶好調。

気や魔力を使っていないとは言え、俺の攻撃をもろにくらったひったくり犯は、悲鳴を上げることも出来ずに意識を失い路上に倒れ込む


「わわっ!? こ、小太郎君、その人大丈夫なのっ!?」


急に倒れた男に、ネギが慌てた様子でそんなことを尋ねて来た。

まぁ、今の彼女の実力じゃ、俺が何をしたか見えなかっただろうし、見えていてもその力加減なんて分からないだろうからな。


「問題あれへん。ちょこっと脳みそゆすって気を失うてもろただけやさかい」


俺は苦笑いを浮かべながら彼女にそう説明した。


「脳みそゆするって…………とゆーか、今の一瞬でどうやってそんなことしたのさっ!?」

「それはまぁ、俺の鍛え抜かれた肉体がなせる技や」


冗談めかしてそんなことを言いながら、俺は男が抱えていたバッグを奪い取る。

そしてちょうどその瞬間、走っていた明日菜が俺の元へと駆け寄って来た。


「普通に捕まえてくれるだけで良かったんだけど…………つか、どうやったらこんなにあっさり人が気絶するわけ?」


俺を胡散臭いものでも見るような目つきで睨む明日菜。

いや、言われた通りにしただけなんだし、ここは素直に褒めてくれて良くない?

理不尽に思いながらも、俺は彼女に男から取り上げたバッグを手渡した。


「ほい。つかこの鞄、自分のやあれへんよな?」


男が持っていたバッグは、明らかに明日菜よりも年輩の女性向けのものだった。

大方、また厄介事に首を突っ込んでいるのだろう。

口では何やかんや言いつつも、明日菜は困ってる人を見過ごせないタイプだからな。


「まぁね。子ども連れのお母さんだったんだけど、私の目の前でひったくられてさ。ほっとく訳にもいかないでしょ?」

「当然っちゃ当然やな」


わざとらしく疲れたような笑みを浮かべる明日菜に、俺は苦笑いで返した。

ちょうどそのとき、恐らくこのバッグの持ち主だろう、幼稚園児くらいの男の子を連れたお母さんが、肩で息をしながら俺たちの元へやってきたのだった。










そんな訳で、俺たちから鞄を受けとった子連れの女性は、それはもう何度も頭を下げながら帰って行きましたとさ。


「ありがとね、小太郎。正直、私じゃ追い付けなかったっぽいし、今回は素直に礼を言っとくわ」

「構へんよ。つか礼ならさっきの女の人にしこたまもろたしな」


殊勝にもそんなことを言い出した明日菜に、俺は少々面食らいながらも、そんな風に答える。


「それはさておき…………」

「???」


そう言った瞬間、先程までは普段通りだった明日菜の双眸が、一瞬でじとっとした、こう、何か汚いものでも見るかのような目つきに変わる。

え? 何? 俺ってば何かマズった!?

焦りまくる俺だったが、考えても原因には思い至らなかった。


「…………アンタ、また女の子たぶらかしてるわけ? いい加減にしないといつか刺されるわよ?」

「…………はい?」


一瞬明日菜の言った言葉の意味が分からなくて目が点になる俺。

しかし、その言葉の意味を理解した瞬間、俺は物凄い勢いで叫んでいた。


「人聞きが悪いこと言うなやっ!!!? 俺は今まで一度たりとも女の子たぶらかしたことなんてあれへんわっ!!!!」

「えぇ~~~~…………」


明日菜は俺のそんな魂の咆哮にさえ納得がいかないのか、なおも胡散臭そうな視線で不満の声を上げる。


「…………じゃあ、さっきから一緒にいるその子はどう説明するつもりよ?」


そう言って明日菜が指差した先、そこには状況が飲み込めていないのか、目を白黒させて冷や汗をかいているネギの姿があった。

なるほど、確かにネギと一緒に俺が歩いていたら、俺がまた別の女の子引っかけてるように見えるわな。

…………って、だから俺は女の子を引っかけようとした覚えなんかねーってのっ!!!!


「あんな、明日菜? こいつはこれでも『男』やねん。明日から編入の留学生で、俺と同室になったさかい街を案内してたんや」

「…………え゛?」


昨日の慶一と同様、半笑いのような微妙な表情で凍りつく明日菜。

…………まぁこんだけ可愛い子が男だって説明されて、素直に信じる方がどうかしてるよな。

凍りついた明日菜に、ネギはタイミングを見計らっていたかのように、ぺこりと折り目正しくお辞儀をした。


「ね、ネギ・スプリングフィールドと言います。よろしくお願いします」

「あ、は、はい、御丁寧にどうも。か、神楽坂 明日菜です…………」


未だショックから立ち直れないのか、明日菜はいつもの勢いが嘘のような歯切れの悪さでそう返す。

…………しかし、この出会いは偶然なのか?

原作では一番初めネギと出会った明日菜。

その彼女とこうして街中で偶然出会うなんて…………何か作為的なものを感じる。

しかしまぁ、真相はどうあれ俺個人としてはネギと明日菜が仲良くなってくれるのは、むしろ望むところだ。

明日菜の生い立ちを考えれば、遅かれ早かれ魔法関係の裏事情に関わらざる負えないのは目に見えてるし。

どうせならその繋ぎになる役割はネギに担って欲しかったからな。

そんな訳で、この出会いが作為的なものにしろ、俺にとっては願ったりかなったりなのだ。

そんなことを考えていると、不意にネギが俺の服の袖をくいくいっと引っ張って来た。

何事かと思って、振り返ると、ネギは小声でこんなことを尋ねて来る。


「…………神楽坂さんって、魔法のことは知らないんだよね?」

「…………ああ、一般人や。せやからうっかり魔法とか言わへんよう気ぃ付けぇや?」


俺がそう答えると、ネギは緊張した面持ちで、しかししっかりと頷くのだった。


「…………しかし、見れば見るほど男子って言うのが信じられないわね」

「あ、あはは~、よ、良く言われます」


しげしげと興味深そうにネギを見つめる明日菜に、冷や汗を流しつネギが答える。

まぁネギのやつは幻術も何も使ってないしな。

ぶっちゃけ男装してるだけの女の子なんだし、一般人にここまで訝しまれるのもまぁ、仕方がない。

ちなみに、男子校エリアを案内してる途中で、どうして幻術を使わないのかって尋ねてみたところ、ネギから返ってきた答えはある種当然のものだった。


『えと、そもそもボクはそんなに応用範囲の広い幻術ってまだ使えないし。そ、それに、男の人の身体って全部見たことある訳じゃないから、再現するのは難しいと思う…………』


恥ずかしそうに頬を赤らめたネギからそれを聞いて、俺は物凄く後悔した。

しばらくの間、俺たちの間に妙な沈黙が流れたのは言うまでもない。

その時のことを思い出して少し鬱になりそうだった俺は、慌てて明日菜に別の話題を振ることにした。


「と、ところで明日菜? 今日は自分1人なんか?」


最初は木乃香かいいんちょ辺りと一緒に出かけたけど、さっきのひったくり騒ぎで置いてけぼりにしたものだって思ってたんだが…………。

いつまで経っても誰も明日菜に追い付いて来る気配はないし、恐らく彼女は1人なのだろう。

それが珍しくて、俺はそんなことを問い掛けていた。


「まぁね。本当は木乃香と一緒に出掛ける予定だったんだけどさ。何か学園長から急な呼び出しがあったみたいで。で、せっかくの休みに家でじっとしてるのも何だし、適当にぶらぶらしてたのよ。そしたら…………」

「ひったくりの瞬間に出くわしたと?」

「そーゆーこと」


苦笑いを浮かべながら頷く明日菜。

なるほど、それで1人だった訳か。しかし…………。

学園長から木乃香への急な呼び出し…………何だろう、このそこはかとない嫌な予感は…………?

そんなことを考えた瞬間だった。


『わんっわんっ!! わんっわんっ!!』


メールの着信を知らせる俺の携帯。

恐る恐る携帯を開くと、液晶に表示された差出人は『近衛 木乃香』となっていた。


「…………」


…………これは、ひょっとしてひょっとする感じか?

半ば覚悟を決めつつ、決定ボタンを押してメールを開く。

メール本文の内容は、だいたいこんな感じだった。


『コタ君助けてー!!(>△<; また無理やりお見合いさせられそうなんよー!!(;×;) しかも今日は学園都市の外でやるらしゅうて、もし捕まったら逃げれへんーーーーっ!!!!(T□T;』


「…………」


やっぱりかっ!!!?

つかあのクソジジィも懲りないねぇ…………孫娘がこんだけ嫌がってるんだからいい加減に止めてやれよ。

しかしどうしたものか。

現在俺は、ネギに学園都市を案内している途中な訳だし、先約はこっちだ。

とはいえ、前回お見合いから木乃香を連れ出した際に『また俺が攫ってやる』なんてカッコつけてるだけに、木乃香かからの救難信号は無視し辛い。

まさにあっちを立てればこっちが立たないこの状況。

どうやって切り抜けろと…………待てよ?


「なぁ明日菜? 自分、今暇なんか?」

「へ? ま、まぁそうね。暇だから街をぶらぶらしてた訳だし…………」


俺の質問の意図が掴めないのか、訝しそうにしながらそう返事をする明日菜。

渡りに船とはまさにこのこと。

まぁ、明日菜が暇になった理由が、学園長による木乃香誘拐だと考えると、かなり微妙な気持ちになるがね…………。

とはいえ、今は他に方法が無さそうだし、俺は目の前でぱんっと手を合わせると、明日菜に向かって頭を下げた。


「スマン!! ちょっと急用ができてもうてん。悪いんやけど明日菜、ネギに街ん中案内してくれへんか?」

「え? えぇっ!? べ、別にそれくらい構わないけど、スプリングフィールド君?はそれで良いわけ?」

「あ、はい。急用なら仕方ありませんし、もし神楽坂さんがそれで良ければ」


明日菜の問い掛けに、笑顔でそう返すネギ。

良かった、どうやらこっちはこれで何とかなりそうだ。

最初は明日菜に任せるのはマズいかなーとか思ったりもしたんだが。

だって原作当初の明日菜って、結構ネギに敵意むき出しなとこあったしね?

まぁあれは失恋の相云々とか、クマパン云々といったネギのミスがありきの話だし。

特に問題もなく出会った今の2人なら、それなりに仲良くやってくれるだろう。

万が一、ネギが何かしくじって魔法がバレたりしても、きっと明日菜なら事情さえ説明すれば黙っててくれるだろうし。

…………むしろ問題なのは、ネギが女だってことがバレる方だ。

回りまわって木乃香や刹那に、俺が女子と同居している何てバレようものならば…………(ブルッ)

と、言う訳で、俺は一刻も早く木乃香を救出し、ここまで戻って来る必要がある。


「ほんなら明日菜。ネギのことよろしゅう頼むで? 出来るだけ急いで戻って来るさかい」

「はいはい。全く…………今度何か奢んなさいよ?」


意地悪い笑みを浮かべてそんなことを言う明日菜に、俺は苦笑いを浮かべた。


「りょーかい。こん埋め合わせは必ずするわ。ほんならな!!」


そう言い残して、俺は妖怪に攫われたお姫様の救出へと向かうのだった。











SIDE Negi......



「さて、それじゃ私たちも行きますか?」


颯爽と駆け出して行く小太郎君の背中を見送って、神楽坂さんはボクに振り返ると笑顔でそう言ってくれた。


「はい。でもすみません。せっかくの休日なのに無理を言ってしまって…………」

「言ったでしょ? 別に暇なんだし構わないって」


そう言って神楽坂さんは、笑顔を浮かべてくれる。

日本の女性はみんな親切で優しいって聞いてたけど、本当にその通りだったな…………。

何だか嬉しくなって、ボクは自然と笑みを浮かべていた。


「あ、そう言えば、小太郎君の急用って何だったんでしょう?」


本当に急いでたみたいだし、何か本当に大切な用事だったのかもしれない。

ボクの案内をしてたせいで、約束とかを忘れてたんだとしたら、本当に申し訳ないな…………。

小太郎君には昨日から迷惑掛けっ放しだし…………。

そう思ってしゅんとするボクだったけど、神楽坂さんの一言で、そんな気持ちは嘘みたいに無くなってしまった。


「どーせまた人助けでしょ? あいつって年から年中他人のために駆け回ってるようなやつだし」

「…………え?」


苦笑いを浮かべてそんなこと言った神楽坂さん。

その言葉を頭の中で反芻したボクは、驚きを隠せなかった。


「ね、年から年中ですか…………?」

「うん。何でか知らないけど、あいつって人が困ってるところとかにタイミング良く出くわすみたいでねー」


相変わらず苦笑いを浮かべたまま、神楽坂さんは何でもないようにそんなことを言う。

そんな彼女の口ぶりからは、手紙のタカミチ同様、小太郎君への信頼感がありありと感じられた。


「実際私も何度か助けられたし。しかもあいつってムチャクチャ強いでしょ? 何かしょっちゅう他人のために派手な喧嘩とかしちゃって、その度に学園長とかから呼び出されてるみたいでさ。もう完全に不良生徒呼ばわりされてんのよ?」

「へ、へぇ…………」


魔法について何も知らない神楽坂さんにもここまで信頼されてるなんて…………。

普通信頼関係って言うのは、お互いのことを信用できないと成り立たない。

だからどんなに仲が良くても、何か隠し事をしてる、って雰囲気は相手に伝わるし、そういう疑惑は相手との溝を深めてしまう。

その点で言えば、魔法という重要なことを隠してしまっているボク達と一般の人の間では、深い信頼関係を築くのは難しい。

特にボクは、魔法使いの人たちの間でも『性別』っていう隠し事をして生きて来たから…………。

本当に信頼関係が築けてる友人なんてお姉ちゃんやアーニャ、タカミチくらいしか思いつかない。

だから、魔法のことを隠しているのに、一般人からこんな風に信頼されてる小太郎くんのことを、素直に凄いと思った。

きっとそれは、小太郎君がそれだけ身を粉にして、誰かのために頑張ってるからなんだろうな…………。

実際ボク自身も、昨日から小太郎君に何度も助けられている。

きっと彼は目の前で困ってる人を放っておけない性格なんだろう。

それに凄く真面目なんだと思う。

今朝の事故だって、本当にボクの不注意が大きな原因だったのに、小太郎君は真剣に謝ってくれてたし。

タカミチが手紙で言ってた『真っ直ぐで誠実』って意味が少しだけ分かったような気がした。


「さて、それじゃあどこから案内しようかしら? 男子校エリアはもう回った?」

「はい、小太郎君が一通り案内してくれました」

「そっか。まぁ案内しろって言われても、さすがに男子校エリアなんてほとんど言ったことないしね」

「そ、そうですよね…………」


そう考えると、神楽坂さんに案内をお願いしたのはやっぱり酷だったかな?


「ごめ…………」


ごめんなさい、そう口にしようとして、ボクは思わずその台詞を飲み込む。

昨日の夜、小太郎君に言われたことを思い出したから。


『―――――つか自分、謝り過ぎや。言うたやろ? もっとフランクに行こうやってな』


…………そうだよね。

きっと小太郎君が、こんな風に隠し事をしてても誰かと仲良くなれるのは、いつも彼があんな風にフランクな態度を崩さないからという理由もあるのかもしれない。

対してボクは、性別を偽ってるという引け目から、いつも少し腰が引けた態度で周りと接していた気がする。

…………せっかく一大決心をして日本にやって来たんだ。

そんなところも少しずつ直していこう。

そう思って、ボクは笑顔を浮かべた。


「神楽坂さんのお好きなところに連れてってください。ボクはここに来たばかりで全く何も分かりませんし。神楽坂さんがお好きな所なら、きっと素敵な場所だと思いますから」

「そ、そう? それだと女子校エリア近辺になっちゃいそうだけど…………」

「構いませんよ。こっちは案内してもらう立場ですしね」


それに本音を言うと、普通の女の子たちが、どんなところでどんなふうに休日を楽しんでいるのか興味があった。

子どもの頃から男として育てられてきたボクは、あまりそう言った普通の女の子との関わりはなかったし。

ボクの台詞、神楽坂さんは少し考え込んでから、笑み浮かべた。


「それじゃ、適当にぶらつきましょうか? それと私の事は明日菜で良いわよ? 言いにくいでしょ? 私の苗字」

「あ…………」


そう言って満面の笑みをボクに向けてくれる神楽坂さん。

その姿はどうしてだろう、どこかお姉ちゃんに似ているような気がする。

それに、名前で呼ぶことを許してもらえただけで、何だか神楽ざ…………明日菜さんとの距離が縮まったような気がして、ボクは何だか嬉しくなった。

だからボクも、満面の笑みを浮かべて彼女に答える。


「じゃあボクのこともネギって呼んでください。よろしくお願いしますね。明日菜さん」


すっと右手を彼女に差し出すボク。

明日菜さんはそんなボクの手をしっかりと握り返してくれた。


「こっちこそ、よろしくね。ネギ」


笑顔でそう言ってくれた明日菜さん。

これはきっと、小太郎君の
忠告のおかげだろう。

戻ってきたらきちんとお礼を言わないとな…………。

明日菜さんに笑顔を向けながら、ボクはぼんやりとそんなことを考えていた。



SIDE Negi OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 68時間目 複雑怪奇 これが偶然だとしたら、ミラクル以外の何物でもねぇよ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/03 00:12



ネギ達と別れた俺は、移動する道中で木乃香に電話して所在を聞くと、すぐに彼女の元へと向かった。

封印が解けたおかげで普通に転移魔法が使えたしな。

ちなみに、九尾の魔力の助けもあって、俺は現在麻帆良学園都市なら、ほぼどこへでも転移魔法を使える。

と言っても、独学で覚えたかなり強引な術式であるため、それ以上遠くへは行けないのだが。

エヴァに正式な術式を教わるって方法も考えたが、一度魔法を教えてくれるっていう申し出を断ってるからな。

今更転移魔法だけ教えてくれなんていう、ムシが良い頼みはし辛い。

まぁ現状で特に困ることもないし、正式な転移魔法を覚える必要はないと思っているというのも理由だが。

そんな訳で、木乃香と無事合流した俺は、彼女を連れてエヴァのログハウスへと向かった。

前回と違って、木乃香に魔法を隠す必要はない。

さくっと転移魔法を使って一瞬で着きましたとも。


「ごめんな、コタくん。せっかくの休みなんにこんなこと頼んでもうて」


前回同様、かなり豪華な晴れ着に身を包んだ木乃香は、本当に申し訳なさそうにそんなことを言う。


「構へんて。それに約束しとったしな。また何かあったら自分のこと攫ってったるって」


にっと笑うと、木乃香は釣られるみたいにして、ほにゃっと笑みを浮かべた。


「にしても、何でエヴァちゃん家なん? 隠れる場所やったら、他にもたくさんあるえ?」


不思議そうに首を傾げる木乃香。

確かに魔法を隠さなくて良いため、逃げ隠れすることはそんなに難しいことじゃない。

しかし前回の一件で、近衛のSPが根性だけはやたらあることは身に染みて分かってるからな。

今回は前みたいに1日中木乃香を連れて逃げ回る訳にいかない以上、彼女を安全かつ確実に匿ってくれる場所へ連れて行く必要があったのだ。


「エヴァの別荘なら、確実に見かれへんやろ? 俺もちょっと用事があるさかい、今日は前みたいに1日中逃げ回ったりは出来ひんからな」

「そういうことなら仕方あれへんな。…………ちぇ、今日はコタくんと1日一緒におれると思たんに~…………」

「…………」


笑顔で頷いてすぐ、そっぽを向いて小声で不満を零す木乃香。

いや、駄々漏れですからね? 木乃香さん、俺の聴力知ってますよね?

まぁ、木乃香みたいに可愛い子から、一緒にいたいと思ってもらえてるのは素直に嬉しいけどね。

とはいえ、一体どんな場面で明日菜にネギの性別が知られるか分からない以上、俺はここでゆっくりしている暇はないからな。

木乃香と一緒にいれないのは残念だが、ここは一刻も早く2人の下へ戻るべきだろう。


「ほんならエヴァ、木乃香のこと頼んだで?」

「私はそれを了承した覚えはないんだがな…………まぁ、別荘を使うなら勝手にするが良い。好きに使えという約束だったしな」


釈然としない表情ではあったが、エヴァはそう言って頷いてくれた。


「ああ、そう言えば駄犬。1つ確認だが、貴様のところに奴の息子が越してきたというのは事実か?」


再び転移魔法を通ろうとしていた俺に、エヴァがそんなことを尋ねて来る。

俺は一端転移魔法を解除してエヴァに向き直った。


「ああ。その奴っちゅうんが千の呪文の男を指しとるんやったらな」

「…………そうか。ジジィめ、余計な真似をしてくれる…………」


俺の返事に、エヴァは憎々しげにそう吐き捨てる。

まぁ、原作通りに今後話が進むとは思えないが、それでも彼女が大停電を利用して、学園結界の突破を図ろうとするのは間違いないだろう。

大方、俺がそのための障害になると踏んでいるのだろう。

ぶっちゃけ例の禁術が完成しないことには、最強状態のエヴァになんて勝てる気はしないんですがね…………。


「あ、そう言えば今朝、せっちゃんも言うてたわ。コタくんに女の子みたいに可愛えルームメイトが出来たらしいって」


別荘へ入ろうとしていた木乃香が、ふと足を止めてそんなことを言い出す。

その口調は普段通りのおっとりしたものなので、刹那のようにあらぬ心配をしている訳ではないらしい。

俺は苦笑いを浮かべながら木乃香に答えた。


「ああ。ホンマに女にしか見えへんくらい可愛え顔したやつやで」

「ふ~ん…………あっ」

「???」


小さく声を上げた木乃香は、何を思ったのか突然にんまりと笑みを浮かべる。

そしてとてとてと俺の前まで駆け寄って来ると、ずずいっと俺と鼻先を合わせるように身を擦り寄せて来た。


「こ、木乃香さんっ!? 一体何でしょうかっ!?」

「えへ~♪ な、コタくん? ウチとそのルームメイトさん、どっちが可愛え?」

「はい?」


無邪気な顔でそんなことを尋ねて来る木乃香に、俺はおもわずきょとんとしてしまう。

しかし次の瞬間、彼女が何を意図して質問してきたのか気が付き愕然とした。

…………こ、この策士めっ!!!!

恐らく彼女は、俺が自分のことを『誰それより可愛い』と褒めざるを得ない状況を作りたかったのだろう。

男と比べてるんだ、さすがにそれはどんなに男の方が可愛いかろうと、普通は木乃香の方が可愛いと答えてしまう。

しかし今回は勝手が違う。

だってネギは男として転校してきたとはいえ、紛れもなく『女の子』なのだ。

女の子同士を比べて、どちらが可愛いなんていうジャッジを下すなんて、俺のポリシーが許さない。

俺は仕方なしに、笑って誤魔化すことにした。


「あ、あははっ。な、何を言うとんのん? お、男なんかと木乃香を比べられるわけあれへんやん?」

「あんっ、もぉ。コタくんのいけずぅ…………ウチが聞きたいんは、そんな答えとちゃうえ?」

「…………」


…………ダメだこりゃ。

木乃香さん、何が何でも俺に『可愛い』って言わせる気だよ。

まぁ普通に女の子のこと可愛いって言って回ってる俺だし、木乃香は本気でかなり可愛いと思ってる。

だから彼女を褒めることには、何の抵抗もない。

ないが、今回は比較対象としてネギがいるわけだ。

ぶっちゃけネギのこともかなり可愛いと思ってるし、タイプの違う2人の女の子を比べるなんて俺には…………。


「…………(にこにこ)」


俺には…………。


「…………(にこにこにこにこ)」


俺にはっ…………!!


「…………(にこにこにこにこにこにこ)」

「…………木乃香はんの方が可愛えです」


…………結局折れた。

だって、あんな期待に満ちた木乃香の笑顔を裏切れるわけないだろうっ!!!?

思ってた通りの言葉を引き出した木乃香は御満悦な様子ではしゃいでいた。


「や~ん♪ コタくんってばホンマにお上手やんな~♪」

「…………」


自分が無理やり言わせたんやないかい…………まぁ絶対口には出しませんがね。


「…………どうでも良いが、貴様らいちゃつくなら余所でやれ」


置いてけぼりをくらっていたエヴァが、若干本気の苛立ちを込めた声音でそんなことを呟いていた。











SIDE Negi......



あれから小太郎君と別れたボクは、明日菜さんに連れられて色んな場所を回った。

中でも世界樹の広場は圧巻だったなぁ…………。

あんなに大きな樹、ウェールズの田舎でだって見たことなかったし。

それにあの伝説…………世界樹の下で片思いの相手に告白すると想いが叶うっていう言い伝え。

やっぱり女の子としてはそういうの憧れちゃうよねぇ…………。

もっとも、早く一人前の偉大なる魔法使いにならないと、ボクは恋愛どころの騒ぎじゃないんだけどね。

それはさておき、結構歩き回ったボクらは、少し休憩ということで、缶ジュース片手に道端のベンチに腰掛けて談笑してる。

ちなみにボクはホットのミルクティーで、明日菜さんはホットココア。

談笑と言っても、今日初めてあったばかりのボクらに共通の話題なんて殆ど無い。

なので話題の中心はもっぱら小太郎君のことだった。

ボクが質問して、それに明日菜さんが答えてくれるという繰り返しの会話。

だけど聞けば聞くほど、ボクは小太郎君に興味が湧いて仕方なかった。


「…………でね? あいつってば『麻帆中の黒い狂犬』なんて呼ばれて怖がられてるらしいわよ?」

「きょ、狂犬ですか? な、何か怖そうな響きですね…………」


意地悪そうに笑みを浮かべて言った明日菜さんに、思わずボクは顔を引き攣らせた。

それにしても『狂犬』って…………。

昨日出会ったばかりでまだ彼の事は良く知らないけど、小太郎君はそんなに誰かれ構わず喧嘩を仕掛けるような野蛮な人じゃないと思うんだけど?

それに明日菜さんからの話を聞いてても、むしろ人助けばっかりしてて、『狂犬』っていうより『番犬』ってイメージが強い。


「何で狂犬なんでしょうか? 会ったばかりのボクが言うのも変ですが、小太郎君はそんなに乱暴な人じゃないと思うんですけど?」

「それもそうね。けど、実際にあいつが喧嘩してるところ見たら、狂犬って言われてるのも分かる気がするな」

「???」


今度は苦笑いする明日菜さんに言われて、ボクは首を傾げた。


「まぁ、私も1回しか見たことないんだけど…………何て言うか、あいつかなり容赦ないからさ」

「よ、容赦ない?」


ま、まさか一般人相手に魔法使ったりとか?

…………い、いやさすがにそれはないか。

そんなことをしていたら、小太郎君は今頃オコジョ収容所行きだろうし。


「うん。あ、もちろんちゃんと理由があったのよ?」

「そ、そうなんですか? 一体どんな理由が?」


ボクがそう尋ねると、明日菜さんは懐かしそうに笑い、順を追ってその時の出来事を話してくれた。


「えーと、私とあいつが初めてあった日だったんだけどね? 私のクラスメートが性質の悪いナンパに捕まっててさ」

「ナンパですか…………」


日本でもやっぱりそう言うことあるんだ。

自慢する訳じゃないけど、ボクもイギリスで街に出かけた時に何回かされたことがある。

…………まぁ、ボクは男ですって言ったら皆凍りついて、すぐに去って行ったけどね。


「それで、最初は私が止めに入ろうとしたんだけど、小太郎に止められてね。それで結局があいつが止めに入っちゃったのよ」

「それは…………何となく、小太郎君らしい気がします」


まだ一緒に過ごした時間は少ないけど、きっと小太郎君ならそうすることが、ボクにも何となく分かった。

そんなことを考えていると、ボクの口元はいつの間にか、笑みの形に釣り上がっていた。


「それであいつは、見るからにヤンキーっぽい高校生4人の前に立ちはだかって何て言ったと思う?」

「??? 何て言ったんですか?」

「『自分を好きなだけ殴って良いから、女の子たちを見逃してくれ』って、確かそんな内容だったわ」

「そ、そんな無茶なっ!?」


いくら一般人相手でも、好きなだけ殴られるなんてさすがに痛いと思う。

何発も殴られ続けたら、障壁だっていつか消えちゃうし…………。


「でしょ? 私も最初はそう思ったんだけど、後から小太郎に聞いたら『あんなへなちょこパンチ何発喰らおうが平気』だって言うんだから、信じられないわよね?」

「…………」


さすがに言葉を失った。

た、タカミチから学園最強の魔法生徒とは聞いてたけど…………どうやら小太郎君の強さはボクの想像以上みたいだ。


「それで、あいつは言葉通り何発も殴られたり蹴られたりしてたんだけどさ、さすがに痛々しくて、助けてもらってた女の子の1人が止めに入ったのよ」

「…………」


確かに自分を助けるために、誰かが痛い目にあってたら誰でもそうすると思う。

そんなことを考えながら、ボクは黙って明日菜さんの話に聞き入っていた。


「そしたらその子、ナンパしてきた連中に押されて尻もちついちゃったのよ。そこで小太郎のやつブチ切れちゃってもう大変」


明日菜さんは冗談めかして言っていたけど、その時の光景が余程凄まじいものだったのだろう、頬には冷や汗が一筋流れていた。


「相手は年上が4人だったのに、1分と掛からず全員をボコボコにしちゃってね。さすがに周りで見てた野次馬もしーんとなっちゃてたんだから」

「さ、さすが狂犬…………け、けど、どうしてそんなに強いのに最初から普通に闘おうとしなかったんですか?」


普通に闘っても絶対に負けないのに、何でわざわざ無駄に殴られるような真似をしたのか。

ボクはそれが不思議でならなかった。


「うん。実はね、これも後で分かったことなんだけど、小太郎ってばその前にも何回か喧嘩で生徒指導室に呼ばれてたみたいでさ。次もし喧嘩したら重い罰ゲームをやらせるぞって、先生に叱られてたらしいのよ」

「それで喧嘩せずに女の子たちを助けようと思ったんですね…………」

「まぁ、結局その女の子が押し倒されたの見てブチ切れちゃったんだけどね。本当、あいつってばお人好しなんだから…………」

「…………」


呆れたような口調だったけど、やはりそう言って笑う明日菜さんの表情からは、小太郎君への信頼感が伝わって来る。

そんな彼女の表情を見ながら、ボクは今朝小太郎君が言った言葉を思い出していた。


『いやいや、女の子の着替え覗いといて、この程度で許されたらあかんやろ?』


気にしなくて良いって言ってるボクに、小太郎君は確かにそう言って謝ってくれた。

そう、ボクのことをきちんと『女の子』として気遣ってくれていたんだ。

きっと小太郎君にとっては、ボクもその時助けようとしていた女の子もどっちも平等に『女の子』なんだろう。

だから、男の子である小太郎君は、ボクやその子を護らなくちゃいけない、助けなきゃいけない。

そんな風に思ってくれてるのかもしれない。

なんだかそのことが妙に嬉しくて、ボクは困ったような照れたみたいな、不思議な笑みを浮かべていた。

そんな風に『黒い狂犬』に関する話題が1段落着いたところで、ボクは1つ気になっていたことを思い出した。


「あ、あの、明日菜さん」

「ん? 何?」

「あ、あの、小太郎君が誰かに似てるって話、どなたからか聞いたことありませんか?」


そう、それはボクが麻帆良行きを決意したタカミチの言葉だった。


『―――――小太郎君の雰囲気はどこかナギ…………君のお父さんに良く似ていてね』


ボクの父、千の呪文の男と小太郎君が良く似てるというタカミチの言葉。

小太郎君本人に聞いたときは、微妙な表情を浮かべられただけであまり期待したことは聞けなかった。

考えても見れば、自分が魔法使いの間で一番有名な英雄と似てるなんて言われて、はいそうですか、なんて言えないもんね。

もちろん明日菜さんは一般人だし、お父さんのことなんて知らないだろうから、そんなに詳しい話は聞けないかもしれない。

けれどもし、何かちょっとしたことでも知っていたら…………どんなに些細な情報でも、ボクは父さんのことが聞きたいのだ。

ボクの必死さが伝わったのか明日菜さんは少し考え込んで、こんな風に答えてくれた。


「そういえば、前に高畑先生が、小太郎は先生の友達に似てるとか言ってたわね…………」

「っっ!?」


その言葉に、思わず目を見開いたボク。

間違いない…………タカミチの友達ってことは、きっとお父さんのことだ。

ボクは逸る気持ちを抑えながら、重ねて質問した。


「あ、あの、どんな風に似てるって言ってましたか?」

「えーと…………確か『優しくて強いところ』だったかしら? 最初聞いたときはどこが? って思ったけど、今なら何となく分かる気がするのよね」

「優しくて、強い…………」


そっか…………やっぱりお父さんは、ボクのイメージしてた通りの人だったみたいだ。

そのことが嬉しくて、ボクは思わず笑みを浮かべていた。

浮かべていたんだけど…………。


「あと『格式や常識に捕らわれないところ』に『言動が乱暴で少し悪役染みたところ』も似てるって言ってたわね」

「え゛…………!?」


続けて明日菜さんが言った台詞に、ボクの表情は完全に凍りついた。

…………か、格式や常識に捕らわれないって言うのはまだ良いけど、言動が乱暴で悪役染みてるって…………。

ほ、本当に父さんはあの『千の呪文の男(サウザンドマスター)』と呼ばれていた偉大なる魔法使いなんだろうか?

今の話を聞いて、ボクは正直自信がなくなりそうだった。

だって、今の話を総合したらボクのお父さんは…………。


『優しくて強くて、格式や常識に捕らわれず、言動が乱暴で少し悪役みたいな人』


…………ということになる。

前半はともかく後半は…………というか、悪役みたいな英雄ってどんなの?

あれ? そういえば小太郎君って、そんな父さんに似てるって言われてるんだよね?

言動は確かに乱暴だけど、悪役みたい?

…………ああ、そう言えば敵に対して容赦がないから『狂犬』って呼ばれてたんだっけ?

じゃあ、ボクのお父さんもそう言う人だったってことなのかな?

…………何だか麻帆良に来て早々、目標としてたお父さんのイメージが打ち砕かれた気分だよ。

ボクはがっくりと肩を落として黄昏た。


「けど、どうしてそんなことを? …………も、もしかしてネギ、その高畑先生の友達と知り合いだったり?」

「え? あ、はい。そのタカミ…………高畑先生の友人というのはナギ・スプリングフィールドと言う人で、実はボクのお父さんなんです」

「えぇっ!?」


がばっとベンチから身を起こす明日菜さん。

きゅ、急にどうしたのかな?


「そ、それじゃあ、あんた自身も高畑先生と友達だったり…………?」

「あ、はい。まだイギリスに居た頃、タカミチが尋ねて来てくれてその時に」

「って、しかも呼び捨てかよっ!?」

「ひぁっ!?」


び、びっくりしたぁ…………。

だって明日菜さん、噛みつかんばかりの勢いなんだもん。


「え、ええと、タカミチがどうかしましたか?」

「へっ!? い、いや、別にっ!? な、ななな、何でもないわよ?」

「…………」


いや、何でもないことないでしょ?

明らかに目線泳いでるし、声上ずってるし。

どう見ても明日菜さんは挙動不審だった。

しかし、彼女がこれ以上追及されたくないと言うのなら、これ以上聞かない方が良いだろう。

ボクが性別を偽っているように、誰にだって知られたくないことの1つや2つくらいあるさ。

そう思って、ボクはそれ以上の言及を止めた。


「え、ええと、寒くなって来たしそろそろ次の場所に行こっか?」

「そうですね」


露骨に話題を変えて来た明日菜さん。

ボクはそれ可笑しくて思わず吹き出しそうだったけど、何とか我慢してそう答えた。

実際、買ったときは温かったミルクティーは、完全にコールドになっちゃるし。

正直ここでこうしてるのもそろそろ限界だと思う。

そういう訳でボクらが2人して立ち上がった時だった。


「あの子…………」

「え…………?」


呟いた明日菜さんの視線を追うと、そこにはボールを追いかけて道路に飛び出してる幼稚園くらいの女の子の姿があった。


「危ないなぁ。親は何してんのよ?」


少し怒った口調で言う明日菜さん。

確かに、車通りは少ないとは言っても、道路に子どもが飛び出すのは危ないよね。

ボクがそんなことを考えていた時だった。



―――――キィィィィィイイイイイッッ!!!!



「「っっ!!!?」」


突然響いたブレーキ音に、ボクと明日菜さんは慌ててそちらを振り向く。

するとそこには、1台の乗用車が女の子がいる道路を猛スピードでこちらに向かって来ていた。

マズいっ!!

運転手も女の子に気付いてブレーキをかけてるみたいだけど、このままじゃ間に合わない…………!!

ボクがそう思った次の瞬間、明日菜さんは躊躇うことなく、道路へと駆け出していた。


「明日菜さんっ!!!?」


悲鳴染みた声を上げるボク。

その直後、明日菜さんは道路にいた女の子を反対側へと突き飛ばした。

…………けど、このままじゃ今度は明日菜さんが危ない!!

頭から道路に飛び込んだ明日菜さんは、女の子を突き飛ばした後、そのまま道路へ寝そべるようにして倒れ込んでしまっている。

立ち上がって車を避けるには、余りに距離が無さ過ぎた。

どうしよう!?

魔法を使えば、明日菜さんは助けられる。

だけど一般人の前で魔法を使ったら、ボクは…………。


『―――――次もし喧嘩したら重い罰ゲームをやらせるぞって、先生に叱られてたらしいのよ』


「っっ!!!?」


その瞬間、ボクの頭の中に思い浮かんだのは、先程明日菜さんがしてくれた小太郎君の話だった。

…………そうだ。

小太郎君は不良に絡まれていた女の子を助けるとき、自分が重い罰を受けるって分かっていても、それを厭わずに闘った。

それだけじゃない、今の明日菜さんだって、自分が危ないってことは分かってた筈なのに、躊躇いも無く飛び込んで行ったんだ。

誰かを助けるためには自分の危険なんて厭わない。

ボクが目指している偉大なる魔法使いは…………父さんは、きっとそういう人だった筈だ!!!!



「―――――ラス・テル マ・スキル マギステル!!」



その瞬間、ボクはポケットに入れていた練習用の杖を取り出し詠唱していた。

突っ込んで来る乗用車と明日菜さんの間へ、風の精霊の力を借りて飛び込む。

そしてボクは、完成させた魔法を、突っ込んで来る乗用車に向けて展開した。



「―――――風花風障壁!!!!」




―――――バァンッ!!!!



その瞬間、風の障壁ぶつかり、中へと浮く乗用車。

空中で1回転した乗用車は、ボクと明日菜さんを通り越えて、元通りの状態で地面に落下した。



―――――ドォンッ!!!!



「…………ふぅ」


振り返ると、乗用車は目立った破損もなく無事に着地出来たらしい。

もしかするとエアバッグとかは開いちゃったかもしれないけど、これなら運転手さんも無事だろう。

ボクは慌てて、明日菜さんへと駆け寄った。


「明日菜さん、だいじょうっっ!!!?」


大丈夫ですか、そう尋ねようとしたボクは、明日菜さんに思いっきり胸倉を掴まれて言葉を詰まらせていた。


「え、えと、あ、明日菜、さん?」


訳が分からずに、ボクは明日菜さんの顔を覗き込む。

するとそこには、目を見開いて肩をわなわなと震わせる明日菜さんの姿があった。


「あ、あんた!! 今、いったい何したのよっ!!!?」

「あ、あははは…………」


明日菜さんの問い掛けに、ボクは乾いた笑みを零すことしか出来なかった。

うぅっ…………麻帆良に来て2日目で一般人に魔法がバレちゃうなんて。

けど後悔はしてない。

人命を助けるために仕方なかったことだし、きっとあそこで明日菜さんを見捨てていたら、そっちの方が一生後悔したと思う。

だからボクは、魔法使いとして正しいことをやったんだ。

ただの自己満足かも知れないけど、ボクの中には、そんな充足間が溢れていた。

…………しかし、悪いことというのは続くものだ。

急に飛び出したことと、今明日菜さんに掴まれたことで緩んでいたんだろう。

次の瞬間、ボクの胸の膨らみを押し潰していたさらしが、しゅるんっと解ける感触がする。

そして…………。



―――――ふにうっ❤



「え…………?」

「~~~~っ!?」


今、ボクは明日菜さんに胸倉を掴まれている訳で、当然本来の大きさを取り戻したボクの胸は、明日菜さんの手に押し付けられる訳で…………。

今度こそ、ボクの顔からは一斉に血の気が引いて行った。


「あ、あんたやっぱり…………」

「あわ、あわわわ…………」



「―――――やっぱり、女の子だったんじゃないのっ!!!!!!」



SIDE Negi OUT......











ネギ達のすぐ傍に転移した俺は、思わず駆け出していた。

転移した瞬間に聞こえた大きな音。

そしてその時に感じた魔力の流れ。

恐らく、ネギがなんらかのアクシデントに対して魔法を使ったとみて間違いないだろう。

暴走にしては、魔力の流れが規則的だったからな。

だとしたら、一刻も早くネギの下へいかないと。

彼女1人で明日菜を言いくるめられるとは到底思えない。

加えて、原作のようにネギが記憶消去の魔法でも使って、明日菜が全裸にされようものなら、せっかく良好に進みかけてた2人の友情に修復不能なヒビが入りかねない。

さすがにそんなのはゴメンだ!!

そうなる前に、彼女たちの下へ…………!!

転移した場所からすぐの曲がり角を曲がった瞬間、すぐに2人の姿は見つかった。

だが…………。


「やっぱり、女の子だったんじゃないのっ!!!!!!」


俺の耳に入って来たのは、明日菜のそんな叫び声。

思わず足を止めた俺の目にまず飛び込んできたのは、ネギの胸倉を掴んでそう叫ぶ明日菜の姿だった。

彼女に胸倉を掴まれたネギの右手には、原作でも見た練習用の杖が握られている。

今日は例の式杖は持って来ていなかったため、あの杖で何らかの魔法を使ったのだろう。

そして何より俺の目を引いたのは、そんなネギの胸。

どんな奇跡が起こったのかは知らないが、さらしで抑えられていた彼女の胸には、服越しにでも見て取れる立派な双丘が現れている。

つまり、彼女が巻いていたさらしは、何らかの奇跡で解けてしまったということ。

そして彼女の胸倉を掴んでる明日菜には、その感触はもちろん伝わっているだろう…………それが先程の叫びに繋がるということは、だ…………。



「…………あかん、俺、もう死んだかも知れん…………」



迫りくる今までで最大の死の予感に、俺は呆然とそんなことを呟いていた。






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 69時間目 益者三友 ひ、一先ず首は繋がった…………のか?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/07 23:40


…………ヤばい。

本格的にヤヴァいっっ!!!!

こ、このままじゃ俺は確実に、刹那or木乃香の手によって龍宮神社の池にチン(沈)されるっ!!!!

何とかしなくては…………!!!!

ひ、一先ず状況の把握が先決だよな?

そう思って、周囲を見回す俺。

ネギの胸倉を掴んだ明日菜以外で目に入って来たのは、道路の端で目を回す幼稚園くらいの女の子と、不自然な位置で動きを止めた白い乗用車。

良く見ると、乗用車の方はボンネットから煙が噴き出ている。

…………おk、大体把握した。

恐らくこうだ。


①道路に飛び出した女の子目がけて飛び込んで来た乗用車

②それを助けるためにネギが魔法を使う

③明日菜がそれに驚き、ネギの胸倉を掴み上げる

④ネギのさらしが解けて、彼女の正体がバレる


…………大方こんなとこだろ?

まぁ、明日菜が女の子を助けに入って、それを更にネギが助けに入ったという説もあるが…………詳しいことは後で本人たちに聞けば良い。

とりあえず、怪我人が出てる可能性を示唆すれば、明日菜を宥めることは出来そうだ。

そうと決まれば…………。


「明日菜、とりあえずそこまでにしといたり」

「こ、小太郎!? あ、あんたいつの間に…………って、そんなことよりっ…………!!!!」

「ストップ。言いたいことは分からんでもない。けど、今はそれより先にせなあかんことがあるやろ?」

「???」


明日菜の台詞を遮り、俺は目を回している女の子を指差した。


「っ!?」


俺の指示した方へと視線を移し、一瞬で顔色を変える明日菜。

彼女はその瞬間、ネギの胸倉から手を離し、倒れている女の子へと駆け寄った。


「ちょっと!? 大丈夫!?」

「あー、動かしたらあかんで? 脳震盪起こしとるかもしらんし」

「そ、そうね…………」


そう指摘すると、明日菜は女の子を抱き上げようとしていた手を慌てて引っ込める。

…………よし、どうにか彼女の注意を逸らすことは出来たな。

まぁリアルな話、女の子と車の運転手は病院に運ぶ必要があるだろう。

もっとも魔法絡みの事情があるため、即救急車という訳にはいかない。

ここは学園長に連絡して、いろいろと手配してもらう外ないかな?

それに…………先程も示唆した通り、明日菜に魔法やネギの正体がバレたことが、全て学園長の陰謀によるものなら、今後の対処も既に用意してる筈だ。

…………しかし、その前に。


「ネギ」

「へ!? な、何、小太郎君…………?」


明日菜に正体がバレて動揺しているのだろう、道路にへたり込んだ上、明らかに怯えきった様子で、ネギは弱々しく返事した。


「ゲート開くさかい、自分は一端部屋に戻ってさらし巻き直して来。これ以上他の人間に、自分の正体がバレてもうたら収拾がつかへん」

「げ、ゲートって…………小太郎君、転移魔法が使えるのっ!?」


俺の言葉を聞いた瞬間、ネギは今までのうろたえっぷりが嘘のように、驚きの声を上げて立ち上がる。


「まぁ、我流でかなり強引な術式やさかい、あんま遠くへは行けへんねんけど。ほら、さっさと行きぃ」


そう言って、俺はネギの影に手をかざす。

その瞬間、彼女の影はその面積を何倍にも膨らませ、ずぶずぶと彼女を足元から飲み込み始めた。


「わ、わ、わっ!?」

「心配せぇへんでも、ちゃんと部屋に繋ごうとるて」


俺がそう言って苦笑いを浮かべた時には、ネギの身体は、すでに半分以上がゲートに飲み込まれていた。


「ちょっ!? な、何なのよコレっ!!!?」


その光景に驚きの声を上げる明日菜。

まぁ、今の今まで魔法なんか、まるで信じていなかったんだから、当然の反応だろう。

しかし今は、その説明をしている暇はない。


「悪いな明日菜。後できっちり説明したるさかい、今は大人しゅうしとってや」

「な…………!? わ、分かったわよ!! その代わり、きっちり説明してもらうんだからねっ!!!?」


女の子と運転手の容体が心配だったのだろう。

何か言いたそうにしていた明日菜は、ぐっとその言葉を飲み込んでそう答えてくれた。

…………学力は残念だけど、話が通じない訳じゃないんだよなぁ。

それだけに余計成績のことが残念に思えてならない。

そんなやり取りをしている内に、ネギの身体はゲートに完全に飲み込まれ、開いていたゲートも消失した。

さて…………あとは学園長に連絡するだけだな。

俺は携帯を取り出し、学園長室への直通番号へと発信した。


『もしもし、学園長じゃが?』

「小太郎や。ちょっとしたトラブルが起きてな。ちょいと力を借りたいんやけど?」

『トラブルとな? 力を貸すのは構わんが。して、一体どのようなトラブルかの?』


飄々とした声で先を促す学園長。

その口調からは、まるでその内心を読み取ることは出来ない。

老獪な化け狸相手に、心理戦をすることそのものが無謀か…………。

そう諦めて、俺はかいつまんで素直に事情を説明した。


「…………っちゅう訳なんやけど?」

『…………あい分かった。こちらですぐに人を手配しよう。手数じゃが、小太郎君は周囲に人払いの結界を張っておいてくれるかの?』


間髪入れずにそんな指示を出す学園長。

俺はその余りの的確さに、やはり違和感を拭えなかった。

それに…………。


「明日菜はどないするんや? 魔法を見られた上、ネギの正体もバレとる。普通やったら記憶を消してまうとこなんやないか?」


学園長は彼女の処遇について、一切の指示を出さなかったのだ。

俺は忘却術なんて便利な術は使えない。

そのため彼女の記憶を消すには、別の魔法使いを呼ぶ必要がある。

もっとも、明日菜は完全魔法無効化能力を持っているため、忘却術を使おうものなら、原作同様服が弾け飛んでしまうだけだろうが。

しかし俺はその事実を知らないことになっている。

ならば当然、学園長は俺に彼女を確保し、魔法使いが到着するまで待機するよう指示すべきだったはずだ。

なのにそれをしなかった。それはつまり…………。


――――― 一連の出来事が、全て学園長の企みである可能性を示しているのではないか?


それを考えての先の問いだ。

学園長の真意を探るため、俺は敢えてその質問を口にしたのだが…………。


『…………それは彼女に事情を話してから判断しても遅くはあるまいて。それに決して口外せぬと約束出来るのであれば、忘却術を使う必要もあるまい』

「…………」


全く変わらない口調で答えた学園長。

その口ぶりから、彼の真意を読み取ることは、当然ながら出来なかった。

…………やっぱ俺は、心理戦には向かねぇな。

そんなことを考えて、俺は溜息を吐く。

下手な小細工は返って自分の神経をすり減らすだけだ。

俺は諦めて、正直にその質問を口にすることにした。


「なぁ? 今回の件、ホンマにただの偶然なんか? それにしちゃあ、あんまりにも話が出来過ぎとる気がしとるんやけど?」

『ふむ…………』


その疑問をぶつけた瞬間、さすがに電話口から伝わる学園長の雰囲気は、真剣味を帯びたものへと変わった。


『…………仮に今回の件が偶然でなかったとして、小太郎君はどうするつもりかの?』


しかし次の瞬間には、先程と同じ飄々とした口調でそう質問を返す学園長。

…………こりゃダメだ。

せっかく原作でも語られていない、何かしらの核心に近付けるかと思ったのだが…………。

まぁネギの男装の件と同様、いつか明らかになることなら、先を急いでも仕方ない。

俺は真実を知ることを諦めると、口元に獣の笑みを浮かべて学園長に答えた。


「…………なんにも変われへん。俺はただ、今まで通り大事なもんを護るだけや」


誰かの策謀の渦中に居ようと、その信念は変わらない。

あらゆる障害を叩き潰して、俺は前へと進むだけだ。

すると電話口からは、学園長の笑い声が響いた。


『フォッフォッフォッ。実に君らしい解答じゃのう? まぁそういうことじゃ、事の真偽になんぞ大した価値はありはせん』

「さよけ…………」


してやられた感が否めない。

ジジィの笑い声を聞きながら、俺は一層肩を落とすのだった。


『しかし護られてばかりでは、ネギくんのためにはならん。ときには彼女が強くなれるよう、稽古でもつけてやってはどうかの?』

「稽古なぁ…………」


軽い調子で言ってくれた学園長。

それに関して、確かに考えなかった訳ではない。

ネギは恐らく原作と同様、恐ろしく飲み込みが早く、そしてセンスもある。

強くなった彼女と闘いたいなら、手っ取り早く俺が稽古を付けてやれば良い。

良いのだが…………それだと彼女の戦闘スタイルは、俺が知るものと大きく変わってしまうことになるだろう。

どうせなら彼女には、原作の通りに強くなって行って欲しいのだ。

紆余曲折はあったものの、あの強さはネギが悩みに悩んで得ていった力だったからな。

となると、俺に課せられた使命は、どうにかしてネギの実戦訓練を前倒しにすること…………それはそれで難しそうだな。


「ま、その辺はおいおい考えるわ。とりあえずさっきの件、頼んだで?」

『うむ、承知した。ところで…………』

「ん?」

『お見合いに向かう筈じゃった木乃香が行方をくらましたんじゃが? 小太郎君、何か知r『Pi!!』ツーツー…………』

「…………」


…………お見合いの件はガチだったのかよ?

今までの心理戦が、急にバカみたいに思えて来た。

俺は閉じた携帯をポケットにしまいながら、盛大に肩を落とすのだった。











「―――――ま、魔法つかむぐぐぐっ!!!?」

「声がデカいっ!!!!」


慌てて明日菜の口を抑えて、俺は小声で彼女を嗜めた。

あれから30分後、現場を学園長の派遣した連中に引き渡した俺と明日菜は、ネギと合流して世界樹の広場にあるカフェに来ている。

高音と初めて会ったときに使ってた店ね。

そこに移動した俺たちは、改めて明日菜に事情を説明し始めた訳なのだが…………。


「人にバレたらマズい言うとるやろっ!? 気持ちは分からんでもないけど、俺らは死活問題なんやっ!!」


明日菜のオーバーリアクションに、さっきから俺の心臓はオーバーヒート寸前です。

注文したコーヒーに何度か口を付けたが、味なんて全く分かんなかったもの。


「ご、ごめん…………け、けどさ? ふつー驚くでしょ? だって魔法使いなんて、本当にいるとは思わないし」


少ししゅんとした様子で、しかし明日菜はそんな反論をぶつけて来る。


「せやから、気持ちは分からんでもない言うたやんけ。けど、それとこれとは話が別や」

「うぐっ…………わ、悪かったわよ。それで? その魔法使いさんが、どうして麻帆良なんかに?」 


さすがに今のは自分が悪いと思ったのか、明日菜は潔く反論を諦め、核心である話を切り出して来た。


「そこんとこは、ネギから直接説明してもろたが良いやろ。ネギ、頼むで?」


俺が目配せすると、ネギはしっかりと頷いて、自分が麻帆良に来た経緯を説明し始めた。

まぁ、その辺は長くなるので割愛させてもらおう。










ひとしきり説明が終わると、明日菜は難しい顔で、眉間に右の人差し指を当てながら溜息を吐いた。


「…………とりあえず、ネギが麻帆良に来た理由は分かったわ。ええと、小太郎も同じ理由で麻帆良に?」

「いんや。俺はネギと違って魔法学校は行ってへんねん」

「は? そ、それじゃ、何であんたはこんなとこで普通の中学生なんかしてんのよ?」


俺の答えに、きょとんとする明日菜。

何から説明したものだろうか?

顎に手を当てて、俺はしばし逡巡する。

手っ取り早く、俺は自分の生い立ちから説明することにした。


「えとな? 驚くかも知れへんけど、実は俺、人間とちゃうねん」

「??? 人間じゃないって…………言ってる意味が全然分かんないんだけど?」


胡散臭いモノを見るような視線を俺に向けて来る明日菜。

…………まぁ予想通りの反応であるけどね。

俺は苦笑いを浮かべて、ネギにこんなことをお願いした。


「ネギ、俺らの周りに、認識阻害の結界とか張れるか?」

「う、うん。けど、何をするつもりなの?」

「それは見てからのお楽しみや。ともかく、出来るんやったら頼むわ」


ネギは不思議そうな表情をしながらも、先程と同じ練習用の杖を取り出すと、小声で詠唱を始める。


「…………よしっ。これで大丈夫だよ。この席に座ってる内は、多少魔法を使っても周りには気付かれないと思う」

「さんきゅ。ほな明日菜、これからてっとり早く俺が普通の人間やないことを証明したるわ」


そう言って俺は、ぱちんと右手の指を鳴らした。



―――――ぽんっ



「「!?」」


コミカルな音とともに、俺の頭に現れる獣耳。

それを目にして、2人は驚愕の表情を浮かべた。


「え? えぇっ!? ちょっ、それ本物!?」


口をパクパクさせながら、明日菜は俺の耳を指す。

俺は答える代わりに、両耳をぴょこぴょこと動かしてやった。


「すげっ!? 動いたっ!!!?」

「そら本物なんやから動くんは当たり前や」

「た、確かにその耳も凄いけど、フィンガーナップ1つで幻術のオンオフが付けれるなんて…………」


明日菜とは別のところに驚いているネギに、俺は思わず苦笑いを浮かべる。


「まぁ、良く使う技やさかい、使い勝手が良いように改造してん」



―――――ぱちんっ…………ぽんっ



俺が再び指を鳴らした瞬間、獣耳は姿を消した。


「どや? 見ての通り、俺は普通の人間やない。俺には狗族っちゅう犬の妖怪の血が流れとんねん」

「よ、妖怪? な、何か妖怪ってもっとヌルヌルジトジトした、湿度の高そうなの想像してたんだけど…………あ、案外人間っぽいのね?」


…………その妖怪に対する偏見は一体どこから来てんだ?

それはさておき、一先ず明日菜は俺が妖怪だと言うことには納得してくれたらしい。

俺は居住まいを正して、そこから先の話を切り出すことにした。


「俺はガキの頃に母親を亡くしとってな。しかも親父は妖怪で、今も生きとるんは間違いあれへんけど、どこにおるかはさっぱりや。そーゆー訳で、困り果てとった俺を

、関西呪術協会いう、ごっつい魔法組織のボスが拾うてくれたんや」


長が木乃香の父親であることは敢えて伏せておいた。

原作と違い、木乃香は既に自分の父親がどういう人物か知っているため、別段そのことを隠す必要はない。

ならば何故そのことを伏せたのかというと…………一重に俺の保身のためだ。

だって、もし木乃香が魔法のこと知ってるって明日菜にバレてみろ?

何の拍子にネギが女だってことがバレるか、恐ろしくて夜も眠れなくなるわ!!

明日菜には悪いが、木乃香は何も知らないという体でここは話を進めさせてもらう。


「そん人が学園長と仲良うてな。学園長が麻帆良の警備員が足りひんゆーから、俺が指名されて京都から出張って来たっちゅう訳や」


そこでまで話して、俺はコーヒーを一口啜る。

そして明日菜の表情を伺うと、彼女は驚いたような、しかし納得したような、何とも微妙な表情を浮かべていた。


「え、ええと…………つまりあんたは、麻帆良の警備員ってこと?」

「せや。もっと正確に言うんやったら『魔法関連の問題に対する警備員』やな」


麻帆良には近衛御用達のSPがわんさかいる。

ちょっとした犯罪や事故にまで、俺が出張る必要は皆無だ。

そう思って、俺は明日菜に答えたのだが、彼女は今度ははっきりと納得がいかない様子で首を傾げた。


「魔法関連の問題って、それじゃあ、あんたが起こしてる喧嘩騒ぎも魔法関連の問題ってこと?」

「いやいや、それはちゃうで。そっちは単純に、俺が気に入らへんから突っ掛かってってるだけや」


俺が起こしてる暴力事件の数みたく、そんなしょっちゅう魔法使いが暴れたら大事だっての。

苦笑いを浮かべて、俺は明日菜にそう答える。

すると明日菜は、しばし考えた後、今までの話を総括するように、こんなことを言い出した。


「それじゃあんたは、本当は魔法使い専門の警備員。だけど、気に入らないから、一般人の喧嘩にも首を突っ込んでるって訳?」

「そーゆーことや。意外と飲み込み早いやんけ?」


予想外の飲み込みの早さに、俺は思わず感嘆の声を上げる。

しかし彼女はそれがお気に召さなかったのか、眉間に皺を寄せながら溜息を吐いた。


「…………とりあえず、あんたたちが麻帆良に来た理由についてはもう良いわ。けど…………」




「―――――どーしてネギは『男の振り』なんてしてるのかしら? し、しかも小太郎と相部屋だなんて…………納得のいく理由があるんでしょうね!!!?」



「「…………」」


顔を赤らめながら、事の核心に迫った明日菜に、俺とネギは困り果てて互いに顔を見合わせるのだった。

…………ここからが正念場だな。

何とか明日菜を納得させて、ネギが女だという秘密を守ってもらえるよう仕向けないと。

とは言え、よくよく考えてみると、それはそう難しいことではないだろう。

詳しいことは知らないが、ネギは周囲に性別がバレると、命を失う危険があるらしい。

ことの重大さを知れば、きっと明日菜は協力してくれる。

彼女の性格を鑑みれば、その結末は容易に想像が付いた。

だから俺は、あくまで冷静に、話を切り出すことにする。


「あー…………俺も詳しい事情は聞かされてへんねやけど、何でもネギは生まれたときから『男』として育てられてきとるらしいねん」

「は、はいっ。男として、というより、周囲に女だっていうことがバレないよう生活させられてきた、というのが正しい表現ですけど」


俺を援護するように、ネギが自分の生い立ちを口にする。

しかし明日菜は、そんな俺たちに掴みかからんばかりの勢いでさらに質問を浴びせた。


「だぁかぁらぁっ!! それが、何でって聞いてるんでしょっ!!!?」

「あ、あうぅ…………」


明日菜の気迫に押されて、しゅるしゅると小さくなってしまうネギ。

俺は溜息を吐くと、これまでと打って変わって、真剣な表情で明日菜に向き直った。


「そこんとこは俺もネギも知らされてへん。けどな…………これはネギの命を護るための措置らしいねん」

「は? いのちって…………あの命、よね?」


俺の雰囲気が先程までとまるで違うことをさすがに察したのか、明日菜はおずおずとそんなことを聞いて来る。

その問いに、俺は黙って頷いた。


「い、命を護るって、それじゃあ何? ネギは女だってことが周りにバレると、命が危ないってこと!?」

「そういうことらしいで?」


もっとも、俺もそれに関しては学園長から聞かされた話だ。

ここからは、ネギ自身に説明してもらった方が良いだろう。

そう思って俺は、ネギにそっと目配せをする。

それで俺の意向が伝わったのか、ネギは真剣な表情でしっかりと頷くと、明日菜に向き直った。


「小太郎さんと一緒で、ボクも詳しい話は聞かされてません。だけど…………ボクの性別がバレると、ボクどころか、周りの人にまで危険が及ぶ。それは間違いないこと

なんです…………」


過去に何かしらの事件があったのか、そう言ったネギの表情は鬼気迫るものだった。


「…………(ゴクッ)」


そんなネギの雰囲気に当てられたのか、あれほど騒がしかった明日菜は急に押し黙り、頬に冷や汗を滴らせながら生唾を飲み込む。

どうやら予想通り、明日菜は事の重大さを理解してくれたようだ。

とは言え、俺とネギが同居している件に関して、もう1押ししておく必要はあるだろう。

そう考えて、俺は再び明日菜に説明を始めた。


「今は男やってことになっとるさかい、ネギに危険はあれへん。けど、いつ何の拍子に、ネギの命が狙われるか分からん。俺と同居しとるんは、万が一んときにネギの安

全を確保するため、つまりボディガードっちゅうわけや」

「明日菜さんはご存知ないと思いますが、小太郎君は学園にいる魔法関係者の中でも5本の指に入る程の達人なんだそうです。ボクが麻帆良に来る決意をしたのも、タカミ

チからの手紙で、小太郎君がボディガードをしてくれるっていう話を聞いたから、というのが大きいですね」

「あ、う…………」


俺どころか、ネギにまでそうダメ押しを受けて、明日菜は完全に反論の糸口を失ったのか、ばつが悪そうな顔で押し黙る。

しかしながら、往生際の悪いことに、明日菜は拗ねたように唇を尖らせて、なおもこんな反論をした。


「け、けどさ、仮にも年頃の『男』と『女』よ? ま、間違いが起きないとも限らないし…………ね、ネギはそこんところ心配しなかった訳!?」


顔を真っ赤にしながら言う明日菜。

そんなに恥ずかしいなら口にしなけりゃ良いのに…………。

しかし、この質問は弱ったな。

確かに俺は、学園長直々に『おあずけ』を喰らってる上、そもそも女の子を無理やり手籠にする気なんて毛頭ない。

しかしそれを証明する術なんて存在する訳もなく、この件に関しては明日菜とネギに俺を信用してもらう他ない訳だ。

とはいえ、それはかなり難しい注文だろう。

果たして何と答えたものか…………。

俺が答えあぐねていると、意外なところから、その解答はもたらされた。


「ボクもそれはかなり心配してました。実際、麻帆良に着いてもそれは不安でしたし。けれどそこは『小太郎君だから』ということで、今は安心してます」


苦笑いを浮かべながら、そう答えるネギ。

俺はその言葉の意味が分からなくて首を傾げたのだが、明日菜は違ったらしく、まるで目から鱗みたいな表情で頷いていた。


「なるほど…………確かに『小太郎だもん』ね」

「はい。『小太郎君ですから』」


そう言って、顔を見合わせて笑い合う2人。

一先ず明日菜の理解は得られたようだが、俺はどうにも腑に落ちなくて、しきりに首を傾げるのだった。










「ごほん…………まぁ納得いけへんこともあるけど、とりあえず、ネギの事情は理解してくれたな?」


わざとらしく咳払いして、明日菜にそう問い掛ける俺。

それに対して、明日菜は笑顔を浮かべながら、しっかりと頷いてくれた。


「ええ。とりあえず、ネギが女だってこととあんたたちが魔法使いってことは誰にも言っちゃダメってことでしょ?」

「そういうこと。もしバレてもうたら、俺らオコジョにされて留置所行きやさかい」

「な、何それ? どーゆー罰ゲーム?」


その辺に関しては俺も甚だ疑問だ。

それはさておき、概ね明日菜は原作同様、ネギの事情に関しては黙っていてくれる方向で話がまとまった。

…………ついでに、これで俺の首もしばらくは繋がった訳だ。

そのことに胸を撫で下ろしながら、俺はふとあることを思いついて、明日菜にこんなことを言葉をかけていた。


「なぁ明日菜、ついでにもう一つ頼みがあるんやけど…………」

「へ? な、何よ? だ、黙ってるって約束したんだから、記憶を消させろっていうのは無しだからね?」


緊張した面持ちで、そんな風に切り返してくる明日菜。

どうやら俺が電話口で学園長と話していたことを聞いていたらしい。

完全に怯えた様子の明日菜に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。


「ちゃうちゃう。つか自分、学園長やらタカミチやらが身元引受け人なんやろ? その辺の理由で明日菜のことは信頼しとるみたいや。記憶は消さんでも良えっていうお達しやで?」

「そ、そうなの? それじゃ、一体何を頼むつもりなのよ?」


俺の答えで、一応の警戒は解いてくれた明日菜。

そんな彼女に、俺は優しく笑みを浮かべて、こんなことをお願いした。


「…………ネギの相談相手になってくれへんか?」

「は?」

「へ?」


俺が口にした言葉が余程予想外だったのか、ネギと明日菜は2人してきょとんとしている。

そんな様子が可笑しくて、俺は込み上げて来る笑いを噛み殺しながら、その理由を説明することにした。


「今言うた通り、ネギは男として生活せなあかん。せやから交友関係も男子部の生徒に限られてまうねん。俺は事情を知っとってネギと一緒におるけど、それでも『男』

っちゅうことは変えられへんやろ? きっと女同士やないと分からん悩みとかもあると思うねん。せやから明日菜には、そういうときのために、ネギの相談役になって貰

いたいんやけど…………どうやろ?」


面倒見の良い明日菜なら、きっとその役目適任だと思う。

そう思っての提案だったのだが…………。

明日菜は俺の言葉に、重たい溜息を吐くと呆れたようにこう言った。


「あんた、実は頭良いって聞いてたのに、意外とバカよね?」

「…………バカレッドとか言われてる自分にだけは言われたないな」

「だ、誰がバカレッドよっ!!!?」


言い返した俺に、明日菜は目を釣り上げて怒鳴り返す。

それから彼女はわざとらしく咳払いをして、こう話を続けた。


「ごほん…………わ、わざわざあんたに頼まれなくたって、私はネギともう友達のつもりよ? まぁ、いろいろと隠し事はされてたみたいだけど、それももう無くなった

わけだし、友達の相談に乗るなんて当然のことじゃない?」


意地が悪い笑みを浮かべて、俺にそんなことを言って来る明日菜。

…………確かに、これは俺の方が馬鹿だったかもしれないな。

溜息とともに苦笑いを浮かべて、俺はネギに目配せをした。

するとネギは、嬉しそうに頷いて、すっと明日菜に右手を差し出す。


「改めまして。これからよろしくお願いしますね? 明日菜さん」

「こちらこそ。今度は女同士の友達ってことで、よろしくね? ネギ」


互いの手をしっかりと握り合う明日菜とネギ。

当面の懸案事項が解決したことに、俺は安堵の溜息を零した。

原作とは大きくことなるネギの立場と、学園長の陰謀渦巻く事件の数々に、ネギとの邂逅にはのっけから肝を冷やしっぱなしだな…………。

ともあれ、原作より幾分も良好に始まった2人の友人関係。

これは一先ず、良かったと思って良いんだよな?

そんなことを考えながら、俺はもうすっかり冷めてしまったコーヒーの残りを一気にあおった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 70時間目 海千山千 俺はまた、奴の掌に居る訳ね…………
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/26 02:41


ネギが麻帆良にやって来てから数週間が過ぎた。

暦の上では春が訪れているというのに、相変わらず麻帆良では冬がその尾を引いている。

あれから俺は、ネギとの共同生活を快適(俺にとって安全)に送るため様々な工夫を凝らしている。

まず、ネギの2段ベッドに関してだが、柵の上部の天井にレールを付け、カーテンで周囲からの視線を遮れるようにした。

所謂簡易更衣室という訳だ。

これにより、着替え中の彼女と遭遇するという事故はなくなった。

そして次に風呂に関して。

こちらは学園長に相談した結果、『ネギは宗教上の理由で他人に肌を曝せない』ということにしてもらい、通常の入浴時間の30分前に個別で大浴場を使用出来るようにし

て貰った。

この設定にはかなり助かっていて、ネギは体育の授業などでも、1人別室で更衣をさせてもらうことができるようになった。

そんな感じで、最初こそどうなることかと、頭を痛めたネギとの共同生活だったが、今はそれなりに上手くやっている。

しかしながら、そんな共同生活に1つだけ不満があるとすれば…………。


「…………ふみゅぅ、おねえちゃん…………」

「…………」


…………時折、こうやってネギが俺の布団に潜り込んでくることくらいだろう。









「…………口では嫌そうに言ってますが、内心得をした気分なんじゃありませんか」

「それは否定せぇへんけどな…………」


穏やかな笑みを浮かべてそんな皮肉を口にするアルに、俺は苦笑いを浮かべながらそう答えた。

もうお分かりと思うが、俺は例によって図書館島の地下、アルの居室を訪れている。

用件はもちろん例の禁術に関して。

あれから俺なりにいろいろと試行錯誤はしているものの、一向に術の持続時間が延びてくれないため業を煮やしたのだ。

そんな訳で、俺はスクロールと高音の解読結果を手に、アルへと相談に来た次第だ。

ちなみに、今回相談料として支払ったのは、茶々丸から送ってもらった『ますたー観察日誌』より『嫌々水泳の授業に参加させられたエヴァ(スク水.Ver)』である。

他にもいろいろな画像やら動画やらが入っていたが…………中には鼻血もののデータも混ざってて、正直焦った。

ともあれ、しばらくはそのデータをネタにアルへの交渉は楽に出来そうである。


「…………さて、本題に入りましょうか。解読結果には一通り目を通しました。恐らく大きな間違いはないかと」


手にしていたレポート用紙をテーブルに置き、アルは相変わらずの笑顔を浮かべている。


「しかしながら、一つだけどうにも腑に落ちない点があります」

「腑に落ちひんこと?」


アルの言葉をオウム返しする俺に、彼はこくりと頷いて、こんな質問を投げかけて来た。


「エヴァの見立てでは、あなたは九尾の魔力を取り込んだことで、完全なる魔の眷族となっているのでしたよね?」

「まぁ、そういうことらしいで?」

「なるほど…………では、小太郎さん。あなたは封印が解けた時、解放された莫大な魔力以外に、何か大きな変化を感じませんでしたか?」

「魔力以外にっちゅうと、特には感じひんかったけどな?」

「…………そうですか。それではやはり…………」


いつの間にか、アルの顔からはいつもの笑みが消えており、彼は顎に手を当てながら、真剣な様子で思案を巡らせ始める。

もしかして、何か禁術を完成させる糸口を見つけたのだろうか?

そんな期待を込めた眼差しで俺が見つめていると、アルはその視線に気が付いたのか、突然元の笑顔を取り戻した。


「少し考えさせてもらえますか? いくつか仮説を立ててみましたので、その中で有力な説を絞ってからお話しようかと」


いつも通りの調子でそんなことを言い始めるアル。

つまり今日のところはこれで解散という訳か。

俺としては出来る限り早く禁術を完成させたいところだが…………まぁ、焦って事を仕損じては元も子もないしな。

それに来週からは学年末考査も始まる。

今日のところは返って大人しく試験勉強でもしてるとしよう。


「ほなら頼むわ。正味な話、俺の方はもう手は打ちつくしてもうたさかい」

「ご安心ください。私の仮説が正しいとすれば、恐らく現在の10秒から1分程には持続時間を伸ばせるようにはなると思いますので」

「マジでかっ!?」


それは予想以上の成果だ。

たかだか1分と思うかも知れないが、それだけの時間あの術を使えれば、実践において十二分なアドバンテージが得られる。

俺はアルの言葉に期待を膨らませながら、自室へとゲートを開くのだった。










「あ、おかえり、小太郎君。晩御飯、もう出来てるよ」


影のゲートで帰宅した俺を、ネギは笑顔で出迎えてくれた。

何か、今の台詞って新婚の夫婦みたいでこう…………何か良いよね?

共同生活を初めて数週間、基本的に食事は外食かコンビニ弁当だった俺の食生活は、ネギによって嘘のように改善している。

というのも、どういう訳かネギは、異常に生活能力が高いのだ。

彼女の話では『男として生活しているとはいえ、実際は女の子なんだから、家事くらい出来ないと』というお姉さんの教育方針に基づき、一通りの家事を叩きこまれたの

だとか。

その甲斐あってか、ネギの作る料理は、とても中学生が作ったとは思えない程に美味なのだ。

もちろんさつきは別な。あの歳で料理屋切り盛りしてる中学生とかと比べられるわけがない。

そんな訳で、初めてネギの料理を食した際、全力投球でそれを絶賛した俺。

それに気を良くしたのか、あれからネギは毎日、俺が早朝稽古に言ってる間に朝食を、そして夜には夕食を作ってくれている。

たまに時間があった時なんかは、昼食用の弁当まで作ってくれるんだが、クラスの連中に見つかると、ホモ疑惑がまことしやかに囁かれそうで、ちょっと心臓に悪い。

ちなみに、今のネギは料理をしていたためか、部屋着にエプロンという、何とも素敵な奥さんルック。

…………ネギとの共同生活で何気に一番嬉しいのは、こんな新婚さん気分が味わえる事かも知れない。

そんなことを考えながら俺は出迎えてくれたネギに、笑顔で答えた。


「ただいま。悪いな、いつも自分にばっか家事させてもうて」

「大したことじゃないし、気にしないで。それに、それを言ったら小太郎君だって、ボクの性別がバレたりしないように、いつも気を遣ってくれてるでしょ? だから、

これでおあいこだよ」


申し訳なくて言った俺に、ネギは笑顔でそう言ってくれる。

…………今の台詞は胸きゅんだったぜ。

年甲斐もなく(中の人の年齢的に)高鳴った胸の鼓動を、ネギに悟られまいと必死でポーカーフェイスを装いながら、俺は食事が並べられた座卓へと向かった。


「ん? へぇ、今日は和食にしたんやな?」


食卓に並べられているのは、肉じゃがをメインに、みそ汁とほうれん草のおひたしなど、純和風のメニューだった。

考えてみれば当然だが、これまでネギが振舞ってくれた料理は、そのほとんどがイギリス料理。

なので、今日のメニューは非常に珍しいと言えよう。

とはいえ、漂ってくる香りは、その料理が一級品であることを如実に物語っていた。


「えへへ、せっかく日本に来たんだから、和食にも挑戦してみようと思って。明日菜さんに相談したら、日本の男の人は肉じゃがが好きだって聞いたからさ」

「…………」


何だ、明日菜のその偏見に満ちた解答は?

そう言えば、昔は嫁にするなら肉じゃがを上手に作れる女が良い、とかどこかしらの地方で言われてたって聞いたことはあるけど…………。

別に日本の男性が、総じて肉じゃが好きという訳ではない。

これはネギに誤った知識が植えつけられる前に是正すべきか?

とはいえ、初めての完全和食メニューを調理したことを満足そうに笑みを浮かべて語るネギを見ていると、どうにも訂正する気が削がれてしまう俺。

…………まぁ、ネギが楽しんでるみたいだし、細かいことを気にするのは野暮だろう。

そう結論付けた俺だった。


「ほんなら、早速頂くとしまひょか?」


ぶっちゃけ、食卓から香るナイスなスメルに、俺の胃袋は今にもクーデターを起こしそうな勢いだし。


「うん。せっかく作ったのに冷めちゃうと残念だもんね」


俺の対面に行儀良く正座でしながら言うネギ。

その言葉が合図だったかのように、俺たちは互いに両手の平を合わせた。


「「いただきます」」










結論から言うと、ネギの作った肉じゃがは完ぺきだった。

煮崩れもしてないし、味もきちんとしみ込んでいたし、文句のつけようがない。

おかげで飯が進む進む。

たった一食で、俺は3合余りの米と、ほぼ鍋一杯の肉じゃがを平らげていた。


「いやぁ~~~~、食った喰った。ホンマにネギの料理は絶品やな」

「えへへ、お粗末さま。小太郎君、たくさん食べてくれるから、こっちも作り甲斐があるよ。向こうだとボクとお姉ちゃんだけだし、そんなにたくさんは作れないから」


食器を洗いながら、そう答えるネギ。

まぁ、女2人だとそうだろうな。

ついでに言うなら、俺は男の中でもかなり食べる方だし。

そんなことを考えながら俺は、こちらもしこたまドッグフードを平らげて、気持ち良さそうに寝息を立て始めたチビの頭をわしわしと撫でた。

さて、腹も満たされたし、そろそろ勉強でも始めるかな?

そう思って机に向かおうとした矢先だった。



―――――ピロリロリンッ♪



突然、可愛らしい着メロを奏でるネギの携帯。

確か今の音は、メールの方だったかな?

彼女の机の上で、携帯は緑色のランプを明滅させていた。


「ごめん小太郎君、ちょっと今手が泡だらけだから、取ってもらっても良い?」

「構へんけど、俺が見ても大丈夫なんか?」

「うん。多分明日菜さんか学園長だし。電話じゃないってことは、急ぎの用事じゃないと思うから」

「ほんなら失礼して…………」


俺はネギの机から携帯を持ち上げると、おもむろに今しがた届いたばかりのメールを開いた。

そして思わず凍りつく俺。

そのメールの差出人は予想通り明日菜。

しかしながら、そこに記されていたのは、ネギの予想に反した急ぎの用件だったのだ。



『from.明日菜 件名:緊急事態!! 本文:今から寮を抜けだして図書館島まで来れない? 出来ればコタローも一緒に! そして大至急な感じで!!』



確認だが、来週には学年末考査が控えている。

そして本日は金曜日だ。

そこに図書館島とくれば、導き出される結論は一つだけ。

…………そう、恐らくこれは、原作においてネギが正式採用となるために受けた例の課題。



―――――地下図書館のイベントフラグ。



それ以外に、考えられることはなかった。









散々悩んだ挙句、結局放っておけないと判断した俺は、ネギを連れて図書館島へと向かっていた。

しかし、何でこの世界でこのイベントが?

ネギは教員じゃないし、今更テストする必要はない。

にも関わらず、明日菜たちが行動を起こしたということは、例の初等部からやり直し云々という噂が流れたと言うこと。

火の無い所に煙は立たない。そう考えると、これは何者かが意図的にその噂を流したと考えるべきだろう。

…………ただの学園長の道楽か?

それにしては、あの時の手の込みようは半端じゃなかった。

恐らく今回も、あれと同程度の仕掛けを施しているだろう。

となると、学園長の目論見は、楓や古菲といった武闘派の面々とネギを会わせることか?

他に考えられるのは、ネギを追いこむことで、彼女の資質を図るというものだが…………恐らくはその両方と見て間違いないだろう。

あの狸ジジィめ、本当にろくなことしないな…………。

つか、よくよく考えてみたら、これって何気に俺にとっては相当にリスキーじゃね?

だって、原作通りにことが運ぶとしたら、ネギのやつはバカレンジャー+木乃香と地下図書館で丸々2日余りをとも過ごす訳だ。

何かの拍子に、木乃香にネギが女だってことがバレようものなら…………(がくがくがくがくっ)。

じょ、冗談じゃないっ!!!!

あのクソジジィのはかりごとのせいで死ぬなんてまっぴらゴメンだ!!

と、とは言え、連中を放っておくわけにもいかないし…………。

ここはネギと明日菜がボロを出さないよう、俺がしっかり見張っておくしかない。

そんなことを考えながら歩いていると、俺たちはいつの間にか図書館島の入口に辿り着いていた。


「おーい!! コタロー!! ネギー!! こっち、こっちー!!」


この宵闇にも関わらず、俺たちの姿を見つけたのか、やたら元気の良い声でそう呼びかけて来る明日菜。

俺はこれから3日間のことを考えて、重たい気持ちになりながら、彼女たちの下へと足を運ぶのだった。


「いやー、いきなりだったから、断られるんじゃないかと思ってたんだけど、来てくれて安心したわ」

「…………そりゃ何よりや」


心にもないことを口にしながら、俺は重たい溜息を吐いた。


「にしても…………図書館探検部の連中と会うんは、結構久しぶりやな」


木乃香に関しては刹那とセットで度々会ってる。

楓に関しても、例の弥刀との一件以来、土日祭日の修行にお邪魔して、何回か手合わせをさせてもらった。

古菲に至っては、春休み以来アポ無しで、というか俺を見つける度に勝負を挑んで来るからな。

まき絵に関しては、上の連中程頻繁に会ってる訳ではないが、運動部に所属してるため、度々女子校エリア外にいるのか、何故かばったり出くわすことが多い。

図書館探検部のメンバーでは、夏休みに読書感想文用の本を借りに行った際、受付でのどかに会ったのが最後かな?


「確かに。私に至っては、麻帆良祭以来小太郎さんとお話していませんです」

「私もそうかな? …………まぁ、のどかはその後もたまにメールとかしてたみたいだけど?」


ニヤリ、と意地が悪そうな笑みを浮かべて、のどかを見るハルナ。

確かにのどかからは、何度かメールのやり取りはしてたけどさ。


「あ、あれはそのっ…………な、夏休みに小太郎さんの読書感想文の課題図書を私が選んだからっ。そ、その感想とか、聞いてただけでっ…………」


顔を真っ赤にしながら、そんな言い訳をするのどか。

その反応が初々しくて、思わず和んでいた俺だったのだが…………。


「…………なぁ、コタくん? ちょっと聞きたいことがあるんやけど」


いつもより、明らかに不機嫌そうな声で投げかけられた木乃香の言葉に、先程までの和やかな空気は一瞬で掻き消されていた。

油の切れた機械のような動きで後ろを振り向く俺。

視界に入った木乃香は、いつもどおりの笑顔だったが、纏っているオーラは明らかに般若のものだった。


「…………『図書館探検部の連中とは』いうことは、楓とも良う会うてるいうことやんな? いつのまに楓と知り合うたん?」

「あ、あはは…………え、ええと、自分らが夏休みに帰省しとった時やったかな~? な、なぁ? 楓?」

「う、うむ!! お、同じように武道を志す者として、時折意見交換などをさせてもらっているでござるよ!!」


木乃香のただならぬ気配を感じ取ったのか、若干上ずった声で俺に合わせてくれる楓。

…………な、何とかやりすごしたか?

そう思った俺だったが、木乃香のターンはまだ終了しちゃいなかった。


「そうなんや? ほなら、それは良えとして…………まきちゃんにも良う会うとるみたいやけど、それは何でなん?」


…………それは完全に冤罪だろぉぉぉぉおおおおっ!!!?


「え、えーとな? 別に事前に約束して会うとる訳やのうて、たまたま出くわす機会が多いだけやで? なっ、まき絵?」

「う、うんうんっ!! ほ、ほらっ、私新体操部で使う体育館って日によって違うからさっ!! その移動中とかにばったり会っちゃうだけだよ!?」


先程の楓同様、木乃香の気迫に押されて、上ずった声になるまき絵。

とはいえ、そんな彼女の言い分に納得したのか、木乃香は今までの般若っぷりが嘘のように、いつも通りのはんなりした雰囲気に戻った。


「そーなんや。なら安心やえ。もしかして、コタくんがウチとせっちゃんの知らんとこで、他の女の子といちゃいちゃしとるんやないかって、心配になっとったんよ」

「…………」


…………いや、これ言ったらおしまいだと思うけどさ。俺、別に木乃香と刹那の彼氏って訳じゃないからね?


「アレ? どーして私は何も聞かれないアルか?」


不思議そうに首を傾げる古菲。

いや、だってお前、木乃香と刹那が一緒にいるときにも何回か襲撃して来てただろ。

そのせいで、木乃香からは古菲は彼女にとって『恋のライバル』ではなく、俺の『格闘技友達』って位置づけにされてるじゃなかろうか。


「つか、木乃香。自分刹那は連れて来ぃひんかったんか?」


こんな遅くに外出しておきながら、彼女の傍らには刹那の姿が無い。

いや、原作通りと言えばそれまでだが、この世界において2人は既に和解している。

これから危険が目白押しの図書館島最深部に乗り込むと考えれば、むしろ彼女が付いて来ていないのは不自然だった。


「あー…………いや、ウチもホンマは一緒に来てもらった方が良えと思たんやえ? けど、せっちゃんに図書館島の奥に行く、なんて言うたら、絶対止められるやろうし

…………」

「なるほど…………」


確かにお嬢様命のせっちゃんなら、こんな危険なことにゴーサインを出すとは思えないしな。

そう考えると、この原作通りの面子は実に理に適ったメンバーな訳だ。


「そ、それで、あの、明日菜さん。こ、これは一体何の集まりなんですか?」


知らない人間が大勢いたためか、少し緊張した様子で、明日菜にそんなことを尋ねるネギ。


「そう言えばまだ話してなかったわね。けど、その前に一応みんなのこと紹介しておかないと」


そう言って、明日菜はネギにバカレンジャー+図書館探検部の面々を、順に紹介し始めた。


「えと、まずは私のルームメイトの近衛 木乃香。小太郎ともかなり仲が良いみたいよ?」

「初めまして。近衛 木乃香言います。よろしゅうお願いしますえ」


いつも通りのはんなりした口調で言って、しっかりと頭を下げる木乃香。

そんな彼女の様子に、ネギは慌てて自分も頭を下げた。


「ね、ネギ・スプリングフィールドですっ。よ、よろしくお願いします」

「…………(じぃ~~~~っ)」

「? ど、どうかしましたか?」


自己紹介したネギの顔を、まじまじと見つめる木乃香。

…………ま、まさか!? もうネギが女だって感づいた!?

そ、そりゃ確かに幻術も何も使ってないとはいえ、仮にも男として紹介されてんだぞ!?

いくらなんでも木乃香はんハイスペック過ぎとちゃいまっか!?

なんて、冷や汗をかきまくる俺。

しかしながら、木乃香が口にした言葉は、余りに予想外のものだった。


「えへへー。コタくんから聞いとったけど、ホンマに女の子みたいで可愛らしいなぁ思て。思わずまじまじ見てもうた。堪忍な?」

「あ、あははは。よ、良く言われます」


木乃香の言葉に、乾いた笑みを浮かべながらそう答えるネギ。

その様子に俺は思わず思わず胸を撫で下ろした。

見ると、明日菜も同じように安堵の溜息を零している。

…………ホント、ヒヤヒヤさせてくれるぜ。


「え、えとっ!! それじゃ次ね!! ええとこっちは…………」


強引に話題をすり替える明日菜。

まぁ今はその機転に感謝しておこう。ナイスフォローだ。

それからは、特に誰もネギの性別に関して、感付いているような素振りを見せず、つつがなく自己紹介は終了して行くのだった。










「で? 結局のとこ、俺とネギは何で呼ばれてん?」


一通り自己紹介が終わった後で、俺は明日菜にそう切り出した。

まぁ、ぶっちゃけ理由は知ってたけど、一応尋ねておいた方が良いだろう。

すると明日菜は、胸を張ってこう答えた。


「図書館島に眠ってるって噂の、魔法の本を探しに行くのよっ!!」


ばばん、と効果音でも聞こえてきそうな勢いで言う明日菜。

予想通りの展開に、俺は呆れを通り越して、一種の感動すら覚えぜ。


「え、えーと、どうしてその、魔法の本を?」


おずおずと手を上げて、そう尋ねるネギ。


「実は、今回の学年末テストで成績の振るわなかった生徒は初等部からやり直し、という噂が流れまして…………クラスでも成績のよろしくない我々は、藁にも縋る思い

でここに集まった訳なのです」


そんなネギの質問に、明日菜に代わって夕映が淡々とした口調で答えた。

しかしながら、その答えにますます疑問が深まったような表情を浮かべるネギ。


「えーと、それでどうしてボクらが呼ばれたんでしょうか? というか、そもそも魔法の本を探すって、そんなもの本当にあるなら、司書さんに伺えば良いんじゃ………

…」

「ちっちっちっ。甘いなぁネギ君。転校生なんだっけ? それじゃ知らないのも無理ないけどさ」


人差し指を振りながら、含みのある表情でハルナが言った。


「えと、この図書館島は、世界大戦の戦火から貴重な文献を護るため、地下に向かって何度も増改築が行われているんです。ですからその全容は司書さんでも把握し切れ

ていないかと」

「しかも侵入者対策に、地下の深い部分には罠が仰山しかけられとって危険がいっぱいなんよ」

「そ、それって本当に一学校の図書館なんですかっ!!!?」


のどかと木乃香の説明に、思わずネギは驚愕の声を上げる。

まぁ、その気持ちは分からなくもない。

なので俺は、ネギにそっと耳打ちをした。


「…………麻帆良は魔法使いが作った街や言われとるさかい、中に迷宮の1つや2つあっても不思議やあれへんねん」

「…………そ、そうなんだ。な、何かボク、とんでもないところに留学しちゃった?」


…………ぶっちゃけて言うとそうだな。学園長妖怪だし。


「そーゆー訳で、ネギと小太郎には、私たちの護衛をして欲しいって訳。もちろん、ちゃんと本が見つかったら何かお礼はするからさ。お願いっ」


顔の前で掌を会わせて、必死に頭を下げる明日菜。

ネギの性格上、こんな風に頼まれたら断れる訳はない。


「…………分かりました。そんなに危険があると分かっていて、女性の方だけを向かわせる訳にはいきませんしね」


ほーらね。

念のためにと持って来ておいた式杖をぎゅっと握りしめて、力強い笑みを浮かべるネギ。

まぁ、偉大なる魔法使いの仕事は、人の役に立つことって言うくらいだし、このネギの性格を考えたら天職なのかもね。

決意に満ちているネギとは対照的に、俺はこの一連の流れが某妖怪の手中の出来事だと思い出して、いっそうげんなりとするのだった。


「ありがとう!! ネギならそう言ってくれると思ってたわ!!」


ネギの言葉を聞いて、ぱあっと明るい笑みを浮かべる明日菜。

…………テンション上がってる所悪いけど、これ全部狸爺さんの企みだからね? 魔法の本、結局手に入らないからね? 君ら遭難して、地道に勉強させられるだけだか

らね?

いっそ全部ぶっちゃけて、集中勉強会とか開けたら俺の気分も晴れるのに。


「それじゃ行くわよ? いざ、図書館島最深部へ!!」


「「「「「「「「「―――――おーーーーっ!!!!」」」」」」」」」


明日菜の掛け声に合わせて、一斉に右の拳を掲げるメンバーたち。

真実を知ってるだけに、どうしても彼女たちのテンションに着いて行けない俺。

ハァ…………もう、お家帰りたい…………。

最初から最後までそんな風に逃げ腰の俺。

とにかく、絶対にネギが女だという事実を隠し通すことだけを考えて頑張ろう。

そんな決意で自らを鼓舞しながら、俺はずんずんと突き進む一行の最後尾に、渋々と着き従って歩き始めるのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 71時間目 奇奇怪怪 予想外の連続に、俺のハートはブレイク寸前だぜ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/12 01:51




そんな訳で、早速図書館島地下へと進軍を開始した俺たちバカレンジャー+3。

+3ってのは、木乃香、ネギ、俺のことで、残りの図書館探検部であるのどかとパルは地上からのナビゲーションだ。

まぁ、俺が参加してること以外は、ほぼ原作と同じように事が運んでると言って良い。

…………しかし暗いな。

現在俺たちは、図書館島地下階層へと続く隠し通路を歩いているのだが、ぶっちゃけ視界はほぼゼロ。

木乃香と夕映のヘッドライトが無ければ、足元すら全く見えない状況だ。

一般人と一緒じゃなけりゃ『光よ』の呪文で道を照らせるんだが…………そこまでする程の緊急事態じゃないしね。

逆を言えば、ここまで影がくっきり出てる状態は俺にとって好都合だしな。

転移魔法使いたい放題、狗神召喚し放題だぜ。


「あう~…………く、暗いよぅ、怖いよぅ…………」

「何やまき絵? 暗がりダメなんか?」


あからさまにビビり倒してるまき絵に、俺は思わずそう尋ねていた。

確か原作見たイメージだと、地下図書館では結構生き生きとしてた気が…………ゴーレム(笑)から魔法書奪ったりな。

けど、そう言えば桜通りの吸血鬼の噂にビビったりもしてたんだっけ?

となると、実はオカルト系が苦手なのかもしれないな。


ま「うぅっ、そりゃそーだよー…………暗いのが平気な女の子なんている訳が…………」

木「ウチは平気やえ?」(←図書館探検部)

夕「私も平気ですね」(←図書館探検部)

楓「うむ、拙者も平気でござる」(←忍者)

古「私も特に嫌いじゃナイネ」(←暗闇で怖いのは闇打ちくらい)

明「まぁ、私も平気かな?」(←あまり幽霊とか信じてない)

ネ「ぼ、ボクは男なのでっ」(←性別詐称の魔法使い)

ま「…………」


全員にそう言われて、凍りつくまき絵。

哀愁漂う彼女の背中を見て、俺は思わずその肩にぽんっと手を置いていた。


「まぁ、何や…………ふつーの女子は、暗いの怖いんが当然やと思うで?」

「こ、コタくぅん…………」


そんな俺のフォローに、まき絵は滝のように涙を流すのだった。











そうこうしている内に、俺たちは図書館島地下3階へと辿り着いた。

確か中学生が本来立ち入りを許可されてるのはこの階層までだったっけ?

ということは、その辺の蔵書を取ろうとしたら、何かしらの罠が発動する訳か。

俺は試しに、一番近くにあった棚の本へと手を伸ばす。すると…………。


―――――カチッ、シュンッ…………ぱしっ


蔵書の隙間からいきなり矢が飛び出して来たため、俺は反射的にそれを掴み止めた。


「…………予想通りやけど、これは中々洒落になってへんな」


しげしげと矢を見つめながら、思わず冷や汗を流す俺。

原作じゃ分からなかったけど、これ鏃に毒まで塗ってあるぞ?

匂いだけじゃどういうものか判別できないが、恐らくは致死性のもの。

一歩間違えば、原作ネギま!はここで完結してた訳か。

楓の身体能力に感謝だな。


「今の小太郎さんの様子を見て頂ければ分かる通り、この階層からは盗掘者対策の罠が張り巡らされているです。ですので皆さん、決して不用意に行動しないようお願いするです」

「「「「「「はーい」」」」」」


淡々と注意事項を告げる夕映に、元気良く返事をする一同。

…………返事は良いけど、確か原作では度々まき絵とかがトラップに引っかかってたような気がする。

バカレンジャーの身体能力なら、俺が手を出さなくても大丈夫だとは思うし、何よりこれが学園長の差し金なら、命の危険を伴うってことはないだろう。

とは言え、無用な危険は排除するに限る。

そう考えて、俺は右手を遠慮がちに挙げながら、こんなことを提案した。


「出発する前に、自分らの護衛に関して、ちょっとネギと相談したいんやけど、良えか?」

「それは構わないですが、出来るだけ早めにお願いするです。魔法の本が安置されてると思しき場所まで、往復で4時間は掛かるですから」


そんな夕映の言葉に、俺はポケットから携帯を取り出して現在時刻を確認する。

現在時刻は午後7時ジャスト…………何事も無ければ問題なく帰れる時間だな。

まぁ、何も起こらないとは思えないけど…………。


「りょーかい、5分で済ますさかい、ちょっと待っとってくれ」


俺はそう言うと、ネギを手招きして呼び、残りのメンバーから少し離れたところへと移動した。


「小太郎君? えと、どうしてわざわざみんなから離れたの?」

「ああ、ちょっと魔法関連のことで相談がしたくてな」


離れてはいるが、一応連中に聞かれないよう、俺は声のボリュームを下げてネギの耳元で囁く。


「魔法関連のこと?」

「ああ。確認やけど、自分探査系の魔法とか得意か?」


確か原作で、占いや小物を動かす魔法みたいな基本魔法は得意中の得意だって言ってたからな。

本来、探査の魔法は基本中の基本だし、恐らくこちらのネギも得意なはずなんだが…………。


「うん。そういう基本的なやつは一番得意かな?」


どうやら俺の予測は正しかったらしい。

原作のネギと違い、魔法を封印してない状態でネギはこの図書館島探検に参加しているのだ。

ならばそのアドバンテージを生かさない手はない。

問題はそれを連中に分からないようどうやって使うかだ。


「その魔法って、連中に分からんように使うことは可能なんか?」

「そうだね…………普通にしてても精霊の声はボクにしか聞こえないし、念のために軽めの認識阻害をかけておけば大丈夫だと思うよ?」

「そりゃ重畳。ほならネギ、自分は先頭を歩いて罠の回避を頼むわ。俺は万が一が起こらんよう、しんがりを護るさかい」

「うん、分かったよ」


両手で杖をぎゅっと握りしめて、ネギは力強い笑みとともに頷いてくれた。

さて、基本的な戦術はこれで良いとして、後はネギ自身の問題だな。

この後の運びが原作通りに進められるとすると…………恐らく例のツイスターゲームから、地下図書館での勉強合宿の流れになるはず。

学園長としては、何としてもそうなるように仕向けたいところだろう。

となると…………やはり俺の排除は最優先されるだろうな。

どう転ぶにしても、学園長の計画を実行する上で、俺の存在は余りに邪魔だ。

最初のツイスターゲームの時点で、俺がゴーレム(笑)をぶっ飛ばしたら、そこでこの図書館探検は終了だからな。

もちろん、それを分かった上で、大人しく退場してやるほど俺もお人好しではない。

ないのだが、あの狸爺のことだ、俺の予想を上回るかなり厄介な仕掛けを用意していると見て間違いないだろう。

実際にネギ達と引き離されたときのため、彼女に心の準備をさせておく必要がある。

俺はそう考えて、再びネギの耳元に顔を近づけた。


「良えかネギ、もしもん時のために、自分には2つばかし約束して欲しいことがあんねん」

「もしもの時って…………や、やっぱり、この図書館ってそんなに危ないのっ?」


俺が余りに真剣な口調で言ったせいか、ネギは若干涙目になりながら、そんな質問を返して来る。

苦笑いを浮かべて、俺は彼女を安心させるように言った。


「まぁ、万が一んときの保険や。そんなもん使う必要はあれへんとは思うけど、日本の諺で『備えあれば憂いなし』っちゅう言葉があんねん。何事も、慎重にしとくに越したことはあれへんやろ?」

「あ…………う、うんっ、そうだよね?」


その言葉で幾分か安心したのか、ネギは納得顔で頷いてくれる。

その様子に満足して、俺は再びネギにその約束について切り出した。


「1つ目は『決して魔法は使わないこと』。もちろん命の危険があるような緊急事態やったら話は別やで? そんときは、何が何でも自分と、他の連中のことを護らなあかん」

「うん、分かった。ボクは緊急時以外では『決して魔法を使わない』」


俺の言葉を復唱して、しっかりと頷くネギ。

それを確認して、俺は2つ目の約束を口にした。


「2つ目は『もし俺と離れても無茶はせず、そん時自分に出来ることを考えること』。寧ろこっちの方が大事な約束や。自分の性格やと、みんな助けるために、勇んで無茶しそうやからな」

「う゛っ…………そ、そんなことない、よ?」


自信無さ気に言うネギ。

…………こいつ、絶対ヤヴァいときは無茶するつもりだったな。


「良う聞け。俺は一応学園長から自分の護衛を依頼されとる身や。とは言え、さすがに自分の傍におれへんかったら護れへん。そんなときに無茶して自分に怪我でもされたら、俺の信用ガタ落ちや」


なんて勝手な言い分を、と思うかもしれないが、ネギの場合はこんな風に自分以外の人間の利害を説明した方が納得が早いからな。

加えて相手が学園長となると、俺が彼女から引き離されるのはほぼ確定事項。

卑怯だとは思うが、ここは手段を選ばずに攻めさせてもらう。

しかし、俺のそんな説得に納得がいかないのか、ネギは少し拗ねた表情を浮かべて、なおも反論を続けた。


「け、けどさ? もし本当に小太郎君とはぐれて、しかも危ない状態になったら、みんなを護れるのはボクしかいない訳でしょ?」

「それは愚問やな。バカレンジャーの身体能力は筋金入りや。特に楓と古菲は学園の魔法生徒並みに…………いや、むしろ並みの魔法生徒より遥かに強いで?」

「ま、魔法生徒より!? …………そ、そんな一般人がいるなんて信じられないんだけど?」

「とは言え、それが事実や。それと、もしもホンマにそんなヤバい状況になったらな…………」


俺はそこで言葉を区切ると、そっとネギの頭に手を置き、優しく笑みを浮かべてこう言った。


「俺が必ず自分らを助けに行ったる。例えはぐれとっても、必ず自分らのピンチに駆け付ける。せやから自分は安心して、俺のこと待っとったら良えねん」

「…………」


そんな俺の表情を見つめて、何故か呆けてしまうネギ。

あれ? さすがに今の台詞は臭かったか?

それかネギ、実は具合でも悪いとか?

良く見ると、少し頬が赤いし…………。

そんな風に心配していると、ふいにネギは正気に戻ったのか、はっとした表情を覗かせると、再び先程と同じ拗ねたような表情を浮かべた。


「…………小太郎君、前のときははぐらかしてたけど、本当はかなりモテるでしょ?」

「は? な、何やねんいきなり!?」


予想外のネギの反応に戸惑う俺。

つか、今のやりとりの何処に、その質問が飛び出す要素があったよ!?

訳が分からず困惑する俺に、ネギははぁ、と重たい溜息を吐くと、苦笑いを浮かべながら顔を上げた。


「ともかく、小太郎君の言いたいことは分かったよ。だからボクは『もし小太郎君と離れても無茶はしない。その時自分に出来ることを考える』。それで良い?」

「む…………まぁ何かはぐらかされた気がせんこともないけど、分かってくれたんならそれで良いわ」


本当、釈然としませんけどね。


「あはっ…………拗ねないでよ。もしもの時、ボクは小太郎君のこと信じて待ってるからね?」


先程の俺と同じように、優しく笑みを浮かべてそんなことを言い出すネギ。

…………この小悪魔さんめ。

ネギみたいな可愛い子からそんな風に言われたら、男は黙って頷くしかないだろう。

そのことを理不尽に思いながらも、俺はしっかりとネギに頷いて見せるのだった。










そんな訳で、ネギの探査能力をフル活用した俺たちは、原作のようにバンバン罠に引っ掛かることもなく休憩所まで辿り着くことが出来た。

現在はその休憩所にて、木乃香が用意してくれた弁当を突いている。

普段から食べ慣れてるネギの料理も上手いけど、木乃香のこの京風な薄味も中々に乙だよな~。

そんな訳で、出がけに大量の肉じゃが(ネギお手製)を平らげていたにも関わらず、がつがつと木乃香の弁当を食す俺なのだった。


「けどホンマにネギ君て凄いなぁ? 図書館探検部のウチらでも気付けへんような罠、全部気付いてまうやなんて」

「はい。正直、驚愕です。一体どこでそのような技術を?」


感嘆の言葉を零す木乃香に、質問を投げかけて来る夕映。

さすがにそのリアクションは予想済みだったのか、ネギはいつものようにテンパることもなく、笑顔でそれに答えた。


「イギリスにいるときにちょっと特殊な訓練を積んでいたことがあって。そのおかげでこういう危険予知は得意なんですよ」

「ほらね? 私が言った通りネギに来てもらって良かったでしょ?」

「うんうん。ぶっちゃけ、ネギ君いなかったら、私何回も罠に掛かってたと思うよ」


まるで自分の事を褒められたみたいな得意顔で胸を張る明日菜に、それに対してしきりに頷くまき絵。

…………そのせいで俺は痛めなくて良い頭を痛めてる訳ですがね。


「それに引き換え…………ある意味ネギより頼りにしてた誰かさんは、ここまで全くの役立たずだったわね?」


意地が悪い笑みを浮かべて俺に視線を向けて来る明日菜。

言いたいことは分からないでもないが、そもそもテスト勉強に力を入れずにこんなことしてる明日菜にだけは言われたくない。


「うっさいわ。つか、力技じゃどうにもなれへんことで俺を頼るんが間違いやねん」

「あははー、コタくん拗ねとるー」

「にんにん。確かに小太郎殿は、危険予知よりも力技向きでござるからな」

「コタローの腕前はかなりのモノアルからネ」


指を差して笑う木乃香に、フォローを入れてくれる武闘派2人。

…………今度2人には飯でも奢ってやろう。

そんな感じでしばらく談笑していた俺たちだったのだが、その途中でふとネギが俺の傍まで来て、小声でこんなことを尋ねて来た。


「…………ねぇ? 気付いてる?」

「…………ああ、俺ら以外に4つ。内2つはかなりバカデカい魔力がこの地下図書館中にいてるな」


真剣な声音で、ネギにそう答える俺。

そう、先程から感じている妙な胸騒ぎ。

ネギも感じ取ったそれは、紛れもなく俺たち以外の何者かが発する魔力の気配だった。

それにしても…………4つってことは、やはり学園長のやつ、俺を排除するために何かしらの仕掛けを用意しやがったな?

4つの内3つは一体何の魔力かが検討が付く。

恐らくはアルと学園長、そして俺たちの目的であるメルキセデクの書が発するものだろう。

しかし後1つは一体何だ?

しかもそのもう1つの魔力は、この階層に来てその濃度を増している。

つまりそう遠くない場所に、この異様な魔力を放っている何者かが居ると言う訳だ。


「1つは明日菜さんたちの言う魔法の本だとしても、残りの3つは一体…………?」

「さぁな。けど、もしかすると…………俺が掛けた保険、使わなあかんかも知れへんな」


そんな風に俺たちが小声で話していると、その様子に気が付いたのか明日菜がすっと近付いて来た。


「…………何? 何かマズいことでもあったの?」


俺たちが真剣な表情を浮かべていたからだろう、心配そうにそう尋ねて来る明日菜。

ネギと顔を見合わせて、俺たちは彼女にここに来て感じている魔力に関して説明を始めた。


「…………そ、それじゃ、本当に魔法の本があるのね!?」


一しきり説明を聞いて、明るい表情でそんなことを言い出す明日菜。

俺は溜息を吐きながら、再び彼女にことの重大さを説明することにした。


「喜ぶんは早いで? 魔法書の他に3つ。しかも内2つはかなりデカい魔力が居てる。もしかしたら、魔法書の番人かも知れへん」

「げっ…………で、でもさ? あんたって一応学園最強の魔法使いの1人なんでしょ? もし本当にその番人がいたとしても、小太郎がやっつけてくれれば良いじゃない?」


さらっととんでも無いことを言い出す明日菜に、俺は再び溜息を吐いた。

というか、目先の欲に目がくらみ過ぎワロタ。


「そない簡単に言うてくれるなや。それにそん中の1つはかなりヤバイ感じがしとんねん…………」


この階層に入ってから感じている魔力。

それはあたかも俺たちを…………否、俺を手招きしているかのような、そんな不思議な感覚を感じさせている。

これが学園長の仕掛けた罠だとしたら…………本当に俺を仕留められる、そうでなくても足止めすることくらいは出来る存在が待ち構えていると見て間違いない。

どちらにしても、一筋縄で行くとは思えなかった。


「さっきから何を3人でヒソヒソ話してるのー?」

「「「!?」」」


はっとして後ろを振り向くと、いつの間に近付いて来ていたのか、にんまりと含みのある笑みを浮かべたまき絵がそこに居た。

…………このパターンも久々だな。

内緒話に熱中し過ぎていたのと、例の気配に神経を尖らせていたせいで彼女の接近に気が付かなかったんだろうが、不覚だ。

が、本当に不覚だったのは、もう一つの方の気配に気が付かなかったことだった。


「―――――何やコタくん、いつの間にか明日菜とえらい仲良くなっとるなぁ? 何かあったんけ?」

「…………」


図書館島の入口で見せたのと同じ、般若オーラを纏った木乃香が、まき絵とは反対側からにゅっと顔を出す。

…………ジーザス、俺何も悪いことしてなくね?


「ご、誤解よ木乃香!! ご、護衛を頼んだの私だし、ちょっとこれからのことを相談してただけだってば!!」


おおう!?

どうしたというのだ!?

今のは明日菜にしてはかなり良く出来たフォローじゃないか!?

思わず感嘆の溜息をもらした俺だったのだが、般若オーラを纏った木乃香さんは、あろうことかそんな一見完璧に見える言い訳にさえ、言葉の矢を放つ。


「…………そもそも、それが不思議やったんよ。何で明日菜、いきなしコタくんに護衛たのもー言い出したん? それに、ウチもまだ会うたことあれへんかったネギ君とも、随分仲良うなっとるみたいやし…………3人とも、ウチらに何か隠し事とかしてへん?」

「「「っっ!?」」」


ある意味真に迫った木乃香のその質問に、俺たちは3人して口から心臓が飛び出しそうだった。

…………ま、ままま、マズイ!?

こ、ここは確実に乗り切らないと、ネギの件について疑われでもしたら大事だ!!

俺は必死で脳を回転させ、この場を乗り切る言い訳を考える。

何か、何か手は…………ってそうだ!!!!

暗闇に差した一筋の光明。

俺は間髪入れずに、その案を実行に移した。


「あ、あ~…………ま、まぁ確かに隠し事はしてんねんけど…………」

「っっ…………!!!?」


俺がそう言った瞬間、ぶわっと高まる木乃香の怒気。

…………お、おおおおお落ち着けブラザー!? これは計算通り、計算通りなんだ!!

そう必死に自分へと言い聞かせながら、俺はさらに言葉を続けた。


「じ、自分らも知っとると思うけど、明日菜って『あの人』んことが好きやろ?」

「へ? …………う、うん。確かに、明日菜が『あの人』んこと好きなんは、みんな知っとると思うえ?」


虚を突かれたのか、一気に霧散する木乃香の怒気。

ちなみに、敢えて名前を伏せたのは明日菜のプライバシー保護のためだ。そこ、無駄って言わない。

よしよしよしよーし!! ここまでくればもう一歩だ!!

俺は木乃香の勢いがなくなったのを良いことに、捲くし立てるように言い訳を口にした。


「せやんな? ほんでな、実はネギは『あの人』と昔からの知り合いやねん。で、それを知った俺が、ネギのことを明日菜に紹介したって、ほんで仲良くなったと…………そう言う訳や。な? 2人とも?」


そしてダメ押ししてもらうために、2人に話題を振る俺。

俺の考えをおおよそ理解したのか、2人はすぐさまぶんぶんと首を縦に振ってくれた。


「そ、そそそそーなのよっ!! ネギってば『あの人』と仲が良くてさ~!!」

「そ、そそそそーなんですっ!! い、今も、『あの人』のことを話してたから、ちょっと小声になってただけなんです!!」

「「あは、あははっ!!」」


やけくそ気味で作り笑いを浮かべる2人。

…………自分でそう仕向けといて何だけど、これじゃまるでタカミチが某闇の魔法使いみたいだな。


「何や、そういうことやったんやぁ。え、えと…………ご、ごめんな明日菜。大事な相談の邪魔してもうて」

「わ、私も…………が、頑張ってね、明日菜。恋に歳の差は関係ないって良く言うし!!」


そして俺の目論見通り、完全に勘違いして明日菜に謝り、励ましの言葉を投げかける木乃香とまき絵。


「あ、あははー。あ、ありがとー、2人とも…………(がくっ)」


そんな2人の様子に、明日菜は作り笑いを浮かべながらも、その直後憔悴し切った表情で肩を落とすのだった。

…………南無阿弥陀仏(チーン)。










そんなやり取りを終えて、俺たちは再び、目的の書物が安置されているとされる場所を目指して、探索を再開した。

そして辿り着いたのは、原作でも印象に良く残っている、本棚の上にある通路だった。

かなり深い所まで俺たちはやって来ていたらしく、そびえたつ本棚は、その接地面がどうなっているのか見えないほどだった。


「これは…………さすがにここまで来ると、最早人外魔境の様相ですね」


眼下を見下ろし、そんなことを呟く夕映。

その言葉とは裏腹に、その表情には未知との遭遇に対する好奇心か、笑みが浮かんでいた。


「死ぬっ!! 落ちたら死んじゃうよコレっ!?」


そんな夕映とは対照的に、ぺたんと本棚へたり込みながら、そんな泣き言を零すまき絵。

まぁこの面子の中じゃ、今のところ一番一般人してるし当然だな。


「まぁ確かに危ないわよねー…………というか、こんなとこにある本、一体誰が読むのよ?」


苦笑いを浮かべてまき絵を助け起こしながら、明日菜はそんな当然の疑問を口にする。

…………まぁ、某大魔法使いさんくらいじゃないでしょうか?

そんな感じで、断崖絶壁のように続く本棚の上を戦々恐々としながら進む俺たち。

夕映とネギの先導の下、比較的安全かつスムーズに進んでいる一行だったのだが…………。


「っ!? だ、誰かいるですっ!?」

「「「「「「「!?」」」」」」」


先頭を歩いていた夕映の一言で、全員の表情に緊張が走る。

暗くて良く見えないが、確かに夕映が指差した本棚の上には、何者かが悠々と立っていた。

こいつが、俺の感じていた魔力の正体か?

そう考えた矢先だった…………。



―――――ゾクゥッ



「――――――――――っ!!!?」



その瞬間、俺は無意識の内に瞬動術を使い、先頭にいたネギの前へとその身を躍らせていた。

…………この感覚、間違いない。

まるでここが戦場であるかのような、そんな錯覚を覚えるような禍々しい闘気。

この闘気を、俺は確かに知っている。

しかし、どうして奴がこんなところに…………!?

困惑する俺を余所に、この闘気を放った人物は、足場の悪い本棚を悠然とこちらに向かって歩き始める。

俺は一般人の目があることも忘れて、ゲートから影斬丸を呼び出した。



―――――ガタガタガタガタッ



「っ!? …………やっぱりか」


先程俺が感じた既視感。

それが間違いでないことを証明するかのように、がたがたと震える影斬丸。


「こ、小太郎さんっ!? い、一体どこから刀なんて!? と、というより、それはホンモノなのですかっ!?」


俺が行った一連の行動に驚き、思わずよろける夕映。

その瞬間、彼女のヘッドライトがぶれて、近付いて来る人影を闇の中へと映し出した。

180を超える長身に、黒の着流し。

深紅で染め抜かれた黒の羽織。

そして背中程に伸びた漆黒の長髪に、頭頂部に生える獣の耳。

そいつはその瞬間、ぎらついた愉悦と闘志の光を目に宿し、獣染みた笑みを浮かべた。



「――――――――――よぉ? 久しぶりだな、クソガキ」



―――――2年前、エヴァの命を狙った狗族。



以前相対した時よりも、遥かに濃密な魔力を放ちながら、奴はそう口にしたのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 72時間目 闘志満満 久々の見せ場キターーーーッ!!!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/14 01:00



「ははっ、タイプは違うが女ばっか7人たぁ…………やっぱ血は争えねぇもんだな?」


けらけらと愉しそうに、その妖怪は笑い声を上げる。

以前の激闘の後、刹那から聞いた伝言で、いずれこいつとはまた相見えることになる確信はあった。

しかしそれは、こんな性急なものではない。

まさかこれも学園長の差し金?

…………いや、それにしちゃあ話が出来過ぎてる。

第一に、どうやって奴を呼び出した?

あまりに不可解なこの状況に、俺は困惑を隠せなかった。


「…………こ、コタくん、あの人、コタくんの知り合いなん?」


背後から、不安そうな声でそう問い掛けて来る木乃香。

俺は奴から注意を逸らすまいと、振り返ることなく彼女に答えた。


「…………ああ。確かに知り合いで間違いあれへん。せやけど、何でこないなとこにおるかは全くの謎や」


どうして奴が召喚されたのかも、奴の目的が何なのかも全てが謎。

…………もっとも、以前会話した時に感じた奴の性格を考えれば、おおよその見当は付くが。


「…………ね、ねぇ? 何かあの人、コタくんにちょっと似てない?」

「ムムっ? 言われてみれば、確かに似てるアルヨ!?」


奴の外見的特徴が、俺と酷似していることに気が付いたのか、やはり背後でそんなことを騒ぎ出すまき絵と古菲。

それに対して、奴はやはり愉しげな笑みを浮かべて、こんなことを言い出した。


「そりゃそうだろうよ? 何せそいつと俺は切りたくても切れねぇ縁で繋がっちまってるからな」

「…………」


…………散々もったいぶってるけど、それって殆ど答え言ってるようなもんじゃねぇか。

緊迫していた空気を一瞬忘れて、俺はそんなことを考えるのだった。


「あ、あの人が小太郎の言ってた『番人』なの?」

「さ、さぁ? …………けど、この魔力。あの人、恐ろしく強いです」

「うむ…………この気圏、拙者が知る何者とも一線を隔す。次元の違う強者に違いないでござるな…………」


明日菜の疑問に答えながら、俺と同様に身構える楓とネギ。

数ではこちらが勝っているが、実際戦闘になれば、間違いなく不利なのはこちらだろう。

実際こちらの戦力になるのは、俺と楓、そしてかろうじて古菲だが…………この面子で、他のメンバーを護りながら闘うのはかなりきつい。

出来ることなら、ここでの直接戦闘はさけたいところだが、相手の目的は不明。

…………打つ手なしか。


「『番人』…………もしや、あの方が、我々の探している魔法の本の番人ということですか!?」


試案を巡らせている俺を余所に、明日菜の言葉から、奴の正体を推理した夕映がそんなことを言い出す。

しかしそれに対する奴の解答は、彼女にとっては予想外の、そして俺にとっては実に予想通りのものだった。


「番人? …………知らねぇな。俺はただ、約束を果たしに来ただけだぜ? なぁクソガキ、片結びの嬢ちゃんから伝言を聞いただろ?」 



「―――――次は、全力で闘り合おう、ってな?」



―――――ゾクゥッ



「っっ!?」


再び膨れ上がった奴の闘気に、思わず身構える俺。

このバカみたいな闘気だ、楓はともかく、場馴れしてない他の連中は立っていることすらままならないだろう。

…………マズい。本当にこんな状況は予測していなかった。

せいぜい学園長が用意した、ままごとみたいな試練くらいだと、そう高を括っていた俺の失策だ。

とはいえ、何とかして女の子だけでもここから逃がさないと。

そう思い、考えを巡らす俺だったが、以外にも次の瞬間、奴は俺たちに向けていた狂気染みた闘気を嘘のように霧散させていた。


「とは言え、女子どもを巻き込むのは趣味じゃねぇからな。そこのクソガキが大人しく俺と闘るってんなら、他の嬢ちゃんたちは見逃してやるぜ?」


そして、そんな提案を持ちかけて来る妖怪。

奴の性格上、罠を張るなんてまだるっこしい真似は考え難い。

ならば今の言葉は信用に足るだろう。

それに…………何の気兼ねも無くこいつと闘えると言うならそれは…………。



―――――俺にとって、願っても無いことなのだから。



「…………良えで。そいうことなら、思う存分やってやろうやないか」


奴と同じような、獣の笑みを浮かべて、俺はその案に乗ることを告げる。

ネギのフォローが出来なくなるのは不安だが、彼女は無茶をしないと約束してくれた。

それに明日菜もついてるし、今回彼女は魔法も使える。

俺が離脱する上、最大の懸念事項だった魔力の正体も分かった以上、ここから先に原作以上のイレギュラーが存在しているとも考え難い。

ならば奴の提案は、これ以上ない破格の条件だった。

しかし…………。


「…………ぼ、ボクも残りますっ!!」


そんなネギの一言で、完全に臨戦態勢だった俺の頭は一気に冷やされた。

…………まぁ、彼女の性格を考えたら、その答えはある意味予想の範疇だったんだが。

とは言え、今の彼女ではここに残っても戦力になるどころか、かえって足手纏いになりかねない。

ここは心を鬼にして、その事実を伝えておくべきだろう。

その考えを口にしようとした俺だったが、意外な人物の発言により、完全に思考を中断されてしまう。


「この匂い…………そこの赤毛の嬢ちゃん。もしかしてナギの娘か?」

「っっ!? ち、父を、父さんを知ってるんですか!?」


奴の放った言葉に、状況を忘れてしまったのか、思わず身を乗り出しながらそう尋ねるネギ。

普段なら彼女を止めるところだが、俺もまた、奴の放った言葉に驚き、対応が遅れてしまった。


「つーことは、やっぱ奴のガキか…………つくづく運命ってのは面白おかしく出来てるもんだな」


ネギを頭からつま先まで、まるで値踏みするように見つめる妖怪。

そして奴は、再び口元に笑みを浮かべてこう言った。


「知ってるちゃあ知ってるが、別に親しかった訳じゃねぇ。最初に会った時は敵同士だったしな。あんなに愉しい喧嘩はそう味わえねぇし、良く覚えてるぜ。まぁ最後に

あんたの親父と会った時にゃあ、一応肩を並べて闘ったんだったか?」

「父さんと、一緒に…………」


奴の言葉を反芻し、感慨深気な表情を浮かべるネギ。

…………しかしこいつ、一体どこまでイレギュラーなんだよ?

ナギと一緒に闘ったって、つまり何か? 紅き翼の準レギュラーってことか?

前回闘ったときは知り得なかったその事実に、ネギと同様俺は驚きを隠せなかった。


「さぁて、問答はここまでにしとこうや? 赤毛の嬢ちゃん、奴の娘ってことはそれなりに素質はあるんだろうが、今のあんたじゃ役不足。ぶっちゃけただの足出纏いだ

。悪いことは言わねぇ。ここは他の嬢ちゃん達と一緒に先へ進んどいた方が身のためだぜ?」

「っっ…………」


羽織の下で腕を組みながら、先程の闘気を僅かに滲ませそう言う妖怪。

奴の言葉が真実だと、ネギも薄々は気付いていたのだろう。

悔しそうに下唇を噛みながら、彼女は押し黙っていた。


「…………悪いけど、そういうことや。ネギ、ここは大人しゅう他の連中と一緒に行ってくれ」

「っっ!? だ、だけどっ…………!!」

「大丈夫や」

「っっ…………!?」


尚も反論を続けようとしたネギの言葉を遮って、俺は力強く、笑みを浮かべてその言葉を告げる。

驚いたように身を竦ませた彼女の頭に手を置き、俺は獣の笑みではなく、優しく微笑んで彼女に言った。


「約束したやろ? 俺のこと、信じてくれるって。せやったら心配せんと、自分は自分のやらなあかんことを考えり」

「小太郎君…………」


先程交わした俺との約束を思い出したのか、驚き潤んでいた彼女の瞳は、いつのまにか決意に満ちた光を宿す。

きゅっと唇を引き結ぶと、彼女はしっかりと頷いてから、俺にこう言った。


「…………信じてるからね?」


その言葉に、今度こそ俺は、いつも通りの笑みを浮かべて、高らかに宣言する。


「応よ!! すぐに追いついてったるさかい、待っとけや!!」


そしてすぐに、俺は再び奴と相対する。

ネギの正体に関しては、不安だが明日菜に一任しよう。

奴の言葉を借りるなら、こんな愉しそうな喧嘩、早々出会えるものじゃない。

俺は影斬丸の柄に手を掛けて、再び臨戦態勢を整えた。

が、しかし…………。


「なぁ? あの人、ネギ君のこと『嬢ちゃん』て言うてへんかった?」


永久凍土のような冷たさを持って放たれた木乃香の言葉に、どっと冷や汗が吹き出す俺。

わ、忘れてた…………後ろには木乃香も居たんだった!!

この場を打開する術を必死で模索する俺。

しかしながら、前方にくだんの狗族、後方に般若と化した木乃香を配するこの状況。

そんな即座に打開策が思いつく訳も無く、必死で考え抜いた結果、俺が出した結論は…………。



―――――戦略的撤退だった。



「ば、場所を変えるで!? ここじゃ思う存分暴れられへんやろっ!?」

「別に俺は何処だろうと構わねぇんだが…………まぁ良いだろう。それでてめぇが本気を出せるってんなら、その案乗ってやる」


獣染みた笑みを浮かべて、俺の案に了承の意を示す妖怪。

よし!! 喰いついた!!

俺は内心ガッツポーズを決めながら、眼下に続く書架の底へと跳躍した。

…………明日菜、ネギ、後のことは頼んだぜ?

そんな他力本願な事を考えつつ、俺はぐんぐんと地下へと降下して行くのだった。










SIDE Negi......



勢いを付けて本棚から飛び降りて行く小太郎君を見送りながら。

ボクは背中から吹き出した嫌な汗に身を震わせていた。


「…………こ、小太郎のやつ、逃げたわね!?」


ボクの背後で小声になりながらそんなことを呟く明日菜さん。

…………散々格好良いこと言っておきながら、これはないんじゃないかな小太郎君?

と、とはいえ、こうなってしまった以上、ボクと明日菜さんだけで、どうにか木乃香さんを宥めないと。

意を決して、ボクは木乃香さんへと振り向いた。


「え、ええと…………た、多分、ボクの外見のせいじゃないですか? ほ、ほら、木乃香さんも最初に会ったとき『可愛いらしい』って言ってくれてましたし」


あの人が小太郎君と同じ狗族だとしたら、我ながら苦しい言い訳だと思ったけど、正直それ以外に上手い言い訳が思いつかなかったのだからしょうがない。

努めて平静を装いながら言ったボクに、木乃香さんはなおも疑いの眼差しでこんな質問を投げかける。


「せやけど、ネギ君も『嬢ちゃん』とか『娘』とか言われとったんに、全然否定せぇへんかったやんな?」

「っっ…………!?」


こ、木乃香さん、一般人って本当なんですか!?

あの異様な魔力の中で、そんな細かい所まできちんと覚えてるなんて…………。

ある意味ボク以上に場馴れした雰囲気の木乃香さんに、さっきとは別の意味で冷や汗が出て来た。


「そ、それはそのっ…………じ、実はボクのお父さん、10年前に行方不明になってまして。そ、それで、父の知り合いなら、何か知ってるんじゃないかって、そっちに気

を取られてたからなんですよ!!」


べ、別に嘘は言ってない、よね?

実際、さっきの人と会話してる時、ボクは女だって隠してることを完全に忘れちゃってたし。

苦し紛れに出た言い訳だったけど、木乃香さんはそれで納得したのか、先程までの禍々しい雰囲気を嘘のように引っ込めてくれた。

それどころか、まるでボクに同情するみたいな眼差しを向けてくれる。


「そ、そうやったんや。お父はんが行方不明やなんて…………ネギ君、苦労しとるんやな」


そんなことを言いながら、目もとに涙まで浮かべてくれる木乃香さん。

…………どうしよう。一応の目的は果たした筈なのに、心の底から申し訳なくなってきた。


「そ、そんな身の上話はまた今度にしましょう!? 今はとにかく、小太郎の意志を無駄にしないためにも先へ進まないと!!」


罪悪感に苛まれて押し黙ってしまったボクに変わって、明日菜さんはみんなにそんな提案をしてくれる。

…………そうだった。今はこんなところで立ち止まってる場合じゃない。

小太郎君と約束したんだ。

『その時、自分に出来ることを考える』って。


「そうですね…………目的の部屋へ急ぎましょう。これまでと同じでボクが罠の探索をします。夕映さん、道案内をお願いできますか?」

「し、しかしっ、小太郎さんを放っておいて大丈夫なのですか!? そ、そもそもっ、お2人とも何のためらいもなく跳び降りて行きましたが、この高さは人間が無事でい

られる高さではないのですっ!!」


心底驚いた様子でそんなことを言う夕映さん。

…………そ、そういえばそうだよね?

ま、マズいんじゃないかな、これは。

魔法のことがもし一般人である夕映さんにバレたら…………ボクと小太郎君は間違いなくオコジョ収容所行きになる。

ど、どどどどーしよう!?

苦し紛れに明日菜さんへと助けを求める眼差しを向ける。

けれど明日菜さんは、ボクと同じように表情を凍りつかせて冷や汗を流すばかりだった。

…………こ、小太郎君、既にめちゃくちゃピンチなんですけどっ!!!?

打つ手が無くて、焦りまくるボクと明日菜さん。

しかし、意外なところから、そんなボクらに救いの手が差し伸べられた。


「うーん…………多分、平気なんじゃないかな? 何せコタくんだし」


首を傾げながら、まき絵さんがそんなことを呟く。


「確かニ。コタロー程の剛の者なら、この程度の高さはきっとへっちゃらアル」


そんなまき絵さんに、古菲さんまで頷きながら同意する。


「うむ。高い所から落ちた程度で怪我をする程、小太郎殿はやわな鍛え方はしてないでござるよ」


そしてダメ押しのように楓さんまでがそんなことを言い出す始末。

…………小太郎君、本当に魔法使いだってこと、バレてないんだよね?

一般人にまでこんな超人だと認識されてる小太郎君に、正直ボクは驚きを通り越して呆れさえ感じていた。


「た、確かに言われてみると…………そういえばのどかも、最初に小太郎さんと出会った時、彼が校舎の3階から飛び降りたのを目撃したと言ってたですね…………」

「…………」


顎に手を当てながら、事の発端だった夕映さんまでそんなことを言う。

…………3階から飛び降りたって、小太郎君、もうそれ隠す気ゼロだよね?

無事に再会出来たら、是非その辺を詳しく追及することにしよう。


「そ、それでは、心配事も解消されましたし、先へ進みましょうか?」


ボクは額の冷や汗を拭いながら、再びみんなにそう進言した。


「そ、そうね…………何としても、魔法の本を見つけ出しましょう!!」

「うんうん。さすがに私たち5人のせいでクラス解散されて、初等部からやり直しなんて、みんなに申し訳なさ過ぎだもんね?」


ぎゅっと拳を握りながら、元気良く宣言してくれる明日菜さんとまき絵さん。

…………最初に聞いてはいたけど、実際学園長がそこまでするとは思えないんだけどな?


「そうやね。せっかくここまで来たんやもん。必ず魔法の本、見つけて帰らなな」


はんなりとした笑顔を浮かべて、2人に同意してくれる木乃香さん。

…………さっきと同じ人物だとは到底思えない落差だよね。


「うむ。小太郎殿が抜けた穴は大きいでござるが、その分は拙者と古菲できちんと補ってみせよう」

「もちろんアル!! コタローの犠牲は、ムダにしないアルヨ!!」


ガツンと拳をぶつけ合いながら、力強く宣言する楓さんと古菲さん。

…………古菲さん、断っておきますけど、小太郎君はまだ死んでませんよ?


「そ、その通りですね…………小太郎さんを欠いたとは言え、身体能力は学園屈指のバカレンジャーのみなさんに、図書館探検部である私と木乃香、そして罠探知のスペ

シャリストであるネギさん…………このメンバーで攻略できないダンジョンなんてないのです!!」


そう言って、ぎゅっと拳を握りしめる夕映さん。

…………いつの間にか、ボクが罠探知のスペシャリストになっちゃってるけど、まぁ魔法使いってことがバレるよりはマシだよね?

そう自分自身に心の中で言い聞かせながら、ボクは決意を新たにこう宣言する。


「行きましょう!! 魔法の本を手に入れるために!!!!」

「「「「「「おー!!!!」」」」」」


そんなボクの台詞に、みんなは右拳を高く掲げ、元気良く掛け声を挙げてくれた。



SIDE Negi OUT......











明日菜とネギが上手く木乃香を言いくるめてくれていることを祈りながら、俺と奴は無事に本棚の底へと辿り着いていた。


「しかしお前も律儀だねぇ? まぁ、俺としても将来有望な嬢ちゃん達を巻き込むなんてのは避けたかったしな。その点では助かったと言っておこうか?」


愉しげに笑いながら、刀の柄に手を掛ける狗族。

前回の激闘でへし折った筈だと思っていたが、よくよく考えてみれば、奴は召喚された借り物の身体なんだったな。

妙な点に納得したものの、こちらは重傷、あちらは端に送還されただけだったって事実は釈然としないものだ。

そんなことを考えながら、俺は奴と同じように影斬丸の柄を握る。


「自分には聞きたいことが仰山あるんやけど…………どうせ答えてはくれへんのやろ?」


俺が一人前になってから、とかほざいてたらしいからな。

ナギといい紅き翼の連中といい、この世界の大人どもはどうにも子どもに優しくねぇよな?

理不尽だと思いつつそう口にした俺に、奴は獣染みた笑みを浮かべてこう答える。


「分かってるじゃねぇか? 前にも言ったろ? 言いてぇことがあんなら、その立派な刀で言えってな」


その言葉に、思わず釣り上がる俺の唇。

無論、こちらとてそのつもりだ。

道理で開かぬ扉なら、無理で抉じ開けてこその武人道。

ならば端から、こちらの腹は決まっている。


「…………まぁ、俺に勝てたら、てめぇの聞きたいこととやらに、答えてやらんこともないぜ?」


ぎりり、と柄を握る指に力を込めながら、そんな言葉を投げかけて来る妖怪。

同じように柄を握り締め、俺は力強く、こう宣言した。


「その言葉忘れんなや? すぐに自分を叩っ斬って、洗いざらいぶちまけさせたる!!」



―――――ゴォォォッ!!!!



それと同時に刀身を抜き放つと、漆黒の風となって爆ぜる鞘。

奴も全く同じタイミングで、刀を鞘から解き放っていた。


「大口叩くじゃねぇかクソガキ…………おっと、そう言や前んときゃ名乗って無かったんだったな」


そう言って、奴は抜き身の刀、その切っ先をこちらへと突き出し、獣の笑みを浮かべてこう名乗った。



「―――――狗族長、狂い咲きの牙狼丸(がろうまる)。無論、咲かせるのは深紅の血花だぜ?」



口元を歪ませながら、得意げに通り名の由縁を語る牙狼丸。

その奇妙な、しかし納得のいく縁(えにし)に、俺は奴と同様、口元を歪ませて名乗りを上げた。



「―――――我流、犬上 小太郎。通り名は、黒い狂犬や」



俺の通り名に牙狼丸は一瞬、驚いたように目を丸くする。

しかし次の瞬間には先程と同じ、狂気に満ちた笑みを浮かべた。


「ははっ!! 良いねぇ? そんじゃまぁ、狂ったもん同志…………」


刀を脇構えに、ぐっと身を屈める牙狼丸。

それに応じるように、俺は八相に刀を構えた。

その瞬間、俺たちを包む魔力は、互いに共鳴するかのようにその密度を一層増していく。

普通なら正気を失ってしまいそうなこの空間。

しかしそれは、既に『狂っている』俺たちには、まさに絶好の戦場に違いない。



「―――――いざ…………」

「―――――尋常に…………」




「「――――――――――勝負!!!!」」




その瞬間、俺たちは互いに、爆ぜるようにして疾走した。

互いの瞳に、ただ己の敵のみを映し、無心で振われる二つの兇刃。

それに心を奪われた二匹の野獣は…………。



―――――ガキィンッ!!!!!!



「はっ!!」「せぇいっ!!」



―――――ガキィンッ!!!!!!



ただただ愉しげに、刃金(はがね)の旋律を奏でるのだった。










SIDE Negi......



「これは…………」


ボクは目の前に広がる光景に、思わず言葉を失ってしまっていた。

まるでおとぎ話や映画に出て来るような遺跡の大広間。

夕映さんの先導で辿り着いた、魔法の本が安置されていると言うこの部屋は、ボクの予想以上に荘厳なたたずまいを見せていた。


「ね、ネギさん、アレは!!」

「えっ!?」


慌てて夕映さんが指差した方角を目で追う。

そして、再びボクは驚愕に目を剥いた。


「あ、あの本は…………で、伝説の『メルキセデクの書』っ!!!?」


ま、間違いない…………あれは最高位の魔法書『メルキセデクの書』だ。

どうしてこんな島国に!?


「え? て、てことは何? それじゃあの本、本当に魔法の本、ってこと?」


事態が飲み込めていないのか、目を白黒させながらボクにそう問い掛けて来る明日菜さん。


「ほ、ホンモノも何もっ、あれはボクの知る中でも最高位の魔法書です!! た、確かにあの本なら、一時的に頭を良くするくらい簡単かも…………」

「えーっ!? ほ、ホントにーっ!?」

「とゆーか、ネギ君えらい詳しーな?」


驚きの声を上げるまき絵さんに、不思議そうに首を傾げる木乃香さん。

本来なら、魔法に関することだし、一般人の前で声高に説明したことを反省すべきところだと思う。

しかし、それくらい興奮してしまうほど、目の前に安置されたその魔法書は価値のあるものだった。


「やったーーーーっ!! これで最下位脱出よーっ!!!!」

「一番のりアルー!!」

「わ、私もー!!!!」

「にんにん♪」

「ま、待ってくださいですー!!」

「あぁん、みんな待ってーっ!?」


興奮冷めやらぬボクを余所に、一斉に駆け出していくバカレンジャーと木乃香さん。

…………あ、何の疑問も持たずに言っちゃったけど、バカレンジャーって何気に悪口?

って、そんなこと考えてる場合じゃない!!


「ま、待ってくださいっ!! あんな貴重な魔法書、罠が仕掛けられてない訳がっ…………!!」



―――――ガコンッ…………



「「「「「へ?」」」」」

「お、遅かった!?」


ボクが警告を告げるよりも早く、6人の走っていた通路が真っ二つに開く。

ま、マズい!!

このままじゃみんなが真っ逆さまに…………!?

魔法の隠匿とか言ってる場合じゃない、早く助けないと!!

小太郎君も『命の掛かった緊急事態は別』って言ってたしね!!

僅か一瞬にも満たない時間で、そんなことを考え、ボクは持って来ていた杖をみんなに向けて構える。

しかし…………。


「い、いたた~…………」

「あ、あれ…………?」


みんなが落ちた穴から、明日菜さんのそんな声が聞こえて来て、ボクは思わず詠唱を止めていた。

え、え~と? もしかして、そんなに穴が深くなかったのかな?


「あ、明日菜さん!? みなさんっ!!!?」


慌てて通路へと駆け寄るボク。

通路が消えてぽっかりと出来た穴から下を覗くと、みんなは意外とすぐ近くに居ることが分かった。


「よ、良かった~…………け、けど、皆さんがいる床って…………」

「こ、これ…………『ツイスターゲーム』?」


呆然とまき絵さんが呟いた通り、6人が落ちた穴の下にはツイスターゲームのシートに見立てた床が広がっていた。

しかもこのツイスターゲーム、端っこには日本語で『☆英単語TWISTER☆Ver.10.0』と記されている。

…………な、何だろう? 物凄く作為的な何かを感じる。

とは言え6人がそれぞれ動き回っても何も作動しないし、精霊も何も言わないことから危険はないみたいだ。

ボクは恐る恐る、木乃香さんがいるツイスターゲームの縁へ向かって飛び降りた。


「えいっ!! …………よっと。み、皆さんっ!? 怪我はありませんか!?」


すぐにそう尋ねると、みんなはその場に立ちあがって、何でもないと笑顔を向けてくれた。


「しかし、この床…………一体何の悪ふざけですか!?」


幻想をブチ壊されて怒り心頭なのか、額に青筋を浮かばせながら、だんだんっと床を踏みつける夕映さん。

き、気持ちは分からなくもないけど…………。

そんな夕映さんに近づこうと思った矢先だった。



―――――ゴゴゴゴゴゴッ…………



「「「「「「「!!!?」」」」」」」


急に始まった地響きに、思わず身を堅くするボクたち。

そ、そんな!? た、確かに罠は無かった筈なのに!!!?

焦るボクたちの目の前で、メルキセデクの書の両脇に配されていた石像がゆっくりと動き出した。


「ゴ、動く石像(ゴーレム)っ!!!?」


な、何でこんなところに動く石像がっ!?

ほ、本当にこの学校どうなってるのーっ!!!?

予想を越えた事態に、ボクの頭は今にも煙を噴き出しそうだった。

そんなボクを余所に、2体の動く石像はまるで本を護るかのように、互いの得物を交叉させ…………。



『―――――フォッフォッフォッ!! この本が欲しくば…………わしの質問に答えるのじゃ!!!!」



何処か聞き覚えのある声で、そんなことを言い出すのだった。



SIDE Negi OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 73時間目 伝家宝刀 しかし、この温度差はどうにかなんねぇもんかね?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/15 01:18



SIDE Negi......



『―――――フォッフォッフォッ!! この本が欲しくば…………わしの質問に答えるのじゃ!!!!』

「…………」


…………え、ええと?

こ、これは一体、どういうことなんだろう?

というかあの動く石像(ゴーレム)の声、どこかで聞いたことあるような…………。

考えがまとまらずにボクが唸っていると、その動く石像は問答無用とばかりに話を進め始める。


『第1問、「DIFFICULT」日本語訳は?』

「えーーーーっ!? な、何ソレーーーーっ!?」


動く石像の出した問題に、悲鳴を上げるまき絵さん。

…………まさか、これってそーゆーこと?

明日菜さん達の足元にある床は間違いなくツイスターゲームのもので、しかも縁には英単語用だと明記されている。

加えて、動く石像の出した設問は英単語の日本語訳。

つまりこれは、魔法の本を手に入れたければ、あの動く石像の出す問いにツイスターゲームの要領で答えよという試練だと考えられる。

ここに来るまでに払った労力や、小太郎君が離脱した経緯を考えると、あまりに幼稚な試練だとは思うけど…………。

他に考えられることもないし、恐らくだけど、問題に答えることが出来れば動く石像はボクらに危害を加えないだろう。

それに加えて、動く石像の言葉を信用するなら、魔法の本も手に入るはずだ。

ボクはぎゅっと杖を握りしめて、みんなに呼び掛けた。


「みなさん!! 落ち着いて下さい!! ちゃんと問題に答えれば、罠は解ける筈です!! 落ち着いて、ツイスターゲームの要領で「DIFFICULT」の日本語訳

を踏んで行って下さい!!」

「そ、そんなこと言っても!!」

「「ディフィコロト」って何だっけーーーーっ!?」


涙目になりながら、そんな言葉を投げかけてくる明日菜さんとまき絵さん。

ボクはすぐに答えを教えようとしたんだけど…………。


『答えを教えた場合は失格じゃぞ』

「うぐっ!?」


動く石像に釘を刺されて、ボクは慌てて言葉を飲み込んだ。

ま、マズい…………床の上に居るのは5人。今回の発端となった女子部2-Aバカレンジャーの皆さん。

き、きっと平均学力は麻帆良最低レベル…………。

もしこの問いに答えられなかったら、最悪あの動く石像が持ってるハンマーでぺしゃんこにされたり…………(ぶるぶるぶるぶる)。

な、何とかヒントだけでも出さないと!!


「E、EASYの反対です!! 『簡単じゃない』!!」


ボクの言葉で答えに気が付いたのか、まず初めに楓さんが『む』のマスに手を置く。


「『む』」


ついでまき絵さんが『ず』のマスに、明日菜さんが『い』のマスに…………って!?

か、かか勝手に略しちゃっても大丈夫なんですか!?

そんな風に内心冷や汗をかいたボクだったけど…………。


『「難い」…………ま、まぁ正解じゃ』

「…………ほっ」


思っていた以上に、動く石像の判定は甘かったらしい。

…………良かったー。


「ヨシ!! これで魔法の本、GETアルネ!!」


ガッツポーズを決めながら、そんなことを言う古菲さん。

だけど動く石像が口にした言葉は、余りにも無情なものだった。


『第2問「CUT」!!』

「ちょっとちょっとーーーーっ!?」

「な、中々に人の悪い…………否、石の悪い石像(?)でござるな」


動く石像が告げた言葉に、涙目になりながら抗議の声を上げる夕映さん。

そしてその隣で、楓さんが呆れたような表情で、そんなことを言っていた。


「お、落ち着かなみんな!! 大丈夫やえ!? 多分10問くらいやろうし、魔法の本のために頑張らなあかんえ~っ!!」


ボクと同じ床の縁から、みんなに向かってそう励ましの声をかける木乃香さん。

その姿に習って、ボクは再びみんなにヒントを出すことにした。


「み、みなさんっ!! ほら、チョキチョキチョキって!!」


両手でじゃんけんのチョキを作って、その指の間にものを挟むジェスチャーをするボク。

それを見た明日菜さんは、さすがに苦笑いを浮かべながらこう叫んできた。


「そ、それくらい分かるってば!!」


そう言いながら、『き』のマスへと手を伸ばす明日菜さん。

よし、この調子なら10問くらい何とかなりそうだ。

動く石像の『正解』コールを耳にしながら、そんなことを考えるボク。

この時のボクは、まだのこのゲームの本当の恐ろしさに気付いていなかったのだった…………。



SIDE Negi OUT......










―――――ガキィンッ!!



何合目か分からない剣戟の交叉。

互いに刀を振り抜いて、大きく間合いを取る俺と牙狼丸。

口元には前回同様、獣の笑みを湛えたまま、俺たちはこの命の削り合いを心から愉しんでいた


「ははっ!! 今の俺のスピードに着いて来るたぁな!? どうやら前より確実に強くはなってるらしい!!」

「当然のこと抜かすなや!! あれから2年、俺かて遊んどった訳とちゃう!!」


皮肉めいた牙狼丸の挑発に、凶悪な笑みを浮かべたままそう吠える。

それをどう受け取ったのか、牙狼丸は最初と同じ脇構えに刀を構えて、纏う魔力の質を大きく変えた。


「良いねぇ…………そんじゃあどれくらい強くなったか試してやるよ。まずは…………」


地下である筈のこの空間に突如として吹き荒れる風。

それが奴の魔力によって起こったものだということは、比を見るより明らかだった。


「前回のおさらいだ!! 凌いで見せろよ!? 影斬丸!! 咆哮(トオボエ)!!!!」



―――――ゴォォォォォオオオオオッ!!!!



そして放たれる漆黒の暴風。

迫りくるそれは、かつて奴と闘った当時の俺が使えた、黒狼絶牙にさえ匹敵する大質量の魔力。

かつて戦慄を覚え戦意を失ったその攻撃に、しかし俺は狂気染みた獣の笑みを浮かべ飛び込んで行った。

手に握った影斬丸の刀身は、すでに宵闇の漆黒へと染まっている。

それを大上段に構えて、俺は躊躇うことなく、その刀を黒い竜巻へ向け振り下ろした。


「―――――引き裂け!! 狗音斬響、獣裂牙顎!!!!」



―――――ザンッ…………



その瞬間、俺を避けるようにして、左右に割れる黒い暴風。

しかしその先に、それを放った奴の姿はなかった。

いったいどこに…………?

思わず周囲を見回し、奴の姿を探した俺。

しかし、その次の瞬間。



―――――ゾクッ…………



「っっ!!!?」


直上から迫って来る殺気。

俺は反射的に右手を天へと突き出していた。


「―――――影斬丸、牙顎(アギト)!!!!」


迫りくる漆黒の殺意。

牙狼丸の咆哮と共に振り下ろされるそれは、紛うことなき死の顕現。

しかし俺は突き出した右手に、それをさえ跳ね退ける、絶対の城壁を具現化した。


「―――――影斬丸、狗尾(イヌノオ)!!!!」



―――――ガキィンッ!!



火花と魔力を飛び散らせ、交錯する牙と盾。

拮抗し合っているかに見えたその攻防は、勢いを失った牙が退いたことであっさりと終了した。


「へぇ? なるほど、口ばっかって訳じゃねぇらしい。あんときチラっと技を見せただけで、影斬丸をここまで使いこなすたぁ、本当に器用な奴だぜ」


大きく飛び退いた牙狼丸は、心底感心したようにそんな声を零す。

奴の一合を防いでことで、痺れた右手を軽く振りながら、俺は警戒を解くことなく奴へと構えた。


「器用さはお袋譲りでな? どっかの力自慢とは訳が違うで?」

「はっ!! 言ってくれるじゃねぇか?」


俺の皮肉にも、相変わらずの愉しげな笑みを浮かべたままで、牙狼丸は吐き捨てるようにそう答える。

そして握っていた影斬丸・数打を今まで見たことのない、異様な構えでこちらに向けた。

握りの位置は八相のそれに良く似ている。

しかし刀身は地面と垂直ではなく平行。

刃を天に、峰を地に向けて、切っ先は寸分たがわず俺の喉へと突き出されているその構え。

ニヤリと口元を歪めて、牙狼丸はこう言った。


「じゃあその力自慢の真髄を見せてやろうじゃねぇか。てめぇは知らねぇ影斬丸最強の技だ。せいぜい上手く捌いて見せろ。さもないと…………」



―――――ゴォッ…………



三度、奴の纏った魔力が一変する。



「―――――今度は、瀕死じゃ済まねぇぜ!!」



直後、奴の切っ先に円錐状に収束する大魔力。

その構え、魔力の流れから、それが貫通力に優れた突撃系の技だと見て取れる。

軸をずらせば容易に交わせるその一撃。

しかし俺は、敢えてその場を動こうとはしなかった。

…………そんなにマゾい性癖は持ってないつもりだったが、どうにもダメだな。

奴が全霊を持って放つその一撃を、俺は真っ向から受けずにはいられなかったのだ。

刀身を覆う程に魔力が収束したその瞬間、奴は弾丸のように俺へ向かって真っ直ぐ疾駆した。


「はぁあっ!!」


対して俺は、先程と同様、右手を前面に突き出し漆黒の盾を展開する。

今の今まで決して破られたことのないこの障壁。

貫けるものなら、貫いて見せろ!!

そんな自負の下、展開された俺の盾に、奴の牙が到達するまで一瞬と掛からなかった。



「―――――影斬丸・穿刃(キバ)!!!!」



―――――ガキィンッ!!!!



「ぐ、くぅっ!!!?」


圧倒的な重さで、俺の盾を貫こうとする奴の牙。

しかしそれは僅か一瞬の攻防。

初速の勢いを無くした以上、奴に俺の盾を貫くことなど出来はしない。

この一撃、見事捌いて見せたぜ!!

そう確信した直後だった。


「甘ぇっ!!!!」

「っっ!?」


―――――殺られる。

俺の盾は確かに奴の攻撃を凌いだ筈なのに、直感的にそう感じた俺は展開していた盾を放棄し、思わず身体を捻った。

その瞬間…………。



―――――バキィンッ!!!!



「―――――っっ!!!?」


俺の盾を粉々に砕き、あまつさえ先程まで俺が居た空間を目にも止まらぬ速さで貫いて行く漆黒の弾丸。

後方の本棚を貫き、なお勢いを失わぬそれは、恐らくこの部屋のはるか彼方までを突き進んで行ったに違いない。

見ると、弾丸の直撃を受けた本棚は、着弾地点以外に被害はない。

しかしながら、その着弾地点には、弾丸と相応する大きさの穴がぽっかりと空き、そこからは煙が上っていた。

…………な、なんつー技だよ。

恐らく牙顎を上回る密度の魔力を、強制的に回転させることで無理やり収束率を上げているのだろう。

それを敵に直接攻撃と見せかけ肉薄し、至近距離で放つ。

狗尾を砕くのだ。恐らく並みの魔法使いが持つ障壁なんて、ちり紙のように破り捨てるだろう。

それどころか、この分だとフェイトの多重障壁すら貫きかねねぇ…………マジで力自慢の真髄だなオイ。


「初見にしちゃ上手く避けたじゃねぇか? その勘の良さは間違いなく父親譲りだな」


俺が泡食って回避行動をとったのが余程お気に召したらしい。

牙狼丸は再び距離を取りながら、愉しげにそんな言葉を投げかけて来る。


「…………良く出来た両親に恵まれて、俺はホンマに幸せモンやな」


溜息とともにそう呟きながら、俺は来ていた学ランの上着を放り投げた。

九尾化なしじゃ、どうもこいつには敵いそうにねぇからな。

小細工は無し。

ここからは掛け値なしの全力全開でぶつからせて貰う!!


「今度は俺の番や。この2年間で俺がどんだけ強ぉなったか、目ぇ見開いて良ぉ見とけ!!!!」


咆哮とともに、俺は九尾の力を解放するのだった。










SIDE Negi......



動く石像の質問にボクらが答え始めて10分が経過した。

最初こそ、この調子ならきっと魔法の本を手に入れるのはそう難しくない、なんて思っていたボク。

しかし5問目を過ぎた辺りから、その考えが浅はかだったと思い知らされた。


「いたたたたたっ!!!?」

「あ、明日菜っ!! ひざ!! ひざが!!」


ボクの背後から聞こえて来る、明日菜さんとまき絵さんのそんな叫び声。

しかしボクは、一身上の都合から、後ろを振り向くことは出来ないでいた。

そう、ただの英単語和訳問題だと高を括っていたけれど、これは紛れも無く『ツイスターゲーム』だったのだ。

ツイスターゲームの真髄は、ゲームが進むにつれて、次第にプレイヤーが無茶な体勢を強要される点にある。

その無理な体勢で、いかにバランスを取り、長い間ゲームを続けることが出来るか…………それが本来のツイスターゲームだ。

そしてその特性を、このゲームはもちろん受け継いでいる訳で…………。

恐らく今、ボクの背後では5人の女の子たちがあられもない姿を曝しているだろう。


「ネギ君、絶対振り向いたらあかんえ?」


後ろを剥いたままのボクに、やんわりと注意を促す木乃香さん。

そう、性別を『男』偽っているボクは、そんな彼女たちの痴態を目にする訳にはいないのだった。


「ワ、私も結構鍛えてるつもりだたアルが、こんな無茶な体勢はさすがにキツいネ…………」

「う、うむ。な、何とか耐えておるが、力がまるで入らぬでござる…………み、未熟」


再び背後から聞こえて来たのは、古菲さんと楓さんの苦しげな会話だった。

…………いや、楓さん。多分、どんなに鍛えても、人間はそんな無茶な体勢に耐えられるような身体にはならないと思います。


「い、いたいです…………と、とゆーか、問題に作為を感じてならないのですが…………」


多分全身が引き攣りそうなのだろう。

大分上ずった声で、夕映さんが呻くようにそんなことを口にした。

…………どうしよう、後ろでどんな光景が繰り広げられてるのかメチャクチャ気になってきた。

ボクは意を決して木乃香さんに尋ねてみることにした。


「こ、木乃香さん、皆さんは一体どんな状態なんですか?」

「あー…………何かこう、めっちゃ絡まり合うとるえ?」

「か、絡まり合ってるんですか…………」


…………よ、余計、想像し辛くなった。

ま、まぁかなり煽情的な光景になってることは間違いないだろうし、そう考えるとここに小太郎君がいなかったのはある意味正解な気がする。

多分だけど…………きっとこの場にいたら、小太郎君の命が危なかっただろう。

誰のせいでとは言わないけども…………。


『次が最後の問題じゃ。「DISH」の日本語訳は?』

「や、やったーーーーっ!! 最後だって!!」


余程限界を感じていたのか、動く石像の言葉に心底嬉しそうな声を上げるまき絵さん。

他人事のように言ってるけど、実際ボクもその言葉にはほっと胸を撫で下ろしていた。


「さ、さぁ皆さん!! これに答えれば、魔法の本はすぐ目の前です!! もう少しです!! 頑張ってください!!」


後ろに振り向くことは出来ないけど、そんな風に一生懸命みんなを励ますボク。

それに合わせるようにして、木乃香さんは、みんなに今の質問のヒントを出してくれた。


「食べる時に使うものやえ!? ほら、メインディシュ~とか言うやろ!?」

「あ、分かった!! 『おさら』ね!?」


木乃香さんのヒントを受けて、明るい声でそう言った明日菜さん。

ボクはその声を聞いて、やっとこの良く分からない状態から解放される、と心底喜んだ。

だけど…………。


「『お』!!」

「『さ』!!」

「「『ら』!!!!」」


順番に、楓さん、夕映さん、そして最後は明日菜さんとまき絵さんがそう叫ぶ。

どうやってマスに触れたかは見えなかったけど、確かにみんなはちゃんと正解のマスを答えていた。

やった!! これで魔法の本が…………ってアレ?

ど、どうしたのかな?

ちゃんと正解を答えた筈なのに、動く石像は正解って言わないし、そもそもみんななんで黙ってるの?

振り向かないので状況が確認できない。

仕方なく、木乃香さんに聞こうと思った矢先だった。


『―――――『おさる』。ハズレじゃな。フォッフォッフォッ!!』

「えぇーーーーっ!!!?」


動く石像のその言葉に、ボクは状況を忘れて後ろを振り返った。

するとそこには、右手で『る』のマスに触れたまき絵さんと、右足で同じく『る』のマスに触れた明日菜さんの姿。

ボクは初めて、自分の顔から血の気が引いて行く音を聞いた気がした。



―――――ドゴォンッ!!!!



その瞬間、ボク達ではなく、床に向けて振り下ろされる動く石像のハンマー。

ツイスターゲームの床は粉々に砕け散って、ボクらは為す術もなくその下へと落下を開始する。


「あ、アスナのおさるーーーーっ!!!!」


気持ち悪い浮遊感に包まれながら、ボクが耳にしたのは古菲さんが涙声で叫んだそんな言葉だった。



SIDE Negi OUT......










九尾化し、奴へと肉薄する俺。

先程とは段違いの速度と重さで放った筈の斬撃を、しかし牙狼丸は先と全く変わらぬ調子で、あっさりと受け流して見せた。



――――ーガキィン!!



「うおっ!? 何だお前その尾!? キモっ!? つーか、尾がうじゃうじゃある生きモン見ると、死んだお袋思い出して凹むから止めろ!!」

「やかましい!! 自分の家庭事情なんか知らんわ!!」



―――――ガキィンッ!!



刀を交叉させながらも、涼しげな表情でそんな軽口を叩いて来る牙狼丸。

…………分かっちゃいたけど、こいつまるで本気を出してねぇな?

先程見せた穿刃とかいう技も、本気で俺を殺すつもりなら、わざわざあんな分かりやすい構えも、口上も必要なかったはずだ。

それが癪に障ってしょうがない。

天と地ほどの差があろうとも、敵に遊ばれるなんて俺のプライドが許さないのだ。

こうなったら、意地でも奴の本気を引き摺り出してやる。

そのためには…………賭けではあるが、これしかないだろう。

俺は大きく牙狼丸と間合いを取り、そこから間髪入れずに5体の分身を奴に向けて放った。

無論、5体は全て俺本体と同等の密度を持つ分身。

俺より劣るとは言え、5体も居れば10秒は時間を稼げる。

そして俺に必要なのは、その10秒という時間に他ならない!!



―――――バッ!!



俺は右手で顔を覆うと同時、始動キーを口にしていた。


「―――――ガル・ガロウ・ガラン・ガロウ・ガルルガ!!」


さぁ…………見せて貰うぜ牙狼丸。

あんたの本気がどれほどか、そして…………。



―――――今の俺が、ホンモノに届くかどうかをな!!!!










SIDE Garoumaru......



今更分身で時間稼ぎだと?

俺に向かって飛び込んで来る5体の分身を見て、俺は思わず首を傾げた。

確かに奴の実力は、今の俺には遠く及ばねぇ。

それでも俺たち妖しの体感時間で僅か2年なんて短期間にしちゃ、奴の上達は驚くほどの成長ぶりだ。

そもそもそれを見れた時点で俺は満足してたんだが…………どうも奴はそうじゃねぇらしい。

どうやら奴さん、意地でも俺に本気を出させたいようだな。

思わず口元に笑みが浮かぶ。

分身もろとも奴を吹き飛ばすなんざ造作もないが…………良いぜ。ここはてめぇの策に乗ってやらぁ!!

影斬丸を振り上げて、俺は先頭の分身へと斬りかかった。

その瞬間だった。



―――――契約により、我に従え冥府の王。



「!? こりゃあ…………!?」


1体目の分身を斬り捨てると同時、俺の耳に響いて来たのは日本語と別の言語が入り混じったなんとも不可思議な音声。

こりゃあ…………西洋魔法の詠唱?

あのクソガキ、前に闘ったときはそんなもん使ってなかったよな?

前回見せたのも含めて、陰陽術に神鳴流剣術、狗神に忍術、加えて今回の西洋魔法…………。

母譲りだろうが、どこまで器用なんだよ!?

驚愕し動きを止めた俺目がけて、今度は2体同時に斬りかかって来る奴の分身。

咄嗟に狗尾でその斬撃を受け止めながら、俺は再び影斬丸に狗神を纏わせた。



―――――来たれ、極光切り裂く深淵より昏き闇。



その瞬間、再び響いて来る奴の詠唱。

奴が詠唱を重ねるにつれ、次第に大気が震え、奴の下へとバカみたいな量の魔力が収束していく。

しかし結構長ぇな…………ん? つかこの詠唱のパターンどっかで…………って!?

オイオイオイオイ!? これ、ナギの奴が使ってた、千の雷とかいう殲滅型の魔法と同じ類の呪文じゃねぇかっ!!!?

あんのクソガキ!! いくら俺が本気出してねぇからって、この島ごと吹き飛ばすつもりかよっ!?

奴の策に乗ってやるつもりだった俺は、咄嗟にその考えを斬り捨てる。

冗談じゃねぇ!! ここにはまだ嬢ちゃんたちも居んだろうが!?

先程影斬丸に纏わせた狗神に加え、俺はさらに先に放った咆哮に倍する両の魔力を影斬丸へと収束させた。



―――――我が身を喰らい、彼の者を噛み砕け。



こうなったら仕方がねぇ。

もともと殺さない程度に奴を追い詰める算段だったんだ。

もうちっと遊んでやろうと思ったが、これで終いだ。

俺は影斬丸に十分なだけの魔力が収束したことを確認すると、それを先程と同じ脇構えに構え、奴とその分身目がけ、問答無用で刀身を振り抜いた。


「吼えろ影斬丸!! 咆哮!!!!」



―――――ゴォォォォォオオオオオッ!!!!



荒れ狂う漆黒の暴風。

先程と比較にならない威力のそれに、一斉に狗尾を展開する奴の分身たち。

しかしながら、その暴風に抗いきれず、障壁ごとそれに呑まれて、一瞬で姿を消す奴の分身4体。

ほんの刹那先、俺の放った咆哮は、奴本体も飲み込み切り裂いていく筈だった。

しかし…………。



―――――極夜の葬送曲。



その直前で、恐らくは詠唱の最後の一節を奴が口にしたことで、俺が思い描いた光景は大きくその姿を変える。

何せ、あろうことかこの俺が、その瞬間…………。



―――――小太郎の姿を、完全に見失っていたのだから。



SIDE Garoumaru OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 74時間目 一諾千金 約束は絶対守りたいけど…………この状況はねーよな?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/19 00:52

SIDE Albireo......



「随分と荒っぽいですね。あなたらしくなくて面白いと言えば面白いのですが」


彼の娘とその御一行が落ちて行った穴を見つめながら、私は元凶である巨大な動く石像(ゴーレム)へとそう声を掛けました。


『フォッフォッフォッ。多少危険な目を見てもらわんとな。追い込まれんと、人の真価とは分からんものじゃ』

「なるほど。それは道理です」


動く石像は私の言葉に、しゃがれた老人の声でそう答えます。

私はその答えに納得して、口元にいつも通りの小さな笑みを浮かべました。


「しかし近右衛門。その動く石像、どうやら幻術ではないようですが、いかがしたのです?」


ふと気になっていたことを口にする私。

その言葉通り、彼が纏っている動く石像は、実体のある存在でした。


『む? これか? 実はの…………』


徐に頭部を両手で挟み込み、ずぽっという音を立てながら自らの頭部を引き抜く動く石像。

石像の頭部から現れたのは、私も良く見知っている、老獪な魔法使いの特徴的な頭部でした。


「工科大ロボット技研作のパワードスーツに、同じく模型部作の外装じゃ。どうじゃ? イカすじゃろ?」


ニヤリと口元を歪めながら動く石像の無骨な右手でサムズアップして見せる近衛門。

私は彼と同じようにサムズアップして、笑顔を浮かべたままそれに答えました。


「ええ、良くお似合いですよ」


もっとも、この場に小太郎さんが居たら、問答無用で近右衛門を殴り飛ばしていたでしょうけどね。


『それはそうと、そちらの首尾はどうじゃね?』


余程気に入っているのか、近右衛門は動く石像の頭部を元に戻しながら、私にそのような質問を投げかけて来ました。


「順調と言って差し支えないでしょう。魔力の流れから察するに、小太郎さんはどうやら例の禁術を使用したようですしね」


もっとも、問題なのはこれからでしょう。

僅か10秒とは言え、あの禁術を使用した小太郎君の膂力は全盛期のナギにさえ匹敵し得るもの。

いかに牙狼丸が過去類をみない最強の魔狼だとしても、その猛攻を防ぎきれると言う保証はどこにもないのですから。


『極夜の葬送曲じゃったか? 若い頃にアレを使う術師と闘ったときは、かなり苦労させられたのう』

「おや? 近右衛門はあの術を見たことがおありで?」


顎に手を当て、懐かしそうに呟いた動く石像(近右衛門)に、私は驚きながらそう尋ねます。


『うむ。とはいえ完成度は今の小太郎君にすら及ばんものじゃったがの。僅か5秒でガス欠を起こして自滅しおった。それでもわしはかなりの痛手を被ったのじゃから、あの術の真価とは、実に恐ろしいものじゃろうて』


近右衛門の言う通り、実際に小太郎さんがあの術を完成させたとすれば、彼は間違いなく伝説となった英雄たちと肩を並べることになるでしょう。

そうなった場合、この麻帆良で彼に対抗し得るのは、最早封印を解いたエヴァと私くらいしか居なくなってしまいますね。

もっとも彼の性格を鑑みれば、我々が彼と相対することは、まず有り得ないでしょうが。


『しかし驚いたのう。小太郎君の父上が、よもやあやつじゃったとは…………』

「ダメですよ近右衛門? その先はナギ同様、彼自身の願いで言わない約束だったでしょう?」


感慨深げに呟いた近右衛門に、私はやんわりと釘をさします。

近衛門は慌てて、実際に口がある辺りを動く石像の巨大な手で覆いました。


『危ない危ない。歳をとるとつい忘れっぽくなっていかんわい』

「フフッ、それは肉体に引っ張られている者だけですよ」


あんまりな彼の言いように、私は笑いながらそう反論を述べておきます。


『フォッフォッ、そのようじゃな。…………さて、わしはそろそろ部屋に引き返して彼女らの様子をモニターで確認しようと思うが、君はどうするかね?』


仕切り直すようにそう言った近右衛門に、私は笑顔でこう答えました。


「滅多に見れないカードですし、現場を直に見に行こうかと。小太郎さんの術が見れるのは僅か5秒余りでしょうけどね」


そう言い残して、私はすうっと、地下の暗がりへと姿を消して行きます。

さぁ小太郎さん、あなたの全力、しかとこの目に焼きつけさせて頂きましょう。



SIDE Albireo OUT......










SIDE Garoumaru......



―――――ガキィンッッッ!!!!



「ぐぉっ!!!?」



―――――ズドォンッ…………



「がはっ…………!?」



小太郎の姿を見失った次の瞬間、俺の身体は背後にそびえ立っていた書架へと叩きつけられていた。

しかも今の太刀音…………間違いなく今のは斬撃だ。

咄嗟に影斬丸で受けなかったら、今頃俺の身体は真っ二つだっただろう。

しかしその攻撃の瞬間にも、俺は小太郎の姿を知覚することは出来なかった。


「げほっ…………どうなってやがんだ? 姿を消す、或いはこっちの五感を殺す類の術か?」


咳き込みながら、書架にめり込んだ身体を引っ張り出す俺。

自分の仮説を証明するために、耳と鼻に神経をやるが、何処もおかしい所はない。

となると、やっぱ小太郎が使った術は…………。



―――――ゾクッ…………



「っっ!? やべっ…………!!」


真上から迫って来る殺気を感知して、咄嗟に飛び退く。

その次の瞬間。



―――――ズドォンッ…………



天辺が見えないほどに長大だった書架は、ものの見事に真っ二つになっていた。

地響きを立てながら、倒壊していく書架の残骸。

それを目にして、俺は自らの仮説が正しいことを確信する。

なるほど、クソ長い詠唱と、殲滅魔法並みの魔力は全部フェイクって訳か…………。

次の瞬間、右から響いた風切音に、俺はこれまで以上の力を込めて身構える。

それから一瞬にも満たない時間だっただろう。



―――――ガキィンッッッ!!!!



漆黒の軌跡を描きながら小太郎の斬撃が俺の刀のぶつかったのは。

火花を散らす二振りの刀の先、先程とは全く違う奴の姿を見て、俺は思わず口元に笑みを浮かべる。


「…………やっぱそうか。殲滅魔法並みの詠唱にビビったが、何のことはねぇ。こいつは白兵戦用の対人呪文…………」



―――――ガキィンッ…………ヒュゴウッ!!!!



俺が奴の刀を払うと同時、再び黒の軌跡を残して消える小太郎の身体。

虚空に消えた奴に向けて、俺はこう叫んでいた。



「―――――やっぱてめぇもただの力自慢じゃねぇか!!!?」



奴と自分との間に、確かな繋がりを感じて、俺は思わず愉悦の笑みを浮かべる。

さぁて…………すっかり騙されて遅れをとったが、種が割れた以上こっからは思い通りにはさせねぇぞ?



―――――ヒュンッ…………



「っ!! そこだっ!!!!」


虚空に響く風切音を頼りに、俺は小太郎目がけて疾駆する。

いかに肉体を強化しようが…………否、強化したからこそ起こる風音までは誤魔化せない。

俺は刀身を漆黒に染め上げ、裂帛の気合とともに刀を振り下ろした。


「影斬丸・牙顎(アギト)!!!!」



―――――ガキィンッ!!



「なっ…………!?」


しかし次の瞬間、俺の表情は驚愕のあまり凍りつく。

オイオイオイオイ!? いくらなんでもそりゃねぇんじゃねぇのか!?

先程放った咆哮(トオボエ)同様、奴を障壁ごと切り裂けるだけの魔力を込めて放った牙顎だぞ!?

それを小太郎は、あろうことか片腕で防いでみせたのだ。

…………いくら俺が獣化してねぇにしても、そりゃあんまりだろ!?

そんな驚愕に動きを止めたのがまずかった。

小太郎はその隙を逃すまいと、俺の刀を凌いだ右腕と反対の左手、その五指をばっと開き、そこへバカみたいな量の狗神を収束させる。


「っっ!? マズっ…………!?」


俺が咄嗟に避けようとした時には、既に小太郎の五指に沿って、5本の黒い刃がそこに顕現していた。


「―――――狗音狼斬爪!!!!」



―――――ザシュッ!!!!



「ぐぅっ…………!?」


当然のように回避は間に合わず、小太郎の爪は深々と俺の脇腹を抉っていく。

ギリギリ致命傷は避けたとはいえ、これは十分な痛手に違いない。

それに今の爪…………刀は使っていなかったが、間違いねぇ。


「野郎…………自分の爪に牙顎を纏いやがっただぁ!?」


それも5発同時にだ。

先程奴をただの力自慢と言ったが、撤回だ。

野郎、間違いなく中身はお袋譲りだ。

いくら俺でも、自分の体で牙顎を打つなんて真似は出来ねぇ。

しかし奴は、それを可能にするくらい、魔力の制御に長けてるってことだろう。

…………ったく、面と性格は父親似の癖しやがって、やってることは全部母親譲りたぁ、どんだけ良いとこどりだコラァ!?

俺は傷口から手を離すと、引き裂かれた羽織を脱ぎ棄て、着流しの上半分をはだけさせた。


「良いぜ…………俺に一撃喰らわせた褒美だ」



―――――べき、べきべき、べき、ごきんっ…………



メキメキと音を立てて、人ならざる巨躯へと姿を変える俺の肢体。

完全に魔狼の姿となったときには、小太郎が付けた脇腹の傷は、完全に塞がっていた。



「―――――お望み通り…………全力で相手してやるよっ!!!!」



再び軌跡を描きながら接近して来る小太郎へ向かい、俺は弾丸のように爆ぜる。

口元には先程よりも強く愉悦の笑みを、瞳にはギラついた狂気の光を宿しながら。



SIDE Garoumaru OUT......










SIDE Negi......



重力に引かれ、真っ逆さまに落ちていくボク達7人。


「キャアアーーーーッ!? ご、ゴメンなさいーーーーっ!!!!」

「みんなゴメーン!!!!」


ことの発端となった2人は、そんな風に謝罪しながら落下していた。

…………さっきの木乃香さんといい、何でこの人たちは変なところで余裕があるんだろ?

ってそんなこと悠長に考えてる場合じゃないっ!! このままじゃ地面に叩きつけられてみんなが…………!!

みんなが地面へと叩きつけられそうになった瞬間、ボクは咄嗟に杖を地面へと向け、魔力を集中させていた。


「風よ、我等を!!!!」



―――――ゴォッ!!!!



ボクがそう唱えた瞬間、地面に叩きつけられそうになっていたボク達7人はふわりと空中でその動きを止めた。

そしてゆっくりとした速度で地面へと降り立つボクら7人。

ふぅ…………あ、危ないところだった。

何とかボク達は、無事に地面に辿り着くことができた。

けれど、緊急事態とはいえ、思わず魔法使っちゃって、大丈夫だったかな?

小太郎君にも緊急時は別だって言われてたし、仕方ないと言えば仕方ないけど…………。

ボクは不安になりながら、恐る恐るみんなの様子を伺う。


「い、今の風はいったい…………?」


ま、マズイっ!?

早速と言うべきか、ボクの予感通り異変に気付いたメンバーが1人。

尻もちをついていた夕映さんが、ゆっくりと身を起こしながら首を傾げていた。

はわわわわっ!? な、何か言い訳を…………!!


「き、きっと今のも遺跡の仕掛けじゃないでしょうか!? ほ、ほら!! 盗掘者じゃなくて、普通に司書さんなんかが間違って怪我しないようにしてるんじゃ!?」

「な、なるほど…………一利あるですね」

「…………ほっ」


慌ててした言い訳だったけど、夕映さんはそれに納得してくれたようで、興味深そうに頷いてくれた。

それにしても…………。

しゃりしゃりと、ボクは降り立った地面を踏みしめる。

ボク達の落ちて来た場所は、柔らかい砂の層になっていた。

…………もしかして、わざわざ魔法使わなくても怪我とかしなかったんじゃ?

そんなことを思いついたけど、ボクはぶんぶんと頭を振って、その考えを強制的に掻き消すことにした。


「随分と高い所から落ちたようでござるな~?」


不意に楓さんが天井を見上げながら、そんなことを言い出す。

彼女に習って上を見ると、確かにボクらが落ちて来た穴は、一体どこなのか全く見当もつかなかった。


「それにしても…………ここはいったいどこなのよ?」


少し遅れて起き上がった明日菜さんが、周囲を見渡してそんなことを呟く。

彼女と同じように、今度は周囲を見回して、ボクは今日何度目か分からない驚きに言葉を失っていた。

そこには、地下とはとても思えないような明るい空間が広がっていた。

そして驚くべきところはそれだけじゃない。

ボクらの居る地面を囲むように広がっている湖は、湖底が透けて見えるほどに済んでいる。

その更に奥には、屋根のある建物まであった。

ところどころに本棚があることから、ここが図書館島の地下であることは間違いないだろうけど…………。


「こ、これはもしや…………ま、幻の『地底図書室』ではっ!?」


ボクが呆然としていると、突然夕映さんが感極まったようにそんな声を上げる。


「『地底図書室』? えーと、夕映、それって何やのん?」


そんな夕映さんに、不思議そうに首を傾げながら、木乃香さんが尋ねた。

未だ興奮冷めやらぬのか、夕映さんは握った両拳をふるふると震わせながら木乃香さんの問いに答える。


「地底なのに温かい光に満ちて、数々の貴重品に溢れた本好きにとってはまさに楽園と呼ばれる幻の図書室…………」

「と、図書室にしてはちょっと大き過ぎない?」


きらきらと目を輝かせて解説してくれる夕映さんに、まき絵さんが苦笑いを浮かべながらそんなことを突っ込む。

確かに…………まぁそんなことを言い始めれば、この図書館島自体が普通の図書館とは言えないんだけどね。

まき絵さんと同じように、苦笑いを浮かべながらそんなことをボクが考えていると…………。


「ただしです…………」


急に先程までと打って変わって、真剣な表情を覗かせる夕映さん。

思わず生唾を飲み込みながら、ボク達一同は、夕映さんの言葉を待った。

そして…………。


「この図書室を見て、生きて帰ったものはいないという噂です」

「「えぇーーーーっ!?」」


夕映さんの放った言葉に、ボクとまき絵さんは思わず悲鳴を上げていた。


「えと、何でソレを夕映が知ってるアルか?」


けれど、冷や汗を頬に流しながら古菲さんが言った一言ですぐに、正気に戻る。

そ、そうだよね…………夕映さんが噂とは言えこの図書室の存在を知ってたってことは、生きて帰った人がいたってことだ。

思わず、ボクは胸を撫で下ろしていた。


「けどどないしょう? あんなに高いとこやったら、自力で脱出するんは無理やんなぁ?」


夕映さんの話を一しきり聞いた後、心配そうな声で木乃香さんがそんなことを呟いた。

確かに…………何とかして脱出しないといけないけど…………魔法を使うのはマズいよね?

別に今すぐに命が危ないって状況じゃないし、ここは一先ず、自力で脱出出来る方法がないか考えてみた方が良いだろう。

そう結論付けて、ボクはみんなにこんな提案をした。


「とりあえず、登れるような場所、あるいは別の出口を探してみませんか? 一応罠があると危ないので、ボクが先導しますから」


出来るだけみんなを不安にさせないよう、笑顔でそう告げるボク。

するとみんなは、それに快く頷いてくれるのだった。










「…………ダメですね。どこにも登れるような場所はないです」


絶望的な表情で、そんなことを呟く夕映さん。

彼女の言葉通り、地下図書室の周囲には脱出できそうな通路は存在しなかった。

とは言え何も収穫が無かった訳じゃない。

地下図書館には夕映さんが楽園と言っていた通り、どういう訳か数日分の食料が存在していた。

それと、何故かは分からないけど、中学生向けの5教科テキストまで一通り…………。

テキストの存在理由は謎だけど、上の食料の件から、もしかするとここには定期的に誰かが出入りしているのかもしれない。

もし本当にそうなのだとしたら、ここでしばらく堪えていれば、その誰かに助けてもらえる可能性もある。

とは言え、魔法を使えば1人ずつにはなっちゃうけど、みんなを上まで運ぶことは出来るんだよね…………。

助けがもしも来なければ、最悪の方法だって考えておかないといけない。

ボクがオコジョ収容所に送られるだけで、みんなが助かるなら安いものだし。

そんなことをボクが考えていたときだった。



―――――ドクンッ…………



「っっ…………!? これって、小太郎君の魔力?」


不意に感じた膨大な魔力。

それが小太郎君の放っているものだと気が付いて、思わずボクは天井を見上げていた。

凄い魔力…………これじゃあまるで、6年前に出会ったあの人みたい…………。

そう思った瞬間、ふと地下迷宮に入る前に小太郎君と交わした約束を思い出した。


『決して魔法は使わないこと』

『もし俺と離れても無茶はせず、そん時自分に出来ることを考えること』


…………そうだった。

小太郎君と無茶はしないって約束したんだった。

それに小太郎君はこうも言っていたんだ。


『―――――例えはぐれとっても、必ず自分らのピンチに駆け付ける。せやから自分は安心して、俺のこと待っとったら良えねん』


そんな彼の優しい笑顔に、ボクは信じて待ってると答えたんだ。

だから本当にどうしようもなくなるまで、ボクはそんな無茶をする訳にはいかない。

だからボクは、今自分に出来る精一杯を考えないと…………!!

今の状況と、ここで見つけたもの。

それらを統合して、ボクらが取るべき最善の策は…………。

必死に考えを巡らせた結果、ボクはみんなにある提案をすることにした。


「みなさん、聞いてください」


その瞬間、一斉にボクへと注目するみんな。

うっ、ちょっと緊張するな…………。

それを紛らわすように咳払いして、ボクはみんなに話を切り出した。


「脱出の方法は見つかりませんでしたが、幸いにもキッチンや食料、トイレなど、生活に必要なものは一通り見つかりました。加えて、食料の鮮度から、最近この場所に人の手が加わったことが分かります」

「な、なるほど。確かに言われてみればその通りよね」


ボクの言葉に、少しだけ表情に明るさを取り戻した明日菜さんがそう呟きながら頷いてくれる。

そんな彼女の様子に満足しながら、ボクは更にこう話を続けた。


「もしかすると、ここには定期的に人が出入りしているのかもしれません。そこでですが、しばらくはここで期末考査対策の勉強をしながら助けを待つというのはどうでしょうか? 幸いにも、勉強に必要なテキストは一通り揃っているようですし」


こんな状況で何を考えているのかと、そう思われるかもしれない。

だけど、それがボクの必死で考えた、『今ボクに出来る精一杯のこと』だった。

問題なのは、この提案をみんながどう受け止めるかということだけど…………。


「なるほど。どこに罠が仕掛けられているか分からない以上、下手に動き回るよりは安全でござるな」

「今から勉強すれば、テストまでに10点UPくらいは狙えそうアル」

「そうですね。それに地上ののどかとパルも我々の異変を知って救援を呼んでくれるでしょうし」

「どっちにしても、助けがくるまでがんばっとったら良えってことやんな?」


口々にそんなことを言って、頷きあってくれるみんな。

そんなみんなの表情からは、先程までの不安な様子ががほんの少しだけど拭われたような気がした。

良かった…………。


「…………ありがとうネギ君。こんなことになったのも、元はと言えば私(と明日菜)のせいなのに」

「う゛っ…………」


涙を浮かべてボクにそう言ってくれるまき絵さん。

そんな彼女の後ろでは、明日菜さんが気まずそうに呻き声を上げていた。

だからボクは笑顔のまま、まき絵さんに励ましの言葉をかける。


「そんなことないですよ!! 魔法の本は手に入りませんでしたが、今から頑張ればきっと大丈夫です!!」

「…………うん!! よーし、がんばるぞー!!」


ボクの励ましに、まき絵さんは元気を取り戻してくれたのか、目もとを拭うと右手を元気いっぱい天へと突き出してくれた。


「木乃香さん、試験範囲は覚えてますか? 多分ボクらとは違った範囲だと思うので」


みんなに勉強を教えようにも、その出題範囲を間違えてたら何にもならないからね。

そう思って、木乃香さんに問い掛けたボク。


「バッチリやえ」


すると木乃香さんは、サムズアップしながら笑顔でそう答えてくれた。

よし、これで試験範囲の方は何とかなりそうだ。

みんなに受け入れてもらえるか、心配しながら出したアイデアだったけど、概ね好意的に受け入れられたことで、ボクは安堵の溜息を零した。


「しかし、小太郎さんは大丈夫でしょうか? 謎だらけではありますが、地下迷宮で出会ったあの人、何とも言えない危険な雰囲気を感じたです」


みんながやる気になっていると、不意に夕映さんが心配げな表情を浮かべて、そんなことを言い始める。

確かに夕映さんの言う通り、あの人が放っていた魔力は尋常じゃない量と禍々しさを放っていた。

小太郎君の強さは知っているけど、それでも心配するなと言う方が無理な話だ。

だけどボクは、力強く作り笑いなんかじゃない本物の笑みを浮かべて夕映さんに向き直った。


「大丈夫です。きっと小太郎君のことですから、何事もなかったみたいにふらりと戻って来てくれますよ、それに…………約束しましたからね」


ボクはそこで言葉を区切ると、大きく息を吸って、こう口にした。


「ボクらのピンチには、必ず駆け付けてくれるって」


既に十分ピンチと言えるかもしれないけど、もし本当に助けが来ないような事態に陥ったら、きっと小太郎君が助けに来てくれる。

何故かは分からないけど、ボクにはそんな確信があった。


「そうでござるな。きっと小太郎殿なら大丈夫でござろう」


そんなボクの言葉を後押しするように、微笑みながらそう言ってくれる楓さん。


「確かに、コタローが負けるとこなんて、ちょっと想像出来ないネ」


古菲さんまでもが、そんな風に小太郎君への信頼の言葉を口にした。


「コタくんめちゃめちゃ強いもんね? それに、何でか分かんないけど、いつもホントにピンチになったら、どこからともなく駆け付けてくれるし」


続いてまき絵さんもそんな言葉を口にする。


「うん。コタくんはいっつも無茶ばかりしとるけど、最後にはちゃんと笑って帰って来てくれるもんな」


そして木乃香さんも、小太郎君への信頼を笑みに変えて、そんな言葉を口にした。


「どう夕映? これでもまだ、あいつのことが心配で勉強できないって言うつもり?」

「…………いいえ、どうやら私の杞憂だったようです」


微笑みながら尋ねて来た明日菜さんに、小さく笑みを浮かべて、そう返事をする夕映さん。

…………やっぱり、小太郎君は凄いな。

ここに居る人達は殆ど一般人の筈なのに、彼はこんなにもみんなから信頼されてる。

英雄と呼ばれているお父さんも、そんな人だったのかな?

タカミチが小太郎君とお父さんが似ていると言っていたのを思い出して、ボクはふとそんなことを考えた。


「それでは、学年末テストまで残り3日…………精一杯頑張りましょう!!」

「「「「「「おーーーーっ!!!!」」」」」」


改めて宣言したボクに、みんなは元気良くそんな掛け声を上げてくれた。



SIDE Negi OUT......










―――――行ける!!



口元に獣のような笑みを浮かべながら、俺は振う太刀に一層の力を込めた。

禁術・極夜の葬送曲を使用した俺は、確かに格の違う相手であるはずの牙狼丸を一方的に追い詰め、あまつ手傷を追わすことに成功した。

そして奴が獣化した今も、俺は奴と対等に刃を交えることが出来ている。

もっとも俺が魔力を引き出し切れていないためか、俺の身体を覆う影精外装の形状は不安定なもの。

しかしそれでも、完成時に等しい膂力を得ることに、俺は成功していた。

これなら…………この力なら!!

例え魔法世界だろうが、どこだろうが、俺は大切なものを護り抜くことが出来る!!

そんな確信を力に変えて、俺はさらに牙狼丸へと斬撃を放つ。



―――――ガキィンッッッ!!!!



「くぅっ!!」「ちぃっ!!」


何度目か分からない剣戟を経て、互いに距離を取る俺たち。

仕切り直すように構えを正しながら、俺は再び牙狼丸へと跳躍をしようとした。

その瞬間だった。



―――――ズキンッ…………



「ぐ、が、ぁ…………!!!?」


四肢を襲った雷撃のような鈍痛に、思わず動きを止める。

集中力を欠いたためか、俺の身体を覆っていた影精外装は、次の瞬間には霧散してしまっていた。

…………くそっ!! もう限界が…………!?

一瞬でも気を抜けば、すぐにでも気を失いそうな鈍痛に苛まれながら、それでも歯を食いしばって意識を保つ。

しかし、限界を超えた代償は大きく、俺はすぐに膝から地面へと崩れ落ちた。


「が、はっ…………!?」



―――――ちくしょう!!!!


あと少し…………ほんのあと少しで、俺の目指す高見へと辿り着けるのに!!

刀を杖代わりに、どうにか立ち上がろうと画策する俺だったが、禁術の反動でずたずたになった俺の骨肉は、まるで言うことを聞いてはくれなかった。



―――――ザッ…………



「っっ…………!?」


眼前に迫った奴の気配に、思わず身を堅くする俺。

身を強張らせたせいで、全身に鈍痛が走り、悲鳴を上げそうになったが、それを何とか飲み込む。

そんな俺を見降ろしながら、牙狼丸は以前闘った時、闘志を失った俺を見ていたのと同じ、つまらなそうな表情を浮かべた。


「なるほど…………確かに出来過ぎてるたぁ思ったがそういうことか。過ぎた力が身を滅ぼすのは、洋の東西どこでも同じってな」


そう言って獣化を解くと、奴は影斬丸まで狗神の鞘へと納めた。

…………こいつ!!

今の俺の状態を見て、奴は己の勝利を確信したのだろう。

刀を納めたと言うことは、最早俺には斬る価値もないということ。

それは例え事実だとしても、武人たる俺にとっては、この上無い侮辱だった。

怒りに身を震わせながら、俺は再び悲鳴を上げる四肢へと力を入れる。

しかしそれでも、俺はその場に立ち上がることすら出来なかった。


「オイオイ、無理すんじゃねぇよ。獣化した俺と闘り合えるだけの膂力を無理に引き出したんだ。てめぇの筋肉が悲鳴上げんのも無理はねぇ。どうやら、今回はこの辺が潮時らしい」


溜息交じりにそう呟くと、奴はもう用はないとばかりに踵を返す。


「今回は別にてめぇを殺せって命じられた訳じゃねぇからな。命だきゃ勘弁してやる。まぁ割と愉しめたぜ? またこんな屈辱を味わいたくねぇんなら、次会う時までにその術を完成させとくこった」


後ろ向きに右手を振りながら、その場を去ろうとする牙狼丸。

その姿が、かつて一族を滅ぼし、俺だけを殺さずに去っていた、憎たらしいあの男の姿と重なって見えた。

その瞬間、歯ぐきから出血する程に歯を噛み締めて、俺は奴に叫んでいた。


「ふっ………っざけんなっ!!!!」

「…………」


俺の叫びに、呆れたような眼差しを湛え、首だけで振り返る牙狼丸。

今度こそ俺は、ぎしぎしと悲鳴を上げる体躯に鞭打って、何とかその場に立ち上がっていた。


「勝手に人の限界を決めるんやない!! 俺はまだ闘える!! 俺はまだ、負けてへんっ!!!!」

「…………」


そんな俺の叫びを、奴はどう受け取ったのか、先程までとは違う穏やかな笑みを浮かべて、今度は完全に俺へと向き直った。


「良い目だ。死ぬまで負けを認めねぇ、大馬鹿野郎の面してやがる。…………全く、いらんとこばっか人に似やがって」


口では呆れたように言っているが、そう呟いた奴の表情は、どこか楽しげだった。

それに答えるように、俺は震える両腕を気合で捩じ伏せ、影斬丸を正眼に構える。

退屈そうだった牙狼丸の瞳には、いつのまにか先程と同じ愉悦の光が宿っていた。


「…………1つ忠告しといてやる。そんな生き方してると、命がいくつあっても足りねぇ。それでもその生き方を止めねぇつもりなら…………」



―――――ゴォォォォォオオオオオッ…………



刹那、奴に向かって収束していく高密度の魔力。

再び獣化した奴はその巨躯で、八相から切っ先をこちらに向ける独特の構えを取っていた。


「―――――この一撃、意地でも捌いて生き残れ…………!!!!」


奴の刀、その刀身を円錐状に覆う漆黒の魔弾。

あれを捌くには、奴以上の強い力が必要だろう。

例え筋肉が、骨が八つ裂きになっていようと、それを気合で捩じ伏せるのが、俺が選んだ生き方だ。

それに…………。



『―――――もしもの時、ボクは小太郎君のこと信じて待ってるからね?』


…………約束したんだ。

彼女たちの危機には、どこへ居ようと必ず駆け付けてみせると。

こんなところで、俺は死ぬ訳にはいかない!!

だから望む。

気でも、魔力でも何でも良い。

とにかく強い力を。

今この一瞬、奴を打倒するに足る、圧倒的な力を…………!!!!



―――――ドクンッ…………



「っっ…………!!!?」


俺がそう願った瞬間、背後で棚引いていた九つの尾の内、八つの尾が弾けるようにして消える。

そして俺の身体に流れ込む、今まで感じたことのない膨大な魔力。

…………やれる!!

この魔力なら、俺はまだ奴と闘え…………!!



―――――ドクンッ…………



「なっ…………!?」


俺が魔力を感じた瞬間、全身に走る言いようのない違和感。

そしてその直後、引いて行く全身の痛みと、それに比例して徐々に暗くなっていく俺の視界。

な、何だこれ!? 一体何が起こって…………!?



『――――――――――ようやく来たか。半年も待たせおって、この駄犬が』



そんな聞き覚えのある少女の声が、頭の中に直接響いた瞬間。

俺の意識は、完全に闇へと堕ちていったのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 75時間目 鶴鳴之士 過剰な期待に応えたくなるではないか…………!!(CV.子●武人)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/19 01:21



SIDE Garoumaru......



「―――――はぁっ!!!!」


裂帛の気合とともに、小太郎へと疾駆する俺。

突き出した影斬丸の刀身には、先程に倍する密度を持った穿刃(キバ)の弾丸を纏っていた。

それを小太郎が躱せるとも、凌げるとも思ってはいない。

しかしながら、奴が死んでも己を意志を貫くつもりでいるのなら、この程度の一撃、捌けずして先はない。

故に、俺は期待と先達としての責任を持って、この技を繰り出していた。

例えこれで奴が死んだとしても、それは奴がそこまでの男だったということ。

しかし俺には確信があった。



―――――ガキィンッッ!!!!



「っっ!!!? …………へっ。やっぱそうこねぇとな」



―――――小太郎がこの一撃を捌いて見せるという確信が。


小太郎はあろうことか影斬丸を捨て、限界まで魔力で強化した己の両の手で、狗神の魔弾ごと俺の刀を掴みその動きを止めていた。

…………散々小細工使っておいて、最後の最後で頼るのが力技たぁ。

自分と重なる若人の悪あがきに、思わず笑みが浮かぶ。

しかし、最初の刺突を捌いたところで、この技を防ぎきれないことは先刻承知の筈。

さぁこの一撃、いかにして凌いでみせる?


「貫け影斬丸!! 穿刃!!!!」



―――――ガシュンッッ!!!!



高速で回転しながら放たれる魔弾。

本来、障壁ごと敵を貫く筈のそれを、小太郎は両腕で捉えたまま数mの後退を余儀なくされる。

しかしその刹那後、後退していた奴の身体は、ぴたりとその動きを止め…………。



―――――バキィンッ…………



「っっ!? マジでかっ!!!?」


回転し続ける俺の魔弾を、強化した両腕だけで『握り潰した』。

…………いやいやいやいや、いやっ!?

そんなこと出来る訳ねぇだろっ!?

さっきの何たら言う上位魔法使ってんならまだしも、ただ強化しただけの肉体でそんなことが出来る訳…………。

そこまで考えて、ふと俺は小太郎の纏っている魔力の質が変わっていることに気が付く。

何だ…………?

さっきまでの奴にはなかった狂気を感じる。

いや、もちろん狂ってるとしか思えないような、バカみたいな闘気は先程から放っていたが。

今の奴から感じられるのは、それと全く違う異質な気配。

まるでそこに居るのが、小太郎ではないかのような、そんな錯覚さえ覚える。

まさか小太郎の奴…………。

俺がその仮説に辿り着いた瞬間だった。


「グルルルル…………」

「…………オイオイ? まさか、そういうことか?」


低く唸り声を上げた小太郎に、俺は確信する。

間違いねぇ…………あのクソガキ、自分の魔力に『当てられ』やがった!!


「グウゥゥゥ…………」



―――――アォォォォォオオオオオンッッッッ!!!!



俺の確信を証明するように、小太郎は野生の狼のごとく、大気を振わせ遠吠えを上げるのだった。



SIDE Garoumaru OUT......










SIDE Negi......



―――――ドクンッ…………


「っっ…………!!!?」


な、何!? 今の魔力はっ…………!?

不意に感じた強力な魔力に、ボクは思わず跳び起きていた。

あの後、みんなと話し合った結果、今日は休むことにしたボク達。

上の迷宮を彷徨ったことでみんな疲れていたのだろう、すぐにみんなは気持ち良さそうな寝息を立て始めていた。

どんな危険があるか分からないので、ばらばらになるのは危険と判断して、一応男性と言うことになっているボクも、みんなと同じ部屋で寝ていたんだけど…………。

暗がりの中周囲を見渡しても、ボクの他に起きている人はいなかった。

…………それはそうだよね。ボク以外の人は、誰も魔力なんて分かんないだから。

そんなことを考えながら、思わず自分の体を抱き締めるボク。

…………間違いない。今感じた魔力は小太郎君のものだった。

だけど何だろう、この禍々しさは…………。

普段の小太郎君からは感じたことのない、異常な雰囲気。

そしてそんな風に質を変えた小太郎君の魔力は、先程と同様、今まで感じたことが無いくらい、大きなものに膨れ上がっていた。


「…………どうしよう!? もしかして、小太郎君の身に何か起きたんじゃ…………!?」


言いようのない胸騒ぎに、自らの身体を抱く腕に力が籠る。

どうしよう!? こんなことなら、やっぱり無理にでもあの時小太郎君と一緒に残っておけば良かったのに…………!!

そんな後悔が頭を過ぎる。

その時だった。


「んぅ…………ネギ? 眠れないの?」

「っっ…………!?」


不意に呼びかけられて、思わずぎょっとするボク。

振り返った先に居たのは、明日菜さんだった。

ボクの隣で寝ていた筈の彼女は、まだ眠たそうに眼を擦っている。

び、びっくりした…………って、そうだ小太郎君!!

状況を思い出したボクは思わず、明日菜さんの服を掴み彼女に詰め寄っていた。


「えっ!? ちょっ!? ネギ!?」

「た、たいへんなんです明日菜さん!! 小太郎君が、小太郎君が…………!!!!」


ボクの突拍子もない行動に慌てる明日菜さん。

そんな彼女の様子もお構いなしに、ボクは小太郎君の名を連呼した。


「どうしようっ…………ボクのせいだ…………!! あの時、無理にでもあそこに残ってれば…………!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてネギ? そんな調子じゃ何も分かんないってば」

「っっ!? す、すみません…………」


諭すような口調で言った明日菜さんに、思わず謝りながら、ボクは彼女の服から手を離す。

…………そうだった。大変な時程冷静になれって、おじいちゃんからも言われてたんだ。

その言葉を思い出して、ボクは何度か深呼吸を繰り返すと、改めて明日菜さんへと向き直った。


「…………どう? ちょっとは落ち着いた?」

「…………はい。取り乱しちゃってごめんなさい」

「いいわよ別に。それに…………あんたがそんな風に慌てるくらい大変なことになってるってことでしょ?」


再び謝ったボクに、明日菜さんは真剣な表情になってそう問い掛けて来る。

そんな彼女の問い掛けに、ボクはしっかりと頷いて、話を切り出した。


「小太郎君の身に、何か大変なことが起きたみたいなんです…………」

「えぇっ!? …………って、あんたずっと私たちと一緒に居たわよね? なのに、どうしてそんなこと分かるのよ?」


驚きに目を丸くした明日菜さんに、ボクは真剣な表情を浮かべたまま説明を始める。


「ボクら魔法使いは、それぞれ特有の魔力を持ってるんです。魔力というのは、噛み砕いて言えば魔法を使う力のことですが、これは人によって大きさも質も様々で、違う人間が同一の魔力を持っているというのは、余程の特例を除けば有り得ません。ですから多少の距離であれば、特定の人に大きな異変が起こったとき、魔力の変化でボクらはそれを知ることが出来るんです」

「え、ええと…………そ、それじゃつまり、小太郎のその『魔力』ってやつに何か変化があったってこと?」


恐る恐るそう尋ねる明日菜さん。

そんな彼女に、ボクは再び頷いた。


「詳しいことはボクにも分かりません…………だけど、何かあったのは間違いないんです!! だって、今の小太郎君の魔力は、まるで…………」



―――――6年前、村を襲った魔物のようだった。



喉元まで出かかっていた言葉を、思わずボクは飲み込んでいた。

口にすると、それが何だかこの胸騒ぎを増長させてしまいそうだったから。

だってそんな筈ない。

あんなに優しくて頼りになる小太郎君が、魔物みたいになってしまうなんて有り得ない。

先程感じた魔力、その事実を否定するかのように、心の中でボクはそう自分に言い聞かせた。


「…………それってマンガとかで見る『誰それの気が完全に消えた!?』ってやつ?」

「え…………? い、いえっ!! ち、違います!! むしろ、小太郎君の魔力は普段より大きくなってるくらいでっ…………!?」


というか、もし本当に魔力が消えちゃってたら、それこそ最悪の事態なんですけど!?

あまりにも不吉なことを言い出した明日菜さんに、ボクは冷や汗をかきながらそう説明した。


「お、大きくなってるの? …………それって、さっき上で遭った人と小太郎が戦ってるからなんじゃない? 何かあの人、やたらやる気満々だったし…………」


ボクの答えが不可解だったのか、明日菜さんは首を傾げながらそんなことを言い出す。

確かに、それはボクも分かってたことだ。

事実、小太郎君の魔力はその前にも一度、膨大な量へと膨れ上がってる。

だけど、今問題なのはそこじゃない。


「大きさのことだけじゃないんです。さっきも言った通り、魔力には人それぞれの質…………個人のもっている雰囲気のようなものも反映されるんです。今の小太郎君の魔力は、まるで彼のものじゃないみたいで…………彼がボクの知ってる彼じゃなくなっちゃうんじゃないかって…………恐いんです」

「…………」


押し黙ってしまった明日菜さんを余所に、ボクは再び自分の身体を抱き締めていた。

再び出会った時、彼が彼でなくなってしまっていたら?

それこそ、ボクの感じたみたいに、理性の無い魔物のようになってしまっていたら?

さっきは否定していたその考え。

だけど彼が魔族とのハーフだという事実が、ボクの不吉な予感に拍車をかける。

どうしよう…………こんなことになったのも、ボクが彼を1人にしてしまったからだ。

あの時、彼があそこに残ると決めた、その最後の一押しをしたのは、間違いなくボクの『信じてるから』という台詞だった。

もちろん小太郎君のことを、本当に心から信頼して言った言葉だったけど…………だからって、許されることじゃない。

気が付くと、ボクの両目からぽろぽろと大粒の涙が零れ出していた。


「…………どうしよう…………このままじゃ小太郎君がっ…………!!」

「…………」

「…………ボクのせいで、小太郎君が…………せっかく日本出来た、初めての友達なのにっ…………!!」


途方に暮れて、嗚咽ともに自責の言葉を繰り返すボク。

どうして良いのか分からずに、ただひたすらに涙を零す。

そんな時だった。



―――――ふわっ…………



「っっ…………!?」


不意に明日菜さんがボクの身体を抱き締めてくれたのは。


「あ、明日菜、さん…………?」


訳が分からなくて、涙に濡れた声で彼女の名前を呼ぶ。

すると彼女は、ボクの背中に回した腕に少しだけ力を込めて、優しい声でこう囁いた。


「…………大丈夫」

「え…………?」


言葉の意味を図りかねて、きょとんとする。

そんなボクの身体を抱き締めながら、彼女はまるで子どもを寝かしつける母親のように、こう言葉を続けてくれた。


「…………あんたも言ってたでしょ? 小太郎なら、きっと何事もなかったみたいに戻って来てくれるって。だから、あいつのことを信じて待つって、そう言ってたじゃない?」

「明日菜さん…………だけどあの時はっ…………!!」


こんなことになるなんて、微塵も思ってなかった。

本当に小太郎君なら、すぐにボクらの下へ駆け付けてくれる。

そう信じて疑ってなかった。

だけど…………今は違う。

一瞬とは言え思ってしまったから。

彼が…………小太郎君が魔物になってしまうんじゃないか、と。

もしそれが現実となった場合、傷つくのは彼ばかりじゃない。

彼のすぐ近くにいる彼女たちにも危険が及ぶ。

そうでなくても、彼の事を信頼し、彼と親しくしてしている人たちはみんな悲しむことになるだろう。

タカミチも明日菜さんも、そしてここまで一緒に来た他のみんなも。

そしてその原因を作ってしまったのは、間違いなくボクだ。

だからボクは、みんなに会わせる顔が無い…………。

そう思っていた。


「小太郎が小太郎じゃなくなっちゃうかも知れない? けど、それって『かも知れない』程度の話なんでしょ?」

「そ、それは…………確かに、そう、ですが…………」


明るい声で言った明日菜さんに、ボクは言葉に詰まってしまう。

だけど、小太郎君が小太郎君でなくなってしまう保証がどこにもないように、そうならないという保証もどこにもない。

それもまた事実だった。

けれど明日菜さんは、やはり優しい声音のまま、なおも言葉を続ける。


「私ってさ、バカだし魔法のことも全然知らないし、だからすごい無責任なこと言ってるように聞こえるかもしれないけど…………小太郎なら大丈夫だって、何かそんな風に思えちゃうのよね」

「…………」


表情は見えなかったけど、きっと明日菜さんは苦笑いを浮かべながら、その言葉を口にしているのだろう。

何となくそう思えて、ボクは黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。


「前も話したけど、あいつって気障だし、人のことすぐからかうし、お調子者だけどさ。約束を破るようなやつじゃないってことは、あんただって良く分かってるでしょ?」

「ぁ…………」


そんな彼女の言葉に、ボクは別れる前、小太郎君が口にしていた言葉を思い出した。



『―――――約束したやろ? 俺のこと、信じてくれるって。せやったら心配せんと、自分は自分のやらなあかんことを考えり』



優しい微笑みを浮かべながら、ボクの頭を撫でてくれた小太郎君。

そんな彼の手の温もりを思い出すと、思わず胸が高鳴った。

ボクの鼓動が伝わったからかは分からないけど、ゆっくりと明日菜さんはボクの背中に回していた手を離し、今度は肩を掴んだ。

そしてボクの顔を真正面から見据えると、彼女は優しく微笑んで、こんなことを言った。


「だからさ、あんたももう少し、あいつのこと信じてやんなさいよ? あいつはきっと約束通り、私たちのピンチには駆け付けてくれるって」

「明日菜さん…………」


そんな彼女の言葉を受けて、ボクはゆっくりと両目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。



―――――ドクンッ…………



そして感じた小太郎君の魔力は、やはり先程同じ禍々しいものだったけど、不思議とボクはさっきみたいな恐怖を感じることはなかった。

…………大丈夫。

先程の明日菜さんの言葉を、心の中で反芻する。

…………すっかり忘れていた。

小太郎君の性格…………律儀で頑固で、決めたことは絶対に貫き通す、意志の強さを。

それを思い出した頃には、両目から零れていた涙は、いつのまにか嘘みたいに止まっていた。

だからボクは目尻に残った涙を拭うと、明日菜さんに向かって微笑みを浮かべる。


「…………そう、でしたね。小太郎君は、そういう人なんだって、どうして忘れちゃってたんでしょう」


彼と過ごしたのは一か月にも満たない時間だけど、それでもボクはこの数週間、誰よりも近くで彼の優しさと強さを目にしてきた。

だから分かっていたはずだ。

どれだけ危険な状況になろうと、どれだけ大きな障害に苛まれようと、彼は必ず約束を守り抜く人だって。

ようやく笑顔を浮かべたボクを、明日菜さんはもう一度、優しく抱き締めてくれた。


「…………思い出せたなら良いじゃない? それに…………ホントはあんな無茶ばっかりしてるやつ、心配するなって言う方が無理な話なんだから」

「あははっ…………確かに、明日菜さんの言う通りです」


明日菜さんにそう言われて、ボクは自然と声を出して笑っていた。

変なの…………さっきまであんなに不安で、胸が押し潰されそうだったのに。

彼女に抱き締められると、不思議と心が安らいでいく気がした。

それに…………何だろう? 明日菜さんから香る、この甘い匂い。

どこか懐かしさを覚えるこの香りは…………そっか、お姉ちゃんの香りにそっくりなんだ。

そう思った途端、ボクは無意識にすんすん、と鼻を鳴らしてしまっていた。


「ネギ? 何、あんたまだ泣いてんの?」

「え…………? い、いえっ!! ち、違いますっ!! そ、そのぅ…………あ、明日菜さん、良い香りがするなぁって。そ、それでつい…………」


心配そうに尋ねられたボクは、バツが悪くて、思わず身体を小さくしながら、尻すぼみにそんな弁解をする。

あうぅ…………や、やっちゃったよぅ。

い、いくら女同士だからって、あんな風に匂いを嗅ぐなんて失礼だったよね?

きっと明日菜さん怒っちゃったよなぁ…………。

そう思って身構えたボクだったけど、意外にも明日菜さんは逆に心配そうな声色でこんなことを言ってくれた。


「そ、そう? むしろ上で歩いてる内に汗かいちゃったから、臭わないか心配してたくらいなんだけど…………」


少しボクから離れて、明日菜さんは自分の服をつまむと、すんすんと可愛らしく鼻を鳴らす。

その様子が可笑しくて、ボクはまた自然と笑みを零していた。


「あははっ。大丈夫ですよ? 全然汗の臭いなんてしませんでしたから」

「そ、そう? なら良いんだけど…………ふふっ。何か変よね? こんな状況で、臭いのこと気にしてるなんて」

「そうかも知れませんね。だけど、逆に明日菜さんらしくて良いんじゃないでしょうか?」

「…………それ遠回しに私のことバカって言ってる?」

「そ、そんなことありませんよっ!?」


恨めしそうな目でボクを見る明日菜さんに、思わず声を裏返しながら返事をする。

その直後、ボク達2人はどちらからともなく、声を上げて笑っていた。


「あはははっ!! …………はぁー。どう? 少しは元気出た?」

「ふふふっ…………ふぅ。はい…………ありがとうございます、明日菜さん」


一しきり笑ったボクは、改めて明日菜さんにそうお礼を言った。


「別に気にすることないわよ。それじゃ、明日からはみっちり試験勉強しなきゃだし、今日はもう寝ましょ? …………当てにしてるわよ、『ネギ先生』?」


そんなボクに、含みのある表情を浮かべてそんなことを言う明日菜さん。

普段のボクだったら怖気づいてしまいそうなその台詞なのに、どういう訳か、ボクは笑顔を浮かべてこう答えていた。


「はいっ!! ご期待に添えるよう頑張ります!!」


だって、小太郎君と約束したから。

その時、自分に出来ることを精一杯頑張るって…………。

笑顔でそう答えたボクを見て、明日菜さんは満足げに笑うと、ボクのすぐ隣、自分の寝床へと戻って行った。

彼女が布団に入ったのを確認して、ボクももう一度自分の布団へと潜り込む。

目を閉じて、再び神経を研ぎ澄ますと、感じられる小太郎君の魔力は、やはり先程と同じ禍々しさを放っていた。

だけどボクは、再び胸が押し潰されそうな不安を感じることはない。

だって明日菜さんに気付かせてもらったから、彼は必ず約束を守り通す人だと。

…………小太郎君、信じてるからね?

きっと君は、いつもと変わらない笑顔を浮かべて、ボク達のところへ帰って来てくれるって…………。



SIDE Negi OUT......











…………何ぞこれ?

気が付くと俺は、上下左右は愚か、前後すら分からないような暗闇の中にいた。

いやいやいやいや。意味分かんねぇし。

何で図書館島の深部で例の妖怪、牙狼丸と闘ってた筈なのにこんなところに居るんだよ?

つかそもそもここどこだ?

そんな疑問ばかりが、頭の中をぐるぐると駆け廻る。

その時だった。


「―――――自分の置かれている状況も分からんとは、ほとほと呆れた駄犬っぷりだな」

「!?」


不意に後ろから声が聞こえて、思わず振り返る俺。

視線の先には相変わらずの闇が広がっていたが、そこには良く見知った少女が一人、本当に呆れ果てたような表情を浮かべて俺を見つめていた。


「え、エヴァっ!!!?」


…………もー何がどーなってんの!?

しかもどういう訳か、俺の目の前に居るエヴァは一糸まとわぬ生まれたままの姿。

余裕があるときならすぐさま目を逸らすところだが、残念ながら今の俺にはそんな余裕はなかった。


「何で自分がこないなとこに…………つかここは一体全体どこやねんっ!!!?」


催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…………。


「…………この状況でネタに走れるとは、中々余裕があるじゃないか?」

「いや、むしろ訳が分からん過ぎて慌てようがあれへんというか…………って、何で口に出してへんのに分かったんや!?」


有り得ねぇだろオイ!?

…………いや、それ以前に。今のネタが分かるって、エヴァの日本好きって一体どんなレベルなんだろうね?

驚愕に目を剥いた俺に、エヴァは溜息を突きながら、すうっと、まるでアイススケートでもしているような軽やかさで俺に近付いて来た。


「何故貴様の考えが分かったか、だと? 当然だ。私は今、貴様の中にいるのだから」

「俺の、中…………?」


そう言ったエヴァに、俺は思わず目をしばたかせる。

…………なるほど、全く分からん。

俺の中にエヴァが居る。しかもマッパで…………うん。字面だけ読むと、何か卑猥で良い感じだ。


「…………」



―――――ヒュゴウッ!!!!



「ぎゃふんっ!!!?」


そんなことを考えた瞬間、俺は問答無用とばかりにエヴァから殴り飛ばされていた。

…………そうか。俺の考えてることはエヴァに筒抜けだったんだっけ?

つか一方通行で俺の考えてることだけ伝わるってなんか不公平くね?

まぁ、以前お袋に試してもらった通り、原作知識云々のことは伝わってねぇんだろうけど…………。


「ふんっ。何が不公平だ。私を封印した憎き仇の子を目の前にして、ただ貴様の能天気な思考を共有しながら、指をこまねいているしかなかった私の心中を考えれば、むしろおつりが来ても良いくらいだ」


…………ほーらね?

エヴァは俺の考えていた原作知識云々のところは完全に触れず、その前に考えていた愚痴だけを拾うと、不遜な態度でそう吐き捨てた。


「いや、まぁそれは確かにお気の毒やったけど…………そもそも、何で自分が俺の中におんねん?」


とゆーかいつからいたんだ?

ここ最近も、俺は何度かエヴァと顔を合わせていたし、ずっと俺の中に彼女が潜んでたってのは考え難いんだが…………。

俺がそんなことを考えていると、エヴァは腕を組むと真剣な表情を作りこう話を切り出した。


「時間が惜しい所だが仕方がない。順を追って話してやる…………まず第一に私は貴様が知っている、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル本人ではない」

「エヴァ本人やない? それって…………」


もしかして、人造霊(ゴースト)ってことか?

俺がそう思った瞬間、やはり思考が筒抜けになってるのだろう、エヴァ(人造霊?)は満足げな笑みを浮かべる。


「さすがに察しが良いな? 貴様が考えている通り、私は本体の作り出した人造霊だ」


…………何でそんなもんが俺ん中に居るんだよ?

若干げんなりしながら、そんなことを考える。

考えてることが分かるなら、わざわざ口に出して尋ねる必要もないだろう。

最早俺は、悪態をつく気力すら残っていなかった。


「ものぐさな奴め。まぁ確かにわざわざ口に出す必要はないがな。…………さて、私がここに居る理由だったな? 簡単に言えば、私は貴様に掛けられていた封印の制御装置。その残骸だ」

「封印て…………九尾に掛けられとった封印かいな?」


言葉にする必要はないと言ったばかりなのに、俺は思わずエヴァの言葉にそう尋ねていた。

そんな俺に、エヴァはしっかりと頷く。 

…………じゃ、じゃあ何か? こいつは俺に封印が掛けられて以来、1年近く俺の中に居たってことか?

…………俺のプライバシーはどこだ!?


「そんなものは知らん。それに、貴様が半年前に正しく封印を解いていれば、私はあの時貴様の中から消えるはずだったのだ」


突如、不機嫌な表情になって、俺を睨みながらそう言うエヴァ。

正しく封印を解いてればって…………え? 俺何か間違ってたの?

だ、だってあの後、エヴァ本人にも診察してもらったけど、俺は完全に九尾と同化してるって…………。


「その通り。貴様は確かに九尾と同化はしていた。加えて言うなら、魔物としての特性も得ていた。しかしそれは全て、『中途半端』なものに過ぎん」

「ちゅ、中途半端?」


だからそれが分からない。

中途半端な魔物になってるってどういうことだ?

俺は確かに九尾と同化して、膂力も回復力も、半妖のそれを大きく上回っていた。

それが中途半端って…………一体どゆこと?


「はぁ…………考えてもみろ? 伝説の妖怪に比肩する魔物が、たかだか人間が編み出した禁術を数秒使った程度で自滅すると思うか?」

「…………あ」


…………言われてみれば確かにそうだ。

そう言えばアルも、極夜の葬送曲を魔族が使用したという記録はないとか言ってたっけ?

…………これまでの使用者が、反動に堪えられなかったって聞いて、単純にこの術は反動がヤバいって決めつけてたよ。

それはさておき、エヴァ(人造霊)のやつ、半年前にって言ったよな?

半年前と言えば、俺があの骸骨と闘って九尾の封印を解いた頃だが…………。

あの時、俺は正しく封印を解けてなかったとして、じゃあ何であんな膨大な量の魔力を使えたんだ?


「膨大と言っても、それは以前の貴様と比べてだろう? 本来、我が本体の封印した九尾の魔力はあの5割増しはあったはずだ」

「うそん…………」


じゃあ何で、その5割分を俺は使えてなかったんだよ?

そう俺が考えた瞬間、エヴァ(人造霊)のこめかみに、分かりやすいくらい巨大な青筋が浮かんだ。

あ、あれ? な、何か御立腹?


「…………それもこれも、全て貴様の年齢不相応な自制心が元凶だ」

「へ? お、俺の自制心が?」


け、けどそれって俺が、年齢不相応に落ち着いてるってことだろ? 

別に悪いことじゃなくね?


「本来ならばな。良いか? もともと私の役目は、貴様が封印を解いても九尾の魔力に呑まれないかどうかの見極めと、貴様が封印を解き、一時的に理性のないケダモノとなった際、貴様の理性をこうして保護することにあった。それを貴様は…………」


わなわなと肩を震わせるエヴァ(人造霊)。

…………いや、何でそんなに怒ってはるのん?


「怒らずにいられるか!? 良く聞け!! 貴様は本来封印が解け魔物と化す筈だったところを、あろうことか無意識の内に解き放たれた魔力をセーブし、余剰となった魔力を本来貴様に生える筈の無い8つの尾として編み込んでいたんだ!! おかげで私は、きさまの能天気な日常を無駄に一年近くも見せられる羽目に…………貴様に分かるか!? この虚しさがっ!!!!」

「…………」


そんなこと言われましても…………。

って、そんなことはさておきだ。

エヴァ(人造霊)のやつ、今かなり聞き捨てならないことを言わなかったか?

封印が解けた俺が理性のない魔物と化すとか何とか…………。


「…………何を不思議がっている? 考えてみれば当然だろう? 私のように秘術で魔族となったならいざ知らず、貴様のように外部から魔力を取り込んで魔族になろうとする者が、その過程で一時的に理性を失い、衝動的に破壊行為のみを行うケダモノと化すのは当然の理屈だ。加えて、貴様のように生来から魔獣種としての特性を持つ者ならなおさらな」

「…………いや、そうは言うてもやな」


そもそも、エヴァ(本体)はそうならないために封印をかけたんじゃなかったか?

今の理屈だと、まるで俺が暴走するのは避けようのない現象だったみたいじゃないか。


「事実避けようのないものだったのだ。我が本体に出来たのは、いかにして被害を抑え、貴様を可及的速やかに元の不相応な理性を持った状態に戻せるよう手を打つことだけだ」


…………マジでか。

け、けど、それでもまだ疑問は残る。

俺は封印が解けてすぐ、エヴァ(本体)に会って診察を受けた。

その時彼女は、俺の封印が中途半端に解けたなんて気付いた素振りは全く見せなかったのだ。

それはいったい…………。


「それは貴様に掛けられていた封印術式を私が解除していたからだ。あの時点で貴様は、暴走状態に陥ったとしても、私がこうして保護すればすぐに肉体のコントロールを掌握できるほどの精神力を得ていた。加えて貴様はあの骨が見せた幻影により、九尾を掌握した時の精神状態も思い出していたしな。我が本体はその封印術式が消えていたこと、そして貴様の身体に確かな変化が起こっていたことから、自らの術が正しく機能したと勘違いしたのだろうよ」


それはまぁ何とも…………実にエヴァらしいうっかりである。


「や、やかましいっ!!!! さ、最初にも言ったが、これはそもそも貴様のその年齢不相応な自制心が原因なんだ!! 私と本体に非はない!!」


顔を真っ赤にしながら、気まずさを隠すように叫ぶエヴァ(人造霊)。

さっきから年齢不相応って言ってるけどさ…………中の人の年齢的にはもういっぱいいっぱいだと思うんだよね。

まぁ、そんなことを言っても、彼女には何が何だか分かんないだろうけどさ。

…………さて、これまでの彼女の話を纏めるとこう言うことか?

まず、彼女…………エヴァの人造霊は、俺に封印が掛けられると同時に俺の中に存在していた。

彼女の役目は、俺の見極めと、封印が解かれた際、魔獣となり本能に飲み込まれる筈だった俺の理性を保護すること。

そして半年前、弥刀を救う際に、俺は彼女に認められ封印が解かれる。

しかしそこで俺は魔獣化せず、無意識の内に魔力をセーブしたことで九つの尾が生えた姿になった。

そのため理性のないケダモノにはならず、今日まで平和に過ごして来れた。

…………あれ? 待てよ。

確かこの暗闇は俺の頭の中みたいなことをエヴァ(人造霊)は言ってたよな?

でもって、彼女の役目は俺(俺の理性)を保護すること…………。

さらに、確かこの空間へと来る直前、俺は八つの尾が弾ける瞬間を目撃し、その直後に身体に流れ込んできた膨大な魔力を感じている。

ま、まさか…………。


「ようやく気付いたか。貴様が危惧している通り、外では今、魔獣と化した貴様が、あの牙狼丸とかいう妖怪と闘っている」

「な、何やてーーーーっ!!!?」


含みのある笑みでそんなことを言ったエヴァ(人造霊)に、思わず俺はそんな叫び声を上げていた。

じょ、冗談じゃない!!

奴の力を考えれば、魔獣化したところで、戦術も無い俺なんてあっさり撃破だ。

加えて奴の性格上、そうなった俺を斬ることに躊躇なんてしないだろう。

…………は、早く肉体を取り戻さないと!!


「ど、どないしたら良えんや!? どないしたら、肉体の制御を取り戻せんねんっ!!!?」


エヴァ(人造霊)の肩をがっと掴んでそう詰め寄る。

にっ、とシニカルな笑みを浮かべると、エヴァ(人造霊)は、俺の予想に反して容赦なくこう言った。


「知らん」

「は…………?」


…………オイィィィィィイイイイイっっっ!!!!!?

散々格好良いこと言っといて、今更そりゃねーだろっっ!!!!!?

八方塞りなこの状況に、俺は思わず頭を抱えて蹲るしかなかった。


「まぁ聞け。さっきも言ったが、私の役目は貴様の理性をこうして保護することだ。貴様の理性が本能によって塗りつぶされ、生来の状態へ戻ることが困難にならないようにするためにな」

「それはさっきも聞いたわっ!!!! 問題は、どうやってその『生来の状況に』戻るかっちゅうことやろっ!!!?」


俺(理性)を保護されても、元に戻る方法が分かんねぇんじゃ意味ねぇだろっ!!!!

そう思っていた俺だったが、意外にもエヴァ(人造霊)は違ったらしい。

慌てふためく俺に、彼女はふっと小さく笑みを浮かべた。


「落ち着かんかたわけめ。私のもう一つの役目を忘れたか? 私は貴様の精神力を認め、封印を解いても問題がないと判断した。その意味が分からないほど、貴様は愚鈍ではないはずだ」

「…………」


その時、彼女が浮かべた笑みに、俺は思わず魅入ってしまっていた。

彼女が浮かべていたのは、俺が求めて止まなかった、『俺への信頼を湛えた笑顔』だったのだから。

その直後だった。

そんな笑みを浮かべていたエヴァ(人造霊)の身体が、足元から徐々に粒子となって崩れ始めたのは。


「む、もう時間か。しかし、これでようやく消えることが出来る…………」


溜息交じりに苦笑いを浮かべて、そんなことを言うエヴァ(人造霊)。

しかし彼女は次の瞬間、先程と同じ笑みを浮かべて、真っ直ぐに俺の目を見据える。


「私が認めたんだ。余り失望させてくれるなよ? せいぜいあの牙狼丸とか言う妖怪の度肝を抜いてやれ」



―――――貴様が心から、私(本体)に認められたいと願うならな。



そんな言葉を最後に、エヴァ(人造霊)の姿は、完全に粒子となって消えた。

彼女の言葉を頭の中で反芻し、俺はまるで照れ隠しのように頭の後ろをぼりぼりと掻く。

…………全く。どうして俺の周りの女どもは、どうして俺にこうも過剰な期待ばかり押し付けてくれるかね?

そんな風に期待されちまったら…………。



「―――――過剰な期待に、応えたくなってまうやんけ」



そう言った俺の口元には、馴染み深い獣染みた笑みが浮かんでいた。

そして俺は、全てが閉ざされた暗闇の中、全身の神経を研ぎ澄ます。

否、この世界が俺の精神の中だというのなら、研ぎ澄ます神経は内ではなく外。

本能のみとなって暴れている俺の身体へ、その神経を向ける俺。

そして俺は、九尾を最初に取り込んだ時と同様、たった1つの想いで己を満たす。

しかしそれは、あの時感じた冷たい怒りなどではない。

最後まで己を貫く強い意志。

最後まで己の意志で闘い抜くと言う、決して砕けぬ白刃のような鋭い闘志。

俺の心がそれで満たされた瞬間、一寸先すら見えぬ暗闇は、音を立てて砕けていた。

…………見てろよ、エヴァ。

俺は必ず…………。



――――――――――お前たちの居る高みへと辿り着いて見せる!!!!



そして、世界を覆う闇が砕けた瞬間、直視できないほどの閃光が俺の身体を包み込むのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 76時間目 異体同心 親のこと知らなくても、子は親に似るもんだ
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/21 12:30



SIDE Garoumaru......



「ガァァァァアアアアアッ!!!!」


咆哮とともに繰り出される小太郎の爪を、俺は正確に捌き落とす。

腕力はさっきの西洋魔法を使用している時とは比べ物にならず、さして苦でもないその動作。

故に俺は、これまでにないほどの退屈を感じていた。


「…………ったく。何も考えてねぇケダモノ相手にしたって、何も面白くはねぇっての」


…………叩っ斬っちゃおっかなー?

って、いかんいかん。

腐ってもこいつは身内なんだ。

そんなあっさり斬り捨てるのはさすがにマズい。

つーか、こいつに恨まれるのは別に構わねぇが、あの女に恨まれるのはマジ勘弁。

泣く子と女の涙は苦手だ。

それに…………。


「ここで殺すにゃ、ちっとばかし惜しい逸材だからな…………」


俺の目の前で、理性をなくし暴れる小太郎。

僅か2年でここまで俺とやりあえるように成長したこいつなら、そう遠からずして必ず俺と比肩し得る存在になるだろう。

…………それは何と甘美で、愉しい事実だろうか。

思わず口元を緩めながら、俺はそんなことを考えていた。


「とは言ったものの…………このまま戻らねぇんだったら、潔く『処分』してやんのも身内の務めか…………?」


このまま放っておけば、間違いなくこいつは、さっき別れた嬢ちゃん達を泣かすだろうしな。

そうなるくらいなら、いっそ俺の手で…………。

そんな物騒な考えが、一瞬脳裏を掠める。

この戦闘を初めて、俺が感じたその躊躇。

命懸けの闘いにおいて、敗れるのは隙を見せた者。

故に逡巡は一瞬に、俺は刀を握る柄に力を込めた。


「悪ぃな。惜しくはあるが、てめぇをほっとく訳にゃいかねぇんだ…………」


刀身を黒く染め上げ、再び俺は小太郎へと肉薄する。


「ガァッ…………!?」


その瞬間、闘争本能しか残されていない筈の小太郎の顔に、一瞬驚愕の色が滲んだ。


「…………あばよ、クソガキ」



―――――ヒュンッ…………



振われる俺の牙顎(アギト)。

一瞬にも満たない時間で、それは奴の首を切り落とす…………筈だった。



―――――ガキィンッッ!!!!



「なっ…………!?」


なん……だと……!?

あろうことか、小太郎の首筋目がけて放った俺の太刀は、あと僅かというところで、馴染み深い漆黒の防壁に弾かれる。

予想だにしていなかった事態に、俺は慌てて大きく後ろへと飛び退いた。


「…………冗談だろ? まさか理性を失ってても、器用さは残ってるとかいうオチか…………?」


10数年振りに感じた戦慄とともに、そう口にした俺だったが、次の瞬間にはその考えを否定する。

何せ…………。



「―――――よぉ? 待たせたな?」



俺の視線の先、障壁を解いた小太郎の目は、最初と同じ、獣染みた狂気にぎらつく眼光を湛えていたのだから。



SIDE Garoumaru OUT......









「さぁ、第2ラウンドといこうやないか?」


口元に笑みを浮かべながら、俺は呼び出した影斬丸を再び鞘から抜き放つ。

漆黒の風となって爆ぜる魔力は、エヴァ(人造霊)の言っていた通り、先程までのそれを大きく上回っていた。

なるほど…………俺はこれだけの魔力を八つの尾としてストックしてた訳か。

極夜の葬送曲使用時程ではないしても、現在の俺の身体能力はこれまでの比ではないだろう。

しかしそれでもまだ、俺の力は奴に遠く及ばない。

…………だが、不思議と恐怖なんてものは感じない。

その状況下で、俺はなお獣の笑みを浮かべたままだった。

さすが同族と言うべきか、こいつとの戦闘は、俺に嫌と言うほど命の取り合いを愉しませてくれる。

そしてそれは、恐らく奴も同じなのだろう。

理性を取り戻した俺を、呆然と見つめていた牙狼丸は、次の瞬間、声を上げて笑った。


「―――――ハハハハハッ!!!! 良いじゃねぇか!? お前、最高だぜ!!!!」


一しきり笑い声を上げると、奴は影斬丸を自らの右肩に担ぎ、その構えを解く。

そして俺へ向かって、こんな言葉を投げかけて来た。


「…………ここ10数年で、今日程驚かされた日はねぇ。まさかあの状態から自力で意識を取り戻すたぁ…………本当に大した奴だよ」


これまでの闘気に満ち満ちたものではない、どこか嬉しそうな笑みを浮かべて言う牙狼丸。

…………正確に言うと、自力で戻れた訳じゃないんだが、それを言うのは何となく悔しいので黙っておこう。


「さて…………そんじゃお望み通り、第2ラウンドといこうか? だがその前に…………」



―――――ガシンッ…………



そう言って、奴はあろうことか、自らの刀を地面へと突き立てた。

どういうつもりだ…………?

その不可解な行動に、警戒心を強める俺。

そんな俺の心中もいざ知らず、奴は表情を獣染みた笑みに戻すと、こんなことを言い出した。


「どうせなら、さっきの西洋魔法で来い。詠唱の間は黙って見ててやるからよ」

「何やて…………?」


本当にどういうつもりだ?

奴の言葉に、俺は一層警戒心を強める。

先程、10秒足らずとはいえ、一時は自身を圧倒した技を敢えて使えだなんて…………。

加えて、完全に魔物と化した今の俺なら、あれを少なくとも1分は持続して使える。

獣化してるとはいえ、まさかあの状態の俺ですら、こいつには遠く及ばないとでもいうつもりか?

しかし、奴が続けた言葉は俺の予想を大きく裏切ったものだった。


「何を不思議そうな面してやがる? 考えてみろ? もし立場が逆だったら、てめぇも同じことを言ったんじゃねぇか?」

「!? …………なるほど、そりゃ道理やな」


そうだった。

こいつは俺と同じ戦闘狂。

ならば敢えて不利な条件を自らに課す理由なんて一つしかない。

奴はただ…………。



―――――強者との闘いだけを求めている。



その結論に至った俺は、警戒心を湧き上がる闘争心へと変えていた。

そして俺は極夜の葬送曲を使用するため、奴と同じように影斬丸を地面に突き立て、空いた右手を顔へと翳す。

しかし牙狼丸は、今まさに詠唱を始めんとしていた俺に、再び言葉をかけて来た。


「もっとも、今回は別の理由もあるんだが…………」


そう言って奴は詠唱を始めようとしていた俺に、奴はすっと自らの左腕を上げ、脇腹を見せる。


「っっ!?」


その光景を目にして、俺は声を失っていた。

何故なら、奴の左脇腹、俺が付けた傷口から、徐々に奴を構成している魔素が霧散し始めていたのだから。


「てめぇにやられた傷だけなら大したことなかったんだけどよ。久々に獣化したもんだから、燃費がわりぃの忘れてたぜ。やっぱ借りモンの身体じゃダメだわ」


本当に残念そうに口にする牙狼丸。

…………とゆーか燃費悪いって…………ま、まさかこいつ、以前の俺みたく感覚だけで獣化使ってんのか?

どんだけ底なしの体力してんだよっ!!!?

あんまりな事実を突き付けられて、俺はさっきとは別の意味で言葉を失った。

呆然とする俺を余所に、牙狼丸は刀を引き抜くと、俺へと突き付けて仕切り直すかのようにこう宣言する。


「見ての通り、俺の身体はもって数十秒。どうせならとことん闘り合いてぇだろ? まぁ決着はつかねぇだろうが、そんなもんは二の次だ。何せ俺は…………」



―――――愉しけりゃあ、それで良い。



その瞬間、膨れ上がる奴の闘気。

以前と同様、まるで俺の四肢を噛み千切らんばかりの禍々しさを孕んだそれ。

その渦中に居ながら、俺が感じたのは以前のような恐怖ではなく、ただただ強敵と闘り合える歓びだった。


「…………確かに。こうなってもうたら、決着なんてどうでも良え…………!!」



―――――バッ!!!!



俺は再び右手で顔を覆うと、全身の神経を研ぎ澄まし、自らに持てる魔力、全てを賭して詠唱を始めた。


「―――――ガル・ガロウ・ガラン・ガロウ・ガルルガ!! 契約により、我従え冥府の王!!」


高まる魔力に呼応して、俺の影から殺到する無数の影精。

百や二百じゃない、数千にも及ぶ影の群れが、この空間に呼び出される。


「―――――来たれ、極光切り裂く、深淵より昏き闇!!」


そして次の瞬間、呼び出された影精達は俺の身体目がけて収束を始める。

荒れ狂う魔力の奔流。

それに飲み込まれぬよう、俺は自らの四肢にありったけの力を込めた。


「―――――我が身を喰らいて、彼の者を噛み砕け!!」


俺を取り囲み、漆黒の竜巻となっていた影の群れ。

それは徐々にだが、俺の身体を覆う、何よりも堅牢な鎧と化していく。

そして次の瞬間、俺は最後の一節を口ずさむように告げた。



「―――――極夜の葬送曲!!!!」



その直後、嘘のように霧散する影の竜巻。

完成した鎧は、未だ安定した形状ではないものの、それでもこれまでで最大の密度を持って顕現した。

突き立てていた影斬丸を引き抜き、俺は奴へとその切っ先を掲げる。

それに応えるように、牙狼丸は自らの得物を高々と掲げた。


「…………行くで、狗族長とやら。俺に詠唱させたこと、骨の髄まで後悔させたる!!!!」

「…………来いよ、狂犬とやら。そのふざけた自信ごと、きっちり返り打ちにしてやんよ!!!!」


互いに咆哮した瞬間、俺たちは同時に、漆黒の軌跡を描き敵へと疾駆する。




―――――ガキィンッッッ!!!!




「「はっっ!!!!」」


状況は最初とほぼ同じでありながら、火花を散らし交叉する剣戟は、それをはるかに上回る、圧倒的な美しさを湛えていた。










―――――最後の戦闘、その火蓋が切り落とされて、数十秒が経過した。



―――――ガキィンッッッッ!!!!



「なっ…………!?」


牙狼丸の放った剣戟に、俺の影斬丸は大きく弾かれ、くるくると弧を描きながらはるか後方へと弾き飛ばされていく。

加えて、衝撃を殺し切れなかった俺の身体は、大きく仰け反りながら倒れそうになっていた。


「殺ったぜ…………小太郎!!!!」



―――――ヒュウンッッ!!!!



そしてその隙目がけ、間髪入れずに振われる奴の牙顎。

しかし…………それを甘んじて受ける俺じゃない!!!!


「うらぁぁぁあああっっ!!!!」


咆哮とともに、倒れそうになっていた姿勢から俺は、右手を地へと付いて、無理やりに奴の右腕目がけて蹴りを放っていた。



―――――ベキンッ!!!!



「んなっ!? その体勢からっ!!!?」


鈍い音を立てて砕ける牙狼丸の右腕。

さすがに物理的に破砕されては、奴も刀を握ってはいられなかったのだろう。

振り抜こうとしていた勢いを殺せず、奴の手から離れた影斬丸・数打は明後日の方向へと飛ばされていった。


「ちぃっ…………!!」


溜まらず、大きく飛び退く牙狼丸。

しかし、その後退は体勢を立て直すためのものではない。

その確信があった俺は、体勢を立て直すと同時、両足に力を込めていた。


「「―――――縮地、无疆!!!!」


俺の予測通り、全く同じタイミングで、弾丸のように飛び出してくる牙狼丸。

互いの距離が零になるまで、無論一瞬と時間はかからなかった。

そして…………。


「「―――――うぉぉぉぉぁぁぁぁあああああっ!!!!」」



―――――ゴキンッ!!!!



鈍い音ともに、俺の右拳、そして奴の左拳は、互いの顔面へとめり込んだ。

その衝撃で、10数mを転がっていく俺たち。

どれだけ魔力で身体を強化していようと、さすがに顎へともろに入った一撃。

俺たちは2人とも、すぐには立ち上がることが出来なかった。


「ぜぇっ…………ぜぇっ…………」

「はぁっ…………はぁっ…………」


静まり返った地下迷宮に、互いの息遣いだけがやたらと響く。

たかだか1分足らずの攻防で、俺たちは嘘のような魔力と、そして体力を消耗していた。

しかし不思議と疲労感はない。

むしろ心地良くさえあるこの感覚に、俺は身を委ねるようにしてゆっくりと目を閉ざした。


「…………こんな愉しい喧嘩、生まれて初めてやったかもしらん」


だからと言う訳ではないが、起き上がれないままに、口元には笑顔すら浮かべて、俺はそう呟いていた。

答えなんて期待していなかった、本当に自然と零れただけの呟き。

しかし、そんな俺の呟きに、離れた場所から応える声があった。


「…………奇遇だな。俺もちょうどおんなじことを考えてたとこだ」


恐らくは俺と同様、虚空に向けて放たれたであろうその言葉。

しかしそれは、どこか嬉しそうな響きとともに、俺の耳へと確かに届いた。


「…………俺たち妖怪はよ、戦さえありゃどこでも闘って、そんでバカみたいな寿命に反して、あっけなく死んでく。傭兵や賞金稼ぎ、ひょっとすると奴隷以下のクズみてぇな生きモンだ」

「…………」


独白のように続けられる牙狼丸の、実に奴らしくないそんな言葉。

しかし俺は、黙ってそれに耳を傾けていた。

まるで、奴が俺に何か大切なことを伝えようとしているような、そんな気がしてならなかったから。


「だからよ。俺たちは普通『次』なんてこたぁ言わねぇ。言ったとしても、そりゃただの社交辞令で、本当に次があるなんざ思っちゃいねぇんだ。けどよ…………」


そこでふと、言葉を途切れさせた牙狼丸。

思わず目を開いた俺だったが、視界に入って来るのは、高過ぎて何も見えない、地下迷宮の天井だけ。

しかし俺には、奴が今、どんな表情を浮かべているのか、手に取るように分かった。


「―――――小太郎。『次』にてめぇと闘るときゃ、今度こそ生身の体で闘りてぇもんだな」


屈託のない少年のような笑みを浮かべてそう言う牙狼丸の表情が。

だから俺も、同じように笑って、奴の言葉にこう応える。


「―――――ほんなら『次』までに、何が何でもこの魔法を完成させとかなあかんな」


そして、こんな灰色の決着ではなく、必ず俺の勝利であんたとの喧嘩に勝手見せる。

そんな決意を込めながら、俺はそんな言葉を口にしていた。


「はっ…………上等だクソガキ。生身の俺は、これよりはるかにタフだぜ?」

「それこそ上等やクソ妖怪。俺かて、今日よりはるかに強ぉなっとたるからな?」


そう悪態を付き合って、俺たちは互いに、どちらからともなく声を上げて笑った。

一体、どれだけの間そんな風に笑っていただろう。

地下である筈のこの空間に、突如として風を感じた。

そしてそれど同時に、あれだけ圧倒的な存在感を放っていた奴の気配が、少しずつ薄れていくのを感じる。

未だ起き上がれない状態ではあったが、俺は牙狼丸に残された時間が殆どないことを、確かに感じ取っていた。


「ははっ…………俺も歳食う訳だぜ。あの女との間に出来たガキが、こんなにデカくなってんだからな…………」

「は? お、おい、今自分なんて…………!?」


牙狼丸の放った言葉に、俺は一瞬自分の耳を疑いながら、思わず身体を起こす。

しかし、その視線の先で、牙狼丸は完全に、光る小さな粒子となって、その姿を消していた。



『―――――じゃあな、バカ息子。次にてめぇと闘れんのを、愉しみにしてるぜ』



最後にそんな台詞を残すと、残っていた粒子もろとも、奴の気配は完全に地下迷宮から消える。

…………よりによって言い逃げすることはないだろ。

最後まであんまりなあの男の態度に、俺は溜息を付きながら、ぽつりとこんな言葉を呟いていた。


「…………こっちこそ。愉しみにしとるで? クソ親父…………」


そうして俺は、奴に認められたという喜びと、胸を張って奴を父親と呼べる誇らしさを噛み締めながら、誰もいなくなった地下迷宮で一人、静かに微笑みを浮かべた。










「さて、結構時間食ってもうたし、さっさとネギ達と合流せなな」


俺が暴走してた時間がどれくらいか分からないため大凡ではあるが、俺は奴と3時間余りは闘っていただろう。

原作通りに学園長の陰謀が進行していたとすれば、恐らく今頃ネギ達は地底図書室で休んでる頃合いだ。

万が一、ネギが抱きつき癖を発揮して、隣に寝てる誰かの布団に潜り込もうものならば…………。

それでネギがフルボッコになるくらいなら構わない(←何気に酷い)。

もし、もしもだ。それでネギの性別が、女だとバレようものなら…………。




『…………せっちゃん? ゴー♪』

『委細承知!!!!』


―――――ヒュンッ!!!!


『Noooooooo~~~~~~~~~~!!!?』




「…………(がくがくがくがくっ)」


刹那の手によって、ばっさり両断される自分の姿を思い浮かべて、俺は思わず身震いした。

…………何としてもそれだけは防がねば。

最悪俺がネギの隣に割り込んで、ホモ疑惑を立てられようが構わない。

今は何としても、ネギの正体だけは隠さないと…………!!

ん? いつかバレること?

良いんだよ。それまでにゃ何かしら言い訳考えとくから!!

…………全く良い案が浮かばねぇんだけどな。

そんなことを考えながら、俺が立ち上がろうとした、まさにその時だった。



―――――ズキンッ…………



「ぐぅっ…………!?」


全身に走った鈍痛に、俺は思わず、前のめりになりながら地面へと崩れ落ちた。

…………やっぱ、こっちも限界だった訳ね。

いくら完全に魔獣化して、一時的に身体が回復していたとはいえ、さすがにあの短時間で極夜の葬送曲を連続使用したのが響いているらしい。

1度目のときとは違い、今度はどれだけ力を込めようとしても、俺は指一本さえ動かすことが出来なかった。


「くっ…………こんなとこでっ、寝とる場合やあれへんのにっ…………!!」


早くネギ達と合流しないと、俺の危険が危ない!!(←混乱中)

こうなったら、転移魔法を使ってでもネギ達のところへ。

そう思って、ゲートを開こうとした俺だったが、恐らく魔力を肉体の回復に当てているのだろう。

ゲートは愚か狗神さえも召喚出来ない有様だった。

じょ、冗談じゃないっ!!!!

もしネギの正体がバレたら、さすがに殺されるってのは言い過ぎだとしても、木乃香と刹那に何をされるか分かったもんじゃないんだ!!

這ってでも、地底図書館に行かないと…………。

しかし、無情にもそんな俺を急激な睡魔が襲う。

恐らくはこれも、肉体を回復させるため、無意識に身体が睡眠を欲しているのだろう。

本来抗うべきではないその欲求。

しかし今この瞬間、俺はその睡魔に身を委ねる訳にはいかなかった。

必死で襲い来る睡魔に抵抗する俺。

そんな時だった。



―――――フッ…………



「っ!!!?」


突如として、何者かが俺の傍らに現れたのは。

その気配が良く知っているものだと気付いて、俺は思わず彼の名を叫ぶ。


「あ、アルっっ!!!!」


そこに現れたのは、この地下迷宮の管理を任された大魔法使い、アルビレオ・イマその人だった。


「よもやあの牙狼丸をあそこまで追い詰めるなんて…………小太郎さん、あなたには本当に驚かされっぱなしですよ」


本当に楽しげな声色でそう言うと、アルは俺の傍らにすっと肩膝を付く。

そして彼は、動けない俺の頭に、その手を翳した。

…………おいちょっと待て!! 一体何する気だ!?

ま、まさかっ…………!?


「ちょっ、まっ…………!?」


アルの意図に気が付き、思わず声を上げようとする俺。

しかし、そんな俺の意図をどう解釈したのか、アルは穏やかな声色のまま、こんなことを言った。


「その身体でなお、仲間の心配ですか? ふふっ、お優しいですね。心配なさらずとも、ネギ君達に危険はありません」


違ぇからっ!!!?

心配してるのはネギ達じゃなくて、俺自身の安全だからっ!!!?

しかし、極度に疲弊しきったこの状況では、そんな言葉を声にすることすらままならない。

ま、マズい。このままじゃ…………!!

そんな俺の悪寒を体現するかのように、アルはこんな言葉を口にした。


「ですので、今は安心しておやすみ下さい。今のあなたなら1日もあれば、元通りの体力に戻るでしょうから…………」


そして次の瞬間、ふわっと温かい魔力が込められるアルの右手。

て、てめぇっ!! やっぱ、無理やり俺を眠らせる気だろっ!?

普通に状況を考えればありがたいことだけど、今の俺にはありがた迷惑ですからっ!!!!

急激に勢いをます眠気。

何とかそれに抗おうと、必死で神経を集中させようと努力する。

しかし極度の肉体疲労+アルの魔法というコンボに勝てるはずもない。

ゆっくりと俺の意識は闇に呑まれて行くのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 難行苦行 …………くー…………(←爆睡中)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/26 02:39


SIDE Konoka......



「んーーーーっ…………やっぱ、ベッドが変わるとイマイチ疲れが取れへんなぁ…………」


めいっぱい伸びをして、ウチはそんなことを呟く。

ホンマ、身体中あちこち痛うて敵わんわぁ…………。

昨日あんだけ歩きまわったんやし、当たり前やけど。

まぁ、筋肉痛がすぐ来るんは若い証拠言うし、ここは前向きに考えなな?

そう結論付けると、ウチはくるりとみんなの寝床を見まわして、あることに気付いた。


「…………はれ? もしかして、ウチが一番早起きさん?」


部屋の中で一緒に寝てたみんなは、まだ布団の中でゆっくりおやすみ中みたいや。


「ふふっ。みんな良ぉ寝とるみたいやなぁ」


ウチら今遭難しとる筈なんに、こないにぐっすり眠れるなんて何や可笑しな感じやな。

そう思て、ウチは自然と笑みを零してた。

ホンマに、みんな図太い言うか、逞しい言うか…………まぁさっきまでぐっすりやったウチが言うのもなんやけど。

けどま、確かにこのメンバーやったら、不安がってがたがた震えとるよりも、こんな感じでいつも通りしとる方がしっくり来るやんな。

それに、昨日ネギ君の言うてた言葉通り…………もしもんときはコタくんが助けに来てくれるって、みんな信じとるんやろうな。

何や知らんけど、コタくんて不思議と信頼出来てまうし、きっとみんなもおんなし気持ちなんとちゃうかな?

ふふっ…………何や、自分の好きな人がみんなにそう思われてるのって、自分のことみたいに嬉しいもんやな。

…………ウチの知らん間に、随分他の女の子と仲良ぉなっとんのは癪やけど。

とは言うても…………コタくん、今頃何しとるんやろ?

昨日、上で会うたあの人…………ウチはせっちゃんみたいに魔法のこととか良ぉ分かれへんけど、何や怖そうな雰囲気やったし。

前に会うた、コタくんのお兄はんとは全然ちゃう、あんな怖さやあれへん。

せやけど昨日のあの人の怖さは、コタ君のお兄はんより、ずっと上やった気がする。

…………けど、何やあの雰囲気て、どっかで感じたことがあるような気がするんよねぇ?

どこやったやろ? 結構、何回か見てる気がするんやけど…………って。


「…………あの人の雰囲気。せっちゃんと手合わせしとるときのコタくんにそっくりやったんや」


そう言えば、まきちゃんやくーへも『コタくんに似てる』言うてたし…………ん?

コタくんに見た目も似てて、雰囲気もそっくり…………?

そ、それに、暗うて良ぉ見えへんかったけど、あの人、頭にコタくんのホンマの耳と似たようなん生えてたような…………。

んでもって、コタくんのお父はんは、今何処で何をしとるか分からへん妖怪さんやってせっちゃんが言うてた。

おまけにコタくんは、あの人んこと『知り合い』や言うてたし…………。


「も、もしかしてあん人…………!?」


し、しもたぁっ!!!?

ちゃ、ちゃんと挨拶しとけば良かったんに、何で普通に素通りしてもうたんやろ!!!?

う゛ぅぅ…………せやかて、今更会いに行くことなんてでけへんし、それにまだそうやと決まった訳やあれへん。

こうなったら、コタくんと再会出来たときに、詳しい話を聞くしかあれへんな!!

ぎゅっと、ウチは両手を握り締めて、そんな風に決意を新たにした。


「えーと…………とりあえず、そろそろみんなを起こした方が良えやんな?」


時計を見ると、もう朝の7時やった。

今日はこれからみんなで期末の勉強する約束やし、そろそろ起こして朝食にせんと時間がもったいない。

まずは…………やっぱルームメイトやし、隣に寝とる明日菜からやな。

あ、ちなみに、布団の配置はこんな感じやえ。



<楓><くーへ><まきちゃん>
<ゆえ><ウチ><明日菜><ネギ君>



ネギ君が端っこなんは、ウチらに気を遣うてくれたから。

誰がネギ君の隣になるかいう話になったときは、明日菜が一番仲良えしゆーことで、自分からネギ君の隣に寝ることに決まった。

まぁ余談やけどな。

さて、ほなら寝ぼすけさんと起こすとしまひょか?


「明日菜ー? もう朝やでー? そろそろ起きなあかんえー?」


できるだけ優しゅう声をかけながら、ウチは明日菜の掛け布団をゆっくりと剥ぐ。

もぉ、相変わらずあんま良くない寝相やなぁ。

…………なんて、微笑ましく思えたんは、掛け布団をちょっと摘まんだとこまでやった。

明日菜の掛け布団を全部取ったウチは思わず…………。


「え゛…………?」


その中身を見て、何も言葉が出て来ぃひんようになってもうた。

何せ、明日菜の布団の中には…………。


「んぅ…………すー…………」


…………明日菜の胸に顔を埋めて、気持ち良さそうに寝息を立てとるネギ君がおったんやから。



SIDE Konoka OUT......











SIDE Asuna......



「…………んんっ…………」


まどろみの中、私はふと騒がしさを感じた。

…………何なのよー?

こっちは昨日のドタバタで疲れてんだから、もうちょっと寝かせてくれてもいいじゃない…………。

そう思って、私は目を開けることすらなく、再び眠りに落ちようとする。

けど…………。


「…………や、やっぱ明日菜とネギ君って、そーゆー関係だったんだ…………!?」

「…………は?」


何か今、聞き捨てならない台詞が聞こえなかった?

多分あの声はまきちゃんだと思うけど、私とネギがどうのって…………一体何の話?

というか、もしかしてみんなが騒いでる話題の中心って、もしかして私とネギなわけ?

…………ん? そーゆー関係って…………もしかして私とネギ、こ、恋人だって思われてるのっ!?

ゆ、悠長に寝てる場合じゃないっ!! 早く誤解を解かないと!!

思わず私は、布団から跳び起きようとして…………。



―――――がしっ



「ふぎゃっ!!!?」


誰かに思いっきり抱きつかれて、起き上がることに失敗した。

あたたたた…………な、何なのよ一体!?

勢いを付けてたせいで、引き戻された私は、床で横頭をしたたかに打ちつけてしまった。


「お? 明日菜殿が目を覚ましたようでござる」

「ホントね。何か痛そうアルが、ダイジョブか?」

「い、いえ、お二人とも、今問題なのはそこじゃないです」


いたっていつも通りに声をかけてくれた楓ちゃんとくーふぇに、夕映ちゃんが何か慌てたように突っ込んでる。

それを聞いて私は、今度こそ起き上がろうとするけど、やっぱり上手くいかなかった。

…………仕方ない、とりあえず首だけを動かして周りの様子を確認しよう。

そう思って、首だけで周囲を見回す私。

まず目に入ったのは、先程同様、いつもと同じ雰囲気で私のことを見下ろしている楓ちゃんとくーふぇ。

それから、その隣で二人に突っ込みを入れてる夕映ちゃん。

何でか知らないけど、夕映ちゃんのほっぺは少し赤くなっていた。

そんな3人とは反対側に視線を移すと、残っている2人、このかとまきちゃんが視界に入ってきた。

来たんだけど…………何と言うか、この2人の様子は他の3人と明らかに違っていて分かりやすい。

何と言うか…………夕映ちゃんよりも明らかに顔が赤いし、少し興奮気味?

…………いや、何でよ?




―――――ぎゅっ…………



「ん?」


不意に私の背中に回されていた腕に、少しだけ力が籠った。

…………は?

い、いやいやいやいや!? おかしーでしょっ!?

冷静に考えてみたら、誰かに抱きつかれて布団に引き戻されたって…………何よその状況っ!?

とゆーか、この場所には今私達7人しかいないわけで、しかも私以外の6人の内、5人は横になってるままの私を見下ろしてる…………。

それってつまり…………犯人は1人しかいないってことじゃないっ!!!?

慌てて視線を下に移す私。

そこには…………。


「…………ふみゅ…………おねーちゃん…………」


…………何か幸せそうな寝顔で私の胸に顔を埋めてるネギが居た。

…………って!!!?


「ちょっ!? ね、ネギっ!? な、何やってんのよっ!!!?」


ど、どーして私の布団にネギがっ…………!?

と、ともかく!! 何とかしてこいつ引っぺがさないと…………けど、ネギって男装してるだけで『女の子』なのよね…………。

これが小太郎なら迷わず蹴り飛ばすとこだけど、さすがに女の子に乱暴は出来ない。

け、けど、早く何とかしないと5人の目…………特に約2名の期待に満ちたというか、興奮気味な眼差しが痛い。

仕方なく、私は自由になる右手でネギの肩を軽く揺すった。


「ネギっ! ねぇ? 起きてってば!?」

「ん、んぅ…………?」


お? 起きたかな?

よし、後はどうにかしてネギに誤解を解いてもらわないと。

正直な話、私ってばその…………ば、バカだし、この状況で上手に言い訳する自信なんてない。

だから、ここは何としてもネギにがんばって貰わなきゃ。

そう思って、更にネギの肩を揺する手に力を込める。

…………それがマズかったのかも知れない。



―――――ぎゅぅぅぅううう~~~~~…………



「ちょっ!!!?」


な、何で余計に力が入ってんのよっ!?

というか、こんだけ揺すられて起きないって、一体どんな神経してるわけ!?

しかし、未だ眠っているネギの攻撃は、それだけじゃ済まなかった。


「…………おねーちゃ…………いーにおぃ…………」



―――――すりすり…………



「ひぁんっ…………!?」

「「おおっ!!!?」」


私の胸にネギが顔擦りつけて来たせいで、思わず変な声を上げてしまう。

それに妙な歓声を上げた2人に気が付いて、咄嗟に口を抑えたけど、きっと後の祭りだろう。

…………ね、ネギの奴、わざとやってんじゃないでしょうねっ!!!?

そうとしか思えないネギの行動に、私は苛立ちを覚えた。


「くっ…………このぉっ…………!!」



―――――がしっ



いつまで経っても悪くなる一方なこの状況。

痺れを切らした私は、ネギが女の子だっていう事実も忘れて、彼女の頭を鷲掴みにする。

そして…………。



「―――――いい加減、起きろーーーーっ!!!!!!」



そんな叫び声を上げながら、私はネギの身体を思いっきり投げ飛ばしたのだった。










「本当にすみませんでした…………」

「…………」


あれから、投げ飛ばされたネギと一緒に、何とかみんなの誤解をといた私達。

起きたネギはみんなに、寝ぼけて私の布団に潜り込んてしまったと、そう説明してくれた。

まぁ、それで何とか誤解は解けたんだけど…………普通、寝ぼけて男子が女子の布団に潜り込んだのに、あれくらいで済む筈がない。

もちろんそこはネギの容姿とか、ここに来るまでにいろいろネギが頑張ってくれていたこともあって、みんなはすんなり納得してくれた。

けど一応、私は被害者って立場だし、仕方なく怒ってるふりをしてるんだけど…………。


「あうぅ…………ぐすっ…………」

「…………」


…………な、何だろ? こ、この妙な罪悪感は?

普通に考えれば、布団に潜り込まれて怒るのは当然のことなのに、何でかしゅんとしてしまってるネギを見てると、こっちが悪いことをしてる気になってくる。

何と言うかこう、雨に濡れた捨て犬を見過ごすときの感覚?

だ、だって今のネギって、何か叱られた子犬みたいなんだもん。

…………も、もーいいわよね?

周りに自分とネギしかいないことを確認して、私はそんなことを考えた。

今、このかはみんなの朝食を用意してくれてて、夕映ちゃんはその手伝いをしてる。

まきちゃんとくーふぇ、楓ちゃんは布団の片付けをしてくれてて、私とネギはこれから勉強に使う参考書を探しに来ていた。

そんな訳で、私達は完全に2人きり。

さすがにここまでくれば、誰も見てないだろうし、もう怒ってるふりをする必要はないわよね?

と、というか、これ以上目に一杯涙を溜めて今にも泣き出しそうなネギを放っておくとか、私の心臓に悪過ぎ。

私はすうっと深呼吸をすると、俯き気味で付いて来ていたネギに振り返った。


「別にもう怒ってないわよ。だからそんなに気にしなくって良いってば」

「へ…………?」


苦笑いを浮かべながら私がそう言うと、ネギは驚いた様子でぱっと顔を上げた。

顔を上げたネギは、目に一杯涙を溜めていて、そのせいか少し頬も赤い。

どちらかといえば可愛い部類のネギだけど、何と言うかその様子はとても綺麗に思えて、私は一瞬息を飲んだ。

う゛…………な、何? この胸がきゅんってする感じは?

べ、別に私、そっちの趣味なんかないわよっ!?

…………とゆーか、よくよく考えたら神様ってふこーへーよね。

私のクラスには、たいがい美人が揃ってて、私はそれを見慣れてる。

だけど、何と言うかネギはときどき、そんな私でも思わず見惚れてしまうような、そういう可愛らしさを持っていた。

単純に容姿だけの問題じゃなくて、きっとそれはネギの性格も影響してるんだろうけど。

…………何か、同じ女としては複雑よね?

とはいえ、他のみんなはネギの事を男と思ってるわけだし、意外と私みたいに思ってる人は少ないのかもしれないけど。

…………と、そんな風に思わず息を飲んで、言葉に詰まった私に、きょとんとしていたネギは、慌てた様子でこんなことを言った。


「け、けどっ!? そ、その…………ね、寝ている女の人の布団に潜り込むなんて、え、英国紳士にあるまじきことですし…………」

「は? い、いや英国紳士って…………ネギ、あんた女でしょ? 私がそれを知ってるってこと忘れたの?」

「え? …………あ!! そ、そーいえばそーでしたっ!!」

「…………ぷっ」


言われて初めて気が付いた、というネギの様子に、私は思わず吹き出していた。

それにしても英国紳士って…………まぁ、今まで男として生活させられてたらしいし、そんな風に躾けられたのかも知れないわね。


「あははっ…………ま、そーゆーことだからさ。女の子同士なんだし、寝ぼけて布団に潜り込んできたことなんて、ちょっとした事故でしょ? 別に気にしないわよ」

「あ、アスナさん…………ぐすっ、あ、ありがとうございます…………ぼ、ボク、アスナさんに嫌われたんじゃないかって…………ぐすっ…………」

「あーもう、泣かないの。全く、こんなことくらいで嫌いになったりするわけないでしょ?」


緊張の糸が切れたのか、溜まりに溜まっていたネギの涙は、ついに彼女の瞳から溢れだしてしまった。

私は慌ててブレザーのポケットからハンカチを取り出して、彼女の涙を拭う。

全く…………昨日の夜といい今といい、結構ネギって涙もろいわよね。

こんなんで本当に男として生きていけてるのかしら?

不意にそんな心配が頭に浮かんだ。


「す、すみませんっ。安心したらつい…………」

「ホントに泣き虫なんだから。とゆーか、あんた大勢で寝たらいつもああなの?」

「え? ど、どういうことですか?」

「いや、だから隣の人の布団に寝ぼけて潜り込んじゃうのかってことよ」


質問の意味が分からなかったのか、首を傾げたネギに私はそう付け足す。

よくよく考えたら、ネギって小太郎と同室なのよね。

もしネギがあんな風に誰の布団にでも寝ぼけて潜り込んじゃうんだとしたら…………。

むしろそっちのが問題よね? 

ネギは女の子で、あいつは男なわけだし…………。

そんな私の意図に気付いたらしい、ネギは顔を真っ赤にすると、わたわたと手を振りながらそれを否定した。


「そ、そんなことありませんっ!! こ、小太郎君と一緒に暮らし始めてもう1カ月になりますけど、これまでそんなことなかったですし!!」

「そうなの? じゃあ何で昨日は私の布団に潜り込んで来たわけ?」

「そ、それはそのぅ…………」


改めてそう尋ねた私に、ネギは気まずそうな声を漏らす。

な、何? 何か言いにくい理由でもあんのかしら?

地雷を踏んでしまったかと心配になる私。

けどネギは、そんな私を余所に、きゅっと唇を引き結ぶと、恥ずかしげにその理由を教えてくれた。


「じ、実はボク、良くお姉ちゃんと一緒に寝てて…………12になった頃からは、1人部屋なんですけど、それでも結構最近まで夜中にふと気付くとお姉ちゃんの部屋に移動してたりするんです…………」

「あー…………」


なるほど…………確かに私達の歳でそれはちょっと恥ずかしいかも知れない。

ネギと話をしてると、良くそのお姉さんのことが話題に上るし、ネギはかなりのお姉ちゃんっ子なんだろう。

で、そのお姉ちゃんと一緒に寝ることが多かったから、未だに眠たくなると人肌恋しくなっちゃう…………多分そういうこと。

昨日横に寝てたのが私で本当に良かったわね…………。

そんな風に納得した私だったんだけど、ネギの台詞にはまだ続きがあった。


「そ、それに、アスナさんって、どこかお姉ちゃんに似てるんです。だから、それでつい懐かしくて、あんな恥ずかしい癖がでちゃったんじゃないかと…………」

「え?」


ネギの言葉に、私は思わず目を丸くした。

…………ネギのお姉さんて、綺麗で優しい人だってネギが言っていたはず。

そ、そんな人と私が似てるって…………な、何か照れるわね。

思いがけないネギの応えに、私は頬が熱くなるのを感じた。


「ま、まぁ私とお姉さんの話は置いといて…………それじゃ、小太郎に抱きついたりってことはないのね?」


照れ隠しに、思い切り話題を変えようとする私。

そんな私の気持ちに気付く素振りもなく、ネギは私の問いにしっかりと頷いた。


「は、はい。これまではちゃんと起きたら自分のベッドで寝てましたし。それにボクは2段ベッドの上段を使わせてもらってますから、潜り込んだボクを小太郎君がわざわざ上に運ぶのは難しいと思います…………」

「そうなんだ? まぁ、ネギがそういうならそうなのかな?」


そんな風に、口ではネギの意見に同意した私だったけど、実のところこの件に関してはまだ完全には信用しきれてなかった。

だって、詳しいことは分かんないけど、小太郎のやつ学園最強の魔法使いの1人なんでしょ?

そうじゃなくても、あいつは以前、少なくともネギよりは大きな私を軽々抱き上げて町内を一周して見せてる。

眠ってるネギに気付かれず、彼女をベッドに戻すくらい難なくやってしまいそうだ。(←何気に鋭い)

それに…………何かこの件に関しては、あいつは叩くと埃が出るような気がしてならない。

何の根拠もないけど、私の女の勘がそう囁いていた。

…………まぁ、その話はここまでにしとこう。

私が怒ったふりをしながらも、ネギと2人きりになれる状況を作ったのには、ちゃんと理由がある。

それは昨日の夜、目を覚ましたネギが言っていたこと…………。



『―――――彼がボクの知ってる彼じゃなくなっちゃうんじゃないかって…………恐いんです』



その言葉が、どうにも頭に引っかかっていて仕方なかった。

あの時はネギを落ち着かせるため、それに…………癪だけど、本当に小太郎のことを信用してたってこともあって、何でもないように振る舞った私。

だけど、実際に小太郎の身に何かあったのだとしたら、それはこんなことにあいつを巻き込んだ私の責任だ。

だからって訳じゃないけど、もし小太郎の状況に昨日から何か大きな変化があったのならどうにかして知りたい。

そしてそれが出来そうなのは、ことの発端であるネギしかいない。

だから私は、こうしてネギと2人きりになれる状況を作った。

再び深呼吸をすると、私は表情を引き締めて、ネギに向き直る。


「ねぇネギ? あれから小太郎の魔力に何か変化はあったの?」

「!? …………はい、ボクもそのことをお話しようと思っていたんです」


先程まで泣いていたのが嘘のように、真剣な表情になりながらネギは声のトーンを落とした。

その様子から、小太郎の身に何か大きな異変が起こったのは間違いないだろう。

私は思わず生唾を飲み込みながら、ネギの言葉を待った。


「実は…………昨日は意識しなくても感じられる程に膨れ上がっていた小太郎君の魔力が、今朝になってまるで感じられなくなっていたんです」

「っっ…………!?」


…………う、嘘でしょっ!?

小太郎の魔力が消えてる。

魔法については全然分からない私でも、それが意味することは何となく予想できる。

思わず私は、ネギの肩を強く掴んでいた。


「あいつは…………!? 小太郎はどうなっちゃったのっ!!!?」

「お、落ち着いてくださいアスナさんっ!! ボクが言ったのは、意識を集中させないと感じられないほど、彼の魔力が小さくなってたってことです!!」

「えっ? …………小さく、なってた?」


そ、それって、消えた訳じゃないってこと?

小さくなってたってことは、つまり小太郎の魔力はちゃんと感じられるってことで、つまりそれは…………。

思考が追い付かず、思わず黙り込んでしまう私。

そんな私に、ネギは小さく優しげな笑みを浮かべて、しっかりと頷いた。


「小太郎君はちゃんと生きてます。昨日感じた禍々しさもなくなって、普段通りの彼の魔力に戻ってました」

「…………よ、良かったぁ~~~~っ」


ネギの言葉を聞いた私はへにゃへにゃと、その場にへたり込んでしまう。

…………良かった。

責任逃れするつもりはないけど、さすがに私のせいであいつに死なれるなんて寝覚めが悪過ぎるもん。

それにあいつには、借りもかなりあるし…………本当に無事で良かった。

あいつの無事を知って、今度は私の方が思わず泣いてしまいそうだった。


「あ、アスナさん!? だ、大丈夫ですか!?」

「ご、ごめん…………な、何か安心したら力が抜けちゃって…………」


心配そうに私の顔を覗き込んで来たネギに、苦笑いでそう答える私。

それで安心したのか、ネギは驚いたような顔を浮かべた後、すぐに私とおんなじ苦笑いになって、すっと手を差し伸べてくれた。


「あははっ。アスナさんってば、昨日は小太郎君なら大丈夫だって言ってたのに、本当は心配だったんですね?」

「なっ!? ち、ちち違うわよっ!? だ、誰があんなやつの心配なんてっ…………!!」


…………ま、まぁ、ちょっとくらいは…………本当に1ミリくらいは心配しないこともなかったけどさっ。

けど、何だかそれを正直に言うのは悔しいので止めておいた。


「わ、私はただ、巻き込んだのは自分だし、これであいつが死んだりしたら寝覚めが悪いじゃない? た、ただそれだけよ!!」

「くすくす…………それじゃ、そう言うことにしておきますね?」


ネギに助け起こされながら、精一杯に強がる私。

そんな私に、ネギはどこか含みのある笑みを浮かべながら、そんなことを言うのだった。

…………全く、さっきまで捨てられた子犬みたいだった奴と同一人物とは思えないわね。

昨日の夜とは全く逆の立場に、私は思わず溜息を付いていた。


「はぁ…………ん? ちょっと待って。ネギ、確か小太郎の魔力が小さくなってるって、言ってたわよね?」

「え? は、はい。確かにそう言いました」

「そ、それってマズくないのっ!?」


何度も言うけど、私は魔法のことに関しては何も知らない。

だから、何となくのイメージだけど、魔力って何となく魔法使いがどれくらい元気かを表す基準みたいなものってことよね?

それが小さくなってるってことは…………間違いなく小太郎の身に何かが起こったってこと。

それを心配して私はネギに尋ねたんだけど、ネギはどういう訳か、笑顔のまま首をふるふると横に振った。


「確かに小さくはなってますが、小太郎君の魔力は安定してます。なので多分どこかで身体を休めてるんじゃないでしょうか?」

「身体を休めてるって…………それじゃやっぱり、あいつどっか怪我とかしてんじゃないの!? 放っておいて大丈夫なわけ!?」

「アスナさんの心配はごもっともですが、本当に小太郎君が命に関わるような怪我をしていれば、もっと魔力は不安定になるはずなんです。それがないということは、一先ずはですが、安心して良いと思いますよ?」

「そ、そうなの…………?」


で、でも、あの体力バカが身体を休めなきゃいけないほどの怪我をしてるって…………私達より、むしろあいつに助けが必要な気がするんだけど?

未だに不安が拭えず、顎に手を当てながら思案する私。

そんな私に、ネギはこんな説明を付け加えてくれた。


「えと、アスナさんもご存知の通り、小太郎君は魔族…………日本でいうところの妖怪のハーフなんですよ。ボクも詳しいことは分かりませんが、小太郎君の話だと、彼は野生の動物と同じように、魔力や体力を大きく消耗すると、無意識の内にそれを回復するため、深い眠りに着いてしまうそうなんです」

「そ、そう言えば、あいつ犬の妖怪だって言ってたわね…………」

「はい。それに小太郎君が言うには、彼は銃に撃たれたり、刃物で切り付けられたりしても死なないし、もし重傷を負っても1日で傷が全部塞がるくらい回復が早いそうですし」

「はぁっ!? じゅ、重傷が1日で完治!?」

「ええ。それどころか多少の怪我なら獣化…………えと、完全に妖怪の姿になることらしいんですが、その状態になっただけで、一瞬で治るんだとか」

「…………」


真剣な表情で説明してくれるネギに、私は最早驚きの声を上げる気力すらなかった。

…………妖怪って、なんて便利なのかしら。

けど、とりあえず小太郎は無事ってことで良いのよね?


「それにしても…………昨日と違って、随分落ち着いてるじゃない?」


さっきネギも言ってたけど、これじゃ全く立場が逆だ。

何だかそのことが可笑しくて、私は苦笑いを浮かべながらネギにそう言った。


「えへへっ…………アスナさんが教えてくれましたからね。小太郎君は約束を破ったりはしない人だって」

「…………ま、そんなこと言った気がしないこともないわね」


優しく笑顔を浮かべて言ったネギ、私はいつも通り、素直になれずそんな悪態を付いてしまうのだった。










…………で、あれから30分後。

私達はこのかの用意してくれた朝食を食べて、今はまったりとしてる。

と言っても、このかとネギ、あと手伝ってる夕映ちゃんが食事の後片付けを終えるまでの僅かな時間なんだけどね。

…………けど、これだけ女の子ばっかり集まってて、きちんと料理できるのが2人しかいないっていうのはどうなのかしら。

それ以上考えると何だか鬱になりそうだったので、私はそこで思考を一時中断することにした。

そんな時だった。


「…………アスナっ、アスナっ」

「ん? …………どーしたの? まきちゃん?」


いつの間にか私の座っていた席の隣にやって来ていたまきちゃんが、小声でそう呼びかけて来たのは。

思わず私も小声になりながらまきちゃんに返事する。

な、何か妙に真剣な顔してるけど…………どうしたのかしら?

いつもと違うまきちゃんの気迫に、やや気後れを感じながら、私は彼女の言葉を待った。


「…………あのねっ? ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

「…………え、ええ? 別に大丈夫だけど? 何?」

「…………今朝のことなんだけど、アスナとネギ君って、本当に付き合ってる訳じゃないんだよね?」

「ぶっ!!!?」


よ、よりにもよって何でその話題を蒸し返す訳っ!!!?

まきちゃんの唐突な質問に、私は思わず吹き出していた。


「あ、あのねぇっ!? 何度も説明したけど、あれはネギが寝ぼけてただけで、ホントに私達は何でもないんだってば!!」

「あ、アスナっ、声が大きいって…………えへへっ。けど、それを聞いて安心したよ」

「は…………?」


私の応えに、まきちゃんは何故か満面の笑みを浮かべて、そんなことを言い出す。

そんな彼女のほっぺは、今朝とは違う様子で、赤く染まっていた。

私とネギが付き合ってなくて安心?

…………ちょっと待って。それってまさか…………!?


「…………ま、まきちゃん? も、もしかしてネギのこと…………?」

「え? …………う、ううん!! べ、別に好きってわけじゃないよ!? ただ、ちょっと気になるかな~くらいで…………」


慌ててそんな風に否定したまきちゃん。

だけど彼女の頬は相変わらず赤いままで、その台詞にはまるで説得力が無かった。

…………こ、これってマズいわよね?

だ、だってネギは男装してるだけで、本当は『女の子』。

もし仮に、まきちゃんが本気でネギのことを好きだとしても、それは敵う筈のない恋になってしまう。

…………まぁ、たまに例外な人もいるみたいだけど。

ネギがそんな希少な人種だとは到底思えない。というか思いたくない。

こ、ここは何とかして、まきちゃんの気持ちがこれ以上ネギに傾かないようにしなきゃ…………!!

そう思った私は、すぐさまこんなことをまきちゃんに聞いてみることにした。


「…………け、けど、どうしてネギなの? その、護衛を頼んだ本人が言うのも何だけどさ。ネギってほら見た目女の子みたいで頼り甲斐なさそうじゃない?」


…………女の子みたいというか、女の子そのものなんだけどね。

咄嗟に出た言い訳に、心の中でそう突っ込んでおいた。


「…………そーかなぁ? だって、ここまで無事に来れたのってネギ君のおかげみたいなものじゃない? それに、ここに落ちて来ちゃったときも、ぶっちゃけアスナと私のせいなのに、それを責めたりしないで、私達のこと励ましてくれたり…………そう考えたら、結構頼りになると思うんだけど?」

「う゛っ…………!? ま、まぁ確かに、そうと言えないこともないわね…………」


楽しそうにこれまでのネギの武勇伝を語るまきちゃん。

そんな彼女に、私は思わず蛙が車に轢かれたみたいな変な呻き声を上げてしまった。

…………ま、まぁ確かにまきちゃんの言う通り、ネギの奴は頼りになるとは思うけどさ。

正直、この状況でみんながこんなに普通にしていられるのは、あいつがみんなを励ましてくれたおかげだし。

…………って!! 違う違う!! 今はネギに感心してる場合じゃないんだってば!!

目的から大きくそれたことを考えていた私は、頭をぶんぶんと振って本来の目的へと頭を切り替えた。


「…………け、けどさ? やっぱり見た目とかも重要だと思うわよ? ほ、ほら? ネギって実は、このメンバーの中だと夕映ちゃんの次に身長低いし」


ネギからこの前聞いた、彼女の身長を思い出しながら、私はさらにそんなことを言ってみる。

さすがに身体的なことに関してはまきちゃんもフォローのしようがないでしょ。

そんな風に心の中で勝ち誇っていた私だったけど、その考えが甘かったことを、次の瞬間思い知らされた。


「…………確かに、今はそうかもしれないけど、男の人って20歳くらいまで身長伸びるって言うし。それに、もし身長が伸びなかったとしても、私可愛い系の人がもともと好みだからさ」

「…………」


…………ま、まさかそう切り返してくるなんて。

恋する乙女侮り難し…………。

ど、どうしよー!? これじゃ、私が何言っても無駄じゃない!?

ね、ネギが無闇に頑張ったりするからー!!(←錯乱中)

…………うぅっ。本当にどうしたら…………?

わ、私には友達が傷つくのを黙って見てるしか出来ないってわけ?

そんな風に、ぐるぐると私が思考の海に陥っていた時だった。


「お待たせしましたみなさん。片付けは終わったので、さっそくテスト勉強を始めましょう」

「みんな、がんばろーなー?」


片づけを終えた3人が、私達のところに戻ってきたのは。


「!? あ、アスナっ。今の話、まだみんなには内緒にしててねっ?」


ネギが戻ってきたせいか、まきちゃんはそんなことを言い残すと、ぱっと私の隣の席から立ち去って行ってしまった。

残された私は、1人新たに浮上した問題に頭を悩ませる。

…………あーもう!! こんなんじゃ試験勉強どころじゃないじゃないっ!!!?


「アスナさん? どうかなさったんですか?」


いつの間にか、私の近くまで来ていたネギが、心配そうに私の顔を覗き込んできた。

…………あ、あんたのことで悩んでんのよっ!!!!

なんて、言える訳もなくて、私は一層鬱屈とした気分になるのだった。



SIDE Asuna OUT......



[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 休み時間 氷山一角 …………(←死体のように爆睡中) アル:…………息、してますか?(ニコニコ)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/26 02:43


SIDE Negi......



「…………はい、以上で社会の試験範囲は大体終了ですね」


パタンと教科書を閉じると、ボクはみんなに向き直りながら笑顔を浮かべた。

朝食の片付けを終えたボクは、木乃香さんと交替で皆さんに勉強を教えている真っ最中だ。

ちなみに午前の科目は理科と社会。

暗記科目だし、直前の詰め込みだけでも十分点数アップに繋がると思ったから。

前半は木乃香さんが理科を、そして後半はボクが社会を教えてたんだけど、今までこんな風に人に勉強を教えたことなんてなかったから、少し緊張してしまった。

…………ど、どうかな? みんなちゃんと理解できたかな?

みんなの学力云々の話じゃなくて、ボクの教え方的な意味でそんなことを心配してしまう。

そんなボクだったんだけど…………。


「ネギ君すごぉい!? 教えるの上手だねー? 学校の授業より全然分かりやすかったよー!!」

「うむ。試験のヤマもしっかり教えて頂けたし、要点が飲み込みやすかったでござる」

「ムツかしい漢字に、振り仮名打テくれてたのも助かたアルヨ~」

「…………ほっ」


上から順に、まき絵さん、楓さん、古菲さんがボクの講義にそんな好意的な評価を述べてくれる。

いろいろと手探りでやった講義だったけど、みんなにそう言ってもらえて一安心だ。


「えへへっ…………大勢の人にこうして勉強を教えるなんて初めてだったし、実は凄く緊張してたんですが、そう言って頂けて良かったです」

「いえいえ、とても初めてとは思えない見事なご講義だったです。まき絵さんのおっしゃるとおり、学校の授業より余程有意義でした」

「ホンマになぁ? 午後はウチが国語のヤマ教える予定やったんに、何かハードル上がってもうた気がするえ」


はにかみながら言ったボクに、夕映さんと木乃香さんがそんな言葉を掛けてくれる。

えへへっ…………こんなに手放しで褒められると、何か照れちゃうな。

あれ? そう言えば、アスナさんずっと黙ってるけど…………もしかして、分かり辛かったのかな?

恐る恐るアスナさんに視線を移すボク、すると…………。


「…………(かりかりかりかりっ)」


アスナさんは必死で黒板にボクが書いたことを書き写していた。

あ、あはは…………ちょっと板書のスピードが速すぎたのかな?

午後の英語ではもう少し気を付けよう。

ノートと格闘を続けるアスナさんを見て、ボクはそんなことを決意するのだった。


「…………さて、お昼まで時間もありますし、残った時間は自習にしましょうか? まだ黒板を写してない人は、このままにしておくのでゆっくり書いてください。ただ写すんじゃなくて、内容ををきちんと頭に入れながら書き写すとより効果がありますから」

「「「「「はーーーーい」」」」」


ボクの言葉に、5人は元気良くそんな返事をしてくれた。

…………この分だと、本当に魔法の本無しでも、それなりの成績アップは望めるかもしれないな。

ここまで勉強を見ていて気が付いたけど、実際のところ、バカレンジャーって言われてる5人は、そんなに頭が悪いという訳ではないみたいだ。

まずは古菲さんだけど、彼女は日本語の勉強が追い付いていないだけで、理解力が劣っていると言う訳じゃない。

だから、こちらが彼女のペースに合わせて教えてあげると、きちんとそれを吸収してくれる。

なので、何度も繰り返して復讐すれば、きちんと成績は伸びそうだ。

それから、アスナさん、まき絵さん、楓さん。

この3人の問題はとても分かりやすいものだった。

何と言うか、彼女たちは基本が出来ていないのだ。

そしてその理由は、単純に勉強に時間をかけていないから。

まき絵さんは新体操部のエースだって言ってたし、アスナさんはアルバイトが忙しいって言ってた。

楓さんは…………詳しいことは分からないけど、図書館に入る前、小太郎君の格闘技仲間みたいなことを言ってたし、その辺の事情だろう。

そんな訳で、彼女たちはこれまで殆ど勉強に裂けるような時間が無かったんじゃないかな?

だからきちんと時間を掛けさえすれば、少しずつとは言え成績はついて来てくれると思う。

残るは夕映さんだけど…………ボクは彼女が一番問題かも知れないって思ってる。

夕映さんは何と言うか…………勉強に対する興味が余りにも希薄なのだ。

というより、勉強に目的意識がないって言うべきかな?


恐らく、単純な学力、教養という点では、彼女は他の4名と比べて、頭一つ抜き出て高いものを持っている。

だけど彼女は、それをどう活用して良いのか、あるいはそれに対してどんな目標を持って臨めば良いのかを図り兼ねてるんじゃないかな?

だから勉強に対して一生懸命になれない。

何のためになるか分からない勉強をするくらいなら、大好きな読書に時間を割いた方が、よっぽど有意義だって思ってる節も多々見受けられた。

もっとも、今回に限っては少し事情が違うみたいだけど。

どうやら彼女は、今のクラスというか、そのクラスにいる友達のことをすごく大切に思ってるみたいだ。

だから今回、クラス解散になる、或いは初等部からやり直しになるという状況に、他の4名以上に危機感を抱いている。

なので今してる勉強は彼女にとって『友達との楽しい学園生活を守る』っていう大きな目標の上に成り立っているのだろう。

他4名より学力が上な分、目標が出来た彼女は問題なく知識を吸いこんでくれているのだ。

…………救助を待つまでの代替手段として思いついたこの勉強会だったけど、思った以上に成果を上げてくれそうだな。

それもこれも、ここに来る前に小太郎君がボクにあんな約束を持ちかけくれたおかげだね。


『もし俺と離れても無茶はせず、そん時自分に出来ることを考えること』


小太郎君がああ言ってくれてなかったら、ボクは迷わず魔法を使ってみんなを地上へ帰そうとしていただろう。

そしてその結果として、ボクの偉大なる魔法使いへの道は閉ざされていた。

きっと彼は、そんな事態もお見通しだったのかもしれない。

…………全く、彼には敵わないなぁ。

そんなことを考えながら、ボクは思わず苦笑いを浮かべていた。


「…………あ! そう言えば、コタ君って自分の勉強大丈夫なのかな?」


奇しくもボクが小太郎君のことを思い浮かべていたのと同じタイミングで、まき絵さんがそんなことを言い出した。

…………というか、今の今までみんな彼のこと忘れてなかった?


「言われてみればそうでござるな」

「確かに、彼の性格と言動を考えると、マメに勉強をしているようには思えないです…………」

「ワ、私たちのせいで、コタローの成績が下がたら、かなり申し訳ないことになるネ…………」


そんなまき絵さんの言葉に、楓さん、夕映さん、古菲さんが、青い顔をしながらそれぞれに小太郎君の心配を口にする。

けど夕映さん、何気に小太郎君の成績が悪いって決めつけてませんか?

…………まぁ気持ちは分からなくもない。

正直、ボクもアレを目にするまで、きっと小太郎君は勉強なんてしない人なんだろうなぁ、なんて思ってたし…………。

ちなみに『アレ』というのは、ボクが小太郎君とルームシェアを始めた4日後のとある出来事。





その頃にはすでにボクは食事当番になってて、その日は少し早めに食事を終えていた。

そして、消灯までかなり時間が余ったボクらは、それぞれ思い思い過ごすことにしたんだけど…………。

その直後、小太郎君は躊躇い無く机に向かっていた。

余りに彼のイメージからかけ離れたその行動に、あまりに驚いたボクは、彼の背中から机を覗き込んで、こう声を掛けたものだ。


『こ、小太郎君? 勉強するの?』


今考えたら、何て失礼な言葉だったんだろうと反省している。

だけど、小太郎君はそんな周囲の反応に慣れていたのか、嫌な顔一つせず、こんな風に答えてくれた。


『ああ。マメに課題こなしとかんと、後で溜まってまうとやる気失せてまうからな』

『課題? あれ? 今日って、何か宿題とか出てたっけ?」

『あーちゃうちゃう。これは学校の課題やのうて、自分ルールで作っとる課題や』


少し慌てて尋ねたボクに、小太郎君は苦笑いを浮かべながらそう説明してくれた。


『自分ルール…………? それって、自己学習ってこと?』

『まぁ噛み砕いて言うとそーゆーことやな。学校の宿題だけやと実際勉強て不十分になりがちやろ?』

『た、確かにそうだね』


笑顔でそう尋ねて来た小太郎君に、ボクは自分の経験を通してその言葉が正しいことを痛いほど良く分かっていたので、素直にそう頷いた。

彼の言う通り、学校で教えてくれることは、事実必要最低限に抑えられていることが多い。

もっとも、それは学力に幅のある大勢の学生を一度に教えなくてはならない学校のシステム上仕方のないことなんだけど。

ボク以外にも、そんな風に思っている人がいたことが何か新鮮で、目を丸くしぱなっしだったボクは、いつの間にか笑顔を浮かべていた。

いたんだけど…………。


『ところで、今は何の科目を゛…………!?』


小太郎君が広げていた参考書を見て、思わず凍りついた。

だって、小太郎君が開いたページには、とても中学生が習うとは思えない複雑な数式やグラフがたくさん並んでいたんだから。

恐る恐る、そのページの上端に視線を移すボク。

そこにはゴシック体でこう記されていた。


『高校数学Ⅲ-C 応用編』


…………な、ナニコレ?

見間違いかと思って目を擦り、もう一度改めてその部分を見たボクだったけど、結果は変わらなかった。


『高校数学って、何でこんなの勉強してるのさっ!?』


余りに予想の範疇を越えた事態に、声を荒げながらそう質問したボク。

だけど小太郎君はそんなボクの反応も予想していたのか、事もなげにこう答えた。


『言うたやろ? 学校で教えとることやと不十分やって。それに、ネギかてこん程度の問題なら解けるんとちゃうか?』

『う゛っ…………ま、まぁ解けないことはないけどさ…………』


日本に留学する前、短期間だけど向こうの大学に在籍してたこともあるし、こちらでいう高校程度の科目なら一通り解ける自信はある。

…………だけどボク、そのことを小太郎君に言った覚えはないんだけどなぁ?

それに、ボクは事情があったけど、小太郎君にはそういう事情はない筈だ。

加えて、いくら学校で教えていることが不十分だとしても、いずれ高等部に進学したら習う内容なんだから、今からそれを先取りしておく必要はない。

そんな考えが顔に出ていたのか、ボクが尋ねる前に、小太郎君はこう言った。


『知識言うんは先取りしとって得することはあっても困ることはあれへんやろ? 実際、こんレベルの数学出来とったら中学の問題はへの突っ張りにもなれへんし』

『そ、それはそうだけど…………だ、だからって普通、独力で高校レベルの勉強をしようとは思わないよ』


ボクはこのとき、改めて小太郎君の規格外っぷりを垣間見たような気がした。

そんな気持ちを乗せて言った言葉だったんだけど、どうやら小太郎君は違ったらしい。

自分の行為がさも理に適ったことだと言うように、彼はぴっと右の人差し指を立てると、こう説明してくれた。


『これは俺の持論やけどな『知識は十分『武器』になる』。せやから、十把一絡げに色んなことを学ぶんは、俺にとって武術の腕を磨くんと同じくらい大事やねん』

『…………』


…………言ってることは正しいけど、高校数学はどうやったら武器になるのかな?

そう思ったボクだったけど、そう言った小太郎君が余りにも得意顔だったので突っ込むことは出来なかった。

彼の言った『知識は『武器』になる』という言葉には、感銘を受けたりもしていたしね。

事実、魔法使いにとって『知識』とは即ち『武器』だ。

多くの呪文を知り、その対応策を知れば、自然と魔法使いとしてのスキルアップに繋がっていく。

だから小太郎君の口にした言葉は、ボクのような魔法使いにとっては紛れもなく真理だったのだ。

そんな訳で、ボクはその日、黙々と問題集に挑む小太郎君を尻目に、普通に学校指定の問題集を解くことになった。





…………とまぁ、そんなことがあったおかげで、ボクの小太郎君に対するイメージはまた一つ大きく塗り替えられることになった訳だ。

後で担任の葛葉先生から聞いた話だと、小太郎君は本校男子中等部に入学して以来、通知表に5以外の数字を付けたことがないらしい。

日本には文武両道って言葉があるらしいけど、彼ほどそれを地で行っている人もいないだろうなぁ…………。

もっとも、彼とはクラスどころか学校の違う彼女たちはそんなことを知らないんだろうけど。

そう思ったボクは、彼女たちを安心させてあげようと、その事実を伝えようとする。

だけど、そんなボクよりも前に、彼女たちにこんな言葉を掛けた人がいた。


「コタくんのことなら、別に心配せぇへんでも大丈夫やと思うえ?」


にこやかにそんなことを口にしたのは、ボクと一緒にみんなに勉強を教えていた木乃香さんだった。

…………そう言えば、アスナさんが木乃香さんは小太郎君とかなり仲が良いみたいだって言ってたっけ?

そう考えると、彼女が小太郎君の学力を知っていても不思議じゃないのかな?

そんなことを考えて、ことの成行きを黙って見守るボク。

その目の前で、木乃香さんはみんなにこんな説明を始めた。


「コタくん、高校レベルの勉強とかしとるらしいし、試験前やからって特別勉強しとるみたいなことは、これまで殆どなかったんやて」

「こ、高校レベルって…………何でそんなことしてるの?」


驚きに目を丸くしながら、木乃香さんにそう尋ねるまき絵さん。

まぁ、彼の普段の言動しかしらなかったらその疑問はもっともだよね。


「何やったかなぁ? コタ君、口癖みたいに良ぉ言うてたんやけど…………」

「『知識は『武器』になる』ですか?」


首を傾げながら、彼の言葉を思い出そうとしている木乃香さんに、ボクはそんな風に尋ねてみた。


「あ、それそれ!! 武器や武器!! えとな、コタ君の話やと、勉強を頑張るんは十分武術の稽古に役立つんやて」


すると、どうやらボクの勘は当たっていたらしく、木乃香さんはぱんっと嬉しそうに手を会わせながらみんなにそう言った。

…………彼のそんな口癖まで知ってるなんて。本当に木乃香さんは小太郎君と仲が良いんだなぁ。


「武術に役立つ、ですか…………?」

「…………楓、私メチャクチャ耳が痛いアルが、血とか出てないアルか?」

「…………安心するでござる、古。拙者も正直耳が千切れそうだが出血はしておらんでござる」


木乃香さんにそう言われて、不思議そうに首を傾げる夕映さん。

そんな彼女の横では、小太郎君と同じく武闘派らしい楓さんと古菲さんがそんなやり取りをしていた。

…………確か日本には痛い所を突かれたときに使う、『耳が痛い』っていう慣用句があるんだっけ?

多分、今の2人のやりとりは、そんな慣用句に掛けたものなんだろう。

…………やっぱり結構頭良いんじゃないかな?


「まぁ、そこで高校レベルに手を出すあたり、ぶっ飛んでてあいつらしいわよねー?」


ようやく板書が一通り終わったのか、顔を上げたアスナさんが苦笑いを浮かべながら、そんなことを言った。

確かに、彼女の言う通り小太郎君の突拍子もない思いつきは実に彼らしい。

そう思って、ボクも思わず苦笑いを浮かべていた。

と、ちょうどその時…………。



―――――きゅるるるる…………



まき絵さんのお腹が、そんな風に可愛らしい鳴き声を上げたのは。

頬を赤く染めながら、まき絵さんは慌ててお腹を押さえる。


「あ、あはは…………こ、コタ君の成績のことで安心しちゃったらつい…………」


罰が悪そうに苦笑いを浮かべてそんな言い訳をするまき絵さん。

その様子が微笑ましくて、ボクはついつい吹き出してしまいそうになるの堪えながら、自分の腕時計に目をやった。

時刻は午後12時を少し回ったところ。

確かに普段だったら昼休みになってる頃だ。

どの道、もう自習をしてもらうつもりだったし、明日菜さんの板書も終わったんなら昼食にしても問題ないかな?

そう結論付けたボクは、みんなにこんな提案をすることにした。


「それじゃ、そろそろお昼にしましょうか? 朝は木乃香さんに任せてしまったので、お昼はボクが用意しますよ」


昨日の夜食と言い、図書館島に入って以降木乃香さんの料理にお世話になりっぱなしだからね。

これも自分に出来ることの一つだと思い、そう提案したボクだったんだけど、みんなからは意外そうな顔をされてしまった。

…………そっか。考えてみればボクは男の子っていうことになってる訳だし、料理が出来るのを不思議がられても無理はないのか。

けど、一応麻帆良って全寮制なんだし、料理が出来る男子だって少なくはないと思うんだけどな?


「ね、ネギ君、料理も出来るんだ?」


驚いた感じでそう尋ねて来るまき絵さん。

そんな彼女にボクは笑顔で頷いた。


「はい。家事は割と得意ですよ? イギリスに居た頃は、良くお姉ちゃんとお菓子なんか作ってましたし」


もっとも、料理の腕はお姉ちゃんには未だ及ばないけど。

それでも料理をするのは結構好きなんだよね。

何と言うか…………普段は性別を偽っている分、こう『女の子らしい事をしてる』っていう事実が妙に心地良いというか。

日本に来てから、小太郎君以外に手料理を振る舞ったことなんかないし、せっかくの機会だからみんなにもボクの料理の味を見て欲しかったんだけど…………。

そう思ってボクは、改めてみんなの顔色を伺う。

みんなまだ一様に驚いたような、感心したかのような表情を浮かべたままだったけど、ただ1人、みんなとは違う表情を浮かべている人が居た。


「ほな、お昼はネギ君にお願いしよか? けど人数多いし、1人やと大変やろうからウチも手伝うえ?」


そんな風に、はんなりとした笑顔を浮かべて言ってくれる木乃香さん。

それでみんな我に返ったのか、ようやく笑顔を浮かべてくれた。


「そうでござるな。せっかくだしイギリス料理と言うものも食べてみたいでござる」

「美味しい料理なら、何でも大歓迎ネ!!」

「ね、ネギ君の手料理なら何だって美味しく食べるよ!!」

「そうですね…………料理が出来ると言うのなら、ここはお2人にお任せするです。正直、今朝の私はあまり木乃香の役に立てませんでしたから」

「まぁ、どの道私は料理出来ないし、作ってくれるって言うなら何だって歓迎するわ」


そして口々にそんなことを言ってくれるみんな。

…………よし。みんなの期待に応えるためにも、頑張って美味しいお昼を用意しなきゃ!!

右の拳をぎゅっと握りながら、ボクはそんな事を決意するのだった。










そんな訳で、木乃香さんとボクはキッチンに移動していた。

まずは昼食のメニューに合わせて、冷蔵庫から食材を運んで来る。

…………んー? せっかくだし、イギリスの郷土料理とかにした方が良いかな?

楓さんも、せっかくならイギリス料理が食べてみたいって言ってたし。

往々にして『不味い』と言われてるイギリス料理だけど、中には美味しいものもあるんだって知っていてもらいたいしね。

牛肉に、小麦粉、野菜も結構あるな…………。

ちょっと作るのに時間は掛かるけど、ここはオーソドックスにローストビーフとヨークシャー・プディングにしようかな?

幸いにも大きめなオーブンなんかもあるし、あとは付け合わせでサラダと、プディング用のソースなんかも作ってみよう。

そんな風に考えながら、ボクは次々とワゴンに食材を乗せていった。


「ふふっ、ネギ君、何や楽しそうやな?」


気が付くと、鼻歌交じりで食材を選んでいたボクに、木乃香さんが笑顔でそんなことを言った。

…………いけない、いけない。

ついいつもの調子でやっちゃったよ。

木乃香さんて結構鋭いし、何の拍子に女の子だってバレるか分からない。

あんまり気を緩めないようにしないとね。


「あ、あはは。料理って食べてもらう時のことを考えてると楽しみになりませんか?」


そんな風に、少し照れた風を装って答えるボク。

木乃香さんはそんなボクに、しっかりと頷いてくれた。


「そうやね。ウチも明日菜に良ぉご飯作るけど、食べてもらった時のこと考えたら、何やわくわくするもんな」

「で、ですよねー? …………ほっ」


よ、良かった。どうにか話題の転換を図ることが出来たみたいだ。

さすがに『女の子らしいことをしてるのが楽しいんです』なんて言えないもんね…………。

さて、大体必要な食材は乗せたし、後はキッチンに戻って調理するだけだね。

そう思って、ボクはワゴンを引いてキッチンへと向かうのだった。










「…………そう言えば」

「はい?」


キッチンに戻って料理をしていると、不意に木乃香さんが何かを思い出したかのように声を上げた。

一端料理を作る手を止めて、木乃香さんへ視線を移すボク。

すると木乃香さんはこんなことを尋ねて来た。


「ネギ君て、コタくんと同室やんな? 普段はコタくんに料理作ってあげたりしてるん?」

「そうですね。食事は大体ボクが作ってますよ。小太郎君、放っておくとすぐコンビニ弁当とか、店屋物で済ませちゃいますから」


苦笑いしながら、そんな風に応えるボク。

小太郎君の話だと、ボクが留学して来る前は、殆ど夕食はコンビニ弁当だったらしい。

…………あれカロリー高いし、あんな毎日食べてたら絶対太ると思うんだけど?

まぁ、小太郎君は想像を絶するくらい毎日運動してるんだろうな。

ボクと同じようなことを考えていたのか、木乃香さんもいつの間にか苦笑いを浮かべていた。


「確かに、コタ君料理は全然言うてたもんなぁ。生理整頓とか、掃除とかは得意みたいなんに何でやろうな?」


そして苦笑いのまま、そんな疑問を口にする木乃香さん。

確かに言われてみれば、小太郎君、料理以外の家事は人並み以上なんだよね。

本棚とか、机の引き出しの中とか、果ては救急箱の中身まで、びっくりするぐらい綺麗に整頓されてるし。

その理由を尋ねたところ、『必要な時に必要なものを取り出せるようにしとくのがプロ』だって言われた。

…………いったい小太郎君は何のプロなんだろうね?

それにしても…………木乃香さんって本当に小太郎君のこと良く知ってるなぁ。

さっきの成績の話のときにも思ったけど、アスナさんの言っていた通り、本当に小太郎君と仲が良いのだろう。

…………良い機会だし、いろいろと小太郎君のことを聞いてみようかな?

小太郎君と生活を初めて1月近くが経ったけど、実際ボクはまだ彼のことで知らないことの方が多いと思うし。

タカミチの言っていた、小太郎君とお父さんが似てるって話に関しても、アスナさんとの会話以来、差したる収穫は得られていない。

もちろん、お父さんのことを知らない木乃香さんに小太郎君の話を聞いても、2人がどんな風に似てるか何て分からないと思う。

それでも、ボクは何となく、もっと小太郎君のことが知りたいと思ってしまっていた。

…………な、何かこう言っちゃうと、ボクが小太郎君に恋しちゃってるみたいだね?

い、一応断っておくけど、断じてそう言う訳じゃないからね?

…………まぁその、図書館島の地下に入ってからは、こう、何度も格好良いなぁ、なんて思っちゃった点は否めないけど…………。

それに、小太郎君のことは凄く良い人だと思ってる。

けど、今ボクが感じてるこの感情は、まだ恋愛感情って言えるほど確かな好意じゃない。

それははっきりと言えることだった。

…………って、ボクはいったい誰に向かって長々と言い訳してるんだろうね?

自分の思考に苦笑いを浮かべながら、ボクは考えていた通り、木乃香さんに小太郎君のことを尋ねてみることにした。


「木乃香さんは、小太郎君と仲が良いんですね。 もしかして、結構付き合いも長いんですか?」

「んー、仲は良えと思うけど、付き合いは長くあれへんよ? コタくんがこっちに越して来てからやし、付き合いの長さ自体はアスナとそう変われへんのやないかな?」

「そ、そうなんですか?」


いきなり当てが外れちゃったなぁ…………。

小太郎君と同じ、関西方面の人特有の口調だったからもしかしてって思ったんだけど。

少しがっかりするボクだったけど、木乃香さんが続けた言葉に、再びぴんっと背筋を伸ばしていた。


「付き合いの長さだけで言うたら、ウチよりせっちゃんの方が長いんちゃうかな? 確か、コタ君がウチの実家に来たんが8歳んとき言うてたし、そんときからの付き合いみたいやえ?」

「せっちゃん、さんですか…………?」

「うん。あ、せっちゃんは桜咲 刹那言うて、ウチの幼馴染みでクラスメイトなんよ。ウチは初等部から麻帆良におったさかい、その間はせっちゃんとも疎遠になってもうてたんやけど、コタくんとせっちゃんはその頃に知り合うて、何や一緒に剣術の稽古とかしてたみたいやえ?」

「サクラザキ セツナさん…………」


木乃香さんに言われたその人物の名前を、小さく繰り返すボク。

どこかで聞いたことがあるような気がするんだけど…………って、そうだ!!


「ああ!! 確か、小太郎君が毎朝一緒に早朝稽古をしてる方ですよね!?」


毎朝ボクが起きると部屋から居なくなっている小太郎君とチビ君。

その行き先を尋ねたボクに、小太郎君は早朝稽古について教えてくれた。

確かその早朝稽古をやってるメンバーの一人が桜咲 刹那さんだったはず。

後は小太郎君の腹違いの妹さんが一緒に稽古をしてるみたいなことを言ってたと思うんだけど…………。

ボクの答えに木乃香さんは笑顔を浮かべて頷いてくれた。


「そうそう。早朝稽古んときはキリちゃんも一緒って言うてたかな?」


多分そのキリちゃんさんが小太郎君の妹さんの事なんだろう。

それにしても…………8歳の頃からの付き合いか。

となると、この麻帆良ではその桜咲 刹那さんが最も良く小太郎君を知る人物になるのかな?

だとすると、是非一度話を聞いてみたいところだけど…………ちょ、ちょっと怖いなぁ。

というのも、ボクはその桜咲さんに直接会ったことはなく、彼女へ抱いてるイメージは、全て小太郎君とのやりとりから形成されたものなのだ。

例えば…………。





『ただいまぁ…………』

『ばうっ』

『あ、おかえり小太郎君。朝ご飯もうすぐ出来…………ってうわっ!? ど、どどどうしたのその顔の痣っ!?』

『あー…………稽古中に事故ってな。こけた拍子に刹那の胸触って、その直後に全力で殴られた。もちろん気力全開で強化した木刀で』

『…………』

『俺やからこの程度で済んどるけど、普通の魔法使いやったら確実にあの世逝きやで? なぁチビ?』

『きゃんきゃんっ』

『さ、桜咲さんって、随分パワフルな女性なんだね…………?』





…………とまぁ、そんな出来事があったんだよね。

もちろん、事故とは言え異性に胸を触られた、なんて状況、女の人としては怒って当然だと思う。

ただ、ただね? それで躊躇い無く、人一人殺せそうな勢いで殴り飛ばすって言う一連の行動がさ…………こう、ちょっと危険な香りを醸し出していると言うかね。

そんなことを思い出して、ボクは若干顔から血の気を失いつつ、愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。


「え、ええと、桜咲さんでしたか? 小太郎君の話だと、かなりパワフルな女性のようですね?」

「そうやね。見た目は華奢なんにな? コタくんも封印が解けてからせっちゃんの容赦がなくなったー言うてぼやいてたし」

「そうなんですか? まぁ、封印が解けたってことはそれだけ小太郎君も強くなったってことですし、当然と言えば当然ですよね」


…………まぁ、だからって木刀で顔面強打はさすがにやり過ぎ感が否めないけどね。

そんなことを考えながら、再び調理を再開するボク。

…………あれ? 今の会話、何かおかしくなかった?

ふとそんなことに思い至って、再開したばかりの調理を、はたと止めてしまうボク。

その原因に気が付いた瞬間、再びボクの顔からは一斉に血の気が引いていた。

…………い、いいいい、今、木乃香さん『封印』って言った!?

ど、どうして一般人の筈の彼女が、小太郎君に掛けられていた封印のことを!?

と、というかボク、普通に答えちゃったし、こ、これってもしかしてマズいことになっちゃった!!!?

恐る恐る、木乃香さんへと視線を戻すボク。

ボクと目が合った瞬間、木乃香さんはにぱー、と可愛らしく微笑んで…………。


「えへー☆ やっぱネギ君も、魔法のこと知っとる人やったんや?」

「~~~~っっ!!!?」


ボクにとっては、この上ない爆弾発言を投下してくれた。

…………ハメられたっ!!!?

な、何か言い訳をっ…………!?

そう思ってわたわたとするボクだったんだけど、そんなボクに木乃香さんは手をひらひらとさせながら、こんな言葉を掛けてくれた。


「ネギ君ネギ君。心配せんでも、ウチ最初から魔法のことは知っとるえ?」

「へ…………?」


…………最初から、知ってた?

木乃香さんの言葉に、思わず凍りつくボク。

けれど、考えてみればそれは当然のことだった。

だって彼女は、自分から小太郎君に掛けられていた『封印』について口にした。

それはつまり最初から、彼女は魔法の存在を知っていたということに他ならない。

そ、そんなことにも気が付かないなんて、いくらなんでも動揺し過ぎだよ…………。

一気に緊張が解けて、ボクは思わずその場にへたり込んでしまった。


「はぁ~~~~っ…………寿命が一気に縮んだ気分ですよぅ…………」

「あはは。堪忍な? ウチかて、正直半信半疑やったんよ。せやから、ちょっとずるいかなー思たけど、鎌掛けてみたん」


悪戯っぽく笑いながら、ボクに手を差しのべながらそう言う木乃香さん。

…………というか、一体彼女はどの時点でボクを疑ってたんだろうね?

というか、彼女が魔法使いなら、わざわざこんな誘導尋問をしなくても、地底図書室に落ちて来たとき、ボクが魔法を使ったことでボクの正体には気付いたはずだ。

そこで気付かなかったということは、彼女は魔法使いじゃない?

木乃香さんの手を握り返しながら、ボクはふとそんなことを考えていた。


「あの、木乃香さんは、魔法使いなんですか?」

「ううん。ウチはただ魔法のことを知っとるだけで、魔法使いやあれへんよ。ただの一般人やえ?」


のほほんと、笑顔でこともなげにそう答える木乃香さん。

…………どういうことだろう?

魔法使いじゃないけど、魔法のことを知ってる一般人?

それってかなり矛盾してるような気が…………って、そういえば木乃香さんって学園長のお孫さんだってアスナさんが言ってた。

アスナさんも学園長が後見人をしてるってことで、記憶が消されずに済んだって言ってたし、その辺はあの人の威光のおかげでなんとかなってるのかもしれない。

ふと鎌首を擡げた疑問に、ボクはそんな風に結論を付けた。


「けど、どうして魔法のことを? 一般人と言うことは、魔法のことは知らずに生活していたんですよね?」


立ち上がったボクは、木乃香さんにそう尋ねる。

記憶が消されていないにしても、彼女が最初から魔法について知っていたということはないだろう。

その経緯が気になって出た疑問だ。


「えとな? 1年の夏休みに、ウチが事件に巻き込まれて、そんときにコタくんから助けてもろたんがきっかけなんやけど…………コタ君から聞いてへん?」

「…………全然聞いてないです」


…………道理で木乃香さんが場馴れしてる筈だよ。

というか、小太郎君もどうして木乃香さんが魔法について知ってるって教えてくれなかったんだろ?

最初から知ってれば、ボクはこんなに心労を募らせずに済んだのに…………。

そんな風に思っていたのが、顔に出ていたのか、木乃香さんは苦笑いを浮かべながら、ボクにこんなことを言った。


「コタくんのこと悪く思わんといてな? 多分、ウチにネギ君が魔法使いやって隠してたんは、何か理由があったからやと思うし」

「木乃香さん…………」


そう言った彼女の言葉からは、小太郎君への信頼がありありと感じられる。

…………まぁ確かに、小太郎君が何の考えも無しに、こんな回りくどいことをしてるとは思えない。

木乃香さんに言われたからと言う訳じゃないけど、ボクは何となくそう思えた。

無事に再会出来たら、その辺の理由もちゃんと聞かなきゃね。

…………そう考えると、結構小太郎君に聞かなきゃいけないことが盛りだくさんだなぁ。

思わずボクは、小さく笑みを浮かべていた。

それにしても…………もう1つ気になっていることがある。

図書館島に入る前や、ボクが女の子かも知れないって疑われたときの木乃香さんのあの反応…………。

正直、別人なんじゃ? と疑わしくなるほどのあの迫力。その正体に関すること。

…………あれって、もしかしなくても、ヤキモチ、だよね…………?

それはつまり、木乃香さんは小太郎君のことを…………。

つい今しがた、木乃香さんが言っていた『小太郎君に助けられた』という事実と、先程の彼女が見せた彼に対する信頼の表情が、そんな懸念に拍車を掛けていた。

それに、ボクだって、一応は年頃の『女の子』だ。

恋愛に関する話題に、興味がない訳がない。

顔を覗かせた好奇心を抑えることが出来ず、ボクは木乃香さんにこんなことを聞いてしまっていた。


「あの、木乃香さんはもしかして…………小太郎君のことが好きなんですか?」

「ぶっ!!!?」


あ、吹き出した。

…………木乃香さんって、凄く落ち着いてるイメージだったけど、やっぱり自分の恋愛に関することとなると、さすがに冷静ではいられないのかな?

木乃香さんは慌てて口元を拭うと、深呼吸をしながらボクへと向き直った。


「あーうー…………ま、まぁ隠しても仕方あれへんし、言うてまうけど、確かにウチはコタくんのことが好きやえ?」


頬を赤く染めながら、恥ずかしそうにそんな告白をしてくれる木乃香さん。

やっぱり…………小太郎君め、はぐらかしてたけど、やっぱりモテるんじゃないか。

何か、叩いたらもっと埃が出そうだし、そこも再会出来たら是非追及して見よう。

それはさておき…………。


「へぇ…………告白とかはしないんですか?」


今は木乃香さんの話題の方がボクにとっては重要だ。

イギリスに居た時は、同年代の女の子なんていなかったし、こういう恋愛の話題は中々出会えなかったからね。

そんな訳で、ボクは目を爛々と輝かせながら、木乃香さんにそんな質問を投げかけた。

だけど…………。


「うー…………それが出来たら苦労はせぇへんよぉ」


どういう訳か、木乃香さんは力の無い声で、今にも泣きそうな表情になりながらそんなことを言った。

え? え!?

ど、どうしたのかな!?

告白できないって…………も、もしかして、小太郎君には他に好きな人がいるとか!?

うわぁ…………もし、そうだったとしたら、ボクは何て軽率、というか残酷なことを聞いちゃったんだろう。

慌てて木乃香さんに謝ろうとしたボク。

だけど、そんなボクよりも前に、木乃香さんがぽつり、とこんなことを呟いた。


「…………今告白しても、コタくんに迷惑かけるだけやもん」

「え…………?」


消え入りそうな声で、そう囁かれた言葉。

だけどその言葉は、しっかりとボクの耳に入ってきた。

どういうことだろう…………?

今告白しても迷惑になるだけって…………もしかして、小太郎君が最近失恋しちゃったとか?

…………いや、それはそれで想像できない。

あの小太郎君がフラれるところなんて、考えるのも難しいもん。

じゃあ、どういうこと…………?

そんな疑問が顔に出てしまっていたのか、木乃香さんは背筋をぴっと伸ばすと、無く一歩手前みたいな表情を一変させ、真剣な表情でボクに向き直った。


「あんな、ネギ君。コタくんはな、どうしてもやらなあかんことがあって、それをやり通すまでは、恋愛なんて考えられへんって言うてるんよ」

「どうしてもやらなきゃいけないこと、ですか…………?」

「…………(コクッ)」


ボクの言葉に、黙って頷く木乃香さん。

それが、木乃香さんが小太郎君に告白できない理由…………。

だけど、それって一体何のことだろう?

あの器用な彼が恋愛なんて考えられないと言うほどのことだ。

余程困難な何かだとは思うけど…………。


「あの、そのやらなきゃいけないことって、いったい何なんですか?」


まるで見当もつかない、小太郎君のやらなきゃいけないこと。

その正体に心当たりなんて全くないのに、どうしてかボクは、それが小太郎君を知る上でとても核心に近いものであるような気がしてならなかった。

もしその答えを知れたら、ボクは彼の深淵をのぞけるような、そんな気が…………。

しかし、ボクのそんな期待を余所に、木乃香さんは小さく首を横に振った。


「ゴメンなネギ君。これはウチの口からは言えへん。もしネギ君がコタくんのことホンマに友達やと思てるなら、ちゃんとコタくんの口から聞いたが良えと思うえ?」

「…………そう、ですか」


少しだけ肩を落として俯いたボク。

だけど、不思議と残念とは思っていなかった。

いや、もちろん木乃香さんの答えは残念なものだったけど、彼女がそう答えるであろうことは、何となく予想が出来ていたから。

それに、蟲の好い話だとも思ってしまったから。



―――――自分の深淵を隠したまま、他人の深淵を覗き込む、そんな行為が。



…………はぁ。

小太郎君について、色んな話が聞けるかも知れないって思ったんだけど…………。

木乃香さんと話して分かったことは、結局ボクが小太郎君について思っていた以上に何も知らないってことだった。

だから、ボクは改めて、こんなことを誓った。

小太郎君と無事に再会出来たら、彼にもっと色んなことを聞いてみよう。

そしてそれと同じくらい、ボクのことも彼に知ってもらおう。

もともと、彼の事を知るために、誰かの話を聞こうっていうのがお門違いだったんだ。

彼以上に、彼の事を知ってる人間なんていないのに。

だから小太郎君…………早く、返って来てよね?

そんなことを想いながら、ボクはようやく調理を再開するのだった。



SIDE Negi OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 77時間目 用意周到 レッツパァァァリィィィイイイイッ!!!!(寝起き=テンションMAXIMUM)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/26 08:01

SIDE Negi......



―――――気が付くと、ボクらが図書館島で遭難して3日目の朝がやって来ていた。



「…………はぁ。結局、目新しい発見はなかったな…………」


現在、ボクは1人で地底図書室の再探索を行っていた。

ちなみに、みんなの勉強は木乃香さんに見てもらってる。

この2日間で、魔法使いとバレたこともあって木乃香さんとは随分仲良くなって色んなことも話した。

アスナさんにも、木乃香さんが魔法の存在を知っていたという件は離したんだけど…………。

もの凄く驚いてて、思わず笑ってしまった。

まぁ、その後彼女が放った一言で、ボクは別の意味でさらに驚いたんだけど…………。

木乃香さんから魔法に関することは一通り知っていると言われたアスナさんは、一しきり驚いたあと、こめかみに青筋を浮かばせながらこんなことを言ったのだ。


『…………とりあえず、テストが終わったら小太郎は八つ裂きにするわ』


…………あのときのアスナさんは本気の目をしていた。

まぁ、実際ボクも、一言ぐらい言ってくれれば良かったのに、とそう思わなかったことも無い。

だけど、よくよく考えてみれば、小太郎君の思惑に関して、思い当たる節があったのだ。

ボクがみんなに隠していたのは、何も魔法使いである、ということだけではない。

男子部に通っているけど、本来ボクは『女の子』なのだ。

魔法の件がバレたからと言って、特定の人と親しくすると、何の拍子にその事実が露見するか知れたものではない。

なので小太郎君は、ボクが隠している2つの事実、その両方を隠すつもりで行動した方が安全だと判断したのだろう。

…………おかげで余計な気を遣い過ぎた気がしなくもないけど。

恐らく小太郎君のその考えは、ボクの身を案じてのことだし、そう考えると、どうしても怒る気にはなれないよね。

さて、話を戻そう。

ボクがみんなの下を離れて1人周囲を探索していたのには訳がある。

それは、脱出路の確保にあった。

ボクらがここに辿り着いて今日で3日目…………それはつまり、翌日には学年末テストが迫っていると言う訳だ。

もし今日脱出出来なければ、せっかくこの2日間で勉強したことも無駄になってしまう。

そうならないように、ボクは何とか手はないかと考えて、この再探索を実施して見たんだけど…………。

結果はものの見事に空振り。

地上への脱出路は愚か、上の迷宮に戻る道すら見つけられなかった。

もちろん、小太郎君の助けが間に合わないとは思っていない。

彼はボクに『本当にピンチになったときには駆け付けてくれる』とそう約束してくれたしね。

だけど、それと同時にボクは、小太郎君からみんなのことを任されているんだ。

最悪の事態に備えて、手を打っておくのは当然のことだと思う。

とは言え…………今のところ八方塞りなんだけどね。

…………仕方ない。一旦みんなのところへ引き返そう。

ボクはそこで探索を一度打ち切ることにして、みんなの居る場所へと踵を返すのだった。









「あれ? みんなどこに行ったんだろ?」


さっきまでみんなが居た場所に戻ってみると、そこは既にもぬけの殻となってしまっていた。

おかしいな? さっきまで確かにここで自習してたはずなんだけど…………。

そう思って辺りをきょろきょろと見回すボク。

すると、建物の脇にある通路、その柱に、さっきまで無かった張り紙があることに気が付いた。

何だろ?

不思議に思って近付いてみる。

するとそこには、こんなことが書かれていた。


『女子水浴び中につき、これより先男子禁制 のぞいたらあかんえー?^▽^』


「…………なるほど」


最後の注意書きは木乃香さんだな。

そういえば上の迷宮を彷徨って泥と汗まみれになった後2日間もお風呂に入ってなかったもんなぁ。

女の子としてはその辺はやっぱり気になるよね。

…………まぁ風呂嫌いのボクとしては、合法的にお風呂に入らなくて良いから嬉しいくらいなんだけど。

べ、別に今だって変な匂いとかしないよっ?

ちゃ、ちゃんと浄化のルーン使って細菌とか老廃物とか溜まらないようにしてるし。

だ、だから、本当は普段のお風呂だって無理して入る必要なんてないんだよっ!?

…………って、本当ボクは誰に言い訳してるんだろうね?

それはさておき…………どうしようかな?

みんながいないなら、ここでぼうっとしてても仕方ないし、今の内に昼食の仕込みとか済ませちゃおうかな?

そう思って、ボクはキッチンへと向かおうとする。


「あ、やっと戻って来たんだ?」

「え? あ、アスナさん?」


キッチンへ向かおうとしていたボクは、不意に聞こえて来たアスナさんの声に、思わず足を止めていた。

声のした方へと振り返ると、そこにはやはりアスナさんが居て、彼女は笑顔を浮かべながらボクの方へと近付いて来る。

ど、どうしてここに? みんなと一緒に水浴びに言ってたんじゃ…………?

そんなボクの動揺も余所に、アスナさんはボクのすぐ傍まで来ると、何でもないような雰囲気でこう尋ねて来た。


「どうだった? 脱出する方法は見つかりそう?」

「い、いえ…………というかアスナさんはどうしてここに? みんなと一緒に水浴びに行ったんじゃなかったんですか?」


張り紙を指差しながら、アスナさんに尋ねるボク。

するとアスナさんは、照れ臭そうに後ろ頭を掻いた。


「あ~…………最初は私も一緒に、って思ったんだけどさ。そしたらあんた1人置いて行っちゃうことになるでしょ? さすがにそれはちょっと、ね?」

「アスナさん…………」


…………本当、彼女には迷惑を掛けっ放しだな。

そう申し訳なく思うと同時に、ボクはそんな風に気に掛けて貰えることを嬉しく感じていた。

イギリスに居た時はアーニャやお姉ちゃんに、麻帆良に来てからは小太郎君やアスナさんに、ボクはいつも誰かにそうやって気遣われて生活してきた。

もちろん、性別を隠している以上、誰かの手を借りずにやって行くなんて不可能だけど、だからと言ってその状況に甘えたままで良いとは思っていない。

だから、いつかボクが偉大なる魔法使いになれたその日には、みんなに恩返しが出来れば良いな。

そんな風に思いながら、アスナさんの優しさに感銘を受けていたボクだったんだけど…………。


「それに、あんた1人じゃ水浴びするのも気が気じゃないでしょ?」

「え゛…………!?」


アスナさんの放った一言で、ものの見事にそんな感傷は吹き飛んでしまっていた。


「あ、アスナさん? い、今、何ておっしゃいましたか?」


彼女の言葉の意味が分からなくて…………否、理解りたくなくて、ボクはそんなことを尋ねてしまう。


「だから水浴びよ。あんたの性別を知ってるの私しかいないし、1人で入ってると、誰か来ても気が付けないんじゃないかって心配で、ゆっくり入れないでしょ? だから私と一緒だったら、少しは安心して入れるかなって、そう思ったんだけど」


残酷にも、アスナさんから返って来た答えは酷く明瞭なものだった。

…………うぅっ。今だけはアスナさんの優しさを素直に喜べないよぅ。

とはいえ、わざわざボクのために1人だけみんなと離れ、ここに残っていてくれたアスナさん。

そんな彼女の厚意を無碍に出来るほど、ボクの心臓は鋼じゃなかった。


「あ、ありがとうございます、アスナさん。そ、それじゃ、早速行きましょうか?」


結局、ボクはそんな風に愛想笑いを浮かべながら、アスナさんの意見に従うことしか出来なかった。

…………う゛ぅっ。NOと言える英国人になりたい…………。











…………市場に売られて行く子牛って、きっとこんな気持ちなんだと思う。

アスナさんに連れられて、ボクはみんなが水浴びしてる場所とは、建物を挟んで反対側の湖へとやって来ていた。

到着した途端、ぽいぽいっと衣服を脱ぎ出すアスナさん。

…………いや、いくら女同士だからって、羞恥心を捨て去り過ぎじゃありませんか?

まぁ、彼女は初等部から寮生活だって言ってたし、誰かとお風呂に入るなんて日常茶飯事なんだろうなぁ。

ある意味、ボクとは対極の存在だよね…………。


「ん? どうしたのネギ? 入らないの?」


いつまで経っても服を脱ごうとしないボクを訝しく思ったのか、不思議そうな顔でそんなことを尋ねて来るアスナさん。

…………これはもう、覚悟を決めるしかないよね。

大きく深呼吸をして、ボクは学ランのボタンに手をかけるのだった。

全てのボタンを外して、学ランの袖から腕を抜くと、ボクは綺麗にそれを畳んで水に濡れない場所へと移す。

続いて、今度はカッターのボタンへと手を伸ばす。

もちろん、それもすぐに終わって、ボクはカッターも上着と同じように綺麗に畳んだ。

うぅっ…………か、かなり恥ずかしいんですけどっ!?

男性として性別を偽って生きて来たボクは、他人の目がある場所で肌を曝すことなんて殆どなかった。

せいぜいが小さい頃にお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ったくらいだ。

水泳の授業ですら、宗教上の理由を大義名分に、一度たりとも参加しなかったボクだ。

いくら同性とは言え、こうして誰かの前で裸になるなんて、恥ずかしすぎて死んじゃいそうなくらいだった。

とは言え、余りアスナさんを待たせても悪い。

ボクはズボンを脱いで畳むと、すぐにさらしの結び目へと手を伸ばした。


「へぇ…………あんたって、いつも大きめの服着てるから分からなかったけど、こうして見ると肌綺麗よねぇ」


そんなことを言いながら、ショーツとさらしだけになったボクをマジマジと見つめるアスナさん。

あうぅ…………あ、あんまり見つめないで欲しいな。


「そ、その、あまり見ないでください…………ボク、人に肌をさらすことって殆どなかったから、実を言うと凄く…………は、恥ずかしいんです」


そう言ったボクの顔はきっと茹でダコみたいに真っ赤だったに違いない。

だって自分でも体温が上がっちゃってるの分かるんだもん…………。


「ゴメンゴメン。男として生活して来たんだもんね? 考えてみれば当然か」


そう言いながら、アスナさんはボクが着替え易いようにだろう、ふいっと後ろを向いてくれた。

…………はふぅ。

こ、これで安心して着替えられる…………。

まぁ一緒に水に入るんだし、どうせただの悪あがき何だけどね?

そんなことを考えてる内にボクは全ての衣服を脱ぎ終えていた。


「お、お待たせしました…………」


緊張のため、少し上ずった声になりながら、アスナさんに準備完了を申告するボク。


「あ、う、うん。そ、それじゃ入りましょうか?」


そんなボクの緊張が伝染ってしまったのか、アスナさんまでが上ずった声になってしまっていた。











「ふぅ~…………やっぱ気持ち言いわね~」


まるで白鳥のような優雅さで背泳ぎしながら、アスナさんはしみじみとそんなことを口にする。


「…………まぁさっぱりはしましたけどね」


そんな彼女とは対照的に、ボクはあまり晴れやかな気持ちにはなれそうになかった。


「何よネギ? あんまり気持ち良さそうじゃないわね?」

「そ、そんなことアリマセンヨ?」


不意に浴びせられた質問に、思わずカタコトになりながら返事をしてしまう。

さすがにお風呂嫌いだなんて言って、せっかくの厚意に水を差したくはないしね…………。


「…………(じぃ~~~~っ)」

「あ、アスナさん?」


そんなボクの様子が疑問だったのか、アスナさんは突然動きを止めると、ボクのじいっと凝視し始める。

さ、さっきも言ったんだけど、あんまり見つめないで欲しいよぅ…………。

そんなボクの考えが伝わったのかどうかは定かじゃないけど、アスナさんはすぐにボクを見つめるのを止めると、すい~っと軽やかな動きでボクのすぐ近くまで泳いで来た。

そしてすぐ目の前まで近付いて来たアスナさんは、すっと立ち上がると今度はボクの顔をじっと見つめて来た。

な、何なのさ一体!?

それにしても…………アスナさんって背高いよなぁ。

もちろん、楓さんや小太郎君はもっと高いけど、それでもボクとアスナさんは10㎝以上身長が離れている。

こうして隣に並ぶと思わず見上げなくちゃいけないしね。

…………とまぁ、そんなことはさておきだ。


「あ、アスナさん? どうかしたんですか?」


余りにも彼女がボクを見つめて来るので、さすがに堪え切れなくなってそんな風に尋ねてしまう。

すると、アスナさんは、徐にこんなことを言い出したのだ。


「…………あんたって、意外に胸デカいわね?」

「ぶっ!!!?」


そんなアスナさんの言葉に、思わず吹き出してしまうボク。

い、いいい、いくら同性だからって、何の前置きも無しにその発言は反則だと思います!!

ボクは慌てて、両腕で胸を覆うようにして隠した。


「あ、ちょっと、別に隠さなくても良いじゃない?」

「だ、だってアスナさんがじっと見つめて来るからっ!! は、恥ずかしいって言ってるじゃないですかぁっ!!」


見られてなくても、本当は人前で裸になるってだけでボクにとってはかなりハードル高いんですよ!?

さっきから凝視され続けてることもあって、ボクはすでに涙目だった。


「いや、だってあんたがあまりにも良い乳してるもんだから…………ところで、参考までにサイズはいくつ?」

「うぅっ、アスナさん容赦なさ過ぎですよぅ…………え、ええと、普段は上の下着をつけることはないんで、あまり正確じゃないですけど、最後に測ったときは確か…………

は、85だったと思います」

「は、はちじゅうごぉっ!!!?」

「あ、アスナさん!? こ、声が大きいですっ…………!!」


ボクがバストサイズを告げた瞬間、そんな風に驚きの声を上げるアスナさん。

そ、そんなに驚くようなことじゃないと思うんだけど…………。


「わ、私より2㎝も大きい…………しかも、最後に測ったときってことは、まだデカくなってるかもしてないってことでしょ?」

「ま、まぁその可能性は捨て切れないですけど…………」


ボクとしては、これ以上育って欲しくないんだけどね?

だって、さらしを巻いたときに息苦しいし、押し潰しちゃってるからいつか型崩れとか起こしそうで怖い。

家に居た時は出来るだけしないようにしてたけど、今は男子寮だしいつ誰に会うか分からないから気も抜けないしね。

それでも眠ってるときは外してるんだけど。


「な、なるほど…………大きめの服はこのワガママボディを隠すためでもあったのね…………」

「わ、わがままって…………ま、まぁ服のことは否定しませんよ?」


実際、ボクは学ランだけじゃなくて、私服もサイズが大きいものを買うようにしてるし。


「…………ね? ちょっと触っても良い?」

「はぁっ!!!? な、何言い出すんですか突然っ!!!?」


手をわきわきとさせながら、そんなことを言い出すアスナさんに、ボクは思わず飛び上がりそうになりながら答えた。


「良いじゃない? 女同士だし、それに減るもんじゃないでしょ?」

「だ、だからって、肌をさらすのも恥ずかしいのに、そんなの絶対ムリですよぉっ!!」


そう言ったボクは、もう殆ど泣きべそ状態だった。

…………というかアスナさん、さっきから発言が女子中学生と言うより中年男性のそれなんですが…………?

そんなやりとりをしながらも、ボクの胸へと執拗に手を伸ばして来るアスナさん。

それに対して、必死で胸を隠しながら、彼女の魔の手から逃れようとするボク。

そんな攻防を続けていた時だった。


「アスナーーーーっ!? ネギくーーーーんっ!!!?」

「「っっ!!!?」」


少し遠くから、木乃香さんの呼ぶ声が響いて来たのは。


「あ、アスナさんっ!! ど、どどどど、どーしましょうっ!!!?」

「お、落ち着いてっ!! と、とりあえずどこかに隠れてっ!!」


そ、そんなこと言ったって…………どこにも隠れる場所なんてありませんよぉっ!?

ボクらが居たのは、見晴らしの良い湖。

身を隠せるような場所なんてどこにもない。

そうこうしている内に、木乃香さんの声はどんどんボクらの方へと近付いて来ていた。

こ、こうなったら一か八かだ…………!!


「杖よっ!!!!」


そう思い立った瞬間、ボクは着替えと一緒に置いてあった杖を手元へと呼び寄せた。

そして間髪入れずに念動かす、ボクとアスナさんの着替えを引き寄せる。


「アスナさん!! これを!!」


そして引き寄せた勢いのままアスナさんの分を彼女へと放るボク。

それを受け取ったアスナさんは、慌てた様子でボクに叫んだ。


「ちょ、ちょっとネギ!? どうするつもりなのよっ!?」

「時間を稼ぎます!! その間に、アスナさんは急いで服を着てくださいっ!!」


木乃香さんが来た時、ボクが服を着ていてもアスナさんが裸だったら、どんな嫌疑を掛けられるか分かったものじゃないからね。

アスナさんが服を受け取ったのを確認して、ボクは詠唱を始めていた。


「ラス・テル マ・スキル マギステル!! 逆巻け春の嵐!! 我らに風の加護を!! 風花旋風!! 風障壁!!!!」



―――――ゴォォォォオオオオオッ!!!!



ボクが詠唱を終えた瞬間、その周囲を囲むようにして巨大な竜巻が巻き起こる。


「ちょっとちょっとぉっ!? こんな盛大に魔法使って良い訳!?」

「木乃香さんなら魔法のことを知っているので大丈夫です。それに他の皆さんに見られても、図書館島のトラップだと言い張れば何とかなるかと…………」


口だけでアスナさんにそう答えながら、ボクは慌ててショーツを履き、すぐにさらしを巻き始める。

うぅっ…………こんなことになるなら、お姉ちゃんに言われた通り、ちゃんとサポーター買っておくんだった…………。

とはいえ、今は泣き言を言っていても仕方がない。

ボクは急いでさらしを巻き終えると、すぐに服を着始める。

そしてボクが学ランの袖に腕を通し、明日菜さんがブレザーを羽織ったまさにその瞬間だった。



―――――ゴォォォッ…………



ボクらを覆っていた竜巻が嘘のようにその姿を消したのは。

竜巻が消えた先では、呆気に取られたような表情で立ち尽くす木乃香さんの姿があった。

水浴びの途中で慌てて出て来たのだろう、下はきちんとスカートを履いていたけど、彼女の胸にはタオルが巻かれているのみだった。

しばらく硬直していた木乃香さんだったが、ボクたちの姿を見てはっとしたのか、すぐに大きな声でこう呼び掛けて来る。


「あ、アスナっ!! ネギ君!! 2人とも大丈夫かえーっ!?」

「は、はい!! ボクたちは何ともありません!!」


…………慌ててたせいで、さらしをきつく巻き過ぎて苦しいけどね。


「そ、それはそうと、一体どうしたのよ木乃香? そんなに慌てて…………」



「―――――キャーーーーッ!!!?」



「「「っっ!!!?」


アスナさんが木乃香さんに状況を尋ねようとした瞬間、すぐ近くから聞こえて来る悲鳴。

慌ててその方角へ振り向くとそこには…………。


「た、助けてーーーーっ!!!!」

『フォフォフォ!!!!』

「ご、動く石像(ゴーレム)っ!!!?」


水浴びの途中で襲われたのか、裸のままのまき絵さんを右手に捉えた、あの動く石像の姿があった。

まさか…………ボクらと一緒に、ここまで落ちて来てたの?

って、今は状況を分析してる場合じゃない!!

早くまき絵さんを助けないと…………!!


「アスナ殿!! ネギ殿!!」

「みんな無事アルか!?」

「ぜぇっ!! ぜぇっ!! …………た、たいへんなことにっ……ぜぇっ!! ……な、なったですね…………」


ボクがどうやってまき絵さんを助けようかと思案していると、木乃香さんのすぐ後ろから他の3人もやってきた。

…………楓さんと古菲さんに着いて来るなんて、夕映さんかなり無茶をしたんだろうな。

って、だから今はそんなこと考えてる場合じゃないんだってば!!

くそっ…………こうなったら、やっぱり魔法を使う他に方法はない。

この状況で魔法を使えば、もちろん残りのメンバーにも見られてしまうだろう。

そしてボクは、オコジョ収容所行き…………だけど!!



「―――――大切な友人を見捨ててまで、ボクは夢を叶えたくなんかないっ!!!!」



そう叫ぶと同時に、ボクは杖を構え、詠唱を始めようとした。

だけど…………。



『―――――ストップや。攻撃は良えから、自分はまき絵受け止めることだけ考えり』



「っっ!!!?」


自分の影から響いて来たそんな声に、ボクは思わず動きを止めてしまう。

い、今の声って、まさか…………。

その声の主にボクが気が付いた瞬間だった。



―――――ヒュゴウッ…………ドガァンッ!!!!



『フォーッッッ!!!?』


けたたましい衝突音を上げながら、後ろへと転がっていく動く石像。


「きゃーーーーっ!!!?」


その衝撃で投げ出されたまき絵さんを、ボクは慌てて受け止めに行く。


「…………よっ、と…………だ、大丈夫ですか、まき絵さん?」

「へ? あ、う、ネ、ネギ君? …………って、み、見ないでーーーーっ!!!?」

「っっ!!!?」


まき絵さんの叫び声に慌てて顔を背けるボク。

わ、忘れてた。まき絵さんは今、一糸纏わぬ姿だったということを。

慌ててボクの腕から飛び降りたまき絵さんは、楓さんからバスタオルを受け取ると、すぐにそれで自分の身体を覆い隠した。


「う、うぅっ…………お、男の人に裸見られるなんてぇ…………もうお嫁にいけないよ~…………」


半泣きになりながら、そんなことを言い出すまき絵さん。

…………な、何て声をかければ良いんだろ?


「マキエさんの嫁ぎ先の話は今は置いておくです!!」

「ゆ、ゆえちゃんひどっ!!!?」

「今はそんなことよりも気にすべきことがあるですよ!!」


まき絵さんには悪いけど、夕映さんの言う通りだ。

先程動く石像を吹き飛ばしたあの衝撃の正体。

そしてボクの影から響いたあの声…………。

その2つから導かれる結論に気が付きながらも、ボクらはその考えが正しいことを確認するため、水しぶきを上げて倒れる石像へと視線を移した。

視線を移したボク達は、その光景を目にして一様に言葉を失う。

何せそこには…………。


―――――黒い学ランを棚引かせる、頼もしい背中があったのだから。



SIDE Negi OUT......










―――――1時間前。



「…………もう何度目になるか分かれへんけど、一応言っとくわ…………知らない天井や」


唐突に目を覚ました俺は、開口一番そんなことを口にしていた。


「フフッ。まぁお約束と言うのは何度もやるからお約束ですしね」


そしてそんな俺の傍らから聞こえてくるのは、聞き覚えのある涼しげな声。

言わずと知れた紅き翼の参謀殿だった。


「…………自分がここにおるいうことは、やっぱ親父を召喚したんは自分やったんかいな?」


ゆっくりと身体を起こしながら、ジト目でアルを睨みつける俺。

しかしそんな俺の苛立ちもどこ吹く風。

アルは涼しげな笑顔を浮かべたまま、右手で『正解』と書かれたプレートを掲げて見せた。

…………いつの間に用意したし。


「大正解です。正解のご褒美に『ナギへのファーストアタックに失敗して年甲斐も無く一晩泣き明かしてしまったエヴァ』のレアショットを進呈しましょう」


そして、すっと俺に一枚の写真を差し出して来る変態司書。

渡された写真には、外見相応な子どものように泣きじゃくるエヴァの姿が写っていた。

…………ま、まぁくれるって言うなら仕方ないよね?(きゅんきゅん❤)

俺はすぐさま、渡された写真をゲートから自室の机、その引き出しへと送った。


「もうご存知だと思いますが、あなたを完全な魔族とするために、どうしても誰かに追い詰めてもらう必要があったんですよ。どうです? なかなかに粋な演出だったでしょう? 影斬丸を見た時点で、あなたが彼の息子だということには見当がついていましたし、こんなこともあろうかと彼を呼び出す準備をしておいて正解でした」


相変わらずの笑顔を張りつけたまま、いけしゃあしゃあと自分の犯行を得意げに語るアル。

…………あんたのその周到さに、こっちは涙がでそうだけどね?

しかしまぁ、考えたら分かりそうなもんだったな。

図書館島に来る前、アルが俺にした質問。

あの時、アルは既に俺の魔獣化が不完全なものだと看破していたに違いない。

そして俺にそのことを伝えず、敢えて親父をぶつけて来たのは、俺に相応の危機感を抱かせ追い詰めるため。

…………完っ全に俺はこいつの掌で踊っていた訳だ。

もっとも、それは全て俺に極夜の葬送曲を完成させるため必要だったこと。

そう考えると本気で怒る気にはなれないがね。


「で? 自分の思てた通りに事は進んだんかいな?」

「それはもちろん。あなた自身も自分の変化には気づいてるんじゃありませんか?」


…………まぁ、そりゃ、ね?

自分の身体から溢れて来る魔力。

今まで九尾の力は、自分の中にもう一つ別な魔力があって、九尾の力を行使する際は、そこから新たに魔力を引き出すって感じだった。

しかし今は、完全にそんな感覚はなくなり、単純に自分の魔力がこれまでより大きくなっているのをありありと感じられる。

つまりはそういうこと。

俺はアルが思い描いていた通り、完全に魔の眷族となった訳だ。


「とはいえ、百聞は一見に如かずという言葉を思い知りもしました。実際に見てみないと分からないことというのはあるものですね」

「? それはどういう意味や?」


アルの言った言葉の意味が分からなくて、思わず首を傾げる俺。

そんな俺に、アルはぴっと右の人差し指を立てるとこんなことを言った。


「あなたの使う極夜の葬送曲。その限界時間が極端に短いことに関する解答です。実際に見てみると意外とすぐに気付けるものでした」

「へ? それって、単純に俺が完全に魔獣化出来てへんかったからとちゃうん?」


実際、理性を取り戻した状態で使ったときは1分くらいは持ったぜ?


「フフッ。もちろんそれもあります。ですが、実のところことはもっと単純なものでした」


そこまで言って、アルはぴっと右の人差し指を伸ばした。


「さて、ここでクエスチョンです。小太郎さんが得意とする影の属性ですが、他属性と比較しで、際立った特徴と言えば何でしょうか?」


そしていきなりそんな質問を俺に投げかけて来るアル。

あまりに唐突な展開に戸惑った俺だったが、まぁアルのことだし何か意図があってのことだろう。

おう結論付けた俺は、高音から教わったことを必死に思い出そうとした。

確か操影術の稽古を始める前に、高音が得意げに語ってたはずなんだが…………。


「あ~…………攻防一体に秀でた属性やったか? 影を自身に纏うことで攻撃力と防御力の両方を高められるとか、確かそんな感じや」

「はい、またまた正解です」


俺の答えに満足げに微笑んで、アルは再び先程の正解プレートを掲げて見せた。

…………いや、だからそれどっから取り出してんだよ?


「2問連続正解のご褒美として、小太郎さんにはこれを進呈しましょう」

「?」


そう言ってアルが俺に手渡して来たのは、簡素な黒い指輪だった。

デザインはやや太めだがシンプルなリングと、それに沿って湾曲されたプレートが取り付けられている物。

早い話が、原作でネギがエヴァに貰っていた魔法媒体と同じ意匠のものだ。

もっとも、ネギが持っていたリングはプレート部分に文字が刻まれていたが、アルが渡したそれは、プレート部に一匹の狼が彫刻されていた。


「えーと…………何やコレ?」


さすがに魔法媒体ってことはないだろう。

魔族の俺は魔法媒体を必要としないことはアルも先刻承知だろうし。


「はい、良い質問ですね。それは所謂『魔力制御装置』というやつです」

「魔力制御装置?」


…………それって、あれだろ?

確か、強い魔力を持って生まれてしまった子どもが、幼いうちに魔力を暴走させないように使ったりするマジックアイテム。

早い話が、俺に掛けられていた封印と同じような代物だ。

…………いや、何で今更封印?

そんな疑問が顔に出ていたのだろう。

俺が尋ねるよりも前に、アルは説明を始めてくれた。


「もちろん、それは世間一般の制御装置とは趣を異にするものです。それは極夜の葬送曲使用時にしか発動しない特別製ですから。あ、ちなみに私のお手製ですよ?」


…………伝説の大魔法使いお手製のリング。

それはそれは、魔法世界でオークションに掛けたら小国くらいなら傾きそうな品だな。

しかしながら、今のアルの説明ではこいつの機能はイマイチ不明瞭だった。


「で? 結局こいつは、どういう代物なんや? 極夜の葬送曲使用時に発動って、発動したらどないなんねん?」

「簡単に言えば、魔力の流れを最適化する、といったところでしょうか?」

「最適化?」

「はい。今しがた小太郎さんのおっしゃった通り、本来操影術は攻防一体のもの。群を抜いた威力を持つとはいえ、操影術である以上極夜の葬送曲もその特徴を持ちます」

「まぁ、その理屈は分かる」


実際、極夜の葬送曲を使用すると、俺は数千の影精を練り込んだ影精外装を纏うからな。

しかし最適化とはこれ如何に?

それじゃまるで、俺が魔力の流れをきちんと操れていないみたいじゃないか。

魔力の制御には自信があったので、その答えはイマイチ納得できなかった。


「ふふっ。まだお気づきになりませんか? 良いでしょう。ではお教えしますが、小太郎さん。あなたは極夜の葬送曲、その効力の殆どを膂力の向上に回していたのです」

「いや、まぁそれは当然やろ? そもそも、この術の肝はそこにあった訳やし」


それを責められるのはやっぱり納得が行かないんだが?


「まぁ確かにそうですね…………ですがそのせいで影精外装が不安定になり、あまつさえ使用時間を縮めているのだとしたら、さすがに問題だとは思いませんか?」

「む…………それはその通りやな」


攻撃力の望むあまり、実用性を欠いているのだとしたら、それは確かに忌々しき問題だ。

とはいえ、俺は一応影精外装が安定するよう四苦八苦しながら魔力を制御してるつもりなんだが…………?


「恐らく性格上の問題でしょうね。攻撃こそ最大の防御…………あなたなら無意識にそう思っていても不思議じゃありませんから」

「…………」


…………図星ですが何か?


「…………と言う訳で、その指輪は自動的に極夜の葬送曲、その魔力の攻防バランスを黄金比に振り分けてくれる。そういう機能を持っている訳です」

「なるほど」


それは確かに便利なアイテムだな。

つまりこれを使用すれば、今まで安定していなかった影精外装を、きちんとした形状で保てるということだろう。

となると、本来使える筈の極夜の葬送曲の固有スキルも使えるようになる訳か…………まさに日進月歩だな。


「おおきに、アル。ありがたく使わせてもらうわ」


俺は笑顔を浮かべて、アルに礼を告げた。


「いえいえ、きちんとお代は頂いたので礼には及びませんよ?」


もちろん、アルの言ってるお代ってのは、相談料として払ったエヴァのスク水写真のことだろう。

…………本当に残念なイケメンです。ありがとうございました。


「それに…………あなたに肩入れしておくと、後々面白いものが見れそうですからね」

「? それはどういう意味や?」

「フフッ。それはそのときになってからのお楽しみです♪」


問い掛けた俺に対して、アルは含みのある笑みを浮かべるばかりで、それ以上は答えてくれなかった。


「ああそれから、1つ断って置きますが、くれぐれも連続使用には気を付けてくださいね? さすがに2日間の突貫作業で作った代物ですから、強度に不安がありますし」

「え゛? そうなんか?」


何だ。これさえあれば完全体極夜の葬送曲使い放題って訳じゃないのか…………。

まぁ、いつまでもアルにおんぶに抱っこってのも格好付かないし、いつかは自力で完成させたいところだから特に問題はな…………。


「…………なぁ? 今自分『2日間』言うたな?」

「ええ、言いましたとも」


にこにこと、相変わらずの笑顔を浮かべてそう答えるアル。

そんな彼とは対照的に、俺の顔からは一気に血の気が失せていった。


「…………い、一応確認やけど、俺はあれからどんくらい眠っててん?」

「丸2日になりますね。3日前の夜から眠っていたので、実際はもう少し長いですが。フフッ。余りに静かだから途中で死んでないかと心配しましたよ?」

「…………」


…………完っ全にアウトォォォォォオオオオオッ!!!!

いくら消耗してたにしても寝過ぎだろ俺っ!?

ナルコレプシーかっ!?

某オリンピック刑事かっ!!!?

どんだけ寝過ごしてんだよっ!!!?

…………お、俺のフォローなしで、ネギは大丈夫だったのか!?

さ、さすがに眠ってる内に有罪判決が下ってたなんてオチは勘弁してくれよっ!!!?


「心配なさらなくても、ネギ君たちなら無事ですよ?」

「俺が心配しとんのは自分の身の安全や!!!!」


学園長が噛んでんのは分かってるんだ。

あいつらが無事だってことは、何も疑っちゃいない。

問題なのは…………ネギの性別が、木乃香を初めとするメンバーにバレていないかどうかということだ。


「フフッ。あなたは本当に見ていて飽きない人ですね? まぁ今から余り意地悪して嫌われると勿体ないのでお教えしますが、『ネギ嬢』のことなら心配に及びませんよ?」

「へ…………?」

「今はまだ『彼女』の性別はバレていないということです」

「…………はふぅ」


どさっ、と俺は背中から再びベッドへと倒れ込んだ。

…………つか、アルの奴め。最初から何も心配がないこと分かってて俺の反応を楽しんでやがったな?

魔力制御装置と魔獣化の借りがあるし、今は黙っておくが…………いつか見ていろこの性悪魔法使い。

とはいえ、ネギの身に何も起こっていないというなら一安心だ。

幸い、今日が図書館島潜入から3日目ということなら、後は彼女たちに合流して地上へと連れ出せば良い。

原作通りなら、今頃連中は地底図書室だろう。

確か滝の裏側から地上への直通エレベーターに辿り着けてる筈だ。

ネギが俺との約束を守ってくれてるとすれば、ちゃんと勉強してるだろうし…………今の彼女たちなら問題なく答えられるだろう。

そう高を括って安心していた俺だったのだが。


「ん? …………申し訳ありません小太郎さん。どうやら少し状況が変わったようです」

「え゛…………?」


アルの放った一言で、思わず背筋が凍りついた。


「マズいですね…………水浴び中のネギ嬢に、近衛右門のお孫さんが近付いています」

「よりによって木乃香かいなぁっ!!!?」


つーかネギ!! 何風呂嫌いの癖に水浴びとかしてんだよっ!!!?

…………あれ? 今から行ったら合法的に美味しい目に会えるじゃね?

そんな邪な考えが頭に過ぎった瞬間俺は、ゲートから代えの学ランを取り出して羽織ると、ベッドから跳び起きていた。


「フフッ。若いですねぇ。そんな欲望に忠実な小太郎君に1つアドバイスです。地底図書館にある滝の裏、そこに地上への近道があります。有効活用されるとよろしいかと」

「お、おおきに。つか自分良かったんか? あの妖怪爺さんと共謀とちゃうかったん?」


アルのくれた助言に、思わず目を瞬かせながら、そう尋ね返す俺。

そんな俺に、アルは再び含みのある笑みを浮かべてこう言った。


「言ったでしょう? あなたに肩入れするのは個人的な興味です。それに…………共謀? 一体何の、そして誰のことを言っているのか『さっぱり』です」

「!? …………ああ、なるほど。確かに、俺も誰が黒幕か『さっぱり』やわ」


そうして、俺たちは互いに、黒い笑みを浮かべて笑う。

さて…………そんじゃまぁ、さくっと妖怪退治に行くとしましょうかね?

俺はアルからもらったリングを右の中指に嵌めると、ネギの魔力をトレースしてゲートを開いた。

しかし…………さすがはマメな男、アルビレオ・イマ。サイズぴったりだぜ。


「ほんなら、またなアル。この借りはいつか必ず返すさかい!!」

「いえいえ、お気になさらず。そのままのあなたで突き進んで頂ければ、それが私にとって何よりの褒美ですので」


最後まで意味深な台詞を残していたアルの居室を後にして、俺はネギの下へと続くゲートへと身を躍らせる。

…………待ってろよネギ?

今すぐ、約束を果たしに行ってやる…………!!

そんな決意と、多分に邪な欲望を抱きながら、俺はネギの下へと急ぐのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 78時間目 意趣遺恨 怨霊、物の怪困ったときは…………レッツパァアアアリィィィイイイイッ!!!!(最後までクライマックス)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/27 01:23



―――――ザッパァァァァン…………


上がる水飛沫に沈んで行く動く石像(ゴーレム)の巨体。

原作を見た限りだと、これは学園長の幻術か何かだと思ってたんだが…………この駆動音、完全に科学技術の産物だな。

つーことは、こんだけ盛大にすっこけたらそうそう起きれまい。

一先ず時間は確保できたな。

上がる水飛沫を眼前に、学ランを棚引かせ颯爽と登場する俺。

恐らく後ろの女性陣は、そんな俺の姿に見惚れているに違いない。

わざわざタイミングを見計らってまで出て来たのだ。そうでないと困る

…………くふっ、くふふふふふっ。

これで後は、格好良く笑顔なんか浮かべて後ろを振り向けば完璧だろう。

恐らく彼女たちは、俺のあまりにカッコ良過ぎる登場に、状況を忘れて見惚れるに違いない。

そう…………自分達が入浴中だったということも忘れて、な。

つまり、今背後に居る彼女たちは、ほぼ全員が裸にバスタオル程度の露出度が高い状況であるのは間違いない。

すべてはこの一瞬のため。

ネギが障壁を張った辺りから到着していたにも関わらず、俺はこの瞬間のために脳をフル回転させてこのシチュエーションを作ったのだ。

これまで築き上げて来た『学園最強の魔法生徒』『麻帆中の黒い狂犬』などという俺のイメージ。

それを崩さぬために、俺はこれまで、事故以外で女性対する過度のアプローチが出来ずにいた。

無論、過去の因縁を清算するまでは特定の女性と付き合うつもりがない、というじぇんとるみぇ~~~んな俺のポリシーも要因の一つ。

しかし…………だがしかしだ!!

女性のあられもない姿が見たいかと聞かれれば、俺は全力で応よと答える!!!!

そして、今俺の目前には、それを合法的に可能とする全ての状況が一通り揃っているのだ。

さぁ…………いざ開かん!! 桃源郷への扉!!!!

だらしなく緩みそうになる口元に注意しながら、俺はニヒルなスマイルを顔に張り付け、ゆっくりと女性陣へと振り返る。

そう、そこには夢にまで見た幻想郷が…………広がっているはずだった。


「よぉ? 待たせた…………な?」


な、何ぞコレ?

振り返った俺の視界は、どういう訳か漆黒の暗闇に支配されてしまっていた。

余りに唐突な出来事に、一瞬凍りついてしまう俺の思考。

そして次の瞬間…………。



―――――ぎゅぅぅぅううううう~~~~…………



「あだっ!? あだだだだだだだっっ!!!?」


突如として俺の眼球を襲う圧迫感に、思わず悲鳴を上げていた。

つかマジで痛いっ!!

目ぇ潰れるから!?

眼球破裂しちゃうからっ!?

く、くそっ!? 一体何が起こって…………!?

訳も分からず状況を確認しようとする、俺。

しかしその疑問は、すぐに解き明かされることになった。


「み、みんなっ!! 今の内に早ぉ服着て~~~~っ!!!!」

「げっ!? こ、木乃香ぁっ!!!?」


俺の背後やや下から、精一杯の声でそう叫んだのは、間違いなく近衛木乃香嬢だった。

…………お、俺としたことが。よもや、目前に迫った桃源郷を前に、背後への注意が散漫になっていようとは…………ふ、不覚!!

し、しかしまだだ!! まだ終わらんよっ!!!!

このまま、痛がっているふりをして、木乃香を振りほどきさえすればまだ勝機はっ…………!!

そう思った次の瞬間…………。



―――――ふにょんっ❤



「っっ!?」


尚も抵抗を続けようとした俺だったが、背中に感じた柔らかな感触に、再び思考を停止させてしまっていた。

こ、これはぁっ!?

ま、間違いない…………俺が着ている学ラン、そしてタオル生地越しではあるが、これは紛れも無く木乃香の双丘の感触…………!!

つまり、無駄な抵抗をしなければ、俺はもうしばらくこのすんばらすぃ感触を堪能できるということなのか!?

ま、マーベラスっっっ!!!!(ヘヴン状態)

…………しかし、本当にそれで良いのか犬上 小太郎?

これでは、今までと同様、単なるラッキー助平と何ら変わりはない。

俺は自ら美味しいシチュエーションを生み出し、その渦中に飛び込むことで、大人の階段を1歩踏み上がろうとしていたのではなかったか?

木乃香の胸の感触、それは確かに美味しいものかもしれない…………だが!!

そんな、受動的な態度で、俺は本当に満足なのか!? 答えは否だ!!!!

再び、先程の考えを実行に移そうとした俺。

しかし…………。


「こぉたぁくん♪ これ以上暴れるつもりなんやったら…………ウチ、凄いことしてまうえ❤」

「…………め、滅相もアリマセン」


背後に降臨した般若の気配に、俺は一切の抵抗を諦めて、大人しくすることしか出来ないのだった。

…………む、無念。

と、とゆーか木乃香さん、凄いことって何…………?


「…………よっと。コノカ~!! もうコタローを離しても大丈夫アルヨ~!!」


そんな古菲の声と同時に、ぱっと明るくなる俺の視界。

うお眩しっ!?

突然もたらされた明るさに、一瞬顔を顰める俺。

そして案の定と言うべきか、既に女性陣は全員図書館島潜入時と同じ、学生服に身を包んでしまっていた。

…………ち、ちくせう。


「コノカっ。あなたも早く着替えるですっ!!」


軽く落ち込んでいた俺を余所に、俺の後ろにいた木乃香へと駆け寄り、彼女の制服を手渡す夕映吉。

振り返った先に居た木乃香は、俺が感じた感触通り、上半身は胸にタオルを巻いているのみの大胆な格好だった。

…………ま、まぁ、御馳走さまデシタ?


「ありがとう夕映。せやけど、ウチは別にコタくんに見られるんは別に構へんのやけどな?」

「…………」


そのリアクションは予想してたけど、何か違うよね?

やっぱりさ、女性はこう恥じらいがないとさ。

…………いや、見せてくれるって言うなら喜んで見るけどさ。

もっとも、それを木乃香にお願いした場合、刹那から受ける報復は木刀で顔面強打どころじゃ済まないだろうが。

それにしても…………木乃香め。俺の野望を打ち砕くだけでは飽き足らず、格好良い登場シーン、及び感動的な再会シーンまで台無しにするとは…………。

こうなっては、今更どう取り繕っても遅いだろう。

そんな状況に、俺は軽く目眩を覚えたのだった。


「しかし小太郎殿、やはり無事でござったか」

「私は最初から、コタローがそうそうやられる訳なんてないと思てたアルネ」


いち早く現状に復帰した武闘派2人が、まずはそんな風に声をかけてくれる。

…………まぁ、とりあえずは再会を喜んでおくべきだよな。

俺は駆け寄って来た2人に苦笑いを浮かべながら、ハイタッチを交わした。


「一先ずは再会の喜びを申し上げるです。しかし小太郎さん、この2日間一体どうされていたのですか?」


木乃香と2人、すでに俺の近くに来ていた夕映が、今度はそんな風に尋ねて来る。

俺は何と答えたものか迷った挙句、結局はありのままの事実を伝えることにした。


「あ~…………ぶっちゃっけると2日間丸々爆睡しててん」

「えぇ~~~~っ!? わ、私達があんなに頑張って勉強してたのに、コタ君寝てたの~~~~っ!!!?」


俺の答えに、全力で抗議の声を上げるまき絵。

いや、俺もそんなに寝過ごすつもりはなかったんだよ? ホントダヨー?


「まぁそう言いなや。迷宮で会うたやつおったやろ? あいつと思った以上の…………いや、予想通りっちゅうべきか? ともかく激闘になってもうてな。体力を回復するために、今の今まで身体を休ませとったんや」


体力だけじゃなくて、ズタズタになった筋肉と骨を再生させるだけの魔力も必要だったしね。


「まぁ、コタくんいつも怪我した後はぐっすりやもんな? …………けど、ホンマに無事でおってくれて安心したえ」


さすがに、何度もボロボロになって爆睡する俺を見ているせいだろう。

木乃香はすぐに納得したように頷いて、はんなりとした笑みを浮かべながらそんな言葉を掛けてくれた。

…………いつもこんな風に可愛らしくしててくれると、俺の寿命はもうちょっと延びる気がする。

それにしても…………一番心配してた奴からは何の言葉もないんだが?

腑に落ちなくて、彼女の姿を探そうと木乃香から視線を移す俺。

そんな時だった。


「―――――小太郎君!!」



―――――ドカァッ!!!!



「げふぅっ!!!?」


俺の名を叫びながら、ネギが渾身のタックルをお見舞いしてくれたのは。

…………いや、違うか。

恐らく彼女にしてみれば、普通に俺の胸に飛び込んで来ただけなのだろう。

ところがどっこい、風の精霊に力を借りた彼女の跳躍で飛び込めば、それは微笑ましい再会シーンではなく、見事な殺人現場だ。

俺以外の人間だったら、吹き出す程度じゃすまなかっただろう。

とはいえ、さすがに学園最強の魔法生徒なんて言われてる俺には、それなりの矜持がある。

何とか後ろに仰け反りそうになったのを、気合で押し留めた。


「…………信じてた。無事でいてくれるって、信じてたよっ…………!!」


俺の胸に顔を埋めながら、嗚咽にまみれた声で、そう零すネギ。

…………何だ。心配掛けてたのはお互い様ってことかよ。

まぁ、大口叩いた割に、結局助けに来るのがこんなに遅くなっちまったしな。

そんな詫びの意味も込めて、俺は彼女の頭に手を置くと、その髪を優しく撫でた。


「…………遅くなってスマンかったな。けど、この通り約束は守ったで?」


にっと、歯を剥き出しにしながら笑う俺。

そんな俺の顔を見上げて、ネギはようやく微笑んでくれた。


「うん…………ボクも、約束ちゃんと守ったよ?」


そして、笑顔のままそう言うネギ。

アルの言葉通りなら、彼女は俺との約束通り、無茶はせずこの地底図書館でみんなを励ましながら頑張ってくれたのだろう。

自分の性別と、魔法使いということを隠しながら。

そう思うと、生き延びるために仕方ないこととはいえ、今まで悠長に眠ってた自分が情けなくあるな。

そんな訳で、俺は気持ち大目にネギの頭を撫でておいた。

…………べ、別にネギの髪がサラサラしてて気持ち良かったからじゃないんだからねっ!?


「「「「「…………(じぃ~~~~っ)」」」」」

「ん?」


どれくらいそうやってネギの髪を撫でていただろうか。

不意に視線を感じて顔を上げると、ネギと明日菜以外の5名が、じいっと俺たちを凝視していた。

な、何だ?


「…………ま、まさかお2人がそのような関係だったとは…………い、いえ。他人の趣味をとやかく言うつもりはないです。しかしこれではのどかがあまりにも…………」


不思議に思って首を傾げた俺に、夕映が深刻な表情でそんなことを呟く。

…………あ!! そ、そう言えばこいつらからすると、ネギは男なんだった!!

つ、つまり、夕映が言いたいことは…………。



『小太郎♂×ネギ♂』



「真っ赤な誤解やぁぁああああっ!!!!」


夕映の勘違いに気が付いた瞬間、俺は全力でそう叫んでいた。


「し、しかし、お2人の仲睦まじい様子をこう見せつけられては、説得力に欠けるでござるよ」

「日本の文化では、武士にはそういう人が多かたと聞くアルからネ」

「そ、そんな…………あう~、短い恋だったよ…………」


そんな俺の心からの叫びをガン無視して、好きかって言ってくれる3名。

ん? 3名?

そうか、木乃香だっ!!

こうなったら、彼女に望みを託す他ない。

そう思って彼女に視線を移す。

が…………。


「…………確かせっちゃんが『魔法で性別は変えれる』言うてたな?」


頼みの綱だった木乃香さんは、やたら真剣な表情でかなり物騒なことを思案していた。

つーか止めて!? 木乃香みたいな美少女が男の娘になるなんてマジ勘弁!! 世界の損失よ!?

もうどうにもならなさ気なこの状況。

当事者であるネギはというと…………。


「え? え???」


状況が飲み込めていないのか、不思議そうに首を傾げるばかりだった。

…………まぁ最初からこの手の話でネギは当てにしてないけどさ。

し、しかしどうする?

どうやってこの状況を打破すれば良い!?

必死で案を絞りだそうとする俺。

そんな時だ。



「―――――元気そうで何よりじゃない? ねぇ? 色男さん?」



聞く者全ての身を凍てつかせるような冷たさを持って、明日菜がそう言った。

…………そう言えば、明日菜のやつさっきからずっとだんまりだったか?

い、いや、それにしたって、彼女のこの異様な怒気は一体…………?

恐る恐る、彼女の声が聞こえた方へと視線を向ける。

するとそこには、案の定と言うべきか、ぎんっと両目を釣り上げ、禍々しいオーラを醸し出す明日菜の姿があった。

な、何でそんなに怒ってはるのんっ!!!?

彼女から放たれるプレッシャーの余り、自分とネギにホモ疑惑が浮上していることを忘れて焦る俺。

正直、今すぐにここから逃げ出した衝動に駆られた俺に、ゆらりと幽鬼のような足取りで近付いて来る明日菜。


「ふふふっ…………待ってたわよ、小太郎。あんたには言いたいことと聞きたいことが山ほどあるんだから…………覚悟は良いわね?」


ニヤリと口元を三日月に歪め、ゆっくりと俺に近付いて来る明日菜。

そんな彼女の異様な雰囲気に恐れをなしたのか、俺とネギを取り囲むように集まっていた面々はモーセ状態で彼女に道を開けていた。

…………つーかネギまでそっちに行くのかよ!?

こ、これでは逃げ場がないではないか!?

い、いや落ち着け俺!!

今までだって、幾度となく極限の死線を潜り抜けて来たじゃないか!?

俺はやれば出来る子だ!!

そんな風に自分を鼓舞しながら、何とかこの場を脱する方法を模索する俺。

…………ここは、やはり性急な話題の転換しかない!!

思い立った俺は、すぐさまそれを実行に移すことにした。


「待て待て明日菜!! い、今はおしゃべりしとる場合とちゃうやろ!? 一先ずは、こっから脱出するんが先決とちゃうか!?」

「む…………ま、まぁそうとも言えなくないわね?」


…………よしっ!!

明日菜の纏っていた怒気が霧散したことを確認して、俺は小さくガッツポーズを決めた。


「だ、だけど小太郎君。脱出しようにも、道なんてどこにもないよ?」

「見えとるとこにはな。奥に滝があったやろ? その裏側に隠し通路があんねん。それが地上へ近道らしい」


俺がそう言った瞬間、一同の顔がぱぁっと明るくなった。

…………何だかんだ言ってもまだほんの中学生、みんなそれなりに不安は抱えてたみたいだな。

もっとも、楓はそうでもないみたいだが。

だって彼女の場合、忍術を隠さなけりゃ簡単にここを抜けだすくらいやってのけるだろうし。

暗闇に差しこんだ一条の光明に、瞳に涙を浮かべて喜び合う面々。

しかし、世の中そう甘いことばかりではない。


『ぐ、ぬぬ…………よ、よくもやってくれおったな? ただでは帰さんぞい!!!!』

「「「「「「「!!!?」」」」」」」

「…………まぁ、当然そうくるわな」


いつの間に起き上がっていたのか、俺の背後で怒りの咆哮を上げ、地響きを上げながら近付いて来る動く石像。

…………しかしこのジジィノリノリである。

それが無性にムカついた。


「ネギ。自分はこいつら連れて隠し通路に向かい」

「わ、分かったよ!! だ、だけど小太郎君はどうするの!?」


心配そうにそう尋ねて来るネギ。

俺はそんな彼女に、獣染みた笑みを浮かべてこう答えた。


「このガラクタを放っとく訳にゃいかんやろ? 安心せえ。今度はすぐに追いつく。先に行って待っとってくれ」

「小太郎君…………分かった。その代わり、必ず追い付くって約束して?」


3日前、迷宮を彷徨っていたときの出来事を通して、こうなると俺が梃子でも動かないと悟ったのだろう。

ネギは食い下がることはなく、ただ1つそんな約束を持ちかけて来た。

俺はそんな彼女にもう一度笑みを浮かべると、動く石像へ振り返り彼女に背を向けたまま右手をサムズアップする。


「了解…………その約束、必ず果たしたる」

「…………その言葉、信じるからね?」


そんな言葉を最後に、遠ざかっていく彼女たちの気配。

それを背後に感じながら、俺は眼前に巨体を顕わす石像と改めて対面した。


「さて…………ほんなら、始めるとしまひょか?」


べきんっ、と右手の指を鳴らし、全身に纏うを闘気を高める俺。

最初の一撃でも分かる通り、極夜の葬送曲による反動は完全に回復していた。

つまり、今現在俺は、あの魔獣化を遂げた直後よりも高い魔力と身体能力を有しているということ。

その性能…………思う存分発揮させてもらうとしよう。


『ま、待て小太郎君!! わ、ワシじゃ!! 学園長じゃ!!』


俺の纏った魔力が、本気のそれであることに気が付いたのだろう。

慌てた声で『動く石像』はそんなことを言い出した。

それに対して、俺は口元に笑みを浮かべて…………。


「冗談言うたらあかんで? 俺の知っとる学園長はな、妖怪としか思えんけったいな頭した、小柄な爺様やぞ?」

『フォッ!!!?』


遠回しに、全く取り合わないことを、そう宣言したのだった。

もちろん、俺はとうの昔にこの動く石像の正体が、学園長その人だと言うことは分かっている。

取り合わなかったのは一重に、こいつを思う存分ぶちのめしたかったからだ。

本来俺と学園長の立場は、『上司と部下』ないし『教師と生徒』だ。

どちらの立場であっても、俺が学園長に暴力を振るえばただでは済まない。

しかし、今俺が対峙しているのは『上司』でなければ『教師』でもない『正体不明の敵』に他ならない。

つまり…………この石像を俺がどれだけどつきまわそうが、何のお咎めを受ける謂れもねぇのである。

先程のアルとのやりとりは、つまりそういうことだ。

くっくっくっ…………この日をどれだけ待ちわびたことか。

この2年…………特にこの1カ月で溜まりに溜まった鬱憤、存分にぶちまけさせて貰おうか?


『ま、待つのじゃ!! 今、証拠を…………』


慌てた様子でそう言った石像は、おもむろに自分の頭部を両腕で掴む。

恐らく、あの頭部はヘルメットとかヘッドギアになっているのだろう。

それを取れば、良く見知ったあの妖怪ヘッドが顔を覗くに違いない。

そうなった場合、俺の目論見は全て水泡と帰すだろう。

しかし…………。



―――――ぐっ…………



『フォッ!?』



―――――ぐぐぐっ…………



『ぬ、ぉ、ぉ、ぉ、ぉ!!!! …………あ、頭が挟まってしもうた!!!?』


どれだけ力を入れようと、石像の頭部は抜けることが無かった。

ニヤリ、と口元を歪める俺。

バカめ…………この千載一遇のチャンスを、俺がそんな簡単にふいにするとでも思ったのか?

こんなこともあろうかと、最初の一撃を放った際、頭部にも軽めの一撃をくれて既にその形状を変形させておいたのだ。

加えてあの妖怪ヘッド…………こうなっては、あのヘッドギアを着脱することはそうそう出来ないだろう。

ザマァミロだ。


「茶番はその辺で良えやろ? …………ほな行くで?」

『ま、待ってくれい!! ほ、本当にワシなんじゃーーーーっ!!!!』


そんな石像の悲鳴を完全に無視して、俺は右手で顔を覆う。

中指に嵌めた黒いリングが、魔力を受けて淡い光を放った。

俺が早くに到着していたにも関わらず、ギリギリまで出て来なかったのは、何も彼女たちのあられもない姿を拝みたかったから、という理由だけではない。

全ては万全の態勢で、この妖怪を屠るため。

獣染みた笑みを浮かべて、俺はその言葉を口にした。


「キーワード『漆黒の狂犬』。解放『極夜の葬送曲』」


俺が発動ワードを口にした瞬間、前回同様、黒い竜巻となって殺到する数千の影精。

詠唱の流れを破棄した術の発動に、以前よりも速い速度で俺の身体を影精外装が覆った。

完成した影精外装を確認するため、俺は自分の左手に視線を落とし、しげしげとそれを眺める。

…………さすがにいきなり完成って訳にはいかねぇか。

とはいえ、アルのくれた魔力制御装置のおかげで、完成した影精外装は前回のそれを大きく上回る完成度を誇っていた。

そう、遅れて登場したのは、この遅延呪文を完成させるため。

悪知恵の回るジジィのことだ、長い詠唱の途中で姿をくらまされでもしたら厄介だからな。

感情の映らない石像の顔、その向こう側で学園長の顔が驚愕に歪む幻視を俺は見た。


『ディ、遅延呪文じゃとっ!? いつの間に…………!!!?』

「知っての通り、人の裏掻いて脅かすんは俺のお家芸。それに最適な遅延呪文を俺が使えへんわけないやろ?」

『む、むむ…………た、確かにそうじゃが…………って、お主!? 実はワシの正体に気付いておるじゃろ!!!?』

「さぁ? 何のことやら…………?」


もう一度、俺はニヤリと口元を歪めた。

この術が発動した以上、そのデカイ図体で俺から逃げ出すのは至難の業。

…………じっくりと愉しませてもらおうか?


「さぁ…………お前の罪を数えろ」

『ちょまっ…………!!!?』



――――――――――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA…………



それから数秒後、地底図書室には年老いた男性の悲鳴が響き渡った。










SIDE Negi......



滝の裏で見つけた非常口。

その奥で見つけた螺旋階段をボク達は必死の想いで駆け抜けていた。

階段の途中には、いくつもの中学レベルの問題が掛かれた石の扉があり、問題を解かないと開かないシステムになっていたんだけど…………。

驚いたことに、バカレンジャーと呼ばれていた皆さんは、ボクと木乃香さんの助言なしに次々とその問題を解いて行ってしまったのだ。

恐らく、この2日間の勉強の成果が表れているのだろう。

それが何だか、自分のことのように嬉しくて、ボクに思わぬ力を与えてくれた。

問題が20問を突破し、携帯の電波が復活し始めた頃に、それは起こった。



―――――がつっ



「はうっ!?」

「夕映さん!?」


階段に生えていた木の根っこ。

それに足を取られた夕映さんが、盛大に転んでしまう。


「痛っ!? …………わ、私としたことが足を挫いてしまったようです」


よろよろと、力なく顔を上げながら、そんなことを申告する夕映さん。

くそっ…………地上まであと少しなのに…………!!


「さ、先に行ってくださいです。せっかく勉強したのに、私のせいでみなさんまでテストに間に合わなかったら元も子もないです」


挫いた足を抑えながら、笑顔さえ浮かべて強がる夕映さん。


「…………」


ボクはそんな彼女の様子を見て、下唇を噛み締めると、有無を言わさず彼女を抱きかかえていた。


「ひあっ!? ね、ネギさんっ!!!?」

「…………帰るんです」

「え…………?」


ボクの呟きに、驚いたように目を丸くする夕映さん。

そんな彼女に、ボクは力強く笑みを浮かべると、今度ははっきりとした口調で、こう宣言した。


「全員で地上に戻るんです!! 大切な友人を見殺しになんて、ボクには出来ません!!」

「~~~~っっ!?」


ボクのそんな台詞に、顔を真っ赤にして俯いてしまう夕映さん。

うっ…………ちょ、ちょっと気障になっちゃったかな?

思わず、そんな心配をしてしまうボク。

だけど…………。


「…………ぁ、ありがとう、です…………」


俯いたまま、夕映さんは消え入りそうな声で、そう言ってくれた。

そして再び、地上へと続く階段を駆け上るボク達7人。

通路に現れた30問目の扉を潜ったとき、待ち望んでいたものが、ボク達の前に姿を現した。


「ね、ネギ君!! あれ!!!!」


嬉しそうな声を上げてまき絵さんが指差した先。

そこには『1F直通』と大きく記されたエレベーターの扉があった。

その目の前までやって来て、ボク達は一様に安堵の溜息を零す。

…………良かった。これでようやく地上に帰れる。

期末試験まで、残り16時間弱。

これなら何とか、明日のテストには間に合いそうだった。

後は…………小太郎君をここで待つだけ。

恐らくは、ボクらを逃がすために、彼は今一度激闘を繰り広げていることだろう。

一先ずみんなをここまで無事に連れて来ることは出来た。

なら、ボクは彼に託された役目を全うしたということ。

この先の行動に関して何も指示を受けていない以上、後はどうしようとボクの裁量次第だよね?


「みなさんはここで待っていてください。ボクはこれから、小太郎君を迎えに行きます」


杖を握り締めて、ボクはそんな言葉を口にした。

もちろん、小太郎君が約束を破るとは思っていない。

だけど、迎えに行くくらいは許されるよね?

だって…………待ってるだけなんて、そんなのボクはもう嫌だ。

みんなの返事も聞かずに、今来た道を引き返そうとするボク。

だけど…………。


「多分、その必要はないと思うえ?」

「へ…………?」


ほにゃっとした笑みを浮かべた木乃香さんの言葉に、思わず足を止めてしまっていた。

え、ええと、どういうことかな?

言葉の意味が分からなくて、思わずボクは思ったことをそのまま尋ねる


「あ、あの、それはどういう意味ですか?」

「どうもこうも、言葉通りの意味やえ? 多分、コタくんならすぐに追いついて来てまうから、入れ違いになってまう方が心配や」

「…………」


い、いや、追い付いて来るって…………。

確かに小太郎君は転移魔法が使えるし、すぐに追いつこうと思えば追い付けるだろう。

しかし、問題なのはあの石像の相手を小太郎君がしてると言うことだ。

いくら小太郎君が学園最強と言っても、あんな巨大な敵の相手を1人でなんて、分が悪過ぎる。

そう思って、ボクは彼の援護に向かおうと思っていたんだけど…………。


「手助けのつもりなら、それこそ無用でござろう。あの石像では、本気の小太郎殿相手に30秒ともたないでござるよ」

「えぇーーーーっ!?」


楓さんの台詞に、ボクは思わず絶叫していた。

あ、あの石像が30秒もたないって…………小太郎君、どんだけ強いの!?

驚きの余り、頭が真っ白になったボク。

ちょうどそのときだった。



―――――ドォンッッ…………



「っ!?」


地響きとともに聞こえた衝撃音。

その震動に、思わず身を固くする。

な、何…………!?

も、もしかして、まだトラップが!?

そんな考えが頭を過ぎって、額に汗が滲む。

しかし、そんなボクとは対照的に、木乃香さんと楓さんは、口元に笑顔を浮かべていた。

え? どうして…………?


「にんにん♪ 噂をすれば何とやら、でござるな」

「へ…………?」


楓さんの言葉の意味が分からなくて、きょとんとしてしまうボク。

その次の瞬間…………。



―――――ドゴォォォンッ!!!!!



「っっ!?」


ボク達が上って来た螺旋階段、その壁の一角が突如として粉々に吹き飛ばされた。

つ、次から次に、一体何なのっ!!!?

驚きの連続に、思考が追い付いてこない。

しかし、ボクが本当に驚いたのは、この直後。

壁が砕けたことで舞い上がった砂煙。

その中から現れた人物の姿を目にした瞬間だった。



「―――――よぉ? 待たせたな?」



そう、壁を突き破って現れた人物。

それは今まさに、ボクが迎えに行こうとしていた、小太郎君に他ならなかったのだから。



SIDE Negi OUT......











「こ、小太郎君!? い、一体どこからっ…………!?」


壁を突き破って登場した俺に、目を白黒させながらそんなことを尋ねて来るネギ。

まぁ当然と言えば当然か。

なので俺は、笑顔を浮かべて説明してやることにした。


「あの石像をどつきまわるんが思った以上に愉し…………ゲフンゲフン。手こずってもうたからな。普通に追いかけたら間に合わんと思てん。せやから…………こう、滝んとこの壁を砕きつつ、真っ直ぐここまで突き進んで来たっちゅう訳や」


夕映やまき絵、古菲の前で転移魔法は使えないし、極夜の葬送曲の使用時間も余ってたしな。

だって、フルパワーでやるとあの石像なんざ一撃で粉微塵だぜ?

せっかくの機会なのに、それは余りに勿体ない。

なので俺は、スピードはそのままに、攻撃する際のパワーはそれこそ小突く程度に絞った上で、あの石像でドラ●ンボールよろしくの1人キャッチボールをしてやった。

中にいた学園長は、もうかなりの勢いでシェイクされていたことだろう。

最終的に地面に叩きつけられ、でろんとゴーレムスーツから吐き出された学園長は、満身創痍の上に白目を剥いて気絶していた。

改めて言おう…………ザマァミロだ。

そんな訳で、俺は残った時間をフル活用しつつ、こうしてネギ達へと追い付いた訳だ。

一般人的には限りなくアウトに近いアウトな気がしないこともないが…………まぁ、麻帆良の生徒なら別に気にならないだろ?

空飛んだとか、瞬間移動したなんて真似より、よっぽど物理的には可能なラインだし。


「い、以前の格闘大会でも拝見しましたが…………な、何と言うか、規格外の馬鹿力ですね?」

「鍛え方がちゃうからな」


ほらな?

驚いた表情で、そんな言葉を俺に掛けてくる夕映。

こんな人間離れした所業も、ただの馬鹿力で済まされる。

素晴らしき麻帆良クオリティ。

さて…………何はともあれ、これで一件落着と言う訳だ。

さすがにここまで傷めつけられたら、あの妖怪ジジィも少しは大人しくなるだろう。

だから俺は、満面の笑みを浮かべて、みんなにこう言った。



「―――――さぁ、帰るとしよか?」



俺の言葉に、みんなは同じように笑顔を浮かべて、しっかりと頷いてくれた。






―――――こうして、俺たちの3日間に渡る図書館島探検は幕を閉じたのだった。










…………とまぁ、毎度のことながら、そう綺麗に終わらないのが人生ってやつの厄介なところだ。

無事に図書館島を脱出した俺たちを待ち受けていたのは、言うまでもなく学年末テスト。

普段から勉強をしている俺とネギ、木乃香はともかく、バカレンジャーの連中は原作同様、帰宅したその直後、最後の悪あがきで一夜漬けを決行。

当然のように、テストには遅刻したそうな。

オマケに眠たさは極限だったらしく、試験序盤はそのせいで殆ど頭が回らなかったらしい。

…………実にあいつららしいけどな。

だがしかし、どういう訳か1時間目開始から10分ほどが経過した頃、突如として全員頭が冴えて来たそうな。

原作と違って、ネギは俺と一緒に試験を受けていたため、誰も彼女たちを助けてくれる人なんていないはずだ。

そう思って首を傾げた俺だったが、明日菜からの報告の電話を切った直後、その疑問は氷解する。

俺の携帯に届いていた非通知のメール。

その文面にはこんなことが書かれていた。


『これは貸しにしておきますね? by図書館島の魔法使い』


…………アルのやつめ。最後までとことんマメな男だ。

しかし、釈然としないのは、何で明日菜達を助けたのに、これが俺に対する貸しになるのか、ということ。

まぁ、彼女たちの行動を予期していながら、何の対策も立てなかった俺のミスと言えばミスだけどね…………。

とまぁ、そんなテスト当日を経て、今日はいよいよクラス成績順位の発表日。

俺とネギは校内のモニター前でその発表の瞬間を待っていた。

なお、発表の直後、女子部の成績に関しては明日菜からネギに連絡が入るようになっている。

俺の隣でモニターを見つめているネギはというと、自分が勉強を教えたメンバーの成績が気になるのだろう。

ぶっちゃけ男子部のクラス順位とか、自分の成績よりもそっちが気になるらしく、さっきからそわそわと落ち着きがない。

そしてそんな俺たち2人の隣では、いつもと違いテスト前に俺からヤマを教えて貰えず、殆ど白紙で答案を提出した男子部バカ四天王が青い顔でモニターを見つめていた。

…………だからあれだけ、普段から勉強しろって言ってやってんのに。


「つーかネギ、そんなに心配せんでも、別にあいつらの成績は自分と関係あれへんやろ?」

「うぅっ…………それはそうなんだけど、勉強教えたのはボクだし、これでみんなの成績が悪かったら申し訳なくて…………」


まぁ、気持ちは分からなくもない。

俺も正直、自分が教えてるのにこのバカ四人の成績が悪かった日にゃ、さすがに落ち込むからな。


「けど、本当に良かったね? クラス解散の噂がデマだったみたいで」


そわそわした雰囲気は拭えないものの、ネギは唐突に笑顔を浮かべてそんなことを言った。


「本当、何だったんだろう? それにあの図書館島…………トラップに付いて来てた問題が、やたら中学生向けだったし…………」


不思議そうに首を傾げるネギに、俺はどうしたものかと迷った挙句、今回のことの顛末を教えてやることにした。


「恐らくは全部学園長の企みや。自分と仲の良い明日菜を焚きつけて、自分とバカレンジャーを図書館島に隔離。その間の様子を観察して、自分が麻帆良でちゃんとやっていけるかどうかを見定める…………とまぁ、真相はそんなところやないか?」

「え゛…………!?」


あけすけにそう言った俺に、ネギは普段の彼女なら絶対出さないような、素っ頓狂な声を上げて凍りついた。

つか、今にも灰になって霧散しそうな勢いだな。

重ねて言おう。気持ちは分からなくもない。


「…………うぅっ。ぼ、ボク、あんなに一生懸命頑張ったのにぃ…………ずっと学園長の掌で踊らされてたなんて…………」


さめざめと涙を流しながら、そんな愚痴を零すネギ。

原作通りの展開とは言え、さすがにちょっと可哀そうだ。

しかしまぁ、俺と刹那が喰らったテスト(エヴァ護衛時の対牙狼丸戦)よりはマシだよな?

いきなり実践で、しかも俺は死に掛けたんだぞ?

…………そう考えると、やっぱネギは優遇されてるなと思う。

まぁ、戦闘訓練を積んでないってことも加味されてんだろうけど。


「まぁそう肩を落とすなや? 今回の件は、これから麻帆良で暮らしてくんに十分役立つ経験やったやろ?」


あまりにネギが落ち込むので、思わずそんなフォローをする俺。

しかしネギは、どういう訳か、そう言った俺をジト目で睨みつけて来た。


「む~!! 小太郎君も小太郎君だよ!! 知ってたなら一言くらい言ってくれれば良かったのにぃ!!!!」

「それやと自分の試験になれへんやろ? それに、自分は気付いてたやんないか? 自分らとはぐれとるとき、俺が本気で闘うてたってことに」


恐らくネギは、俺の魔力の増減に気付いてただろうからな。

極夜の葬送曲使用時、魔獣化時、んでもって休眠時と、今回ほど大きな振れ幅で魔力が変動することも滅多にないし。

そう思って口にした台詞だったのだが、どうやら図星だったらしい。

ネギは真っ青な顔になりながら、口をぱくぱくさせていた。


「じゃ、じゃあやっぱりあの時、小太郎君は本当に魔物になりかけてたってこと…………?」

「ん? ああ、追い詰められて暴走してもうたときか。つーか一瞬は完全に魔物になってたで? 封印に細工がされとったおかげですぐに戻ってこれたけど」


正直、エヴァの機転がなかったら、俺はあのまま親父の手で八つ裂きにされてただろうな。

…………くわばらくわばら。

それに、戻ってこれたのにはもう一つ理由がある。


「自分と約束もしとったしな。『ピンチには必ず駆け付ける』ってな」

「ぁ…………」


俺の言葉をどう受け取ったのか、ネギはそれまでの青い顔とは一転、可愛らしい笑顔を浮かべてこんなことを言い出した。


「えへへっ…………ボク、日本に来て最初に出来た友達が小太郎君で、本当に良かったと思うよ」

「…………そらおおきに」


不意打ちを食らったせいで、思わずぶっきらぼうな対応をしてしまう俺。

…………だから、その可愛らしい容姿で臆面もなくそう言うこと言うのは反則だろ。

それから程なくして、男子部のクラス成績順位が発表となった。

結果、我らが2-Aはものの見事に惨敗。

原因はもちろん、ほぼ勉強ゼロで試験に挑んだバカ四天王が足を引っ張ったから。

それに気付いている隣の四人組は、成績が発表された瞬間真っ白に燃え尽きていた。

…………ん? 女子部2-Aの順位?

…………さぁ?

そいつは皆さんの御想像におまかせするとしよう。









【オマケ~学園長のその後~】


ネ「そういえば、その元凶の学園長なんだけどさ。何か事故で大怪我して全治1カ月なんだって」

小「はっ…………下らん企みで人を困らせまくってたバチや」

ネ「??? …………小太郎君、もしかして何か知ってる?」

小「さぁ? 何のことやら?」

ネ「あれ? …………図書館島でのことは全部学園長の企みで、しかもあの動く石像の声、どこかで聞き覚えが…………ってまさか!?」

小「~~~~♪」


★おしまい★





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 課外授業 閑話休題 こたろーーーーっ!! うしろうしろーーーーっ!!!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/28 00:24



ラ「ジャァァアアアック・ルァァァアアアクァンのぉおっ!!!! 転生武道伝コタ・・・ま? 質問コーナー!! ぷぅぁぁあああああとっつぅぅぅううううううっ!!!!」

小「またこの展開かいな!? つか、溜めが長過ぎて最早PART2の部分何言うてるか分かれへんからな!?」

ネ「え? え!? な、何なのここっ!? というかその人誰っ!!!?」

小「…………今回はネギも巻き込まれた訳な」

ラ「みなまで言わなくても分かると思うが、この質問コーナーではこの俺様『つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけど?』ことジャック・ラカン様が、皆さまから送られてきたお便りにビシバシ答えてくんでヨロシク!!」

小「ビシバシて…………あんたこないだ最初の1つで飽きて大暴れやったやんけ?」

ラ「ハッハッハッ!! 細けぇこたぁ良いんだよ!!」

ネ「ね、ねぇ? 結局、ここはどこなの? 何か学校の教室みたいだけど…………」

小「あー…………正直俺にも良ぉ分からん。つかもう悪い夢を見てると思って流れに身を任せてもうた方が楽やで?」

ネ「わ、悪い夢…………?」

ラ「ん? 嬢ちゃんなんかどっかで見たことあるような…………もしかして、ナギの娘か?」

ネ「!!!? お、お父さんを知ってるんですか!?」

小「…………その辺の話をこの幻想空間でやるんは止めたが良くあれへん?」


ラ「ム…………確かにその通りだな。悪いが嬢ちゃん、それ以上の話は現実世界で会った時の楽しみに取っておこうぜ?」

ネ「で、ですがっ…………!?」

ラ「ってなわけで!! まずは最初の質問だっ!!!!」

ネ「えぇーーーーっ!!!?」

小「容赦あれへんな…………」

ネ「あ、あの、質問って一体何の…………?」

小「まぁ、見てれば分かると思うわ」

ラ「一通目は、住所不明『夜に』様からのお便りだ」

ネ「不明!? 不定じゃなくてっ!?」

小「いや、単純に住所が載ってへんだけやろ?」

ラ「その通り!! えぇと何なに…………『九尾の力を取り込んだといっても、そんな強大な力を直ぐに身体に適応させることが出来るものなのでしょうか? 元々自分に無い力、例えるなら臓器移植したようなものでしょうし。あと相当寿命も延びたみたいだけど、エヴァみたいにもう身体の成長も止まったの?』とのことらしいが…………その辺ってどうなんだ?」

小「答えられへんのかいなっ!!!?」

ラ「いや、俺って強ぇじゃん? 外から魔力取り込むとか、そーゆー話は考えたこともねぇから詳しくねーんだよ」

小「まぁある意味予想通りの展開やけど…………しかし俺に聞かれても困るで? ぶっちゃけ今回の件はエヴァやアルにおんぶにだっこやったからな。その便利な台本に何か書いてへんのかいな?」

ラ「おお!! そうだったな!! 何なに…………何か特別VTRがあるらしいぞ?」

ネ「よ、用意周到ですね…………」

ラ「それじゃあ早速!! VTR、スタートォッ!!!!」



―――――プツンッ…………



エ『…………へ? もう撮影してるのか!?」

茶『yes. マスター。バッチリ録画中です』

エ『ま、待て!! まだ心の準備が出来てない!! と、撮り直しだ!!』



―――――プツンッ…………



小「エヴァっ!!!? い、いや、聞く相手は間違うてへんけど、しかし良ぉ答えてくれたな?」
 
ラ「台本によると、有名老舗の茶菓子となんとかって陶芸家作の茶器で買収したそうだ」

ネ「? え、ええと、2人の知り合いの方ですか?」

小「ま、まぁな。その内自分も会うことになるんやないか?」

ネ「? そ、そうなの?」

ラ「お? どうやら、TAKE2の始まりみたいだぜ?」



―――――プツンッ…………



エ『フンッ…………良く来たな? それで? この不死の魔法使い、闇の福音、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様に聞きたいこととは一体何だ?』

小「…………それにしてもこの幼女ノリノリである(ボソッ)」

エ『…………なるほど、九尾の力についてか。無論、一朝一夕で取り込めるようなものではない。そのため、私が駄犬に掛けた封印術には、時間を掛けて九尾の魔力を奴の身体に馴染ませる役割も担っていたのだ。…………どうだ? 愚鈍な貴様らでも、実に分かりやすい親切な解説に感涙が止まるまい?』

小「…………こんだけ踏ん反り返られとったら、涙なんか1ミリも出ぇへんけどな」

エ『何? まだ質問があるのか? …………まぁ良い。特別に答えてやろう』

小「…………もう突っ込むんも飽きて来たわ」

エ『…………駄犬の身体か。前にも言ったが、奴は私と違って魔獣型の魔族だ。加えて、奴に起こった変化は『半妖が完全な妖怪になった』という程度のもの。寿命は莫大に延びたが、身体の成長が止まった訳ではない。無論、その速度は恐ろしく緩慢なものになっているだろうがな』

小「へぇー…………俺の身体って、そないなことになっとったんか」

ネ「いや、そんな他人事みたいに…………」

エ『質問は以上で終わりか? フンッ…………下らん手間を掛けさせおって。用が済んだなら出ていくが良い…………この私の気が変わらぬ内にな?』

茶『…………カット。迫真の演技、お見事ですマスター』

エ『フッ。この程度、私にとっては造作もないことだ。…………ところで、早速例の茶菓子が食べたいんだが?』

茶『では、すぐにお茶を用意いたします』

エ『ああ、頼む』

茶『少々お待ち下さい』

エ『~~~~♪』



―――――プツンッ…………



小「TAKE1と最後の部分は完全に放送事故やったやんな?」

ラ「ちゃんと質問の答えになってたから良いだろ? そんじゃ次の質問行くぜ?」

小「お? 今日はちゃんとやるんやな?」

ラ「ああ。何か前回のクレームが酷かったらしくてよ。ええと…………こりゃ結構来てるみたいだな。『極夜の葬送曲使用時の小太郎はどれくらい強いんですか?』と…………つまり、前と同じで強さ表を作れば良い訳か」

小「おお!? それは俺も気になっとったし、是非お願いするわ」

ラ「んじゃ、早速準備に掛かるぜ!!(カツカツカツカツッ)」

ネ「ねぇ? 強さ表って何?」

小「表世界の一般人を1として、俺の戦闘力がどれくらいか、色んなやつと比較した表の事や。ちなみに、それやと自分の親父さんは12000以上で、前回の俺は2800やったで?」

ネ「え゛!? そ、それじゃ、小太郎君は単純計算で一般人の2800倍強いってこと!?」

小「まぁな。けど、それを言うたら自分の親父はそんな俺の更に4倍強の強さっちゅうことやからな?」

ネ「…………ボク、お父さんに追い付ける自信がなくなってきたよぅ」

小「まぁまぁ。自分はまだこれからやろ? それに、そんな親父さんの血を受け継いでるんやし、自分ならきっと大丈夫やって」

ネ「こ、小太郎君…………ありがとう」

ラ「いちゃついてるとこワリィが、準備の方が出来たぜ?」

ネ「い、いちゃっ…………!?」

小「…………まぁ良えけどな」

ラ「今回は特別に、お前が使った3度の極夜の葬送曲と完全魔獣化時の戦闘力、及び牙狼丸の強さも表にしてやったぜ!!」

小「そらおおきに。どれどれ…………」


―――――牙狼丸(完全召喚・獣化時):11000

―――――小太郎(極夜の葬送曲・魔力制御装置装備):10000

―――――小太郎(極夜の葬送曲・完全魔獣化時):9000

―――――小太郎(極夜の葬送曲・九尾化時):8500

―――――小太郎(完全魔獣化・暴走時):7000

―――――牙狼丸(完全召喚時):6800

―――――小太郎(完全魔獣化・獣化時):6000

―――――小太郎(完全魔獣化・通常時):3500


ラ「ちなみに、牙狼丸と極夜の葬送曲時の戦闘力は時間制限があることを加味した上での数値だ。実際の戦闘力は俺やナギみたいな連中とも互角に闘えるだきゃあるだろうよ」

小「…………ようかくここまで来た、って感じやな」

ラ「いやいや、異例のスピード出世に俺もたまげてるぜ? だがしかぁしっ!! これはあくまで限られた効果時間内での話だ。テメェが本物になりてぇんなら、これに慢心せず、これからも精進を続けんのが肝要だな」

小「おう。肝に命じとくわ」

ラ「ダッハッハッハッ!! 顔に似合わず素直じゃねぇか!? そんじゃ、早速3つ目の質問だ!!」

ネ「ここまでの質問だと、何かボクがここに呼ばれた意味ってないような気が…………」

ラ「安心しな嬢ちゃん。最後の質問はおめぇさん宛てみたいだぜ?」

ネ「えぇっ!? ぼ、ボク宛てにですか!? い、一体どんな質問でしょう…………?」

ラ「台本によるとぶっちゃけ、この質問が一番多かったらしい。んじゃ、読むぜ? えーと…………『ネギ嬢のスリーサイズを教えてください』…………」

ネ「ぶっ…………!!!?」

小「ラカンのおっちゃんが言うたら、完全にただのセクハラやな…………」

ラ「…………いや、俺もさすがにダチの娘捕まえてそんなこと聞く羽目になるたぁ思わなかったわ(汗)」

ネ「ど、何処の誰ですかっ!? そ、そんなふざけた質問を送って来たのは!?」

ラ「いや、だから無数に寄せられてんだって。台本によると、作者のリア友からまで『ネギのスリーサイズが気になって眠れないんだが?』ってメールが送られて来たらしい」

小「完全に変態紳士です。どうもありがとうございました」

ネ「ありがたくないよっ!!!!」

ラ「まぁ質問なら仕方ねぇ。嬢ちゃん、減るもんでもねぇし、ここはズビシッと発表しちまってくれ」

ネ「絶対に嫌です!! た、助けて小太郎君!?」

小「へ? あー…………質問なら仕方あれへんな」

ネ「こ、小太郎君まで裏切ったっ!!!?」

小「いや、ほら。俺も健全なオトコノコーやし? ネギが着やせするタイプなんは分かってる分、余計に気なるっちゅうか…………な?」

ネ「な? じゃないよっ!? うぅっ…………小太郎君のこと信じてたのに!! 酷いや!! 訴えてやるーーーーっ!!!!」

ラ「とはいったもんの…………嬢ちゃんがここまでノリ気じゃねぇなら、どうやっても迷宮入りだな」

小「えぇー…………そこはおっちゃんのチートパワーで何とかならへんのかいな?」

ラ「普通ならやれねぇこともねぇが…………嬢ちゃん、かなりきつくさらし巻いてんだろ? オマケにライン隠すような厚手な上にサイズがデカい服着ちまってるからな、さすがに上から見ただけじゃあどうしようもねぇわ」

小「む、無念…………(orz」

ネ「全然無念じゃなーーーーいっ!!!! 2人して変なことで落ち込まないでよっ!!!?」

ラ「ん? 何だ? モニターの様子が…………?」



―――――ザーーーーッ…………パッ



『ネギ・スプリングフィールド身体データ:身長148cm スリーサイズ:B85.W52.H76』




ネ「わーーーーっ!!!? な、何でっ!!!? 一体どこからボクのスリーサイズをぉっ!!!?」

小「なん……だと……!?」

ラ「ば、バストとウエストの差が33㎝…………亜人種ならともかく人間で、しかも成長期途中でこりゃあ半端じゃねぇな…………(ゴクッ)」

小「し、しかもネギの身長は亜子とそう変われへん…………な、何と言うロリ巨乳、何と言うワガママバディ…………」

ネ「いーーーーやーーーーっ!!!? お、お願いだから2人とも忘れてーーーーっ!!!!」

小「い、いや、忘れようにも衝撃的過ぎて…………」

ラ「ああ。正直忘れられそうにねぇわ…………」

ネ「そんなぁっ!? …………うぅっ、ぐすっ…………お、おねーちゃんにも言ったことないのにぃ。ぐすっ…………ひーんっ!! ボクが何したって言うのさーっ!!

!!」

ラ「あーあ、泣ーかせた」

小「いつの間にか俺1人が悪い流れに!? いやいやいやいや!! おっちゃんもノリノリやったやんけ!?」

ラ「これはアレだな。修学旅行で女風呂覗きに行く流れになって、その過程は楽しいけど実際に知り合い(女)の裸を見ちまうと、気恥しさと罪悪感で何もリアクションが取れなくなるやつ」

小「いや例えが意味分からんし、つかおっちゃん修学旅行とか行ったことあんのかいな!?」

ネ「うぇ~~~~んっ!!!!」

???『…………てめぇら、何人の娘泣かせてんだ?』

小&ラ「「え゛…………!?」」

始まりの魔法使い『―――――覚悟は出来てんだろうな?』



―――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ…………



小「@*$#&%=~~~~~!!!? ちょっ!? 嘘ぉっ!? 何であんなラスボスがここにっ!!!?」

ラ「ヤベ…………俺じゃあいつ斃すのはムリだわ」

小「冷静に言うてる場合かっ!!!? つか、あんなん俺かて極夜の葬送曲なしやったら瞬殺や!!!!」

始『―――――塵一つ残さず消え失せろ』



―――――ギュピィンッ!!!!



小&ラ「「――――――――――ノオォォォォォオオオオオ!!!!!?」」



―――――チュドォォォォオオオオンッッ…………










「―――――っハッ!!!?」


唐突に目を開く俺。

気が付くとそこは、良く見なれた自分の部屋だった。


「…………あ゛~~~~っ…………な、何や久々にごっつい夢見が悪かったわ…………」


もっとも、どんな夢を見ていたのかはまるで思い出せない。

悪夢にうなされるなんて、最近は殆どなかったんだけどな?

しかし喉カラカラだな…………汗もひでぇし、飲み物取りに行くついでに顔も洗いに行くか。

そう思って身体を起こそうとする俺。

だが…………。



―――――ぎゅっ…………



「…………またか」


例により、いつの間にか俺のベッドに潜り込んでいたネギに抱きつかれて、俺は再びベッドへと引き戻された。

もしかして、これが悪夢の原因?

…………まさかな。


「…………んぅ…………えへへっ…………おとーさん…………」


余程良い夢を見ているのだろうか、幸せそうな笑顔を浮かべて、そんな寝言を零すネギ。

俺は徐にそんな彼女の胸へと視線を落として…………。


「…………は、はちじゅうごせんち…………(ゴクッ)」


思わず生唾を飲み込んだ。

あれ? 何で俺、ネギのバストサイズ知ってんだろ?

…………まぁ良いか。知ってて困るもんじゃないし。

そう結論付けると、俺はいつものように転移魔法を使って、ネギの腕から脱出を図るのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 79時間目 泥中之蓮 いつのまにかルームメイトがクラスのマスコットになってたんだが?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/09/04 10:44

※このお話は、78時間目終了直後のお話です。



「…………さて、2-Aバカ四天王の諸君、補習漬けの春休み決定オメデトウ」

「「「「うぐっ…………!?」」」」


俺の情け容赦のない一言に、一様にそんな呻き声を上げるバカ四天王こと、男子部武道四天王。

クラス成績順位発表後、現在俺たちは昼食を取るため駅近くのファミレスに訪れていた。

夏休みに高音や愛衣と利用していたあの店だ。


「こ、小太郎君。いくら何でも言い過ぎだって。それに、まだ個人成績は返却されてないし、補習漬けってきまった訳じゃないでしょ?」


あまりに辛辣な俺の態度に、さすがネギが気の毒そうにそんなフォローを入れて来る。

甘いよネギ。こいつらは甘やかすとすぐ調子に乗るんだから。


「そ、そうだそうだー!!」

「小太郎は傷心の俺たちをもっと気遣うべきだぜ!!」


…………ほらな?

ネギが味方だと分かるや否や、さっきまでの落ち込みようを忘れて、そんなことを言い出す慶一と達也。

俺はそんな2人をきっと睨みつけて黙らせた。


「…………はぁ。まぁ自分らには良い薬なんやないか? 人生一付け焼刃じゃどうにもならんことがあるって、身を持って学んだやろ?」


溜息交じりに、そう零す俺。

実際、ネギのいう通りさすがに可哀そうだとは思うしな。

苛めるのはこれくらいにしといてやろう。

そんな俺の考えが伝わったのか、薫ちゃんは神妙な表情を浮かべた。


「…………全く小太郎の言う通りだぜ。これからは、もうちっと前もって準備するわ」

「そ、そうだな。短い春休みならさておき、長い夏休みなんかで補習地獄は堪らん…………」


薫ちゃんに同調したように、ポチやんまでもがそんな反省を口にする。

いつもながらこの2人はきちんと自分の非を認められる優秀さを持っているな。

…………残りの2人は爪の垢を煎じて呑ませて貰うべきじゃねぇか?


「ま、まぁテストの話題はこの辺にしとこうぜ? せっかくテストも開けたってのに、そんな暗い話題ばっかだと気が滅入るだろ?」

「暗い話題になったんは自分らのせいやけどな?」

「ぐはっ…………!?」


思い切って話題の変更を進言した慶一に、容赦なく止めを刺す。

少しは反省しろっての。


「こ、小太郎君ったら…………け、けど、本当にようやくテストも終わってゆっくりできますね?」


轟沈した慶一を気遣ってか、そんな風に話題を振ってくれるネギ。

だから甘やかしちゃダメだってば。

とはいえ、確かにネギの言う通り、これでしばらく時間に余裕が出来たのは嬉しい事実だよな。

冬休みには確たる進歩を得られなかったが、春休みこそは極夜の葬送曲を完成させたいし、やるべきことは山積みだ。

そんなことを考えながら、俺はドリンクバーでついできたアイスコーヒーをあおった。


「まぁ補習の件は置いといて、もうすぐ春休みだし、ネギの言う通り時間は結構出来たよな?」


俺と同じようなことを考えていたのか、先程よりも明るい声で達也がそんなことを言い出す。

それには皆同意見だったのだろう、一様に頷いていた。


「しっかし、もう春休みか? 時間が経つのは早ぇなぁ?」


俺と同じくドリンクバーで注いできたコーラを飲みながら、薫ちゃんは笑顔を浮かべながら言う。

確かに、ネギが留学して来てからこっち、いろいろと忙しかったこともあって、異様に時間の流れを早く感じたよな。


「そうだな。特にネギが転校して来てからは、いろいろと騒がしかったし」

「…………」


さっきの達也もそうだが、今のポチやんの台詞、まんま俺の心の声じゃん…………。

付き合いが長くなってきて、思考パターンまで似て来たか?


「あははっ。けど確かに。ボクが転校して来て、もう1カ月も経ったんですね」


感慨深そうにそう呟いて、ネギはこれまたドリンクバーのアイスティーに口を付けた。


「けど、ネギが転校してきたときは本当に驚いたよなぁ? マジで女の子が男子部に入って来たのかと思ったぜ」

「ぶっ…………!?」


いつの間にか復活していた慶一の危ない一言に、ネギは口に含んだばかりのアイスティーを軽く吹き出す。

そんな彼女の様子に苦笑いを浮かべながら、俺はテーブル備え付けのペーパーナプキンを数枚取って、彼女に手渡した。


「ほれネギ。ナプキン」

「あ、ありがと…………し、心臓止まるかと思った…………」


俺にしか聞こえないような小声で、そんなことを呟くネギ。

ネギの外見が女子にしか見えないなんて今更なんだから、いい加減耐性付けたが良くね?


「確かに、最初ネギが教室に入って来た時は俺もビビったぜ? というより、クラス中が騒然となってたもんな?」


その時の様子を思い出しているのだろう、薫ちゃんはいつも通りの男臭い笑みを浮かべながら言った。

彼の言う通り、あのときの教室は異様なざわめきに包まれていたからな。

そんなことをぼんやりと考え、俺はネギの転校初日の朝礼を思い出すことにした。











『…………に関する連絡は以上です』


いつも通り、凛とした声でつつがなく連絡事項を伝えていく刀子先生。

それを黙して聞いてはいたが、クラスの雰囲気は異様な緊張感に満ち満ちていた。

その理由はもちろん、転校生が来るという噂が流れているから。

全寮制のこの学校では、前日入りした転校生の話なんて、あっという間に学校全土へと広がるのだ。

そんな訳で『女の子にしか見えない可愛い男子が転校して来る』という噂を耳にした一同は、今朝から妙に浮足立っている。

…………何故か委員長の一番テンションが上がっていたんだが、あれは何だったんだろうな?


『さて、最後になりましたが、今日からこのクラスに転校生が入ることになりました。スプリングフィールド君、どうぞ?』



―――――ガラガラッ…………



刀子先生がそう促した直後、唐突に開かれる教室の扉。

そこからかなり緊張した面持ちのネギが入って来た瞬間…………。



―――――ザワッ…………



教室内は妙などよめきで満たされていた。

…………まぁ、あの容姿だと無理はないよな。

ネギの容姿は『女の子にしか見えない』のではなくて『絶世の美少女にしか見えない』のだ。

そんな転校生の登場に、年頃の男子中学生が色めき立たない訳がない。

がちがちになった状態のまま、ネギは何とか刀子先生の待つ教卓まで辿り着くと、ゆっくりとこちらを振り向く。

その傍らでは、刀子先生が彼女の名前を黒板に書いていた。


『ネギ・スプリングフィールド君です。名前からも分かる通り、留学生ですから何かと不慣れなことも多いでしょう。皆さん良くしてあげるように。それではスプリングフィールド君、自己紹介をお願いします。皆さんはお静かにして、彼の話を聞くように』


刀子先生に言われるまでも無く一同は、恐らくはネギの声が聞きたくて自然と静寂に包まれていた。

そんな中、緊張に身を固くしながらも、ネギは精一杯の笑顔を浮かべて自己紹介を始める。


『ね、ネギ・スプリングフィールドです。イギリスのウェールズから来ました。先生のおっしゃった通り、不慣れなことが多く、皆さんにはご迷惑をお掛けするかも知れませんが、どうぞ仲良くしてください」


締め括りに、ぺこっと折り目正しく一礼するネギ。

それから少しの間を開けて…………。



―――――どよっ!?



クラスは再び喧騒に包まれたのだった。

…………ま、まぁ何だ。ネギのやつ、声質も鈴の音みたいでイメージ通りだしね。

これで、声だけ男前だったら、逆にクラスの連中のテンションは一気に冷え切っていただろう。


『はい、皆さんお静かに。スプリングフィールド君の席ですが、こた…………犬上君の隣に準備してますのでそこを使って下さい。寮でも同室ということですし、その方が話も聞き易いでしょう?』

『は、はいっ。お、お気遣いありがとうございますっ』


刀子先生にお礼を言ったネギは、がちがちのまま俺の方へと向かってゆっくり近付いて来る。

…………どうでも良いけど、今刀子先生『小太郎』って言いかけただろ?

やがて俺の隣の席まで来ると、ネギは小さく笑みを浮かべて、俺にこう言った。


『…………今日からは学校でもよろしくね、小太郎君?』

『…………おう。任せとけ』


俺の返事に、満足そうに笑うと、ネギはゆっくりと自分の席に座った。

そしてその瞬間、周りの席に座ってる連中から、一斉に質問を浴びせられ始めるネギ。

まぁ、転校生の宿命だし、さすがにこれはネギも予想の範疇だっただろう。

そんな俺の予想を証明するかのように、ネギは苦笑いを浮かべながらも、特別ボロを出すようなことはなく、みんなの質問に答えていた。


『お静かに。スプリングフィールド君への質問は休み時間にでも取っておいてください。1時間目は移動教室でしょう? 速やかに準備を始めるように』


刀子先生がそんな風に、声を掛けるが全く持って生徒たちのボルテージは下がりそうにない。

もっとも刀子先生もそんなことは予想済みだったのだろう。

苦笑いを浮かべながら溜息をついていた。


『ああ、1つ言い忘れていました…………『皆さん』? いくらスプリングフィールド君が可愛いからって、調子にのっていかがわしいことはしないように(ニコッ)』



―――――しーん…………











「…………まさか、刀子先生があの手の冗談言うなんて思わなかったよなぁ? さすがに笑えなかったわ」


俺と同様、その時の様子を思い浮かべているのだろう、苦笑いを浮かべながらそんなことを言う慶一。

しかし俺は未だ持ってそのことを笑うことは出来ないでいた。

あの時、刀子先生はやたら『皆さん』の部分を強調して話していた。

だがあの時、刀子先生の視線は確実に俺個人へと向けられ、あまつ笑顔だった筈の彼女の目は…………全く笑っていなかった。

連中は気付いていないようだが間違いない…………あれは遠回しな俺へ対する牽制だ。

後でタカミチに聞いたところ、刀子先生は最後までネギと俺の同居に反対していた者の1人だったらしいし。

結局、多数決と学園長のごり押しで反対派は黙らざるを得なかったようだが…………あの刀子先生の様子じゃまだ納得はしてないようだ。

実際、俺はネギの転入後から1週間おきに、刀子先生から尋問を受ける羽目になっている。

やれネギに手を出していないか? 

やれ彼女が出来たとかいうことはないか? 

などなど…………逆セクハラで訴えたら間違いなく勝訴になりそうな質問を、俺は延々1時間毎週浴びせられている訳だ。

…………本当に勘弁して下さいよ。


「ネギの転校初日と言えば…………昼休みの小太郎はさすがだったな」


刀子先生からの尋問風景を思い出してげんなりしていた俺を余所に、今度はポチやんがそんなことを言い出す。

昼休みって言うと…………ああ、あれか。

確かネギの噂を聞きつけた、学校中の生徒が集まって来てて…………。











―――――ざわざわ…………



押しかけた人だかりのせいで、廊下は真っ黒に染まっていた。

もちろん集まった連中の目的は、女の子にしか見えない噂の転校生を一目見ようというもの。

ただでさえ正体がバレないかと不安なネギは、この人だかりに可哀そうなくらい怯えきってしまっていた。

…………そんな彼女の様子に、俺が胸キュンしたのは内緒だ。

集まった連中の気持ちは分からんでもない。

しかしさすがにこれはやり過ぎだろう。


『つーか、これじゃ購買にも行けねぇな?』


俺の前の席に陣取って、達也がそうぼやく。

そんな彼の言葉通り、教室内には購買にも学食にも行けず、途方に暮れる生徒で溢れかえっていた。

…………こりゃさすがに何とかしないとな。

本当なら、あまり校内で騒ぎを起こしたくはないんだが…………俺も空腹の限界だし、この際仕方ないだろう。

俺は徐に立ち上がると、真っ直ぐに出口へと向かい、そして…………。



―――――ガラガラッ!!



『『『『『!!!?』』』』』


わざと大きな音を立てて、教室の扉を開いた。

突然の事態に驚き、一斉に俺を注視する野次馬ども。

下級生の中には、俺が誰だか気付いた時点で腰を抜かしてる奴もいた。

異様なざわめきに包まれていた筈の廊下は、俺が登場した瞬間、緊張を伴った静寂に支配される。

それを良いことに、俺はにやりと口元を三日月に歪めると、こんなことを口走ってやった


『…………リアル無双●舞って、一回やってみたいと思てたんよなぁ」



―――――ベキンッ!!



ダメ押しのように右手の指を鳴らす俺。

その瞬間、集まっていた野次馬は、蜘蛛の子を散らすように、ほうほうの体で自分達の教室へ逃げ帰って行った。

…………ふん。見たか愚民どもめ。


『…………おーい? ギャラリーも散ったし、そろそろ飯に行こうやー?』


扉から頭だけをひょこっと出してそう言う俺。

その瞬間、クラスからは爆発的な歓声が上がった。

全員空腹に耐えかねていたのだろう、一斉に購買、もしくは学食へと駆けていくクラスメイト達。

そんな中で、1人だけは俺の傍にゆっくりと近付いて来て立ち止まる。

もちろん、その1人というのはネギだった。


『…………えへへ。ありがと、小太郎君』

『…………ま、俺も腹へっとったしな?』


嬉しそうにはにかんで礼を言ったネギに、俺は何となく照れ臭くて、ぶっきらぼうにそんな返事をしてしまうのだった。











「集まってた野次馬共を、睨みと指鳴らしで一掃だろ? さすがに俺たちじゃああはいかねぇもんな」

「ああ。あんときゃマジで腹減ってたし、まさに狂犬様々だったぜ」


楽しげに笑いながら、その時の様子を離す達也と慶一。

いや、お前ら楽しそうだけど、俺はあの後酷かったんだぞ?

何か逃げてる途中で将棋倒しになった奴らが続出したらしくて、俺は刀子先生に呼び出し喰らって例により反省文の提出を言い渡されたし。

もっとやりようはなかったのか? ってしこたま怒られたしな。

…………あの日は日直だったんだが、屋上で黄昏れてたときに、缶コーヒー持ってねぎらいに来てくれた神多羅木先生の優しさが身に染みたって日誌に書いておいた。

それはさておき、その時の話を魚に盛り上がる面々。

そんな中、薫ちゃんが不意にこんなことを言い出した。


「そういや、あの一件で小太郎の渾名ってまた増えたんだろ?」

「ん? あー…………そんなこともあったようななかったような…………?」


適当にはぐらかそうとする俺だったが、実のとこ、その通り名はしっかり覚えてる。

しかしながら、ネギの前でそれを言ってしまうのが憚られたため、敢えて黙っておくことにしたのだ。

が、ここに空気を読まないバカが一人。


「確か『姫の番犬』だったか? 今までの中じゃ一番マシな渾名じゃねぇか?」

「ばっ!? け、慶一、おまっ!? ネギの前で言うなよっ!?」


ぽろりとその名を口にした慶一を、慌ててたしなめる達也。

しかし、時すでに遅し、しっかり俺の通り名を耳にしたネギは、不思議そうに首を傾げていた。


「あの、姫って誰のことですか?」

「「「…………」」」


事情が事情だけに、その渾名は本人の前で言わないでおこうとしていた俺、達也、ポチやんの3人はネギの無邪気な問い掛けに沈黙する。

…………慶一の野郎、いつかシバく。結構シバいてるってのは言わない方向で。

仕方なく、俺は溜息を吐きながら、ネギに『姫』が誰なのか教えてやることにした。


「自分や自分。『ネギ姫』。男子部の連中は普段女子と接する機会なんてあれへんやろ? せやから、一見女の子にしか見えへん自分のことを影で『姫』とか呼んで、その虚しさをやり込めとるんや」

「実際、ネギは人当たりが良いし、他のクラスや学年でも人気は高まってるらしい」


俺の説明に、そんな捕捉を入れてくれるポチやん。

…………今回ばかりはそんなネギの優しい性格を恨めしく思ったがね。

それに、ネギにこの名を聞かせたくなかったのには理由がある。

他の2人は『普通の男子は『姫』なんて呼ばれたら嫌がるだろう』なんて考えで黙っていたんだろうが、俺は違う。

ネギは男として生活しているが、価値観や立ち居振る舞いは紛れも無く女の子のそれだ。

そのため、彼女が『姫』なんて呼ばれてると知った日には…………。


「そ、そんなっ。ひ、姫だなんて…………」


…………ほーらね?

案の定と言うべきか、ネギは頬を赤らめ両手でその頬を包むと、まんざらでもない様子でいやんいやんと首を振っていた。


「…………ていっ」



―――――びしっ



「あうっ!?」


そんなネギの頭部に、軽めのチョップを見舞って現実に引き戻す。


「…………アホ。普通の男子は姫なんて呼ばれたら嫌がんねん」

「…………あ!? そ、そうだよね?」


小声で俺にそう言われて、ようやく自分の立場を思い出したのか、ネギは慌てて嫌そうな顔を作った。

…………もう遅いけどね。

もっとも、幸いにも残りの4人はそんな彼女の様子には気付いていないらしい。

ドリンク片手に、うっかりボロを出した慶一に対して集中砲火を浴びせていた。


「ネギの人気と言えば、非公認でファンクラブを作るって話はどうなったんだ? 確か、慶一が入るかどうか迷ってるって話だっただろ?」

「か、薫!? 本人の前でそれを言うかっ!?」


いきなり薫ちゃんが投げた剛速球に、慌ててその口を抑えに掛かる慶一。

だからもう遅いってば。


「ふぁ、ファンクラブ!? ぼ、ボクのファンクラブが出来そうなんですか!?」


自分の知らないところで、そんな事態になっていたと知らされたネギは、驚きに目を丸くしながらそんなことを叫んでいた。

…………こいつら、わざとやってねぇか?

さっきから出て来る話題は、俺が出来ればネギに聞かせたくなかったものばかり。

楽しそうに談笑する5人とは正反対に、俺のテンションはさっきからストップ安だ。


「…………はぁ。まぁバレちまったから言うけどよ? 実はそのファンクラブを作るって話、立ち消えになっちまったんだよ」


溜息を吐きながら、慶一は気だるそうにそんなことを言う。

表情が不機嫌そうなのは、自分がネギの人気に骨抜きにされていたという恥ずかしい事実を誤魔化したいからだろう。

…………何気に女性陣ばかりに気を取られていたが、こいつもネギの性別バレの要注意人物なんじゃね?


「立ち消えって、そりゃまたどうしてだ?」


不思議そうに首を傾げて、慶一にそう尋ねる達也。

無論、俺はその理由を既に知っていた。

達也の質問に、慶一は突然神妙な顔つきになり、こんな話をする。


「実はよ…………そのファンクラブを作ろうとしてた中枢メンバーが、全員同じ日にいきなり失踪しちまったんだ」

「し、疾走!?」

「…………ちゃうでネギ? 『疾走』やのうて『失踪』や。行方不明。いきなし走ってどないすんねん」


げんなりしながらも、しっかり突っ込みはしておく。

俺偉い。


「幸い、全員翌日には見つかって普通に登校もして来たんだけど、何かファンクラブへの情熱は一気に冷めちまっててな。んで、結局その話は立ち消えになった」


そう締めくくる慶一に、メンバーは一様に暗い顔をしていた。

まぁ、そこだけ聞いてたら、完全に怪談話の類だもんな、それ。


「ま、まさか、『ネギにいかがわしいことをしようとしたら秘密組織に捕まって脳改造される』って噂の出所はそれか?」

「えぇーーーーっ!!!? な、何ですかその噂っ!? ボク、そんなの全然知りませんでしたよっ!!!?」


顔を青くしながら言った達也に、驚愕の余りそんな叫びを上げるネギ。

…………ちなみに、その噂は9割方当たってたりする。

ここに集まった面々を震撼させた『失踪事件』。

何を隠そう、その犯人はこの俺なのである。

いち早くネギファンクラブ結成の兆しを聞きつけた俺は正直焦っていた。

だって考えてもみろ?

ただでさえ抜群の容姿で注目の的になっているネギ。

そんな彼女の一挙手一投足に過敏に反応するようなファンクラブが出来ようものなら、いつ彼女の性別がバレるか分かったものじゃない。

と言う訳で、何としてもファンクラブ結成を阻止したかった俺は、その日の内に中枢メンバーを割り出した。

そして、そいつらが1人きりになったところを狙って拉致。

速やかに図書館島深部のアルの下へと連れて行って認識阻害の魔法を掛けて貰った。

ちなみに、この認識阻害とは、普段俺やネギが使っているような大衆向けのものではない。

特定の個人からネギに対する認識を歪める類のものだ。

具体的に言うと、拉致った連中は全員、ネギに対して『並々ならぬ興味』を抱いてた連中だ。

そんな訳で、俺はアルに頼んでそいつらに『ネギに対する興味を忘れる』ような暗示を掛けてもらったと、早い話がそういうこと。

学園長ではなくアルを頼ったのは、爺様が入院中ってのと、その行為が完全に『法に抵触するもの』だったから。

さすがに人の心を変える魔法を使うのは抵抗があったが、こんなことでネギの命を危険に曝す方がよっぽど良心を痛めるからな。

そんな訳で、速やかに洗脳処置を施した俺は、全員を拉致った場所へ連れて行き解放。

なお、アルの完璧なフォローによって、連中は拉致られたときの記憶を完全に失っている。

…………ちなみに、今回アルに支払った対価は茶々丸提供『ますたー観察日誌』より『初めて晴れ着を着てご満悦のエヴァ』の写真だ。

あの残念なイケメンは、本当どこに向かってるんだろうね?

…………とまぁ、こんな具合にいろいろと後ろ暗いことのある俺は、この噂がネギの耳に入らないよう四苦八苦してた訳だ。

それをこのバカ四天王はあっさりバラしてくれやがって…………まぁ、悪気はないんだろうけど。

俺は溜息を吐きながら、コーヒーのお代わりを注ぐために席を立つのだった。











「…………で? これからどうするよ?」


一しきり談笑を楽しんだ頃、徐にそんなことを言い出す慶一。

携帯の背面ディスプレイに目を落とすと、時刻は現在午後12:30を少し回ったところ。

今日はクラス成績の発表だけで授業もなかったしな。

加えて、メンバーの部活は奇しくも全て休み。

確かにこのまま解散するにはもったない状況だった。


「じゃあよ? テスト終了の打ち上げも兼ねてぱーっと遊びに行くってのはどうだ?」

「ぱーっとって、一体どこにや?」


屈託のない笑顔で言った薫ちゃんに、苦笑いを浮かべながら突っ込む俺。

しかも打ち上げするには散々な結果だったしな。

最早、反省会を開くべきだろう。


「そうだな…………ボーリングとかどうだ?」

「いや、ダメだろ。前に達也が烈空掌でボール投げて、2レーンを粉々にしたのを忘れたか? あの後かなり問題になったじゃないか」

「う゛っ!? あ、あの時のことは思い出させないでくれ…………」


冷静に突っ込んだポチやんに、げんなりした表情で懇願する達也。

まぁ、あんときゃその日の晩飯賭けてたし、みんな熱が入ってたもんなぁ…………。

だからってチートパワー使うのは反則だが。


「に、2レーン粉々って…………こ、小太郎君、4人って一般人なんだよね?」

「…………身体能力はその域越えとるけどな」


だって4人とも『気』使えるし。

今だったら普通に4人のがネギより強いだろうしな。

しかし未だ『気』の使えない古菲に負けたのはがっかりだ。

多分技術的な差だろうけど。

古菲って、きちんとした体系のある武術を修めてる分、技術だけなら俺より上だし。

それはさておき、ポチやんにダメ出しを受けた薫ちゃんは首を捻り、次にこんな案を打ち出した。


「じゃあゲーセンはどうだ? パンチングマシーンとかスカッとするだろ?」

「それもダメだろ? 去年ポチやんがキックマシーンの筺体ぺしゃんこにして、しこたま怒られたじゃん?」

「ぐはっ!? あ、あれは本当に反省してるんだ。もう許してくれ…………」


慶一に古傷を抉られて、ポチやんは先程の達也同様、ぐったりとしながら許しを請う。

あんときは確か、ポチやんの前にたまたま出くわした古菲がやってたんだっけ?

で、パワーでだけは女に負けられないってんで、思わずポチやんが本気を出したと…………気持ちは分からなくもないが限度ってもんがあるよな。

そんな訳で、第2案も挫かれた薫ちゃん。

彼が次に出した案はこんなものだった。


「少し趣旨からズレるけど、バッティングセンターとか? 真芯捉えると気持ち良いだろ?」

「それも却下じゃね? 冬休みに慶一が打ち返した弾ピッチングマシーンに直撃させて1台ダメにしたし」

「はうっ!? そ、その話をすんじゃねぇ!! あの後、損害賠償請求されるんじゃ? って夜も眠れなかったんだぞっ!?」


…………それは自業自得だ。

しかしまぁ…………碌なことやってねぇな俺たち。

ちなみに、ここには上がってないが、俺と薫ちゃんにもいくつか罪状はある。

例えば薫ちゃんだと、縁日で腕試し屋とかいう、店員に腕相撲で勝てば景品がもらえるって出店で、アーム●トロング少佐みてぇなムキムキマッチョの腕折ったとか。

あと俺は、ビリヤードで力込め過ぎて、手玉で隣の台吹き飛ばしたとか…………怪我人が出なかったのは幸いだったな。

とまぁ早い話が、この面子で身体を動かすような遊びに行くってのが土台無謀なのだ。

一般人が楽しめる程度の強度しかない施設なんて軽く粉々だぜ?

そんな訳で残ってる案としては…………。


「後はカラオケくらいか?」

「せやな」


思案顔で言った薫ちゃんに、そう頷く俺。

カラオケなら、俺たちが力み過ぎて何かしらの被害が出るってこともないだろうからな。

とは言ったものの…………。


「カラオケなぁ…………このメンバーでってのはどうもな?」


渋面でそんなことを言う慶一。

まぁ、俺もその意見には多いに賛同だ。

中学生の癖に軒並み180越えの武闘派がこぞって5人も来店したら、他の客に迷惑甚だしいだろう。

さすがにこの案は却下か?

そう思っていた俺だったのだが…………。


「あ、良いですねカラオケ。ボク、イギリスに居た時は言ったことなくて。それに日本はカラオケ発祥の国ですし、その施設がどんななのか興味もあったんです」


俺たち武闘派の決して自慢にならない武勇伝に顔を青くしていたネギが、不意にそんなこと言い出した。

ネギってあんまり人前で歌うのとか得意じゃなさそうなのに、何か意が…………ってそうでもないか。

さっきも言ったけど、彼女の価値観はあくまで『女の子視点』。

日本では年頃の女の子は誰しも1度は使用したことのあるであろうカラオケに、少なからず興味があっても不思議じゃない。

そう考えると、何とか彼女をカラオケに連れて行ってやりたいところだが…………。

如何せん他の面子がノリ気じゃな…………。


「よし行こう。今すぐ行こう」

「はぁっ!?」


メンバーの説得を講じていた俺は、いきなり意見を180°変えた慶一の台詞に素っ頓狂な声を上げてしまった。

な、何でいきなり?

…………って、こいつそういえばネギに骨抜きにされてたんだったな。

とは言っても、他の面子はそう簡単に首を縦には…………。


「たまには良んじゃね? ぶっちゃけ、他に行けそうなとこもねぇし」

「そういえば時期が悪くてネギの歓迎会もまだったしな。それを兼ねてなら、俺は大いに賛成だ」

「じゃあ、カラオケで決まりだな!!」


…………うそん。

慶一どころか残りの3人まで掌を返す始末。

まさに鶴の一声ならぬ、ネギの一声。

…………こ、これが原作主人公の持つリーダーシップだというのか?

というか、ここまでみんなに愛されてると、無意識に魅了の魔法とか使ってんじゃないかと疑いたくなる。

しかしまぁ、他のメンバーがノリ気なら問題ないか。

そんな訳で、俺たちはファミレスを後にすると、近くのカラオケBOXへ向かって移動を開始したのだった。










「…………ダメだわ。満室だってよ」


受付から戻って来た慶一は残念そうにそう口にした。

あれから、すぐにカラオケに向かった俺たちだったが、よくよく考えてみれば今日は女子部の連中も午前上がりだったのだ。

そんな訳で、見事に一件目のカラオケは満室。

仕方なしに別のカラオケに移動したんだが結果は先と同じ。


「20人は入れる大部屋がさっきまで空いてたらしいんだけど、たった今全部埋まっちまったらしくてな」

「まぁ、それはしゃあないやろ?」


申し訳なさそうに言う慶一に、そうフォローを入れておく。

別にカラオケが満室なのはこいつのせいじゃねぇし。

…………まぁ多分にネギに良い格好見せられなかったってがっかりがあるんだろうが、ネギの手前それは黙っててやろう。

しかし、こうなったら少し遠いが電車で隣街に繰り出すしかないよなぁ…………。

俺がそんなことを考えていた矢先だった。


「―――――あれ? 小太郎?」


不意に聞き覚えのある声に呼ばれて、思わず振り返った俺。

その視線の先には、ドリンクバー用のものだろう、グラスを片手にくだんの大部屋から顔を出した明日菜の姿があった。


「明日菜~? どないした…………って、コタくんやん♪」


そんな明日菜の後ろから出て来た木乃香は、俺を見つけるなり嬉しそうな声を上げる。

そして子犬のようにぽてぽてとこちらへ駆け寄って来た。


「お2人ともどうかしまし…………おや? 小太郎さんでは…………ってネギさんもっ!?」

「えっ!? ネギ君っ!? どこどこっ!!!?」


そして連鎖反応のように、夕映、まき絵まで飛び出して来る始末。

もしかししなくてもこの流れって…………。


「こ、小太郎さんっ、お、お久しぶりです~」

「おたくらもテストの打ち上げ? 部屋空いてなかったっしょ?」

「見たことある顔と思たら、前に中武研に殴りこんで来た連中アルか」

「ニンニン♪ こんなところでお会いするとは、奇遇でござるな」


俺の予感を的中させるように、ぞろぞろと出て来る図書館島遭難事件時のメンバー。

…………よりによって、今しがた大部屋を抑えた客ってこいつらかよ。

大方、無事にテストを乗り切れ、しかも今までにない試験結果を残せたお祝いにってとこだろうが…………よりによってこんなところで出くわすとは。

何でかは知らないが、明日菜の奴、俺に怒ってるっぽいし、ほとぼりが冷めるまで会いたくはなかったんだけど。

まぁ、出くわしたものはしょうがな…………。


「天誅ぅぅぅぅうううううっ!!!!」

「やっぱりかこのバカ四天王筆頭がぁぁぁぁああああっ!!!!」



―――――ドゴォンッ!!!!



「へぶぅっ!!!?」


例により、突如として殴りかかって来た慶一。

そんな奴の頭を思い切りかかと落としで踏み抜いて床に叩きつける。

いつ何時復活するかも分からないので、俺はそのまま慶一の頭を踏んだままにしておいた。

いきなりどつき合いを始めた俺と慶一をぽかんとした目で見つめる女性陣。


「あ~…………これは単なる持病の発作やさかい心配せんで良え。こうしとったらその内落ち着くはずやから」

「ふがっ!? ふがふがっ!?」


俺のあんまりな言い訳に異議があるのか、ふがふがと俺の足元で呻く慶一。

…………つか、やっぱり気絶してなかったのかよ。本当、頑丈さだけは一人前なってきたな。


「みなさん!? うわぁ奇遇ですね? あ、それから…………無事に最下位脱出おめでとうございます!!」


ひょこっと俺の背中から顔を出したネギは、足元の慶一など気にならないかのように笑顔でバカレンジャー+3に祝辞を述べる。

まぁ、引っ越して来た初日から慶一の奇行は見てるし、もう耐性付いちゃってるのかもしれないな。


「え、あ、う…………そ、そのっ、あ、ありがとうです…………」

「えへへー♪ これも全部ネギセンセーの教え方が良かったからだよ? ありがとね、ネギ君」


そんなネギに、改めてお礼を言う夕映とまき絵。

…………な、何だ? 今の2人の反応は?

一瞬漂って来た、この仄かなラブ臭は一体…………って、そうか。ラブ臭ってこういうのを言うのか。

…………ん? いやいやいやいや!? そうじゃねぇだろっ!? 何納得してんだ俺っ!?

ね、ネギのやつ…………いつの間にこの2人のフラグ立てやがったんだよっ!? 聞いてねぇぞ俺はっ!?

焦る俺を余所に、ことこう言うことに敏感な人物が1人、ギュピィンッと瞳を輝かせたのは言うまでもない。


「んっふっふ~♪ そーゆーこと…………?」


…………うわぁ。

ハルナのやつ、完全に弄り倒す気満々の目ぇしてやがる。

こうなったら、厄介事に巻き込まれる前に、さっさとこの場を立ち去った方が無難だろう。

そう思って、俺はバカ四天王+1にここからの撤退を進言しようとした。

しかし…………。


「ねぇ小太郎君たち? さっきも聞いたけど、満室で入れなかったんじゃない?」

「…………」


ハルナに先を越されて、退路を断たれてしまう俺。

どうしよう…………もう嫌な予感しかしないんですが…………。

そんな俺の悪寒も知らずに、屈託のない笑顔でハルナに頷くネギ。


「はい。実はその通りで、どうしようか困ってたとこなんですよ」


苦笑いを浮かべてそんなことを言い出すネギ。

その瞬間、ハルナの瞳が怪しく輝いたのを、俺は見逃さなかった。


「良かったら、ウチらと一緒の部屋で歌う? 今回無事にテストを乗り越えられたのはネギ君と小太郎君のおかげだし、そのお礼ってことで」

「…………」


『混ぜるな危険』


ハルナがその提案を口にした瞬間、俺の脳裏に過ぎったのはそんな言葉だった。

じょ、冗談じゃねぇっ!!!?

バカレンジャー+3とバカ四天王+1を同じ部屋に放りこむなんて恐ろしい真似出来るかっ!!!!

どんな化学反応が起こるか分かったもんじゃねぇ!!

ケミカルハザードってレベルじゃねぇだろ!? 主に俺がっ!!!!

ここは何としても阻止しなければ…………。


「い、いやぁ。せやけど、自分らに悪いやん? それに、ほら? 自分は良くても他のメンバーは…………」

「ウチはむしろ、コタくんと一緒の方が嬉しいえ?」

「…………」


俺が言いかけた台詞を途中で遮り、無邪気な笑顔でそんなことを言い出す木乃香。

普段だったら嬉しいし光栄だと思うとこだが、今ばかりはそんな彼女の無邪気さが恨めしかった。


「そうね。私もパルと木乃香の意見に賛成よ。…………ちょうど、小太郎には聞きたいこともあったしね?」


木乃香に同調するように、図書館島で見せた気迫の片鱗を覗かせて、そんなことを言う明日菜。

そして、そんな3人に続くようにして、残りの女性陣までもが全員、相席に了承の意を表しやがった。

…………ジーザス。

こ、こうなったら、今度はこっちの都合を理由に断る他ない!!


「あ、あ~…………き、気持ちは嬉しいんやけど、ほら? 俺らってイマドキ~なシャイボーイやから、女子と一緒っちゅうんは…………」

「サー!!!! 望むところであります!!!!」

「…………」


再び遮られる俺の台詞。

遮った犯人は、いつの間にか復活していた慶一だった。

しまった!? 女性陣に気を取られ過ぎて足の力が緩んでた!?


「んじゃ、決まりってことで♪ そんじゃ、そこの長い髪の兄ちゃん、さくっと手続きよろしく♪」

「サーイエッサー!!!!」


ハルナにそう促されて、敬礼しながら頷くと、慶一はそそくさと受付に向かって行ってしまった。

…………お、終わった。

俺はこれから繰り広げられるであろう阿鼻叫喚の地獄絵図を想像し、がっくりと肩を落とすのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 80時間目 邯鄲之夢 俺が女性関係で調子に乗ると、本当に碌なことがない
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/08/31 23:54



…………どうしてこんなことに。

なんて憂鬱に思っていた謎の合コンだったが、俺の心配は結局のところ杞憂に終わってしまっていた。

そもそも、女子部の連中がカラオケに来た理由は『テストの打ち上げ』と『ストレスの発散』である。

そんな訳で、いきなり自己紹介で始まるという、どう考えても合コンとしか思えないようなスタートを切ったこの企画。

しかし、そんなスタートに反して、すぐさま女子部の連中は本気で熱唱し始めた。

そんな女子部の連中に触発されて、男子部のバカ四天王+1もこぞって曲を予約し始めたため、ゆっくり話しをするような雰囲気は完全に消失してしまっている。

…………ま、まぁ飲み屋とかじゃないし、最初から予想出来た展開ではあったな。


「好きだよんよんよん♪ とまぁんなぁいっ♪」

「やぁやぁやぁ♪ らぶぅパンチっ♪」


そういう経緯もあって、俺は安堵の溜息を零しながら、ノリノリで歌う明日菜と木乃香を見つめていた。

一番問題視していた2人がこんな調子なんだし、本当に俺の心配し過ぎだったみたいだな…………。


「あははっ。2人ともお上手ですね」


そんな俺の隣では、ネギが楽しそうに笑って、振付けまでバッチリにこなす2人にそんな賞賛の言葉を送っていた。

明日菜と木乃香に、心底感動したみたいな言葉を送っているネギだが、実のところ一番すげぇのはこいつである。

…………何で、往年のJ-POPSを完璧にマスターしてんだよ?

先程彼女が選曲したのは、某日本人女性アーティストの名曲。

日本では当時10代の女性に絶大な指示を得たその曲は、ネギは完璧なまでに歌いこなして見せたのだ。

…………俺がフォローにばっか入ってるせいで分かり辛いけど、ネギって本当に完璧なんだな。

これで戦闘能力まで得た日にゃ、本当に手が付けられなくなりそうだ。


「「だいすっきスっ♪ 君にキッス♪」」


そうこうしている内に、明日菜と木乃香の曲が終了する。

曲の演出が終わり一気に明るくなった室内では、みんなが2人に手放しで称賛を浴びせていた。


「あ、次の曲、ボクのですね」


ステージを降りて自分の席に戻る2人と入れ違いに、意気揚々とステージへ登って行くネギ。

さて、そんじゃ俺もそろそろ何か入れるとしますかね?

つっても俺、ぶっちゃけアニソンくらいしか歌えねぇんだよなぁ…………。

しかもかなり濃い目の。

そんなことを考えながらデンモクを弄る俺。お? こっちの世界にもJ●Mprojectあったのか…………。

今考えてみると、このときの俺は柄にもなくテストが明けたことで、他の連中同様浮足立っていたのかもしれない。

何せ、今回この企画が実行されるにいたった、その元凶の存在をすっかり忘れてしまっていたのだから…………。


「こぉの世界がぁ闇にぃ~い♪ 染まる前にぃ~い、この想いをぉ~♪」


思わず聞き惚れてしまいそうな美声で熱唱するネギ。

そんな彼女の声をBGMに、俺は自分が歌う曲を選んでいた。

ちょうどその時。


「やほっ♪ 小太郎君、ちょっと隣良い?」

「へ…………?」


急に声を掛けられて顔を上げると、にんまりと含みのある笑顔を浮かべたハルナと目が合った。

…………ジーザス。


「…………別に構へんけど」

「んじゃ、失礼しまーす♪」


俺が両省の意を示すと、やたら上機嫌で俺の隣に腰を降ろすハルナ。

わ、忘れてた…………。

今回の状況を考えれば、最も注意すべきは、明日菜でも木乃香でもなく、彼女だったのだ。

しかし、まさか状況を引っ掻き回すのではなく、自ら俺に近付いてくるとは…………。

念のためにと、退路を確保するため出入り口に最も近い位置に陣取っていた俺。

とは言え、20人部屋に14人で入ったと言うこともあり、俺の左隣には若干のスペースがあった。

ハルナのやつは、そのスペースにするりと身を滑らせて来たのだ。

さっき明日菜達が歌ってる途中でドリンクを取りに行ったのはこのためか…………。

恐らく彼女は、俺が警戒を解く瞬間を虎視眈々と狙っていたのだろう。

そこで、もっとも危険視していた2人が楽しげに歌っていて、それを見た俺が安堵の溜息を零したあの状況を見て、彼女は行動を開始したに違いない。

…………原作でもそうだったけど、中学生とは思えない知恵の回り様だな。

まぁ接近を許してしまった以上しょうがない。

ここは適当に会話に付き合って、適当なところで切り上げるしかないだろう。

そう思いながら、俺は彼女が話題を振って来るのを待ちながらデンモクと睨めっこを続けていた。


「で? 一体誰が本命なの?」

「ぶふぅっ!!!?」


…………いきなり直球で来た!!!?

予想外の事態に思わず吹き出してしまった俺。

慌ててテーブルに置いてあったウェットティッシュの封を切ると、それで口元を拭いながら俺はハルナにじとっとした視線を向けた。


「…………藪から棒になんやねん?」

「ありゃ怒っちゃった? ゴメンね、私ってこーゆー話題に目が無くってさ。もし答えにくいなら答えなくて良いよ?」


俺の様子を怒っていると勘違いしたハルナは、苦笑いを浮かべながらそんなことを言って来る。

まぁ、別にこんなことくらいで怒ったりはしないけども。

むしろ、自分の欠点を欠点と認めて、素直に謝れるところは彼女の美徳だと思うし。

…………最初から自重してくれたら言うことなかったんだけどな。

そんなことを考えながら、俺は小さく溜息を吐いた。


「別に怒ってへんよ。ついでに答えとくなら、格別に好意を寄せとる相手っちゅうんはおれへんな」


正直にそう答える俺だったが、しかしハルナはその解答では納得しなかったらしい。

へぇーなんて気のない返事をしながら、彼女はこんなことを言い出した。


「けど、小太郎君なら選びたい放題なのにどうして? 少なくとも、この中に2人は君のこと好きな女子がいるわけなんだし」

「あけすけにそういうことを…………つか、俺が気付いてへんかったら大事やぞ?」

「それが分かるってことは、気付いてるってことでしょ? それくらいのことに気付けるくらいは人を見る目はあるつもりよん?」

「…………」


あんまりな彼女の言い様に、思わず沈黙してしまう俺。

…………何て言ったら、こいつは納得するんだろうな?

ちなみに、ハルナが言ってる2人ってのは、間違いなく木乃香とのどかのことだろう。


「まぁ私としては、どっちも友達だしどちらかを応援ってのは出来ないけどさ。一応、その相手の意志は知っておきたいなぁ、なんて思っちゃった訳よ」

「そら面倒見の良いことで…………」


おかげでこっちは胃が痛いんだけどな。


「けど、そこまで友達想いな自分なら聞いとるんとちゃうか? 俺は今、恋愛なんてでけへん理由があるっちゅう話を」


事情を隠す必要を理解している木乃香はともかく、のどかならそのことをハルナに伝えていても不思議ではない。

そう思って問い掛けたのだが…………。


「それがそもそも分かんないのよねぇ? 噂を聞く限りじゃ、小太郎君って部活に入ってる訳じゃないんでしょ? それなのに、何でか並みの運動部員より遥かに強い今もずっと身体を鍛え続けてる…………そうまでしてやらなきゃいけないことって何な訳?」

「…………」


どうやら彼女は、それを知った上で俺に質問を浴びせていたらしい。

ハルナの問い掛けに、俺は押し黙ってしまっていた。

恐らく、この時の俺は酷く空虚な表情をしていたに違いない。

感情を映さなくなった俺の瞳。

そこに映し出されているのは、幾度となく夢に見た、燃え盛る故郷の姿と…………。



『―――――必ずわいを殺しにこい、小太郎』



歪な笑みを浮かべて、俺にそう言い捨てる兄の姿だった。

ハルナが問い掛けた、俺のしなくてはならないこと。

それに対する最も明瞭で正確な解答は酷く単純なものだろう。



―――――復讐。



言葉にすれば僅か2文字の、酷く簡潔な答え。

しかしそれを、一般人に対して口にすることは出来なかった。


「…………悪いな。事情があってそれは教えられへんねん。せやけど、俺がそれをせなあかんことは間違いあれへん。せやないと俺は、ずっとそこから動けへんまんまになってまうんや」

「…………」


答えになどなっていない、俺のそんな呟き。

しかしハルナは、そこに俺が込めた思いが重く真剣なものであることを汲んでくれたのだろう。

黙したまま、俺の言葉を聞いてくれていた。

やがて彼女は、小さく溜息を零すと、諦めたように苦笑いを浮かべて、ソファーに深く背中を預けた。


「…………そっか。事情があるんじゃしょうがないよね。けど、小太郎君が真剣に答えてくれてることは分かったよ」

「…………」


そしてそんなことを口にするハルナ。

俺はそれに答える言葉を持たなかった。

否、答える必要を感じなかったというのが正解か?

恐らく彼女には、俺の真摯な想いは伝わったと思うから。


「まぁ一先ずは、小太郎君が思った以上に真面目そうで一安心って感じかな? …………そのやらなきゃいけないことが終わったら、ちゃんと2人に答えてあげよね?」


今までと打って変わって、とても優しげな表情を浮かべてから、ハルナは俺にそんなお願いをする。

なるほど…………この一連の下りは友人を預けるに足る男かどうか、彼女なりに俺を試していた訳か。

今浮かべている優しげな表情。

それこそがきっと、ハルナの素の顔なのだろう。

そう考えると、変に身構えてビクビクしていた自分が情けなく思えてくるな。

俺は自嘲気に苦笑いを浮かべて、彼女の問い掛けに頷いた。


「おう。そんときゃ、必ず答えを出したるわ」


少しお節介で悪戯好き。そんな友達想いな少女に向けて。

俺の答えに満足したのか、ハルナは満面の笑みを浮かべると、すっと席から立ち上がる。


「さてっ、そんじゃ私は、小太郎君が答えを出すまで、せいぜい状況を引っ掻き回して楽しむとしましょうかね?」

「は…………?」


立ち上がったハルナが放った一言に、俺は思わず目が点になった。

…………こ、このアマぁ…………人がせっかく感心してたのに、本音はそっちかよっ!?

俺の感動を返せ!!!!

納得が行かず抗議の声を上げようとした俺だったが、それより早くハルナはテーブルを挟んで反対側、先程まで自分が座っていた席へと戻って行ってしまうのだった。

そんな彼女と入れ違いに、歌い終えたネギが、先程までハルナが座っていたのと俺を挟んで反対の席へと返ってくる。


「えへへっ。ボクの歌、どうだった小太郎君?」

「へ? あ、いや…………」


無邪気な笑みを浮かべて、俺にそう問いかけて来るネギ。

しかしながら、俺はそんな彼女に何も言葉を掛けることが出来なかった。

…………ハルナとの会話に気を取られてて、途中から全く何も聞いてなかったもんなぁ。

そんな俺の様子で事情を察したのだろう、ネギは少しむっとした表情を浮かべて、彼女らしからぬ乱暴な仕草でどかっとソファーに背中を預けた。


「もぉ。さては、ハルナさんとの会話に夢中になってて聞いてなかったな? 一体何の話をしてたのさ?」


じとっとした目で俺を睨みながら、拗ねたような口調でそう問い掛けて来るネギ。

どう答えた迷った挙句、俺は頬を書きながら、彼女にこう答えた。


「…………何や、何事も曖昧にしとくんはあかんなって、そんな話や」

「???」


俺の言葉の意味が分からなかったのだろう、ネギは眉を顰めながら不思議そうに首を傾げるばかりだった。










「ちょっと飲み物取って来るわ」


カラオケ開始から1時間が経とうかという頃、不意に明日菜がそんなことを言って席を立った。

ちなみに、今歌ってるのは薫ちゃん。


「おぉれとの愛を守るためぇっ♪ おぉまえは旅立ぁちぃ~♪ あしぃ~たをぉっ♪ みぃうぅしなったぁっ♪」


そんな感じで、こちらもまたノリノリである。

俺は俺で、次に歌う曲をどうしようかと、再びデンモクと睨めっこを続けていた。

…………うむ、今日はこのままJA●しばりで行くか。

ハルナの一件で、最早これから降りかかるかも知れない災難は気にしないことにした俺。

そういう訳で、明日菜が席を立ったことに関して、全く持って何も考えていなかった。

いなかったのだが…………。


「…………」


出入り口まで来て、ふと足を止めた明日菜。

さすがにそのすぐ近くに座っていたということもあって、俺は思わず立ち止まった彼女へと視線を移す。

すると…………。


「…………(くいっ)」


明日菜は俺と視線が合ったことを確認し、顎をしゃくって部屋の外を指した。

恐らくは、表に出ろ、という意思表示だろう。

…………ジーザス。

どうやら明日菜のやつは、部屋に入る前に言っていたことを忘れてはいなかったらしい。

ものっそい剣幕で俺に聞きたいことがあるとか何とか言ってたアレだ。

周囲が歌に熱中し、且つ自分のドリンクだけが空になるタイミングをずっと見計らっていたというのか…………バカレッドの癖に、何と言う執念。

そしてそのすぐ後、明日菜は部屋の外へと出て行ってしまった。

…………これ、このままボイコットしたら良くね?

一瞬そんな考えも頭に過ぎったが、俺は首を振ってその考えを掻き消した。

そんなことをしたら、余計に彼女の怒りを増長させてしまうだけだろう。

…………ここは覚悟を決めるしかないか。

俺は盛大に溜息を吐くと「花摘んで来るわ」と言い残して、自分の席を後にするのだった。











部屋の外に出て廊下へと進んでいくと、ロビーのソファーに腰掛けた明日菜の姿を見つけた。

うわぁ…………物凄いプレッシャーを感じるんですが?

俺は重たい足取りで、彼女が待つソファーへと歩を進める。

そして俺は、彼女が座っているのとはテーブルを挟んで反対側の席へと腰を降ろした。


「ようやく2人きりになれたわね? …………これであんたに聞きたかったことが思う存分聞けるわ」


その瞬間、図書館島の地下で見せたのと同じ、禍々しい笑みを浮かべる明日菜。

…………ジーザス。

マジで、何だってんだ?

明日菜に恨まれるようなことをした覚えは…………ない、こともない。

怒り狂う木乃香をネギと彼女に押し付けて親父との激闘に身を投じたし、遭難中にもネギの件で彼女が何かしらの迷惑を被った可能性もあるし。

むしろ罪状が多過ぎて予測出来ないこの状況に、俺はただ身を固くして判決を待つことしか出来なかった。


「まず最初に…………小太郎、あんた私とネギに隠してることがあるんじゃない?」

「自分らに隠しとること?」


明日菜の問い掛けをオウム返しして、俺は首を傾げた。

…………原作知識の件じゃないだろうし、一体何の話だ?

金髪幼女のレアショットを多数保有してる件に、こないだ言ってた拉致&洗脳騒ぎなど、俺が彼女たちにしてる隠し事なんて枚挙に暇がない。

しかしながら、その中でここまで明日菜の怒りを買う様なものが思いつかず、俺はひたすらに首を傾げるのだった。


「まだシラを切るつもり? いいわ。あんたがその気なら私から言ったげる…………」


煮え切らない俺の態度に業を煮やしたのか、明日菜はそこで台詞を区切ると、すうっと大きく息を吸い…………。


「―――――どうして木乃香が、魔法を知ってるって隠してたのかしら?」


ギンっと、視線だけで人を殺せそうな形相で俺を睨み、そんなことを口にしたのだった。

…………バレてるー☆

な、何でだっ!? 一体遭難中に何があったんだよっ!?

…………なぁんて、大袈裟に驚いて見せたが、ぶっちゃけ大方の事情は想像に難くない。

恐らく、木乃香の方からネギか明日菜にアプローチしてきたのだろう。

普段はぽわぽわしてるが、木乃香はあれでかなりの切れ者だ。

兄貴が初めて麻帆良に襲撃を掛けて来た時も、正直彼女の機転で何とかなったようなもんだし。

ネギがトラップを解除している様子や、俺とネギがやたら明日菜と親密になってる様子から、魔法関連の事情があると推測したのではなかろうか。

…………だから図書館島イベントは避けたかったんだよ。

前にも示唆した通り、木乃香にネギが魔法使いだとバレれば、自然とネギと木乃香は親密になっていくだろう。

そうなったら、いつ何の拍子に彼女の性別が露見するか分からない。

それを未然に防ぐため俺は図書館島に同行したというのに…………。

それもこれも、全部あのクソジジィのせいだ。

そう考えると、あの程度の報復(全治1カ月)じゃヤキが足りなかった気がする。

…………惜しいことをした。

それはさておき、今は明日菜へ対する言い訳が先決だな。


「まぁ隠し遂せるとは思てへんかったけど…………。簡単に言や、ネギのもう一個の秘密を隠すためや」

「もう一個の秘密? それって、ネギが本当は『女』だってことよね? 何で私達に木乃香のこと黙ってたら、そのことを隠せるってことになんのよ?」


俺の言葉に、明日菜は相変わらず般若の形相を止めようとはしない。

原作でもそうだったけど、明日菜って一度怒りのスイッチが入ったら沈静化すんのに時間が掛かるよなぁ…………。

俺は溜息を吐きながら、言葉を続けた。


「良えか? ネギは女であることの前に、魔法使いって事実の方をひた隠しにしとる。せやから普通、一般人とは必要以上に仲良うなることはあれへんねん…………自分みたいなイレギュラーは別としてな?」

「その理屈は分かるけど…………けど、木乃香は最初から知ってたんでしょ? だったら別に隠さなくても良いじゃない。しかも私は木乃香とルームメイトなのよ?」


確かに彼女の言い分は最もだ。

加えて言うなら、明日菜の怒りの原因はこの1ヶ月間、木乃香に魔法のことを隠しながら生活することを余儀なくされ、要らぬ心労を負わされたことにあるのだろう。

ルームメイトである以上、他の誰よりも一緒にいる時間が長い彼女達。

卓越した精神力と洞察力を持った木乃香だからこそ、この2年弱、明日菜に魔法のことを隠しながらの生活を送ることが出来ていた。

しかしながら、明日菜はどちらかと言えば直情型で、良くも悪くも正直者。

そんな彼女にとって、この1カ月がどれだけ過負荷なものだったかは想像に難くない。

…………もっとも、俺は最初からそれを予想した上で、彼女にネギの相談役を依頼したんがな。


「逆を言えばルームメイトやからこそや。これまで自分は『2つの隠し事がある』っちゅう意識で木乃香に接して来た。せやけど、その内1つがバレたら、自然と気が緩んでまう。そうなったとき、自分はついうっかり木乃香に『ネギが女』やって零してまわん自信があるんか?」

「うぐっ…………そ、それは確かに、ちょっと自信ないけどさ…………」


そこまでの説明を聞いて、明日菜はようやくこれまで纏っていた異様な怒気を納めてくれた。

いつも言うけど、明日菜のやつは話が通じない訳じゃないんだよな。

少し感情の制御が下手くそなだけで、こうしてきちんと順を追って説明すれば分かってくれる。

…………言い方を変えると、話を聞いてくれないくらいに怒った場合は手が付けられないってことだがな。

ともあれ、これで明日菜が怒ってた理由も分かったし一安心…………。


「まぁそういうことなら、一先ず木乃香のこと黙ってたのは許したげる。だけど…………」



「―――――もう一つの話次第じゃ、私はあんたを八つ裂きにするわ」



…………ジーザス。

安心しかけていた俺は、再び怒気を纏った明日菜の様子を見て、思わず神に祈った。

つか何なんですか!?

他に明日菜とネギに隠し事…………はいっぱいあるけど。

しかし、ここまで明日菜の怒りを買う様な事やった覚えはねぇぞっ!?

必死で記憶を遡るが、やはり思い当たる節はない。

一体何だってんだ…………。


「身に覚えがないって顔ね? …………じゃあ教えたげるけど、実は図書館島で遭難して2日目の朝、寝ぼけたネギが私の布団に潜り込んで来たのよ」

「っっ!!!?」


明日菜が放った衝撃の一言に、思わず身を固くする俺。

…………ね、ネギのやつ!! よりによって一番やらかして欲しくない失敗を…………!!

しかし待てよ? 明日菜はネギが女だって知ってるし、布団に潜り込まれたくらいで起こるとは思えない。

よしんば、周りにネギと付き合ってると勘違いされたとしても、それを誤魔化すくらいは出来ただろう。

そしてまた、それを誤魔化すために彼女が被った苦労だけで、ここまで俺に殺意をぶつけて来るということもないはずだ。

…………じゃあ一体、どうして?


「…………その反応ってことは、あんたやっぱりネギの寝相のこと知ってたわね!?」

「っっ!? しまっ…………!!!?」


しまった、そう言いかけて、俺は慌てて口元を押さえる。

…………完全に明日菜の勘の良さを舐め切ってた。

確かに、ネギはこれまで何度も俺のベッドに潜り込んで来ている。

しかし彼女にその自覚はない。何故なら、彼女が目を覚ます前に、俺が必ず自分のベッドへと移動させてやってるのだから。

恐らくネギに抱きつかれた直後、明日菜は本人にも、俺の布団に潜り込んでいないか確認をしたに違いない。

そして恐らく、ネギはそれにNOと答えた。

にも関わらず、明日菜は俺のことを疑っていた訳だ。

…………女こえー。


「信じらんないっ!! どーせネギが寝てるのを良いことに、い、いかがわしいこととかしてたんでしょっ!? さいってぇっ!!!!」

「(ぴくっ)…………なんやとコラ?」


俺がネギの抱きつき癖の被害にあっていたことを知り、顔を真っ赤にして怒鳴った明日菜。

そんな彼女の一言に、さすがに温厚な俺もリミットブレイク寸前だ。

『ネギにいかがわしいこと』だと…………?

それが出来てんなら俺はこんなにも…………こんなにもストレスを溜めたりしてねぇんだよっ!!!!!!


「言わしてもらうけどなぁ!? 俺はネギにいかがわしいことなんざ1ミリたりともしてへんからなぁっ!? 自分に分かるか!? あんな天使みたいな無防備な寝顔を見せつけられて。その上、あいつにがっちり身体をホールドされながらも、一切何も出来ひんまま、親切に上のベッドまで運んどる俺の気持ちがぁっ!!!!!!」

「っっ!!!?」


さすがに俺が逆ギレするとは思わなかったのだろう。

怒鳴り散らした俺に、明日菜は目を白黒させていた。

…………そう。最初にネギが俺のベッドに潜り込んで来た日。

俺は自らの浅慮を省みて、彼女と真正面からきちんと向き合うことを誓った。

そして今なお、俺はその誓いに則り、自分のベッドに潜入してきた彼女に対して、何一ついかがわしいことなんてしていない。

神に誓ってだ。

…………倫理的に見れば当然だと思うかもしれない。

しかし、だがしかしだっ!!

実際にそれを為すために、俺がどれだけ精神をすり減らしていることか!!

この鋼鉄の精神力を褒められはすれど、今の明日菜みたいに、最低とまでこき下ろされる謂れはねぇ!!!!


「一体何度『ちょっとくらい触ってもバレへんのとちゃうか…………?』と思ったことか…………けどな、そんなことを本当にしてみぃ? 俺は即、犯☆罪☆者☆ 問答無用で留置所行き。オマケに麻帆良からも永久追放や。そう自分に言い聞かせて、俺はこれまで堪えて来た!! それを自分は…………!!!!」


俺の気も知らずに、最低とまで罵ってくれた明日菜。

きっと、そんな彼女を睨みつける。

顔を彼女に向けた瞬間、ぽたりとテーブルに落ちた雫は、俺の両の目から溢れ出した血の涙だった。

立ち上がった俺はびっと、右の人差し指で彼女をさして、こう宣言する。


「そんな俺の苦労も知らん癖に、自分に俺を非難する資格なんてあれへんわっ!!!!」

「っっ…………!?」


俺の余りの剣幕に息を飲む明日菜。

気が付くと、俺は肩で息をしてしまっていた。

…………し、しまった。俺としたことが、つい我を忘れて…………。

しかし、これだけは分かって貰いたい。

それだけ俺が、ネギの抱きつき癖によって、精神的に追い込まれていたのだということを。

俺は滝のように流れ出る血涙を学ランの袖で拭うと、どかっと乱暴にソファーに座りなおした。


「…………あ、う…………そ、その、ね、ネギには私からやんわり注意しとくから、げ、元気出しなさいよ?」

「…………おおきに」


さすがに俺が血涙まで流してしまうほど、真剣に追い詰められていたことを悟ったのだろう。

あれほど怒りに身を震わせていた明日菜は、俺にそんな優しい言葉を掛けてくれたのだった。

…………ともあれ、これで明日菜の怒りは納まったと見て良いんだよな?

そう考えると、この鬱屈とした気持ちも少しは和らぐか…………。


―――――しかし、この時の俺はまだ、気が付いていなかった。

俺がこのとき、新たな問題の火種を生んでしまったという事実に…………。










SIDE Haruna......



「2人とも何処行っちゃったのよ?」


ドリンクバーに行った明日菜と、トイレに行った小太郎君。

どういう訳か、その2人はいつまで経っても戻ってこなかった。

不思議に思った私は、ちょっと様子を見に行くことにしたんだけど…………。


「ドリンクバーに明日菜はいないし、トイレに行く途中で小太郎君にも会わないし…………」


まさかこっそりいちゃついてるってことはないわよね?

あの2人からはラブ臭を感じられなかったし、そんなことはないと思うけど…………。

まぁそれは無いにしても、同じタイミングで出てってこれだけ戻って来ないってことは、2人で何か話してるのかもしれない。

となると、あと探してない場所といえばロビーくらいだ。

そう思って、私はロビーを目指してんだけど…………。


『言わしてもらうけどなぁ!? 俺はネギにいかがわしいことなんざ1ミリたりともしてへんからなぁっ!? 自分に分かるか!? あんな天使みたいな無防備な寝顔を見せつけられて。その上、あいつにがっちり身体をホールドされながらも、一切何も出来ひんまま、親切に上のベッドまで運んどる俺の気持ちがぁっ!!!!!!』

「!?」


不意にそんな叫び声が聞こえて来て、私は慌てて物影に身を潜めた。

い、今のって、小太郎君の声だったわよね?

それにしたって…………『ネギ君にいかがわしいこと』?

良く分からないけど、とりあえず小太郎君はネギ君に対して湧き上がる欲求を抑えつけてるってこと?

そ、そんなバカな。

さっき話してる感じじゃ、小太郎君女の子に興味がないって雰囲気じゃなかったし、真剣に2人のことを考えてくれてる風だった。

…………けど待てよ。木乃香と夕映の話じゃ、遭難してたとき、ネギ君が寝ぼけて明日菜の布団に潜り込んだって言ってたか。

そんでもって、小太郎君はネギ君と同室…………頻繁にネギ君の抱き付きの被害にあっている恐れがある。

ま、まさか…………?

恐る恐る、物陰から顔を覗かせる私。

するとロビーの待ち合い席に向かい合っている2人の姿を見つけた。

明日菜は後ろ姿でどんな様子か分からなかったけど、小太郎君は…………血の涙を流していた。

うわぁ…………は、初めて見た。人間って本当に悔し過ぎると血の涙が出るのねぇ…………。


『一体何度『ちょっとくらい触ってもバレへんのとちゃうか…………?』と思ったことか…………けどな、そんなことを本当にしてみぃ? 俺は即、犯☆罪☆者☆ 問答無用で留置所行き。オマケに麻帆良からも永久追放や。そう自分に言い聞かせて、俺はこれまで堪えて来た!! それを自分は…………!!!!』


私が覗いているとも知らず、更にそんなことを叫ぶ小太郎君。

…………もうこれは間違いないわね。

さっきも言った通り、小太郎君は決して女の子に興味がない訳ではないだろう。

しかし、恐らく彼は『可愛ければ男の子でもいける』人なんじゃないだろうか?

実際、ネギ君の容姿は群を抜いて可愛いし。

さっき小太郎君が叫んでた通り、きっと寝顔なんて天使みたいなのだろう。

そんな無防備な姿を曝されながらも、小太郎君は湧き上がる欲求を抑えながら、寝ている彼をベッドまで運んで上げていた。

にも関わらず明日菜は、小太郎君がその状況でネギ君にいかがわしいことをしてるのでは? なんて指摘をしたに違いない。

そこで、湧き上がる欲求を鋼の精神力で抑え、ネギ君に対して本当に何もしていなかった小太郎君は、ついブチ切れちゃったと…………多分それが大凡の顛末だろう。


「恐れいったわ、麻帆中の黒い狂犬…………まさか、両刀使いだったなんて…………」


まさに狂犬ね…………。

明日菜と小太郎君は、まだ何事か会話をしていたけど、先程みたいに大きな声ではなかったので、もう私には聞き取れなかった。

仕方なく、私は自分たちの部屋へときびすを返した。

それにしても…………うふふ♪ 良いこと聞いちゃったわね~♪

とりあえず、差し当たっては…………。


「次回のイベントのネタは、これで決まりね!!」


握り拳を作りながら、そう宣言する。

そして私は、そのままスキップしながら部屋へと戻って行くのだった。



SIDE Haruna OUT......











思わず溜まりに溜まっていた不満を明日菜にしこたまぶちまけてしまった俺。

その後、どういう訳か俺はしばらくの間、明日菜にネギとの共同生活によるストレスを愚痴った。

…………あんま優しくされると泣きそうになるよね。

そんなこんなで、一通り思いの丈を語ってすっきりした俺は、明日菜と一緒に大部屋へと戻った。

何故かその時、ハルナが意味ありげな視線を俺に送って来たんだが…………止めよう。どうせ気にしたって無駄だ。

そして、再び始まる熱唱リレー。

気が付くと、利用時間終了まで35、6分。

そんなときだ。


「ねぇ? 残り時間も少なくなっちゃったし、ちょっとゲームでもしない?」


不意にそんなことを提案するハルナ。

俺の背筋を、嫌な悪寒が駆け廻ったのは言うまでもない。


「げ、ゲームですか? 一体どんな…………?」


ハルナの言葉に、不思議そうに首を傾げるネギ。

…………どうせ碌な話じゃないだろ。

そんな俺の予想を裏付けるように、ハルナはにんまりと底意地の悪い笑みを浮かべると、喜々としてルールを説明し始めた。


「残り時間は30分ちょっと。どう考えても全員は歌えないでしょ? だから、ここからは男性陣6人に歌って貰うの。で、採点モードにしておいて、その点数が一番高い人の勝ちって訳、どう?」

「面白そうじゃねぇか? 勝負事ぁ大好きだぜ?」


ハルナの提案に、笑みを浮かべてそう答える薫ちゃん。

…………今の話だけ聞いてたら、まぁただの勝負事だが。

俺はその裏があるような気がしてならなかった。


「しかし、そのルールだと女性陣が楽しめないだろう? ただ見てるだけになってしまうじゃないか」


俺と同じように、ゲームの趣旨に疑問を抱いたのだろう。

ポチやんがそんなことをハルナに尋ねた。


「だから、勝った人には、女性陣の中から1人を選んでもらって、その人からほっぺにキスしてもらえるっていうのはどう? そういうルールにしておけば、応援にも熱が入るし、誰が選ばれるかってドキドキも味わえるでしょ? それに男性陣のやる気も…………」

「いよっっしゃぁぁぁああああっ!!!! やってやるぜぇぇぇぇえええええっ!!!!!!」

「…………う、鰻登りみたいだし?」


ハルナのバカげた提案を聞いた瞬間、本日最高潮のテンションでそんな叫び声を上げる慶一。

いや、そんなバカげたアイデア、まかり通る訳がないだろう。

そもそも、他の女性陣の意志はどうなんだ?


「ちょ、ちょっとハルナ!? 何勝手なこと言ってんのよ!? わ、私は絶対嫌だからね!?」


…………ほら見たことか。

ハルナの提案に、顔を赤くしながらそんな反対意見を述べる明日菜。

これでは、先程ハルナが言っていたゲームは絶対実現不可能だろう。

しかし、俺はまだ甘く見ていた。

楽しいことには全力を投ずるハルナ。そんな彼女の周到さを。


「それじゃさ? 多数決にしようよ? 過半数以上が賛成なら、明日菜も納得でしょ?」

「うっ。ま、まぁそれなら構わないけど…………」

「はい、それじゃ、賛成の人~挙手っ!!!!」



―――――バッ…………



そんなハルナの声で、一斉に手を上げる賛成派の面々。

ちなみに面子は、ハルナ、まき絵、木乃香、楓、夕映、のどかだった。

…………そんなバカなことがあって溜まるかぁっ!!!?

ハルナとまき絵、でもって木乃香が賛成なのも頷ける。

空気を読んで多勢に入りそうな楓もまだ、許容範囲内だ。

けど、夕映とのどかはおかしいだろっ!?

こんなことを喜々としてやるような性格じゃなかった筈だ!!

ま、まさか…………は、ハルナのやつ、俺と明日菜が居ない間に、あの2人に何か吹き込んだんじゃ…………!?

あ、有り得る…………。

俺に好意を寄せているらしいのどか、ネギに好意を寄せいるらしい夕映。

そんな2人の恋心に付けこんで、ちょっと意識を変えるくらいこの女ならやりかねない…………。


「はい、賛成が過半数を超えたので、明日菜の訴えは却下としまーす♪」

「ちょっ!? 嘘でしょっ!? っていうか、夕映ちゃんと本屋ちゃんまでどうしちゃった訳っ!!!?」


楽しげ自分の意見が可決されたことを告げるハルナ。

そんな彼女に、明日菜は俺と同じ疑問を感じたのだろう。

驚きの表情のまま、夕映とのどかにそんなことを尋ねていた。


「え、え~と、そ、それは~…………」

「せ、せっかくの打ち上げですし、少しくらいは羽目を外しても良いのでは? と思いまして…………」


そして明日菜の問い掛けに対して、のどかはちょんちょんと両手の人差し指を突きあいながら、夕映は顔を赤らめ気まずそうに目を逸らしながら答える。

…………大方、『俺orネギに公然とキス出来るチャンス』とか何とか吹き込まれたに違いない。

他の男性陣が勝ち上がるリスクを考えなかったのだろうか?

…………ん? 待てよ?

そうだ、そうだ!!

ハルナが持ち出したこのゲーム、何も俺に不利益になることなんて1つも無いじゃないか!?

先程までの様子で判断すると、恐らく男性陣の得点は以下の通りになる。


1位:ネギ

2位:慶一

3位:俺

4位:薫ちゃん

5位:達也

6位:ポチやん


上位2名が少々音を外したとしても、俺が繰り上げ当選する確率なんてそうそうないだろう。

俺がわざと勝ちを他人に委ねようものなら、木乃香やのどかがどんな悲しげな表情をするか分かったもんじゃない。

故に、本来なら俺は、1位を取らないようしつつ、ある程度全力で歌わなければならないところだが…………今回は手加減せずとも勝ちはない。

つまり、これはハルナが、俺の苦しむ状況を楽しむための提案ではなく、単純に夕映の背中を後押しするための提案なのだろう。

恐らくハルナは、先程の会話から、どう転ぼうと今現在の俺が、一人の女性を選ぶことは出来ないと判断し、俺ではなくネギに好意を寄せている夕映の応援に目的を変えたに違いない。

…………その判断を、今はグッジョブと言っておこう。


「…………女性陣に意義があれへんなら、俺も構へん。そーゆーことなら、せいぜい頑張って歌うとするわ」


こうして、後顧の憂いが無くなった俺は、意気揚々と自分の歌を選曲し始めるのだった。











「ゆぅけぇ~疾風(かぜ)のごとくぅ~♪ 宿命(さだめ)ぇのけぇんしぃ~よぉ♪ 闇にぃひぃかぁりぃをぉ~…………♪」


明日菜に愚痴をぶちまけたことと、憂慮すべきことがなくなったことで、これまでより幾分上機嫌になって歌いきった俺。

…………後で考えてみると、ここでノリノリになっていたのがそもそもの失敗だったのかもしれない。

曲の終了と同時に、画面では採点が始まっていた。

これまでの経験を踏まえて、今の俺の曲はせいぜい良くて85ってのが関の山。

そしてネギと慶一は、選曲に寄るだろうが、それでも90点は下らないはず。

…………この戦、勝ったな(試合には負けてるけど)。

そう思って疑わなかった俺。

しかし、点数が表示された瞬間、俺は驚愕の余り声を失っていた。



―――――ただいまの得点:98点



「は…………?」


きゅ、きゅうじゅうはってん…………?

い、いやいや、何かの見間違いだろう。

そう思った俺は、一端目をごしごしと擦り、再び画面へと視線を移す。

そして…………。



―――――98点。



「バカなぁぁぁあああああっ!!!?」


驚愕の事態に、そんな絶叫を上げていた。

何で!? どうしてっ!?

前世から含めて、カラオケで90点代なんて拝んだことねぇんだけどっ!?


「凄いわね小太郎君!? トップバッターがいきなりこの点数なんて、残りの男性陣は気後れしちゃったかな?」

「あ、あはは~。た、確かにこの得点を越えるのは難しいかもですね」


俺の得点を見て嬉しそうに言うハルナと、そんな彼女に苦笑いを浮かべながら諦めたような言葉を発するネギ。

し、しかし、まだ終わらんよっ!!

この後にはまだ、ネギと慶一がいる。

2人なら、ここでミラクルを起こして、100点満点を取ってくれたりなんかするかもしれない!!!!

そんな一縷の望みを託して、俺は残りのメンバーが歌い終わるのを、自分の席に座り、ガタガタと震えつつ、神に祈りながら待つのだった。











…………そして、全員が歌い終わり、運命の結果発表となった。

男性陣の得点は以下の通りだ。



1位:俺  98点

2位:ネギ 97点

3位:達也 92点

4位:慶一 89点

5位:薫ちゃん 85点

5位:ポチやん 85点



…………ジーザス。

結局のところ、俺の願いは届かず、ネギと慶一は満点を取ることは出来なかった。

それどころか、女性陣からのキスが掛かったこの状況で力み過ぎた慶一は、あろうことか盛大に音を外しまくった。

まぁ、それでこの点数なのだから、調子良く歌っていれば、もしかすると俺の点数を越えていたのかもしれない。

そう思うと、この結果が残念でならない。

もっとも、本人もその事実に気が付いているのか、自分の採点が終了した直後から、真っ白に燃え尽きたまま身動き一つしなくなっていた。

いやいや、燃え尽きたいのはむしろ俺だし…………。

何であんなにノリノリで歌っちゃったんだよ…………ちょっとくらい力抜いて歌えば良かったじゃん…………。

そんな後悔で言葉も出なくなった俺。

そのすぐ傍まで来ていたハルナは、ぽんっと俺の肩に手を置くと、含みのある笑みを浮かべてこんなことを言った。


「小太郎君ならやってくれると思ってたよ♪」

「…………」


…………ま、まさかとは思うがこの女。

俺が彼女の考えを誤解し、憂いなく全力で熱唱した結果、高得点を獲るということまで完全に予想していたのか!?

ば、バカな…………俺は初めから、この女の手の平の上で踊らされていたいうのか…………。

…………あの狸ジジィとの小競り合いで、幾分心理戦の経験値も上がってると思っていたが、まだまだだったらしい…………。

楽しいことには全力投球。そんなハルナの恐ろしさ、その一端を俺は垣間見た。


「さぁてっ!! そんな訳で優勝おめでとう小太郎君!! さぁ、小太郎君はいったい誰からのキスをご所望!?」

「…………」


喜色満面の笑顔で、俺に選択を迫って来るハルナ。

これがもう少し違うメンバーだったなら、俺のテンションも違ったかもしれない。

げんなりにしながら女性陣に視線を移す。

期待に満ちた眼差しで、俺を見つめて木乃香。

不安と期待が入り混じったような、そんな複雑そうな表情で俺の答えを待つのどか。

ネギが優勝しなかったことへの落胆からか、若干煤けてしまっている夕映。

亜子への後ろめたさからか、申し訳なさそうな表情のまき絵。

恥ずかしさと期待の入り混じったような、そんな表情でドキドキ感を溢れさせる古菲。

いつもと何ら変わった様子はなく、ニンニン♪ とか言ってる楓。

絶対自分を選ぶな、という気持ちをオーラにして纏い、俺を睨みつけている明日菜。

どう転んでも絶対に面白いことになると、期待に満ち満ちた眼差しのハルナ。

全員、俺には勿体ないくらい魅力的な女性だと思う。

そんな事情を差しおいても、この状況下で俺に1人を選べというのは余りに酷ではなかろうか?

…………仕方ない。ここは消去法で行くとしよう。

まず真っ先に除外すべきは、のどかと木乃香だろう。

本気に俺に惚れている節があるし、安易に期待を持たせるのは忍びない。

次に夕映とまき絵。

どちらもネギに惚れてるっぽいし、まき絵に至っては、亜子への罪悪感があるだろう。

こんなゲームで彼女たちの友人関係にヒビを入れたくはない。

そして次は古菲だ。

原作を見る限り、彼女は恋愛に関してかなり奥手だ。

オマケに将来選ぶ相手は『自分よりも強い男』とかいう家の掟を健気に守ってるらしい。

俺は奇しくもその『自分よりも強い男』に当てはまっているため、ここで彼女を選んで、ただでさえ一杯一杯なフラグを増やすなんて恐ろしい真似はしたくない。

そして次に除外すべきは明日菜だ。

理由は言うまでも無く、後の報復が怖い。

残ってるのは楓かハルナだが…………ここは楓を選んでおくのが、最も安全且つ無難だろう。

確かに、俺は彼女に大きな貸しがあるが、ここ半年の付き合いから、彼女が俺に向けている感情は『頼れる友人』ないし『大恩ある戦友』だと判断できる。

原作でも、ネギとの仮契約に際して尻込みをしてなかったこと、子どもとはいえ、異性と風呂に入ることに何の抵抗も見せなかったことなど、彼女の落ち着きぶりは裏付

けが取れている。

彼女を選ぶことで、確かに他の女性陣(木乃香やハルナ)からのクレームは出そうだが、それに関しても、彼女なら俺の意志を汲んで、あれは最も角の立たない選択だったから、なんてフォローまでしてくれるに違いない。

やはり、ここは楓で決まり…………。

そこまで考えたところで、俺はふとした疑問に駆られた。

もしここで、楓でなくハルナを選んだらどうだろうか?

ここまで場を盛り上げた彼女は、恐らく自分が指名されるとは夢にも思ってないだろう。

俺自身、自分をこんな窮地に追い込んだ相手を選ぶなど、全く考えていなかったのだから。

そうなると、俺に自分が選ばれたときのハルナの反応は…………恐らくは予想外の事態で、かなりテンパったものになる。

原作では、ネギが年下だったということもあり、仮契約に対して全く尻込みするどころか、出会い頭にネギの唇を奪っていた彼女。

しかし、相手が俺だったらどうだ?

同い年で、自惚れではなく平均以上のルックスを持つ俺。

そんな俺から迫られて、彼女は普段の飄々とした態度を保っていられるだろうか?

それに…………その行為は、ここまで散々苦しめられたことへの、十分過ぎる報復となるのではないか?

何より、原作では見られなかった、異性に対して頬を赤らめるような、そんな『恋する乙女』となったハルナの様子が見られるかもしれない。

湧き上がった興味を、俺は抑えることが出来そうになかった。

ここでハルナを選び、彼女を赤面させるほどに追い込めば、恐らく俺は他の女性陣、並びにネギから、さんざんな罵声を浴びせられることになるだろう。

しかしそれは、後で何とでも弁解の出来ることだ。ここで引き下がる、絶対条件になりはしない。

加えて、このカラオケBOXに来て以来、俺は彼女の企みによってさんざんに心労を負わされた。

このままやられっぱなしで良いのか?

…………答えは、断じて『否』だ!!!!

僅か数秒の逡巡で、そんな結論を導き出した俺は、躊躇い無くハルナを指差しこう言った。


「ほんなら、ハルナでお願いします」

「へ…………?」


その瞬間、俺が何を言っているのか分からなかったとばかりに、目を丸くするハルナ。

彼女どころか、ギャリーまでもが予想外の事態にぽかんと口を開けていた。

そして数秒間の沈黙の後…………。


「「「えぇ~~~~っ!!!?」」」


木乃香、のどか、ハルナのそんな絶叫が大部屋にこだました。


「いやいやいやいや!? それはオカシイでしょっ!? 何で私っ!!!?」

「「(コクコクッ)」」


慌てて俺にそんなことを尋ねて来るハルナ。

そんな彼女の背後では、のどかと木乃香が首が千切れんばかりの勢いで、首を縦に振っている。

既に十分ハルナの慌てる様子は楽しめているが、それくらいでは腹の虫が収まらない。

俺はにやり、と底意地の悪い笑みを作って彼女にこう追い打ちをかけた。


「女性陣っちゅうことは、自分も含まれとる訳やろ? せやったら、俺が自分を選ぶことに、何の問題があんねん?」

「そ、それはそうだけどさ!? 私にも立場ってものが…………!!」


恐らくハルナが言ってるのは、この企画をゴリ押しするため、のどかに吹き込んだ話のこと。

合法的に、のどかが俺にキス出来るよう計らうつもりが、自分が選ばれてしまっては意味がない、多分そう言いたいのだろう。

…………そんなこと、全て分かった上で俺はハルナを選んでる訳だが。


「そ、それにさ!! この中には私より可愛い子がいっぱいいるじゃない!? のどかとか木乃香とかっ!!」


往生際の悪いことに、どうやらハルナはこの期に及んでも、まだ俺に木乃香かのどかを選ばせるつもりでいるらしい。

俺にとってはむしろそれこそ死亡フラグだっての。

それはさておき、彼女の往生際の悪さに業を煮やした俺は、ハルナに最後のダメ押しを敢行することにした。


「いやいや、自分かて十分魅力的やで? ああ、せやけど眼鏡は取ってんか? 俺、眼鏡属性ないし、それに…………」

「っっ!!!?」


そこで台詞を区切り、俺はすっと右手で彼女の頬に手を添えると、左手でその眼鏡をひょいっと奪う。

そして…………。


「…………ほら、素顔の方がよっぽど美人さんや」


優しい笑顔とともに、そんな決め台詞をお見舞いしてやった。


「~~~~っっ!!!?」


その瞬間、これでもかと言うほどに顔を真っ赤にするハルナ。

ぷくくっ…………計算通りとはいえ、ここまで可愛いらしい反応を返してもらえると嬉しいもんだな。

さて、ハルナの慌てふためく姿も十分拝めたし、いい加減冗談だって…………

彼女から奪った眼鏡をテーブルに置き、俺が種明かしをしようとした瞬間だった。


「…………このぉっ、女っ誑しっっっ!!!!」



―――――ベキンッ!!!!



「ぎゃひんっ!!!?」


左横から痛烈な一撃を貰って、俺はソファーに叩きつけられた。

ば、バカなっ!?

完全な魔族となって意向、俺が無意識に展開し続けている魔法障壁。

それを抜いてダイレクトにダメージを与えただとぉっ!?

…………って、そんな無茶が出来る人間は1人しかいないじゃん。

殴られた頬を抑えつつ顔を上げると、そこには憤怒の表情で俺を睨みつけ仁王立ちする明日菜の姿があった。


「気障だ気障だとは思ってたけど、人前で女の子にあんなこと出来るほど最低な奴だとは思ってなかったわ!!」


そんな台詞を吐いた後、明日菜はふんっ!! と鼻息も荒く、乱暴な足取りで大部屋を後にして行く。

…………彼女から怒られるのは織り込み済みだったが、まさかいきなし殴られるとは思わなかったな。

ま、まぁともあれ、一番反応が厄介だと思ってた奴がこの程度で済んだんだ。

一先ずはこれでよしと…………。

そう思って俺が身体を起こした瞬間、目に入って来たのは、ぷるぷると身を振わせるのどかの姿だった。


「あ、あのっ、わた、私、こ、小太郎さんのこと、お、応援するって、言いましたし~。ぱ、パルもとっても良い子ですから、その~…………お、お幸せに~~~~っ!!!!」


ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、のどかは明日菜の後を追うようにして部屋から飛び出して行く。

…………ま、まぁこれも予想の範疇だよね? 後で事情を話せばなんとかなるよね!?

そう自分に言い聞かせながら、今度こそ立ち上がる俺。

しかしその瞬間…………。


「こ、コタくんのアホーーーーっ!! うわ~~~~んっ!!!! せっちゃんに言いつけたるぅ~~~~っ!!!!」


今度は木乃香が、号泣しつつ何気に恐ろしい言葉を残して走り去って言った。

…………おーけー。まだ大丈夫だ。刹那の耳に入る前に何とか誤解を解けばまだ俺は生きていられる。

軽く戦慄を覚えながらも、そう自分に言い聞かせて何とか落ち着こうとする俺。


「そ、そろそろ時間でござるし、先に出ていった3人と一緒に拙者は会計を済ませてくるでござる」

「あー!? か、楓ちんズルっ!? わ、私もっ!!」

「ま、待つヨロシ!? ワ、私もいしょに行くネ!!」

「わ、私もっ…………!!」


あんだけ格好付けておきながら、盛大に醜態を曝した俺が居たたまれなくなったのか、こぞって部屋から出ていく残りの女性陣。

ま、まぁこれも問題ない、よね?


「けっ!! やってられるか!! 俺も先に出てるぜ!?」


そんな彼女たちに続いて、そそくさと部屋を後にして行く慶一。

…………まぁこいつはどうでも良いや。


「あ、オイ!! 待てよ慶一!!」

「ま、まぁ何だ。今回はたまたまで、いつものお前は十分格好良いと思うぞ?」

「あ、ああ。だから気を落とすなよ小太郎ちゃん?」


慌てて慶一を追いかけ出ていく達也と、俺にフォローの言葉をかけつつ出ていくポチやんと薫ちゃん。

…………うん、だいじょぶ。俺、まだ元気。

しかし…………残ってるのは、あとはハルナとネギか…………。

ハルナは先程の衝撃が強過ぎたのか、未だその場で固まってしまっていた。

そんな訳で、俺は恐る恐る、隣に居た筈のネギへと死線を向けて…………。


「…………(にこっ)」

「…………っ!?」


目が合った瞬間、彼女が浮かべてくれた笑顔に、一瞬で表情を明るくする俺。

しかし…………。


「…………最低(ボソッ)」

「へぶぅっ!!!?」


一瞬で汚物を見るような目つきに変わり、あまつ吐き捨てるようにして放たれたネギの言葉は、俺の心に深い傷跡を残して行った。

…………校内では、天使のようだと謳われてるネギから、さ、最低なんて言葉を賜る日が来ようとは…………。

さすがに、このショックからはしばらく立ち直れそうにない。

がっくりと肩を落とした俺の脇を通り抜け、ネギはすたすたと外に出て行ってしまった。

…………な、なんて言い訳をすれば許して貰えるだろうか?

正直、ここまで酷いことになるとは予想してなかったんだぜ…………。


「あ、あちゃー…………こりゃ言い訳するのが大変だね? けど小太郎君も悪いんだよ? 私に対する意趣返しのつもりだったんだろうけど、みんなの前で…………あ、あんな大胆なことするからっ」

「…………」


残されたハルナは放心状態の俺に、そんな言葉を掛けて来る。

恐らく、察しが良い彼女は状況が一段落したことで落ち着き、俺の意図に気が付いたのだろう。

…………もう少し早く彼女が現状に復帰してくれていれば…………。

そう悔やまずにはいられなかった。

そんな風に放心しきっていたからかもしれない。

ハルナの最後の攻撃に気が付けなかったのは…………。


「…………だからこれは、こんな恥ずかしい思いをさせてくれた罰と…………」



―――――ちゅっ❤



「っっ!!!?」


右頬に感じた柔らかい感触に驚いて息を呑む。

慌ててハルナへと視線を移すと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、右の人差し指を自分の唇にあてると、こんなことを言った。


「…………さんざんからかっちゃったお詫びね♪」

「…………」


あまりに艶っぽい彼女の様子に、さっきとは別の意味で放心してしまい、その場から動けなく俺。

そんな俺を余所に、彼女は俺が置いた眼鏡を手に取ると、それを手早く掛け直し再び俺に向き直った。


「そ、それじゃ、私は先に出てみんなの誤解を解いておくからさっ。小太郎君は、みんなが落ち着くまでもう少し待っててね~?」


そう言い残して、颯爽と部屋を後にして行くハルナ。

俺の前を通り過ぎていく彼女の耳は、まだ少し赤らんだままだった。


「…………かなわんなぁ」


最後に1人、ぽつんと部屋に残された俺は、がらんとしてしまった大部屋でそんなことを呟くのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 81時間目 一家団欒 父親の情けない姿って、見ると妙に切なくなるよね…………
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/09/04 10:12



「我流炎術!! 曼珠沙華!!!!」



―――――ゴォッ!!!!



「ぅ熱っ!!!?」


霧狐の放った焔を、寸でのところで回避する俺。

しかし、俺が封印を解いた辺りから、めきめきと力を伸ばして来てる彼女の一撃は、かわしてもその余波が十分な熱気を持っていた。


「まだまだぁっ!!!!」



―――――ヒュウンッ!!!!



俺が回避した先目がけて、容赦なく振り抜かれる霧狐の爪。

回避は間に合わないと判断した俺は、その一撃を影斬丸の鎬で受け止めた。



―――――ガキィンッ!!!!


「っっ!?」

「甘いわ」


驚きの表情を浮かべた霧狐に、底意地の悪い笑みを浮かべてそう吐き捨てる俺。

しかしその直後、俺は真後ろから迫って来る殺気に、思わず右手を翳して叫んでいた。


「狗尾(イヌノオ)!!!!」

「斬岩剣!!!!」



―――――ガキィンッッッ!!!!



火花を散らし、狗神の盾を切り裂かんとする刹那の得物。

さすがは刹那。

俺の意識が霧狐へと集中したその瞬間、その隙を見逃さずに攻撃を仕掛けて来たか。

終了式を目前に控えた今日、俺たちはエヴァの別荘内で手合わせを行っていた。

普段は1対1で行う手合わせを、今日は俺に対して刹那と霧狐のダブルチームで挑むと言う異色なものとなっている。

さて、話を戻そうか。

左側には、影斬丸を押し切らんとする霧狐。

右側には、狗尾を切り裂かんとする刹那。

一瞬でも気を抜けば、どちらかが確実に俺を仕留めるであろうこの状況。

確かに、少し前の俺なら八方塞りに苦しむところだ。

しかし…………今の俺は一味違う。

ニヤリ、と口元を歪めると、俺は全身に魔力を集中させた。


「っっ!? 霧狐さん!! 離れて!!」

「へっ!? う、うんっ!!」


俺の意図に気が付いた刹那が、霧狐へと退避を命じる。

その直後。


「咆哮(トオボエ)」



―――――ゴォォォォォオオオオオッ!!!!



俺が歌うように告げた瞬間、周囲に巻き起こる漆黒の竜巻。

それが2人を切り裂く前に、刹那と霧狐は俺から大きく飛び退いていた。

…………もっとも、俺にとってそれは計算通りの行動なのだが。


「お、お兄ちゃんエグっ!!!?」


俺が放った攻撃に、顔を青くしながらそんなことを叫ぶ霧狐。

刹那の呼びかけもあり、彼女は何とか窮地を脱した…………かに見えた。



―――――トンッ…………



「ふにゃっ!?」


背中に触れた感触に、可愛らしい悲鳴を上げながら振り返る霧狐。

その視線の先に居たのは、意地が悪い微笑を浮かべた俺だった。


「戒めの影矢」

「うそぉぉぉおおおっ!!!?」


霧狐は慌てて跳び退こうとするも間に合わず、悲鳴を上げながら、俺の放った影の縛鎖に捕らわれる。

…………さて、まずは1人っ、と。

霧狐を制したことで、一瞬とはいえ気が緩んだ俺。

そんな好機を、彼女が逃す筈も無かった。


「はぁぁあああっ!!!!」

「っっ!!!?」



―――――ガキィンッ!!!!



いつの間に妖怪化したのか、純白の翼を広げ、俺に突進して来る刹那。

咄嗟のことに対応が追い付かず、俺はそのまま数mを押し切られた。


「くっ…………!! 魔法の射手、影の23矢!!」

「っっ!?」


俺が無詠唱で放った影の矢を、刹那は上空で弧を描き、ぎりぎりのところで全て回避して見せる。

その優雅さたるや、今が戦闘中だと言うことを忘れて、思わず見惚れてしまいそうだった。

そして、宙返りで得た速度を利用し、そのまま俺へと直進して来る刹那。

彼女の握り、気の密度で次の攻撃を予測した俺は、咄嗟に彼女と同じ構えで影斬丸を握り直した。


「神鳴流奥義…………!!」

「見様見真似…………!!」


「「―――――百烈桜華斬!!!!」」



―――――キィンッ、キィンッ、キィンッッ…………!!!!



「っっ!!!?」

「はっ!!!!」


自分が放つ無数の斬撃を、それを全く同じ軌道、同じ出力で捌く俺に、驚愕の表情を浮かべる刹那。

最後の一閃を相殺された瞬間、彼女は溜まらず大きく距離を空けると、正眼に夕凪を構えて動きを止めた。


「…………コピーできるのは、単純な技だけではなかったのですか?」


にっ、と唇を釣り上げ、武人然とした笑みを浮かべた刹那は、俺にそんな問いを投げかけて来る。

俺は獣の笑みを浮かべて、それに答えた。


「この6年間で何百回と見て来た技や。さすがに完成度はまだまだやけど、それでも相殺くらいは出来ひんとな?」

「ふっ。その器用さには本当に感服します。ですが…………私とて、成長していない訳ではありません!!!!」


そう叫んだ瞬間、烈風を伴って膨れ上がる刹那の気。

なるほど。確かに、彼女が今纏っている気の密度は、これまでの比ではない。

普段ならば、そんな強敵との対峙に愉悦の笑みを浮かべてしまいそうなこの状況。

しかし、すでにこの手合わせは勝敗の決したものとなっていた。


「残念やけど、こん勝負はもう詰みやで?」

「? 一体何を…………」


言葉の意味が分からず、問い掛けようとした刹那。

そんな彼女の顔の両サイドから、にゅっと伸びて来る1対の腕。



―――――がしっ。



「ひぁっ!?」


その腕に顔をがっちりと掴まれた瞬間、刹那はおよそ彼女らしくない、可愛らしい悲鳴を上げた。

そしてその腕にぐいっと引っ張られて、後ろへと引き寄せられる彼女の頭。

その瞬間、彼女と対峙していた『俺』は、ぽんっと音を立てて消失した。


「…………つぅかまぁえた♪」

「へ…………?」


訳が分からず目を白黒させる刹那。

そんな彼女が見上げる先には、にんまりと笑う俺の姿があった。


「~~~~っっっ!!!!!?」


至近距離で無防備な表情を見られた恥ずかしさからだろう。

俺と目が合った瞬間、刹那は一瞬にして耳まで真っ赤に染め上げるのだった。










「お、驚きました…………一体、いつの間に分身と入れ替わったんですか?」


未だに顔の火照りが納まらないのか、ぱたぱたと手で顔を仰ぎながら、そんなことを尋ねて来る刹那。


「咆哮で障壁張ったときや。ついでに言うと、本体は強々度認識阻害符で気配を誤魔化しとってん」


霧狐に仕掛けた結界を解呪しつつ、上機嫌で刹那に種明かしをする俺。

ちなみに、その認識阻害符は楓直伝のものだったりする。

麻帆良に来る前、例の手合わせで分身による伏兵にやられた刹那は、必要以上に俺の分身と転移魔法を警戒しているからな。

普通に分身を使ったんじゃ、気配が増えた瞬間に伏兵は見抜かれてしまう。

そこで俺は分身と入れ替わる瞬間、咆哮で目くらましを行って、本体は認識阻害符を使用しゲートへと隠れた。

加えて言うなら、その強々度認識阻害符でも、攻撃を仕掛けようとした瞬間にはバレてしまうだろう。

そんな訳で、今回の手合わせでは、敢えて攻撃を行わず、さっきのような意表を突く形で決着を付けたのだ。


「に、認識阻害符…………そういう目的のものとは言え、あそこまで接近されて気付かないなんて…………」

「まぁ、本場甲賀仕込みの特別製やさかい、気付かんのも無理あれへんて。それに、さすがに俺が攻撃しかけとったら気付けてたと思うで?」


しょげかえってしまった刹那に、苦笑いを浮かべながらそうフォローを入れておく俺。

それでも納得が行かないのか、刹那は相変わらず煤けた表情を浮かべていた。

そうこうしている内に、霧狐を捉えていた影の鎖が、乾いた音を立てて砕ける。


「んーーーーっ!! はぁ。ようやく自由になれたよ~」


拘束から解き放たれた霧狐は、まるで寝起きの小動物のようにぐぅっと背伸びをする。


「…………って!! 酷いよお兄ちゃん!! さっきの障壁、刹那が教えてくれなかったら、キリってばぐしゃーーーーっ!! ってなるとこだったよっ!?」


彼女にしては珍しく、頬をぷうっと膨らませて講義の声を上げる霧狐。

そんな彼女の様子に、俺は苦笑いを浮かべながら、ぽんぽんっと軽く頭を叩いた。


「さすがにそんなグロいことになれへんよう加減はしとったで?」

「えぇ~~~~? ホントにぃ~?」

「ホンマやて。可愛い妹に怪我させるわけあれへんやろ?」


俺はそう言って、今度は優しく霧狐の頭を撫でてやる。


「うにゃ? うにゃ~~~~♪」


すると霧狐は、気持ち良さそうに目を細めてされるがままになっていた。

…………やっぱ狐って言うより猫だな。


「3人とも~~~~!! 手合わせ終わたんなら、そろそろお弁当にせぇへん~~~~!?」


そんな風に霧狐とじゃれていると、少し離れたところから木乃香の呼び声が聞こえて来る。

別荘に入ったのは10時くらいだったし、そろそろ昼食の時間だ。

程良く空腹を感じていた俺は、そんな木乃香の提案に素直に従うことにした。











あれからすぐ、木乃香の用意してくれた弁当を平らげた俺たちは、例によって今日の反省点などをおさらいしている。

普段なら呼んでもないのに付いて来て、いろいろと説教垂れてくれるエヴァは今日は不在だった。

茶々丸の話だと、工房に引き籠って何かしらの魔法薬を作っているんだとか。

…………それが桜通りの吸血鬼事件の複線であることは比を見るより明らかだったが、俺は敢えてその件はスルーすることにした。

本当にエヴァが、俺の知っている通りネギと闘うつもりでいるなら、第3者である俺がそれを止めるのは、いささかルール違反な気がしたのだ。

それに…………エヴァと対峙することは、今後、ネギが魔法使いとして成長していく上で大きなプラスになる。

なので俺は、あえて桜通りの吸血鬼に関して触れないことを決めていたのだ。

…………もっとも、多分にネギの成長とは別の、自分自身の目的もあったりするのだが、それを話すのはまた別の機会にしよう。


「それにしても小太郎さん。また身体能力が上がっているようですが…………やはり図書館島で何かありましたか?」


木乃香が用意してくれていた温かいお茶に口を付けながら、不意にそんなことを尋ねて来る刹那。

結局、木乃香が行方不明となった後も図書館島に救援に来ることはなかった彼女は、その事件の全容を未だ知らずにいた。

原作と違い、木乃香と和解している彼女なら、試験勉強などかなぐり捨てて木乃香を助けに来そうだと思っていたんだが…………。

どうやら、そこにも学園長が介入していたらしい。

きちんと木乃香に危険がないことを明かした上で、タカミチ伝いに刹那にこんな言葉をのたもうたそうな。


『学年末テストで、平均点が60を下回ったら、即京都に強制送還じゃから』


そんな訳で、刹那は木乃香の救援に向かうことは出来ず、お嬢様の護衛役を続けるために、必死の思いで勉強させられていたのだとか。合掌。


「あ、やっぱ分かるんや?」

「分かりますよ。何年一緒に研鑽を積んできたと思ってるんです? それに小太郎さん、百烈桜華斬の切り返し、手首の返しが間に合わないからって、力技で誤魔化していたでしょう? ちょっと前のあなたなら、そんな無茶は出来なかったはずです」

「あ、あはは…………さすがにその辺のコツまでは、見てるだけやと分からんからな」


余りに正確な刹那の分析に、思わず俺は苦笑いを浮かべた。

まぁどの道、刹那と霧狐には図書館島で起こった出来事を詳しく話す気でいたし、ちょうど良いかな?

そう結論付けて、俺はあの日の出来事を話すことにした。










「…………えぇっ!? あ、あの狗族とまた闘ったんですか!?」


俺が図書館で木乃香たちとはぐれていた時のことを離し始めると、まっさきに刹那はそんな悲鳴を上げた。

まぁ、俺を1度ならず死なせ掛けた相手だ。彼女の反応にも頷ける。


「せっちゃんもあん人と知り合いやったん?」


驚いた刹那に、首を傾げながらそんなことを問い掛ける木乃香。

若干顔を青くして、放心状態っぽい刹那の代わりに、俺は彼女の問いに答えてあげることにした。


「あいつとは麻帆良に来たばっかのときに一回闘り合うてん。俺の胸に十字の刀傷があるん見たやろ? あれを付けた張本人や」

「えぇ~~~~っ!? あ、あの人がコタくんを殺しかけたいう人やったん!? そ、そんな。ウチてっきり…………」

「? 何や? あいつのことで、何や思い当たる節でもあったんか?」

「へ? あ、いや。あの人の見た目とか、こう、雰囲気がな? せっちゃんと手合わせするときのコタくんそっくりやったから、もしかしてって」

「…………」


罰が悪そうな顔で、そんな自分の考えを口にする木乃香。

さすがというか、彼女の洞察力には恐れ入る。

ただ、まぁ…………俺って、刹那と手合わせする時、あんな凶悪な闘気を放ってんのか? と物悲しくはあるが。

恐らく木乃香が今浮かべている表情は、俺を殺しかけた相手を、俺の肉親と勘違いしてしまった、そう思いこんだが故の反省のものだろう。

しかしながら、彼女の考えは正解である。

加えて、今の俺は奴が俺にとってどういう存在か、何の制限もなく口にすることが出来る。

だから俺は、少し照れ臭く思いながらも、木乃香に向かってこう口にするのだった。


「いや、木乃香の考えは合うとるで? あいつは…………間違いなく、俺の親父や」

「「「っっ!!!?」」」


俺の放った一言に、木乃香ばかりか霧狐と刹那までもが驚愕に目を剥く。

そんな3人の様子が可笑しくて、俺は思わず微笑みを浮かべていた。


「小太郎さん…………認めて、貰えたんですね?」

「ん、まぁな…………」


嬉しそうにそう言ってくれた刹那に、俺は何となく気恥しくてそっけない返事をしてしまう。


「あーん!! やっぱそうやったんや~!! 分かってたら、ウチもコタくんと一緒に残って挨拶したんに~~~~っ!!!!」

「…………」


そんな刹那の傍らで、悔しそうにオソロシイことを叫ぶ木乃香さん。

…………色んな意味で、彼女を置いて飛び降りたのは正解だったな。


「ぱ、パパに会ったの!? パパ、キリのことは何も言ってなかった!?」


噛みつかんばかりの勢いで、身を乗り出して来る霧狐。

そんな彼女の期待に満ちた眼差しを一身に受けながら、俺はとてつもない罪悪感に駆られていた。


「あー…………スマン。自分のことは、なんにも…………」

「え゛!?」


きらきらと輝いていた霧狐の瞳は、一瞬で絶望に染め上げられる。

今にも泣きそうな表情になった霧狐に、俺は慌ててこう付け足すのだった。


「しゃ、しゃあないねん!! 俺を息子やって認めてくれたんも、親父の魔力が底尽いて送り還される瞬間やったし!! そもそも、あいつ俺が自分に勝てへんかったら、何一つ答えてくれる気あれへんかったんやから!!」

「うぅっ…………ぐすっ…………だからって、キリだけ退け者は酷いよぉ~…………ぐすっ…………」


両目一杯に涙を溜めながら、そんな言葉を零す霧狐。

俺だって何とかしてやりたいのは山々だが、そう簡単にあの風来坊臭い親父と霧狐を会わせる方法なんて…………。


「ん? 待てよ? …………そうや!! もしかしたら、霧狐と親父を会わせたれるかも知らん!!」

「っ!? ほ、ホントにっ!!!?」


その瞬間、ぱぁっと明るい表情になる霧狐。

そんな彼女の期待を裏切らないことを祈りつつ、俺はとある計画を頭の中に思い浮かべるのだった。











「…………思てた通り、何とかなりそうやで?」


今しがた貰って来たばかりの符をひらひらとさせながら、俺は待ってくれていた3人に笑みを浮かべてそう告げた。



―――――霧狐と親父を惹き合わせる。



先程自分でも考えていた通り、それは一見とても不可能なものに思える所業だ。

しかしながら、奇しくも俺には、それを可能としてくれそうな、実に頼もしい友人がいる。

前回、親父を召喚した張本人。

大魔法使い、アルビレオ・イマその人である。

1度はその所業に成功している彼ならば、或いは親父を召喚する術を持っているのではないか。

そう考えた俺は、エヴァの別荘を出た直後、彼の住処へと向かった。

そして事情を説明して、親父を召喚する方法を教えてくれと請うたところ…………。


『あなたが召喚するのは、さほど難しくはありませんよ? この符にあなたの血を染み込ませて、魔力を注ぐだけでほぼ間違いなく彼を引き当てられるでしょうから』


いつも通りの笑顔を浮かべて、アルはこの符を差し出してくれたのだった。

何でも、特定の妖怪を召喚するには、その妖怪にゆかりの品を触媒とする必要があるらしい。

地下迷宮で親父を召喚する際、アルはいつの間にやら採集していた、俺の頭髪を触媒にしたそうだ。

…………本当に抜け目ねぇよな。

抜け目がないと言えば、今回もいつもと同様、アルにはしっかりと対価を支払っている。

今回も茶々丸提供『ますたー観察日誌』より『学園祭でミニ丈のチャイナ服を着て接客するエヴァ』のベストショットを進呈させて貰った。

…………どんだけ、あの変態紳士はエヴァのことがお気に入りなのだろうか。

以前アルの部屋を訪れた際にちらっと見たんだが、彼の本棚の一角には『微笑ましき福音』と書かれた厚手のアルバムが数10冊に渡って保管されている。

『福音』という言葉が差す人物に、俺は1人しか心当たりがない。

そして彼の背後に立たずむ、数10冊のアルバム…………。

得体の知れぬ恐怖を感じた俺は、その中身が気になりつつも、それ以上言葉を紡ぐことが出来なくなった。

話を戻そう。

そんな訳で、アルから親父を召喚するための符を貰って来た俺は、3人が待つ女子校エリア郊外の森までやってきていた。

何でエヴァのログハウスじゃないかと言うと、気が散って製薬の邪魔になるからってんで追い出されたのだ。

他に行く宛ても無かった俺たちは、仕方なくこの雑木林の中に人払いの結界を張って、親父を召喚することにした。


「さぁて、ほんならさくっと親父を召喚して、感動の再会と行きますか?」


俺は自らの右親指を鞘からほんの少し抜いた影斬丸でぴっ、と傷付けると、そこから溢れた血を符へと押しつける。

次の瞬間には、俺の親指に走った傷は、跡形も無く姿を消していた。

そして、俺は躊躇い無く、符へと魔力を込めていく。

俺以外の3人は、その光景を固唾を飲んで見守っていた。

すると…………



―――――ポウッ…………



符は淡い光を放ちながら消滅し、その残滓が幾何学模様の魔法陣を描く。

そして…………。



―――――ズズッ…………



「オイオイ…………この強引な召喚はアルのやつだな? こないだ呼び出したばっかで、一体何の用が…………って、小太郎?」


いかにも面倒臭そうな表情を浮かべながら表れたのは、紛れも無く俺と霧狐の父親。

狗族長、狂い咲きの牙狼丸だった。

親父殿は、てっきり今回の召喚者もアルだろ思っていたのだろう。

召喚主が俺だと分かった瞬間、驚いたように目を丸くしていた。


「何だ何だ? 再戦か? 例の魔法が完成するにゃ、まだちっと早ぇだろ?」


親父殿、どんだけ闘うことしか頭にないんですか?

俺はあんまりな親父の言いように、思わず苦笑いを浮かべるのだった。


「ちゃうちゃう。今回親父を召喚したんは、闘うためやのうて、どうしても自分に会わせたい奴がおったからや」

「会わせたい? …………そうか。俺の息子だもんな。ちゃんと責任は取らにゃダメだぜ?」

「自分と一緒にすんなやっ!!!!」


明らかに、俺が不祥事を起こしたと勘違いしてる親父に、思わず力いっぱい怒鳴っていた。

一瞬、本気でこないだの続きをやっても良い気がしたが、流石に霧狐の手前、そこは何とかぐっと堪えておく。

…………俺偉い。

溜息を吐きながら、俺は傍らでことの成行きを見守っていた霧狐を、ぐいっと自分の前へと引き寄せた。


「わわっ!?」


急に引き寄せられたせいで、そんな慌てた声を出す霧狐。

ぽんぽんと、俺は彼女の頭を軽く叩きながら、親父へと向き直った。


「自分に会わせたいやつっちゅうんは、この子や」

「は? え? 何? 息子に女を紹介してもらうほど落ちぶれちゃ…………」


またも不穏当な軽口を叩こうとしたクソ親父。

しかし、どういう訳か親父の表情は、霧狐の顔を見た瞬間凍り付き…………。


「~~~~っっ!!!?」


次の瞬間、信号機でもこうはならないんじゃ、ってくらいに真っ青になっていた。

そして…………。



―――――シュンッ!!!!



「「「「っっ!!!?」


親父は、一瞬でその場所から姿を消した。

はぁ!? いや、何でっ!?

脈絡の欠片もない親父の行動に、驚きの余り、声も出なくなる一同。

かく言う俺も驚きが隠せなかった。

慌てて、親父の気配を探ろうとする俺。

しかしながら、消えた親父の姿は、存外すぐに見つかった。


「ふぉぉぉおおおお…………!! き、消えろ俺の身体ぁぁぁぁっ…………!!」

「えぇ~~~~…………」


俺と霧狐の真正面、雑木林のかなり奥に生えた、一本の木の影。

そこには2年前と数週間前の2度、俺を半死半生まで追い込んだ戦闘狂の姿は無く、ただひたすらに、見えない何かに怯える情けない成人男性の姿があった。

いや、本当にどうしたんですか!?


「ぱ、パパ…………?」


俺と同様、状況が飲み込めないのだろう。

驚きを隠せない様子で、親父に呼びかけ、一歩踏み出そうとする霧狐。

その瞬間。


「~~~~っ!?(ビクゥッ!!!!)」


親父は目に見えて身体を大きく震わせた。

これは間違いない…………親父のやつ、何でかは知らないが、霧狐にビビってやがる。

しかし、本当にいったいどうして…………?

そんな疑問に首を捻る俺だったが、その答えは、思っていたより早くもたらされた。


「な、ななな、何でお袋がここにいんだよっ!? せ、1000年前に死んだじゃん!? 俺がちゃんと弔ったじゃん!? 世界で一番高い所に葬れって言うから、俺が骸抱えてエベレスト最高峰、チョモランマを装備無しで登頂したじゃん!? 俺超頑張ったじゃん!!!?」


がたがたと震え、両目一杯に涙を浮かべながら、そんなことを叫ぶ親父。

どうやら、親父が霧狐に怯えている理由は、彼女の容姿が彼の母…………つまるところ、俺らの祖母に瓜二つだからなのだろう。

つか1000年前って…………親父いくつだ?

そしてお祖母様…………チョモランマに葬ってって、どんだけ暴君だったんだよ?

親父の反応を鑑みる限り、どうやら俺たちの祖母は相等にとんでもない御仁だったようだ。

ともあれ、親父が霧狐に怯えている理由は分かった。

後は誤解さえ解けば何とかなるだろう。

そう思った俺は、霧狐にこう提案した。


「霧狐、ちょお後ろ向いてくれ」

「へ? あ、う、うん」


俺の提案通り俺の方へと振り返る霧狐。

現在彼女は幻術を解いているため、彼女のスカートからは3本の黄金色の尾がひょこっと顔を覗かせていた。


「親父~~~~っ!! よぉ見てんか~~~~っ!! こいつの尾っぽ、3本しかあれへんがな~~~~っ!!」

「へ…………?」


俺の呼びかけに、親父は恐る恐る木の影から顔を覗かせると、まじまじと、霧狐の尻尾を凝視する。

すると…………。


「1本、2本、3本…………マジでか!? 何で2本足りねぇんだ!?」

「そりゃ別人やからや…………」


未だ状況が理解できないらしい親父に、俺は溜息を零しながらそう答えた。

…………ダメだこりゃ。

祖母さんへの恐怖心故だろうが、この親父、きちんと説明しないと分かってくれそうにない。

感動の再会を演出しようという考えを捨てた俺は、霧狐をもう一度親父の方へ向き直らせる。


「こいつは自分のお袋やのうて、自分の娘!! でもって、俺の腹違いの妹の霧狐や!!」

「む、娘…………? て、てーことは、何か? そのお袋の生き写しみたいな嬢ちゃんは、霞深と俺の…………?」


ようやく、霧狐が何者か理解したのだろう。

親父は木の陰から完全に出て来ると、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

その様子を見ていた霧狐は、わなわなと肩を震わせ、そして…………。


「パパぁっ!!!!」


感極まったのだろう。涙で濡れた声で親父を呼ぶと、弾かれたみたいに駆け出していた。


「っっ!!!?」


未だに霧狐の容姿がおっかないのか、そんな彼女の様子を見てびくりと身を堅くする親父。

しかし、今度はそこから逃げ出すことはなく、親父はゆっくりと両手を広げる。

そして…………。



―――――ぎゅっ…………



自分の胸に飛び込んで霧狐を、優しく抱き止めていた。

その状況を見守りながら、俺たち3人は安堵の溜息を零す。

…………少々、予定は狂ったものの、これで何とか感動の親子再会は為ったか。


「パパぁ…………ぐすっ…………会いたかったよぉ…………ぐすっ…………」

「あ、あ~…………今までほったらかしで悪かったな?」


嗚咽を零しながら、親父の胸に顔を埋める霧狐。

そしてそんな彼女の頭を撫でながら、罰が悪そうにそう呟く親父。

2人の様子を見て、俺は何だか、胸が温かいもので満たされて行くのを感じるのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 82時間目 七難八苦 俺の知らないところで死亡フラグが乱立していく…………
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/09/07 13:41



「あー、マジでビビった…………寿命が100年は縮んだ…………隔世遺伝超こえー…………」


目を右手で覆いながら、溜息とともにそんなことを呟く親父。

霧狐が落ち着くのを待っていた俺たちは、いまなお先程の雑木林の中にいた。

親父のビジュアルだと、流石に街中に連れていくのは憚られたからってのも大きな理由だが。

ちなみに、余程親父に会えたのが嬉しいのか、霧狐は泣き止んでいるものの、未だに親父の腰回りにぎゅ~っと抱き付いたまま離れようとはしなかった。


「いや、マジで霧狐の中身があの魔物と別モンで良かったわ。こりゃ霞深の育て方が良かったんだな。霞深グッジョブ」


先程から何度も胸を撫で下ろしながら、しきりに霧狐と祖母さんの中身がまるで違うことを喜ぶ親父。

ちなみに、霞深さんってのは、霧狐の母親のことだ。

中等部女子寮の寮母さんで、通称はかすみん。

未だ20代と若いこともあって、女子寮の中等部生からは結構慕われてるらしい。

とまぁ、そんなことはさておきだ…………。


「俺は一人前になるまで認めてくれへんかった癖に、霧狐のことはあっさり娘って認めるんやな?」


何となく不公平に感じて、唇を尖らせながらそんな悪態をつく俺。


「いや、もうこの見た目だけで霧狐には勝てる気しねぇんだもんよ。一人前どころの騒ぎじゃねぇって…………」


そんな俺の言葉に、更にげんなりした様子で答える父親。

どんだけ祖母さんのことが怖ぇんだよ…………。


「いくら何でもビビり過ぎとちゃうか? 腐っても自分の母親やろ?」


あんまりにも祖母さんを怖がっている親父の様子に、呆れながらそう尋ねる俺。


「お前はお袋の恐ろしさを知らねぇからそういうことが言えんだよ…………。マジでトラウマだからな? 力では確実に俺が数倍強ぇはずなのに、気付いたら丸焼きになってたり、生き埋めになってたり…………しかも全部真正面から勝負を挑んでたにも関わらずだぞ? あのババァ程女狐って言葉が似合う狗族もいなかったぜ…………」


俺の言葉に、そんな反論を返す親父。

その口調には、以前感じたような覇気は一切感じられなかった。

字面通りに解釈するなら、祖母さんは相等な策略家だったってことだろう。

千の呪文の男並みには強く、それなりの罠なんて嵌まってからでも力技で何とかしそうな筈の親父。

そんな親父が尽く策に嵌められてトラウマになるほどの人物…………。

たしかに、そんなやつの相手を延々させられるのは勘弁だな。


「親父の話だと、人間性って点じゃ玉藻の性格の悪さなんて、お袋のぶっとび加減に比べりゃ可愛いもんだったらしい」

「…………」


疲れ切った様子で言った親父に、思わず絶句する。

傾国の美女が可愛いって…………祖母さんどんだけ性格悪かったんだよ?

その性格の悪さが親父や俺、霧狐に受け継がれてなかったのは、ある意味幸いだったか。

…………まぁ、俺は2人に比べてかなり悪い性格してるとは思うけどさ。


「さて…………お袋の話はこんくらいにしとこうぜ? じゃねぇと、俺の本体まで胃炎になりそうだ」

「せ、せやな…………」


話題を転換を要求してきた親父に、俺は苦笑いを浮かべつつ頷くのだった。


「とりあえず…………そっちの嬢ちゃんたちはお前のコレか?」


にっ、と悪戯坊主のような笑みを浮かべて、右の小指を突き出して来る親父。

話題を変えた瞬間の第一声がそれかよ…………。

あまりにもあんまりな親父の様子に、俺が先程とは違う意味で脱力したのは言うまでもない。


「あんな…………2人は別にそーゆーんやなくて、普通に俺のダチや」


軽く目眩を覚えながらも、何とかそう言葉を絞り出す。

すると、紹介される瞬間を待っていたかのように、木乃香と刹那は、俺を押し退けて親父の前に歩み出た。


「さ、桜咲 刹那と申します!! い、以前お会いしたときは名も名乗らず、た、たいへん失礼しましたっ!!」


慌てた様子で、たどたどしくそんな言葉を並べたて、直角にお辞儀をする刹那。

なるほど、将を射んと欲すればというやつか。

だが刹那よ、その親父殿を落としたところで大した成果はないぞ?

その外道、女は来る者拒まず臭いから。


「ウチは近衛 木乃香言います。以後よしなに、お義父はん?」


はんなりとした笑顔で、刹那に続き木乃香までもがそんな挨拶をする。

…………今、木乃香のやつ、親父のこと完全に『義父』扱いしてたよな?


「はっはっはっ!! こいつぁいいや!! おい、息子? てめぇにその気は無くても、嬢ちゃんたちは結構その気みたいじゃねぇか!?」


豪快な笑い声を上げながら、そんなことを言い出す親父殿。

…………2人をこいつに引き合わせたのは失敗だったかもしれん。


「ねぇパパ? どーゆーこと?」


親父に抱き付いたままだった霧狐は、今の発言の意味が分からなかったのだろう、不思議そうな顔で親父を見上げてそんなことを尋ねていた。

そんな霧狐の頭に、親父はぽむっと優しく手を乗せる。


「嬢ちゃん達がお前の義姉ちゃん(ねえちゃん)になるかも知れねぇってことだ」

「木乃香と刹那がっ!? 2人みたいに優しいお姉ちゃんなら、キリ、大歓迎だよっ!!」


微笑みながら言った親父に、これまた嬉しそうにはにかみながらそんなことを言い出す霧狐。

…………ヤメテクレ。

さっきからテンションが上がって来たのか、2人の醸し出すオーラがエラいことになってるから。

このままじゃ、俺の身が持たん。

どうやってこの場を納めてくれようか、なんて俺が思案し始めたときだった。


『わおーんっ!! わおーんっ!!』


けたたましく鳴り響く犬の遠吠え。

最早お馴染みとなった俺の携帯の着信音だった。

慌ててポケットからブツを取り出し、背面ディスプレイに表示された名前を確認する。

するとそこには『刀子センセ』と表示されていた。

…………何だ?

最近はこんな休日に呼び出しくらうような問題起こした覚えはないぞ?

訝しく思いながらも、余り待たせては悪いと思って、俺は他のメンバーに断りを入れつつ、慌てて電話を取ることにした。


「もしもし?」

『こ、小太郎ですか!? つ、繋がって良かった…………』

「…………」


俺が携帯に出た瞬間、心底安心した様子でそんな言葉を零す刀子先生。

比を見るより明らかな厄介事の予感に、俺が思わず黙り込んでしまったのは言うまでもない。


「ええと…………とりあえず、どないしたん?」


とはいえ、流石に何も聞かないままじゃ対策の立てようもない。

一瞬躊躇ったものの、俺は刀子先生に用件を聞くことにした。


『え、ええと…………実は電話口では話し辛いと言いますか何と言うか…………』

「???」


刀子先生、らしくもなく歯切れが悪いな?

…………こりゃ純度100%で厄介事だろうな。

そんなことを考えたものの、以前にも言った通り、普段から刀子先生にはいろいろと迷惑を掛けている俺。

こうして偶に彼女が持ちかけて来る厄介事くらい、快く引き受けるのが良い男の器量と言うものだろう。

そう結論付けると、俺は黙して彼女が次の言葉を発するのを待った。


『そ、その…………きょ、今日1日、私にあなたの時間を貸しては頂けませんか?』

「は? 時間を貸す?」


最初はその言葉の意味が分からなくて、そう聞き返した俺だったが、すぐにそれが『今日1日私に付き合え』という言葉の婉曲な表現だと気が付いた。

しかし…………どうしたものか?

せっかくこうして戦闘とは関係ない状況下で親父と会えたんだ。

聞きたいことは山ほどある。

とは言え、以前『俺に勝てたら答えてやらんこともない』なんて宣言を喰らっている以上、このクソ親父が素直に俺の問い掛けに答えてくれるとは思えない。

最悪、前回の決着を着けるみたいな流れになろうものなら、俺が再び死にそうになるのは目に見えていた。

というか、親父の召喚に半分近く魔力持ってかれてるし。親父燃費悪過ぎワロス。

…………そう考えると、今日1日は霧狐に親父を独占させてやれば良い気がしてきた。

ふと耳から携帯を離して現在時刻を確認すると、ディスプレイには11:03との表示。

がっつり時間はあるようだし、今日1日と言っても、この時間なら寮の門限までに解放してもらえるだろう。

何より、刀子先生は俺の担任だ。

あのぬらりひょんじゃあるまいし、さすがにそんな無茶な注文はしてこないだろう。

加えて、木乃香と刹那はこの後2人で買物に行くとか言ってたし。

ネギも今日は明日菜と出かけている筈だから、どの道昼は外で、しかも一人で食うしかなかったからな。

そんな風に考えて、俺は刀子先生に了承の意を示すことにした。


「ああ、構へんで。刀子センセにはいつもお世話になっとるさかい、そんくらいお安い御用や」

『…………その言葉に二言はありませんね?』

「え…………?」


快く了承した筈なのに、やたら念を押すようにして還って来る刀子先生の声。

な、何なんですか? そんな念押しされたら怖くなっちゃうじゃん!?

少しビビったものの、そこはほら『男の子』ですから。

一度口にした以上、その言葉を撤回することは出来ず、若干上ずった声になりながらも、俺は刀子先生にもう一度了承の意を伝えた。


「だ、大丈夫や。問題ない」

『そ、それを聞いて安心しました。念を押してみたものの、あなたに断られたら、もうどうしようもなかったので…………』


俺が改めて快諾すると、再び安堵の声を零す刀子先生。

…………お、俺、もしかして早まったんじゃね?

そんなことを考えたが、最早後悔先に立たずだ。

こうなってしまった以上、後は流れに身を任せつつ臨機応変に対応する外ない。

だ、大丈夫。俺は出来る子だ。

俺に出来ることは、せいぜいそんな風に自分を鼓舞することだけだった。


『そ、それでは、これから私の部屋に来てください。重ねて無理を言って申し訳ないのですが、出来るだけ早めにお願いします。そ、それと、来る時は『あのとき』の姿でお願いします…………』

「…………」


おずおずと今後の予定を説明してくれる刀子先生。

電話口では話し辛いと言っていたし、恐らく詳細は会ってから話すつもりなのだろう。

それにしても…………『あのとき』の姿で、と来たか。

先生が言っているのは、間違いなく以前先生の彼氏役をしたときの、24歳の姿のことだろう。

ということは、また菊子さん関連のトラブルか?

…………先生の見栄っ張りも筋金入りだな。

まぁ、菊子さんには余計に弱みを見せたくないってのがあるんだろうが…………。

若干先の展開が見えたことで、幾分か気が楽になった俺は、刀子先生に出来るだけ急ぐと伝えて、通話を終えた。

さて、それじゃ一旦部屋に戻って着替えないと。

流石に学ランのままあの姿になる訳にはいかないしな。

そう思った俺は、ここに居る面子に事情を説明することにした。


「スマン、ちょっと急用が出来てもうた」

「…………もしかして、また人助けですか?」


俺とは一番付き合いの長い刹那が、おおよその事情を察したのだろう、そんな風に尋ねて来る。

苦笑いを浮かべながら、俺は彼女の問い掛けに頷いた。


「あはは。コタくん、ホンマにお人好しさんやなぁ」

「まぁ、今更この性分は変えれへんからな。そういう訳で、悪いけど先に失礼させてもらうわ」


はんなり笑顔のまま俺の性格をお人好しと称する木乃香。

そんな彼女に俺は手を軽く上げて、この場を後にしようとゲートを開く。

しかし…………。


「ちょっと待った」


親父にそう呼び止められた俺は、咄嗟にゲートを閉じていた。


「何や親父? 見ての通り急いどるんやけど?」

「何だはこっちの台詞だ。お前、まさか呼び出しといて、何にも命じねぇまま俺を放置しとくつもりか?」


…………そういや、忘れてたな。

俺は魔力と血を代償に親父を呼び出した。

そして召喚した以上、俺は親父に何かしらの命令をしなくてはならない。

そうでないと、親父は契約不履行でいつまで経っても還れないからだ。

とは言ったもんの…………霧狐と会わせること以外、何も考えてなかったからなぁ。

さっきも言った通り、親父に聞きたいことはあるが、それを契約で洗いざらいぶちまけさせるのはルール違反な気がするし…………。

霧狐と違って、俺は親父に甘えたいなんて気持ち悪い願望も無いしな…………って、そうだ。

どの道霧狐に親父を独占させてやるつもりだったことを思い出して、俺はこんなことを提案して見た。


「せやったら、親父への命は『今日1日、霧狐と霞深さんに家族サービスすること』っちゅうのでどうや?」

「か、家族サービスぅ???」


俺の提案に、あからさまに面倒臭そうな声を上げる親父。

いや、俺だってあんたみたいな風来坊と家族サービスなんて言葉は対極にあるとは思ってるよ。


「構へんやろ? 10何年もほったらかしやったんや。今日1日くらい霧狐と霞深さんに付き合ったったら良えねん」


じゃないと、俺の貞操が霞深さんに狙われてヤバい。

だってあの人、俺と会う度に『あぁ…………小太郎さんて、本当にあの人そっくりですねぇ…………じゅるり❤』とか、かなりヤバ気な視線を送ってくるんだもの。

霧狐連れて里を飛び出したって話からも分かるように、バイタリティだけは恐ろしくあるあの人だ。

俺に一服盛って、その間にガブリ!! …………なぁんてことも十分に考えられる。

…………さすがにそれは勘弁願いたいからな。

霞深さんのことを思い出してげんなりしつつ、俺は親父の背中にとんっ、と指先で触れてタントラを唱えた。

するとその瞬間。



―――――ぽんっ♪



コミカルな音とともに消失する親父の犬耳。

見ることは出来ないが、恐らくは尻尾も消えていることだろう。

お察しの通り、俺の幻術だ。

さすがに見てくれが似てるだけあって、俺用に改造した術式でもあっさり掛かってくれたな。

そんなことを考えながら、俺はポケットから財布を取り出し、その中から1枚のキャッシュカードを取り出す。

ちなみに名義は俺の身元引受人である『近衛 詠春』だ。

もっとも、その口座に入ってる金は、全て俺が稼いだもの。

結構ハードな任務も請け負っているおかげで、並みの魔法先生より年収は上。

通帳の残高は、多分平均家庭のお父さんよりも0が1桁多いレベルだろう。

それを親父に差し出して、俺は再びゲートを開いた。


「自分の見た目やと街中は歩けへんからな。そのカードは自由に使うて構へんから、せいぜい霧狐と霞深さんを楽しませたってや」

「まぁ、それが命令ってんなら構わねぇが…………俺、戦闘以外の楽しみって酒と女だけだからなぁ…………正直、楽しませられる自信はねぇ」


潔く自信の無さをひけらかす親父に、俺はひたすら苦笑いを浮かべることしか出来なかった。


「霞深さんと霧狐がやりたいことやらせたったら良えねん。ほんなら、今度こそ俺は行くで? 霧狐、せいぜいお父ちゃんに可愛がってもらうんやぞ?」

「うんっ♪ お兄ちゃん、本当にありがとう!! キリ、やっぱり麻帆良に来て良かったよ!!!!」


嬉しそうにはにかむ霧狐に手を振りながら、俺は今度こそゲートにその身を沈めていくのだった。











木乃香たちと別れて10分後。

俺は刀子先生に言われた通り24歳の姿になって彼女の部屋までやって来ていた。

ちなみに服装は、麻帆良祭のときにのどかとデートをしたときのものだ。

さすがに、以前刀子先生の彼氏役をしたときに着ていたものを着ていくのもどうかと思ったしな。


「さて、ほんなら早速…………」


徐に俺はインターホンのスイッチを押した。



―――――ピンポーン♪



程なくして、がちゃり、と音を立てながら開かれるドア。


「こ、小太郎ですか…………?」


その中から恐る恐る顔だけを覗かせた刀子先生の姿を見て、俺は思わず息を飲んだ。

刀子先生は、俺が1年のクリスマスに贈った、ミスリル製のピアス…………早い話が魅了の魔法が掛かったピアスを付けていたのだ。

加えて、今日の刀子先生は髪をアップに纏めていて、余りにもいつもと違った印象を受ける。

更に更に、余程事態が切迫しているのか、困り果てた様子で俺を上目遣いに見上げて来る刀子先生の弱々しい姿は、普段とのギャップが激し過ぎてヤバい。

一瞬、何も考えずに抱きしめたくなってしまった程に。

…………自分で贈っといて何だが、本当にこのピアス、法に抵触しないレベルのものなのか?

そんな懸念を抱きつつも、俺は何とか笑みを作って、刀子先生に挨拶をする。


「う、うす。スマンな、待たせてもうて」

「い、いえ。こちらこそすみません。せっかくの休日だったのに…………あ、あの、立ち話も何ですから、どうぞ中に入ってください」


刀子先生に促されるまま、俺は彼女の居室へと足を踏み入れる。

そして…………。


「ぶっ!!!?」


余りの驚きに、思わず吹き出してしまった。

いや、だって…………。


「と、刀子センセ? な、何やの? その格好は…………?」


震える声で、何とかそう絞り出した俺。

そう、彼女の格好は、普段は絶対にお目にかかれないであろうものだったのだ。

刀子先生は今、淡いブルーを基調としたきらびやかなドレスに身を包んでいた。

恐らくはパーティドレスと呼ばれる類のものだろう。

服飾関係は余り詳しくないので、何と説明すれば良いか分からないが…………。

普段から刀子先生は余り露出の無い服装、パンツスーツであることが多い。

しかし、今彼女が着ているものは、肩や胸元が大胆に開いた開放的なデザインのもの。

魅了の魔力も後押ししているのか、普段は見れない先生の艶姿に、正直俺は鼻血を吹く一歩手前だ。

…………不意打ちいくない。

ぷるぷると震える指先で先生の格好を指差すと、先生はそんな俺の視線から逃れるように、胸から肩の辺りを手で覆った。


「あ、あまり見ないでくださいっ。ほ、本当はあなたの前でこんな格好をするのは、か、かなり勇気がいるんですからっ…………」

「…………せやったら、何でそないな格好をしてんねん…………」


恥ずかしそうにそんなことを言った刀子先生に、俺は思わず目眩を感じて目頭を抑える。

…………やっぱ、安請け合いし過ぎたか?

とは言え、ここまで来てしまった以上後には引けない。

男である以前に、武人である俺に、二言は許されないのだ。

…………親父に言われた通り、こんな生き方してたら命がいくつあっても足りそうにねぇな。


「と、ともかくっ!! は、早く中に入って下さいっ。余り時間もありませんから、手短に説明しますので…………」


自分の選択を呪いたくなって来た俺に、刀子先生がそう促す。

仕方なしに、俺は彼女の後ろに付いて、部屋の奥へと足を踏み入れて行くのだった。

…………俺、今日無事に帰れんのかなぁ…………。











「―――――菊子さんが結婚っっ!!!?」


刀子先生からその話を聞いた瞬間、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまっていた。

いや、だって…………前回会ったときはそんなこと全然…………って、よくよく考えたら、俺が最後に菊子さんに会ったのってもう1年以上も前の話か。

そう考えると、別に彼女が結婚相手を見つけていたとしても、何ら不思議は無い、のか?

ま、まぁ性格はともかく、結構美人だったし、何より喜ばしいことだよな?

そう自分に言い聞かせて、俺は何とか心を落ち着けようとする。


「ええ、信じ難いことですが…………あの女、一体どんな魔法…………いえ。どんな呪術を使ったのか…………」

「じゅ、呪術て…………」


神妙な顔で、憎しみを隠そうともせずに呟いた刀子先生。

そんな彼女の様子に、俺はただただ表情を引き攣らせることしか出来なかった。

…………女の嫉妬コエー。


「けど、それと俺をこん姿で呼んだんに、一体何の関係があんねん? それと、刀子先生がそないな格好してる理由もイマイチ分かれへんのやけど?」


ようやく刀子先生の普段と違う姿にも慣れてきたためか、俺はどうにかいつもの調子でそう尋ねることができた。

中々バリエーションに富んだ俺の人間関係だが、刀子先生みたいな大人の女性は流石に殆どいないからな。

つまるところ俺は、こう、大人の色香を漂わせている女性には耐性がまるでないのだ。

いや、ぶっちゃけると、全ての女性に対して、耐性なんてゼロに等しいんだけどね?

それでも落ち着いて振る舞ってられるのは、一重に中の人の年齢と人生経験のおかげ。

言ってしまえば『大人の余裕』と言う訳だ。

それも裏を返せば、『本物の大人の女性』相手には、全く持って耐性がない、という事実に繋がるのだが。

…………エヴァ? あー…………なんていうか、アレは別腹でしょ? 見た目完全に幼女だし。

そういう訳で、刀子先生にこんな不意打ちを食らった俺は、正直、今まで必死で内心パニクっていることを悟られないよう努めていたのだ。


「じ、実は…………今日が、その、菊子の結婚式なんです…………」

「は?」


一瞬、刀子先生の言葉が理解できなくてきょとんとする俺。

結婚式? 今日が?

そう頭の中で繰り返した瞬間、俺はがっくりと肩を落とした。


「…………センセがそないな格好しとる理由がようやく分かったわ…………」


恐らく、先生のパーティドレスは、菊子さんの結婚式にお呼ばれしたためのものだろう。

しかし…………。


「何で菊子さんが結婚式やったら俺が呼ばれんねん…………」


そこだけは未だ謎だった。

むしろ、俺が呼ばれた理由が更に謎になって、俺は思わず脱力してしまったという訳だ。


「うっ…………じ、実は、私に贈られて来た招待状は2通ありまして…………」


罰が悪そうに、先生はそう言って2枚の紙切れを取り出すと、それを俺の方へと差しだしてくる。

それを受け取って眺めた瞬間、俺の疑問は氷解した。


「なるほど…………」


2枚の紙切れは、紛れもなく菊子さんの結婚式への招待状。

1枚は『葛葉 刀子様』、そしてもう1枚は『犬上 小太郎様』と達筆な字で書かれていた。


「つまり、俺がこの格好で呼ばれたんは、その菊子さんの結婚式に参加するためっちゅう訳やな?」

「は、はい…………」


おずおずと頷く刀子先生。

俺が再び目眩を感じたのは言うまでも無い。


「…………なぁ? それって、俺は仕事の都合で行けへん、とか理由付けて欠席でも良かったんちゃうか?」


何も無理に出席する必要は無いように感じるですけど?

確認しておくが、俺は菊子さんから『NGOに所属している』と思われている。

そのため、海外出張だなんだと、刀子先生なら言い訳は腐るほど思いついたはずだ。

にも関わらず、刀子先生は俺を呼び出した。

しかも、その挙式当日になって急にだ。

俺はどうにもそのことがどうにも腑に落ちなかった。

そんな俺の問い掛けに、刀子先生はこれまたらしくない様子で「う゛っ…………」なんて呻き声を上げる。


「わ、私だって最初はそう思ってたんですよ? だから、今日の今日まであなたに何も伝えなかった訳ですし…………」


右へ左へせわしなく視線を泳がせながら、少し頬を赤らめてそんな言い訳をする刀子先生。

別に意識してやってることじゃないのだろうが、正直、そういう普段とのギャップが激しい仕草は俺の心臓にヨロシクナイ。

魅了の魔力も相まって、本当に何でもしてあげたくなってしまうではないか。

…………つーか刀子先生、前の偽造カップルの下り辺りから、俺に対してポーカーフェイスがやたら甘いからなぁ。

まぁいろいろと素の表情を見せてしまって諦めたというか、解釈によればそれだけ俺のことを信頼してくれてるって気持ちの裏返しなんだろうが…………。

こう度々、人の精神力を試すのは良くないと思います。

こないだのカラオケじゃないが、また血涙流すことになりますよ?


「そ、それで、一先ずは1人で行こうと思って、こうやってドレスを試着してみたんですが…………そうするとこう、虚しくなって来まして…………」

「へ?」


言いながら、一気にテンションが下がる刀子先生。

その背後には、マンガだったらしめ縄とか縦線とかの背景効果が付きそうな勢いだ。

い、いったい何がそんなに虚しいってんだよ…………?


「あの子はこうして幸せを掴んだというのに、かく言う私は…………自分の教え子に、彼氏役を演じさせて見栄を張っているだけ…………そんな状況で、1人あの子が幸せになっていく様をむざむざ見せつけられる…………そんな式場で、私は正気を保っていられる自信がありません…………」

「…………」



な ん じ ゃ そ り ゃ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ あ あ あ あ あ っ ! ! ! ! ! ?


思わずそう叫びたくなった俺だったが、それを寸でのところでぐっと飲み込む。

…………オーケー? 落ち着いて状況を整理しようか?

つまりはこう言うことか?


①刀子先生は、素直に『俺は欠席』ということで菊子さんの挙式に臨もうとした。

②挙式に先立って、ドレスの試着をした刀子先生。

③いざ結婚式へ、と考えて、ふと自分の状況を鑑みた刀子先生。

④1人で菊子さんの結婚式に出席=独り身の現実を思い知らされる+菊子さんが幸せになる姿を見せられ焦燥感を駆り立てられる。

⑤…………あれ? このままじゃ私、式場でスパーキンッ!!!! するんじゃね?

⑥よし、そうならないために、小太郎に付いて来てもらおう。


…………と、こう言うことか?

ま、まぁ確かに、今日の今日まで先生が挙式について俺に何も教えなかったことに対して、辻褄は合う。

かと言って、それでいきなり俺を呼び出した理由としては、何とも得心し難い、というか、刀子先生らしくないものな気がしてならなかった。

…………いや、気持ちは分かるよ?

俺だって街を歩いてて、カップルばかりの公園とかカフェとか見たら、思わずリアル無双したくなるし、爆発しろって思うもの。

だからって、そこで原因の一端である偽彼氏に付いて来てもらうって結論は、あまりにミステイクな悪寒だ。

そう考えて、思わず絶句する俺。

しかし…………。


「…………そ、それに、小太郎と一緒に出掛けられる、恰好の口実でもありますし…………」

「…………」


ボソッと、恐らくは俺に聞こえないように言ったつもりだろう、刀子先生の呟きによって、俺の疑問は今度こそものの見事に氷解した。

これまで先生が並べ立てた理屈は、恐らく建前だ。

彼女の目的は『合法的に俺と出歩く口実を作ること』にあったと見て間違いない。

信じ難いことだが、刀子先生は木乃香や刹那達と同様、俺に心を寄せている節が、多々見受けられる。

前述の偽装カップルの下り然り、麻帆良祭の学園全体鬼ごっこ然り…………刀子先生は何かと俺に執着を見せてくれた。

今考えると、あの偽装カップルの一件以来、刀子先生は学校でもコンタクトをするようになったし…………。

恐らくその原因は俺が『眼鏡をしていない方が可愛い』という旨の発言をしたからなのだろう。

決定的なのは、刀子先生は彼氏役を終えた今でもなお、2人きりのときは俺のことを『小太郎』としたの名前で呼んでいること。

…………何か、自分でこう分析してみると、何気にすげぇな俺。

気付かない内に、こうやってフラグを乱立していたとは…………いつの間にこんなラブコメ体質になったんだ俺?

もちろん刀子先生に好かれてるってのは素直に嬉しいけどね?

しかしまぁ…………何度も言っているように、俺は今のところ特定の誰かと付き合うつもりはないしなぁ…………。

それに…………かすみん然りだが、大人の女性って、変に大胆なところがあったりで怖い。

流石に刀子先生は教師だし、俺に一服盛って既成事実を作ったり、なんてことはしないだろうが…………それでも恋愛経験で相手が上手なのは確か。

魅了の魔力に後押しされた刀子先生のアピールに、俺の理性がいつまでも堪えれる保証なんてどこにもない。

ぷつんっと逝ってしまった俺が、トチ狂って刀子先生に手を出そうものなら…………その結末は、ネギの性別がバレるのと大差ないものになるだろう。

そんな恐ろしい予感が、俺の背筋を凍らせた。

…………とは言ったものの、一度俺は、刀子先生の依頼を受けると言っちまったんだよなぁ。

一度した約束を反故にするなんて、天が許しても俺のプライドが許さない。

仕方がない…………ここは甚だ不本意ではあるが、俺の自制心に賭けてみることにしようか。

俺は溜息を吐き、改めて刀子先生に向き直った。


「話は分かったわ。つまり俺は『刀子先生の彼氏』んでもって『菊子さんの友人』として、菊子さんの結婚式に出席したら良えんやろ?」

「は、はい。そ、それはそうなんですが…………ほ、本当に良いんですか?」


自分で話を切り出しておきながら、刀子先生は今更ながらその無謀というか、無茶さ加減に気が付いたのだろう。

了承する旨の発言をした俺に、目を白くとさせながらそう尋ねて来る。

そんな彼女の様子に、俺は苦笑いを浮かべながら頷いた。


「センセには世話になっとるし、一応菊子さんにこうしてお呼ばれしとる訳やしな。せっかくなら直接出向いて祝ったりたいやろ?」

「こ、小太郎…………あ、ありがとうございますっ」


俺の言葉に、刀子先生は心底安心しきった様子で、そんな風に礼を言って来る。

そんな彼女に、俺は手をひらひらさせながら、別に構わないと笑って見せた。


「ところで、余り時間があれへん言うてたけど、式は何時からなんや?」

「あ、はい。式は15時からなので、まだ大分時間はありますよ?」

「は?」


それじゃあ何で刀子先生はあんなに慌ててたんだ?

もしかして、式場が遠いところにあったり?

そう思って、招待状の裏面を覗く俺。

予想通り、そこには会場周辺の縮図が記されていたのだが、こちらは予想に反して、式場まではここから電車で30分程度の距離しかなかった。

…………じゃあなして、俺はこんなに急がされたんだ?


「何故急がされたか分からないようですが…………小太郎、あなたその格好で式に行くつもりですか?」

「あ…………!!」


刀子先生にそう問いかけられて、俺はようやく自分の格好に気が付いた。

普通男性は、結婚式などではフォーマルな服装。

所謂、スーツやタキシードで臨むことが常となっている。

ところがどっこい、未だ中学生の俺は、そんな正装用の衣服なんて持っていない。

冠婚葬祭は、その殆どが学ランで出席すれば良いからな。

流石は刀子先生、抜け目がない。


「お分かり頂けたようですね。そういう訳ですから、式場に行く前にまずはあなたのスーツを買いに行きましょう。幸い、式場の近くには大きなデパートもありますから」

「了解や。つっても、俺はその辺の感覚は全くあれへんし、殆ど刀子先生に任せてまうことになるやろうけど」

「ふふっ。安心してください。最初からそのつもりですから。それと、今日は本当に無理を言ってしまいましたし、今度こそお代は持ちますので」

「ほんならお言葉に甘えさせてもらいます」


ぶっちゃけ、カードは親父に渡して来ちまったし、財布にはせいぜい学生の平均程度の現金しか入ってないからな。


「それじゃ、早速行きましょうか?」


先程までのおどおどした態度はどこへ行ったのか、急ににこにこと嬉しそうな表情になって、刀子先生は俺の腕のぐいっと引っ張る。


「うおっと…………そ、そないに急がへんでも、まだ時間はかなりあるやろ?」


慌てて立ち上がった俺は、刀子先生のそんな現金な様子に、思わず苦笑いを浮かべながらそう問いかける。

しかし刀子先生は、神妙な面持ちになったかと思うと、びっと右の人差し指を俺の目の前に突き出し、こんなことを言った。


「ダメです。せっかくなんですから、小太郎に一番似合うものを選びたいじゃないですか? そう考えたら、時間なんていくらあっても足りません」

「さいですか…………」

「はい♪ それじゃ、早く行きましょう」


そう言って、上機嫌に俺の腕を引いて玄関へ向かう刀子先生。

普段絶対に見れない、そんな刀子先生の可愛らしい一面を見れて、得をしたと思う反面、俺はこんな彼女の猛攻に一体いつまで耐えられるのだろうか、とそんな一抹の不安を抱える俺なのだった。










―――――小太郎が刀子先生に連れられてデパートへと向かう数分前。



SIDE Asuna......



「…………えと、それでアスナさん。急に改まって話があるなんて、どうしたんですか?」


屈託のない笑みを浮かべて、首を傾げながらそう尋ねて来るネギ。

そんな彼女の様子に、私が尻込みしてしまったのは言うまでも無い。

修了式を目前に控えた日曜日、私はネギと2人で駅前のオープンカフェを訪れていた。

今日私がネギを呼び出したのは他でもない、彼女の寝相に関して、やんわりと注意するためだ。

こないだのカラオケで、小太郎にそう約束しちゃったしねぇ…………。

それに、あの後勘違いで小太郎を力一杯殴っちゃったし…………一応謝ったとはいえ、さすがにこれくらいしておかないと寝覚めが悪い。

とは言ったものの…………やんわりってどうすれば良いわけっ!?

「実はさ、あんた寝ぼけて小太郎のベッドに良く潜り込んでるらしいのよー」なんて軽い調子で言う?

…………ダメだ。とてもじゃないけど軽い調子で話すような話題じゃない。


「アスナさん? 具合でも悪いんですか?」

「うっ…………」


私が言いあぐねて黙っていると、不意にネギが心配そうに顔を覗き込んで来る。

うぅ~…………し、仕方ない。あんまり黙ったまんまだとネギに心配かけちゃうし、ここは出たとこ勝負ってことで、素直に白状しちゃいましょう。

私は大きく深呼吸をすると、真剣な表情でネギに向き直った。


「じ、実は…………こないだ、図書館島であんたが寝ぼけて私の布団に潜り込んだじゃない? あの時の話なんだけど…………」

「へ? …………や、やっぱりアスナさん、ま、まだ怒ってたんですか…………?」

「ち、違う違う!! それは前にも言った通り、女同士なんだし気にしてないって!!」


前回と同様、ぷるぷると叱られた子犬のように身を震わせて、涙目になるネギに、私は慌ててそれを否定した。

…………前の時も思ったけどさ、ネギのああいう仕草はズルいと思うのよね…………何か、こっちが悪くなくても、悪いことしてるような気分になるというか…………。


「ほ、本当ですか? え、えと、それじゃあどうして、今更そのお話を…………?」

「…………」


どうにか私が怒っていないと分かってくれたらしいネギに、ほっと胸を撫で下ろしたものの、改めてそう尋ねられると、やっぱり私は口ごもってしまう。

が、頑張れ私…………!!

そう自分に言い聞かせながら、私は再び話を切り出す。


「あ、あの時ネギは『小太郎に抱きついたりとかはしてない』って言ってたじゃない?」

「は、はい。毎朝ちゃんと、自分のベッドで起きてますから…………」

「…………」


全く持って無自覚な様子のネギに、私が再び意気消沈したのは言うまでも無い。

…………あぁぁぁあああっ!! 何で小太郎のやつは、今の今までネギに何も言わなかったのよっ!!!?

心の中で、そんな風に責任を小太郎へ押し付けてみたけど、実のところ、私はその理由もきちんと聞いているので、あまり意味は無かった。

言い辛いなぁ…………。

この1月くらいネギと仲良くしてて分かったんだけど、ネギは男の子として生活してきた割に、考え方は『女の子』よりだった。

そんな彼女が、同年代の…………それも、客観的に見て『格好良い』部類に入る小太郎に、度々抱き付いているなんて知ったら…………。

恥ずかしさの余り錯乱。

下手したら首吊っちゃうんじゃないか、なんて物騒な考えまで浮かんで来てしまった。

けど…………ここまで来たらちゃんと言わなきゃ。

それに、これ以上ネギの寝相を放置してたら、小太郎の方が保たない気がするし…………。

こないだだってあいつ、血の涙流すくらいストレス溜めこんでたしね…………。

何かの拍子に、ぷつんっ、と逝って、ネギを手籠にしちゃはないとも限らない。

そして、そんな最悪の事態を防げるのは、私以外にいなかった。

意を決して、私はネギに今度こそ事実を伝えようと口を開いた。


「じ、実は、ね? それは小太郎が、眠ってるネギを起こさないように運んで上げてただけで…………ネギ、結構な頻度で小太郎のベッドに潜り込んでるらしい、のよ…………」

「…………え?」


私の言葉を聞いた瞬間、目を点にして凍り付くネギ。

そして、それから数秒間、彼女は沈黙を守り…………。


「…………~~~~っっ!!!?」


ボンっ、と音がしそうなくらい一気に顔を赤く染めて、声にならない悲鳴を上げるのだった。

…………まぁ、こうなるのは分かってたけどさ。


「う、うううううう、嘘だよっ!? え? えぇっ!? だ、だだだだってボク、ちゃんと自分のベッドで眠ってたもんっ!!」


普段のネギからは考えられないようなテンパりようで、口調まで素に戻ってそんなことを言い出すネギ。

いや、だからそれは、小太郎があんたを起こさないように運んでただけなんだってば。


「と、というかっ!! だ、だったら何で小太郎君は、ボクが潜り込んで来た時点で起こしてくれなかったのさっ!!!?」


素の口調のまま、ここにはいない小太郎に向けて、そんなことを叫ぶネギ。

ま、まぁ気持ちは分からなくもないけど。

実際、小太郎に話を聞いたとき、私も似たようなことを考えたし。

けど、それにはきちんとした理由があったんだから、さすが小太郎と舌を巻いちゃうわよね。


「あー…………もし潜り込んで来た時点であんたを起こしたら、小太郎が間近に居る状態に気が付いて、悲鳴とか上げちゃいそうでしょ?」

「へ!? あ、は、はい…………た、多分、あげちゃうと思います…………」

「そうなっちゃったら、あんたの声を聞き付けて、人が来ちゃうかも知れないじゃない? あんたって寝る時はさらし巻いてないんでしょ? もし人が集まっちゃったら、それこそあんたの性別がバレちゃうかも知れない。そんな訳で、小太郎は眠ってるあんたを起こさないように気を付けてたみたいよ」

「う、うぐっ…………そ、その理屈は分かる、とうか、むしろその状況できちんとボクに気を遣ってくれてたことに驚きを隠せません…………」



驚いた表情で呻き声を上げるネギ。

私もあんたの意見に全く同感よ…………。

血涙流す程ストレス抱えて置きながら、こうも冷静に状況判断出来る辺り、学園長があいつをネギの護衛役に推薦した理由が、何となく分かる気がする。


「そ、それにしたって、ボクが起きてる時に教えてくれれば良いだけの話じゃないですかぁ~…………」

「それはそうなんだけど…………言い出し辛かったって言ってわよ?」

「…………(////)」


私が小太郎の言い分を代弁すると、再び煙を上げそうな勢いで赤面するネギ。

同棲の私でもここまで言い辛かったんだから、男の小太郎はなおさらだったんだろう。

…………そう考えると普段は人をおちょくったりして、気に食わないあいつだけど、何だか可哀そうな気がしないこともないわね。


「あ~うぅ~…………あ、穴があったら入りたいぃ~…………と、というか、今日からどんな顔して小太郎君に会えば良いんだよぉ~…………」

「…………」


頭を抱えて、うりんうりんと悶えるネギを、私はただ黙って見守ることしか出来なかった。

ま、まぁ、これでネギも少しは気を付けてくれる、わよね?

というか、これで状況が改善してくれなかったら、最早私には打つ手なんてないし。

肩の荷が下りたのを感じて、私は大きく溜息を吐くのだった。











…………ネギが悶え苦しみ初めて10分程が経過した。

最初こそ、小太郎に合わせる顔がないって言って、涙目になりながら錯乱していたネギ。

しかしながら、今更悩んだってしかたが無いことだと気が付いたらしく、とりあえず、今日帰ったら小太郎に謝ることにしたみたいだ。


「それはそうと…………あんた、小太郎と離れてて良い訳? 一応、あいつってあんたのボディーガードなんでしょ?」


自分で呼び出しておいてなんだが、ふと気になって私はそんなことを尋ねてみた。


「あ、はい。もちろん、ボクは一人で麻帆良の外に行ったりするのは、出来るだけ控えるように言われてます。麻帆良の中でも、あまり小太郎君と離れて行動するっていうことはありませんね」

「げ…………そ、それじゃ、やっぱりあんまり小太郎と離れてるのは良くないってことよね?」


ネギの説明に、私はさっと顔から血の気が引いて行くのを感じた。

しかしネギは、そんな私ににこっと笑みを浮かべると鞄を取り出す。


「小太郎君には小太郎君の生活があるので、別に四六時中一緒って訳じゃありませんよ? それに小太郎君と離れてる時は、この子が一緒に居てくれますから」

「わんっ!!」

「へ…………?」


笑顔とともにネギが取り出した鞄。

その中からひょこっと顔を覗かせた黒い子犬に、私は見覚えがあって、思わず絶句してしまっていた。

う、嘘…………この子って、出会った時と全然大きさが変わらないけど、やっぱり…………。


「ち、チビっ!?」

「わんわんっ!!」


そんな私の言葉に、返事をするかのように吠える子犬。

ま、間違いない…………この子は、1年の時に拾った子犬。

小太郎の愛犬のチビだ。

け、けどどうして子犬のままな訳?

あの後も何回かチビには会ったけど、確かに普通の大型犬と一緒くらいの大きさには成長していたはずだ。

にも関わらず、今目の前にいるチビは、拾ったときと同じ子犬の姿…………。

訳が分からなくて、私はただただ目を白黒させるばかりだった。


「あ、そう言えばアスナさんはチビ君が魔犬だって知らないんでしたっけ?」

「ま、まけん? な、何それ?」


私が余りにも不思議そうな顔をしていたのだろう。

それに気が付いたネギは、そんなことを尋ねて来てくれた。


「はい。チビ君は普通のわんちゃんじゃないんです。小太郎君のような魔族に類される、魔犬と呼ばれる魔界の犬なんですよ」

「ま、魔界の犬…………?」

「詳しいことは小太郎君にも分からないらしいんですが、親とはぐれてこちらの世界に来てしまったみたいで…………ちょうど使い魔を欲しがっていた小太郎君は、この子と契約して、育てることにしたんだそうです」


説明しながら、ネギが頭を撫でると、チビは嬉しそうに目を細めて喉を鳴らしていた。

…………なるほど、それで小太郎のやつ、あの時チビを飼うってすんなり決めた訳ね。

けど、それにしたって疑問が残る。

チビが普通の犬じゃないことは分かったけど、それでも何で子犬の姿になっちゃってる訳?

そんな疑問が顔に出ていたのか、ネギは私が尋ねる前に、こんな説明をしてくれた。


「さっきも言った通り、チビくんは普通の犬じゃありません。それにかなり賢いらしくって、小太郎君が使ってる魔法の内、いくつかを覚えちゃってるらしいんですよ。小太郎君が本来の耳を魔法で隠しているのは見ましたよね? 今チビ君が子犬の姿になっているのは、その魔法の応用なんだそうです」

「へ、へぇ…………改めて思うけど、魔法って便利ね…………」

「あははっ。確かにそうですね。それにチビ君の場合、本当の姿になっちゃうと5m以上あるから、大騒ぎになっちゃいますし」

「ごっ!!!?」


何でもないような雰囲気で、ネギが言ったチビの本当の大きさに、私は思わず言葉を失った。

ご、5mって…………ちょっとした怪獣じゃない…………。

けどなるほど…………確かにそれなら、小太郎の代わりとして、ネギの立派なボディーガードになる訳だ。

妙に納得して頷く私。

すると、ネギは更にこんなことを付け加えた。


「それから、さっきも言った通り、チビ君は小太郎君と儀式契約を交わしてますので、ボクに何かあったら、チビ君を通して小太郎君に伝わるんだそうです」

「ボディーガード件、防犯ブザーって訳か…………凄いわねチビ」

「わんっ!!」


私が褒めていることに気が付いたのか、チビは嬉しそうに一吠えした。

一先ず、ネギが1人で居ても心配がいらないと分かって一安心した私。

とは言ったものの、余り長時間こうしてネギと2人きりでいると、またあらぬ疑いを掛けられないとも限らない。

そう思って、席を立とうとした、ちょうどその時だった。


『ちょっ!? そないに引っ張ったら歩き辛いがなっ!?』


聞き覚えのある声が、慌てた様子でそんなことを言っている。

驚いて振り返って見ると、オープンカフェの前にある通りを一組の男女が歩いているのが目に入った。

女性の方は…………どこかで見たことある気がするんだけど、思い出せない。

男性の方は、どこかで見たことがある、っていうか、どこなく小太郎に似ているような気がする。

そんな2人は、男の方が女の人に引きずられるみたいにして、ばたばたと駅へと向かっていた。

あの人カッコ良かったのに、意外と尻に敷かれるタイプなのかしら?

そう思うと何だか可笑しくて、私は思わず笑顔を浮かべながら、ネギにこんなことを言った。


「なんかあの人、小太郎に似てたわね?」

「…………いえ、似てるというか、間違いなく本人ですよ、あれ」

「わんわん!!」

「…………は?」


冗談めかして言った私に、ネギは顔を真っ青にしながら、チビは嬉しそうにそう答えた。


「ほ、本人って、全然背丈とか雰囲気が…………って、もしかして、魔法…………?」


言いかけて、私はふと気が付く。

そう言えば、チビが姿を変えているのは、小太郎の使う魔法を覚えてしまっているからだって言ってた。

それはつまり、小太郎も自由に自分の外見の年齢を変えれるということではないか?

そう思った私に、ネギがしっかりと頷く。

…………あ、あの女っ誑し…………同級生ばかりじゃ飽き足らず、あんな大人の女性まで引っかけてるなんて…………。

こないだのパルの件は勘違いだったにしても、やっぱり女の敵じゃない!?

そんな理不尽な憤りを感じていた私だったけど、ネギが放った一言で、事態がより最悪の状況であることを思い知らされる。


「こ、小太郎君と一緒に居た女性…………いつもと雰囲気は違いましたけど、間違いなくボク達の担任です…………」

「え゛っ…………!?」


た、担任の、先生…………?

そ、それっていろいろとマズいんじゃないのっ!!!?


「け、けど、何か理由があるのかもしれませんしっ!! 葛葉先生は、凄く真面目な方ですから、何の理由も無く、あんな風に小太郎君とで、でで、デートをしてるとは、お、思えませんし…………」


しどろもどろになりながら、自信無さ気にそんなことを言い出すネギ。

ま、まぁルームメイトと担任の先生が、休日にラブラブデートをしてるところに出くわしたら、冷静でなんていられないわよね。

…………それにしても、本当に何か理由があるのかしら?

ふとそんな疑問が頭に過ぎる私。

言うまでもないと思うけど、小太郎はあれで、頼りになることもあって、結構モテる。

しかしながら、今の今まで、あいつが特定の女の子と付き合っているという話は、本人からを含めて、聞いたことがなかった。

…………もしかしてそれは、あの先生と小太郎が付き合っていたからなんじゃない?

鎌首を擡げてしまった興味を、私はどうにも抑えることが出来そうになかった。


「ネギ、チビっ!! 追いかけるわよっ!!」

「え、えぇーーーーっ!!!?」

「きゃんきゃんっ!?」


私の提案に、驚いたような声を上げる2人。

そんなこともお構いなしに、私は伝票を手に持つと、駆け足でカウンターへと向かうのだった。

…………フフフ、見てなさいよ小太郎。

これまで散々からかわれて来たお礼に、あんたの密会現場を、しっかりと見届けてやるんだからっ!!!!



SIDE Asuna OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 83時間目 灯台下暗 口にする言葉は慎重に選びましょう
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/09/11 23:56



刀子先生の部屋を後にしてから1時間後。

俺は式場の近くにあるデパート、その紳士服売り場を訪れていた。

そして、俺は目下紳士服売り場の試着室で、あるものと格闘を繰り広げている。


「…………ネクタイって、どないして巻けば良いねん」


もっとも、その攻防は俺の圧倒的な戦力不足により、一瞬で幕を閉じたのだが。

つーか、ネクタイの結び方なんて俺が知る訳ねーだろ。

前世の時だって、制服は学ランだけだったし、こっちに来てからだって学ラン以外の制服なんて着たことねーっての。


「小太郎? もう着替えましたか?」


試着室のカーテン越しに、そんなことを問い掛けて来る刀子先生。

仕方ない、ここは刀子先生に結び方を聞くことにしよう。

確か彼女はスーツ姿のときは、ネクタイを巻いていた筈だし。

そう思った俺は、おもむろにカーテンを開いた。


「他のんは着れたんやけど、どうもネクタイは無理やわ。つか俺、ネクタイなんて付けたことあれへんし」

「ああ、そう言えばそうでしたね。それじゃあ、ネクタイを貸して下さい。私が結んであげますから」


にこにこと、嬉しそうにそんなことを申し出てくれる先生に、俺は今しがた選んで貰ったばかりのネクタイを素直に手渡す。

それを受け取ると、先生は笑顔のまま、鼻歌交じりにネクタイを俺の襟へと通してくれた。


「ここをこうして…………ふふっ。な、何だか新婚さんの気分ですね?」

「…………」


少しだけ頬を上気させて、楽しそうにそんなことを言い出す刀子先生。

…………だから不意打ちは勘弁してくれって。

今も、一瞬気を抜いていたせいで、思わず先生のことを抱きしめたくなったし…………。

本当、こんな調子で式まで保つのかね…………。


「…………はいっ、出来ましたよ小太郎?」

「おおきに。さすがに上手いもんやな?」

「ふふっ。慣れてますから」


先生にお礼を言いながら、俺はスーツで完全武装した自分を鏡でしげしげと見つめる。

へぇ…………幻術使ってるせいってのもあるけど、何か自分じゃないみたいだな。


「さすがに時間をかけて選んだだけあって、とても良く似合ってますよ」

「ははっ、おおきに。センセにそう言われると、何や自信が持てるわ」


そんな風に談笑しながら、俺たちは支払いを済ませるために、レジへと向かうのだった。











SIDE Negi......



「…………あのいちゃつき様。これはひょっとしてひょっとするかもね…………」


物影から2人を見つめながら、アスナさんは神妙な面持ちでそんなことを呟いた。

かく言うボクはというと、未だに2人の後を付けることに、何となく抵抗を感じて尻込みしていた。


「や、やめましょうよアスナさん? もし、本当に2人がお付き合いしてたりしたら悪いですし…………」

「いやいや、それこそもし本当にそうだとしたら大事じゃない? 仮にも生徒と教師なわけだし」

「そ、それは…………そうなんですが…………」


アスナさんの言い分はもっともだけど、仮にそれが事実だったとして、ボク達に出来ることなんて何もないと思うんだけど…………。

2人が本当に、世間の目を逃れて、ひっそりとお付き合いをしてるんだとしたら、それを咎める権利なんて誰にもないと思う。

確かに教師と生徒って立場はあるから、いろいろとマズイことにはなるだろうけど、2人は今のところ、それが公になってしまったり、問題になるようなことはしてないみたいだし。

それにボクは、小太郎君が刀子先生とそういう関係じゃないっていう確信があった。


『コタくんはな、どうしてもやらなあかんことがあって、それをやり通すまでは、恋愛なんて考えられへんって言うてるんよ』


木乃香さんが言っていたあの言葉。

小太郎君が本当に彼女にそう言ったのだとすれば、彼は本当に誰とも付き合ったりするつもりはないのだろう。

それこそ勘の良い小太郎君のことだ、きっと木乃香さんが自分に想いを寄せていることは知っているはず。

その上で、今は恋愛なんて考えられない、そう彼女に伝えたのだとすれば、きっとそれは紛れもなく彼の本心だ。

仮に葛葉先生と付き合ってるとして、それなら小太郎君は、きっと木乃香さんに『別に好きな人がいるから』って言うと思うし。


「あ、移動するみたい。ネギ、行くわよ!!」

「ちょ、ちょっと!? まだ追いかけるんですかっ!?」


店から出ていく小太郎君と葛葉先生。

その後ろを慌てて追いかけようとしたアスナさんに、小声でボクはそう尋ねる。

いくら2人が付き合ってないにしても、流石にこっそりと後を付けるのはいかがなものかと…………。

それに、小太郎君は仮にも学園最強の魔法生徒。

ボクの護衛という件も含めてだけど、学園長からいろいろと特殊な依頼を受けたりもするって言ってた。

加えて、小太郎君から聞いた話だと、葛葉先生は何とか流っていう剣術の達人だっていうことだし。

そんな実力者2人が揃って出掛けてるとなると…………何らかの任務っていう可能性も考えられる。

もしそうだとしたら、今ボクとアスナさんが行ってることは、彼らの仕事を邪魔するのと同義だ。

そんな懸念もあって、ボクはアスナさんに思い留まって欲しかったんだけど…………。


「当然じゃない!! ここまで来たら、何が何でも決定的瞬間を見るまで追い掛けてやるんだから!!」

「えぇーーーー…………」


そんな良く分からないやる気に満ち満ちたアスナさんには、最早ボクの声は1つも届きそうにないのだった。



SIDE Negi OUT......











支払いを済ませて店を後にした俺と刀子先生。

まだ式までは1時間以上時間があるので、近くでお茶でもしながら時間を潰そうって流れになり、2人で駅近くの喫茶店を目指してたんだが…………。


「…………センセ、気付いてるか?」


表面上は笑顔を装いながら、俺は刀子先生に真剣な声色でそう尋ねていた。


「…………ええ。酷く稚拙ですが、2人…………いえ、3人、でしょうか? ともかく、私達の後をつけている人間がいますね。そ、それと、その姿の時は呼び捨てでお願いしますっ」

「…………」


俺の言葉にきちんと受け答えしながらも、きちんと自分の呼び方を指定して来る先生に、俺は思わず表情を作るのを忘れてげんなりした。

まぁ、尾行されてんのが分かってるなら良いんだけどね…………。


「…………表情に出さんと聞いといてくれ。これ、つけて来てるんは、ネギとそのダチに俺の使い魔や」

「っっ!? …………す、すすす、スプリングフィールド君っ…………!? ま、まま、マズいんじゃないですかっ…………!?」


俺が顔に出すなと言っていたからだろう、かろうじて笑顔のまま、慌てた声を出す刀子先生。

…………どうでも良いけど、器用だなオイ。

それはさておき、俺は先生に、一先ずは慌てなくて良いことを教えてあげることにした。


「…………多分慌てることはないと思うで? 俺らのここまでの行動やったら、嘘カップルって断定するこた出来ひんやろうし…………頭の回るネギのことやから、大方俺と先生の実力を考えて『ご、極秘任務とかやったらどないしよう!?』とか慌てとるんとちゃうか? 多分、おっかけようって言い出したんは、ネギの連れの方やと思うし」

「…………そ、そうなんですか? そ、それなら、一先ずは安心です…………」


俺の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす刀子先生。

さすがに、今の安堵の表情は顔に出てしまっていたが、まぁ問題ないだろう。

さて、あとは何とかしてつけて来てる2人を巻けば…………。

そんな風に俺が思考を切り替えようとした瞬間だった。


「それにしても…………『頭が回る』だなんて、随分スプリングフィールド君のことを高くかってるんですね?」


急に、ジトっとした目つきで、拗ねたように俺を睨みつける刀子先生。

普段は絶対にお目に掛かれないであろう、刀子先生の拗ねた表情…………。

魅了の魔力も手伝って、かなり俺のハートにストライクだ。

…………いや、そーじゃねーだろ俺(orz


「…………まぁ、高くかってるいうか、一月も寝食をともにしとる訳やからな。ある程度やけど、何となく考えとることは分かるっちゅうだけや」


慌てて、そんな風に言い訳してみる。

それでもまだ納得がいかないのか、刀子先生はつーんっとそっぽを向いてしまった。

…………どないせぇっちゅうんねん。


「…………まぁ良いです。一先ずはそういうことにしておいてあげましょう。それはそうと、良く追跡者の目星が付きましたね? 拙いとはいえ、一応姿は見えていないのに…………」


後でどれだけ質問攻めに合うか分からないが、一先ず納得してくれた様子の刀子先生。

先程までの愛らs…………ゲフンゲフン。心臓に悪い拗ねた表情から一転、不思議そうな表情でそんなことを尋ねて来た。


「…………忘れとるみたいやけど、俺には自慢の『鼻』と『耳』があるさかい。あんだけ近くに来てたら、個人の特定なんて朝飯前や」


加えて言うなら、ネギとアスナなんて、普段から良く会ってる連中の匂いは覚えちまってるしな。

そう言う意味も込めて、俺はその台詞を口にしていたのだが…………。


「…………(スッ)」


刀子先生は急に神妙な面持ちになったかと思うと、黙りこんだまま俺から1歩離れた。

これは…………前に霧狐を探してた時と同じ現象だな。


「…………そんな心配せぇへんでも、別に汗臭いとか思ってへんで?」

「…………け、今朝はきちんとシャワーも浴びましたし、一応気は使ってますが…………そ、それでも、つい心配になってしまうじゃないですかっ…………!!」


顔を赤くしながら、小声でそんなことを言い出す刀子先生。

…………ったく、そんなに心配しなくても、別に変な匂いなんかしないってのに。

どう説明すれば分かってもらえるだろうか?

頭を掻きながら、俺はそんなことを考えていた。


「…………ええと、な? 確かに俺は犬並の嗅覚しとるけど、せやからって別に汗の臭いばっかピンポイントで嗅いでるわけやあれへんからな?」

「…………そ、それはもちろん、そうなんでしょうけど…………」


頷きながらも、刀子先生は未だに俺から少し離れたところを歩いたまま。

というか、むしろ遠ざかってる気すらするんですが?

…………まぁ女の人だし、匂いが気になるって気持ちは分からなくもないけどさ。

俺は溜息を吐きながら、乱暴に頭を掻きむしった。


「…………むしろ、好きな匂いの方が強く感じられんねんって。 センs…………刀子の上品な香り、俺は好きやで?」


センセと言いかけて、先程その点を指摘されたことを思い出し、慌てて訂正する。

その上で発した言葉だったんだが、これで納得してくれただろうか?

そう思って、隣をちらりと覗き見る俺。


「…………あり?」


しかしそこには、刀子先生の姿はなかった。

なして?

不思議に思って周囲を見回す俺。

すると、どういう訳か先生は、俺の少し後ろで立ち止まっていた。


「…………今度は一体なん…………」


何やねん? そう言いかけた俺は、刀子先生の表情を見た瞬間凍り付いた。


「…………(ぽー…………)」


口に片手を添え、頬を赤らめて呆けたような表情で立ち尽くす刀子先生。

それを目撃した俺は、今しがた自分の吐いたセリフを心の中でもう一度反芻してみた。


『―――――刀子の上品な香り、俺は好きやで?』


…………アフォですかぁぁぁぁぁあああああっ!!!?

何気障な顔して気障な台詞言ってんだっ!?

どー考えても、その台詞は刀子先生の乙女コスモにクリティカルヒットだろぉぉぉぉぉおおおおおっ!!!?

そんな風に焦って見たが、覆水盆に返らずだ。

何とかして、この場を誤魔化さないとっ!!

脳をフル回転させながら、何かしらこの状況を打破する話題を考える俺。

そんな俺に刀子先生が放った一言は、あまりにも予想の斜め上を行くものだった。


「…………小太郎、今の台詞もう一度お願いします。携帯に録音したいので」

「…………ホンマに勘弁して下さい」











SIDE Negi......



「…………何でかしら? 物凄く『ゐらっ』とするんだけど?」


ボク達の少し前を歩いていた、葛葉先生と小太郎君。

その葛葉先生が急に立ち止まり、恋する乙女みたいな表情で呆けているのを見つめながら、アスナさんは忌々しげにそんな言葉を呟いた。

…………ま、まぁ、小太郎君が葛葉先生の乙女心をくすぐる台詞を言ったのは明白だしね。

小太郎君って、本当に意識せずに、こう…………ぐっときちゃう台詞を言うときがあるからなぁ…………。

しかも今の小太郎君って、多分20歳前後くらいを意識した姿なんだと思うけど、大人っぽさが増してて、すごく格好良いし。

あのルックスでそんな台詞を言われちゃったら、さすがにどんな女の子でもイチコロだよねぇ…………。



―――――…………チクッ…………。



「ん? …………何だろ? 今の変な感じ…………?」


不意に胸に感じた、まるで針が刺したみたいな、そんな違和感。

その正体が分からなくて、ボクは思わず胸に手を当てる。

…………さらしの巻き方がキツかったのかな?

そんな風に結論付けて、ボクはそれ以上、その違和感について考えるのを放棄した。


「…………別にあいつが誰といちゃつこうと構わないけどさ、こないだのパルの件と言い、あいつが女の子に格好付けてるのって、何か気に喰わないのよね…………」

「…………」


自動販売機の影に隠れて、忌々しげな表情のまま、そんなことを言い出すアスナさん。

それってもしかして、ヤキモチなんじゃ…………?

前にも言った通り、それなりに恋愛には興味津々なボク。

気になってしまったが最後、それを本人に確かめずにはいられなかった。


「…………あの、アスナさん。それってもしかして、小太郎君のことが『好き』ってことじゃ…………?」

「ぶっ…………!?」


その瞬間、盛大に吹き出したアスナさんは、慌てて口元を押さえると、勢い良くボクの方へと振り返る。


「な、なななな、何言ってんのよ!? ね、ネギも知ってるでしょ!? 私が好きなのは『あの人』だけよっ!!」


顔を真っ赤にしながら、そんなことを叫ぶアスナさん。

あの人って言うのは、間違いなくタカミチのことだろう。

図書館島での一件、どうやらアスナさんがタカミチに想いを寄せているらしいことは知ってた。

知ってたんだけど…………今の様子を見てたら、ねぇ?


「それは知ってましたけど、今のアスナさんの台詞ってどう考えても『小太郎君が他の人と仲良くしてることに対する嫉妬』じゃないですか?」

「なっ…………!? そ、そんな訳ないってばっ!!!!」


ボクにそう指摘されたアスナさんは、更に顔を赤くして、必死にそんな弁解をする。

けれども彼女の台詞には、最早説得力はなかった。

…………恋愛って複雑だなぁ。

アスナさん、タカミチのことを好きだっていうのは本当なんだろうけど…………その一方で小太郎君のことも気になってるなんて…………。

もしかして、こーいうのが不倫とか浮気に繋がっちゃうのかな?

まぁ、アスナさんはそんな不誠実な人だとは思わないけど。

顔を赤くしながら、必死に言い訳をしているアスナさんを見つめながら、ボクはぼんやりとそんなことを考えていた。


「そ、そう言うネギだって!! さっき、あの先生が赤くなってたときっ、複雑そうな顔してたじゃないっ!? あんたこそ、小太郎のこと好きなんじゃないのっ!?」

「え…………?」


思考の海に埋没してた所為か、アスナさんが言った言葉の意味が分からなくて、一瞬きょとんとしてしまったボク。


「ボクが、小太郎君のことを…………好き?」


彼女の言葉を理解するため、改めて彼女の台詞を言い直す。

そしてその瞬間、ボクの脳裏に過ぎったのは、図書館島で小太郎君が見せた、あの優しげな笑顔だった。



『―――――約束したやろ? 俺のこと、信じてくれるって』



「―――――っっ~~~~!!!?」


彼の台詞が頭の中で再生された瞬間、ボクの顔は今にも火を吹き出しそうなくらいに熱を帯びていた。

うわっ!? うわっ!!!? な、何なのコレっ!?

こ、こんなに顔が熱くなったこと、今までなかったよぉっ!!!?

と、というか、これじゃホントに、小太郎君のこと…………。

そこまで考えた瞬間、ボクは慌ててその考えを打ち消そうと、ぶんぶんと首を横に振る。


「ち、ちち、ちがっ!? た、確かに、小太郎君のことは格好良いと思いますけどっ!! あ、あくまで友人としてでっ、そのっ、別に恋愛感情とかじゃっ!!!!」

「えぇ~~~~? ホントにぃ~~~~?」


ボクが慌ててそう言い訳すると、アスナさんはこれまでのお返しとばかりに、意地が悪い笑みを浮かべてそんなことを言い出す。

う、うぅ~…………あ、アスナさんがいじめっ子だよぉ…………。


「だって、ネギってば図書館島で迷った時、わんわん泣いちゃうくらい小太郎のこと心配してたし…………ただの友達を心配してたにしては、ちょっと、ねぇ?」


ニヤニヤと感じが悪い笑みを浮かべて、これ見よがしに図書館島でのボクの醜態を指摘するアスナさん。

ぼ、ボクが何も言い返さないからって調子に乗ってぇっ!!!!

きっ、とアスナさんを睨みつけると、ボクはすぐさま反撃に出た。


「と、友達のこと心配するのは当たり前じゃないですかっ!!!? そ、それに、そういうアスナさんだって!! 小太郎君が無事だって分かった瞬間、腰が抜けるくらい安心してたじゃないですかっ!? あれって、それくらい小太郎君のこと心配してたってことでしょうっ!!!?」

「なっ…………!? そ、それは、私のせいであいつが怪我したら寝覚めが悪いからだって言ったじゃないっ!!!? そ、それを言ったらネギなんか、小太郎と再会出来た時、泣きながらあいつに抱き付いてた癖に!! さりげなく絶好のチャンスとか思ってたんじゃないのっ!!!?」

「そ、そそそ、そんなこと有りませんよっ!!!? そ、そういうアスナさんだって…………!!」

「い、いや、ネギの方こそ…………!!」


そんな風に、次から次へとお互いの疑わしい場面を暴露し合うボクら。

気が付くと、ボクらは状況も忘れて、しばらくの間そんな言い合いを続けていた。


「くぅん?」


そんなボク達を、鞄から顔を覗かせたチビ君と、周囲の通行人達が不思議そうに見つめているのだった。



SIDE Negi OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 84時間目 九死一生 自分が草食系だとは思わないけど、明らかに狩られる側なのは何故?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/09/25 00:52


「…………天下の往来であいつらは何をしてんねん?」


俺はやや離れた自販機の影から聞こえて来る、2人が言い争う声を耳にして、溜息交じりにそう呟いた。

まぁ、俺たちにとってはまたとない好機だけども。


「刀子、何やあいつら仲間割れ始めたさかい、今の内にこっから離れてまおう」

「な、仲間割れ、ですか? スプリングフィールド君が誰かと言い争うところなんて想像出来ませんが…………そうですね。今の内に」


ネギが誰かと喧嘩しているという事実に、刀子先生は不思議そうに首を傾げていたが、俺の考えには同意だったらしい。

そんなわけで、俺たち2人は言い争う2人を余所に、そそくさとその場を離れることにするのだった。











SIDE Negi......



「はぁっ…………はぁっ…………!!」

「ぜぇっ…………ぜぇっ…………!!」


あれから数分後。

散々にお互いの疑わしい部分を暴露し合ったボクとアスナさん。

気が付けば2人とも、肩で呼吸をしなければならないくらいに、息が上がってしまっていた。


「ぜぇっ…………ちょ、ちょっと、これくらいしとかない?」

「そ、そうですね…………何だか、誰も得しない気がしてきました…………」


息を切らせて、そんな風に提案して来たアスナさんに、ボクはげんなりした表情を浮かべると、どうにかそう返事をした。

というか、何でボクこんなにムキになってたんだろ?

別に小太郎くんのことを好きになったって問題は…………いや、大有りだよ。

よくよく考えてみれば、ボクは小太郎君と同室。

もし本当にボクが小太郎君のことを好きだとしたら…………これから先、あの部屋で健全な共同生活を送っていく自信は無い。

多分、無意識の内にそんなことを考えちゃっていたんだと思う。

…………今ほど性別を偽って生活しているのが不便だと感じたことはない。

前にも言った通り、やっぱりボクは、早く一人前になって、女の子として生活出来るようにならないと恋愛どころじゃないなぁ…………。


「あれ? そう言えば、小太郎たちは?」

「え?」


我に返ったみたいに、そんなことを言い出したアスナさん。

彼女に釣られて、さっきまで小太郎君たちがいた場所に視線を移す。

しかし、そこには小太郎君と葛葉先生の姿は見当たらなかった。

…………本当に誰も得しない言い争いをしちゃってたんだね。

ま、まぁ、これでアスナさんも2人を尾行するなんてことは諦めてくれるだろうし、あながち誰も得しなかったって訳でも…………。


「ネギ!! 急いでその辺を探すわよ!! まだ時間はそんなに経ってないし、遠くには行ってないはずだもの!!」

「えぇーーーーっ!!!?」


ボクの予想に反して、アスナさんは捜索の続行を宣言する。

…………というか、アスナさん。どんだけ小太郎君の恋愛事情に興味津々なのさ…………。

彼女のこの異常な興味は、やっぱり彼への好意故なんじゃないか?

そんな疑問が頭を過ぎったけど、それを口にすれば最後、再びさっきの押し問答が繰り返されるのは目に見えている。

仕方なく、ボクは喉元まで出かかった台詞を飲み込んで、渋々とアスナさんと一緒に、行方をくらました小太郎君たちを探し始めるのだった。



SIDE Negi OUT......










ネギとアスナの追撃を躱すために、俺と刀子先生は当初の予定を変更して、駅の反対側へとやって来ていた。

駅前で人の通りも多いし、あそこで転移魔法を使う訳にはいかないしな。

そんな訳で、俺たちは自分の足でここまで移動せざるを得なかった訳だ。

まぁ、式場はこちら側の入り口を出たところにあるホテルだし、あながち無駄足ってことも無いだろう。

もっとも、式の開始まではまだ時間があるため、結局どこかで時間つぶしをしなくてはいけない訳だが…………。


「な、何とか巻くことが出来たようですね…………?」


どうやって時間を潰そうか考えていると、覇気の抜けきった表情で、刀子先生がそんなことを呟く。

まぁ、万が一ネギに俺と嘘カップルをやってたことがバレた日には、翌日から学校で授業何か出来なくなるだろうしな。

そう考えて、戦々恐々な様子の刀子先生に、俺は苦笑いを向けた。


「とりあえず、お互い何か聞かれた場合は、任務やったことにしとこうか?」

「そ、そうですね。それでしたら、何を聞かれても『守秘義務』を口実に言い逃れが出来ますし…………」


口裏を合わせるために俺がした提案に、刀子先生は幾分か落ち着きを取り戻したのか、的確にそんなことを言ってくれた。

さて、それじゃ本格的にこれからどうするか決めないとな…………。

とりあえず、このまま駅周辺をうろうろしてると、また明日菜たちに見つかり兼ねないし、早めに式場に移動しちまうか?

ホテルの中にも、カフェテラスとは言わないにしても、自販機やロビーはあるだろうし、そこでぐだぐだしてれば時間は…………。


「何だ。同族の匂いがすると思ったら、やっぱお前だったのか」


これからの方針を考えていると、後ろから不意にそんな言葉を掛けられて、俺は反射的に振り返る。

そして、その声の主を目撃した瞬間、俺は思わず言葉を失ってしまった。


「…………何で自分がこないなとこにおんねん」


ぐったりしながら、やっとの思いでそう絞り出す俺。

そんな俺の視線の先には、いつの間にやらTシャツにジーンズ、黒のスニーカーというラフな服装に着替えた親父殿が、にっと男臭い笑みを浮かべていた。


「そりゃこっちの台詞だ。お前、人助けでどっかに行ってんじゃなかったのかよ?」

「目下その人助け中や。つか、霧狐と霞深さんはどないしたんや?」

「あ…………ヤベ、置いてきちまった」

「…………」


ま、良くあることだろ? なんて豪快に笑い飛ばす親父。

そんな父親の姿に、俺がいっそうげんなりしたのは言うまでも無い。


「こ、小太郎が、2人…………?」


俺が肩を落としていると、後ろに居た刀子先生が、困惑しきった様子で、そんなことを呟く。

あー…………そういや俺、幻術使ってたんだったっけ?

刀子先生が今言った通り、幻術で20代前半に成長した俺の姿は、この親父殿をイメージしたもの。

傍から見れば、双子の兄弟に見えないこともないそっくりぶりだ。

つか、そんな状況なのに、良く親父のやつ1発で俺だって分かったな。

大方、俺と同じく匂いで個人を判別してんだろうけど…………。

それはさておき、いい加減刀子先生に事情を説明してあげないとマズいだろう。

さっきから俺と親父の顔を交互に見て、目を回しそうになってるし。


「刀子センセ、こん人は俺やのうて、俺の親父や」

「お、お父さん!? え!? えぇっ!? だ、だって小太郎、父親は妖怪で、今はどこにいるか分からないって…………」

「まぁ今もどこにおるかは分からんまんまなんやけど…………妹がどうしても親父に会いたがっとったさかい、知り合いの魔法使いに頼んで召喚したったねん」

「な、なるほど…………た、確かに妖怪なら、契約召喚で呼び出すことは可能ですしね…………」


俺の説明に納得したのか、刀子先生は感心したようにそう頷く。

そして、小さく咳払いをしながら、先生は親父へと向き直り、折り目正しくお辞儀をした。


「初めまして。私は、犬上君の担任を務めさせて頂いている、葛葉刀子と申します」


恭しく礼をした刀子先生は、続けてそんな風に丁寧な挨拶を口にする。

さすがは中学校教師、かなり波乱の展開だったにも関わらず、しっかりと切り替えてくるとは。

そんな先生の様子に、俺は思わず舌を巻いた。


「たんにん? …………ああ、ガッコーとか言うやつか。正直、人間社会のそーゆー仕組みってイマイチ分かんねぇんだよなぁ」

「…………」


先生の切り替えの速さには感心するが、このクソ親父のこういうところには別の意味で感心する。

挨拶されてんだから、普通に挨拶し返せよjk?

その辺の社会的スキルを親父に求めるのも酷な話だとは思うけどさ…………。


「…………親父、とりあえず挨拶されてんねやから、こっちも返しとくんが礼儀とちゃうんか?」

「お? ああ、まぁそりゃそーだな。俺は牙狼丸。今こいつが言ってた通り、このクソガキの父親で、一応狗族長をやってるぜ」


俺に促されてから、ようやく親父は、刀子先生へ向かって笑みを浮かべながらそう挨拶をする。

…………本当に喧嘩と酒と女以外に興味のねぇ生活を送ってきたんだろうな。

社交性がゼロ過ぎる親父の様子を垣間見て、俺はそう再認識させられるのだった。


「にしても…………なるほどねぇ。嬢ちゃんたちに手ぇ出してなかったのはそう言う訳か…………」


ニヤリと、含みのある笑みを浮かべながら、親父は刀子先生を頭の上からつま先までまじまじと見つめる。


「あ、あの? わ、私がどうかしましたか?」


そんな親父の様子に、刀子先生はたじろぎながら、そう尋ねる。

最初の呟きで、親父が何を考えているのか察した俺は、慌てて親父の口をふさごうとしたのだが…………。



―――――ひょいっ。



「げっ…………!?」


流石は狗族長と言うべきか、親父は俺のそんな行動を予測済みだったかのように、するりと躱して見せた。

そして…………。


「いやいや、アンタがどうこうじゃなくて、このバカ息子の好みの話だ。まさか、こういう年上の女が好みだったたぁな」


親父は涼しい顔で、俺が一番言って欲しくなかった台詞を吐きやがった。

その愚行を未然に防げ無かった俺は、思わず右手で顔を覆いながら盛大に溜息を吐く。

クソ親父め…………普通担任の教師に向かって息子の好みがどうこうなんて言うか?

まぁ、さっきも言った通り、親父にその辺のスキルを求めるのは酷ってもんなんだろうけどさ…………。


「わ、わわわ、私がっ、こ、ここ、小太郎の好みっ…………!?」


親父に自分が俺の好みだなんて聞かされた刀子先生。

真っ赤になった両頬を手で覆いながら、まんざらでもなさそう…………というか、かなり嬉しそうにそんな悲鳴を上げる。

…………こうなるのが分かってたから言わせたくなかったのに…………しかしまぁ、今となってはもう後の祭りだが。


「…………親父、一応言っとくけどな。俺は好み云々の問題で木乃香たちに手ぇ出してへんかった訳とちゃうからな?」

「あぁん? 別に隠すこたねーだろ? いいじゃねぇか、年上のお姉様。まぁ、俺としちゃあ、もっと小柄であんま出るとこ出てねぇ女の方が好きだけどな。こう、熟れ

きる前の青い果実っつーか…………」

「…………」


無駄な足掻きと思いつつ言い訳をした俺に、惜しげも無く自分の女性の好み…………もとい、性癖を暴露し始めるクソ親父。

とゆーか、熟れきる前の青い果実って…………この親父、やっぱロリコンだったか…………。

今後、クソ親父を木乃香や刹那たちに近付けるのは極力避けよう。

心の中で、俺はひっそりとそんな決意を固めた。


「あっ、見つけたっ!! ママ、パパ見つけたよー!!」

「どこっ!? あぁっ!! 牙狼丸さんっ!! 急に置いてきぼりにするなんて酷いですよぉ~~~~!!」


俺がそんな決意をしていると、少し離れたところから、見覚えのある2人組がとてとてとこちらに駆け寄って来る。

1人は少し跳ねた癖っ毛のポニーテールで、もう一人は黒いセミロングのストレートヘアー。

そして2人とも身長150に満たない小柄で華奢な体躯。

言わなくても分かると思うが、霧狐とその母親、かすみんこと霞深さんだった。

しかし…………改めて思う、霞深さん若ぇー…………。

というか、幼ぇー…………。

本校女子中等部の制服着てたら、間違いなく中学生で通っちまうレベルの幼さだ。

身長も霧狐とそんなに変わらないし…………何と言うか、親父のロリコン具合が改めて露見するよな。

俺のお袋もかなり小柄で、残念な体形してたし…………。

アルと言い親父と言い…………どーして、この世界にはこうも残念なイケメンが多いんだろうね?

そんなことを考えて、俺は再び意気消沈するのだった。


「えぇっ!? が、牙狼丸さんが2人ぃっ!? …………す、スーツ姿も中々…………じゅるり❤」


俺の姿を目にした瞬間、一瞬は驚きの表情を覗かせた霞深さん。

しかしその直後、以前感じたような、得物を狙うネコ科動物のような視線を俺に向けて来る。

そんな彼女の視線に、俺が得も言えぬ恐怖を感じたのは言うまでも無い。


「あ、あれ? この匂いって…………もしかして、お兄ちゃん?」


恍惚の表情で、俺と親父を交互に見つめる霞深さんとは対照的に、霧狐はすんすんと可愛らしく鼻を鳴らすと、どうやら俺の正体に気が付いたみたいだ。

まぁ、さすがに狗族なだけはあるな。

そんな訳で、俺は掻い摘んで、事情を説明することにした。

と言はいえ、さすがに担任教師の彼氏役をやってるとは言えない。

なので俺は、この姿で請け負った任務中に知り合った人の結婚式に行くところ、と適当な嘘を吐く羽目に。

…………ネギの件と言い、こう嘘ばっかついてると、いつか手酷いしっぺ返しが来そうで怖いな。


「へぇ~~~~? 小太郎さん、こういう幻術も得意だったんですねぇ?」


説明を受けると、感心したようにそう言ってくれる霞深さん。

うん、やっぱ褒められると悪い気はしないな。


「もし牙狼丸さんと再会する前に見てたら…………私、きっといろいろ我慢出来なかっただろうなぁ…………じゅるるっ❤」

「…………」


…………見せなくて本当に良かったよ。

再びネコ科動物っぽい笑みを浮かべた霞深さんに、俺は再び悪寒を感じるのだった。

やっぱ親父に家族サービスをさせようってに考えは正解だったな。

俺の貞操を守る的な意味で…………。


「それにしても…………酷いですよ刀子ちゃん!! 小太郎さんがこんな幻術を使えるって知ってたなら、教えてくれれば良かったのにぃ!!」


げんなりしている俺を余所に、子どもっぽく頬を膨らませて、拗ねたようにそういう霞深さん。

…………こんな様子見てたら、ますます1児の母親とは思えなく…………って、何か今、物凄く聞き捨てならないこと言わなかったか?


「刀子、ちゃん…………?」


口にして、再びその違和感に俺は顔を引き攣らせる。

そう、霞深さんは今、確かに刀子先生のことを『刀子ちゃん』と呼んだのだ。

説明を求めるため、俺は引き攣った表情のまま、隣にいる先生へと視線を移す。


「な、何ですかその目は!? い、いいじゃないですかっ!? 霞深ちゃんとは歳も近いですし、ちゃん付けで呼び合ったって!!」

「い、いや。それは確かにそうやねんけど…………」


な、何か、刀子先生がちゃん付けで呼ばれてるって…………物凄い違和感だよな?

ま、まぁ確かに、霞深さんと刀子先生は年齢も近いしな。

そう言えば、九条親子が麻帆良に越して来た時に、刀子先生はいろいろと世話を焼いてくれてたって話だし、その時に仲良くなったんだろう。

…………今考えたら、あの時から既に、刀子先生は俺狙いだったんだろうなぁ。

九条親子と親しくなろうとしたのも、『将を射んと欲すれば~』とか『外堀を~』って思惑が見え隠れしてる感じが否めないし…………。

…………やっぱ女の人ってコエー…………。

そんなことを俺が考えていた時だ。


「刀子ちゃんとは、『小太郎さんトーク仲間』なんですよっ♪」


再び霞深さんが、聞き捨てならない台詞を投下してくれた。

…………こ、小太郎さんトーク?

な、何だその嫌な予感しかしない集まりは?

顔を青くする俺に、喜々とした様子で霞深さんは説明を始めてくれる。


「刀子ちゃんって、小太郎さんの担任じゃないですか? それで、オフの日なんかは、私にいろいろと小太郎さんのことを教えてくれるんですよ」

「俺のことて…………そんなん聞いてどないするつもりやってん…………?」

「やだぁ、小太郎さんってばぁ❤ 異性の事が気になるなんて、理由は一つしかないじゃありませんかぁ♪」

「…………」


頬を赤くしながら、うりんうりんと首を振る霞深さん。

…………何気に、俺にとって麻帆良における最大の脅威はこの人かもしれない。

そう感じずにはいられなかった。


「それにしても刀子ちゃん? いくらなんでもこんな抜け駆けはズルいですよぉ。まぁ、今日は牙狼丸さんに会えたし、特別にチャラってことにしたげますけど♪」


ぎゅうっと、親父の左腕にしがみ付き、幸せ一杯の表情でそんなことを言い出す霞深さん。

そんな彼女とは親父を挟んで反対側、親父の右腕には、同じように霧狐がぎゅうっとしがみ付いていた。

それにしても霞深さん…………『抜け駆け』とは、また随分と不穏当な台詞を吐いてくれたものだな。

というか、今の台詞から察するに、彼女は刀子先生2人して俺のことを虎視眈々と狙っていたのか…………。

やっぱこの人は、俺にとって最大の脅威だと、俺は改めて認識したのだった。


「そもそも刀子ちゃんは、担任っていう立場を利用して、度々小太郎さんと2人きりで個人しどもがががっっ!!!?」

「キャーーーーッ!? それ以上言わないでーーーーっ!!!!」 


さらにオソロシゲな台詞を続けようとした霞深さんの口を、刀子先生はあわてて抑えつけながら、顔を真っ赤にしてそんな風に叫ぶ。

…………つーか、やっぱあの個人面談、ネギに手を出してないかの確認じゃなくて、俺と2人きりになるための口実だったんですね。

妙に納得できたものの、入学当初からは考えられなかった刀子先生の残念っぷりに、俺は思わず盛大な溜息をつくのだった。






[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 85時間目 哀鴻遍野 気持ちは分かるけど、つーかその水分は一体どこから絞り出してんのさ?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/09/25 00:18



―――――あれから20分後。

なおも刀子先生の秘密を暴露しそうになっていた霞深さん。

そんな彼女と俺を引き離したかったのだろう、俺の腕を取った刀子先生は、一目散に式場となっているホテルへと駆け込んでいた。


「はぁっ…………はぁっ…………さ、さすがにここまでくれば霞深ちゃんも…………」

「…………その歩き辛い格好で、ようもこんだけ走れたもんやな…………」


肩で息をしながら、駅前の方角を凝視する刀子先生。

そんな彼女に俺は冷や汗を流しながら、感嘆の溜息を零すのだった。


「まぁ、ちと早いけど来てもうたんやからしゃあないな。とりあえず、受付だけでも済ましとく?」

「え? あ、ああ、はい。そうですね。それじゃあ、受付だけでも…………」


そんな訳で、俺たちは招待状を片手に、ホテルのロビーへと向かう。

しかし…………外から見てた以上に立派な作りだな。

外観からも、このホテルが一流であることは想像に難くはなかった。

とは言え、表向き一介の学生である俺が、こんな高級ホテルに入れる機会なんてある筈も無い。

そのため、こうして実際に中を目にした俺は、ひたすらに目を丸くするしかなかった。

…………菊子さんめ。これはかなりの玉の輿と見た。

本当、人生というやつは何がどうなるか分からないものだな。

これまで、かなり波乱万丈な人生を送って来た俺だったが、改めてそんなことを感じていた。

ちょうどその時だ。


「あれ? もしかして刀子じゃない?」

「あ、ホントだ!!」


5、6人の女性たちが、刀子先生を見て、嬉しそうにそんな声を上げている。

恐らく、外見から察するに、刀子先生の大学時代の友人だと思われるが…………。


「みんな、お久しぶり」


…………どうやら間違いないらしい。

その一団に向けて、刀子先生は懐かしそうに微笑んでいた。

しかし…………さすがは刀子先生と言うべきか。

菊子さんを見た時も思ったんだが、こう…………お友達に綺麗どころが揃い過ぎちゃいないか?

類は友を呼ぶということなのか、近付いて来た一団の女性たちは、刀子先生に負けず劣らずの美人揃いだった。

普段から、何かと女性と接する機会の多い俺。

とはいえ、それは殆ど同年代の女の子たちばかり。

そんな訳で、大人のお姉さん方に囲まれた俺は何気に、柄にもなく緊張してしまい、女性陣の会話に入るタイミングを逃してしまった。

…………な、何だろうね? この気まずい感じは?

そんな風に、緊張で堅くなった俺を余所に、わいわいと久々の再会に盛り上がる一同。

まぁ、本当に久しぶりの再会みたいだし、俺みたいな外野はしばらくの間空気に徹しておくのが上策だろう。

そう結論付けて、俺は小さく苦笑いを浮かべた。

しかし…………。


「ところでさ? 葛葉さん、そちらの人は…………?」


俺が空気に徹することを決意した直後、奇しくもそんな話題を振る刀子先生の友人A。

ま、まぁ、空気に徹していようと、この場から姿が消える訳じゃないしな。

さすがに自己紹介くらいはしとくべきだろう。

そう考えて、俺は刀子先生に、話題振りをしてもらえるよう、静かに目配せをした。


「え、ええと…………か、彼は、わ、わわ、私のっ…………そ、その、こ、こここ、恋人でっ…………」


…………刀子先生、あんた一体いくつだ?

俺が自己紹介しやすくなるよう、話の流れを作ってくれる筈だった刀子先生。

そんな彼女は、どういう訳か、耳まで真っ赤にしながら、口をもごもごと動かすばかりだった。

…………超可愛いですけどね。

仕方なく、俺は溜息を吐きながら、彼女の隣へと一歩踏み出す。


「初めまして。刀子の恋人で、犬上 小太郎言います」

「~~~~っっ!!!?」


ぽむっ、と刀子先生の肩に手を置きながら、笑顔でそう挨拶をした俺。

その瞬間、刀子先生は更に顔を赤らめると、声にならない悲鳴を、必死に飲み込もうとしていた。

…………くっ!! か、可愛いじゃないかっ!!

ここまで来るともうわざとやってるとしか思えないレベルだよね?

俺の一挙手一投足に、ことごとく普段からは考えられないくらい可愛いらしい反応を示してくれる刀子先生。

そんな彼女に、正直俺の理性はTKO寸前だった。

…………が、がんばれ俺!!

思わず刀子先生をぎゅっとしたくなる衝動を、必死に抑えつける俺。

そんなときだった。


「「「「「「えぇ~~~~っ!!!?」」」」」」


ここがホテルのロビーだということも忘れて、一斉にそんな悲鳴を上げる刀子先生の友人たち。

初めて会った時の菊子さんを連想させるお姉さま方の反応に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。


「と、刀子の彼氏って…………わ、若過ぎる!!」

「あ、あのっ!! 失礼ですが、おいくつなんですかっ!?」

「ああっと…………今年で25になります」

「刀子とはどうやって知り合ったんですかっ!?」

「えーと、俺がNGOに所属してて、その仕事の関係で麻帆良に来たんが切っ掛けで…………」

「ど、どっちから告白したんですかっ!?」

「あー…………俺からです。一目惚れで…………」


そしてやはり、出会ったときの菊子さん同様、矢継ぎ早に質問を浴びせて来る刀子先生の友人方。

冷や汗をかきながらも、俺は何とかその質問を捌いて行く。

そんな状況の中、ちらりと刀子先生の方を覗き見ると、さっきまでのおどおどした様子はどこえやら。

何だか自慢げに胸まで張っている様子だった。

…………まぁ、自分の彼氏(偽)が褒められたんだから、誇らしくなる気持ちは分からないでもない。

そんな風に、何やらご満悦な刀子先生だったのだが。


「いやぁ~、ウチの旦那とは偉い違いねぇ」

「っっ!?」


お姉様sの1人がそんな言葉を口にした瞬間、一瞬だが刀子先生の肩が震えたような気がした。

…………ま、まさか?

嫌な予感がして、俺はそ~ぉっとお姉様sの左薬指へと順々に視線を移していく。

…………ジーザス。

俺の悪寒を裏付けるかのように、彼女たちの薬指には、尽く燦然と輝くリングが嵌められている。

つまりは、この場に居るお姉様方は、全員『既婚者』ということだ。

そして先程の刀子先生の反応…………。

俺は先程感じた悪寒、その正体を確かめるべく、恐る恐る隣にいる刀子先生の表情を伺う。

すると…………。


「~~~~っ!!」


刀子先生は、きゅっと下唇を噛み締め、今にも泣き出しそうなのを必死に堪えていた。

眼鏡をしていないため、露わになっているその黒目がちで綺麗な双眸には、今にも溢れだしそうな程涙が滲んでいる。

…………スパーキング寸前じゃねぇかっ!!!?

ま、まままま、マズイ!!

は、早くこの場を離脱しないとっ!!!!


「も、盛り上がっとるとこ申し訳ないけど、お、俺らまだ受付が済んでへんさかいっ。ほ、ほな刀子? 行こか?」

「…………っ」


声を出すと泣いてしまいそうなのだろう。

俺が促すと、刀子先生は言葉を発することは無く、しかしながらしっかりと頷いてくれた。











「…………うぅっ…………ぐすっ…………」


何とか窮地を脱したものの、それで緊張の糸が切れたのか、刀子先生は友人たちと離れるや否や、ぽろぽろと泣きだしてしまっていた。

…………うん。別に特殊な性癖というか、加虐嗜好持ちってわけじゃないけど、今の刀子先生の泣き顔はかなりそそるものが…………だからしっかりしろ俺!!

と、ともかく俺は、受付だけでも済ませておこうと考え、嗚咽を零し続ける刀子先生をなだめつつ、近くにあったソファーへ座らせることにした。


「す、すみません…………ぐすっ…………が、我慢しようと思ったんですが…………旦那の話をしてる彼女の様子を見てると、堪えられなくてつい…………ぐすっ」


…………まぁ、気持ちは分からなくもない。

さっきのお姉様の様子は、旦那と俺の違いを嘆いている、という体ではあった。

しかし実のところ、彼女が漏らした言葉は『旦那への愛情』故のもの、と確かにそう受け取れる旨の発言だったからな。

一度はその幸せを掴みかけておきながら、さまざまな事情の上でそれを失い、未だに独り身となっている先生には、彼女があまりにも眩しかったのだろう。

そりゃ、泣きたくもなるわな…………。


「…………ぐすっ…………わ、私だって、あんな男に引っかかって無ければ今頃っ…………うぅっ…………」

「あー泣きな泣きな。せっかくの化粧が台無しになってまうで?」


ぽろぽろと涙を零し続ける刀子先生に、俺は苦笑いを浮かべながら、スーツと一緒に購入したばかりのハンカチを取り出す。

そして俺は先生の前にしゃがみこむと、それをそっと彼女の目元へと近付け、際限なく零れ続ける彼女の涙を優しく拭ってあげた。


「こ、小太郎ぉ…………ぐすっ…………あ、ありがとうございますっ…………ぐすっ…………」


しかしながら、拭いても拭いても、刀子先生の涙は留まることはない。

…………何か先生を元気づける良い方法ってないもんかねぇ…………。

そんな風に考えを巡らしてみるものの、そこは恋愛経験知ゼロの俺。

全く持って、妙案が生まれそうな気配は皆無だった。


「そんなに心配せぇへんでも良えと思うで? センセ、こんだけ可愛いんやし、嫁の貰い手なんざ、掃いて捨てるほどおるて」


仕方なしに、俺はありきたりな台詞を口にする。

これで先生が元気になってくれる…………とは、さすがに思っていなかったのだが。

どういうわけか、俺がそう言った瞬間、刀子先生は俯いていた顔を上げた。


「ほ、本当ですか…………?」

「っっ…………!?」


何度も言っているが、普段の凛とした雰囲気とはかけ離れた、今にも折れてしまいそうな、そんな生け花のような弱々しさをもって、そう尋ねて来る刀子先生。

涙で潤んだ彼女の瞳を、真正面から見つめてしまった俺は思わず、はっと息を飲んでしまった。

…………ぎゃ、ギャップ萌え恐るべし。

こ、このまま無言で見つめ合っていると、本気で俺の理性が崩壊しかねない!!

そう考えた俺は、ついに刀子先生を抱き締めようと伸ばしかけてしまった腕を、必死の思いで引き戻しながら、何とかこの状況を打破しようと口を動かした。


「あ、ああ。そ、それに、結婚は徒競争とちゃうねんから、別に遅かろうが恥ずかしがる必要はあれへんて」

「…………小太郎ぉ…………」

「っっ…………!!!?」


俺がそう言った瞬間、刀子先生は両目一杯に涙を湛えたまま、しかし、本当に嬉しそうに小さく笑みを浮かべる。

その表情を見た俺が、再び息を飲んでしまったのは言うまでも無い。

…………俺のばかぁぁぁぁぁあああああっ!!!! 状況悪化させてどうするんだよ、オィィィィィイイイイイっっ!!!?

い、いかん…………こ、この場に居る限り、俺はこの危機状況から逃れうることは出来なさそうだ。


「お、俺、受付け済ませてくるさかい、センセはここで待っててんか!? あ、あと、センセの分の受付けも済ませてくるさかい、センセの招待状も貸してくれっ!!」

「へっ? あ、は、はい。お、お願いします…………」


若干声を上ずらせつつそう言った俺に、刀子先生は一瞬きょとんとしたものの、すぐに自分の分の招待状を手渡してくれた。


「ほ、ほな言って来るわっ!!」


そして招待状を受け取った俺は、そそくさとインフォメーションへ向かってその場を立ち去って行った。

…………あ、危ないところだった。

もう少し判断が遅ければ、俺は間違いなく刀子先生の魅力にコールド負けを記していただろう。

だ、だから大人の女の人の相手は怖いんだって…………。

…………まぁ木乃香相手にもときどきこんな思いしてますけどね。











そんな感じで、どうにか危機を乗り切った俺。

あの後、宣言通り受付を済ませた俺はすぐに刀子先生の下へ戻った。

でもって、その頃には刀子先生は落ち着きを取り戻していて、俺に向かって『み、見苦しいところを見せてすみませんでした』と、恥ずかしげに何度も謝ってた。

その恥じらう姿が可愛くて、俺は再びアッパーなテンションでビートを刻むことになったのだが、まぁその話は置いておこう。

それでその後だが、協議の結果、せっかく早めに着いたんだし、控室に居るであろう菊子さんのところに挨拶に向かおうって流れになった。

そういう訳で、俺と刀子先生は今、『祝・○○(旦那さんの姓はご想像にお任せします)夫妻』花嫁控室という立て札が置かれた部屋の前に来ているのだが…………。


「どないした刀子? 入らへんのんか?」


俺の隣で、部屋の扉を凝視したまま微動だにしなくなった刀子先生に向かって、俺はそんなことを問い掛ける。


「…………は、入りますよ? 入りますとも…………け、けど、少し心の準備をさせて下さい…………すぅ…………はぁ…………」

「…………」


そんな俺の問いに対して、刀子先生はそう答えた後、何やら深呼吸を始める。

いや、友人の花嫁姿を見るのに、そんな深呼吸してまで気持ちを落ち着かせる必要がどこに…………。


「…………だ、大丈夫、さっきあんなに泣いたんだもの…………もう涙なんてでないはずよ…………大丈夫、大丈夫…………」

「…………」


…………うん、ごめん。俺が悪かった。

そうだよね。必要だよね。深呼吸。

真剣な表情で、大丈夫、と何度も自分に言い聞かせている刀子先生を見て、俺は先程の自分の考えを改めることにした。


「…………大丈夫、大丈夫…………ふぅ。い、行きますっ」

「お、おう」


緊張した面持ちで、入室を宣言する刀子先生。

そんな彼女の緊張が伝染ったのか、俺まで声を上ずらせながら、そう返事をする。

それを確認してから、刀子先生はゆっくりと、控室の扉を控えめにノックした。



―――――コンコンッ。



『―――――どうぞーっ』


ノックのすぐ後に、聞き覚えのある明るい声で、そう返事が返って来る。

刀子先生はここでもまた、かなり神妙な面持ちになりながらゆっくりとドアノブに手を掛けていた。

…………ホント、俺までドキドキしてくるんで勘弁して下さい…………。

そしてゆっくりと開かれる控室の扉。

その瞬間、俺の目に飛び込んで来たのは…………。


「刀子!! それに、小太郎君まで来てくれたんだっ!? 2人とも、ありがとーねっ!!」


幸せいっぱいな満面の笑みを湛え、真っ白なウェディングドレスに身を包んだ菊子さんの姿だった。

…………ふ、ふつくしい…………。

もともとかなり美人の部類で、素朴な魅力を持っていた菊子さんだっただけに、純白の衣装がとても良く似合っている。

先程から何度も刀子先生の魅力(+魅了の魔法)にやられかけていた俺だが、今度は目の前の花嫁さんにころっとやられそうな勢いだぜ。


「えへへっ、招待状出したは良いけど、小太郎君はきっと、仕事が忙しくて来れないって思ってたからさ。本当に嬉しいよ」

「他ならぬ菊子さんからの招待やからな。親の死に目を無視してでも駆け付けるで?」

「あははっ、小太郎君ってば、相変わらずお上手だね~?」


俺の軽口に声を上げて笑う菊子さん。

その表情からは彼女が今、心の底から幸せを感じているのが、ありありと伝わって来た。

…………菊子さん、良い人を見つけたんだな。

結婚か…………。

恋愛感情すら良く分かっていない俺には、かなり縁遠いものだと思ってだけど…………。

こうして幸せそうな菊子さんを見ていると、いつか自分も好きになった女性に、こんな笑顔をさせてあげたいって思えて来るから不思議だよな。

…………ん?

そう言えば刀子先生、部屋に入ってから一言も発していないような…………。

ま、まさか…………?

そのことに気が付いた俺は、嫌な予感をひしひしと感じつつ、隣へと視線を移す。

するとそこには…………。


「う~~~~っ(だ~~~~っ)」


…………先程とは比較にならない、それこそ滝のようにさめざめと涙を流す刀子先生の姿があった。

やっぱり、この幸せオーラ前回の菊子さんを前にしては、深呼吸程度じゃ屁の突っ張りにもならなかったか…………。


「うぅっ…………ほ、本当におめでとう、菊子っ…………ま、まさか、あなたに先を越されるなんてっ(ぼそぼそ)…………」


嗚咽を堪えながら、何とか菊子さんへ祝いの言葉を述べる刀子先生。

しかしながら、その直後にかなり小声で怨嗟の言葉が混じっていた。

…………どんだけ悔しいんですか。


「ちょ、ちょっと刀子!? そ、そんなに泣かないでよっ!? と、というか、そんなに私のこと心配して…………」


泣き出した刀子先生を見て、慌ててそんな言葉を掛ける菊子さん。

しかし次の瞬間、彼女の両目からも、ぽろりぽろりと大粒の雫が溢れだしていた。


「あ、あれ? も、もぉっ…………と、刀子が泣いたりするからっ…………せ、せっかくのメイクが、ダメになっちゃうじゃんっ…………」


刀子先生に釣られてしまったのだろう。

一生懸命に笑顔のままでいようと努める菊子さんだったけど、一旦溢れだした涙は最早止めることは出来なかった。


「あ、ありがとぉ、刀子ぉ。ぐすっ…………わ、私っ、刀子みたいな親友が居てくれて、ホントに良かったっ…………ぐすっ…………」

「うぅっ、き、菊子ぉ…………ぐすっ、ど、どうして、あなたまでっ…………ぐすっ…………」


結婚式の控室で、互いに涙に声を濡らす親友たち。

しかしながら、2人の涙は余りにも盛大にすれ違っていた。

…………教えてくれ。このシュールな状況下で俺は何をどうすれば良い?

嗚咽を零し続ける2人の女性に挟まれながら、俺はひたすら途方に暮れるばかりなのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 86時間目 千辛万苦 …………ジーザス…………
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/10/04 03:07



「ぐすっ…………ぐすっ…………」

「あーもー…………いい加減泣きやんだらどうや?」


菊子さんの控室を後にしてから数十分後。

つつがなく式を終え、まもなくブーケトスが行われようとしている。

菊子さんと新郎さんがあるいているレッドカーペットの前列には、ブーケを受け取ろうと必死になっている未婚の女性陣がずらりと並んでいた。

普段の刀子先生の様子を考えると、真っ先に前列に突っ込んで行きそうなものなのだが…………。


「ぐすっ…………うぅっ…………世の中に神も仏も存在なんてしないのよぉ…………ぐすっ…………」


…………とまぁ、すっかり腐ってしまった我らが刀子てんてー。

悲しさと悔しさのあまりか、まったくもって菊子さんがほうるであろうブーケに関心が無かった。

ちなみに、式の最中から延々泣きっぱなしの刀子先生。

そんな先生の様子を勘違いして、多くの来賓の方々が貰い泣きしていたのはまた別のお話。


「ほら、そんな悔しいなら、前列言って幸せ分けてもろて来たらどや?」

「ぐすっ…………そ、それこそ余計悔しいじゃないですかっ!? よりにもよって、あの子の幸せを分けて貰うなんてっ…………ぐすっ…………」

「前列に行かへんかった理由はそれかい…………」


本当、どんだけ悔しいんだよ…………。

そうこうしている内に、菊子さんと旦那さんは、レッドカーペットの終端までやってきていた。

幸福感に満ち満ちた笑みを浮かべる菊子さん。

そして、そんな彼女を改めて目にし、再び滝のように涙を流す刀子先生。

いい加減脱水症状なんて起こすんじゃないかと、こっちは内心ヒヤヒヤだったりする。

そんな俺たちが見守る中、菊子さんは手にしていたブーケを、高々と放った。

そう言えば菊子さん、剣道してたんだっけ?

彼女が投げたブーケは、思いの外高く上がる。

流石に刀子先生の涙に痺れを切らしていた俺は、ここであるサプライズを思いついた。

魔法使い的にはいろいろアウトな気もするが…………こんなめでたい日なんだし、少しくらい構わないだろう。

かなり適当な理論武装を終えた俺は、周囲に聞かれないよう、小声でこう呟く。


「…………風よ」


その瞬間、上空に巻き起こる一陣の風。

それによって、大きく煽られたブーケは、前列の女性陣を大きく飛び越え、俺たちの方へと向かって落下を始める。

そして…………。



―――――ぽすっ。



「へ?」


泣きじゃくっていた刀子先生の手の中へ、吸い込まれるようにして落ちていったのだった。

その瞬間、目の前で繰り広げられた、奇跡のような光景に歓声を上げる来客たち。

ブーケを放った当の本人である菊子さんまでもが、驚愕の余り目を白黒させていた。


「うそぉっ!? 高くは投げたつもりだったけど、刀子のとこに落ちるなんて…………えへへっ、これって親友想いな刀子へ、神様からのプレゼントなんじゃない?」


嬉しそうにはにかみながら、そんなことを言い出す菊子さん。

ところがどっこい、これは神様なんて高尚な方からではなく、とある教え子からの励ましのメッセージなんだぜ。

最初はこの状況に、頭が付いて行かなかったのだろう、きょとんとしていた刀子先生。

しかし、そこは俺と同じ魔法関係者。

すぐに何が起こったかを察した刀子先生は、じとっとした視線で俺を睨んできた。


「小太郎…………今、魔法を使いましたね?」


そして事の核心を俺に問い掛けて来る刀子先生。


「さぁ、何のことやら…………?」


俺はそんな彼女に、肩をすくめて見せると、明後日の方角を向いて口笛を吹く。

この程度の魔法なら、誰だって気付かないだろうし、魔法使いの本分は『誰かの助けとなる事』。

悲しんでる女性を元気付けるってことなら、十分に大義名分となり得る。

死角の無い俺の理論武装に、それなりに付き合いのある刀子先生は気付いたのだろう。

溜息交じりに苦笑いを浮かべると、それ以上追及しようとはしなかった。

その代わりに…………。


「…………全く。こんな風に元気づけるくらいなら、いっそのこと、さっさと卒業してもらってくれれば良いのに…………」

「…………」


…………なんて、かなり恐ろしいことを小声で呟いてくれたのだった。

俺がこの後、逃げるようにその場から退散したのは言うまでも無い。

軽はずみな行動、ダメ絶対。










…………そんな訳で、刀子先生から逃げるようにチャペルからホテル内へと逃走して来た俺。

どうせその内、先生も披露宴の会場になってる大広間に移動して来るだろうと踏んで、俺は一人廊下を歩いていた。

そんな時だった。


「何ですって!? 事故っ!?」

「ん?」


切迫した様子で、そんなことを叫ぶ男性の声が聞こえて来たのは。

今の声、何かついさっき聞いたような…………。

そう思って、声のした方向へと視線を移す俺。

その視線の先では、先程まで菊子さんの隣にいたはずの新郎が、血相を変えてホテルの男性職員と何やら話していた。

何だ?

事故がどうとか言ってたけど、もしかして、来賓の誰かが事故ったとかか?

盗み聞きは良くないと思いながらも、俺はひそひそと話す2人の会話に、狗族クオリティな聴覚を研ぎ澄ます。

すると…………。


「は、はい…………手品師の方は命に別条はないとのことですが、足を骨折されたとかで予定していた余興を行うことは無理な様子で…………」

「そ、そうですか…………い、いえ。御無事ならそれ以上のことは望めません。余興に関しては、無くても式の進行に支障は来たしませんしね」

「も、申し訳ございません。そう言って頂けると、当方も幾分気持ちが楽になります…………」

「いえ、事故はホテルの方の責任ではありませんし、どうか気を落とされないでください。それに菊子さんを初め、私以外は余興のことは知りませんしね」


…………なるほど。

今の会話から察するに、恐らくは旦那さんがサプライズに行おうとしていたマジックショー。

それを行う筈だった手品師が、会場に来る途中で事故に遭い、公演が不可能になったと、そういうことだろう。

ちょっと前にニュースで、最近はそういう結婚式でサプライズを行う旦那さんが増えてるって見た記憶がある。

恐らく、菊子さんの旦那さんも、そう言った企画を用意していたってことだろう。

菊子さん…………本当に良い人に貰ってもらえたみたいで良かったなぁ。

今の会話からして、他人への思いやりのある優しい人みたいだし…………。

そんな旦那さんの一面を見てしまった以上、何とかしてやりたくなるのが人情ってもんだろう。

先程思いつきで行動して、思わぬ墓穴を掘ったばかりだと言うのも忘れて、俺はひそひそと会話を続ける2人につかつかと歩みよった。


「お取り込み中失礼。悪いと思たけど、今の話聞かせてもろたで」

「!? あ、あなたは?」

「お初に。菊子はんの知り合いで、犬上 小太郎言います」


驚きの表情を浮かべる旦那さんに、にっと口角を上げながら自己紹介をする俺。

菊子さんから俺の名を聞いていたのかもしれない、俺が名乗ると、旦那さんは納得したように頷いてくれた。


「あなたが犬上さんですか。お話は菊子さんから伺ってます」

「あー、そういう話は後にしよや。何や余興が出来ひんなった騒いどったやろ? そっちのことで聞きたいことがあんねん」

「は、はぁ…………?」


にこやかに会話を続けようとした旦那さんの台詞を遮る俺。

それが腑に落ちないのだろう、旦那さんはきょとんとした表情を浮かべる。

まぁ無理も無いですけど。

とりあえず俺は、状況を確認するため、ホテルの職員へと視線を移した。


「なぁ? そのマジックショーなんやけど、小道具の類は揃てるんか?」

「は、はい。ショーで使う予定だった道具は、衣装も含め一通り昨日の内に届いていますので。

「そりゃ重畳」


衣装の方は諦めてたんだが、そっちまであるとは何たる僥倖。

俺は悪戯を企てる子どものように笑って、目を白黒させる2人にこんなことを提案した。



「―――――そのマジックショー、俺が代わりにやったろか?」










「…………なるほど、事故で来れなくなったマジシャンの代わりに、マジックを披露すると、そういう訳ですか」

「その通り。せっかく旦那さんが式を盛り上げよ思て練った企画や。せっかくやったら成功させてやりたいやろ?」

ところ変わって、ここは披露宴の会場となっている大広間のステージ裏である。

部屋をぐるりと見渡すと、余興のために用意されたマジックの小道具が所狭しと並んでいる。

俺はそれらの内いくつかを取捨選択しながら、今しがた運び込んでもらった長机の上に一つずつ並べていた。

そんな俺に、俺の言った説明を要点だけまとめて繰り返した刀子先生。

そんな彼女に、俺はあくまで、善意から旦那さんの計画を成功させてやりたいと告げる。


「確かに、誰かのために善意で行動しようというあなたの志は、とても尊いものですし、私に出来ることなら何でも協力します。ですが…………」


俺の行動を全面的に支持する刀子先生。

しかし最後の最後、先生は目を閉じ、逆説を用いる。

そして…………。



「―――――どうして私まで、こんな格好をしなきゃならないんですかっ!?」



顔を羞恥に染めながら、そんな言葉を叫んでいた。

うん、まぁその反論は予想してたけどね。

刀子先生の言った『こんな格好』というのは、所謂マジシャンの助手が着るバニーガールもどきな際どい衣装のことだ。

あの後俺は、合流した刀子先生に事情を話しつつ、ホテルの職員に渡された衣装に着替えて貰えるようお願いしたのだ。

かく言う俺の方も、先程までのスーツではなく、マジシャン用に用意された衣装に身を包んでいる。

実を言うと、若干丈が短かったりするのだが、まぁ会場から見る分にはバレない程度だし問題ないだろう。

つーか刀子先生、文句言うなら着る前に気付けし。


「そ、それはっ、あ、あなたが、どーしてもって言うから、仕方なく…………」


ごにょごにょと、尻すぼみにそんな台詞を口にしながら、頬を赤らめる刀子先生。

衣装は着替えたが、魅了のピアスの魔力は健在。

むしろ先程よりアブノーマルな意匠の衣服に着替えたせいで、その破壊力は増している。

そう言う訳で、俺は自らの理性を守るため、先生を直視しないようにしつつ、こう言った。


「しゃあないやろ? 俺、この式場にはセンセと菊子さん以外に知り合いなんておれへんし。他に助手を頼める相手なんかおれへんかったんやから」

「そ、その理屈は分かりますが…………だ、だからって、何もこんな際どい衣装じゃなくても…………」

「それもその一着しかあれへんねやから、他に選択肢はなかってんて」

「うぐっ…………だ、だからって、こ、こんな姿、学生時代の友人たちに曝すなんて真似…………ぜ、絶対ムリ!!」

「…………」


…………まぁ確かに、いろいろと失うものはデカそうだよね。

とはいえ、他に選択肢がない以上、ここは先生に協力してもらう他ない。

そんな訳で、俺は出来れば使いたくは無かった、先生に対する切り札をここで使用することを決意する。


「まぁそう良いなや? マジシャンには『美人な助手』が付きモンやろ?」

「っ!?」


俺が敢えて『美人』って部分を強調しながらそう言った瞬間、くわっと目を見開く刀子先生。

ネジの切れた玩具のような動きでこちらに視線を移すと、こんなことを尋ねて来る。


「び、美人って、わ、私のこと、ですか?」

「ああ。前も言ったやろ? 全校生徒の憧れの的、クールビューティーな刀子センセ。そんなセンセやからこそ、マジックの助手にはぴったりやと思てん」

「っ!? そ、そういうことなら仕方がないですねっ。謹んでお引き受けしましょう。…………くふ、くふふっ」

「…………」


そして俺の思惑通り、二つ返事で了承の意を返して来る刀子先生。

顔がニヤ付いているのは、まぁ御愛嬌ってことにしといて下さい。

ちなみに、この手段を使いたく無かった訳だが…………当然俺の保身だ。

だって、あんまり先生をベタ褒めすると、いろいろ先生がその気になっちゃって、当初とは別の意味でスパーキングしそうだろ?

そんなのマジ勘弁なので、出来ればこの説得は使いたくなかったんだが…………まぁ人助けだ。多少の痛みは止むを得まい。


「それはそうと小太郎。あなたマジックなんて出来るんですか? さっき貴方が言っていた話だと、最低でも20分は時間を稼がなくてはならないようですが」


いきなり代役に対して、前向きなことを言い出した刀子先生。

先生の性格上、やるって決めた以上はきちんとこなさないと気が済まないのだろう。

そんな先生の様子に苦笑いを浮かべながら、俺はきっぱりとこう答えた。


「マジックなんて、生まれてこの方、1度たりともやったことあれへんよ?」

「は?」


俺の回答が、余りに予想外のものだったのだろう。

目を点にして、素っ頓狂な声を上げる刀子先生。

そして次の瞬間…………。


「そ、それって、全然ダメじゃないですかっ!? 根本から間違ってますよね!? どうして代役なんて引き受けたんですか!?」


血相を変えて、矢継ぎ早にそんなことを尋ねて来る先生。

普通気付きそうなもんなんだけど、よっぽどテンパってんのかな?


「センセ。忘れとるみたいやから言っておくけど、俺はマジシャンやのうて…………」

「失礼します」


刀子先生に計画の核心を告げようとした俺だったが、第3者がステージ裏に現れたことで、一旦台詞を打ち切る。


「ご依頼頂いたものをお持ちしました。こちらでよろしいでしょうか?」


ここまで急いでやって来たのだろう。

肩で息をしながらそう言ったのは、先程菊子さんの旦那さんと話していたホテルの職員だった。

そんな彼の手にあるのは、大きめの暗幕と、白く長い布。そして色とりどりの極太マジック。

もちろん、全て俺が用意してくれるように頼んだものだ。

俺はそれらを受け取ると、笑顔を浮かべてホテルマンに礼を言う。


「おおきに。これで何とか乗り切れそうやわ。それと、さっきも言うた通り…………」

「はい。ショーの最中、誰も舞台裏に近付けないようにすればよろしいのですね? 承知しております」


俺の台詞を代弁すると、ホテルマンは恭しく一礼して、ステージ裏を後にして行った。


「あ、あの、小太郎。その道具は一体何に…………?」


ホテルマンの後姿を見送ったあと、不思議そうにそう尋ねて来る刀子先生。

そんな彼女に、俺は笑顔を浮かべると、先程途中だった台詞を改めて言いなおした。


「俺はマジシャンやない…………」


言いながら、俺はくだんの長机にばさっ、と暗幕を被せると、足元に置いてあったシルクハットを手に取り、改めて刀子先生に向き直る。

そしてシルクハットの中へと手を突っ込む俺。


「俺は『魔法使い』や」


笑顔とともにそう宣言する。

そんな俺が、シルクハットから引き抜いた手には、スペードのエースが描かれた、一枚のトランプが握られていた。










披露宴が始まって数十分が経過した。

既に会場では、俺たちのショーに先んじて、夫婦の馴れ初めやら、2人の幼少期の写真やらが公開されて十分に場が温まっている。

そんな中、いよいよ俺と刀子先生の出番がやって来た。


「ほな行くで?」

「は、はいっ」


緊張のためか、若干上ずった声で返事をする刀子先生。

俺はそんな彼女の右手を握ると、高々と掲げて舞台の上手、会場から向かって右側の舞台袖から、スポットライトを浴びながら、意気揚々と入場して見せる。


「小太郎君っ!? って、刀子までっ!?」


湧き上がる歓声に混じって、菊子さんのそんな驚いた声が聞こえて来る。

ちらりと主賓席へ目をやると、驚きに目を白黒させる菊子さんの隣で、悪戯が成功した子どものように笑みを浮かべる旦那さんの姿があった。

ステージの真ん中までやって来た俺と刀子先生は、観客へと向き直ると、大仰にお辞儀をして見せる。

ぶっつけ本番ってこともあって、俺たちは一切の台詞を言わず、ひたすらマジックに専念するよう打ち合わせている。

そのため、一つ一つの動作は、大袈裟なくらいがちょうど良い。

さて…………それじゃせいぜい、オーディエンスを沸かせるとしましょうか?

にっ、と笑みを浮かべる俺。

それを合図に、刀子先生は俺の手を離すと、先程出て来たばかりの舞台袖へと引き返して行く。

そしてすぐ後、今度は様々な小道具が乗せられたワゴンを持って、刀子先生がステージ中央へと戻って来た。

俺にワゴンを渡すと、刀子先生は再び舞台袖へと引き返して行く。

もちろん、次のマジックに使う道具を用意するためだ。

俺はそんな彼女を見送りながら、まず初めに、ワゴンの上に置いてあった立方体の箱を手に取った。

無論、この箱はマジックに用いると言う性質上、ちょっとした細工がされているのだが…………俺にそれを発揮させる技量はない。

そのため、俺にとって、この箱はただの空箱に過ぎない。

観客にもそれを分からせるため、俺は箱のふたを開くと、中が空っぽであることを見せるために、観客に向けて箱を突き出し、右から左、左から右へと動かす。

まぁ、定番のマジックなので、観客もそんな俺の行動には笑顔を湛えて頷いていた。

十分に観客に箱を披露した後、俺は再びワゴンへと箱を戻す。

そして箱のふたを閉じ、ベルトに差してしたステッキで、こつこつっ、と箱を叩く。

再び箱を開き、徐にその中へと手を突っ込む俺。

そして俺が箱から手を引き抜いた瞬間…………。



―――――ばさささっ。



「くるっぽーっ、くるっぽーっ」


箱の中から、1羽のハトが飛び出した。



―――――おおっ!!!?



定番とは言え、俺の披露したマジックに、歓声を上げる観客たち。

俺は再びハトを箱の中に戻し、ふたを閉じると、先程と同じようにステッキで箱を叩く。

そして俺は、再び箱を持ち上げ、ふたを開けた状態で観客に向ける。

当然のように、箱の中身は空っぽ。

その光景に、観客たちが再びどよめいたのは言うまでも無い。

…………さて、そろそろ種明かしをしようか?

今しがた俺が披露した奇術だが…………言わずもがな、マジックなどではなく、れっきとした魔法である。

簡単に説明すると、先程テーブルの上に置いた小道具達に暗幕を掛け、そこに影を作ることで転移魔法の触媒を用意する。

後はステージ上で、再びゲートを作れるだけの影を用意して、さも何もない空間からものを取り出したように見せれば…………十分マジックのように見えるって寸法だ。

もっとも、俺が使える魔法でマジックのように見えるものと言えば、この転移魔法の外には念動くらいしかない。

そんなわけで、俺は大仰なアクションを取り入れつつ、『何もない所から物を出す』或いは『入れた筈のものが消失する』。

そして、念動を用いた『手を触れずにものを動かす』といったマジックで、出来る限り場を持たせる必要があった。

最初に小道具を吟味してたのはそういう理由からだ。

掴みは上々。

刀子先生にこの計画を話したときは、魔法がバレやしないかとヒヤヒヤしていた様子だったが、この分じゃその心配も杞憂に終わりそうだ。

そんじゃ、ちょっくらギアを上げるとしますかね?

舞台袖の刀子先生とアイコンタクトを取りながら、俺はにやりと、口元に笑みを浮かべるのだった。











それから30分の間、ステージ上にて様々な魔法(マジック)を披露した俺と刀子先生。

例えば、先生が入ったボックスを剣で刺したり(刀子先生は転移魔法で移動済み)、ステッキを振ってシルクハットを浮かせてみたり(もちろん念動)なんてものだ。

で、持ち時間が少なくなった今、俺はシルクハットから様々なものを取り出している最中。

失敗した風に見せかけて、大量のトランプがシルクハットから飛び出したりな。(舞台裏にて、刀子先生が大量のトランプをゲートに投げ込み中)

そんなことをしつつ、いよいよ最後のマジックとなる。

俺は再び、シルクハットに手を突っ込むが、どうにも取り出せない振りをして、舞台裏の刀子先生を手招きする。

そしてステージにやって来た刀子先生に、シルクハットの中に手を突っ込んでもらい、中にあるもの引っ張ってもらう。

俺はそれを引っ張った刀子先生とは反対側へと移動していく。

ずるずるとシルクハットの中から姿を現して行くのは、披露宴の前、ホテルマンに俺が用意してもらった例の白い垂れ幕だった。

やがて、ぴんっと、完全に広げられたその垂れ幕。

そこには、カラフルな文字でこう記されていた。



『菊子さん、○○さん、末永くお幸せに!!』


無論、これは披露宴の直前に、俺と刀子先生が慌てて書いたもの。

余興とは言え、せっかくの結婚式だ。

最後くらいはこうしてそれらしい締め括りをしようと、ホテルマンに用意してもらったマジックでばたばた仕上げた。

結果、急増感は否めない仕上がりだったものの、それを目にした菊子さんは、目に涙を浮かべながら、目一杯の笑顔を浮かべてくれていた。

そして同時に湧き上がる、爆発的な拍手の嵐。

ぶっつけ本番だったものの、その拍手を聞いた俺は、この余興が成功したことを確信し、最初と同じように恭しく一礼をするのだった。











旦那さんが懸念していた余興も無事に乗り越え、刀子先生がスパーキングすることもなく、どうにか菊子さんの結婚式はその全ての工程を終了することが出来た。

そんな訳で、俺は刀子先生と連れ立って、麻帆良への帰路を歩いている。


「全く…………あんなに大勢の前で、しかもあれだけ魔法を大盤振る舞いするなんて…………今日ほどあなたの思い切りの良さを痛感した日はありません」


電車から降り、俺の隣を歩いていた刀子先生は、溜息交じりにそんなことを呟いた。


「まぁ良えやん? それに、誰もあれが魔法やなんて思わへんて」


実際、観客は愚か、いろいろと準備を手伝ってくれたホテルの従業員の人たちまで含めて、全員があれを俺のマジックだって信じ切ってたし。


「そういう問題じゃ…………っくしゅんっ」


あっけらかんと言った俺を嗜めようとした刀子先生だったが、その台詞は不意に零れたくしゃみによって遮られてしまう。

春先とは言え、まだ結構冷え込むしな。

刀子先生は先程のバニーガールもどきから、最初に着ていた淡いブルーのパーティドレスに着替えている。

その上から薄手のカーディガンを羽織っているとは言え、流石に今年の厳冬が尾を引くこの寒さの前ではあまりに軽装過ぎたのかもしれない。

そう思った俺は、自分が着ていたスーツの上着を、そっと刀子先生の肩に掛けた。


「あ、ありがとうございます…………」

「構へんて。それに、せっかくのめでたい日なんに、風なんて引いてもうたら台無しやからな」


頬を赤らめながら礼を述べる先生に、俺は笑顔を浮かべてそう答える。


「…………」

「ん? どないした?」


軽い調子で言った俺だったが、先生はそんな俺の顔をじっと見つめて、黙り込んでしまう。

何かマズいこと言ったか?

そう言えば、先生って菊子さんの結婚にひとしおショックを受けてたんだっけ?

あー…………そう考えたら、今日は先生にとってはめでたくもなんともないわな…………。

そう考えて、失言だったかと口元を押さえる俺だったのだが、どうやら、その心配は杞憂だったらしい。


「あの、小太郎…………一つ聞いても良いですか?」


刀子先生が口にした言葉は、俺の心配とは余りに無関係そうなものだったのだから。


「あ、ああ。別に一つでも二つでも構へんよ?」


自分の予感が外れたことに安堵しつつ、俺は刀子先生にそう答える。

刀子先生は俺から視線を外し、再び歩き始めながら、こんなことを尋ねてきた。


「前々から不思議に思っていたんですが…………誰か、特定の女性と付き合おうと、そう思ったことはないんですか?」



―――――がくっ。



歩き出した刀子先生。

その後を追うようにして1歩踏み出した俺は、先生の余りに教師らしからぬその質問に、思わず盛大にこけてしまった。

…………今の発言は聖職者としてどーよ?


「こ、小太郎っ!? だ、大丈夫ですかっ!?」

「…………あ、ああ。こんくらい何ともあれへん」


むしろ先生の方が大丈夫かと聞きたくはなりますがね。

俺は服に付いた砂をぱんっぱんっと払い、改めて、麻帆良へと歩きながら、先生にこう尋ね返した。


「つーか、今の質問は教師として有りなんか? 不純異性交遊って、校則第五十九条二項でバッチシ禁止って明記されとるやろ?」

「よ、よくそこまで覚えてましたね…………」


冷や汗を掻きながら、そう呟く刀子先生。

いや、何だ。ああいうのって、何となく気になってついつい熟読しちゃうことってない?

それはさておきだ。

俺の答えになっていない返答に、刀子先生は隣を歩きながら気を悪くした様子も無く、こんな返事をしてくれる。


「別に不純異性交遊を進める旨の発言はしてませんよ? 単純に一般論として、あなたくらいの年頃なら、そういうことに興味を持っておかしくないと思ったので。それ

にあなたのことです。何人かあなたに好意を寄せている女性がいることくらい、とっくに気付いているんでしょう?」

「…………どーして俺ん周りの女性陣はこうもあけすけに…………まぁ、気付いとるけどな」


刀子先生のあんまりにもあんまりな言い様に、俺はがっくりと肩を落としながら、その言葉を肯定する。

言いませんけど、あなたが俺を虎視眈々と狙ってることにも気付いてますからね?

そんな俺に向かって、刀子先生は改めて、先程の問いを違う言葉で再び口にする。


「だったらなおさらです。望めば手に入るはずの関係。あなたはそれに、これまで興味を抱いたことは無いんですか?」

「…………」


その問い掛けに、俺はしばし沈黙して、どう答えたものか、頭の中で整理する。

これまで何度と無く答えて来た筈の問い掛け。

そしてその理由は、明確な言葉で俺の中にある。

しかしながら、今回の問いはいささかこれまでの質問とは趣が異なった。

先生が問い掛けているのは『女性への興味の有無』だ。

だからそれに対する回答は、これまでのものと同じであるはずはない。


「ぶっちゃけ、女の人と付き合うことに興味があれへんか言われたら、人並みにはあんねん。前も言うた通り、俺は女性のことが須らく好きやさかい」

「…………(ひくっ)」


…………物凄い隣から冷気が漂って来てるんですが、とりあえず今はスルーしておこう。

背筋を撫で始めた悪寒を、必死で振り払いながら、俺は更に言葉を続ける。


「けど俺はイマイチ『恋愛感情』言うんが分からんねん。俺が女性に対して向け取る『好き』って気持ちと、たった1人、特別な人への感情。その違いがまるで分かれへん

。せやから、今んとこ誰かと付き合うっちゅうのは考えられへん。自分の気持ちも良く分かれへんのに、女の子に向きあういうんは、ちっとルール違反な気がしてな」


正直に、想いの丈を言葉にする俺。

その台詞を全て言い終えるころには、隣から漂っていた冷気はすっかり身を潜めていた。

…………あ、危なかったな。

そんな俺の台詞に、何か思うところでもあったのか、刀子先生は歩みを止めると、何やら顎に手を当て、考え込む仕草をする。


「女性に興味はあるけど、『恋愛感情』との区別が付かないから手は出さない…………『愛欲』と『性欲』の違いってことかしら?」

「…………センセ、今日はえらいギリギリな発言が多くあれへん?」


思案顔で生々しいことを呟く刀子先生に、俺は冷や汗を浮かべながら尋ねる。


「こ、こほんっ…………ま、まぁ、確かに教員としては不適切な発言だったかもしれませんが、あなたの感情を表現するには適切な言葉だったのではないですか?」

「む? …………あー、確かにそんな感じやけど…………実はもう一つ具体的な理由もあんねん」

「具体的な理由…………?」


女性への興味云々の話題をこれ以上続けると、俺の胃に穴が空きかねない。

そんな訳で、俺は話題の転換を図る意味でも、誰とも付き合わなかった、もう一つの理由を先生に告げることにする。

ぶっちゃけていうと、スパーキングした先生が、俺に直接的なアプローチをしてこないための予防策の意味をありますがね…………。


「俺が西に引き取られた理由、先生は人通し聞いてるやんな?」

「っっ…………はい。他人のプライベートな話には、あまり立ち入りたくはありませんでしたが、報告書に目を通す過程で一通り…………」


申し訳なさそうに、そう口にする刀子先生。

先生が言った通り、2度の兄貴による襲撃事件のため、俺は学園長から、生い立ちや兄貴の素性、能力に関して、詳しい資料の提出を求められた。

そのため、麻帆良の魔法先生達の間では、俺の生い立ちは公文書と言う形で知れ渡っている。

先生はそのせいで俺の過去を覗き見たことを申し訳なく思っているのだろう。

こっちとしては、公文書として提出した時点で、そんなプライベートなんてとっくに捨てたつもりなんだから、どうということもないんだけどね。

まぁ、知ってるなら話は早い。


「センセなら、もう見当ついとると思うけど一応言っとくわ…………俺が過剰な力を求めた最初の理由は、紛れも無く兄貴への『復讐心』や」

「っっ!!!?」


復讐という言葉が、あまりに普段の俺の様子にそぐわなかったためか、先生が息を飲む気配が、空気越しに伝わって来た。


「刹那や麻帆良の連中と知り合うて、守るための力が欲しい思てる今でも、そんときの復讐心は、今もまるで薄れてへん」

「…………そう、ですか」

「ああ。どんだけ腕を磨いて、どんだけ守るもんが増えても、兄貴と決着を付けへん限り、俺はあの日…………焼け落ちていく故郷から、1歩も進めへんねやと思う」

「…………つまり、お兄さんとの決着が付くまでは、恋愛なんかに現を抜かしている暇はないと、そういうことですか?」

「ま、月並みやけど、そういうこっちゃな」


俺の言葉を先回りして口にしてくれた先生に、俺は何でもない風に肩をすくめてそう答える。

それをどう受け取ったのか、先生は顔を俯け黙りこみ、しかしながら、歩調を緩めることは無く、俺の隣を歩いていた。


「…………」

「…………」


気まずい沈黙が、俺たちの間に流れる。

しかしながら、それを打開する気の利いた言葉なんて、俺の頭には何一つとして浮かんでこなかった。

仕方なく、黙ったまま家路を歩く俺と先生。

この気まずい沈黙は、延々に続くかのように思えた。

そんな矢先だった。



―――――きゅっ…………



「?」


不意にシャツの袖を引っ張られ、足を止める俺。

見ると、俯いたままの刀子先生は、俺の袖を控えめに握り締め、足を止めていた。


「センセ? 一体どないし「あなたが」…………」


俯いたまま、しかし強い意志を感じさせる声で呟いた刀子先生に、俺は思わず言葉を飲み込む。

俺は黙ったまま、先生が次の言葉を口にするのを待つことにした。


「…………あなた自身が過去に捕らわれていることを自覚しているなら、私にはもう何も言えません。ですが、これだけは覚えておいて欲しいんです…………」


言葉を区切り、ゆっくりと顔を上げる先生。

その表情は、これまで見てきた先生の、どんな表情よりも真剣なものだった。


「―――――あなたは、決して独りなんかじゃない」


ともすれば、泣き声にも聞こえそうな、必死な想いが伝わって来る先生のその言葉。

俺はどうしたものかと迷ったものの、結局は他の連中にそうして来たように、ぽんっと先生の頭に優しく手を置いた。

そして、優しく微笑み、これも今まで同じように、その台詞を口にする。


「安心してくれ。俺は独りやないって分かっとるし、守りたいもんほっぽって、どっかに行ったりもせえへんよ」


長に引き取られ、刹那と出逢い、そしてこの麻帆良で多くの守りたい人が出来た。

そしてその出逢いが俺に教えてくれた。

生き残ることの大切さを。

刺し違えてでも敵を打つ覚悟より、泥水を啜ってでも生き残ることの尊さを。

だから俺は魔道に落ちず、復讐の修羅とならずに生きて来れた。

そしてこれからも、仲間たちが教えてくれた、俺自身の命の価値は、決して変わることは無い。

それは、そんな想いを込めて口にした台詞だった。


「…………ふふっ。どうやらあなたには愚問だったみたいですね」


俺の言葉を聞いた刀子先生は、小さく笑みを浮かべてそう呟く。


「それはそうと…………そ、そのっ…………い、いつまでそうしているつもりですか?」


さっきまでの表情とは打って代わり、恥ずかしげに頬を赤らめながら、自分の頭に乗せられた俺の右手を指差す刀子先生。


「す、スマン!! こ、これはつい、いつもの癖で…………」


慌てて手を引っ込める俺だったのだが、どういう訳か、刀子先生は何だかショックを受けたみたいな、少し青い顔を浮かべていた。


「い、いつもって…………いえ、そうでしたね。あなたはそういう人でした…………」


そううわ言のように呟きながら、がっくりと肩を落とす刀子先生。

この後俺が、先生の機嫌をとるために、あれやこれやと四苦八苦したのは言うまでも無い。












「それでは私はこっちですから」


職員宿舎の方を指差して、そう言った刀子先生。

俺は男子寮なので、このまま来た道を直進すれば良い。

なので、ここでお別れってことなのだが…………。


「いやいや、家まで送ってくて。どうせ転移魔法使うさかい。どこまで送ろうが関係あれへんから」


一応彼氏役って体を装ってることもあるし、そう進言する俺だったのだが…………。


「いえ、せっかくの申し出ですが、この時間帯だと、他の職員の方と鉢合わせする可能性もありますから」

「あー…………それやったらしゃあないな」


幻術使ってるとは言っても、魔法関係者に会ったら一発でバレ兼ねないしな。

仕方なし、俺は先生を送って行くことを諦める。

まぁ、下手に送ってって、先生が送られ狼になっても困るしね。

いや、さすがに先生はそこまでしないと思うけどさ…………うん、きっと、多分、恐らく…………。


「ほんならセンセ、気ぃ付けて」


軽く手を上げて、その場を後にしようとする俺。

しかし…………。


「あ、待って下さい」

「はい?」


先生にそう呼び止められて、思わず足を止める。

その次の瞬間。



―――――ぐいっ…………ちゅっ❤



「!!!?」


俺の右頬に、柔らかな感触が押し付けられた。











SIDE Negi......



「さ、最初からこうしておけば良かったですね…………」

「きゃんっ」


げんなりしながら言ったボクの足元で、元気良く吠えるチビ君。

そんな彼に苦笑いを向けながら、ボクはアスナさんに視線を移した。


「な、何か変な感じね…………この影、てんいまほー? だっけ?」


恐る恐るといった感じで、チビ君が開いた影のゲートから出て来る明日菜さん。

彼女の言葉が示す通り、ボクら今チビ君の転移魔法で、麻帆良近郊に戻って来ていた。

考えれば分かることだったんだけど、チビ君は小太郎君とレイラインで繋がった使い魔だ。

小太郎君がそれを伝ってチビ君の居場所や様子が分かるように、チビ君もまた、小太郎君の居場所を感知することが出来る。

加えて、チビ君は転移魔法を使えるんだから…………わざわざあんなに苦労して小太郎君と葛葉先生を探し回る必要なんてなかった訳だ。

どうして気が付かなかったんだろう…………。

そのことに気が付くまで、ボクと明日菜さんは、延々数時間も先程の駅周辺を歩き回る羽目に…………。

というかアスナさんもアスナさんだよ!!

あれだけ探し回って見つからないんだから、いい加減諦めても良さそうなのに…………。

とは言ったものの、ボク自身あの2人の関係には興味があったため、捜査を打ち切ろうとは言い出せなかったんだよね。

…………って、今はそんなことより。


「チビ君、2人はどこにいるの?」

「きゃんきゃんっ」


ボクが尋ねると、チビ君は元気良く、ゲートを開いた場所から、少し離れたところへ向かって駆けだして行く。

そんな彼の後を慌てて追うボクとアスナさん。

すると、その視線の先には、数時間前に見失った2人の人影があった。


「あ、アスナさんっ!! あそこで…………」

「ようやく見つけたわよ!! こたろう…………」


小太郎君達に近づこうとしていたボクとアスナさんは、そこで2人同時に足を止めてしまっていた。

目に飛び込んで来た光景が、余りにも衝撃的なものだったから。

だって今、ボク達の目の前では…………。



―――――葛葉先生が、小太郎君の右頬にキスしていたんだから。



SIDE Negi OUT......










「…………~~~~っっ!!!?」


くぁwせdrふじこ!!!?

な、何だっ!?

何が起こったっ!!!?

あまりに急な出来事に、頭が追い付かない。

今にも頭から煙を上げそうな俺を余所に、刀子先生はそっと俺から離れると、悪戯っぽくはにかんだ。


「…………今日一日、私に付き合ってくれたお礼です」

「へ?」


先生の言葉が理解できず、素っ頓狂な声を上げる俺。

そんな俺のようすが可笑しかったのか、先生は再び小さく笑うと、右手を軽く振り宿舎の方へと駆け出して行った。


「それじゃあ小太郎っ、明日の終業式っ、遅刻しちゃダメですよ~~~~っ?」


そう言い残して、足早に去っていく刀子先生。

取り残された俺は、その後ろ姿を見送りながら、ただただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

…………う、嘘だろ先生。

さすがに先生は、そんな思い切ったこと、絶対しないだろうって高を括ってたのに…………。

どうやら女性と言う生き物は、いくつになっても恋する乙女らしい。

そしてそんな彼女たちの行動は、いつも俺にとっては予想外のもの。

そんな現実を、改めて思い知らされたのだった。

…………何か、どっと疲れたな。

今日はさっさと帰って寝ちまおう。

何かもう、何もやる気起きねぇし。

ようやく落ち着きを取り戻して来た頭で、そんな風に結論付ける俺。

早速、男子寮へ向かってゲートを開こうとした、その瞬間だった。


「きゃんきゃんっ!!」

「? チビ…………?」


聞き覚えのある子犬の鳴き声を耳にして、思わずそちらへと視線を向ける俺。

そこには、俺を見つけて嬉しそうに駆け寄って来るチビと、そして…………。


「ゲェッ!!!?」


驚いたように、目を見開いて立ち尽くす、アスナとネギの姿があった。

ま、まさか…………今の一部始終、全部見られてたっ!?

…………ジーザス。

もしかして、今日が自分の命日に為るかも知れない。

そんな悪寒が俺の脳裏をよぎったのだった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 87時間目 臥薪嘗胆 まだだっ!! まだ終わらんよっ!!!!
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/10/09 02:32



…………じ、ジーザス…………。

ど、どーすんだこの状況?

俺の足元にじゃれついて来るチビをほっぽって、俺は真正面で表情を凍りつかせる2人を凝視していた。

かくいう俺の表情も、2人と同じように凍り付いているに違いない。

…………ぜ、絶対に『今の』見られてたよな?

た、ただ幻術使って一緒に居るところを見られただけならまだしも、よりによって、ほっぺにチュウされてるとこ見られるなんて…………。

つーか、この2人どうやって俺たちの居場所を…………って。


「…………お前さんの仕業かいな…………」

「きゃんっ!!」


げんなりしながら足元に視線を移す俺。

そんな俺に答えるように、チビは足元で誇らしげに、それこそ『褒めて!!』とでも言わんばかりに一吠えした。

…………褒められるか!!

く、くそぅ…………優秀な使い魔がこんな形で仇となるなんて…………。

ど、どうしよ? と、とりあえず、いつまでもこうして、見つめ合ってる訳にもいかねぇよな?

何か、何か言わないと…………。

そう思って、俺は2人に声をかけようと、1歩を踏み出す。

その瞬間。


「…………っっ!?」


はっと息を飲む明日菜。

そして彼女は何を血迷ったのか、そのまま明後日の方向へと駆け出して行ってしまった。


「ちょっ!? あ、明日菜っ!!!?」


や、ヤヴァいっ!!!!

このまま明日菜が寮に帰って、木乃香に今の一部始終を話しでもしたら…………。

俺は確実に、木乃香と刹那のタッグ制裁の餌食になってしまう…………!!

そ、それだけは何としても避けたい!!

慌てて彼女を追いかけようとする俺。

しかし…………。


「…………ねぇ、小太郎君」

「は、はい…………?」


いつになく、思いつめたような口調で俺の名前を呼んだネギ。

そんな彼女の声によって、俺の歩みは再び止められることになってしまった。

な、何だ?

や、やっぱネギも、今の俺と刀子先生のやり取りを何か勘違いして?

しかし、そんな俺の考えはすぐさま打ち砕かれることになってしまう。

何故なら…………。


「小太郎君が、どうしてもやらなくちゃいけないことって、何?」


俺の目を真っ直ぐに見据えて問い掛けたネギ。

その表情が、有無を言わせないほどに真剣なものだったから。


「ゴメン。あんまり人の事情に踏み込むのは良くないって思ったんだけど…………図書館島で遭難してたときに、木乃香さんから聞いて、気になってて…………」

「…………」


ネギは申し訳なさそうに、今度は目を少し伏せてそう言う。

恐らくネギは、木乃香にこう聞いていたんではないだろうか。


『俺には、どうしてもやらなければならないことがあって、それを終えるまでは、恋愛の事なんか考えられない』


…………価値観が女の子らしいネギのことだ、木乃香とその手の話題で盛り上がり、話の矛先が俺に向かったとすれば、十分に考えられることだ。

そして、そんな風に聞いていたネギは、今の俺と先生のやり取りを見て、その木乃香から聞いていた話との差異に戸惑っている。

きっとだが、彼女はその『どうしてもやらなければならないこと』が、俺が強さを求める理由に、何かしらの関連があると考えたのだろう。

未だ彼女が口にしたことはないが、ネギもまた、俺と同じように『強くならねばならない理由』がある。

そんな彼女は、俺が強さを求める理由に、興味を持った。

だからこそ、差異を感じ、戸惑いながらも、今の問いを俺に投げかけて来た。

…………本音を言えば、今すぐにでも明日菜を追い駆けたいとこなんだけどな。

しかし、ここまで真摯に尋ねられた以上、俺は彼女の決意に、誠意を持って答えなければならない。

だから俺は、大きく息を吸い、ゆっくりと彼女に歩み寄ると、その正面に立った。


「俺がどうしてもやらなあかんこと、それはな…………」


先のネギと同じように、俺は真っ直ぐ射抜くように彼女の目を見つめ、そして…………。


「―――――復讐や」


この6年間、俺が必死で研鑽を積んで来た、その目的を口にした。


「っっ!? ふく、しゅう…………?」


その言葉が、余りに普段の俺のイメージに似つかわしくないものだったからだろう。

息を飲んだネギは、その言葉の意味を考えるように、そう俺の言葉を繰り返した。


「そ、そんな…………一体、誰に…………?」

「ストップ、続きはどっか行ってもうた明日菜を捕まえてからや」


呆然としながらも、絞り出すように次の問いを投げかけて来るネギ。

しかし俺は、そんな彼女の台詞を遮って、そんな提案を口にした。

遅かれ早かれ、彼女たちには俺の闘う理由、強さを求める理由を説明しなくてはならなかったのだ。

それが偶々、こんな形で切り出されてしまったというだけのこと。

自らの保身以上に、この話は彼女たち2人に聞かせるべきだろう。

そう判断しての提案だ。

俺はネギの返答を待たずして、自らの影に対してゲートを開いた。


「ほな行くで? 早ぉ見つけへんと、明日菜のやつが女子寮に入ってもうたらお終いやからな」


もちろん、この発言は俺の明日的な意味でだ。


「い、行くって…………小太郎君、アスナさんがどこに行ったか分かるの?」

「分からん。けど、どの道門限も近いさかい、寮に向かうてるんは間違いあれへんやろ?」


ここから女子中等部寮へは真っ直ぐ1本道だ。

アスナの俊足を考えても、桜通りの少し向こう側くらいにゲートを開けば、十分に先回りは出来るだろう。

黄昏の姫巫女としての記憶がない彼女は、学園に暮らす他の一般生徒と何ら変わりない感性を持っている。

『魔法』って言葉に対しても、どちらかと言えばファンシーな、夢の有るイメージを抱いて居るのかも知れない。

図書館島の一件を経た今でも、原作を鑑みる限り、その価値観に大きな揺らぎはないだろう。

だからこそ、ここらで俺の生い立ちを詳しく話して、俺やネギに関わること…………魔法に関わることがどれだけの危険を孕むか、分かっていて欲しい。


「そうや…………ネギ、明日菜と合流する前に言うとかなあかんことがあんねん」

「え? な、何かな?」


未だ俺の放った『復讐』という言葉への驚きから冷めていないのか、どこか心ここに有らずといった風に、ネギがそう尋ねる。

そんな彼女に、俺は真顔でこんなことを言う。


「さっきセンセが俺の頬にキスしたんは、端に俺をからこうてただけで、深い意味はあれへんからな?」

「へ?」


いきなり雰囲気をブチ壊すようなことを言った俺に、ネギが素っ頓狂な声を上げて、先程とは違う驚きの表情を浮かべる。

いや、だってちゃんと断っておかないと、勘違いされたままだとマズいじゃん。

実際、アレは刀子先生から俺への、精一杯のアピールだったんだろうけど…………それとこれとは話が別だ。

先生には申し訳ないが、俺はまだ生きていたい。

そんな訳で、俺の口から出た言い訳は、現状、唯一無理のないであろう、精一杯の誤魔化しの言葉なのだった。











SIDE Asuna......



真っ暗になった桜通りを、私は1人で歩いていた。

はぁ~~~~…………何であいつの後を追っかけようとか思っちゃったのよ…………。

そりゃあ最初は、普段人のことを散々おちょくってくるから、弱みの一つでも握れたら、少しは仕返しも出来るんじゃ?なんて考えてたけどさぁ…………。

実際、決定的な現場を目撃した今、私の胸の中にあるのは、1年の時に高音先輩とあいつが仲良さそうにしてるのを見た時と同じ、もやもやとした気持だった。

それに…………小太郎達を追い駆けてる時に、ネギと言い争ってたこともあって、妙に意識しちゃってるのよね…………。


『それってもしかして、小太郎君のことが『好き』ってことじゃ…………?』


…………確かに、小太郎が他の女の子とイチャついてるの見たら、イラっとすることはあるけどさ。

けど、それが恋愛感情かって聞かれたら、何か違う気もするし。

と、というか、私が好きなのは高畑先生だけなんだってば!!

…………とは言ったものの、それが恋愛感情だって認めちゃえば、このもやもやの正体もはっきりしてしまうのは事実だ。

犬上 小太郎、か…………。

キザったらしくて、女の子だったら誰にでも優しくて、いつでも人助けのために躍起になってるバカみたいなお人好し。

でもって、実は妖怪で魔法使い。

オマケにこの麻帆良で、魔法関連の厄介事を専門にする警備員までやってるっていう、規格外な男子生徒。

不良連中の間じゃ黒い狂犬なんて呼ばれてる札付きの喧嘩屋。

…………こんだけ言ってると、私って物凄いあいつのこと知ってるみたいだけど。


「…………実際、なんにも知らなかったのよね」


…………まさか、担任の女教師と、そ、その…………つ、付き合ってた、なんて。

考えようによっては羨ましくもあるわよね。

だって、それって教師と生徒の垣根を越えてたってことでしょ?

何かコツとかあるなら教えて欲しいくらい…………って、何だ。私やっぱり高畑先生のこと好きなんじゃない!!

そこまで考えると、ふと気持ちがスッキリしたような気がした。

そうよそうよ!!

このもやもやは、あいつが他の女とイチャついてることに対する嫉妬なんかじゃないわ!!

これは、私が高畑先生との仲をまるで進められないのに、あいつが一足飛びに女教師とイチャ付いてることに対する嫉妬だったんだわ!!

そう考えれば、全て説明が行くじゃない!!


「私が好きなのは、小太郎じゃなくて、やっぱり高畑先生だけよっ!!」


何だか嬉しくなって、思わずそんなことを叫んでしまう私。

まぁ、結構暗くなってるし、周りには誰も居ないわよね?

そう思ってたんだけど。


「天下の往来で、何恥ずかしいことを叫んでるんだ?」

「うひゃぁぁぁぁああああっ!!!?」


う、うそっ!? だ、誰かいたわけっ!?

って言うか、今の独り言、全部聞かれてたっ!!!?

どうか知り合いじゃありませんように…………。

そんな期待を込めて後ろを振り返る私、そこには…………。


「え、えばちゃん?」


この2年間、殆ど口も聞いたことのないクラスメイトの姿があった。



SIDE Asuna OUT......











SIDE Evangeline......



例によって、魔法薬の触媒にする血液の採取に来ていた私は、見知った顔が歩いているのに気が付き、気配を消した。

…………あれは、神楽坂明日菜?

どうしてこんなところに…………って、どこかに出かけていた帰りなら、この桜通りを歩いていても不思議はないか。

しかし…………これは僥倖だな。

せっかくだ、あいつの血液も頂くとしよう。

あいつのように能天気で活きが良い女の血は良い触媒になる。

三日月に口元を歪めながら、奴の背後に近付く私。

しかし次の瞬間…………。


「私が好きなのは、小太郎じゃなくて、やっぱり高畑先生だけよっ!!」

「…………」


神楽坂明日菜が発した言葉に、私は思わず前のめりにこけそうになった。

な、何を言ってるんだこいつは?


「天下の往来で、何恥ずかしいことを叫んでるんだ?」

「うひゃぁぁぁぁああああっ!!!?」



あまりにも予想外の言葉に、私は状況を忘れてそんな突っ込みを入れてしまう。

私が気配を消していたせいで、周囲には誰も居ないと思い込んでいたのだろう。

声を掛けた瞬間、神楽坂明日菜は、素っ頓狂な声で叫び飛び上がっていた。


「え、えばちゃん?」


そして油の切れたブリキのおもちゃのような動きで振り返ったやつは、私を見るなりそんな風に呟く。

ちゃん呼びに、思わず眉が跳ねたが、まぁ、こいつは私のことを何も知らないのだ。今回くらいは見逃してやろう。

しかしこいつ…………あの駄犬と知り合いだとはな。

そう言えば、こいつはあのジジィの孫と同室だったか?

ならば一般人とは言え、何かの拍子に魔法のことを知っていても不思議ではない。

あのクソジジィの性格なら、魔法を知ったとしても、記憶を消さず、厳重注意で済ませている恐れもあるしな。

それに…………あの妖怪がわざわざ孫娘と住まわせるくらいだ。

この小娘自体に、何らかの秘密が隠されている可能性もある。

もっとも、それも些末な問題だ。

それ以上に、私の興味は今、こいつの言っていた言葉に注がれていた。


「貴様、小太郎に惚れてるのか?」


ニヤリと、意地が悪い笑みを浮かべてそう問いかける私。

本来ならば、こんな小娘とこんな場所で口を聞くことにメリットなどないが…………あの駄犬が絡んでるなら話は別だ。

さんざん人のことをおちょくり倒してくれるあのバカに、意趣返しするための切り札になるかも知れん。

そう思っての問い掛けだったのだが…………。


「っっ~~~~ち、違うってば!!!!」


耳まで真っ赤にしながら、神楽坂明日菜は全力でそう叫んでいた。

別に照れ隠しという様子はないみたいだな…………。

フン…………当てが外れたな。

ならばこれ以上、こいつから有益な情報がもたらされることもないだろう。

そう結論付けた私は、その場を去ろうと踵を返す。

しかし…………。


「って、ちょっと待って!? え、エヴァちゃん、小太郎と仲が良いの!?」


神楽坂明日菜にそう呼び止められて、私は仕方なく足を止めた。


「気持ちの悪い言い回しをするな。別に仲良くなどはない。ただ、貴様らよりはあいつの深淵を知っているというだけだ」

「し、しんえんってどーゆー意味?」

「…………」


目眩がした。

…………そういえば、こいつはあのクラスでも最下位の成績だったか。

言葉は慎重に選ばないと、こういう弊害もある訳だな…………。


「こ、言葉の意味は分かんなかったけど、とりあえず、小太郎の事は良く知ってるってことよね?」

「…………あーもうその解釈で構わん」


溜息を零しながら、神楽坂明日菜に適当な返事を返す私。

というか、もう行っても良いか?

正直、これ以上こいつと会話することになんのメリットもないんだが?

そう思っていたんだが…………。


「あ、あのさ? 小太郎が誰かと付き合ってるって話、聞いたことある?」

「何…………?」


神楽坂明日菜が口にした言葉に、私は再び振り返っていた。

…………奴が誰かと付き合う、だと?

あの駄犬に限ってそんなことはまずないだろう。

大方、あいつが誰か女と仲良くしてるのを見て、こいつが勘違いしているだけだろうが…………これは良いことを聞いたな。

十中八九、小太郎の相手としてこの女が勘違いしているのは、近衛木乃香や桜咲刹那ではないだろう。

もしあの2人なら、こんな風に私に問い掛けて来ることはないからな。

と、いうことはだ…………あいつが余所の女とイチャついていた事実を、あの2人は知らないということ。

それをあいつらに吹き込めば…………中々に面白いことになりそうじゃないか?

私は込み上げて来る笑いを必死で抑えながら、神楽坂明日菜に向き直る。

面白い情報をよこしてくれた礼に、少しばかりちゃんと答えてやろう。

そう思ったからだ。


「何を見たかは知らんが安心すると良い。あのバカには、色恋にかまけている余裕なんてないさ」

「え…………?」


私の言葉に、目を丸くする神楽坂明日菜。

もちろん、今度の驚きは言葉の意味が分からなかったからではない。

恐らくは、何故やつが、色恋にかまける余裕がないか、その理由に心当たりがなかったからなのだろう。


「余裕がないって…………どうして?」


ほらな?

不思議そうに尋ねて来る神楽坂明日菜。

本来なら、そこまで親切に答えてやる謂れは無いのだが…………美味しい情報が聞けた上、今日は満月ということもあって、実に気分が良い。

まぁ、質問に答えてやるつもりはないが、一つ忠告くらいはしておいてやろう。


「そこまで答えてやる義理は無い。それに、桜通りの吸血鬼の噂、貴様も聞いたことがあるだろう? さっさっと寮に戻った方が賢明じゃないか?」


無論、その正体はこの私。

かつて不死の魔法使いと恐れられた賞金首、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

先程の情報料として、今後こいつを襲うつもり無いが、他の女を襲ってるときに出くわすと、危害を加えざるを得ないからな。

少し釘を刺すつもりでそう言ったのだが…………。


「きゅ、吸血鬼って…………エヴァちゃん、そんなの信じてる訳?」


どこか呆れたように、神楽坂明日菜はそんなことを言う。

ふっ…………まぁ、実に一般人らしい反応ではあるな。


「信じるか信じないかは貴様の自由だ。しかし、貴様は知っているのではないか? そういった例外が存在することを」

「っっ!? も、もしかしてエヴァちゃん、魔法のこと…………!?」


私が問い掛けた瞬間、目を見開き驚きを露わにする神楽坂明日菜。

先の推論通り、どうやらこいつは、魔法のことと、そしてそれは隠匿されねばならないことを知っているらしい。

あの駄犬め…………どういう失敗をしたら、こんなやつに魔法を知られるんだ?

それはさておき、だ…………これ以上、こいつと言葉を交わす必要はないだろう。

ちょうど、あいつもやってきたようだしな。

しかし…………くくっ、慌てて追いかけてくるところを見ると、どうやらあの駄犬、こいつに余程見られたくない場面を目撃された様だ。

あの京都主従にリークしてやれば、さぞや面白い見せ物になることだろう。

すぐ近くで開かれたゲートの魔力に、私は笑みを浮かべるのだった。



SIDE Evangeline......











ゲートを通り抜け、桜通りにやって来た俺とネギ。

お役御免となったチビには、先に寮へと戻ってもらったからな。

予想では、そろそろ明日菜と鉢合わせする筈なんだが…………。


「あ、あそこっ!! あれ、アスナさんだよね?」


そう言ってネギが指差す方向に目を向けると、そこには確かに見覚えのあるツインテールが風に揺られていた。

しかし…………何で寮の反対側を見て立ち尽くしてるんだ?

不思議に思ったが、すぐに答えは見つかった。

明日菜を挟んで俺たちと反対側。

そこにあった小柄な人影。

恐らく明日菜は、その人物と話していたのだろう。

そしてこの匂い…………どういう風の拭き回しだ?

その人物から微かに漂ってきた血の匂い。

それでその人物が、エヴァだと気付いた俺は、内心首を傾げたが、まぁいつもの気まぐれだろう。

そう結論付けて、俺はネギとともに明日菜へと駆け寄ることにする。


「明日菜っ!! ようやく見つけたで!!」

「っ!? こ、小太郎っ!?」

「ふっ、良いタイミングだな駄犬」


俺が声をかけると、対照的な反応で振り返る2人。

その近くにやって来て、俺とネギは足を止めた。


「エヴァ…………どういう風の吹き回しや? 自分がクラスメイトと談笑しとるやなんて」

「フン…………偶にはそういうことも必要だと言ったのは貴様だろう? まぁ、そろそろ帰ろうと思っていたところだがな」


そう言い捨てるとエヴァは、さっと踵を返し立ち去ろうとする。

しかし、歩きだす直前で、彼女はもう一度だけこちらに振り返り…………。


「なるほど、そいつが奴の…………」

「っっ!!!?」


ネギをちらりと一瞥し、氷のような視線で射抜いた。

そんなエヴァの視線に、一瞬だが身を振わせるネギ。


「ね、ネギ? どうしたの?」

「い、いえ…………何か、一瞬だけ寒気が…………」


その悪寒の正体には気が付かなかったのだろう。

心配そうに尋ねる明日菜に対して、彼女は気もそぞろといった風に、ただただ茫然と自らの身体を抱き締めるばかりだった。

もっとも、彼女がその寒気の正体に気が付かないのも無理は無い

何せ、エヴァのやつは、戦闘に関しては素人のネギに、それなりの殺気をぶつけやがったのだから。

原作でもそういう描写はあったが…………実際に目の前でその光景を見ると、余り気分のよろしいものじゃないな。

だから俺は、若干語気を荒げながら、エヴァにこう問いかけた。


「エヴァ…………俺の役目、分かっとるよな?」


ここでネギに危害を加えると言うのなら、俺は立場上、彼女を迎え撃つ他ない。

さすがに封印されたままの彼女では、本気で今の俺と戦闘をすれば分が悪いことくらい本人も承知しているだろう。

原作に比べて時期の早い今では、魔法薬の準備も万全ではないだろうしな。


「フッ…………そう逸るな。心配せずとも、ここで事を構えるほど私は酔狂じゃない」


俺の期待通りと言うべきか、すぐに殺気を霧散させて、エヴァは小さくそう笑った。


「じゃあな。それと、神楽坂明日菜。さっきの問いだが、直接聞け。こうして本人が目の前にいるんだからな」


そう言い残すと、エヴァは今度こそ自分のログハウスに向かって歩き始める。

まるで、漆黒の闇夜に溶け込むようにして、その後ろ姿すぐに掻き消えてしまった。

…………ったく、ヒヤヒヤさせやがって。

ああやって凄んだものの、実際戦闘になれば、負けないにしてもエヴァを負かすのは至難の業だからな。

それに…………そうなってしまうと、俺の目論見も全て水泡に帰してしまう。

そうならなかったことに、俺は安堵の溜息を零した。

その瞬間だった。


「ねぇ、小太郎…………」


先程のネギと同じ、酷く真剣な声で明日菜が俺の名を呼んだのは。

俺が振り返ったと同時、ぎゅっと自らの身を抱き締めていたネギの顔を覗き込んでいた明日菜が、すっと顔を上げる。

ちりんと、彼女の髪に括られている鈴が、小さく鳴った。


「さっきエヴァちゃんに聞いたんだけど、あんたには恋愛してる余裕なんてないって、どういう意味?」

「…………」


真正面から、俺の瞳を見据え、抑揚のはっきりした声でそう尋ねる明日菜。

…………つくづくどういった風の吹き回しだ?

エヴァの奴がクラスメイト、しかも一番苦手であろう性格の明日菜に、こうも親切に何かを教えてやるなんて…………。

まぁ、考えても仕方がないだろう。

あいつの気まぐれなんて、今に始まったことじゃなし。

それに、彼女の方からそう切り出してくれたんだ。

どの道、これからそれを話すつもりだった俺にとって、この状況はこの上なく僥倖だろう。


「安心せえ。それを説明するために、こうして追っかけて来たんや」

「…………」


いつものように、軽い調子のまま笑みさえ浮かべてそう言った俺。

しかし、そんな俺の様子とは裏腹に、明日菜の表情は真剣なものから、崩れることは無かった。

恐らくは『俺に余裕がない』という言葉に、大きな重みがあることを、本能的に感じ取っているのだろう。

さすがは魔法の国のお姫様ってところかね…………。

だから俺は苦笑いを浮かべながら、彼女たちにこんな台詞切り出す。


「ほな、場所を変えよか? ちっとばかし重い話しになってまうさかい、覚悟だけはしといてくれるか?」

「「…………(コクッ)」」


俺の言葉に、しっかりと頷く2人。

その様子に満足した俺は、再び自らの影を触媒にゲートを開いた。

俺の過去を、俺が強さを求めるに到ったその根源を…………そして、俺に関わると言うことが、どんなリスクを孕むかを。

その全てを、彼女たちに伝えるために…………。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 88時間目 蓴羹鱸膾 美しい思い出の筈なのに、何故か蔓延るラスボス臭
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/11/21 01:10


三日月が笑う黒天の下、俺たちは互いに言葉なくそこに居た。

女子寮のすぐ近くにあるこの公園。

門限が間近に迫っていることもあり、本来であれば帰宅を急ぐ寮生が行きかっているであろうこの場所。

しかし今は、公園前の道も含めて俺たち以外の気配は無かった。


「べ、便利だね。人払いの結界って…………」


目を丸くしながらネギが言う。

そう、彼女の言葉が示す通り、俺はこの公園の周囲に人払いの結界を張っている。

これから彼女たちに話す内容はもちろん、彼女たちに俺の過去を伝える方法を鑑みての処置だ。


「ちっとばかし大袈裟な術式を使わなあかんさかいな。用心するにこしたことはあれへんやろ?」


口をついで出た言葉は、あくまでもいつもと変わらぬ軽い調子。

しかし、そこに含まれる意図は、平時とまるで違う真摯なもの。

それを理解しているのか、ネギは真剣な表情のまま、しっかりと頷いた。

そんな彼女とは対照的に、魔法のことに関して何も知らない明日菜は、俺たちの顔を交互に見つめて、顔中にクエスチョンマークを浮かべている。


「ちょ、ちょっと!? おおげさな魔法使うって、私はただ、あんたの言う『やらなきゃいけないこと』を聞きたかっただけで…………」

「心配あれへん。それを説明するんに魔法を使うんやから」

「え?」


目を丸くして、動きを止めた明日菜。

そんな彼女を尻目に、俺は腰を屈めると地面に手を付いた。


「幸魂(サキミタマ)、奇魂(クシミタマ)、守りたまへ、幸(サキ)はへたまへ…………」


地に触れた手に魔力を込め、口ずさむのは出雲神語と呼ばれる祝詞。

縁結びの御利益で知られる出雲大社の祭神、大国主命。

そこにこの出雲神語を奏上することで、陰陽道由来の呪術を用い、意識共有を行うためだ。


「幸魂(サキミタマ)、奇魂(クシミタマ)、守りたまへ、幸(サキ)はへたまへ。幸魂(サキミタマ)、奇魂(クシミタマ)、守りたまへ、幸(サキ)はへたまへ…………


徐々に奏上の速度を上げ、地に流す魔力を増して行く。


「…………すごい、きれい…………」


明日菜が零した、感嘆の溜息。

それが合図だったかのように奏上と魔力を止める。

ゆっくりと目を開くと、触れた地面を中心に、半径2m程の広さで淡く光る、気が学模様が浮かびあがっていた。


「これって…………意識共有の魔法? でも、術式は陰陽術由来なのかな…………?」


術式が放つ魔力の指向性に気が付いたのだろう、興味深そうにネギが呟く。


「まぁ、大方その通りや。この辺りにおる土地神経由で出雲の主神と簡易契約してん。でもって、俺たちの意識を『結ぶ』術を借用したっちゅうんが正しい解釈やな」

「か、神様と簡易契約したのっ!?」


驚きの声を上げるネギだが、この程度の術式は陰陽術では基礎の基礎だ。

ラテン語や古代ギリシャ語系の詠唱術式は、使用手順が簡素である反面、個人が有する魔力以上の効果は発揮できない。

対して、日本古来の術式である神道由来の術式は、土地神を初めとする神と契約することで、術者が持つ力以上の効果を発揮できるものが多く存在する。

もっとも、その術式の性質上、日本以外の土地では使用できないって欠点があるわけだが…………。

逆を言えば、契約する神の神格に応じて、個人が有する以上の効果を発揮できるため、日本の領土上では最強の戦闘手段だろう。

とは言え、殆どの術者が、戦闘系上位神とは契約することすらできないため、陰陽術最強説は机上の空論でしかない。

…………クソ兄貴辺りは平然とやりそうなのが、またムカつく話だが。

過去の例を上げると、安倍晴明や芦屋道満辺りも出来てそうだな…………って、盛大に話が脱線したな。


「まぁそないに難しい術式を依頼した訳とちゃうし。祝詞と魔力で十分対価は取れとるからな」

「そ、そっか…………た、確かに西洋でも、悪魔と契約して魔力を得る、っていう術式も良く聞くしね…………やったら犯罪だけど」


納得したように、しかし顔をこわばらせながら頷くネギ。

さて、余談はこれくらいにして、そろそろ本題に入るべきだろう。

そう考え、地面から手を離し立ち上がると同時、2人をそれぞれ一瞥する。


「さぁ、そろそろ本題に入るとしよか? 初めに断っとくけど、今から2人には俺の記憶をちっとばかし覗いてもらお思てんねん」

「記憶を覗く? あっ、もしかして、この魔法ってそういうためのものだったわけ?」


得心がいったとばかりに、手を打ちながらそんなことを問い掛けて来る明日菜。

そんな彼女に、苦笑いを浮かべながら頷いた。


「けど、どうしてあんたの記憶を? 私はただ、あんたに余裕がない理由を聞きたかっただけなんだけど?」


先程の納得顔とは打って変わり、再び腑に落ちない様子で明日菜は首を傾げる。

復讐と言う言葉を聞いたネギと違い、彼女は俺の過去や魔法に、想像を絶するような危機的状況があったとは思いつかないのだろう。

再び真剣な表情を作って、明日菜の目を真正面から見据えた。


「ネギにはさっきちらっと言うたんやけどな。俺がどうしてもやらなあかんこと、それはな? ある男への復讐やねん」

「っっ!?」


はっきりと、息を呑む明日菜。

その傍らで、ネギは表情を曇らせながら、視線を足元へと落としていた。


「まぁ、普段の俺の様子知ってたら意外に思われるんも無理ないけどな。けど、これは事実や。麻帆良に来たばっかの時は、刺し違えてでもそいつを殺したる思てた」


あえて用いた『殺す』という言葉に、一瞬だが2人が身じろぎする。

言葉の重みは十分に伝わっているようだ。

なら、後は俺の記憶を見せ、2人に考えてもらうだけだろう。

魔法と言うものが、如何なるものかを。

そして…………これからの、己の身の振り方を。


「記憶を見て貰うんは、自分らに考えて欲しいことがあんのと、もう一つはそん方が手っ取り早いからや。話すとなると…………報告用紙10枚分になってまうさかい」

「うぇ…………」

「そ、それはちょっと…………」


あからさまに嫌そうな顔をする明日菜と、さすがに表情を引き攣らせるネギ。

これから少しばかり陰惨な光景を見せつけることになるんだ。

これくらいの冗談は御愛嬌だろう。

…………つーか、実際学園に提出した俺の報告書はその量だったし。


「ほな始めるで? 2人とも、この陣の上に乗って俺の手ぇ握ってくれ」

「「…………」」


2人は無言のまま、しかししっかりと頷く。

恐る恐るといった様子で、淡い輝きを放つ魔法陣へと足を踏み入れた。

そして俺が広げた両の手の内、右を明日菜が、左をネギが、ゆっくりと握り締める。


「一応言っておくけどな…………これから見せる俺の記憶には、結構えげつないシーンもある。覚悟は良えな?」

「…………う、い、今更脅すのは卑怯よっ? こ、ここまで来て、引き下がれる訳ないじゃない?」

「ボクもアスナさんと同じ意見かな? それに…………陰惨な光景なら、前にも一度、見たことがあるから」


念を押した俺に対して、及び腰ながらも毅然と答える明日菜と、比較的に落ち着いた様子のネギ。

恐らく、彼女の言葉が指すのは6年前…………彼女がその憧憬を向ける父との邂逅を遂げた、あの雪の日のことだろう。

…………この世界のネギも、やっぱ根幹は『アレ』ってことか。

俺の記憶を見て、妙な方向に価値観が傾かないことを祈りたい。


「じゃあ行こか? 俺の過去を覗きに」


そんな前置きとともに、一気に輝きをます幾何学の魔法陣。

目を開けていられないほどにその輝きが増した瞬間、恐らく2人は、眠りに落ちるときのような、奇妙な感覚に襲われただろう。

白光に遮られた世界の中、その瞬間をもって、確かに俺たちの意識は『結ばれた』。










目を開いた先に広がっていたのは、緑に透かされた日光が降り注ぐ森の中だった。


『っ!? ど、どどどどーゆーことっ!? 私たち、さっきまで公園に居たわよねっ!?』

『お、落ち着いてくださいアスナさんっ!! 魔法ですよっ!! まほー!! これ、多分小太郎君の記憶の中の風景なんですよっ』


慌てて周囲を見回し、驚嘆の声を上げる明日菜に対して、ネギがそんな風に説明する。

全くこのお姫様は…………俺の説明聞いて無かったのかね?

そんな明日菜の様子に溜息を吐きながら、俺はゆっくりと周囲を見渡した。

…………懐かしいな。

一見すると、何処にでもありそうな雑木林の風景だが、俺は鮮明にこの景色を覚えている。

6年前、焼け落ちた俺の故郷、狗神使いの里。

自らの記憶をもとに作り上げた幻想空間(ファンタズマゴリア)なだけあって、さすがにその完成度は凄まじいものだった。


『けど小太郎君、記憶を覗かせてくれるって言ってたけど、どこにも小太郎君が見当たらないよ?」


周囲をきょろきょろと眺めながら、不思議そうに問い掛けて来るネギ。

それもその筈。

前述の通り、俺たちが居るのはうっそうと茂った森の中で、今は俺たち3人以外の姿は見当たらなかった。

まぁ、あくまでも『今は』の話なんだけどな…………。


『心配せんでも良え。すぐに賑やかになるさかい。ほれ、そん辺りを良ぉ見とき』

『『その辺り?』』


目をまるくしながらも、俺が指差した方向へと視線を移動する2人。

その直後だった。



―――――タンッ。



『『っっ!!!?』』


遥か頭上の木から小さな影が地面に降り立ったのは。


「っ!! 兄貴のやつっ、ホンマに容赦ないなぁっ…………!!」


言うまでもなく、そこに降り立った小さな影は6年前、当時8つに為ったばかりの少年姿の俺だった。

忌々しげに吐き捨てた当時の俺は、その場で足を止めるとごそごそとズボンのポケットを漁り、何かを探し始める。

そんな様子を2人はただ、呆然と見つめていた。


『え、えーと…………あの子って、小太郎君、だよね?』

『なんていうか…………かなり生意気そうなガキね?」

『…………ほっとけ』


生意気そうな面構えは生まれつきなんだからしょうがねぇだろ?

それはさておき、探し物が見つからないのか、焦った様子で必死にポケットに手を突っ込む俺(小)。


「マズイマズイマズイマズイっっ!? は、はよせんとっ…………ん? あ、あったっ…………!!」


探し物が見つかったのか、一瞬で表情を明るくする俺(小)。

しかし次の瞬間…………。



―――――ズドォンッッ!!!!



『ちょっ!?』

『お、オニっ!?』


轟音とともに、木々をなぎ倒して表れたのは、体長2m程の種族を考えれば小柄な赤鬼だった。

頭頂部に1本角を生やしたその鬼は、眼下に俺を認めるや否や、手にした棍棒を大きく振り上げ…………。



―――――ズドォンッッ!!!!



容赦も加減もなく叩きつけた。


『ちょっと小太郎っ!? ちっちゃい小太郎潰されちゃったわよっ!? どーすんのよっ!?』

『…………明日菜、ほんまに俺の話聞いてたか? これは俺の記憶や言うたやろ? もしここで潰されとったら、こうして自分らに記憶見せとるわけないやろ?』

『へ? そ、それもそうね…………け、けどそれじゃ、ちっちゃい小太郎は?』

『上、見てみぃ?』

『?』


俺が指差した先、頭上を見上げる明日菜。

その視線の先には、無傷のまま頭上の枝に左手でぶら下がる俺(小)の姿があった。


「あっぶな…………いくら俺が頑丈や言うても、さすがに今のんは洒落になれへんて…………」


右手で冷や汗を拭いながら、標的を失い視線を彷徨わせる鬼を見下ろす俺(小)。

しかし、そんな
俺(小)の気配に気が付いたのだろう。

鬼はぐるりと頭上を見上げると、その顎を大きく開き魔力を集中させていく。

麻帆良にて酒呑童子が使ったのと同様の、魔力の大砲を放つつもりなのだろう。

徐々に、その大顎には球状の魔力塊が形成されつつあった。


『ちょっとちょっと!? な、何かヤバい雰囲気なんですけどっ!?』

『いい加減慣れたらどうや? 黙って見ときゃ良えねん』

『うっ…………』


釘を刺されて、ようやく大人しくなる明日菜。

そこで俺は、ふとネギが先程から言葉を発していないことに気が付き視線を彼女へと移した。


『…………』


移動させた視線の先では、ネギが固唾を呑んで事の成り行きを見つめている。

明日菜とは違い、これが俺の記憶だと理解しているネギは俺(小)が、この状況を切り抜けられると確信しているのだろう。

しかし、それでもこうして伝わって来る臨場感と、俺(小)の緊張感故に、息を吐くことも出来ない。

恐らくネギの心情としては、良く出来た3D映画を見せられている、という感覚に近いものがあるんじゃなかろうか。

…………確かに、今の俺(小)の状況って、B級映画とかで有りそうだもんなぁ。

そうこうしている内に、魔力塊を形成し終える鬼。

その次の瞬間には、白い凶光が俺(小)を貫くだろう。


「…………まっ、オートの簡易式神やとそんなもんやんな?」


俺(小)はまるでその状況を愉しむかのように笑みを浮かべていた。

刹那、放たれる鬼の咆哮。

何を血迷ったのか、俺(小)はその光に身を躍らせ、そして…………。


「残念…………ハズレやで?」


放たれた極光を、物の見事に引き裂いていた。


「っっ!?」


感情を持たぬ筈の鬼の目が、一瞬だが驚愕に見開かれる。

そして当然、その千載一遇を俺(小)が逃す筈も無い。

一瞬で鬼との間合いを詰めた俺(小)は、両の爪に魔力を纏い身体を仰け反らせるようにして、両腕を大きく振りかぶる。


「これで…………終いやぁっ!!!!」


すれ違い様、勢い良く爪を振り下ろし、2回り以上は巨大なその鬼を引き裂いた。

その瞬間に、ぽんっ、という音ともに消失する鬼。

振り返った俺(小)の視線の先では、先程まで鬼が居た場所に、引き裂かれて2枚となった紙切れがひらひらと舞っていた。


『すごっ!? あんなにでっかいのを倒しちゃった!?』

『こ、小太郎君。小さいときから強かったんだね…………』

『…………』


異口同音に感嘆の言葉を零す2人に対して、俺TUEEEEE!!!!と胸を張っても良さそうな筈の俺は、しかし言葉を紡ぐことは出来なかった。

何せ、ことあと俺(小)に訪れる悲惨な出来事を、俺はありありと思い出していたのだから。

そしてそんな俺の記憶を代弁するかのように、目前の脅威を払ったにも関わらず、一向に警戒を解く様子を見せない俺(小)。

何かを恐れているかの様に、しきりに視線を彷徨わせる。

…………そんなときだった。



「へぇ…………何やごそごそやっとる思てたら、今の護符を作っとったいう訳かいな?」



「!!!?」


突如として頭上から降って来た声に、即座に点を仰ぐ俺(小)。

そこには、今の俺たちとそう歳の変わらない1人の男が、巨木の枝に悠然と佇んでいた。

狐のように切れ長な双眸に漆黒の髪。

底意地の悪そうな笑みを張り付けたその表情は、相対する人間から、自らの深淵を覆い隠しているかのようだった。


「兄貴…………天才や言われとる割に、ホンマ高いとこ好きやなぁ…………」


どこか呆れたように呟く俺(小)。

その言葉が示す通り、遥か頭上でこちらを見下ろすその男は…………。


―――――犬上 半蔵。


社会から隔絶された環境故、江戸以前よりの風習が残っていた里において、元服を目前に控えた、我が兄上だった。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 89時間目 和気藹藹 母の語る親父象が、思い出補正じゃなかったと思い知る
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/11/01 19:56



『ね、ねぇ小太郎君? あの人は…………?』


頭上から俺(小)を見下ろす兄貴を指差し、呆然と問い掛けて来るネギ。

俺はかつての…………未だ俺を裏切っていない兄を見つめ目を細める。

…………こんときの俺は、あいつが敵に、お袋たちの仇になるなんて思ってもなかったんだがな。


『ちょ、ちょっと小太郎!? 何いきなり黙ってんのよ!?』


おっと。

いかんいかん。

感慨に耽って言葉を失っちまってたか。

軽く被りを振ってから、俺は改めて明日菜たちに視線を移す。


『スマンスマン。ちょっと懐かしゅうなってもうてな。あいつは犬上半蔵言うてな。俺の父親違いの兄貴や』

『えぇっ!? こ、小太郎君、お兄さんがいるんだっ!?』


俺の説明に驚きの声を上げるネギ。

そう言えば、俺の家族関連の話しって、妖怪の親父が居場所不明ってことと、腹違いの妹がいるってこと以外話したことがなかったっけ?


『ちょっと待ちなさいよ? た、確か、かすみんの娘さんって、アンタとお父さんが一緒なのよね? でもあのお兄さんって人は、父親が違うってことは…………』


今にも頭から煙を噴き出しそうな勢いで、俺の血縁関係を整理しようとしている明日菜。

う~ん、なんて唸りながら、人差し指で眉間をとんとんしながら難しい表情を浮かべている。

…………まぁ、一般人からしたら訳の分からない家族構成だよな。


『まぁ、その辺の家族関係は気にせんで良えで? とりあえず今は、あいつが俺の兄貴ってことだけ覚えとってくれたら良え。ついでに言っとくと、こん時の俺は自分に

妹がおるなんて知れへんかったし、親父とは会うたこともあれへんかった。せやから、家族言えるんは、あの兄貴とお袋だけやってん』

『そ、そうなの? ま、まぁあんたがそういうなら、深くは考えないことにするわ…………』


これ以上考えると、本当に頭がオーバーヒートしそうだったのだろう。

明日菜はうんうんなんて頷きながら思考を中断した様子だった。

そんな俺たちを余所に(まぁ、向こうは単純に俺の記憶を再生してるだけなんだから当然なんだが…………)、颯爽と木から地面へと降り立つ兄貴。

兄貴は両断された符を拾い上げ、しげしげと見つめると俺(小)を一瞥した。


「まぁ及第点やな。けど、小鬼相手にこない手こずってたら先が思いやられるで?」


やれやれと、肩を竦めて苦笑いまで浮かべる兄貴に、俺(小)はげんなりと肩を落とす。

そんな様子を見つめていた明日菜とネギだったんだが、兄貴の台詞を聞き、はっとしたように顔を見合わせていた。


『ね、ねぇ? 今お兄さん『こおに』って言わなかった?』

『え、ええ。ボクもそう聞こえましたけど…………』


半笑いのような、微妙な表情で見つめ合う2人に、俺は軽く説明をしてやることにする。


『聞き間違いやないで? 普通の鬼言うたら身長が3mくらいあって当然や。俺自身5m強のやつと闘うたことあるし、鬼神なんて言われとるやつは数10mあるらしいで?』

『す、すうじゅっ!? はぁっ!?』

『そ、それって、ちょっとしたビルと同じくらい大きいってこと!?』


その瞬間、目を白黒させる2人。

いや驚かれるとは思ってたけど、まさかここまで良い反応が返ってくるとは…………。

つーか、原作通りにことが進んだら、お前らこれからそういう類の化け物としょっちゅうやり合うことになるからね?


『まぁその辺の話はまた今度や。ほれ、良い加減集中して事の成り行きを見とき』


そう促された2人は、未だ驚愕が冷めない様子だったが、本来の目的のこともあり仕方なし、といった体であれやこれやと話す俺(小)と兄貴へ視線を戻すのだった。


「つか一体いつの間に護符なんて覚えてん? わい、護符の前に自前の障壁張れるよう特訓せえて言わへんかったか?」



―――――むぎゅう。



「ひたっ!? ひはははっ!!!?」


ジト目になりながら、俺(小)の頬をぎゅうっと摘まむ兄貴。

前に木乃香と話してるときに思い出してたけど、この頃の兄貴って、半ば俺の頬の感触を愉しんでる感があったからな。

こっちは良い迷惑だったけども…………まぁ、悪い思い出ではない。

少なくともこの時、俺はあいつのことを誰よりも信頼していた。

それは違えようのない事実だから。

何とか兄貴の手を振りほどいた俺(小)は、赤くなった頬を擦りながら、若干涙目になりつつも兄貴を睨み返す。


「せ、せやかてしゃあないやんっ!? 障壁の張り方なんてイマイチ分かれへんし、兄貴の稽古は激しなるし、俺は俺なりに考えてんてっ!!」

「だあほ」



―――――むぎゅう。



「ひははははっ!!!?」


抜け出したのも束の間、次の瞬間再び兄貴に頬を摘ままれて悲鳴を上げる俺(小)。


「自分なりに考えたってとこは評価したる。けどな? 護符や結界は無限に使えへんやろ? 戦闘中に使いきったらどないすんねん?」


摘まんだ俺(小)の頬を離すと、今度は諭すような口調でそう問いかけて来る兄貴。

俺(小)は再び頬を擦ると、胸を張ってこう答えた。


「使いきる前に敵を倒したらええねん!!」

「だあほっ!!!!」



―――――むぎゅぎゅう~~~~!!!!



「ひははははははっ!!!? は、はにひっ!? ひはいっ!! はひへひはいっ!!!!」


さっきよりもかなり強く頬を摘ままれて、必死に兄貴へと痛みを訴える俺(小)。

…………この頃の兄貴の攻撃って、予備動作なしで跳んで来るから避けられなかったしなぁ。

アレ、痛いんだよなぁ。

何だか見てるこっちの頬まで思い出し痛いんだけど…………。

頬を摘ままれ涙目で暴れる俺(小)を見つめながら、俺は何となく自分の右頬を擦っていた。


『ぷっ…………何か、今の小太郎とは偉い違いね?』

『あはっ、そうですね。何だかお兄さんの方がボクらの知ってる小太郎君っぽいかも。さすが兄弟だね?』

『…………』


微笑ましそうに俺(小)たちを見つめ、そんな言葉を漏らすネギと明日菜。

そんな彼女たちに、俺は返す言葉が見つからなかった。

何せ、少なくともあそこでじゃれ合ってる俺(小)は、いつか兄のうようになりたいと願っていたが、今の俺は…………。

そんな風に、この後2人に見せるであろう光景を思い出して、俺はどうにも言葉を詰まらせてしまっていたのだ。


「使い切る前に倒せる相手ばっかとは限らへんやろ? つーか、今のわいでさえ自分の護符くらいなら一撃で全部無効や」

「うそん!? さ、30枚くらい用意してんねんでっ!?」


俺が何と切り返したものか迷っている内に、再生され続ける俺の記憶。

頬を解放された俺(小)が上げた驚きの声に、俺はこの後の事を思い出して、先程とは違う意味で言葉を失っていた。


「30枚…………良うもそんだけ用意出来たな? まぁ、思てたより多いけど、そんくらいなら何とかなるわ」

「えぇ~~~~? さすがに兄貴、それは見え張り過ぎとちゃうか?」


疑いの視線を向ける俺(小)に、兄貴はぴくりと眉を跳ねさせる。


「…………良えやろ。そこまで疑うんやったら証拠を見せたるわ。その護符全部大事に持っとけよ?」


すっと、俺(小)から離れ、一足一刀ほどの間合いを取る兄貴。

そんな兄貴をぽかんと見つめながらも、言われた通りに持っていた護符を、全て胸の辺りで掲げて持つ俺(小)。


「障壁貫通の術式…………槍持っとる武神いうたら、メジャーなんは毘沙門天辺りやんな」


ぼそぼそと呟きながら、兄は右手の人差指と中指をピンっと伸ばした状態にし、その伸ばした指先で右足のつま先にそっと触れた。

そして…………。


「オン ヴィラ マンダヤ ソワカ」


先程口にした神を代表する真言を唱え、すうっ、と指先で右足を一撫でする。

たったそれだけの動作で、兄の右足には相当な量の魔力が収束していた。

先程俺が広げた魔法陣同様、兄貴の右足はうすぼんやりとした輝きを放っている。


『ね、ねぇ小太郎君。あれってさっき小太郎君が使ってたのと同じ…………』

『ああ。神霊との契約型術式やな。ネギは東洋系の神仏にはあんま詳しくあれへんやろうから付けたしとくけど、あれかなり上位の武神と契約してんねんで?』

『う、うわぁ…………お、陰陽師ってめちゃくちゃだね…………』


…………断っておくが、むちゃくちゃなのは陰陽師全般ではなく兄貴です。


「ほな行くで小太郎? 準備は良えか?」

「おう!! いつでも来ぃ!!」


問い掛ける兄に対して意気揚々と答える俺(小)。

あまりに浅はかなかつての自分を見て、俺は今すぐ過去に戻ってこいつの頭を殴ってやりたくなった。

…………兄貴の足に収束してる魔力でヤバさに気付けよ。

俺がそんなことを考えた、まさに次の瞬間。


「せぇいっ!!!!」



―――――パパパパパッ!!



渾身の力で放たれる兄貴の蹴り。

そして、断続して響く機関銃の発射音に似た音。

無論、それは俺(小)の護符によって貼られた障壁が連続して砕けていく音だ。

音が響いたのは僅か1秒にも満たぬ時間。

しかしそれだけの時間で、俺(小)の持つ護符はその全てが弾け飛んでいた。


『す、凄い!! あれだけの障壁が一瞬で…………!!』


俺の隣で感嘆の声を上げるネギ。

しかし次の瞬間。


「あ」

「へ?」


あまりに場にそぐわない兄貴の間の抜けた声。

そしてそれに対して発せられた俺の疑問の声。

その直後…………。



―――――ごきゃんっ!!!!



「ぎゃひんっっ!!!!!?」


兄貴の蹴りによって、見事に顎を打ち抜かれた俺(小)は、まるで空き缶のように明後日の方角へと吹き飛ばされて行くのだった。

合掌。


『『ちょ、ちょっとーーーーーっ!!!?』』


傍らに居た2人が、今のとんでも衝撃映像にそんな悲鳴を上げる。

その瞬間、俺たちが見えていた光景は何もない暗闇に支配されるのだった。

まぁ、当の本人が意識を失ったんだから、記憶の再生が止まるのは当然っちゃ当然だわな…………。


『ちょっと小太郎!? これどういうことよっ!? いきなり森の中にいると思ったら、今度は真っ暗になっちゃったじゃない!?』

『いや、何度も言うたやん。これは俺の記憶やって。兄貴の蹴りで俺が気ぃ失うてもうたから、一旦再生が止まってもうただけや』


慌てて尋ねて来る明日菜に、あくまでも冷静にそう返す俺。

表面には出していないが、先程の頬と同様、さっきから痛くもないはずの顎が何となく痛い。

…………追想ってこんな痛い感じのモンだったんだな。

まぁ、場面選んで無いってのも問題なんだろうけど。


『ちっと待っとき。すぐに次の場面になるさかい』


俺が2人に断ったその直後。

辺り一面黒一色だった風景が、伝統的な木造建築へと姿を変えた。


『わ、わっ!?』

『あ、アスナさんってば…………』


そのことに驚きの声を上げ、きょろきょろと周囲を見回す明日菜。

そんな彼女を、ネギは苦笑いを浮かべて見つめるばかりだった。

昔ながら、と言うべきか、いかにも片田舎の一軒家という風情な内葬を持つこの建物。

言うまでも無く俺がかつて暮らしていた家だ。

土間はもちろん、囲炉裏まである徹底した田舎建築。

つか、築何十年ですかっていうギネス級な建物だったりする。

目を移すと居間には気を失っている俺(小)が寝かされていて、そんな俺(小)の顎に治癒魔法をかける若い女性と、心配そうに覗き込む兄貴の姿があった。


『小太郎、あの女の人って…………』


俺に魔法を掛けている女性を指差して、明日菜が尋ねて来る。

その問いに、俺はすぐには答えず、一端明日菜から視線を移して女性を見つめる。

水干に緋袴という、一見神職につく女性とも見受けられる服装に、腰ほどまで伸びた長い黒髪。

黒髪は襟足のところで符によって括られていて、有事の際に使用する予備の魔力を溜めている。

やや釣り目気味な切れ長な双眸で、魔法をかける対象である俺(小)をじっと見つめるその姿には慈愛が溢れている。

記憶の中に、今も鮮明に残るその姿を、改めて目蓋に焼き付けながら、俺はようやく、彼女の名を口にした。


『犬上 千代。察しの通り、俺のお袋や』


俺がそう告げたのと同時、お袋は治療を終えたのか、すっと俺(小)の顎に翳していた手を退ける。

そして次の瞬間、身じろぎしながら俺(小)がゆっくりと目を覚ました。


「あたたた…………ん? あ、あれ? 母ちゃん!? 帰ってきてたんか!?」


目を覚ました途端、視界にお袋の姿を認めて飛び上がる俺(小)。

そんな俺に、お袋と兄貴は呆れたように溜息を零した。


「な? お母んの言うて通り、何も心配いらへんかったやろ?」

「ああ。心配して損したわ」


挙句の果てに、2人して溜息までつきだす始末。

さすがの俺(小)も、これには頬を膨らませて抗議の声を上げた。


「な、何やねん2人とも!! さすがに俺かて顎をあんだけ思っくそ蹴られたら怪我くらいするで!?」

「それはそうやけど…………ウチとあん人の子やし、そうそう大事になることはあれへんて。自分のお父ん、鬼神の魔力砲の直撃喰ろうてもピンピンしててんで?」

「はぁ!? 俺の親父どないな化けモンやねん!?」

「はははっ!! さ、さすがは狗族の長やんな?」


親父の事を懐かしそうに語るお袋に、驚嘆の声を零す俺。

そんな俺の様子を可笑しそうに笑う兄貴。

そこには、普通の家庭となんら変わりない、穏やで優しい空気が存在していた。


『…………何か、幸せそうね。小太郎』

『…………ええ。ボクも何だか、ウェールズのお姉ちゃんに会いたくなっちゃいました』


俺(小)の一家団欒の様子を目の当たりにして、微笑ましそうにはにかむネギと明日菜。

…………この分なら、俺が見せたかったもの、伝えたかったものは十分伝わっただろう。

そう確信した俺は、右の指をパチンと鳴らして、記憶の再生をそこで打ち切った。


『『!?』』


先程と同じ、闇に包まれた世界を見回して、驚愕の表情を浮かべるネギと明日菜。

彼女たちは俺の方へと振り返り、しきりに首を傾げていた。


『え、ええと、どうして記憶の再生を止めたの?』

『そうよ!! まだ肝心な部分を見てないんじゃないの? とゆーか、魔法のこと考えなかったら、どこにでも有りそうな家族風景だったって言うか…………』

『それで良いんや』

『『???』』


明日菜の言葉を拾い上げた俺に、再び顔いっぱいに疑問符を浮かべる2人。

そんな2人に、俺は真剣な表情を作ってこう話を切り出した。


『今明日菜が言うた通り、俺は魔法のことや、親父が人間やあれへんことを覗けば、普通のありきたりな、せやけど幸せな暮らしをしててん』


仕事で家を空けることは多かったが、まるで包み込むような優しさで見守ってくれていたお袋。

口も性格も悪く、何かと大人げはないが、それでも俺のためにと、自分の稽古の時間を割いてまで鍛えてくれた兄。

そんな2人の家族を持ち、俺は不自由でも、みたされた暮らしを送っていた。

しかし…………。


『あの幸せな空気が、たった数時間で壊されて、しかも二度と戻って来ぃひんかった言うたら、自分らはどう思う?』

『『!!!?』』


俺の言葉に、2人は暗闇の中、はっきりと目を見開いた。

そう、俺が伝えたかったこと、それは『俺はあくまでも、幸せな生活の中にいた』という事実。

そんな幸せな家庭の中に、ただ一つ『魔法』というファクターがあっただけで、俺の生活はその姿を一変させてしまった。

悪戯に不安や恐怖を煽るつもりは無いが、それでも俺はどうしても2人にそのリスクを知っていて欲しかったのだ。

だからこそ、あえて核心であるあの日…………元服を迎えた兄貴が、村を焼き払った忌まわしい記憶をすぐにみせず、こうしてかつて幸せだった日々の記憶を見せた。

しかしここから先は…………魔法を知る彼女たちでさえ、決してしることのない世界になる。


『もっかいだけ確認や。こっから先、見せる光景はかなりグロいもん…………いや、言い繕うんは卑怯やんな? はっきり言うてしまえば、人死にも出てるような光景や

。それでも、自分らにはこっから先、俺の記憶を覗く覚悟があるか?』

『『…………(ゴクッ)』』


『死』という言葉の重みを受け止め、生唾を呑み込む少女2人。

ここで引き下がる方が、きっと彼女たちにとって幸せな選択なのかもしれない。

それでも俺は、この先彼女たちが首を横に振ることはないであろうと、そんな確信めいた予感がしていた。

…………遥か彼方にある父の背を追うことを、きっとネギは止められない。

…………そして明日菜もまた、自らの知らぬ理不尽を、見て見ぬ振りなど出来ようはずがない。

そんな彼女たちだからこそ、俺は敢えて、自らの記憶を見せようと思ったのだから。

やがて、彼女たちはお互いの顔を見合わせると、真剣な表情を浮かべて俺へと向き直った。


『小太郎君』


まず最初最初に口を開いたのはネギ。

俺を見上げ、真っ直ぐにこちらの目を見据えながら、彼女はまるで選ぶように、ぽつりぽつりと己の心を言葉にする。


『正直、今ボクが考えてるのは、覚悟、なんて大層なものじゃないと思う。きっと子供染みた、ただ知りたいって好奇心なのかも知れない。けど…………』


そこで一端言葉を区切ると、ネギは両目をゆっくりと閉じ、そして息を吸う。


『ボクはやっぱり、小太郎君の過去を知りたい。小太郎君は日本で出来た初めての友達だし。それに…………ボクは強くなりたい。強くならなくちゃいけない理由がある

。きっとそれは、小太郎君も同じだと思うから。小太郎君がそんなにも強くなれた理由を知りたいんだ』


再び目を開いた彼女は、はっきりと己の心を口にした。


『私も、大体ネギとおんなじかな?』


ネギの言葉を待っていたように、彼女の後に続けて、今度は明日菜がそう口を開く。


『私も正直、覚悟とか、そう言うのは良く分かんない。けどさ、癪だし認めたくないけど、やっぱあんたのことは友達だって思っちゃってんのよねぇ…………』


自嘲気に笑みを浮かべながら、そんなことを口にする明日菜。

しかし次の瞬間には、先程と同じ真摯な顔へと戻っていた。

そして…………。


『友達のことは、そりゃ知りたいわよ。特にあんたみたいに、普段から何考えてるか分かんないような奴のはなおさら。ましてやそれが、命に関わるようなことならね。

だから小太郎。私に…………』

『ボクに…………』



『『―――――君(あんた)の過去を、見せて』』



重なった2人の少女の声は真剣そのもので、その言葉を、肯定を予測していた筈の俺でさえ、思わず息を呑んでしまった。

…………示し合わせてた訳でもないだろうに、やっぱ血筋のせいかね?

阿吽の呼吸とも言うべき2人のやり取りに、俺は小さく笑みを浮かべた。


『自分らみたいな美人にそこまで言われたら、さすがに断れへんな…………良えやろ。俺の過去、お前らに見せたる』


そして答えるは了承の言葉。

2人の言葉は、決して覚悟と呼べるものではなかったかが、それでも俺へ向けられた絆のような感情は、しっかりと感じられたから。

ならば、信頼に対し信頼で返すのが漢気というものだろう。


『じゃあ行くで? 俺の過去、俺が力を求めたその切っ掛けの日に』



―――――パチンッ…………。



先程記憶の再生を止めた時と同様に、右の指をスナップさせる俺。

その瞬間。






―――――世界は紅蓮の炎に埋め尽くされた。




[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 90時間目 断腸之思 決断って、迫られると焦って、後で後悔すること多くない?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/11/07 01:46



パチパチと、大気さえも哭かせ、震わせ、紅蓮の炎は正午過ぎの空を夕刻のように赤く染め上げていた。

記憶の再生…………視覚と聴覚情報のみであるはずのそれを目の当たりにし、しかし俺の嗅覚、触角は焼け焦げる木と土、そして火の熱を錯覚していた。


『ちょ!? どういうことよこれ!?』

『小太郎君の村が…………燃えてる…………!?』


舞い上がる火の子を見上げ、驚きに身を竦ませる2人の少女。

これは恐らく、彼女たちが知らずとも良かった…………しかしいずれ自ら望む、世界の闇。

だから俺は、躊躇うことなく彼女たちに状況を告げた。


『この日は兄貴の元服祝いでな。俺は山で猪でも狩ろう思ててん。せやけど、村の方から物が焼ける匂いがしてな。慌てて戻って来たら…………』


そこで言葉を区切り、すうっと、燃え盛る炎の先、村の入り口に立ちすくむ、小さな影を指差す。

それは…………。


『…………この惨状やったっちゅうわけや』


生まれて初めて知った『魔法』の本当の恐ろしさに、ただ茫然と立ち尽くすことしか出来ない、幼い俺の姿だった。










…………何や? コレ?



―――――6年前。



焼け落ちていく故郷の惨状を前にした俺は、そんな月並みな疑問を浮かべ、一切の思考を奪われていた。

時折響いてくる悲鳴から、恐らく誰かが闘っているであろうことだけは分かる。

村が襲撃を受けた?

どうして?

ここの村の連中は、ほぼ全員が戦闘技術に特化した、傭兵団のような人間たちばかりだ。

神鳴流ほどじゃないにしても、旧世界においては間違いなく手慣揃いの筈。

それがどうすれば、俺が村を離れて数十分の間に、ここまで追い込まれるのか。

村人の戦闘力に対して、俺が過信していたにしても、十分に有り得ない事態だ。

故に俺は思考を停止せざるを得なかった。

…………思えば、この時の俺はまだ、現実の恐ろしさを、そして魔法の恐ろしさをまだ理解していなかったのだろう。

無論、当時の俺がそれを理解していたところで、この事態は変わらなかっただろうが。

それでも、俺はかつての自分の無知を、覚悟の無さを呪うことで、これまでの糧としてきた。

復讐という名の刃。

自らをその刀身とするため、自戒を熱に、恨みを槌に代え、刀たる身を鍛えて来た。

この時の憤りを、かつての己の無力を、無駄なものとせぬように。


「小太郎っ!? 自分、無事やったんかっ!?」

「っっ!?」


ふと村の大人数人が、立ち尽くす俺に駆け寄りそんな風に声を掛けて来た。

全員が全員、程度の差はあるが、ところどころに軽い火傷や、衣類が焦げた跡が見受けられる。

戦闘によるものではなく、恐らくはこの火災で負った傷だろう。

そしてもう一つ気になったのは、皆が憐れむような、そんな気まずそうな視線で俺を見つめていたこと。

しかしながら、この時の俺は、そんな大人たちの視線の意味に気が付ける余裕はなかった。


「何があってんっ!? 何で村が燃えとんのやっ!? 自分ら、神鳴流と並ぶ傭兵集団と違うたんかっ!?」


自らの無力を棚に上げ、大人たちにそんな戯言を吐き捨てる。

しかし、大人たちがそんな子どもに返したのは、怒号でもましてや叱責の言葉でもなかった。


「…………スマン」

「こりゃ全部、俺らのせいやねん…………」

「!? な、なんやソレ…………? い、一体どういうことやねんっ!?」


言葉を理解できず、再び咆哮するように叫ぶ俺。

大人たちの返答、それは…………謝罪と諦観の言葉に違いなかったのだから。

何で? 何でや!?

何で俺に謝る!? 何で傭兵集団が、こないな焔程度で諦観しとるんやっ!?

尚も噛みつこうとした俺。

しかし、そんな俺の両肩に、大きな手がそれとは不釣り合いな優しさで、そっと添えられた。

そえられた手は、俺に駆け寄った大人たちの中でも、もっとも実力があるとされていた狗神使いのもの。

壮年になり、皺が刻まれ始めた目元をすっと細め、彼は俺を諭すようにこんな言葉を紡いだ。


「良えか小太郎? 村の方はもうどうにもなれへん。俺たち狗神使いじゃ、『アレ』を使える人間には勝てへんからや」

「ど、どいうことや? 『アレ』っていったい…………?」

「黙って聞いとき。今言うた通り、村の方はどうにもなれへん。けどな、女子どもを護れんほど、俺らは落ちぶれてへん」

「っ!?」


先程とは違い、その言葉の意味を即座に理解出来た俺は息を呑んだ。

この大人たちはこう言ったのだ。


『お前だけでも、ここから逃げて生き延びろ』と。


…………冗談じゃない!!

何のために、俺は今日まで鍛えて来たと思ってる!?

こんなときのため、あんた達と一緒に闘うためじゃなかったのか!?

そんな幼稚な考えが、脳裏をよぎった。

しかし、大人たちもそんなことはお見通しだったのだろう。

壮年の狗神使いは、にっと笑みを浮かべると、そのごつごつした堅い掌で、俺の頭をわしわしと撫で、その言葉を遮った。


「子は国の宝、なんて言うけどな、あれは結構ホンマやで? 俺らが死んでも、その意志を継げる人間がおるっちゅうんは心強いことや」


俺の頭から手を離すと、彼はすっと立ち上がり、燃え上がる炎の先、先程から悲鳴が響いてくる方角を射抜くような眼光で見つめた。


「…………それにこれは、俺ら始めたことへの総決算や。望んでた結果とはちゃうけど、な? 自分はこんなことに付き合うたらあかん」

「ど、どういうことやねん? さっきから言うてる意味が全然分からんてっ!?」


疑問を叫ぶ俺に、壮年の狗神使いは再びこちらを振り返り、優しく微笑みを浮かべる。


「それで良えねん。自分は何も知らんと、ただ前だけ見ときゃ良え」


後ろばっか気にしてた、俺たちとは違うてな…………。

その言葉を最後に、大人たちは俺から視線を戦場へと戻し、ゆっくりと歩き始めた。

恐らくは自ら決めた死に場所へと向かうために。

…………勝手な話だ。

さっきは意志を継ぐ者がどうとか言ってた癖に、いざとなったら自分たちと違う道を行けだと?

しかし俺は、有無を言わせぬ大人たちの物言いに、そしてそこに込められた彼らの覚悟を目の当たりにして、再びその場所から動くことが出来なくなっていた。

そんなときだった。


「あかん!! 最初の防衛線が崩れた!!」


切羽詰まった男の声が周囲に響く。

どうやら戦況はかなり逼迫しているらしい。

どうする?

彼らの意志を無駄にして、自らも戦場へと赴くか?

彼らの意志を尊重して、自らは生き残る道を取るか?

俺に提示されたのは、単純明快な二者択一。

しかし、後者を選べば俺は必ず後悔する。

俺の命は、大勢の死と引き換えにここにあるものだ、と。

しかし、前者を選んでも後悔は残るだろう。

死に逝く者たちの覚悟を、いとも容易く引き裂いた、と。

…………どうすれば良い?

迷っている時間はない。それは分かっている。

しかし俺は、それを決断することができないでいた。

そんなときだ。


「半蔵のやつ!! 一体いつの間にこないな力を…………!?」

「!?」


その言葉の意味を理解するのは容易だった。

村人たちは今、敵対者と対峙している。

そして、今誰かが放った言葉は、敵対者の実力へ対する、自らへの皮肉であり賛辞だろう。

つまり、彼らが敵対している者とは…………。


「あに……き……?」


…………半蔵。

その名で呼ばれる人間を、俺は一人しか知らなかった。

そして先程の疑問が氷解する。

大人たちが、何故俺を憐れみの視線で見ていたのかを。


「っっ!!!?」


その瞬間、俺は弾かれたように走り出していた。

先を歩いていた大人たちを追い抜かし、風よりも疾くと燃える故郷を置き去りにする。

追い抜いた大人たちが後ろで何かを叫んでいるが、今はそんなことどうでも良い。

どうして…………何で!?


「何でや!? 兄貴っ!!!!」


その疑問を、一刻も早く本人に問い質したかったから。

数分もせずに俺は辿り着き、言葉を失った。

幾人かの大人が、1人の敵対者を囲うように立つ村の一角。

大人たちの向こう、紅蓮の炎を纏い彼らに対峙するその姿は…………。



―――――犬上 半蔵。



紛れも無く、俺の実の兄だったのだから。


「止めえ半蔵!! 今更こないなことして、何がどうなるっちゅうんや!?」


兄貴を包囲していた大人の一人が、そんなことを叫んだ。

その問いを受けた兄貴は、立ち上る陽炎の向こうで姿を揺らめかせる。

小首を傾げた兄貴の姿が、不意に歪んだ。

そして次の瞬間。


「…………少なくとも、わいの気ぃは晴れるんとちゃうんか?」

「っっ!!!?」


俺が気が付いたとき、兄は既に、叫んだ大人の眼前へと迫っていた。

無造作に、兄貴がその右腕を振う。

刹那、その場に居た男は、髪の一筋すら残さず焼き尽くされた。


「なっ!? 半蔵、自分っ…………!!!!」

「もう何を言うても無駄か…………!!!!」


舌打ちとともに、残りの術師の内2人が狗神を兄貴へと放つ。

1秒も掛からず、狗神は兄貴の喉笛を食い千切るだろう。

安易に予想できるその結末に、俺は慌てて飛び出そうとした。

待ってくれ。

俺は兄貴に、まだ何も聞けていない。

そう叫ぼうとした直後だった。


「バカの一つ覚えやな…………」


再び無造作に振われた兄の右腕。

しかし、たったそれだけの所作で…………。


「っっ!!!?」


兄貴に殺到していた狗神たちが、一斉に自らの術者へと襲いかかった。

先程とは違う驚愕に言葉を失い、身動きが取れなくなる。

どういうことだ?

何で狗神が、自らの術師に還った?

いくら兄が天才と言われていても、ただ手を振うだけでそんなことが可能だとは思えない。

何らかの術式であることは明確だが、そんな嘘みたいな術に心当たりはない。

そうこうしている内に、兄貴の背後に回った1人が、その死角から狗神を放つ。

放たれた狗神は、今度こそ過たず、兄の喉部へに喰らい付いた。

しかし…………。


「ハァ…………ちっとは学習したらどうや?」


兄に喰らい付いた狗神は、次の瞬間弾け飛んだ。

死角に居た術師に、兄貴はゆっくりとした動作で振り返り…………。


「こん結末は、10年前に用意されとったもんやろう?」


最初の術師と同じように、その全てを焼き尽くした。

一瞬で包囲の半数を失ったためだろう。

警戒の色を濃くし、大人たちが兄貴から距離を取る。

その渦中に立つ兄の顔には、はっきりと愉悦の笑みが浮かんでいた。

…………一方的過ぎる。

当時、戦闘を経験したことが無かった俺でも、理解できた。

これは戦闘なんかじゃない。

一方的に蹂躙されるだけの状況。

それは即ち、戦闘ではなく虐殺と呼べる。

この悪夢のような光景を終わらせたくて、俺は今度こそ、兄の前へと躍り出ようとした。

したのだが…………。


「っっ!!!?」


不意に背後から伸びて来た腕によって、物影へと引き込まれてしまった。

しかも御丁寧に、俺が声を上げて兄貴に気付かれないよう、口まで抑えてだ。

拘束から逃れようと、じたばたともがく俺。

だが、不意に掛けられた声に、再び俺は動きを止めた。

否、止めざるを得なかったというのが正解だろう。


「あーもう、そないに暴れへんの。自分はそないに駄々っ子とちゃうやろ?」

「っっ!? か、母ちゃん…………?」


上から降り注いだ声は、紛れも無く母のものだった。

俺が動きを止めたことで、もう拘束する必要はないと思ったのだろう。

母はすうっと俺から手を離した。

自由になった俺は、噛みつかんばかりの勢いで母に詰め寄った。


「母ちゃん!! 兄貴が!! 何で兄貴はっ…………!!」

「はいはい。言われんでも分かっとる」


慌てて言葉を紡ごうとする俺の頭を、ぽんぽんっ、と軽く叩きながらお袋は苦笑いさえ浮かべる。

いつもと何ら変わらない母のその様子に、俺は唖然として絶句した。

どうして?

どうしてこんな状況で、そんな風に笑っていられるんだ?

そんな疑問が表情に出ていたのか、俺が何かを聞く前に、母はこんなことを語り始めた。


「いつか…………そう、いつか。自分と半蔵が、仲良う村のために働きに出とる。そんないつかを、ウチは楽しみにしててんけどなぁ…………」


残念そうに、懐かしむように、そう口にするお袋。

それは先程の狗神使いと同様、諦観に満ちた後悔の言葉だった。

どうして…………どうして誰も彼も手放そうとするんだ!?

何で手遅れだと決めつける!?

どうして何もせずに諦めようとする!?

どうしてっ!!!?


「何でみんな、そない簡単に諦めんねんっ!? どうしてまだ間に合う、まだ大丈夫やって誰も言えへんっ!!!?」


実に子どもらしい、理想を立て並べた不快な疑問。

しかし不快な筈な俺の疑問に、母はただ優しく微笑んでこう答えた。


「優しゅう育ってくれたみたいで、お母んは嬉しいで? けどな、さすがにこうなってもうたら、はい元通り、とはいけへんやろ?」

「っっ!!!?」


分かっていた。

もう手遅れであろうことも、大人たちの言うことが正しいであろうことも。

それでも俺は、希望を捨てたくなかった。

まだ間に合うと、まだ兄は戻って来てくれると、そう信じていたかったのだ。

俺のそんな思いを知ってか、母はそっと俺の手を握った。


「さて、ほんなら行くで?」

「は? い、行くってどこに?」

「着いてからのお楽しみや」


悪戯っぽく笑った母は、答えることなく俺を引っ張っていく。

辿り着いたのは、焼け落ちずに残っていた家の納屋。

お袋はその納屋の周囲に強固な結界を作り上げていく。


「か、母ちゃん? 一体何してん?」

「ん? 見て分かれへん? 結界張ってんねん。しばらくは持ちそうな城壁作ろ思て」


やがて結界が完成すると、母は納屋の戸を開き、俺へと向き直った。


「ほな小太郎。自分はしばらくこん中に隠れとき。多分あの子も、ここで自分を殺す気はあれへんやろうし」

「!?」


母が告げた言葉に、俺は目を見開いた。

俺が子どもだから、だからここで息を潜め、そして生き残れと?

冗談じゃない!!


「嫌や!! 俺も母ちゃんたちと一緒に兄貴を止める!! せやないと、何で今まで鍛えてきたか分かれへんやないか!!!?」


子ども染みた叫びを上げる俺に、母はふぅ、と嘆息して肩をすくめて見せた。


「…………見てくれもそうやけど、頭ん中まであん人そっくりやなんて…………やっぱウチ、男運あれへんのやろか?」


そんな風に呟くと、お袋は先程と同じように、俺の頭をぽんぽん、と叩いた。


「他の大人にも言われへんかった? これはウチらの始めたことやから、自分には関係あれへん、て」

「か、関係あれへん訳あるかっ!! あいつは…………犬上 半蔵は、俺の兄貴やぞっ!!!?」


俺の言葉に、お袋はすうっと、目を細め…………。


「そうやね。兄貴や…………あの子は世界でたった一人の、自分の兄貴やねん…………」


本当に嬉しそうに、今にも泣いてしまいそうな、そんな笑みを浮かべた。


「せやから小太郎。ウチは自分らに争って欲しいない。骨肉合い食むなんて、時代錯誤も良いところや」


お袋はそう言うと、俺の頭から手を離し、ゆっくりと兄貴がいるであろう方向へと振り返る。


「そろそろ行かんとな。さっき長の魔力が消えたさかい、多分生きてんのはウチら親子だけやろうし」

「!!!?」


お袋の言葉に俺は声にならない叫びを上げる。

全滅…………?

これだけの短い間に、村が全滅したって言うのか!?

当時、嗅覚や聴覚に頼りきりで、魔力知覚が未熟だった俺は、その事実に気が付けずにいたのだ。

故に驚愕した。

お袋の放った、村が全滅したという言葉に。

何で…………どうしてこうなった!?

昨日まで…………いや、今日の朝まで、普段通り楽しく過ごしていた筈なのに!!

兄貴の元服を、3人でささやかに、だけど存分に祝おうと、そんな話をして俺は家を出た筈だ。

それが…………どこで間違えばこうなるんだよ!?


「…………ごめんな小太郎。ウチは自分に大勢の命背負わせて、挙句の果てにはあの子も救ってやれへんかった」


俺に背を向けたまま、懺悔の言葉を告げるお袋。

その背に湛えられた悲壮感は、先程の狗神使いと同じもの。

死ぬ覚悟を決めたものの気配。

だから俺は思わず…………。


「あ、あかんっ!!!!」


お袋の腰に抱き付いていた。

今手放せば、俺は兄貴だけでなく、この人まで失ってしまう。

そんな直感があった。

強く強く、母の身体を抱き締める。

どこにも行かぬように、この人を喪わぬように。

不意に、お袋が笑うのが、空気越しに伝わって来た。


「なぁに? 小太郎はまだ乳離れ出来ひんの? しょうのない子やねぇ」


呆れたような、そんな口調。

しかし俺は言い返さなかった。

ここでお袋を喪わずに済むなら、それでも良い。

マザコンと言われようが、何と言われようが、お袋を喪うくらいなら…………。


「安心しぃ、小太郎」


背を向けていたお袋が、俺の名を呼ぶと同時こちらに振り返る。

そして…………。


「ウチはずっと、自分と…………自分ら兄弟と一緒におるで?」


俺の身体を包み込むように、優しく、しかし力強く抱き締めた。

お香の匂いが混ざった、母の優しい香りが俺の鼻をくすぐる。

それは、久しく忘れていた母の温もりだった。


「こうして抱き締めたることも、言葉を交わすことも出来ひんようなってまう。けど、ウチはちゃあんと自分らの傍におる」


優しい声音。

泣いた赤子をあやすような、そんな響きを持って告げられるお袋の言葉。

それに紛れこむ、確かな末期の気配に、俺は無意識にお袋の身体を掻き抱いた。


「嫌や…………嫌や!! 俺はまだ、母ちゃんにも兄貴にも、何にも返せてへんやないかっ!?」

「どあほ。もう十分、ウチは返してもろとるよ。せやから、帰すんならあの子にだけ返したり?」


耳元でそう呟くお袋の声。

その声が僅かに湿っていることに気が付く。

お袋が…………泣いてる?

それを確かめようとして、しかし俺はお袋に強く抱きすくめられて動くことが出来なかった。


「あ、あかんて。泣き顔なんて、あん人にも見せたことあれへんのやからっ」


やはり、お袋は泣いているらしい。

恥ずかしげにそう零して、お袋は更に強く、俺の事を抱き締めてくれた。


「ぐすっ…………あーあ、締まらんなぁ…………やっぱウチは、あん人みたいにはなれへんやったわ」


自嘲気に呟くお袋の声は、既に湿り気の無いいつもの口調。

あの人が誰を指しているのかは分からないが、そこに込められた感慨からそれが、俺の親父であることを何となく察する。

どうやら俺の親父は、涙を見せるような人間ではなかったらしい。

そしてお袋は、そんな親父のようになりたかった…………。

しかし今、彼女はその望みを捨てようとしている。

今からでも遅くは無い。

どうすれば、彼女を引き止められる?

どうすれば、彼女を喪わずに済む!?

必死で言葉を探すが、何も思い浮かばない。

絶望に目が眩む俺を余所に、お袋はなおも最期の言葉を告げようとする。


「こうして言葉を交わせるんも最後になるさかい。小太郎、1つだけ約束して欲しいことがあんねん」


お袋はそこで言葉を区切り、一呼吸開けると、抑揚のはっきりした声で、こう告げた。



「―――――強くなりぃ。どんな苦境も悲劇も、笑い飛ばしてまえるような強い男に。あんたのお父んは、そういう人やで?」



告げて、俺から少しだけ身を離したお袋は、まるで手本だとでも言うように晴れがましい笑顔湛えていた。

それは…………この状況をも笑い飛ばせということだろうか?

そんなの出来る訳がない。

貴女を喪って、俺は笑ってなんかいられない。

言葉を紡ぎたいが、上手く口が動かなかった。

今何かを告げれば、きっと俺は泣いてしまうから。

それは今、この人が一番望んでいないこと。

だから俺は、何も告げることが出来ないでいた。


「それから、これはただの自分勝手なんやけどな? いつか自分が強なって、でもって誰かを救えるような男になれたら…………何も救えへんかったウチも、少しは何か

を救えた気に、なれるような気がすんねん」


苦笑いとともに、そんな自分の願いを口にするお袋。

そんなことはない。

俺はいつも、あんたに救われていた。

俺だけじゃない、兄貴も、村の人たちも、あんたの笑顔に救われていたんだよ。

あんたは、何も救えなかった、そんな人間じゃない。

そう教えてやりたいのに、涙を堪える俺は、どうしてもそれが出来ない。

それが、どうしようもなく歯痒くて、俺はぎゅっと唇を噛み締めることしか出来なかった。


「しかし残念やなぁ。いつか小太郎がバカみたいに強ぉなったら、あん人召喚して闘わせて、でもってボコボコにされたあん人を、指差してゲラゲラ笑うんがウチの夢や

ったんに…………」

「ぷっ…………な、何やのん? その趣味の悪い夢は?」


こんなときだというのに、あんまりな言いようのお袋。

そんな彼女の台詞に、いつのまにか俺は噴き出して、口元に小さな笑みを浮かべてしまっていた。

笑った俺を見て、お袋は満足そうに優しい笑みを浮かべる。


「それで良え…………自分はそうやって、笑って進んで行ける男になりぃ」


そしてお袋は、俺の胸元にそっと手を宛がい…………。


「ほなな。ウチは自分も兄ちゃんも、心の底から愛してとるからな?」


笑顔のまま、俺を納屋の中へと突き飛ばした。


「!? 母ちゃんっ!!!?」


驚き、追いすがろうとするが、その時には既に納屋の引き戸は閉ざされていた。

必死に戸を開こうとするも、ビクともしない。

恐らくは外側から魔力で封じられている。

お袋の張っていた結界は、恐らく内外双方からの干渉を無効化する類のものだったのだろう。


「母ちゃんっ!! 母ちゃんっ!!!!」


だんっ、だんっ、と何度も引き戸を叩く俺。

しかし、戸は決して開かれることは無かった。


「あん子の目的は『アレ』に関わっとった人間やろうし、多分そこで大人しゅうしてたら、自分は見逃してもらえるやろ」


引き戸越しに伝えられたお袋の声は、やはり俺には理解できないもの。

否、理解できたとしても、俺はお袋を喪うことを是とは出来なかっただろう。

だから必死で、納屋から抜け出そうと、身体を引き戸へ叩きつける。


「くそっ!! くそっくそっ!! くそくそくそくそぉっ!!!! 何でや!? 何で開けへんっ!!!?」


しかし、どれだけ身体を叩きつけようとも、引き戸は開く気配を見せなかった。


「聞きわけがないんもあん人そっくりやな…………けど、ま、そんなところも愛おしいんやけどな?」


呆れたような口調で、再びお袋が俺に告げる。

待て。

待ってくれ!!

行かないでくれ!!

あんたを喪って、俺はどうやって生きていけば良いんだっ!!!?


「母ちゃんっ!!!!!!」


引き戸を壊すことを諦め、納屋の扉から顔を覗かせて、俺は必死の思いで彼女を呼ぶ。

しかし…………。


「言いたいことは全部言うた。せやから、ウチはもう自分に遺すもんは何もない」


お袋はこちらを振り返ることなくそう告げると、ゆっくりと前へと歩き始めた。

そしてそんな彼女の視線の先には…………。


「…………ようも10年間、わいをたばかり続けてくれたな?」


憎しみに表情を歪ませる兄貴の姿が、陽炎に揺らめいていた。











…………その後、兄貴がお袋を殺し、そして俺に父の牙を残して立ち去ったところまでを再生し、俺の追想は幕を閉じた。


「さて、駆け足やったけど、これが俺の記憶や。どや? 俺が強なろうとしてる理由、復讐する相手を知るには十分やったと思うけども…………」


そう言って俺は光を失った夜の公園。

呆然と佇む2人の少女へと視線を移す。

視線の先で、2人は一様に絶望的な表情を浮かべて凍り付いていた。

無理もない。

ネギは恐らく、6年前に故郷を襲撃されているのだろうが、それでもあの時人死には出ていなかった筈だ。

加えて明日菜も、黄昏の姫巫女としての記憶がない以上、ただの女子中学生。

あれだけの人の死を目の当たりにして平気でいられる訳がない。

そう思っていたのだが…………。


「…………どうして?」

「ん?」


不意にネギが声を発した。

そのことに驚き、俺は彼女へと向き直る。

すると彼女は、ゆっくりと顔をこちらに上げ、涙を一杯に溜めた両目でこう問い掛けた。


「どうしてあれだけのことがあって、小太郎君は笑っていられるの? どうして誰かのためにって、頑張ることが出来るの?」

「…………」


成る程。

恐らくネギは、こう言いたい訳だ。

実際に体験した訳じゃない自分たちが、こうしてここまでの衝撃を受けているのに、どうして当事者であるはずの俺が、こんな風に平気な顔をしていられるのか。

無論、時間と言う万能薬が解決してくれた訳ではない。

でなければ、今更こうしてネギたちに『復讐』なんて言葉を告げる訳は無い。

なのに何故、笑っていられるかと問われたならば…………。


「約束、やからやろうな」

「やく、そく…………?」


意味が分からない、と、目を丸くしたネギに、俺は苦笑いとともに告げる。


「今見てた通り、何でも笑い飛ばせる男に、何かを救える男になるんが、俺とお袋との約束や」


だから俺は笑っていられる。

だから誰かのために、俺は身体を張れる。

気が付けば、そうすることが、お袋との約束だから、ではなく、俺自身の望みにさえなっていた。

復讐のためじゃない、誰かを護るために、俺は強くなる。

かつて明日菜に告げた誓いは、刹那と出逢って、改めて感じたその決意は、今も色褪せていない。


「…………ハァ。何言ってても結局、最後はあんたのお人好しさ加減が爆発する訳ね」


ネギと同じように口を噤んでいた明日菜が、溜息とともにそんなことを呟く。

お人好し、ね。

どんな言葉で飾ろうが、言ってみれば、俺がやってることはただの自己満足に過ぎないのだが…………。


「それでも、誰かを護れたら、誰かを救えたら…………きっとどっかでお袋も笑てくれる気がすんねん」

「小太郎君…………」


その言葉に何を感じ取ったのかは分からないが、そんな俺と明日菜のやり取りに、表情を曇らせていたネギはようやく小さな笑みを覗かせてくれた。

…………さて、と。

まぁ、これで俺の過去に関する話は一段落したかな?

どうせなら、ここでネギの過去も聞いてみたいとこだったんだが、如何せん時間も押してる。

次はこっちの用件を済ませておくべきだろう。


「ほな、今度は俺の質問に答えてもらおか?」

「へ?」「え?」


俺の言葉に2人して目を点にする明日菜とネギ。

まさかここで、自分たちに質問が返ってくるとは思っていなかったらしい。

ま、当然っちゃ当然だわな。


「し、質問って、一体何の話よ?」


明日菜がびくびくとしながら、剣を露わにしつつそう尋ねて来る。


「自分、俺がせなあかん言うてた復讐の話をするだけのために、わざわざこうして過去を覗かせた思てるんか?」

「えっ? そ、そうじゃないの?」


まるで気が付いていなかった様子の明日菜に、俺は軽く嘆息した。

さすがはバカレッドですな。

まぁ、あれだけの惨状を目の当たりにして、今こうして普段通りの調子を取り戻せてる辺りは感心するけども…………。

この質問を告げれば、さすがに平然とはしていられないだろうな。

俺は意を決しながら、2人に敢えて記憶を見せた理由を告げた。


「良えか? 俺が自分らにこうやって記憶を見せたんは、魔法の持つホンマの恐ろしさを知って欲しかったからや。特に明日菜は、魔法に何やファンシーなイメージ持っ

てるような節があったからな。一歩間違えば、魔法がこんだけ恐ろしいもんになるって、理解させたかってん」

「あ…………」


言われてようやく、明日菜は俺の意図に気が付いたのだろう。

そして彼女は、十分過ぎるほど魔法の恐ろしさを知った。

だからこそ、俺の言葉に彼女は今、沈黙を持って答えている。

そう確信した俺は、その流れのまま、彼女に問い掛けた。


「その恐ろしさを知った上で、明日菜。自分はこれからどないするつもりや?」

「ど、どないするって…………どういうこと?」


言葉が足りなかったのは承知の上。

質問の意味を図り兼ねて首を傾げる明日菜に、俺は咳払いとともに言葉を続けた。


「俺が体験した出来事は、確かに偶々や。せやけど魔法に関わっている以上、その『偶々』は誰にでも起こり得んねん。明日菜、魔法が使えへん自分も例外やない。せや

から俺は自分に聞いてん。『これからもこのまま、魔法のことを知ったまま、過ごして行くつもりか』ってな」

「っっ!!!?」


問い掛けの意味を理解した明日菜の顔が、驚愕に染まる。

あれだけの惨状が、ともすれば自分に降りかかるかも知れない。

驚くには十分過ぎる材料だろう。

加えて言うなら、彼女を巻き込んだのは、ほぼ俺とネギの不手際が原因だ。

そこに学園長の陰謀があったにせよ、彼女を言い包め、こちら側の人間にしてしまったのは俺たち。

だからここらで、彼女に手の引き際を与えるのも俺たちの役目だろう。


「自分が魔法との関係を立ちたいいうんやったら、学園長に頼んで、自分から魔法の記憶だけを消すことも可能や。でもって、自分は今まで通りの学園生活に戻ることも

選べる…………そのことを知った上で、考えて欲しいねん。もし何かが起こった時『自分は巻き込まれただけやのに』なんて逃げ腰でおられると、最悪の事態も起こり兼

ねんからな」

「っっ…………」


息を飲んだ明日菜に、若干の罪悪感を覚える。

しかし、俺はそれも飲み込み、彼女に告げねばならない。

中途半端に首を突っ込んだ時、割を食うのは彼女に他ならないのだから。

とは言ったものの、自分が難しい決断をしてしまっていることは自覚している。

魔法の記憶を失う。

それはつまり俺やネギ、大局的に見れば木乃香や刹那との大きな関わりを、彼女は一つ失うことに繋がる。

俺のことをさえ『友達』と呼んでくれた彼女にしてみれば、相等に残酷な仕打ちだろう。

だからという訳じゃないが、俺は一つ助け船を出すことにした。


「すぐに答えを出せとは言わへん。そうやな…………春休み中に答えを出してくれたらそれで良え。自分が考えて出した答えなら、俺はそれ以上何も言えへんしな」

「…………分かったわ」


しばしの沈黙を経て、しかししっかりと頷く明日菜。

そんな彼女に苦笑いを浮かべながら、俺は小さく頭を下げた。


「スマンな。巻き込んだんは俺なんに、今更こんなこと言うてもうて」

「全くよ。おまけにそれが、本気で私のこと心配してるって分かるから、怒るに怒れないじゃない」


謝った俺に、明日菜はそんな軽口を叩く。

一見するとその様子はいつも通りにさえ見えるが、彼女の表情には僅かに影があった。

…………内心、めちゃくちゃ悩んじまってんだろうなぁ。

チクリと胸が痛むのを感じるが、これは必要な痛みだ。

割り切り飲み込み、そして笑え。

それがお袋との約束で、俺の望みだった筈だ。

そう自分に言い聞かせながら、今度はネギへと、俺は振り返った。


「じゃ、次はネギの番やな」

「え、えぇっ!? ぼ、ボクにも何かあるのっ!?」


自分にまで話が振られるとは、夢にも思っていなかったとばかりに、驚きの声を上げるネギ。

まぁ明日菜への問い掛けは、魔法に関わるか関わらないかの選択を迫るもんだったしなぁ。

魔法使いを目指している自分には関係ない、と言葉は乱暴だがそんな風に思っていたのだろう。

しかしそれは、彼女が目指すものが『普通の魔法使い』ならの話だ。


「自分、千の呪文の男を目指してる言うてたやろ?」

「え、う、うん。そのつもりだよ? それがどうかしたの?」


不思議そうに小首を傾げるネギ。

そんな仕草もラブリーだが、今はそんなことに熱を上げてる場面じゃない。

千の呪文の男。

彼女の父親であり英雄とも称される彼は、即ち戦闘型魔法使いの代名詞。

所謂、武勲の象徴ともいえる存在だ。

そんな彼を目指すということは、つまり彼女も、そんな『戦闘型の魔法使い』を目指すということ。


「千の呪文の男を目指す…………それはつまり、自分からあんだけの惨状に首を突っ込まなあかんかも知れん。そういうことやって、自分理解してたか?」

「っっ!!!?」


俺の問い掛けにネギが再び目を見開いた。


「もしかしたら、自分はもっと酷い光景を見たことがあるかもしれん。そうなら俺がやったことは単なる大きなお世話やったかもしれん。せやから、こっから先は、自分

があれ以上の惨劇を、見たことがあれへんって仮定で話すで?」

「う、うん…………」


前置きを告げた俺に素直に頷くネギ。

彼女の肯定を以って、俺は言葉を続けた。


「千の呪文の男は新世界…………魔法世界における戦争終結で名を上げた英雄や。つまり彼と同じような偉大なる魔法使いは、そういう戦場での活動を生業にしとる。つ

まり、さっき見せた俺の記憶は、自分がこれから活動するやろう現場の一例やったわけやんな」

「あ…………」


先程の明日菜と同様、俺の言わんとしていることを察した彼女は沈黙した。

彼女が目指すもの、そこには当然、命の危険が付きまとうものなのだ。


「それとも一つ。自分が千の呪文の男に関わるって点やとおんなしやけど、自分が行方不明の父親を探したいいうんなら、結局これも似たようなとこに首突っ込むことに

なるやろう。火のないとこに煙は立てへんからな」

「…………」


先の説明で、既に俺がその可能性を示唆することに気が付いていたのだろう。

ネギは真剣な表情で押し黙ったまま、俺の言葉に耳を傾けていた。


「そこで俺の質問はこれや。『自分は、そこまで覚悟を持って、千の呪文の男を目指すつもりか?』。もしそうやないんやったら、悪いことは言わへん。そん夢は捨てて

、月並みな魔法使いを目指したら良え。それでも十分、偉大なる魔法使いとしての役目は全うできるやろう」


口にはしなかったが、ましてや彼女は『女性』だ。

戦場よりも、教壇や孤児院での活動、或いは温かな家庭こそが似合う、そんな存在。

この世界の『ネギ・スプリングフィールド』は、場合によっては、誰かに護ってもらうと言う選択肢さえ考えられる。

だからこそ、俺はその可能性を示唆し、彼女に考えて欲しかった。

原作見てる限り、この頃の彼女って父親を目指すこと、探すことで頭ん中一杯一杯で、そこまで考えてる余裕無さ気だったしね。

全ての言葉を告げた俺に対して、彼女は幾ばくかの逡巡を経てだろう、何か言葉を発そうと唇を動かす。


「ボクは…………」

「ストーーーーップ」

「え、えぇーーーーっ!?」


しかし、俺はそんな彼女の言葉を敢えて遮った。

重大な決断を語ろうとしていたのだろう、急に台詞を止められた彼女は、そっ頓狂な声を上げて凍りついてしまっていた。


「さっき明日菜にも言うたけど、すぐに答えを出せとは言わん。つーかむしろ、存分に悩めば良いねん。俺がしたんは、そんだけの価値がある質問やって自負しとる」

「う゛…………た、確かに、ぽんぽん答えて良いようなことじゃなかったね」


すぐに答えようとした自分が、浅慮だったと思いなおしたのだろう。

ネギは叱られた子犬みたいにしゅんとしてしまっていた。

そんな彼女に苦笑いを浮かべながら、俺は改めて明日菜に告げたのと同じ言葉を告げる。


「ネギの方も、答えは春休み中に聞かせてくれたら良い。で、何や判断材料が欲しいんやったら、都度聞いてくれても構へん。ああ、もちろん明日菜もやで?」


独りで抱え込むには、余りに大きな命題だろう。

だからこそ、俺は2人に、困ったときは相談してくれ、とそんな風に釘を刺した。

でないと、ネギ辺りは知恵熱出すまで独りで考え込みそうだからな。


「まぁ、俺やのうても、明日菜やったら木乃香、ネギやったらタカミチ辺りに話し聞いてみるんも良えかもしれへんで? 自分と違う見解っちゅうは、聞くと意外に参考

になるもんやさかい」


軽い口調でそう助言した俺に、明日菜とネギは顔を見合わせて頷きあうと、真剣な表情のままこちらへと振り返った。


「りょーかい。私バカだけど、バカなりに精いっぱい考えることにするわ」

「ボクも。焦っていい加減な答えを出すくらいなら、しっかり悩むことにするよ」


表情はさえなかったが、2人ともどうやら俺の問い掛けを真摯に受け止めてくれたらしい。

それで良い。

そうでなければ、彼女たちがこれから直面するであろう危機、立ち向かって行くことは出来ないだろうから。

俺と言うイレギュラーが居るにせよ、俺に出来ることなんて限られている。

もしものとき、彼女たちは自分たちが立ち向かう困難を、自らの手で切り開いて行かなくてはならないのだから。

俺は彼女たちに頷くと、不意に夜空を見上げた。

漆黒の空には、三日月が楽しそうに笑っていた。


―――――願わくば、彼女たちが良き選択を掴めんことを。


俺は心の中で、笑う三日月にそんなことを願った。

この2人の道程を、少しでも明るく照らして欲しいと、そんな祈りに似た願いを…………。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 91時間目 跳梁跋扈 怪奇!! 長頭木乃伊男現る!?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/11/10 23:45



OUT SIDE......



…………1ヶ月前。





―――――月が哂っていた。





それは愚者を慈しむようにも、盛者を嘲笑っているようにも見える。

否、その笑みに意味があると思うのは、即ち人間のロマニズムに過ぎない。


「…………見てみぃ? お月さんが哂(わろ)とるで?」


しかし、その男はその月を、哂っていると評した。

深山幽谷と呼べる森の中、男は巨木の幹に背を預け黒天を仰ぐ。

それは先述のロマニズム等ではなく…………。


「詩人だね。しかし半蔵。哂っているのは月ではなく、君だろう?」


己の貌を、月に投影しただけの発言だった。

銀髪を肩程に伸ばした少女は、感情の無い瞳で男…………自らが半蔵と呼んだ人物に近付いて行く。

光など一切ない夜闇の中で、少女の髪は月光に濡れ、まるでそれ自体が輝いているかのように光を放っていた。

一歩、また一歩と彼女が踏み出す度に光が揺れる。


「義腕の調整、まだ時間が掛かるのかい? 結界を張っているとは言え、そう長くは…………」

「心配には及ばへん」


抒情を唄った男の言葉を無視し、自分たちの置かれた状況を確認しようとした銀の少女。

しかし彼女の言葉を男は遮り、右の義腕を顔の前へと掲げて見せた。


「へぇ…………見事だね? とても義腕とは思えない出来だ。魔法…………呪術の使用も問題ないのかい?」

「そりゃわいの謹製やからな。自分の腕を作るくらいどうということもない。それに…………」


もともと狐のように切れ長で、刃の冷たささえ感じさせる男の双眸が、すうっと細められる。

そして、男が掲げていた右の義腕、その先にある掌を天に向けた途端…………。

男の手の中に、拳台の炎が灯った。

月に濡れた少女の銀髪以外、一切の明かりを持たなかった山中が、ぼんやりと照らし出される。

男は視線だけで銀の少女を一瞥し、告げた。


「…………それが使えへんかったら、材料集めんのに半年も掛かった挙句更に半年、こうして調整に時間掛けた意味があれへんやろ?」


男の言葉に、銀の少女は表情を変えず、しかし…………。


「フッ…………愚問だったようだね」


小さく、吐息だけで笑って見せた。

それに満足したのか、男は少女から視線を外し、自らの掌に灯る炎を覗く。

ゆらゆらと風に揺られる炎を見つめ、男は小さく口端を笑みの形に歪めた。

そんな男の様子に、銀の少女は小さく、しかし確かに首を傾げる。


「月と炎がそんなに好きなのかい?」

「何や、今日はいつになく質問が多いな?」


男の質問に、無表情だった少女の眉間が僅かに寄せられる。


「質問に質問で返すのは生産的とは言えないね。半蔵、君の悪い癖だ」


不快を露わにして言った銀の少女。

その様子は、生来の彼女からは珍しいものであり、男はそれに目を丸くして…………。


「ははっ。そいつはスマンかったな」


悪びれた様子もなく、可笑しそうに笑った。


「月と炎が好きか、やったな? どうやろうな…………好きでもあり、嫌いでもある。けどま、思い入れだけは一しおや。何せ…………」



―――――全てを喪うたのは月の下、全てを始めたのは炎の中やったからなぁ。



感慨を込めてそう答えると同時、男は義腕の五指を握り締め、掌に灯った炎を消す。

周囲は再び闇に閉ざされ、銀の少女だけが唯一の光源となった。

銀の光を灯す少女は、男の言葉を胸の中で反芻し小さく頷く。


「思い出、というものか。長きを生きられない人間が、前へと進み続けるための重要なファクターだね。大切にすると良い」

「おうおう、相変わらず上から目線やなぁ?」


口調とは裏腹に、男は愉しげに口端を歪めながら少女に言った。


「別に思い出いうんは人間だけのもんとちゃうで? 人形とはいうても、自立思考してる自分かて、大切にしとる記憶…………記録の一つや二つあるやろ?」

「…………」


銀の少女は男の問い掛けに沈黙し、止めていた足を再び踏み出した。

そして彼女は何を思ったのか、男が背を預けていた巨木の幹に、彼とは背合わせとなるように背中を預け…………。


「あるとも。人に曝すものでもなければ、曝すつもりもないけどね」


明確な肯定と拒絶で、彼の問い掛けに答えたのだった。

予想通りの答えだったのか、男はさして気にした風もなく、そうけ、と短く返すのみ。


「…………さて、話を戻そうか? 結界を張ってはいるけど、移動中に掛かった追手がそれを突破するのも時間の問題だ。ボクとしては早急な移動を進言するね」


先と同じ無表情を顔に張り付け、淡々と機械的にそう告げる少女。

男はそんな少女の様子に首を傾げながら、ふと疑問を口にした。


「それ、わいに確認とる意味あんのん?」

「…………」


緊張感の欠片も感じられない男の物言いがあまりに酷かったのか。

能面の少女も、これにはさすがに絶句していた。


「…………有事において平常心を失わないことは評価に値する。ああ、前向きに物事を捉えることは、自己を納得させる上でとても重要だね」

「あれ? わい、もしかして遠回しにバカにされとる?」

「そんなことはないさ。ただ…………報告書における君の評価に『狡猾な策士』と記載した人間を永久石化したくなっただけで」

「おお? みる目があるやるもおったもんやなぁ? 狡猾な策士、わいにぴったりの称号やんけ?」

「…………このやり場のない感覚は何かのバグかな? だから、ここでボクが君を石化しても、バグのせいにして片付けられるよね?」

「コラコラ。自分の理解の及ばへんことを、何でもかんでもバグのせいにしたらあかんやろ? バグも良い迷惑やで?」

「…………ボクにとっては、この意味のないやり取りこそ迷惑に違いないんだけど?」


少女がそう言って魔力を右手に集中させ始めた辺りで、男は咳払いとともに話を戻すことにした。


「ゴホンッ…………つまりこーいうことやろ? 『自分は自立意志で動いとるけど、行動方針はわいに手を貸すこと』せやから『具体出来な行動方針はわいが決めろ』と

そんな感じやないか?」


ようやく男がまともに答えたことに満足したのか、銀の少女は右手の魔力を霧散させて小さく頷く。


「分かっているなら、最初から妙な問答をしないで欲しい。時間を浪費する行為は、君にもボクにとっても有益ではないからね」


無表情で有りながら、少女の語気は僅かばかりの不機嫌さを表したものへと変わる。

男はそんな彼女の様子に苦笑いを浮かべると、幹に預けていた身体をゆっくりと起こし天を仰いだ。


「さて、どないするか…………自分の言うた通り移動するか? それとも、追手と一戦交えとくか?」


どっちが好みや? と、男は黒天を望んでいた視線を、幹越しに立つ少女へと向ける。

銀の少女は男の問いに、ハァ、と短く嘆息した。


「ボクに選択を委ねるのかい? 先程の問答を繰り返すつもりなら、ナンセンスだとしか言いようがないけど?」

「言うてみただけや。とりあえずは移動が優先。わいの右腕は調整が終わたばっかで、どこまで実践に堪え得るかテストが必要やしな。闘るんはそん後で良え」


少女から、次は視線を自らの右義腕へと落とし、男は視線の先で右手を軽く握り、そして開く。

対して少女は、先の彼と同じく、幹に預けていた身体を起こし、とんっ、と地面を蹴った。

瞬きの間に、銀の少女は男の眼前へと立つ。


「なら、そのテストとやらが終われば、ようやく京都、ということだね?」


そして彼女は、男の顔を見上げながら、やはり無感動な瞳でそう尋ねた。

男は突如として眼前に現れた少女に、さして驚いた様子もなく小さく笑みを作る。


「いんや。京に行く前に、2つばかし手に入れときたい『力』があんねん」


しかし告げた言葉は、少女の問いに対する否定のものだった。

能面の少女、その目が僅かだが、見開かれる。

ともすれば身落としてしまいそうなその変化。

しかし、少女との付き合いが一年ほどになる男は、その微細な変化を確実に読み取り、声を殺して笑っていた。


「…………理解に苦しむね。君の『鬼喰い』とボクの力、そして彼女だけでも十分に西の本山は落とせるはずだ。なのに何故君は、ここでなお過剰に力を求める?」

「過剰? ははっ。上から目線もここまで来るといっそ爽快やな?」


少女の言葉から、彼女が自らの力に絶対の自信を持っていることに気が付いたのだろう。

男は少女の物言いを『傲慢』だとそう告げ、しかしそのことを愉しげに、一笑に伏す。


「思い上がんな小娘、とでも言うとくべきか? まぁ、わいのキャラとちゃうし、時間も惜しいから正直に理由を話しとくか?」

「…………そうやって意味もなく勿体ぶるのも、君の悪い癖だよ」

「はいはい。まぁ、言うなれば歴史が証明しとることに則っとるだけやで? 過去の戦において、勝利を収めて来たんは頭数…………戦力を備えてきた者やあれへん。寡

兵であっても、二重三重…………ときには数十手先まで大局を見据え、策を弄して来た者たちや」


男の言葉に納得がいったのか、少女は顎に手を当て、しきりに頷く。


「なるほど。それは確かに事実だ。つまり君は『鬼喰い』以外にも、切り札を用意すべきだと、そう言いたい訳だね?」

「まぁ、噛み砕いて言やそういうことや」


男は口元に薄い笑みを張りつけながら、銀の少女に小さく頷く。

銀の少女は、一応の納得はしたものの、しかし、そこで新たな疑問を思い、顎に当てていた手を話すと、胸の前でクロスさせた。


「しかし、策を切り札をというのなら、力を得る前に一つ、やっておくべきことがあると思うんだけど?」


言葉を告げると同時、少女は銀糸を揺らし、男の右腕、義腕の基部である肘、を指差す。


「…………君の弟、犬上 小太郎と言ったかな? 九尾の力を得た彼を、このまま放置しておくのは危険だと判断するよ」


少女の言葉に、男は自らの右肘を左手で握り締め、しかし口元の薄い笑みを崩すことはない。


「その笑みは余裕、と判断して良いのかな? しかし、それこそ思い上がりだろう。君がその腕を作っている間に、恐らく彼も九尾の力をものにしているはずだ」


かつて自らが格下だと断じ、手を下すに値しないと見逃した相手を、しかし少女は過小評価しない。

その脅威と将来性を見据えた上で、この男が何らかの処置を講ずると、そう判断しからだ。

加えて言うなら、かつてその相手は、少女にとって手を下すことが出来ない対象であったことも、その判断の一因と言える。

しかし、彼女の期待を裏切り、男はこの一年、弟である彼の少年に対して、何の処置も行ってこなかった。

自らの失策によって敵に取り込まれた烱然九尾。

まるでその力を、弟がものにすることを愉しみに待つかのように、彼はただ、己が身体の再生にのみ心血を注いできたのだ。

だがしかし、少女はそのことを咎めない。

この男は、打算や謀略、それ無しには動かない人物だと、そう確信しているからだ。

そしてその評価を肯定するように、薄い笑みを浮かべた男は、黒天に浮かぶ月の形に歪めた唇を動かした。


「逆やで? 奴をほっとけんから、わいは自分の言う『過剰な力』を求めとんのや」

「…………そうかい。なら、ボクの方からはこれ以上何の要求も無い。君は君の悲願を果たすため、ただ全力を尽くしてくれれば良い」

「そいつぁおおきに」


やはり傲慢ともとれる少女の物言いに、しかし男は気を悪くした様子はない。

ただ薄く歪めた口元はそのまま、刃のような双眸を、僅かばかり細くしただけだ。

そして男は、三度黒天を見上げる。

哂う三日月は、気が付くと南天に高く、高く坐していた。


「まぁ、奴のことはそう気にせんで良いと思うで? ただの勘やけど、2つ目の目的地じゃあ奴とかち会うことになるような気がするさかい」


あくまで勘やけど、と念を押して、男は視線を少女へと落とした。

男の視線を、真正面から受け止めた少女は、疲れたように嘆息し。


「ならば、その2つ目の目的地とやらで、ボクらは君の弟君たちと矛先を交えることになるわけだね」


告げ、小さく肩を竦めて見せた。


「おいおい? 決めつけんのは良くないで? あくまで勘や言うたやろ?」

「決めつけてはいないさ。しかし、エビデンス(根拠)のあるデータは信頼に値する」


この一年で君の勘は外れた試しがない、と無表情なままに告げる少女からは、呆れのような諦めのような、そんな感情が感じられる。

くつ、と喉を鳴らした男は、何度か頷き。


「なるほど、それは確かに信頼できるデータやな」


銀の少女の言葉に同意を示した。

小馬鹿にしているとも取れる男の反応に、しかし少女は眉を顰めることすらしない。

元より喜怒哀楽という感情に乏しい彼女だが、特にこの男が相手となれば、その言動に一々腹を立てるのは無意味だ。

この人を喰ったような男は、他人の怒りを煽ることこそが、至上の喜びなのだから。

故に少女は男を咎めない。

彼女は機械的に、与えられた使命をこなす『人形』に過ぎないのだから。

そのため彼女は、不敵な笑みを零す男を無視し、己が使命を果たすため、行動を開始しようとする。


「では彼女を呼び戻そう。ボクとは反対側…………西の結界の偵察に向かわせた筈だけど…………」


そこまで言いかけて、銀の少女は、不意に口を噤んだ。

見ると、笑っていた筈の男も、笑みを顰め自らの頭上、明らかに風以外の何かに揺られる木々を見上げている。

かさかさ、と葉と葉が擦れる音が断続的に響いた。

そして…………。

 

―――――トンッ。



まるで木の葉が舞い落ちたような軽やかさを持って、長い金糸が虚空を舞った。


「はぁ~~~~…………あきまへんわ~。追手の方々、えらい勢いで結界喰い尽しなはるんやもの~」


金糸を舞わせた人影は、その台詞が示す緊迫感をまるで感じさせない間延びした京弁で、自らがここに戻った理由を告げる。

そんな彼女の様子に、黒い男と銀の少女はそれぞれ顔を見合わせ、少女は嘆息を、男は笑みを持って反応を示した。


「??? ウチ、何や可笑しなこと言いましたかえ~?」


2人の反応が、自らの予想と余りに食い違っていたのだろう。

金糸の少女は、着地で僅かにずれた眼鏡を元の位置に戻しながら、不思議そうに首を傾げる。

銀の少女は呆れたように、そして再び嘆息した。


「ハァ…………いや、君たちに緊張感を求めることの方が酷か。問題ないよ月詠。ああ、問題ない。ちょうど君を呼び戻そうと思っていたところさ」

「へ!? ほなら、いよいよ打って出はるんどすな!?」


切り放題や~♪などと小躍りを始めた金糸の少女に、銀糸の少女は目眩でも覚えたのか、右手を額に当て溜息を吐いた。

これには流石の男も苦笑いを浮かべ、銀糸の少女を代弁するように、金糸の少女を諌める。


「待て待て戦闘狂。さすがにここで追手と闘るつもりはあれへんて。一先ずはこっから移動するんが最優先や」

「えぇ~~~~? …………ハァ。ほしたら、まだしばらくはお預けどすなぁ? いえ、お給料貰とる身ぃどすし、雇い主の方針には従いますえ? けど、こないにいつ

まで経っても逃げの一手どしたら、さしものウチかて、剣も腕も錆びてまいます~…………」


そう言って眼鏡の少女は、小躍りを始めた際、両手に握っていた小太刀と長刀ごと、腕をだらんとしなだれさせた。

そんな彼女の様子を、気に止めないという方針を固め、銀の少女は額に当てていた手を離し、再び腕を組むと男に向き直った。


「それで半蔵? まず最初の目的地はどこなんだい?」


そして銀の少女は、彼女たちの頭目である男に、これから向かうべき道筋を問う。

男は再び薄く笑うと、黒天の月が南にであると断じそこから四方を類推、目的地があるであろう先、西を指差した。


「まずは三重…………伊勢の鈴鹿山や。でもって2つ目の目的地は…………」


男は指差した先、さらにその奥を見据えるよう、両のまなこを僅かに細め、告げる。



「―――――香川…………讃岐にある白峰陵や」



不敵に口元を歪め、空に浮かぶ月と同じく、もう一度男は哂うのだった。



OUT SIDE END......










ネギと明日菜に覚悟を問い掛けてから一夜が明けた。

別れ際に刀子先生が言っていた通り、本日は終業式。

そのため授業はなく、H.R.と形ばかりの式で、学校は午前で終了。

生徒たちは、正午を待たずして解散となった。

…………余談だが、俺に通知表を手渡す際、目があった刀子先生がかなり挙動不審だったことを付け加えておく。

まぁそれはさておき、終業式を終えた俺は今、ある人物に呼び出され学園都市内にある総合病院を訪れていた。

以前、霧狐が入院した、あの病院だ。

例によって、俺と離れるネギには、チビを護衛として付けている。

放課後は明日菜と昨日の件について相談したいと言っていたから、まぁ都合が良かったと言えば良かったのだろう。

とはいえ、せっかくこうして春休みを迎えれた初日に、いきなりの呼び出しとあっては、さすがの俺も辟易だ。

しかも呼び出した人物がヤツとなればなおさら…………。

俺は盛大に溜息を吐きながら、エレベーターを降りた。

降り立ったのは11階。

魔法関係者のみが入院する特別病棟。

エレベーターを降りてすぐ右手の通路を真っ直ぐ済んだ先に見える一際大きな扉。

この病棟において、もっとも大きな特別個室の扉の先に、俺を呼び出した人物がいる。

俺は再び溜息を吐くと、頭をぽりぽりと掻きながらもその扉を目指して廊下を歩いた。

やけに長い廊下を歩き、ようやくその扉の前に辿り着く。

扉の隣に貼られたネームプレートを、俺はジト目になりながら一瞥し、そして三度溜息を吐いて、ゆっくりと扉を開けた。

すると…………。



―――――開かれた扉の先、病室のベッド上には、後頭部縦長の明らかに奇形した木乃伊が横たわっていた。



「…………世界を揺るがす衝撃の歴史的発見!! 宇宙人の木乃伊発掘か!?」

「何故新聞の一面風!? とゆーか、まだ乾燥死体にはなっとらんぞい!?」


新聞やニュースの見出し風に、見たままの状況を告げた俺に対して、横たわっていた木乃伊はがばっ、と上半身を起こして抗議の声を上げた。

予想以上に元気そうなその様子に、俺は小さく舌打ちする。

ちっ…………ぴんぴんしてやがるとは、やっぱヤキが足りなかったか。

とはいえ、一応立場的には目上の人間だ。

俺は
顔に笑みを張り付け、ジョークジョーク、なんて言いながら、彼が横たわるベッドに近付く。

そしてその隣に置いてあった丸椅子を一つ引き寄せ、許可を取ることも無くそれに腰掛けた。


「いやぁ、しかし大変そうやな? 年齢的に急速回復呪文使うたら、変な淀みが残りかねへんから、自然治癒力強化系(ただしかなり微弱)でしか治療できひんのやて? 

ホンマ気の毒になぁ? まぁ、回復力野生動物並みの俺には、まるで分からん苦しみやけども」

「フォッフォッフォッ。ワシ、久々に殺意が湧いたぞい? 一体誰のせいでこうなったと思っとるんじゃ?」


起こしていた状態を再び横たわらせ、包帯越しに青筋を浮き上がらせるという、かなり高度な芸当を披露しつつ木乃伊…………もとい学園長は俺に言った。

ああ、ちなみに学園長をぐるぐる包んでいる包帯は、今言った自然治癒強化の術式が施された呪符な。

ともかく、俺は右手をひらひらさせながら笑みでそれに答える。


「そう目くじら立てんと。あれは不幸な事故やってんで? 俺かて相手が学園長やって分かってたら…………さすがにちっとは加減したやろうし」

「あれぇ!? ワシが処刑される結末回避されてなくね!?」


疑問の声を上げる学園長だが、俺はその訴えを完全に無視。

床頭台の上に置いてあった、見舞いの品と思しき果物の籠詰めからリンゴを一つ拾い上げた。

でもってゴミ箱を足元に引き寄せてから、無詠唱で影精を一体召喚し、果物ナイフ台の刃にしてしゅるしゅるとその皮を剥いて行く。

いや、魔法の無駄遣いと思うかもしらんけど、コレ結構便利なのよ? 後で洗う必要ないし。


「しかしこないな状態で俺を呼び出しとは仕事熱心やなぁ? 最近は問題起こした覚えあれへんから、どうせ何かの依頼やろ?」

「…………ハァ。まぁそうじゃが…………というか許可なく人の見舞い品に手をつけるのは控えた方が良いぞ?」


ご心配なく。相手は選んでますんで。

ともあれ、学園長はもはや言っても無駄と判断したのか、小さく咳払いを一つ。

そして居住まいを正し(だけど木乃伊のまんま)、有事に放つ、組織の長独特とも言える雰囲気を纏った。


「しかし、君もワシとそう変わるまい? 昨夜ネギ君達にした問い掛け、いささか越権行為に映らんこともないが、あれも護衛の仕事といえばそうじゃろう?」

「…………」


リンゴを剥いていた手が、ふと止まる。

…………こんの化け狸、昨日のあれをどっから覗いてやがった!?

とゆーか、全然懲りてねぇだろっ!? やっぱヤキが足んなかったか!?

とはいえ、俺は内心の動揺を悟られぬよう、顔には笑みを張り付けたまま、止めていた手を再び動かし始めた。

そして視線を学園長に向けることなく、手元のリンゴを中止したまま話しを進める。


「別にあれは仕事と思ってへんよ。ダチとして、単純に2人のこと心配してでた言葉や」

「ふむ、心配のう…………」


何でもない風に答えた筈の俺に、学園長が含みのある口調で、そう繰り返した。


「そう言う割には小太郎君。君の中では既に、彼女らがなんと答えるか、おおよその答えは出ているように見受けられるがの?」


そして俺はもう一度、学園長の言葉に手を止めた。

俺の中で決まっている彼らの答え


恐らくは学園長も、既にその答えを知っている。

故に彼は、俺の行為を咎めず看過していたのだ。

この化け狸には、ほとほと恐れ入る。


「ま、問い掛けは質問と違うて、相手がなんて答えるか、それを考えた上でするもんやろ? つーか、そこまでネギや明日菜の動向に執心してる自分らは、あいつらに一

体どうなって欲しいねん?」


まさか彼女の父、ナギ・スプリングフィールドと紅き翼の後釜。

次代の英雄に、なんて大それたことを企んでいるとは、さすがに思いたくは無い。

いずれ周囲に望まれずとも彼らはそうなっていくだろうが、武の英雄なんて、所詮戦が終わればただの広告塔。

望むと望まざるとに関わらず、政治の道具と成り果て、骨の髄まで国家や組織にしゃぶりつくされるだけだ。

この老人は腹黒いが、少なくとも無情ではないと思っているから。

そんな俺の思いを知ってか知らずか、学園長は小さく溜息を吐いた。


「多くを望むつもりはない。ただ…………ただ強く、強くあって欲しいと、そう願うとるだけじゃよ」


短く呟いた老体。

しかしその言葉からは、確かな思いやりが感じられる。

故に彼の言葉に、俺も短く、そうけ、とだけ返したおいた。

…………別に、彼女たちに利用される未来を望んでるって訳じゃねぇんだな。

ただ強く、それには様々な意味が込められているのだろう。

自らを護れるよう強く、世界に呑まれぬよう強く、そして自らを見失わず済むように強く、そんな様々な意味が。

故に俺は、それ以上紡ぐ言葉を持たなかった。

俺が沈黙したことで、学園長はこの会話が終了したと結論したのだろう。

再び小さく咳払いすると、さて、本題に入るかの?と話を切り出して来た。

止めていた手の動きを再開させ、俺は耳だけを彼の言葉に傾ける。

明らかに礼を欠いた行為に見えるが、しかし学園長は何ら咎めることなく、話しを続けた。


「実はのう、先日2件ほど西の方で事件があったと婿殿から知らせを受けての」


西での事件、その言葉にぴくりと眉が跳ねた。

皮を剥き終えたリンゴを、ことんと床頭台の上に戻し、俺は視線を学園長へと移す。

そして核心である問いを、彼へと投げかけた。


「兄貴か?」


この時期に西で起こり得る事件。

その犯人への心当たりと、俺が呼び出された経緯を考え口にした。

しかし学園長は包帯の向こうで目を伏せ、はっきりと首を横に振った。


「直接君の兄上を確認した者はおらん。しかしの、1件目の現場では、銀髪の少女が目撃されとる」

「!?」


銀髪の少女。

1年前、一撃の下に己を下したその少女を思い出し、俺は目を見開いた。


「現場に居合わせた者が石化されておったこと、加えて君の報告書にあった石の魔術という類似点から、恐らくは件の襲撃者だと考えられる」

「ああ、間違えあれへんやろ。ついでに言うなら、その嬢ちゃんがおった時点で、兄貴が絡んどると見て間違いあれへん」


重々しく告げた学園長。

その言葉を肯定し、俺は表情を歪める。

…………ついに動き出しやがったか。

一年前に、奴は右腕を失っている。

その事から、再度動き出すまでしばらくの期間が必要になるとは踏んでいた。

出来ることならそれまでに、極夜の葬送曲を完成させておきたかったが…………致し方ないだろう。

俺は表情を真剣なものへと戻し、学園長に先を促す。


「で? 詠春のおっちゃんから報告があった言うことは、もうちょい詳しいことも分かっとるんとちゃうか?」

「無論じゃ。1件目の現場は伊勢の鈴鹿山。君の兄上が大物ばかりを狙うことを長に示唆し、警備を強化しておった場所じゃ」


伊勢の鈴鹿山、大物。

その2つのワードを切り出し、俺は逡巡した。

兄貴が使役するのは、その地に所縁のある妖怪や土地神。

故に今回もその地に関係した何かが目的だったと考えられるが…………。


「…………まさかっ!?」


その答えに行き当たり、俺は息を呑みながら顔を上げた。

そして告げる。


「鈴鹿山の大嶽丸か…………!!」


時の英雄に滅ぼされた、その悪鬼の名を。

そしてその言葉に、学園長はやはり重々しく、しかしはっきりと頷いた。

日本三大悪妖怪と呼ばれる妖には、諸説様々ある。

もっとも有力なのは2つの言だが、そのどちらにも共通して登場するのが、かつて兄貴が復活させた酒呑童子と、俺が取り込んだ白面金毛九尾の狐。

そしてその所説は、残る一つの座に何を据えるか、その一点にて差異を見せる。

一方の説においてその座に坐すのが大嶽丸だ。

復活した上で、しかし再び討伐され、二度と黄泉返らぬ様、その首は宇治の平等院に奉ぜられた、確か伝承にそうあったと記憶していたが…………。


「盲点じゃった…………とは言えぬの。伝承であるとはいえ、一度は黄泉返った妖怪じゃ。これまで再召喚出来なんだのは、その地が封ぜられておったことと、単純にそ

れだけの器を持つ術者が現れなんだだけなのじゃろうて…………」

「けど、兄貴はその封印を破ったと?」

「うむ。警備の者は全員石化されておったようで、現場を見た者はおらんがの。しかしながら、大規模な儀式召喚術の形跡があった様じゃ。恐らく大嶽丸召喚によるもの

じゃろう」

「くっ…………!!」


ぎりり、と奥歯を噛み締める。

つまりは既に、大嶽丸は兄貴の手に渡ってしまったということ。

報告書において、三大悪妖怪に関する遺物への警備強化を促す旨は進言していたが…………。


「兄貴相手じゃ、焼け石に水やったいうことかい…………」


加えて、敵勢にはあの銀髪の少女がいる。

完全に敵の戦力を読み違えた、俺の責任だろう。


「そう思いつめるでない。大嶽丸は召喚されてしもうたが、幸いにも人的被害皆無じゃ。全員石化されとっただけで、すでに治療も終えておる」


肩を落とした俺に、学園長がそんなフォローの言葉を投げかけた。

その言葉に、不謹慎ではあるが一応の安堵を認め、俺は小さく嘆息する。


「ふぅ…………。ほな、もうかたっぽの事件言うのは?」


そして俺は、学園長へもう1つの件に対しての説明を求める。

元よりそれを伝えるつもりで俺を呼び出したその老翁は、小さく頷くと、先程よりも眉根を寄せ、僅かに首を傾げつつ告げた。


「先の件は明確に君の兄上が絡んでおったが、こっちはちと不思議でのう。京の白峯神宮、そこで管理されておった『ある物』が、何者かによって盗み出されたのじゃ」

「??? その『ある物』いうんも気になるけど、不思議いうんは、一体どういうとこがや?」


うむ、と首を捻りながら、学園長は言葉を探すように沈黙し、四半秒と待たずして口を開いた。


「それが、人的被害が皆無どころか、白峯神宮は襲撃すら受けておらんのじゃ。誰も気づかぬまま、いつのまにかその『ある物』が消え失せた。そういう状況でのう」


納得がいかぬと、しきりに首を傾げる学園長。

それに習った俺も、顎に手を当て首を傾げて熟考する。

その状況から考えられる可能性を思案し、その中で最も有力なものを拾い上げる。

そうして行き当たった結論は。


「…………誰ぞ、内側から手引きしとった奴がおる、そういうことやんな?」

「俄かには信じ難いが、その可能性は捨て切れぬのう」


全く婿殿も不甲斐ない、などと吐き捨て、学園長は包帯に巻かれた腕を交叉させた。

しかし兄貴を手引きする奴ってどんなだ?

兄貴の目的は、恐らく西の長…………サムライマスターこと近衛 詠春の抹殺だ。

それを行うお膳立てをして、呪術協会内部の人間にとって有益になることと言えば…………。


「過激派による権力の掌握。おっちゃんの政敵いう可能性はないんか?」


せいぜい思い当たる可能性を、俺は学園長に示唆した。

学園長は俺の回答に、感心したように頷いたがしかし…………。


「さすがに頭が良う回るのう。が、その線は既に洗い出したそうじゃ。過激派全員、白であったとな。ついでに言うておくと、白峯神宮は穏健派の管轄とのことじゃよ」


故に不思議でならん、と学園長は腕を組んだまま、再び首を傾げた。

まぁ、誰が裏切ったかは兄貴を捉えるなりすりゃ、どの道明らかになることだ。

今はそれを気にしても仕方がないだろう。

故に当面の問題は…………。


「その『ある物』いうんは、結局何なんや?」


兄貴と思しき人物が盗み出したというもの、それの正体に他ならない。

学園長は組んでいた腕を解き、ちらちらと周囲を確認すると、左手でちょいちょいと、俺を手招きした。


「???」


こんな包帯ぐるぐる巻き奇形木乃伊状態の老体に顔を寄せるとか、どんな罰ゲーム?なんて失礼なことを考えながらも、俺は学園長の意志に従い耳をその口元に寄せる。

俺が耳を寄せた瞬間、学園長はしゃがれた声を限界まで絞り、告げた。



「―――――血書五部大乗教じゃよ」



「っっっっ!!!!?」


その言葉に俺は息を呑み、目を見開いた。


「ば、バカいうたらあかんてっ!? アレはフィクションやろっ!? つーか仮に実在しても、瀬戸内の底に沈んどったんとちゃうんかいっ!!!?」


慌てて叫んだ俺に、学園長は包帯をもごもごさせながら、しかし楽しそうに笑う。


「フォッフォッフォッ。若いのう。それと、病院では静かにの?」

「言うてる場合かっ!!!?」


つーか、俺が部屋に入って来た時、アンタだって叫んでただろっ!!

明らかに血圧を上昇させて言った俺に、学園長は笑みを崩さず続ける。


「何、若いと言うたのはその反応だけではない。その判断もじゃよ。火の無い所に煙は立たぬ。まぁ、本当に崇徳院の血書かは定かではないがのう」

「そ、そうは言うてもな…………つか、瀬戸内に沈めた云々の話はスルーかいな?」

「いやいや、もちろん沈んどったよ? それを近年、一般の漁船が底引き網に引っかけて掘り起こしてのう。あわや一般公開、となる寸前で西側が回収したのじゃ」


あのときの婿殿の様子は笑えたのう、なんて飄々と告げる学園長に、俺の方はさっきから嫌な汗が止まらなかった。



―――――血書五部大乗教。



それは先程述べた、日本三大悪妖怪に所縁のある品だ。

先述の通り、日本三大悪妖怪には諸説あり、有力な二説の内一方は最後の一座を大嶽丸とするもの。

そして残るもう一説は、酒呑童子、九尾の狐、そして最後の一座に実在したとある人物を据えたものだ。

崇徳院…………生きながらに夜叉となり、京の都を祟った彼は死して後、京に祀られ皇族の守護神とされる一方こうも呼ばれる。



―――――日本三大悪妖怪が最後の一角、讃岐の大天狗、と。



血書五部大乗教は、彼が讃岐に流される原因となった勢力争い、即ち保元の乱によって亡くなった者たち、その菩提を弔うために自ら写経した経文である。

しかし、単なる経文であれば、何もやれフィクションだ、呪いのアイテムだなどと騒がれることはない。

もちろん、五部大乗教そのものが、長大な上に難解であり、その習得が困難なことも、その高名に拍車をかける一因である。

しかしながら、それも忌避する理由にはなりはしない。何せ寺社に祭られて然るべきものだからだ。

ならば何故、俺がここまで忌避するのか、それはその血書五部大乗教が失われる至った経緯にある。

崇徳院が讃岐にて書き上げた五部大乗教は、彼の意向通り一旦は京へと運ばれた。

しかし、時の朝廷はこれを呪いの込められた品であると疑い拒絶。

送り返された経文を受け取った崇徳院は怒り狂い、その血で記された血書の上に、こう書きなぐったとされる。


―――――曰く、願わくは、大和の大魔閻となりて天下を悩乱せん五部大乗経をもって廻向す。

―――――曰く、皇を取って民となし、民を皇となさん。

―――――曰く、人の福をみては禍とし、世の治まるをみては乱をおこさしむ。


この後、院は狂乱の末、憤死された。

埋葬の折、天は突如として翳り、風が吹き荒れ、院の遺体を納めた棺からは血が噴き出したという。

それから数年に渡り、京は禍に襲われ、疫病が流行し、その死者はおよそ5万に上るとさえ言われている。

…………以上が、血書五部大乗教の出自だ。

日本三大悪妖怪に諸説あり、その中に彼の名が含まれぬ物が存在するのは、後の世の人間が彼を余りに恐れ、その名を記すことさえ憚ったからかもしれない。

つーか、何が恐ろしいって、歴史を見たら一目瞭然だよな?

だってこの保元の乱の後、崇徳院の末期の言葉通りに『皇が民』に『民が皇』になったんだぜ?

いや、確かに武家政治のことを、そう判断するのは当て擦りが過ぎる気もするけどさ、少なくとも皇族でない人間が数百年跨ぎで政治をしていたのは確かだ。

その後大政奉還が行われて、明治の世が始まった際も、時の天皇はまず、彼の神霊を京に迎え入れることから始めたっていうんだから、その名が持つ恐怖にも納得だ。

まぁ、とにもかくにも、もしそんなのが今の世に光臨したら大騒ぎだってことに変わりは無い。

ゲームバランス考えてねぇどころの騒ぎじゃねぇ。

こんなの倒せそうにないから、いっそウル●ラマン呼んでくれってレベルだ。

なのにこの化け狸ときたら…………。


「何でそないに悠長にしてられんねん…………」


けたけたと、当時の長の様子を思い出しているのだろう、独特な笑い声を上げる妖怪ジジイをジト目で睨みつけて、俺は静かにそう呟いた。


「フォッフォッフォッ。先も言うたじゃろう? 発見された五部大乗教が、崇徳院が記したものかどうかは定かでない、と。とはいえ、千数百年を経て海底で朽ちず、そ

の形を留めておったことからも、相等な怨念…………おおっと失言じゃったな? まぁ、魔力を有しておったのは確かじゃ」


放置しておいて良い代物ではなかろ? と老体は包帯の内側で、己が片目のみを閉ざしこちらを一瞥する。

…………つーか、包帯越しでこんだけ表情伝わるって、実は凄い芸風だよね? 今度教員の飲み会で披露することを強く勧める。


「まぁそれで、放置しておく訳にもいかんから、こうして君を呼んだ訳じゃよ。その意味が、博識な君なら言わずとも分かろうて」


こちらを試すような、そんな物言いの学園長に、俺は苦笑いを浮かべながら頷いた。


「はいはい。九尾の力を持っとる俺なら、確かにこの任務には適任やろうな」


その俺の回答がお気に召したのか、学園長は包帯の内側で、ニヤリと口元を歪め頷いた。

………やっぱ器用だよなぁ。つーか、芸人気質?


「とはいえ、さすがに状況が状況じゃ。今回の任務は君の他に、現場指揮として葛葉君、予備戦力として刹那君、霧狐君にも同行してもらおうと思うておる」

「はぁっ!?」


苦笑いしながら頷いていた俺は、しかし学園長が告げた名に、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「いやいやいや!! あかんやろ!? センセと刹那は分かる!! けどなして霧狐やねん!? 荷が重過ぎるんも程があるわ!!」


先生と刹那、俺はもともと西の出身であり、現在の立ち位置は『麻帆良への出向』という扱いになっている。

まさに西での活動には打って付けの面子だ。

しかし霧狐は違う。

確かに出自は東西のどちらにも属さない上、俺の親類縁者ということも相まって、先述の立ち位置と言う意味では問題はない。

しかし問題なのは彼女の実力だ。

兄貴だけでも十二分に危険なのに、そこにあの銀髪の少女まで噛んで来てるとすれば、そこは正しく死地に他ならない。

兄として、たった一人の妹をそんな死地に連れていく訳にはいかない。

そう判断して声を荒げた俺だったが、学園長はそんな俺の様子を、一笑の下に伏した。


「過保護じゃのう。死地に送ろうとしとるワシが言うのもなんじゃが、少しは彼女を信頼してはどうじゃ? 護られてばかりでは強くなれんことを、君は良う理解しとる

じゃろうに」

「それは分かっとる!! 俺はただ、時期尚早過ぎるいうてんねん!!」

「ふむ、ならば付け加えて置こう。これは彼女の望みでもある。有事の際は、躊躇い無く自分を使って欲しい、とな」

「!?」


学園長の言葉に、俺は絶句した。

彼女が望んでいる…………?

それは霧狐が、闘いたいと、そう望んでいるということ。

かつての俺や刹那が抱いた気持ちと同じように、自分は護られてばかりの、そんな立ち位置を良しとしないと、妹はそう願っていると言うこと。

…………学園祭の鬼ごっこで、いやにはしゃいでいると思ったらそう言うことか。

遊びとは言え、彼女は嬉しかったのだろう。

俺と言う、いつかともに闘いたいと思っていた存在に、頼ってもらえたことが。

そう思い至った俺は、閉口することしか出来なかった。

黙った俺を一瞥し、学園長は咳払いとともに、表情を一変させる。

それは組織の長のものでも、魔法使いとしての物ではない。

まるで孫の成長を喜ぶ、好々爺のような優しい笑みを浮かべて、彼は言った。


「今一度言おう。少しは妹を信頼してはどうかの? ともに闘うため、そして自らの身を護れるようするため、この一年彼女を手元に置いて来たのじゃろう?」

「…………」


その言葉に、俺は僅かに逡巡した。

しかし、ここまで札を切られては、俺の手元には、もう何のカードも残ってはいない。

仕方なく諦め、俺に出来たことは盛大に溜息を吐き、僅かばかり彼の言葉を訂正することくらいだった。


「ハァ…………みくびんなや学園長。俺はあいつを『自分くらい護れるように』やなく『誰かを護れるよう』鍛えて来たったつもりやで?」

「フォッフォッフォッ。そりゃあスマンかったのう」


包帯の向こう、老人は楽しそうに笑うと、再び片目だけで俺を見据える。

そして彼は、改めてこう告げた。


「では小太郎君。改めて命じよう。明朝より、葛葉 刀子、桜咲 刹那、九条 霧狐の3名とともに、讃岐は白峰陵に立ち、到着次第同地の防衛に当たる事。良いな?」


その言葉に、俺はしっかりと頷く。


「了解や。最優先は大天狗としての崇徳院復活阻止。それで良えな?」


うむ、と学園長は頷き、ぴっ、と右の人指し指から3本ほどを立てる。


「今君の言うた通り、今回君の最も優先すべき任務は白峰陵に安置された崇徳院のご遺体、その悪用を阻止すること。そして2つ目が奪取された血書五部大乗教の奪還、あ

るいは破壊。そして最後が君の兄上、犬上 半蔵一味の拿捕じゃ。君としてはまことに遺憾じゃと思うが、ここは堪えて貰うしかない」


良いな、と改めて念を押す学園長。

俺は灰汁が出て、変色し始めたリンゴをひょいっと持ち上げて人齧りし、言った。


「当然。まだ大人とは言えへんけど、その理屈が分からんほどガキでもない」

「フォッフォッフォッ。よろしい。では今日のところは帰宅し、明日に備えてくれるかの?」


再び了解と答え、俺は座っていた丸椅子から立ち上がる。

俺の歯型が付いたリンゴを、ぽんぽんと掌で弄び、ゆっくち出口に向かっていた俺は、ふとあることに気が付いて足を止めた。


「なぁ? 俺がおらん間、ネギの護衛ってどないなるんや?」


麻帆良在学中、俺が最も優先すべき任務は彼女の護衛であり、その秘密の隠匿にある。

さすがに学園長も俺が不在の間、その任に就く者を空席にしておいて良いとは思っていないだろう。


「それなら心配には及ばん。君が任務についてくれとる間、ネギ君には英国へ一時帰省して貰う手筈じゃ。偶々魔法世界へ行くことになっておったタカミチ君が、道中の

護衛も兼任してくれることになっておるし、後顧の憂いはなかろうて」

「そりゃあ何とまぁ…………棚から牡丹餅なんか、自分らの手回しが良えんか…………」


タカミチの件は前者だが、ネギの帰省に関しては明らかに後者だろう。

大方『異性との生活が続いては息もつまるじゃろう? どうかね? ご家族を安心させるためにも、春休みを利用して帰省しては?』とかなんとか言って彼女を言いくる

めたのだろう。

まぁ、それで彼女の身の安全が保障されるなら安いもの…………ん? ちょっと待てよ?

麻帆良では俺が護衛で、道中はタカミチが護衛なんだよな?

確か彼女は、麻帆良に来る際にもタカミチが迎えに行ったっていう話しだ。

そんだけVIP待遇で護られていると言うことは、当然今まで暮らしていたウェールズでも、彼女は何らかの存在に護られていた筈。

しかし一体誰が?

イギリスでネギの周りって、そんな戦闘向きな人員揃ってなかったと思うんだけど。

ふと気になって首を傾げていると、不意に学園長が言った。


「ネギ君がイギリスにおいてどのように護られていたか、それが気になっておるのかの?」

「…………読心術とか使うてんなら、一応釘は刺しとくで? 次やったら病院やのうて墓場に直行や」

「フォッフォッフォッ。そんなもの使わんでも、君の顔にはっきりと書いておるよ」


俺の脅迫に臆した様子も無く笑い、学園長はふむ、なんて最もらしく呟くと、包帯に巻かれた顎、恐らくは彼の豊かな髭が生えているであろう部分を撫でる。


「君の懸念している通り、ネギ君はウェールズにおいても庇護されておった。紅き翼所縁の者たちが持ち回りでの。が、最近は1人の魔法使いが専任となっておる」


包帯の下で、学園長がにやりと口元を歪ませた。



「―――――爆炎の魔女。それが彼女…………ネギ君を護る魔法使いの通り名じゃ」











SIDE Negi......



「帰省するって…………またいきなりな話ね」


目を丸くしながら、アスナさんは呟いた。

放課後になってすぐ、タカミチに呼び出されたボクは、彼から学園長の言伝を聞かされた。

その言伝の内容は大体こんな感じ。

『周囲が異性ばかりで心身ともに疲れてるだろうから、家族を安心させる意味でも、春休みを利用して帰省してはどうか?』

正直な話、ボクとしてもお姉ちゃんたちに一端顔を見せて置きたかったし、事実疲労が蓄積していたこともあって、その提案をありがたく承諾させて貰った。

それでその後、ボクは約束していた通り、最早お決まりになりつつある駅前のオープンカフェでアスナさんと落ち合っている。

アスナさんは注文したコーヒーにミルクを注ぎ、それをスプーンでクルクルとかき混ぜながら、さらにこんなことを呟いた。


「それも明日には日本を立つだなんて、本当にいきなりな話よねぇ」


苦笑いしつつ、アスナさんは程良くミルクと混ざったコーヒーを一口啜る。

そんな彼女に釣られて苦笑すると、ボクはテーブルに置いてあった、自分のミルクティーを手に取り言った。


「必要な手続きは学園側でしてくれるという話だったので、せっかくなのでご厚意に甘えようと思って。それに…………いろいろ考えるにしても、一度故郷に戻るのが最

善だとも思ったんです」

「いろいろね…………確かに、それが良いのかも」


ボクの言葉に、アスナさんは昨夜のことを思い出しているのだろう。

不意に遠く、轟音を響かせ白い軌跡を描く飛行機を見つめながら、感慨深げに声を零した。

彼女に習って、ボクも空、軌跡を描く4枚翼に視線を当てる。

…………昨日、小太郎君から見せて貰った光景に、アスナさんはどんなことを思ったのかな?

そう考えると、あのときのアスナさんの様子を思い出す。

そしてその中に、違和感を覚えたボクは、その疑問を正直に彼女に尋ねてみようと思った。

これから春休みの間、色んなことを決断して、良くも悪くも、ボクは一歩を踏み出すことになる。

それに…………もしかすると、アスナさんとこうして言葉を交わすことも、もう数えるほどしかないかも知れない。

そう考えると、ちょっとした疑問でも尋ねておくべきだと、そう感じてしまったから。

だから躊躇いつつも、ボクは彼女にその質問を投げかける。


「あの、アスナさん…………もし、答えたくなかったら答えて頂かなくて結構なんですが、もしかして、小太郎君が体験したような惨劇を、前にも見たことがあるんです

か?」

「ぶはっ!?」

「うわっ!? ちょっ!? あ、アスナさんっ!? だ、大丈夫ですかっ!?」


ボクが問い掛けた瞬間、啜っていたコーヒーを盛大に吹き出してしまうアスナさん。

ボクは慌てて彼女にお絞りを手渡し、自分の分のお絞りを広げて、テーブルに飛び散った飛沫を拭った。


「い、いきなりなんて事聞くのよっ!? あのね? 私はあんたたちと違って、あくまで一般的な中学生よ? あんな…………あんな恐ろしいこと、そうそう体験してる

わけないじゃない?」


そりゃ映画とかドラマは別だけど、と一人ごちながら、アスナさんはボクの渡したお絞りで、口の周りを拭く。

ま、まぁそれはそうだよね…………。

そうでなければ、ボクは彼女の前で魔法を使う時、あそこまで躊躇ったことは、ただの取り越し苦労だったってことだし。


「す、すみません。その、昨日のアスナさんの様子が余りに落ち着いて見えたから、ひょっとして、なんて思っちゃって…………」

「ああ、そのことね。確かに、昨日の態度は自分でも、あれはなかったかなぁ?とか思ってるけどさ…………」


思い当たる節があったのか、アスナさんは改めてコーヒーに口を付けると、今度は遠くではなく手元、コーヒーが注がれたカップへと視線を落とす。

ミルクで濁った水面を覗き込む彼女の様子は、まるで自らの深淵を臨もうとしているかのようだった。


「何か、驚きとか、怖いとか以前にさ、凄く納得しちゃったのよ」


そして彼女は、力なく笑みを浮かべながら、そう口にしたのだった。


「納得、ですか?」

「そ。納得」


視線をボクに写した彼女は、先程よりも僅かばかり生来の明るさを取り戻して、にっ、と小さくはにかむ。

それからアスナさんは、ボクが促すよりも先に、その納得が一体どういうものなのか、ぽつり、ぽつりと言葉を紡いでくれた。


「何かさ、これまで小太郎を見てて、『あいつって、何か私達と違うなぁ』ってそう思ってたの。多分私だけじゃなくてさ、他のみんなもそう思ってると思う」

「それは…………」


確かに、そうだと思う。

彼と出会って日の浅いボクでさえ、これまで何度も、彼と自分との差異…………言い換えれば、彼と似ていると言う父と、自分との間にあるものの正体に首を捻った。

しかしその正体は、未だに見つけることが出来ないでいる。

その答えに、彼女は思い至ったというのか。

その先が気になって、ボクは無意識の内に口を噤み、紅茶のカップを握る手に力を込めた。


「1年のときにあいつに強くなりたい理由を聞いたとき、あいつなんて答えたと思う? 『俺は欲張りで、大事なものがたくさんあるから、それを全部護るため、世界最強

の座を目指す』ですって。小学生か!?って思わず突っ込みそうになったわよ」


くすくすと忍び笑いをもらしながら、だけどアスナさんは真剣な様子で、そのときのことを振り返っていく。


「でも、そんときのあいつがあんまりにも真剣で、そのとき気付いたのよね。『ああ、こいつはきっと、何に対しても一生懸命なんだって』。笑うのも怒るのも、身体鍛

えるのもサボるのも、でもって、ムカつくことに人を驚かしたりからかったりするときもね?」


だけどさ、とアスナさんはそこで言葉を区切り、笑っていた表情を曇らせた。


「自分とあいつの違いには気付けたけど『じゃあ何でそんなに一生懸命なの?』って別の疑問が出て来ちゃってさ。その正体は、今の今まで分からないままだったのよ。

それが昨日、あいつの記憶を見て全部分かった…………」



―――――あいつの命は、あの村の人たちみんなが、自分たちの命と引き換えに護ってくれたものだったんだって。



アスナさんが呟いた、命、と言う言葉。

それは教科書やテレビで見るものより、ずっと重たくて、気が付くとボクは喉がなるほどの勢いで、生唾を飲み込んでいた。


「あいつのいた村って、見た感じ小さな村だったじゃない? だから、あそこに住んでた人たちって、きっとみんな家族みたいな感じだったと思うのよ」


それは何となく分かる。

かつてボクが暮らしていた、ウェールズの村も同じような雰囲気だったから。

だからこそ、小太郎君の喪失が、ボクには痛いほど良く分かる。

…………ううん。それはきっと思い上がりだろう。

ボクは確かに失ったけど、それは二度と戻らぬと決まった喪失じゃない。

しかし小太郎君は違う。

彼が体験したのは文字通り永久の別れ。

二度と会うことの出来ない、そんな喪失だ。


「あいつは、そんな大勢の家族の命…………そういうものすごく重たいものを預けられて、だけどそこから逃げずに、全部受け止めて真っ直ぐつっ走ってる。お母さんと

の約束を護りたくて、バカみたいに強くて、何でも笑い飛ばして…………それでそのついでに、誰かを救えるような、そんな男になりたくて。だから一生懸命、みんなに

預けられたその命を、精一杯生きようって、そう思ってるんだって、私は考えちゃったわけよ」


そこまで話すと、アスナさんは持っていたカップをテーブルに戻し、ぐうっ、と大きく身体を伸ばした。


「ん~~~~っ…………柄にもないこと話すとやっぱ疲れるわねぇ? けどまぁ、そういうこと。ついでに言っとくなら、あいつは同情なんか求めてないと思ったの。あ

いつはただ、お母さんとの約束通り強くなって、助けられた命を精一杯生きて、それで誰かにありがとう、って言って貰えたら、それが何より嬉しいんじゃない? 私の

知ってる犬上 小太郎って、確かにそう言う奴だし」


にぱっ、と今度はいつもの彼女らしく、楽しげな笑みでアスナさんは言った。

…………この女性(ひと)は凄いなぁ。

ボクは小太郎君の記憶を見せて貰って、やはり一番強く抱いたのは『どうして彼ばかり、こんな辛い想いをしなきゃいけないの?』っていう憐憫だった。

しかし彼女は最初から、彼がそんなもの望んでないと、そう気が付いていたのだ。

彼はそんなものより、自分の行動の結果、たまたまでも誰かが救われればそれで良い。

それでもし、その人が自分にお礼なんて言ってくれれば、それでだけで心底満足してしまう。

彼は…………犬上 小太郎は確かにそういう人だ。

それはきっと付き合いの長い短いで気付けた差異じゃない。

きっとこの人だから…………神楽坂 明日菜だからこそ、気が付けたこと。

…………何だか、敵わないね?

図書館島の一件でもそうだったけど、改めて彼女の器が、とても大きい物だと感じたボクは、肩を竦めて嘆息することしか出来なかった。


「…………飲み物、冷めちゃったわね?」

「へ? あ、ああ、ホントですね」


残念そうに零したアスナさん。

彼女の言葉を受けて、自分のティーカップに触れると、熱いと感じる程だったカップは温くなってしまっていた。

アスナさんは温くなってしまったコーヒーを一気に煽ると、テーブルに置いてあったトレーごとそれを持ち、立ち上がる。


「さて、そろそろ私帰んなきゃ。さっき電話来て、号外配るからって言われちゃったし」

「それじゃ、ボクも帰って出発の準備をすることにします」


笑顔で彼女に答えて、ボクは同じように紅茶を飲み干し席を立った。

そして2人連れだって返却台に食器を戻し、やはり2人でお店を出る。

示し合わせた訳でもないけど、気が付くとお店をでるまで、ボクらの間に言葉はなかった。

口にはしなかったけど、内心、アスナさんも思っていたのかもしれない。



―――――こうして話すのは、今日が最後かも知れない。



ボクが危惧したそんな結末に、彼女また薄々感付いているのだろう。

だから、ボクはお店の出入口、2人にとっての分かれ道になる場所で、彼女の袖を小さく引いた。


「ん? どうかしたの?」


そんなボクの行動を不思議思ったのか、アスナさんは首を傾げながらボクに視線を落とす。

特徴的なオッドアイを真っ直ぐに見つめて、ボクは精一杯の想いを込めて彼女に言った。


「…………アスナさんの決意を邪魔するつもりはありません。だけど…………だけどもし、ボクが麻帆良に戻った時、アスナさんが何も言わずに、ボクのことを忘れてし

まっていたら…………もし、そんなことがあったら…………」


堪えながら、ボクは零れそうになるものを必死で抑え、言葉を紡いだ。


「…………きっとボク、また泣いちゃうと思います」


その言葉が、今ボクに紡げる精一杯の想いだった。

見上げた視界は薄く揺らぎ、アスナさんの目には、ボクの両目一杯に溜まった涙が映っているだろう。

だけど、それを零すことは、溢れさせることは出来ない。

きっとそれは、彼女の決意を邪魔することになるから。

だけどせめて…………せめて、願うくらいは欲しい。



―――――どうか、彼女が何も言わずにいなくなることだけは、それだけはありませんように、と。



「…………全く。私の周りには、どうして頭良いのにバカなやつが多いのかしら?」


アスナさんは溜息交じりにそう呟くと、優しく笑みを浮かべて、ぽん、とかつて小太郎君がそうしてくれたみたいに、ボクの頭に手を置いた。

そして赤子をあやすみたいに、優しくボクの髪を撫でつける。


「安心しなさい。どんな選択するにしたって、あんたに何も言わず、記憶を消したりしないわよ。だって…………」


言葉を区切ったアスナさんは、にっ、と実に彼女らしい笑みを浮かべた。



「―――――私達『友達』でしょ?」


「あ…………」


その言葉を受けて、ボクの脳裏に昨日、小太郎君に対して言ったことばが思い出される。


『―――――友達のことは、そりゃ知りたいわよ。特にあんたみたいに、普段から何考えてるか分かんないような奴のはなおさら。ましてやそれが、命に関わるようなこ

とならね。』


…………そうだった。

この女性(ひと)は、そういう存在を何より大切にしてくれる人だった。

なのにボクは、そんな彼女を信じ切れず、また子どもみたいに泣きそうになって…………。

気恥しくて、頬が熱くなる。

だけど視界は、すでに涙に滲んだものではなくなっていた。

だからボクは彼女にならい、ボクにできる精一杯の笑みを浮かべる。



「―――――はいっ!! ボクたちは『友達』です!!」



そして告げる。

彼女と自分の絆を確認するように。

二度と見失わないように。

…………大丈夫。

アスナさんがもし、全てを忘れる道を選んだとして、何も怯える必要なんかない。

魔法のことは、今度こそバレないよう、気を付けなくちゃいけないだろうけど、そんなの些細な問題だ。

きっとボク達は、また友達に戻れる。

仮にそれが難しくても、きっと小太郎君がボクのことを助けてくれる。

もちろん、助けてもらってばかりじゃダメだろうけど、今はそれで良い。

いつかきっと、彼にもアスナさんにも、何かを返そうと、そういう覚悟はあるのだから。

だからボクは春先の空の下、ただ一つを願う。



―――――どうか彼女が選ぶ未来が、明るいものでありますように、と。



SIDE Negi OUT......





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 92時間目 出発進行 旅行前のテンションて、色々とカオスだよね?
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/11/21 01:09


「ほな、よろしゅうお願いします」

「ばうっ」


俺が頭を下げると、それに習って大型犬サイズに縮小されたチビも一礼する。


「ふふっ、チビちゃんは本当におりこうさんですね。はい、確かに任されました」


そんな俺たちの様子に女子中等部寮管理人、九条 霞深は笑顔で頷いた。

空が白み始めたばかりのこの時間、俺はチビの散歩も兼ねて、留守中相棒を預かってくれる霞深さんを尋ねている。

俺たちが話しているのは女子中等部寮、その門前だ。

ちなみに、大仕事の目前と言うことで今日の早朝稽古は大事を取って中止にした。

が、恐らく寮の中では、刹那も霧狐も目を覚ましてあれやこれやと準備をしていることだろう。

前者は用心深い性格故、後者は初任務による緊張…………いや、あいつは緊張するようなタイプじゃないか。

大方わくわくして早く目が覚めてるか、昨日の夜から眠れてないかのどっちかだろう。

不意に零れた笑みを慌てて押し殺しながら、俺は再び霞深さんに向き直った。


「あー…………何て言うたら分からんけど、とりあえずこれだけは言っとくわ…………霧狐は必ず無事に連れて帰るさかい、安心しといてくれ」


そう、絶対に彼女は連れて帰る。

彼女は…………否、彼女たちは皆、かつて何も護れなかった俺が、ようやく手に入れた『護るべき人』だ。

誰一人欠けることなく、必ずこの麻帆良に連れて帰って見せる。

例え道中に、どのような危険が待ち構えていようと、だ。

そんな想いを言葉にした俺に、霞深さんは驚いたように目を丸るくする。

しかし、次の瞬間には破顔し、くすりと小さな笑い声を零した。


「そういう気遣いをされるところは、あんまり牙狼丸さんに似てないんですね?」

「…………いや、あんな力で何でも解決できると思てる、アンブレイカブルな連中と一緒にせんといてくれ」


俺は『察し』と『思いやり』を慮る日本の地で生まれ育った男ですよ?

たとえ目指す位置がそれだとしても、あんな脳筋連中と一緒にされたら泣けてくる。


「ふふっ、そうですね。でも小太郎さん、一つだけ間違えちゃってますよ?」

「間違い?」


首を傾げる俺を余所に、霞深さんはそう言いながら朝焼けに霞み始めた景色をぐるりと見渡した。

まずは頭上に広がる青空。

そこでは早起きな小鳥たちが、楽しそうに歌を口ずさみ、戯れるように飛翔していく。

次に女子寮から駅へと続く一本道。

整然とならんだ街路樹達は、その葉一枚一枚に朝露を纏わせ、昇ったばかりの朝日をきらきらと反射させていた。

そして最後に彼女の背後に佇む女子寮。

さきほどまでは静まり返っていた筈の寮では、一部の生徒たちが目覚め始めているのだろう。

賑やかな喧騒と、朝食のものと思しき芳しい香りが漂って来ていた。

それら全てを一望して、霞深さんは俺へと視線を戻す。

その顔に浮かんでいたのは、先程の楽しげなものではなく、まるで慈しむような、そんな笑顔だった。


「キリだけじゃなく、ちゃんとみんなで帰って来てください。もちろん、小太郎さんも必ず無事に。私とキリに、この平穏な毎日をくれた恩人がいなくなるなんて、そんなの私もキリも泣いちゃいますよ?」


最後は冗談めかした口調だったが、霞深さんは心の底からの願いとして、その言葉を口にしてくれたのだろう。

だから俺は、優しい笑みを浮かべてそれに頷く。

その言葉確かに受け取った、とそんな想いをその動作に乗せて。


「ああ、必ず。必ずみんなで帰ってくる。そうせんとチビの面倒まで霞深さんに押し付けてまうことになるからな」

「ばうばうっ!!」


全くだ、とそう言うみたいに、チビが吠えた。

俺の言葉をどう受け取ったのか、霞深さんは穏やかな笑みを浮かべたまま、チビの隣に屈み、その頭を優しく撫でる。


「本当ですよね~? それに小太郎さんがいなくなっちゃったら、牙狼丸さんに会えない私の寂しさを、誰が埋めてくれるって言うんでしょうね~?」

「ば、ばう?」

「…………」


いや、さすがに俺も、霞深さんが親父に会えない寂しさを埋めるようなことしてた覚えは無い。

つーか、やってたら今頃刹那に両断されてるし。

撫でられながら言われたチビも、さすがに今の台詞には困ったように首を傾げるばかりだった。

チビを一通り満足したのか、霞深さんは、よいしょっ、なんて外見にそぐわない掛け声を零しながら、ゆっくりと立ち上がる。


「あ、そだ。小太郎さん、キリのことで一つお願いがあるんですけど、よろしいですか?」

「ん、何や? 俺に出来ることやったら、何でも言うてくれ」


何と言っても、たった2人きりの家族、ましてや母親だからな。

娘の初陣に少なからず思うところがあるだろう。

だから俺は、出来得る限り彼女の望む通りに、霧狐を護ってやりたい。

居住まいを正した俺に、霞深さんは苦笑いを浮かべ…………。


「そ、そんな畏まらないで下さい。大したことじゃありませんからっ。あ、でも、凛々しい表情をされてると、やっぱり牙狼丸さんそっくりで…………じゅるり❤」

「…………」


しかし次の瞬間には、良く見なれた得物を狙うネコ科動物のような、そんなこちらの寒気を誘う目つきになっていた。

…………もうホントに勘弁してしてください。


「ご、ごほんっ…………え、えーと、それでキリの話なんですけど」


話しが脱線したことに気が付いた霞深さんは、慌てた様子で咳払いを一つ。

そんな風に話しを元の道筋へと戻した。

そして霞深さんは慈愛に満ちた…………およそ彼女の外見年齢に見合わない、母性に溢れる笑みを浮かべる。

彼女はそんな笑みを湛え目を閉じ、両手をまるで祈るように胸の前で握った。

その姿はまるで聖母のようで、俺は思わず声も失って見とれてしまう。

目を閉じた霞深さんは、俺が息を呑んだことに気付いてはいないのだろう。

絶句した俺を余所に、優しい声音でこんな言葉を綴った。



「―――――可能な限り、あの子に無茶をさせてあげて下さい」



「は…………?」


あまりにも突飛な要求に、先程とは違う意味で言葉を失った俺。

しかしそんなことはお構いなしに、霞深さんは閉じていた目を開くと、俺へと視線を戻し、にっこりとほほ笑んだ。


「実践となると、それを容認出来る場面は少ないかもしれません。ですが、あの子に出来ることは、可能な限りあの子にさせてあげて欲しいんです」

「は、はぁ…………? せ、せやけど、自分の娘やで? 無茶をさせろ、いうんはさすがにどうなんや?」


腑に落ちず、小首を傾げながら問い掛けた俺に、しかし霞深さんは笑顔のまま、楽しそうに言った。


「あら? 心配するだけが、親子愛じゃありませんよ? 牙狼丸さんだって、小太郎さんを瀕死まで追いこんだって言ってましたし…………」

「あれは親子愛やのうて、あの親父が戦闘狂ぶりをこじらせただけや」


げんなりした俺に、かすみさんは、そうなんですか? なんて可愛らしく小首を傾げて見せた。


「だけど、無闇に心配するより、子どもの内は好きなようにやんちゃをさせてあげた方が、きっと人はのびのび育つと思うんです。それに…………」


言葉を区切った霞深さんは、再び表情を変える。

先程と同じ、母親らしい優しい笑顔に。


「あの子、小太郎さんと戦えること、すごく誇らしく思ってるんです。昨日だって指令所を管理人室まで持って来て、やっとお兄ちゃんと一緒に闘える、って心の底から嬉しそうに言ってたんですから」


霧狐の様子を思い出しているのだろう。

優しく目を細めた霞深さんの姿は、まさしく母親の姿そのもので…………。



『―――――遅かれ早かれ実践には出るんや。多少の無茶は、ガキの頃にやっといて何ぼとちゃうか?』



俺は、かつて兄の初陣の際、村人の反対を諌めるため、そんな言葉を告げた母の様子を思い出した。

…………戦士家系の親ってのは、どこも似たような考え持ってんのかね?

それとも、親父の好みがそういう女なのか。

どちらにせよ、霞深さんの姿にお袋の姿が重なって見えたは事実だ。

一昨日ネギ達に記憶を見せた影響か、気が付くと俺は懐かしさに小さく笑みを浮かべていた。


「小太郎さん? どうかしましたか?」

「ん? あ、ああ、スマン。ちょっと昔を思い出しとってん」


不意に響いた霞深さんの声に、俺は現実へと引き戻される。

急に微笑んだ俺の顔を不思議そうに覗き込んでいた。


「昔、ですか…………?」

「ああ。昔、俺のお袋も兄貴の初陣ときに似たようなこと言うててん。そんときんこと思い出して、『戦闘型家系の母親は、みんな似たような感性なんかなぁ?』って、そんなこと考えてもうてな?」

「こ、小太郎さんのお母さんが!?」


俺の言葉に、急に眼を見開く霞深さん。

な、何だ?

お、俺、何か霞深さんの琴線に触れるようなこと言ったのか?

けど、今の会話には親父は登場しなかったし…………って、あ。

そ、そう言えば霞深さんからすれば、お袋は親父の『前の女』に相当するのか。

そう考えると、霞深さんに対してお袋の話しはNGだった気がする。

しまった…………気遣いが足りなかったな。

そんな風に反省した俺だったのだが…………。


「小太郎さんのお母さんと、私が似てる…………あ、あの小太郎さんっ!!」

「は、はいっ!?」

「わ、私のこと『お母さん』って呼んでくださっても良いですよ? も、もしくはっ『お袋』でも可!! そっちの方が牙狼丸さんっぽいですし!!」

「…………」


急にテンションを上げた霞深さんに、先程の心配は一気に霧散した。

…………よりによって拾い上げるのがそこかよ。

げんなりする俺を余所に、霞深さんのテンションは留まるとこを知らないとばかりにヒートアップしていく。


「ああでも、その場合、小太郎さんの恋人ポジションは他人に取られちゃうんですよね? そ、それは何だか牙狼丸さんが取られたみたいで悔しいですし…………」


うりんうりんと、頭を抱えて振りまわす霞深さん。

そんな彼女を尻目に、俺が盛大な溜息を吐いたのは言うまでも無い。

…………いやマジで、ホントにもう勘弁してやってください。











SIDE Asuna......



「…………んぅ?」


…………あれ? 何か良い匂いがする…………。

半分以上眠ったままの頭で、私は漂ってきた美味しそうな匂いに鼻を鳴らした。

きっと木乃香が料理してるんだと思うんだけど…………あれ? 今、何時?

寝ぼけまなこを擦りながら、枕元に置いてあった目覚まし時計に手を伸ばす。

半分ほど開かれた私の目には、5の数字を少し過ぎた短針と、6の数字を少し回った長針が映った。

…………え゛? な、何か、普段の私並みに早い時間なんだけど?

見間違いかと思って目を擦る。

で、もう一度時計を覗き込む私。

しかし結果はさっきとまるで変わらなかった。

…………な、何でこんな朝っぱらから?

不思議さと驚きで、気が付くと半分眠ったままだった私の目は、完全に冴え切ってしまっていた。

ま、まぁ、たまには休みの日に早起きするのも悪くないわよね?

そんな風に自分を納得させて、私はゆっくりと2段ベッドの梯子を降りた。











「はれ? 明日菜? ごめん、起こしてもうた?」


寝癖頭もそのままに、キッチンへ向かうと、予想通りと言うべきか、既に私服に着替えた木乃香が可愛らしいエプロン姿で料理に勤しんでいた。


「いや、別に平気だけど…………ええと、今日って、どこかに出かけるとか言ってたっけ?」


首を傾げながら尋ねて、私はミニテーブルの上に並べられている料理に視線を移した。

テーブルの上では、色とりどりの料理が大きめのタッパーに詰められている。

な、何か凄い量ね?

一人分ってことは無いでしょうし、もしかしてどこかにピクニックとか?

そんな風に考えていた私に、木乃香は苦笑いを浮かべて、ちゃうちゃう、と手をひらひらさせた。


「出掛けるんはウチやのうて、せっちゃんとコタ君なんよ。何や、午前中の内に京都の方まで行かなあかんらしゅうて」

「へ? 小太郎と桜咲さんが?」


それって、2人きりでってこと…………?

あ、あいつ、一昨日あんだけ凄惨な過去を人に見せて『兄貴に復讐するまでは恋愛事なんて考えられない』とか言ってた癖に!!

深く考えずに怒りを覚えた私だったけど、その後木乃香が続けた言葉に、そんな気持ちは一気に抜けてしまった。


「2人だけやのうて、コタ君の担任しとる葛葉センセと、キリちゃんも一緒なんやて」

「は? 先生って、あの若くて美人なあの人、よね?」

「うん、そうやえ? けど明日菜、よう知っとったなぁ?」

「ま、まぁ、ちょっと、ね…………?」


何の気なしに言っちゃったけど、こないだの休みに小太郎があの先生と一緒に居たことは、木乃香には言わない方が良いわよね?

何か、図書館島で小太郎が女の子とイチャついてる疑惑出たとき、木乃香えらいことになってたし…………。

それにしても…………2人きりじゃないにしても、担任の先生に、女子部の同級生、それに腹違いの妹さんで出かけるって、どんな用事よ?

それもいきなり京都までなんて…………前に会ったときは、そんなこと一言も言ってなかったと思うんだけど。

そんな疑問が顔に出てしまっていたのか、木乃香はおにぎりを握っていた手を一端止めて、私の方へと視線を向けてくれた。


「何や、おじいちゃんからお仕事頼まれたんやて。京都で盗まれた何とか言うお経を取り返して来て欲しいて」

「何かを、取り返す…………?」


そ、それって学生や教師の仕事じゃなくて、警察の仕事なんじゃ…………?

一瞬浮かんだ考えを、私はすぐに打ち消した。

そういえば小太郎って『魔法関連の出来事に対する警備員』なのよね?

じゃあ、今回もその『魔法関連の出来事』が関わってることかもしれない。

確か桜咲さんて、小太郎と一緒に剣術やっててかなり強いって言ってたし、担任の先生も桜咲さんと同じ剣術使っててめちゃくちゃ強いって…………ん?

『強い』? え、ええと、確か小太郎の妹さんも、結構強いらしいって木乃香言ってたわよね?

何か、その辺の不良くらいなら、大体一撃で倒せちゃうとか何とか…………。

そんなに強い人たちばかりで京都にお仕事。

でもって、盗まれたらしい何とかってお経を取り返す。

ちなみに小太郎は『魔法関連の出来事に対する警備員』…………それってつまり…………。


「え、ええと…………もしかして『ちょっと危ないお仕事』?」

「ううん。多分、『かなり危ないお仕事』とちゃうんかな?」

「余計に大事じゃないっ!!!?」


いつもと同じ、ほにゃっとした笑顔で言った木乃香に、私は思わず大声で突っ込んでしまった。

か、かなり危ないって…………じゃ、じゃあ何で木乃香は、そんなに落ち着いてみんなのお弁当なんて作ってんのよ!?


「確かに大事かも知らんけど、ウチがそれをここで騒いでも、コタ君達が危ななくなる訳とちゃうしな」

「え…………?」


木乃香の言葉に、声を失ってしまった私。

そんな私の顔をじいっと見つめた後、木乃香は、えへっ、と小さく笑い、握りかけだったおにぎりを再び握り始めた。


「ウチに出来るんは、こうやってお弁当の用意したることと、みんなが無事に帰って来れるよう、お祈りしながら待つことくらいやから」

「木乃香…………」


笑顔で握ったおにぎりを、手際良くお皿に並べていく木乃香。

その姿からは、彼女が普段と何も変わらないように見える。

だけど内心は…………。



―――――心配で堪らないんでしょうね。



でも木乃香は、それを絶対に表に出したりしない。

おっとりしてる、なんて良く言われるけど、それなりに付き合いの長い私は、そうじゃないことを知ってる。

確かに木乃香はおっとりしてる。

だけど、それと木乃香が慌てないのは別の話しだ。

木乃香が必要以上に驚いたり慌てたりしない理由、それは…………単純に、木乃香が『凄く強い』から。

それは小太郎や桜咲さんみたいな『強い』とは違う。

木乃香の強さは、なんて言うか『心の強さ』だ。

どんなことが起こっても冷静に、自分が何をすれば良いか、それを考えられる強さを、木乃香は持っている。

だから今回、小太郎たちが危険な仕事に行くと聞いても、それは自分にはどうしようもないことだから、せめて自分に出来ることをしようと、笑顔で頑張っている。

…………本当、敵わないわね。

私なんか、自分に小太郎が体験したみたいな悲劇が降りかかるかもしれないってだけで尻込みしてるのに、このお姫様は…………。

…………私が魔法の事を知る、ずっと前からこんな風に、あいつの背中を見守って来てたのね。

確か木乃香は、何かの事件に巻き込まれて、魔法のことを知ったって言ってた。

だから多分、最初から木乃香は魔法の怖さも知っていたはずだ。

それでも、木乃香は魔法と関わる道を選んでいる。

そのことに気が付いた私は、無性にその理由を尋ねてみたくなった。

他人の意見に乗っかるつもりはないけど、それでも何か自分が決断するための、そのヒントになるかもしれない。

そう考えた私は、すぐにその疑問を言葉にしていた。


「ねぇ木乃香? 魔法のことを知ったとき、その事を忘れたいって、そんな風には考えなかったの?」

「魔法のことを忘れる? あー…………確か最初ん頃、お父様にそんなこと言われてたなぁ…………」


手に付いたお米を、ぺろっ、と舐め取りながら、木乃香は私の疑問に、首を傾げながら考え込む。


「けど、おじいちゃんが、ウチはもともと魔法使いの家系やさかい、魔法のことを知らん方が、事件に巻き込まれたとき危ないいうてな?」

「へ? そ、そうだったんだ…………」


じゃあ何で、木乃香は今まで魔法のことを知らなかったのかしら?

ま、まぁその辺りは追々聞くことにして、今はどうして木乃香が、魔法のことを忘れない道を選んだのか、その答えの方が大事だ。

だから私は、黙ったまま木乃香の話しに耳を傾け続けた。


「せやからウチは最初、おじいちゃんの意見通り、記憶は消さん方が良えて、そう思ってたんよ。けどせっちゃんとコタ君がこんな風に言うてくれてな? 『魔法の事を知ってても知らんくても、ウチのことは自分たちが必ず護るさかい、好きな方を選べば良え』て。そんな風に言われたら、余計に魔法のこと忘れたなくなってまうんにな?」


眉をハの字に曲げて、木乃香は苦笑いを浮かべる。

確かに…………私だって、そんな風に言われたら、何だか自分が蚊帳の外に出されたみたいで、反発しちゃうと思う。

けど、木乃香が言っているのは、そんな子どもっぽい対抗意識じゃないわよね?


「自分が知らんところで、誰かに護られてる。それって、護ってくれた人たちに、お礼も言えへん言うことやろ? そんなん、嫌に決まっとるやんな?」


やっぱり…………。

木乃香が言った台詞が、余りにも予想通りなもんだから、私は思わず忍び笑いを零してしまった。

そっか…………木乃香は知らなくて得られる安全より、知ったせいで及ぶ危険の方を選んだのね。

自分が知らないところで誰かに護られるより、護ってくれた人たちに笑顔でお礼を言える、そんな道を…………。

…………私はどうなんだろ?

さっき言ったみたいに、自分が蚊帳の外に出される、そんなのは確かに嫌だ。

だけど私は、木乃香みたいに笑顔で、ただ護られていることを、良しとできるだろうか?

だからと言って、護ってくれている人たちと一緒に闘う、なんてことはさすがに出来ない。

だって私は、ちょっと運動神経が良いだけの一般人で、小太郎たちみたいな妖怪もどきでも、ましてや魔法使いでもない。

下手して危険に首を突っ込むより、小太郎の言う通り大人しく記憶を消した方が…………。

そんならしくもない、消極的な考えが頭に浮かぶ。

けど、そんなときだった。


「でも…………でも、な?」


苦笑いを浮かべていた木乃香が、不意に視線を落とし、真剣な声で呟いた。

自問自答に埋没していた意識を呼び戻して、私は木乃香の声に、再び耳を傾ける。

すると木乃香は、すっと視線を上げると、私を真っ直ぐに見つめて、こんなことを言い始めた。


「いつまでも護られてばっかなんて、そんなんはさすがに嫌や。せやからウチ、コタ君達が帰って来たら、コタ君にちょっとお願い事をしよ思てん」


声色は真面目なものだったけど、木乃香の表情はいつもと同じ、柔らかい笑顔に変わる。

そして彼女が告げた言葉は…………。



「―――――ウチも、魔法使いになりたい、ってな?」



…………護られる側から護る側。何かの助けとなれる道を、一歩踏み出すと言う、そんな決意だった。

なるほど…………確かに木乃香らしい答えかもね。

知ってるけど、何も出来ない。

そんな中途半端でいるくらいなら、何も知らない方が良い。

だけど、そんな安易な選択はしたくない。

だから木乃香は、自分で一歩踏み出すことにした。

これから先、ずっとあいつらと一緒に、笑って過ごして行けるように。

…………やっぱ、木乃香は強いなぁ。

2日前、小太郎に尋ねられた時もそうだったけど、私にはまだ、そんな風に決断できる『覚悟』がない。

だからどうしても、1歩踏み出す踏ん切りもつかなければ、全てを忘れる決意もできない。

…………こんなんじゃ、ネギに偉そうなこと言えないわねぇ。

もうじき故郷に帰省する、小さな魔法使いの女の子。

私と同じように選択を迫られている少女を思い浮かべて、私は小さく溜息を吐いた。

…………ちゃんと私も、これからどうするのか、決断しなくちゃいけないのよね?

小太郎に
された問い掛けを思い出しながら、私はもう一度、自問自答を繰り返す。

これからどうするのか、その答えはまだ出ていない。

だけど、答えるべき相手は今も、私が踏み込むべきか迷ってる、その境界線の向こうで闘おうとしてる。

だから私はせめて、考えることをやめちゃいけない。

どんな未来を選んでも、あいつに胸を張って、これが私の選択よ、って、そう答えるために…………。

だから…………だから小太郎。



…………必ず、無事に帰って来なさいよ?



SIDE Asuna OUT......










SIDE Kiriko......



いつもの朝稽古よりも、少し遅い時間帯。

キリは準備万端、学園長から頼まれた『お仕事』の準備をしてた。

…………ゴメンなさい。嘘吐きました。

本当は用意をしてたんじゃなくて…………。


「ハンカチはここね? それと、新幹線は結構揺れるから、酔い止めも。あ、こっちのポケットだよ?」


…………必要なものは、ほとんど愛衣に用意してもらってます。

キリは用意してくれた愛衣から、何を何処に入れたのか、その説明を受けてるだけ。

…………あうぅ。同い年の筈なのに、何でかみんなキリよりしっかりしてるんだもんなぁ。

うん、すっごく助かってるし、別に文句なんてないよ?

けど、けどさ? やっぱりキリも、その…………『おとしごろ』?だから、ちょっとはしっかりしなきゃって、思ったりもするんだよ?

そんなことを考えて、ぐるぐるしてたら、愛衣が心配そうにキリの顔を覗き込んできた。


「キリちゃん? 大丈夫? もしかして体調悪い?」

「へっ!? う、ううんっ!! だいじょぶだいじょぶっ!! 全然元気だよっ?」


…………ゴメンなさい。これも嘘です。

ホントのことを言うと、昨日は嬉しくってほとんど眠ってません。正直ちょっと今も眠たいです。

だけど、それを言っちゃうと、愛衣はもっと心配すると思うから。

だから今は…………これくらいの嘘なら、神様も許してくれるよね?

そんな風に考えながら、キリは精一杯の笑顔で愛衣に答えた。

答えたんだけど…………何でだろ? 愛衣の表情は、心配そうな顔のままだ。

え、ええと…………ど、どうしたのかな?

も、もしかして、目の下にくまとか出来ちゃってる!?

あ、あうぅ…………こ、こんなことなら、ママのところに行って良く眠れる魔法をかけて貰うんだったよぅ。

そんな風に後悔してたんだけど、愛衣の心配はそう言うことじゃなかったみたい。

慌てるキリのことを、愛衣は突然、だけど優しくぎゅってしてくれたから。


「め、愛衣? どうしたの?」

「…………ごめんね。小太郎さん達も一緒だし、きっと心配ないって分かってるんだけど、やっぱり不安で…………キリちゃんのこと、信じてない訳じゃないんだよ?」

「愛衣…………」

「私がもっと強ければ、キリちゃんや小太郎さんと一緒に、この任務にも就けたのに…………」


…………やっぱり、麻帆良の人たちって、みんな優しいな。

キリ見たいな余所者に、みんなこんな風に優しくしてくれる。

お兄ちゃんや刹那に木乃香、愛衣やクラスのみんな…………みんなみんな、キリのこと凄く大事にしてくれる。

だけど…………そんな風に大事にしてくれるみんなだから、キリはそんな人たちのために、何か出来ることをしたい。

ただ自分を護るために力を使って、だけど結局、お母さんに護られてたあの頃とは違う。

誰かを護るために、自分の力を使ってみたい。

お兄ちゃんに会って…………麻帆良に来て初めて、そんな風に思うことが出来た。

だから…………だからキリは、ぎゅってしてくれた愛衣の身体を、おんなじように、ぎゅってしてあげた。


「き、キリちゃん…………?」

「大丈夫だよ、愛衣。キリは絶対帰って来るよ。だってまだ、みんなにちゃんとお礼、出来てないしね?」


こんな…………半妖のキリに、優しくしてくれてありがとう。

半妖で、ずっと嫌われてたキリに、人の温かさを教えてくれてありがとう。

他にもたくさん、たくさんのありがとうを、言葉では返せても、キリは何かで、みんなに返すことが出来てない。

だから…………。


「だからキリは、絶対に帰って来る。お兄ちゃんや刹那も、とーこ先生も一緒に、みんなで麻帆良に帰って来るから」


だから心配しないで、って、キリは愛衣の耳元に、小さな声でそう言った。


「キリちゃん…………!!」


そしたら愛衣は、ちょっと苦しいくらい、ぎゅっ、じゃなくて、ぎゅ~~~~ってしてくれた。


「絶対、絶対だよ? 絶対に無事に帰って来てね? 私、キリちゃんの大好きなお菓子、たくさん用意してまってるから!!」

「えぇっ!? ホントに!? …………えへへっ。だったら、なおさらちゃんと帰って来なきゃだよね?」


言いながら、キリも愛衣の事をぎゅ~~~~っ、ってしてあげる。

心臓のバクバクも、キリの温もりも、全部全部、愛衣に伝わるくら、ぎゅ~~~~っ、って。

少しでも、それで愛衣が安心してくれますように、って、そんな風に願いながら。


「…………うん。そろそろ行かなきゃ。お兄ちゃんたち待たせちゃうと悪いし」

「…………そう、だね。キリちゃん、約束、破っちゃだめだよ?」


ぎゅ~~~~っ、ってしてた身体を、少しだけ離して、愛衣はキリのことを真っ直ぐに見つめて言った。

真剣な顔で、キリへの優しさが、いっぱいいっぱい伝わって来る、そんな目で。

だからキリは、やっぱり精一杯の笑顔で頷いた。


「うんっ!! 絶対に守るよ!! だって愛衣は、キリの『大切なお友達』だからっ!!」

「お、お友達…………」


キリがそう言った瞬間、がくっ、ていきなり愛衣の身体から力が抜ける。

あれ? あれ!? な、何だろう? キリ、何か変なこと言っちゃった!? 

あーうー…………え、ええと、『親友』とか『心の友』って言った方が良かったのかな?

ど、どうしよ? 何か愛衣、さっきより落ち込んじゃってるし、何とかしないとっ!!

けど、キリは頭悪いし、良い考えなんて全然浮かばないよぅ…………。

困り過ぎて、ちょっと涙目になりだしたときだ。

急に愛衣が、下げていた顔をキリに向かって、ばっ、て上げた。


「キリちゃん!!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


突然大きな声で名前を呼ばれて、キリはびくってした。

あ、あれ? 何か愛衣、全然元気?

え、ええと落ち込んでたんじゃなかったの、かな?

不思議に思って目をぱちくりさせてると、愛衣が顔を真っ赤にしながら、もごもごって何か言い出した。

普通の人だとちょっと聞こえづらいかもだけど、キリには気にならない、それくらいの声で。


「あ、あの、ね? 1年間一緒に居て、今さらって思うかもだけど、そのっ、で、出来れば、で良いんだけど、ね?」

「う、うん? えと、キリに出来ることなら、何だってするよ? え、ええと、愛衣はキリの『親友』だからっ」

「はぁうっ!!!?」


えぇっ!?

し、『親友』もダメだったの!?

えっ!? えぇっ!?

も、もうどうすれば良いか分かんないよぅ!?

またまた涙目になりかけてると、愛衣はゆっくりと身体を起こしながら、ぶつぶつと、何かを呟いてた。

さすがに今度の声は小さ過ぎて、キリの耳でも良く聞こえなかったけど。


「…………こ、これくらいで挫けないもんっ。大丈夫、分かってたことだもん。キリちゃんは私の事、友達としてしか見てくれてないなんて今さらだもんっ」

「え、ええと…………め、愛衣? だ、大丈夫?」

「へ? あ、うんっ!! だいじょぶっ!! 全然平気だよっ!?」

「???」


顔を上げた愛衣は、何でもない何でもない、なんて手をひらひらさせながら笑ってた。

…………え、ええと? 落ち込んでない、ってことで、良いのかな?

そ、それなら一安心なんだけど…………。


「そ、それで愛衣。キリに何か、お話があったんじゃなかったの?」

「え、ええと…………そ、その、ね? う、うん、ちょっと待ってて、深呼吸するからっ」

「???」


そう言って愛衣は、本当に、すぅはぁすぅはぁ、って大きく深呼吸を始めた。

な、何だろ? 何か大事な話があって緊張してるのかな?

そんな風に考えると、何だかキリまで緊張しちゃってカチコチになっちゃう。

うぅっ…………真面目なお話って苦手だよぅ…………。

何回か深呼吸をした後、愛衣は、よしっ、って呟いて、もう一度キリの方へ向き直った。


「あ、あのねっ。キリちゃんが、無事に帰ってきたら、その…………」


そこで愛衣は一旦台詞を止めて、もう一度だけ深呼吸をすると…………。



「―――――わ、私のっ、ぱ、パートナーになってくれないかなっ?」



少しだけ上ずった声で、そんなことを言った。

…………ぱーとなー…………って、なんだっけ?

ええと…………確か、ずっと一緒に居る人、みたいな意味だったと思うんだけど…………ってそっか!!

親友でも友達でもなくて、愛衣はキリに『ぱーとなー』って言って欲しかったんだ!!

そっかそっかぁ…………えへへっ、愛衣ってば、キリとずっと一緒にいたいって、そんな風に思ってくれてたんだ。

嬉しくて、思わず顔が緩んじゃう。

だってキリも、愛衣とはずっと一緒にいたいって思ってたから。

だから、キリの答えはもう決まり切ってるよね?

キリは目一杯の笑顔で、愛衣に頷いた。


「うんっ。きりで良かったら、いつでも愛衣の『ぱーとなー』になるよっ!!!!」

「っっ!!!? ほ、ホントにっ!!!?」


キリが答えた瞬間、愛衣は一瞬泣きそうな顔になって、そんな風に声を上げた。

えへへっ…………そんなに心配しなくても、キリは愛衣のこと大好きなのにね?

だからキリは愛衣を安心させてあげたくて、今度は自分から愛衣のことをぎゅ~~~~ってしてあげた。


「愛衣っ、ずっと一緒だよっ♪」

「~~~~っっ!!!?」


その瞬間、何でかは分からないけど、愛衣は気を失っちゃった。

…………つ、強くし過ぎちゃったのかな?



SIDE Kiriko OUT......











SIDE Touko......



「…………ふふふっ♪ 完っ璧よ!!」


手に持ったお弁当の包みを見つめながら、私はかなり絞った音量で、そんな言葉を一人ごちた。

時刻は6時を少し回ったところ。

とはいえ、私は引率者として、今回の任務に同行するのだ。

教員として、見本を示すためにも、待ち合わせ少し早めに着いておくのは当然だろう。

…………まぁ、待ち合わせ時間は7時半だから、このままだと1時間近く前に到着しちゃうけどね?

そう言う訳で、私はまだ薄暗い道を駅前に向かって歩いていた。

普段は気にしない小鳥のさえずりが、今日は何だか自分を祝福してくれてるみたいに聞こえて、とても気分が良い。

…………やっぱり、男性を落とすには胃袋から掴まないと!!

今回の指令が下ってから、私がまず行ったことは、道中で食すであろう食事、その献立を徹底的に練ることだった。

移動の都合上、昼食は新幹線内で摂ることになる。

車内販売を利用するというのも考えたが、よくよく考えてみれば、小太郎相手に料理の腕を披露するなんて機会めったにない。

ならば、降って湧いたこの機会を、有効に活用しない手はない。

恐らく刹那も、木乃香お嬢様特性の弁当を持参してくるだろう。

ついでに言うと、スプリングフィールド君も、小太郎に弁当を持たせるかも知れない。

しかし!!

私と彼女たちではキャリアが違う!!

何を隠そう、こちらは主婦経験あり+学生時代から独り暮らしで自炊して来たという実績がある。

10代そこそこの小娘たちに、よもや家事で劣るなどと言うことはありはしないのだ!!

逆を言えば、彼女たちがお弁当を持参してくれた方が、私にとっては都合が良いとも言える。

何せ、実際に料理の腕を、小太郎自身にジャッジして貰えるのだから。

ふふっ…………見てなさい、小太郎に群がる小娘たち!!

世の中若さだけじゃどうにもならない場合があることを、その身を持ってとくと味あわせてあげるわっ!!!!


「くふっ…………くふふふっ…………」


思わず右の拳をぎゅっと握りしめ、ガッツポーズまで決めてしまった。

いけないいけない…………良い大人なんだから自重くらい出来ないと。

そんな風に考えつつも込み上げて来る笑いは抑えられない。

ふふっ…………ああ、小太郎が私のお弁当を食べた時、どんなリアクションをしてくれるか、今からとても楽しみだわ。


「…………何だ、いつになく絶好調だな?」

「ひにゃぁぁあああっ!!!?」


び、びびびびび、びっくりしたぁ…………。

不意に呼びかけられて、思わず瞬動で飛び退いた私。

慌てて声が聞こえた先に視線を移すと、そこには良く見知った同僚の姿があった。


「か、神多羅木先生っ!? ど、どど、どーしてこんな場所、というか時間にっ!?」


ダークカラーのスーツにサングラス、口元に豊かな髭を蓄えたその紳士は、自分の顎髭を一撫でし。


「ただの散歩だ」


と、事もなげにそう答えた。

…………って、さすがにそれで納得は出来ないわよっ!?

一体、どこをどうすれば、こんな時間にこんな場所を散歩してるのよっ!?

だ、大体!! 今日から春休みで、別にこんな早朝から出ていく用事は無いでしょうにっ!?

…………ま、まぁ、さすがに今のを全部、口に出して言うつもりはないけど。

思わず上がってしまった呼吸を整えながら、私は必死で自分を落ち着かせたいた。

…………か、かなりハードな動きしちゃったけど、お弁当、寄っちゃったりはしてないわよね?

一応気を遣ってはいたつもりだが、恐る恐る、私はお弁当のふたを開き、中身を確認する。

…………ほっ。良かった。崩れてないみたい。

安堵の吐息を零しつつ、私は普段通りの表情を作り、神多羅木先生に向き直った。


「それで? 急に声を掛けて来たんです、何か御用があったんじゃありませんか?」

「…………さっきやたら可愛らしい悲鳴を上げてた奴と同一人物とは思えない代わり身だな」

「そ、それは忘れて下さいっ!!」


い、いいじゃないですかっ!? 私が可愛らしい悲鳴を上げたって!!

女は、いつまで経っても乙女でいたいものなんですっ!!

胸の中でそんな抗議をしつつ、私はきっと神多羅木先生に射抜くような視線を向ける。

しかしそんな私の威嚇めいた行動にも、彼は臆した様子一つない。

ただポケットから煙草のケースを取り出し、そこから出した一本を加えて火を付けただけだ。

そして紫煙を吐きながら、彼はぽつりと、こんなことを言い出した。


「まぁ、同僚のよしみで一つ忠告しとこうと思ってな」

「忠告? 何か今回の任務に、注意事項でもありましたか?」

「いや、任務とは直接的に関係はないんだが…………」


そこまで言うと、彼はらしくもない様子で、後ろ手に頭を掻き、再び煙を吐き出しながら告げる。


「まぁ…………余り羽目を外して、自分の立場を忘れるな。以上だ」


その言葉に、私は自分の顔から、さぁっと、血の気が失せていくのを感じた。

がくがくと震える手で、神多羅木先生を指差す。

ま、まさか神多羅木先生…………。


「も、もしかして…………え、ええと、バレて、ますか?」

「ゴホンッ…………あー、何だ。別に言いふらしたりしないから安心しろ。恋愛事は人それぞれだ。モラルを守ってれば咎める理由はない」

「~~~~っっ!!!?」


か、完全にバレてるっ!!!?

ど、どどどど、どーしてっ!?

わ、私誰にも言ってないのにっ!?


「ど、どどど、ど、どっ!?」

「どうして、か? まぁ、あいつの前だとお前さん、らしからぬ言動が多いからな。後は何だ、経験的に類推した」

「っっ!!!?」


う、嘘でしょっ!?

神多羅木先生は、そういうことには疎いと思ってたのにっ!?

慌てふためく私に、神多羅木先生は更にこんな追い打ちをした。



「―――――まぁ、少なくとも在学中に手を出すのだけは止めておけよ?」



その瞬間、私が悲鳴を上げながら、その場を走り去ったのは言うまでもない。



SIDE Touko OUT......










SIDE Setsuna......



「はいせっちゃん。これお弁当。みんなで分けてな? コタ君とキリちゃん良ぉ食べるさかい、ちょっと多めに用意しとるえ?」


女子寮の玄関で、私はお嬢様から渡された包みを、丁重に受け取った。

お嬢様の言葉通り、その包みはやや重く、それが彼に対しての想いを込められて作ったものだと言うのが、ありありと伝わってきた。


「確かに。ありがとうございます、お嬢様。すみません、お手数をおかけしてしまって…………」


そう告げた私に対して、お嬢様は苦笑いを浮かべながら、そんなに気にせんで良えよ、とフォローの言葉を掛けてくれた。

…………こんなことではダメだな。

彼女の厚意を嬉しく思う反面、自らの立場を考え、心苦しくなっている自分がいる。

自分は
本来、このようなことをして頂ける立場ではないというのに…………。

そんな考えが表情に出ていたのか、気が付くとお嬢様は心配そうに、こちらの顔を見つめていた。

…………いけないいけない。こんな風に、この人の表情を曇らせるようなことは、二度としないと誓ったはずなのに。

だから私は、せめてこの出立の瞬間、彼女に笑顔で居てもらいたくて、自ら精一杯の笑みを浮かべて向き直った。


「ご心配なさらずとも大丈夫です。私も小太郎さんも霧狐さんも、以前よりずっと強くなっていますから。それに今回は刀子さんもいらっしゃいますし、必ず皆無事に帰って来ることをお約束します」

「へ? あ、ああ、ちゃうんよっ。ウチが心配しとるんはそういうことやのうて…………いや、もちろんそれも心配なんやけど、それは前に『みんなのこと信じる』いうて約束したから、今さらどうこういうつもりはのうて…………」

「??? では、一体何を?」


妙に歯切れの悪いお嬢様の態度に、私は思わず首を傾げた。

他に心配するようなことなんて、何かあっただろうか?

そう思っていると、お嬢様は、うー、なんて可愛らしい呻き声を上げながら、私のことをジト目で睨み始めた。

え、ええっ!? わ、私、何かお嬢様のご不孝を買う様なことをいたしましたかっ!?

も、もしそうだとするならば…………ここはこれしかない!!


「…………切腹いたします。お嬢様、お手数ですが解釈の方をお願いいたします」


私は床に正座し、自らの愛刀をお嬢様に奉げた。

…………この身はお嬢様に尽くすためのもの。

もしそれが、お嬢様を不快に為させているというのならば、最早この命に意味などないっ!!

なればせめて、最後はお嬢様の手に掛かって…………。


「わーっわーっわーっ!!!? せ、せっちゃんちょおタンマっ!? な、なしていきなり切腹になるんっ!?」

「お嬢様がこの身を御不快だと感じられるのならば、もはや現世に留まる意味など…………」

「ちゃうちゃう!! ちゃうえっ!? 別にウチ、せっちゃんのこと不快やとか思ってへんよぉっ!?」

「へ?」


で、では何故、私のことを睨んでおいでだったのでしょう?

そんな疑問に、私は目を丸くしながら、お嬢様を見上げる。

お嬢様は私の視線に身じろぎすると、先程と同じばつが悪そうな、どこか恥ずかしげな表情で、両手の人差し指を、ちょんちょんっ、と付き合わせる。

…………お嬢様、そんな姿もたいへん愛らしい。

って、そうではなくっ!!

私の疑問に対して、お嬢様はどこか答えにくそうに、口をもごもごとさせる。

しかし、しばらく正座のまままっていると、ぽつり、とこんな言葉をお零しになられた。


「その…………抜け駆けとか、せえへんよなぁ、って、思てんて」

「はい?」


抜け駆け? 私が? 誰に対して?

…………って、そんなの一人しかいないではないかっ!!!?

その結論に至った瞬間、私の顔は今にも火を噴き出しそうな程に熱くなった。


「お、おお、お戯れをっ!! わ、わわわ、私にそのような度胸はありませんっ!!」


そんなこと、お嬢様も御承知でしょうにっ!?

しかしそんな私の訴えも余所に、お嬢様は相変わらず、可愛らしく半目になりながら、私のことを睨み続けている。


「せやかて、分からんえ? 旅先の空気は、人を開放的にするいうし…………」

「ざ、残念ながら、今回の旅路はそのような色気とは無縁のものだと思いますが…………」 


何せ、日本でも屈指の妖怪、その復活を阻止できるか否かの是非が、私達に掛かっているのだ。

とてもじゃないが、そんな浮かれた雰囲気にはならないと思う。

…………とはいえ、帰りの道行でもし小太郎さんが疲れて眠ってしまったりしたら…………。


「…………ひ、膝枕くらいやったら、その、良えかも知らんなぁ…………」


前にお嬢様が小太郎さんにされていたとき、心なしか小太郎さんの表情も和らいでいたような気がするし。

そんなことを考えていたせいか、ふと思ったことが素の口調で零れてしまっていた。

しまった、と、そう思ったときにはもう遅い。

見るとお嬢様は、先程よりも目尻を釣り上げておられたのだから。


「むーーーーっ!! やっぱ抜け駆けするきやったんやー!! せっちゃんのばかぁっ!! ウチ、せっちゃんのこと信じとったんにーーーーっ!!」


うわーん、なんて鳴き声でドップラーを聞かせながら、自室へと走り去って行かれるお嬢様。

ああ、泣き顔もなんて可愛らしい…………ではなくっ!!


「お、お待ちください、お嬢様ーーーーっっ!!!?」


…………この後、私はお嬢様の誤解を解くのに、出発ギリギリまで掛かってしまうのだった。



SIDE Setsuna OUT......










用事を済ませた俺は、ゲートで自室まで戻って来ていた。

出発する前に、一応ネギには一言声を掛けてお居た方が良いと思ったからだ。

…………まぁ、これってただの自己満足な気がしなくもないんだけどね?

ぶっちゃけちまうと、一昨日俺が彼女にした問い掛けって、別にこのタイミングで俺がしなくても、きっといつか、誰かがしてたと思うんだよ。

原作的に言えば、まだ本格的な戦闘を彼女が経験していないこの時期、わざわざ計画前倒しにして、あまつ明日菜とセットで説教するとか…………ねーよな?

そんな訳で、俺は自己嫌悪入りつつ、こんな自問自答を2日前から繰り返している。

それ故、ここでネギに声を掛ける行為は、ただの自己満足であり、彼女にとって何ら益のないものだ。

こんなんで仕事の方は大丈夫なのか、とか思われそうだがそこはそれ。

きちんと切り替えることが出来て何ぼのプロだ。公私の区別くらいは、な?

そう言う訳で、意を決しつつゲートを抜ける俺。

その瞬間、俺の鼻腔を芳ばしい香りがくすぐった。

あれ? 結構まだ早い時間なのに、もしかしてネギのやつ、もう起きてんのか?

そう思ってキッチンの方へ視線を移すと、案の定と言うべきか、大きめのパジャマの上からエプロンを纏ったネギの姿があった。


「あ、おかえり小太郎君」

「お、おう。ただいま」


あまりにもいつも通りな雰囲気で、気さくに笑顔さえ浮かべて声を掛けてくれた彼女に、思わず虚を突かれる。

な、何か、いつもと変わらない?

そんな彼女の様子に、俺は少々を意表を突かれて固まってしまっていた。

凍りついた俺を余所に、ネギはそこそこの大きさがある包みを一つ、両手で抱えてこちらへと持って来てくれる。


「ちょうど今出来たんだ。はいコレ、お弁当。手軽に食べられるように、サンドウィッチにしたんだ」


得意料理なんだよ?なんて胸を張って言うネギ。

寝起きのためか、さらしを巻いていないその胸は圧巻のボリュームで、何と言うか…………実にけしからん仕様ですな?

…………って、そうじゃねーだろ俺(orz

つーか、ネギのやつ…………これ、明らかに気を遣ってんだろ?

見え見えだっつーの…………。

恐らくは昨夜、俺が今日から任務で麻帆良を立つと聞いて、せめて心配させまいと気を回したのだろう。

俺が彼女にした問い掛けで、彼女が気落ちしていると、俺が安心して任務に望めない、とそんな風に考えて。

…………自分だって、そんな余裕なんてない筈なのにな。

恐らく、父の背を追うことが全てだった彼女にとって、俺がした問い掛けは、あまりにも突拍子もない選択肢の提示だった。

父の後を追わず、月並みな魔法使いを目指す。

それは酷く安易な選択肢であるにも関わらず、恐らく彼女の中には、今まで存在しなかった者。

頭の良く回る彼女の事だ、恐らくその道を選んだその先、父の背を負わなかった後、自分がどうなるのか?

きっとそんなことも、それこそ知恵熱が出そうなくらい考えている筈なのに。

…………不器用というか、お人好しと言うか。

別にそういう辛いときくらいは、遠慮なく人を頼れば良いのにな?

…………あれ? 今の言葉って、若干ブーメランっぽくね?

まぁ、それはさておきだ。

俺は小さく溜息を吐くと、右手を彼女の頭に、ぽん、とおき…………。


「すま…………」


スマン、と言いかけて、すぐに止めた。

以前自分が彼女に対して、謝り過ぎ、もっとフランクに行こう、そんな旨の発言をしたことを思い出したのだ。

…………せっかく彼女が気を遣ってくれてるんだ。そこに水を差す方が、野暮ってもんだよな?

そんなことを考えて、俺は小さく浮かんだ苦笑いを噛み殺した。


「? 小太郎君?」


自分の頭に手を置いたまま、急に黙り込んだ俺を、ネギが不思議そうに見上げる。

うむ、上目遣いがキュートだ。満点をくれてやろう。

なんてバカなことを考えながら、俺は残った左手で弁当の包みを受け取り、彼女の頭をわしわしと、少し強めに撫でつけた。


「ひぁっ!? な、何!? こ、小太郎君っ!?」

「ははっ、ちょうど撫でやすい高さなもんやからついな」


俺が右手を引っ込めると、ネギはむぅ、なんて可愛らしい唸り声とともに、分かりやすく頬を膨らませた。

…………こういう仕草の一つ一つ、マジで天然だとしたら、こいつ本当に今まで良く、男として生きて来られたな。

まぁ、それはどうでも良いことだ。

少なくとも、こっちにいる内は、俺が目を光らせてるんだから。

だから今は、ただこいつ、これだけ伝えておけば良い。

俺は受け取ったばかりの弁当を掲げて、笑みを浮かべたままネギに言った。


「わざわざおおきに。それと…………ちょっくら日本の危機を救いに行って来るわ」


そう、今俺が彼女に告げるべきは、気遣いの言葉でも、謝罪の言葉でもない。

ただ一言の礼と、いつも通りの、軽い出立の挨拶。

恐らくそれが、彼女の望んでいる、俺の答えだろうから。

そう思って口にした俺の台詞に、ネギは小さく、ぷっ、なんて吹き出した。


「そ、それって、そんな軽い調子で言う様なことじゃないよね? し、しかも結構的を射てる辺りが…………ふふっ」

「まぁ気負ってもしゃあないやろ? 自分の実力以上のもんなんて、そうそう出えへんのやさかい。やったら俺は、いつもん通り軽口叩いて…………」



『―――――強くなりぃ。どんな苦境も悲劇も、笑い飛ばしてまえるような強い男に。あんたのお父んは、そういう人やで?』



「―――――苦境も悲劇も笑い飛ばして、そんついでに何かを救うだけや」


彼女に見せた、母との最後の記憶。

その中で母が望んだ通りの己を貫くと、ただ彼女に誓う。

それが今、彼女に出来る精一杯の気遣いだと、そう思いながら。


「…………そうだね。変に真面目な顔してるより、その方がずっと小太郎君らしいよ」


そんな俺の想いに答えるように、ネギは柔らかな笑みを浮かべて、俺の言葉に頷く。

そして彼女は、一度だけ大きく深呼吸をすると、目一杯の笑顔でこう言った。



「―――――行ってらっしゃい、小太郎君。日本の危機なんて軽く救って、また一緒にご飯食べようね?」



それは俺の帰還を信じて疑わない、そんな子ども染みた期待を乗せた言葉。

しかしその言葉が、どうしようもなく心地良いと感じている辺り、俺もそうとう子どもっぽいよな。

だから俺は彼女に、いつもとは違う、ただ力強い戦士としての、獣の笑みを浮かべて答えた。



「―――――行って来るわ。帰って来たら、こん前の肉じゃが、たらふく食わせてくれ」



彼女がしっかりと頷くのを見届けて、俺は踵を返した。

受け取った包みを、旅行用のスポーツバッグに詰め、竹刀袋に収まっていた影斬丸を、スポーツバッグとは反対側の肩に背負う。

そして俺は、それ以上の言葉を告げぬまま、自らの居室を後にした。

彼女との間に、それ以上の言葉は無粋だと、不要だと、そう感じていたからだ。

何、気負うことは無い。先刻自分で言った通りだろう。

どんな苦境も悲劇も笑い飛ばして、ついでに日本を救って来る。

そうして俺は、笑い飛ばした勢いのまま、笑顔でここに帰ってくれば良い。

気遣いも謝罪も、その時になればいくらでも出来る。

だから今は…………。

そんな風に考えながら、俺は駅前と踏み出した。

この旅路が、この6年間の終結に。

そんな展望を抱き、彼方への一歩を踏みしめながら…………。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 93時間目 呉越同舟 席順とか適当で良いと思う!!(切実)
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/11/21 18:50


ネギとの別れを済ませた俺は一路、集合場所である駅前の広場へと向かっていた。

春休みの初日ということで、駅は朝早いにも関わらず、既に大勢の人で賑わっている。

恐らくその多くが帰省目的の学生たちだろう。

…………これとかち合わないように、出発の時間早めたんだが。

残念ながら、その努力は水泡と帰したらしい。

苦笑いとともに溜息を吐きつつ、俺は荷物を背負い直しながら、目印である噴水へと足を運んだ。

一旦自室に帰ったりしてたせいもあって、現在時刻は7:25と待ち合わせ時間の5分前。

時間にうるさい刹那と早起きな霧狐は言うまでも無く、生徒に模範を示そうと刀子先生も既に到着しているに違いない。

俺はせめてもの抵抗にと、小走りになりながら噴水へと駆けていく。

するとそこには、それぞれ小旅行用に大きめの荷物を持った3人が、予想通りと言うべきか、既に到着していた。


「スマン、スマン。待たせてもう、た、な…………?」


…………何だこの状況?

笑みを浮かべ、詫びの言葉を述べながら3人に近寄っていた俺。

しかしその笑みは、待っていた3人の姿を目にした途端、引き攣ったものへと変わってしまった。

何故なら…………。

俺を待っていた3人の女性陣、その全員が一様に、疲れ切った表情でベンチにもたれかかっていたのだから。

な、何コレ?

出発前から満身創痍って、洒落にも何ねぇんだが…………。

声を失った俺に、真っ先に気が付いた刀子先生が、生気を失い蒼白となった顔をゆっくりこちらへ持ち上げる。


「あ、ああ、小太郎。お、遅かったですね? ま、まぁ5分前ですし、遅刻とわけではありませんから、よしとしましょう…………」

「いや、そない覇気の足りひん声で教師らしいこと言われても…………」


台詞の後、ベンチからふらふらと立ちあがった刀子先生。

そんな彼女に続いて、刹那、霧狐もおぼつかない様子ではあったが、何とか立ち上がる。

なお、その2人の容貌も、先の刀子先生と同じく、全く持って普段の覇気が感じられない、憔悴しきったものだったことを追記しておこう。


「え、ええと…………自分ら、何かあったんか? えらい疲れとるみたいやけど…………?」


体力的に言えば、学園都市内でも最大値か、それに近いくらいにバカデカいものを持ってる連中だ。

それがこんだけ疲れるって…………それこそ、朝っぱらから盛大に鍛錬して来たか、既に一戦終えた後じゃないと考えられない訳だが…………。

さすがに大仕事を目前に控えて、そんな大それたことやってたとは思えない。つか、思いたくない。

だって刹那と霧狐はそれやりそうなくらい…………まぁ何だ。残念な脳構造してるし。

とはいえ、刀子先生までがこの様子ってんだ。何か厄介事に巻き込まれでもした可能性が高いだろう。

そう思って出た俺の質問に、3人はそれぞれ顔を見合わせ、そして各々盛大に溜息を零す。

そして気まずそうに、視線を右往左往させてから…………。


「ど、同僚から突然、衝撃の事実を告げられまして…………」

「さ、些細な意見の食い違いで、その誤解を解くのにちょっと…………」

「え、ええと、ね? 愛衣が急に倒れちゃって…………」


歯切れの悪い口調で、それぞれが疲弊した原因を口にした。

…………こいつら、任務の朝っぱらから何やってたんだよ!?

いや、これはもはや突っ込むことすら危険だろう。

特に刀子先生と刹那の件に関しては、明らかに地雷臭しかしない。

俺の脳内警報機がさっきからビービー鳴りっぱなしだからな。

となると、せいぜい気になるのは霧狐の事情の方だ。

愛衣が急に倒れたって…………貧血とかか? いや、見習いとはいえ仮にも魔法使いが、そう簡単に体調不良になるとも思えないし…………。

眉を潜めつつ、愛衣が倒れた原因について考えていると、霧狐がぽつり、と申し訳なさそうな顔でこんなことを呟いた。


「…………やっぱり、ぎゅ~~~~っ、てするの、少し力入れ過ぎたかな?」

「…………」


…………おーけー。大体の事情は把握した。

つかゴメンな、愛衣。うん、何がって言われると困るけど、とにかくゴメン。兄として謝っておくわ。心の中でだけど。

…………この無自覚フラグビルダーめ。そんなとこは親父経由で俺に似無くて良いだろうに。

俺は心中で妹のルームメイトの冥福を祈ると同時、自分たちに流れる女たらしの血に、改めて戦慄を覚えた。

ともあれ、一つの疑問が解消したところで、時刻はちょうど待ち合わせの7:30を差している。

電車の時間もあるため、俺は気が進まなかったものの、未だ憔悴しているメンバーを促し、駅のホームへと重たい足取りで向かうのだった。

…………何ともまぁ、全く先行き不安な旅の始まりですこと。









駅のホームに着くと、そこは駅前よりも一層人で溢れかえっていた。


「うわー…………人がたくさんだね?」


人ごみをぐるりと一望し、霧狐が感心したようにそう呟く。

刹那と刀子先生はというと、そんな霧狐に苦笑いを浮かべて辟易していた。

…………気持ちは良く分かる。こんだけ人でごった返してると、さすがの俺でも人波で酔いそうだ。


「こら電車ん中で席見つけるん、かなり厳しいかも知れへんな?」


嘆息しながら呟くと、それが伝染ったように、刀子先生と刹那も溜息を零す。

確か、新幹線に乗り換えるまで、麻帆良発の快速で1時間弱だったよな?

…………その間立ちっぱなしってのは、さすがに辛い。

いやさ、体力的には問題ないけど、さっきも言ったように人酔いしそうだろ?

大事の前に、そんな状況は勘弁だ。

仕方なし、俺たちは最大限の事前策として、ホームの昇降口付近に整列するのだった。










で、程なくして電車が到着して、俺たちはすぐさま乗車。

空いている座席を探し、車内をふらふらと彷徨った。

結論から言うと、空いている席は意外や意外、簡単に見つけられた。

…………まぁ、それとは別の問題が、そのせいで浮上してしまったんだけども。


「…………席、意外とすぐに見つかりましたね?」

「…………え、ええ。これはこれで問題な気がしますけど」


引き攣った笑みで、お互いの顔を見合わせる刹那と刀子先生。

彼女達の言葉通り、俺たちが見つけた空席には問題があった。



―――――よりによって2つしか空いてないって、どーよ?



俺たちは全員で4人。つまるところ少なくともメンバーの半分は座れないと言うことだ。

さて、どうしたものか…………。

ここで二手に分かれて、一方は別の場所で座席を探すってのがセオリーだが、それだと向こうの駅ではぐれそうだしな。

やっぱここは、素直に2人は座席、2人は立ち乗りってのが安全だろう。

…………いや待てよ?

今日の面子は、同年代で比較しても比較的小柄な霧狐と、かなり細身な刹那。

でもって、先生だって細い部類だし、この座席の広さなら3人で座っても十分余裕があるんじゃないか?

そうすれば、立ちっぱなしは俺だけで済む訳だし、うん、我ながらナイスアイデアだ。

思い立つが否や、俺はすぐさま、その提案を3人に向けて口にした。


「ほなら、自分ら3人で座ったらどないや? 霧狐は小柄やし、センセと刹那のスタイルの良さなら十分座れるスペースやろ?」


女性はスタイル、というか外見への評価に対してかなり繊細だと言うし、それなりに気を遣って言葉を選んだ俺。

まぁ、さすがに今の言葉なら角は立たないだろ?

そんな風に考えて発言したのだが…………。


「そ、そんなっ。スタイルが良いだなんて…………」

「こ、小太郎ってば…………そ、そういう台詞は、出来れば二人きりの時に…………」


…………考えて発言した内容は、盛大に裏目に出たようだ。

頬を赤らめ、照れ臭そうに刹那は頬を掻き、刀子先生は両手で頬を覆って身悶えし始める。

つーか、俺が伝えたかった言葉はそこじゃねぇっ!!

中学生と成人相手に、何でこのレベルの会話が成立しねぇんだよっ!?

言いたいことの半分以下しか伝わってねぇじゃねぇかっ!?

何だか一気に疲れた気分になって、俺は盛大に肩を落とす。

そのせいでスポーツバッグが肩からずり落ちたが、最早気にする余裕もなかった。

哀れにも地べたにダイブした俺のスポーツバッグ。

それに差し伸べられる一対の救いの手があった。

言うまでも無く、俺の台詞で唯一トリップしてない人間、霧狐だった。

彼女は、んしょっ、なんて可愛らしい掛け声を上げながら、地べたに放置されていた俺のバッグを持ち上げるとこちらに差し出してくれる。


「はい、お兄ちゃん。ちゃんと持ってなきゃダメだよ?」

「あ、ああ、おおきに…………」


霧狐にたしなめられる日が来ようとは…………ちゃんと成長してたんだな。お兄ちゃんは嬉しくて涙が出そうだよ。

その涙には歓喜以外の感情も多分に含まれていますがね…………。

ともあれ、俺は無邪気で大きな瞳をくりくりさせる霧狐の頭に、ぽんぽんっ、と軽く触れた。


「えと、キリ達が座ったら、お兄ちゃんはどうするの?」

「ん? ああ、そん話しかいな? そら、席もあれへんし、その辺で吊革掴んでやり過ごすしかあれへんけど?」


それ以外に手段なさそうだし。

しかしそんな俺の意見に霧狐は、えぇー、と不満たらたらな声を上げる。

いや、他にどうしようもないでしょ?


「ダメだよ!! 大事な『おしごと』の前なんだから、ちゃんと休んでなきゃ!!」


…………そういう君の目の下にはうっすらクマがありますけどね?

とはいえ、彼女の言葉が的を得ているのも事実だ。

だからと言って、席がない、という現実の方はどう仕様もなかろう。

しかしながら、そんな俺の考えに反して、我が妹にはどうやらこの状況を打破するアイデアがあるらしい。

えっへん、なんて胸(微)を誇らしげに逸らして、霧狐は得意げに言った。



「―――――だいじょーぶっ!! キリに良い考えがあるからっ♪」











「んっ、しょっ…………えへへっ♪ 『これ』なら、4人ともちゃんと『座れる』でしょっ?」

「「「…………」」」


楽しそうな声を上げる霧狐とは対極的に、俺たち3人は終始無言だった。

彼女の言う通り、俺たち4人は先程の空席に、どうにか全員『座る』ことは出来た。

そこだけ拾えば、確かに何も問題は無いように聞こえる。

ああそうさ。全員で『座る』という目的が完遂出来た以上、確かに問題は無い。

しかし…………目的遂行のために、ありとあらゆる手段が正当化されると思ったら大間違いだっ!!!!

もうお分かりと思うが、俺たち3人が無言な理由。それには、霧狐が全員で『座る』ために用いた手段に原因がある。

現在俺は、進行方向に向かって着席しておりその右側、窓際の席に刀子先生、通路側に刹那を配し、かなりぎゅうぎゅうになりながら座っている。

そして最後に霧狐だが、言うに及ばず、もう先程の座席にスペースなんて残っていない。

そのため彼女は、消去法的に一番広いで有ろう部分…………即ち、俺の膝の上に腰掛け、俺の身体に直接、その小柄な背中を預けている状態だ。

…………ジーザス。

霧狐は最後まで俺の味方だと思っていたのに、まさかこんな形でその期待が裏切られようとはっ…………!!

座る前に気付けって突っ込みはなしの方向で。だって本当に俺の上に座るとは思わなかったんだもん…………。

おかげで先程から周囲の視線が痛いこと痛いこと。

おまけに結構むりやり3人掛けしてるから、刹那と先生の肩がぎゅうっと押し付けられる格好になってるし…………。

先程から女性特有のやぁらかい感触が服越しに伝わって来て、もう俺の何かが色々とヤヴァい!!

ついでに言うと、人間を軽く超える俺の嗅覚に、2人の髪から『女の子』の匂いが漂って来ててこれもヤヴァい!!

…………いや、もちろん霧狐からも良い匂いはするよ? 

けどさ、やっぱり霧狐の方は妹だし、何と言うか『家族』ってイメージが強いからさすがにそれに欲情したりは出来ねーよ。

しかし両サイドに座ってる2人は違う!!!! 明らかに攻略対象のヒロインですやんっ!?

い、いかんっ…………このままでは乗り換えまで俺が持たん!!

素数数えて乗り切るとか絶対無理だものっ!!

ヘタレだとか意気地無しだとか、罵倒したい奴は好きなだけ罵倒すれば良いさっ!!

けどなっ!? 俺にそんなこと言える権利があるのは、実際この状況で衆目に曝されて、それでも平然としていられる奴だけだからなっ!?

…………あ、親父とかラカンとか、全然平気そうだわな。

って、それはどーでも良いんだよっ!!!!

色々とカオスになりつつある思考を鎮静化するため、俺は戦略的撤退を決意し、霧狐に降りるよう促すことにした。


「な、なぁ霧狐? さすがに、こん状況は恥ずいし、やっぱ俺は立って…………」

「ダ~メっ!! お兄ちゃん、学園長から直接『おしごと』お願いされたんでしょ? ちゃんと休むのも『おしごと』の内だよっ!! …………ってママが言ってた。そ

れと、恥ずかしい、って、どーして?」

「…………」


取り付く島も無い、とはまさにこのこと。

霧狐は首だけで振り返りつつ俺を見上げ、ふくれっ面で俺の申し出を一蹴したあと、不思議そうに目を丸くした。

…………そうか。

霧狐には世間一般の羞恥心も備わってない、と…………。

まぁ、人間と極力関わらないように生きてたっぽいし、どういう行動や言動が恥ずかしいのか、っていう枠決めが出来てないんだろう。

…………それっていつか、愛衣のやつ死ぬんじゃね?

人前で抱きつかれたり、もしくはもっと凄いこととか、もっと凄いこととかされて。

…………うわぁ。酷いなそれ。


佐倉 愛衣(享年13)、死因:悶死 死因の死因:キリちゃんが可愛過ぎて


…………洒落になってねぇ。

何が笑えないって、実際に起こり得そうなところだよな?

って、また話しが逸れた!!

と、ともかくっ。

霧狐を直接陥落せしめるのは不可能だ。何せこっちがこの状況を止めたいと言っている理由が分かってないからな。議論にならん。

羞恥心の方は追々身に付けて貰うとして、正攻法で納得させられないなら、後はもう数の力に訴えるしかない。民主主義万歳!!

そんな訳で、俺は同様に恥ずかしいと感じているであろう2人に話題を振ることにした。


「な、なぁ? 2人かて、1時間近くもこないな状況が続くんは、さすがに恥ずかしいやろ?」

「え、ええまぁ、確かに恥ずかしい、こともない、ですが…………」

「しょ、正直にいうと、確かに恥ずかしいですけども…………」


話題を振られた2人は、迷うことなんてないであろう俺の質問に、しかし妙に歯切れの悪い返答をする。

…………ま、まさかこの2人っ!!!?

俺が嫌な予感に目を見開いたまさにその瞬間、右側に居た刀子先生が、おほんっ、なんて最もらしく咳払いをした。

そして…………。


「く、九条さんの言う通り、ここは身体を休めることが優先でしょう。この際、多少の恥ずかしさなんて気にしてられません」


僅かに朱の差した頬で、俺の期待を盛大に裏切りやがった。

そんな刀子先生に続いて、刹那までもが隣で咳払いをする。


「え、ええ。我々の羞恥心など、大事の前の小事でしょう。い、戦を前にして休養をとるのは戦士の義務ですしっ」


そして刹那もまた、霧狐が提案したこの座席配置を正当化しやがった。

ば、バカなっ!?

数の暴力で霧狐に身を引かせるつもりが、俺の方がフルボッコだとっ!?

こいつら自分の欲望に正直過ぎだろっ!!!?

もっとサイレントマジョリティに気を配ろうぜっ!!!?

…………なんて心の中で抗議の声を上げてみるものの、結局のところ俺が多数決で惨敗したことに変わりはない。

数字って残酷ね?


「ほらねっ!? ちゃんと休まなきゃダメなんだよお兄ちゃん? だいじのまえのしょーじなんだよ?」


自分の意見が可決されたことが余程嬉しいのか、霧狐は俺の膝の上で楽しげな声を上げる。

そんな彼女のテンションと反比例して、テンション駄々下がりの俺は返す言葉もなかった。

仕方なし、脱力したついでに霧狐の頭の上に顎をぽんっ、と乗せる。

急に体重を掛けられた霧狐が、うにゃっ!?、とか悲鳴上げてたけど知らん。せめてもの抵抗だ。

そう、これは無言の抗議なんだから、両隣の2人、もの欲しそうというか、羨ましそうな目で見つめるの禁止。

こうして俺は、乗り換えまでの1時間、強制羞恥プレイ&理性の限界にチャレンジ!!を強いられることとなるのだった。

…………ジーザス。











程なくして俺たちを乗せた電車は麻帆良を出発。

窓の向こうでは、風景が目まぐるしくその姿を変えるが、さすがは都市部と言うべきか、その景色は未だ建物ばかりのコンクリートジャングルだった。

それでも麻帆良から殆ど出ない霧狐は、目に入って来る光景に都度楽しそうな声を上げていたが。

…………これが任務だって、ちゃんと分かってるよな?

少々心配になりつつも、俺は目新しい建物が見つかる度に『あれ何?』と尋ねて来る霧狐に答えてやっていた。

さすがにラブホテル指差されたときは辟易したけ。『休憩所』つって誤魔化したけど、大丈夫だよな?

ちなみに、俺は自らの理性、その安寧を保つため、現在両サイドに座る2人との接触面を極限まで減らしている。

具体的に言うと、背もたれに全力でもたれ掛かるのではなく、先程霧狐の頭に顎を乗せた体勢を維持している状態だ。

さらに接触面を減らすため、両腕は霧狐の腰に回して、こう後ろから、ぎゅっ、と抱き締めてるのだが…………。

こう、さっきから両隣の2人が、羨ましそうに霧狐を見てるのが何とも心臓に悪い。

表だって要求されることは無いだろうが、何かの拍子におねだりされると断り切る自信がねぇ。

ともあれ、俺は2人の意識をそこに集約させないために、出来るだけ会話を途切れさせないように画策していた。

やれ春休みの課題の進捗状況を霧狐と刹那に振ったり、逆にそこから自己学習で出た疑問を刀子先生相手に振ったり、とまぁそんな感じ。

しかしながら、一旦話題が見つかると、そこから色んな話が派生して行くのが、こういう旅路トークの醍醐味でもある訳で…………。

つまるところ、気が付けば俺が率先して話題を見つけるまでも無く、俺たちは他愛のない世間話に花を咲かせていたのだ。

おかげで大分気が楽になったぜ…………。


「ところでお兄ちゃん。ちょっと聞きたいことが有るんだけど、良い?」


一つの話題が途切れ頃合いを見計らって、霧狐がそんなことを言い出した。

こうして話題をぽんぽん振ってくれるのは、俺的に非常にありがたいので、俺は僅かばかり機嫌の良い声で、ああ、何でも聞いてくれ、なんて調子良く答える。

俺に抱きすくめられてるため、振り向くことも出来ない霧狐は、そのままの姿勢で疑問を口にした。


「えっとー…………キリ達が守る場所って『しらみねのみささぎ』ってところなんだよね? どうして直接そこに行くんじゃなくて、一回京都の『しらみねじんぐう』に行くのかな、って? 愛衣にしれーしょ読んでもらったときから気になってたんだ」

「良えとこに気付いたな。まぁ、理由は大きく2つあんねん」


とりあえず、本来極秘事項で有る筈の指令所を、愛衣に内容噛み砕いてもらってた件については目を瞑るとして…………。

俺は霧狐の説明に対して何と答えたものか、自分の考えを頭の中で整理していった。


「まず1つは、言い方は悪いかも知れへんけど『神頼み』っちゅうやつや」

「か、かみだのみ? そ、それって、こまったときはー、ってやつだよね?」

「ああ、それで合うとる。けども、今回はちっとばかし勝手がちゃうねん」

「???」


俺の顎が頭に乗っかってるため、思うように首を傾げられないのだろう、本当に微かに顔を傾けて、霧狐は不思議がっている。

そんな様子が可笑しかったのか、窓際の刀子先生が、くすり、なんて忍び笑いを零した。


「良いですか九条さん? 今回、私達がその復活を阻止しなくてはならない『崇徳院』には2つの顔があるんです」

「ええええぇっ!? その人、人間なのに2つもお顔があるのっ!!!?」

「…………あー、っと。今のは言葉の綾です。つまり、2通りの姿が有る、と、この言い方なら意味がわかりますか?」

「う、うんっ。え、ええと、お兄ちゃんの今の格好と、じゅーかした後の格好みたいな、そんな感じだよね?」

「ま、まぁ概ねその理解で良しとしましょう…………」


霧狐の予想外の発想に、刀子先生は僅かに頬を引き攣らせるものの、そこはさすがに教員、決してめげない。

どうにか霧狐が理解できる言葉を探し、何とか理解を得ることに成功。やったね先生。


「話を戻しますが、崇徳院の2つの姿…………その前者はご存知の通り『讃岐の大天狗』と恐れ称される日本三大悪妖怪の1人としての姿ですね。こちらは崇徳院の崩御後、実際に日本が多くの天災に見舞われ、皇室の方が数名亡くなったなどの記録から、当時は固く信じられており、一種の『信仰』を集めていたようです。付け加えておくなら保元の乱以降に書かれた、平家物語や太平記にもこの姿で崇徳院が登場することから、崇徳院の名を知る者であれば、その名を聞いてまず想像するのはこの姿の方でしょう」

「し、しんこー…………?」

「『信仰』です。神様を信じ崇める心、と言えば良いでしょうか? もっとも、大魔閻崇徳院に対しての『信仰』は、恐れ忌避する心、でしょうが」

「???」


先生の説明に対して、霧狐は更に首を捻る。つられて俺の首も傾く傾く。

俺からは見えないが、恐らく彼女の顔には、目一杯にクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。

可哀そうだし、俺は助け船を出してやることにした。


「まぁ、とりあえず今は崇徳院が死んだ当初『讃岐の大天狗』いう妖怪になった、と、そこだけ分かっとれば良えで?」

「う、うん。それならだいじょぶ…………」


俺の頭を乗っけたまま、小さく頷く霧狐。

その様子に対して、先生は満足げに笑みを浮かべて続きを…………。


「さて、崇徳院のもう一つの顔ですが、そちらの説明は刹那にお願いしましょうか?」

「えぇっ!? こ、ここに来て私に振るんですかっ!?」


刹那に思っくそ投げた。

いきなり話題を振られた刹那は、驚いて席から飛び上がりそうな勢いだ。

中々意地が悪いな刀子先生。

しかしまぁ、先生って立場を考えると、この話題振りに対して正当性も出て来るってもんだ。

そんな俺の考えを裏付けるかのように、仰天する刹那に対して、先生は笑顔を持ってこう告げる。


「ちょっとしたテストです。剣の稽古にかこつけて、勉強をおろそかにしてないか、のね。高畑先生からあなたの成績のことは聞いてますから」

「ひくっ…………!?」


痛い所を疲れて、刹那がしゃっくりみたいな呻き声を零す。

ちなみに言っておくと、崇徳院への信仰云々は中学で触れることのない内容だ。

聞かれても、せいぜいが保元の乱とそれが起こった時期と経緯くらいのもんだろう。

もっとも先生が言いたいのは『神鳴流の剣士としての知識』ってことなんでしょうがね。

それに気が付いたのか、刹那は釈然としない面持ちではあったが、おほんっ、なんてもっともらしく咳払いをしつつ、話を始めた。


「え、ええと、もう一つの崇徳院の姿。それは四国全土・或いは皇族の守護神としての姿、ですよね?」

「その心は?」

「ええええぇっ!? そ、そこまで聞かれるのですかっ!? え、えぇっと、その…………た、確か土御門上皇が流刑の折、土佐へ向かう途中で白峰陵に立ちよったところ、崇徳院の菩提を弔うために琵琶を引かれたとか。その後、確か彼の夢に崇徳院が現れ、彼と彼が都に残してきた家族の守護を約束され、彼の死後、遺児である後嵯峨天皇が帝位に着いた…………というのが、皇族の守護神と言われる由縁だったと記憶しています」


自信無さげに答える刹那だったが、先生は彼女の回答に満足そうな笑みを浮かべて頷く。


「それでは、四国全土の守護神とされる由縁は覚えていますか?」

「あ、はい。そちらははっきりと。室町時代に時の管領だった細川頼之が、四国平定の折に崇徳天皇の菩提を弔い出陣し、その後成功を収めたことからですよね。この出来事により、崇徳院は細川氏代々の守護神としても祀られたとか」

「はい正解です。付け加えておくと、京の白峯神宮は明治天皇が即位の際、崇徳院を神霊として京に招き入れるため建立されたものです。無論、主祭神として祭られているのも崇徳院ですね。彼と似たような境遇を持つ淳仁天皇も合祀されていますが、それはまぁ余談です」

「…………ほっ」


いきなりの無茶ぶりにどうにか答えることが出来た刹那は、背もたれに深く背を埋めつつ安堵の溜息を零していた。

つーか、刹那が学校の勉強できない理由って、こういう魔法関連の知識にばっか記憶容量を割いてるからな気がしてきた。


「えと、崇徳院には『妖怪』と『神様』っていう2つの姿がある、っていうのは分かったんだけど、それと最初に言ってた『かみだのみ』とどーゆー関係があるのかな?」


一通り崇徳院に関する説明を聞いた霧狐は、ここで当初の疑問に話題を引き戻した。

さて、ここまでの説明を2人に任せた訳だし、まとめくらいは俺がしとくか。

そんな風に考えて、俺は霧狐の上に乗っかったままの姿勢で説明を始めた。


「良えか? 俺たちが復活を阻止したいんは恨みを抱えた『妖怪』の方の崇徳院や。せやから『神様』の方の崇徳院を祀っとる白峰神宮でそん菩提を弔うて祈ったら、今回の任務中、俺らにもなんらかの加護があるかもしらん、そーゆーことや」


刹那の言っていた通り、神霊としての崇徳院の御利益は『崇め祈った者への加護』だからな。

細川頼之の四国平定もそうだが、今回俺たちが臨む任務は一種の戦だ。

その最中に受けられる恩恵として、神霊の加護というのは結構バカに出来ない。

ましてや神霊として祀られる人物だ。

ある種自らの尻拭いとも言える今回の任務、ひょっとすると何か思うところが有り、積極的に手を貸してくれたりするかも知れない。

あくまで『かも知れない』程度の話しだけどな。

ぶっちゃけた話し、そんな都合な良いときだけ神に頼るってのも、かなり他力本願な上に虫の良過ぎる話しだ。

とは言え、前例がある話しな上に、任務の重大さを考えると、神霊としての崇徳院の存在は看過できない。

そのため俺たちは、一路白峯神宮に向かい、そこで祈祷を受け、自らもその菩提を弔う、という肯定を任務に組み込まざるを得なかった。

それが1つ目の白峯神宮に寄る理由だ。

俺たち3人の説明に納得がいったのか、霧狐はうんうん、と小刻みに頷くと。


「それじゃ、もう1つの理由は? お兄ちゃん、最初に理由は2つ有るって言ったよね?」


と、当初の話題に立ち返り、そんな質問を投げかけた。

うむ、ちゃんと俺の話しを聞いてたらしい。

お兄ちゃん、人の話しがちゃんと聞ける子は大好きですよ?

…………俺の回りって、人の話し聞かないやつ多いしね。誰とは言わないけどさ。

それはさておき、2つ目の理由に関してだったな。

とはいえ、そちらの理由は前者ほど難しい内容ではないため、俺はあっさりと霧狐の問いに答える。


「そっちは単純にそん方が早く着くからや?」

「??? えっと…………どーして『しらみねじんぐう』に寄り道した方が『しらみねのみささぎ』に早く着くの?」


俺が霧狐の問い掛けに答えるよりも早く、刹那がその理由を口にしていた。


「霧狐さんはご存知ないと思いますが、同一祭神を祀る主だった寺社では、有事の往来を簡略化するために固定型の転移魔法…………ゲートを常備していることが常なんです。今回話題に上ってる二社は良い例ですね。なので、直接白峰陵に向かうより、白峯神宮を経由した方が時間の短縮になる訳です」

「へ、へぇ~~~~っ。す、すごいね? 転移魔法でそんな遠いところまでいけるんだぁ」


刹那の言葉に、霧狐は感動したみたいに溜息を零す。

まぁ霧狐の転移魔法に対するイメージって、俺やチビが使ってる短距離型のやつだろうからな。

それだけ長距離を転移魔法で移動できるなんて、思ってもみなかったのだろう。

ちなみに、この固定型転移魔法だが、魔法使いの社会では結構色んなところで用いられてたりする。

分かりやすいのは、魔法世界とこの旧世界を結ぶ大ゲートだが、それ以外にも各国に空港のような感じで乱立されてる。

その気になれば、日本からブラジルまで、所要時間5分で到着できるのが転移魔法の凄い所だ。

…………まぁその辺は余談だけどね。

ともあれ、これで霧狐の疑問は解消されたことだろう。


「どうや? 寄り道する理由、今のんで分かったか?」

「うんっ。3人とも物知りだね。キリ、転移魔法のこととか崇徳院のこととか全然知らなかったもん」


納得したらしく、霧狐はうんうん、とやはり小刻みに頷いた。


「あ、そだ。もう1つお兄ちゃん達に聞きたいことがあったんだった」

「ん? 何や? まだ任務のことで何か有るんか?」

「ううん。任務とは全然関係ないことなんだけど…………えっと、ね?」


新たに疑問を思い出した霧狐は、一度台詞を区切った後、質問の内容を考えているのか、んー、なんて可愛らしく首を捻る。

そして…………。



「―――――ぱーとなー、ってどういう人のこと?」



…………たった一言で、この場の空気を完全に殺した。



お、おおおおおぉおおおおおお!!!?

ど、どどどどど、どこのどいつだぁっ!?

人の妹に至らんこと吹き込みやがってぇっ!!!!

冷や汗をだらだらながしながら、何処の誰とも知らない情報の発信源に憤慨していると、その元凶はいともあっさり白日の下に曝された。


「愛衣にね『無事に帰って来れたら、私のぱーとなーになって欲しい』ってお願いされたの。キリ、確かぱーとなー、ってずっと一緒に居る人、みたいな意味だと思ってたからすぐに、うんいいよ、って答えちゃったんだけど…………もしかして、キリの考え間違ってたりしないかなぁ、って気になって…………」

「…………」


め、愛衣ぃぃぃぃぃいいいいいっっ!!!!

お、おおおお、お前、なんつーことお願いしてんだっ!!!?

いやっ、ルームメイトだし一緒に良く稽古付けてやってたし、いつかはこうなるんじゃ、くらいには思ってたよっ!?

けどさっ、タイミングっ!! そう、タイミングを考えようぜっ!?


『私、この任務が終わったら、あの娘と仮契約するんだ』


それなんて死亡フラグっ!!!?

つーかそもそもさっ!! どーせ、パートナー云々の知識を霧狐に吹き込むなら、もっときちんと…………って!!

そうか…………愛衣が倒れたのってこの流れかっ!?

霧狐があんまりにも二つ返事に答えたもんだから、嬉し過ぎて卒倒したと…………。

それって、愛衣のやつ本気で仮契約とかしたら死ぬんじゃね?

いや、今は彼女の心配するより自分の心配をしよう!!

ど、どーすんだコレ? どうするよコレっ!?

お、おお、落ち着け!! 冷静に考えて、ここは霧狐に『パートナーの何たるか』をきちんと教えてやるべきだ。

問題はこの3人の内、誰がこの任を負うかってことだろう。

俺は縋るような気持ちで、まず右側に居る刀子先生をチラ見する。

ああっ!? せ、先生め!! 思っくそ目線逸らしやがった!!!!

あ、あんた仮にも教師だろ!? 生徒を正しく教え導くのが仕事でしょうっ!? 何敵前逃亡してんのさっ!!!?

く、くそっ。先生のやつ、目ぇ逸らしたままこっちに振り返ろうともしやがらねぇ。

こうなったら、やはりここは同性の刹那に…………。

そう思って刹那をチラ見しようとした瞬間。


「ちょ、ちょっとお手洗いにっ」


刹那は、言い訳がましくそう口にして、席を立って行った。

お、おのれ刹那ぁぁぁぁあああああっ!!!!

普通そうくるか!? 自分に話題が振られそうだからって、現場から逃走するってどうなのよっ!?

ぐっ…………け、結局頼りになるのは自分だけか…………。

お袋よ。どんな苦境も悲劇もって言ってたけど、さすがにこの苦境は笑い飛ばせねぇぞ!?

だって強さ云々関係ないんだものっ!!

とにもかくにも、こうなってしまった以上、覚悟を決める外、道はない。

俺はわざとらしく咳払いをしつつ、意を決して霧狐に話を切り出した。


「ゲフンッ…………あー、い、一応、パートナー言うんは、霧狐の言うてる『ずっと一緒におってくれる人』いう考え方で間違うてへん。もっと具体的に言うなら、恋人とか婚約者に使う言葉っちゅうんが一般的…………場合によっちゃ、仕事上の相方もパートナーって言う場合もあるな」

「こ、恋人っ!? え、あ、うー…………で、でもでもっ、キリと愛衣は女の子同士だよ? さ、さすがに恋人には…………え、えと、だから仕事上の、って意味だったのかな?」


困ったように、俺の顎の下、霧狐が首を捻りながら、頼りない声を零す。

こ、これってどう答えたら良いんだ?

確かに霧狐の言う通り恋人と言う関係へのハードルとして、女の子同士、ってのはかなりデカい。

実際、愛衣の言ってたパートナーは、魔法使いの従者、って意味でのパートナーだろうし、恋人云々とは関係がないのかもしれないしな。

けどそこはそれ。俺は愛衣の気持ちを聞いちゃってるしなぁ…………。

挙句の果てには、その背中を思いっきり押すようなこと言っちゃってるし…………。

何かそこをばっさり切るのは人としてどうかと思うじゃん?

そんなことを考えた結果、俺はごくり、なんて生唾を飲み込みながら、一度始めたことの責を負う、その覚悟を決めた。


「あー…………は、話しが少し逸れてまうけどな? べ、別に女の子同士やと恋人になれへん、とか、そーゆーことはないと思うで? 実際、同性でも結婚できる国って結構あるし、恋愛の形なんて、人それぞれや」

「え、ええええぇっ!? そ、そういうものなの、かな?」

「あ、ああ。そういうものやで?」


戸惑いの声を上げる霧狐に、もっともらしい口調で、肯定の意を示す。

うーわー…………言っちまったよ。言っちゃったよ俺。

つか、何者知り顔で恋愛とか恋人とか連呼してんのさ、彼女いない歴実年齢以上の癖に。

何か恥ずかしさと気まずさでさっきから顔が熱いんですけど。絶対赤くなってるぞコレ。茹でダコですよ。


「え、えっと、そ、それじゃ、やっぱり愛衣は、キリに…………そ、その『恋人』に、なって、欲しかった、の、かな?」


しどろもどろになりながら、恥ずかしそうにそんなことを尋ねて来る霧狐。

後ろから彼女を抱き締める形で座っているため、密着した部分から伝わる彼女の熱は、先程から一気にその温度を増していた。

ま、まぁ、さすがに恋人ってのが、どういうものかって認識くらいはあるみたいだな。そこはとりあえず一安心だろう。

小さく嘆息を零し、俺は霧狐に心配しなくて良いと、そう伝える。


「さっき言うた『パートナー』の意味は、あくまでも一般的な話しや。魔法使いが言う『パートナー』にはもっと別の意味があんねん」

「べ、別の意味?」

「魔法使いの『パートナー』…………それはつまり、魔法で契約して、魔法使いを護ったり、逆に護られたりする関係の存在、所謂魔法使いの従者のことや」

「魔法使いのじゅーしゃ…………」


俺の言葉を反芻し、その意味を一生懸命に記憶へ刻もうとする霧狐。

こ、これって、仮契約云々の話まで、きちんと説明しておいた方が良いのか?

けど、さすがにその辺は…………仮契約するにはチュウで、本契約にはもっとすごいことが必要だぜ、とか言えないだろ。

ま、まぁ、仮契約・本契約の方法は、今言った2つが主流ってだけであって、他の方法だってある。

その辺りの説明は実際に彼女が、仮契約に及ぶ時が来てからで良いだろう。

そんな風に結論付けると、彼女の頭に乗せていた顎を浮かせて、僅かばかりの距離を開けた。

俺の重さが急に無くなったためか、霧狐は不思議そうにこちらを振り返る。

そんな彼女の頭に、今度は顎ではなく、右の手の平をぽんっ、と置いて俺は優しく撫でた。


「ま、二つ返事してもうたんはしゃーないとして、一応はきちんと考えた方が良えで? 自分に愛衣を護る覚悟が有るかどうか。自分は愛衣のことをどう思てるんか。そないなことをじっくりと考えたら良え」


優しく笑みを浮かべて言った俺に、霧狐は未だ戸惑いの色が消えない瞳で、しかししっかりと頷く。

ふぅ…………よ、ようやくこの一連の会話が終わったか。

寿命が縮んだぜ。

ちらりと右を伺うと、そこでは俺と同じように刀子先生が安堵の溜息を零していた。いや、あんた何もしてねぇだろ。

それから程なくして、刹那も戻って来た。

既にパートナー云々の話しが終わっていたことに、安堵の表情を浮かべ胸を撫で下ろす彼女。

そんな様子にイラっとして、思わず指弾で彼女のでこを弾いた俺は別に悪くないと思う。当然の報いだ。

と、まぁ、そんな感じで、乗り換えまでの1時間はあっという間に過ぎて行くのだった。











無事に乗り換えの駅に到着した、俺たち半妖トリオと引率の先生1名。

速やかに新幹線へと乗車し、チケットに指定された席へと向かったところで、本日3度目の問題が発生した。

うん? いや、別に席があいてなかったとか、そういう天丼的展開はないよ?

新幹線の方は、学園側が指定席を確保してくれてたし、それは全く問題ない。

ちゃんと向かい合わせに2席ずつ、計4名分の席が空いてたさ。

そう『向かい合わせに2席ずつ』な…………。

ここで起こった問題と言うのが…………。



―――――所謂、座席順というやつだ。



無邪気な笑顔で、いつも乗る電車よりひろーい、なんてはしゃぐ霧狐の後ろでは、刀子先生と刹那が無言で視線を交叉させ火花を散らしている。

つまるところ『誰が俺の隣に座るか』で、互いに牽制し合っているのだろう。

…………たかだか2時間半なんだし、もっと穏やかに行こうよ君たち。

そんな風に思いつつも、2人が何も口にしない以上、俺の方からそれを指摘する訳にはいかない。

だって、自惚れてるみたいでいやだろ? 事実はどうであれさ。

さてどうしたものか、と頭を悩ませていると、不意に発車のアナウンスが流れ、しばらくの間を置いて車体が動き始めた。

僅かに揺れる車内、その瞬間を狙い澄ましたかのように、動き出した者が1人居た。

我らが引率者、刀子先生である。

彼女は全員が車体の揺れに気を取られたその瞬間、目にも止まらぬ早業で、紫電の如く…………。


「…………ふっ!!」


刹那の膝裏と背を、ほぼ同時に殴打した。

否、殴打といってしまうと、少し表現が痛々し過ぎか。

それは殴打と言うには余りに軽く、押したと表現するにはあまりに接触の短い動作だった。

しかし、威力と効果は必ずしも比例するものではない。

完全に虚を突かれ、先の攻撃をもろに受けてしまった刹那は、為す術もなく指定席の一つ、窓際進行方向向きの席に、すとん、と腰を降ろした。

正確に言うならば『腰を降ろさせられた』というべきだろう。

え、えげつない…………。

あんなんをあのタイミング、しかも無拍子でやられたらさすがにかわせねぇっての。

俺の考えを裏付けるかのように、座り込んでしまった刹那は、一体何が起こったのか分からない様子で目をぱちくりさせていた。

うん、その様子は非常に可愛らしくてグッドだ。


「ふふふ、刹那ったらそんなに慌てて座るなんて、久しぶりの電車移動で疲れてしまいましたか?」

「なっ…………!?」


しらじらしく問い掛けた先生。

その言葉で状況を理解した刹那は、頬を赤く染めながら、悔しさに表情を歪める。

してやられた、と。

…………してやられたのはこっちの方だってのっ!!!?

と、刀子先生め。あろうことか、俺に『さぁ、どっちの隣に座るか選びなさい!!』って振りやがったんだぞ!?

そんなのどっちを選ぼうが、間違いなく角が立つじゃねぇかっ!? 選べるかっつーのっ!!!?


「それでは、小太郎と九条さんも早く座って下さい。動きだしてしまいましたし、いつまでも立っていると危ないですよ?」

「…………」


そう言って俺たちを促す先生の顔は、眩いばかりの笑顔だったが、俺にはその背後に微笑む悪魔が見えたぜ…………。

く、くそぅ。どうする俺っ!?

ここは何にも気付かなかった振りをして2席空いてる方に座るか?

…………ダメだ。後からなんて言い訳しようが、麻帆良に帰った後木乃香と刹那からタッグ制裁を受ける悪寒しかしない。

かと言って、刹那の隣に腰掛けようものならば、恒例となっている刀子先生からの『ネギ嬢との親密度チェック』の時間が倍加するのは目に見えている。

…………やっぱどっちも選べねー!!!!

こうなったら、どっちのリスクの方が俺にとってデカイかを天秤にかけて…………。

そんな感じで葛藤を続けていた俺だったが、よくよく考えてみれば、そこまで悩む必要はなかったのだ。

何せ…………。


「キリ、窓際の席もーらいっ♪」


俺たちは『4人』でこの任務に望んでいるのだから。

無垢な笑顔を振り撒き、ぴょんぴょんと、スキップするかのような足取りで刹那の反対側に陣取る霧狐。

そんな愛らしい妹の姿が、比喩ではなく天使に見えた。


「ほ、ほんなら俺は霧狐の隣ってことで…………」


あっさりと葛藤を放棄して、霧狐の隣にすとん、と腰を降ろした俺。

そんな俺の様子を、刀子先生は空いた口が塞がらない様子で見つめていた。

しばらく呆然と立ち尽くした後、先生は諦めた様子で溜息を吐き、ゆっくりと刹那の隣に腰掛けつつ、こんな言葉を呟いた。


「い、いくら油揚げが狐の好物だからって、こんな風に掻っ攫われるなんて…………」


誰が上手いこと言えと…………。










で、それからは大した問題も無く、乗り換え前の車内と同じように俺たちは他愛のない世間話に花を咲かせていた。

それこそ内容も碌に覚えていないような、何でもない話をしていたのだが、そろそろ昼食にしようかと言うところで、刹那がこんなことを言い始めた。


「そういえば、どうして今回の任務が私達に? 東から西へと応援と言うことで、我々が扱い安かったことは分かりますが、血書五部大乗経や崇徳院のことを鑑みると、一介の学生に任せるには、あまりに荷の重い任務のように感じるのですが…………? あ、別に臆している訳ではありませんよ? ただちょっと気になって」


慌てて手を振りながら、最後にそう付け加える刹那。

そんな彼女の様子に、刀子先生は額に手を当てて溜息を吐いた。

いや、まぁしょうがないと思うよ?

さすがにそこまで頭が回る中学生って殆どいないと思うし。

俺も自分が『この境遇』じゃなかったら気付かなかっただろうからな。

しかしながら、刀子先生はそんなことお構いなしに、刹那に対して厳しく言い放った。


「刹那、やはり剣の稽古に時間を割き過ぎているようですね? 少しはその辺りの知識を身に付けて置かないと、将来色々と苦労することになりますよ?」

「え? ええええっ!? そ、そんなに分かりやすい事柄がありましたかっ!!!?」


ばっさりと切り捨てられて、驚愕の声を上げる刹那。

もちろん、そんな彼女の正面では、霧狐が顔いっぱいにクエスチョンマークを浮かべていた。


「え、ええと…………お、思い当たる節としては、今回の件に小太郎さんの兄上が関係しているから、というものですが…………」

「確かに、犬上 半蔵との戦闘経験が有った、というのも理由の一つですが、それだけの理由で、一介の学生にこのようなポストを与えると思いますか?」

「そ、そうですよね…………」


必死に導き出した結論さえも、先生にあっさり一蹴されて、刹那は居心地悪そうに身を縮こまらせる。

まぁ、あんまり苛めんのも可哀そうだし、いい加減教えてやった方が良いよな?

俺は苦笑いを浮かべながら、刹那と霧狐に今回俺たちが抜擢された、その最大の理由を告げた。



「―――――俺たちが選ばれたいっちゃんの理由はな…………俺が『九尾の力』を持ってたからやねん」











SIDE Negi......



「…………小太郎君たち、そろそろ京都に着く頃かなぁ?」


空港の待ち合い席、配送する荷物の手続きをしてくれているタカミチを待ちながら、ボクはぼんやりと行きかう人並みを見つめながら、そう呟いた。

新幹線で2時間半くらいって言ってたから、さすがに少し気が早すぎたかな?

そんな風に考えながら、ボクは小さく苦笑いを浮かべる。

きっと小太郎君達はこれから、こないだ見せてくれた記憶の中みたいな、そんな戦場に赴く筈なのに、そんな場所への到着を心配するなんて可笑しい。

そう、自分の思考に笑えてしまって。

…………他人事じゃ、ないのにね?

ボクは選ばなくちゃいけない。

彼らのように、その戦場に立つ人間となるか。

それとも、それとは別の、もっと人並みな魔法使いを目指すか。

…………正直、父さんの背中を追いかけることしか考えてなかったからなぁ。

その道を諦める、という選択肢が、いまいちピンと来ない。

…………だけど、安易に決めることは出来ない。

小太郎君は本気で、ボクとアスナさんの事を心配して、あんな問い掛けをしてくれたんだから。

だからボクは想像する。

父の背を追うことを止め、一般的な魔法使いとなった自分の姿を。

それはきっと平和で穏やかで…………だけど、一つの満足もない人生だ。

けれどそれは、万人が望み、しかし必ずしも手に入れることが出来ない、そんな稀有な日常。

小太郎君の記憶を見た後なら、そんなこと誰にだって分かることだ。

だからこそ、ボクは葛藤している。

…………でも小太郎君ってば、人には危ないからって言っておいて、自分は日本の危機を救いに行く、なんて言い出すんだから。

説得力も何も、あったものじゃないよね?


「讃岐の大天狗、日本三大悪妖怪の一角で、神霊としての顔さえもつ日本最強の怨霊…………」


例により、肩書きだけじゃその恐ろしさなんて、大凡しか分からない。

だけど今回の任務が、彼にとってこれまで経験したことのない、それくらい恐ろしい敵を相手取ったものだと、そう言うことだけは分かる。

無事に帰って来てくれるよね…………?

彼を信じると、そう約束した筈なのに、不安になってしまうのは、やはりボクが弱いからなんだろう。

…………こんなんじゃ、心配もされちゃう訳だ。

何だか自分が情けなくなって、自然と溜息が零れた。


「小太郎君のことが心配かな?」

「うひゃぁあっ!!!?」


び、びびびび、びっくりしたぁ…………。

急に声が聞こえた方を見上げると、いつの間にか戻って来たタカミチが、穏やかな笑みでボクを見ていた。

あ、あうぅ…………か、考えごとに没頭してたボクも悪いけどさ。


「た、タカミチぃ…………急に声を掛けるのは心臓に悪いよぉ」


涙目になりながら抗議の声を上げると、タカミチは、ゴメンよ、と苦笑いを浮かべつつ、ボクの隣に腰かける。


「思ったより荷物の手配が早く済んでね。搭乗までしばらく時間があるから、少しここで時間を潰そうか」


そう言いながら、タカミチは1本の缶のミルクティーをボクに手渡してくれた。

お礼を言いながらそれを受け取って、ボクは先程のタカミチの言葉を思い出し首を傾げた。


「どうしてボクが、小太郎君のこと心配してるって分かったの? 口にはしてなかった筈なんだけど…………」

「分かるさ。君はお父さんに似て、考えてることが顔に出やすいからね」


相変わらずの笑みを浮かべたまま、タカミチは楽しそうに、懐かしそうにそんな事を言う。


「そ、そんなに分かりやすくないよぉっ」


抗議してみるけど、正直、父さんと似ていると言われて、悪い気はしない。

けれども、やっぱり表情が分かりやすいっていうのは…………ね?

なので、複雑な気持ちになりつつ、ボクは渡された缶を開け、おずおずとそれに口を付けた。


「で、小太郎君のことだったよね? 確かに心配だとは思うけど、今回の任務に彼以上の適役はいないからなぁ」

「??? どういうこと? 今回小太郎君に任務が回って来たのって、その事件に彼のお兄さんが関係してるからじゃないの?」

「それも理由の一つではあるんだけどね…………ふぅ」


タカミチは小さく溜息をついて、胸ポケットに手を伸ばし…………。


「おっと、ここは禁煙だったね?」


そう言って苦笑いを浮かべた。

…………って、話しが逸れてるよっ!!


「お兄さんが関係していること以外に、小太郎君に任務が回った来た理由があるってことだよね? それって一体…………?」


話しがまるで見えなくて、しきりに首を傾げるボクに、タカミチはやはり笑みを崩さず、こう答えてくれた。



「―――――彼は『九尾の力』を持っているからね」



SIDE Negi OUT......











「きゅ、『九尾の力』ですか? …………え、ええと、小太郎さんの実力が、それだけ認められていると?」

「残念ながら不正解です。麻帆良に帰ったら、剣の稽古の合間に歴史の勉強も組み込むことにしましょう」

「そ、そんな殺生なっ!?」


先生に事実上の死刑宣告を受けて悲鳴を上げる刹那。

俺が説明を始める前に、迂闊なこと口走るからだよ。口にすればなんとやらだ。

そんな彼女たちのやり取りに苦笑いを浮かべつつ、霧狐に対して俺はこんな質問を投げかけた。


「霧狐、崇徳院が讃岐に流されたんは何でやったか、覚えとるか?」

「へっ!? んと、んと…………ほうげんのらん、だったよね? その戦争で負けちゃったから、じゃなかったかな?」

「正解や。御褒美に撫でたろ」

「わーいっ♪ うにゃにゃ~~~~♪」


俺が頭を撫でてやると、霧狐は例によって気持ち良さそうに目を細める。

それを刹那と刀子先生が羨ましそうに見ていたが、今はスルーの方向で。


「保元の乱は、言うてまえば皇室の権力争いや。崇徳院の父、鳥羽法皇は崇徳院を退位させた後、寵愛していた美福門院の子、体仁親王を即位させる。その体仁親王…………即位後は近衛天皇言われててんけど、そん人は崇徳院の養子やったさかい、ホンマなら『皇太子』やってんけど、どういう訳か養子縁組前の通り『皇太弟』として扱われてな。それがまず最初の遺恨になってもうた。
 それから14年後、17歳っちゅう若さで近衛天皇は病死。その後継ぎをめぐって、崇徳院派と美福門院の養子、守仁親王派での争いが起こる。それが鳥羽法皇の死後、武力衝突に発展したんが『保元の乱』っちゅう訳や」

「すっごーいっ!! お兄ちゃん、やっぱり頭良いんだねぇ~???」


ぱちぱちと手を叩き、驚きも露わに俺を褒めそやす霧狐。よせやい、照れるじゃねぇか。

しかしながら、そんな彼女の対面に座す刹那は、やはり不思議そうに首を傾げていた。

まぁ、今の説明だけじゃ分かる訳ないわな。


「え、ええと…………それと『九尾の力』と、どういった関係が…………?」

「まぁ、話しはそこに戻って来る訳やけど…………一般的にフィクションとされる九尾の狐、実は原型になった言われとる人物がおるって、自分ら知っとるか?」

「へ? い、いえ。もとより裏の事情を知りながら生活して来ましたので、そのような諸説にはあまり…………」


面目ないです、と申し訳なさそうに呟き、刹那はますます小さくなる。

そんな彼女の隣で、刀子先生が呆れたように溜息を吐いた。

まぁまぁ、あんまり苛めてやりなさんなって。

さすがに可哀そうになり、俺は再び苦笑いを浮かべて、その人物の名を口にした。


「その人物っちゅうんが、先の鳥羽法皇が寵妃、藤原 得子こと美福門院や」

「え? び、びふくもんいんって、さっきお兄ちゃんの説明に出て来た、崇徳院と戦争した人のお母さんだよね?」


くりくりした目をぱちぱちと瞬かせながら、驚きも露わに霧狐が尋ねる。

俺はそれにしっかりと頷いた。


「九尾は時の上皇に寵愛されて入内し『玉藻前』と名乗った。そん時の上皇言うんが、崇徳院の父、鳥羽上皇や。なぁ? 話しが出来過ぎとると思わへんか?」

「「!!!?」」


俺が投げかけた問いに、刹那と霧狐ははっと目を見開いた。

どうやら俺の言いたかったことが、ようやく伝わったらしい。

俺はニヤリと口元を釣り上げ、物知り顔で続きを口にする。


「ぶっちゃけこん頃の歴史なんて、魔法を知っとる者からしたらフィクション言われとるもんと史実書、どっちが正史かやなんて甲乙つけられへん。せやけど鳥羽上皇、或いは鳥羽法皇の存在が確かに『九尾の狐』と『讃岐の大天狗』を繋げてもうとるんは疑いようのない事実や」

「つまり、考えようによっては『讃岐の大天狗』を生み出したのは『九尾の狐』であったと、そういうことですか?」


核心に気が付いた刹那が、神妙な面持ちで自らの推理を語る。

しかしながら、その考えは少しばかり的を外れてしまっていた。


「俺とセンセが言いたいんはそっちやのうてな? 崇徳院は保元の乱の後、美福門院側の勢力によって都を追われとる。それはつまり『讃岐の大天狗』が『九尾の狐』に敗北したっちゅう、そういう風に考えられるやないかって、そんな話や」

「な、なるほど…………最悪のケースとして、讃岐の大天狗が復活した場合、九尾の力を持つ小太郎さんがその抑止力として適任だったと、そう言う訳ですね」


「ほい正解。まぁ今の答えなら満点くれてやって良えやろ」

「や、やった…………!!」


嬉しそうに顔を綻ばせ、ぎゅっ、拳を握りガッツポーズを握る刹那。

そしてそのまま、何かを期待するような眼差しで、彼女が自らの頭をこちらに向けてくる。

…………ちっ、さっきの霧狐とのやり取りを覚えてやがったか。

さすがにこれで頭を撫でなかったら、麻帆良に帰った後で何を言われるか分かったもんじゃない。

なので俺は、ものっそい殺気を放ち始めた刀子先生を、出来るだけ視界に納めないようしつつ、刹那の頭を優しく撫でた。


「えへ、えへへ…………小太郎はんにこうしてもらうん、何や久しぶりで嬉しいわぁ…………」


聞こえるか聞こえないかの声で、本当に嬉しそうに呟く刹那。

素に戻ったその口調がかなり愛らしくて、ついついぎゅっとしたくなっちゃった俺は、まぁ男として正常だと思いたい。

しばらく刹那の頭を撫でくりまわしてから、俺は居住まいを正すと仕切り直しの意味を込めて、軽く咳払いをした。


「オホンッ…………まぁさっきの説明は結構押し付けがましいかも知らんけど、案外的は射てると思てんねん。兄貴が作っとる復活怪人やけど、あれって材料や兄貴の魔力、でもって構成された術式だけやと、ああも強力にはなれへんはずやからな」

「…………と言うと、小太郎はこれまでの『酒呑童子』『九尾の狐』には、それ以外にも何らかの絡繰があると、そう考えている訳ですか?」


氷のような殺気を嘘のように収めて、刀子先生は先の刹那同様、神妙な面持ちで俺に問い質す。

こちらもそれに真剣な表情で頷いてから、自らの予想を口にした。


「乗り換え前の電車で、刀子センセが『信仰』言うてたん覚えとるか? 恐らく兄貴は、三大妖怪を再構成するために、そん『信仰』を骨子として、そこに用意した材料と術式で肉付けしとるんやないかと、俺はそういう風に考えとる」


要は土地神経由で上位神と簡易契約結ぶとの同じ原理だ。

地脈経由で、日本の各地に残る三大妖怪の伝承、そしてそこに注がれる『信仰』を触媒に吸い上げ、伝承に基づいた妖怪を作る。

最初に酒呑童子を見たときは『どこの錬金術師だ!?』とか驚いたが、よくよく考えてみれば、その絡繰は大したことはない。

とはいえ、実際その術式を成立させるには、相当に精密な調整を要するだろう。

それを可能にしている辺りが、兄貴が天才と言われている由縁か…………。


「で、今の話しだけ聞いとると、兄貴が作る復活怪人は伝承通りの強さを持ってて、手もつけられへんくらい強力や、っちゅう話しになってまうんやけど…………実を言うとそうでもないねん」


伝承通りの強さ。

各地から寄せられる『信仰』に基づき、その能力を設定された妖怪。

それは即ち、それが討伐されるに至った経緯さえ、その設定に組み込まれているということだ。


「前の酒呑童子を倒せたんが良い例や。刹那、あんとき俺らは、どうやってあいつを倒したか、はっきり覚えとるやろ?」

「ええ。小太郎さんの渾身の一撃で首を切り落とした後、未だ生きていた首をエヴァンジェリンさんが氷結させましたよね? 確かにあの作戦は『酒呑童子を倒すには、その首を切り落とすしかない』という、伝承に基づいた考えで実行されたものでしたね」


歴史を尋ねられた時とは打って変わって、はきはきした口調で答える刹那。

その答えに、俺は笑顔で頷いた。

ここで迂闊に正解、とか言おうものなら、また頭を撫でろって要求されそうだからな。

さすがにこれ以上居心地が悪くなるのは勘弁だ。

なので、俺は頷くのみに反応を留め、その先を話し続ける。


「今回兄貴が復活を目論んどる大天狗も、恐らくそういう作りをしとるに違いあれへん。せやから、そん『信仰』中には、少なからず『崇徳院は一度、九尾の狐に敗北した』いう内容が含まれとるはずや」

「それ故に、こじつけ染みた先の理論も、あながち間違いではなく、小太郎が選抜された理由の正当性を証明していると?」

「まぁ、そういう解釈やな。実際は試してみらんと分からんけど、他の要因が何も無いより、ちったぁ勝算のある俺の方が適任やろ?」

「確かにそうですね。素晴らしい慧眼です。ええ、本当にどこかの見習い剣士とは大違いですね」

「うぐぅっ…………!?」


最後の最後で刀子先生に皮肉られて、刹那が呻き声を上げながら沈黙した。

…………これ、さっきの頭撫で撫でのこと根に持ってんだろうなぁ。

麻帆良に帰ってからが怖い、と、そんな悪寒が背筋を撫でていった。


「ん? ちょっと待って下さい。今の小太郎の仮説が正しいとすれば、九尾の狐もまた伝承の影響を受けている訳ですよね?」


今までの話を思い返すように右の人差し指を眉間に当てつつ、刀子先生がそう尋ねて来る。


「ああ。つっても、俺が吸収した時に兄貴の術式の大部分は分解されとるさかい、今は地脈から信仰を吸い上げたりはしてへんで?」


そんなこと出来てたら、俺はきっと元●玉とか打てると思う。

とは言ったものの、少なからず『九尾の狐が持つ設定』は引き継がれてしまったため、封印解呪以降、俺の身体にはその影響が出てたりする訳だが。


「そ、それって大丈夫なんですかっ!? 逆を言えば、それが小太郎の弱点になってしまうこともあるでしょう!?」


悲鳴染みた声で、心配そうにそう言った刀子先生。

まぁ、その心配はもっともなんだが…………。


「良ぉ考えてみぃ? 九尾の狐って、確固たる弱点とかあれへんで? 最終的に討伐されたんは、討伐軍が神様の手を借りたんと、そもそもの物量作戦で押し切られただけや。せやから、九尾の伝承の影響を受け取るからって、それが弱点になるとか、そう言うことはあれへん」

「そ、そうですか。そういえばそうでしたね。少し安心しました」


身を乗り出し気味だった先生は背もたれにどさっ、と背中を預けて胸を撫で下ろしながら嘆息した。

しかしその直後、今度は刹那が再び神妙な面持ちになりながら、こんなこと言い出す。


「で、ですが小太郎さん。九尾の設定の影響を受けていない訳ではないんですよね? そ、それじゃ、弱点以外に引き継いでしまったものとして、どんなものがあるんですか? ま、まさかとは思いますが…………そ、その、男性を魅了するような魔力を放ってしまったり、とかは…………」

「っっ!!!? そ、そうなんですか小太郎っ!!!?」

「…………」


…………俺に男色の趣味が有ったら色々ヤバいだろjk。

だって俺が通ってるの男子校だぜ? 今頃薔薇色パラダイスになってるっつーの。

若干こめかみに青筋を浮き上がらせつつ、俺は刹那の意見を一蹴してやった。


「安心せぇ。そないなけったいな扉は開けてへんし、今後開く気も一切あれへん。そうやな…………九尾の影響でいっちゃん分かり易いやついうたら…………」


戦闘力の向上以外でどんな影響があったか。

ぐるぐると考えを巡らせて俺が口にしたのは…………。


「…………油揚げがごっつ上手なったな」


ごくごく単純な、食に関する嗜好の変化だった。


「「は…………?」」


俺の回答が余りに予想外だったのだろう、声をハモらせつつ似たような表情で凍りつく神鳴流コンビ。

いや、だってそれが一番分かりやすい変化だったんですもの。

恐らくは『狐は油揚げが好き』っていう民間伝承を吸い上げた結果だろうけど、これが全くバカに出来ない。

封印が解けて、初めて口にした油揚げの味といえば…………もう思わず悟って、新しい宗教とか起こせそうだったからな。


「いや、マジで上手いねんて、油揚げ。あれやな、油揚げは人類の開発した最も偉大な食材の一つやと思うで。ホンマに」

「そ、そこまでですか…………」

「ま、まぁ、男色傾向が表れるよりよっぽどマシですけど…………」


あまりに油揚げを絶賛する俺の様子に、ぐったりと項垂れる刹那と刀子先生。

いや、自分らが九尾の影響聞いて来たんだろ?


「だよねー!? 油揚げ美味しいよね!? キリ、三食きつねうどんでも全然生きていけると思うもんっ!!」


脱力し切った2人とは対照的に、俺の意見に手放しで賛同してくれる霧狐。

その様子が嬉しく、俺もついつい笑顔満開でそれに応じてしまう。


「せやんな!? 油揚げ、ホンマに上手いよなぁ? けどあれや、俺的にはいなり寿司も捨てがたいっちゅーか…………」

「ああ分かるっ!! いなりずしっ!! 美味しいよねぇ~…………じゅるる❤」


おお…………今の涎を啜る仕草、かなり霞深さんそっくりだったな。

とまぁ、そんな感じで俺と霧狐はしばらくの間、脱力した2人をそっちのけで油揚げ談義に没頭するのだった。

いや、本当に美味しいんだって、油揚げ。





[15332] 転生武道伝コタ・・・ま? 94時間目 風雲急告 俺、新幹線がトラウマになりそうだわ…………
Name: さくらいらくさ◆829d3bc8 ID:51e32238
Date: 2011/11/26 02:40



SIDE Asuna......



「今頃ネギは空の上で、小太郎たちは新幹線の中かぁ…………」


人影のない談話室のソファーで、私はそんな独り事を零す。

人の気配がないのは談話室だけじゃなく、春休みで大勢が帰省しているから、寮全体が酷く静かだった。

お祭りの後に似た、妙に寂しくなる、そんな雰囲気。

そんな雰囲気に当てられたせいか、こないだから抱えている悩み事について、ついつい後ろ向きに考えが傾いてしまう。

…………一歩踏み出すって言っても、私が変に首を突っ込んだら、それで迷惑掛かるのって結局あいつなのよね。

木乃香の言葉を思い出して、私は一人、盛大な溜息を吐いた。

人がいない談話室は妙に広く感じられて、吐いた溜息さえ、やたらと大きく感じてしまう。

…………私バカだし、きっと木乃香みたいに、魔法使いとか向いてないだろうしなぁ。

そこまで考えて、私の口から零れたのは、やっぱり鉛みたいに重たい溜息だった。


「あらあら、おさるさんが溜息を吐くなんて、今日は槍の土砂降りですわね」

「ひぁっ!!!? なっ、だ、誰よっ!!!?」


か、考えごとしてる人に、急に話しかけるなんてルール違反じゃないっ!!!?

慌ててソファーから跳び起き、すぐに後ろを振り返る私。

そこに居たのは、底意地の悪い笑みを浮かべた、数年来の親ゆ…………悪友だった。


「い、委員長…………ハァ。後ろから急に声掛けて来るなんて、相変わらず良い趣味してるわね?」


ジトっとした目つきで睨みつけると、委員長は綺麗な金髪を軽く振って、ハァ、と呆れたみたいに溜息を吐いた。


「…………重症、ですわね。普段のアスナさんなら『ショタコンが収監されずに出歩いてなんて珍しい。今日は隕石でも振るのかしら?』くらいの皮肉、寝起きでも返してくるでしょうに。あなた、成績はともかくそう言う頭の回転『だけ』はお早いですものね?」

「うっ…………せ、成績のことは関係ないじゃないっ」


他にも『委員長、ショタコンって自覚あったんだ』とか、言い返そうと思えば、いくらでも言い返せたはずだ。

なのに私の口から出たのは、そんなありきたりで当たり前な、変哲のない反論だけだった。

やっぱり委員長の言う通り、かなり参っちゃってるのかしらね…………?


「と、ともかくっ!! 用が無いなら、今はそっとしといてっ。今はあんたと言い合いする余裕なんて、これっぽっちもないんだから…………」


ぷいっ、と顔を背けてから、私はもう一度ソファーに座り直す。

そうよ。今は委員長の皮肉になんて、付き合ってられないんだからっ…………。

とは言ったものの、結局のところ、私の考えは今朝から、ぐるぐると同じところを回ってばかり。

自分がどうすれば良いのか…………ううん、きっとどうしたいのか、それすらもきっと分かってない。

…………あ~~~~もうっ!! だから考えるの苦手なんだってばっ!!!!

乱暴にぐしゃぐしゃ~~~~っ、と頭を掻き毟ると、後ろの方からぷっ、なんて吹き出す声が聞こえた。


「ぷっ、ふふっ…………そ、そうしてると、本当におさるさんみたいですわね?」

「…………」


恐る恐る振り返った先では、委員長が右手で口元、左手でお腹を押さえつつ忍び笑いを堪えていた。

…………大きなお世話よ。というかそもそも…………。


「…………あんた、まだ居たわけ?」

「あら? 寮生が寮の談話室に居てはいけませんの?」

「うぐっ…………」


即座に切り返されて、思わず私は言葉に詰まってしまう。

だ、ダメだ…………今日は口喧嘩にすら勝てる気がしないっ。

こうなったら無視よ無視!! 今、こいつに関わったって、碌なことにはならないもの。

そう決め込んだ私は、今度こそ何が有っても振り向かないぞ、なんて意気込みながら、もう一度ソファーに座りなおした。


「へぇ…………敵前逃亡ですの? 本当に今日はらしくありませんわね?」


そんな私に対して、委員長は物珍しそうにそんなことを言いながら、つかつかと歩み寄って来る。

こ、このショタコン女…………そこまで私の考えごとを邪魔したい訳っ!!!?

つい数秒前にした決意を忘れて、委員長に噛みつこうと睨みつけた私。

だけど私は、委員長に、すっ、なんて手を翳されただけで、完全に動きを制されてしまった。


「お止めなさいな。そんな腑抜け切ったあなたとやりあっても、全く張り合いがありませんもの」

「んなっ…………なぁんですってぇっ!!!?」


こ、こここ、この性悪女ぁ…………。

言うにこと欠いて、張り合いがないですってぇっ!? 

だ、大体、私のどこが腑抜けてるっていうのよ!!!?

…………えーと、ところで腑抜けてるって、どういう意味だっけ?

あいた口が塞がらなくなった私を余所に、委員長は、ふふん、なんて勝ち誇った笑みを浮かべている。

…………き、キーーーーッ!!!!

歯ぎしりしながらソファーから立ちあがった私。

こうなったら実力行使よっ!!

意地でもこの女を黙らせてやるんだからっ!!!!

そして私が身構えたその瞬間だった。


「そうですわね。余りにも張り合いがないですし、今日はあなたをお茶にでもお誘いして差し上げましょう」

「は?」


委員長の放った意味不明な結論に、身構えた全身の力が、一瞬で抜けて行く。

…………えーと? い、今の話しが、何でお茶会に誘う流れになったのかしら?

目をぱちくりさせながら、完全に動きを止めた私を余所に、委員長は相変わらず鼻に着く笑みを振りまきながら、さも恩着せがましく言葉を続ける。


「ええ、余りにも張り合いが無く、むしろ気味が悪くすらありますもの。そんな状態のあなたをこのまま放置しておくなんてクラスの恥、引いては学級員である私の恥ですわ」

「き、気味が悪っ!? そ、そこまで酷くないわよっ!!!?」

「い・い・え!! 今のあなたは、聞けば100人中100人が気味が悪いと答えるでしょう。つまりベストオブ気味が悪い!! 元気のないお猿さんなんて、印籠の無い黄門様のようなものです!!」

「た、たとえが良く分かんないってば…………」

「…………それで良いのです」

「へ…………?」


その瞬間、委員長はさっきまでのこちらをバカにしたものじゃない、本当にときどきしか見せない大人びた笑みを浮かべた。

言葉に詰まった私の鼻先に、委員長はぴっ、と右の人差し指を吐き付ける。


「光栄にもこの私、雪広 あやかがお茶にお誘いしているのです。そ・れ・も!! あなたには勿体ないくらい、とびきり高級なお茶を、ですわ。ですからあなたは、とにかく黙ってついてくれば良いのです」


お分かり?なんて最後まで優しさの欠片も見えない言葉で、委員長は押し切った。

本当に、こっちに対する気遣いと思いやりとか、一欠片さえも言葉からは読み取れないそんな言い草。

だけど付き合いの長い私には、それが彼女から私に対する、酷く不器用な気遣いだと言うことが、何となく伝わって来た。

…………ホント、昔っからこいつは…………不器用っていうか、おせっかいっていうか…………。

そんなことを言い出したら、最終的に私が白旗を上げるまで言い返されそうだから口にはしないけど。

けれど、ここまで強引に押し切られて、その上それが、私のためだって気付いちゃったら、もうどうしようもない。


「…………ハァ。分かったわよ。それじゃあ、ありがたくご招待されてあげます。それで良い?」


だから私は、溜息と苦笑いのセットとともに、そんな答えを返した。


「ええ、ありがたくご招待されると良いですわ」


私の答えに、委員長は満足げに笑みを浮かべて頷く。


「さぁ、善は急げです。早速出かけると致しましょう。迎えの車を手配しますので、あなたはすぐに準備をなさって。今すぐにですわ!!」

「はいはい、分かってるって、すぐに準備してくるから、ちょっとは待ちなさいよ」


ぱんぱん、と手を叩きながら、私の事を急かす委員長。

そんな彼女に手をひらひらしながらそう答えて、私は自分の部屋へと足を向けた。

面と向かっては恥ずかしくてとても言えない、そんな言葉を胸の中で呟きながら。

…………ありがとね、委員長。



SIDE Asuna OUT......










―――――俺は戦場の中に居た。


…………否、そこは戦場と呼ぶには余りに日常的な風景の中で有り、日常と呼ぶには余りに切迫した空気に支配されている。

だがしかし、俺へと注がれる熱気に満ちた視線。

それは紛れも無く、虎視眈々とこちらの隙を狙う、狩猟者のもの。

1歩踏み違えれば、確実にこちらの命は無い、そう確信させるだけの気迫を、視線の持ち主たちは宿していた。

…………判断を誤ることは出来ない。

ごくり、と音を立て生唾を嚥下する俺。

額には玉のような汗が浮かび、背筋からも嫌な汗が滝のように流れていることだろう。

内側から殴りつけるように暴れる心臓、その拍動を抑えつけながら、どうにか生き残る術を模索する。

―――――絶望とは死に至る病だ。

そんな言葉を遺したのは、いつの時代の哲学者だったか。

ために、俺は考えることを止めない。

ここで死ぬ訳にはいかない。故に思考を放棄する訳にはいかない。

考えろ…………。

見つけ出せ…………。

この場を切り抜ける、最善の策を…………!!

自らの鼓動と相談するように、声を殺し策を弄する俺に対して、しかし狩猟者たちは無情にも追い打ちを掛ける。



「「―――――さぁ、小太郎(小太郎さん)!! 誰のお弁当が一番美味しかったんですかっ!!!?」」



…………マジで、見逃してもらえません?





京都到着の30分前。

新幹線にガタゴト揺られながら、俺たちは少し早目の昼食を摂ることにした。

電車内の食事は長距離旅行の醍醐味、その一つである。

それ故、俺たちは和気藹々と、楽しくそれぞれが持って来た弁当に箸をつけていた訳だ。

ちなみにメニューを紹介すると。

まずは俺がネギから預かって来たサンドウィッチ。

具の内容は卵やツナ、トマトとハムにレタス。デザート様にジャムやハチミツが塗られたものと、非常にオーソドックスなもの。

基本、冷蔵庫内の食材管理はネギが行っているが、確か昨日の昼の段階では、それらの食材はきちんと揃っていなかった筈だ。

そう考えると、恐らくネギは昨日の午後の内に、それらの食材を買い揃え、今朝は早起きして調理までしてくれた、ということになる。

彼女自身、さまざまな葛藤に苛まれている筈なのに、そこまで俺に気を遣ってくれるなんて…………この感謝は言葉なんかじゃとても返せそうにない。

麻帆良に戻ったら、必ず何らかの形で彼女にはお礼をしよう。

そんな結論に達するほど、味、量ともに、大満足の1品だった。

次に刹那が木乃香から預かって来たお弁当。

こちらは彼女が得意とする京風味付けの和食がメインとなったものだった。

素材の味を引き立たせることを旨とした強風の味付け。

恐らく、木乃香の料理は本山に居た頃、女中さんから基礎を教わっているのではなかろうか。

今日口にした料理は、俺に本山で過ごした4年余りを想起させる、とても懐かしいものだった。

そして最後に刀子先生だが…………意外や意外、先生の料理はとてもオーソドックスな家庭料理だった。

いや、決して悪い意味ではない。

唐揚げや海老フライ、卵焼きにアスパラベーコンなど、弁当の定番とも言える品々が並ぶその弁当は、会心の出来と言って相違なかった。

恐らく下手に奇を衒うよりも堅実な献立で、しかし丁寧に調理を施したに違いない。

余り料理に明るくはないが、刀子先生の弁当は一品一品の味付けが、とても繊細だった。

以上、3つの弁当だが、3人が3人とも4人で食す事を前提に作って来ていたのだろう、物凄い量だった。

しかしながら、そこは俺と霧狐というフードファイターが居たため、ものの20分程で完食。

後片付けを始めた先生と刹那を尻目に、到着までの残り時間で軽く戦闘時の打ち合わせでもしておこうかと、俺がそんな風に考えていた時だ。

刀子先生が何気なく放った一言で、和やかだった場の空気は一変、ピリピリと緊張感に張り詰めたものとなる。


『と、ところで小太郎? い、一体誰の料理が、一番美味しかったですか? い、いえ、あくまで参考までに、と思ってっ』


…………そう思うなら、何も刹那がいるこの席で聞かなくても良かったんじゃないか?

嫌な予感に、俺の頬を一筋の汗が伝った。

そして恐る恐る刹那の方へと視線をずらすと、大方の予想通り、そこには完全に臨戦態勢を取る刹那の姿が有った。


『そ、それは私も気になりますね。い、いえ、無論私は、お嬢様の料理が一番であると確信していますが、お嬢様にとっては小太郎さんのご意見が重要かと』


若干挙動不審になりつつ、もっともらしい言葉を並べたてる我らがせっちゃん。

つまるところ『ウチのこのちゃんが一番に決まっとるんやから、さっさと白状して楽になったが身のためやえ?』である。

…………冗談じゃない。

ここで俺が『木乃香の料理が一番上手かった』と言えば、間違いなく先生との面談の時間は倍加…………或いはそれ以上になってしまう。

かと言って『先生の料理が一番』と言えば、俺は白峰陵はおろか、白峯神宮にすらに辿り着くことが出来ず、刹那によって戦闘不能にされることだろう。

…………しゃ、洒落にならん。

そしてここでポイントとなるのは、ネギの弁当の存在だ。

男子学生ということになっているネギ、ここで『ネギの料理が一番』と答えるのは、最善の逃げ道で有るように見える。

しかし騙されてはいけない。

何せ刀子先生は、ネギの正体を知ってるんだぜ?

つまり、もしここでネギの料理を選べば、結局俺は『放課後の密室❤~先生、もう堪忍や…………~』コースまっしぐらである。

…………全ての希望はここに絶たれた。

いやいやいや!! 諦めるにはまだ早い!!

考えろっ…………考えろ俺っ!!!!

この場を生き残る術は確かに存在する筈だっ!!!!

俺にはまだ、やるべきことがある。

こんなところで死んでなるものかっ!!!!


「小太郎? いつまでそうやってだんまりを続けるつもりですか?」

「そうですよ小太郎さん!! さぁっ!! 結果は分かり切っていますが、ぜひ小太郎さんの口からお聞かせ下さい!! さぁっ!!」

「…………刹那、今のは聞き捨てなりません」

「っっ!!!?」


ヤヴァイっっ!!!?

せ、先生の目が反転しかけてるぅっ!!!?

せっちゃんが有り得ないタイミングで有り得ないくらいエキサイトした挑発するからぁっ!!!?

ま、ままま、マズイっ…………こ、これ以上結論を引き伸ばすことは出来ないぞっ!?

と、ともかくっ!! 何でも良い!! 2人の注意をこっちに引き付けないとっ!!

でないと、こんな公共の場で『第一回、神鳴流麻帆良王者決定戦』が始まってしまうっっ!!!!!!


「あ、あー…………ゲフンッ!!」

「「っっ!?」


わざとらしく咳払いをした瞬間、睨み合っていた2人は光の速さで俺へと振り返る。

お、おっかねぇ…………。

し、しかし怯むな俺!!

俺の英断により、どうにか王者決定戦は回避されたんだからっ!!

そしてこうなった以上、何としてもこの場を修めないと、俺に明日は無い。

要は『誰それが1番』だと、そう決めてしまわなければ何の問題もない訳だ。

ならば、俺が取るべき選択肢は1つしかないだろう。

なので俺は、険しい表情を一変させ、にこやかにこう告げた。


「い、いやぁ、誰の料理も上手過ぎて、俺にはちょっと誰が1番とか決められそうにないわぁ」


なはは、なんて笑いながら言っているが、正直なところ、背中の汗はさっきからその勢いを増している。

た、頼むぞ…………この言い訳が通らなかったら後がない。

2人がこれで納得してくれることを願いながら、細めていた両目の内、右目だけをうっすらと開く。

そして2人の様子をこっそり伺うと、2人はお互いの顔を見合わせた後、にっこりと笑みを浮かべた。

よ、良かった…………どうやら2人とも、今の言い訳で納得…………。


「ふふっ、小太郎ったら、誰がそんな優等生染みた回答を求めたと言うんです?」

「ええ、全くです。小太郎さん? 普段なら勝敗の白黒をはっきりつけたがるあなたが、その裁量で日和ってどうするんですか?」

「…………」


…………あ、ダメだわ。全然納得してねぇ。

一見すると2人の笑顔は菩薩のように優しげだが、その裏に居るのは間違いなく般若だものこれ。

しかも今の台詞…………意訳するなら恐らくこういう意味だろう。


『次ふざけたこと抜かしたら、龍宮神社の池に沈(チン)するぞコラ?』


た、退路は完全に絶たれたぁぁぁぁあああああっ!!!?

な、何だコレっ!? 何だこの状況っ!!!?

こんなんなら、まだ1人で兄貴のパーティ相手に防衛線やれって言われる方が気が楽だよっ!?

俺が一体何したってんだっ!?

くそっ…………どうすれば良い!?

先述の通り、ここで2人が求める通りに、勝者決めてしまうなんてことは持っての他。

どう転んだって俺には損しかない。

つまり俺は、何とかして灰色決着のまま、2人を納得させるしか方法は無い訳だ。

あ、あまり上手い手段とは思えないが…………この言い訳に、全てを賭けるしかないっ!!

俺は生唾を飲み込みながら、意を決してその台詞を口にした。


「そ、そうは言うてもやな? 今回は、それぞれ品が違うたさかい、その味の良し悪しは一概には決められへんやろ? ほ、ほらっ!! 品によって好き嫌いもあるわけやしっ!!!!」


だから公平なジャッジを下すのは無理なんだよ、と、俺は上ずった声になりながらも力説する。

我ながら苦しい言い訳だとは思うが、もうなりふり構ってられないんだっ!!

祈るような気持ちで2人の返事を待つ俺。

そんな俺の目の前で、まず最初に動いたのは刀子先生だった。


「なるほど…………確かに、その言い分は一理ありますね…………」


顎に手を当てながら、考え込むような素振りを見せつつ、刀子先生はそんなことを呟く。

あ、あれ? な、何か、以外に今の言い訳って有効だった?

俺が驚きに目をしばたかせていると、事の発端である刀子先生に釣られたのか、刹那までもが腕を組み考え込み始めた。


「そう、ですね…………お嬢様の実力以外で勝敗が決すると言うのは、私も納得しかねるところです」


刹那がそう呟いたの同時、先程と同じように両者は互いの顔を見合わせた。


「どうでしょう刹那? 今回は引き分けということにして、また次回、今度は同じ品目で競うというのは?」

「ええ、私もその方が良いと思います。お嬢様にもそうお伝えしましょう。ええ、どんな品にしても、お嬢様が敗北するとは思えませんが」

「ふっ、せいぜい今の内に強がっておきなさい。すぐにその自信が、ただの傲慢だったと思い知ることになるのですから」


そしてそのまま、ふふふっ、なんて不敵な笑いを浮かべながら睨み合いを始めてしまう2人。

え、ええと…………な、何とか首は繋がった、のか?

何か、執行猶予が伸びただけな気がしなくもないけど…………。

ま、まぁともかくっ!! 今は生き残れた喜びを十分に噛み締めることにしようっ!!

…………まぁ、この先のことを考えたら、とても両手離しには喜べませんがね。

俺は2人に見えないよう通路側に顔を向け、そして盛大に溜息を吐くのだった。


「…………ハァ」











SIDE Asuna......



「…………ハァ。失礼ですが、全く持ってあなたが何をおっしゃりたいのかが分かりませんわ」

「う゛っ…………そ、そんなはっきり言わなくても良いじゃない…………」


一しきりの説明を終えた私に、委員長はばっさりとまるで容赦なくそんな言葉を浴びせて来た。

そんなの自分でも分かってるわよっ!!!!

委員長に言われて外出の準備を終えた私は、予定通り委員長の家でお茶にお呼ばれしてる。

その席で、委員長から、何を悩んでいるのか?って聞かれたんだけど…………。

正直、何て言ったら良いのか分からなかった。

そもそも、魔法に関わることだし、何も知らない人に話すのはアウトなんじゃないかって、思ったりもした。

だけど、せっかく私のためにここまでしてくれたんだし、何も説明なしってのは、さすがに失礼だと思う。

そんな訳で、魔法とか具体的な人名とかを伏せて、一通り説明したんだけど…………。

結果は、さっきの委員長の台詞に集約されてる。

…………わ、私にこんな難しい説明させるからよっ!!!!

まぁ、委員長にそれを怒っても仕方ないんだけどね…………。

溜息交じりに紅茶を啜った私の前で、委員長は腕を組み居住まいを正した。


「仕方ありませんわね。アスナさんのお話ですが、私なりに少し整理してみましょう」

「へっ? い、今あんた、全く意味が分からないとか言ってたのに、そんなこと出来る訳?」


目を白黒させてそう聞いた私に、委員長は髪を掻き上げながら、フフンッ、何て鼻で笑って見せる。

…………こういう仕草が様になってるから、余計にこのお嬢様は一々ムカつくのよね。

内心、イラッとしたけど、面倒を掛けてしまってるのは事実なので、ぐっと堪えておいた。私偉い。


「まぁ、普通なら難しいところですが、何せ私この美貌に加え、極めて優秀ですもの。ええ、おさるさんの難解な暗号文とて、私に掛かれば朝飯前ですわ」

「ぐっ…………わ、悪かったわね。どーせ私は頭悪いですよーだっ」


むすっとしながら、私が再び紅茶を口に付けると、委員長は急に優しげな笑みを浮かべる。


「まぁ、それは冗談ですわ。不本意ながら長い付き合いですもの。言いたいことの1つや2つ、何となくなら察しが付きます」

「…………ま、まぁ、確かに長い、わね…………」


きゅ、急に優しい顔するもんだから、何か照れちゃって上手く言い返せないじゃないのっ。

そんな私の反応なんてお構いなしに、委員長は、ぴっ、と右の人差し指を掲げた。


「まず第一に『アスナさんは偶然、ある人の秘密を知ってしまい、その隠匿に協力することになった』…………それでよろしいですの?」

「う、うん。それで大体合ってるわ」


いんとくって、確か隠すみたいな意味だったわよね? とか思いながら、私はおずおずと委員長に頷く。

それを確認してから、委員長は人差し指を掲げたまま続いて中指を掲げた。


「第二に『後日明日菜さんは、その人のご友人から、その秘密に関わることで、どんな危険があるかを提示した』…………これもよろしいですわね?」


今度は無言で、私は委員長の言葉に頷く。

そして委員長はそれに頷き返すと、最後に薬指を開いた。


「最後に『そのご友人はアスナさんに、このままその秘密に関わるか、それとも全て忘れ今まで通りに過ごすか、その選択を迫った』…………恐らくそれが大凡の流れだと推察いたしましたが、どうですの?」

「さすが委員長。完璧だわ」


半分呆然としながら頷くと、委員長は呆れたみたいに大きな溜息を吐く。


「…………たったこれだけの説明を、あそこまで難解な暗号文にしてしまうなんて…………私、時折、あなた実は天才じゃないか、と思いますのよ?」

「ええっと…………それって褒め言葉?」

「そんなわけないでしょう!!」


…………ですよねー☆

い、一応聞いてみただけなんだから、そんな睨まなくても良いじゃないっ。

委員長に睨まれた私は、その視線から逃げるみたいに体を縮こまらせる。

そんな私を尻目に、委員長はもう一度溜息を吐きながら、居住まいを正した。


「つまり、今アスナさんを悩ませているのはその選択の是非について、ということですわね。ご友人の忠告通り全てを忘れるか、それともその秘密に関わり続けるか…………普通に考えれば、そんなの全てを忘れてしまう方が良いに決まってますわね?」

「へ? ど、どうしてよっ!?」


私が散々悩んでたことを、あっさり決めちゃうなんてどういうことよっ!?

そんな不公平感も相まって、私は身を乗り出しながら委員長にそう尋ねた。


「レディがそうそう身を乗り出すものじゃありませんことよ? 良いですか? 要は単純な消去法です。選択に迫られた際、通常はどちらの方が益があるかで判断するものですが…………今のお話ではアスナさん、どちらの選択肢もあなたにとっての益はありません」

「えーと…………えきって、得がある、って意味で良いのよね」

「…………ハァ。ええ、そういうことです。ならば後は簡単です。どちらの選択肢の方が、あなたにとってリスク…………損が少ないかを考えればよろしいのです。全てを忘れると言う選択肢なら、あなたにとっての損はありませんが、関わり続けると言う選択肢では、あなたはその大きさが計算出来ない損を抱えることになるわけです」

「だから、全てを忘れた方が良い、ってこと?」

「そういうことですわね」


そこまで言って、委員長は自分のカップを口元に寄せる。

…………そんなの、私だって分かってるわよ。

私が全部を忘れちゃえば、小太郎が教えてくれた『魔法に関わることによる危険』は、今後一切私に降りかからなくなる。

それだけじゃなくて、きっと小太郎やネギに迷惑を掛ける事だってない。

そう考えれば、答えがもう見えたようなものだって、そんなことは分かってる。

だけど…………。


「もっとも、あなたの性格を考えると、はいそうですか、と頷ける選択肢ではないですわね」

「え…………?」


私の心の中を見透かしたみたいに、不意に呟いた委員長。

驚きながら顔を上げると、目の前で委員長が苦笑いを浮かべていた。


「あなた、昔っからおせっかいでしたものね。自分は全てを忘れて過ごしているのに、他の誰かが危険に曝されている。そんな状況、あなたは黙って見ていられないのではなくって?」

「っっ!!!?」


あまりにも私のことを見透かした、そんな委員長の台詞に、思わず息が詰まってしまった。

…………そう、なのよね。

結局、私が答えを決めかねているのはそれが理由なのだ。

私は全てを忘れてしまえば、今後の安全が保障されて、蚊帳の外にいることが出来る。

だけど小太郎とネギ…………もっと言えば木乃香や桜咲さんはそうじゃない。

これからだって、私の知らないところで、小太郎が見せてくれた、あんな怖い光景に、自分から首を突っ込んでいくことになるかもしれない。

それが分かっているから、私は簡単に全てを忘れてしまおうと、そんな気にはなれなかった。

だけど、だからと言って、全てを忘れなかったとしても、それで私に何が出来ると言う訳でもない。

何度も言うように、私がこれからも魔法に関われば、それで迷惑を掛けるのは小太郎やネギたちだ。

それなのに、あの2人に対して、私はこれからも魔法に関わる、なんて、胸を張って言える訳がない。

だからこそ、私は悩みに悩んでいる。

もう何度考えたか分からない自問自答に口を噤む私。

すると委員長は、突然すうっ、と目を細め、こんなことを言った。


「あなた、そのご友人方を逃げ道にしていませんこと?」

「にげ、みち…………?」


委員長の言った意味が分からなくて、思わず私は首を傾げる。

小太郎たちを、私が逃げ道にしてる? 一体どうして…………?

目を白黒させる私に、委員長は追い打ちを掛けるみたいに言葉を続けた。


「あなたが『秘密に関わり続ける』という選択肢を選び兼ねているのは、そうすることでそのご友人方に何らかの迷惑が掛かるのでは、と、そんな心配をしているから。そういうことではなくて?」

「う、うん。そうだけど…………」


そんなの当たり前じゃない、とは言えなかった。

だって委員長は、そう私が答えようとした、厳しい顔つきになったから。


「私はそのご友人方がどのような人物か一切存じ上げません。ですから、そのご友人方が仮に私だったらと仮定して、お話いたしますわね。もしも、あなたが私に気を遣い、その選択肢を思うように決めることが出来ない。そんな状況を知ったとすれば、その時はきっと、こう怒鳴りつけて差し上げるでしょうね」


委員長は、そこで大きく息を吸い、真剣な表情で私に言った。



「―――――バカにしないで頂きたいですわ」



抑揚のはっきりした、澄んだ声で告げられたその言葉。

頭を、ガツン、と叩かれたような気がした。

突然の出来事に、頭が真っ白になる。

そして、次に浮かんで来たのは、ただただ怒りばかりだった。

この女…………人の気も知らないでっ!!!!

一度火が付いた感情に抑えが利かず、私はがたんっ、と椅子から立ち上がっていた。


「あんたねぇっ!? 私の気も知らないで、良くそんなことが言えるわね!? そいつらの言ってる危険がどんなもんか、あんたは知らないからそーゆー物言いが出来んのよっ!!!!」

「ええ、全く持って知りませんわ。ですが、それとこれとは話が違いますもの」

「っっ!!!?」


精一杯怒鳴りつけたにも関わらず、委員長は涼しげな顔で、自分の紅茶を一口啜る。

それが余計勘に触って、もう一度怒鳴りつけようとした。

けれど、それよりも早く、委員長は言葉を紡いだ。


「だってあなた、それはこう言っているようなものですのよ? 全てを忘れた場合は『あなたたちに迷惑を掛けたくないから』。そして秘密と関わり続ける場合は『あなたたちが心配だったから』と。そんな風に、さも自分の選択はご友人たちを慮った末の結論であると、そんな恩着せがましいことを言われたら、腹の一つや二つ立つのも仕方がありませんわ」

「あ…………」


違わなくて?と、そう念を押した委員長に対して、私は何も言い返すことが出来なかった。

だって…………言われて初めて気が付いたんだもの。

そして思い出しもした。小太郎に問い掛けられた時、あいつが何て言っていたのかを。



『―――――もし何かが起こった時『自分は巻き込まれただけやのに』なんて逃げ腰でおられると、最悪の事態も起こり兼ねんからな』



…………結局私は、最後の最後まで『自分の意志』で、あいつらと同じ場に立とうとしてなかった。

小太郎にされた質問、その答えとなる選択肢さえ、あいつらを理由にそれを決めて、挙句の果てにはそれを逃げ道にしようとしてたなんて…………。

委員長にそれを指摘されて、私は力なく、呆然としたまま、椅子へとへたり込むように腰を降ろした。

…………私に、委員長を怒鳴る資格なんてないんじゃない。

脱力仕切った私を、委員長は溜息交じりに一瞥すると、もう一度自分の紅茶を啜った。


「さてアスナさん、あなたは今、ようやくのスタートラインに立った訳ですけど、それがお分かり?」

「え…………?」


どういうこと?

言われた意味が分からず、すぐに答えが出て来ない。

そんな私の様子を、委員長は可笑しそうに笑った。


「これであなたは、ご友人たちを逃げ道とせず、ようやく自分の意志だけで、どうしたいのかを決められる位置に至ったと、つまりはそういうことです」

「っっ!!!?」


言われてはっとする。

小太郎やネギのことは視野に入れず、ただ自分がどうしたいか。

私はようやく、そう考えることが出来る位置に来た。

その言葉の意味を理解したとき、私の中にその答えは意外なほどすんなり、まるで初めからそこにあったみたいに浮かんできた。

含みのある笑みを浮かべて、私の答えを待つ委員長。

そんな笑顔に、私は心の中でお礼を言う。

…………ありがと。あんたのおかげ、ようやく私は、私の気持ちにはっきりと気付くことが出来た。

気が付くと、口元にはあの日以来浮かべてなかった、心からの笑みが浮かんでいた。

だから私は、目を閉じ、大きく息を吸いこんで、委員長の目を正面から見据える。

そして口にした。

ようやく見つけた、私自身の答えを。



「―――――私は…………」



SIDE Asuna OUT......











OUT SIDE......



そこは閑散とした、一神社の境内だった。

否、一見すると閑散としているように見えるが、その実、その敷地は静かな熱気に満たされている。

それもその筈。

不可視の力が働き、この日この神宮は参拝客こそないが、その傍らで大きな役割を担っているのだから。

この社、名を白峯神宮という。

由緒ある神所として、古来より有名を博して来たこの社にて、本日はとある事情から4名の人間が祈祷を受ける手筈となっている。

そのため、境内は人払いと称して結界が張られ、本殿ではその準備にと、大勢の人間が動員されていた。

その最中、榊を刈って来るよう命じられた2名の宮司が、その境内にて、作業の最中談笑している。

2人とも年若で、その容貌や立ち居振る舞いから、この職に就いて日が浅いことは明白だった。


「それにしても、俺たちツいてるよな?」

「ああ。不祥事で人員入れ替え。最初はかったるいとか思ってたけど、まさかそのおかげで一般向けじゃない『本物の祈祷』を見れるなんて」

「きっとすげぇんだろうなぁ…………神主様の、それも戦勝祈願ともなると、きっとかなりの魔力で境内が満たされるんだぜ?」


少年のように瞳を輝かせ、口々に己の幸運を歓ぶ2人の宮司。

その言葉からは、これから行われる儀式が、命を賭して闘う者たち、その無事を祈念してのものであること、それをまるで実感していないことが見て取れる。

恐らくは対岸の火事と、そう高を括っているに違いない。

ただただ、この2人は稀有な体験が出来ると、そのことに対する感動しか噛み締めていない。

或いは、これから起こる出来事は、この2人に対する戒めだったのかもしれない。

神職に就くものでありながら、その祈祷の意味を軽んずるな、そんな神の啓示。

世に起こる争いの全てが、必ずしも対岸の火事であるとは限らないのだから。



―――――かさっ…………



「ん?」


不意に1人が背後を振り返る。

しかしそこには何もなく、ただ背の低い木々が、風に揺られているだけだった。


「おい、どうした?」

「いや…………今そこに、誰かいたような気がしたんだけど…………?」

「おいおい止めてくれよ? こんな場所で、そういう話するなって」

「悪い悪い。多分気のせいだわ」


冗談めかして言った男に、振り向いていた男も笑って、それをただの気のせいだと断ずる。

しかしながら、生憎とそれは気のせいなどではなく、この境内にはもう1人、招かれざる客の姿が有った。


「…………こんな三下に気が付かれるなんて、ボクも少し油断が過ぎたようだ」

「「っっ!!!?」」


閑散とした境内に響く、鈴の音のような、しかし抑揚のない少女の声。

気のせいだとするには、あまりにはっきりと響いたその声に、今度は2人して宮司たちは振り返る。

しかし…………。


「…………石の息吹」


…………2人の宮司は、ついぞ声の正体を目にすることはなかった。











宮司たちが石象へと姿を変えたその頃。


「フェイトはん、始めなはったみたいどすな?」


境内からは本殿を挟み反対方向にある宝物庫。

その中で、白い子袖に緋袴という伝統的な巫女の装束に身を包み、金糸に眼鏡の少女が愉しげ笑った。

そして少女は、まるで快感に身悶えるように身を震わせ、溢れんとする激情、その一端を言の葉に乗せる。


「あぁ…………ウチも早ぉ混ざりたいどすなぁ…………半蔵はぁん、探しもんいうんは、まだ見つかりまへんのぉ?」


その外見とは不相応な、煽情的な視線を隠そうともせず、少女は宝物庫の奥、棚を物色する人影に問い掛けた。

問い掛けられた人物は、これまた白の直衣に奴袴という神職然とした服装に身を包む青年である。

青年は少女の方を一瞥することも無く、呆れたように溜息を吐いた。


「血気盛んなんは結構やけど、仕事の方は忘れんどいてや?」


そんな青年の物言いに、少女は唇を尖らせる。


「あんもぉ、そないいけずなこと言われんとも分かっとりますえ? ウチは半蔵はんの護衛役どす。ここで誰も来んよう、見張っとくんが仕事どすなぁ。けど…………」


ニヤリと、少女は再び、恍惚とした笑みを浮かべて、唇をぺろりと舐めた。


「…………誰か来てもうたときは、そら斬らなあきまへんなぁ?」


愉悦を湛えた眼光で、少女は己が得物を覗き見る。

大小それぞれの刀。

鏡のように磨き上げられたその刀身に、己の表情を映し出し、少女は一層笑みを濃くする。


「うふふっ♪ …………こうして見ると、ウチもなかなかどうして、巫女装束が似合うとりますなぁ。そうは思いまへんか?」

「…………ハァ。ホンマ自分は、いつでも愉しそうで羨ましい限りやな」


2度目の問い掛けに対して、青年は諦めたように溜息を吐くと、棚から手を離し少女へと振り返った。


「まぁ良ぉ似合うとることは認めたるわ。色気は皆無やけど」

「そ・こ・はぁ…………今後に期待、どすえ❤」


煽情的に身をよじらす少女に、青年は3度目の溜息を吐いた。


「さて、人斬りを愉しみにしとるとこ悪いけども、最初に入って来た連中は殺したらあかんで? 峰打ちで気絶させたり」

「えぇ~~~~っ!? せ、殺生なぁ!! な、なんで斬ったらあきまへんのぉっ!?」

「…………ホンマ自分は欲望に正直やな」


4度目の溜息とともに、青年は苦笑いを浮かべる。

そして青年は腕を組み、背後の棚へそっとその身体を預けた。


「探しもんやけどな、どうもこん宝物庫にはあれへんみたいやねん。せやからそれを知っとる奴に、在処を尋ねてみよ思てん」

「あ~んっ!! そんなん話しがちゃいますえ!? ウチも早ぉ闘いたい~~~~っ!!!!」


じたばたと、今度は外見相応な少女のように、金糸の少女は得物を手にしたまま地団駄を踏む。

そしてちょうどその時だった。


「貴様らっ!! そこで何をしているっ!!!?」


青年と同じ直衣と奴袴を纏った壮年の宮司が、怒鳴り声とともに宝物庫へと押し入って来たのは。

予想していた状況とは言え、突然のことに青年を少女が動きを止める。

最初に動いたのは青年だった。

狐のように切れ長な双眸を、更に細めて笑みを作る。


「ほら来なすった。月詠、殺したらあかんで?」


その視線の先、金糸の少女は頬を膨らませ、不服を露わにしながらも己が得物を握り直した。


「分かっとりますぅっ!! けどけどっ、次に入って来た人は絶対に斬ってまいますからなぁ~~~~!!!」


滅多斬りどすえ~、膾斬りどすえ~、などと、物騒な言葉を口走る少女。

そんな2人の様子を呆気を取られたように見つめていた宮司はふと我に返り。


「き、貴様ら、何をふざけたこと、を…………」


しかし、言葉を最後まで紡ぐことなく地に伏した。

先程まで宝物庫の奥にいた少女は、気が付くと倒れた男の背後に立っている。

そして少女は倒れた男のすぐ傍にしゃがみ込むと、つまらなそうに唇を尖らせ、両腕で頬杖を付いた。


「ハァ…………やっぱ峰打ちやと物足りまへんなぁ? それもこないな下っ端さんやと、まるで手ごたえがおまへん…………」


溜息を吐く少女に、その様子を終始見つめていた青年は、けたけたと笑い声を上げながら近付いて行く。


「良く出来ました。まぁそん内大もんも出て来るやろうし、もうちっとの辛抱やろ」

「ホンマどすかぁ~~~~? 鈴鹿山んときもそうおっしゃってはったんに、結局ぜ~んぶっ、フェイトはんが石にしてもうたんやものぉ…………」

「いやいや、今回はホンマやて。わいの勘がそう言うとる」

「ふぇ? 半蔵はんの勘、どすか? ほんならまぁ、もうちょびっとだけは我慢したりますえ。ふふっ♪」


青年の勘。

それがどれだけ信用に足るものか。

それを知る少女は、表情を一変させると、満足な笑みを浮かべつつ鼻歌を口ずさみ始めた。

楽しげに歌う少女を尻目に、青年は足元に伏した宮司、その傍らにしゃがみ込む。

そしてその頭部へと右手を翳して、口元を三日月に歪めた。


「ほなら、わいの探しもんの在処、教えてもらうとしまひょうか?」


細められた黒い双眸。

その奥に愉悦の炎を滾らせながら…………。



OUT SIDE END......











「ん、んーーーーっ!!!! やっぱ2年ぶりとなると、懐かしいもんやなぁ」


駅を出た俺は、懐かしい京都の風景をぐるりと見回して、目一杯体を伸ばした。

街中で麻帆良とそう代わり映えしないように見える風景だが、俺の脳裏にはここから麻帆良へと旅立った日の事が、昨日のことのように思い出される。

隣に立っていた刹那、その表情を覗き見ると、恐らく同じようなことを考えているのだろう、その口元は綻んでいた。


「ここから神宮まではバスで移動になります。お手洗いなどは今の内に澄ましておいてくださいね」

「「はーい」」

「ふ、2人ともっ!! 遠足じゃないんですよっ!?」」


元気良く返事をした俺と霧狐に、刹那が慌てた様子でそう突っ込む。

いやだって、先生が引率の先生みたいなこと言うんだもの。ん? いや、あってるのか?

まぁ、それはともかくだ。

長時間の移動はこれでお終い。

となると、そろそろ本格的に、頭を戦闘に向けて切り替えるべきだろう。

新幹線の残り時間で、軽く戦闘時の打ち合わせはしたものの、いつ兄貴たちの襲撃があるか分からない以上、白峰陵では気が抜けないからな。

今の内から、その心づもりをしておく必要がある。

そんなことを考えていた時だ。

不意に先生の携帯が鳴り響いた。


「おや? 白峯神宮からですね。到着が遅いとの催促でしょうか?」


訝しげな表情を浮かべながら、先生が携帯の通話ボタンを押す。


「もしもし葛葉です、が…………何ですって!?」

「「「!!!?」」」


先生が挙げた声、そこに便乗する緊迫感に、俺たち三人が身を固くする。

俺たちが固唾を飲んで見守る中、先生は何が起こっているのか、それをはっきりと口にした。


「…………襲撃。それも白峰陵ではなく、白峯神宮へですかっ!!!?」


それは予想だにしなかった、しかし予定通りに闘いが始まったこと、それを知らせる言葉だった。




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