<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[1513] 境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/17 06:26
「‥‥‥D級? 私の耳がおかしくなっていなければD級って聞こえたんですけど‥‥」
 
何処にでもあるような喫茶店、そこで私は紅茶を飲みながら首を傾げた。

「君の耳はおかしくなってなんかないよ、D級の能力者を捕獲して欲しい」

 目の前の銀髪の少女‥‥沙希はケーキをパクパクと食べながら先程と同じ言葉を口にする。

「って‥‥D級なんて最低ランクの能力者じゃないですか‥‥私も安く見られたものですね」

「いやいや、SS級能力者‥‥その中でも十の指に数えられる君を安く見るなんてとてもとても‥‥」

 演技がかった口調で首を横にプルプルと振る沙希。

「‥‥史上最年少SS級の貴方に言われると嫌味にしか聞こえませんね‥‥」

「沙希は天才だから仕方ない、比べるのが間違ってるよね」

 自分で自分の事を天才って‥‥ここまで来ると逆に腹が立ちませんね。

「‥‥もう良いです、その依頼受けましょう‥‥こうなったらD級能力者だろうがS級能力者だろうが何だって捕まえてあげますよ」

「おおきに♪これがその能力者のプロフィールやその他もろもろね」

 沙希が差し出してくる書類に眼を通す。

(‥‥家族構成、経歴、学校での態度‥‥下着の色まで‥‥良くここまで調べれるものですね‥‥‥あれ?)

「能力不明‥‥って‥‥‥‥」

「ん、ああ、D級だからウチの方も確認しなかったんじゃないかな?」

「それにしてもカテゴリーすら不明と言うのは‥‥‥」

 能力者は大きく分けて4つの種類に区別出来る。

『肉体作用』『物質作用』『精神作用』『法則作用』
しかしこのD級能力者の資料にはそれすら書かれていない。

「む~、怠慢だね、でも所詮はD級だろ?君に頼んだのだってサービスのつもりだし」

「確かにD級能力者の捕獲依頼にしては金額の方が‥‥‥」

「素直に喜びなよ♪しかしD級能力者に人権無し、何も悪いことをしていないのに研究用に定期的に捕獲って‥‥なんだかなぁ」

 苦笑いのように微笑む沙希『SS級、S級、A級、B級、C級』これらの能力者は基本的に罪を犯した者や能力を制御できない
者だけが捕獲対象になる。
しかしD級と呼ばれる最下位能力者は何も罪を犯さなくても突如として捕獲の対象にされてしまう。
半端に力を持ったばかりに何も能力を持たない一般人以下の扱いを受けながら生きてゆくしかないのだ。

「この世界の”当たり前”って奴です、ルールがあるから世界が周るって事ですよ」

「何だかんだで君も冷たい奴だよね、このコップの中の氷のように冷たい」

 カランカラン

コップの中の氷をストローで遊びながら沙希は私を軽く睨みつける。

「私よりこんな非道が許される世界が冷たいのですよ、しかし喫茶店でこんな真面目な話なんて馬鹿みたいですね」

「確かに♪そんじゃよろしくね、っと!そういえば忘れてた、捕獲対象者の顔写真ね」

 その小柄な体格に似合わないブカブカのコートを着込んだ沙希は大きな袖から一枚の写真を取り出す。

「それじゃあ、僕は仕事があるからこれで♪」

 そう言って手を軽く振りながら店を去ってゆく沙希‥‥貴方のケーキの代金は私持ちですか。

「‥‥私よりだいぶ年上見たいですね‥‥‥‥これも仕事ですからごめんなさいね”お兄さん”」
そう呟いて私は写真の中の青年にキスをした。


「そんな事しなくても一緒に帰るから‥‥離してくれ」

 ベターッと背中に張り付く人物を振りほどきながら俺はため息を吐く。

「なんだよ江島、冷てぇじゃん、もしかして照れてんのか?うりうり~~」

「‥‥棟弥‥‥‥マジうざい‥‥離れろって!」

 クラスの奴等は相変わらず俺たちを不思議そうな眼で遠巻きに見ている。

 A級能力者の棟弥が俺見たいなD級能力者に構っているのが不思議なんだろう。

「江島‥‥そんなに冷たいことを言うな、そんな冷たいお前の心を俺の愛の炎で溶かしてやるぜ!!」

「‥‥何でそんなにテンション高いんだよ!どーでもいいけど1週間前に貸したアルバム返せよ」

「あーー、帰るとするか‥‥」

(また持ってくるの忘れやがったな‥‥‥)

 棟弥は馬鹿だから物忘れが酷い、まあ馬鹿だから仕方が無い‥‥明日こそ返してもらおう。

「江島よぉ、何か俺のことを馬鹿にした眼で見てないか?」

「大丈夫だ、いつも馬鹿にしてるからな、帰ろうぜ」

「‥‥‥お、おう」

 学校規定外のリュックを背負う、オレンジ色の派手な奴だが結構お気に入りだったりする。

「しかしクラスの奴等も感じ悪ぃよな、言いたいことがあるなら言えってーの」

「D級能力者が珍しいんだろ、何たって人間の最下位組だからな~」

 能力者自体が珍しいのだ、B級やC級ならいざしらずD級能力者なんて滅多にいない。

 国自体が『実験動物』と公認しているのだ、何かにつけてちょっかいや嫌がらせをしたいのだろう。

「そんな事言うなってーの、安心しろ!俺が守ってやるぜ」

「‥‥国の‥‥”鬼島”(きしま)が俺を捕獲しに来てもか?」

「おうよ!」

 幼い頃と同じようにニカッと笑って俺の頭を叩く棟弥。

「まあ、D級能力者の捕獲なんて1年に一度ぐらいらしいからな、俺以外にも日本全体で見ればD級能力者は
1200人ぐらいいるらしいし、大丈夫だろ、うん」

「‥‥‥く、詳しいな」

「ネットカフェで調べたからな」

 下駄箱で靴を履き替える、昔は良く画鋲とか入れられたけど今はそういった事も無く幸せである。
何も無いのが幸せだ。

「ふ~ん、D級能力者ってネットで顔写真も公開されてんだろ?」

「ああ、いつでも捕獲出来る様にってな、誰も逃げないっての」

 トントンと爪先を地面で叩きながら外に出る、夕焼けが無駄に濃い色で迎えてくれる。

「そういえばさ」

「ん?」

 テニス部の女子がキャッキャッと仲良く会話しながら俺の横を通り過ぎてゆく‥‥テニス部入ろうかなぁ。

「江島の能力って何なんだ?聞いた事ねぇや」

「わからん」

 そんな事を言われても困る、本人ですら知らないんだから。

「‥‥わからねぇって‥‥一応はD級でも能力者なんだからよぉ、自分の能力に関心持ちやがれってぇの」

 頭をポリポリ掻きながら困ったように棟弥は呟く。

「棟弥はありがちな念動力だっけ?」

「ありがちって言うなよ、これでもA級なんだぜ」

 すげぇよなA級‥‥国の仕事にちょっと協力すれば人生が保障されるランクだ、羨ましい。

「A級か‥‥‥でも差異(さい)はSS級だ、お前の負けだな」

「何でここで差異の名前が出るんだよ、あのガキは関係ないだろ?」

「いや、あいつも”俺”だから俺の勝ちだ」

 俺は当たり前の事を言ったはずなのに棟弥は不思議そうな顔で俺を見つめる。

「お前のそういう所わけわかんねぇよなぁ、他人を自分の物扱いってちょっと趣味悪ぃぞ」

「??言ってる意味がわからないぞ、あいつは”俺”だから俺の家に住むのは当たり前だろ?」

 何か会話が噛み合わない、差異の話になるといつもこうなってしまう‥棟弥が馬鹿だからか?

「お前‥‥差異ってガキと一緒に住むようになってから絶対おかしくなったぞ?あのガキの能力精神作用じゃねぇのか?
もしかしてお前洗脳されてんじゃないのか!?」

「言ってる意味がわかんないぞ、あいつの能力は法則作用だ‥‥お前の方こそ誰かに精神弄られてんじゃないだろうな?」

「ムカッ!人が心配してやってんのに!」

「ムカッて口で言う奴初めて見たぜ‥‥やっぱお前は馬鹿だな」

「‥‥‥はぁ、とりあえず差異ってガキは信用すんなよ、いきなりお前の部屋に住み着いて”お前”が何も感じてないなんて
どう考えてもおかしいぜ、当たり前のように受け入れている事実もな‥‥何かあったら俺に何か言えよ、じゃあな!」
 
 何だか意味のわからない事をまくしたてて去ってゆく錬弥。

「”自分”相手に信用するなって‥‥あいつ‥‥馬鹿をついに超えたか?」


「ただいま~~~」

「恭輔お帰り、大事無かったか?」

 トテトテと駆け寄ってくる差異、淡い金色の髪がそれに合わせて揺れる。

 見た目は小学低学年だがこう見えても史上最年少SS級の片割れなんだよなぁ。

「ああ、俺は無かったけど煉弥があぶなかった、良い病院知らないか?‥精神科の‥」

「??言っている意味が差異にはわからんが‥‥もしかしたら差異がこの家に住んでいる事で何か言われたのか?」

「おおっ、良くわかったな‥何か差異を信用するなとか精神弄られたとか‥‥差異は”俺”なのにな?意味がわかんねぇ」

 俺の言葉に差異は何か思い当たる事があるのかフムッと小さな顎をさする。

「う~ん、差異にはひじょ~に棟弥殿の言葉が理解できるのだが‥‥まいったな‥弄られたのは差異の方なのだが‥‥」

「お前までおかしくなったか?差異は俺だろ?‥”俺の一部”だから何もおかしくないじゃないか」

「う、うん‥‥そうなのだが‥‥恭輔に無自覚なのが怖い所だな‥‥差異からは何も言えなくなるではないか‥」

 先日買ってやった熊の縫ぐるみをギュッと抱えながら差異は困ったような眼で俺を見つめる。

「?とりあえず飯にしようぜ」

 これ以上不毛な会話を続けるのもアレなのでこの話題は打ち切ることにする。

「そうだな、今日はサバの塩焼きにニラのおひたし、味噌汁の具は大根にしてみたぞ」

「おおっ!?す、すげぇうまそうじゃん!」

 聞いただけで空腹を誘う素敵なメニュー達に思わずヨダレが出てしまう。

「ほれほれ、手洗いとうがいをさっさとして来るが良い」


「ふ~~食った食った~~~」

 腹をポンポンとさすりながら恭輔は気持ち良さそうにソファーに横になる。

「こら!食ってすぐ寝たら牛になるぞ?‥‥って聞いておらんな」

 テレビを見て馬鹿笑いをしている恭輔を見て差異はため息を吐く。

「差異がこの家に来てもう3ヶ月か‥‥‥」

 実際もっと長い間ここにいる気がするのは差異の意識が完全に”恭輔”に染まったからであろう。
最初の頃は恭輔に嫌悪感や違和感を感じていたのだがそれを感じていた自分が既に他人のように思えてくる。
 ”自分”に嫌悪し違和感を感じる人間なんてあろうはずがない。

「‥‥‥何て非常識で非現実で‥‥非認識の能力なんであろうな‥‥‥」

 これでは能力の確認のしようがないはずだ、何せ保持者の本人ですら自分の能力の発現に気付かないのだ。
いや、”気付けない”のか‥‥‥もしこの能力を恭輔が意識的に使う事が出来るようになれば‥‥。

「考えるだけで恐ろしいし‥おもしろいとも感じてしまうな‥‥しかし自分以外に恭輔に飲まれる者がいると
考えるだけで腹立たしいとも感じてしまう‥‥嫉妬‥‥一方的過ぎるぞ恭輔‥‥」
 
 何だか考えるだけで報われないな‥‥恭輔の奴め‥‥これでは差異はただの”ナルシスト”ではないか‥い、いや、そうなのか?
 
「‥‥‥ってうわ!?」

 思考の海から戻ってくると私と唇が触れ合いそうな程に顔を近づけた恭輔の顔が!?

「”自分”の顔を見て”うわっ”とは酷いな、ちょっとコンビ二行ってジュース買ってくるわ、リクエストは?」

「い、イチゴ牛乳で頼む」

「りょーーかい」

 気分良さそうに部屋を去ってゆく恭輔、確か先ほどまで見てた番組はお気に入りのお笑い番組だったな‥‥。

「‥‥‥一方的過ぎるぞ恭輔‥‥‥」

 私は再度そう言ってため息を吐くのだった。


「ありがとうございました~~~~~」

 夜中のコンビニ店員特有のやる気の無い声を聞き流しながらドアを開ける。

「‥‥買ってしまった‥‥‥調子に乗ってエロ本を買ってしまった‥‥」

 俺は意味も無く悲しい気持ちになりながら足早に家路を急ぐ。

(くっ、今月は苦しいのに‥‥俺の馬鹿野郎‥でもそんな自分が憎めない‥ちくしょーー)

 そんな事を思いながらふっと人の気配を感じて公園の方に顔を向ける。

「~~~~~~~~~♪」

 そこにはニコニコと微笑みながら手招きをする中学生ぐらいの少女がいた。

 頭の上でピコピコと揺れているのはどうやら束ねた髪らしい‥‥触覚かと思ったじゃないか‥‥怖ぇぇ。

「えっと、俺に何か用?」

「♪」

 とりあえず無視するのもアレなので近寄ってみる。

「えっとですね、とりあえず気絶してくださいますか?」

「へっ?」

 背中に走るおぞましいものを感じてその指示のままに彼女から一歩遠ざかる。

シュッ!

「‥‥あ、穴?」

 先ほどまで俺のいた地面に小指ほどの小さな穴が開いている。

「お腹に一穴開けて連れて帰ろうとしたんですが‥‥失敗ですね」

「の、能力者なのか?‥‥‥お、俺を殺す気か?」

「殺すなんて物騒な!ちょっと気絶してもらって実験に付き合ってもらうだけですって!」

 のほほんとした顔で微笑む少女に言い難い恐怖を感じる、恥ずかしながらも既に涙目だ。

「き、鬼島か?‥‥‥俺を‥‥俺を”捕獲対象”にしたのか?」

「ええっ、その通りです、D級のモルモットさん‥‥このままD級の烙印を背負って世界で生き続けるのは辛いですよね?

優しい鬼島はそんな貴方を”捕獲対象”に指名しました、もう苦しまなくて良いんですよ?笑顔で死ねるって幸せですよね~」

 まったく邪気や悪気を感じさせない彼女の物言いに恐怖よりもこみ上げてくる物を感じてそれを吐き出す。

「ふ、ふざけるな!!D級だからって馬鹿にしやがって!俺は今から家に帰ってエロ本をたらふく読みまくるんだ!!
それだけでも幸せだっっーーーの!」

「幸せ?D級の烙印を押されて一般人と能力者の間をプカプカと彷徨うクラゲさんがですか?親クラゲさんはそんな貴方を見かねて
自ら世界に終わりを告げたようですけど?‥‥幸せですか?その‥エロ本とやらで?」

 可愛そうなものを見るような眼で俺を見つめる少女‥‥ムカムカする‥‥殴りたい。

「そうやって人を馬鹿にした眼で見る人が昔から大嫌いなんです俺‥‥だから殴らせろ」

「嫌です♪」

 相手が少女である事も忘れて本気で殴りかかろうとする俺、しかし少女は軽く横にかわしながら。

「足が動かないと人間なんかただの木偶の坊ですよねー」

「えっ?」

シュッ!

「うがぁあああああああああああああっぁぁ!?」

 右太ももに激痛を感じて殴ろうとした勢いのまま見っとも無く地面に倒れこむ。

「地面と熱烈にキスですか‥‥いやはや‥ちょっと哀れと思ったり」

「て、テメェ‥‥‥何をしやがった?」

 痛みで声が枯れるが瞳だけは相手から外さず睨みつけながら問いかける。

「ただ水鉄砲をして飛ばしてるだけですよ?お子様の遊びとは違うのは何処からでも何時でも何度でも撃てると言う事ですね」

 ふふんと自慢げに笑う少女、なるほど‥‥水を高圧縮して撃ってるわけか‥‥すげぇ能力じゃねぇかよ。

「高圧縮して撃つだけならS級が良いところなんですけどね、私の場合は少し違っていまして」

「空気中から水分を圧縮してオールレンジに撃てるって事かよ‥‥‥」

「正解です♪」

 今の会話で分かった事だが間違いなくこいつの能力はSS級だ。

「どうせならここで殺してくれるとありがたいんだが‥‥モルモットは勘弁だからな」

「それは出来ない相談ですねー、運が悪かったと思って諦めてください」

「そうかよっ!!」

 掛け声と同時に握り締めていた砂を奴の可愛らしくも憎らしい顔面に投げつける。

「はい、残念です♪」

 ひょいと軽く首を傾けるだけで砂をかわす、しかしそれが大きな隙だ。

「テメェの眼が届かない所まで行けば!」

こいつの能力は物質作用系、対象が己の視界に納まっていない限り能力は使えない筈だ!

「お客様~~~、出口はそちらではありませんよ」

「なっ!?」

ガッ!?

 見えない壁のようなもの‥‥と言うか見えない壁そのものに阻まれて公園の外に出れない。

「水のカーテンですよ、原理は水鉄砲と同じです、高圧縮した水をカーテンのようにしているだけです」

「く、くそっ‥‥‥」

「バンッ♪」

 少女が可愛らしく銃を撃つように指を俺のほうへ向ける。

「がぁああああ!?」

 今度は左太ももに激痛が走る。

「はいはい、いい子ですからあまり私の手を煩わせないで下さい、それとこれは確認ですが貴方の能力は何でしょう?」

「お、俺の能力?」

「そうです、貴方は今から気絶して二度と眼を覚ますことは無いでしょうから、今の内に聞いておこうかと」

何気ない少女の言葉、ただの確認、そうだ、俺に対する能力の確認、能力の有無、無ければただの一般人。
でも、俺はあるはずだ、いや、あるんだ、D級だろうが、能力は能力、あれ?最近‥最近使ったなぁ、使ったよなぁ。
うん、あいつは使える、使えるから俺にした、綺麗だから俺にした、他人のままでは納得出来ないから俺にした。
そうだ、うん、使える奴は俺にしよう、俺にして”俺”を守ってもらうんだ、自分で自分を守る、完璧だ。
そしたら俺は‥‥昔のように『苦しい思いをしなくてすむんじゃないのか?』

「‥‥目の前にいるお前は使える奴だ、能力はSS級で容姿も綺麗だ、少し幼いのがアレだけど差異よりは育ってるし
何より虫を嬲るような眼で俺を見ているのが気に入った、うん、もう、何でもいいや、お前さ”俺”になってもらおうか」

 熱のような太ももの痛みを感じつつ俺は最高の快感が脳を飛び出して世界を染めるのを感じた。


 最初に感じたのは違和感だった、目の前の青年‥‥江島恭輔の顔から表情が消えた。
何かブツブツと呟きながらゆっくりと立ち上がる。

「とうとう壊れてしまいましたか?貴方の能力を聞けなくて残念ですが‥‥このままでは少し人目につきますね
 やっぱり気絶してもらいましょうか?」

 壊れた人形のようにブツブツと何かを呟く彼に恐怖を感じたわけではない、本当に人目につくのが嫌だからだ。
そんな私が彼を気絶させようと能力を使おうと思った時に”ソレ”はキタ。

「‥‥目の前にいるお前は使える奴だ、能力はSS級で容姿も綺麗だ、少し幼いのがアレだけど差異よりは育ってるし
何より虫を嬲るような眼で俺を見ているのが気に入った、うん、もう、何でもいいや、お前さ”俺”になってもらおうか」

 虚ろな表情で私を見てニヤリと笑う青年、先ほどまであった大事な‥何かが抜け落ちたような顔。

「ああ、見える、見える、ここが俺とお前の境界線だな、これが俺とお前を他人と示している線だ」

 青年は嬉しそうに私の方を見てクックックッと喉を鳴らす。

「本当に壊れてしまったようですね‥‥人間の心理がいかに脆いのかを学んだだけでも貴方の奇行には価値があります」

「脆い?脆いのは俺とお前の境界線だ、こんなに曖昧でさ、それを今から取り払うって事だよ」

「何を言って?ッぁ!?」
 青年が手を軽く振り払うと同時に恐ろしいまでの違和感が体を襲った、精神作用系の能力か!?

「これでお前と俺は他人じゃなくなったってわけだな、仲良くしようぜ”俺”」

 自分の体の中に何かが流れ込んでくる‥‥例えるならそれは酷く気持ちの良いもの。

「ッぁ、あぁ、ぁぁああああああああああああああああああああああああああ」

 汚染されてゆく、これは駄目だ、絶対的だ、抵抗のしようがない、逃げようが無い!

「ゆっくりと俺の一部になってくれ、今は怖いかも知れないが、なぁに、少ししたら何も疑問を感じなくなる
それでもお前は”俺”でありながら俺を”別物”として認知できるが‥俺はお前を”俺”としか感じれなくなる」

 彼の言葉が耳に溶け込んでゆく、いや、耳じゃない、その奥の脳だ!脳を食い尽くされる蹂躙される。

「嫌です‥‥勝手に私を‥‥私を‥わ、私・‥‥私は貴方‥でもあるの?江島恭輔の一部‥?‥それで良かったですか?
えっと‥思考がうまく纏まらない‥‥」

 先ほどまで疑問に感じていた物事が消えてゆく、シャボン玉のように後には何も残らない‥何を疑問に感じて恐れていたのか‥。

「お前は俺の一部だろ?何を言っているんだ‥‥俺が俺であることに疑問を感じるなんて」

「私が私である事?‥‥私は江島恭輔の一部‥‥だから恭輔の‥‥」

「手が手であることに疑問を感じるか?お前は俺の一部だろ?俺の思考の通りに動かないと駄目じゃないか」

 彼はひどく当たり前の事を言う、当たり前過ぎて馬鹿にされているようにさえ思えてしまう。

「そ、そうでしたね、当たり前でしたね‥‥貴方の”能力”で貴方の物にされても私は貴方の一部なんですから!」

 自分でもおかしいと思う微かな違和感、それすらもあやふやですぐにでも形を失うだろうと確信する。

「それじゃあ俺はちょっと気絶するから家までよろしく‥‥エロ本もちゃんと回収するように‥じゃ」

 そう言って倒れる恭輔‥‥血が少ないのでしょう、うん。

「何て非常識で非現実‥‥‥相手との境界を外すなんて‥」

 何て無慈悲な能力なんだと私は心の中でため息を吐いた。


ガチャ!

「恭輔か?コンビニのわりには遅かった‥‥‥って鋭利(えいり)!?」

「さ、差異?‥‥まさか貴方も‥‥」

 玄関でお互いを見つめながら固まる二人、ちなみに恭輔はまだ寝ている。

「‥‥‥‥どうしようもない能力だったろ?」

「‥‥どうしようもない能力でした‥‥」



[1513] Re:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/14 11:26
「‥‥鋭利から何も報告が無いだって?」

 僕は彼の言葉に目を瞬かせた。

「そうだ‥‥‥報告どころか暫く寮にも帰っていないらしい」

 黒々とした立派な髭を擦りながら僕の上司‥‥原田雅行は真剣な口調で呟く。

「‥‥‥D級相手にヘマをするわけないし‥‥もしかして家出ってやつじゃないの?」

「ふざけている場合ではない」

 僕の冗談に気を悪くしたように原田サンは眉を歪める。

「ふざけてるも何も、それ意外の可能性を原田サンは提示出来るのかい?SS級の鋭利だよ?僕達”鬼島”の中でも純粋に戦闘能力だけを見るなら鋭利に勝てる人はそんなにいないんじゃないかな?」

「それは言われなくてもわかっている‥‥しかし仕事をまわしたのは私達”脳”だ‥‥”牙”の方が煩くてな」

 煩わしそうな顔をしながら煙草に火をつける原田サン。

「”牙”が?‥‥僕達に文句を言う暇があるなら自分で探せばいいのに‥‥怠慢だね」

 僕達”鬼島”は4つの部署に大別されている”牙””腕””脳””口”の4つである。
わけている理由もひどく簡単なもので”牙”は物質作用系、”腕”は肉体作用系、”脳”は精神作用系、”口”は法則作用系である。

「そうは言っても無視するわけにはいかん、それに君の双子の姉の行方不明の件も今回の事と関係があるようだ」

「‥‥そんなに何気ない口調でサラリと言わないで欲しいな、驚くことさえ出来やしないじゃないか」

素直に驚けばいいのだろうけど、何だか悔しいのでとりあえず言い返す。

「‥‥変な意地を張りおって‥、まあいい、君の姉の差異?だったかな‥‥」

「そうそう、僕と同じで愛らしくて可愛らしいけど男運だけは悪そうな差異ね」

「‥‥そんな事はどうでもいい、重要なのは彼女が”口”の仕事で問題のD級能力者に接触していた事実だ」

 プハーッと煙で輪をつくりながら原田サンは吸殻を落とす、変なところで子供っぽい人だな‥‥。

「初耳だね、すぐにでもわかりそうなものなのに‥‥どうしてだろ?」

「彼女もSS級だ、D級の能力不明者の能力確認なんて言う下らない仕事で行方不明などあるはずないと”口”も踏んだのだろうな、」

「それにしてももう少し早く教えてくれればいいものを‥‥‥はぁ」

「”口”にもプライドがあるさ、自分達の中の問題は自分達で片付けるといったプライドがな」

「そんなもんドブに捨てたほうが懸命だね」

 ”牙””腕””脳””口”の仲の悪さは今に始まった事ではないのだけど一応は同じ組織なのだから情報の交換ぐらいはちゃんとして欲しいものだ。

「まあ、そう言うな‥‥‥しかし不可解だな、たかだかD級能力者の事柄でSS級能力者‥しかも水銃城(すいじゅうじょう)の鋭利と選択結果(せんたくけっか)の差異まで行方不明になるとはな‥‥」

「偶然じゃないかな?」

 僕の何気なく言った言葉に原田サンは眼を細めながら視線を外に向ける。

「偶然でもだ‥‥考えてみろ?D級能力者の能力確認、捕獲、どちらも本来ならB級やC級のこなす様な仕事だ‥‥
それを偶然とはいえ鬼島でも希少なSS級が二人も出張っている事になる‥‥おかしいとは思わないか?」

「別にねぇ、両方とも僕に関係があるって事だけはちょっと嫌な感じだよね~、次に行方不明となるとしたら僕の番かな?」

「安心しろ、それは無い」

 感情を映さない瞳で僕の言葉を否定する原田サン。

「あれ?この”お話”の流れだと僕が事件を解決してハッピーエンド‥だと思うんだけど?」

「残念だったな、今回の件は”腕”に一任することが決定した」

「これまでの会話意味ないよね、無駄なこと嫌いだな僕」

「黙れ、このままでは”脳”と”牙”の関係が悪化しかねん‥‥第三者の”腕”に任せるのが適切だろう」

 元々仲が悪いのだから今更悪くなるもならないもないと思うんだけど‥‥。

「でも鋭利に仕事を紹介したのは僕だし差異は僕の姉だ、何もしないって言うのは怠慢だよね?」

 僕は個人的な繋がりで”牙”の鋭利に”脳”の仕事を紹介している、その事に後悔は無いが責任は少しだが感じている。

「そう言うだろうと思った‥‥そんなお前に嬉しい知らせだ、今日から休暇を与えてやろう」

「‥‥‥あ、あからさまだよね‥‥とりあえずありがとうと言いますよ原田サン」

「ふんっ、”腕”の連中と問題を起こすなよ、出て行っていいぞ」

「りょ~~かい」

 僕が立ち去ろうとすると原田サンは手で待ったをかける。

「‥‥まだ何かあるの?」

「‥‥‥ちなみに休暇中は給料は当然出んからな、あしからず」

「死ねハゲ」

 バタン

「‥‥髪にない分が髭が伸びてるだけではないか‥‥」

 煙は空気に吸い込まれてやがて消えた。



「恭輔‥‥‥何をしているのですか?」

 私は目の前で納豆を高速で掻き混ぜている彼を見てとりあえず問いかける。

「いや、見てわかるだろ?納豆を掻き混ぜてるんだ‥‥しかも全力で」

 そんなもの見ればわかる、むしろ今すぐ恭輔の頭を激しく殴りたい。

「‥‥私は意味の無い行動が嫌いです、つまりはそのように納豆を意味も無く30分も延々と掻き回す行為自体を醜悪と感じつつ粛清をしたいのですが?」

「‥‥いや、昨日納豆は掻き混ぜる分だけ美味しくなるとテレビでしていてだな」

「気のせいです、勘違いです、迷信です、さっさと掻き混ぜるのをやめてください」

 自己嫌悪と言うのだろうか‥‥”私”は意味の無い行動が嫌いだが”恭輔”は意味の無い行動が大好きみたいだ。つまり”私”は”恭輔”の一部になってしまったわけだから彼の意味の無い行動を見ると激しい自己矛盾と同時に自己嫌悪に似た感情がざわめいてしまう。

「‥‥何でお前が俺の行動を抑制するんだ?」

不思議そうに私の顔を見つめる恭輔、それだけで全てを寛容してしまいそうな、危うい何かに飲まれてしまいそうになる。

「どうやら鋭利はまだ恭輔に”なりきれていない”らしいな、その感情はきっと大事だったものだけど過去のものだ、あきらめた方が良いと差異は思うわけだが‥‥ん?新聞がないではないか‥‥とってこよう」

 私達の前に焼き魚を並べた差異は机の上に新聞が無いのに気づいて居間を出てゆく。

「‥‥そういえば恭輔」

「何だ?」

 今だに納豆を掻き混ぜている恭輔は視線だけを私の方へ向ける。

「いや、少し疑問に思ったんですけれど‥‥差異とは何処で出会ったんですか?」

「?おかしな事を聞くな、出会ったって‥‥”他人”じゃないんだし‥」

 意味がわからないといった感じで疑わしげな視線を向ける恭輔。

(‥‥これが境界線を外す方と外された方の違いですか‥‥あくまで恭輔にとって私達は自分の中の一部としか認識出来ない、私達にとっては恭輔は自分自身でありながら他人としてもある程度は干渉出来る‥‥本当に報われない能力ですね‥はぁ)

「考えても無駄だと思うぞ鋭利、こうなってしまっては手遅れだ、我々に後悔といった感情が浮かばないのがその証拠だな、恭輔、新聞読むだろう?」

「テレビ欄だけな、そこ置いといてくれ」

 新聞を持って帰ってきた差異は私の考えてる事がわかったのか的確な言葉を与えてくれる、相変わらず鋭い子だ。

「しかし私と差異は”他人”のままなのですね、私と恭輔の境界線は無くなったわけですが差異と私の間にはいまだに境界線は存在する‥‥と言う事ですね?」

「そうだな、うん、そうだと思うぞ? 恭輔の一部になったもの同士ではお互いを”自分”と認識出来ないみたいだな」

 味噌汁を注ぎ分けながら差異が答える、アヒルの模様をあしらったエプロンが可愛らしい‥‥。

「お前ら朝から何を難しい話をしてんだ?」

 私達のほうを見てキョトンと恭輔が首を傾げる‥‥納豆を意味も無く掻き混ぜるのには飽きたらしい。

「いえ、何でもないですよ‥‥それではご飯を頂きましょうか」

 恭輔のいる前ではこれ以上話しても無駄だと悟って私は会話を打ち切った。



「しかし驚きですね、まさか行方不明になった差異がこんな所にいようとは」

「ん~~、そうか?‥‥もうそんな事すらどうでも良くなってきたな‥差異は”恭輔”の一部であるわけだからここにいるのは当たり前なわけだしな‥‥っと、少しは手伝う気は無いのか鋭利?」

 食器を洗いながら差異は私の言葉に受け答えをする、何だか彼女の言葉の節々に違和感を感じてしまう。

「あれですね、他人を良しとしなかった貴方が恭輔に依存している光景は少し不気味に思えてしまいます」

「他人ではない、我が身と心は恭輔の”一部”なわけだから彼の意に従い行動するのは当たり前だと差異は感じているが?」

 いつか私もあそこまで完全に”飲まれてしまう”と思うと微かに恐怖を感じてしまう。

「今の貴方を沙希が見たら卒倒しますよ、SS級最年少の天才と言われて他人を常に阻んでいた貴方がD級の能力者の青年の一部である事を良しとするなんて‥‥”選択結果”の二つ名が泣くのでは?」

「それは鋭利にも言えるだろう、それにそうやって”思考”する事が出来ても鋭利も本心からそのような事は思っていないだろう?自分が恭輔の一部である事を否定するなんて考えただけでおぞましいな、自己否定ここに極まりだ」

 フンッと可愛らしく鼻をならしてエプロンで手を拭きながらこちらを軽く睨みつける。

「鋭利は賢いからな、そうやって飲み込まれる前の昔の自分の考えをトレースして口に出しているだけだろう?阿呆らしい、今の状況を受け入れているのであれば素直にならんか、ったく」

「あはは、私は素直じゃないもので‥‥難しい話はここまでにしましょうか?つまりませんし」

「同感だ、そういった鋭利の部分は差異は好ましく思うぞ」

 先ほどと一転してニコリと微笑みながら椅子に座る差異。

「ありがとうございます、男の方には嫌われるんですよ?こういった部分は」

「差異は子供だからな‥わからん事にしといてやろうではないか」

 エプロンを外して髪をかきあげる差異、細く美しい金色の髪が一瞬宙に色をつけて舞う。

「相変わらず綺麗な髪ですね‥‥羨ましいです‥‥」

「うん?鋭利の髪も良いではないか‥‥えーっと、独創的で‥‥」

 差異は視線を私の頭の部分に止めて困ったように苦笑いを浮かべる。

「うぅ‥‥この”触覚”はですね‥‥大気中にある水分を認識するために‥‥」

「難儀な事だな‥‥そういえば恭輔と出会ったときは髪の事を褒めてくれたな」

 嬉しそうに口を綻ばせながら髪を弄る差異。

「ああっ!そういえばその事が聞きたかったんですよ~、二人が一つになった日って奴ですね♪」

「‥‥その言い方だと淫靡な印象を受けるな、鋭利も既に恭輔と一つになった癖に‥‥まあ、暇だし話してやろう」



「うん、S級のわりには弱かったな‥‥肉体作用系は直線型の戦闘しかしない馬鹿が多いと言うのは本当だな」

 目の前で失禁をしながら痙攣をしている男の横腹を蹴りつけながらメモ帳を取り出す。

「えっと、うん、二人とも抹殺許可OKと書かれているな、見逃してやっても良いのだが‥‥どう思う?」

 痙攣している男の相方である女にとりあえず問いかける。

「‥‥う‥‥‥あ‥‥‥‥」

 眼から大量の涙を流しながら女は口を金魚のようにパクパクと動かす、化粧が溶けて見れたものじゃないな。

「あ~~、うん、すまんな‥‥冗談だ」

 ズシャァァァッ

 二人殺した。


「これで今日のノルマは終了だな、ん?」

 メモ帳をペラペラと捲っていたらヒラヒラと一枚の小さな紙が地面に落ちた。

「うあ、少し血に汚れてしまったではないか‥‥D級能力者の能力確認?はて?こんな仕事を引き受けた覚えはないのだが‥‥‥」

と言うかコンビニのレシートの裏に乱書きされている‥‥本当に正規の仕事なのか?

「ん~、今いる場所と無茶苦茶近いではないか‥‥ついでに済ませておくか‥」

 血まみれになったマントを脱ぎ捨てる、すぐに処理班がここに来てそこに転がってる死体を処理してくれるだろう。

「ん?‥‥」

 立ち去ろうとするが足が動かない、視線を下に向けると女だった物が私の足を掴んだまま転がっている。

「‥‥‥‥」

 今日は良い事あれば良いのだがなぁ‥‥‥‥。



「‥‥‥えっと、トマトケチャップを全身に浴びる趣味でもある人なのか?」

 彼は私を見て1分ほど呆然とした後にポツリと呟いた。

「生憎そのような趣味は無いぞD級能力者」

 SS級の差異に向かってその物言い‥‥腹ただしい奴だな。

「‥‥あれか?それはもしかしてトマトケチャップでは無くて血か?しかも人の?」

「だな」

 バタン

 差異が肯定をしたと同時に勢い良くドアが閉まる。

「‥‥‥差異はSS級の能力者でな、ドアを壊すぐらいわけないぞ?」

「‥‥‥‥‥‥」

「家を壊すぞ?」

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥お前だけ殺すぞ?」

「‥‥そこでソレかよ‥‥とりあえずその格好はマジやばい、家に入りやがれ」

 ドアを開けるとそこには顔を紫色にしてガタガタと震えている江島恭輔の姿が。

「何をそんなに怯えている?別に今すぐお前を殺した後に腹を掻っ捌いて開きにはしないぞ?」

「だ、だってお前その紋章‥‥鬼島の人間だろ?俺を捕獲しに来たんじゃないのか?」

 差異の右手の甲に刻まれている鬼島の紋章‥‥鬼が鶴の羽を千切って笑っている趣味の悪い紋章を見て顔色をさらに青く染める。

「うん、別にお前を捕獲しに来たわけじゃないぞ、お前の能力の確認をしに来ただけだ」

「お、俺の能力?‥‥‥そんなん知らねぇよ」

 差異の言葉に安心したのか体の緊張を解きながら江島恭輔は答える。

「それでは困ると差異は言う、わざわざ遠回りして来たんだ、お前の能力を確認せずに帰るのは腹ただしい」

「‥‥ど、どうしろって言うんだよ‥‥生まれてこのかた能力なんて使った事ねぇし‥‥」

「お前のような最下位能力者の場合自分では気付かない場合があるからな、差異が特別に確認するまで家にいてやろう」

「なっ!?」

 眼を大きく開きながら後ずさる江島恭輔。

「何だその態度は?差異は酷く気分を害した‥‥謝罪しろ」

「だ、だって‥‥‥お前見た目はガキだけど鬼島のSS級能力者だろ?俗に言う”チルドレン”だっけ?忙しいんじゃないのか?」

「明々後日まで偶然にも休暇でな、それまでこの家にいてやろうと言うのだ」

「きょ、拒否権はあるのか?」

「無い、シャワー使わしてもらうぞ、こっちで良いのか?」

 とりあえず体に纏わりついた血を流そう、本当に。



「‥‥‥何なんだあいつは‥‥いや、マジで‥‥」

 俺は突然訪れた悪夢に頭を抱えていた、悪夢の形は美しい金髪をしていて西洋人形のような怖いほどに整った顔をして肌は雪のように白く、紫色の瞳はどんな宝石にも勝る知性の輝きを称えていたりしてなおかつ華奢でバランスの良い体はどんな造形物にも勝っていたりしたりして将来は絶世の美女になる事間違い無しの少女であり‥‥‥‥‥‥‥‥血まみれだった。

「‥‥一つの欠点で‥‥こんなに印象って大きく変化するのか‥‥しかも鬼島の人間だって言うしSS級らしいし‥悪夢だ‥」

とてもやり切れない気持ちになって目の前の麦茶を一気飲みする、冷たい。

 ガチャ

「ふっ~いい湯だった、服が無かったから勝手にお前の服を借りたぞ」

「‥‥‥‥良かったな、俺が少女の裸に特別な感情を脳内を走らせる人種では無くて」

 ブカブカのジーンズを履きながら上半身裸の差異と名乗った少女が部屋に入ってくる。

 本当に雪のように白いなぁ‥‥‥あれだな、しっかり外で遊びなさい。

「しっかり外で遊べよ」

「?‥‥江島恭輔よ‥‥言ってる意味が差異には良くわからんのだが?」

「何でもない‥‥それより胸ぐらい隠せ、女の子なんだからな」

「‥‥江島恭輔、差異の裸体を見てもしかして発情でもしたのか?‥‥襲おうとしても良いぞ、殺すけどな」

「‥‥誰がそんなちんちくりんな体に発情するかよ、ああっ、もう」

 俺は椅子から立ち上がると差異に近づいて首にかけてあるバスタオルを上半身に巻いてやる。

「ん、ありがとうと素直に差異は感謝する」

「どういたしまして‥‥まだ血が付いてるじゃんか」

 差異の頬に付いている赤い塊を見て親指で拭ってやる。

「ッ」

「?!す、すまねぇ」

 どうやら本人のカサブタだったらしく衣がとれると同時に新しい血が泉のようにジワジワと溢れてくる。

 綺麗なほどに真っ赤で何だか意味も無く、真っ赤なほど綺麗で、意味も無く見つめてしまう。

「大丈夫だ、うん、掠り傷だし心配される余地もない」

 腕で頬を拭いながら差異は机に腰をかける。

「しかしお前一人が住むにしては広いなこの家は‥‥お前の両親は自殺したから仕方が無いな、うん」

「さり気に人のトラウマをグサッと刺すなよグサッと」

 こいつきっと友達いないな‥‥俺は絶対の自信を持って確信した、人は容姿だけでは友達できません。

「資料に書いていたことだ、差異が悪いんじゃない、資料に怒れ、ほら」

 机の上に紙くずを投げ捨てる差異、しかも赤く染まっている。

「‥‥お前はアレか?‥‥好きな色は赤色か?」

「女性に対して好きな食べ物、好きな音楽、好きな色‥‥そのような事を聞く男はボキャブラリー不足と差異は判断する、うん」

「皮肉もナチュラルにかわしやがって‥‥そういうお前こそその歳でSS級って色々苦労があるんじゃねぇのか?」

「まあな」

 コップにコポコポと麦茶を注ぎながら差異はにやりと笑った。



ベットに横になりながら窓から夜空を見上げる。

「何だか、アレだな‥‥こんなに人と話したのは久しぶりかも‥‥」

 棟弥とは話すけどそれは幼い頃からの事で何もそこには無かったりする。

「‥‥あんな也でSS級かよ、すげぇなぁ‥‥最年少SS級ってあいつの事だったりして」

 空にはプカプカと雲が浮いていて爛々と月が輝いていて、何だかやるせない気分になる。

「‥‥‥‥しかも性格はアレとして外見は可愛いしなぁ、多分人も殺してるだろうけど‥‥鬼島ってたし世界も認める人殺しには罪の感情とか無いんだろうな‥‥‥嫌な世界」

 何だろう、今日は酷く気分が良い、ありていに言えば高揚していた。



「D級能力者‥‥全人類のモルモット‥‥江島恭輔か‥‥」

 江島恭輔が用意してくれた布団に横になりながら窓から夜空を見上げた。

 何だろう、今日は酷く気分が良い‥‥。



[1513] Re[2]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/20 13:29
夢から現実に眼を覚ます時はいつでも辛いものだ。

「‥‥‥‥ここは何処だ?‥‥‥」

うっすらと開けた瞳で部屋を見回して見るが心当たりが無い。

「‥‥‥‥‥あー、そう言えば、うん、思い出した」

他人の家で惰眠を貪るのは差異の考えでは失礼にあたる、とりあえず起きよう。

「‥‥この部屋は死んだ両親のものなのだな、綺麗にしてあるではないか」

恐らく以前の部屋の主が使っていたであろう生活品が埃一つ被らずに置かれている。

ふっと小さな作業机に目がとまる、うつ伏せになった写真立て、見て下さいと言っている様な物だな。

「お決まり通りの家族写真‥‥‥なんつう不幸そうな顔しておるのだ、この家族は‥‥」

写真の中の家族はどいつもこいつもこの世の終わりです見たいなつまらない顔をしている。

まずは父親、一家の大黒柱がそんな覇気の無さでどうする、しっかりしろ。

次に母親、何だその世界で一番不幸なのは私です見たいな泣き笑いのような表情は‥‥見てるこちらまで欝になってしまう。

そして私より少し年下に見える少女、いけすかない瞳をしている、アレだ、世界を否定する濁りきったドブの様な瞳だ。

さらにその少女より幼く見える少年、愛らしい顔で唯一笑っているがこのメンバーの中では逆に異彩を放っていて気持ち悪い。

「‥‥あやつの姿が無いではないか‥‥」

この写真には大事なものが足りない、一人足りない、決定的に足りない。

”江島恭輔”が足りない。

「‥‥‥‥‥家族ぐるみで”他人”扱いとはな、恐れ入る」

差異は激しく気分を悪くして写真立てを伏せる。

「ずっと一人だったのであろうな‥‥‥嫌な世界だ」

ミーーン、ミー―ン、ミーーン、ミーーン、ミーーン

蝉が鳴いた。



「‥‥‥‥朝か‥‥」

蝉の鳴き声で目を覚ます、強い日差しが目に容赦なく突き刺さる。

「ふぁ‥‥‥‥‥寝るか‥‥っても、お客さんがいるんだったな」

血塗れ少女の事を思い出して上半身をベッドから起こす。

「‥‥‥‥蝉‥‥うるさいな」



トントントントントントントントン。

服を着替えて階段を下りていると何だか聞きなれない音が聞こえる。

何だ?‥‥‥訝しげに思って音のするキッチンの方に向かう。

「ん?起きたか‥‥すぐにご飯にするからな、新聞でも読んでろ」

背が足りない分を椅子で補いながらトントンとネギを切っている血塗れ少女の差異。

「‥‥‥何だ、人の顔を見て呆然としおってからに」

俺のほうを見てネギを切る手を止める差異、紫色の瞳に俺が映る。

「い、いや、べ、別にそんな事しなくていいぞ?コンビニで弁当買ってくれば良いわけだし‥‥」

「たわけが、別にお前のために作っているわけではないぞ?差異がしたいからしてるのであってな」

何処から引っ張ってきたのか母さんの使っていた物”らしき”エプロンを付けた差異は微笑む。

「あっ、そ、そうか‥‥、お、俺は何をすればいい?」

そわそわする、朝起きたら誰かが料理を作ってくれてるなんて初めてだ、どういった態度をすればいいのかわからない。

「?‥‥だから新聞でも読んでろと言ったではないか、どうした?熱でもあるのかと差異は問いかけるぞ」

「あ、いや、大丈夫だ‥‥え、えっと、あ、ありがとな」

「だから差異がしたいからしているのだ、礼を言われる筋合いは無いぞ」

「そ、そうだったな‥‥‥え、えっと」

喉も渇いていないのに意味も無く冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ごうとする。

「あっ‥‥‥」

ガシャンと甲高い音をたててコップがみっともなく机の上に倒れてしまう。

「ああ、こら、何をしておるのだ?」

「あっ、ご、ごめん‥‥」

何だろう、自分でも分かるほどにうろたえている、格好悪い。

でも、それでも何だか、こう、口元がにやけてしまうのは何でなんだ?

「そ、それじゃあ新聞でも読んで時間潰しとくわ」

「ああ、そうしろ」

と、とりあえずテーブルの上でも拭いとくか‥‥‥。



「‥‥‥‥ご、ごちそうさまでした」

「うん、お粗末様でした‥‥ああ、良い、食器は差異が後で運んでおくから」

「そ、そうか?いや、マジうまかった‥‥感謝」

椅子に座りなおしながらペコリと江島恭輔は頭を下げる。

「ん、料理一つでそんなに感謝されてもな、差異も反応に困る」

「あ、そ、そんなもんなのか?‥‥そ、、その誰かに料理作ってもらうのなんか初めてで勝手がわかんねぇんだ‥‥」

恥ずかしそうに頬を掻きながら江島恭輔は笑う。

「母親はどうしたのだ?いただろ、自殺したのが」

「酷い物言いだなオイ‥‥あー、母さんは、何つうかな、俺には作ってくれないつうか、い、いや!妹や弟の分はちゃんと作っていたんだぞ!」

「‥‥‥妹と弟?ああ、あの写真のだな‥‥そういえば姿が見当たらないが自殺したのか?」

「勝手に殺すな!二人とも生きてるよ‥‥この家にはいないだけでな」

「では何処にいるのだ?」

差異のその言葉に江島恭輔は軽く目を伏せながら応える。

「‥‥‥‥”鬼島”だよ、鬼島の”チルドレン”候補‥‥お前の後輩になるんじゃないかな?」

「ほう、お前と違って優秀なのだな、クラスは?」

「えっと、確か妹の遮光(かげり)がS級で弟の光遮(さえぎ)がA級だったはず‥‥だ」

江島恭輔の言葉に差異は軽く驚く、本当に優秀ではないか‥‥差異程ではないが‥‥。

「そして兄のお前がD級‥‥クラスは兎も角としてお前の血筋は優秀だと差異は判断するぞ」

「そいつはどうも、そういえば俺の能力が何なのかわかったのか?」

「いや、今の所はまったくの不明だな、しかし何となくだが差異はお前の能力を『精神作用』と判断している」

「なんとなくって‥‥‥」

疑わしそうな目で差異を見る江島恭輔、失礼なやつだな。

「SS級の能力者ぐらいになれば相手の能力を瞬時に見極めるぐらいの”感”は養えているものだ‥‥お前の場合、あまりに力が微小すぎてそれぐらいしか判断出来んがな、許せよ」

「‥‥まあ、いいけどな」

ミーーン、ミー―ン、ミーーン、ミーーン、ミーーン

蝉は鳴きやまない。



あれから一日が経過した、たった一日だ、しかしそれだけで”江島恭輔”の人となりや過去は大体理解できた。

”江島恭輔”は不器用だ、差異の周りを意味も無いのにうろちょろする、餌付けされた犬ではあるまいし。

”江島恭輔”は人に優しくされたことが無い、”母親”を連想させるような行動を差異がするだけで緊張してしまう。つまりは掃除、洗濯、料理、そういったものを差異がしているだけで意味もなくうろたえる、正直邪魔だ。

”江島恭輔”はD級能力者、人類の最下位だ、故に過去にろくな思い出が無いことは用意に想像出来る、無意識の内に自分以外の誰かを信用しないようになってしまっている、救われない奴だ。

”江島恭輔”はたった一日で差異を信用しようとしている、たった一日差異が話して家事をして行動を共にしただけでだ‥‥矛盾だ。

”差異”は江島恭輔の事を哀れに感じている、他人など良しとしない差異が出会った時から”壁”をつくらなかったのが証明している。

”差異”は江島恭輔が嫌いではないらしい、何故だろう?‥‥もう少し深く考えよう。

”差異”は江島恭輔に料理を作ってやった、喜ぶだろうと判断したからだ、あいつを喜ばしても差異に得はないはずだ。

”差異”は思う、何となく似ているのかもしれない、他人を良しとしない差異と他人を信用しない江島恭輔は、同じ思考で動いている存在だから色々してやりたくなるし邪険にも出来ない。

”差異”は他人を良しとしない、自分で完璧だからだ‥‥他人は”差異”を昔から利用して捨てるだけだ、だから自分一人で常に完璧であ
ろうとした、だから完璧たる存在にもなったはずだ‥‥でも、もしかしたら完璧なのではなくて足りない部分があるのかもしれない。

もしかしたら”江島恭輔”がその部分だと精神が勝手に判断してしまってるのかもしれない。

「‥‥馬鹿らしい」

‥‥‥たった一日だ



木々がザワザワとざわめく、太陽の日差しを受けながら葉っぱがキラキラと己の存在を誇示しているようだ。

「‥‥‥まさかこの歳で遠足とは‥‥‥‥」

「ブツブツと文句を言ってないでさっさとビニールシートを敷くのだ、差異ばかりにさせるでない」

何を思ったのか突然「今日は外で食事しよう」との差異の言葉、てっきり外食だと思ったのだが大きな間違いだった。

「‥‥‥よっこらしょ、流石にこんなクソ暑い日に公園に来てまで弁当食ってるやつはいないな」

「だからと言って差異たちがここで弁当を食べてはいけない道理もないだろ?たまには日の下で食事するのも差異は悪くないと考えたのだが?」

そう言って紙袋から弁当を取り出しながら何気なく髪をかき上げる差異、その瞬間周りの光景が全て色あせて俺の視界全てが金色の世界になる。

「‥‥お前の髪って何つうか‥‥アレだ、どうやったらそんなにキラキラと光れるんだ?」

「髪?‥‥‥差異の髪が光るわけ無いだろう‥‥何を言っているのか理解出来ないぞ」

「い、いや、無茶苦茶光ってる‥‥輝いてるぜ‥‥いや、マジで」

俺は褒めたつもりだったが差異は気分を悪くしたのか俺を軽く睨みつける。

「‥‥‥差異の髪を馬鹿にしてると受け取って良いのか?別に手入れ等は特別にしてないが幾ら何でも自分の体の一部を馬鹿にされれば
気分は悪いものだぞ?」

「違うって‥‥綺麗だって言ってるんだよ、もう一度言うぞ?綺麗だって言ってるんだよ俺は」

「‥‥‥‥‥‥嘘付け、何だ?差異の分の弁当のおかずを分けて欲しいのか?」

仕方が無いなと言った感じで弁当箱から自分の分のおかずをハシで取り出す、唐揚げだ‥‥弁当の王様。

「別にお前を褒めて弁当のおかずを貰おう何て思ってねぇって‥‥どんだけ意地汚い人間だよ‥‥本当にお前の髪が綺麗だから褒めただけだ、いい加減認めねぇとマジでお前のおかず全部食うぞ‥‥」

「そのような暴挙をする者は殺して腹を掻っ捌いて開きにするから安心しろ‥‥しかし、そうか‥‥差異の髪は綺麗なのだな‥うん、悪くない、悪くない気分だ」

ふむふむと頷きながら自分の髪の毛を掴んで眺める差異、心なしか頬が少し紅潮している‥‥照れてるのか?‥‥まさかな。

「最初から素直に受け取れよ‥‥もしかしてお前は自分の事を不細工だと思っていないだろうな?」

「安心しろ、差異は美少女だ」

「‥‥‥‥‥そこは大丈夫なのかよ‥‥‥‥」

「うん、しかも超が付く程の美少女だと差異は判断しているが?何か間違いがあるなら聞いてやるぞ?」

‥‥‥何だろう、このやるせない感情は‥‥とりあえずこの感情を全て弁当にぶつけよう。

ミーーン、ミー―ン、ミーーン、ミーーン、ミーーン

蝉はまだ鳴きやまない。



食事を終えた江島恭輔と差異は公園の芝生に横になっていた、広がる空には雲が気ままに何をするわけでもなく浮いている、こんなのんびりとした休暇は久しぶりだな‥‥明日でそれも終わるが‥‥な。

「‥‥‥明日帰るんだよな?お前‥‥‥俺の能力は何かわかったのか?」

「‥‥いや、しかし、まあ‥‥適当な能力で登録しといてやろう、なるべく捕獲対象にならないような下らない能力でな」

「いいのかよ‥‥D級の時点で下らないと俺は問いたいんだが?」

「それは言わないお約束だと差異は思うが?」

「違いないな」

二人揃って空を見上げてクックックッと喉を鳴らして笑う、どんな二人だ‥‥本当に‥‥。

「‥‥まあ、そりゃ帰るよな‥‥‥SS級のエリート様だもんなぁ‥仕事もあるだろうし」

「そうだぞD級能力者、安心しろ、差異はお前が気に入ったからな、ぶっちゃけ?‥とやらで言うとな、また遊びに来てやる」

「使い慣れてない言葉を使うんじゃなねぇよ‥‥俺もぶっちゃけお前が気に入ったらしい‥‥たった二日しか一緒にいてないけど」

「たった二日だな、うん、差異もそこは疑問に思っている‥‥人生長いぞ?その中の二日で他人を気に入ると言うのはよっぽどの事だと差異は考えるぞ?」

「そうだな、しかもお前はSS級さまで俺はD級のクズだもんなぁ‥‥いや、マジで遊びに来いよ?」

「血塗れでか?」

「そいつは勘弁‥‥‥いまだに玄関の床に染み付いた血がとれないんだけどさ‥‥」

「‥‥そうか」

差異たちの真上で鳥がグルグルと浮遊している、周りすぎだ馬鹿者‥‥馬鹿にされている気分になる‥‥。

「そういえばさ、お前の能力ってなんなんだ?」

「うん?差異の能力か‥‥アレだな、一定の事柄の結果をある程度選択出来る‥って感じだな、うん」

「お~、わからないけど何か凄いな‥‥‥流石はSS級‥‥」

「嘘だな‥‥差異の言葉を理解出来ていない、適当な相槌だな」

「うぁ‥‥‥バレたか‥‥つうか俺たち鳥に馬鹿にされてないか?」

「うん、差異もちょうどそう思ってたところだ」



家に帰ってこの二日間と同じように江島恭輔に料理を作ってやって一緒にテレビを見た。そして風呂に入ってシャワーを浴びた後にお休みと告げた。

「‥‥‥明日からまた仕事だな‥‥血塗れ‥‥血塗れに逆戻りだな‥‥」

布団に横になりながら初日と同じように空を見上げる。

何だかここ数日、空ばかり見ている気がする‥‥‥気のせいだろうか?

「‥‥‥‥‥‥」

視線の先、そこにはこの前と同じようにうつ伏せのままの写真立て。

「‥‥‥‥いらんな」

ゴミ箱に捨ててみた。



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

深夜三時、眠れないまま俺は天井を見つめていた、天井の染みの数は昔から変わらない。

「‥‥‥‥‥帰るんだよな」

これで何度目になるかわからない同じ言葉、同じ呟き。

こんなに誰かと親しくなったのは棟弥以外初めてだ‥‥でも差異は何だか違うような気がする。

たった二日、二日一緒にいただけなのに‥‥‥‥おかしな感情だ、何だろう‥‥。

「‥‥‥‥‥‥」

血塗れ少女、初めて会った時は血塗れで‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥正直綺麗だと感じた。

揺れる金色の髪が綺麗だと感じた、深い紫色の瞳が綺麗だと感じた、白く雪の様な肌を綺麗だと感じた。

初めて手料理を食べさせてくれた。

「‥‥‥‥‥‥」

あー、何か、暗いわ俺‥‥‥悪い考えしか浮かばない、差異は本当にまた来てくれるだろうか?

『何だろう、あー、少し、頭が痛い、少しだ、少しだけ頭が痛い‥‥‥‥』

また、この家で独りの生活が始まるんだな、ずっと独りだったから別に何ともないぞ?‥そうだろ?

でもさ、そうなんだよ‥‥もう、誰かが俺のために料理を作ってはくれないんだよなぁ。

実はさ、まだあいつにいて欲しいんだよ、だってこの2日がさ‥‥たった2日が凄く‥‥凄く、こう、良かったんだ

『頭が痛い、蝉の声が煩い、煩いんだ‥‥鳴き止めよな‥‥‥‥』

いつもみんな俺の前からいなくなるじゃないか‥‥父さんも母さんもさ‥‥遮光も光遮も‥‥差異だってそうだろ?

『グルグルする‥‥蝉の声のせいだ‥‥グルグルする‥‥‥蝉の声のせいだ‥‥‥』

みんな俺が嫌いだからいなくなるんだ‥‥俺がD級だから‥‥一緒にいるだけで不幸が来るから‥‥。

『痛い‥‥どんどん痛くなる‥‥蝉の声も煩くなってくるし‥‥グルグル、グルグルグルグル、回るんだ』

でも、あいつは俺のことを気に入ったって言ってくれたよな?‥‥‥言ってくれたんだ‥‥でも、帰る。

だって所詮【【【他人】】】だからさ。

『所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人』

だったらさ?

答えは‥‥凄く簡単じゃないのか?


”蝉が鳴き止んだ。”



差異は確かにその時空気が変わるのを感じた、能力を使うとき特有の‥‥肌を刺すような空気の震え。

「ッ?‥‥え、江島恭輔‥‥‥‥?」

いた、江島恭輔が‥‥部屋の隅に‥‥‥いつの間に部屋に侵入したのか?‥‥そんな些細な疑問は考えない。

この、部屋を覆い隠すような違和感、それに比べたら些細な事だ。

「女性が眠っている部屋に勝手に侵入とはな‥‥うん?‥‥夜這いだと差異は判断してお前を逆さ吊りにしても良いのか?」

江島恭輔は何も答えないし動かない。

「‥‥‥‥‥‥‥‥江島恭輔‥‥‥何を思考している?‥‥‥‥‥差異に用があるから今”ここ”にいるのであろう?」

差異はゆっくりと布団から立ち上がる、それでも江島恭輔は反応しない。

「‥‥‥なぁ、この部屋さ‥‥‥母さんが使ってた部屋なんだぜ‥‥勿論、俺の母親だ」

ゆっくりと口を開く‥‥幽鬼のような、捉え所の無い‥‥覇気の無い声だ。

「そんな事は聞いておらん、差異はお前が何故ここにいるのかと問いてるのだ」

「母さんはいつもこの部屋で泣いてたんだよ‥‥妹と弟を抱きしめながら”あんな子”を生まなければ‥‥ってな、父さんはそんな母さんを見て俺を凄い目で睨みつけるんだよ‥‥‥こう、何て言うか‥‥凄い眼なんだぜ?いや、マジで‥‥」

差異の言葉には何も反応せず、ただ自分の”思考”のもとに言葉を発する‥‥”他人”なんて気にしない。

”気にしていない”

「‥‥‥‥‥江島恭輔‥‥‥お前‥‥‥‥」

「初めてだったんだ‥‥色々初めてだったんだよ‥‥例えばさ、お前が朝に料理作ってくれたろ?アレ、すげぇ嬉しかったんだぜ」

「‥‥知ってる」

「今日だってさ、外で一緒に手作りの弁当食ったろ?文句言ってたけどさ、あれも嬉しかった、うん、家族ってあんな感じなのか?
ちょっと感激してたんだぞ‥‥」

「‥‥知ってる」

「だから‥‥帰らないでくれよ、寂しくなるじゃん」

感情を感じさせない江島恭輔の言葉‥‥‥一つ言わせろ‥‥お前の独白は全部最初からわかっていたぞ。

「それは無理だと差異は答える、また来てやるから‥‥子供のように見っとも無く我侭を言うのはやめろ」

「‥‥‥やっぱり”そうか”」

「ッ!?」

江島恭輔が動く、”速い”、体が反応出来ない。

「ぐッ!?」

床に叩きつけられる、微塵も手加減をしていない‥‥呼吸が一瞬とまる。

「‥‥‥細い首だな‥‥少し力いれたら折れちゃうじゃんか」

「ッ‥‥‥‥‥一体何のつもりだ‥‥‥」

差異の能力は単体では発動しない、決められた”触媒”が必要なのだが‥‥それは部屋の隅でこちらを冷たく見つめている、いつもなら寝るときも布団に忍ばせているのだが‥‥気を抜きすぎた‥‥。

「別に‥‥ただ帰って欲しく無いだけだ‥‥お前に‥‥でも帰るって言うから‥‥言うから駄目なんだよ」

月の光‥‥淡い光が江島恭輔の顔を照らす‥‥無表情かと思ったが意外な事にその瞳は強烈な感情を映し出している。

爛々と輝く瞳は肉食獣のソレだ。

「でも、俺はお前が気に入ったから、離れたく無いんだ‥‥お前も俺の事を気に入ったって言ったじゃねぇか‥」

「‥‥ッぁ‥‥た、確かに言った‥‥差異はお前の事を好ましく思っていたが‥‥こ、こんな事をする”江島恭輔”じゃない」

ギリギリと首を締め付ける、やばい‥‥意識が飛ぶ‥‥苦しい。

「そんな事を思うのも”他人”だからさ‥‥他人だから下らない感情が付きまとう‥‥俺がお前に帰って欲しくないのも、お前が俺を好ましく感じていた事実も‥‥下らないんだ‥‥”他人”同士だから今こうやって俺がお前の首を絞めている現状があるわけだ」

「‥‥な、‥‥‥何を、何を言っている‥‥‥」

「‥‥もっと分かりやすく言えば良いか?‥‥”一つになろうぜ差異”」

その言葉を聞いた瞬間‥‥。



「ッぁあああああああああああああああああああああ」

苦しい、何だコレは?な、流れてくる‥‥‥”江島恭輔”が流れてくる、流れてくる。

「あ、ぁぁ、差異‥‥‥お前を染めてる‥‥俺が染めてるのがわかる‥‥わかるよ差異」

何処か歓喜さえ感じさせる”江島恭輔”の声、それすらも差異の頭に染み込んで行く。

ガタガタと体が震える、いや、痙攣している‥‥もう、どうにでもなれ。

「お、お前が‥‥さ、差異の中に溶けてゆく‥‥う、うん‥‥”差異”で合っているのか?」

思考が混濁する、いや、混濁などはしていないはずだ‥‥‥差異は差異なのだから‥‥。

「いや、違うな、差異‥‥お前は”俺”だろ?俺の”一部”が勝手に思考するな」

「う、うん?‥‥そ、そうだったか?‥‥あ、あ、違う、うん‥‥そうだ‥差異は”恭輔”だ‥‥」

「だったら、もう何処にもいかないだろ?お前文字通り俺の”物”なんだから」

「あ、当たり前だ‥‥そうだ、差異が恭輔の傍を離れるわけが無いだろう」

自分の言葉、その言葉で‥‥思考がクリーンになって行く、”元通り”になってゆく。

「それで良いんだ差異‥‥ああ、完全に溶け合う‥‥‥これでもう‥”どうしようもなくなる”」

「あ、あぁ‥‥‥‥うん、もう、駄目だ‥‥そんな事すら思いつかない‥‥思いつかないよ恭輔」

完全に溶け合った。



[1513] Re[3]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/27 00:37
 
 それは出会いそのものだった。

 今でも忘れないし忘れることが出来ないお互いを認識したはじめての瞬間。

 切っ掛けは些細な事だった、両親が身内の訃報とやらで家を一日開ける事になった。

 ワクワクした、何故なら我が家には宝箱が隠された秘密のお部屋があるのだ。

 お母さんがいつも隠し部屋を開ける時に使う鍵の隠し場所も覚えてる、ベッドの枕の下だ。

 今日もお母さんは家を出て行くときにあの部屋に絶対近寄ったら駄目と言ってたけど今日だけは自分は悪い子になるのだ。

「光遮~~~~、お母さん達の車見えなくなった?」

「う、うん、もう見えないよ」

 トテトテと女の子の様な顔を紅潮させながら弟の光遮か駆け寄ってる。

「よ~~し、それじゃあ秘密のお部屋の謎を解く冒険に出発よ!」

「う、うん‥‥‥でも絶対に後でお母さん達に怒られるよ?」

「バレなければ大丈夫よ!光遮の癖に私に口答えする気?」

「そ、そんな事無いよ!」

 少し不機嫌そうに睨みつけるとすぐに折れちゃうんだから光遮は‥‥。

「鍵はちゃんと持ってるでしょ?」

「う、うん」

 子供だったと思う、家の中に自分の知らない場所があると思うとソレだけでもジャングルの秘境にも勝るドキドキを感じれた。

「え、えっと、あ、アレ?あ、開かないわね‥‥‥」

 部屋の前に来た私は鍵を取り出してさっそくドアを開けようとするが、うまく開かない。

「まわす方向が違うんじゃないかな?‥‥んしょっと」

 ガチャ

 光遮が細く小っちゃな手で鍵をまわすと軽い音をたててドアが開く。

「べ、別に私一人でも開けれたんだからね!!」

「う、うん‥‥ごめん」

 私に怒鳴られてシュンと俯く光遮、チリンといつも首に身に着けている鈴のアクセサリーが音を鳴らす。

「そ、そんな事より、あ、開けるわよ」

「う、うん」

 少しドギマギしながらドアをゆっくりと開ける、ドキドキする、私は悪い子だ。

 キィィィィィィィ

 耳障りな音を立てながら開くドア、こんな音はいらない、いらなはずだ。

 パタン。

 完全に開く、秘密のお部屋は何一つ普通の部屋と変わらない‥‥ただ一点を除いては。

『‥‥‥‥‥‥だ、誰だ?』

 人がいる、知らない人だ、私より歳は上だろう‥‥驚いた瞳でこちらを見ている。

 誰だろう?‥‥何でこんな所にいるんだろう?‥‥秘密とはこの人の事なの?

 胸がドキドキする、頬が赤く染まるのを感じる、手に汗が湧き出てくる。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 薄っすらとした暗い部屋の中で私はゆっくりと口を開いた。



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 意識が覚醒する、夢から眼が覚めたのだ‥‥いつもと同じ変化の無い天井。

「‥‥‥‥‥‥夢」

 夢を見ていた、幼い頃の夢だ、今の私を形成する原点となった大事な思い出。

 ”江島遮光”は確かにあの時にこの世に生を受けたのだ、間違いないはずだ。

「ふぁ、ほら光遮、貴方も起きなさい」

 私の体に腕を回してスヤスヤと眠る年下の弟‥‥光遮の小さな体を揺さぶる。

「ん‥‥遮光ちゃん‥‥?もう朝なの?」

 うつろうつろした瞳で光遮が布団から顔を出す、フワフワの髪を撫でながら私は頷く。

「ええ、早く着替えなさい‥‥早くね」

 私の言葉にコクリと頷きながらいそいそとベッドから出る光遮、かなり眠そうね‥‥。

「ん~~、遮光ちゃんは今日は何の訓練?‥‥AクラスとSクラスの合同訓練って今日だったけ?」

「ええ、そうね‥‥ボタン掛け間違えてるわよ、ほら、寝癖も‥‥‥」

 乱れている薄茶色の髪を櫛で丁寧にといてやる‥‥‥アレだわ、私より確実に綺麗な髪。

「ねえ遮光ちゃん、今度三連休あるけど‥‥ねえ、聞いてる?」

「ええ、聞いてるわよ‥‥それがどうしたの? ああ、こら、動かないの‥‥」

「でさ、あの、お、お家に帰らない?えっと、恭兄さま‥に、その‥会いたいし」

 櫛を止める、胸が冷たくざわめく。

「何を言ってるの?貴方と私の約束を忘れたの?そこまで馬鹿だったの光遮は?」

「痛ッ?、ご、ごめん遮光ちゃん、うぁ」

 櫛を捻りながら髪を引っ張った後に顎を持ってこちらを向かせる‥‥茶色の瞳が涙で滲む。

「‥‥ねぇ?今のは冗談にしては笑えないわ‥‥”まだ”会うわけにはいかないのは馬鹿な光遮にもわかってるでしょう?わかってないとしたら貴方を殺さないと駄目になるじゃない‥‥さあ、謝りなさい、謝れ」

 ギリギリと顎を締め上げながら瞳を合わせる、睨みつける。

「ご、ごめんなさい‥ごめんなさい‥もう我侭言わない‥‥我侭言わないから‥‥」

 瞳からポロポロと涙を流しながら謝る光遮、それで良い、間違いは正さないと。

「ええ、今のは我侭以外の何物でもない‥‥いいわ、許してあげる‥‥」

「あっ‥‥‥‥」

 私は光遮の顎から手をはなす、制裁はここまでだ。

「いつまで呆けているの光遮? 朝食の用意をしてくれないかしら?」

「う、うん‥‥‥あっ、‥‥じゃあご飯作ってくるね」

 急いでキッチンの方に向かおうとする光遮、わかりやすい性格だ。

 ガチャ

 光遮が部屋からいなくなると当然私一人になる、広い部屋だ。

「‥‥‥‥‥」

 光遮の机の上に置かれた写真立て、そこには私の家族が写っている。

【どいつもこいつもこの世の終わりです見たいなつまらない顔をしている】

 過去の私、自分では何も出来ないのにこの世だけは恨んでいる瞳、殺してやりたい過去の私。

 過去の光遮、今でも子供だが、もっと子供だった過去の光遮‥‥私より女の子らしく見えるのが気に食わない。

 死んだ父親、もう会うことは無い、会いたくも無い‥‥‥”コレ”は家族ではない、そう気付いた過去の私。

 死んだ母親、もっとも許せない、許したくも無い‥‥‥‥”コレ”も家族ではない、そう、私には不必要になった過去の存在。

「‥‥‥‥兄さん‥‥‥兄さん‥‥‥‥兄さん‥‥‥‥‥恭輔兄さん‥‥‥‥恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん」

 ここには、この写真の世界には写ってない人の名前を呼ぶ、光遮は今この部屋にいない、存分に名を呼ぶことが出来る。

「あぁ、恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん‥‥‥」

 こんな写真は偽物だ、こんな写真には何も価値なんてない、気付いたから私は今”ここ”にいる、”鬼島”にいる。

 捨てたんじゃない、恭輔兄さん、捨てたんじゃない‥‥すぐにだ、すぐに駆けつけてあげる、すぐに。

「恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん」

 私の”声”が一つに染まる、ああ、正しい事をしている‥‥いつでもこうやって振舞えたら‥そんな世界を創るために私はここに来た。

 夢でしか”今”は会えないけど‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

「‥‥‥すぐに‥‥すぐによ‥‥江島遮光は‥‥‥ずっと恭輔兄さんを”守る”‥だから今は‥‥」

 今は”鬼島”に従う、世界の法則にも従う、己の理性にも従ってやろうではないか‥‥‥‥。

「捨てたんじゃない‥‥見捨てたんじゃない‥‥兄さん‥‥恭輔兄さん‥‥私と光遮が‥江島遮光と江島光遮が‥‥すぐに」

 私と同じ、子羊の名を、可愛らしい容姿に狂気を潜ませた弟の名を呟く。

「すぐにこんな世界を変えて見せるわ‥‥‥ええ、それはもう‥‥完膚なきまでに」

 自分でもわかる程に口元が三日月の形を描く。

「遮光ちゃ~~~~ん、ご飯できたよ~~~」

「ええ、今行くわ」

 ”世界を変えるために今日も従おうではないか”



「へぇ~、恭輔の妹さんと弟さんって鬼島のチルドレン候補だったんですね」

 差異の話を聞き終えた鋭利はニコニコと微笑みながら感心したように頷く。

「S級とA級と恭輔は言っていたが‥‥差異の予測だがまだ伸びる可能性はあるだろうな、うん」

「そうですね、A級やS級の能力者がSS級になる事は稀ですがある事ですし‥‥」

 能力者のランクの壁は絶対ではない、それは周知の事実である、ただしA級からの話になる。

 ”B””C””D”の能力決定は確定であり、それは死ぬまでに一生変わることは無い。

 しかし”A””S”の高位能力者になると己の力をさらに鍛える事でランクを底上げする事が可能なのだ。

「うん、どうやら恭輔の話だと二人とも優秀らしいしな、恭輔より年下の時点でA級とS級だとすると‥才能があるのだろうと差異は判断するぞ?」

「‥‥最年少SS級が才能あるって‥‥嫌味にしか聞こえませんよ?ソレ‥‥本当に‥」

「何を言っている、差異と沙紀の前は鋭利が最年少SS級だったと記憶しているが?そちらこそ十分な嫌味ではないか‥」

「あらら、知ってましたか?‥‥しかし、先程の‥お二人の出会いのお話を聞いて思いましたが‥‥恭輔は自己中心的ですね」

「そうだな、”自分”を客観視して言えば恭輔は確かに自己中心的だと思うぞ?だが差異には意味の無い事になってしまったし鋭利にも意味の無い事になってしまったな、今の差異には肯定も出来ないし否定も出来ない問題だな」

 そう言って時計を見る、そろそろ学校が終わる時間だな‥‥夜ご飯の準備を始めるには良い時間帯だな、うん。

「しかしその無意識での自己中心的な行いで私達二人も行方不明‥‥ええ、その事実は否定できません‥‥自分で言うのも何ですが私達二人は”鬼島”でも有数のSS級能力者‥‥それが二人もD級の能力者の関連で行方不明‥‥そうですよね?」

「ああ、そう言う事か‥‥差異はそれも考慮はしていたぞ?‥‥そろそろ”鬼島”も動き出すだろうな‥‥差異と鋭利の所属の違いから考えると”腕”‥‥第三者の”腕”だろうな‥‥それと強制的に割り込んでくるであろう沙希、これは確定だな」

 椅子から立ち上げってエプロンを付ける、アヒルの模様をあしらったエプロンでお気に入りだったりするのだが‥何より胸のところにある大きなポケットがお気に入りだ、恭輔に買ってもらった熊の縫ぐるみがスポッと完璧に収まるからだ‥‥そこが差異のお気に入りの理由だな。

「あ~、”腕”なら私と差異だったらSS級が相手だろうが負ける事は無いでしょうが‥‥沙希ですか‥」

 困り顔の鋭利、それを横目に見ながら熊の縫ぐるみをポケットに収める、完璧だな、うん。

「まあ、沙希が来たときは差異に任せるが良い、そこはもう考えてるんだぞ?実はな」

「へっ?そ、そうなんですか‥‥差異がそう言うなら大丈夫だろうですけど‥‥ちなみに策は?」

「うん、なぁに‥‥‥‥大した事ではないぞ、」

さて、今日のメニューは‥‥っと、冷蔵庫に豚肉があったな、う~~~ん、悩むな。



「‥‥‥何か凄い嫌な予感が‥‥‥‥」

 僕はコンビニの前でカップヌードルを啜りながら頭をポリポリと掻いた。

「しかし‥‥‥僕って‥‥どうしてこうも方向音痴なんだろうね」

 ここは何処だろう? 資料に書かれた住所‥‥D級能力者の家に行きたいのだが‥‥行けない。

「‥‥うあ‥‥で、でも僕はまだ社会的に見れば”子供”なんだし、天才にも欠点がないと人間味が無いしね」

 汁まで飲み終えたカップヌードルをゴミ箱にちゃんと捨てる、マナーにはうるさいのさ僕は。

「さて、ここまで迷ったなら出たとこ勝負だね、とりあえず、適当に歩くとしようじゃないか」

 お腹も一杯になったしまだまだ歩くぞ、適当に。

「‥‥やっぱこの欠点は致命的だよね」



「アルバム持ってきたか?」

 江島はムスッとした顔で俺に手を差し出す、どうしよう。

「い、いや‥‥アレなんだよ‥‥‥」

「忘れたのか?」

 俺の言い訳を遮る江島、逃げ場はないようだ‥‥。

「そうだよ、忘れたよ!忘れてしまったよ、俺にも忘れた理由は不明なんだ!」

「それはお前が馬鹿だからだ‥‥‥はぁ、別にいいよ、何となくそんな気がしてたし」

 何処か疲れたような顔でリュックを背負いなおす江島。

 出会った当初はもっと優しい対応をしてくれたのにな‥‥時間って残酷だなぁ。

 つうか小学校高学年なるまで学校に行ってなかったらしいから当然だったのかも‥‥出会った時はクラスでずっとビクビクしてたし。

「な、なんだよ‥‥その優しげな眼は‥ちょ、ちょっとつうかだいぶ気持ち悪いぞ」

「なに‥‥大きくなったな、もっと大きくなって俺を優しい気分にさせてくれ」

「意味がわからないぞ‥‥いや、棟弥は昔から意味がわからなかったか‥‥」

 失礼なことを言いながら納得する江島、何気に傷ついてるんだけどな俺‥‥‥。

「ひでぇな‥‥なあ、カラオケいかねぇ?」

「と、唐突だな‥‥‥」

 俺のカラオケの誘いに目を瞬かせる江島、いや、元から誘う気だったんだけどな。

「いや、姉ちゃんが2時間無料券くれてよ、今思い出した‥‥朝に言おうと思ってたんだけど‥」

「忘れてたんだろ?別にいいぞ‥‥それじゃあ」

 江島は携帯を取り出して手早くメールを送る、アレか?最近家に住んでいるあのガキにだろうか?

「じゃあ、行くとするか」

「おう」

 そういえば江島の携帯‥‥この前見たのと既に違うじゃねぇかよ‥‥新しい物好きめ。

 俺も機種変更しようかなぁ。



 夜に染まる、まあ、黒色に染まるわけだ‥‥空には星がキラキラしていて、すっかり世界は夜に屈服して黒色だ。

「歌ったなぁ、つうかお前のガムシャラ系ばかりには正直付き合えねぇわ、俺!」

 棟弥の疲れたような顔を見てムッとする、失礼な奴だな‥‥青春系と言え。

「好きなんだよ‥‥お前こそマイナーバンドのオンパレードじゃないか、マイク持たされても歌えないっつーの」

「好きなんだよ‥‥」

 自動販売機でジュースを買いながら夜空を見上げる、空を見るのは好きだな‥‥広いし。

「あーー、喉が痛い‥‥久しぶりに歌ったな」

「そうだな、だが俺は思う‥‥もう少し自重して歌うことを俺たちは覚えるべきだ」

「違いねぇ」

 俺の言葉に棟弥は苦笑しながら同じように夜空を見上げる、何をするわけでもないが気分はいいものだ。

「そう言えば江島、お前さ、今日返却されたテスト赤点だっただろ? しかも3教科も」

「み、見たのか?プライバシーの侵害だぞ!この馬鹿!」

 誰にも見られないようにすぐにリュックに隠したはずなのに‥‥この野郎。

「へへっ、馬鹿はどっちだっつーの、今度勉強教えてやるよ、付いていけてねぇんだろ?」

「‥‥あ、あんがと」

 素直に感謝する、本当に勉強は苦手だ‥‥‥いや、もしかして俺が馬鹿なだけなのか?

「‥‥‥‥‥‥まさかな」

「その自分を誤魔化す様な呟きは何だ?とりあえず聞き流しておいてやるけどよ」

 俺の横を歩く棟弥、社会面では破滅的な馬鹿だが勉強だけは何故か出来る‥‥こいつに定期的に勉強教えてもらわないと俺は進級できない気がする‥‥最大の弱みだ。

「‥‥‥‥棟弥?」

 棟弥の動きがとまる、合わせて手で制止させられる俺。

「ど、どうした?」

 いつもの棟弥の雰囲気じゃない、どうしたんだ?財布でも落としたのか‥‥これで馬鹿扱いし返せるな、チャンスだ。

「棟弥、財布でも落としたのか?‥‥馬鹿だからなお前‥‥とりあえず来た道戻ってみようぜ、棟弥?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥江島は動くなよ、出て来いよ」

 棟弥は俺の手を引いて自分の後ろ側に引っ張る、えっと、何なんだ一体‥‥。

「うぉ?!もしかしてバレてるッスか?バレてるッスか!?」

「ああ、さっさと出て来いよ‥‥つうか喋った時点でバレるだろう‥‥馬鹿かよ」

 棟弥の言葉に反応するように闇の中に影が浮かぶ、何だ?何処から出てきた?

「‥‥‥‥‥‥‥」

 目の前に出現した猫の耳の様なものを頭の上でピコピコさせた少女‥‥どうしようもなく、やるせないのは俺だけなんだろうか。

「えへへ、隠れるのは得意なんッスけど‥‥バレたら仕方ないッス、ちなみにこの語尾は昔からの口癖なので突っ込みは禁止ッス」

「‥‥い、痛い」

「‥‥‥俺もだ」

 とりあえず物凄く家に帰って差異の作った飯を食いたくなった‥‥今日の晩飯は何だろう‥‥。




「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥江島は動くなよ、出て来いよ」

「うぉ?!もしかしてバレてるッスか?バレてるッスか!?」

 捕獲対象者の横にいた男の言葉に汪去(おうこ)はビクリと体を震わした。

 ば、バレてるッス‥‥潔く姿を現すのが”王”である汪去の正しい行動ッス!

「えへへ、隠れるのは得意なんッスけど‥‥バレたら仕方ないッス、ちなみにこの語尾は昔からの口癖なので突っ込みは禁止ッス」

 とりあえず初対面の人にいつもの挨拶をする、この口癖のせいで初対面から円満な関係が築けないのはごめんだからだ。

「‥‥い、痛い」

「‥‥‥俺もだ」

 捕獲対象者の人と汪去が隠れているのを見破った人が呟く、何処か怪我でもしてるのだろうか?

 でもすぐにボロボロにするから関係無いッスね、痛いと感じないまでボロボロにしてあげれば喜んでくれるッスかな?

「こんばんわッス、鬼島の”腕”所属の汪去ですッス!D級能力者の貴方を捕獲に来たッスよ?」

 これから起こるだろう残虐的行いに興奮して尻尾が揺れる、ゆらゆらゆらと空気を裂く、気分が高まる。

「そいつは出来ねぇ相談だな、江島にはまだアルバム返してねぇし、明日まで待ってくれね?」

「それは無理ッスね、汪去は真面目ッスから決められた仕事はその日に終わらすッス」

「見た目と違って意外と真面目なんだな、つまんねぇ女」

「社会人の常識ッスよ」

 髪が逆立つ、目の前の獲物はどちらかと言うと強敵の部類と判断する、これは楽しみだ、全力で行けるだろうか?

「じゃあ戦うしかねぇな、俺って社会に反抗的な人間だし」

「お、おい棟弥、何言ってるんだよ、逃げるぞ!」

 捕獲対象者はうろたえているようだ、逃げても無駄だ、だって汪去は足が速いのだ、無茶苦茶。

「お友達は逃げたいようッスね、いいんッスか?」

「だってお前、見た目通り肉体作用系だろ?‥足速そうだ‥‥しかも常に変質してるレアなタイプの‥‥いや、違うな‥”遠離近人”(とおりきんじん)か?‥‥人と遠く離れていてなお近くにいるって言う‥どちらかと言うと”鬼島”じゃなくて”井出島”(いでしま)じゃないのか?」

 ここ数十年で急速に確認されるようになった能力者とは別に過去から現代までにはそれ”以外”の能力者とは別のベクトルで存在する”超越者”が存在する。人間や能力者とは異なる概念や遺伝子、そして伝説で存在する者、それを”遠離近人”と呼ぶ。能力者を統べる組織が”鬼島”のように”を遠離近人を統べる組織、それが井出島、人外しか存在しない‥‥”井出島”。

「詳しいッスね、確かに自分は能力者ではなくて”遠離近人”の王虎族の汪去ッス、しかしそれで井出島に所属してるかは話が別ッスよ」

「へえ、その理由を聞きたいんだけど」

「簡単ッスよ、給料が良いんッスよ、鬼島の方が!」

 本当は理由はそれだけではないのだが今はそんな事を説明するよりも早く戦いたい、血が見たい。

「うおっ?!尻尾振り過ぎだっつーの!殺る気まんまんなのがわかるんだけど?」

「さあ、殺し合いをはじめるッス、さっさと、ちゃっちゃと血を見せて欲しいッス」

 今夜は満月だ、高揚した気分を鎮めるために、血肉を貪るために、駆け出す。

月が悪いのだ。



 もう既に夜中だ、暗いし足も痛いし道にも迷った。

「うぅ‥‥‥ここは何処なんだろ?‥‥」

 ダルイ、寮に帰ってフカフカのベッドに沈んで幸せを噛み締めつつ寝たい。

「‥‥‥怠慢だ‥‥何が怠慢なのかわからないけど‥‥ちくしょうとだけ言いたい」

 フラフラする、こんな事なら恥を忍んで同僚の暇そうな誰かに一緒に来てもらえば良かった。

 今更反省しても遅いから‥‥それが後悔なんだと僕は噛み締める。

「ん?」

 何だろ?空気がざわめいてる‥‥僕の大好きなざわめきだ‥‥。

 遠目にだがはっきりと見えて来るざわめきの本体、これはおもしろそうじゃないか。

「へ~~、あの耳、尻尾‥‥遠離近人の虎族でもレア系の王虎族じゃないか‥‥ふむふむ、気配からして若い兄さんの方はA級の物理系能力者、あの歳でやるね、天才の僕には及ばないけど」

 さて、どうしよう?あの王虎族が”井出島”の所属だとしたら迂闊に手を出すわけにはいかない、鬼島と井出島はお互いに不可侵なのが暗黙の了解、別に自分としては戦っても良いのだが‥‥職を失うのは嫌なんだよ、うん。

「まあ、とりあえず観戦と洒落込みますか‥‥」

今日は月が綺麗だから‥‥たまには月明かりの下で傍観者を気取ってみようじゃないか。



[1513] Re[4]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/23 01:03
 森が広がっている、異形の住まう、人ならざる者の存在しか認めない空白の森。

 この世界を統べる勢力の一つ”井出島”、異形の森の住民。

 人間に近く遠い”遠離近人”の集合体、統べる名は”井出島”

「鬼島の”水銃城”と”選択結果”が行方不明だと?その話は本当か?」

「う、うん、みんな噂してるんだから、森はこの話題で持ちきりだよっ」

 背中に透き通った羽を持つ小さな少女‥‥コウが口早に喋りながら宙を浮遊する、邪魔だな。

「そうか、あれ程の力の持ち主が行方不明とは‥‥そこに”強者”が‥‥俺を楽しませてくれる強者がいるかもしれんな」

 ザワザワ、森が鼓動する、この森の主‥‥”律動する灰色”が笑ったのだ、お前らしい言葉だと。

「無論だ主よ、強き者と戦いたいと思うのは戦士として当然だ、そして絶対だ、直接”鬼島”を含めた”異端組織”との戦闘か禁じられてる今の世にとって戦う糧を見出せる場所があるなら、俺は迷い無く駆けつけるぞ」

 異端組織、人の及ばぬ力を有する者共の集まり、それぞれのルールに従い己の世界を統べている。

「ええっ!?戒弄(かいろう)ちゃん、もしかして‥‥‥‥」

「無論だ、その件のD級能力者に会いに行く、任務は暫く休ませて貰うぞ主よ?勿論、異論はないだろう?」

 ザワザワ、先程と同じように森が揺れる、ふむ‥‥‥小煩いぞ主よ‥‥。

「わかったわかった、それはもう聞き飽きたぞ‥‥俺もそこまで馬鹿じゃない‥‥一般の人間には手を出さん‥人外の分際でモラルに煩い森だな‥‥」

「戒弄ちゃん!だ、駄目だよ‥‥今日と明日はコウと一緒に遊んでくれるって約束したのに!う、嘘つき!」

「お前も煩いぞコウ、そんな事は何時でも出来るし俺にとっては絶対に必要ではない‥‥優先度の問題だ、すまんな」

「うぅ、戒弄ちゃんは何時だってそうなんだから‥‥たまにはコウの約束を守ってくれてもいいじゃない‥」

「次だな、次‥‥それにどうせ俺と一緒に付いて来るんだろ‥ちょっと血生臭い遊びになるだけだ、問題ない」

 緑色の髪を逆立てながら怒るコウを嗜める、毎度ながら面倒臭いな‥‥。

「うーー、戒弄ちゃんだけで行かせたら心配だもん、主に壊したり殺したり壊したり殺したり」

「‥‥否定はしないがな、さて、そろそろ出かけるとしよう」

 メキメキと音を立てながら目の前の大木が真っ二つに開かれる、木の上に止まっていた鳥達が驚いて空にバサバサと飛んでゆく。

‥‥‥鳥と言っても無駄にでかかったり人型だったりするが‥‥まあ、飛ぶから鳥だろう。

「戒弄ちゃん‥‥いつも自分本位なんだから‥‥‥いつまでもそんなのじゃ番いになってくれる人いないよ?」

「別にそんなものには興味は無いな‥‥それでは血を啜りに行こうでは無いか、獣らしくな」

 真っ二つに開かれた木の内側、闇の中に足を踏み出す、血の臭いと肉が飛び散る戦いに身を差し出せるなら何処までも勇んで行こう。

 森が鳴く、見送りの言葉は”殺しすぎるなよ”

‥‥‥‥余計なお世話だ。



 空気が鳴く、弾丸のような速さで蠢く虎の猛威にか細く震えているのだ。

「‥‥ッ!?」

 意識を開放する、遅い、もっと集中しなければ‥‥そこにはあるのは虎に食い殺される惨めな自分。

「遅いッスよ! ああ、遅いッス、そんなに血の海に早く沈みたいッスか!?」

 アレだ、先ほどまで五歩前までの距離にいたはずなのに、気が付けば目の前の少女に”見える”存在のか細い腕が自分の目の前に迫ってきているではないか。

 虎の一撃。

「沈みたいわけねぇだろ、こう見えても俺って血を見るのが苦手なんだよ!」

 意識が染まる、行ける、間に合う‥‥人外には情けなど無用だ、望むのは目の前の少女の姿をした者への圧倒的な死。

 視界に収まっているソレに意識を向けるだけ、それだけでそれは手に入るのだ。

「ッ!?」

 べキッッッッ!

 地面が沈む、そこには自分の望む死の結末は無い、あるのは見っとも無くへこんだ地面だけ‥‥避けやがった?

「ふう、危ないッスね‥‥ありがちな念動力ッスか‥‥少しがっかりッス」

「ありがちって言うんじゃねぇよ‥‥‥つうかあの距離で避けるか普通?このアニマル野郎が」

 電信柱、いつの間にかその上に移動している”ソレ”を見て嘆息する‥‥どんな跳躍力だよ。

‥‥つうか夜目で眼が爛々と光っていてマジ怖ぇぇんだけど。

「だって避けないと痛いじゃないッスか?汪去には痛みで喜びを得る特別な趣味は無いッスから」

「そうかよ、じゃあ教えてやるぜ」

 自分自身に念を纏わす、ありがちありがちって言われる念動力だがA級ぐらいになるとこう言った使い方も出来る。

 浮かぶぜ俺、全力で。

「棟弥‥‥お前‥空飛べたのか‥‥無茶苦茶羨ましい‥‥今まで何で見せてくれなかったんだよ」

 眼をキラキラとさせて俺を見上げる江島、状況わかってんのかコイツは?

「無茶苦茶疲れるんだよコレ、そんなに飛びたいなら飛行機にでも乗りやがれっつーの」

「‥‥夢が無いじゃん、今度千円で俺を飛ばせてくれ、マジ頼むわ」

「‥‥‥血の海に沈みつつその血で溺れ死なないでこの場を逃れれたら幾らでも浮かせてやるよ、はぁ」

「お話はそれで終わりッスか?」

 アニマル野郎がニコニコと問いかける、それだけなら良いのだが尻尾が高速で動き回っている。

 さながらネズミを痛めつつ遊ぶ猫のソレだ、無論痛められるネズミの役割は俺だろうな、素直に認める。

「まだ話したいんだが続きはお前のその煩わしい尻尾を千切ってからにするよ、見てるだけでムカつくし」

「あはは、そんな事を言う下らない口を持つ貴方‥‥さっさと死ぬッスよ」

 シャッキ、ほんの瞬きの間に長く伸びるアニマル野郎の爪、切れ味がすげぇ良さそうだ‥‥家の料理鉄人な姉ちゃんお気に入りの包丁と同じ光を放っているし‥‥ついてねぇな、ついてねぇ。


「だったらお前は潰れやがれ、道路で良く轢かれて死んでいる猫のように」

 俺は浮いている、ウッシ、浮いてる相手にそうそう攻撃出来ねぇだろ、今からたらふく苛めてやるぜアニマル野郎。

 バサッ

「これで飛べるッスね、鳥にも負けない大自信ッス」

 月の光を浴びたソレは翼を広げつつ満足げに頷く、アレ?話の展開を読まない野郎だな‥‥ちくしょう。

「お前‥‥虎じゃねぇのかよ‥‥虎に翼はねぇからさっさとそれをしまえ、今すぐに、全力で」

「お断りッス、汪去は虎では無くて王虎族ッスから、非常識が自分達”遠離近人”の十八番ッスから‥見た目だけで判断すると死ぬッスよ」

つうか普通は人型の生き物から翼が生えるとは想像しない‥‥でもこいつの場合はオプションで獣の耳やら尻尾やら元から付属していたしな‥‥翼を生やすのも許容の範囲なのか?‥‥いや、認めない‥‥認めたら何か負けだ。

「‥‥‥アニマル野郎、テメェは空中では鳥にも負けない自信があると言ったよな?」

「そうッスね、それがどうしたッスか?さっきから会話ばかりで戦ってないじゃないッスか?」

「俺もお前に言ってやるぜ‥‥‥俺は鳥より飛ぶのが下手だ‥空で戦うのマジで苦手」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥よし、すぐに殺してあげるッスよ」

‥‥‥‥‥‥‥‥やっぱ地上で戦おう‥‥それが良い、そして負けよう。


 虎の少女が翼を生やした時から棟弥は既に戦いの選択の一つである勝利は抹消したのだろう。

 今理解した、それはもう的確に‥‥何せ長い付き合いだ、嫌でもわかる。

 棟弥が言葉巧みに虎の少女との戦いを先延ばししていることが、理由は簡単だ、勝てないからだ。

 そしてさらに理解してしまう、棟弥は俺に逃げろと言っている、逃げてしまえと本気で言っている、思っている。

 地上での衝突、それで煉弥は理解してしまったのだ‥‥このままでは勝てないし血の海に溺れながら死ぬと、

 蒼い月の光を浴びながら思案する、普通に戦えば死ぬ、棟弥はだから空中戦にかけようとしたのだ、そして失敗。

 棟弥は必死の形相で空から襲ってくる容赦の無い爪をかわしている、もっとだ、もっと思案しないと棟弥は死んでしまう。

 自分だけで逃げることは簡単だ、走ればいい‥全力で、それはもう必死の形相で走ればきっと逃げれる、棟弥が足止めしてくれる。

「ッ!?てめぇ!虎なんだから地上で戦えっつーの!そして神の奇跡で足を挫いてくれ!その動けない間に殺してやるから!」

 べキッッッッッッ 飛ぶ、棟弥の念が空中を駆けるが空回る、虎の少女のあまりのスピードに眼と意識が追いついていないのだ。

 あそこまで俊敏性と回避性のある虎の少女との念動力の相性は最悪だ‥‥念を放つまでのタイムラグがありすぎる、当るわけが無い。

「思ったより弱かったッスね、残念ついでに期待外れへの貴方に怒りをぶつけるしかこの高揚は納まりそうも無いッスね」

 ザッシュゥ、耳障りな音がする、そんな音を聞いてしまったら思考が出来なくなってしまうじゃないか。

「ぐっ?」

 棟弥が地面に叩きつけられる、背中を鋭い爪で斬り付けられたのだ、倒れるに決まってるじゃないか。

 ああ、どうすればいいのだろう、D級の自分が、自分の能力も理解していない自分が出て行ってもお荷物だ、邪魔だ。

 この背中に背負っているリュックを虎の少女に投げる?馬鹿らしい、本当にそれでは馬鹿ではないか、呆れる。

 だったら今から誰かに助けを求める?誰も助けてなんかくれない‥‥ずっとわかっているじゃないか、世界は厳しい、冷たい。

 最後の答えは名案だ、このまま俺が捕獲される、それなら、それなら安心だ‥‥安心のはずだが、でも虎の少女が棟弥を見逃してくれるって言うのは甘い考えだ、だって彼女は虎なのだ、外見は少女のソレでも獲物は必ず殺す、わかる、それは恐らく絶対な事なんだ。

「さぁて、やっと血肉を貪れる幸せな時間がやって来たッスね‥‥処理班が困らないようにあまり散らかすのはやめるッス、でもやっぱ他人事‥‥派手に飛び散ってもらうッス」

 死が迫っている、ああ、その相手は俺の友達なんだよな‥‥はじめて出来た最初で最後の友達だ、それが最後を迎えつつある。

「ッあ‥‥‥無茶苦茶いてぇんだけど‥‥こ、こんなに血が出てるじゃねぇかよ‥‥血を見るの苦手って言ったじゃねぇかよ」

「じゃあ見れないように眼球をくり抜いてやるッスよ、汪去の優しさを噛み締めつつ安心して血の海で溺れるッスよ」

「‥あ、ありがたくで涙が出るぜ‥」

「眼が無くなる前にしっかり泣くッスよ?もう涙流せないんッスから‥‥」

 スタッ、軽い音をたてて地面に降り立つ虎の少女、耳と尻尾がゆらゆらと楽しげに‥死を誘うように蠢いている。

 どうする?どうする?眼球をくり抜かれて悶絶する棟弥が見たいのか?見たいわけないじゃないか‥友達だぞ?

 今の俺には何がある?どうやったら棟弥を、棟弥の瞳を、両目に開いた虚空の洞窟を見なくてすむ?

 俺には手がある、これで虎の少女を殴るのか?‥‥無理だ、あっさりとかわされて殺されてお終いだ。

 俺には足がある、棟弥を背負って逃げるか?無理だ、相手は空を飛ぶような人外だ、すぐに捕まってお終いだ。

 俺には能力があるらしい、あやふやで形の無い理解していない能力だ、そんなものに頼れるわけが無い、最初からお終いだ。

 俺には‥何がある? この状況を打破するだけの‥‥‥何がある?

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あっ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あるじゃないか。

 あるじゃないか、なあ?

「無論だ、うん、アレを殺せば良いのだな?」

”幼いが‥‥意思のあるしっかりとした声”

そうだ、俺には使える”部分”があったんだ。



 一方的な展開を見るのは好きじゃない、A級の能力者らしい兄さんが血塗れに染められて行くのを見て飽きが来た。

 ポケットからガムを取り出して口にする、スースーして気持ちいい、好きだなコレ。

「確実に‥‥能力者のレベルで言うとSS級‥‥A級の兄さんに勝ち目は無しっと‥‥僕だったら1分もかからずに倒せるね」

 しかし遠目にしか見えないけどもう一人誰かがいるのが見える、能力者特有の気配はするけど‥‥微弱すぎだろ。

「天才の僕と比べるまでも無い存在ばかりだね、弱い、弱い、弱い、み~~~んな弱い」

 程度の低い戦いだ、お粗末すぎる、一方的でおもしろくない‥‥。

「‥‥‥んっ?」

 何だ? 少しおかしな気配がする、良く知っている気配だが何だか知らないような‥‥‥。

 うーーーん、凄い見知った気配だ、でも何でこんなにも思い出せないのだろう?

 知ってるはずだ、僕はこの気配の持ち主を、圧倒的な威圧感の持ち主を‥‥‥。

 でも思い出せない、理由は曖昧だが‥曖昧だからこそ理解できる、僕の知ってる気配だが”変質”している。

 そしてフッと視線を飽きたはずの世界に向けると‥‥‥そこに”姉”がいた。

 蒼い月の光に照らされて立っていたのだ‥‥‥違和感を放ちながら。



 呼ばれたから来た、それまでだ、それは絶対の命令として無意識で受け取る、それが差異の在り方。

「無論だ、うん、アレを殺せば良いのだな?」

 恭輔の望みを理解する、ならばそれはすぐに差異の望みになる、いや、最初から差異の望みだ。

「ああ、別に殺す必要は無いぞ?追い返してくれたらいいんだ、ああ、それでいいはずだ」

「そうか、恭輔は傷ついていないな?それにより心の変化が差異には出るぞ?大きくな」

 恭輔は”差異自身”でありながらも他人としても認識はある程度出来る、自分への信愛と他人への親愛、差異への信愛と恭輔への親愛。
二重の物事を感じて差異は判断する、無論差異は第一に”恭輔”である事が当然。

「いや、別に無いぜ、兎に角だな棟弥が血塗れで気絶しつつかなりヤバイ、さっさと仕留めろ」

「ん、恭輔は大事無いのだな?だったら差異の他としての怒りは無いな」

 構える、今まで通り、今までしてた通りにナイフを構える、手に持つは俗に言うバタフライナイフだ。

「ゆ、行方不明の”選択結果”の差異ッスか‥‥‥何の冗談ッスか?」

「冗談? 冗談で差異は他者に刃物は向けんぞ?ほら、さっさと戦闘態勢をとれ、うん?黙って死ぬのがお前の望みか?」

「!?‥‥‥‥あ、貴方は‥‥自分が何をしてるのわかってるッスか?」

「うん、それは深く理解しているぞ、差異の今している行為は明らかに”鬼島”に対する裏切りだな、さあ、構えるがいい」

 差異の言葉に大きく目を見開く王虎族、隙だらけだ、もう殺してしまおうか?

「う、裏切る気ッスか? 鬼島を?‥‥‥正気ッスか?」

「ん? 正気だ、そうだ、差異はいつでも正気だぞ?恭輔を、”自分”をあるがままに感じて判断して行動して、お前を殺すためにこの場に立っている、それが正気で無いとしたら世界が狂ってるんだろうな、ならば、嫌な世界だな」

「‥‥‥汪去の目的はそこのD級能力者の捕獲ッス、貴方と争う気は無いッス‥‥」

「?‥‥だったら差異は”自己”防衛としてお前を殲滅するしかないのだがな、うん、そろそろ行くぞ?会話にも飽きたし恭輔が焦っている、だから、恭輔の思考のままに差異はお前を倒すとしよう」

「ッ!?」

 軽くナイフで斬り付ける動作。

 これで十分だ。

 月が蒼い、そして赤が咲く。



「ッ!?」

 ”選択結果の差異”鬼島の中でも最強の一つとして数えられる能力者、知っていたはずだ、自分は。

 そして何処か違和感を感じさせる声音、これではまるで別の世界の存在‥‥ここまで彼女は異常ではなかった筈。

「な、何で?‥‥避けた筈ッス‥‥何で避けた筈なのに‥‥こんな‥‥」

「うん?簡単なことだぞ、今差異は右から斬り付けただろ?でもお前に避けられた、だから違う結果を選択した、もしもの可能性である”左”から斬り付けた場合の結果を選択しただけ、それだけだ、うん、何もおかしくないぞ?」

「せ、選択結果‥‥‥これがナイフを媒体とした場合のみに発動する無敵に近い能力‥‥‥無限の斬り口ッスか‥‥」

 逃げようの無い能力のはずだ、ナイフを使ってあらゆる場所を斬り付ける選択を全て選べるのだから‥‥避けようが無い。

 そして逃げようが無い。

「そんな大層な物ではないと差異は判断しているがな、人の形をした者を殺すのには便利な力だがな、うん、そうだ、例えばお前とかな」

 怖い、汪去は思う、今だって手加減されてた、本当は首を一突きした結果を選択しても良かったはずだ‥‥でもしなかった。

「‥‥何で殺さないッスか?もしかして哀れみが選択結果の心の中に存在したとか言う冗談ッスか?」

「お前はまだ情報源として使えると差異は判断した、それだけだぞ、まあ気絶しろ、こちらも急ぎだからな」

 ドゴッ

 大きく裂けた脇腹を問答無用に蹴り上げる選択結果、息が出来ない、痛いとは感じない、血が溢れる。

 ドゴッ、ゲシッ、ゲシッ。ガッ。

 早く気絶したいッス‥‥‥‥やっぱ痛い、痛い、本当に‥‥血が足りない。



「‥‥‥‥‥うあ、差異ったら相変わらず手加減無し‥‥‥‥優しさの足りない女」

 気絶したであろう王虎族の傷口をゲシゲシと無表情で蹴ってる姉を見て震える。

 顔血塗れだよ‥王虎族の返り血で‥‥とっくに気絶してるだろうに‥‥ちょっと可哀想と僕は感じるよ。

「いつもの差異で少し安心したけど‥‥‥でも、おかしい、差異が他人のために動いてる‥おかしいな」

 ブツブツと呟いてみる、口に出すと疑問がさらに膨れる、他者を良しとしない差異が他者に従う、あり得ない。

「‥‥‥ん?」

 差異に近づく男がいる、顔が立ち位置と闇のせいで見えなかった男、能力者であろう男。

‥‥‥あの写真の顔だ、D級能力者の顔‥‥やっぱり差異と一緒にいた‥‥‥予想通り、予測通りだ。

「‥‥今、顔を出すわけには行かないようだね‥‥差異の様子もおかしい、気配にも違和感がある‥‥もしかして何かしら精神操作されている?まさか、あの差異が?あり得ない‥‥しかもD級能力者に?‥‥アホらしい、馬鹿らしい、うーーん」

 血塗れの兄さんを背負って立ち去ろうとするD級能力者、差異は王虎族の頭を掴んでズルズルと引きずる‥‥おいおい。

 まあ、疑問は観察により解けるってね、とりあえず家まで案内してもらって張り込むとしますか。



「‥‥‥うん、差異の予定通りだな、このままうまく行くであろう流れに感謝しようではないか」

「はぁはぁ、糞重い‥‥‥うぅ、血がべっとり背中に張り付くし‥‥しかもさり気にこいつ大した傷じゃ無かったし‥」

 夜道を歩く、足は痛いし背中のものは重いし、何だか最悪だ、何だかじゃないか‥‥最悪そのものだ。

「我侭を言うでない、鋭利など家で空腹に耐えて恭輔が帰ってくるのを待ってるのだぞ?さっさと歩けと差異は冷たく言い放つぞ?」

「‥‥‥自分自身に冷たくされてもなぁ、差異、今しているいやらしい笑みの理由は?」

 差異が珍しく笑っている、俺の感情を受けないで笑っている、ゾクゾクする。

「なぁに、うまく話が進んでるからだ、差異の、”恭輔”の思いのままに餌が来ているからな、うん、役に立つ餌だぞ?」

「そうか‥‥‥」

 差異の言葉の意味は全然わからなかった、けど何故か背筋にゾクゾクと快楽に似たものが鼓動するのを感じる。

 今まで二回感じたことのある感覚だった。



[1513] Re[5]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/23 06:48
 呼吸をするようにソレは当たり前なことなんだと。

 理解したんだと思う、この世界はとても冷たい物で構成されていることを。

 それに気付くまでの自分は価値が無かった、まったくの価値なんてものは存在しなかった。

 僕はソレに気付くのを避けていた、避けなければ生きてゆけないと知っていたからだ。

 知っていたんだ、世界は冷たいから、たった一つの温もりを覚えてしまうと狂って消えて行くしかないのは自分だって。

 知ってしまったんだ、全てを投げ出す程の感情を肉体を、他者に与えるのがこんなにも素晴らしいことなんて。

『恭兄さま‥‥』

 会いたい、けどソレはまだ見えない。



「光遮くん、今からお昼ご飯?」

 わたしはガチガチに緊張しながら目の前に座る小柄で華奢な同級生に話しかける‥へ、平常心。

「あ、うん‥‥‥」

 トントンとテキストをファイルにしまいながら頷く光遮くん、薄茶色の綺麗な髪がフワリと舞う。

「えっと、お昼一緒に食べない?‥‥な、何でかって言うと私食堂の割引券持ってるんだ!‥‥き、期限今日までで2枚あるし、もったいないから‥‥」

 あらかじめ予習しておいた言葉を紡ぐ、うぅ、ちょっとどもっちゃった‥‥へ、変に思わないよね?

「えっ?‥‥‥う、うーん、どうしよう‥‥」

 目を閉じて困り顔になる光遮くん、その姿は何処から見ても女の子にしか見えない‥‥制服が男性用で無ければだけど。

「光遮、何をしているの?」

 ザワッ、クラスの人間全ての動きが一瞬とまる、簡単な理由で圧倒的な存在感に対処できなかった、そう言うことだ。

「あっ、遮光ちゃん‥‥‥‥ど、どうしたの?」

 知っている、光遮くんのお姉さん‥‥S級のクラスの中でもっともSS級に近いと言われている‥‥チルドレン候補の中でも一握りの存在。

 光遮くんから”大事”な物を切り落としてそのまま成長したような、綺麗だけど近寄りがたい空気を有している人だ。

 何処か遠くを見ている、透き通っているけど‥‥ちょっと怖い眼をしている、ガラスのように綺麗だけど‥あっ、矛盾だ。

「今日はお昼ご飯は別に良いから‥‥それだけ言いに来たのよ」

 凛と響く、空気を震わすような綺麗な声だ‥‥ここまで何もかも、完璧な人がいるんだ‥‥本当に存在しているんだろうか?

 あまりの自分との立っている場所の違いに疑ってしまう。

「えっ?そうなんだ‥‥‥‥‥」

 がっかりしたように肩を落とす光遮くん、元気なく項垂れる様子は保護欲をそそる、変な意味じゃなくて‥‥。

「ええ、また寮で会いましょう」

 最後まで少しも微笑まないでその言葉だけ残して去るお姉さん、何だか、凄い‥‥。

「え、えっと、今のお姉さんだよね?」

 圧倒的な存在が立ち去ってクラスの中の人間が一斉に動き出す、無論わたしもだ、お姉さんがいる間は何故か緊張して動けなかった。

 小心者だもの、わたし。

「うん、遮光ちゃんって言うんだよ?言ってなかったかな?」

「光遮くんからは聞いてないけど‥‥あの人、凄く、凄く有名だから、実際に会ってみて有名な理由が何となく」

「あはは、遮光ちゃんとのお昼の約束無くなっちゃった‥‥お誘い、受けていいかな?」

「えっ、う、うん、勿論」

 ニコッと微笑む光遮くんの言葉にわたしは必死で頷くのだった‥ええ、それはもう必死に。



 鬼島の候補生専用食堂は広い、わたしは田舎から出てきたので最初はこの設備に驚いた‥‥地元の小学校の体育館より大きいし。

 もっと言えばお金持ちだった地元の友達の志穂ちゃんの家より大きい‥‥。

「光遮くん‥‥小食なんだね、男の子なのに女の子のわたしより量少ない‥‥」

「昔からそんなに食べられないんだ‥‥‥で、でも最近は昔と比べたら食べられるようになったんだよ?」

 フルーツサンドをハムスターのようにモグモグと食べながら光遮くんは答える、わたしなんてカツカレーだ‥‥失敗。

 イメージ的に失敗だ、しかも大盛り‥‥わたしは光遮くんのお姉さんみたいには一生なれないだろう、確実に。

「そ、そうなんだ、そういえば昔からお姉さんとは仲が良いの?」

 緊張しながらカレーを口に運ぶ、間違っても口を裾で拭ったりはしてはいけない‥でもわたしドジだから‥自分を戒めないと。

「うん、遮光ちゃんとはずっと昔から一緒だったし‥‥多分仲良しなんだと思う、やっぱり仲良しだね」

「凄い綺麗な人だったもんね、何か羨ましいかも‥‥わたし一人っ子だし‥‥」

 だから両親は異常と言う程にわたしを可愛がってくれた、そんな娘は好きな男の子の前でカツカレー大盛りを食べてますお母さん‥。

「へえ~、うっ、キュウイ入ってる‥‥」

 涙目になる光遮くん、キュウイ苦手なんだ‥‥覚えておこう。

「‥‥そう言えば小さいときにお兄ちゃんが欲しいとか言ってお母さんに駄々こねたりしたなぁ」

「お兄ちゃん?‥‥‥そうか、ああ、お兄ちゃんが欲しかったんだ」

 その言い方、何となくわかってしまう、光遮くんには多分お兄ちゃんがいるんだ。

「光遮くんにはお兄ちゃんがいるの?」

 ラッキョを口に運ぶ、酸味がカレーの辛味と交わる、美味しい。

「‥‥そうだね、いるよ、一番年上の」

 アレ?光遮くんの感じが少し変わった気がする、気のせい?その割には何だか聞き流せない感じ‥‥何だろ?

「へぇ、あんなお姉さんを見た後だと何か想像できないなぁ、どんなお兄さんなの?」

 違和感の正体がわからない、だから問いかけてみる、純粋にどんな人間なのか知りたくなってしまう。

 さっきまで露骨に緊張していたのに‥‥馴れ馴れしいかな‥わたし。

”ザワザワザワザワザワザワザワザ”食堂の中の人たちの激しい蠢き。

「‥‥‥‥‥‥‥‥このキュウイ‥‥酸っぱい」

 アレ?食堂のざわめきでわたしの質問が聞こえなかったのかな‥‥光遮くんが人の言葉を無視するなんて絶対にありえないし。

「そんなにキュウイ嫌いなんだ、何か飲み物買って来ようか?」

「えっ、う、うん‥‥ありがとう」

 素直に頷く光遮くん、ソレすらも本当に些細なんだけど‥いつもなら遠慮して断るのが光遮くんのような気がする。

 本当に些細な事だと思考をそこで止める、飲み物を買って来よう、好感度‥好感度‥‥わたし汚い子かも。

「じゃあ買ってくるね」

 うわ、自動販売機無茶苦茶人が並んでる‥‥‥はぁ、好感度、好感度。



 姫字綾乃さん、Aクラスの同級生、僕に良く構ってくれる‥‥良い人だと思う。

 そんな彼女に誘われて食堂でご飯を食べている‥‥綾乃さんはカツカレーだ‥とてもとても美味しそうだけどあんなに食べれるのかな?

「光遮くん‥‥少食なんだね、男の子なのに女の子のわたしより量少ない‥‥」

「昔からそんなに食べられないんだ‥‥‥で、でも最近は昔と比べたら食べられるようになったんだよ?」

 うぅ、男の意地‥‥そうだ、昔よりは食べられるようになったんだ、でも目の前のカツカレーを見たら情けない気分になる。

 もっと食べないと男らしくなれないかな?‥‥でもずっと女の子のようだと言われ続けるのも嫌だ、けど恭兄さまに可愛いって言われるのは好きだったから‥‥このままで良いかもしれない、男らしくなった僕とこのままの僕、どっちを好いてくれるだろうか?不安。

「そ、そうなんだ、そういえば昔からお姉さんとは仲が良いの?」

 質問される、考えてみるが‥‥どうなんだろう?あまり思考が前に進まない質問だ。

「うん、遮光ちゃんとはずっと昔から一緒だったし‥‥多分仲良しなんだと思う、やっぱり仲良しだね」

 思ったままに口にする、きっと自分の言葉で正解だと思う、仲良しじゃないと一緒に寝ないと思うんだ。

「凄い綺麗な人だったもんね、何か羨ましいかも‥‥わたし一人っ子だし‥‥」

 何処か羨ましそうな声の綾乃さん、一人っ子‥‥言われてみれば綾乃さんは一人っ子って感じだ‥何となくだけど。

「へえ~、うっ、キュウイ入ってる‥‥」

 モグモグと美味しく食べていたフルーツサンド、でも裏切られる‥‥キュウイだ‥‥あう。

「‥‥そう言えば小さいときにお兄ちゃんが欲しいとか言ってお母さんに駄々こねたりしたなぁ」

 キュウイを何とか粗食しようとする僕、微かに意識を傾ける、お兄ちゃん‥‥浮かべる、恭兄さま。

「お兄ちゃん?‥‥‥そうか、ああ、お兄ちゃんが欲しかったんだ」

 自分でもわかる、少し色の籠もった、感情の傾いた言葉、だって仕方ないよ。

「光遮くんにはお兄ちゃんがいるの?」

 あっ、駄目だ、”他人”の口から恭兄さまの事柄に触れる”言葉”が出る、それだけで冷たくなる、意識。

「‥‥そうだね、いるよ、一番年上の」

 何とか呟く、もうこの話題はいいはずだ、話したくないから‥‥打ち切らないと。

「へぇ、あんなお姉さんを見た後だと何か想像できないなぁ、どんなお兄さんなの?」

 教えない、教えてはあげない、何でわざわざ食事をしながらこんなに気を削らないといけないんだろう。

 綾乃さんの事は嫌いじゃない、でも今から嫌いに”なれる”と思う、だって恭兄さまに”関連”しようとしてるから。

 僕と遮光ちゃん以外は恭兄さまに”微か”に触れても駄目、そう駄目なのだから。

「‥‥‥‥‥‥‥‥このキュウイ‥‥酸っぱい」

 綾乃さんの言葉を流して呟く、それで良いんだ。

「そんなにキュウイ嫌いなんだ、何か飲み物買って来ようか?」

 僕の言葉に椅子から立ち上がって微笑む綾乃さん、それで良いよ。

「えっ、う、うん‥‥ありがとう」

 だから”恭兄さま”の事柄に触れる前の僕を理想としながら、うそぶいた言葉を吐く。

「じゃあ買ってくるね」

 そう言って食堂のざわめきに飲み込まれてゆく綾乃さん、凄い張り切りようだ、何でだろう?

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 綾乃さんはさっきの会話で恐ろしいほどに細いけど、確かに糸が恭兄さまとの間に渡ってしまった、それを考慮する。

 明日から綾乃さんとは少し距離を置こう、置かないと駄目だ‥‥また聞かれたら、嘘を付く事は出来ない。

 恭兄さまはいつも真実じゃないと駄目だから、嘘で染めるわけにはいかない‥‥。

「‥‥‥恭兄さま‥‥いま、何をしてるのかな」

 不安、先ほどのように誰かが恭兄さまを”知る”と言う事が、だって僕達のものなのに。

僕にはこの独占欲だけで十分。




「流石は誇れ高い王虎族だ、もう回復してるではないか‥‥うん、蹴り足りなかったか?」

「‥‥遠離近人の中にも悪魔を名乗ってる人がいるッスが‥‥貴方に比べたら可愛いもんッスよ‥」

 あの後、D級能力者の家まで引きずられて‥‥文字通り本当に引きずられて家に付く頃には傷跡も既に完治しかけていた。

 遠離近人全体にも言える事だが回復能力が半端ないのだ、王虎族はその中でもさらに高い自然治癒能力を有している。

「ん?、治り掛けた傷跡を蹴ったことを怒っているのだな、では謝れば良いのか?」

「いや‥‥‥今度は蹴らないと約束して欲しいッス」

 水の檻に閉じ込められながら汪去は背中に冷たい物が流れるのを感じる、野生が完全に目の前の相手に屈服しているのだ。

「そうか、その約束は違えぬ様に努力しよう、さて‥‥っと、それでは本題に入るとしようではないか」

「そうですね、ちなみに嘘を付いた場合はこちらの一方的な判断で痛めつけるので」

 目の前にいるSS級『選択判断』と『水銃城』と呼ばれる能力者、鬼島の中でも上位に所属するSS級。

 その中でも自分を刹那で血の海に沈めた『選択判断』は危険だ‥‥優しさが無い、そこが一番やばい。

「さて、さっさと質問しようではないか‥‥今、鬼島の中では差異と鋭利の行方不明‥その事についてはどのレベルの事柄に設定されている?」

「‥‥そこまで重要視はして無いッス、みんな貴方達程の能力者が死んだとは思って無いッスし‥‥‥ただの気まぐれにしては帰りが遅い‥‥そんな感じじゃないッスか?実質、本当に危機感を持ってるなら仲違いしようとも”脳”も”牙”も自分達で行動するはずッス」

「‥‥と言う事は貴方の今回の恭輔への遭遇目的は私の任務の引継ぎ‥‥D級能力者の確保‥そうなのですか?」

「あー、そこ何ッスけど、”脳”と”牙”のお願いで貴方達の探査も含まれてたんッスけど‥‥‥」

 言い難い、それはもう全力で言い難かったりする‥‥‥。

「安心しろ、お前のその口ぶりで理解したぞ? 差異たちの探査は名目上‥‥だろ?うん、間違いは無いはずだが」

「せ、正解ッス‥‥」

 ここに来る前に上司の言われた事とまったく同じ言葉、その通りだ。

「あらら、冷たいですよね‥‥私が”牙” 差異が”口”からいなくなるのは”腕”にとっては好都合‥‥‥確かに”鬼島”内でもっとも権力の無い”腕”が”牙”と”口”‥‥そして”脳”のためにわざわざ本腰入れて私達を連れ戻す何て事は偽善すぎますものね」

「だな、だが差異たちにとっては好都合だな、これで幾らかの情報を改善すれば暫くは静かに暮らせそうだ‥安らぎは人にとって大事だと差異は常々感じているからな」

「左様ですか、私もその意見には同意ですね、”恭輔”もそれを望んでいるのですし私達に”思考”を挟む余地は無いですね」

 この会話、やっぱり違和感だ、違和感が付き纏う、今の『水銃城』の言葉‥‥半分しか理解出来ない。

 恭輔?D級能力者、それを中心にこの二人は行動している、それはわかる、今までの言葉と態度と行動で理解は出来る。

 しかし、そこに”理由”が付属していないのだ、そこが違和感‥‥彼女らのこの一体感は何だ?気持ち悪い。

 尻尾が逆立つ、微かにだが‥‥。

「さてと、そのためにはお前に”鬼島”に戻って働いてもらわないとならないな、ああ、今裏切れないようにしてやるぞ‥」

 水の壁が無くなる、今のこの疲弊した体でSS級二人を‥しかもこの二人を相手に逃げ切るのは不可能だ、無駄な抵抗はしない。

 薄い笑み、それを浮かべる『選択判断』 手にはナイフ‥‥あれ?殺されるのかな‥‥自分。

 振るう、腕を‥‥前の戦闘と同じで気が付けば痛みが走っている、体に。

 しかし圧倒的な熱量の痛みではない、微かな痛み、取るに足らない痛みだ。

「え、えっと‥‥これは何ッスか‥‥‥」

 ちょうど心臓の上に走る僅かな切れ目、大した事は無い、一分もたたずに回復するだろう。

「ああ、”弔い”と差異は呼んでいるぞ、まあ、名前なんてどうでも良いけどな‥‥‥そこに”一突きで心臓を刺し殺せた”と言う結果を挿入した、条件の発動としては差異達を裏切った場合だな、死ぬぞ、それはもう確実に」

「‥‥‥‥‥あ、悪魔がいるッス‥‥金髪の悪魔が‥‥」

 生命線を握られた、これから先にあるのは果てしの無い奴隷生活‥‥きっと報われることは無い。

「ひどいな、そのような言われ方‥‥差異は結構優しいんだぞ?もし差異が優しくなかったら既に殺してるではないか、失礼だ、本当に失礼すぎだぞ」

「‥‥とんでもないのに命を握られたッス‥‥‥」

「同情しますよ、それでは今から貴方にして貰う事をお話しするので、しっかり覚えてくださいね」

 頷くしか無いではないか‥‥汪去は項垂れるようにがっくりと頷いた。

 先には絶望しか見えないッス‥‥‥金髪の絶望。

「‥‥さてと、うん、そろそろか」

 絶望の囁きがもれた。


「ふぁあああああ、良い月だね、僕の好きな蒼い、蒼くて大きな月だ」

 D級能力者の家の前にある三階建てのビルの屋上で横になる、青白い光が心地よい。

「って言うか‥‥差異、どうしちゃったのさ、その、何と言うか、違和感ばりばりだよ?」

「うん、それは差異も自覚しているが既に手遅れの問題だぞ沙希、とりあえずこんばんわだな」

「ああ、こんばんわだね」

 いつの間にか僕の横に立っている差異、気配は感じなかったな‥‥相変わらず怖い姉だ。

 しかし、気付かれるのが早すぎたか‥‥何も掴めないままの戦闘は好きだけど効率は良くない。

「沙希らしくないぞ?隠れてこそこそと、ん?ならば沙希の方こそ違和感ばりばりではないか」

 見上げる、うあ、既に手にバタフライナイフ持ってるし‥‥優しさって言葉を覚えてよ‥頼むからさ。

「僕の場合はいいの、軽いイメージチェンジだと思ってよ‥‥でも差異、差異のはそんな可愛いレベルじゃないようだね」

「うん、そうだな‥‥そうかもしれないのだが‥そこも既に”追憶”しそうになっているからな」

「‥‥精神作用系の僕にはわかるね、かなりおかしな物に絡まれたみたいじゃないか‥‥それも染み渡ってしまってるようだね」

「ああ、既に差異の場合は完璧に浸透してしまっているぞ、だから、沙希がここに来たのは無駄と言う事実が出来るわけだ」

「‥‥‥‥今の差異は怠慢だね、そんなの差異は今まで一緒に生きてきてはじめて見る、ちょっと感動だよ」

「そう言うな、さて、どうするのだ?姉妹同士で殺し合いというのはおもしろくないぞ?予測するに最後は片方が涙だ」

「そだね、戦う理由は良く考えたら‥良く考えなくても無いよね、でも今の差異は異常だからさ、大人しく帰って来る気は無さそうだし」

「”鬼島”は差異のいるべき場所では無かったらしいな、うん、違うか‥‥どう言っても言葉にはならないか、沙希、お前の言っていることは子供が遊園地から帰りたくないと言っているから子供を又裂きの刑にして半身を遊園地に、半身を家に連れて帰る行為そのものだぞ」

「‥‥グロテスクな説明あんがとね、ふむ‥‥何となくだけど理解しつつはあるよ、にわかには信じられないけどね‥あのD級能力者の力‥‥でもまだ掴めないな、本質がわからない」

 差異の言動から予想するソレ、でもそれは‥‥予測しているソレは既に能力者の有する力とは別種のモノのように感じる。

「すぐにわかるぞ沙希、うん、餌は魚に食われないと餌ではないしな」

「何を言って‥‥‥」

 ゾクッ、寒気だ、寒気が走った。

 何故なら差異と同じように、気配を感じさせずに目の前に、いつの間にか、そこに。

 例のD級能力者が立っていたのだから。



[1513] Re[6]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/24 16:02
ビルからビルに飛び移る、それはもう簡単にピョンピョンと。

月の青白い光を身軽に纏わせながら憂鬱な言葉を吐き出す。

「はぁ‥‥まさかスパイにさせられるとは‥‥気分が重いッス」

何でこんな事になったんだろう、不幸だ不幸、不幸以外の言葉が思いつかないくらいの不幸、金色の髪をした不幸。

「‥‥‥‥役に立たなくなったら即効殺さないッスよね‥‥‥あの人‥‥‥あぁ、考えるだけで将来は真っ暗ッス」

跳ねる、つい5時間前まではこうやって楽しく飛び跳ねながらこの街に来たのに‥‥今は深い絶望が付き纏いそんな気分にはなれない。

あれだ、人生とは何が起こるかはわからない‥‥それを身を持って知ってしまった、知りたくなかったけど、強制だし‥‥。

「‥‥‥こんなんじゃ理想の王とは言えないッス‥‥そこに至るまでの道からどんどん遠ざかってゆくッス」

また憂鬱な呟き、誇り高き虎の王である王虎族、しかもその名を与えられた自分がこのような情けない位置に立つ事になろうとは‥‥。

でも逆らうことは許されない、理由は殺されるから、これ程に単純な理由で人を支配できる言葉があるだろうか?逆らったら殺す。

まさに噂どおりだ、『選択結果』は人の心を有していないとは良く言ったものだ、アレでは圧倒的な死以外の何者でもない。

しかしやはりおかしい『選択結果』が自分を生かしている事実がだ、鬼島へのスパイ‥‥もしくは情報操作として自分が使えるとしても。

噂どおりの『選択結果』なら自分を最初の一戦で殺したはずだ、完膚なきまでに、その考えに自分で思う、核心に近いだろう。

だが殺さなかった、活用価値があるからと言って‥‥ソレは”誰にとって”の活用価値なんだろう。

駆ける。

そもそもおかしい‥‥おかしいのだ、『選択結果』と『水銃城』の二人が同時に鬼島を裏切ると行為が、違和感の一つ目。

そして何故、あのD級能力者の傍をはなれないのだろう、SS級能力者の二人だけならば鬼島相手にでももっとうまく立ち回れるはずだ、

違和感の二つ目。

駆ける、駆ける。

『選択結果』と『水銃城』そしてD級能力者、その存在としての圧倒的な違和感、何故だろう、アレではまるで‥‥一つの群れ、いや、一つの生き物に見える‥‥‥‥そこに”他者”はまるで必要としていない、違和感の三つ目。

 駆ける、駆ける、飛ぶ。

 その三つの違和感が不安を誘う、自分もいつかそこに飲まれそうな、漠然とした不安が、心を軽く締め付けている。

 何なんだ、何なんだ‥‥正体がわからない‥‥どうしてあそこまでの”違和感”を放っているのか。

「‥‥あのD級能力者‥‥どうやらそれが”中心”ッスね‥‥‥‥」

 わかる、理解している‥‥『選択結果』は”彼”の一部である事を、当然のように。当たり前のように、そこにいて

 そしてそれに従い自分を倒したのだ。

「‥‥‥怖いッスね、『選択結果』と『水銃城』が”何かされた”ソレに自分が勝てるとは思わないッス」

 怖い、根本的な、”何が怖い”かわからない恐怖、ソレに自分は勝てるのだろうか?勝てるはずが無いではないか‥わかっている。

 もしかしたら今、このまま裏切って‥‥死んでしまった方が良いのかも‥‥そんなわけはないか‥。

「‥‥‥ん?‥‥‥この気配は‥‥‥‥」

 駆ける、駆ける、飛ぶ、思考を切り替える。

「‥‥同族ッスか‥‥‥‥近いッスね‥‥しかも気のせいか‥‥」

 感じる、近い‥‥自分と同じ気配、遠離近人独特の世界に嫌われている、この世界の住民と認められない者の気配。

 しかもこの気配‥‥‥‥あの一族の、絶対に近寄りたくない気配‥‥とても同じ空間に住まいたくない気配。

「‥‥‥‥気のせいか‥‥気のせいか汪去の来た方向に向かってるッスね‥‥」

 恐ろしいスピードで自分の来た方向に向かうソレ、何となく目的を理解する‥‥まあ、大丈夫だろう。

 何て言っても『選択結果』が負ける事なんてありえない、彼女が膝を地面に付くなんて‥想像できないではないか。

 はぁ、それを想像できたら自分はこの死の呪縛から逃れる可能性があるのに‥その希望は思うだけ無駄だ、皆無に近いのだから。

「さて、汪去はせいぜい使い勝手の良さをアピールして殺されないように努力するしか無いッスね‥‥」

 心臓の上、皮膚を淡く撫でる‥‥既に傷口など無く、痛みも無い‥‥しかしそこに確実に死は潜んでいる。

「はぁ、憂鬱ッスね‥‥今現在も、これから先も‥‥」

 月の光に照らされながらも心には高揚の欠片も無く、この夜のように暗い闇だけが存在していた。

 まだ夜は明けない。



 自分でも意識してここに来たのではない、自分の一部が呼び寄せたのだ‥‥俺は虚ろな思考で確信していた。

 目の前には差異と同じ容姿をした少女、違うのは髪と瞳の色、無論服装もだが‥‥‥それと纏う空気。

 銀色の髪と透き通った薄緑色の瞳、素直に綺麗だと思えるそれは強い意思の光でさらに輝いて見える‥いや、輝いている。

 あぁ、綺麗だな‥‥そう思いながらも”まだ”足りない何か‥‥目の前の相手にはまだ足りない‥‥己の一部‥差異に目を向ける。

「‥‥‥安心しろ、ん、恭輔‥‥すぐに、すぐに認めさせてやるぞ、差異が望むのではない‥‥恭輔が”すぐ”に望む、いや、望んでいる、それを差異は推し進める‥‥そうだ、恭輔が”もっとも”自然の形になれるように‥‥差異は妹を喜んで差し出そう」

 ニコッと差異が微笑む、理解している言葉‥‥全てがわかる、俺がここに、差異に呼ばれた理由も”きっと”起こるであろう結果も‥でも

 わからない事も存在する、それがわかるように差異は俺をここに呼んだのか‥‥そうなのか?

「差異は判断したぞ、うん、恭輔は望んでいる‥‥っが、自分では意識して”ソレ”を活用出来ないとな‥‥ならば恭輔の一部である差異には”自己”である部分もまた認めてもらっている、それならば、それならばと判断したのだ」

 言葉、ああ、差異は当たり前に、俺の一部‥‥思考するのも馬鹿馬鹿しい”喋り””思考して””使える”一部。

 だったら、俺の、俺であるが故に俺の望みもわかってしまう‥‥そう言うことだ、それがそこの銀髪の少女。

 俺に”必要”な部分を有しているのと言うのか?‥‥それは差異、差異のように‥‥差異のようになのか?鋭利のように‥そうなんだな。

 必要な部分を、補って、また、俺の”一部分”でもある、”銀髪の少女””なのか?

 ならば‥‥この月明かりの下で‥‥俺は見て判断するしかない‥‥‥この虚ろな思考のままに‥‥あぁ、今日は疲れてるんだ。

 早く見せてくれよ差異‥‥‥差異、俺の一部であるお前が判断するであろう結果を‥‥‥‥教えてくれ、早く‥‥。

 そこの銀色は”俺”なのか?



「‥‥さっきから意味のわからない会話をありがとう差異‥‥本当に何処かに逝ってるんじゃないよね?」

「わかるわけがないだろう、沙希がそれをわかるなら今からする行為も意味の無いものになってしまうではないか‥‥」

 バタフライナイフを片手でクルクルまわしながら差異は僕を無表情で見つめる、そこだけは変わらない‥‥だが違う。

 違和感が‥‥違和感が怖い、D級能力者と話しているときの差異は、まるで‥‥‥まるで‥‥言いようが無い恐ろしいもの。

 そう感じてしまう、そしてそれに答えるD級能力者は覇気の無い瞳でこちらを見ている、何だ?‥‥虚空の様な瞳。

「‥‥その”行為”‥‥あまり受けたくないんだけど僕、あれだよね?きっとろくでも無い事だと僕は思うんだ」

「うん?安心しろ沙希、そんな思考は邪魔だと今の差異は判断しているぞ、さあ、さあ、準備をしろ‥‥それによって大きくこの後のエンディングも変化するんだぞ?」

 怖い、今までずっと一緒に育ってきた姉、最愛とまでは言わないがそこそこ愛しているだろう姉、その言葉が理解出来ないのが怖いのでは
ない‥‥そうだ、そんなものは恐れにも及ばない‥‥怖いのはこの闇のように、何もかもがわからなくなってしまった姉そのものだ。

「‥‥‥戦わないとそのナイフで刺されるんだろうね‥‥」

「もしくは斬られるだろうな、うん、そこに関しては差異はどちらでも構わんぞ?」

 金色の髪を掻きあげながら差異は薄く口元を笑みの形にする‥‥本気だ、戦わないと殺されるのだ、姉に自分は。

「‥‥‥あぁ、こうなったら差異をボコボコのズタズタにしつつ鬼島に連れ戻してそのおかしくなったであろう頭を治してもらうしか無いようだね、そうと自分で決めたなら僕は戦えるよ?差異とさ」

「ん、訂正だな、おかしくなったのではなくて”最初からそうだった”とな、そして沙希もそうあるべき‥‥いや”そうなんだ”‥‥今からそれを恭輔に証明しないとならんのでな、殺さない程度に痛めつけてやろうではないか‥‥」

「‥‥選択結果と戦うことになるとはね‥姉だし‥‥これは僕の今までの怠慢が招いた罪だったりするのかな?」

「さあな、いつでもかかってくるがいいぞ”意識浸透”(いしきしんとう)?差異は問答無用にそれを叩き伏せようではないか、ん、それが妹でもな」

 ナイフを構える差異、闇の中で銀色の光が殺意を発しながらこちらを睨みつけている‥‥まあ、刺さっても斬られても死ぬよね。

 大丈夫だ、ある一定の領域に入らなければ望むべき”結果”も起きよう筈が無い、この距離なら大丈夫‥‥大丈夫。

「僕も死ぬのは嫌だからさ、全力で行かせてもらうよ‥‥全力でね」

 意識を広げる、一気に”外”に向けて開放される意識‥‥屋上を、この屋上に僕の意識を解き放つ、浸透させる。

 そこに何があるかわかる、意識が、この世界に解き放たれる、よし、これでいい、全てを認識するんだ。

「‥‥ん?浸透させたか‥‥それでは、差異も行くとしよう、しっかり見せてくれよ、沙希、お前の”強さ”その他もろもろをな」

「何を言っているのかわからないね、そんな差異を見るのは辛くて悲しくて苦しいから気絶してもらわないと‥‥それが一番良いんだ」

 走る、走る差異、相変わらず無茶苦茶早い、僕は昔から駆けっ子では差異に勝てた覚えがない、一度も。

 でも大丈夫だ、ここの世界は既に僕の意識の中、僕の味方‥‥誰も僕を傷つけられない。

「‥‥さっそくか、うん、趣味の悪い能力だな‥‥‥沙希の性格を良く表してると言えるな」

 ”高速”で飛んでくる”ソレ”をナイフで全て叩き落しながら差異はため息を吐く‥‥我が姉ながら失礼な奴だな。

「そして次は”コレ”と、っと、当ったら死ぬな‥‥姉に対して手加減をしないと言うのは酷い話だ、差異は悲しいぞ」

 地面から硬質化して伸びる”ソレ”ナイフで何気なく叩き斬る、この姉は‥‥少しはうろたえて欲しいものだ。

「ん、こんなものでは差異は倒せんぞ?ほら、そのコートの中にある物も全部出すが良い、全力で来ないと差異は本当にお前を瞬殺してしまうぞ‥‥」

 高速で飛んでくる”石コロ”、地面から硬質化して伸びる”雑草”それを全て斬り、刺し、叩き、沈めながら差異は呟く。

「‥‥そのようだね、流石は我が姉‥‥いつもなら大体これで倒せて仕事終わりなんだけどね」

「何て楽な仕事をしているのだと差異は問うぞ?これで同じ給料を貰っていたのだ‥‥やりきれんな、やりきれん」

「あはは、でも本当にこのままでは勝てそうに無いね、お望みどおりに‥‥出そうじゃないか」

 コートの内ポケットに手を入れる、うん、色々出そう、全部出さないと姉には‥差異には勝てそうに無いかも。

「まずは、ガラスの破片っと、CDにペーパーナイフ、そんでもってガソリンっと、後はライター」

「ペットボトルにガソリン入れてる奴は沙希ぐらいだと差異は思うぞ‥それでは来るが良い、全力で」

 意識浸透‥‥新たにコートから出したソレに自分の意識を浸透させる、使い慣れた道具だ、一瞬で浸透してしまう。

「じぁあ、行くよ、尖がったものが多いのに注意してね」

「ん、了解だ」

 差異が頷いたと同時に僕はソレらを空に放り出す、今までコレをした人間はみんな死んだ気がするけど。

 差異なら大丈夫だろう。



 飛んでくる、ガラスの破片が、CDにペーパーナイフが、そしてガソリンは地面を這うように足元に近づいて、ライターはその近くで火を
放とうかと邪悪な野望を持ちつつ笑っている‥‥どんな状況だ。

 意識浸透、一定の空間に自分の意識を文字通りに浸透させる能力、つまりは脳から精神がはみ出して無機物に浸透するわけだ。

 浸透したそれらは沙希を護るために自動的に行動する、それはもう気持ちの良いぐらいの働きぶりだといえる。

 ガラスの破片を叩き落す、砕けたソレは挫けずに差異を襲う、量が多すぎて”結果”が追いつけない、刺さる、痛いな。

 故にその一定の空間にあるもので沙希の能力は大きく変化する、だから沙希はそれを補うための道具を持ち歩くためにあのようなコートを
いつも羽織っている、夏場は良く愚痴っていたな。

 CDが高速に回転しながら飛んでくる、避けるとそれは地面に突き刺さりながら嫌な音をたてる‥‥当ったら首が飛んでた。

 精神作用と物質作用か大いに区別しにくい能力なのだが本人は精神作用と公言している‥‥、まあ、自分の精神を、意識を空間にあるもの
に浸透させているのだから精神作用と言えなくも無いか‥‥。

ペーパーナイフが地面を這うように、蛇のように近づいてくる‥‥紙を切れ、紙を。

「えげつないものばかり出しおって‥‥ん?ガソリンには火を付けんのか?差異は別にそれでも良いぞ」

「いくら何でも死ぬでしょ‥ソレ、一応出しただけだよ‥‥姉の焼死姿なんか見たくないからさ」

「だが、これで良い、ん、強いな沙希」

 差異は今まで、能力者同士の戦いで”血”を出したことは無い、でも今は微かにだが血を出している、強い。

「まあ沙希は天才だからね、差異‥‥そろそろ降参した方が良くない?アレだよ‥‥あまり差異の血塗れ姿って僕はそそらないんだよね」

「そうか?これで喜んでくれた男がいるのだがな‥‥しかし」

「わかってるよ、差異は全然本気じゃないよね、”同時選択”とか使ってないし‥‥何が目的なのさ?わからないから気分悪いんだけど」

「なぁに、目的は既に終わったとも言える、うん、これで良い‥‥沙希が”強い”、そして”使える”と判断出来れば良かっただけだ」

 ナイフをたたむ、もう戦う理由が無いからだ‥‥これからの事を考えると少し愉快だったりする、姉失格だな差異は、元からか。

「差異、差異?何を言ってるのさ?わからないんだけど‥‥それは降伏って受け取って良いのかな?」

 沙希が心底わからないと言った感じで能力を停止させる、その時点で駄目だな沙希、駄目過ぎるぞ沙希。

「ん、違うぞ、”餌の時間”だと言ってるんだ、差異はな」

「ッ!?」

 差異がナイフを仕舞うのに付き合って能力を停止させるからだ沙希、精神の浸透しなくなった空間では何処に何があるかは”眼”で確認し
ないとわからないのにな。

「い、いつの間に‥‥」

 その中で差異にばかり集中してた沙希、うん、作戦通りだな、後は”全て予定通りだ”

 なあ、恭輔、差異の‥‥”恭輔の一部”の判断は間違ってなかったろ?



 目の前の戦いを見ていた、俺にはそれしか出来ないから、とりあえず見ていた。

 差異が押されてる、これは凄いことだ、押しているのは銀色、とても綺麗な銀色。

 わかる、差異が言っていた意味を理解する、いや最初から理解していたのだ。

 ”これは良い”‥‥とても良いぞ差異‥‥‥ゾクゾクするぐらい気分が高まるではないか。

 強い、あの差異の体から‥‥”俺のもっとも強い”部分から血があふれ出てる、感動する。

「あぁ‥‥いいなぁ‥‥アレはいいぞ、差異」

 銀色の髪が綺麗だ、月に照らされてキラキラと光っている、何もせずに腕を組んで能力を発動させている‥‥尊大だ。

 でもいい、だって強いのだから‥そして綺麗、その態度でいい、俺が認めてやる、凄い。

「‥‥ああ、だから差異は俺をここに‥‥そう言う事だな、お前の”判断”は間違ってない‥‥最高じゃないか」

 差異、俺の一部、耳が音を拾うように、鼻が香りを嗅ぐように、目が風景を認識するように。

 ああ、差異も”判断”したんだ、俺のもっとも忠実な”一部”として‥‥この”銀色”を、差異の”妹”は‥‥。

 ”恭輔の一部ではないか”

「‥‥ははっ、いいぞ差異、やっぱり差異は‥‥”俺”の部分で一番使える、それを証明してくれたんだな‥ははっ」

 だったら自分のするべき事は簡単だ。

 鼻で臭いを嗅いで美味しそうだったら飯を食うだろ?眼で見てうまそうだったら飯を食うだろ?

 じゃあ、今の俺の取るべき行動は‥‥‥一つじゃないか差異。



「ッぁ!?は、はなせ!」

 首を締め付けられる、それも尋常ではない力、僕の軽い体は簡単に地面から宙に浮いてしまう。

「嫌だな、意識に余裕があれば能力を発動させるだろう?だったら地面に足をつかすわけにはいかないな」

 言葉の通りだ、苦しい、能力の発動にまで気が回らない‥‥油断した、油断してはいけない時に‥油断してしまった。

「‥‥綺麗な目をしてるな、双子でも差異とは違うんだな‥‥でもこっちの方が俺は好みかも知れないな」

「恭輔‥‥差異の気に入ってる部分は髪だけか?はぁ、それは悲しいぞ、ん?」

「差異の紫の眼も好きだぞ、”俺の部分”では好きな部分だ、つうかただのナルシストじゃん」

「違いない、うん、それもそうだな」

 怖い、差異が笑っている、そこにいる、D級能力者に寄り添っている、当たり前のように、そこにただ寄り添っている。

 怖い。

「なあ、沙希だったっけ?‥‥いや、うん、差異の判断は間違ってない‥‥これはいい、いいな」

「うん、そうだろう、差異もそう判断したのだぞ?さあ、離したくないだろう?その右手が首を締め付けてるだけの”繋がり”では満足で
きないだろう?また、”コレ”をした後に恭輔は今の記憶を無くす、でもいいではないか、これからは差異が判断してやる」

「‥‥‥‥わからない、差異の言葉はわからないけど‥‥」

 覗き込む、僕の瞳を‥‥先ほどの虚空の瞳ではない、何か‥‥何かが蠢いている、律動している‥‥何だ?

 ギリギリっとさらに首を締め付けられる、冗談ではない力‥‥差異は黙って僕を見つめている‥‥そろそろ助けても良くない?

 姉として失格だな差異は‥‥。

「わからないけど、ああ‥‥きっと差異の言葉は正しい‥‥‥何も考えられない‥‥けど、”ここ”なんだな」

「ん、そうだ、恭輔それを外せば‥それを外せ、さあ」

「ッ‥‥な、何を‥‥‥‥」

 D級能力者の右腕が空を掻いた、それだけのはずだった、本当に今思えば‥‥”それだけ”だったんだ。



「ッぁあああああああああああああああああああああああああああああ、あ、あぁぁ」

 来る、来る、来るんだ、何だ、何が来る?‥‥怖いとも、恐怖とも違うソレが‥‥来るんだ。

 圧倒的な質量で。

 僕が空間を浸透するように、何かが僕に浸透してくる‥‥何で、何でだ?‥‥これは何だ?

「あぁ、あ、ぁぁ、差異‥‥‥気持ちが良い、気持ちが良い‥‥こいつの‥沙希の”強さ”も”綺麗”も全部‥全部”俺”に出来る‥あぁ」

「あ、な、何を‥‥何を言っているんだ‥‥僕は”僕”だ‥‥何を言っているんだ!」

 怒りに染まる、僕は天才だ‥‥僕は強い、僕は綺麗だ‥それは絶対、それは”僕”のものだ、お前のものではない。

「そして俺だろ?‥‥‥俺の中で俺を誇示してるんだよ、今のお前はさ‥ははっ、気持ちいい、”ソレ”すらも俺になってるじゃん」

「えっ?え、あぁ‥‥違う、それは違う‥‥違うんだ」

 不安、微かな不安‥‥アレ?‥‥‥お前のものではない?‥‥ここに僕”以外”の誰もいないじゃないか‥何を言ってるんだ‥僕は。

「アレ?‥‥‥うん、そうだけど‥‥釈然としない‥‥釈然としないんだ」

 ゴポゴポと、泡を立てながら、音をたてながら、思考が染まる‥‥何が疑問だったっけ?

「それすらも、もう、駄目だろ?あるべき”部分”で行動しろ、なあ、沙希?」

「そ、そうだね‥‥えっと、思考が纏まらないんだ?何でだろ?」

「俺が首絞めてるからじゃないか?‥‥あれ?何で俺、お前の首絞めてるんだってけ?」

 そうだ、何で首を僕は絞められてるんだ‥‥絶対じゃないか、絶対これのせいで思考が虚ろになっていたんだ、うん。

「っあ‥‥‥苦しかった、冗談にしては手形まで付いてるんだけど”恭輔サン”?」

‥‥うん、苦しかった‥‥”自分”のもう一つの首絞めるなんて‥‥自殺願望があるのか恭輔サンは‥やれやれだ。

 アレ?‥‥何考えてたんだっけ‥‥ああ、そうだ、自覚したんだ”僕”は。

「さぁて、終わった終わった、帰るとしようではないか二人とも」

 呆然とする僕と恭輔サンを無視してその場を立ち去ろうとする差異、僕の姉‥‥あぁ、ちくしょう。

”はめられた”



[1513] Re[7]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/11 18:43
 転校生が来た。

「今日からみんなの友達になる江島恭輔くんだ、恭輔くんは重い病気で」

 興味が無さそうに、実際に興味が無いのだろう、教師がその転校生に関する事柄を延々と喋る。

 俺も教師と同じで興味が無いので窓から見える外の風景を見つめていた、こんな激しく雨の降ってる日の転校生かよ。

 イメージわりぃな。

「‥‥っで、彼はD級能力者らしい、それを理由に決して苛めないようにな」

 そう締め括って終わる先生の言葉、クラスの奴等が皆唖然としている、馬鹿顔ばかりだ。

 D級か‥‥本当にいたんだな、可哀想なやつ、お先真っ暗人生じゃん、おっ、いま雷鳴った、すげぇ。

 つうか先生もわざわざ言わなくていいのによ、感じ悪いな、そんなんだから奥さんに別れられるんだよ。

「うぇ、D級って能力者で一番下の奴だろう?なんか国が研究のために生かしてるって言ってたぜ、いつ殺されても文句言えないって」

 うぜぇ

「お、俺も聞いたぜ、何か俺たちのような普通の人間より劣ってるつうか立場が下なんだろ?先生もああ言ってるし」

 うぜぇ、うぜぇ

「あれ?でも能力者なのに俺たちより下って‥‥何でだろ?」

 うぜぇ、うぜぇ、だからガキは‥‥あっ、雷がまた鳴った。

「”鬼島”が決めてんだよ、しらねぇの?だから”それで”良いんだよ」

 何も知らないガキだな、D級能力者はお前等”一般人”の不の感情を全部背負ってるだけだよ、少しはニュース見て新聞見て思考しろ。

「あーー、席は、そうだな、政木の席の後ろが良いな、ほら、みんな席を詰めろ」

 ガヤガヤ、俺の列が動き出す、政木は疑うべきも無く俺だ、そんでもって俺の後ろかよ‥‥‥不幸な奴。

 誰かが俺の隣を横切る、転校生だろう‥‥まあ、興味ねぇから見ないけど、雷の方が眼におもしろいし。

 クラスの奴等の視線が俺の後ろに集まるのを感じる、何となくわかる、どんな奴か観察してんだろ?

 親が先生が公認したもんな、お前等より立場が低いってな、世界が公認してるから疑問に感じない‥‥それでは生きている価値ねぇし。

「「「きゃぁああああああああああああああああ」」」

 鳴る。

 それは突然だった。

 あまりの音に時間が止まる、雷が校庭に落ちたんだろうな、天井の蛍光灯が割れてガラス降り注ぐし、ざまあみろ。

「み、みんな机の下に入るんだ!」

 バカな声、地震じゃねぇんだぞ?でもクラスの奴等は先生の言葉に従い机の下に入る、世界に疑問が無いから。

 音の鳴らない空間が構成される、まだビリビリ言ってるな、ビリビリビリ、その中で俺は一人欠伸する。

 ふっと思う、そういえば後ろから何も音きこえねぇな、気絶でもしてんのか?

 焦げ臭い臭いのするクラス、いつになったら机の下から出てくるんだ‥‥馬鹿しかいねぇのかよ。

 思いながら

 後ろに振り向く。

「‥え、えっと‥‥‥‥」

 視線が絡む、あどけない表情、とても同級生には見えない‥‥何て顔してやがる、涙流してんのに、多分怖かったんだろう。

 呆然としてるじゃねぇか。

 何で机の下にかくれねぇんだよ、怖いなら従えよ、意味ねぇけど。

 何なんだよ、こいつ。

「い、今の雷だよな?お、お前は隠れないの?でも意味ないよな、えっと、どうしよう?」

 プッシャァァアアアアアアアアアアアアアア

 言葉が紡がれると同時にスプリンクラーが発生する、つめてぇ、馬鹿どもはまだ自分の世界で震えてる、”いる”のは俺とこいつだけ。

 つめてぇ、こいつの涙が一瞬で流される、あー、どんな出会いなんだよ俺たち、インパクトありすぎ。

「しらねぇよ、つめてぇ‥‥雷って本当に地面に落ちるんだな、今まで”見た”ことなかったから信用してなかったし」

 何で喋ってんだろ、無視しろ無視、こんな変な奴ほかにいねぇぞ?関わると人生変わりそうな予感がするし。

「あっ、そ、それ俺もだ、凄い綺麗だった、地面にあたると、何か、這うように広がって‥‥」

 こいつも先生の話無視して外見てたのかよ、転校初日から気合入った駄目っぷりだな、こいつは多分勉強できねぇな、確実に。

 少し興奮したように染まる頬、白い肌してんな‥‥外で遊んでねぇのか?

「まあな、お前の名前なに? 何か恥ずかしいし、みんな出てくる前に名乗れよ、今」

「うぁ、先生が言ってたじゃん‥」

「聞いてない」

 本当は聞いてたけどな、こんなすげぇ出会いだし、せっかくだからこいつの声で聞きたい、妻に捨てられた先生の言葉より。

 こいつの声で。

「あっ、っと‥‥江島恭輔って言います、よろしくお願いします」

 何で敬語なんだよ、言い馴れてないのか?まあ、いいや、マジつめてぇ‥‥もうスプリンクラー止まっても良くないか?

「わかった、じゃあ江島な、ガラスの破片が頭に乗っかったまま水に濡れつつ挨拶するぜ、俺は政木棟弥、好きに呼べ」

「こ、これってアレか?友達になろうとかそんな感じの‥‥アレか?」

 何が”アレ”なんだよ、さっぱりわかんねぇ、わかんねぇけど”アレ”でいいよ。

「そうだよ、あーー、こんな演出でダチなるなんて初めてだわ、ははっ、もうダチはお前だけで十分かもな」

 何となく、何となくそう言った、本当に単純に口から出た言葉だ、感情そのままだ、こんなわけわかんねぇ状況で出た言葉。

 ガラスの破片がポロポロと零れ落ちてくる、水が容赦なくすげぇ勢いで降り注ぐ、何処かから誰かの震える声が聞こえる。

 そんな中で、俺の言葉は江島の耳に届いた、そら届くけどよ、あいつの表情が柔らかく染まる。

 涙を流した瞳は少し赤くて、白い肌はガラスの破片で切れたのか血を微かに滲ませ、それでもこいつは。

 泣き笑いのように俺を見た、まだ話して二分もたってないような時間で、そんな表情。

「あっ、お、俺も‥‥‥友達百人より‥‥多分お前の方がいい‥‥うん」

 何だよ‥‥友達百人って‥‥意味わかんねぇ、でも思いは届く、ああ。

「そーかよ」

 そう言って外を見る、もう、今日はさっさと家に帰りたい、つめてぇし。

 そして明日からこいつを連れまわして遊ぶとしようか。



「あっ、棟弥ちゃん、目覚ました?」

 声が聞こえる、これは”今”だ‥‥寝てたんだな‥‥夢がリアル過ぎて寝た気がしねぇ。

「おう、姉ちゃん‥‥毎回ご苦労さん」

「いえいえ」

 ベッドから立ち上がる、今何時だ?

「江島は? もう帰った?」

「とっくに帰ったよ、棟弥ちゃんの事心配してたわよ?」

 背中斬られたんだよな?‥‥正直浅い傷だったと思うが‥‥血が苦手なんだよな俺、少量ならまだしも。

 気絶の理由はそれか?情けねぇ。

「そうか、あー、腹減った、何か作ってくれよ姉ちゃん」

 間延びする、俺を家まで送ってくれたって事はあの後うまくいったらしいな、きっとアレだ、あの差異ってガキだな。

 何となく確信に近い、まあ間違いは無いだろう。

「いいわよ~、今回は何処と喧嘩したの?」

「鬼島」

 常人が聞いたら卒倒するような俺の言葉に姉ちゃんは”へぇ~”とだけ呟く‥‥頭にカビ生えてるのかもな、疑う。

「でも鬼島か~、凄いわね、棟弥ちゃんが喧嘩するって昔から恭輔ちゃんのためだもんね~」

 ニコニコ、人の良さそうな顔、実際人が良いのだけど童顔だし、何か昔から姉って感じがしない人だ。

「そうか?‥‥あー、江島って言えば」

「?」

 机の上を漁る、えっとだな‥‥‥‥確かこの辺に‥‥あった。

「アルバムあいつに返さねぇとな」

 リュックに入れてと‥‥‥これで良しっと、明日あいつの驚いた顔が眼に浮かぶぜ。

「ちゃんと借りたものは返さないと駄目だよ、じゃあ私はご飯作ってくるね~」

「おう」

 部屋からいなくなる姉ちゃん、甘ったるい匂いを残して‥‥あの人の将来が少し心配だ。

「‥‥ふぁ、ちょい眠いかも‥‥夢の中まであいつに付き合ってやったし‥今度は普通に寝るか‥」

 横になる、あー、背中がちょい痛い‥‥”姉ちゃん”手を抜きやがったな。

‥‥出会いの夢は暫くいいな、インパクトありすぎ。



 夢を見た、出会いの夢だ、あいつとの出会いの夢、インパクトありすぎ。

「おはよう恭輔サン♪」

「あーー、おはよう」

 階段を下ってると沙希がシュッタと元気良く片手をあげて挨拶をする、朝からテンション高いな。

「ふぁ、結構寝たのに‥‥寝た気がしない‥‥」

 あいつのせいだ、あいつの‥‥嫌がらせだ、目覚ましメール大量に送信してやる。

「さ~て、今日の朝ご飯は何かな」

 トコトコとリビングの方に行く沙希‥‥‥朝からあのコート、ガソリンとかも既に入ってるのか?

 アレ?‥ガソリンって何でそんな事知ってるんだっけ‥ペットボトルの‥‥?

 沙希は俺の”一部”だから何もおかしくないのか‥‥うん、そうだ、俺は沙希の”全て”を把握してるのは当たり前じゃないか。

 朝から思考が混濁してんのか?‥夢のせいだな‥今日こそはアルバムを返してもらおう。



「こら沙希、野菜も食べろ、そんなのでは差異のような美人にはなれんぞ、ん?」

「自分で言わないでよ自分で‥、まあ、僕と同じ顔だから美人とは認めるけどね‥‥あれ、味噌汁味付け濃くない?」

「恭輔がそれが好みなのだ、ならば、だろ?」

「あー、そこまで染まるんだ、しかも僕もう理解してるし、うん、これで良いかも」

 何だ、そう言う事だったんだ、昨日の夜から今日の朝で僕は完全に理解して”染まった”

 当たり前じゃないか‥‥僕は自分が大好きだ、だったら”恭輔”サンは好きだ、僕自身なのだから。

 その意に従うのは当然だよね、呼吸するようも簡単じゃないかな?

「はぁ、これでSS級三人が行方不明ですか‥‥鬼島の他のSS級に同情しますね、私達の仕事は全部彼らに行ってるのですから」

「そんなのもう”知らないよ” 僕は今日から何をしようかなぁ」

 鬼島なんて今となっては”どうでもいい”だって恭輔サンはそう望んでるから、その考えは間違っていない。

 味噌汁を啜る、うん、ちょうど良い味だ。

 でも鋭利より僕のほうが完全に”恭輔サン”になりきれてると思う、僕は自分が好きだから‥‥僕自身であり他としても認識出来る恭輔サンが大好き‥‥そうなってしまう、だから‥‥だから今は差異のした行動の意味が強く理解できる。

「?‥何話してんだ?‥‥お前等はいつも朝は難しい話をしてるな‥難しいつうか理解出来ない話」

 鮭の骨を器用に取りながら恭輔サンは首を傾げる、昨日の事は覚えてないみたい‥いや、”当然”になってるから疑問が湧かないのか。
僕達は恭輔サンを自分として認識しつつも他としても感じることが出来る、でも恭輔サンは僕達を”一部”としか認識出来ない。

 故に最初から”僕達”は自分であったと意識が改善される、それはとても恐ろしいことだが当たり前なこと。

「何でもないよ、恭輔サン‥鮭の皮も食べようよ」

「ん、やる」

 ハシでひょいと口に入れてくれる、うん、美味しい‥これこそ日本人だね、差異の焼き加減は最高。

 料理が出来るって重要なことだよね、女の人にとって‥‥僕は出来ないけど‥‥天才だから許されるだろう。

「ん、恭輔、そろそろ学校に行く時間ではないか?起きるのが遅かったから自業自得だな、うん」

「だったら”お前等”のせいでもあるぞ、起こせよ‥‥ふぁ、じゃあ行ってくるわ」

 立ち上がりながら僕のお皿から食べかけの出汁巻き卵をヒョイと取って食べる恭輔サン‥‥等価交換ね。

「ああ、行って来い‥‥大事ないようにな、差異は祈ってるぞ」

「‥‥そんないつも死ぬような思いはしたく無い」

 リュックを背負って疲れた顔で出てゆく恭輔サン、うん、大丈夫‥‥その”学校”まで意識は浸透させている。

 恭輔サンは”僕自身”だから僕の能力は常に恭輔サンを守っている状態、完璧だ。

「やはり沙希は”正解”だったな、恭輔の”一部”として役立っている」

 僕の思考を読んだのか差異がにやりと意地の悪い笑みをする、ああ、僕は正解さ、これからも恭輔サンの一部として完璧である。

 彼の思考に殉じ、従い、無意識で行い、何も望まず、そこにある、腕のように、足のように、それは歓喜、”当たり前”である歓喜。

「でもさ差異、役立つ役立たないは重要じゃないよ、だって僕は既に恭輔サンなのだから‥‥ね」

「ん、違いないな」

 差異は笑った、清々しい程の綺麗な笑み‥‥僕をはめた癖に‥‥もう、それすらもどうでも良いけどね。

 どうでも良いんだ。



 スズメのさえずり、ちゅんちゅんと、ただの生き物の鳴き声なのに気分が良くなる物だ。

 青く広がる空、漂う白い雲、照らす太陽、いつも通りの世界なのだろうけどコウは素直に感動する。

 こんなにも世界は素晴らしい、断言できるほどに‥‥そんな世界の中。

 コウは逃げてました、だって捕食されそうだから。

「うぁあああああああ」

『カアーーー、カアーーー』

 黒い鳥が追ってくる、凄く性格が悪そうな鳴き声だ、掴まったら殺される、食べられる。

 森‥‥”律動する灰色”に住んでる”鳥”さんはとても紳士的だ、しかしこっちの世界の鳥さんには言葉が通じない。

 カアー、カアーとしか言わない‥‥でもわかる、食べる気が満々だと。

「戒弄ちゃん、た、助けてぇえええええええ」

 叫ぶ、声を張り上げて逃げる‥‥でも何も帰ってこない‥‥コウは迷子なのだから。

『カアーーー、カアーーー』『カアーーー、カアーーー』

 増える、黒い鳥さんが‥‥それはもう楽しそうにコウを追いかけてくる。

「きゃあああああああああ」

 絶叫、朝の冷たい空気を切り裂きながら、羽を羽ばたかせながら、全力で飛翔する。

 人間達が横を通り過ぎるが誰一人助けてくれない、どうせ小動物がいつものように食物連鎖の渦に飲まれると思っているのだ。

 それは確かにそうだ、コウは小動物‥‥例え”遠離近人”でも、例え”井出島”でも、人間より矮小でちっぽけな存在だ。

 でも気付いて欲しい、怖い‥‥助けて欲しい、このまま何も感じずに横を通り過ぎる人間達の”日常”に埋もれて死にたくない。

『カアー!』

 背中を掴まれる、あぁ‥‥何かを思考しようとする前に地面に叩き伏せられる、動きを封じられる、いつも彼らが捕食してるであろう鼠達のように。

「あ、あぁぁ‥‥‥こ、コウを食べても美味しくないよ?‥‥‥ほ、本当‥‥です」

 自分でも何を言ってるのかわからない、勿論黒い鳥さんもわかってないだろう。

 クリクリとした黒い瞳でこちらの顔を覗き込む、感情の無い黒い眼、爬虫類のソレとまったく同じ冷たい目。

『カァーーーー!』『カアーーー、カアーーー』

「う、うぁ」

 駄目だ、実感している‥駄目だ、逃げられない‥このまま”日常”に埋もれて‥‥鼠達のようにみっともなく四肢をもぎられて死ぬ。

 クラクラする‥‥地面に叩き伏せられたときの衝撃だ、たったそれだけでクラクラ‥‥本当に自分はちっぽけだ。

こんな惨めな最後は嫌だと心から思った。

『カァーーーー!』

 黒い鳥は鳴いた、食べようと。

「残念、お前等にはもったいない餌だな」

‥‥そして知らない声も聞こえた。



 いつも通りの学校へと通う道、変わり映えしない風景。

「棟弥の奴‥‥今日アルバム忘れてたら家まで取りにいってやる」

 昨日の怪我の様子だと、あいつ曰く”姉ちゃん”‥‥遠見さんの”治療”で全快してるだろうし、学校には来るだろう。

「ん?」

 ”緑”が映る、木の葉の様な‥‥いや、それよりもっと薄くて、透き通った緑、それが通り過ぎる。

「戒弄ちゃん、た、助けてぇえええええええ」

 しかも喋ってる、むしろ叫んでる‥‥‥えっと、人間‥‥小さかったよな?

『カアーーー、カアーーー』『カアーーー、カアーーー』『カアーーー、カアーーー』

 それを追うような黒い群れ、追ってるのか‥‥カラスだな、しかも結構な数。

「‥‥まあ、助けを求めてたな、うん‥‥あー、まあ、遅刻でもいいか‥‥向こうは命の危機っぽいしな」

 走る、追うのは眼にも鮮やかな純粋な緑、もう一度見たいし、やっぱ追う方向で正解だな。

「つうか”アレ”は何だろう‥‥この歳で妖精信じるほど‥‥いや、マジで妖精かも」

 アレだけ綺麗なんだ、妖精でも精霊でも何でも良いような気がする、兎に角助けてやって、もう一度見たい。

 走る、カラスが溜まっている‥‥川の横、草の生い茂った場所で‥‥緑っと‥‥動いてない、気絶してんのか?

『カアーー!』『カアーー、カアーー!』

「う、うぁ」

 怯えている緑、小さな人間に羽根が生えている‥そんで緑、綺麗な緑色の髪をしている‥周りの”自然”である草の緑が霞むほどに。

 これは‥‥溝鼠を食って生活している小汚いカラスにはもったいない‥‥食物連鎖とかじゃなくて俺が認めない。

 だから、とめよう、カラスを。

『カァーーーー!』

「残念、お前等にはもったいない餌だな」

 リュックを振り回す、何匹かカラスに当る、動物虐待だな‥‥でもこいつらも”緑”を苛めてたよな、食べるために。

 変わんないよな。

「ほらほら、さっさとどっか行け、しっしっ」

『カァーーーー!』『カアーーー、カアーーー』

 逃げる逃げる、所詮はカラスだな‥‥いや別にカラスが嫌いなわけじゃない‥‥今回限りだ。

「‥‥うわ、マジで妖精っぽい‥‥ちょっと感動だぜ‥ん」

 持上げる、羽を掴んで‥‥うん、呼吸はしてる‥‥大丈夫だろう。

 でも初めて見たな妖精‥‥いや、誰でも初めてか‥‥‥”あの部屋”で”ずっと”読んでた絵本通りだ、綺麗。

 絵本とは違って俺をあの狭い部屋から連れ出してくれなかった”妖精”今更会えるとはな‥‥苦笑する、望みは遅れてやってくる‥か。

「しかし‥‥絵本なんかよりずっと綺麗なんだな」

 薄緑色の透き通った髪、耳はピーーンと尖ってる、森の中で仲間の声を聞きやすくするためって書いてたけど、どうなんだろう?

 幼げな容貌で「うーーん」って唸ってる‥‥まだ子供なのか、よくわからんけど。

「このまま見終わったから”はいお別れ”ってここに置いてったらまたカラスに襲われるだろうし‥‥うーん」

 土手に横になる、いい天気だ‥‥妖精にも会えたし、昨日の虎の少女と違ってこんな出会いなら大歓迎だ、毎日来い。

「‥‥何で”君”はあの”時”に来てくれなかったんだろうな‥あー、もしかして遅刻常習犯とかだったりしてな」

 胸ポケットに緑の”ソレ”を入れてやる、これなら襲われないだろう、学校どうしよう‥‥面倒になった。

 こんな天気の良い日に妖精に出会ったんだ、学校なんて‥‥あっても無くても同じだな。

 眼を閉じる。

 胸ポケットから感じる体温が心地よかった。



 温い‥‥昔、お母さんが巣で自分を包んでくれた温もりに似ている‥‥人の肌の温もり。

 戒弄ちゃんは一緒にいてくれるけど、温もりはそんなに感じない‥‥それより他者の血の温もりで染まってるほうが似合っている。

「‥‥‥‥あ」

 間抜けな声、そうだ、コウは死んだんだっけ?‥‥でも死んだら温もりは感じれない‥‥そのぐらいコウにもわかる。

 じゃあ眼を覚ませるの?‥‥コウは眼を覚まして”世界”にいる事がまだ可能なのかな‥‥ドキドキして眼を開ける。

 暗い、あれ?‥‥じゃあ死んだのかな?‥でも自分はこうやって”意思”がまだある、おかしい。

 体を動かしてみる、動く‥‥鳥さんのお腹の中?‥‥そのわりには心地よい‥‥心地よい温もりだ。

 凄く優しい気分になれる‥‥そんな温もり、お母さんの温もりとやっぱり似てる。

「‥‥ん、んしょ」

 体はやはり動くのだ、じゃあ死んでいない‥‥コウは死んでいない‥‥光が見える、そこに出よう。

 何故か自分が生きているのか死んでいるのか‥‥そんな事はどうでも良いと感じている部分がある。

 この温もりの正体を知りたいのだ、自分は‥‥‥。

「あっ」

 視界が開かれる、蒼い空、流れる風、川の流れる音。

 でも

 そんな事より

 誰?

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 寝ている‥‥気持ち良さそうに、何処にでもいるような顔の青年、とりたてて特徴の無い、そんな青年。

 温もりの正体。

 ザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 風が走る、気持ちの良い、コウの好きな風。

 その中で、何故か苦しい、胸を押さえる、これは何なんだろう。

「ふぁ‥‥おぉ、起きたか‥‥すげぇ、眼の色も薄い緑なんだな、沙希ともまた違う‥‥うん、でも綺麗だ、予想通りだな」

 ”暖かい物”が眼を覚ます、黒い瞳‥‥キラキラと光っている、喜びが伝わる‥‥何で喜んでるんだろう?

「え、えっと‥‥」

 何も言えない、顔が紅葉する‥‥なんなんだ、何なんだ‥‥理解できない、暖かい。

 これではまるで。

「ん?人間の言葉は喋れないのか‥‥‥えっと、どうしよう」

 勘違いだ、それは勘違い‥‥‥コウは喋れる、ちゃんと喋れる。

「しゃ、喋れます、あ、貴方は一体誰ですか!」

 少しムッとして声をあげると”彼”は驚いた顔をしてこちらを見る、どうだ、驚いたか。

「何だ、喋れるじゃん」

「ッあ」

 それでも微笑む、こちらの思惑など無視して純粋に‥‥‥ああ、何も声が出ない、喉がならない。

 そう、これではまるで。

 でも理解する、それは間違っていない。

 短い時間、ただの温もり、それだけでコウは‥‥こんな一瞬で‥‥”駄目”になってしまったんだと。

 絵本に書かれている”妖精は恋をしやすい”

 その通りだ。



[1513] Re[8]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/28 09:28

棟弥に出会う、もっともっと昔。

その頃の世界はとても狭い中に存在していた、薄暗い部屋、窓の無い部屋、自分しか存在しない空間。

そんな中でやる事は特に無く、たまに母さんが持ってきてくれる絵本だけが楽しみだった。

強請る事も媚びる事もせず、母さんが気まぐれで持ってくるソレを待っていた。

今思えば妹や弟のお古のものだったか、古本屋で安く買ったソレかはわからないが‥‥でも待っていた。

ガチャ

音がした、ドアの開く音‥‥幼い俺はソレだけで顔を輝かせていたんだろう、惨めだった。

「‥‥‥恭輔、出てらっしゃい」

ベッドの中から出て素直に母さんの元へ駆け寄る、何も疑問なんて無い。

母さんが部屋に完全に入りきらず、僅かに開いたドア‥‥廊下の向こう側から話しかけても疑問なんて無い、あろうはずがない。

「はい、今日のご飯と‥‥‥後は絵本‥‥‥大切に読むのよ」

一冊の本とコンビニのおにぎり、それが俺の前に置かれる。

母さんの腕は部屋に僅かにも入るのが嫌なようにサッとすぐに消えてしまう。

「‥‥あ、ありが‥‥」

ガチャ

閉まる、絵本で書いていた言葉を言おうとしたが今日も失敗、まだ”ありがとう”は言えない。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

また一人の空間、”一人”って事に気付いたのつい最近‥‥‥これは”一人”って事なんだ‥‥うん。

とりあえずお腹が減っている、おにぎりを食べよう。

「‥‥‥‥おいしい?」

食べてみる、いつもと変わらない味、これは何て言うんだろう、確か絵本には”まずい”か”おいしい”って書いてた。

選ぶのだろうか?それとも同じ意味‥‥わからない、俺にはわからない”言葉”がいっぱいだ‥‥誰か教えて欲しい。

「‥‥‥あっ」

思い出す、今日は”絵本”をお母さんが置いていってくれたのだ‥‥とても嬉しい。

「え、えっと‥‥‥‥」

”妖精の手招き”‥‥‥‥前に読んだ絵本では妖精は悪戯ばかりする”いけない”子だった。

うーん‥‥今度もそんな子のお話なのかな‥‥だったら少し嫌かも‥‥悪戯はしちゃいけないんだ。

僕は”良い子”なんだから、いつもお母さんが言ってくれる、この部屋から出ることはいけない事。

教えてくれる。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

ベッドに横になる、ホコリ臭い‥‥‥1ヶ月に一度お母さんがかえてくれる、でも最近はかえてくれない。

 だったら仕方ない。

「‥‥‥‥‥」

 絵本を見る、羽の生えた小さな女の子が少年の腕を引いて空を飛んでいる‥‥そんな表紙。

 少し興味が湧く、どうせもう読む本なんてない‥‥だったら。

 一ページ目を捲った。




「‥‥‥これはまた‥‥厄介な代物を拾ってきましたね‥‥‥」

「うん、別に差異はそうは思わないぞ?こんなに”普通の場所で”見ることなんてないからな、感謝はしても厄介とは思わないぞ?」

「‥‥それで、どーするの恭輔サン、僕はどうでもいいけど、間違いなくこれが家にいたら厄介ごとは起こると思うよ?でも捨てて回避することは‥‥怠慢かもね」

 視線が集まる、その先は俺の肩にとまっている”ソレ”だ、まあ当然と言える。

「‥‥‥厄介なのかコレ?」

「うぅ‥‥‥」

 羽を掴んで持上げる、ビクビクと怯えているソレは決して”厄介な代物”には見えない。

「あー‥‥別に”ソレ”が厄介じゃないんだよ恭輔サン、僕の”知り合い”にも同じように”ソレ”と行動を共にしてる奴がいるんだけど‥‥かなり厄介‥‥いや、厄介と言うよりは手ごわい‥‥奴でね、関連性があるのかなって思ってるだけさ」

「ちなみに私も‥‥”ソレ”と同じものを随時付属してる”存在”を知っています、ええ、とても厄介です‥‥会いたくないし会ったら逃げるかその”存在”を殺すしかない‥‥遭遇しての選択がその2択しかない理不尽な”存在”なんですよ」

「ん、”あいつ”の事を話してるのか?ああ、それを”厄介”のレベルで済ませてるのか‥‥あれは”天災”だ”天災”‥‥ふむ、そうか”これ”がいるという事はあいつもこの街にいる事になるな‥‥ん、大丈夫だ、差異が殺してやろうではないか」

「「それは助かるね(りますね)」」

 差異の言葉に凄く嬉しそうな顔で同意する鋭利と沙希‥‥つうかさっきから”殺す”連呼しまくり‥‥何つう物騒な‥”俺”ってそんな”破壊衝動”を気付いてないだけで心に秘めてるのか?‥‥こ、怖い。

「まあ、いいけどな‥‥それじゃあ俺はちょっと風呂入ってくるわ‥‥川沿いで寝てたら汗かいたし」

 ベトベトする、さっさと風呂に入ってすっきりしたい。

「ん、既に風呂は沸かしている、ああ、寝巻きは洗って洗濯物の上に置いてあるからな」

「わかった」



「う、うぅ‥‥皆さんお久しぶりです‥‥そして戒弄ちゃんの破壊性、暴力性をコウと一括りにしないで下さい‥‥」

 びっくりした‥‥‥”あの人”の巣についてみるとそこには”鬼島”のSS級の知り合いが三人もいた‥‥驚くに決まっている。

 しかも”選択結果””水銃城””意識浸透”のトップレベルの能力者ばかり‥‥戒弄ちゃんなら喜んで小躍りまでしそうなメンバー。

 名前を聞いてわかった‥‥”恭輔”さまが例のD級能力者‥‥それでもこの”状況”には疑問が湧く。

「お久しぶりですねコウ、まさかいつもと違って戒弄さんではなくて恭輔に付属してくるとは驚きでした」

「それで‥‥どうしてこんな所でしかも恭輔サンに拾われて家にやって来たの、過程を知りたいな僕は♪」

「え、えっとですね‥‥戒弄ちゃんと一緒にいない理由ははぐれちゃったからです、きょ、恭輔さまと一緒にいたのは危ないところを助けて頂いてそのまま‥‥‥この街にいる理由は皆さんが行方不明と言う事から仮定して‥‥その原因のD級能力者‥‥恭輔さまの近くの人物‥‥もしくは恭輔さま本人が強者だと‥戒弄ちゃんが‥‥って事です」

 一気に説明しきる、これで大体は通じたはずだけど‥‥‥差異さんが眼を見開いて不思議そうにコウを見る、説明しきれなかったかな?

「ん?‥‥アレだ、まあ、素直に教えてくれて感謝しているが‥‥”恭輔さま”とはどういう事だ?‥‥差異の聞き違いではなかったらそう聞こえたのだが」

「う、え、えっとですね、コウの”屡羽族”(るうぞく)には命の恩人には”さま”を付ける掟がありまして」

「ん、初耳だな、差異もまだ無知という事だな‥‥うん、勉強になった」

 コウの嘘にコクコクと頷きながら納得する差異さん‥‥うぅ、嘘をついたのは生まれて初めてだ、嫌な気持ち。

「しかし”鬼島”ならわかりますが”井出島”にも私達の行方不明の件は知られているようですね‥‥まあ、当然とも言えなくも無いですが」

「そうだね、僕はまだ人数には数えられていないだろうけど‥‥んー、何だかどんどん厄介になってきてるような‥‥嫌な感じだよね、差異の”交渉”に彼が応じたら状況も変わるんだろ?」

「いや、もっと状況は”悪くなる”うん、それはもう絶望的にだな、だがそれで良い、こちらが”中心”に動いているから、多少の無理は効くと差異は判断している、全ては”伏線”だ、恭輔の一部として差異は思考して考えて悩んだ結果がこの”交渉”だ」

「うわ、そうなの?‥‥何となく差異の考えは理解出来るけどね、恭輔サン自身も確かに望んでいる事、無自覚だけどね‥‥底なしだよ?それに応え続けてたら”鬼島”が”どうにか”なると思うんだよね僕」

「そのための交渉だ、うん、多分応じるだろうと差異は思っているぞ?そして”井出島”すらも向こうからやって来たのだ、利用しない手はないな、ん、動いていない他の”異端組織”にも幾らか手を打って見るか?」

「はぁ、差異は急ぎすぎですよ‥今の状況で他の‥‥例えば”楚々島”(そそじま)辺りに手を出すとしますよ?‥状況はそれを許してくれませんよ、一気に三つとの組織は動けば他の異端組織も黙っていないでしょう、私達だけではその時点で既に対処しきれなくなります」

「え、えっと」

 完全にコウを無視する形で話し出すSS級の皆さん‥‥物凄く物騒な話をしてる気がする‥‥いや、している。

「ああ、すまん、忘れてた‥まあ、要約するとだな、コウをこのまま帰すわけにはいかないわけだ、うん、迎えが来るまで‥”と言っておこう”‥‥それにコウの”気配”がする方が戒弄もここの場所がわかりやすいだろうしな‥うん、”お前達”にも通じるのか、人間以外にも通じるのか、差異は興味が絶えないな、恭輔もきっとそれを望んでる‥”それに”」

 コウをチラリと見る、今までとは違う、差異さんの瞳‥‥紫のその眼は底なしに深遠を称えているような‥‥不思議な色を放っている。

「”騙せてはいないぞコウ”、この言葉を理解してないだろう?ん、でもいいぞ‥‥そのままでいてくれと差異は思う、気付いてしまったら”実験”にならんのでな‥‥結果は差異にもある程度予測できるぞ、”人生”を捨ててまでも望む結果だと思えばいい」

「さ、差異さん‥‥?なにを‥‥」

 今までの、本当に違う‥‥いつも冷たくて綺麗だった差異さんの瞳、その中で何か、”何か”蠢いている。

「そういう事ですか‥‥確かにこの後の”遭遇”での”仮定”、恭輔の”コウ”に対する”ゆらめき”を考えたら‥‥予測できますね‥‥
恐ろしい結果ですよ?わかるんですよ‥‥‥わかるに決まっている」

「だね、差異って怖いよね‥‥僕のときよりもずっと”えげつない”‥‥”女の感”で動くのは酷いよ?‥間違っては無いけど結果が酷い
‥‥先に言っておくけどコウ、ごめんね♪‥今なら助けれるんだけど僕も”一部”だからさ、怠慢だよね」

 そして鋭利さんと沙希さん‥‥何を言ってるのかはわからないけど同じ、差異さんと同じ”気配”

 ”何かの下で一つだ”

「あ、あのですね、一体さっきから何の話をしてるんですか?わ、わからないです‥‥」

 素直に問いかける、だって理解できないのだから‥‥それはとても怖い。

「ん、それは言えないな、でも、”後”にわかるであろう、理解出来る言葉を与えてやろう」

 微笑む差異さん‥‥‥こんなに透き通った微笑みははじめて見る。

「の、後にわかる言葉‥‥ですか?」

「差異は酷い子だからな、言おうではないか、”その感情が狂いの根本”とな、今はわからないだろう」

「え、えっ?」

 わからない、差異さんの言葉通りだと後にわかるらしいけど‥‥”その感情が狂いの根本”‥‥何か難しい言葉。

 それは”今”はまだわからなかった。



「‥‥‥‥‥そんな事を‥‥‥わ、私が容認すると思っているのかね?」

「さあ?‥‥自分は裏切り者の連絡係ッスから、そこまで関与しないッスよ」

 任務を終えて帰ってきた部下‥‥人払いをした後に彼女の口から出た言葉に私は絶句した。

「これだけは言っておくッスけど、別に鬼島を”裏切れ”とは”彼女”も言ってないッスよ、ただ今の”腕”の待遇に貴方は満足なんッスか?」

「ッ‥‥それはそうだが‥‥私に”彼女達”を信用するような要因は何一つ無いのだぞ?」

「でも、今の”腕”の所属者達だけで”上”を狙うよりも”選択結果””水銃城””意識浸透”の声に乗った方が確実に‥‥そうッスね、
それが例え少々の”ルール違反”でも事が終われば‥‥そう言う事ッス」

 その言葉に体が微かに震える、そんな事言われなくてもわかっている、こんなに美味しい話はもう一生ないかもしれない、そこまでのも
のだ。

「‥‥‥しかし、これは‥‥‥”ルール違反”だ‥‥その裏にあるものを私が気付いていない‥‥そうなのだね?」

「勿論ッス、気付かれないように細工をしてるッスからね、だから乗るか乗らないかは貴方の自由ッスよ、ちなみに自分は別に”鬼島”に
対して特別な感情は無いッスから、貴方を卑下しないッスよ?」

 意地の悪い笑み、それに合わせるようにリズム良く尻尾がいやらしくゆらゆらと揺れている。

「わ、私は‥‥‥‥そして、こんな事では決して鬼島は揺るがない‥‥そうなのだ、揺るぐわけにはいかない」

「そうッスか、じゃあ、そう言う風に伝えて来るッス、でもまた来る事になるッスね、”新しい条件”で多分」

 椅子から立ち上がって部屋を去ろうとする彼女、本来ならここで部下を呼んで彼女を捕縛するべきなのだ。

 ”新しい条件”

 その言葉、その言葉が‥‥私の思考を停止させる、まだあるのか?

「ああ、自分の給料もういらないッスから、それでは」

 バタン、ドアが閉まる、軽い音と共に私の高ぶりを沈めるように。

「‥‥‥‥‥‥あぁ‥‥‥‥私はどうすれば‥‥‥」

 情けない、しかし呟くしかないではないか‥‥今の私にはそれしか出来ないのだから。

 ”腕”の中でも能力の無い私が今の立場‥‥”腕”のトップになれたのはこの”決断力”だと自負している。

 だが今回ばかりは‥‥今回ばかりは本当に危険な、危険すぎる賭けだ。

 机の上に瞳を向ける、家族写真‥‥‥‥私以外は能力者でも何でもない普通の家族。

 これを”守る”だけでいいのに‥‥何故”欲”が出てしまう‥‥‥‥必要ないはずなのに‥‥。

 そして”欲”がまた来る‥‥新たな条件と共に。

「あぁ」

 私は絶望と歓喜のため息を吐き出すのだった。



「きょ、恭輔さま、えっと、暫くお世話になる事になりました」

 妖精‥‥コウが頭を下げる、風呂上りの俺はその言葉に首を傾げる‥‥嬉しいけど。

「俺はいいけど、いいのか?コウって”井出島”の”遠離近人”なんだろ?」

「えっと、コウのような”弱い”遠離近人には”仕事”とか無いですから‥‥べ、別に井出島の遠離近人みんなが”仕事”をしてる
わけでは無いんですよ」

「へえー、じゃあ、ずっとここにいてもいいわけなんだな」

 何となく言う、別にずっといて欲しいわけじゃないけど‥‥憧れの”妖精”だもんな、長く見れるほうが良いに決まってる。

「そ、それはちょっと‥‥井出島には”家族”も”友達”も‥‥それに戒弄ちゃんも‥‥‥えっと、ごめんなさい」

 謝る‥‥”少し”残念だ、仕方がないか‥‥‥仕方が無い?それじゃ何か執着してるみたいじゃないか。

「いや、別にいいよ」

 冷蔵庫を開けて中から麦茶の容器を取り出す、良く冷えていて嬉しい限りだ。

「あっ、え、えっと‥‥‥んしょ」

 パタパタパタ

 コップが飛んでくる‥‥‥‥ちょっと驚いた。

「あ、あんがと」

「え、えへへ、どういたしまして」

 コップを全身で必死に掴んで持って来てくれたコウにお礼を言う‥‥結構力があるんだな、顔真っ赤だけど。

「コウも飲むか?」

「あっ、コウはいいです、人間さん達の食べ物や飲み物はちょっと‥‥蜂蜜さえ頂けたら‥‥」

「まんまだな」

 感心する、ここまで絵本通りだと本当は遠離近人なんて事がどうでも良くなってくるな。

「ま、まんまですか?‥‥‥どう言った意味でしょうか?」

「いや、何でもない‥‥‥‥っで? いつまでいるんだ?」

「んと‥‥多分明日ぐらいまでかと‥‥それまでには戒弄ちゃんも見付けてくれると思うし‥‥こ、コウが戒弄ちゃんを”止める”のでご安心を!」

 ”止める”?‥‥言っている意味が本当にわからないけど、アレだな、友達か何かが迎えに来るって事なのか?

 今度は色違いの妖精だったら嬉しいけど‥‥‥やっぱ”緑”が一番好きかも知れないな。

「つうか明日までを”暫く”って言うのも微妙なところだがな‥‥」

 でも嫌だけどやっぱ認めよう、俺は”残念”に思ってるわけだな、結局は‥‥‥でも相手にも事情があるのは当たり前。

「うっ、で、でも、また遊びに来ていいですか?」

 ”何処かで聞いた言葉”‥‥つい最近の様な、そんな言葉‥‥誰が言ってたかな‥‥思い出せない。

「おう」

 思考が纏まらないままに俺はそう返事をした。



 トントン

「ん?‥‥誰だ?」

 懐かしさに駆られて例の絵本を読んでいた俺をノックの音が邪魔をする。

 あー、今良い所だったのに‥‥って何歳だよ俺。

「ん、差異だ、入るぞ」

 無造作に部屋に入ってくる差異、以前買ってやった有名メーカーの子犬をあしらったパジャマを着ている。

 まあ、”俺”は身嗜みには結構こだわるのだ、服も一ヶ月で結構買うしな‥”他人”の服装とかはどうでもいいけど。

 もし彼女が不精な女でも結構許したりするんだろうな、うん。

「うん?‥‥何だその本は?差異も見たいぞ」

「ほれ」

 差異に読みかけの絵本を渡す、別に今すぐ読みたいほどでもないし‥‥”眼”じゃなくて”差異”が見るだけだ、違いは無いか。

「‥‥‥読んだぞ、うん、納得した」

「‥‥‥無茶苦茶速読じゃねぇかよ」

 そういえばこいつ‥‥‥いつも新聞を朝食を作る前のほんの三分ぐらいで全部読んでるんだったな‥‥”我”ながら凄い。

「ああ、”コレ”か、恭輔の”コレ”が”ゆらめき”の正体だな、ん、記憶も少しずつだが差異は得ている‥‥が、不明瞭だったからな」

「‥‥‥何を言っている?」

 差異から”何か”が伝わる、それは‥‥”ざわめき”紫の瞳が俺の眼を射抜く‥‥濡れている、紫に濡れた”俺の好きな部分”

「コウは下のソファーで疲れて寝ているぞ恭輔、ん、そして恭輔は心の底で”ざわめく”から‥‥差異がまた”判断”してやろう、うん」

 開けっ放しの窓から風が入ってくる、涼しい、でも、でも汗が背中に湧き出る。

 差異の細く小さな手が俺の頬に触れる、熱い、熱い、風呂上りだからか?‥‥‥違う。

「”正しい”ぞ、これは”鋭利”にも”沙希”にも判断は出来ないと差異は考えてるぞ?でも差異は違う‥‥どうやら恭輔の”一部”の中でもそんな‥‥そんな”部分”になったらしい、それはもしかしたら差異の”気のせい”かもしれないが‥‥恭輔、差異は誰よりも”恭輔”の”一部”だ‥‥だから、判断させてくれても良いだろう?ん?」

 頬を撫でる、優しく何度も‥‥‥‥あぁ‥‥何がしたいんだろ”俺”‥‥‥考えてみるが‥‥答えが消えかかる。

「差異は恭輔の一部として思考して生きている、一部として完璧としてな‥‥ん、そして恭輔、恭輔は差異の”全体”だ‥‥故に差異は恭輔の意識、思考、価値観、その全てを”無意識”で受け取りながら”動く”ならば、ならば恭輔の”無意識”も差異は”無意識”に受け取っている、そういう事だ、そこから考えるに‥‥うん、考えてみるにだな」

 さっきまで何してたんだっけ‥‥あー、えっと、頬を撫でる感触はいい、それは無視して思考‥‥ああ、絵本読んでたんだな‥‥懐かしい絵本だ、昔読んでた、”一人”で読んでた絵本‥‥俺をあの部屋から救い出してくれる”はず”だった絵本。

 ”過度な期待を与えてくれた妖精の絵本”

「ん、恭輔、”理解”してるではないか、それに従うのだろう?自分自身の思考に従うのだろう恭輔?差異がわざわざ判断するまでも無かったな、うん、”ソレ”だな、”ソレ”が正直な気持ちだな」

 正直な気持ち‥‥‥‥‥いい言葉だ、邪なものは一切含まない綺麗な言葉。

「恭輔、差異も興味がある、”恭輔の一部”としてこれから”先”に続く大事なステップでもある、ははっ、恭輔も心の中ではわかっているのだろ?思考しないだけでな」

 わかっている、それはもう確実に、完璧に‥‥だ。

‥‥だってそれは”自分自身”の事なのだから、幼い頃の”希望”の事を‥‥わからないわけがないではないか。

 ”妖精の手招き”

 希望は現在(いま)は下のソファーで寝ている。



[1513] Re[9]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/28 03:26
 屡羽族はその長い一生に一度だけ恋をする。

 一度、たった一度のみ‥‥しかし潔癖な一族ゆえに無論同族と恋に落ちる。

 しかし‥‥稀に、本当に稀にだ‥‥一族以外の相手に恋をしてしまう希少な個体がいる。

 それは既に概念として狂ってしまっている存在だ、何故なら後世への遺伝子提供‥‥繁殖概念が無くなってしまっているのだから。

 それでも”恋”はとめられない、続いてゆく時間、そしてその”恋”にもいつか終わりが訪れる、いや‥‥諦めが訪れてしまう。

 それが”自分”の”コウ”の結末だろうとは予測している‥‥‥到底報われるものでも無いし報われてはならないものだ。

 でも何で自分は”恋”を”自覚”したのだろう‥わからない、顔を見た、声を聞いた、温もりをくれた‥どれも曖昧で違う、違う‥‥。

 もっと根本的に揺さぶられたと思う、でもわからない‥‥”こういう感情”に理由は求めてよいのだろうか?わからない。

 彼の今の世界での”立場”を思う、不安だ、不安定な舞台に立っている存在‥‥自分では何かしてあげることは出来ないだろうか?

 何か‥‥思いつかない、こんなにも”井出島”でも脆弱な自分”気付く”‥‥もしかしたら似ているのかもしれない。

 もっとも脆弱と位置づけられた者同士の‥‥‥いらない”存在”として世界に確定された‥‥そんな自分達は‥‥。

 こんな事を思ってしまう、いけない発想だ‥‥哀れみに似た、同族愛情‥‥それなの?‥‥それがこの”恋”の裏側?

 違う‥‥と言い切れるの?‥‥‥‥否定はしきれない、否定したい、否定しきれない‥‥でも、初めて見たときに”感じた”

 止まった時間の中で、初めての感情を自分は見出せたのだ‥‥言葉にしたら”あやふや”で”曖昧”で”理不尽”な感情。

 ”愛おしい”

 燃え尽くす様な”ソレ”ではなかったが‥‥温かく芽生えた、温かい‥‥広がる色、心を包んだ。

 思う、確かにコレは一生に一度だけで十分な‥‥満たされてしまうものだ、そして大切な‥‥ずっと共にありたい感情。

 ”その感情が狂いの根本”

 ならば‥‥既に自分は狂っていたのです、初めて出会ってしまったあの瞬間に‥‥コウはこの”羽”を捧げたのです。

 捧げたのです。

 狂っても‥‥‥”捧げ尽くしましょう”‥‥だってコウは貴方の”妖精”なのですから‥‥‥。

 貴方だけの‥‥‥貴方の一部として在り続けましょう。



「‥‥‥ッ!?」

 眼を覚ます、酷い夢を見た気がする‥‥違う、酷い夢だった‥‥心臓が痛い。

「‥‥‥はぁはぁ‥‥‥‥っ」

 それを押えつけるように両腕で体を抱きしめる、止まない、止まない心臓の痛み、脈動する。

 何でこんなに痛むのだろう、この痛みは緊張‥‥驚き‥‥興奮の時の‥‥夢?‥‥夢の場面を思い浮かべようとする。

「‥‥‥う、え、えっと‥‥‥」

 思い出せない‥‥痛みを伴った”ソレ”は何だっただろう‥‥思い出せない‥‥それが苦痛だったのか甘美なものだったのかさえ。

 混乱した頭で辺りを見回す、知らない空間‥‥自分の”巣”ではない‥‥もっと”合理的”な”人間”の空間。

 そうだ‥‥ここは恭輔さまの巣だ‥‥恭輔さま?‥‥‥‥‥‥心臓が痛い‥‥本当に痛いのではなく、早鐘の様なソレに感じてしまう。

「恭輔さま‥‥‥」

 呟く、危険な程に一瞬で恋に落ちてしまった‥‥そんな”人間”、出会いの偶然なんかより恋に落ちた偶然が不思議な‥‥そんな人。

 親友の戒弄ちゃんに良く冗談で言っていた”恋”と表現できる言葉、まさかソレに自分が落ちようとは少し前ではとても想像出来なかっただろう。

 そこで浮かぶ情景がある、浮かぶ言葉‥‥‥そういえば夢でもこうやって”思考”して物事を観察していた気がする‥‥いや、観察ではなくて”結果”を淡々と述べていたような‥‥‥そんな”自分”がいたような‥‥そんな自分?

「‥‥え、えっと‥‥‥‥‥思い出せない‥‥何だったんだろう‥‥」

 薄暗い部屋の中、羽を羽ばたかせて空に浮く、幻想的なキラキラした光が薄緑色の羽から鮮やかに漏れる。

 ”自分の生み出す光”その中で夢の内容を思い出そうとする、忘れては駄目な気がする、焦る、焦ってしまう。

「‥‥‥恭輔さまの夢を見ていた気がする‥‥」

 それだけは思い出せる、自分は想い人の夢を見ていたはずだ‥‥‥見ていたはずなのに‥‥この‥‥嫌な感じは‥纏わり付く。

 何で?‥‥恭輔さまはまた遊びに来てくれても良いと仰ってくれた‥自分はいつでも会える‥‥だったら不満は無いはずだ。

 これから続くであろう”恋”の連鎖に身を任せれば苦しみと喜びが与えられるのだ‥‥しかしこの”嫌な感じ”は苦しみとも違う。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 高鳴りが治まって来るのがわかる、残った痛みは心に鎖を付ける‥‥この不安は本当に何なの?

 わからない‥‥わからないのでは無い?‥‥だったらもう忘れてしまったの?‥‥痛みが記憶を残してるのに。

 痛みだ‥‥心臓を締め付けた痛み‥‥あれ?‥‥痛み?‥‥‥本当に痛みだったの?

 それは痛みと言い切れたのか‥‥心臓を締め付ける”あの”高鳴り、それは”痛み”と認識してしまって良いのか?

 痛み‥‥‥痛みだった‥‥甘美な‥‥そうだったはずだ、苦しい、辛い事でこんなに心はざわつかない‥‥ざわつかない。

 そうだ、夢は‥‥‥痛みよりも”痛く” 悲しみよりも”悲しく” 苦しみより”苦しい” そんな夢。

「‥‥‥‥あ‥‥‥」

 気配、人の気配‥‥‥‥夢の正体、気配‥‥‥気配だ‥‥夢の正体が来る。

 ガチャ

 開くドア‥‥‥誰かはわかっている、夢の人だ、夢で自分が望んでいた人‥‥‥その人。

「‥‥‥‥恭輔さま?」

 何となく理解していた、夢に囚われた自分は‥‥‥‥。



「‥‥‥‥よっと、こんばんわ先客さん」

「ん、まだ寝てないのか?夜更かしは美容の敵だと差異は思っているが?」

 屋根の上‥‥そこにはオレンジジュースを飲みながら空をボーっと眺めている姉の姿‥‥自分こそ寝なよ。

「まあまあ、例え僕が今よりレベルが落ちたとしても人類レベル的にはトップなのは変わりようが無いからね」

「ん、その油断が老化を早めるのだぞ?‥‥飲むか?」

「あんがとね♪」

 飲みかけのコップを受け取って口を付ける、もしかしたら差異の事だからイメージ的に隠れてお酒飲んでるかなって思ったんだけど普通のオレンジジュースだ‥‥つまんないの。

「それで?何の用事だと差異は問うぞ?‥‥‥どうせコウの事だろ?‥ん、間違いないな」

「正解だよね、流石は我が姉‥‥ご明察」

 空を煽り見る、キラキラと輝く星達‥月は隠れて今日は見えない‥‥残念だな。

「うん、しかし沙希も”大体”は理解しているのだろ?‥‥だったら差異が説明するまでもないと思うのだがな」

「それでも口で聞きたい事ってあるよね?‥‥話さない気かい?‥‥それは立派な怠慢だよね」

「‥‥‥暇つぶしか‥‥夜更かし娘め、まあ、話してどうこうなる問題でもないからな、質問して見るが良い」

 紫色の瞳が僕の瞳に合わさる、綺麗な‥‥昔から変わらない深遠を称えた瞳、昔はその色に憧れた時もあったっけ。

「そうだね、まずは結論問題でコウは恭輔サンに取り込まれるよね?うん、それは理解できるよ、恭輔サンの”ゆらめき”を考えたらね‥‥でもさ、それだけじゃないんだよね‥‥今回ばかりは‥‥境界線を外される方が”人間”ではない‥‥これが第一だよね?」

「そうだな、ん、間違ってはいないぞ?‥‥‥もう一つもこの前の会話からして沙希は理解しているのだろう?」

「理解しているさ、今回の第二の問題として”外される側の感情面”だよね、僕等の時には無かった圧倒的な問題だよね」

 自分の考えを口にする、差異は満足したように薄く微笑みながら僕の飲みかけのオレンジジュースを口にする。

「ん、正しいな、差異たちは”恭輔”に対して特別な感情の揺らぎ‥‥まあ、差異に関しては”好意”のレベルでは出ていたがな‥‥‥それだけだ、外される側と外す側の”違い”そこを考えればすぐに答えが出るな、沙希の場合は己が好き‥‥だったな、故にその感情は恭輔と一つになった結果、”自分が好き、故に自分である恭輔サンも好き”に転換されている‥‥そして鋭利、鋭利の場合は”無駄な事が嫌い、しかし自分の全体である恭輔が容認するなら仕方が無い”と言った具合に転換されているな」

「それが問題なんだよね、境界線が外されても恭輔サン自身ではなくて”他人”としても僕達は恭輔サンを認識できるって事、しかも恭輔
サン側の感情も受けちゃうから幾つかは都合よく改善されてしまう‥‥違うね、”改善”じゃなくて”そうだった”になるんだよね」

 別段、そこは既に僕達にとって”終わった”事、恭輔さんとして”ある”事は当たり前、でもコウは少し違う。

 圧倒的な違いがある。

「うん、言いたい事はわかってるぞ?感情面‥‥例えば”恭輔”を恨んでる人間が境界を外されると都合よく恭輔がそこを”そうだった”にしてしまう‥‥”自分を恨む人間は根本的に存在しない”からな、せいぜい心の奥底レベルだろう‥‥だがそれが、恭輔への強い感情が‥‥俗に言う”愛情”と言った場合だと大きく変化してしまうわけだな‥‥差異自身も僅かな感情でここまで恭輔‥‥”自分”としての恭輔に微笑んで欲しい、そのためならどのような事も”無意識”にする一部として存在するになってしまったわけだからな」

「だから、その”感情”が強ければ強いほどに‥‥いや、感情ではなくて”愛情”が強いほどに恭輔サンを認識しつつおよそ普通の人間では感じないほどの”愛情”を‥‥あはは、それは既に”愛情”と呼べる程の”軽い”ものかはわからないけど‥‥ソレに支配されちゃうよね?”恭輔サンを自分と認識しつつの愛情と他人と認識しての愛情”その二つを得ることになっちゃうわけだよ?それは既に壊れてるんじゃないかと僕は思うんだ‥‥うん、間違いなくね」

 月からの青白い光、狂気的な色、それが今生まれようとしている‥‥愉快だ。

「その通りだな、だが恭輔はその”部分”も求めているのだぞ?だったら差異たちはそれに従えば良いだけの話だな、うん」

「でも良く見抜いたね?‥‥コウが恭輔サンに愛情‥‥”恋”しているなんて」

「沙希も見抜いていたではないか、”女の感”と言う奴だ、差異も立派な女だったと言うわけだな‥‥」

 ”他人”を良しとしない差異がね‥‥‥きっとまぐれだろうけど‥‥言ったらこの屋根の上から叩き落されそうだからやめとこう。

「まあ、その二つが今回の”知りたい事”なんだろうけどね、あー、ひどい話だよね、まったく‥‥アレだな、一生の”愛情”を手に入れる妖精のお話‥‥子供には見せられないよね」

「ん、”人外”と”感情面”、その両方の事柄がコウにはあるからな、酷い話だが”恭輔”にとっては良い餌だったと差異は思うぞ?‥‥うん、しかしこれで”井出島”にも足を付ける事が出来たのは好都合だな、差異は嬉しいと感じている」

「‥‥‥‥さいですか」

 あー、コウに謝り足りなかったかもね、僕。



 部屋に入る、薄緑色の光が部屋を淡く包んでいる、広がっている‥‥‥素直にそれが綺麗だと思う。

 その”中心”にいる、希望だ、幼い頃の希望、無くしてしまった希望、薄緑色の希望‥‥本当の希望。

「‥‥‥‥恭輔さま?」

 幼い声、優しいソレが俺の名を呼んでいる‥‥歓喜が走る、何だろう‥‥狂おしいまでの感情の濁流。

 ずっと”昔”に捨てて諦めて灰色に染まってしまった感情。

「‥‥コウ、コウだよな?」

「えっ、は、はい‥‥え、えっと‥‥恭輔さま?」

 戸惑いの声音、ソレに心が激しく打ち震えている、もっと色々な表情を見せて欲しい、見せろ。

「コウ、どうした?‥‥怖がってるのか?‥‥ははっ、俺を?」

「‥‥‥‥恭輔さま‥‥あ、あの‥‥」

 心配そうに俺の周りを浮遊するコウ、片手を出すとそこに可愛らしく座ってくれる、温かい。

 優しくコウを掴む、もっと”一体感”を求めるために、もっと温もりを感じるために。

 ”逃がさないために”

「‥‥‥コウ、コウってさ‥‥むかし、俺の読んでた絵本の妖精に似てるよ、うん‥‥すげぇ似てるんだけど」

「そ、そうなんですか?‥‥あっ、ちょ、ちょっと痛いです」

 力む、仕方ないじゃないか‥‥力まないと逃げるじゃないか‥‥”むかし”なんて”来てさえくれなかった”

 そうだ、今”掴まないと”いつ逃げるかわからないんだよ‥‥”こいつらは”

「まあ、それでさ、俺は”期待”しちゃったわけだな‥‥絵本の中の”妖精さん”のように俺をあの狭い空間から‥‥主人公の”リィ”のように連れ出してくれるってな‥‥”君”はでも来てくれなかった‥‥‥俺の一方的な”期待”‥‥でも”痛かった”」

「ぁ‥‥ッ‥‥きょ、恭輔さま‥‥っるしい‥苦しいです‥‥」

 力がさらに強まる、苦しそうなコウ、初めて見る表情だ‥‥”絵本”の妖精はいつも笑っていたしな、本当に初めて見る。

 ”俺だけの表情”

「苦しい?うん、可愛いぞコウ‥‥‥その表情を俺は可愛いと感じているぞ‥‥もっと見たいんだけどな」

「‥‥っ‥‥か、可愛いですか‥‥あっ」

 苦しみとは違う顔の紅潮‥‥‥可愛い‥‥‥絵本の中の”リィ”なんて相手にならない‥‥報われる‥‥過去が。

「コウ、なあ?‥‥‥俺はコウが”好きだぞ”‥‥こんな”苦しい”思いをさせてるのも好きだからだ、本心だぞ」

「‥‥‥ぁ‥‥好き‥‥‥恭輔さま‥‥コウが好きなんですか‥‥ぁッ‥」

 綺麗な瞳を見る、緑色の綺麗な‥‥綺麗な瞳だ‥‥憧れる、憧れてた‥‥妖精の瞳、涙で潤んで何て美しいんだ。

 見える、コウの”境界”が”自分”からゆっくりと解けてゆく、俺の前でゆっくりと‥‥全てまでは”コウ”だけでは解けないけど。

 すぐに解いてやる。

「コウ‥‥‥俺だけの”コウ”になってくれよ、いや、”俺”になってくれ‥‥俺だけのために思考する存在に‥‥無意識で俺の”全て”を感じてくれる”部分”にさ‥‥わかるぞ?‥‥解けた部分から少しずつ伝わってくる”ソレ”‥‥それもそのままに‥‥俺の”部分”になるんだ‥‥狂うんだ、俺への”ソレ”で狂ったコウが見たいんだよ‥‥でも俺はそうなったら既に”見えない”けど満足だな‥‥ああ、満足だ‥‥コウの言葉を聞かせてくれよ‥‥俺だけにな‥‥言葉を」

 熱愛的な‥‥変質的な‥‥自覚のある言葉、どうでもいいんだよ、さあ、聞かせてくれ。

 俺の”希望”の言葉を、そこにしか存在しない言葉を、待つ続けた言葉を‥‥”俺だけに”言うんだ。

 ”さあ、吐け”

「っあ‥‥‥わからないです‥‥恭輔さまの言葉が‥‥コウにはわからないんです‥‥わからない‥‥です」

 虚ろな声、そんな言葉を聞きたいんじゃないぞコウ、いけない妖精だ‥‥でも、まだ、まだ待つ。

「いいんだよコウ、俺の言葉は問題じゃないんだよ‥‥‥コウの”ソレ”のままに、言えばいい」

 伝わる”ソレ”温かく、柔らかいソレを手で”掴む”、溶けた部分から流れ込んでくるソレを優しく”掴む”

「あぁあああ、きょ、恭輔さま‥恭輔さまが好きです‥‥好きです‥‥好き‥‥ぁあ‥‥わかりました”夢”の”正体”が‥‥現実‥‥夢の現実‥‥‥恭輔さまの‥‥‥貴方の‥‥”貴方”にしてください‥‥‥貴方だけの‥‥”貴方だけ”になります‥‥コウの全部を‥‥全部を染めて‥‥染めてください‥‥狂っても‥‥‥”捧げ尽くします”‥‥だってコウは貴方の”妖精”‥‥妖精だからぁぁぁ」

 その言葉を聞き終わると同時に歓喜と共に”境界線”を‥‥‥断ち切った。

 こんなものは必要が無いのだから。

 ”緑”を‥‥”俺”に染める。


「‥‥コウ、コウだよな?」

「えっ、は、はい‥‥え、えっと‥‥恭輔さま?」

 何処か感情を感じさせない‥‥空虚な恭輔さまの声‥‥違和感のあるそれに”夢”の正体が分かってくるような‥‥感覚。

「コウ、どうした?‥‥怖がってるのか?‥‥ははっ、俺を?」

「‥‥‥‥恭輔さま‥‥あ、あの‥‥」

 何だろう、恭輔さまの要領を得ない言葉に不安になる‥‥‥恭輔さまの差し出してくれた右手に座って下から顔を覗き込む。

 それに呼応するようにゆっくりと体を握り締められる‥‥ドキドキする‥‥怖いけど全身を掴まれる感覚‥‥‥‥心臓が高鳴る。

「‥‥‥コウ、コウってさ‥‥むかし、俺の読んでた絵本の妖精に似てるよ、うん‥‥すげぇ似てるんだけど」

 夢見るような表情‥‥何処か恍惚とした恭輔さま、言葉が言い終わると同時に体をさらに強く握り締められる。

「そ、そうなんですか?‥‥あっ、ちょ、ちょっと痛いです」

 痛み、心臓の高鳴りと一緒に体全身が痛みを訴える‥‥‥恭輔さまの真意が掴めない‥‥苦しい。

「まあ、それでさ、俺は”期待”しちゃったわけだな‥‥絵本の中の”妖精さん”のように俺をあの狭い空間から‥‥主人公の”リィ”のように連れ出してくれるってな‥‥”君”はでも来てくれなかった‥‥‥俺の一方的な”期待”‥‥でも”痛かった”」

 わからない言葉、でも悲しそうな‥‥苦しそうな恭輔さまの声‥‥‥わかる、この人は昔の”痛み”をコウにぶつけている。

 ”痛み”‥‥その痛みが腕を通してコウに激しく伝わってくる‥‥わかる、理屈じゃない、コウにはわかる。

「ぁ‥‥ッ‥‥きょ、恭輔さま‥‥っるしい‥苦しいです‥‥」

 痛み、痛みの中のコウの言葉、違う、もっと違うことを言いたい‥‥抱きしめてあげたいのかもしれない、コウは‥‥抱きしめたい。

 ”慰める”んじゃない‥‥ただ抱きしめたいんだとわかる。

「苦しい?うん、可愛いぞコウ‥‥‥その表情を俺は可愛いと感じているぞ‥‥もっと見たいんだけどな」

「‥‥っ‥‥か、可愛いですか‥‥あっ」

 心が弾む、可愛いと言われた‥‥抱きしめたい‥‥可愛い‥‥それだけじゃあ”今”のコウには”意味”が無い。

 意味が無いんだ‥‥コウは‥‥‥”夢の輪郭”が少しずつ思い出される。

「コウ、なあ?‥‥‥俺はコウが”好きだぞ”‥‥こんな”苦しい”思いをさせてるのも好きだからだ、本心だぞ」

 矛盾を孕んだ恭輔さまの言葉、でも”本心”だ‥‥‥‥コウの事が好き‥‥コウも好きだ‥‥きっと恭輔さまの”好き”に負けない。

 でもやっぱり‥‥”それだけでは意味がない”‥‥恭輔さまの望みは違う。

「‥‥‥ぁ‥‥好き‥‥‥恭輔さま‥‥コウが好きなんですか‥‥ぁッ‥」

 媚びる、自分でもわかる媚びた意味を持った言葉だ‥‥こんな声も自分は出せたんだ‥‥好きだから媚びる‥‥コウは知っている。

 瞳を覗き込まれる、黒い黒い瞳、潤んでいる‥‥‥コウも瞳が潤んでいる‥‥恭輔さまの瞳も潤んでいる。

「コウ‥‥‥俺だけの”コウ”になってくれよ、いや、”俺”になってくれ‥‥俺だけのために思考する存在に‥‥無意識で俺の”全て”を感じてくれる”部分”にさ‥‥わかるぞ?‥‥解けた部分から少しずつ伝わってくる”ソレ”‥‥それもそのままに‥‥俺の”部分”になるんだ‥‥狂うんだ、俺への”ソレ”で狂ったコウが見たいんだよ‥‥でも俺はそうなったら既に”見えない”けど満足だな‥‥ああ、満足だ‥‥コウの言葉を聞かせてくれよ‥‥俺だけにな‥‥言葉を」

 ああ、”コレ”だ‥‥夢の中でコウが望んだ”結果”に続く、望むべくして生まれた恭輔さまの言葉‥‥興奮してる‥‥コウは。

「っあ‥‥‥わからないです‥‥恭輔さまの言葉が‥‥コウにはわからないんです‥‥わからない‥‥です」

 これもコウが”素直”になるための言葉‥‥夢で知っている、さあ、恭輔さま‥‥はやく、はやく、はやく‥‥言って。

 ”狂うから”

「いいんだよコウ、俺の言葉は問題じゃないんだよ‥‥‥コウの”ソレ”のままに、言えばいい」

 ビクッ

 体が震える、心が震える‥‥言ってくれた、”夢”の過程が終える、永遠に続く”幸せ”が優しく”手招いている”

 だったら‥‥コウは‥‥コウは‥‥”それ”を選ぶ‥‥選んでみせる。

「あぁあああ、きょ、恭輔さま‥‥恭輔さまが好きです‥‥好きです‥‥好き‥‥ぁあ‥‥わかりました”夢”の”正体”が‥‥現実‥‥
夢の現実‥‥‥恭輔さまの‥‥‥貴方の‥‥”貴方”にしてください‥‥‥貴方だけの‥‥”貴方だけ”になります‥‥コウの全部を‥‥
全部を染めて‥‥染めてください‥‥狂っても‥‥‥”捧げ尽くします”‥‥だってコウは貴方の”妖精”‥‥妖精だからぁぁぁ」

 染まる、目が焼ける、何もかも‥‥焦がしてくれる、コウの全てを”恭輔さま”が‥‥焼き尽くしてくれる、嬉しい、”一つになれる”

 愛情が爆発する、コウの中の愛しさが”恭輔”さまになる‥‥幸せだ、好き、愛してる、自分である恭輔さまをコウは何より愛してる。

「コウ‥‥‥コウ、ああぁ、俺の”希望”だ‥‥俺だけのコウになってくれる‥‥”俺”に‥‥あははっ、当たり前じゃないか、コウ‥‥
俺のもっとも‥‥もっとも”壊れた”部分だ‥‥”俺だけの”‥‥慈悲の部分‥‥思考が染まる‥もう”当たり前”だな」

「恭輔さまぁぁあ、ああぁ、好き、好きです‥‥恭輔さまの全てを自覚して行動します、こ、行動‥‥嬉しい、ずっと続く‥コウの想いが‥‥恭輔さま‥‥何でも命じて‥‥”無意識”に‥むいしきにいぃ‥っああ‥‥何でもします‥‥愛してる‥あ、愛してるから‥”一つになっても”愛してますうぅぅううううううああああああああああああああああああああああああああああああ」

 狂う、愛情に焼かれる、それ以外がコウにとって色をなくしてゆく、気持ち良い、もっとだ‥‥もっと”恭輔”さまに‥‥。

 もう、いらない、”家族”も”友達”も”戒弄ちゃん”も”井出島”も‥‥邪魔だ、恭輔さまには邪魔なんだ‥コウにも邪魔。

「っああああ、ああ、恭輔さま‥‥”殺します”‥‥全部、恭輔さまの邪魔と”僅か”でも感じればっあああああ」

 狂うほどの”自己”と”他者”への愛情に‥‥いや、既に狂ってしまった、コウは‥‥夢の結果。

 最高の”夢”だった。



[1513] Re[10]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/29 03:09
 嫌な予感がした。

 気配を探る‥‥尻尾を逆立てて必死にだ‥‥‥この”予感”は危険‥とても危険な感じ。

「‥‥コウ、何処にいる?」

 名を呼ぶ、親友の名を‥‥幼い頃から常に一緒だった己の半身。

 人間の”街”に来て少し逸れてしまった‥‥それだけだ、たった”それだけ”だったはずなのに。

 心が、精神が警報を告げている、危ない‥‥早く見つけないとならない、”早く”だ。

 つい少し前まではこんな不安は無かった、微塵も‥‥むしろ自分が”不安”と言う感情に飲まれているさえ稀なのだ。

 いる”場所”はわかっている、ほっといても問題は無いだろうと最初は思っていた、例えコウでも自力で井出島に帰る事は可能だろうと。

 だがソレが‥‥”ソレ”がコウに”接触”した時に全て塗り換わった、わからない‥‥あまりにも脆弱な”人間”の気配。

 本来なら恐れるものなどではないし不安を誘うものでもないはずだ”本来ならば”‥‥でもコレは違う。

 恐ろしいのではない‥‥決して”SS級”の能力者の持つ存在するだけで空気を塗り替えるような‥‥強い気配ではないのだ。

「‥‥‥‥”能力者”なのは確かだが‥‥恐ろしく”気配”が薄い‥‥こいつが件の”D級”なのか?‥‥だが、これではまるで‥‥」

 別に件のD級能力者が”強い”など自分も思ってこの街に来たわけではない、”SS級”の行方不明の中心にある存在。

 それを思ったからこそこの街に来たのだ、D級能力者が”能力”の有無に関わらず”強い”と言う事も考えたが‥それはまずないだろう。

 しかし、コウに”接触”したソレはまさに”違和感”の塊だ、野生の感が告げている、恐らくは能力者にも”他の遠離近人”にもわからないであろう些細な”違和感”。

「‥‥‥”一人の気配”にしては大きすぎる‥‥まるで”群れ”‥‥いや、一つの”巨大な生物”‥‥何だコレは?‥‥ッ」

 何かが”混じっていて”巨大な気配なのではない‥‥”完璧に一つの存在”としての圧倒的な巨大さ、自分にはわかる‥‥この存在はそうやって”世界を騙している”偽善的な顔で弱さを繕って‥‥存在しているものだ。

 気配の”薄さ”で気配の”巨大さ”を誤魔化しているのだろうが‥‥騙されてなどやらない、汗が走る‥‥コウに近づいた”ソレ”は危険だいや、危険などより‥‥‥”不可解”な恐ろしさ。

 蠢いている‥‥それは”何かを得るために”‥‥蠢いているのは確かだ、夜の中で蠢きながら何かを求める、食欲。

 そして”ソレ”にコウが絡まれるともわからない、わからないのだから自分は急ぐしかないのだ‥‥全力で。

「‥‥間に合え‥‥間に合え‥‥これは俺の招いた失態‥‥失敗なのだからな‥‥‥‥」

 木々が揺れる、風になる自分、それだけでは足りない、もっとだ、もっと‥‥こんな事では不安は消しきれないのだから。

 夜を切り裂くのだ‥‥‥‥‥それが自分に出来る”全て”なのだから。

 それが”コウ”のために出来る全てなのだから。

 夜を裂く。



 広い、その部屋は広かった‥白を基調とした壁、特別な飾りなどは無く、広さを有意義に活用できているとは言い切れなかった。

「‥‥江島光遮候補生、今を持って君を能力者ランクA級”法則作用”から一ランク上位の”S級”への昇進をここに認める」

「‥‥はい、ありがとうございます」

 目の前の少年はワシの言葉に緊張も喜びも無く、ただ事実を認めてコクリと頷く。

「しかし、まだ手続きが終わっておらんのでな、1週間はA級のクラスにいてもらう事になるが‥‥良いかね?」

「‥‥はい、別に異論はありません」

 少女の様な顔に感情を映さず返答する江島くん‥‥まるで美しい作り物の人形を相手にしているような感覚。

 むぅ‥‥今まで何人かの候補生の昇格を扱ってきたがここまで事実を淡々と受け取っている人間は彼が初めてだった。

「それでは腕を出したまえ」

「‥‥‥‥‥‥」

 細く白い手‥‥子供そのものではないか‥‥その手の甲に刻まれている鬼島の紋章‥‥悪趣味としか言いようが無い。

 ”そこ”に意識を向ける。

 ジィィィィイィィ、何かが焼けるような音、変質させる、描かれている鬼が千切っている鶴の羽の数が変わる‥‥二枚‥‥S級の証。

「これで良し、担任からクラスの皆には伝わっているはずだからな、皆に羨ましがられるぞ?」

「‥‥それに関しては何とも‥‥‥僕には‥‥」

 ワシの軽いからかいにも動じない、違う、どうでも良いと感じているような‥‥そんな瞳でじっと手の甲を見つめている。

 クラスで授業を受け持った時は、もっと感情を表していたはずなのに‥‥昇格の話をした途端に能面の様な‥顔から色が無くなってしまった。

 トントン

「んっ?‥‥入って良いぞ」

「はい、失礼します!」

 きびきびとした良く響く声、聞いたことがある声だな‥‥‥確かAクラスの‥‥送山くんだったかな?

 優秀だったので覚えている、今回の江島くんの昇格が無ければ彼がS級への道を進んでいただろう‥‥間違いなく。

「Aクラスの送山春一であります、戸浮(とう)認定総者、お話があるのですがよろしいですか?」

 認定総者‥‥能力者のランク付けは”鬼島”のトップ‥‥”恋世界”(こいせかい)がお決めになる、盲目の独占者。

 しかしそれでは対処しきれない程の能力者を鬼島は有している、捌けようはずがない‥‥故に認定総者(にんていしょうしゃ)

 SS級のある一定の”ライン”を越えた能力者に与えられる権威、つまりは己の独断で他の能力者のランクを底上げすることが許されているのだ。

 無論、一人の認定総者ではそのような事は不可能、十人の認定総者が認めてこそ初めて実現可能なそこそこ厄介な権利。

 そして今回の場合はA級能力者の候補生の中から選別するとの”恋世界”の命を受けて全ての面で審査した結果が”彼”だ。

 最終事項として”恋世界”の許可が下りれば正式に認定される‥‥彼は無論”認定”されたので今この部屋にいるわけだ。

「どうしたのだ?‥‥何か問題でも起こったのかね?」

 候補生同士の”戦闘”はこの学校では日常茶飯事、それを止めるのは自分達”教師陣”第一線から退いた”SS級能力者”。

「いえ、少し疑問が湧いたものですから‥‥今回の江島の昇格の事です‥‥正直仰いましょう、貴方達には”正式な判断”が出来ないのですか?‥‥違いますね、出来てません」

 断定される‥‥”いる”、こういった輩は昔から存在する、適当にあしらえば良いのだがそれも後々下らない問題を生み出す。

「あー、君、最終審査は”恋世界”が行ったのだぞ?口を慎まないか」

「それとこれとは話が別です、自分も最終審査に選ばれていたら間違いなく昇進していたはず、違いますか?」

 高圧的な口調‥‥そこそこ正しいことは言っている‥‥しかし今の結果が全てだ、意味の無い戯言にしか聞こえない。

 話題の江島くんは何処か虚空を見るような、興味の無いような‥‥何も感じていない瞳をしている、”いつも”と違う。

 ”いつも”の彼なら”無垢な存在”として場に存在している、しかしこの部屋で”昇進報告”をしてから纏う空気が違う。

 何故だろう?‥‥彼の姉、江島遮光候補生‥‥彼女の”超越”した空気と似ているような、そんな空気、ワシなどすぐに追い越しそうな”才気”を染み込ませた空気‥‥のように感じる。

「ふむ‥‥それで君はワシにどうして欲しいのかね?江島くんの昇進は既に”羽消しの承認”で済ませているのだぞ?」

 白髪まじりの髪を指でもてあそびながら問いかける、さっさと要望を聞いてしまったほうが楽だしな。

「お話が早くて助かります、江島との”戦闘行為”を認めて欲しいのですが?その勝ち負けによっての”再判定”などはいりません‥‥これはプライドの問題なので」

 そう言う事か‥‥珍しいタイプだがまだ好感は持てる、要は自分の心‥‥自尊心を修復するための”行為”、人間らしいな。

「それは無論”全力”でのだろう‥‥むう、江島くんはどうだね?」

「‥‥あっ、僕はどちらでも良いですよ?」

 夢から覚めたように眼をパチクリさせながら江島くんが答える、今までこの空間を”無視”して”思考”していたらしい‥‥それであの”空気”‥‥それだけで”変化”していたと考えるなら”おかしい”‥‥”ここにいなかったのではないか”と考えてしまう。

 年寄りのバカな”考え”かの。

「‥‥‥江島、今まで何を考えていたんだ?」

「えっ?‥‥”普通”にしてたでしょ?‥‥ああ、送山くん‥‥あれ?どうしたの?」

 からかってるのではない、馬鹿にしているのではない、無垢な子供の言動。

 しかし、この場での‥‥”流れ”を考えたならば”送山春一”を馬鹿にしているソレにしか認識できない。

「‥‥‥‥‥江島ぁ‥‥もしかして”調子”に乗るのか?‥‥俺に対して」

「っと、話は聞いてたけど‥うーん、今”そんな事より”、もっとも大事な”事柄”にこの昇進は必要って言うか‥えっとね、”想い”を馳せてたんだけど‥‥”少し早く会えるかも”って‥‥でも送山くんはそれを”邪魔”した事になっちゃうんだ‥‥どうしよう、僕の大事な大事な思考に割り込んだのだから”大事な事柄”に関わったって事だよね?」

 まったく理解出来ない言葉の羅列、江島くんはニコニコと微笑んでいる、”いつも”と変化は無いはずだ‥‥ワシには”そう”見える。

 先ほどからの虚ろな態度の正体が今の”言葉”‥‥人の心はわからないものだが彼の今の言動はさらに理解できない、どうした?

「何を言っているのかわからないぞ江島‥‥”そんな事”より俺と戦うのか?それともこのまま逃げ出してSS級に行くのか?」

 動く、江島くんの表情が”動く”、先ほどとは決定的に違う‥‥もっと浅い笑み。

 部屋の白い壁が一瞬で”何か”に変質するような不快感が包む、ワシの表情も少し険しくなるのがわかる、何だ?‥これは‥。

「いいよ、うん、えっと‥‥よろしくね」

 微笑む、微笑む、それは”誰”に向けた微笑み‥‥‥それに”震えるように”ワシは白髪を弄ぶ手を止めた。

 何かがおかしい。



 思考していた、自分はさらに上のステップ、”目標”にさらに近づいたのだ、目の前の”老人”の話など‥‥聞いてはいるがそれに関しては何も考えはしない、右手の甲、塗り替えられる紋章‥‥‥嬉しい‥‥”表”ではソレを見せてなどやらない、”老人”になど見せる必要性が無いから。

 心に浮かぶ、自分は”恭兄さま”に今近づいた、出会える日に近づいたのだ、老人の言葉が耳にも入るのが嫌だ‥‥自分はこの”恭兄さま”に近づけた”結果”の中で埋もれてしまいたい、嬉しい‥表情は無くなる、心は跳ねる、これ程の喜びが何処にあろうか?‥嬉しい、あともう少し‥‥もう少しだ、もう少しの”時間”を越えてしまえば良いだけ、恭兄さま‥‥僕はまた一歩貴方に近づけたよ?

 ガチャ‥‥部屋に”何か”入ってくる、危ない、恭兄さまが‥‥自分の思考に割り込む、汚い‥‥”こんな時に”邪魔だ‥‥。

 声を荒立てて何かを言うソレ、耳に入る言葉‥‥あぁ、恭兄さまの事を‥‥僕の心の中の‥‥僕の世界の恭兄さまが”汚い声”で染められる。

 自分では”当たり前な”、絶対な”愛情”‥‥それを思考していた時に割り込んできたのだ、この”痴れ者”は。

 許せない、同じだ”綾乃さん”と同じ、いや、もっと無遠慮で理不尽で汚らしい行為をしてくれた。

 ”僕の恭兄さま”への”愛情行為”を汚した、汚したのだ‥‥‥制裁をしないと、制裁をするためには”恭兄さま”の想いから意識を覚醒しないとならない。

”口惜しい”

「それは無論”全力”でのだろう‥‥むう、江島くんはどうだね?」

 仕方なく覚醒させた意識、”恭兄さま”への僕の”思考”していた時間を汚したのは誰かな?

「‥‥あっ、僕はどちらでも良いですよ?」

 ”耳に入ってた言葉”を清算して会話の意図を理解する、下らない人‥‥Aクラスの”送山くん”

 ”これ”が恭兄さまへの思考を汚した、それは綺麗な恭兄さまを、美しい恭兄さまを汚したも同然。

 会話をしてあげる、彼の望み通りにいけば‥‥”制裁”が出来る、それは絶対にしなけらばいけない。

「‥‥‥江島、今まで何を考えていたんだ?」

 聞く、決定的だ、僕の”恭兄さま”への”思考”に触れた、汚い声‥汚い、汚い、許せるものではない。

「えっ?‥‥”普通”にしてたでしょ?‥‥ああ、送山くん‥‥あれ?どうしたの?」

 どうせ”制裁”するのだ、うん、仕方ない‥‥恭兄さまへの縁(えにし)が僅かに出来たのなら”仕留めないと”

「‥‥‥‥‥江島ぁ‥‥もしかして”調子”に乗るのか?‥‥俺に対して」

何を言っているんだろう?‥‥それはこちらの台詞だ‥‥僕に‥‥恭兄さまへの”大罪”を犯したのだ、”触れたのだ”。

なのにこの態度‥‥‥きっと遮光ちゃんだったら、もう”駄目”だ、もう”制裁”しているはず。

「っと、話は聞いてたけど‥うーん、今”そんな事より”、もっとも大事な”事柄”にこの昇進は必要って言うか‥えっとね、”想い”を馳せてたんだけど‥‥”少し早く会えるかも”って‥‥でも送山くんはそれを”邪魔”した事になっちゃうんだ‥‥どうしよう、僕の大事な大事な思考に割り込んだのだから”大事な事柄”に関わったって事だよね?」

 説明してあげる、僕は申し訳ない気持ちで心が潰れそうになる‥‥恭兄さまに対する事柄を”制裁”のためとは言え”他人”に話さなければならない‥‥想像を絶する苦痛‥‥許して欲しい‥‥恭兄さま‥‥ごめん、ごめんなさい。

 でも”送山くん”に”自分の犯した罪”を説明してあげないと‥‥‥制裁にはならないから‥‥。

「何を言っているのかわからないぞ江島‥‥”そんな事”より俺と戦うのか?それともこのまま逃げ出してSS級に行くのか?」

 わかっていないんだね‥‥”恭兄さま”を”犯した”人にはわかるはずもない事だったのかもしれない‥‥ふふっ‥‥凄い、凄くお馬鹿さんなんだ”送山くん”‥‥もっと賢い人だと思ってたけど‥‥世界で一番のお馬鹿さんとは思わなかった‥‥驚いた。

「いいよ、うん、えっと‥‥よろしくね」

 だから僕は微笑む、汚れてしまった2分15秒前の恭兄さまへの”愛の思考”をせめて僕の”笑顔”で少しでも”浄化”するために。

 僕は笑うしかなかった。



「‥‥ん、どうやら”天災”が”ここ”に気付いたらしいな、もう既に”事は終えている”のに‥‥哀れだと差異は感じているぞ」

 恐ろしい速度で近づいてくる気配、全てを蹂躙するような圧倒的なソレはまるで台風だ‥‥迷惑な話だ。

「そうだね、うーん‥‥っで?どうするつもりなのさ差異は?‥‥さっき言ってた通りに”殺す”のかい?‥‥でもそれだったら井出島に対しての”糸”が無くなっちゃうよ?‥‥コウだけ”戻しても”怪しまれると思うし」

 まったくの正論を吐きながら何処から持ってきたのか‥‥‥板チョコを食べている沙希、オレンジジュースも飲んでいたが‥虫歯になるぞ?ん?‥‥差異もジュースを飲んでたか。

「うん、差異はどちらでも良いのだがな‥‥せっかくだから、”その感情が狂いの根本”に役立って貰おうじゃないか」

「‥‥‥ひどいね差異は‥‥うん、酷すぎる‥‥‥まあ、結局は恭輔サンの”意思”自体なんだけど」

「馬鹿らしい‥‥”あれ”も既に恭輔の一部だからな、もっとも適した”働き”を恭輔のためにするだけだ、ん、違うか?」

 感じる、恭輔に”コウ”がいる事を‥‥いるじゃない‥‥”既に活動”している事をか‥‥うん。

「口では僕も言ってみてるだけだよ、本気じゃないし、そんな”考えも”既に出来ないからね‥‥戯れって奴?」

「‥‥たまには差異に言わせてくれ、怠慢だな‥‥まあ、良いけどな、ん?‥‥”完全”に”恭輔”になったな、崩されたらしい」

 新しい情報が入ってくる、新しい”恭輔”の部分、それもすぐに”前から存在していた”に変換されてしまうがな。

「”僕達”のときとはやっぱ勝手が違うみたいだね、んー、”熱い”部分だね‥‥‥それだけはわかる」

 伝わってくるソレ、ただ”存在”するのでは無く、何かの‥‥何かの”激情”を伝えてくる‥‥大体は理解できる。

「さて、それでは”恭輔”のためにさっそく働いてくれるだろうな”その感情が狂いの根本”は」

「だろうね、僕はどうやら戒弄にも謝らないといけないみたいだね♪」

 笑う沙希‥‥‥心の底から楽しそうな、謝罪の欠片も感じさせない笑み‥‥我が妹ながら。

「それでは差異も一緒に謝ってやろうではないか、いつかな」

 さて、それでは”天災”が来る前に”その感情が狂いの根本”に”要望”を伝えにでも行くかな。

 ”狂った妖精”を見るのが少し楽しみだったりする差異は人間としてどうなんだろう?

 自問してみた。



[1513] Re[11]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/30 04:59
【はぁ、差異は急ぎすぎですよ‥今の状況で他の‥‥例えば『楚々島』(そそじま)辺りに手を出すとしますよ?】

”『楚々島』の名”が力ある者から世界に零れ落ちた。



深い‥‥深すぎるほど‥‥光も届かない場所、海の底、人間の感情の届かないもっとも”深き”場所。

無数の剣が泡をたてながら突き刺さっている、恐ろしいほどの深遠で”ソレ”は”呼吸”をしていた。

『‥‥‥‥力ある”者”が我等の”名”を”世界”で呟いた‥‥そのようじゃな』

ゴポッ‥‥その剣の中に‥‥一つだけ‥‥恐ろしいまでの巨大さ‥‥威圧感‥‥それを備えた剣が存在している。

どのような存在がソレを扱えるというのか?‥‥伝説の巨人でもとても扱えないような、人知を超えた”巨大”さ。

”そこ”から少女の様な‥‥掴み所の無い‥‥不思議な音‥‥声が発せられる。

『‥‥‥”繭”(けん)様‥‥そのような事も当然あるに決まってるでしょう‥‥我々とて”力”ある者‥‥人々に忘れられるのは辛いもの‥しかし我々が動くのは”同族”の回収‥それ意外にはありませんゆえ』

ゴポッ、ゴポッ‥‥鳴る、水の中で剣が鳴る‥‥甲高い音ではなくて‥人間の言葉を有しながら‥‥鳴る。

『それでものう‥‥朽ち果てるというのは悲しいものじゃ、見える終わりに向けて海の中でただ黄昏の日を待つ‥‥のう』

『地上にいる”若い者”が羨ましいと?‥‥巨大な体をどうにかしてからそのような馬鹿なことはお考え下さい』

『そこは我輩も納得だな、繭殿のような巨大な体では”頸流化”(くびるか)して人化しても無駄だと考えるぞ?‥‥内包した力が強すぎますゆえに‥‥”出現”した時点で人の都が十ぐらい滅びてしまう‥‥』

『左様でございます、繭様‥‥そのような事をお考えになるだけ無駄という事‥‥』

口々に言葉を交わす”剣達”‥‥‥いや、これは”剣”とは言えない、海そのものだ‥‥海の底を”支配”している。

 広大な地、そこに突き刺さった”何か”の数々‥‥泡を放ちながら意思をかわすソレはもはや違う概念で存在している。

 形は剣、本質は剣、しかし‥‥剣とはまったく別の”概念”で海の底で呼吸をしながらただ存在している、常人が見たら卒倒するような剣の”ようなもの”が統べる世界。

 概念‥‥この世界で”人”に使われてきた”人殺しの道具”とはまったく別の形をしたソレ、海の底の深遠で黄昏を待つモノ。

 全ての”道具”の頂点”‥‥使われずに”生きながらえる”最強の武器、人など必要としない武器、何者も殺さない武器。

 ”根本否ノ剣”(こんぽんいなのけん)と呼ばれる”武器”の頂点で全ての武器を”否定”するモノ達の集合体。

 『楚々島』‥‥剣の”ようなもの”でありながら”使われる”事を禁じた武器、海の底で佇みながらこの世界に生れ落ちる同族のみを求める”子供達”

『むぅ‥‥‥皆‥‥流石のワシも”デカイ””デカイ”と連呼されるのは苦痛なのじゃぞ‥‥少しばかり海を駆ける獣‥‥あの”泣き声”が可愛らしいの、あれの群れが百おるぐらいの大きさではないか‥のう?』

 もっとも巨大な”根本否ノ剣”、黒く、黒く、海の底よりもなお黒く不気味な色を放つソレが声を‥‥幼き声で鳴り響く。

『それが”巨大”と言うのですよ”繭”様‥‥‥‥‥そのような”戯れ”事で‥‥海の外なる地に”分裂”をお送りになるのはおやめくだ
さい‥‥”若い者”達も貴方様の”分裂”と行動を共にしなけらばならないとなると気を使いすぎますから』

 一本の巨大な”根本否ノ剣”の影に住むように存在する多数の”モノ”達が疲れた声音で巨大なソレを嗜める。

『‥‥たまには良いではないか‥‥‥ワシとてこの”巨大”な体さえなければと考えておる、しかし”巨体”ゆえに力も”巨大”‥‥女のワシにとっては辛い事実じゃ、だったらの、ワシの”分裂”を外たる地で”遊ばせて”やっても良いではないか‥‥」

『何だかんだでご自分が遊びたいのでしょう?”分裂”を通して‥‥それに我等は皆‥‥”女剣”でありますよ』

 ”海を駆ける獣”が降りて来る‥‥それはゆっくりと数匹の群れをなして”根本否ノ剣”の周りをゆっくりと浮遊する。

 それを心地よく感じたのか巨大な”根本否ノ剣”‥‥‥”繭””と呼ばれた”ソレ”は嬉しげな声音で答える。

『無論、ワシが楽しむのが最優先じゃな‥‥安心せい‥‥他の”異端組織”にはちょっかいはかけんからの』

『‥‥‥‥信用ならんお方だ』

 人には聞こえはしない海の底での”意思の流れ”、しかしながら‥‥地上での事柄は全て”海の底”に流れ着く。

 だからこそ『楚々島』はここに住まうのだ、地上で生れ落ちた『同族』をこの海の底へ誘うために‥‥‥。

 黄昏を共に迎える日のために、海の底で今日も根本否ノ剣は鳴る。



 暗い部屋の中でもっとも愛しき”眠り姫”の黒い髪を優しく撫でる。

 あぁ、何て愛おしいのだろう‥‥”恋”なんて脆いものが一瞬で氷解してしまう究極の愛をコウは得たのだ。

 愛?‥‥そんな言葉に内包できないほどの狂おしい感情、例えそれが”自分自身”だとしても構わない‥‥違う‥‥。

 ”自分自身だからこそ他人など圧倒的に超える愛情を持つことが出来るんだ”

 納得する、コウは恭輔さまを”他者”としても愛しているし”自分自身”としても愛している‥‥その感覚は普通の感情に弄ばれている他の生き物には一生わからない、わかってなるものかと考える。

 淡い呼吸、閉じた瞳、律動する胸‥‥そんな恭輔さまを見るだけでコウは全身を焼き尽くすような愛しさの中にいられる。

 ”瞳から涙が零れ落ちるぐらいに”‥‥‥あぁ、苦しい、愛しくて苦しい‥‥‥触る、恭輔さまの頬を触る。

 気持ち良い‥‥”天国”なんてものはコウにとってこんなにも近くにある‥‥。

「失礼するぞ‥‥まあ、予測通りだな、ん」

「えっとですね、静かにしてください、恭輔さまは疲れてお眠りになっています‥‥邪魔をしないで欲しいです」

 ドアを開けて入ってきた差異さん、自分と同じ恭輔さまの”一部”と認識はしている‥‥それでも許せる問題と許せない問題がある。

 ”僅かでも恭輔さまが邪魔だと感じればコウはそれを排除しないと”‥‥それは正しいことだ、それが恭輔さまの一部であろうが例外は無い。

「うん、すまんな、それが”コウの在り方”だとしたら、差異が悪いな‥‥しかしこちらも用件があるから聞いてもらわないと困る」

 言動の”困る”とは別にまったくの無表情の差異さん、この人もコウと一緒だ‥‥”恭輔さま”のためだけに存在がある、だったら話を聞かなくてはならない‥‥それが恭輔さまのためになるなら。

 コウの恭輔さまの”一部”として‥‥あは‥‥恭輔さまの一部‥‥‥心が焼けそうだ‥‥自分でそれを思う、その事実‥‥”当たり前”なのだがこれ程幸せなことなんて無い‥‥自分が”自分”である事に‥愛を得て幸せを感じれる人間が世界に何人いようか?

 ”コウだけだ”

 笑みが浮かぶ。

「いいですよ、え、えっと、恭輔さまが”僅かに”でも不愉快に感じたらコウは差異さんでも”どうにかしないと”‥‥この小さな体でもどうにかしないと駄目なので‥‥場所を変えましょう」

 羽を震わす、この羽も恭輔さまの”一部”‥‥今まで当たり前であったソレすらも愛しく感じてしまう、コウは愛を知っているのだ。

 緑の光が恭輔さまの顔を照らすだけで体がしびれてしまう程の愛が駆け巡る。

「うん、そうだな、だったら差異の部屋に来るが良い‥‥そんなにゆっくりもしてられそうにないしな」

 ふぁと可愛らしく欠伸をして部屋を出て行こうとする差異さん、金色の髪が闇にも負けず微かに輝いている。

「あっ、差異さん‥‥”その感情が狂いの根本”って仰った言葉の意味、コウは最初から”知ってました”‥‥”狂ってる”のではなくて
コウにとってこれが”正常”とだけ‥‥え、えっと、訂正させてください」

「‥‥ん、それが既に”壊れてる”のだと差異は思うぞ?‥‥ははっ、まあ、例外なく恭輔の”一部”としての幸せは差異も感じているからな、”究極の自己愛”いいではないか、差異は恭輔を否定する世界よりも恭輔のみの、”自分”のみの世界のほうがよっぽど素敵だと考えているが?」

「あはっ、同感ですね、コウも”それだけで”良いです」

 口付ける、恭輔さまの額に、幸せ、これ以外に何もいらないし必要ない、コウは恭輔さまの一部としての”世界”で溺死してしまいたい、それを誰かが”邪魔”をするなら。

コウはこの華奢な‥‥小さな体でも‥‥”相手”‥‥恭輔さまを”傷つける”‥”不純物”を殺さないと駄目なんだ‥‥‥わかっている。

「ッあ‥‥‥」

 恭輔さまに唇が触れた瞬間、コウの瞳から全てを支配しつくす程の感情の込められた涙がこぼれるのを感じた。

 そう、コウは恭輔さまにもっと”捧げ尽くします”‥‥それが”正常”であると言う事なのだから。



「ねえ、遠見、何だかAクラスの送山くんと江島くんが”決闘”するらしいわよ!‥‥くぅ~~、燃えるわね!熱い男同士の魂のぶつかり合い!観戦用にビール買わなくちゃ♪」

「へっ?‥‥葉思(はそ)‥‥今は仕事中だからお酒は飲んだら駄目だよ~」

 教員室、鬼島のチルドレン候補生を育てるために雇われた第一線から退いた”SS級能力者”達の行き着く場所。

 アタシは親友の政木遠見にビックニュースを持ってきたのだが‥‥見事に意思の疎通が出来なかった、3年目の付き合いである。

「あんたね‥アタシの話聞いてた?‥‥生徒同士の死闘が見れるのよ?あー、しかも江島くんは先日の認定総会でS級に昇格、勿論手続きが終わる一週間後にSクラスへ移る事になってるし‥‥あの歳でこの早さはちょっと『選択結果』『意識浸透』の天才姉妹を彷彿とさせるわね‥‥そんな彼と戦うのはこれまた凄いんだって!Aクラスの幹部候補生してる送山くんなのよ?‥‥くぅう、期待の出来る一戦だわ!」

「ふぇ~、詳しいね葉思‥‥‥‥”江島”かぁ、ふーーん」

 眼を細める遠見、元々掴み所の無い遠見だが時に”掴み所の無いそれとも違う”常人のソレではない空虚さが滲み出る。

 アタシはそんな時の遠見が少し怖かったりするのでちょっと苦手だったりする、でも遠見は”馬鹿”だからどんな事があろうと実害は無いだろうけど。

「あれ?‥‥遠見が人の名前覚えてるって珍しいわね‥‥江島くん見たいな少女顔の小さい子が好みだったの?‥うあ、ちょっと幻滅」

「違う違う、棟弥ちゃんのお友達の”恭輔ちゃん”と苗字が一緒だから~、えへへ、それで覚えてるだけだよ」

 自分の弟を”ちゃん”付けで呼ぶなっつーの、でも遠見は恐ろしいほどの童顔で背も無いから割と普通に聞き流せるわね。

 でも”恭輔ちゃん”って初めて聞く名前ね‥‥遠見の”ちゃん”付けは最上級の愛情表現のはず、アタシでさえ呼び捨てである。

「恭輔ちゃん?‥‥初めて聞くわね‥‥もしかして遠見のいい人?ん?弟の友達に手を出しちゃった?」

「あ、ち、違うよ!‥‥わぁ!?」

 倒れる、椅子と一緒にだ‥‥‥これがSS級とは誰も思わないでしょうね‥‥アタシは今でも疑ってるし、多分一生疑い続けるわね。

 ”っ~~痛い”と呟きながら腰を抑えて立ち上がる遠見、まるで子供‥‥子供そのもの。

 でもやっぱり遠見には”無垢””純粋””子供っぽい”よりもアタシは”馬鹿”の方が似合うと思う、ひどいわねアタシ‥‥。

「ほら、大丈夫?‥‥まあ、その”恭輔ちゃん”については飲み屋ででも聞くとして‥‥一緒にその決闘の”監察官”しない?」

「うぅ、絶対に教えない‥‥その監察官って黙って見てれば良いだけだったけ?」

「”行き過ぎた場合”に生徒をぶん殴って止める役割もあるわね」

「‥‥‥‥‥‥えっ?」

 アタシの言葉の意味が理解できないのか首を傾げる遠見、これだけ見れば二十歳の女には見えない‥‥いや、常時見えないか。

 さらに相乗効果的にスーツの上から羽織っている白衣が可愛い子犬に服を着せるおばさんの様な‥‥独特な滑稽さを‥‥。

「葉思‥‥今わたしの事を馬鹿にした眼で見てた~」

「まあ、馬鹿にしてるからそう言った眼になるのは仕方ないわね、うん、えっと、とりあえずあんたが監察官するの嫌がろうが無駄だから
ね、もう申し込んだから」

 恐らくそんな面倒な仕事を引き受けたい教師なんてアタシ達ぐらいだろう、監察官決定は確実ね。

「別にいいけど、うーん、殴って止めれば良いんだよね~、グーで殴ったら相手の子死んじゃうからパーにしないと‥‥」

 無茶苦茶物騒な‥冗談にしか聞こえない言葉だが遠見の場合は間違いではない、右手で殴れば人は死ぬ‥‥左手で触れば奇跡が起こる。
間抜けな台詞だがそれ以外の言葉では説明の出来ない『右死左生』(うしさせい)‥‥黒い皮製の手袋で”ソレ”を封じてはいるが。
寝坊して遅刻するような時は”手袋を付け忘れて”来る事も多々あったりするので‥‥やっぱり”馬鹿”だわ。

「ちゃんと手袋して来なさいよ?明日の放課後にするらしいから‥‥‥遠見って今日はこのまま上がり?」

「うん‥‥葉思、お酒を飲みに行くのは良いけど‥‥もう奢らないからね~」

 流石は長い付き合い‥‥いつもは勘が鈍いくせに‥ってそんな事も無かったりするのが遠見の不思議なとこなのよね。

”鈍い””鈍感””のろま”に相反するように”鋭い””敏感””俊敏”を兼ね備えている、本当に”必要”なときには後半の言葉しか付
き纏わない‥‥そんな子。

 アタシ、来水葉思は本当に”馬鹿”な子は好きになれないのだから‥っと、そんな事よりこの時間に開いてる店ってあったかしら?

 ”今日も奢ってもらえますように”




「あらら、夜のお散歩とは‥‥貴方にもそんな洒落た趣味があったんですね‥‥戒弄さん」

「‥‥”水銃城”の鋭利か‥‥‥行方不明と聞き及んでいたがな‥‥世界は案外狭いらしい」

 月の下‥‥そう言えば最近月の見ていない日が無い気がする‥‥青白い光は好きだ、とても心が洗われる。

 そんな感覚の中で目の前の相手と向かい合う、褐色の肌、燃えるような赤い瞳、無造作に‥‥地面ギリギリまで伸ばした赤髪。

 そして長い髪の間から覗いている人ならざる者の証、狼のような‥‥野生的な鋭さを秘めて天に向いている三角形の耳。

 腰からも同じく赤色をした‥‥芸術性すら感じさせるバランス器官として突き詰められた大きな尻尾、人には必要が無い野生の集合体。

 王虎族に続く”遠離近人”の中でも戦闘に特化した種族、十狼族(とおろうぞく)そして目の前の少女はその中でも有数な血族。

 顎ノ子(あごのこ)‥‥普通の十狼族はこの夜の闇のように底冷えするような黒い毛並みをしている、正に夜に生きる”肉食”しかし顎ノ子達の体は”赤”全てを燃やし尽くすような、暗い闇でもそれを否定する程の力を有した炎のソレだ。

「それよりも、夜のお散歩にしては随分遠出したんですね?」

 答えなんて知っている、知っているが問いかける、時間つぶし、時間稼ぎ‥‥どれでも良いと私は思う。

「‥‥貴様、何か知ってるな?‥‥この街に潜む”違和感”を放つ”アレ”は何だ?‥‥今は俺も急ぎの用事でな‥‥さっさと答えてくれることを望むのだが?」

「違和感?さて、何の事でしょう?‥‥私はただ久しぶりに会った知人とお話をしたいだけですよ?‥‥貴方の疑問にお答え出来るほどの情報も無いですし”違和感”だけでは不明瞭過ぎて‥‥さっぱりですね」

 流石は”遠離近人”の中でももっとも”正しく物事を認識”するのが上手な種族‥‥十狼族だ、でも答えてはやらない。

 答えて処置できるほど”この違和感”は優しくも無い、かといって”結果”を見れば”当たり前”なのだから。

 どうしようも無い”アレ”ですね。

「嘘をついたな?いつもの貴様なら俺の気配を感じるだけでその場を去るはずだが?」

「”人”には”気まぐれ”と言う素敵な言葉があるんですよ”遠離近人”さん」

「黙れ”能力者”‥‥‥では質問を変えようではないか、”アレ”はお前等の知り合いなのか?」

 尻尾が逆立ってるって事は‥‥‥イライラしてますよね?‥‥”野生動物”はわかりやすくて助かりますね、本当。

「それが?それが貴方の”質問”ですか?‥‥答えると?‥‥ちょっと馬鹿らしいですよ‥私は貴方に答える必要性が無いのですから無視の方向で会話を進めますよ?‥‥でもそれでは可哀想ですね、じゃあ一度だけ答えましょう、”他人”ではないですよ、予測通りに」

「十分だ”水銃城”、しかしまだ本質は見えん、貴様程の使い手が飼い殺されている事実、それが俺にはわからん、いや、貴様だけではないな、”違和感”の近くに”意識浸透”それに”選択結果”もいるな?」

「わかっちゃいますか?‥‥だったら貴方の”心配事”の気配もするでしょう?‥無事だとわかっているならもう少し落ち着いてくださいね?みっともないですよ」

 その”心配事”は貴方にとっての”存在”では既に無いのですけどね、そこを利用する差異は悪魔ですか‥‥まったく。

「‥‥‥”コウ”が無事な事くらい俺にもわかっている、”良き方向”で考えるならば迷子のあいつをお前等が保護してくれたと考えるのが妥当だろう」

 ”戦闘狂”のわりには、血に濡れる己が好きなわりには、骨を噛み砕く感触を知っているわりには‥‥優しげな思考ですよね。

 結構純粋な所があるんだと少し好ましく思う、まあ、狼にも家族愛がありますし‥‥おかしな事ではないのかも。

 ”血塗れ狼”なのに矛盾ですね、少し滑稽とさえ思ってしまう、酷いな私は‥‥‥‥自覚があるだけ可愛げがありますよ私は?

「それは”不正解”ですね、これはヒントでも何でもなくて事実のみですから‥‥それで?貴方は何をそんなに心配してるのですか?‥長年の付き合いの私達が信用できないと‥‥そう言う事ならまだ良いですよ?親しい仲でもありませんしね、貴方が死のうが涙しませんし‥私の大好きな”水分”の無駄ですしね‥‥では?‥‥尻尾を逆立てて、毛を逆立てて、耳を逆立てて、貴方ともあろう人が私の前でみっともない姿を晒しながら、問いますよ、何が不安なのですか?」

「‥‥‥‥”違和感”だと言っているのだが、貴様は”ソレ”を知覚していないと言う、世界に騙されている気分だ‥‥故に不安、コウが”飲まれると”感じているからこその不安、だから貴様に時間を与えてまで問いかけた、”違和感”は何かとな」

 納得する、やっぱり目の前の”コレ”は他者を殺していようが血塗れの自分が好きだろうが”天災”だろうが『お人よし』だ、それは必ずしも”良”にはならない、現に今、ここで時間を取られている事実がそれを証明している。

「それでしたらご自分の眼でお確かめくださいな、私は眠いのでそろそろ帰ります、月の下の散歩と洒落こみたいので歩きでの帰宅です、貴方はお先にどうぞ?」

 人様の家の屋根にずっと立っているのも失礼にあたる、とりあえず道路に降り立ちながら『お人よし』に言葉の裏に潜まして忠告してあげる『急いだ方が良いのでは?』‥‥最大の皮肉、既に間に合わない、やっぱり私はひどい女ですね。

「‥‥‥言われなくても」

 立ち去る、恐ろしい速度で‥‥‥悪気があって彼女の時間を割いたのだが‥‥別にあのまま行かしてあげても良かったのかもしれない。

 でも”無理”だから、その”結果”を想像しながら彼女と会話をするのが楽しかったのだから仕方ない。

 だって”コウ”をあの人は心配していた、まさに皮肉、それであの必死さ?‥‥おもしろおかしい、あの戒弄ともあろう者だ。

 ”既に完結しているのに、妖精は”

「‥‥‥貴方の妖精さんは、貴方のためには既に”存在”していませんよ?‥‥だって貴方の恐れている”違和感”‥あれのために尽くす”支配された愛玩人形”‥‥私と同じ”一部”として既に機能しているのですから、ふふっ」

 月明かりの下の散歩道、狼の足並みは速く、私の足並みは遅く、この同じ世界の下で。

 ”滑稽”だ。



[1513] Re[12]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/08/08 22:49
わたしには家族が一人しかいません。

お父さんもお母さんも死にました、わたしのチカラが原因らしいけど良くわかりません。

わたしは右手にアクマを飼っていて左手にはカミサマが宿っています、それのせいかも‥‥とか良く一人で考えたりします。

でも答えなんて無いので、とても無意味な時間だと親戚のおじさんは言います、でも死んだお父さん達は家族ですけどおじさんは家族じゃ

ないので、そんなウソなのかホントウなのかわからない言葉なんて素直には聞いてあげません‥‥‥きっと無意味って言葉の意味を知らないのです。

考えるだけで有意義って事もあるんですよ?答えなんていらないって人間が一人ぐらいいても良いじゃないですか‥‥わたしは思います。

家族‥‥わたしにも一人だけ家族がいます、弟です、良く出来た弟で小さいときから手が掛かることはあまりありませんでした、唯一の心配は逆に反抗期が無いことです。

けど他の家庭での反抗期ってものは酷いらしいです、家族とか殴る人とかもいたりするらしいです‥‥凄く怖いです。

でも怖いのも痛いのもわたしは平気ですから‥‥‥いっぱいされてきました、でも途中から怖くも痛くも消えてしまいました。

凄く不思議です、でもそれは幸せなことなんだろうと考えます‥‥痛くも怖くも無い世界は幸せですから、幸せって言葉の本当の意味。

だから自分にとっての痛みも恐怖も全てを肯定して生きてきました、弟のためとか、自分のためとか、流れに沿うように、淡々と。

でも、もしも、この痛みも恐怖も知らなかったら‥‥”無かった”としたらと想像するだけで恐ろしい気分になります、わたしがわたしでない感覚が染み込んで来るような、嫌な感覚。

それを押し込んで、考えて、悩んで、せっかくなので恐怖の原因になったコレすらも利用してやろうと考えました、全部利用してわたしは生きるのです、この世界の全てを自分のために利用して活用して生きてゆくそれで良い、大事な存在すら利用します、きっと私は。

世界はわたしに痛みと恐怖を教えてくれた‥‥でもそれが無くなることでの空虚な幸せしか与えてくれなかった、痛みも恐怖も超越した空虚な感情の幸せ‥‥‥虚しいです、虚しいですよ?

だから、わたしは最高の幸せを得る義務があるんです、それはわたしの決めた唯一のルールです、破ることは出来ません。

そのためには利用します、大事な存在も、友達も、能力も、家族も‥‥弟ですら切り捨てて利用して生きてゆきます。

でも、それでも、たった一つだけ”利用”してはいけないモノがあります、友達でも家族でも無い不思議な存在。

初めて出会った冬の日の事を忘れられません‥‥ああ、出会ってすぐに理解しました彼は私と同じだと。

同族嫌悪は湧きませんでした、不思議なほどに‥‥‥ただ”わたし”のようにしたくないと思いました。

強く強く思いました‥‥‥恭輔ちゃん、貴方はわたしが死ぬまで綺麗なままで‥‥‥。



「‥‥‥‥ふぁ、来るね」

 眠い‥‥眠気を噛み殺しながら見つめる、すぐそこまで近づいてきた圧倒的な気配、知った感覚‥‥戒弄。

「‥‥差異に任せてさっさと寝ても良いけど‥‥それって怠慢だよね」

 オレンジジュースもチョコも無くなってしまった、口が寂しい‥‥ポケットを漁る。

 えっと、確か‥‥‥飴玉の一つぐらい‥‥‥っと、二つも出てきた。

「あれだよね、戒弄‥‥‥一つどう?」

「‥‥やはりお前もか‥‥水銃城と良い‥‥今日はSS級の大安売りか?」

 いつの間にか目の前に佇んでいる存在に話しかける、速いよね~、ついさっきまで大分遠くにいたのに‥‥。

 僕が意識をポケット漁りに向けた瞬間に一気に距離を詰めたね‥‥これが真面目な戦いだったら死んでるかも僕。

「まあ、当店にはまだ選択結果とかも売れ残ってるけどね‥‥っで?何の用事かな?」

「‥‥‥惚けるな、この違和感だけでも十分に”用事”に値する、そしてその中にコウがいるのだからな‥‥俺の焦りもわかるだろう?」

「んー、違和感?‥‥そこがわからないけど、コウなら僕達が優しく丁寧に保護してるよ?それより駄目じゃないか戒弄‥‥コウを一人にしちゃったら‥‥あんなに小さくて弱い生き物なんだからさ‥‥ちょっとでも目を離したらどうにかなっちゃうよ?ははっ」

 口から吐く言葉、僕のそのままの気持ち、間に合わなかった戒弄への侮辱の言葉。

「‥‥眼が笑っていないぞ意識浸透‥‥‥この人間の巣の中にいる”モノ”は何だ?‥‥」

「さあ?‥‥鋭利にも言われなかったかい?自分の眼で確かめたら?ってさ‥‥僕もその意見に賛成だね、何も異論は無い‥だって自分の眼で見ないと物事って信用できないしね」

 飴を口に放り込む、あー、オレンジ味‥‥‥さっきオレンジジュース飲んでたからちょっとしつこく感じる、甘い。

「‥‥‥ふんっ」

「あっ、決して屋根裏ぶっ壊して中に入らないでよね、僕が恭輔サンに叱られるんで‥‥うん、使えない部分だと思われるのは嫌だよね、だから注意、ちゃんと下に降りて、チャイム押して、中の人間に”どうぞ”っ言われてから入ってね、常識だから頼むよ」

 当たり前、当たり前な事だけど人外にはそんな当たり前も存在しないし、屋根裏ぶっ壊して中に入ろうとする存在に生まれなくて良かったって本当に思う、さて。

「それとそんなに恐れなくて良いと思うよ?‥‥君の感じてる違和感だっけ?そんなものはこの家に存在しない、僕達もとある事情でこの家にお世話になってるだけでさ、決して鬼島を裏切ったわけじゃない‥‥つまりはここで”何か”があれば鬼島と井出島の間の”約束事”を破ることになるからね、そんな事をするわけないでしょ?」

 僕のお役目、とりあえず嘘を吐く、別に信用してくれなくても良いけど言わないよりはマシだろう、戒弄には”崩されないまま”帰ってもらわないと困る、そうじゃないと利用出来なくなるし‥‥僕って酷いな‥差異の思考に染まった?まあ、双子だしね。

「‥‥確かにな、その言葉は信用してやる、鬼島と井出島の全面戦争なんて考えただけで嬉しい事柄だが‥‥それが起こって欲しいとは誰一人考えはしないからな、コウに何もなければこの違和感ですら無視して帰ってやる」

「だから何も無いって‥‥信用ないな僕‥‥じゃあ僕は寝るとするかな、夜更かしは美容の敵との姉の助言をたまには聞いてあげよう」

 上半身を起こす、この場所結構気に入ったな‥‥うん、空が良く見えるし悪くない、星もキラキラしていて綺麗だ。

「じゃあ戒弄、コウを連れて帰るならさっさと静かに頼むね、この家の主は”学校”って用事で朝が早いんだ、あまり長居されると迷惑だからね、じゃ」

 振り向きもしないで立ち去る、えっと、歯磨きをして寝ないと‥‥虫歯は怖いしね。



 立ち去る意識浸透‥‥今までと変わらない、飄々とした態度‥‥何も変わらないはずだが。

 微かな違和感が存在している、水銃城の時も感じた‥‥いつもと変わらない彼女達の中に潜んでいる”何か”違和感がある。

「‥‥‥‥‥よっと」

 地面に足をつける、っと‥‥確かチャイムってモノを押して‥‥何でこんな面倒なことをしてるんだか俺は。

 しかし”無作法は人を殺す”‥‥意味も無い死などは嫌いだ、見たくない。

「ん、戒弄だな、入ってよいぞ」

 声、冷たい声、知っている‥‥選択結果、もっとも戦いたい相手の一人。

 ドアが開いて出てきた彼女は今までと変わらず冷たい視線でこちらを軽く睨むようなしぐさをする。

「久しぶりだな選択結果‥‥行方不明と聞いていたが元気そうで何よりだ」

「うん、それは皮肉か?‥‥まあ、皮肉を言われて気分を悪くするような狭い心を差異は有していないからな」

 今までと変わらない‥不思議なほどに変わらない選択結果‥意識浸透と同じだ、この人間の巣を包む違和感の中で”普通”にしている。

 おかしい、選択結果がこの”違和感”に気付かないはずが無いのだ‥気付いているのに平然としている?馬鹿な‥‥それでは壊れてる。

 どう言う事だ?

「‥‥その顔を見れば疑問を沢山抱えているみたいだな、ん、しかし教えるわけにはいかないし教える気も無い」

「‥‥それは俺の疑問にお前が答えられると言うわけだな?‥‥その可能性を開け、この違和感は何だ?‥‥寒気がする‥いや、純粋に不気味だ、怖い‥‥コウは本当に無事なのか?」

 違和感という名のこの巣を包む空気、その中で平然と‥‥薄く微笑みを浮かべている選択結果‥‥何だ、何故笑う?

「先ほどの言葉を聞いていないのかと差異は呆れるぞ?まあ、差異は優しいからな、一つだけ疑問に答えてやろう‥質問はどれに掛かっている?”違和感の正体”なのか”コウの無事”なのか‥どちらでも差異は答えてやろうではないか‥お勧めは”違和感の正体”だな」

「答えるのか?」

「ん、嘘は言わないぞ差異は?」

 驚く、意識浸透が避けていたように‥‥この違和感ですら何も感じていないように振舞う、そう思っていた。

 唖然として選択結果を見つめる、眠そうに欠伸をしながらさっさと選べと眼が言っている。

「では改めて問いかけよう、この街を‥‥この人の住む巣を包む違和感は何だ?」

「それはお茶でも飲みながら話そう、ん、コウも挟みながら話そうではないか‥‥ふぁ、眠い眠い‥さっさと終わらせよう」

 閉まる‥‥‥相変わらず他人なんて気にしない態度‥‥今の流れでそれは無いだろう‥‥俺は嘆息する。

 とりあえずコウの無事を確認できるなら、言葉に従うしかないではないか、何て我侭な選択結果‥‥慣れる事は無いだろう。

 それは恐らく一生。



 僕の部屋、僕だけの空間、お風呂から上がった僕はベッドに横になりながら天井を見つめる。

 明日は制裁の日、多分、違う‥‥絶対”楽”に制裁は完了する、僕はだって才があるのだから、人の何倍も。

 それは事実であって、決して自分を過信しているわけではない、事実を事実として認識できない能力者はどのレベルであっても弱いだけ。

 だから僕はちゃんと自身を把握している、純粋な能力で言えば僕はSS級にすら負けてはいない、ただ”時間”が足りないだけ。

 ”時間”が足りないだけだ。

「‥‥ふぁ、う‥‥眠いかも‥‥‥でも見たい番組あるし」

 深夜のお馬鹿番組、毎週欠かさず見ていたりする‥‥でも今日は眠い、怒りに思考が染まりすぎたせいだ、送山くんの責任だ。

「‥‥うん」

 前髪が目に入る、良くみんなからは髪を伸ばしたら女の子にしか見えないと言われてからかわれたり‥曇った思考で机の上の鏡立てに視線を向けてみる。

 白い、白い肌に女の子見たいな‥そう、自分で見ても女の子見たいな女の子そのものにしか見えない柔らかな顔、虚ろな瞳の鏡の中の自分と視線が交錯する。

「‥‥明日はどうしようかなぁ」

 鏡の中の自分と相談する、何も答えない、それは当たり前だが‥‥それでもいい、送山くんが処罰を、責任を取るならそれでいいのだ。

 恭兄さまを一瞬でも世俗の言葉で、僕の”思考”していた恭兄さまを汚い世界に貶めたのだ、責任は当然。

「‥‥‥一人で寝るのはやっぱ寂しいかも」

 寒い、恭兄さまと昔は同じベッドで寝たりしたけど、今は無理だ、だから遮光ちゃんとたまに一緒に寝たりするけど‥それでも虚しい。

 虚しいのだ、今一人で寝ていることも、遮光ちゃんと寂しさを埋めるように同じベッドで寝るのも、何もかも虚しく、正しくない。

 早く戻りたい、恭兄さまと一緒にいられる空間に、空気に、そのためだったら何だってする、何でもする。

 だから自分は今この場にいる事を良しとしているし、明日送山くんに制裁を加えないといけないのだ。

「‥‥‥‥‥ふふっ」

 笑みが自然とこぼれる、自分でもわかる程に意地汚い声、明日はどうやって送山くんに罪を思い知らせてやろうか?

 ワクワクする、これは神聖な行為だけど‥‥恭兄さまの”敵”を排除する事を喜び以外の何と言うのだろう?

 あぁ、明日が楽しみになってきた、僕が思考していた恭兄さまを汚した送山くんに抱いた憎しみの様な情念と‥‥今この胸を駆け巡る恭兄さまの敵‥‥僅かでも関わりを‥‥”接点”を持った相手を排除できる最高の喜び。

 「矛盾だ‥‥‥ふぁ、凄い矛盾」

 そんな矛盾が僕の考えを染めるのだ、憎み、喜ぶ、相反するようで根本は変わらないこの感情‥‥どちらも恭兄さまに関わる情念で。

 憎しみとは別に、狂おしいほどに愛しい‥‥‥これも矛盾、どうしようもない矛盾。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 テレビから音が流れてくる、僕の好きな番組の主題歌だ‥‥でも眠い、今の僕の思考は恭兄さまで染まっている、良い気分。

 それを邪魔するこのテレビの中の人間達すら煩わしく感じてきてしまう‥‥仕方がない。

 消そう、リモコン‥‥今は良いところだ、恭兄さまに僕の思考が染まっている、良い気分なのだ‥‥これに包まれて眠る、寝たい。

 何も聞こえなくなる、テレビを消したから当たり前だ‥‥これでいい、これでいいんだと僕は納得する。

 「‥‥‥恭兄さま‥‥‥」

 呟く、それはきっと‥‥この世界でもっとも素敵な呟きだろうと僕は思った。



 何も変わらないソレを見て、激しい嘔吐感が駆け巡った、それはきっと‥‥この狭い空間で俺だけだ‥‥‥そうに違いないと判断する。

「あれ?え、えっと‥‥もしかして戒弄ちゃん気分悪い?」

 心配そうに俺を覗き込む、安心した‥‥間に合わなかったのか?‥‥二つの念が俺を責める‥‥どっちだ?

 普通だ、普通すぎるほどに‥‥俺が何も疑問を感じれないほどに‥‥コウはいつものように涙目になって俺の体に飛びついてきた。

 幼い時から変わらない、迷子になった時の‥‥夕暮れの中でコウを見つけたとき、雨の中でコウを見つけたとき、森の片隅でコウを見つけたとき‥‥その時と何も変わらないコウの涙‥‥何も変わらないはずだ。

 だが吐き気、吐き気がする、尻尾が逆立つ‥‥‥気分が悪いのだ、気持ち悪い、体に張り付いてくるコウが”気持ち悪い”

 そんな事を思った自分が不思議なほどに‥‥僅か数秒程で消えうせるソレが‥‥‥俺の心を恐怖で染める。

「い、いや‥‥何でもない、本当に無事なんだな?‥‥まあ、怪我もない様子だし‥‥頼むからあまり俺を心配させるな」

「あっ、えっと‥‥ごめんなさい‥‥で、でも、差異さん達が助けてくれたから‥‥何ともなかったし‥‥」

 選択結果は部屋の隅の壁に背を預けながら悠然と欠伸をしている、そこで浮かぶ‥質問、先ほどの質問の答えを聞かなければならない。

「ん?‥‥感動の対面はそこまでで良いのか?差異の事は気にせずまだ続けても良いのだが、うん、それよりも先ほどの質問の返答が知りたい顔だな、ほら、答えてやるから椅子にまず腰掛けろ」

 自分はさっさと腰掛けながら眼で促す選択結果‥‥‥本当に答える気があるのだろうか?‥‥もう、コウを連れてこの場を去った方が‥‥だがそれでも、この何かの生き物の”胃の中にいるような感覚”‥‥それについて答えてもらわないとならない。

「確かにコウは無事だった、先ほどは疑ったりしてすまなかったな、本来は”猛者”‥‥そのような人種を探してここに来たがどうでもいい、どうでも良くなった‥‥お前達SS級が行方不明で何故この場に皆で留まっているのか‥それもあえて無視をして問いかけるぞ?今、俺たちがいるこの空間を包んでいる違和感は何だ?答えてもらうぞ」

 先ほどの質問の続き、俺の焦りの入り混じった声音にコウが驚いたように目を瞬かせる、コウは気付いていない?‥‥だったらコウの身に”何もなかった”のは確かに正しいのか?‥‥だが先ほどのコウを見たときの嘔吐感は何だ?気のせい‥‥気のせいなのか?

 この違和感に気分が”呑まれた時”にたまたまコウを見た‥‥それだけなのか?

 「うん、先ほどから戒弄が言っている”違和感”‥その言葉にのみ答えてやろう、この家の主のD級能力者は発している”ソレ”の事だろうん、まあ、気にする程のものではないと言っておこう、別に悪意もないし害もない‥そこに存在しているだけの、違和感のみを発生する能力者‥‥ほら、D級で十分だろう?文句もないだろうし口答えも出来ないだろう?」

 素直な言葉、俺が反論できないほどに当たり前の言葉をそのまま聞き流すことが出来ない、確かに納得出来るだけの言葉だ‥‥現に言葉通りに違和感だけを放つだけで何も異常は無い、違和感だけが”異常”なだけ‥‥他には何も存在しない。

だが‥‥。

「っと、戒弄ちゃんさっきから何を話してるの?コウは何ともなかったし、行方不明になってもう戦えないって残念がってた差異さん達も無事だったんだよ、”何も疑問に思わなくてもいいんじゃないかな”?‥‥そうだよね戒弄ちゃん?」

 俺の思考を遮るようなコウの言葉、何かおかしい‥‥コウは不思議そうに俺を見つめてるだけで何もおかしくないのに‥‥少し怖い。

 差異はそんな俺たちを薄く微笑みながら見つめている、悠然とした態度、何度も見たはずだ‥‥だが何か違うような感覚。

「それだけだ、ん、それだけだぞ、話はこれで終わりだな、差異はそう判断するのだが?‥‥それではさっさと二人とも帰るが良い、この家は朝が早いからな、これ以上は迷惑だ」

 もう話すことはないと言った感じで椅子から立ち上がる選択結果、何も言えない‥‥先ほどの会話でおかしい所など無いのだから。

 あるとすれば‥‥

「後一つだけ答えろ、何故お前達は”ここ”にいる、この違和感を放つ能力者とやらの中心に存在している?」

 それがある、大きな意味を持つ問い、これで真意はある程度”予測”出来るはずだ‥‥最初に無視して消した問い、だからこそ問いかける。

 その問いに紫色の瞳がおもしろそうに俺を見つめる、おもしろそうに。

 何か笑いを堪えているような、そんな微笑で。

「質問は一つだけと言っただろ?ん、残念だな、最初からその質問をしていれば良かったと差異は思うぞ?」

 問いは意味の無いものだったらしい。

「えっと、戒弄ちゃん‥‥帰ろう」

 コウの声、まただ、俺の思考を止めるようなタイミングで先ほどから声が耳に入ってくる、深く考えられない。

 今はだが、立ち去るべきと判断する、コウを”井出島”に戻してから、それから追求すればいい‥‥。

 去ろうとする俺たちに投げかけられる言葉が聞こえる。

「ん、さっさと帰るが良い‥‥‥そうだ、”コウ”‥‥‥”井出島”によろしくな、本当に、それではな」

 違和感の孕んだ言葉にコウは笑顔で”はい”と頷いた、何も変わらないソレに俺は‥‥‥軽い吐き気を感じた。

 先程と同じように。



[1513] Re[13]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/08/13 04:06
多くのことがちょっとずつ動き出した夜、それも終わりを迎えて朝になろうとしている。

世界は少しずつ意識し始めている、たった一人の人間を、見逃さずに、しっかりと意識している。

その中で、彼の縁者がたったそれだけのはずがない、多くだ、もっといるはず‥‥‥そうに違いない。

何故か?その人間が”普通”を偽った”異端”だからだ、能力だけではない、その心の在り方がきっと壊れてしまっている。

壊れている?安易なのか‥‥その考えはきっと安易だ、安直以外の何者でもない‥‥彼が意識した全ての人間には当たり前になるのだ。

それは当然であるのかもしれない、ならば決して壊れていないのだ‥‥今の彼の周りの人間にはそれを指摘する材料を有した人間がいないのだから。

そう、彼の周り、慌ただしくなりつつある彼の周囲、その多くは溶け込んでしまって‥‥混ざってしまい、それを当然として振舞っている一部の存在、そう、彼の一部の存在たち。

だがおかしくないか?‥‥何故彼女達だけと言い切れるのか?‥‥少年は本当に”ここ最近”だけが慌しい日常になっているのか?

もっと昔から続くソレを考えよう、彼の周囲、妹弟、親友、その姉‥‥‥そうだ、主要人物‥今の物語を動かしている半分は少年とは過去から連鎖して動いているソレだ。

だが数が釣り合わないだろ?慌しくなった日常の中で‥‥”過去”からの存在と”今”からの存在が均等じゃないといけない道理はないのだ。

それでも、それでももしかしたら‥‥ありえるのかもしれない、過去から続く少女達と同じソレが、ありえるのかもしれないのだ。

だがそれが物語に絡まないのは、まだ時期ではなかったから、まだ早い‥‥きっとそう自覚しているから。

終わり、それも終わりを迎えようとしている、世界にはわかる、少しだが、少しだが物語りに絡もうとしている、狙っている。

まだいた”一部”もう忘れられた一部、いや今はわざと認識していない一部たち‥‥何処で物語りに絡んだか、それは今はどうでも良い。

彼女達を少年が忘れてしまった今でも確実に脈動し、時期を狙い、彼の無意識の元に動いている、それだけなのだ。

それが出会う、物語に参戦するために、そう‥‥少年のために再度、過去からの続くソレが延々と続く連鎖に絡むために。

”今”の少女達との一体感は三度目の時期、これから物語りに絡む連鎖を孕んだソレは二度目の一体感、そして終局を迎えた一度目の一体感。

延々と、続く少年の心模様、全てを多い尽くす少年の意識、それだけで物語は進んでゆける。

世界は今も注目している、少年に染まる世界を‥‥‥‥それは”まだ”始まったばかりの物語なのだから。



 虎は怯えていた‥‥自然界で自分より強いものなどそうそう出会うものなどではない‥‥だからこそ最強種の虎の名を冠する一族を名乗っていられるのだ。

 だが違う、今目の前で黒い衣をざわつかせながら微笑む存在に恐ろしいまでの恐怖を感じる、自分の心臓に死を刻んだ少女より‥‥怖い。

 もう星が消える空、そんな世界の中で突如現れた存在‥‥空中に浮遊して笑っている、圧倒的な、死の空気を称えながら世界に溶け込めていない、世界の汚物、絡み合わない存在‥‥わかる、あれは人が”意識”しては駄目なものだ、この今眼に映っていることすら呪いだ。

「‥‥ふぁ~~、んー、君はアレだね、ふむふむ‥‥鬼島へのお使いの帰り‥‥っと魔法使いは予測するのだが‥‥はてはて?‥‥君の体からおもしろい香りがする‥‥決して”臭い”と言わない所が魔法使いの細かな気配り‥‥さて、お話に参戦するに当って名乗りを上げよう‥‥夜の法‥‥自称魔法使いの巳妥螺眼(みだらめ)‥‥ああ、そんな事は知りたくないって顔をしているね?‥だがキャラクターには名前が必要だし‥‥何より”名無し”さんって呼ばれるのも辛いものがあるしな‥‥駄目だな魔法使いは‥また話が逸れてしまった‥反省反省」

 一方的に名乗る存在に尻尾が震える、あれは本物だ‥‥本物の”魔法使い”‥‥自称などではないではないか‥‥異端の中でも絶対存在として知られるソレ、決して『島』を持たない気ままに世界を翻弄する化け物、”魔法使い”

 子供の見る童話の登場人物の様な‥‥全ての世界から隔離された異常の力を有する存在。

 それが魔法使い。

「‥‥こんな所で”魔法使い”さんに出会うとは思わなかったッスよ‥いや、一生会いたく無いッスけど‥‥‥」

 何故自分はこんなに最近不運なんだろう?‥‥今回は人生でも最大の不運であるのは間違いないだろう、どうすれば良い?

 戦う?‥‥無駄だ、唯の”魔法使い”ならまだ‥‥だが、目の前の存在は”夜の法”だ、決して偽りの存在ではない。

 過去にたった一人で鬼島に挑んだ永遠の少女、その時に現存していたSS級の過半数を一人で抹殺、暗殺、惨殺‥‥殺しつくした少女。

 夜を世界をもっとも司る姉妹の一人、夜の魔法使い、夜のみにしか存在を認識できない世界にとって”自然”になった少女。

 山が山のように、森が森のように、空が空のように、夜の法は巳妥螺眼それが自然、それがこの少女。

 雪の様な白い髪、肌も同じく生命の息吹を感じさせないほどに青白い瞳は燃えるような、人を焼き尽くすような無比な炎の色。

 惜し気もなく晒した裸体、まるで人形の様な‥‥大人に届かないその体は倒錯したものを示しているようで‥‥美しいのだろうと。

 そしてその体に薄く巻きついた黒い、黒く薄い衣‥‥ふわふわと浮遊しながら少女の体を護るように‥‥知っている、あれで全てを切り裂き絞め殺し、蹂躙する‥‥異端のチカラの一つ、決して着衣として機能しているのではない。

 そんな少女、魔法使い。

「魔法使いだけではないよ、君の香りから推測するに‥‥ふむふむ、君はもっと多くの”異端”にこれから先のお話で出会う事は確実、君の心の臓器、それを刻んだ半端ない異端のように‥‥多くの人外が君を翻弄するのだな、決定事項、ふむー、魔法使いは嬉しく思う、ここで君に出会った事実もそうだが‥‥そうだね、やっと”彼”の物語に参戦できる喜びだな、古きものは淘汰されるべきなのかもしれんが‥”我等”はいまだに彼の一部として存在して、現存して、生きているのだから、そうだろう?心螺旋(しんらせん)?」

 湧き出る気配、まだいる、まだ何かいる‥‥夜は終わっていないのか?彼女達の”世界”はまだ消えてくれない、朝よ、早く。

 だがこの気配は‥‥‥鋭利な、そう、最高に鋭利な。

「‥‥‥‥‥疾風のようにこんばんわ、呼ばれて飛びでて‥‥こんばんわ」

 闇からまた生まれ出る異物、これは‥‥‥この鋭利な気配は、剣だ‥最高の剣。

”根本否ノ剣”

「‥‥虎さん虎さん、大正解ですよ‥‥‥心さんは剣なのですよ?貴方を今”出現”してから3回、えっと、2回ですか?ぐらいは刺し殺せる危ない剣なのです」

「‥‥楚々島‥‥では無いッスね、今この地上に”頸流化”してる人たちは全員顔見知りッスから‥‥しかも今”心螺旋”と名乗ったッスね?それが本当なら貴方には破壊許可が15年前から異端組織全てに下されているはず‥‥そうッスね?」

 緊張を抑えながら、恐怖を支配しながら口を開く、おかしい‥‥こんな”異端”同士が‥‥同じ場所で、同じ時間に、同じ世界で遭遇するなんて、運の悪い所の話ではない‥‥これではまるで‥‥今いる自分の現状をさらに肥大化したような、狂った世界ではないか。

 巳妥螺眼‥‥鬼島に気まぐれに戦争を仕掛けた異端、同族の魔法使いからも忌まれている永遠の少女。

 心螺旋‥‥‥楚々島を統べる”繭”に単体で挑んだ破壊剣、同属や異端の全てを破壊して存在する狂った、錆付くことを忘れてしまった剣の少女。

 SS級の最上位達に並ぶ力を有しながらお互い何処にも属さない、表の世界から突如十数年前に消えた存在、抹殺許可、破壊許可が付いてまわる世界の異端の中でもさらなる異端。

 まるでそれは異端の中でさらに‥‥”選択結果”のように突飛した存在、それが二人も、二人も目の前にいる。

‥‥違う‥‥三人ッスね。

 こんな最中で苦笑する、だって今自分の心臓にいるではないか‥‥異端の中の異端‥‥選択結果が。

「‥‥んん?‥‥破壊許可ですか?‥‥っかしいですよね?心さんを破壊しに来た同属の方は逆に破壊されるのですから、破壊破壊許可ですかね、あー、繭さん壊したいですね」

「こらこら、そこは魔法使いの注意が入るぞ?ふむ、しかし魔法使いが鬼島を滅ぼしたかったように君にも君の理由があるだろうから、そこは眼を瞑ってあげよう、これもまた魔法使いの細かな気配りとも言える、流石は自分、流石は魔法使い、自分を褒め称えるのは虚しきかな‥‥‥ああ、そんな事はどうでも良いのだよ心螺旋、我々は彼への恋文‥自分への?‥また疑問‥‥まあいいか、それを伝えに来たのだよ」

「‥‥‥ふぁ、じゃあ早くして寝床に帰りましょう、恭様の事を話して帰るべき、もう眠いし‥‥‥睡眠不足は剣のお肌に敵ですし‥‥辛い辛い、かなり辛いですよ?錆付くのはごめんです、心さん達の真意を虎さんにちゃっちゃっと言いましょう」

 尻尾のように括った淡い桃色の髪を手で遊びながら心螺旋がこちらを見る、何処か焦点の定まっていないような眠たげな瞳、何も興味が無いような青色の瞳と視線が絡むだけで恐ろしい、先ほどの言葉通り、彼女は自分を殺せるのだろう、選択結果と同じように軽々と。

「ふむふむ、それもそうだな、久しぶりのキョウ坊との再会が迫っているのだし、肌の荒れた”汚い部分”になり下がった我等を見て再度の認識などして欲しくもないと魔法使いは思うのだよ、そう、再会は愛情溢れたものではなくてはならん、愛すべき己の部分である我等を認識するそれは美しくないと無駄なのだろうと、ふむ」

「‥‥先ほどから人を無視して話すのは良いッスけど、邪魔なら汪去は立ち去るッスよ?矮小な子虎の汪去には貴方たちの様な人外の中の人外と同じ空間で呼吸するだけで死ぬほど苦しいッスから‥‥用件を早目にお願いッス」

 どうとでもなれ、何だかイライラしてきた、何で汪去だけがこんな不運な事情に襲われないとならないのだ?腹立たしい。

 殺されようがどうなろうが、虎は誇り高い、こんな状態でも自分を卑下する必要なんて何処にも無い。

「ほほう、中々胆の据わった虎ではなかろうか‥‥魔法使いは関心したのだが、そうだな、こちらが用件を言うまでの時間が長すぎるのもまた確か、ふむふむ、んー、それでは用件を端的に言おう、君のその心臓に”死”を刻んだ少女に伝言を言付けて欲しいのだが?まあ、否定をすれば君は死を迎えるのだろうな、そこの心螺旋によって3回は死ぬ、それが嫌なら是非とも魔法使いの伝言を伝えて欲しい、簡単で短い言葉だ、さて、それは」

「”君達で三度目だ”ですね、用件はそれだけです、貴方を殺しませんからそんなに尻尾を逆立てないで下さいよ、虎さん虎さん、貴方には重要な指名が架せられたのですから、殺しませんよ本当に?それでは心さんはさよならです、さようなら、疾風のようにさようならですよ」

 消える、一瞬で自分の認識、感知できない場所まで移動したのだ‥‥当然だ‥こんな”人外”なら自分を何度でも殺せるはずだ。

 少し悔しい。

「むむっ、先に言われてしまったな‥‥ここまでお話を長くしたのは魔法使いなのに‥‥良い所を心螺旋に取られてしまった、悲しいったらありゃしない、あっ、ちなみに今回の参戦は我々二人だけの事柄ではなく二度目のメンバー全員参戦と言う事だな、一度目は今だ動かず‥‥お話に参戦する機会を、彼の一番使える部分だと証明するために世界に潜んでいるようだね、まったくもって怖い怖い、力もそうだが”完全に壊れてしまってる”ようだな初期メンバーの方々は‥‥故に世界は今だ動かず、ああ、君にこんな事を言っても理解出来ないのだね?反省‥ふむ、それでは三度目のメンバーによろしく頼むよ、誰が彼にもっとも愛され使われる”一部”なのか当然のように魔法使い達の自由意志による戦いも始まるのだから‥‥‥まだそれは後半のお話、ふふっ、それではおさらばするよ、さようなら、本当にさようなら」

 無くなる、気配が‥‥‥眼を瞬かせたその刹那で、彼女は‥‥魔法使いの少女は消えたのだろう‥‥どんな”人種”だ彼女達は。

 ペタン、お尻をつく、強がっていたけれど‥怖かった、本当に怖かった、だって尻尾が震えているもの、眼から冷たいものが流れ出てるし。

「っぁ‥‥冗談もいい加減にして欲しいッスよ‥‥はぁ、伝言係にならないと殺す?‥‥無茶苦茶ッス、ありえない、あんなのがいるから世界は怖いッス、強い生き物と戦うのは好きッスが‥‥生き物のカテゴリーを外れすぎなのは勘弁ッスね」

 ここ数日でかなり寿命が縮んだ気がする、違うか‥‥確実に縮んだ、恐怖は人を殺せるのだ‥‥それを多く知った。

 しかし何なのだ?‥‥あの二人は、まったくもって自分との接点なんて無いではないか‥‥偶然だとしたら最悪。

 必然としたら再度の再会、もっと最悪。

「どうやら、はぁ、汪去はかなり危険な所に足を突っ込んだと言うか‥どうにでもなれと言うか‥‥最悪ッスね、差異さんが”何か”の中心、それも違う気がするッスし、少しだけでもネタバレしてもらわないと‥ストレスで尻尾の毛が抜け落ちてしまうッス‥とりあえず帰ってから‥ッスね」

 立ち上がる、恐怖は抜けた、自分は自由に動けるはずだ、心臓に刻まれた死と伝言を除けば‥‥自由じゃないか。

 二つの事柄だけで人はこんなにも拘束される‥‥虚しい。

「‥‥あぁ、朝ッスね‥‥‥無駄に長い夜だった気がするッスが、汪去だけッスかね?‥‥世界もそう思っていてくれたら少しは報われるものかもしれないッスね」

 こんな長い夜はもう遠慮したいものだ、朝日に照らされて虎は思う、この日の下で同じように”彼女等”が存在しているなんて。

 世界にとってきっとそれは不運なのだろう‥‥自分と同じように。



 駆ける、駆ける為の呼吸、脚の動き、そう、自分達の世界に戻るための行為。

 こちらに来てそれ程の時間が経過していないのに‥‥‥長い、とても長い日々を過したように思える。

 空に雲が薄っすらと見え始める、隠れていたものたちが浮き彫りになる‥‥世界は朝を迎えようとしているのだ。

「‥‥‥違和感が消えた‥‥か、感じない場所まで来ると‥‥確認できなくなるのか?幻だったように‥‥嘘みたいだ‥俺が疑問に感じていたことさえ」

 怖い、不気味、そう感じたことさえ忘れそうになる、去るときはまた追求‥‥”ソレ”の正体を明かすと決めたのに‥その心さえ消えてしまう。

「えっと、戒弄ちゃん‥‥ごめんね‥もう迷惑かけないから、えっと‥本当にごめんなさい」

「いや、別に良い‥‥元は俺の我侭が始まりだしな‥‥それよりコウ、何も体に異常はないか?」

 不安になる、心配げに自分を見つめてくる少女が‥‥口では決して言えない”親友”としての存在が。

 ”別のものに変わっているのではないか?”そんな下らない不安‥‥ありえないのに‥‥考えるだけ無駄なのに。

 不思議そうに自分を見つめる緑色の瞳、愛らしく、可愛らしく、何も変化の無い‥‥自分の好きな色を持つ瞳。

「別に何ともないけど‥‥戒弄ちゃん、何かさっきから変だよ、もしかしてコウのこと心配し過ぎて?えへへ」

 照れたように、嬉しそうに笑う、いつもと変わらない‥‥俺は何を考えてるんだ、これでいいじゃないか。

 いつもと変わらないのだから。

「ふん、どうとでもとれ‥‥コウ、そういえばお前はあの巣にいた”D級能力者”に会っただろう、どんな奴だった?」

 ふっと疑問に思う、当然だろう‥‥会ったに決まっている、何故聞かなかったのだ自分は?

 朝の心地よい風を切りながら思う、これは聞かなくてはならない、あの忘れそうになっている”違和感”を忘れないためにも。

「うーん、”普通”の人だったと思うよ‥‥えっと、別に凄い力がありそうだとか、そんな事を感じさせない‥‥んー、やっぱり普通の人だと思う」

 それは当然だろう、所詮はD級、わかっていた答え、だったら自分は何を聞きたかったんだ?

”俺は何を聞きたいんだ?”

「違う、俺が聞きたいのはそういった‥‥能力とか、人柄とか‥‥違うな、空気、纏っているような空気を聞きたいのか?どんな空気を持っていた?そこに”違和感”はあったか?」

 緑の木々、ざわめく、駆け巡るたびにザワザワと応えてくれるそれを心地よく感じながら問いかける、自分でも理解していない質問を。

「うぅ、何だか難しいよ‥‥でも優しい感じ、優しい人だったよ‥‥それぐらいしかわからないけど‥‥うん、本当に”優しい人”」

「‥‥‥‥」

 今、確かに微かな違和感を感じた‥‥何だ?コウの言葉に、そう、あの時感じたような違和感を放つ言葉が存在していた、わからない。

 わからないけど、今の違和感の放つ言葉は”何か”わからないけど‥覚えておこう、今感じた違和感はこれから必要だ。

 自分は愚かだ、忘れそうになっている違和感を手放すな、あれはそんな生易しいものではない、忘れては良いものではない。

「‥‥‥‥そうか」

 それだけ答える、それだけで十分だ‥‥そう、あの違和感は終わらないのだ、まだ続いている、コウが意識してか意識していないのかはわからないが。

 まだあの人間の巣を取り巻いていた違和感は‥‥‥まだ終わっていないはずなのだから。



 今は離れなくてはいけない、コウはそれを果たさないとならない、そう、恭輔さまの無意識を叶えるために、今は去る。

それは悲しいことではない、自分は弱い弱い‥か弱い存在なのだから、何も果たさなくてはいけないものなど無い。

 いつでも恭輔さまに会いに行ける‥‥自分の今行うべきことは恭輔さまに、与えるように仕向けること、笑う。

 コウは恭輔さまの役に立っている、か弱いこの体も、心も‥‥‥恭輔さまのために役立てることが出来る。

 幸せだ、今横にいる戒弄ちゃんにも役立ってもらう、仕方が無いよ、仕方が無いから‥‥‥ごめんね、再度笑う。

「えっと、戒弄ちゃん‥‥ごめんね‥もう迷惑かけないから、えっと‥本当にごめんなさい」


 前の自分、恭輔さまの一部ではない自分を思考して偽る、これもすぐに出来なくなるのだろう、忘れるのだ。

 自分は最初から恭輔さまの一部だったと認識が強制的に変換させられる‥‥早くそこまでに至りたい、差異さんのように。

「いや、別に良い‥‥元は俺の我侭が始まりだしな‥‥それよりコウ、何も体に異常はないか?」

 珍しい、心配そうな、本当に珍しい戒弄ちゃんの声‥‥コウの違和感に少しでも気付いているのだろうから、仕方が無いのかもしれない。

 煩わしい、だが利用しなければ‥‥戒弄ちゃんを。

「別に何ともないけど‥‥戒弄ちゃん、何かさっきから変だよ、もしかしてコウのこと心配し過ぎて?えへへ」

 笑う、心ではあざ笑い、表情は嬉しげに‥‥恭輔さま以外の”他人”にコウの本当の笑顔を見せる事なんてもう無いだろう、これで良いんだ。

 コウはこのまま、このままで。

「ふん、どうとでもとれ‥‥コウ、そういえばお前はあの巣にいた”D級能力者”に会っただろう、どんな奴だった?」

 やっぱり疑問に感じているんだろう、戒弄ちゃん‥‥十狼族の顎ノ子としての状況認識能力の高さ、使える‥‥でも”必要”ない。

 恭輔さまが本当に必要と感じれば仕方が無い、けど、それでも恭輔さまにコウだけを可愛がって欲しい‥‥コウが一番使う部分に。

 手より、足より、眼より、耳より、他の人たちより‥‥‥コウが一番でありたい、あるために井出島に戻る、既に故郷でも何でもなくなった場所に。

「うーん、”普通”の人だったと思うよ‥‥えっと、別に凄い力がありそうだとか、そんな事を感じさせない‥‥んー、やっぱり普通の人だと思う」

 違う、恋をした、出会った瞬間に、至高の、もっとも愛すべき対象になった人‥‥それは見せるべきではない、隠すべきだ。

 まだ早い、戒弄ちゃんが深く入って良い場所ではないのだ‥‥だから誤魔化す、本心を隠しながら、嘘を付く。

 二度目の嘘。

「違う、俺が聞きたいのはそういった‥‥能力とか、人柄とか‥‥違うな、空気、纏っているような空気を聞きたいのか?どんな空気を持っていた?そこに”違和感”はあったか?」

「うぅ、何だか難しいよ‥‥でも優しい感じ、優しい人だったよ‥‥それぐらいしかわからないけど‥‥うん、本当に”優しい人”」

 ほら無駄だ、どんなに問いかけても無駄だよ戒弄ちゃん‥‥戒弄ちゃんはまだ恭輔さまに必要が無いのだから。

 コウとしては一生必要が無いままが良いのだけど、邪魔だから‥酷い思考?事実だから仕方が無い、だって”前のコウ”はいらないから。

 恭輔さまの役に立たないコウなんていらないんだ、自身に囁く。

「‥‥‥‥そうか」

 戒弄ちゃんがそう呟くと同時に会話は終わる、これで良い‥‥コウはこれで恭輔さまの事を余計なものを感じずに考えられる。

 あっ、そうだ‥‥‥朝が来る、来るのだから言わないと、今は隣にいないあの人に。

『おはようございます、恭輔さま』

 そう、これで朝を迎える事が出来る、もっとも世界で正しい朝を。



[1513] Re[14]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/08/13 15:06
 一言、それはたった一言の言葉‥‥気まずさを含むそれは、空気を悪くし、精神を傷つけさせ。

 とても”仲間”に言うべき言葉ではない、

「‥‥‥‥愚図が」

 暗い、何処か浮遊感の漂うような、漆黒の空間、幼い声がポツリと呟く‥‥だがそれに反論するように。

「‥‥‥‥うむうむ、それはアレか?我等二人に吐いた言葉だと結論しても良いのか?」

「‥‥‥残滓(ざんし)さん‥‥訂正を求めますよ、あー、と言うか何処か愚図なのですか?‥‥ちゃんと参戦発表です、ちゃんとしたなら愚図ではないですから‥‥そうですよね」

 声に共鳴したように闇が蠢く、生きているようなソレは少女達を包みながら静かに脈動している、鼓動‥‥やはりこの空間は生きているのだろう。

「‥煩い馬鹿、阿呆、カスが、ったくもってお前等の脳みそは飾りか?役に立たん、役に立たない愚か者、○○○○め、■■■■■なのか?脳みそはスポンジが?」

 闇に溶け込むように一人の少女が存在している、激しい激情を秘めたような瞳、何かを認めないような感覚を人に与えさせる漆黒の右目、そして左目は‥‥左目は当然存在しているが、それは、あり得ない色、いや色彩を放っている?言葉では説明できない、文章では説明できない、言葉でも説明できない、そんな”何か”の色、まだ人間が認識出来ないであろう、まだ人が見るには”早過ぎる”であろう不思議な、しかし圧倒的な美しさを溶け込ませた瞳をしている。

「‥‥かなりご機嫌斜めのようだな、それを魔法使いたちに押し付けているだけなのか、本当に我等に愚図の烙印を貼られるべき行動があったのか、うむうむ、少し興味深いではないか?それではそのお言葉の意味を問いかけたいのだがな、あれのようだな、我等は愚図ゆえに残滓の言葉の真意を測れてないのかもしれんし、なぁ?」

「‥それは心さんに貴方の嫌味に乗っかれ的な事ですか?遠慮します、どちらかと言うと残滓さんに尻尾振ったほうが美味しいことが沢山ありそうですし、それは置いといて、はてさて、愚図の理由は聞くべきかとは心さんも思うわけでありまして、問いかけますよ?」

 二人の”人外”の少女、巳妥螺眼と心螺旋の言葉に同じく人の気配を有していない残滓と呼ばれた少女は形の良い眉を歪める。

 言葉の通り正に不機嫌。

「愚図が愚図の理由がわかるとは自身も考えてないがな、やはり愚図だクソ野郎達め、お前等は名乗りを、物語への参戦への言葉を発したのだろう?ならば”次の”話に出るであろう、この自身、”残滓”の事を言わないとはふざけているのか?死にたいのか?‥‥キョウスケ自身には伝わらないだろうが、そこを言っている、そこをお前等が言わないのが愚図の証拠だ、愚図、○○○のガキが」

「あらら、それが原因、原因‥‥心さんもそこまで気が回りませんでしたのは事実、申し訳ない申し訳ない、どうしましょう?心さんは本気で反省中ですよ?」

「うむうむ、魔法使いも確かにそれは反省しようではないか、して?我等を愚図とするだけでは気分も改善出来ないであろう?問題解決には物凄く、そう、簡単すぎるではないだろうか?残滓も悔しいのだろ?魔法使いはわかっているぞ‥今の、残滓の”立場”にいるであろう存在は選択結果、優秀だな、だが残念だ、残滓の方が優秀、美しい、強い、そうなのだろう?自分だけが必要だと、最もな、そう感じているからこそ、まだ”知られてない”事に腹を立てている、だったら行けばいいと魔法使いは思うぞ?他のメンバーは今は留守、だから行けばいい、再度言おう、行けばいい、”本人”に会いに行っても、邂逅してもだな、魔法使いと心螺旋は文句は言わないぞ?我等は美しい再会を望むばかりにそういった細かい部分には本当に、他のメンバーほどに心螺旋と魔法使いは興味が無い」

 気配が動く、残滓と呼ばれた少女が恐ろしいほどの殺気を、憎しみを込めた瞳で巳妥螺眼を睨みつける、殺しかねない炎の瞳。

 それを受けながらもまったく気にした様子も無く、悠然と宙に揺られながら巳妥螺眼は微笑む、魔女の笑み。

「怒るな怒るな、心を知られたからといって、そんなそんな、人を殺しそうな、殺す眼はいけないぞ、何が気に食わないのか魔法使いはわからないのだがな、その憎しみを向けるのは、ふふっ、選択結果だろう?‥そう、3回目の始まりに、最初に崩された最上能力者の選択結果、君と残滓と同じ、そう、憎らしいほどに同類とも言えるな、2回目の始まりに崩された君と、3回目の始まりに崩された選択結果、おかしいな?でも今彼が一番使えると認識している部分は選択結果である差異と呼ばれる少女、悔しいのだろう?”自分”を”他人”に取られた究極の嫉妬、君の激情ゆえにそれは我等など相手にならぬほど燃え上がり、心を焦がしている、愛していたからな君は、自分自身である彼を、究極の自己愛だからこそ、こんな些細な我等のミスに憤りを、怒りを感じているのではないか?」

「ちょっと言い過ぎですよ魔法使いさん、まあ、それは思うべき部分ではありますけどね‥‥意見には賛成ですよ心さんは、残滓さん、まだ絡まなくても良いのですから、彼に他人として、”恭様”に他人として会いに行けば良いのではと考案します、ふぁ、それでは心さんはもう寝ます故に邪魔したら刺しますから、それでは、疾風のようにおやすみなさい、おやすみなさいですよ」

 ズズッと音を鳴らしながら闇の中に沈んでゆく心螺旋、少女の姿をしたソレが闇に飲まれる様子は不気味さを放ちながら自然とこの歪んだ空間では流れてゆく。

「‥と心螺旋もやはり賛成を望んでくれたのだがな、どうする残滓?魔法使いもそろそろ寝ようと思うのでご自由にと言い残そうと思うわけだが、待っているぞ、君の愛しさの先がな、”待っている”なら行けばいいではないか、この再会が気に食わないのなら記憶を消してやろう、ふふっ、それではな‥‥魔法使いの提案だが行くなら他のメンバーが帰ってくる前に行くべきだと思うわけだ、ではな、おやすみなさい」

 同じように闇に飲まれる、そして広大な空間、広大な闇の中には残滓だけになる、誰もいない‥‥たった一人のために存在する闇。

「‥‥‥愚図どもか、勝手に人の思考を、決めつけ、蹂躙するとは、糞よりも劣る低脳め‥‥これだから、これだから続いてるのかもしれないがな、やはり世界は”自身”以外は低俗だと決め付ける日も近い‥‥かふんっ、しかし愚図たちの言葉も間違いとともに正解を孕んでいるのだから悔しいものがあるな‥‥‥‥キョウスケ、少し早いが、かなり早いが‥‥一瞬の邂逅としては許されるものか‥‥いや自身に許されないものなど存在しよう筈が無いのなら、‥‥‥キョウスケ‥‥キョウスケ」

 両手で体を抱きしめる、そう、ならば行こうではないかと決定する‥いいではないか、今まで我慢したのだから、ひと時ぐらいは。

「‥‥キョウスケ、自身だけいれば良いではないか?‥‥他の汚く、低俗で、ウジより劣る糞虫達より、ゲロより汚臭を放つ役立たずどもより自身が、この残滓がいれば、完璧だろ?‥‥‥選択結果‥‥差異か、代用品め‥‥それを、それを知れ、ははははははっ、そうだな、キョウスケ、それが正しいからこそ、残滓はお前が無意識で望むなら、世界ですら、全ての連鎖すら、叶えてやる‥‥愛?それは当然の自己愛だ、はははははははははははっ、ふふっ、あはははははははははははっは、おかしいなぁ、おかしいなぁ」

 狂ったような声をあげながら消える気配、闇に飲まれず消える残滓、そう会いに行くのだ、全てに。

 まだ聞こえる声がする、それは。

 キョウスケと狂ったように響く声の奏でる狂気に、いや、そこまでゆくと‥‥当たり前な、当然な声色だった。

 それは少女にとって当然とも言える”自身”なのだから。



 眠い、それはもう恐ろしいほどに眠いのだ、ここ最近の夜は何処かおかしいような、夜と言える時間は自分は何をしていた?‥何も思い出せない。

「‥‥ああ、ほら‥‥ボタンを掛け間違えているぞ?どうした、そんなに疲れた顔をして、ん?」

 差異に止められる、ボタン?‥‥本当だ、掛け間違えている‥眠い、何でだ?‥‥おかしな夢を見たような気がする、黒い黒い、黒いとしか言えない様な空間に”自分”がいたような、そんな曖昧な夢。

 廊下の壁に持たれかかる‥‥本当に眠いのだ、やばい‥‥学校休もうかな、いやマジで‥あり得ないくらいに眠いのだ。

「あれ?どうしたの恭輔サン、目の下に物凄い隈なんか作ったりしちゃって?‥‥僕たちより昨日は早く寝たはずだけど、うーん、悶々して眠れなかったとか?男の子だからそんな日もあるよね♪」

「悶々?‥‥何だ、そんな寝苦しい夜が男にあるとは差異は初めて知るぞ?‥‥ん、それは何なのだと問いかけるが?」

 同じ”俺”なのに‥‥無茶苦茶元気だなこいつ等‥‥‥ちょっとむかつく、お子様はあれか?‥少しの睡眠でこんなに元気なものなのか?ため息を心の中で吐きながら壁から背を離す、仕方ない‥‥今日は授業中に寝るとしよう、どうせ聞いても勉強なんてわからないしな。

「それは恭輔サンにでも聞いてみる事だね、えっとね、さっき鋭利を起こしに行ったけど眠いからお昼過ぎまで寝るってさ、今の恭輔サンにしたら心底羨ましい言葉にしか聞こえないよね、どうする?学校なんて休んで僕と遊ばない?いい提案でしょ?」

「‥‥悶々、んー、差異にはさっぱりわからないが‥‥っと、沙希、恭輔を不良にでも仕立て上げる気か?学生は学校に行くのが本分と何処ぞの書物で読んだ覚えがあるぞ?ん、だが差異自身は学校とやらに行った経験がないからな、それは実はどうでも良いことではあるのだが、どうする?恭輔が辛いのなら”自身”の苦しみは困るからな、それならば差異は学校を休んでも良いと思うのだが‥‥うん?」

 ”自分自身”の許しなど、そんなに罪悪感を拭うソレではないが‥‥でも甘えよう、自分自身に‥‥この眠気を消せるなら。

「じゃあ、俺はちょい寝るわ‥‥昼飯になったら起こしてくれ、それと遊びに行くのは良いけど‥‥あー、あんまり遠出はしたくない‥‥近くの公園で、その方向でしか俺は動かないからな‥‥ふぁ」

 ガシッ‥‥‥掴まれた、小さく白い手に、しかも全力で‥‥‥結構痛い、流石は鬼島のチルドレン‥‥いや、そんな事より痛い。

「ん、待て恭輔、ならばせっかくなので公園の芝生で寝ないか?、差異はどうせならそれが良いと思うのだが?うん、弁当も用意して軽い遠足にでも出かけようではないか、どうせ学校を休むと言うなら、少しでも意義があるものの方が差異は良いと思うぞ?」

 俺自身ながら変な思考をしているな、いや、たまに自分が‥‥自分に疑問を感じるが、それでも良いかと思うのが差異の不思議なところ、やっぱりこの部分は嫌いじゃない‥‥むしろ好き、お気に入りだな。

「ああ、そんじゃあ早めに頼むわ‥‥‥俺が限界を超えてしまって眠ってしまう前に‥‥な、まあ、たまにはそんなズル休みと言うか‥休日も良いかもな、ふぁ」

「おー、それなら僕も何か手伝おうか、っと‥‥そんな人を小馬鹿にしたような眼はどうかと思うよ差異」

「‥‥沙希のソレは料理とは言えないからな、作ってもよいが差異や恭輔は遠慮だな、うん、あれはまずい、豚の餌かと思うほどまずい」

 それだけ呟いてキッチンの方へ歩いてゆく差異、沙希は何か顔を赤く染めて言い返そうとしているが‥事実なのか、言い返せないままだ

「‥‥‥沙希、それ程までなら‥‥‥俺も食わない、食えないから‥‥すまんな」

「ひどい恭輔サン‥‥‥‥」

 やっぱり沙希は姉には適わないっと。


 自分は今でも一部であることに幸せを感じている、彼の存在を誰より他者なんかより、選択結果と呼ばれる存在より、離れていてもその匂いを、声を、体調を、精神を、誰より把握できる、最高の幸せ。

 彼は今は代用品といるようだった、そう、この世界の下で自分以外に”先ほど”使えると感じたのだ‥‥彼は‥‥そんな、ありえない。

 自分は‥‥自身は‥‥そんな事を認めるわけにはいかない、屈辱だ、恥辱だ、イライラする‥‥再会の喜びと代用品への憎しみ。

 まるで捻じれるように心を締め付けるのだ、残滓の心を‥‥やはり、ありえない。

「‥‥‥それも今すぐに分かることだ、自身が最高だと、いや、思い出すのだなキョウスケ‥‥相応しいのは自身だ、糞虫でもなければ選択結果と呼ばれる屑ですらない‥‥愚図はいらない、四肢を切り裂いて、ドブに放り投げ、汚物を腹に抱えた魚に食われ、死ぬのが相応しい‥‥そうなんだと自身は思う、あぁ、憎い、愚図どもの言葉を認めるのは苦痛だが‥‥やはり憎い、口惜しい、嫉妬する‥‥キョウスケの今の、”貴様”のいる場所は‥‥”自身”の場所のはずなのにな」

「何を言っている!?‥‥‥ええい、何なのだ!?何なのだお前は!」

 声が響く、煩い‥‥遊んでやってるのに、再会は”出会い”と同じ血塗れ、能力者の血に濡れた自身ではないと。

 ”駄目なんだよなキョウスケ”

「ふんっ、尿を垂らして、恐怖に足を竦んだ糞中年親父が、何だ?先ほどまで自分はA級だと言って調子に乗っていたんじゃないのか?自分の力の程度が分かれば泣き言、糞だな、本当に、ははん、愚図以下だと言えるぞ?貴様の能力なんて何が凄い?何が認められA級と認定された?わかるまい、わからないだろう‥‥数合わせじゃないのか?考えたこともないのなら言ってやろう、きっと哀れみなのさ、世界が、あまりにも貴様の顔が汚く、腹は出ており、あそこは○○、性格は最低、その歳で女もおらず、童貞のまま尿を垂らしながら震えている‥‥‥世界が哀れみを持って貴様をA級と認めるのも仕方が無いな、あははははははは」

 たまたま見つけただけだ、キョウスケとの再会の”衣装”として、この肉ダルマの汚れた水分が必要なだけ、脂ぎった赤い水分が‥‥そう、自身の気配も隠せない能力者だったこいつが哀れなだけ、それだけだ。

 だからこいつの右手を抉った時にママと泣き叫びながら転びまわろうが、愉快さはなく、そこには侮蔑しか存在できないのだ。

「‥‥っああ、痛い、痛い‥‥‥こんな、こんな少女に‥‥くそっ、認定されている最年少SS級なんて嘘っぱちだ、俺の‥‥俺の目の前にいる”これ”は何だ、何だぁああああ‥‥この、全てを許したくなる美しさを持ったコレは!?‥あぁ、あぁあああああああ、わからない、わからないよママ‥‥お話なの?これはどんなお話なんだよぉおおおおおおおおおおおお!」

 デブが錯乱していて少し愉快な気分になる、喘げよ、そしたらお前の血ももっとマシになるかもしれない‥ん?キョウスケに出会った‥あの日は汚いデブの血を纏っていたか、綺麗な処女の血を纏っていたか‥‥わからない、どっちだった?重要な事柄‥‥一つに、一部になる前の記憶なんてあやふやだから、思い出せない。

「暫くそこで喘いでいろ、しかし‥‥どうだったかな?ああっ、ムカつく‥‥くそ、おい、やはり喋るな、同じ言葉を何度も煩い、煩いぞデブ、人の思考を邪魔するな、ああっ、もう‥‥やはり脂肪の塊で○○な屑男は、先に殺すか?」

 意識する、殺した方が良いか?‥‥だが、どうだった?キョウスケに再会するのだ、こう、初めて自分を見てくれたときの”綺麗だ”と言った呟きをもう一度聞きたい、その時の衣装は?血塗れだったのは確かだが‥こんなデブの血だった気がする‥うん、そうだ、そうだったはず。

 この街までは”一瞬”で、そう、3分前に来て、2分前にこの男を捕獲して、1分間死なないように思考しながら嬲っている‥再会まで後1分だ、今‥‥キョウスケの周りから愚図達の気配が消えようとしているそれに合わせればよい、最高の再会になるだろう。

「あぁ、おい、お前でいいぞ、お前の汚い体液で良いと言ってるんだ糞デブ、おいおい、服を剥ぎ取られて見られているから、こんな少女に見られて?あはははははは、お前のそこは何だ?‥あはははははははは、はは、ははははははははは、見っとも無く、汚い、何も変わらないではないか、変化など微々、それでは女も出来ないはずだ糞○○」

 おかしくなったのか、恐怖に支配されたのか、呆然とした瞳で自身を見ている‥‥何だ?自身の言葉の嬲り、それで壊れたか?弱い精神だな殺される恐怖と交わって?それでも弱い、やはりカスだな。

「じゃあな、後23秒で再会、貴様の事などな、今から殺した1秒後にすぐに忘れるからな、安心しろ、お前みたいな汚い容姿、肥えた体、貧弱でマザコンな腐った心根、そしてその汚く腹に埋もれている部分、ゴキブリにも劣る能力、そんな人間なんてこの世界でもすぐに忘れられるのだから安心して、自分のその汚い”全てを”反省して、親に謝りながら死ぬが良いぞ、あははは」

「あ、あぁ‥‥世界で一番綺麗な綺麗な少女が‥‥怖いんだママ‥‥」

 ズシャァアアアアアアアアアアアアアア。

 さあ、”服”を纏ったぞキョウスケ、今から12秒後に会いに行くから‥‥‥キョウスケ。

 ゲロに劣る代用品なんて忘れるほどの美しさを孕んだ自身は、どうだ?



 あぁ、虚ろ虚ろ‥‥弁当も食ったし、差異と沙希は広場の方で、バトミントンをしている、意外と子供っぽい一面、本当に意外。

 最近まともにやっぱ寝てなかったのか?‥‥曖昧な記憶、でも良いや、こんな涼しい風に撫でられ、太陽に照らされ、うん。

 最高じゃないか、これも眠気を含んでるから、ちょっと感謝。

「ふぁ~~~、んーーー、このまま眠るのももったいないような日だなつうか昨日もサボったから2日連続じゃん‥‥しかも無茶苦茶携帯唸ってるし、どうせあの馬鹿か‥‥‥うわ、20通もメール着てるよ‥‥気持ち悪っ‥‥」

 携帯そろそろ変えようかな、機械オンチでいつも全ての性能を把握しないまま買い換えるけど‥‥それでも良いと思ってる。

 何か新しいのが好き、携帯も、ファッションも‥‥古いものには優しくないかも俺‥‥下らない事考えてるな俺。

 あぁ、虚ろ虚ろ‥‥前に差異と一緒にこの公園に来たよな、弁当食って‥何であんなに楽しかったんだ?”自分”だけしかいなかったのに‥おかしいな。

 あれ?‥‥今日の夢、あれだ‥‥確か、うん、一緒にいたような‥‥そうだ、今日さ、夢を見たんだよな俺。

 そこで”俺”がいた、闇の中に二人?いや三人か?‥‥‥綺麗だった闇の中で光ってたんだ、夢の中ですら興奮して‥だから眠れなかったんだ、きっと‥”夢の中で眠れなかった”

「‥‥感じていたのかキョウスケ、あはは、お前もやはりもっとも愛しき一部は覚えているようだな、ああ、思考はそのまま‥‥そのまま霞を感じたままで、覚醒はさせるな」

 誰の声?‥‥わかんない、わかんないけど知ってる声、これに会うために‥”これ”に会うために公園に行きたかったんだ俺は‥夢の中で無意識で約束したよ?

「さあ、おいで、おいでキョウスケ‥‥自身の胸に‥‥その愛しき頬を当ててごらん、再会だ、ちゃんと血に染まってるだろ?あはは、キョウスケ、今は自身は糞代用品に会うわけにはいかん、だから、さあ、早くお前の可愛らしい顔を見せてくれ‥‥糞豚達が戻ってくる前に、さあ」

 体が勝手に動く‥‥薄っすらに‥あぁ、子供がいる、少女だ、全てを飲み込むような闇、黒色ではなく闇色をした髪‥綺麗だ‥差異とは全然違うけど、同じくらい綺麗、あぁ、瞳も魅力的だ、今俺だけをきっと見ていてくれている不思議な色彩の瞳‥‥激情を秘めている‥きっと俺だけの激情なんだよソレは、綺麗だ‥‥整った顔はどんな世界に存在するものすら超えているんだよ、超えてるんだ‥‥はぁはぁはぁ、綺麗だ、白い肌、不思議な瞳、黒い髪、”血塗れな裸体”‥‥あれ?

 ポスっと軽い音と同時に少女の胸に抱きすくめられる‥温かい、血の洋服の温もりより少女の体から伝わる鼓動‥眠い、安心する。

「あぁ‥‥キョウスケ‥‥こうやって抱きしめる事を何度望んだか‥‥はは、可愛い‥愛しい‥自身のキョウスケ‥‥」

 頬を舐められる感覚、耳の穴を、鼻の穴を、閉じかけた瞳を穿り返すように舐められる‥‥‥苦しい、眠い、やはり安心。

 そして唾液で染まった視界、そこにいる彼女を俺は”知っている”‥‥そんな感じがする、そう、あぁ‥‥‥。

「ああ、お前の残滓だキョウスケ‥‥今日はこの”話”は‥‥自身とキョウスケだけに‥‥‥残滓の全て‥‥残滓だけの天使、キョウスケ‥‥キョウスケ‥‥可愛い‥‥可愛い」

 強く痛いほどに抱きしめられる、白い肌から、血に染まった白い肌‥覚えている、何度も、何度も感じたこの美しい体。

 だからさ、天使なのは‥‥それはきっと、俺じゃなくて君‥‥そう言いたいのに、眠りが俺の邪魔をするんだ‥ごめんな、”残滓”

 残滓‥‥舌の感触。



[1513] Re[15]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/01 20:55
 暗い暗い、黒に染められた世界、地は赤‥‥血は赤。

 その中で一人の少女が何処か歓喜を思わせる、興奮した思つきで視線を目の前に向けている。

 異端の印である左の瞳からは止め処なく喜びの涙が溢れ出ている。

 少女は感動しているのだ、やっと自分を”有する”に相応しい運命の相手と巡り合えたのだから。

 そんな少女の感動など、喜びなど、至福の空間など、まるでどうでも良いと、自分には関係無いと。

 そのような表情で目の前の、最愛の相手と認識した存在である少年はただそこに立っている。

 何処か虚空を彷徨うような、何も写さない瞳が印象的な、少女とは違い普通の容姿をした、何処にでもいそうな少年。

 ただ、違うのは纏う空気、いや違う‥‥少年の有している”世界”が違うのだ。

 現実を見ていない、この世界を見ようとしていない、冷たくも暖かくも無い絶対唯一の少年の瞳。

その瞳を感じて、背筋にゾクゾクしたものを走るのを感じる。

「‥‥‥血だ‥‥赤い、アカイ」

地面に広がった肉片と泥の混じりあった汚物、それを手でゆっくりと何度かさするように触る少年。

初めて聞いた彼の声は、何も感じさせない、想像していたままに、それ以上に無感情の声。

「‥‥‥同胞の血だ、いや、”血縁者”といった方が早いかな‥‥くっくっくっ、”自身”を残滓を恐れるあまりに世界から隔離された場所で自身を調教しようとした罰‥‥それを受けて、そこで見っとも無く潰されて、転がっているんだ」

残滓と己の名を名乗りながら少年の顔を見つめる、月の蒼い光に照らされた少年は自分の今までいた世界とはまったく別のものに見えた。

こんなに美しいものは今まで自身は見たことが無い、そう思えるほどに出会って僅か数分もたたない少年に心を奪われていた。

「家族‥‥だったの?‥‥」

見上げる、かつては自身の”姉”と呼ばれた存在の肉片を掴んだまま少年はこちらを魅惑の瞳で見上げる。

「そのような概念がこいつ等に存在したかどうかも怪しいがな、まあ、自身にとってはもう死んだことの奴等の事なんてどうでも良い、どうせ生きていても死んでいても、そこに転がる豚の精神を要した人型などな‥どうでも良い、どうでも良いんだ、そんな下らない事に時間を要するより、お前の名を聞きたい、お前を知りたい」

 ぴちゃ、かつてはSS級と呼ばれた姉、しかし今となっては唯の肉片‥自分の足元で潰されるのが相応しい。

 それを心の中で嘲笑いながら目の前の少年の頬を撫でる、こんなにも何かを求める自分が信じられない。

「‥‥‥何でしりたいの?」

 泣きそうなほどに純粋な瞳で自分に問いかける少年、しかし少年は知っている、世界の汚さを、人と名乗る蛆虫が行き交う世界の恐怖を。

 ああ、理解した‥‥だからこんなにも自身は惹かれているのだ。

 きっと、未来永劫、変わることなく‥‥この少年と自身は‥‥同属なんだと。

「それはな、ふふっ、まさか幼子の自身が‥‥告白するとは思えない言葉だが、言うぞ、良いな?あはは」

「‥‥?」

 月の下で、姉の死体の上で、生まれてはじめての告白をする。

「それはな、きっと自身がお前を愛しているからだよ‥‥‥‥これから未来永劫変わることなくな、ッ、結構照れるものだな」

 自身の告白に名も知らぬ少年は不思議そうに首を傾げた。

 ”びちゃ”

 少年の右手から自身の姉だった”物”の右目が地面に吸い込まれるように落ちた。



「貴様は‥‥‥‥何だ?」

 自分の口から零れ落ちた言葉に驚く、このように何かに対して敵意を含めた感情を乗せた言葉を己が出せることに驚いてしまう。

 何にも興味がなかった自分が‥‥そんな事はどうでも良い、今は目の前の相手が先決、最優先。

 漆黒の髪をした少女‥‥それを睨み付けたまま問いかける。

「そうか、そうか、そうか‥‥お前が、お前が自身の今の”代用品”だな、ああ、その今自身に感じている敵意は嫉妬で良いのだろうな?それはそうだろう、人間に”右手”は二つもいらないし、また他の部分も同じく‥‥ふふっ、”自分”を奪われた究極の嫉妬とは苦しいだろう、ムカつくだろう?正直に言えば今すぐに自身を殺して、潰して、蹂躙して‥キョウスケから身を離させたい、触れ合うことさえ許せない‥‥‥
あはははっ、あははははははははははははははっ、それはもうとっくに自身が貴様に感じているさ代用品」

 ぎゅっと見せ付けるように、恐らく気を失っている恭輔を抱きしめる目の前の存在、思考が何かに染まる。

 ”何か”に。

「恭輔に触るな」

 単純な言葉しか口から出ない、しかし目の前の存在はその言葉におもしろそうに口を歪めるだけ。

「何を言う代用品、キョウスケの一部である自身がキョウスケに触れることなど当たり前ではないか、もしかして見た目とおりの子供の思考しか持ち合わせていない馬鹿か貴様は?っと、これでは屑どもの”伝言”が無駄になるか‥‥まあ、良いな、ここで話に絡むのも悪くは無い‥‥それでは挨拶をしようではないか、はじめまして”代用品”、自身がキョウスケのもっとも愛されるべき部分である至高パーツである”残滓”と呼ばれるキョウスケの一部分だ」

 愛らしい少女の姿で、しかし本質を隠そうともせずに眼の前の存在は呟く。

 残滓。

「‥ざ、んしだと‥‥‥」

 残滓、残滓、残滓、もっとも忌み嫌われる能力者の名前‥‥残滓、そう、あの残滓なのだろう、この状況で名乗るということは‥‥能力者のあの、残滓‥‥‥‥”色彩世界”(しきさいせかい)の残滓。

「別に今、この時間、代用品‥貴様と殺しあう気は無いから安心しろ、自身は今日はキョウスケを抱きに来ただけだだからな、あははっ、そのような畏怖を秘めた瞳で見られることは不愉快だと感じるのだが?」

 残滓と世界に名づけられた少女は侮蔑を込めた瞳でこちらを睨み付ける。

 そう、自分と同じ感情を有する瞳‥‥‥言葉にしようのない、”嫉妬”を込めた侮蔑の瞳。

「‥‥‥‥そうか、そういうことか‥‥‥うん、大体は予測していたし把握も出来ていた‥‥”他の部分”が存在している事に差異は眼を背けていたのだな、うん、そうか‥‥これが”嫉妬”か‥‥この感情の名を教えてくれて助かるぞ、”残滓”」

 知らずに微笑む、あぁ、狂おしいほどに自覚する。

 とりあえずは恭輔を取り戻す、ベタベタ汚い手で触るな‥‥恭輔に触れるな、差異以外にそのように愛を上乗せした手で触れることは許せることではないはずだ。

”うん、差異の‥‥キャラではないな‥‥ん、それもいいか‥‥眼の前の残滓と名乗る生き物を殺せるなら”

「ナイフを仕舞え、自身の言葉が聞こえなかったか? 今ここで殺しあう気も、お前の血に染まる気も自身には無い、故に今はキョウスケを貴様に預けよう、もし、キョウスケの体に僅かながらにも傷を付けてみろ‥代用品‥‥‥‥あはは、その時は”世界から色を無くなる事を知れ”‥‥それではそろそろ、退場の時間だな、十分に口付けをしたし、十分にキョウスケの肌を感じれた、ではな、代用品‥‥それと」

 ゆっくりと恭輔から身を離した後に残滓はおもしろそうに後ろを振り向く。

「意識浸透で間違いないな、コソコソ隠れて様子を伺うことしか出来ない屑だったとは驚きだな、まあ、貴様は自身と部分が違う故に殺す気も
あまり無いな、今日は見逃すことにしよう、ああ、キョウスケ‥‥また夢の中で会おう、愛しているよ」

 消える、突然現れた暗い空間に埋没するように少女の、残滓の姿が空間から消失する。

 とりあえずは安心、この場に敵は無しと判断。

 それよりも‥‥”残滓と名乗った少女を殺したかった”

「ふう、あれだね、遠足的にもお話的にも大失敗だね、どうする?‥‥うわ、恭輔サンの顔ベタベタ!?‥‥激しい愛情表現だね、しかし、まあ、今のお話からするに‥‥僕にも恋の”ライバル”、同じ部分が存在するようで‥うぁ、欝だ‥‥恭輔サンは僕自身だけどさ、それを奪われる嫉妬か‥それで嫉妬に狂う僕?キャラじゃないよねまったく」

 頭をポリポリと掻きながら恭輔を背負ってこちらに歩いてくる沙希‥それよりも‥‥‥差異は今、どんな顔をしているのだろう?

「それはそうと差異、凄い顔してるよ?‥‥そう、キャラじゃないよその顔はさ」

「‥‥‥今から残滓が舐めたと思われる恭輔の顔を差異が舐めて除菌しようと思うのだが?ん、率直な意見を」

「‥‥それこそキャラじゃないよ差異‥‥‥その選択は、まあ、怠慢じゃないかな?」



 絶叫、それだけの単語で表せるソレは、実際には恐怖や苦痛を上乗せした叫びであり。

 聞くものにすら恐怖を与えこむ。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 見っとも無く転げまわるのは”送山春一”、右目を抑えながらおもしろおかしく転げまわる。

 当然だ、10秒前まで存在していた右目を失ったのだから、やはり当然。

「あれ?‥‥もしかして‥えーっと、これで終わりですか? 僕はどうしたら良いですか?」

 ぐちゅ、試合‥死合開始の合図と同時に今そこで転げまわっている送山くんから奪い去った右目、えっと、左目だったかな?

 それを彼に返してあげながら小首を傾げる。

 ぐちゅ、彼のお腹に乗せてあげた瞳だったものが地面に落ちて潰れる‥あはっ、送山くんが自分でつぶす‥‥滑稽かな?

 ザワザワ、おもしろ半分で見物に来ていた他の候補生が顔を蒼白にさせて蠢くのがわかる。

「試合しゅーーーりょう、はいはい、送山くん、痛いのはわかったからちょっと静かにしてね」

 軽い口調で今回の試合の監察官である来水先生が送山くんを取り押さえる、物凄く楽しそうだ‥大事なとこが壊れてる?

「おーい、遠見、とりあえず、うーん、この子ぶん殴って気絶させてくんない?」

「えっと、パーでだよね?」

「‥‥グーだったら死んじゃうでしょうに、つうか予想以上につまんない試合結果だったわね、能力なんて使わないし、短いし、しかもこの子うっさいしね、君的にはどうだった?」

 帰ろうとしたら突然話を振られた、どうって‥‥弱かったし、下らなかったし、つまらなかったし。

 でも、恭兄さまへの”思考を汚した罪”にしては、少し緩かったかもしれない。

 それだけ。

「はい、実践では死んでますね彼、それだけです」

 そう言って立ち去る、自分でちょっとカッコいい台詞と思ったり‥‥あっ、手を洗わないと。

 血まみれだ。



 試合開始と同時に”彼”の小さな右手が彼の左目を貫いた、それだけの事だ。

 そこに人間を超えたとされる優劣種である能力者の価値を見出すことなど不可能である。

 まあ、その観点からの思考をやめて、唯の戦闘者としての判断を下すなら”彼”は間違いなく強者の部類に入るだろう。

 何せ試合開始の合図と同時に表情も、動作も、すべて”普通”に、普通の動作で敵である送山春一の左目を抉ったのだから。

「あれ?‥‥もしかして‥えーっと、これで終わりですか? 僕はどうしたら良いですか?」

 何処か小動物を思わせる仕草で”江島光遮”が困ったように呟く、彼自身も今回の戦いに困惑しているのだろう。

 相手が弱すぎた故に、いや戦いが早く終わりすぎたから?それとももっと別の理由で彼は困惑しているのか?

 まあ、それもどうでも良いことではあるが。

「試合しゅーーーりょう、はいはい、送山くん、痛いのはわかったからちょっと静かにしてね」

 とりあえず転げまわってる期待に応えてくれなかった人物に対して囁きながら皆を追い出すように右手を振る。

 つうか左目が無くなったぐらいで戦闘やめないで欲しい、そしてそれに大して眼を背けるのはどうかな候補生?

 本当の能力者の戦闘では首が捩れ、骨が身から溢れ出し、脳みそって本当に”味噌”見たい‥そんな感じなのにね。

 甘やかされているのだろう、今の鬼島の候補生たちは。

「おーい、遠見、とりあえず、うーん、この子ぶん殴って気絶させてくんない?」

 治療するにもここまで派手に転げまわられては対処の仕様が無い‥‥後は叫び声がうるさい。

 アタシと同じように冷めた眼をしてのんびりと佇んでいる江島くんの姿が眼に映る。

 そんな視界の横から白衣を纏った少女‥事実少女ではないのだが、今回アタシと同じく監察官を引き受けた政木遠見が駆け寄ってくる。

「えっと、パーでだよね?」

 阿呆な問いかけ、この子は‥‥‥自分の能力がわかっているのだろうか。

「‥‥グーだったら死んじゃうでしょうに、つうか予想以上につまんない試合結果だったわね、能力なんて使わないし、短いし、しかもこの子うっさいしね、君的にはどうだった?」

 ふっと思い立って江島くんに問いかけてみる、本当に気まぐれでの問いかけ。

 問いかけが気まぐれなのか、気まぐれでの問いかけなのか‥下らない思考回路してるなーアタシったらさ。

「はい、実践では死んでますね彼、それだけです」

 剥がれた、今までの彼のイメージがさらに剥がれた、どう言えば良いのだろう?立ち去る小柄な体を見て思考にふける。

 でも、わかるのは彼の言葉に嘘が無いのは事実‥‥‥‥つうか、手を洗わないのかしらね?

 血塗れじゃない。



 頬に生暖かいものを感じた、瞳をゆっくりと開ける、何か怖いものだったら嫌だし。

 突然眼に飛び込んでくるよりはゆっくりと吟味して、恐怖を体感したほうがまだマシだからな。

 俺的な考えだけど。

「‥‥‥‥っで? これは何の真似だ?」

 舌が這っていた、俺の皮膚を‥‥ピンク色の小さな舌がチロチロと‥どんな状況?

 把握しきれるわけもなく、疑問が頭を支配する。

「ん、起きたか恭輔、もう少しの間そのままで、そのままでいろ、あと少しで消毒も完了するし、それを終えれば差異も安心して夕飯の準備を始めれるしな‥‥うん、後は耳だな耳、物の本で読んだのだが耳は性感帯の一部らしいと、うん、疑問だ、問いかけるぞ恭輔?‥性感帯と何なのだろう?‥疑問だ」

 知らねぇよ、自分勝手な”自分”にため息を吐きながらベッドから上半身を持ち上げる。

「‥‥何だこの顔のベトベトは‥‥‥えっ、つうかマジで何?‥ある意味もの凄い恐怖を俺に与えているのだが‥‥何だ?」

 視線を絡ませないようにしている差異に問いかける、よしっ。

「事実を吐かないと差異の大事にしているこの熊の縫いぐるみの命が無いぞ? 主に腸が出る、腸っぽいのが出る」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥腸っぽいのが?」

「腸っぽいのがだな」

 何だこの微妙な空気、かなり差異がピリピリしているのがわかる、ついでに耳から眼を離さないのが気になる。

 狙われている耳? おもしろおかしいなそれは‥‥‥目的は何だ? 俺の”自分”の耳がそこまで魅力的なのか?

 わかんねぇ。

「性感帯云々は置いといて、ついでに人質であった熊さんも解放してやろう‥‥問いかけるけど俺って確か公園にいたよな?」

 思い出す、そういえば確か今日は学校をサボって、公園に行って、眠気に誘われて‥‥誘われて?

 誘われてどうしたんだよ俺。

「ああ、そこでだな恭輔、恭輔は恥を知らぬ痴女に襲われてそれはもう全身を舌で掘り繰り返す様に舐められて、可哀相に‥あぁ、差異も同じく嫌悪感を感じる、差異の体である恭輔が汚されたのだがな、だから差異の舌で必死に恭輔の汚れを落として‥ん、まったくもって酷い女だった、あれはアレだぞ恭輔、売女だ、今回は殺し損ねたからな、差異は悔しいと感じている」

 ブツブツと無表情で囁く差異、襲われた?‥‥えーっと、‥‥記憶が無い。

「‥‥公園で?‥お昼過ぎに痴女に?‥‥俺ってそんな体験をした後に差異に顔面舐められながら眠ってたのか?‥えっ、面白くないかその状況?」

「面白いか面白くないかは恭輔の判断に任せるが、ん、差異は気分が悪い、最悪だ、こんなに最悪な気分は生まれて初めてだし、これからも付き合うであろう感情だろうな、ん、嫉妬とは厄介だな恭輔、ああ、”恭輔には知覚できないな”」

「嫉妬?‥‥何に?‥つうか俺さ、今馬鹿にされたよな?」

 顔についた唾液を布団で拭いながら差異の腕を引っ張ってひざの上に置く、軽い、金色の髪が鮮やかに空に舞う。

「最悪の休日だったぞ恭輔、差異の眼からあまり離れてもらっては困る‥‥ん、差異は今日その事に気づいた‥駄目だ、勝手にいらぬ存在に
恭輔がちょっかいをかけられてると思うと‥‥物凄く、きっと差異は嫌なんだと思う」

 ぽつりぽつり、そんな感じで差異に呟かれても言葉の半分も理解が出来ない‥‥暖かい。

 子供は体温が高いって言うけど、差異の手はいつも冷たくて‥‥でも抱きしめるとやっぱり温くて。

「恭輔、お前を残滓には渡せないからな、ん、それは”絶対”だ、今日差異は気づいたぞ、誰にも”自分”を渡せない」

「えっ‥‥ざ‥んし?」

 残滓‥‥残滓‥‥呟いてみて感じる、酷く口に残る単語。

 何度も呟いたような、何百回も反芻したような、何千回も風にのせて囁いたような‥‥もっと、何万回も。

 残滓。

「恭輔?‥戸惑いが‥‥今の”残滓”にやはり、反応しているのだと思う‥でも、ん、それをもう忘れたのだろう?‥自ら突き放したのだろ?だったら、差異だけを見ろ、差異以外考えるな‥差異だけを己の一番に愛する部分だと判断してくれ‥お願いだから‥」

「差異? 俺は体の部分でお前が一番好きだぞ?‥残滓、何だった?その言葉の意味はわからないけど、どうしてそんな不安そうな顔をするんだ?」

 同じ、疑問を含みながら名前を二人とも呟く、差異のこんな”精神面”は初めて感じる、不安を感じる。

 もっとも差異には相応しくない感情。

「恭輔‥‥‥恭輔‥‥‥これは、差異のキャラではないか?」

「ん、別に」

 とりあえずは、差異の不安も、残滓と言う名の言葉も、それすら無視をして‥強く抱きしめてやった。

 小さな体だった。

「差異、腹減った‥‥飯」



[1513] Re[16]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/12 18:58
 黒い子狐は思考する。

「‥‥‥‥‥‥」

 そういえば、っとそんな軽い感じで思い出す、彼と出会ったのはいつだったか?

 しかし一つになった事実も既に思い出せず、自分は最初から彼の一部として機能していたと自覚する。

 とりあえずワシは恭の一部であり、中立者だったのは確かだったはずじゃ‥‥そうじゃそうじゃ。

 ギシッ、何も無い、いや、あるのは研究用の大型の機械と、同様に中型と小型‥って説明するまでも無く大体はそれで表現できる。

 飲みかけの炭酸が抜けてしまったコーラーを喉に流し込みながらの思案。

 ビールだけど。

「そのような態度で‥‥、まだ幼げな容姿をした少女が嘆がわしい‥‥ん、まあ、差異には関係ないか‥あえて無視だな」

 ここ数ヶ月で聞きなれた少女の声を微かに鬱陶しく感じながら声のする後ろを振り向く。

「何じゃろうか?、研究の邪魔をするならとっとと帰り、ワシはこう見えて結構忙しいんじゃけど」

「‥‥片手にビールと片手に書物、しかも恋愛ものとお見受けするが、差異にはそれが研究という名の高尚なものには見えないのだが?」

 子供、そう言っても差し支えの無い姿をした、しかし完璧なほどに美しい少女、ちょうど今思考していた恭と縁のある存在。

 いや、恭自身か‥そうじゃな。

「なぁに、ワシが研究といえば例えそれが娯楽でも研究になるんじゃ、なんじゃ? 恭がワシに何か用って言っとった?あー、そういえば最近、この街でおもしろおかしい反応があったんじゃけどの、それじゃろ、それを聞きたいんじゃろ?」

 タバコに火をつけながら彼女の知りたいであろう情報を微かに提示してやる、反応せんなー。

 やっぱり元来の存在的には少女‥‥差異は何事にも無感で受け止める本質があるんじゃろうな、今となっては恭を除いてじゃけど。

「ん、流石は話が早いな、ついでに今の異端組織の動きを軽く教えてもらえるとありがたいな、子虎の帰りが遅いものでイライラしている、おお、忘れていたな、それと恭輔から伝言だ”最近目覚ましの調子が悪いから直しに来い”だとさ、感情面の流れからするに黒狐にただ会いたいだけみたいだが?ん、あんまり恭輔を蔑ろにすると報復すると思うぞ?差異の判断だがな」

「じゃからの‥‥あの子は‥‥誰のためを思って情勢を把握するためにいそいそと地下に閉じこもっているのがわかっておるんじゃろうか?」

 何となく、過保護な母親の気分じゃなぁ‥‥手のかかりすぎる子供じゃし。

「しかしまあ、差異たちが一部ではなかった頃から、恭輔を守っている存在がいたと言うのは、今更ながらに驚きだな、うん」

「子狐虐待で訴えたら多分勝てるじゃろうな、もう、外の空気を吸いたくて嫌じゃわ」

 ギシッ、もたれかかると椅子が微かに軋む、既に何年も付き合ってくれた相棒は優しくとは言わないがそこそこの感触で身を委ねさせてくれる。

「地下に閉じこもっておるのは自分からだろう、うん、そんな事より、聞いてなかったぞ、差異たち以外の恭輔の部分のことなど、もう一度問いかける、何故教えなかった?」

 瞳が揺れる、煙草をふかしながら、視線をはずしながら天井を煽り見る、すっかり黄色くなってしまったようじゃな。

「それはじゃな、必要性が無かったけーの、ワシはあの子が誰を己の最高の一部として愛するか、そんなことはでーでもええんじゃ、それが狐の唯一の単体パーツの意味、しかし、だったら動くときは恭の身に危険を与える存在のみの時じゃし、お前らもしかり‥‥‥じゃからの、別に恭の過去の”部分”等どうでもええんじゃ‥ワシはあの子にお前たち”多くの部分”の中立者としての役目を与えられておるしの、色々しっとるし、しらん部分もぎょーさんある‥‥あの子を愛するのだけは変わらんしの、じゃから皆とも仲はええよ? その様子だと残滓にでも会ったんじゃろうな」

 黒い13本の尻尾をゆらゆらと揺らしながら答えてやる、ふう、中立なのも面倒じゃな、さっさと部分同士で戦争でもはじめりゃええのに。

 じゃけど、残滓か‥暫く会ってないけど、まあ、元気と言うか壊れておるのは確実じゃろうし‥‥判定役の唯一の”部分”か‥ええ溶け込み場所を与えられたもんじゃのう、争い無く、際限なく愛しいのは他と変わりゃぁせんのに。

 同じ部分、つまりは争う相手がおらんのじゃもん。

「‥‥つまりはやはり黒狐は‥‥既に、差異と出会う前‥そのときから恭輔の一部と、そのような判断で正しいのか、うん?」

「そうじゃ、むしろ、確認されてる時点での所謂、”初期めんばぁ”の一人じゃよ、色々疑問はあろうけど、じゃけども答えんよ」

 ピクッ、差異の肩が微かに動く、ありゃりゃ、余計なこと言ったかのワシ。

 どっちにもこっちにも良い顔、中立者の部分はめんどくさいの、自分は否定できんし、のう、恭。

「‥ん、了解だ、差異は己の思考のみで判断しようではないか。恭輔が望むなら、今はまだ他の部分の事は忘れよう、うん」

「いい子じゃな、それでは本題じゃなぁ、他の異端組織は今は置いといての、鬼島のことじゃろ?‥‥A級とB級の混合班がSS級の失踪とは別の件でこの街に向かっておるんじゃわ‥‥詳しい内容じゃけどな‥今回はワシも動くかの、暇じゃし」

 それはとても切実な問題、ワシからしたらじゃけどな。



 この家には地下がある、っと言っても構造的に存在しているのではなく超常の力で捻じ伏せて創った空間だが。

 昼ごはんを載せた盆を持ってトントンと階段を下る。

 ガチャ、ドアを開けて部屋に入る、木製のドア‥何も無い空間にそれだけが存在している、滑稽な、なんとなく夢のような。

 んー、このドアはあまり好きではない。

「‥‥‥‥‥‥」

 室内はテカテカと様々な機械が点滅したり、乱雑に積み込まれた倒れそうで倒れない書類の山々、空を舞う埃。

 そして奥の中心部には瞳を閉じてギシギシと椅子を動かしている一人の幼子がいる、本当に幼く”見える”

 黒く、微かに紫紺をした独特の式服を纏い、”五歳児ぐらいにしか見えない柔らかな容姿”でビールを飲みながら思考に耽っているようだ。

 その証拠に13もいらぬだろろうと言う、扇状に広がった尻尾をリズム良くピコピコと、踊るように遊ばせている。

 真ん中の尻尾には大きな鈴、恭輔が取り付けたらしいと言うのだが、いつのことかはいまだに不明である。

 そんな少女、遠離近人、狐族(こぞく)の最悪種で”あった”黒狐族”(こっこぞく)の少女‥今は同属など無く、何百年前に自ら世界から喪失した最悪種。

 その生き残りであり、過去から恭輔と共に存在している少女‥‥らしい、今思うと既に”部分”であったのは当たり前なのだろうな。

 ”これ”が恭輔の両親を喪失させた原因かと、そう考えていたが、彼女曰く『恭が望まん限りするわけ無いじゃろう、あの頃は膝の上で丸まっておったよ、時折忍び込んでじゃけどな』

 信じもしないが、信用ならぬ言葉でもなく。

「そのような態度で‥‥、まだ幼げな容姿をした少女が嘆がわしい‥‥ん、まあ、差異には関係ないか‥あえて無視だな」

 薄い紫の髪からはみ出している同じ色をしている三角の耳がツーンと立つ、動物的しぐさ。

「何じゃろうか?、研究の邪魔をするならとっとと帰り、ワシはこう見えて結構忙しいんじゃ」

 舌足らずな幼女の言葉、そのわりにはちゃんと意味は把握でき、それでいて老成な感じと辛辣な感じを‥そんな印象のある声。

 良く透き通る甲高い声である‥‥実際に歳を重ねているのと岡山の山間で長い間過ごしていたのが今の言葉を形作ったらしい。

「‥‥片手にビールと片手に書物、しかも恋愛ものとお見受けするが、差異にはそれが研究という名の高尚なものには見えないのだが?」

 とりあえず正直に把握した事と状況との相違点をのべてみる、それに対して振り向いた未だに少女とも言えない愛らしい幼女の姿をした黒狐(こっこ)は面倒臭そうにちらを軽くにらみ付ける、切れ長の鋭い瞳をしている、白い頬は微かに淡く桃色で愛らしいのに、瞳だけでただの子供でではないと恐らく誰でも認識できるだろう‥そんな何も無くても殺意の上乗せしたような鋭い瞳。

 唯一緩むのは恭輔を見るときだけだと差異は判断している。

「なぁに、ワシが研究といえば例えそれが娯楽でも研究になるんじゃ、なんじゃ? 恭がワシに何か用って言っとった?あー、そういえば最近、この街でおもしろおかしい反応があったんじゃけどの、それじゃろ、それを聞きたいんじゃろ?」

 飲み終えたビールの空き缶を置きながら微かに、本当に微かに緩んだ瞳で問いかける黒狐。

 彼女は一日に缶ビール2ケース必ずその小さな体に収める、生活費を管理している差異には頭が痛い問題。

 ん、少しずつ明日から量を減らしてゆこう、気づかぬようにゆっくりと、そんな事を考えていると今度は煙草を取り出してプカプカと気持ちよさそうに吸い出す。

「ん、流石は話が早いな、ついでに今の異端組織の動きを軽く教えてもらえるとありがたいな、子虎の帰りが遅いものでイライラしている、おお、忘れていたな、それと恭輔から伝言だ”最近目覚ましの調子が悪いから直しに来い”だとさ、感情面の流れからするに黒狐にただ会いたいだけみたいだが?ん、あんまり恭輔を蔑ろにすると報復すると思うぞ?差異の判断だがな」

 飼い虎の行動の遅さを微かに苛立ちながらも、短期は損気‥気を抑える。

 何だか残滓と名乗る存在に出会ってから、冷静な自分が保てないことを強く感じている。

「じゃからの‥‥あの子は‥‥誰のためを思って情勢を把握するためにいそいそと地下に閉じこもっているのがわかっておるんじゃろうか?」

 一部になったもの特有の空気を出しながら黒狐は愛しげに微笑む、それはそうだろう、もう何よりも、どんなものよりも愛されるようなシステム。

 それに溶け込んだのなら、愛する以外に道は無く、全て書き換えられてしまうのだから。

 今思えば自分もそんな事を”最初”は思考する余裕があったはずだけど、最近ではまったくそんな事を思わなくなっていた。

 自分に対しての愛しい部分は拡大するだけでそれでも一部として機能する自分‥‥差異。

 知らずに口が黒狐と同じように笑みの形をつくりだす。

「しかしまあ、差異たちが一部ではなかった頃から、恭輔を守っている存在がいたと言うのは、今更ながらに驚きだな、うん」

 恭輔が黒狐を紹介したとき、別段疑問も無く、事実を受け止めた、しかし今の今まで恭輔の”部分”とはもしやと予測していたが確信は無かった。

 それは自分が最初に崩された”自覚”が差異にはあったから、ならばその前に他に崩された存在が恭輔に存在しているのはおかしい。

 そう思っていたのだが、まさか差異が感じた最初に崩される存在特有の自覚を味わった存在が他にいるだなんて。

 認められない。

「子狐虐待で訴えたら多分勝てるじゃろうな、もう、外の空気を吸いたくて嫌じゃわ」

「地下に閉じこもっておるのは自分であろうに、うん、そんな事より、聞いてなかったぞ、差異たち以外の恭輔の部分のことなど、もう一度問いかける、何故教えなかった?」

 言葉の隙間を見つけ問いかける、彼女が”一部”と確信はとれた、しかし、ここでキチンと敵か味方かだけか聞かなければならない。

 その”戦い”は諸々の事情の後に、最後に行われるまだまだ先のお話だが‥‥。

「それはじゃな、必要性が無かったけーの、ワシはあの子が誰を己の最高の一部として愛するか、そんなことはでーでもええんじゃ、それが狐の唯一の単体パーツの意味、しかし、だったら動くときは恭の身に危険を与える存在のみの時じゃし、お前らもしかり‥‥‥じゃからの、別に恭の過去の”部分”等どうでもええんじゃ‥ワシはあの子にお前たち”多くの部分”の中立者としての役目を与えられておるしの、色々しっとるし、しらん部分もぎょーさんある‥‥あの子を愛するのだけは変わらんしの、じゃから皆とも仲はええよ? その様子だと残滓にでも会ったんじゃろうな」

 言葉の意味をかみ締める、つまりは黒狐は唯一の全部品の中立的な立場の存在であり、恭輔を愛し、一部と認識はされているが。

 それ以外はどうでも良いとゆう部分、そうか、そのような存在は一人だけ必要‥‥そのような存在なのだ。

 だからこのように恭輔の常に存在し、何からも恭輔を護るが部分同士の愛憎劇には身を任せず観察するだけの存在。

‥‥”究極の嫉妬”を有さない部品か、うん、ならば敵ではない、敵ではないが味方でもないといった感じか。

 残滓、黒狐の口から漏れたそれだけで何かドロドロと渦巻く感情が洩れそうになる‥あぁ、憎らしい。

 そんな名前世界から消えればよいのだと、差異は深く深く思う。

「‥‥つまりはやはり黒狐は‥‥既に、差異と出会う前‥そのときから恭輔の一部と、そのような判断で正しいのか、うん?」

 それを押し隠すように、口から言葉を吐く、光の下で舞う埃たちが下に落ちてゆく‥‥差異の怒りの高揚とは逆だな、ん。

 落ち着け。

「そうじゃ、むしろ、確認されてる時点での所謂、”初期めんばぁ”の一人じゃよ、色々疑問はあろうに、じゃけども答えんよ」

 長い紫の髪を煩わしそうにかきあげながら問いかけようとした質問を否定する。

 しかし、少しばかりの好意のヒント、”初期メンバー”‥‥その単語で十分。

 まだいるのだ、差異の嫉妬を受けるべき”敵”は‥残滓と名乗る能力者のほかにも、やはりもう一人。

 予測の、いや、確信していた、予測の範疇だがやはり他者からの肯定の言葉を受けるのと受けないのでは違うものだ。

「‥うん、了解だ、差異は己の思考のみで判断しようではないか、恭輔が望むなら、今はまだ他の部分の事は忘れよう」

 ならば今は”他の部分”を忘れよう、今戦うべきはそのようなものではないはずだ、それに彼らは恭輔に害を加えない。

 急ぐべき問題ではないのだ、これから対策を練ればいい、そう、これから三回目の”恭輔の部分”‥しかも強力な”異端”を加えればいいのだ。

 少し不愉快だが仕方ない、相手の戦力がわからぬうちは恭輔にしっかりと餌を‥与えないと。

 3回目の部分を、強力な部分を探して、利用して、恭輔の一部になってもらう、なぁに‥‥至極簡単なことではないか。

 差異がいれば十分、そこまで軽んじていられる状況ではない、だが恭輔がもっとも使い慣れ、愛しているのは差異、それだけで十分。

 他に幾ら部分が増えようとも知ったことではないのだと、ん、そう考えればいいのだ。

「いい子じゃな、それでは本題じゃなぁ、他の異端組織は今は置いといての、鬼島のことじゃろ?‥‥A級とB級の混合班がSS級の失踪とは別の件でこの街に向かっておるんじゃわ‥‥詳しい内容じゃけどな‥今回はワシも動くかの、暇じゃし」

 子狐は愉快そうに、地面に自らの足では届かぬその椅子から飛び降りた、久しぶりに外に出るらしい。

 まだ一部と知る前だが黒狐を恭輔はかなり己が部分として愛している様子だった、久しぶりに地下から出るとなると恭輔は喜ぶだろう。

 故に差異も嬉しいと感じた。


「黒狐じゃねーか、もういつもの意味不明な研究は終わったのか?」

「‥‥最初からワシの研究全否定なお言葉ありがと‥‥恭も元気そうで何よりじゃな」

 テレビを見ながらミカンをはむはむと食べていると学校帰りなのか、恭が嬉しそうに寄ってきた。

 まだ”部分”として完全に忘れておらんでくれるのが嬉しい、幸せじゃなぁとか思いながら黙って頭を撫でられる。

「そんなに元気じゃないぞ、何たって今日の小テスト結果が俺を激しく苦しめたからな、そう激しく」

 ガサガサとリュックを漁る恭、前のは飽きたのか知らんが既に別のリュックのようじゃ、相変わらずのようじゃの。

 じゃけど、意識では一つじゃけど実際に元気そうな恭の様子を見ると頬が緩む、自分を愛しいと感じるのは罪じゃないはずじゃな。

「‥‥ねぇ差異、あのとてもおばあちゃん的な優しげな眼で恭輔サンを見ている見た目5歳児っぽい遠離近人は誰?尻尾が半端ない程の嬉しそうな動きでさ、残像が見えるんだけど‥‥誰?」

「うん?‥‥おお、そういえば紹介をしていなかったな、あれだ、恭輔のペットの黒狐、怒らすと島が一つ消えるから気をつけろ」

 エプロン姿で忙しく家を動き回っていた差異が止まって意識浸透と思わしき少女の疑問に答えてやっている。

 そういえばあまり地下から出ていなかった‥‥必要なかったし、差異がおるってだけであらゆる実害は回避出来そうじゃし。

「‥‥おいおい、ワシはペットか?恭はどない思っとるんじゃ?」

「むぅ、何だか尻尾の毛が乱れてるぞ‥‥ブラシ、ブラシはっと‥‥差異、俺の朝使う小さいほうのブラシって何処だったけ?」

「ん、これだろ? そろそろ新しいのに買い換えるべきだと差異は思う‥‥明日ぐらいに買いに行くとしようではないか、うん、そうだな、ついでに皆の分も服も買い揃えるか‥‥沙希たちもいつまでもその格好というわけには行かないだろう」

「おう、じゃあ明日俺が学校から帰ったらみんなで行くとするか」

 ワシの尻尾に顔を埋めてモコモコとしている恭、ふむ‥‥久しぶりに外を出歩くのもええかなぁ、その買い物に付き合おう。

 それじゃったら。

「買い物ついでに厄介ごとである鬼島の能力者に接触せんか?じゃったら後々楽じゃしの、恭、そのまま寝たらいけん」

 明日の予定が軽く決定した。



[1513] Re[17]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/13 11:56
 集められたメンバーは皆知らない顔だった。

 部署などはバラバラだなっと、それだけは何となく理解して空いている椅子に着席する。

 鬼島においてこのような形での仕事の事前説明は珍しく、少し気を張りながら椅子に座る。

 自分が一番若いらしく、同じ仕事を今回受け持つであろう人たちが解すような笑みを向けてくれる。

 それに対して微かに苦笑して机に置かれた緑茶を一口、苦い‥‥自分が入れたほうが美味しいな多分。

 ガチャ

 そんな暢気なことを考えていると奥側の扉が開いて中から一人の男性が出てくる。

 不機嫌そうに部屋を見回した後にポケットを漁り、ガムを取り出して一口。

 感じ悪いなぁ。

「今回の任務は少し特別でな、部署も、それこそ階級も違う、事前の打ち合わせを急遽することになった、気が悪いよな」

 ガムをクチャクチャと噛みながら再度不機嫌そうに‥えーっと、確かこの人はSS級の‥‥。

「あ、あの‥‥今回の件に関してはあたし達何も聞かされていないんですけど、ちょ、巳継(みつぐ)!あんた何してんのよ!」

 そんなわたしの思考を止めるように一人の少女が大声を部屋に響かせる‥‥後半だけかなり大きい声。

 その声に驚いてしまって、無意識に私の体がビクッと震える‥おもしろいなぁ、人間の体の仕組み。

「んあ?‥‥何ってメールさ、メール、見てわかんねぇの? キョーコちゃんにメグちゃんに‥‥沢山の可愛い子ちゃん達がオイラの愛のメールを待ってるわけ、ならばと、メールを返すのが男の性でしょうに」

 怒鳴り声‥今回の責任者であろうガムの人への質問の途中に顔を真っ赤に染めて怒り出す少女‥‥えーっと。

 それに大してダラダラと椅子に揺られながら怠惰な瞳で返事を返す男の人‥‥んーっと。

 えーっと、んーっと、あっ。

「あぁ!A級の三月(みつき)さんに巳継(みつぐ)さんだぁ!?うわ、うわ、ど、どどどどうしよう!?」

「へっ?」「ん?」

 二人の視線がわたしに向けられる、片方は突然呼ばれたことに対しての疑問、片方は突然呼ばれたので一応見てやるか程度。

 対照的な二つの視線を受けて頭にカーッと血が渡ってゆくのを感じてしまう、恥ずかしい、そしてはしたない。

 わたしの悪い癖が出てしまったようだ。

「‥‥このガムまずっ、まあ、まずは皆落ち着け、そして座れ、着席しやがれ」

 わたしの奇行に顔を顰めながら着席を要求するガムの人、もしかしたら見かけより良い人なのかもかしれない。

「は、はい、申し訳ありませんガムの人!」

「‥‥殺されたいのテメェ」

 めんちを切られました‥‥やばい、落ち着けわたし、そして冷静に物事に対処を‥‥。

「うおーい、どうでも良いけどさっさと話を進めようぜ、オイラこう見えても忙しいんだよね‥あっ、こう見えてもってのはこの軽薄そうな格好な事だかんな‥‥でも似合ってるだろ?」

 ジャラジャラと身に付けた装飾品の金属音を鳴らしながら微笑みかける軽薄そうな巳継さん。

 って失礼だぞ私!?

「‥‥いまこの子‥‥自分の頭を高速で右手で叩いたわよ‥‥」

「はぁ、何だかろくでもない奴等が揃っちまったみたいだな‥‥おい、そこの後ろのお前はさっきから何も言わねぇけどよ、何かねぇのか?」

「‥‥はれ? 何かお話しているようなので、ナチュラルに見つめておりましたけど、意見を求めますか? 正直みんな馬鹿かなーっと、あっまた本音言っちゃった‥いけないいけない、みんな素敵な人だなーって思ってました、はい」

 眼を通していた小説から顔をあげて少女が微笑む、微笑みながらも表情と言葉が背中合わせのような‥‥うーん。

「‥‥とりあえずはそこの二人を除いて部署が別々だかんな、軽い自己紹介が必要みてぇだな」

「‥この歳で自己紹介って何か恥ずかしいかも‥‥巳継!いい加減携帯をしまえ!今は仕事中よ!」

「はいはい、ったくよ‥‥‥そんじゃオイラからね、山都巳継(やまとみつぐ)‥‥”牙”所属のA級ですわ、そんで横にいるのが相棒の山都三月(やまとみつき)‥‥何の因果からオイラの姉で同じく”牙”所属のA級、よろしく~~~、そこの二人は可愛いっぽいけど頭のネジが緩いみたいだな、ははっ、マジでお断り」

 片手をあげて”ごめん”っと言われても‥えっ、どんな顔をすれば良いのかわからない‥とりあえず眼を逸らす。

「こら、巳継二人に失礼よっ!つーかあんた如きに女性を選ぶ権限は無いから」

 疲れたように三月さんがため息を吐く、淡い茶色の髪がサラリと肩にこぼれる‥‥素敵だなー。

「え、えっと、次は私の番ですね、大元永久(おおもととわ)、”脳”所属のB級です‥えーっと、実はA級やS級‥‥SS級の方々のお顔やらは大体把握してますので、ちょっと先ほどはA級の方々の中でも好きな三月(みつき)さんがいらっしゃったので‥興奮しちゃって‥すいません」

「それはつまり‥‥」

 三月さんが”ああっ”と手を打つ‥‥理解されたと、自分から教えておきながら顔が高揚するのがわかる。

「能力者マニアってか‥‥‥すげぇな、A級だけでも人数無茶苦茶いるのになぁ‥ちなみにオイラの名前を知ってたのは三月のオプション?」

「‥‥‥」

 スーッと眼を逸らす、あっ、窓際にお花が飾られてる‥‥何の花だろう?

 綺麗だなぁ。

「‥‥もしかして結構いい性格している子?‥‥ナチュラル無視かよ」

「はい、友達からも良く言われますっ!」

 とりあえず褒められたので元気良く返事、こういった受け答えが有益な友好関係を築くとか何とかかんとか。

 何とかかんとかって何だろ?

「‥‥皆さんのキャラクター性が暴かれてきた所で挨拶を、”口”所属のB級‥‥塁泉(るいせん)です‥‥嫌いな言葉は友情とか愛とか信用置けない言葉ですね‥まあ、深い関係にならぬ程度で、よろしくです」

 皆のほうを見ないまま自己紹介をする塁泉さん、何ていうか‥‥短く切りそろえた橙色の髪が赤色のバンダナから微かにもれている。

 鋭く切れ長な髪の色と同じ瞳がバンダナから半眼だけ確認することが出来る、その視線の先は自分の右手に持った本だったりするけど。

「‥‥‥こんな何だか紙一重なメンバー、しかも所属別に集めたって事は、何だかろくでもないことになりそうだなぁ、つまり対象者か何かはわからないけど、あらゆる事態を想定してのこの多種性だろ?‥‥オイラあんまり時間とられる仕事は嫌だなぁ」

「オレの自己紹介は『知ってます、牙所属のSS級の選炎選水(えんえんえんすい)の若布(さかさ)さんですよね?』って、まあ、知ってるよなぁ、ちなみにオレは今回の責任者だから‥‥絶対に任務を完璧に遂行しやがれ、しなかったらイジメル」

 心の中で納得、何処かで見たことがあると思ったらガムの人はSS級の若布さん‥何だろう、感動薄い。

 サングラスをずらしながらさりげに怖いこと‥部下に任務失敗したら虐めるとか言いながらガムを膨らましている人にはどうやら私は尊敬の念を抱けないらしい‥‥何か今回の任務中に嫌がらせをしてやりたい‥おおっと、黒いぞ私‥‥。

「えーっ、今回のメンバーはオレが見る限り性格がかなーり悪い‥‥だから任務の概要を説明したら別々に行動をしてくれて結構、いつも通りの任務と同じで己の成すべきことを成せ、成さなかったらイジメル」

 にたぁと笑う若布さん、性格が滲み出ているたまらない笑み‥‥わぁ、失敗は許されないな。

「それで‥‥任務の概要は何ですか?」

「あん?‥‥‥‥”実験動物”の回収だ‥‥‥特別きょーぼうな、そう鬼島の過失その24だな」



 体が痛い、ジュージュー妬きつくような音を鳴らしながら傷口から淡い煙が天へと昇ってゆく。

 何で、痛い、痛い、痛い‥‥暗い、路地裏で身を抱えながら地面に蹲る。

 はぁはぁ‥体の傷口から吹き出る煙と同じように口元から白い煙があがる‥‥痛い。

「‥‥‥‥っぁ」

 声が出る、”実験”の時の絶叫や、凶暴な叫びとは違う‥痛みと、何処か安堵を含んだ呟き。

 自分の本心からの声、初めて己で意識して出した声に胸が熱くなる。こんな声をしていたんだ自分。

 手を見る、黒く染み渡った血は爪の間にこびり付いている、自分が殺した‥‥追放者の血。

 実験の時の無理に上昇させられた凶暴性で他者‥”他の実験動物”を殺すときとは違い、自分が生きたいと思って殺した他者の血。

 そう、自分は今この瞬間だけでも、望んだ”自由”の中にいる。

「‥‥っ‥‥は、ははっ‥‥‥あははははははっはは、ははははっは、ゴホッ、はぁ、あはは」

 完全な回復と同時に口から黒々とした余分な血を吐き出しながら、笑う、笑う‥‥嬉しい。

 ぴちゃ、自分の体からもれ出た血の溜まり場に、自分の顔が僅かに‥反射する。

「‥‥‥‥‥‥‥」

 そういえば、あの監禁部屋にたった一つ存在していた鏡を思い出す、いつだっただろう?初めて自分を見たあの日。

 あまりのおぞましさに”嘔吐”した。

 別に、何も期待していなかったのだけれど、初めて認識した”自分”を、初めて認識した瞬間に、吐いた。

 汚い、おぞましい、醜い、吐き気がする、実際に吐いた、もう、見たくない。

「‥‥‥‥‥‥」

 そして今、血の水溜りに反映された自分は笑っていた、そしてそれを暫く見つめた後に空を煽り見る。

 蒼い月はあの狭い部屋の窓から見えるものと何一つ変わらずに存在していたが‥‥何処か、何かが違った。

「‥どこににげよう」


「ふぁーっ、眠い‥‥黒狐‥‥久しぶりに一緒に寝るぞー」

 むんぎゅと首根っこを掴まれる、差異の用意してくれた軽いツマミとビールの載った机が問答無用に遠ざかってゆく。

「お、おぉぉ?‥‥きょ、恭‥それは良いんじゃが‥‥もう少しだけ」

「駄目だ、眠い、寝る‥‥それに酒ばかり飲んでると太るぞ?」

「い、いや、太らんしっ!‥‥うぁぁ、ちょ、飲み終わったら一緒に寝るからーーーー!」

 じたばたと体を捻って逃げようとするが、駄目だ、完全にロックされておるし。

「‥‥‥黒狐‥‥恭輔の前では平気で醜態を晒すのだな、うん、見た目通りの子供らしい行動で、少し愛らしいぞ」

 カチャカチャと食器を手早く洗いながら差異が微かに微笑む、そんな事より、お前の用意したツマミが無駄になるぞ?と怒鳴ってやりたい。

「そんなものは必要無いんじゃけど?!‥‥恭、後生じゃから‥‥‥」

「うるさいな、昔から酒、酒、酒、酒、酒、酒‥‥‥子狐なら油揚げとか、もっと可愛げのあるものにしろよな、しかもその容姿で煙草もスパスパ吸うし‥‥あれだぞ? お前、遠離近人じゃなかったら犯罪だぞ」

「んなーー、はーなーせー」

そうやってじゃれている様で真剣に逃げようとしていると、ガチャ、ドアの開く音がする。

「ただいまーッス、あー‥‥本当に人生最大のピンチだったッス‥‥‥あれっ?」

「ん?」

  ドアから進入してきた”何”かと視線を混じらせる‥‥んーっと、恭の一部では無いようじゃけど‥誰?

  ジーっと無言で見詰め合う‥‥耳がピコピコ、尻尾がピコピコ‥‥んー、こいつはレアじゃな。

  ”王虎族”じゃな、何故に”取り込んでないんじゃろ”?激しく疑問が湧き出てくる。

「‥‥えーっと、誰ッス?‥‥‥んっと、遠離近人ッスよね?‥‥見たこと無い種族ッス、何処ぞの亜種ッスか?」

 ポンポンと頭を叩かれる、えーっと、ワシ見下されてる?

 ベシッ!!

「っあ!?‥‥‥し、尻尾で‥いきなり殴る‥‥‥多くないッスか!尻尾ーーー!?」

「むぅ、失礼な奴じゃな‥‥‥恭、ちょっと降ろしてくれんか?」

「おう」

 地面にスタッと着地、とりあえずは無礼な同属を下から鋭く見上げる、否、むしろ睨み付けてやる。

「うっ、な、何ッスか?」

「ったく、容姿だけで相手を侮るとは‥あれじゃな、舐めるなよ小童、ワシは、誰にも見下されるような存在ではないしワシに気軽に触れてよいのは恭輔だけじゃしな‥‥わからんか?」

「ふぇ‥‥‥?‥えっ、黒狐族ッスか?‥‥滅んだはず‥えっ?えーっと‥‥何で?」

 差異のほうを見て首を傾げる王虎族の少女、尻尾が不安そうに左右に揺れている‥‥どうやら混乱しているらしい。

「うん? 知らん、この家の先住者という点では差異たちの先輩だな、後、黒狐の言ったとおり、舐めてかからんことだな、この家ばかりか街が吹っ飛ばされるぞ?黒狐族の危うさは差異たちより、同じ尾を有するお前のほうが理解できるだろ?」

「そ、それはそうッスけど、まだ幼体(ようたい)じゃないッスか?」

「残念じゃけどワシは成体じゃよ、既に、歳を重ねることを失ってしまったしなぁ、この尻尾を見てみ、この数を有する月日を考えてみろ」

「そんだけあれば枕になるからな、すげぇな黒狐‥‥じゃあ、話も済んだし寝るぞーーー」

 再度首根っこを捕まれて持ちあげられる‥‥えっと、ガチャン‥‥そんな音をたてながら閉まるドア。

「‥‥ちょ、恭‥‥‥完全に今のタイミングだと‥何と言うかじゃな‥まったくもって格好悪いんじゃけど」

「‥‥ふぁ、知らない」



 ポンッとベッドの上に放り投げられる、バウンドして‥落ち着く。

「むう‥‥‥ビール‥‥‥」

 天井を睨み付けてため息、そんなワシの些細な楽しみを奪った主は鼻歌をしながら携帯を充電器にセットしている。

 まったく。

「んー?‥‥まだ酒のことが頭から離れないのか?‥本当に仕方の無い奴だな」

もそもそとベッドに潜り込みながら恭は言葉の通り仕方の無いといった表情をする。

「じゃけど、あのタイミングでは‥‥あの虎の中でもワシの定位置があやふやなままじゃからなぁ‥‥‥舐められるのは、ムカつくし」

「そうか?‥”他人”なんてどうでも良いじゃん‥あれ?」

 自分の言葉に疑問を感じて首を傾げる恭、今の恭には黒狐を完全に自分と認識するのはちょい苦しいのはわかっているが。

 少し寂しさを感じながら体を丸める。

「何だ?急に顔を背けて‥‥‥寒い、もっとこっち来いよ」

 尻尾を掴んで引き寄せようとする恭、他人だったら身を震わすところだが、自分ゆえに拒否感も無く。

 ズルズルと壁際から恭の方へと引きずられる、ポスッと抱きかかえられて‥再度のため息。

「寒いからだけでワシを床に誘うとは‥‥‥恭?」

「だって黒狐温いし‥尻尾が気持ち良いし‥他に何かして欲しいか?」

 途端に意地の悪そうな顔でこちらを覗き込む恭、途端にドクンッと胸がざわめき。

 昔の映像が、本当に一瞬だけ頭を過ぎる。

「知らん‥‥そういえば恭、今の、己の身のことをどう思っている?ああっ、別に手とか足とか、そのような事じゃなくての、んっと、差異のような、己の身の事をな、どう感じているんじゃ?」

 抽象的な言葉になってしまうが仕方ない、じゃけど仕様が無い、そのような聞き方しか出来んし。

 カーテンから覗く青い月が部屋を淡く染めている‥その中で恭は不思議そうに、言葉を発する。

「差異は綺麗だし、一番好きだし、沙希も同じように、あんな奔放さを自分の好き勝手に扱えるのは、快感だな‥コウは‥弱いけど一番これからがおもしろそうだし、鋭利は‥‥そうだな、あの残酷なところも、俺だけのために存在するなら許されるし愛しいよ」

 同じ質問を、そういえば”初期めんばぁ”とした事があるなと思い、その時とは違う恭の言葉に眼を細める。

『”こっこ”はおれだけのためにあるから、かわいいとかんじれる』

 眼を細めた。

「そうか‥‥‥今もこの街に‥‥‥おもしろい存在が‥‥恭、それとあの虎も取り込むように‥‥もっと、数で攻めんと、ははっ、勝てんようじゃぞ?‥‥初期も‥その次も、一人一人の力が特化しすぎておる‥‥今の一部が好きなんじゃろ?‥血まみれな姿を見とうないなら‥‥もっと、もっとな」

「‥‥‥‥‥んーっ」

 ウトウトしている恭の頭を撫でながら月を見る‥‥その異端を追っている鬼島の人間の中にも‥恭の眼に留まる存在がいれば。

 そう、能力だけでなく、”精神的”に利用できる、己の身として死ぬ程に恭のために尽くす、そんな存在が‥必要じゃろ?

「‥‥‥ワシは‥‥恭のためなら全てを利用するんじゃけどなぁ」

 苦笑、明日が楽しみだ。



[1513] Re[18]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/13 13:27
 彼女にとって鬼島から与えられる仕事は意識しないこそすれ存在意義だと言っても良いものだ。

 この前の抹殺指令を、言葉が指し示すとおりに本当に対象を殺すだけの簡単な任務、すぐに終わった。

 その以来任務を終えて上司に言われた言葉は”合同任務”と‥‥まったくもって聞きなれない単語だった。

『任務の概要については現場の上司に直接聞きたまえ、126番で事前打ち合わせ、行け』

 どんだけ無駄な部屋があるんだろう?‥それよりもどれだけの人間、能力者がその部屋を使っていやらしい任務やら怪しい実験に従って生きているのだろう?‥‥何だか嫌ですね‥‥汚い事を考えるな私。

「はぁ‥‥‥合同という事は‥‥何処ぞの異端の一族の全員抹殺やら、何処ぞの”怪獣”の一匹抹殺やら、そんな感じで?」

 つい疑問を口に出してしまう、B級の己の解決できる任務範囲は限られているが、それでもそんな無茶苦茶な任務を与えられたこともあったり。

 まあ、命が大事なので行くだけ行って逃げ出すと、そんな仕事はS級やSS級の化け物に任せれば良いのに、はぁ。

 適材適所は良い言葉ですね、本当に。

『知らん、詳しくは現場の上司に‥‥責任者に聞きたまえよ、あー、私は何も聞かされてない、だから、君もファイト』

 来たぞファイト、我が上司のこのお言葉が発せられるときに、必ずしも無茶苦茶な任務を与えられるのだ、この脈絡の無い突然のファイト。

 悪夢だ‥‥‥まあ、手持ちの小説も少ないし、本屋にでも寄ってから行くとしますか。

「りょーかいです、それと、お昼からお酒はどうかなーっと?息臭いですよ?‥‥では、行ってきます」

 バタンッ



 ボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウ。

 単純で、酷く漫画的な音を放ちながら部屋の中に灯が燈って行く。

 巨大な、何も無い空間‥‥中心に大きな”樹のようなもの”が”一つ”頼りなく存在している。

 幼く、また木々としての力強さを感じさせない、そんな雰囲気を漂わせながらサワサワと踊るようにざわめいている。

 風も無いのに蠢いている‥‥‥気持ち悪い存在。

『‥‥‥‥あー、どうする?‥‥‥』

 女の子の声、木のようなものから発せられたその声が部屋に高く響きわたる、ザワッと何かが動く気配。

 どうやら先程、光を与えられた、この大雑把な内装で支配された空間には他に、木のような存在以外にも誰かがいるらしい。

 誰かとは仮としか言いようの無い存在だが、闇の隅に紛れており姿が確認できないのだが仕方が無いではないか。

『黙っていたらわかんねーよ、ジタバター、オラー!怒るよ?‥どうなのよ?‥逃げちゃったで許されるわけ?』

 ”少女”の軽く怒りを含んだ言葉に影がビクッと反応する、それを見ておもしろそうに木のような存在がピクピクと震える。
 笑ってるみたいだ、人間のような行動をするソレは、やはり不気味さを拭えない。

『クスクスクス、そんなに怖がらなくても何もしないってーの、恋ちゃん見てわかんねぇかなぁ、封じられてるわけだし‥‥出来ることっていったらこの世界ドーーーンッぐらいだっつーの、核爆弾と変わんねぇーーーー、だから、安心しろっつーの』

 その言葉に安堵できる人間なんておよそ世界にいないだろうと、誰もこの場にそう思えるものがいないのが誰かにとっては口惜しい。

 兎に角、隅に縮こまっている影にはそのような思考能力は無いらしく頭を地の方に向けて、頼りなく震えるだけ、木のような存在の外見よりも、それ以上に頼りなく、この場での力関係はやはり明確。

『あれは恋ちゃんがプレゼント用にとくべーつに調整した、すんげぇのだかんな、また創れって言われてほいこらりょーかいで創れるもんじゃないってーの、作るや造るじゃないよ、命を生成だから、人間味を与えるために創るだよーっ、あははははは』

 ザワザワザワザワ、もう、おもしろおかしくてたまらない、木のような存在はブンブンと己の体を左右に振りながら笑う。

『君もわーらーえーよー、ほんっとーに気がきかねぇの、封印されてなきゃ殴ってるかもよ?コラーッてさ♪‥‥まあ、いいよ、それは許しちゃる、んで?捕獲者はAとBぃー?‥まあ、これが駄目だったら暇そーなSSにでも頼みなよ、プレゼントちゃんは恋ちゃんの分身だかんねーっ、半端なやつなら死ぬんじゃね?‥よーし、よし、恋ちゃんが捕獲者で100ぱーな奴をリストアップしちゃろう、優しいってーの?照れるね』

 一方的に言葉を発した後に、何も無かった空間に大量の透明な板‥文字の羅列されたディスプレイのようなものが浮かび上がる。

 影はそれに眼を向ける、己のデータが一瞬羅列され文字に混ざっていたから‥‥と言うことはSS級のリスト‥異端者の倉庫。

『ん、んんっ?なーーーーーーっ!?水銃城、選択結果と意識浸透が、ははーん、なーーーる♪‥‥いやはやぁ、おもろっ♪‥‥■■ちゃんねぇ』

 聞き取れなかった単語に、そのせいで胸に掴み所の無い不安が落ちてくる、影の眼の前にいる存在はそれだけで人を消せる存在なのだ。

 一言一句まで聞き落としては。

『恋ちゃん空回りってか?‥プレゼントが勝手に送り先に行っちまったよ、ちぇーーーーー、つまんねーの、おもろいけどつまんねーーーーーーーっ!あーーー、こんな所に封印されてなきゃーーー!?って、自分で封じたのよ恋ちゃん、いけねー、忘れてたよ、あははは』

 またも独りでにきゃははははと、幼子の声で笑う、可愛らしい声だけに姿との二面性のせいで、素直に可愛いとは思えない。

 暗い闇の中に燈った明かりが少しだけ強くなる、理屈が不明なだけにやはり恐怖、影の顔が少しだけ照らされる。

 それでも未だに姿がわからず。

『いいよー、さがってヨシッ、実験体のシリーズはいっぱーい創ってくれてけっこーう、逃げ出したのほどの性能に届かなくても、いいよいいよ、また■■ちゃんのとこに何か見出されて逃げちゃうのいるかも、けどよー、それでいいから、逃げちゃうのバンバンOKOK-♪恋ちゃんの今回は作戦負けだね、ヨーシッ、次は負けねぇぞ‥‥先読み怖いもんっ♪』

 言葉に従って部屋から去るために、安堵のある世界に戻るために歩を進める‥‥影は怖くてすぐにでも逃げ出したい。

 影は創造主が怖くて怖くてたまらないのです、幼児的で、無邪気で、幼子で、初心で、敬愛すべき主であり。

 純粋な少女の思考を持ちながらも、何よりも完全なまでに人外の存在なのだから、真の意味の人外は彼女を置いて他には無く。

 怖い。

『おーっおーっおーっ、そんじゃーね、報告サンキューーー、じゃあ恋ちゃんようの乗り移りの人形たのんま!‥もう少したったら恋ちゃんもちゃんと登場しねぇーとなんねぇし‥‥お久しぶりにはボンッ、キュッ、ボンッがよいかしらん?‥それとも本来どおりの炉で責める?んがーーーー、悩め恋ちゃん、あっ、もう一つ、今は”君は出んなよ”』

「御意、恋世界の御心のままに」

 まだ声しか許されない影と、主の会話は断ち切られた‥‥それに伴い部屋の明かりも同時に消えた。



『ってまだ、眠んないし恋ちゃん‥‥さてはて、影っぽいのはまだ出せないしねぇ‥‥おんどりゃー的な餌を我等が鬼島が大量投資のほーこうで生きますかいなー、恋ちゃんの疑問に答えやがれ、覇ヶ真央(はかまお)』

「影のいなくなった瞬間に‥君のそういった所は好ましくは無いな‥‥我が剣を弄ぶのだろう?」

 カチャ、西洋の鎧に身を包んだ少女がズズッーと影から姿を現す、煌き光を放つ鎧は何処か剣のような鋭利なものと同じ危機感を与えさせる。

 そしてまさに剣自身はあまりにも巨大、しかもまったくもって姿にそぐわぬ日本刀、ズルズルと地面を引きずりながら歩くと生身の刀身は無論床を削る。

 気にした様子も無く西洋甲冑‥‥しかも中身はどうやら男性ではなく‥‥女性らしい、声音の鈴を転がすような事から把握して、やはりの異端の少女。

『だってだって、どうやら勝手に取ってかれちゃってるけどよー、こっちの計画なんて完全無視だもんっ、つれぇぇぇ、どうする??』

「どうするとは‥‥また抽象的な質問をするな君は‥やれやれ、彼が望むなら我等から動く動機無し、こちらも流せばよかろうに‥‥我が剣は
彼のためだけに振るわれ、必要なき異端の能力も彼のみに使われ、それだけ望む我(われ)には他に望むもの無し」

 僅かに洩れ出る黒々とした髪が煩わしそうに拭いながら恋世界の言葉に否定的な言葉を発する、どうやら同意者ではないらしい。

 恋世界はぶーぶーぶとブーイングをしながら木のような我が身を振るわせる。

『可愛い子ぶんなよ、ばーか、ばーか、ちくしょう‥‥恋ちゃんの意見賛同者いねぇのかよ、ああ、じゃあさ、もうちみが行ってみる、覇ヶ真央?いいじゃん、ナイスアイデアーーー、恋ちゃんサイコーーーッ!ちょっと”彼ら”に舐められないように行ってきてよ、おーねーがーい、マジ頼むよっ、今さ、恋ちゃん動けないのわかってるっしょ?軽い感じで行ってきて」

「‥‥それでは忠義に反する‥‥”我が君との約束事”にな‥‥我の登場も本来は早いのだよ?それを君が態々呼ぶからだな」

『説教うぜぇえぇええええええ、んふふふ♪今さ、実験体のF4が逃げ出したわけよ、危機回避のうりょーく抜群、無論、逃げ出したのは彼のいる街、殺されんじゃね?』

 気配が変わる、恋世界に対しての圧倒的な殺気が部屋を包むこみ、ピシッと、地面に剣が重く、さらに沈む。

「君がそのような事を望むわけがなかろう」

『んー、当然じゃん、だからてめーを護衛用に送り出そうって言ってんじゃねーの、お願い♪彼を護って♪』

「嵌めたな‥‥恋世界‥‥その封印先を剣で凪っても構わんのだぞ?‥我が君に仇を成す形を偽りとはいえ望むとは‥‥許しきれんな」

『ムカーーーッ、いいじゃん! 恋ちゃんと喧嘩するってか?やるんならやったるでーー!!こう見えても鬼島でいっとーに偉いんだぜ!?』

 ビシッ、地面が僅かな音を立てながらさらに下へ‥重力に潰されるようにへこむ、その中で木のような恋世界、まったくもって脆弱な姿をしたそれは混沌としたものを放ちながら、怒りを力にして場に放つ。

「ほほう、そう言えば‥‥君とは決着をつけてなかったな‥‥我が君のために、本気で斬りにかかるぞ?‥つまりは死ぬのだよ?」

『死なねぇよバァカ、証明するまだ恋ちゃんは不敗だよーん、それに、思いは同じじゃん‥‥争う必要性なくねぇ?』

「‥‥我が身は、我が君に仇名す全てを斬り裂くのみ‥‥例え、恋世界‥‥君‥貴公と言えどもその外では無い‥」

『生真面目やろーだね、いいじゃん、君はどうせこんな事を聞いたら過保護だかんね、彼を護るために少々ルール違反なんてしちゃうっしょ?
じゃあ、教えてあげた恋ちゃんに感謝するべきじゃね?つうか剣を置け、いいから、いいから!』

「っ‥‥‥ははははは、本当に、我は嵌められたな」

 急に両方の殺気は失せ、笑みになる、いや、恋世界のほうは確認の仕様がないが‥‥それでも声を荒げて笑ってる。

『あはははははははははは、恋ちゃんと君が殺し合い?戦うわけねぇーじゃん、あははははははは、目的一緒なんだし、”同期”なんだしそんなことしねぇっつーの!‥‥いくんっしょ?』

「無論、我が身は”新人”などに負けはせん、確か恋世界‥君の模造品だな?」

『んにゃ、そうそう、まあ、殺せないように、彼が欲したらあげてあげて、じゃ、後はお願いねー、黒狐ちゃんによろぴく』

「ああ、しっかりその日まで寝て英気を養え」

 それは会話以上に必要ある裏のお話。



[1513] Re[19]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/14 14:50
 -絡み合いの夜-

「ほい、それでは出かけるか」

「‥‥‥‥‥」

 恭輔サンの背中にもたれ掛かるように眠ってる鋭利。

 かなり、水銃城の名を冠するには幼い姿、そこまでして連れて行かなくて良いのにね恭輔サン?

 鋭利も鋭利で少しは抵抗しなよとか、コートを羽織ながら何だか一緒に行動するのが嫌だなーとか。

「沙希‥‥ん、ガスの元栓を閉め忘れてはいないか? 差異は二階のコンセントを”根こそぎ”取ってくる、うん、節約は大事だぞ?」

 トンッ、トンッ、トンッ、トンッ、階段を軽々とあがって行く差異、猫の様な身軽さで4段飛び‥‥何て言うかな。

「きょ、恭!? な、っ、嫌じゃって!!」

「うっさい!お前のその耳&尻尾は流石に目立ちすぎる‥‥はぁ、嫌だったら子狐の姿なれよ、鋭利、ちょ、首痛ッ!?」

 朝方に気まぐれに帰ってきた鋭利はお出掛け自体は結構嬉しいらしいけど‥眠いらしい、じゃあ無理して来なくていいのに。

 そんなわけで恭輔サンが背負っているわけで、体重軽いから大丈夫だろうけどね。

「このメンバーでお買い物って‥どうなんだろうね‥去りたいけど”恭輔サン”ワクワクしてるし、駄目じゃないか‥怠慢だよね」

 トンッ、金の髪が眼の前で鮮やかに舞う、髪が空に舞うと同時にほんのりと甘い香りがする。

 どうやら階段から差異が降りてきたらしい、無論歩いてではなく飛び降りて‥‥おーい。

「うん?どうした沙希、さっさと出かけるぞ、人の顔をボーっと見て‥差異に何かおかしな所でもあるか?」

 パタパタと自分の背中やらを見ようとしてクルクル周る差異、SS級の最年少ねぇ‥僕が言えた義理じゃないけど。

 今している行動と容姿は子供以外の何ものでもないよね安心してよ‥いつもどおり差異は相変わらず綺麗だよ。

 つう事は同じ容姿の僕も完璧ってことで。

「沙希?」

 恭輔サンが不思議そうに顔を覗き込んでくる、って、うわ!?

「??‥‥変な奴だな、行くぞ」

「う、うん」

 ギュッと右手を捕まれた、乙女じゃあるまいし‥‥むぅ。


○-絡み合いの夜-の前日の子虎

「街に紛れてるのは確実じゃから、皆で恭に秘密的にささーっと片付けてしまおう、ワシらが動くと恭が目立つから‥えーっと、子虎、お前が護衛に付くように」

「って、自分ッスか!?」

せっかく持って帰った魔女の伝言も”ふーん”で済まされて‥また、厄介ごとッスか!?

「ん、まあ、そこそこの戦闘能力だしな、B級やA級に遅れはとらんだろうし、差異は賛成の方向」

「んじゃ僕もそれでOK、僕の能力で常に恭輔サンは護られてるし、A級ぐらいまでだったら少々遠くても護衛できるでしょ」

 ちゅーちゅーとオレンジジュースとスナック菓子をポリポリと食べながら最年少SSの二人‥‥こっちの意見は最初から無いものッスか?

「つうかあんたは恭輔って人と一緒に寝たんじゃ無いッスか?枕でも何でもしてれば、うぉ!?」

 首元に鋭く尖った”しっぽ”が突きつけられる、あははははははははは、ちょっと刺さって痛いッス‥涙が。

「‥‥うるさいぞ、さて、軽く事前打ち合わせ完了、なるべく殺さぬように、じゃけど仕方なかったら証拠残したらいけん、OK?」

 グビグビとビールを煽りながら子狐、ちょっと首もとの愛らしい凶器をどうにかして欲しいッス、マジで。

「りょうかーい、ふわぁ、じゃあ寝るとしますか‥‥」

「ん、ではな」

 手早くスナック菓子やらコップを持って部屋を出てゆくお二人、そして残されたのは首もとに”しっぽ”を突きつけられた自分だけ。

 何故!?

「うぅ‥‥‥悪夢ッス」

「ふんっ」

 最悪の夜ッスと口元で小さく囁いた、微かな抵抗。



 帰宅途中の人間が決まりごとのように並んで道を歩く、淡い夕焼けの名残が微かに街に残っている‥そんな時間帯。

 一人の青年と、一匹の少女が並んで歩く、片方は普通の顔をした、普通の空気を纏った、普通の青年。

 もう片方の一匹は

「っで、今の状況がこれッスか‥‥‥」

「どーした?‥もしかしてお前もトイレか?」

 皆は薄暗くなった街に曖昧な理由で散り散りになった‥打ち合わせ通りに。

 汪去はD級の最下級人間と二人にされてしまったようで‥‥それで散った連中は鬼島の能力者を昨日の打ち合わせ通りに殴りに行ったのだろう。

 きっとボコボコッスかねぇ?

「違うッスよ!最初に断っておくッス!‥貴方はD級の能力者ッスよ!もっとこう、仮にもつい先日まで鬼島に所属していた汪去に対しての態度を‥」

「?‥‥‥尻尾でてるけど?ほい」

 ギュッ

「ひゃあ!?ふぁああああ!?」

 力が抜ける、無論尻尾をむんぎゅっとそれはもう遠慮なく、思いっきり全開で掴まれました、って、うぁああ!?

「おおーーー、膝ガタガタしてっけど、大丈夫か?」

「て、テメェ‥‥ぶち殺すッス‥う、ぁああああああああああ」

 むぎゅむぎゅむぎゅ、何度も掴んだり掴まれたり、僅かな隙で逃げ出そうとしても、力が出ない。

 周囲の人間はそんなおかしな二人組みの様子には大して興味が無いのか軽く視線を流して去ってゆく。

「つうか、みんな何処に行ったんだろ?‥‥おぉ、つうか意外と掴み心地が良いぞお前の尻尾」

「ふわぁぁぁ、ちょ、た、タンマ、い、いや、本当にタンマッス!!」

「‥‥おお、すまん、つい触り心地が良くてな‥‥‥」

「こ、こここここここここここ、殺すッス」

 醜態を晒したことへの恥ずかしさと、眼の前の飄々とした存在に何処か怒りを覚える。

 理解できないものは野生の勘が怖いと告げるのだ。

「どしたよ?‥あれだぞ、黒狐とかは逆に尻尾触ると喜ぶぞ‥‥お前は嫌なのか?」

「嫌とかそういったレベルのものじゃ無いッスよ!‥‥動物にとっての尻尾と言うのは、そもそもあの子狐なんかと一緒に」

「ほい」

 手に何か渡される、また会話が打ち切られた、完璧なまでに翻弄されている自分が嫌だ。

 何だろう、初めて会ったときからやっぱり何処と無く苦手だった気がしないでもない、苦手と言うより‥この男のこの態度は!

「コロッケ、食え、安いし、うまいぞ、ん?虎って猫舌なのか?‥‥どーなのよ?」

「ね、猫舌じゃないッスけど、そもそも手を繋がないで欲しいッス!」

「だってお前、ガキじゃん、迷子なったら後々面倒だしなぁ」

「んなっ!?」

 そう、この男が自分に対して接する態度は飼い主がペットにするソレだ、そう、そんな感覚で絶対に接してきていやがります。

 ムカつくッス‥‥‥あのSS級たちが愛玩してなかったら即効に殺していますよ自分。

「ん?‥また尻尾が逆立ったぞ、コロッケまずいか?」

 買い物袋をよいしょっと持ち直しながら頭をわしゃわしゃと撫でられる、ああっ、もう、殴りてぇ‥思考する。

「‥‥はぁ、もういいッス、耳を触ろうが頭を撫でようが頬を引っ張ろうが構わないッスけど、尻尾だけはやめて欲しいッス、汪去はそこは弱くって、ひゃあ!?」

「これか?」

「ちょ、人の話を聞けぇええええええええええええええ!?」

「ほい、以後はさわらねぇわ、ほら、コロッケ食え」

「‥‥はぁー」

 力が抜けて地面にヘナヘナト情けなくもへたり込む、もう、何ていうか、本当に醜態晒しまくり‥‥。

 今、強襲されたらどうしようも無いッスね、本当に‥‥眼の前のこの男だけは‥‥自分に対しての恐れやら何やらが不足しまくっている。

「大丈夫か?‥遊びすぎたぞ俺、ほい、荷物で手がいっぱいだからさ‥背中に乗れよ、子供が遠慮すんな」

「‥‥自分でここまで人を弄んでおいて、それッスか‥‥ぬうう、足腰に力が入らないのが本当に、口惜しい‥あんたのせいッスよ!」

「はいはい」

 んっしょと汪去を抱える‥‥抱える?

「抱えんじゃねぇッス!?お、おぉぉ!?せめて背中にしろーーーーーーーーーーー!?」

「いや、動けないみたいだしな、食いかけのコロッケ、ちゃんと落とさないようにしろよー」

 いや、聞けよ、昨日の夜の子狐の気持ちが何となく理解できたり。

 皮肉を通り越して恥ずかしいのは自分の気のせいではないはず、流石にお姫様抱っこには周囲も唖然。

 気まずそうに眼をそらす、外見上、幼い子供を抱っこしている青年‥危ないのか?危なくないのか?

 周囲の判断に任せるしかない世界の理。

 当の本人はそんなことを気にせずに飄々と街中を歩く、まったくもって表情に‥変化は無い‥いや、微かに頬が。

「って自分で恥ずかしいなら最初からするなッス!‥‥頬赤いっすよ‥阿呆」

「‥‥おう、これが本当の自業自得ってか?‥‥だって尻尾が眼の前でゆらゆらと揺れるとだな、無自覚に、こうギュッと」

「‥‥どんな性癖ッスか」

 軽口を叩きあいながら歩く、見ればD級さんは顔が少し赤い程度ではなくて、真っ赤‥やはり常人の思考をしているようで。

 それに呼応するように何故か汪去まで頬が僅かに熱くなる、意味がわからないッス。

 今の状況の意味不明さを何回も心の中で呟く。

「みんな何処に行ったのかなぁ、むーっ、女の買い物は怖い‥”自分自身”だとしても」

「頬の赤さを誤魔化すための話題振りご苦労ッス‥まあ、答えるなら、何処かで戦闘が始まるんじゃないッスか?」

 ピコピコと尻尾を眼の前で動かしてやると眼が左右に移動するD級能力者‥‥‥うわ、丸わかりッス。

 ちょっと楽しい。

 そういえば今の自分の服装は寒空の中にしては、軽装ッスねぇ‥‥任務用の服だから‥機能美であり、造形美は皆無。

 腕に抱かれながら思う、この人間と、このD級能力者と、こんなにも長々と喋ったのは初めてだ、そもそも汪去は父親意外のオスとまともに
会話したことが無い。

 ドクンッ

 意識すると急に心臓が大きく高鳴った、焦るな汪去、いやいや、焦る必要性は何処にもないじゃないッスか!?

 自分を抱え込んでいる主は別に行きたい場所があるわけではないらしく、真っ直ぐに人々を掻き分けてゆったりと歩く。

「言ってる意味が良くわからんが、差異たちは何でも上手に行えるって思うしな、俺が意識して感化する必要は、わからねぇか?」

「あっ、うん、いや、えーっと、ッス」

「‥‥結局、ッスしか言ってねぇーじゃん」

 空に微かに星が散りばめられている、夕焼けと夜の間の僅かな空間、誰もそんなことを意識せずに道を歩く。

「しかし、軽いな、そんなんで肉食獣やってられるのか?‥あぁ、肉食獣って逆に身軽なのか」

「女に問いかける言葉じゃないッスよ、えーっと、D級‥ってそれもいい加減やめるッスかねぇ‥きょーすけ?」

「呼び捨てかよ、いいよいいよ、居候相手に気使われるの嫌だし」

 んっしょと、崩れ落ちそうになった汪去の体を再度持ち上げてバランスをはかる、暖かい。

 今の状況はほんっとーーーーに、何なのかわけがわからない‥そういえば先ほど高鳴った心臓はいつ気まぐれで死を発動されるかわからないものだ。

 それが多分、今の状況を形作った最初の事情なんだろうか。

「な、なぁなぁ、そういや、お前って何で鬼島に入ってたんだ?遠離近人が鬼島にいるなんてあまり聞いたことねぇし」

「今、横を通りかかった男性に”こいつロリコンで、コスプレを強要した幼女をさらに誘拐してんじゃね?”見たいな視線で見られて誤魔化すように話題を急に出した見たいッスね、おもしろい程にわかりやすい人ッスねぇ、きょーすけは人に騙されるタイプッスね、うん」

「くっ、そんなことはない!って、もう力が入るだろう?おりろ」

「いや、それがまったくもって、だから尻尾を安易に掴むなと言ったじゃないッスか‥‥」

 体に力を入れたら、まあ、動けるとわかるけど、楽だしこのままで良いかなーと思う、最近自分は体を酷使しすぎている。

 しかも、その間のストレスが多いこと多いこと、虎の自慢の黄金色の毛並みに何か異常があったらショックでかい。

 ストレスは今日ぐらい解消したいし、思えば先ほどまでは戦闘に巻き込まれたいとか、そんな事を考えていた。

 そしたら思いっきり暴れてストレスを解消できるし、A級やらB級ならこの前のように返り討ちにあう心配もないし。

 しかし、今はこれはこれで何だか落ち着くッスね、他者の体はこんなにも温いっていうか熱いッスね、初体験。

「何だか、お前って虎って言うよりは猫みたい、少しして馴れたらじゃれるし」

「じゃれて無いッス、今だけ構ってやってるッス、あんまり調子にのらないよーに」

「のってねぇ、急に喋るようになったし、持ち上げても怒んないじゃんか、じゃれてるよソレ」

「があーーー、じゃれてねぇーーッス!」

 ジタバタジタバタジタバタ。

「おぉぉぉっ!?暴れんな、お前の本気のパンチが当たったら死にますよ俺!?」

「だいじょうぶ、手は抜いてやってるッスよ!」

「ほら、だからそれはじゃれてるんじゃねぇの?」

 意地の悪い笑みで覗き込まれる、尻尾ぴーーーーーん!

「調子のんなーーーーーー!」

 同じようなやりとりをしながら歩くのも、そこそこの心地よさ、いつの間にか頬の紅潮も‥‥さらに酷くなってない?

 じたばた。



「きょーすけ?」

 暫く同じやりとりをして歩いていたら、途端にきょーすけが喋らなくなった。

 抱え込まれているので、表情が掴めない‥それでも何処か安心して胸元でうとうとしている。

 タンタンっとトントンッと道を歩くテンポで体が揺られる、時折、段差をあがるときの大きなゆれが心地よい。

 会話は無くても何処か安心している自分、えーーっと、おかしいッスね。

 眼をゆっくりと開けると先ほどの大きな商店街とは違う、何処か陰気な空気を有した路地裏みたいな場所。

 首を傾げる、きょーすけは何でこんな所に来たんだろう?大きな疑問、口にして再度”きょーすけ?”

 動かないきょーすけ、歩を進めることもやめて虚空を睨み付けているようだ、違う、路地の奥に何かが立っている。

 ”そいつ”は不思議そうに汪去を、いや、恭輔を見つめていた、フーーーッ、先ほどの冗談とは違い本気で尻尾が逆立つ。

 タンッ、きょーすけの体を押しやって前方に立つ、表情は見えないが今はそんな事に構っている暇もなさそうだ。

「‥‥‥何の因果かわかんないッスけど、どうやら、落ちついてうとうとも出来ねぇーってやつッスか?‥勘弁して欲しいッスよ」

 自分の体が自然ときょーすけと先ほど初めて名を呼んだ人間を庇って立っていることに汪去はまだ気づいていない。

 まだ気づいていない。



 F4と、名づけられたそれは路地裏で何をするわけでもなく震えていた。

 いざ移動しようと思ってみれば周囲に大量の”鬼島”の気配、動いたらすぐに場所がばれてしまう。

 夕焼けに支配された空を、黒が支配する夜の時間帯まで、ただボーっとみあげる、鬼島の連中が去るまでの暇つぶし。

 どうせ虱潰し的に自分を探しているのだろう、すぐにここにまで来ないのが証拠、検索系の能力者はいないらしい。

 早く去れ、去れ、去れ、それだけを念じながらただジッとする、一日前に吐き出した血は黒を通り越して染みに‥独特の色で地面に。

 そういえば、ここに既に一日半もいるのに誰も来ないな、よっぽど普通の人間からしたら陰湿な場所なのだろうか?

 自分は結構落ち着いて腰を据えているのを考えると、肌に合うらしいのだけれど。

 ザワッ。

 髪の毛が一瞬、何かに反応するように震えた、”えっ?”口から恐らく初めてであろう疑問の言葉がもれていた。

 顔をあげる、そう、あげないと。

 ”そこに、もう、わけがわからぬもの、がいた”

 今まで、実験と‥その名の下に数々の異端と戦闘を行ってきたが、目の前の存在はその中のどれとも違う。

「‥‥‥何の因果かわかんないッスけど、どうやら、落ちついてうとうとも出来ねぇーってやつッスか?‥勘弁して欲しいッスよ」

 その”わけがわからぬもの”の体から少女の姿をした存在が地面に降り立つのが見える、わかる、あれは遠離近人だ。

 確か王虎族、対峙するだけでその強さがわかる‥‥本当に強い、流石は最強種の一つ、だがそれよりも。

「‥‥‥ダレ?」

 初めての自分が口にした疑問に、”わけがわからぬもの”の口が大きく吊りあがるのが見えた。

 恭輔と名を持つ異端と、恋世界から生み出された異端の少女。

 虎を挟み対峙。



[1513] Re[20]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/15 13:58
 虎として強くあれと父は言った、メスとして弱くありなさいと母は言った。

 ”いみがわかんねぇーッス、むじゅんッスよ”

 幼心に成熟した部分を持っていた自分は両親を責めるように問いかけた。

 まだ、何も知らないのに、自分は虎だと、そんなプライドで凝り固められた子供だったのだ。

 そんな自分の問いに、二人‥‥二匹は困ったように月を見上げた、蒼い月の夜だったのを忘れてはいない。

 燃えるような赤い月、それと同じように、完全にまでに空を支配する淡く蒼い光を放つ月、赤とは違い穏やかだが絶対的な圧倒さがそこにある。

『‥‥お前には、我らが誇りの名を与えた‥‥汪去』

『そうです、それは何のために?‥わかりますか?‥‥雄大なるこの大地の中で、悠久に血を重ねてゆくため』

 見渡す、小高い丘から見渡すと多くの遠離近人が群れごとに幾つかのグループで存在しており、頭を一斉に下げるのがわかる。

 そして淡い月の下に大量の影が地面に伸び、恥ずかしながらも少し怖くて父親の後ろに隠れてしまう、まだ口だけが達者な子供なのだ。

『ふははははっ、照れるな、恥じるな、誰もお前を繋ぎとめてはおけんよ、汪去ッ!後ろに下がらずに、前に立て』

 厚い胸板をフンッと鼻を鳴らし誇示するように立つ父、母親がその横でやれやれとため息を吐くのがわかる。

 子供心に対照的な夫婦だなと感心していたり。

『父上の言う事など信じてはなりませんよ汪去、女性は逆に繋ぎとめられることが幸せなこともあるのですよ‥‥ええ』

 頭を撫でられる、父親の手はゴツゴツして毛並みをグチャグチャにするので嫌いだったが、母親の白く細い手は優しく毛を正してくれるので好きだった。

『それは虎としてもですよ、汪去、それを選ぶのは貴方ですよ‥父でも母でも無く、貴方が選びなさい、その結果どうなろうとも、自分に嘯かない生き方は虎としての誇りを失わせないはずです』

 母は笑い、今度は父親がやれやれとため息を吐く。

 ”そんなむずかしいことをいわれてもがきのおうこにはわかんないっす”

 汪去の言葉に今度は父も母も二人とも苦笑した。

 幸せな時間だったのだと改めて自覚する、そんな時間だった。



「‥‥‥‥‥能力者‥‥にしては匂いが”あやふや”ッスね‥‥‥鬼島の匂いがするのは、所属は何処ッスか?」

 構えを解かずに突然の対峙者に問いかける、ゆらりと右によろめいただけで返事は無く、少し苛立つ。

 カランッ、空き缶が風に吹かれコロコロと転がる、コロコロと大通りの、明るい商店街へ、急くように転げて逃げる。

 コロコロ、カンッ、しかし、同じように地面に停滞していた同属の空き缶にぶつかり、動きを止めてしまう。

「‥‥ダレ?」

 そんな一連の下らない出来事を黙って見つめていたそいつは、不思議そうに、問いかけを発する。

 ”ダレ?”

 それは誰に対しての問いかけなんだろうと、ちゃんと聞くべきか疑問に思いながら眼の前の対峙者を改めて睨み付ける。

 真っ白な服、服というよりは大きな布を体に巻きつけた簡易なもの、所々の洒落た刺繍は間違い無しに人間の血液。

 また血臭に混じって何処か消毒液のような、薬品の匂いがする、鼻の奥のほうがツーンと震えるような独特の匂い。

 その布の中から覗くのは金色の光を鮮やかに放つ二つの瞳、実に鮮やか、しかしまったくもって不可解な疑問を持っているような。

 肌はその身を包む白い布と変わらずに異常なまでに白い、否、不健康な青白さを持っている‥薄く血管が透けてみえ、まったく戦闘には向いていない印象を与えてくる。

 地面を引きずるまでに伸びた錆びれたような髪は様々な色合いを濁したような、そんな独特な”濃さ”を持っている、綺麗とは言えない色。

 幼いながらも顔立ちは美麗と他者に感じさせるには十分な造形をしている、ただし、そこにそれを壊す要らぬものが付いていなければだが。

 白い額に何かの咎人のように、罪人のように、何か我が身の美しさを邪魔することで誰かに媚びるように‥‥『F4』と赤い文字が刻まれ。

 商品に対するそれのように”記入”されている。

 しかしまあ、見かけだけで言えばあの自分を負かしたSS級の儚さや可憐さも同質と言えば同質であるし、自分自身も傍目から見れば幼子に
しか見えないだろうし。

 でも今回の相手は、わけがわかんないッスね‥きょーすけを背負って逃げる?‥‥でも、相手は完全に何かしらこっちに固執してるようッスし‥逃げられないッスかねぇ。

「ダレ?」

「さあ?‥‥お前は、大体、なんとなくわかる、知った空気を感じるけど‥‥誰だったかな?‥凄く愛してたと思うけど」

 そんな自分の横で色を持たない瞳でパクパクッとコロッケを食しながらきょーすけが不可解な、恋愛ドラマのような台詞を呟く。

 あのSS級を突然呼び出したときと同じ、何かそこに存在しないような独特の空気を纏っている。

 自分の理解できる範疇に無い、時間をきょーすけが稼いでくれるならば、自分はここから逃げ出すための‥もしくは戦うための策を模索するのみ。

 相手があまりにもどのような存在がわからないのが、今の自信の無さを提示している。

「??‥‥‥コイセカイ?‥‥‥‥シッテイル?‥‥アレヲアイシテルト‥あ、アナタは言いますカッ?」

 言葉が僅かながら明確になる、それは規格の外なるものを見るような訝しげな視線をして唖然としているようだ。

「コイセカイ?‥こい、恋、恋世界?‥‥、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界?‥知ってるけど知らない、覚えてるけど思い出さない、感じてるけど感じていないと思っている、ごめんな恋世界‥‥」

「‥あ、アレは悪魔ですヨッ?‥ソレを、アナタはアイシテいるとッ?ココロがオカシイ?」

 バサッ。



 バサッと頭に被せていた白い布が地面に落ちる、その誰もが一瞬、美しさに眼を奪われるであろう少女の姿も。

 少年には過去に何度も身を抱き、見知った姿であるからして、己の従属部分であった存在と同じ容姿であるために、何も感慨は無い。

 記憶無くしても、思うは、低俗な模造品‥‥我が恋世界は至上にして最高の存在だったはず。

 違う、違う、違う‥眼の前の存在は違う‥そんなことを感じては駄目だ、恋世界?‥誰だよ、何で俺が他者を軽蔑することが可能なんだよ。

 美しいじゃないか‥‥額に書かれる記号の羅列が唯一の邪魔と言えば邪魔だが‥眼の前の存在は十分に美しいと思えるではないか。

 それを今、自分は何と比較して馬鹿にした?恋世界?‥しらねぇよ、聞いた事が無い‥自分は‥何を口にしていた?

”さあ?‥‥お前は、大体、なんとなくわかる、知った空気を感じるけど‥‥誰だったかな?‥凄く愛してたと思うけど”

”コイセカイ?‥こい、恋、恋世界?‥‥、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界?‥知ってるけど知らない、覚えてるけど思い出さない、感じてるけど感じていないと思っている、ごめんな恋世界‥‥”

 何の事だ、自分で自分が理解できない。

「きょーすけ?‥どうしたッスか?‥いや、様子はおかしかったッスけど、顔が‥青いッスよ、きょーすけ?」

 自分の前に立つ少女が心配そうに言葉を発する、汗がダラダラと、背中に広がり、陰湿なこの場の空気と合わさって何処か痒いような感覚を覚えさせる。

「大丈夫、大丈夫だ、えっと、眼の前のあの子は誰だ?‥つうかここは何処?」

「‥‥はぁ、わかんないッスよ、とりあえずきょーすけの言葉に激しく敵意を出しているようッスけど?」

 言われてみれば、目の前の謎の少女は、激しい敵意の情を込めながら自分を睨み付けている、怖いというよりは冷たいものを感じさせる。

「‥‥うぉっ!?‥‥何かした俺?‥‥えっ」

 バシッ

 言葉を続けようとして、鈍い破裂音に肩を震わす、何だ?‥‥疑問を感じさせる音と共に自分の首もとに迫った少女の手を。

 虎が何気ないような、そんな顔で止めているのが唯一の理解できること、謎の少女が一足で、一跳でここまで来たことなどは想像出来る範疇。

 どんな跳躍力だよ。

「あー、せめて戦闘始めるなら汪去に断って欲しいんッスけど‥ほい」

 細く、白い右足を宙にプラプラとさせ、何度かそうやって遊んだ後に、鞭のようにしならせて少女の腹に蹴りを、それは吸い込まれるように命中する。

 カランっと、先ほどまで動きを止めていた空き缶が空気を震わす衝撃音で一回りする、虎の一撃は少女の唖然とした顔を侮辱するように圧倒的な威力を誇り吹き飛ばす。

 10歩ほど先に吹き飛ぶ少女を追及することなく尻尾を揺らす汪去、眼は細められ、相手を宙に舞わせた右足は変わらずにプラプラと。

 軸となった左足は地面を抉るように沈んでいる。

「護衛役を無視するのは‥‥どうッスかね?‥‥能力使うならさっさと行使するッス、肉弾戦で王虎族に勝つのは‥難しいッスよ」

「‥イタイ‥‥イタイ‥イタイ?‥‥アナタは、とてもツヨイネ‥‥‥関心ッ‥あふ」

 ケホッ、口から血を吐き出しながら少女は、本当に無邪気に感心している、暫し自分の存在は忘れてくれるようだ。

「つうか、お前のキックの威力ありえなくないか?‥‥‥‥」

「このしなやかな足が、素敵で無敵な威力をッスね‥‥って今は戦闘中ッス、非戦闘員は隠れておくよーに」

「‥‥‥男して情けないけど、戦闘の邪魔は駄目だし、了解だな」

 今の状況からして急いで隠れても、何処かに隠れても状況の変化も望めないと考え、少しだけ後ろにさらに下がる。

 虎を信じる。

「ノウリョク‥‥使うヨッ?‥‥ははっ、」

 ガクンッと前のめりに倒れそうになる少女、意識的にそれを行った少女の唇は微かに吊りあげられ三日月に。

 右手を何かを招くようにめきめきと数度蠢かすと、ミィミィと蝉のような何とも言えない音を発しながら何かの字が浮かび上がる。

『水による安楽なる死』‥その文字が浮かび上がると同時にズンッと、右手に気味が悪いほどに突然に水が収束される、鋭利とは違い非科学的な突然の水の出現。

 さらに同じように左手を数度蠢かす『炎による苦しみの中の死』、想像なんてしたくないのに‥‥何かしらの法則に従った人口炎が吹き上がる、無論少女の体に火傷など負わせるはずが無い。

 さらに右足に『刃による刹那なる死』左足に『毒による不明の死』その言葉通りに右足の膝からメキュメキュと肉を裂き、血を噴出させながら淡い紫色の不気味な刀身を出現させ。

 左足は急に色が、透けるように白かった足は、濃い緑色の不気味たる毒を有するに相応しい色に変化する。

「んッ‥‥ッァ‥‥‥あは、あはははははははははははは」

 両の肩には『気紛れたる翼に落とされたる死』‥‥‥体を震わせながら、刀身のときとは違い体に比例していない質量の、翼が現れる。

 ベキッと、翼の横に気紛れなペースで鋭く尖ったナイフが幾重にも重ねて出現『刺死』とブゥンと鈍い音を放つながら己の意味を字に込める。

 ゴキュッ、可愛らしく、愛らしいと感じさせるまだ”凹凸”をまったく感じさせない小ぶりなお尻、それとの腰の中間地点から。

 『化け物による鋭き牙に噛みつかれたる死』背中にかけての大量の文字、それが白い肌に浮かび上がると同時に。

 いや、そこまでの現象などどうでもよく、結果による巨大な牙と口を持った何とも言えない黒き怪物、少女の小柄な体の倍ほどあるそれはどちらが本体かわからなく、迷わせる巨大な化け物。

 元の色がわからぬほどに、錆びれあげた髪には『細き硬き鉄の如き糸による死』壁際までザザーッと広がり、辺りの雑草を切り裂きながら広がる。

 隠れていたであろう子猫の上半身がポロッと、玩具からネジが外れるような簡易さで、笑えるような事実を持って転げ落ちる。

 異常の変化は以上での終わりを向かえ、それはあまりにも、想像とは違う形。

「ほーーっ、こいつはまた、何というか、破天荒な能力があったものッスね」

 まるで白紙に描かれた”適当に、無邪気に書かれた死の可能性”‥‥俺の所まで髪来なくて良かったと‥。

「‥‥‥‥コイセカイのカンイノウリョク‥‥ですっ‥‥無限白死(むげんはくし)」

 少女の白き、白紙の如き肌であるノートに書かれた様々な可能性の死の出現、なるほど‥‥‥‥しかしこれでは4種類に大別される能力を全て備えている。

 中間の能力ではなくて、全ての能力を網羅してのあの姿、それだけで少女の不気味な姿が微かに美しきものに感じさせる。

 しかし、汪去は、差異を眼にしたときのように焦ることなく、ただ尻尾を揺らすのみ‥‥か、勝てるのか?

 そもそも戦う理由が不可解で、意味不明なのが疑問だけれど、眼の前の化け物少女は俺を敵視していて、汪去は俺を護ってくれるらしい。

 変な、危ない状況なのに少しにやけてしまう‥‥最低な俺を発見。

「さっさと来いッス‥‥圧倒的な能力らしいッスけど、何故かそこまであなたに危機感を感じないのが不思議ッスねぇ」

 空気を切り裂く、鋭利たる髪の毛をかわしながら汪去は壁をタンッと蹴上げて宙をクルクルと回転する、髪は全てその一瞬で爪に切り落とされ地に伏せる。

 落ちた糸が地面に転がる石をパカッと二つに割るのがかなり怖い。

 消える、一つ目の死の『細き鉄の如き糸による死』、それから再生もせず、そのままで‥‥まずは一つ目。

「ほいほいっと、強いッスけど‥‥‥まあ、選択結果ほどの純然たる脅威は無いッスね」

 爪から淡く光る‥‥‥虎の爪の沿線上に伸びきった青白き怏々たる気を放つ光の爪。

 迫りくる、少女の尾のように伸びきった黒き化け物が路地裏の空間で狭苦しそうに身を震わせながら汪去に肉薄する。

 化け物の牙を己が身を限界まで地に伏せて交わしながら右方向に一回転して冷静に次の動きを観察する、獲物を狙う虎の動き。

「曖昧な、その場での死を己の身に刻むならもっと物事を知るべきッスよ‥‥虎相手に肉食獣っぽいの呼び出して爪や牙で勝負ってのは‥‥笑えるほどに無知ッス」

 バゴッ!!立ち上がると同時に化け物の顎を蹴り上げながら後ろに半歩後退、さらにそこから猫の如き俊足さで敵の喉元に迫り。

 右手を一閃。

”ぐぎゃあぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?”

 怪しい色彩の血を放ちながらのた打ち回る化け物、衝撃は少女には伝わらないらしくその場に微動だにせず立つのみ。

 やがて消え去る化け物、左右の壁の深く削れた部分と、地に残る微かな残骸がつい先ほどまで存在していた証明。

「‥‥‥す‥‥ごい‥‥シッポの‥バケモノ、キえャッタ‥‥」

 今だに、曖昧な言葉しか持てない少女は呆然と呟く、俺も少しながら‥かなり呆然としている‥ここまで強さを持った人型たちは。

 やっぱり綺麗だから。

「その炎でも、極限に圧縮された水でも‥近距離と同時に後方で使えばよいのに‥思考が子供ッスか?‥‥」

「‥‥‥アアッ、習ったヨッ、このトキの、対処のシカタ‥‥そうデスね、ヨワイホウをッ」

 そう聞こえたと同時に『気紛れたる翼に落とされたる死』‥‥翼としてあり得ないほどに重量のある何百キロもする圧倒的な死が。

 俺の上に、すぐそばに迫っていた‥ああっ、あの巨大さなら振り落としただけでここまで届くんだ、停滞した空気の中で思う、

 その停滞した空気すら切り裂き迫る轟翼。

「きょーすけ!?」

 駆けつけようとする汪去の姿が、物凄く印象的なんだなと、少し涙目で。

 そんな顔されるってことは俺死ぬんじゃないか?

 そんな暢気な事を”一瞬”考えた。



[1513] Re[21]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/15 19:30
 純白たる死とは、意識が真っ白に染まった瞬間に殺されることを言うのだろうか?

 よろめく様に刹那に後退していた足が、死と生を区別した。

 ズシャァアアアアアアアアアアアア、鋭利な刃物が身を切り裂く、翼の僅か先の、もっとも鋭き部分が身を裂いた。

 真っ赤に染まる視界、真っ白で何も考えられない思考‥‥えっと小さく呟いてから、膝を折る。

 地面に倒れこむ。

「きょーすけ!?」

 駆けつける少女に、苦笑しようとしてうまく出来ずに、息を荒く吸い込む。

 すり汚れた地面は誰のものと知れないゴミや、長い年月により僅かながら亀裂が入っており、酷い臭いがする。

 そんなものが原因ではなく、自分の暖かい血液が汚らわしい地面に沈んで、臭いを放っているのが原因だと気づくには僅かながら時間が必要だった。

「きょーすけ?きょーすけ、ちょ、だ、大丈夫ッスか!?」

 上半身を持ち上げられ、見つめられ、微かに頷いてやる、大丈夫、死んじゃいない。

「っ‥、痛ッ?‥‥大丈夫じゃないけど‥‥病院行った方がよくね?」

 右肩の傷口を手で強く握り締めながら今度は上手に苦笑、おーおー、泣いてやがんの。

 ポロポロと涙を流されても対処の仕方がわからずに、あたふたする‥血も流れるし。

「スキだらけですヨッ?」

 あははははははっと、我が身を抱きしめながら哄笑する化け物少女、めきょと青白い頬が肥大化する。

 『火薬にやる被弾を、これこそ科学なる死』蝉の鳴き声と同じような物音を発しながらベキョっと頬から銃身が出現する。

 それに伴うように辺りの血管がドクドクと激しく脈動して、少女の恐ろしいまでに整った容姿と合わさって、生理的嫌悪感を抱かせる。

 そこから飛び出る、銀色の光を放つ人殺し特化兵器、虎も射止めるために使うべく銃に込められし銀の弾。

 同時に手から泉のように溢れ出ていた炎も投げる、空気が燃え、銀の線に続くような形で‥‥面積的に広範囲、逃げ場なし。

 迫る銀弾と炎。



「ッ!?ちょっと我慢するッス」

 きょーすけを肩に担いで飛ぶ、全力でのそれは、力を込める前座的行動の時点で地面を深く抉る。

 決められし認識など無しに、ただ高く飛ぶ。

 チンッと、飛ぶのが、やはり間に合わず‥に左手を銀の弾が一瞬過ぎる、鋭い痛み。

「ッぁ」

 僅かながらに顔を顰めて構わずに、炎を避ける、ザーーーーッと空気と地を焦がしながら炎が先ほどまで自分がいた場所を侵食する。

 炎、それに特化した能力者よりも下手をすれば強力かもしれない青白い炎。

「アタッタ?‥‥当たっタッ‥‥‥ヤッパリですッ、ヨワイ方をネラエバあたりますかっ?」

 銃を己の頬に埋没させながら微笑みかけてくる敵、痛みを我慢して地面に着地して睨み付ける。

 貫通している‥‥もしくは貫通した弾はいまだにギュルギュルと回転しながら壁にのめり込んでいる、まだ止まらない。

「きょーすけ?‥‥まだ意識はあるッスか?」

「うーし、かなりヤバイかもなぁ‥‥今飛んだの結構辛かったし、お前こそ、大丈夫か?‥‥っは」

 左手を持たれて、微かにドキッとして引こうとする、そんな事態では今は無い、しかも敵の少女も不思議そうにきょーすけのその行動を見つめている、攻撃はしない。

「大丈夫ッスよ、回復に関してもそんじょそこらの遠離近人に遅れはとらないッスからねぇ‥しかし、重荷がいる戦闘がこんなにも辛いとは‥護る戦いは初めてなのが仇となったッスね」

「っ‥あ‥‥傷も痛いけど、言葉も痛いな‥‥差異も‥沙希も‥‥鋭利も‥今から駆けつけるには、遠いし、何かしてるな」

 何処か楽観した様に状況をのべるきょーすけ、そもそも何故に皆の位置がわかるのかは問いかけない。

 しかし、その言葉は恐らく事実なのだろうと、認めても状況は変わらない。

 顔が青白いきょーすけ、己の傷跡から吹き出る血に恐怖を感じているのかガタガタと小刻みに震えている‥口は強気だが、やはり弱さが目立つ。

 どうする?

「そのヒト、キケンですヨッ?‥かばッても、アナタには、やくさい、のみが来ますヨッ?」

「テメェのほうが災いだと汪去は思うのですが?‥‥そもそも、何で、きょーすけに攻撃をするんッスか?」

 ずっと思っていた疑問を吐きながらも時間を、今は‥今の状況じゃ勝つことは出来てもきょーすけが死ぬ。

 それは駄目だ。

「そのヒトは、ヒトはデスネッ‥‥危険ですヨッ?‥つくられた、この身ノやくさいとは違うデスヨッ、天然の、サイヤク‥災厄、コイセカイヲモ‥オソレテイナイノガしょうこっ?」

 『滅びたる触手を地を這い、相手を絞殺による死』髪に浮かび上がる呪い文字、それに伴ってやはり、髪が蚯蚓(みみず)のように図太く肥えてゆく。

 それがヒュンと僅かな空気との摩擦音を発しながら、来る。

「わけがわかんねぇッスよッ!!」

 光の爪を拭うと、緑色の体液を吐き出して蚯蚓はそれでも食いつこうと地を”ビタンッ”と跳ねる、見た目とは違い生命力あふれる仕草。

「危険、危険、危険、って誰が勝手に決めてるんッスか!そっちの都合でこっちの日常食いつぶされたらたまらないんッスよ!」

 ”『虎は危険だから』”

 一瞬だけ過ぎる言葉を食いちぎり、きょーすけを置いて一気に勝負を決めるために走る、少女の不思議そうに覗き込む、こちらの都合を顧みない顔を殴るため。

 ”D級で、それだけの理由で殺そうとした自分は、何ッスか?”

「っ!?」

 そんな事考えなければいいのに、それを思考してしまった自分が憎らしい‥‥きっと自分は後にそう思うだろう。

 ”左目からの隙を刺すべく圧倒な、剣を持っての惨殺死”

 ズうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう、ギシャァアアアアアアアアアアアアアア、粘液を放ちながら左目からの雄雄しい刀身が。

 肉薄する自分の左わき腹を、抉る、ただ抉るのみ、それは血を空にばら撒きながら回転して地面に突き刺さる。

 人の形状などまったく無視した、攻撃とも言えない、ただの射的、剣を粘液を撒き散らしながら左目から飛ばすだけで。

 ドリルのようにソレを飛ばすだけで、自分は先ほどまでの肉薄した速さと同じかそれ以上を持って後方に吹っ飛ぶ。

「?‥‥不可解に、ウゴキヲ止めましたネッ?‥‥わからないけど、隙ですカッ?そうですよッねッ、ネッ‥あはっ♪」

 ”右目からの後退するソレを射抜くべく、重き斧よ横回転しながら身を‥死”

 ブニブニブニュ、右目に長き言葉、やはり、同じくして斧が肉を引き裂きながらの出現、糸のような粘液が絡みつく。

 それを首を軽く動かして飛ばす‥‥意識が薄くなりながらも、それが己の腹にのめり込むのが感じられた。

 ちくしょう。



「‥‥‥汪去?」

 眼の前に吹き飛んできた少女‥動かない、地面で自分の血と、少女の血が混ざる。

「お、おいっ、汪去!‥‥ッ、お、おい」

 身を引きずりながら、少女に近寄る、白く猫のように機能美に満ちた引き締まった腹にさらにのめり込もうとする斧が。

 それが眼に入ったと同時に、自分の傷も忘れて駆け寄る、抜けろ、抜けろ、抜けろ‥くそっ、血が抜けたせいで力が入らない。

「あははははははっははっ、ドコかにヨワサ、‥‥弱さがありましたヨッ?‥ふう、ソレジャア、勝てませンヨッ?」

 錆付きの髪をかきあげながら笑う少女に、身を震えると同時に、それよりも。

「お、俺を殺したいのなら、殺せばいいっ、この斧だから外せッ!外せよ!‥くそっ、滑る、血、‥聞いてるのかオイッ!」

 ”コロサナイ、だけど射抜け矢、それによる死は回避”

「がっ!?」

 ゴッ、髪の毛にまき付けながらも矢が、黒々とした矢が己の両足を突きつけて、張った糸により身を封じられる。

 そんなことよりも斧をどうにかしないと、死ぬ、本当に先ほどまで一緒にいた存在が死ぬ。

「コロシマセンヨッ、貴方の頭を覗き込むですネッ、きっと、あのコイ世界のじゃくてんもわかりますヨネッ?」

 ズズッとさらに髪による糸を張りながらペタペタ素足で歩きながら近づいてくる、毒を有した足により地面が悲鳴をあげる。

「なに意味わかんねぇ事言ってんだよ!ちょ、マジでこれをどうにかしろ!‥痛っ‥痛い‥‥痛い、早く汪去からその馬鹿でけぇ斧を消せ!」

「‥‥ドウセしにますよッ?‥‥シカタ無いですよッ、それならば、あははは、イイデスヨッ」

 空気に溶けるように斧が消える、それが、逆に残酷な傷口をマジマジと見せられる形になって‥さらに吐き気がする。

 そうやって思う、自分の弱さが腹立つ。

「ンッ、ハァ‥‥‥ソレデハ、覗きますヨッ?‥これからの、ジブンノミノ振り方のために‥そうせざる終えないのですかラッ」

 トンッと抱きしめるように腹に乗られる、こちらの瞳を金色の瞳で覗き込まれる。

 十にも満たない少女の体は、普通な暖かさで、それは何のために?‥下らない思考をかき消すように白い手で頭を持たれ。

 ”この記憶による恋世界にジュンスイたる死を”

 ズズッと脳に、脳?‥‥その時点で混乱、焼きつくような痛みに意識が飛びそうになる。

「‥‥アレっ?‥‥‥んっ、はぁ‥‥ナニモナイッ?‥‥えっ?」

 混乱した少女の声が耳を打つ、それで”俺”の意識は軽々と地平の彼方まで飛んだ。



「‥‥‥‥‥」

 子供のか細い、不安を感じさせる声がした‥‥眼を覚ます。

 えーっと、かなり色々痛い目にあった気がするような‥‥ここは何処ッスか?

 声のする、そちらに掻き分けるように進む、闇は恐れを抱くようにすぐに道を示してくれて。

 テクテクと足を進め、尻尾を揺らす。

 どんどんと胸がざわめくのを抑え切れない、知らずと走っていた、歩いていたら間に合わないのでは?

 わけのわからぬ不安、泣き声だと気づいたその瞬間にさらに不安は大きくなる。

 ザァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。

 景色が変わる、色を持つ、ただ黒に支配された空間に色が広がる、広大な大地が眼の前に。

『‥‥っ‥‥ぁ‥‥‥‥』

 泣いてる、声を押し殺しながらも自分にはわかる、泣いている‥知っている。

 もうこんな世界は見たくないと、”独り”になった時の夢‥‥全てを壊されて、独りになった、子虎。

 夕焼け色が血に染み渡った地すらも橙に染める、そんな中で、今よりもっともっと、肉体的にも精神的にも幼い自分。

 ”鬼島に入る前の自分”

『‥‥ちち‥‥うえ‥‥ははうえぇ‥ッあぁあああぁぁぁぁぁぁぁあぁあ』

 地面に頭を擦り付ける、何て見っとも無き姿、虎の持つ威厳もなにもない、感情に支配された泣き顔。

 こんな自分もう二度と見たくないと思った、乱雑に置かれた死体の山に縋るのは。

「‥‥何で、こんなの‥‥‥‥」

 呟く、自分の一番深いところを他者に見られたような、ジクジクと心が痛む。

『うぁ、あぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ』

 声にかき消される様に景色がまた変わる。



『‥‥‥‥‥‥』

 少年が呆然と立ち尽くしている、プラーッと天井から吊るされた縄に、テルテル坊主のようにぶらさがる人間が、二人。

『っえ?‥‥‥‥‥』

 己の両目から伝う涙を拭いながらも‥少年はべチャと自然に従い汚物を散らした地面を、歩く。

 闇の奥に微笑む人影、片方は冷然と片方は無邪気に笑いかけてくる。

 少年はわけもわからずにキョロキョロと、壊れたように周囲を見渡して、涙をさらに流す。

「これは‥‥汪去の記憶ではないッスね‥‥‥」

 自分の記憶にない光景に、尻尾を微かに威嚇で立たせるが、それよりも何故か眼の前の光景に釘付けになる。

『○○○○○○』

『■■■■■■』

 カクカクと体を抱え震える少年に悠然と近寄る二つの人影、その二人は地に広がる糞尿などものともせず、少年に近寄る。

 ゆっくりとした動作で抱きしめられる少年、それを恐怖するように首を左右に振る。

「‥‥‥‥‥‥‥」

 その光景‥眼を放せずに見つめる、何処かで見た光景だ、死体に縋ろうとする哀れな子供‥ああ、さっきの自分ッスね。

 冷静に納得する自分に微かに驚く‥そして、あぁっと、眼の前の少年が誰だかやっと理解する。

 あぁっ、そうなんだ、だからあそこまで見事にシンクロしたわけだ、自分たちは、そりゃ一時で恋愛感情っぽいのを抱くかもッス。

 同属への同情なんッスねぇ。

『あ、あっ、あっ、ッあぁぁぁぁあああああああああああああああああ』

 二人に抱きしめながら絶叫する少年、いや、きょーすけ、胸のざわめきはその光景が消えてゆこうとも、決して消えない。

 庇護を求める‥その絶叫が‥‥自分を捧げても良いと思わせる‥まともに会話して見て‥まだ一日目ッスよ?

 糞くれぇッスよ、人間の道徳観念。



 横たわる境界線を見つけました‥‥今選べるのは一つのみらしい。

「‥‥‥‥あぁ、そうか、こういう事になるわけか‥‥ははははっ、選ぶのか俺?」

 二つの境界線が見える、闇の中で”今”拭えるのは一つだけらしい。

 馬乗りの恋世界の偽造品と、心で今”繋がった”死にかけの子虎。

 さあ、選べ。

「‥‥‥こいつはまた、ははっははは、簡単じゃんかよ‥‥迷わない、俺のためだけにそこにいてくれるなら、俺の一部として全てを投げ出してくれるなら、本当に、嬉しいよ‥‥今日から、本当に、本当に、よろしくなっ」

 縞々の糸を手に掴む、誇り高き、反する明るき色と暗き色を持つ、その境界線を腕に掴む。

 自分とソレの境界から、様々な感情が、いや、深き愛情が自分へと流れてくる、我が身にするには嬉しき自己愛になるそれだ。

『あぁ、正解を選んだ見たいッスね、きょーすけ‥‥感じれる、あぁ、伝わるッスよ‥‥こんなに気持ち良いのは、初めてッス!ああぁ』

 思考が溶け合い、言葉が流れてくる、もっと、お前をよこせ、身も心も俺と一緒になれ、今の言葉すら”俺の言葉に”

『ふぁぁ、もう、強引ッスよ?‥思えば汪去たちは‥‥いや、もう、あはは、これは嬉しいッスねぇ‥‥きた、きた、きたきたきた、ふにゃぁぁ!?』

 溶け込めと、眼の前に出現した小柄な汪去を抱きしめる、抱きしめて興奮でピーンッと天をさす耳を甘噛みする、このまま噛み切って食らってやろうか?

 己の肉になるそれに性的興奮が微かに駆け巡り、笑う。

「‥汪去、あはははっ、お前の虎としての意固地さも、少女としての危うさも‥身を滅ぼしかねないほどに好きになるぞっ‥もっと、もっと”お前を”くれよ」

 他者であることが許せない、自分の一部にしたいと、強迫観念に近いそれは俺を責め立てながら汪去を我が身へと染めてゆく。

 この愛らしい尻尾を掴んでも、もう何も言わずに、汪去は恍惚そうに喉を鳴らしながら腕の中で怪しく微笑む。

 誰にもその笑みは見せるな、俺の一部として俺だけに。

 独占欲、己の身だから仕方ないではないか、己の心になりつつあるからして仕方ないではないか、小さな誇り高き虎は俺だけのために。

『あっぁぁ‥‥‥汪去は愛玩用としても、機能としても、相性抜群ッスね‥‥‥』

 凶暴な肉食獣は喉を鳴らしながら俺の首元に軽くカプッと甘噛みした‥それが合図のように。

 溶け合った。

『きょーすけぇ』

 ゴロゴロ喉がなる‥‥そして一人と一匹が覚醒する。

 ゴロゴロ。



[1513] Re[22]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/17 15:40
「‥‥‥こいつはまた、ははっははは、簡単じゃんかよ‥‥迷わない、俺のためだけにそこにいてくれるなら、俺の一部として全てを投げ出してくれるなら、本当に、嬉しいよ‥‥今日から、本当に、本当に、よろしくなっ」

 膝を抱えて眠っていると、声が聞こえた、その声の主にゆっくり近づく、もう、既に境界線はそこに浮き出ている。

 そして掴まれて薙ぎ払われる‥‥それは自分が望んだ結果に結びつくのだ。

 歓喜で体がしなる、選ばれた歓喜、その精神に溶け込む‥‥圧倒的な歓喜、彼に同情した瞬間から既に決まっていた結果。

 もしかしたら出会ったあの時から、この結果は決まっていたのかもしれない。

『あぁ、正解を選んだ見たいッスね、きょーすけ‥‥感じれる、あぁ、伝わるッスよ‥‥こんなに気持ち良いのは、初めてッス!ああぁ』

 うっとりとしながら、流れてくる彼の全てを優しく抱擁して、受け入れてやる、圧倒的に流れ込んでくるそれは、精神をその色に、きょーすけの色に染めてゆく。

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、心臓が高鳴る、今は意識体だけなのに、確かに感じる血を巡るための鼓動‥‥今、自分は興奮の中にいる。

 自分の精神が物凄いはやさで、吸収されてゆく、一瞬その不躾さにムッとするも、もう仕方ない、愛しい。

『ふぁぁ、もう、強引ッスよ?‥思えば汪去たちは‥‥いや、もう、あはは、これは嬉しいッスねぇ‥‥きた、きた、きたきたきた、ふにゃぁぁ!?』

 続く言葉は”こうなる運命”そんな、柄にもなく乙女な思考、そしてその発言を強制的に終わらせるきょーすけの精神、いや、精神と思わしき”何か”

 貪欲なまでに、それは汪去の全てを求める。

「‥汪去、あはははっ、お前の虎としての意固地さも、少女としての危うさも‥身を滅ぼしかねないほどに好きになるぞっ‥もっと、もっと”お前を”くれよ」

 自分の全てを肯定する愛の囁き、無論、当たり前に自分に与えられる言葉だ、自分自身を賞賛し、愛しいと感じてくれる言葉。

 このような幸せは何処にも無く、故に自分は完全に彼を肯定し、その一部になることを盲信なまでに望むのだ。

 自分の人生で最高まで達した、限界まで張った尻尾を乱暴に、ギュッと掴まれる、背筋を電気のように、ビビッと快感が駆け巡り。

 情けなく”ふにゃ”と胸元に甘えてしまう、カタカタッと震える体を抱きしめられて、安心の中でビクビクッと阿呆のように、それだけを繰り返す。

 そして髪の毛をツーと舌で舐めたあとに、きょーすけの視線が自分の耳でとまるのがわかる、尻尾と同じく限界まで天を目指すように張っている。

 ドキドキと高鳴る、やはり”流れてくる”感情にきょーすけの次の行動を理解して、微笑んでやる‥‥するとハムッと甘えるように耳を噛まれる。

 かみかみと何度も優しく噛まれて、その中に突然不安を感じさせるような、噛み千切るような強くされる時が‥ふぁ。

『あっぁぁ‥‥‥汪去は愛玩用としても、機能としても、相性抜群ッスね‥‥‥』

 流れてくる全てに身を震わせながらも背伸びするようにして、きょーすけの首元に噛み付く。

 肉食獣の自分のその行動に安堵したようにきょーすけは微笑む、お互いの心と体が大きくドクンッと震える。

 全てがきょーすけに染まる、過去のことも今のことも未来のことも、何もかもがきょーすけのための思考に切り替わる。

 あの夕焼けに染められた悲しみの世界すら、彼の‥”己”のためなら乗り越える、それはもう、嘆かないために、自分が彼を護る部分に。

 護る、心も、体も、全てを護ってやるのだと、虎の全てを捧げつくして、この牙も爪も、きょーすけの敵を倒すために。

 我が身が虎として生まれたのはきょーすけのため、そう、そうなのだと、牙が僅かに首に、体が大きく震えると同時に入り込む。

 きょーすけの血をぺチャと極上のミルクのように、意識が。

『きょーすけぇ』

 ゆっくりと目覚め行く現実世界を意識しながら‥ゴロゴロと鳴く。

 尻尾が嘘みたいに左右に揺れながら、もう負けることは無いと自覚した。




「ッ、なっ、いきているのですカッ!?うわァ!?」

 馬乗りするように、動きを封じていた青年が突然に眼を開けたと同時に、彼の頭にのめり込んでいた両手が横にクルクルと回転しながら飛んでゆくのがわかる‥‥青年を封じていた髪もパラパラと、散る。

 青い光が閃光のように、それこそこちらが意識出来ないほどの速さで空気を裂いたのだ、驚きよりも後退による状況判断。

 ”刹那による、後退、奴に与える死は今は果たせず”

 胸に浮き出た文字が輝くと同時に体が消える、いや、その空間をシュンッと青い閃光が僅かながらに遅れて来なければ何も問題が無かったはず。

 ザザザザっ、先ほどの場所が遠目に見えるぐらいの距離に、体がノイズのような音と点滅を繰り返しながら世界に出現する。

 そして先に見えるのは、予測どおりの殺したはずの子虎、ニッコリと何とも言えない顔をしながら災厄の青年に飛びついている。

 自分を凪いだ青い閃光、青く蒼い、濃い色を放ちながらその爪はジジッと空気を裂きながらさらに増大している。

「きょーすけ、傷口大丈夫ッスか?‥‥おおっ、結構治ってるッスね」

「まあな、おいおい、あの化け物ッ娘かなーり、驚いてるぜ?‥いや、多分俺のほうが驚きだけどな」

 驚く、彼らがあのように傷を癒して迎撃してくることにも驚いたが、それよりも彼の心を覗いたときのありえない空虚さ。

 質量を持った”無さ”、ただの空虚は空っぽだけれど、彼の空虚にはちゃんと”記憶”が息づいていて、ありえない不気味。

 恋世界の単語で、頭の中を駆け巡り、幾つか事柄を見つけたが最近の情報しかなくて、どういうことだ?

 わからない。

「あ、ナニガ怒ったデスかッ?アリエナイデスヨッ?‥‥‥うえ、こ、コワイ、怖い、恐い、こわぃ‥‥貴方はナンデスカッ?」

「俺か?‥‥汪去か?‥あぁ、質問の意味わかんねぇけど‥汪去は”俺”じゃん‥‥おかしいよ、お前の質問」

「んー、どうしたッスか?」

 小虎を抱き上げて微笑む青年、それは、絶対的な化け物、眼の前の存在はやはり。

 やはり、何なのかわからない”よくわからないもの”‥‥認識が出来ようはずもない化け物。

「あ、あ‥わ、ワカラナイヨッ‥‥コナイデクダサイッ、来ないで、コナイで‥‥‥ひぃ」

 ダクダクと両手から血液を振りまきながら、”血肉よ再生による死の回避を望む”

 ジュル、と吐き出したように粘液を撒き散らしながら両手を再生、そこからさらに相手を消すために。

 ”圧倒的な、全てを消せ、消せよ左手、消死ゴム”

 ベキョッ、左手に文字が刻まれたと同時に淡く白い発光、全ての道徳も理念も存在も、概念も、価値観もこれで消去できる。

 パスッと、偶々あたった壁、隣の廃墟ビル、それは徐々にザァと風がなびく音がしたと同時に消える、8階建てのビルが消える。

 ”当惑的な、全てを廃せ、滅せよ右手、灰死”

 さらに同じように右手にも文字を刻む、洩れ出る吐き気のするような臭気が地面に当たると同時にこちらも風がなびく音をして。

 灰になる。

「ありゃ当たったら流石に死ぬッスねぇ‥‥んっ、どうするッス?」

 胸に顔を埋める青年を軽く叱咤するように撫でて問いかける子虎、余裕とかではなく‥‥こちらをあまり意識していない。

「ああ、勝ってくれ」

 尻尾を楽しそうにむぐむぎゅと握りながらもこちらをまったく向かない”化け物”青年、先ほどまで自分を恐れていた‥その時の己の恐怖の顔など忘れたように。

 まったくこちらを恐がっていない。

「シニマスヨッ?これに当たればッ、カンガエル暇も与えずに死ぬッ?恐くないですカッ?」

「恐く無いッスよ、虎の本能全開ッス、ほら?‥‥蒼爪もどんどんどんどん、そいつはもう、かなーり伸びてますッスし」

 ジジッと、地面を抉る青く蒼く澄んだ爪を軽く振る、先ほどの自分が廃墟ビルを偶然ながらも消したように、彼らの横に何十年間も雨風に耐えたであろう、鼠色のビルがズルルルルッと悲鳴をあげながら解体させられる、目にも留まらぬ速さで空に文字を描くように細く小さな指を遊ばせる。

 ビルは粉々とはいえないまでも、僅か二瞬きの間で既に原型を留めないまでに。

「今のじょーきょうだと、出力調整がむずかしいのが難点ッスね‥しまも何処まで伸びるッスかねぇ‥‥群れを護るために王虎よ吼えろ?自分自身でもそうなるんッスね、よしよしっと、これ、今、ぶつけてたら、汪去の勝ちだったッス」

 キュンキュンとおもしろそうに徐々に成長する爪を弄びながら眼を細める子虎、どちらも一撃で、即撃で決まる。

「どうするッスか?きょーすけ、欲しい?」

「ああ、ここで逃がすには勿体無い”存在”だな、何より綺麗だし‥‥力も申し分ない、力の使い方が稚拙だがな、あぁ、それと俺の一部として俺しか考えられなくなったくそ生意気なあいつも見てみたい」

「あっそ、浮気ッスね、はぁ」

 何か自分に対しての思案をしている一人と一匹、隙だらけのように見えて虎の尻尾からも伸びた青白い光がこちらを威嚇している。

 それも徐々に伸びて、どんどんと空気を喰らいながら成長しているように見える、いや、鋭く尖った耳の先からも天を指すように青白き刃が発生。

 重さはまったくなく、軽々しい鋭利さを持ち、どんどんと世界を侵食する、虎の先端から発せられる青白き爪たち。

「ああっ、これっスか?蒼き月の光に洗礼されてる王虎族の戦闘スタイルッスよ、まあ、今までの何だかんだで幼体っぽかったけど成体に近づいたみたいッスね、最強種は、舐めるとこうなるッスよ」

 クスクスと意地の悪い笑みをしながら虎がこちらに、その華奢な腕を振るう、もう今の子虎は化け物青年の胸元から動く必要は無い。

 無限に伸びる蒼き爪があるのだから。

 やはり遊ぶように、笑いながら小虎が残酷な笑みをして爪を振るう、こちらの右手の間接部が大きく吹っ飛ばされる、力の効果の無いぎりりぎりの範囲。

 野生の虎の瞳はその部分を見逃さない、吹き飛ぶ”圧倒的な、全てを消せ、消せよ左手、消死ゴム”の名を冠する左手、ザァァと周辺の空間すら白く染めて発光する。

 空に流れる黒が一瞬奪われて、白く、無に染まるが、すぐに回復、世界の回復力にかき消されるように吹き飛ばされた左手は消えてゆく、青白い血管から血を吐き出しながら。

「ほいっと、自分の体を使わないと、”死”を表現出来ないのが難儀ッスねぇ、能力は無敵だけど、少し経験地が高ければ倒せるレベルに留まってる、勿体無いッスね、さっさときょーすけに”取り払われて”役に立つ部分に調教されるッスよ」
 
「うッ?ナニヲ言っているのかリカイノ範疇外ですヨッ、ワカラナイ貴方たちはコロス、コロシマスヨッ、だって怖いから、コワイッ!!」

 ”さらに追撃するように伸びろ柔らかき首、ソレによる、最高位の死、食死(しょくし)”

 相殺するように”当惑的な、全てを廃せ、滅せよ右手、灰死”と子虎の蒼爪がぶつかり合う、互いに消えあい、その刹那に”首を伸ばす”

 食う、食えば、あの恐ろしさき化け物青年も、あの子虎の力も己のものにできる、そうすれば、恋世界に対しての対応策も。

 全てを食い、食い、全ての異端の力を我が身に取り込む”食死”

 額がズズッと文字の間から避けて、やがて体積を疑うほどに体を左右に蠢いて、大口が出現する。

「おぉっ、愛らしい容姿でありゃ‥‥怖いわなぁ」

「んーっ、でも取り払ったら、あんなタイプこそ可愛いかも知れないッスよ、ど、何処かの、こ、子虎のようにッスね」

「はいはい」

 余裕を持って会話する、彼らを我が身に取り込み、さらなる姿、力、記憶、それを得る、恐怖を身へと取り込めば。

 それは自分の糧となる。

「甘いッスね、その思考では‥‥きょーすけの、きょーすけには、届かないッスよ」

 タンッ、軽い音を発しながらこちらに走りよる一陣の風が、ゴォォォォ、こちらよりもさらに速いスピードで迫り来る。

 足に何も付加をしていない、そしてそれをする時間が今の自分には無い。

「その力だと、首を斬っても、死なないッスよね、貴方は”死ねない”ッス、それが力、それを、きょーすけが全て一部にするッスよ」

 ヒュン、っと何か大事な部分を失いながら前のめりに倒れる自分。

 ”これは、今までの実験とナヅケけられたセントウニモナカッタデハないかッ?クビガ飛びマシタッ?”

「きょーすけ、ぱすッス」

「おう」

 トンッと頭を掴まれる、あぁ、やっぱり、自分の身がこのように軽々しく、いや、確かに小柄で幼児で‥わかっている、そうなのだが。

 このように”ボール”のように扱われると言うのは、首が斬られて、頭が宙を飛んで、それが化け物少年の手元にリンゴのような間抜けさを持って。

 転がり込んだわけであると。

”死は許されぬ、絶対回復、肉よ盛り上がれ”

 魚のようにビチビチと頭を震わせながら、盛り上がり、切断部分から新たなピンク色の肉片が増量してゆく。

 微かに見える先ほどまでの己の体はビクビクと白い布を赤く染めながら、僅かながらに痙攣、あの光景は何度も見たが、まさか自分の体に起こるとは。

 しかも今の状況、回復までは逃げられない。

「こうやって見ると綺麗な顔してんなぁ、髪の色がいいな、錆色で‥‥俺は好きだぞ‥‥思ったより、幼いけど、いいや」

「そういうのは汪去の見てないところで言うように、死体に愛情を持って語りかけるきょーすけ、それが”自分”なんか汪去いやッスよ、マジで気持ち悪いッス」

 先ほどまで血を見て震えていたはずの化け物と眼が合う、発動させて、何処からでも食える。

 ”右目よ食え、食え、クラエ、状況を打開するために打開するためにソレによる、最高位の死、食死”

 そう、字が出た瞬間に、右目が潰される、あまりの軽い動作なのでコヒュとさらに見っとも無く呼吸するのが精一杯。

 化け物は笑う。

「危ないって、文字見たときにかなり‥びびるなぁ、食うってオイ‥この状況で?‥勘弁」

『‥あ、ナタノ力もヨウシもこころも全部もらえますヨッ?‥っはぁァァ、』

 言葉を極限にまでに、意識を失いながらも発する、今、そういえば、何故眼の前の二人は逃げない?

 もう、チャンスは幾らでもあるはずなのに。

「それは俺の台詞だよ、お前はお前のままで‥‥俺の一部になってもらう、俺はすぐにその事実を忘れるけど、だから取り込んだお前を意識出来ないのが残念だけど仕方ない、おっ?死のかたまりって言っても、線は強固じゃないな」

 理解できない言葉、やはり眼の前の存在は理解できないものだ、食うべきでも、殺すべきでもなく、無視すればよいだけの存在。

 ソウダッタノかナッ?

「じゃあ、ゆっくり解いてやるよ、名前は?」

「‥マエ、ナマエ、っデスかッ?何故、なゼ聞きまスかッ?‥あーは、あふはぁ、死をツカサどリマショウヨッと、与えられたデスヨッ、死よんでスッ、死四ッデスッヨッ?」

「あぁ、了解、よろしくな、死四、ははっ」

 ”カイフクセヨ、この痛みの中の右目、死を回避せよっ”盛り上がる右目、グビッと透明な液を化け物青年の顔に吐き出し。

 それを、遮るように、何かが心の中に入ってきた。

「あ、ァァァァアアっ!?うが、な、何ですッッ、ナニデスカッッ、ひゃ、ふぁ」

「さあ、それでは、行こうか死四」

 ニッコリと、残酷なマデに化け物はッ、青年は、ホホエミマシタ。



[1513] Re[23]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/10/06 22:00
「ん、どうやら恭輔は大丈夫みたいだな‥しかし、うん、取り込む前に刺したかった、差異はとても残念と感じているな」

 ひょいひょいと、左右から降り注ぐ飛礫(つぶて)をかわしながらポツリと囁く。

「僕も同意見、ってか、A級ってこんなもんだったかな?‥うーん」

 首を動かし、さらにコートをパタパタと揺らしながら、何処か猛牛使いのように、鉄の飛礫は沙希に当たる前にその勢いを無くしてしまって
逆にふよふよと沙希に懐くように周囲を浮遊する、意識に侵食されて何も出来なくなってしまう愚かな鉄。

 先ほど沙希と一緒に買ったアイスを一舐め、チョコだな、うん‥‥んー、に、苦いのは駄目だ‥‥イチゴにしろと言ったのに。

「沙希っ!こ、これはチョコではないかと問いかけるが?差異は苦手だと、常日頃から‥‥」

「はいはい、ごめんね、戦闘中にそんな態度してると相手が哀れだから静かにしようね」

 自分は嬉しそうに‥ピンク色のアイスをペロペロと、小さな舌で‥イチゴだな、どう見ても。

「ああっ、それを寄越せ、うん、今ならまだ許してやる」

「嫌だね、おおっと、危ない危ない、当たったら死ぬよね‥そんな望まぬ結末‥怠慢だよ♪」

「って先輩たち!ちょっとは真剣にやって下さいっ!」

「真剣になったらオイラたち死んじゃうよねー、天才で天災なお二人さん‥‥今別にあんた達がどうこうなんて言いませんわ、まあ、そんなことよりも、仕事の邪魔しないでくれないっすか?」

 仕事の邪魔だと、吐き出すように汗を撒き散らして苦笑する顔見知りの山都巳継、うん、邪魔だと?

 カラスが腐りかけた残飯を漁りながら、こちらに鋭く視線を向けるのを横流しにしながら、もう一度‥‥邪魔はどちらだろう?

「いやいや、それは無理だよ巳継クン、僕たちにも諸々の事情があるしね、でも、君たちを捕獲する必要も無くなったみたいだ‥‥うーん、恭輔サンったら手を出すの早すぎ、鬼島の内部事情に”死のかたまり”は君たちよりは、詳しいみたいだし‥いらないね」

「そうだな、うん、別に必要は無くなったわけだが、死にたいか死にたくないか?‥‥それだけを差異は疑問、何も言わずに逃げれば許してやる、別に恭輔はお前ら程度では欲しないだろうし、いらない、まあ、失礼ながら‥弱いと思うぞ?‥‥お前たち二人」

 眼の前に佇む山都巳継と山都三月に、ナイフをクルクルと遊ばせながら助言してやる、弱い‥もう少しマシだと思っていたが。

 柄にも無く鬼島の未来を少し心配してやる、馬鹿らしいが、うん、こんなのがA級だとは‥苦い。

「んなっ!?失礼ですよ!誰もがみんなお二人みたいな化け物じゃないんです!‥‥‥ッ、こら巳継!」

「いや、メグちゃんからメールが‥‥オイラも戦闘中に悪ぃかなぁって思いつつ‥‥」

「実力に伴わず精神は常に余裕に近しい‥‥はぁ、君たちはもう少し冷静さとだね、後は‥二人で仕事をしないことだね」

 とりあえずの沙希の忠告、さてどうしよう?


 ムスッとした顔の子虎と化け物青年が見える、カタカタと小刻みに震えながら迫りくるその青年の顔を見る。

 自分の中にゆっくりと流れ込んでくる黒々としたものに、支配されるように舌が宙を泳ぐ、呼吸がままならない。

 いや、もう首から下が無いのだから当たり前だが‥‥それだけではない、もっと根本的に危険なもの。

「うぁ‥や、コナイくださいデスッ、くはぁ‥もう、ゴメンナサイッ、ごめんナサイッ‥」

「許さない‥‥うーん、あぁ、実験のときはソレで許しを‥‥そうか、可哀相な奴だな‥同情するな」

 青年はおもしろそうにこちらを覗き込むだけで、微笑んで、顔に張り付いた回復のときの粘液を丹念に舐める。

「きょーすけ‥‥同情しても‥そいつは、殺そうとしたッスよ?‥‥‥そいつ」

「いいよ、許す」

 何が許されたのだろう?‥‥わからない、やめて欲しい、やっと逃げ出せたのに、あの部屋から、あの監獄から、あの研究から。

 恋世界から。

 もう一度、自分は何かに囚われるのだろうか?‥囚人の様に生きるしか研究用の醜い生き物には無いのだろうか?

「違うぞ、お前は汚くない、綺麗だから”俺”になるんだ‥死四‥‥」

 微笑みかけられる、言葉の意味が理解できないけど、黒々としたものに混じって、暖かいものが滲んで来る。

 ”どういうことですカッ?‥‥アナたの言葉がリカイデキナイッ?”

 切断部分が膨れ上がり、モギュモギュと小さな体を形作る、その青白い肌を撫でながら彼は笑う、ワラウ。

 冷たい笑みだけど、暖かくもあって、ケンキュウシャとはちがウッデスヨッ、ワカラナイアナタの名前はッ?

「俺は、恭輔だよ、死四、っでお前は今から死四じゃなくなる、怖かったし、不安だったし、あいつは、恋世界は冷たかったろ?お母さんは、冷たかったろ?」

「はイッ‥コワカッタ‥‥あの人のニクヘンからウマレタト思うだけでッ、怖かったデスヨッ‥‥うぁぁ、あう、うぅ‥うぅ」

 恐怖が蘇る、戯れから右手を”解体”して遊ばれたときには本当に怖かった、逆らえないし逆らおうとも思えない創造主。

 ”ココロト体のテイキョウシャの恋世界‥‥コイセカイは怖いですヨッ、もう、コワイ、カノジョガいるだけデッ、ミンナ死ニマスッ”

「知ってるよ、”あいつ”が怖いのは、ありがちに言えば世界とか滅ぼさないのは楽しいから、子供が羽虫を弄り殺す感覚が成長したような、そんな性格だ‥ああっ‥でも、そこが好きだったな‥でも、死四はそこが怖いんだな‥可愛い奴」

「か、ワいいですカッ?‥‥‥うぇ?」

「そんな、お前は可愛いよ‥‥心も初心なままで、そこにあるじゃん‥いいよ、死から生まれて、死しか心が無いお前でも、いいよ、俺は好きだ、うん、もっと近くに来い」

 赤い自分の死の世界がゆっくりと、何かに塗りつくされてゆく、その感覚に、再生している右手で彼の頭を掴み、突き放そうと。

 物凄く怖いと、心が感じていた。

「逃げるなよ、嫌がるな、お前は、俺が嫌いか?」

「‥わからない、ワカラナイッ‥‥ワカラナイっ、ですヨッ?‥‥はなして、ハナシテェッッッ!」

 力を込める、彼の髪を掴んで引き離そうと、駄目だ、再生間際の力では、どうしようもないし、心が彼を”自分”を?

 えっ?

「少しずつ、わからなくなってきただろ?‥俺もわかんないし‥‥‥ほら、もっと弱いところ、外見の7からな、8歳の子供の、弱さを見せろよ‥‥‥見せろよ死四、俺の前でだけ、全てみせろ」

 瞳が、黒い瞳が射抜くように‥‥柔らかく暖かなものを流し込みながら、見る、見る、それはもう幸せそうに。

”死四はバケモノですヨッ?‥それをミタラ、みんな逃げますしッ、コワガリマスヨッ‥みんなシニますっ‥‥イシトハ別に食べちゃうデスヨッ?”

「食えばいいよ、俺は"俺”を否定しない、お前が他のFシリーズ食べてんのは、今わかった、読み込めた、出てこいよ‥‥”サンサン死””死ニィ石”(しにぃいし)”死の祝”(しのはじめ)‥死だけの名前しかないだろ、お前ら‥‥」

『コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス』『ノロウノロウノロウノロウノロウノロウノロウ』『壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す』

 三つの声、甲高い、それこそ生まれたての雛のようにゴボッと死四の体から三つの少女の、曲芸極まり‥‥顔が生まれる。

 皆、発するは一言、それのみ‥‥それに、優しく微笑みかけながら”彼は笑う”

 コロスを司る”サンサン死”、ノロウを司る”死ニィ石”最初ゆえに殺すと破壊を間違えて生まれて失敗作”死の祝”

 自分が食べた三人の姉妹‥‥狂ったように叫びあげるそれらを恥じるように顔を背ける。

 これは罪の証。

「隠すなよ‥‥可愛いじゃん、こいつらも、姉妹だったら恥じるな、ああ、恋世界にコロスとノロウと壊すしか、言葉を与えてもらえなかったんだな」

 三人の、背中から這い出たそれらを撫でながら笑う、サンサン死の土煙色の髪がそれに絡みつき、ギリギリと締め上げる、死ニィ石は指を選んだようだ、噛み付く。

 死の祝は何もわからないのか。「壊すぅ?」と首を傾げて青年の手に甘えるようにしゃぶり付く。

 皆、死四とは違う心を有している、食いきれなかったのだ、”姉妹”だけは、命令されても無理だった‥‥実験動物として恥じるべき行為。

「こいつらも、”俺”になってもらうぞ、どうせ一人分の境界しかないし‥‥特に愛しいな、えっと、今甘えてるのは死の祝だな」

 ちゅぱちゅぱと舌で指をなぞる死の祝を撫でる、嬉しそうに眼を細めて死四の体から這い出ようとする死の祝、愛らしい動作で化け物青年の方に行こうと必死。

 わからない、何故に甘える?‥”何故に甘えますカッ?‥死の祝‥”

「っで、反抗的なこいつはサンサン死っと、痛いって!‥死ニィ石は‥眼をキラキラさせて人の財布を取るなよ‥‥」

『コロスッ!コロスッ!」『ノロウ?』『壊すぅ』

「‥‥‥‥ああ、言葉がそれしか言えないんッスね‥‥‥しかし、酷いッスね、ちょっと‥‥言葉を」

「仕方ない、恋世界はそんなやつだから‥‥仕方ない‥こら、死ニィ石は財布をかえせ!‥ふぅ、まずは、甘える‥‥死の祝だな」

 腕に吸い付いてきている死の祝の唇を、顎を掴んで持ち上げて、吸い付く、唇を、舌を幼い姉に絡ませる青年、驚いたように甘えるように死の祝が、本来の甘える言葉とは反対の言葉を『壊すぅ』と鳴く。

 幼子心に、何かを受け付けたのか、ビクンビクンっと震える、それを見て噛み付いていた死ニィ石が顔を青白くさせる。

「ぷはぁ、甘い、ほら、お前も逃げんな‥‥‥俺の血を吸ったんだし、肉に噛み付いたんだから‥お前も”寄越せ”」

『ノロウッ‥‥の、ッ‥‥‥』

 ぐったりとしてずずっと死四の肉に埋もれてゆく死の祝、それを横目に首を締め付けられて狂ったように”ノロウ”と叫ぶ死ニィ石。

「次はお前っと、鼻ぴくぴくさせて‥‥大丈夫か?‥まあ、いいわ‥‥んー、泣いてるし鳴いてるし‥あっ、財布返せよ」

 財布を取り上げて、死ニィ石の首に噛み付く、”死なない存在”だとわかっているのか、顔はおもしろそうに、ニヤついている。

 そして、噛み千切り、粗食。

『の、ロウッ、はぁぁあぁあぁ、‥‥う、ノロウ、ウゥゥツ!?』

 苦しみの表情から、急に嬉しそうに眼を細めて肉に埋まってゆく死ニィ石、反抗的な態度を忘れたように、しかし気に食わないのか。

 化け物青年の体をドーンッと押し出して、恥じるように消える‥‥どんどんと消えてゆく姉妹‥‥怖い。

「そして最後はコロスのサンサン死だな、お前は‥‥‥結構姉妹の中では、ストッパーで、常識人、でも殺すのが好きっと」

『コロスッ』

 鋭利な言葉と同時に髪の毛が彼の首に絡みつく、点滅を繰り返しながら”皆殺し”と刻まれる、それをおもしろそうに眺め。

「取り込むぞ」

 それを言ったと同時に、髪の勢いが失せ、萎える‥‥コロスと囁いていたサンサン死は驚いたような顔をした後に。

 青年の顔を見てあたふたさせて”コロス”と猫撫で声を囁いて死四の中に埋もれる、どこかはにかんだ様な表情。

「終わりっと」

「最悪ッスね‥‥ばーか、きょーすけの馬鹿、どうするんッスか?」

 その光景を呆然と見つめるしかない、姉妹たちは何かに満足して消え失せた、わからないのだ、何が起こったのか。

「最後はお前だな死四、最近は‥‥色々なトラブルに巻き込まれて、困る‥だからお前たちは俺の”肉”になってもらう、そんな部分」

「うァ、みんなに何をしたデスッ?」

 はじめて見た姉妹の表情に、恐れながらそれを成した青年から後退‥みんなは?‥‥殺された?

「いや、お前の中にいるよ、でもみんな”俺”だよ、最後はお前を、取り込んで終わる、お前とは精神以外にも、俺の”肉”として力を発揮してもらうよ死四」

 化け物青年の腕が空を凪ぐ、それが合図のように先ほどまでは微々な流れだった”何か”が心ばかりか体に大量に流れる。

「ッあ、あ、ァ!?‥‥な、きょ、”恭輔さん”ですかッ?この感情はそうですカッ?みんなコレにトリコマレましたッ?」

「そうだ、そして次はお前、これからのために、俺の中に入れ、死四」

 ギュッモゥ、溶け込むように、体が彼の体に、腹に埋もれてゆく、体との境界も、心も、全て取り込まれ。

 食べられる初めての気分?‥‥最高のシフクですッ‥‥。

「きょーすけ!?」

「安心しろ、こいつら、食うよ、後は用事あるときだけ、一番幼いこいつらは使うことに、それまで体の中でペット感覚な」

『コロスッゥゥウゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」『ノロウぅぁあ』『壊すッ!、ッ壊すっぅうぅううううううううううううううう』

「あぁ、タベラレマスッ!?ッはぁ、うはぁああああああっぁ、全部わかりマシタッ!?こノFシリーズッ!”恭輔さん”の一部として体の”武器”として使われマスッ、チガウ、他の言葉を言えない姉妹のためにッ、愛を持って言いマスッ!”恭輔サマ”ぁぁあああああああああ」

 ズルンッと蛇が蛙を飲み込むように、我が身は‥‥食われた、喰われた。

 ”恭輔サマの、血肉ですカッ?‥‥イイデスヨッ、キマグレニ死しかないジブンタチを愛してくれるならッ”

 意識も肉も美味しく粗食された、一人にして4人の少女。



「きょ、きょーすけ?」

 震えながら声を発する、そんな声を与えられたにしても、きょーすけは普段通りに欠伸。

「んっ?‥‥どうしたよ、そんな不思議そうな顔して、一発マジック、ほい」

 ズルッ

『壊すッ!』

 甘えたがりの死の祝がきょーすけの腹から飛び出る、白い肌はきょーすけの男の体とは噛みあわない、異質。

 周囲のビルを壊す壊すと無邪気に笑いながら、小さな腕を振るう、圧倒的な質量な何かが壊してゆく、飛び散るビルの破片。

 きょーすけを見ると嬉しそうにペロペロと舐めつく、えーっと。

「他のは眠ってるけど、これなら俺も一安心じゃねぇか?‥‥”今回”のような事があってもな‥それもすぐに俺は忘れるけど」

「ははっ‥‥拾い食いは駄目ッスよ、きょーすけ‥‥マジで」

 ああっ、食いやがった‥‥本当に、肉体との境界も取り外し可能‥‥きょーすけは圧倒的な4つの死を欲したのだ。

 困った奴。



[1513] Re[24]:境界崩し
Name: 眠気◆d5eaf37c
Date: 2007/11/17 18:54
 ポンッと、軽い破裂音、子狐の姿から人型へと変じる。

 皆は、自分より程度の低い、そんな相手に何処かつまらなそうだったが‥仕方ないだろうに。

 何も無い、街の中央から離れた草原、少し前に妖精と彼が出会った、そんな緑色と枯れた灰色が混じる草原。

 この時間帯は誰もいない、カサカサッと草が揺れるが野良犬やらの畜生だろう。

「出てきてええよ、覇ヶ真央‥‥久しぶりじゃなぁ」

「最近‥気配を辿られすぎかな?‥‥久しぶりだ、黒狐、あの日の誓いから変わりなく」

 月に染められ、その身を地に焼き付けた影からズルッと人影が溢れ出る。

 草陰から人影の出現、一般人がスポーツなどに勤しむ昼頃ならば卒倒者多数の光景。

 西洋甲冑に身を包み、日本刀を有する、異端の少女‥‥鎧が闇色に反射する。

「じゃなぁ、んでの、用件は何じゃろうか?どうせ恋世界に使われたんじゃろう」

「バレバレか、なぁに、我が君は壮健かなと、それだけだ‥どうやら、心配も無駄のようだったしな、しかし、今しがた、”あちらに”行っては見たが、コレは何だ?」

「うっ、ワシに言われても‥‥」

 バサバサっと、少女の手から落ちるは、異端の証でもなにでもなくてコンピニで売られる雑誌、安い紙。

 そこに書かれるは大事(おおごと)の台詞と描かれるは女性の裸体‥あー、恭のコレクション。

 頑張って細々とためた様じゃけど、可哀相になぁ。

「コレはいけない、コレは駄目だぞ、後はデジタル媒体でも同じものを幾分か、刀身を走らせ壊したからな」

「‥‥‥‥う、だからの、恭もそのような年頃じゃし‥じゃけぇな、んーっと」

「だったら、その体を用いて解消させるのが常だろうに、いけない、これはまだ我が君には早い、教育的に悪い」

 何だかなぁの台詞を聞き流し、ため息、皆はシリアスに戦ったり思惑したり、粗食したりしているだろうに。

 今のこの状況は、シリアスとかではなくて、間抜け。

「いや、もうそのような事も覚えてないんじゃわ、あの子は‥‥‥他に何もせんかったじゃろうな?」

「した、壁に張っていた女性の裸を模した紙を斬り伏せたしその他諸々も同じく、これで我が君に害なす有害なものは全て破壊した」

 胸を張る覇ヶ真央‥‥‥ほめろと?‥無理じゃろ、こいつだけは本当に‥‥過保護とかではなくて、どうなんじゃろう?

「‥‥もうええわ、どうやらお前らの探し物は恭が食ったぞ、どうするんじゃ?」

「我が君が望めば、恋世界も何も言わない、アレはそもそもそれ用に調整されたシリーズだったしな、さて、帰るとするか」

「ああ、帰れ帰れ、ん?‥‥残りの連中はどうすれば良いんじゃ?」

 去ろうとする旧友、いや、同じ時代の身に、問いかける。

「さあ、我が君が先ほど取り込んだ部分を使用したがってるようだが、遊ばしてあげさせたいしな‥‥‥勝手にしろ」

 出現と同じように消失、影に吸い込まれて消えてゆく‥‥最後に一礼して去るのは決め事なのだろうかなぁ。

 昔からそうだったの。

「遊ばせろって‥‥じゃから、恭は勝手にするわなぁ‥はぁ」

 今宵は自由にさせていた虎を強固にして吸収、肉体的にはさらに一人で四人のお得な存在を見逃すかと吸収と、吸収ってか食うし。

「ワシは‥‥‥久しぶりに油揚げでも買って帰るかの‥‥何しに来たんじゃ、あいつは‥はぁ」

 ポンッ、とりあえずは人化してからの尻尾と耳が問題、主に尻尾。



「‥どうした汪去、そんなに急ぐなよ、むしろ走ってるよな、完璧に」

「ここは危ないッスからさっさと去るッスよ、ったく‥‥食うだけ食って、後は眠いからおんぶしろ?っざけんなよーーー!」

 尻尾でペチペチと叩かれる、空中を浮遊する感覚に戸惑いながら下を見る、街頭の光‥‥眼に痛い、下では何も思わないのに。

 不思議だな、あっ、ポッケにコロッケの残り。

「いや、マジで眠いしなぁ‥‥って、こら、食うな」

『壊す?壊す壊す』

 右手から生えてくる己に怒る、勝手に体が痙攣したりするように、意思とは別に出現するのは困る。

 一番聞き分けの無い死の祝‥って、コロッケばかりでなくて空飛ぶカラスに手を出そうと、食うのか?コロッケでは足りない?

「こら、生き物は壊すな‥‥物じゃないんだぞ‥食ってるし」

『壊すッ!』

 元気良く返事してキャッキャッと笑いながらカラスを解体、人間のような悲鳴音と羽が圧縮され軋む独特の音。

 下の人が降り注ぐ血と羽に染まらぬように、そんな善意な事を思いつつ。

「ぬぁぁあ!?や、やめるッス、いいから捨てろッス!ふ、服に血が付く!?」

「やばい、気分悪い‥‥吐きそう、カラス食うなよ俺‥‥俺つうか、俺の死の祝‥‥出て来い、姉の面倒見ろよ」

『こ、コロスッ!』

『壊すっぅ!?』

 背中から這い出た常識人のような性格だけど殺すの大好きなサンサン死が出現、己の本体である俺を困らせる姉の首をギュッ。

 ギュッ?‥俺にペコペコと頭を下げて恥ずかしそうにしながら、姉の死の祝の首をギュッ?‥顔が紫になって、幼い顔が苦悶に。

 やがて、俺の体にズブズブとその表情のままに沈んでゆく、ちょっと待て。

「って、や、やめろって!‥‥‥死の祝‥ぐったりしてるし、やめろって」

『コロス?』

 ほめろと胸を張る、照れながら‥自分は一番常識あって役に立ちます的なイメージが流れ込んでくる、そこは可愛いけど。

 姉の首絞めるのは駄目じゃないかと、一応頭を撫でて伝える。

「‥‥‥人が背負ってビルをピョンピョンしている間に何をしやがってるッスか‥‥‥はぁ、おいおいッス、足からもう一体‥」

『ノロウッ、ノロウッ、ノロウ!』

”呪いにより呪術の記憶、呼吸困難”

『コロスッ!?』

 嫉妬深くて、こいつは、アレだわ、呪うって辺りが直接の死と遠い死ニィ石‥‥妹を呪ってる。

 己と同じ、肉である妹を呪う、もう突っ込みきれない。

「‥‥別にお前以外を可愛がってたわけではないぞ、ほら、下行く人も苦悶して悶えてる、呪いが洩れて天から注いでる、やめて、本当に」

『ノロウッ!』

 ぷくーと頬膨らませて睨まれましたよ、呪わないで下さい‥他の姉妹とも仲良くお願いします‥そんな感じ。

「ほら、お前も俺の中に戻れ、今度の土日にでも遊んでやるから‥‥‥よいっしょっと」

『ノロウっぅぅううう!?』

 ベキョ、と、俺は強制的に死ニィ石を体内に、粘液撒き散らしながら沈む、眼にソレが飛び散って痛い。

 うーん、我が身に嫉妬されるのってどうよ?

「ふぅ、騒がしい奴ら、おーい、汪去、家ってこっちだ」

「‥‥勝手にラブコメしてやがれッス‥はいはい、こっちですッスね‥きょーすけの背中から這い出る死の香りで鼻が利かないッスよ!」

 尻尾で遊んでいると怒られる、俺も今度あいつらを尻尾みたいに出してみようかな‥‥おもしろそうだ、いや、五月蝿いか。

「怒るなよ、ん?‥‥あぁ、あいつ、こっちに狙いつけてる、死四が言ってる」

「りょーかいッス」

 垣間見えた、ビルの間の僅かな空間の、僅かな小さな点としか、わからない場所に立っている少女が銃を構えてて。

 撃つよな、そりゃあ。

 ヒュンッと自分の頬を掠めたものに、やばい、マジで怖い‥‥そんな事を思う、汪去は何も感じていないらしく、反対側のビルに着地。

 既にこのビルも使われてないのか、地面が小さな足にピシッとへこまされ、さらに咲いていた小さな花が激しい空気の螺旋に飲み込まれ散る。

「どうするッス?‥もう一人が隠れているみたいッスけど‥‥これは、弱いッスね、きっと、さっさと殺すッスか?」

 月の光の中で同じ色を持つ爪を伸ばし‥‥汪去は残酷な笑みを浮かべる、尻尾は逆立っているが余裕からか左右に揺れている。

 殺す?‥物騒過ぎる‥‥だって殺す必要は無い。

「もうすぐに”忘れるよ”俺‥‥こいつらをを食った事も、後3分ぐらいで忘れる‥普通の俺に戻る、だからその前に使い勝手を見るわ」

 汪去の形の良いヘソをなぞって苦笑、仕方ないよなぁ‥‥この格好寒くないのか?

「いいッスよ、はじめての戦いッスよね?‥‥思う存分に力を試して来るッスよ」

「おう」

 ”あのビルに佇みし、人間を壊すために、このビルを破壊する衝撃を持って移動せよ肉体”

 初めてにしては上出来、飛ぶ‥‥‥『壊すッ!』叫べ、身を持って証明せよ、我が一部、死の祝。

 ビルが四散する時の衝撃を跳躍力に変換しながら、さて、戦うとしよう。



「外した、っぽいですねー、うん、空中浮遊中に横回転しながら着地‥当たらないですね、そりゃ‥ありゃ?ビル壊れました?」

「ああ、俺が壊したよ」

 声がした、そちらに急いで振り向きはしない、誰でしょう?‥‥‥ああ、こっちまでわざわざ来ましたと。

「え、えっと、こんばんわ、先ほどそちらに鉛をぶち込んだ、大元永久ですっ!貴方はF4に食われて容姿を利用されてますよね?」

「違うよ、だから撃ったのか、そいつは勘違いだなぁ、俺が、こいつらを愛したから、いるだけだよ」

 ゆっくりとそちらに、体の重心を意識して移動、私のお気に入りの何者にも染まらない白いカッターシャツが風に身を任せ震える。

 皺になっちゃうですね。

「え、えっと、あれ?‥‥知らない人だ‥おかしいです、鬼島からの追っ手を食べて変化してるなら‥‥大体の人は知ってるはずなのに貴方は知らないです、お、おかしいですね‥でも体からF4が‥ええっとですね」

「当たり前だろう、俺って所属してないし、D級だしなぁ」

 D‥‥級?‥‥今、こちらに瞬きもしない間に移動していた力の持ち主が、まじまじと姿を己の瞳に映す。

 黒い髪、黒い眼、何処にでもいそうな普通の青年‥でも、何処かで”見た”気がする、彼ではなくて、彼と似ている誰かを。

「いや、でも、D級ですよね?‥‥とりあえず、貴方の体にF4がいるのはわかったですから‥鬼島に来てもらいます」

「それはD級のモルモットか、この俺の”一部”を弄繰り回すのか‥どっちにしろ嫌だから、お前の記憶をここで改善する」

 何処か皮肉交じりの言葉に、皮肉的な笑み、やばい‥‥D級なのに、この圧迫感はありえない、取り込まれたからF4に。

 いや、F4を取り込んだのですか?

「貴方はッ」

「俺は、誰でもない、今はお前らをどうこうするためにいるだけだわ、怖いな本当の戦いって、お前の殺気で意識飛びそうなるし、手足ガクガク、でも、今しか”試運転”できないから、行くぞ」

 青年の肩が僅かに盛り上がる、彼の着ている服がミシミシッと軋みだす、出現しますね‥‥その前に、とめる。

 生命力そのものでビルに身を寄生させた雑草を蹴る、全力で走りますよ。

「そっちがそう来るなら、行きます‥‥‥精神武具‥‥型、”弓矢”」

 白く発光した光が腕から漏れ出す、精神作用ではもっともポピュラーな一つだと言われている”精神武具”

 自分の型は弓矢、コレに撃たれたなら、精神が消失、物質的には何事も作用しないが、精神が削られる。

 割とありがちですけど、それが一番って事って‥OKですよね?

「ふーん、それに頭に当たったら‥‥意識不明の重態ってか?‥すげぇな、でもすげぇ消費悪そうだけど?」

「悪いですよ!‥‥それに貴方、その調子乗ってる顔、ひどく腹が立ちますね、そんな顔では女性に好かれませんよ?例えば私とか、例えば」

「例えば”こいつ”とか?‥‥出ろよ、死の祝、壊していいぞ、いい子だ」

『壊すッ!壊す、壊す、壊す!』

 メキュ、肩から雪のような、いや、それよりも白い肌をした本当に幼い顔をしている少女が出現、F4、永遠に死と歩むFシリーズの長女。

 手には包丁‥‥包丁。

”包丁にて解体して、壊す、何でも切れる無限包丁、包丁膨張せよ”

「って、おーい!?そう来ますか?」

 小さな腕で払われた包丁が肉片を撒き散らしながら膨張、白濁色の液体をさらに肉片と一緒に撒き散らし、飛んでくる、それは何十本に膨れ上がり。

 地を問答無用に削る‥ジャキジャキジャキっと、包丁は本来では絶対に硬度的に無理であろう思われるコンクリートを吸収して、消える。

 あらら、下の階が見えるように‥‥怖いんですけど‥しかも見当違いの方角ですけど。

「当たらなかったし‥‥壊すは目標が定まり難いっと、はい、次」

「いや、次は無いですから、”沈んで”ください」

 優しく言い放って、さらに矢を放つ‥‥‥ジブズブと失敗して頭を軽く叩かれてるF1の涙目の少女と一緒に連れて帰る。

 それが任務ですッ!

「あるさ、出る時間をもったいぶってるけど番飛ばかしでサンサン死‥殺していいから、お前もいい子だ」

「こっちの方が早いですよ」

 放つ、連続撃ち‥‥こんなに近い距離で撃つのは事前動作が勿体無いですけど、この人の今のしていること自体は”素人”だと判断。

 白い矢は線を残しながら伸びる、距離にして僅か数秒すら許さない速さ、これで四肢の”精神”を貰い受けますよ。

 名無しの人。

『コロスッ!』

 地の埃を撒き散らしながら出現した少女は、首元から出現すると共に地に手を”伸ばす”‥‥メキュッと骨が変形する時に刹那に肉の間から白いものが見える。

 それは骨、骨を地に刺しこみ、やがて神経、肉、それを通わせ変質。

”地を張って脈動、地面よ盾となり奴の『殺す』を阻止”

 地面が巨大な血管と同時に脈動して起き上がる、仮初の精神による起動は地面を起き上がらせ、盾としての力を発揮。

”ぎゃぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ”

 断末魔と、仮初の精神はこちらの”精神”の矢に抉られて絶叫する、僅かしか与えられなかった意思は容易く削られたわけだ。

「流石は優等生、相手の”殺す”の意思も利用すれば防御も可能っと、いい子だなぁ、お前一番いいかも」

『こ、コロス‥‥‥』

 照れ照れ、と頬を掻いてる少女の頭をワシワシッと、その横で死に掛けの地面が5階も下に歩こうとする野良犬に触手と骨を伸ばし、突き刺し。

 笑いながら‥‥繋がった少女とはあまりに正反対の光景に唖然としながら矢を再度の構え、今なら。

「うおっ、っで嫉妬深いのが脇腹から出そう‥順番的には失敗、成功、嫉妬ってか‥‥何か嫌だな、そのコンボ?‥まあ、いい、戻れ」

『コロスッ!』

 まだ刺しかけの野良犬をビルの外見である灰色を、それを赤く染めながら5階下から持ち上げて、最後にその犬を内部で骨を広げて外れないようにして引きずり。

 小さな口を開けて一口して、それを主にジーッと見られた後に恥ずかしそうに消える。

 犬の食べかけは腸を撒き散らしながら包丁に削られた大穴に落ちる、きゃいんっと聞こえたので意識がまだあったんだ‥‥何処の悪夢?

「大丈夫、お前との戦いが終われば、こいつらの使い方も俺はまた忘れるしな、いざというときの練習だよ、悪夢はそんなに長くねぇよ‥ごめんなぁ」

 犬の死体を覗き見て半分涙目の青年、何なのだこの人間は‥能力と精神が噛みあってない?

「正解、顔で全部わかるなお前‥‥こいつらの能力は強いけどまともな状態の俺にはキツイ‥‥食うなよ?最後は嫉妬で五月蝿いお前だな」

 脇腹からもり出ようとする脇腹を軽くポンッと、出産をするように、洩れ出ると同時に産声をあげる、F2‥‥もっとも性質の悪い呪いを司る。

「死ニィ石、噛み付くな‥‥涙目にならない、俺の中にいる姉妹を呪うな、仲良くしましょう、後は、マジで噛み付くな」

 うーっと”ノロウッ!”っと発音できずに脇腹に噛み付いている少女を優しく外そうと、うわ、呪いって精神的にあてはめて考える。

 苦手と言うよりは、何か出るのか怖いんですけど‥‥連れ帰るの無理でしょうに。

「ふーぅ、今度から優先的に使ってやるし、はいはい、今夜はお前出して寝るよ、お前と寝るけど呪うなよ‥‥ってまた噛み付くなっ!」

「もう、能力者の戦いでこんなに緊張したのも、こんなに緊張抜けるのも初めてですよ‥‥ははっ、何だか撃ち難いですけど」

 さっきから死を司る少女と戯れる青年の姿は、何故か攻撃するタイミングをずらす、自分は説明で逃げた強力な実験動物と軽い詳細だけ教えられたが。

 青年に依存?‥しているFシリーズのわからない独特の空間で話を進められて中々に射止められない。

 依存と言うよりは何だろう、青年が当たり前に己の一部として少女を扱っているのが凄く印象的、それを望むFもおかしい。

「撃ち難い?」

「そうですよ、もう、どうしましょう‥‥あー、その子たちと一緒にいても貴方に害は無いですよね?‥”色男”さん?」

「さっきまで女に好かれないって言ってたじゃん‥こいつらを見て?‥俺だし‥‥えっと、勘違いするもんなのか?‥手と変わらないぞこいつらはさ」

 何だか急激に先ほどまでの圧迫感が消えてゆく、青年は自分の発言が徐々に屈折して、歪んでいることに気づいているのだろうか?

「あれ?‥そもそも、俺って‥なんでここに、えーっと‥とりあえず、呪うって‥死二ィ石‥耳を噛まないの」

『ノロウッ!』

 呪術の少女の小さな頭ををこちらにぎゅるっと掴んで向ける‥その行動がもう、ツボに入ってしまって、はぁ。

「はいはい、もういいです、任務失敗ですよねぇ‥‥‥A級に行けるまでまだまだですね、これでは」

 そんなやり取りを見て、えーっと、帰りのお金はっと、財布を取り出して、取られました、あははっははは。

 はっ?

「こら、死ニィ石!人の財布を盗むんじゃない!‥‥偏った知識で金が大好きなんだから!喜ばねぇよ俺!」

『ノロウッ!』

 青年の首に腕を巻きつけて、汗で張り付いた前髪を掻き分けて幼いキス、そして財布と同時に体の中へと‥消えてゆく。

「マジで‥‥‥呪いじゃないですかある意味!?おーーーい、お金かえしてーーー、帰りの電車賃がぁああああああ!?」

「‥‥お、俺知らないから‥‥」

 ガシッ、逃がさないですぜ‥‥掴みますよ私。

「帰りのタクシー代‥‥よろしくです、それといつの間に戦う意味も意義も無くなってますね私たち」

「‥‥‥戦う理由ってあったかな?」

 もっともな言葉をこぼした彼に何を言っていいかわからず、今度は別のお仕事を頑張るぞ自分!

 後は何となくだけどこの人の電話番号教えてもらいましょう、はれ?

 何でだろう。



[1513] Re[25]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/20 14:52
『さよーならー、また遊びましょう』

 そんな事を言って立ち去る少女を見つめつつ‥‥大きくため息を吐いて帰路に。

 カラオケで何故か二人で熱狂して別れたのだが‥マイナーバンド好きだったから仕方が無いか。

 でも全部こっちが奢りってどうなんだろう?そもそも、何で少女と一緒に歌ったんだろう。

 汪去の気配は家にある、コタツで丸まって寝てやがる‥‥猫め‥‥まあ、沢山”使用”したし疲れたのかな?

「ただいまー、差異たちはまだか‥‥‥んっしょっと」

 靴を脱いで居間に向かう、出る前に差異が片付けてくれたのか整然としていて荒らすのに気が引ける。

 とりあえずは冷蔵庫から冷やしていた麦茶を取り出して‥コップに注ぎ、一気飲み。

 喉を渡る冷たさと、舌に残る微かな苦味が気持ちいい。

「寒いときに麦茶って自分ながら変なの、さて、俺もコタツで温まりますか」

 トントンッと特に意味の無い言葉を一人で呟きながら階段をあがる、なれたテンポが心地よく。

 ギィ、6段目で軋むのもいつもと同じ、昔は怖くてよく妹に手を繋いでもらってトイレに行ってたな‥むう。

 消したい過去。

「ただいまー、おいおい、せめて風呂に入ってから寝ろ、俺ももう寝るから‥‥風呂は明日で、疲れ‥た、し?」

 あれ?‥‥何か部屋が寂しいような‥‥それに地面に何かを引きずった後、刀傷っぽくて、かなり物騒な印象を受けるものが。

 まさか空き巣なのか、いや、でも何も無くなっている物は無いよな‥白々とした壁が眼に入る、何でこんなに白いの?

 そこにはポスター貼ってあったはずだけど、無い、どうりで白いわけですよ。

「ってどんな泥棒だよ、おーい、汪去、起きろ、起きやがれ、この!」

 尻尾を掴んでずるずるとコタツの中から引きずり出す、丸まっているし耳がパタンッと倒れてる、寝てやがるのは一目瞭然。

「んー、眠いッス‥‥ふぁ、はなせ、っての」

 ぺチンっと、尻尾が頬に当たる、もそもそとコタツの中に小さな尻を揺らしながら入ってゆく、芋虫みたいだ。

『コロスッ?』

 不安で部屋をパタパタ歩いていると頬から顔が出現、灰色の瞳と視線を交わし、苦笑。

「どうしよう、何か色々と危ないかもしれない‥‥差異も沙希もまだいそがしそうだし、黒狐は何処かわからないし、猫はコタツで丸くなってるし、鋭利なんて‥‥迷子になってるし、方向音痴だし‥他の姉妹‥‥死妹?‥そっちのほうが正しそうだけど、お前以外眠ってる、というわけで手伝え、優等生の強さをここで見せるしかない」

『コロスッ?‥‥コロスッ!』

 うーんと腕を組んだ後にニコッと笑う我が一部、自分ながら頼りになる、よしっ、とりあえず血まみれのシャツを着替えて。

 部屋に向き直る、猫の、虎の尻尾がぴょこぴょことコタツからはみ出てるが気にしない‥‥体を休ませるのも大事だしな。

 俺だし。

「まあ、ようは何を盗まれたかを調べようと思う‥‥何だか嫌な予感がヒシヒシするしな、それと”物”を殺さないように、わかったか?」

『コロスッ!』

「外を通りかかってる人間は?‥殺したら他の子を使うよ、てめぇ」

 死四と同じ錆色の髪をぎゅーって引っ張る、ちゃんとした我が身の成長を促すには説教も大事だと思ったり。

 特にこいつらは乳歯みたいなもんだから変わるまで、しかもとびきり危険だし、カラス食うし、犬食うし、人喰うし。

 気分悪い。

『こ、コロスッ、こ、コロスッ!』

 優等生なのに殺すの好きって割と使いにくいな‥‥まあ、いいわ、とりあえずは効率的だしな。

 必死に弁解しようとしているし。

「まずは居間から調べますか、お前は地下の黒狐の部屋な‥‥勝手に触るなよ、色々おもしろいのがあるけどな、俺なら怒られないけど、俺の一部であるからって”意識”のあるお前は多分怒られる、尻尾で首絞められたくないだろ?」

『コロスッ、コロスぅ』

「駄目だ、黒狐殺したら駄目、つうか勝てない‥‥じゃあ、頼むな」

 ズルルと肉を伸ばしながら地下に向かうサンサン死、まあ、ちゃんと言ったし無茶はしないだろう。

 そして地下へと下る階段に姿が消えると同時に、ドゴッっと家を震わす轟音。

 プルプルと痛みが伝わってくる‥‥ドアの開け方がわからずにそのまま下る勢いで頭をぶつけたらしい、大丈夫か?

 タンスを開けていると額を真っ赤に染めて戻ってきた、おー、よしよし。

 あそこのドアは何か電子的で意味わかんないもんな、”俺”機械音痴だし、納得。

「ごめんな、一緒に探そう、ほら、赤くなってるぞ、回復しない?‥舐めろ、いや、うん、ほい」

『こ、コロスッ!』

 額を一舐めしてやって錆色の髪にごめんと、灰色の瞳を潤ませて頬におずおずと甘えてくる。

 甘え方が死の祝より下手だなぁ、生まれたのは後のほうで妹なのに、甘え下手だし赤面多し。

「しかし、何も奪われてないなぁ、もしかしたら俺の部屋だけか?どう思う?」

 珍しそうに観賞用のミニサボテンを突付いていたサンサン死に問いかける、サボテンは枯れている。

 ”珍しいですよ、食べるデス、はぐはぐ、食死”

「‥‥いや、そんなもんの力を食ってどうするよお前‥‥はぁ、牛乳飲むか?」

 そういえば、そういった食物をやるべきだと今更ながらに気づく、その考えや良し。

『コロスッ、コロスッ!』

「‥‥それより、血をよこせと、ほい、噛めば?」

 俺はまた喉が渇いていたのでさっきの麦茶のコップにミルクを、少々混ざろうが気にしない。

 首元に僅かに噛み付かれる感覚を感じながら、血が”殺されて”飲まれてる、自分の中での循環。

 俺が白いミルクを飲み干すと、白いサンサン死の喉がコクコクッと動く、穴の開いた場所に小さな舌が進入して穿り返される。

 僅かな痛みだ、自分自身の痛みに何も気にしない、血が体を循環してるだけ、気にしない、気にしない。

「ぷはーっ、どうやら空き巣っぽいのは俺だけの部屋でアイドルのポスターを盗んだらしい、じゃあ、部屋に戻ってやっぱり、探すとするか」

 ずっと首に噛み付いて恍惚と血をすする己を無視して階段をのぼる。

 ギシッ、やっぱりな6段目のいつもの音、何故か僅かながらにも落ち着く。

 おいおい、首の人、いつまで血を啜りますか?

「ただいまー、はい、猫は寝てますっと、ん?メール?」

 受信っと。

『何だかタクシーの運転手さんがセクハラ的なしつもんを、たくさんたくさんするのですが、どう思います?』

今日メールをしたあの子から、何ともいえない質問だな、初めてのメールがこれかよ‥‥どうしよう、微妙に返しにくい。

 また受信っと。

『油揚げを買ったぞ、酒では無いんじゃよ?‥‥狐っぽいんじゃけど、どう思う?』

‥‥デジタル子狐め‥‥しかし、酒ではなくて油揚げ、あいつらしくなくて逆に怖い、とりあえず『怖いよ、お前』っと。

 またまた受信、もう、そんな連続でくると指痛い、ダルイ、誰だよ、差異。

『ん、後輩がいるのだけど、殺そうか、殺さないか、差異は悩んでる、指示は何だと問いかけるが?』

‥‥‥後輩って、だったら”俺”の後輩でもあるじゃん、殺す殺さないじゃない、正解は『生かせ』これでよし。

 それに続く形で沙希、一緒にいる気配がするけど、何だろうっと疑問、ああ、さっき冷蔵庫見たら卵切れてた、ありがち。

 ついでに買ってきてもらおう、受信。

『後輩を殺そうか殺さないか、どうしようかなぁ』

だから『生かせ、後は卵買って来てくれ』っと返信‥‥流石にもういないだろうとポケットにしまおうと。

『っぷぁ、コロス?』

 ヒルのように吸い付いて舌を使っていたサンサン死が不思議そうに携帯のほうに眼を向ける。

 生き物なら殺していいですか?‥控えめな感じでおずおず見つめてくる、他の姉妹は問答無用で壊して呪うのに。

 何て控えめさ。

「だーめ、さてっと、行くぞ、ん、鋭利?」

内容受信『夜の散歩中です、5人の後輩に久しぶりに会いましたけど、殺しましたよ?‥‥水って凄いですよねぇ』

 やばい、返信の仕方がわかりません‥‥そんなに殺したのかよ、とりあえず怒ろう。

『いいから、人に道を聞いてよいから家に帰ってきなさい、放浪癖を無くすように努力しよう、水は飲むものです』

 何か母親みたいだな、俺の返信内容‥‥まあ、よしっと。

「さて、盗まれたものは‥‥‥あれ?‥無い、無いぞ、ペッドの下にありがちに積んでいたあれがない?ってうおーい、ビデオも無い?」

 すぐに気づく、かなりのショックで地面に蹲る、メールの返信してる場合じゃない、盗まれたなものは愛すべきコレクションたち。

「こ、これだけか‥‥これだけを盗むために我が家の隙を突いて‥‥マジかよ‥‥‥あぁ」

 そろそろ今日の事件も終わりか、俺は幕引きで去りましょう。

「風呂入ろうかサンサン死、みんなも出して、今日は疲れたしな、ゆっくり‥温かいお湯に浸かろうぜ」

『コロスッ!』

 良い子だ、普段手の届かなかったところまで洗ってもらいましょうか、あれ?‥‥普段って、最初からこいつらは俺の一部だし。

 何言ってんだろ俺。



 蛇口を捻ってお湯を出す、ほわほわと白い湯気をたてる室内‥‥徐々にあがる室温に体が震える。

 気持ちいいなぁ、お湯を頭からかけて、ワシワシっと、洗う。

『エーッと、みんナッ、しっかりカラダヲをッ洗うデスよッ?』

『コロスッ!』『ノロウ、ノロウ』『壊すぅ?』

 いい返事だ、初めてのお風呂らしいから、しっかりと洗ってやろう。

「よし、とりあえずは噛まないで、生肌だから‥‥死ニィ石‥‥‥財布は外に出しておこう、濡れてもお札は使えるけど、何か嫌だ」

『の、ノロウッ!ノロウノロウ!』

 手に持っていたあの子の愛らしいパンダの顔の形をした財布、それを外に放り投げる、駄目です、我慢なさい。

「ちゃんと洗えよ、一応は女の部分だから差異たちの使っている無駄に高いボディーシャンプーをこれでもかと使ってやれ」

 一番精神的には幼い死の祝の首を掴んで引き寄せる、壊す壊すって、水面は壊せないって、殴るなコラ。

『壊すぅ?』

『エットデスネッ、水は怖いですヨッて、死の祝は、水が憎いッてッ』

 イメージ、実験の時の水のイメージ‥‥呼吸の出来ない中での戦闘訓練、ああっ、そういうことな。

 一番最初に生まれた死の祝は後期に続くための試作だから、いつ壊れても良いと無茶な訓練と称した実験。

 腹が立つ。

「壊さなくていいよ、一緒に風呂に入ろう、もう一度、怖くないから、なっ?」

 くしゃっと水に濡れた髪を撫でて、頬を引っ張ってやる、ムニーって、ほら笑顔。

 きゃきゃっと構ってもらえて嬉しいのか笑う、子供の無邪気な笑み。

『壊すッ、壊す!』

 水を”壊す”のをやめて、こちらに水をかけてくる、うお、眼に入ったし!?

「ほら、怖くないだろ?‥‥壊すとか実験だけじゃなくてだな、おもしろいもんなんだよ水は、浸かると気持ち良いしな‥体洗ってやる」

 青白い肌がお湯の熱気でピンクに染まっている、とりあえず死の祝に構いすぎて嫉妬している死ニィ石が頭に死ぬほどにシャンプーをかけてやがる。

 自分が洗ってあげるっと?‥‥頼むぜ本当に‥‥サンサン死は‥‥自分でテキパキと体を洗ってお風呂に浸かって『コロスぅ』とおばさん臭いため息を吐く。

 優等生だわ、本当に。

「ほら、うお、柔らかッ!?‥‥”俺”とは思えないな、むぎゅっと、この小さい手で壊すなよな、何でも、俺が言ったら壊してよいから‥ほい、後ろ向け」

『ノロウッ、ノロウノロウノロウノロウ』

 ワシワシッと頭を弱い力で一生懸命に現れる、”ノロウ”を要約すると”ほめてほめて~”とかそんな感じ、能力ないとこんなに弱いんだな力。

 改めて思うは少女の部分なんだな、やっぱ。

「サンキュー、次は死ニィ石っと、あれ?死四は自分で洗えるか?」

『大丈夫ですヨッ、でもホカノ部分はまだタタカッテますヨッ?良いんですかッ?』

 金色の瞳が、白い煙越しに俺を心配そうに覗きこむ、えっと、差異や沙希たちか。

「大丈夫だよ、それより俺たちはゆっくりしよう、それが一番‥‥サンサン死、しっかり肩まで浸かりな」

 何だか昨日までの風呂とは違って騒がしいが、これもいい。

 今回はこんなもんだな、俺。

「死の祝、こら、眼を舐めるな、そこは洗わなくていいの」



[1513] Re[26]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/23 10:30
 山都三月は能力者である、その若さで候補生を抜け出しA級にあると言うことは自分で述べるのもなんだが、優秀であると言える、候補生を卒業できるかは能力のランクは無論関係はあるが、一定の教えを全て終わらせなければ不可能、ゆえに能力以外に関しての全ても優秀だったのだ。

 そんな彼女には二人の尊敬する存在がいる、金と銀の姉妹、自分より年下で余裕と皮肉を撒きながら廊下を歩く姿が非常に印象的だったのを覚えてる、鬼島の短くない歴史において最年少でSS級に籍を置く姉妹、しかも末端などではなく最上級にある強力な力の持ち主。

 偶像ではなく実際に完璧にある存在、同じ建物に存在する二人に候補生などはすれ違うだけで廊下の隅にまで身を寄せて‥‥頭を下げる者もいる、それまでに憧れを受けるに相応しき方なんだなと、同じ職場で働きたいと願うのに時間は要らなかった、一度、現場教官として候補生時代に会った事がある。

 金の髪と銀の髪をした少女二人は、セットで扱われることが気に食わないのか、生徒に対するそれぞれの教えの違いを理由に、戦闘開始‥重症8名、軽症23名っと、そんな自体にも自分たちは悪くないと責任者に氷のように冷たい、幼いながらも美麗な顔で述べていたことを朦朧とする意識の中で見ていた‥‥ちなみに私は重症、弟も重症だった。

 やがて、候補生を抜けて、彼女たちと同じ職場で働くことになった、彼女たちはSS級なので会う機会は僅かだったが、事後処理の任務などで現場で幾らかの言葉をもらえた‥‥曰く『弟とは仕事をするな』曰く『中々に優秀なようだ』そのような言葉をもらえるだけで歓喜で胸が震えた、自分は彼女たちと同じ世界に生きている。

 あの人は空の蒼をも色あせるほどの美しい金の髪を有する、雪のように白い肌、冗談ではなくて外で会うときなどはこちらが日焼けに心配してしまうほどに透き通るように‥‥白い肌、触れたら解けて消えてしまいそうだと弟に話したら笑われた、顔は感情の変化に乏しい表情をのぞけば造形的に”少女”として最高のものだと、本当に完璧すぎてたまにアイスを舐めながら廊下を歩かれているとこちらが卒倒してしまいそうになるくらい愛らしかった。

 あの人は煌めく銀の髪を惜しげもなく世界に晒しながら歩く、双子であるからして”彼女と同じく”やはり肌も髪に負けないぐらいの白さを持っており、髪と合わさって”雪の妖精っていたらぜっーたいにこんな感じだねっ”と弟に言ったら笑われた、殴った、そして整った顔は様々な表情を持っており、全てに対して負の表情を出さない、美しくも幼い顔はそのままに、大人の知性さと子供の無邪気さを持って世間を闊歩する、『髪を差異のように伸ばそうかなって思うんだけど、似合わないかな?』食堂で相席になり問いかけられたときは死ぬほどに悩んだ、悩み続けて5日後に”短い今のままが一番お似合いですよ”と答えたら大爆笑していた。

 そんな愛すべき先輩が二人私にはいた、本当に可愛くて、綺麗で、愛らしくて、無敵で‥‥何事にも縛られない美しさと力は憧れを通り越し崇拝にまで。

 そして私は今、その崇拝対象者に闇夜の中で‥選択肢を与えられていた、弟は五月蝿いからと既に気絶させられてピクピクと痙攣している、まあ、大丈夫。

「ああ、恭輔がお前たちを殺すなと、ならば差異は見逃してやろう‥」

「恭輔サンが卵買って帰れだと、まぁ、仕方ないか‥‥サボったら怠慢だしね、コンビニに帰りによらなきゃね」

 そしてあれから僅かながらの時間が流れ、そこには”何か”に縛られた二人がいた。

 頼りない弟を背負って『■■■■ッ■!!』自分でもわからない”イライラ”を吐いて逃げ出した。

 帰って、お二人の関わった最新の事件の資料を、そう、何があったか知りたい。

 知らないと。



「それに関しては返答しかねます、そちらの都合で扱ってくれて結構、私たち姉弟は既に実家とは関係ありませんので」

 呼び出されたから、昇進だとしたらありがたい、そのような感情で上官に眼を合わせてやったのに、下らない。

「し、しかしだね‥‥君の実家の影響力、さらには恋世界の生れ落ちた神聖な家系だよ、無論君たちにもその高貴な血が入っており‥‥いやはや、それは関係なかったね‥‥”江島”は稀に見る”血統能力者”‥‥君たち以外にも優秀なものが名を変えてS級や本当に数名だがSSとしても力を振るってくれている‥‥‥長期休暇もあることだしね‥‥帰らないかね?当主であられる江島色褪(いろあせ)様もそれを望んでおられる、弟君に関しては君に一存すると言われてねぇ」

 取り繕った言葉は人の気分を不快にさせるとわからないのだろうか、一礼して去ろうとして椅子から立ち上がる。

 早々に去るべき‥‥いや、今回の誘いの理由ぐらいは問いかけるのが礼儀だろう。

「本家の方が直接‥‥来られたのですか?」

「そうだよ、えっと名前は確か‥‥「江島頬笑(えしまほほえみ)ってもんでしゅ」

 眉を寄せる、知った声だからと理由はそれだけではない‥幼い声のそれはあの忌々しい当主の付き人ゆえに。

「お久しぶりでしゅね‥ふむ、コレが成績の書類でしゅね‥‥色褪ちゃまにお見せしますからコピーさせてもらうでしゅ」

 いつの間にか出現した赤子‥空中に浮遊しながら机を漁っている、紺色のふわふわとした髪が外から入ってくる風に揺られタンポポの種の浮遊みたいに、能力者ではなくて、人工的に生み出された兵器の一種、江島の技術と念と集合体。

 江島頬笑、数年前に出会ったあの日のままに、黒い鞠ものような籠に乗りながら出現。

「あぁ、そちらはこちらでご用意を‥あ、あまり漁られると気分が良いものではなくてですね‥‥微笑さま?」

「ん?‥‥うっさいでしゅね‥ちゅーかん管理職が偉そうに‥如何でしゅかね‥あっ、お久しぶりでしゅ遮光ちゃま、壮健そうで」

 ふわふわとこちらの周囲を浮遊しながら赤子は微笑む、緑色の瞳が冷静に赤子の姿を借りてこちらを観察するのが、腹が立つ。

 何用だと眼で睨み付ける。

「今回の用件でしゅが、色褪ちゃまが‥‥‥まあ、久しぶりに孫の顔が見たいと仰ってでしゅね‥恋世界ちゃまに我侭を、って事でしゅ」

「‥‥私は一候補生であって、そのような江島家の当主に会うような資格は無いと記憶してますが?‥そもそも私たちをその期に鬼島から取り上げる気なのでしょう?‥‥他の方々をお呼びくださいませ‥お孫さんは私たち以外にもいらっしゃるのでしょうに」

 赤子などではない異端に口早に、鋭い言葉を投げつけてやる‥‥悪意を”赤子”に投げつけても涙はせずに。

 苦笑。

「そう来ると思ってたでしゅよ‥いいでしゅ、お二人がお元気かだけがご心配のご様子でしたでしゅ、それならそれで、恭輔ちゃまに声が?」

 久しぶりに他人から聞いたその言葉に肩が震える、拳を強く握り締めて”そう”とだけ、いや、感情は最ものせたであろう一言、しかしながら。

 何が本当の目的なのかさらにわからなくなった。

「兄さんに会うなら、お体のことを第一にと、伝えてくださるとありがたいです、近々に会えることも‥信用してよろしいんですね?」

 髪が僅かに揺れると共に殺気を放出する、僅かながらにも傷を付けてみなさい、コロス、僅かながらに心を痛ませて見なさい。コロス。

 僅かながらに涙を流してみなさい、コロス。

「それはもう、恭輔ちゃまは一番色褪ちゃまの”血”が受け継がれてましゅから、そちらの都合で”D”との劣等種扱いでしゅけどねぇ、どう思いましゅか?恋世界ちゃまの下僕ちゃん?‥‥聞いてるでしゅか、恋世界の下僕よぉ」

 赤子の、幼い赤子の姿を偽ったそれからも殺気が湧き出る、開発使用目的、兄さんの全体守護用に造られたCシリーズ、恋世界と色褪の創る化け物。

 その最終のC8が江島頬笑、対能力者用に調整されたモルモット的生き物、赤子で殺すは能力者のみ、実動機は一体のみ。

「そ、それらに関しては末端の私に言われましても‥‥”恭輔”と名づけられた存在は恋世界の管轄内であり、そちらにも我々にも干渉不可であります、そもそも‥‥いえ、何でもありません、はい」

 親戚からも、能力のなかった親からも、親戚からも、世界からも”痛み”を与えられる存在として兄さんは生を受けた、口惜しい。

 恋世界の真意はわからないが、私たちは江島の都合にも、鬼島の考えにも賛同も同意もしない、兄さんを護る、それだけに生きる。

 眼の前の赤子もそうであろうが、認められない江島の家系があるのも事実、壊したいぐらいに憎んでいる。

「まあ、良いでしゅ‥‥恭輔ちゃまの護衛に関しては”今期”が数名付いてくるでしゅし‥江島頬笑がやるでしゅ」

 独特のフルネームで己をあらわす、昔から一向に変わらない一人称、それなら僅かながらに安心。

「江島の今滞在しておられるものに、兄さんを傷つけさせぬように‥‥それだけです‥‥動くのですか?江島も」

「そうでちゅねぇ‥”今期”に数名貰っていただきたい”天然”と”人口”の候補もあがった事でしゅし‥‥みぃーっと、江島の同属取り込みは流石に色褪ちゃまが怒るでしゅから‥‥そちらの鬼島やら、楚々島やら、井出島やら、第一期、第二期やら‥他の異端組織の動向やら‥‥まちゅたく、嫌になるでしゅね‥‥それらの事態を解決するまでは動きたくても動けないでしゅから‥残滓ちゃまも邂逅したらしいでしゅし‥‥一族の恥でしゅね、まちゅたく」

「それなら、良いのです、では私はこれで‥‥ああ、忘れてました」

 立ち止まる、唖然とした上官と悠然とした赤子に向き直る‥いつものアレを忘れていたと気づく。

 髪をかき揚げて一礼して。

「それでは、ご当主のクソばばぁに早々に舞台から立ち去るように、伝えて”もらいます”恋世界にも同様のお言葉を‥兄さんは貴方たちのものではないので、では」

 バタン、部屋を出て足早に第6訓練室へと。

「やれやれ、ああ、貴方までの末端に伝えられている江島の情報を回収しまちたので、でしゅから去るでしゅ‥じゃあねー」

 欲のある赤子だ。



「色褪さまに‥‥今回も数名ばかりが鬼島へと」

「‥‥‥そう」

 空を煽り見て、当主はスズメに餌をやっているようだ‥‥仮面に隠された冷徹な瞳は何も映さないのだろう。

 少女の姿を借りて異端を生み続ける、当主であられる存在は完全であるぞ、自分の腰も低くなるのは無論であると。

「‥‥久しぶりに‥‥孫に会いたい‥‥呼んでくれますか?」

 すぐに興味が無くなったのか餌を全部地面にばらまく、ぱたぱたと赤き着物の中から泳がしていた足もとめる。

 自力では歩けない最強の存在は、瞳と口調は夢見るままに、願いを言う。

「は、はぁ‥‥しかしながらもっとも貴方の愛すべき遮光さま方は今や鬼島の方に、他の方々では駄目でしょう‥‥」

「‥‥‥恭輔に会いたい、呼んで下さい」

 端的に告げられた言葉に顔を顰める、あれは”恥”そのものだ、我々の血を汚す”恥”よりによってDの烙印、いらないもの。

 何故、高貴である当主の鈴を転がすようなか細くも美しい声でそのような戯れごとを言うのか、理解できない。

「はぁ、しかし”あれ”に関しては里のものが反対するかと‥あなた様の願いと言えども‥‥‥それはなりません」

「‥‥ならないのですか?‥‥‥そう、ソレは貴方の‥不完全な考えです‥‥‥そんな事じゃあ、あの子が泣いちゃうから、わたしも悲しいですよ」

 障子を開ける‥‥そこには仮面に隠された”無表情”に右手を振るって真空を生み出す少女、スズメは、スズメのままに死んでゆく。

「きみも死にたいのかな、造弦‥‥‥わたしはあの子に、会いたいと言いましたよね?」

 般若の面で顔を覆い隠した少女が、こちらを見る‥‥当主はお怒りのようだ、私の言葉に腹を立てている‥‥危険な空気。

「し、しかしながら、あのような実験動物に我らが里を」

「造弦‥‥二度は言わないんですけど‥‥‥会いたいから、呼んでくれますよね」

 色褪せてゆく気配、気まぐれの殺意は四散して消えてゆく、もう何も語る気は無いのか、”散歩の時間ですね”と下駄を”浮かし”履いて屋敷を僅かに地面に足をつけずに、浮きながら出てゆく。

「造弦‥‥20年尽くしてくれましたね‥‥消すのはヤですから」

「あ、ありがたきお言葉‥‥」

 この里は恐怖と神々しい少女に支配されている、なのに外なる世界から”恥”が”穢れ”が来る、心が停滞する、さめてゆく。


「ねえねえ、殺さなくて良かったのかな?‥恭輔サンはそう思ってたけど、後々に遺恨とか、そんなんで殺されかけるかもよ?」

「別に良いだろう、差異はそこまでは思わない‥‥‥‥雑魚は雑魚で終わるぞ?」

「うわ、ひどい」

 コンビニの店員に携帯で撮られながら店を出る、美しいって罪だよねとかそんな事を言ってもさ。

「差異だけ撮ればよいのにな、眼が腐ってるのか、ん」

とかそんな言葉しか出てこない相方が横にいるので何も言いませんよ。

「でもさ、何だか僕たちも利用されてる感じだよね、”仕組まれた”にしたら荒すぎるし‥雑だよね♪」

 思ってたことを口にしてみると、差異は血の付いたナイフをクルクルと回しながら、笑う。

「それはそうだと思う、っが、恭輔も差異たちも‥‥‥まだまだ”強固”になる‥うん、だからそれまではあまり物語りに関わらないことだな」

「その口ぶりは大体はわかってる系だよね、本当に恭輔サン以外はどうでも良いんだから、僕もだけどね、最初は後輩を傷つけるのは少しは気が引けるかなって、何でもない、恭輔サンの敵だもん‥‥殺したかったね」

 自分の言葉に何も動揺なんかしない、当たり前だ、愛するべき存在のために他者を殺すよりも、愛すべき自分のために他者を殺すほうが僕にはお似合いってね。

「だろう、しかし、まだ、足りないな‥異端の数で言えば過去のほうが多いのは”出来事”から関して事実、もっと逸れた、差異たちのような
異端が必要だな、ん、もっともっと、恭輔に与えなくてはな、それに関しては今回は良き出来事だったぞ?お得だったし」

「虎は目覚めて、死妹を食ったっと、成果はいいけど‥‥鬼島の連中が駄目すぎたね、最後まで顔ださないでうどん屋でうどんを食べてた子もいたし、死なないけど、駄目だね、本当にさ」

 後ろからおぼんをぶつけて気絶させたバンダナのあの子、うわ、駄目駄目だなぁ、怠慢だよね。

「しかし、うん、差異は役立たずを間違えて己にしなくて良かったと思うぞ?‥‥それら以外にも気になることは、あるぞ?」

「わかってるって、”江島”の事情でしょう、僕も知ってたよ‥‥‥知ってたけど”まさか”だよね、そんなのは早く気づくべきだよ、まったくさ」

「いや、恭輔から流れてくるものがそれに関してはあまり無い、一族は恨んでいても、それの束ねるものには恨みはないと見てるが?」

「ふーん、差異ばっか、恭輔サン無意識に教えるんだ、うっ、僅かながらにもやっとした」

 胸を押さえる、こんな事だったら”同じ部分”に会ったときに自分はどうなってしまうんだろうなぁ、キャラ壊れるんじゃない?

 本当にさ。

「さて、何かが街に来たな、明日ぐらいにご招待と差異‥‥踏んだけどな」

「たまには恭輔サン入れてさ、姉妹だけで乗り込むのも良いかもね‥‥怠慢じゃなくて、本気だけどね」

 江島さん?‥‥聞きたい事情が沢山ありすぎて、僕たちは困りすぎてますよ、あはははっは。

 ぐちゃ。

「電信柱に‥‥卵ぶつけるとは、沙希、うん、馬鹿」

「うっさいなー」



[1513] Re[27]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/23 14:03
 廊下を歩いていると大きなコブをしたバンダナさんがピョコピョコと歩いているのが見えた。

 新しくなった友達に”おやすみです”とメールを送りながら‥これじゃあ恋人見たいじゃないですか!?

 落ち着け自分、息を大きく吸い込んで目の前を早足で歩いていたバンダナさんに駆け寄った。

「塁泉さん、どうでした?」

 途中まで同じく行動、あの戦闘の最中に戦線を離脱したらしい彼女、メールで”お腹すきましたから、うどん食べて帰ります”

 タクシーの中で見たときは自分も文句を言えなかった、何だか下らなくなって仕事を放棄したのは自分も同じ。

「ああ、貴方は‥‥生きてたんですね、メール返ってこなかったから死んだのかと‥‥申し訳ないですが”今回”はうどん食べて終わりです、途中でおぼんをですね‥‥ぶつけられたりして、いたたっ」

 無表情に呟く彼女、本当なら隙をついて”新しい友達”を捕獲するはずだったのに、信用はしてなかったが、何故だろう。

 不思議だ。

「うどん‥‥好きなんですよ、ほっといて下さい‥”彼”に手を出すのはお家で禁止されてましたし、なむなむ」

 バンダナの中から見える瞳は何もうつしていない、事実を淡々と述べている、お家?

「あのぅ、話していることがよくわからないんですけど‥一緒に怒られてくれますよね?‥だって貴方の責任が”全部”ですもんね、よーし、それでは出発です」

 襟をつかんで引きずる、さりげに寮の方向に逸れようとしていた‥‥彼女、逃しはしない。

「あー、やっぱり無理ですかね、逃げるのは‥‥貴方に呼び止められた瞬間に全力で逃げればよかった、余裕キャラは損です、損、そしてそこ行くお二人さん、貴方たちも一緒に怒られましょう」

 いそいそと、建物の影から姿を現す三月さんと巳継さん、二人ともわりとボロボロだったりするのが大きな疑問。

 えっと、”彼”と戦ったのですか?

「はぁ、ばれちゃったか‥何食わぬ顔で新しい仕事もらってさっさと去ろうとしたのに‥調べたいこともあるし‥弟は役に立たないし‥はぁ」

「オイラに言われてもねぇ‥‥それでは、みんなでこわ~い責任者に怒られに行きますか、はい、反省理由」

 巳継さんの指がビシッと自分の目の前で、って自分ですか!?‥‥えっと、えっと、責任は全部塁泉さんにありますし。

 あるとすれば。

「えっと‥‥‥ずっと新しくできた友達と勤務中に遊んでたことでしょうか?」

「それなら、こちらは”うどん”を勤務中に食べたくなって戦線撤退した事ですね‥‥後は実家の宗教上の理由とか何とかかんとかで」

「っでオイラ達が、二人の天使に理由もわからずにボコボコっと‥‥やべぇな‥‥‥あの上官に殺される‥って真面目に働けよ君達」

「うぅ、こんな理由で説明通るかなー」

 ギィ、流石に人通りも少なくなってきた廊下で、一つの部屋のドアが開く‥‥126番。

「テメェらの素敵な口上は聞き飽きたぜ‥‥‥安心しろ、暫くテメェ達はオレの下で素敵で無敵な合同任務だ、まずは、燃えたい?溺れたい?
‥‥‥SS級の選炎選水の若布‥‥全力で力を行使してやるぞ‥それと塁泉、テメェは許す、”あいつ”がいたならうどん食うしかないわぁ」

 何故か一人を残してお仕置きタイム‥‥反論はしません、何か理由があるでしょうに、でも、やばい、彼にメールを‥‥”死ぬかもしれないです”‥‥さあ、受けようじゃありませんか。

 燃えたり、溺れたりのお仕置きを。



 皆が焦げたり、水で”膨れたり”そんなのを横目に椅子に座る、うどんだけではお腹がすきますね、やっぱ。

「塁泉、宗教上ってのは、実家の、”江島”絡みって事だよなぁ、オレとしても実家と仕方なく言うけどよ、いたのか?」

「‥‥ですね、事実、持っている空気が色褪さまと同じく‥‥しかし、それに関しては鬼島も理解しての事でしょう、うどん屋で意識浸透にどつかれましたよ、って事は最低でも彼女は取り込んだと見て間違いないかと‥‥‥殺すには手間が要ります」

 我が家の恥として生まれた少年、好きとか嫌い以前のレベルで親に叩き込まれた”色褪さまのお許しあれば早々に殺すのに”それだけ。

 別に恨みはないが、災厄として事実生まれたのなら殺さないといけないのも事実、まさか鬼島の任務にて彼を見つけれるとは。

「オレはあいつには手をださねぇよ、実家の教えも知らん、するなら勝手にしろよ‥‥くだらねぇぜ、ったくよぉ‥」

「それは貴方が謀反者で鬼島に完全に移ったからですよ、薄いとは言え色褪さまの血を、SSの力を天から頂いたのに、無礼じゃありませんかね?」

 例え相手がSSでもそこは譲れない、睨み付けると彼はおもしろそうに目を細めてタバコの煙を吐き出す。

 横では物凄い顔をした皆さんの顔が‥やばい、シリアスなのに笑いそうです。

「無礼?‥‥オレはあいつとは仲いいんだよ、弟みたいなもんだ、テメェのムカつく言葉聞くたびに水圧間違えそうじゃねぇかよ、ああん?」
 
 始めて見る優しい彼の瞳にムッとする、そんな彼の顔は見たことがない、しかもよりによってその対象が、おかしくないですか?

 ここにいる理由が、自分がここに望んで入った理由がわかってるのですかね?‥‥追いかけてきたのに、鬼島まで。

「あれは、穢れです、恥です、そして‥‥‥鬼島と江島の、全ての異端の戯れから生まれた化け物ですよ?いえ、全ての異端に通じる」

「それがどうした?B級がそんな内部に通じていることを喋ってたら、痛い目見るぜ、”江島塁泉”‥‥また、ここを出れば他人だかんな」

 お仕置きは終わったのか、力を解いて、解くと同時に恐ろしいほどの形相で呼吸をしている三人が目に入るが無視。

「じゃあな、明日からテメェ等はオレの下で死ぬ気で働いてもらう‥今日は体を休めるように、あいつを殺そうとしたらオレがテメェを殺す」

 女心をまったく理解していない彼は去る、そういえば、彼の昔のことを知らないのも事実なのですね。

 穢れと通じるなんて、どんなおもしろくもムカつく過去があるのでしょうか?



 この里に何かおもしろい”存在”が来たらしい、当主がひどく嬉しそうで、長老連中の顔が厳しかったのが虚ろに記憶にある。

 オレは炎をボウボウと、森を何をするわけでも燃やしていた、後で水で消せばいいし、それでいい。

「うふ~ん、若布ちゃ~~ん、待ってよ~~~~~ん」

「うっせぇな、ついてくるなよ芳史(よしふみ)‥‥それと女言葉は使うな‥燃やすぞ」

 見るに耐えないオカマに絡まれながら道なき道を歩く。

 オカマの芳史は幼馴染であり悪友、常に何故か一緒にいたし今でも鬼島の中で一緒に働いている。

 無駄に恵まれている体格と額のホクロが本人曰くチャームポイントらしい、この頃には奴のそんな言葉も”ふーん”と聞き流すようになっていた。

 親指を噛みながら涙目で睨み付けてくる奴はまさに悪夢そのものだったが、現在進行形で。

「ねぇねぇ、今日って色褪さまの外に出ていたお孫さんが来ていらっしゃるんですって、知ってる?ねぇねぇ若布ちゃ~ん」

「ねぇねぇうるせぇ、知ってるよ‥‥能力なしのガキから生まれた奴らだろう?‥‥ったく、くだらねぇ」

 茂った木を見る、右方向にナイフ傷、帰り道はこっちだな‥‥おっ、野ウサギだ、可愛いじゃねぇか‥オカマを視界から追い出す。

 走り去るウサギを見ながら淡々と、ここら辺で能力で遊ぶのはやめるとするか、また山火事にでもなったら親父に殴られちまうし。

 下らない思考。

「そこの子供が無茶苦茶綺麗なんだからっ!血が濃く具現してるって、爺さんたち喜んでたわよ?‥冷たい感じの女の子だったけど、きぃ~~~~、オカマの嫉妬を受けるに相応しいわ!」

 鼻息の荒いゴリラを嗜めはしない、無視をして足を進めるのみだ。

「でさ、何だかおかしいのよ、そこの子供達、一人だけ、色褪さまが抱いててね‥いや~ん、Hな意味じゃなくて、車から出すときに当主直々に、眠ってのかしら?‥わかんないわねぇ‥‥怪しくない?」

 目が鋭くなる、こういった時のオカマの話は聞くに限る、やっと知性が僅かに出やがったオカマ、そのために外に出たのに。

 大人に聞かれるのはまずい、世界は広いことを知っているオレたちには里に起こる異変はなるべく追求するようにと、そんな信念があった。

「ああ、当主が自分から誰かを迎えに行くなんてありえねぇ、遊びで里のガキを殺すような奴だぜ?‥血が薄い奴に関しての態度は本当に悪魔そのものだしな」

「隣の来夏(らいか)も言ってたわね、大人は子供を侮りすぎてるってね、どうせ、私達のようなランクの高い子供はいずれ鬼島へ献上されるわけだし‥‥‥おかしいと思わないで過ごしているガキはムカつく限り、蒼繕(そうぜん)とか何て、当主のために死ぬとか言ってるものね、気持ち悪い」

 洗脳に従わない子供もいる、洗脳とは全てを消して新たな概念を無意識に植えつけられる、親の教育、里の独特の閉鎖された空気。

 それでも賢いガキはいる、違和感を覚えるものだっている、自分もそんな”普通”のガキの一人、横のオカマを合わせて二人。

 もう一人の幼馴染の来夏を入れて三人‥‥従わない子供。

「そういえば蒼繕の奴、そのお孫さんにお熱なんだってさ‥‥うふふ、あいつも可愛いとこがあるじゃないのよ」

「‥‥あいつがか?‥‥人間の心持ってたんだな、オレはその事が驚きだぜ‥‥ん?」

 足を止める、何かの気配を感じた、今度はウサギじゃなくてもっと大きな気配。

「あら?‥‥‥猪か何かかしら?‥‥‥捕まえて帰ろうかしら?‥ママも喜ぶわ」

「‥‥里の連中にもわけてやれよ、オレが水で止める、お前はいつも通りにその馬鹿力で後ろから猪をドツケ」

「ドツケって、叩くと言って欲しいわねん♪」

 下らない会話、下らないやりとり、しかし身は戦闘態勢に‥‥まあ、今日の晩飯が少し豪勢になる程度の喜び。

 ガサッ、眼で合図をして飛びつこうとする前に、”そいつ”は自ら出てきた。

「えっ、と‥‥ど、どうしよ」

 真っ白い服に身を包んだそいつはオドオドと見上げてくる、気持ち悪いほどに肌が白い、日に当たっていない人間特有のソレ。

 体のあちこちに擦り傷らしきものがあるのが、こんな山暮らしの中の人間からしたら幼児的な稚拙な結果、自然と近寄って傷口を見てやる。

 後ろでオカマが叫ぶが気にしねぇ。

「っと、おいテメェ、こんな軽装で山に入って迷子とは、偉く余裕じゃねぇか、芳史、絆創膏持ってるか?」

「も、持ってるけど、その子」

 何かに怯えるように、一歩下がるオカマ、こいつが怖い?まさか‥‥体の弱そうなクソガキじゃねぇか。

「あ、あの、ここ、ど、何処ですか?ここ」

「‥‥‥焦るな、落ち着きやがれ‥‥傷口はこんだけだよな?‥‥ちょっと服どけろ、みしてみそ」

「うわ、きゃっ」

 きゃって‥‥女じゃねぇのに変なの、つうか小せぇなぁ、白いし‥マジで女みてぇ、飯食ってるのか?

 座らせて治療してやる、っても消毒液つけて絆創膏貼って、軽くハンカチでっと、よし。

「あ、あの、こ、これは」

「ちりょー、治療だよ、んで?‥‥何処のガキだ?‥里じゃあ、見たことはねぇな」

 何故か突然にあたふたと、効率の悪そうな動きをしながら逃げ出そうとするガキを掴む、”うーーっ”逃げようと努力してるけどな。

 オカマがそういえば何か言ってたな。

「芳史、こいつの事知ってんのか?‥‥ちんまりしてて、女みてぇ、うら」

「うあー、は、はなしてーーー」

 ガサッ、再度の草の擦れる音、今掴んでいるガキと違ってまったく気配を感じなかった、情けないことに体が一瞬震えた。

「兄さん」

 ”女”が横切る、まるでオレの姿は見えてないというように、ただ一点を見つめて横切る、痛い?

 腹から、血が出てる‥‥それが、銀の閃光のせいだと気づくには、幾分かの時間が必要。

「ああん?」

 阿呆みたいな疑問が口から、オカマの青白い顔が遠くに見える、遠くに‥‥地面にゆっくりと倒れる自分。

 何でだよ。

「若布ちゃん!?」

 抱き起こされる、何って胸の分厚さだよオイ‥香水と汗の臭いが混ざり合って気分悪い、血が出てるだけではなくてな、きもちわりぃ。

 銀のナイフを持った女‥‥オレより年下のガキは‥そんなオレに一瞥もせずに向かう。

「兄さん、勝手に外を出歩かれては‥心配します‥離れないで下さい」

「だ、だって‥‥こんなところに来たの初めてだから‥えっと」

「‥‥‥お手洗い時に逃げましたね?‥‥そちらまでご一緒のほうがよろしいですか?‥あぁ、それと外にはこのような害虫がいるのでお気をつけ下さい‥‥ナイフ、刺さりました?‥初めて人を刺したので勝手がわかりませんでしたけど」

 こちらなど気にせずに淡々と告げるクソガキ、本当に虫を見る眼をしていて、もう一人のガキは何が何だかわからずに戸惑っているようだ。

 こちらのほうが戸惑ってるぜ、ったく‥‥ああ、痛ぇ、当主の直系のガキだよな?‥めんどくせぇ、一緒じゃねぇか。

 こうやって虫を殺すように人を傷つけやがるとこが、ははははははははっ、良く似てやがる。

 ということは、あの横のもう一人のガキが‥件の、だよな?痛さを、吐き気を無視して立ち上がる、突然の悪夢には怯まねぇ。

「‥‥‥兄さん、行きましょう、色褪さまが‥‥‥”試したいこと”があると、お護りしますので、安心してくださいね」

 自分より僅かに背の高いガキの頬を撫でて、手を引く、呆然としているオレとオカマは無視かよ‥‥刺したナイフをテメェの胸元に挿入したいんだけどよ。

 その後に溺れさして燃やす、徹底的に。

「あなた方も、兄に近寄らなければ刺しもしませんでしたよ?‥同じ化け物の血を持つ者、仲良くするようにと両親から教えられているので‥今、手を出せば色褪さまに処罰されるのはあなた方とご家族かと‥‥”お気に入り”ですので、こちらには処罰は来ませんよ?どうしますか‥ご返答を」

「‥‥あー、フラフラでムカムカする、ただの散歩で刺されて血が出て痛いってか?‥普通に聞き流すような展開、許せねぇな‥‥しかもそんな卑怯な手の回しようでお兄ちゃん、過保護ってか、過保護で刺しますか?そいつの横にオレがいただけで‥どんな兄妹だよ」

 血を止める、こいつも水分‥‥十分に操れる要素を持っているっが、余分なものが多すぎて力を多く使う‥さっさと帰りてぇ。

 動こうとしたオカマを手で止める、厄介ごとがおもしろい事を背負ってやってきたのだ‥殺さない。

「そこのテメェの兄貴な‥‥最初は”普通”かと思ったが、違うな‥テメェの方が”似てる”かと思ったけど、そいつも違う‥‥芳史‥‥そこのガキ、似てねぇか?‥‥‥‥”普通”だけど、普通じゃねぇ‥ご当主様にな」

「‥‥えっ、そんな事はないとおもうけど‥‥それより、若布ちゃん、血が」

「大丈夫だよ‥‥おもしれぇ、このくだらねぇ里で、くだらねぇ事で生きてたのに、こんな異分子をな、見逃すかよ‥‥似てるとおもわねぇ?
ああ、オレもおもわねぇ‥でも似てる、そっくりだ、何かと聞かれたら困るけど、何かがまったく一緒だぜ」

 オレの言葉に僅かに強張ってゆく女のほうのガキ、白い頬が赤く染まってゆく、人形みたいな冷然とした顔に何かが灯る。

「兄さんは誰にも似ていない、至上のものです、それはこの里のものに対しては光栄かもしれませんが、この身に関すれば最高の無礼です、謝罪してくださいませんか?‥‥‥それとももう一度刺せば貴方のその五月蝿い口もお静かになるのかしら?」

「‥‥‥チッ、口うるさいガキだぜ、暫くこの里に滞在するんだろ?いろいろちょっかいかけて、教えてもらうぜ、行くぜ芳史‥いたたっ」

「ちょ、ちょっと若布ちゃん!?」

 ふら付く足に力を込めて前に前に歩く、おもしろいぜ‥‥本当に‥‥これで少しは色々と知ることができるかも知れねぇな。

 先ほどの味気ないイメージと違う‥‥おもしろい兄妹、外界からの直系、大歓迎だぜ。

「あ、あの」

 呼び止められる、あまり人に話したことがないのか、高いけど何処か掠れたような声、あのガキの声。

「あん?」

「あ、ありがとうって言わないと‥‥駄目です、ありがとう」

 稚拙な言葉、オカマは眼を見開いて、何処か優しい目つきになり、女のガキは親の敵のようにオレを睨み付ける。

 そしてオレは。

「ああ、その馬鹿妹に今度は嫉妬やらで刺すなって言っとけ、本家の屋敷にいんだろ?明日いくわ、じゃ」

 約束を押し付けて傷口を押し付けて、ゆっくりとした足取りで里のほうへと向かった。

 それがあいつとの無茶苦茶な痛みを持つ出会い。



[1513] Re[28]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/25 08:33
 ざわめく音を聞きながら、敵が現れたら粉砕して、いなければ何も無い空間を無言で攻める、出現すれば即死のルール。

 容易い実験に付き合いながら、”変化”して伸びた手足を振り回し、壊す、なぁに、何ておもしろい事実だろう、悔しい。

「これで終わりなら調整に入るゾ‥‥‥もう、疲れタ」

 コキコキと鉄の塊の残骸を、空き缶を開けるような音で素手で掻き分けて、この場を去ろうとする。

「少し待て、今日は貴様の開発理由である”アレ”がこの里に輸送されたと聞く、会ってもらおう」

 アレ?‥‥ああ、自分が生み出された理由である”アレ”生れ落ちてから既に1年半、そういえばそんなことも忘れていた。

 おしゃぶりを無表情で吸いながら、自分の”調整者”を鋭くにらみつける、ほら、眼を擦らす。

「な、何だ、その眼は、私は!」

「知っているゾ‥‥調整役を仰せつかったエリートさまだロ、五月蝿いから暫く黙レ、手元が狂って、狂って、狂って、脳みそまで狂ってさ、殺したらどうすル?」

 カタカタと未だにしつこく蠢く人型をした人形である鉄の塊、電子音を放つそれを持ち上げて微笑む、肉も鉄も死ぬときは震えるとは。

 どちらが”本物”かわからないな。

「ちぃ、精神の安定さが唯一の失態か、そのように創造主に歯向かうとは‥‥もしもの場合の貴様の廃棄を決定するのは私なのだぞ?」

「ほう、ほうほう‥‥ならば貴様を処分すれバ、ソレはあり得ないナ、殺るゾ」

 トンと、機械の塊を掴んで投げる、人型の機械が人型の肉に当たって互いに相殺できるのか?興味が尽きない‥おもしろいナ。

 消えろ、死ね、滅びろ、調停者を殺すのはこれで111人目だナ、愉快痛快ナリ。

「ひびぃ!?でふっっぅ」

 グシャ、回転しながら顔面にキスした鉄の人形と、ベッドに勤しむように共倒れ、それを冷たい瞳で見ながら。

 いつもの幽閉場所に帰ろうかと、足を速める。

「‥‥また殺しましたね‥‥‥ん、血は薄い子だ、味でわかります、片付けなさい」

 突然に出現した、浮いている般若の面の少女はそれだけを、死体の肉片を口に運んで、”それだけ”言って、冷たい当主だナ。

 一応はいつも通りに。

「やあやあ、色褪さま‥こんな下作品(げさくひん)に何の御用かナ?もしかしたら自由をくれるなら嬉しいゾ」

「ソレはヤーです、ヤー、貴方には私の濃い血を与えていますので‥」

 ふよふよと、漂いながら、羽のように風に身を委ねるように、手に何かを抱きながら微笑む。

 いや、正しくは微笑むような嬉しげな声音をしているって事しかナ、わからん。

 機械と肉がのめり込んだ大木に背中を預けて、睨み付けながらも、言葉の意味を追求する。

「それだったら、江島頬笑のような化け物を沢山生成すれば良いナ、どうなのダ?‥‥”人工”と”天然”の違いはどうゾ?‥くっ、あはははは」

「‥‥‥‥安心して、わたしの血は”人工物”には受け入れらないですから‥‥この子が、わたしの全ての血を」

 何かをゆっくりと地面に下ろす、何か?‥‥動く、こいつを殺せということか?まだ実験は続いているのか?‥前にもこのような戯れはあったしナ。

 今まで誰かを殺して目の前の少女に叱られたことはない、だったら、このタイミングで蠢く生き物は、殺したほうが良いのカ?

「‥‥”殺せるなら”殺したら?‥‥‥‥ほら、きみ‥殺してよいよ、やってみて、殺ってみて下さい」

 何処か鼓舞するような当主の声に、疑問を感じながらも構える、殺したほうが良いのカ?

 どうせなら命令してくれたほうが楽なのに、殲滅兵器である太陽の洗礼で発現せし紅爪(あかつめ)を伸ばす。

 空気を喰らい増幅するのは異端の力、遠離近人のドレの力だったカ?忘れてしまった‥‥どうでも良いゾ。

 殺すのに向いた武器なら何でも良いゾ。

「いいゾ、命令を当主、従ってやるゾ?‥‥‥‥‥道具を使うのには行動が必要だからナ」

「‥‥‥”殺せるなら殺してみて下さい”」

 御意っと、ヒュウと軽く呼吸をして、身を引き締めると同時に飛翔、地を蹴らずに異端の力にて近寄る、我二敵ナシ。

 紅い爪をあの小さな蠢くものに刺し込んで、今日は終わりだ、寝よう、寝る、まだこの身は完璧ではない。

 調整が必要だナ。

 シュッゥゥ、地面をバターを溶かすような音で蹂躙する紅い爪、これで何処まで伸びているかは理解出来ない敵がいる。

 後は空に向けて一閃、それを走らせば、あれは真っ二つになる、真っ二つで生きているのは珍しい、生きていたら‥畳み掛けるようにもう一閃。

 それで行こう。

「あ、あの、色褪?‥‥‥早く帰らないと、外が暗い、お、おか‥さんに、怒られる」

 声が聞こえた、オドオドした声に、体が微動も出来なくなる、突然の停止、紅い爪は消失してしまい、武器も失う。

 声が出ない、声も失う、体が動かない、神経を失う、瞬きできない、視点が捕らわれる、心がざわめく、激しい脈動と感情。

 これは何ダ?

「いいのですよ、あのような薄き存在に従う義理はないのですから‥‥我が子ながら」

「色褪?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥馬鹿ですね」

 長い沈黙で毒舌を吐きながら、ソレの頭を撫でる当主、白い服に、式服に身を包んだソレの瞳がこちらに固定される。

 驚いたような、事実、驚いているのかクイクイっと、己より僅かに背の高い当主の赤い着物を引く、きゅっと手で握り締めて。

「あ‥‥の子だれ?」

「あなたの下僕ですよ、好きになさい‥‥では、わたしは」

 シュンッと影に吸い込まれて消えてゆく異端の長、般若の面の下は恐らく満面の笑み、してやったりと。

 自分の保護者がいなくなったのに不安を覚えたのか慌てるソレ、先ほどの言葉の意味も理解できていないのか。

 こちらに近寄ってこない‥‥‥精神年齢は置いといて、今の姿なら自分のほうが容姿に関しては大分年下なのだがナ。

 言わないが、そんなヒヨコのようなソレに保護欲が出てくるのは、違う、それは江島頬笑が言葉を知らないだけ。

 感情を扱えないが、もっともっと、深き感情、作られた、造られた、創られた理由を肯定する存在、だから殺せなかった。

「‥‥‥‥ああ、貴方様が‥‥そうカ、不安ですカ、こっちに来ると良いゾ」

「あ、あの」

「ほら」

 引っ張る、自分の手は血で濡れていないナ?‥彼を汚すなら己でも滅ぼさないとならない、右手が汚れていたら右手を折る。

 左手が汚れていたら左手を切り、首が汚れていたら首を、そして穢れなき体で彼を抱きしめるのだ、名を問おうと思う。

「‥‥名を問うナ、貴方様のお名前を、この下らぬ作品に、生きる意味を‥‥」

「‥‥‥え、えしま、きょーすけです、恭輔って字は‥‥うんと、たしか」

 瞬間に、跳ねる、足などは動かさずに浮遊しながらの移動、刹那の瞬きで、地面に刺さる銀の鋭利。

 ナイフ。

 それは人を殺すものであり、自分を殺すものではない、自分は化け物だから刺さっても平気、むしろ刺さらないカ?

「この子供の手でナイフを投射は無理ですね、御機嫌よう、死ねばいいのに」

 後ろから”少女”に抱きすくめられた恭輔サマは目を瞬かせながら、泣き顔のように、とりあえずは唸っている。

 ”どうしよう”と聞こえるのは、どういった事態ダ?

「遮光?‥あれ、出口でまってろって‥‥色褪言ってたよ?‥怒られるかも」

「このような事態があるからですよ、兄さん、そちらの玩具も自分の立場を理解出来たようですし、ナイフで刺し殺す必要性はありましたでしょうか?」

 悠然と恭輔サマを抱きしめて、こちらを見つめる瞳がある、力がそろそろ尽きるのだろうか、手足に力がなくなってゆく。

 でも赤子の姿でも、何かこちらが恭輔サマに行動を起こすだけで、殺そうとするなこの”女”は。

「さあ?‥‥貴方があの遮光サマですナ、御噂は聞いています、はいはい、そっくりですナ、色褪サマと」

「‥‥‥やはり当てないと駄目みたいかしら?‥‥ふふっ、貴方の血が赤色なのか少し興味が出てきましたのが不思議ですわ」

「だ、駄目だよ、さっきお話して、えっと、わるい人じゃないから、何もされてないよ遮光」

 彼女の黒いワンピースの縁を引っ張って止める努力、それに対して優しげも不思議そうな、空虚のような淀んだような。

 愛するゆえに淀みが純粋にさえ見える瞳で遮光サマは問いかける。

「だって兄さんとあの方は仲良さげに”お話”されていたではありませんか?‥‥‥兄さん?‥‥心配して言ってるのですよ?」

「遮光‥‥‥で、でも」

 小さな口を人差し指で遮る、何処までも優しい空気のままに彼女の微笑みはさらに空虚になる、色を失ってゆく。

「兄さん、依存するのは私と”光遮”だけで、それ以外を望まれるのは不必要ですから、いらぬものに兄さんが汚されるのは気分が悪いです、吐き気がする、絶対に不必要、故に殺します‥‥だけど望んではしません、兄さんは”いい子”なら、わかりますよね?間違ったことを言ってますか?」

 幼子が屈折した独占欲を述べる‥‥それに対して何もできずに見つめる、何もできないではなくて、自分と同じなのだと。

 でも、ここまでは歪んでいるのかナ?

「ああ、貴方はそう言えば、兄さんのためだけに生み出された、玩具でしょうに、誓いますか?」

 圧倒的な存在的を有する少女、単純な、阿呆な言葉で言えばカリスマとも捉えられる存在感。

 ああ、この里では血が具現してるとさえ言われる神聖な血統覚醒、それを持っているのですネ。

 幼くても冷たい美貌で睨まれると‥‥何処かゾクゾクとさえ感じてしまう、しかし、尽くす相手はその隣にいるお方。

 何処か空虚な瞳で、何を言うわけでもなく佇む存在、それは、何も知らない里の連中からは頼りなくか弱げに見えるかもしれない。

 違うのだ、”今”は何も無いだけで、空虚とは、”ある”空虚とは‥限りない無限の可能性をも有する、それ以上に世界に認められない存在感。

 この世界にあり得ない存在だけに、包む空気か常人には認知できないのだ、素晴らしい。

「江島に江島頬笑は今を持って全てを捧げますゾ、っが、そちらの方も約束を違えたら、無名の約束をナ、その方を護るための仮初の忠誠ですゾ、気をつけるように、あはははははははははははははははは」

「ふふ、望むべくしてのこの時間、私は逃がしませんよ、兄さん、それでは、この場は去りましょう」

「遮光ッ?ぅぁ」

 唇に吸い込まれるように、幼子と幼子の唇が、舌が絡む、こちらに見せ付けるような氷の、炎を宿した氷のような絶対零度の、正反対のものも宿した瞳に射抜かれはしない、この兄妹はこの在り方でしかこの冷たい世界では生きてゆけないのだから。

 泣きそうになるほどの少女の独占欲如きで、馬鹿にしてもうろたえる必要性は無い、それが邪魔になれば少女も江島も抹殺対象なだけだからナ。

 ポンッっと解ける、己の体、おおっ、お二人とも空気を忘れて眼を点に、舌絡んでますよ?唾液が糸を引いてえろえろでしゅよ。

 でしゅ、戻ってしまったでしゅ。

「恭輔ちゃま、奴隷が如き我が身を捧げましゅ‥‥今日からは飼い犬に成り下がってやるでしゅか、やれやれでしゅ、でしゅましゅでしゅましゅ、さーてと、この里で気に食わない奴がいたら仰ってくだしゃい、螺旋のように体をして、木に巻きつけておもしろい殺し方しましゅから、きゃははははははははははは、むう、粉ミルク‥‥‥喉乾いたでしゅよ~」

「‥‥えっ?」

「兄さん、だから変なものが、近寄ってくるのですから」

 その前に舌を絡めるなでしゅよ、いい加減に赤子の前でそんなものを見せ付けるなでしゅ。



「Aシリーズに関しては、とても、精神が安定しておりません、やはり原型を留める具合には、それは無理との、Bシリーズではかなりの良作が、B1のアルビッシュ=ディスビレーダの戦闘能力はかなりのものでこれに関しては干渉の必要があり”アレ”が望むなら取り込むことも良しかと、しかしそれでは外部的な行動が不可になるので、やはり一部よりは”忠誠”のほうが良しかと、良しかとばかり言ってますね、ふん、それとDシリーズの開発はかなり難しいものがあるかと‥‥人口生成ではとてもとても、残った”残滓”のデータを幾分か参考に、考えてますが、本来なら自然に生まれるべくしての化け物、同じものは‥無理ですね、ええっと」

 長々の話を、長々と聞き流し、般若の面を僅かながらに外し、微笑する。

「アルビッシュ=ディスビレーダに関しては同型のビルビッシュがいたの、西洋かぶれの術術術(さんじゅ)の分野の技術もそこそこに信用できるのう、簡単な論理で難解なり、本来の術とは、不可能を可能にすることなり、ならば魔術、魔法、能力、それらに縛られて無理が通らんのは真の力ではなし、アルビッシュ=ディスビレーダは奇跡を体現せし、しかしながらの」

「やはりの巳妥螺眼と名のつく単体の魔法には勝てないですね、あれは論理ですから、全ての世界の法を司るとは”奇跡”でも対抗は出来ません、千年に一度の化け物なら対処の使用が、あれは」

「三千年に一度の化け物と予想、一種の怪獣‥‥‥我らが世界ではカテ瑠イ島(かてるい島)に住まう呼応ガ獣(こおうがじゅう)のようなもの、そういえば、2期では、八十メートルを超えるものも”取り込まれた”とか、異端ならば何でも良いのか、化け物が!」

「‥‥‥それかと、あのような化け物に襲撃されれば我らも滅びる、世界さえ違う呼応ガ獣すら境界を無くすとは、恐ろしや、恐ろしや」

 老人連中の言葉はおもしろい、欠伸をしながら煎餅をパリパリッと、そして般若の面を被る、誰もこっち見てないし、ばれてない。

 安心しました。

「3匹の呼応ガ獣に関しては情報が、”雷羅守”(らいらもり)”スサノオ””一二三”(ひふみ)それぞれに、原型は蛙、百足、爬虫類の王かと、それぞれ生まれた経緯は災害発生、論理発生‥‥‥何千年もの間の長寿による神話のレベルに己の駒を移動と、それらは”アレ”に忘れられてからはカテ瑠イ島の深海に眠りに、2期の、他の異端である残滓らに関してはこちらの追尾を全て殺しつくしております‥‥‥一期であった最強である自然発生型の怪獣の獣死呼応(じゅうしこおう)も既にロスト、黒狐と名のついたアレは今は動く気はなし、後は‥恋世界は独自でのアレへのアプローチをかけてきています、同じく自然発生型の”モロス”も」

「もう良い、異端、異端、異端、呼応ガ獣、そして映画のように他国の気まぐれが‥くそ、そこから生れ落ちた怪獣?大概にしろ‥‥‥”アレ”はそれらを己の一部にしても、まだ取り込み足りんのか‥餌はやり続けんといかんのはわかるが、こ、これでは」

「力を増強さすだけかと?‥‥しかしながら、”アレ”は全てを忘れるのですよ?‥‥そうしたら能力者も根本否ノ剣も遠離近人も魔法使いも
呼応ガ獣も怪獣も‥全て‥‥己の全体である”アレ”の世界を壊そうとはしなくなるのですから、当主、返答を」

 いま、あなたが話をふったわたしはその中で‥‥一番の異端なのだけど、どうしましょう。

「‥‥きみたち程に重き悩みはないですが‥‥‥‥そうですね‥下らないと、呼応ガ獣に関してはわたしが餌として与えました、かいじゅうーさんも同じですよ、放射能ばりばりじゃなくて残念でしたけど、残滓たちは下手に手を出すと死人が増えますし‥アルビッシュ=ディスビレーダの奇跡の論理には興味があるけども、それだけです、さあ、皆、帰りなさい‥全ての異端に通じる恭輔を相手に、死にたくないでしょう‥はぁ、喋りすぎた」

 何処か納得しない顔で去り行くものたちを、般若の面の下で見る、見ても年老いた老人しかいないけども、下らない人間達。

 なにより血が薄い。

「‥‥‥‥他とはレベルの違う異端の全てとひとつになりなさい‥‥‥そうしないと、ヤですよ、恭輔」

 ”アレ”とは、永遠に成長してゆく最高存在なのだから‥‥。



[1513] Re[29]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/25 22:39
『それは彼へと続く文章な屈折』

 与え続けようと言いました、彼は全ての異端を我が身とできる、我が精神とできる。

 故に全ての異端に通じる存在は奔流からして彼に通じてしまう。

 能力者はもっともな存在、我が身としては確率的にもっともなり、遠離近人も同様なり、人を超えしカテゴリーなり。

 それに対しての力への反抑止の存在にて呼応ガ獣と怪なる獣を取り込み、異端の力への抑止力にて魔法使い、根本否ノ剣を必要。

 また、それに対しては確認される事項だけでも世界の異端と認識されるものへの全てへの干渉が”百年前”より見られる、不可解ナリ。

 確認されるだけでも、”思われる”存在からの順にあげてみようと思う。

 鬼島を抱える最凶の能力者『恋世界』根本否ノ剣と能力者の融合体と思われる騎士『覇ヶ真央』エリート種族である江島の当主『江島色褪』蛙より身を転じた蛙王獣『雷羅守』百足より身を転じた百足姫獣『スサノオ』太古の巨大爬虫類の伝説への終焉『一二三』時代の生み出した星を震わす災厄『獣死呼応』一種でありながら世界へとその身を侵食する巨大魚『モロス』既に絶滅されたとされる黒狐族の生き残りである『黒狐』もう一人の最凶の能力者である『残滓』同属殺しの根本否ノ剣『心螺旋』夜の法である魔法使い『巳妥螺眼』‥‥‥まだ、それ以外は”一応”確認されておらず、通じる異端組織は。

 能力者の巣窟”鬼島”、絶対血統能力者のエリート”江島”、深海にて身を隠す大剣”楚々島”遠離近人を抱える異形の森”井出島”既に”人間”への干渉をその巨大さと”世界観”の違いゆえに法的規模で取り止めた呼応ガ獣の”カテ瑠イ島”魔なる法を司る幼き魔法使いの国”此処島”(ここしま)怪なる獣が自然と知性のある獣死呼応によって従われた”星島”(ほしじま)

 全てが突出した”異端”であり、この広大な世界にて自然と”普通の人間”に干渉しないのがルール、しかしながら鬼島を除くが、この中でも突出した存在が彼の一部に選ばれ、吸収されている模様、もっともな危険なカテ瑠イ島と星島は無干渉、そして他組織も今は沈黙。

「どのように、”アレ”は‥‥我らの、”江島”に生れ落ちてしまったとは‥‥そのような事では、事実、恐ろしいことに」

「全ての異端の慰めとは言え、力は恐ろしい‥反則である”雷羅守””スサノオ””一二三””モロス””獣死呼応”の五災神は己を律し、その世界の違いを肯定し、この世界への干渉はどうやら取り止めている模様、人型である存在たちは各所で何かしらの行動をしているかと」

「抑止力ではなく、あれそのものが災い、我らの高貴な江島の血を”使い”具現しおった‥‥当主の考えがわからん」

 調整、微調整、真っ白いドレスに身を包んだ少女に集中、どうでも良い事実を聞き流し、集中するのみ。

 奇跡を体現せし少女の名はアルビッシュ=ディスビレーダ、彼のためだけに調整された奇跡の魔法使い、その力は神に近しい奇跡の体現。

「あー、五月蝿いザマス、ジジィ達、当主に蔑ろにされたからって”アレ”の愚痴をここで言うのは止めて欲しいザマス」

 眼鏡に手を当てて、こめかみをピクピクさせてジジィ達を手でしっしっと押し出す‥これからの調整はアルビッシュ=ディスビレーダの服を脱がさないとならない。

 さっさと立ち去るザマス。

「しかしながら、レイス殿、貴方の手塩にかけたそのアルビッシュ=ディスビレーダですら、かの者の所有物になるとの事、そなたはそれで良いのか?」

「それは、そうザマスが‥‥‥しかしながら、それは彼と一度、お眼を通してからの決定事項でザマス‥‥私の娘をくれてやるにはそれ相応の覚悟がいるザマスからね‥‥それに、従わなければ当主に殺されるだけザマス‥‥それに、彼の存在意義を肯定するのは大事ザマスよ‥何もそこまで毛嫌いするほどでは無いザマス」

 培養液に沈められた、まあ、培養液では無くて純粋の魔なる力の奔流を水の属性を借りて現世化してるのだが、その中で眠るように、白いドレスで眼を閉じているアルビッシュ=ディスビレーダ。

 その前面部分で浮遊している情報を眼で読み込みながらの生返事、さっさと帰れとは、これ本心ザマス。

「それでは‥‥‥我らはこれにて、貴方様は我々の仲間だと信じるゆえの」

「はいはい、裏切らないザマスよ、あんた達の知らぬ過去に、江島に”魔女狩り”時代‥私を匿ってくれた恩は忘れないザマス、安心するザマス」

「おおっ、それでは‥‥‥奇跡を体現せし魔法人形‥‥期待しております」

 いそいそと年月により丸まった背中を動かしながら、去り行く皺深き老人達を見守る、自分より何百年も年下の”生き物”

 この少女体の体から成長しないことを呪わしくも感じていたが、あんなに老けた思考で狭い認識で凝り固まるよりはマシなのかもしれない。

 サングラスをクイッとあげて‥‥自分では気に入っている大人の仕草を、そして白衣を揺らしながら冷蔵庫からビールを、お昼だし。

 そういえば、昔に共に飲み交わした狐もメンバーにいるのだな、いつか再会したいものだ、笑ってやろう。

「っで、いつまでそこに隠れているでザマスか?‥‥当主」

「‥‥‥‥バレてましたか、きみは勘がいいですね」

 赤い着物、般若の面、小さな体躯、浮遊しているその姿‥‥‥どこをどう見ても先ほどの老人達との血のつながりなどは感じさせない異端。

 浮遊少女ザマス。

「どうするザマス?‥‥‥‥あのジジィども、幾らかの私兵を求めているザマスよ、アルビッシュ=ディスビレーダも利用しようとか、そんな
感じザマスね‥‥‥私も駒にっと、”ガキ”ザマス‥‥‥里にはそれが伝わってしまってるザマス、愛しのお孫様の具合は?」

「‥‥未来に生まれ出るであろう”異端”‥‥もしくは巨大な才能を有するものには眼は付けてます、ただ‥‥それでもですね」

「‥‥‥獣死呼応に関しては彼を傷つけない限りは動かないと断定出来るザマス、あのジジィ達は‥‥自分が弄んでいる子供の正体が理解出来ているザマスかね?‥‥‥今更ながらに不安ザマス」

 冷蔵庫にしまってあった枝豆を口に放り込む当主、ビールをその後にぐびぐび‥‥ぷはーって、完全に親父ザマスね。

 容姿年齢と精神年齢は否定するけどもやはり思考は蓄積されてゆき、少女の姿をした異端は酒を飲む、自分もザマスが。

 里の人間が見たら気絶するザマスね、あっ、2本目。

「‥‥‥‥恭輔の思考を吸い込み、完全なる自我が目覚めています‥‥さてと、もう一本もらいますよ?断るとヤですから‥んくんく」

「いいザマスよ、当主でストレスもたまるだろうザマス、貴方に限ってそれは無いザマスか‥‥‥っで、今回の彼の里帰りの目的は?あやふや
ザマス」

 クルクルと飲み終わったビールを空中で回していた当主は、おおっと小さな手を合わせる、あれで人も殺しお手玉もすると。

「‥‥‥今回は江島微笑への依存と、その子のアルビッシュ=ディスビレーダの、もしかしたら、この時期だと」

「ああっ、そういう事ザマスね、りょーかい」

 なんて腹黒い当主ザマス‥‥‥‥大好きなのが、弱みを握られているようなものザマス。

「‥‥ありがと、です‥‥‥」

 般若の面ではにかまれても、わからないザマス、残念。

 無茶苦茶可愛いザマスのに。


「来夏もいくいくいくいくいくいくいくーー、ちょーおもしろいーいのだ?それは!」

「‥‥‥‥来ないでくれ、お願いだから、きっとあのガキはお前のテンションで‥‥気絶する」

「うわーーー、それはそれでおもしろいのだ!これはきっと神の与えた素敵出会いなのだよ、どきどきはぐはぐ、胸一杯なのだッ!ど、どないしよう‥どないしよう、お兄ちゃん、来夏、この出会い逃しはしないのだーー!」

 家に突然押しかけてきた来夏は納豆を高速でかき回しながら口早にペラペラペラっと喋り続ける、納豆をご飯に乗せて、がつがつがつ。

 男のオレでも感心するほどのいい食べっぷり、伸びた糸は空中を浮遊して‥‥‥ソレに連なる米が、光の速さで口に消えてゆく、それは無いけど。

 女じゃねぇ。

「えーっ、でも”オカマ”とは行くのだろう?‥‥オカマを殺せばそこは来夏が入れる空席なのだー!?うわ、頭良いなのだ来夏ッ!天才が身近にいる感想はどうなのだ?お兄ちゃんもお兄ちゃんとして鼻が高いだろう!血はつながってないけど精神でラブっっっ!」

「‥‥何でこいつに教えたかな‥オレの馬鹿‥‥馬鹿馬鹿」

 回る扇風機をとめながら、風鈴の音を聞き流しながら、食い終わったらしい納豆食った茶碗を台所に運び洗剤につけながら、溜息するだけ。

 江島来夏、オレの隣に住みやがる無駄にテンションの高い少女であり幼馴染、淡い青色の髪を健康そのものを体現するかの如く一本に括り。

 髪質と同じ青いシャツを着込み、ちなみに真ん中でペンギンがカキ氷やらを食っている絵柄がかなりオレ的にはムカつく。

 青い半ズボンで、青々でその身を染めてやがる、本来は色が薄い肌もこの夏の日差しにやられてしまって褐色に、そして精神も青臭い。

 しかしながら、その能力は同世代の中でトップなのだから、しかもそれがなくても獣のような俊敏性と無茶苦茶な思考能力で遊び相手や里の大人を蹂躙しやがる。

 当主の般若の面にマジックで落書きした、そんなクレイジーな過去を持つ女、全てが青ゆえに瞳も期待を裏切らずに薄い淡青、いつものように興味があるものに震えている。

「ねえねえ、その子可愛かったかー?ねえねえ、お兄ちゃん、ちょっと人の話を聞いてやがるかー、おお、それとも一緒にセミの抜け殻でもとりにいくのだ?うおーーーー、ラブなのだーー!?」

 唾液が顔にかかる、叫ぶな、うざい、顔が良いだけにさらにうざい‥オレ一人では対処できない、オカマを待つ。

 これ以上、我が家を荒らされてはたまらない。

 そして、無駄に食べるこいつの事、既に即席ラーメンを作り出そうとしている辺りで、かなりの不安。

 ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドス。

 バタンッ!

「待ったーーーーん?」

 ベシッ、ふう、今何かが部屋に進入しようとしやがった‥あいつの放り投げたラーメンの袋を拾うために立ち上がっていたおかげで素早い対応が出来たぜ、初めて来夏の馬鹿に感謝。

「ねえねえ、今‥‥オカマ兼芳史ちゃんがドアの角に頭をぶつけて悶絶しつつ、鼻水と涙を垂れ流しつつ転げまわっていたのが刹那に垣間見えた気がするのだ、それよりも問題は来夏は芳史ちゃんが黒いフリフリのお洋服を着てたことだと思うのだ、ラーメン、あーん」

「あーん、むぐっ、胡椒入れすぎッ!?‥‥オレはよぉ‥‥あいつを無視して当主の屋敷に行こうと思う‥おい、オカマ‥それは無い、おぇ」

「うん、来夏も無いと思う、ぶっちゃけ‥‥殺されなかっただけマシ、マジでマシ‥‥どしたのだ?そのおふざけの格好は、おぇ」

 直視しないように眼を逸らしながら、何とかそれだけを呟く、オカマがゆっくりと地面をギリギリと握りながら、爪をたてながら、際どい音がする。

 仕方ない、怒るなオカマ、お前が悪い。

「んもーーう、何なのよ二人とも!今日は色褪さまのお屋敷に行くんでしょう?だったらそれ相応の正装で行くのが礼儀じゃなーい!‥特に来夏!あんたのその格好!おふざけじゃないわよ!」

「‥‥変?」

 オカマの言葉に水色の髪を揺らしながら問いかける、客観的に見れば愛らしいのだと思うがねぇ、しかも頬にナルトついてるし。

「別に、そこのオカマよりは少なくともマシだぜ‥‥その、なんと言うか、オカマは存在そのものを燃やしたい」

「どりゃぁ!」

 蹴りが立ち上がりと同時にきやがった、大木のような奴の足が空気との摩擦音を響かせて‥立ち上がりとは両手で地に立つことであり。

 両足は天に刺すように真っ直ぐに、ちゃんと立てよ‥‥そして当たるな。

「ぐぅぅ!?」

「ふう、オカマの純情を弄ぶのは例え若布ちゃんと言えども許しちゃ置けないわ、あら防御したのねん‥きゃっ、見た?」

 両手で顔面を庇いながら、奴の言葉と姿を直視してしまう、やばい、腹が痛い、頭が痛い、精神が病む。

 これは‥‥‥あの女のガキが着ていた服と似てやがる、対抗?ふざけるな。

 納豆でカレーは作れない、我ながら意味のわからない言葉だが‥‥オレの神経がどんどんと侵食されてゆく。

「‥‥‥さて、そいつを無視して、行くぞ来夏」

「うわーい、やったー、同行許可ゲットなのだっっ!‥‥あっ、芳史ちゃん‥‥あまりおふざけだと四肢を切断して4つの山に埋めるのだ、つーうわけで、出発だお兄ちゃん!ゴォーーーーー!」

「ちょ、ちょっと、着替えるから二人とも待ってよ~~」

 いそいそと、服を脱ぎだすオカマが見える、当主を目の前にしてもここまでの威圧感は味わえない、チリンっと風鈴ですら風が無いのに身を震わせる。

 ああ、そういうことかとオレは納得、やるべきことは。

「来夏」

「うぃーすなのだ」

 軽い返事とともに、両手を振り回して準備体操を始める来夏、コキコキッと首の鳴る音が微かに聞こえる‥‥汗ばんだ肌が目に入り眼を逸らし。

 一言。

「殺すぞ」

「はいはい、了解なのだ、お兄ちゃん」

 いつもの戦闘が軽やかに始まりやがりました。



 おもしろおかしい事柄は来夏の大好物だから、こんな田舎での生活ではストレスが激しくも雄雄しくたまりやがるのだよ。

 そして三人で砂利道を歩きながら他愛無い会話をして、向かうは当主の屋敷、あっ、お兄ちゃん、今トノサマバッタがいたぞー。

 すげーっとか、感心してると、ボロボロの芳史ちゃんがプンプンと怒りながらドスドス歩いて、フンフンと花を取りながら、最後だけ乙女なのだ。

 青い空は私の色だー、そう言って空を煽り見る、屋敷までは結構とおーいにゃ、とおーい。

 空は青くてでかーいのだ。

「しかし、まあ、あの服は止めろよ、対抗するとかのレベルじゃねぇ、オレは思う、あれは悪だったぜ」

「そーだそーだ、あれは無いのだ、あっ、その花、綺麗なのだーー、みせてみせてみせてー」

「うふふ、綺麗でしょう‥屋敷へのお土産にしてはアレだけど、いいんじゃない?」

 オカマの芳史ちゃんは凄まじい容姿とたまに凄まじい洋服を着て吐かせるけども、無茶苦茶やさしくて大好きなのだ、あの太い指から生み出されるお洋服にはすごーく来夏も感動しちゃったりしたり、すげーーーのだ。

 蝶の飛び回るお花畑を見つめながらうふふっと乙女走り、その姿は無茶なのだけど、うーみ、大好きさ。

「はぁ、まあ、いいけどよ、来夏、あんまり騒ぐんじゃねぇぞ、本当に弱っちぃガキなんだからよ」

「ええーーっ、そんなに騒がないのだっっ!流石の来夏も当主のお屋敷でぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー騒がないのだよ、騒げない、騒いでみせるのだ!」

「‥自分で何気合入れてんのよ、でもでも、若布ちゃん、どうするの?実際に会って、見ても得られることがあるの?」

 えっと、巡り合いとかなのだー、そんな事を思ってしまうけどなぁ、んー、軽い思考してるね来夏ながら。

 うおーーー、走るぞ、タタタタタタタタタタタタタタタタッ。

「おいおい、いきなり走ると転ぶぜ?‥‥これで”最年少”SSなんだから、世の中は不便に出来てやがるぜ」

「走る走る走る~~~、来夏は風になりーーーーー、うわっなのだー」

 石にコテッ、倒れこんでしまう‥‥ゴロゴロと坂を来夏は転げ落ちる、草のにおいがする、たのしーのだ。

 あはははははははははは、今日も元気なのだな、来夏。

 空の青と地の緑の二色世界なのだ。

「うわぁ!?」

 そして激突音、へっ?

「なああぁああああああああああああああああ!?」

 男の子の叫び声。

 ”一緒”に坂を転げまわる、ちょ、ちょっと、やばい、とりあえず、小さな体躯を抱きしめてやるのだ、いたたたたたっ。

「来夏!?」

 声が上のほうから微かに、意味なーい、こうなったらって、集中、しゅーちゅうなのだ。

 氷躰造形(ひょうえんぞうけい)自分の名前とは逆の冬のような、それを想像するような能力、そして氷にて造形物を作り出す。

 地の水分、空の水分、それを使って、意識して、水が固まり、塊り、そしてそれをただ、冷やすだけと、いや、来夏の場合はそれだけではない。

 絶対的な圧縮量が他の能力者とはずば抜けている、これにより、幾らでも氷を作り、世界を冷たくする侵食能力、何でも作り出せるのだ。

 所詮は偽者、偽者な氷なのだけど。

 まあ、適当に頭に”記憶”している三十の『氷の兵』の一の兵士『氷人』を発動、簡単なものだと、意識して作り出し、抱きかかえてもらうのだ。

 ガシャッ、痛いのだ‥‥‥ズシャァァァァと地を削り氷の体で来夏たちを受け止めてくれる『氷人』氷の西洋甲冑兵士なのだ。

 一番よわっちぃけど、一番生み出すのが楽なのだよー。

「っしょ、ふう、きみきみ、危ないのだ、幾ら来夏でもあんな所に人間が寝込んでいるとは想像しないのだ、むー、髪に草が付いてしまったのだよー‥‥のだ?」

 氷に触れているヘソの部分をシャツで隠す、冷たいのだ、うぅ、どうせなら夏っぽい能力なら良かったのに。

「あ、眼が、クルクルする」

 フラフラとしている年下っぽい少年、式服についた汚れを驚いたように眼を瞬かせて見つめている、何処か嬉しそうなのだ?

 吸い込まれそうな、どこか世界との境目がないように広がる”黒い”瞳が凄く、印象的なのだ、来夏とは違って普通の色彩なのだけど。

 何故か物凄く綺麗なのだと、驚く。

「え、えっと、君は誰なのだろう‥‥」

 初めて聞く呆然とした自分の声が、驚きなのだよ、事実、これから長い付き合いになるなんて、絵本でしか読んだこと無いような言葉をついつい思ってしまったのだ。

「こ、こんにちわ、だよね?」

 印象的な出会い。



[1513] Re[30]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/27 13:13
 現在のことで、起こる事態があります。

「うおーい、こっち、こっちなのだーー」

 駅前にてコーヒーを飲みながら空を見つめていた、っと淡青の髪が、風に跳ねる。

 空に広がる青よりもずっと綺麗だと思える色、久しぶりに聞いた声はとても心地よくて、少し笑ってしまう。

 駅を行きかう他人に興味を失ったような人間達も、その大声と容姿に眼を向けてしまっている、仕方ない。

 ズズッ、こちらに完全に近寄ってくるまでは動かずに、見つめる、おおー、はやいはやい。

 巧みな体捌きで左右に人を避けながら駆け寄ってくる、昔よりのびた髪が色を残して、いい感じ。

 お帰りってのは変だけど、まあ、いい。

「ふう、街のほうは人が多くて凄いのだな、久しぶりなのだ恭輔、半年振りなのだ?」

 抱きしめられて、よろめきそうになりながらもしっかりと抱きしめてやる、自分より少し低い身長の彼女はポスッと隠れてしまい。

 何だか少し誇らげで気恥ずかしい、周りの人間の奇異の視線を誤魔化すように咳払い、コーヒーを一気飲み。

「ああ、そんくらいかなー、って、本家のお迎えって‥お姉ちゃん?」

「そうなのだよー、おおー、また身長のびたのだ?‥‥むう、越されてしまってからは姉は悲しいのだぞ?」

「んな事言っても、はぁ‥‥‥‥‥本家には近寄らないようにって妹から強く言われてたんだけど」

 家を出て行く前後に、妹がかなり口を酸っぱくして言ってたのを思い出す、むしろ命令に近しい感じだったが。

「それに関してはだいじょーぶなのだ、許可はもらっているのだし‥‥本当はお兄ちゃんたちも来れれば良かったのだが」

「いいよいいよ、一緒に住まないかとか、そんなのを口うるさく言われるのはわかってるから‥‥明日だろ出発は?」

 時計を見る、お昼には良い時間帯のような気がする、でも果たしてこの目の前の存在と食事に洒落込んでよいのだろうか?

 財布の厚さを確認、やばい、足りないかも‥‥‥何処かでお金をおろすとするか、結構使うよなぁ、よく食うし。

「おおっ、財布も新しいのにかえたのだな?」

「ああ、まあ、気晴らしに‥‥デザイン気に入ったしなぁ‥‥この無駄に高かった感じがいい、さてと、飯でも食いますか」

「ここはお姉ちゃんに任せるのだよ、お金は沢山持ってきたのだーーーー、れっつごー」

「ああ、引きずられるのね、俺はこの歳になっても、なお‥‥恥ずかしい」

 拒否も肯定も出来ずに引きずられながら、ミシミシと服が自分の体重で軋みながらと、思う。

 昔と変わらずに。



 ここに生きている、証を刻み込むと言いました、生きているとは、証が無ければ肯定されないのでしょうか。

 事実には肯定。

「それででしゅね、クソガキ達、ここに遮光ちゃまがいたらナイフで刺されてましゅよ、恭輔ちゃま、着替えを」

「‥‥‥赤ちゃんにクソガキって言われるのはいつまでたっても、なんと言うか変な感覚ねん」

 蝉の鳴く音と、我が家と同じく風鈴の音、そしてちゅぱちゅぱとおしゃぶりに吸い付いている赤子の音‥何か一つだけ違うが。

 オレはいそいそと履いていたサンダルを揃えながら、って来夏は汚く脱ぎ散らかしてやがる‥‥ムカつく。

 地には蟻がポツポツ、どんなに当主の家だろうと田舎特選の砂道の砂や、隙間から進入する蟻は確実に存在しやがるので、ざまあみろ。

「えっと、恭輔は来夏よりも年下なので、おねーちゃんと呼ぶ事を特別に許すのだ、奉るのだよ?」

「うわー、青い青い、そら、みたい」

 キャキャッと騒ぎながら来夏の髪の毛を手にとってキラキラとした瞳で喜ぶガキ‥恭輔、あいつ髪触られんのを犬の尻尾の如く嫌がるのに。

 まあ、そいつは置いといて、目の前の赤子の姿を偽りやがった化け物がムカつく。

「んだよ、えらくそのガキには優しいじゃねぇか、皮肉の結晶体のクソガキよぉ」

「うっせぇよばーかでしゅ、てめぇの脳を爪で四回刺した噴出ポンプ赤ダルマを生み出してやろうかでしゅ」

 殺気、そんな空気をぶつけあいながらムカつくとしか、うわ、燃やしてぇ‥‥どのくらい燃やしたいかって玄関にいまだに置かれている黒電話ぐらい燃やしてぇ。

 いつまでこの里は黒電話なんだよ、それはまったく関係ない苛立ちっと、赤子はそれよりムカつく。

「‥‥ただいまです、およ?」

 ガラガラっと、玄関で停滞しているオレたちの前に、いや、少女の姿をした”当主”フヨフヨと浮きながら、訝しげにこちらを見る気配。

 手には何故かアイスを、近所に唯一存在する駄菓子屋”初春”の今年の夏から入荷したスイカ味のあのアイスだ。

 疑問と唖然と呆然と、立ちすくむ、流石の来夏もダラダラと汗を流しながらそちらに眼を合わせないように無駄な努力をしてたり。

 オカマなんか顔が紫色に変色して、諸々の穴から液体を垂れ流しているようだ、やばい、その顔は最高におもしろいぜ‥‥そしてオレは。

 眼を逸らす無駄な努力、チリンっと、風鈴が鳴る

「恭輔‥‥‥また、勝手にお出かけしましたね、めっです」

 ペチッと頭を叩かれる恭輔、あの当主には信じがたいことに優しさを孕んでおり、とても信じがたく、眼を見開く。

 しかし、それに対して泣き顔のように睨みつける恭輔、叩かれたオデコを擦りながら、うるうる、えっと、どう対処すりゃいいんだ?

「あ、え‥‥‥きょ、恭輔‥‥い、痛かったですか?」

 自分でしといて焦るなよ、あーよしよし、抱きかかえながらクルクル回す、回す、そして壁に頭をぶつけて。

 痛いっと、今度は当主が頭を抱えて沈む、どうしようもないなんとも言えない、そんなこの二人の独特空間。

 本当にこいつがオレたちの畏怖の対象である当主ですか?

「色褪、だいじょうぶ?」

 それをヨシヨシと撫でてやりながら笑う恭輔、般若の面をよしよしっと、何とも言えない光景だ。

「だ、だいじょうび‥です、いたたっ、若布、芳史、来夏‥なにを唖然としてるのです?」

「‥い、いえ、ただ、いつもの毅然としたお姿とは違うゆえに、少々思考が世界の果てまで飛んでしまって‥」

 それだけを、何とか呟くも、頭をヨシヨシされて当主気取っても何も怖くない、言ったら悪いが自分と同じ年齢のただのガキに見える。

 どうなんだよ、この結果は、ここにいるオレたち3人、おもしろい事や”秘密”を望んではいたけどよ、こんなのは誰一人予想してねぇし。

「あっ」

「はいはい、いってらっしゃいです、誰にも見られないようにしなさいです」

 突然、思い立ったようにパタパタと奥のほうに掛けてゆく恭輔を見守って、本来の目的は結果を違えて見えたわけだが‥‥これからどうしよう。

 あいつが消えてしまったら、当主との恐怖空間じゃねぇーかよ。

「あそびにきたのですか?‥なら、奥にどうぞ、断るとヤですから‥」

 横切る‥甘い香りに混じって何故かアルコールの匂いが微かにする、何でだ?

 しかし、聞いたら聞いたでこのまま立ち去ってくれるであろう当主を引き止めることになるからして無視の方向だ、蝉うるせぇ。

 オレの心臓の音もうるせぇよ。

「‥‥恭輔の様子を見てきますので、一時のばいばいですね三人とも、三人とも血が濃いですね、すき、ですよ‥‥造弦、たのみましたよ」

「御意、三人とも、奥に来い‥‥茶菓子ぐらいは振舞ってやるぞ」

 影から出てくる造弦のジジィ、心臓が早鐘のように鳴っていたのに刹那に止まったような息苦しさ、おいおい、いるなら”存在感”出せよ。

 後ろから刺されてたら死んでたと思うと‥‥オレの脆さを、噛み締めて、頷く。

「来夏だけは、気づいておったようだな‥‥」

「当然なのだよ、よわっちぃぞオッサン」

 何だか物凄い敗北感‥‥苛立ちを隠すようにサンダルの下を這っている蟻をギリッ、自分でも嫌な態度。

 風鈴の音が、苛立ちを微かに飛ばした。



 ドキドキ、高鳴る鼓動を説明したら、お爺さんは眼を細めて、次に眼を見開いて。

 奥の間に手を引っ張って連れて行かれた、いたい。

「あ、あの」

「目隠しを、それに関しての事柄は貴方さまは忘れる故に‥‥連れて来い」

 目隠しをされて、手を縛られる、礼儀正しいけど、冷たい言葉に少しカタカタと震えてしまう。

 ”体”の中で、ざわめく気配に少し意識が飛びそうになる、お腹が減ったーって言うんだよ?

 食いたい、喰いたい、貴方への悔やみ、悔いたい?何を言ってるの、あっ、蚊が飛ぶ気配だ。

 プーン、っておもしろいかな、はは。

 グチュゥ。

 身を裂く効果音を聞きながらも、頭は何処までも透き通っていて、何がなんのだかわからない、理解できない。

 思考を染め行く別の”気配”に震える、ああ、あの子だ‥‥‥”あの子”の餌の時間なのだと。

 この星を震わす災厄と自分の、コピー。

「ひ、ひぃ‥‥お許しを、お許しを、お許しを‥‥お許しを‥‥‥」

 ”何か”が震える声を聞きながら思考する、この目隠しのせいで何もわからない、軋む骨は風鈴みたいで、そんなわけないよね。

 肉よ、黒い黒い血を吐き散らしながら、突起せよ、世界を喰うの、だね。

 背中を裂くのは、知ってるあの子、でも、畳に血が飛び散って、色褪怒るんじゃないかな?

 ヒィと、蚊のような人間のような小さな存在が息を呑む気配が伝わって、でも、この子は興奮しない。

 そうだろう、そうだろう、今は身に”残った”残骸だとしても、そうだよね、身を裂け残骸‥‥‥星を震わす災厄の残骸。

 残骸、残骸、残骸、身を護るための残骸として残した一部の存在。

「‥‥あの巨大な思考と精神から、己を護るために新たな存在を”生成”も出来るとは、あっ、煎餅もらいます」

 ポリポリと、色褪が煎餅を齧る音と、身を裂く亀裂音が響く、稀にヒィと息を何度も何度も何度も呑む音。

『‥‥‥餌‥‥‥‥父の肉を裂くのは、心が痛むな‥‥誰だ貴様は』

 ビクンビクンと”震える”、そんな自分を無視して彼女は不思議そうな声で問いかける、彼女‥‥って誰だろう、目隠しされてるからわかんないや。

 少女の声と小さな体躯が這いずり出るのは気分が高揚。

「獣死呼応‥の身肉から恭輔が無意識に”生んだ”分身体がきみです?おもしろいのですが、名はあるでしょうか?」

 くるるーっと愛らしくお腹をすかしながら、彼女は、はちゅーるいの尻尾を震わせて、そのような質問ははじめてだと、小声で呟く。

『名は与えてもらっていない、母である獣死呼応の名で今は構わん‥‥父、どのような事態かはわかったが、如何にすればよい?』

「‥‥別に、恭輔は貴方に”餌”をとの、優しい子ですよね‥‥さてはて、たべます?」

「と、当主、どうか命だけはお許しを、こ、殺すならば、自害を、自害を」

 ガタガタと震える人がいます、その人の姿は見えないけど、怖くなって、怖くなって色褪の名を呼ぶ。

「い、色褪ぇ」

「あらあら‥‥そんな可愛い声で言われたら、何でもしてあげたくなってしまいます、きみ、下がりなさい、精神病みますよ?」

「は、はっ」

 目隠しをしてくれたお爺さんのいなくなる気配、残されたのは、それらだけ、請う人と、色褪と、かいじゅうしょうじょ。

 かいじゅうしょうじょだと、『娘』を生み出した事を知ってる、あの、大きな、大きな、かいじゅうさんの遺伝子って難しい言葉で。

 ぼくのそれとあわせて生成しただけ、だれも護ってくれないから、かのじょに護ってもらえるようにしただけ、ぼくのむすめになると。

 意識の混濁は激しくて、難しい言葉、そう、簡単、取り込んだり、相手のいでんしってものとか『魂』その境界を取り外せば。

 ぼくはそこを混じり合わせ、つくれるはず、つくることもできる、とりこむだけじゃないんですね、色褪がほめてくれた。

 こどもも、むすめも、むすこも、このとしでつくれるよと、そういえば、そうなんだよ。

「己の一部として子も成すと、命の生成は材料があれば可能と‥‥貴方達は一期やらの言葉、含まれないですから、”外伝”ですね、けぷ、飲みすぎました‥恭輔の細胞と獣死呼応の交じり合いの子‥‥‥‥曾孫ですか」

『それに伴い、父を呼び戻したのだろう‥‥後4体、身に潜んでいる‥我は生まれでたほうが良いのか?』

「‥けぷ、ですね‥今は身を潜めて‥‥”護り”を頼みます‥ね‥‥‥子を身で成す事は無限に可能なのでしょうか?」

『異端の材料があれば肯定と、全ては父のために‥‥無意識で生み出された我らはそのためにある、して、集合体に名を‥曾おばーちゃん?」

 ニヤッと微笑む気配、ポリポリと煎餅を噛む音、カタカタと震える恐怖の人、何か混濁している自身。

「‥‥名はそうですね‥‥愛するべき身の名を、自我愛島(じがまなしま)‥‥考えててよかった‥‥それで異端の融合体の組織として名を暫くしたら通します、恭輔の”生み出すもの”は全てそこに‥いれますから‥‥これで諸々はおわりました、あんしんです」

『未だに”生み出し”は続いてる‥‥残りし”残滓”と”恋世界”の魂のデータを己の肉へと生成‥‥‥新たに生み出そうとしている”者”がいる、我らの自我愛島の当主となるのはこやつかと』

「‥‥また、とんでもないのから”娘”を生成してます‥‥‥いつに、自我が芽生えて生れ落ちます?」

『‥‥‥2ヶ月の猶予がいると、では、その餌をもらって我は眠りにつこう‥‥”中”に生きたまま取り込むぞ、他の4体も腹を空かしておるからな』

「ひぃぃぃぃいいいいいいい!?」

 ズルッ、ぱくん。

 可愛い効果音とわけのわからぬ夢を見ました。



[1513] Re[31]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/28 17:40
 我々人間は果たして異端と呼ばれる人外と”どのように”接すれば良いのでしょう。

 殺せばよいです。

「っと、神は仰った、神は異端ではなく、法則なりと」

「パパ‥‥不謹慎だ、しかし、異端と言えどもピンからキリまである、こいつらは、弱かったね」

 鋸を空中に5本、手で浮かす、これが愛娘、フーリルウの常の戦闘スタイル、あれで何でも切り倒す。

 木からビルから人間から、何でも受け付けているらしいが、基本は”異端”を切り殺す。

 我が娘ながら、何て美しく、雄雄しいのだろう。

「江島って名乗ろうとも、皆が皆、化け物の力を持ってはいない‥‥ああ、まだ召されてない子羊が、そこに」

 ポケットから銃に込めるべき銀の弾、それを幾らか取り出して、親指で軽く撥ねてやる、あの熊の磨いだであろう爪痕の残る木の後ろに。

 死を。

「授銃(じゅじゅう)」

 パンッ、弾けて、当たって血が飛ぶ、ビシャァァァァァと、木の爪跡に血が飛び散ると、私では無くて熊に殺されたみたいだな。

「これで、全部だ‥‥‥どうするの?‥‥‥皆は既に”里”の方に向かったよ、あっ、カブトムシだ」

「凄いな、生命の言霊‥‥じゃなくてだな、私達も無論向かうがな、こいつらの汚い血で服が汚れてしまった‥愛しのフーリルウ、少し休憩としよう」

 血の広がっていない地面に座り込む、ハンカチを下に敷くのは忘れない、こちらにいらっしゃい愛しのフーリルウ。

 顔にこびり付いている汚き下物の血肉を丁寧に取り払ってやる、白人特有の白い肌に、染み込むような血が憎い。

 銀の色彩の色を持つ瞳はカブトムシで止まっている、興味があるらしく鋸を背中に仕舞い込み、見つめている。

 最後に癖のある長い蜂蜜色の髪を撫でてやり、リュックからサンドイッチを取り出して渡してあげる。

 祈りは忘れずに。

「パパ‥‥‥今度の仕事、フーリルウ、凄く嫌な予感がするんだ」

「それはそうだろう、異端組織の十指に入る江島が相手なのだから‥‥でも規模的には小さなものだ、何も心配するほどではないよ?」

「はむはむ、違うんだ、何て言えば良いのかわからないんだけど‥‥」

 心配そうに覗き込む愛しのフーリルウ、我々”人間”が異端と戦うためにはそれ相応の恐怖が伴うのは当たり前だが。

 ここまで恐れる愛しのフーリルウははじめて見る、我らの実力では勝てる勝てないではなく、幾らか殺して逃げる。

 それを繰り返すだけ、実力的には”能力者”のS級までは、ただの人の身で私達二人は至っているのだから。

 死す事はあまりないと思える。

「パパを心配してくれてるのかい?‥‥‥大丈夫さ、私達をママが天国から見守ってくれているのだから‥だろ?愛しのフーリルウ」

「わかったよ、パパ」

 ポスッと収まる、真っ白い修道服に身を包んだ娘を抱いて思う、この温もりがあるのだから戦場にいる事が出来る。

 ディベーレスシタンの名の下に、神は我々の心の中に、異端は地へと沈み行く運命。

 それが常人であるディベーレスシタン、神の子供よ‥‥私の名はモルジン。



「ディベーレスシタン‥‥あーはいはい、知ってるザマスよ、はぁ?‥はいはい、うわ、マジザマス、えーっと、こっちの簡易結界Cクラス、それに関しては6人‥かかってるザマス、残りは里に向かってるザマスね‥‥」

 ビールをぐびぐびしながら、調整に勤しんでいたら、結界の破壊を知らせる音と、知人からの久しぶりの電話が。

 知人というのは、かの巳妥螺眼も席を置いていた、六の法少女(ろくのほうしょうじょ)の一人、魔法使いの国此処島のトップの一人。

 そして自分の妹ザマス。

『はいはい‥‥姉上はそれだけいってりゃいいと思ってるけどー、どうするのぅ?‥‥ディベーレスシタンは異端排除のミディスの系列でもさらに強硬派って有名だしぃ‥‥‥実力もあるある、どうするぅ?』

「侵入者は4名ザマス‥‥ジジィ達を殺してくれるのはありがたいザマス、当主には無論勝てるはずも無いザマスし‥‥”アレ”にも護衛がいるザマス‥‥んん?‥‥このタイミングで、ああ‥‥‥まだ試してない事情が”恭輔さま”にはあるザマス、それを試すために誰かが裏で手引きザマスか‥‥‥ディベーレスシタン、名前を変えても、ねぇ?」

『ミディスと裏切ったと思ったらぁ、ディベーレスシタンとはおもしろいねー、ふふふふふっ‥異端排除でも、ミディス、庁面万(ちょうめんまん)フーリディスクレイとか‥‥‥最近は”普通の人”も頑張るよねー、弱いって、脆いって、低能って、強いものだよぉ』

 異端排除の強硬派の名、技を極める、肉体を変質させる、異端にて異端を狩る、そんな組織の心は普通の人間、おもしろいザマス。

 異端に対して、そのように恐怖を感じないように”人間”は戦う、マジでおもしろいザマス。

『あー、ティプロちゃんが、恭輔ちゃんに‥‥何かお土産送ってきたよぅ、これは、送るねぇ』

「‥全ての血の大系の吸血鬼、永遠少女のあのクソじゃりザマスか‥‥当主から許可を頂けば、無いザマス‥あの二人の仲の悪さはやばいザマス」

 ”恭輔さま”、この呼称で行くザマスが、名を与えたのは両親ではなく、血の大系の吸血鬼ティプロ、名とはぶっちゃけ与えたもの勝ちザマス。

 それに縛られるのが与えられた瞬間に人間は決まる、ゆえに名の変更は無理、当主は怒り狂いながら裏山を破壊したのが‥うぅザマス。

 ティプロ、そういえば、吸血鬼は”一部”にいないザマスね、レアザマス。

『‥‥‥ティプロちゃん、近々にそっちに遊びに行くってぇ‥‥‥‥‥恭輔ちゃんを連れて帰るってさぁ』

「‥‥‥はぁ、三十二系になる全ての吸血鬼の皇女が、暇、暇、暇人ザマスね、こっちには来なくて良いザマス、色々込み入ってるザマス、おお、どうやら30分でこの里に来る様子ザマス」

『アルビッシュ=ディスビレーダは使えるのぅ?』

 痛い質問に、こいつわかってて聞いてやがるザマスね、妹ながらムカつく性格をしてやがるザマス、ぐぶぐび‥‥飲んでないとやってられない。

 電球の周りを飛び回る蛾やら、諸々の昆虫を見つめて、少し陰険な声を出す。

「使えねぇザマス、って!!あんたが奇跡の論理の第三空の属性を寄越さないから出来て無いザマスぅーーーー!送りやがれっっ!」

『‥‥忘れてたぁ‥‥お、怒んないでよぉ‥あっ、じゃあ行くねぇ、そろそろ六聖会議だから、ばいばい~~~~』

 ツーツーツーツー、強制的に電話の切られたナイスな効果音、情報を国を裏切ってまで送ってくれた妹に感謝ザマス、裏切り者。

 ディベーレスシタン‥‥‥の襲来ザマスか、んふふふふ、当主はここまで予想しての”恭輔さま”の呼び戻しザマス?

 やべぇ、やっぱりあんなに良い女はいないザマス。

「‥‥‥天災で天才ザマスよ‥‥当主、さて、江島に対してディベーレスシタンの使徒程度が、勝てるザマスかねぇ」

 ティプロの襲来だけ当主に教えるザマスか‥‥我侭天才天災破壊、ティプロもそこを考えると。

 いい女、じゃなくていい少女ザマスのに。



「‥‥どうやら、このまま里に侵入は可能のようだな」

「モルジンもどうやら、このままで行けるそうだ‥‥異端と言えども、我らの敵では無い」

 走りながら、部下と軽い会話を楽しむ‥‥余裕を感じられる速度で走る、時間などは関係ない。

 後々に去るのだから、砂を踏むと、鳴く、無論音を鳴らさないように走るなんて無理なのだからな、笑う。

 蝉の音、これは我が国ではあまり聞かないものだ、はて、ディベーレスシタンはどの国に?

 あははは、概念に我が神は潜むものなり。

「‥‥はて、そこ行くお二人方、暫しの停滞を、お願いできますか?」

 髪が舞う、冷静な、冷然とした少女が黒いワンピースを鮮やかに着こなし、木に背を預けて見つめる。

 我らを、ゴミのように見つめている。

「ここら辺で、私より少し年上の、愛らしい少年を見かけませんでしたか?‥‥‥答えるだけで、殺さないですので、レディーの服に血は無粋ですものね」

 スーッと眼が細まる気配に条件反射的に”刀”の位置を確認しつつ、仲間に目配せする、こいつは確か、抹殺対象の一人に。

 いたか?

「わかりますわ、貴方の目的も、その身のこなしと、つまらない殺気がそれを教えてくれていますし‥っで?‥愛らしい少年、私の兄を見ませんでしたか?」

 夏に似合わぬ冷然とした美貌の少女は‥‥汗一つ流さすに手を差し出す、わけがわからない、あの空気は尋常ではない‥‥能力云々ではなくて。

「いいや‥‥貴様も江島に連なる能力者だな‥‥幼さで手は鈍るが、殺させてもらう」

「兄を、兄さんを見ませんでしたか?」

 会話のテンポ、意思の疎通すら出来ない少女、いつのまにか蝉の音すら鳴り止み、よくわからぬ山虫の、鳴き声すら耳には入らぬ。

 どうしたのだと、わからぬと、このものは、自分より”力”常人と異端の違いはあれど、こちらのほうが強いのはわかるのに。

 恐怖で身が竦む。

「何処に行かれたのでしょう‥‥あれ程に外を出歩かれては貴方たちのようなクソ虫がいるから、あぁ、心配だと‥」

「シャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁ!!!」

 飛び掛る部下に、静止の言葉をかけられない、脂汗が空に舞い、ピピッと頬にかかる。

 少女は襲い来る、それに対しても悠然と微笑みながら、右足を。

「失礼」

 文章で述べたくない、言葉でも述べたくない、そう、そうくるとは部下も思考してなかったろう、だから稚拙な少女のそれがあたる。

「で‥‥っはぁ」

 股間に叩き込まれて、白目を向きながらもヨタヨタと後退、それを冷たい瞳で見つめながら、少女はスカートの裏から、刃物を取り出して。

 あまりに現実離れした少女の行動に、自分はおかしくなってしまったのだろうか?猟師が猪を、釣り人が魚の血抜きを‥‥そのような軽薄さで。

 尿を垂らしている部下の首下をナイフで軽く、トンッと突き刺し、出血音。

「次は貴方ですね‥‥‥‥早々に殺して、兄さんを探さないとなりませんから‥‥」

 ナイフを丁寧に、白い花柄のついたハンカチで拭いながら、初めて、にっこりと微笑む、血の化け物。

 部下がビクンビクンッと跳ねているのを見かねて、拭い終わったナイフを右眼球にねじり込ませ、眼だと血は付かないかと、付きますね。

 そんな単純な言葉、さらに抉り出し、吹きなおし、また微笑む。

「兄さん、怖がりですから、こんな所はなるべくお見せしたくないんです、早く死んで頂かないと」

「‥‥‥異端がぁぁ‥‥‥このような、少女の姿でも、やはりディベーレスシタンの教えは正しい、人類はこれを認めるわけには」

 ヒィと、誰だ、このように恐怖で竦んだ声を出すものは、そう、自分しかいないのだから、笑いはもうこみ上げてこない、皮肉のみ。

 動こうとしない右足を、大丈夫だ、いつも通りにしたら。

「この死んだ方、銃を持っていらっしゃるんですね、こんな感じですかね‥‥」

 パンッ。



「何か音聞こえなかったか?‥‥‥パンって」

「あらら、奇遇ね‥‥聞こえたように思えるわ」

 ポリポリっと、煎餅を齧る馬鹿三人‥‥つまりはオレたち、つうか恭輔は?

「”アレ”は‥‥‥今は忙しくてな、暫し忘れろ」

 造弦のジジィは庭で木刀を振りながら‥‥いつもの感情の篭らない声で、つうか煎餅って手抜きじゃねぇか。

「‥‥侵入者のようだな」

 最後にポツリと、どうでもいいように呟いて‥‥また木刀をふり始める、暫しそれを見つめて言葉を噛み締めていると。

「侵入者なのだ、お兄ちゃん、ちょい弄くりまわしに行かないのだ?」

 ジジィの言葉を噛み締めて理解する前に来夏がヘソに扇風機を当てながら、にやり。

 青色の髪が風にたなびき、庭から見える空に解けて区別が付かない、こいつ自体が空みてぇだと思う。

 言葉も行動も全てに対して脈絡が存在しなくてだな、本当に気まぐれな空とそっくりだとオカマと馬鹿にした時も。

 いや、今はそんなことよりも。

「侵入者ねぇ‥‥‥他の異端組織はありえなぇし、異端排除か?えーっと、何だったかな、名前は」

「まあ、大きいのがミディス、庁面万、フーリディスクレイとか、最近になってモルベンサイの涙も有名かしらん?」

 何気に色々な事に博識だなオカマ、一枚残った煎餅をオレとどっちが先に食うかと、無言の勝負をはじめて1時間経過している事がその知性を貶めていると何故に気づかないのだろうか、バーカじゃねぇの。

「どうやら、ミディスの強硬派であるディベーレスシタンだな」

「‥‥何でわかんだよ、ジジィ」

 先ほどから上半身裸で、五十越えてるのに無駄に引き締まった鋼のような頑丈さと鞭のようなしなりを持つ体躯を見せ付けて。

 何でわかんだよ、つうかナルシストんなんじゃねぇのかと、そんな考えが浮かんだり。

 空を流れる雲と、庭に生え渡る様々な緑の力強さを持つ植物、蝉の鳴き声に広く広く、広がる山々、そしてジジィの裸。

 嫌とかじゃなくて、早く帰りたい。

「‥‥言う必要は無い、子供は家で待機、この屋敷にいれば安全‥‥‥ッ、当主」

「‥‥うわ、見たくないものを見ちゃいました、さて、ディベーレスシタン‥‥ふんむー」

 いつもながらの空虚な出現、スヤスヤと眠っている恭輔を優しく降ろすと、ポリポリと頭を掻きながら、当主は何かを思案している、雲は流れる。

 山は緑に萌え、木々はざわめき、風は風鈴を鳴らす、暫しの無言‥空間‥‥何なんだ?

「‥‥‥しらない」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥蝉が飛んだ。

「と、当主」

「そんな事よりも造弦、玄関に塩を、撒いて下さい‥‥‥‥ニンニクでも、厄介ごとは避けるほうが良いですよね?‥三十二系の他の方々が止めるべき立場です、つかえないですね‥‥」

 三十二系、異端の中でも少数で自らを律している吸血鬼の一族だと、教えてもらった記憶がある、三十二系とは種族が三十二あるわけではなく、血筋が三十二の吸血鬼に広く分類されると言う意味、それぞれの筆頭である純身当主(じゅんみとうしゅ)から三十二体の最強種が存在。

 それぞれに突出した属性を備えていたり、様々な異常感性で行動する化け物、それ以外の下等吸血種族を百十三芳‥‥(ひゃくじゅうさんほう)で数えるのが常識。

 そちらは百十三の血筋に分類される、こちらも別に世界に対しての体性が薄いわけではなく、化け物じみた能力を有している、単に三十二系列の方が凶悪で強力。

 しかし、それも”人”の眼から見た限りであり、本来は戒律を重んじる‥らしい、つうか何でその名前が今出るんだ?関わりたくない存在概念な、そんな奴らだってのに。

「ティプロ=ジィスデイ=シュクンがこのままでは来るかも‥‥‥‥です‥‥‥”干渉”を好まないはずの吸血鬼の皇女が‥‥あれではおわりです」

「そ、そのような事よりも今の事態をどうなさいます?‥‥ディベーレスシタンは異端排除の強硬派です、命令があらばすぐに」

「塩‥‥ニンニク‥‥ちょくせつ殺す?‥んっと、あ、はいはい、そっちは、勝手にお願いします、きみたち、そろそろ戦闘を経験するのも良しかと」

 そう言って、やはり机に置いてあった煎餅を持って消え行く当主、さりげに煎餅好きなのか?唖然としたジジィとオレ達が‥後はスヤスヤと眠る恭輔。

 とりあえず暑いので、当主の家に唯一存在する幻のクーラーを、ポチッ。

「何か変な事になってきたわねん、どうする?‥こんな機会、鬼島に行くまで無いかもね」

「おー、殺ってやるのだー、二度と”江島”に逆らわないように、痛みを与えるのだよ‥お兄ちゃんは?」

 火を灯す、それに照らされて眠るこいつ、こいつが来てから無駄に慌しいんじゃねぇか?

 本当に、何が何だかわかんなくなってきちまったけどよ、戦闘は好きだ、好きじゃないとこの里ではやってらんねぇし。

「ああ、いいぜ、オレも”殺る”」

 里の大人は畑でも耕しておけと、屈折した笑いが出てきた。



[1513] Re[32]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/29 17:11
「ふははははははははは、相変わらずこの島国は汚いな、ジュデス、このような場所に屋敷を構えるとは、貴様も物好きよ」

「皇女、手痛いお言葉、しかしこの国は望む望まぬは考えなしとして、暮らせば都、おもしろいのですぞ?」

 黒いマントを羽織る、紫の髪を揺らす少女にワインをお注ぎする、臣下としては当然の行動。

 花を彩りしテーブルで、部下に目配せ、どうやらまだまだお飲みになるらしい、既に齢は数百年を超えるお方、いいのだろうか?

「しかし、しかしだな、なかなかに興味深い国ではあるし、杯を交わした愛すべき友もいる国だ、馬鹿にしているわけではないのだぞ」

「皇女の口から、そのようなお言葉を頂けるとは‥‥ありがたき幸せでありましょう、この国の民草も、今回の視察のご目的は?」

「なぁに、お前の気にすることではない、我輩の”息子”をな、愛玩しに来ただけよ、おっと、口が滑ったな」

 ヒクッとワインを飲みながら微笑む少女、決して機嫌を損なわぬように、胸が張り裂けそうな感覚のままに。

 この少女の姿をした皇女が、本気を出せばこの島国、瞬きの間に滅び行く運命だとはわかっている、そう、恐ろしいのだ。

 隠した片目が爛々と紫の色彩を放ちながら、酔いながらもこちらから視線は外していない、あれが閉じたときに、全てつぶされる。

 正しく主君に相応しき、誇りと知性、美貌、若さ、永遠に尽きぬカリスマ、”幼児的倒錯的‥美しき事”それを備えなお、その心は奔放としておられる。

 態々、この屋敷に立ち寄ってくれたことすら身に余る光栄である。

「ははははははは、しかしワインとはな、処女の血だと思いきや、人が悪いなお前も、期待したが、しかしこれもこれで実に良い」

「ははっ、私の秘蔵の酒ですので‥お気に召したなら数本、土産で持っていかれますかな?」

「ん、おお、それはいい、我輩の愛すべき恭輔も‥んん?‥酒はまだ飲めぬか、いかんいかん、時間の概念を忘れるのは好ましいことではないな」

 形の良い顎をさすりながら、パクパクと食卓の上にあるものを手掴みで口に入れてゆく、気ままにだ、マナーもなにも存在しないが。

 自然と高貴さが漂い、下品さをまったくもって感じさせない、ぺロッと親指を舐めた後に瞳を合わす。

 氷のような美しさとは彼女のためにある、闇のような深遠さとは彼女の瞳の中にある、天すら嫉妬する紫の髪は今もサラサラと流れ美しき。

 美しき我らが皇女‥‥‥誇り高きティプロ=ジィスデイ=シュクンとは、我が目の前におられる紫の髪を月光に任せ微笑む少女なり。

「聞いておるのかジュデス、人の顔をポーッと見おって、妻のおる身と記憶しているのぞ?‥‥美しきはティプロ=ジィスデイ=シュクン‥‥
この月夜すら嫉妬しておるだろう、見とれるのは当然で勝手だが、妻子を第一に考えよ、な?」

「い、いえ、妻も子も愛しておりますが、貴方様のその美しさは幼体と言えどもあの月すら霞むほどの心地よい光を、ええっと」

「よいよい、落ち着け、血染めのジュデスの名が嘆かわし、そのような言葉は何度かけられたことやら」

 黒いマントから零れ落ちる蝙蝠の羽よりも太く、力強い黒羽をピコピコと手の代わりに動かしてお止めして下さる。

 黒羽を間近で見れて、懲りずに美しきものを讃える簡単の声をついつい溢してしまう、おお。

「もうよい、さて、我輩はそろそろ行くとしよう、ああ、すまぬな」

「ははっ、またいつでもお寄りに‥‥‥貴方様に純粋たる夜の洗礼を」

 召使からワインを詰めた木箱を受け取って礼をするティプロ様、召使の方は恐縮してしまって涙目でこちらに助けを求めてくる、すまぬ。

 バサッ、大人の男の体の三倍もあるだろう、黒く濃い翼が夜の闇に広がる、星の光が隠され、まるで真に闇に支配された黒色の空。

「ジュデス、貴公に純粋たる夜の洗礼を、ではな」

 窓がトンッと軽く、ステップを踏むように、空へと羽を、翼を任せて、気持ちよさそうに眼を細めて、月へと消えてゆく皇女。

 先ほどまでそこにいたと、その証拠に飲みかけのワインが、甘い芳醇な香りを放ちながら、そこに置かれている。

 まさしく、皇女‥‥何と気ままで自由奔放、我らの主に相応しき。

「さて、君もワインを飲みたまえ、今宵は最高の気分だからな‥‥屋敷の他の者も呼んで朝になるまで騒ごうではないか」



「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「サイハン叔母様、ど、どうなされました?」

 大声、普段は毅然としたサイハン叔母様の声に、庭で野苺を収穫していた私は急いで城の中へと駆け寄る。

 ザワザワと、多くの同胞が頭を抱えて首を傾げており、不安を煽るも走らない、スカートを翻してはならない。

 召使にも誇りがあります、ガラスの檻の城は月夜の光を浴びて青白い力強さを持っている、外から見たら何も見えないが。

 私達からは全てを見ることが出来る、今、イディスの蒼の森の畔でお魚が跳ねました‥今度の休日にはあそこで釣りをして皇女様に振舞ってあげましょう。

 カンカンカン、ガラスの鳴る音を無視して、だってそれは仕方ないんだもん‥あっ、オルヴィ様が皇女様の寝室の前に、何やら険しい顔を。

 結構暇なんですね、近衛隊長さん‥‥部下の方々はいつもの事だと、お庭で力を行使しての戦闘‥‥皆さん必死です、お魚さんが跳ねたのわかるわけもありませんね。

 大きかったんですのに。

「オルヴィ様、どうなされたんですか‥はぁはぁ、足が痛いです」

「おぉ、真冬殿‥なに、今回も皇女が外出なさっただけのお話ですよ、しかしながら‥‥サイハン殿、気を失っておられるな」

 よいしょっと、叔母様を肩に担いで、やれやれと首を振られるオルヴィ様、茶色の髪を右手でワシワシっと、また胃が痛いのでしょうね。

 吸血鬼なのに。

「それで、書置きか何かはありましたか?‥‥この際です、お部屋のほうも綺麗にしておいてあげましょう、あっ、野苺、急いできたからエプロンから落としちゃいましたね」

「お前達、真冬殿の助けをしてやれ、書置きは‥‥いかぬな、部下を殺してその血で書いておられる‥はぁ、灰になる前に生きたままインクにするとは‥この者の両親には適当に説明しておけ、こちらに」

「えーっと‥‥‥‥‥あららら、どうやら、色褪さまに会いに行かれたご様子ですね‥‥ご同行しなくて良かったぁ‥‥」

 オルヴィ様はおもしろそうに、とりあえず部屋に広がってしまった野苺を取ってくださいながら、苦笑する。

「おお、”きょうすけ”様に会いに行かれたわけですな‥‥ならば、この者の死も可愛いものでしょうに、はむ、少し酸っぱいですが」

「いいんですよ、それは砂糖漬けにしてパイに使うのですから、あれから数年、もう大きくなられたのかしら?」

 私も一口、酸っぱい。

「‥‥‥‥能力者を後継者にしようとは、飛びぬけた発想ではありますが、”きょうすけ”様ならば異を唱えるものはおりませんでしょう、我ら吸血鬼は臣下なのですから、いつの日か、皆が一斉に傅く日が眼に浮かびます‥‥おや、これはケミフの実ではありませんか?」

 パンッと、実を叩くとモヤモヤと、煙が出現する、もこもこと形作るそれをみて、ああ10年に一度のケミフの実、忘れてました。

 淡い発光と同時に、精霊が具現する。

『やあー、元気そうでなによりだ、ケミフの収穫を忘れるとは、精霊の誓いを忘れてはいないかね真冬殿?おお、畔で魚が跳ねたようだね、縁起がいいや』

「遠い友よ、お久しぶりです‥まさか野苺に混ざっているとは思わなくて、ケミフのチェーンス様もお元気そうで」

『何せ生まれたばかりだからね、おや、その制服‥‥新しい近衛隊長かな?‥‥ミジュスノお爺さんは引退したのかい?』

 緑色をした精霊、ケミフのチェーンス様‥‥今から200年前に皇女様と友の誓いをしてから、数年に一度ケミフの実として具現なされる。

 きょろきょろと興味深そうに動く青い瞳、ふっくらとされた頬は桃色でとても愛らしい、長い髪は実と繋がっており力の具現を妨げない。

 男でも女でもなく、ただのケミフのチェーンス様と。

「はははっ、ミジュスノは私ですよケミフのチェーンス様、少し若返ってみただけです」

『むう、成体の吸血鬼はそこが反則だとボクは思うんだ、ありゃ?‥‥ティプロは何処にいるんだい?』

 友の姿が見当たらないことに疑問を感じたのか、ガラスの城である特有で特別な壁、それに逆さに立ちながら、首を傾げる、流石は精霊様。

「皇女‥‥ティプロ様なら、恭輔さまに会いにいかれましたよ?‥月夜の霧の出る日に、魚が跳ねる、貴方が具現する約束事でしたね‥‥お忘れになったのでしょうか?」

『あっー、そうそう、あれは知ってて行ったに違いない、友の事よりも可愛い可愛い恭輔の方がいいに決まってるとね、ふーん、ボクは怒ってないよ、本当だよ?』

「わかっておりますともケミフのチェーンス様、裏の森で取れた蜂蜜で紅茶を、こちらにどうぞ」

『ボクもちゃんと恭輔にお土産持ってきたのだからね、そこは忘れてはいけないよ真冬殿』

 胸を張るケミフのチェーンス様、とても愛らしい仕草で微笑んでしまう、月夜に精霊とお茶を。

「わかっております、ふふっ」



「‥‥‥っで、何で恭輔も連れてくるかね、お前は‥聞いたろ、信じられないことに、D級だとよ、D級、下手すりゃ死ぬぞ?」

「だから来夏が面倒を見ると言っているのだ、それに今は仲良し三人から仲良し四人にクラスアップしたのだし、うん、仲間はずれは良くないのだよ!」

「‥‥どうでもいいけど、この子寝てるから静かにしなさいよ‥ああ、母性とはこのようなものなのねん」

 とりあえずは、戦闘なのだし、悩みに悩んだのだ、でもやっぱり仲間はずれは良くないのだと、そう来夏は思う。

 直系でD級だとは驚いたのだが、来夏は馬鹿ではないのでそのような事実で人間否定などはしないのだ、賢いのだぞ。

 さて、迫り来る気配、里から下った街へと続く、そんな山道のさらに別れ小道、そこでお茶をすすりながらいつもの三人に恭輔一人。

 戦闘前だが何処となく心地よいと感じる来夏はおかしいのだろうな‥モクモク、そんな擬音があったらおもしろいような白い雲、夏なのだ。

 雲から眼を外さねば。

「おやおや、このような子供が現出して異端を‥‥哀れ‥生れ落ちる罪を私は嘆こう」

「はじめまして、嘆くパパに代わって挨拶を、モルジンとフーリルウ‥その後に付属するものは捨てたから、そうだよね?」

「ああ、そうだとも愛しのフーリルウ‥‥‥」

 まあ、気づいていたのだが、何だか‥‥‥そこそこの腕のようなのだし、油断は駄目なのだと他の二人に視線を流す。

 おーおー、二人とも眼が血走っているのだ、こわいったらありゃしないのだが、殺気の中で眠る恭輔はどんな夢を見ているのかが気になるのだ。

「ディベーレスシタンのオッサンとそのガキかよ、思ったより若い‥ねぇ」

「それはこちらの台詞だよ子羊の諸君、君達を殺すと思うと恐怖で手の震える私がいるのだからね‥異端であれ子供とは無邪気で愛らしい天使だと私と認めている、血が似合う屈折天使だ」

「パパ、鋸を5本取り出したよ、それはとても殺し合いに不利な台詞だねパパ‥パパ」

「あらん、こちらも準備しないと駄目みたいね」

 気配が変わる、脈動する芳史ちゃんの気配‥‥”脈動裂炎之鉄の型”(みゃくどうれつえんのてつのかた)肉の蠢く音と同時に発光する大木の如し体。

 臭い肉の焦げるソレは芳史ちゃんには何も与えず、ただ燃え盛るのみの体には血肉が通いし炎が通う、脈動する己の身肉で炎を現出。

 さらに硬質化した鉄の体が盛り上がり、皮膚を覆い‥‥熱を染み込ませ、白い煙を吐き出す、プスプスと地面からも溢れ出る炎の残り香のような。

 足の裏の温度は凄まじいとは本人の言葉なのだ‥‥ちゃんと恭輔は木の根に降ろしてあるのだ、良い子。

「鋸でギリギリ裂けるのが、人だから‥‥パパ、この人の相手はフーリルウがするよ」

「わかったよ愛しのフーリルウ、では私はそこの二人のお相手を務めよう、先ほどの護衛の屑よりは、おもしろい子羊たちなのだろう」

「お兄ちゃん」

「おうよ、初の殺し合いにしちゃぁ‥‥相手のレベルが‥だな、勝つのが決定事項だろう、オレたちは」

 三十の『氷の兵』の中で5体を同時連想‥‥いつでも出現できるように、水分の把握、地からの出現ポイント、空からの出現ポイント。

 絞込み、練りこむ、よし、いつでもいけるのだ‥‥‥草木の内部に潜む水すらも強制に排出して量を算出‥もっと遠い地の水脈を。

 己の真下に細い管のように、しかしスピードは光速に移動、否、高速でなくてはならないのだし‥‥‥もっと。

「そこの少女はいつでも行ける見たいですね、貴方のほうは?」

「見てわかんねぇの?‥オレの手から水の刃と炎の刃出てるのがよぉ、どうよ?漫画チックだろ‥‥死んでもらうぜ」

 走るお兄ちゃんは炎と水を合わせるのがいつもの事、白い煙が辺りに広がるのも戦闘遊びをしていた来夏にはわかるのだ。

 ほら、山鳥が驚いて空へ飛ぶ、そういえば、あの神父のような格好で人を殺すのはどうなのだろう?んー、来夏も走りながら、悩む。

「炎の一、水の一、選炎選水はおもしろいって、オレは思うぜ」

「授銃、水曜の日に錬成したのと火曜の日に錬成したので、お相手をお願いします」

 属性込めをしている弾を飛ばすのだから、それ程にわかりやすい事は無い‥自分で言ってるのだよ、この神父‥真っ白すぎやしないのかお兄ちゃん。

 眼を擦って、うざいのだ‥‥刹那のそんなやりとりすら天才だから、来夏には十分な時間、さて、どっちが吹っ飛ぶのだ?

 炎と水と水曜の弾と火曜の弾、ほら、さっさとぶつかりあうのだよ?

「ッッッッッううぅ」

 1秒の時間が流れて、神父が後退、さらに追撃するお兄ちゃん‥‥うわ、あれはやられるとムカつく。

 水と炎の軌跡を当たる瞬間に変更、水あるところに消えない炎、炎あるところに消えない水、これが選炎選水の力。

「ほら、普通の人間が粋がると、痛い眼見るっつーの」

「‥‥‥‥江島の血統がこれ程までに強力とは‥‥驚きですね」

 水曜の属性で炎を消して、火曜の属性で水を消そうとした常識思考の神父はパンパンッと埃を叩いて、睨む。

 しかし、それを反対にしてぶつかり合えば炎と炎、水と水ならば、突出した”異端”の力を有するお兄ちゃんが勝つのは常識なのだ。

 相手に当たる直前に水に変更したり炎に変更したり、自由自在なのだから、本当に防御しにくいのだよ。

「うん、これは‥‥来夏の出る事態ではないのかもしれないのだ‥どいつもこいつも、弱っちいのだなぁ」

 氷の意識を神父の背中の樹木を意識して展開して、いつでも木からの出現で刺し殺せるように‥しておいて。

「お兄ちゃん、来夏は恭輔の防御に専念するのだ‥弱いもの同士で、勝手にすれば?」

「‥おうよ、天才様は余裕でご鑑賞とあれ、行くぜオッサン!」

 やっぱり、自分は女の子で、お兄ちゃんたちは男の子なのだ、男は攻めて、女は守る。

 男の子は喧嘩が好きで、女の子は喧嘩が野蛮だと感じる、ほら?どうなのだ‥‥人間の世界においても、異端の江島にとっても。

 何も変わらないのだな。



[1513] Re[33]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/30 21:06
 何も無いような、何かあるような、そんな空間で、一人の少女がひざを抱えて眠っている。

 ドクンドクンっと、脈打つ肉体を制御しきれぬように、瞳を閉じて、眠りの中で耐える。

 雄大な空間の中で、外の情報を吸収して、ただ瞳を閉じて待つ、生れ落ちる日を。

『‥‥‥‥父が興味を抱かれて肯定、それを是非とも、己の力の礎に肯定、これよりそれを行う肯定、異論は?』

『否』『否』『否』『否』

 異論はないと、”卵”の中から声がする‥‥何も無い夜の空間には、夜‥‥闇は夜とも言えるのだからそれで良いだろう。

 その中で黒塗りの卵のようなものが浮遊している、何も無いのではなかった、闇に溶けていたのだ。

『同じ存在として調整して、父の情報を、境界を外し、叩き込む、それによる他の遺伝子、精神構造、魂、概念、理念を侵食、良しか?』

『肯』『肯』『肯』『肯』

『故に、今は眠りの中‥‥”起きる”へのカウントダウンに入るのみ、まるで作戦行動のような滑稽さ‥‥‥』

 蝿の飛ぶような不気味な音と同時に外部世界での情報を、四角い布陣に閉じ込めて、描く。

 描き出された四角い世界に、三人の能力者の幼体と”常人”の二人組み、皆の関心がそちらに向く。

 父からの精神の構造の流れを取りやめて、ドロリとした水のようなものの中で、皆が皆、思考するのみ。

『「はじめまして、嘆くパパに代わって挨拶を‥‥モルジンとフーリルウ‥その後に付属するものは捨てたから、そうだよね?」』

 一人の少女が映し出される、この”体”‥その遺伝子情報からはない肌の色、真っ白い修道服は神のままに、銀の色彩の瞳はなおも輝き。

 零れ落ちる金を濁した蜂蜜色のような、サラサラと細く流れる髪、右肩にかけるように結んでいる‥しかしながら、”異端”ではなく。

『これについての、意見、適合は可能なり、狂わせ、壊し、依存させ、染め、生まれ直し、我が父の下僕へと、くくっ』

『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』

 連続で出現するは肯定の嵐なり、闇の中で不気味に発せられるは五人の甲高き少女の声‥‥これに関しては、人の及ぶ思考ではなく。

『フーリルウと名づけられた単体、最大級のチャンスなり‥‥これにより、新たな開眼、否、父の実験成功なり、抜かりはなく、チャンスを伺う、これ、決定事項』

『『『御意』』』



「ふむふむ、アルビッシュ=ディスビレーダ?‥‥調子はどうザマス?これで属性は4321個、苦しく無いザマス?」

『■■■』

「‥‥圧縮で喋るのは良いザマスけど、解析するこっちの身にも‥‥ああん?足らない?‥このガキぃ」

 可愛いながらも小憎らしい時もあるわけで、最近は外の状況も魔力の流れでわかるらしく、生意気な事を言いまくるザマス。

 術術術(さんじゅ)の論理の最高級、魔術、技術、美術なりし‥阿呆見たいザマスけど技術が無ければ魔は生成できず、美術が無ければ良しものがわからず、魔術が無ければ、材料の生成は不可能、この分野はそこがおもしろいザマス、一般の人間はわからないと思うザマスけど。

 美術と技術はさも恐ろしき力の集大成。

「‥‥恭輔さま?‥‥えっと、そっちの触手を、ってか挿し込み口、よしっ、ほら、映像を、回すザマス、最適化するから‥自分でする?ミルクに毒入れて渡す母親の気分になるザマスから‥‥言うこと聞けや!」

 駄々をこねる、そんな可愛い存在ではなく、毒舌ばかり吐きまくるアルビッシュ=ディスビレーダ‥‥誰に似たのやら、自分ザマスね。

 はぁ、映像‥‥これで良いザマス、おおー、飲む飲む、無き緑の月の属性もそれだけの元気さで飲めば苦労しないザマスのに‥‥はぁ。

 最初にため息、終わりにため息、破綻の思考。

『■■■■■■■■■■■■』

「弱い?‥‥今戦ってる奴らザマスか?‥‥子供達はこれからの次代を担う化け物ザマスよ‥敵?‥‥常人にしたら強いほうザマスよ、その場に恭輔さまのいる意義性?危険だから呼び戻せ馬鹿っと‥‥‥馬鹿って誰に、第三空の属性をさっさと寄越せ?‥‥はぁ、ザマス」

 説明してやらないと納得しそうにないし、体をまだ動かせない愚痴やら属性の好き嫌いやらの事を言われても、とりあえずは説明ザマス。

 読みかけの本‥まあ、資料書で死霊書をパンッとたたんで、細い糸くずをさらに細めたような埃がオレンジ色の電球の下で、大量に舞う。

 人差し指を立てて、先生風に説明ザマス。

「恭輔さまは、今回で”娘”の最終調整ザマスよ、無意識下で、それを行っているザマス‥敵に”娘”のカテゴリーがいた理由?‥‥あははははは、良い視点ザマスよアルビッシュ=ディスビレーダ、そいつはディベーレスシタンの差し金ザマスよ‥‥普通の人であるが、トップは普通ではない‥異端であり、そういう事ザマス‥‥恐らくは今回の襲撃は、媚を売る事が目的ザマス‥‥恭輔さまの餌にしては、おもしろい収集データザマスね、眼を逸らすなザマス」

 ふう、説明かんりょーザマスね、飲み終わったビールの缶を、デイベルの祝福水、銀の底より‥‥っと、洗う。

 魔法に関しては、一日一度は法ゆえに使わねばならないから、無制限の力は無自覚に体を蝕む、だからこのような下らないことで使用。

 缶はちゃんと洗って出さないと、そこんとこは常識人ザマス、あっ、当主‥缶の中に食べ終わった枝豆の皮を‥さ、最低ザマス。

 取れない、魔法でとるようなことでもないような、しかも、したら負けのような、そんな気分ザマス、魔なる法は、そこんとこでは使わないザマス。

『■■■■■■■■■■』

「無論ザマス、今回はそのための帰郷、未来の江島の重要人物への出会い、江島微笑をはじめとする”シリーズ”に対しての‥忠誠概念チェック、己の中で様々な異端の力の境界を外し、己の魂と血肉を刷り込ませた”娘”の発育状況、そして今回の常人に対しての‥ははっ、常人に対して血肉、精神構造に己の細胞を強制的に流し込んでの生まれ変わりの力のチェックザマスよ、後は‥‥当主の孫が見たい発言ザマス、一緒に花火をしたいらしいザマスから、異常であり、以上」

 とれた、枝豆の皮‥‥しかしながら、指が切れた、痛いザマス‥えっと、あぁ、もう再生してるから意味ないザマスね。

 何とも生きる楽しみの無い体ザマス。

『■■■■■■????』

「ああ、これは、血ザマスよ、血の属性は‥まだまだ、沢山お勉強しないと駄目ザマスね‥はは」



 森が燃えるのではなくて、焦げる、微妙な表現だがそれは正しいと、誰かが言った。

「うふふ、逃げてばかりじゃあ、死んで焦げるだけよっ!」

 鋸を飛ばす、細く鉄糸で結ばれた5本のそれは、ギザギザにも関わらずに擦らずに切断、秘匿の武器、だからこそ切断できぬ物がある時の。

 それは岩であろうとも、楽しげに擦った時の爆発力は凄まじく、己の知っているその系列の浮遊しながら敵を攻める武器‥‥糸で結ばれた武器、それでも強力であると。

 つい10分前までは自負していたはずだ‥そのはずなのだが‥パパ、困った事態なんだ‥‥炎を纏った鉄の巨人は、鋸では無理なのかも。

 キィンと擦れる音はしても‥‥刹那にこちらの耐久温度を超えてしまい、すぐに引き戻すも色は直らず、濃く、薄く、点滅する鋸の刃。

 幾ら攻撃が弾き返されるとは言っても、このような下らぬ攻撃を繰り返していても、すぐに鋸は、脆くなり、零れ落ちてしまう。

 迫り来る拳を、キュンっと、糸を操り、引き寄せた鋸2本で防御しつつ、さらに1本を手で掴み相手の懐に潜みこみ、繰り出している右手の下から。

 切り抜け、そして斬り抜ける‥‥ギュゥインっと、空気がそれに対して悲鳴をあげ、地に行く石ころが衝撃でパチンッと身を弾ける、もう一撃。

「甘いわん♪」

 僅かによろめきながらも、奴はさらに繰り出した右手を引き戻し、力と炎を込める、息が出来ない時間、空気が燃える。

「‥‥‥強い‥‥そうなんだ、強くて怖い‥如何してなんだろう、男の人なのに女の人の言葉なんだパパ‥不思議じゃないか」

「オカマだからよ!」

 轟音が鳴り響き、天から拳が降り注ぐ、この勢いは‥‥とても利用しやすい、炎を纏うそれは紙一重で交わしても意味が無い。

 右足を軸に、一時的に力を込めて一回転‥‥いや半回転で避けれるはず、地面にある砂が飛び散り白い修道服に、気にする余裕も無く。

 そして、中心地点にある右足の軸は攻撃終了地点の真ん中にある、それを地を引きずりながらも後退させ、林檎のような絵が地面に深く、そして引きずるときの浅さを刻み。

 相手に対して丁度背中合わせ、体重を込めた拳は勢いそのままに地面へと、林檎が刻まれた地面に落下。

 一撃必殺は引き戻しに大変だから、軽い単発を、数回、引き戻さずに左右に対しての力で攻撃すればよいのに、アドバイス。

 そうすれば軽い単発も、ちょっと重い単発になり、物凄く重い単発を与えるよりも、かなり効率的だと、パパが言ってた。

 折れ曲がった両足に力を込めて相手の顎の部分に、地を蹴る。

「鋸の竜、昇ります」

 2本の鋸をクロスさして、それを挟み込みながら撥ねたソレは、一気に下引きに引くことにより、もっと、殺しに向いてくれる。

 撥ねる力と下がる力の、それを利用するのが自分の好きなこの技で、パパが良く考えたとほめてくれる‥肩たたきが上手だとほめてくれるのと。

 同じくらいに、ありがとパパ。

「痛ッたたたたたたた、え、えげつない技持ってるわね‥‥ちょっと吹っ飛んでね」

 地面に付けた右手を、いや地面を抉った右手だ‥‥それに全体重を預けて、そのままに横に倒れこむ、首にはめ込んでいた鋸ごとに。

 空中に投げ出され、3本浮遊してた2本を引き戻し、両足で蹴ってバランスを取り戻す、目に入る砂埃が痛い。

 シュタッ、地面に足をつけ、敵を観察。

「あらら、今ので死んだと思ったのに‥ざんねーん‥‥‥あら、首を狙ったはずなのに、落ちてないのが不思議かしらん?」

「鉄になっても、構造的に脆いと‥パパだったらそうすると思うんだ、強い‥本当に」

 中間地点に混在する木を、切り落とし、距離と防御を、相手はコキコキと落ちなかった首をならしながらも、不敵な笑み。

 燃え盛る体躯により、辺りの光景が歪みつつ‥‥さらに言えば息苦しい、姿は暑苦しい。

「脈動裂炎は能力としては下だわ、炎も飛ばせないし、炎ゆえに身に纏わせても、それ程に、溶かせるだけで硬度は無いわん‥‥でも、その中でも、亜種である、炎を纏うとは”常識”では肉体が耐えられない、だからこそ鉄の体が必要なりと、異端で常識的な精神が、たまたま、奇跡的に鉄を生む、そう、これなら、無敵に近いわよねー」

 能力でも、さらに細かく分類されるタイプの、その中でも‥この敵の力は奇抜‥‥奇抜でいて隙が無い、異端同士ならまだしも。

 こちらは”常人”なのだから。

「弾けるわかよん、鉄は、炎の推進力で、弾丸になるわ」

 地を蹴る、足の裏から高密度の、爆発力が展開、炎ではなく爆発、それによりこちらに迫り来る鉄の体。

 木で作り上げた防御壁など、突進力と炎により灰燼へと消える、灰が青い空に舞い、田舎の故郷で見慣れた風景が垣間見える。

 死ぬのは嫌だなパパ。

「鋸の螺旋構築、行きます」

 5本、一度に引き戻し、右手、右足、左足、左手に、最後の一本は背で弾き、後方に真っ直ぐに飛ばすだけ。

 弾き飛ばされた4本は、並行はせずに、自身の順番に飛んでゆく、それを調整しながら、後方に最大の勢いで飛んだ鋸に足を浮かし。

 糸が張ると同時に後方への高速移動を、己の力で投げ込んだ鋸が空を裂き、自分を引きずる感触を心地よく感じながらも残りの4本を。

 調整しつつ、右側へと、左側へと、天へと、地へと、これで、止めるべくは炎の怪物なり、必ず一撃は入る、死角に入りし鋸に。

 自分の移動時間が、鋸が見えない故に不明、追撃を望むならば、隠れし4本の刃が相手の両手両足を切断、今の敵の場合は足止めにはなるはず。

「あははははははははっはははっは、燃えなさい、焦げなさい、焼死なさいぃぃいいいいいいいいい、ひゃははははははははははは」

 焦げる地面、しかしながら‥‥こちらの技術を舐めてもらっては困ると、地を行く鋸が、急浮上、こちらにばかり見ていたから‥‥気づかない。

「甘いわっ!」

 踏みつける、地に足に付いた‥‥爆発的なスピードを活かせないだろうと、考えた瞬間に両足が高速で動く、その勢いのままに背を落とし走る、

 圧倒的な熱量で踏みつかれた鋸は、身をグネグネと捩らせ悲鳴をあげて、収縮して石ころのように見っとも無く、自然の一部へと帰化。

 追撃せしは残りの3刃、左右に展開されていた2本を木々の間をすり抜けて、敵の後方へと、そのままに、中心に移動した後に引き戻し。

 背中から、勢いをかけて、あの勢いで前のめりに転ばせて‥‥地に沈め、化け物。

「うっさいわねぇえええええええええええええ!!死ね、シネ、シネ、シネ、ひゃっほーーーーーーーーーう!!!」

 両手を振り回し、追撃していた筈の鋸を巻き込み、糸が引かれる‥五月蝿い?‥‥空気を裂く音で認識したらしいよパパ。

 パパ、えっと、冗談じゃないけど、フーリルウ、どうなんだ?

「ッう‥‥引き戻される‥‥駄目だ」

 両方に、己で飛ばした全力の鋸と化け物に引かれる2本の鋸、すぐに理解する、どちらかを切らないと、指が飛ぶ。

 相反するソレに、前面にはまだ一つ‥‥武器が残っている、後1秒でそれを思考し終わらないと、死ぬから、指飛ぶし。

 キュルルルルルルル、張る、痛みはまだ間に合わない、後方の糸を指から外し、覚悟を決める‥パパは?‥‥苦戦している。

 どちらにせよ。

「フーリルウはまだ死ねないんだパパッ」

 残りの1本で、勝ちはしないのがフーリルウの駄目な思考。

 ゾクッ。



 ちがうんだよ、それはきみの”パパ”じゃないんだよ、きみには、それはもったいないぃぃぃいいいいいいい、あははははははは。

 そうおもうんだ、さけんじゃった、さけびはきみへと、届いて‥‥ゾクッてさせたみたいだ‥娘を怖がらせるなんて、駄目だ、駄目。

 思考がゆっくりと、染めあげていた、先ほどの事情から開放されるんだ、わかる、わかる、わかるわかるわかる。

 からだのなかで、娘達は、助言している‥助言?‥難しい言葉だ、いつもなら遮光が意味をやさしくおしえてくれる、どうじに。

 兄さんは何もしらなくてよいんですと、いってくれる‥‥それで、おこると、ほほえんでだきしめる‥‥きす、されるんだ。

 それよりも、君の事だね、森の中で、山の中で、空の下で、きみはいま、死にそうなんだ、パパ、”今”はほんとうのパパが。

 きみをたすけてくれないんだね‥かわいそう、かわいそう、かわいそう、そんなに”かわいい”のに、きれいなのに‥つよいのに。

 きみをたすけるよ、試さないと、きみは、じっけんだい、実験台であり、娘なり、娘なり、娘なり、娘なり、娘なり、娘”に”なり。

 わからないけど、きみを、とりこんで、とりこんで、とりこんで、とりこんで、”娘達”もそれがいいといってくれてる、せなかをわって。

 てがでる、むすめをとりこむ手の螺旋階段、あはは、はははははははははは、絡みこみ、流し込み、勘違いさせて、真実になり、たべる。

 とりこむんではないんじゃないかな?‥むすめにしなおす、いまの”ぱぱ”への何億倍のあいじょうを、ぼくのためにうえつけないと。

 ねえ、ぼくのむすめになってよ?

 ズシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 勝手に、”フーリルウ”を取り込んじゃってみんな。

 ぼくのあいすべき、むすめが、かぞくがふえます、一部だけどね‥”フーリルウ”は今から”恭輔”の娘になる。

 娘になる‥フーリルウはほんとうのパパのものになる、それはぼくだよ?



[1513] Re[34]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/02 14:13
 ”少女”が生まれたのは名も無いような田舎の村だった‥‥海が雄大で、空は広大で、山は壮大な、誇るべき故郷。

 好きなものはお隣に住む、自称画家だったアリアル小母さんの作る人参のケーキ、甘くシロップ漬けした人参で作るそれは格別だ。

 ママは料理が下手だったらしく‥‥‥パパがお仕事から帰ると苦笑して、”ごめん、ちょっとこれで”と、ワインとチーズを取り出して時間稼ぎを。

 それを見て、よっぽど”ワイン”と名の付く飲み物が、甘くてすばらしくて、絞りたてのミルクより美味しいのだと勘違いしてしまった。

 ママが海から月に一度、都会から届く荷物を取りに行く日、その日はお留守番‥一人っきり‥‥‥隠れてこっそりと、ワインを一舐めしてみた。

 物凄い酸味に、ケホケホッと咳き込み、涙眼になりながらワインの瓶を睨みつけたのは記憶に覚えてる。

 パパは畑をしていた、一面に広がる様々な野菜たちが太陽の下で日にちにドンドンと濃くなって、色を持つ様子は美しいとさえ思えた。

 夏の日に、お外までテクテクとお散歩しながら、パパに秘密で道のほうにまで伸びきっている赤々としたトマト、ポケットに入れる。

 そのまま逃げるように、いつものお散歩コースであった小川までいって‥‥ママが作ってくれた仔豚の刺繍の入ったバックから絵本を取り出す。

 常に物資が生きて行く上で困らない程度にしか来ない村、一ヶ月に一度だけ届く絵本が何よりの宝物、それをのんびりと木の根に座って見ながら。

 トマトをパクパク、美味しい、瑞々しい、川の音が心地よい‥‥そんな夢のような世界がいつまでも続くと思っていた。

 小川に、血の色が混じるまでは。



 ゾクッ、自分が守るべき存在から、圧倒的な殺気があふれ出した‥‥殺気ではない、凶悪なまでに濃い、存在感。

 木々がざわめき、鳥が弾けるように逃げてゆく、今まで恐怖を”当主”にしか感じたことのない体が、水色の髪が、震える。

「き、恭輔?」

「あぁ、ぁぁぁあああぁぁぁぁ」

 式服が汚れる、外部からの”血”ではなく、体の血管が千切れ、血が漏れ出ている、眼は虚空を見ており、口からは涎が滝の様に。

 それは泣いている様で、鳴いている様で、胸が痛む‥‥そして、恐怖で足がすくむ。

 それに対して戦闘を行っていた皆も動きを‥‥‥それはとめるしかない‥‥その気配に戦闘、戦う時間など、全て奪われるゆえに。

 かきむしる様に体を抱きしめて、これは能力の発現なのだと理解するも、何なんだ?この異様さ、これでは‥D級であろうはずが。

「‥‥‥一部、”何か”を受肉‥‥‥しているのか、違う‥己の一部?その少年?‥‥この気配は、呼応ガ獣‥だ、と‥‥ありえん‥それに、これは」

 震える、それは聞き覚えのある言葉、呼応ガ獣‥‥異端の中の異端にて、その力、巨体、能力、まさに人類に仇名す宿敵なりと。

 右手が沈み行く体内に、変わりに出現するは、ギュッポ、昆虫‥ではない、百足のような、独特のフォルムを持つソレ。

 ワシャワシャと途切れる事無く出現、血塗りのその化け物は、何処にあるかわからぬ瞳で威嚇しながら森へと広がり行く。

「ぁ、ひゃぁぁああああああぁぁぁ」

 そして背中を、切り裂き出現する、尻尾を雄雄しくも光らせながら、背骨を突き破るように、ゴポゴポゴポ、血の泡のパレード。

 地面には染み付き、辺りには血の臭気‥頭がおかしくなりそうな光景が、10秒の後に生れ落ちる。

「授銃ッ‥‥金曜にて錬成、封じさせてもらいます」

 尻尾が振るわれ、指が飛ぶ、撃ち抜こうとした金のソレは地面に転がり、一部を染め上げて、金の中に封じる‥‥開く空洞にポロリと落ちる指。

「パパッ!?」

 駆け寄る少女のことなど眼にもとめず、飛ぶ、距離を置いてから冷静に観察しないと‥なのだが、駄目なのだ、何が起ころうとしているのかがわからない。

 同時連想しておいた5体の『氷の兵』を出現の可能を確認、今の”恭輔”は守るべき対象から、何かをとめるべき対象‥油断はならない。

「‥‥おいおい、来夏‥‥流石に、こいつはオレも予想してなかったぜぇ‥‥ははっ、これが当主の直系ってことかよ」

「わからないのだ‥‥しかし、でも、恭輔は同じ血を持つ、大事な仲間であって、来夏の守るべき弟存在にしたのだよ、だからッ」

「わかってるわよん、あの子が”何”を目的としてるかはわからないけど‥‥‥」

 三人で、その場所から動かずに、見つめる、叫ぶ恭輔は‥‥何処となく、何かを求めているように首を振り続ける。

 ああ、わかったのだ‥‥お兄ちゃんが、似てるって、言ったことは‥恭輔は当主に似てるんじゃないのだな‥お兄ちゃんにも似てる。

 来夏にも、芳史ちゃんにも‥‥‥似てる、そして身から出る化け物の気配にも、似てる、似てるのだ‥‥この里に住まう魔法使いにも。

 生み出された”シリーズ”と名づけられてる、あの子たちとも、似てる、似てる、何度も口の中で反芻、全ての”異端”に似てる。

 それは救いになるのではないのだ?‥来夏は氷を生成しながら思う、しかし、突然のこの、許せないのだ。

 恭輔は守る。

「くっ、しかし、体が‥何で、こんなに重いんだよ‥きっちぃな」

 お兄ちゃんが紅い色を持つ力と青い力を持つ力、それを現出させて、体を煩わしそうに動かす。

 そういえば、来夏も重いのだ‥体が重いと言うよりも、心が、がんじがらめの様に捉えられた感覚。

 芳史ちゃんも炎を解き、鉄の体のみで、汗を流しながら己の違和感に親指を噛み締める、不気味なのだ。

 しかし、この状況は、本当にヤバイのだ‥‥‥‥恭輔の力のせいなのか?‥‥‥‥‥違うのだ、もっと根本的に。

 横に”出現”する気配と同じ根本的な力と同じ気配がするのだ、そうなのだよな?当主。

「それは、江島の血の具現が濃いからですよ‥‥‥恭輔を傷つけたくないわたしや”恋世界”の意思です、ほんとうにあの子が愛しいですから
傷つけるのが、死んでも”ヤ”なんですよ、ヤーです‥どうしました、3人とも?」

 般若の面が。

「これですか?‥‥恭輔が、今より幼いときに、誰にも見せるべきではなく、じぶんのものだと、初期メンバーへの恭輔の依存の証拠、たまにでも外すんですよ、貴方達なら、みても、恭輔も怒らないでしょう?」

 紅い爛々とした瞳で、微笑まれる、切り揃えた美しい黒髪の下から見える、それは正に赤き血を具現したかのように。

 透き通るような、雪のような、自分‥来夏が羨ましがるような、そんな頬には何かの文字が刻まれている、蚯蚓の這えずり回ったような。

 読めないけれども、意味は‥‥‥わかるようでわからないのだ‥‥苦笑しながら、当主は前を見つめる。

 形の良い小さな鼻がクンッと、恭輔の血の匂いを感じて、言葉とは裏腹に恍惚な瞳で、赤き眼が射抜くように、そう、赤い眼とは。

 黒目のあるべき所は濃い赤にて、白目のあるべきとこは薄い赤にて、美しい。

「きみたちは何もしなくて良いですよ、恭輔はだいじょーぶです‥‥そこのお嬢さん?‥パパは、好きですか」

「‥‥何を言ってるんだ、愛しているし、この世界に唯一無二の存在だとフーリルウは思ってる、”異端”に言われるまでもなく」

 脈動する恭輔を優しい瞳で見つめながら、当主は、当主は右手を宙に掲げて、やってみなさいと笑う。

 殺ってみなさい。

「‥‥ああ、わすれてました‥‥江島を”支配”している‥‥江島色褪です、きみは殺しにきたのでしょう?」

 蚊の鳴くような、小さな声、幼い容姿にて微笑む‥‥浮遊したそれは恭輔を守るように、守る必要など、今の恭輔にはないのにだよ?

 あの百足の、動きを見ればわかる、人間なんて及びのつかない強力な力で万物をねじ伏せる事が出来る‥‥あの尻尾を見ればわかる、どのようなものも刹那の如きに、それを動かせば気づくまもなく、首が横に回転しながら、飛ぶのだ。

 なのに当主はそんな”変化”をしている恭輔を守ると‥来夏達とは”違う”のだ。



 指が飛んだ、綺麗に螺旋を描き、地に伏せた‥‥己の弾の力で消えてゆく、それを見つめながら。

 この場での戦闘能力を判断しつつ、逃げる事への大きな渇望、そう、勝てはしないのなら、せめて逃げなければ。

 戦闘でも、異端の匂いもしなかった少年から、強烈な”何か”が盛り上がったときには久方ぶりに恐怖すら感じてしまった。

 もっとも恐ろしきと感じた、1200人の仲間にて迎え撃った孤島の魔王『彼方』に感じたものと同等のものなりと。

 あの時は1198人の生贄を食わせて、殺されて、蹂躙されて、逃げ出したのだが‥‥今回は、どうだ?

 死ぬのか、死なないのか、それは神の導きであり、神とは固定されるべきものではなく、神とは”神”の概念にありと。

 ああ、愛しのフーリルウだけは、どうか、外世界への扉を開けて、逃がしてやらないと‥‥例えターゲットの”いろあせ”がいようとも。

 生きねば意味はない‥狂信的とは、真の狂信的とは‥‥明日へもその狂信を繋ぐために、生きることと見つける。

『あ、あは、あははははははははははははははははははははははは、ふぁ、ぁあああああああああああああ」

 少年が、脈動しながら、周りの”異端”には目も向けずに、こちらを爛々と睨みつける、幼い体躯からは圧倒的な気配。

 森がその気配に枯れ、地面が黒々となり、空は大気を振るわせる、まさに『彼方』と同属のような存在なり、極めた異端は似通うように。

 恐ろしい。

「彼方を、思考しましたね?‥‥はふはふ‥そーですか、一度”アレ”と、あれが‥‥そう、貴方の”仇”なんですね」

 こちらの、歯止めの利かぬ思考を”異なる力”にて読み取ったのか、ニヤッと微笑む”いろあせ”‥‥旧友の事を話すようなフレンドリーさは。

 まるで妻の仇を討てずに、仲間を犠牲にして逃げ出した、私を笑っているかのようだ、異端の笑み、能力者の笑み、”いろあせ”の笑み。

「勝手に思考を読み取るとは‥悪なる子羊め‥いや、貴方はそのように可愛げのあるものではないな、例えるなら蛸のような醜悪なものだ」

「たこ焼きすきですよ?」

 駆け寄ってきた愛しのフーリルウを抱きしめて睨みつけてやる、まだ足は余裕を持っている、逃げれるのだ‥この愛しのフーリルウと。

 愛しのフーリルウが頬を微かに染めて、このような状況で、私のためだけに、慰めてくれるために口を開く。

「パパ、フーリルウはあの、村が”死んだ”ときに思ったんだ、パパと生きていくって心から思った、ママも、ケーキが得意なアリアル小母さんもいじめっ子のレイスも、泣き虫だったスフィランも、仲良し夫婦だったマリアもルーファスも、みんな、みんな、異端に食われたときに、フーリルウは心からそう感じることが出来たんだパパ、だから、あの時に”仇”を取れなかったことを、全然怒ってなんかいないんだよ?」

 慰めの言葉に四肢に力が入る、そう、我ら親子は痛みと悲しみと、屈折した愛情を持ちながらここまで生きてきたのだ。

 指が消えたからどうだと?‥‥まだまだ、そう、まだまだ、私達は生きて、あの”彼方”を殺すべき、そして同じように飛びぬけた異端であると思える。

 目の前の”いろあせ”と少年は、どうにかしてでも、逃げる前に、”何か”をしなければいけない。

「‥‥わたしの、時間稼ぎ終了ーでふ、恭輔、出せる様子です‥きみ、絶望をみますよ?」

 ギュルルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ、尻尾と、百足の”肉”が一箇所に集う。

 愛しのフーリルウは残り一本になってしまった‥‥‥焦げて黒落ちした、情けない鋸を構えて、わたしは利き手ではない左手で、構える。

 肉の圧縮音は同時に新たな怪物を生み出す効果音、先輩がそのような事を笑いながら教えてくれた、でも死んだが。

 彼方に、骨を刹那に、取られて、採られて、獲られてしまって、ぶちゅぶちゅと地面に畳み込むように、落ちて、広がった。

『肉の砦、再契約に基づき構成、効果確認による、肉、肉、肉、魂すらも侵食するべき”娘”の力を活用ぅぅうううう』

 肉の砦と名づけられた、その変質的な不気味なものが、少年の前面に押し出されてゆく、悲鳴をあげて取り込まれる百足と尻尾の断末魔、響く、匂い立つ獣の血。

 存在の全てを、否定するかのような断末魔が、少年の、微かに見える顔がニターッと溶ける様な笑み、口は三日月なりし。

『”あなた”の愛しのフーリルウ、頂戴』

 これから未来に続く、絶望の声が、世界に響き渡った。



「えっ?」

 フーリルウの名が、そこで肉塊から流れてくるとは、想像してなかった。

 巨大な肉塊がガポっと左右に分かれて、黒い空洞が見える‥ギュッと抱きしめるパパの両腕は優しくて痛い。

 フーリルウは思うんだ、これから先の恐怖は、あの”彼方”を相手にしたときよりも、何倍も恐ろしいんだと。

 パパ、どうなんだ‥‥そんな考えで良いのか?

「授銃ッ、土曜の錬成ッ!」

 利き手ではない、それでも前に出ようとするパパ、駄目なんだ‥まだ、鋸を、持ちえているフーリルウの方が。

 パパはフーリルウが守る、それが、あの時に”異端”にママが殺されたときに、灰を顔に浴びながら、狂った笑みで決めた誓い。

 涙と灰が、それをまだ、教えてくれている。

「パパッ、鋸の一直線」

 ギリギリと限界まで、暗器特性、鋸に潜んでいる”ノコギリ”、鋸を高速で左右に振り展開、竜が身をくねらす様に、高々と伸び上がる。

 木々が数本倒れ行くが気にしない、もっと展開、これ程までに展開してみて思う、このような重いものは少女が持つべきではないなと。

 ほら、昔は花を編んで遊んでいた小さな手は、荒んでしまっていて、かたい‥かたいんだパパ‥‥全ては異端を狩るために。

「きみをもらう‥‥よ、いろあせ、おこらないよね?」

「はいはい、お好きになさい‥‥‥壊しても、失敗しても、新しい餌は世界に幾らでもありますから‥今回は常人で”異端”を生成なさいな‥また、曾孫増えちゃうですか、なー、わたしも歳をとるはずです」

 来る、伸びきったノコギリを、重いが、糸を高速で、手で数回引く、回転していいよ‥‥パパを守るんだ。

 ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。

 吼え渡る声、行く、パパは唖然としている‥‥‥これは、はじめて”むすめ”のフーリルウがパパにしてあげる事なんだ。

 自分の蜂蜜色の髪が、リボンが後方に逃げて、なびく、パパは何か言おうとしているけど、ごめん、最初で最後の無視だからね。

「ぁああああああああああああああああああああああああああ、異端は狩るのが、掟、世界の掟だと、道示す!」

 走る、能力者の三人は目を瞑り、パパは過ぎ去るときに眼を見開き、化け物二人は三日月の口で微笑む。

 これが”フーリルウ”が”フーリルウ”であった‥‥最後の記憶なんだ。

 最後のパパの顔。

「その、のこぎりも、フーリルウの一部‥‥‥だったらそれごと、食べる‥‥きみをのきょうかいせん、みえるよ」

 肉が弾ける、体の回りに、纏わり付くように高速で飛弾、速すぎて巨大になったノコギリでは、叩き落せない。

 ビシュッゥ、お腹に当たる、痛くない、走れている‥‥フーリルウはどうしちゃったんだ。

 走っているはずなのに、時間が”動いてない”空間に、身を置いている、パパも、能力者も、あれ?変わらない風景。

 そして目の前に、弾けた肉が集合して、また大口を開ける、心はこのときに既に、境界線を大半取られていて、遊んでいたんだと思う。

 そして、体すらも支配され行くお話しの展開。

「おいで、パパになって、ぼくだけしか考えられない‥そんなきみが、受肉して、にせもののパパに‥‥ぼくたちのあいじょうをみせてあげよう、さみしいんだ‥寂しいから、ぼくの娘になってください‥あう」

 バクンッ、肉に包まれる、サンドイッチ。

 ここに来るときに、パパが食べさせてくれたサンドイッチみたいだ。



 卵が並んでいます、一つだけ何も入っていない‥‥何も受肉していない、押し込まれるフーリルウ。

 口から泡を吐きながら、黒い水から逃げるように、その黒々とした卵からも逃げようと身を捩る。

『無駄だ、フーリルウ、ここに来たのは運命なりし、これにて父の里への帰郷は最期の話を迎える、なるは、フーリルウがなるのは父の新たな娘なり‥‥今回の実験は、境界を一部分外し、今のお前の細胞から、忌まわしき”他人”の血を追い出し、父の遺伝子情報を叩き込み、さらには他なる異端のデータを取り込み、貴様の父への思慕を、我らが愛する父への思慕への境界を外し、何億倍も真なる父を愛する、玩具ナリ、さらにもう一度娘の称号も与えよう、異論はないか?』

 ゾッと言葉の意味が理解できなくても、本質は垣間見えた、フーリルウは恐怖で身がすくみ、その隙に卵に押し込まれる‥‥見えない手により。

『遺伝子、追い出し、忌むべき”常人”の血を排除して、父の遺伝子を流し込み、再構成なりし』

「あ、ぁぁあぁぁぁ、や、やめて、やめてやめて、ぱ、パパの、パパを追い出すなぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 卵の中から、耳に触手がわけ入ってくる、抜き出される‥‥”血の概念”、パパの血が、ママの血が追い出され行くのがわかる。

 それで愛情が消えるわけでもないけど、フーリルウは怖くて仕方ないんだパパ、あぁぁ、身が撥ねる、助けて、助けて、助けて。

 誰もいない。

『改善なりし、流し込み開始‥‥父の遺伝子情報を高速にて叩き込むべし、境界の取り外しは父の意思をこちらに流し、行う』

 次は、黒いものが流し込まれる、それと同時に、心が刹那に”緩む”‥緩む?‥そんな馬鹿なことがあるはずないんだ、あるはず。

 流れてくる情報が眼に見える、”だれか”の情報が、身を、肉を、あれ、パパの血はもう無くなりかけてるんだ、パパぁ。

 怖い、パパの血が後、3、2、1、消える‥消えた、消えた消えた消えた消えた消えた、それは絶対的な喪失。

 そして新たに流し込まれる何かの情報、それもみえる、きこえる、かおる‥フーリルウはそれをパパ‥あぁ、パパじゃなくなったんだ。

 あれ、パパ、どこなのパパ、フーリルウはだれのこ?

『父との境界崩し、それにて、遺伝子情報は今より、全て流し、意識の改善を行う、愛情を格上げして、おもしろき事実を発動せよ』

 外されたところから”誰”かの”愛情”が、何個も何十個も、何百個も、流れ込む‥もう数がわからないくらいに‥‥そして身も新たな”パパ?”の肉と血になじみ始める‥パパって言ったんだフーリルウは。

 蜂蜜色の髪はそのままに、白い肌はそのままに、でも、血と、肉は別人になってゆくフーリルウ、心も染まる。

 パパは”えしまきょうすけ”あいするべき”ぱぱ”、至上の存在で、フーリルウの全てであり、フーリルウはパパの一部であるのだ。

 それは間違いではなく、この黒き卵に受精した瞬間に決まった事実なんだ、パパ‥パパ、パパ、昔のパパは思い出せない。

 パパのことしか思い出せない、パパである”えしまきょうすけ”のことしか思いつけない、パパのことしか考えられない、愛情で狂いそうになるんだ。

 パパ、パパ、パパ、頬を抓る、黒き水がそれを、血が出るほどにしたら、それを治してくれる、浮いたそれを舐めて。

 ”パパ”と同じ血の味がしたんだ、不思議でもない、当たり前の事実なんだとフーリルウは思うけど、あれ、何か違和感、でももう消える。

 光が見えた。

『フーリルウ、生れ落ちる、お前は最初から”父”の娘だったな?」

「フーリルウは‥‥‥‥そうなんだ、パパを傷つける奴を鋸で皆殺しにしても、パパだけを守るんだ‥パパ、すき、すき、愛してるんだ‥そうなんだ姉妹?」

『正解で成功』



[1513] Re[35]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/05 12:48
 三日月の笑みにより、収穫は成功した、それは、まさしく悪魔の所業なりと。

「終わったみたいですね、これで次のステップへ‥‥パパさん、あなたは絶望を見ますよ」

 鬼の面を右手でそっと顔に添える、それには何も言えず、一分前から呆然とした私がいる。

 愛しのフーリルウが、食われて、喰われた‥目の前で何も出来ずに、父である私は神に祈るだけ‥何という事だ。

 異端の少年は暫く震えた後に、ニコッと、まったくもって邪気のないような微笑で、異端とは見えない微笑で。

 私に問いかけるべく、口を開く。

『「あなたは、フーリルウが、もし、フーリルウじゃなくなっても、すき?」』

 悪夢のように、愛しのフーリルウと少年の声が重なる、いや、事実重なっているのだ。

 これ以上の悪夢を、私に見せないで下さい。

「”娘”の肉を使って体内に取り込み、精神と肉体の境界を外し概念を流し込み染め上げる‥‥ふむ、いい子です、恭輔」

 異端同士は嬉しそうに微笑みあい、他の能力者の連中も唖然としている、そして呆然‥‥皮肉なことに私も変わりはしない。

 今の状況を飲み込めずに、構えもしないままに‥‥涙眼になりながらも、怒る。

「貴様ッぁああああああああああああああ!」

『「あわせてあげる」』

 停止する、走り出そうとした体が聞きなれた、愛しい声によって停止をせざる終えなくなる。

 木の根に転びそうになりながらも、踏みとどまる。

 ビィイィィィィィイィ、虚空に、何かの黒い卵が浮き出る、景色を染め上げて浮き出る‥‥全てを、染めたような黒‥人外の気配。

 大きな血管が浮き出たそいつは‥‥ドクンドクンッと黒い血を生成して、大きく震える‥太陽の光に照らされても、不気味。

「さあ、生まれ落ちなさい」

 鳴くような音が聞こえる、鳥の鳴き声のように甲高く、生まれ出るのは雛ではなく、異端‥それだけはわかる‥愛しのフーリルウ。

 愛しのフーリルウを取り戻すためにも、私は。



 今回のシリーズの調整はある程度終わった、娘についても発育は悪くないようだ、そして他人を材料に新たな異端を生み出すことも。

 可能のようだと、にやりと微笑む、般若の下で笑う、これにて未来へとさらに踏み出せる、これで、江島は、恭輔はさらなる一歩を踏むことが出来る。

 脈動する卵に亀裂が入ったときに笑みが大きくなる‥‥さあ、生れ落ちよ、曾孫となりし異端、おもしろき事実を見せておくれ?

 わたしは悪魔な考えをして、悪魔なんてかわいらしい存在では自分がないことを再確認して、再度の微笑み。

 パリン、グシュ、割れる卵から、嫌な音と同時に少女が地面に足を付く、粘液に絡まれた体を不思議そうに見つめて、両手を動かして。

 きょろきょろと辺りを見回す、不思議そうに、”過去のパパ”を見つめて、眼を細め、”新しいパパ”を見つめて、はにかむ。

 卵の殻たちは消えるまでもなく、脈動し続けて、その一帯だけ別世界のように、倒錯した空間がある。

「パパ」

 一言、それは、何に対しての存在へと向けられたのか、わからずに、彼は駆け寄るが‥‥それはちがうのですよ?

 蜂蜜色の髪をした少女は既に、あなたの知っている、可愛い娘ではない‥わたしと恭輔と同じ場所にいる、人じゃないもの。

 だって、少女は一度も貴方のほうを見つめずに‥‥恭輔を見つめている、意識はそこに‥改善された精神ではなくて。

 最初から”ソレが事実”と新たに生まれなおして少女は、血も肉すらも、既に貴方とは血縁ではないのですから。

 ほら、駆け寄るのは大きな大きな大きな‥間違いなのですから、笑みが、微笑が‥‥三日月の笑みへとさらに変わる。

 ”計画”通りに。

「ああっ、愛しのフーリルウ‥‥‥あぁ、パパは絶望の海に抱かれずにすみそうだ‥体に異常はないかい?」

「‥‥‥‥‥これが”実感”出来なくなる事‥フーリルウは、その名前と全てを捨てないと駄目」

 名を与えると終わる親子の事実、少女の言葉に父であったものは首を傾げ、恭輔は血を失い白くなった顔で。

 手を差し出しながら、必死に考えたであろう名を告げる。

「雛のように生まれて‥黒い卵から‥生まれたから、黒い雛で‥黒雛、きみの、あたらしいなまえ」

 それは、蜂蜜色の髪をした少女の、笑みでわかる‥‥心からの笑顔はまるで天使のように美しいですね。

 さあ、昔のパパさんは思う存分に絶望をしてください‥‥これで”過去の話”は終わるのですから。

 未来へと続くお話に。

「い、愛しのフーリルウ、何を言ってるんだい?‥‥ママが君に名づけてくれた‥フーリルウ?」

「‥‥”貴方”には悪いと思う‥‥でも、”黒雛”は謝るんだ‥‥ごめん」

 瞳を見ないで、頭を軽く下げる愛娘に‥‥絶望感よりも違和感を感じたのだろう、昔のパパさんは肩を掴んで。

 眼を見つめる。

「な、何を言ってるんだ‥精神操作系?‥‥なのか、だとしたら、そこの少年を殺せば‥戻る可能性は高い」

 キッと、地面に倒れこんだ恭輔を睨みつける、初めての境界の外し方で疲労したのだろう‥曾孫の連中が行使させすぎです。

 今度説教しないと‥だめ、みたいです。

「駄目なんだ、”パパ”を傷つけさせるわけには行かないんだ‥‥そして、黒雛もすぐに完全に一部になって”娘”になる‥そしたらもう”戻らない”‥‥パパだった貴方へ‥逃げて‥‥ね?フーリルウだった黒雛の最後のお願いなんだ」

「‥‥‥フーリルウ?」

 徐々に自分の娘だったものが”別種”に変質したのが理解できたのだろう‥今の黒雛は過去の記憶だけでそれだけを伝えている。

 もう、それも出来なくなるのでしょう‥‥頬に伝う涙は、片目が悲しみ、片目が歓喜‥消え行く悲しみと生れ落ちる喜び。

 恭輔ったら、わざと、まだ完全に取り込まずに外に出しましたね‥‥それは独占欲からですよね?

 きっぱりと現実を、おしえてあげるのは、酷ですよ?

「ごめん、逃げてくれないと、愛している”恭輔パパ”のために、貴方を完膚なきまでに殺す‥‥鋸はないけども‥殺せるんだ」

 蜂蜜色の髪がなびき、固まった粘液がパラパラと呼吸と同時に地面に落ち行く、そして、”彼”は賢い人間だ。

 眼を見開き、理解したかのように、口を。

「‥ま、さか‥まさか、まさか、まさか、まさか‥‥その”少年”が‥ありえない‥‥可能性のみの存在だったはず、まさか」

「彼方が仇?ですよね‥‥‥それにも秘匿されて生まれ出たのが、恭輔です‥数々の異端の全ての苦しみを救うのが、恭輔」

「しかしっ、異端を生み出し、我らが常識ある人間、それに縛られたフーリルウをこのように創り変えるとは!悪魔の所業なり!」

 わかっていない、悪魔すら‥‥異端ならば恭輔は己に出来る、だからこそそれが異端全ての救いとなるのに。

 ふう、さて‥‥‥そっちは、そっちに、こっちはこっちで、お話を終わらせる努力をしましょうか。

 向き直る。

「若布、芳史、来夏‥‥‥‥おや、来夏は‥‥理解したみたいですね‥そうです‥よ」

 悔しそうに、下唇を噛みながらも来夏はこちらを睨み見つけている、賢い子だ‥既に恭輔の存在理由も理解出来て。

 とても、賢い子なのですね‥‥すごい。

「‥‥‥これは、”これは”‥‥‥‥異端が、異端を救うのが恭輔‥‥なのだ?」

「‥‥そうですよ、わたしたちが、だから守るのですよ‥‥それこそ”境界崩し”‥‥あらゆる存在と一つになれる能力、全ての異端の悲しみも喜びも苦しみも愛すらも、己に染めて、己のみの部分として、己だけで行使する‥‥それは、既に”わたし”も」

 ニコッと微笑んでやる、若布、芳史は大きく眼を見開き、わたしと眠っている恭輔を順に見つめる‥‥ポツと雨が降ってきた、指に当たる。

 通り雨は、徐々に、その数を増やしてゆく、冷たくはない‥夏の温度の中で生ぬるいような、そんな感覚ですね。

「‥‥それは来夏も、なれるのだ?」

 依存したような、期待に震えるような瞳にコクッと頷いてやる、彼女ほどの力ならば‥それも可能だと。

 しかしながらですね。

「それは恭輔がのぞむことで‥‥‥いつか、きみを望む日が来るかもしれません‥‥‥若布と芳史は、これから先、”どのように恭輔と接しますか”?」

 答えによっては殺さないとならない、そんな事を思いながらも、当主として優しく聞いてあげる‥ですよ。

 激しくなった雨の中で、二人は思考をやめて、口を開く‥‥芳史は上半身裸なのが、うう、きついです。

「オレは‥来夏みてぇに‥わかんないですけど‥‥‥‥別に、怖いとかは、思わねぇ‥‥です、前に、最初に会ったときにもしかしたら嫌いになれねぇかなって思った‥って、ニヤニヤ見るなッ!燃やすぞ!」

「いやん、いやぁー、若布ちゃん可愛いってねん♪‥‥まあ、自分も二人と同じ意見です‥‥眠ってる顔、悪意がないならば‥‥それで十分です」

 ふむっと顎を摩る‥‥‥とても強い子達なんだとは知っていたのですが、うん、本当に”強い子”たちでしたと再確認。

 さてと、問題は終わりを迎えていて、わたしは‥‥よいしょっと、恭輔を持ち上げる‥おもくなりましたね‥いいこと。

 三人に目配せをして、雨の中で場を去るべく、三人は足を動かし、わたしはふわふわと漂う。

「それでは、さようならです、普通の人‥‥黒雛は、暫くは”江島”が預かりますので‥‥」

「‥‥あなたが去らないなら黒雛が去る‥そう言う事なんだ‥‥さようなら」

「ふ、フーリルウ?」

 終わりの中で、ただ一人の常人が絶望しているのが見えます、またいつか、それが憎しみになったら、殺しにきなさいね?

 きみが”彼方”を憎み、”恭輔”を憎むのなら‥‥‥‥二人の間にまた”接点”ができると、そういうことなのですから。

 異端よ集え‥‥雨、やみませんね。



「はは、ははっ、あははははははははははははははははははは」

 笑う、泥を舐め、砂利と苦味を混濁とした、そんな中で笑う、わかってしまった。

 私の知っている娘は天に召されたのだ‥それはもう、どうしようもないとわかっている。

 あのときと同じだ、何も出来なかった自分は何のためにこの世に生きているのだろうか。

 雨が降る中で‥‥千切れた指の箇所からは血があふれ出し広がってゆく、それは痛みすら感じずに。

 ダンダンッと自分の腹を殴りつける、戒めですらない、これは、ただの八つ当たりだ、自分が自分に対しての。

「こ、これが‥‥これが”境界崩し”‥‥まさしく‥真に存在していたとは‥‥隠蔽していたのか‥あの存在を異端どもがあぁああああああ」

 娘は戻らない、あれはもう、そういった存在に書き換えられて、新たに世界に生み出されたのだろう‥愛していたフーリルウ。

 憎むべき黒雛と名づけられた少女、姿かたちは変わらずに、異端として、罪深き存在として‥‥ぁぁぁ、くそっ、くそっくそっ。

 笑いと怒り、頭がおかしくなってしまったかのように、ただそれだけを繰り返す、死にたい、でも死ねない。

 妻の仇と、娘だったものの仇を、とらなければ死ねない‥‥そして、フーリルウ”だった”ものを殺してやらないと。

 もっと殺せるだけの力が欲しい‥どんな異端にでも対抗できる力が、殺して殺される世界から、殺して殺すだけの世界に。

 そのためには、今は一度去り行かなければ‥‥‥‥去って、力をためて‥‥また、殺しに来る。

 ”恭輔”と名づけられた存在の下には異端が集うのならば、もう一人の敵である彼方にもいつか会えるかもしれない。

「ふ、はは、はは、はぁぁぁ‥‥‥‥はぁぁぁ、さようなら、愛していたフーリルウ‥‥」

 雨がやんだのは、言葉が消えると同時に‥‥そして、残ったのは一人の男だけだった。

 もう、傍らには少女はいない‥‥それが過去の終わり。



 そして再度の今の始まり。

 気を失っていたらしく、いや、首根っこを引きずられていたら気も失うだろう。

 眼を覚ますと、明るいまでの青色が目に入った‥えっと、首いてぇ。

「‥‥‥まだ、食うのかよ‥お姉ちゃん‥‥」

「ん?‥‥やっと起きたのだ恭輔‥‥どうしたのだ?」

「‥‥いや、ちょっと‥昔っぽい夢見てたような‥‥‥いい加減、苦しいので首から手を離していただけないでしょうか?」

 ドサッ、地面に落ちて首をコキコキっと‥‥あれから何件飯食いに周ったんだっけ‥思い出せない‥ずっと引きずられた気がする。

「昔の‥夢なのだ?」

「ああ、初めてお姉ちゃんに会った時やらの‥そんな夢、しかし、何で今更、本家に呼び出されるかねぇ」

 あれから何度も本家のほうには行った思い出がある‥‥けど内容が不明瞭で良く思い出せないし。

 でも本家に行くのはあまり良い気分ではないのは確実で、お姉ちゃんが来なければ普通に断っていたと思うのは事実。

 汚ねぇ色褪‥‥俺が断れないような人物を送ってきやがった、これが造弦のジジィだったら間違いなく断ってるけど。

「それは謎なのだよ、あっ、そう言えば来夏は今日は恭輔の家に泊まるけど、良いのだろうか?」

「それは別に構わないけど‥‥‥‥良く考えたら明日から俺学校休まないと駄目じゃん‥‥」

 つい昨日に突然色褪に『帰ってきなさいね、明日迎えをおくりますから、断ったらヤですから』‥‥何てババァだ。

 ため息すらもかみ殺し、どうしたもんかなと思考する‥‥‥色褪、もし行かなかったら泣いて怒るだろう。

 それはそれで非常に面倒だったりする‥‥‥。

「でも、本当になんだろう‥前に言ってたお見合い云々‥なわけないよなぁ」

「‥‥ノーコメントなのだ」



[1513] Re[36]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/13 15:37
「‥‥‥‥‥‥」

ガチャ、ドアが閉まる、金の少女が「ん?」銀の少女が「恭輔サン?」小虎が「ふぁ~」

‥‥テレビから流れる雑音、好きなお笑い芸人なのだ‥それはいい。

「‥‥恭輔、来夏は‥‥お姉ちゃんは、”能力”の事は理解しているのだが‥‥実際見ると結構ムカつくものなのだ」

 久しぶりに会った可愛い弟、迎えとして来た自分にはわかっていたはずだ、恭輔には”一部”がもういる。

 自分は、選ばれなかった見たいなのだ‥嫉妬。

「って、うわー、氷躰造形の来夏サンだ、どうもどうも、意識浸透の沙希です、っで、こっちで寝転がって熊の縫ぐるみ抱いてるのが」

「‥‥ん、選択結果の差異‥だが、ふむ‥貴方が”江島”の迎えとは、差異は究極の皮肉だと認識しているのだが?」

 ニコッと、今までに見たことのないような綺麗な笑顔をした少女、さりげに毒を吐いてるのがかなりムカつくのだが。

 この二人が”今”の最年少SSなのだな、やっぱりかなり性格に癖がありそうなのだ、恭輔‥‥性格も色んな意味で重視したらどうなのだ?

 ポッキー食べながらボケーッとしている小虎よりはマシなのだろうけど、尻尾でリモコンとろうとしてるし、どうなのだ?

「えっと、朝に話したけど‥こいつが、俺の姉っぽい江島来夏、っでお姉ちゃん‥‥とりあえず青いぞ、髪やら眼やらな、そして怒らすと色んなものが氷になるから気をつけよう‥‥っで、明日、実家に帰るんだけど‥‥‥鋭利は?」

「‥‥‥ん、迷子じゃないのか‥‥しかしながら、江島、江島‥‥成る程、貴方も江島だったのか来夏殿?」

 氷のように冷たい瞳が、冷然と事実を述べた後に鋭く突き刺さる、何度か鬼島ですれ違ったりしたものだが、変わらずに冷たい子。

 きっと、死ぬまで恭輔以外にはそのような態度で挑む子、来夏は眉を寄せて。

「‥‥まさか、恭輔が一部に選んだ中に‥‥差異が入っていたことは驚きなのだ、こんな性格捻くれ回ったガキが一部とは、恭輔、お姉ちゃんは嘆かわしいのだよ?」

 ムカムカと、眼を細めて睨みつける、モコモコとしたパジャマに身を包みながら、眠そうに眼を擦り、差異はふぁと‥‥欠伸。

 気に食わないのは、ずっと前からなのだが、恭輔の一部になった事実がさらに許せない。

 沙希はパタパタと廊下を走りながら『えーっと、お茶を出さないと、うん、僕って主婦してるね』そんな事はない、当然なのだ。

「うん?恭輔は差異を一番愛してる部分と、常時思ってくれているのだが、このような、捻くれ回った精神も、自身である恭輔にだけは正直だぞ‥‥ん、他人である来夏殿に言われる筋合いは、まったくもってないと差異は思っている」

 他人、他人なのだと‥‥たった、一部になろうとも半年も過ごしていない存在で、何て生意気な言葉なのだ‥氷にしてぶっ壊してやろうか?

 とりあえずは椅子に座って、イライラをかみ殺しながら、注いでもらったお茶に口をつける、恭輔は席についたまま、みかんを食べてボケーッと。

 昔からマイペースの子だったが、お笑い番組見てケラケラ笑っている場合じゃないのだよ?

 明日、本家に‥‥”差異”も付いて来るのだろうと、考えるだけで何だか、納得できない来夏がいるのだ‥‥本来ならそこにいるのは来夏なのだよ?

「それでさ、何で今更‥‥色褪が帰って来いって?‥遮光とかに断られたわけか?」

「久しぶりに孫が見たいとか‥そんな事を言っていたのだ、他に企みはあるのだけど、来夏は渋々ながら認めざるを得ない‥‥でも当主の考えには賛同できないのだ」

 ふーんと、恭輔は剥いてくれたみかんをコロコロと転がして寄越してくれる‥‥遠まわしに差異とは喧嘩するなと‥わかってしまうのだ。

 自分の一部を無自覚に庇うのは当たり前なのだが、納得しきれない来夏もいるわけで。

「恭輔、明日の帰郷には差異と沙希だけが、後は虎も‥‥いいとは思うのだが、うん、恭輔‥‥‥」

 ソファーでテレビを見るのをやめて、風呂上りで紅潮した頬と水濡れの金の髪をゆらしながら、差異が恭輔の膝の上に座る。

 これに対しては不思議とイライラがない‥‥相手はガキなのだと思えば‥あれなのだし、それに二人の動作が余りに自然で。

 やっぱり、そこに入ってゆく気は起こらないのだ‥差異の紫色の瞳が恭輔を下から、小さな体躯を捩じらせて、愛しそうに見つめているのだが、本人はみかんをモグモグしている。

「おう、別に‥‥あれ?そういえば、いつも必ずいるはずの頬笑は?」

「ああ、何だか先に帰ったのだよ、それよりもアルビッシュ=ディスビレーダが来る来るって五月蝿かったのは事実なのだ」

「‥‥アルが?‥‥‥後で、電話でもしてやるか‥‥‥」

 みかんが酸っぱかったらしく、顔を顰める恭輔に素早く来夏が飲みかけていたお茶を渡してやるのだ、ごくごくと。

 この家も、前に来たときよりも、人数が多くなって狭くなったように感じるのだな、ふっと苦笑してしまう。

 いつもいつもいつも、お兄ちゃんたちと、一緒に暮らそうと、そればかりを言ってきた数年間のような気がするのだ。

 この家のババァが生きていたときからずっと‥‥はて、自殺だったのだ?‥‥ざまあみろと、歪めてしまう来夏が確かにそこにいる。

「恭輔ちゃま」

 そうそう、恭輔ちゃま?

「おー、頬笑、来てたのか?‥‥‥お姉ちゃん、嘘言うなよ、いるじゃん」

 突然、机の蜜柑の置かれている丁度真上に、赤子が出現‥‥先に帰れと言われていたのに、当主の命令を無視しているのだ。

 恭輔が近くにいるというだけでいてもたってもいられない、過保護な能力者抹殺撲殺な愉快な兵器なのだ‥‥帰れよ。

 しかも、突然現れるのは心臓に悪いと思うのは来夏だけなのだ、ん、確かにこの蜜柑は酸っぱい、うぅなのだよ。

「どうも、みなしゃま、はじめましてでしゅ‥‥江島の誇る、能力者抹殺兵器の江島頬笑でしゅ‥‥つまりはテメェら全員殺せるって事でしゅよ?足りない頭に良く叩き込んでおけ屑野郎でしゅ、恭輔ちゃま、抱っこでしゅ」

「ん」

 差異をよいしょっと、避けてから優しく頬笑を抱っこしてやる恭輔、昔からこの二人の間にも何ともいえない空間があるわけで。

 プニプ二と頬笑の頬を弄繰り回しながら、頬笑はきゃきゃきゃっと至って赤子らしい態度を気取る、あれ、他の人間がしたら殺されているのだ。

 実際に、里の人間で死んだ人いるのだし、それよりもなのだ。

「頬笑‥‥‥確か、帰還命令が出ていたはずなのだ?‥‥鬼島の帰りに寄るとは‥‥色々厄介ごとが来たらどうするのだよ?」

「そんな失敗はしないでしゅよ、恭輔ちゃま‥また背が高くなりましたでしゅね‥いい子いい子でしゅよ~」

 んしょんしょと、いい子いい子をしようと恭輔の腕の中で背伸びしている頬笑、仕方なく頭を下げて撫でられる恭輔にも問題はありなのだ。

 差異や沙希‥‥小虎っぽいのはうろたえずに、ふーんと頷きながら見つめている、一部だからこその達観なのだ?

「いい子されてしまった俺‥‥はぁ、まあいいけど、よいしょっと、頬笑久しぶり、相変わらずに可愛いぞ」

「えへへ~、さんきゅーでしゅ、恭輔ちゃまも元気そうで何よりでしゅよ、遮光ちゃまからの伝言でしゅ、お体第一に、でしゅよ?」

 ぎゅーっと恭輔に抱きしめられて幸せそうな頬笑、普段は赤子の姿ながら人を小ばかににしたような表情が、おおー、緩む緩む。

 このメンバーで江島の里に‥‥‥‥‥それはそれでおもしろそうなのだ、差異だけは邪魔なのだが。

 自分の記録を塗り替えてSS級最年少に至った少女、沙希もそうなのだが‥‥それは流せてしまうのだ、根本的に似てないからなのだろう。

 きっと、差異と来夏は似ているから、こんなにも初めての言葉のキャッチボールで、嫌ってしまう、最初から恭輔に惹かれていた二人。

 一部になれたものと、一部になれなかったもの、当然に嫉妬と煩わしさは感じてしまうのだな。

「‥‥ああ‥‥えっと、お姉ちゃんは‥何処で寝る?‥空き部屋ならまだあるよ、頬笑は久しぶりに一緒に寝ようぜ」

 眠いのか、携帯を弄りながら去ろうとする恭輔、頬笑はそれをおもしろそうに眺めている‥‥さて、何処で来夏は寝るとするか。

 悩むのだと、そう考えていたら。

「来夏殿、差異の部屋で、ん、寝るのはどうだろうか?」

 予想外の言葉に、沙希が笑い、恭輔は去り、虎はうとうとと眠りに入っていて‥‥来夏は。

「ああ、良いのだ」



 残滓と名の付く少女はお茶をしながら、闇をボケーッと、何処でもない何処かを見つめている。

 おもしろそうに魔法使い、怠惰な瞳で切れ味抜群の剣、何も言わずに三人でのお茶会は続く。

「ふむふむ、どうしたのだ残滓よ、久しぶりに会ったならどうしようもない愛情に駆られて三期の子供たちを皆殺しにしたかったとか、そのようなおもしろい事を思考したのかね?睨む睨むな、徐々に力を蓄えているのだから、我らが芽も生えぬ内に殺すのは、如何なものだろう?我らは物語への参戦を発表したのだから、ただゆったりと‥‥おやおや、心螺旋も黙り込んで、これでは魔法使い一人だけがお喋りみたいで恥ずかしいではないかね」

「‥‥‥あらら、残滓さんの心境と心さんの心境は別物ですよ、別物別物、どうやら、楚々島が‥‥‥動くらしいですね、久方ぶりの同属回収
、この世界に生れ落ちる新たな剣、はてさて、何が生まれるか?‥‥おもしろい事だとは心さんは思っていますよ?」

 ケーキを切り分けながら剣の少女はのんびりとした瞳でそれを無感情に告げる、魔法使いは片目を開けて微かな反応、残滓はやはり無反応。

 コポコポと”黒い影”がお茶を注ぐ音が聞こえる、そして注ぎ終わるとまた闇の空間に消えてゆく。

「ほほう、そいつは魔法使いにも興味深い事実ではあるね、どうかね?君も久方ぶりに彼と邂逅してみれば?‥またもや都合の良いことに他のメンバーは留守中なのだから、少々のルール違反は許されるわけだ、剣は主の下でこそ美しいのだからね、魔法使いはそんな狭い見解を持っているわけだ、もう一度、心螺旋、君は彼の手にある時が一番美しい、写真にして飾りたいぐらいだ、事実」

 パチンっと、魔法使いの少女は指を鳴らす、黒い空間に水の一滴が零れ落ちたようにさざなみ。

 ズルルルルルと出現したものは、大きく、綺麗に、飾られた一枚の写真、少年が一人の少女に抱きついている‥少年よりも幼いか。

 まだ小さな小さな、そんな子、抱きつくは心螺旋‥‥いつもと変化ない怠惰な感じだが、写真の中では微かに笑う。

 そんな一枚の写真。

「ほら、この通り、魔法使いは飾っているのだよ」

 魔法使いの気障な微笑みに、剣の少女はクッキーを一口、もぐもぐもぐ。

「心さんは恥ずかしいですよ、お顔真っ赤かです、それでは、次は心さんの邂逅と行きましょうか、恭様に会えるのは心さんも嬉しいですし、事実事実、もしかしたら同属の方々と巡りあえて、壊して壊して壊して壊して壊して、そんなおもしろいチャンスがあるやもしれません‥心さんはそこそこ楽しみですよ?」

「ならば行け、他の奴らが帰ってきたり起きたりしたら説明が面倒だ、ッ、ええーい、早く行けドブ虫!貴様の汚い剣身など見たくもないと自身は言っているッ!低脳は低脳らしく、一度決めたら阿呆の畜生の如く行え」

 はじめて口を開く残滓の言葉は、それはもう荒々しく響き渡る、こぼれたクッキーを片付けていた闇がビクッと震えて‥大きな闇にまた消える。

「羨ましいなら羨ましいと言えば良いのですよ残滓さん、さてはて、決めたならばお言葉通りに、心さんは阿呆の畜生の如く恭様に会いに行きますよ、それでは、疾風のようにさようなら、さようなら」

「まて、キョウスケに、最近は寒いから‥‥風邪には、き、気を付けろと伝えろ、ッーーー、笑うなクソ剣!」

 桃色の髪が闇に刹那に飲み込まれ、消える、一瞬空虚な瞳に意思が灯るように、そして苦笑した‥剣の少女。

 顔を真っ赤にした残滓と、残るは魔法使い。

「ふむ、この紅茶、”甘い”な、くくっ、さて魔法使いもそろそろ寝るとするか」

「ッ~~~~~~ふん!」

 ベキッ。



「お、お見合いーーーーー!?‥えっ、お父さん、それ本気なの?」

「本気に決まってるじゃん、あー、かーちゃんビール」

 無駄に豪華な世界が、そこにはある‥‥むしろ無駄に豪華すぎて本当に豪華かどうかも疑わしくなるような。

 やけに金色のものや赤色の品々が多いのがそれを肯定するように光を受けてテカテカと輝く。

 常人から見たら趣味が悪い、凡人から見たら趣味が悪い、常識人から見たら常識が皆無、しかしながら中にいる人間は至って普通の服装をしている。

 お付の人間は一歩引きながらも‥大声をたてる使えるべき主とその娘に、命令があるまで待機するのみ。

「え、えっと、何処から纏めたら良いのかわからないけど、うーっと、本当?」

「マジだっつーの、ほら、髪が、そんなに騒ぐから乱れちまって、佐々木、直してやれ」

 控えていた大柄の男がいそいそと身を小さくしながら、申し訳なさそうに少女の頭を一撫で、魔法のように綺麗になる。

 これだけのために仕えているのだから無論であるし、雑用の真価発揮とも言える。

「良い話だぞ?‥‥何たって江島の直系のガキだ‥‥こっちから頼み込んだんだぜ?‥‥いつまでも鬼島と江島に逆らってる風習も無くさないとならねぇべ‥これから先に生き残るのはそんな”異端”だけだ、そういうわけで、我が家のために生贄になれ‥‥‥‥‥なっ、愛空(まなそら)‥‥別に死ぬわけじゃねぇんだし」

「‥い、いやだよ‥そんな知らない人のお嫁さんになるなんて、うー、恋愛結婚!それだけは譲れないんだから」

 栗色の髪を振り回して、涙眼で睨みつけられる父親‥‥彼らは式を操る、式とは記述にあるものや概念であるものとは違う。

 最上の力の奔流を何かに込め、それがその封じ込められた”属性”と交じり合い具現化するソレを、敵にぶつける。

 式神ではなく、死期神と言われる異端の集団であり、家柄である‥‥能力者とは違う過去から連鎖する異端の集団の一つ。

 故に化け物じみた”島”の名は持ってはいないが、闇の中に身を置く異端ならば‥‥十分に入るであろう、そんな家系。

 死期神の浅滝家(あろうけ)‥‥そんな家柄の屋敷にて少女は生まれた‥‥浅滝愛空は次期当主であるのだが、今はそんな事などは忘れて。

 涙眼になり父親を責める、攻める。

「ってもなー、話はもう通してしまってるし、あっ、かーちゃんビールサンキュー」

「愛空‥別にこれですぐに結婚‥‥なわけではないのですよ?‥恋愛も出来るし学校にも行ける‥それでは不満足ですか?」

 上品な着物を着た女性に微笑まれて‥‥娘である愛空はうっと息を呑む、半年前に高校に入学したときに携帯を買ってくれた母親。

 何故だか昔から逆らい難い母親、部活で疲れてしまい間食で菓子パンを食べていたら無言で夜ご飯の量を減らす母親、逆らいがたし。

「で、でも、わたしに相談もなく勝手に決めるなんてひどいよ‥‥明日は友達とカラオケに行く約束も‥‥」

 くすんと鼻を啜りながら、うじうじと下を向いて呟く、いつもは兎のように飛び跳ねている元気な三本に大きく括った独特の後ろ髪も、しゅんと元気なく垂れてしまっている。

「かーーー、オマエって奴はよぉ、死期神の制御もできねぇくせに‥‥遊ぶことだけは一人前ってか?‥‥おしっ!流石はとーちゃんの娘だ」

「あなた!ったく‥二人とも仕方ないのですから‥と・に・か・く、せっかくお父さんが用意してくれた席なのですから、一応は出ることよろしいですね?」

ビールを注いであげながらの、母親の鋭い瞳に「うぅ、はいぃ」と、ガクンっと頭をさらに下へと落とす。

「もしかしたら、その江島の方との‥‥恋愛もありえるかもしれないですしね」

「うぅ‥それはぜーったいに無いよお母さん、わたしは結婚するなら絶対に、ふつーーーの人が良いんだから」

 それはない。



[1513] Re[37]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/07 13:20
 光が降り注ぐ中で、ただ瞳を閉じる、星と月の光は競うように輝いているのだ。

 いつか母親から来夏に、来夏から恭輔に教えた‥‥童話を思い出すのだ、悲しいお話だったのだ?楽しいお話だったのだ?

 深くは思い出せないのだよ。

「‥‥‥起きているのだろう、来夏殿、正直に言おう、差異がムカつくなら、殺せばよいだろう」

 能力者であるからして、単純な”殺す”、その力がある自分達はやはり一般人とは違うし、人を殺すのに禁忌を感じないものも多い。

 来夏もそうなのだが、殺す‥‥ねぇ、可愛い弟を寝取られたようなこの感情で、人を殺すのだ?

 阿呆らしいのだ。

「殺さないのだよ‥後は、女の子が”ムカつく”とは如何なのだ?‥まあ、来夏も昔は人のことを言えないような口調だったのだけど」

「‥いや、ん、今でも十分に‥‥それはいい、今の差異の一部としての立場が、気に食わないのだろう?」

 横を向く、紫の瞳に何処か吸い込まれるような、自分の姿が映る‥‥恐ろしいほどに冷たい顔をしている、青い来夏。

 月の青い光の中でも、さらに青い髪をした、蒼い眼をした自分、恭輔が綺麗だと言ってくれた自慢の”青”

「‥‥気に食わないのだ、本来なら第三期の最初の”一部”の候補には来夏があがっていたのだよ‥それを何処の馬の骨とも‥」

「選択結果の差異、では不服だと?‥‥‥しかしながら、候補とは、差異は初耳だな」

 ベッドから上半身を持ち上げて、床に眠る来夏を冷たく見下ろす‥‥どちらも冷たい瞳をして、お互いを認識している。

 ここまで気に食わない人間も珍しいのだな、本当に。

「‥‥‥一期、二期には”江島”の人間が必ず選ばれているのだ、当主に”残滓”‥‥どうしたのだ?」

「‥ざ、んしが、”江島”だと?」

 驚愕に眼を見開く少女、少しの優越感と、この事実は果たして目の前の少女に話してよいのだろうかと‥さてはて。

 厄介な夜の会話。

「知らなかったのだ?‥‥来夏もそれが忌むべきこととは知ってるのだが、詳細はわからないのだ‥でも、そこでなら恭輔との接点が出来るのだよ?」

「ざんし、あいつが、恭輔と同じ血を‥‥持っているのか?‥あのような、屑が、差異には、ない‥恭輔の血」

 下唇を噛み締めて、体を抱きしめる差異、いつものような超然とした空気は急に失せ、顔が青白いのだ。

 今、江島の中枢にいても全体図が見えない”恭輔”の一部の概要、当主からしていつから存在して、何を思考してるのかすらわからない。

「‥‥‥ああ、差異と残滓は”被っている”のだな‥‥‥来夏が知ってるのはそれぐらいなのだ、後は、江島に‥当主に聞くのだよ」

「‥‥‥‥‥‥やはり、差異は、貴方が気に食わない」

「‥‥‥奇遇なのだな、来夏も大嫌いだ、死ねばよいと思っているのだよ?」

 少女二人の夜は更ける、室内の甘い香りとは違い、それは恐ろしい。



 ザッと、皆が寝静まった頃に闇夜に踏み出す‥‥、頬笑には散歩と、ついてくると言ったが、無理やり寝かせて。

 赤子だしな、夜更かしは駄目だな絶対。

「‥‥‥‥‥」

 月の光の下で、自分のテンポを崩さずにゆったりと‥‥のんびりと歩く、小石が足に当たってコロコロと。

 帰るのが純粋に嫌なだけ、里の人間の奇異と侮辱の視線に耐えられないだけ、悪いのはD級である自分。

 そうさ、納得はしてるはずだ。

「きょーすけ、夜にお散歩とは‥‥洒落てるッスね」

 クルクルクル、スタッ、屋根から猫特性の動きで、汪去が降って来ました‥とりあえずは流石。

 パチパチパチ、手を叩く、空中で4回転、ひじょーに美しい弧を描いていました‥‥ほめよう。

「付いて来たのか?‥明日は早いぞ‥‥‥こら、尻尾をピコピコさせんな、ただの散歩‥遊んではやらないぞ」

「さて、”江島”ッスねぇ‥‥最初に汪去たちに言っとくこと、忘れてないッスか?」

 ん?‥自分が忘れていることを聞かれても、忘れてるからして無理だろう、汪去はよいしょっと俺を小脇に‥ちょい待て。

 風を切る愉快な音と、目の前に広がる一面の空‥‥そして独特の浮遊感‥一瞬で人の家の屋根の上に。

「とりあえずは俺が馬鹿にされても、蔑まれても‥‥‥その人間を殺すな、そんなところだ」

「‥‥‥‥選択結果たちにも、それを朝に伝えるよーに、それがきょーすけの忘れていたこと、”自分”を馬鹿にされて笑えるほどに汪去達は可愛くはないッスよ‥じゃれ付くのはきょーすけだけ、ッスよね?」

「‥‥あんがと、自分にありがとも変だけど‥‥そうか、忘れてたな」

 寒い、首に尻尾を巻く‥‥ヌクヌク‥‥、そうか、そんな単純な思考を一部に伝えていない自分がいた。

 昔を思う、思ってみる‥‥‥何で、あんなに憎まれてたんだろう、面白いことに殺されかけたこともあった。

 色褪がそれを知ると、みんないなくなって、色褪は笑っていた‥泣いている俺も可愛いって笑っていて抱きしめられて。

 何があった?

「きょーすけ、思考するのは良いけれども、汪去との闇夜の散歩にも意識を向けて欲しいんッスが?」

 切れ長の鋭い瞳で、睨みつけながらプイッと横を向く汪去‥‥不貞腐れた愛猫、可愛い奴。

 下を見ると入り組んだ住宅地の小道には街灯がテカテカと光るだけ、誰もいない。

 ざ、ザザッ、ざざ、ザザ、ざ、ザザッ、ざざ、ザザ、ざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザ。

「ん?」

 ざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザ。

 闇夜の中で音がする、おかしい、先ほどから場面が変わらない、しかし汪去は飛んでいる、動いているのに場面の変化がない。

 寝ぼけてしまったのだろうか?嫌な胸騒ぎとともに、手を‥‥動かない、声も出ない‥空の黒が広がりゆく様子が見える。

 それはやがて世界を染めて、街頭だけはそこで輝く、最初に目に入った小さな街灯、その光だけが”今の世界の光”

『‥‥‥な、んだ?』

 ざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザ。

 世界が揺れる、停止した時間は延々と流れ、いつの間にか汪去も消えてしまい、認識できない。

『‥‥‥‥やあ』

 パンッ、街灯の光がさらに強い濃さを持って、光る‥‥その下にはタキシードを纏った一人の少年がいる。

 見た目からして8歳ぐらいの‥‥なんとなくで少年だと認識しただけで‥もしかしたら少女かもしれないし。
 
 どっちだろう?

「久しぶりだ、愛すべき存在、ここで○○に出会うフラグは本来無いはずだ、チッチッチッ、いつでもボクは君に会いたいのさ、でも皆がそれを許してくれないんだ‥きょうすけ」

 ニコッと、肩まで切り揃えた髪がゆれる、蒼い髪だが、所々に白いものが混じっている‥この歳で白髪なのか‥違う銀髪か。

 って一方的に話しかけられても、俺‥‥声が出ない、でも何だか‥暖かい気分のままに耳を傾ける。

「”過去”を見たね?‥‥そこで○○の名前が出た、零れ落ちるようにね‥それだけで時間の牢獄から一時的に抜け出せたわけさ♪こっちにおいでよ、きみが好きだったイチゴのケーキを用意しているんだ‥‥ふふっ、さあ、おいでよ」

 マジシャンの帽子のようなものに、色々な銀の装飾品‥髑髏や十字架やら、それを頭から外して、一振り。

 いつの間にか自分は椅子に座っている、手も動かせるし”あっ”声もでる‥‥少年はニコニコッとおもしろそうに俺を見つめる、俺も見つめる。

 蒼い髪を肩までに、整然と、清潔的に綺麗に切り揃えてる、毛の質は細く透き通っている‥‥肩にサラサラと流れる様子は美しい。

 後ろ髪だけ軽くピンク色のリボンで結んでおり尻尾みたいだなと‥思う‥犬や猫とは違ってもっと短い尻尾、兎のような印象。

 肌は白く、瞳は優しげに菫色をしている‥‥片目だけは血を濁したような色をしていて、色褪の瞳と同じような印象を受ける。

 白い手袋に包まれた小さな手はかろやかに砂糖を摘んで、紅茶に入れてくれて、華奢な体躯は抱きしめたら折れそう‥抱きしめる。

 馬鹿な、相手は女の子のように可愛くても‥男だぞ?‥何で”俺”はそれがわかる‥見た目だけなら女の子にしか見えないのに。

 何で?

「確か甘いほうが好きだったね、うーん、良い香りだ‥‥さあ、お食べよ‥‥ああ”抱きたいなら”いつでも構いやしないよ‥ふふ、真っ赤になって熟したトマトみたいだ、かわいい」

 少年に良いように言葉で遊ばれる、ケーキをモグモグ‥このヘンテコ空間に飲まれたままで食べる、美味しい。

 少年はただ、紅茶を優雅に嗜みながらニコニコと俺を見つめるだけ、何がそんなに嬉しいんだろう。

「ああ、もう、可愛い‥‥君は、○○を悶え殺させるつもりかい?頬にクリームが付いてしまっている‥‥はぁ、可愛い」

 年下の少年に可愛い可愛いと連呼されても微妙なわけで、しかし頬は紅潮してゆく‥何だか逆らいにくい相手というか。

 嫌いなタイプじゃないし、昔からこの子のことは知ってる気がする。

「えっと、何も疑問を思わずに‥ここにいるわけだど‥‥‥‥あんた、誰?」

「かわいいなぁ‥‥‥その疑問を口にして不安をさらに感じて眼が泣きそうになるとこなんて‥安心して、時間がたてば元の世界に戻れるよ」

 細い首筋に眼が行く、俺は正常だ‥‥正常だが、男や女を超越した美しさや愛らしさとはあるもので、自分の弟でそれは実感しているけど。

 目の前の少年はそれを体現しているかのような存在、クスクスッと上品に笑う様子は”女”よりも美しいのでは?

 しっかり、しっかりしろ俺‥‥とりあえず帰れるのならそれでいいんだ。

「おや、厄介者が‥‥来てしまったみたいだね、本当にきょうすけの一部は嫉妬深い連中ばかりだね‥‥呆れてものも言えやしない」

 メキッ、空間に亀裂が生じる‥ケーキをモグモグと食いながら、体はガタガタ‥もうどうにでもなれ。

 本当にガラスの割れるような効果音が聞こえると、人一人ぐらいが入ってこれるような”影”が生まれる‥‥少年は”どーしよう”とやれやれ。

 俺は今度はどんな奴が来るんだろうとため息‥‥目の前に飛んでくる空間の”破片”

 カコンッ、頭にぶつかりましたとさ。



「疾風のようにぶっ壊し‥‥‥恭様の気配を辿ってきてみれば、やれやれ、やれやれやれですよ、貴方でしたか‥‥まだいやがったとは、心さんもそれには気づかなかったです」

「こんばんわ、心螺旋‥‥久しぶりの再会だと言うのに‥‥‥相変わらず”捻れ”はお見事しか言いようが無い、己の刀身を刺し込んだ物体、
空間、概念、その刀身を軸に全て捻り切る力‥‥‥怖いなぁ、きょうすけなんて空間の破片が当たっちゃって気を失ってるよ」

 キュキュキュっと零れた紅茶、机に広がったソレを拭きながら嘆息する、桃色の髪をした意思を感じられない瞳の少女は、ジーッときょうすけを見つめた後。

 桜色をした刀をカチャッとこちらに向ける、捻れた形をしたそれは、真っ当にものを斬る形はしておらずに、ただ捻り切る。

 当たった箇所を捻れ、壊す、人間なんかにすると眼も当てられないひどい光景だよね、きょうすけ‥‥大丈夫かなぁ。

「恭様を傷つけたなら、疾風のように”シネ”」

 首元に刹那に迫ったそれを、体からあふれ出す魔力を五十層に属性別に展開、断層の間には高密度に圧縮された否定概念を詰め込む。

 ギリギリで停止した刀を、手でなぞりながら、睨みつける。

「ここは仮想空間だ‥‥ボクと君の戦闘に耐えられるほどに頑丈には出来てはないのさ‥ボク達は死なないけど、きょうすけはどうするの?君は彼を殺す気なのかな?」

「‥‥‥チッですね、はいはい、心さんは頭が良いですから‥理解出来ました、それで○○さんなんて、隠しても仕方ないではないですか、魔王の彼方さん‥まおーはお城でドドンッと偉そうに踏ん反っていればよいんです‥‥お話に貴方まで参戦を?」

 カチャ、刀を下げながら彼女はきょうすけの顔をペタペタと触って、キス‥‥どうなってるのやらその思考。

 プハーッと1分間ぐらいキスした後に再度の問いかけ『何でこの世界に干渉してるのかが心さんは疑問なのですが?』っと。

 唾液の糸を断ち切ってから真面目な話はして欲しいものさ。

「ボクはその子にミルクをやった経験もあるんだよ?血の大系が名を授けたときなんか本当に腹が立ってね‥一つの島を消したらそれが今生の仇名にされてしまったよ、はははははっ、ゆーしゃの女の子に時間の牢獄に封印されてからは、ご覧の通り‥‥不自由な体になってしまってねぇ」

 魔王としてのボクは時の狭間で眠っている、ゆーしゃのあの子、絵本の中の人物のような、神特性ばんざいなあの子に封印されてからは。

 愛するきょうすけに会えることも無くなってしまって、忘れられてしまったようだね、はぁ、気が重い。

「ゆーしゃ?‥そういえば、そんなものに封印されちゃったんですね、心さんは笑いますよ?ダサッーーー、あれ、勇者ってのは、ふむふむ」

「そうだね、ラインフル・中条、きょうすけの赤子のときの育て親の一人だよ、力は正常だけど突出しすぎてる勇者‥つまりは、育て親同士の喧嘩でボクが負けたと‥‥彼女の仲間たちは当時最強のグループの一つだったしね‥”島”も一つ、”魔を統べる一族”の島だったヤイラン島は彼女達に惨殺されてしまったし、残った子達は何をしてるかはわからないけど、それを統べてたボクは見ての通りさ」

「‥‥‥同情は心さんはしないようにしてるんです、一部ではない”育て親”の方々に介入されるのは気分が悪いのですよ‥血の大系しかり、貴方もそうです、ましてやゆーしゃさんなんて、今はイギリスか何処かで空の魔女退治でしたっけ、2度と戻ってこなくていいですと言いますよ?これは”一部”の戦いであって、貴方たちの過保護日記ではないのですから、あしからず」

 一理あるなと思いながらも、小娘がっ、とも思う部分もあるわけで、どっちのほうが年齢高いんだっけとか思ってしまうのだけれども。

 さて、そろそろ、監獄に戻らなければいけないみたいだね、きょうすけ、またさよならさ。

「キツイお言葉ありがとう、ボクはそろそろ帰る時間のようだね‥‥さて、残滓たちによろしくね」

 鎖がワラワラと身を縛ってゆく、地面から伸びたそれにうんざりしながらも、地面にズルズルと吸い込まれてゆく。

「さようなら、心螺旋、今回のようにきょうすけに傷一つ付けさせないように、もし、それが”あったならば”時空の狭間からでもきみを殺すからさ」

「疾風のようにさようならです彼方さん、さっさと退場願いましょう駄目魔王」

 ズルズルズル、ポチャン‥‥。



 次に起きたのはベッドの上だったり‥‥‥お茶会を誰かとしたのを覚えてる、それだけ。

 ムクッと起き上がれば膝の上でスヤスヤと眠る子虎、ふむ‥‥‥頭を撫でてやる。

「んー、ふぁ、おはようッスきょーすけ、昨日は背中で寝てしまったようッスけど、疲れてたッスか?」

「‥‥別に、頭痛い‥‥タンコブ出来てるし、痛い‥‥もう朝か‥‥よいしょっと」

 立ち上がる、さらに腕にしがみ付いている頬笑をムンズと掴んで頭に載せる、よしっ。

「さて、実家に帰るとしましょうかね」

 トントンッと包丁の小気味良い音を聞きながら、ドアを開けた。

 頭が痛い。



[1513] Re[38]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/12 11:11
 ズズッ、お茶を飲んで、お団子を食べる‥‥ムスッとした長老達がこちらをチラチラと、もぐもぐ。

 僅かにしか動かない足をプラプラと縁側で動かして、いつも遊びに来る猫のプーさんをなでる、かわいいです。

 よくふとりましたね、すごい。

「当主‥‥‥‥今回のお話、我らに一言も相談して下さらなかった理由を‥‥お聞きしたいのですが?」

 おずおずと、頭の髪の毛‥‥なくなってるおじいさん‥みんな同じに見えるから、誰だったかな、きみは誰?

 血が薄い子は全然、わからないですね、かわいくない。

「お見合い、ですか?‥‥‥むう、あなた達にはなす必要性はなし‥‥だと、そうおもったんですけど」

 死期神の浅滝家の次期当主とわたしの孫である恭輔のお見合い、べつにそんな女の子に恭輔をやる気なんてさらさらないですけど、ね。

 はふ、ねむい‥‥きのうは夜更かしし過ぎました、反省です。

「しかしながら、過去から続く”能力者”でない異端とは最良の付き合いというものがッ!」

「むこうから望んだことですよ?‥‥それとも、あなたは、わたしに意見を‥‥するんですか?」

 振り向いてやる、プカプカと浮きながら‥‥畳みの上を這うように近寄る、呼吸がわかるまでに近くに。

 他の長老さん達はおおっと歓喜の声をもらしてます、あれですね‥このひとたちの近くにはこんなに普段は近づいてあげないですから。

 よろこばれても困ります。

「い、いえ‥‥しかしながら、相手は死期神の浅滝ですぞ?‥‥江島にはもっと優良な男子がおります‥‥何なら若布を呼び戻して‥‥D級のあの”物”を相手にさせるというのは‥いささか浅滝に失礼なのではありませんか?」

「‥‥ん、おやすみなさい」

 ストンッ、頭に指を差し込む、真ん丸い髪の毛の無くなった頭は、ピクッと僅かに反応、丸い円を指でズズッと描く、なかなかにむずかしいです。

 ポトンっと、真後ろから肉が落ちる、押し出さなくても落ちるだなんて、ほんとうに皮と骨でしかできてないんでしょうと、気になります。

 死んだです。

「ほかに、意見がある人は手をあげて並んでください‥‥なるだけ殺すのはヤなのです、でも恭輔を、わたしの愛する孫を馬鹿にするのならば
‥‥つぎは上手に丸い円をかけるでしょうか?」

 ヒィと息を呑む皆さん、死んだ髪の毛のなかった長老は、正座したままに‥‥頭に空洞がみえます、向こう側がみえる。

 人間を通して向こう側を見るなんてめったにない経験なのですから、もぐもぐ、きみ達も見ればよいのに、おもしろいですよ?

「けほっ、むぐ、お、おちゃ、です‥こくこく‥‥‥お団子が喉に、うあ‥‥あれ?みなさん‥何を震えているのですか?」

「‥‥恐れながら、当主のあの者への溺愛ぶり、眼に余るものがありますぞ、直系なれど‥たかがD級の烙印のもの‥‥‥‥‥それでは奇異の視線も、侮蔑もありましょう‥‥‥せめて能力者ではなく、普通の人として生まれたなら我らも何も言いますまい、しかし、しかしながら!我らが誇り高き江島においてのD級!‥‥それを除いてもなお忌むべきはあの力‥‥どのように、どのようにお考えか」

 一人が代表する形で、わたしに異論を‥‥言葉を噛み締めて、あぁ、にんしきの小さな‥‥人だなぁと、ランクだなんて。

 恋世界が遊びで決めたルールに過ぎないのに‥‥‥ばかな、おじいさん。

 ズシュ。

「ほかに異論はありますか?」



「‥‥‥‥お姉ちゃん、相変わらずに車のセンス皆無だな‥青すぎる」

 山を見ながらの嘆息、里までは車で4時間の距離‥‥何処にそんな道があるんだよと言いたくなるほどの捻れ曲がった道を行く。

 田舎の風景は変わる事無く、ほら、本当にとても景色が変わっているようには見えない、小さな池が目に入り、割れた氷が浮いている。

 もうそんな季節なんだと思いながら換気のためにドアを開けると、膝の上で丸まってる汪去が”へくち”尻尾がピーン、寒いのか?

 少し閉めよう‥ガァァァァァァ、ピシャッ。

「‥‥いや、そんな事よりもなのだ恭輔、えーっとだな‥‥あっ、この横の川で良く鮎が‥‥じゃなくてだな、その光景‥どうなのだ?」

「‥‥実際問題、俺は温いからどうでも良いけど‥‥駄目か?」

 寒がりな俺の周りには様々な防寒器具がある‥‥右手には差異が抱きついてスヤスヤ、左手には沙希がもたれ掛かってくーくー。

 膝の上には汪去が噛む噛む‥‥太ももを甘噛みしながら寝ている、ちなみに尻尾は首に巻いている、最近のお気に入り。

「お、お姉ちゃんの精神上にはだいぶ良くないのだぞ?‥‥まあ、ガキだから無視するのだ、むしむしむしむしむし、来夏は虫になるのだ」

「いや、それはない、あっ、あそこの小さな山‥‥お兄ちゃんが昔燃やしたところだな‥‥すげぇ自然の力、元通りとは言わないけど、少しずつ戻ってるじゃん」

 横に見える小山は黒々とした土のみで形成されている、昔‥‥若布お兄ちゃんの能力が格好良かったので褒め称えたときに調子に乗りすぎて燃やしすぎた山だ。

 すまない山、責任の半分は多分俺にある‥そういやぁ、昨日お兄ちゃんからメール着てたな、眠いから見てないけど。

 受信っと、『嫌なことをされたら、そいつの事言え、兄ちゃんは何もしない、マジで何もしないからメールしろ』

「お姉ちゃん、お兄ちゃん‥‥仕事中にメール送ってきたっぽいけど、いいの?」

「‥‥まあ、今度会ったら厳しく、蹴るのだよ、ほら、来夏って腕に自信があるから‥あえて蹴りでしてあげる優しさなのだ」

 青い髪を揺らしながら、笑う、括った長い髪が‥‥目の前でゆらゆらと、掴んで遊ぶ、携帯を弄ってとりあえず返信。

『言わない、お兄ちゃんに言うと厄介ごとが増える、芳史ちゃんに相談するから』‥‥よしっと。

 お姉ちゃん髪のびたなぁ‥サラサラと手のひらで転がす、枝毛なんてものはなくて、真っ直ぐに伸びきってる‥窓から外を見る。

 寒い季節特有のまだらで薄い雲の群れの間に、青い空が見える‥‥見比べてみて、まったく同じ色だ‥青色じゃないのかもな。

 お姉ちゃんは空の色を持っている、車がキキーッと曲がる、うわっ、髪を引っ張ってしまう。

「のあ!?‥‥痛ッーー、髪を弄るのは勝手なのだが、引っ張るのは止めて欲しいのだぞ?‥‥‥ん、携帯震えているのだよ」

「お兄ちゃんか‥‥早いな返信、お姉ちゃんの髪は空色だな、今そう思ったよ‥‥サラサラ」

「‥‥恭輔は変な子なのだな」

 それはお姉ちゃんのほうだよと思いながらも2度目の受信‥‥うわ、なげぇ‥‥なげぇよお兄ちゃん、俺が震えた衝撃で子虎が”ん”と顔をうずめる。

 それよりも、見たくないような、さっき送ったメールが‥気に障ったらしいのは、何となく理解。

『オレよりも、あんなオカマのほうが頼りになると、恭輔は、あー、そう言ってるのか?兄ちゃんは悲しい、悲しすぎて、新しく出来た部下を
燃やしたり溺れさせたりしちゃいそうだ、マジで、つーかもうしてる、恭輔ぇ‥‥兄ちゃんほどお前を心配してる奴もそういねぇぞ、オカマよりは心配してる、マジだっつーの、やべ、出力、間違えちまった、あははははははははは、ぜってぇに兄ちゃんにメールしろよ』

 普段長い文章を読まない俺にはキツイ、読み終えて疲れる‥‥癒し系ペットの一部である子虎の頬っぺたを連打しながら、プニプ二プニ、どうしよう。

 また新たな受信音に体が震え、お姉ちゃんは”恭輔に来るメールは多いのだな”と苦笑、俺はさらに苦笑‥‥メールの送り主は鬼島に出来た友達の大元永久って子だな。

 うん、どんな経緯で友達なったんだろう?思い出せないけど今度一緒にピクニックに行く約束を”強制”でさせられた。

 ピクニックははじめてだけど、ちょい楽しみで、あれっと、女の子と二人っきりってどうなのよ‥大丈夫、”友達だから”

 棟弥以外に出来た初めての友達、ちょい嬉しい‥‥やばい、頬が緩んだら、お姉ちゃんに気づかれる‥‥冷静に冷静に‥‥。

 受信って、スカイか‥‥えっと『新しい上司に殺されそうです‥‥ピクニック、行けたら良いですねぇ』‥‥永久のメール、微妙にお兄ちゃんとリンクしてないか?

「‥‥偶然って怖いな‥‥‥‥つうか殺されそうって‥‥怖ぇぇ‥鬼島って怖い‥マジ怖い」

「鬼島?‥‥だからだよ恭輔、いつD級で実験用に捕獲されるかわからないのだよ?それは鬼島のSS級の来夏達にも‥‥どうしようもないのだ、そうしないと今の世界のルールが崩壊してしまうから、誤魔化すことは出来てもだな、だから、一緒に暮らさないのだ?そうしたらずっと鬼島から”鬼島の来夏”が護ってあげられるのだ‥‥‥心配してるのだぞ?お兄ちゃんたちも来夏も、だから仕事が忙しくても会うようにしてるのだし」

 俺の人生に永遠に、死ぬまで鬼島はついて来る‥‥登録データは誰でも閲覧できるし、就職とか、そんな狭い空間じゃなくて。

 生きるに当たって”人間社会”で生きていく上にはこの、D級とは‥重すぎる。

「いいよいいよ、そんなに、日本全体ですら1200人ぐらいいて、捕獲対象なんて一年に一人だろう?‥大丈夫、じゃねぇかな」

「だよ‥‥‥‥すぐに、すぐに来夏やお兄ちゃんたちがもっと偉くなって、そんな下らない制度を消してやるから、ごめんなのだ」

「‥‥いや、お姉ちゃん達が三人ともSS級の時点で俺は嬉しいよ、皆に自慢できるし‥‥でも、お兄ちゃん‥今年は会えるのかな?」

 そろそろ完全に見知った景色が眼に広がる、紅葉した木々が風に身を震わせる独特の空間、少し開けたドアからは冷たい風が頬を。

 そういえば、里帰りも本当に久しぶりだと実感する、いつから行かなくなった?いつから怖くなった?

 でも、色褪や頬笑にはたまに旅行やら遊びに付き合わされるし、アルなんか夏の初めに泊まりに来るのが日課だし。

 ”好きな”人間に会える俺の状況は、本来は幸せなことなんだろうと思う、姉弟に会えないのがマジ寂しいけど‥傷がうずく。

 考えない、考えない、考えない、あの二人が出て行ったことは考えない、俺に呆れて出て行ったんじゃないかと、怖い発想。

 考えない。

「さあ?ああ見えてもお偉いさんなのだし‥‥‥芳史ちゃんは絶対に来るのだ、恭輔にまた大量に洋服でも買って来ると思うのだ、確か、仕事でニューヨークやらに飛んでるらしいのだし、半端ない程に‥‥お土産は持ってくるのだろうと来夏は思うのだ」

「‥‥‥芳史ちゃんの服のセンスだけは‥‥信用ならねぇ‥‥‥あっ、あそこの家、建て直したんだ」

 左右に雑草の広がる田舎道に己を主張するように綺麗なレンガで出来た2階建ての家、昔は虫除け用に煤けさせた木で建てていたが。

 今は立派になってしまって、この家は確か‥‥思い出せない、うるさい奴が住んでいたような‥‥年下の、あの子は誰かな?

「さて、里が見えてきたのだよ、そこの偽りの景色と、歪んだ結界、全力でぶっ壊して入るから、体を動かさないように」

 ピキピキッと車の真横に巨大な氷が集結してゆく、肌寒い季節の光景にしても激しく違和感のあるそれは、浮遊しながら車の横を。

 形にはしないまま、ただ、それを巨大にしてゆく、横に回転しつつ、木々も挟んでしまい、捻りとる、ベキベキベキっと木々やら岩を吸収。

 ああ、右側の木々やらが倒れていたのはこれが理由ね‥‥‥つうか、でけぇなぁ、太陽の光を受けて白く光るそいつは、車の横にあるだけで冷気を感じてしまう。

「何も考えずに氷を錬成するのは楽で良いのだな‥‥前にこれをした時に、小鳥を組み込んでしまったのだ‥凍死?むちゃ悲しかったのだよ、うぅ」

「‥いいから、早く投げようよ、思いっきり、前面にさ」

 横回転を高速でしながら、木々や地面との摩擦に耐えられずに、幾らか氷が横とびに、田んぼやらにベキッと落ちて、怖いぞ。

 そのまま先にある、空間に‥‥ただ道が続いているだけの空間に飛ばす、ある一定以上の能力の具現で入り込める江島の里。

 それはSS級でも上位にいるお姉ちゃんの凶悪なまでに念力の溜め込んだ、氷の爆弾にすぐさま反応して身を揺るがす。

 田園風景は歪み、それを僅かに遮っていた木々も歪み、お姉ちゃんと同じ色だった空も歪む、冷気が無くなった室内で嘆息。

 あの田んぼ、大丈夫か?

「着いたのだよ」

 キキーーーッ、それは久しぶりに見る懐かしい光景‥‥そういえば朝から頬笑を頭に載せっぱなしだった。

 誰か言ってくれよ。



「‥‥‥はぁ?‥‥‥色褪の奴が‥‥我輩の愛しの恭輔を、お見合いさせると?‥‥??‥‥‥見合いとは何だ真冬」

 爪の手入れをさせている真冬の言葉に首を傾げる、見合い、見合い、はて、何だったか?人間の文化の一つだった気がする。

 髪にブラシをかけさせていた幼体の同属の白い首元に、つい手が伸びてしまう、無抵抗のままに噛み付かれるそいつを無視して。

 真冬の言葉を待つ。

「見合いとは、結婚を前提とした男女が向かい合い、己の伴侶になるか否かを確かめるような、そんなものだと真冬は理解してますが?」

 ピシッ、身が固まる、血を飲む事への配慮も忘れて、我輩は‥‥噛みすぎて肉がちぎれ”あぐぅ”とする声も無視して、何だと?

 ガラスで出来た城の中で呆然と身を固まらせる我輩、わかる、自分でわかるほどに、こみ上げてくるものがある。

「ティプロ様?‥‥‥その者、灰になっておりますけど?」

「そ、そんな事はどうでも良い!ええい!何故それを我輩に早く言わんのだ真冬!‥‥こ、これは我輩に対する侮辱でもある、くっ、あの阿呆めっ!阿呆めっ!阿呆めっ!これ程までの無礼な行いを平然とやりおるとは!‥っ~~~、日本に飛ぶ!」

「それは無理ですよティプロ様」

 サラサラと灰になったメイドをさっさと塵取りで片付けながら真冬はジト眼で睨みつけてくる、はて、我輩には愛するべき恭輔より優先するものなど。

 一切無いのは確かなのだが。

「‥‥今日は三十二系の11系にあるデフィランの家の者とのお食事会でしょうに、かの者達は上位10系には入っておりませんが‥‥それは力ではなく、その思想ゆえに、彼らは恭輔さまを抹殺対象として認識しているかと、吸血鬼が最高の”異端”だと考えておりますし、デフィランの純身当主のロイヤード卿は異端排除の庁面万と繋がってるとの風の噂‥ここは恭輔さまの身の安全のために多忙なその身を使われたほうがよろしいかと‥‥それが真冬の考えですが?」

「ッ~~~~~、だから早々にデフィラン家を我輩が滅ぼせばよいのだろう!ソレをお前達が!城の者達がやめろと言うからだな!」

「‥‥その際に40人の親衛隊の者が灰になり、転生の儀を行ったのですよね?‥‥ティプロ様、ロイヤード卿を敵にまわせば彼についている
他の家の者も敵に、それを全てお殺しになりますか?‥未来にて恭輔さまを後継者になさったとしても、配下のものがいなければ意味がないかと?今回ばかりはご辛抱を‥‥ね?」

 頭を撫でられる、下唇を噛み締めながら紅い絨毯を睨みつけて、くそっ、まんまと色褪に時期が読まれた‥新しき一部も一度は眼にしときたいのに。

 あの化け物女め‥‥‥くそっ、夜だったならば負ける気はないが、力が均等なのが腹が立つ、我輩は血の大系なるぞ?‥あの者が恭輔と血が繋がってなければ全面戦争ものだぞ。

 どうしてくれよう、どうして‥‥‥‥自分と同じく色褪を嫌うべき人物で、かつ、あの阿呆の暴走を止める事が出来るもの。

 それさえいればよいのだ、せめて”育ての親”のメンバーではないと相手にもならないのは我輩も重々承知している。

 このような事態は恭輔に早々に我輩が名を与えたときに”育ての親”の半数と三十二系の上位3系を引き連れて戦闘をしたとき以来やも知れぬ。

 パタパタパタ、風を叩く音と同時に蝙蝠が一匹、ガラスの外を浮遊。

「あらら、蝙蝠のミー君‥‥‥ああ、ラインフル・中条様からのお手紙です、えっと‥」

 ガラスの壁をすり抜けて入ってくる蝙蝠、各地の状況を垣間見る黒の紙と”契って”生成した束異魔(つかいま)、手に取る、ピピーと煩わしい声。

 我輩の場合だとくびり殺して数がいくつあっても足りん、癖とはさもおもそろしき‥‥読めと眼で合図する。

「えっと‥‥”我、日本二帰郷スル”です‥‥どうやら、イギリスでの空の魔女退治は‥‥多分成功と、空の属性を使えぬようにして地面に結界を24層にして否定概念詰め込んで‥う、埋めたらしいです‥‥うわー、相変わらず勇者なのか何なのか‥‥ティプロ様?」

「そうだっ!あやつがおったわ!ふははははは、ならば、これを使わぬ道理はあるまい、お見合いやらのことをラインフルに伝えよ!我輩は運が良いのか悪いのか、そのお見合いとやらを根底からぶち壊してもらおうではないか、人類の勇者さまにな!」

「‥‥恭輔さま、可哀相‥‥ろくなお母さん連中ではありませんね」

 遠き地にて恭輔を思うは、血の大系なり、お話をかき回すは勇者。



[1513] Re[39]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/09 18:11
 五常宗麟学園(ごじょうそうりんがくえん)

 この学園には常人はいない、あるのは『能力者』のカテゴリーに入らない”島”にすら分類されない存在。

 黒を貴重とした制服には必ずマントを着用‥‥‥理解はしがたい、しかしながら決まりごと、もしくは学園長の趣味。

 学園は無駄に広く、異能の家系‥‥異能が目覚めてしまった哀れな子供、皆が収容され、教育され、この学園の発展に死ぬまで命を尽くす。

 しかしながら校風は至って自由、仲が悪いのは鬼島の人間、仕事で落ち合えば即戦闘、壊れた精神構造の生徒多し。

 その中を、皆が黒いマントを着用して行きかう中で、一人だけ紅いマントをなびかせて歩く少女。

「‥‥あっ、中条先輩、おはようございますっ!見てください、炎の名を持つフィリィと契約できたんですよ~~!」

「ん、‥‥その精霊は良い子だね‥‥ああっ、オレさ、ごめんね、急いでるんだ」

 後輩の言葉に笑顔で返答しつつ、呼び出し場所の学園長室に‥‥仕事終わったばかりなのに、参った。

 コンクリート特有の冷え切った空気を持つこの学園、人間が‥ではなくて純粋に建物が古い、外が寒ければ中も寒い。

 まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた、迷路のような印象を受ける廊下には数々の生徒が笑いあいながら行きかっている、横を通り過ぎると頭を下げられる。

 それに笑顔で手を振ってやりながら歩く、”現状維持”の呪いで成長もしなくなってしまったこの体、9歳の容姿の勇者なんて笑える。

 笑えるのはそれに救ってもらう世界だろう、オレなんかに救ってもらえるレベルの世界、頭を下げられても困るだけなんだ。

 カチャカチャと腰に付けた『世界』が鳴く、あーもーう、わかってるよ、早く行けばいいんでしょ!

 くそう、あの空の魔女のせいでかなりの時間が取られちゃったじゃないか!‥‥こんなに手こずったのは”彼方”以降覚えが無いぞ?

 パタパタパタ、目の前を蒼い”空気”を纏ったエアが、空の名を持つ精霊のモス、今回は同属退治ゆえに連れて行かなかった‥契約してる友達。

 仕事で連れて行かないオレの精霊はこの学園で教師をしているのだけど、モスは甘えたがりでお喋りな空の精霊。

 よく喋るし、大好きなドングリの生気を吸うためにいつもこの時期はドングリ探しを手伝わされる、今は駄目だ。

 急ぎなんだよオレ。

「あーーーっ、ラインフルッぅうううう!学園に帰ってきてたならモスに言ってくれてもいいのにぃいいい!」

「ああ、モス、ごめん、オレ急いでる‥‥ほら、チャイムなるぞ」

 はぁ、見つかった‥‥この学園に”住んでいる”オレの精霊は11種もいるから、そう考えたら見つかるのも当然かな?

 モスはオレの言葉に頬を膨らませる、精霊に決定的な性別はなく、どちらとも言えないが美しい種族が多い。

 そしてモスも例にもれずとても美しい容姿をしている、空の精霊でも夕焼けの種族のモスは茜色の髪をしていて時折光るソレは星が現れる刹那の時間のお陰らしい。

 瞳も同じく茜色、肌は僅かに薄い赤色で人間にはない神秘的な美しさをしている、階位は教えてくれないがかなり高いらしい‥勇者の特権の一つ。

 精霊との多重契約兼多重行使能力、これが力の名前なのだが、長くてしょうがないとオレは思うわけで、そんな事よりも、足を速める。

「ねえねえー、ラインフル、次はモスを連れてってくれるんだよね?夜の名を持つフィフリ何かよりモスのほうが役に立つって!本当なんだからぁぁああああ!ねえねえねえーーーー」

「あーもう、うっさいわ!‥‥オレは急いでるの!」

 耳元で五月蝿く騒ぐモスを掴む、ジーッと睨みつけてやる‥‥ポッと赤くなるモス‥‥精霊全霊に対しての魅了能力自動発動。

 これが勇者の力、もう、皆の願いが体現しまくりのオレは何なんだ‥ああ、腹の立つ、腹の立つ。

 短く切り揃えた金髪をワシワシと掻きながらため息、こんな体で、こんな能力で、世界に望まれても全然嬉しくないオレ。

 とりあえずは成長概念の問題を治すために‥‥世界の災厄を狩りまくって、成長する肉体に戻る方法を調べないと。

「ラインフル、いらいらは良くないよぉ?‥‥”いらいら”は精霊の言葉で”ライラライ”って言うんだけど、生命を楽しんでない者に対しての悪口で使われる一種なんだからね」

「ああっ、もう、空属性はうっさいのしかいないのかっ!‥‥‥おおっと、ここだ、ここ」

 トントン、黒塗りの頑丈そうな木で出来たドア、本当なら蹴って入っても良いけど、勇者たるもの‥そんな説教は正直聞きたくない。

 学園長のジジィはオレがここの”生徒”だった時からの恩師であり腐れ縁、たまには礼儀に従ってやるのも良いだろう。

「入るぞ、クソジジィ」

「素かい‥‥まあ、ええわ、生徒ナンバー13、『世界調停任意者』通称勇者のラインフル・中条‥‥入れ」

 ッガン、錠の外れる音がして黒塗りのドアが誘うように自動的に左右へと開いてゆく、マントを踏まないようにと間抜けな意識をしながら足を踏み入れる。

 太陽の光を背に大きな机に佇む老人、辺りにはキャキャッと楽しそうに精霊やらその他諸々の良くわからないものが浮遊している。

 寄ってくるそいつらを手で煩わしそうにどけながら、五常宗麟学園学園長、”アイバース”はにやりと笑う、髭を剃れ。

 たっぷりと肥えた体にミシミシと悲鳴をあげるスーツ、汗は絶え間なく零れ、それを忙しそうにハンカチで拭いている。

 顔は今にも厳つくて、”そっち”関係の人間だと言われたら、納得しない人間は恐らくいないだろうとさえ‥‥額の黒子が印象的だったりする。

「久しぶりクソジジィ、恭輔くんを理由にオレを呼び戻すとは‥‥ってめぇ、そこまで腐ったなら”世界”で真っ二つにしてやる」

「だったらモスがその死体を空から地面に落とすよぉお!!!ぶちゃぁって、うわうわ、地の名を持つ精霊に怒られるかな?」

「相変わらず忙しい奴らやのぉ、まあ、座れ、あのガキに関するときだけ素直に言葉を聞きやがって」

 プハーッとタバコを吸いながら、ジジィの卑しい笑み、恭輔くんを口実にオレを学園に呼んだのなら、とっちめないと。

 とりあえず冷静にそんな事を思いつつも、不機嫌を装い椅子にドカッと座る、座ったつもりだけど幼い少女のオレの身では。

 ポスッ。

「別にわしゃの、嘘は言っておらん、ほら‥‥血の大系からの束異魔じゃ、こんな危険なもん、わしらが勝手に見たら大問題やろうに」

 ピーッと喉を震わせてこちらに寄ってくる蝙蝠のミー、肩に乗せて頭を撫でてやると嬉しそうに鳴く、隣で嫉妬して頬を膨らませるモスは無視しよう。

 意識を集中してミーの意識から言葉を読み取る、えっと‥‥‥‥‥。

「ど、どうしたのラインフル?‥え、えっと、何て書かれてたんだよぉーーー、モスも見る見るぅうぅううううう!」

「‥‥‥‥ジジィ、オレの仕事、暫く全部キャンセルな、軽いのは3年生辺りにやらせても良いだろう‥‥卒業生の奴らにも」

 読み終えて、冷めてゆく思考に身がしまる、声も平坦になって、おもしろ味のない自分が出来上がる。

 あの子に関してだけは、オレは勇者を止めることが出来る、色褪‥‥くそババァめ、何を企んでやがる。

 ただ一人、”育ての親”の中で一部に選ばれた、妬むべき女‥‥‥やはり早めに殺すほうが良いだろうか?なあ、”世界”。

 キィイィィンと相棒の同意も得られ、自然と残酷な笑みが浮かぶ‥‥11精霊全部持って、勇者の特性全利用。

 それでも殺せるかどうかわからない色褪と名を持つ最強の能力者。

「おいおい、お前の立場をわかっていってるのか?‥‥‥いつの間にわしの首元に剣突きつけるような恩知らずになったのかのぉ」

「‥‥急用が出来た、オレは今から江島に行く‥‥‥行くぞモス、お前が”必要”だ、じゃあな、クソジジィ」

「じゃぁの、クソガキ‥頼みごとを言うのはその無い胸を成長させてから色仕掛けでしてもらいたいもんじゃのう、9歳児」

 去ろうとするオレに嫌みったらしい声が‥‥少しだけの心配を含んでいなければぶん殴ってるかもしれない。

 しかしながら、恭輔くん、騙されてる、激しく騙されてるぞ‥‥くそっ‥‥オレが日本にいれば事前に防げたかもしれないこの事態。

 ああ、そういえば最後に会ったのはいつだろうか?確かイギリスに飛ぶ前にご飯を一緒に食べて‥えっと、ああ、半年も会っていないじゃないかオレ?

「ねえねえ、キョーのとこに行くの?‥じゃあモスはまた姿を消しとかないだめだめぇ?」

「‥‥驚いて恭輔くんが倒れたら困るだろう、それに彼がお前との境界を崩したらどうするんだよ、お前、そう見えても階位高いだろうに‥‥困る、あの子に一部なんて必要ない‥‥オレがいれば事足りる問題なだけだ」

「‥‥ふーん、ふーん、別にいいもーーん!」

 それから先にすれ違った生徒は皆、廊下の横で縮こまるように‥オレを避けて通っていた、それはそう、何せ。

 勇者が本気で怒ると、魔王ですら倒せるのが世界のルール。



 恭輔が屋敷の”いつも”の部屋に着いたと聞いたので、とりあえずはこの季節にわざわざ買わせてしまった、たかい‥スイカを食べ終えて思考。

 暫くして、その部屋に”飛んで”、10秒、部屋の中にいるみんなは誰一人うろたえませんよ?

 ゆかい。

「‥‥‥‥‥差異は思うのだが、何せ、外見は普通の田舎の村ではないか‥‥これでは面白みはないな、そうは思わないか沙希」

「いんや、僕は別にそこまで悪くは言わないけど、暮らしにくそうだよね、このご時世にここまで閉鎖した村ってどうかな?」

「‥‥まあ、野生動物の汪去からしたら、耐えられるレベルッスね、それよりこのお茶渋いッス‥‥あっ、注ぎなおして欲しいだけッス」

 とりあえずは畳みの上で礼儀もなく自由自由でゴロゴロしてる三人にジト眼をしつつ、リュックを部屋の隅に置いている恭輔を見る。

 はぁ、今回のめんばーも、お口が悪いったらありゃしないです。

「‥‥‥これはまた、恭輔‥‥‥愉快な一部の方々ですね‥‥いらっしゃい、背、どこまで伸びました?」

 わたしが急に部屋に出現してもうろたえない人たちは、おひさしぶりですね‥‥‥さてさて、そこの金の髪の少女が、素晴らしくにらんでますね。

 はて、被る部分ですか‥わたしは、怒らないですよ?‥‥だって恭輔はわたしのほうを必要としているのは当然、”わたしたちの”強みはそこにありますから。

 破壊衝動をおさえてほほえみますよ?

「いや、色褪‥‥背伸びないじゃん‥‥‥ほら、ぽふぽふ、俺の方が頭を撫でれる、勝ち」

「くっ~~~~~、く、屈辱‥です‥‥‥そこのきみたち、驚かないのは何故でしょう?‥‥突然出現しましたよね、わたし」

 般若の面に手を添えて、首を傾げる‥‥あれ?‥来夏は自宅に向かったみたいですね‥‥いない、話をするのに厄介なのはこの初対面で動じない三人。

 恋世界、きみのところの三人は‥‥とてもつよいですね、わたしの力を見抜いても、動じないフリをできるのは、立派です。

 人工ではなくて、天然でここまでの逸材を得るとは‥‥あーう、うらやましいかもですよ、江島も中々さいきんは‥いないですから。

 この”レベル”の子供達。

「‥‥部屋に案内される前に来ると踏んでたのに、案外来るの遅いんだね‥‥イメージ的にすぐに恭輔サンの所に飛んでくるかと思ってたよ」

「ええっと、あなたが、たしか‥‥‥沙希?‥っで睨みつけてるのが‥差異、そちらの猫さんは汪去‥‥うん、報告通り」

 ある程度の情報は手に入れていたし、恭輔は忘れているけどわたしも一部、自分以外の部分もちゃんとわかるですよ、偉いですわたし。

 とりあえずはふよふよと恭輔を抱きしめて浮く‥‥おもくなりましたね、さっきの仕返しです、おひめさまだっこ、んーーー。

 おもひ。

「‥恥ずッ!?‥‥何がしたいのかわからないけど、このまま何処かに連れて行かれるっぽいな俺‥‥」

「きみたちきみたち、んーーーー、この江島で、知りたいことがあるのでしょうに、屋敷にある文献でもなんでも漁ってくれてけっこうです‥はふー、里の者に聞く場合は‥外のものには厳しいですが、ムカついたら恭輔の意識は無視してさくさく殺してあげてくださいな‥んーーー、脅してもいいですよ、それでもわからないことがあれば、”わたし”を頼ればいいですよ、差異?」

 恭輔を抱きかかえたままに、その言葉を口にすると差異と呼ばれる少女の幼いながらも美しい顔がどんどん不機嫌になるのが分かる。

 残滓ほどはわたしとあなた、相性はわるくないみたいですよ‥あなたは殺したいだろうですけど、はふー。

 やっぱおもひ。

「ん、了解した江島の当主‥‥恭輔がこの里に戻ったと知っているものは?」

「皆しってますよ‥‥だから、いまはわたしが一緒ですからよいですけど、あなたたちも恭輔を一人にせぬように‥はぁはぁ、じゃあ‥‥孫は
連れて行きます‥よ?」

「‥‥いや、殺すなよ三人とも‥‥はぁ、あんま見ないでくれ、恥ずかしい‥‥」

 ふよふよと、久しぶりの恭輔の体温に満足なわたし、さあ、一部のひとたちはほっといて。

 おばあちゃんとゆっくりしましょうね。



「‥‥‥色褪、恥ずかしい‥‥今日は何で迎えこなかったんだ?いつもなら車まで文字通りに飛んでくるのに」

「‥‥あれは、恭輔?‥あなたを心配してしてたのに、気づかないなんて‥‥わたし、悲しいですよ?‥‥こんかいは、差異たちがいたからです」

 恭輔を抱きしめたままに、ふたりのゆっくりしたテンポの会話、むかしより感じているきみが‥恭輔が重くなったことが嬉しい。

 むかしは小食で、みんな困ったりしたものです‥‥‥懐かしさに、少しだけ、なんとなくですが切ないきぶんです。

「そうなのか?‥‥般若の面、外してよ、顔見たい」

「はいはい」

 縁側に腰をおろして、恭輔の言葉に従い般若の面を外してやる、赤い眼をした”あくま”がそこにいるでしょう、少女の姿をしてますが。

 貴方のためならなんでもする”あくま”ですから‥‥ねえ、そうですよね、あいする恭輔‥いつでもきみを思う。

「俺って、思うけど‥‥本当に江島の人間かなぁ、遮光たちも無茶苦茶顔いいし‥色褪もそうだし‥‥むぅ、不公平すぎる」

「そう‥‥ですか?‥‥恭輔のほうが可愛いとはおもうのですけど‥‥ああっ、そのことですけど」

 袖の中を漁る、たしか、えっとです‥‥ここに、ああ、これです。

「この子‥‥‥‥かわいいとは思いませんか?‥‥ん、恭輔の意見を、おしえてください」

「‥‥いや、普通に可愛いとは思うけど‥なに?‥‥今回里に呼び戻した理由‥そう言えば聞いてない、しかもこのタイミングで女の子の写真って‥どうよ、何となく理解したぞ俺」

 ピピッ、スズメが不思議そうに、愛らしい仕草で庭に生えている松の枝に置いた餌をパクパクと、こちらを見る。

「恭輔‥‥‥お見合い、今日ですからにげられない‥‥ですよ?残念です」

「‥‥‥やっぱり」

 ピピッ‥‥スズメが空に飛び立つと共に‥‥恭輔の頭もガクンッと落ちた‥‥わたしの、勝ちです、今日の”せーか”は一勝一敗‥です。



[1513] Re[40]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/11 14:10
 にーにーにーにー、猫の声で鳴く、土の中は寒い‥にー、この封印概念は勇者じゃないと解除は出来ない。

 あれは化け物のような力ではない、正当な才が拡大したかのような、この世界に認められた至上の才能。

 剣を抜くと空の属性の精霊は皆、彼女の味方になり‥‥親友だった空の名を持つ風琉(ふうる)も悲しい瞳をして。

 去っていった、精霊は勇者の側に必ず従者のように、そういう風に世界の仕組みが出来ている。

「にーにーにーにーにーにーにーにーに」

 鳴く、喉が痛い‥‥実際に土の中にそのまま埋まっているわけではなく、四角い方陣の中に幽閉される形、広さは有限ではなく無限。

 爪を立てても、何もない感覚が怖い‥‥何でこんな事になったんだろう?‥ただ、子猫を馬車で轢き殺した悪い人間と。

 その”巣”を壊しただけなのに、何で勇者に、こんなことをされる道理があるのだろうか?チリンっと尻尾に付けた大きな鈴が震える。

 怖い、怖い、怖い、にー、子猫の自分は魔法使いだけど、絵本に出るような悪い魔法使いではないはずだったのに‥‥なんで?

 ”わるいにんげんをとっちめただけのこねこ”‥‥そもそもの原因はなんだろう‥‥有名になりすぎたことかな?

 メスな子猫は空の魔女、名づけられた名前は大層なもので、毎日を雲の上で寝て過ごす子猫には不必要なもの‥それよりも黒い毛並みを褒めて。

「にーにーにーにーにーにーにーにーににーにーにーにーにーにーにーにーに」

 カタカタ、震える、寒い‥‥‥こんな所に後何年も幽閉されると思うと‥‥生まれて間もない頃に枯れた井戸の中に捨てられた思い出が浮かぶ。

 あの時に、初めて空の精霊と仲良くなれた、丸い丸い空を、井戸の底から眺めていると話しかけられたのだ”どうしたの?”優しい言葉。

 ずっと一緒にいた風琉、今はもう、違う空へと渡っていったのだろうか?‥‥子猫の自分ひとりを置いて、でも、鳴けば。

「にーにーにーにーにーにーにーにーににーにーにーにーにーにーにーにーに」

 井戸とは違って、ここからでは空すら見えない、空が遠いのではなくて‥‥空が”ない”悲しさで尻尾がパタッと、闇に落ちる。

 ”ここから出る物語はまだ先のお話、空の魔女は、飼い主に、まだ出会えず”



「‥‥‥アル、認めない認めない認めない認めない、認めなーーーーーい!」

 ジタバタと転げまわる、辺りのものはガラガラガラと、物凄い勢いで倒れたり、壊れたり、コホッ、埃も無論飛び散る。

 ああ、その資料は‥‥グチャグチャになってしまったザマス‥‥このガキ、暴れるなら外でやれザマス。

 腰を叩きながら椅子から立ち上がる、無駄に幼い‥若い自分の体、しかしながらやはり疲れが溜まるわけで。

 僅かながらの光を放つオレンジ色の豆電球、それの出力を、よいしょザマス、手を伸ばして‥んー、カチャ。

 部屋が明るくなると、決して狭くはない空間で、暴れている存在を発見するザマス‥‥‥そっちに行こうとするが、白衣が椅子に絡まっている。

 あー、いつも椅子の上で大半を過ごしながら、研究に行き詰ったらクルクル回ったりガキの真似事をするわけで‥そのせいザマス。

 倒れそうになるのを踏みとどまって、白衣をその勢いのままに引っ張る‥‥大失敗ザマス。

「うわわわ、ん、んっしょ、って、わぁー!?」

 ゴロゴロゴロゴロゴロ、ガシャァン‥‥‥ガツン、転がり、積み上げた資料やら機材にぶつかって、最後に頭の上に一つの本が。

 頭がフラフラする‥‥くそぅザマス‥‥”魔法使い”の決定概念である、幼体から成長できない体が憎い。

「‥‥‥博士何してんのよ、ほら」

「ああ、すまないザマス‥‥うぁ、頭フラフラする~~~、ってアルビッシュ=ディスビレーダ、お前こそ何してたザマスか?」

 自分と外見年齢は変わらぬ少女の手を掴んで立ち上がる、こうやってみると、とても親子には見えないザマスかねぇ。

 創造主と製作品、おもしろいザマスね‥‥そんな二人。

「そうそう、あれだよあれだ!マスターお見合いって如何いう事!?うがーーーー!アルは認めてなーーい!」

 地面に転がり落ちた本やら資料やらをかき集めて、ヨタヨタしながらそれを机の上にドサッと、コホッ、今度まとめて掃除しようザマス。

 白衣に付いた埃もパタパタと叩き落として、アルビッシュ=ディスビレーダを見る、顔が赤い‥‥生意気にも嫉妬してるザマスねぇ。

 おもしろいザマス、喉が渇いたのでビールを冷蔵庫から取り出しながら苦笑、んー、昼から飲むとだらけるザマス‥や、やっぱりお茶を。

 やっぱビールザマス、自分に負けた瞬間。

「‥‥そんな事言われてもザマス‥‥当主の決定は絶対ザマスし‥‥‥そんなに嫌だったら直接当主に言えば良いザマスよ」

「‥‥嫌、あの人はアルよりマスターに詳しいし、何より‥‥勝てる気がしないもん‥‥ニヤニヤして‥‥何よ」

「‥さあて、おもしろい事ザマスねぇと、そんだけザマス‥‥恭輔さまには会いに行かないザマスか?」

 昔なら、真っ直ぐに恭輔さまの胸に飛び込んで、甘えて、連れ回し、日焼けして帰ってきていたのを思い出す‥‥思い出ザマスねぇ。

 創られたこの子にも、そんな暖かい夏の思い出が、優しくもあると、母親ながらちょっと嬉しいザマス。

「行かない!‥‥アルに何も言わないでお見合いしてるマスターって嫌いっ!でも本当は嫌いじゃないもん!うがー!お見合い許せないぃ!」

 ジタバタジタバタ‥まあ、落ち着け‥‥‥ほら、ビールでも飲むザマス‥‥ペシッと叩かれて‥反抗期ザマス?

 赤い瞳でキッと睨みつけられて、何となく居心地悪く、5冊ぐらい、いつの間にか積みあがっていた本で出来た臨時の椅子に座る。

 自分のホッペをプニプ二と触りながら、じゃあ、どうするザマスかと半眼で問いかけてやる。

「ど、どうするって言われても‥‥‥‥博士なんとかしてよ!」

「当主至上主義ザマスよ?あの人が望めば何でもしてあげるザマス‥‥そんな博士ザマスだけど、どうにかすると思うザマスか?」

 喉を震わせてビールを飲みながら、冷蔵庫のドアをもう一度開ける、何か口に入れるもの‥‥イカの塩辛のビンが、買った覚えはないザマスが。

 手に取るとひんやりした感触、少しだけ量の減っていることがわかる重み‥えっと、ビンに黒いマジックで乱雑に書かれた文字、規格じゃなくて。

『とーしゅ、専用‥‥‥‥‥でも、勝手に食べても、いいです』‥どういうことだろう、温かみのある文章ザマスね‥むしろ書く必要性が?

 ああ‥‥‥つい先日、新しいマジックを買いましたーって、子供のように喜んで‥‥まあ外見は子供ザマスけど、それで使ってみたくなったと。

 わかりにくいけどわかりやすいお方ザマスね、ありがたく頂こう。

「‥‥‥くぅ、可愛い娘よりあんな般若の人のほうが良いの!?」

「肯定‥‥‥それと暴れない、埃が飛び散るザマス‥‥イカの塩辛、美味しいザマスよ、これでも食べて」

 ハシで少しばかり、ギャギャーと騒いでる口元に‥‥ひょいと放り込む、自分もその後に口に幾らか入れて、ビールを一口。

 そして騒いでいるアルビッシュ=ディスビレーダのデータ収集‥‥ふんむ、怒ってる怒ってる、見ればわかるザマス。

「こ、こうなったら‥‥こうなったらお見合いの途中に強襲して、そんな、そんな下らないこと、ぶっ壊してやる!もぐもぐ‥生臭いぃ!?」

 口にティッシュを当ててやる‥‥‥まったく、予想を裏切らない子ザマス‥‥トントンと背中を叩いてやる、女の子が口から物を出さないように。

 横顔を見ると、自分とはやはり、全然似ていないのだが、もしかしたら根本的には、やっぱり似ているのかもザマス。

 淡い‥‥鋼の色を磨いたような、光沢を有する長い髪に、手に触るとサラサラと流れる、無機質なものと違う生命の証‥”創って”しまったザマスね。

 幼い頬は怒りに紅潮していて真っ赤、額には彼のためのシリーズである烙印である『B』‥‥B”シリーズ”‥‥少しだけ、皮肉な笑みが浮かんで。

「好きにするザマスよ」

 当主と同じような色彩の瞳に調整した‥赤い瞳を覗き込んで、微笑んだ。


 ジャリ、車から地面に足を、こんなにお洒落したのは‥小学校の時に好きだった子のお別れ会以降だよ‥‥。

 着物なんか着るの初めてだし‥‥‥スーツのほうが良いって言ったのに‥‥ガキが生意気だって‥‥着物はじゃあ良いの?

 しかもお父さんもお母さんもいない、きんちょーする‥‥思った以上に穏やかな風景、お迎えの江島の能力者さんは‥いないのは当然なの?

 空を眺めて、形式ばってないって言っても、ここまで放置的なお見合いって‥‥どうなの?‥と、とりあえずは当主様のお屋敷に。

 ”能力者の江島”より”死期神の浅滝”の方が立場的に下なのは確かだけど‥‥ここまでの扱いだとは‥思わなかった。

 む、迎えの一人ぐらいが常識だよね?‥え、えっと、わ、わたしだって死期神の浅滝の次期当主なんだから、怒るときは怒るんだよ!

「ま、まずは‥‥えっと、ここが大通り?‥って程じゃない‥って失礼だなわたし、だめだめ、ここに暮らしてる人を馬鹿にしているみたいな
言い方だ‥‥そーいうのは良くないし‥‥こ、こっちかな?」

 歩き出そうとしたら、物置小屋のような所の影から”何か”が出てくるのがわかる、一応は気を張ってたのに‥‥何も感じなかったのが怖いぃ。

 お化けは駄目駄目駄目。

「‥‥‥‥実は迎え‥‥いるんだけど、あれだよな、存在感ないってやつ‥‥俺?」

「ひぁあ!?‥だ、誰ですかーー、お、お化け?」

「おもろい子だなぁ‥‥‥‥‥‥とりあえずは、こんにちわ」

 目の前の、男の人は少しだけ微笑む、ほっ、悪い人じゃないみたい‥普通の冬物のお洋服に、普通の顔、普通に整えた髪に。

 少しだけ普通の人と違う、優しい感じの微笑をしてる人だなぁ、間抜けな思考がクルクルと回る、少しだけ年上かな?

「こ、こんにちわ‥‥です、ああっと、お迎えの人ですよね?‥こ、今回お見合いしたくないけどお見合いすることになった浅滝愛空です、高校1年で、好きな歌手は‥‥‥」

「‥‥おもしれぇ‥‥あはは、まあ、今日は色褪の遊びに付き合うしかないかぁ‥凹む、じゃあ、屋敷まで案内する‥‥女の子が着物着てるの
色褪以外で初めて見た」

 わたしが、着物で”歩く”事に戸惑っていると、ゆっくりとテンポを揃えてくれる、視線は横に広がる田んぼ、眼が何故かキラキラしてる。

 どういうことだろう、この季節の田んぼの物悲しい光景は‥見てて楽しくはないけど、変わった人だなぁ‥江島の人はもっと高圧的かと。

 勝手に考えているわたしがいた。

「いや‥ちょっと改めて凄いと、人間が耕すんだから‥あっ、そこ、段差」

「うわっと、ありがとうです」

「‥‥色々、この後に君はショックを受けるはず、だったらと思う、敬語やめてくんないかな?」

 携帯を弄りながら、立ち止まって、眼を合わせてくれる‥‥誰も歩いていない田舎道、左右には田んぼ、煤けたような、独特の土のにおい。

 風が吹いて、髪を気にしながら微笑む目の前の人は、何を言いたいのだろうかわからないけど、敬語をやめろと言ったんだよね。

 どうしてだろう、見知らぬ男の、わたしより大人の男の人の言葉に理解が出来ないで、首を傾げる‥そういえば、わたしのお見合いの相手知ってるかも。

「ええっと、それは後々に‥‥でも、本当にそれで良いんでしたら‥‥よ、よろしく!」

「はいはい、よろしくな‥‥聞きたいことあるんだろう?‥‥君のお見合いの相手は知らねぇよ俺‥‥だから後で怒らないでな」

 何だか急に暗くなった迎えの人‥‥何だか掴みどころのないような人だなぁ、むしろ‥‥この”江島”って土地で普通すぎて怪しい。

 あやすぃ‥‥‥でも、ゆっぱり‥‥‥悪い人じゃなさそうなんだよなぁ、次期当主のわたしの人を見る眼は確かな‥はず。

 所々に離れてある横に長い家々、何かの田舎番組でしか見たことのないような‥一階建てのお家‥‥‥平屋‥‥ってのだ、うん、そうだそうだ。

 目の前の人も同じようにポケーッとそれを見ている、えっとー、もしかして都会の人ですか?仲間意識全開で‥い、行ってみよう。

「あの、もしかして、この里の人じゃないんですか‥‥‥‥じゃなくてー、この里の人じゃないの?」

「そういえば、何も今、一部もいないし、誰もいない‥‥色褪は危ないから俺一人で外でるなって‥ああっ‥‥‥もしかして見張られてるのか俺!?」

 こちらの話は一切無視で辺りをきょろきょろと見回し始める‥‥独特のリズムをお持ち‥‥そしてすぐに納得して、”死四”いるじゃんと。

 死四‥さん、ここにいるのはわたしと、貴方だけのはずなのに‥‥‥ムッ‥‥”ムッ?”‥よくわからない思考は無視だよ。

「あっ、ごめんごめん、みんな外出てないのは色褪のお陰かな?‥いきなり殴り殺されたらたまんないし‥それと、俺はこの里の人間じゃないけど‥江島の人間だったり」

「‥‥んん?良くわからないけど‥‥こ、こんな歳が離れた人と”平等に話す”って初めてだから、き、緊張するよ‥やっぱ敬語で」

「駄目ー、後で色々嫌だから、二人っきりになって敬語の関係から会話するのが面倒だし俺も緊張するし‥‥」

 ポリポリと頬を掻きながら、恥ずかしそうに視線をずらす、横にトテトテと近寄って、ジーーーーッ。

 この人、やっぱ、あやすぃ‥‥何か隠してる、隠してるよ、お母さんの用意してくれた着物を汚れないように、軽く走って前に回りこむ。

 ジーーーーッ。

「‥‥な、何ですか‥‥俺はただの迎えの人です‥‥よ、あんまり見られると無駄に緊張するんだけど‥ほ、本当だよ?」

 カァーとカラスが田んぼの上空を旋回しながら鳴いた、それと緊張からか汗が出ている迎えの男の人‥‥それが合わさってひじょーに何もかもが。

格好悪い。

「もしかして、もしかしてだけど‥‥‥正直に、お願いだよ‥‥‥貴方がわたしのお見合い相手?」

「は、はい」

‥‥‥少しホッとした自分がいた、何だか‥‥‥肩の力が急に抜けた感じがした。



 真っ白い泉に、何本もの柱が刺さっている、折れ重なる柱もあり、長い間に人間の文明との触れ合いを断絶した印。

 白い泉は、泡を吐き出し、その小さな泡、大きな泡、どの中にも赤子がスヤスヤと眠っているのがわかる。

 皆、髪の色は泉と同じ白色、その中には眼を開けて泡を壊そうとする赤子も、そのような暴力衝動を、泡は否定して。

 ただ、赤子たちを優しく抱擁するのみ‥‥見たらわかる、女性体しかいないのが印象的、さらには翼を持っている。

 空想ではありがちながら‥‥この世界でもやはりそれは異端な証であり、様々な枚数の翼‥固体で違う色と枚数。

「テケリテケリ♪‥‥‥勇者が島国へ飛んだテケリ♪‥‥これはどのような事テケリ♪」

「‥‥‥‥わからんらん、それは、理解できないない」

 黒い翼を纏った少女と、緑の翼を纏った少女‥‥纏うとは、たたみ、翼で身を隠す。

 片方は意地の悪そうな笑みで端正な顔を歪ましてクスクスと笑っている、子供の着るパジャマのような、愛らしい服とスリッパで。

 片方は優しそうな笑みで端正な顔を染めてニコニコと笑っている、何も着ておらず、手にはトランペットのような、しかし刺々しい物を。

 遠離近人とも違う、世界概念の捻じ曲がった場所で二人は笑う、何があってもおもしろいのが二人の掟。

 バサバサっと、他の柱にいる同属が‥‥白けた瞳でこちらを見ているが、気にしないのはもう一つの二人の掟。

 さあ、そろそろ飛び出そうか、世界に眠りが訪れたなら、悪い子の”魂”を食べちゃわないと、それだけじゃなくてお肉も食べちゃうぞ。

 『壊れた絵本の中の主役』そんな一族、また、これもまた絵本の中に存在する確かな異端なり、今日はどの絵本から出ようかな?

 そんな思考は文字で書くと鈍る、もっと狂気な内面が、この二人の少女にはある。

「狩るテケリ、テケリ、この鉄のスリッパで、頭を叩くテケリ」

「うんうんうん、だったらたら、このトランペットで、男の子の、叩く叩く、血のトランペットペット」

 さあ、次に行くべき地は、いつも邪魔をする勇者の飛んだ、あの地とか良いんじゃないかな、『壊れた絵本の中の主役』のお二人さん。

「テケリ、テケリ、飛ぶテケリ♪」

 さあ、次の媒体になるべき絵本は‥‥ ”妖精の手招き”テケリ。



[1513] Re[41]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/11 21:14
 埃の被った、そんな書物が大量に転がっている‥コホッ、ん‥‥誰も掃除していないのか‥ウズウズする‥‥本当に。

 汚いものを我慢できないのは、仕方がないのだか、ここまで汚いと流石のその信念も、抑えることが出来る。

 これはまた‥‥新しい本やら古い本やらが混雑していて、わけが分からないな‥うん、この中でとりあえずは。

 ”江島”の過去を洗うとしようか、差異はそう思いながらも‥どれから手をつけられば良いやら。

「差異ッ、コホッ‥こりゃ酷いね‥‥‥僕もこれだけ酷いと‥‥何とも言えないけどさ、あらら、倒れちゃった」

「‥しかし‥‥まさか屋敷の半分が書物を置くだけのスペースとは、贅沢な事だと差異は思うぞ、うん、しかし何の本なのか」

 一つだけ手に持ってみて、部屋に僅かにある窓から差し込む光に本をかざして見る、埃が濃く見え、気分が悪い。

 乱雑に置かれた本で出来た塔に背を預けて、見てみる『欄10001-231』‥‥はっ?‥嫌な予感がして、沙希を見る。

 沙希も同じような顔をして、コートから珍しく手を出して、マジマジと、うん、こいつは‥‥だるい予感が。

「こっちは、欄3001-231‥‥‥それだけしか書いてないっぽいよね、うわー、僕こういうの駄目‥‥‥‥凄くだるい、プライド捨てて
”当主サマ”に聞いてみる‥‥そんな怖い眼で睨まないでよ、冗談冗談♪」

「‥‥‥‥しかし、中を見てみてもさっぱりだぞ、どうやら術術術の事や‥‥能力概念‥‥だるいな、頭が痛い、とりあえずは、異端の事柄だとは理解できる‥っが、差異たちの幼い頭で理解できるのかが、唯一の問題だと思うぞ、うん」

 少しだけ、やる気が失せたわけではないが、長旅の疲れと資料の多さに唖然となる、しかも何の情報なのかが良くわからない。

 手書きの文体から想像するに江島の古い資料の一つだと言うのは理解できる。

 我ら鬼島の”恋世界”の出生の場所として‥上位能力者には知られている江島、噂かどうなのかは、当時の差異にはどうでも良かったが。

 鬼島との密接さは異常とも言えるのも確か、うん、決めた。

「やるぞ、沙希、これも恭輔に至るまでの有象無象などうでも良い奴らを調べるものと思えば、耐えられる」

「‥‥は、はは、マジ?‥‥家系図‥‥この中にあるの?‥それ、予想でしょう絶対‥‥差異は昔から勘が良いけど‥さて、それに振り回されるのは」

「いつも沙希だったと記憶しているが、差異は姉、沙希は妹、さあ、何か差異に言うべき言葉は?」

 いつも言い聞かせていた言葉を、眼を細めて、息がわかる程に近寄って言ってやる、”差異”とは違う銀の髪をさらりと撫でる。

 薄緑色の瞳を覗き込んでやりながら、頬を舐めてやると、はあーと大きくため息が聞こえる、甘い匂い、沙希の匂い。

 ん、折れた。

「わかったよ、”お姉ちゃん”‥‥本当、恭輔サンの一部の中で、一番独占欲強くて、我侭で、恭輔サンのためなら、僕でも殺すでしょう‥差異」

「うん、言ったほうが良いのか沙希?」

 とりあえずは、必要な資料だけ見極めて‥‥それを後で調べるとしよう‥‥ん、後でお風呂を貸してもらおう‥流石に埃だらけの差異を恭輔は嫌がるだろう。

 いつでも恭輔の前でだけは、綺麗な部分でいたい差異‥‥むぅ、何だか‥‥残滓に会ってから、差異の感情がどんどんおかしくなっているような。

 気のせいなのかそうではないのか‥‥差異にも恭輔にも判断は出来ない‥でも、一番愛してると言ってくれた事を、差異は忘れない。

 差異も、自分である恭輔を綺麗だと感じてるぞ?恭輔‥‥ん、今日は久しぶりに一緒に寝ようと、本に眼を通しながら、思う。

 沙希も同じようにしながら、やれやれと、良く考えたら、沙希の瞳を改めてみたら‥‥ん、差異の紫色とは違う独特の色彩なのだが、綺麗では?

 うん、たまには、差異も素直に言おう。

「沙希、差異は思う‥‥差異には及ばないが‥沙希も可愛いぞ、うん」

「‥‥喧嘩売ってんの差異‥‥僕も怒るよ」



「‥‥‥‥え、えっと‥‥‥嘘だよね?」

「いや、この見た目10歳にもみたないガキが俺のお婆ちゃん‥‥嘘なら、笑えるよなぁ」

 色褪は俺の首に両手を絡めてブラブラとぶら下がっている、重くなくて軽い‥子供の高い体温に‥子供の甘い匂い。

 これで俺のばーちゃんって‥良く考えなくてもおかしい事実、さて、どうやって納得してもらおう。

 しかも、自分からお見合いの席を設けたくせに俺が”この子”名前まだ聞いてないや‥‥と話しながら屋敷に戻ったら。

 玄関で足をプラプラさせてた色褪‥‥何だか無駄に猫に餌をやりながら‥‥こちらを確認した瞬間に硬直、猫も恐れを抱いて逃走。

 妙に太った猫が逃走した後に、見せ付けるように抱きついてきて『恭輔は、あれですね‥最初からそこまで親密は、どうでしょう』‥嫉妬かよ。

 なんて無責任で理不尽なババァだ、しかもこの今の状況は‥高校生の女の子に見られるには、かなり、かなり恥ずかしい。

 そんな状況で、何とか”ババァ”だと言う事実を教えながらも‥中々認めてもらえずに、既に15分‥‥これが最近のお見合いの方法か?

 いい加減に玄関は寒いんですけど、そんな思考をすると表情を読み取るのかギューってさらに強く抱きしめられる‥‥可愛いけど、どうしよう。

「これが江島の当主‥‥‥っで、今の状況は自分でお見合いの席を設けたのは良いけど愛しすぎる孫があまりにも相手の女の子と仲が良さそうで‥‥これは”わたしのですちくしょう”と抱きしめながら、くすんと鼻を啜っている状況、ちなみに本当に当主だから」

「わ、わたしの江島のイメージが‥‥それとさりげなく自分は関係ない位置に立ってますが、貴方も十分変ッ!そこの小さな女の子の孫だとゆうのを除いても、江島の直系なのに普通すぎるよっ!」

「‥‥結構、ズバズバ言うのな、ってコラ、寝るなー、色褪、駄目だって!風邪ひくって!むしろ、はなせーーーー!」

「‥‥‥‥‥恭輔‥‥やっぱり、このお見合いは無かったことにです」

「‥‥へっ?」

 暫くの無言、何て我侭さ、この人は‥‥孫離れを永遠にしないつもりなのか?‥自分で勝手に楽しそうだからやってみたら。

 思った以上に俺がこの娘と仲良くなったのが‥‥ショックだったらしい、般若の面を少しずらして、半分だけ見える顔が‥涙で。

 弱い、この色褪には弱いけど‥‥はい、そうですか、こちらが間違ってました、帰ってくれてよいですよ、ばいばい‥では駄目だろう。

 まだあったんだ黒塗りの電話‥‥それに感心しつつ、頭をポリポリ、困ったなぁ‥‥とりあえずはハンカチを取り出して、色褪の小さなお鼻に。

 ヒクヒクと泣いている様子は、昔から変わらない‥‥‥俺の事になると、急に弱くなったり、怖くなったり、我侭だな。

「はい、ちーん」

 ちーーーん、まるで俺‥‥子持ちの父親の気分だな、赤い瞳から涙が流れると、兎のような印象を受けて、さらに心が痛む。

「‥‥‥ずび‥‥恭輔が悪いです‥‥仲良くなるなら、ちゃんとわたしを、通さないと‥だ、め‥です、すん」

「‥‥俺は悪くない、悪いのは我侭な色褪だろう‥‥‥‥ほら、”浅滝さん”も唖然としてる、色褪はおばーちゃんなんだから、俺にこんなに
甘えてたら変に見えるんだぞ、普通は‥‥‥ほら、また泣くなよ‥ご、ごめんな、俺は悪くないけど謝る‥くそぅ」

 抱きしめて背中を叩いてやる、昔は俺が良くしてもらったり‥今でも悲しいことがあれば色褪は普通にしてくれる、でも、たまには俺が。

 孫離れ出来てない色褪だけど、俺も仕方のない奴、ばーかと自分に心で言ってみて、凹むなら言うなよ自分、混乱中。

 ”浅滝さん”なんか、もう、どうしようと言った感じの顔で、キョロキョロと屋敷の中を、とりあえず中に入ろう。

「まあ、ちょっと変な状況だけど入ってくれ‥‥”これ”はなれないから‥‥三人になっちゃうけど、ちゃんとしたお見合いなんて今更、馬鹿らしいから、いいでしょう?ご両親に何か言われたら全部こっちのせいにしてくれていいよ、俺から色褪に言っとくから‥あぁ、怒ってないから睨むなよ」

「恭輔‥‥わたしは悪くないです、気をきかせたら‥‥すごく仲良くなってて、とられるのがヤなだけです‥だって、わたしのほうがすきですよね?それを試す意味でも‥お見合い‥価値、あるですよ‥すん、こっち”だけ”見てください」

 着物が皺にならないように意識しながら、瞳を覗き込んでやる、ようはただ”浅滝さん”を連れてきて、自分を通して仲良くなるのなら良かったと。

 それを俺が迎えにいった僅かな間で仲良くなったから、怖くなって抱きしめて涙、そして今度は自分だけを見てくんないとヤ、本音。

 再度言おう、なんつー我侭。

「あっ、そこの横にスリッパあるから‥‥どれでもいいから勝手に履いて‥普通は揃えて置いておくのが礼儀だっつーの‥‥力抜いちゃっていいよ、どう見ても失敗だからさ、このお見合い」

「へっ?‥‥ええっと、何だか入りにくい感じだったんだけど‥‥仲良いって言うか‥不思議な感じです、じゃなくてだね」

 その言葉を聞くと、そういえば、こんな関係の祖母と孫って聞いたことがないような、何せ若いし色褪‥むしろ幼いし。

 異端だからで片付けられないけど、別に疑問は”無かった”な‥昔から‥‥可愛いし、綺麗だし、文句なんてない。

「まあ、結構‥‥我侭なんだけどな‥‥‥今だって、君と話したら、どうしようもなくなって、見ないように顔を埋めてるし」

 モゴモゴと胸に感じる色褪の動き、髪を安心させるように撫でると静かになる‥まるで動物だな、大体、本当に何でお見合いさせたのやら。

 会いたい口実を最初は作るためで、その後に‥‥本当におもしろそうだからしてみたら、駄目だった、さっきと同じ考えに至る。

 ギシッ、木が軋むと”浅滝さん”は、ひゃあと驚く、怖がりというかリアクションが素晴らしい子だ‥‥見てて飽きないタイプ。

 とりあえずは大広間にでも行くか、何かそれっぽい感じに用意されているはずだろう‥あっ、あの松の木‥‥鳥に餌をやる小皿が括られている。

 昔とそこも同じ‥‥確か色褪に鳥が見たいと強請った記憶がある‥その後に‥あの人に知れて、家に帰ったときに怒られた、吐き気。

 急に気分が悪くなる、茜色に染まりつつある空を見て、気を落ち着かせろ‥‥‥横を見て歩くと、当然前は見えないわけで。

 柱に頭をぶつけそうになり、焦る俺がいたり‥‥‥刹那の危険だったので、”浅滝さん”は気づいてない、よーし、恥をかかずに‥ゴンッ。

「‥‥‥‥痛い、これもこれも!こら、色褪っ、とりあえずは俺からはなれて一人で歩け、むしろ浮け!」

「ヤです‥‥‥‥わたしをみてないです、恭輔‥やっぱ、このお見合いはだめでした‥だめだめ‥ヤです‥むねが痛い‥‥いっしょに寝ましょう‥ね?」

「‥‥‥恥ずかしい、他の人の前で言うな、しかももう一緒には寝てやらん!悪い子だしっ!って君も何で笑ってるの?」

「あっ、うん、ご、ごめんなさい‥‥でも、二人とも、見てておもしろくて‥‥」

「‥‥‥そ、そうか?‥‥‥色褪っ、さらに絞めるな、く、クビ痛いって!?」

 何だかそんな感じで歩きながら‥‥‥意味のわからぬ空間、誰のせいかって、言ってみよう‥色褪のせい。



 屋敷に案内されて、紹介された江島の”ご当主さま”はわたしの腰までの身長しかないような‥お子様。

 流石に異端だとは、素直に納得できないわたし‥‥あ、当たり前だよね?‥‥だって、あ、あれで。

 あれでお婆ちゃんって、どう考えてもおかしいもんっ、はい、そうですか‥そうやって認めるわけにはいかないんだよ。

「‥‥‥‥え、えっと‥‥‥嘘だよね?」

「いや、この見た目10歳にもみたないガキが俺のお婆ちゃん‥‥嘘なら、笑えるよなぁ」

 もう何度目かになるかわからない、迎えの人改め、お見合いの相手の人‥困ったような顔の中に、もう納得してくれと無言の圧力。

 昔ながらの広い玄関‥‥‥一瞬だけ、その広大さに身をひく‥‥さりげにわたしの家より大きい‥‥驚くって言うよりも。

 ちょっとの敗北感‥これはだめだ、我が家のお屋敷も自分で稼いで建てたわけでもないのに、さらには人様のお家と比べるなんて。

‥‥‥これは駄目な感覚だ、自分で自分がとても許せない、こういうのは、人としてさいてーなんだから、反省。

「これが江島の当主‥‥‥っで、今の状況は自分でお見合いの席を設けたのは良いけど愛しすぎる孫があまりにも相手の女の子と仲が良さそうで‥‥これは”わたしのですよ、ちくしょう”と抱きしめながら、くすんと鼻を啜っている状況、ちなみに本当に当主だから」

‥‥理解できない、えっと、何だろう‥‥この疎外感は、二人はお互いしか意識してない感じ、馬鹿にされてる感じではなくて‥本当にふたりは。

 それでも、何だか二人がそうしていることに、何も言い出せず、少女を抱いて困ったように笑う目の前の人に言うべき言葉が中々みつからない。

 赤い着物をした、今まで見たこともないような綺麗な少女を抱いて、微笑む普通の空気を持った何処か普通とは違う矛盾の人。

 少女は時折、恨めしそうにこちらを睨みつけてくる‥‥あまりにも綺麗な赤い瞳の日本人形を髣髴とさせる浮世離れをした姿、容姿。

 肌は透き通るように白く、正直健康的ではないが美しい、それ以外は赤が目に入る‥赤‥白と赤を他人に想像させるような姿。

 ポーッと見とれながらも、ええっと、何してんだろうわたし。

「わ、わたしの江島のイメージが‥‥‥それとさりげなく自分は関係ない位置に立ってますが、貴方も十分変ッ!そこの小さな女の子の孫だと
ゆうのを除いても、江島の直系なのに普通すぎるよっ!」

「‥‥結構、ズバズバ言うのな、ってコラ、寝るなー、色褪、駄目だって!風邪ひくって!むしろ、はなせーーーー!」

 正直に口から出てしまった言葉、しまったと思った瞬間に‥‥少女の目から、眼‥‥少しだけ違うように見えたのは気のせい?

 潤みも何も無くなって、鋭くなった‥‥‥この人の事を言うたびに、何か、辺りの空気がほんの少し歪むような錯覚に陥る。

 車で酔ったかな?

「‥‥‥ずび‥‥恭輔が悪いです‥‥仲良くなるなら、ちゃんとわたしを、通さないと‥だ、め‥です、すん」

「‥‥俺は悪くない、悪いのは我侭な色褪だろう‥‥‥‥ほら、”浅滝さん”も唖然としてる、色褪はおばーちゃんなんだから、俺にこんなに
甘えてたら変に見えるんだぞ、普通は‥‥‥ほら、また泣くなよ‥ご、ごめんな、俺は悪くないけど謝る‥くそぅ」

‥‥似てる、この二人似ていると初めて思った‥‥‥なんていうか、泣くときの感じがそっくり、”お見合いの人”も少し泣きそう。

「まあ、ちょっと変な状況だけど入ってくれ‥‥”これ”はなれないから‥‥三人になっちゃうけど、ちゃんとしたお見合いなんて今更、馬鹿らしいから、いいでしょう?ご両親に何か言われたら全部こっちのせいにしてくれていいよ、俺から色褪に言っとくから‥あぁ、怒ってないから睨むなよ」

 少女に睨まれて、焦っている‥‥状況によってはあまりの親密さに嫌悪感すら感じてしまいそうなこの二人、恐らく普通の人が見たら。

 とてもまともな状況には見れない、愛してるとか、そんなレベルの親密さに思う‥けど、わたしのような小娘にはそんな深いことはわからないかも。

 お母さん、お父さん‥‥やっぱり江島はおかしいよ‥‥‥”力”の怖さじゃなくて、なんていうか、この人たち変。

 世界に二人しかいないような感覚をしているようにしか思えない、錯覚‥‥失礼だぞ‥わたし、は、はんせいだよ。

「恭輔‥‥わたしは悪くないです、気をきかせたら‥‥すごく仲良くなってて、とられるのがヤなだけです‥だって、わたしのほうがすきですよね?それを試す意味でも‥お見合い‥価値、あるですよ‥すん、こっち”だけ”見てください」

 熱い視線、言葉は少女の可愛らしい嫉妬に見えるけど、毒々しい独占欲が僅かに感じれる‥でも、女の子だし、普通かな?

 多分‥‥あんまり詮索するのはもっと失礼かも。

「あっ、そこの横にスリッパあるから‥‥どれでもいいから勝手に履いて‥普通は揃えて置いておくのが礼儀だっつーの‥‥力抜いちゃっていいよ、どう見ても失敗だからさ、このお見合い」

「へっ?‥‥ええっと、何だか入りにくい感じだったんだけど‥‥仲良いって言うか‥不思議な感じです、じゃなくてだね」

 失敗‥‥うーん、安心のような、安心じゃないような言葉‥この人自体は今は嫌いでも好き?でもなくて‥‥少しだけおかしい歪んだ感じが怖い。

 この人が歪んでるんじゃなくて、この人の腕の中にいる少女が怖いのかな?‥当主って言ってたし、ものすごく、強いんだろうなぁ、強いって初めて言った。

 そうゆう乱暴な”強い”とかの基準の言葉は男の子だけの言葉なんだと思ってた、スリッパを履きながら思う。

「まあ、結構‥‥我侭なんだけどな‥‥‥今だって、君と話したら、どうしようもなくなって、見ないように顔を埋めてるし」

 抱きしめられて抱きしめるのが、僅かに服の皺が増えるのでわかってしまう、前を歩くその人は、なんでもないといった感じで。

 住んでいる世界が違う普通の人?‥‥‥‥‥変な人、印象は変わらない‥‥ギシッと床が軋み、間抜けな声が出てしまう、”彼”は笑う。

 真っ赤になりながら頭をポコポコ‥‥こんなに深く物事を考えるなんて、わたしらしくない。

 ゴーン、そんな思考を遮るように、頭をぶつけて蹲る”お見合いのお相手の人”お見合い前に名前も教えてもらえなかった謎の人。

 プルプルと震えている。

「‥‥‥‥痛い、これもこれも!こら、色褪っ、とりあえずは俺からはなれて一人で歩け、むしろ浮け!」

「ヤです‥‥‥‥わたしをみてないです、恭輔‥やっぱ、このお見合いはだめでした‥だめだめ‥ヤです‥むねが痛い‥‥いっしょに寝ましょう‥ね?」

「‥‥‥恥ずかしい、他の人の前で言うな、しかももう一緒には寝てやらん!悪い子だしっ!って君も何で笑ってるの?」

 急に騒ぎ出した二人の会話‥‥‥唖然としつつも、不気味と思いつつも、少しだけおかしくて‥‥笑ってしまうのは何で?

「‥‥‥そ、そうか?‥‥‥色褪っ、さらに絞めるな、く、クビ痛いって!?」

 わたしと話したばかりにさらに嫉妬に染められて、強く抱きしめられて苦しんでいるその人を見て。

 少しだけ微笑ましい気持ちと同時に‥‥そういえば、送ってくれた車が去ったけど、迎えはいつ来るのだろうかと。

 えっと、もしかして泊まりじゃないよね?



[1513] Re[42]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/12 13:44
 家を今日一日は出ることを禁じられた‥‥ソレは命令であり絶対である。

 あのような『恥』のためにそこまでする当主を不思議と思いつつも、特に怒りは湧かない。

 尊きあの方は至上であり絶対、生きている神と、そんな認識である‥人間が神に従うのは当たり前である。

 パチッ、鍋の下で弾ける火花、焚き火を囲みつつ、はて、何か知らぬ気配が一瞬したような‥‥気のせいだろうと思い、意識を再度、鍋に向けた瞬間に‥‥‥。

「は~~い、動いたら首が飛ぶッスよ、鍋の具になる気が無かったら従うのが吉ッスよ、むしろこの時点では大凶ッスね」

 首に、冷たい感覚‥‥‥いや、熱い、ジジッと肌が焼ける気配を感じて‥‥能力者か?‥‥違う、もっと単純な力の差を感じる。

 恐る恐る下のほうへと眼を向ける、蒼い光が首元に、微かに皮膚が裂けた‥血が蒸発して、何ともいえない臭い。

 こ、声が出ない‥‥‥緊張から、自分の能力の発現にまで意識が行かない‥‥それでも、生きるために口を開く。

 パチッ

「‥‥な、何者だ‥‥この江島に置いて、このような事をして生きて帰れると思っているのか?」

「うわ、そんな台詞‥‥本当に言う人いるもんッスね、でもソレは無理な相談ッス‥‥さて、質問にだけ答えるッスよ」

 視線を横にゆっくりと向ける‥‥‥息を呑む、美しい少女だ‥‥しかし、純粋に美しいのではなく‥危険な感じのする少女。

 その人外の容姿にすぐに人間でも能力者でもない事実に気づく、遠離近人‥‥種族まではわからないが確実にそうだ。

 しかし井出島との協定では鬼島に属する江島への攻撃は認められていないはず、さらに混乱する思考‥‥そもそも命を狙われる覚えがない。

「江島恭輔について、知ってることを全部話すッスよ、おお、表情が強張りまくりッス‥‥おもしろい程に、わかりやすいッス」

「”アレ”‥‥‥を?‥‥別に、知っていることなどはない‥‥当主のお孫であると同時に‥‥D級の烙印を持った、失敗作だろうに」

 聞かれた質問に、正直に答えてやる、常に自分が思っていることを口にしただけ、あれは高貴な血と同時に忌むべき対象でもあり。

 その言葉に、蒼い光は、肌にさらに強く食い込む‥‥何を間違ったのか‥彼女の望む答えではないのかと、少しばかり寒気が走る。

 この里ではまだ若い自分に分かることと言ったらそれぐらいなんだ‥
弾ける火花を見ながら、それだけを伝えたい。

 電気は点けておらず、親の代から使っているもので生活している自分だけの安らぎの空間が、いつの間にか悪夢の空間に。

 今だけは電気を点けて、人工の光でこの部屋を明るくしたいと思うほどに、この頼りない炎の光では、さらに不安を煽るだけ。

 動けないままに、炎の調整すら出来ずに鍋は煮立ってしまい、零れるそれは味噌の焦げ臭い匂いと一緒に炎を消してしまおうと、やめろやめろ。

 やめてくれ、これで、その最後の願いも空しく、ジュァァ、火は消えてしまい‥‥明かりを失う空間、僅かに差し込む夕日の光などは無いようなもの。

「そう‥‥ッスか、ふむふむ‥‥‥次に行くとするッスか、おやすみッス」

 トンッ。

 頭に何かが突き抜けるような感触、とても軽い感じのそれは‥‥‥はて、何だったのだろう‥‥考えはそこで停滞。

 永遠に。



「ん‥‥色褪‥‥‥いい加減に、マジで‥‥おーい、あっ電話」

 とりあえず、三人で微妙な感じで大広間に行き‥‥微妙な感じで話が弾み、そんな些細な事で色褪が無言で怒る。

 それを繰り返しながら、お茶を啜る、何だか空気からして食事が出来る感じではなくて、目の前に置かれたソレを半眼で見て。

 マナーモードにしといた携帯が僅かに震えると同時に、取り出して見る‥‥『ラインフル姉さん』‥‥‥何用だろう。

 むしろ色褪関係でこのラインフル姉さんの電話が来るといった最悪なまでなタイミング‥畳、張りなおしたんだと手でサワサワしながら。

 足を崩して正座をやめて、思考‥‥‥さっき、名前を聞いた愛空ちゃんはスースースと般若の面をずらして寝ている色褪にご満悦。

 まあ、寝ているというよりは眼を閉じて俺の体温を感じてる‥‥どうしようもない子だ‥ったく‥‥誰も電話出ても怒らないだろう‥‥そんな不純な考えでポチッ。

「‥‥‥姉さん、イギリスに仕事って聞いてたけど‥‥‥」

『‥‥‥恭輔くんッ、久しぶりだなぁ、元気にしてたかい?あー、そんな事よりも用事があるのは、そこにいるだろうバカ』

 バカ‥‥はて、バカ‥‥誰のことだろう、確かに俺は学校の成績は良くないけど姉さんががそんな事を俺に言うのは有り得ないような‥‥姉さんが容姿はガキでも、とても理知的な人だ、他人を指名してバカなどそれこそ数が限られるような気がする。

 とりあえずは思い浮かべてみる‥‥‥バカ‥‥‥‥俺?‥‥やばい、自覚症状があるバカですか俺‥それではなくて‥んー。

 温い緑茶をズズッと飲んで、舌を転がして苦味を感じて、もう一度思考‥‥‥姉さんと仲が悪い人たちを思い浮かべる事にする。

 色褪は‥‥比較的仲悪い、屈折は‥‥確か喧嘩して山が消えた‥‥この二人のどっちかだろう、確実に。

 屈折は今は俺の近くにいないわけで‥‥‥色褪はバリバリ俺の膝枕でスピーって寝てる‥‥おお、謎が解けた。

「いるいる、何か拗ねちゃってるけど‥‥‥どうしたの?」

『いやぁ、いるならいいんだ、”逃がさない”ように、お願いするよ‥はははは、オレ怒ってないよな?』

「‥‥どうだろう、あからさまにテンションがおかしいのは俺にもわかるよ‥‥‥」

 ふむぅ‥‥何だかさらに厄介な感じがする、厄介とは‥つまりは物理的に物凄く嫌な予感だということで‥‥新しい畳の感触では消えないもの。

 色褪‥何か姉さんにしたな、何をしたかはわからないけど、来る‥‥この感じだと災厄兼勇者さまがこの里にやって来る。

 姉さんには久しぶりに会いたいけど、このお見合いの事がバレれば‥さらに厄介な事に‥‥あれ?‥‥もしかして。

「姉さん、もしかして、お見合いの事‥知ってるでしょ?」

『じゃあね、恭輔くん、後2時間ぐらいで、そっちに着くから‥‥バカに、オレからの一言伝えてくれる?‥‥‥喧嘩をしよう」

 ツーツーツーツーツー‥‥幼い声とは合うわけがない殺気っぽいのが耳にまだ残ってるようで、やばい、お見合いのことがばれてる。

 沈み行く夕日に眼を向けて‥何もかもわすれて家に帰りたいと真剣に思ったり、あぁ結界があるんだ‥‥無理じゃん。

「色褪‥‥ヤバイ、寝ているのも良いけど‥‥ラインフル姉さんに、この遊びがばれた見たいだぞ‥‥真面目なあの人が‥いや、真面目かどうかは果たして謎だけど‥‥今回のコレに怒ってる‥‥この里に来るって言ってるよ‥こぇぇ‥ど、どうしよう?」

 勇者なあの人、無茶な剣術と良くわからん聖剣っぽい”世界ちゃん”を振り回して、色んなものをドカーーーン、そんな印象、詳しく知らないけど。

 とりあえずは勇者、本人が名乗ってるし‥‥‥皆が知ってるほどに有名、現代勇者、でも小さい‥‥そして俺の姉さん‥怖い。

「‥‥そうですか‥‥‥‥下手をすれば殺られますね‥‥はふ、気が重いです」

「ご、互角で!互角で行こう!ほら、お互い全力でやり合って‥‥何か気を失って終わりみたいな?」

「‥‥殺り合ってですか?」

「‥‥‥字が違うだろう‥‥‥後2時間で来るって言ってたし‥‥‥今日はトラブル続きだな」

 思い浮かべる、白い肌に褪せた金髪‥‥‥いつも笑顔で快活なあの少女‥‥真っ赤なマントを靡かせて、何故か‥‥何処かの学生服を着込んでいて。

 切れ長の瞳は綺麗な茶色をしている、安心する色‥‥俺が泣いたときにはマントで包んでくれたあの人‥‥そして怒ると怖い。

 俺には怒らないけど、色褪や屈折とかに怒ったのを何度か目撃した覚えがある‥幼いながらも、この人を怒らすのはやめようと。

 でも俺には絶対に怒らない、全肯定してくれる人だけど、教育的にそれはどうだろう?

「あ、あの‥‥このお見合いが何だかんだで”失敗”とはわかったんだけど‥‥わたしって、どうやって帰れば」

「‥‥結界はこの時間帯、夜に近づけば近づくほどに強固になるから‥む、無理だから、泊まりじゃないの?」

 俺の、もう忘れてしまったような誰かから教えてもらった知識、それを聞いてガクッと首を落とす愛空ちゃん。

 そこら辺の打ち合わせもなしに、これはまったく‥子供の遊びそのままだな‥‥‥お茶をさらに一口、苦い。

「‥‥‥なぁ色褪‥‥姉さんにお婆ちゃん殺されるって‥どんなに孫が辛いかわかってる?」

「‥‥‥ねむです、ふぁ‥‥もしくはおばーちゃんに、おねーさんを殺される‥‥ヤですね」

 全然どうでもよさそうに顔を埋める色褪にため息、はぁ、最初から無理があったんだな‥このお見合い‥一番の被害者は愛空ちゃん。

 あまりにも暇そうなので俺と”しりとり”までしてしまった愛空ちゃん‥‥あの死期神の浅滝の次期当主と名乗った少女が。

 笑える。

「はぅ~、お腹が‥むっ、江島さん‥‥‥わたしの顔を見て今笑ったよね?‥‥‥も、もしかして”こんな”お見合いで本気になったとか?」

「違う違う‥‥いや、君は俺が江島の直系っで驚いてたけど‥‥君のほうが変だよ、死期神の浅滝の次期当主なんだろう?君こそ普通の女子高生って感じで‥‥‥普通すぎて、何か新鮮だよ‥‥リアクションも良い感じ‥‥あははっ」

 見つめている視線の先を理解、この羊羹‥‥用意されてたものではなく、俺が勝手に色褪の『お菓子箱』から取って来たのだけど。

 どうやら愛空ちゃんはこれが食べたいらしい、わかりやすいなぁ、ふむ、いいお兄さんを気取るのが夢だったり‥‥‥みんな俺を子供扱いだし。

 羊羹を、ススッと彼女の目の前に差し出して、お茶をコポコポ‥‥はい、完璧、コレを添えれば。

「食べて良いよ、俺‥‥お茶だけで十分だし、羊羹、好きなんだな」

「‥うぅ、何だか敵に情けを貰っているような意味のわからぬ感覚‥‥くっ、い、いただきます!」

「はい、どーぞ」

 既にお見合いではないけれど、こんな空間も好きかも俺‥‥成功?失敗?どうでもいいじゃん‥‥そんな気分だな。

「そういえば、しりとり、愛空ちゃん‥‥‥”し”で止まってたけど、思いついた?」

「もぐもぐ、んーーーー!?」

「はい、お茶‥‥‥羊羹で喉詰まらせるなんて‥器用な子だなぁ‥‥‥それで、”し”は?」

「し、死ぬかと思ったよ‥‥‥」



「‥‥‥お帰り、って埃だらけじゃん‥‥どうしたよ二人とも」

 恭輔サンが目を見開いて、埃を落としてくれる‥‥‥お気に入りのコートだったのに‥うぅ、差異に付き合うといつもこうだよ。

 差異は恭輔サンに何か呟いて、さっさとお風呂場のほうへ‥‥当主サン曰く”温泉完備です、えっへんですね”‥‥そこまでする?

 用意された部屋に恭輔サンの背中を追いながら戻りつつ‥‥この里では他の人間に会ってない事に今更気づく。

 人払い?やるねぇ‥‥江島の当主サン‥トン、額が何かに当たる‥‥恭輔サンがこっちを見下ろしてる、どうしたのさ?

「そういえば、沙希たち、何処で何してたんだ?正直に言って」

 恭輔サンの腰がゆっくりと折れ、こちらを夕焼けの光の中で真剣に見つめる‥今は言うべきことではないのだけれど。

 顎を掴まれて、捉え所のない感覚、疼くような、狂おしいようなどうしようもない感覚‥‥自分が好き、その感覚をさらに超える。

 好きだよ恭輔サン、だから秘密。

「さあ?‥‥僕たち、悪いことはしてないよ?‥‥一番恭輔サンが、良い状態にしたいだけだよ、嘘付いている僕?」

「‥‥‥‥‥‥‥沙希、こっちみて」

 もっと瞳を交わせと言われる、黒い”自分”の瞳に緑色の”自分”の瞳が溶け込むような一体感、体が熱い、微かに震える。

 息が荒くなるのを抑えるように体を抱きしめる‥‥‥最近、そういえば‥‥僕をあまり感じてなかったのが恭輔サンは不服、わかるよ。

 僕の頬を撫でる、差異ばかり最近は優遇されてるけど、僕も本当は同じように優遇されたい‥‥姉に嫉妬なんて、全てが完璧に出来た僕には相応しくない。

 秘めてる感情を理解された瞬間に、顔がカーッと紅潮してゆく、”僕自身”の恭輔サンにはキスをされても、何をされても恥ずかしくないけど。

 こういったのは‥‥駄目だよ、恥ずかしいし、怖い‥‥‥僕を差異より必要にしてなんて、死んでも言えない‥自分自身にすら恥ずかしい感情。

「沙希‥‥可愛いな‥‥今日、色々あったけど、構ってやれなかったのが、こっち見ろよ」

 最近自覚してしまった、微かな嫉妬の感情に‥‥僕は自由な心で生きている、矛盾‥もう捕らわれてるのはわかってるけど。

「恭輔サン‥‥‥どうしたのさ?‥‥‥やめて、おかしくなる‥‥恭輔サンが欲しくなるじゃないか‥」

「いや、ちょっとスキンシップ足りてないかなぁって‥‥さっき、自分じゃない女の子と話して、楽しくて、でも”一部”はどうでもいいなんて、そんなわけないじゃん‥‥って、ふっと思うときもあるわけだな」

 頬を舐められる、一部同士で嫉妬なんておかしいじゃないか‥‥もしかして、それも僕の役割なんだろうか?ずっと少しだけ思っていたものが浮き彫りになる。

『「わかったよ、”お姉ちゃん”‥‥本当、恭輔サンの一部の中で、一番独占欲強くて、我侭で、恭輔サンのためなら、僕でも殺すでしょう‥差異」』

 それは僕も同じだよ差異、恭輔サンのためなら、僕は差異を殺してみせる事も‥可能じゃないのかな?

「舌、出して‥‥‥差異にだけキスしてたの、嫌だったりするんなら、思って、思考して、言えば良いのに‥‥」

ピチャ。



[1513] Re[43]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/13 15:39
 そこは、最果ての地だとしても、何かがあると思ったんだ。

 産まれた、それを聞いて、飛んで、走って、精霊を引き連れて、ドアを開けた。

「うるさいね、騒がしいったらありゃしない‥‥勇者」

 彼方が皮肉な笑みを浮かべて、空中に浮遊している‥‥現界してたんだ‥無視しよう。

 オレは救いの子を求めて奥に進もうとして、肩を掴まれる‥‥ガラスの檻の城ではオレと魔王の戦いには耐えられるはずがない。

 睨みあい、ふっと思う、こいつはもう見てきたのか?火の名を持つ宴炎(えんえん)が威嚇するのを宥めて、問いかける。

「ああ、見てきたよ‥‥救いとはこの事だね、あの子により我々は救われる‥愛しい気持ちが芽生えたよ‥一目見て」

「‥‥お前にそんな感情があったほうがオレは驚きだけどな、今は誰かいるのか?」

「色褪と屈折が‥‥面倒を見ているよ、母親のほうは‥‥彼を否定したみたいだね‥直感的に感じ取ったみたいだ」

 その言葉に納得、常人から見れば‥‥いや、精神面で母子は繋がっているが故に、感じ取ったのだろう。

 その子の本質的に持っている力が常識などは欠片も無く、異端から見ても”異端”まさに救い手。

「‥‥‥オレが護ってやる、世界からその子が全てを否定されても、オレだけが護ってやる‥‥母親にでも何でもなってやるさ」

 カチャ、いつの間にか無意識に掴んでいた『世界』から手をはなす、それをおもしろそうに笑いながら、彼方はステッキをクルクルと回す。

 道化のような姿と、溢れ出る瘴気に精霊たちは怯え、オレに力を強制的に流し込んでくる、肉体の活性化と、実装精霊を。

 いつでも殺せる。

「‥‥貴様等、我輩の城で喧嘩はやめてくれ‥‥外でやれ外で」

 真冬を引きつれながらティプロが面倒はごめんだと、そのような表情でガラスの床からズズッと出現する。

 長い付き合いでわかるが、頬が少し紅潮している‥‥珍しい、怠惰に染まったこいつが何かに興奮するとは‥‥”あの子”が腹に宿ったとき以来。

 今夜は産まれたのだ、無理もない‥‥ふん。

「やあ、ティプロ、ボクは何もしてはいないよ?勇者と魔王の戦いに血の大系もなんて、笑えやしないだろう?」

「ふんっ、今は屈折がいるからな‥‥全員沈められて終わりだと我輩は思うのだがな、ラインフル、お前も柄から手をはなせ‥めでたい晩に、
血は無粋だと吸血鬼ですら理解しているのだからな」

「チッ、オレも‥‥早く会いたい、ドキドキしている‥‥‥彼方、その笑いをやめろ」

「‥‥‥‥じゃあ、ボクは名もない赤子へのプレゼントとして、同属から”一部”になる候補を選出するとしようかなぁ‥‥かわいいなぁ、本当に」

 瘴気がブァっと奴を包む、否定概念を何層にもしたガラスがそれに耐えられずにピシッと己に亀裂を入れる‥‥細かく飛んだ破片は蒸発するのが見える。

 消え行く奴の姿を睨みつつ、ティプロはコホッと咳をしながら”常識が無い奴だ”っと、真冬がすぐに乱れた髪を直している。

「はぁ、ろくな連中しか集まらんな‥‥‥ラインフル、お前‥‥珍しいな、顔が赤いぞ‥‥ふっ、”嬉しいのか?”‥‥我輩もお前も久しく忘れていた感情だな」

「‥‥‥‥わからないさ、実際に‥‥見てみないと」

 お前こそ顔が赤いじゃないかと思いながら、足を速める‥‥‥足を速める?‥‥そういえば、こんなに何かに期待して足を進めるなんて。

 忘れていたな‥‥精霊たちが嬉しそうに、踊る、みんなも、オレが喜んでいることをわかっているのかい?

「‥‥‥わからないさ」



「‥‥‥‥‥‥姉さん?」

 キスをした後に、気配を感じれば‥‥そこに姉さんが唖然と立っていた‥‥庭から進入って‥ああ、空から落ちてきたわけね。

 地面が凹んでるし、何より、姉さんがいると気づいた瞬間に遅れたように風が頬を撫でる、庭に積もった枯葉が舞う。

 舌を沙希の口から、”抜く”‥‥唾液の糸を右手で拭いながら‥‥何か怒ってるよ姉さん。

 枯葉舞う、オレンジ色に染まった世界で、眼がかなーり細くなるのが分かる‥‥えっと。

「姉さん‥‥久しぶり‥‥何かイギリスであったの?‥‥機嫌悪そうだけど」

 最近少し伸びてきたかな?‥と愚痴を言っていた銀の髪をすくい上げて、甘い匂いを嗅ぎながら、それだけを口にする。

 沙希の方は何処か、何かを思考しているかのように、虚空の瞳、可愛い奴だなぁ、今までより、”使おう”

「恭輔くん‥‥‥やっぱり、改めてみると‥‥オレを求めてくれないと悲しいな」

 とりあえずはサンダルっぽいのを履いて、庭に出る‥‥まだ高く舞い散った枯葉が空からパラパラと舞い落ちてくる。

 少しだけ幻想的な、ドラマ見たいな演出の中で、俺は久しぶりに”姉さん”と再会する‥‥ふむ。

 機嫌が悪く見えたのは気のせい?

「沙希、これ、姉さん‥‥‥っで勇者、もう一度、舌絡めないと起きない?」

「えっ、あ‥‥‥うん‥‥”勇者”って‥‥『世界調停任意者』の‥‥ラインフル」

 ”異端”の存在に有名人な姉さん‥‥笑い事のように、色んな”敵”と戦う人、敵とは魔女であり、魔王であり、怪獣であり、”悪い”異端である。

 それを狩る事を宿命とは言わないけれど、何故かは知らないけど、狩り続ける9歳の姉さん‥‥‥‥‥容姿が。

「ああ、君、一部なのはわかっているから‥‥‥でもあまり良くないだろう?恭輔くんからはなれて、ああ、お邪魔するよ」

「あっ、いらっしゃい‥‥‥もう一度、久しぶり」

 黒いブーツを脱いで‥‥手を差し出して引き上げる‥のではない、流石にそこまで‥‥手伝う程度で。

 マントに足を絡ませて転ばないように‥そんな心配をする俺‥‥‥あっ、『世界』の柄に携帯のストラップぶら下がってる‥不謹慎‥俺がプレゼントしたのじゃん‥‥サンダルを外しながら‥‥思う。

「うんっ!大きくなったねー、ってオレが会ったのも少し前だよね、でもやっぱ、この年頃は暫く会わないだけで‥‥いい男になった」

「‥‥‥抱きしめないで‥‥‥顔の位置がヤバイよ‥‥はぁ、もう子供じゃないから、姉さんのマントには‥‥おさまらないよ?」

「‥‥入れてみせる」

 何の意地だよ‥‥‥とりあえずお帰りと、腰を掴んでさらに持ち上げる‥‥姉さんは、怒らないで、嬉しそうに笑う‥‥さて、とりあえずは色褪に挨拶に行かないとな、俺の前では喧嘩もしないだろう‥‥‥それと、不安を抱える姉に良い情報。

「姉さん、お見合い‥‥失敗だから、怒んなくて良いよ」

「‥‥‥‥恭輔くん、姉さんは怒ってないぞ?‥‥‥いや、怒っているか‥‥自覚が足りないな、ごめん」

 首に絡められる小さな腕、色褪とは違って少し引き締まったソレを感じて、こんな少女に頼る”普通の人”ってどうなんだろう。

 少しだけ自分がD級でも、能力者は多く認知されてるけど‥‥それでも‥‥常人とは違う自分に喜びを‥姉さんと同じ世界にいるから?

 リィィィィィィィン、鈴の音よりももっと澄んだ気持ちのいい音が、耳を駆ける‥‥拗ねてる感じがした。

「世界も、久しぶり‥‥怒んないでくれ、忘れてたわけじゃない」

「世界、怒るな‥‥‥そこのお嬢ちゃん、君が恭輔くんの新しい一部だね‥‥そうだな、前の奴らよりは嫌いじゃない、キスは別だがね‥‥‥
色褪に会う前に、久しぶりに君と二人で話したい、このまま‥‥お散歩は?」

「軽い軽い‥‥軽すぎる、もっと飯を食べるんだ姉さん‥‥‥じゃあ、沙希、後頼むわ」

 サンダルを再度履きなおす、トントンと、これで転んだら洒落じゃないからしっかりと履いて、もう一度抱えなおす、軽い。

 空を舞っていた枯葉は、全て落葉に身を落とす‥‥‥‥シャリ、踏むと、砂とは違う独特の感触、子供の遊び、走るに相応しい感覚。

 都会の子供は不憫なのかも、これは、踏むだけでなんか楽しいぞ、子供の思考な俺。

「恭輔サン‥‥その人、なに?」

 こちらを、ゆっくりと睨みつけるように、俺にではなくて胸で抱えられてる勇者さまに、マントを丸めて包んでやりながら。

 体温を分け与えながら、もう一度の説明、一言。

「俺だけの勇者‥になってくれる人」

 シャリ。



 褪せた金髪は、彼女の日頃の苦労を俺に教えてくれるようで少し、息が詰まる。

 白い肌には、浅い傷跡がたまに目に入る‥‥何もして上げられない”弟”で”息子”のような俺。

 息が詰まるんだ本当に。

「どうしたんだい?‥‥オレの顔をジロジロと、久しぶりに会って、改めて綺麗だと思ってくれたとかなら、オレ笑っちゃうなぁ」

「姉さんは綺麗って外見年齢じゃないじゃん‥可愛い?って言ったら、怒るでしょう?」

「君だけは言ってもいいよ、許してあげよう」

 田舎道、田んぼの横を、先ほどは名前すら知らなかったお見合い相手と、今は全てを大体は知っているような姉さんと。

 夕焼けはもう消える、そんな、茜色の空に僅かに輝く星の光は、田舎の風景に溶け込んで、紅葉した木々と一緒に世界を染める。

 温い体温を感じて強く抱きしめる、そして一番の疑問。

「空からさ、いつもどうやって来てるの?‥‥聞くたびに、大きくなってからって、大きいよね俺」

「勇者の力、異論は?」

「ありまくりだけど‥‥‥ないで良いです‥‥吸血鬼は多分空飛べるけど、姉さん、一応は人間だよな、勇者って人間じゃないの?」

「さあ?‥‥オレは年取らないけど、人間だと思うのかい恭輔くん?」

「どうでも良い質問にそうやって貶める‥‥‥‥むーっ」

 完全に子ども扱いされる、気持ちのいい感覚‥‥‥やばい、俺は少しは大人になったんだ、そうだと思う、思いたい。

 意味も無く、少し腰を折り、地面にひっそりと生えてる、名も知らぬ花を千切る‥‥それを不思議そうに姉さんは見て。

 俺の意味のない行動を優しく見守るだけ、会話はしなくても満足らしい‥‥顔を上げる、ほら、狙ってた、俺も姉さんも。

 キスされた。

「‥‥‥‥‥あいつは一部、一部だったのに」

「口直し‥‥勇者の唇って、お姫様に捧げられるものだけど、オレのは昔から君に上げちゃってるし‥怒ってないと思ったかい?」

 少しだけ激情の篭る瞳に、さて‥‥‥どうしよう、軽んじて姉さんとはキスはしないように、そんなわけない。

 いつもされる、されるけど‥‥舌が噛み千切られそうなこの勢いは怖い、呼吸が詰まるのは苦しい‥嫉妬されて嬉しい。

 世界、止めなくて良いの?

 リィイィイィィィイィイィィイィイィィイィィン

「鞘から出ないと何も出来ない‥‥‥恭輔くん?」

 首元に絡む、俺なんかよりももっと強い力で、地面に倒れこむ、散歩って‥‥これが狙い?‥‥普通の恋愛できない俺がいるんだけど。

 姉さんのせいじゃないか?初めて思う‥‥‥こんな、嫌なのか嬉しいのかわからないのは‥ごめんなさい。

 ピチャ、ピチャ、単純な音を聞きながら、隠れるように、木の根に転がり込む‥‥熱い小さな舌を意識しながら、

 怒ってるなぁ‥‥どうしようどうしよう、誰か助けてくれ、やっぱ俺はまだ子供だと、変な自覚をしてしまう。

 強く頭を抱かれて、馬乗りの形、姉さんは何も気にせずに、存分に舌を絡める、勇者の姿にしては卑猥すぎる、唾液は甘く、危険な味。

「っぷはぁ‥‥‥わかった、ごめん‥‥ごめん、お見合いの誘いにも今度からは乗らないし‥後は何で怒ってるの?」

 新しく出来たであろう、薄い傷口を、頬に出来た傷口を舐め上げると姉さんは嬉しそうに微笑む‥‥‥まだ怒ってるのがわかる。

 笑い方が快活ないつもの‥違うんだ、怖いほどに、何か‥‥たまに見せる勇者様の中にいる魔王様‥‥俺には怒っていない。

 俺に関わるものに”怒る”

「君にはわからないはずだなぁ、ほら、舌を出してって、彼女に言ったんだろう?君も舌を出して‥‥もっと、舌を”出しなさい”」

 ベーッと馬鹿のように差し出しながら、このままではいけないと思う思考もあるわけで、寝転びながらキスされて空を眺めるなんて貴重な体験。

 このままでは着ているものまで剥がされそうだ‥‥今の姉さんを見たら、みんな‥‥はぁ、今のはため息ではなく、荒い呼吸音。

 短く切り揃えた、褪せた金を手で、何度も撫でながら、哀願する‥このぐらいにして、そう願う。

「許さない、君はオレのものだ、誰にも渡さないって小さなときに言ったよね‥‥勇者なんて、普通の人間と変わらない、君が誰かとキスをしたら、殺しても良いんだけど?それは、優しい優しい善人でも、オレは殺すよ、殺す、殺す、殺す‥‥勇者だからってしないと思ってるわけではないだろうに」

 赤いマントに顔が覆われて、キスの余韻にも浸れぬままに抱きしめられる、甘い香りと少しだけ荒い‥‥戦いの臭い、そのまま来たんだ。

 手袋に包まれた小さな手が俺の髪を撫でる、母親に抱かれてるような安心感と、口に残る”他人”の唾液の味‥‥‥甘いような独特の姉さんの感覚。

 辺りに、虫でもいたら嫌だなぁと思いつつも、どうでも良いような眠りの気配を、眠らないけど、眠たくはなるよ。

「‥‥‥‥‥恭輔をはなしなさいな‥‥お久しぶり‥‥ですね」

 ふわふわ、浮遊音のような独特の気配を感じる‥‥‥色褪‥‥‥ナイスタイミングのようで‥‥‥今の姉さんの嫉妬は、大半はお前のせいだよ。



[1513] Re[44]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/07/20 21:07
 気まずい‥‥気まずさで人は死にそうになる、間違いない、今の俺がそうだ。

 三人で歩く帰り道は重く、冷たい‥‥殺し合いをしないだけ助かるような。

‥‥‥何となく、小石を蹴っ飛ばして、気分を整える‥‥コロコロと転がり、草に絡まれ止まる。

 田舎ゆえに光は無く‥‥遠くはなれた家々からの僅かな頼りないソレで、道を歩く。

「‥‥‥気まずい‥‥色褪、あからさまに態度に出てるぞ」

「‥‥そう、ですか?‥‥だって、この人‥ヤですから」

 基本的に色褪は場の空気などは読まない、むしろ読めない‥‥だからこんな発言も平気でする。

 般若の面を外しているということは、先ほどのような”行為”をすると殺すという意味でよし‥怖い。

 赤い瞳は先ほどの夕焼けの世界などは、相手にならぬほどの威圧を込めているのだから‥‥。

「‥‥色褪、今回は恭輔くんが‥‥謝ってくれたから、殺さないが‥オレに2度は通用はしないぞ」

「‥‥‥‥恭輔、お腹がすきましたね、くーくーです、一緒にたべましょう、貴方は適当‥ですね?」

 何でそんな言い方しか出来ないのだろう‥‥姉さんはプルプル震えてる、微かに空気が歪む‥微かじゃない、確実に歪んでいる。

 俺にはわからないけど、何かが蠢く気配、もっと‥‥もっと集中すれば”掴める様な”気配を持つ”者”が見ている。

 わかるんだ。

「精霊掻き集めるのはどうぞ勝手に‥です、ふぁー、恭輔‥‥おんぶです‥‥よいしょ‥かなり力のある、あなたの11の実装精霊‥恭輔‥にんしき、してますよ?」

「‥‥‥‥くっ、調子に乗るなよ‥見た目が子供なだけで、恭輔くんに甘えるのはどうなんだよ”おばーちゃん”?」

「そっくりそのまま、年齢で言えばあなたもじゅーぶんです‥9歳児」

 何だか程度の低い会話の喧嘩、これならまだいいな‥‥しかし、さっきの気配は何だろう、凄く惹かれた。

 姉さんが何かをしているのは、言葉で理解して‥‥それなら、甘えるのはおかしいけど、聞いてみたら答えてくれるだろうか?

 凄く、凄く惹かれる。

「なあ、姉さん‥さっきの、空気の所、ふわふわしてるっぽいの何?‥見たい、出してみて」

「っあ‥‥‥そ、それは、だ、駄目‥‥‥あぁ、違うんだよ、オレは別に君の言葉を叶えられないわけじゃなくて‥あっ‥と、ごめんなさい」

 焦る、姉さんが焦るのは大変に珍しい‥‥俺が昔、この里に来たときに一緒に”隠れんぼ”をして、迷子になったとき‥‥迷子だったかな?

 とりあえず、俺は迷子とは思ってなかったけど、凄く姉さんが焦ってたのを覚えてる‥何の日だったか、そして赤いものが眼に入った記憶。

 赤いもの‥‥メールが、着信音、赤いものはすぐに消えてしまう‥‥そして、心の靄は晴れずに‥携帯を手に取る‥『屈折』‥‥‥‥‥トラブルはもう、いらないんですけど俺。

「恭輔‥‥どうした、ですか?」

「‥‥屈折、あー、あれだな‥‥何も見なかったことにしようと思う」

「‥‥消してしまっていいと思うけど、恭輔くん‥‥振り回されるの、苦手だろう?‥‥消したほうが、安全」

 二人の同意と、俺自身の意思で消去‥‥‥不確定要素はいらない、もう、沢山あるのだから‥‥‥出てこられても、困るし怖い。

 色褪は、屈折と仲が良いし‥‥でも、俺を困らせるところは嫌いみたいだし‥困らせるというよりは‥‥あの独特な空間が。

 姉さんは嫌っている‥‥昔から色々と助けたり可愛がってくれる他の『母親』とは仲が悪い。

 この二人はまだ、まともな方なのかと‥‥怖い想像をしてしまう‥‥怖い。

「ん?‥‥姉さん、そういえば、仕事は良いの?‥‥‥もしかして、サボっちゃった?」

「あっ、うん‥‥最近はそこそこ使える子もいるしなぁ‥‥‥鬼島みたいに、確実にいつでも派遣できる体制が羨ましい、人材に関しても能力者のほうが力を行使するのに‥マイナス要素が無いから、それに分類されないオレたちみたいな、昔から、過去からの力を行使する血脈は‥わりと面倒なんだよ?」

「つまりは、わたしや、恭輔のほうがゆーのう、有能なんです‥‥‥怖い眼で睨まれても、わたしは怖くないですよ?」

 はぁ、ため息をしながら家路へと‥‥‥さっきの気配が胸を離れないのは何でだろう‥‥鼓動は大きくなるだけ。

 色褪が微笑んだのが、見えた。



 与えられた部屋で、学校の友達にメールを送る‥こんな山中で結界内なのに電波立ってる、どんな理屈なんだろう?

 畳は、ゴロゴロと転がっても、何も服に付かない‥しっかりとしている、我が家のはいつになったら新しいのにするんだろう?

 この香りがあれば、今夜はスヤスヤと眠れそうだ、うん、安心‥‥ブルッ、突然のアレ‥‥暖房なんて無論ないこの部屋、寒いからかな?

 ガラッと障子を開けて、目の前に、”その子”が淡い湯気と一緒にスーッと‥無関心に、あまりの綺麗さに息を呑む。

 むかし、親に強請って買ってもらった西洋人形のような‥‥‥現実で眼にするには遠い容姿、微かに染まった頬が彼女が生きていることを証明していて。

「ん、客人か‥‥‥‥‥何処かであったかな?差異はそこまで、貴方に睨まれる覚えはないのだが?」

「あっ、え、えっと‥‥‥ふぁーーー、肌白い‥髪キラキラ‥‥‥眼なんて、宝石みたい‥‥‥い、生きてる?」

「‥‥失礼だな‥‥‥ああっ、恭輔‥‥お帰り、ん」

 見た目の静謐さとは違って、”彼”の名前を囁いたと同時に‥‥タンッと、駆ける‥向こう側から腰を叩きながら歩いてくる江島さん。

 ポフッと自然のように、それが本当に当たり前のように、彼の懐におさまり、こちらを見た‥冷たい表情とは違う、童女のような笑み。

 あどけない。

「差異、風呂上りか‥‥うぅ、寒かった‥ぎゅーだ、ぎゅー、抱きしめてくれ」

「ん、まったく、甘えたがりだな‥‥そちらは‥‥うん、勇者様まで来るとは、交友関係の幅の広さに差異は驚きだぞ」

「どうも、まさか、選択結果とはね‥‥なんだな、残滓たちのときと同じように‥‥怖いのを一部にしてるみたいで、オレとしてはどう対応してよいやら」

 さらに、彼女とは違う褪せた金髪を持った少女が入ってくる‥こっちもお人形みたいに可愛い人、白い肌が僅かに紅潮していて‥愛らしい。

 何処か真面目さを感じさせる短くサッパリと切り揃えた髪と、赤いマントが‥‥マント?

「‥‥‥ら、ラインフル‥‥本物だ」

 あまりに普通に”いる”ので、彼女が、少女があの『ラインフル』だとは気づかなかった‥‥憧れていた、ラインフル。

 悪を砕き、正義を愛する‥‥そんな売り文句が似合う少女、間抜けなほどに混雑な異端の世界においても完全無敵の正義の人。

 勇者。

「姉さん‥‥いい加減、手をはなして‥‥いや、嫌とかじゃなくて‥‥愛空ちゃんが、見てる‥‥」

 戸惑うわたしに、その視線に恥らうように江島さんが顔を真っ赤にしている‥‥あのラインフルと手を繋いでいる。

 小さな手にひかれながら、江島さんは必死にはなそうとして、ラインフルの眼が細くなる‥‥少し体が震える。

「ああ、この子が‥‥ふーん、オレと手を繋ぐのを嫌がるなんて、初めてだね恭輔くん」

 初めて聞く彼女の声は、何処にでもいる子供のような、しかし舌足らずなどではない‥‥逆に子供らしくないしっかりとした言葉。

 不思議な矛盾。

「‥‥うっ、睨まないでくれよ、お、俺だって高校生なんだから、こうゆうのが年下の女の子に見られるのは、えーっと」

 あたふたと、年下に見える少女に、良いように遊ばれる江島さん、それを優しい瞳で、意地の悪い笑みを微かに見守るラインフル。

 うぅ、実際に話すときは呼び捨ては駄目だよね‥ど、どうしよう、ファンだったりするわけで。

「うんうん、まあ、その可愛さに免じて、仕方なく手をはなしてあげようかな?‥‥やあ、君がお見合い相手の‥‥”息子”がお世話に」

「む、息子じゃねぇって!ちょ、ち、違うから!昔からの知り合いなだけで、あっ、えっと」

「‥恭輔は、わたしの孫であって、あなたの息子さんではないですよ?そこのところ、とても大事‥ですよ?」

 ふよふよと不機嫌そうに、江島さんの周りを浮遊するご当主さま‥‥お人形の国?‥‥凄い思考が、だってみんな。

 お人形さんみたいに綺麗で、うわー、っと、えっと、こ、これはレアだー、そんな事を急に思ってしまい、携帯、携帯。

 カメラモードっで、ぽち、カシャ。

「よしっ!」

「‥‥いや、何がよしっなのかは聞かないけど‥‥‥差異、首、寒いから」

「ん、こうか?」

 見たことも無いような綺麗な少女に抱きしめられて、人類の勇者さまに手を引かれて、フワフワと周囲に江島の当主さまを引き連れて。

 えっと、もしかしたらこの人が一番変なんじゃあ?

 正解。



 部屋に戻り、差異と幾らか選出した書類に眼を通す‥‥事務系っぽい仕事は得意じゃないんだけどなぁ、舌の感触、にやける。

 キャラじゃないって、僕のキャラ、僕のキャラ、ひ、必死に思い出して、深呼吸‥‥‥大丈夫だ、僕は正常、正常に恭輔サンの一部。

 少し汚れてしまったコートを脱いで、いつもの黒いカッターシャツのボタンを幾らか‥‥ふう、疲れたね、まったく。

 『欄9999-111』‥‥単純な理由、まあ、表紙が妙に使い古されていたのと‥‥後は差異の直感‥いいのかな、こんなんでさ。

 眼を通す‥‥ジジッ、小さな蛾がパタパタと‥‥気にせずに本に眼を通す‥全部には眼を通さない、手垢があるソコだけ。

 染みになってる。

『落ちる歪彌(ゆがみ)‥‥江島の初代なりしは不死を体現せし‥‥さらには、血統による力の制御を実現、これにより、栄光たる、直系の流れを汲む。さらには最果(さいはて)、等異音(らいおん)のように、異なる異端も生れ落ちる‥‥これにより、これにより更なる力の具現、能力者とは根本的に異の力そこから恋世界のような理念の歪み落ちた化け物も生誕‥‥恐ろしき思考と、他を渇望する精神は螺旋の如く歪み落ちる‥‥さらには近親による実験台‥何度も血の配合を繰り返し、繰り返し、100回のソレの後、開園(かいえん)と清音(きよね)との”女”の配合により悲恋(ひれん)と『残滓』が産まれ落ちる‥失敗、残滓の制御は不可能、さらには、いつの頃から実現したるは現当主‥‥‥歪彌の名を変えたものとの考えは否、さらに過去より江島に寄生する化け物なりし‥‥‥残滓の失敗を踏まえ、能力者のみの覚醒は不可能と、他なる異端の血統との配合を立案‥‥それにより稀代の能力者『屈折』の製造に成功‥しかし、単純な思考回路と他を認めぬ心の壊れ具合、これもまた失敗、失敗ばかりのコレに付き合わされる‥‥恐ろしき化け物を創るだけの実験には、吐き気と、眩暈が‥これは単純なる私の愚痴なのだろう‥さらに、血を分け与える双子であり、それを比較対照にした事も過去‥ある、残骸、腐乱‥‥二人の姉妹、互いに永遠に憎しみ合う思考に落ち着く‥他を認めえぬ感情にまた失敗‥‥‥肉体強化のみの血液配合‥‥縷々癒(るるいえ)‥失敗、精神の正常化を‥精神の比較的にまともな血の配合の羅列、愚行(ぐあん)‥‥失敗‥皆不老不死ゆえに何処ぞへと消え行く‥‥サンプルの欠如を確認‥‥当主の血液では”具現化”は不可能なのか‥‥女子のみの家系にここで疑問‥‥生れ落ちる確立の低さゆえに‥もしや、そこに封印概念と否定概念を発見‥‥もしや、もしやと‥興奮がやまぬ‥‥これに気づき‥当主に進言‥赤い月のような笑顔に魅入られる‥‥思考が鈍る‥‥当主は最初から気づいてた可能性を配慮、精霊の理念を叩き込み、能力者の新たな可能性を開くために苦皆死(ぐみし)‥このデータは他に活用は不可能‥母の腹を食い破る血の赤子‥‥8歳の時‥当主に右目を抉られ逃走、失敗。失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗‥‥‥当主の血液をさらなる活用、力なしの子供を製造‥‥我等が渇望の理由に気づき、賢い子‥力はないが賢い子‥‥毅然とし、理知的で、行動力のある、生命力溢れる子‥捨て置けとの当主の命令‥‥‥里を去ったみたいだ、サンプルに使えたやもしれぬと思うと心が痛い‥‥破壊と名づけた子、名の通りに破壊を司る神の子‥‥当主の命を護るためにと‥‥しかし、気に食わないと、右手を”消され”川に捨てられる‥自分のお子を‥‥再度、恐ろしいものだと実感。外なる子が‥‥力なしの子が、どうやら子を産んだらしい‥‥‥‥『失意』と名を与えた当主のお子が異常な執着を見せる‥4歳の時に里を脱走‥ん?ん?‥当主は他の異端の王と、どうやら力なしの出産に付き合ったらしい‥‥‥しらない、私は‥‥そのような事実、初めて知った‥‥まさか、まさか‥この長き実験は‥‥騙されている?‥自分‥もまた当主の子‥ゆえに‥』

 パタンッ、眼‥‥いたーっ、頭がグラグラするね‥‥まったく、今ので1ページも読めてないって‥‥どうなんだろう一体さ。

とりあえず読んだ内容を反芻する‥‥‥‥わかんない‥けど、うん、恭輔サンの名前すら出てないし‥‥長いね。

『血の大系が名を授け、名を”恭輔”これが産まれ落ちると同時に、当主の真なる血族が要求‥‥彼を求める事を確認‥私の創りだしたいものではないが、これは?【歪彌】に求められ、当主は反抗、海が”褪せ”山が”歪む”その結末は不明、【最果】の眼が狂ったように霞み、『恭輔』へと‥しかしながらこれも失敗、血族の争いだと、わからぬ、わからぬままに、世界は歪む、【等異音】は狂った哄笑と夜に消える、里のSS級のランクが28人殺害、当主は笑う、笑みが深くなる、里全体を包む死の気配に震える、【恋世界】、鬼島を独自に展開していた少女、何処か虚空の瞳で『恭輔』と名づけられたものを見つめ、無言で、去り行く、涙を流す様子ははじめて見る、当主の笑みはさらに深い、開園と清音、何か独自の企みにより己の子である【残滓】を幽閉、【悲恋】は力量をのばし、鬼島へと、どうか幸せになって欲しい‥里を抜け出せたようで羨ましい、当主の眼はさらに赤くなる、【屈折】はどうやら出産に立ち寄ったらしい、幼児性と計算高い瞳のままで微笑む、里を去るようだ、血が薄くなる、里の全体的な当主の血が薄くなるのに不安を感じる【残骸と腐乱】の双子は、片方を殺すために続けるべき戦闘行為をやめる、どうしたのだと?と問うと「その子が間にいれば、殺しあわなくてすむ」、またも『恭輔』、疑いが強くなる。【縷々癒】壊れた、完全に精神崩壊をした彼女を屋敷の地下から当主が連れ出す、壊れたように笑う彼女に護衛役の能力者6名が発狂、精神を粘土細工のように弄られたらしい、『恭輔』に会う、笑うのをやめ、意識の光が灯ると同時に、その晩に失踪、この際に当主へと、不安を言葉にしたならば、指を千切られる、何かが起こっている、常人の思考を模写した【愚行】は赤子を見ると顔を青ざめさせ、後に精神データを見ると改善されたことが確認され、『恭輔』と名づけられたそれに恐怖、しかし、まさかと疑いは恐怖へと変わる、私は利用されていたのかという恐怖。高位精霊との配合で産まれた【苦皆死】精霊たちに連れられて世界の空へと消えたと思っていたら、神の名を持つ『ヒドゥゥン』を従え里を襲来する、血の契約を交わした事実に驚き、成功例の一つに認定、しかしながら、彼女もまた『恭輔』と名を与えられた赤子の頭を撫でたのみ‥‥それだけのために、里の優良な若者41名との交戦の後に、全員死亡、当主と2度だけ言葉を交わし逃走、僅か、彼が産まれ、1ヶ月で江島の純血統者が何かしらの行動を見せる、データは取れるが、不安は残る、【破壊】も同じデータがとれるのだろうか?異端組織にさらなる追撃を要求しよう【失意】と名を持つ当主のお子は遠くの、遠くの世界にて『恭輔』のためにと、そのような簡素な手紙、当主はその日に老人も含めた21人の人間を気まぐれに殺した、頭が狂いそうになる実験の日々の終わりが来たらしい、彼が、恭輔が、【救いの子】、私の、当主の血によって製造した”者”は、彼のための」

パタンッ。

「‥‥‥ふーん、さて、紙に書いて、後のも読んで、纏めるとしましょうか♪」

頭が痛くなるような、狂った文体‥‥だって、この字さ‥‥血で書いてるもの。



[1513] Re[45]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/19 12:20
「母さんッ!あたしは”普通”として産まれたのに、何でそうやって生きる道を選ばせてくれないの?」

 鋭い瞳で睨みつけられ、何も言わずに‥‥浮く、賢い子‥力は無いけど、江島の気質を良く受け継いでいる‥‥‥普通に産んだ、普通の子、それだけの子。

 力が無くても愛しい我が半身には違いない、だから微笑んでやる。

「あなたは‥‥江島以外の外の世界をみたことが‥‥ないでしょう?」

 赤い瞳でゆっくりと、宥めるように‥‥‥力が無くて里のものに馬鹿にされていることも、全てわかっている。

 だが、手放すには‥あまりにも手をかけすぎた、それは愛しいという感情‥この身とこの精神で子を愛するとは、笑い話にもならない。

「それでもっ、あたしは嫌なんだッ!みんなおかしい、力ばかりの世界じゃないかここは!母さんが何をしててもあたしには関係ない!」

 鴉の羽のように、美しい黒髪を振りながら、唾が飛ぶのも気にせずに叫ぶ、耳がいたい‥‥です、あー、ガンガンします‥‥さて、どうすれば、そんな馬鹿なことを言わないで、くれますね?

「京歌(きょうか)‥‥‥かーさんは、何もしてませんよ?‥‥沢山の人間が、生まれ、産まれ、死んで、シンで‥‥あなたも、その中のわたしの、つくった‥‥そうですね、玩具ですよ?」

「ッ‥‥だったら、何で力を、力をくれなかったのよ!‥‥この里で、直系で力がないってどうゆう事かわからないわけではないでしょうに!
何で、何で‥‥‥」

 ポロポロ、涙を流す彼女に、愛しさと、壊してみたい‥‥血が見てみたいと屈折した感情が胸に‥‥おもしろい、ですね。

 娘の血が見たいなど。

「‥‥さあ、それは、わたしにもわかりません‥‥あなたが力なしとして生まれたのは、悲しいけど、うんめいですよ?」

「嘘だっ!他の人たちは、みんなッ!みんな凄い力を持っているじゃないか!何であたしだけ!」

 ”力なしの子”‥‥それがプライドの高い彼女の精神を侵食しているのはわかっているのですが‥‥あなたには、その賢い頭と優しい心と、溢れる生命力‥‥そして”常人の思考”があるのに‥‥‥‥せいこうです‥‥つい、笑ってしまう。

「気にしないことですよ、そんなこと‥‥里の者の‥‥”ゴミ”の言うことを気にするなんて、わたしの子らしくないですよ」

「ッ!?」

 近寄って、頬を撫でてやる‥‥白い肌に、肩まで伸ばした真っ直ぐな黒髪……年齢はまだ固定されてない‥‥わたしより見た目は年上になっちゃいましたね。

 黒い瞳を覗き込んでやる、そこには赤が映る、わたしの赤‥‥鮮やかに笑うわたしの姿。

「か、母さん‥‥」

「あなたを、生み出したのは‥‥わたしのコピー品をつくりだすためではないですよ?‥‥愛する対象をつくるためです‥‥あいしてますよ京歌」

「‥‥あたしは‥‥あたしはッ!」

パンッ、手を払われる‥‥ヒリヒリする手の甲を押さえて‥‥‥はじめての反抗ですか、反抗期‥‥むむっ。

「あたしは母さんに愛されるだけの対象じゃない!あたしは江島京歌だッ!誰かに、誰かに愛されるだけの対象でなんかいてやらないんだっ!
あたしは、あたしは自分だけで、自分だけしかいらない!あなたは、母さんは!」

「そーですよ、わたしはあなたの母親です、母親が娘を愛するのはあたりまえ‥‥ですよね?‥‥母親は、娘を愛したいがために、子供を愛したいがために産むのですから」

 言葉の羅列、中々に感情を乗せるのは難しい‥‥‥‥はて、伝わったでしょうか?‥‥‥‥京歌は、疑わしいものを見る瞳。

 本当に賢い子、でも、涙があれば…それはただの弱虫さんですよ‥‥無言で去り行く少女の背は、わたしの娘。

 限界‥‥ですかね?



 チリン、鈴の音が聞こえる‥‥遠くに聞いたあの日の鈴の音‥‥何だったろうか?

 月が見える、眩しいまでの蒼い光を放つ月の洗礼を受けて‥‥ああ、子を‥‥あたしのような人間が子を産む。

 くくくくくっ、笑みがこみ上げてくる‥‥何か利用されているのはわかっている‥あの”人たち”はあたしの子を使って‥何かを企んでる?だから‥‥‥それを知るためにも、やっとわかる、あたしが生まれた理由…意識が朦朧とする。

 首につけた鈴の音‥‥‥‥緑色の鈴、安っぽいメッキの煌き……幼い頃、母さんに駄菓子屋で買ってもらったソレ。

 あたしはやっぱり母さんから‥‥逃れられないのだろうか?‥里を出て、愛する”あの人”と出会い‥‥子を生して。

 そして、捕らえられて、ここにいる‥‥‥‥眼を凝らすとフヨフヨと興味深そうにあたしの周りを浮遊する何か、その存在感の強さ‥‥ラインフルさんの実装精霊かな‥‥先に駆けつけたのだろう、気が早いことで。

 まだ子の顔は見ていない‥‥母さんが‥‥連れて行った、何を思考しているのかまったくわからない‥‥何だかモヤモヤする。

 ただ、そう!子が産まれたときの、あの産声は覚えている!耳元からはなれない!素直に‥‥素直に嬉しかった…仮初の愛しか‥‥与えられなかったあたしが‥あたしがちゃんとした母親になれるだろうか‥‥怖い、少しの恐怖…あたしの中には母親といったら‥‥あの人の思い出しか無論ないわけで。

 わからない、でも、しっかりと愛する覚悟はある‥‥母さんのように仮初のような、チリン‥‥鈴の音‥‥でも、仮初でも‥‥愛してくれていたのかな?

 ガチャ、ドアの開く音‥‥‥‥‥‥誰だろう、この城で誰だろうってあたし‥‥おかしいの、”化け物”しかいないじゃないか‥‥苦笑。

「‥‥がんばりましたね、京歌‥わたしの下を去って、そうですね‥‥みますか?あなたの子供で、わたしの”孫”ですよ」

 あたしが物心をついた時から一つも変わらない‥‥可憐さと、愛らしさを持ちながら微笑む母さん‥‥赤い瞳が優しくあたしを見下ろす。

 チリン、頷くと鈴の音が‥‥母さんは”おやっ”と眼を開けて、それから嬉しそうに微笑む‥‥覚えててくれたのかな?‥どうなんだろう。

 青白い月の光に照らされた母さんは、本当に女神のようで、でも、この人が嫌いになって、愛してくれないから‥だから、里を去ったあの日の記憶。

 頼れるものもなく、何も無かった、がむしゃらにバイトをして、働いて、男の人がするような仕事も沢山経験した‥‥少し自慢だった白くて小さい‥母さんが紅葉のようですねと笑ってくれた手のひらも、すっかり荒れてしまったし‥‥‥‥そう、色々あったんだよ、母さん。

 でも、何で”今更”‥‥‥あたしを必要とするの?‥‥子供が出来たから?‥‥わからない、早く理由を‥理由を、教えてよ。

「これが、救いの子‥‥ご苦労様です、あなたを産んで、本当に”良かった”‥この子を”生む”ために、わたしはあなたを”産み”ました」

 言葉と一緒に、暖かそうな布に包まれた‥‥‥ゆっくりと上半身を持ち上げる‥‥‥ドキドキする。

 これが赤ちゃん‥赤ちゃんって‥‥‥あたしのお腹の中から生まれたんだよね?‥‥あたしと同じ血肉を持ってるんだよね?‥‥あたしの半身みたいな。

 怖い‥‥あたしが、子供を持つことが出来るのだろうか?‥‥ゆっくりと‥‥恐る恐る見下ろす‥‥母さんは何処かおもしろそうな笑み。

 小さい‥‥それに暖かい‥‥‥まだ開いてない瞳は、どんな色なんだろう‥最初に思ったことは、母さんと同じ赤い眼をしているのかな?‥赤ちゃん‥‥‥赤ちゃん‥‥あたしの赤ちゃん‥‥‥でも、何かの違和感が。

 ゆっくりと、赤ちゃんの手が、細く、小さな、それこそ本当に紅葉のような手が何かを、探るように‥‥動かす‥それと、同時に。

 真っ白なものが一瞬流れて‥‥‥く‥‥‥る?

「ヒィッ!?」

「わたしより‥‥最初にその娘をのぞむですか‥‥そうですか‥‥‥だったら、”その前に”」

 母さんの、腕はゆっくりと、わたしの首元に吸い込まれるように‥‥これは、何だ?‥これは何だ?‥‥‥あたしは、あたしは‥‥‥‥‥‥何を産んだ?



「色褪?‥‥‥‥‥」

 過去の夢と、あの子の心情‥‥‥ねむい‥‥です、ああ、寝てたんですね‥‥納得‥‥です。

 暖かい体温は‥‥あの子が産んだ我が孫、恭輔‥‥頭が痛い、うーーーー。

「お酒の飲みすぎ‥‥‥姉さんなんて呆れてたぞ?‥‥‥差異達は部屋に戻ったし」

 ポンポンっと頭を撫でてもらう‥‥みんなでご飯食べて、ヤなラインフルと喧嘩したりして。

 ああ、それで、ムカムカを、消すためにお酒を飲んで‥‥けぷっ‥‥過去の風景を夢で見た。

 京歌‥‥‥‥‥‥‥‥綺麗な子で、優しい子で、賢くて、何でも出来ます‥の人でした‥‥能力が無かっただけ。

 そして、恭輔が、怖くて怖くて、自分の息子を恐れながらも精一杯愛して、耐えられずに死んだ子‥‥‥‥あぁ。

「‥‥‥どうした、顔埋めちゃって、水でも飲むか?‥‥‥吐いたら、俺は逃げるぞ」

「‥‥びしょーじょは、吐きません‥‥はう」

「吐きそうじゃん!?‥‥ったく、どうしたんだ?‥‥魘されたり、笑ったり、超然とした色褪らしくないぞ」

 はぁ、とため息をつきながら、背を優しくさすってくれる、頬に手を当てて、瞳を合わせる‥‥真っ黒い瞳‥‥わたしは。

 この子のために京歌を犠牲に‥‥したのはわかってますよ?‥‥‥わかってますけど‥‥あぁ、何て愛しいのだろう‥それだけです。

 だったら、犠牲になった”みんな”も‥‥報われてますよね?

‥‥‥歪彌、最果、等異音、恋世界、開園、清音、悲恋、残滓、屈折、残骸、腐乱、縷々癒、愚行、苦皆死、破壊、失意、京歌‥‥わたし。

 恭輔へと至るためだけに‥‥‥生まれた少女達‥‥‥‥試作品、失敗作、模造品‥‥‥そんな娘。

「わたし‥‥らしくない‥‥恭輔」

 キスをする、いつもと変わらない‥‥‥‥般若の面をずらして、キスを‥‥‥驚かないで、されるがままに、眼を細める‥‥誰もいない、この部屋で‥‥愛を伝えます‥‥‥よ?

 わたしの同じ血を持つ‥‥‥”江島”‥それでも‥‥誰一人‥‥恭輔を”恨んで”はいない‥‥わたしのコピーだから、わたしのコピーだから、わたしのコピーだから。

 江島は壊れた家系。

「‥‥‥‥‥江島‥‥‥に産まれて、恭輔は‥‥ヤですか?」

 こんな壊れた心の人間しか生まれない、壊れた血の連鎖‥‥‥欠陥しているのではない、壊れて完成してしまってるのですね‥‥わたしたちは。

 半端に血を埋め込んだ、里の人間にはわからない、心に抱えた歪なソレ‥‥‥そして壊れた力‥‥だから、恭輔を求めた。

 やっと、長い血の練磨で‥やっと産まれたその子は‥‥誰よりも正常に見えて、誰よりも壊れて産まれた‥‥人としての原型などはない。

 精神が、もう、産まれた時から、どうにかなってしまっていたのだ‥すぐに、他者との、母親との境界を外そうとした瞬間に‥他人を認めていない。

 自分だけの世界で生きる孤独を、それを体現してしまった哀れな子。

「‥‥‥考えたことないけど、どうなんだろう‥‥‥色褪が、俺と血が繋がってないのは嫌だ‥‥」

 ”仲間”も、”血縁”も、出し抜いて、わたしはこの子の一部となった‥‥最初に救われた‥‥‥だから、恨まれるのはしかたないですよ?

 そうです、恨まれるのには、なれてます、わたし。

「そーですか‥‥そうですか‥‥恭輔、京歌は‥‥‥‥優しい子でしたよ?」

「うん、知ってる」

きみは、冷たい子ですね。



[1513] Re[46]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/19 15:18
 寝ながら資料に眼を通す、事細かに書かれた文章は、見るだけで眼が痛い‥‥沙希はうとうと‥‥ゲシッと。

「いたーーッ、っていきなり蹴るかな普通」

「うるさい‥‥‥後これだけあるんだぞ、ん、しっかり読め」

 感と適当さで選出した本の山、部屋の隅に50冊近く積まれている‥まだ、二人で3冊ちょっとか、先は長い。

「しかし、江島ってアレだね‥‥女系だと感じてたけど、やっぱり直系筋は恭輔さんと、その弟くんしか‥男の人いないね」

「むしろ、ここに書かれていることが真実なら、ん、子を産むというよりは‥‥子を生む‥‥どのように、してるのだか、ふん」

「それはやっぱ‥‥培養液のような中でぶくぶく~~~~じゃないの?僕の発想力だったらそれしかないね、間違いないね♪」

 読んでいてあまり気分が良いものではない、子供と言っても、その細胞で、新しく改良を加えた試作品といった考え。

 何かしらの方法での、概念で不老不死を体現しているあの当主の血筋なのだから‥‥年齢はそこで固定されている、皆、成長は望めない。

 恭輔の母親だけが、いや、そういえば、その容姿を見たことがないのだから何ともいえないが‥恭輔はちゃんと成長しているように見える。

 差異の頭は混乱する、うん、どうゆう意味だ?

「恭輔サンやその妹弟はちゃんと、生んだではなくて、”産んだ”の意味合いに思えるんだけどさ?」

「何かしら術術術やら魔法の域まで関与しているかもしれんが、そうなれば差異たちには理解できないな、知り合いにでも聞いてみるかな」

「うぇ!?差異って魔法使いとかに知り合いがいたの!?初耳だよ僕」

 それはそうだ、知り合いでもなんでもなくて、殺そうとした相手で、一度しか会った事はないが、かなり高位な魔法使いで長生きだったな。

 ”恭輔”について何か知っている可能性は‥‥うん、ある。

「ここに書かれている江島の、恭輔に至るまでのメンバー、どうやら生きているらしい‥‥こいつらを探し出して問いかけるのも、おもしろいと差異は思うが?」

「‥‥だって、ここに書かれてるの恋世界とか残滓とかいるよ?‥‥‥SS級でランクは同じでも、相手にならないって、無理無理」

 既に資料に眼を通すのを止めて、この里に来る途中のコンビニで買ったファッション雑誌を読みながら欠伸をする沙希‥‥使えない奴だな。

 しかし、一理あるとも差異は思うわけで。

「‥‥一度だけ鬼島に戻るのも手だな、恋世界への謁見は‥‥差異と沙希、鋭利‥‥三人で申請すれば通るだろう」

「嫌だね、本気で言ってるの差異?‥‥‥恋世界は、危険だよ、しかもここに書かれていることで、恭輔サンとも関係あるし、それにほら、僕が給料上げろって直訴したときに、無視したしあいつ」

「だから無駄に依頼を受けていたのか、姉として嘆かわしいぞ沙希‥」

「ええ~っ、だって欲しい服があったんだから仕方ないじゃん、っで、どーしますかお姉さま?」

 資料から眼を離し、沙希を見る‥‥‥ふむ、これからの目標みたいなものでも、考えたほうが良いだろう‥‥差異たちは子供ゆえに。

 冬休みの宿題みたいなものだ、うん。

「では、この1ヶ月中に、恭輔に連なる”誰か”‥‥と接触を、そうしなければ、過去のメンバーに対する対策も練りようがないしな、うん」

「はぁ、本当は一部でも、素直に何でも答えてくれそうな当主サンに聞けばよいのに‥‥差異の意地っ張り」

「無視だな、えっと‥ん、まずは残滓と当主の色褪は除外、敵で一部だからな、恋世界も手の内が知られているだろうし、鬼島にこの混沌とした状況でさらに深く接触するのは危険だから、ん、除外っと、恭輔の母親が一番手っ取り早そうだが、死んだのでは仕方ない、京歌も除外」

 紙に書いた名前にチェックを付けて行く、赤ペンでスーッと、ふむ‥少し見にくい、立ち上がり、んー、背伸びをして電気をつける。

 パッ、部屋が一瞬で明るくなる、沙希はもぞもぞと目が痛いと布団の中へ‥‥出て来い、げしっ。

「いきなり明るくしないでよ、オレンジ色のままでいいじゃないか!」

「無視、っで、次は等異音も駄目だな、どの程度のSS級かは知らんが28人殺すような奴とお付き合いにはなりたくない」

「だったら苦皆死も駄目だね、高位精霊で神の名を持っている奴を従えてるなんて、勇者じゃあるまいし、無視のほーこう、怖い怖い」

 さらに2名脱落っと、どいつもこいつも人間のレベルを遥かに超えてると思うのだが、差異の思考はそのように染まる。

 そのようにとは、わりと戦ってみたいと、うん‥‥戦うのは、強い奴と戦うのは差異は結構好きだぞ?おもしろい。

「失意も無理だね、遠い世界って、そんな感じからして‥‥何処にいるの?って感じ‥‥消しちゃえ」

「ん、そして残滓の”前作”になる開園と清音も無駄にムカつくから消すとしよう、けしけしっと、姉妹作の悲恋も性格が悪いに違いない、むしろ、会った瞬間に、あの屑と同じような容姿をしてたら、殺してしまうからな、削除」

「うわー、いや、僕はノーコメントで」

 ススーッと自然な動作で眼を逸らす沙希‥‥‥ん、別にコメントなどは求めてないが、事実、あの屑と、残滓と同じ部分が少しでもあれば。

 差異は殺すだけ。

「え、えっと残るのはっと、歪彌、最果、屈折、残骸、腐乱、縷々癒、愚行、破壊、だね、えーっと、縷々癒ってのは力が精神操作だよね?精神弄繰り回して人を殺したって書いてるし、うーん、しかも本人の心が朽ち果ててるらしいから、会話にあんまなりそうじゃなくない?」

「いや、意思は恭輔との出会いで芽生えたと書かれている、うん、残しといても良いだろう、権威や力では色褪と当時‥均等していたのが歪彌のようだが、一番の大穴だな‥‥‥この資料からするに最果と等異音は恋世界の試作機の印象が強いから‥‥繋がっている可能性がある故に最果は除外っと、破壊は右手を千切られて川に放り投げられたと‥‥どうなってるかは不明、破壊も削除」

「っでさらに残るのは歪彌、屈折、残骸、腐乱、縷々癒、愚行の6人‥結構絞られちゃったね‥‥‥この中で、僕達に協力してくれそうな人ねぇ‥‥どいつもこいつも癖がありそうだなぁ、流石は恭輔サンの素敵ファミリー‥‥残骸と腐乱は双子っと、何か僕たちと一緒だね」

「そうだな‥‥ん、一番の理想からして色褪の前の当主‥と、一応言われている歪彌で、屈折‥‥恭輔の携帯の中に登録されていたな‥‥おおっ、今、自分で言って気づいた差異がいる」

「ま、マジ?‥‥だったら接触しやすいんじゃないかな?‥‥で残骸と腐乱は双子の能力者は珍しいから‥すぐに情報が入るし‥‥とりあえずはこの4人に会う事を、もくひょーう、OK?‥って勝手に恭輔サンの携帯みてるの?」

「恭輔は差異、差異は恭輔、おかしくないだろう?‥‥‥さて、今日はここまで、差異は寝る」

 もそもそと布団の中へと‥‥夜更かしは美容の敵だからな、差異の歳でそれを理解しているような、そんな子供はいないと思うが。

「はいはい、お休み差異‥‥‥」

 ガサガサガサガサ、この資料はいるな、ん、これも‥‥‥これも、これも、結構な量になるな。

「寝るんじゃないの差異?‥‥つかさ、何してんの?」

「ん、明日の早朝にな、恭輔がもう帰ると、さっき耳打ちされたので、差異は資料を全てパクるために」

「‥‥‥‥泥棒じゃん」



「やあ」

 縁側でボケーッと月を見上げていたら、話しかけられて、目を微かに開く。

 面は置いてある、素顔な自分‥‥ラインフルの髪が月に照らされて光る、くやしいですけど、きれいですよ?

「えっと、隣座るけど良いよな?」

「‥‥どーぞ」

 幼い姿をした自分達は、精神は、どんなに時間が経過しようと老いる事はない、若い感性のままに‥‥知識を、記憶を、全て覚えている。

 皮肉に顔をゆがめる、嘲りにきたのですか?

「‥‥今回の子達は、強い子だな‥‥前回の娘たちは、もがいても、何も変わらなかったけど‥‥」

「江島の問題に、あまり口出ししないように、恭輔との血の繋がりも、心の繋がりもない、へぼ勇者さん」

 気配は変わらず、クスクスッとマントで口を嗜み、彼女は笑う‥‥‥別に怒る気にもなれずに、月夜を見上げる。

 真に、真に罪深いのは‥‥わたしでしょうか?‥‥‥それとも、江島の存在そのものが、罪の始まり‥ほんとうはそんな事はどうでもよいです。

 恭輔が悲しむことがない世界だったら。

「そしてへぼ当主は何を考えてるんだい?‥‥最近、色々な所が五月蝿くなってきてね、鬼島もうちの学校‥‥‥五常宗麟も忙しくてね、今まで黙ってた勢力も急に、本当に五月蝿くなってきた‥‥この異端だらけの世界は力が正義、力がなければ誰も助からない、力は神なりって、まあ、そんな世界で、恭輔くんを狙う輩が出てもおかしくない‥‥救いを求めているのはオレたちだけではないはず」

「‥‥主に?」

「とりあえずは剣の楚々島が数本、こちらに出現した、同属回収が目的とは言ってるが‥‥今回の恭輔くんの一部のメンバーに”剣”がいないことに繭が気づいたんだろう‥‥海の中で静かにしてればよいのに、かなりの力がある奴を、もしかしたら繭の模造剣かも知れない‥それと、あの彼方の残党も、この島国へと何体か来てる様だな、二期のメンバーの心螺旋と楚々島が送り込んだ剣との接触は、予測するに1週間後‥‥必死に探しているようだけどな‥‥さて、どうする?」

「殺す」

 ザワッ、髪がなびく、利用しているのなら、あの子を利用するというなら‥‥わたしは、江島の全力を持って粉砕するだけですよ?

 鬼島へと奉公に、そんなメンバーも呼び出して、ころしにいきます‥江島の名において。

「でも、オレ達が動いたら、とりあえずは江島の‥‥”恭輔くんへと至る失敗作”や‥‥同じ一部でありながら、仲違いをしている恋世界が一気に動くぞ?」

「そのための‥‥‥鬼島に送り込んでる、貸してあげてるのですよ‥‥江島を」

「‥‥‥‥恭輔くんを、今護っている一部を信用してみたら、どうなんだろう?‥‥オレ達が動けないなら、彼女達に」

 その言葉が信じられずに、横にいる勇者を‥‥にらみます、なにを‥言っているのですか?

「オレは恭輔くんに必要なのは、勇者たるオレだと、ラインフルだと、この名の力は不満ではないだろう、正直に答えろ色褪」

 背筋が微かに震える、自分と同等の力を持つこの少女だからこその寒気、実装精霊が蠢く気配を感じる‥‥風の音も聞こえない。

 月はそこにありますけどね‥‥正直に。

「あなたには、不満はないですよ?‥‥どうして一部に選ばれなかったか、不思議なぐらいです‥‥ふふっ」

「貴様がそれを言うか、まあ、いい‥‥だが、その強力な、無比な力だから、オレ達”育ての親”が簡単に動くわけにはいかない」

「だから、今回の楚々島の件はあの子達に、恭輔の新しい一部に‥‥任せると?」

「ああ、そうゆう事‥‥‥こんな片田舎で生活をしている貴様には、色褪にはわからない程に、恭輔くんの存在が‥‥広まってきた」

「‥‥‥これだけの異端が恭輔中心に蠢いていたら、わかるのも当たり前でしょうに、ただ、育ての親がいた頃は、自分達の主や伝説級の化け物ゆえに手出しが出来ずに、一期のメンバーのときは見せ付けに手を出そうとした組織が幾つか滅ぼされ、二期に置いては有名なものが多かった故に、名の力で手出しが出来ず‥‥でも、今の三期なら、力がたまる前に恭輔を‥‥っーうわけですね、ふむ」

 無言のひと時‥‥‥本来なら、恭輔をこの江島に匿うのが一番の手なのですが‥‥力で押さえつけても里のものが手出しをする可能性はありますし。

 育ての親の所へ送ると、二度と帰ってこない気が‥一期のみんなは、んー、むりですね‥‥二期は‥‥‥あちゃーです、残滓いるから駄目、ヤな人ですから。

 結局は。

「はぁ、勇者さんの意見‥‥聞いたらこの”げーむ”クリアできますよね?」

「無論だとも」

 そーいえば、恭輔はいつまでこの里に滞在してくれるのでしょうか?お見合いもだめになりましたし、ずっといてくれるのが、理想なんですけど‥‥ちゃんとわかりますよ、それは無理ですよね恭輔‥‥貴方の家は、あの京歌の家なのですから。



「あっ、江島さん‥‥何してるの?」

「愛空ちゃん、いや、月見てるだけ、どしたの?‥‥君こそ?」

 お茶を飲みながら、のんびりと月を見上げている江島さん、本当に変な人‥‥勇者と知り合いで、江島の直系で、普通っぽくて。

 普通の人のフリをしてる人、少しずつ理解してきたぞっ。

「えっと、隣座るけど‥‥返事なしかい!座るよーーー!」

「ふぁ、どーぞ」

 ポスッ、一緒にボケーッと夜空を見上げる、横を見れば江島さん‥‥眠たそうな眼で空を見ている。

 山の輪郭が空との境界、お互いに侵食しないように、譲り合ってそこにある、本当に田舎な景色‥‥見ていて心が休まる。

 江島さんも、そう思ってるのかな?

「あそこのさ、山と空、僅かな色の違いで世界を区切ってるの、何か”ヤ”だな」

 でも、答えは違うもので、江島さんって、そんな考え方しないようなのにと勝手に思ったり。

「でも、そうしないと世界が全部一色に染まるよ?それって何だか、凄く怖いような気がする」

「怖くないと思うけど、ほら、だってさ、あの山と空が一つになれば、それはそれで当たり前じゃない?」

 どんな会話だろう、友達とする会話とも違う、家族とする会話とも違う、学校の先生が押し付けてくる勉強とも違う。

 やんわりと、江島さんは自分の意見を押し付けてきた、気分は悪くないけど、不思議に思う。

「いやいやいやいや、変でしょうソレ」

「いやいやいやいやいやいやいや、変じゃないって絶対に」

 何処から持ってきたのか煎餅をボリボリと食べる江島さん、床においてある煎餅の袋‥‥あ、激辛味のだ‥‥顔をゆがめてる。

 苦手なら別に食べなくても。

「このお見合いは失敗だったけど、江島さんおもしろいかも?‥‥はい、けーたいの番号とアドレスッ!」

 渡す、江島さんは目を細めて、このアドレスってどうゆう意味って聞いてくる、普通のリアクションなんだけどなぁ。

 さっきまでの、何処か冷たい空気がすぐになくなる。

「意味はないよー、お友達って事で、ええっと、勘違いしないでね!」

「ありがとー、こ、これで友達三人目だ‥‥‥ふ、ふふふっ、やったーー!」

 不気味だ‥‥江島さん友達すくなーーっ、やばい、口に出したら多分傷つくし‥‥でも、さ、三人って。

「そういえば、江島さんっていつまでここにいるの?」

「えっ‥‥と、明日、色褪に黙って、内緒で帰る、それはもう全力で、結界は差異や沙希にぶっ壊してもらって、ね」

 それって、帰るって言うよりは逃げるって言うんじゃないかな?‥‥やっぱり変。

 泥棒じゃあるまいし。



[1513] Re[47]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/05/13 11:40
歩きですか‥‥‥俺はポツリと呟いた、マジかよ‥‥‥。

山を下りながらブツブツと愚痴をこぼす情けない俺だったり、いや、だってさ。

「いつまで歩けば良いんだ、うぅ」

「ん、安心しろ恭輔、山を下れば街に出るはずだ、もしも歩くのが辛いのであれば差異が背負ってやろう」

紫色の瞳が眠たげに細められながらも俺に向けられる、ふぁーと欠伸しつつ眼を擦りながら差異は薄く微笑む。

あれじゃん、俺が差異に背負われている様子を想像してみたら‥‥ど、どんな罰ゲームだよ、かなり危険な変態じゃないか?

「差異は本気だぞ、ん、あれか、お姫様抱っこが良いのか?」

「‥‥誰もそんなこと言ってません、あれか? 色褪に対抗しているのか?‥‥俺も良い歳なのでお姫様抱っこは勘弁してください」

「ふーん、恭輔サンにも羞恥心ってあるんだね、初耳だよねー、ほら、そんなものなんて皆無です行動が目立つからさ♪」

沙希は背中のリュックをよいしょっ!と背負いなおしながら意地悪く笑う、つか、その小さな体に似つかわしくないパンパンに膨れ上がったリュック。

‥‥‥来る時はあんな荷物無かったよな?‥‥色褪のお土産‥‥のわけ無いか、なんだろう?‥‥何か盗んだのか‥もしかして?

ほら、我が一部ながらこいつらには羞恥心以前に、罪悪感なんて物が最初から存在していないから、邪魔だと認識すればどんなものであれ殺すし、捨てる。

だからこそ俺の一部である、綺麗だなぁ‥‥‥‥あれ、いつの間にかこいつらの盗難行為を肯定する方向へと意識が行っているわけで、馬鹿らしい。

差異も沙希も盗みを働こうが人を殺そうがそれは俺の全て望んでいることなのだから、俺に対して不利益になる行動ではないのだから‥‥そうなんだ。

「ん? 沙希のリュックの中身の事なら気にする必要は無いぞ、差異と沙希はな、恭輔の一部であるからして、恭輔の全てを知りたいだけだ、そう、全部、これはそのための資料」

「‥‥‥いや、お前らは俺の一部だから、俺の全てを理解しているじゃん? ほら、こうすれば、差異は気持ち良い、俺はちゃんとお前らを理解しているし、お前らも俺を理解してるだろ?」

曇り空の間から己を主張するように光を零す太陽、その光を受けて淡く輝く蜂蜜色の髪を撫でてやる、差異は眼を細めながら、猫のように喉を鳴らし。

苦笑した。

「嬉しい、恭輔に撫でてもらうのは大好きだ、しかしそれとこれとは話が、ん、まったく別だな‥‥‥それは恭輔の主観であり差異の主観だ、差異が知りたいのは他者から見た恭輔の人生、恭輔がこの世界に生れ落ちてからの人生の歩み、そう、客観的な事実が欲しいと言えば良いのかな?」

わからない、砂利道を歩きながらそう思う、今更ながら他人が俺をどう見ているかだなんて‥‥どーでもよいじゃん、差異や沙希、そして俺の背中で丸まっている汪去、迷子中のお馬鹿さんの鋭利。

俺の体の中で蠢く4人の幼女たち、愛玩動物であり、俺に愛されて愛でられるだけの妖精であるコウ、こいつらは、全部俺だからさ‥‥綺麗な俺の一部、汚い俺の綺麗な一部、嬉しい。

だから、こいつらがいるだけで俺は本当は何もいらないんだと思う、他人なんて、いても苦しいだけだし、いや、大事な”他人”もいるわけだけど‥‥あれ、矛盾じゃん。

「差異の言葉が不満足なら僕が教えたげる、恭輔サンの、そうだね、僕たちが知らないのに、他者だからこそ知っている情報があるって事なんだよねー、うんうん、だからね、それを知るために僕らはこの里に来たんだよ」

「何だそれ‥‥‥俺って、普通の学生で、普通の人間で、普通の一般市民で、えーと、調べても何も無いぞー、汪去、涎がしみ込んで気持ち悪い」

‥肩にしみ込んでくる生暖かい感覚にため息をつきながら背中を揺さぶる、カプッと肩に何かが突き刺さる感覚に眼を瞑る、おいおい、噛むなよ。

ハムハムと噛み付いてくる、一部でありペットである気高き虎に再度のため息、何だろう、俺は餌では無いぞ‥‥むしろ自分の足で歩こうよ。

いつの間にか背中に乗っていた気配を消すことの出来る獣的スキルの持ち主である汪去、不機嫌そうに俺の肩を何度も噛んでいる様子からどんな夢を見ているのやら。

鹿でも襲って食べている夢か?‥‥‥‥‥血塗れで内臓をハグハグと食べている汪去の姿を想像する、うん、それはそれで”綺麗”なのか?

でも、背中の汪去から臭うのは甘い少女特有のソレと、鉄の臭い、鉄の臭いは血の臭い、こいつ‥‥‥昨日なにをしてたんだか、はぁー、胸にたれる華奢な腕を手に取る。

何をするわけでの無くプニプ二と触りながら歩を進める、差異と沙希は無言のままに姉妹仲良く横に並んで歩いている‥‥ちぇ、ちゃんとした説明はやっぱしてくれなかったしー。

俺の事を調べるって‥‥何も無いし、本当に何も無いはず‥‥‥‥でも一般人の定理って何なんだろうと思う、そう考えると我が家は少しおかしいのか?

うん、俺の大事な家族を想像してみる‥‥‥‥母は死、父は死、妹は家出、弟も家出、祖母は‥‥‥ガキ、あー、あー、一般人じゃないかもな俺、うぅ。

考えるのはやめよう、差異は俺の思考を遮るように手の甲に触れる、紫色の瞳が俺の思考を奪う、何も考えるなと”命令”しているようだ。

そう、こういった、辛いことも悲しいことも苦しいことも、差異が守ってくれる、俺を守ってくれる、守ってくれるから、嫌な考えをするのは止めよう。

「差異?」

「安心しろ恭輔、差異は恭輔のために、恭輔の嫌う全てを殺してやるからな、良い子良い子、差異の可愛い恭輔」

手の甲を何度か擦られながら、俺はコクリと頷く、満足げに口元を緩める差異の、その自然な振る舞いは可憐としか言いようの無い。

ふうー、そうだ、差異に任せとこう、俺は差異を何よりも信じている、自分の中で唯一に信じられる部分だといっても過言では無いのだから。

「まあ、差異ってあれだよね、僕からの助言、農作業中のおじさんが変な眼で見ているから、あー、そうゆう行為は人の眼の無いところでしたら?」

沙希の言葉に従い横に顔を向ける、ポカーンとした、呆然とした褐色肌のおじさんと眼がぴったりと、視線が交錯する。

空に掲げた鍬は振り落とされぬまま停止している‥‥‥里からだいぶ離れたし”江島”の人では無いのは確かだけど‥‥何か恥ずかしい。

そんなおじさんを無視するように差異は無表情ながら俺の腕をいつの間にやら抱きしめている‥‥‥‥‥良い子良い子されたの見られた!?

‥‥‥‥‥‥何か恥ずかしいから確実に恥ずかしいに変質、沙希は呆れたように顔を横に振っている、所謂、駄目だこりゃ見たいな感じ?

銀色の髪が空に踊るのを呆然と見つめながら無意識にその頭を撫でてしまう、沙希はビクッと突然の俺の行動に身を震わせて体を離そうとするが。

俺はさらに無意識に腕を引っ張って沙希の小柄な体をこちらに寄せる、俺のものが、俺から離れるなんてとても許せない、駄目な子、俺が撫でたいんだから俺の横にいなさいと内心で呟く。

沙希はポスッと俺の腕の中におさまって、温かい感触を味わいながら頭を撫でる、緑色の瞳はキッと俺を睨み付けた後に涙色に、容易い。

だって俺が望んでいる事は沙希は拒否が出来ないんだ、うん、そんでもってお前の髪がそんなに綺麗なのがいけない、見てると撫でたく‥な‥る。

「‥‥‥あんちゃん、変態?」

おじさんの一言、えっ、変態‥‥‥ははははっ、そんなまさか‥‥こいつらは俺の一部ではあるけど、まだ、幼い少女のわけでして。

一人は俺の腕を抱きしめながら良い子良い子と慈愛で自愛の眼差しで、もう一人は俺が抱きしめつつ頭を撫でているし‥‥、一人は背中の上で俺の肩に噛み付いている。

「‥‥へ、変態つーか、はい、良い子らしいです‥‥俺」

「良い子で変態かぁ、あんちゃん、ヤバイね」

反論出来ないまま、おじさんは「休憩だー」と呟きながらいそいそと俺の横を通り過ぎて、オンボロの自転車に跨って、これまたいそいそと逃げるように去ってゆく。

停止した時間の中で自分にポツリと、これは自分に対するスキンシップですよ、はい‥‥うぅ。



街に三人を引きずりながら辿り着いたのはあれから2時間後の事でしたとさ、差異は俺の体に抱きついたまま、沙希は俺の胴体に纏わりつき、猫的位置の奴は背中で丸まったまま。

何だろう、何が悪かったんだろう‥‥‥あー、疲れた、マジで疲れました‥‥‥そしてさらに30分かけて三人を引きずりながら駅前に。

色褪って俺が幼いころはずっと抱きしめたまま浮いてたけど‥‥疲れなかったんだろうか? あっ、浮いてるのか‥‥意識が混濁としてる。

まだ顔が赤いし、うー、恥ずかしい、恥ずかしかった‥‥駅前に来てやっと気づいたように三人を振り落とす、差異は無表情に、沙希は少し頬が赤く、汪去は背中にしがみ付いたまま‥‥落ちない。

「あー、うん、こらっ!」

取りあえず差異を叱ってみよう、反省の色はさらさら無い感じで髪が乱れていないか僅かに気にしている差異、沙希はコートの中からペットボトルを取り出してゴクゴク、我が身ながらマイペースな奴ら。

つーか、自分を叱るってのも何だか変な感覚だなぁー、差異に至っては俺に投げかけられた言葉に対して嬉しそうに瞳をこちらに向けるだけ。

「ん、まあ、差異に周りを気にしろと言うのが無理だと恭輔もわかっているだろう? だって、差異たちはひとつなのだから、それを区別しろとは無理な話、ん、この切符で良いのか?」

白く細い指がポチッと目の前の機械のボタンを押す‥‥実は俺、切符の買い方があまりわからなかったり、もしかして世間知らず‥でも電車に乗る機会なんて無かったしなぁ、差異は人数分をテキパキと‥‥‥‥あー、俺以外は子供料金なんですね、区別してんじゃん。

「それに恭輔は良い子なのだから、良い子と撫でて、愛でてやるのは当然の事、差異はナルシストなのでな、”己”をいつでも可愛がりたい」

「時と場所を選べよ」

「それではちょうど電車も着たし、走るとするか、ん? 駅内は走っては駄目だったか、差異的にはどーでも良いか」

「‥‥無視かよ‥‥って、手を引っ張るな!? おかーさんか!? おかーさんなのか差異は!?」

「‥‥恭輔サンと差異って微妙に目立つよね、僕のように場合を選んで己を殺すことが出来ないって感じかな?」

「それは違うぞ沙希、沙希だって無意識に恭輔から離れぬように腕に手を絡めているではないか、ふん、だっさー、と差異は罵ってみる」

差異の言葉通りに沙希は俺の腕に手を絡めてるわけで、本人は無自覚だったのか眼を大きく見開いている‥‥‥哀れな、うっかりさんめ。

沙希は意外にも動じずに『あらら、僕って、かなり染まってるね』と、先ほどとは変わってニコッと白い歯を見せて皮肉そうに‥どーゆう意味やら。

「‥‥恭輔サン、僕って、どうやら駄目見たい、今回の、あの、キスとかで”溶け具合”が半端ないね、僕もそのうちに食べるとする?」

悪戯そうに笑う沙希、あぁ、俺の体に溶けるって意味?‥‥‥いや、そのポジションは既に4人いるし、でも体も一つになりたい誘惑は凄まじい。

つか、駅で電車に乗り込みながらする会話ではないような気がする。

「‥じゃあ、食いたいけど、キスだけでいいや、お前の唾液を食うだけで、沙希と差異は体に”入れないよ”だって、寂しい」

”意識”が変わる、ボスッ、座る、差異も沙希も俺の両側に”ポス、ポス”と、軽い効果音だなぁ‥‥座った二人は不思議そうに俺を見つめてくる。

電車が動き出すのを待ちながら俺は思案する、沙希は最近、差異とは違う意味で可愛がっている部分、双子だけに、同じ性能、良く使える。

そして沙希は差異に対して、屈折した感情を少しずつ内包しつつある、嫉妬?‥‥もっと違うものかな?‥‥汪去を取りあえず膝に乗せる。

おーおーおー、猫のように丸まっている、可愛い奴。

「差異もいつでも体に取り込めばいい、恭輔の、ん、血肉になるのは差異にとっても好都合、一つになりたいのだから」

「おーっ、電車動いたー、差異は駄目だぞ、沙希も駄目、ずっと俺の横で愛玩する部分だから」

「「不公平だ」」

声を揃える姉妹から眼をそらして外を見る、ガラス越しの空は青々としていて清清しい、体の中から這い出ようとする死妹たちを抑える。

差異も沙希も体に取り込んだら、小さな舌をいつでも絡ませることが出来ないじゃないか‥‥‥そんだけ、そんだけだよ。

「不公平じゃない、あれだよ、みんなそれぞれのポジションがあるんだよ、おー、電車って思ったより静かなんだな」

「ん、まあ、恭輔はそう言うならば‥‥はぁー、残念だ、差異はとても残念だと感じている」

「‥僕は、残念と言うよりは、理由がまず知りたいよね、ポジションって、理由が曖昧すぎない?」

腕をクイクイっと引っ張られながら欠伸をする、早起きしすぎたか‥‥ふぁー。

「なんか、めんどいから、家に帰ってからな、ねむねむ‥‥‥」

沙希の言葉を無視しつつ瞳を閉じる‥‥‥眠いのは仕方ないよね、だって、差異や沙希を体に取り込んだら。

こういった電車で眠っちゃったときに、起こしてくれる人がいなくなるしなぁ、それは悲しい事だから。



[1513] Re[48]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/10/03 14:22
愛しいあの子は里を出て行った、覚悟はしていた事だが寂しさは拭えないわけで。

今度、久しぶりにあの子の家に遊びにいきましょーか、むーー、めいあん、名案ですよ、はい。

わたしは、当主なんです、我侭も無理やり通しますよ?‥‥‥‥ふぁ、がんばって早起きしたのに、恭輔いないし。

「‥‥‥‥何を不機嫌にハシで机を叩いてるんだ?行儀が悪いからやめろ」

「ふん、9歳児、ばーか、ば-か、ばーか、です」

「‥‥‥‥ガキが」

ポツリと呆れたように呟く旧友を仮面の下から睨み付けてやる、褪せた髪の下から除く鋭い瞳をじっくりと。

お互いに無言で暫しそうした後に、急に馬鹿らしくなって視線を外す、そーです、そーですよ。

こんなあいてと争っても、むだむだです、つか、何故にまだ屋敷にいるんでしょう、君は。

勇者をひつよーとしてる人間は世界中に、それはもう、沢山いらっしゃるんですからね‥‥‥‥あー、わたしの心の葛藤なんて無視して。

ご飯食べてやがりますし、この糞ゆーしゃ。

「なんで、きみはまだ帰らないんですか?‥‥図々しくも食事までしてゆくなんて‥‥帰りなさいと助言します、無茶苦茶にしますよ?」

「‥‥用意されたものを蔑ろには出来ないさ、うん、美味い‥‥‥それに、オレはお前と違ってこんな気持ちの良い朝に殺り合うなんて、そんな事はしない」

「むむっ、おとなを気取りました、こなまいき、小生意気なゆーしゃです」

「そちらこそ糞生意気な糞ガキ」

眼を軽く閉じながら黙々と食事を進める、むかむかです、うー、このひとのぶん、用意しなくてもよかったのに。

「‥で、まだ何かはなしがあるんでしょうに、わたしは賢いですからそのぐらいわかります、さっさとはなして、さっさと帰りなさいな、ですよ」

「へ?‥‥別に何も話すことなんて無いぞ、昨日ので全部‥‥‥‥勘違いした?‥‥うわ、かっこ悪いな」

「‥‥‥‥‥‥すん‥‥当てが外れたですよ、もしかしてわたし、物凄くかっこわるいですか?」

「ああ、”物語”の人物としては致命的なぐらいに‥‥‥馬鹿だな」



江島遮光にとって、この地を訪れる事は神聖なことであり、非常に胸を震わす出来事である、しかしながら。

しかしながら、それは本来なら起こるべき出来事ではない、自分に誓ったあの日の禁を破ることになるのだから。

だが、それは『兄さん』に対する誓いであり、、彼がこの街にいないとわかっている”今”ならば、ここに訪れる事が出来るのだ。

本家に行かれているはずだから‥‥‥認めたく無いが、私と全てに置いて似通った当主は、兄さんを独占したいのだ‥‥最悪な存在。

いつか、殺さなければ、我が姓の持つ全ての繋がりを、兄さんの為に完膚なきまでに滅ぼさないと。

「何も変わってないわね‥‥‥‥」

住宅街、雑多に、それでいて混在した数々の家が連なっている、その一つ一つに人が生活していて、日々を生きているのだと思うと不思議な気分。

‥見知った道と風景を見ながら思う事、それは思った以上に自分の胸に何も浮かんでこない事、懐かしさも何も無く、あぁ、こんな街だったなと。

無理に休暇を貰って来てみても、兄さんの関連した事情が胸を苛むだけで何も喜ばしいことは無く、何でしょう‥‥何で私はこの地を訪れたのだろう。

何もかも面倒で、鬼島のチルドレン候補の制服のままに、兄さんが今はこの街にいない、ならば出会うことも無く‥‥訪れても約束を違える事は無い。

‥‥しかしながら、やはり兄さんがいないこの街には何も興味がないようだ、私の精神は‥‥‥こんな事なら寮のベッドに身を沈めていたほうがまだ幾分かマシだろうに。

「えっと、遮光ちゃん?‥‥そんなにムスッとして、どうしたの? 恭兄さまは本家のほうに行ってるんだから、会うことは無いのに」

「逆よ、兄さんがいないから、どうでも良いのよ、多分」

「‥‥‥だったら無理に戻らなくても‥‥僕も恭兄さまがいない、この街なんて、さみしいだけだし」

「少しの不安があるの、兄さんの周りにまた下卑た存在が纏わりついていないのか、今日は、それを殺すの」

「ふぇー、遮光ちゃん、じゃあ、そんな事を言ったら、この街の人間、全員殺せばいいじゃない‥‥‥そしたら恭兄さまが本家から帰ってきたら、綺麗になってるよ?‥‥喜んでくれるかも♪恭兄さま、ふふ、びっくりするかなぁ」

無垢な少女のように微笑む弟に私は何も言わずに視線を向ける、この子は、本当にそれをやりかねない部分が根底にある、

兄さんの気配の残るこの街に来て何処か様子が変だとは踏んでいたが、頬は緩み、瞳は何処か酔ったかのように定まりがない‥‥。

気分が、気持ちが抑えきれていないのだろうか?‥‥‥本当に危険な子だと改めて認識する、本当に、私でも、当主でも無く、もっとも狂気に飲み込まれたのはこの人間。

幼いゆえに精神の制御が上手に出来ない、だからこそ、この子を”まだ”兄さんと会わすわけには行かない、それは私も同じことでしょうけど。

やっぱり、哀れに思い連れてきたのは間違いだったかしら?‥‥‥‥‥でも、この子の”能力”は人間を消すには最適、現実世界の消しゴムの如く。

「全部が全部、兄さんに不必要なわけ無いでしょうに、勝手に殺して、兄さんが悲しむのは、私はそれはそれは悲しいのだから」

「殺さないの?‥‥‥‥今、横切った学生の人、恭兄さまと同じ制服着てた‥‥‥殺さないの?」

「‥‥気分を鎮めなさい」

童女のように頬を染めて笑う弟に、私は短く呟いた‥‥‥‥思い出のあるはずのこの街は。

兄さんがいないと思うだけで”色褪”せていた、吐き気がした。



メールの返信は無く、暫し待ってみたが‥‥‥返ってこない、どうしてだろう、悩みに悩んでみても。

だって自分は馬鹿なのだから、答えは出ない、馬鹿だもん、仕方ないよね‥‥‥‥えへへ。

暗い闇の中で瞳を瞬かせながら思案する、うーん、わからないなー、恭輔からメールが帰ってこない。

「ねえねえ、この、ケータイって壊れてるんじゃないのーー? ねえねえ、どーなの?」

「‥‥あーっ、うっさい、ったく‥‥恭輔くんもそんなに暇じゃないって事だよ」

私の従者であるハテナはトントンと葱を包丁でテンポ良く切りながら煩わしそうに答える。

ハテナの紫色の髪は闇のなかで僅かな光を放ちながら揺ら揺らと蠢いているのでそれを頼りに彼女の隣までトテトテと歩いてゆく。

”闇”の中で光を放ちながら料理をしているハテナ、何処までも暗く、黒い闇の中で蛍のように緑色の暖かい光を持つハテナ。

私の玩具のハテナ、この子を”製造”して本当に良かった、恭輔を模写して製造したのだけれど、似ても似つかわないようで、良く似ている。

恭輔に会えない間はハテナで孤独を癒す、これが私の日々の過ごし方、低俗的な過ごし方、それでもそこそこ幸せな日々。

私よりかなり背の高いハテナの横に並ぶ、大人びた顔、長い睫、達観した瞳、不思議な色彩をした瞳、緑色の闇に波打つ髪、恭輔と僅かに似通ったその全て。

「‥‥‥何だ、ご飯ならまだ出来ないぞ、そこら辺で遊んでろ」

「いーやー、闇しかないよ、闇でどないして遊べっちゅーねん、遊べないっつーの」

「じゃあ、寝とけ」

「もう102時間ぐらい寝たから寝れないもーん、遊んでー、ハテナちゃん、ねーねーねー、お母さんのお願い」

「屈折母さんはうざい、以上、それでいて異常」

「ひどっ!?」

教育に失敗したのか‥‥‥しっしっと犬や猫を追い出すようなしぐさで手を振るハテナ、やべー、どつきたいよお母さん‥‥。

闇の中でクスンと鼻をすすってメールが着てないか携帯を見る、うー、誰も着てないじ、どーじーてー、悲しみに耽る‥‥体育座りで闇の中にポツン。

うー、悲しいよ、寂しいよ、侘しいよ、無視?‥‥恭輔‥‥‥‥私を無視?‥‥‥しかもハテナも私を無視、紛い物の分際で、小生意気、いや、可愛いけど。

「恭輔くんも高校生なんだから、友達と遊んでいるんだろう?そんなに母さんとメールばかりしてるわけにはいかないだろうに」

「じゃあさ、ハテナ、メールしようよ!」

「‥‥ちけーよ、距離が」

「それでもしようよ、楽しいよ!」

「‥楽しくない、しない、母さん、マジでうざい、ご飯作る邪魔しないで、マジで」

「冷たい‥‥‥‥恭輔のコピーなのに私に冷たい、信じられないなっ、もう!」

「別人ですから、ほら、”外”にでも遊びに行けばいいんじゃない?‥それまでにはご飯出来てるからさ」

「投げやりだよね、あー、何処に行こう、恭輔の所に勝手に行ったら色褪とかみんなも怒るし‥‥‥」

「ちなみにハテナも怒るから」

‥トントンと小気味良い音が途切れる、切り終えた葱を小皿に移しながら、ハテナの蛍の光に似た色彩をした瞳が闇夜に瞬く。

私が作り上げた存在は恭輔に対して、愛情とも、憎しみとも、なんだかよくわからない感情を抱いてるらすぃー、ふむふむ、わからぬなー。

オリジナルに対する屈折した感情、母親たる私の名を持つ感情、少なくとも今すぐに恭輔を殺したいとか、そんな類のものじゃないので放置しているのだが。

ハテナ、恭輔の後に製造した模造品‥‥‥何事においても”優秀”である、”優秀”であるが、所詮は偽者、そのあり方を定められた私の可愛い娘。

「ねえーねえー、もしかして、ハテナは恭輔の事が嫌いなの?大嫌いなの?だとしたら娘である貴方を、殺さないとならないなぁ」

「屈折母さん、ハテナは恭輔くんが嫌いなわけじゃない、ただ、側にいるとどうしようも無い感情に捕われるだけさ」

「どんなかんじょーなの?」

「一つになりたい」

「アウトじゃん!? だめだめだめ、つか、そんな事を考えていたのかね君はっ!?」

「母さんこそ焦り過ぎ、ハテナは元々は彼から生まれたんだから、そんな事を思っても不思議じゃないだろう?‥‥‥不思議じゃない」

「駄目駄目ー、私は認めませんよ‥‥‥って、本気で思ってないでしょう」

冗談にしては笑えないソレに睨み付けるようにハテナを見つめる、白い肌に纏わりつくように点滅する蛍色の光がさらに強く輝く。

ハテナは蛍のように美しい、製造した私が一番にそれを理解している、それだから、恭輔の事柄にだけ本心を見せない我が娘がムカつくわけ。

ウザイ。

「思ってないよ、一つになってもハテナは何も変わらないし、ハテナは恭輔くんのオプションだからな、母さんもそう思ってるんでしょう?」

「イエス、仕方ないじゃん、ハテナは偽者で、玩具で、空回りし続ける存在だから、でも綺麗だからそれでいいじゃない、まさか恭輔に嫉妬してる?”まさか”」

「それこそ”まさか”だよ、最初に、ハテナの感情を粘土細工のようにその小さな腕で形作ったときに、恭輔くんに対する愛情を最初に練りこんだのは母さんじゃないか、ハテナの最初に覚えた言葉は”恭助”で、愛情も刷り込まれて、彼に嫉妬出来ると思うの?‥‥‥‥母さん、貴方はやっぱり”屈折”している」

「‥だって、そうしないと、ハテナは恭輔を殺すでしょうに、だから、貴方には恭輔に対する愛情を植え込んだ、”自分”なのにねぇー、くくっ、きゃは」

「耳障りな笑いはやめてよ、何で恭輔くんからメールが返ってこないだけでこんな不愉快な気分にさせられないと駄目なんだ」

「それは私が屈折だからですー、しかし、本当にメール返ってこないなぁ‥‥うぅ、いつもなら割と早めに返ってくるのに、何せ恭輔、他にメール友達いないからね♪」

「はいはい」

相手をすることすら疲れたのかハテナは空中にフワフワと浮いている鍋の方に向き直ってしまった‥‥‥反抗期なの?

これ以上は流石に相手にしてくれないらしい、うーあー、暇だー暇ー、『闇』に手を突っ込んでグルグルと高速回転、グルグル!

おーもしーろくねーーーーーっっ! あー、ご飯もまだだし‥‥‥暇だし、メールは返ってこないし‥‥‥そうだ、なんでこんな思いを私がしないとならんのですか!?

全部、ぜーーんぶ、恭輔のせいだ、メール返さないって、むむっ、もしかしたら”誰”かに”何”かされてメールが返せない状況下にあるのでわ!?

うん、そうだ、そうに違いない、それが一番におもしろい、それなら私が恭輔の所に行く理由になるし、我ながら大天才なり!

「ハテナ、恭輔が助けを呼んでいるから、スーパーヒーローの私が助けに行かないと、じゃあねーーー!きゃっほー!」

「はいはい‥‥‥何処にでも行ってくれば?‥えーっと、味噌は‥」

料理に集中しているハテナは私の言葉を適当に聞き流すだけ、ふふっ、携帯で今の録音しちゃったもんね、これでオッケ---!

さて、久しぶりに会いに行くとしますか、闇夜にズブズブと沈みながら私は幸せな思考に心を弾ませた。



[1513] Re[49]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/05/16 20:30
母さんは何処かに出掛けてしまった、トントントンッ、手を無言で動かしながら母さんの言葉を思い出す。

『まさか恭輔に嫉妬してる?』

‥そんなわけは無い、ざらつきのある感情を塞ぐように自分を納得させる、どうしてそんな事を母さんは言ったの?わからない。

でも、自分自身でも理解できない感情があるのは”理解”している、だって彼はオリジナルでハテナは紛い物で、彼の血から生み出されたのだから。

早々に何も疑問を持たずに納得できる間柄では決して無い、だが、愛しいという思いはある、母さんに無理やりに捻じ込まれた最初の感情。

だから、憎いわけでは無い‥‥‥‥でも、自分は母さんの一時の感情を埋めるための玩具だと思うと、胸が苦しくなる、本当に。

‥母さんも恭輔くんも愛しい、二人とも大好きだ、一人は無垢で歪な少女、一人は純粋で歪な青年、二人が一緒にいる姿が好きだ、幸せな気持ちになる。

だけど、ハテナは‥‥‥‥胸が痛くなる、おかしい、おかしい‥‥‥‥嫉妬だなんて、出来るわけ無いじゃないか、そうゆう風にハテナは作られていない、創造されていない。

「ハテナ、どうしたのさ、物凄く辛い顔をしているさ」

ズブズブズブ、闇の中から自分に良く似た少女が現出する、ハテナの髪や皮膚に淡く光る蛍のそれに相反するような紫色の光を放つ少女。

まるで妖(あやかし)の放つこの世ならざる者の暗く、濁りきった怪しい光。

「サザナミ、いきなり出てくるな‥‥心臓に悪い‥‥‥‥‥何処に出かけていた、母さんが心配してたぞ」

「何処って‥‥‥外に決まっているじゃないさ?‥‥おかしな事を聞くさ」

「だから外の何処に出かけていたのかとハテナは聞いている、オイ、それはまだ作りかけ‥‥」

「うん、美味いさ」

ハテナの言葉を無視して、ひょいと口の中に作りかけの料理を放り込むサザナミ、マリネに使うはずだった薄くきった人参を‥‥生なのに。

もしゃもしゃと平気そうに食べているので問題は無いだろうけど‥‥我が”妹”ながら、なんて食い意地の張った‥‥同じ血を共有していると思うと少しだけ‥何か情けない気持ちに。

「もぐもぐ、ハテナ、何か嫌なことでもあったさ?‥‥‥それは駄目だな、サザナミが、お姉ちゃんがどうにかしてやろうさ」

「いや、ハテナの方がお姉ちゃんだから‥‥勘違いするなよなソコ」

生れ落ちた日が同じなのでどっちが姉なのか妹なのか悩むところではあるけれど‥‥母さんに聞いてもわからない方が面白いだろうと言って教えてくれないし。

本人たちからしたら何も面白くは無いのだけれど‥‥私より頭ひとつ小さなサザナミを見てそんな事を思う、肉体的にも精神的にもハテナの方が圧倒的に上だし。

そういえば恭輔くんって身長どのくらいだったけ?‥‥‥‥彼にはまだまだ遠いなぁ‥‥何で年齢固定されてんだろうハテナ、精神だけ成長しても‥姿見が10代に固定されていたら意味が無いような気がする。

母さん曰く『私より成長するなんてだめだめだめだめだからね」‥‥‥すげー我侭、あー、成長したらもっと色んな服とか着れるのに‥‥子供服売り場を歩き回る自分にもう耐えられなくなって来たし、うぅ。

「あーん?‥‥そこは曖昧でさぁ、困ったときぐらいは妹になりなさいな♪」

「別に困ってはいないよ、ただ、何となく‥‥‥サザナミは恭輔くんの事、どー思う?」

ハテナの質問にポリポリと人参を食べながらサザナミは意外そうに眼をしばたかせる、紫色の光はサザナミの意識に呼応するように淡く輝く。

体に巻きつけた紫色の包帯で手を遊ばせながら彼女は唸る‥‥‥ハテナとは違って衣服に興味の無いサザナミはいつも紫の包帯で身を隠している、のぞかせた白い肌を隠せ、ったく。

ハテナの癖のある髪質とは違った、真っ直ぐした‥‥‥うぅ、羨ましいぞ、の髪を掻き揚げながらサザナミは一言。

「嫌い」

「おいおい」

自分とまったく同じプロセスで製造された姉妹の言葉にハテナは頭をガクッと沈める、こいつは‥‥屈折母さんがいたら即死刑確定な事を平然と。

サザナミすげー、とある意味では感動してしまう‥‥‥流石は母さんの娘‥‥こいつもこいつで思いっきり”屈折”してる。

「そんな事で悩んでたのさ?」

「‥‥‥‥いや、うん、あー、だってハテナ達のオリジナルだし、”愛情”を植え込まれている、ってか、それがハテナたちの根本的な骨組みだし、あー、この馬鹿っ!」

「何で罵られないと駄目なのさ‥‥‥愛情云々はどうでも良いさ、そりゃ、好きでもあるさ、でも、嫌いでもあるさ、好きも嫌いも沢山の感情の量を持っているさ‥‥それはもう、だってサザナミたちは恭輔くんを愛するために調整されたのさ、でも、嫌いの感情の量が”僅かに”大きいさ‥‥ハテナとは違うさ、ハテナは”好き”の感情”愛してる”の感情が”憎い””嫌い”の感情より圧倒的に大きいのさ、だから恭輔くんに対して、嫌いとは思えない」

「‥‥‥嫌いなのか?」

猫のように細い眼で覗き込んでくるサザナミに息を呑む、良くもまあ、この事を母さんにばれないで今まで胸にしまって来たもんだと感心してしまう、これもまさしく”屈折”。

まるで、これじゃあ、サザナミは”欠陥品”じゃないか‥‥‥‥欠陥商品、恭輔くんに対する愛情が、おかしく、捻じ曲げられている、母さんは知っているのか?

「いや、大好きさー、でも大好きより僅かに嫌い、愛してるさー、でも愛してるより僅かに憎い、これって、なんて感情? ねーー、ねーー、ねーー、ハテナ、これは”なにさ”?」

「‥‥‥‥壊れた?」

「最初からさー、お母さんも知っているさ?知らなかったさ?‥‥‥生まれたときから彼が大好きで大嫌い、愛していて憎い、おかしいさー、何だろう、本当に、欠陥?」

「それは、なんで、ハテナに教えなかった?」

「教えてどーこうならないさ? 直してくれる?治してくれる?なおしてくれる?無理さ?‥‥‥お母さんが、したらしいさ、サザナミに憎しみを埋め込んだの、不思議でさ」

本当に不思議そうに自分の手のひらを見つめながらサザナミは首を傾げる、白い頬は何故か赤く染まっている、言葉とは別に何処か嬉しそうな表情。

それこそ”不思議”だ‥‥なんで、そんな風に微笑んでいられるんだ、姉妹の知らない一面に、少しだけ不気味になる、サザナミの三日月の笑み、怖いの?

まさか、”妹”だぞ、でも、ハテナは‥時折、母さんですら怖いのだから‥‥‥もしかして、本当に欠陥してるのはハテナ?‥‥そんな考えは間違っている‥‥はず。

「でもさ、憎いから殺したいわけではないさ、それを遮るほどの愛情も確かにサザナミの中にあるのだからさ、くくくくっ、面白いさ?」

「あんま面白くない‥‥‥何だかハテナの悩みってより、お前の、サザナミの悩み相談になってきたぞ‥‥心の闇が出すぎ、お前」

「闇じゃないさ、愛が4で憎しみが6の微妙な比率なだけさー、うん、大好きさー、大嫌いさー」

「どっちだよ」

サザナミがニコニコしながらニンジンを食べるのを見て、ハテナは大きくため息を吐くのだった‥‥本当にどっちだよ。

どっちだよ、ハテナ。



[1513] Re[50]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/05/16 22:35
擦れ違い、感じた圧倒的な違和感、ふむ‥‥‥コンビニで買ったジュースを取り出してグビグビ、けぷー。

その”違和感”の持ち主の後姿をジーッと立ち止まったまま眺める‥‥空気中の水分を無意識に、掻き集める。

「はて」

そして意識する、あぁ、自分は何かに対して攻撃反応を無意識で行い、それに今更ながらに気づいたのだと、

私は何処かおかしい気持ちになり、口元に手を当ててクスクスと笑ってしまう、擦れ違った”違和感”の持ち主と私しかいない狭い路地裏。

方向音痴の己の身を弄ぶように、帰宅する気もさらさら無く、取りあえずは”本体”の邪魔になる鬼島からの追っ手を消しながらさ迷い歩いているのですが。

へー、何だか面白そうな気配のする人間ですね、人の眼も無いですし、攻撃、殺しましょうか?‥‥嫌な気配をする存在は早々に抹殺するに限りますしね。

私は一度、それで失敗してますから、今となっては私の”本体”となった彼に対して何処が飽きれた気持ち、そろそろ私を探してくれても良いじゃないですか?

そんな事を思いながら水弾を空中に幾つも生み出す、後は、意識の中でこれを弾くように‥‥‥簡単だ、私には手を動かすことよりも優しきこと。

何せ私はSSの称号を持った存在なのだから、そして、彼の一部である‥‥‥だが、不思議と、生成したその水弾を撃ちだす気になれない。

「貴方、そこ行く貴方‥‥鬼島の方ですか?‥‥‥」

「いーえ、ちがいますよ」

「でも、気配が人間のソレでは無いですが、貴方は何者ですか?」

「いーえ、人間ですよ」

「ほぇー、最近の一般人はそんな物騒な気配を有しているのですか?‥嘘が下手ですね、貴方」

「いーえ、この身は嘘だらけで、嘘は上手ですよ」

‥‥‥さて、甲高い少女の声に背筋にゾゾゾゾッと冷たい感覚が駆け巡りました、予感が的中ですね、どうしてくれようか‥‥本当に。

相手の正体がわからぬままに総攻撃を喰らわせてまた当ての無い散歩に身を委ねたいのですが、僅かに興味が出てきました。

私ってゲテモノ大好きなんです、だから、ゲテモノ”っぽい”気配のする目の前の、後姿の少女のことが気になります、良くも見ないで殺すのは‥‥駄目ですねぇ。

「私は鬼島の”牙”所属の、水銃城の鋭利と言う者ですが‥‥‥貴方、貴方のお名前を教えてもらえないでしょうか?」

「いーえ、教えたくないです」

振り向く、少女は麦藁帽子に水色のワンピースの姿をしていた、胸元には可愛らしい猫のマスコットのピンバッチ、子供サンダル特有のキュッとした耳障りの音。

そして、”顔が見えない”その在り方、あれ‥‥‥擦れ違う前‥‥確かに顔を見た気がする、けど、今は見えない‥‥‥何故なら、それは。

それは、まるでテレビの世界での特殊効果のように、顔に”モザイク”がかかっているのだから、顔全体にではなく目元にだけ、黒い線が、ざわつきながら覆っている。

色々な人外と触れ合ってきた私でも流石に唖然とする‥‥‥何なんでしょう、この子、不気味と言うよりは意味がわからない‥‥何故にモザイク?

しかも季節的にもずれていますし、僅かに日焼けした肌、そこにこびり付いた古い皮膚をめくりながら、風にそれを飛ばす‥‥少女は自分の皮をマジマジと見つめたりして私の言葉を待つ。

やりにくい‥‥能力者では無いですか‥‥どう考えても一般人であるはずもないし、だから、何で目元にモザイク‥‥わからないですねぇ。

卑猥な目元でもしているんでしょうか?‥‥私も私で暢気なのでしょうか、家に帰れないままですし‥‥‥暢気って言うよりは天然ですね私。

路地裏の不衛生じみた湿った風に鼻をすんっと鳴らしながら私は口を開く。

「私のことは知っていますか?‥‥本当に一般人‥‥なわきゃ無いですよねぇ」

「いーえ、一般人です」

ざわ、ざわ、ざわざわざわざわ、ざわ、しゅー、目元のモザイクから変な音がするんですが‥‥‥砂嵐のようなその音にちょっとびっくり。

びっくりして少しだけ後ずさりしてしまいました、私より幾つか年下の姿見をしている分際で、な、生意気ですね‥‥水弾ぶち込んだ方がやっぱ正解なのでしょうか?

でも鬼島では無いってのは間違いではないですし、”異端”であることは確定ですが‥‥‥‥能力者では無いです‥‥よね?

「貴方は、種族なんて安易な言葉で聞きたくは無いのですが、種族はなんでしょう?」

「いーえ、答えません、だけど、次はこちらからの質問」

肩にかけた虫取りカゴの中で蝉がミ―ンミーンミーンと声を上げる、おいおい、貴方の活躍する季節はまだ来てないのですが‥‥。

「さーて、お姉さん、鬼島のお姉さん『壊れた絵本の中の主役』をこの街で見ないです?」

「‥‥はぁ、見てないですよ」

意外な質問に私は正直に答える、中々に異端の中でも巡り合う機会の無い小数種族、つか、実際にいると信じてはいないのですが。

真っ白い泉に住まう羽持つ種族、『絵本』の概念に寄生して膨れ上がる化け物、そんでもってやはりわけのわからぬ”生き物”‥‥そもそも生き物なのかすらわからないですけど。

そんな異端を探している”異端”の少女、異端が異端を探しているだなんて、不思議な話ですね‥‥‥‥まるで鬼島の仕事見たいですね。

「うーわ、残念」

「そんながっかりした顔で言われても‥‥‥‥いや、そもそもそれはがっかりしているんですか?‥‥えーっと、目元のそれ、邪魔です」

「いーえ、邪魔ではありません」

「貴方にとってはそうかもしれませんが‥‥‥私にとってはかなり邪魔です、何だか犯罪者の知人A君と話してるみたいで嫌なんですが」

「いーえ、自分は犯罪者の知人A君ではないです」

「‥‥‥例えですよ」

何だかズレた感性してやがりますね、そもそも顔にモザイクが入っている時点で感性云々も無いような気がしますが‥‥もう放置して帰りましょうか。

悪い方でも無さそうですし‥‥”本体”を狙っているような輩でもないし、それにとっても話していると疲れるし、久しぶりに恭輔に会いたいような気がしないでもないような‥素直じゃないな私。

「まあ、取りあえず探し”者”が見つかると良いですね、私は用事があるので、あー、最後に貴方の名前だけ」

「いーえ、ではなく、はーい、自分は”モザイク”です、恭輔さんの一部のお姉さん」

消える少女に、私は何も言えないまま佇むだけだった‥‥水弾、何も考えずにぶつけるべきでしたかね、本当に。



くらいくらいくらいくらいくらいくらいくらいくらいくらいくらい‥‥暗い、暗い闇の中に自分がいる感覚に酔う。

あー、目が回る、何も見えないのに目が回るだなんて、気分が悪い‥‥いや、暗い闇の中じゃないよここ、白い闇、おかしなもの。

目を覚ます、闇の中に滞在ながら、三人の少女がすーっと安らかな寝息をしながら俺にもたれ掛かっている、安心する‥‥眠りにこれで安心して入れる。

再度夢の中に、瞳を閉じて暫しの静寂‥‥‥そして、また、全てのことを忘れかけたときに白い闇が俺の前に現れる、それはとてもとても白い何か。

こんなゆったりとした田園風景の最中を走る電車の中で、間抜けにも眠りかけて会うには強烈過ぎる存在、圧倒的な存在感、でも俺はこれに会いたかった。

「あー、夢の中だよな、これ‥‥‥何なの、きみ」

「モザイク、一つのモザイク、今頃、君の一部■出会っているモザイクとは違うモザイク‥‥わ■る?」

黒い、砂嵐が固定化したような、落ち着きの無いざわめきの存在、色々な声が幾重にも聞こえて、何なのか確信できない。

白い闇の中で黒い砂嵐と出会う俺‥‥どんな状況だよ、誰か助けてー、やっぱり夢の中になんか来なければ良かった、ちくしょう。

「すいません、声が聞き取りにくいんですが‥‥舌足らずですか?‥‥だからもう一度聞くけど、誰だよ」

「モザ●ク、忘れちゃった、でちゅー、がーがー、忘れちゃいやがりまくりやがったかー」

「いや、わけわかんないし、ちゃんと、統一してよ‥‥‥」

「いや、失敬、興奮してしま□た、そんなに怒らないで●れ、自分と君の仲じ●ない‥‥‥」

「だからちゃんと喋ってくれよ、夢の中の人物にしても曖昧すぎ、姿も声も、誰だよ、本当に」

黒い砂嵐である存在は俺の言葉の一つ一つに対して大きく蠢く、現実の世界であらば性的嫌悪もあっただろうに‥夢の中だと思うと不思議と何も思わない。

「だから、君の名前はなんなの?」

「ぼく・わたし? わたし?‥‥‥さっき言ったじゃな□か! もう一つのモザイク、それが僕の、君の、貴方の、自分の名前、君が出会うことになるだろう、君の一部が先ほど出会った、モザイクのもう一つの一面、それがあたくし」

「‥‥ふーん、俺は恭輔って言うんだ‥自己紹介も済んだことだし、帰りたいんだけど、マジ」

「目を開ければ君はいつでも帰れるじゃないかネ、もう一つのモザイクはそれを止めはしな□よ、お好きにどうぞ、にゃははは、愛しき君?」

「はっ?‥‥愛しい?」

「そうだにゃー、愛して□よ、愛しききみ、きみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみ、きみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみ、にゃはは、っははははは、きょーすけ、きょーすけ、愛しい、きょーすけ、あ、あたしの」

壊れたラジオのように笑い出す黒い嵐、言葉を信じるなら『もう一つのモザイク』‥‥その声音が徐々に変質してゆく、変質してゆく声に俺は身を震わせる。

それは大人の声で子供の声で優しき声で厳しき声で愛しき声で憎き声で男の声で女の声で少年の声で少女の声で壊れたラジオの音でモザイクに包まれた謎の"物体”で。

どんどんと、あの声に、似通ってくることに”恐怖”と”嫌悪”を感じてしまう、わかってしまう、先ほどまでまったく理解できなかった”存在”が、どんどんと理解出来てしまう。

「愛しいっ、奪われたくない、奪いつくしたい、貴方を否定してごめんなさい、怖かったの、愛してるの、私のお腹から生まれたくせに、母さんの愛情を独り占めして、くそくそくそ、クソッ、あたしね、ふふ、ひひ、お□さんはね、貴方のことを愛してるの、でもやっぱり憎いの、なんで私のお腹から生まれたの?この化け物、ゾクゾクスル、ぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくする、あなたがあのなにもない部屋で悲しみに耽るたびに、小鳥の羽をむしるような心地よさをお■さんは感じちゃうの、あなたにはなにもあげない、妹も弟も父親も家族もあげない、汚い子、汚い子、汚い子、汚い子、汚い子、汚い子汚い子、汚い子ッ、汚い子、汚い子、汚い子、汚い子汚い子、汚い子、汚い子、”私の子”汚い子、汚い子、汚い子、汚い子汚い子、汚い子、汚い子、あははっははっは」

‥黒いモザイク、黒い砂嵐、その中から、呪いのように耳に入ってくる声、女性の声だ、それでいて、少女の声でもある、知っている‥‥‥俺が、”僕”がききまちがえるはずはない、ききまちがえる、はずは、ない。

白い光が点滅する‥‥暗い闇が脈動する、声が体に染み込んで行くように、気持ち悪い、でも、もっと聞きたい、それが意味のなさない狂人言葉でも、それでも、だって二度と聞けないはずの、あの人のこえ、あのひとのこえ。

「なんで貴方だけ愛されるの、ふしぎぃ、ふしぎぃだわぁぁぁ、あの部屋には入っては駄目よ、二人とも、あの部屋にはっ、いえ、なんでもない、なんで入ったの?貴方たちだけはこっちの世界のことなんて知らずに、なにをした、なにをした、なにをした、私の愛しい□□と●●になにをした、なにをしたぁぁぁ、あなたはなにをしたの?お□さんは怒ってるわけではないのよ、そーにゃー、怒るだなんて、だって●歌は賢い子だもん、意味も無く叱ったりしないよ?あたしの大切なものはすべて貴方が奪ってゆくの、あたしの子●なのにぃぃぃぃいぃ、この、しねしねしねしねしねしね、しんでしまえ、のろいごめ、きみのわるいこ、でもいとしい、だいすき、だれにもあなたをあげないの、お●さんはだれよりもきみが、恭●がだいすき、あいしてるの、だからとじこめる、だいすきだという証のために、殴るの、だからね、なかないのよ、きみはつよいこ、あたしの子供なんだから」

「お、おか‥さん」

モザイクが俺の体に染み込んでゆく、笑い声が遠くに聞こえる、物凄く遠くに聞こえる‥‥だいすきだといわれて、だいきらいだとののしられて。

おれ、ぼくは、あたまがどんどんといたくなってゆきます、とおいひに、はじめてぼくをだいてくれたおか□さん、あぁ、暗い闇の中で病的なほどに白い顔がほほえみを。

「あぁ、はやく、殺してあげたい、かわいそうに、あたしに、にゃはははあ、かわいい、□輔ぇぇ、くすくす、母さんには、色褪母さんにはぜったいにあげない♪」

「あぁぁぁ」

体が揺さぶられる感覚がした、暫しの別れ‥‥モザイク、ではなくて、おか‥‥さ。



[1513] Re[51]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/05/18 00:37
トンッ、お気に入りの服を着込んで、いざショッピング、軽く踵を鳴らして‥‥休暇♪

へへっ~、今日は沢山お買い物して、美味しいもの食べて、日頃のストレス解消だー!

擦れ違う人たちの雑多な会話に耳をすませながら鼻歌を、何だかみんながお仕事の時に休みって得をした気分♪

「‥‥‥おーい、見た目”小学生”、そのなりで、その服装で、鼻歌しながらスキップっで何処の世界の魔法少女さんですか?」

「ぶー、葉思ったらひどーい、大人の魅力たっぷりのわたしを目の前にしての台詞がソレ?」

親友の言葉に目を細めて見上げるように睨み付けてやる‥‥実際にかなりの身長差があるので見上げてるんだけど。

「だったら、まず、ピンクの服はやめなされ、そんでもって無駄にフリフリついてるのも駄目、大人ってか、ただのコスプレ小学生にしか見えない」

「お、おぉ‥‥的確な突っ込みサンキューです‥‥が! 前にわたしがスーツでびっしり決めた時に罵りまくったのは葉思だったよね?」

「だって似合わないし、っと、ほら前見て歩きな」

「わっ‥‥と、人が多すぎ、それとありがと」

「いえいえ」

わたしの手を引っ張って先導してくれる親友に感謝の言葉、何処か照れたようにそっぽを向く葉思にクスクスと笑ってしまう。

チルドレン候補生を育てる職務についてから休日といえば二人で街に繰り出して羽根を伸ばすのが当たり前になっている、うーん、ストレス発散。

‥‥それ以外で”遊ぶ”と言えば、棟弥ちゃんとそのお友達の”恭輔ちゃん”と三人で遊んでいたりしていたけれど、気恥ずかしい年頃なのか一緒に遊んでくれなくなってきたし。

実は結構寂しかったりする‥‥るるるー、いいの、お姉ちゃん友達がいるから‥‥‥‥うん、葉思以外にいないけどね‥‥恭輔ちゃんと同じでお友達少ないわたし‥‥。

でも、別に今でも充実してるし、いいよね?

「でもでも、ほら、わたしって、どんな服着ても芳しい大人の色気があるって」

「黙りなさい、頭を叩くぞ」

「‥‥‥‥ほ、本当だもん、最近は胸もちょっとだけ」

「通販の力って凄いわね、うん‥‥‥‥あんたの年齢でこれ以上の成長が望めるわきゃ無いでしょう、嘘はやめときなさい」

ジーンズにカッターシャツとラフな姿をした葉思は見下すわけでもなく淡々と事実を語る感じで言葉を紡ぐ、しかも正しい言葉を紡いでいる。

うぅ、そーですよ、通販で買いましたともさ‥‥‥‥しかもそれを最初に配達屋さんから受け取ったのは棟弥ちゃんで‥‥帰宅したわたしに無言で‥‥。

「ッ、人間は胸じゃない、心っ!」

「おおー、良い事言ったね遠見、でもね、開き直った感じはぬぐえないし、往来の真ん中で叫ぶにはちょい恥ずかしいよね、ソレ」

横切る人の僅かながらに奇異な視線、しかも胸にそれが集中しているような‥‥ふふっ、見せるほどに無いよ、本当に。

灰色で構成された街並みを眺めて溜め息、どーしようもないよ、開き直るしかないよ‥‥‥‥‥身長も胸もくれなかった神様‥‥死ねばいいのに。

右の手で神様をひょいと触れば死ぬのかなぁ、ちょい、気になる。

「神様って、触れれば良いのになぁ」

「‥‥何言ってんのアンタは‥‥」

神様って死んだら、この世界ってどーなるんだろう?‥‥あっ、雨だ。

ポタ、鼻の頭に一粒の雫。




『モザイクのⅢ』と名づけられた少女は三つ編みを弄びながら空を煽り見た、大きな岩の上でポツーンと。

ここで、このように過ごしてどれくらいだろう‥‥モザイクの一は『壊れた絵本の中の主役』を狩りにお出かけ。

モザイクの2はそれに同行していったはずだが‥‥‥何をしているのやら、蛙が跳ねる、少しだけ気の早いお目覚めだ。

‥ケロケロー、鳴きだした蛙、大きな岩の上で一人と一匹が空を見上げながら意味も無く佇んでいる、一人は同胞の帰りを、一匹は雨の降る時を。

ケロケロケロ、良く聞いてみたら中々に味のある面白い声で、気分が跳ねる、一人でこの岩の上で過ごすのは辛い、どうやら自分は最良のパートナーを見つけたらしい。

「ケロケロケロケロケローーーー、実に愉快、その言葉、凄く気に入った、ケロケロケロ‥‥実に面白い、面白いケロ、あれ?」

ん、言葉の語尾がおかしい、余韻を噛み締めるように数度、ケロっと喋ってみる‥‥‥気に入ったのだが、言葉に”染み込んで”しまったらしい。

未だに存在が固定化されていない身では、多々なるものに影響されやすい‥‥あー、駄目ケロ、こいつぁ‥‥確定ケロ、シリアスにならないケロ、語尾‥‥うぅ。

「やばい、割と仲間内ではクールなはずなのに‥ケロ、語尾が‥‥‥えっと、こんにちわ‥‥ケロ、ケロが取れないケロ‥‥」

何度か言葉を吐き出してみたが無駄らしい‥‥あらら、少しだけ諦めにも似た何かが胸の中でざわめく‥‥ケロケロ。

「蛙さん、蛙さん、雨が降ってきたケロ」

少しずつだが眼に見えて量を増してゆく天の落し物に眼を瞬かせる、蛙はそれに対して『グーッ』と一声しただけ、可愛くない奴ケロ。

「きょー、きょーすけ、きょうすけ、恭輔、よし、言えたケロ」

モザイク、自分たちがこの世界に生まれたあの日を思い出す、今呟いた人間の名前、それが始まり、それがモザイクの生まれた理由。

捕食する存在があらば、それを捕食する存在もまた必要、境界を外す存在があれば、それに対しての対抗策が必要、それがモザイク、が。

規定のレベルにモザイクたちは達していない、まだまだ、あの化け物とやり合うには早い、下手をすれば自分たちが襲われて、一部にされる可能性も。

自分たちを生み出した異端排除を掲げる存在を思う、ケロケロ、あほくさ、異端を排除するために異端を生み出すなんて、本当に馬鹿な存在たちケロ。

ケロ。

「恭輔、食いたい、より、会って、話がして見たいケロ」

どんな存在なのだろう、甘味?



統括する存在がそこにある、モザイクの全ての意思は一つ、肉体といった器が違うだけ、それだけ。

その全てが『恭輔』と名づけられた存在を消すために、消すためだけに生み出された、理由は簡単、その存在が恐ろしい。

だから、それに対抗するためには同等の存在を必要とする、しかし、同じものを生み出すのは不可能、不可能ならばどのようにすれば。

答えは簡単、劣化したそれでも、生み出せばよいのだ、生み出して運用して、いつか壊れるその日まで限界まで酷使してやる。

「‥さあ、目覚めなさい、恭、君のオリジナルがこの街に戻ってくるんだ、君はそれを取り込めばよい、実験で沢山したろ?」

‥私の声に、黒髪の少女は眼を瞬かせるだけ、眼帯に隠された右目の中で”何かが”モゴモゴと蠢く、白い肌、赤い瞳、黒い髪。

雑に切りそろえられたカラスのように黒い髪をポンポンと撫でてやる、不機嫌そうに鼻を鳴らしながら逃げようとするその姿は愛らしい。

全裸の少女、私がもっとも憎む存在から模写した最高品、あいつをこの世界から抹殺、否、消去するためだけに生み出した”モザイク”の4体目。

『恭』‥‥‥我ながらに最高の皮肉だ、完全なるコピーには至らなかったが、十分だ、あの存在にだけ効果のある欠陥能力者、だが、それでこそ運用出来る。

この世界に解き放った3体のそれとはまったく違うコンセプトで生み出された紛れも無い『完成品』‥‥縦に割れた少女の瞳孔を覗き込む、赤い赤い瞳。

あの化け物の血脈の根底と同じ、まさしく、成功‥‥痩せ細った少女の体に針を差し込みながら笑う、いい具合だ‥‥こいつを解き放てば、全てが終わる。

化け物と化け物から生まれた化け物が出会い、お互いに消滅、最高のシナリオ、邪魔者を排除するのは他のモザイクが‥‥‥さあ、知覚しなさい、恭?

「”お兄ちゃん”が何処にいるかわかるかい、恭?」

「‥‥‥‥くしゅん」

くしゃみをした少女の虚空の瞳は、何かを捕らえたかのように細められた。

「さむいよ」



[1513] Re[52]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/05/21 15:09
声を嗄らして、小さな彼は私が嫌いだと罵った、大嫌いだと罵った、彼が望んだから、”そうしたのに”

あの時のショックは言葉では言い表せない、世界の絶望が眼前に迫り来る感覚を私は確かに知覚した‥‥圧倒的な喪失感と共に。

どのようにすれば償えるだろう、償いはそこにあるのだろうか‥‥‥わからない、嫌われた自分にはわかるはずがない‥‥苦しい。

だから私は償うために裏切った、以上。

「‥‥‥モザイクだけで、あの方を”消そう”とする考えがそもそもの間違いだ、あの方の周りにはいつの”時代”も絶対なる守護者が側にいる」

「開発者の言葉とは思えないな、モザイクは規定の数値に達している、相手がSS級の能力者であろうと‥‥」

「それがそもそもの間違いだ、モザイクは何処まで強力になろうとも、所詮はモザイク、本物には勝てないさ‥‥だから4体も製造する羽目になった、これだけいれば少しの隙も出来るだろうと‥‥その程度のものだ、恭に関してはなんとも言えないがな」

ギシッ、パイプ椅子に体重をかけながら事実を答える、開発者としての事実の言葉、別に嘘を吐く気なんて最初からないしな。

私が渡した資料に眼を通しながらえらく格式ばった振る舞いで言葉を紡ぐ男に呆れた視線を向ける、当初の目的と違う?知らないな。

「これでは話が違うではないか、既に運用に入っているのだぞ‥‥‥今更ながらに間違いなどと言われても」

「それはこっちの台詞、あんたら、私をはめようとしたろう?‥‥いやいや、まいったよ、恭輔さまを殺す?冗談じゃない、あの方に捨てられた、嫌われた身なれど、あの方を殺そうとするような最低の生き物に手を貸すほどに私は馬鹿じゃない」

ヒラヒラと手を振りながら後ろを振り向く、ガラス張りの球体の中に膝を抱えて眠る幾らかの”少女体”能力者抹殺、異端排除を掲げながら‥最終的に異端の力に強く惹かれているなど。

本当に愚かな人間らしいな‥‥異端排除組織ディベーレスシタンと言えど、人間の欲には勝てない‥‥‥か。

「‥‥裏切り‥‥‥と解釈して良いのか?」

脂ぎった顔に殺意を貼り付けながら男は笑う、かつては能力者に恐れられたこの男も時間の流れには勝てなかったらしい、始めて出会ったころはもっと情熱が服を着ているような男だったのに。

何だか寂しげな気持ちに捕らわれている自分がいる‥‥”人間”はすぐに変化して、老いてしまう。

「裏切り?‥‥‥今まで通り開発だろうが研究だろうがしてやるよ、ただ、モザイクシリーズが恭輔さまに対しての運用目的に使われるとは聞いてなかったんだけどなぁ‥‥私を出し抜こうとしたな?そこは私の一種の禁忌でね、それ以外の能力者なら研究のために幾らでもバラしてやるさ」

「江島恭輔を裏切って存在意義を失った貴様を拾ってやった恩‥‥まだ忘れてはいないようだな」

「そうだな、忘れてはいない、っが、それとこれとは話が違う、私はそもそもあの方のために全てを示してきた、異端排除の考えにも”異端”の身ながら賛同しよう‥‥だが、恭輔さまはそもそも”異端”ですらない、異端の中の異端であり、救い手となるために生まれた‥‥あの方の身も心もそれだけのためにある‥‥‥私はそれが嫌なんだ、だから”仲間”の考えも大嫌いだ‥‥異端が存在しなかったら恭輔さまの身はご自由になる」

「狂っているな」

何度もこの男の口から吐かれた言葉、その全ては私に向けられたものだが、今日のそれは何処か怯えを含んでいるような色を持っていた。

「なぁに、かつての”仲間”に比べたら、私は幾分かマシだろう」



体に絡みつく黒塗りの”母”に俺はズブズブと奇怪な音をあげながら沈んでゆくのを感じていた、吐き気と安堵。

一度も抱かれたことは無いであろう‥‥‥捕食行為に似たその愛情に俺は飲まれている、呑まれている、丸呑み‥‥噛み砕かれること無く。

あ、あは、怖い‥‥ここまで、上半身を丸呑みにされているのに、今更ながらに俺は恐怖を覚えた、喉を裂くと思えるほどの絶叫音、俺の声。

母親に抱かれるというのに、俺は叫んでいる、力の限り、だれか‥‥‥俺が望んだのはこんな愛情では‥‥‥こんな捕食行為なわけ無いじゃないか。

抱かれたい、頭を撫でられたい、話しかけてほしい、笑って、俺も笑い返して、あの狭い部屋から抜け出して、広い空の下で‥‥‥”かぞく”で。

リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン、リーン。

鈴の音、さらに深層へと送り込まれる、どーして、どーしてこんな事になったんだろう‥‥‥どーして、おれ‥‥は、おかあさんに、食われてる?

「いあやっはー、お久しぶり、久しぶり、懐かしいね、切ないね、お食事中?どしたの?」

頬をサワサワと撫でる感覚、そして聞き慣れた、脳内に染み込んだこの声、忘れようと思っても忘れられないこの甲高い少女の声。

誰だったけ‥‥突然の”誰か”の来訪に俺は体を振るわせる、人によっては不愉快になるであろう”からかい”を含んだ少女の声、だけど俺はこの状況で彼女に会えたことを確かに安心していた。

「恋ちゃんびっくりー、まさか食われてるだなんてね、頭からハグハグですか、痛いね、くるしいなぁー、ぷぷっ、なんでていこーしないの?ていこーしたら逃げれるかもよ?そのまま何もしないで食われる気なのかなぁ、それはとてもとてもとてもー、納得できねーーーーー!!!どうしようかなぁ、助けちゃおうかなぁ、助けないかなぁー、んんんーーー、なやむなりー、恋ちゃん変に干渉できないからなぁ、でもピンチ、ピンチだしぃ、しちゃってもいいの?いいじゃん?」

「‥‥だ、れ」

問い、俺は叫ぶのをやめて、たった一言そう呟いた、頬を優しく撫でていた”その子”の体が脈動する、歓喜に震えるように、怒りに震えるように、懐かしさに駆られるように。

上半身食われてる俺を撫でるだなんて‥‥もしかして、こいつも、一緒に食われてる?‥‥‥‥‥違う、こいつは、強制的に割り込んできている、俺の意識を中継してこの場に具現化している。

「だれーー?問いました、問いかけやがりましたちくしょうめ!教えたい、でも、お教えなーい、でも恋ちゃんの事を忘れるなんてふてぇ野郎だぜ、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、くすん、って泣くわけねーじゃん、くすん、くそー、切ない、切ないぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、むうぅうぅ、まあ、いいや、しかし、食いついているこいつ何よ?うわ、汚いし、臭いし、何なのかよくわかんないし、ちょい味見、千切ってー、お口に放り込みー、もぐもぐもぐもぐもぐ、まず、まずっ!?恋ちゃんグルメだから食えたもんじゃねーや、なんじゃこりゃ‥‥‥‥紛い物、えっと、はいはい、情報きゅーしゅー、能力者、精神作用、えーっと、未承認、未確認、能力ふめー、でもよそく、予測するに過去のデータから、『傷心露出』(しょうしんろしゅつ)心の中にある一定のワード、一定のトラウマっぽいのを相手に再現して叩きつける、きたねー能力、くだらね能力、でも物語にありがちな心に傷のある主人公っぽいのとかには大ダメージ、ありがちな展開、でもそれはとてもとても痛いね、痛かったね、頑張った、よーし、今日だけ恋ちゃんが助けてやろうーしかたねーな、恋ちゃんいないとなにもできないんだから‥くふふふふ、あっ、恋ちゃんのコピーはどしたの?あぁ、あいつらも心の傷そーいえばあったなぁ、そこ攻撃されて凹んでる?きゃははははははははははははは、つかえねぇー、つかえねぇーーの、所詮はコピー、所詮は紛い物、所詮は」

「‥‥ほんものにかてない」

無意識に紡ぎだした言葉、俺は知っている、俺を助けてくれると宣言してくれたこの少女の力も、美しさも、最高位に達する異端の在り方も、誰よりも知っている。

俺の中にいる4人の存在には悪いけど、目の前の魅力に、誘惑に、甘い蜜のような、甘露のような存在に心が奪われる、意地の悪い言い方をすれば、偽者には‥あれ?

なんで俺の中にいるのが偽者で、今話しかけている存在が『本物』だとわかるんだ?

「あは、嬉しい事言ってくれるねぇーー、恋ちゃん、やっぱラブだよぉー、可愛い、本当に必要としてるのは恋ちゃんだよねぇ、他のやつらは無能でいて程度が低いからねぇ、むかつくよね、むかちゅくー、なんで恋ちゃん達以外の存在が世界にはいやがるってんだ!まーじーで、つかえねぇーやつらばっかさ、鬼島もそんなやつらが最近はおおくて、ほんとうに、みんなクビにしちゃおっかなぁ♪あっ、とりあえず、テメェ、邪魔だ、逝け」

グシュ、俺を包んでいた闇が、消える、刹那の出来事、消えた‥‥‥消えた、消えてしまった、俺の、おれの、おかあさん?潰れちゃった。

絶叫も何も無く、普通に潰れた、まるで、蛙が子供に苛め抜かれ、飽きられて、地面に叩きつけられるように、それはもう、完膚なきまでに潰れちゃった。

「なーる、モグモグ、本体は逃げちゃった、てか、最初からここにはいなかったわけねー、恋ちゃんとした事がしくじったなぁ、もう‥‥殺したかったのにー、てへへ、まあ、”匂い”は覚えたし、次にあったらぶっ殺そう♪しかし、能力者のコピーとはね、”あいつ”かー、裏切り者め、本当に裏切りやがったな、くそったれめ、鬼島から数名送ったろ、殺そう、うぜぇ奴、異端排除に力を貸すなんて、本当にゆるせねー、ゆるせねーけど、真意は何処にあるんだろう?あら、どしたの、泣いちゃって?」

「しんだ、しんだ、しんだの?」

呆然とする、俺を捕食しようとした存在が消えた、消えたという事は、それは死んだって事?‥‥‥暗い、黒い世界で俺は問いかける。

でも、そんな俺の言葉にすら彼女は楽しそうに笑う。

「死んでないよ、だってお母さん死んでるじゃん?死んでる奴を殺すなんて出来ないし、あれは偽者だし、紛い物だし、くくっっ、泣くなよぉー、恋ちゃんがわりぃ見てぇじゃん、きゃはははは、さて、恋ちゃんはそろそろ去りますか、じゃあ、またの機会!思い出してねー、本当に、ほんとーに、思い出せよ!」

意識がゆっくりと浮上するのが、酷く疎ましかった‥‥あの人と、もう少し一緒にいたかった、俺を捕食しようとした紛い物らしい”彼女”

そして頬を優しく撫でながら消え行く辛辣な言葉を吐き出す少女と、一緒に。



いつものように鬼島の深層で眠りについていたら、ある声が聞こえた、ある声とは彼の声、”最悪”たる恋ちゃんに助けを求めるなんてあの子ぐらい。

絶叫音を不快に思いながら闇を駆け抜ける、なんだってんだー、こんなに大声で助けを呼ぶだなんて、くくっ、恋ちゃんいねーとだめなんだから。

しかたねーな、今日だけだぞー、本当に手のかかる奴だ、でも可愛い奴だぜ、きゃはは、恋ちゃん尽くすタイプじゃね?‥‥さて、現出。

「いあやっはー、お久しぶり、久しぶり、懐かしいね、切ないね、お食事中?どしたの?」

唾液の鼻につく匂い、恋ちゃんに助けを求めた”彼”は丸呑みに、上半身だけ食われた状態で絶叫していた、おぉ、そんなに大声上げなくてもいいじゃん。

どうせ恋ちゃんが助けてやるのに、来てやってもまだ叫ぶだなんて、ぷんすかぷん、マジ恋ちゃん不機嫌だってーの、でも久しぶりの邂逅に何か恋ちゃん少しウルウルじゃねーかよ。

「恋ちゃんびっくりー、まさか食われてるだなんてね、頭からハグハグですか、痛いね、くるしいなぁー、ぷぷっ、なんでていこーしないの?ていこーしたら逃げれるかもよ?そのまま何もしないで食われる気なのかなぁ、それはとてもとてもとてもー、納得できねーーーーー!!!どうしようかなぁ、助けちゃおうかなぁ、助けないかなぁー、んんんーーー、なやむなりー、恋ちゃん変に干渉できないからなぁ、でもピンチ、ピンチだしぃ、しちゃってもいいの?いいじゃん?」

‥‥ビクビクと震えている彼は、以前に出会ったときより大きくなっていて、恋ちゃんの庇護なく、大きくなったと思うと、嫉妬のような、恋ちゃんも女の子だから。

好きな彼が、勝手に、恋ちゃんの知らない場所で育ちやがっているのはムカつく、早く思い出せっての、恋ちゃんとの愛の日々を、恋ちゃんの力を、お互いに愛であったあの日をなー。

「‥‥だ、れ」

予想とまったく同じ言葉に恋ちゃんがっかり、まあ、いいけどねー、ちくしょう、でもやっぱり目の前で”他者”として扱われるのは気に食わねぇな、気に食わねぇ、何かつまんねーの。

もっと恋人との再会のように、生き別れた親子の再会のように、失われた”自分”の一部が戻ってきた時のように、もっと、もっとねーのかねぇ、寂しいなぁ、恋ちゃんにキスしろよ、口ないけど。

‥‥抱きしめろよ、腕が無いけど、瞳を絡み合わせようよ、瞳が無いけど、○○○しようぜ、○○○ねーけど、やべー、早く本来の体に戻りたいわ、いや、マジ‥‥ふひー、目の前の彼が思い出せば復活できるのにー。

「だれーー?問いました、問いかけやがりましたちくしょうめ!教えたい、でも、お教えなーい、でも恋ちゃんの事を忘れるなんてふてぇ野郎だぜ、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、くすん、って泣くわけねーじゃん、くすん、くそー、切ない、切ないぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、むうぅうぅ、まあ、いいや、しかし、食いついているこいつ何よ?うわ、汚いし、臭いし、何なのかよくわかんないし、ちょい味見、千切ってー、お口に放り込みー、もぐもぐもぐもぐもぐ、まず、まずっ!?恋ちゃんグルメだから食えたもんじゃねーや、なんじゃこりゃ‥‥‥紛い物、えっと、はいはい、情報きゅーしゅー、能力者、精神作用、えーっと、未承認、未確認、能力ふめー、でもよそく、予測するに過去のデータからーー、『傷心露出』(しょうしんろしゅつ)心の中にある一定のワード、一定のトラウマっぽいのを相手に再現して叩きつける、きたねー能力、くだらね能力、でも物語にありがちな心に傷のある主人公っぽいのとかには大ダメージ、ありがちな展開、でもそれはとてもとても痛いね、痛かったね、頑張った、よーし、今日だけ恋ちゃんが助けてやろうーしかたねーな、恋ちゃんいないとなにもできないんだから‥くふふふふ、あっ、恋ちゃんのコピーはどしたの?あぁ、あいつらも心の傷そーいえばあったなぁ、そこ攻撃されて凹んでる?きゃははははははははははははは、つかえねぇー、つかえねぇーの、所詮はコピー、所詮は紛い物、所詮は」

感情を嘔吐する、吐き出す、唾液に塗れた汚らしいこの空間にはお似合いの恋ちゃんの嘔吐、だって、思い出してよ、思い出せよ、鬼島も恋世界も、せんぶぜんぶ、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ、そもそも何のためにあるのか?

そして、紛い物を身に潜めるぐらいなら、恋ちゃんを、恋ちゃんを、恋ちゃんを、恋ちゃんを、恋ちゃん、恋ちゃんは”今”でもずっと君に恋をしている、名の通りに君に恋をしたまま偽りの体に封じられて眠る。

空ろな瞳が恋ちゃんを見つめる、ちくしょう、可愛いじゃねーか、あーー。

「‥‥ほんものにかてない」

まるで言って欲しい言葉を読み取ったかのように、”本物”と恋ちゃんの事を言ってくれる唇に、キスをしたいじゃん、本当に‥‥こいつだきゃあ、こいつだきゃあ仕方ない奴じゃん、もう、助けてやりたくなる、いや、最初から助ける気まんまんだけどー。

でも恋ちゃんのコピーは本当に役に立たない、ここで処分、しょーぶんしてくれようかー、ふん、使えないのー、所詮はにせもの、偽者だっつーの。

「あは、嬉しい事言ってくれるねぇー、恋ちゃん、やっぱラブだよぉーー、可愛い、本当に必要としてるのは恋ちゃんだよねぇ、他のやつらは無能でいて程度が低いからねぇ、むかつくよね、むかちゅくー、なんで恋ちゃん達以外の存在が世界にはいやがるってんだ!まーじーで、つかえねぇーやつらばっかさ、鬼島もそんなやつらが最近はおおくて、ほんとうに、みんなクビにしちゃおっかなぁ♪あっ、とりあえず、テメェ、邪魔だ、逝け」

纏わりついている存在に意識を向ける、消し去るために、叩き潰すために意識を、能力者であるその存在は脆弱で、恋ちゃんのソレに身を見っとも無くひしゃげさせ、潰れる。

よわーっ、SS級ぐらいなのかS級ぐらいなのか、恋ちゃんからしたら大体が弱い存在だけどさ、よわっ、こんなんに食われるなよな、ほんとーに、釣り合ってないねーよ、ばーか。

さて、次は情報吸収だぜー。

「なーる、モグモグ、本体は逃げちゃった、てか、最初からここにはいなかったわけねー、恋ちゃんとした事がしくじったなぁ、もう‥‥殺したかったのにー、てへへ、まあ、”匂い”は覚えたし、次にあったらぶっ殺そう♪しかし、能力者のコピーとはね、”あいつ”かー、裏切り者め、本当に裏切りやがったな、くそったれめ、鬼島から数名送ったろ、殺そう、うぜぇ奴、異端排除に力を貸すなんて、本当にゆるせねー、ゆるせねーけど、真意は何処にあるんだろう?あら、どしたの、泣いちゃって?」

モグモグモグ、木の枝っぽい自分の手で黒い残骸を掴んで、そのまま握りつぶすように取り込む、まずっ、モザイクねぇ‥‥鬼島や江島のシリーズ見たいな?

異端排除もそんなとこまでやるかねー、”あいつ”の力や技術に頼ってまで、くだらねー、マジくだらねーーの、自分らで異端っぽいの”創って”たら意味ねーじゃん。

読み取れる情報は僅かしかねーな、流石はあいつの”作品”だ、しかも本体じゃないっぽいし、まあ、いいや、問題は目の前で泣いているか弱い存在。

か弱い男の子、恋ちゃんの庇護がないと本当は生きていけない哀れな男の子、恋ちゃんのもの、恋ちゃんと互いに埋めあう、いや、恋ちゃんそのものである男の子。

なんでそんなに泣いているの?恋ちゃんが悪い見たいじゃん?

「しんだ、しんだ、しんだの?」

責めるようなその瞳、まるで憎むものを見るようなその視線にゾクゾクする、恨みも愛も全て恋ちゃんのものだったんだし、それを向けられるのは心地よい。

暖かいものが胸に芽生えるのを感じながら微笑んであげる、やべー、この体じゃ微笑まないけど‥‥‥恋ちゃんは笑うぜ?

「死んでないよ、だってお母さん死んでるじゃん?死んでる奴を殺すなんて出来ないし、あれは偽者だし、紛い物だし、くくっ、泣くなよぉーー、恋ちゃんがわりぃ見てぇじゃん、きゃはははは、さて、恋ちゃんはそろそろ去りますか、じゃあ、またの機会!思い出してねー、本当に、ほんとーに、思い出せ」

去り行く刹那に、事実を全て語ってやると、大きく目を見開いた彼が見えた、ぷぷっ、かわいいーの。



[1513] Re[53]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/05/27 17:48
‥何だか変な夢を見ていたらしいが、眼を覚ましてみればなんて事はない、電車の中、静かに時間が流れているだけ。

冷たい汗の感覚は慣れ親しんだもの、横に座る差異と沙希の心地よい寝息を聞きながら体を捩る‥‥何だか懐かしい人に出会えた気がする。

「んー、ねむっ‥‥‥もうちょい寝ようかなぁ」

どれだけ優秀で利発とは言え差異も沙希も体は子供、短い期間でのちょっとした旅行は流石に堪えたらしい。

‥‥銀と金の相反する二人の頭を撫でながら流れ行く外の風景に眼を向ける、眩しく差し込んでくる太陽の光はポカポカとした暖かいもので、眠りを誘う。

暫くの間、特に何もしないでゆったりと流れる時間を楽しんでいたら携帯がプルプル、慣れ親しんだ振動音、映し出されるのは『ハテナ』の文字。

‥‥‥‥‥実に珍しい人からのメール、相方のサザナミからならまだしも‥‥どうしたんだろう、何か厄介ごとの匂いがプンプンしやがりますよ。

さて、どうしよう、いや、見るけど‥‥親戚からのメールに対してこれ程に慎重になる自分って何なんだろう‥‥まともな親戚が少ないことが問題なのか?

【母さんが、君の家に向かったみたい‥‥どーしようか?】

ガンッ、頭が壁に当たる、壁に当たると言うよりは自分の意思で壁に頭をぶつけました‥‥見なければ良かった、心の底からそう思う‥‥何で見ちゃったんだ。

俺のばかばかばかばか‥‥そしてハテナのばか、屈折のばか‥‥‥やばい、俺が家にいないとわかったら不機嫌になることは確実、屈折を不機嫌にする事がどんな意味を持つか理解できない程に子供ではない。

あー、ハテナでもサザナミでもその他の面々でも良いから止めろよ‥‥俺から”用事”で会いに行くならまだしも‥‥あいつが”人里”に来るだけでトラブルが起こるのは確実だろうに。

‥‥‥いや、会いたくないわけではないけど、厄介ごとが嫌なだけだ、うん。

「‥‥どーしたッスか?眉間にそんなに皺を寄せて‥‥きょーすけにシリアスは似合わないッスよ?」

「起きたか‥‥いや、シリアス云々では無くてだな、家に帰りたく無くなってきたって感じ?」

「わけがわからんッス」

‥‥尾を立てながら頬をポリポリと掻く汪去、膝に乗ったそいつの頭をポンポンと撫でながらため息を吐く、尻尾がするすると首に絡みついてくる。

血の通った温もり、このまま何もかも忘れて再度、夢の世界へ逃避行したいのだが状況がそれを許してくれないわけで‥‥気持ちよさそうに汪去の眼が細められる。

猫だな。

「えーーっと、厄介な親戚が家に来るらしい、つか、もう来ているらしい、あー、その親戚の厄介具合が凄まじいわけ、我侭の化身みたいな」

「きょーすけの親戚はあの”とーしゅ”といい、そんなのしかいないんッスか?お嫁に来る奴がいたとしたならば可哀相ッスねー」

クスクスと小さな体躯を俺に擦り付けながら笑う汪去にムッ、少しばかり馬鹿にされた気分‥‥そのクスクスは嫁に来る奴なんていないけどねーの意味?

「んな事ねーっつの、流石にあんな親戚ばかりじゃないぞ‥‥‥いや、あんな親戚しかいないような気がするけど‥いや、そんな馬鹿な‥‥えっと」

‥‥頭に浮かぶ親戚の面々、皆が皆、俺を除いて美しい容姿をした異形の方々、まともな奴‥‥まともな‥‥‥‥弟と妹しか浮かばない。

でもあの二人って”まとも”と言い切れるのか?‥‥そーいえば、他の家の”普通”の概念を詳しく知らない自分に気づく。

「汪去、えっと、質問を質問で返すけど、俺って”普通”だよな?」

「さあ?ほら、もっと撫でるッス、ふにゃ~」

「ん」

猫は気だるそうに俺の膝の上で欠伸をしたのだった。

【彼は本物、紛い物ではなく、唯一の”者”】



プッシャ、缶ジュースを開けた時の音のようなソレ、炭酸では無く噴水のように血が吹き出る、鉄の臭いが狭い部屋に充満する。

眼帯を付けた少女は飛び散った血、まだ形を失っていない肉を全身に浴びながら無垢な表情で眼を瞬かせる、殺したのは初めてだから。

自分に命令ばかりしていた男の死は呆気ないものだった、体の中にある他者の能力を間借りして再現、それをぶつけてやった、それだけ。

人間の体の中からこんなに”アカイモノ”が出るだなんて驚きだ、びっくりだ、今まで殺さなかったのはタイミングの問題、自分の”オリジナル”がいるこの街までの案内人。

あんなにさっきまで、偉そうに自分に命令していたのに、自分の体を卑猥な手つきで触っていたのに、死んでしまったら呆気ないもの、何も出来なくなる。

ビクンビクンと暫し痙攣を繰り返した後に動かなくなった存在から急速に興味が失せてゆく、それよりもお着替えをしないと、お着替え‥一人で出来るかな?

「‥‥‥あー」

トランクの中から洋服を取り出す、お気に入りの真っ黒のワンピース、いそいそと寝巻きから着替えを開始っ、初めての挑戦。

それでもって失敗、逆に着てしまった‥‥誰だって最初は失敗する‥‥はず、ウゴウゴと脱がないままそのまま自身を回転。

前向きになって、はい、完成‥‥顔がカーッと赤くなる、失敗しちゃった‥‥誰かに見られなくて良かった、殺しといて良かった。

失敗しちゃったけど‥‥でも他人にベタベタと触られて着替えるよりは幾分かマシ?‥‥だよね。

「‥‥‥‥おさいふ、おさいふ、っと、後は何がいる?‥‥‥‥けーたい?」

ガサガサと血に染まったスーツのポケットを漁る、ドロッとした赤いものが染み込んだ四角いソレ、お財布、この中にある”お金”は色々と便利。

ずっと観察してたけど、これが一番大切な”道具”‥‥‥赤くなったけど、使えるかな、使えないかな?‥‥あかい、うー、あかいよ。

大丈夫、うん、大丈夫。

「よしっ」

後は歯磨きして、髪を整えて、レディーだからそこはしっかりと、顔を洗って‥‥‥ご飯も食べないと、お腹空いたし。

それで、オリジナルを探しに‥‥‥みんなが、他のモザイクが彼を”殺す”か”食べる”かする前に、会いたい、会いたいよ。

会って恭はどうするんだろう?‥‥‥わからないけど、会いたい、兎に角、何よりも優先して会いたい、”殺す”が先行する彼は邪魔だから殺した。

自分と彼の間にある妨げは全て排除する、おかしい、恭の精神は不調をきたしている、自分でも理解している、こんな事をしたら、”組織”に消されるのは当然。

だけど。

「会いに行くから」

自分に言い聞かせるように、誰もいない部屋でポツリと呟いた。

【彼女は少年の紛い物】



気づけば母親の姿がいなかった、その事に気づいたのは料理を作り終えて、さあ、食事をしようかと、まさにその時。

焦った、それはもう、焦りまくって”闇”の中を全力疾走、だが、そこに見知った母の姿は無く、頭にすぐさまに浮かんだのは一人の青年。

あのやろう‥‥‥‥恭輔くんの所に行きやがったな‥‥プルプルと怒りに震えて立ち尽くしていると肩をポンポンと叩かれる。

振り向くとそこにはサザナミ、体全体から紫色の光を放つ、それを遮るはずの服は無く、紫色の包帯がフワフワと頼り無く宙に踊る。

「どしたさ、そんなに焦って?」

「やられた、母さんがいない‥‥‥多分恭輔くんの所だ、あぁ、彼に迷惑がかかる‥‥‥そ、それは駄目だっ!」

「‥‥駄目さ?‥‥それもそれで面白いと思うけど‥‥はいはい、そんなに睨むなさー、問題はどーするかさ?」

母さんのせいで恭輔くんに迷惑がかかる、それは駄目だっ、ハテナまで責められてしまう‥‥恭輔くんに叱られるのは苦しいし、切ない。

製造なされた時に埋め込まれた彼に対しての絶対的な愛情が、彼に対するあらゆるマイナス要素に関して過敏に反応する、曰く‥‥糞母さんめぇ。

「そ、そうだ、ど、どうしよう、どうしようかな、どうしたら、どうしたら良いサザナミ!?」

「はいはい、まずは落ち着こう、深呼吸してさ」

「そんな暇は無いって!あぁ、あの糞ババァ‥‥‥‥‥こ、殺してくれる」

眼を離したのがいけなかったのか、それとも恭輔くんが定期的に母さんにメールを返信しないのが駄目だったのか、定かではないけど。

「殺したら駄目だって、でも確かに恭輔くんに無断で会った事が他の”メンバー”にバレるのはやばいさ、連れ戻さないと駄目さ?」

「だとしても、もしも連れ戻す途中でハテナとサザナミが無断で恭輔くんに会ってしまったりでもしたら‥‥それもそれで危険だし」

ちゃんとした手順を踏んで、許可が出てからの邂逅とは違う、無断で彼と会うのは非常に危険、ある一定の事情を知る異端が彼に会うには踏まえなければならない事がある。

母さんと恭輔くんの組み合わせは最悪のソレ、出会えば必然のようにトラブルが発生する、過去も、現在も、そしておそらく未来も‥‥。

だから”育ての親”のメンバーの中でも恭輔くんに中々会う許可が貰えない存在、哀れだけど、母さんの我侭っぷりで振り回される恭輔くんを見たら何も言えなくなる。

ちょっとは大人の振る舞いを、ね、覚えよう母さん。

「でも放置しとくのはもっと危険さ?」

「それでも‥‥‥外に出て、恭輔くんが近くにいると理解していて、それでも無視するなんて、多分、ハテナには出来ない」

「サザナミにも無理さ」

‥二人とも外に出れば恐らく恭輔くんの存在を無視出来ない、彼の存在を知覚しただけで、蜜に群がる昆虫のように、強く引き寄せられてしまう。

そればかりはどうしようもない、ハテナもサザナミも、そんな風に製造されたのだから、本来の”生命を終える間”までに蓄積される愛情量の何倍もの愛情。

人工的に埋め込まれたそれは、いつしかハテナたちの本当の気持ちに昇華された、だからこそのコピー品、忠誠心にも似た狂愛が胸の中で巣食っている。

巣食って?

「「あっ」」

ハテナとサザナミの頭に浮かんだのは一人の人物。

【彼女たちも少年の紛い物】



‥‥巣食い、闇の中に巣食っている存在、【巣食い】と名付けられた”屈折”の息子、少女のような美しい容貌には疲れが。

闇に差し込んだコンセントから電力のようなものが供給さて、テレビに映像が映し出される、そしてそこには派手な格好をした数人の男女が化け物と戦っている。

非現実の世界での架空の戦闘、なんでそれがこんなに楽しんだろう‥‥て、楽しくは無いけどなぁ、暇つぶしには丁度良い、人間は良くこんなものを考え付く。

ポリポリとスナック菓子を食べながらゲームをしていると額の上のサングラスがずり落ちて来る、室内でする意味は無いけど、好きなんだよサングラス。

「何か用事? 用事ならさっさと終わらせて、今良いところだから」

闇がブゥゥゥゥゥゥゥンと蠢いて、その中から出現した二人の姉に振り向かずに言葉を吐き出す、群れるのが嫌いな自分は家族とも一緒にいたくない。

どうして自分ってこんな性格なんだろう、まあ、別に自分の性格が嫌いなわけではないし、どちらかと言えば好いてる、本当に良い性格してるよ俺。

「うっ、お姉ちゃんに対して失礼な物言いだなお前は!」

「巣食い、そんなにゲームばかりしてると頭が馬鹿になるさ?」

二人の姉は少女にしか見えない幼い顔をムッとさせながら言葉を吐き出す、それを煩わしく感じながら無視してテレビに向き直る。

‥‥姉の顔を見ていると嫌でも自分の女のような姿を連想させるので駄目だ‥この白い肌も、癖の無い白い髪も、病人のように細い体も、声変わりもしないいつまでも幼い甲高い声も、十にも届かない年齢も。

全部嫌いだ、男らしくなりたい俺には不必要なものだよ。

「うっさいなぁ、俺に干渉する気ならさっさと部屋を出ていってくれ、うざいから」

「あっー、うざいって、お姉ちゃんに対して、なんて口の聞きかたをするさー?どつくぞ」

「サザナミ落ち着けって、えっと、巣食い、外に出てみないか?」

意外な言葉にコントローラーを握る手が弱まる、外にって‥‥‥外の世界の事だろうか、今までも一度も外に出たこと無い俺には遠い世界。

どうして今更に‥‥‥俺が何度頼み込んでも外の世界を見せてくれなかった二人の姉が、どうして俺を外の世界に出すと‥‥。

「‥‥‥何を考えてる?」

「別に、ただし、条件がある、母さんを連れ戻してほしい、そんだけ、今日中に戻ってくるなら他に用件は無し」

ハテナは何でもないといった感じで言葉を紡ぐ、けど、どうして自分たちで連れ戻しに行かないんだ‥‥怪しい臭いがプンプンする。

腰まで伸ばした長い髪を手で遊びながら次の言葉を待つ、テレビからはどこか間の抜けた戦闘BGM、暗い闇の中にテレビの光が点滅する。

「あと、付け加えるさ”江島恭輔”には会わないこと、それだけさ」

「エシマキョウスケ?‥‥ああっ、俺たちのオリジナルの、会う気なんて更々無いよ?‥‥会いたくもないし」

「でも、お前にも恭輔くんに対する狂愛も依存も全て埋め込まれているはずだ、”新作”の分‥‥ハテナたちよりも強固に、だから、彼の”気配”を感じたらすぐさまに移動しなさい‥‥‥狂って、離れられなくなる前に」

‥わからないなぁ、会ったことも無い人間に、愛情を埋め込まれてると言われても理解出来るわけが無い、闇の中で立ち上がり、髪を掻き揚げる。

この真っ白い髪を取りあえず黒く染め上げたいな、外の世界に出たら最初にすることがそれだろう‥‥後は男っぽい服が欲しい、見た目が少女っぽく調整されている分‥‥服装ぐらいは男っぽく。

「気配って、わかるの?」

「何となくわかるだろう」「何となくわかるはずさ」

何ていい加減な姉たちなんだ‥‥‥そんないい加減な二人に対して、俺もいい加減な言葉を吐き出すのだった。

「別にいいよ」

【少年も彼のコピー品】



[1513] Re[54]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/06/01 17:59
巣食いと名付けられた少年、見た目は少女に見える美麗な少年、いつもは闇の中に引きこもりゲーム三昧の生活をしている少年。

二人の姉から命じられた事は母親を連れ戻すこと‥‥本来は逆だろうと心の中で毒づきながらも了承してしまうのだから、自分はやはり甘い。

‥‥それとは別に外の世界に出てみたいと、別の思惑もあったりするのだが、初めて見る”空”は何処までも広くて、少し怖くなったり。

「しかし、太陽の日差しってこんなに”痛い”ものなんだ‥‥」

闇の中から出たことのない自分の肌は病的なまでに白い、暖かく降り注ぐそれですら俺には初体験、眼がチカチカする。

それでも驚きなのに、街を行きかう人間の多さには眩暈を起こしそうなほどだ、闇の空間から直接ここに現出したわけなのだが。

灰色のビルや道を、まったく同じような動作や仕草で行きかう”人間”には僅かばかりの畏怖を感じてしまう、みんながみんな、同じように行きかう姿。

まるで蟻や蜂と何も変わらないような行動、それを自分と同じヒトガタが淡々と成している姿は不気味としか言えない、吐き気のようなものが渦巻く。

「まずは、どうしよう‥‥かな、お袋を探すか、自分の探究心を埋めるべきか‥‥‥うーん」

振り向く、別に何かの気配を感じたとかそんな事ではなく、本当に何となく後ろを振り向く、そこにはガラス張りのビルが聳え立っている。

ほうと、喉を鳴らしてガラスをペタペタと触ってみる、おかしな行動の類に分類される自分の動き、お茶を楽しんでいたらしい少女たちと眼が合う。

感嘆と好意に染まった少女たちの顔、所謂”学生”と呼ばれるソレだとすぐに認識する、初対面の人間にそんな顔されてもどのように対処すれば良いかわからない、ガラス越しだし。

『可愛いー!』『外人さんかな?』『真っ白』単語だけ聞き取って眼を細める、どうやら自分は”少女”だと誤認されているらしい、頬がひくつく感覚、胸にこみ上げるムカムカ、おいおい。

俺は男だよ?‥‥‥ピシッ、誰も気づかないほどに微かな亀裂がガラスに入る、その音に頭を振りかぶって気分を落ち着かせる、少女たちから眼を離して、ガラスからも手を離して、足を進める。

「‥‥‥‥‥」

トン、ドン、トン、恥じることではないが、どうやら俺はヒトの群れの中を歩くのが苦手らしい、肩が人に当たるたびに地面に唾をはき捨てたくなる、ムカつくな。

初めての世界はムカムカの連続だ、それとは逆に新鮮といえば新鮮、目に映るものや、知らないもの‥‥その全てを触ったり凝視したりしながら、記憶する。

‥そんな俺を時には不思議そうに、時には奇異の視線で、人間は注目する、歩いていて感じていたことなのだがどうやら自分の姿に問題があるようだ、認めたくないが、事実なのだから仕方ない。

「‥‥‥‥もしかして俺、目立つのか?」

白い肌が羨ましいと姉たちに言われてきたけど、こうやって太陽の光の下を歩いてみて思う、白すぎだろう俺の肌‥‥いや、髪まで白いのは何かの嫌がらせなのか?

‥さらに真っ赤な瞳と合わさって、見世物小屋の動物の気持ちになる、これは無いだろう、外の世界に来て改めて感じる自分と他者の違い、頬を膨らましたところで何も変わりはしないのだが、癖であるから仕方ない。

「取りあえず、やっぱ、お袋を探そうか」

自分に言い聞かせるように言葉を吐き出した。



ベンチに順々に上乗せしてゆく、汪去、沙希、差異の順番にポイポイポイと、『にゃっ!?』『うーん』『ん』と順番とおりの声が漏れる。

電車からこの三人を担いで出るのは大変だった‥‥‥一人一人は軽くても三人合わされば‥‥そら重いよ、何とか駅を出て、暫く歩いた後に。

丁度良いベンチを見つけたので投げるように三人を重ねて置く、重たかった‥‥‥‥汪去が尻尾をピーーンと逆立てているが大丈夫だろう、多分。

しかし喉が渇いたな‥‥‥確か近くにジュースの自動販売機があったような気がする、狭苦しい児童公園を見回してみるが俺たち以外に誰もいないし、差異たちをほって置いても大丈夫だろう。

腰をポンポンと叩きながら児童公園を出る、中央の通りから少し外れたこの公園は地元の人間もあまり活用しない、理由としては遊具の数が少なく、公園としての意味合いを薄くさせているのだろう。

「ふぅー、ここから家まで歩いて帰るのもだるいなぁ、何か無駄に疲れた‥‥お見合いって、もう二度としないぞ、まったく」

愚痴を吐きながら足を進める自分に何処か呆れながらも言葉は流暢に漏れる、不満を吐き出すことは得意だ、それが良いことか悪いことかは知らないけど。

小石を蹴飛ばしながら、そう言えばと思い出す、家のほうに屈折が来てるとか何とか‥‥‥家に帰ったら何も考えずにベッドの中に沈みたいのに、それすらも出来ないのか‥‥。

ここ最近は親戚に振り回されて、自分の生活を円滑に行えてないような気がする、自身のリズムをまったく気にせずに来襲する親戚たち‥‥‥はぁ。

「みんながみんな、自己中心的なんだよな、色褪も屈折も、俺の都合とか考えないし‥‥会いたくないわけじゃないけど、うー」

前日や当日に来られても俺にも俺の生活があるわけで、それをまったく考慮しないで生活を掻き回す色褪と屈折、会いたいのは俺も同じだけどさ。

「俺にもその自己中心的な血が流れてるんだろうな、何かそうやって考えると少し嫌かも?‥‥容姿だけでも似ればよかった‥‥」

自分の平凡な外見が嫌だとか、そういった考えではなく、単純に容姿が江島家特有の、人外的な美しさがあったとしたら、女の子にモテるんだろうなとか。

そんな下卑た考え、だって仕方ないじゃん、男の子だし、女の子にモテたいと思うのは当たり前のこと‥‥‥それ以前に友達が欲しいです、うぅ。

「はぁ」

何だか少しだけ憂鬱な気分になる、そう言えば遮光や光遮は学校ではモテたんだろうか‥‥兄としてそこら辺の事を聞いとくべきだったなぁ。

あの容姿だからモテたんだろうな、どうせ俺だけ平凡ですよ‥‥‥俯きながら歩いていると微かな違和感に気づき顔を上げる。

「ん?」

ふっと、雪をイメージした、こんなにも太陽の光が照りつける日に、雪を思い浮かべるだなんて、自分の感性を疑ってしまう。

だけど、それは間違っていなかったと自覚する、真っ白い少女が、違和感を放ちながら歩いている、遠目に見ても釘付けにされる強烈な印象。

鼓動が速まる、舌が回らない‥‥‥‥つか、俺は何を言おうとしてるんだ、向こうは当然俺なんかに気づいてない、先ほど、頭の中で議論したとおりに‥‥俺は”平凡”なのだから、白い少女の目に留まることはない‥‥はず。

「白い‥‥白い、つか、本当に無茶苦茶に白っ‥‥」

少し足早になりながら、失礼ながら徐々に近づいてくる少女を凝視してしまう、本当に”白”をイメージさせる少女、白いカッターシャツに青色の半ズボン。

皺が深く刻まれたシャツからは少女の無精な性格が読み取れる、何処か冷淡な色を宿した赤い瞳は忙しなく辺りを見回している、何か探しているのか?

白い髪、それを指で弄びながら少女は歩く、額には不釣合いな黒いサングラス、白い肌に赤い後を付けるんじゃないかと‥‥ん?

何で、俺、こんな心配してるんだ‥‥他人なのに、初めての感覚だ、知らない人間にこんな、自分の気持ちを押し付けるような独占的な思考。

緊張している自分に気づく、横切るだけなのに‥‥汗ばむ手のひら、えっと、他人なんだから”話しかけないし”触れもしない”でも、緊張する。

切れ長の少女の瞳は決して俺には向けられず、寂しさのようなものを感じることがそもそもの間違い‥‥‥だよな?‥‥‥でも、触れたいと思う、真っ白な彼女を。

混濁して、纏まりのつかなくなる思考、そんな俺をあざ笑うように彼女は周囲の人間の視線を、好意のような、美しいものを愛でるようなそれを受けて、でも、それに気づかずに、歩く‥‥白い肌が僅かに紅潮している。

何処か慣れていないように、歩くこと、それすらも不出来な少女、疲れがあるように見えるのは気のせいではないはず‥‥‥こんなにも俺を掻き回すこの子は、俺の、”なんなんだろう?”

”屈折”に会うはずの”今日”が”彼女”に出会うための”今日”に書き換えられてゆく、高鳴る鼓動は、屈折に再会するときのそれに近い。

そして、俺たちは、何でもないようにすれ違い。

「ッ!」

少女は突然、俺の横に、寄り添うように足を止めた、驚いたように眼を見開く少女、見下ろす俺、何処となく不釣合いな二人。

「巣食い?」

ふっと、頭に名前が自然と浮かんだ。



[1513] Re[55]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/06/07 16:37
男性型を製造すると決めたとき、どのような”隠し味”を仕込ませようかと悩んだ。

娘を二人も生み出したのだから、同じような手順で生み出せば良い、成る程、良案だ。

良案なのだが冒険心が無いというか‥‥折角なら男性にしよう、そんでもって、物凄く苦しい痛みを植え付けてやろう。

‥長女のサザナミにはオリジナルに対する愛情と憎しみを同士に埋め込んだ、次女のハテナにはオリジナルに対する愛情と嫉妬を組み込んで見た。

そして、今、名も形も無い少年には何を入れてやろうか、心にジワジワと浸透するような、厭らしい苦しみを与えたい、屈折した感情を与えてやりたい。

私が、恭輔に対して持っている、苦しさ、切なさ、憎しみ、愛しさ、優しさ、嫉妬、独占欲、心身が破壊されるような、湧き出てくる感情の本流。

それらを個別に埋め込んで、恭輔のコピー、私の子供、異端の存在はこの世に生まれ出てくるのだから、どんなに私は心を着飾っても、物凄く汚い存在。

私は、屈折は、恭輔を生み出すために、完璧たる完成品を作り出すために生み出された実験台の一つ、永遠の異端の苦しみを救うために生み出された救済装置の試作品。

みんな、みーんなそうなんだ、みんながみんな、恭輔を作るために、それだけのための試作品、恨みは‥‥無いといえば嘘になる、だがそれ以上に、それ以上に愛しい。

‥何せ私も異端なのだから、恭輔を生み出すためだけに生み出された異端、突出した異端であればある程に、恭輔に救われる、愛情を持つようになる、それが江島の”直系”なら当然の事。

みんながみんな、彼に対して何かしらの歪んだ思いを抱いている、色褪は娘に対する後ろめたさと恭輔への依存、恋世界は恭輔に対する歪んだ恋心、残滓は己のみが唯一の一部と己を誇示している。

そして屈折は、私は‥‥恭輔に対して、何処か、母親が子に持つような感情を抱いているのかもしれない、可愛くて、愛しくて、側にいて欲しくて。

完成品である彼を心の底から疎んでいる、それを覆い隠すような愛情に闇を潜ませて、彼を愛して、甘えさせ、振り回す‥‥私の娘にも、息子にもそんな感情を抱いて欲しい。

私だけが苦しいだなんて、嫌。

「悩む、悩むなぁ‥‥‥オトコノコ、男の子がいいよなぁ、女の子は二人もいればなぁ‥‥男の子、むー」

恭輔の髪を手の中で弄びながら、どのような概念をこれに突っ込もうかなと、容姿や、基本の精神の在り方など、諸々は決まっている。

後はいつものように恭輔に対する感情を設定するだけ、ハテナやサザナミの時は簡単に決まったのにぃ、男の子となればどうも勝手が違うみたいだ。

私の能力である『屈折解釈』(くっせつかいしゃく)あらゆるある真理、概念、存在、それらの全てを屈折して解釈する事によって現実にする力、これを活用すれば能力者の一人を生み出すなんて簡単なこと。

‥‥恭輔の髪、屈折解釈、恭輔の情報、屈折解釈、恭輔の設計図、屈折解釈、江島の設計図、屈折解釈、情報の書き換え、屈折解釈、書き換えた情報の方が真実、それらの屈折した解釈で僅かな時間で成す。

‥‥‥”私”の主観での解釈なのだから、何でも行える、ブクブクと膨れ行く、膨張する恭輔の髪の毛、恭輔の正しき情報を、全て屈折して受け取り、それを書き加えてゆく、面白いほどに私の解釈が加えられて行く。

ここまで何回に捻じ曲がった解釈をしていれば、性格も歪むってもんだよねー、歪んだ果てに私のような異端があるんなら、この世界はやっぱり、異端にとってとても苦しい世界なのかも。

屈折解釈、だからこそ楽しきこの世界。

「男の子、こういった、何かを”作る”の、恋世界とか得意だったよなぁ、んん、恋世界?」

闇の中で人の形を成してきたその子を見つめながら、私は凄い事を思いついてしまった、思いついたけど、これは私には”無い”感情なんだけど。

どうしよう、どないしよう、物凄く良いアイデアなんだけど、私の知らない”屈折”した感情だろうしなぁ、私はそれを見て嘲笑って、ちゃんと心癒されるかな?

「恋世界、恋、こい‥‥‥男の子が恭輔に恋、気持ち悪い、気味が悪いそれを自覚させながらの恋心、男の子なのに、女の子の感情、成る程、なーる」

私には無い感情だけど、知らない分、とても面白そうで、素敵なものだと思えてきた‥‥‥この子の基本性格のパターンと合わされば大きな葛藤を与えれるだろう。

屈折した私の心が爆ぜる、唇が笑みの形に歪む、これはいい、いや、こいつはいい‥‥生まれてくる息子に対して、最大のプレゼントになるだろう、永遠の恋心を君にあげる。

君は男の子なのにね、気持ち悪いね、気持ち悪い子、くすくすくすくすくす、ふふ、きゃはははははは、嫌悪に身を震わせて、人生を謳歌しなさい、愛しい我が子、君の中に、あの子と出会うまでこの思いを封じてあげる。

全てを焦がすほどの恋心、自分の存在がどうしようも無く不安定に思えるほどの清い恋心、歪んでしまった私には無い感情、それは君の中に確実に”巣食う”、君の心の中で、あの子と出会うまで巣食う感情、

巣食う恋心、これを、混ぜ込む、大きく脈動するヒトガタ、歓喜に震えるようで、嘔吐をするときの脈動にも似ている、そう、巣食ったソレ。

「男の子なのに、男の子が好きになるなんて、気味が悪いね、あは、恋心を巣食わせて、その日まで生きるんだね、”巣食い”」

ゴボッ、ヒトガタが、蠢いた。



お袋のような気配を感じた、あの独特な気配を読み取れるのは家族ぐらいのものだろう、歩き疲れたと愚痴を吐く体を無視して足を進める。

足の裏がヒリヒリする、俺の生まれ育った闇は感覚の不確かなもので、沈みはしても、こんなに硬くは無い‥‥地面を平気な顔で歩き続ける人間たちに感嘆する。

しかし、空の上から照りつける太陽の日差しは少しずつだけど柔らかくなってきているようだ‥‥シャツを捲って皮膚を見る、僅かにだけど赤い‥‥服の上からこれって。

どんなに俺の肌って弱いんだよ、男としてかなり情けなく思える、うー、どうせなら褐色肌に生み出してくれれば良かったものの、男らしいと思う、褐色肌ってさ。

「しかし、なんなんだ、この気配‥‥‥お袋に似てるけど、お袋じゃない?‥‥いや、やっぱりお袋か?‥‥‥あの単純思考なお袋が気配を誤魔化す事を覚えたとか?‥まさかだな」

自分の考えに苦笑する、短絡的お子様思考の母親がそのような面倒なことをしてまで、自分たちから逃げ回るとはとても思えない、だとしたらこの気配は誰なのだろう?

アスファルトで補われた痛みを与え続ける地面に舌打ちをしながら考えにふける、横切る人間が皆、一度は立ち止まって自分を凝視する様にまたも舌打ちを‥‥なんなんだよ。

「あのお袋の事だから、気まぐれで気配を変化させてるとか、そんなのも有り得るかも、しかし暑いよなぁ‥‥暑い」

首に絡み付いてくる髪の毛を煩わしく感じる、こんな事なら三つ編みにでもしてくれば良かった、しなかった理由は単純にだるかったから、怠惰な自分。

僅かに赤く染まった肌に絡みつく真っ白な髪の毛をにらみ付けながら歩く、姉たちは綺麗だから切るなと言うが、自分にはただの邪魔な付属品でしかないのだから、汗疹になるし。

「ん?」

ふと、向こう側から歩いてくる人間の男に眼が行く、おかしい、ほかの人間は全て無視して、意識を傾けることすら無かったのに、本当に意識せず、そいつは眼に入った。

だからなのか、特に何を思うことも無い、黒目、黒髪の平凡な人間、世界にとって取るに足らない、そのような存在、だから、すぐに眼を背ける、そんな事よりも汗疹になるかどうかが心配だ。

「‥‥‥」

‥‥だけど自然についつい眼がそちらに行ってしまう、意味も無く、単純に、俺の思考を無視するように瞳だけがそっちに‥‥おかしい。

向こうの男もこちらを凝視しているのがわかる、当然だろう、こんなにジロジロと見る奴がいたら誰だって凝視するに限ってる、しかもその容姿が”異常”であるなら、当然と言える。

「‥‥‥‥‥‥っ」

‥呼吸の乱れが激しくなる、最初は足りない体力のせいだと思っていたが、どうやら違うらしい、あの男がこちらに徐々に近づいてくる、そう思うだけで、鼓動が忙しく脈打つ。

お袋の気配だとばかり感じていたソレが、少しずつ正体を見せてくる、赤く腫上った肌に更なる紅が差し込む、動悸が激しくなり、すぐさまにここから逃げ出したくなるような感覚。

(‥あの男、から、お袋と同じ、感じがする、っ、なんだ、これ!?)

逃げ出したいはずなのに足は自分の意識を無視して男の方へと一歩ずつ歩むことを止めない、危険だと感じていても、体がまったくこちらの指示を受け付けない。

黒い髪、黒い瞳、特徴の無い、少年から青年へとなる時期特有の、何処か不確定じみた表情、こちらを凝視する瞳の中には自分と景色が混ざりこみ、写り込んでいる、吸い込まれそうではなく。

全てを内包したような、人によっては嫌悪を抱くような、何処か遠い瞳が波打ちながら自分に絡み付いてくる、背筋に走る冷たい感触は短き人生では味わったことの無い、途方もなく危険なもの。

完全にそいつに固定された我が瞳を呪いながら、流れ出る汗を気味悪く感じながらも、意識に一貫性が出てくる事に‥‥‥‥逃れられない、つい、先ほど、初めて意識した”男”に。

おとこ、オトコ、そう、目の前のそいつは男だ、男にしか見えないし、あれが女だというなら詐欺も良いところだ、男が男に意識を向ける、それはどのような事を意味するんだろ?

そして、それを”意識”した時、胸の高鳴りと、顔が青褪めてゆくのを感じた。

「巣食い?」

すれ違いざまに、その男の呟いた言葉、その声は甘い蜜のように脳内に染み込み、俺に嫌悪感を抱かせた‥‥。



‥意識のすべてが傾くのを感じた、何かのスイッチが入ったかのように自分の全てが書き換えられてゆく感覚、俺は頭を押さえながら立ち止まる。

顔が真っ赤に、それこそ血の色のように染まってゆく、苦しみと何処か甘酸っぱい、その両方に侵食されながらも何とか息を整える、な‥‥んだコレ。

‥長い髪が下を向く自分の前にカーテンのように、全ての景色を遮断する、目の前の男の足元だけは眼に入ってしまうが‥‥それだけでも頭が沸騰しそうな”何か”を感じてしまう。

やばい、やばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい、馬鹿のようにその単語しか浮かばない。

汗が湧き出ると同時に自分の体も硬直してしまったようだ、逃げ出さないと、この、今、眼の前にいる存在は危険だ、それこそ自分のような化け物よりさらに危険な存在。

何せ、側にいるだけでこちらの思考も体も全て停止させてしまうのだから、恐ろしいとしか言えないじゃないか‥‥恥ずかしい、顔を上げることが馬鹿みたいに恥ずかしい。

目の前の存在に自分を僅かにでも吐露する事が心の底から恥ずかしい、なんだこれ‥‥姉たちが綺麗と褒めてくれたこの顔も、こいつに見られるとなると途端に自信の無い物に変化する。

「やっぱ巣食いだろ、うん、屈折の所の‥‥会ったこと無いけど、ハテナやサザナミに似てるし、雰囲気が同じ、えーっと、間違い?」

「ま‥‥ちがえじゃない」

それらの言葉をかみ締めて、やっと、この存在が何なのか理解できた、理解できた途端に”遅すぎた”と己を呪う、姉の言っていた言葉の意味を理解する。

自分の中に母が埋め込んだ、その罠に、今、自分は堕ちてしまった、くそっ、脈打つ鼓動にイライラする、目の前の存在は同じ”血族”であり、”同性”なのに、これでは、まるで。

恋する少女のようだと、迂闊にも思った自分は、気持ちの悪いもの。

俺は男なのだから、吐き気と同時に、胸が脈打つ。



[1513] Re[56]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/07/20 18:24
無言の時間がゆっくりと流れてゆく、道行く人々は不思議そうにこちらを時折見つめたりするが、自身の生活に関係がない”違和感”だと気づく。

去り行くその人たちを横目に見つめながら、俺はどーしたものかと頭を悩ませる‥‥目の前の、巣食いと呼ばれる存在について、心底に頭を悩ませている。

巣食い、屈折から聞いた話では男だったはずだけど、俺の目の前で顔を地面に向けて表情を隠している存在は‥‥どう考えても少女にしか見えない。

「えーっと」

失礼ながら眼を擦って再度、目の前の存在を見つめ直す、真っ白い髪に真っ白い肌、統一された一色、端正だけれど、鋭さを持ち合わせた顔立ち。

切れ長の真っ赤な瞳と合わさって、俺はふと、真っ白なウサギを想像してしまったり‥‥あー、プルプル下を向いて震えてるからか‥ウサギも震えるし。

そんでもって、何で震えてるんだろうと、当然の疑問が頭に過ぎる。

「つーか、下を向いてプルプルしてるとこ悪いんだけど‥‥俺ってば、何かした?」

「‥‥‥してない」

これまた、どう考えても年頃の少女の声にしか聞こえないか細いソレ、もう一つの困惑、目の前の存在は本当に男か、それとも否か。

長い髪に遮られて表情まではわからないけど、俺の質問には淡々と答えてくれる巣食い、このままの状態で出会ってから暫しの時間が経過したわけで。

「だったら、何で顔を上げないんだ?‥‥気分悪い?」

「‥‥‥別に」

先ほどからこれの繰り返し、どうしよう、親戚の少年は俯いたまま返答をするだけで、何故か顔を上げてくれない‥‥嫌われてるの俺?

屈折が変な風に俺の事を吹き込んだとか?‥‥‥あれ、そういえば。

「俺の事、話してないよな?‥‥江島恭輔、何だか改めて自分の名前を名乗るのは恥ずかしいもんだな、ほら、お前の母親の屈折の」

「‥‥それも知ってる、何となく知ってる、あんたが”恭輔”って、すぐに理解した」

中々に掴み所のない巣食いの言葉に、ふむと、顎を擦って納得する‥‥俺も何となく巣食いだって理解したし、巣食いも俺のことを”恭輔”って理解したとしても。

まあ、おかしくは無いのかな?‥‥不思議な感覚に何処か捕らわれたまま俺は巣食いの次の言葉を待つ、ふわふわした感覚。

「そんなに白いイメージを、人の頭に焼き付けるような、初対面の巣食いに質問があるんだけど、母親は、屈折は一緒じゃないの?」

「‥‥‥‥」

無言になりました、そしてまた、プルプルと小柄な体を震わせて、下唇を強くキュッと噛んだのがわかった、どーしたんだろう‥‥このままほっとく事も出来ないし。

白く長く、先端に少し癖のある髪を指で弄りながら無言になる巣食いを見ながら、俺はどうしたものかと頭を掻く、こうやって、親戚に偶然に遭遇するのは中々に珍しい。

だからこそ、何となくここで『じゃあ、さようなら』と気まずさに負けて、目の前の小柄な少年と別れるのは間違っている気がする、何かプルプル震える様子が保護欲を刺激するし。

「もしかして迷子だったりするのか?」

「そ、それは違うっ!」

顔を上げて否定する巣食い、それまで無関心だった風景に同化していた人間たちが刹那に停止する、巣食いの美麗な顔と、涙の入り混じった倒錯した表情に、歩みを止めてしまう。

‥‥俺の周りには整った顔をした奴等が無駄に多くて、時折、嫉妬にも似た何かを抱くわけで‥‥巣食いに関しても、こいつ‥‥大きくなったらモテモテなんだろうな‥‥羨ましい奴。

少しだけ卑屈的な自分の考えを嫌悪しながら、頬をポリポリ‥‥涙目になって、『俺は迷子じゃない!』と両手を上下にワタワタさせながら力説する巣食いに苦笑。

「はいはい、わかったわかった、とりあえず、えっと、お兄さんと一緒に来るか?どうせその内、屈折が俺の家に来るだろうし、その時に合流すればいいじゃん」

「そ、その言い方だったら俺が迷子見たいじゃないか!」

顔を真っ赤にしながら涙目で抗議する巣食いに、屈折の面影を少し‥‥似てる似てる、この親子‥‥すげー好戦的と言うか、何と言うか。

自分の血族は基本的に我侭なのだと改めて確認する‥‥‥‥俺は違うよな?‥うん、ほら、容姿も普通だし、何より‥‥えっと、うん、普通!

「‥‥‥いま、あんた、失礼な事考えてないか?」

「えっ、なんで?」

ジーっと見つめてくる巣食いの瞳を避けながら密かに思う、顔が綺麗な奴が睨みを利かせると妙に怖いなーとか、本当に下らない密かな思考。

巣食いはそんな俺を顔を赤くしながら睨んでいるし‥‥あれか、物凄く人見知りとか?‥‥さっきまで顔も合わせてくれなかったし、その割には話すし、何なんだろう?

「別に‥‥すーはーすーはー、はー‥‥ふぅー」

「‥‥‥深呼吸‥‥やっぱ気分悪いんじゃないか?」

突然、深呼吸を始めた巣食い、中々に独特のテンポをお持ちのようで‥流石は屈折の息子、だけど巣食いの方が俺に迷惑をかけていない分、いくらかマシだな、うん。

「あ、あんたと話すのは、む、無駄に緊張するから、だから、深呼吸っっ!」

「‥‥はぁ、言ってる意味がよくわからないんだけど‥‥俺みたいな平凡な人間と話すのに緊張するって‥‥どーなんだ?」

髪をモジモジと弄りながら叫ぶ巣食い、徐々に打ち解けているのか突き放しているのかわけがわからない、俺と話すのに緊張するって、そんな事言われたの初めてだ。

やっぱり人見知りが激しいんだろう、そんでもって親戚の俺を無視するわけにはいかず、無理やりに話してると‥‥大体はそんな感じかな?

「う、うっさいなー、と、兎に角、きんちょーするんだ!そういう風に俺は出来てるのっ!」

「どんな風に出来てるんだよ‥‥はぁー、とりあえず、ほら」

「っあ!?」

腕をとって引っ張るように歩みだす、いつまでもこんな会話を繰り返していたら夜になってしまう‥‥それはもう確実に。

後ろのほうで大人しそうな姿見からは想像出来ないほどに大声をあげている巣食いに、はぁ‥‥‥うっさいな、もう、本当に男か?

ひんやりとした小さな手の感覚と、甲高くも、小動物を何故か連想させるような巣食いの声に疑いは強くなる一方で、初対面の巣食いに‥‥どうしてこんな風に自然体で接することが出来るんだ俺‥‥。

「は、はなせってば、一人で歩ける!」

「はいはい、わかったから、取り合えず大人しくしとけ、子供は子供らしく、親戚のお兄さんに従いなさい、以上」

「誘拐犯っ!?誘拐犯なのかお前!?あ、あぁぁぁ、や、やめろー!」

顔を真っ赤にして、細い体を無理やりに動かせながら‥‥‥‥何て失礼なことを言うんだこいつは‥‥巣食いの叫びを聞き流しながら、誘拐犯って。

自分の顔がムスッと不機嫌になるのがわかる。

「誘拐犯って、失礼な奴だな、親戚の子供が迷子になっているから、保護してるだけじゃん、それをお前‥‥よりにもよって誘拐犯ってなぁ」

「だ、だって、手、手っ!さ、さわんなー!さ、しゃわんなー!」

何がそんなに気に食わないのかわからないまま、俺は暴れる巣食いをズルズルと引きずるように連れてゆく、こんな五月蝿いの連れてたら‥‥差異達と会うとさらに面倒になりそうだなぁ。

このまま家に巣食いを連れてくとするか‥‥つか、こいつを連れて公園まで戻る気力が無かったりする、しかし暴れる割には力入ってないなコイツ‥‥お肉を食べなさい。

「しゃわんなって‥‥落ち着け、そして大人しく俺に連行されろ」

「さ、さわるな、き、気持ち悪い、やめてくれ‥‥お願いだから‥‥」

弱弱しくなる声と緩くなる抵抗、サングラスがずり落ちて、何とも滑稽な巣食いの姿‥‥ちょっと泣きそうな感じ‥‥おい!?

切れ長の瞳がウルウルと水面のように揺れる‥‥頭に浮かんだのは、弟が泣き出す時の一歩手前のそれと同じだということで、やばい。

「お、おぉぉい!?そ、そんなに俺に触られるのが嫌だったりするわけか!?な、泣くな!男の子だろ?いや、見た目は女の子っぽいけど!」

「う‥‥うぅ‥‥」

ガクリと、頭を再度‥‥下に向ける巣食い、白い髪がパサッとカーテンのように表情を隠す‥‥そして地面にポタと一滴の涙が零れ落ちる。

表情が隠れてしまっているが‥どんな顔をしているかは嫌でもわかるわけで、俺‥‥が、泣かした?

「あぁと、えーっと、何か傷つく事言いましたか俺!?えっと、じ、実は女の子だったとかそんなオチか!?屈折が俺を騙してからかってたとかそんなパターンですか!?だったら、うん、女の子に男の子って言って、えと、ご、ごめん!」

沸騰する思考に導かれるままに謝罪の言葉を吐き出す、中々に定まりのつかない思考で、何とか搾り出した巣食いが泣いてるであろう原因。

それがまったくの見当違いだとは。

「うぅぅ、お、俺は‥‥おとこ、なんだ‥‥」

その時の俺は気づかなかった。



関連事項は全て殺すと、その思考に支配された体は思ったよりもしなやかに、純粋に私の意思に従ってくれる、飛び散る血の香りに、息が漏れる。

‥‥それは、別に日常の中では異端では無かったのだろう、幼い頃の私を知る人物、私はこの地で育ったのだ、それは”いて”当然と言えるのだが。

偶々再会して、兄さんの事を偶々私に問いかけてきた、曰く『お兄さんは元気?』それだけで、他者の口から、兄の、兄さんの名前が出ただけで、取りあえず殺した。

‥‥昔の私は、まだ、兄さんの名前を他者に”預ける”事を許していたのだ、愚かな、幼く、そこまで思考が回らなかったとしても、呆れるほどに愚かな過去の私。

「‥‥遮光ちゃん?その人、ビクビクしてるよ、ほら、トドメを刺さないと、見るに耐えないほどに、可哀相だよ?」

脈打つ白い四肢を見つめながら、光遮は無邪気に笑いかけてくる、年相応になりつつあるのに、少女のような美しさを失わない弟は女性の裸、それが例え半死だとしても、女性の裸に毛ほどの興味も無いらしい。

姉として、それはそれでどうなのだろうと思いながら、私は口を開く。

「いいのよ、可哀相?‥‥それでいいのよ、兄さんの名前を、この子は汚したのだから、苦しんで死なないとだめなの、わかるでしょう?」

「うん、わかるけど、虫じゃないんだから‥‥あっ、でも、恭兄さまに集る虫かも?」

「正解」

暫く、その蠢きが終わるまで、無言のまま空をあおり見る、川に架かる橋の下で、このような殺人行為が行われてるなんて、誰が想像するだろうか?

人間が暢気なのか、世界が暢気なのか、どっちもどっちなのか、脈打つそれが、やがて停止するまで考えてみたが、結局はわからない。

兄さんだけが、本当で、世界は全部、偽者、それが正解かしらね‥‥偽者、世界、腐った世界、自分の母親、腐った存在だった、兄さんを、我が子であるのに、憎んだ、あの存在。

あの女で唯一褒められるべき部分があるとすれば、この世に兄さんを産み落とした事、それだけであろう‥‥他には何も無い、空っぽの女だった。

「でも、”コレ”も兄さんの一部ではないわね‥‥‥‥何処にいるのかしら、早々に、この世界から退場してもらいたいのだけれど」

殺した存在は、目的のものではなくて、私は少しだけ残念に思う‥‥兄さんと一緒に現在の『一部』の方々も本家に行っているのかしら?

だとしたら、この街に訪れた意味は何も無いのだけれど、今の私たちなら、あの、懐かしい家の地下に居座る、畜生を殺せるかもしれない、どうしましょう?

「でも、恭兄さま、自分の一部を失ったら、悲しむんじゃないかな?‥わからないけど」

「いいのよ、それが兄さんのためになるのだから、いつか、全ての”一部”を名乗る存在を滅しないと、それが、数ある目的の中の一つなのだからね」

「ふーん、そんな事を考えているんだ、チミ達はー、怖いちゅーか、何と言えば良いのやら、駄目だよー?そんな事したら、恭輔に嫌われちゃうよ?」

バッ、刹那に敵と認識した、私たち二人の、そのどちらでもない声、意識を開放する、人間相手には態々使用する事など、皆無であろう異端の力。

聞きなれたその声は、知っている、血族、私たちの異端の血に連なる化け物、このような場所で遭遇するなどは思ってもない相手‥‥だからこそ、殺せるうちに殺す。

トンッ、額に、小さな指先が、突き付けられた。

「だめだよー、親戚を殺そうだなんて、本当に駄目、駄目すぎ、お久しぶり、遮光に、光遮ちゃん、相変わらず飛ばしてるねー」

「っ、屈折‥‥」

私の口から零れた、その名前の持ち主は、にっこりと、まるで天使のような無邪気な笑みを浮かべた。



[1513] Re[57]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/07/20 23:24
目の前で、睨みつける少女を見つめながら、頭の中に刹那に思い出が駆け巡った‥‥思い出?

それは思い出というよりは、懐かしさの欠片も無く、今も私の中にあるもので‥‥。

「っ、屈折‥‥」

こぼれたその子の声は、やはり血族である、私たちの血を強く継いでいて、あの子を連想させ、あの人を思い出させ、彼女に似ていた。

頭に、過ぎったそれらの思い出に、私は彼女に指を突きつけながら、僅かながらに微笑むのだった。





混濁とした思考の中で私たちは生まれました、人間の”体”から生まれるだなんて、それは、ありえないこと。

誰が始まりだったんだろう、全てのソレを、世界の枠組みから外された存在たちを、肯定してくれるものを生み出そうとしたのは。

長い長い、とても、長い時間を生きてきたのに、記憶は掠れて行くばかりで、鮮明さを失って、結局はどんどんと、枯渇してゆく。

歪彌(ゆがみ)が始まりだと言われているけど、それもどうだか、あまりにも昔の出来事、嘘だらけの記憶は幾らでもあるのだから、それが”江島”の始まり。

とてつもなく、ゆったりした少女、それが歪彌だった、人の言葉や環境に何も振り回されずに、いつも飴玉を舐めてニコニコとしていた印象がある。

私が近寄ると、懐からいそいそと、飴玉を出して、渡してくれて‥‥一緒にコロコロと、口の中で転がして微笑みあったり、純真無垢で、だからこそ歪(いびつ)であった少女。

最果(さいはて)は力の使い方が酷く下手だった、自分の力をコントロール出来ずに良く泣いていた‥‥泣いていたイメージしか無いのかこいつは‥あぁ、料理が上手だったかな?自分の太ももが人より太いと、風呂場で恨みがましそうに睨まれた覚えがある‥‥‥別段そんな事は無かったと思うけど、人の話を聞かない部分があったし‥でも”狂う”と、やはり危険だった。

等異音(らいおん)は不思議な子だった、小さな生き物を助けて、大きな生き物を殺す、そんな思考に縛られていた、能力者のカテゴリーには最果と同じく当てはまらない力を持っていた、良く、無茶をして怪我をして帰ってくるので、自然とお世話係りに最果がなっていた‥‥‥等異音が無茶をして、怪我をして、それを見て最果が泣いて、力が暴走‥‥当時の日常に組み込まれていた嫌な思い出。

恋世界は失敗のはずだった、今までの存在と比べても、不安定すぎた、大切なものと、大切じゃないものの境目があやふやで、そんな自分にいつも困惑していた、気に食わないことがあるとすぐに暴れるし、力が力だけに、皆で止めなければ危うい程に、そんなあり方をしていた、それとは正反対に知的な面があって、みんなを纏めるのは意外と彼女だったりした‥‥人を惹きつける、危うい魅力があったのかもしれない。

開園(かいえん)と清音(きよね)は、色で例えると赤と青だった、100回の人体実験の最中に生まれた二人には、他者を信用できる、確かなものが無かったのかもしれない、何処かみんなとの距離があったかのように思える、性格としては開園がまだ社交的で、清音に至ってはそれの付属品としてそこにあった‥‥‥二人だけの、その世界には結局誰も立ち入ろうとしなかったし、立ち入りたくも無かった、二人だけの絶対愛が輪を乱すからだ‥‥‥二人だけ木陰でウトウトと、転寝していた光景。

悲恋(ひれん)と残滓の姉妹は、語る言葉が中々に出てこない、開園と清音の遺伝子と論理から生み出された二つの命、悲恋は常識的な子‥‥だったと思う、恋世界に対して絶対的な”何か”を見ていた、彼女にとっては恋世界はまさしく”世界”だったのだろう。

残滓は、危険すぎた、危険すぎる仲間の、一族の中で、もっとも危険だと判断された‥‥その思考、考え、在り方、何処で間違えたのか己以外を認めぬ傲慢さと、己だけを求める哀れさを持ち合わせた、悲しい子だった、それは恭輔に”救済”されるまで、変わらなかった、後、怒りっぽかった‥地下の黴臭い座敷の中で、世界への怨念と、他の血族に対する恨み言ばかりを吐き出していたが‥‥無駄にプライドが高く、食事を持っていて上げても跳ね除けたりしていた、が‥‥最果の作る桜餅だけは無言で食べていた。

そして己である『屈折』自分がこのメンバーの中でどの位置にいるのかは理解できない、恐らく、最も単純に、正確に、力を、それこそ神話的に行使出来る純潔の”能力者”を作りたかったのだろう、単純な思考回路と、心の壊れ具合が尋常ではないと、まあ、きちんとした運用は不可能だよねー‥だからこそ失敗の烙印。

残骸、腐乱の双子、何処か達観したような視線で物事を見る姉と、こんな腐敗しきった世界で”愛する”何かを見つけようとする妹、残骸と腐乱の悲劇はお互いを憎しみあうように調整されたこと、永遠に憎しみ合う事でしかお互いを理解できない‥‥そんな二人、眼を合わせば、お互いを知覚した瞬間に殺しあうのだから、迷惑以外の何者でもない、その様子を見て色褪曰く『殺姉妹』(ころしまい)結局は完全に互いを殺せない『殺しはしまい』と、かけていたりして‥‥クスクスと笑いながら姉妹が殺しあうのを見る色褪は‥‥。

『‥‥血塗れの、あの二人、お風呂場に叩き込んでください、ふぅ、ったく』赤い瞳を困惑させながら、自慢の庭を血塗れにされたときの色褪の顔が浮かぶ、あれが、もう、人の一生分よりは昔のことなのだから、私たちはやっぱり、逸れ者。

縷々癒(るるいえ)は、肉体のみに特化してしまい、肉体系だーと、みんなでからかった覚えがある、すぐさまに頭に血が上って、怒鳴り散らしていた彼女、でも、本当に困ったときは、みんな彼女に相談をしていた、何だか皆より少し年上に固定された”容姿”が、阿呆なことに、そこに本来は無い”母”を見たのかもしれない、私や色褪は短絡的思考の彼女を何処か避けていた傾向にあるけど、他のみんなにはそこそこ好かれていたような気がする、後、怒るとそこら辺のものを手当たり次第に投げるのは止めてほしかった‥‥置物のように微動だにしない歪彌を、本当に置物だと勘違いして投げたときは、みんな卒倒しそうになったものだ。

愚行(ぐあん)は優先的に絞られた、それこそ、最高と言って良いほどに計算された配列で生み出された己を誰よりも誇りに持っていた、江島である事を誰よりも深く受け止め、誰よりも選ばれし存在だと自分を心で持ち上げていた、だからこそ、皆のまとめ役であった色褪や恋世界とは仲違いが激しかった。

苦皆死(ぐみし)は内因的な要素よりも、外因的な要素を取り込んだ始めての試作体だった、能力者ではなく、この世界に古来より住まう”精霊”を力の行使に利用、否、転用しての初の試み、だからこそ皆よりも広い世界を認識していた、里の外にある腐敗した世界に、憧れを抱いてしまった‥‥精霊と生きる道を選び、江島を捨てるとまで。

その言葉に色褪が激怒し、あのとき、ああ、やはり彼女こそが当主だと認識した‥‥純粋に怖いのではなく、純粋に、それこそ、色褪こそ”江島”だったのだ‥‥右目を抉られ、制裁を受けた少女は、この世界の何処かで、今も精霊と共にあるのだろう。

破壊、色褪をそのままの、まったくそのままのコピー品、彼女の有する能力を全て攻撃のみ、破壊のみに変質させた異常の力、しかし、己とまったく同じ姿がどうやら気に食わなかったのか、右手を消し、そのまま川へ放り捨てる‥‥釣り人が魚の腸(はらわた)を川に捨てるかのように、血塗れのその物体を、ポイッと。

失意も同じく色褪のコピー品、この頃から、目的の”存在”とは別のものを生み出すようになる、答えは簡単、その存在、恭輔が生まれたのだから、赤子である彼に、実は献上する、それだけのために破壊も失意も生み出されただから‥‥その生命について深く考えると哀れでたまらない。

そして‥‥京歌ちゃん、哀れで、愚かな子、記憶が、ふっと、頭に過ぎる、何でもない、それこそ、そこに、いつもあるのだと思っていた光景、屈折した私の、多分、とても、■■だったあの、日々。

歪彌‥‥私の横で、いつも飴玉を転がしていた少女、色褪と恭輔を取り合い殺しあった少女『『『ふぁー‥‥‥天気、晴れ、だから、歪彌ちゃん、寝てもいい?』』』

最果‥‥いつも泣きながら屋敷を走り回っていた少女『『『うわぁぁぁぁ、や、やべーであります、残滓ちゃんにご飯を1週間あげるの忘れてたーーっ!!??』』』

等異音‥‥‥蟻を踏み殺した私を殺そうとわざわざ寝床に隠れてた少女『『『蟻さんナンバーである9283を殺したもんで、まあ、すんませんが、死んでみましょうぜ』』』

恋世界‥‥彼女は‥‥皆の頭をどついたり、振り回したり、思えば自分と同じ立ち位置の少女『『『くすくすくす、やべーやべー、あまりにも生意気なんで、いたぶり過ぎたかも?』』』

開園と清音‥‥木陰でいつも本を読んだり、二人で地味に「しりとり」をしたり‥‥‥妙に印象のある少女二人『どんぐり』『り‥‥りす?』『さっき言ったよ清音、残念だね』『うぅー』

悲恋‥‥彼女に関しては仲間内の中では珍しく、常識的な行いしか浮かんでこないから、不思議な少女『屈折さん、どいて下さい、そこ、お掃除しますっ!よしっ、がんばるぞー!』

残滓‥‥皆のように、家の手伝いもしなければ、成功作である恭輔が生まれるまで暇だった私の地下の話し相手、そんな少女『ええい、煩いっ!何処か他所に行けっ!殺すぞ!』

残骸と腐乱‥‥あの二人が喧嘩するのを意味も無く見つめるのが家事能力のない私と色褪と歪彌の日課だった、暇つぶし少女『‥‥‥あかんなぁ、死なへんかな‥こいつ、マジで』『こっちの台詞だったりするわけなんだよなー、それ』

縷々癒‥‥いつも元気で、明快であった彼女も、最後はコワレタ、コワレテ、コワレテ、肉体の特化が反転して、精神の特化をした少女『こらっー!服を脱ぎ散らかさないっ!屈折っ!』

愚行‥‥己の血に最大のプライドを持っていた、それしか存在価値の無い少女、恭輔に出会い、またもコワレタ、そんな少女『ちょっと、み、皆さんっ!私(わたくし)の入浴中にーっ!』‥‥一番胸が無かった。

苦皆死‥‥みんなの緩和剤的な存在だった、だけど、恭輔に出会うと、同じくコワレタコワレタ、精霊ですら、癒しは不可能な少女『はいはい、だったら、みんなで多数決をしましょうか』

破壊‥‥物を壊すのに、生き物を壊すのに、優しすぎて、生みの親に捨てられた少女『っあ、お母様‥‥い、いらないの、破壊はっ!』‥‥小鳥の赤子を、触り、”破壊”した時の落ち込みようが眼に浮かぶ。

失意‥‥遠い世界から、恭輔を愛し、色褪を憎む、そんな存在、可憐な少女『あら、屈折さま、珍しいですね‥‥花を活けるのですか?‥‥似合いませんね♪』‥‥あと、色褪の子供ゆえに、性格悪い。

そして京歌ちゃん。



[1513] Re[58]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/10/03 19:29
ゾクリ――それは睨まれることによって感じる、形無き、冷たい刃であった。

思い出の中の少女と――京歌ちゃんと、現実の中の少女――遮光――それが一瞬、重なってしまう。

「あなた‥‥‥今っ!‥‥今っ!私とあの”クズ”を!同一に、同一に見たわね!」

細身の体躯から発せられる狂気に近いほどの感情の濁流、いや、それはもう狂気と呼べる代物でもないのかもしれない。

私は微かに眉を潜めながら後ろに飛びのく、トンッ、地面につま先から鮮やかに、自分で言うのもあれなんだけど、降り立ちながら。

”わらった”。

「京歌ちゃんと似てると思われるのがそんなに嫌なの?むふふ、かーわいーんだ、可愛いよ遮光っち、まだまだ反抗期でちゅかー?」

クスクスと声が漏れる、なーんて事は無い、目の前の少女も、環境を変えようともがきながら、結局は江島の枠の中でしかものを考えれないのだ。

かわいそう、でも、かわいいねぇー、こんなに初心で純粋で、お兄ちゃんが大好きってか?ふふっ、”くっだらないの”

「‥‥‥‥ッ!」

「どーちたのー?くくっ、なーんも言えないんだー?さっきまであんなに強がっていたのにねー、どーしたの?どーした?」

風が吹く、私は髪をかき揚げながら、お腹を抱えて笑う、久しぶりに出会った身内は、結局は身内でしかなく、同じ血を持つ存在でした、と。

鬼島に従って、結局、その程度なんだこの子は‥‥‥純粋に兄を慕うからこそ、江島の血からは逃げ出せない、依存するということは、結局の話。

”境界崩し”により一部となって存在と、なんら変わりないのだ、それではあの”子”は救えないしー。

「君は似てるよ、それはもう、私にも、歪彌にも似て、最果にも似て、等異音にも似て、恋世界にも似て、開園にも似て、清音にも似て、悲恋にも似て、残滓にも似て、残骸にも似て、腐乱にも似て、縷々癒にも似て、愚行にも似て、苦皆死にも似て、破壊にも似て、失意にも似て‥‥京歌ちゃんに、とてもよく似てるったら、ありゃしない、あははは、ついでに色褪にも似てるねー、そう、よろこびなさい、よろこびなさい、誉れ高き江島の血は、ちゃーんと、遮光の中にあるよ?でもでも、きらいなんだよねー、江島の血が、だって、みんなが、みんなで、だいちゅきーな、お兄ちゃんを取ろうとしてるからねー?」

「うるさいっ!あなた達のような”壊れた”存在と一緒にするな、言葉を置き換えるな!私はっ!私”だけ”が!兄さんを、兄さんを!」

「うっさいなー、そんな事言っても、”江島”である遮光っちに、”江島”の究極である”恭輔”をどーにかできるとでも?本当に自分だけのものにできるとでも?それは間違い、正しなさいな、頭蓋骨を勝ち割ってでも、正しなさい、”正しなさい”」

少しだけ力を解放する、”屈折解釈”の発動を意識しながら、目の前の少女を睨みつける、可愛い子だけど、正すべき部分は正す。

このように調子に乗るような同族が生まれ出るから、油断は出来ないのに、恋世界もこんな無垢な子供を抱え込んで、どーする気やら。

でも、私の殺気を、それこそ明確に”殺す気”をこめた瞳を、遮光っちは下唇をかみ締めながら、睨み返す、あれれ?

「私がっ‥‥そのような、あなたの下らぬ言葉に、反省して、言葉を翻すとでも?‥‥馬鹿にしないで欲しい!」

「ふーん、別にいいけどさ、でも、結局はそーゆー事、江島に生まれた時点で、恭輔の妹に生まれた時点で、”貴方”は恭輔を掴めない、己のものに出来ない、遠い位置から、ただ、憧れ、恋焦がれるだけの私たちとなにーも変わらない江島の人間、自分だけが特別で、恭輔を己のものに出来るとでも本気でおもってんの?だったらバカだねぇー、それこそオオバカじゃないかな?その程度の力で、その程度の覚悟で、掴めるものなんて恭輔の髪の毛一つもありゃしない、可哀想な娘」

浮き上がる‥‥見上げるソレに対して、最後は優しく微笑んであげながら、忠告。

「でもね、逆に、いままで、遮光っち見たいな”過激”な考えで江島を変えようとした人間はいないのも事実なの、だから、せいぜい、江島の力で、鬼島を利用して、勝ってごらんよ、色褪と恋世界に、ふふっ、そーしたら、掴めるかもね、恭輔が♪」

気配を感じて、挨拶ついでに立ち寄ったのだけれど、面白い”事柄”に出会えた、私、屈折ちゃん的には、ここ最近で一番面白い事柄。

なーる、遮光っちも、もがいてるんだ、おもしろーいの、まったく。



巣食いと、歩くよ、何処までも。

そんな事を言いたくなるほどに無言の時間が、永遠のように長く感じられる、なんでよ?

「えー、と」

辺りをキョロキョロと見回す、横にはブスッとした顔で半眼になりながら空を煽り見ている巣食い。

‥無言の緊張感の中で歩く道はいつもと勝手が違うわけでして、正直な話、道に迷いましたともさ、ええ。

「‥‥‥もしかして、道に迷ったとか、そんなオチか?」

美麗な顔を不機嫌の色で染め上げながら、ポツリと呟く巣食い、責めるような感じではなく、純粋にあきれている感じの表情。

「‥‥‥‥怒ってる?」

「‥‥顔を寄せるな!怒ってないから、あんま近寄んな、バカっ!」

少し近づいただけでこれだ‥‥何だか、今まで俺の周りにはいなかったタイプだな‥‥屈折もまた、面白い息子をお持ちで。

コンッと意味も無く石ころを蹴飛ばしながら、見知らぬ土地の地面を、足でトントンッ、数度、踏んでみる、コンクリートの感覚。

真っ白な髪をポリポリとしながら巣食いは空を見上げている、なんなんだこの空間、と思いながらも互いに、何も言わず、なんなんだ?

「多分、こっちだろ、お前の家」

それこそ突然、空を睨みつけていた巣食いが、俺を見ないようにしながらも、声で示してくれた”答え”

石ころを蹴飛ばす情けない親戚のお兄さんである俺はそれに対して、どのように反応すればいいのかわからず、疑問をそのまま口にする。

「なんで、わかるんだ?」

「‥‥お前の”気配”は、ッ、俺にとっては強すぎるから‥‥‥何となく、わかる、お前の気配が色濃く、漂ってくる、あっちからな」

それはつまり、俺の体臭の問題ですか?と内心で突っ込みながら、どーせ、ここで立っていても何も変わらないと納得して、フムフムと頷く。

巣食いはフンッと鼻を鳴らしながらそんな俺を案内するかのように先に歩き出す、何かプリプリ怒ってる、女の子みたいな怒り方だな‥‥言わないけど。

だって言ったら怒られそうだし。

「なあーなあーーー、なんでそんなに、ツンツン、プリプリしてるんだー?」

「っさい、黙って付いて来い、バカっ」

なんだか立場が、年齢が逆転したような錯覚に陥りながら巣食いの後を追う、赤い瞳は軽く閉じられており、真っ白い肌はやや桃色に染まっている、そんな巣食いの横顔。

横に並んで、ちらちらと、様子を窺いながら、どーしたもんかとため息を吐く、どーしたもんよ、実際ね。

「バカじゃねー‥‥いや、バカかもしんないけど、初対面の巣食いにそんな事わからないだろ?」

「さっきからオマエ、疑問系でしか発言してない、うざい」

成る程、言われてみれば確かにそうかも知れない、むむっ、そんな事よりも初めで出会った親戚筋の男の子に興味があるわけで。

汗を微かに流しながら、苦しそうに歩く巣食いを見て、第一の発見、この子に体力はありません‥‥肌の病的な白さから予測はつくけど、ヒッキーですか?

ひどい言い様だ、俺。

「ごめん、お詫びに、ほい」

ひょいっと、巣食いの白いカッターシャツがシワだらけになるのを無視して、持ち上げる、かるっ!?‥‥差異たちとかと変わらないし。

さらに落ちそうになる巣食いのサングラスを片手で受け止めながら、うん、完璧、さあ‥‥‥あれ、プルプルしてる。

「あ、あぁぁ‥‥」

声変わりもしていない、それこそ容姿にぴったりの少女のような声で呻きながらプルプルと震えだす巣食い。

とりあえず、そんなことは気にせずに、巣食いの進もうとしていた方向へと足を向ける‥‥てか、『あぁぁ』て、どーした?

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、あ、あぁぁ、阿呆か!己はっ!」

ガンッ、肩に載せた巣食いが突然吠えながら俺の頭を、細い腕で殴打してくる、いや、全然痛くないですよ?

「阿呆じゃない!」

「だまれ!お、俺に触るなって言ったろうが!は、はにゃせ!」

「はにゃせ、なんて日本語は知りません」

予想以上の軽さに驚きながら、絶叫する巣食いを徹底無視しながら、さーて、こっちだよな確か。

ぎゃーぎゃーぎゃーと、本当に騒がしいったらありゃしない、子供なんだから、普通は喜びそうなものなのに。

やっぱうちの親戚って変わってる‥‥‥‥‥‥ははっ、俺の小さいときは誰かに抱っこしてもらうなんて、照れくさかったなぁ。

「あははは、照れなくてもいいぞー、別に重くなんてねーし」

「そんな問題じゃないっ!バカっ!そんでもってバカっでバカだろうオマエ!離さないと殺すぞ!うぎゃー!」

人格崩壊ですよ、何だか容姿はクールっぽい印象を与える巣食いが、物凄いことになっている光景に、皆が皆、驚いた顔を向ける。

通り過ぎる人々の、些細な群れの、その視線に、俺も少しだけ赤面してしまう‥‥‥屈折のやつ、きょーいくちゃんとしてんのかよ。

「うるさいぞー、ほら、綺麗な髪まで、ぐちゃぐちゃにして、オマエなー、顔がよくてもそんなキャラクターだったら、女子も近寄ってこないぞー、モテないぞー‥‥いや、オマエの顔でモテない事は無いか‥‥‥ちくしょう、生意気なやつめ」

くそ、性格なんて所詮は付属品なのか‥‥やっぱり顔なのか顔‥‥巣食いの顔を改めて見てみる、小奇麗な、繊細そうな少女の”ような”顔‥ではなく少女そのものの顔だ。

欠点といえばそこぐらい、男らしいってタイプが好きな女の子には好かれないだろうと思い、もしかしたら女の子がこいつの顔に嫉妬するんじゃないか?とも思う‥女の子より綺麗な顔ってのも不便かも。

こいつ、生まれる性別を確実に間違えたな、我が弟と同じ‥‥‥哀れな奴。

「こっちで道あってんのか?おーい、あっ!」

見慣れた道に戻ること成功ー、そして見慣れた道ついでに、ここは我が家の前の道ではありませんか‥‥巣食いに感謝!

俺の肩に頭からプスプスと煙を出しながら動きを止めた巣食いの頭を撫でながら、いざ、帰宅!‥‥て、なんで動かないんだこいつ。

「‥‥‥‥コロス‥‥コロス‥‥コロス‥‥コロス‥‥コロス‥‥コロス‥‥コロス‥‥コロス‥‥コロス‥‥コロス‥‥コロス」

物凄く物騒な発言をしながら視線の定まらない瞳でブツブツと、何だかお酒に酔ってる見たいな虚ろな表情、疲れが出たのかなー、まだ子供だし。

何て言えばいいんだろう、大人しくなれば、可愛い奴だなこいつ、人形のように完璧に整った美貌が、真っ赤に染まって、虚ろな瞳で、呂律の回らない言葉で、崩れる、

それは、正直に愛らしい。

「とりあえず、ベッドに寝かせてやるか」

母親を探して、わざわざ”街”に来た巣食いの心情を思いながら、俺は家のドアを開けた。

そして、強烈な違和感が‥‥‥‥そこにあった。



ん、と、起き上がって自分の体を確認する、良好、自分は自分であり、差異だ、恭輔の一部である。

そして本体である恭輔は‥‥どうやら先に家に向かったらしい、ふむふむ、差異としては釈然としないものがあるが、仕方ない。

「そして、妹と虎、ん、さっさと起きないか」

ポコッ!ポコッ!拳を固めて二人の頭を軽く叩く、『うーん』『なー』と微妙な返事がかえってくるだけで、起きる様子は無い。

差異たちの心がどれだけ成熟していても、所詮は子供の身、眠りの深さは相当なものがある‥‥所謂、お昼寝の時間、めんどい。

何が面倒なのかと問われれば、ダメな妹とダメな飼い猫を起こすのが面倒、ん、無視して恭輔のいる家に戻るとするか‥‥それが差異の基本故に。

何が基本なのかと問われれば、差異にとっての恭輔は全てであり、それこそ全てを差し置いて優先されること、それが妹であろうがペットであろうが関係ない。

「んー、これは、おかしいな、実におかしい‥‥‥誰だ、そこにいるのは?」

ナイフをクルクルと回転させながら手元で遊ぶ、誰もいない公園で、ただ、そこに”いる”存在にだけ語りかけてやる。

別に緊張などしないし、そこまで意識もしない‥‥‥差異と愉快な仲間達‥‥ん、妹と虎がそこらの能力者に負けることはまず無いだろうし。

気配は突然、そこに現われたのだ、そんなよくわからないよーな相手、ただ出会えば殺すだけ、それが差異の持つ最良。

寝ている二人も目覚めないということは、本能的に、危険な相手ではないと感じているからであろう、ちゃっかりしているな、後で殴っておこう、

差異に”まかせる”とは、何様だ。

「ちがう、あー、おにいちゃん‥‥オリジナルじゃない、気配はするのに、ちがうひとですよね?」

遊具の後ろから、一人の少女が現われる、黒い髪に、黒いワンピース、黒い眼帯、くろいくろいくろいくろい、黒だらけだな。

自分より僅かばかり年下に見える幼子の姿と気配に差異は何処か安心感を覚える、なぜだろう、ん、そう、恭輔だ、恭輔。

恭輔に似ていると、その事実は普段の差異にとってはあり得ない事実だが、そう、差異には素直に思えた、おかしいことだ、うん。

そんなことは、ありはしないはずなのに。

「おにいちゃん?‥‥‥差異は見た目麗しき少女だ、それをよりにもよって、お兄ちゃん等と、ん、男性を指す言葉で貶めるのは差異はどうだと思うが?」

「あなた、ちがう、おにいちゃんじゃない、おにいちゃんじゃない‥‥あー、早くしないと、他の”モザイク”に食べられちゃうのに」

‥‥‥‥スーッと、溶けるように周囲の光景に消えようとする少女、別に、”なにか”のお話ではこんな所で戦闘の一つや二つが発生するのだろうが、”差異”はしない。

‥元より、世界には意味の無い”戦い”なんてものは不必要、意味がない、不要な戦いに差異は反対だな、うん。

「消えればいいじゃないか、ん、オマエの名だけ教えて消えろ」

「‥‥‥きょう、恭」

消えた。



消えた眼帯の少女はなんだろな、そんな下らぬ事を差異は思う、ふむ、殺したくないと思ったのは久しぶりだ、偽善で心を固めて乗り切った。

‥あのように思い込まないと、差異は不必要な存在を多分殺してしまうから、でも、差異はあの少女を殺したくないと考えた、だから思い込んで、逃がす。

まあ、理由は簡単、あの少女がなんとなく、恭輔に似ていたように思えたから、それで常人より少し上位に位置づけられて、それで殺したくなくなった、ん、それだけだろう。

別段、恭輔が殺せと言えば殺していた、そんな下らぬ存在だ‥‥差異の感情は全て恭輔のものだから、誰にも譲れない。

「何だか理不尽な事件が起こりそうな気配がプンプンするのは差異の気のせいだろうか?‥‥うん、あのような、”意外”な存在が出る度に、物語は動くのだからな」

そして”意外”はもう一つ、すぐ目の前に転がっていたりする、面倒だな、差異のところにだけ、ん、なんでこんなに来るのやら、不平等だ、寝ているバカ妹とバカ猫め。

のちの説明役を差異一人にやらせると?ん、後で殺そう。

『俺の出番、とられてしまったみたいですね』

「そんな事は差異に言われても困る、ん、というかだな、誰だ貴様、殺すぞ?」

地面の下から、ズブズブと、現われた少女?少年?‥‥うん、面倒だな、見た目でどっちかわからない時点で差異は嫌いだな、こいつ、ん、差異的には最悪の出会いだ。

いや最悪は残滓か‥‥考えただけでも、憎しみで、頭が、気が狂いそうになる‥‥あー殺したい、残滓殺したい、ん。

『‥‥‥虚ろな瞳で殺すなどと、発言するのは如何なものか?』

酷く真面目な様子で答える少年に、ん、少年だな‥‥‥差異の予想では絶対に少年、それは感覚の問題で、なんとなくだが。

さて、次はいつもと変わらずに、殺してもいい欲望にとらわれる、恭輔にとってのマイナスになるかどうかは知らないが。

先ほどの”恭”が現われた、物語の起伏である場所で、二人目の”客”として現われるのは、どう考えても物語的におかしい、王道破りだ。

ん、だから、こいつは非常に”怪しい”

「‥‥‥ん」

『‥‥貴方が”恭輔”の一部である存在の‥‥今期の、代表である”差異”ですね?お噂は‥‥俺の名前は”救い”と申します』

真っ黒な癖の無い髪を手で遊ばせながら、少年は頭を下げる、腰にまでかかる長く癖の無い黒髪に、端正な顔立ち‥‥些か男にしては”迫力”にかける‥‥か‥女と言ったほうがまだ納得できる。

真っ赤な瞳は、あの色褪と同じもの‥‥真っ白な肌は日の光を知らないかのように‥‥白い、ん、まあ、差異が言えた義理ではないがな。

黒いカッターシャツに黒いズボン、そんなに黒ずくめな少年、それが”救い”と名乗った少年の姿、何処と無く近寄りがたい空気を纏っている。

「救い?‥‥‥知らんな、ん、能力者か何かか?それとも、今回のお話の”観覧者”か”出演者”か?差異的には、厄介ごとになるなら死んで欲しいのだが」

『‥‥思ったより物騒な人ですね、本当に、面白い人です』

「‥‥うん?何だか、敵ではない話し方、振る舞い、あー、殺すのは見逃してやろうではないか、帰れ、差異は早々に恭輔の待つ家に帰りたいのだから」

『‥‥そうですね、今回は、”巣食い”と名づけられた表が出たので、裏の俺も”救い”として出るべきだろうと、今回のキーワードは、モザイク、オリジナル、コピー、そして表と裏です、差異さん、貴方にとって残滓がいるように、憎んでいても羨ましき存在はいるものですよ、それこそかがみ合わせの様に』

また消える、景色に溶け込んで、2度は無いだろう、2度は‥‥この”救い”はお話の軸を壊したことを気づいているな、ん、最低だな。

しかし、キーワードか‥‥そしてまた話がまた動き出す‥‥んー、本当に、嫌だな。

『あと、はずれです、俺は巣食いの完全な裏、乙女ですよ』

また消えた。



[1513] Re[59]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/10/04 13:34
ポフッ、自分の普段寝ているベッドに、巣食いの軽い体を投げ込む、跳ねる、ポーンってな。

いつもと変わらない俺の部屋、長い間、一人で過ごした、俺の部屋‥‥なんで、さっきは、違和感を感じたのだろう?

カーテンを閉めながら、違和感の正体を探る、なんつーか、気になる‥おかしい、この部屋、俺の部屋なのに、知らない気配がする。

誰かに見られているような、誰かがいるような、誰か‥‥巣食いではない、誰だろう、うーん‥‥こえー、怖いのは大の苦手です俺。

「おーい、誰か隠れているのかー、そんな事を口に出す俺は間抜けですよ、ええ、まあ」

気恥ずかしさに声を上げてみるが、無論ながら返事はないわけで、当たり前かと納得してベッドに座る。

巣食いの真っ白な髪がベッドの上で乱れ、華のように咲き誇っている、そんな、綺麗な髪を”すくい”あげながら、ポケーッと。

何をするわけでもなく、そんな意味の無いことをする、意味の無いことは気を紛らわしてくれる、だって意味が無いから‥‥‥うぅ、危険思考だ。

慰めに、携帯電話を弄りながらメールの確認、っと、久しぶりに”とある人物”から届いたメールに、メールに‥‥こいつ、まじで珍しく送ってきやがった。

ソレは友達でも家族でも、親戚でもない‥‥何なのかと問われれば、なんなんだろう‥‥兄弟のような友達のような親戚のような家族のような存在。

『田中太郎』

まあ、事実は『タロー』で登録してるんだけど、俺がメールを送らなければ絶対にメールを送ってこない奴、なんつーか、近いけど、近すぎて会わなくても安心していられる存在。

‥‥むかーしに、出会った幼馴染?何処で出会ったかはあんま覚えてない‥‥誰に連れて行かれたんだっけ?あの”変な生き物”が沢山いる不思議地域‥‥あー。

そこで出会った幼いときに、あの微妙に空を漂う雲のような、あやふやな『タロー』に、そんで遊んで、寝て、そしてまた遊んで、寝た‥そんな日々、あれはいつだったか。

”いつの思い出?”‥‥問いてみても自分では答えられない、ただ、タローとは今でも仲良し、たまに遊ぶ、たまにじゃれる、たまにメールをする、近い存在、でも友達じゃない。

「こいつ程、微妙な奴もいねーよな、いや、俺の知り合いで‥‥‥はぁー」

なんだか自分より頼りない存在を知らない俺にとっては、タローは弟のような存在でもあるわけで、最近は学校に通学するようになったとか、当たり前、どこの学校だっけ?

突然に会いたいとか我侭を良く言うあいつ、しかも食事やらは全部俺が奢らされる訳で、あいつ得な性格してるよな、本当に、でも嫌いになれない‥‥なんつーか天然?いや、おバカなだけ?

俺にそこまで言われるってどーよ、タローよ‥‥‥また会いたいとか、そんなことだろうか?‥ダルイ、今日はダルイ‥‥本当に、それは勘弁して欲しいなー。

黒髪、黒目の童顔の少年を思い浮かべながら俺はため息を吐く、ここ最近の俺は”少年”って存在に振り回される運命にあるのか??‥‥まったく。

受信、タローのメールを開く、そして固まる、固まる‥‥‥え?‥‥意味がわかんない、とうとう頭にボウフラでも湧きましたか?ちなみに俺がここまで極端に悪口を言える存在はこいつ意外にあまりいない。

『キョー、タスケテー』

‥‥この文章から、文章ってか短文から何を読み取れと?‥‥助けてと言われても、俺にはどーしようもないじゃん、どーすればいい?

とりあえずは返信、その間も巣食いの髪を触りながら、気持ち良い髪質してるなこいつ、サラサラして、手の中で泳ぐ、心地よい感覚、紅潮したピンク色の頬をプニプニ、黙ってれば可愛い奴なのにな。

『どーした?何を助けて欲しいんだ?』

送信、なんて下らないメールの使い方なんだろう、うぅ、あまりにもバカすぎるメールの内容に少しだけ凹む、ったく‥‥本当に困った奴。

本当にこいつは昔から、本当に‥‥でも自分がこんなに他人のために、何かをしてやろうと思える人間でいるのは、こいつ見たいなお人よしが身近にいるからなのかもしれない。

ほら、他には、コイツみたいに他人のために何かをしてやるような人間がいなかった気がする‥‥俺の身近には‥‥でも、こいつだけは、誰かのためにいつも必死、空回りだけど。

懐かれて悪い気がしない、でも逆に、そー言えば、”誰”かに言われた言葉が頭をよぎる『懐いてるのは、太郎ではなく、君でふよ?キョー、君は、太郎がいないと寂しいだけでふ』

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥だ、れ、だったかな。

「おっ、メール受信」

ブルルルルルルルル、震える携帯電話、で受信ボタンー、やっぱり表示は『タロー』はやいな、暇なのかこいつ‥‥助けてとか言ってる割にはなぁ。

メールに再度、眼を通す、そして、今度はため息、もっと、具体的に物事を語って欲しい‥‥こいつはやっぱり、何処か抜けてる、抜けまくっている。

『だいじょーぶ』

みじかっ!しかも俺の質問に対しての答えじゃねーし、無茶苦茶なメール内容に俺は少しだけ、ついつい笑ってしまった、はぁー。

もし世界で俺のことを、”理解”している人間を数人上げろと言われたら、真っ先にこいつをあげるな、本当に俺に対して何をしても、許してしまえそうな、そんな危うい奴。

だから時々に、こいつに対して不安になる、”他人”に対して俺は、こうまで、理解されても良いのかなぁ、俺はタローにとっての、何なんだろう‥‥えっと、だから。

タローはなんで”他人”なんだろう、そして俺はなんでそれに対して納得してるんだろうか、こいつだけは、愛しくても、好きでも、他人でいい‥‥だよな?

タロータロータロータロータロータロータロータロータロー‥‥‥‥おぉ!?‥‥やばい、危険思想、危険思想‥‥むかしは、こいつにベッタリしてた恥ずかしいトラウマが俺を襲う、

あー、やばい、恥ずかしい、あの頃の俺はなんて純真無垢だったんだ‥そりゃ、純真無垢の塊のようなタローとがっちり仲良くなれますよ、はい、いつも半身のようにくっ付き歩いてた苦い過去。

「でも本当に誰に、連れて行かれてタローの家に行ったんだっけ?むーー、思い出せない‥‥変な動物沢山いたなー、生態系狂ってなかったかあそこ?」

‥今度久しぶりにタローの家にでも遊びに行くかな、うん、悪くない考え、もしくはあいつを家に呼んでやるか‥‥徹夜でダラダラ話すのも悪くない。

『そいつは良かったな、今度遊ぼうぜー』

送信、そして十秒後に『うん!』とだけメールが返ってきました、はやっ‥‥まあ、いいや、あいつが暇なときに遊ぶとしよう、常時暇そうだけど。

真っ黒な髪と、真っ黒な瞳に、幼い顔、良く笑う‥‥‥‥コロコロと変わる楽しげな表情、まるで太陽みたいに晴れ晴れしい存在、ふぅ、だから、依存してるのはもしかしたら本当に俺かもな。

”俺には何も無いし”あんなに他の誰かを嬉しい気持ちや楽しい気持ちにさせる事が今まで俺に出来ただろうか、答えは否、出来たことは多分ないだろう、俺の主観だけど。

カタッ、そんな俺のマイナスな、後ろめたい考えを壊すかのように、音が何処かからもれる、ちなみにそういった小さな音でも俺は本気でビビリます、情けないけど俺はビビリです!

「”妖精の手招き”?」

音をたてたのは、俺が小さいときから愛用していた一冊の絵本、少しだけ安堵する、手に取りながら、思う。

「お帰りってか?‥‥‥‥」

ふっと、表紙の部分に見慣れぬ”もの”が存在している事に気づく、あれ、こんなのいたっけ?緑の翼と黒い翼をした二人の少女の絵。

まるで、落書きのように適当に描いたような絵、消そうと服でこするが消えない‥‥俺が小さいときに描いたとか?まさか、そんなもの描いた覚えは無い。

なんなんだろう、違和感に気づいた瞬間、世界が、反転を始める、ぐるぐるぐるぐるぐる、吐き気すら感じられぬ、高速回転、グルグル‥‥あれ。

俺、まわっている?

「あ、れ?」

『‥テケリテケリ、手に取ったー、手に取っちゃったテケリ♪哀れ、無念、悲しみ抱擁ー!』

『不思議ぎんぎん、愚かなあなたは、可愛そうそうそう!』

まるで靄のかかったように見慣れた部屋に、最初からそこにいたかのように、二人の少女が姿を現す、回る世界で意識を失わぬように、唇をかむ。 

片方は意地悪そうに、小悪魔の笑みで端正な顔を歪ましてクスクスと笑っている、パジャマのような愛らしい服とスリッパで、そこにある。

片方は優しそうな笑みで端正な顔を染めて、ニコニコと微笑む、何も着ておらず、手にはトランペットのような、しかし刺々しい棘のついたそれを持ち、そこにある。

前者が黒い翼、後者が緑色の翼、身を包むそれに抱かれながら現われた存在に、俺は恐怖を覚える、なんで、何が起こった?‥‥いつまでたっても、”俺”は不測の事態になれるわけもなく。

ただ、恐怖を覚える、だって”俺”は弱いから。

「狩るテケリ、テケリ、この鉄のスリッパで、頭を叩くテケリ」

「うんうんうん、だったらたら、このトランペットで、男の子の、叩く叩く、血のトランペットペット」

手に持ったそれを振りかざし、愉快そうに、俺に笑いかけた少女に、俺は歪んだ、恐怖に歪んだ笑みを浮かべた。

タロー、俺のほうが助けて欲しいよ、本当に。



『全身巣食』

力を解放する、体に巣食うあらゆる災厄が開放される、それこそこの世界のあらゆる災厄を指向性を持って行使出来る。

それが例え『正義』と呼ばれる側が受けた災厄だろうが、『悪』と呼ばれる側が受けた災厄だろうが、俺には関係ない、それが災厄ならば。

「テケリ?!」

「!?」

‥俺はベッドから立ち上がり恭輔を庇う様に前に立つ、ある程度、予想はしていたけど、本当にあらゆる”異端”に”何処”でも狙われるんだな、仕方ない奴。

「災厄その一、雪なす羅(うすもの)水色の池に紅の焔を染めたる襲衣(したがさね)黒漆(こくしつ)に銀泥(ぎんでい)、鱗の帯、下締なし、裳(もすそ)をすらりと、黒髪長く、丈に余る、銀の靴をはき、帯腰に玉の如く光り輝く鉄杖をはさみ持てり、両手にひろげし玉章(たまずさ)をさっと繰落して、地ずりに取る」

俺の詠唱が終わると同時に竜のような、蛇のような存在が、それこそ刹那の間に2匹の異端の体に纏わりつく、そしてやがてソレは形を失い、水の結界となって敵を包む。

”白雪姫の災厄”人身御供となった少女の、恋焦がれる青年に対しての想いが生み出した、竜神の一種、それを単純化して、相手の動きを封じるために用いる。

男に対する女の恋感情は、それこそ、水を通して相手を完全に縛り付けるための力となる、この結界からは例えSS級の能力者だろうが逃げ出すことは不可能。

ふぅ。

「バカっ!お前も江島の血を受け継いだ能力者なら!ボケーッとしてないで戦え、まったく」

呆然とした顔で、青ざめた顔で俺を見つめる”オリジナル”に情けないと感じつつも、本当に僅かだけど、呆れとは違う感情が浮かぶ。

本当に‥‥‥仕方のない奴。

「え、えー‥‥と、なにが、どーなって、こーなって、俺の部屋は水浸しなのだろうか?」

「お前がそこの異端に襲われそうになって、俺が力を行使して、水の結界でそいつらを封じ込めた、だからこの部屋が濡れた、全部見てただろう?経験しただろう?‥‥バカっ」

「‥‥なんで、俺は襲われたんでしょーか?」

「お前が無防備すぎるからだろう、ふん、しかし‥‥『壊れた絵本の中の主役』か‥‥こんな、異端まで」

完全に動きを封じた二匹を蔑みながら、俺はさらに、締め付けを、強固に、きつくする‥‥苦しみで顔をゆがめる虫けらに、口元が‥ゆるむ。

「どうした?‥‥ふんっ、最悪たる屈折の息子の俺の前で、”一応”は親族のこいつを襲おうとは、ふざけた真似を」

「勇者じゃないない、でも、つ、よい」「テケリテケリ、動けないテケリ、うぅ」

これで異端に数えられるのだから、どうせ”島”も与えられていない、弱く、ゴミのような存在だ、ソレが間違ってるかどうかは知らない。

だが俺は姉達にそう”教わった”島無き異端は恥知らずな弱者だと、故に、存在そのものが許せない。

「シネ」

そのまま、殺そうとした俺の頬を、何かが掠めた。



[1513] Re[60]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/10/05 15:29
タロー、タロー、タロー、タロー、タロー、と求めた俺を思い出した、理由は無い、頭に過ぎったのだ、一瞬。

なんで、今更、この部屋で‥‥目の前で二人の存在が消されようとしている場面で、あいつの、緩やかな、暖かい、笑みが浮かぶのだろう。

いつも笑って、傍にいて、あー、俺がこんな性格になったのも、捻くれた性格になったのは誰のせい?タローのせいもあるだろう、確実に。

あんな、他人に何処までも優しくて、他人を何処までも信じて、他人を何処までも惹きつけて、あぁ、知ってるよ、あいつが俺の”一部”になることは意味が無い。

つい少し前、あいつとメールしてたせいか、あいつの気配に飲まれている、だから俺は‥‥”あいつ”が普段やるような行動に出てみた、それはちょっとした冒険で。

俺にとっては挑戦に近いものだろうと、心のどこかで確信していた。

パシッ。

「ダメだ、そーやって、すぐに‥‥‥”殺す”とか、あー、あんま良く無いような気がする‥うっ、します」

とりあえず軽く叩いてみたわけで、誰のかと言えば‥‥巣食いの真っ白な頬を、こう、片手でパンッ!と、ごめんと心の中で謝りました。

目の前の敵に集中していたせいか、わりかし、簡単に頬を叩くことに成功、誰かの頬を叩くだなんて、生まれて初めてのような気がする。

そして、目の前にはやや呆然となって、叩かれた頬を右手で触りながら俺を見つめる巣食いの姿、何だか物凄い罪悪感が襲って来る。

「えっと、俺にも良くわかんないだけど、ほら、そいつらだって、生きてるわけだし、別にそんな悪いことをしたわけじゃあ、あぁ、俺を殺そうとしたのか、それは悪いことなのかどうかはわからないわけで、俺の知り合い‥‥俺の友達‥‥違うな、俺の半身っぽい奴にタローって天然がいるんだけど、そいつだったら‥‥”今”止めるかなーって、誰かが殺されそうになるのを黙って見ているような奴じゃないし、だからさ、やめようよ、な?」

上手に言葉に出来ない、とりあえず、思っていることをまんま口にしてみる、聞いているのか聞いていないのか、巣食いは、そんな俺を、眼を見開いて、呆然と。

どうしよう、怒ったのか?‥‥いや、普通怒るだろう、助けてやった弱者に頬を叩かれたわけだし、救われた俺にはそんな事をする資格は無いけど。

殺すってのは、何て言うか‥‥‥やっぱ違うような気がする、タローなら違うって言う気がする、殺すか殺さないか、殺さないほうがいいと”俺”はちゃんと知っている。

知っているはずさ。

「‥‥痛い‥‥叩いたな?」

暫しの間、呆然としていた巣食いがポツリと‥‥何て言うか、感情の感じられない、そんな声、怒っているのか、怒っていないのかすら、わからない。

あぁー、すげー、ものすごーく、嫌な空気だ‥‥タロー、これで、俺が巣食いに消されたらお前のせいだからな、ちくしょう‥狙ったかのようなタイミングでメールしてきやがって。

第一、いつもは俺が送ってもたまに無視したりする癖に、しかも数週間後に”忘れてた”って、送って来るなよ‥何を忘れてたんだ?メールの返事をか?‥‥そんなメールを返されて俺は何と答えればいいんだよ、オイ。

タローを罵りながらも‥‥頭を掻きながら言い訳を考える、ちゃうちゃう、言い訳はダメでしょう‥‥自分が正しいと思ったことをしたんだから、”タロー”ならすることを、なんとなく、自分もしてみたんだ。

だけど恥じることも、言い訳も必要ない。

「‥‥‥‥‥うん、だって、そうやって、殺して、解決っておかしくないか?‥‥ほら、死んだら、そいつら、二度といなくなるわけじゃん、
もう見れないし、会えないし、それこそ昔に”いた”ってだけの、思い出になって‥‥俺がさっき殺されそうになった時の”怖い”なんて、時間がたてば‥‥無くなるわけだから、殺す必要は無くないか?もうしないように、もう、俺を殺さないように、すればいいだけの話だと」

「‥‥‥叩いたことに対しての、謝罪は?」

キッと、涙に濡れた眼に睨まれて、俺は僅かに後退する‥‥それはやっぱり、どんなに取り繕っても罪悪感を‥‥消しきれてないからか?

巣食いを叩いた手を見る、何も痛くない、でも叩かれた巣食いは痛かった‥‥そーゆー事、俺は叩いても痛くなかった、でも巣食いは痛い、当たり前。

悪いことなのかな、人の間違いを正すために、こうやって、暴力を振るう事は‥‥例え、どれだけ愛情を持ってしても、暴力は暴力に決まっている。

でも、ああしないと、目の前の二人は死んでたわけだし、あぁ、上手に自分が納得できるものが出てこない、巣食いに謝るべきか?‥‥タローならどうする?

どうして俺は、あいつが僅かに俺の”領域”に触れるたびに、日常に溶け込むたびに、普段の俺じゃ無くなって、優しい?‥俺になれるのだろう、真に優しいかどうかは疑問があるけど。

タロー、お前は、どうしてメールなんかしてきたんだよ、完全に理解していたとしか、俺の状況を理解していたとしか、思えない‥‥ははっ、ははっ、タローを、思った瞬間、突然‥‥。

『あれ、なんで”眼の中”が、痛いの?』

”眼の中”が、痛くなってきた‥‥はじめての、痛み、こんな、痛みは知らなかった”はず”‥‥少なくない人生で、”あの時の”痛みとも、違う、他者が、”他者”じゃなくなる、痛み。

この痛みは、なんだろう。

「恭輔?」

「ッ」

巣食いが訝しげに俺を見つめる、涙の零れる頬と、その小動物のような仕草は俺に何かを強請っているようで、だけど違うようで、あぁぁぁぁぁぁぁ、眼が痛い、右目の奥が、灼けるように、熱い。

膝から力が抜けるのを感じながら、倒れこむ、蹲りながら、”絶叫がしたい”声を張り上げたい、叫びたい、でも、声は出ない、何度叫ぼうとしても、痛みに心か支配されてゆく、痛いいたいいたい。

「恭輔っ、どうしたんだ?なにが‥‥おいっ、しっかりしろ!‥‥‥何だ”コレ”‥‥何で、恭輔から、こんな物が漏れ出ている?」

どんなものですか?‥声が出せたならと、そう思った。

『イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ』



『イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ』

恭輔が床に蹲り、胎児のように、己で己を抱きしめながら、涙を流しながら、子供のように泣きじゃくる、おかしい、何も”起こっていない”

もしや‥‥『壊れた絵本の中の主役』の仕業かと疑うが、既に気を失っている、この状態で力を行使できるような存在ではないはず、何せ弱者なのだから。

”境界崩し”が発動したのかとも思ったが、それとも違う、何も、違和感も無く、ただ、痛いと泣きじゃくる恭輔だけが、目の前にある。

江島の人間特有の”感情の爆発”のようなものとも違う、自分自身や、母である存在や、姉達にもある、高ぶった感情の処理の仕方がわからずに、荒れ、壊れる。

それでもない、本当に、ただ、泣きじゃくる恭輔に俺はなにをしたらいいのか、なにをしてやれるのか、わからずに、うろたえてしまう、自分でもわかる、情けない姿。

とりあえず、状況を見るために恭輔を抱き起こす‥‥うー、重いぞ‥‥んなー!

「ちょっとは、しっかりしろ!眼が痛いって、えっと、とりあえず見せてみろ、ほら」

両腕で顔を隠して子供のように、その行為を、泣き顔を見せることを嫌がる恭輔、胸がざわめく、何が起こっているのかはわからないが。

やばい、思考が、おかしくなり、そうだ‥‥流れる涙を、己のものにしたいとか、そんな、下らぬ思考に振り回される、俺は‥‥男、頭が痛い問題だ、くそ。

そして無理やりに、恭輔の両腕を取り払う、あまりに密着してると、バカになってしまう、それは俺の自尊心が、崩れる瞬間、いやだ、それは気持ちの悪いことだと理解しているから。

理解してるから、苦しい、クソババァめ‥‥心の底で実の母親に罵声を浴びせながら、痛いと、訴えている方の瞳を覗き込む、汗で張り付いた前髪を手で除けて、覗き込む、黒い瞳。

江島には”珍しい”と言える漆黒の瞳、この土地に住まう大半の人間と同じ、黒い黒い黒い、真っ黒な、それが涙に濡れながらも、確かに何かが光った。

それは形すらわからない、あやふやな、しかしそこにある”形”不安定に蠢きながら俺を威嚇するかのように恭輔の瞳の中で、身を蠢かす、ヒッと、情けなくも、声を出してしまう。

もし、”これ”が恭輔の体じゃないと、消してしまいそうなぐらいに、力を全開にして消してしまいそうなほどに、”気持ちの悪い”それに俺は見覚えがある、確かに、これは。

『契約の”証”』と呼ばれるものなのだから‥‥‥俺の混乱は頂点に達する、幻想と呼ばれる”異端”とは違う存在理念を持つ、この世界から徐々に”住処”を”違う世界”に移した存在。

幻想と異端は混ざる事がない‥‥‥それを誰が取り決めたのかは不明だが、俺たち”異端”の頭に直接的に、完全に、刻まれた絶対条件‥この世界は”普通”と異端が住まい、幻想はやがて全て”違う世界”に移動する。

その幻想と呼ばれる化け物たちが、己自身で付き従うべし存在と取り決めたときに、契約の”証”は発動する、違う世界とは全ての幻想をいずれは内包するであろう”内包世界”‥‥そこにいる幻想と契約するための簡易システム。

マスターが己の幻想である存在に血を飲ませることで契約する、それこそ『契約の”証”』‥‥だからこそ、”異端”の恭輔が幻想である存在と契約している事実など、あってはならないことだ。

互いに巨大な力を持つからこそ、互いに己の力を預けることなど、あろうはずがない‥‥しかし、恭輔の瞳からは明らかに”魔力”が溢れ出している‥‥だがそれよりも驚きなのは、驚きなのは。

ありえないこと。

「恭輔の証が、契約の証が、受動側だ‥‥‥‥‥と、魔力を供給”される”側‥‥‥幻想ではない、恭輔に、能力者である、恭輔に、己の”使い魔”であると、契約を刻んだ存在が、バカな‥何を言っているんだ俺は‥でも」

恭輔の体からあふれる魔力、それは純粋に人間のものだ、しかも大した量ではない‥けど、事実はそんな場所にあるのではない、恭輔が魔力を供給されている事実だ、そもそも恭輔には”その器”はない、だから、溢れるそれに対処できていない。

そして、恭輔に魔力が『証』を通して供給されているってことは‥恭輔は『マスター』ではなく『使い魔』としての証を持っていると、そうゆう事になる、本来は内包世界に住まう幻想にしか刻めないはずの”証”を持っている‥しかも‥‥能力者であるはずの、幻想ではない恭輔が持っている、それこそが第一の問題、出来るはずが無い、世界の契約に反している、内包世界にも、この世界にも、あってはならない光景が、恭輔を通して目の前にある。

つまるところ。恭輔は能力者であり幻想とは違う位置にいる存在でありながら『”誰か”の使い魔である要素』を持つ存在であるということ、その証拠である契約の証が瞳の中に刻まれている、しかも、契約とは互いに認め合った仲ではないとできないこと。

恭輔は己が『使い魔』になると、能力者の身でありながら、そうなると、知っていて契約したのか?‥そもそも、人間と幻想が契約するのではなく、人間と能力者が契約するなどと、あろうはずがない、できるはずがない。

‥そして、それはつまり、恭輔は、”そいつ”を、受け入れたことになる、ありえない、江島の、江島の、俺の”オリジナル”、俺だけのオリジナル、それが、頭が狂いそうだ、なんで、なんで、狂いそうなんだ、俺は?‥俺は巣食い。

俺は、こいつの、誰かの『使い魔』である、あろうはずがない『使い魔』である、恭輔の、コピーであり、今、『誰かの使い魔である恥知らずの恭輔』を、心のそこから心配している、だって、俺は、こいつが、嫌いじゃないから、なのに。

だれ‥‥こいつに、こんな、汚い、証をつけたのは、コロシテヤル、シナセテヤルヨ、オマエガ、ドレダケノ‥‥ソンザイ‥‥あぁ、俺は、例えようが無いほどに、今、狂っている。

『た、ろ』

声が、世界に広がったと同時に、頭が真っ白になった。



[1513] Re[61]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/10/05 22:32
【ちょっとした、過去の、夢】


‥不思議な人間に、不思議な人間が出会いました、出会った最初の印象は、あんな風に笑う人間が世界にいるのだと。

そう思った、こう、”みんな”が浮かべる笑いとは違う、不可思議な気持ち、不思議な気持ち。

月明かりの照らす、池にそれが反映され、何処か幻想的な世界の中で、あいつはニコニコと笑いながら、駆け寄ってきた、その時の俺は、怖くて、逃げようとして。

こけた、派手に。

『???こけた?』

『‥‥‥‥うぅ』

‥覗き込まれた、涙を見せないように、顔を覆い隠そうとした瞬間に、ひょこっと、俺の横から知らない奴の顔が現われた、とびっきり”ニコニコ”した奴だ。

はじめての出会った同世代の男の子、怖くて、何がされるのかわからない、何をされても、俺は抵抗できないで、もしかしたら、痛いことをされるかもしれない。

当時の俺には、その全てが怖かったのかもしれない、怖い以前に、興味も少なからずあったが‥‥やっぱり、怖かった、だって、初めてだったから、その色々。

『いたい?‥‥だいじょーぶ?』

手を差し出してくれた、あいつはあの頃から、何だか不思議な奴で、泣きそうな顔をしながら心配そうな顔で俺を覗き込む‥‥正直な話、少しだけ恐怖心が無くなった。

その小さな‥って言っても当時の俺も充分に小さかったけど、その手をとって立ち上がった、並んでみると自分と身長もちょうど同じくらい、パンパンっと手で叩いて俺の服についた汚れを落としてくれた。

だいじょうぶ?だいじょうぶ?、そうやって俺の周りを心配そうにクルクルと回るタローに、どう答えていいのかわからずに、顔を真っ赤にして下を向いて黙り込んだ、何を言って良いのかわからない。

見知らぬ光景、見知らぬ少年、前後があやふやな記憶、それだけで、幼くて、臆病で世間知らずな俺には圧倒的な恐怖だった。

『うわっ!?』

そしてそんな押し黙っていた俺の周りを飽きずに『だいじょうぶ?』と繰り返しながら回っていたタローが‥‥‥こけた、しかも思いっきり、俺のコケッぷりに並ぶほどの見事な転倒。

頭から、こう、なんていうか‥‥もうあいつにしか出来ません的な転び方、俺を眼を瞬かせながら、転んだまま起き上がらないタローを暫し見つめていた。

何で起き上がらないんだろう?と、そう思った、何か良くわからない生き物の唸り声と、ガサガサと木々がざわめく音、池で何かがはねる音、そしてその中で、倒れたまま動かないタロー。

ふっと、もしかしたら打ち所が悪かったのだろうかとか、痛くて起き上がれないのだろうかとか、そんな、怖い想像が頭を過ぎった‥‥‥恐る恐る、近寄ってみる、木々が大きく風に揺られ、ビクッと、震えながらも、タローの方へ。

近づいてみると、真っ黒なローブに包まれたタローは頭を抱えてプルプルと震えていた、一安心した俺は恐る恐る、タローの前に立つ、どうしたものかと、確か悩んだはず‥‥こうやって自分から”他人”に近づいた事が、あまり無かったから。

‥どうやって話しかければいいのかわからなかったのだ、恥ずかしながら。

『あ、と‥‥‥だいじょうぶ、かな?』

俺が何とか、勇気を振り絞って話しかけるとプルプルと震えていたタローの動きがぴたりと止まった、そしてガバッと、勢い良く顔を上げる。

とても透き通った、タローの瞳と、俺の視線が重なった‥‥赤くなったおでこを擦りながら、タローは俺を、暫くジーッと無言で見た後に、笑った。

それこそ俺はうろたえたわけで、なんで痛い思いをしたのに、この子は笑ってるんだろうかと、心底不思議に思った‥‥あの時、タローは何で笑ったんだろう。

今でも”教えてくれない”

『うんっ、だいじょーぶ!でも‥‥いたい‥‥‥おどろいた?』

驚いたと、素直に頷いた、えへへと、無邪気に笑う目の前の存在を、暫し呆然と見つめた後に、自然に口元が緩んだ。

それを見たタローも嬉しそうに『あはは』と笑った、さっきまで恐怖で塗り固められた世界だったのに、急に周囲が明るくなるのがわかった。

月の光は最初からそこにあったはずなのに、突然に、その光が強まったかのようだ‥‥‥俺は、何だかおかしくて、クスクスと口をおさえながら、声を殺して笑った。

まだ、タローの前で、声をあげて笑うのは、少しだけ恥ずかしかったんだと思う、タローは、ニコニコと俺の顔を見つめた後に、ビシッと勢い良く俺を指差した‥‥こいつはこの頃から、何だかおかしな奴だったわけ。

『■■■■■■■■■■■■■■■ッ!』

『?‥‥ふぇ?』

聞いたことも無い言葉だった、言葉かどうかすらわからぬ、何かがのたまうような、人によっては嫌悪感を抱くであろう、そんな音がタローの口からもれた。

それまで暖かく見えたタローから急にその温もりが消えうせたかのような錯覚、今でもあれが何だったのかは良くわからないけど、今の俺にはどーでもいいこと。

昔の俺にはどーでもよくないこと、怖くなって、くしゃと、顔を歪ませて、ちょっと泣いた‥‥だってこえーし、あの良くわかんない声つーか音つーか、兎に角、怖い!

『え‥‥うぇ‥‥ひっふ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うぅ』

『!?‥‥‥ないた!?にゃ、なー、どうしたの?まだいたかったの?ど、どうしよう、うぅ』

そんな俺を見て、タローも徐々に泣き顔になってゆく、あいつは俺と同じく、急な事態に対処できない哀れな奴。

暫しの間、”くすん”やら、”すんすん”やら鼻をすする音が闇夜に響き渡る‥‥‥情けない二人、まあ、子供だったから仕方ないか。

タローの頭の中身は今でもあの頃のまんまだと思うけど、多分。

『‥‥‥‥‥すん、すんすん』

『ひぐっ‥‥‥‥‥ぅぅ‥‥‥‥』

ポンポンと頭を軽く、優しく叩かれた、不思議な行動といえば不思議な行動だけど、あの頃からタローはタローだったって事で、泣いている俺を慰めようとしてくれたのだろう。

小さな鼻をピクピクと震わせ、右手で涙をぬぐいながら、左手で俺の頭をポンポンッと叩いて慰めるタロー、暫く何も言わずにそれを受け入れていたけど、何故か急に、何故か。

”申し訳ない気持ちになった”‥俺はドキドキと緊張しながら、タローの頭にポフッと、右手をのせて‥‥タローがしてくれたように、頭を撫でてみた、柔らかい髪の毛、猫の毛のようだと、思った。

タローはきょとんと、初めて、俺ばかりが出会ってからこいつの事を”不可思議”な存在としてみていたはずだけど、こいつがはじめて、俺に向けた不思議な存在を見るかのような、その表情。

暫く、お互いに涙を拭いながら頭を撫でて慰める、そんな、わけわかんない空間が構築される、この頃の俺とタローからしたら真面目に‥”何か”をしてるのだから‥‥今になっても当時を思うと笑えないわけだ。

だからあのバカ‥‥‥‥タローは俺が落ち込んでたり、凹んでたりすると、俺の頭を撫でようとする癖がある、一度、人のいる前でやられて、赤面して頭をはたいてやったら『えへへ』と笑ってた‥‥全然、反省してねぇ。

でもあの時の俺には嬉しかったのだろう、暫くそうしているうちに、俺もタローも、涙を拭うのをやめた‥‥涙が出なくなったのだ、そりゃそうだ、悲しいことなんて、本当は最初からなんにもなかったのだから。

ただ、相手が理解できない行為をするのと、目の前の存在が涙を流すのが、悲しかった、だから二人とも‥‥‥‥泣いた、でもそれも終わり。

タローが、また笑った、さっきから、これの繰り返し、悲しくなって、タローの笑顔を見て、胸がざわめく、そして涙が徐々に消えてゆく。

笑いながら、再度、タローが口を開いた。

『なんで、ないたの?』

それは純粋な質問だった、そりゃ、お前の口から人外の言葉がもれ出たからだ‥今の俺ならそう言って思いっきりこいつの頭を叩いたことだろう、そうして、もっと叩きまくるはず、絶対に。

昔の俺は、それに対しても素直に口を開いて、『きみの、さっきのあれ、こわい』と言った、そうしたら、もう一度タローがあの言葉を言おうとしたので『やめて!』と。

タローの口を両手で塞いだ‥‥‥‥当然の行動だ、あいつのあの意味のわからん”言葉”は怖すぎるからな、殴って止められても文句は言えないだろうに。

本当に、そんぐらいわかれよ、それが怖くて泣いたんだからな俺、ったく。

『ふがふがふが‥‥ぷはっー、あれ、こわいの?‥‥えー、おれのなまえなのに』

『でも、こわい、すん』

また泣き出しそうになった俺を見てタローはあたふたと、両手をパタパタさせた後に”うーん”と頭を悩ませる、うんうんと暫く唸った後に、何かを思いついたのかポンッと小さな掌を合わせる。

『そーだ、あれじゃなくて‥‥えーと、おれの、”にんげんのなまえ”は”たなかたろー”、たなかたろーだよ!』

『た、なか、たろー』

『そう、”たろー”!』

ニコニコと微笑んで、君の名前も教えてと言われた‥‥‥俺は、やや、緊張しながら、今の俺からしたらさっぱりわからないが‥地面に正座した‥‥何でしたんだ?

間違った知識、でも、当時の俺は真剣‥‥‥‥そしてペコリと頭を下げて、震えた声で‥‥口を開いた。

『え、”えしま、きょーすけ”きょーすけ‥‥きょーすけ、です』

『きょーすけ、じゃあ、きょー!』

【きょー!】

それは、今でも変わらずに、俺の横にある。



[1513] Re[62]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/10/06 19:22
『時間は飛ぶ、ちょっとした、タローとの契約』

それは、最悪の光景だった、黒い闇が何処までも世界を侵食して、境目すらわからない、絶望世界、眼を背けようにも、その光景は俺を逃がさない、

すべてが、世界すべてがその闇に侵食されてゆく光景に、発狂することすら禁じるように、笑う声、タローが楽しそうに笑う。

俺は怖くて怖くて、その小さな手のひらをギュッと握り締めた、横を向けばいつもと変わらないタローの笑顔、でもあの透き通った、俺の大好きな”瞳”ではない。

何処までも濁った色をしている、真っ黒な世界で子供二人、恐怖の絶頂の中にあって、俺はその事が一番悲しかった、悲しかったから、タローに頼って。

タローはソレに対して‥‥いつものあたたかみを、くれなかった、だけど。

【問題はそんな”所”になかった】

笑う声が、重なる、だれだ、そう思った‥‥‥タローと俺以外に誰かいたのだろうか、知ってるくせに、こんな悪夢でしかないような世界で、笑っていられる常軌を逸したそれ。

知ってるくせに、こんな黒いだけの光景を見て安堵を感じていた存在が確かにいたことを、知っていたくせに、己の喉から出てくる、それがあったことを。

‥知っているくせに、もう一つの重なった声が”自分”のそれだったって、認めてるくせに、でも、それは認めたくない事なんだ、タローの横で、同じように虚ろに、荒れ狂う闇の濁流の中で笑っている俺。

手を強く握り締めながら声を上げる、二人とも、涙を止め処なく流しながら、それでも笑う、矛盾だ、最悪の矛盾、こんな世界で笑って、喜びを感じられる人間がいていいはずがない。

だって、こんな、こんな‥‥汚い世界で”笑えるっ”てことは現実の否定だから、それだったら本当の、俺たちの過ごしていた世界はいらないってことになるから‥‥なんで、俺たちは笑っている?

タローの笑みが止んだ、濁った、病んだ笑みが俺の目の前にある、それは、怖くて悲しいこと、”なぜ”か身動きの出来ない俺に、タローは腕を差し出してくる、白い肌から、あかいあかい、ものが、溢れる。

ナイフを差し込みながら、ズブズブと沈み行くそれは、タローの腕に、深く突き刺さり、赤い泉を生み出す、ちいさなちいさな、赤い泉、そうだ、喉が焼けるように‥‥‥俺はこのとき、ひどく、喉が渇いていたんだ。

赤は俺にとって、好きであろうが、苦手であろうが、身近にある色、大好きな色褪の瞳の色、だから、タローのそれに対して嫌悪感は抱かなかった、タローの後ろで闇が爆ぜた、恐怖は無かった。

‥”口付けた”真っ赤なソレを、口の中に、跪くように、膝を付きながら、飲み干す、タローは嬉しそうに、やっとあの”笑み”を見せてくれた、すこしだけ、うれしくなった、笑ってくれるならとも思った。

‥タローのでも、その”笑み”がいつもと違うことは俺にもわかっていた、飲み干した瞬間に、体中に何かが漲って来るような、そんな感覚を覚えた‥‥わけがわからず、不安になって、タローをみあげる。

さっきまであんなに”壊れ”てたくせに、まだ人間的な感情をそこに現したのだから、俺はどのような精神状態にあったのか、タローはどのような精神状態にあったのか、まったくわからない。

『きょー、あかしをきざもう、おれときみだけの、だれにも、だれにもじゃまをさせない、ふかしんのあかし』

『あ、かし?』

あかし、その意味がわからずに、俺は問いかけた、ただ、タロー自身もその意味を深く理解していたのかどうかはわからない、俺自身すら、わからずに、タローの”血”を”証”を飲み干したのだから。

ただ、それがずっと、タローの側にいられる魔法のように思えたのだ、だから飲み干した、何処までも意識の底で理解していたのかは知らないけど、俺は、そう思ったから、飲んだ、なすがままに。

タローの望むままに、俺が望むままに、この、真っ暗闇の世界で、そうすることで、二人とも救われると感じた、永遠の約束が出来るのだと信じた。

『そう、だれにも、これは、じゃまできない‥‥‥げんそうでも、いたんでも、おれたちの、じゃまはできない‥‥‥そんな”あかし”』

『じゃまができない‥‥‥じゃまができない‥‥‥‥‥‥じゃまができない‥‥‥‥‥‥じゃまができない‥‥‥』

繰り返した。

だれが”邪魔”をしてくるのだろうか、俺たちは、誰よりも近く、そこに永遠にあると知っているのに、誰が俺たちの邪魔をするのだろうか、そんな存在がいたら赦せないと思った。

いっぱい叩いて、叩いて、嫌がることを沢山して、そんな嫌がらせをする相手を、殴ってやろうとすら思った、タローも同じような気持ちなのか、冷たい笑みを浮かべた、そんなタローを見たのは初めてだった。

依存していた、俺もタローも互いが必要だと気づいていた、だから、こんな壊れたような笑みをタローは出来るんだなと気づいた、依存はあんなに優しい笑みをしてたタローの笑みを、こんな風に変えてしまうのだと。

でもタローはタローで、そう思うとタローの冷たい笑みも怖くは無くなったんだ、けど、急に寂しくなってしまった、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになってしまった、虚無感。

『そうだよ、きょーはいじめられるんでしょう?‥‥‥‥‥それがいやで、いたいのいやだもんね、きょー、”にんげん”は、ふつうのにんげんは、きょーをきずつける』

改めて突きつけられた言葉に素直に頷くことは‥‥‥今度は出来なかった、それは俺自身の存在が出来損ないだって、タローに言われたに等しいのだから、俺は普通じゃないから、普通に生きていけない、

タローは”だいじょーぶ”と俺の頬を撫でた、血で染まった指が俺の頬をなぞる、タローの瞳は何処までも濁っていて、俺の瞳もきっとそうなのだろう、でも。

‥そんな、汚れてしまった中にあっても、タローの瞳は輝きを持っていた、温かみを持っていた、俺を気遣い、心配してくれて、依存してくれて、だから”俺”を守るためにと証をくれた。

『うぅ』

瞳の、右目の奥に痛みを感じた、それは何なのか、すぐに理解した‥‥タローだ、タローから伝わってくる、それが俺の瞳の中に集まって、痛みを与えてくれる。

『きょーをいじめるの、おれはゆるさないから、だれでもゆるさない、ないちゃったらおれをよんで、かなしくなったらおれをよんで、くるしくなったらおれをよんで』

タローの瞳の中にも、俺と同じ”証”が現れようとしていた。

『あぁぁぁぁっ!!』

痛みに耐えかねて、頬を掻き乱す、この痛みは優しさを持って俺を蹂躙する、でも、それでもいいんだ、痛いだけじゃなくて、優しさもそこにある。

タローはいつもの太陽のような笑みではなく、月のように、一種の冷たさをもって笑う、幼い、いつもの柔和な表情ではなく、なにかを捨て去ったように、さっぱりした笑み。

『きょー、にんげんに、こころをゆるさなくてもだいじょうぶ、きょーはきょーなんだから、そのわくにおさまるひつようはないとおれはおもう』

タローのそれは、氷のように冷たい言葉だった。

『にんげん、にんげんだもん‥‥‥だから、にんげん”らしく”しないと、だめなんだ‥‥うぅ、ぁぁ、そうしないとっ、だめなんだから!』

『にんげんじゃないよ、きょーは、なんで”にんげん”らしくなんていうの?きょー、やめちゃえ!そんな、そんなことするから、にんげんはきょーをいじめる』

俺の言い訳めいた言葉など、タローはどうでもいいといった感じで切り捨てる、言葉詰まる俺に‥‥‥ポンッと、初めて出会った頃と同じように、タローは俺の頭を撫でてくれる。

ふっと、気持ちが軽くなった。

『‥でも、きょーはそうしないとだめなんだって、すなおだから、だから、おれがまもるよ』

”おれがまもる”

いつものタローの笑みとは違う、酷薄の笑みは、俺の右目を通して永遠に刻まれた。

『『起きろ!恭輔っ!』』

タローとは違う、少年の声が、聞こえた‥‥す、くい?



[1513] Re[63]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/10/07 14:20
‥‥重なった、タローかと思って眼を開けば、そこにいたのは巣食いでした、と。

俺の部屋、それは見慣れた天井、朝を迎えるたびに眼に入る慣れ親しんだもの、ただ、いつも違うのは少し甘い花のような香り。

巣食い‥‥どー考えても、お前、女だろうに‥‥トントンと腰を叩きながらベッドから立ち上がる、腕を組みながらその様子をただ見つめる巣食い。

どうして、俺…‥ベッドで寝てるんだっけ、確か、眼が痛くなって、頭がガンガンと、何かで直接、脳みそをかき回されるような痛みで、それで。

気絶したんだっけ?

「んー、どんくらい倒れてた?」

「‥‥10分ぐらいだ」

ポスッ、胸を軽く叩かれる、威圧的なものではなく、弱弱しく、巣食いの拳が、俺の胸に、意味がわからずに、俺はそのまま曖昧に笑う。

‥巣食いは何も言わずに、ジーっと赤い瞳で俺をにらみつける、その姿はなんだか同じ瞳の色をした色褪が、拗ねた時と同じような印象を与える。

どーしよう、こりゃ、なんか気に食わない事があったな、確実に‥‥俺が気絶したこと?それとも俺が巣食いの頬を叩いたこと?どっちだろうか。

「巣食い?‥‥怒ってるのか?」

「ああ」

ムスッと、短く答える巣食いの反応に俺はさらに頭を悩ませる、揺れるカーテンの間から入ってくる清々しい風が部屋に流れ込んで来て、少し頭がすっきりしてきた。

痛みを与えてくれた方の、右目を擦りながら‥‥何だったんだろう、あれは、痛かった、けど、こう、病気や傷を負った時の痛みではないように感じる。

なんて言えばいいのかわからないけど、もっと”精神”的な痛みだったような気がする、むー、何か右目にトラウマを負う様な過去なんてあったかなぁ。

”何か”に騙されている気がするが、そう納得することで、俺は”俺”を無理やりに納得させる、そう、これは病気でも怪我でもない‥‥はぁー、なんか、ズルズル、気持ちいい。

ズルズルズルと、体を引き裂いて、主に俺のわき腹を引き裂いて、普段は内包している”サンサン死”が心配そうに俺の顔を覗き込む‥‥服が破けたぞ、オイ。

「サンサン死、勝手に出てきたらダメだろう‥‥‥服が破けちゃったぞー」

一応は死妹の中では一番の常識人を気取っているはずのサンサン死、でもやっぱりみんなと変わらずに服は破いちゃうわけ、小さな手でペチペチと俺の顔を叩きながら、何かを確認する。

そして最後はニコッと何処か安心したかのように微笑むサンサン死の髪を撫でてやる、ふー、他のみんなはいい子で寝てるのに、意外と自分勝手な面もあるんだなぁ。

「‥‥なんだ、そいつは」

巣食いは何も言わずに俺とサンサン死がじゃれ付く様子を見つめていたが、堪えられなくなったかのように口を開く、真っ白な髪を手で遊ばせながら、イライラ全開だ‥‥あー。

サンサン死がその巣食いの言葉にやっとその存在に気づいたかのようにそちらに眼を向ける、ぷーっと頬を膨らませた後に俺の首にその小さな腕を絡ませる。

どーしたんだろう。

『コロスッ』

「おー、何か怒ってる?‥‥どうしたのよ、ほら、巣食いを睨み付けない、めっ!」

‥巣食いをキッと睨み付けながら、何かイヤイヤーと首を振るサンサン死、とても不機嫌みたい、不機嫌つーか、巣食いが気に食わないみたいだ。

理由は不明。

「そのナンバー、あぁ、Fシリーズの出来損ないか」

納得したかのような巣食いの言葉に、サンサン死は灰色の瞳を怒りに染めて睨み付ける、おいおい、錆色の髪をポンポンッと‥‥怒るな怒るなー。

「よくわかんねーけど、うん、サンサン死、可愛いだろう?ほら、ご挨拶、親戚の男の子の、巣食い”くん”だ」

『コロス』

ツーンと、横を向いたまま挨拶もせずに、サンサン死は俺にぎゅーっと抱きつく、うーん、男の子に会うの初めてだから、きんちょーしてんのか?どうも、違う感じだ。

何だか心底嫌ってるようなそんな感じ、とりあえず、本体である俺が謝るべき、でも、なんか納得いかねーー、挨拶できない子はダメなんだぞー、あっ、でも俺の一部か‥‥。

俺が悪い?

「‥‥‥恋世界の、娘たちか‥‥‥‥俺と対して変わらない紛い物の癖に、随分と、愛されてるじゃないか‥‥一部になったのか?」

『コロス!コロスッ!』

うっさいと、言わんばかりに、可愛らしい声で動物のように威嚇をしながらサンサン死は吠えまくる、巣食いはまったく表情を変えずに。

でも少しだけ見下したかのような、嫌悪に近い色が瞳に混じる。

「あんまり苛めないでくれるか?言っている意味はわかんないけど、サンサン死が嫌がっている、ほら、おねむの時間、また遊んでやるから」

ぎゅむっ、頭を掴んで無理やりにおなかの中に押し込む、うりゃ!と気合を入れると、ずぶずぶずぶと奇怪な音を立てながらサンサン死が沈んでゆく。

完全に沈む一瞬にサンサン死が恨みがましそうに俺を睨みながら『コロス』と鳴いたのが耳に入った‥‥だーめ、みんなと一緒に寝ましょう、お前が起きたせいでみんなが目覚めれば。

俺の服はズタズタに破けてしまう、それこそ勘弁。

「‥‥‥シリーズ、紛い物、作られて、幸せなら‥‥‥‥気持ち悪くても、許すべきなのか」

「巣食い?」

‥ベッドにポフッと、座って、俺を見る巣食い、真っ赤な瞳、ここ数時間、俺の横にずっとある真っ赤な色‥‥‥綺麗。

どうしようもなく、真っ白な肌と真っ赤な瞳が、お互いをさらに美しく見せている、人工物ではなく、自然な”もの”でこうも綺麗なものがあるなんてなぁ。

「”たろ”とは、誰だ?‥‥‥お前が気を失ったのと、関係があるはずだ、もしもまだお前に干渉するなら、殺してやってもいいぞ」

「物騒だなーオイ、”たろ”?‥‥タローの事か?‥‥えー、あいつの事を何で知ってるんだ?そんでもって殺さなくていいから」

いきなり、そんな事を言われても困る、そんでもって殺すだなんて‥‥やっぱり、こいつも、俺の親戚だ‥‥どっか、壊れてるんじゃねーの?

失礼ながらそんな事を思う、そもそも、さっき倒れたのは別にタローのせいじゃねーし、あっ、メールがきた‥‥ポケットの中で震えるそれを取る。

「兎に角、だいじょーぶだから、タローも殺さなくてだいじょーぶ、あんまりそーゆう事ばかり言うのは、みんな怖がるぞ、普通の人は特に」

『タロー』からのメール、殺したら、もうこいつからメールこないじゃん、そんでもって俺は泣くだろう、確実に、悔しいが、認めたくはないが壊れてしまうかもしれない、俺。

巣食いを戒めるようにもう一度指を立てて『だめだぞー』と言うと、さっきのサンサン死のように、俺を恨みがましく睨みつける。

「‥‥‥勝手にしろ」

そう言って、ベッドから立ち上がって、テレビの前にドカッと座り込んで、手馴れた様子でゲーム機を起動させる‥‥そんでもって、適当にソフトを取り出して、プレイ開始。

サングラスをポイッと俺のほうへ放り投げてくる、それを片手で受け取って‥‥‥とりあえず床とかに置いてて踏んだら怒られそうだから、起き上がって机の上に置く。

「あっ、そのゲーム、クリアしてないやつ」

「へたれ」

‥ひどい、確かに”へたれ”だけど、態々、口にしなくてもいいじゃんか‥‥‥‥しかし、本当に手馴れた様子で、外で遊ばないからそんなに肌が白くなるんだぞー。

「お茶でも飲むか?」

「勝手にしろ」

‥‥巣食い、どんどんと生意気になってくなぁ、でも、頬は赤い、だからなんで?



お茶をコポコポと注ぎながら、片手で携帯を操作する。

『ほんとーにいじめられてないの?』‥‥なんて短文、タローのメールの内容はそんだけ、いや、いじめられてないよ、そんなに毎日いじめられていません。

くそっ、生意気なやつめ‥‥てめーの方こそいじめられて‥‥いや、こいつのようなタイプは多分いじめられないな‥‥いじめても求む反応が返って来ないだろうから。

あー、しかも何か、犬の写真っぽいものを添付しやがって、可愛いじゃねーかちくしょう、ん、でもやけにデカイように思えるが‥‥気のせいか、そうゆう犬種か?

物凄く気になったので『いじめられてねー、これ、何て犬種?』と送ってみる、あれだ、大型犬にしてもでか過ぎる様に思える、そもそも犬なのかと疑問が出てくる。

昔からあいつは動物に異常に好かれていたからな‥‥‥‥しかも変な動物‥‥‥あいつ曰く『きょーも、そーだよ』‥‥残念ながらお前という名の変な動物に好かれている時点で反論できねーな。

暫くお茶をゴクゴクと、あー、美味しいとか思いながら飲んでるとメールが受信される、どうせタローだけど、あいつのメールは見るのに何故か勇気がいる‥‥わけわかんないから、あいつ。

コップを置いて、見る‥‥‥わりかし普通の返答、なのかコレ?‥‥‥『こんとん』‥‥‥みじかい‥‥短いだけではなく、何なのかさえわからない、犬種を聞いたはずなのに‥‥”こんとん”

こんとん、えーっと、そーゆう犬種なのか?‥‥変な名前、つか、聞いたことがない‥‥カタッ、そんな事を思って、どー、返信しようかと悩んでると、音がした‥‥天井から‥‥冷蔵庫にお茶をしまってから、見上げる。

羽が落ちてくる、羽とは‥‥‥緑色の羽、黒色の羽、俺の肩に落ちたそれは、すぐに弾けて光の粒子となって消える‥‥そして再度見上げて、その視線の先には、天井で気持ちよさそうに寝てる二人の少女。

おー、これはまた、頭がおかしくなりそうな光景だ‥‥‥さっきまで俺を殺そうとしてた二人の少女が、気持ちよさそうに、我が家でくつろいで寝ているわけ、もう、なんなんだこいつら『そしてこの犬の種類は何なんだタロー』とメール送信ー。

って、混乱して、メールを送信までしてしまった‥‥‥はぁ。

「おーい、寝ているところ悪いんだけど、なにしてんの?」

「テケリテケリー、自分で今言ったテケリ、寝ているテケリー」

「ねむねむねむねむねむねむねむーねー、殺す気はもうないない、失敗ぱい、したらもうしない、なーい!」

ぷぺーっと間抜けな音がトランペットからもれる‥‥玩具のトランペット‥‥‥つまり、失敗したから、もう、どーでもいいってこと?

軽くジャンプ、そして二人の翼を両手でガシッ、一気に下にどーーーーーん、おい、ちょい話がある‥‥色々と、勝手に我が家に居座られても困るわけです、はい。

ファサ、そのまま叩き落そうかと思ったのだけれど、一瞬で小さくなった翼をパタパタとさせながら、ゆっくりと、床に着地する‥‥最後まで手をはなさないで、叩きつければ良かった‥失敗。

「あるじあるじ、おこるなテケリー、今日から、殺害ではなく、守護してやるテケリー♪」

「うんうん、血のトランペット、ペットー守護に使う、使うー!命の恩人じんー」

「君たち、人を殺そうとした身分で‥‥あー、ちょっと、ごめん」

『『失礼”テケリ””れい”』』

メールが来ました、もちろんながらタローから、二人つーか二匹の批判を甘んじて受けつつメールを見る、だって気になるし、そして絶句。

『はなしはかわるけどー、きょー、いじめられてるかいじめられてないかでいうと、どっちなの?なきたいときがあったら、あって、なででてやろう!』

‥‥‥‥‥そして最後に『いじめるやつ、ぶっころす』‥‥犬の種類‥こたえろよ、直接会って聞かないとやっぱり無理なのかこの天然は‥‥ガクッ、力なく頭を‥はぁ。

‥そんな俺を後ろからパタパタと飛びながら見ていた二匹は、ふむふむと、メールを見ながら頷いて、口を開く。

『変なやつやつ』『バカテケリ』

タローは罵られました、メールの内容だけで、同意。



[1513] Re[64]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/10/18 14:54
ムスッーとしてテレビ画面から眼を離さずにゲームをする巣食いは俺とは確実に遊んでくれないのでボケーッと居間のソファーで寝転ぶ。

なんだよ、俺よりゲームの方が楽しいのかよ、いや、そりゃ楽しいだろうけど、少しは構ってくれてもいいじゃないか。

親戚のお兄ちゃんが暇で暇で困っているのに、あいつはゲームに夢中で俺を無視、寂しいなオイ。

うあぁーと声を出しながら半回転、さらに半回転、体をくねらせながら暇をつぶす、そんな感じで有意義とは言えない時間を潰してると。

「恭輔、帰ったぞ」

まったく気配を感じさせずに居間に無表情で入ってきた差異に眼を瞬かせる、おー、軽く手をあげると。

トテトテと淡くも鮮やかな金色の髪を揺らしながら、差異が足早に寄ってくる、それを少し眠気を引きずりながらも眼をはなさずに。

ポスッ、肉を食べなさい、そう言いたくなるほどに軽くて、華奢な体を抱きしめる、紫色の瞳を僅かに細めて俺を見上げる差異にどうしたと眼で問いかける。

「あぁ、一人と一匹は置いてきた、ん、ひきずって連れて帰ろうと思ったが流石に哀れに思ってな」

「ああ、哀れと言うより可哀相だからやめよーな」

苦笑する、俺の最も大切な一部は些か思考や発想が危険だったりする、髪を撫でてやりながら軽く注意する。

コクコクと頷くが恐らくそこまで反省はしていない、とりあえず怒られたくないので適当に相槌をしとこう、そんな感じだろうに。

こうやって近くで見ると改めて差異の肌の白さに驚く、巣食いも白かったけど‥‥負けてない、差異も巣食いももっとお外で遊びなさい。

「差異」

「もっと外で遊べと思考しただろう、ん、差異に今更に普通の幼子に戻って、血の匂いも、肉の感触も忘れて遊べと、ムリだろう」

それは事実としての言葉であるから、俺は何も反論せずに、頬をポリポリと掻く、今更‥‥か、それもそうだ、差異が外で同い年の子供と戯れてる姿なんて想像出来ない。

俺の一部である差異には、ナイフのような鋭さと毒舌の混ざり合った在り方が素敵だ。

「無理だなぁ‥‥それとナイフをいそいそと出さないでいいよ、2階にいるのは俺の親戚で、天井にぶら下がってるのは無害、になりました」

「‥‥『壊れた絵本の中の主役』に能力者か、誰に護ってもらった?」

「巣食い、あっ、俺の親戚な」

‥‥護ってもらったって、自力でどうにかしたのか?とか聞き様があるのに、どうせ俺は無力な一般人、違うな、無力な一般人以下の存在ですよ。

少し不貞腐れてると差異は困ったなと頭を軽く横に振る。

「何が困ったんだ?」

「ん、どうして差異を呼ばなかった?恭輔の危機に、差異を呼ばないでどうする気だ?」

「だって、差異寝てたじゃん、お昼寝の時間だったろ?びしょーじょは沢山睡眠をして美容を維持しないとダメなんだろう?起こすの悪いかなーって」

それに何となく家に帰った瞬間、危険だと気配で感じたけど、”死ぬ”未来が頭に浮かばなかった、どうしてだろうと今更ながらに思う。

巣食いが何とかしてくれるとの心のそこで、汚い考えが巡っていたのだろう‥‥屈折の息子なら、情けない話だけど俺を守ってくれるのだ、必ず。

男として心底に情けない。

「差異の美貌と、ん‥‥自分の命を比べるのはどうなんだと問いかけるが?」

「差異の美貌も捨てがたいと思うよ、差異は綺麗過ぎるから、少しの欠点もダメなんじゃないか?」

「‥‥恭輔にそう言われると、差異が美人過ぎるのもどうだろうと初めて認識したぞ、むむ、差異的には恭輔の命は代え難いものなのだが」

「自分の一部ながらそこまで自分を褒め称えるのもどうかなーと」

「ん、事実だろう」

差異は当然と言わんばかりに返答する、変に自分の容姿を自慢する人も問題だけど、自分の容姿を客観的に判断して言葉にする差異もどうだろう?

自分の一部じゃなければどついてます、確実に。

「嫌だな、その、当たり前みたいに無表情で答える差異?」

「望むなら変えてやろうか、だが恭輔は”こんな”差異がお気に入りなのだろう?」

「それこそ、当然だから」

差異の気高くも他をかえりみない生き方は大好きだ、自分がそのように生きれないから、憧れが強い、こんな小さな体で良くそんな風に社会を生きてゆけると関心すらする。

だから、俺の一部であるのは嬉しい。

「差異、好きだからなぁ、俺」

「それこそさらに当然だろう?ん、差異が恭輔の一部で最も優れていて最も美しい、異論は?」

「ない、よ」

いつのまにか俺に馬乗りになっている差異に少し戸惑って、でもはっきりと答えてやる。

異論はないけど頭の中に何かが引っかかって、でもいいやと、そんな感じで答えた俺の言葉に差異が少しだけ不機嫌になる気配。

どうしてわかるかって、形の良い眉がちょっとだけピクッと反応したから、差異は無表情だけど意外に読み易い、それですら本心であるかは不明だけど。

俺だけにはそれが理解できる、だって差異の本体だから、差異の考えはすべて理解出来る、この綺麗な入れ物に入った少女の心が全てわかる。

差異の中でざわめいたもの、それは嫉妬だった。

「ん、少し抵抗があったか?」

「いや、何かおかしかったな俺、ないよ、差異が一番だ、腕より足より瞳より耳より他の部分より、明確に愛してるよ」

「差異的には少し不満足な返答だったな、他のいらぬ過去の存在を消せば、恭輔もそんな甘ちょろい返事が出来なくなるだろうか?」

「わからないけど、多分」

頭に過ぎった映像は色んなヒトガタ、真っ黒なヒトガタの存在たち、誰なのかと問われても困る、差異はこれに嫉妬したのだろうか。

俺の中で消えかかってるようなものまで嫉妬の対象にするなんて不思議な奴、無視すればいいじゃんか。

でも、氷のような冷たさを放つ紫色の瞳には殺意しかこびり付いていなかったので口には出さない、思考もすぐにやめる。

「ああ、それと忘れていたのだが」

「ああ、それもいいけど何故に馬乗り?」

差異の発言を遮って口を開く、全然重くは無いけど、疑問は当然にあります、これだと逆に俺が差異に襲われてるような体勢なんだけど。

一部であり少女である差異、どのように俺に接しても良いけどさ、これはいくらなんでも俺が情けなさ過ぎる。

「恭輔に抱っこされるのも差異は嫌いではないが、ん、逆転するのもたまには良いだろうと判断した」

「やめろ、つい先日色褪に抱っこされた事で色々と破壊された俺の大事なものがさらに破壊されて、もう、凄まじい悲しみの坩堝に」

「ん、成る程、ちなみにそれはどのような悲しみなのかと差異は問いて見ようと思う」

問うなよ、俺は調教されてるのかなと思いつつ口を紡ぐ、逆転、逆転、まさにこれこそ逆転現象、俺のお腹の上で跳ねるお嬢様。

しかも俺に気を使って軽くポンポンと跳ねるのがさらに恥辱感を倍増させる、パンツが見えるからやめなさい女の子。

「うぅ」

「恭輔、辛いか?」

「うん」

本当に辛かったので退いてくれました、上半身を持ち上げて憂鬱になりながら欠伸をしてると差異が横に無言で座る。

天井にぶら下がっている『壊れた絵本の中の主役』を指差し名前は?と問われて気づく、名前聞いてないや、一緒に暮らすのに問題あるよな。

そもそも俺は許した覚えがないのだけれど、あの二人の、否、二匹の押しの強さに負けた気がする‥‥どうして我が家に住むのだろう、何で俺を殺そうとしたんだろう。

そしてあの押しの強さはなんなんだろう、異端って奴は気まぐれで我侭で押しが強くないとダメなのかと、やべー、俺の親戚の多くが当てはまってる。

少し凹む。

「色褪を今から再教育してまともな大人に‥‥そもそも見た目が、やはり見た目が伴わないと中身もダメなのか‥‥」

「あの女は無理だろう、ん、悲しいがアレが恭輔の血縁と認めなくてはならない差異の気持ちも考えて欲しい」

「俺の親戚は大体あんなんだから」

そしてその親戚を束ねているのが色褪だから、もう色んな意味で終わっている気がする、でも他の親戚からの心無い言葉から俺を守ってくれたのもあいつなわけだから。

感謝はしても文句は言えないのですよ、色褪は優しいから、物凄く好きだ、本人の前で口にしたら終わりだけど、俺は恥ずかしくて死んでしまうから。

「大体?」

「親戚とはそんなに会わないからなー、いや、会う奴らは頼んでも無いのに押しかけてくるし、故に会わざる終えない感じ?」

「ん、カスのような存在に愛されているな恭輔」

「‥‥カスってなぁ、正しく答えるなら親戚なのか親戚じゃないのかわからない奴も多数いるんだよ」

差異は『ほう』と何処か感心したように頷きながら興味深そうに耳を傾けている、差異が何かに興味を持つなんて非常に珍しい。

眩しい程に綺麗だと思える、そんな差異の髪を弄びながら、少女らしい仕草で耳を澄ましている差異に愛しさを覚える、こんな一面とか、違う一面が出るたびに。

嬉しく感じる。

「江島ではないのか?」

「例えば、今2階にいる巣食いは江島なんだよ、屈折が『江島屈折』だから‥‥その息子である巣食いも江島の血縁なんだなと誰でも理解できる」

「ああ」

「でも幼いときからの友達で『田中太郎』って奴がいるんだけど、こいつは江島じゃないけど、親戚らしい‥‥遠縁だけど、でそいつの母親、
会う度に有耶無耶に記憶から消えるその人は江島じゃないらしいし、よーわからんのよ、でもその人は俺と血の繋がり、なんか同じような存在であってだな、肉体だけ俺と同じで、なんたらかんたらだよ、タローの母親の体が俺と細胞が一緒で、双子だけど、中身は違うから俺と双子じゃないけど、双子、でも気持ち的には太郎と俺は双子っぽい感覚でー付き合っていて」

記憶から抜け落ちた少女、会ったはずなのに消える少女、不確かな物が怖くて嫌いな俺だけど会う度に抜け落ちる存在なので慣れた存在。

ああ、どうして巣食いに対してあれだけ信頼が芽生えたのか理解した、その有耶無耶な少女の姿は確か真っ白で、巣食いも真っ白だからだ。

そこに、親しみが持てた、屈折の息子としてだけではなくて、姿として見た目として俺を保護してくれる形をしていた。

「初耳だな、恭輔には双子がいたのか?」

「え、ど、どうなんだろう‥‥‥どうなんだろうなソレ、いや、双子じゃないよ、俺には妹と弟しかいない」

‥少しだけ混乱して来た、適当に覚えてきて、適当に感じてきていた事柄、故に僅かな差異の言葉に込められた真意すら掴めない。

俺とタローの母親は、双子だなんておかしいけど、そう”記憶”してある、誰が教えてくれた、色褪、屈折?‥‥でも、今更変えようのない記憶。

でも双子だと明確なものがある、家族じゃないけど、側にいたことはないけど、俺と”細胞”が同じ‥‥タローの母親の本体が現世に現れる端末、それが俺の半身。

あれ、あれ、あれ。

「あれ?」

「どうも恭輔は親戚たちに、良いように記憶を弄られてるのだと差異は思う、それとも”恭輔”自身が誤魔化してるのか?」

責めるような物言いを、初めて差異にされた、違う、差異は俺を責めていないんだ、ただ、間違いを正そうとしてるだけ、だってこのままじゃあ、俺が哀れ。

頭に拳を軽く叩きつける、痛い、しかしながらそれでも俺は『正常』なのだと明確な答えにはならない。

「恭輔の家族は?」

「両親は‥‥死んだ、家族って言ったら‥‥色褪、一緒に暮らそうと言ってくれた」

「他には?」

「妹と弟が‥‥いる、優秀だったから鬼島に入って‥‥頑張ってると思う」

「”他”には?」

「屈折‥‥楽しいけど、場をかき回すのが得意な親戚‥‥家族だと、思う」

「じゃあ、ん、恭輔、家族”ではない”恭輔の双子はいるか?」

「いるよ、入れ物だけど‥‥‥‥そいつ自身の心は最初から無かったから‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あげたの、おれがうまれたときに、わすれられていたこ、かわいそうなこ、だからせめてにくたいにと、いれものにしてと、おれがあげた、おおきくてわけのわからない、にあげたよ、だけど、それでもおれにはだいじなおねえちゃん」

パンッ。

差異が軽く俺の頬を叩いた。

「成る程‥‥な、ん、恭輔、調子は?」

別に、、まあ、痛いから差異。



頬を叩かれて落ち込んでる恭輔、恨みがましそうにこちらを見つめて来る、可哀相だと思ったが仕方が無かったな、うん。

記憶は相変わらず欠落している、喋った内容も覚えていない、暗示の類かと疑ったがもっと根が深そうだ、気に食わない。

やはり江島は信用しない方が良いのだなと再確認、当初からそうなのだが今回の件で改めて再確認、差異は何も信じない。

しかし双子か、まあ、江島から調達した資料には書かれてなかったな、恭輔のコピーなのかとも思ったが、完全に出来ないからこそ江島で唯一の存在なのだろう。

‥確か『田中太郎』の母親と言っていた、暇があれば調べてみよう、こんなにもがんじがらめに恭輔を縛り付ける江島色褪は『悪』だな差異には。

しかし肉体だけと言ったのが引っかかる、何かの異端が寄生でもして人間のように生活してるのか?大体はそんな事だろうが、江島が己たちの『死体』を誰かに提供するほどにお優しい一族なわけがない。

だが双子か‥‥差異と沙希のように、恭輔もその誰かと接するのだろうか?あぁ、中身は別なのだろうが、それでも双子である事実は変わらない。

【『『‥‥そうですね、今回は、”巣食い”と名づけられた表が出たので、裏の俺も”救い”として出るべきだろうと、今回のキーワードは、モザイク、オリジナル、コピー、そして表と裏です、差異さん、貴方にとって残滓がいるように‥‥憎んでいても羨ましき存在はいるものですよ、それこそかがみ合わせの様に』』』】

それは”救い”と名乗った少女がこぼしていった言葉、成る程、物語を通しての表と裏、恭輔にはその田中太郎の母親である存在、その双子こそが裏なのだろう。

差異には残滓、残滓には色褪、成る程。

「恭輔とは違う物語の、太郎とやらの母親が裏‥‥か、江島の過失だな、恭輔の姉である存在が母親の世界、見てみたいな、関わりは持てないだろうか?」

「ふぁー、差異、お腹が減ったー!でふでふ」

思考を遮る本体の叫び、それに違和感と言うか、何処かしらおかしなものが混ざったので冷蔵庫の中身を確認するのを中断して顔を上げる。

「でふでふ、とは、なんだソレは?」

「‥‥いや、さっきから耳元から離れないんだけど、何となく、でふでふ‥‥何か落ち着く」

「?‥‥恭輔、何か浮かぶ映像は?」

頭に残った僅かな記憶でも、そこから搾り出せば少なからず形になるだろう、”でふでふ”とは語尾にしてはどうも締りが無い。

「おねえちゃん?だれだろう、おねえちゃんって」

「すぐにそうやって、思考が中断されるのは差異とてわかっているのだが、そうか恭輔の姉は”でふでふ”喋るのか、メモしておこう」

「‥‥んー、何かさっきから記憶が無茶苦茶に掻きまわされてるんですが‥‥」

「大丈夫だ、差異がいるだろう」

「‥‥男らしいぞ差異」

何処か敬愛の念の浮かぶ恭輔の瞳は初めてだな、少しだけ嬉しく思いながら冷蔵庫の中身に向き直る、成る程、記憶が過ぎった刹那に関連性のある質問をすれば僅かに映像は浮かぶのだな。

「チャーハンでいいな?ほら、上の親戚とやらも呼んで来い、差異はそいつに問いたいことがある」

「おー!」



[1513] Re[65]:境界崩し
Name: 眠気◆60fda533 ID:fded533a
Date: 2007/11/11 21:24
気まずい、いや、気まずすぎる、気まずいと言うより感じ悪いわっ!と心の中でとりあえず暴言を吐く。

俺はとてつもなく弱いので感情を素直に口では言わないのだ、口で言葉を吐くよりは内で思考してる方が多い根暗なんですよー。

「……あ?」

そりゃ年下の親戚にコレだけ睨まれたらねぇ、心の中で暴言も吐き出したくなるともさ。しかも『あ?』て、喧嘩を確実に売られてるよなー。

絶対に買わないけど。

「あー、とりあえず、だ。区切りの良いところでさ、飯に…………しない?」

「しない」

即答ですよ、この白いの。真っ白な髪を同じく真っ白な指でポリポリかきながら、すぐさまに俺から興味なさげに視線を外す。

そしてその視線が定まるのは四角い箱、パチパチと目まぐるしく映像の切り替わる四角い箱、四角い世界は現実の俺より心地が良いらしい。

さっきまで、開けっ放しにしてたカーテンもいつの間にか閉じられていて、まあ、巣食いがしたんだろうけど……ダメダメな感じ。

なんつーか、ニートだ。

「ニート」

「………!」

「………あっ、ゲームオーバー」

俺が何気に囁いた一言に巣食いが大きく反応した、簡単に言えば動きが3秒ほど停止したのだが、それが架空の世界では命取りだったらしい。

…現実よりある意味、シンプルで残酷だなオイ、プルプルと無言で震える巣食いを後ろから眺めながら再開しないのカナーとか無責任に思考する。

飯食いたいよ?

「ニートに反応したのか、ニートつか、あれだな、巣食いは多分、引きこもり性質」

「うっさいっ!」

ムスッと、涙の潤いに微かに満たされた赤眼が俺を射抜く、綺麗な顔をに睨まれると妙に迫力があるよなー。

それをとりあえず無視しつつカーテンをあける、んで、リモコンが見当たらないのでテレビを直接消す、そして巣食いの頭を軽くポンポンと叩く。

真っ白髪で真っ白肌だと感情の動きがすぐにわかるよなー、何せ顔を真っ赤にしてさ、どうしよう?……俺はさっさと飯が食いたいだけなんだが。

「よし、いくぞ」

「うぁ?!」

動きの無い巣食いの細い腰を掴んで持ち上げる、軽い、こいつ本当に男ですか?…とか、至極普通過ぎる疑問がまた浮かぶ、男だと知ってるのに。

手にはゲーム機のコントローラーを持ったままの巣食い、さらに両手両足をパタパタと動かして逃げようとする、真っ赤か。

「はなせっ!は、はなせっ!んなっー!」

「んなっー、いくぞ~」



『ん、そいつが』それが巣食いをみた差異の最初の一言で、後に続く言葉は無く、呆れたように首を振りながら……言葉を紡ぐのに一度間をおく。

なんか知らんが頭から煙を出しながら眼をグルグル回してる巣食い、それを”見て”の感想なのだから、真面目な言葉など期待していない。

差異は面白くなさそうに、再度、俺と巣食いを見つめる。

「ん、まあ、座らせたらどうだ?その、あー、完全に機能の停止している異端を」

「ああ、とりあえず座らせて見た」

「ん」

椅子に置いてみました、巣食いを。

真っ赤になりながら『はふっ~』とか呟きをもらす巣食いはなんか可愛い、可愛いからこのままでいいやと自己完結。

差異は差異で興味がないのか、いや、興味まったく無し?………思考からそれを読み取る、そんなことよりチャーハンが冷める前に食べてほしい、”流れ込む”

その意見になにも反対材料を持たない俺は巣食いの横に腰掛けて、無言で食事を開始する……差異はふぅとエプロンを外しながら俺の正面に座る、紫の瞳が無感情に俺の様子を。

「ああ、差異は思うのだが、そこの間抜け君は、ん、あれか?」

「美味しいよ差異、腹減ってたからさぁ」

「それは嬉しい、と、話を戻すが?」

「?」

「そこの異端はいつになったら活動を再開するのかと差異は問いたいのだが?」

ただ腹を満たすことに夢中になっていた俺を見て微かに口元を緩ませながら差異が問う、なんだか、その表情はいい、好きだなぁと思う。

故に俺を見て幸せそうに笑う差異のその表情に意識が全部奪われて、言葉の意味を理解するまでに少し、数秒要したわけ。

チャーハンを飲み込みながら、その質問までも飲み込み、俺は……眼を瞬かせた。

「差異、巣食いに興味があるのか?」

「うん、あぁ……そうかも知れんな、いや、不確定ではなくて確定……か、うん、差異は恭輔の親戚には興味はあるぞ、ん、間違いない」

「……お、おぉ、また広く興味があるんだな、俺は俺のこれからに興味はあるけど、差異は”俺”だから俺に興味があるのか?」

「ん、そんなものだ」

差異の白く小さな手が俺の頬を掠める、意味の見出せないその行動に、どのようにすればよいのかわからずに、俺は俯く。優しい。

そう、差異は”俺”のものだから俺に優しい、だから好きだと、思う、チャーハンも美味しいし、だから差異が心地いいのな。

だから俺に本心を見せない、いや、時折体が勝手に、己の頭の中で描く動きを再現できないように、今の差異は俺の一部なのに俺にわからない要素を持っている。

「差異?」

「うろたえるな、そんな……泣きそうな眼をしなくても差異は恭輔だ、大丈夫、安心しろ、ただ、恭輔を至上として守るための差異には、江島の謎を握らなければならないだけ」

「なんで俺がわからないことを、、」

「どんな存在にも恭輔は侵させない、しかし、血の繋がりと、ん、そんな下らぬ理由と関係だけで恭輔を侵し犯す存在があるのなら、差異はそれを削除しないとな」

不可思議な事だと思いながら、口からは何も出て来ない、言葉もため息も出て来ない、差異の言葉は嘘も偽りもないのだから、俺の一部として俺に、思考も統一されてるから。

ただあまりに俺自身が、差異を最も使える部分として、そう考えてるから………差異とか他の俺の”一部”がなにかしら行動をおこしているのだ。

「つか、俺の親戚って言っても、そんな俺自身としては……悪くないんだけど、悪じゃないんだから、悪の組織じゃないんだぞ」

「恭輔、ごちそうさまは?」

「あっ、ごちそうさま」

会話が思いの他に弾んでしまった、独り言にしてはそこそこ満足の出来る内容だろう、独り言、そう、独り言。

差異はふっと、年齢に見合わない達観した笑みを見せた、心地よい思考が流れ込んでくる、俺の満腹を感じているだけなのに。

本当に喜んでる。

「ふぁー、お腹減ったら眠くなるよなぁ、あれ、コレ、さっき言ったかな?」

「言ってないぞ、うん、寝たらどうだ?……疲れてるだろう、色々とあったし、差異はそれをすすめる」

「差異は一緒に寝ないか?」

「人目を気にせずに公園で寝たことを心底に恥ずかしく感じているぞ、むぅ、キャラじゃない、うん、差異のキャラじゃないぞ」

「…………認めような、いいじゃん、俺が公園のベンチで寝てたら色々と問題があるけど、子供が公園のベンチで寝てるのは、大丈夫じゃないか?」

「うん、性犯罪に巻き込まれるぞ?」

「差異たちなら大丈夫だよ、むしろ、その犯罪を成そうとした人が、殺されて、犯罪になっちゃうじゃん」

「おぉ、凄いな恭輔、ちゃんと過程と結果がわかっている、ん、まさしく」

「駄目だぞ、もし、そんなことがあっても、人を殺すのは駄目だ、ちょー駄目だ」

立ち上がって差異の横に移動する、いまだにあうーと意味不明な発言をする巣食いを横目に、俺は笑う。

差異の金色の髪を手で弄びながら、笑うのだ、本当に楽しいことは差異となにもせずに過ごす時間だ、そう。

「どうした?」

「どうした?」

俺と差異は互いに同じ言葉を発する、それは相手の状況を理解していながらも、漏れ出た詮無きこと、本当にどうしたんだろう。

今日は互いに互いを慈しみ過ぎている、あぁ、差異だけとこうやって話したり、触れたりするのは実に久しぶりだから、差異も?

「ん」



ズブッ、差異の体に、右手を差し込んだ、胸に直接、溶け込むように、差異はそれに対して何も言わずに、見つめてる。

真っ白な肌が微かに桃色に染まり汗ばむ、一体感を求めただけで他意は無く、もしかしたら、肉体も一つに、なりたいのかもしれない。

差異が一部として愛しすぎて、境界を外して、ドロドロに、肉も心も、溶け込んで、俺は”俺”になりたいと素直に思う、感じるは差異の圧倒的な知性と精神力と、力だ。

だけど、差異がいなくなって、眼に見えないところに、ああ、駄目だ、駄目、まだ差異と完全に肉体の境界を外すには。はやい、はやい。

「ん、そうだな、差異はまだ、恭輔の体に混ざるには時期がはやい、他の、うん、はぁ、ふふっ」

「他の?」

ズブズブ、胸を何度も突き刺した、正面に向かい合って、巣食いのことなど忘れて、さっきまで空腹を満たすことが第一だったことを忘れて。

差異の全てを感じている、大丈夫だ、差異は俺の為だけに俺の知らないことを成そうとしている、それは決して俺に不利益になるものじゃない、だって差異は賢いんだもんな。

「はぁ、ふふ、他の奴らを全て出し抜いて、差異は恭輔になる、ちがう、、ぁ、そ、そう、ん、誰にも渡さない…ワタサナイ」

紫の切れ長の瞳から感情と快楽が刹那に消えうせた、その意味は、独占欲だ、自我である俺を誰よりも愛する独占欲、いとしい。

こんなに力も優れ、異端で、綺麗で、幼いながらも世界の完璧に近い少女が、完全に肉体にまで俺と一つになることを妄想し、全てを動員してそれを、行う。

あぁ、俺も、差異になりたい。

「はは、差異、にはわかるぞ、恭輔……だから、差異より近く、一部であろうとする、全てを消してやる、ふ、は」

「……」

境界を戻す、思考だけで十分だった、瑞々しい差異の肌に弾かれて、俺の右手は表面をなぞるだけの普通の右手に、戻る。

「むぅ、ただのスキンシップなのに差異は難しいことを言うな、なんだそれ」

「はぁ、ぁ、そ、うか?」

まだ息も荒い差異の蕩けた瞳に見上げられながら俺は正直に頷いた、なんだか理解できていない俺が悪いみたいだ、白い天井を見上げて、逃げた、視線から。

俺は頭は悪くないぞって、無意識の行動なんだと思った、無意識から意識にかわったので、途端に恥ずかしくなったのだ。

うぅ。

「………お前ら、なにしてるんだ?」

少し馬鹿にしたような、生意気そうな甲高い声に振り向けば、凍結状態から回復した巣食いが、ムスッと、不機嫌?

「え、なにって、あれ」

「恭輔、あれだ、ん、そんなに何を焦っている?……浮気がばれた何処ぞの父親みたいな感じだと差異は思うのだが、どうか?」

「どうかって、いや、いやいやいやいや、巣食いは男で、差異は俺の一部で、それってなんかおかしいでしょ!」

見せ付けるように俺に”意味も無く”抱きつく差異の柔らかい感触を感じながら、俺は自分でも不思議だが、うろたえる。

巣食いは男には本来備わるはずが無い美貌に嫌悪の色をたっぷりと滲ませて、皮肉に顔をゆがめた、こわっ!

綺麗な人が怒ると、怖いです、つか、何で怒ってるの?

「つか、なんで、気絶してたの?」

「お、おまえのせいっ!」

「……?」

まったくもって理解が出来ないが俺のせいで巣食いは顔面真っ赤で意味も無く「ふぁー」とか声をもらすお人形さんになってしまったらしい。

とりあえず反省、反省の内容わかんないけど、申し訳ない感じの感情を胸の中で悶々とさせておこう。

「恭輔、ん、親戚とはいえ、お客様だろ?……性悪の狐が良い茶を隠し持っていたはず、ん、取って来てくれないか?」

「え、俺が?」

「うん、差異だと、あの狐はきっと渡してくれないからな、恭輔が行くと確実にもらえる、うん、他に理由は無いぞ」

「そ、そうか……じゃあ、えーと、二人だけで大丈夫?」

この質問って自分でもどうかと思うけど、純粋に疑問に感じた、俺がこの場からいなくなっても大丈夫かと。

差異に強く意識して喧嘩をせぬように、自分自身に意識する……差異は無表情ながらにコクコクと頷く。

「「大丈夫」」

差異と巣食いの声が重なったので、俺は、まあ大丈夫だろうと、その重なった声に意味も無く安心した。



「お前は、なんだ?」

第一声にしてはあまりに不躾で行儀のなっていない、失礼極まりない言葉だ。

それに対して眼の前の少女は、恭輔の前で見せた従順さと儚さで覆った空気を、すぐさまに変質させて、微笑んだ。

西洋人形のように、極まった造形物はすぐに感情に塗れた人間に、いや、異端へと変質した、僅かに恐怖を覚える。

「巣食い」

震える声でそれだけ搾り出す、なんで、震えてるんだ?自分自身が一瞬ぼやけて、曖昧になるような感覚に陥る、こいつっ。

「差異、それが自身の名だ、色々と肩書きは、うん、あるのだが、恭輔の一部であり、最も必要な部分、それが差異だ?」

「自分でっ!」

まるでそれは己こそが最も相応しいと宣言したいるかのようで、嫌悪をかみ殺しながら声を絞り出す、差異と名乗ったガキは、反応せずに。

「そう、自分で、だ。差異は恭輔だからな、事実であり、真だ、ふふっ、差異は、お前の母より、お前より、恭輔に必要とされている」

「………」

こいつは狂ってるなんて、小説や言い回しで使われる一文では表現できない……差異と名乗った少女はゆっくりとした動作で椅子から立ち上がる。

それを呆然と見つめながら、この場から逃げるための考えを巡らせている自分に驚く、こわい、こわい、こわいぞ、こいつ。

「ん、ありがたい、感謝だ、こんなに早く差異の眼の前に、恭輔に近い異端がのこのこと、馬鹿のように現れるなんて」

「何を言っている?」

「うん、さあ、教えてもらう、江島の血の秘密、両親の死、どうして、恭輔は長い歴史を重ねてまで生み出されたのか、江島が江島たる所以」

「……何を言っている?」

質問の意図を理解できないわけではない、しかし、知らないことを答えることなんて誰にも出来るわけがない。

「あぁ、さあ、差異にそれを教えてくれ」

ナイフが首にあてられた、ひんやりと、殺意を感じた。



[1513] Re[66]:境界崩し
Name: 眠気◆60fda533 ID:7a370c6d
Date: 2007/11/20 19:12
居間を後にしながら、本当に大丈夫か、あの二人……と、下らぬ不安に襲われる。

しかしまあ、賢い差異に全てを委ねて気まずいあの空間から逃げ出したいというのが本音。

本音は本音でしかないので、それが俺の本意なんだろう、兎に角、今の俺は黒狐から茶を、茶を貰わねば。

脈絡も無く、当たり前の構築をなされてる当たり前な我が家の中に当たり前に存在する、当たり前じゃない地下室に続く階段をくだる。

ひんやりとした空気に体を僅かに震わせ、日の光を失った空間に平衡感覚を僅かながらに喪失する、長年で培った感で、行く。

すると古ぼけた四角い壁、四角い壁には取っ手がついており、無骨で灰色のソレが壁ではなく、どこかに続くための入り口だと誇示する。

ノックをしようか迷った末に、迷ったのならしようと、相変わらずの自分らしさ、気弱。

「黒狐ー」

暫しの静寂、ガサゴソガサゴソ、何かが動く音が聞こえる、何かって、黒狐しかいないけど。

そしてそのガサ~音からのまたの静寂、二度目のそれは思った以上に長い、1分が経過したかな?とか考えてると。

「ちょ、待て!」

「う、うん、待つけどさ……え、なにしてんの?」

純粋な疑問が浮かぶ、いつもなら、こんなに時間がかからないはずだ。

なんなんだ、なんなんだろ?とりあえず、お茶が欲しいです、お茶が!どうでもいいが、ここ寒いし、早く部屋に入りたい。

順々に不満やら要望やらを心の中で配列しつつ、意外と単純な思考の自分に恥ずかしくなったりする、それもこれも、部屋に入れないから。

黒狐、もう!

「……あー、コホン、なにもしとらんよ?」

「嘘だ、黒狐、俺に嘘をつくの?…悪い子だ」

「えぇー、ち、違う、違うんじゃよー、悪い子じゃない、黒狐は」

うろたえた黒狐の声にさらに疑いが深まる、深まって深まって底なし沼だ、単に俺が疑り深いだけだけど。

とりあえずドアノブをガチャガチャして威嚇をして見る、ガチャガチャと何度も、その度に部屋の中の黒狐がうろたえる気配がしてちょい楽しい。

ちょいつーか、かなり。

「わ、わかった、わかった、あ、あけるから!恭のいじわるっ!」

おおっ、珍しく悪口を言われた…なんか新鮮だ、調子にのりまくってドアノブをまわしすぎて手首痛めたことなど思考の彼方に消えるぐらいには。

少しだけ怒気を含んだ感じでブツブツ言いながら、黒狐がドアを開放してくれた、サンキュー、早く中が見たいです。

いじわるなのか、こーゆーのって、どうなんだろうな。

「いじわる、と言われた俺は黒狐の尻尾を強く握ろうと思う、理由としては、えっと、何かイラッてした、イラッの解消法として、で」

「やっぱ開けんっ!開けんぞっ!」

発言って、発した瞬間に撤回出来ればいいのに、少し開きかけのドアが手早くまた、バタンと閉まったのを見て苦悩する。

閉めた衝撃で起こった風により、プラプラと踊る前髪を見つめ、うん、今度髪を切ろう……眼に入って、痛いんだ。

「つか開けろっ!」

「断るっ!恭でも駄目っ!恭だから駄目っ!」

「なんかわからんが差別的な背景を感じるぞっ!蹴るぞっっ、ドア蹴るぞ!」

「蹴ればいいっ!ワシは知らん!」

「ならば蹴るっ!全力で蹴る!蹴破れるわけないけど蹴る!感情の発散のために蹴るぞっ!」

ガンガンガン、軋むと同時に、灰色のドアに僅かに付着した、錆がパラパラと地面に落ちる、そりゃ、意味ないよ。

とりあえず、一度蹴るのをやめる……俺は紳士、紳士なんだ、紳士になれ、ドアを蹴るだなんて。

「……痛いから蹴るのを止めたな恭、根性なしめ」

「………黒狐って尻尾沢山あるじゃん?………そんないらなくないか?俺、リュックにアクセサリー的なキーホルダーが欲しいんだけど、尻尾くれ」

「おぉ、おぉぉ……うぅ」

「……大人しくあけろよ、いい加減、ちょっと飽きたぞ、俺はお茶を貰いにきただけだぞ、茶っ葉、葉だよ、くれ」

一方的に要求を叩きつけながらドアを開けた。

そして、凍結。



異界の風が吹く、少女は少女のままで、迫り来る、愛すべき、その『愛すべき』は過去の、人間であった頃の赤子の自分の残り香だが。

確かにそれを感じていた、双子の弟、この、白き、無知、それでいて圧倒的な、蠢き、蠢く、ゥゴウゴ、身を、精神を、あらざる者、ハハ。

あらざる者に、生贄としてこの世界への干渉する為の生贄として、生贄として、捨てられた身が、ウゴゥゥゴと、嘆きの海へと身を沈める、真っ白な空。

「でふでふ」

そう、自分は屋敷のまわりの掃除をしていたはずだ。けど、確かに感じた弟の、身に迫るこれからに自然と、身が判断した……精神ではないのが、酷い、事実。

この異界の空気は変わらずに、混沌としているのに、感じた、肉のみ、心は別の弟の”これから”はさらにドロドロと混沌の極みにあるのだ。

はっ、気づくと、面白いことに自身の髪を弄んでいた、左手でいじいじと、まるで人間のような自身の、人間というよりは、生物のような純粋な行動に面白いと思う。

「太郎は遊びに行ったでふ、でふ?……恭輔、ピンチでふ」

果たして恭輔に、明確なピンチ、危機に当てはまる状況があるのか、それは周りの勝手な見解でいて、お話は都合よく流れるのでは、の疑問。

モザイク、異端排除、巣食い、情報が勝手に無感動に、無慈悲に、自分は今の”現状”にそこそこの満足と怠惰を感じているサイコーの日常なのにそれを壊す、無慈悲に。

弟の現状が手に取るようにわかる、そして今自分は、その、言葉を逃がしたいほどに恥ずかしいが、たった一人の息子がお出かけの今………そう、”暇”なのだ、暇。

客観的に自分の身を見下ろす、言葉とおりではなく視点をまったく変化させて、すると見る、宙に浮く、白肌、白髪、盲目の、幼子、己で、ある。

人であった頃に、捨てられ、捨てられ、捨てられ、不要とされ、最大でいて、愚かな神に食され、人形として異界に生きる己である、今の己は息子が愛しい、

今も昔も、血をわけた弟が、憎らしく、恋しく、愛しい……愛すべき息子も、己の弟を愛してくれた、なら、、、この朽ちた身も素直に詠唱しよう、クルクル、狂(きょう)な言葉。今、今日に。

「どうして欲しいでふ?」

いま、自分は恭輔の輪廻の最中の流れには、いない、太郎の輪廻の最中に絶対的に存在する、所謂反則者だ、太郎の理には許されるが、今更、おめおめと。

風が吹く、折角、纏めた木の葉が、空に鮮やかに舞い散る、鮮やかに、苦労が無になったのにおかしな感情だ。鮮やかにとは、どんな感想だ?

人の身に、太郎に、感化されているだろ?

「当然でふ」

それは生物の母として、人の母として当然、息子に影響されない母はこの世にいないだろう、息子は母に染まるが、母は息子の無知や情感に抵抗手段のないままに壊される。人でない母としても、仕方ない。

仕様が無い、さて、どうすれば、恭輔を愛する息子は喜んでくれる?恭輔を愛する姉たる自分は喜べる?恭輔は愛する『忘れた』姉はどうすれば?ははははっは、でふでふ。でふー。喜ぶ???

恭輔に愛を、太郎に恭輔への愛を育て、自身は恭輔への弟への江島の系譜へと、あははははっはははははははっはっははっは、でふよ、、無能で、無能な恭輔、だからこそ、愛する、息子である太郎も恭輔に夢中でいられない、でふ。

「散らかった…でふ」

折角、塵やゴミを積み上げた小高いそれは、散り散りに。

この体が人の理から外れたのは江島のせいで、江島は自分から最愛の弟を奪って、生物としての”中身”を丸ごと死滅させて、アレの器にしたのに、仲間はずれは酷いではないか。

そっちの”物語”に自分も参加したい参戦したい、心ゆくまで全てを蹂躙したいのに、太郎のそばで延々と良き母親をしろと、それもいい、それも悪くないでふ…でも稀にはいいんじゃないでふか?

弟のピンチに理由無く、助けに来る姉、それも悪くないんじゃない…でふ?この異界から抜け出そうと幻想がすれば、あちらの世界に主なしでは出来ない、召喚されなくては現実世界に出現するのは絶対に無理、上位であるほど。

本来の自分なら無理だ、あちらの世界に現出しただけで、世界が世界でいられなくなる、空が死んでしまう、地が消えてしまう、時が崩壊する。

延々と、生まれてこの方見開いたことの無い両目には、ソレが存在している、ソレだけの力とソレだけの狂神(きょうじん)の、仕方が無いの、でふ。

しかし『姉として会えるのか?』『姉として何を言う?』『姉として、会えない?』……突然の思いつきだ、息子が遊びに出かけて、家事をこなし、暇な時間を持て余し、久方ぶりに”肉体”の双子の弟の成長を見に行こうか?

でふ、でふ………………それに何だか弟の周りで不穏な者が蠢いてる、己が手を出せば、世界が壊れるが、手を出さず、ひと時の物語で、守るぐらいは……自信あるでふ。

「どうしようでふ、どうしようでふ」

瘴気漂うのは身からあふれ出すから、感情の吐露が出来ぬかわりに、人間としては未完の生理反応。

焦る、信じがたいことに自分は人間として混乱の極みにある…こんなに感情を整理できなかったでふか、弟に似たのか、息子に似たのか、それとも血によるものなのか。

…でふ、舌打ち。

「太郎ばかり、恭輔に会った、羨ましいでふ、でふ……たまにはいいじゃないでふ?」

どれもこれも、みんな自由に生きてるのに、最も世界の恐怖を体現した存在の、端末の自分が最も現在では不自由な気がする。

異界にずっと、いるのが不満なのではなく、自分を蔑ろにする存在全てが自分の不自由なのだ。

仲間はずれ、でふ。

「それに、でふ……」

江島色褪の思惑は、江島恭輔の到達にある、それの速度をさらにあげ、数々の異端を一部にし、さらに状況は混沌世界に。

そんな状況なら、自分、ほどの、化け物、も、『参加できるんじゃないか?』

「……太郎が帰ってくるまで、でふ……会いにいこう」

あの子は今、どんな風に成長しているだろう、知ろうとすれば異界においても知れるし、”理解”しようとしたらすぐさまに理解できる。

でもそれじゃあ駄目だ、駄目駄目でふ、唯一の血をわけた弟にそれじゃあ、愛が無い、なんだか冷徹な存在だ、すごく冷たい、感じでふ?

それは回避。もしそれで嫌われたらとても大変だ、とても苦しい思いをしてしまって、眼をひらいて、しまって…、、星が、ボロボロ崩れてしまう。

少しぐらい。少しぐらい。許してくれるでふ?……誰がでふ?……自分で納得できるかどうかが問題だ。

「ヨシッ」

自分を促すように、なるべく強い口調で一言、声をもらす。だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ。

うん。

「会いに行くでふ、恭輔をたすける、でふ」

太郎の母としても、あれの末端でもなく、実の姉として、でふ。

とりあえず、モザイクが、”敵”、でふ。



[1513] Re[67]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/03/21 19:21

殺される、でも覚悟を決めた、問われても答えられない質問に返事を窮し震え縮こまる。

目の前の存在は自分の母に匹敵するかもしれない化け物だ……容赦なく人を不幸にし、無邪気に笑う。

「ん、早く答えないと殺すぞ、安っぽい言葉だけど、殺されるというのはどんな人間であれ一定の恐怖を覚えると差異は記憶してるが?」

苛立ちも怒りも無く淡々と告げる、深い菫色の瞳が楽しげに細められる。

「俺を殺して、情報も何も得られなく、そしてあいつに嫌われて、だとしたらお前バカだな?」

「……女みたいな顔をして、嫌う嫌われないの話をするなんて、ん、ますます女らしいなお前は、差異が恭輔に嫌われる?ありえないな、笑える冗談だ」

「あいつの事を何でも知っているって顔をして、気持ち悪い奴」

胸の中にどんよりとしたものが積もるのがわかる、こいつは俺より長くあいつといた、そして見た目の美しさも能力の高さも冷血な性格すらあいつに愛されている、会ったばかりの俺なんかが及ばないくらいに。

俺は……何を考えている?でもそれでも不満はたまる、俺は人工的に生み出された化け物で、江島の血を持っていて、あいつも江島の人間で、互いに一目でお互いの事を理解出来るくらいには強く、強く、惹かれたはずだ、なのにこいつは、女であるという理由だけであいつに、"恭輔"に愛されているとしか思えない、卑しい生き物、お袋も、こいつも、幼い女、幼い………あいつを騙して掻っ攫う、下卑た生き物。

「ふん、反抗的な瞳が差異に教えてくれるぞ?嫉妬している、差異の立場が羨ましい、差異のように愛でられたい、恭輔を愛でたいと、男の分際で恭輔にそのような思考を働かせる時点でお前の方が、ん、破綻していると差異は思うぞ?」

「だ……れが、あいつを」

首筋を鋭いナイフで撫でられる感覚、まるでパンにバターを塗り込むような気安さで幾度も撫でられる、俺が、あいつ……あいつと話すと"コワイ"あいつと眼を合わせると"コワイ”

でもあいつに触れられるのが一番"コワイ"震えが止まらなくなる、気を失いそうになる、憎いとか嫌とかではなく純粋に怖いのだ、自分が自分で無くなるような、それでいて何処か気恥ずかしい感覚。

「初恋が親族で同性で"恭輔"とはな、差異も自分がそこまで上等な恋愛観を持っているとは思えないが、お前よりはマシだと思うな、気持ち悪いぞ、お前」

「違う、違う……違う、俺はあいつの事なんて何とも思っていない、お前の事なんか羨ましくなんかない、俺の心を勝手に決め付けるな!」

「決めつけてはいない、というのも、ん、差異は恭輔で恭輔は差異だからな、恭輔の考えでもあるんだぞ?ん、可愛いなぁ恭輔は、お前なんかに嫌われたくないと必死だぞ、そんな恭輔の気遣いすらわからずに自分を卑下するお前はどうなんだ?偉そうに出来る身分か?」

「俺の気持ちを!」

「好きだ、愛してる、一番になりたい、が、同性で素直になれない、ふふ、面白いなお前」

まるで悪魔だ、俺の心の俺の気付きたくない所まで容赦なく暴く。

その言葉を一つ一つ理解すると、顔が火照り鼓動が激しく、まるでこの悪魔の言葉が俺の本心だと言わんばかりに。

「差異は、江島や鬼島に精通した存在が恭輔に取り込まれればとな、ん、普通にそこは思っているのだがな、お前でも良いんだぞ?お前なら恭輔の為に家族でも何でも殺すぐらいは良い一部になりそうだ」

「……家族を、だと?」

「思わないのか?お前以外の江島の本家の多くは女だろう、しかも、お前と同じ見た目麗しく幼いままの永遠の怪物たち、みんな恭輔が取りこんでしまって、愛するかもな?」

「勝手に」

「お前一人を置いてな、ん、おもしろいな、お前の母親を、お前の親族を愛でて、お前だけ恭輔に蔑んだ瞳で見られるんだな、あぁ、なんて役に立たないんだろうとな」

「あい、つの役に」

それは神託にも似た何かのようだった、自分が誰かの役に立つだなんて生まれてから一度も想像した事すら無かった。

いつも周りに存在したのは同じように生み出された姉二人と、邪悪で狂って歪んだ母だけ、まともな世界なんてありゃしなかった、だからゲームの世界に逃避した。

そんな俺が役に立つ事もありえるような口ぶりに体が小刻みに震える、寒くも無いのに不思議だなと思う、ああ、あいつは、あいつ、恭輔。

俺のオリジナル、気に食わない、目の前の差異と名乗る存在が悪魔だとすればあいつは俺の影だ、いや、俺が影であいつが太陽か、どっちにしろ、あいつのせいで俺は生み出された。

あいつに媚びる為に?そうだ、初めて出会った瞬間に発情した猫のように気味悪く体をくねらせたのは俺だ、俺は、こわいこわい、こわい、この体には俺の知らない何かがある。

きっとそれは邪悪な母親が植え付けたのだ、俺なんかあいつへのプレゼント程度にしか思っていない、この、男には見えない気に食わない糞ったれな容姿すらあいつに媚びる為のもの。

男の娼婦だなんて、ガキの娼婦だなんて趣味の悪い、愛情なのかといまだに理解出来ないこの気味の悪いあいつへの感情がある分、娼婦にすらなり得ない、俺はあいつが好き?

そんな事を認めたら俺はただの、それこそ、ああ、そうとも、歪んでしまう……異性が好きだなんて気持ちは幼い俺にはまだわからないけど、それでも、それでも血の繋がった同性を愛する事が間違いだなんて事は知っている、異端の俺でもそんな事は知っているのだ。

「ふふん、差異を睨んでも無駄だぞ?差異は賢いからな、恭輔が望むように、お前を"仕上げる"のがお仕事なのさ、ん、良い資質はあると褒めてやろう」

「ッぁ、そうやって見下して、お前、性格最悪だな、どうしてあいつがそこまでお前に入れ込むのか理解出来ない」

「差異は何度も言うが、恭輔の一番愛しい部分だからな、お前が嫌がろうがそれ相応の振る舞いはする、ん、しかし楽しい」

この状況を、人の心をぐちゃぐちゃにしておきながら楽しいと笑うか、どんなゲームでもこんなに性格の悪い敵はいなかった、リアルな黒。

俺はこいつが大嫌いだと再認識する、大嫌いだけどその言葉を不思議と受け入れようとしてしまう自分、恭輔に単純に自分をアピールしたい、そんな気持ち、気持ち悪い気持ち。

「まあ、何にせよ、恭輔の名前を出しても江島に対しての情報が引き出さないのなら差異にも考えはあるのだが、ん、恭輔はお前を好いているから問題は無いと差異は確信してる」

「ふぁ!?何を言っている、お前……」

「恭輔にペットもいるだろう、猫と狐では気性があらすぎる、情緒教育の為にな、ん、恭輔は少々精神が"おかしくなっている"からな、それが血統の良い兎ならば文句ないな、白い白い兎」

俺を見ているようで俺をまったく見ていない、理知的だが恭輔の為だけにと狂い歪んだ瞳、それを汚らわしいと忌避しながら羨ましいとも思う俺がいる。

何かを羨ましいだなんて思える心が俺にある事が不思議だし、それがこうも自身の根底を揺るがすだなんて……先程の姿が浮かぶ、恭輔に甘えるように体を擦りつけていたこいつ。

素直にそれを口にはできないが、そのポジションを奪える可能性をこいつ自体が仄めかす。

「……俺がペットだと、お前、頭おかしいだろう?どうして、あんな頼り無い、駄目な奴の物にならないと駄目なんだ……バカじゃねぇの」

「ん、もう"無駄"だ、お前がどんな風に拒否しようとな」

「た、例えば、俺は……」

あいつの物になればお前のように大切にされるのか?その続きの言葉が発せられない、あいつは俺のオリジナルで、俺はあいつの細胞から生み出された類似品だ、自分の知らない場所で自分の細胞から人間が、否、異端が一人生み出されたと知ったら流石のお人よしのあいつでも嫌な顔の一つぐらいするだろうか?

だから、それを、あいつが一番大事にしているこいつに聞かないと。

「お、俺は、江島の、直系で、あいつのコピーで、化け物で」

「で、髪が真っ白で雪のようだ、瞳は切れ長で濃い赤で兎を連想させるな、ん、肌も不健康に白すぎだ、お前外で遊ばないだろう?でも可愛いなぁと恭輔は思考しているぞ」

その言葉に赤面する、嫌悪では無く愛情で接してくれるあいつに、俺は男で、ガキで、役に立つかなんかわからないけど……あの暗い部屋でゲームをする怠惰な日常よりはあいつと出会った僅かな時間の方が生きている実感がする。

だから勇気を、簡単じゃないか、こいつは俺を殺すと言いながら殺す気なんてないのだから、主に捧げるペットに傷をつける程愚かでは無いはずだから。

「俺は、あいつの、物になっていいのか?」

「ん、うんうん、良い言葉だな、差異は素直に感心しているぞ?差異の後の一部になった奴らはコウ以外は自主的とは言えなかったからな、恭輔も喜ぶ、差異はソレが嬉しい」

俺の人生に置いて最も勇気を必要として発せられた言葉は思いの外に呆気無く受け入れられた、息を飲む、これはいいのか……いい?俺みたいな存在があいつのものになっても許される?

いやいや、その前にどうして大前提として俺があいつのものになる事が決定している?……こんな俺でも自分の誇りを安売りするような真似はしないはずなのに、あう、あいつに抱かれた感触が何度もよみがえって、眩暈がする、いつからだ、いつから"恭輔"に絡まれていた?その蔦は俺の気付かない内に何処から忍び寄った?

「ん、よし、恭輔いいぞ?」

「え」

ドアがゆっくりと開く音がした。



黒狐の部屋は魔境になっていた、とにかく、あれ、酒の瓶と缶と紙パックを全て片づけて目的のお茶の葉を得て二人の待つ居間へ急ぐ。

何にせよ、ムカッとしてイラッとして教育の為にと黒狐のお尻をペンペンしておいた、尻尾がすげー邪魔くさかった、獣で人間な存在はお尻を叩くのも面倒だ。

『うぅぅぅぅぅ』叩かれながら唸るだけの黒狐は可愛いとは言い難かった、、威嚇みたいな感じ、でも真っ赤に腫れ上がるぐらい叩いたら泣いた、俺もそれが哀れでちょい泣いた。

ずっと一人につーか一匹にしとくとやりたい放題だなあいつ、気をつけよう。

「んーああ、差異が良い感じに巣食いを追いこんでるな、こらまた、美味しそうに仕上がって、可哀相な巣食い、可愛いくて用心深く無いから、こんな目に、あは」

差異はいつも事を上手に運んでくれる、不器用な俺とは違ってあいつが本体じゃないかと錯覚するぐらいに優秀、褒めたげないとな今度。

巣食い、赤い切れ長の瞳、それが下から見上げてプルプル震えながら俺を睨みつける様、実に楽しい、こうした楽しさは快楽で、俺には必要だ。

能力も申し分ないし、今までに無い毛色なのも好きになった理由か、何にせよ、今日は良い日だ、何せ欲しかったものが手元に転がり込んで来る。

「巣食い」

ドアを開けると同時に呼んだやると細く小さな体がびくりと大きく震えた、差異がナイフを出しているのを見て目配せで退けと伝える、こうやって精神以外でのやりとりも大事だ。

あまり差異に精神的に全て把握されるとその内、肉体までも"俺"にして取りこんでしまいそうだ、最終的にはソレで良いのだけれど、まだ差異は必要。

ずっと必要、そして巣食いもな………欲しい。

欲しい、欲しい、欲しい、差異を通して許可を得たぞと、そうかそうか、巣食いは俺が好きかとにやつく、差異までとはわからないけど、十分にな、うん、可愛がるぞ?

だから巣食いは絶対に逃がさない、俺は悪魔かと客観的に、あれ、そうだそうだ、でも巣食いは"俺"だから俺が何をしてもいいじゃないか、悪魔じゃない、人間だよな俺。

俺が俺の一部を、自然と歩幅が大きくなる、自分が興奮しているのがわかる、差異は壁にもたれ掛り髪をかき上げて再度目配せ、さっさと済ませたら?とそう告げている。

哀れな巣食いは逃げる事も出来ず、椅子の上で俺をフルフルと見上げている、まさしく小動物、何にせよ俺の情欲を狂おしく歪ませるにはそれで十分、それに逃げても無駄だけどな。

「巣食い、呼んでも返事しないのか?」

「う、うっさいな、別に……良いだろう、俺はお前に呼ばれたら絶対に返事しないと駄目なのか!」

「ダメだなぁ、そうしないと、巣食いが逃げた時に、居場所がわからないじゃないか、ああ、でも大丈夫か……俺のモノつーか、俺だって証を刻めば、お前は白いからな、名前を書きやすい、俺のものだってさ」

「ひぅ」

自分の顔がどんな顔を今してるだなんてわからないけど、なるべく怖がらせない様に近づいて肩を手で掴む、逃げない様に、それでも引き攣った声をあげるこいつは弱虫だな。

能力は優秀で強力なのに、俺に対してだけはそんな態度、まあ、それもすぐに変わるか、差異の言うように笑顔で血縁すら殺せるようなペットが欲しい、兎は跳ねるしね、血の中でぴょんぴょん。

「髪がサラサラしてんのなぁー、なんか特別なシャンプーやリンスでも使ってるのか?」

白い髪はサラサラと流れるように掌から零れ落ちる、知り合いにも沢山髪が綺麗な女性がいるけど巣食いのそれは特別の様に思える、本人は下を向いてうじうじしてる、褒めてるのになー。

「まあ、何にせよ、俺のものになるとかならないとか差異と会話してたよな?で、いいよーと、それを認めるような反応、こちらとしては大歓迎」

「………ッかよ」

「なに?」

「き、気持ち悪くないのかよ、俺、男だぞ?」

絞り出した苦しそうな声、何か悩んでいる見たいだ。

それは俺にとってどうでもいい事で、わざわざ返事をするまでの事かと悩む、視線に、精神の境目がゆらゆらと揺れている。

こんなにゆるゆるな"境界"は見た事が無いな、俺になりたい、なりたいなりたいなりたい、そんな熱く滾る淫靡なものがユラユラと俺を誘う、見た目の潔癖さとは違って、いやらしくて卑しい奴。

何だか巣食いめんどうわ、と吐き捨ててその境目を無くす、すぐに消えるソレ、差異は前髪に隠れて表情が見えないが肩を震わせている、あいつもあいつで色々とまあ。

「ふぁ?」

巣食いがそれだけを呟いた、そう、俺の"巣食い"が俺の意思の下に俺と同じ意志だからそう呟いた、切れ長の瞳がワナワナと虚空を見つめながら震える、何だか背景に薔薇が見えるような乙女な表情。

「巣食いは俺だろ?で俺は男で、お前は男で、何にもおかしくないじゃんか、つーか、ぴったしですよ?」

「あれ?……あれ?………お、俺……お前の」

「お前じゃ無くて恭輔だろ?うんうん、そしてお前は俺の巣食いで、今更そんな説明をしないといけないのか?そんなに頭悪いのか巣食いは?」

頭を撫でてやろうとすると、無意識かそれを避けて頬を擦りつけて来る、ひんやりとした感覚、ほっぺはぷにぷにしている、とてもいい、何だか嬉しくなってしまう。

暫く好きにさせて横の椅子に座る、なんか知らないけど巣食いの思考が停止している、呆けてるとでも言えばいいか、それは俺の一部なので手に取るようにわかる、暫くすると俺の手を掴んでまじまじと見つめ出す………おおぅ、指紋で占いでもしてくれるのかな?

「巣食い」

「あ、はい」

「"はい"だって、ぷっ」

「あ……ふん」

俺の手を興味を失った玩具の様に放り捨てる、力を抜いていたので机に当たって痛かった………赤面した顔を見られまいとしているのがバレバレだ、何せ白い首元が真っ赤だし。

「巣食い、可愛いぞ、俺の欲しがっていた兎のイメージにぴったりだな、強くて臆病で"俺"で、んー、そうそう、でも巣食いはずっと俺だし、あれ?」

「………俺はお前のモノで、あぅぅ、これで良かったのか……う、れしぃ」

ひっくと、巣食いが変な声を出してプルプルと震えだした、口元を手で覆ってポロポロと綺麗な涙を流して、なんだか人魚姫みたいだなーと思う、こいつ男だけど。

泣くなと意識したら簡単だけど、その様が俺の心を潤す事がわかったのでそのままにする、うんうん、可愛いもの。

「男だろうが女だろうが俺の一部はみんな可愛いものな、なぁ、差異」

「ん、差異はその中でも特別だけどな」

少しムスッて感じの差異、俺は新しいもの好きなので巣食いに依存しないか少し心配なのだろうけど、ひくひくと泣きじゃくる巣食いを見て何か思う事があるのも確かだった。




まるで魔法のようだった、異端の扱う能力はどれも一般人から見れば魔法のようだろうけど、俺にとってこいつの能力は本当に魔法のように……思考が中々定まらず、"恭輔"に抱かれてベッドに寝ている。

嫌がったのだけど、恭輔がそれを超える意識で嫌がった、つまりは根負けしてこの状況、前のように気絶するなんて事は無いけど、恥ずかしいのは変わらない。

"差異"はそんな恭輔に従って何も言わずに、その後にまた恭輔の一部が帰って来て紹介された、紹介されても恭輔を通じて大体のメンバーはすぐに把握したし、恭輔以外どうでもいいし。

「巣食い?」

「返事をしたらいいんだろ、寝てないよ、まだ、どうしてそんなに俺の名前を呼ぶんだよ」

「別にー、犬とか猫とかの名前を呼ぶのに理由はないだろー?可愛いから呼ぶんだよ、俺のペットだろ?」

「そ、それは」

あの時、恭輔に境界を崩された時に、恭輔は俺に根付いた気味の悪い感情を認めて、そのままにしてくれた、男が男に恋だなんて、でも一部だからいいよと。

軽く世の禁忌を破る危うさは江島の人間特有のものだけど、恭輔のそれは無意識でさらに異常、俺が悩んでいた事すら繋がった今は嘲笑っていたのがわかる。

「明日はこう、巣食いがいなくなってもわかるように、鈴か何かでも買おうかな、いなくなってもチリンチリンって鳴る奴」

「バカ」

「んな!?いや、だって、ペットって逃げるのが仕事みたいな感じだろ?」

こいつの中でペットはどんな捉え方をされているんだろう、世間知らずの俺にもわかる、こいつはそんな俺より世間を知らない。

人間の世界にいては駄目な奴、でもこいつの一部になってこいつのペットとやらになったからには俺はこの家にいてこいつとずっと、ずっといないとダメなんだ。

好きでも、恋しても、許されるこいつの"一部"として。



[1513] Re[68]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/03/25 11:39
「ふぇー、また取り込んだんだ、恭輔サン、やるねぇー、どうせ差異が後押ししたんでしょ?」

「ん、そうなるな、差異たちの世代は恭輔の昔の一部に比べて劣る部分が見受けられるからな、戦力を集めておいて損はない」

家につけば差異に新しく一部になった存在だと"巣食い"を紹介された、気恥ずかしそうに視線を逸らしている姿を見て美少年だなと感心。

僕には劣るけどと心の中で思っていると横でニヤニヤしている差異と眼があった、差異もどうせ自分の方がとか思ってるんだろうなー。

何せ差異は一番大切にされている一部だ、その座を密かに奪おうと企んでいる僕からしたら目の前に聳え立つ巨大な山、退ける事は当然無理、登るのも無理、巨大で邪魔。

姉だけどね。

「ん、さて、差異も寝るか、街が騒がしくなる前に……な、巣食いが今日は抱き枕か、恭輔は新しい物好きだからな」

少しだけ悔しそうな顔、僕は別に恭輔サンの抱き枕になりたいとは思わないけど、それはそれぞれの一部が決める事であって僕がそうなのは僕の気質の問題。

であるからして差異の気持ちはわからないし、わかりたくも無い、差異は恭輔サンに関わるポジションを全て自分にしたがるから他の一部に不満が出る。

最近では恭輔サンの意識を誘導するような振る舞いをする、それが僅かに気になるね、優秀であるからそのように自分の立場を軽んじる。

困った姉だよね、本当、妹が姉を出し抜くことだって広い世の中にはあるかもしれないのに、ムニムニと眼を擦りながら居間を去る差異の姿、ちなみに虎のキグルミのようなパジャマ。

何だか色モノのパジャマだなーと思うけど、どうせ我が家の猫が恭輔サンに可愛がられているのを見て無意識にそれを購入、で着る、で今の状況ー、わかりやすい姉だ。

「差異はね、少しだけ、そう、調子に乗り過ぎじゃないかなー?僕が隙だらけの自由"だらけ"の差異をそのまま放置して二番手でニコニコと笑ってるでも思ってるのかな」

「ん、沙希もそんな風に思うのだな、差異は別にどうでもいいが、恭輔に迷惑はかけるなよ」

まるで本当に、心底にどうでもいいといった具合に相手をしてくれない、振り向きもせずに、この街で起こっている事も恭輔サンの現状も全て把握していると小さな背中が告げている。

ここまで来ると天才ってだけの言葉ではね、僕も自分を天才だと信じて疑わない存在だけれど、全てを達観して世を動かす姉には追い付けていない。

元々そこまで"性能"に差があったかな、でも差異が困ったり躊躇したり迷ったり、そんな姿は幼い頃の記憶にも存在していない、いつも自己を持って現実をねじ伏せる。

意外に力技の姉なのだ。

「差異はアレだね、双子だから許せるけど、他人だったら嫌な奴だよ」

「ん、そうだろう」

いなくなる、差異……この後は惰眠を貪るのだろう、何せ恭輔サンに関連しない事柄は全て程度の低いものと捉えているから、惰眠で正解。

僕は僕でお風呂上がりの手持無沙汰、コップに牛乳をついで天井を見る、別に天井の皺の数を数えようとかそんな事では無い、何となく今日はこれで終わりかと。

「沙希しかいない、か」

「恭輔サン、寝たんじゃないの?」

「寝て、起きた、巣食いの抱き心地の恐ろしさを経験した、でもまあ、今日はこれで終わりかと、少し残念な気持ちで起きてしまった」

「ああ、わかるよ、あるよね、その日が満足でも不満足でもその日の終わりに物足りなさを覚えるの、僕と同じだ、って同じだものね」

「そうだなー、でも今日はまだまだ、欲しいものが転がり込んできそうだ、出掛けるけどついて来るか?」

言葉通りに恭輔サンの格好は外出用のソレだ、僕は差異に風呂上がりに強制的に着せられたライオンのキグルミ、きっと僕たち姉妹は肉食系、間違い無いね。

しかしこの着なれないパジャマではいつものように能力発動時に使う道具を持ち歩けない、恭輔サンを守る為には何かしらの……ここ最近は恭輔サンも色々取りこんで中々に強いけど。

んー、どうしようかなぁ、別に断る理由は無いし、そもそも恭輔サンの意思をくみ取らない一部なんて気に入った一部として使われないだろう、媚びる時は媚びるんだよね僕。

けっこー男の子っぽいかなと思うけど、割と女の子らしい汚さも兼ね備えている僕だったりするのだ、だから頷く、差異を出し抜けるかなと微妙な腹黒さもあるよ?

「いいよ、行こう」

「おー、沙希はいい子だな、つかな、こう、すげーー強い相方が欲しかったのだ実は」

「強いよ僕?」

「知ってる知ってる、差異は寝たし、虎と兎は同じベッドで丸まってる、猫科だからなぁ、勝手に忍び込んで来る訳だ」

「起きた時に殺し合いをしないといいね、ソレ」

「それは大丈夫、俺がそれを"嫌う"から、でもまあそんな事はどうでもよくて、相方が欲しかったので沙希が素直だと俺は嬉しい」

笑う、恭輔サンは満足している、僕の受け答えは間違っていないみたいで、満足したと思考が満ち満ちている……差異より上手に出来たかな?

だけれどどうせ差異はこの展開もお見通しなのだろうけど、さてさて、武器の類は全部ないけど、たまには道具なしってのもいいかもね、戦闘になるかは知らないけどさ。

「えーっと、恭輔サン」

「はいはい」

「殺し合いするの?」

「いや、んー……でも、巣食いのように、俺は"俺"が欲しいだけだよ、でもそうだな、今回は殺してもいいかもな、死体でも、俺だし」

「は?」

殺す事は恭輔サンにとっては禁忌だけど、自分の生きる死ぬはは自分で選択すると言う恭輔サン、でもそれってまだ知らない他人なわけだから、危うい人だ。

危ういけれどそんな恭輔サンの意思が僕の意思で、そんな解釈の仕方もあるのかと素直に感心、殺して取りこんで、どーなるんだろ?

でも久しぶりの殺し合いだとしたら嬉しい、僕を一番"魅せれる"一番の舞台だ、他の一部もそうだろうけど、異端は戦いの中でこそ自己主張が出来る、僕はそう思うね。

「しかしライオンさんの格好か」

「可愛いでしょ?」

「……そーゆー所、差異と似てるよな、自分に自信があるって所、自分が綺麗な生き物で、それ相応の対価を求める所、あと怖いとこ」

「うぇ、差異と同じ……僕はね、恭輔サン、その言葉はあまり嬉しくないと素直に言ってあげる」

「素直だなぁ、まあいいや、どっちみちそんな所も俺のもんだし、俺が否定しても意味無いや、あっ、用意するなら虫取り網も用意しないと」

「………あー」

「蛙みたいに鳴く異端だからな、俺のコピーは俺にみんな把握されているのに調子こいて仕掛けてくるからなぁ、俺の細胞から生まれて悪事を企めば俺が、"俺"にするまでなのに」

蛙を捕まえるのって虫取り網だっけ?……恭輔サンは面白いなぁ。



恭輔サンは蛙狩りだと意気込んでるけど、どうなんだろう、虫取り網とやらが無かったので物凄く落ち込んでいる、蛙は虫ではないでしょ。

深夜の時間帯、この街は静寂に包まれる、どの街もある程度はそうだろうけど、何だかこの街は特別そう思えるから不思議だ、恭輔サンは落ち込みながら歩く。

僕は人を慰めるのが苦手で、それは自分自身を慰めるのもそうだ、何せ恭輔サンと一つになるまでは自分を慰めるような状況に陥った事は無い、優秀で何でもこなせた。

こんなライオンの格好をしたりもしないし……それはまた違うか、差異のお遊びには困るね本当、昔から同じような格好をさせようと躍起になっていた姉だからね。

少しだけ恥ずかしいなと思う、いやいやいや、格好の事だけどね、差異のように自信満々とこんな子供じみた格好はできないよ、ううん、大人に見られたいんだよね僕、幼女らしい可愛い抵抗でしょ?

「うぅぅぅぅ、沙希ぃぃぃぃ」

「虫取り網が無いぐらいで落ち込まないでよね恭輔サン、そもそも蛙の死体を網に入れてどうするのさ?」

「こう、捕えた気持ちになるよな!」

「そうだね」

「物凄く冷たい対応だな、沙希沙希ー」

「恭輔サンが構ってと本当に願えばハグしてあげるけど、こんな真夜中のお遊びにそんなのいらないでしょ?」

「沙希は賢いなぁ、このこの」

ガシガシと頭を撫でられる、ライオンの顔を真似たフードの上からガシガシと、撫で方が容赦ない、本当にライオンとでも思ってるのかもね、恭輔サンは頭がなぁ、その、あれだし。

その分、賢い僕が思考をしてあげないと駄目なんだ、差異が起きていれば話は別だけどね、差異はここ最近はずっと恭輔サンの"脳"扱いだ、良く使える、そして良く仕える。

出し抜くにはこんな時しかないんだけどね、後は恭輔サンの肉体になった阿呆たちと、貧弱なコウ、虎に兎のペット勢、恭輔サンの今期、隙さえあれば僕が一番になれるかも。

でも差異がなぁ、凄い姉だよ、あぁぁ、じゃま、じゃ~ま、恭輔サン……僕だけを使ってよ、今日みたいに、いつも、これから永遠に、前にキスしてくれた時みたいに、くすっ。

差異は知ってるだろうけど、恭輔サンは一番大事な部分だからいつまでも行使するわけじゃあ、ない。

「賢いよ、賢い僕が好きでしょ?」

「そりゃまあ、俺が思考しなくて頭を使わないで全てが上手くいくからなぁ、いい一部だと思うよ、本当に、沙希が俺でよかった」

「でしょ?」

「こう、何度も褒めないぞ、沙希は優等生なのに褒めたがられるんだな、世の中の優等生ってそんなもんなのか、自分を磨くため!とかで頑張るんじゃないのか?」

「恭輔サンがそこは頭がゆるゆるだからでしょ?僕は自分を低く見る事はまずしないよ、恭輔サンは僕の本体だから当然だけど、でも褒めて欲しいのは別」

「どうして?」

眼を瞬かせる恭輔サン、黒い瞳はいつも色々な事情を絡めて自分のものにしようと辺りを見回してる、子供のような感性なのに蜘蛛のような性質を持っている僕の本体。

暗い暗い夜の世界では"他人"は恭輔サンをどうしても不気味に思えるだろう、僕にとっては全て、狂うほどに愛おしいのに、愛おしい?僕の大好きな自己愛だ。

能力も心も異端としての歪みすら恭輔サンには一部でしかない、僕の全てを把握して、利用して、嗤ってくれる人、嘲ってもいい、僕だけが、恭輔サンだけがその資格を持つ。

「だってさ恭輔サン、僕はこの世界に生まれてから一度もね、他人を意識した事がないんだ、究極的に自分が好きなんだよね」

鬼島で働いていようが今ここにいようが、僕にとっては自分以外の人間が周りにいても何の意味も無い、姉の差異だけは特別だったけどね。

でも恭輔サンが"自分"だと知らされてから、過去も今も全て変質した、いや、最初からそうだったのか、僕は僕だけを愛したい、僕(沙希)は僕(恭輔サン)だけを愛したい。

「だからね、恭輔サンに、自分に褒められたいの、僕はね」

「ふーん、可愛い事言うんだ」

「これが可愛いだなんてね、歪んでいるじゃなくて可愛いだなんて、恭輔サンったら………」

「ん?」

「"君"の方が可愛いよ」

少しだけ大人ぶった口調、いつもいつも、この人は僕を優しく扱う、それは子供としての部分なのもあるから、たまにはね。

「うっ」

「えへへ」

照れて顔を真っ赤にする恭輔サン、それを素直に僕だから、僕だからこそ最高に愛らしいと素直に誇る、もっと僕の背が高ければ唇を奪っている所だ。

このちみっこい体は恭輔サンはコンパクトでいいなぁーーとかそんな風に思っている、まさに自分の一部、自分の道具に対するどうしようもない評価。

異端であるからこそ、大人になれない、ずっと幼女のまま、ずっと、恭輔サンはそんなのをたくさん集めてたくさん集めて、自分の一番は誰と戦わす、どこぞの蠍と百足と毒蛙を内包した壺の様にね。

『ケロケロケロケロケロ』

蛙の声がする、ああ、毒蛙ね……恭輔サンと僕の前には真っ暗な道路、そうか、これが恭輔サンのお目当てかと何となく納得、恭輔サンのクローンねぇ、声だけして姿はまだ見えない。

闇に木霊する。

「取り合えず、沙希、あの鳴き声、その持ち主の蛙、"俺"なんだよ、殺してもいいからなんてやっぱやめ、気持ち悪いから消して、肉だけ持って来て、引きずってもいいよ?」

「了解、任せて、汚れちゃうけど?」

「いいぞ」

さて、どうしようかな。



[1513] Re[69]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/03/27 17:28
モザイクは思考する、生まれた意味はわからない、わかろうはずがない、それが人工的であれ自然的であれおぼろげな方がいい、ただ生きる。

でも生まれた目的は不明でも生きる目的は決まっている、自分のオリジナルを、オリジナルである事を認めない、自分の方が優秀である事を示す。

まだ目標の能力値まで届いてはいないけど、勝てるんじゃないかと、普通に勝てるんじゃないかと思った、他のモザイクに出し抜かれる前に。

なので呑気に夜の散歩に繰り出したのは望む所だ、護衛は一人、強いは強いだろうけど自分のオリジナルの一部だ、オリジナルのコピーである自分には及ばない。

「恭輔、見つけたケロ」

まるで遮る様に姿を現す、電灯が点滅をし、蛾が艶やかに舞う、夜の黒と人工の光は汚い蛾ですら鮮やかに見せる、世の中は不思議な物だ、ケロケロ、ケロケロ。

オリジナルの恭輔は一部を盾の様に自分の前に……確か沙希とか言ったか、異端排除の出である自分にはその姿、その能力が記憶されている、とてーも便利ケロ。

「銀色の髪、透き通った薄緑色の瞳、白磁の肌、ケロケロ、ケロケロ、あぁ、情報通りに、ケロケロ、沙希、沙希ケロ」

「初対面で気安く呼ぶもんじゃないよ、特に僕のはね」

何だか変なヌイグルミのような服……顔だけ恐ろしく整った少女のもので逆に怖いケロ、つーかねぇ、蛙属性故にネコ科の動物は怖いケロ、食うし、あいつら。

あああ、いつの間にか自分の語尾の"ケロ"にのまれて蛙属性だと認めてしまったケロ、意外に厳しい言葉を紡いだ沙希に反論しようとしたが思えば確かに初対面。

自分の方に常識が無かったかなぁ、ケロケロ、ケロ、蛙に常識を求めてどうするケロ、ウシガエルなんて共食いするケロ、しかも無表情、そんなものに常識を求めるなケロ。

だけれども、ああ、だけれども、自分にはそれが免罪符になるケロ、オリジナルをもぐもぐ食べても、ああ蛙だからモグモグはしないケロ、でも食べても、共食いの免罪符。

恭輔を食べても大丈夫ケロ、我が身を生み出した異端排除に従うのは本意では無いケロ、でも食欲が刺激される、面白そうに黒い瞳を瞬かせるオリジナルに、見た目は普通の青年。

街中で観察した同じ年頃の青年たちと何一つ変わらない無個性ケロ、でもその内面にどれだけドロドロとした混沌が渦巻いているかコピーだからこそわかる、普通の顔をして夜道を散歩する資格すら無いケロ、こいつには。

哀れケロ。

「しかしね、化け物ならもっと化け物らしくしてもらわないと困るんだよね、緑髪で三つ編みしちゃって、全身緑一色の服装、それで蛙と言われても困るよ、人間だよね?しかもちみっこい女の子」

「ケロ?」

「おおぅ、ムカつくね」

そっちこそ異端の癖してライオンのキグルミに包まれて違和感しかないケロ、眼にかかる銀髪を鬱陶しそうにどけながら眼を細める、まるで本当のライオンのように殺気が。

さて、殺し合いをしたいわけではないケロ、後ろのそれを食わせろと丁寧にお願いするケロ、ケロ、でも話の途中で小石を掴んで投げられた、地味に痛い、この距離で当ててくるとは。

うるさいよと一言だけ、その一言で交渉が決裂したのがわかるケロ、なんでかオリジナルは軽く噛むぐらいならいいとかわけわからない事を言っていたケロ。

お前の全てを血肉にさせろ阿呆。

「異端と戦うのは好きだね、特に能力者は、それが蛙の姿をしてると嘘をつくような気の"おかしげ"な幼女でも戦う事に不満は無いよね♪」

「もっと直接的にキチガ○とでも言えばいいケロ」

「言わないよ、そこはちゃんと心がけているんだよ僕は、誰の眼も無いからと言って好きに言葉を使うのは好きじゃないんだ、特に戦闘中は神経が高ぶっておかしげな言葉を言いそうでね」

距離にして10メートルぐらいケロ、うーん、多分、どっちにしろ一瞬で間を詰めるには相手も自分もじゅーぶんな距離ケロ、何せ異端、何せ能力者、それぐらいの身体能力は保有している。

漫画かよ、そう素直に思うケロ、能力だけでは無く、高位の能力者は肉体操作系で無くてもそれ相応の身体能力を保有している、でも見るに体力は無さそうケロ、あいつ。

情報としてある能力、意識浸透、精神作用系でありながら直接的な攻撃力を持つ危険な能力、自分の意識を浸透させた物質をまるで手足のように自由に操る、いや、それらが自動的に敵を排除し彼女を守る。

「行くケロ」

「いいよ」

自分の能力はどちらかと言えば相性がいいはずだ、もっと簡単に言えば彼女の能力は自分の能力に"戦闘"に置いては劣るはず、どちらにせよ殺し合えばわかる、生まれて初めての高位の能力者との戦闘、元々の細胞があれのせいか血の滾りは無く、淡々と早めに終わらせようといつもの呑気な思考。

ずぶずぶと沈む、我が身はずぶずぶと破廉恥な音をたてながら地面へと、まるでそこが水の様に、そう、自分にとっては水だ、この軽々とした感覚、下半身まで埋まって、右手を地面に触れさせてすくい上げる、コンクリートで舗装されたはずの地面がまるで水の様にサラサラと透明な液体になり簡単にすくい上げられる、ちなみに地面は凹む、当然ケロ。

視界が全て"水中"に沈む前に、コンクリート片から水に変質したそれを沙希に投げつける、空気を裂く鋭い音と、沙希をし損なって地面に再度変化したコンクリート片が当たる音。

沙希は最初からわかっていたかのように自分のいた場所から二歩ほど横に逸れていた、恐らく見切ったのでは無くこちらが何かをする前に立ち位置を統一しないようにしてたのだろう。

「ふーん、触れたものを水に変質させて、それを再度物質に戻す能力か、自分は体に触れて水に変質した"世界"に逃げ込んで、地面からひょいひょいと水弾を投げると、しかも途中で物質に戻るから当たればそれでこの世とさよなら、しかも恐ろしいスピードで投げつけて来て、うんうん、凄いね」

素直に褒める姿は余裕であるからこそ、でもこれからもその余裕を保っていられるかはわからないケロ、ケロケロ、これからあの余裕の顔が歪む様を、それを見てオリジナルの顔が歪む様を思って笑顔になるケロ、ケロケロ。

「能力名は?」

「水質変換、ともかく、どんなものでも純粋な水に変換出来るケロ、そしてそれを物質にも、そこに科学的なものは無いから、ケロケロ、変換と言うのはちょっと微妙ケロ」

「置き換える、まあ、自分で自分の能力を否定してれば世話ないね」

トントンと踵をリズム良く踏みながら注意深く周囲を警戒しているケロ、こちらの感覚としては水族館の水槽の中の魚の気分、ガラス越しにそれを観察する、正し攻撃は出来るケロ。

地面の下で沙希の周りをすいすいと泳ぐケロ、泳ぐのは得意、とても得意ケロ、でもいつでも殺せるわけでは無いケロ、ここまで自分の能力を見せても余裕とは恐れ入るケロ。

獲物を狙う動物の動きは大体は同じ、攻撃のチャンスを狙って停止するか周囲を回る、自分も同じ、同じ事を…………ケロケロ、でも中々に隙が見えない……戦いなれている、小さい姿をしているのに……自分と同じで戦う事、殺す事、相手を痛めつける事が大好きな幼児、子供の残虐性、もしかしたらそれが幼児のままである理由かもと思ったりケロ。

でもさっさと血の海に沈む姿をこの自分の"海"の中から見たいケロ、なので幾つも攻撃を、水弾を口から放つ、周囲をクルクルと回りながら攻撃をするが飛んで来る場所がわかっているようにひょいひょいと避ける、少しだけ苛立ちスピードをあげて何度も攻撃する。

だが当たらない、当たらないばかりかその視線は攻撃をする前に既にこちらの居場所を捉えている、地面の下が見えているかのような眼の動き、ただ淡々とこちらの場所を追う。

「うわ、困ったな、僕からも攻撃をしたいんだけど、今日は生憎装備不足でね、困った困った」

「全然困っている風に聞こえないケロ」

「声を発すると居場所がばれるよ蛙の人」

しまったと発するのと相手の思う通り、心の中では"こえぇぇケロ、こいつ"……もしかした、これはしくじったか?もう少し自分の能力を把握してから力を蓄え、相手を"己の眼"で観察してから仕掛けるべきだったか?

それでも、攻撃の手は緩めない、緩めるとすぐさまに相手が何かをして来そうで怖いというのが本音、まるで遊んでいるかのような相手の態度に募る苛立ち。

「恭輔サン?」

「んー、強いは強いし、見た目は可愛いじゃん、垂れ目がちでしかも蛙でさ、"頂戴"?」

「うん、ごめんね、雑魚になれない雑蛙、汚い造語」

状況は全て把握している、攻撃しようとした一瞬に姿を消す沙希、ケロ、混乱、状況が把握出来ていない?

まるで幻の様に消えた沙希の姿を水中から眼を凝らして探す、そんな風景の中にボケーっと空を見上げるオリジナルの、恭輔の姿だけが浮き立っている。

不気味な世界がそこにあるケロ?……何故か、取り合えず距離を取ろうとして、体が動かない事に気付く、周囲の水がまるで"土"のようにかたく、重い、こんな感覚は知らない。

「一見すると僕の能力では干渉出来ないと思うけど、僕の意識浸透はね、別に物だけを支配出来るわけじゃない、この地面だってそうさ、ただ支配する範囲が広がって疲れるから普段はしないんだけどね」

「ぐっあ」

能力が強制的に解除され地面から弾き飛ばされる、激しい痛みに転げまわりながらもすぐに顔を上げる……見上げればつまらないものを見るような眼で沙希が見下ろしている。

見上げ見下ろされ、立場は歴然ケロ、小さな物質に意識を浸透させるのがやっとだろうと"常識的な能力"として考えていたらここら全域の地面を支配して見せた、化け物ケロ。

「今日の僕はライオンの格好をしてるからね、ちゃんと殺さないと中身と外見で違和感が……でもどうせなら今回は生きたままにしときなよ恭輔サン」

「むぅぅ、そうか、沙希が言うならその選択肢が一番なのかもな、よいしょっと」

「ち、近づくなケロ」

「蛙が道端で喘いでいるのに近づいたら駄目なのか?そんな話聞いた事も無いぞ、バカらしい」

こちらの言葉をまったく無視してオリジナル……恭輔が近づいてくる、足取りは軽く、本当に蛙に近づくような気軽さで……ケロケロ、殺したいのに、痛みで指一本すら動かない。

噂に違わぬ貪欲ぶりで早く餌をくれとその黒い瞳が爛々と輝く、この男は、ケロ、オリジナルは、尋常では無く、常軌を逸し、全てを我がものにする、それを逆に殺し喰らうのがモザイク、ケロ、モザイクのⅢが我が名……なのに、"なのに"

「俺の細胞から勝手に生まれて、勝手に帰れ、俺に、あはは」

笑顔で馬乗りに……頬を撫でられる、抵抗しようと体を捩じらせてもまったく動かない、殺したいのに、オリジナルを殺さないと自分はただの実験動物たちと変わらない、変わるはずが無いのだ。

なのに、この男はまったく自分は戦わず、優秀な一部に、世界に名を轟かせる鬼島の沙希に頼り切って、自分はまったく何もせず、簡単に自分を捕まえた、卑怯、コピーである事を恥ずかしく感じるぐらいに矮小で卑怯で逸脱していて"まるでよくわからないもの"………本来なら水に溶けた自分との境界は直接的には崩せぬはずがこの有様。

「卑怯?……沙希は自分だから卑怯も何もないだろう、お前がどこにいたって何をしようが俺から生まれた小さい女の子である事は変わらないんだから、見つけ出してみせますよ?」

「ぐぁっっあ、っ、離せっ、ふしだらに、自分すら、愛しやがって、ケロっ、きもちわるい、お前を殺す為に、生み出された身にも、なるケロ」

「怒ってないよそれには、うんうん、俺から"俺"が沢山作られるのは結構、沢山俺に、あはははははは、俺になるじゃん、わざわざ見つけなくても、俺から生まれたら俺だろう、全員、俺にしてやるさ、あれ、でも最初から俺だから、あれれ?」

「恭輔サン、あんまり考えるとぶっ倒れるよ?そーゆー面倒な思考は僕とか差異のものだから、無理やりにしなくてもいいんだよ」

「バカだから思考は賢い部分に任せろって言われてるみたいだ」

「そのまんまだよ、ほら、早くしないと蛙、干上がっちゃうよ?」

「うん」

オリジナルの右手がずぶりと、自分の体に沈み込む、唖然と呆然と、他者に体を溶かされ侵入される感覚の気持ち悪さに嘔吐感が、それを知っていたかのように口を左手で遮られる。

うーうーうーと、誘拐され猿轡をされた少女の様に、自分の生まれた理由からこんな見っとも無い姿を晒すとはまったく想像しなかった、逃げたいのに、逃げられない、胸の中心に沈んだ男の手が気持ち悪くて気持ち悪くて、口を遮られ呼吸もままならない。

「気持ち悪いのもすぐに俺になって考えられなくなるよ?欲しいな、その能力、その容姿、その生まれた理由、誰にもやらない、ぜぇーんぶ、ほら、俺になるだろ?元々俺のもんなんだから、俺の肉体の内にいないとおかしいじゃないか」

声は淡々と、事実をありのままに告げている、ありのままに告げているが自身の精神は壊されてゆくケロ、侵されるケロ、犯されるケロ、冒涜、だけれども抵抗の意思が肯定の意思にすり変わる。

(あぁぁ、んと、えと、これを殺す為に生まれたケロが、今の状況は?捕食されているケロ、支配されているケロ、でもでもでも、そう、自分はこいつから生まれたから"戻る"だけケロ?)

「そうだぞ、さっさと戻れ、手間を取らせるなよ、夜道は最近物騒だから、さっさとお前たち全員を"俺"に、最初から俺なのに手間を……めんどくて、愛らしい俺のペット、兎はもう手に入ったから、蛙もなぁ」

「け、ケロ」

「そうだよ、俺の為に鳴け、ほら」

「っあ、ケロ、けろ、けろけろけろけろけろ」

意思はしっかりしている、自分に命令されて自分で声を発する、当たり前ケロ、当たり前?………当たり前、沈む、自分が縮小する、吸い込まれていく、オリジナルに。

ああ、でもでも、そうだ、コピーとか紛いものじゃ無くなる、自分もオリジナルになるケロ?だとしたらそれは喜ぶべき事ケロ?オリジナルの右手が大きく震えるたびに自分がそこに消えてゆくのがわかる。

「沙希、俺の為に鳴いてるよ?この蛙、うん、いい子だ」

「い、いい子ケロ?」

「従うならいい子だろうに、俺の言う通りにしてるんだから、ほら、もっと愛らしい声で鳴いてくれ、全部、俺に沈む前に、その声が聞きたい、後情報もな?モザイクが何匹いるのか?仲間を裏切って本体の"俺"に尽くせ……残りは三匹か?……俺の小さい頃に本当にそっくりな女の子もいるな、"恭"か、一番楽しみだ、俺に戻すの」

「けろ、けろ」

言われたとおりに鳴く、そしたら褒めてもらえる、自分に、オリジナルの自分にコピーであった自分が、その快感と来たら……気持ち悪いと思っていたはずなのに、オリジナル、ああああ、恭輔の力が誇らしく思える、だって既にそれは"自分"の、この人の一部である自分のものだから、沈む、その手に全て、ああ、喰われるケロ、美味しく感じてもらえるかな?

だとしたら嬉しいケロ、愛して、自分に愛してもらえるケロ。

「ああ、楽しみだなぁ」

恭輔に全てを奪われて全ての知識を渡して姉妹とも言える仲間の情報を渡して、なのに。

幸せケロ。

「「けろけろ」」

ほめて。



[1513] Re[70]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/03/27 22:15
恭輔サンは満足そうにケプッと可愛らしく声を吐きだした、暫く虚空を見つめ、暫く雲をみて、暫く空をみる、そしておもむろに宙に手を差し出す、さっそく能力の具合を確かめているのか水滴が腕からポタポタと零れる、自分の肉体を水に変換している。

その後に急に無表情から底抜けの笑顔、もうこれは狂気だろうという突然の笑顔に流石の僕も少しだけうろたえる、ニカッと、少女の僕にはとても理解できない清々しくも男らしい笑顔、スマイル、勘弁してよね。

でも"本体"の意志に従わないと自分の存在意義が無いしね……恭輔サンの"手"とか"足"にその存在が全て奪われる、それだけは回避したいんだよね。

「んー、んー、んー、んー、んー、んーて何回言えばいいんだよなぁー、ここらかな、巣食いの情報からして"救い"は?」

その言葉と同時に何も無い虚空に突っ込んでいた恭輔サンの右腕が大きく蠢く、蛇が蛙を捕食する時のような不気味な蠢きに嫌悪感。

本当に蛇の動きそのものの様に、なんだコレは、一部の僕にも知らされていない本体の能力、恭輔サンの手から零れ落ちるように少女と少年が、ずるるるるるっるるるうるる、粘液を含んだものが零れ落ちる不気味な音、不気味すぎる音、あああ、本体で無く、そう、他者として思えば"キモイ"、、、でも本人と思えば"美味しそう"そうだ、心底に美味しそう、うまそう、食わせろ、うわー。

モザイクの1と2と、巣食いの情報から生み出した異端排除の少女型の"救い"……世界の有様などは一切気にせず、生まれた幼い幼い異端、俺は空間を歪めてそれらを昏倒させ、愉快に愉快に捕食する、母を模していようが何を模していようが、何だろうが、しらね、ー俺になれ、台詞なんていらないんだよ、貴様たち、取りこんだモザイクから読み込んだ情報で呼び寄せて、その能力を吸収、その台詞を吸収、その存在を吸収、残ったのは俺の手足の彼女と彼……巣食いのコピーの救い(少女型)には驚いた、巣食いがみたらきっと素敵に嫉妬、モザイクの1と2は何だ、母親のコピーだ、きもい、俺の為に生きて俺の為に死ねと吸収、まあこれも大丈夫、俺に絡めばこうなるんだバーカ、バーカ、幼児の姿で大人に近い俺に逆らうなよ、物語でわけありな顔をするなよと、ってこれ全て恭輔サンの思考だよ?

異端排除の生み出したモザイクの1と2と3と巣食いのコピーの幼女姿の"救い"を強制的に手繰り寄せて自分にする姿はまさに悪魔の一言、それぞれに"キャラ"は存在しただろうに恭輔さんを愛するように強制され修正され修繕され美味しく頂かれる、悪夢だ、本当に僕が恭輔サンの一部で無ければ吐いていただろう、虚空で何度も何度も。

けぷっけぷっけぷっと、空間から新たな異端を引き寄せるたびに恭輔サンは吐きだす、異端、モザイクシリーズを、噂の最も恭輔サンに近い恭という少女を除いて、恭輔サンのコピーとして生まれた巣食いをさらに異端排除がコピーした"救い"を除いてけぷっけぷっと、物語に必死で絡もうとした幼児たちの思いを全て却下、本当にひどい、悪夢のような存在だよね。

「ほら、出てこい"救い"」

『恭輔、俺は救い、巣食いが表の世界で頑張っている時に呼ぶと、巣食いが嫉妬して後に面倒ですよ?」

虚空から引き寄せられ吸収されたのに、真っ黒な癖の無い髪、ああ、腰にまでかかる長く癖の無い黒髪、端正な顔立ち‥‥些か男にしては”迫力”にかける、巣食いと同じ少女の顔立ち、コピーだから当たり前。

それが恭輔の左肩から当たり前のようにずぶりと顔を出す、引き寄せられ街で色々と企んでいたのにまったくの無駄、無駄過ぎた生……巣食いが自分のコピーの"少女"に嫉妬する姿を見て恭輔サンはますます笑顔に、腹黒い、性格の悪い、自分は恭輔サンに同性で心底に愛してもらえないのに、知らない内に提供されてた自分の細胞、生み出されていた自分のコピー、その口調が男のソレだが体つきは本当に少女のソレだ、巣食いの全てを反転させて黒になった少女には僅かな胸のふくらみ、男のままで恭輔サンを愛さねば!とハンデのある巣食いにはまさに……つかね、僕が思うに恭輔サンも巣食いも江島の人間は自分の細胞に興味が無さ過ぎる、安易にコピーを現在の技術ではポンポンとまさに玩具のように量産できるのに、本当に甘いね我が主ながら。

「巣食いの完全の裏で乙女と名乗るか、おもしろいなー、モザイクの新たに吸収した二つの能力、機会があれば使おう、使って楽しもう、俺の能力よりすげー"俺"たちは興奮するなぁ」

くひひひひひと、ちなみに首から取りこんだ蛙の"整った幼女"の顔がにゅーと出てケロケロと鳴いていて、なんつーか、気持ち悪いんだけど、取りこんだ恭輔サンからしたら命令して鳴かせているんだろうけど普通の人間の感覚からして悪趣味ここに極まるって感じかな?普通の人間で無い、恭輔サンの一部の僕から見ても相当に悪趣味だけど、恭輔サン(本体)蛙(末端)が望めば僕からは何も言えないよね、ああ、怖いね、この本体と末端、愛され愛す関係は狂気の沙汰だと幼い僕の感性でも本当に理解できる。

恭輔サンは黒い髪をした救いを撫でながら満足そうに笑う、モザイクも、巣食いのクローンも、生み出された時点で絡め取られていた、今も逃げる"恭"という自身に最も似た一部を思って恭輔サンは笑う。

「頭を撫でてやると喜ぶんだ救いは、あはは、逃げる術を与えられず生み出されて逃げるなんて恭は何を考えているんだろう?でも、俺の姉弟もここに、この世界にいる今なら逃げ出せるかな?」

「恭輔サン?」

「こうやって俺が"俺"を得て、その過程は本当に楽しいなぁ、沙希、この御話であるモザイク編は、モザイクを全て吸収して、吸収して俺への愛情に放り込み狂わせて俺にして、そうだそうだ」

「そう?」

「でふでふと鳴く、生き別れの姉を後はどうにかすればいいんだよ、そう、他の妹や弟なんてものは"実は"どうでもいいんだよ?」

悪魔のような一言、そう、恭輔サンには、姉が……伝わる、違う世界で"常軌ではない宇宙の魔王"に支配された盲目の姉、恥ずかしいほどに讃えられるその名、ああ、恭輔サン。

嬉しそうだね。

「でふでふ、鳴く姉をな、取りこみたいんだぁ、俺」



恭輔が嬉しそうに笑う姿に、他者を不幸にし、取りこみ、幸福にする姿に胸が熱くなるでふ、そう、思えばこの弟を愛する為に自分は存在したのに、邪魔だと違う世界に捨てられた、それは死んだからというそんな下らない理由、自分は死んだ、そうでふ、死んだがあの意思なき魔王と溶け込み、その末端神経となり、違う世界で息子の"太郎"を育てながら生き別れた双子の弟の身をいつも案じていたでふ。

(でふでふ、成長して、あんな風に笑うでふか、抱きしめたいと素直に思うでふ、でも"弟の恭輔"がそれを許してくれないでふ)

モザイクをここまで取りこんで残るは一匹、もう、ここまで助けに来て……結局は何もしてやれないでふ、息子と違って弟はその生き方で他人を無理やりに自分の支配下に、否、自分にするでふ。

太郎は恭輔を愛していたでふが、恭輔は太郎を愛していた?それは違うように思うでふ、でふでふ、何かしらあの子は冷たい一面が強く根底に存在している、そこを姉である自分も、一緒に育った太郎も全てを投げ出して愛しいと思うのに恭輔から伝わるのは、そうか、そうか、それだけの感想、どれだけ愛してもあの子の心には届かない、そうでふ、他者を愛する事の無い自分が愛してあげているのに、なんて不孝者でふ。

「ああ、愛おしいのに、届かないでふ」

眼が見えない自分にはその気配を手繰るしか他無い、だが、届かない、ずーっと、ずーっと恋焦がれるだけでふ、胸が張り裂けそうになる、悪魔が魔王が外に飛び出しそうになるでふ。

恭輔が自身を感じて、姉を感じて『今は早いからさっさと去れ、去れ、去れ姉』とそう思っている、消えるしかない、太郎のいる世界に帰るしかない、恭輔が自身に届く可能性のある"恭"と呼ばれる個体を吸収してそれを力にすれば次は自分の番でふ?まだ早いでふ?でふでふでふ、恭輔が生まれた理由は死に別れ最悪の存在の端末となった自分を通じてソレすら吸収する為なのにでふ、弱い異端なんかに愛情を持つ弟に嫉妬するでふ、でも帰れと愛しい愛しい愛しい、心が壊れるまでに愛した弟に言われれば"内包世界"に帰るしかないでふ。

「"お前"の為なら、なぁーんでもしてあげるでふ、恭輔」

仕方ないでふ。

「くす、愛しくて"世界を消したい"でふ、お前の嫌いなもの、ぜぇーんぶ」

しかし弟に嫌われては、仕方ないから"今"は去るでふ、一つになる時は世界が終わる時でふ。

世界も、内包世界もでふ。



[1513] Re[71]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/03/28 21:59
さてと、俺は自分の体を見下ろす、無個性ここに極まる我が身、しかし首からにょっきり生えた蛙は中々に個性的だろう。

緑色の髪に眠たげで垂れ気味な緑色の瞳、ケロケロと鳴く小さな唇、幼い少女の顔を生やした青年ってのは中々にあれだ、自分ながら少し怖い。

「沙希、どうよ?」

「えぇ!?どうよって聞かれてもね、僕には何とも言えないんだけど、恭輔サンはどうなの?」

「こう、力がみなぎってます、触れたものを何でも水に出来るんだ、色んな事に超便利、トイレに行って手洗い忘れてもさっさとな、洗えるよ?」

「SS相当だと思うんだけどね、その能力、そんな下らない事に使えば鬼島も泣くよ、人材はいつも不足してるんだからあそこ」

「泣く?鳴くならなぁ、モザイクのⅢ?」

「ケロケロ、恭輔、人を楽器の様に使うで無いケロ、つか、一部の能力とはいえ勝手に使われるのは心外ケロ」

「べっつにー、いいじゃん、救いの能力も使いどころがあればさっさと使いたいなぁ、まあ、でも、自分の力を誇示するなんて真似は出来そうにないや、優秀な一部の皆が優秀な能力を持っていてとても助かる」

最初からそうだし、これからもそうだ、しかし夜道で危険な人に襲われても"逃げる程度の力"は持てたかな?でも変質者とかだと怖いなやっぱ、うーん、さっさと家に帰りたい。

後一匹、ああ、その言い方はやっぱり差別的か、後一人、恭を探さないと"日常の俺"に切り替えが出来ないんじゃないか、もう、面倒だ、いつも面倒事がやって来て楽しくて楽しくて楽しくて、あ、でも、そのたびに何かが増えているような……気のせいかな?

こんな暗くて、静かな夜の街、幼い恭とやらは怖がっていないだろうか?もしかしたら変な大人に絡まれているかも、早く見つけてお家に帰してあげないと、姉妹もみんな俺の中にいるんだ、俺が本体でお家でいいでしょう、勝手な考えだがそもそも俺の細胞から勝手に生まれて勝手に行動している恭が悪い、他の姉妹はこんなにいい子に俺の中で蠢いているのに、けぷっ、けぷっ、むぅ、何故か可愛らしいげっぷが、自分で可愛らしいだなんて言いたくないね本当。

「恭ってのは居場所はなんとなく追跡出来るんだけど、やだな、すげぇ強いかも、でも俺に一番近いクローンってすげー余裕じゃね?沙希だとさ、でも沙希も俺か、ん?」

「ケロケロ、恭は能力と言うよりあり方が恭輔に近いケロ、まあ、本人同士でなら大丈夫ケロ?何せ互いに不器用で不気味で、自分を求める性格ケロ」

ぐりぐりとほっぺを擦りつけて来る蛙に成程と思う、確かに……こいつらは培養液の中で生み出され愛情とか関係なしに知識だけ放り込まれ俺を殺す為にせっせと育てられた生き物。

今もこうして頬をグリグリと自分に愛情を求めるのは滑稽だけど、こうやって触れあいを楽しみ望む、さてさて、だとしたらさっさと寂しがり屋であろう恭とやらも回収しないと。

「あ」

沙希と手を繋いで歩き出そうとして急に理解する、理解するつーか、そんなこともわからなかったのかと自分を反省、軽く反省、つかね、俺っておバカだ。

「どうしたの恭輔サン?……なんか思考がぐわんぐわんと激しく左右に揺れているけど、読み取ってもいいけどね、口で聞きたい」

「あれだ、沙希」

「ん?」

「そのモザイクの最後の一人の"恭"ってさ、俺の恭輔って名前から一文字を取ったのかな?……いや、もし違ったらすげぇ恥ずかしい事言ってるよな……俺」

歩き出しながら何だか憂鬱に、沙希の体温を感じながら歩くのだが……むむ、今の俺の言葉はやっぱり相当に恥ずかしい、もしここに"俺"以外がいたら赤面して地面を転げまわっていただろう。

「恭輔サン、どうしたの?……嬉しそうだよ」

「え、あ、そう、そうなのかな」

「そだね、確実にそうだよ、自分の名前を他人に無断で使われて喜べるんだね恭輔サンは、お人よしだね、中身は悪魔なのに行動や思考は善人じみているから怖いんだよ、うん」

沙希の肯定の言葉に俺は無言で頷く、何だか嬉しさで次の言葉が出てこない……俺なんかの名前を使ってくれたのかと素直に喜んでしまう。

そんな俺の思考を読んで呆れたように首を振る沙希、沙希はいつも余裕の態度を崩さないが俺が"変な事"を考えるたびにこうやってしょうがないなァと態度で示す。

ここが俺の意見を全て崇拝し崇高し他者に意見させない差異と違う、我が一部ながら差異のそれはやや狂信的じみているのだけど…そこが可愛いのか、でも沙希はある程度は俺を"弄ってくれる"ので大変にありがたい、鋭利なんかはさらにわかりやすく、ほぼ個人としての意識が"一見"すると表に出ている……だからこその自由の子、そろそろ帰って来るように"思考"しないと、さまよい体質ですかと直接問いかけよう、なんだよさまよい体質って、むむ。

色んな物が"俺"だけど、相変わらず俺自身の思考の程度の低さは変わらない、まったく変化をしない。

「んー」

沙希の手を握ってぐーぱーぐーぱーする、小さな沙希の手をもぎゅもぎゅと握ったり包んだり、沙希は何も言わないが、少し鬱陶しそう。

ケロケロと頬を擦りつける蛙は相変わらずそのまま、色々な情報を蛙は教えてくれる、それを良く確認してゆく、全て把握していて記憶も俺と同一だが、丁寧に丁寧にそれを読み取る。

恭の情報、自然と乾く唇を舌で湿らす、なんだか俺……興奮しているのかな?わからないけど、とても楽しみな時間が約束されているのは確かだ、誰が約束?自分が自分が。

「いーえ、どうしますか、恭輔?」

いーえを言ってから自分の意志を表現するモザイクの1が俺の服を破って腹から出てくる、こう、体液みたいなのがヌメッとしてでるから予め言って欲しいのだが、みんな無視。

ずぶずぶずぶずぶずぶ、卑しい音、気持ち悪い音をたてながら上半身を全て出す、麦藁帽子に水色のワンピースの姿をして胸元には可愛らしい猫のマスコットのピンバッチ。

だけれど顔はあやふやで、テレビで出る砂嵐の様な物で覆われている、甲高い少女らしい声が逆に異常さを醸し出しているが、先程引き寄せて取りこんだばかりなので我儘も異常さも許す。

「どうするって?」

「いーえ、鋭利さんですよ、すぐ近くにいますよ、だって、会いました」

「ふーん、近くに、だったらさっさと家に帰る様に思考して、それでいいや、久しぶりに"俺"が全部そろうのもそれはそれでいいだろう、でも鋭利は中々に従わないからなぁ」

「いーえ、従います」

「そうか」

「いーえぃ!」

「何か違う!?」

二匹も外に出せば追跡も余裕か、恭、恭、待っててなー。



江島遮光は苛立っていた、自分の存在が結局は嫌いに嫌った本家と何も変わらず、兄はそれに絡め取られている事を再確認し、だからこその苛立ち。

ギリリと強く噛みしめる、まだ時期が早い、懐かしい地で心を洗い、また明日からの努力に転化しようとしていたのに、いや、努力はする、死に物狂いで。

化け物たちから最愛の兄を助けてあげるのだ……それが血の繋がった妹の使命であり、生き方であり、現実なのだ、だがいつの日か色褪も屈折も下す、あの余裕に染まった幼い顔を絶望で染めてやる。

いつだってあいつらに兄を奪われてきたのだ、もう、我慢の限界だ、いや、我慢なんてとうの昔に……あの日、あの閉じられた狭い部屋で自分は"神"に出会った、神とは兄だ。

世界のどのような概念でも崇高として讃えられるのは神の概念、故に兄は神、いや神が兄、前提が違う……兄が神より世界より先に存在している、幼い自分にもわかるぐらいに絶対的な存在だった、弱く弱く、本当に弱く、私がちゃんと守ってあげないと、矛盾、でも兄さんを、そして兄さんを永遠の存在、永遠に"存在"する存在にするのだ、自分はそれの一部で良い、一部でありたいのだ。

「まだ時期が早いとはいえ、目の前で挑発されれば流石に腸が煮えくりかえりそうになるわね、光遮?」

「そうだね、でもでも、あんな風に恭兄さまを全てわかっている風に言われると、クスっ、笑えちゃうよね」

フワフワの薄茶の髪をポンっと叩いて撫でてやる、弟は男には到底見えない愛らしい顔を朱に染めて笑う、今日は兄の"一部"を名乗るゴミを消すつもりだったが、忠告された。

邪魔な事はせずに、力を鍛え上げて奪うんならさっさと鬼島に帰れと、要約すればそれだけの事、我が一族ながら遠まわしに苛立たせ直接的に傷を抉る、お前が言うか……お前たちが!

「はぁ、少し疲れたわ」

「遮光ちゃん?」

「貴方は良いわね、幼いままで、ずっと変わらずに兄さんを慕っている、いいわ、凄く羨ましい」

「遮光ちゃんだってそうだよね?」

大きな瞳が私を下から見上げる、確認しなくても大丈夫なのに、この子はいつも私に甘えっぱなしで……可愛い弟なのだけれど危うさに時折……ああ、でも私も兄さんに会って暫くはそうだったわね、私も変わらない、だけれど変わる所もある、小さな姿でも幼いままでも、心は成長する、私は鬼島の化け物たちとは違うのだ、兄さんがそれを望んでくれた、私の成長を……だからこそ遠く離れてもこうやって生きていける、あの人を取り戻す為に私はずっとずっと、生きる、生きるのだ。

「いえ、私は"女"よ」

「え」

「いつまでも同じではいられないわ……仕方のない事、そう、兄さん……」

欲しい、兄さん……欲しいの、何もいらない、親も家族も友人も知人も自分すらいらないから、兄さん、兄さんが欲しいの……欲しくてたまらないの、取り上げられる前から、ずっと。

黒い髪も黒い瞳も、同じ兄さん、江島の血に繋がれた私と兄さん……この街で家族三人で暮らしていた時は幸せだった、幸せだったの、外道のあいつらを殺して家族は三人になった。

なのに、いつも奪われる事に怯えていた、最愛の人が呆気なく奪われる事に、それを成すのが自分と同じ兄さんと血で繋がれた奴らだって事がさらに恐怖を掻き立てた。

「そう………女としての性を、私は抱えている、そうね、それは自分で解決しないと、だからこんな所でモタモタしてられないの、今すぐにでも奪い返したいのに、それも出来ずに……鬼島に帰りましょう、奪い返す為に」

「遮光ちゃんはそれでいいの?」

そこに何も毒は無い、含みも無い、純粋に兄さんと同じように私の身を案じてくれている、それが生意気であり、だけれどもやっぱり可愛くて、ああ、弟なんだと思う。

弟は私に隠し事をしているようだけれど、この子は本当に、兄さんの為になら社会的に抹殺されそうな事を平然と笑顔でこなすから、私がちゃんと見ておかないと本当に危険。

「いいのよ、兄さんの一部を殺すのはまた今度にしましょう、さあ、今の私たちのお家に帰りましょう、ね?」

「うん、恭兄さまに為に」

「その為に」

それが誓い、それが私たちの誓い。



ぐーぐーぐー、お腹が鳴る、ぐーぐーぐ、お腹が鳴る、ぐーぐーぐーー、お腹が鳴る、ぐーぐーぐー、お腹が鳴る、ぐーぐーぐー、お腹が減った。

公園のベンチに膝を抱えて座る、モザイク、モザイクなのだ自分、で研究所を逃げ出して、逃げ出したというよりは殺して普通に出たのだけれど。

でもまさかこの小さな体がこんなに面倒なものだとは知らなかった、錠剤も、点滴も無く、培養液の中でも無い、そーすると、こうやってお腹が空くのだ。

片目の中には化け物を飼っている、その化け物もぐぅぅぅぅぅぅぅぅとお腹を鳴らす、ぐーぐーぐーとぐぅぅぅぅぅぅ、最悪の二重音……駄目だ、痩せ細った身でこれはキツイ。

「おなかがへったよ、おなかがへったね、おなかがへったんだよ?……だれに言っているの?わたし、わたしよ、恭だよ」

人とまともに話した事は無い、だから自分で言って自分で答えるのが癖になった、それが寂しさとか辛さを紛らわす行為だとけんきゅーしゃのおねーさんが教えてくれたけど、でもでも、まずはその寂しさとか辛さの説明をしてもらわないと、わからないよ。

おにいちゃんはちゃんと恭をみつけてくれるかなぁ?みつけてくれると凄くうれしい、みつけてくれないと凄くかなしい、みつけてよ、みつけてよ、本当に……さみしいと死んじゃうんだよ、おにいちゃんのさいぼーから生まれたんだから、おにいちゃんにはそれがちゃんとわかるでしょう?

「うぅぅぅぅぅ」

唸ってみても状況が変わらないけど、震えて見ても状況は変わらないけど、でもでもみつけてくれないと、寂しいよ、さみしくてしんじゃうし、さみしてくてさもしくて?さもしい?れれ?違うかな。

「おにいちゃん、おにいちゃん?えへへ、あぅぅ、はずかしいかな、へんじゃないよね、恭?へんかなぁ、じぶんの"ようし"がどんな姿なのか、だってわからないもん」

他のモザイクはちゃんと吸収されたようだし、うーん、うらやましい、みんなはしらないけど、それがただしいの、ただしくてあたりまえで、しょうが無い事。

黒い髪に、黒いワンピース、黒い眼帯、くろいくろいくろいくろい、黒だらけだな自分は、そーだ、おにいちゃんの黒に綺麗に溶け込んでみせる、溶け込んで一番ゆーしゅうになるんだよと、自分に言い聞かす。

「でもさいしょは、戦って、そーだ、"せいのう"のお披露目をして、きにいってもらわないと、うん、そだよ、そだよ」

そしてすきって言ってもらうんだ!誰も言ってくれなかったけど、ちしきではちゃんとしっているよ?こうみても"れでぃー"なのだから、じぶんであるあの人はわかってくれるはずだよね、はぁあああああああああ、う、うれひぃ、はぅ、かみゅ、かむって言葉も噛んじゃった!

「これも、あのひとからうけついだのかな?恭のこれも、ドジなとこ、おにいちゃんからうけついだのかな、うけついだっていったら、喜んでくれるかな、喜んでくれたらうれしいなぁ」

うれしいよ、あたまとか撫でてくれるかな、くひひ、うれしいよ。



[1513] Re[72]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/03/29 22:34
見つけるのは簡単だった、何しろ、相手は逃げる気も無いのだから、公園のベンチの上で膝を抱えてくーくーくーと愛らしい寝息を、沙希はその姿を見て呆れたかのように溜め息、実際に呆れていたのだろう、呆れればいい、だってこの子は俺なのだから、沙希が俺に呆れる事は良くある事で、今更驚く事では無い。

黒い黒い女の子が黒い夜に抱かれ眠っている、くーくーくーくー、へくち……ずずっ、くーくーくー……風邪気味?いやそりゃ、こんな場所で寝ていたらそりゃ、うん。

俺と同じようにとても頭がおバカな子、そりゃ、一番上手に俺に似せて作られたらしいし、俺なんかに似せる努力があるのなら他に努力するべき場所があるような気がする。

蛙や他のモザイクから読み取った情報より"可愛く思えた"……まさか自分のクローン相手にそう感じれるとは驚きだ、驚きだけどまあ、可愛ければ何でもいいや。

しかしまあ、気持ち良さそうに寝ている、自分の組織を抜け出してここまで一人でやってきたはず、追手が来ないのかと考えないのかなぁ、ここまで普通に寝れるもの?

抱き上げてやると軽くて軽くて、今までの生がどれまでに過酷だったのかなんとなくわかってしまう、そりゃ、俺のコピーを生み出すような場所で育てばまともな飯も無いだろ。

黒い髪に、黒いワンピース、黒い眼帯、片目はどうしたんだろう……蛙は何かしらの能力の為に片目は存在しないと伝えて来る、それってどーよ、人間じゃ無いじゃないか、子供にそんな事を強いるだなんて。

でもでも、どうーして俺のコピーなんて、あれ、どうして……いらないだろうこんなクズ、クズな俺、能力もあれだし、なんで?……頭が痛いな、そんな台詞思いたくも無いのに、恥ずかしい、何が頭が痛いだ。

でもまあ、俺の一部は優秀だし、それをコピーしようとしたとそう納得しよう、そうしないと俺は俺に矛盾を抱えて頭が痛くて、うーうーと唸ってしまう、気持ち悪くなる。

「かいしゅーと」

「恭輔サンに似てるね、本当、小さな女の子の恭輔サンだ」

「うっ、その言い方はどうだろう、何となく嫌悪感が出てしまうけど、このまま俺に"俺"を入れちまって大丈夫なのかな?むぅぅぅ、寝てるとは、でもここまでよく頑張ったな」

艶やかな黒髪を撫でてやる、一つ発見、俺が女の子として生まれると色褪っぽくなる、この子を見てそう感じる、でもまああそこまで化け物じみて"綺麗"じゃないのに親近感、まあ可愛いけどなぁ。

「あっ、恭輔サン、お姫様抱っこ」

「ああ、まあ……小さいのってこーゆー持ち方が一番楽じゃないか?例え自分でも女の子は女の子だからそこには気を使いますよ?こう見えても妹とかには気を使って生活していたんだよ?」

「聞いてないよ?」

「そりゃごめん、えーっと、荷物は……無し、よくまあ、こんな軽装で俺を探しにやって来たな、他のモザイクは能力者だなーって何となくわかったけど、この子はまんま小さな俺だから、すげぇ不安になる、こう、変質者に誘拐されないかとか、そんな親みたいな考え?」

「あ、あのね、恭輔サン、今、恭輔サンが誘拐しているよね?」

「……お、おぉぉ!?その発想は無かった、つかあってほしくない!どうしてだ、俺が俺を回収してさあ家路を辿ろうと、すげぇ普通じゃんかー」

持ちやすさを研究中、恭は軽いけど俺の腕の力の弱さは半端無い、うーん、太ももはかたさの中にやや柔らかな感触、成長しろよ俺、しっかりメシ食えよ、俺みたいに。

回収したので歩き出す、沙希は呆れてます、誘拐じゃないと何度言ってもジト眼で見られるのがオチ、俺だからいいじゃんと思うけど沙希の常識的な思考も読み取って理解している。

本人には言わないけれど、差異と本当に正反対だな、沙希って実は結構常識あるんだよなぁ、下手すりゃ普通の世界で生活して来た俺なんかより、鬼島の中では良い個性だったろう、沙希。

もう"俺"だけれど、最初からか……さて、この子が起きない事には話がはじまらないなぁ、最初から話なんかがはじまってるのか謎だけど、起きろー、今は外れていても元々は俺のもん、少しぐらい反則でも、起きてくれたならこれ幸い、眉間に皺を寄せてムーっと唸るが反応は無い、おおぅ、なんてこったい。

「恭~~~、起きろー、起きろー、駄目だっ、疲れて寝てる、うむむむむむ、"めんどい"なぁ、本当に」

どうしたものか、ここで取りこんで、はい、終わりでいいだろうと思考を働かせるがその一歩が踏み出せない、我が身かわいさもあるだろう、だってこいつは俺に一番近いんだし。

ゆさゆさと揺さぶりながら歩く、寝苦しそうに唸る恭を無視して、車酔いの感じで吐かれたら最悪かも、暫くそうやって歩いていると突然パチッと大きな瞳が、視線が重なり、俺が驚く、"俺"も驚く……俺、俺、俺―――恭、状況が把握できていないのか……かたまっている、かちっ、こちっ、かたまりまくり。

(こう、うん、可愛いじゃないか、驚いた顔も、俺が俺を可愛いだなんて気持ち悪いだけだけどなぁー、よくもまあ、ここまで俺を"好きにさせて"俺の分際で生意気だ)

自然、恭にキスをした。

「ぶはぁ!?」

そんな俺の行為に沙希が飲んでいた缶コーヒーを吹き出した、それに一瞬驚いて舌を小さな口内に入れてしまった、おおぅ。

ワナワナ震える沙希が何か凄かった、うん、何か………恭の唇はぷにってして、俺のクローンとは思えなかった、ガキの頃は俺もあんなのだったのかー。




寝苦しさに眼を覚ますと、そこには大きな瞳があった……くろいくろいくろいくろい、親しんだ黒に眼を瞬かせ、混乱、さあ大変だ、すごく混乱――江島恭輔。

知っている、知っているもの、これを殺す為に、喰らう為に生まれました、これを超える為に生まれました、異端をはいじょ?してせかいをきれいに、するんだ、それが恭。

でも知っているもの、そこに愛しさがあることも、このひとのさいぼーからうまれたら、このひとにとらわれるのはあたりまえで、力をうけわたすのが当たり前、あたりまえ?

さいぼうを使った時点でそれはもうだめ、だめだめ、このひとはそれが成長して、もどってきて自分の力になることがすごくたのしみ、そう、たのしみなのだ、さすがはオリジナル!

"きたない"

そんなこんなの思考を遮り、むりやりに?そう、むりやりに遮って、かおが……近づいてくる、あれ、あれれれ、おひめさまだっこ、だっこだ、絵本で読んだことあるよ?

そして、知らな感触、むにって、やわらかいものがくちびるに、めのまえは――江島恭輔、おにいちゃんの顔でいっぱい、本当だよ?ホント、いっぱい、いっぱーい、世界がこのひとにそまるぐらいに視界はうばわれる。

おひめさまだっこは知っているけれど、これはしらない、しらないよ……しらないよとつたえたいけど、くちびるがふさがれて、いきができないよ、言葉も出ないよね、そーすると、うぅぅ。

もともと恭は"おめめ"がひとつなので、しかいがぜんぶうばわれたら、その、困るんだ、困るんだけど、はじめて会うおにいちゃんは中々に、どいてくれない、おててでどかそうかなと、でもきらわれたくはないし、でもだいはっけん……お鼻でいきをすればくるしくない、にんげんは窮地から知恵をえるとはまさにこれだね、だね、舌がにゅるりと、おにいちゃんの?おどろきです。

「ぷはっ、うん、可愛い……つか、沙希、コーヒーを吹き出すなよ、汚いぞ?」

「はぁはぁはぁはぁ、何を言うかな恭輔サン、その原因は全部恭輔サンにあるでしょ?つか、ここに僕達以外の視線があったら確実に通報されているよ?」

「うえぇ、なんで?」

「幼児にあんな本格的なキスをするド変態は公衆の面前では生きていけないでしょうに、もう、僕か差異がついていないと恭輔サンって本当に危険、危険すぎ」

「……だって俺が、俺に?ん……なんで通報されないと駄目なんだよ、わけがわからん、沙希は頭がいいからって俺の事を馬鹿にし過ぎだぞ、俺にだってちゃんと常識はあります、標準的についてますよー」

「ぼ、僕は初めて思う、"我が事"ながら胡散臭い」

「そうかそうか、そんな言葉で俺の行動は変わらないからなーしかし、恭、そんなに縮こまってどうした?ほら、俺だぞ、俺、お前も俺だろう?」

「いまのなぁに?」

じこしょーかいをしないと駄目なのに、それよりも、いまの行動が気になって、聞いてしまった、おこられないかなと、あう、おこられたらかなしいよ、かなしいってかんじょうが理解できる、すこしのせいちょう。

「今のはキスだ、まあ、お前が可愛いからした、俺だし、でも俺じゃない人間には出来ない、しちゃいけない……とまあ、うん、そんなもんだ、いい加減なもの」

「ふぅん?」

「キス、キスだよ、恭は頭悪いなー、はははははは、流石に一番俺に似ているだけはあるなー、」

似ていると言われて、うれしいと思う、確かにモザイクシリーズの中では恭が、せいべつをのぞけば、ほとんどいっしょ、のーりょくは違うけれど、わかる、このひとのちからは能力?なんかではなくこのひとだけの、このひとそのものだから、コピーなんてできやしない、できっこない、そして恭のような出来損ないを……う、うん、でもおバカかぁ、おバカ、あたまわるいって言われた。

「はじめまして、恭です」

「おおっ、小さいのにちゃんと挨拶出来るんだな、おおーい、沙希、みたか?かわいくね?かわいいよな、可愛いわ!」

「もう自分で自己完結してるじゃんか恭輔サン、確かに愛らしいとは思うけど、君はいいの?殺し合いをするんでしょう、恭輔サンと」

「あ、あの、あのあの」

「あのあの?」

「し、しない、ころしあいはしない、ただ、戻らないと、おにいちゃんの中に、だって、それがあたりまえだし、でも、戦うところをみせて恭の"性能"をね、せいのう……みせないと」

だって、こんなに凄いんだよ?っておしえてあげたい、元々はおにいちゃんの能力に対抗するためのものだけど、でもそれもおにいちゃんにあげる………つくった人に"ざまあみろ?"

「いや、別に性能とかそんなものを俺は人間に、ましてや自分に求めないから、いいよ、そんなものを見せなくても、一つになれば解決することだし、元々"一人"だしな」

「えとえと、いいの?」

「えとえと?……いいよ、うん、こんなに可愛い自分ならさっさと、抑えられないぐらいだ、胸が張り裂けそうで、頭がぐわんぐわん、こうね、だからさっさと戻していいい?」

「わ、わぁ」

「?」

「う、うれしいかも、です」

まさかオリジナルのおにいちゃんにここまで求められるだなんておもわなかったから、あのしろいしろいしろいけんきゅうじょにいた時にはとても考え付かなかったみらい、みらいだよ。

恭の本心のことばに『ふふん』とおにいちゃんは鼻歌まじりに、あの、あの、さっきのキスについてしりたいの、たしか、"キス"って言っていた、んとんと、"キスキス"だっけ?よ、よくわかんなくなってきた、もう、この、とても、せいのうの悪いあたまめ!

「そうか、恭、ここまで望まれるのは嬉しいな、さあ、帰れ"俺"に俺が……俺も詳しくないけど、キスについてもわかるだろうな、戻れば」

そう言った瞬間に、ああ、おにいちゃんのおにいちゃんたるのーりょくが発動される、否、さいしょから、さいしょから恭はくずされていたのだから、そんな言葉にいみ、いみなんてないよね。

ぐちゃぐちゃ、おおきなかたまりが、溶けて溶けて、恭の中にはいってくるの、あぁぁ、へんなおこえ、へんなおこえがでて、がたがたがたが、おおきく、しにゆくように、体が跳ねるの、とびはねちゃう、おにいちゃんはそんな恭をきょうみぶかそうに観察する、恭をつくったひとたちのように、でも、嫌悪感はないよ?……ただもどるだけだもの。

「ほらぁ、ほらぁ、恭、俺の腕にズブズブとお前の可愛らしくて小さくて痩せ細った体が沈んでゆくぞ?んー、心地よいなぁ、これは気持ちいいもんだ」

「はぅ、はぅ」

「俺の言葉に答えないなんて、なるほど、そこそこに我儘な子だな恭は、いい子だと、我儘だけどいい子だ、お気に入りにしてやろう……俺の中にいる"俺"の中でもな」

すでに、恭の体はおにいちゃんの肌にズブズブと音をたてて沈んでいる、こころ、ココロももう、ぱくぱくと甘噛みされて、まるのみされる、おにいちゃんの唾液に塗れた恭のココロをまるのみに、はやく、はやく、そうおもって、それを口にしてしまう、これが我儘?わがままってことなのかな、おにいちゃんのちしきがきょーゆうされて、りかいするんだよ恭は。

おにいちゃんのはだは恭とはちがう、恭のはだは真っ白で、そしてその違う色の肌に…ずぶずぶずぶと、へんなおとをして沈むんだ、きもちいい、おにいちゃんをころすために"いたんはいじょ"の人がいっしょーけんめいに恭を開発したのに結局はこうやってきゅーしゅーされるんだから、世の中なんてそんなもの、そんなものでいいの、だって恭はせまい世界しかしらなかったから、このひとだけが恭の世界でいいの、きっと、はじめてじぶんの意思できめたことだから、成功だと、信じなきゃ……ね?…そんな恭の独りよがりの意識も、このひとになっちゃうから、はずか
しいことなんてなにもないんだ。

「こうやって自分の幼い時の姿そのままの女の子を体に入れる事になるとはなぁ、幸せ?不幸せ?どっちにしろ、楽しめるよな、今この時は」

「恭輔サンぐらいだよ、それは……しかし、気持ち良さそうに"沈んでゆく"ね、こりゃ、何て言うか……うん、ひどいもの」

「酷い?……恭?酷いか?俺は酷いのか?答えて」

「ひ、ひどくない、おにいちゃん、おにいちゃん、お、おにいひゃん」

「ちゃんと言えないでやんの、うん、でもわかるよ?……沙希、恭は俺を肯定している、もう、戻る、完全に俺の中に」

戻る、もどるの、それがただしいから、恭は"恭輔"になる、これでせいかい、おにいちゃんのためにがんばるね、じぶんの為にがんばるよ、恭は、だからかわいがって。

使える"いちぶ"だと、言って?

「ああ、恭、いい子だ」

これで、かんぜんになれる、オリジナルとかコピーとか、ばからしい……ばからしい、さいしょから"一つ"なんだよ?

「おにいひゃん」

「また、言えてないな、可愛いぞ?」

ずぶずぶ。



[1513] Re[73]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/03/30 19:50
ふと、目覚める……時計の針の音が聞こえる、いつもの慣れ親しんだ自分の部屋、ベッドの中にはウサギと猫が丸まっている。

巣食いと汪去だ、ミニミニなこいつら、俺のベッドに二匹入ろうが全然余裕……仲良く丸まっている、なんとなく和む。

カーテンの隙間から僅かな光が、そろそろ朝かと、えっと、学校の用意したっけ?――つか、外を良く出歩いた気がするけど、何してたっけ?

ずっとここで寝てた気もするし、そうでもないような気もする……わけがわからない、寝惚けて頭がユルユルなのかな、いつもだけど。

「ふぁぁぁ」

そしてユルユルな欠伸、学校なんて適当でいいかな、なんかだってさ、でもまあ、行ける時は行っておかないと、これ以上おバカになりたくはないよ。

布団の中で二匹がぷるっと震えた、寒がりめ……モコモコしやがって、汪去が煩わしそうに尻尾を振って俺の頭を叩く、なげー尻尾、ムカついたので掴む。

「んー、きょーすけェ」

ゴロゴロと飼い猫が鳴らすノド、そこらを手で遊んでやりながら、ぽけーっと天井を見上げる、何だか疲れてはいるけど体の火照りは冷めない、どんな状況だ。

「また、今日も満足だったみたいッスねぇ」

虎耳をピコピコさせながら、意地悪い笑みでそうつぶやく、起きてるのなら起きていると言えばいいのに、なんだかちょっと意地悪された気分だ。

んーと体を伸ばしながら抱きついてくる汪去……俺の腰に両手を回してエヘヘと笑う、甘えん坊な子猫だな、でもその体は柔軟性と凶暴性を秘めた虎のもの。

何だか感覚的にわかるんだよな、こいつの体つきの造形美って言えばいいのか、何だか見ているとゾクリとするような時がある、俺なのに、変なの。

「満足、不満足を問われてもわからないけど………寝付けないから不満足じゃないか?」

「んふふ」

「なんだよ、そんな笑い方するんだな、お前、可愛いだけの子猫でにゃーにゃーしてればいいのに、こんな夜は特に」

「朝ッスよ、可愛く鳴けと言えば、自分の中にある蛙に言えばいいッス、こう見えても虎は誇り高いッスから、主だろうが自分であろうが、簡単に甘え声は」

「さっき鳴らしてたぞ」

「んー、意地悪ッスね」

そっちこそと呟いて、ベッドに体を沈める、休もう、一日だけ学校を休もう……こんな疲れたまま授業に出ても寝ちゃうだけだし、そもそもD級の俺はこう、差別され区別され放置されているので親友一人を除いて誰も何も思わないだろう、悲しいな、自分で言っておきながら、自分で言ったんじゃなくて思考か、心と現実の境目が時折わからなくなる。

「SS級をこれで何人、肉体と一緒に一つにしてんッスかねー、まあ、汪去たちの前に取りこんだ奴は使い方を忘れているッスけど………今期のは全員使えるッスよね?」

「なんだなんだ、それなんだ?あれだよ、普通に手足のようにある"部分"なら沢山あるけど、使えるって言うなよなぁ、自分の事なのに」

「はいはいッス、しかしまあ、こんな子兎まで持ち込んで、きょーすけはいやらしいッスねぇ、そして卑しい、誇り高い虎の自分には少し疑問ッス」

「自分の事なのに?」

「そーッスよ、汪去にそこの自由権を与えているのはきょーすけじゃないッスか、猫は奔放の方が好きなんッスよね?」

「その事で言えば、鋭利もかなり自由だけどな、あいつは気まぐれで自由で他人を小馬鹿にしてる方が気持ちいい、そして強者には媚びを、素敵だ鋭利」

「さっき喉が渇いて下に降りたらいたッスよ?家出娘の帰還ッス」

「ほほう」

そいつは面白くも嬉しい事を聞いた、意識すればどこにいるかなんてすぐにわかるけど、こうやって会話で理解するのもいい……俺の心を満たしてくれてとても嬉しい。

水色の髪、水色の瞳、頭の触角みたいな変なくせ毛……本人曰く空気中の水分を把握するためになんたらかんたら、あの冷たくて賢くて他人を見下しまくりな俺の一部。

今のペット二匹みたいにベッドに引きずり込んで抱き枕にしたら多分プライドずたずたですげーキレそうなあいつ、、よし、明日はあいつを抱きしめて寝よう。

かなり、つかね、ひじょーに楽しみですよ?

「鋭利か、ニヤニヤしてしまうなぁ、あいつを抱き枕にしたらきっと笑える、くくくく、と、思考が鋭利に流れたらやばいなぁ、ストップストップ」

「あんな腹黒い女を抱いて寝るだなんて、きょーすけは毎度の事ながらおもしろおかしい発想をするッスね、虎は?」

「虎つか猫は主の意見なんて無視して勝手に布団に入り込んで来るものだろうに、自由にしてくれよな」

「にゃー」

「鳴くのか!?」

少し驚いたが、先程までの饒舌な口調は何処へやら、またウトウトと寝始めた、これこそ猫、めちゃくちゃ我儘、だがそれが良い。

猫と兎で喧嘩するかと心配したが我が家では大丈夫みたいだな、まあ、喧嘩したらしたで面白いかも、そんな事を考えながら再度ベッドに身を沈める。

『昔から良く寝る子だね~~~、恭輔は』

「屈折?」

『そーなのです、恭輔の愛しい愛しい、屈折ちゃんですよ~~~』

「イラッ」

『く、口で言わないでよ』

声がしたので自然と返事を、声はすれども姿は見えず、まあ俺の知り合いやら家族やら育ての親には良くある事なので、こわいなぁと思いつつ流す、少しは強くなったな俺。

幽霊じゃない、幽霊じゃないと何度も言い聞かさないと怖くて震えそうだけど、実際に言い聞かせる、悪い考えよ去れ、去れ畜生……怖がり、なおさないとなぁ。

「なんで姿を出さないんだよ、怖いじゃん」

『今出るとねぇ、恭輔は今回頑張り過ぎて、少しね、感覚が"本当の形に戻ろうとしている"からねぇ、本当は会いたいんだよーちくしょー!でも会って一つにされるのはまだちょいね、育ての親で江島直系である私が今のこの時期に皆を出し抜くとそれこそ歯止めがきかなくなるから、今日はごめん、マジでごめん、謝るよ?』

「謝られても何が何やら、自分が知らない事で謝られるってこんなに気持ちが悪いものなのかと再確認したよ」

『私はね、恭輔がだぁいすきなんだ、でもね、出し抜いたら、あの時と同じ、色褪が皆を裏切って出し抜いた時と同じになってしまうんだよねー、いぇーい、マジかんべーん」

「そう?でも、そうか、今日は会えないのか」

『今日はゆっくり寝て、いつもの偽りの自分に戻るんだね、恭輔、そうしたら、いつでも会ってあげるから、ね、いい子だから』

「うん……屈折」

『なぁに?』

「でも寂しいよ」

声だけして、会えないなんて、そんなのは寂しい、苦しいよな、屈折……いつもは呼べば飛びついて来るのに、そんな事もしてくれない、それならまだ声も聞かない方が良かった。

『あ……ご、ごめんね』

どんな時でも自分のペースを崩さずに、しかも腹黒く、中身はどす黒く、性格は最悪の少女、自分の楽しみの為なら命を生み出して弄ぶ事も平然と行う、そこら辺の感覚が壊れてるんだよなこいつ。

でもそんな屈折も俺には嘘はつかないし、悪い事だって俺の為にしている事だって成長した今はちゃんと分かっている、それが誰かを傷つけようが"壊そうが"血の繋がりから強くは言えずに、自然、こんな風に甘え甘やかされて、どうでもいいんだ俺は、屈折がいない、声だけする事が重要、我がままの連鎖。

「いや、俺こそ、まあもう少し火照りが静まったら、会いに来てくれ……遊ぼう、な?」

『う、うん!えへへ』

「こうやって声を聞くと、屈折って、巣食いとも声が似ているな、"救い"もか?」

『前者はそりゃね、私の遺伝子と恭輔の遺伝子で、まあ私たちが両親みたいなもんだからね~、後者のは取りこんだでしょう?それ、失敗だよ、だって女の"救い"なんて開発する気はなかったし、自然発生的に相反して出来たんだから、巣食いの前で体から出さない方がいいよ?拒絶しちゃうかも~、そうやって苦しむ息子も見たいけどねー、嫉妬しちゃうんだ、自分は男で恭輔を愛してるのに、自分の劣化コピーは女で、自然の摂理に逆らってないんだってね、くふふふふ、発狂しちゃえばおもしろいかも♪』

「巣食いは"俺"だぞ?」

『あれ?……ありゃ、取りこんじゃったの?……う、うわぁ、ハテナとサザナミが嫉妬しちゃうぞー、つかねー、それで私が責められたらすごーく面倒』

「んー、なんで責められるんだ?」

『うぅぅ、そうか、そうだった……まあ、オッケー、巣食いの事を可愛がってあげなさいな、ハテナとサザナミには私から伝えといてあげる、そうかー、とうとう私の子供がねぇ』

「んん?」

『嫉妬、子供に嫉妬してんの私、でも、その為に作ったんだから仕方ないよねー、今期の定員がどれだけの人数かはわからないし、そもそも定員なんて無いかもしれない、それでも巣食いがそこに滑り込んだのはとても喜ばしい事だね、それを辿って、ちゃんと時期が来たら私の事もお願いだよ恭輔?』

「お願いされたら頷くしかないな、屈折の頼みだし、うん、いいぞ……巣食いは俺だし、嫉妬する必要はないから、大丈夫だよ屈折」

『ホントはね、巣食いを嫌って嫌って嫌って、気持ちが悪いと思って欲しかったんだよ、そして、やっぱりそのオリジナルの屈折は愛らしいとね、サザナミやハテナも同じ、私を恭輔に見せる時に、見比べて、それでやっぱり私の方が可愛くて優秀で、ずっと一緒にいたいと、そう言って欲しかったんだけど、世界ってのは上手に回らないね、私の視界が狭いのかもね』

「そうなの……か」

別に何かと誰かを比べる権利に疑問を感じた事は無い、けれど、俺と屈折がオリジナルで、サザナミたちがコピーで、それと比べて自分の方が素敵だと思って!そう言う屈折は"ゴミ"にも劣る思考だ、劣悪すぎる、人間を人間とは思っていない、自分の能力で生み出した生き物だから、自分の体を華やかにする為の装飾品程度にしか思ってはいない、けれど。

そこが屈折の俺への愛情なら、どうしようも無い、それは出来ない……そんな風に育てられたから、いや、そんな風に生まれたのかもしれない、俺の様な存在は。

「でも、屈折の事、好きだよ?ハテナやサザナミより好きって言えば、喜んでくれるのか?」

『…………』

「屈折?」

『いやいや、いいよ、今はまだ……私も巣食い相手に嫉妬に狂って全てを壊そうと動くほどに腐っては、それでは色褪と変わらない、じゃあ、私は帰るね、夜更かししないで暖かくして寝るんだよ?』

「うん」

『あと、食べ物は好き嫌いしないで、野菜をしっかり食べてね、風邪には気をつけて、巣食いはああ見えて、家事の類は全部出来るから、しっかり"使う"ように、それこそ永遠にね……あ、えーと、えーと、巣食いは私からのプレゼントだから、巣食いが役に立つなーって感じたら私に感謝すること、いいね?じゃあじゃあ、名残惜しいけど、今日は、またね』

「うん、おやすみ」

『おやすみなさい、愛しい子』

そして消えゆく気配、去ったのだとわかると、すぐに寂しさが……眠いのに、すげぇ疲れているのに、寂しくて眠れないって俺は子供か、幼児か、幼児なのか……周囲に沢山いるからもういいよと、猫はさっきゴロゴロと鳴いていたので、兎に構ってもらおうと、ムニュムニュしている兎こと巣食いのほっぺを、つつく、煩わしそうに赤い瞳が少しだけ開く、俺の顔をみてすぐに優しげに眼を細める、なんか、こーゆー所が屈折に似てるんだよな、俺に似ている部分なんてこんな綺麗な生き物には見つけられないぞ、まあ……全部"俺"だから、そんな思考も思いも無駄なのだけど。

「……ふぁ、きょうすけ?」

舌足らずな、いつもの鋭い印象とは違って歳相応に幼い巣食いの顔、眠たげで幼げで……単純に愛らしい、パジャマが無かったので俺のお古のシャツを、ブカブカの余った部分で涙を拭きながら薄く笑う、白いサラサラした髪を手で遊びながら何でも無いと意識で伝える、ただ、ちょっと寝付けなくて、構ってくれるとありがたいと、それも伝える。

「……でもぉ、おれ、ねむいから、ちゃんと、かまってあげれない……」

「巣食いってねむねむキャラだったのか、思えば引き籠りってとこから……ああ、記憶と気持ちは俺と"同じ"だからわかるけど……実際はこんなに可愛いんだなこいつ、ふむ」

「………すぅ」

「何か無理やりに起こすのも可哀相だなやっぱ、猫は猫で抱きついているし……では、俺は巣食いを抱いて寝るとするか」

「や……った……うれし…」

巣食いをぎゅううううと抱いて眠る、もう朝だけど気にしない、起きたら何をしようか……余裕があれば学校行くかな、久しぶりの学校を楽しもう、でも面倒だったら休もう、起きた時の俺にその選択肢は託す……。



[1513] Re[74]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/03/31 13:07
でふでふでふでふ――子供の声が聞こえる、それは………幼くも感情を感じさせない声、幼くて何よりも知っている声、知っているけど知らなくていい声。

『成程でふ、干渉は出来るでふ、元々、恭輔と自分の身は一つでふ、死んだ身がこんな風に魔王の端末に使われるのは、予定通りでふ』

でふでふ、何だか難しい事を言ってるけど結局はでふでふなそれが一番耳に残る、なんだでふでふって、俺の知らない方言か何かか、いや……ケロケロは理解したけど。

しかしながら、でふでふと鳴く動物なんて俺は知らない、つーか、これは幼児のものだろうに……何となく感覚的に今自分がいる場所が夢の中だとは理解出来る、ここまで意識がはっきりした夢があるのかなんて知らないけど、実際にそう感じるしなぁ、感覚や感性が一番信じるべきもの、夢だと認めて従うだけ。

白い盲目の少女が何もない空間に浮いている、なんとなくわかる、閉じられた瞳を見て、それが開く事はないのだと、開けば終わりだと、白い、なにもかもが白いんだ、それは圧倒的な清潔さの中に蠢く化け物の気配、あり得ない質量のそれが蠢くのがわかる、今までにない感覚に眩暈を、夢の中で眩暈だって、おかしいの。

おかしい、おかしい、でもな、そのおかしい感覚には懐かしさが、この目の前に浮いている幼女に何処か……いつだ?いつだったか?……ずっと、ずっと昔に、昔っていつだ?

『お腹の中にいる時でふ』

「………」

『恭輔はあれでふ、太郎と違って、避けるでふ、危険も、だから……誰よりもこんなに愛しているのに、無視をするでふ、太郎にはあんなに優しいのに、母親たるこの身は無視をするでふ』

「…………」

『無視をして』

「……………」

『こんなに愛しくて、魔王の"器官"の一部になっても、違う世界に来ても愛しいのに、愛しくてお前以外は全て消しても、この世界ごと消しても、なのに』

「………………」

『知らないふりでふ、太郎にだけは優しいのに、横にいるこの体には興味も示さないでふ、あぁ、憎らしい、でもその無意識で無視しようとする心が、さらに、愛おしいでふ』

「…………………」

『生まれる前に、死に別れた姉はどうでもいいと、くす、そんな風に思っているでふか?……でふ、お前の最後はこの身とその後ろにいる魔王を"一つ"にして終わるのにでふ』

「……………………」

『でふでふ』

「………………………」

『そして現実世界の異端を全て取りこんで内包世界の全ても取りこんで、何処に行くでふ?少しだけ心配でふ、太郎が恭輔の足止めになればと思ったでふが、あれも何よりお前を愛しているでふ、片方が"乙女"ならば、性別がそうだったならば、違う未来もあったでふが、今更な問題でふね、でも太郎もお前の全てを愛しているでふから、歯止めが、可哀相な、誰が止めてくれるでふか……もう終わりは無いでふか?』

たろ、たろう、太郎、タロー?いつも笑顔でいつも人を惹きつける、不思議な"家族"………あいつが俺を救う?冗談、あんなにドジな、俺が俺よりドジって思うなんて相当だぞ?そりゃ無理な相談だろう。

だけれど、あいつは求めても、ひらりと雲のように……無理だな、掴めないや、だからこそ、今の関係がいい、家族で友達で、いいだろう、それ以上になにがある、それこそ、最大の禁忌だろう、求めたら、あいつは平気で"俺"になるだろうから、しないだけ、そんなに安い挑発に乗るほどに俺はバカじゃないよ、知らない夢の人、とても、とてつもなく懐かしい人。

『お互いに理解しているくせにでふ、でもまあ、同性ではなく……魂的な意味でふよ?だから片方が女、♀じゃないのが残念でふ、今からこの力で変化させて、結婚でもしてくれたら恭輔もまともになるだろうから、ばんばんざいでふ………救えるのは、恭輔を救えるのはあの無自覚に何でも引き寄せ惹き寄せる太郎ぐらいでふから』

のぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、と叫ぶが届かない、ぜってぇヤダ……俺はモテないからといって、タローにそんな事を求めたりしないっつーの、つかね、いくらなんでも俺にも選択肢があるだろう、選択肢が……逃げようのない選択肢から逃げるのが俺だ、つかあいつも俺も女になんて成り下がりたくないし、成り下がりたくないんだ!しつこいか?

『でもまあ、一度は時期をみて、片方に女になってもらうでふ』

悪夢と悪魔…………最悪の夢だ、おおぅ、後でタローに周りに注意しろと言っておこう、そりゃ好きは好きだけど、幼馴染で家族だから好きなのであって、あのほにゃってした丸っぽい童顔を思い浮かべて、ないわーと呆れる、呆れるし、そんな薄気味の悪い思考へと持っていこうとする目の前の少女にとんでも無い怒りが……ふつふつと、苛立ってますよ。

『そして結婚してらぶらぶして平和に生きて欲しいでふ』

「気持ち悪くて死ぬわ!?」

『一度は試すでふ、許可はいらないでふ、互いに恋人がいようが関係なしにでふ、だって恭輔を救うのは太郎だって確信しているでふから、他の有象無象は一部にされるのがオチでふから、そう、この身ですらでふ、でも、♂どーしだと、ほら、こんな家族関係で、でふ、太郎には彼女すら出来たしでふ』

「より可愛そうじゃね!?」

『ですから、こうやってお勧めしているでふ、一押ししてるでふ、えと、片方が女だったら問題ないでふよね、互いに大事なら、これで解決でふ、渾沌もふもふワンワンが、うん、何か怒って恭輔を噛み殺そうとしたら全力で逃げればいいでふ、それがいいでふ、さあでふ、さあでふ』

「断ります」

『でふ、一番愛している息子と弟が、ん、安泰でふ、でもそれだと気持ち悪くて互いに"嘔吐物"を吐き散らかして汚くて汚くて後片付けが大変でふから、こう、そうでふね、恭輔はあれでふから太郎の性別をこの力でびびびびびーと変換して、はいはい、幸せですよーで終わらせたいでふ』

「断ってるだろ、そして耳が腐りそうだ」

『まあ逃げようとしても次か、次の次の、んーさらに次かも、まあ"数十話先"の新たな章で強制でふから、泣いて笑って日々を過ごして今は忘れるでふ』

「むぅぅぅぅぅ、こんなインパクトあるあれなイベント予告を俺は忘れる事が出来るのか、差異、差異よ助けてくれ……夢見が最悪なんだ、もっとこう、生き別れの姉と"ららららら~~~~"みたいな感じじゃないのか展開的に、うぅぅぅ、怖い、日々も、日々では無い夢の世界も、怖がりな俺には何と生きづらい世界!」

『女の子の太郎は嫌でふ?』

「げばぁ」

『嫌でふ?』

「い、いや、いやいやいやいやいやいや、ちょー嫌!あいつも嫌だろう、俺も嫌だし、つかそりゃ、家族として暮らした思い出から、嫌いとは言えないけど、つか女にするってなに!?」

『いやいやいやいやでふ』

「だ、だって」

『知らない一部に恭輔をやるのは嫌でふ、でふでふ、だから、二番目に愛している太郎を一番大好きな恭輔に、とこの感覚は間違ってないでふ………人間的にどうでふ?』

何処から突っ込めばいいのかわからないが、この無理やりな感じは色褪やタローに通じてる、自分が意識ある全ての生物を魅力でトロトロに溶かす才能があると知っている人間の口調。

トロトロに溶かして、自分の仲間にするんだ……こえぇ、ちょーこえぇぇ、このままでは俺の未来が最悪の方向に進みかねない、色々と言葉を選び回避しようと努力する。

でも相手は鉄壁、おいおいおい、彼女持ちのタローよ、ちょっと、消えろ、何処か別の世界へ……やばいやばい、俺は今までにない恐怖に打ち震えた、お、女にってオカマ的な?

『違うでふ、魔力で強制変換でふ』

「ぶはぁ!?」

『そんな風に嫌そうな感じでも、次の章以降では逃げようがないでふ、結婚しちゃったら、いいのに、いいのにではなく、この力を全力で使う時でふ』

間違った使い方、こんな間違った力の使い方で強固な意志を示すなんてどれだけ歪んでるんだよ、歪んでんのか真っすぐなのか既にわからなくなってきた、早く眼を覚ませ、俺。

タロー、お前の母親、脳みそが腐ってるぞ、腐ってるつーかないんじゃない?……気持ち悪っ!な結婚ルートは勘弁、くそ、差異に呼びかけても何故か反応しない、ここは何だ!?

『くふふふ』

「あ、悪魔」

『んふふふふ』

くっ、言葉で返事しないと丸めこめないじゃないか、卑怯、こんな卑怯さは何となく俺に似ているなと素直に感じた……なんで?俺に似てタローに似て色褪に似てって、それはどんな混沌なんだよ、夢の中でも、それには素直に疑問、でも相手は素直に疑問に答えてくれるような"生物"ではないことはわかりきっている、

幼女が"んふふふふ"って笑うと怖いと今知った、でもそれを口にしない、口にしてもコレは、こいつはそう笑うだろう、人を恐怖に落とす為にあるような存在、違うか、こいつの根底は、根本はあまりに巨大すぎて人間には把握しきれないから……どんな存在か予測も予想も出来ない、存在がでかすぎて感覚が追いつかないのだ。

嫌だなぁ、くそう……このタローの母親、お、俺の……良く思いだせないが、"もーほ"の世界に誘おうとしている、タローお前………女に、うげぇ、この人、こえぇ、なんか沢山悪い事をした罰か!?

『結婚でふ、結婚でふ』

「ううぅううぅうぅぅぅうぅぅぅううううううううう」

取り合えず、タローがもし女にされて目の前に来たら差異とか鋭利でボコボコにするしか……現実が近づく感覚、夢が終わる。

『でふでふ』

最悪の夢だった、悪い事をしてきた俺への罰だろうか。



[1513] Re[75]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/01 12:32
最悪の夢だった気がする、タローの事に関する夢だった気がするが黒い靄の様なものが、ええい、忘れろと自分に念じる。

既に昼過ぎ、なのにベッドの中は変わりなく兎と猫、いや子兎と子猫が丸まっている、どんだけ寝るんだと思ったが差異のように家事つーか仕事を持たないこいつらは俺が遊んでと強請るまで暇であるからして、その時間を睡眠にするのは本人の自由だ、本人つーか"俺の"自由、本体の命令が無い時の行動はなるべくペットは自由な方がいい。


まあ、俺の、本体の精神に干渉されて少しずつ狂っても、俺には何も言えないと自分への逃げ道を……さてさて、寝巻のままで階段を下りる、お腹が減りました、ぐぅぐぅ。


ヒヨコの模様をあしらったエプロンをつけて廊下をぱたぱたと走る差異に会う、おはようと言えばおはようと、朝ごはんか昼ごはんか時間的に微妙だが……ご飯は用意してくれているらしい。

俺が起きるのを"感じて"手早く作ってくれただとか、家事の邪魔をするのもあれなのでお礼を言って去る、むぅ、差異は真面目だな……沙希は、思考、意識して…寝てる、まあ昨日かなり遅くに寝たし……昨日つーか今日……か、寝かせとこう、うむうむ。

椅子に座ってほわーと意味も無くゆったりと、テレビもつけずに、ただ……何せ学校をサボっているからな、怠惰な時間をじっくりと味わいたい、そして暫くそうした後に飯を……相変わらず差異のご飯は美味しい、すこぶる美味しい、焼き魚に味噌汁に漬け物に、細々とした小鉢、うん、うまうま、じっくり味わう……テレビもつけずに飯に集中。

「けぷっ、美味かった」

「ここまで無視されると、清々しさを感じますね」

目の前には鋭利、別に無視していたわけではなく、俺は俺が近くにいても特に反応しないだけで、それを今更に言わなくても、わかるだろうと目配せ、久方ぶりの鋭利はそれにため息。

こいつ………迷子で方向音痴で一匹オオカミ属性の癖に、なんだろうなぁ、でもまあ、そこも愛している部分であると思えば、うん、そうなのだと納得、少し鋭利の顔が赤くなる、うん、今日の俺は鋭利との"融合"具合が中々に、いやいや、みんなも最初から完全に溶けているけど、その日なりの、構ってあげようかな今日は……と思う一部はその日その日でいてもいいのではないかと、そんな思考、そんな壊れ方、朝方は俺の頭の具合もとてもおかしい、とてつもなくおかしい、ご飯は美味しかった、けぷぷっ。

「水色の瞳、水色の長髪、まさに水色革命……」

「は?」

「まさに、まさしく……久しぶりだな鋭利、飯を食ったか、もしゃもしゃ、目の前で食われてて、自分が腹減ってたら切ないよな、悲しいよな、つかちゃんと飯食ってた?」

「あのですね、久しぶりに再会、まあ、ずっと繋がってはいますが、でもこうやって会うのは久しぶりでしょう、その相手にご飯の話題ばかりとは」

「ご飯は大事だろう」

「それはそうですけど、それとこれとでは話が違います、むしろ、朝からそんなにガツガツと食べて、それに見合った有意義のある一日に出来るのですか?」

それには驚く、成程、しっかり食べる人間はしっかりとそれに見合うだけの日々を過ごさないといけないのか……そりゃそうだ、人より多くの命を自分に取りこんでいるんだから。

だったらテレビに出るような大食いのタレントはすげー何かの為に人の為に地球の為に生活しているわけだ、こう、すげぇや、正義のヒーローみたいな活躍をしていないとおかしいもんな……うん、鋭利の言葉は時折、何だかいやぁな所を指摘して来るな、そこは差異と同じだが、差異はなんとなくしっかりとした自分の意見の様な気がする、鋭利のはやや俗物的……でも二人みたいに独特の視点を持たない俺には無理、それにこいつらが俺の"視点"なのだし、それでいいじゃない、本体の自分を下に下に考えるのはある意味とても楽しいです。

「鋭利、鬼島の制服は?」

「ああ、目立ちますから、差異たちと同じように普段は私服にしようかと」

今日の鋭利の服装は女性用の作務衣……いやいや、あるのは知っていたが実際に着る人いたんだ………なんか鋭利のイメージと違う、違うけど器用な鋭利のイメージに、合う……合わない事もないのか、長い青髪がさらさらと光沢のあるそれに流れる。

「ちゃんとしたやつじゃない?ポリエステル?」

「そ、です……良く"そんなに"話しかけてきますね」

そうです、ではなく"そ、です"こーゆー所が孤立してるつーか、俺の他の一部と違って、何せ片手には文庫本、俺の相手なんか片手間に、すげー態度、いや、いいけど。

鋭利に求めているのは他の部分と同じではないし、それはそうだろう……みんなにそれぞれ求めるべきものがあるんだ、俺はバカか……朝はどうも頭の具合が悪いなぁ。

「何処行ってたんだ?」

「わかるでしょう、わかるのに言葉で聞いてくるのは止めた方がいいですよ、非効率です…………そんな顔をしても差異のように甘やかしませんよ」

「自分なのに」

「自分だからこそです、恭輔、ほら、顔に食べカスが」

本を読んでいるのに良くわかるな……顔を拭かれながら、これは甘やかしと違うのかと、まあ鋭利の個性だよなこれ、なんだかんだで自分に甘く他人に厳しい、俺は自分だし。

しかしながら、家出娘の帰還だというのに、こうも素っ気ないか、今日は抱き枕になるとは知らずに……そんな態度でいるなんて、可哀相な奴、でも言わないし思考も流さないし。

「しかしながら、恭輔、しばらく見ない間に、おもしろおかしいメンバーが………ここまで悪食だとは……なに、見てるんですか?」

「鋭利は美人だなと、中学生ぐらい?」

「思考を読めと」

「むぅ……中学一年、いちねーん、俺の中の一部では無茶苦茶年上だな、年上……それも個性か、帰って来ないのも個性だったのに、帰って来てその個性を失ったから、その一点しか武器が無い鋭利、むぅ」

「……ぶん殴られたいのですか?」

本当にイラッてしたと感情がびんびんと伝わって来る、そうなのです、鋭利はすぐに頭に血がのぼるのです、そして弱者や愚者は大嫌い、俺が他人だったらすげー嫌うだろうなー。

俺でよかった、俺が"俺"で鋭利(俺)が俺じゃなかったら殺されてるかもなぁ、こわいこわい、でもその怖い所が大好き、懐いて媚びる一部の癖に、それを出さないのが好き、無理やり出させた時はそれはそれで愛らしいのだけれど、つか……これだけ俺が思っているのに本から眼をはなさないお前って…むぅぅう、読み取っているだろう俺の感情や思考、でも無視。

「……今度はなんです?」

「そこまで無視されると嫌だなぁって思っただけで他意はないよ、鋭利……鋭利、俺の鋭利」

「はいはい」

また本から眼を、むぅ、なかなかに意地の悪い奴、俺の一部にしておくには……勿体ないと思えるぐらいに、でも俺、俺なのだし、そんな優秀な自分にクズな俺は愛して欲しいので、愛して愛してと、でも、愛していると鋭利からは伝わるが態度では示さない、もっと俺に対して自己愛を見せてくれてもいい様な気がする。

「そんなの確認するまでも無く、ですよ」

「ええー、口で伝えるのが俺の趣味つーか好きな事だと知っているのに、そんな対応か!あれか、家出してさらに意地悪に、ああ家出じゃなくて、迷子か…差異の思考をたまに流してやるから道順を、それを読み取って行動しなさい、差異はここらの道全部暗記しているから、賢い子だから、お前と違って」

「くっ」

「別に意地悪されたから意地悪しようとかそんな事は考えてはいないけど、なんとなく、自分の感情がわからない時は俺にもあるからな、あっ、食器片付けないと」

立ちあがって食器を台所に、鋭利はワナワナと震えている、微かに膨らんだ胸もふるふる、俺の一部では珍しい、大変に珍しい………そんな思考も読み取られて、まあ、俺だしいいか。

「鋭利は可愛いな」

食器を水に浸して、あとは差異にお任せと戻って……また鋭利に向かい合って呟く
、またかと、放置しておいてくださいと思考が流れてくるが無視して、可愛いと心の中でも呟く。

つまりは言葉と思考のダブル攻撃、鋭利はぷるぷるぷる、思えば他の一部の様に鋭利に絡んだ事は無かったので巣食いにしてあげるような優しい扱い方をしてみる、だって久しぶりだし、今日は抱き枕だし……弱者を虐めるのが大好きで強者からは逃げて、自分と自分の楽しみを最優先する鋭利は、つまりは、どんな態度でいようが"俺"を一番に愛し優先するから、この反応は仕方ない、面白い、心が震える……最悪の夢を忘れようと必死だな俺、そりゃ必死になるだろう俺………えっと、えっと、あれはすげー後の未来だから気にするな、気にしたら負けだぞ俺、早まったら吐血して死ぬ。

「鋭利ったら、そんな本より俺を見ろよ、俺とこうやって……肉体的には久しぶりだろ、精神ではあれだけど、なのにその態度は流石につれないぞー」

「……うっさいです」

「よし、一緒に出かけよう」

「……この人は」

呆れた、心底に、自分に呆れるなんておもしろおかしい奴め……よしよし、今日は鋭利で遊ぶとしようか。

「う、嬉しいと思うように私の精神を誘導しないでください!」

だって、鋭利がふにゃって笑うのが見たいんだ俺。

俺への愛情を態度で示しように微妙に調整してやると、抱きついてくるんだこの生き物は、笑う、笑う俺。



[1513] Re[76]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/02 22:52
差異にちょっと出掛けて来ると思考を流すと、驚いた感じの感情が…『学校を休んで、学園の関係者に見つかれば問題じゃないのか?』

そんな思考に、まあ、どうでもいいと受け答え、本当は言葉も精神のやり取りもいらなく、情報は伝わっているだろうけど、つい、こんなやりとりを好むのは俺が俺だから、ついでに買い物も頼まれた、しっかりしているぞ、しっかりしているぞ差異。

鋭利は鋭利で何だかなぁと、他の一部たちはみんなスヤスヤと気持ち良さそうな波が伝わって来る、こっちも自然眠気に……欠伸を噛み殺しながら道を歩く、空は蒼く高い、買い物帰りのおばさま方、フリーター風の若者、下校する小学生たち、それらを横目に歩く、俺と鋭利はどんな風に見えるんだろうと、そんな事を考えて少し笑う、他者の眼から自分がどう見えるかなんて考えても意味が無い事。

俺の見ているものは、どれもこれもいい加減な世界で、自分が見て脳で処理しているものを信用は出来ない、あれだなぁ、鋭利の視界を一瞬奪って"見る"が、俺より視線が下なだけで、そこまでの変化は望めなかった……作務衣姿の鋭利は目立つなぁ……そんな風に思うと、向こうは向こうで"好きなのですよ"と素っ気ない返事、この素っ気なさが鋭利の持ち味。

「なんですか?」

「俺が来いって意識して、一緒にいるのにその素っ気無さ、手でも繋ぐか?」

「冗談」

ほら、素っ気ない、だとしても俺は俺のやりたいように"俺"を行使するので鋭利の手に手を重ねる、握る……綺麗に切り揃えられた爪と柔らかな肌、俺の一部。

こうしていると俺と"俺"でも兄妹にでも見られるのかな、鋭利の思考を読み取ってそれが常識的な、一般的な人間の感覚だとわかり、笑う、成程、これが"冗談"か。

そんな俺の行動に鋭利は何も言わずに"空の青さについて考えていた"……手を繋いでいるので自分は周囲に気を使わないでいいと、呑気に空を見つめてそんな事を考えている。

青か…青繋がりなのかと、お前の髪と眼と同じ色だもの、青は俺にとっての狂気の色、赤でも無く黒でも無く、全てが青の世界の方が最も恐ろしいと思う、昔からの感覚。

なので鋭利は差異より弱かろうが沙希より弱かろうが、俺の為に狂ってもらおう、狂気、それを試したいのだけれど、鋭利の鋭利たる奔放さを壊したくないので微調整、微調整で。

壊れたら、また俺の体に入れて、ピカピカにすればいいのだから、危ういな、天気のいい日は……空が青いとすぐに壊すとか破滅とかそんなものが頭の中に飛び交います、ぶーん。

「近々、派手に愛情爆発で狂ってもらうから」

「……なんて予定の入れ方をするんですか」

「なにせ、ほら、空も青くて鋭利も青くて、なんだろう……精神が"ふれる"と言うかなぁ、そんな鋭利も見てみたいんだ、猫のように気まぐれのままでもいいけど、俺の為だけに」

「貴方そのものの私に何を言うのですか、恭輔、貴方は少し余裕を持った方がいいですよ?」

「何に?」

「人生にですよ、私を狂わせるのも貴方が望むのなら喜びましょう、ですがそうやって常に何かをやっておかないと、と焦るのはあまり良い事では無いです」

年下の癖に妙に予感めいた事を言うな、しかし俺でありながら本体の俺より確実に色々な修羅場をくぐり抜けているであろう鋭利の言葉に成程と頷く、何も否定や肯定だけが人生じゃないのだ。

焦り……焦っているのか俺は、学校を休んで呑気に買い物に出かけている俺の何処が焦っているのか微妙にわからないが、微妙は微妙なので受け流すとしよう、それがいい。

「焦って怖がって逃げて、でも最後は綺麗なものを我が身にするのなら、さて、恭輔って存在は?」

「鋭利とか」

「それは……」

「鋭利とか差異とか沙希とか汪去とか巣食いとかコウとか死四とかサンサン死とか死ニィ石とか死の祝とかモザイク達とか救いとか恭とか」

「それが貴方ですか?」

「うん、つーかそれ全部で俺だろう、俺つーか、客観的にそれで恭輔なわけで、それ以外の俺は何処にあるのか聞かれてもわからないよ、なんだそりゃ」

「それは、哀れですね」

「哀れ?」

「自分の居場所が無いじゃないですか、恭輔」

何を言っているのだろう、俺はお前で、お前たちがいるから俺なのに……頭の良い鋭利の言葉は……読み取りもせず、聞き流し、心も繋がず、俺は口を閉じる、何も言わない。

学校帰りの子供たちが俺と鋭利の方を不思議そうに見ながら去って行く、ああ、目立つか……鋭利の容姿は鋭くも美しい、容易に触れれば血を見る、そんな雰囲気がある、本人も性格は悪いし。

そんな少女と手をつないで歩いている愚鈍そうな男、つまり俺に違和感を持っているのだろう、当然、持てばいい、持って当然……そんな風に思いながら歩く。

「恭輔のように何かに怯えている人間は見る人間を不安にさせます、先程すれ違った少女たちの様に」

わかっているよ、そう言えなかった。




買い物をして、荷物を全部俺に持たすと鋭利はさっさと家に帰って行った、思考を読めば見たいバラエティーがあるとかなんとか、頭の触角で受信なさい、びび。

放置された身としては辛い辛い、でもこれが今日の晩御飯になるのであれば!でも重い、こう、中途半端に重いっ、ぱんぱんに食材の詰まったビニール袋を持ちながら、外はやや暗め。

夜が近づく気配、なんとなく学校帰りの生徒に会いたくない、つーか、俺の学校の生徒と会う可能性もあるので、裏道を……差異の記憶から読み取って歩く、凄いぞ差異、便利な差異。

人の眼が無くなった瞬間に右肩がめきょっと、このままではまた服が台無しにと、恐れ恐れて……肩を出す、小さな顔、死ニィ石が眼をぱちくりぱちくり、おぉ、寝てて良い、つか寝ろよな。

『ノロウっ!』

「一番厄介な子だよ、いや、まあ……どうせ、財布の小銭か」

死ニィ石は何故か小銭が大好き、一円だろうが十円だろうが、自分のものにしようといつも俺の中から俺を見ている、つまりは俺が俺を見ているわけだな、なんだそれ。

むぅぅ、だけれども甘やかすのはどうなんだろう、確かに今買い物をして小銭がそこそこに、財布もパンパンではないがちょい嫌な感じ、早めに小銭を使いたいと思いました、が!

「し、しょうがないな、ほら」

『ノロウノロウッ!』

眼をキラキラとさせて玩具を貰った子供の、って子供か、幼児か……まあいい、小さな小さなぷにぷにした手の平にレシートごと小銭を……ぽい、レシートを捨てようとしたのですぐに止める、おぉ、ポイ捨ては駄目な事なの!思考を流すと、"うんわかった"的なノロウの一声、元気、元気なのはいいことだ、それが俺でも変わりは無い。

耳をハムハムされながら、これは動物的な愛情表現だなと笑う、小銭を持たせたまま小さな頭を掴んで首に押し込む、金色の瞳がもっと外にいたいと強請るが人に見られたら説明が……したくないし、ややこしいし、面倒は嫌いです、なんだか気を使ってくれたのか能力の無限白呪を使って俺の身体能力を、自分の白肌に『有り得ない怪力、ノロウ』と歌が刻まれる、法則作用で万能能力、Fシリーズのみんなの能力はすげーやと、ちなみに強化されたら荷物が荷物と感じれない程に軽く、ちょい怖い、ズブズブ、まだ沈んでます首に。

白肌に刻んだ文字による作用で何でも叶えれるだなんて、ちょっとなぁ、むぅぅぅううう、まあ限界あるけど、でもこの怪力にしても人前では使えないだろう、使っては駄目だと自分に強く、おおぅ、そういえば……壊さない様に壊さない様に、携帯電話を取りだしてタローにメールを、こう、こいつのせいじゃね?悪夢の理由こいつのせいじゃね?何度でも言うけどこいつのせいだよ。

怒りで異常に強化された力で携帯を、危ない危ない、メールをぱっぱっぱーっと、これ打つ擬音じゃないな……まあいいや、まあいいさ……で『お前、女になるな、シネ』なんてわかりやすいメール、つかねぇ、悪夢の内容は思い出せないのに、こう、このメールを送らないと駄目な気がする、何せ!俺の人生が……なんだったっけ、嫁とか結婚とか、気持ちの悪い性転換とか、そんな感じの夢、え、わかってるって?わかってないよ、わかってないよ……俺、わかったら気持ち悪くて嘔吐して吐血して死にます、そりゃ死ぬだろうよ。

お嫁さんは"普通の女の子"で普通に恋愛したいとか願う、願うのだが……なんだかがっしりとした黒い縄でタローと繋がれた気分、赤く、赤くないんだよ!真っ黒なんだよ!おおぅ!

『んー』……そんなメールがタローから来た、そんだけ、内容そんだけだ、どんだけ!?……つまりはどーゆー事なんだッ?この短い文字に含まれた意図を読み取れと?買い物帰りの学校サボった俺に読み取れと?クズは頭もクズだから無理、しかもシネに対してなんの反論も無いのが逆に怖い、も、もう一度同じ内容のメールを送る……歩きながらメールを待つ、つかねぇ、差異ってどうしてここまで細く入り組んだ道を全部覚えられるんだ、地元の人間でもややうんざりするぞ。

「むぅぅ」

『よくわからないけど、俺が女になるのかー?』……あーだから二回送ったじゃないか、メールで!どうしてこう頭がゆるい、しかも内容のあるメールじゃない、だって疑問系、何せ疑問系……俺が逆に疑問で返したいよ。

「とにかく、女になれば、俺と結婚おぇぇする羽目に運命的に流されるおえぇぇと送ろう」

送る、歩く、すげー人間らしい、現代の人間らしいぞ俺……暫く待つ、これで何も返ってこなかったらすげー怖いなぁ、怖すぎて死んじゃう、俺は脆く弱い生き物なのです。

しかし、住宅街の裏道がここまで入り組んで薄汚れて暗いってどーよ、絶対に夜中に痴漢とか出る、でも差異の思考から差異は夜でも平気でこの道で買い物に、強い幼児だ、俺だけど俺は見習います。

幼児を見習う自分の精神の幼さに絶望しつつ、身体能力が強化されているので荷物の重みも無く普通の散歩気分で道を歩く、あんまりこの力、ん、癖になったら駄目だな、どうも自分は普通のままで普通にいたいらしい、普通が一番だ、普通で凡人で"優秀で綺麗なもの"に囲まれてそれを愛でて自分駄目だなと落ち込む、それでいい、それ以外はいらない、見たくも無い。

『いいよ』……届いたメールを見て絶望、なんだこれ……どーゆー意味だ、あのほにゃって笑う、ゆるゆるで天然で動物に愛される幼馴染を思う、思って眩暈ッ、あー、眩暈、眩暈。

いいよって、どんな対応だよ、どんなリアクションだよ、予想の上の上の上、むしろ餓え……普通の反応に餓えてますよ俺、これがタローなのか、これこそがタローなのか!

つかあいつ一般常識が皆無だから、同性でうえぇぇえええって普通に、いや、無いな、あいつは女の子が好きだ、本人も言っている、俺だけがあいつの中で特別なのか異端なのかうえええええええええなのか、うええええええええええ過ぎて吐きそう、あいつもそうだと思うがいいよって、誰かに脅されているのか、くっ、あいつの状況がわからなくてメールの内容もわからないから何もかもがわからないぜ、つか結婚、もう同性どーこーよりしたくねぇーから!学生だからうぇええええええええ。

「はぁはぁ、今、俺は人生が決まろうとしているのか?女の子と付き合った事も無いのに悪い夢のせいで?嘘だろう……嘘、嘘じゃないとやだっ!」

危ない人になっている、ぶつぶつと呟きながら暗い道を歩く男、学校サボって俺は何をしているんだ、家に帰ったら差異を抱きしめよう、そして落ち着こう、頼みます差異。

差異のあの私に任せろな態度は素晴らしいです、頼りになります、むしろお前が本体?てな具合に、なんて男らしいんだ差異、記憶を辿れば鬼島で後輩にきゃーきゃー言われてたらしいし、あの容姿で、あの能力、おおぅ、羨ましい、きゃーきゃー言われたい、タローと結婚したくない、い、生きたい、やばい、混乱して来た。

「でもまあ、一生混乱しているようなもんだな俺、こうやって下らない人生で下らない事で苦しむのも、俺らしいか」

取り合えず、タローは放置だ、もうその場面になったらそーしよー、どーしよー?未来の自分よ苦しめ、俺はそれまで楽しく生きる、刹那的に生きる、でも長生きはしたいです。

でもタローに返信していないのにまたメールが、ややうんざりしつつ見てみると、『かーさんがしたいって言うから、あきらめろー、ろー、ろぅ?』不可思議すぎるわ!

閉じる、くそっ、いつなんだ、いきなり来襲するのかタロー、それとももう女なのか、何か知らんが不思議な力で、こう、夢の内容は不明だが運命の強制力でー!やだ、やだもん、ぐは。

でもタローに言われたら従うかもな、自分が、怖い、あいつの魔力のような魅力と言うか、何と言うか、恐ろしいものがあるからなぁ……こっちが先んじて手を打つか?

タロー、ほんわか笑顔のタロー、ほにゃーてしたタロー、うぇぇて暑い日は唸り、うみぃぃぃと寒い日は唸る童顔の幼馴染、黒眼、黒髪、丸っぽい輪郭、子供ッ!

「生きるってのは辛いなぁ」

辛いって、タローとの記憶はバカな付き合いの歴史で、俺が育ての親に育てられあっちこっちあっちこっち、思えばあの時の記憶は無駄に長く無駄に濃い、何か知らんが『君は特別だから、時間の流れが遅いこの空間やあっちの世界でしっかりと育てないとね、色んな存在に育てられなさい、何でも自分にしちゃうから、教育しますよ』と、そんな事を言われた、誰だったっけ、思いだせない、思いだせない事が沢山だな俺。

ちょっとだけ漫画の主人公見たいと、こんな愚図な主人公いるわけがないか、結婚問題にここまで苦しめられる主人公なんて見たくない、あー、お見合いしていた頃が懐かしい、うぅぅぅ。

カタッ、音、自分以外の音、タローが女で嫁になったとしての生活を想像してうぇぇええええって、どこで暮らすよとか暗く暗く自分の内に問いかけていたらその音が耳に、耳に入る。

体が震える、例えそれがどんな存在であれ自分以外の人間にこんな薄暗く人気の無い場所で遭遇したら怖いだろう、だけれど今の俺にとっては結婚問題の方が百倍怖い、だから平気だ。

またメールが来る、『おんななったらけっこんしよー』はい、告白、こ、ぐえぇええええええええええええええええええ、ぐぇぇええええええ、意味は無い、叫び、心の。

全部ひらがなって事は急いで返信、えっ、結婚……うぇ、うえ、く、なんだ、この感じ、こんな感じは味わった事が無いので、空を、ああ、あんま空が見えない、こんな所では。

後ろから誰かが歩いてくる、でも俺も唸りながら歩いているので、無駄だ、無駄です、何が無駄なのかさっぱりわからないけど、愛の告白メールに俺の思考は爆発寸前、つか爆破済み。

あの異常な生き物には"にぱーっ"な笑顔とよくわからんカリスマで自分にぞっこんにするタローが俺に本気でかかってきたら生理的嫌悪で打ち勝てるのか、あいつが女に、より怖い。

そんな現実に戦える程に俺の心は強くは無い、むしろ弱い、いつも弱いしいつまでも弱いし、と、とにかくだ、返事を、返事をだ……こ、断るのか、いや、断るだろう、でもあいつがこんな感じになっている時は本気で、そんな風にしたら傷つくんじゃないか、傷つけたくは無いんだよ俺、あいつ好きだし、好きってそーゆー意味じゃないよ!

あいつ犬飼っているんだっけそーいえば……犬、犬は好きだ、いやあいつの付属で誤魔化そうとするな、付属特典で自分を誤魔化すなよ俺、こ、こんな時はどーすればいいのか、わからない、あいつは嫌いじゃないけどこんな展開になるとは、つか不思議な力で女にってどーゆー意味だよ!

誰か助けてー、誰も助けてはくれない、何せこれは俺の問題だから。

「でも、でも、でも、お、女になれば、こう、つかあいつの覚悟は何処から、覚悟をそこまで出されたら、俺も覚悟でいくしかないのかっ、決めるしかないのか覚悟っ!」

どうせ女性と付き合えるような人生じゃないし、D級だし、つかみんなのモルモットだし、あーもういいかな、あいつだと気軽だし……気軽以外のなにものでもないし、そーゆー関係にならなければいいだけだし、いいんじゃないかな、決めちゃえば、つか面倒になってきた、考えるのが嫌いな俺にはこの問題は辛いのです、何もかもの思考を停止させて、気持ちに問いかけよう。

いいじゃないか、今すぐじゃないし、つかこんな烙印がある限り、うん、『うん』はい返信、どうでもいいんだよ俺は、シネ、シネ、シネ俺……こんな人生なんてあるのかないのか、あはははは。

「で、後ろの人は誰ですか?」

何か知らないがお嫁さんおえぇぇええええええが決まれば、恐怖が、問いかける。

『江島恭輔』

知らない声、少女の声、そして錆の、血のにおい。



[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来編)01『日常』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/03 14:22
お仕事だ。

夜のまだらな世界を走る――”まだら”とは人工の光と自然の闇の交わりなのだ。

化け物と化け物が交わって生まれた半端な生き物の自分には相応しい世界だと苦笑する。

声が聞こえる、この世で最も大切で、だからこそ、絶対の力を持って自分に聞こえる、オレだけの。

誰にも渡さない、オレだけの声……それは、ややヒステリックな色を持って響き渡った。

「はやっ!速い速い速い速い速いッッ!ルイルイッ!」

オレの名前を必死に呼ぶその声は、焦りと、苛立ちと、戸惑いに彩られている、ついでに…停止をも呼びかけている。

ここで止まれば今回のターゲットを見失ってしまう、監視と尾行に費やした数時間がパーッになってしまう。

どうしたものかと思案しつつ、足は止めない、流れ行く景色はビルの灰色と正面に見えるターゲットの黒い影。

中々に興味の持てない光景だ、それならば、と愛しい声に足を止める――まあ、臭いは覚えた、追跡なら何時でも出来る。

それよりも今は、この声の主の怒りを静めるほうが先決だ。

トンッ、人間の限界を超えた速度で走っていた割に、停止は軽やかだった、まるで地に降り立つ猫のようなしなやかさで停止する。

どうやら……人気の無い公園らしい、ついさっきまで街中を疾走していたというのに、我ながらその無意識さと身体能力に呆れてしまう。

肝心の待ち人がかなり離れた位置に見える……ヨタヨタと息切れしながら走って来るさまは悲哀すら感じる、ターゲットは当の昔に闇夜に消えた。

暫しの休憩。

「遅いぞ恭輔、モタモタしている内に逃げちゃったぞ」

まるでボロ雑巾の如く、すっかり崩れてしまった髪形にシワシワのジャンパー、色あせたジーンズ、陸に上がった魚の如く荒い呼吸。

普段は物静かで底の見えない漆黒の瞳が恨めしそうにこちらを睨み付けてくる、息が整うまで時間はありそうだ、言い訳を考えよう。

またの休憩、その間も恭輔の瞳は無言の圧力を持って此方に怒りをぶつけてくる。

「ッ、ハァハァ」

「無理して喋るんじゃねー、オレは逃げねーよ」

膝をついて荒い呼吸を繰り返す恭輔の背中を擦ってやる、流石にこんな姿を見ると罪悪感が湧いてくる。

何とも言えない時間が続く、街灯に群がる蛾が燃え尽きて落ちる、そんな光景を見つめていると途端に頭を軽く小突かれた。

「ハァ、お前なー……今回はターゲットの臭いと姿を覚えるだけって説明しただろう?何で追いかけるんだよ」

すっかり回復しらしい恭輔は膝についた砂を叩きながら立ち上がる、自分もそれに倣って立ち上がり、恭輔の瞳を見つめる。

オレはこの瞳が大好きだ、底の知れないソレは闇夜にも通じるものがある、いつ見ても、ゾクゾクと込み上げるものがある。

独占欲、ソレよりも簡単に言えば、眼の前のそいつ、恭輔に対しての強烈な依存とも言える。

「後、女の子なんだから口調はもっとなぁ」

「んだよ、だって向こうから仕掛けて来たんだぞ」

今回のターゲット"も"オカルトアイテムを悪用した一般人、つまりは過ぎた力に酔いしれたバカ、と言う事になる。

オカルトアイテムと言っても自称霊媒師や霊能力者が売りつけるような詐欺紛いのものではなく、使い方によっては人を何人も殺せるような代物だ。

胡散臭いし、有り得ないし、阿呆っぽいけど、これもオレ達の仕事の一つだ、実際問題として実はオレもかなり胡散臭い生き物なんだけど。

人間じゃないってのは、”人間”からしたらかなり胡散臭いんだろう?

「それでも、情報がないと怖いだろ、覇穏(はよん)が言ってただろ?」

覇穏は同僚かつ同棲者だ、と言っても『ニコニコ探偵事務所』のメンバーはみんな同じアパートに住んでいる。

恭輔を除いてみんな化け物だ、化け物の中で生活している恭輔は一般人なのに社長だ、一番偉くて一番ヘボイけど。

一番大切。

「はー、アイツの話はすんな」

「……いやいやいや」

「今はオレといるんだ、オレの事を考えろ」

昔、もうかなり昔の話だけど、事務所を立ち上げる前だからかなり前だ、今は三十歳近い恭輔がまだ十代の後半で。

そんでもってオレが卵から孵化した直後……あの狭い部屋で二人だけで過ごしていた、正しくは一人と一匹か?

あの時はいつもオレを見てくれてオレを最優先してくれたのに、オレじゃない"もの"に瞳を向ける恭輔がいる。

元来、西洋の竜種はあまり群れを作らず単体で巣穴に篭る場合が多い、同じく西洋の吸血種は下僕は作っても同じ始祖同士で生活することは無い。

その"雑ざりもの"の有り得ない化け物である自分も本来はプライドが高く、他者を寄せ付けないはずらしいのだが、育ての父は別だった。

逆にその視線や思考を独占したいが為に、今もこうして言葉を紡いでいる。

「コラコラ、そんなに覇穏を邪険にしない」

今度は優しく頭を撫でられる、そのまま歩き出した恭輔の後を慌てて追う、ターゲットが逃げた方向とは逆だ。

もう今日の仕事は終わりって事かな?……久しぶりの二人きりだったのでもう少し道草をしたい気分だ。

空には爛々と輝く赤い月………この血の騒ぎは先ほどまで獲物を追っていたからなのか、吸血種の高揚なのか竜種の本能なのか単に恭輔といるからなのかはわからない。

古びたレンガの地面を蹴る、すぐに恭輔の横に並ぶ、我ながら親を追いかけるヒヨコのように盲目である、可愛く思え恭輔。

「今日はもういのか?捕まえなくてもいいのか?帰るのか?飯食べて帰るか?」

「質問多い…今日はもういい、捕まえるのは明日、帰ります、ちなみに飯食ってからな」

恭輔はオレより頭一つ身長が高い……なので横に並ぶと視線を合わせるのに苦労する、その瞳が好きなのに上手く見れなくて苛立つ。

そんなオレの思い等知る事もなく、知っていたとしても気にもかけないであろう恭輔は律儀に全ての質問に答えてくれる、そーか、終わりか。

ターゲットが思った以上に抵抗したので、少し面白くなってしまったのが今回の反省点だ、殺したらダメってが難しい。

「じゃあさ、じゃあさ」

「臭いを覚えただろう、ターゲットのアジトに明日乗り込んで、厄介なアイテムを回収して」

「じゃなくて、何食って帰るのか聞いてんのっ!」

こちらの意図を理解しない恭輔、もう仕事は終わったって言ったのに、仕事の話を引きずるのは娘としてはつまらない。

これからは家族の時間だと訴える……眼を瞬かせた恭輔は呆れたようにため息を吐く。

「まわりには悪いけど、あいつがいないと選択肢広がるよな」

「だろ?肉が食えないってありえねぇ、オレがあいつの体質だったら間違いなく餓死してるぞ」

「なー」

まだ街は眠りについていない、この街の人間はみんな"おかしい"、、、純粋な人間が半分、オレのような化け物が半分。

そんな名無しの街だ、名前はあるだろうけど気にもならない、街として機能してればそれでみんな満足なんだろう。

実際、オレがターゲットを追って高速で移動してたときも、気にも留めない連中が大半だ…その後ろをヨレヨレになって走ってた恭輔には視線が集中してたけど。

オレたち、ニコニコ探偵事務所はこの『名無しの街』では割と有名だったりする、どーゆー意味で有名なのかは考えたくないけどな。

幻想、異端、人間、その他もろもろ、ごった煮の街で、オレたちは探偵とは名ばかりの厄介ごとの解決屋として生きてる。

「女の子が肉、肉、肉、ってのも凄いと思うけど、まあ、竜種と吸血種のハーフなら、そんな血生臭い思考になるのかなー」

「血を吸ったら恭輔怒るじゃん、この街にいる奴らも、あれだろ、人工血液ってゲロまずいの飲んでるらしいじゃん」

「問題を起こさないってのがこの街で暮らす条件だしな……ほら、ちょい止まれ」

腕を掴まれる、っと、勢いで転びそうになる、それをなんでもないようにもう片方の手で支える恭輔。

どうしたんだろう、雑多に店が立ち並び蛍光色が眼に痛い、この街は色々な種族の為に色々な飲食店が色々とある――カオスだ。

その一つの喫茶店?…と思わしきガラス張りの店の前で足を止めたわけで、肉が食べたいのに、喫茶店は無いだろう。

「何考えてるのか知らないけど、ここに入るわけじゃないぞ、ほらぁ、髪が乱れてる」

手櫛で手早く乱れた髪を直してくれる、少し幸せ、恭輔はいつもこうだ、オレの本来の姿が巨大なトカゲと蝙蝠のキメラだとしても。

いつもいつも……飽きもせずに人間の女として扱う、人間ゴッコに付き合ってくれる、あまりに"優しい"から、恐らく一生手放すのは無理だ。

誰にも毛頭渡す気はないけど、猿臭い人間にも、トカゲ臭い竜にも、血生臭い鬼にも、これは誰にも、渡さないと誓った。

ガラスに映る自分の姿もすっかり人間らしい様になってる、『恭輔お手製ルイルイ成長アルバム』のまだ人型になれなかった幼体の頃の写真を思い浮かべる。

まんま化け物、大型犬ぐらいのサイズのトカゲと蝙蝠を適当に混ぜ合わせたかのような醜悪な化け物。

そんな化け物を卵のときから今に至るまで育てて、かつ、化け物が最も化け物らしい姿の時の写真を記念に撮ってるのだから恭輔もかなり良い性格をしている。

「あんがと」

「お前、見た目はすげぇお嬢様なのに、その男勝りの口調がアレだ、台無しだぞ」

「うるへー」

深紅の瞳は人外の印、生意気そうに吊り上った両眼、爬虫類の瞳孔の縦長のソレも人外の印、嫌いだ。

両端で括った髪の色、金色のそいつは人の色、でも、有り得ないほどに輝き艶のあるソレも人の社会では拝めないもの、嫌いだ。

相手から血を摂取するための牙は鋭利、嫌いだ、肌はまるで透けるように青白い、魍魎の類を思わせるそいつも嫌いだ。

低い身長、大好きな恭輔の瞳と眼を合わせることもままならない、特に不満で、嫌いな部分だ。

この華奢な外見では敵に対する威嚇もままならない、嫌い尽くしの人の形をオレはしている、人間の少女に"似せて"いる癖に…肝心な所でミスをしている。

でも恭輔はこの姿に不満は無いらしいので、それだけが救いだ……もっとうまく人に近づきたいと思う時も、正直ある。

「俺の口調ばっか真似してるからだぞーー?まわりのように綺麗な言葉使いをしたら、もっとこう、良い話もあるだろうに」

「いいの、恭輔いるし、他はいらん」

「……育て方間違ったかな……まわりはちゃんと礼儀正しく可愛く育ってくれたのに」

「まわりはオスだぞ、オレはそれもそれでどうかと思うわ、しかもあいつ、今も恭輔と風呂に入るじゃん…男同士とかなんとかで、ひきょーだ」

「お前だって無理やり入ってくるじゃないか、まわりは俺の背中を流してくれるんだぞ?なんて親孝行な奴、愛い奴」

何でまわりばかり褒めるんだ、姉弟同様に育ったあいつに嫉妬する、恭輔は基本的にオレとまわりを平等に…と思う。

でも褒められてるのはあいつの方が多いのは確実だ、まわりは男にするのが勿体無いぐらいの容姿と男なのが疑問なぐらい家庭的技量に溢れている。

オレがあいつに勝てるといったら戦闘と肉を食べれる、の二点ぐらいだろう、本当に可愛げのない奴だ。

「オレだってそのくらい出来る」

息を吐き出す、まだ少し肌寒い今の季節は吐く息も白い、竜の息吹だなと恭輔は面白そうに笑う、何が面白いんだ。

「はは、お前がすると背中の皮が全部剥けちまうわ」

悪気の無いその言葉にざわめきを覚える、悪気が無いだけに、それは本心なんだろう、そんなに強く擦るわけないっ!

世界で一番大事なものを粗末に扱うほど、オレはおバカさんではない……竜は上位種は叡智を誇るし、吸血鬼だって紳士的な印象が強い。

だから、オレだって。

「そんな事はない、なんなら今日やってみよーぜ」

「いいけど、ちゃんと50数えるまで肩までつかるんだぞ」

足を止めた恭輔、缶ジュースの自動販売機の前で暫しボーッと淡い蛍光灯に照らされたソレを見つめる、動き出す気配が無いのでそれに倣う。

こう、恭輔は…掴み所が無いって言えばありがちだが、前後の流れを無視して自分の思うがままに行動する、中々に面白い。

「ふーむ、ルイルイは…トマトジュース」

「でいいよ」

「俺は?…俺は、寒いからコーンポタージュかな、いやいや、寒いからスープ系って安易過ぎるか」

悩ましげに視線をさ迷わせる、ジャンバーのモコモコした厚み、それを意味もなく両手で摩る、可愛い仕草だ、30近いと本人は気にしてるけど、可愛いものは可愛い。

その愛らしい仕草についつい頬が緩む、携帯で写真を撮りたいほどに、本人が死ぬほどに嫌がるから駄目か、かなり惜しい。

今日も恭輔”は”可愛い。




まわりは女より可愛い、そして女より女らしい感情を持って恋人…に接する、無敵だ。

そう、無敵なのだ、ややオカッパに近いショートボブ、黒い髪の切り口は整然としていて、清潔な印象を人に与える。

垂れ眼がちな黒い瞳と長いまつげ、緩んだ優しげな口元、薄い桜色の唇は淡い光沢で滑らかに、怪しげな雰囲気を醸し出している。

雪のように白い肌はややピンクに染まり……初心で子供じみたイメージを人に与える、そう、簡潔に言えば、この世の者と思えぬ美に彩られている。

それこそ、性が男とは思えぬ程に…その完璧かつ人外だからこその美を感情で染めつつ、まわりは形のいい眉を寄せ、不機嫌そうに鼻息…むぅ。

プリプリッ、と、不機嫌さを隠さずに眼を細め……育ての親である男をにらみつける、だが目元は優しげに、愛しさを隠せずに。

隠せぬと自覚しつつ、その眼は愛しさ、の桃色に染まっていた、恋する乙女より乙女、性別を感じさせぬほどに…本人に自覚があるかどうかは不明だが、まさしく、人外の美しさ……困る。

「……えーと、怒ってるのか、まわり?」

「お父さん、お風呂、沸いてますよ。寒かったでしょ?入ってきたらどうです?」

……怒ってる、恭輔のおバカな思考でも答えはすぐさまに弾き出された、ルイルイは事務所のソファーの上で気持ちよさそうに寝ている。

帰宅してすぐに竜種の証である尻尾を出し、その野太い爬虫類然として鱗光る丸太に抱かれてウトウトしている、中々に異常な光景。

美少女なルイルイと奇形の竜の尻尾、アンバランスなそれから眼を逸らし、まわりの笑顔……他人からみたらニコニコなそれを見つめる。

この事務所が厄介ごと引き受け人的な、探偵から程遠い業務を請け負うニコニコ探偵事務所と言う"名前"を差し引いても、笑えない。

考えても何もいい案が浮かばない、まわりの不機嫌がルイルイへの嫉妬…勝手に食事をして来たことに対してのものとはわかるけど。

あーーー…どうしよう。

「まわり、あの、さ」

ハンガーに俺のジャンバーを掛けているまわりに恐る恐る話しかける、まわりの鼻歌が暖房の駆動音と重なる……浮気をテーマにした昔の演歌だっ、なぜっ。

汗が異常に湧き出る、男、そしてまわりは息子…落ち着けっ…まわりは男の癖に嫉妬深い、もう、底なし沼の如く。

俺が愛でていたペットのアメリカザリガニ、近所のドブで採取したそいつをいつの間にか殺すぐらいには…底がしれねぇな、あはは。

まわりは男にしては繊細な、女にしてはやや”綺麗”すぎる指で俺の頬を、前触れ無くに撫で、た。

こわい。

「お父さん、どうしたんですか?……お風呂、一緒に入ったほうがいいですか?」

眼に危険な物が宿る、生来の温厚な性格を壊し、薄く、深く、矛盾した笑み。

恐怖と恐怖に似た何かに支配された俺は条件反射的に首を横に振る……しかも全力で……怖い、まわりは俺を、本当は閉じ込めて、飼育したいのだ、ザリガニのように。

でも、従わない。

「…一人で入ります……怒りすぎ、まわり」

頭を自然と撫でてやる、鴉の羽のような深く、きめ細かい髪、ツンツンかつ寝癖に支配された俺のそいつとはまったくの別物。

少し切れかけた点滅する蛍光灯の下で俺は盛大に息を吐き出した。

窓の淵を指で撫でる、日頃のまわりの掃除に対しての異様な意欲の賜物か、僅かに繊維質の埃めいたものが手に纏わりつくぐらい、綺麗なものだ。

俺に纏わりつくまわりの視線もこの程度のものなら気楽なのに、ため息は帰りに食べたラーメンに嫌というほどに山盛りにしたニンニクのにおいがした。

これでまわりが嫌がればいいのに、俺を全肯定するまわりには効果が無い、まわりの甘菓子のような、心地よいそれに鼻をひくつかせてしまう。

俺の意識なんてムシなんだから、まったく、あー、お湯につかりたい。

「?…怒ってませんよ、パジャマ、ここに置いときますから」

飼育は嫌だ、飼って飼われる、言葉はおかしいが、そのとおりの意味だろう、そんな状況はごめんだ、つーか、死ぬ、そんな未来。

まわりの育て方間違ったかな…いやいや、親思いが行き過ぎた結果今のまわりがあるなら別に不満は無いが、何か違う。

可愛いんだけどなまわり……可愛いいと異常がぐちゃぐゃとヘドロのごとくまじわってるのが怖いだけで、頬を撫でる手も何処かねちねち。

ぐちゃぐちゃねちゃねちゃ。。。。。怖いんですけど……嫁に会いたい、たろ。

「まわり、頭撫でたぐらいじゃ、機嫌なおらない?…あー」

「あー、で、なんですか?」

興味が無いように台所にいそいそと移動するまわり、手早く、汚れた食器を洗ってゆく、最低限に泡だったスポンジで。

頬を撫でられた感触を思い出し、そういえば、ミルクをやるときはいつも俺の頬を撫でてたなまわりは…まったく親バカな考え。

「あーで、さ……まわり、まあ、すきだよ、愛してるって言えば、機嫌は?」

「お父さん、胡散臭いです……かつ、それでいて、そんなことで……全てを置いといて、愛してるって言ったほうが貴方は嬉しいですか?」

「え、まあ」

「じゃあ、世界で一番愛してますよ、お父さん」

「……」

「嘘だと思うなら行動で示しますよ」

苦笑するまわりに反抗の意思を示せない、そこまで自分自身を強い意思に持ち込める精神は無い…ないったらない。

なので、風呂の片付けが遅くなるとまわりに迷惑なので、さっさと風呂に入るとしよう、しようったらしよう。

ついでにルイルイも風呂にぶち込むべく、服を脱がしにかかる、こんな寒い季節に真っ黒なヒラヒラなワンピース…すぐに肩口から脱がせる……なんかやらしい?

小生意気なリボンの細工…ルイルイには悪いが玩具の着せ替え人形が頭に浮かぶ、天井を煽り、散々だ。

「…………困る」

「うー、困った顔をしないで下さい、甘やかしたくなります……困った人だなっと実感しちゃいます」

まるで親が子供に向ける眼だ、小さな、それでいて自分が育てたまわりにそんな眼をされると何とも言えない情けない気持ちになる。

邪気の無い少年でいて少女のような容姿のまわりの視線は社会の風に汚れた自分には些か心苦しい…頬を撫でる手がいつの間にか両目を抉るかのような動きでざわめく。

抉られたら痛いのでその細く白い手を振り解く、「あっ」とその声すら無視して睨み付ける、我が子ながら、危険な子供と思う。

それでいて、まあ、仕方ないなと思う感情もあるわけで。

「一緒に入るか?」

仕方なく、そう、仕方なく。



[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来編)02『まわり拾い』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/03 15:04
荒い呼吸、思うように動かない足はまるで自分のものではないような……血が通ってないような錯覚すら覚える。

だが仕方が無い、追っ手からの絶え間ない攻撃と本来の肉体とは程遠い"幼くなった体"

木々の根が張り詰めた地面と太陽の光をかき消す枝と葉、視界を覆い、上手に歩けない。

「ハァハァ……あっ」

限界に酷使した体は突然に力を失い、足が足に絡まり、根の間に僅かに溜まった小さな水溜りにその身を沈めた。

鳥たちが驚きの悲鳴を上げ飛び立つ音、木々のせいでその姿は見えず、やがて沈黙が辺りを支配した。

……自分は、恐らくもう助からない、騎士団は裏切り者を許さない、何処までも追い詰めて、残酷な死を与える。

その任を受け持っていた自分が一番理解している、そう、追っ手から逃げているつもりでも、それは大きな間違いなのだ。

酒も禁、性も禁、娯楽も禁、そんな彼らに与えられた唯一の娯楽、それは殺人……人を殺す、それだけが彼らに許された遊び。

生まれて間もない小鹿のような頼りなく幼い体に成り果てた自分など、まさにうってつけの相手だろう……酒に対する性に対する娯楽に対する全ての不満を今このとき、自分をジワジワと嬲り殺すことで彼女は忘れようとしている。

「おーおー、まわり"元"騎士団長、もう終わりですかい?」

軽薄で人を小ばかにしたかのような口調、トントンと、まるでステップを踏んでいるような足踏み。

ああ、これはもう、死んだな。

まさか自分が育てた弟子に、自分が最も"弱った"時に、"最強"に限りなく近く成長した弟子に、こうやって遭遇するとは。

不幸、まさに不運、頭の中まで幼児化したのか、反抗の意思はゼロに近く、恐怖が全てを覆う、暗く黒いこの森のような感情。

「………コーネスっ」

「アハハ、そんなに睨み付けても可愛いだけですわ……あぁ、それと、あんたを逃がした裏切り者の副団長、死にましたわ」

わかりきっていた答えだ、なのに他人から告げられるとこうも苦しいものなのか、死んだ、あの堅物で頑固で仕事バカで…優しかった『リィ』が。

彼女が死んだと理解した瞬間、眼の前の女に、湧き出るような殺意を覚える、いつもの様に殺戮人形になれればいいのに。

何故、この体はこうも頼りないッ、泥水の味が口に広がる、口内が切れたのか血の味と交わり、屈辱に身を震わす。

「良かった良かった、出世に邪魔な奴が二つも消えるなんて、日頃のアタシの行いが」

全てを語らせない、己の体とは既に言えない、玩具の如く身に鞭打ち、立ち上がると同時に一気に距離を詰める。

殺さなくては、殺す必要があるが故に弟子を殺す、いつもの事だ……相手が誰であれ、己が育てた弟子であれ、最終的に殺す事になるのだ、結局。

「渾沌ッ、変質、顕現度22%ッ!ヴォータンッ!」

体内に埋め込まれた世界創世記のあらゆる物質に通じる”渾沌・混沌”が高速で変質する、今の自分の力では半分も顕現できず。

ああ、しかし錆付いたナイフにソレは浸透する、変質は無音、ヴォータンの槍に変質、完成、世界の木から創造されたそいつは周囲の木々の微量の魔力を一気に吸収かつ収束、この神具なら今の魔力不足の自分でも、扱いきれる。

コォォォオッォオオォォ、叫び、絶叫、淡い緑色の力場が自分を包む、木々を薙ぎ倒し、地の水を強く踏みつけ、間を、間を詰める。

「流石は団長、ガキにされても、そこまでの神具を降ろすとはねぇ、渾沌、変質、顕現度66%、ノートゥング」

まるで歌うように力を解放するコーネス、万全の状態の彼女が降ろしたのはヴォータンの天敵、竜の叫び、派手な装飾の剣から高音で溢れる。

ジークフリートの竜化の属性も付加した彼女の白肌に鱗が沸き立つ、不死身……闇の中、槍と剣がぶつかり合い、光が弾ける。

顔が見えた、騎士団から支給される白マントが空気の震えに身を躍らす、軽薄そうな笑みに細めの瞳、癖があると本人は嫌がっていた赤髪が靡く。

コーネスは心底おかしそうに笑う、哀れみを持って、少しばかり見開いた両眼には優しさすらあった……ヴォータンが砕ける、伝説とおりに。

押し切られる。

「あっ」

「残念ですわ、団長、今のあんたは吐き気がするぐらいに、よわっちーの」

視界に映る景色が恐ろしいスピードで変わる、砕け散ったヴォータンの破片が飛び散り、幾らか突き刺さる、吐血しながらの浮く体、落下。

再度泥水の中に見っとも無く身を沈める、まるで使い捨てられた玩具のように。

「弱いなー、こいつがまわり団長か?東方光堂騎士団、三番隊騎士団長、戸張まわり、、、憧れの背中も、ガキにされたらこんなもんか」

蹴飛ばされる、出血の酷い脇腹を抉るかのような蹴り、痛みに叫ぶがそれは止まない、何度も何度も同じ箇所を彼女は執拗にけり続ける。

いずれ声も止み、意識はさらに混濁の極みへ、呼吸がままならない。

体から力が抜けると同時に、体内の"渾沌"の欠片が体を侵食する、さらに、さらに四肢が縮む、削れた身は体液となり粘液状のそいつを血と一緒に吐き出す。

「それがまわり団長が騎士団から与えられた呪い『逆行』か、気持ち悪いわー、裏切るから…そんな事になるんよ」

「……ァ」

「大人しく飼い犬でいれば良かった、大人しくアタシの憧れであれば良かった、大人しく……リィ副団長の言葉に騙されんかったら良かった」

非難と嘲笑、彼女がまだ"今"の自分の肉体年齢と同じぐらいの歳で、自分が彼女のような大人の肉体であった頃、教えた言葉だ。

師が弟子に、まわりがコーネスに教えた言葉、ただ、組織に忠実であれ、忠義を捧げ、他者に騙されず、自ら全てを委ねよ。

今なら言える、それは、殺戮人形を効率よく作る為の……自分はなんて事を、弟子に教えた。

「もうそれ以上はガキに戻らんでしょう、流石に赤子からやり直すなんて効率が悪すぎる、せいぜい5歳児つーとこですか?もう一度、騎士団の教えを受けて、戻りますかね?」

「……ャダ、ぼくはも、う、にんぎょう、じゃ、ない……」

髪を掴まれる、足が浮く感覚がまだあることに安心する、まだ血が通ってる、神経が通っている、死ぬまでまだ時間がある。

幼くなった体が逆に良かったのかもしれない……柔らかい肉が落下の衝撃を和らげた、しかし深々と突き刺さる神具の破片。

「何を言ってますのん、人形が人間のつもりですか?」

呼吸が聞こえるぐらいの距離に爛々と輝く濃い緑の瞳、苛立っている、いつも飄々としていたこの子が苛立っている、珍しい。

初めて人を殺させたときも、初めて人を一度に大量に殺させたときも、初めて人を街ごと消滅させたときも、自分の命令に淡々と応えたコーネス。

コーネスは初めて覚えたであろう感情に支配されている、だからこうやって何度も意味のない問いかけを繰り返すのだ。

「ダメですわ、そんなの、まわり団長だけ……人間に戻ろうなんて、そんなの、ダメに決まってるでしょう、死んだら……人形に戻ってくれますよね?中に綿を詰めて、アタシの遊び相手になってくださいよぉ、ずっと、綿が飛び出るまで、使い古して遊んであげるから」

木に背中から叩きつけられる、ただでさえままならなかった呼吸が一瞬停止する、弾ける思考、振り上げられるノートゥング、竜殺しの剣。

竜で無き我が身など一撃で絶命するだろう、残り物の"皮"に綿が詰められて……再度、人形に逆戻り、死んだ後も誰かの玩具。

ぼくは。




死が訪れたのか、時間が過ぎる、痛みも何も無い。

ただ、風が頬を撫でた、透き通るかのような、いつかの風、小さい時に感じた、優しげな風。

だから、眼を開けた。

「危ない危ない、殺人現場じゃん、怖いよ……本当に」

淡い桃色の刀身が眼に映る、それが漆黒のノートゥングの刀身に深々と突き刺さっている。

青年が軽くフッと息を吐き出すと同時に砕け散る、竜殺しは呆気なく四散した、手元に残る派手な装飾の柄を唖然とコーネスは見つめる。

そう、青年だ、黒眼、黒髪、迷彩柄の緩めのズボンに特に意味のない英語が羅列されたシャツ、この森に足を踏み込むには軽装すぎる。

何処か遠くを見るよう黒眼がじっと、コーネスをにらみ付けている、いや、動揺…している?

「えーと、何だろ………殺人しようとした人と、殺人されそうに…何か変だな、まあ、いいか、殺人されそうになった子供、で、俺が止めた」

確認するかのように僕とコーネスに視線を走らせる青年、気配も無く場に現れたと思えば、困惑した表情。

こんな事態は想定できるはずも無く、コーネスは微動だにせず意識を白く染めている、放心状態とも言える。

それはそうだ、神具『ノートゥング』はこの世界に顕現させるのはかなり難しい部類に入る、それだけ世界に与える影響も大きく、強い。

下手をすれば竜殺しの属性から高位の竜種すら一振りで殺す、神の武器を砕いた過去から"神殺し"すら兼ね備えているのに、それを呆気なく砕いた青年が逆に唖然としているのだから、何とも言えない。

「心螺旋、サンキュー」

片刃のそれに口付けを落とす、喜ぶかのように淡く、しかし力強く輝く、、しらない、あんな神具はしらない、あぁ、あれは。

あれは、『心螺旋』…全ての異端組織に20年前に破壊許可が下された、剣の化け物『根本否ノ剣』の組織『楚々島』の中で最強を誇った少女。

当主である『繭』に反逆した化け物、、、全てを螺旋軸により捻り切る、刃が当たればそこから全て捻り切る、悪魔と教えられた。

その名前を持つ剣に、青年は迷いも無く口付けをした……知識があるなら狂っている、知識が無くても心螺旋から洩れる狂気に染まる。

しかし青年は完全に、自分の下僕、持ち物であるかのように心螺旋を振るった、これは、おかしい。

青年の持つそれが明らかに人の世に過ぎた、悪名高い心螺旋と呼ばれる存在だと理解すると、コーネスの対応は早かった、唖然としたまま後ずさる…恥も無く。

油断で死ぬよりは距離を置く、正解だ。

「しん、らせん……だと」

「いやいや、そんな殺人犯そうとしてた人に責めるような口調で言われても、心螺旋より殺人者のほうが怖いよ、うん」

地面に刃を突き立てる、捩れ、歪む地面、辺りへの影響を考慮してか力をかなり抑えている、淡い桃色の日本刀、主人に力を自慢している。

こいつを殺すから褒めて下さいと、心螺旋の意思が地の流れを通じて伝わる、鈴のように、クスクスと笑う声、歪みきった少女の意思。

心螺旋は純な程に少女で、殺戮を犯そうとしている、眼の前のコーネスを捻り切るのだ、青年からは何も感じない、ただ、その一振りで僕が育てた最強が呆気なく散る。

その確信がある、血を吐き出す、血の塊を吐き出して、苔の生えた樹木を支えに、何とか立ち上がる、青年が「大丈夫?」…其の手にあるものに似つかわしくない気遣い。

気が、オカシイ。

「しかもこんな小さな女の子を殺そうとするなんて、ありえない」

「……その人は男だぞ」

少しトラウマが刺激される、あぁ、男です……『渾沌』が活性化しているせいか性すらあやふやになりかけているが…元々女顔だけど。

何だろう、この青年が現れてから場の空気が変わりつつある、出血は止まらず、死に直面しているはずなのに。

こんなに間抜け顔を晒すコーネスもはじめて見る、初めて尽くしだ。

「え、えぇ……うそん、え……巣食い見たいな子だな、ええ、オイ……あー、えぇー?」

「……あ、の、ジロジロみないで、ください」

妙に恥ずかしい、顔が赤くなる、これだけ血が洩れ出て、まだ血がこんなにもあったのかと自分でも驚きだ。

その純な視線が妙に恥ずかしい、好奇心に染まってキラキラとしている、いつかみた、小動物のような眼だ。

この人、何なんだろう……何故この場にいるのか、どうして自分を助けてくれたのか、手に持っているそれを、何処で手に入れたのか。

正しくは、どうしてあなた見たいな普通に見える人間に、大人しく心螺旋が従っているのか、なぞ、、なぞ、なぞ…どうしてそんな眼で僕をみるの?

わからない、殺すことしか知らなかった僕には何もわからない。

「あっ、ごめん、取り合えず、そちらのおじょーさん」

視線を僕から逸らしコーネスに向ける、先ほどから不満げに心螺旋が震えている、騎士団で眼を通した資料には広範囲破壊兵器として捉えられていた。

それが大人しく青年の手の中で駄々を捏ねている、主に嫌われるのが嫌だから、彼の意思に従い今はコーネスを殺さない、殺せない。

事実、本当に心螺旋であるならば、顕現率一〇〇%の『ゼウスの雷霆』級の神具を使わなければ滅びを与えられない、それでも、確実とはいえない。

心螺旋の名はそれほどまでに重く、あってはならない、騎士団の団長クラスが数名いて、やっと渡り合える程の化け物。

それをブラブラと不安そうに揺らす青年、瞳も不安そうに揺れる、この場では恐らく最強であるのに、不安そうだ。

「あ、アタシのこと?」

「そーそー、この子、俺が預かります、つか、貰います、君たちの上司のゲオルギウスには許可貰ったから、ほら」

この森の湿気にやられてしまったグシャグシャの封筒、良く見れば彼の服は所々、泥に塗れている。

湿気ではなくコケて泥水に………心螺旋も神秘的なその刀身を少し汚れで染めている、なんとも言えない。

恐らく彼以外がそのような扱いをすれば殺されることなど、容易に想像できる。

「………確かに、総団長の……あなたは?」

息を呑む気配、コーネスからしても、僕からしても、騎士団のトップであるゲオルギウスは恐怖の象徴だ。

彼女の一言で僕らは罪無き人々を大量に殺し、彼女の都合で僕らは罪に塗れた悪人を見逃す、絶対者。

「俺は、俺は……ちょっと、バイトでお金ためて、世界旅行中の学生?」

「が、くせいですか…」

学生が心螺旋をそんなに風に扱わないだろう、そんなコーネスの表情。

いや、明らかにこちらの"世界"の人間ではないが、普通の人間にゲオルギウスが何か"権利を与える"など、絶対にない。

「いや、育ててもらって、昔に、俺の母親…みたいな、あああー、ゲオルギウスの事ね、親ばかだからあの人」

そんな話は聞いたことが無い、明らかにゲオルギウスとは血の繋がりがなさそうな少年、しかもあの鉄仮面が親ばか?

想像など出来るはずが無い。

「この子、殺すぐらいならくれよって、言ったら許可貰えたんで、まあ、そーゆーこと」

「………………嘘もなく、このサインも本物、アタシには何も言い返せませんが」

「気を悪くした?……じゃあ、去ってくれる?」

暫しの無言、騎士団に今に至る生の全てを捧げて来たコーネスからすれば、ゲオルギウスに子供がいた事も、何もかもが納得できるものではないだろう。

まして裏切り者の処分を任されたのに、その任を下した最高責任者の息子を名乗る青年に横取りされる形だ、面白いはずがない。

僕としては、素直に助かったと喜べばいいのか、追撃の無い今、『渾沌』の欠片が傷口を修復してゆく、死にはしないらしい。

「……その殺戮人形をどうするつもりですか、ゲオルギウスの息子"様"」

「俺には恭輔って立派な名前があるので、そっちでお願いします」

悪びれてない反論に言葉の詰まるコーネス、きょうすけ、僕と同じ国の響き、憧れの地の響き。

「あと、殺戮人形がどうかしらないけど、まあ、一緒に飯食って風呂入って寝て、それから考えるよ、子供になったんなら、殺す殺さないとか、そんな世界忘れたほうがいいだろう?」

ニコッと笑った彼が頭を撫でてくれる、いつ以来だろう、頭を人に撫でてもらうのは、ずーっと昔にあったような気がするし、勘違いのような気もする。

どうして僕を欲しいだなんて言ってくれるの?騎士団と同じで、人を殺す道具として欲してる?所詮、人形は人形、人を殺すことだけが存在価値。

コーネスも僕もその言葉に従って生きてきた、だから眼の前の彼の言葉が理解できずに疑わしげな視線を向けてしまう。

「……その人形を手にして、必ずいつか後悔しますよ、全身刃物だらけの人形で」

「?……んー、そのぐらいの存在なら扱いなれてるつもりだけど、心配してくれてるのか?」

「ふ…フフッ、変わったお方……さようなら、まわり"さん"……精々、そこの彼に捨てられないように頑張りな」

初対面の相手に馴れ馴れしい、そう言えないほどに青年は自然だ、コーネスも既に放つ言葉が無いのが踵を返す。

靡く淵に金の装飾のされたマントを見つめ、彼女が自分の後釜になるのだろうと理解する、それだけの力と毅然とした背中を見せてくれた。

これで、本当に自分は解放されたのだろうか、肉体の逆行に引き摺られて精神まで薄々と、子供に戻る、子供に……。

朦朧とする意識は出血のせいだけではなかったのか。

「怖い女の子だなぁ、もう……あっ、動かないほうがいい」

意識が途切れる瞬間に聞いた声は、自分に向けられるにしては"優しさ"に溢れていて、自然と口元が緩んでしまった。




愛しい愛しい息子は、何処か不満げに自分をにらみ付けた………抱き締めてやろうと広げた両手、そんなのって無い。

自然、不満になるのはこちらの方だ、背中には極限まで弱体化したまわりの姿が見えた、こうまでしないと、どのような追っ手でも彼は物の数秒で殺してしまう。

騎士団の中において殺人に関してはずば抜けていた、まわりは……惚れ惚れとするほどの美青年だったのだが、今や幼児だ。

流石に哀れに思う。

「この騎士団の建物の中って何でこんなに入り組んでるのさ……あのコーネスって人と一緒に帰ればよかった、むう」

無骨な鉄骨とコンクリートで包まれた灰色の建物、騎士団の名からは程遠い、優雅さの欠片も無い機能重視の巨大な塔。

34層に区分されたその一室で、彼は眼前に広がる団員たちの戦闘の練習風景を興味深そうに見つめる…まあ、この高さで見たら蟻の大群だが。

「恭輔、プレゼントは気に入ったようだな……うん、殺す手間も省けた、渾沌を刺激しないように取り出すのも面倒だしな」

伊達メガネを外し微笑みかける、何故か世界各地を放浪している息子、理由は教えてくれないが金銭の続く限りさ迷っているらしい。

『江島』の当主やその他諸々が良く許可をしたと思う、自分のような普段会えない身からすれば嬉しいのだが……黒い瞳を眠たげに擦る恭輔。

部下からは仕事一筋のつまらない女と噂されていることは知っているが、全ては息子である彼に奉仕するためであり、今回もうまくいった、喜んでいる。

騎士団に反旗を翻したまわりも、実に役立ってくれた。

近代魔術結社『東方光堂騎士団』主に異端や幻想の退治、捕獲、それらの研究、兵器化、何でも……そして私の使命は、どれでもない。

恭輔への"餌やり"の為にこの組織を利用させてもらった、利用、ああそうさ、こんな腐れ組織なんてそんな価値しかない、そして最初の餌が『まわり』だ。

うまくすればコーネスもお気に召すと思ったのだが……それは無かったらしい、まあ、時間はある、まわりをこれから食してもらわないと、恭輔に喜んでもらわないと。

騎士団の上層部の謳う異端排除とは真逆の思考、十三番隊あるうち、本当はその全ての団長、副団長を餌に与えたいのだが、目立ちすぎる。

だからこそ、恭輔が旅の途中に寄ってくれた幸運と、まわりが騎士団を裏切った幸運が、こうも都合よく重なってくれたことは非常に運命的だ。

それにまわりは美しい、それがより喜びに拍車をかけてしまう、恭輔の喜びが伝わってくる、私は役に立てた、恭輔の、ぁぁ、幸せだ。

これからもどんどんえさをつくらないと。

「ゲオルギウス?………そんな病んだ眼で、シャーペンを机に突きつけると、オシッコ漏らしたいぐらいに怖いんだけど」

「あ、あぁ、すまない……恭輔、疲れただろう?…わざわざ回収まで頼んでしまって、ごめんね」

"渾沌"を体に植えつける狂気めいた発想から生まれたこの体、歳を取ることなど出来ず、あの時…抱いた赤子の恭輔は自分の背などとっくに追い越してしまった。

少女の姿は不変で『美』ではあるが……成長した恭輔を見ると切なさも覚える、あぁ、心は年老いたな、自分も。

「いやいや、こうやって見るとまわりもゲオルギウスも見た目変わんないな、幼児の上司に幼児の部下になったな、幼稚園みたいだ」

「ノゥ!?」

とてつもなくひどいことをいわれた、いわれた。

「ピッタリじゃないか?……あっ、ごめん、嘘嘘、だってゲオルギウス小さいときのままだから、俺の周りみんなそうだ、なんか俺だけ置いてかれてる感?」

「……その逆、恭輔」

"渾沌"移植の初期実験の産物である私は歳は取らずとも、死はある…と思う、それまでの間、この子に何を与えてやれるだろう、それが恐怖だ。

病的なまでに彼に捧げる、何もかも、この騎士団に生きる者は自らを騎士団の一部として、狂信的に任に勤しんでいるがそれは間違いだ。

いずれ、全て餌として。

「えー、絶対違うって、差異とか沙希とか俺なのに歳食わないんだ、俺なのに……ん?……まあ、綺麗な部分は綺麗なままのほうがいいか」

「それより、その子、まわりをどうする?」

問いかける、いまだに崩していない、それでは意味が無い、崩して恭輔にならないと、まわりを育てた意味も裏切りを"許した"意味もなくなる。

だから期待する、『鬼島』が最も恭輔に餌を与えているのだ、『東方光堂騎士団』も負けられない。

あそこの変態トップには個人的に負けたくない。

「どうするって、取り合えず、息子として育てるか……うん」

「………は?」

「だから、息子として育てようかなって、今度孵る予定の竜の赤ちゃんにも遊び相手いるだろうし、この子、最終的に心まで子供になったんだろ?」

「え、いや、そう、かしら?」

「だったら、ほらコーネスって人がこの子のことを人形とか、酷いことを言ってたからさ、普通に人間の子として俺が…父親になる!」

まさか、思考の斜め上を行かれた……そんな展開が有り得るのかと自分に問いかけて、現実だろ、認めろと他人めいた声。

どうしてどうしてどうしてどうしてどうして、これでは餌にならない、なろうはずもない……頭を掻きまわしたい衝動。

こんな事をどうして認められるかッ!

「ありがとうなゲオルギウス」

その言葉で何もかもが泡のように消え果た、その言葉があるからこんな程度の低い組織で、身を削ってきたわけだから。

もう、これはこれでいいじゃないかと一瞬に思考が切り替わる、恭輔が喜んでるのだ、他に何がいる、否、何もいらない。

いずれ時が来ればこの身を食わして、満腹にしてあげればいいだけだ。

「君は……仕方の無い奴だ、私の苦労を泡にしたのに、笑顔をくれる…我が子ながら」

「じゃあ、この子、寝かせてくるな」

「あっ、待ちなさい、話はまだ!」

こちらの制止など聞こえていないかのように慌しく去る恭輔……叱られる前の子供だ…叱られる前に逃げる、昔と変わらない。

って言っても、まともに恭輔を叱っていたのは私ぐらいだったか……他の親たちは皆、甘やかすことだけが良かれと勘違いしていた。

パタン、僅かに過去に思いをはせている間に、扉は閉まってしまった。

「……逃げられた、か」




眼を覚ます、傷が癒えたか……腹筋に力を入れて起き上がる、激痛、この程度かと安心する。

見覚えのある部屋、確か外客用の……その中でも最高峰の部屋、煌びやかな調度品に高めの天井。

眼に入ったそれらを暫く見つめる、どうしてここに、あぁ、殺されかけたんだ、僕は……思考が纏まらず、日の光はいつもと変わらない。

変わったのは僕のほうか。

「おー、眼を覚まして大丈夫か、"まわり"」

名を呼ばれ振り返る、気が緩んでいたのだろうか、ここまで接近されて気づかないとは、情けなくなる。

悲しくなる……かなしく?……子供じゃないか、それでは…ああ、そうか、ぼくはもうこどもか。

「良く寝たなぁ、寝る子は育つって言うし、良いぞー」

迷い無く伸びてきた手が強引に頭を撫でる、それに対して『ウーッ』と我慢するような声が洩れ出てしまう…なんだろう。

年齢は二十歳に届くかどうか、少年のような無邪気さと青年の精悍さを兼ね備えている、優しげな顔だ……こんな風にされると抵抗できない。

相手の顔を見るのは命令を待つか、命令を与えるか、殺すかしか無かった自分が、ただ甘えるかのように身を任せている。

「あ、あの」

「心配しなくていいからな、取り合えず、まわりは俺の"子供"になったから、なんつーか、手続きとかすげぇ面倒だけどゲオルギウスがしてくれるって」

何を言ってるのだろう、まだ自分は眠気を引き摺っているのかな、子供、僕を子供にする?……冗談にしては笑えない。

殺すだけの人形に親はいらない、そもそも自分の実年齢は目の前の彼と同じぐらいだったはず、なのに、なのに、色んな"ありえない"が浮かぶのに。

どうして僕はこんなにも………嬉しいと感じているのだろう、この人はどうして僕を欲しいと言ってくれたのだろう、聞きたいけど怖い。

「何かな、人を殺すとか殺さないとか当たり前に言うからさゲオルギウス、久しぶりに会ったのに、部下が逃げて、そいつを殺さないといけないとかふざけたことを言ってたのさ」

「あ、僕、ですね」

「そうそう、で、俺そんなの嫌だし、何より、何となく縁があるかなって」

「あ、く」

「おかしい?……縁があるって、まあ、死なせたくないし?ほら、まわり、親がいないって聞いて」

この騎士団でまともな家族を持ってるほうが珍しいだろう、厭味になってしまうのでその言葉をかみ殺す、何だか嫌われたくないと思ってしまった。

落ち着かない、意味もなく拳を広げ、汗ばんだ感覚だ、初めて人を殺したとき以来だ。

「はい……親はいないです……」

「俺も血の繋がった親はいないし、今はちょっとな、今までの縁をばっさり切って新しい生活を、新しい家族と頑張ろうなんて柄にも無く思ってる」

「……はい、わかります、僕も同じような気持ちで、脱走しましたから」

「そうそう…………暫くの間、自分ひとりで頑張って良いって、家族やその他から色々条件つけられたんだけど、許可してもらってさ、ま、新しい家族が欲しいわけです」

「………」

「で、まわりはもう俺の息子になりました、嫌とか言ってももう無理、俺は気に入ったし、可愛いし、うん、説明終わり」

「お、終わりですか?」

気に入ったと言われて可愛いと言われた、だから息子にすると、必要だと言っている、僕が必要?

弟子にすら最低の殺戮人形として貶められて殺されそうになった自分が必要、また初めてだ……そんなこと言われたの初めてで。

熱いものが、込み上げる、嗚咽となって、我慢しても我慢しても、我慢できずに、こぼれてしまう。

「ッァあ」

「理由なんて幾らでも作るよ、これから幾らでも、一緒に過ごしたらもっと俺は君が好きになるから、だから俺のものになって?…ん、なんかおかしいか」

「アァァアア」

「誰がなんて言っても、殺戮人形だろうがなんだろうが、もう、俺の家族だよ、そんなこと以外に沢山のものを教えてあげよう、折角子供になったんだから、さ」

枯れない声、泣けないと思っていたのに、どんどんと溢れる、あぁ……捕らえられる、心ごと、もう、人形じゃあ、無くなる。

捨てられたくない、この人には、人形のように捨てられるのは嫌だ、嫌だ……ずっと。

「"はじめまして"、まわり、俺の息子のまわり、一緒に来て?」

答えないと捨てられる、応えないと捨てられる、声を振り絞る。

「ッ、"はじめまして"お父さん……僕を、連れてって…ここから…ここからっ」

「おう」

自由になったのかと思えたこの瞬間に、全てを奪われたのは僕だった。

"お父さん"は満足そうに笑い、再度、僕を撫でてくれた……。

「俺のモノだ」




[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来編)03『猫探し』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/03 15:55
鉄と鉄がぶつかり合う音、朝の目覚めにしては無粋なそれに俺はため息を吐き出した。

何度も衝突、数秒の間を置いて再度の衝突、見ていなくてもわかる……これは決闘だ。

眼を閉じたまま思案する、絶え間ない音の連鎖、ルイルイが攻め攻め、まわりが堅牢な守り。

いつも通りの展開だなー、少し違うことといえば、今は昼ではなく早朝で、俺は物凄く眠い……こんな朝っぱらから。

元気な息子と娘だな……父親はもうそんなに若くないので沢山寝ないといけないのに……沢山寝ないと働けません、おじさん…凹む。

ふぁー。

「……起きる羽目になるんだよなぁ、受動側って能動側に必ず負けるよなぁ…受身受身でも」

起き上がる、畳張りの殺風景な部屋、カーテンから朝の透き通ったお日様の光が差し込んでくる、閉め忘れた僅かな隙間から風がそよそよと。

顔なじみの飲み屋で飾られていたサクラ、もういらないからと店主に渡された、散りかけた枝からはらはらと零れ落ちる……俺のうがい用のコップに差し込むなよ。

うがい出来ないじゃん、少し風邪気味なのに、外では鉄と鉄をぶつけ合って死闘つーかじゃれ合っている子供たちがいるというのに、我ながらのんきなものだ。

両横にある布団は片方は綺麗に、片方は無造作に、しかし、一応は畳まれている、父親としてこのままってわけにはいかない、か。

よっこらっしょ、ますます親父臭い言葉が……心の中だけで我慢する、あれ、もう言っているのと同じか、ありえん。

ありえんぞ、俺よ。

「なんか年々老けてるな俺、このままお爺ちゃんになるのも時間の問題、本当に問題、誰か助けてくれ」

本音なのか自分でもわからないままの言葉遊び、二人がいる時には恥ずかしくて出来ないな、こんな朝も良いか。

取り合えず携帯電話をチェック、仕事の依頼ー、本当は仕事用とかプライベート用とかわけたいんだけど、携帯電話二つもわける程にプライベートに使わないし。

なんか友達のいないオッサン……オッサンには友達はいりません、いりませんったらいりません、うぅ。

「ん、棟弥と巣食い、むさい、いや、むさいのは棟弥だけか」

安易なものだ、メールに頬が緩む、家庭が出来て仕事があると中々に会えない、この歳で……俺ったら、阿呆か、阿呆でいいか。

メールを見るのを楽しみにしつつそそくさと着替えを済ます、勝手にメールを見られると嫌なので俺の携帯はパスワード入力がいりまふ、ルイルイめ、父親のメール見て何が楽しいのやら。

「むはー、遊びの誘いだったらまた断らないとなー、申し訳ない申し訳ない、ってウォッ!?」

よくよく見たら巣食いのメールが異常に多い………内容は見てないけど、多い、10通ぐらい、なんだあの見た目が超絶美少女、あの綺麗な顔で蔑みながらネチネチ付き合い悪いー攻撃かッ、お前は俺なのに、そんな会わなくていいじゃんか。

下らない思考に没頭しているおかげで嫌々な着替え&布団の片付けも終了、最近思考の使い方ってか、現実逃避の仕方が上手いな、いいぞ俺。

何せ朝っぱらから可愛い娘と息子が客観的に見れば殺しあってるわけだから、友情に逃げても間違いじゃないはず。

「あーあー、いつまでじゃれ合って、もう、なんつーか、耳がきーんきーんして本当、痛い」

爽やかな寝起きとは言えない、思考の切り替えが上手くきかない、考えないように考えないようにしてたが……最悪の目覚めじゃないか。

布団の中に入れておいた……とりあえず一緒に寝てた心螺旋を取り出す、うん、剥き出し、剥き出しの日本刀、しかも業物。

ああ、寝てたつーのもおかしいか……いや、寝てたでいいのかー、意思のある剣って、本人が寝てるって言っても人間に当てはめて『寝てる』に該当するのか、幻想事って難しい。

カタカタカタカタ、首から何かが生えていて、痒い、蚊に刺されたかのような些細だけど気になる痛み、カタカタと骨が震える、オカシイな。

寝てるうちに何かが出たらしい、寝汗かなぁ、寝汗じゃないか。

「『失意』ウルサイ…"色褪"の夢を見たからって嫉妬するなよ……夢なんてどうしようもなくね」

白い腕が泡立ちながら首から生える、首をゆったりと絞めに来るそれをヒョィッと避ける、体内にいる『俺』だ、同じ江島の血を持つ、祖母の江島色褪の子供の一人である『失意』

性格の悪さと嫉妬の深さと能力の胡散臭さ、俺の体の中にいる『少女』の中では比較的まじめなタイプ、真面目に腹黒い、こんな状況は見た目がアレなので。

その細く青白い腕を体内にズブズブとしまい込む、子供に見られて、お父さん『失意』が出てるよーなんて言われたら恥ずかしいから、それだけ。

それだけのこと。

『恭輔、勝手にしまわないで下さいまし、こう、外気に触れてひんやりしていたのに、一気に血液の温度ですわ』

「何か色々と言い返したいけど、ぎゃぎゃー言わないでよ、朝から血とか、何か意味深い」

眼の『位置』を少し変える、うっすらと浮き出る少女の裸体、俺が俺を見る、片目だけ黒い空間が、俺の中の浅い部分。

体内で起きている"俺"はどうやら失意だけらしい、俺が寝足りないのに、こいつは寝足りている、ふぅ。

なんだか不満だ、朝から色々。

『"言わないでよ"、ふふ、子供らしい口調……お乳をあげていた頃を思い出しました、何故でしょう』

「朝は牛乳だからじゃないか…え、お前、俺に…えええ、聞かなかったことにしよう、あと、色褪の夢は久しぶりに会いたいなーって」

『夢の理由を確定するなんて、可愛くないですわ、子供はいつでも夢を見て』

「いつになったら俺は大人になるんだよ、もういい」

子ども扱いは飽きた、一応、自分の仕事で自分の家族を養い、「自分」として生きている身としてはイラッとした、子供の態度とはわかってるけど。

じゃあイラッてするのはおかしいってこと、結果。

「今のはなし、なし、ごめ」

『なんですか、それ、子供なんですから』

まるで童のように邪気無き笑い。ああ、生きているのが感じられない無機質な青白の肌、血管が薄く浮き出たその肌に嫌悪を抱く人間もいるだろう。

雨に濡れた烏のように光沢のある黒髪がさらに無機質な印象を強くしている、キチンと切りそろえられた前髪も、淀み、底なし沼の水面のように変化のない瞳も。

そして痩せ細りアバラの浮き出た姿も、色褪の瞳が血塗の赤なのに対して失意の瞳は冬の空に佇む寂しげな淡い蒼、子供の姿なのが何処か痛々しい。

壊れかけ不完全な亀裂が走る美、風もないはずの空間で風の"ようなもの"がざわめき、靡く黒い黒い、黒髪…人語で表現出来ぬほどに、ただ、黒。

前髪と同じように腰まである黒髪はきちんと切りそろえられていて、潔癖症に近いほどに清潔めいた在り方、綺麗で美麗で、幼き者、俺の中の俺、ああ、俺でいい。

俺の失意、俺の為に機能しなさい。

「子供……か」

認められるために家を出た、認められるためにもっとも大事な"一部"たちを置いてきた、嫁さんすら放置、認められるために子供を育てている?

自己満足でしか自分を語れないのか、時折怖くなる、何をしていても、自分が自分に操られているような奇妙な感覚が付き纏う。

それはまるで、今の心境のようで、毎回微妙に違うように、曖昧で、あやふやで、恐れすら時が経過すれば忘れてしまっている。

だから、俺の中にいる『失意』…俺や他の俺の言葉が、優しくなく……しこりになる、苦しい事だってわかっているのに。

『優劣変換』

「と、これでOK」

失意の能力は俺の能力、目覚めているついでとばかりに使用する、全てが『逆転』する。

優劣が変わる、使用したのは俺の心に……俺の落ち込んでいた部分が明るく照らされ、俺の自信のあった何かが劣化する、心が。

嫌だった気持ちが『気持ちよく』幸せだったはずの何かが『劣化』して消滅する、心は軽く、どうでもよくなる。

俺の精神面ではなく、勝負や賭け事、仕事などには毛頭使えない能力、犯罪チックだし、俺が勝負事で負けたら、負けは勝ちになる。

相手が俺より立場が上なら、俺がその立場になる……全ての事情に共通する勝敗・優劣・上下を逆転する能力、犯罪チック、犯罪チック。

もはや犯罪、俺が最下位ならそいつの最上位の愛しき人間になれる。

『感情がうまくコントロールできないからって、能力に頼ってたら……頭がおかしくなりますわよ?』

「麻薬?」

『そう、ですわね、近いんじゃなくって?』

でも、それとは別だろう。




お仕事です、朝からのお仕事は実に簡単なものが多い、簡単なように見えて実は大変と言うか、そんなお仕事。

覇穏を除いてメンバー勢ぞろい、俺と娘と息子です―、朝の空気は冷たくてー、どうにも働く意欲が出ないというか、そんな事を言ったらまわりに叱られそうだな。

「めんどくせー、猫を探す仕事なんて、断ればいいんだ、恭輔は仕事を選んだ方がいいぞ」

「お前なぁ、我が家の財布事情を知っていてそんな事が良く言えるなぁー、駄目だぞ、選ぶとか選ばないとかそんな若い時から言ってたら」

深紅の瞳が不機嫌さを示すように俺を睨む、何か勘違いしているようだけどこう言った地味な仕事が本職だからな、小さい癖に妙に迫力と威圧感を感じる。

金色の髪を躍らせてうーうー頭を振りながら唸る、帰りたい、うん、そんな事だろうけど、お前がいないと何かあった時に戦力激減じゃんかー、我慢なさい。

今日は簡易な服装だ、簡易と言えば……いいのかなぁ、何故か兎を模したパジャマ風のキグルミを着ている、何を着ても可愛いけどさ、どうしてそのチョイス?

まあ半分が爬虫類のようなものだから、寒いのが苦手なのはわかるけどな、鋭利な美貌が中和されて歳相応の愛らしさが目立つ、うん、我が娘ながら。

まわりはと言うと今日もキッチリと肩口で切り揃えられた黒髪を揺らしながら真面目に猫を探してくれている、垂れ目がちで柔らかな容姿は今日も癒し系、癒されます。

朝の時間帯、人通りの少ない裏道を探索中、依頼の猫の名前は『みぃちゃん』、あんまりやる気が起きない。

色々な化け物が交わるこの街は色々と奇怪な事が起こる、探偵なんて限られた仕事をするよりは、何でもかんでも厄介事を引き受けますよーの姿勢の方が儲かる、一応は探偵と言ってるけどなぁ。

「ふぁぁぁ、猫を探すのも、一苦労だなぁ、つか、こんなところにいるのか?」

「恭輔が猫の事なら俺に任せろ!って言ったんじゃないか、オレは知らないぞ?まわりー、恭輔がもうサボり姿勢に入ったぞ、ありえねー」

腰にさした心螺旋をかちゃかちゃと、手で弄びながら探査を続ける、生ゴミに群がる猫たちを一匹ずつ注意深く観察するが、いない、いないなー。

そもそも猫の違いを一目でわかるような能力を俺は持っていないわけで、兎も角、なんだかんだで俺より仕事できるよなーな二人に任せて歩く、てきとーに、腐敗したゴミが地面に大量に、くさい。

「お父さん、汚れますよ?」

腕を掴まれる、細くて綺麗な指、女の子の指よりある意味女の子っぽい指、いや、それが思いっきり俺の腕を掴んでいる、巻き付いている、なんだかヘビに絡まれた蛙のように。

「だって、こっちに行かないと、猫、向こうにも」

「お父さんが汚れていいわけがないです」

会話にならない、この子は、俺の保護者か何かだろうか、てか、そんな事を言ったら腐敗だらけのこの街で生きてゆく事は不可能に近いのに、少女のような無垢な容姿、黒く、濃い、その瞳が真剣さを伝える。

おう、どうしよう、でも、ここで負けたら父親の名が廃る、そんな風に無駄なプライドが刺激されたり。

「まわり、お前が俺をどんな風に思っているのか、時折わからねー時があったりするんだけど」

「だってお父さんが汚れるなんて認められないよ、そんなの、それだったらその原因になる、ここをこんな風に散らかした猫たちをみんな殺して、その依頼の猫も殺して、お父さんが汚れる原因を消しますよ?」

天使のような笑みだ、同年齢の女の子たちが見えたら絶叫して失神しそうな天使のスマイル、こんなに綺麗に笑えるのに言っている事は悪魔っぽい、ふむ、教育の何処に失敗したんだろうか?本気で悩む。

ルイルイの方に助けを求めるが、猫を探すのに集中していてこっちに気づいてくれない、たすけてー、父が息子に絡まれてますよー、娘に助けを求める父親ってどうなんだろうか。

「まわり、あのなぁ、お前は俺をどうしたいんだ?向こうに行かないと猫を探せない、それはわかるだろう?つか、おっさんはもう色んな世間の荒波に揉まれて汚れてますよ?」

「じゃあ、世間?を壊せばいいんですよね?」

「……うぬぬぬ、もういい、じゃあ行かない!くそぅ、いつでも父が折れると思ったら間違いだかんなー、なんて強情なんだ、誰に似たのか知らないけど、よくないぞ」

「?……お父さん以外に、"影響"されないよ、他の動いてるお肉は、人型なだけだし、えっと、お、怒ったのお父さん?」

去ろうとする俺に駆け寄るまわり、目尻に涙が……さあ、ここでどうすればいいのだろうか、猫たちはそんな困り顔の俺を冷静に観察してますよ、お前たちの命を救ってあげたのは俺だぞー、感謝しろ、あっ、でも殺される原因も俺が…ごめん。

まわり、高名な人形師が生涯をかけて美を追求した人形のように、完璧な容姿をした少年、俺の息子、物腰も柔らかく頭の回転も速い、常に冷静でいて時に驚くほどの行動力も発揮する。

完璧と言う言葉が似合う存在、だから普段は叱るような事はない、俺の事に関してだけ、その事だけだ、どうやって伝えればいいのかなぁ……ここまで頑固だと、今更修正は出来ないような気もするし……俺の妹や弟も今に思えばこんな感じだったしなぁ、我が家の伝統みたいなものかぁ。

色褪に相談しようかなぁ、でも、連れ戻されて監禁は嫌だ、差異……一番信頼できるけど、監禁では済まないような気がする、俺の我儘で今の生活があるわけで、家に置いてきた"一部"は、うむむむむむ、たまに数日だけ帰ると、それはもう恐ろしい、うなー。

「怒っては、いないよ、まわり、何となく"そんなの"なれてるような俺がいる、うん、でもさぁ、こう、自由にさせてくれてもいいよな」

情けない声になってしまった、俺はいつでも情けないさ、例え息子だろうが、負けます。

「………」

「何も言わずに顔を寄せるな!何だその悦に染まった表情は!うー、猫を探すぞ猫を!」

「かわいいです」

息子の発言とは思えない、30を過ぎたおっさんに可愛いと言ってもなぁ、もっとこう、色んなものに眼を向けて欲しい、いつまでも俺にしか興味が無いって姿勢は駄目、俺が死んだ後どうするんだよ、心配で死ねないじゃんか。

とりあえず息子から逃げる、猫を探さないと猫を、午前中にみつけたいなぁー、うー、この街は道が入り組んでいて、様々なものが雑多で、何かを探す事に全然向いていない、でもお仕事ですから。




お父さんが足早に去ろうとする、僕の興味はその人にしか無いので、横に並んで歩く、何か不機嫌にさせるような事を言ったかな?

こんな汚れた場所にこの人がいると、その事実に心が張り裂けそうなのに、こんな依頼を持ってきた"常識の無い存在"は早々に消した方がいいかな、後で誰か、ちゃんと調べないと。

そもそも、猫如きに思考が染まっているお父さんも駄目だ、そんな……畜生なんかに、畜生……まったく可愛くないあんな生き物に少しの感情でもお父さんが持つとしたら、許せない。

四足でしか歩けないみっともない生き物、それを探す為に、本当ならこんな仕事、させたくないけど、お父さんのやりたい事なら仕方ない、僕が少しずつそこは修正すればいいだけの話だ。

「うーー、まわりの意地悪、かなり意地悪、少しは父親らしい事させてくれてもいいじゃんか」

「……いつでもお父さんは"お父さん"ですよ?……最高で、ずっと、ずっと一緒にいて欲しいと思ってます」

「いや、そーゆーのじゃなくて、もっとこう、普通にって言うかさ、まわり、今からそんなんだと辛いぞ、俺の方が先に死んじゃうんだから」

「死なないですよ」

何を言っているんだろう、そんなの、許せないし許すはずもない、何だか少し背伸びしたお父さんはかわいいなぁと思う、何処か誇らしげに色々と説明してくれる、生について。

世界で興味があるのはお父さんだけ、世界そのものもお父さん……だからそれを聞く、言っている意味はよくわからない、死ぬわけがない、死ぬわけが、僕が全てを犠牲にしても、貴方を死なせない、死なんて曖昧なものに貴方を奪わせない。

その為に色々と考えているし、幼い頃から計画を練っている、この人を永遠にする為に、ずっと考えて勉強して努力して、僕の全てを犠牲にしてでも貴方といられる永遠を見つけようと、うん、大体は形になっているのだけれど。

「聞いてるのかーまわり?」

「出会ってから今に至るまで、全て聞き逃していませんけど」

全て暗記しているはず、僕の頭の中はそれだけでいい、それしか詰め込めない、そんな病気に冒されている、でもそれは最高に心地よいものだから、永遠にそれを頭に吸収するのだ。

お父さんは僕の言葉に何も言えずに頭をかく、こうやって、ちゃんと態度と言葉で示さないと、時折それを忘れて僕に接するのだ、それもそれでいいのだけれど、やっぱり常に愛を囁いた方が、いいと思うのだ。

「もういい、本当、これからはちゃんと躾しないとなぁ、なむなむ、おーい、ルイルイ、ここにはいなそーだから、次行くぞ、次」

「ん、了解だ、恭輔、何だか少し不機嫌そうだな、オレの恭輔にそんな顔をさせるのは、まわりだな」

「どうだろうね、ルイルイが思うような事は無いと思うよ?」

「ふん、あやしーぜ、恭輔、虐められたらオレを呼べばいい、すぐさまにこいつを血肉の塊にしてやる」

「……お前らね、家族でそんな事を言わないの、泣きたくなるよ、冗談でも言って良い冗談と駄目な冗談があるんだからな」

冗談じゃないんだけど、ルイルイは嘘は言わない、いつでも正直だ、吸血鬼と竜種の混ざりものである彼女の優先順位は恐ろしいほどに僕と同じ、父親の視線を自分に向ける事だけにしか興味が無い。

いつか排除、"はいじょ"……すてないと、そう思いながらもこうやって長年一緒にいるのはお父さんがそれを望んでいるからだ、それを望みさえしなかったら…でももしかしたら僕も知らない内にルイルイに情のようなものが出来たのかも、だとしたら僕は僕を殺さないと、お父さん以外のものが"混入した"僕の脳みそは不良品になってしまう。

「まわり、なんかいけない事を考えてるな?」

「いえ」

そんな事、あるはずがないのに。




結論、猫は見つからなかった、見つからないものは仕方ないなぁ、またの機会にしよう、俺の諦めの良さは世界で一番なのだ、駄目な大人である。

そんな結論が出たので、朝飯を店で食う事にする…………うん、時間はまだまだあるし、そんなに一日の全ての時間を猫に費やすのは、俺はいいんだけどなぁ。

息子と娘が……特に息子、まわりが危険だ、うむ、なんだか猫を全殺しとか危険な発言が目立つ、我が子ながら、我が子ながらこえぇぇぇー、うぅ、頭を撫でたぐらいでは"まとも"にならないや、助けてタロー。

帰りに本屋にでも寄って教育の本でも買おうかなぁ、今から効果があるのか微妙な所だけど、しないよりはマシと言うか、うーむ、悩ましい、悩ましいぞ。

しかしさっきから学生の姿が多いなぁ、今日は仕事だからこんなに朝早くに起きたけれど、いつもは家でダラダラと、目立つ……何だか学生を見ていると思う所があるわけで、こいつらも、うーん。

「飯なんにするの?なー、なー、恭輔ー」

どうせお前は血肉たっぷりなものが食べたいんだろうよ、うーん、美貌と魔眼で人を裏路地に連れ込んで血を吸う事を覚えた時は大変だった、うん、人間の食べ物をたべたいーってのはまだマシか、マシになった。

はぁ、まわりはまわりで俺が外に仕事に行くだけで、かなり危険な時があったしなー、今は少しはマシになったか?どうだろうか、表面的には柔らかな態度だけど中身はドロドロだもんなぁ。

こう、依存と異常を断ち切るにはどうしたらよいのだろうか、異常や異存の中で産まれて、その中で教育されて生きて来た俺には中々に難しい事だ、どうすれば断ち切れる…昔はそんな所が"おかしい事"にすら気付かなかったから、俺も少し成長したのだろうか?

成長、成長を望んで家を出て、いつの間にか家族が出来て、家族だ……そう、家族のような関係で支配されて、でも嫌なわけじゃなくて、あんまり家族を知らない俺でも何とかやれているよな?……少し教育に失敗しただけで、でも二人とも愛らしいし、成功なのか?

人外の容姿をした存在が多くいるこの街でも二人の容姿はずば抜けている……おやじでおっさんな俺とは偉い違いだ、うーん、うーん、うーーーーん、綺麗に育てたのは俺だから俺は俺を誇っていいのか?おバカだなぁ、中身はドロドロだぞ、確実にまわりは。

「どうしてこんな事になってしまったんだろうか」

「恭輔ー、質問に答えてねーし、たまーにそうやって変な妄想に浸かってるよな、ずぶずぶってさ、沈んでる?」

「沈んでない、変な妄想にずぶずぶ沈んでいません、そもそも、お前も!少しは女の子らしくしなさい……あれ、今まで俺の周りに…女の子らしい人ってあんまいねぇや、うわぁ、じゃあ、つたえられねぇ、教育に失敗するわけだ」

「お父さんに失敗なんかあるわけないじゃないですか、またそうやって、不思議な事を言って」

「そこが不思議なんだって!もう、まわりの存在が不思議、不可思議、これから先どうやって!、うぅぅ、これからずっと、ずっーとなのか?差異、タロー、うぅ」

「僕がいますよ?」

不思議そうに顔を見られても、可愛いな畜生、なんだこの美少女顔は、あれか、だとして、だとしても!うーぅ、でもまわりを一目見て"俺のもんだな"と思ったのも確かで、今でもそうだしー、仕方ないか。

肩で切り揃えられた鴉の羽のように艶のある黒髪、優しげな瞳と小さな鼻と口、むぅぅぅ、完璧だ、こいつーー、親の俺には内緒で実はモテモテ?ああ、嘘です、しってますよ、こいつが告白された回数…だっていちいち俺に報告するし、自慢か!

でも最終的には「お父さんがいるので断りましたけど、もっと、酷い事を言って完全に遠ざけて、沢山傷つけた方が良かったですか?」って、どんな意味だよ、ひでぇ、やめときなさいといつも言うのだが、現場にいない俺の言葉をちゃんと守っているかどうか。

そもそも俺がそれを望んでいるかのような言い方は止めて欲しい、女の子と付き合えば少しはこの泥泥(どろどろ)を中和できるんじゃね?とか考えているのに、それを餌に俺の心を揺らすのを楽しんでいる節すらあるからなぁ。

「まわりは時折育てるの"せいこー"したなぁって思うけど、時折、大失敗だーとも思う、どっちみち息子で好きだから仕方ねぇけどさ、うん、そのうち、俺をどうにかしようとか企んでいないか?」

「企みですか、お父さん永遠計画なるものは幼少のときから頭に思い描いてきましたけど、それの事でしょうか?」

小首を傾げる、愛らしい仕種だ、指を桃色の唇にあてて、さも純真そうに、純真ではあるのだけれど、純真に黒い所もあるしなぁ、何処から内面を探っていいのやらこまるなぁ。

色白の肌は俺の視線を、関心を得た事で僅かに紅潮している、わかっているけど、可愛いとも感じてしまう、どうしようかこの矛盾、どうしよもないこの矛盾、俺の責任だろうな確実に。

「その計画は俺にばれない様にな、ばれたら怖くて寝れないと思うし、静かに静かに、裏で事を進めてくれ」

「あっ、は、はい」

嬉しそうに笑ったのでこれはこれでいいのか、しかし腹へったなー、うー、この時間帯ではそんなにお店が………折角の外食なので良い物を食べたいと思うのは駄目な事だろうか?否、そんなわけがない。

早くしないと、凶暴性を隠そうともしないおバカちゃんな娘がそこらの民間人の首に歯を突きたてて、骨を折りながら朝の牛乳一気飲みに通じるゴクゴクを、体は痙攣してますーな流れは避けたいしなぁ。

そんなの娘にやらせたら駄目なことぐらい壊れかけの頭でもわかるや、なんだかアレだな、二人とも見た目は清純なのに動物的な凶暴さとドロドロの狂愛でイカレテマス、どうしようね、俺のこれからの人生、ずっと一緒なのはわかるけど。

差異やタローともちゃんとちゃんとなぁ。

「どうしようかな、あっ、飯の話な」

「?……はい」

いつの間にか怖いぐらいにまわりが接近していたので、そらもう、怖かったです。




オレは空腹に弱い、と言うよりは貪欲であると言えばいいのか、すぐに血肉が欲しくなる、成長期だから仕方ねぇよなーって恭輔に言ったら頭を叩かれた、恭輔が与えてくれた痛みなのでよしとしようか、最高じゃんか、頭をさすさす。

欲しくなる=貪欲なその意味では恭輔以外は欲しくないけど、ご飯を食べないと、存在が保てなくて恭輔と一緒にいられなくなる、それが根底にあるのだからやっぱり恭輔、恭輔なんだ、オレの中身は、中身を"皮を破って"あけたら、恭輔への思いが血とともにダラダラと垂れ流しになるに違いない、世界で一番神聖な汚物だ。

オレの思いを知ってか知らずか恭輔は飯を何にするか悩んでいるようだ、中々にものを決めるのが下手な人だから、真剣に悩んでも大した結果を望めない、そこもいいんだけど、恭輔、血をくれないかなぁ。

あと全部くれないかな、オレを全部あげるから。

そんな気持ちを内に隠して、さりげなくまわりを見る、恭輔がいるのにまわりを見てもあれだけど、こいつは危険だから、恭輔を横から攫うとしたらこいつだもんなぁ、危ない奴、危険な奴だね、恭輔も良くこんなのを自分で育て上げたものだ、化けもんじゃん、化けもん。

化けもんを二つも育てて平然と笑っているのだから流石はオレの父親だ、頭がくるくる、確実に大事な物が"ない"そこがいいよ、そこがいいよ恭輔、そしてオレは眠い、帰りたい、うあー、家で恭輔を甘噛みしながら寝たいよ。

「ルイルイ、ファミレスじゃ駄目か?」

「んー、何でもいいぞ、恭輔は何がいい?何がいいんだ?」

「二回も聞く意味がよーわからんぞ、んーー、つか今、俺ファミレスって言ったよな?そこでその質問かー、どんだけ流しー、聞き流し―?」

「何だソレ、さっきの猫を食べた方が良かったとか?」

「ぐぎゃー、違うわぃ、不良娘め………もういい、俺が決めるぞ、あとその兎の服かわいいな………言い忘れてた」

「おう」

褒められた、最高にいい気持ち、こんな朝早くから仕事に付き合っているのも恭輔と同じ時間を共有する為だ、この時間の為なら何でもするぜオレ、ほら見ろ、まわりが睨んでる、凄い目だ。

恭輔そこを見逃したら駄目じゃんか、もうすげーもん、嫉妬と依存心でぐちゃぐちゃの垂れ目、犬チックな瞳だけどきょー犬の類だぜ、いつもオレの首を狙ってるんだ、オレも狙ってるし、殺し合いの家族なぁ。

でもそんな大事な事をいつも見落とす恭輔も大好きだ、大好きすぎて意味も無く抱きしめて抱きしめて、その瞳を"つまんでみたい"ああ、えぐるだなんてかわいそーだもん、逆にしてもらうのもいいかもなー、オレ。

オレ、この眼が嫌いだし、オレの眼、理由は簡単だ、恭輔と違う眼なんていらねーし。

深紅の色をした瞳は恭輔の黒い色とは違う、いらねーな、金の髪も恭輔の黒髪と違う、すててーな、生きていると思えないほどに透けた肌も恭輔のやや褐色の肌とは違う、剥がしたい、あと、血の色は同じじゃねーのか、同じだよな?

相手の血を吸う為の鋭利な牙もいらねー、いらねいらねー、オレはいらねーものしかない、恭輔への愛情だけがいるか、いるもんな、それ以外の形を成しているものは全部恭輔と違うんだぜ、しんじらんねーの、誰だよ、そんな風にしたの、嬲り殺しにしちゃうぞ。

「おっ」

恭輔が声を漏らす、ん、耳からその声を脳みそにきゅうしゅーーー、でもどしたんだ?……視線を追うと、何だか小さなガキ……ああ、ガキってもオレと同じくらいの年齢のガキ、そいつが大柄の男に裏路地へと連れていかれてる、嫌なのか大声を発して体を捩じらせてるが、駄目だな、暴れても力の方向性を定めてないと、無駄に力を消費しちゃうだけだ、隙を突いて一点の方向に全力をかけなきゃ。

バカだなー、でも、別にそれが出来た所で相手との体格差で逃げるのは無理かな、見た所、両方ともただの人間のようだし、この街では珍しい事では無い、金がほしーのか、そーなのか、だったら脅して奪えばいい、オレみたいな外れを引いたら嬲り殺しだ。

でも恭輔の"興味"をオレから横取りしたのはゆるせねーしな、どしよ、指示を待つ、このまま飯って感じじゃねーし、臆病な癖に何でも顔を突っ込んで、恭輔ったらさ、まわりは興味が無いのかそちらの方向を見ようともしていない、恭輔をずっと見てる、ただ顔を見るだけじゃないぞ?

全身をこう舐めるかのようにだな、綺麗な瞳で、セクハラ少年だな、死ねよ。

「助けるか、なんか嫌がってるし」

他の通行人は見て見ぬふりをしてる、オレは別にどうでもいいけど恭輔の視線を追う癖があるかんなー、どうやら奥に引きずり込まれているガキが学生で、絡んでいるのが何かあやしー商売の人間のよーだな、めんどくせぇな。

恭輔の視線を奪うなよ、さっさと"去れ"んー、オレが殺したい、殺したい、オレから奪うなよ、力が拮抗しているまわり以外は余裕で殺せんのによー、恭輔みてるもんなぁ、両方殺して叱られるのはなぁ。

叱る恭輔も大好きだ、もう何でも大好きだけど、他の奴が原因で感情を向けられてもね、恭輔の心が動く場合は、常に根底の原因はオレにあってほしい、あんな道端で偶然眼に入った屑からオレに感情が向けられるなんて、ゆるせねー、両方とも消えろよ、してぇな、吸いつくして吸いつくして骨身を曝け出せよ。

「ルイルイ、あの人助けたいから、俺を"たすけて"」

「んー、いいぞ」

でも、決定権もオレの意思の方向性を決めるのも恭輔だから仕方ねーもんな、まわり、自分の方が頼られなかったからすげー顔、だって笑みがさぁ、あいつら、あの二人、まわりに殺されるのをオレが止める、こうなるのがもうわかる。

まわりは恭輔の"興味"を僅かでも奪う存在に容赦ねーかんな、前、恭輔が家の前で餌をあげていた猫も……あれ、この写真の猫、あの猫に似てるじゃんか。

怖い奴だよまわり、先に先に、恭輔に絡むだろう"予定"の魂を狩るのが大好きなんだ、オレも同じだけど、オレはもっと広範囲だけどね。

さて、ボコボコにしちゃえ。



[1513] Re[77]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/04 10:51
それは何と言えば………虫、虫だった、巨大な虫、それが人語を扱ったのかと思えば、より嫌悪は強くなる。

お嫁さん云々のメールをしていた俺のぶっ壊れた思考をさらに破壊するには十分すぎる代物で、俺は唾を飲み込み息を整える。

結婚が決まれば死ぬとはこれ如何に?どうしよう、まだタローからの返事を見ていないし、見ないといけない、ここで断られたら恥ずかしさで死ぬ、死んでしまう。

巨大な虫、巨大と言っても通常の虫のサイズからしてだけど、でもまあ巨大か……大型犬ぐらいの大きさ、何処からどう見ても百足、緑色の百足なんか心底気持ち悪い。

それが狭い通路で触角をピクピクさせながら俺の様子を窺っている、誰がどう見ても普通じゃない、普通の百足じゃない……けど何処か安心した、百足なら飛びかかる事は無いだろう。

生理的な嫌悪を覚えつつ、だけれど、どうしたものかと思案する……これ、何だ?虫、虫、虫つーか百足、厳密には虫じゃないのか?取り合えずは化け物。

こいつ喋ったよな、喋ったなら意志の疎通が出来るって事で……血の臭い、少女の声、こいつから?信じられないけど、そうなのだろうと納得、これ、普通の生き物じゃない。

『江島恭輔』

もう一度呼ばれた、つかあの強靭そうな顎、百足の口、どうやって人間の言葉を出しているのかちょっとだけ興味がある、だけど怖い、怖すぎる……タローとの結婚問題が無かったら漏らしてるな、恐怖で、それだけの決断だった、おぉ、俺よ、もう戻れない。

百足は俺の様子を見ているだけで、攻撃をして来ない、こんな状況になれば戦う事しか浮かばない俺って…最近はそんなのばっか……だっけ?むぅ、思いだせない、思いだせんぞ。

とにかく緑色の百足が俺を観察しているように俺も奴の様子を見る、迂闊には話さない、返事をしない、もし下手に会話になって性格まで怖い生き物だったら最悪だから、弱虫な思考。

今起きているのは、"恭"か、心細い本体を助けてくれと願う………俺の右手に一つの"瞳"が浮き出る、相手を油断させるためにも出すのは瞳だけでいい、恭の大きく丸い瞳がぱちくりぱちくり。

『おにいちゃん?……こわがっているね、おにいちゃん』

そうなのだ、怖がっている、だから一緒にこの肉体の表に出ていておくれ、そう願うと"いいよ"と、この子はこう見えてモザイクシリーズ最強なのだ、なのでいてくれるだけで安心。

この子の能力はとても便利かつ強力かつ理不尽、俺のコピーとは思えません、しかも一番近いコピー、開発者頑張った、ちょー頑張った、オリジナルの俺も見習いたいです、はい。

変なの、恭はずっと俺の一部なのに開発だって、自分自身がわからないのはいつもの事、それより今は目の前の恐怖生物が、恭は安心してと伝えてくるが、本体の弱気な性格はどうしようもないのですよ。

『しっているよ、あれ、んとんと、おおむし、"雄々虫"(おおむし)だね、遠離近人の、むしの遠離近人』

雄々虫、虫じゃない、百足じゃん……まあともかく、あれか、汪去とかコウとかの同族、虫の遠離近人?むぅぅぅ、獣だけじゃないのか、あれも人型になれるのか?じゃあ人型で出てくれよ。

こえぇーじゃんか、でもまあ、虫つーか百足、こいつとは意志の疎通が出来る事が確定したが、さてさて、どうしてこんな薄暗い所でこんな化け物に遭遇しないといけないんだ?

そもそも虫だろうが百足だろうが遠離近人、あいつらの所属組織の、所属している島の井出島からほいほいと、ここは鬼島の管轄なのに、どーゆー事、もしかしていい加減?

『こわいかおしているね、あごがきしきし、いかく?威嚇?』

そんな俺の不安をやわらげるように恭が絶えず"会話"で話しかけてくれるのはありがたい、威嚇かどうかはわからないけど、確実に俺、狙われているよな、狙われるような事したかなぁ。

こんな事なら鋭利に必死についていけばと、反省、楽しげな思考、あいつ、家でテレビ見てるもの、みんな起きているな、状況はわかっているだろうが、動かない、そんな相手なのか?

でもそれでも緑で大きくて百足だよ?しかし雄々虫って種族は割と多いらしい、なにって数が……俺の周りはレアな遠離近人しかいないから、こいつらの数は沢山、たーくさん。

雄々虫は異端の世界では珍しく無いらしいけど、俺には珍しい、強靭な体と強力な顎の力、毒も吐きます、で速いです、そんな生き物だと次々に情報が、ちなみに情報元はコウから、コウはコウで俺へ捧げる"餌"を探してニコニコと、なんだろ餌って、まあ放置、こっちの状況を知って、井出島から外にいる雄々虫は沢山いて把握できないと、申し訳なさそうな思考。

いいよいいよと、さて、数がいて何処にでもいてそこそこに強力でレアじゃない生き物、それが俺に何の用事だろう、話しかけてみようか?……タローを嫁にする俺に不可能は無い。

壊れた開き直り、世間的に気持ちの悪い開き直り、だってD級だもの、そうしないと幸せになれないかも、おらぁあああ、さっさと女なって、結婚するぞ、もうここまでだ俺。

でもこの状況は変わらない、変わるはずが無い………だって現実だからリアルだから……意識の中で恭が頭を撫でてくる、俺は大丈夫だと強がるか、ぷにぷに、精神やわらかい。

「何だ?何か……道を聞きたいなら教えるけど、その姿だとみんな失神するぞ、お年寄りとかに迷惑だから……」

『江島恭輔……一緒に来い』

誘われました、子供の声だやっぱ、かなり幼い、舌足らずな声、でも凛とした……賢さが、知性が、現実が溢れている、でも百足についてこいと言われて、はいそうですかは無い。

嫌ですと首を横に振るとまた無言、歩けば後ろをついてくる、どうすれば、こんな怪しげな生き物流石に俺が飼いたいと言っても差異が捨ててきなさいと言うのがオチである。

何せペットは猫、兎、蛙とバラエティー豊かに揃えているのだから、テケリーな二匹もいるし、あいつらも可愛いだよなぁ、躾を少ししてみたが、中々に賢い、うむうむ。

だけれど百足はなぁ、何せ百足だし、害虫だし、でも生きているんだよなぁ、害虫でも、さぁて、さぁて、恭はいつでも能力を使えるように、いざとなれば全員の能力を解放すれば大抵の事は上手に出来ます、上手に出来るんですよ?

「一緒にって、前もって連絡してくれないと無理だよ、明日学校だし、いやいや、今日も学校だったんだけど、サボったから明日は出たいんだよ」

『ほぅ、学び舎に通われているのか、御身は』

妙に丁寧なしゃべり方をする緑色の百足、こう、恭も舌足らずだが、この子の声は舌足らずなのにしっかりと、なんだろうな、大人が幼児の声で喋っている感じがする。

なんとなく、この虫さんが俺に悪い事をする存在ではないとわかって、うむうむ、こいつ、なんだかんだで礼儀正しくね?無理やり連れてこうとしないし、差異の思考がびびっ、油断してもいいぞと、どんな思考?でもまあ、俺の情報、百足の動きから大体の強さを把握してくれたらしい、すげぇや差異、なんだか最近は差異をほめまくり、おぉ、一番好きだぞ差異。

「通っているよ?」

『それは良い事だ、経験や知識は何処ででも得られるが、多感な時期を同じ歳の生徒と過ごせるのは得難い価値がありますからな』

幼児、ようじぃぃ、凄くまともな事を、緑色のテカテカした肌、肌つーかもはや装甲が気にならないぐらいにまともな受け答え、横目に……気持ち悪い、気持ち悪いがいい奴だよ。

だとしたら、話だけでもと立ち止まる、百足ちゃんも止まる、かさかさかさかさかさかさと蠢く沢山の足がぴたりと、その反応がさらに気持ちが悪いが精神を見れば気持ち悪くない。

あんまり見た目、見た目で反応するのは良くない事だぞ俺の思考よ、だからそれを捨て去り、無垢な気持ちで百足を見る、なんだ、意外に可愛いじゃないかと、そう思う、すげぇ俺。

「百足ちゃんの名前は?」

『あ、これは失礼した、まだ名乗ってすらいなかったな…我が名は"ころろろぅ"見た通り、百足です』

なんてシュールな自己紹介、百足、そうだな、百足だな、恐らく誰が見ても百足と言うだろうし、俺の一部のみんなもスヤスヤと気持ちよく眠りながらも情報を読み取って"百足!"と叫ぶ。

しかし見た通りとは、確かに見た通りですけども!おっ、メールだ、失礼ところろろぅに謝って、後ろを向く、流石に失礼かなと思いつつ、俺も人生が決まりつつあるので、ちょい待ちでお願いします。

恐る恐る、恭が『がんばれー、ゆうきをだすときだ』と、この子は、今度全部を体から出して抱きしめて寝よう、むぅぅうううう、愛しい愛しい恭め、なんか買ってあげる今度!

さてさて、メールを見よう、後ろで顎をキシキシと鳴らす百足は放置だ、放置しないと身が持たない……『やったー、けっこん、OK-、じゃあ女なったらメールする』……軽い、かるっ!……えええええええええーと、かるっ!どう見ても軽いなこれ、このメール浮いているな空中に、がたがたがた、体が震えます、タローの軽さに、おぉう、おおぅ、おおぅ、女になるんだ、そーなんだ、やっぱ、じゃあいいや、いいぞ。

「ふぅ」

『どうなされた?』

「いや、こう、近々結婚する予定が出来た」

『ほほぅ、許嫁ですか』

「まだ男なんだ」

『…………』

「これから女になるんだ」

『………………………』

「さあ!笑えよ百足!この百足!どう見ても百足!顎を鳴らして笑えばいいさ!ふはははははははははは、げはぁ」

『いや、その、しかし自然界では片方が女になったり男になったりとそのような生き物もおりますし、気にしない事ですな』

優しい幼児声、素晴らしい百足、取り合えずひしって抱きしめてみた、かたい、とてつもなくかたい、でもとてつもなく良い奴なので、レアじゃ無くてもいいもんなお前!

励ましてくれた百足の表面は油でテカテカしていました、しょうがない……虫だから、虫つーか百足だから、だから百足は虫じゃなくてえーと、ぬるぬるぬるしています、こわっ。

しかしタローのこの元気な感じはなんなんだ、嬉しいのか、彼女いるんだろ?でももう逃れられない感じ、逃れられないのは俺、でもそれをもう良いとしちゃったから、認めよう。

俺は結婚する、こう、恋とかそんなものを全て飛ばして、あのふんわり笑顔の童顔よ、頼むから女になったら……何を願っているんだ俺、だから相手はタローで、くっ、仕方ないって。

『ならばより我(われ)が貴方の側にいないと駄目ですな、幸せな未来があるのなら大人しくついて来て欲しいのだが、断られたら仕方ない』

「どーゆー事だ?」

『貴方は狙われている、そして我はそれを守る為に、我が巣なら守りきれると思ったのだが、二度言うが断られたら仕方ないのだ』

二度言ったな確かに、かなーり律儀な幼児声な百足、緑百足、どーゆー事だ、狙う……俺を狙うか、誰が?それは聞いて良い事なのだろうか?

でも聞かないとわからない事は聞かないとな、それが例え百足だろうがなんだろうが、再度のメール『こどもいるよなー』………空が見たい、でも子供はいる、いるよ、いるぞ。

ソレはいつの日かわからない未来の家庭で、過程をすっ飛ばしてそれが浮かぶ、もうここまで覚悟あれだと、うん、女だし、あいつ女なるし、じゃあじゃあ子供はいるかも、いいんだぞ。

幸せな家庭をD級なんかの俺がつくれるのなら、それでいい、それでいいじゃないか、にやり、もうどうでもいいんです、どうでもよくはないか、で返信だ『いるなぁ』いるんです。

女になれば大丈夫、だいじょうぶ、大丈夫じゃないが、幸せな家庭幸せな家庭幸せな家庭、俺が欲しいもの、きっとそれは俺が欲しいもの、俺だけが心の底から望む現実、あるならくれ、くれよタロー。

「で、誰が狙ってるんだ?」

『ほほう、聞きますか』

俺は結婚確定嫁確定子供確定、そう、確定しまくったのだから今更なにが決まろうが問題では無いのだ、問題なんて無いね、あったら壊すね、頑張ってな!そして停止、また停止。

百足の停止は気持ちが悪いのだが最近は大丈夫、最近ってさっき会ったばかりだろう俺、将来が決まったからと油断するな、油断したら……だって狙われているんだよな俺?

D級だから狙われているのかなぁ、また捕獲、捕獲されそうになるのかな、モルモットは嫌だな、あとまあ結婚するとしても……色々考えて2年後ぐらいだろう、メールだメール。

そう、もう俺には失うものは無い、いや失いすぎて失うモノが無いのだ、なんて哀れなモルモットなD級能力者、俺の能力ってなんだよちくしょう、凄いビームとか出せたら素敵なのになぁ……お嫁さんが出来たら守る力がいるのか、お嫁さんってアレだけど、むぅ……メール、『いいよー』軽い、軽い、だから浮いているってタローのメール、こう、空中に。

『狙っているのは遠離近人……十狼族の戒弄、貴方が奪ったコウの為に、貴方を殺そうとしています、ですが井出島としては江島の直系たる貴方に何かあれば色々と困るのですよ』

「え」

え、だ、まさに"え"……どうしたものか、反応に困る、告げられた事実は意外も意外、すぐさまにコウに伝達するがコウも驚いた気配、知らなかったのか、つか一緒にいないのか。

理解、理解する……コウの幼馴染の狼が俺を狙っていると、んー、強い強い戦闘狂な狼、牙も爪も鋭く、俺なんかを殺すのは楽チンなのです、あー、そーゆーこと、でも俺を守る理由は納得できないな、関係ないだろう、そして関係あってもD級の俺なんかに、よくわかんないや、裏の事は、政治の事は……どんなやりとりがされているのかさっぱり不明です。

「色褪の"勝手"か」

『その名前が出るのならわかっているのでしょうに、だからこそ、守らなくてはいけない、あの化け物は貴方の為なら何でもする』

「脅され?」

『我が一人警戒しているだけだ、他の遠離近人はその事実すら知らない』

そりゃそうか、色褪の権力ならもっとこう、とんでもない奴が来そうな気がする、でも百足を馬鹿にしているわけじゃないぞ、これもまあ客観的な意見って奴だ。

自分を客観的には見れないが、何かを客観的に見るのはすげー得意、なので成程と頷く、しかし命を狙われているのか狼に、で守るのが百足と、こう失礼だが、イメージでは狼には勝てないよなどう考えても。

ぱき、ぽき、ごくりで食われるのだろうか、でもこいつの事をすげー大事に思えてきたので死なないで欲しい、いい奴は死なないで欲しい、なるべく生きて欲しい、それが百足でも知性があるのなら、結局姿かたちはどうでもよくて、魂の価値を知性で決めるのは差別、差別だが幼い心の俺にはそれ以外の選択肢は無いように思える、つか、無いね。

「なんでお前は知っている?」

『それは』

それを知りたい、教えてくれ、そんな視線を向けるが足がキシキシと軋むだけで答えは返ってこない、どーゆー事だろう、でも百足の雄々虫、ああ雄々虫、何処にでもいる"そんなに強くない"生き物がどうしてそんな事実を知っている?コウの仕業では無いと、コウからくれた餌では無いと知識と思考が……なら、なんだ、誰がこれを"くれたんだ"教えてほしい。

「なんで知ってる?」

『…………………十狼族の戒弄は我の姉だ、と言っても、我は十狼族と雄々虫のハーフで、彼女は我を妹としては見ていない、汚い混ざり物さ』

汚い混ざり物、者ではなく物、何処かで聞いたような感じ、でも思い出せない…こいつ、百足狼、狼百足、なんかよくわかんない存在だったのか、よーく見れば百足のお尻に尻尾、ワンワン尻尾、なんだろこれ、笑える、けど笑ったら傷つくだろうし、何より失礼だ、自分の失礼な思考にいらっ、苛々、むぅ、これは鋭利の強い感性だな、鋭利の感情にちょい刺激された、表面上だけ。

俺が俺の一部に影響されるなんてありえない、けど、それだけではまるで俺はエゴで蠢く生き物、なのでたまに一部の気持ちを自分のものと勘違いする遊びを、でも失敗、鋭利はひどいなぁ……しかし、百足に犬の尻尾とは、喜ぶと左右に揺れるのかな、立派な立派な……純粋な十狼族の姉に嫌われて差別されて生きてきたとかそんなんか?

勝手に相手の過去を想像するのは良くないよなきっと、でもせめて犬の耳があれば見た目が百足でも俺は最初からお前を愛せたのに、耳と尻尾があれば犬ですよ、あっ、狼か……狼は犬か。

『おにいちゃん?もふもふするの、恭にする?』

そりゃ抱きしめたいよ犬を、そしたら恭からこの思考、おおぅ、空気の読める子、後で出してもふもふしよう、それこそ玩具のように扱って、強く強く抱きしめて、泣かせる?冗談。

ソレもソレで見てみたいけど、恭から流れる『えとえと』な思考はオッケーって意味、自分を虐めたい俺に自分に最も近い姿をした恭はいいなぁ、でも一番優しくもしたいから、矛盾。

恭の痩せ細った身を貪るのもたのしいかも、たのしいかもですよ、『うぅぅぅううぅ、でも、おにいちゃんののぞみは恭ののぞみになるから、ぁ』……ん、最後の小さい"ぁ"はなんなんだろう。

くすくすと、女の子みたいに笑った俺に若干百足が後ずさった、えーっと、名前名前名前ー、名前を覚えるのが苦手つーか何かを覚えるのが苦手な俺、変な名前、変な名前の知り合い多いし覚えられるか俺、覚えよう俺、えーと"ころろろぅ"か、覚えた、百足犬のころろろぅ、俺を守りにきました。

「混ざり物かどうかなんて知らないけどなぁ、可愛い所あるじゃん、百足なのに尻尾とか、まあいいや、で姉が俺を殺して色褪がキレて、姉を殺さない様に俺を守ると」

コウは彼女をころろろぅを知らないと、どうやら本当に差別されて親友にも妹の事を話した事の無い様だ、百足犬、可愛いのに、失礼な、足から変な音を鳴らすんだぞ、そこがいいと思いなさい、

『そうですな』

「ふーん、姉が好きなんだな、うん、家族で仲良しなのは良い事だ、俺もタローと子供が出来たら可愛がろう、もう吐き気はしない、それだけ壊れた俺!」

『こ、壊れたのですか?』

「ですよ、デス、死!でもここで立ち直るんだ俺は、百足の犬、犬の百足に突然会うような世の中だからなんでもいいだろう、世界なんていい加減、嫌悪なんていい加減、差別なんていい加減、すぐに修復、すぐに直る、治る」

もう嫁が決まれば思考も定まる、女になればいい、むぅうううううううう、卒業まではでもなぁ、一年後じゃ無く、二年後、落ち着くまで?どうしよう、どうしようかなぁ。

百足犬の上に乗る、かたっ。

『へ?』

「家まで来るか?つかね、外で待たせるのも悪いし、俺の一部には許可を貰えた」

『一部?……それは何なのでしょうか?』

「説明はしません」

『……何て人だ』

そうだよ、困ったお方なんですよ俺は、百足犬を手に入れました、さて、狼が俺を狙うならこっちは虎でも近くに置いとくかな、うんうん、そうだ、聞きたい事がある。

「あとで人型なってよ、可愛いだろ?」

声から察するに。

『………ふぇ!?』

驚かれた、ゴツイ見た目の生き物から出るにはあまりに愛らしく幼い声に俺がびっくり、この子は真面目で犬属性からか忠犬ぽい、ああ、そう、犬、タローと結婚して…タローのわんわんを見る前に、俺は俺のを手に入れれそうだ、はは、あはは、はは……捨てられてたわけではないけど、全てが終わって、狼を追い返したら、この捨て犬百足、ころろろぅは飼い犬にしよう。

飼い百足?はは、何でもいいけど、何でもいいさ、こいつの精神なら見た目の入れ物なんてなんでもいい、ああそうだ、そうだ、人になったら首輪をしないと、他人に見せつけてやらないと、このキシキシと鳴く百足犬は俺のだって、さあ、さあ、意識が覚醒、覚醒する……欲しいんだ、人型はどんなんだ、声から幼児、どんな幼児、嗤え、俺は何処にゆく。

隷属するワンワンが欲しい。

「なんで驚く、声から予想しただけだよ、うん、俺の予想は当たる時は当たる、外れる時は外れる、けど今回は?」

『お、お戯れを』

ふーん、そんな風に照れるんだ、声は幼くもしっかりしているが、照れている、人型でも尻尾があればいいな、触って撫でて、色々としてあげるのに、遊んであげるのに、俺の為にくぅんと鳴かせるのに。

「犬が飼いたいな、お前を」

言ってみました、そして帰り道は同級生に会わないようにしないと、無理かも。



[1513] Re[78]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/05 13:27
自分が思っていた以上に人と違うのだと理解したのは……取り合えず、生まれたばかりの妹を殺した所から、そこから"おかしいなぁ"とは思ったのだ、おかしすぎだろう、犯し過ぎだろう。

禁忌を犯したのだが自分には反省の色は無い、口うるさい両親も殺した、ころしてころしてころして、殺した、結果は一人ぼっち、どうやら我が家はそんな家系らしい、家族を殺すのが大好きな家系なんてものは実在するのか、実在する、家族を形成するのも同族の血を見たいが為に、近親相姦、近親相姦、近親相姦、そして殺し合い、素敵な家系だった。

家族を形成するのも家族を殺すが為なんて、思う、思わなくても………酷い酷い酷い、自分に至っては家族を殺してから祖父にその血を教えられ、理解した、祖父も殺した、祖母もだ。

みんなみんな親戚は血族の誰かを殺すチャンスを窺っている、そんな中で若い自分のやった行いはかなりの事件、流石にここまでド派手にあからさまに人殺しに覚醒した一族の者は私以外にあまりいないらしい、みんな地味に"質素"に家族を殺し家族を産み近親相姦により肉体では無く精神が奇形化してゆく、おお、救いようが無いな。

我が家 脈胴(みゃくどう)の家はそんな血族殺し近親相姦が大好きな家でありながら中々に"上手"に世界と付き合っている、それは商いだったり政治だったり、簡単に言えば権力に関わる才があると言う事だ、なので色々ともみ消してくれる、血族を殺すのは普通、だが世間では異常、なので血族の誰かが血族の誰かに殺されたら、それをもみ消す、凄いぞ脈胴家。

なので今も殺して、殺人をしてその帰り道、どうせもみ消すのだろうと電話で本家に通達、気軽にじゃあもみ消しとくとそんな反応、気軽、あまりに命を軽んじている。

だけどそれが私を普通の日常に戻してくれるのならと、今日はいきなりの殺人だった、いきなり相手側の情報が本家から、ある一定に年齢になると本家が殺人を管理するようになる、若い内は誰でも好き勝手に殺せるのだが……大人は我慢を知らないといけないらしい、その為の教育なのだ、なので突然の報告に浮かれてしまい学校をずる休みしてしまった。

一応は通う高校で生徒会長の立場にいる身、あまり好き勝手に振る舞うのは良い事では無い……まるで権力に溺れ踏ん反り返るバカな大人のように、明日はちゃんと出席しなきゃだな。

後ろめたい事が嫌いな脈胴恭子、つまりは私、自分の名を言ってしまう恭子(わたし)なのだが、この癖も直さないと駄目だな……スピーチとかで恥ずかしすぎるのだ。

「しかしここは何処だろう、駅から人目を避けて記憶を辿って家路を……恭子はバカか、もしかして方向音痴なのか恭子は、いや、そんな馬鹿な!!何せ優等生だしな!」

自分を信じる事が大事だ、殺人を犯す時もそれが大事、自分に自信が無い奴が人の命を取れるか、取れる奴がいるのならそれはもう人間じゃ無いのでカウントしないさ。

朝に突然連絡が来たので学生服のままだし、あれだろう、こんな裏路地にいるような輩は女子高生とか大好きなのだろ?恭子は知っているぞ、生徒から没収した、その、なんだ、破廉恥な本にそのような内容のものが多かった、多かったのだ!

これはピンチなのでは?流石に血の繋がりの無い者を殺すわけにはいかない、それ以外を殺すような輩は優等生とは言えない、ただの殺人鬼だろう、しかし鬼では無く現役の人間なので殺人者でいいな、恭子は鬼はヤダぞ、暑苦しい存在は嫌いなのだ、架空の存在でも。

「もうここは開き直って大通りに出るしかないのか……いや、待て、血とか付いていないよな……くんくん、血の臭いするのだろうか」

自分では判断できない、今日殺したのは遠い親戚の親子二人、父親は外に仕事に出ていて残念ながら殺せなかった、次の機会が無いのが残念なのだが仕方ない、大人になれ恭子。

しかし世の中の男共は処女が好きだと言うが、血塗れの女子高生も限りなくそれに近いように思える、どうなのだろう、学園では堅物として通っている恭子にはそんな事を聞ける男子の友などいるはずないのだが……女子にきゃーきゃー言われるのはさらに心苦しい、どうも男勝りな性格が好まれているようだが、今更これは修正出来ないしな、困ったものだ。

「くんくん」

実はまだ嗅いでいる、血の臭いがしたら一発でアウトだしな、このまま悩みに悩んで夜中になったら今度は補導されかねん!なんてこったい、嘆いてみたが状況に変化なし。

友達にはメールで風邪を引いたと嘘をついたから後一日ぐらいは休んでも違和感はないだろうが、この身は生徒会長、学園の平和と秩序を守る為、皆の手本にならねば!

「あれ」

くんかくんか、自分の臭いをしつこく嗅いでいたら知らぬ声が!とうとう痴漢と遭遇なのか……女子高生が生きる糧見たいなそんな変人に恭子はどう対処したら良いのだろうか。

天国の恭子が殺した父よ母よ、そして生まれてすぐに殺した妹よ、教えてくれ……ちなみに恭子は霊とかそんな類は一切信じないのでこれはただの儀式、こんな事でもしないと家族ですら思い出せない無情の血だから脈胴家。

「生徒会長だよな?あ、ですよね?……先輩だから敬語……でも学園の外だし、俺は体育系では無いし、部活には所属していないし、むむむむ、どう思う?」

その時点で敬語では無いだろう、説教をしてやろうと咄嗟に思い声のする方向に振り向く、振り向いてすぐさまもう一度振り向く、つまりは最初の位置に戻る、な、なんだアレ。

簡潔に言えば百足に乗った青年だった、簡潔に言えば青年が乗った百足だった、纏めて言えば百足と青年だった……しかも緑色の、うっ、眩暈、気持ち悪くて眩暈。

恭子は虫の類は苦手なのだ、そしてニュルニュルした生き物も苦手、鰻とか食べる奴は宇宙人、そんな信念で生きてきた恭子にとって蛇のように長くてしかも虫な百足は恐ろしきもの。

かたかたかた、体が小刻みに震え汗がだらだらと、女子高生の汗が御褒美な変態も世の中にいるらしい……少し現実から逃避してみたが逃避した内容が最悪だったので現実に戻る。

「おーい、無視してるの?無視は駄目だろ、特に生徒会長が、いやいや、今の世の中ではそれすらも差別になるのか?」

「くっ」

「せいとかいちょー、おー、せいとかいちょー、サボり?それとも帰宅中?でもサボりか、鞄ないし、サボり仲間でいいじゃんか」

「むっ!」

「サボり魔会長、つか、無視は本当に駄目だよ、特に俺みたいな立場の人間があんたみたいな権力者にあからさまに差別されたら、今より待遇が悪くなる、鬼ー、おにー」

「お、おに……むすっ」

「おに、むすって、おにぎり?むすび?つかプルプル震えてるのは怒りのせいか?怒ってもいいけど相手をしてよ、相手をしないとなんかするぞ俺」

「ば、バカにして」

「おっ、返事してくれた、つか"俺"はそんなのよくわかんないし、怖くて怖くてあれだけれど、俺の中の俺が血の臭いがするって、生徒会長から、なぁ、脈胴恭子さん」

「えっ」

振り向く、もう眼を逸らさない、巨大な……この世界にはあり得ないような巨大な百足に乗って青年は笑う、口ぶりからして恭子と同じ学校の人間、だけれど何なのだろう、この状況。

百足に乗った青年……何だかパジャマのようなもの、え、パジャマ……と頼り無いサンダル、まるで家からそのまま、無精過ぎるだろうと突っ込む、こんなものに恐怖を覚えたのか恭子は、だってこれと百足のコラボは心の底から怖いんだ!本当だよ?!

「おっ、び、美人過ぎてひく」

「き、き、君は失礼だな!ほ、褒めたのか?貶したのか?どっちなんだ!はっきりしたまえ!」

何だか予想外の言葉に頭に血が、一気に赤くなった頬を見られまいとついつい怒声を上げてしまう、いつも生徒や部下を叱るような声量で、相手は大きく震える。

び、び、美人、いつも心の壁を張っている恭子に面と向かってそんな事を言う男子はいなかった、なにより、そんな事を言う男なんて大嫌いっ、大嫌いだ、軟派すぎる、そんなの男子じゃあ、無い!

ああ、そんな事を言う奴は男子じゃない、わなわなと意味も無く両手を……は、恥ずかしい奴、この子は恥かしい奴だ、恐らくだけど、この予想は外れてはいないだろう、絶対だ。

「褒めたよ」

笑う、なので苛立ちが、人を混乱させといて、だらし無い格好の癖にそんな言葉を出せるなんて、この子はなんなんだ、喋り方云々で悩んでいたって事は年下、後輩だろう、同級生の顔は皆とは言わないが大体は把握している、恭子の記憶にない青年。

「つか俺の事を見て、見るだけで何も言わない、俺は名前を言い当てたのにな、つまりは知らない、おっけー?」

「お、おっけぇ」

「なので名乗ります、江島恭輔、まあ一年下です、です……先輩つーか、おおぅ、知り合ったのだからなんて呼べばいいか教えてくれると助かる、本人から聞くのが一番だし」

名前を聞いてもすぐには情報が出てこない、そして暫しして、ああ、マイナス方向の記憶だったので中々に記憶の中から手繰り寄せるのに苦労、情報は情報としてあるのだから。

江島恭輔、D級の能力者、世界のモルモットの一人、恭子としてはあまり良い印象が無い、その名を持った青年は差別され迫害されても平気な顔をして学校に通ってると聞く。

努力をしてスポーツでも成績でもそれ以外でも活躍して他者を納得させればいい、彼は生まれは不運だが何かしらの価値はあると、なのにただ差別されているだけと聞くとどうもな。

「有名人だな」

「そっちこそ、つかね、そっちの方が有名過ぎるだろう、成績優秀ー、スポーツ万能、そして美人、少し抜けている所もあり、そりゃ憧れ崇拝されモテる」

「聞き捨てならない言葉が恭子の耳に入った気がする」

「耳かきで取ればいい」

「な、殴られたいのか君は!」

「ぼ、暴力で人を従う人なのか生徒会長!」

何故か互いに戸惑いながらも会話が楽しい、おかしい、異性とこうやって話した記憶は皆無だ、なのに何故か楽しい、ずっと昔からの知り合いのように会話が成立する。

それが不安で、心が不安定にグラつく、今日は殺人をして家に帰って明日の予習をして好きなドラマを見て、ぐっすりと寝る、そんないつもと同じ一日のはずだったのに。

何だこの百足に乗った子は、ん、ん、何て呼べばいいのだろう……異性を呼ぶ時は名字に"くん"付けと恭子の中では既に決定事項なのだが、どうも、こう、このとぼけた相手には似合わない気がする。

「俺の言葉は無視なのかそーいえば、生徒会長って呼べばいいのか?そこんとこ、はっきりしてください、あとこの百足を気味悪がらないで、なんか繊細な所もあるっぽいから」

「む、百足に繊細も何も」

「人間に繊細も何もあるのかなぁとそっちの言葉を先んじて封じる方向で、生徒会長みたいな賢い人間がそうやって、生き物の在り方に縛られるのは、あっ、俺はバカだからいいけど」

恭子の言葉を遮って一方的に言葉で責め立てるとは失礼な、この子はどうも自分に甘く他人に甘く、まるで小さな子どもと話しているかのような錯覚を覚える、小さな子供と話した経験は少ないので必然的に幼い頃の恭子にそっくりと、そんな風に思う。

「君ね、そもそも、まだ会って数分でそこまで深入りしようとするのが間違っている、しかも君と恭子は先輩と後輩の間柄だろ?せめて敬語を使いなさい」

「あー、あー、なんだかそれはヤダな、うん、すげぇヤダ、綺麗な人が怒ると怖いんだなーと呑気な思考の俺にそこまで来られてもなぁ、困る、困るよ生徒会長」

「役職で呼ぶ事で牽制しているつもりか?」

「別に、そこまで頭は回らないけど、つか、生徒会長、サボりなのに強気で来るから怖いんだよ、サボり確定でしょう、血の臭いがするし、うわー、うん、くさいです」

「お、女の子に!」

「俺の中の俺の意見の話だから俺に迫らないでほしいけど、まあ、仕方ないんだろうなぁ、俺だしー、とりあえず、はなれて、美人め、美少女はちょい怖いの、近いと!」

百足からひょいっと、む、恭子より身長が頭一つ大きい、こうやって並ぶと男子って怖いなと思う、例えこのおかしな青年だろうがだ、でも……どうして血の臭いがわかる?

恭子のように血の臭いに敏感な生活をしているならまだしも、ただの学生が…"俺の中の俺"って言葉が既におかしい、この子は何を言っているんだろう、まったく自分のペースを崩さないでこちらのペースを壊しにかかるから少しも情報が引き出せない、少しだけ、本当に少しだけ興味が出てくる。

「ふふん、血の臭いをさせる女の子は沢山知っているから、俺からしたら生活の臭い、あいつらの場合は匂いか、たまに甘く感じるよな血、こわいな?」

もし本当に彼が血の臭いを……ならそれがどんな意味を持つかわかるだろう、恭子は今日、一族の人間を殺した、そしてまた殺すだろう、それが生活の一部で、現実的な世界とは隔離した世界観を持っている、そんな女子高生にこの青年はどうして笑える、笑ってどうにかなるとでも思っているのか、よれよれの寝巻を着てくすくすと笑う、西洋の悪魔みたいだ。

恭子の血族は皆、人殺しで、近親相姦から生を得て、全てが歪みきっている、人格も破綻したモノが多い、それを仕留めて心を震わす恭子もとっくの昔に破綻している、壊れている。

「そんな睨みつけないで欲しいんだけど、やっぱり学校をサボったから?」

「それは恭子も一緒だ、怒っていると感じるのならそれは君にそう思うべき所があるのだろう?」

「あっ、改めて綺麗な人」

そんな事を言われたいんじゃない、どうして血の臭いのする女にそう"ゆるやか"に話せる、まるでここが学校の中であるかのように、穏やかな空間であるように振る舞うな!

わざとらしい、それは馬鹿にされているのだ、恭子なんてどうでもいいと、今こうしている、話をしている事さえ、彼にはどうでもいい事で……まるで感情が感じられない、心が無いようだ。

気安さと気軽さと同時に怒りを覚える、少しだけ血の繋がりをある存在を眼の前にしたのと同じような胸の高鳴り、殺人をしたいとか血をみたいとかとは違う、この存在をどうにかしたい!

「もう一度ふふん、仲良くなれそうだから、嬉しいのに、頑丈な壁があると邪魔だなぁ、だなー、生徒会長」

「なんだい、江島君」

「んー、恭輔って呼んでもらうのは無理かな、今は鋭利の遊びに付き合っているから、俺の心は鋭利のように独占的なんだ、だから」

意味はわからない。

「恭輔って呼んでよ」

だけど、言いたい事はわかる、そして相変らず敬語は使わない、この子は徹底している、これだけ注意しても意志を伝えてもまったく伝わらない、頑丈なのは君の心の壁だろう。

つ、ついニヤニヤしてしまう、どうもこうやって怒りや優しさを他者に向けるのは久しぶりなので戸惑う、家族は殺した、妹なんか生まれてすぐに殺した、ぷにゅってした。

殺した家族……まだ自分の血の宿命が出るまでは、こんな風に接していたような、そんな気がする……思えばあの人たちも良く我慢した、若く、柔らかい肉に成長してから恭子を殺す。

それまで両親は良く我慢した、でも恭子の覚醒が早かった、だから家庭は壊れて妹も死んで、なにもかも無くなって、この名字であるだけで流れてくる莫大な遺産、それで怠惰に生きてきた。

友達にも、親友にすら言えない秘密はココロを腐らせる、腐った心は醜悪で嘔吐を誘う、なのにこの青年、江島君と来たら…もしかして、そんな"人間"がいるのか?

親殺しの血縁殺しの一族を嫌悪しないような人間が……それは恭子の願いだ、自分をさらけ出して生きたいと、それが出来ないから今もこんな暗い路地裏で怖く不安な思いをしているのだから。

「ほら、一度呼んでみて」

「そ、それは駄目だ………恭子は、そんなに軽い女じゃない」

「へ?あ、う、うん、どーゆー意味でなんだ、うー、血の臭いを纏わせても俺の名前は恥ずかしいと、それはないだろ、んー、呼び捨て駄目?家族みたいに」

家族は殺した。

「ああ、黙って、睨みつけた、怖いな生徒会長……"家族"って単語に反応した?だとして、うむ、もしかして今家族を殺した帰り?その血?あれ、でも、家族を殺しても帰るのは我が家だから、どーゆー事だろう、難しいなぁ」

冷や汗、過去の事だけど……それは正解で、正しい事だからつい頷いてしまった、今までひた隠しにしていた事実を突き付けられて、それに頷いてしまった、恭子は頭がバカになってしまったのだろうか、こ、こ、殺さないと駄目?

そうしないと恭子は普通の世界では生きていけない?お金で説得できる様な人間には見えない、何処か社会と逸脱しているような青年にどうすれば口封じを出来る。

(か、か、から、体?ふ、ふぇ、やだ)

それはやだ、知らない相手に体を許すのは死んでもいやだ、有り得ない、でもでもどうしたらいいのだ?恭子の頭には学校で習った勉強の為の知識しか存在していないのか?何か要領良く誤魔化せないものか?……悩んでも答えは出ない、恭子は力が強いわけでも特別な能力があるわけでも無く、ただ殺人が上手なだけ、上手に殺せるだけだ……彼だって殺せる。

でも"普通"の人殺しを恭子の心が拒否をする、悲鳴を上げている、それをしてしまってはもう太陽の下を歩けないぞと、それは絶え間なく聞こえる、自分の声だ、恐怖に引き攣った声だ。

「家族を殺したついでに俺を殺す?無理だよ多分、恭が起きているし、今の俺の体はとても"人間"じゃないから、まあ能力で強化してます」

「な、なにを」

「面白いなぁ、生徒会長は生徒の模範にならないと駄目なのに、家族殺しをしてるのか、それは凄い、矛盾ではないけど納得し難い事だよなぁ」

ぽすっ、頭に手を置かれる、凄くあり得ない考えだがこのまま弾けた柘榴の様に頭を潰されるのかと、彼はD級の能力者でそんな力は無いのに、こ、殺せる、こんなに近いと、私の距離、人殺し、家族殺しの出来る距離、今日も経験した距離。

「ちょい"読み取る"……別に美しくても人殺しをするだけの、家族殺しをするだけの常人は"俺に入らないけど"……縁を感じる、縁を……だからいいかな、成程、うわっ、ち、血……すげぇ…吐きたい記憶、見たくない記憶、笑えない記憶、妹さんも殺した?柔らかいうちに?でも人の家庭の事情を責めても意味が無い」

頭がふわふわする、なんだろう、殺す気も逃げる気も起こらない……ただふわふわと。

「家族を殺したくはなかったけど欲に負けた、そんな血の人、よし、ついでに、生徒会長って立場は面白い、俺も学園で"差別"されて身の守りが、それが欲しかったし、生徒会長も殺した家族への、三人分の愛情が浮いた状態、そりゃ困るなぁ、俺に"くれ"」

ひぅと息を飲む、目の前の青年の笑みはより深まり、何が?何が?と混乱する、ずるりと自分の内に何かが入り込む気配に背筋が凍る、まるで粘着質な肌を持つ生き物が狭い空間に無理やりに身を押し込むようなそんな薄気味の悪い感覚。

「え、あ、な、なにをするの?」

「どうせ残っているならちょーだいな、子供っぽい口調にいきなりなるからびびった、まあ年上だから"姉"って立場にでもなってくれると嬉しいかな、学園で流石に差異たちを持ち込むわけにもいかないし、強い権力のある生徒会長が俺への愛情でくるくるぱーになって守ってくれるなら、タローの結婚まで静かに学園生活を過ごせるかなと、そんだけ」

「あ、う、え?なんで恭子が君を守らないと、駄目なんだ?ば、ばかばかしい、手を、ど、どけなさい!」

「んー異端と違って脆すぎてわかりにくっ、これかー、ん、ちょっとごめん、とにかく"姉"に進化、もしくは退化して、壊れてな、人殺し生徒会長」

「―――――――――」

何も言えなかった、何せ、"江島恭輔"という存在が、恭子の中にある全てのものを壊してずるりと完全に心に体を、おかしげな、眼がぐるりと宙を向く、背筋が凍るとかそんな生易しものでは無い、何せ、春の暖かみの様に胸の内に広がるこの感覚の方が先程の何倍も恐ろしく、理解出来ず、はるか昔に感じた感情……家族への愛情、それを無理やりに引き出される。

彼が何なのか、自分が何なのか、そんな事も忘れて"阿呆"のように涎を垂らしながら大きく体を震わせる、折角の女子高生ってステータスも台無しだなと下らない事を思う、ああ、思う。

妹の顔は思い出せない、両親の顔も思い出せない、殺した人間の事を気にしていたら精神が病んでしまう、だから気にしない、家族は好きだった、好きだったからこそ忘れた、消した。

その曖昧な、曖昧とすら言えないようなボロボロの記憶に彼の、彼そのものが侵入してくる、全ての家族の歴史を自分に変換する、恐ろしい、恭子は今、忘れていた家族の思い出すら奪われている。

(妹も、両親も、全部この子になってゆく、こわい、こわいッ、こんなのって、無い………ちゃんと表の通りで、帰っていれば、こんな、なのに、どうして)

ぽーっと数秒呆けてしまう、入れ替わる、家族がこの子に、そうすると次は状況判断で、彼は……私より年下で、家族で年下の男の子を"弟"と認識するのは正解、恭子は優等生だから。

脈打つ恭子の体をじっくりと観察する青年、ああ、お姉ちゃんをそんなに見て、お姉ちゃんをそんなに見て……全てを見逃さないように、羽虫の羽を千切る子供の様な無垢な視線に"きゅんきゅん"と胸が震える。

そう、わけのわからない"効果音"が胸の内から聞こえる、まるでドラマだ、胸が震えておかしくなりそうだ、いや、実際に恭子は今おかしくなっている。

あれ……おかしいか?おかしくはないよな?弟を可愛がって愛しいと思うのは姉の常だ、可愛い、この子は恭子の弟、でも何故か殺したいとは思わない、不思議、そうか!

"そうなのだ!"

今までの家族は偽物で、恭輔が本物だから殺したいとは思わないのか、成程、この脈胴恭子、一生の不覚、恥ずかしい気持ち、恭子は変な所で不器用なのだ。

「何て呼べば良かった?お姉ちゃん?姉さんはもういるし……もしくは下だよな、家族だし、恭子」

「ああ、何だ"恭輔"」

「おお、よし、成功で正解、百足……逃げようとするなよ、どうした?何か怖い事でもあるのか……取り合えず姉が出来た、あれ、出来たっておかしいな、姉は最初からいるもんだしな、取り合えず恭子ー」

ニコッと笑われて、ニコッと笑い返して、どんな現実だろう、しかしどうして恭子はこんな事を忘れて逃避していたのだろう、本物の恭輔の為に偽物の血の繋がりを消す為に活動して来たのに、それを家系のせいにして、現に"血の繋がった"恭輔には殺人衝動などは起きないのに、おかしいものだ……甘えてきた恭輔を抱きとめてやりながら思う、ここで恭子と恭輔は何をしていたのだろうか?

「む、胸がちょっだだけどむに、おっと、それと約束だぞ恭子、学園で俺を"守ってくれ"なにせその、肩身が狭いから、"頼む"な?」

「当然だろう」

弟を守らないで何が姉だろう、しかも恭子と恭輔は世界で二人しかいない姉弟なのだから当然だろう、この子を虐めるような輩は恭子が許さない、見つけ出して学園で生活出来ない様にしてやる、それだけの権力と求心力が自分にはある、カリスマと言えばそれまでだが、天が与えてくれた才は弟の為に活用させていただく。

「明日から学園生活が少しはまともになるかなぁ、これでよし、じゃあね、恭子、家族で別々に暮らすのはあれだけど、今は恭子の"家族殺し"のせいで一緒に暮らしにくいから」

「ああ、明日学校でな、いつの日かお前と暮らせる日の為に恭子は偽物殺しを頑張るとするよ」

こんなに優しい気持ちになれるだなんて、やっぱり"弟"は凄いぞ、恭子は感心してしまった。

「怖がるなよ百足」

恭輔の呟き。



[1513] Re[79]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/06 11:29
自分の"ご主人さま"が違う動物を連れて来た場合、最初からいたペットの取るべき行動は三つしかない。

無視する、仲間と認める、噛みつく、大体はその三つだろう、なのに俺はそのどれでもなく、単純に混乱している。

恭輔の帰りを恭輔のベッドの上で丸まって待っていた俺は、主の帰りに無いはずの尻尾を振りながら扉の前で迎え入れようと……。

なのに、知らない動物がいる、知らない動物に乗って恭輔は帰宅した……苛立ち、唇を噛みしめる、ああ、俺は嫉妬深く、醜い。

「巣食い?」

「……なに"それ"」

「ああ、百足だ、野良百足を拾ったから暫く我が家で飼おうと思う、人間の食いもの食べるかな?」

「……しらない」

ぷいっとつい冷たい対応、恭輔はふーんと頷いで靴を脱いで家に、百足は困ったように停止している、恭輔が入れよと言うと中に、足が物凄く気持ち悪い、こんな醜悪な生き物に嫉妬なんかする俺はなんなんだろう?

手持無沙汰で足を揺らしながら恭輔の後ろをついてゆく……まったく遊んでくれない、遊んで欲しいのに俺、どんな"芸"でもするのに、つれないの。

「ころろろぅは二階の俺の部屋にどーぞ、人型なれるだろうし大丈夫か、ベッドで寝るかゲームするか小説や漫画読むか、まあ好きにしてて」

『了解した』

恭輔の言葉に人語で返答、雄々虫の雌か、割と数の多い異端で恭輔の興味の範囲外だと思うのだけど、大きな体を巧みに揺らしながら階段を上がってゆく、それを見上げながら思う。

ただ買い物に出かけたはずなのに……恭輔って存在は誰か一部が横で見ていて"抑制"していないと、好き勝手に異端を引き寄せ一部にする、それはとても怖い事、ペットは俺だけでいい。

「巣食い、おいで」

買い物のビニール袋を差異に渡すと恭輔はソファーに寝転がる、遊んでくれるのかと近づくと引き寄せられて抱きしめられる、あぅと情けない声を上げてしまう、いきなりすぎる。

「差異ー、重かったぞー」

「ん、助かる、しかしそのおかげでまた"姉"が生まれて学校への伏線となっただろう、あれは弟馬鹿にくるくると狂ったから、ん、恭輔を死ぬ気で守るぞ、死人がでるかもな、深い愛情だ」

「それは止めて、そう意識するか、まあ、差異のそーゆー一面は嫌いじゃないぞ、姉さんはそれに生まれた時から俺の一部で姉さんだろ、恭子はさ」

「ん、それでいい、すぐにご飯の支度をするから、巣食いで遊んでろ」

「おー」

情報としては知っている、姉が出来た、しかも異端では無い、一般人に近い殺人鬼の女、それも個性として恭輔が受け止めて欲しがったのだから俺に言うべき事は無い。

恭輔の胸の上でその顔を見つめる、あれだけ寝たのにまだ寝足りないのか呑気に大きな欠伸をしている、こう、一人の人間を自分の"家族"に無理やりに仕立て上げたとは思えない呑気さだ。

「巣食いは可愛いなぁー、街を歩けばお姉さま方にきゃーきゃー、いや、お兄さま方にもきゃーきゃー、羨ましい限り」

「そ、それは恭輔が嬉しい事なのか?」

「嬉しいか嬉しくないかで考えるとなぁ、巣食いは俺のペットだから他人に自慢できるのは嬉しい、俺なのだからそりゃ嬉しいけど、この可愛さを人に取られるのは嫌だな、独占欲が強い?」

「俺は恭輔以外に懐かない」

自分自身なのに懐くも何もないだろう、でも恭輔のペットたる誇りが俺にはある、だから体を擦りつける……これは俺の主だということを他の動物に示す為に。

他の動物、さっきの百足の様に……しかし恭輔は異常を異常に引き寄せる、あんな百足は恭輔の一部からしたら割と普通だけれど、それでも異常である事は変わりない。

「巣食いは甘えたがりだな、甘えたがりで可愛いから俺は何も言えない、ただ抱きしめて、一緒に遊んであげるだけ、それで楽しめたら幸いだな」

「恭輔が俺で遊んでくれるなら、俺は嬉しいよ?……すぐに雌だって理由で百足を家に持ち込まれると、それだけで、お、おかしくなりそうだ」

「ふーん、おかしくなった巣食いも見てみたいけどなぁ、あっ、沙希に先にお風呂に入られた」

思考を読み取ってそれで他の一部の現状を読み取るのが恭輔の最近のお気に入りみたいだ、恭輔の思考は白濁としていて時折俺達にはわかり辛い所があるけれど、それもまたいいんだ。

それで俺は………しかし、あの虎は中々に性能も良く愛嬌もあって、こう、ペットとして嫉妬する……あれはそんな事もわかって恭輔に体を擦りつけるから、猫らしい思考、気楽な思考をして……雌の分際とは気軽に言えない、自分の異常性を知っているから、でも恭輔は雄同士だからと、そこは笑ってくれた、だから俺も気にしない方向で……どうも細かい所を気にする性格は姉から指摘されていた通り、成長するにつれて自分という存在が邪魔になってきた。

「き、恭輔に可愛がられているだけで俺は満足だぞ」

「そうやってデレデレする事も覚えたか、それなら俺も大満足だな、今日は何してたんだ、俺と寝ていた時間以外は」

「それは……恭輔と一緒にいた時間以外は"どうでもよくて"曖昧になるから、ご、ごめんなさい」

謝る事も覚えた、俺はどんどん変わってゆく、自分の母がどのような悪意を持って自分を製造したかは不明だけれど、ざまあみろと、お前の愛しているものは俺の主で、俺を愛でてくれる、俺を愛でるように、主従の関係を無視して恭輔を愛でる、この人の側にいるだけで俺は幸せなんだ。

俺のこの人を、"俺"を少しでも傷つける奴は許さない…兎だろうが主の為になら俺は何だってやる、そ、その、体でも何でも恭輔に差し出してあげる、その為に生まれたのだから、俺の存在価値は恭輔の為にある。

「謝るなよ、うん、たまにはツンツンしててくれ、そっちのほうが可愛い、いや、巣食いは可愛いけど、いつでも、いつも俺のペット」

「そ、それはそうだよ」

「そうやって望んだからな、この長い白髪も、赤い眼も、真っ白過ぎて怖い程綺麗な肌も、俺の"一部"であるから大好き、甘噛みすると、柔らかくて、中に赤い血肉が詰まっているんだろうなって感じがする、噛みたいよなぁ、この柔らかい肉を、でも駄目、そんな事をしたら"俺"が痛いもの、痛いのは嫌いだからな」

恭輔が俺の腹を撫でる、なんだかくすぐったいような感覚、恭輔の昔着ていたブカブカのシャツ、手を差し込むのは簡単で、恭輔は穏やかな表情で俺の肌の感覚を楽しんでいる。

くすぐったさと愛しさで身を震わす俺を見てココロを潤している、その精神の繋がりに俺は強く歓喜に打ち震えるのだ、気でも狂ってしまえと言わんばかりに体が火照る、自分自身なのにと思いながらも、自分自身だからこそここまでの愛しさなのだと納得する。

でもだからこそ、だからこその、俺を可愛がってと強請る、強請って強請って、匂いを恭輔に擦りつける、差異が俺達を見ているが気にしない……また台所に消えてゆくその背中を見て思う、ああ、あああ……あ、はぅと、大きく震える、吐息を吐きだす、見っとも無い、醜悪な子供、男の子なのに、男の人(本体)を愛して媚びて媚びて、問う、愛してくれていますか、自分は愛していますよと。

だから愛して、愛して、アイシテアイシテアイシテアイシテ……俺は恭輔の一部で本当に幸せ、貴方の為に尽くします、貴方の為に笑います、貴方の為に怒ります、貴方が生きているから"活動"してます、俺を壊して、こわして、食べたいなら食べてもいいよ?

「そうなのか、良かった良かった、お腹を撫でるとびくんびくんてするのな、可愛いへそ、小さくて、うん、やっぱり可愛い……おへそ、おへそな、ほじくりかえしてあげるぞ、人工的に生まれた癖に、こんなのいらない癖に、俺と繋がってるくせに、誰かと繋がりを必要とする為のこんなもん、いらないだろ?……俺と繋がっているんだから、巣食いは俺なんだから、いらない、いらない、いらないのにつけるなよ、俺が言っているんだぞ、無くせよ、こんなものいらない」

「い、いらない、恭輔が望むなら?」

強く"穿られる"血が出るんじゃないかってぐらい、でも、痛いけど、それが恭輔の望みだから喜びで、穿られて震える、穴に指をグリグリと、恭輔の中の子供のような探究心が満たされる、満たされるんだ。

いたい、いたい、ああ、こんな穴いらないよ、どうして製造する時に、こんな、他人との繋がりがあるような"まやかし"のものなんて、恭輔と繋がっている俺にはいらないのに、あう、変な声が出る、変な声じゃない、愛しい自分に求められている声だ。

「巣食いはいい子だな、こうやって俺のしたことに喜んでくれる」

「きょ、きょうすけ、あぅ、ああ、もっと、ほじって、消して、"屈折"の失敗を」

おへそを穿られて、もしもありえたかもしれない"母と子"の繋がりに純粋に嫉妬してくれる恭輔が可愛くて愛しくて気がおかしくなる……このまま肉体まで溶け合って、どろどろに、この人の中で脈動する一部となる。

ああ、でも今でも俺はそうなのか、じゃあもう、歓喜に震えてあんあんとおバカのように、なんか、知ってる、ちょっと"えっちぃ"こと……恭輔が望むから平気だけど、もっと、おへそをみたら、赤くなっている、ぴんく色で、少し腫れている。

あう、あうああ、俺をもっと可愛がって、虐めて、苛めて、弄って、俺に興味があるのなら何でも見せてあげるから、違う、最初から恭輔は俺を全部把握しているけど、改めて意識して見て欲しい、それがペットのいる意味、主を守り、主に弄られて愛されて触られても媚びて尻尾を振る。

「でも可哀相かな……だからいいよ、巣食いのヘソの穴可愛いし、なんか凹んでるお腹、沢山食えよ、うんうん、でもさわり心地がするりとして、うん気持ちいい」

舐められる、頬を、俺も"ちゅるり"と舌で、舌と舌が重なって不思議な感覚、嫌じゃない、むしろ液体を通して絡み合うと一体感が強い、さらに舌を伸ばすが恭輔はさっさとひっこめてしまった、つれない態度にペットの俺は何も出来ない、ペロペロと同じ感覚を強請って頬を舐めるが恭輔は瞳を閉じて身を任せている。

「百足の事で嫉妬するなんて、巣食いは本当に可愛いな、でも、辛いだろう、虎のように無視を決め込んで楽に振る舞ってもいいんだぞ?……俺は弱虫で愚図だけれど、そこを許せるだけの心の在り方はみんなのお陰であるし、みんなも俺、俺は俺を動かしています、つか、自分を動かせるのは自分だけかぁ、それこそお笑いだなぁ」

「お、おへそ」

「何か巣食いのように冷たくて綺麗な生き物が"おへそ"って言うと不思議な感じ、もう穿らない、また穿るけど、あんまり遊んで腫れたら嫌だし、だから今日はな、びくんびくんびくんして可愛かった、満足、まあ巣食いに関して不満足だなんて事はあり得ないから、うん、今日は鋭利と一緒に寝るけど、巣食いもな、ペットは常に、虎も……差異とか沙希はまた今度、寝るってのは、うん、いいもんだ、ぬくぬくだ」

「俺と寝て嬉しいの?」

「そりゃもう、抱き枕に、綺麗なもんは近くにあるだけでいい、つーか巣食いって睫毛長いし、眼もキラキラだし、こう、マジ美少女かつ美幼女かつ、まあ男」

「恭輔と一緒だから、もう悩まないようにした、あ、あと、おへそ触る時は言ってくれないと、びっくりするから、"や"なんだから!」

「照れて照れて、でれでれで、ん、溶けそうな愛らしさだ、こんな存在が自分の一部だという事に感謝しよう、ペットには甘いかな俺」

「お、オヘソ触られて、舌で、舐めたから……次は、なにをするんだろ」

「次?まあ、その時の気持ちのまま」

恭輔の気持ちのままに遊ばれる時間を思うと、心が震えた。




百足を見たら部屋の隅で丸まっていた、なので毛布をかけてあげる、寝た、寝たのかな、怖がらせたのか……何に怖がったかわからないけど、それが怖い事なら、辛いよな。

風呂上がり、飯も食べました、差異に隅々まで洗われて、なんかこちょこちょと体に触れる小さく細い指の繊細な動きに駄目になりそうだった、嗤った、笑った。

取り合えず兎はお風呂、虎は居間で毛繕い、差異は洗いもの、沙希はインターネットでお買い物、鋭利は盆栽の本を読んで唸っている、テケリな鳥さんは今日は首輪を付けた、飼い主である俺の名前も書いてある。

これでよし、うん、よし、見た目が幼児な雌だからもしもの時の為にこれで安全、安全?安全ってなんだろ、テケリな鳥を今度は"触って"遊ぼう。

テケリは"俺"じゃないが、なんだか俺はあれをこう、俺の為に動く生き物に教育したい調教したい育成したい、色々と言って聞かせると面白いように吸収するあれ、忠誠度が高い人間の形をした"もの"はおもしろい、わかりやすい、操りやすい、んー、これは残酷な事じゃないだろう。

これは俺の鳥で鳥かごで鳴かすだけなのだから、もっと群れをで遊びたいな、あいつらの仲間をぐちょぐちょにして自然界の中からはじき出して俺の中で生きて、んー、なんだっけなんだっけ、ベッドに寝転ぶ、明日の準備をしなきゃと、教科書の類を鞄に押し込む。

疲れて寝てる百足を観察、こう、顔だけ出してるとなんか可愛い、あれだよなぁ、早く人型になってくれないだろうか、期待は高まる、興奮する……けど起こしてまでする事じゃないかな。

そりゃ知らない世界で知らない環境で俺に振り回されたら疲れるよな、幼児っぽいし、んー、んー、携帯をいじりながら"いつの間にか"入っていた恭子からのメールを、まあ、最初から入っていたか、うん、何だか早く寝ろとか、まあ夜更かしはしないで歯磨きをして寝ろとか…んー、子供扱い?でもまあ、姉の言う事は従わねばとベッドに……ぐぅ、眠い、ちょい。

「恭輔」

「んー、差異か、百足なら寝てるぞ?」

「ん、そうか、こちらの世界では………まだ幼体のようだし、緊張していたのだろう、寝かせておけばいい」

「そうか、いや、何かこんな姿なのに、愛らしく見えてきた、巣食いは嫉妬で頭の中ぐちゃぐちゃだったし、動物は互いに警戒して嫌って、わけがわからんな」

「恭輔が望んだ事だと差異は思うぞ、ん、躾はしっかりしないと後に困る、あの兎は嫉妬深く独占欲が強く、差異の理解の範囲だな」

「差異は何でも俺をわかっているな」

「ふふん、差異を愛してるか?」

「そりゃ」

差異が一番好きだ、どんな一部だろうが差異には及ばない、差異には届かない、深い菫色の瞳、淡い金色の髪、白磁の肌、西洋人形のように整った容姿、全てを愛している。

だから差異に入るかって、そうするともそもそとベッドに……シャンプーの匂い、差異のお気に入りのそのシャンプーの甘い匂い、差異の匂い、頬がゆるむ。

「差異のパジャマ、子犬の……かわいいな、差異の方が可愛いけど、あれ、何を言いたいんだっけ?……俺さ」

「ん」

「姉が、それで……明日から学校で、守ってくれるって……なんで今まで守ってくれなかったのかな、最初からいたのに、"最初から"いたはずなのにな、守ってくれよ、なぁ、男らしくない自分に嫌悪」

「明日からは、ん、大丈夫だぞ恭輔、差異の予定通りに……怖いのだろうな、恭輔は、世の中が……だから、そんなに不安定で」

「続きは?」

「こんなに愛おしい、狂おしいまでにな、ん、狼が狙っていると情報で知ったが、大丈夫だ、それも差異の予定通り……うん、予定では無いのは"残滓"とやらと"でふでふ"とやらの、でも、あれらも所詮は恭輔の為に蠢いているのだから、組み込もうと思えば組み込める」

「ふーん」

「恭輔の過去には有象無象の化け物が涎を垂らしながら待っているから、差異は大変だ、ん……そろそろ残滓や恋世界も動き出す、動いて動いて、恭輔にぱくりと、されればいい」

「よくわかんないけど、差異が言うなら、なんでもいいよ」

「いい子だ恭輔、いい子、いい子」

差異が頭を撫でる感覚に眼を細め、俺は眠りに……気持ちいい…鋭利もこーい。



[1513] Re[80]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/07 16:45
あの力は何なのだろう、あれは能力なのか……人を一人、"狂わせる"過程を見た、いや狂うと言うよりは"正しく"なった、そんな能力に我は打ち震えた。

怖いものを見るのは初めてではない、初めでではないのだ、何より純血の狼の血を持つ姉は"怖いもの"だし、それに怯えて生きてきた、見下される事が怖い。

その姉がD級の能力者の一人を殺そうと知った時の驚きは無い、力が弱い分、我は情報の収集が得意である、調べに調べて、その存在の祖母があの"色褪"と知ってさらに驚いた。

姉は親友の為に能力者を……その能力者が親友を奪ったとか、どんな意味なのだろうかと考えたが、虫の頭では答えは出ない、だから行動で解決する事にした。

そして見つけた、不思議な青年、普通を装って、常識を装ってひっそりと生活する青年、その裏で暗躍する存在たち、だから……会って、力を見て、怖くなった。

それはどのような力なのかはわからない、一人の少女を自分の"姉"にした、それだけだ、それだけの能力なのか?わからない……しかも青年は我に何故か優しい、よりわからない。

わからないのだが姉のやろうとしている事は許せない、"島"に身を置くものが他の島に干渉するのは禁じられている、しかも江島の血とあればD級だろうが鬼島の許しがなければ。

なので我は青年から眼をはなさない、今も学び舎に通われているその身を守るために、体を透明化して横に並ぶ、このような隠密に便利な力は迫害され差別され追い立てられた時に覚えた。

「すげぇな、消える百足、これは凄い……うーん、まさか学校にまで来るとは、百足……なんつーか、家にいてもいいのに、真面目だな」

『それが我の使命ですから、お気になさらず』

と偉そうに言っても昨日は気付かぬうちに眠りについてしまった、自分は昔から生まれを迫害された事実を"無視"するように、呑気な一面があるのだ、姉曰く『虫の思考』だ。

それがどのような意味なのかは我にもわかる、だけれど、強き姉が自分にかけてくれた言葉として大切に記憶に刻んである、それがどのように冷たい言葉であれ、姉なのだから。

しかしこの学校と名付けられた場所はどうも居心地が悪い、守る対象と同じ年齢の男女が多く蠢いている、少し気持ち悪いが、学び舎なのだから当然かと自分を納得させる。

ちなみに透明化と同時に自分の体を少し小さくした、こんな下らない力しかないから姉に見下されるのだと思いながら、机の上でうごうごと、体を揺らす、木の匂いは好きだ。

「ふーん、つかいい加減、飼い犬なってくれよ、わんわん、こうタロー勢に対抗するために犬の力が必要なんだ、犬が」

『我は狼ですが?それ以前に百足ですし』

「狼も犬だろう、百足は百足、中々に懐いてくれない奴め、人型にもなってくれないし、見せてくれよとこれだけ頼んでいるのに」

『実は少し煩わしく感じております』

「ぐはぁ、いいじゃん、ケチだな……ケチすぎる、いいなぁ、きっと可愛いんだろうなぁ……しかしこう、なんかこうだなぁ」

この方はD級という烙印のせいで差別されているようだ、この部屋に入ってから皆が仲良くそれぞれの群れを形成しているのに……ちなみにこの方の呼び方についてはまだ思案中。

一応はこの方の身の安全が確認されるまでは同じ屋根の下に住ませてもらう身……個人的には同じように世間から迫害されながらも"何でも無いように"生きているのは尊敬に値する。

なので"恭輔さま"はどうだろうか……問うと何だか他人みたいだから却下と言われた、うぅ、なにを、さて困った、我はこうやって他人と一緒にいる事すら初めてに近いのだから。

「恭子は昼休みに来るって、止めないとずっと教室に朝からいるから注意した、むん、メール便利、ちょー便利、タローとつくる子供は女の子に決まったし、男よりは!とタローからメールが、うん、子供をつくるとなると、仕事してお金ためないとだなぁ、んー、んー、遠い未来、まあ、どうにかならなかったら、そりゃそうだと、"でふでふ"も、なんかタローと結婚する事に嫉妬して自分ともと、お前が後押ししたのに、んー、駄目だ、駄目、姉、姉だよな…あれ、恭子以外に?あれ、いないじゃん、結婚する?二股、れれ?」

『あ、あの』

「別に現実からあれしているわけじゃないぞー、メールを見ての独り言、ぶつぶつと、眩暈、なんか忘れるなー、すぐ前の事……おかしいな、まあいいや、で何?」

『あの、どのように呼べばと、先程から』

「恭輔でいいよ、あと様付けは駄目」

『ですが!』

「俺の飼い犬になるのを嫌がるのに、敬意を見せるのか?こんなクラスで、友達が一人いないだけで差別されて差別されて、区別されてる俺を?冗談だろうに」

笑われた、それは差別的でも侮蔑的でも無い、純粋な笑顔、この人が一人面白そうに笑えば教室の人間の視線がより厳しいものになる、奇異なものを、見てはいけないものをみるような視線だ、我も何度も経験した視線だ、この視線から逃れる為の術として透明化と小型化を覚えたのに、また見る羽目になるとは、いやな気持ち、他人の事なのに胸がざわめく。

「まあ、いつもはこんなにきつい視線じゃないよ、見下されているのはさ、同じだけど、友達が一人、そいつのおかげ、でも昨日俺が休んだから今日も来ないと思ってサボったなぁあいつ、あいつの前じゃ絶対に言わないけどな、寂しいな、寂しいよ?でもお前がいるから大丈夫」

その言葉は驚きしか我に与えなかった、誰かに一緒にいて安らぎを感じてもらえるなんてそんな経験は我には無い、迫害の記憶しかない、我が近寄れば狼も虫も威嚇する、吠える、顎を鳴らす、だからその言葉は我に衝撃を与える、この人は能力や力以前の問題で"恐ろしい"ものを持っているんじゃないのか?

「飼い犬になってくれないのに、まあ、そのうちだな、そのうち、尻尾も振る様になるさ、案外、早いかもなぁ」

『むぅ』

「幼児の声で唸るなよ、4歳ぐらいかなぁ、人型だと、俺の知り合いの中でもこりゃ、すげぇ幼い、幼いなぁ、やりたい、壊したい、ワンワンと鳴かせたい」

小声でぼそぼそと、誰にも聞こえないように、この人の言葉は蜜の香りのように我を惑わす、そしてその蜜には毒が含まれている、毒しか含まれていないのに蜜を語る?コワイ。

「江島君?」

そんな我の思考を遮るように一人の女子が……江島恭輔、我が守るべき対象はその声にびくりと大きく震える、先程まで我を怯えさせていた人間とは思えない、人間なのか?

その女子に我の姿は見えない、見えるはずが無い……普通の人間、思春期の少女、妙に威圧的な視線と綺麗なおでこが印象的な少女、眼鏡をくいっと上げながら苛立った笑みを浮かべる、なんだかその姿に胸が……殺したいとか消したいとかではなく、痛めつけたいと素直に、ただの人間の分際でそのような振る舞いはどうだろうと、この、我の守る存在は化け物だぞ?

「えーと、えと、誰だったかな?」

「妙阿雷(みょうあ・かみなり)君は人の名前をまったく覚えないわね」

「ああ、ゴロゴロさん、で何?」

「政木くん、今日は来ないのかしら?」

「んー来ないだろうな、どうしたの?何か用事だったらメールしようか、いつものように棟弥に嫌味を言うのか?努力しろとか」

「そうね、あの人は努力をすれば輝けるのに、それをしないのは勿体ない事、貴方の様な"弱虫"と一緒にいて腐っていくのは本当に……勿体ない」

その口調は事実を淡々と告げている、、だけれど反論が出来ぬ程の感情を含んでいて、彼はそれを同じように淡々と聞く。

群れを形成したそれぞれのグループがざわめく、バカにした視線、ニヤニヤと……知っている、これを、だからこそ暴れたいと純粋に思い、生物の心の汚さ、澱み、吐き気。

「そうか、じゃあそう伝えとくから、他に?」

「昨日はどうして学校を休んだのかしら?」

「んー、ずる休み」

「屑ね」

そう呟いて自分のグループに帰ってゆく少女、ぐでーと机に上半身を預けて、我は膝の上にもそもそと移動する、疲れたようにため息ばかりを吐きだして……何とか慰めたいと言葉をかける。

『大丈夫ですか?』

「無理、あー、だから棟弥がいないと嫌なんだよ、つかあいつ棟弥の事が好きなら自分で色々と言えばいいのに、俺を通そうとするのが間違いだ」

『恋愛、ですか?』

「そーだよ、きっとそうだ、だけどああやって俺に絡んで、みんなで情報を共有して悪口を言うんだ、仕方ないけど、こーゆーのはだるい、だるすぎる」

『意外に平気そうに見えるのですが……やっぱりあれですか、自分に"力"があるから、ですかね?』

「力なんてないよ、でも、仕方ないって諦めると楽だよな、大体はそうだよ、逃げて逃げて考えない、逃げるのは好き」

まるで呪いのように逃げるのは好きと何度も吐きだす、しかし、この人は逃げて逃げて、追って来た獲物を落とし穴に……そんな生き物に思える、こうして我も"捕まっている"し。

「そろそろ飼い犬になるか?」

こんな風に、西洋の悪魔のように、精神ある者全ての"ココロ"をかき乱す生き物なのだから。




飼い犬になれと何度も言われた、言われて断って、そしてこの人は授業を途中で抜け出して屋上で寝ている、小説、小説の中だ、太宰でも読みますかと問いたい。

『良い天気ですな』

なのでゴロゴロと地面の上を転がるこの人に話しかけてみた、あの教室に普段はいるという"親友"がいないらしく、守ってくれる者がいない、あの姉とやらは昼休みに来て何かをするらしいがそれまでは、それまではサボると"逃げの思想"その考えは否定しないが、こうも天気の良い日に無言で一人と一匹がいるのも何かおかしいと思う。

「そうだな、飼い犬になれよ」

『ここ最近の口癖ですな、我は誰かに飼われる気はないので』

「それを壊せばいいのか、壊したら飼い犬になってくれる?……いいじゃん、もう仲良しだし、尻尾を振ってるし、俺の事怖いけど嫌いじゃないだろ、屈服せよー」

『それは』

自分と同じような立場にありながら異常な力を持っているこの人に憧れの様な感情を持っているのだろうか、我は自分に問いかけるが、答えは出ない……答えなどあるのか?

この人の、自分の飼い犬になれと、その言葉の意味はあの少女のように"自分の為に活動する生き物"になれと、そんな意味だろう………間違い無くそんな意味なのだ……良いのか?

それは自分しか知らない答え、誰かに必要とされなかった自分の、誰かに必要とされている"今"の疑問、疑問、疑問…だから尻尾を振っているのだろう、嬉しくて、我は。

家族はいない、姉はいる、だがそれは家族では無かった、家族が欲しかった、だから姉の事は何でも知っている、調べに調べて、大好きで、嫌われても大好きで、だからそれを守るためにここに来た、それだけだったはずなのに、求められているこの身が?だから少しだけ勇気を出してみる、少しだけ期待に応える。

『ど、どうでしょうか、がっかりしませんか?』

人型になれなれと、あそこまで言われてもならなかったのは"がっかり"させるのが嫌だったから、我の体は幼く弱く脆く、貧弱で……人型になればその幼さがより目立つ、目立ちすぎる。

だから断った、断ってはいたが、誰かにこの姿を見せたいと昔からそんな思いはあった、けどそこまで親しき友も無く、家族もいない、自分が存在する意味がわからない、だからこそ封印していた、だけどこの人はしつこくしつこく、本当にしつこく強請る、まるで子供のように、まるで幼い我と同じように、困ったお人だ。

この姿を見てどんな言葉でも吐き捨てていいですよと、同じように侮蔑や差別を受け入れてきた貴方にはその資格があると、そう思う。

「ん、"いいぞ"」

「い、いい……そうでしょうか」

この姿をするのは久しぶりで、彼の言葉の真意がわからない……人間で言うなら4歳……ぐらいなのか、こう、あれらとは違い異端なのでしっかりとバランス良く立ちあがる。

髪は深く濃い緑色をしている、長く長く、切るのも面倒なそれを後ろで一本に括っている、狼の尻尾のように自分で思うのはそうなりたいからだろうと、自己分析をしてみる。

肌は白くて姉とは違う、褐色の肌に憧れた……瞳も大きくて垂れ気味でどうも攻撃性に乏しい印象を与える、体はぷにぷにしていて…狼の子供とは思えない……服も簡易にボロボロの布を身につけて、草鞋をはいてこの世を歩く、まるで世捨て人のような自分……なのにいいとは、良いとは何事だと驚く。

「可愛いな、小さい、幼い、しかもお尻に尻尾もついてるし」

「ひゃう!?い、いきなり触るのは駄目ですよ、は、破廉恥な」

「破廉恥か、そうか、俺は飼い犬になったらもっと色々として遊んでやりたいのに破廉恥とはこれ如何に、んー、おいで、ほら、こい」

無造作な動き、腕を掴まれ抱き寄せられる、幼子の体だけど、この人の力に負けるはずがない、だけど何故か体が我の意志にではなく彼の意志に従う、不思議だけど納得してしまう。

これが彼の力、彼の能力、犯し侵し、可笑しいと笑う、ぽすんと軽い音がして彼の腕の中に、困ったような表情を浮かべているであろう我に彼は何も答えない。

「よし、やっと、こうやって抱きしめる事が出来た」

「な、何をするのですか?」

「何も、お前が望まないなら何もやらないよ、姉に見下されて生きてきたお前に、あれだな、飼い犬は屈辱が、だったら……俺の」

聞いては駄目。

「俺の"妹"になれよ」

聞いてしまった、駄目。

駄目だ、蕩けるような笑みを浮かべるな。

自分。



[1513] Re[81]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/08 12:22
逃げようとしない我の体、逃げろと命令をしても何故か言う事を聞かない我の体、差別される為にある百足と狼の混ざり物の体、小さくて可愛いと言って貰えた体。

呆けたように、蕩けたように表情が歪む、自分ではそんなだらしない顔をしては駄目だと思うが、これもまた自分の命令を聞いてくれない、恐ろしい、恐ろしい毒。

毒以外の何者でもないその存在は我を抱きしめて、笑う、嗤う、嘲笑う、どうせそうなんだろうと、どうせこのお話のオチは決まっていて、お前も理解しているんだと。

逃げようとしないのではない、逃げたくないだけなのだ、ここで逃げたら自分はあの差別される為に生きる矮小な虫に戻ってしまう、姉に見下されても笑っていられる頭のおかしい虫に。

今、感じているこの体温は……何よりしっかりしている、しっかりと自分を癒してくれている、だがしかし、だがしかしだ……全てを捨ててそれに身を寄せる価値があるのか?

虫の思考、虫の思考でそんなものに答えが出るのか?……我は何を知りたい、何から逃げたい、何故……嬉しいと感じてしまう、喜びを"彼"に見出してしまう、卑しい虫め。

「ころろろぅは今までの存在と違って中々に懐かないし、首を縦に振ってくれないから、こうやって、自分の腕の中に閉じ込めると、ニヤニヤしてしまうな」

「わ、我を」

「そーだよ、二回でも三回でも何回でも、何百回でも言ってやろう、お前は俺の妹になるんだよ、百足の生き物、生き物、そう、そう、そうだよ、なってもらうし、媚びて、媚びてよ」

姉には嫌われた、捨てられた、近くにいるだけで醜く臭いと言われた、そんな我を抱きしめてくれるそれは、歌うように、謳うように、まるで底なし沼のような"危うい魅力"に体と心が吸い込まれてゆくのがわかる。

それはいつからだったか、もしかしたら初めて会った時にもう、彼に、このお方に奪われていた、こちらはまったく気付かないが、それだけの事を普通の顔で誰にも気づかれずにやって見せるのがこの人なのだ、だって自分がそれをしている意識が無いのだから、無意識に欲しいものを見つけて、収集して、自分にする、そう、自分にするのだ。

事実は変わり最初からその人の一部だったと、そうなる、それが人であろうが狼であろうが百足であろうが汚い混ざり物だろうが、変化はなく、それはそれとして行われる。

百足と狼の混ざり物、半端な我を求める理由がわからずに混乱してしまうのは当たり前、当たり前であろう、首筋を優しく撫でられて震える、つい発情した犬の様な鳴き声を、まったく気にせずに彼は我を褒める、褒める、褒める、嬉しくなって尻尾を振ってしまう、我が人型になった事が相当嬉しいのか、口にはせずに、口にはしないが何故かわかってしまう、わかってしまう事が嬉しい。

心がトロトロと熱で溶けて、それをこくこくとこの人が飲み込む、それを受け入れて我はさらに尻尾を振る、狼である証拠は耳と尻尾だけ………百足である証拠は無く、それでいて人型、本当にいい加減な体、でもこんないい加減な体で満足してくれる存在がいる事が嬉しい。

「"妹"にするぞ、お前を虐める姉なんかにやらない、お前を虐めた奴らなんかにお前をやらない、お前は俺のだから、いや、"俺"だから、そこを真実に、笑えるな、差別されて迫害されて同じような立場の生き物に捕まるなんて、可哀相、哀れ、不器用で不器用で、でも幼くて愛らしい百足、でも幼くて愛らしい狼、だからいただきます、食べます」

精神が舐められる、くんくんと食えるものなのかとこの人は嗅いでいる、どうやら好みにあったらしい、嬉しい、逃げようとする意識は既に無く、早く全てが終わって、その時の我を見てみたい、今とはどう違うんだろう?どう意識が変わるんだろう、そしてそれは最初からそうだったと改善されるのなら自分は前の自分との違いに気付くのか?面白い、面白い事。

「あ」

「そうそう、面白いよ、俺になれば、そこそこに、んんー、いいな、百足の心は、とても綺麗だ、苛められて虐められて、そうやって生きる存在のココロとは思えない」

「そ、そうなのですか、我は自分の心など見た事がないから、わ、わかりませぬ」

「そりゃね、よし、俺をぐにゃと、ほら、簡単に溶けて、溶けて、溶けて、その綺麗な部分を俺にくれよな、その綺麗な部分を俺にしたいんだから俺」

「き、きおく、はぅ」

思い出、思い出が過る、石を投げられた記憶、近づくなと蹴られた記憶、獲物を探して広い荒野をさ迷った記憶、記憶、忘れてもいい"屑"な記憶、屑で虫でどうしようもない記憶が我を襲う、冷静に襲う、この人に事実を突き付けて笑っていた少女と同じように、冷静に差別する、それはどんな事よりも邪悪で、差別されている者を傷つける。

我やこの人を傷つける、許さぬ、許さぬ、許せぬ、許さぬ、許せぬ、許さぬ、許せぬ、何せ我とこの人は同じように、あれ、でも、それなら我とこの人は差別される塊としては同じ、同じ、おなじ、われは、われはなんだったか、なんでした?

「お前は俺の妹だよー?それ以上でも以下でも無くて、事実、そうだよ、お前は俺の一部なのに俺の妹なのにお兄ちゃんが大好きな異常な虫だよ?悪いの、一部でありながら妹で兄の為だったらなんでもするんだ、なぁんでもだよ?姉だった、姉だったような……そんな狼だって殺すんだ、お兄ちゃんの為に殺して、死体を持って帰って、玄関で俺にほめてほめてと尻尾を振るんだ」

「お、おにい」

「お兄ちゃん、まあ、その、呼び方も何でもいいけど、妹になって俺を支えてくれよ、駄目な兄貴な俺にはしっかりした妹が必要なんだよな、そう考えると、ころろろぅはぴったりだ、ぴったし、家族なんだし、愛情を持って、狂愛で歪んで、"コロ"と呼ぼう、どうせ犬の役割もあるんだしな、忠犬っぽいし、飼い犬で俺が大好きな、妹、なあ、妹、妹、俺の妹、そうだそうだ、血の繋がりが欲しいなら俺の血を入れてやろう、ほら、ほぉら、俺の、江島恭輔の血だよ、食えよ、吸収して、俺に、俺が、んふぁ、いいなぁ」

血が、肌が繋がる、そこから知らぬ血が、どくどくと我の体の血を侵す、犯す、入って来る、我の血を、"兄上"の血が捕食する、狼の血も百足の血も等しく、関係ない、我が変わる、かいてんかいてんかいてん、回転、全てが裏返る、全てがこの人になる、あれ、われ、我のかぞく、家族は誰?……この愛おしい、狂おしいほどに愛おしい兄、血の繋がった兄だけだろう?

「そうだよ、お前に姉なんかいないぞ、俺に姉の格好しろと?冗談、それは冗談にも程があるだろう、俺は嫌だぞ、さて、ほら、その少し垂れ気味な可愛いくて大きな瞳も俺の為に、俺を守る時、俺の為に活動する時は攻撃的になるんだ、ありゃ、腕から腕に血を入れ過ぎた?もっと入れるけど、優しい色をした緑色の眼が、片目だけ、右目だけ黒に、俺の血で生まれ変わっているぞ、それもそれでアンバランスで愛おしい」

「われの、きおく、あねはいない?かぞくは?われ、われ」

「我は俺、俺も我、一つ、生まれた時から一つ、生まれる前から一つ、お前に姉なんていないだろうに、おバカになるにはまだまだ、お前は俺なんだから、俺の血の繋がった妹、コロ、俺が撫でると可愛く尻尾を振って抱きついてくる可愛い子犬、俺の為になら同族も同族では無い奴も殺すコワイコワイ生き物、でも、もうあれだな、んー、このまま」

「あにうえ」

「そうだよ、お前にはそれしかいらないだろうに、それだけあればお前は生きている意味があるけど、それがなければ自分が無いのと同じなんだからな、仕方ないよな、お前は俺」

「われはあにうえ」

「そーだな」

「あにうえはわれ」

「そうだよ、この幼くて、しっかりとした、差別から戦う為に育ったココロも俺の為に育ったココロになるんだ、そうなる為に今まで生きてたんだろう?」

愛しさが溢れる、愛しさと狂おしい感情、これは何なのだろう、我は兄上に何を感じているのだろう、我は妹で飼い犬でこの人の為に存在しているのにこんな勝手な思考をして許されるものなのか?

我に勝手な思考を許してくれるとは……兄上は優しい、優しい我の"ほんたい"で優しい我のココロで優しい我の兄、血の繋がった兄、右目にある黒色、この人の黒、
あああああああ、あにうえ、あにうえ、尻尾が大きく揺れる、尻尾が壊れたように揺れて、我は『はっはっはっ』と発情する、狼の、この人からすれば子犬の、その細胞が疼く、疼く疼く疼く疼く。

おバカさんな子犬が我、ぺろぺろと小さな舌で、兄上の頬を舐める、唇も鼻も、中も、舐める、舐める、兄上の味、喜びの味、味……生きている味、兄上は我と一つで生きているのだ……ありがたい、神に感謝だ、兄上に感謝だ、自分に感謝だ、一つである事に感謝する、ぱたぱた、兄上が尻尾を掴む。

「面白いように動く玩具」

「あ、兄上は、この尻尾がお気に入りですか?」

「ん、緑の毛並み、んー、可愛いぞ、俺の為だけに振るんだぞ?コロ」

「はい、無論です、兄上が望むなら切り落として、手を慰める為に使ってくれても構いません!」

真面目に答える、真面目さは美学、こうして授業をサボっている兄上には理解出来ぬ事だろうが、真面目な部分を我が補えばいい、我はこの人の血の繋がった妹なのだから、ああ、兄上、素晴らしき兄上。

我の汚さを全て優しく見守ってくれる兄上、我である我(あにうえ)こんなに嬉しい事は我と兄上の関係以外にありえぬ、ありえない、家族はこの人だけなのだから当然であろう、あね、あねは、姉はいない、いない……そんな偽物で汚いものなんか知らぬ、繋がった兄上だけだ、繋がった、最初から一つだからこそ。

「そうか、よし、よし、ワンって鳴いて、くぅんて媚びろ、犬、妹、コロ」

「わ、わふ」

うれしい、うれしい、うれしい、うれしい、飼い犬の思考は単純なのだ、我のように。




[1513] Re[82]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/09 15:57
妙阿雷(みょうあ・かみなり)は人を差別しない、純粋にその人間を自分の物差しで評価して、それで対応の仕方を決める、今までもそうして来たし、これからもそうするだろう。

そんな自分の短い人生でもわかる、人は駒だ、進むべき時は進むし、止まる時は止まる、誰かに操られているのも気にしないでその日を生きる、一生それを理解しないで、愚かしい人生。

こんな考え、歪んでいる、歪みまくっている、中学の時、道徳の授業もしっかり受けて来たのに、おかしい、おかしいのだが道徳を教育で教えようとするのはどうなのだろう、人間に平均的に装備しているものなのでは?装備、何かから身を守るための装備、そう、それが無ければ駒を操る者たちの下らぬ遊びで体がズタズタにされる、血と糞尿が身からこぼれる。

だからこその"真面目"……真面目であれば何も気にせずに生きれる、真実に正面から向かい合って思考出来る、それは強みだ、例えそれが自分の本心を砕こうが、それで今を生きていられるのならありがたい事だ、ありがたいと笑っていられる、幼い時はもう少しまともな思考回路を持っていた気がするのだが、過去の記憶はいつになっても怪しいもの、信用は出来ない、信用なんか最初からしていない。

親は信用出来ない、姉も信用出来ない、私は私……私は私、優秀であれ、真面目であれ、学園で咲き誇れ、現実の家など小さなもの、あそこで何をされようが私の精神は歪まないし屈しない、それが世間一般で言う虐待に当たろうが、姉による性的虐待であろうが、私は気にもしない、歪まず歪まず歪まず、今日も"元気"に学園に通う、なれた、なれた生活。

いつからの記憶?この虐待の記憶、虐待の歴史、幼い時からちゃんとそれに耐えていた、ちゃんとそれに私は勝てていた、勝って勝って勝って、飼われて、親に飼われて、死ぬのか。

そして出会った、彼に、江島恭輔に、いつだったかな?彼がいきなりクラスにやってきた……それからはずっと同じクラス、ずっと、ずっと、それなのに今も私の名前すら覚えていないのだ、不真面目、適当、人間の歪み、最初に出会った時はこれ程に無垢な生き物がいるのかと幼い彼を見て思ったのに。

今も、現在も彼は腐ってゆく、壊れている、私の言葉なんて一つも聞いていない、だからその親友である政木くんから"修正"をしたいのに、どちらも一切私の言葉を聞かない、無視、無視、無視だ、下手ないじめより酷い。

「カミちゃんってさぁ、別に変な意味じゃなくて、よくまあ、江島くんに"普通"に話しかけれるよな」

私の友人である岩瀬奈豆愈(なずゆ)が感心したように声をもらす、奈豆愈は幼馴染で私の家庭の事情も全て知っている、なのに一切その事を気にする様子は無い。

古くからの友人とは良いものだと私は素直に思う、江島君ももしかしたら政木くんを…どうも彼の名前を呼ぶ時は意識して硬質的になってしまう、これはもう病だ。

奈豆愈は僅かに茶色に染めた髪をかき上げておもしろそうに笑う、思えば彼女とも江島君とも幼い頃からいつも同じクラス、そこに何の力が働いてるわからないしわかりたくもない。

ただ江島君が私を覚えていないように、彼女も江島君に覚えられていないだろう、この学園の付き合いたい女生徒ナンバー3をまったく気にせず覚えず、視界にもいれない。

「奈豆愈だって古くから知っているのだから、気にせずに話しかければいいじゃない」

「無理、だってこれだけ同じクラスで同じ時間を共有しているのに、今でもアタシが話しかけると"誰?"そんな顔をするんだぜ、傷つくだろ、奈豆愈ってそんなに無個性か?」

「それはそうだけど、彼の場合覚えているけど思い出すまでに、じゃない?」

「それじゃあ、嫌われて当然とまでは言わないけどさ、な、八島のグループのように特別からかってどうこうしたいとは思わないけど、ガキ臭いし、関わりたくはないよ」

八島とはこのクラスの八島昌子の事、簡単に言えばお山の大将で、このクラスの女子を仕切っている、さっきも私が彼に話しかけていた時に皆に囲まれニヤニヤと笑っていた。

今もD級であり差別されるべくして存在する彼の悪口を皆で言い合っているのだろう、私や奈豆愈は彼女に媚びないし、彼女を見てすらいない、下らない、狭い範囲での勝ち組なんて。

彼女からすれば私と奈豆愈は人を惹きつけるものを、才能を持っているのに自分を恐れて使わない愚か者にでも見えているのだろう、すぐに彼女の底の浅さはわかった、いつも自分が自分がと入り込んで来る子供は邪魔なだけだ、だが彼女一人を操作すればクラスも操作出来るので便利ではある。

親が一代で成り上がった商売人だと聞いたが、成程、カリスマが欲しくて欲しくてたまらない、そもそもカリスマだなんて胡散臭い言葉を信じない私からすれば愚か者でしかないのだけど。

「そう、私は誰に対しても表面上は平等だから、彼女たちの悪口を言いたくは無いけどな」

「ふーん、奈豆愈はもっと言いたいけど、もっともっともっとな、どうせ聞いてもな、あいつは何も出来ないし、江島くんに関して言えば、奈豆愈たちが江島くんの悪口言ってたみたいだよ~てすぐに彼に伝えたりするんだぜ?ガキ臭いガキ臭い、こっちからしたら日常の一つの話題であるだけで、彼に特別な意識なんてないのにさ」

奈豆愈は強がる、私は単に江島君を更生させたいだけ、ああ、そうなのだ……私が歪みに歪んだ時に彼は一度だけ助けてくれた、その恩義に報いたい、彼をまともにしたい。

厳しい言葉で追い詰めてしまうのも仕方が無い…とは言わないが、彼はそうしないと、すぐに私の言葉を忘れる、厳しくてキツイ言葉もすぐに逃避する、どうして普通の学校に通えているのかと思うぐらいの精神の危うさが見える。

「でも奈豆愈は昔、江島君と結婚したいとか、付き合いたいをすっ飛ばしって言ってたよね」

「そ、そりゃ、昔の話だろ」

でもすぐに恋は終わる、小さくて可愛いだけの無垢な存在は人の個性すら把握しない悪魔だったのだから、奈豆愈の初恋は派手に散った、綺麗なものに裏切られて消えた。

それでも彼の話題となると普段より饒舌になり顔も嬉しそうなのは、そう、彼女はまだ恋をしているのだろう、圧倒的な容姿と男勝りの性格からは想像も出来ぬ程に私の親友は無垢なのだ、無垢な彼に惹かれて自分がしっかりしないといけないと思い、歪みに歪んでこのような性格になったのだから彼女も江島君に狂わされた存在なのかもしれない、一番、可哀相な存在。

「幼き日に、告白して、俺を守ってと男とは思えない屑な事を言われて、それに応えて応えて、剣道をはじめ、勉学に勤しみ、美貌をみがき、なのになのに、彼はそれすら覚えていないし、今でも話しかけると最初は誰?見たいな顔されて、可哀相って言えば簡単だけど、奈豆愈の恋は全力で進む方向が違うんじゃないかな?」

「うぐぐぐぐぐぐ」

奈豆愈は反論すら出来ずに唸る、唸っても美人、それは凄い事、思えばあの頃の江島君には今より危うい、人間に育てられた人間とは思えない魔力があった、それに奈豆愈は今でも狂わされているのだろう、何度告白しても、何度愛を囁いても、次の日には誰?、ああ、ごめんなさい思い出した!では精神も歪むだろうに。

でもまあ、今の江島君には少しは個性を認識されて名前を覚えて貰ったみたいだ、その日は泣いて喜んで朝まで電話に付き合わされた、そりゃ、私からしたら親友が粗末な扱いをされているわけで、彼に時折屑と言ってしまうのも仕方ないだろう、うんクズ、昨日は奈豆愈の誕生日で前日に江島君にメールしたけどアドレス変わってたクズ、ああ、どうしてこんなクズに私は恩があって親友は愛しちゃって、ああ、困る。

そんなものに騙されて、心全てが動けない親友は可哀相で、少しでも彼に人間味があるのなら、振り返ってその手を掴んで欲しい、彼女ならしっかりしているし、いいだろうと。

「でも八島たち、さっき変な話をしてたなぁ、江島くんをどうこう、と、あんまり良い話じゃなかったみたい、べ、別に心配じゃないけど、大丈夫かなぁ」

悪意を持って群れる八島さんに、そうね、今日は彼を守る存在、彼の親友はいないのだから、しかも授業は何処かでサボっている……八島さんたちからすれば絡んでくれと言っているようなものだろう、奈豆愈も奈豆愈で守ろうとしても相手はそれを認識すらしない、悲しい事、愛情は彼には響かない、それなのにこうやって周囲の動向を探って守ろうとする、いい女でしょ?

「でも江島君って、あの子たちの百倍怖いから、大丈夫、屑で屑で、最悪」

私は知っている、奈豆愈は知らない、八島さんも知らない……悪意を持って彼に触れれば悪意以上の異常が返って来る、一度は経験した方がいいのかもね。




八島昌子に個性は無い、個性はあるはずなのだが親に与えられた疑似的なもので、本当は脆弱で弱く弱く、弱虫な自分を虚勢で誤魔化す。

偽物であるからこそ、本物の個性がわかる、大人や若者が求める個性では無い、本当に生まれた時から違う存在は"違う"のだ、個性は被る、特に学校で群がる思春期の少年少女はほとんどの思考が被る、仕方のない事。

それなのに才能の欠片を感じさせない歌詞を机に書き込んだり、俺は皆と違うんだと声を上げたり、それこそ個性の欠落なのに、それを理解せずに、皆生きる、日々を生きる。

それでも無個性な人間は個性のある人間に"利用"されない為に無い知恵を絞って群れる、群れて彼らをはじき出す、それが正解、それで成功、自分から群れに近寄らぬものもいるが、それはただの嫌味だろう。

このクラスで言えば政木棟弥・妙阿雷・岩瀬奈豆愈がきちんと自分と言う"自分"を保有している個性持ちだと言える、群れる事をせずに単に自分だけでその群れと対等にやりあえる、状況によっては群れを全て殺せる、それが彼らの強さ、思春期であろうが無かろうが関係ない、根源的な才能、カリスマ、何でもいい、呼び名はなんでもいいのだ。

自分にはそれが無い、無い、あると思い込もうとした時期はあったのだが、それはやはり無理だった、無理だったのだ……なので彼らには敬意を持って接する、群れが彼らに歯向かう事は無いし、彼らが困っていればそれこそ群れの力を使ってあげてもいい、そう、彼らが自分たちを見下していようが、自分はその個性を認めてあげているのだと自己満足するのだ。

そんな自分が尊敬し、自分に無いカリスマを持っている三人の間で停滞して停止している存在、それが江島恭輔だ、何も学ばず、何も覚えない、なのに三人に"認められている"のだ。

政木棟弥は彼を親友として見ているし、普段は群れが彼に手を出せないように見守っている、妙阿雷は彼に悪意を吐きだすが自分から見れば子供を更生させようと厳しく当たる不器用な母そのものだ、岩瀬奈豆愈はいつでも彼を見ている、いつでもだ、健康的で明るい彼女の性格からは信じられないのだがストーカーじみた瞳の動き、ややコワイ。

そんな三人に、何かしらの形で認められている彼が羨ましい、何も出来ない癖に、D級の能力者で生きる意味すらないのに、おかしい、おかしい、彼なんかそこらの小石と同じはず。

「認められませんわ」

ああ、だから少しだけその身に味わってもらう、群れの痛みを。



[1513] Re[83]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/10 23:47
取り合えず、取り合えずだ、コロの姿をまた消す、コロの能力すら自分の意識で発動できる、流石俺、何も出来ない俺。

コロと抱きしめたまま青空を見上げる、サボっている……授業を、面倒だし、それでいいだろうと自分に甘い思考、こんなに天気の良い日に授業なんかと笑う。

透明になったコロを俺は見る事が出来る、当然だ、自分の一部なのだから、妹で一部で俺で、それと一緒に授業をサボり空を見る、ただ見て、何も考えないんだ、気楽だ。

「兄上」

「恭子には悪いけど、ずっと、終わりまで、学校が終わるまでここにいたいなぁ、何か虐められる予感、こんな予感は外れないし、当たる、外れろよなぁ」

「兄上?」

コロの無垢な表情は心に穏やかな沈黙を与えてくれる、馴染むと言えばいいか、一部の中では珍しく、単純にそこにいてくれるだけで安心する、実力で言えば差異たちの方が上なのに。

不思議な感覚に少し戸惑ってみたり、でもまあ、この子にはそんな役割で、役割なんて無くても一部は一部じゃないかと笑う、そもそも妹に期待する兄なんて情けない話。

それでもコロからは狂おしいまでの愛情や依存心が伝わって来る、それは他者からすれば発狂するほどの狂愛だが、俺からしたら一部から伝わるいつもの感情、わかりやすい感情。

「どう思う?」

「兄上がしたいように」

「したいように、か、んー、別にしたい事なんてないんだけどなぁ、馴染む、馴染むのがなぁ、D級ってだけで無視されたり虐められるのは何だか、何だかなァ」

「我にも経験がありますが?」

コロの記憶は割と凄惨、俺は精神的に追い詰められたり、蹴られたり殴られたり、しかしコロの暮らしていた獣の社会は違う、良く今まで生きてこれたなぁ。

頭を撫でてやると尻尾を大きく振る、この妹、妹犬は俺がどんな行動をしても終始尻尾を振りまくりなので、それって疲れない?と思考すると倍の倍の、無限の愛情で返って来る、ピンク色の愛情、うえぇぇ、俺の質問の答えじゃないけど、まあいいか、適当に、兄と妹なのだから適当でいいのだ、他人からしたらそれが歪みでも家族からしたら正当なのかも、とか。

「コロは強い子だなぁ、コロのように差別されたら俺は死ぬぞ、なんつーかな、死ぬ、自殺はないけど、自殺はない……うん」

「兄上は臆病ですから」

「そうだよ、臆病、差異のようにしていられたらなぁ、あれは本当に羨ましい、差異について来いと!そんな感じ、あの部分は凄いな、いい部分、差異はいい子、鋭利のように適当にサボりながら生きたり、ああ、沙希のように自分を絶対にして生きたり、恭のようにオリジナルに狂って生きたり、みんなみんな、愛おしい俺の一部、俺がこんなんだから、逆になぁ」

「我はどのように」

「さっきから愛しています愛していますワンワンと狂おしいな、結構頭にしみ込んで来る、でもまあ、いいけどね、それだけ小さなお尻をふりふりされると和む、いい遊び、俺は満足しているぞコロ、可愛らしさを俺に伝えたいならもっともっと、俺達が生きている間はずっと媚びて、涎を垂らし、尻尾を振れ、犬らしい、子犬らしい、百足らしさは俺を守る時だけでいいからさ」

深く濃い緑色をしている髪を撫でてやる、長く長く、切るのも面倒なそれを後ろで一本で括っているから………お尻の尻尾と合わせて2本尻尾があるみたいだ、うーん、愛らしい。

垂れ気味な大きな瞳もほのぼのする、和む、癒し系ペットだな………虎は攻撃的だし、兎も俺以外にはツンツンしている、蛙は懐いて懐いて愛らしい、むーん、北海道に動物王国でも……呑気な思想で呑気な思考、俺は学校をサボって愛犬と愛妹、もうなんでもいいや……とらぶらぶしてます、いちゃいちゃ、何がなんでもいちゃいちゃじゃなきゃダメ、駄目。

「甘えて」

「こうですか?」

頬を寄せて見つめ合う、うん、柔らかな容姿で幼い容姿、俺だけの美しさ、やっぱり人間じゃない存在、上位の異端は人知を超えた愛らしさで、俺は嬉しくなる、コロも自分を卑下してはいるが上位ではあるだろうに、混ざり物なだけでこんな美しい存在を差別するとは馬鹿らしい、バカらしいよなぁ、俺は俺の美しさを愛する、アイシテアイシテ、コロを歪ませて、歪ませて、愛する。

俺はこうやって犬を一人自分に甘えさせて何がしたいんだろうか、俺の事がわかるのか、コロのまぁるい瞳を見つめてやると何を思ったのか小さな舌で眼をぺろっと舐められた、ふしぎ、犬はご主人様の心を読み取るか、もう、もうなぁ、俺だし。

「可愛い子犬、俺の子犬……………わんわんと鳴け」

「わん」

「んー、鳴くとさらに可愛いな、可愛いじゃないか、このまま授業をサボるのもいいって感じに思えてくるもんな、なあコロ、今日、帰りにペットショップで首輪を買わなきゃな、お前に、コロにつけてやる、俺の名前を刻んでな、本当はこの肉体に、白い肌に、刻むのもいいけど、痛がったら嫌だもんなぁ、嫌だもんなぁ、だから……だからな」

「妹の首に首輪をするのですか?」

「妹だろうがなんだろうが、うん、俺のもんだからしてもいいだろうに、それにコロ、忠実なコロには首輪が似合うんだよなぁ、忠誠とか忠実とか嫌いか?」

「いえ、兄上が望めば、望めば我はどのようにでも………兄上に従うのは最大の喜びで妹として当然の事、我が身は兄上の為に動く事が許されるのですから、それだけの為に、兄上の為に生きていると考えるだけで尻尾を振ってしまいます、顔が綻んでしまいます、それは我の罪ですか?こんな混ざり物が兄上の一部で妹であることは、そ、その、どうなのでしょうか?」

「いい事だよ、それ以外に言葉は出ないなぁ、俺の眼を舐めて汚れを取ってくれる役を任命、まずそれを任命、コロは俺に撫でられてあんあん鳴いてればいい、おおぅ、そうすれば姉の事はどうするんだ?」

姉を殺す、俺の為に、それは、それはとても駄目な事、コロは既に姉への愛情も俺へと転化してるから何でもないように戦えるだろうけど、見る俺は、それを見る俺は微妙な気持ち、ああ、飼い犬は沢山いてもいいなぁ。

うん、あんな”つんけん"した犬が甘える子犬になって俺に媚びる姿を考えてニヤニヤしてしまう、邪悪な思考、いつでも善意ある思考より邪悪な思考が勝つんだ、いいなぁ、コロの姉を首輪につないで、んーんー、そこそこ可愛いな、いや、可愛い、早く俺の眼の前においでね、犬なのだから四つん這いが似合うだろうと心が笑う、顔も笑う、コロは楽しげにぱたぱたと尻尾を振る、尊敬し、愛していた姉を俺の餌にしようとしているのに、蕩けんばかりの笑顔。

「コロは反対しないんだ、そりゃそうか、俺だもんな、"俺"だもんな、反対なんてするわけないか、でもまあ、来たら来たらで美味しくいただきます、そうだな、新しい名前をあげよう、プライドとか、狼のプライドとかを全部俺への依存心と愛情に変えてさ、くぅんくぅんと鳴かすんだ、そうだなぁ、コロは妹だから、次は、次ってなんだ?……ん、どうしよう、どうしよう」

「兄上がしたいのなら、やりたいのならどのように壊しても?」

「むぅ、どんなのにするか決まらないや、うーん、うーん、そうだなぁ、"禁忌の母親"にでもなってもらうか、おかあさん、ママ、なんでもいいや、うん、育ての親とは違って今、俺の親として身近にいて動く存在に変更しよう変換しよう、そして最初から俺の母だったように、狼は子供に愛情を強く持つんだろう?ならコロの姉は俺の母、ママ、ママって恥ずかしいけどたまには言いたいよな」

「ああ、それは良い、それは良いですな兄上、あれを家族に、ああ、母にするのですか、ああ、再度言います、それは素晴らしいです、きっと良い母親になってくれます」

「そうかそうか、んーそれは良い事だ、だったらさっさと出てきて欲しいよ、出てきて俺にして、俺の母親にして、俺の飼い犬にして、コウと親友だったらそれが幸せ、それが幸せだろうと勝手に決め付けるけど、俺の母親になるんだから勝手に決め付けていいよな」

「兄上が望むなら、れろ、いいです」

眼を何度も舐められる、何度も何度も、コロの姿は他人からは見えないから、俺が一人悶えている状況に見えるだろう、むむっ、恥ずかしい、恥ずかしいよなそれ。

恥ずかしいけど心地よい、そして気持ちの良い場所をもっと舐めてと思考をする、思考するとすぐにコロがその場所を小さな舌でれろれろと舐めてくれる、気持ちいいなぁ、最高だと思考する、決まった、あの狼は俺の母親にする、尻尾を振り振りしてもらう、フリフリ、んー、コロの記憶にあるあの勇ましい、あの勇ましい少女を、年齢は12~13歳?ふふん。

それで母親とかいいじゃないか、美味しく食べれる、美味しくいただける、そうだそうだ、あいつが服従して俺のせいで屈折して、首輪をつけてやるんだ、コロもそれに賛成してくれている、俺の意見に何の反論もしない良い一部だと思う、良い妹だと思う。

「コロは俺の為にお姉ちゃんを罠にはめるんだよなぁ、なあ、コロ」

「わふ!」

良い返事、俺だけの為に可愛く鳴いてくれる真面目な……騎士のように忠実な性格のこいつを俺は抱きしめるのだった。




岩瀬奈豆愈は走る、走る、走って、歩く、歩く、探す………授業をサボってまで探す、何をと問われれば愛しいあの人、誰にも言わない、ああ、親友にも素直には言えない、あの人を、江島恭輔を探す、あの人は弱く脆い立場の癖に、自分の感情のままに行動する、それが奈豆愈には恐ろしいし愛おしい、この年齢で恋をした相手を愛おしいと思うのは間違いだろうか、それを判断する基準が自分にはない。

自分にあるのは彼を眼で追い、どんなものが好きかどんな思考をしているのか、どんな風に何を感じるのか、どんな風に、どんな風に、どんな風に、ああああ、ただ
狂おしいまでに愛おしいのに、彼を守る力が自分にはない、ずっとあの時から鍛えているのに、こんな危うい世界の悪意から剣道なんかで彼を守れるのか?

それが判断できるまで自分は誰かに彼への思いを見せない、うん、見せたりなんかしない、でも二人きりの時はつい、つい出てしまう、それは、うん、彼の危うさが好きなのだから、うん、うん"閉じ込めて飼いたいぐらいだけど"それは普通の女子高生がするべき事ではないだろう、ああ、行動パターンを、彼の行動パターンを、屋上、屋上かな♪走る、剣道で鍛えた足で走る……彼を閉じ込めるんだ。

「江島くん!」

「んん、あー、ああああああああああああ、と驚いて叫んでみたよ」

「うん、驚いたよ、驚いたぜ?」

「そうかそうか、えーっと、んー、昔から知ってるような知っていないような、ああ、えっと、えっと、えっと、んと」

「相変わらず奈豆愈の事なんか見ていないんだね、皆無なんだね、視界にすら入れてくれない、いつでもそう、凹んだりしないと思う?そんなわけないだろ、泣きたくなるぜ」

そう、彼は、江島くんは昔からそう、どれだけ愛情を見せても、恥ずかしいけど、勇気を振り絞って一生懸命見せても、反応はいつもこんな感じ、屋上の隅っこで地面に座ってボケーって空を見上げている、いつもの彼、奈豆愈の事なんかまったく興味が無く、奈豆愈が監禁して飼育してドロドロに溶けて一つになりたい彼。

彼の為に美しくなりたいと思ったし、強くなりたいと思ったし、頭が良くなりたいとも思った、その全てが美貌、剣道、成績、全てに反映されているのに興味を示してくれない、難しい、"生涯に一度"の恋は困難だ。

「ああ、奈豆愈ちゃん、下の名前で呼んでいいって言ってくれたよな、そう、知っているよ、うん、気を悪くしたらすまない、ごめん、取り合えず謝ろう」

「あ、え、えと、奈豆愈の名前、お、覚えていてくれたんだぁ」

「そりゃ、いつも話しかけてくれるから、知っているし、覚えているよ、ああ、可愛いし、モテモテなんだろう、みんな噂しているけど、その噂を話しかけてくれる相手はいないから、まあ、寂しいけど、恥ずかしいなぁ」

この人の為に磨いた美貌なのに、まったくそれを気にせずに"酷い言葉"悪意は皆無で感情のままに口にした言葉、愛らしい…幼い時から何一つ変化していない子、そこが狂おしいまでの愛しさを奈豆愈の脳内に叩きつける、幼い彼と今の彼が重なって見える、心配して、取り合えず側にいようと、そう思って見つけたのだけど、本人は気楽なものだ。

「べ、別にモテてなんかいないよ、それは江島くんの勘違いだぞ、そんな風に女の子に"モテる"って言うと嫌われちゃうぞ?」

「女の子の思考ってそんなに複雑なのか、怖い、むぅ、奈豆愈ちゃんって喋り口調は結構男っぽいのに、そこは乙女なんだな、乙女なんだなって台詞が既に恥ずかしいけど」

「江島くんでも女の子の事を考えるのか?あ、ありえない」

「え」

「えと、えと、奈豆愈の事を考えてくれたりするのか?」

言った、自分凄い、こう、彼を探す時から既にかなり頭に血が………あれだったけど、そのままの勢いで言ってしまった、つかね、昔告白したんだし今更恥ずかしいなんて事はないけれど、ああ、ポカーンってしてる江島くんも愛らしいなぁ、この、普通の人間とかけ離れた思考や言葉や心が…幼い奈豆愈をこの人の色に染めた、それが最高の快感でそのままの勢いで告白して玉砕、見事に散った。

「考えて?…………うん、たまに」

「えええ!?」

「いや、質問されたから素直に答えたけど、そりゃ、美少女だし、美少女だよな?うん、だから考えてます、恥ずかしいけど、それでは駄目?」

「だ、駄目なわけないじゃんか!」

「うるさっ!?」

授業をサボって江島くんを追って良かった、こんな言葉を言って貰えるなんて、先週全ての"記憶"を消して、そこに江島くんの今の言葉を刻み込んだ、刻み込み、眩暈すらする。

あ、あとで、何度も家に帰って頭の中で再生しなくちゃ、再生して再生して、何度も、朝まで寝ずに再生してそれに酔い知れなくちゃ、ああ、顔が火照る、思考がおかしくなる。

「んと、で、奈豆愈ちゃんが俺に何の用事、まさか、まさかここまで来て俺を虐めにとかはないよなぁ」

とんでも無い事を言う、むしろ奈豆愈は彼を溺愛して溺愛して、いい子いい子してあげたいのに、そんな風に思われた事がショック、ショックを隠しきれずに震えてしまう、顔面蒼白とはまさにこの事だ。

「で、何の用事?」

君を守りたいんだ、自分のものにしたい。



[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来編)04『親』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/11 20:06
ルイルイにしてもそうだし、まわりにしてもそうだ、実の子供と世間には言っているが、俺の"下らない"容姿から掛け離れた二人の容姿がそれを否定している。

否定しまくっている、まわりはまだ良いとしてルイルイなんかは見た目が俺と同じ人種のものとは思えない、しかしまあ、それでも我が子と言い張るのが大事というかなんというか、色々な面倒を解決して知り合いの定食屋でもそもそと飯を食う、ややくたびれた感じの定食屋だ。

メニューは和紙に手書きで壁にはりっぱなしです、んー色褪せてるし、科学調味料のツーンとした匂いもする、和風なのか洋風なのか中華なのかもわからないし、まあ、だがそれがいい、気軽にダラーンと横になる、正面の席にはまわり、横にはルイルイ、二人ともメニューを見ながら悩んでる、結局いつもの店になってしまったが二人とも特に不満は無いようだ。

この店はいい加減でこだわりもないが気軽で量もある、そこそこうまく、何より安い、俺がこの街に来てから金欠の時に何度世話になったか、二人が幼い時から連れて来てるから思い出の店と言えば思い出の店か、我が家に相応しく古びた定食屋だが、思い出は美しい。

「三人とも決めましたか?ふぁー」

欠伸をしながら一人の少女がだるそうに問い掛けて来る、ん、真理見方(まりみほう)、この店の店主であり、恭輔…俺の"育ての親"の一人である、他の親と違って自分の為に無茶をしない真理見方を俺は親の中でも特別に愛していた。

薄緑色の髪を腰までのばしている、同じく薄緑色の瞳は眠たげに細められ、柔肌と一目でわかる肌は白く白く、生気をあまり感じさせない、店に俺たち以外いない事を良い事に壁にもたれ掛かって欠伸をしながら問い掛けて来る。

いつも涙目でいつも細目で、自分が赤子の時からそうなのだ、見た目は俺の親には当たり前、とんでもなく幼い、4~5才に見える、身長は俺の足の膝よりちょい高めといった感じ、おままごとのようなエプロンをつけている、これで俺より力はあるし賢いし、すげー奴なのだ、ちなみに空中にプカプカ浮けるのでこの大人用に作られた厨房でもちゃんと仕事が出来る。

何故この街でこんな店をしてるかといえば俺が無茶をやらないかと、監視×護衛役でもあるらしい、いつも厄介事に追われる身としては助かる。

真理見方は異端、まあ、鬼島に所属していない能力者である、能力は法則作用系の「完全処理」まあ、あらゆるものを法則であろうが、物質であろうが、精神であろうが自分が思うように理想の形で処理する力である。

完全と言いながら自分の主観がなにより反映されるワガマママ能力、この店のこのがらんとした状況すら彼女の能力の一端だ、朝はいつも眠いので客が来ないようにと能力を発動して流れを処理している、これが逆に朝からバリバリに働きたいと流れを処理すれば店は満席になる。

思うがままに世界を蹂躙する"恥ずかしい"能力は江島にありがちな力だったかな、でも真理見方が俺の血縁かどうかは知らない、まあどうでもいい、義理でもさ、母として接してきたのだから今更関係を変えたいとは思わない。

「おやぁ、恭輔ちゃん、何か難しい顔をしていますね」

探るような視線、真理見方は色褪曰く、異端の中でもその全てを操る能力を恐れられ、むしろやべーよこいつ、とみんなに嫌われ、まあ、確かに眠たげなのに全てを見透かしたかのような薄緑の視線は怖いが、俺は生まれた瞬間からその視線を受け止めている。

くふふと何かを含ませた意地の悪い笑みを浮かべる、俺も苦笑してしまう、俺はマザコンなのである、まあ、この歳になれば親のありがたみがわかるというか、なんというか、今では心の底から真理見方が愛しく思える、親孝行か、むう、親が沢山いる俺としてはこれからが大変だ。

「くふふ、恭輔ちゃんは悩む顔も愛らしいですね~」

「そいつはどうも」

「でもさっさと注文して欲しいのです~」

「むっ、俺はじゃあレバニラ定食」

「僕はワカメうどんを」

「トンカツに生姜焼きにレバーフライにハンバーグにライス大盛りだなオレは」

ルイルイ、その妖精のような愛らしい容姿、小さな唇から……出るメニューは全部肉肉肉、肉食動物かお前。

「はいはい~」

メニューを確認せずにプカプカと浮きながら厨房に消えてゆく、何故か横を通り過ぎる時に頬を撫でられたがルイルイたちは何も言わない、見えなかったように処理されたのだろう、むはー、俺もあんな能力ほしいな、でも自分に溺れて失敗して死にそう、こう、巨大な力は合わないよな俺の脆弱な性格だとなぁ、自分でわかってるよ、昔よりましだよな。

「しかし恭輔の母親は真理見方だけではないんだろ?前に他の奴を紹介されたし」

「まあ母親つーより、あーー、育ての親は沢山いるな、みんなでワイワイと育てられましたよ俺は、この年齢になって溺愛されるのは恥ずかしいけどな」

「恥ずかしい、ですか?」

んと、息子や娘にそのままに伝えるには恥ずかしい内容なのだ、うーん、なんだか情けないぞ俺、いつも情けないぞ俺、いつまでもいつまでも情けないぞ俺。

「だからな、親に心配されて甘やかされてるのが悲しいよな、まあ、それはそれで嬉しいけど、こっちは何も向こうに出来てないのになー、とりあえず、近くにいる真理見方には何か出来たらいいなー、他の親たちはな、俺が何かしようとしただけで、怪我をするー、私がしてあげるー、つか一緒に暮らそうー、拉致監禁ー、そんなことしたら嫌いなるぜと言うと、恭輔に嫌われた、死のう、死のう、のめんどいパターンに巻き込まれるオチが見えてるからな、俺が全て、みたいなのが大量」

そんな事を思ってもいないのに口に出す自分が嫌だった、ガラガラとやや時代遅れの音をして店の扉、先ほど頼んだものは一通り机の上に並べられている、俺とまわりは既に食べ終わって、何故かソフトクリームを頼んで食べていた、ルイルイはその品数の多さからまだガツガツと食べてる、ガツガツ食べてるのに見た目が貴族の子供なので、んー。

流石は我が子つか、貴族の血、羨ましい羨ましい、なんだかさっきから羨ましいとしか言ってない俺、なんなんだろ俺、まあ、ボケーとしていたわけだが、店には真理見方の完全処理の能力で入れないはずなので少し驚く。

真理見方の能力を知らないまわりはそんな俺の驚きに気付き眼を細める、ルイルイもなにか気付いたようだが無視して脂身の乗った豚肉を口にほうり込む、しかし俺の膝の上でぬくもりを与えてくれる真理見方を見ればムーッと形のいい眉を寄せて何だか困ったような表情。

違うか、不機嫌ぽい、俺の親ランキングでは不機嫌とかなりそうにない組トップなのに、ちなみに反対のなりそうなのは、屈折か色褪だな、奴らの少女らしい無差別な嫉妬はうんざりするからな、血か、我が家の女は大体そんなんだよな、癇癪持ちのガキの一族、俺が筆頭じゃねーか、なにこの血液、我が子のまわりやルイルイはこんな厄介な血じゃなくてよかったなーとすげー失礼な考え、こんなこと二人の前で言ったら確実に泣くな。

鼻水流して、チーンしないとチーン、思考が腐っている俺の前に現れた顔は見知ったもので、あー、あー、なんだか真理見方が不機嫌になった理由も少しはわかる。

確かこの二人、あんまり仲がよくなかったけ「やっぱりここにいたー」ボケた声に頭が痛くなる、育ての親の一人である、頭にお花畑が咲いている、なんだか厄介な奴が来たぜ、親に会いながらそんな事を思考。

「きょんきょん、さがしたんだからー」

「俺の親で、俺に悪い影響、"飼い草"」

「えへ、エヘヘ」

だらし無い笑顔の少女になんだが肩の力が抜ける、でも実は少年、まわりパターンだ、ポニーテルの赤髪は鮮やかで濃い、真っ白な肌、俺の周りに多いけどさ、きめ細やかで真っ白な肌、瞳は何処か濁って、屈折曰く"腐った精神が眼に"と、恐ろしい、でも、納得できる、服装はゴシックロリータでなんか……。

黒い服と本人の瞳が合わさってまあ、ん、魔女だよな、魔女、男だけど、魔男だな魔男、見た目は幼児、まあ真理見方と同じくらいの年齢に見える、飼い草も同じように俺の育ての親で幼児、でも精神が安定しない、壊れてる、俺の首に短い腕をまわしてニコニコと笑うがその手で色んな、いろーんな生き物(ヒトガタもあり)を殺してきた。

まあ、親だからと抱きしめて背中をポンポンしてやる、飼い草も俺の守護役としてこの街に住んでいる、なんでも育ての親全員参加のジャンケン大会で勝ったらしいけど、でも、俺からしたら色褪じゃなければいいし、色褪……常に一緒にいないときーきーと騒ぎそう、今でもたまに会いに行く、でないと"山"が消えるんだもの、山消すなよ、自然を大事にしようよ?

そして二人の親に抱きしめられた俺、さっきまでなにも感じなかったが真理見方がすげー嫌がってる、ちなみに真理見方と飼い草は兄と妹で兄妹です、で、仲がそんなによくない、てか、飼い草は妹に興味がないし、真理見方は自分の能力を簡単に破る兄が苦手、確かに飼い草は精神の壊れ具合が半端なく、幼児的な思考をしてるから扱いに困るのだろう、その飼い草に育てられた俺がこんだけ頭がくるくるぱーなのは笑える。

しかし頬をこすりつけるな飼い草、お前の場合まじ本気(まじまじ)で頬こすりつけるからかなり痛いんだ、子供の時は思わなかったが摩擦が半端ないんだ!

「お兄さん、恭輔ちゃんが嫌がっているのです」

なんとなく刺のある感じの言葉だ、飼い草……髪の色は全然真理見方と似ていないが、眼の色は同じ薄緑色だ、眠たげな顔も似ているし、ただ、真理見方はそこに理性が垣間見えるし、賢さの裏の怠惰さ、賢い幼児は俺の理性を刺激するぜ、トラウマつーか、うむむ、馬鹿な自分に嫌気がする。

飼い草は逆に知性を感じない"呆けた"印象を人にあたえる、知性はなく、単に曇った瞳と噛み合わない会話を展開するだけだ、まあ、子供の俺にはなんとなく意味がわかる、なんとなくとは言ったけど、どうやら似た者親子なので、わかるよな、うん、わかるでいいや、はい、わかります、俺も阿呆で知恵がまわらず、あー、頬っぺたが摩擦で糞あちぃ、なんぞこれ。

「きょんきょん、にげるなー」

「熱い熱い熱い、まわり、ルイルイたすけてー」

俺は親に甘いので、飼い草のほほを噛んだ、まんじゅう?ぷにぷに。



[1513] Re[84]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/12 19:32
我はすぐに感知する、愛しい愛しい主様、愛しい愛しい兄上、愛しい愛しい我が本体、彼は戸惑っている、異端では無い少女の"絡み方"に戸惑っている、戸惑って困りながらも我が口内に侵入させた舌を甘噛みしてる。

"他人"には我は見えない、だから兄上は一人口をモゴモゴとさせている事に、本人も本人で我の舌を飴玉の感覚で舐めている、溶けるかな、溶けるかなと安い思考、主……兄上の思考はいつも単純、でも時折複雑、鼻の穴に舌を入れたら煩わしそうに、むぅ、そこも綺麗にしたいのにと犬の思考。

「あの、黙っていられると俺、その、困る……えと、えとえと、俺に何か用事って聞いたんだけど、授業サボってるよな?一緒にサボるとか?」

いつもいつも彼の横には幼く美しく歪みに歪みきった異端が存在する、なので、普通の人間に対して免疫は無い、本人が"仲良く"したいと思っても、生まれてから今まで、"普通"の生活を経験した事が無い、本人はそれを普通と認識して、普通だと言い張っても、地上を一瞬で消し去るような異端に愛されて育った歴史は"普通"ではない、そして、その異端を狂わせ愛させる魅力が本人にはある。

そして無自覚、自覚してもすぐに無自覚に、あああああ、目の前の少女のように通常の……"普通"の人間ですら感性が豊かだとこのように影響を受けて歪んでしまうのだ、本当にこの人は恐ろしい、境界を崩して異端を自分に、境界を崩さずに普通を異常に、どのみち、自分だろうが他人だろうが愛されてしまう、怖い人……我が兄上。




「奈豆愈は」

「ああ、言葉を遮ってしまうけどさ、自分の事を名前で"奈豆愈"って」

「あ、そ、そーだよ」

「いい名前だな、羨ましい、自分を自分の名前で、それは凄い事、羨ましい」

純粋に羨ましいと思う、彼女を羨ましいと認識してしまう、彼女はいつも俺に話しかけてくるし、いつも一緒にいたいと"企んでいる"みたいだ、俺と一緒にいたいだなんて面白い生き物、女の子の形をした生き物、んー、そして美人、まだ少女らしい青臭い感じも残っていて、少女と女性の間って感じで、あんまりジロジロと見るのもあれだけで、ん、少し癖のある長髪とか触ったら気持ち良さそうー。

触る?冗談、じょーだん、気持ちが悪いと手を叩かれて終わる、触ろうとした手を叩かれて終わる、終わり、終わる、やだなぁ。

「江島くんは、ここで何をしているんだ?」

「ここで?……そりゃ、サボってる、風が吹いてきたから、んー、屋内に入ろうとも思ったけど、やっぱバレたらアレだし、うん、ここに"まだ"いるよ、奈豆愈ちゃんこそ、確か…優等生、ああ、失礼か、優等生がここにいていいのかー、怒られたり叱られたり、そんなの嫌でしょ、俺みたいに言われても何も思わないような頭をしているようには、むぅ」

困ったなぁ、女性と話すのは緊張する、それが同級生で美人で学園のアイドルだとな、あれ、めんどい、さっさと何処かに……逃げようかな、これって怖いって感情だな、自分でわかるぞ?

自分自身を理解するのは得意だと、そう勘違いしたまま広く高い空を見る、彼女も俺と同じように、ううううううう、うううううう、別に特別な意味があるわけじゃないのに真似をされてもその、困る、本当に困る、コロは今度は慎重に鼻の穴に小さな舌を……そこもペロペロされるのかー。

あれだぜ、逃げたい、逃げたい……舌で鼻の穴をペロペロされる事からじゃなくてこの"他人"と一緒にいる状況から逃げたいんだよな俺、うん、その為に一人になったのに、今は二人じゃん、本当に面倒だ。

「そんな可愛い理由なんだ、意外だ」

「そりゃ、俺なんかに、クラスにいない理由で"意外"を選択されても困る、酷い言葉だけど俺の勝手……だし、うん、俺なんかでも勝手つー便利な言葉を使う権利ぐらいはあるだろう」

「成程、じゃあ奈豆愈がここにいるのも"勝手つー便利な言葉"が守ってくれるわけだ」

「わからないけど、そうじゃない?奈豆愈ちゃんってこんなに俺に似た物言いと振る舞いと下らなさを持っていたかな?なんか、俺を観察して真似ているみたいで、怖いぞ」

「そうだと言ったら、どーすんのかな、君は、江島くんは、恭輔くんは、奈豆愈を捨てて捨てて捨てて捨てて捨てて捨てて、嘔吐物のように吐き捨てて、こんなに成長させて、こんな奈豆愈に成長させて、どーすんの?どうするの?全部疑問、疑問系になっちゃうかな、無視とかは酷いんだぜ?それは許されないんだぜ?男の子だろう?」

抱きついているコロ、唾液の透明な糸が鼻から、鼻水みたいだ、舐めやがって、もう、コロのおバカさんと嘆きながら彼女に向き直る、座り込んだ俺に言葉を吐き出しながら彼女が早足で俺に向かって来る、相手は女の子なのに座り込んだ俺からしたら立っている彼女は既に"別"な生き物なわけで、こわい。

二足歩行の動物って四足歩行の動物からしたらこんな風に見えるのかと、面白い思考、四足でもデカイ生き物はいるから見上げるだけじゃない事もあるか、くすくすと笑う、コロも面白そうに笑う、俺の精神に共鳴しちゃった、んー。

剣道をしているからだろうか、彼女の歩き方は背筋がぴーんっとしていて軸にぶれがなく、見ていて気持ちいい、何か気持ちいい、やや癖っ毛の髪を指先で弄りながら怪しげに彼女は笑う。

「男の子つか、男だけど、何かそこにあるのか」

「あるよ、男と女だもの、無いわけないじゃんか」

「勘違いされるような言葉、それ、危ないぞ、そんなに美人で美人で美少女でモテない俺を惑わして見下して遊ぶとか、便利だな、そんな道具にされる俺は」

「無垢さもここまでだと憎らしいカナ」

「カナ?」

わけがわからず、立ち上がる、彼女は俺の眼の前で笑う、何だか怖いけど、そこそこに胸に来るものがある、と思ったらその細く長い人差し指で胸をとんっと、とんとんとんと押される、憎いだなんて真正面から言われたのは本当に久しぶりで、どう答えたら正解なのかと悩んでしまう、彼女はニヤニヤと意地の悪い笑み、美人だけど、こんな悪意のある顔、笑えるな。

「好き」

「ああ、俺を?」

「そ、そうだぞ」

「そう」

「そう」

なんだろ、悪意と好意で俺をぐにゃぐにゃにしたいのか彼女は、こう急激に冷たくして急激に熱くするみたいな、そんなの?反対?どうでもいいけどさ、彼女は不安定、いつも二人になるとこんな風に俺で遊ぶ、玩具ならそこらの店で買えばいいのに、でも生きている玩具がいいのならそこらにいるミミズで遊んでいればいい。

それでも俺で遊ぶのなら彼女は壊れかけの生き物である事は確実だ、壊れた生き物を俺はわりと、そう、愛したり愛されたり出来るので、ん、そのままでいいじゃないか、いいじゃん、彼女の純粋な愛情みたいな、不安定なものは俺には……笑えるってまた素直に思う。

女子高生が安易に純愛を見せるもんじゃないぞ……あと関係ないけど足ながっ、きれいきれい、学校指定の校章がついた靴下も可愛い、美人はどんなものを身に纏おうが美人、差異とか沙希とかも考えたら、美しいものは何をしてもどんな服でも綺麗、あはは、はは。

「好きって言われたけど、照れてるけど俺、嬉しい?けど、そーいえば俺に良く言うよな、好きとか愛しているとか、愛しているの方が多いかなぁ、照れながら何度も、ありがたい事だけれど、うーん、俺は、お、お、俺はね、恥ずかしくて、何も言えなくなる」

「そ、それは良い事だぞ、奈豆愈を意識してくれている、嬉しいぜ、そう思う……でも江島くんはその先に進んでくれないじゃないか、心が"ふれちまう"……だから狂うのかな、奈豆愈はさ」

狂っているとは初耳だ、本人の口から出た言葉だし信用してみようかな?でもそれを信用しても信頼にはならないわけだから、このままの関係でいいよな、こんな美人と何かあった日には学校中の男子に"本気"で虐められる、それは勘弁だ、この子の"好き"は差異たち一部の"好き"の感情には届かないから無視で。

美人でも、鍛え上げて無駄の無い体つきで、でも太ももが柔らかそうな彼女の言葉だろうが、ああ、今は簡易な邪悪な思考、エロがなければ男子は生きていけないから!

「狂えばいいと思うけど、授業サボって、女性に狂っていいよ、そう言う自分があれだけど、いいと思うよ、でも俺は縛らないで欲しい、怖いし、ああ、君の眼は怖い」

「そりゃ江島くんが欲しいから」

「欲しいからってそんな怖い眼になるかな、それ、駄目な方の視線だぞ、確実に、うぅ、あんまり見ないでくれないか」

「だ、駄目だぜ」

「そうか、つか女口調と男口調の混ざり具合はいいね、可愛いなぁ」

「ふ、ふふん、そうやって喜んでも、どうでもいいと感じてる、そんな強い意志を持っている江島くんが好きなんだ、だから、め、め、メアド変えたんなら教えてよな!」

こう、全ての流れをばっさり、あああ……と、メアドを登録してた事すら忘れていた、いや、意味としては俺なんかのメアドを"二回も"知りたく無いだろうと勝手に思ったわけで、手早く携帯を取り出して彼女の名前を探して、送信……彼女のイメージにぴったりな青色をした機能重視っぽい携帯が震える。

機能重視とてきとーに言いました、うんうん、彼女の顔がぱあぁぁぁぁ、最高の笑顔、良い事をしたんだな俺、風が強くて少し寒いけど胸がポカポカします。

「う、うへへ」

「笑い方があれだぞ奈豆愈ちゃん、クラスではクールでクールでクールで、女の子から男よりモテたりもするのだから、その笑い方はあれじゃないか、男女モテモテさん?」

「別にいいじゃん、嬉しいんだからさ♪」

「むぅう」

「これで大丈夫かな、江島くん、八島たちが何か……君にしようとしているぞ、わかんないけど、その時はメールか電話で奈豆愈を呼んでね、それで一安心だぜ?」

「どこをどう安心なのかはわからないけど、わかったわかった、これだけの為に授業サボったんなら、凄いよな、君の頭の中」

「ふふん、今日はここまでだね、あんまり一気に近寄るとまた逃げられる、江島くん、またね、そ、その、ああああ、アイシテル」

「はい、りょうかいー」

わかんないけど、いつものやり取りだなぁ、本当に愛しているか愛していないかなんて"一部"じゃないからわからない、だからこんな返事に、ごめんなぁ、すまんなぁ、謝る。

彼女がぱたぱたと小走りで扉の向こうに消えて行くのを見て、俺って、なんなんだろうと改めて思った。




俺の育ての親は多い、もう多い、すげぇ多い、おおおおおおおい、ん、誰かを呼んでいるみたいになるな、まあいいや、いいし………で"遠離近人"の集合体、その名は井出島…支配者は彼らの住む森で、その森は"律動する灰色"って名前で、良く考えたら俺の親、おおお、ママ、ママだよ、けどなんでもいいや、よく確認出来ないんだよなこいつ。

大きな深い森で、たまーに、意志だけが人型になるけど、真っ黒い、影絵の様な幼女、いや、鼻とか口とかないんだよ、真っ黒、でも幼女の形、んん、不思議、で喋りもしない、喋った事はあるのだろうけど記憶にはない……そっちの方が正しいかな?ざわざわざわと変な音を出す、草木が風にざわめく音だ。

それでも母なので甘えた、ひらたーい黒い胸に顔を寄せて甘えた、撫でてもらったし、遊んでもらったし、赤く点のように光る二つの眼にキスをした、それは愛だろう、なので愛しい母の匂いを思い出せば……母の中で暮らしている狼が近くにいるかわかるのではないかと、思いましたとさ。

「で、狼近くにいるよなぁ?こう、律動する灰色の匂いがするよ、ママです、母です、お母さんです、くんくん、するする、でさ………この屋上で迎えよう、迎えよう、何せ、あれだ、ここは他の場所から見れないようにな、いい感じになってるから、だいじょうぶだいじょうぶ、がたがたがた、こえぇぇぇぇぇ、律動する灰色を主って思っている狼なら"母さん"に言ってもらえば帰るんじゃね?それでいいんじゃね?」

ただ"律動する灰色"の意思は不確かで、あれは意思つーか現象かな、なんつーか、あやふやな存在でそんな事をしてくれるのかと自分で疑問、母親だけど、俺を甘やかしてくれたけど、それを今してもらいたいけど、時間が無いし、ないないないない、無いものばかり。

今さ、ああ"井出島"で支配者だったな俺の母と思いだしても、意味は無く、ぽんこつな頭、コロからの記憶と重ねて思い出すなんて俺のバカ、おバカ、でもここで戦闘?戦闘物?そんなお話じゃないよなあ、これ。

「兄上、いい感じで事が進んでいるのに怯えるのは如何かと?」

「怯えるよ、そりゃ、さっきだっていきなり同級生が登場して愛しているメアド教えろ愛しているとわけわからない脅し方をされたし」

「くはは」

「笑うのかコロ!?いいけどな、笑いたければ笑えばいいし、みんな自由に俺の意思の下で動けばいいさ、しかしどうしよう、罠にはめると、さあ、どんなのにしようか、"所詮は犬"だろ?」

「わふ」

「だとしたら、そこまで考えなくていいなー、んとんと、よしこれでいいな………おっ」

何だかおかしい、おかしな雰囲気、というか普通におかしい、何せいきなり"霧"のようなものが俺の周囲を、この屋上を包もうとしている、刹那に出現したそれを見て驚く。

しかも何かピンク色つーか薄い赤色つーか、何処か怪しい感じ、周囲を確認しようとしても既にそれが俺の周りを包んでしまって、わからない、何だか違う世界に切り離された気分。

でもコロは俺の一部なので位置も思考もわかる、おいでおいでと思考、駆け寄ってきたその小さくてぬくぬくな体を抱き上げる、ぺろぺろと頬を舐めて貰ってと、んー、取り合えず笑おうかな。

「あはは、なんだこれ」

「戒弄の狩り場……姉は十狼族の中でも優れた資質と赤い毛並みを持つ顎ノ子と呼ばれる特殊な存在ですので、これぐらいは」

「これぐらいかぁ、あれか、違う所に引きずり込まれたんならさ、それはそれでよし、ありがたい、嬉しい、何せ学校で襲われたらみんな死んじゃうかなーーて、うん、いいことだ、この展開は俺にとって」

「そう、でしょうか?兄上はお気楽ですな」

「そうそう、気楽、俺の中の"俺"たちもいつでもがんばりますーって蠢いているから、弱い弱い弱い俺はそれに身を任せて、こんなおバカな笑いをするぞ、大丈夫だろう、差異たちもそう判断しているし、差異の判断なら大丈夫、そして、でも、あれだ、やっぱ怖いから、舐めてて」

「兄上は甘えん坊」

コロに甘えん坊と言われた、ぺろぺろと、来るんだな、狼さん。



[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来編)05『結婚してる?』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/13 16:54
飼い草は全力で俺の頬に顔面を擦りつける。

「熱い熱い熱い、まわりもルイルイもどうにかしてくれ」

「いえ、まあ、親子の間に無粋に入って嫌われるのは嫌なので、確実に嫌われないという結果がみえたらやりますよ、やります」

「やりますって何する気だよ、こえー、こえー」

息子は依存度が高いので迂闊な事を言えないよな、なんだか家族全員集めたら素敵に無敵そうだ、主に俺の精神が完全崩壊。

「親子の会話を破壊したいが破壊する程にオレは馬鹿じゃないぞ、恭輔への好感度をここで稼ぐぞ」

口に出した時点で稼げないのになんて馬鹿な我が娘、仕方ないから好感度進呈、いつもそうやって稼がれてる俺は段々痩せるしかないな、ナイスー、精神ダイエットだ、肉体と精神を同等に扱うなら喜ぶべきだよな!

精神のだらしない肉をおとすの、でもなんか違う、やっぱり精神は肥えに肥えたほうがいいな、俺なりの小汚い結論にやや吐き気がするが大体この体で生きてきたから仕方ないよな、なんか明るく言えば良く聞こえる、正しく聞こえると思えばやはり、まあ、正しくないか、自我への裏切り、ふふ、俺の馬鹿。

「きょんきょん、いやなの?」

「いや、別に嫌ではないかな、ただ摩擦によって熱いだけで、まあ、いつものことと半ば諦めてるよ、プニプニ、ムニムニしてるからそこはまあ気持ちいいよ、流石は飼い草」

「あは、あはははは」

何が嬉しくて何が楽しいのか突然飼い草が大笑いする、何処か今の会話でツボに入るような所あったかな……流石は多くの異端に「きがふれてる」と言われてるだけはある、愛らしい顔で、曇って壊れた瞳で気まぐれに、他者には理解出来ない生活パターンで生きて壊して笑ってる。

俺はこんな凄い生物に育てられた、もし俺がまだ学生で三者面談で飼い草が来たら死ぬな、こんなんに育てられました、ふふ、先生、どう思いますか?みたいな、先生、俺を変人扱いで警察に通報パターン、ちなみに学生時代は……ああ、嫌な思い出しかないかなぁ。

「恭輔ちゃんが壊れています~、お兄さんの言葉はいつも恭輔ちゃんを悩ませるので迷惑です~」

明らかに悪意を含んだ言葉にげんなりする、俺の周りは仲の悪い家族ばっかでさ、そりゃげんなりしちゃうだろう、いや、我が家はいいとおもうよ?しかし飼い草のホッペのプニプニ具合は神懸かっているな。

なんだかこのプニプニだけで天国に旅立てそうなプニプニは、擬音と感触が完全に一致してるじゃないか、素晴らしいなぁ、幼い姿をした親の頬に顔面を擦りつける自分……やべぇ。

「お兄さん、恭輔ちゃんに何か用事があったのではないですか~?」

眠たそうに、でもしっかりとした声量で真理見方が問い掛ける、飼い草も流石に今度は理解出来たのか曇りに曇った瞳をぼんやりと自分の真下に座る妹に向ける、見比べると同じほんわかした容姿から兄妹なんだなーと、そういえば俺の妹と弟はま典型的な美形で、俺だけ……昔のトラウマがズキズキと、うん、似なくてもいいじゃない。

「えーと、えーと、きょんきょん」

「はいさ」

親に名前を呼ばれたら子供は返事をするもので、頭がいい感じに腐っている俺達の間でも当たり前な事、底が見えない薄緑色の眠たげな細目、細目というよりはうつらうつらして眠いぜーと単に閉じかかってるだけか、ちなみに真理見方も同じく眠たげで細目、単にそこに人格、理性の色があるかどうかで印象が変わるとはおかしなものである。

「きょんきょんは結婚してるの?」

「は?」

「してるのってきいたのー」

背中でジタバタする、まあ、幼児が背中で暴れた所で何も痛くない、ただ、背中に飼い草、膝の上に真理見方でポカポカとして眠くなる、ありがたやありがたや、真理見方は兄の質問が気に食わないのか眠たげな瞳をさらに眠たげに、我関せずの態度である。

ルイルイは食事中、まわりはなんか殺気をばらまいてるが俺が目配せで暴れるなーと伝えると黙って懐から小さな文庫本を取り出して読みはじめた、まわりこわ!まわりだったら俺と同じ境遇の人生でも周りを威嚇して強く自我を持って生きていけそうだ、凄いぞまわり、結婚してください、あー、やべー、これを一度冗談で言ったらまわりが何か危険つか、壊れたんだよな。

まさか監禁紛いの事をされるとわ、親父が息子に監禁されるなんて世間体悪すぎだろ、助けてくれたのはルイルイ、ルイルイの本気の性能はまわりの二割増しだからなあ、質問に答えないまま呑気にポケーとしてたら飼い草が突然俺の頭を撫ではじめた、俺の親はいつもそれするな!三十路っすけど俺!

「やめなさい」

「るんるん」

つか聞いてないし、いつも話を聞かないし、そんなに俺の頭を撫でるのって楽しいか?とりあえず抵抗しても無駄なのでナデナデを受け入れる、ふにふにした幼児の手……うん、俺って奴は……。

まわりやルイルイの何だかなぁな視線をかわしながら、欠伸をするふりをして冷静さを取り戻す、たまには冷静な自分を演じてもいいじゃないか、そこはそれ、とにかく、偽りの冷静な思考でなんとか答えないと、まわりとルイルイは自然な顔をして興味津々なのがわかるし、わかるからこそ言いたくないぜ、真理見方は知っている、事実をな!

なにせ俺の親と知り合いの中では唯一普通っぽい"精神"だから色々と話しちゃってるのだ、飼い草以外の育ての親はなんとなく気付いているんだろうけど何も言わない、そこは俺がふれんなーと空気を出してるから流石に。

色褪なんか涙と鼻水垂れ流しながら大暴れして問い掛けてきたから無視しといたけど、孫が結婚したぐらいでなぁ、可愛いけど山が消えるのはいただけない、責められるのは俺だぜ?でも根本的には俺が悪いのかもなー、親には正直であれと小恥ずかしい事を考えてみたり、しかし飼い草がこんな質問をするのはな、なんだろ、なんなんだろ。

「つかさ、なんでそんなことを突然聞くんだ?」

「えーわからないよー」

なんだそれ、飼い草がよくわからないのは毎度の事だけどここまでわからないのは久しくない、よし、精神世界に逃げるか、適当に呼び掛ける、マジで適当、適当さで俺に右に出るものはいない。

赤いの(ウアア)

茶色いの(ブァア)

なんかドメスティックなの(馬鹿が何か用か)

俺の精神の一部である残骸たちが発光しながら脳みそに三人の姿をかたちどる、これは俺のゴミ虫みたいな脆弱な精神が生み出した脳みそ妖精である、あれ、妄想と空想で出来ました……ってのは嘘で、沢山ある精神の一部の残骸なわけだ、普通の人間のように無色で処理できないので心を持たせてあげた。

他にも色々があるのだが今回の赤いのは「弱気」茶色いのは「強気」なんかドメスティックなのが「賢い」とわかりやすい個性持ちだ。

とりあえず俺から生まれた壊れた精神たちは等しく「俺」なのでどれだけ個性あろうがチキンなのですよ、脳内の俺会議。

赤いの(逃げちゃおうぜーめんどいし怖いし)

赤髪の幼児な俺黙れ。

茶色いの(全員犯しちゃえよ)

強気じゃないだろ、お前淫気じゃね?つか黙れ、黙れ、俺がその領域に入ればみんなやばいんだ。

白いの(にゃあにゃあ、おなかすいたあ)

また違うの出た、こいつは痴呆幼児、新しい精神、だが今はめんどいから赤いのと茶色いのと一緒に隅っこにいなさい、四隅のー、隅にな…脳が?

さあ、賢い俺、秘書で幼児な姿でドメスティックな女な俺、これ俺の精神、うそくせえー。なんかな。

ドメ(ふふ、やはり他の馬鹿と俺との違いがわかるとは素晴らしき俺の本体だな!!さあ、繋がっている俺は全て理解しているが!お前の口から悩みを聞かせてくれ)

……俺ながらなんかめんどい!あれだスーツで横わけデコっぱちで眼鏡なインテリ幼児だが……やっぱ俺だ、それは無駄な努力だー、だりい、俺って存在はなんて怠いんだ、精神世界でゴミを排出しまくるからまだまだこんなの出来るのか?笑えないけど笑おう、もう色々めんどいからドメと略します。

とりあえず事情を話す、まあ知ってるのに、二度手間なのに、説明しましたよ。

ドメ(成る程成る程、うんこ以下の知恵しかない貴方では答えは出ないだろうな、賢い俺に任せるんだな)

なんか偉そうだ……いらっ、いらっ、白いのにしたら良かったなあ、阿呆でも和むし、こいつは和まないし、和まないしー。頭の良い自分ってよくよく考えたら天敵だよな。

ドメ(愛してる恭輔)

なんか俺の考えを読んで点数を稼ぎに来たし、だが本音だとわかるから俺も大好きだ、愛してる馬鹿、生きろ!!俺は俺を大嫌いだが俺のゴミな部分は愛しい、ドメめ、かわいい奴、頼りになりそうで頼りにならないけど俺が大好きってオーラを出す所がかわいいぞ。

だが可愛いチワワが鰐並の力を持ってるようなイメージ、こいつは確かに俺だが、わりかしに攻撃的だからなあ、まあ俺を傷付けることはない、俺の一部だから、むしろ俺の役に立とうと頑張ってます。

ただチキン、何度も言うが俺の精神のゴミはみんなチキン、まあゴミって言うが本体の俺がそれより弱く怠惰でゴミなんだけど、改めて理解すると悲しいよなー、それ。

ドメ(ともかく、言うことを聞かない畜生は殴るべきでだな、殴りなぐりなぐりなぐり)

あれ、賢いキャラ?賢いゴミ?やっぱ賢くないキャラだよなーどうしようもない、俺程に俺を信用出来ない人間はいないだろうなあ、なんかー、どうすればいいんだろ?

ふわははひ、ちょっと個性的に笑ってみた。

グロいの(いいですわあ、後は目玉を潰せば完璧ですわ)

グロいのは俺は俺だが確実に敵だな、いつかさらに細かく精神を分解してやるからそのままでいろ、俺の個性を俺を殺すか?やばい、危険だな、世の中なんてそんなもんだぜとちょっとわざとらしく強気になってみる。

でも素が超弱気なので勘弁して欲しいぜ、グロいのはビジュアル的にキツイのでさらに脳みその四隅に、四隅は便利だ、日常生活にしろ脳内にしろ、さてさてさて。

ドメ(ここは素直にタローと結婚してると言えばいいじゃないか)

俺の賢い秘書、スーツ姿の出来る俺、それが素直に言えたらそもそもお前に話してはいない、タロー……一部では嫌だと願ったはじめての存在、色々あって家庭が別に出来た俺とは一緒に住んでいない、別に不満はない、向こうは会いたいみたいだけどなぁ。

でもその事実をここで話しても良いものかと真剣に悩む、悩んでみるが答えはなくてドメの意見が一番正しいように思える、差異がいたら「ん、恭輔のやりたいように」……はじめて差異が馬鹿に思えた、いなくてよかった。

まわりもルイルイも会った事がないだろうし、うん、そもそも存在すら教えてはいない、たまに俺が数日出掛けるのを怪しく思っているくらいだし、携帯の履歴を調べるような真似はしない子供達だ……いや、まわりは少し疑わしいとか酷い事を一瞬考えた、うん、困ったぞ。

何も答えない俺はかなり怪しいはず、結婚なんてしてるわけないだろう的な子供たちの無垢な視線が俺を苛む、飼い草め、なんでこんな爆弾を投下しやがるんだ、泣きたくなるじゃないか、実際に半泣きだ、畜生め……とりあえず何かを口にしないと、適当でもいいから。

「し、してませんよ?」

うそくさい。



[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来編)06『虐められる親』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/14 12:03
「んーきょんきょんから、うそくさいにおいがするよー」

「んだとごるぁ」

疑われるのに弱い俺がいる、なので強気に出てみたが飼い草は目をパチクリとしただけだ、暫しそうした後にケラケラと笑い出した、くそう、しかしこうも精神が壊れているのに変な所で鋭くて恐怖を覚えちまう、親は子供の変化に敏感だと言うが敏感すぎだろ!

あー、なんかこう、ごまかし切れない空気が店の中に、誰も味方のようで味方ではないが……真理見方、お前だけは味方だ!みょんみょんと怪しい電波を送信すると真理見方のアホ毛がピーンと鋭く立つ、ふふ 飼い草が俺に敏感なら真理見方も俺に敏感だぜ、つかなんでこんなので通じるのか真剣に考えるとオカルトじみていて怖い、親の愛はオカルトなんかより怖いんだと実感する。

「恭輔ちゃんは結婚なんかしてないですよ~結婚が出来ない男性になるように育てましたから~」

なにその長期的な親による虐め、ありえない、どんな育て方だ、しかも思い当たる所があるし!タローありがとう、タローのおかげでなんとかこの負の連鎖から抜け出せた、ちなみに真理見方の言葉に飼い草は微動だに、反応ゼロ、これを天然でしてるからこいつは怖いんだよな。

頭をペシッと叩く、飼い草と真理見方に仲良くして欲しい俺がいる、そんな俺がいるが具体的に何かしようとはしない、兎に角、飼い草が無意識だろうがなんだろうが真理見方を無視したら叩くようにしてみた、軽く、軽くね、ぶーぶーとなんか肩の上で飼い草が騒ぐが無視。

鼻先にちょろちょろと炎のような赤く細く柔らかな髪が踊る、クシャミしそう、もー、やめてー、 俺のそんな訴えも無視してプニプニな頬が俺の頬とムニムニ。

なんかムニムニ、ムニムニ、この幼児め、パパめ、だがしかし、俺は親に過激な接触をされて喜ぶ程度には親馬鹿なのです、照れたふりをして喜んだりしてる、けどなんとか質問を回避出来たぞ、回避出来てないかもしれないが飼い草はさっきの質問など忘れてムニムニしとる!

あれだ、間、間に真理見方の適当な言葉があったのが良かった、飼い草は基本クラゲな頭なので色々ど情報を与えるとパンクして真っ白になるのだ、まさに親子、おバカな具合が俺に似てるな、俺のこのおバカ具合は間違いなく色褪、飼い草成分が高いですよ、残念な家族。

くそーー、あと俺の中のダラダラと怠惰でのんびりな部分は間違いなく真理見方だな、賢さは受け継げなかった、そこは残念、残念。

「恭輔ちゃんはこれからお仕事ですか~?ふわ」

「いや、つか欠伸ばっかだな、これから帰るとこだよ、動物探しもオカルトアイテム回収もさ、急ぐ仕事じゃないし、うん、なにより今日は早起きをし過ぎて死ぬ程に眠い」

俺の素直な言葉に真理見方も素直に頷く、何か用事でもあるのかな、明日の仕込みを手伝ってと言われればかなりだるい。

「明日の仕込みを手伝って下さい~」

「え、俺の心を読んだ?」

「ん~恭輔ちゃんが何を言ってるのかわからないですね~」

嘘つけ、いつも俺の全てを把握している癖に。

「いや、うん、いいんだ別に、ただ、悲しくなっただけ、別にいいけど、つか別に別にと連呼してるが本筋なんてものはありはしない」

「はい?ともかく、とにかく」

「う、はい」

ふざけたら流されました。

「い、いいよ」

何だか弱気な俺だった、何と無く真理見方の言葉には逆らえないのだ、でも真理見方も俺には従うし、先に言ったもん勝ちみたいな。

「というわけで、まわりとルイルイは先に帰ってな、飼い草は?」

「なむー」

首にがっちりと小さな腕がまわって外れない、しばらく俺の装備品として生きてゆくらしい、なにも言わずに首を振って俺の正面に、軽いからこんな玩具みたいに扱える、可愛い子猿め、ウキキしてるがいい。

「んー、恭輔、早く帰って来るんだぞ?」

「……」

まわりは無言で頬を撫でてきた、はい、怖いですね、なんだろ……なんで男なのに女っぽい怖さがあんだよ、恐怖、とりあえず、笑ってごまかそう、酷いけどさ、去れ、去るんだまわり、夜に遊んでやから許せー。

二人が店を出るのを見て、なんとか安心、まわりよ、なんて怖い生き物、俺が育てた生き物は凄く怖く育つなーー、可愛い成分を差し引いても凄まじく怪しく怖い、蜂蜜入りの毒みたい、毒入りの蜂蜜じゃないのがまわりの気質。

さて、子供がいなくなれば、俺も素直に親に甘えられるわけで、いいじゃん、甘えられる親がいるなら、そんな風に育てられたからなあ。

「恭輔ちゃん?」

「んー嘘?」

「そーです~、嘘ですよ~」

子供たちが邪魔だから仕込みを手伝えとかなんとかかんとかーー、むぎゅーと抱きしめて畳でゴロゴロする、"両面"に、両面に育ての親をくっつけてゴロゴロする。

「恭輔ちゃんは我が子が一番ですから~、それだと辛いのですよ、親としては~」

何をやっても許される無敵の言葉だな、こんな俺をルイルイやまわりが見たらヤバいだろうなぁ、つか想像したくない。

「恭輔ちゃんは昔と違って毎日忙しそうなのですよ~親としては甘えてもらいたいから、嘘を許してほしいのです~」

「きょんきょんいそがしいの?」

珍しい兄妹揃っての会話に感動、片方が片方の言葉を繋げただけ、でも会話、素晴らしい、素晴らしい、俺は親達にはみんな仲良くいて欲しい生き物なのでそこら辺はしっかり喜びます。

「生きていく為に働かないと、働いて二人の子供を育てないとな」

「んー、んー、イロイロにおかねをどかーんともらえばいいさー」

「確かに江島本家は無駄にお金持ちだけど俺は嫌だ、それを理由に色褪に帰れとか言われそうだ、それが起こったらあーもーめんどい、死ぬ程に怠い、色褪の場合、自分で俺を取り戻しに来たら確実に俺やルイルイやまわりでは勝てないからなあ、頼りにしてますよ?」

飼い草と真理見方……能力が能力なので二人とも色褪とやりあえる素敵レベルなのだ、助かります、ちなみに育ての親も穏健派、過激派みたいに別れてる、真理見方と飼い草は穏健派である……俺の自由を認めてくれる穏健派と俺を自分たちのものにして昔のように一緒に暮らそうとする過激派。

ちなみに近所に過激派が四人住んでます、二人に対して四人、でもまあ過激は過激だが俺が情けなく泣いて暴れれば帰っていきます、ふふふふふ、けど色褪みたいに同じく泣いて暴れられたら流石の俺も負けるんだぜ。

流石は同じ血を持つもの!もうね、最近思うけど性格がすげぇ似てる、むう、容姿が似ればもっとマシな生活があったかもなーちょっと残念。

「後で銭湯でも行くか銭湯」

「あ~、負人(ふじん)ちゃんとこですか~」

「たまには過激派な親をからかいつつ、からかわれつつ、なんか捕まりつつ、逃げつつ風呂に入るのも悪くない、むしろ過激派の中の穏健派と言われる間宮ちゃんが俺を助けてくれる」

過激派だろうが穏健派だろうが、どちらに対してもあるのは子供としての感覚、会っても嬉しいだけである、捕まりたくはないが、会わない理由にはならない。

あと今名前が出た負人(ふじん)は過激は過激だが俺に甘いから大丈夫、間宮ちゃんは優しいからとにかく大丈夫、とにかく優しい、天使みたい、でも過激派、すげぇ過激派。

「だが!」

「ダガー?」

「本屋に行きたいんだけど、さ○らもも○の新刊、息子との日々を描いた新エッセイを買わないと、フフフ、楽しみだぜ」

「ん~恭輔ちゃんは~」

「文書ならとりあえず何でも読むよ」

「ならいこーよ~きょんきょん、むにむに」

頬っぺたを甘噛みする飼い草を無視して立ち上がり靴を履いて食堂を出る、空はすでに夕焼け色、二人の親を抱いてダラダラしたり撫でられたり噛まれたりしてたらもうこんな時間か、仕事の時間もこんな風に過ぎたら楽なのになあ。

歩く、歩く、本屋はこの食堂から徒歩で四分ぐらい、走る気持ちで早歩き……幼児二人を装備した俺はかなり目立つ、目立ちまくる、無敵の技、知らないふり、親子だから仕方ないじゃないか。

「普通の家庭を知りたかった」

「我が家は"さりげ"に普通だと思いますよ~」

そこで"さりげに"を使う時点で全然普通でないと思う、普通ってなんだろ………。

「しかも"浮いてる"とはいえ装備が二つ、両親だとしても重い重い……む、蒸し暑い」

「むかしはいっしょにくっつきむしでもよろこんでたよ?」

「いや、いつの話だよ、幼い時ムシムシして暑かった思い出はある」

「はだかだったから~」

「俺が?」

「?ふぇ?」

「えー、お前も?」

「んーんー」

"うん"じゃなくてんーんーと言われてもわけがわからない、しかし、不思議、凄い不思議、なぜに全裸、幼児に全裸で抱かれる赤子でイロイロとあれだろ、まあ、和むか、今の本人以外はな!飼い草め、他の親もしてたら……今更ながらに怖くなるな。

「恭輔ちゃんが生まれてしばらくは親たちはみんな"恭輔ちゃん酔い"してましたからね~あらゆる恥ずかしい過去があるのですよ~」

「ぐ、まじか」

酔うのか?アルコール的な成分が俺から出ているのか、お酒は大好き、こんな狂って歪んでまあ、酒に逃げる時もある。

「はぁ」

歩き疲れる、しんどいなぁ、そういったマイナスな思考は現実逃避には一番なわけだが、今、俺は現実に歩かないと辿りつけない、本屋に。

現実はいつも苦しい、逃げたい、サボり癖、現実に対するサボり癖が酷過ぎる、サボりたい……自分の欲望すらもサボりたい。

「うーうーうー」

「恭輔ちゃん~~、汗を大量に流しながて~、申し訳なく思っていますと口で伝えるしかないのですよ~」

「いや、親子でも言葉って大事だよねって意味?そもそも俺は親を装備して歩くつもりはない、無い!もう一度、無い!」

「ややしつこいなー」

飼い草にだけは言われたくない、飼い草の方ほど、人の意思を無視してしつこく絡みついてくるじゃないか!それがどれだけ俺の時間を削ってるか!

「うぅぅ、新作、新作、字を読まないと頭がおかしくなる、むしろ古い本ほど心が癒される展開が多いけど、それでも今日ばかりは新作!」

「本をそれだけ好きなのは誰に似たんでしょうね~、色褪ちゃんはそもそも本を読まないですし」

「これは俺個人の個性だと信じたい!」

何せ個性の強い存在に育てられて成長してきたから自分の個性を狂うほどの求めてます、まあこいつらの場合は個性って言葉では…あれだけど。

「また恭輔ちゃんは下らなく、浅はかな心を展開しているようですね~恥ずかしいです、親としての気持ちを言えば、そろそろ、養って甘えさせて欲しいです、逆でも可能です~」

「え、俺が養われて飼われるの?やだなぁ、動物園の檻はいらないと思う」

「はいはい」

くっ、ばれている、むしろばれているからこそ少しだけ笑える…ちなみに人外が大量に生活するこの街でも幼児を装備して歩く俺の姿はかなり危ない、客観的に見て親子には見えないだろうし、容姿的に!

出来るだけ大通りを避けるように、隅を隅を、歩く、歩く、あれ、こっちの方が犯罪者っぽいよな、しかも、なんとなく、小物臭がする、とてもする、小物だけど確実に幼児に対するアレな犯罪を起こして捕まるような。

「本を読む癖を、癖というか、もう生活の一部だよね、現実逃避をするのに必須アイテム、必須過ぎるアイテム、だからこそ、俺は本屋に行く」

「きょんきょん、ごほん、ごほん?」

「その言い方だと風邪か何かだと思うからやめてほしい、文字で見るとまんま風邪だしな!でも、文字見る事なんてない、絶対に無い」

「……この世界は文字世界なのですよ~」

歩き疲れ、はしゃぎ疲れ、世界に浸る、この場は非現実的で大体そんな感じ、俺は実在していないのさ、フフフフフフ、自分で言っといて何だか悲しくなってきた。

街並みは見慣れたもので、その街並みの中に一つ違和感ばりばりな建物がある、真っ黒塗りのボロボロのコンクリート作り、二階建てと言うには半端な……天井高いからなぁ、無駄に。

「相変わらず、漫画雑誌とかコミックとかを置いている感じが皆無な店構え、狂ってやがる」

「相変わらず、ですね~」

真理見方、とても空気の読める"母親"に育ってくれて嬉しい、ありがたい話だ、何がありがたいのかは歪んだ主観によるもの、歪んだ母の教育で歪んだ息子が育つわけだから一度歪んだ教育は永遠に歪んだままなのだと思うと悲しい、つーか、つーか、歪んだ親しかいないって面白い状況だ。

この本屋にも親がいる、親ばっか、誰かー、過保護地獄、過保護に飼われるペットは長生きするのか、長生きしたいのか俺、俺はペットでは無く息子だが同じような物だよ。

「………!!」

「うわー、見つかった」

外で水撒きしてる少女が俺に気づく、コンクリートの地面に水を撒くと涼しげでいいよね……それをすぐに止めて獲物を狙う肉食獣の突進。

母です、母が走ってきます、幼児です、てとてととペンギンのような走り方…肉食獣とか嘘です、5歳ぐらいの、なんとも上品な幼児、どうして上品かわかるのかと問われれば、俺が息子だからだ。

「内覧花(ないらんか)走るな走るな、転ぶぞー、転んだら怪我するぞ、傷口とか洗って絆創膏とかつけるぞー」

「ど、どうしたのさ、恭輔、あ、遊びに来てくれるなんて、う、嬉しい」

すげー噛み噛みで喜ばれた、息遣いも…この子は体力が恐ろしいほどに無いので走ったことで体力が尽きたみたいだ、走らなければいいのに、歩け、日々を。

「んん、新刊を買いに来ました」

「新婚!?ウチと!?」

「違う、違う、というより親と結婚するほど俺は餓えてませんから、幼児にも餓えてません、何せ周りが幼児だらけの人生なもので、このーーー、お前たちのせいだー!」

「いたたたたっ!」

抱き上げて、頭をグリグリと拳骨で虐める虐める、この本屋さんの娘さんは俺のかーさん、さんだらけ、散々。

内覧花、近所の本屋さん、俺の母、名前に花がついてるんだから花屋でいいじゃないかと思うけれど、そういう風に世の中は出来ていない、なんとなく悔しい。

小さく幼い体型に大人用のエプロンが愛らしい、大きな大人用のサンダルもさらに可愛い、黒いおかっぱに大きな瞳、なんとなく丸っぽいというかムニムニしてるというか。

ほわーってする、でも俺の母親、本屋さん、もっとこう眼鏡とかして理知的になりなさい、息子の歪んだ願いは叶えられない。

「おらー、新刊を出せー、こう、兎にも角にも、新刊を出すんだ、新刊とか新書とか、新作とか、兎にも角にも、兎にも角にも!」

「うわぁああああ、そのフレーズが大好きなだけだろ!?」

内覧花の腰を掴んでフル回転、幼児ってよく回るなー、こう、腰に荒縄を巻いて独楽の要領で高速回転させたい、そんな俺の考えなど知らずに遊ばれてる内覧花。

「兎にも角にもってすげー便利な言葉だよなっ!兎にも角にも、兎角、使い勝手の良さでは右に出る物はいない」

「……うぅぅぅぅぅ、回転させられ過ぎて気分が悪い」

オカッパさんは陸に打ち上げられた魚のようにぐったりしている、どうやら俺に抱きつこうとしたみたいだが先手を打って腰を掴んで独楽のように回して正解だったようだ。

「息子に駆け寄るからそうなるんだ、俺は例え、母だろうが父だろうが独楽のように回すぞ、ついさっき決めた」

「ついさっきって言ってるじゃんかよぉ」

ゲボる手前の状態、地面におろす、はぁはぁ言いながら呼吸を正してる、うん、なんぞ、なんぞこれ、エロいな……ゲボを吐いてたらグロいけど、エロとグロとゲボの密接な関係。

「というわけで本屋に入ろう」

飼い草と真理見方は二人にしては珍しく内覧花に哀れみの視線を向けている、おいおい、そんな眼をしてやるなよ、可哀相じゃないか………ゲボを吐く一歩手前だからって、実際にゲボは吐いていないんだし………ごめん、美少女な内覧花にひどいな俺。

「吐くなよー」

「うぅぅう」

何故か俺は人一倍俺を可愛がってくれる内覧花で遊びたいのだ、好きな子こそってやつかなぁ、割と昔から?



[1513] Re[85]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/15 12:02
狼は闇に隠れて獲物を見つめている、大事な親友を奪った存在を、今から殺す相手を見つめている……どうにかして、あの存在を殺さないと、殺さないと駄目だ。

使い魔を通してあの存在をずっと観察していた、怪しいと思い、危険と思い、コウをどうにかした存在と思い、違和感からそれは確信に、そしてその力を見て強く怒りを覚えた。

確信したのだ、あの力でコウを壊したのだ、壊して壊して壊して壊して壊して自分にして、許せない行為、許してはいけない行為、獣のプライドを根底から砕いた行為、俺は許さない。

この赤い霧の中でもあいつはボケーっと突っ立って、全然動揺しない……自分は弱いと思い込んで、思い込んでSS級を取りこんで化け物になって、俺にあいつを殺せるか?

出来るだろう、自分は獣なのだから、獣が人間に劣る事は無い、だからこそ、だからこそ、自分はこのタイミングで仕掛けたのだ、殺す、殺す、殺して殺して殺しつくす、殺す。

「おい、人間、人間のゴミ」

「んー、まるでそう、まるで……見下した台詞だ、見下して見下して、見下して、ああ、俺を見下してんだな、この狼は、この狼は、生意気だ、ワンワンの癖に」

「我が兄上に、無礼な生き物、くふふ、わん」

誇りを無くした妹の姿が見える、妹、虫との混ざり物、混ざり物だから差別して区別して群れから追い出した、追い出したが愛情が無かったわけではない、ただ、妹が群れの狼と交われば血が汚れて未来永劫そのままに……それは許せない、それは出来ない、だからこそ、だからこそ仕方なかったのだ、でもそれが"再利用"されて子犬になった姿は寂しくもある、寂しくもあるが、ならばあれも処分しないと駄目なのかと悩む。

「んー、コロは自分の姉を俺の為に馬鹿にするんだ、そうそう、それがいい………自分を見下して、でも自分は誇りに思っていた、あは、そんな存在を俺の為に馬鹿にして?俺とコロ、コロと俺……俺の為にあいつを、ふふふふ、面白い、コロのその様子を見ると面白くて面白くて俺は笑ってしまうんだ、笑ってしまって、笑ってしまって、いいなぁコロ、俺を舐めて?涎でべとべとにして?甘い匂いで俺を染め上げて、あいつに見せてあげよう、俺とコロが出来てるんだって、コロと俺は出来てるんだって、あいつに見せてやろう、あいつに見せてやればいい、ふふふふふ、ふふふふふふって笑うと悪役みたいだな俺」

「兄上ぇ」

「ほら、お姉さん、お姉さん、お前の可愛い妹はお前の妹なんかじゃないんだよ、俺の妹で俺の一部で俺なんだ、そしてお前は俺のお母さん、母さん、ママ、それになるんだ、それになって俺を甘えさせてよ、俺を甘えさせてペロペロ舐めさせて、狼でもワンワンでも犬でも、ああ、四つん這いの俺の母親になってよ、母親になってよじゃない、母親なんだよお前は、お前はお前はお前はお前は、くふふふふ、楽しいよな、楽しい」

その口は腐敗しか吐き出さない、聞いていると耳から脳みそまで腐ってしまいそうだ、こいつらの存在は腐っている、妹はもう狼でも虫でも無い、こいつの腐った一部だ、こいつの腐った一部になってしまったら殺してやる事でしか救えない?俺はそう思う、いや、思ったらだめだ、こいつを殺したらコウも妹も助かる、戻る、不器用な妹と優しい親友に、だから殺さなくてはいけないのに……隙が無い、この霧に自身も霧になって同化して、攻撃のチャンスを窺っている、窺っているが、あれに姿を見られれば終わり?

終わりなのだろう、俺をどうする気だろう……取りこまれる?取りこまれる?取りこまれる?……はは、狼があんな下らないクズになるわけがないだろう、なるわけがないだろう、狼を舐めるな。

「ほらほら、出て来い、出て来いよ、さっさと俺を殺しに来いよ、コロは俺とキスしてるぞ、舌を絡めて、舌を絡めて、イカみたいに触手みたいに、気持ちいい、恋人みたいだ、ふふ、恋人でもいいけどなぁコロ、コロは幼くて可愛くて俺の為だけに行動するから大好きだ」

「まるで、自分以外は大嫌いみたいな言い方だな」

「それはどうだろう、俺の母親ではない、今はまだ母親ではない、お前は俺の母親になるんだ、なってしまうのに、今は俺にそんなに冷たくして、冷たくして、冷たくしやがって、ムカつくなぁ、ムカつく、俺を見ろよ、狼の母親なのに、狼は息子や娘、子供に甘いんだろう?家族愛に溢れているんだろう?なのに、なのに、その態度はどーだろうか?なあ、コロ?」

「そうですね、兄上の心を、そのように傷つけるとは、本当に狼なのかと疑うくらいに、ありえません、ああ、もっと、舌を、あはっ、兄上、わふ、わふ、くぅん」

「こうやって媚びて媚びて素敵な飼い犬に、お前も早く出てきてさ、なればいいのに、残念、ざぁんねん」

あまりに長々しくも気持ちの悪い物言いに眩暈がする、霧から一瞬で具現化した右手で奴の脇腹を狙う、軽々と、しかし確実に、肉が裂ける音……肉が裂ける音と血が飛び散る光景。

嬉しい、嬉しい、嬉しい、屑を殺す感覚はいつでも楽しいものだ、油断せずに一瞬で腕をまた霧にする、ここまで"卑怯"な戦い方は生まれて初めてだが、屑相手には仕方ない、なにせこの屑は他人を取りこむ、俺を母親にするだとか、わけのわからぬ事を口にしている、取りこむだけではないのか?俺を母に、こんな不気味な生き物の母に?冗談は程ほどにしろ!

「痛い、血が」

「兄上、血が」

「血が」

「血が」

楽しそうに同じ言葉を繰り返す不気味な生き物、声が重なって不気味な世界を創造する、恐ろしい、恐ろしい生き物、認めたくはないがこの生き物は不気味で恐ろしい、自分を傷つけられて平然と笑っているなんて異常だぞ、異常な二人、異常な二匹、クズの血を顔全体に塗りたくりながら妹が楽しそうに幸せそうに、ああ、怪しげに笑う、自分が傷つけられているのにあんな態度をするものなのか?

「ころ、ころ、ころ、ころぅ」

「兄上あにうえあにうえにうえ、あ、にうえ、もっと、ち、かわいそう、あんなくずに、こんなにいとしくていとしくて、いとしいからだをきずつけられてぇ、くぅん、くぅん、えろ、れろ、ぺろ、えろ、いたくない?いたくないですかあにうえ?れろ?ああ、こんなに、こんなに、ち、血?……あ」

自分の傷口に俺の妹の小さな顔を押し付けてぐりぐりと、何度もその顔面を傷口にまるで取り込もうとするように、吐き気のするような光景、それなのに妹は狼である証である尻尾と耳を揺らしながらくぅんと鳴く、同じ狼だからこそ理解出来る、発情したメスの鳴き声。

あんなに幼いのに、まだ幼体なのに、自分の本体であるD級能力者に媚びて尻尾を振って抱いてと言っている、ここまであからさまに"雄に"の自分の存在を卑下して媚びる声は初めて聞く、貴方がいないと自分は生きている意味が無いと全力で鳴いている。

うぉおんと甲高く鳴くのならまだしも甘えた声で鳴くとは何事か、恐ろしい、コウもあれに取り込まれたのだ、あの異常な力に、しかし攻撃した時に"そこそこ"に感触はあったのに、あれだけで、ああやって、ああやって女との、雌との情事を見せつける、オスでも男でも無く最低の生き物だ。

「コロ、どう、血に濡れて、この傷口、このそこそこの穴に、コロの小さくて愛らしい顔を沈めたいのに、入らないんだ、おかしいなぁ、おかしい、何度も入れようとしてもコロ苦しそう、何度も入れようとしてコロ苦しそう?やっぱ入れたい一部と、外にいて欲しい一部がいるなぁ」

「あぅ」

「なあ、狼さん、きみは、その、どっちなのかな?」




殺す気で襲って来る獣、切り裂かれた脇腹、溢れる血、生きているなぁと実感、恐怖を和らげる為に今は鋭利の"達観した精神"を自分に置いている、冷静だ、普段なら痛みで泣いて失禁してしまってもおかしくはない、さて、痛い、さて、痛い、さて……さて?どうしようどうしようどうしよう、このままでは殺されてしまう、あの狼を母に出来ずに、それはやだなぁ。

待ってろよ"お母さん"……今から呼び方を考えとこう、何にしよう、まま、ママ、そうやって呼ぶ育ての親はいなかったな、でもママは恥ずかしいな、思い切って呼んでみる?どうしようかな、でも最初からそう呼んでいた事になるからぁ、いいのか、なるからじゃない、あれはママで、ママでいいじゃん、俺のキャラじゃなくても恥ずかしくも、たまにはなぁ、まま、まま。

「さて、さて、どうしようどうしよう」

コロを使ってあいつを酷い目に、血をどくどくと、血をどくどくと流しながらそれだけを思考する、それだけを考える、俺は邪悪だなぁと自分で笑ってしまう、コロも笑う、俺だから。

「コロ?」

「兄上、血が?」

「それは、うん、大丈夫だ、モザイクたちの細胞の回復力が、すごい、治るな、直るな、さて俺はどっちだろうなぁ」

どっちでもいい、あいつを俺にするんだ、あいつを俺にして俺は幸せに、そうだ、母親が欲しい、狼の母親、俺を溺愛する強い母親、強い狼、この霧の中にいるんだろう?馬鹿でもわかるよ、痛みで俺を虐めようとしてもそれは無駄なのに、弱虫は痛みでは泣かない、精神的な痛みで泣く、俺は泣かない、お前の息子なのだから、狼さん。

「さぁて、お母さんになってもらうか、いや、もうそうなのか」

おかあさんだいすき。

ままだいすき。



[1513] Re[86]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/16 23:14
血をポタポタと流しながら逃げる、必死に逃げる、どのように強がろうがどのように笑おうがどのように生きようが、強い存在から逃げるのは常の事、ひぃひぃひぃとコロを抱いて赤い霧の中を彷徨う、それもまた楽しくて楽しくて、にやけてしまう、あれから"ママ"は楽しむように何度も俺の体を鋭い爪で切り裂いた、俺が楽しんでいる様にママも楽しんでいるんだと笑う、笑ってしまう。

こんなに楽しい事は無い、ただ、赤い霧の中にいるとどれだけ自分が血を出しているのかがわからない、わからない事は不安、不安は楽しい、不安定な人生好き。

「ふぅふぅふぅ、駄目だ、遊んでいる、面白くて遊んでいる」

「兄上は、遊ばれないのですか?」

力を使えと、力はあるのだから、俺の中に蠢く俺達がそれを待っている、どいつもこいつも腐敗した血肉の中から生まれたくるくるぱーな生き物、怖い生き物、今俺を襲っている獣のように、ママのように、息子と遊びたいからって鋭利な爪を使うとは、困ったもんだ、でも走っている内に気付いた、この霧には濃い場所と薄い場所がある、薄い場所だと爪を具現化するまで時間がかかる見たい、なむなむ、なむー……納得です。

「遊びたいけど、遊んで殺して殺して殺して、殺したらママだって死ぬだろ?生き物だから、死んだらやだもん、やだ」

「ですが……兄上が傷つくのを見るのは」

「そこは大丈夫、大丈夫じゃないけど大丈夫と思いこんでいる、むぅ、しかしここまで服をズタズタにされるのは、やだな、それもやだ、嫌な事ばっかだ、世の中なんて」

「同意です」

コロはいい子だなぁ、コロは戦う気?させないさせないー、姉妹で殺し合いだなんて、俺は見るだけで嘔吐してニヤニヤしてしまう、そんな自分になりたくにのでその意見は拒否する。

取り合えず、俺の体に纏わりつく薄い霧を、うん、どうにかしよう、どうにかってどうする?……どうにも出来ないかな、俺は自分の考えを自分で否定して自分を笑う。

面白い、傷つけられて逃げる自分が面白い、痛みのある鬼ごっこ?それって鬼が本当の鬼ってことで、それは正しいから、正しい事をママはしてるって事になる、いい子なママさん?

しかしここまで服がボロボロだと、この後、この後がもしもあるのなら、授業に出るの無理じゃね?……無理かな、そう思考したら蛙がケロケロと脳内で鳴く、一度水にして、再生したら戻るよと、賢い蛙、ケロケロケロケロと愛情で鳴きます、じゃあ、服の心配はしなくていいんだなー、ありがとう、ありがとう両生類、血がどばどばどばー、トマトが潰れたのか?

俺が潰れてるのか、切り裂かれて肉がズタズタになって、潰れた?……足ががくがくと震えます、もしかしてあそこも漏らしたかもです、あー、男の子なのに情けないな俺、なぁーー、コロ。

「コロは、血に、俺の傷口に、その小さな顔をぐりぐりと押し込みながら、笑ってる?でもなー、さぁ、入らない、入らないし、こんな俺を見ても大丈夫?」

「けふ、血が、喉に」

あまりぐりぐりすると、傷口で"ぶちぶち"みたいな、そんな感触が、繊維がちぎれる?……俺はそんなあり得ないおバカな思考にニヤニヤしてしまい、足が自分の零す血の泥濘に、転ぶ、転んでゴロゴロと、コロは俺が抱いているので、守るようにぎゅっと抱きしめる。

守るようにって言っても、コロは俺なのでそれは当然の考え、人間はピンチの時に無意識に急所や大切な所を庇うとか……うむむ、コロは大事、頭や心臓より大事、だってこんなに幼くて愛らしくて触り心地が良くて狭い傷口には頭を突っ込んでも入らないんだぞ?そりゃ俺も庇いますよ……と、良く見れば太もももばっさり、断面、そこからジュースのように赤い血が、笑えちゃう、これは息子を虐待する母親の物語です。

「喉に血が、そりゃ、コロが入らないから悪いんじゃないか、痛いのを我慢して必死で、その小さくて愛らしい顔を俺の傷口に入れてぐちゃぐちゃしてさ、一つなのに、一体感をさらにくふふふしたいのに、出来ないのはコロが悪いんだろ?ん、お前は、俺の"愛犬"なのに、それ、出来ないの?」

「ご、ごめんなさい」

尻尾をぴーんと立てて垂れ目がちな大きな瞳の目尻に涙が、別にいいけど、別にいいけどこうやってからかうと面白い、傷口に収容出来ないのも俺がそう望んでいるからなのに。

ここまで真面目で俺を喜ばす術を知っているコロはやっぱり素敵だ、流石は生まれた時から俺の妹として壊れて活動して来ただけはある、あー腰も痛いし全身も痛いし、逃げたいし、でもコロの涙を舐めるとしょっぱくて元気出た、やっぱ疲れた時は塩分は大事だよなー、ほらほほらほら、もっと出せと命令をすると綺麗な涙がぽろぽろぽろぽろ、その小さなしずくを丹念になめとる、飴玉だなコロ。

今度から命令して塩辛いものが欲しい時はコロを泣かせよう、俺は決めました、塩飴玉……しかし俺の血に濡れた俺であるコロ、なんだか怪しい美しさ、尻尾を触って触って強く握って引っ張って泣かす、鳴け、泣け、鳴け、泣け、あおーんと犬ぽい声、笑って、面白い、こんな玩具あるよな?

「コロ、謝るなら、あれをしてみようか?」

「わなに、罠に、ですな!」

「罠に、だよ、お前の姉を」

頬を撫でてやる、確かな愛情を持って撫でてやる、愛撫?むぅぅ、わからない、自分の立ち位置を見極めて、あの狼をママにしますからー、決定事項ですからー、逃げられないものって確かにあるよな、今回は俺が逃がしはしません、やる時はやります、あの狼の意識が俺に対しての"殺るときは殺る"だったとしても、ママままままー、殺されませんから、無駄ですから、だってお前は母親で俺を狂う程に愛しているのだから、ああ、そう考えるとこの下らない傷も癒される、癒されてしまう、取り合えず、地面をとんとんと踵で叩く。

ふむ、地面は現実で、土で、確かに存在している、成程、成程な、これだったらコロを抱えていけそうかな?

「かえるーー、ケロケロー」

『くふふ、この身を使うケローーー、他の一部が嫉妬して、怒っているケロ』

首からぼこりと、いつも出る時はいきなりで、それが俺の意志だとしても気持ち悪い時は……ないか、俺の行動、俺の活動、自分でそれを否定するなんて流石の俺でもしないようにしなきゃ、つかしない、つか出来ない、緑色の髪に眠たげで垂れ気味な緑色の瞳をした幼児、幼女、ケロケロを出して、さてさて、コロも俺の一部だから…抱いていると、コロの皮膚に触れたものも水に変換するように、二人で、三人で、一人と二匹で、"一人"で、地面にずぶずぶと沈んでゆきます、狼さん、地面の中に霧はないでしょ?んんー、俺でも考えたんだよ、色々と。

「いい子だな蛙」

「ケロ!ケロ!」

「むぅ、わ、我だって」

ペットは仲良くなさい、と思いました。




「チッ、あのクローン体とやらの能力か?無茶苦茶なバケモノがッ!」

霧を消して実体化する、ここで何かしら仕掛けられて死ぬ、そんなパターンが浮かぶ、実体化させる為の策?しかし、地面に消えた存在を霧のままずっと出るまで待つ?無理だろう。

この霧は自身の力で生み出した別の世界、能力を解けば現実の世界に戻される、だが同じ場所では無い、先程は"学校"とやらの屋根の上だったが、今度はその学校の裏にある林だ。

これだけは安定しないが引きずり込んだ場所からそこまで遠くに飛ばされるわけじゃない、だから実用出来る、架空の世界から弾かれた俺とあの世界の地面に消えたあいつ、この場所の地面の下にいるのだろうが、自慢の鼻も……地の中は流石に、流石に無理だ、悔しくて奥歯を噛みしめる、遊ばずに殺しておけば、いや、遊んでいたのではない、奴を殺した場合、奴の一部になっている妹とコウはどうなるのだろうかと考えたのだ。

殺せば戻ると単純に考えたが、もしかしたら……一緒に死ぬ、のか、その確認の為にも奴にもう一度会わねば、監視していて気付いたのだがあの下級能力者は変に素直な所がある、問いかけたら答えるだろう、愚かにも答えるのだあの低俗な生き物は、狼は人の形をしたあれを見下す。

見下している獲物に逃げられるのは辛い、怒りが込み上げてくる、普段食う為に狩る獣や誇りの為に戦う相手には敬意を……しかしこいつは違う、こいつは悪魔だ、悪魔に遠慮はいらないし、どのように殺してもきっと誰も泣かない、悲しまない、あれが死んで泣くのはあれの一部だけ、いやそれも死ぬ?ああ、、また同じ疑問が何度も何度も浮かぶ、それだけ自分にとって親友の存在は大きいのだ。

戦いしか興味の無い自分には彼女の癒しの空気がどれだけ嬉しかったことか、横にいてくれるだけで生を実感できるような"妖精"だったのに、今はアレの為に生きる存在に変質してしまった、妹は……妹は、あああ、それでも、狼に虫は愛せないけど、もしかしたら俺は妹もコウと同じように、どんなに蹴っても殴ってもへらへらと笑いながら自分について来ようとした子、子……。

「だがしかし、まさか、ここで逃げるだなんて、そんな展開になるはずがない、そうだろう、江島の化け物、いや、鬼島のトップも秘匿する為に、そうか、そうだろうな、あれを愛しているのは全部、どれもこれも、どいつもこいつも、巨大な力と歪んだ精神を持つ異端、どれも、もしかしたら俺の主すら、だがしかし、その意志に従うかどうかは、俺が決める、狼はそうなのだから"そうなのだから"」

「ふふ、"姉上"らしい、狼の誇りを第一とした選択ですな、我は成程、成程と、つい感心してしまいます」

声、声、声、いつもの声、狂った感じを……狂った感じだなんてどんな幼稚な表現だ、しかしながらそうなのだ、狂った感じでは無い、ああ、直感で理解する、これは昔の"妹"で俺は姉だ。

その関係を思い出させるには今の言葉は大きな意味を持って、俺は息を飲む、もう会えないと、そうだ、取りこまれて、時期を考えそれすら許した、許したのだが、虫でも妹は妹なのだから。

「貴様ッ」

「"お前""虫""屑""駄犬""ソレ"と姉上は今まで多くの言葉で我が身を呼んでくれましたな、まあ、"貴様"は無かった……ですな、くくっ、意外に面白い」

「あの能力者は何処だ?」

「さあ?」

小馬鹿にしたような口ぶり、自分より幾らか背の低い妹を睨む、ああ、そうさ、ソレだ、"ソレ"と、生き物として認識していない時期も確かにあったのかもしれないが、妹で、妹を睨む。

深く濃い緑色の髪を一本に括り瞳は同じ色で攻撃性にかける色合い、狼の証である緑色の毛並みの尻尾と耳、"人間"で考えるならば4歳ぐらいのその生き物、生き物を俺はどうしたい?

小さく幼い妹だ、昔のように蹴るか、殴るか、一度これはあれに取り込まれた、もうだめ、だが今は理性のあるような口ぶりで、あの屑に媚びて尻尾を振って発情していた面影は無い、

無いように思える……だが、そこに何かしら狼とは別の"誇り"が垣間見える、自分はあれの一部だと俺に自慢しているのか、相手が羨まなければ自慢になどなりはしないのに、愚かな妹に少し戦う気力が……俺は爪を隠す、縮小するのも自在だ、さて、どうしてくれよう、この妹からどうすれば奴の居場所が聞ける?

「お前は知っているだろう、ああ、貴様の方が良かったのかな?まあいい、俺はお前に、出来損ないの妹にそこまで心を」

「心を、なんでしょうか?まあ、いいです、我は姉上とこうやって話をするのが夢でしたから、元々は姉上が"兄上"を傷つけて、江島の怒りを……色褪を怒らせてしまうのかと心配で心配でこちらの世界に我は………我は姉上が大好きですから、はは、照れますな」

それは本心、俺がそれに何もしないだけ、愛されても何もしてやらなかった、だって虫に愛されて喜ぶ狼なんてこの世界に存在しないから、そして俺はこの世界に存在する狼で、存在する狼としての誇りがある、雌としてあんな生き物に飼われてあんあんと喜ぶような"脳みそ"を失った生き物にはなりたくない、それこそこの妹、いや、脳みそはあるけどそれももうあいつなのだ。

あいつの為に考えて考えて考えて、活動する為の脳みそに変えられてしまった、あいつらからしたら最初からそうだったと、そう言うのか、だがそれだけの事実を変える気持ちの悪い力があいつには存在している、油断はしないが相手は妹、妹だから……ゆっくりと近寄る、ここまでこいつの存在を近くに感じたのは本当に久しぶりだ、久しぶりだが……本当にこれは俺の妹なのかと俺の中の俺が問いかける。

あそこまで、あいつの、あいつの妹にされて、俺の妹では無くなって、なにか、なにかおかしい、ああああああ、これは、これはもしかすると、もしかして、もしかして俺は、妹を奪われた事に嫉妬している、姉妹としての全てを奪われ今妹が愛するのはあの能力者、あの兄上と呼ぶあれ、ああ、俺はそうなのだ、嫉妬なのだ、狼にはあり得ない、"誇り"からは遠い感情である嫉妬。

(馬鹿げている、と笑えるか、この感情に支配される俺にッ)

自分は人から考えれば12歳程度の、姿が精神に反映されるわけではないが、人間の世界で人間の法則で考えるならば、こんなに幼い我が妹を、殺す、それは罪だろう、人間の世界の空気が俺を惑わす、俺の精神を惑わす、この世界は恐ろしく汚くて臭いが、それでも、それが精神に及ぶぐらいは世界として確立している、俺の狼としての精神を僅かながらに汚すぐらいには、さあ、さあ、近寄って、何処かを傷つけて、何処でもいい、そしてあいつの居場所を吐かせばいい。

近寄る、木々にもたれかかる様にしてクスクスと可愛らしく愛らしく笑う妹に近寄る、ああ、俺は可愛らしいだなんて、そうやって、ちゃんとコウ以外にも思えるのか、思える、感情があるのかと自分に問いかけてしまう、あるのだとそう答える。

(何処かに閉じ込めて、あいつを殺すまで、こいつを……ああ、そうすれば安全と言える……か)

ああ、殺したくないのだ、俺は妹を、ぴょこぴょこと耳を動かして、あいつは笑っている、姉を、差別して虐めて蹴って、良い事を一つもしなかった姉を目の前に笑っている、澄んだ瞳で、俺と違ってこいつは性格が良い、もし虫の血が入っていなくて"成長"したら多くの男がこいつを求めただろう、愛らしく可愛らしく、混ざったのに、混ざってしまった虫と狼なのにそんな美しさがこいつにはある。

「狼の耳、赤色の大きな尻尾、褐色の肌、燃えるような赤い瞳、無造作に地面ギリギリまで伸ばした赤髪、姉上、貴方は母上に相応しい」

「……」

「兄上は"ママ"と呼びたいそうですから、しっかり使われて下さいね?兄上の一部として母として我と同じように生まれる前からそうだったように、なりましょう」

「その前にお前を気絶させて、あいつを追う」

「ほう、ほほう」

目の前に、手を伸ばせば……あの能力者は妹を放置して自分だけ逃げたのか?トカゲが尻尾を切るように、自分だけ逃げて妹を犠牲にして、屑だな、屑、俺の、虫の混ざり物だけど、その妹を何だと思ってるっ、とにかく、妹を眠らせてすぐに追わないと、やっと殺せるのだから、ああ、すまない、妹に手を振り上げる、すぐに終わる。

すぐに眠らせて、ああ、昔一度だけお前に子守唄を歌った記憶が過る、お前はすやすやと俺の腕の中で寝て、ああ、差別をしなかった僅かな時代、それを考え、お前を…気絶させる。

「はい、残念です姉上」

ずるり、蛇が草の上を身を捩じらせて移動する様な音、妹の細い首筋から"男"の手が飛び出して来た、俺がしまったと思う前にそれは俺の手首を強く握りしめる、絶対に逃がさないと強い意志を持って、音と同じようにそれは蛇のような邪悪さと力を……なんだこれはっ。

「さあ、兄上、我の中から生まれて、産まれて、この姉を、貴方の"ママ"にしてあげてくださいね、ああ、兄上を生むんだ我、兄上を産むんだ我、しあわせ、わふ」

「っっ、あいつを、あいつは、お前の中にいるのか?隠れたのか?」

「わふ、おバカさん、最初から一つと我は言ったではないですか」

侮蔑を含んだ言葉、妹は昔の俺のように、"俺"を見下していた。



[1513] Re[87]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/17 18:42
掴まれた、きつく、強く、ギリギリと握りしめる力は相当のもので、骨が軋み激痛が、無理に引き離そうと腕を振りまわすがいやらしい音を鳴らしながら妹からそれがずるずると。

腕を振りまわすたびに、逃げようとするたびに、それが世界へと生まれ落ちる、押し返そうとしてももう妹には"入らない"、やがて、恐慌状態に陥った俺を嘲笑うようにそれが地面に落ちる、妹の幼く小さな体には絶対におさまりきらないはずのその男は、それでも腕をはなさずに、ニヤニヤと笑う、地面に衝突した時に口の中を切ったのか血が混じった唾を地面に吐き捨てる。

妹はまるで抜け殻のように、力無く地面に倒れる、この男の腕を蛇のようだと思った……間違いではない、蛇の抜け殻、生命のしるし、脱皮して脱皮して脱皮して成長する人でないモノがこれだ……荒い呼吸を無理やりに落ち着かせ、苦し紛れにそれを睨みつける、屑と見下していた能力者はそれでも笑うだけ、体中を我が妹の体液で濡らして、ベトベトの粘液を一切拭わずに、それが自分の一部であるのだと言っている、無言で俺に伝えている、その粘着質な体液に土や小石や枯れ葉がまじわり、さらに不潔に汚くなる。

本人は一切それを気にしていない、まるで死に際の蛞蝓の様なその姿、強烈な狂気を含んだ瞳がぎょろりとこちらを見る、嬉しくて嬉しくて仕方が無いと。

「貴様ッ」

「こーゆー時に、口にするべきは、そう、そんな言葉しかないよな、貴様、お前、テメェ、なんでもいいけど、それを言った時点でお前の個性は漫画や小説と同じって事で、ドラマや映画と同じって事で、劇や空想と同じって事で、架空と架空って事で、お前は紛いものだから、俺が本物の狼にしてあげようか?つかする、ママ、ママに、それが本物、今までのお前なんて空想なんだよなぁー、空想、空想さん?そんなに、逃げようとしても、ほい、無駄」

腕を捻られる、普段ならこんな"事"は絶対にあり得ない、能力者、それでも自分は獣だ、獣の力が人間に劣る事は滅多にない………しかもこのような何も鍛えていない"か弱き生き物"に。

だが実際、何も抵抗出来ずにそのまま膝をついてしまう、奴の体液で膝が濡れ気持ちが悪い、生理的に受け付けない感覚、血肉ならいくらでも平気だが、これは……この男と妹のソレは無理だっ。

「残念、恭の能力はつどー中、法則さよー"人型平均"……触れないと使えないけどなぁ、人型をした奴は、俺に触れると"それ相応"になってしまう、まあ、美少女の形でちょー力が強いとか不思議な力を使えるとか"あり得ない"よなぁ、普通に、そう、普通の人間になる、鍛えた力も種族の力も異常な力も全て、ただ、その骨格、その体の細さ、その形から想像出来る普通の、ふつーの平均的な少女に、お前は今はただの狼な美少女なので、年上で男の俺には勝てません、無理、すげぇ無理、わかるだろ?」

『おにいちゃん。えらい?ねえ、恭えらい?』

声がする、少女の声、痛みに、痛みに支配され自分を見失う俺を笑うように、この能力は知らなかった、取りこんでも、その能力を全て発動させたわけではない、この能力は対異端に恐ろしい程に、成程と、何処かで冷静な自分が呟く、これでこいつの能力を無効化して殺すつもりだったのか。

異端排除も、おもしろいものを開発する、それをこれに取り込まれたらまったく意味は無いのだが、そしてこいつはあらゆる異端に、この力で、恐ろしい、手で触れられただけでこの身が"か弱き"人間のレベルにまで落ちるとは、ああ、どうすればいい、コウ、コウ、コウ、俺はもしかして"ヤバい"のか?

「偉いぞ、えらいえらいえらい、俺の一部はみんな偉い、偉くないのは本体の俺だけかなぁ、んー、後で撫でてやろう一緒にお風呂に入ろうそして寝よう、あはははは、つかまえた、つかまえれた、俺にも出来た、虫取りは小さい時は苦手だった、魚取りも苦手だったかな、どうだったかなぁ、でも成長して狼、雌の狼取りは上手になりました、偉いです、ああ、俺も偉くていいのか、んふふ、ああ、ママ取り?なにとり?鳥……羽ばたいて逃げれないよなァ、狼だと、痛いかな、痛覚あるよな狼さん、そりゃある、あるに決まっているから苦しんでいる苦しんでいる」

混乱を紡ぐ言葉、痛み、痛みが無ければ、"痛み"が無ければこんな生き物に、痛みを感じる自分よ去れ、去れ、去れ、狼が人間に屈してどうする、こんな風にへらへらと、汚い体液で己の体を怪しく光らせて笑う存在にっ、逃げようとしても、暴れれば暴れる程に、こいつの力は強くなってゆく、この展開は危険だ、監視をしている最中に何度か見た。

こうなったらもうおしまい?ふざけるな、ふざけるなふざけるな、ふざけるなよ人間もどき、人間にも獣にもなれない異常な生き物、江島の生んだ最悪の生き物、生き物なのか貴様はッ、わからない、こんな風に狼を弄んで笑う生き物がこの世界に存在していいはずが無い、それが強者なら俺の誇りも守られる、それが武人なら俺のプライドは一切汚れはしないのだ。

だがこいつは弱く卑怯で、そして強いものを取りこんで弱者の生活をそれでも楽しむ気持ちの悪いもの、許せない、弱者が強者を吸収してへらへらと努力もせずに笑うだなんて、狼である事を根底から揺るがす存在、こんな生物がいたら自分が生物として活動している事が馬鹿らしくなるっ!

「貴様ッ!」

「また、同じ台詞、わら、え、あ」

爪すら発現出来ずに、怒りのままに立ちあがり奴の首に喰らいつく、俺の様子を見ようと前屈みになった時を狙って一気に腕をひく、牙さえあればっ、こんな柔らかい"生き物"なんかと、倒れて来るそいつを抱きしめて首に、腕も自由になり笑みが大きくなる、肉が裂ける、血が飛ぶ、どんな化け物もそこは変わらないのだなと笑う、凄惨な笑みだろう。

奴は呆気にとられたまま大量に首から、まるで噴水のように、殺せた?殺した?油断した化け物はこうも簡単に殺せるのか、いつもの狩りと変わらない、何一つ変わらない、つい習慣で"栄養"をこぼすものかとごくりと自分の喉が鳴る、意外にうまい、操り人形の糸が断ち切られるように、操り人間の糸が断ち切られる。

おもしろい、お前は死体になって初めて俺に"おもしろい"という安らぎの感情をくれた、これだから屑はと、血を吐きだして腹を蹴る、ごろごろと転がる姿はより滑稽で、より俺の心に安らぎを、こんな事でしか俺に安らぎをくれないとはな、コウや妹を見習え、屑、いや、もう見習う事も出来ないか、後は血が止まって糞尿がこぼれて、終わる、本当に生命の息吹をまったく感じさせないゴミになる……うごいた。

動いた?

「のんだ、のんだ、のんだ、のんだぞ、こいつ、これでままになるなぁ、ままままま、ままに、じゃんねん、あっ、まちがえた、ざんねぇん、あーじゃんねんざんねん、邪念残念、うふふふふふふふ、あは、うふふだなんてきもいけど、むかしのすいりしょうせつのきのふれたやつは、だいたい、こんなんだよぉ、そうだよなぁ、おれ、きがおかしいのか、ちがうちがう、そんなのでおちついていたらしあわせ、しやわせ、あ、まちがえた、死柔合わせ、しんで、やわらかくて、あわせてぇ、おれとままをあわせて、俺になる」

その声を、死者の声を聞いた瞬間に胸が熱くなる、腹が熱くなる、喉が熱くなる、血の通った全てが熱くなる、自分の体に起こっている不可解な変化に息を飲む、いや、これは…取り込まれた?いや、バカな、俺はまだ、俺として個性がある、俺としての感情がある、だから取り込まれてなんかいない。

「そうだよな」

「そうともさ」

あいつの声に、答える、それはそうだろう、他の個体は、こいつの一部はもっと時間をかけてゆっくりと、ゆっくり取り込んだよな?俺はまだ、まだ大丈夫、あれが寝転んでいるのなら、上から踏んで踏んで殺せばいい、大丈夫だ、俺はまだ正常、武人としての誇りも、こいつを屑だと思う感情もある、そうだ、我が不出来な"息子"を、屑な息子を強い母である俺が守ってやらないと。

じゃあ、踏んだら駄目じゃないか、俺は馬鹿か?

「ママ」

「だらしのない声で甘えるな、ほら、立て、誇り高き俺の血を受け継ぐお前がそんな情けない姿をしてどうする、しっかりせんか、バカもの」

「えー、これ、ママがしたんだぜ?ないわ、昔からひどいよな、息子に」

それはそうだ、たった一人の愛する息子の血を絶やしてはいけない、こいつは精神的に幼く未熟な所があるから、俺がこいつを一人前のオスにしないといけない、そうでないと母である俺は死んでも死にきれん、しかし、本当に情けない奴だ、母性本能を強制的に精神を通してくすぐられるが、なるべく表情と行動には出さないようにしないとな。

「よいしょ、コロは寝たし、ママはママだし、今日も良い天気で、良い日だな」

「母の尻尾を触るな」

ぺしっと尻尾で顔面を叩いてやる、俺はここで何をしていたのだろう、そうだ、きっとここにいる弱い雌からこいつを守っていたんだ、こいつの血もこいつの体もか弱き人間のメスで汚すわけにはいかないからな、こいつがもっとしっかりしていれば俺はただ強者との戦いに集中できるのに、残念だ、残念な息子を生んでしまった俺にも罪はある……のか?

「いいじゃん、ちょっとかためだけど、綺麗な毛並みじゃんか、触ったら駄目なのか?息子の俺が触ったら駄目って、あー、どうなの、それ、いいだろうに、不思議だなぁ、ママ」

「甘えてくる感じで来るからだ、普通にしてくれれば俺も何も言わんさ、お前はいつまでたっても俺に甘えて、そんな事でどうする?」

おーよしよしと言いながら俺の気絶した妹を撫でる姿は本当に幼い、図体ばかりでかくなって、俺に甘える事だけ上手になって、不安だ……俺は死んでもこいつを守り、血を守り、愛する、けど世間がいつまでもそれを許さないだろう、まあ、その時は俺の牙と爪で殺せばいいのか有象無象を、何せ、息子と母で愛し合って血を残すのもいいのだから、けどこいつがそんな赤子に心奪われたら俺は嫉妬で我が子を殺すかもな。

当然新たに生まれた方をだ、俺の息子はこいつだけでいい、ああ、こいつ以外はいらない、こいつ以外はみんな嘘だ、俺とこいつだけが本当の狼であの森にいる人型の狼は全部偽物、我が子にちょっかいをかけて来ないようにいつかあの獣の化け物も滅ぼさないとな、頼り無い息子だと母が苦労する。

「ママー」

「ええい、甘えるな、暑苦しいっ!」

しかし甘える権利はこいつにしかないのだ。



[1513] Re[88]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/18 21:19
姉には悪いが、そう、恭子には悪いけど、今日はもう帰ろうと、そう決めた、だって疲れたし、ママに甘えたいし、ママって…俺がそんなキャラクターか?でも昔からそう言ってきたし、今更変えるわけにはいかないからなぁ、しょうがない、仕方ない、あきらめやすいの俺。

あきらめやすい自分が大好きなので、しかし、服は戻せるけどさ、血は……むぅぅぅぅうぅうう、唸る、ママは一切気にせずに、ちなみに二匹とも……いや、二人とも、コロとママは尻尾と耳を隠しています、正体がばれると大変なので、それは良い判断です、ただ血塗れの俺がおかしいだけです、警察に遭遇したら終わりだ、俺の人生終わりだ。

でもまあ、俺の人生は終わっているようなものなので、それはそれで仕方ないのかもしれないなぁ、仕方ないのだとしても、仕方ない、あれ、結局仕方ないじゃないか、結局仕方……おおう、"仕方"って言葉の攻撃力すげぇ、何処にでも入ってくるなぁ、何処にでも入ってくるのは、俺?

さあさあ、わからない、取り合えず捕まりたくは無いので、人の眼を避けて逃げるのだ、追われている、世間ってあやふやなものに。

「あー、こわいこわいこわい、世間が怖い、幼女と少女を連れて俺は逃げます、家に逃げます、逃げます、ママと手を繋いで、なんだかんだで過保護なんだからと呆れてしまうけど、親の愛情はありがたいと俺は笑うのでありました、なあ、ママ」

「うるさい」

それだけです、返事はそれだけなので息子である俺は悲しくて恋しくて唇を噛みしめるのでありました、噛みしめても死にません、唇だから、むしろ死にたくありません。

ママは俺に本当に冷たいなぁ、ママは俺が大好きなのに、そうやって冷たい態度をして、もう、悲しくなるけど、繋いだ手はあたたかい、心が弾む、まさしくこれこそ境界繋ぎっ。

なんだろう、境界繋ぎって自分で口にしたらなんだか幸せの気配がした、これって俺に意味がある事なのかなぁ、覚えておこう、境界繋ぎ、境界繋ぎ、誰かといつかこうやって境界を繋ぐ日の為に俺はママとらぶらぶしています、しかし背中のコロが重い、情けない俺、情けない、情けない、情けないぞぃ。

「ママはさぁ、どうしてそこまで俺に冷たい態度をするのさ、幼くても、そこはわかるだろう、12歳?13歳?それとも意外に11歳?大人っぽいもんなぁ、行動とか行動とか」

「行動ばかりではないか」

尻尾を持ちたいのでお尻を触る、消しているので触れない、むぅ、唸るけどどうしようもない……狼の耳、赤色の大きな尻尾、褐色の肌、燃えるような赤い瞳、無造作に地面ギリギリまで伸ばした赤髪ー。

「それは妹も同じ言葉で」

「それはそうだよ、俺の一部で俺の妹だから、あー、同じ言葉を吐きだしても問題は無い、むしろ普通じゃないかな、ママだってそうだよ、俺と同じ言葉をどれだけ吐きだしても問題無い、なぁ、ママ」

「じゃれるなじゃれるな、後で遊んでやるから」

鋭い瞳で睨まれる、俺より身長も低くて幼いママの視線は狼のそれで、少しびびったりは……しません、何せ俺は息子なのでママを恐れたりはしない、恐れるものは社会です、具体的にはおばさんたちの眼、差異の思考から考えるこんな幼いママをママと呼ぶ俺は相当に危険らしいけど、危険だからって親子なのだからそれをやめるわけにはいかないだろう?

「えー、母親に甘えてもいいじゃんか」

「ここでお前が他の人間に奇異の視線を向けられて少女愛好家と、そんな視線にさらされても平気なら俺は自由にと、お前の毛繕いを今ここでしてやってもいいんだぞ」

「それは嬉しいけど、それって確実に捕まるよなぁー、家に帰ってからしてよ、なあ、いいだろう」

「甘えん坊が、してやるが、甘えるな、甘えたら駄目だぞ、蹴るぞ」

「うぇ」

「母親に甘えてばかりだからお前は成長しないんだ、俺の子供なのだからもっとしっかりしろ、クラスとやらの屑な人間たちに見下されてどうする」

ぐいっと胸元をつかまれる、赤い赤い鋭い瞳が俺を射抜く、強い感情を秘めた炎の様な瞳だ、炎をガラス玉に閉じ込めたらこんな感じかなと思う、んー我が母ながら美人。

形の良い鼻が俺の首に、くんくんと、まんま獣の行動、少し笑ってしまう、ちなみにママの衣装はどこぞの部族かーって感じの面の少ないもの、あうあう。

「甘えさせれくれるから問題なんじゃないのか?」

「息子の癖に口答えするのかお前は?」

「息子にその態度、まあ、昔からそうだしこれからもそうだし、それがママたる所以だし、ママがママで良かった、俺は幸せだぁ」

素直に口にしてみるとママは何も言わずに頭をこつんと、うーちゃんとジャンプをして、いいジャンプ力、きっと本気を出せばもっとすごいんだよなぁーとか思ったり、流石は狼。

しかしママは狼で俺は人間で血が繋がった息子でー面白いなぁ、世界は、でもママはママでこうやって一緒に手を繋いで面白い、本当は俺の事を大好きな癖に、下手すればコロを超えるように"した"…した、したってなんだよ……昔からそうだろうに、笑える、笑えるなぁ、ママも少しだけにやりと、男らしい笑み、きっとお姉さまとか言われるタイプ。

俺の家族には多いなぁ、いいなぁ、俺は男なのに男らしくないし、同じ血を、みんな俺の血でみんな俺の家族のはずなのに、くくくくく、あ、また邪悪に、俺にとっての邪悪は俺自身の安っぽい精神です。

「ママ、どうする?ここ、今の時間帯、人が多いよ?」

「じゃあ、妹にでも入ってろ」

「うん」

ママの言葉は絶対なので従う、コロの柔らかな頬に触ってずぶずぶと、俺の飛び出すショックで寝てしまったからなァ、この子、むう、仕方ない仕方ない、コロの頬に沈んでいく。

本当に、俺って存在がまるで吸い込まれるように、俺の方が体は大きいので凄い違和感、その違和感すら吸い込んで、俺はコロの体に入り込む、溶ける、これって凄い事、凄く便利な事です。

そして何も無い真っ暗な空間、当然、俺は"眼を閉じて眠っているのだから"…そのまま眼を開く、コロの視線、かなり低い、コロは今寝ているので、この体を"俺"が使う、うん、軽いぞ。

コロの体は人間の俺の体が馬鹿らしくなるぐらいに性能がいい、性能がいいのでとてつもなく便利、ありゃ、それは違うか……先程、俺が地面に寝かせたので服に付いた汚れを小さな手でパンパンと落とす、コロの体の使い方はお手の物、俺なのだから、俺が俺の体を普通に使えるのは当たり前なので驚かない。

「ん?妹に任せて中で眠っていろ、疲れただろう?」

「いや、コロ寝てるし、すやすや寝てるから、俺が動かすよ、うん、女の子の、幼女の、子供の体ってこんなに軽いんだなぁー、何でも出来そうな気がする、実際問題、コロの体と俺の体だとすげぇ差があるし、暫くこれでもいいかなぁーって思ったけど、これだと、学校の皆が驚くから、やっぱり家に帰るまでにしておこう、癖になったら駄目だ、これ、俺の体との差を感じて便利な体探しとかするのはめんどいし、俺は俺の体が好きだし」

「妹の性能ぐらいで、喜ぶのか?」

ママは鋭利な瞳を瞬かせて意外そうに呟く、褐色の肌と艶やかな赤髪が合わさって何処か現実離れした美しさ、それでも俺のママ、俺とは似てないけど似ている部分も何処かにあるんだろうと少しの希望、さてさて、ママはちょっとだけ唇を尖らせて不機嫌そうに、精神を通してすぐに理解する。

みんなの情報がいつも頭の中をぐるぐるぐる回っているからなぁー。

ママから伝わる自分の体も今度使えと、そんな思考、ママの身体能力は我が家の虎を除けば一部では最強かも、うん、たまにはそうやって圧倒的な体を使って遊ぶのも悪くないと笑顔でうなずく。

「ふんっ、当然だな、俺の身体能力を一度味わったら病みつきになるぞ」

「妹に嫉妬するなよなぁ」

「純粋な狼の体を使ってみるのも息子として当然だ」

「うそくせぇ」

しかし俺の声は今は"コロ"なのでどうも会話に違和感が……でもこれも俺の声なんだよなぁ、今度差異の体も使ってみよう、差異が一番好き、俺は差異になりたいのだからそれがいいのだ、それでいいのだ。

「肉体が一つじゃない、今は仕方なく切り離している一部にも"なれる"かなぁ、中に入るんじゃなくてその体に、変える…出来そう、俺、出来るな、そんな事しか得意じゃないもんなぁー、学校の成績、悪いし、凹む」

「俺の妹は頭がいいぞ、知識や情報を使えばいいだろう」

「この姿じゃなぁ、俺の体になって、それでやるのはいいけれど、それってどうだろう、いいけど、いいんだろうけど、しない」

「何故?」

「そこは気分、世界は気分、気分がいいなぁー、ママの手って、あんなに何でも引き裂いて切り裂いて壊すのに、柔らかいのなー、意外」

「あれは爪だ」

そうでした、やわやわ。




まだ昼前、恭子にメールで『すまん、帰る』と、意識で伝達してもいいけど、メールもいいでしょうと、そんな思考回路、ちなみにコロからは出ました、ぬるりー。

お風呂に入ってパキパキに乾燥したコロの体液を落として、みんなにママをしょーかい、つか精神でみんな了解ーなのですが、それはそれ、一応ね、人間っぽい?んー。

コロはお風呂に入れて洗ってベッドに放置、良く寝る犬、今度から"体"から出る時はもっと大人しく出よう、気絶されたらたまんねぇー、お風呂に入れたら肌がピカピカでぴんくっ娘……白い肌だからなー、可愛いぞ。

「見てくれ差異っ、差異の体に、なれるぞっ!」

差異の体が羨ましかったので差異の存在を読み取って体を変質させる、ぐにゃぐにゃ、骨が軋み肉が縮み体液が飛び散る、中々に面白い光景だろう、俺。

ちなみにまた風呂場に、だって体液で床が汚れたら嫌だし、怒られたくないし、しかしまあ、あれです、この液っていつも思うけどなんの液だろう、名前が無いと困る。

そんな下らない思考の果てに変身完了、最初から全裸だったので服も汚れません、風呂上がりにするんじゃなかった、お風呂に入ってる時にしたら楽だったのに、差異は差異でお風呂には入らず、それを見て成程と頷く、賢い賢い差異だから何かわかるらしい、俺は俺で自分の姿を確認したくて風呂場を出て鏡を見ている……鏡に映る自分の姿を、か。

深い菫色の瞳、淡い金色の髪、白磁の肌、幼くも凛々しい顔つき……でも何処かへにゃってしてるのは精神が俺だからか、まあ差異も俺だけどなぁ、しかし細くて機能的なこの体、好き。

「ん、差異だな」

差異は俺を見て頷く、本人が言うのだから間違いない、中から操るよりこっちの方が便利かも、便利だね……しかし差異の体はこんなに軽いんだ、何でも出来るぞ、そう思わせてくれるぜー。

「しかし驚いた、成程、取り込んだ存在なら外にいても、ん、その体に"なれるのか"……しかし、差異は美人だな、こうやって客観的にみると、うん、外見が差異で中身が恭輔とは素晴らしい、差異は感動している、無論いつもの恭輔が一番だが恭輔であるなら外見はなんでもいい、ん、結局恭輔か、差異らしいな」

「差異?」

「他にもなれるか?そうだな、今の一部では無くて、ん、他に、恭輔、思いだしてみろ、深く深く深く、そうだな、差異たちのような存在を、忘れた記憶の中から探して、それになりたいと願って見てくれ、うん、大丈夫、差異がいる」

「え、あ、んー」

差異の思考を読むと、やってごらんと優しい声音、優しい差異は大好きなので差異の望むように、うーん、記憶、簡単に言えば忘れた記憶から一部っぽいのを探せって?それって一部じゃないか……"一部"だよなそうなると、差異は不思議な事を言う、でも思考も心も俺なので俺に理解出来ないはずが無く、なんとか期待に応えようと頑張る……暗い暗い暗い、黒い?

わからないけど、これか、これかなぁ、どれかな、差異教えてよ、意地悪しないで教えてよ、どれ、どぉれ、はて……いくつかざわめく、何かがざわめく、どれでもいいのかなぁ。

少しだけ、少しだけ?……何故か差異に申し訳ない気持ちになる、不思議だ、差異みたいな一部って、差異を……一番に愛しているのに、同じようなのが、あるはずがないのに。

なんか見える、あやふやなものが見えるから、酔っ払いの思考、もうどうにでもなれと、頭の隅に、うごうごと触手の中で蠢く宝石を拾い上げる、汚い?綺麗?それは俺が決める事?

また液にまみれてますー、俺のそれ、それの記憶、それが記憶、現実が消えて、俺にそれをどうしろと?差異の声は不思議と……差異、さい、ざい、ざん、ざんし、ざんし、さいのようにあいしたざんし―――――おれのざんし。

「あ」

体が変わる、知らない"はず"の情報が頭と体を、ああああ、あああああ、あああああ、あ、これ、どうだろう、どうなってるんだろう、ふしぎ、ふかしぎ、どうなるおれ?なあ、ざんしぃ。

ざんし、さい、さい、ざんし、えいり、さい、さき、ざんし、さき、さき、しんらせん、おうこ、こっこ、こいせかい、、、、、、、、、、、、、、おれ…みんなみんなみんな。

「成程、取り合えず、恋世界から残滓、そして差異に変わるか、うごうごと、恭輔、お前は今、色々な少女に、でも差異は他の二つは許さないぞ」

「あ」

鏡に、桃色の髪をした螺旋のくるくる眼、へんなめ、へんなしょうじょ、ごしっくなふくにあってる、こいせかい?

「許さないぞ恭輔」

鏡に、黒く澱んだ色をした右目……左目は色として表現出来ない混沌とした美しい色、残滓、少しここは、はっきり?

「恭輔」

「あ、差異」

「今は忘れて、ん、恭輔」

差異にキスされる、普通の、舌も絡めずに優しい感触……そして"忘れる"さっきの人を、さっきの一部を?……なにを、わすれるんだおれ…ああう、いろあせと、でふでふと、たろうがうかんではきえて、さい、、、、でふでふ、いろあせ、でふ。

「うん、そしてすぐに差異しか見えなくなるさ」

さい、わるいこ。



[1513] Re[89]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/19 19:09
黒狐。

こっこ、こっこ、こっこ、俺の大事なペットです、俺の大事な家族です、俺の大事な守護者?珍しく地下から出てきてたので捕獲した。

首根っこを掴んで、ぶらーんぶらーんと、今日の獲物はこれです、狐って食えるのかなぁとか失礼な思考をしたり、呆れたように黒狐がため息、どーした?

居間まで連れていき、牛乳をコップに注いで目の前に置く、こくこく飲む、凄く人間になれてます、つか俺になれてます、ちなみに居間にはママとコロ、動物密集率高い!

差異はお買い物中、沙希は何か知らないけど"お仕事中"……鋭利は読書中で巣食いはゲーム中、虎は日向ぼっこ、みんなそれぞれ自由に自由に、いいぞー、なので俺は狐と遊ぶ。

「もう、強引じゃな、恭……おぉ、新顔が二匹か、遠離近人が今期は多いのぅ、まあ、手当たり次第に取り込んでるのかのぅ」

「む、黒狐族……まだ、絶滅してなかったのか」

妹の毛繕いをしてあげていたママは驚いた顔……ちなみにコロは俺の血をごくごくと沢山きゅーしゅーしたので今は緑色の毛並みの子犬つーか子狼に、つまりは百足モード、人モード、子犬モードになれるように成長しました、俺の汚れた血はすげぇー、吐き気がするぜ。

「ふーん、狼風情が吠えよるわ、かかっ」

「くっ」

黒狐強いからなぁ、獣なら向かい合えば理解するだろう、力の差に……確か遠離近人の最悪種、滅んで滅んで滅んで、俺が手に入れた?いや、生まれる前からいたっけ、どうでしょう。

コロは無視、気持ち良さそうに尻尾をぱたぱた、犬だな、犬だよ、今度は百足モードか子犬モードで合体して操ろう、むしろコロに"なる"のもいいなぁ、でも一人よりコロと溶け合った方が気持ちいいし、ちなみに俺も牛乳を飲んでます、コロは子犬なので少し温めて、ママはいらんと、なんて男らしい断り方、ちなみにママは人型です、みんな色々変身できて羨ましいなぁ、俺は俺になるだけで、うん、それだけだし。

「黒狐はかわいいなぁ」

「素直に言うか、流石は恭、ワシは嬉しい」

「ぴこぴこさせやがって」

13本の大きな黒の尻尾をもふもふする、ちなみに今の俺の姿はママです、ママが俺の体も使ってみろと言ったのでなってみました、中々に素晴らしい性能です、お気に入りだ。

その姿を見てママが嫌そうに、自分の姿で俺が誰かに媚びているのが嫌なのかなーと、思考を読めばそんなの関係なく母親の前で他の種族のメスといちゃいちゃするなと、わかりやすい。

そんなママとコロもいちゃいちゃしてるじゃんかーと、取り合えず、そんな思考をする悪い母親からコロを取り合げる、くぅんと鳴きます、俺に甘えます、甘え上手め!

「兄上、眠いです」

「見たらわかるよ、しかし綺麗に毛を……ママすげぇ、ありがたやありがたや、しかし犬の状態で話すと百足の状態で話すより違和感あるなあ、なんでだろ」

「さあ、しかし姉上の声で兄上が情けない事を仰ると、何故か笑えます、不思議ですな」

そのコロのからかいを含んだ言葉にママが尻尾をぴーんと、少し怒りました、つかママは直線型、コロはからめ手で対応するのでママはいつも負けます、俺の一部で喧嘩は駄目。

「妹の癖に生意気だぞ」

「兄上、姉上が我を、コロを虐めるー」

「こら、ママ、子犬を虐待するな、嫌いになるぞ」

「くっ……くそぅ」

へなーと尻尾が力なく垂れる、いつもはママの方が上位ですが、俺が本気になると俺がより上の命令権を持ちます……何せ本体、何せ溺愛されまくりな一部にして息子、だから駄目になる俺。

へなりとした尻尾を立たせようと持ちあげるが無駄でした、コロは俺の腕の中でクスクスクス、いい笑い、いい笑み、この子は軍師系、使えます、頭のいい幼女は嫌いでは無い、凄い。

ママの頭を撫でてやる、身長もぴったし、顔も同じ、うん、なんかおかしな光景だなぁ、でも俺だし、俺は俺でいいじゃないか……しかし、ここ最近は色んなところで襲われるなぁ。

何に襲われたのか、それはわからないけど、困った……俺は血とか肉とか骨とか、それをそれとしてみたくないんだ、人間としてならいいけどなぁー、だからどうしよう、どうしてこんなに襲われるのかなぁ、みんな暇人?牛乳を飲みながら思う、牛さんもーもー、ここまでペットが増えたら牛も……牛は無理か、我が家は普通の家なので、無理、無理。

飼うのなら責任がいるから、でも俺だと大丈夫、俺の責任は俺だけが……黒狐を見る、薄い紫の髪、切れ長の鋭い瞳、13本の大きな黒の尻尾(ふさふさ)真ん中の尻尾には大きな鈴をつけている……俺がいるから嬉しくて尻尾を振っている、犬?でけぇ尻尾、偉大な尻尾、おーおー可愛い、今は俺も尻尾があるので黒狐の尻尾に絡める、なんか、えっちぃ、むぅぅ。

えっちぃを望んでいないのにそれが偶然発生すると怖いなァ、まあ、俺だからいいし、いいし、最近は色んな経験をして自分の誤魔化し方を覚えて来たぞ!これは凄い事だ、凄い事。

ちなみに服装は自分のシャツ、シャツ一枚、変身しても服装まではなぁー、変身つーか自分になるだけだけどさ、だから変身する相手に服を……まあ子供だからブカブカのシャツでもそんなに違和感は無い、悪戯をして着てる?そんな感じ、どんな感じ?

「恭が一部の姿に変化したのは久しぶりじゃなぁ、その内、一部の"いいとこ"だけを選択して変化できるようになるぞ」

「なにそれ、そんなんしないよ、しかしママの体は素晴らしいなっ、こう、みてみてー、音速のパンチ、しゃー!」

「……息子よ、やめてくれ、俺が馬鹿に見える」

俺は楽しくて楽しくて尻尾を全開に振りながらぱんちぱんち!なんだかマンガみたいだ、はやすぎて見えない、でも俺は見える、この"おめめ"すげーや、便利、凄い生き物です狼。

こんな便利な体、こんなに素晴らしい体、少女の体で狼の体、いいなぁ、今度から色々と変化してみよー、取り合えず次は沙希だなぁ、でもあの余裕たっぷりな態度は無理。

中が俺だとへぼい、しょぼい、それでも自分が大好きなのであきらめよう、しかしみんな良く牛乳飲むなぁ、ペット率が増えると牛乳の消費率も……でも差異や沙希はお金持なので我が家は大丈夫、大丈夫なのです……あー、黒狐の尻尾の中ふさふさで気持ちいいー……だけど、幸せの中でも少し悩みが…むぅぅ。

「よし」

虎よ虎よ虎たちよー。




気がつけば誰かの背中の上とはこれ如何に?汪去は流石に驚いて、うえぇぇぇぇって、すぐに理解する、主、我が主にして我が一部、でも今は姿が違う。

肩口で切り揃えた銀色の髪、"透き通った"薄緑色の瞳、白磁の肌……おおぅ、沙希の姿じゃないッスか、子供が子供を運んで何処に行く、きょーすけ?

「おおー、起きたか」

邪気を感じさせない軽やかな声、まさしく沙希の声、ただ沙希のように裏のあるようなイメージを聞く人間に持たせないつーか、何処かしょぼい、しょぼいつーかきょーすけッス。

しかも大人用の男の人のシャツ、ぶかぶかで……片方の肩出てるし、だ、だらしねぇ…………本当の沙希が見たらキレそうッス、つか、きょーすけが本当の沙希ッスから、それは間違いッスか……して、どうしてこんな状況?

「いやぁ、俺、最近襲われまくりで、ここらで弱い自分を」

「鍛えるッス?」

「え、なにそれ、武器を探します」

相変らず歪んだ思考回路ッスねぇ、自分が弱いとか、精神は弱く幼いけど、それを差し引いても化け物ッス、化け物なのに感性は時折一般人、普通の人間ッスから、こりゃ、困るッス。

そしてここは家の中、いつもの家の中……探すって、家の中に武器があるのかと、まあ、人間の"形"をしたものがそこそこの強度のものを持てば、それはもう武器ッスから、間違いでは無いと思うッスけど。

「武器になりそうなものに、俺の血と肉をどくどく流して、意識を持たせます、そして俺が使います、これで夜にコンビニに行く時に襲われても大丈夫」

「はぁ」

そんな"無茶苦茶"を出来るおかしな能力、おかしな人格、確かに今のきょーすけなら武器に自分の意識をわけて意識ある武器の一つや二つ……あれ、それって根本否ノ剣じゃないッスか。

うえ、うえぇぇぇ、それを生み出すッスか、いや、本人は本気なんだろうけど、異端が他の島の異端を作りだしていいのやら、わからないッス、異端の協定とか無視ッス。

根本否ノ剣の島である楚々島は海底の底で蠢く意識ある存在……当主は繭(けん)様……まあ、様付けしないと…一応って感じッス、社会を意識できる虎で良かったッス、本体はそんなの皆無ッスから、取り合えず旅のお供が背中の上ではどうもあれ、おりて、横に並ぶッス。

「きょーすけ、しかし、意識ある武器にしなくても」

「いいじゃん、家族は沢山の方が、それに"最初から俺から生まれた子"とか楽しみじゃないか、あれ、みんな最初からかぁ、おかしいおかしいおかしい思考」

「むぅ」

「唸るな虎、唸るな猫、大丈夫だろう、それに俺は武器があると多分安心します、安心したいんだよ俺、俺の事が好きならきょーりょくしてくださいー、お願いします」

「はぁぁ、困った主ッス」

差異たちには内緒ッスか、そりゃ、きょーすけ見たいな危ない人間に刃物は危険ッスから、そんなところだけ常識のあるメンバー、きょーすけの意識がそうだから仕方無いッスが。

取り合えず、武器になりそうなものを探して意識を持たせるッスか、根本否ノ剣と先程は言ったけど、こうやって作りだされた存在は類似品、なんだかよくわからないもの、きょーすけだけの武器ッスね、さてさて、さてさて、魂無き"ゴミ"に魂を生み出して、それは既に自分と、きょーすけ、何処まで行くッス、おもしろい主、おもしろい主、鬼島になんか渡さないッス。

これは汪去なのだから、汪去はこれの一部なのだから、虎は守る為に牙をみがく、きししししししし。

「じ、邪悪な笑みだな」

「きょーすけに言われたく無いッス、しかし、どんな武器にするッス?」

「にほんとー」

「うぇぇ」

あぶねぇ思考!

「差異が欠けた包丁を二本、新聞紙に包んでたな、二体、二人生み出せるなぁ」

「え、えぇぇぇ」

あとで差異に怒られるのは確実に汪去ッス!



[1513] Re[90]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/20 16:37
包丁、既にその役目を終えた包丁と……庭で死んでいた蝙蝠、我が家へ帰れずに庭の芝生の上で死んでいた蝙蝠………同じように死んでいた蚯蚓、この二つ、汚いッス。

きょーすけは何も疑問に思わないのか、疑問を思う様な細かい神経は無いのか、その二つの"死体"と包丁を置いて御満悦、御満悦だけどかわいそうだなぁと少し落ち込み、どっち?

ごごごごごー自分で効果音を出している間抜けな主を見てため息……巣食いはベッドの上でそんなきょーすけの様子を興味深そうに見ている、少し楽しげッス、流石は兎。

「き、きょーすけ、本当にするッスか?」

沙希の姿で馬鹿な事をしているきょーすけに問いかける、本人はポテチを食いながら大真面目、いや、ポテチ食べている時点で真面目じゃないッス……差異にばれたら…うぅ。

そこはきょーすけが精神を誤魔化してくれる事に期待ッス……無理っぽい、差異が買い物から帰って来るまでに終わらせるとか言ってるッス、あーどんだけインスタント?

「恭輔?」

「巣食い、見ててくれ、今から俺は意思のある武器を、この、乾燥した死体と血を混ぜて生み出します、ふふふふふふ、で、できなかったら、庭に埋めたげよう、死体で遊んだら、駄目だもんなぁ」

「恭輔、なにするの?」

とてとてと近寄って来る、きょーすけの首に腕をからめて後ろからその"死体と材料"を覗き見る、巣食いはそれを見て顔をしかめる、見た目の"白さ"と同じでやや潔癖な性格らしいッスねぇ。

"野生"で生きてきた自分には考えられないッス、まあ、屈折の所で過保護に過保護に育てられたならそれも仕方無いッス、一部の情報は全て理解出来る、ただ、差異だけ怪しい、差異は怪しいッス……きょーすけが放置しているから何も言えないッス、まあ、飼い猫の範疇にはちょっと……にゃーッス。

「さてさて、やってみますか」

「ねぇ、なにするの?」

「……おい、兎、甘えるなッス」

巣食いを引き剥がして放り投げる、力よわっ!……キッと睨みつける、こいつ、本当に可愛くねぇッス、きょーすけには甘えて媚びる癖に他の一部には攻撃姿勢、だりぃ、でもそんな一部だから気に入られているのかも、まあ、虎は兎なんて相手にしないッス、そこらで草食って糞して寝ろッス。

「なむなむなむー頼むー」

きょーすけがズブズブとそれらの死体と包丁を体に吸収してゆく、腕の中に……刃物が沈んでゆく光景は少し痛々しいが本人はまったく気にしていないッスねぇ、そこらの神経は虎以下ッスね、さてさて、どうなるッス?

「よし、なんかわかる、えーと、えとえと、どんな性格にしようか、どんな容姿にしようか、どんな異常愛に浸らせようか、どんな風に俺を愛してもらおうか、どんな風に、取り合えずオスとメス、男と女、両方、りょーほう、それを生み出します産み出します、我が子よ我が子よ、俺を愛せ、本体を愛せ、本当に本当に望むよ、俺の一部、望んでいるから出て来いよ、出て来ないと辛い、主が、親が辛いって言ってるんだぞ?そこは、その意味を理解して頑張って、頑張って、優秀なものとして産み出してやるから、理解しろ、んあぁ、いいぞー、まざるまざる、血肉と混ざる、気持ちいいなぁ」

歌う、謳う、きょーすけは恍惚とした笑み、幸せ、幸せである事を自覚して喜ぶ感情の波が伝わる、巣食いは同じように恍惚とした笑み、こいつは後から一部になった癖にわかりやすい程に"きょーすけ"ッスねぇ、白い肌を紅潮させて、女のような顔を淫らに染めて、なんなんだこいつッス。

自分は自分で…虎?猫?…発情期みたいに声が、あー、聞かせられねぇッス、人の事を言えたもんじゃないッス、きょーすけの意識は自分の意識、すぐに感化され支配され心が疼く、ああ、自然ときょーすけの膝の上に頭をこすりつける、愛情、愛情が爆発しそうで体の芯が燃えたぎる、ああ、もう、すき、すきすきすき、あいしてるっす、"あーおー"媚びる声。

「うしっ、"出ろ"でてでてでてでてでて、出て?」

ころん、そんな軽くも平凡な音、何かが転がる音、た、卵……しかも鶏の卵と同じサイズ、同じ形……色はそれぞれ桃色と黄色……二つ、二個、な、なにこれッス、一瞬で熱が消える。

きょーすけは満足そう、満足そうにその卵を手に取る、意外に扱いは雑、割れたらどーすんだ、と心の中で突っ込んでしまうッス、でもまあ、割れたら割れたでまた作れば、邪悪な虎ッスねぇ。

「ありゃ、すぐに出来なかった、卵の状態かー、まあ、布団に入れとこう、ここに入れているから、みんな気をつけてなー」

「それって何の卵なんだ?」

「いい質問だ巣食い、俺の卵だ」

「ふーん」

巣食いにそれはヤバいッス、明らかにきょーすけのいない間に割る気ッス、嫉妬深く依存率が高いからこいつ、今も平然な顔をしているけど心の中はヘドロのようなものがうごうごと、気持ち悪いッスねぇ……顔が西洋人形のように整っていて全てが"白"で構築された少女…じゃなくて少年ッスか、それは嫉妬の生き物、自分が一番に愛されたい愛玩用の生き物、はぁ、この卵割れたらきょーすけが悲しむから、汪去が守るしか無いッスねぇ。

「こっちの桃色はすぐに、うん、出てくるから俺が持っておこうかな、やっぱ、虎よ、我が猫、我が一部」

「うぃー」

「この黄色はまだ結構かかるなぁ、お寝坊さんだから、世話をな、見てくれ、っても一週間以内には多分、中からぎゃーと出てくると思う、よろしくーよろしゅー」

つまりは巣食いから守れと、まあ、主の命令は、ご主人様の命令は絶対ッス、だから。

「にゃー」

「いい子だな、俺の子猫」

褒められたら、嬉しくて嬉しくて、巣食い殺したらいんじゃねー?とか邪悪な気持ちが、あぶねぇあぶねぇッス。




今は誰の姿でしょうか、巣食いの姿です、うーん、男の子だけど、他の少女の体と同じで感覚は変わらない、でもあんまり体力ない感じ、でも綺麗、へんしんへんしん。

巣食いと一緒にお出かけ中、双子みたい?つかまんま同じだから双子でも無い、同じ存在、同じ生き物、同じ同じ、きょーすけで巣食いで巣食いできょーすけ、同じです。

この姿だと道行く人がみんな振りむく、こわいこわい、でも俺は大人用のシャツに大人用のサンダル、全部がぶがぶかで残念な感じが出てると思う、巣食いは完璧、俺は残念。

知らない女性の人に写真を撮っていいかと何度も聞かれる、この姿ってそんなに可愛い?そりゃ可愛い、巣食いだもの、でも巣食いは俺を庇って断ってくれる、出来た兄っぽい、姉っぽいです、わけわからん……しかし巣食いは可愛いな本当に、なので抱きついたり手をつないだりで道をゆく、道ゆく人が眼をキラキラさせて俺達を見る、ごめん、すまん、綺麗な生き物を連れて…って今は俺もか!

「恭輔、隙ありすぎ」

「うぇ」

「はぁ、どうしてそんなに話しかけられるのか理解してないだろ、ばーか」

「うぅ」

「ばーかばーかばーかばーかばーかばーか、おたんこなす」

「うぅぅぅ」

虐められている、弄られている、巣食いったら少し可愛いからって、酷い、でも繋いだ手はあたたかい、幸せ、しあわせー、むぅ、取り合えず巣食いとキャラが被るので髪をポニテにしてみましたー、そんな俺の冗談を流しに流して……今は散歩中です、意味のある事だけが"モノガタリ"じゃないと、そう思う、思うからの怠惰な行動、今日も天気だ、いい天気。

桃色の卵は体にしまい込んだ、巣食いが壊したいとか、破壊したいとか、恭輔には俺だけでいいとか、そんな思考に支配されているので一応な、この子の嫉妬深さは本当になぁ、俺らしいと言えば俺らしいかなぁ、うん。

「もっと、他人に壁を張らないと駄目じゃん」

「わかってるよ、まあ、例外を除けば、俺には一部だけで生きている意味はあるって、でもさ、邪気が無く、優しい感じで写真いいですか?って問われて無視するのは駄目だと思うんだよ」

「別に、あんな"普通"の人間に興味が無いのに、構ってやる必要なんかないだろ、じゃないと、俺に使える時間が、その、なくなる」

俺だけを見てと思考が、うんうん、そりゃそうだけど、今はお前の体になっているんだけど、それでもなぁ、この綺麗な体で喜ぶ人がいるのなら写真ぐらいいじゃない、でもそれを安易にする俺と高貴さを纏いながら断る巣食い、それが根本的な美しさの違い、外見が同じでもなぁ、でもまあ、中も実は同じ俺なんだけどー、笑える、世の中はこうも胡散臭い、笑え。

「意地悪、言うなよぉ」

「恭輔は俺が見とかないと駄目じゃん、そ、その、愛しているから、ちゃんと、手を繋いで」

「してるし、巣食いは甘え上手な、可愛くてどうにかなりそうな気持ちに、でもこれってどうしたらいいのか、よくわからない、自分をセーブ、セーブ、せーふ?まあ、いい……こうやって散歩しないと、一日中、俺と遊んでたりゲームしてたり、ひっきーだもんな、だから肌の色も白いんだぞ?もぅ、って俺もか…今……へんしーん」

「き、きす」

今の会話中にキスを二回しました、まあ、同じものが肌を触れ合わせているだけだから、問題ないよな、問題無いはず、だけど道行く人々はかっちんこっちん、かたまりました。

おぉ、これは駄目な事なのか、みんな流すかと、流せなかったか……残念。

「あれ?」

「恭輔?」

見知った姿、見知った少女、八島昌子……まだ授業中のはずなのに、何故か彼女が"偉そう"に道を歩いていた。

どうでもいいので巣食いにまたキス。



[1513] Re[91]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/21 16:06
どうしよう、同級生、苦手な人、つい咄嗟的に電柱の後ろに姿を隠す、これでは駄目だ、自分っぽいけど、嫌なことから逃げている。

急にそわそわとして隠れた俺、巣食いは『どうしたの?と』………"俺"の記憶を思い出し、納得、妙に俺に絡んで来る人、異常に俺を嫌っている人。

俺は"異常"にどうでもいい、でも名前と顔は覚えた、不思議、もしかして興味があるのかなぁ……あの人に、灰色に支配された世界を悠然と進むあの人、偉そうだなぁ。

ツリ目がちな瞳、つんと上を向いた生意気そうな唇、肌は白く……なんだかキラキラ……お化粧?…俺の周りは幼児ばっかなのでなんだかそこがー、うん、きれいきれいー。

髪の色も目の色も橙色、異端でも無いのに、それはそれでおもしろい生き物、あれっ?まあいいや、髪型は縦ロール、ろーるーろーる、オレンジろーる、なんか美味しそう。

そうだそうだ、彼女とも小さい頃から同じクラス、幼馴染、憎しみの連鎖?俺をどーして恨んでいるんだっけ、憎んでいるんだっけ、うざいんだっけ、わからないなぁ、でも隠れた、くししと笑います。

「あ、き、恭輔」

「なぁに?」

「わ、笑うと可愛い」

巣食いの台詞とは思えないけど巣食いの台詞、見た目はお前なのにそれってどーゆー事?わからない、不思議な子だなぁ巣食い、不思議な俺だなぁ巣食い、手を繋いでいちゃいちゃしてそんな言葉を吐きだすなんて"どうにかしてほしい"としか思えないじゃないか、でも今は明るくて、夜の世界では無くて、無理、むーり、割と常識に支配されている生き物なんだよなぁ俺って存在ー。

「そりゃ巣食いの体だから」

「えと、違う……"恭輔"が可愛い」

精神?巣食いは俺が好きすぎて、そりゃもう、何処で何を喜んでいるのか時折わからない、こうやって懐く兎にはつい甘えてしまう、甘えても許してくれるし、巣食いのそんな所が愛しかったりする、しかしどうしよう、ここでいちゃいちゃしてたら、同級生たる彼女にばれてしまう、いや、この姿だと"常識的"に考えて俺ってばれないのか、ならこのままで良い?

俺の心を狂わせている彼女に巣食いが敵意の思考、危ない危ない、こうやってお外を散歩するだけで死人が出るとか、あり得ない世界になってしまう、今でもあり得ないけど、あり得るわけがない世界だけど、俺の世界は何処にあるんだろうかぁ、あの空の向こうかなぁ、どこでもいいわけではない。

彼女の、俺の心を惑わす彼女の中にでも、あるのかなぁ、にくほねちー、そして糞尿、生き物だからそれは当たり前、それを全部細かく細かくわけてさ、そこに俺はいるのだろうか、俺がいたら彼女をバラバラにする価値はあるよな、彼女を俺、俺を彼女。

「ふーん、偉そうに歩いて、うん、そういえば、彼女、たまーにいなくなるよなぁーえーと、えと、どうしてだろう、調べる?普通の人間の生活を?駄目かなぁ、犯罪?」

「俺が守るよ?」」

「いい返事だ巣食い、だったら何の問題も無いじゃんか、よし、よーーし、この姿を、めちゃくちゃく可愛い姿を利用して尾行しましょう、可愛い"女の子"が、幼女が後ろをつけてきてもさぁ、ほら、気にしないだろうー、気にするわけがないだろう」

「あー、俺の体だけど?」

「それが役に立ちます、巣食いの見た目は無敵、なので大丈夫、絶対に大丈夫、何か質問されたら巣食いが兄で俺が弟、そりゃ巣食いの方が頼りになるし受け答えしっかりしてるから、そっちの方が違和感がないよなぁ確実に!」

「お、俺が恭輔のお兄ちゃん……」

「うん」

「あ、う、よ、よろしくお願いしましゅ」

「噛んだー!けどけど!いいぜー」

ここらで決着を、彼女をどうにかしたほうがいいのかもぁ、俺は怖いものは怖いので、苦手なものは苦手なので、彼女をどうにか出来るならここらでどうにかした方がいい、取り合えずだ!

歩いて来る彼女、彼女が横を通り過ぎるのを見計らって尾行します、尾行、ちなみにここはそこそこ人の通りの多い商店街、俺達は幼児ですが見た目があれなのでー、何も聞かれませんよー、だって巣食いの姿は明らかに……うん、いける、いこう、こそこそと、ちなみに巣食いとはまだ"おてて"を繋いでます、少し汗ばんだ感じが気持ちいい、巣食いの汗なので、自分の汗なので気持ち悪くはありません。

「巣食いよ巣食い」

「う、うん」

「がんばろー」

彼女の中を見ないとな、俺の片鱗があったならそれはそれ、よしよし、"仲良く"出来るじゃない、もし無かったら?よしよし、片鱗を中に放り込めばいいじゃない、片鱗を放り込むってどんな言葉?そんな言葉ー、やるせない日常に彼女は狂えばいい、だって学校をサボったんだから、それ相応のおもしろいイベントがあるはずなのだから。





うぉーんうぉーんうぉーん、自分は産まれました、生まれました、ここに生まれてよかったであります、あります、あります?

"ダイ論纂"(だいろんさん)と名付けられました、だいろんさん??でありますから、そこに意味はあって、武器としての役目も勿論ございます、ええ、それはもう確実に、はい、しっかりあります。

境界崩しの武器になる為に、次世代の根本否ノ剣として、作られ造られ創られ、ここに今ある、なのにおかしいなぁ、主になる人の近くに"武器"の気配を感じるであります。

それはもう、本当に困ってしまって、自分の位置が、自分の席が誰かに奪われているかもしれないって恐怖を味わってしまいました、こんなもの、道端に吐き捨てたい感情であります。

ちなみにうぉーんは誕生した事に、誕生した自身に感激して号泣していたであります、熱血、直進、熱い男、それが自分でありますからー、まあ、見た目は子供なんですけどね、そこは異端の法則に従って、仕方ないであります、5歳ぐらい、人間で言えばー、人間は素晴らしい。

主の為に殺すもの、主の為に殺すものが世の中にはたくさんいるであります、代表は人間であります、あー、嬉しいです、また泣きそうです、うぉーん、うぉーん、うぉーん、うぉーん、さっきより一つ多いであります。

「なので皆さんには黙って貰いました」

異端排除?の人たちに襲われて、返り討ちにしました、殺しました、ダイに名前をくれた人はもういません、いつの間にかいなくなりました、わからない事だらけですが、自身は境界崩しの武器なので、悩みます、主がいなくても武器として機能しているなら主はいらないって事になります、邪魔……になります?

でも愛するように設定されているのでそこに矛盾が発生して困ります、少年は悩みます、水面に映った自分の顔を見る、少年、少女ー?わからないです、女っぽい容姿、でも男らしい熱血さもありますから安心を!おとこのこ!

取り合えず主に会って、それから殺すか殺さないかを考えましょうか?それがいいです、自分で選択して結果を見つけれるのはありがたい事です、この世界は割と良いんじゃないかなぁーと思ったりしますです、はい…しますです?

「きさまっ」

「ああ、はい、呼びましたか?」

ちゃんと死体は一か所に集めて、積み上げていたのに、下の方から声が……世界に異端が誕生する気配があれば、すぐに参上、すぐに抹殺、彼らの信念は恐ろしいであります。

積み上げたのに、うるさいなー、声のする"個体"を見つけて腕を引っ張って……うんしょ、引きずりだす、途中、ぶちぶちぶちと何かが切れるような音がしたでありますが、ダイは気にしないであります、人間の悲鳴、歓喜……つい内股に、ぶるぶる、こうやって、いい声で鳴くならもっと遊んであげればよかったであります。

自分は普通の根本否ノ剣と違うので"発生"は深く暗い山の中、何せ、たった一人の為の道具でありますから、世界との関わりは最低限でいいのであります、これもちなみに予備知識でありますから……ああ、わからない事は悩まない、これ大事であります。

「ふぅ、大丈夫でありますか?」

「貴様が……こうしたの、だろう」

「ああ、はい、もっと鳴くのです!こう、傷口を抉れば、いい声で鳴きますか?泣いたら駄目ですよ、男の子で大人なんですから、くひ」

とても聞かせられないような、そんな声でおじさんが絶叫します、胸に大きく刻まれた深い傷口を、指でくちゅくちゅくちゅ、いい声で鳴いてくれるのです。

ひぁぁー、たまらないであります、ちなみに自分は熱血サドでありますから、つい熱くなってもっと頑張って鳴くでありますと、傷口を何度も何度も何度も、広げてあげるのです。

大人の人でもこんな声、赤ちゃんがミルクを欲しがっている時のような、そんな声に、またまた内股に、でも暫くするとそれも終わりであります、ん、びくびくと震えて、ああ、残念。

山の中は獣が沢山います、みなさんは餌になるのであります、死体を積み上げたのは小鉢に大きく盛る理論、つまりは美味しく見せる理論、和風、ああ、和の心であります、ああ、嬉しい。

しかし境界崩し、情報を読む……胸がぽかぽかして『はぅん』と声が…愛しい愛しい主様、殺した方がいいのかな、でも主に殺されるの方が正解?主が自分を壊してくれるのならそれこそおかしくなっちゃいそうであります、ああ、会いたい、会ってその声で命令されたい、もっと殺せ、そら殺せ、お前は俺の道具だと言ってくれたら、ああ、やっぱ主は最高でありますね。

その近くにある武器の気配に嫉妬、嫉妬嫉妬嫉妬、おかしくなりそうであります、生まれてすぐに覚えた感情が嫉妬とは自分の生まれに少し涙、ああ、憎い、主の道具は全て憎いであります、主が使う包丁もハサミも爪切りもペンも何もかもなにもかもなにもかもなにもかも、自分一人で全てを補えます、包丁ならこの身の刃が、爪切りなら口で爪を噛んで、ペンなら指を切り落として血で、あああああああああああああああああああああ、だいしゅき、しゅき、すき、でありますから!

「許せないであります、自分を、ダイを出し抜いて、主の、境界崩しの武器になるとは、ああ、にくい、憎々しい、であります」

死体を蹴る、死者を冒涜、こんなもの、主が見ていないと意味が無いであります、この山を見て主が喜んでくれるなら幸い、いないのに山になっているこいつらはカス、クズ、消えろ。

消えてしまえであります、山の中で死体の山になって、どんな意味がある、あれ、これは誰がしたんだっけ……ああ、そうであります、ダイがしたのであります、だめだぁ、ひひ。

ダイを愛でてください、尽くしますから、まだ見ぬ主、頭の中には記憶としてある主、貴方の御所望の武器であります、刀であります、日本刀であります、全てを切り裂きます。

「まだ卵であるのなら、割ってしまえばいい、主の武器はダイなのにぃ、ダイなのに、ダイなのにぃッ!」

死体の山は死体の山、だから蹴って蹴って消して消して、くそやろう、卵、くそやろう……早く主に教えてあげないと、あなたの武器はここですと、自分ですよと、何ならこの体を侵して犯して冒して遊んでいいから、であります、どんな用途でも使えるであります、その為に人間を惑わすような美しい容姿で生まれて、世の異端のように、だけど自分は貴方に惑わされている、主ぃ。

「くひ、ひ」

ひひひひひひひひひひひひひひひひひひ。

死体はダイが責任を持って美味しく頂きました、けぷ。



[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来編)07『内覧花、いちばん』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/03 23:20
倒れた内覧花をグリグリと弄りながら店内に入る、なんとなく、いつもの習慣で店内を見回してしまう。

狭く、かび臭い書物の香り、古書独特の臭い、書物好きにはたまらない臭い、通路を遮るように大量の古書が積み上げられている。

そこまで広くない空間にそれだけの書物が大量に置かれているものだから、もはや本の巣窟と言っても良い感じだ、これだけの書物をよくもまあ集めたものだと感心する、けど同時に店主の偏った趣味が伝わってくる。

「うううう、息子の分際でぇえ」

「恭輔ちゃん、内覧花ちゃんが潰れたカエルのような声を出しているのですよ」

「んなー、潰れたカエルは死んでるだろうから声をあげないよ、正しくは潰れかけたカエルだろ?そぉれ、痛がれ内覧花、お前のなんかー、そう、可愛い声が俺を癒すぜ」

なんだか自分がド変態な気がして来たが、そう言えばド変態だったなと開き直る、親の教育だから仕方ない、つまり、このイジメられてウグウグしてる内覧花の教育も原因がなのだ。

内覧花はヘタレで泣き虫でいじけまくりな残念な幼児だが"まんま"俺の性格だったりする、色褪や内覧花、飼い草からは影響を感じるが、あれ、真理見方みたいな真っ直ぐな気質を受け継ぎたかった、それを実際に口にしたら飼い草がうーうー言いそうだからやめよ、でも真理見方の呑気さは確実に受け継いでるな、むふん、"かなり”気持ち悪い興奮のため息、あーーー、こんな性格である自分を、嫌いじゃないと今は理解できるな、自覚できる。

「ひんひん」

「泣くな、内覧花、とかく、貴様は成長した俺の遊び道具なのだ、成長した俺からしたら親でありなんか玩具」

「むーう、むーう」

「きょんきょん、うるさいよそれー、きょんきょんいがいいらないや、みみにはいるときもちわるくなるー、みみきりおとすー」

飼い草がいい感じに猟奇的かつ狂気的かつ頭悪い発言をしたので慈しみを込めて頭を撫でてやる、幼児に見えても俺を監禁して飼育することが出来る生き物なのでこーゆーフォローは忘れない、でもまあ、実際に閉じ込められたらそれはそれで平穏が手に入るので悪くはないと開き直る、問題があるとすれば息子一人と娘一人、やっぱ監禁はダメだな。

俺はあいつらを育てる義務と責任と"確実な"愛情がある。

「あうぅぅぅぅ、恭輔ぇ、やめてぇ」

「グリグリ止めてと言われても俺は絶対に止めない、むしろ止めてと言われれば言われる程にグリグリする、頭をぐーでぐりぐり」

「う、うう」

内覧花は面白い、叩けば叩く程に面白くなる、色んなものが見える。

「きょんきょんたのしそー、もっといじめられたら?ないらんかはそんぐらいしかきょんきょんのやくにたてないんだからねー」

「ひどっ?!」

ショックを受けてる内覧花を無視して室内に一つだけ置かれてる店主の椅子にドカッと座る。

内覧花は自分の特等席を奪われてかつ頭はグリグリされているのでさらに陰気なオーラを悶々と醸し出している、もっと楽しそうにしろよと思ったが原因は俺なので何も言えない……………こう、歌いながら剃刀で耳を切り落とすなんでどうだろうと、とりあえず冗談で口にしてみる。

「ひぅ?!」

なんか店の隅に一瞬で移動してガタガタと震え出した、よし、言ってみて正解だったなと改めて確認をする。

「恭輔ちゃんはホントに内覧花ちゃんが大好きですね~、赤ちゃんの時から内覧花ちゃんの髪の毛を引っ張って、いや、"引っ張っり倒して"ニコニコしてましたからね~、屈折ちゃん曰く良い玩具だと、泣き止まぬ時にはいつも内覧花ちゃんで遊んで貰っていたのですよ~」

「うう、ウチにだけ厳しい恭輔っっ、愛情でウチを虐めてると認識するだけでちょー萌える、うえーええ、親子の禁忌の愛、うえええ」

「凹んでる割にちょー元気だよな?こいつ……もっと虐めたくなる、血とかみたくなる、中身が見たくなる、うん、でもそれはちょー悲しいよな、ムムムム、悩む、俺だけのお前で、俺だけの内覧花でいてくれたら心地好く過ごせるのに」

言葉に自己の感情をかなり上乗せして皮肉げに笑う、どうしようもなくマザコン気味な自分にいつも笑いがこみ上げるのだ、そんな風にしつけたのはこいつらで、そんな風にしつけられたのが自分だ、年齢と一緒に嫌な現実を平然と受け止められる腐った精神に成長しましたとさ。

「恭輔がこんな風に近親相姦大好きなドSな幼児愛好家になったのはアンタたちのせいだからね!う、ウチはちゃんと"ご本"読んで丁寧に丁寧に育てたんだからっ!う、うう、まともな見本がウチしかいなかったから、だからこんな可愛いだけが取り柄で親を惑わす悪い子になったんだからね!」

「んだとゴルァ」

「ぴぃいい、ご、ごめんなひゃい?!」

「おーおー、見事に親子関係が破綻してますね~、哀れな生き物ですね内覧花ちゃん、こう、哀れ過ぎて道化者のように笑いを誘いますね~」

「間延びした口調の毒舌幼児ムカつく?!、ま、真理見方だっていつも恭輔に良いように使われてるじゃんか!?」

「それが幸せですから~幸せ大事ですよね~おや、内覧花ちゃんは恭輔ちゃんに良いように使われるのはお嫌いなのですか~恭輔ちゃんの親として失格ですね~」

「ち、違うし、ただ、恭輔、大人になってから口がうまくなって、ウチを虐めるから、う、ううう」

「昔からではないよな、まあ、虐めつーか愛情表現だしなあ、内覧花おもしろい、真理見方はかわゆい、飼い草はぷにぷにしとる、頬が…ぷに、"かわゆい"」

可愛いではなく"かわゆい"響きでわかってください、ぬー。

「ウチだけ扱いがひどい?!」

泣きそうになると幼い顔が悲哀に歪んでより虐めてオーラが出てる事にこいつは気づいていない。

「色褪も同じように俺からしたら虐めてオーラ出してるから虐めたら本人がニコニコと虐めてくれてありがとうなスマイルするから…俺は……虐められない、その分の虐め分も内覧花に加算されているのは実はここだけの話なのよ?」

シクシクと泣いている内覧花は意識の外に放置して、とりあえず新刊の山から欲しかった本を見つける、手に取ってパラパラと流し読みをして軽く内容を把握して満足、代金を机に置いてダラダラと読みはじめる、古書も新刊も置いている便利かついい加減なお店、しかも店主の趣味の本ばっか。

「う、う、う」

「なんだ?あ行で"う"が一番好きなのか?」

「ち、違うし!店内で本を読むのは禁止なんだからね!」

「いいじゃん、きにすんな」

「へうあ?!」

「恭輔ちゃんは内覧花ちゃん相手だと我が儘言い放題ですね~、少しだけ羨ましいですよ~」

「そら、真理見方が困ってる姿は見たくないからな」

「くっ、差別ひどいよ!」

「差別じゃない、区別だからな、内覧花は名前の通りに頭の内がお花畑だからな、差別じゃなく区別、必要なこと」

おかっぱ頭をグリグリとしながら笑う、どうしてこうもこいつは面白い、心がからかう度に豊かになるぜ、ほのぼのするなー、和むなあ、内覧花がぐしぐしと涙を堪える度に俺はニヤニヤとしてしまうのだ、すまない、これも愛情だって、口では絶対に"個人"には言わないけどな!

「それに俺は親をみんな同じくらい、同じくらい愛してるからなぁ、いいじゃん、家族だし、虐められても、それはそれ、これはこれだろう」

「な、なんか納得出来ないかも」

自分だけ"アイシテ"とか、そんな思考に陥るからドロドロの、ぐちゃぐちゃの争いになるんだって、そう気付いた時から、少しだけ、少しだけ精神の方向性が変化した。

ここをこうしたいとか、そこをああしたいとか、その感情を我慢できるようになった、成長した、進化した、それは良い事だろう?昔の自分に少しだけ自慢したい気持ちだ。

昔の俺はあれだったからなぁ、異端だ、異端過ぎた、つか自分で気付いていないのがあれだった、"あれ"ばっかだなぁ、でも言葉では表現できない壊れ方をしていたのだ、面白い。

今も壊れているけど少しは成長出来たかなーと、どうだろう、時折みょーに"一部"が欲しくなる時がある、禁忌?我慢しているのは俺なのだから、それを壊すのも俺だろうに。

でもまあ、その時は、ここにいる育ての親を、俺に、ふふ、あはぁ、すればいいので、もう大丈夫だろう、だいじょうぶ、自分を安心させるようにそう呟く。

「もしもの時は、みんな、俺に美味しく頂かれてくれ、ルイルイやまわりを巻き込むわけにはいかないから、な?」

「いいですよ~恭輔ちゃんの一部になりたいのに、なれないこの身を、どうぞ~」

「えへへー」

「う、ウチも?」

おかっぱ頭の内覧花、おどおどと、うじうじと、ぐしゅぐしゅと、泣き顔の幼女に、屈んで、瞳を見つめて、笑う。

「お前を一番に一部にしてあげるよ」

やくそく。



[1513] Re[92]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/23 14:38
部屋中に体を擦りつけてここが自分の縄張りだと主張する、しかし狭く物に溢れた部屋、その作業もすぐに終わってしまう、手持無沙汰、息子は外出中。

取り合えず床に散らばった小説や漫画を片づけ始める、あいつは片付けも一人前に出来ないのか、呆れるのを通り越して笑ってしまう、駄目な子だ、だからこそ可愛い。

口にしたら自分が崩壊してしまう、自我が壊れてしまう、だから言わない、尻尾をぱたぱたと振りながら、この世界は臭く汚く瘴気に満ちているが、この家の周囲は息子の異常性で正当な世界に"手直し"されている、無意識に、もしくは意識して、どちらもあの子の自由だし、やりたいようにやらせるだけだ、邪魔をするなら自分が許さない。

「おー、狼ッス」

「虎か」

寝床の上で、"のび"をしてうーんと鳴いている子虎、ふん、この家は遠離近人の巣窟か……息子からの情報を通して理解はしていたが実際に眼にするとそこはそれ、普通に驚いてしまう。

何せ既に滅んだと言われている王虎族と黒狐族の生き残りが普通に生活をしているのだ、何処ぞの研究家たちからすれば奇跡の生き物、捕まって標本にされればいいのにな。

獣でありながら息子の家族である存在は自分か妹だけでいい、そう思考して、自分の依存性に呆れてしまう、狼の誇りはどうした、しっかりしろ……自分を戒めようとするがモヤモヤは消えない。

「動物園にでもする気ッスかねぇ、でもまあ、今期は自分のクローンと遠離近人が破格な扱いッス、嬉しい事、悲しい事?」

「知るか、俺の息子の決める事だ、黙って従っていろ、猫風情が」

「犬風情に言われるまでも無いッスけどねぇ」

犬風情と侮るか、面白い、中々に凶暴な虎のようだ、無礼を働いたのは自分なので素直に謝ると別にいいと手で制された、そうかと呟き作業に戻る、あの子、息子をどうするか、考えるのだ。

ああ、あの子が現在で、今現在不満があるなら『武器が無い』と……獣は足りている、能力者も……あいつの事だからそれでも強力なそれらの異端が近くにいれば吸収してしまうだろうがなぁ、早めに武器とやらを見つけて食べさせてあげないと。

後はそうだな……過去には無かった『普通の人間』にも興味を持ってしまった、姉の、恭子と呼ばれる存在を一部にした事が思いの外に気持ち良かったようだ、残念な遊びを覚えてしまったな。

それらの『普通の人間』を異端に変質させる実験を本人は楽しみたいようだが、さて、異端排除がそのような規格外の存在を許すかどうか、あれらは新しい息吹を嫌う、それが異端に関する事ならなおさらで、それが息子の事ならそれはもう当然なのだろう、後は『幻想』『魔法使い』と、ここら辺も美味しい個体を探している最中か、騒がしくなるな、今後。

後はそれらの情報から自分の内部で生成する『子供たち』……あの年齢であそこまで体内で我が子を飼っているのは恐るべき異常だが、それを産むタイミングも狙っているようだ、何でも吸収して何でも自分にしたいのだから、その欲望が尽きる事は無い、強く美しい異端を今までは愛していたが、今期はそれに加えて興味を持った一般人、体内の異端の情報から生み出した子供たちもある。

他にも幾つか計画しているようだし、あの子も少しずつ成長してる、少しだけ誇らしい気持ちになってしまう、流石は俺の愛し子、血の繋がった愛し子、俺の生きる理由である存在。

親友であり息子に恋する妖精であるコウは今も色々と探しているようだしな、遠離近人だけでなく、さまざまな異端を、すぐさまに求められるのは根本否ノ剣だが、それと似たような存在を死骸から生み出してしまったようだ、虎が番人をする黄色の卵、俺達の遺伝子も使われているようだし、何が中から誕生するのか怖くもあり楽しみでもある。

差異は無論知っているようだが、あれは俺とは違う、他の一部とは違う、息子にほぼ"全権"を与えられている、その気になれば俺たちに命令を下す事も可能だろう、全ての"期"にいたであろう息子に一番愛され一番信頼され一番使われ、息子を一番愛している部分、それが現在の差異だ。

……俺には母としての地位があるから気にはならんが、息子以外に命令されるのは屈辱なのだろうなと思う……そしてそれらより息子に依存してるであろう育ての親の動きも気になる、あんな性格だから息子は気にはしていないが。

「虎」

「んー、今、卵をあたため中ー」

「貴様は、井出島の当主である律動する灰色を知っているか?」

「そりゃ、まあ、後せめて"お前"って呼ぶッスよ、新人君……きょーすけの育ての親ってのはびっくりッス」

我が主"だった"存在、今は息子の為に、息子が主であるからその誓いは無効になってしまった……あの獣を慈しみ育てる森ですら、あの子の育ての母としてあったのだ。

考えるに、時間と空間を弄られてあの子は育てられた、どれだけの経験や情報かはまだ読み取り切れないが、息子にはこの世界とは時間の流れが違う世界で育てられた時期があったようだ……もしかして時間が経過する事すらしない世界で育ての親と名付けられた存在に愛されて育てられた可能性すらある。

5年であっても10年であっても100年であっても1000年であっても10000年であっても"文字で表現出来ぬ程の長い時間"であっても変わりない、しかし最低でも100年以上はそれらに育てられていたのだろう、しかしどうして手放して、今ここにある?

その時間を操る異端が死んだか?だが他にも応用出来る能力を持つ育ての親なぞ無限にいるだろうに、どれだけの規模、どれだけの人数かは把握できないが、それこそこの世界の異端の最上位全てでもおかしくは無く、下手をすれば"他の世界"の化け物もそれに参加していたのだろう、だからこその歪みであり、修復できぬ程の壊れ方であり、あの存在なのだからな。

積極的にそこまで推理をしているのは俺と差異、あとは沙希ぐらいか、過去の一部が何処までそこを調べ尽くしたかは知らぬが、知っておかないと駄目な情報ではある、息子を守るため、血の繋がった母としてそれらの"偽物の親"にも対抗せねばならない、なにせ俺は血の繋がった唯一無二の親なのだから、笑いがこみあげてくるのを我慢する。

「きょーすけが何処まで異端に依存されているかはわかっているつもりッスよ?直接的な戦闘力が高い遠離近人をここまでためこむのも、気持ちのいい事ッス、信用はしてないッスけど、信頼はしてますからー」

「ふん、虎風情が」

「お、猫風情では無くて、ッスか、中々に話のわかるママさんッスねぇ」

ああ、息子よ、我が子、お前が異端を欲しがって普通に憧れるなら、両方を餌としてくれてやろう、自分にして自分にして、お前が幸せそうに笑ってくれるのなら、俺はお前としてどんな事でもしてあげよう。

「でも、きょーすけにお嫁さんが来たら、噛み殺しそうッスねぇ、怖いー、怖いッス」

「当然だ、誰にもやらん、俺の子だ」

家に帰ったらしっかりと舐めてやろう、汚れを落とし、毛並みを揃えて、もし発情するならば俺を使えばいい、何にでも使えばいい。

「好きにはさせんぞ、"差異"」

「にゃー、猫はそんな争いには参加しないッス、めんどいのに、ごくろーさん」




「おかしいな、これは困った」

魔法使いの少女がぽつりと呟く、異常な少女、死ねばいい少女。

雪の様な白い髪、肌も同じく生命の息吹を感じさせないほどに青白い肌、瞳は燃えるような、人を焼き尽くすような無比な炎の色。

惜し気もなく晒した裸体、まるで人形の様な……大人に届かないその体は倒錯したものを示しているようで、ただ美しい。

そしてその体に薄く巻きついた黒い、黒く薄い衣、ふわふわと浮遊しながら少女の体を護るように。全てを切り裂き絞め殺し、蹂躙する。

異端の力の一つ、それは服としての機能を求められるより、他者を害する事に期待されてそのように生み出されている、この少女、巳妥螺眼。

「そうですね、どうしましょう、どうしましょう、これでは心さんは満足出来ません、満足出来るはずがない、ふぁ、眠いです、ですから不満足であります」

剣の少女はふぁーと欠伸をした。

眠たげで垂れ目な桃色の瞳、桃色の髪を無造作に括り、簡易な甲冑を身に纏ったそんな少女、だけれど、その表情から漂うのは"眠い"とそれだけ、螺旋状の瞳がぐるぐると、漫画の様な表現法で渦巻いている、壊れている、そんな心螺旋……こいつらは少女で美しく、綺麗なのは確かではある。

「なにがだ」

右目は黒く澱んだ色、左目は色として表現できない混沌とした美しい色、黒色より濃い闇色の髪、それが自身、それが残滓、それが自身で自身で、キョウスケだ、残滓はキョウスケ。

キョウスケの至高の部品、歯車、今はその座を仕方なく他者に任せているが、奪い返す、奪い返すぞ、そして過去の"親"も一期である初期も、全て消し去った自身が一番になるのだから。

「魔法使いさんの言う通り、困ったのですよ、ふぁ、残滓さん、貴方は自分の立場に"差異"がいるから、殺す相手には困らないでしょう、殺したらその立場を奪える可能性があるのですから、つまり、つまり、ショックで昔の一部を思い出して貰うのですよ、ええ、心さんは今でも恭様の一部で恭様もそう認識してますから、忘れた?忘れたふりですよね」

「そうだ、忘れたふりだ」

「そうだね、魔法使いは思考する、自分の紛いものは……いないではないか!!とな、このままでは我らの紛いものを殺してその席を奪う事が出来ないのだから、ふふっ、だから計画だろうに、計画さ、計画なのだよ、つまりは魔法使いと剣を早めに吸収してもらわないといけない、いけないのだ」

自身の席には選択結果、あの憎々しい生き物、あの憎々しい、憎い、ああああ、キョウスケ、自身だ、自身はここにいるぞ?愛して恋して、狂って、だがまだ舞台が整わず、すまない。

「心さんは少し整いそうですが、ふぁ、ふぁふぁー、魔法使いさんはまだ、ここらで後押ししますか、他の二期の方々、戻ってこないと思ってたら、勝手に恭様に接触するようですし、そこら辺も伝えたらどうですか?疾風のように伝えましょう」

闇の空間で自身たちは考える、勝手に行動する同胞、自身からすればウジ虫、腐ったウジ虫をどう利用するか、同じ二期であろうが、勝手をするならば利用させてもらう、利用する。

「そうだな、心螺旋、君が行けばいい、それを止めるのも何をするのも自由、何せ今回は剣の話だ」

「ふぁー、あいあいさー、疾風のように」

「ならばキョウスケの周りに下らぬゲロ以下のメスが蠢いてないか調べて来い、殺して来い、埋めて来い、消して来い、自身が本当なら″出る″番だが、それは剣の話でかき消された、くそが、くそ剣、それぐらいの仕事はしろ、当然、それは当然、自身が自身を案じる当然の法則、ははは、壊せ、殺せ、キョウスケは、その、へ、変に優しいから、下らぬ排泄物の様なメスが寄って来るから、その、そ、そそそ、そのだっっっ!」

「ふぁ、ふぁ」

「返事をしろ!」

欠伸女が!




でふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふでふ、けぷっ。

どうやら剣が本格的に物語に参加をするようでふ、でふ、どうしましょうでふ、どうしようでふ、出遅れるのは嫌でふが。

太郎はまだ出せない、物語に絡めない、これは異端の物語で、幻想の物語では無いでふ、干渉は出来ても関与する事は無理でふ、結婚、まだでふ、デートぐらいならいけるでふ?

でも一期とか二期とか三期とか考えている時点で負け組でふ、でふ、それは負けの思考でふから、駄目な事でふ、でふ、どうにかしてそこに自分たちの種を埋め込まないとでふ。

ここは屋敷でも闇の中でも内包世界でも現実世界でも無いでふ、でふでふ空間、白い空間でふ、ここでは全てが白くて、全てが呆けていて、全てが真実の宇宙でふ、白いだけの世界。

だから太郎の代用品でデートにもちこむまで、"でーと"知っているでふ、でふでふ、人間がする"すきなこと"でふから、でふ、けぷっ、ご飯を残さない様にがんばったでふ、でも、けぷでふ、苦しいでふ。

「うぅ、けぷ」

とにかく、ここにあるのは情報、太郎の情報、でふ、これで太郎の類似品を生み出すでふ、そして"期"の計画をぐちゃぐちゃのもみくちゃにするでふ、この子を生み出して、境界崩しの世界を変質させるでふ。

太郎の髪の毛を、恭輔の髪の毛と括って、でふでふと"うたう"意味としては謳う、歌う、唄う、謡う、詠う、全てを含み"うたう"神の声に世界は呼応して変化するでふ、髪の毛がもぞもぞと蠢くでふ、けぷ。

「うまれうまれーうまれ、うまれ」

生まれて埋まれ、世界の欠けた部分を補うでふ、取り合えず、二人の細胞から生まれるでふから、ろくなもんじゃない、ろくなもんじゃない存在でいいでふ、弟を取り戻す為にでふ。

最終目標は太郎との結婚でふが、それは成功でふ、するでふ、後は……太郎のいない間の守護者、もうここで満足でふと、恭輔に納得させる存在を生み出さないとでふ、駄目でふ。

なので恭輔と太郎の細胞に自身の細胞も混ぜるでふ……三つの異常が正常になるでふ、でふでふ、それは螺旋を描きながら白い世界を気持ちよさそうに踊るでふ、踊れよ我が子、世界で踊れでふ。

それはおたまじゃくしの、白いおたまじゃくしの形をして宙を泳ぐでふ、おめめは赤いでふ、でふでふ、生まれたばかりなのに元気なのは誰の細胞のせいでふ?わからないでふ、でふ。

「全てを独占する為に第四期の、はじまりになるでふ」

そうでふ、名は、名前を……どうしようでふ、自分には"ねーみんぐせんす"が皆無でふから、そうでふ、どうしようでふ……でも、決めたでふ。

「太郎から始まって10に至る前に終わりを告げる娘でふ、九次郎、九次郎でふ」

九人目の最後の太郎でふ。



[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来未来編)01『旅をする』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/24 14:42
晴れ渡る青空、そこを悠然と漂う入道雲、青と白のコントラストは鮮やかに夏を主張する。

それを見上げながら大口を開けて欠伸をする少女が一人、眠たげに目を擦りながらも空を見上げる事をやめない。

少女がいる場所は草原の真ん中にある腰掛けるには調度いい具合の岩の上であり、さらに言えば草原の中央にある小道のすぐ横である。

小高い丘が幾つもあるその場所には牛や羊が気ままにそれぞれの時間を過ごしている。

「ふむ、今日も暑いのう、夏はこれぐらいでないといかんな」

舌足らずで幼いながらも凛と透き通った声音に年寄り臭い言葉使いが妙にマッチしている。

歳の頃は5~6歳と言った所だろうか、この辺りでは珍しい黄金色をした髪を雑に紐で括っている、まるで動物の尻尾のように少女の動きに合わせて揺れている。

また服装も変わっていて真っ白な胴着のようなものを着ている、一昔前のカンフー映画の出で立ちだ、それまた妙に小さな体に似合っている。

理由としては簡単、、少女の外見が世間の平均ラインより遥か高みにあるからだろう、翡翠色の瞳に形のいい小鼻、唇は薄い桃色で肌の色は恐ろしい程に白い。

この歳にしてこれ程に完成された美貌を余すことなく晒しながら退屈げに足を揺らす、見るからに俊敏そうな機能美に溢れた太ももは子供らしい脆さ、健康美を内包している。

暫くそうして過ごしていると牧歌的な風景の中から一人の男が現れる。汗を拭いながらゆっくりと少女に近づいて来る、黒い瞳に黒い髪、特別これといって特徴のない青年。

服装も地味なもので所々汚れた白いシャツにすっかり色の抜けたジーンズ、近くの農家の息子だと説明されて疑う者はいないだろう、しかし青年の腕には農作業をする為の道具はない。

頭に被った麦藁帽子に片手を置いて呆れたように笑う。

「九次郎(きゅうじろう)次の街で待ってろと言ったろ?ほら、熱中症になるぞ」

麦藁帽子を少女の頭に被せる、九次郎、少女にしては些か似つかわしくないように思えるが、それが少女が親から貰った唯一無二の名前である。

「なぁに、太陽の光は心地好いだけじゃ、九次郎の体を害す事などありはせんよ、しかし心遣いはありがたく受け取っておこうかのぅ」

「まったく、可愛げのない奴だなあ」

「何を抜かす、炎天下の中で夫の帰りを待つ妻なんてものは純度100%の可愛さじゃろうが」

「はいはい、可愛い可愛い、そして暑苦しいから離れろよ」

普通の人間が聞いたら度肝を抜かれるような関係を吐露しながら青年はうっとうしげに答える。岩の上から跳びはねた九次郎が青年の首にぶら下がったからだ。

流石にこの暑さの中、過度の密着は堪えるものがある、それが大人より体温の高い子供なら尚更の事である。

青年の言葉を無視してぶら下がっている九次郎の薬指には銀細工の指輪、それを取り払おうとする青年の薬指にも同じものがある。

それは夫婦の永遠の愛を示すものであり紛れも無く二人が夫婦の契りを交わした関係なのだと告げている。

「しかし恭輔、浮かない顔じゃな、もしかして思ったより高く売れなんだか?」

「いや、中々にいい買手が見つかってな、流石、ここら一帯の牧場を経営する地主さまだ、物の価値がわかる人で助かった」

「だったら何故浮かない顔をしていた?」

「直接交渉とは関係がない事だけどな、最近、牛が襲われる事件が多発しているらしい、どうやら森に住み着いた化け物の仕業らしいけど、火や爆竹音を怖がらなくて農家の人々もほとほと困り果ててるらしいんだ」

九次郎をぶら下げたまま恭輔と呼ばれた青年は歩きだす、まるで子猿が親猿にぶら下がっているような姿だ、周りに人の姿がないとはいえ気恥ずかしいものがある。

一方、暫く恭輔との触れ合いが出来なかった九次郎は満面の笑みを浮かべている、時間にして一時間程度の別れでも、彼女からしてみれば永遠にも等しい辛い時間である。

「だから、そのな、一応、退治をしようかなーて、依頼とか大層なものではないけどなー、丁度その森通るから探して退治、でも怖いしなぁ、いや、九次郎が"いたら"…なんて事は無いんだろうけど、最初からお前頼りの自分が情けなく思えて凹んだ」

「よくわからんな」

九次郎は短くそれだけを吐き出す、飾り気も何もない、本心でしか彼女は物を語らない。

九次郎にとって生まれた時から側にいる恭輔は絶対者だ、だから自分の力を恭輔が己のものとして扱う前提を立てたとしても何ら異論は無い。だからこその一言だ。

「そう言うであろう九次郎の事を考えてさらに自己嫌悪してたの俺」

すっかり軽くなったバッグをクルクルと回して遊ばせる、つい一時間前までこの中には山蛙の干し肉が入っていた。

今の時期の山蛙は豊富に餌を食べ丸々と太って大変に美味なのだ、特に身がぎっしりと詰まった太ももは絶品で高値で買い取りがされている。

つい先ほどまで山の中を歩いていた恭輔たちにとっては身近な食料でもあり、余分に捕まえた山蛙を干し肉にしていたのは正解だったようだ。

今日はこれでシチューだと鼻息荒く意気込んでいた農家の家族を思い浮かべて笑ってしまう。

「しかし全部売ってしまって良かったのか?」

「次の街はすぐだからな、そこでこのお金で保存食を買い溜めしよう、足元見られる街の商人より、ここで売った方が高く買い取ってくれるしな、それにまだ山で取った山菜や蝉が大量にあるしな」

山菜は灰汁を抜いて塩につけて傷まないようにしてある、また蝉も貴重なタンパク質だ、貴族の連中からしたら下手物にしか見えないらしいが庶民には魚や肉のように食料として虫はきちんとした流通があるのだ。

特に蝉はバター炒めやら油で揚げて食べると中々にいける。下手な魚より高く売れる場合もあり夏場では商人からしたらかなり嬉しい商品なのだ、良くビニール袋に詰められて虫を専門に扱う店の前に雑多に積まれている姿を見かける。

バックの中でジージーと鳴く蝉達に申し訳なく思いながらも頬が緩む。

蝉や山菜は山蛙と違って街の方が高く売れるのだ、過去の経験からそれを熟知している、さらに懐が温まる展開に期待は高まる。

「ついでにその化け物も殺したら売り物になればいいのぅ、魔獣の類なら物好きな貴族が高く買い取るだろうし、ほら、なんじゃ?"人間"は不老不死とやらに憧れるんじゃろ?」

「自分が不老不死だからって小バカにした言い方はどうだろうな」

「恭輔だってそうであろう」

「お前のせいだろ」

「そう、九次郎のせいじゃな、金に困れば二人揃って人間にハラワタでも売るか?かっかっかっ、駄目じゃ、ウケる!」

自分て言っておきながらツボに入ったらしく高らかに笑う、怒る気力も失せるぐらいに快活な笑顔だ。

青空と同じような九次郎の底抜けの笑い声、永遠に等しい時間を二人で旅をしながら、この笑顔に勝てた記憶が一つも無い、つまりはそういう事なのだ。

惚れた者が負け、互いに心底に惚れてしまってるからさらにダメダメだ、人類が滅びようがこの星が消えようがそれは多分変わらない、変わるわけがないのだ。




先程までの牧歌的な光景は何処に消えたのだろうか?牛さん、羊さん何処に消えた!と心の中で素敵な家畜さん達に呼びかけてみるがモーとメェーとしか返事は帰って来ない。

「うん、邪悪なオーラがむんむん溢れてるな、さっきまで鳴きまくっていた蝉がほら、鳴きやんだ、俺は泣きたい」

黒い森、森と言うよりは黒い樹海と言った方が正しい気がする。陰湿な声で金切り声を上げる烏がさらに雰囲気を悪くしているのは確実だ。

貴重なタンパク質め!石を拾い上げて投げつけると顔面にいい具合に当たって地面に落ちる、ちなみにまだ森の入口です。

「烏は皮がグニグニしてるからなー、シチューにするしかないよな」

「おお、現実逃避して烏の解体作業に入るとは流石は九次郎の旦那様じゃ」

羽をむしり取り、内蔵を取り出して血を抜いて、楽しいなー、烏は何処にでもいて捕まえ易い野鳥の代表格だ、頭がデカイので少しのコツがあれば投石でも一撃で仕留めれる。

あっという間に解体作業が終わり丸裸になった烏をバックに仕舞う、ちなみにこのバッグは魔術による特別な加護を受けていて物が腐り難くくなり、入れた瞬間の状態が長く続くという代物だ。

それでも限界があるので、食料を塩漬にしたり干したりする必要はある。

「あー畜生」

獣は怖い、畜生。




なつのしょうねんははだしのままで、、、歌を口ずさむ九次郎は心の底から楽しげだ。

いつぞや、村の娘が貧困に窮して夜ばいと言って宿に忍び込み襲われかけた時に見せた阿修羅のような顔とは大違いである。

村は消えた、消えた、跡形もなく、灰すら残らず、ルララー。

嫉妬深いのではないか!九次郎は半身である、ああ、違うのかそれも、半身というよりは我(われ)だ、我(が)なのだ、つまりは俺だ。

そして自分以外の空気を恭輔(おれ)が受け入れることを嫌う………いくらか"調教"してマシになったとはいえ、恭輔が、俺が見るすべてに異様な殺意や破壊を望むのは間違い…だったはず、調教はだから正解、正解でいいんだ。

だって九次郎は嫁で俺で俺の中身でその皮の入れ物なんて意味なくて望まなくてもその肉すら俺の肉で、あはは、笑いも俺のものだ九次郎、全部、ああ、そんな当たり前に思考を寄せながら歩く旅もいいもんだ。

青空だしな、気持ちいい。

「んー、どうしたんじゃ?ジロジロとこちらを見て、さては、あれか、"支配をしたいか?"」

「昼間から何を言ってんだお前は、もー、勘弁してくれ、周りに人がいたらあれじゃねーか、あぶぶ、じゃないか」

「恭輔あうとー、な」

「ぐは、イヤすぎるわ!」

森の中はひっそりと、静かです…そんな世界でにししとか意地の悪い笑みをする俺の一部かつ俺かつ嫁にムッとする、うがーーー、だけど"今"は俺の中でも一番好きな"一部"なので受け流してやる。

だけどムカムカはムカムカのままだから、いつも尻尾のようだと感じている後ろ髪を引っ張る、ぐぬう、とおよそ幼児の見た目と反する呻き声、かわいい声を別に期待していなかったが、ちょっとひく。

嫁だがぐぬうはちょい、ああ、我が身ながら我が身ながらと歎いてみる。

「愛してる等と常々、我が本体、恭輔に思い、想い、今もまた、九次郎だけに、ドロドロと溶け合いたい等と、そう感じている、照れ笑い、てれてれと擬音を立てつつ、ヌハハ」

「幼児、ようじょ、胸なきヌアアな俺の妻さんや、いきなり愛を語られれば顔が真っ赤になるぜっ!な俺が夫かつ本体なのをおわすれなく」

言葉を綴る長々と、完全に理解してる分、より切ない。

「おお、精神的にではなく肉体的、論理的に恭輔の一部と!九次郎を一部と認めてくれるのか!ふはは、ありがたいのぅ」

「そんなの今更だろう」

「そんな冷たい言葉に九次郎よ、笑えばいいと恭輔め、思考して"命令"したの、故に笑い、従順に従うペット以下の九次郎に、ペット以下の爪先のような一部のその身に愛を注いで欲しいのぅ」

切れ目の瞳がさらに狐のよう細められる、緑に彩られた森の中でそのような……調教、調教だと、野生動物でもなんでもなく俺の一部の癖に、俺の手足や臓器と変わらない血肉の癖に、九次郎、お前が俺の、本体に全てを、宇宙規模の愛で包む様は気持ちの悪い物と知っているのに。

ああ、治らない、直らない、なおすならこの世を壊さねばならない、むりー。

「面倒だ面倒、うぅー、ここで化け物と遭遇って事があり得るのに、横にいる相方はひどく面倒で、敵が内にも外にもいるって、悲し過ぎる」

「悲しいのか恭輔?おぉ、ならば、何を壊せばいいのかの」

「何も壊さないでお願いだから」

地面を踏みしめるたびに小枝がぱきっ、ぽきっ、面白おかしい音をたてる、子供なら喜ぶだろうが、大人である俺には……うん、九次郎のよくわからん愛情表現よりはこちらに意識を集中していたいな。

「かー、無視かっ!」

「無視してねーじゃんか、もう、抱き付くな、暑い暑い、子供の体温おそろしっ!さがれー、体温さがれー」

「死ねとなっ!?」

「死んだら食ってやる、吐くかな、まあ、そのまま食うよ」

「それはそれは、くっくっ、"変わらない"ではないか今とっ!」

キラリと八重歯が、きらりか、幼児ながら美を内包しやがって、くそっー、なんだか宿に泊まる時とかも親子で通らないんだよな、こいつのー、見た目があれなせいで!

もう横のこいつが”美幼児”って新種の悪魔じゃんー、幼児は幼児らしく朗らかに丸々としていなさい畜生、俺の見た目は普通、普通以下、ああ自己分析自己分析、すげー悲しい。

でも九次郎は俺の一部だから、関係ないや、あれ、うん、それでいいと思っていればいいさ俺。

「化け物でないかなぁ、俺の横にいる仙人っぽい道服着た幼女は色んな意味で化け物だからその鬱憤を消せる」

「ひどいの、大好きじゃーと叫ぶぞ」

「抉るぞ両目」

「好きにすればいいではないか、何を今更、恭輔の指が眼に滑り込んで、引きずりだす様か、いかんいかん、興奮する」

「…………やっぱり俺の育て方があれしてこーして、こんなよくわからない思考回路を生み出してしまったのか」

「そうじゃな、育てた恭輔がそこはそう、そうじゃろう、九次郎に悪いとこなど一つもありはせん、今日も今日とて恭輔の一番の"一部"じゃからな、何も何も、永遠にそこは"完成"したままじゃ」

「くらいくらいもりのなか、もりのなかー」

「突然に歌い出すとは!」

「いや、もうね、反省点が沢山あり過ぎてな、俺って子育て下手なのかなーって、育てた子供を妻にして俺の"一部"だし、もうね、どうしようもない奴は歌で生きるしかないのだ」

「ド下手じゃぞ」

「……お前みたいに何でもかんでもこなせる方が稀だかんな!不器用な人間の方が器用な人間より沢山いるからな!数は力だからな!」

「あー、うっさいのぅ、嫉妬丸出しで笑えるぞ恭輔………九次郎の声は恭輔の"こえ"であるのに、時折、自分の中の一部に嫉妬する、複雑で歪んだ思考じゃな」

「仕方ないじゃん」

「そうか、仕方ないか、かっかっかっ!」

大口あけて笑う、器用に俺の首にぶら下がったまま頭を撫でる、妻つーか母親じゃねーか、ふと、そんな呑気な空気の中で「きたの」と九次郎が呟く、ああ、きたのか。

"ばけもの"、うん化け物が、そうかそうか、何か木が倒れる音とかが、どんどん近づいて来てるのがわかる、そんくらいわからないと生きていけません。

「大丈夫、今、九次郎の鎧を装備ちゅー、恐れはないさ」

「かっこわるいのぅ」

さて、後は鎧に任せよう。



[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来未来編)02『娘はキノコ』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/25 12:40
芸術的な曲線を描いて舞うそれをただ見つめていた、空中に舞った少女の小さな体が機械仕掛けの人形のように一切のブレの無い軌道を描くのだから素晴らしいと言う他にない。

見事に決まった……気持ちのいい音が森に木霊する、一羽の鳥が空に舞ったと思うと、すぐさま多くの群れが羽をこぼしながら空へと消えて行く、木々に覆われていようとそれはわかる。

九次郎がタンっと地に足を付けたと同時に獣の巨体はあっさりと地面に沈んだ、上向きになり小痙攣を繰り返す様はどのような生き物でも哀れさを誘う、静かに手を合わせる。

「はっはっはー、四足の時点で獣は獣、九次郎に勝とうなぞ、百年早いわ!」

「お前の無茶苦茶な理屈は毎度の事ながら笑えないな、ほら、多くの獣より単純に人は弱い、弱いから武器を持つ、それが人の強みだろ」

今回はマシな方だ、血に酔って死んだ相手を蹂躙する九次郎の姿は目に毒だ、吐き気がする、嫁に向かって吐き気がするとはこれ如何に、血に塗れたら家族も獣だろうに。

それにこんな森で血の匂いを安易に風に乗せるのは危険だ、より多くの獣を寄せる事になる、九次郎なら難無く処理をしそうだが、無益な殺生は良くない。

自分の腰ほどしかない九次郎の身長、小さな体に内包されている爆発的な力は使いようによっては兵器と一緒だ、生身で己より巨躯な存在を羽虫の羽を千切るように簡単に。

「こいつでいいのかな、家畜を襲った獣って奴はさ」

「ん、そうみたいじゃな、こんなに肥えて、この森にいる餌では満足出来ないのじゃろう、哀れ、人の生活に足を踏み込むと殺される、ゴキブリであろうが、熊であろうが、"人"であろうが」

「ああ、熊、熊なのかこいつは!」

「え、違うのかのぅ?」

急に不安になられると俺も断言出来なくなるじゃんか、恐る恐る近づいて痙攣を繰り返すその巨大な獣を注意深く観察する、ここまで歪んだ世界で熊ぁ、クマさんとは、もっと魔物っぽい生物かと思った…そこだけ失われた現実が今も存在しているようでまた軽い吐き気がした、おえぇ。

「確かに良く観察したら熊だな、これは……あまりに巨大になると形が同じでもそれだと認識できなくなるな、不思議なもんだ」

「ほほう、あれか」

「あれ?」

「水の一滴と大海を構成するものが同じものだと、海を知らなかった童にはすぐさまに認識出来ぬだろ?それと同じと」

なんつー理屈だ、理屈ですら無い、屁理屈、でもそれもまた理屈なのか、頭の隅でモヤモヤしたものが蠢いているが無理やりに抑え込む。

そんなものを気にしていたら自分の嫁にのまれてしまう、俺が俺である為に幼女で狡猾な九次郎に食われないように、頭からガツガツ食われないように、あっ、精神的にね。

誰への言葉?……結局自分へのだろう、きゅーきゅー。

「きゅーきゅー」

「おーぉ、突然甘えて抱き付くとはこれはこれは、喜べばいいのかの」

小さい九次郎、ほんと、ミニミニ、きゅーきゅー、なんだこれ、あー、縮めて呼んでみた、てきとーなノリ、僅かに漂ってきた死臭が鼻孔を擽る、嘔吐感は増す。

甘い子供の体臭も覆すほどに、そりゃそうさ、生者より死者の方がその場にあるだけの条件ならばよっぽど周囲に影響を与える事が出来る、皮肉な話だ、しかも人では無く熊、クマの死体。

ぐちゃぐぐちゃぐちゃの中から鋭利な、血塗れな白の刃が天へと聳え立つ、あ、なんだ、骨の分際で、光に反射して油をてかてかと、肉片にへばりついた油を自分に纏って、気持ち悪い。

「おっおっ、と嗚咽を吐き出して、流石に脳漿飛び出て、きついな、蹴りを入れたろ、絶命させた後に、踏みつけて粉々にしたのが原因だ、怒るぞ」

「確実に殺した方が安全じゃろ?………叱られる筋合いは無いと思うのじゃが、恭輔が言うのであればそちらが正しいと改めるべきか」

「改めるも何も、死体を意味も無くミンチにするのは死者への冒涜だろう、あー、でも、人間もするよな」

「する、はんばーぐ」

「おお、良く覚えてたな、こんな貧乏生活では中々にお目にかかれずー、申し訳ない」

夫として妻にハンバーグの一つも食わせられない自分に、ああ、自己嫌悪、あー。

「それは違うぞ恭輔、ここに肉があるではないか、肉が、これはミンチ、ミンチじゃぞ、まさにハンバーグではないか」

クリクリとした好奇心を宿した無邪気な瞳が俺を捉える、つか、常に俺を捉えている、監獄だ、監獄、視線の監獄。

「食えと?」

「むしゃ、むぅ、肉の間にほら、寄生虫、白くふとってうまそうじゃ」

「…………いや、いいけど」




爆ぜる音、オレンジ色の、灯りが周囲を照らす、俺はそれに木の枝をひょいひょい放り込みながら火で遊ぶ、火で遊ぶのは楽しい、爆ぜる爆ぜる、燃える。、

「美味い、美味ッ!」

「白い虫を炙って、焼いて食う、美幼女とはこれ如何に、しかもそれが俺の嫁さんだとは凄く怖い、怖いけど可愛いから許しちゃう」

自分の半身とも言える存在には甘い自分がいる、すっかりも夜も更けて、ただ燃え盛る火を見て笑いあう、とてつもなく原始的だが、とてつもなく人間的。

そんな生活をどれだけの間過ごしてきただろう、でもまあ、幼いままの彼女といるのは気が楽だ、人は老けるから、老いるからみすぼらしく、だからこそ見っともない。

でも老いる事は正しい事だ、そこから外された人間は、否、自らそこから外れた人間はそうやって自分を納得させて生きるしかない、俺と九次郎もそんな存在、あはははと狂い笑い。

狂った夫婦で狂った一部の俺たちはこのまま何処に行くのだろうか、わからない、わからないや……はふはふと虫を食う妻を見ながら、ああ、グロテスク。

肉を幾らか焼いているのだがそちらには手を出す気配が無い、虫ぃ、虫が大好きな妻、でも俺も食べるけど……口の中で弾ける油、うむぅぅぅぅ、うまし。

「恭輔、どうした?さっきから九次郎の顔ばかり見て………くふふふふ、我が一部と、確認すればいいではないか、心はほら、溶け合っておる」

「虫を喰いながら言われても全然説得力が無いんだけど、いや、ラブコメっぽい事をしようと今更な感じがする……舌で」

「舌で絡める気もあるぞ、ふぬぅ」

「子作り子作りー」

「おお、やりたいのかー、でわ、しよう、今すぐしよう、さあしよう」

「はい、そんな気分ではありませんのでむりー、あうとー、柔肌も行き過ぎれば赤ちゃん想像させて性欲を抹殺、つまりお前」

「妻に向かって!」

なんだかいそいそと服を脱ぎ出した妻を止める、うん、子供なんて出来たら一生もの、そりゃそうだ、死なない二人の死ぬ子供なんて歪み過ぎ、何がって、精神が。

そんなものは生み出さない方が吉、やる事はやるけど、うん、今日は適当な理由をつけてそうしとこう、そうしよう、俺は……やりたいときにやる最低な夫で怠惰な生も性も生き永らえるのだ。

「淡い桃色のこれをみて」

「無理、そんな色彩薄すぎて、肌といっしょじゃん、桃色とか嘘を言うな、ちょーようじょ、めっちゃようじょ、ウソつきで幼女だなんてある意味もう駄目じゃん、子供は素直が一番」

「無駄に長生きなだけ、肌が赤子なだけで、そのような言われ方、屈辱じゃのぅ、屈辱すぎる、むきーと叫びたいが心は"れでぃ"を気取るとしよう」

「それを言うなら態度だけを気取ろうではない?」

雑食の熊の肉はやや筋張っていて噛みちぎり難い、それを何度も噛んで粗食しながら聞き返す、どうも、すぐに下卑た方向に話を持っていくのは夫婦揃っての悪い癖だ。

いつまで経っても大人になりきれない二人には、ああちょい訂正、いつまでも経っても大人になりきれない"一人"にはそれは当たり前の事なのだろう、ああ、だって九次郎は俺の一部だから。

今、こいつが考えている事もすぐに、というよりは最初から理解している、ああ、だってこいつに自分の思考なんて本当は存在しないんだ、だって俺の一部なんだから、俺の皮膚や血液や骨と同じ、俺の九次郎。

そんな俺の在り方、どうしてだろう、今更に死んだ方がいいのにと思うけど、綺麗な俺の一部であるこいつまで息絶えるのは世界にとってどうなんだろう、でも結局はソレも俺の閉じられた世界のわけで…さい、たろう。

「ふふふ、何せこの身には思考などは存在しない、何せ恭輔なのじゃから、九次郎は恭輔じゃよ」

「うん、そんな事は、そう、そうそう、ああ、はぁ…………俺は俺だもんな」

「今更じゃなー、今更、どうして偽善ぶろうとするのか、そこはやはり恭輔が甘えたがりの糞野郎だからだと思うのじゃ」

「おっ、言うねー」

「でも世界で一番大好きな九次郎の本体、だから、それはもう仕方ないと、諦めよう」

「諦めてくれるのか…………でも、二人はそうやって生きていくしかないと、言ってみよう、口に出して」

「嫌じゃ、断る」

「断られるとは、ん、だけどそうやって時に反抗的なのも可愛らしくていいじゃないかと、そうやって自分を納得させてみよう」

「ほら、焼けたぞ」

「肉を差しだしながら肉を喰うな、お行儀が大変に悪いです」

「……………そこを今更、むぅ、意地悪じゃのぅ」

肉をいーと、いーとって、噛みちぎる嫁、まるで肉食動物を見ているようだ、犬歯が出てるよ奥さん、あっ、俺のものだ。

「意地悪な夫は嫌いか?…………なんかこーいうと、口説きに入っているみたいで嫌だな、もう、自分のものなのに……」

「おぉ、独占欲丸出しじゃのぅ………いいのぅ、いいのぅ」

「なんだか、悪徳代官みたいだし、その言い方、古風な話し方だと凄いあれ、あれだ!」

「この喋り方は恭輔が望んだからじゃしー、この体の一片、意識の一片も恭輔が望んだものじゃしな!」

「おお、可愛い事を言ってくれるな……流石に可愛い、可愛いから妻にした、あ、うん、そいつは正しいな!」

お互いに相手を褒め合う、何せ互いしかいないのだ、互いしかいない夜の中、互いを褒め合う事で互いの心の補完、さみしい。

「あー、しかしこの心の交流は病的だ、早く人里に行きたいなぁ……いや、九次郎が悪い訳でなく、ほら、自分ひとりで会話しているわけじゃん?」

「何を言っているのじゃ、九次郎がいれば満足だし!とほら復唱!!復唱するのじゃ!!」

何だか凄い怒りだした、おお怖い、自分自身にそこまで怒られる事は普通は無いのだけれど、むぅ、怒る嫁、怒る嫁……怒る俺とはこれ如何に。

「嫌だ、拒否る、だって人間同士の話し合いこそが俺の心の潤いです、それはもう絶対だ!」

「ええい、この鍛え上げられているのに!ぷにぷに感を失わないこの体を見るがよい」

「それを見て俺にどうしろと言うんだお前は、心の潤いにはならないだろう……ほら、しまいなさい、粗末なものを」

オレンジ色の光に照らされた九次郎の引き締まったお腹を…むぅ、軽く最近たれ気味な俺と違って健康的で若々しくて、幼女だ、幼女だな、ああそうともさ。

それをお嫁さんにした俺は………一部だし、九次郎は俺のもの、俺の一部……俺が俺の力で俺にした、いや、最初から、最初から俺の為に生まれて、俺が。

「良い濁り方じゃのぅ、良い眼、ういうい」

頭を撫でられながら――――――思う。




歩く、歩く、とりあえず歩く……人々との交流を手に入れる為に、俺は歩く、幼女に頭を撫でられて心安らかになっている場合ではない。

俺は求めるぞ、人との交流を、人とのふれ合いを、ああ、夜道は暗く狭く心細く、うあああ、だが俺は負けないぞ……!!

「おーい、恭輔、どうしたんじゃー、夜道は危ないから大人しくしといた方がいいぞーと忠告してみるぞ」

「どっちみち急ぐ旅でも無いのだけれど、そこはそれ、幼女に頭を撫でられてフワフワと幸せな夢を見る……そんな危ない夜は過ごしたくない?」

「疑問とな、いいでは無いか……何だか虐めたくなるぞ、虐めたくなるけど恭輔は九次郎の本体なので虐めれられると九次郎も虐められるわけで、でもそれを無しに
しても恭輔を虐めるものは死死死で死ぬわけで九次郎は」

「いい虚ろ目、まあ、あまり思考に"走ると"おかしくなるぞ九次郎、九次郎よ、俺の可愛い一部、可愛くて可愛くて、食べて吐いて食べる」

俺たちは壊れているので夜の中を行進する、壊れた俺たちにはそれがいい、"俺"にはそれが丁度、ああ、何だか今までの自分を戒めたい気持ちです!

「ソレはいつの日か生を終えたときに是非とも、しかし本当の目的としてはどうなのじゃろうか、教えてはくれぬのか、思考を読みとる事もめんどい」

一人でテンション高く夜道を突き進む俺に不満そうな九次郎の声、頬をリスのように膨らませて不満を訴えてくる、まあ、何も言わずについてこい。

しかしまあ、本当の理由としては先程の休憩中に遠目に火の灯りを見えたからだ、本当に遠くに一瞬揺らめいただけだったがあれは間違いなく火の灯りだった。

「ん、思考が流れた、成程、で?」

「気付かれた、まあ、俺の意識は九次郎の意識だし、そこは仕方ない、そこは仕方ないけど、人がいるなら街もあるだろうと俺の安易でおバカな思考」

九次郎が横に並ぶ、揺れる尻尾のような髪を手で遊びながら微笑んでやる、それで不満は幾分か解消されたようだ、きゅーは頭はいいけどそこら辺はさっぱり、人の謝罪を素直に受け入れる。

むぅ、ニコニコと細目になって笑う、美少女め、否、美幼女め、俺の一部なのにそこは可愛すぎだろと心の中で突っ込むとニマァと品の無い笑みを浮かべた、また思考がもれた、まあ常に九次郎とは繋がっているから仕方ないか。

「ふーん、恭輔にはしては気の利いた事を心の中で思ったの、よし、頭をまた撫でてやろうか?」

「嫌だよ、それに急がないとその灯りが消えてしまったらやべぇー、ほら、見えるじゃん、遠目に、ちょっと、本当にちょっとだけど」

「確かにの、と言うか、九次郎の眼は夜でも"普通"に、完全にソレが見える、動いておる、しかも迷わずにある方向に、家に帰宅する人と判断するが」

「んーー、こんな時間に、獣のいる山の中をか、よっぽど頭のねじがあれなのか、でもここらに住んでいる人間だったらそこもなれたものなのかね」

俺は適当に返事をする、とりあえず、あたたかい布団で寝れるならこれ最高、うーん、そこは交渉によって……話し下手の俺より九次郎に任せよう、こいつのずる賢さは天下一品。

でも普段は気持ちのいい真っ直ぐな性格、でも駆け引きも得意ー、なんて頼りになる、ぶっちゃけ九次郎がいないと旅なんて出来ませんー、どっかで野垂れ死んでます、不老不死だけど。

「人間との、交流がそんなにとは、"我が肉"である九次郎の扱いがこれで、嫉妬してみたりしようかの、むぅ、嫉妬する女は美しくないと風の噂で聞いた事があったりなかったり」

「いや、どうでもいいから!」




ほーほーほーと梟の鳴く声がする、呑気な鳴き声と自分の足音だけ……のはずだったのだが、先程からどうも…風に乗って…くんくん、"他者の匂いがする"です。

このような、夜になれば獣を恐れて誰も近寄らないような山の中に人の気配、怪しい、怪しいを通り越して不可解ですらある……しかもそれが自分を追ってきているのだから頭が痛くなるのも無理からぬ話だ。

「…………女に飢えた頭がちょっとアレな男だったらどうしましょうか?………襲われてレイプされて子でも孕めばひとり旅では無くなってそれはそれでー寂しく無い……とか?」

気ままな一人旅にお荷物はいらないけれど、子を孕む事で人は家族を構成して縁を手に入れるらしい、良くはわからないけど、人の真似事もそこまで来れば立派なものだろう。

人の真似事は難しいが獣や虫にくらべてやりがいを感じているわけですよ、人の姿を取る事にもなれましたが内面はそうはいかない、なりたいですねぇー、楽しそうですから。

おお、でわ、子種を貰う為に待ち構えるとしましょうか、ハンティングです、ハンティング………がおーとでも言えば驚いて気絶してくれますかね、がおー、百獣の王。

「……がおー」

練習をしてみる、恐ろしい、我ながらいい仕事をしていると思う、これで気絶しない人はいない……と思う、ライオンになった事はないからよくわからないが、鳴き声!

「うがー!」

ライオンより怖いのは怪獣なので怪獣っぽい鳴き声をしてみます、より、怖い、より恐ろしい様な気がする、こちらでいこうとしましょう、と、そんな思考をしている内にどんどんと迫る足音。

どうやら相手は一人では無いようです、おお、子種がより多くもえらるとはこれ幸いです………ん、幸いなのでしょうか、誰の子かわからなくなる?……それは人間にとってはどうでしょう。

「きのこのこのこげんきのこ~~~」

とりあえず来るまで歌を歌う、自分の歌、きのこを讃える、すると木の根の辺りの腐葉土からにょきにょきときのこが生えだす、きのこ、きのこ、きのこの王国、おー。

「何だかきのこに囲まれて歌を歌っている子供がいるんだけど、なにこれ、きのこ幼女……」

「おぉ、がおーにしますか、うがーにしますか?」

突然の来襲、デリカシーの無い輩ですねと心の中で呟く、20代と思われる青年が不思議そうにこちらを見ている、傍らには幼い少女、親子と言われても不思議ではない年齢差、親子?

でも似てないような気がする……似ている気もする、人間の見分け方って難しい、きのこは凄い簡単なのに。

「何を言っているのかわからないけど、お前、こんなところで何してるんだー?人間?きのこ?」

「はい、きのこです」

素直に答える、人の皮を被ったきのこの妖怪とは私の事です、ジメッとした私、答えると私と同い年ぐらいの女の子が少し驚いたかのように眼を見開く。

近づいて、いや、近づかれて気付いたのですがこの二人、どうやら人間では無いようで、かといって妖怪でもないですし、よくわからない存在だ、そんな存在は初めてなので少し驚き。

「きのこなのか!?きのこ、え、人型、きのこ人間、そんな、えぇー、人と人との触れあいじゃないじゃん、菌類と人類の絡みなんて俺は欲して無い」

「失礼ですねー、そちらから近づいてきた癖に、きのこですが、人の子供を立派に孕みます、孕んでいきます、これからの菌類は」

「え、なにそれ怖い」

「……恭輔が本気で怯えておる………きのこと言うよりはきのこの化生か………」

何だか怖い眼をした娘ですねー、と言うか"なに"でしょうか、少し疑問です、男の方も何だかあまりに人間味が無くて、長い時間をかけて色々なものが欠けていったような。

まるで"私"のようだ、おーーー、そこだけ考えると妖怪だと判断してもいいのですが、"妖力"の類は感じませんし、しかし、がおーがいいか、うがーがいいか、聞いてませんし。

「きのこの妖怪か、へー、ふーん、へー……………きのこか、もう収穫の時期か、そうかそうか、よし、俺が収穫してやろう!」

「うーわー」

すぐに逃げようとしたのですが襟を掴まれました、逃げられません、おーまいごっど、とてつもなく凶悪な人間です、いたいけなきのこが自然破壊大好きな人間の手の中に、まあ、それも昔の話ですが。

「俺のものだー!」

「おぉ、にんげんふぜいがー」

なんとこの青年は私の事を所有物だと言っています、パックで売っているわけではないのに、ノラきのこですのに、条約で保護されていると言うのに。

何だか幼女の方がじーっとこちらを見ています、私と同じ身長の癖に………何だか無駄に態度がでかいです、でも私は水分を含めばより膨らみます、彼女は人間なので不可能でしょう、私の勝ちです。

おもしろい二人組と……断定していいでしょう。

「しかし真っ黒なわかめへあーに、死んだ魚のような眼で着物なきのことは、近年稀に見る陰鬱なきのこだな、どう思うよ九次郎?」

「恭輔、明るい色のきのこは毒きのこ……つまり暗くジメッとした色合いのこいつは食えるきのこと予測するぞ、ちなみに適当発言じゃ」

何だか好き勝手言ってますけど、んー、人の事を死んだ魚のような眼とか、ワカメとか、全て海の幸ではないですか、自分はきのこなので山の幸なのですが、そのプライドは譲れません人の子よ。

「表現方法を指摘します、真っ黒な腐葉土ヘアーに腐ったキノコのような瞳と訂正してください、物凄く大事な所です、そこ」

びしっと指さす、遠くで梟の鳴く声、どうにもたまらない世界……どうにも狂った空間がグルグルと色彩豊かに回ります、いや、実際は闇夜で黒一色ですがねー。

しかし青年の方は黒髪に黒眼で濁った発言ばっかりなのにまさに闇です、闇人間です、とんでもないのに収穫されてしまったみたいですよ私、助けてしいたけー、まいたけー、ぶなしめじー。

まさに闇夜の黒月とも言える双眼がこちらを捕えようと揺れる、濁りきった腐った水たまりに投げ込んだ小石による水面の動き、それと同じですよ、本当に、あー、子種はいらないです、"こんなの"の。

「何だかすげー邪悪な事を思考しているだろキノコよ」

「キノコ?」

いや、私は確かにキノコですが……そう言えば人間と碌に会話をした事の無い私は人語で名を呼ばれた事は無い、なので、その、名前が無い……です、キノコと言うのは正しいですがそれは正しくは"私"個人ではない。

けれど、どうにも……その間違いを指摘するのも違うような、違いますよねー、キノコでいいのかな、キノコで……やっぱり人間との交流は驚きに満ちている、こんな疑問、一人ではきっと浮かばない、人間?

「恭輔、キノコの化生ではあるが、ああ、名前がキノコでは流石にこいつも哀れであろう、けれど言い返さないと言う事は…正しく、あるのかのぅ」

「いえいえ、小さい小さい人間さん、そこはもっと気を使って頂きたいのですが、何せ、キノコは人間と話すのは初めてで、初めてだらけで、頭が沸騰しそうな程に興奮しているのです」

私のそんな言葉に黒の青年は眼を瞬かせる、そこにどのような感情の揺らめきがあるのかは私にはわからない、んー、怒らせたり悲しませたりするのはいけない事だと、そのぐらいは知っていますよ『茸』でも知っているのですよ。

「いいじゃんか、頭に脳みそがないなら沸騰したお湯に入れても、ん、死なないだろう、すごいなぁ、キノコは、そこは人間なんかより何倍も優秀だと思うぞー、おー、キノコ、ワカメ茸ー」

死にますよ、このバカ。

「ありゃ、ワカメを加えると、私の名では無くなってしまいましたね、ふむふむ、人間の会話は面白い、とてつもなく、危険な魅力に溢れています、話せば話すほど生気に満ちていきます」

「死んだキノコのような眼でキノコがよく吠えるなー」

「うあ」

「んー?」

「死んだ魚のような眼の部分を私の発言通り、死んだキノコのような眼に訂正してくれてありがとうございます、善人だと判断しますよ」

「だったら俺の方は善キノコと判断しよう、つまり毒キノコでは無い食べられるキノコ、そして俺の手に捕まった哀れなキノコ、悲しき一茸、悲しいねー、世の中はそんなもの」

「抱えられてしまいました」

「恭輔ぇ、どうするのじゃ、それ、つーか、どうして回収したのじゃ、焼いて食べれば食後のデザートにぐらいにはなるだろうに、気まぐれじゃのぅ、気まぐれじゃよ、恭輔」

「そんなの昔からわかっているだろうし、お前は生まれたときから理解しているだろう、面白いキノコを焼いて食べるとかありえないわ、これは回収した、収穫した俺のものだ」

「つまりは九次郎のものじゃな、恭輔は九次郎だしー、じゃなじゃな」

「なにその最後の付け加えた言葉」

変な二人に捕まりました、どうなるキノコ、つまり私、しかしながら名を頂いた恩義はあるので仕方ないのでしょうか?

まいたけー。




どうやらこの二人、正しくは人では無いようです、でも妖怪でも妖精でも幻想でも無くて、よくわからないものらしいです、不老不死な人間もどきとか、そんなものしらないですよー。

で、暇で暇で旅をしているみたいです、暇だから意味の無く世界中を歩いて旅をするとか、どれだけ限られた人生で頑張っている他の"ヒトガタ"をバカにしているのでしょう、やーいバカ!そんな気持ちでしょうか。

「で、夜、人恋しさに人里へ全力疾走していたと、そして善良なるキノコが生えていたから、うひゃー、なんて美しく淫らで淫乱で淫靡なキノコなのでしょうと回収したわけですね」

「それだとお前はただの頭の悪い女みたいになるけどいいのか?」

「望むところです、キノコに脳みそは無いのでキノコの化生は総じて頭が悪いのです、きっとそうです、自分以外のキノコの化生と会った事が無いのですが、恐らくそうでしょう」

「九次郎もキノコの化生は貴様以外に知らんが、恐らく世界中のキノコの化生を敵にした事は間違いないと思うぞ」

「こんな事で怒るのですか、私以外のキノコの化生は、恐らくジメッとした陰気で根暗な奴なのでしょうね」

「………おまえ、最低なキノコだな」

はて、あと、逃げない逃げないー逃げないですよーと伝えたら手を離してくれた、この黒一色の青年の名前が恭輔さん、で、小さい小さい、幼女な娘さんが九次郎さん、両方よくわかんない化け物です。

とりあえず、私に名前をくれた恭輔さんに、名前を……まあ、キノコですが…一応名付け親ですし、親として敬いましょう、おぉ、ちちよー、ちちときのこよ。

「お前、また下品な事を考えただろう、なんとなくわかるからな、俺、しかもすげー下ネタ、どうしようもなく下ネタ、そうだろう?」

「流石は父」

「俺は一応、生物学的には人類なのでキノコの親になる事は不可能だと思うんだけど、いつの間にかキノコの親父になっていたのか、あ、もう、安易にキノコ食えないよ、お前の顔がちらついてしまうよ」

「恭輔よ、突っ込みどころはそこではないような気がするぞ、しかし、いい感じに恭輔を楽しませておる、いいキノコなのは間違いでは無いようじゃなー、それにいい意味で毒も吐く」

「光栄です九次郎さん、褒美に胞子をあげます、いつも服をジメッと湿らせておけばキノコが生えてくるので、三日後ぐらいが収穫日によいですよ」

「死んでも御免」

「おお、九次郎さんはNOと言える人間まがいの不老不死の気持ち悪い劣悪な生き物ですね、凄いです」

「褒められたぞ恭輔!」

「……なんか凄くあれな荷物が増えたような気がしないでもないけど、死ぬまでは付き合えよキノコ」

「化生は基本死にませんよ、焼いてポン酢で食べられたら死にますが」

この人たちがよくわからない不老不死の化け物なら私はよくわかる不老不死の化け物です、妖怪、この世界ではありがちですから、ありがちですが数は少ない、そんな生き物ですよー。

だから死ぬまで付き合えと言われたら凄く困ります、"不可能"は可能ではないですから、困ります、んー、困る、何処かで説得しないと無理です。

「だったら生きてる間はずっと横にいろ」

何でも無いように言ったので、見上げる形で、ああ、私もあれです、俗に言う糞餓鬼、じゃり、ようじょ、おさないいきもの…なので、恭輔さんの腰ぐらいまでしかないのですが、あっ、身長ですよ?

ともかく、見上げるわけです、で、頷きました。

「いい、ですよ」

「聞いたか九次郎、きのこのペットが出来た、きのぺっとだ」

「略せてないではないか恭輔、そんな事だとキノコに侮られるぞ」

「名付け親に無礼を働く程、失礼な生き物ではないつもりですか?……父、ぱぱ、おとーさまと何でも取り揃えております、どうぞ、ご自由に」

「……悩むねー、まさか名付けたキノコに懐かれるとは思わなかった、そんなのは犬や猫だけだと思っていたよ俺、世の中は知らない事が沢山あるな九次郎」

「普通は妖怪に襲われて死ぬからの、恭輔よ、しかしながら、父、父とはな、いいではないか妻と夫がいればそこに子が発生するのは当然、キノ子、キノ娘と、こ、子じゃないか」

なんだか無理やりです、結構、無理やりでその場しのぎの凸凹なコンビです、嫌いじゃないですよ、そーゆーの、何せキノコの形もいい加減な物ですから。

形が整って"決まって"いるより、ある程度は自由な方が面白味がありますから、それに、痛い出会いから、一生を共にすると誓った間柄ですから、許しあえるって素敵ですよね。

「キノコは人を喰うのか?食うのか?ぱっくりしちゃうのかな?」

「まあ、主食ですね」

「うそっ!?」

「恭輔、とんでもないものを拾ったもんじゃ、まあ、ちゃんと世話するように、九次郎は基本世話はしない方向なので、水やり餌やりは大人なのだから自分でみるよーに」

「うぇぇ……、え、えぇえ、何か道端でたまに死んでるじゃん、こう、旅してたら獣とかに襲われた人間が、腐って、ウジにまみれて」

「はいはい」

「あ、あれが餌でいいのかなぁ、ただ死んで放置されるよりは妖怪の餌になる方が効率的だし、まあ、うん効率的とか言っても」

「元々、化け物なんですから気にしては駄目ですよ父上ー」

「おっ、恭輔、そこのキノコは恭輔の事を父上と呼ぶように決めたようだぞ………自分で判断して自分で決断するとは、まさり自立する妖怪キノコ」

「正しいですが、何処かに僅かに、ほんの少しだけ悪意を感じます」

九次郎さんは賢く美しい、と言うか、恭輔さんを上手にコントロールしてる感は否めません、恭輔さんはこう、頭が少し弱いようです、頭の悪いキノコがそう確信しているので間違いないです。

キノコに僅かな付き合いで頭が悪いと確信されるのは、そりゃもうよっぽどな頭のゆるさ、素晴らしい、それでこそキノコの父である資格があるというものです。

「してして、父よーちちよー、大いなる我が父上よー」

「何だよ、胞子を吐きだす我が娘、娘と言うかキノコ、ジメッとしてる」

「しかし父上、こちらに人里があると何故にわかるのですか?……父上が人里の灯りだと思ったのは私の持っていた松明だったのでしょう?もしかして、何も考え無しに歩いていますか?」

そうやって、少しつついてやると、父上はバツが悪そうに顔をしかめる、図星でしょうか、図星だとしたら指摘してあげない方がよかったかもです、父上に反抗期なキノコ、毒キノコ。

「でもお前人間食べるんだろ?夜道に妖怪がさまよう理由なんて人を食う事しか理由がないだろう?人が食える場所に向かっていたんじゃないのか?だったら、里とか村とか、人がいる場所だろ」

「人が主食と言ったのが仇になりましたか、ばれちゃいましたか、むぅ、確かに人のにおいがする方向に足を進めてはいましたが、そういえば、どうしてこんなに接近するまで父上たちに気付かなかったのでしょうか?」

「「人間もどきだから」」

どうにも悲しい理由で流されました、なるほど、でも、確かに、人間は人間ですがどちらかと言えば妖怪っぽい匂いですし、それもまた納得です、納得しないと自分を卑下する事になります。

「で、ここからまあ、今のペースで15分ぐらい歩いたら人里に出ますと、賢くて優しいキノコは父上にアドバイスします」

「おお、人に出会えるのか、自分の一部である九次郎でもなく、そこの道端で拾ったキノコでもなく、ちゃんとした人間との触れあい、ぬぅ、俺の駄目駄目だ、気付きたくない」

「キノコを自ら拾った癖にー、というか道端で拾ったって言うと、本当にゴミ屑みたいに聞こえますねー、キノコは別に気にしませんが………少しいらって、否、じめってします」

「言いなおす必要ないよな?でもまあ、ベッドで寝れるのは本当にありがたい!」

父上は嬉しそうです、べっど?……聞いた事があるような無いような、人間のふりをして長いですが、人間の生活に溶け込んだ事の無い私にはさっぱり想像できません、深夜である事もあってテンション高めな父上を無視して、九次郎さんに眼で問いかける、唸れ、私の腐敗したキノコのような瞳、唸って悪臭を撒き散らせ。

「……なんじゃろ、そのじめっとした視線、見ているだけで体がカビだらけになりそうなその視線は、まあ何となく想像はつくが、ベッドとは人が寝る時に用いるものだ、想像してみろ」

「キノコの頭の中には脳みそ的な物は無いのでそんな感性だけで絵を描けや!見たいな事を言われても無理です、とりあえず浮かんだのは腐葉土の山です、そこに埋まって人は寝る、それがベッドです」

「ミミズだよ、それ、ミミズだよな?」

「キノコと同じように脳みそが皆無な父上は人と言うよりミミズに近いと私は思うのですが何か?」

「………キノコにミミズじゃね?って前代未聞の罵られ方をした人類こと俺」

凹む父上、ざまぁ。

「安心しろ恭輔、ミミズの方が良く動く、恭輔の勝ちじゃろ」

「……九次郎、お前は俺の一部だから、立派にミミズの一部だから、しっかりと胸を張れ、ミミズの体の凹凸の部分が自分だと胸を張れ、そして苦しめ!」

「……えー」

九次郎さんが不満そうに声をあげます、まあ、ミミズの凸凹が自分だと認めたら人類終わりでしょう、多分。

「つまりはあれですね、ミミズ本体と、ミミズの凹凸と、キノコの家族なわけですか、最悪ですね」

「キノコが一番格下だけどな」

「キノコは保存食じゃからなぁ」

あー……人食いキノコでも良ければどうぞ。



[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来未来編)03『だらーってはなすだけ』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/27 13:10
旅は続く、三人旅、狂った三人が正常な動作をしながら前進する、森の中を、草木を踏み締めながら前進する。

「あー、あー」

「ん、どうしたんじゃ?」

突然の、俺の奇声と呼ぶにはやや穏やかな叫びに九次郎が目を瞬かせる、つい最近仲間つーか家族に加わったキノコは死んだ魚のような視線を明後日の方向にむけている。

会話に興味がないのか単に眠いのかは判断に困る所だが、まあ、妖怪の類は常人の思考なんてしていないし、俺や幼女な嫁も人から外れている身であるのは変わらない。

だけどもまあ興味の一つぐらい示してもよいだろう、娘になったんだから、むんむんー、なんかリアクションしろと気持ち悪い構ってオーラをだすとキノコがふとこちらに目を向ける。

欠伸をしたのか僅かに瞳が濡れている、喪服のような黒い着物の袖で目元を拭きながら口を開く。

「すいません、父上、こちとらねみーのに下らない会話に加わる気はねーやと思ってました」

「あれ、尋常ではないくらいにひどくね?」

「うむ、同意じゃ、恭輔に対して失礼じゃのう」

「いやいや、すいません、人間のように嘘で取り繕う機能がないもんで、嘘吐き機能ですな、ちにみにそれは嘘です」

「ちなみに、の使い方が絶妙過ぎてキノコの分際でと差別的思考に陥ったが基本、九次郎と恭輔以外はミキサーでひき肉にされてもかわりなく生活を謳歌できるつもりでいるから関係なかったの、てへへ」

嫁が笑うが誰も笑わず、これいかに。

「前文のアクが強すぎて最後のてへへの可愛さでも相殺できてねーよ、なんだろ、嫁が恐すぎて旅の終わりが見えてきた」

現実逃避をしてみたが、現実から逃げ切れる場合と逃げ切れない場合があるのでギャンブルだ、でもニコニコしてミキサー、ミンチ、ミキサー、ミンチと連呼する妻と娘は可愛いくないわけでもないので現実に戻る。

現実大好き、そんな番組をテレビでしたら世界も終わりだなとニヤつく自分が気持ち悪いのでさらにニヤついた、ニヤつく事は悪なのか、胸を張って否と叫びたい。

むしろニコニコしながら愛情を押し付けて怖いことを言う嫁と娘のほうが悪、多分悪、悪こえーー。手頃な切り株に腰をおろすと二人とも小走りで近づいて両脇に座る。

「つまり俺が突然奇声を発したわけを俺が語りたいから俺に語らせてくれ」

「中々にうざいですね、、きゃ、男らしい、惚れちゃいそうです」

「お前の脳みそどうなってんだ?」

「キノコ、菌類に脳みそ…本気ですか?え、父上、可哀相な人」

欠伸して涙目だったのに、マジ泣きに、親子の愛情ここに極まり。嬉しくて悲しいです、ゲロ吐きたい。キノコの養分になるからやっぱしない、こいつには血の一滴たりともやらねえ。

「おお、父上がろくでなしの娘には遺産の一つもやらねえゴミ虫め!みたいな蔑んだ瞳を向けるので逆に興奮します、はあはあ」

「恭輔の娘らしくド変態じゃったか、九次郎は素直に嬉しい」

「なんで?!」

「おかしいな、九次郎と恭輔の精神は一つのはず、恭輔が本体で九次郎が末端、なのにわからんとは」

「いやいや、わかりたくないとこはわかりたくないと素直に思いますよ俺は!!」

「父上が素直なら人類は死滅してますよ」

「なにその可能性の提示、あーもう、とにかく、とかく、食料が切れました!人は飯を食わないと死にます、死なない生き物でも悲しい気持ちになります、飯がないと!」

俺が熱弁を振るってる間にキノコと九次郎がカブトムシで対戦をはじめた、俺が頑張ってわかりやすく説明しようとしてる間に二人はカブトムシを探して見つけて手頃な岩の台をみつけて昆虫相撲をはじめたわけだ、なんぞこれー、病気、病気の類か、脳みそが厄介だぞ的な、精神バランスが"きちがいらいん"を突破したとかそんな類の。

「うう」

泣きたい。

「おお、父上が泣いている、さあ、慰めてあげましょう、さあさあ、胸に飛び込んできなさい、胸、ないですけど」

「恭輔、我が身で我が本体、悲しき時があるのなら遠慮なく九次郎の胸を使うがいい、が、幼女を嫁にした恭輔にはわかるだろうが、胸はない、ついでに九次郎のカブトムシは善戦中、さあさあ」

「胸がないって先手で言うのが最近の流行なのか?」

「「神様が悪い」」なんか怒りを発する二人、胸からの話デケー、いや、胸小さいけど話のスケールでけーや、食料なかったら栄養なくてより胸縮むんじゃね?あはは。

とは死んでも口にしませんよ俺は、昔の俺ではない。

「して、恭輔よ、食料がないってのは本当か?」

「突然抱き着くのは?」

「お話に一度は"おいろけ"を入れたほうがいいかの、ドリフもそうじゃし」

「いや、あのな」

「でわ、キノコは父上のお尻を触りましょう」

「逆じゃね?」

小さな手が俺のお尻をさわさわと、くすぐったい、そして危険な感じ、そこは危険です。

「キノコに、茸に人間的な会話を望む恭輔に萌えるの、俗に言う人外萌えな恭輔に萌え、ん、なんか変じゃのう」

「お前たちが変なだけだからな!俺を含むな、いや、九次郎は俺の一部だから、逃げれない現実かあるしキノコは娘だから、親に似るから、うーん、俺が悪いのか、悪いわけないよな、助けて助けて助けて」

「助けてって連呼すると怖いですね、死ね死ねと連呼するより助けて助けて連呼するほうが怖いとはこれ如何に、父上の意見求めます、キノコを認識して下さい」

「え、えー、認識してるよ、あー、もう、うざったくて、たまらなくなったら食うぞ」

「あ、食うとは性的な、父上の子供たるキノコをー、ありがたやありがたや」

「なんぞその横溝的な世界観っっ、泣きたいわ」

負のブラックホール、黒の穴、怖いなー。恐すぎて横溝な世界だと死ぬ、事件巻き込まれる前に血肉、血縁の憎しみ愛情やっぱり憎しみの気持ち悪さで吐く。

「しかし、恭輔はご飯がなくなったら子兎のようになるのー、癒されるのー」

「そんな癒しいるか?」

「父上の観察はしたいですね、既にしてますが、カブトムシよりは興味深いかもです、時期を狙ってカブトムシと対戦とかさせたいですね、父対虫、言い直せば父上対甲虫」

「字数だけだよな、つかな、俺勝つよ?俺弱いけど流石にカブトムシよりは強いから」

「右目にカブトムシの角をねじ込んだ状態から試合開始ですがそれでも同じような戯れ事が吐けますか?」

「その段階で致命的なダメージ受けてるよな、多分というか間違いなく、その時点で俺の闘志は真っ二つに折られてるよ、膝とか地面について絶叫してるからな」

「ははは、ウケます」

「ひどい、ひどすぎるこの菌類、乾燥しろ」

けらけらと、ワカメヘアーを風にそよがせて笑う、くたばれ。

「知ってます?昆虫に寄生する茸の話を、さて、今からこの二匹のカブトムシにキノコの胞子を」

「ぎゃー、ぎゃー」

強く責めたら人質つか虫質を得ようとした我が娘に心の底から恐怖する、黒の着物とワカメヘアー、さらに死んだ魚のような瞳が合わさって死神の如き存在に見えてきた、いかん、いかんぞ。

九次郎は頭の回転がはやく何にでも才能を発揮する、俺は愚鈍、 天才と愚鈍の二人旅(まあ実質は一人)そんなバランスでやってきたのに新たな家族は俺に並ぶほどに頭のネジがゆるくオムツもゆるく、脳みそが良い感じに蕩けてる。

これではお荷物の比重がでかくなり、なんか先行きが…不吉つーか暗雲が立ち込めているのは確実。

自分の愚かさを理解しながらも、気楽に生きたい願う俺にはちょい荷が重い。なので九次郎になんとかしろーなんとかしろーな"でんぱ"を出す。

むんむんと効果音を口に出しながら九次郎に視線を向ける、すると九次郎がすぐさま思考に耽る、腕とか組んで、眼とか閉じて。

ずっとみていても仕方がないのでキノコからカブトムシを取り上げて森に放してあげる、なんの感謝もなく、もそもそと木に登る姿は勇ましかった。

「カブトムシって食えるよな」

「父上、なんて事を…カブトムシだろうがクワガタムシだろうが、昆虫大好きな子供の前でニカッて笑いながら貪り食うのが我が父のはず、ああ、誇らしい、ハレルヤ、ハレルヤです」

「あ、悪魔」

娘が強制的に俺を化けものにしようと、会話の中でちょくちょくと。

「だがそこは旅をするのに凄く便利じゃな」

「ふはは、もっと褒めろ」

「ゴキブリだって食べますしね」

「食わないよ!」

子供の前でカブトムシ、クワガタムシを貪り食いながらゴキブリも許容範囲ってどんな奴だよ。

食料がなくなったし、食ってやろうかこのお化けキノコめ、ニヤニヤと意地の悪い顔をしてるキノコと九次郎に僅かな殺意を抱きつつ、さて、問題を解決しよう。

「うん、つか、人里に行けば全て解決するのに人里に着かないとはこれ如何に、何故に」

「なんとなく、思う事があるんじゃが」

「言ってみて」

「今の九次郎たちの状態は俗に言う迷子と呼べる状態じゃなかろうか」

「俗に言わなければ?」

「どっちみち迷子じゃな」

「キノコの場合は自生する場所が変わっただけで迷子ではありません」

「なんだその言い分、うー、今日こそはベッドで寝れると踏んでいたのに、踏んだり蹴ったりだ」

飯が無いだけではなく、迷子になっていた事実に愕然とする、信じたくないそんな現状、でも認める。

九次郎は唯我独尊で我が道を行くしー、山でも川でも森でも火山だろうが正面から抜けようとするのだ、しかも不死なのでそれが現実に叶う。

キノコはそもそも茸だから何かを期待するだけ無駄、自分で言ったように自生する場所が変化したとかそんな感覚しかないだろうし、俺はー、俺は普通に方向音痴だし。

どうしてこんな家族と旅をしてるんだろう、うん、一人ぐらい常識人が欲しいな、本当に。

「とにかく、歩かない事には、ですよね父上?」

「足が痛い、太股パンパン」

「キノコに足の痛みを訴えられても、柄ですし、中心生ですし」

「いや、キノコにも二本の足があるじゃろ、それ柄なのかの?」

「イエス、柄です、中心生なのです」

「じゃあ一本いらんのぅ、キノコの中心生は一本じゃろ?」

「ぎゃーぎゃー」

よいしょと言いながらキノコに馬乗りになる九次郎、うわーい、怖い、非力なキノコは逃げることが出来ずに、一応暴れて抵抗している。

幼女が二人で遊んでいる光景に見えるが、事実は片足を一本抜き取る儀式、すげー猟奇的、てか我が嫁ながら九次郎の問答無用さに胸がキュンキュンだな。

「ほーれ、抜くぞー、失敗して傘を取ってしまうかも」

「かさ?!かさって首のことですか?!」

「いや、上半身全部じゃ、それが九次郎の見解じゃ」

「な、なんて恐ろしい人」

「エリンギみたいに簡単に取れるタイプだといいのぅ」

「ああ、簡単に取れるよなエリンギ、おいキノコ、お前はどうなんだ」

「あ、あんな何処からが傘で何処からが柄かわからない色白美人と一緒にされるなんて」

「茸的にあれって色白美人なのか、驚きを隠せない」

エリンギっていきなり見るようになったよな…ずっと昔から食品売り場にいましたよ?見たいな顔をしやがって。

「こらこら、九次郎、茸を分解する作業なんて楽しくないから戻っておいで」

「意外に楽しいの、引っ張ると骨が軋む音がする、うんうん、身近に良い楽器を見つけてしまった」

「イダタタタっっ!うげえ」

「女の出す声じゃないなーー、娘には慎ましく育って欲しいと思う父なのでありました」

「ウギギギ、父死ねと思う娘なのでしたっっ」

口が悪い茸だ、口が悪いつーか性格があれすぎるだろう、邪悪過ぎるだろー、邪悪茸、略してジャキノコ。

「なんか不条理なオーラをミンミン感じます」

「俺のオーラを読み取るとは、茸にしておくには勿体ない」

「にんげんくそくらえーにんげんくそくらえー」

「あー聞こえない聞こない」

両耳を塞いで頭を振る、人間さまの奥義を喰らえ、すげーよ人間さまの技、必殺現実逃避、つかなんて悪意に満ちたキノコ、毒キノコ、耳を塞いでいるのに「にんげんは"よいでき"のさる、にんげんはさる、なかにはさるよりていどがひくいにんげんもいるー、にんげんくそくらえーにんげんくそくらえー」…邪悪。

聞こえる、悪意そのものが、しかしそれもやがて聞こえなくなる、何事かと視線を向けてみたらキノコが"やんわり"地面に倒れてた、ああ、なんか和む。

「骨が軋む音が聞こえんようになったの、つまらん」

「……」

キノコが哀れ、九次郎コワイ、手頃な小枝を見つけてキノコをつついてみる、プニプニしてる、生きてる。

「うう、人を道端の、犬の汚物のように扱わないでください……茸はその汚物すら養分にして…生えるんですよ?」

「最悪の台詞でキメ顔するなよ」

「まだ元気そうじゃな、まだ軋む?」

「ぎゃーぎゃー、もう軋まないですから手をワキワキさせないで下さいっ」

ズサーと後ずさる、元々"死臭"のようなオーラが売りの娘、なので死体が凄まじい速度で動くかのような気持ち悪さ。

「父上はあれですね、こんな人とよく付き合えますね、尊敬に値します、だから人格まで壊されて、そんなクラゲみたいな頭してるんですね」

「黙れ菌類」

「キグラゲの方が字数では勝ってます、クラゲ頭の父では菌類にも劣ると我々に提示してるのです」

「我々って誰だよ」

「全世界の菌類?」

「規模でかすぎるわ…そんな世界中の菌類に見下されたら流石に堪える」

「父上がブルーチーズを食べるとブルーチーズ内の青黴が"けっ、こいつにだけは食われたくなかった"……と涙しながら食される、気分はブルー」

「うまくねーからな」

「はい、チーズ」

パシャ、写真とられたっ、何処かから出した安っぽいインスタントカメラでっ!

「フフ、魂を抜かれろ人類」

「お前いつ生まれだよ」

妖怪だからもしかしたら凄い長生きなのかも……こんな世界になったのはつい"最近"だけどなぁ。

「して恭輔、いつまでもキノコで遊ぶのも良いが、最初の問題が解決してないぞ」

「そうです父上、最初の問題、あー、知恵の実を食べたのが人ではなくもし茸だったら?」

「お前は黙ってろ、そもそも茸に口なんかないだろ」

「父上は目の前の現実から逃げるのちょー好きですね、現実逃避ライダー」

「くっ、"絶妙"にムカつく」

「第一に父上たちは死なない体で老けない体つー、なんか、独裁国家の皇帝が最後に叶えたい夢でありそーな、そんな体をしてるのに食料がないやら、野宿はあんましたくないとか、我が儘過ぎやしませんか、パリパリ」

ポテトチップス食いたがらまともな説教してきやがった、食料切れたと思ってたのに何処に隠していやがった。

「それをよこせ」

「あーもー」

なんかグタグダ言いながら押し返された、その間にも奴はポテトチップスを食ってる、油に塗れた手で俺の顔面を押し返したのでべとべとだ、俺の顔が!

「よ、よこせ」

「めー」

「この」

「やー」

「よこせって!」

「みゃー」

……取れないっ、こんなにポテチの袋が遠く見えたのははじめてだ!こいつ何か武術の心得でもあるのか?

「くけけ、父上が鈍臭いとだけ言っておきましょう」

「あ、悪魔的な笑い方だな」

「ポテチチップスか懐かしいの」

「ギャー、キノコのポテチっっ、いつの間にっ」

流石は九次郎、いつのまにか奪ったポテチの袋から一枚取ってぱりぱりと、食うかと言われたので頷く、すると大量に口に押し込んで来る、うぐぐ、親鳥かっ、俺は雛かっ。

「かわいくねー雛ですねー」

「お前、時折さ、人の思考に割り込んで来るよな、つかお前そのかわいくねー雛の娘だかんな?」

「チッ」

舌打ちした、なんて奴、しかし舌打ちをしたまま…うぐうぐと、どもる、どした?

「チッ、チッ、チッ、チップスかえしてくださいいい」

半泣きだった。

可愛いので今度は俺が手渡しで口に放り込んであげる、欲望に弱い親子だった、ややうんざり、可愛いは正義なのか、邪悪な茸でもっっ。

「もぐもぐ、くすん」

ちーんとハンカチで、こいつ打たれ弱いなぁ……幼女が泣くと場が沈む。

「ねとられるねとられる」

九次郎がそんな俺をみて邪悪な思考に、取りあえず頭を撫でた、なんかめんどいチームが育ちつつある。

「立て直しが何度も何度も…とりあえず歩みを止めたらダメだ、死なない二人にそんなんあるのかな妖怪、どんな事態でも大丈夫、安息の地を目指してー、歩け、歩け、歩け」

なんか俺の精神バランスもいい感じに傾いてきた。

「しかし父上たちは本当、世紀末なこの世で楽しげですね」

本当に素のキノコの一言、俺が答える前に九次郎が答える。

「え、言ってる意味がよくわからんの」

キノコが傷付いた表情でがくりと、幼児にこんな顔をさせるなんて!九次郎なんて幼児!あれ、結局幼児、幼児こえーよ、ああ、俺の人生…………あれ、ふかくがんがえない、かんがえたらだめ。

「うわあ、父上、レイプ眼」

レイプとか女の子の口から聞くとなんかうろたえてしまうな、それが娘でもさ。

(父親の前でレイプとか言うこいつしねしねしね)

俺は父性より憎しみが先立つタイプです、汚い自分を弁護する。

「しかしまあ」

「なんか心の中でキノコに失礼なことを考えたのでしょうか、でしょうね(確定)だって視線を合わせません」

「キノコの分際で!」

「なんてわかりやすい人っ、キノコは怯えてしまいます」

「俺は人の機微に敏感なお前の方に恐怖だわ」

「恐怖を覚えましたね、くくく」

こんなに楽しい事はないと、そう言わんばかりに笑う、殴りてぇ、見た目が幼女だろうが幼児だろうが全力で殴りたい、この文だけ抜粋したら捕まりそうだな俺、つか、捕まるな俺。

「ニヤニヤ、殴ればいいじゃないですか、人里についたら痣を見せびらかして全力で大人たちに駆け寄ります、性的虐待を受けたと叫びながら、それはもう軽やかな足並みで、らんらんらんってスキップしながら、お花をつみにゆくが如く!そんな足並みで」

「トイレに行くのか?」

ボケてみた。

「はあ?女の子がオシッ○をするとか思ってます?これだから童貞さんは嫌なのですよ」

「その返しって…後々お前が苦しくなるぞ?一緒に生活してく中で」

「ちょっくら軽車一台分ぐらい捻り出して来ますかね」

「きたなっ?!出し過ぎだろ」

あっさり訂正しやがった、しかも排便ネタでっ!

「なにを馬鹿な、軽車の"軽"で相殺してますよ?軽い軽い」

「相殺できてねーよ」

「恭輔、恭輔、心の底から嬉しそうなのはネタがネタだからかの、品がなくて、やや幻滅じゃ」

「うぎゃー、九次郎にそんなこと言われたら死ぬっっ」

「嘘、愛してる」

「うぇぇ」

全力で泣きました、九次郎、可愛い奴。

「幼女に愛してる言われて歓喜する父上はマジでキモいです」

「なにを言う、俺の人生は大半がこんなもんだ、長い長い人生、大半が本当にこんなもん、幼児に用事ばかりの人生」

「マジですか!?」

怯えるキノコ、ふん、容赦はしないぜ。

「これから先キノコに近寄らないでください」

ドン引きされた、マジ涙目。

「もーしんでー」

なんか涙目で小石とか投げてくるし。

その小石の段幕を避けつつキノコに接近、ひょいと小脇に抱える、ジタバタするが今回は思ったより抵抗がない、よい傾向である。

「うあー」

着物なので両足をばたつかせると太股がまる見えだったりする、揉んどこう、じゃなくて。

「どうしたんじゃ恭輔?」

「いや、あれだ、見つけた」

「見つけた?」」

「いや、あれ、人里の、煙じゃね?」

なんだか僅か先の山間から煙がもうもうとあがっている、しかもキチンとした距離感で幾つも、間違いなく人の生活のもの。

やや急かすような口調に九次郎が苦笑いをする、まあ、人里を見つけたからといってテンション高くなってキノコを小脇に抱えて肉付きの薄い太股を揉みまくる俺はさぞかし変質的に見えただろう。

自分で改めて再度確認、俺こえーや、キノコが家族になってから大事な最後の一線が凄まじい速度で崩壊したのが俺にもわかる。

かわいいやつめ、揉み揉み、思えば"育ての親"でも一部でも無くて一緒にいてくれる存在って長い人生でも稀だよな、揉み揉み揉み、こう、肉付きはたしかに悪いが女の子特有の柔らかさはあるというか、あれ、なんかシリアスとアブノーマルな思考が絶妙に絡んでるよな。

「犯されますー、菌類に欲情する茸レイプ犯が今ここに爆誕、国産松茸だろうが本場のトリュフだろうが小汚い液をかける様はいっそ清々しいー"違う俺は茸にドレッシングをかけてるだけなんだ"て言い訳が苦しいー」

「すげー元気なお前、こんな元気な菌類世界中探してもお前ぐらいだよ」

太股を飛び越えて、ケツを揉む俺、生きていてよかった。

「恭輔、我が本体にして我が夫にして我が半身」

「いろいろ多いなー」

「茶化すな、しかしあまりに度が過ぎた幼児への、しかも娘への変態的な愛情、故に、だから、今こそ、さあ九次郎を玩具のように抱くが良いっ!」

ばっと、上着の胸元を開き、乳を、乳つか胸をみせてくる九次郎、白過ぎて無機質めいた肌と血の気のない淡い色の乳首……俺は。

アラームアラームアラーム、よし、大丈夫、俺は変態だ。

「九次郎、なんて出来た嫁なんだ」

「そこでそんな言葉が出るなんて真性の変態ですね、あと、どさくさに紛れてお尻を揉まないでください、娘のお尻を揉む父親だなんて、恐ろし過ぎて恐過ぎてボコボコにしたくなりますから」

「いや、待て、らお前は二つ勘違いしている、まずどさくさに紛れてケツは揉んでいない、どんな状況にあろうが俺はケツは揉んでいた、それだけお前のケツには魔性が込められている、自信を持て、父として誇らしい、次に今はもうケツは揉んでない、今は胸を揉んでいる、あるんだがないんだかわからない胸の中心にコリッと芯のようなものを感じる、乳として、父として誇らしい」

犯罪者がいる、俺、こんな所他人に見られたら一発でアウトだな、揉む男、それが俺なのか、畜生、こんな俺に誰がした。

ありがちに世界が悪いんだとでも開き直るか、つか開き直らないと俺が死ぬ。

「AV並に声をあげたらやめてくれます?」

「もう十分楽しんださ」

スーッと手を下げる、九次郎はなんだそれだけかと残念顔、淫乱か、淫乱嫁か、しかしキノコが気を使ってくれて助け船を出してくれたのはありがたかった、このままだったら取り返しがつかない領域にいく所だった、しかしキノコは下ろさない、小脇に抱えたまま。

いや、特に理由はない、気持ち的に茸狩りをして茸をカゴにいれる老夫婦と同じピュアな気持ち、だって茸だしこれ、え、いつでもケツや乳を揉めるように小脇に抱えたままかって、え、ふしぎ。

「えー、そこは素直におろしましょーよーよー」

なんかこだましてるし声、この妖怪娘が!取り合えず無視して歩きはじめる、目的地が定まればこちらのもんだ、さっさと行くのみ、つか休みたい、静かな所で。

「もみて」

「人の乳を揉んでおきながらなんて失礼な野郎ですね、ガルル」

噛まれました、左手首をこうガブリと、すげー痛い、痛すぎて乳を揉むことで気を紛らわす、そうか、人間ってだから手が二つあるのか、片手で乳を揉み、片手で幼児に噛まれて、苦痛を快楽で相殺する、すげーや人類、今まで侮っていてごめん人類、こんなに効率的な生き物なのか。

「おっぱい大好きなんですね父上」

「そんな乳を揉まれながら普通の顔をするなよ、興奮するじゃないか」

「おっぱい大好きでかつ変態じゃな」

「九次郎……」

「が!そんな恭輔を愛してるっ!」

「俺もさ九次郎!変態に理解がある嫁でよかった」

「なにせ九次郎は恭輔じゃからな」

「にやりと笑うぜ俺、俺ーさいこー」

「変態の分際で人生を謳歌してやがりますね父上」

「変態が人生謳歌したらダメなのか?」

「ダメです、シネ」

「うわぁ、きっつー、変態に理解無さすぎる、乳柔らかいなー、ぺったんだが微かに、つか変態に理解がない差別主義者が娘とはややひくわー」

「変態は人類じゃないから人権なんてありゃしませんよ」

「人権のない菌類が酷い言い分だ!」

「人の形してればなんとなーく人権が発生する馬鹿っぽさが人類なんじゃありませんか?」

「すげー差別的な物言いばかりで怖いわ」

「恭輔よ、どれだけ言ってもキノコのオッパイを舐めだした恭輔が世界で一番怖いと九次郎は思うんじゃが」

「甘い」

キノコの青白い肌に点々とした透明な汗、塩っぽさより何処かミルクのような上品な甘みを感じた…なんだこの文書、俺よ、キノコと一線こえちまいそうで怖いわ、つか抵抗しろよ馬鹿キノコっっ、くそ、この究極受動ッッ、揉むわー、怒られるまでー、モミモミ、ムニムニと擬音が素晴らしく犯罪者チックだが足は進む、モミモミムニムニスタスタ、前半二つが犯罪で後半一つが歩く音、ダメだぁ、隠しきれない。

「しかし恭輔よ、久方ぶりの人里だが、キノコは妖であるがゆえ、その、大丈夫かの」

「……」

「うあー、触られまくりです」

「恭輔?」

「はっ!?揉むのに夢中だった」

「はっ!?揉まれるのに夢中でした」

「困った親子じゃのー」

九次郎の慈愛に満ちた視線が逆に辛い、変態親子と告げている視線、負けない、なんか妻のアレな視線に負けたくない、まあ、九次郎の俺至上かつ自分至上主義な考えからして俺の被害妄想だろうけど。

「まあ、あれだよ、大丈夫、キノコは俺の娘だから、そこら辺はちゃんとわかってるはずだよ、な、キノコ」

「はう、意外に父上にオッパイを揉まれるのいいです」

「な、九次郎?」

「脳みそに重大な欠陥がある親子じゃの」

「そうさっ!」

「そーかの」

テンション高めにいけば乗り切れるかと思ったら九次郎に普通に流されたー、そうか、やっぱり無理か、テンションでどうにかなると、大卒の新入社員みたいに考えたらダメか、ダメだよな、高卒だし俺。

「ま、俺達も"人間"のフリも成功してるか微妙だしな、失敗したら三人で逃げればいいじゃんか」

ダメだとわかればすぐに逃げる決断力、ふふ、臆病者が最後まで生き残れるのさ、多分。

「キノコ、とりあえず、人里にいる間は大人しく頼むぜ」

「おっぱいをモミモミされればと」

「うん、俺の話しを聞いてる?」

「え、聞かない感じで今までやってきたキノコに今更?」

「聞く感じでこれからはお願いできるか?あと乳首噛まれてなんとも、反応なしなお前すげーや」

「まあ、父親ですし」

「お前、なんて親子愛」

「父親ですし、死なないかな」

「あれー」

噛み合わなかった、やっぱり世の父親と同じで性に対して真っ直ぐな方針だと娘に嫌われるらしい、しかも俺なんかまんま性欲をぶつけているわけで、そりゃシネシネ言われるよね!負けない!そんな圧倒的な現実に俺は夢見がちなファンタジーで勝って見せる。

「人里に着く前に揉んでしゃぶっては止めた方が良いとキノコは思うのですよ、何せこのまま人里に突入したら阿鼻叫喚の地獄絵図に、ああ、我が子を連れて逃げる母親達」

「ほうほう、で?」

まあ幼児の乳を舐めながら里に変な男が突入して来たら母親は子を連れて逃げるわな。

「竹槍を構える里の屈強な若者達、めった刺しにされる父上、全身にスポンジ見たいな穴をあけて"よーじーのちちー"と里を我が物顔で歩く様はさながら世界の終焉です」

「こわっ、だが勘違いするな、俺は幼児ならなんでもいいわけではない、愛する妻と娘がたまたま幼児であっただけの話なんだぜ」

「死ねばいいんだぜ」

「生きるんだぜ」

なんか変な会話の応酬になってしまった、一番変なのは父で乳揉む俺、不安感がマックスだが九次郎に無言で俺を守ってねビームを送信する。

こう、ビビっと、すると幼いながらも恐ろしく整った鋭利な顔を崩してニコッと九次郎が愛らしく笑う、大丈夫、俺捕まえようとする奴らはみんな九次郎がボコッボコッにしてくれるはず。

いい感じに俺のクズさと九次郎の忠誠心が噛みあって、絶対に死なないし、過保護に守られてるし、後はあれだな、誰かが隙を見て俺をボコボコと殴れば完璧だな。

裁かれろ俺、"虐待じゃなくて親子愛ですがなにか?"と娘の青臭い乳首甘噛みしながら答えるけど、そんな俺とまともにやり合う正義的な勇者的な登場人物を望む。

悪は裁かれるべきです、俺はこう見えても善良な一般人なのだ。

「フカフカベットに質素ながらも山の幸に彩られた夕飯、あー、今日の予定はもうこの流れしか考えられない」

「何せ、ここ数日はぶっ続けて野宿だったからのう、かかっ、獣と同じじゃ」

「ああ……だから胸を刺激して母乳を出して、その糖分で疲れを癒そうとしてるんだ」

「幼児に何を期待してるんですか貴方」

「それは言葉では語らない、身を持って証明してやる」

「うわぁ、台詞はかっこいいのにやってる事は幼女遊びです」

「何を言う、遊び心なくして何が人生だ、何が人間だ」

「何が変態だ、も加えて下さい」

「俺、何か変態だ」

「"が"を"か"に変えただけなのに凄い説得力です?!」

「流石は恭輔、言葉遊びで自分を追い詰めるとはの」

追い詰めたつもりは無いのだが、そう言われるとやっぱり人生追い詰められた気になる、不思議!

そもそも人間は生まれてすぐに母親の乳を吸うわけで、乳が大好きな変態なわけだな、赤ちゃんなんて"ちゃん"付けて可愛さアピールしてるがあんなの全動乳絞りマシーンだろ、悪魔だよ、悪魔、生まれてすぐに母親の乳揉んで乳吸ってさ、オッパイ星人×近親相姦×寝取りってどんだけ罪深い生き物だ、こえー、赤ちゃんこえー。

しかも生まれる場所を考え見るにちょーレイ○じゃね?赤ちゃんやばくね?エイリアンレベルじゃね?やばいやばい、幼児で娘の乳を揉む理由を探していたら暗黒思考に陥ってしまった、世界中の赤ちゃんごめんなさい。

だってお前たちが多分世界で一番乳を吸ってるんだぜ?どんなセクハラ親父も腹ぺこだから乳飲ませろと泣いたりしないんだもん、やっぱりお前らは凄い、選ばれし者だよ。

「邪悪なオーラがだだもれですぞー父上」

「邪悪、邪悪か、正義でありたい!」

「でも世の中には正義と悪だけじゃないですよね、正義よりも悪よりも"普通"が一番多いです、でも途端、正義対普通にしたら正義が無茶苦茶悪役にみえます、狂信的な正義に見えるからあら不思議です」

「正義も正義であれじゃの、正義の前に狂信的とか盲目的な!とかつけると下手な悪より何倍も邪悪にみえるからあら不思議じゃ」

「"あら不思議"って流行っているのか?」

そんな俺の言葉を無視してキノコはにやにやと笑う、人間をバカにした笑み。

「ゴキブリホイホイってちょー残酷ですよね?美味しい食べ物のにおいでゴキブリをおびき寄せて、粘着力のある床で捕らえて餓死させるのですよ?しかも美味しそうな匂いは常に漂ってるわけですよ、あれは酷い、人間の恐さが垣間見えます、めちゃくちゃ狂気を感じちゃいます」

人里が近づいて来たのでキノコのオッパイを吸うのを止めて開けた胸元を戻してやる、めちゃくちゃ紳士的だよね俺?べ、別に社会の目が怖いわけじゃないんだからな!とにかく、人の行き来がある証拠に先程まで柔らかであった地面がかたくなっている、道と言える程のものではないが、確かに人が何度も踏み締めて出来た地面である、やべえ、これから先は胸揉んだり舐めたりしたらダメなのか。

圧倒的な絶望感に膝をつきたくなる、小脇に抱えたキノコやいつの間にか腕を繋いでいる九次郎の胸を、いや、正しくは胸達を!これだから人間って奴は面倒な生き物なんだよ、オッパイが目の前にあるのに何も出来ないだなんて、山を目の前にして登るなと言われた登山家と同じ気持ちだ。

ほら、ちょうどオッパイも山みたいな形してるしな、違うか、オッパイが山みたいな形をしてるんじゃない、山がオッパイみたいな形をしているんだ、富士山が巨乳過ぎて逆に萎えるわーとか俗物めいた奴らが大量に生まれるのか…この考えは危険だな、心の底に沈めよう、ずぶずぶ。

「つまり、とにかく、キノコが言いたいのは自分たちが善人だ悪人だと騒ぎ立てるのは人間の勝手で、全ての命からしたら人間という種族そのものが邪悪だから偉そうにすんなバカ!って事でいいのかな?」

「いいですよバカ」

「残念ながら俺も九次郎も人間じゃないし、妖でもないし、ましてやゴキブリでもバカでもないぞ」

「化け物ではありますよね」

「そ、そりゃ、まー、そーだよ」

キノコの眠たげな、潤みを帯びた瞳の中にやや嘲りのようなものが見えて舌がまわらなくなってしまう。

「九次郎さん……母上なんて、本当はこんなに人間ごっこに付き合って笑える類の人外ではないでしょう、人も獣も等しく落ち葉程度の価値に見える、妖よりも妖らしい生き物でしょうし、父上にしても、俺は人間だ、人間のように生活して人間のように理性を守って生きるんだと……まるで義務のように感じている節がありますね、少し…そこが自由を好む妖のキノコからしたら違和感があって、気味が悪いと言いますか」

「んだよ、じゃあどうしろってんだ、揉んでる時点でもう駄目だし」

何だか心を探るような言葉に笑ってしまう、面白い娘だ、ああ、俺のものにしてよかった、たまに俺を傷付けようとしてくれるなんて、最高、ああ、ありがたやありがたや。

「試しに次の人里で人間の一人や二人殺してみるのは、と、人間で遊ぶのは人外の嗜みですし」

「え、ええ、やだよ、普通、人間は人間を殺さない、そいつにも両親や愛した男や女がいる、そう思うとそいつが人間に見えて、殺さない、殺せない、何故そんな事ができる?それはお前が人間じゃないからだ!」

「パクリつか、まんまじゃないですか」

「いや、つか良くわかったな」

大好きな作品だけどまさか娘も……どこで見たんだ?

「お前に」

「人権なんかねえ」

「「ばーか」」

二人でつい復唱してしまった。

「二人ともなんだかんだで似てるの」

「嫌、それはないです、こんな人里に近づいたから胸は舐めれない、胸は触れないー、オッパイはダメだ、もー、まあお尻ならギリギリセーフじゃね?と今現在も娘のお尻をモミモミしてるソフトレイプ犯が愛らしいキノコに似ているわけがありません」

「ソフトレイプ犯ってなんて言葉を作りやがる、なんかレイプ犯なのにやんわりふんわりしてるじゃねーか響き的に」

俺の存在がその一言で許されるんじゃね?娘にセクハラし放題じゃね?つか略してソープじゃね?

「略してソープじゃね?!」

口にしてみた。

「素晴らしい父上、才能ありすぎっっ!」

意外に褒められた…こいつの基準がさっぱりわからないぜ。

でも俺はこれからソープとして生きてゆく、ソフトクリームみたいな甘い響きなソフトレイプ犯として略してソープ、キノコ限定。

「いい免罪符をありがとうキノコ」

「あはぁ、それで幼児に性的な悪戯をして許されると思っているのが父上の恐ろしい所です、許されませんよ?響きがソフトだからって娘に変態行為をして許されるわけないじゃないですか、覚えていて下さい、この恨みは忘れない、カナラズコロス」

「うあああ、や、やめてよね、こ、怖くなんかないんだからね!」

「そんな気持ち悪いツンデレいらないですよ」

「気持ち悪い…だと、俺がか!?」

「テメーの他にいねーだろがよ」

「九次郎っ!」

追い詰められた俺が頼るのは我が身で我が妻だった、幼児に追い詰められ幼児に逃げる俺の姿って最高にクズだ。

「どうしたんじゃ?」

「俺を癒してくれ」

「よしよし、頭を撫でてやろうかの」

「キャッホー!」

「ふはは、ほら、撫で撫でー」

白く小さな手で頭を撫でて貰う、腰を屈めると、優しく優しく、最高。

「どうだキノコ、お前が俺をどれだけ傷付けようが無駄だ、九次郎が頭をナデナデしてくれるんだぜ?」

「……何言ってるんですか?」

「ハハハ、狂った事を言ってるんだよ」

「ハハハ、とりあえず狂ったとか俺はおかしいとか言ってたらかっこよく聞こえますけど、父上、幼児に頭撫でられて喜んでる変態でしかないんですからね?」

「改めて言うなよ、俺を傷付けるの禁止な」

「すげー偉そうですね?」

「偉くはないよ、ただ、自分に甘く他人に甘やかされる方向で生きたいだけさ」

「行きたい?生きたい?」

「生きる方で」

「人生そのものが腐ってますね」

人生に賞味期限があったのか、初めて知った、だから俺の人生こんななのか、なんか納得、まあ幼児だらけの人生だったからな。

幼児の用事にまみれたありえない人生、ありえねー、ひくわー、俺の人生よ…しっかりしろ!俺は限界だ!俺の人生!お前しっかりしろよバカ!バカやろう!

最近逃げ道ばかり探してるな俺、だって娘がめっさ攻撃してくれるんだもの、打たれ弱い父に少しは気を使って欲しい今日この頃。

「父上は御自分が腐って腐敗して腐敗臭を漂わせている事を自覚して下さい、納豆やチーズに通じる狂気の発酵人間ですよ」

「えー」

キノコかわいいこ。



[1513] Re[93]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/27 12:44
祖母に呼び出された、八島昌子はそれに逆らえない、自分はそれに逆らう術を持たない、学校にいようが、授業中であろうが、自分にとって何より大切な時間だったとしても。

祖母が呼ぶのなら自分はすぐさまにそこに駆けつけないといけない、そしてそれが嫌っている相手を、江島恭輔を陥れる絶好のチャンスだったとしても、それを捨てて!

ああ、いつもこうやって自分を惑わす、幼い時からいつもいつも、自分の事を遊び道具としかとらえていない幼くも老獪な思考、その矛盾すらも内包して怪しく笑うのだ。

これだから"異端"と呼ばれる存在は嫌いなのだ、自分の力を誇示する事で相手を思いのままに操る事が出来る、能力では無い、恐怖だ、異端ならだれもが持っている恐怖で相手を支配する、八島の家は祖母である八島コガラシに支配されている、コガラシは異端で、その子は常人、さらにその子である自分も常人、八島の家に異端の力は宿らなかった、血で継げる異端は限られている。

……"江島"のように、そう、知っている、世間の人間が知らない江島の名が持つ意味も、八島はそれになりたくて、なれなかったのだ、コガラシと呼ばれるSS級の血は宿らなかった、この家に、この体に、惨めさで泣きそうになる。

そして出来損ないである子供たちと、完全であるコガラシだけが残った、彼女は八島の家に僅かな愛着と、出来損ないたちに"あわれみ"を持って今日も生きている、今日も明日も…そして屋敷に拘束されている彼女は暇な時に孫を呼ぶ、呼んで遊ぶのだ……自分が幼い時は…無垢に…美しく永遠に幼い少女であるコガラシに憧れ、崇拝していた、こんな存在になりたいと心の底から願ったものだ。

だがしかし、自分は成長する、成長して年老いて、そして死んでゆく、能力も何もないままに……江島の血の恩恵で僅かながらも能力を保有しているあいつ、あの男が心の底から憎たらしい。

「こんな時間に、呼び出すだなんて、ホント、異端は常識が無くて困りますわ」

そんな異端の血を欲した一族の人間である自分が惨めで惨めでたまらない、そしてそんな"あやまち"をしておきながら血を受け継げなかった自分たちの遺伝子が、祖母曰く低俗な細胞が!

「それでも呼ばれたら、祖母に、コガラシ様に会わないといけないのが八島の家の人間の掟、日常生活も"自分の思うように"出来ないなんて」

今日は放課後に、自分に支配された、支配されたがっていた無個性な人間たちで江島恭輔に立場をわからせるつもりだった、そのつもりだったのに、そのつもりだったのに、今は…。

祖母の部屋の前にまで来て、どうしてこんな思考に染まる、思考に染まって壊れてしまいそう……これから、とびっきりの異端に会わなければいけないのに、扉の前でそんな事を思う。

この中にいる、自分の存在を生み出した祖母が、今の八島を生み出した祖母が、怖い……心の底から怖い、江島恭輔には苛立ち、祖母には恐怖……ああ、二つの存在が自分の未来の邪魔をするのだ。

一つは実力で、数で排除すればいい、ただ祖母には媚びて媚びて自分を殺さない様に、八島を消さない様に、そんな風に取り繕わないといけない…めんどくさい、腹が立つ、しかし生きる術としては正解なのだから、仕方が無いのだ、自分の誇りを折ってまでも付き合わないといけないモノ、一生付き合ってゆく問題、一生付き合いたくない問題。

「入ります」

「入りなさい」

単調な言葉に単調な返事、それだけでわかりあえる、わかりあえてるのではなく一方的に理解しているだけか………異端との交流はいつもそうだ、彼等は人間とは違う、人間のような人間では無い生き物……さあ、向き合おう。




でかい屋敷にでかい屋敷にでかい屋敷に、ああ、屋敷に……俺は、江島恭輔は『ふーん』と、家を囲うように巨大な塀が、さらに所々に人が配置されている、屈強なおっさん達がいますよー、30代から50代の男たちがスーツ姿でサングラスとはこれ如何に、笑える、笑えるなぁ、俺を虐めている彼女の家はヤクザ屋さん、ヤクザ屋さんだなぁ……どうしよう、入ろうかなぁ、入ったら不法侵入かなぁ。

巣食いの見た目の可愛さであの男たちを、うーん、嫌だ、気持ち悪い、気持ち悪いのは嫌だ、お断り、電柱に隠れて、様子を窺う、子供なので、そこは放置してください。

「巣食い、なあ、巣食い、どうしよう」

「落ち着いて、恭輔、俺がいる」

巣食い、長い髪に赤い瞳、恐ろしく白い肌、差異に並ぶくらいに恐ろしく白く、華奢で華奢で、女の子より可愛くて、少しツンってした感じが愛らしい、そんな巣食いが俺のほっぺを両手で包んで、うん、納得、俺には巣食いがいるから大丈夫。

「でも今の姿が巣食いだし、俺も巣食いだし、巣食い……ふふん、わかるぞ、今、この中に異端の気配がする、知っている気配、俺の知っている気配、育ての親の気配、コガラシの気配に胸がわくわく、そうかそうか、こんな所で幽閉されて飼育されて俺を愛していたのか、で、あいつら、今この屋敷の中にいる血族がコガラシの子供、孫、うん、俺は利用してあの子を、八島昌子をコガラシで壊して破壊して、脳みそをよりピンク色にして、俺のものにしようと思います」

小声だけど、しっかりと意思をこめて言うと巣食いは頬を僅かに膨らませてぷいっと、なるほど、嫉妬か、嫉妬の感情はわかりやすい、凄くわかりやすい、俺の一部だからそれは尚更だ、尚更なのです……巣食いを時折滅茶苦茶に破壊して、びくびくとけいれんさせて、こいのように、くちをぱくぱくさせて、こいのようなすくいをおれにこいさせて、こいさせて。

体が蕩ける感覚、俺は俺で、この血族に、介入しよう、俺の育ての親たる存在が俺を虐める少女を生み出していた何て、おしおきだな、おしおきー、鳴かせてあげるよ、泣かせてあげるよ、コガラシ、俺を虐めるような存在を生み出して、俺を愛していると言いながらこんな狭い場所でいいように、上手に飼育されて、何さまのつもりだろう。

嫌いと言ってあげたら壊れちゃうかな、俺の育ての親はみんなそんな存在、俺の事が大好きで大好きで、だーいすきな歪んだ存在、俺が嫌いと言ったら簡単に死んで俺の栄養になってくれる優しくて肉が柔らかい少女と少年たち、幼児たち、だから笑う、柔らかく優しい、優しく柔らかい、ややかい、ややかい、あは、くすっ、にやにや、自由に蔑んであげよう、自由に虐めてあげるよ、コガラシ、家族の前で?こんな家で異端が飼われているんだしね。

当主だろうと、決め付ける、多分そうだ、偉そうに普通の人間を蟻の様に働かせて自分は気ままに飼育されて、なんて羨ましくも腐敗した人生を、俺に会いに来ない癖に普通の人間にかまってあげて、俺を無視して生きてるの?俺を狂う程に愛しているのに、狂うのが怖くてこんな所に逃げ込んでいるんだろう、そうだろう、コガラシ。

「コガラシ、おまえの家族の前で、俺への愛情をしめせよ、くず」

お前は"ちょーきょー"してあげないと駄目だな、体を重ねて心を重ねてぇ、俺にする?親を?どうしよう、どちらかを、孫か祖母を、取り込んで片方を永遠の嫉妬で遊ばせてあげようかなぁ、いい考えじゃないか、どうせ、俺を無視して、そんな風に生きたんだ、生きたんなら、そんな死もいいだろう、コガラシは確かに異端だけど、家族が"他"にあったのかなぁ、俺が一番なのはそりゃわかるが、捨てきれないのかな、異端、まあ親の中では下の方だし、異端として、そんな悪い子の考えも想像出来るのかな。

でも俺の家の近くに住んでいるのは、そーゆーこと、くるくるる、るひひひひ、きしめきしめ、俺はコガラシを許さないよ?それが器の小さな存在でも、許さない、俺の親は俺をぜんぶ、ぜーんぶ、いちばんにしてくれないとなぁぁ、飼い草に告げ口でもして、この屋敷を消そうか、ああ、コガラシの子供でかわいいのは、おれのに、してあげよう、いっぱい?どれだけおもちゃをつくってくれたの、おれのこがらし、こがらしままぁ。

「よし、変身」

大きくなるわけにはいかないけど、母親に会うんだからちゃんと俺らしい俺でないとな、体液を撒き散らすのをやめて、しないよーに、注意をして変身します、俺の幼い時の姿に。

どうせだから、どうせだから、相方が巣食いでオトコノコなのでオンナノコに変身します、にゅぷくちゅ、嫌な音、体がかゆいので、電柱に体を擦りつけて変身、ぬめぬめ、体液。

てかてかと光る電柱、俺の体液で光る電柱をニヤニヤと、身長が縮み、いらないものが体の奥底に沈んでゆく、んとね。俺は江島恭輔が"幼くて女の子だったら"な自分に変質、変身、変革。

「何をぽけーと、巣食い、変身おわりました」

「ふぁ」

体液は無理でした、出ました、今は8歳ぐらいの俺の姿、おなごなおれ、うむぅ、そんな存在を主を本体を前に"ふぁー"とはこれ如何に、コガラシを虐めて調教するのに、その手伝いをしてくれるはずの巣食いがこれでは頼りない、頼りなさすぎるので、体液にまみれた唇でちゅー、自由です、自由に巣食いで遊んで、とろんとした瞳と、必死でぴくぴくと鼻で呼吸する様をじっくりと楽しんで、唾液の橋を手で切りながら笑う、テカテカの電柱に押し付けてキスをしたから、なんか、俺がやる側です、やる側なのです、ふひひひひ、巣食いのばーか。

自分の姿がどんなものか、確かめる事は出来ない、屋敷に侵入したら鏡を見よう、是非とも見よう、巣食い…腰がぬけて、ぺたんと、うむ、地面は汚いぞ……悪くないのかなぁ、容姿。

幼児の容姿、悪くなければこれ幸い、巣食いの思考が俺への愛情でぐんびゃー、変な効果音ですいません、でもこんな感じなのだから仕方が無いのです、くひ、この笑い方、巣食いを小馬鹿にする時に?にやにや、もうね、巣食いの心を焼いて食べてしまいたいです、俺への愛情の炎で焼いてさ、もし今、この姿で他の男の人にキスをしたら、気持ち悪い思考、巣食いはどうなるの、ころしちゃうのかなぁ、こんなに妖精のように美しい巣食いが嫉妬で般若のように?

いや、きっと巣食いだから嫉妬で壊れても妖精のように、妖精もほしい、喰いたいですな、タローにたのむ?ぜひぜひ。

「おんなのこでようじ、な俺、どよ?」

「あ、あうぅぅ」

驚き方、そんななのな、巣食いの美しすぎる容姿からは、鋭利な容姿からは想像が出来なくて、笑ってしまう、巣食いより身長はちょい低め、子供のころは女の子の方がデカイのではないのか、俺の体の中にミニミニ細胞があると言うのか、そんな細胞、むぅ、色褪から受け継いだものなら大事にしたいな、今から八島昌子ちゃんに植え付けて上げましょうかね。

うん、お約束ですから、それは支配の種をどんどんどんどん、世界は今日も灰色ですね、そうですね、俺が女の子になるぐらいの壊れかけた世界ですから、俺は巣食いにきすをしてきすをして、最後にきすをしました、きす、キス、あーどっちでもオッケーなのであります。

「んー、色々と遊べる体に生んでくれた親に感謝だ、なぁ……さて、遊びに行こうか」

しかしどうやって侵入しようか、侵入ねぇ、入り込む、ケロケロの力を使って地面から忍び込むかねー、それが一番安全、蛙を見て即座に殺すような精神を保有している危ない人間はいないだろう、蛙を殺すって事は人間を殺すって事ですよ、なにせ、顔、足、と人間と同じ名前のパーツがありますから、同じ種類です、同じ生き物です、けろけろ、げろげろ、くく。

コガラシ、俺のコガラシ、子供や孫の前で、無茶苦茶にしてあげる、んー親孝行です……ずぶずぶと沈みながらニヤニヤと、壊す事は楽しい事、そうとは思わないけど、親を虐めるのは久しぶりだ、そんな親もいたなァ、してあげた方が喜ぶんだから、してあげた方がいいんだよ?泳いでー、泳いでー、浮きあがりーー、そして庭にー、外はあんなに厳重だったのに誰もいないので再度ニヤニヤ、巣食いは手を繋いでおります、にやにや。

「庭園ー、にわー、おかねもちー、凄い庭、池がある、恋がいる、鯉がいる、恋は違うなぁ、一生巣食いが俺に抱いている感情だもんなぁ、やーい、変態」

「くぅ」

「そんなに凹むものでもなく、つか、こんなところまで、連れて来てごめんねぇ、でもでも、コガラシを本当に虐めたいんだ、どんな遊びをしよう、全部の肉をこまかくこまかく、うん、それは楽しくないや、にゃー、なー」

女の子の声、なので楽しい……こんな風に可愛い声が自分から出るとは幸せな事です、しかし色褪と似た声です、むぅ、誰かが似ていると言っていたけど、誰だったっけ、まあ、似ているのかもなぁ、色褪曰く一番濃く受け継いだのは俺、気質や血を、ね……でも姿は似なかったから残念、じゃんねん、邪念……広い庭の砂利を踏みしめて思う、池の水面を見てみよう。

巣食いはなんだかぽけーっと俺を見てほわほわ、女の子の俺にくるくると、思考が乱れて真っ赤、肌が白い奴はこんなときは不便なー、可哀相に、でもキスはやめません、同い年で異性で自分なのだから…今はそうなのだから、キスはさらにするものだろうと、そう思うしー。

「鯉さん」

見る、口をぱくぱくさせてます、そこに映る自分の姿、癖っ毛の髪がぼーぼー、真っ黒なそれが体全体を…なげぇ、しかもといてもないからー、これゃひどい、おめめは黒くて大きいです、まぁぁるい瞳、自分で言うのもあれだけど、無邪気っぽい瞳、色褪とは違う、誰に似た?はてはて、でも全体の感じは色褪をより"普通"にした感じ、でも癖っ毛でぼーぼー、幽霊見たいですねー、肌はそこそこに白く、唇はぴんくー、沢山食べますから健康です、ふむふむ、ふむふむふむふむ、服装は変わらず、肩が出たままで、安いサンダルを履いています…だらしのない幼児。

全体的に残念な幼児だけど、可愛い事は可愛いです、俺が女の子で幼かったら、そんな可能性、まあ、自分がもうなんなのかよくわかんないしな、どれが本当の自分か、そんなものはどうでもいいのですー、俺はその時の俺が俺であるので俺なのです。

「巣食い、どよ?」

「か、か」

「かいざー」

「違うっ、その、かわ、いい、です、はい」

当初のツンツンした人格は既にほぼ崩壊なので、そうかそうか、異性の男の子にそう言われたら素直に嬉しい、変身したかいがあります、今度からは色んな姿の服を買わないとな。

少しだけ楽しみが出来ました、巣食いがちらちらと俺の様子をみるのが、ね、気になる、思考を読んでわかってはいるけど、男の俺も好きだけど、女の俺も好きとはねぇ、すきすきばっかですなー巣食い。

「いい子だな巣食い、でも素直さだけで俺の気はひけません、行動してください、にゃー、ねこねこーこねこ、じゃりを踏みしめてぇ」

ミミズを探して餌として鯉にあげようと思いました、頑張ります、げしげしと、地面を踵で、でもサンダルなので無理、無理、つか幼児の体よぇぇぇぇ、幼児の俺の力残念すぎます。

土はほれないし、疲れるし痛いし、子供は無限のぱわーを持っているんだと、そう思っていたのに、裏切られた、裏切られまくりました。

「うがー、ミミズなんてどうもいい!くそぅ、ああそうだ、ミミズと同じくらいの優先度で、そうそう、この家の人間さんを、面白くしてあげるんだ」

「バカな事ばっかりしているから、恭輔、ほら」

お尻が汚れる事も気にせずに、地面にぺたんと、うぁー、座っていると巣食いが手を差し出してくれる、うい、これは、これはえすこーと、おとこのこなのなー巣食い、いや、俺もそうだけど、

今は女の子なので、幼女なので、手を取って立ち上がる。

「俺の感では、息子としての、娘としての感性がびんびんと、反応して芸術を描いていますー、こっちです、絵画じゃなくて芸術ってとこが、病んでるなぁ俺…とにかく、こっち、こっちにコガラシと、それに似た血のにおいがする、ふんふん、集まって何をしてるんだか」

「ひ、引っ張るな!こら、恭輔ぇ!」

「巣食いは無視ー」

俺の事が大好きなら大人しくしてろよ、巣食い。



[1513] Re[94]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/28 11:06
人間は嫌いだ、うねうねと体毛が生えていて、うねうねと、肌は垢と油でぬれていて、うねうねと、ミミズやウジ虫の様に、俺の心を惑わして生意気なのだ、俺の方が生意気です。

女の子の、幼女の姿は想像したよりも敏感で、感性が豊かで、俺の精神の範囲を大きくこえています、壊れます、俺と言う世界が、にゃー、みゃー、なー猫ですのにゃん、矛盾。

廊下で出会った、コガラシの孫である少女を、大人がいない事を確認して、部屋に連れ込み、壊しました、俺の異端の、血をどくどくと、いやいやと、首を振る少女に、うっせぇ。

飲ませたらすぐに依存して、お前はカスだな、クズだな、畳の部屋で、色々と遊んであげました、巣食いは"全てを"遮断させてそこにただいるだけで、資格も奪いました、ざまぁ。

少女はコガラシの直系で"死飼うきもち"…誰かと似てる、まあいい、お前に個性はいらない、瞳も"いつも"おかしな曇り方、髪は蒼く、瞳も青く、肌は褐色、小学校でアスレチック部、しらん!

壊して遊んで依存させて瞳を舐めて少し腕を裂いた、部屋にあるハサミで、痛がったけど、痛がって泣いたけど、唇を唇で塞いだら黙った、うっせぇ、泣くな、コガラシの偽物さん、歓喜でぴくんぴくんと、彼女の親は他のコガラシの子と一緒に会議中ー、ふふん、じゃあ、両親を殺してくれる?って思考するとハサミを持って頷きました。

自分の血でぬれたハサミでこくんと頷くなんて、こくんこくん、死飼うきもちはいい子ですね、死を飼いますね、だから腕を何度か刺して、右手を使えなくしてあげた、死なないよね、死んだらやだもん、俺が望むもん、望むものは叶うもん、叶わない相手でも叶うもん、敵うだけど、どっちでもいいもん?いいもん?正義、俺は正義。

「しかうきもちは、あるじしゃまの、ひゃう」

「玩具でいいけど、可哀相に、かわうそー、女の子の姿の俺に、幼女の姿の俺に幼女はおかされましたぁ、感じにしないと、漢字にしないと現状はふめーい、裸でムニムニの体を、ぷにぷにの体を、震わせて、俺の言う事を聞くんだよ死飼う、その体内に、俺の遺伝子があるならねぇ、ねぇ、にゃう、くひ、死飼うきもちは俺の事が大好きか?」

裸で震えるなんて死飼うきもちはださいなぁ、ださい、行儀を知らずに、こんなお金持ちの子供なのに、直系なのに、親が眼を離したすきに俺に"おかされて"ふひんと震えて、おバカじゃないか。

子供だからって油断したならバカ、ばかしゅぎー、俺はいつでもそんな対象を探していますから、そんな幼女は見逃しませんから、黙ってびくんびくんびくん、こんな風に全裸で白い裸体を畳みの上で踊らせなさい、俺の為に親や親せきを騙しなさい、死になさい、俺への愛情をこんな幼い内から理解してしね、しねよばぁか、おばかちゃん、にひひひひひひひ、くひぃぃ。

「と鳴けば、狂人ではない」

「ひゃう」

死ねと誠意を込めて、殴ります蹴ります蹂躙します、ちゃんととびらはしめてー、いやいやいやと逃れようとするならば、非力な腕で何度も殴ります、はんざいにゃー、でも、彼女の血が望むなら俺は役割を果たします、死にます、死ねます、死んじゃえばいいです、こんな脳みその皺に冬眠途中の蛙がびっしりと住み着いている少女、にゃー、けろー、あひん。

褐色の肌はいくらでも汚そう、そして泣いている瞳は幾らでも潰そう、そこにミミズを何匹も住まわせて、幸せ空間を作り出してもいいのですー、お前は俺の行為に震えて、コガラシを陥れる道具になればいいのです、体の凹みにいちいち汗と涙と血と"せいてき"なものがたまる、もっと平面でいてください、そんな存在でいてくださいにゃーねこねここねこ、わん。

「死飼うきもち、俺の為に、お前が尊敬する、コガラシを殺せますぁ?殺せるよなぁ、にゃー、わん、けろ」

「あるじしゃまぁ」

「うっせ」

蹴る、幼女を蹴る、さっか、サッカーボール、作家玉ー、いいじゃんか、苦しんで苦しんで苦しんで、大人になる前に俺を覚えてぇ、勝手に主様と呼べばいいだろうに、いいぞぃ。

裸で作家ボールに、サッカーボールになる運命だなんて哀れです、スポーツに支配されてます、文学に支配されてます、それはそれです、しろいはだはー、おいしそう、うん、うまい、肩を"何度も"噛んで捕食しました、絶叫と絶叫と血と鼻水と涙と汗と汚物と、うっせ、うるさい、俺の親から生み出されて、ここにいる癖に、俺の方がコガラシの"気持ちや気質"をちゃんと受け継いでいるのに。

血から読み取ると死飼うきもちは、学校で、小学校で風紀委員の委員長をしているみたいです、うまれてから、真面目で今までやってきたみたいです、なのにこの仕打ち、ありゃりゃ、可哀相な愚図な人生ですなぁ、俺はより愚図だから上の愚図を食べて生活する人間ですがね!がねー、かね!金!

幼児らしい、少しぽっこりなお腹を踏んで踏んでー、喜ぶからなぁ、これは遊びです、俺は、俺はぁ――笑えるのですよ、人生はこんなものですと、異端に生まれたんだろう、珍しく、少しだけコガラシの気質を継げたのだから、俺をアイシテアイシテ、こんな風になるのは当然です、当然なんだよ、もう家族も友達も親友も捨てて俺に依存するんだよなぁ、にゃ、にあ。

「と、能力路線、暴力路線は勘弁ですので、いいぞ、死飼うきもち、甘えても、と言っても好きか、愛しているか、俺を」

「にゃ、にあ」

「俺の台詞だぞ」

糞尿を垂れ流して涎と鼻水でまみれてぇ、甘える姿に興奮します、8歳ぐらいの少女、親とコガラシに挨拶に来た少女、挨拶をして繁栄を願う家族、でもね、子供だから隔離されて遊んでいなさいと命令されたんだよねぇ、ね、だから俺に捕まりました、"ねぇ"って語尾につけると悪役になりますから、是非とも回避したいです、くちゅくちゅと、コガラシの出来損ないの可愛い幼女を遊びながら思います、素直に思います、思ったりするのです、俺の姿は幼女なので幼女と絡んで、あ、それはそれ、無限の歪みなのですよ、はやく、はやく、言いなさい。

「こんなに、異端の血を受け継いでおきながら、たやすいなんて、軽くて安くて幼くて、お前は駄目だな、死飼うきもち、駄目な子」

「あるじしゃま、あるじしゃま、あるじしゃま、あるじしゃま、あるじしゃま、あるじしゃま、あるじしゃま、あるじしゃま、あるじしゃま、しゃま、さま、あ、さまぁ」

大きな涙がぽろぽろぽろ、涙がぽろんぽろん、そしていつかまた会いましょうではなく、これは撒き餌なのでしっかりと舐め取ります、俺せんよーかよ、そーなのかよ、じゃんねんかよ、じゃねんじゃねん。

「俺の為に、全ての親戚を、この家を消せますか?」

「あるじしゃまが、のぞむ」

「そうだな、望む世界ですねぇ、お前は俺の為に生まれたな、どんな立場になりたい?母も、子も、姉も妹もありますけど、あるぜー、余ったのはパパとか?」

「おとこのじゃにゃいです」

弄る、全身を、畳の上がみずっぽい、きたない、汚い…どうしてもそんな風に感じてしまうが、これも俺の一部になるのならねぇ、底で揺れている、そこで揺れているものをつかむ!

がしっっ、いい音、ふむ……姉、妹、母はありますからねぇ、女の子ですからねぇ、ねェ、脳みそを弄って遺伝子を弄ってそれより高位の情報を弄って、願う、手ですねー。

「お前は俺の右手な」

「はい、はいぃぃぃ」

一番使います、一番大事です、しかしこの子の情報を感じる、読む、真面目な委員長タイプなのに、俺の親戚である事を呪いなさいな、ん、一番よくつかってあげゆー、差異を除いて、沙希を除いて、他を除いて、今のメンバーは大好きだから仕方ないよね、でもこの家を壊すいいカードにはなる、なるんだよ、下らない、悶絶した顔で舌を宙に踊らせながらぴくぴくと、涙と鼻水を舐めとってさ、異端の孫らしい、整い過ぎた顔を覗き込んで笑い、阿呆と笑う。

「うるさい」

「あるじしゃま」

「うっさい」

「あう、あう、あるじ、主様」

「そう、そうだよ、それでいいのに、余計な真似をするな、性的に媚びるな、俺もお前も女なのに、しても無駄だからなぁ、いいぞ、可愛いぞ、ほら」

抱いてやる、くすんくすん、ぐしゅ、なみだなみだなみだーで鼻水をすすります、鼻の頭が真っ赤で、仕方のない奴だ、これから親戚を全て"おかしくする"義務があるのに。

優しくしてやろうと願うのに、右手だからなぁ、普段、良く使いますから、多少は大目にみてねー、でないと、俺の右手たる意味が皆無ですから、無かったら困るだろう、なんにすればいいんだよ、この一部。

「死飼うきもち、俺への気持ちを呪縛にして、んふふふふ」

こいつを使いましゅ、この家をぶっ壊して親を泣かせます。



[1513] Re[95]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/29 09:44
当主であるコガラシの言葉で言うならば孫…………玩具にも"消耗品"と"宝物"がある、前者は使い捨てられるかわりにその親に恩恵を、後者は大切にされるかわりに永遠にコガラシに付き合わされる。死飼うきもちと呼ばれる孫である自分は後者で、今日も今日とて彼女の遊びに付き合わされ、傷ついて、痛めつけられ、それでもあははと笑った。

消耗品は体を遊ばれる、コガラシは人間の体で遊ぶのが大好き、人間で遊ぶ事しか知らない、それが血縁なら尚更で、自分の様に彼女の能力を何も受け継げなかった存在ですら満足に……幼い時から、今に至るまで、消耗品と呼ばれる存在は自分だけだ、自分が生きている間は自分が消耗品、両親が媚びた笑みを浮かべて自分を差し出したのを見て、吐き気と眩暈と嫌悪がした。

そして遊ばれ蹂躙され、時間が来ると両親がやってきて"回収"した、何処かに行ってなさい、コガラシ様と大切な話があるからと…お金のお話?今日は頑張った、学校から急に呼び出されて、そして遊ばれ、『子供は何処かにいってなさい』と言われて、子供では出来ない役目を果たして親に矛盾した事を言われて、庭を歩きながら、少しだけ泣く。

自分とは違う"宝物"である昌子さんに会った、彼女も呼び出されたらしい、自分の両親との話が終われば次は彼女と遊んで、またその親と恩恵について話して…昌子さんはまだいいです、体も遊ばれる事も無く一生大切にされて過ごすのだから、それに引き換え自分は何だ、生まれた時から彼女の奴隷としての役目を与えられ、それを甘んじて受け入れている。

理不尽な両親、理不尽な当主、理不尽な家柄、その全てに苛立ちが無いかと言われれば、それは違うだろうと……でも自分には、それに逆らう程の勇気も、抜け出そうとする努力も皆無なのだ、なにより、両親、そして当主を怒らせたと思うと怖くて怖くてたまらない――こんな自分は、何も運命に逆らわない自分は、最低だなと少しだけ、思考して、やめた。

「……」

小石を蹴る、右手は使えない、長期によるコガラシの遊びによって"破壊"された、二度と動かず、二度と意思を必要としない……固定されだギブスの上を左手で撫でる、これでは部活も満足に楽しめない……体を動かすのが好きだとコガラシに言えば、この仕打ち、この屋敷から外に出れない彼女にその言葉は禁句だったのだ、だから腕を奪われた、全てが奪われて、自分は何を求めるのだろう。

「くだらないの」

右腕を使えなくしたコガラシも……コガラシに右腕を壊された自分も等しく下らない、学校では風紀委員としての任に励んでいるが、皆が自分の言う事を聞くのもこの右手の事があるからなのかもしれない、何かを失ったものに、他者は優しい……大人たちも、子供たちも、その優しさが一番憎く、気持ち悪く、現状を打破できない自分が最も気持ち悪い。

世の中なんてそんなものだと語ってみるか、冗談、冗談だろうに……しかし、これ以上、コガラシの遊びに付き合っていたら自分は四肢の全てを失って、なにもかもを失って、死んでしまうのだろう、自分が今更消耗品から宝物に格上げされるとは考えにくいし、それはそうなのだろう―――消耗品にも劣る"使い捨て"と呼ばれる存在、孫もいるらしいが、いまだに見た事は無い、この家はコガラシを飼育する為の鳥かごなのだから。

「……っ」

膝を抱えて庭の隅で、泣く、一度泣いてしまったらポロポロと、ポロポロと涙があふれ出た、古い因習を断ち切る様に声を堪えて、体を震わせて……なんで昌子さんはあんなに大切にされて、自分はこんな風に全てを奪われて、こんな人生なんてないほうがマシだと、誰でもいい、悪魔でもいい、メフィストでもなんだって、その話を聞いてあげる、どんな辛い事だって耐えて見せるから、この家から、逃げ出す為の手段と勇気を与えてください……コガラシを憎いと思いながら、親を憎いと思いながら、媚びて従うだけの人生に終止符を!

「泣いてるな」

幼い声、自分と同じ年頃の少女の声、最初は気のせいだと無視した、この家にいる者、外で働いている者、その全ては脳内に刻まれている、そのどれでもない声に、錯乱した自分が生み出した幻聴だと、それでも何度も何度も『おーい』と…ここまで俗物、ここまで程度の低い、お間抜けな少女の声。

「助けてあげよう」

幻聴のはず……だった。




再起動です、蹂躙され破壊され、一部にされ、そう、何もかもを取り戻し再起動、主様が"なぞった"コガラシの遊びは、普段に比べ物足りなかったが、コガラシはコガラシで主様は主様。

閉め切った部屋で、にやりと主様が微笑む、い、急いで服を……右手が動く感覚、ハサミで腕を引き裂かれ、主様の血を流しこまれた、コガラシは遊びで自分から右手を奪い、主様は自分に再び右手を与えてくれた、そしてお前が俺の右手だと、何度も言ってくれた、この部屋に無理やりに連れ込まれ、コガラシがする遊びを読み取られ再現され、同じように蹂躙し、与えてくれた。

「ふふん」

「あ、あの」

「コガラシ、面白い遊びで、んー、残酷で残忍で、流石俺の母親、成程、成程」

少し癖のある髪を体に纏い、その表現は正しいか?否、正しいはず……本当に容姿を気にすることなく、のばしにのばした癖のある髪、濃い色合いを持つそれは体に纏わりついている。

不潔とは思わない、何処か自然な姿のそれと美しい光沢がそれすらも、黒い瞳は大きく、何処か"へにゃ"としている、同い年に見えるけど、違うと、情報が伝わって来る――繁栄の為に自分を差し出す両親が憎いかと、遊びと称して先程のように蹂躙して右手を奪ったコガラシが憎いかと。

「憎い……のでしょうか」

「わからないかー、今、巣食いがコガラシの居場所を探ってるから、知らないんだろう?」

「あ、はい、いつも目隠しをして部屋まで、コガラシの場所にまで自由に行き来できるのは長老の連中と宝物の昌子さんだけです…自分は消耗品なので、遊ばれるだけです」

先程のように、しかし、主様が右腕を傷つけ、血を流しこみ、新たな生を得た右手を動かし、実感がふつふつと、これなら何でも出来る、この家を抜け出す事も、壊す事も、古い因習を断ち切る事も、八島の家を……自分はどうしたいと、疑問を、突然自分と契約した悪魔は美しい少女の形をしていて、死飼うの右手を再生するかわりに、死飼うそのものを自分の右手に変質させてしまった。

畳の上を拭きながら、愛しさと行為の恥ずかしさと、コガラシと同じ"遊び"なのにその違いについて深く思案し、彼女を愛しいと思う心を植え付けられた事を、また笑う。

「コガラシのものを一つ貰ったな、大丈夫、大丈夫、俺の一部は俺の一部だから、二度と返さない、ついでにぶっ壊します、この家を、もう、壊すのです」

「主様、失礼」

別の布で体を拭いてあげる、死飼うの思考を読み取って"そのままコガラシ"になった主を、境界が不安定なのか、コガラシを自分にしたいのか、全てが不明だけど、それでも、コガラシにされるような嫌悪感が一部になる前ですら無かったのは、自分が無気力で抵抗をしなかったからなのか。

「死飼うは真面目な、死飼うきもち」

「そうでしょうか、ばんざいして下さい……自分と契約した魔性の方にそんな風に言われるとは思いませんでした」

「あれがコガラシの遊び?あの、えと、俺を虐めてるあの、名前」

「昌子さんは違いますよ、今も"遊び"に付き合わされているはずですが、いつもそうなのです、消耗品の後は宝物で遊ぶのが恒例と言いますか、えと、死飼う達は暇つぶしで彼女は本命ですから」

昌子を恨んでいるのかと、意識が――彼女も彼女なりにこの家に支配されているのだから、自分と違う遊びに付き合わされるのは別の意味で苦しいだろうし、そう思わないと自身の精神が保てないのだ。

突然自分を襲った少女である恭輔の考えや記憶は既に全て理解出来る――なんと、いい加減な、少しだけ苛立って、彼が、彼女が癒してくれた右手で頬っぺたを強く引っ張ってみる。

「いひゃい」

「死飼うは、計算が得意で人を見る眼があります」

「ひゃい」

「と言うのも、こんな境遇で人の眼を、暴力を振るわれないかを観察する人生でしたからね、計算が得意なのは純粋に数学が好きだからです」

「ひゃう」

「主様の記憶を読めば"差異さん"が全ての決定権と、時には主様にすら意識の誘導が出来る御様子、主様がここ最近、能力にのまれているのも、彼女の意思が強いです」

主様の中を紐解く、簡単に言えば主様=差異さん>その他の一部………まるで他の一部とは扱いが違う、読めば読むほど、彼女の存在が、意志が主様の精神を侵食している。

勿論、差異さんに悪気はなく、その侵食する権限を与えているのは主様だ、取り込まれた自分が言うのもなんだが、本来自分は主様に取り込まれるような一部では無いのに。

取り合えず、数で埋めて埋めて、主様を"変質"させるのが目的なような気すら、新しい遊びを覚えさせて、より一部を取りこませて、一度会って話がしたい。

「なのでこれから、主様の一部の選出や能力の発現には自分を通させていただきますので」

「?ひゃい」

思いの外ぷにぷにとしたほっぺ、主様は別にいいよと素直にその権限を死飼うにくれる、差異さんとは違う権限だが、差異さんが決めた事を自分を通さないとかなえられない様にする。

右手は一番良く使われる一部、主様の利き手だ、この家に縛られない新たな地、新たな関係でポジションの取り合いは大事です、死飼うは……右手を与えてくれたこの人を、壊したくない、コガラシのような存在にしたくない。

「は、はにゃして」

「あっ、すいません……」

「痛かった、むぅ、まあ、コガラシの真似事をした時、死飼うもっと痛かったろうし、仕方ない」

すぐに死飼うの記憶のコガラシを再生したのならば、それはやっぱり親子なのだろうと思う、しかしこの家の連中がコガラシが育てた異端の青年がいるなんて知ったらどうなるかと思うと少し怖い、彼等は異端の力を欲して手に入れれなかった、なので消耗品と呼ばれる出来損ないの孫を差し出す事でコガラシの興味をひき、この家に縛り付けているのだ。

あのときの主様は本当にコガラシと"同じ"で、血を継ぎながら彼女の本質を継げなかった自分たちと、育てられその本質を受け継いだ主様、家の者が嫉妬するのは十分な条件だろう。

「大体こっちのほうに、いるのはわかるんだけどなぁ、コガラシ、俺に内緒で家族を形成して、遊びとか遊びとかして、"俺"の死飼うで遊んで、おしおき」

「あの」

「おしおきだな」

それは良いでしょう、自分もこの家に恨みがある、今はこの人の一部になりこの人の力が使えるのだから――だけど、一部になって八島から解放されて、消耗品から生まれ変わって、右手を与えられて、ある程度、満足してしまった自分がいるのも確かなのだ、憎しみだけが残っているが、どうせそれはこの人が叶えてくれる、壊してくれる、八島の家を。

「死飼う」

「はい」

「………宝物」

ぎゅとされて、ああ――死飼うが今度は、管理する側なのだと、この人を、管理して壊さない様に……初めて守る者が出来た事に、涙した。



[1513] 外伝・境界崩し(ちょい未来編)01『4期の2番手はみぃ』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/04/30 09:26
知り合いの少なさは、本当に、自慢できます、あれ、自慢じゃないよ。

そんな暗いことを思うのはあれだ、携帯電話に親戚やらからのメールしか届いていないときとかだよね。

本当に、死にたくなります。

「って、死なないけど、なにこのメール数」

親戚からのメールは見た後に即効に消すのは自分の自尊心を損なわせたくないから、ほら、虚しいし。

消してみたらさらに虚しくなった、しなけりゃいいのに、俺。

「しかし遅いなぁ」

…俺が"遊ぶ"と言えば大体だれかは悲しいことに決まっている、決まっていると言い切れるのはやはり俺に知り合い、普通の友達がいないせい。

携帯電話の充電が切れてきたことに舌打ちをして辺りを見回す、カップルとか、カップルとか、カップルとか、幸せな空間。

おぉ、俺にはいないよ、うん、もちろんながら……噴水の前ってどうしてこんなにカップルが多いのだろう、子供連れの親子があと僅か。

うん、その人たちだけが俺の心のより所……気持ち悪いことを考えながら、頭を抱える。

「くぉら」

ゲシッ、座り込んでいたらまったく容赦なしに頭を蹴られる、みっともなく、そう、バランス能力が壊滅的に悪いと本人すら自覚しているぐらいの俺は。

無論、顔面から地面に突入、まわりのカップルさんたちからクスクス、子供連れの人からもクスクス、大いに笑われて、赤面。

なんだか地面に突っ伏したまま、顔をあげたくない衝動に襲われる、絶対に、絶対に顔をあげたら俺は傷つく!

「何をしていやがる、ほら、さっさと起きんか、このバカもの」

「……やあ、クソガキ」

とりあえず抵抗を試みたが、なんに抵抗しているかは自分でもわからないけど、髪の毛を掴まれて強制的に持ち上げられる。

あってはならないでしょう、こんな光景。

「あははははは、間抜けで不細工な顔がさらに酷くなったな、いや、マシになったか?」

「……痛い」

髪の毛がブチブチと抜けます、将来に向けて貯蓄しているのに、ハゲるのは嫌だ……でも、スキンヘッドはかっこいい、なにこの矛盾は。

「…どうした、江島、こんな年下のクソガキに待ち合わせ時間を2時間も無視された挙句に髪の毛をぬかれて、嬉しいのか?」

「嬉しいわけあるかっ!」

パシッ、振りほどいてやっと地面から立ち上がる、おえ、口に少し入った砂利を吐き出すと、辺りの人たちが嫌そうな顔をした…すいません。

「ほうほう、俺様からの、愛の攻撃が嬉しくねーのかきさまは」

「いま、攻撃って言ったじゃん!てか、やめて、本当に……見た目年下のガキに頭踏まれたりしてる図は、さすがにやばい」

「踏んではいない、髪の毛を抜いてやっただけだ」

「それもよ!」

向き直る、目の前にはこんな肌寒い季節なのに、ブカブカのシャツ一枚というある意味、少し痛い子が立っていた……シャツが長すぎてズボンの有無が確認できん…。

…名前は、「おまえ」冗談でもなんでもなく、こいつには名前が無いので、「おまえ」としか呼べないわけで、色々な理由。

金色の、光を反射している髪を無精に肩までのばし、手入れの行き届いていないそれは少し癖のあるものだが不思議と不潔な感じは受けない。

肌はやや褐色ががっていて、とても健康的な色合いをしている、ツリ眼で、人によってはそれだけでお近づきにはなりたくないような獰猛さをかもし出す黒い瞳。

やや太い眉が意識の強さと言うか、我の強さをかもし出している……んで、俺より頭三つ下の位置にその端正な顔がある、そいつが……”おまえ”。

女ではなく男らしい、うん、体つきはしなやかそうで、でも、どちらにでも見える、子供だ。

「しかし手痛い歓迎だな、オイ、今日こそお前の名前を教えてもらうからな」

「ふふん、出来るかな、阿呆で、バカで、臆病で、嘘つきで、最低なお前に、出来るかな?」

「……今度から半分にしてその羅列」

改めて人に言われると実感できる自分のあり方、あれ、本当に最低じゃないか俺………そんな最低な俺に出会い頭に蹴りをいれるとは。

お前は本当に悪魔か。

「おらぁー、なにをしているバカやろう、いくぞ」

腕を掴まれて引っ張られる、そう、体温がこいつは低くて、この瞬間が少し好きなのはここだけの話だ。

「仲良しみたいだな、コレ」

「バカやろう、お前が俺様のペットで、俺様は飼い主だろう」

「……お前が、むちむちなお姉さんなら……人生ままならねぇ」




あっさりと、そう、カラオケに行ったその瞬間にこいつの名前がわかりましたともさ、ええ。

『ミィ太』と書かれた、カラオケの受付の用紙、おまえが書いたわけだから、本名なのだろう。

こいつは嘘を極端に嫌うので間違いなく真実だろう、俺が半年もかけて知ろうとしたのは、その程度のものだったのか!

受付のおねーさんにフリータイムでと言いながら、どんよりとした気分に陥る、ミィ太は気にしないのか、俺の腹をぺんぺん叩く。

ドリンクを注いだうえにトレイに乗せて貴様が運べ糞虫が、とちゃんと伝わってるから、急かさないで欲しいです。

こいつは……本当に我侭だ、夜の公園でたそがれるのって、なんかカッコいい…そんなかっこつけな俺の前に、突然現れて。

『友達になれ』とは、理不尽。

そしていま、首を絞められてる、子供とは思えない力で、ギリギリ、喘ぐかのように、部屋に入った瞬間、ハイエナのような身軽さで。

馬乗り首絞め、圧迫死。

「名前がばれっちまたなー、俺様どうしよう」

……よくよく、見上げてみれば半年前に出来た友の顔は桃色に染まっていて、えらく、卑猥だ、口元から淫らな何かがチロチロと。

ピンク色の舌。

「…救われるとどいつもこいつも言うものだから、会ってみて、可愛いガキだから俺様はびっくりしたぞ、名前ばれなかったら、よかったのにな、あつー」

ブカブカのシャツを脱ぎ捨てると、褐色な艶やかな肌、煌々と、瞳が、肉食獣のそれとまったく同じ、違いなんてありゃしないよ、こいつは肉食獣。

ミィ、ミィ、ミィ太、名前は可愛いのに、俺を殺す気持ちで馬乗りになってる、内心は紅葉のような可愛い小さな手だと思っていたそれから、赤い真っ赤な爪がのびる。

「なぁ、下僕よぉ、俺様だけのものになろうか?そうしたら、殺さなくていいし、俺様より"危ない"異端に告げ口もできなくなる」

すっと、力が緩む、表情も緩む、野性的で丹精で、まだお子様なその顔が愉悦に歪む、折角持ってきたドリンクが床一面に広がる。

狭い部屋だ、床に広がったのはメロンソーダー、気色悪い、薄気味悪い空間をさらに演出する。

「いや、その、言っているわけがわからないんだが、スキンシップにしては、殺しにはいってないか…」

「安心しろ、俺様の素敵な、精神破壊、肉体改造、情報入力の力で、そんなことすら考えられなくしてやるよぉ」

それはごめんなー、嫌だな、絶対に。

そもそも、俺がこいつを疑わなかったのも、友達になったのも、その力のせいなのかぁ、嫌だな、能力者って。

俺の感じていた友情っぽいのを、いとも簡単に断ち切りやがった、綺麗にすっぱりと、メロンソーダの甘ったるい匂いに、思考まで甘ったるく。

「そんなに便利な能力あるなら、自分の頭弄って、俺の友達になれ」

「なるほど、俺様が名前を捨てるのか、うむむ」

それはそれでありなのか、ミィ太よ。

とてつもなく嫌な力を持った親友ができました。

そして、付き合いがこれがら、ながくながく、つづく。

死ぬけど。




[1513] Re[96]:境界崩し
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/01 14:21
何故か泣いた、俺が。

「主様」

頭を撫でられて膝の上で唸るしかない、むぅ、死飼うの感性が俺の感性をびんびんと刺激します、これからは何もかも死飼うきもちを通さないと。

"死飼うきもち"……消耗品なので名字は無く、それが名、だから俺は死飼うと呼びましょう、呼んでみましょう、しかしここまで俺が権限を与えるとは、驚き。

不幸な生まれに何かを感じたのか、冗談、この子は最初から俺で、俺の右手で、その為に活動して来たのだから、人にいいように使われていたのは腹が立つけども、怒るな。

「泣かせたな」

「不安だったのでしょう、だからこそ死飼うをこんな特殊な一部に変質させて……大丈夫ですよ、差異さんの望み通りに"ゼロ"になって差異さんだけの自分になるのが嫌だから、死飼うを用意したのでしょう、大丈夫です、差異さんから死飼うが守って上げます」

「……差異は、俺」

「ですけど、主様が差異さんを溺愛するあまりに、かなりの無茶をするようになってます、それが一番愛される部分の役割かはわかりませんが……過去の情報を主様から引き出せたら一番いいのですが」

過去の情報なんて、狭い部屋と暗い部屋と冷たい部屋でしか構成されていない狂った空間で、そこを死飼うに見せても、それはもう駄目だろう、読み取られているのがわかる。

いそいそと懐から眼鏡を取りだしてつける死飼う……きりっ、成程、コガラシに遊ばれる最中は危ないから外しているのね、成程、成程、畳の上で少女の姿で自分に甘える俺、自分探しです。

おかっぱちゃんで眼鏡ちゃんでおでこちゃんで、るんるん、死飼うきもち、きもちいいー、でもなぁ、ここまで自由にやらせると、自分の意思が混濁してゆく、もう俺いらないしな。

「ここ最近の一部の増加も、差異さんが主に、主様の基準を狂わせています」

「ふーん、そうかぁ」

「だからこそ死飼うが滑り込めたのですが、そこはまあ、一応は感謝しときましょう、過去にも死飼うのような管理者がいたのなら、会ってみたいものですが」

「ないだろう、俺は」

「正直に言います、主様」

見上げる、優しい瞳、大きな瞳、見つめられると少し照れる……眼鏡の人は真面目な存在、真面目な生き物、不真面目な俺とは中々に混じり合いませんので、一部であるのは素直に嬉しいです、なのにどうして俺はカタカタと震えているのでしょうか、不明です。

「主様は、忘れていますよ?」

「俺が、なにを」

「他に、いらっしゃるんですよ、主様の一部、そんなわけがないと今思考しましたけど、忘れているのだから当たり前ですよね、大事な、手より足より大事なものを忘れるわけなんてないだろうと思ってますけど、違うんですよ主様、主様は病気を患っているのです、忘れてしまう、一部を忘れてしまう病気です」

不思議と、すとんと、その言葉が……忘れてるんだ、俺、違和感はあったけど、違和感?――そうともさ、何かを取り戻そうと、いつもすかすかの、何も入っていない体の内が絶叫するんだ。

でもなんだったのかわからない、なんなのかわからない、わからないものを取り戻したくて、美しく綺麗な永遠に幼いそれらを探している、捕まえようとしている。

ざーざざざざ、かんたんなおと、きえかかる、、おれのうちからまた、そのじっかんがきえかかるんだ、だれかたすけてよ、たすけなくていいよ、ああ、どっちだろう、ああああ、わからないのがじぶんならわかるはずがない。

「消えていいのですよ、死飼うがしっかりと覚えています、これが記憶の"禁句"なのはわかって今、ためしてみました、主様が他の一部を、忘れた一部を取り戻そうとするのなら死飼うは……それを貴方に取り戻させてあげます、ええ、彼等は、彼女らは、貴方の一部として今も活動しています、当然です、一部は一部、ずっと昔から、主様もその自覚は"無自覚"にあるのに、忘れている、互いに一部って自覚がありながら主様だけ忘れているのだから、死飼うがちゃんとちゃんと、それを主様に届けます…本当はそんなものいらないと死飼うも思っているのですよ?死飼うとだけ溶けてドロドロにと、でも、主様が望むなら調停者の自分がやるしかないのです」

死飼う、なんだったっけ、何の話をしてましたか?

「死飼う」

「なので、いいのですよ、主様は、差異さんを自由にやらせて大量に一部を取り込んでも、死飼うに自由にやらせて過去の一部を取り戻させても、矛盾ですが……死飼うが愛していますから」

「……思えば」

つい口から、何を言うんだろう俺。

「"ははおや"に最初に否定されて、"あね"はうばわれて、俺は」

狭い部屋で生きて。

「何が欲しかったんだろう」

わからない、ざーざざー、きおく、どれだけわすれてる?

「死飼うが調べますので、安心して、おねんねしましょうね」




おねんねしてるんだがー、してたんだがー、眼が覚めました。

「そういえば」

「はい」

この部屋は普段は使われていないお客様用の部屋、なので誰も来ない、埃もなく、なにもなく、畳だけが存在している、うとうとと、眠い。

巣食いがこちらに向かっている、思考が伝わっている、びんびんと伝わっている、わくわく、巣食いから直接聞かなくてもコガラシの居場所はわかる、巣食いは俺だから、脳みそも同じ。

それでも帰って来るまで、死飼うに右手だいじょーぶと聞くと、優しい顔で頷かれた、慈愛に満ちてます。

「コガラシ、遊びで壊すんだ、腕」

「主様は思考を読まれて逆になさいましたが」

「親子だからなぁ、しかし、こんな狭い世界にいたとは、少しだけ哀れ」

正常化される意識は気持ち悪くて嫌だけど、死飼うがいるだけで大丈夫、俺の意識がきらきらと、これはとてつもなく便利、死飼うよーー、能力は無いけれど頭がいいのはいいことだ。

頭が悪い俺をサポート、そんでもって差異の様に自分の才だけて突き抜けるタイプでは無く、死飼うは恐ろしい程の観察眼で全てを見抜く、そりゃ、異端に虐められた一生だからなぁ。

そんな風になってもおかしくない、特にコガラシは色褪と同じく癇癪持ち、江島の特権じゃないのかと、まあ、異端だから似通っていても仕方ない。

「コガラシは酷いな」

「主様は育てられたのでしょう」

「俺は平気だけど、逆に、怒るからな今日、すげぇ怒る、育ての親かぁ、沢山……んー、そこの境界を飛び越えてもいいのかなァ」

「くすくす」

「俺に、コガラシは悪い子だから、俺になって」

「主様、それは、思ったよりも面白いです」

許可です、許可が出たので俺も少しだけ楽になる……死飼うきもち、死飼うはコガラシを嫌っているからどのように壊れるか、みてみたいと思考してるんだけど。

いいのか、禁じられてるんじゃないのか、母親だぞ、お母さん、おっぱいも無い胸から与えられましたうぐうぐうぐううぐ、ですのでー、大丈夫なのだろうか。

会ってみて、それで決めようかな、それでどんな風に壊れるか観察してみよう、コガラシの事は大好きだけど俺にだまってこんな所で死飼うを虐めていたのは許せないかも。

「死飼うは、反対しない?」

「そうですね、これから先、主様が巨大になると、"そこ"を狙って来る輩も出てきますから、強い個体を近くで飼育するのは良い事です」

「俺の母親でも?死飼うのおばあちゃんでも?」

「はい、ですが最終的に、そこもコガラシと相談した方が良いでしょう、物事は何でも相談と経験で解決されるのです」

なんて大人な意見、常に暴走している俺が嫌になるぐらいにきちんとした言葉で、何も言い返せずに、うーうーと唸る、しかし本当にこの体、色褪と同じような声。

俺が幼くて女だったら、色褪か、色褪に見せてあげたいこの姿、ふごぉとか言って喜びそう、ああ、興奮ね、そうですかそうですかー、そうだ、メールしよう、めるめる。

ぱしゃっ、ぴろろろりん、届けー俺のおもい、おもいおもいおもい、重い思い――すげぇ早く送信できるから、かるいかるい、なんて、くるくる、面白い事になればいいです。

「しかし、この屋敷は広いけど陰気だよなぁ」

「コガラシの為の飼育小屋ですからね、コガラシの娘……死飼うの母親が管理しているのですが、異常なまでにコガラシを愛していますので」

「ふーん、昌子…さん、とこは?あの人の母親」

「死飼うの母親の姉、長女ですが、さて、どうでしょう、娘をいいように使われて苛立っているのでは……この家を仕切っているのは死飼うの母、次女の方ですよ、ですがやはりそこは次女の娘、死飼うは消耗品で、昌子さんは愛玩用、仕方が無いですが、今となっては心底にどうでもいいです」

コガラシ愛されてんだ、ふーん。

「少しの邪悪さを俺が出しても、大丈夫?」

「横で判断します」

死飼う、きっちり!



[1513] 外伝・境界崩し(ちょい過去編)01『きょうすけとはてなの夏』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/04 11:11
出会ってすぐに、生まれた感情なんてそりゃもう、人に言えないほどにドロドロしていた。

己を創造した主が連れてきたのは、幼い子供で、本当ならその、ドロドロした感情を向ける対象ではないはずだけど。

おぉ、それは例えるならば、愛情やら独占欲やら嫉妬やら憎しみやらその他沢山を、一つの鍋に強引に詰め込んで強火で煮る。

そして真っ黒にこげて残ったもので。

『えしまきょうすけとはてなのかんじょう』と名づけるしか無かった。



青い空が広がっていた、入道雲がその青の色彩の中で自分を誇示し、青空もそれを嫌がってはいない、一体感に支配された風景。

頬に流れる汗を拭いながら、究極的な思考に陥る、夏の清清しい程に色のはっきりした風景に春の過ごしやすい気候、そんな時期があってもいいじゃないか。

「駄目だ、駄目な人の思考だそれ、ハテナ……駄目な人」

もう一度、自分を戒めながら汗を拭う、待ち合わせ場所に待ち人はおらず、だからその待ち人がここに来るまでの怠惰な時間を我慢しないとならない。

「おぉー、ハテナちゃん、ハテナちゃん」

「二回言うな、なんだサザナミ?」

ただでさえ暑苦しいのに、さらに煩わしいものもあるわけで、それは自分の横で缶ジュースを飲みながらベンチの上でゴロゴロしていた。

どこまでも続く長く広い道のど真ん中、コンクリートで補強された地面は貪欲な程に熱を溜め込む。

少しクラクラして来た。

「恭輔くんまだ?」

「……なんでそれをハテナに聞く?……しかし遅いな、本当に」

毎年恒例のお泊りイベント……の迎えを、しているわけなのだが、待ち人はいまだに姿を見せない。

そもそもなんでこんな何も無い田舎のなにもない道のなにもないベンチで待ち合わせなのかはよくわからない。

ゆっくりと、しかし着実に先へ先へと走る雲を眺めながらため息を吐く。

「なにかあったのかな?」

少し不安になる。

「さあ?いいさ、恭輔くんなら何があっても大丈夫さ、それこそ、誘拐とか誘拐とか誘拐とか、ここに来る途中に手頃な”異端”を見つけた融解とか、さ」

蝉の音の中でニヤニヤとたちっ放しのハテナを、卑しい笑みで見つめてくるサザナミ。

何を期待してるのかまったくわからない、ハテナはその程度ではなにも思わんよ、フンッと鼻を鳴らして無視、ん?

鼻を鳴らす時点で無視できていないのかも。

チリーン、チリーン、チリーン。

「「ん?」」

二人してポケーと、なにをするわけでもなく刻を過ごしていると、甲高い音にソレを邪魔される。

なぜかハテナは、それを無視してサザナミを見つめてしまう、理由は簡単、面倒そうに口元から垂れ流していた涎を右手で拭う姿に恥を感じたからだ。

少女としての嗜み云々を言おうとして、口を紡ぐ、言っても無駄だなサザナミには……目を猫のように細めながら、サザナミは音がした方向を向く。

ハテナも同じように。

「きみたち、こんな所で何をしてるんだい?」

「いえ、えっと」

それは知識にあり、実物は初めて見る。

「おぉー、警察の人さー」

ふぁーと、青空に両手をのばしてサザナミはニコッと笑う、容姿はどちらかと言えば、うん、線が細い印象を人に与えるサザナミがそんな風に笑うのはギャップと言えばいいのか?

姉妹のハテナからしても魅力的に見える、しかしながら、ヨダレを拭いきれてなく、不潔だぞ。

「こら、サザナミ、初対面の人に失礼だぞ」

「くくくくっ、ハテナは怒りやすいさ、ほら、警察の人も唖然としてるさ」

少し感情をあらわにすると、犬の尻尾のごとく体に刻まれた蛍色の斑模様が点滅する、犬の尻尾の如くとは、これにより感情の動きがすぐにわかるとのこと。

まったくもって理不尽な体質だ、同じく猫の尻尾の如く、何もそこにあらわれない気紛れな点滅をするサザナミの斑模様、それも理不尽。

同じ細胞から生まれたのに、あまりにプライベートな部分が自分にだけ考慮されてないと思うのは間違いではないはずだ、腹がたつ。

「ほー、都会の人はそんなお洒落なアクセサリーをつけてるんだねぇ、おじさん、びっくりしたよ」

土地柄なのか人柄なのか、ハテナの体に走る紋様の点滅には大して気にした様子を見せない警察の人。

…………こんなに暑い昼時に生真面目に見回りをしてるような人だ、偏見とか、奇異に感じるとか、そんな思考がないお人よしなのかもしれない。

「いえ、えっと、これは」

「ねー、ねー、おじさんはこんな所で何してるさ?」

「おじさんはねぇ、見回りをしながら蝉の抜け殻を集めていたのさ、むしろ蝉の抜け殻を集めるために見回りをしているんだよぉ」

柔和な顔をさらに柔和にしながら”おじさん”は笑う、深いシワの中に見える瞳は本当に優しげなもので少し安心する。

白髪まじりに、深く刻まれたシワの中に大きな、本当に大きな特徴的な瞳、体は少し肥満気味……とは失礼かも、反省。

そんなぽよぽよな身を紺色の服で包装すれば出来上がり、そーゆー感じの人だが、今の会話、少しおかしくないか?

「へー、蝉の抜け殻を集めるなんて、なんつーか、子供なら微笑ましいけど、おじさんがすると異常だよねぇ、気持ち悪いさー」

「はははははは、君たちこそ、こんな可愛い、お洒落な格好をした娘さんが、なにをしてるのかね?」

チリーンチリーン、古ぼけた、しかし無骨で頑丈そうな自転車の上でおじさんは不思議そうに問いかける。

ハテナたちの姿見は表の世界では非常に目立つ、目立ちたくないが目立つ、恭輔くんを喜ばすために見た目美しく生成されたのと、江島特有の人外の、美貌。

自分でそう思うのは気恥ずかしい、そんな見た目の綺麗さや華やかさは心底に人の本質を隠す。

目の前のおじさんの方が、見た目はあれだが、中身は白くて、その横で笑うサザナミの心の中はきっと真っ黒だ。

「待ち合わせさー」

紫色の紋様を僅かに点滅させながら笑うサザナミ、その仕組みを不思議に思ったのかおじさんは少し首を傾げる。

真っ白な肌に紫と蛍色の紋様を淡く光らせながら少女二人が、田んぼが一面に広がるそんな場所の小道で、ポケーとなにをするわけでもなく立っているのだ。

おじさんが心配するのも無理はない。

「へー、おかーさんは一緒じゃないの?」

「おかーさんはいないさー、頭の悪い幼女ならいるけど」

「……言いつけるぞサザナミ」

あれでも母親だぞ、と心の中で付け加える、むしろ細胞の提供者という意味合いでは恭輔くんが母親になるわけだけど。

あぁ、だけど不安が募る、サザナミの前では意地を張ったが、そりゃもう、物凄く心配……今回はこの待ち合わせ場所まで一人で来ると言ったのだから、うぅぅぅぅ、そもそもここまで、こんな田舎で待ち合わせなくてもと思うけど、人目につく容姿の自分たちでは無理な話。

「だって、光るし」

「勝手に思考を読むな、しかし警察の人、やっぱり、その、我々は目立つのだろうか?…初対面で不躾ながら」

「???目立つよ、こんな田舎にいるのは、もうじーさまかばーさまぐらいだしねぇ、若い人はみんな都会に出ちゃったし、君たちみたいな別嬪さん、おじさん見たこと無いよ」

「へぇ、でも蝉の抜け殻を収集してる警察の人もいろんな意味で目立つと思うさー」

紫色の髪を手で弄びながらニィと笑うサザナミ、すべての行動が邪悪っぽいぞサザナミ、猫の目のように細めた瞳で毒を吐くのはひじょーに嫌な、嫌なやつだなホント。

「はははははは、言うねぇー、でもおじさんは一応は世界の平和を守る警察の人なわけで、きみたちがこの田舎の村にいるだけで、事件かなぁと」

「なんでさ」

「美少女には、犯罪が付き纏うんじゃないんだっけ?あれ、おじさんの知識間違ってる?」

何故か胸元の内ポケットに勲章のようにつけていた蝉の抜け殻を握りつぶしながらおじさんは笑う、サラサラと砕けたそいつは熱い地面の上に。

おじさん……初対面ながら少し不気味だ、ふつーの人間のはずなのに。

「エロスさー」

「いや、性犯罪じゃないからねおじさんが言ってるのは」

なんとなしに、この二人は波長が合うようだ、ちなみにハテナこと自分は、このおじさんとは決して合わないだろうと確信。

最初の好感を持てた感じの一瞬で色褪せる、普通の人間にも頭のネジがポロポロと零れ落ちている人種がいるらしい。

本には載ってなかったなそんなこと……やはり書物だけの知識では、わかんないことだらけだ、外の世界に出て初めてわかる。

「別にハテナたちはそんな犯罪なんて持ち込まない、人を待っているだけ」

「いえすいえすいえすさー、でも来ない、何故に?」

「さあ、おじさんに聞かれてもねぇ、おじさんにわかることといえば蝉の抜け殻が沢山取れる場所ぐらいだから」

ポリポリと頬をかきながらおじさんは少し困ったかのように、ハテナ的には、どうしようもないぐらいに頭をはたきたい衝動。

なんだかこのおじさんが来てから気温が上昇したような気がしないでもない、何だか嫌気が差して視線を下に向けると粉々にされた蝉の抜け殻の横で、命を使い果たしたっぽい蝉が仰向けになって暴れている。

蝉の抜け殻の横で蝉が死にかけている。

「おじさんはねぇ、蝉は嫌いなの、気持ち悪いからねぇ、でも蝉の抜け殻は好き、動かないし、死体でもなくて、いいよねぇ」

「下にいますよ、蝉」

「うひゃ!?」

自転車の真下で悶えている蝉をみておじさんは素っ頓狂な声をあげる、それをみてベンチに横たわり猫のような仕草で体をのばしていたサザナミが笑う、けらけらけら。

「おじさんの自転車はね、こーゆー使い方もあるのさ」

くしゃ、途端に冷静になったおじさんは自転車のタイヤで蝉を潰してしまう、体液が飛び散って、形容しがたい色のそいつは地面に広がった。

へぇ、蝉の体液も熱さで蒸発するんだ、なんだか白いもやの様なものが、もやもやもや、この警察の人は多分、無意識で悪魔だ。

無意識で怖いおじさんだ。

「あははははははは、おじさん、蝉の抜け殻潰して蝉も潰して、ホントーに、警察の人さ?」

「いやいや、人は守るけど蝉は潰すよおじさんは」

「それはそれでどうだろう……サザナミ、笑いすぎだぞ、中年のおじさんの奇行を笑うのは中年のおじさんにとっての心の傷になりかねない、何せ中年のおじさんは傷つきやすいと書物に」

「君も君で言いすぎだよねぇ、都会の娘さんは本当に口がうまいねぇ」

「あなたは本当に精神が破綻してますね」

つい、家族に接するような、そんな感覚で気軽に毒を吐いてしまった、おじさんは凹んだ様子も無くまいったなと笑う。

まいったのは地面に広がる蝉の死体でしょと、皮肉に口元を吊り上げながら、さて、どーしたものかと。

なんで恭輔くんを待っているだけなのに、こんな怖いおじさんいに絡まれてるんだハテナは、あれか、サザナミの変人さが変人を引き寄せたのか?

「でさぁ、本当にきみたち、ここにずっといたら、倒れちゃうよ?交番まで来る?」

「嫌さ、理由としては蝉の抜け殻だらけの交番なんか行きたくないさ、あと、交番の周りの地面には蝉の死体が、ポツポツありそうさ」

「はは、よくわかるねぇ」

「…………その腰に差したピストルで頭をぶち抜いたらどうですか?」

「いやいや、これはねぇ、ピストルのように見えて、実は中身は殺虫剤なのさ」

かちゃ。プシュー、田んぼの近くで飛び回っている小さな虫たちが地面におちる。

「あなたの頭にわいている蛆虫をそれで殺虫してください」

なんだかこのおじさんと会話していると生気が吸われるような錯覚を覚える、疲れに疲れた、ベンチに座る。

ギィと軋む木製のベンチ、ささくれ立った表面が少し気持ち悪いけど、まあ、いい。

「おじさん人間だから、蝉は潰してもいいけど、人間の眉間を貫いたら駄目でしょう、警察としてそこは」

「どーでもいいけど、おじさん、ここら辺で、男の子みなかったさ?」

「そう、ハテナたちより、少し幼い男の子」

地面に落下した蝉以外の虫たちも律儀に自転車のタイヤで潰しながらおじさんは目をぱちくりとさせる。

「弟さんか何か?」

「まあ、親戚と言えば親戚さー」

思考の大半を君(恭輔くん)に注ぐ、そして体は恭輔君の一部から作られたハテナたちは、親戚ではなく、彼に依存する。

愛しいとか、独占欲とか、もう、わけがわからないくらいに、大事だけど、でも、親戚でもある。

「うーん、君たちの親戚って、そりゃ可愛い男の子なんだろうねぇ」

「いや、うん、容姿としては、普通、無個性、それこそ恭輔くん」

「こら、悪口を言うな、殴るぞ」

「ケッ、信者め」

唾をペッと、最悪だこいつ……人の目が無ければ殴り殺してるものを、そう、地面で潰された虫たちのように。

きょうすけくんのわるぐちをいうなら、みんな、けさばいいじゃないの。

「そこは殴るぞではなく、殺すぞって思ってる癖にさ」

「クッ」

「こらこら、少女たち、言葉が物騒だよ、それとも都会ではそんなに破滅的で暴力的な言葉が流行ってるのかい?」

「「一部親戚たちの間で流行ってる」」」

声を揃えるハテナとサザナミにおじさんは僅かに頬をひくつかせながら『そ、そう』とだけこぼす。

「じ、じゃあ、おじさんは見回りをしないといけないから、そろそろいくよ」

「蝉の抜け殻探しの間違いさー」

「ふふっ、違うよ、次は蛇の抜け殻だよ」

得意げに笑うおじさん、どうしよう、本当に変な人だった………変な人から本当に変な人に、ちりーんちりーん、おじさんの自転車が高らかに声をあげる。

「じゃあ、さようなら」

「ばいばいさー」

「うん、可愛い女の子と話せておじさん、楽しかったよ、あっ、後ね」

急におじさんは意地の悪い笑みを、汗でテカテカと光る顔が醜悪に歪む…ように見えた。

どうしてだろ、物凄く嫌な予感がする、暑くて、雲は流れて、蝉は鳴いて、蝉は潰されて、虫は殺されて、だってこの人が出現してからの事柄がおかしいから。

「…逆におじさんから質問、交番に、小さな男の子を保護してるんだけど、何処の子か、しらない?」

知ってるよ、多分。



冷房のきいた、涼しい部屋で、一人の男の子が窓際に吊るされた風鈴を眺めながら麦茶を飲んでいた。

カランっと、氷がガラスに身を当てる音。

「きょ、きょーすけくんっ!」

「……あっ」

笑った、それだけで全部、不安も心配も飛んでいって、彼方へ消えた、泣き腫らした、真っ赤な眼。

弱虫だから。

「はははははははは、おじさんに拾われて良かったねぇ少年、こんな可愛いお姉さんがいるなんて、この幸せ者~」

「あれ、たなかさん、ぼくのあげたセミのぬけがらは?」

恭輔くんはおじさんの胸ポケットを指差しながら問いかける、純粋に、何で?と2度問いかけて、おじさんは瞳をスーっと逸らす。

「大地に帰ったんだよぉ」

「え、あ、うん」

良く理解できなかったのか恭輔くんは言葉を詰まらす、子供用ではないパイプ椅子ゆえに足をブラブラさせながら、困ったように。

それをサザナミが抱きかかえながら、頭をポフポフ。

「そーかーー、あれは恭輔くんがあげたのー、でもおじさん、粉々にして、捨ててたさー」

なぜか親戚筋でもありえない程に、狂ってるサザナミは恭輔くんの困った顔や、泣き顔が大好きなので、言わなくていい所に触れる。

その桜色の唇、切り落とそう。

「え、ええ!?」

「安心するさー、それをハテナが踏みつけて、形も姿も抹消したさ、ひどいさねぇ」

「えあ!?ちょっっ、う、嘘だからね恭輔くんっ!あぁ、こいつ!サザナミ!うぅ、な、泣かないで、あぁぁ」

恭輔くんの悲しみは、こちらにジクジクと染み渡っていく、ハテナじゃない、潰したのはこの、中年男性で、なにもしていない。

あぁ、恭輔くんの”触れた”ものを壊すほどに、自分の存在をわきまえない行動は、決してしないから、信じて。

「へへー、うそさ、うそ、恭輔くん、かわいいねぇ、もっと泣いてさ」

「蛍色のおじょーちゃん、冷静、冷酷、冷徹かとおもいきや、そんな風に焦ったりするんだねぇ、おじさん、少し笑える」

「お前ら二人、コロスゾ」

ジト眼で睨み付けると二人そろってはかったかのように明後日の方向を向く、恭輔くんをサザナミから奪い取って頭を撫でてやる。

でも十にも満たないこの肉体では、意外に、お、おもい、前に会った時より着実に、しかしあの当主が一時的とはいえ恭輔くんに会わせてくれる日を設けるとは。

『だって、なつやすみは、しんせきの家にあそびに行くのが、このくにの伝統ですよ?』と、胡散臭いが。

「ハテナ、サザナミ、喧嘩するの?」

いつもの式服ではなく、アニメキャラクターのプリントされた白シャツに半ズボン、少年らしい見慣れない姿をした、見慣れた恭輔くんは不安そうに問う。

「ハテナはサザナミを殺したいけど」

「ぼくはいやだ」

「じゃあ、そうする、殺さない」

「ケッ、やっぱり信者さ」

つまらないと唇を尖らせるサザナミ、そういえば自分たちも普段ではありえない褪せたジーンズに、白いカッターシャツ、女の格好かと問えば。

どうだろ。

「さーさーさー、恭輔くんも回収できたし、そろそろ行くさ」

「ハテナ、ひとりであるけるから、おろして」

恭輔くんの言葉は疑わしい、そう、彼は迷子になったから、その言葉は信用できない、信用したらまた迷子になるから。

ずっと、はなさないようにしよう。

「病的だねクールなおじょーちゃん、さあ、ここは健全な場である交番なわけだから、病的な君たちは、さよならだね」

おじさんは強くハテナが恭輔くんを抱きしめたのを見て、下卑た笑みをした。



[1513] 外伝・境界崩し(けっこー未来編)01『タローとの結婚生活』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/04 10:23
とんとんとん、ありがちな音、ありがちな日常の音、俺は眠気を引きずりながらも瞳をしっかりと見開く、覚醒する。

見慣れた天井、慣れた感触の枕、手慣れたリズムで野菜を切る音、そのどれもがここ数年で俺に染みついたもので、俺は普通の幸せに浸って余韻を楽しむ。

この世界に人間は三人だけで、この世界に暮らして7年になる、まわりやルイルイといった子供たちが外の世界で楽しくやっている事だけが生きる喜びだったのに、今は幸せがこんなに近くにある。

「むぅ」

幸せなのにそれを何処か恐れる自分がいる、色々な経験をして自分の異常性も、世界との付き合い方も少しずつ理解している、手を宙に、黒いチェーンのようなものが何重にも巻きついている……姉さん特製の『境界封じ』……これのお陰で俺は一部を求める心を失っている、"四期"以降の発生は封じられている、いつかそれが解放される時、俺は狂うらしい。

それこそ世界の終わりを求めるまで、だけれど、それが一年後なのか百年後なのかはわからない、そんな不安に心を押しつぶされて日々を生きるのなら、こうやって楽しく日々を過ごして生きる方がいいと思う、現代の世界では中々に見慣れない純木製で構成された部屋や調度品を見ながら、ここで死ねたらと本心で思う。

「起きたか?」

「タロー」

お嫁さんである、色々と過程を吹っ飛ばして家庭を構築してしまったお嫁さん、昔は短かった髪もすっかりのびて、今はポニーにしている、馬っ娘め。

妊娠している最中は髪が荒れるから一度のばした髪を切らないといけなくなって、すっかり凹んでいたからなぁ、使い魔の渾沌が尻尾をぱたぱたさせてタローも尻尾みたいな髪をぱたぱたさせて、面白い事だ。

俺は江島の血で老け難く、力を封印する前にまた十代に再構成したから今でも17歳ぐらいの肉体年齢である、流石に幼児の姿になって過ごすのはもう面倒だ……やはり一番長い時間を過ごしたそこそこの体の方が使いやすい、タローはタローで魔術的な要素、渾沌と呼ばれる混沌の塊の影響で歳を取らない、若い夫婦、タローはその体質のせいもあって13歳ぐらいの少女に見える、俺の胸の高さぐらいしか無いしな身長……今はゆったりとした黒いローブにエプロンを付けて料理中、なんでも召喚士の正装だから基本はこれで通すらしい。

夫としてはさびしい限りだ、まあ今にいたるまでの過程を考えれば仕方ないが化粧も知らないしお洒落もしらない、ローブじゃない時は男ものの服だし、それでも素が可愛いから何でもいいんだろう、夫の客観的な見解である。

「な、なに、そんなに見るなよ~」

「いや、結婚して子供も出来て、なのに働きもせずに養ってもらって7年、探偵をしていた頃が懐かしい……」

「内包世界では日々を生きている事が仕事じゃんか」

タローは大きな黒い瞳を瞬かせて、それだけを呟いてぱたぱたと台所へと戻って行く、成程、確かにこの世界は油断したら凶暴な幻想とかに食われる世界、日々を生きているだけで評価されるのか、この世界で育ったタローが言うのならそれが正解なのだろう。

俺はベッドから立ち上がりいそいそと着替えをはじめる、タローが気を使って用意してくれた服がベッドの横に畳まれている、ポロシャツに半ズボン、確かに今日は暑いし、人目もないのでこんな軽装でもいいけどさ、シャツに『嫁・命』と書かれたそれに悪意を感じる、タローは人を縛りつけないが、俺の生来の異常性をきちんと把握しているので浮気を絶対に許さない、むしろ浮気をしたら横にいる渾沌さんにしばかれる、『タローを泣かせたら死ぬまで甘噛み』をするとまで言われた、甘噛みで殺されるのは嫌だ。

はぁ、携帯電話を手に取る、すっかり型が古くなってしまったがまだ現役である、この屋敷には電気が通っていて何と現実世界との連絡も取れるのだ、旧友や家族からのメールを読めるのはありがたい、まわり、ルイルイ、沙希、差異、大量に届いたそれに眼を通しながら階段を下る、ぎしぎしと踏みしめるたびに古めかしい木の床が悲鳴を上げる。

「姉さん、おはよう」

「おはようでふ」

ふよふよと浮きながら髪の触手で俺とタローの子供を高い高いしている姉さん、相変わらずの無表情、相変わらずの幼児、相変わらず瞳を閉じて……相変わらずの白さ、朝の清廉な空気の中で姉さんの白さは眩しい程に艶やかだ、白のワンピースが似合っている……そして、その触手に抱かれている子供が俺とタローの子である。

「ひう!?」

逃げられた、触手から恐ろしい早さで飛び降りて、うん、ソファーの後ろに隠れてしまう、俺が娘の姿を視界に入れたのは姉さんに挨拶をしたたったの数秒程度で、父親としてはもっと視界に入れたいのに、恐る恐るソファーの横から顔を出す小さな生き物に俺は怖がらせないように『おいでおいで』をしたらカタカタと震えだした、既に涙目だ。

思えば能力で体内で生み出したり、能力で子供にしたり、そんな過程の血の繋がった子供や育てたまわりやルイルイといった義理の子供はいたけれど、こうやって普通に自然的な行為をして生まれた子供はこの子が初めてだ、ちゃんとした世の中から見れば俺の第一子なわけで、俺も愛情を持ってこの世に生を受けたこの子を溺愛してしまっている。

ただ滅茶苦茶怖がってるんだよな……俺を!タロー曰く嫌われているわけではないらしいけど、元々怖がりな娘で、箸が落ちる音だけで気絶したりする、あと良くカタカタ震えている、タローや姉さんには懐いていて、渾沌や俺の一部にも懐いている……が!俺は怖がられている、頑張って接しようとすればするほどに腕の隙間をすり抜けて行く。

(思えば娘とはいえ、こんなに頑張って女を"口説く"とはな、でも、相手は要塞都市、簡単にはいかない)

俺はどこぞの飼育係の如く優しい言葉を口にしながら手招きをする、どうせ朝の時間帯は夫にやるべき事は無い、テーブルの上にタローが朝食を並べて姉さんが綺麗に盛りつけてゆく、男の俺は肩身が狭く、手伝おうとするけれど粗野な性格なのでそういった家庭的な事に向かないのだ、ここは何もしないのが吉である。

「優異(ゆうい)~、お父さんに可愛い顔を見せてくれないか?」

江島優異、俺の娘でタローの娘で、まあ、その………子供である、今年で5歳になる、タローも俺も女の子が欲しかったのでその、まあ、嬉しい、名前は優しさを失わないで欲しいって気持ちと一番の"一部"である差異から一文字もらった、残滓が死ぬほど悔しがって、恋世界が死ぬほどに暴れて怖かったけど、お前らの名前から取ると色々とうるさそうだと、断った。

別にあいつらだって大切な一部な事に変わりは無いけど、あいつらはぶっ飛んでる時はぶっ飛んでるからな、弱者を虐めながら高笑いをする残滓と鬼島を恐怖で仕切る恋世界、そんな子供には正直なってほしくない、差異は差異で鬼島に復帰したけれど、毎日会いたいとメールが来る、俺も一部と一緒にいたいけど、この子を育て上げるまでは、異端として長寿だったり寿命が無かったりする俺の一部たち、もう少し待ってくれ、あっ、ちなみに、差異とも結婚したい。

「恭輔、今、なんか……気に食わない気配がしたけどさ」

タローが何処か丸っぽい、柔らかな顔を歪めてジト眼で睨んで来る、ここ数年で母親らしい顔つきになってきたけど、嫉妬の感覚まで女性になる必要はないだろう、すいません。

ぷくーと頬を栗鼠の様に膨らませたタローの頬を突いてしぼませる、そんな俺達をちらちらと横目で確認している優異、親の引け目無しで可愛い子だと思う。

俺とタローも黒眼、黒髪のいたって平凡な容姿なのでその"黒"はきちんと優異に引き継がれている……俺の見ていない所では割と活発なので髪は短く肩口で止めている、伸びていたのでこの前切ってあげようとしたら"死ぬ覚悟"の抵抗をされ何故か右側だけ長い……寝ている時に切ってやろうと企んでいる、頬っぺたはマシュマロのようにぷにぷにしていて桃色である。

大きく優しげな瞳はタロー似で、見ていると泣きそうな気持ちになるぐらい透き通っている……俺は邪悪なので無垢な視線に弱いのだ、そのせいか沢山の幻想に好かれる体質でタローの子供なのだなと実感する、その反面、上手に出来ない事があると涙目になってモノを叩いたり暴れたりする一面もある、これは明らかに江島の癇癪持ちの血で、俺から受け継がれた要素なのだろう、躾はゆるやかに、俺もタローも怒るのに向いていない性格なのでタローの使い魔の渾沌にその役割を申し訳ないのだが担ってもらっている。

「お、お」

ぷるぷると小鹿のように震えながら優異がとてとてと近寄って来る、何処かペンギンのように滑稽な歩き方、子供に向かってそれはないだろうと思うが、それも可愛らしいじゃないか。

「お、おはよう、きょうすけ」

「はい、おはよう」

抱き上げてやる、背中をとんとんと叩くと震えが小さくなる、この子は俺を怖がってはいるけど嫌ってはいないのでここまで接近すれば安心してくれる、どうして俺を怖がるのかはわからないけど、タローのように敏感な感性に俺のおかしな感性を組み合わせたら俺の異常性がわかる娘が生まれたと、そう勝手に解釈している、ちなみに姉さんは中身があれな癖にまったく恐れられていない……むしろ懐かれている、むしろ羨ましい、くそっ、秘訣を教えてくれ!

「でふでふ」

ぽけーと、そんな感じで椅子に座る姉さんを見て俺は震撼するしかない、くそ、やっぱり可愛いからなのか?見た目は優異と大差ない年齢だし、一度、そこじゃね?と思って力を少しだけ解き放って目の前で幼女の姿になったら優異は白目になって泡を吹いて気絶した……娘に好かれたいだけなのに、そう口にするとタローはいつも"好かれてるじゃん"と優しい顔をして笑うのだ、理解出来ん……赤面する娘を抱いて、そういえば俺の近くにいるといつも顔が赤いな、おでこを触ると『ひゃう』と、それと優異は俺の事を呼び捨てにしているが、それもまあ許している。

「おっ、優異、今日は朝からパパに抱っこされて、珍しいな」

エプロンを外しながらタローが笑う、さっきの言葉通り、無垢な笑顔……こいつって卑怯だよな、この笑顔があれば大抵の問題は解決出来そうな気がする、なんつーか、正直にそこは羨まし、エプロンを外せば黒いローブ、うん、そこを指摘してやると『ああ、研究してたから、今日は休みだから着替えるか』と、休みも何も、自分のさじ加減だろうと苦笑する。

「「「いただきます」」」

全員が椅子に座ったのを確認して口にする、見事に声が重なる、渾沌の姿が見えないのでどうしたのかと問うと朝から遠出しているらしい、食料を狩りに行くのが最近のブームなのだ、なんだか虫取りを覚えた子供のような生真面目さと熱心さだ、この変わる事の無い牧歌的な世界、なにか夢中になれるものを見つけたら暫くそれに浸るのも悪くない。

「油揚げと小松菜の煮物、上手に出来てる」

「あ、それ、かーさん」

「でふでふ」

「もむもむ」

俺が呟きタローが答えて姉さんが肯定する、優異は頬をぱんぱんにしてご飯を詰め込んでいる、カラフルな模様の子供用のお箸(プラスチック製)でもむもむと音を出しながら。

別に口を開けて噛んでいるわけではないから注意はしないけど………何故かもむもむと音がする、これは個性なのだろうか?……姉さんも姉さんで子供用のお箸、この家には子供が二人います。

「なあ恭輔、今日はどーすんの?」

「へ?ああ、そうだなぁ、取り合えず、釣りでもして時間を潰すよ、それと体の中にいる一部も久しぶりに出してやろうと思うし、一部をつくれないから、体内で似たようなのを生成してみるよ」

「えー、また何か内部の一部つくんのかー、あまり癖にするんじゃないぞ」

箸を遊ばせながら注意してくるタローに頷く、これでも心配してくれているんだと思うと嬉しくなる、何かあった場合は姉さんがいるから大丈夫と絶対の安心感が俺にはあるんだよな。

しかし本当にこの親子は料理が上手だ、少し甘めの卵焼きに大目に醤油をかけた大根おろしをのせて食べる、うまい、差異の料理の腕に匹敵する……もむもむと横で必死に食べる優異…この子、飯を食う時は"本気"なんだよな、会話にも入って来ないし、取り合えず飢えをどうにかしたい!そんな食い方、女の子だけど成長期の高校生みたいな食い方です。

アジの干物の身を取り分けてやりながら観察する、俺は我が子に興味津津だが普段は無防備な姿を中々見せてくれない、なので食事中は絶好の観察時間なのだ、幸せそうに食べるなぁ、この子に異端である俺の"異常性"が引き継がれなくて本当に良かった、俺が望んだから、俺の能力がそう作用したのかはわからないけど、江島の血は毒なのだ、失われるならそれが幸いだ…癇癪持ちはー、うん、仕方が無い、色褪のように取り返しのつかない感じではないしな。

「かーさんはどうするの?」

「でふでふ、一緒に釣りに行くでふ」

タローの言葉に姉さんが決定事項のように呟く、そうか、そんな予定まったく聞いてないけど、ついてくるのか……姉と弟、力の差は歴然なので黙って頷く、姉さんも時には我儘。

生まれる前に生き別れて、色々とあって、今は一緒に暮らしている、俺は姉さんを取り込みたいけど、それは本当に終わりの時だ、第四期の次、終期に姉さん一人を取り込んで終わる。

その時は何年たってるのだろう、100年、1000年、10000年、どれだけ経過しようがゼロが増えようが、それは決定事項なのだからその日まで俺は生きるのだ、この今の幸せや過去の幸せを噛みしめて。

『では九次郎は優異と遊ぶとするかの』

ちゃぽんと、あるはずが無い水の跳ねる音、宙を泳ぐ大きなオタマジャクシ、赤い瞳をしたオタマジャクシ……食事をする俺達の周りをくるくると浮遊する、俺とタローと姉さんの血肉から誕生した存在、姉さんの細胞が入っているから幻想であり外なる神であり、俺の細胞が入っているから一部であり異端であり、タローの細胞が入っているから召喚士であり精霊使いであり人間である、そんな少女、人間の姿にはまだなれず、幼体のオタマジャクシの姿のままである……この形状は姉さんの中身の影響であり、外なる神が幼い時の形に似ているらしいけれども、いつになれば人間になるのやら、第四期の一番愛している部分、江島九次郎。

「ほら」

『ぱくり』

宙にデザートのバナナを投げてやると小さな口がエイリアンのように大きく開いて捕食、こわっ、眼に感情は感じられない、何せオタマジャクシ、でも美味しそうに食べているから満足なのだろう、九次郎は優異と仲良しである、いつも一緒にいるしいつもお話をしているし寝る時も一緒だ、白いオタマジャクシの九次郎はあたたかく、ぷにぷにしている、見た目からは想像も出来ないその手触り、優異のお気に入りである、しかも姉さんの血のお陰で恐ろしい魔力と瘴気を内包しているし、タローの細胞のせいで幻想を従えるし、恐ろしい仕様となっております。

『もぐもぐ、しかし優異はご飯を食らう姿が豪快じゃのぅ』

「そうだなー、ほら、キュー、おいで」

タローが言うと九次郎は尻尾をくねらせながらタローの方へ飛んでゆく、まぁるいそれがタローのやや膨らみかけの胸にぽすんと衝突、九次郎は泳ぐのは得意だけど停止が出来ないのだ……しかも変にプライドが高いからそこを指摘して練習させようとしたら『九次郎は停止したら死ぬんじゃもん!ば、バカにしゅるにゃー!』と涙声で噛み噛みで叱られた。

これは確実に俺の遺伝子だな、もしくは同じく肉体は江島の姉さんの影響だ、悪い影響、くそぅ……色褪の遺伝子め、特に俺や姉さんは自分を知れば知る程に似ている、昔は似ていないと思っていたけど能力や自己を自覚してからますますそう思うようになった、この涙目で絶叫するのが特徴なのですよ、あと、テンション高くなるとヤバくなる、そんないらない血。

「ほら、美味しいか」

『美味じゃのう』

九次郎のぱくぱくと意味も無く動く口に細かくしたおかずを運ぶタロー、その姿はまんま母や姉である、姉さんの二番目の子供である九次郎は一応はタローの妹になる、それで溺愛しているのだ、本人曰く一人っ子だったので弟や妹が欲しかったらしい、それが大きなオタマジャクシでもまったく気にしないのがタローの良い所である。

「お前ら、仲いいな」

「そりゃ、兄と妹ですから、あっ、俺は姉か、えへへ、たまに忘れる」

「子供まで産んどいて忘れるなよ……ん、どうした姉さん」

姉さんが触手で俺の髪を引っ張る、行儀が悪いので払って問いかける。

「こっちも姉弟でふ!負けないでふ」

なんか無駄に熱かった、対抗しないでもいいじゃんかと思いながらも頭を撫でてやると無表情でいつもの言葉を吐きだした、なんだか余は満足じゃと呟く殿様みたいなリアクション。

姉さんには全面降伏なのだ俺は、こーゆーの何て言うんだっけ、でもそんな感じでいるとタローに『またかーさんを甘やかして』と微妙なお言葉を頂戴する羽目になる。

「優異、その食い方だとおかず先になくなるぞ」

がつがつもぐもぐするのに、食べ方が下手な不器用な娘に突っ込むが返答が無い、おかずはほぼ無く、ご飯が半分残っている……食べ方が下手糞なのだけど、そこが自分の血を感じる部分だったりもする、すーっと無言でフリカケをご飯にかけてやる、本人は味噌汁をうぐうぐ飲んでいるので気付いていない、ああ、もう必死だなこの子!

「九次郎も優異も、子供なんだから危ない遊びをするなよ?」

ついでに注意、この二人は幻想に好かれやすい体質を無意識で軽んじて危ない所に平気で遊びに行く、俺やタローがいればいいのだけど、いつも都合良く側にいるわけにはいかない。

何せその危険な事すらも理解してもらわないと困るのだから、横でいつも守っていたら駄目になってしまう、この世界で生きるには、そんなことまで理解しないといけない。

『ふははははは、安心せぃ!九次郎は無敵じゃ』

「理由を述べよ」

『竜が主食』

「うそだろ!?」

思えばこいつ、こうやって食事に参加して飯を食う事もあるけど基本は大気中の魔力や瘴気を食いながら生きているらしい、姉さんからダダ漏れなそれを狙って良く浮遊している。

だが竜が主食と言われれば否定する材料がないわけで、だって、九次郎の破天荒すぎる性質を知っている俺にはその言葉を否定できません、できっこない、何せ姉さんと俺の細胞!

異常すぎる異端と異常すぎる幻想と異常すぎるタローの細胞から出来上がった存在がどのような行動や結果を出そうが俺は驚きません、またタローがむすっとした顔で睨んできた、感の鋭い奴め、お前は"ほわー"ってしながら蝶でも追いかけていなさい(蔑み)

『姉君、恭輔が蝶を追いかけて迷子になれよとバカにしておるぞ』

一部なので思考は丸わかりです。

「恭輔!」

タローに怒鳴られる、食べ終わったので食器を運びながら…急いで食べ終えたタローも横に並ぶ、誰に対しても何に対しても寛容なのに俺の事に関しては絶対に譲らない可愛い所があるのだ…幼い時は"きょー"と呼んでいたが、今は今、夫婦か、それは幸せ。

「なに?」

振り向いた瞬間にほっぺたをもにゅって、左右から…ふがふが、その横を姉さんかふよふよと………お手洗いですかと聞いたら全身を触手でくすぐられるから言わない。

姉さんと優異は食事の速度が遅い、姉さんは小食でゆっくりと食べるからわかるのだが、優異が遅いのは動きに無駄が多すぎるからだと思う、動作がいちいち大げさなのだけど、本人は気付いていない……遠目で見るとまだ味噌汁をうぐうぐしている、いつまでうぐうぐするのだろうかと僅かに不安になるのだが、いつかは終わるだろうと諦める。

「お話があります」

「……タロー、あのな」

「お話があります」

ぐいっと、顔を寄せて、とりあえず食器を水につけてどうぞと答える、自分の分は自分で洗うのが我が家のルールなのだけど、面倒なのでタローの分も洗ってやると『あ、ありがと』と、どんだけ不器用なんだと思いながらもう一度、なんですかと問う。

「昨日さ、優異を寝かしつけてる時に、優異が珍しく興奮した感じで話しかけてきてな」

「もうろくでもない感じじゃないか」

優異が興奮すると大抵は面白い方向に話が転ぶ、近所に住んでいる竜の卵を持ちかえったり、花の精霊たちと仲良くなって家の周りをお花畑にしたり、そのお花畑が枯れた後にそれを肥料にして"アトゥ"の栽培をはじめたり、それをタローもニコニコとみていたり、姉さんがでふでふと見ていたり、俺が心螺旋とダイ論纂を振りまわしながらそれを駆除したり、俺がツッコミになるしかない状況に奇跡を見たり。

「曰く」

「タロー、なんだその溜め方」

「黙って聞け、曰く!………妹が欲しい」

「ぶっ」

真顔で言うなよ真顔で!



○あとがき

pixivで友人がイラストをあげているのでよろしければどうぞ、作品名で検索すれば出るかもです。



[1513] 外伝・境界繋ぎ(未来編)08『ただらぶらぶ、あ、色褪来る?』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/04 12:37
内覧花を虐めに虐めて俺は笑う、くすすん、ずびび、涙をこらえようとする様がたまらない。

「きょんきょんはほんとにないらんかすきだねーー、いじめにいじめてうれしそうにわらうんだものー」

「恭輔ちゃんは虐めっ子ですね~」

虐めに虐めるが他の親から特に非難されるわけではなく、甘やかされる俺がいますよ、ずびずびおかっぱ幼児の内覧花を胸に抱いてぎゅーぎゅーと、泣き止め泣き止め、すまんすまんと謝るわけですよ。

いつまでも泣いていたら流石に悲しい気持ちになってしまう、それは俺の望んでいることではなくて、くすんと涙を拭きながら俺を見上げる母親の頬を、涙を舌で拭ってやりながら笑う。

「虐める時は虐めるけど、いつまでも虐めたいわけではないからそこんとこよろしくな、親なんだから俺のそれぐらいの歪みは認知して認めてあげてくれ」

「可愛いですね~このこのなのです」

「きゅんきゅんするーだいしゅきー」

さらに二人の親が抱きついて来る、椅子に座った俺は膝の上に内覧花、右腕に真理見方と左腕に飼い草、ろりろりしょた、げばあな組み合わせであるますからー、笑え、笑う、ぬくぬくだなこいつらと皮肉な笑い、ここでは体を寄せ合っていちゃいちゃと遊べないので奥の畳ばりのお部屋に移動します。ちゃぶ台にみかんに古めかしいブラウン管のテレビ………しっかりとしたつくりをした木製のタンス、それだけの部屋、内覧花の涙を何度もなめとりながら、ぷにぷにしやがって、ああ、可愛い。

鼻の頭が真っ赤になって可愛いよ内覧花、俺のお母さん、俺の親で俺を甘やかさせてくれる唯一の存在、エプロンを脱がせてあげて笑う。

「う、ウチの息子なのに、子供扱いして…………ひどい」

「好きだぞ内覧花」

「ひう?!」

赤くなった小さな鼻を舐めてあげると声をあげた、飴玉みたいだと思ってしてあげたのにそんなに驚かれるとなーー、テレビをつけるといつものかわりない日常の風景、俺はこの三人の親といちゃいちゃとしてですね、一時期だけ、少しだけ、まわりやルイルイの親である自分をそっとしまいこんで甘えに甘えるわけだ。

肯定されたいわけではない、単に甘えたい。頬を寄せてくる飼い草に頬を寄せて、僅かに生えたぶしょーーひげでじょりじょりとぷにぷにの頬にアタックをしかけます、ほんとにぷにぷにしやがって、飼い草の光をうつさない、意識が白濁としたその瞳が揺れて、笑う、飼い草は心がない、あるにはあるが生まれた時から人間とは違いすぎて異常に異常、異常異常なのです、まあ、息子の俺だけには人間の愛情で迎え入れてくれるかわゆいようじなー、いきものなー。

むう、俺は飼い草がすき、ゴスロリで燃える炎の色をした髪をポニポニにした見た目完全美少女な親が好きだぞ、仕方がないのさ、そーゆー風に育てられたのだからな。

「おひげじょりじょりー、きょんきょんー、しゅきしゅき」

「ふ、男殺しな…………お前男なのになっ!いいよ、飼い草みたいに見た目が無敵な美少女なら誰も文句言えないし、言いたくないよ、俺も好きだぞ飼い草、結婚しよう」

ボケた。

「いいよ~」

オッケーをもらいました、なぜに、飼い草は何もできずに破壊するだけの凶悪な生命体で異端排除すら裸足で逃げ出すような限りなく色褪に近い生き物なので確実に結婚したらもうな、男だろうがなんだろうがーわんわん、ふう、現実逃避だ、飼い草から本気で結婚しようと言われたら受け入れそうな俺よしっかりしろ、しっかりとモラルを守って世界を生きていこう。

真理見方とも結婚して結婚して内覧花は愛人でなんかなんか、いや内覧花はそんな立場でうぐうぐと早く奥さんと別れてよと涙目なのが似合いそうかなーとか邪悪で歪んだ考えをね、それを正しくする為にみかんの甘みで自分を修正しますよ。

「男と男、親と子、飼い草、やっぱ結婚は無理」

「きょんきょんおよめさん?わーい、わーい、うれしいー、うれしくてうれしくてみかんつぶしちゃう、にんげんのあたまじゃないからきょんきょんおこらないでね~」

「潰したのは食べなさいな」

「へへ~」

結婚してあげるの一言が嬉しかったのかポワポワと飼い草は、、まあ嬉しかったのならいいや、俺の体ぐらい自由に扱えばいいじゃないか、好きにしなさい、俺は俺として全然受け入れますよ、何せ飼い草は可愛いのだから、可愛い存在で俺を育ててくれた存在が笑顔なのは俺も喜ばしい事、さらに癖のある真理見方の薄緑色の髪を遊ばせながら思います、あー、世の中でこれだけ幼く小さな親に甘えるオッサンはどれだけいるのだろうかー、考えたら怖くなってきたので考えるのを放棄しました、俺無敵、真理見方、すき、あー。

内面は親へのすきすきな愛情でずきゅんずきゅんー、擬音と造語が踊りつづけるのだ、はあ、やばいなやばいな。

「真理見方、すき」

「な、恭輔!う、ウチにも!」

「今、内覧花の話はしてませんのですいません」

「恭輔ひどい、ひどい、ウチで遊んで…………でも、愛してる!悔しい!」

「内覧花ちゃんはほんと、恭輔ちゃんにいいように遊ばれて利用されて蹂躙されてますね~ふわ~」

小さな口をあけて上品な欠伸、真理見方はいつも眠たげ、いつものんびり、いつも目尻に涙をたたえていますよー、そこが可愛い、そこが和む、そんなネムネムな幼児だから愛しているのだ、何せそれなのに俺の何百倍も賢いのだ、賢い親に憧れる息子って普通だよなー、真理見方め、俺に憧れられて苦しむがいいわ。

「恭輔ちゃんがキラキラとした瞳で見ているのです、照れるのですよ~、キスしますか?」

「いえす」

「むちゅー」

軽いのりでキスをされました、つい頷いてしまった俺が完全に悪い、表現は軽くしましたが残念ながらべろちゅーなのでぴちゃぴちゃタイムが一分続きました、内覧花は鼻をおさえて明後日の方向を向いている、内覧花は本当に残念なじゃんねんな邪念な子供だなあ、だなあとまたため息ですよ、俺はいつもため息に支配されてます、なむなむ。

「しかし恭輔ちゃん~」

「はいさ」

「こんな所で永遠に永遠に親とイチャイチャしてて良いのですか~」

「いいよ、だって真理見方が可愛いんだもの、他の全てを差し引いても満足満足」

仕事をサボって親とラブラブとはこれいかに、いいじゃんなー、自分の弱さを親に押し売りしても………幼児三人とキスをして怠惰に午後を過ごす、いいなあ、俺の腐れ落ちた生活なわけです、そんな生活をある意味に憧れていたのかも、今はそれが手元にある、色褪に見られたらぐるぐるぱんちーで殴られます、フフフ、あいつめ、可愛い奴め………むにー。

「恭輔ちゃん~?」

「いまの姿をメルメルで色褪に送ります、フフフフフ」

「お~山が消えますね~」

「色褪を嫉妬させてるのは真理見方なのに?」

抱きしめて笑う、色褪は血でしか物事を考えられない、血縁が全て、なので俺が育ての親とイチャイチャするのをー、それが笑えるのだけどーうん、俺を血で縛り付けて…………すぐに返信、返信はや、当主の仕事はどうですか、そうですか、さいですか。

「くふふふ、どうしたのですか恭輔ちゃん~」

「色褪、来るって、この街に、いますぐ」

嫉妬に狂った祖母が来襲するのか、それは怠いな、面倒だなあぁぁ、だけどいいよって、俺の居場所ならすぐにわかるだろう、理不尽な能力と権力ですぐに来るのだろう、それがいいよ。

「色褪に見せてやろうな~」

「きょんきょんとのいちゃいちゃを~?」

「そうだよ飼い草」

「う、ウチとも………い、色褪、がたがた」

「そうだよ内覧花」

「で、泣かせるのですね恭輔ちゃん」

「当然だろ、真理見方」

大人になった俺は子供な色褪を泣かせるのです。

「嫉妬に狂ったさ、泣いた顔が一番可愛いんだ色褪」

見たいだけ?



[1513] 外伝・境界崩し(けっこー未来編)02『ん、ん』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/05 15:04
今日も天気がいい、晴々とした空を煽り見ながら伸びをする、気持ちいいなー、内包世界の空気はとても柔らかで、過酷な弱肉強食の世界とは思えないぐらいだ。

俺も俺で能力を自覚してからはこの世界でもやって行ける自信がつきました、なので大丈夫、下級の幻想なら心螺旋を振りまわせば大体勝てる、と言うか全て勝てる。

凄いぞ心螺旋、しかも今日は姉さんも一緒なのでさらに大丈夫、ぷかぷかと空中に浮いている姉さんの小さくて柔らかい手を握る、やんわかひやひや、心はあたたかいのかしら。

ふわりと浮きあがる、屋敷が小さくなってゆく光景はいつまで経ってもなれたものではない、しかし、俺も能力を使えば自力で飛べるわけで、体の内にある多くの異端の力に素直に感心する、我が事ながら素晴らしい能力、自分の能力を単純に便利に思えるようになったのは成長の証。

「でふでふ」

「内包世界の風は気持ちいいなぁ、この世界に来てから体が軽くなった感じだよ、優異は現実世界に行った時に驚いていたもんな、ここ見たいに自然が無いから」

「優異は根っからの内包世界の申し子でふ、だから仕方ないでふ」

姉さんは釣竿をもう片方の手でぶんぶんと振りまわしながら感情の無い声で呟く、確かにあの娘はタローと同じ幻想の世界の申し子で、恐らく現実世界では息苦しさを感じてしまうだろう。

俺も最初は色々と不便に感じたものだけど、小説があれば日々に不満は無く、それを読む時間以外は釣りや昼寝をして過ごす、タローの魔術の研究のように自分の生涯をかけてやる事も無く、それはそれで仕方がないだろうと自分を見捨てている。

「取り合えず、いつもの池に行こうぜ姉さん、優異はあの池に住む魚を好きだし、ああ、好きって言うのは食べる意味の方でな、だから釣って帰って餌付けしないと」

「でふでふ、自分の娘を餌付けしようだなんて、少し可哀相でふ」

「どっちが?」

「恭輔でふ」

何となく酷いなぁと感じつつ、別に口にする程でもないので押し黙る、姉さんの魔力とやらは尋常では無いので一緒にいると安全どころか幻想に遭遇する事すら稀である。

姉さんの周りだけ生物の気配が異様に無くなる、弟として少し寂しく思い、悲しくも思ってしまう、だからなるだけ側にいてあげようと思う、本当はずっと一緒にいれたはずなのに死が二人を引き裂いたのだから……色褪は俺と姉さんが仲良くしているのが気に食わないみたいだけど、そこは言う事を聞かないですよ俺、何せ優異の事すら認めてくれていないのだ、俺のあの"気難しい"妹や弟すら最終的に認めてくれたのに、祖母は認めないなんてどういう事だ?俺が娘を可愛がれば可愛がるほどに色褪はむすっと頬を膨らませて暴れるのだ。

「だってさ、姉さんやタローには自分から抱きついている癖に、俺にはまったくしてくれないんだぜ?」

「父親でも異性でふから」

「何だソレ」

「くすくすくす、鈍感でふ」

子供扱いされている、姉さんは見た目はあれだけど中身はしっかりとした大人の部分もあるのだ、俺みたいに偽りの大人では無い……でも俺が幼女になったら気絶したんだぜ?

そこら辺の機微に疎い俺にはわからない……娘だからって全て理解出来るわけでは無いのだ、能力に支配されていた頃の自分は全ての精神を理解しようと狂っていたけど、それはもうやめたのだ。

一部が、家族が教えてくれた、狂わなくても俺が血に支配されようが、俺は俺なのだから気負う必要はないのだ、娘は娘として普通の父親として愛せばいい、狂っている部分は俺の一部が受け取ってくれる、受け入れてくれる、その両方の俺を見てくれる差異やタローや姉さんがいる、怖いものなんてないのだ、昔みたいに壊れた俺はひっそりとくたばればいい。

「鈍感か、我が家の家系はそんな感じだからなー、姉さんだってそうなんだよ?あんまり悪口を言うと反論をするぞ俺はさ」

「でふでふ、可愛いものでふ」

また子供扱い、それでも全然怒りは無く、なんとなく気恥ずかしい感情だけが蠢いていて赤面してしまう、姉らしい姉さん、弟らしい俺、嫁や娘の前では見せられない。

くっ、思えばここまで逆らえない相手は今までいなかったからな、タローと姉さんには絶対に逆らえない俺がいる、女性の天下である、男である俺は肩身が狭いのさ。

ってもそれも冗談だけど、俺は今の生活に満足している、差異たちがいないのはあれだけど常に精神は繋がっていて今も話しかけられている、それを俺達でしかわからない情報でやりとりをしながらも、やっぱり横に、すぐそこにいて欲しい瞬間はある、でも俺の血肉を使って差異をここに呼び出す事も可能だ、今度してみようかなー、会って、ぎゅーてしたい。

でタローが嫉妬して渾沌に噛まれて俺が死ぬー、素敵な未来が安易に想像できて寒気がする……タローの嫉妬は可愛いものだが相棒の渾沌の怒りは本物だ。

「渾沌こえぇぇ」

「わんわんでふでふ」

姑っぽいし渾沌、本当に怖い……俺に対して容赦が無い、慈悲の欠片も無い、俺達夫婦には珍しい事だが一度だけ大ゲンカをした事がある、えーと、理由は優異の教育についてだったかな?

俺は優異に内包世界の外、現実世界での生き方も教えてあげたいけどタローは必要無いと言い切った、それが喧嘩の発端、その時に普段は絶対に口にしない言葉でタローを泣かせてしまった。

タローは泣いて自室に閉じこもるし優異はそんな母親を見てくすんくすんと泣き止まないし姉さんはでふでふと気にしないし、そしてわんわんこと、渾沌は俺を噛み殺そうと襲って来るし、実に恐ろしい地獄のような時間だった、あの日から俺は一度たりともタローを泣かせた事は無い、泣かせたら凶暴なタローの相棒に噛み殺されるのがわかったから、その日、俺は久しぶりに現実世界に戻って"コロ"と"ママ"のワンワンコンビを抱いてもふもふして寝た、渾沌なんかいらねーし!そうやって叫びながら泣いた、猫好きで犬好きだからさ!

「どうしようも無く駄目な奴だな、俺」

「ふふ」

姉さんが笑う、瞳は閉じられていて、タローみたいに彼女の感情を推し量る事は出来ないけれど、俺はそれに対して何かしら思う所があるらしい。

空は広く、姉さんを通して宙を泳ぐ感覚は最初は怖かったけど今は逆に気持ちがいいぐらいだ、この手をはなせば……この小さくて柔らかい命綱をはなせば、幸せなままの今の世界で死ねるな俺。

「死なせないでふ」

「姉さん」

「でふでふ」

死にたく無い、みんなを置いて死にたくない……この世界で、生きたいと思っている俺がいる、姉さんが勢いよく振りまわす釣竿を見ながら素直にそう思えた。




江島優異は怖がりである、いつも何かに怯えていてカタカタと震えている、それが止むのは母や祖母の腕の中ぐらいで、それ以外はいつもオドオドとカタカタと。

それでも母譲りの好奇心はいつも絶えることなく胸の中でざわめいている、臆病なのに下手に勇気があるのが難点だ、結局の話、誰かが見ていないと危うい少女なのだ。

今年で5歳になり、遊びに行ける範囲も広がった、母親から受け継いだのは好奇心だけでは無く、精霊の刻印と呼ばれる"危険物"もきちんと受け継いでしまったのがさらに問題なのだ。

四大属性の精霊を使役する事が出来るので大抵のトラブルや危機は自分の力で解決してしまう、精霊たちは何処にでもいて何処ででも力が行使できる、最強の保護者が彼女をいつも絶えず守っているのだ、さらに精霊使いでも何でも無い彼女だが"いつの間にか"それに類する術まで覚え始めてしまったのだから困ったものだ。

『優異、何処に行くんじゃ?』

優異の叔母に当たる九次郎だが歳が近いせいもあって普段は姉として彼女に接している、姉と言っても宙を泳ぐ白いオタマジャクシなのだが……人型になれるのはまだまだ先らしい。

こんな人外の姿をしている理由としては『でふでふ』と鳴く彼女の細胞のせいなのは皆が知っている事だ、外なる神と異端の塊の恭輔と精霊の刻印持ちの姉君の細胞がいい具合に混じり合った自分は細かく分類するなら何になるのだろうと考える……どちらにせよ、最終的に人型になれるのなら自分は"人間"なのだろうと諦めた。

ふんふんと鼻息を荒くして屋敷を囲う森の中を歩く優異を見ながらそんな事を思う、たどたどしい歩き方、何処かペンギンのような不器用な動物を連想させる歩き方なのだが本人は大真面目である、体が淡く緑色に発光しているのは大地の精霊の恩恵なのだろう、地面が彼女が転ばない様に上手に"流動"しているのだ。

「ん、ん、ん」

こちらの言葉を無視しているわけではなく、歩くのに必死なのだ、お世話係としては手をかしてやりたい所だが自分に手は無い、仕方なく背中に頭を密着して押してやる。

この森の幻想は皆が姉君の時代からの顔見知りである、人間である優異を襲うような輩は存在しない、姉君の恩恵はこの世界では様々な所で与えられる、他者に好かれる力はどんな力にも勝る。

「ん、ん、ん」

とてとてとて、木の根で転ばぬように注意深く優異の足元を確認する、元々、運動神経が良いわけでも無いのだ、良く転び、良く泣く、泣くには泣くが諦める事は絶対にしない。

これは母親に似たのだなと思う、父親に似ているのは臆病で怖がりといった所ぐらいしか思い当たらない、本人にそれを伝えてやったら恭輔は丸一日部屋に引き籠った、夫婦揃って嫌な事があるとすぐ自室に引き籠るのは何か意味があるのだろうか?

「ん、んしょ」

祖母とお揃いの白いワンピースが汚れるのを気にしないで生い茂る草を手で掻き分ける、布に纏わりつく枯れ葉を手で落としながらも勇ましい表情で進む、優異にとっては家の周りの慣れ親しんだ光景ですら冒険の中の光景なのだろう。

「つかれた」

ぽすんと、地面に座り込む、休憩だとしても突然過ぎる、この子は自分の気持ちのままに行動する―――マイペースなのか自己中心的なのかは幼すぎてまだ判断は出来ない。

左右の長さの違う髪を弄りながらぽけーっと枝で覆われた宙を見上げる、その隙間から空の青が申し訳なさそうにこちらを覗いている、この先にはお花畑があるのだが恐らくそこが優異の目指す場所なのだろう。

『今日はお花畑に行くんじゃな?』

「ん」

口数が少ない割に表情の変化は多彩だ、成程、そこら辺は両親のどちらにも似ている、自分が恭輔似で優異が姉君に似てると密かに感じていたが、うむ、細胞とは上手い具合に出来ているものだと少しだけ感心する。

「きょうすけにあげる」

『おお、花をか?』

「……すこしちがう」

『ふむ』

「………かんむり」

花で冠を作って父にプレゼントをするとは可愛い事を考えるものだ、優異は恭輔の事を嫌ってはいない………単に好きすぎて緊張してしまうだけなのだ、恭輔はその事実を知らない。

別に口にして伝えるような事でもないし、本人たちは今のままで良好な親子関係を構築している、他者が口にするべき事ではない、しかし不器用な優異が冠をちゃんと作れるのかが少しだけ心配である。

「ふぁ」

『こらこらー、汚れた手で眼を擦ったら駄目じゃ、ハンカチがポケットに入ってるはずじゃ』

「ん」

言われたとおりにポケットからハンカチを取り出して涙を拭う、素直なのは良い事だ……自分には腕は無い、けれど彼女に助言をする事は出来る、ありがたい事だ。

『優異はお父さんが大好きじゃな』

「ん」

冠を作るのも、近くで少しだけ口を出すとするかのぅ。



[1513] 異界・二人道行く01
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/06 11:17
清々しい風が吹き抜ける、野に咲く花々は艶やかに咲き誇り、日の光は暖かく柔らかい。

待ちに待った春の訪れに我が一族『白の古人(ふるびと)』も喜びに打ち震える、そこかしこで子供たちが嬉しそうに走り回る。

それを見た親たちが落ち着くようにと注意をするが、それはそれ、親たちの長くのびた耳も子供のソレと同じようにピコピコと上下に揺れて落ち着きがない。

長の孫娘としてソレを戒めようと口を開こうとするが、オバァに手で制される、里の中心にある井戸の周りにはこの里に暮らす人々が皆集合している。

今回の冬は厳しく、正直な話、春までに小さな子供か年老いた者のうち、何人かは冬を越せないと思っていたが、それは杞憂に終わったようだ。

というか、老人たちは老人たちで春に取れる草花の若芽をどのように食べようかと胸躍らせながら話し込み、子供らは冬眠中に自分たちが見た夢物語を久方ぶりに会えた友達に熱心に話し込んでいる。

むぅ、なんというか……無論嬉しいことには違いないが、こう、長の血筋であるレフェとしては、無視されているかのような放置されているかのような、何だか少し苛立つ。

それでもそれを顔に出すことは出来ないので、心の奥底に仕舞い込んでいつものように毅然とした表情で前を向く、息を吐き出せば白いソレはすぐさまに消える。

「ありゃ、ホウテン、凄い機嫌悪そうだね」

「……別に、てか、気安く話しかけないでよ」

少女らしい柔らかな声音、自分の硬質的でやや攻撃的な声とは違う、実はひそかに憧れていたりするのはここだけの話、それもあってやや冷たく返事をしてしまった。

むぅ、自分に無いものを素直に欲しいとは言えない、この里の未来の後継者としてと言えばそれはそうなのだろう、しかし本心は違う。

兎にも角にも、『我儘一つ、望み一つ口に出せぬ事とはこうも胸が苦しくなるものかと、幼き頃からそれは常に付きまとう』この里を捨てた姉の言葉が頭を過る。

「いやいやいや、冬眠明け、誰もあっちに旅立たずに、皆で春を迎えられたって事を心の底から喜びたいわけさ、つまりは交流ですよ交流、それが親友ならなおさらね」

「なおさら、なおさら話しかけないでほしいのだけど」

「やーい、ボク以外には話しかけられない癖に、ぷぷ」

「くっ」

そのまま無視して人の群れを抜けようとするが、言葉巧みなルゥに足を止めてしまう、振り向けばニヤニヤと意地の悪い笑みをする少女の姿。

ルゥスカール・ルゥ、この里では唯一の同世代にして唯一無二の親友…ではあるが、それをルゥ見たいにレフェが口にすることはまず無い。

ちなみにホウテンとは正しくは『奉奠』(ほうてん)の意であり、自身の本当の名であるが、女らしさの欠片もないその名を嫌い、姉が里を去る時分に捨てた『レフェリス』の名を借りている。

その事に関して文句を言うような存在は既にこの世にいないので、オバァの小言だけ無視していれば堂々と姉の名を名乗れるわけである。

「つか、ホウテン言わない、レフェと呼んでレフェと」

「それは姉さんの名前でしょうに、詐欺ですよ詐欺、そーゆーのは『蒼の空人』の得意事でしょうに」

「……そうやって言葉巧みに反論の余地すら無くす技術の方が『蒼の空人』らしいと思うけどルゥ……」

「へっへー」

快活な笑み、ルゥは先ほどの言葉のように我が一族にそぐわない様な一面がある、それは決して悪いことではなく、閉鎖的なこの里では好ましい印象を人に与える。

この大陸には幾つもの種族がそれぞれのテリトリーで生活をしている、その中においてさらに極めつけなのが我が種族である白の古人である、数多くの種族が生活するこの大陸にいて種族の絶対数が少なく、さらに言えば偏屈で頑固、他種族との交流をしないのではなく『望んでいない』のだ。

かつて、と言ってもまだ記憶からは風化しない程の過去、『百年聖戦』に利用された時についた傷は深く、深く、深い…その利用した『王国』も既に滅び朽ちたと言うのに。

我々はまだ、このような時代遅れの生活をしている、閉鎖的で外の世界に関心なく、ただ日々を消化するだけの日々……こう考えてしまうのは自分が一族の中で異端だからだろうか?

だからなのか、同じく一族らしからぬルゥとは自然と話が合う、少し辛口の言葉もレフェにとっては照れ隠しの一種なのだ。

しかしこの白の古人と言う名の種族は非常に厄介な種族なのだ、自分の一族だからとの事ではなく、今現在の状況の不満を一族にぶつけるわけでもなく、ただ単に面倒な性質を持っている。

まずはその身体能力の高さを誇る、他種族と比べ線も細く、骨格も何もかもが華奢だ、鋭く尖った耳は小動物を思わせるし、白磁の肌はお世辞にも日の光に強いとは言えない。

白の古人、白髪とも銀髪とも言える髪の色は僅かな汚れで色を曇らせるし、赤い瞳などは泣き腫らした翌日のもので十分だ、しかし、それらの外観的な華奢さを差し引いても…種族として圧倒的な身体能力、なのである。

わかりやすく説明すれば、素手で岩が砕け、鉄の鎧を陥没させ、成人した者ならば大陸最強と誉れ高い竜と互角にやり合える、まったくもって胡散臭い話だが事実は事実。

他にも数々の『無敵特性』があり、実感として自分の体がそうなのだから、その真実を外の世界の種族のように嘘だろうと笑う事は出来ない、その強さから他種族を見下す傾向にあるのはむしろ当然の事なのかもしれない。

その種族的”強さ”も厄介なのだが、さらに厄介なのはその強さを起因とした性格的なものだ、いや、まあ、それは主に里に古くからいる者たちなのだが、実質その者たちの言葉が里の方針になるのだ。

つまりは時代遅れの閉鎖主義なのだ、下手に種族として優れているために他種族と歩幅を合わせられず、過去の傷も相まって非常に臆病なのだ。

外の世界では時間は確実に流れ、今では他種族同士での交流も少しずつだが増え、文化なるものがそこ等で鮮やかに華開いてるという、憧れるのはその言葉の響き……交流なるもの。

あと蒼の空人は背に羽のある賢者と呼ばれる種族でこの里に外からの品を売り込みに来る数少ない一人の物好きの事だ、それ以外の種族との交流は数百年間皆無、本当に徹底している。

例外なのはオバァの古い知り合いとのことだが確かめる術はない。

「でもさぁ、春が来たのは嬉しいさ、そりゃ嬉しいさぁ!」

突然のルゥの声の上がりように僅かにひきながらも次の言葉を促すかのように目配せをする。

「でもっ、やっぱりなんていうのかなぁ、見事なまでに女だらけだねぇ、別の意味の春が来るのはいつの事だか」

「……滅びるんじゃないのかな?この里、いや、レフェはその覚悟を物心ついた時から覚悟していたけど」

「だよねぇ」

この里に男はいない、いないったらいない、先の大戦で戦場に駆り出されて見事に全滅した。

先ほど小さな子供と言ったが、その子供にしても既に百歳を超えている、他種族に比べ時の歩みが遅く、いつまでも若々しいのも種族としての特徴だ。

死す瞬間まで若く強い、最年長のオバァですら他種族から見れば二十歳前後の姿で成長を止めているのだから、その肉体の神秘いかなるものか。

だがそれ程の神秘を備えていようとも生物としての真理には敵わない、あぁ、さらにそこからの外界を遮断しての閉鎖空間、閉鎖世界、あぁ。

それこそ下手に気位の高い種族としての最大の落とし穴、己の優秀な血を残すために外の世界の血を、他種族の血を許さない、血が血で汚れることを許さない。

とのことだが、若い身空で恋もなく愛もないと保証されると流石にムカッ腹がたつというものだ。

「ふん、決めた」

「……え、何を決めたのさ?……いや、聞かない方がいいのかなーって思ったり」

「もうこの際高望みはしないことに決めました、この眼に入った最初の男を愛します、孕みます、生みます」

「えぇぇ!?そ、そこまで決めちゃったの、い、いやいや、決めたって今日の夜の献立なのかと思っちゃった」

「人を勝手に腹ペコキャラにしないで下さい、レフェは決めました、春なので頭がおかしくなってるとかそーゆーのを無視して決めました」

「お、おぉう」

流石に何言ってんだこいつ、って視線をルゥが投げかけてくる、いやもう、滅びるか滅びないかの瀬戸際でそんな攻撃は効きません。

何せ幼い時に両親を失って、祖母であるオバァとの二人暮らしである、オバァは長としては尊敬しているが、さて家族としては……評価しにくいものがある。

愛情がないわけではない、だが長としての立場がそれを覆い隠してしまっている、幼い子供のように愛情に飢えているわけではないが、過去に抱かれた思い出すらないのは寂しいものがある。

「というわけで、ルゥもその方向で行きましょう」

「嫌だよっ!そもそも、そんな有り得ない事を思案する前にさぁ」

「同性愛をしたいなら獣を愛せと神は仰いました、ちなみにこの案を飲まない時はルゥの事を嫌いになります、感覚的には夏に異常発生する羽虫の如し」

「差別だっ!?」

差別じゃなくて区別でしょと悪ぶるとルゥは反論出来ずに下を向く、よし勝った、いつもは言葉巧みなルゥに言い負かされるのだが今回はレフェの勝ちだ。

冬眠明けなのに妙に頭が冴えていて春の日差しは麗らかで今日は妙に気分がいい、本当に良い事がありそうだ。



春が到来したからといって川の水はまだ鋭利な冷たさを持って肌に突き刺る、雪解けの水だから当然と言えば当然だ。

しかしながら長い眠りから目覚めたばかりの頭はそんな些細なことも見落としていたらしく、レフェは小さな悲鳴を上げた。

ここに来たのは今晩のオカズの為、里の周囲は大小の青々とした山が囲っており、そこには小川が幾つも走っている、透きとおった水たちが流れゆく様子は中々に気持ち良い。

ならば少し水遊びでもするのも一興と靴を脱ぎ足を沈めた瞬間にコレである、一気に覚醒した眠気に塗れた意思が愚痴を吐き出す、我ながらおバカ。

「最初から糸を垂らしておけば良かった……あーあ、今年は冴えてると思ったのにな」

大人しく靴を履きなおして糸を垂らす、竿は若竹を適当に素手で圧し折って糸を括りつけた簡易なものだ、ウキは若々しい草たちを適当に丸めて糸に絡ませた。

風流や情緒といったものは無いが実用性重視なのだ、いつも春先にはこの簡易竿にお世話になっている、折れればそれまで、作り直せばよいのだから気楽なものだ。

ルゥは家の子供たちの世話を見なければと里で別れた、ルゥの家は里一番の大家族で大変なのだ、ほぼ独り身のこっちと違って色々とやることがあるのだろう。

一人は寂しい、独りは淋しい、だから『ある』ことを望む、先ほどの言葉遊びもそこに起因する、ルゥが羨ましいのかと問われれば、羨ましい。

「さっきの言葉、どんな意味なんだろう、自分の言葉なのに、遊びが過ぎた……かな、結婚して子供を産んで、夢物語みたいだ、まるで感覚的に、ないや」

ルゥの"同性遊び"が眼に余るのは自分と同じように寂しさを紛らわす為のものなのだろうか、真面目にそこまで踏み込んだ質問をしたことがないので、真意のほどはわからない。

想像でしかないが恐らく大体で”合って”いるはずだ。

自分やレフェのように生まれて百二十年と言えば他種族で言えばもっとも青く、もっとも多感な時期だ、それを同性しかいない狭い里の中で一生を過ごせというのだから、無茶を言う。

水面に浮き立つ己の顔を覗き込む、血塗りの色をした瞳、鋭く、女性らしさは全くない、誰かが”描いた”モノのように無機物じみていて、それはそれは、うん、視線で人を殺せそうだ。

一族特有の白い肌にはシミ一つなく、冬眠の疲れもなく肌荒れもない、けど生気は感じられず幽鬼めいた清潔な白、これまた幽霊の如く、死人の如く。

髪は冬眠明けに伸びていたので肩に揃えて切り落とした、ルゥに指摘されてその場で切り落として風に流したら皆が信じられないと絶叫したりしたのだが、仕方ない。

その場でしたにしては綺麗に切り揃えられたと自負している、腰の帯に忍ばせたナイフを子供に頂戴とせがまれたが、無視を通した、年下は扱いに困る。

「前髪も切らなくちゃ、かも、でもこの眼つきの悪さを隠せるからこれはそのままで、バランス悪いかな?」

そんな得にもならないような独り言を吐きながら地面に腰掛ける、若芽たちが重さで潰れる心地の良い感触、子供のように意味もなく嬉しくなる。

丁度良さそうな大きさの岩があったのでそこに竿を立てかけて、空を煽り見る、ああ、空は高く、空は青く、鳥が高く青に舞う、牧歌的な空気が穏やかに流れゆく。

気が抜けた、釣りをする気も早々に失せ、ボーっと旅する雲を見つめる、いいなぁ、雲は自由だ、自分のように見た目だけの白さではない、自由な白さだ、あれは。

自分とは違う。

「……あれ」

ふと、視界に黒い物が横切る、最初は山頂から流れてきた丸太か何かだと思ったが、自分のその考えを即座に否定する、あれは生き物の動きだ。

水の流れに逆らうわけでも無く、声高に助けを求めもしない、ただ、僅かに蠢くかのように、振動する、心が跳ねる。

「人ッ!」

短くそれだけを吐き出して駆ける、全力で、急な運動に骨が軋む、白の古人の全力で踏まれた地面は摩れる瞬間に瑞々しい若芽すら枯らせ火花が散る。

川の流れはそこそこに、だが人の形をしたそれは浅く底に身を当てながらゆらゆらと流れゆく、浅い川で良かったと安堵しながらソレに手を伸ばす。

水をたんまりと吸い込んだ衣服は重く、気味の悪いほどに膨れている、顔が仰向けになっていたのが幸いした、息はあるようだ。

と、視線が止まる、早々に陸にあげるべきなのは頭で理解しているつもりだが、それはこう、あまりの突然の事態に思考が鈍る。

停止したのは時間にして数秒だ、だが人の命を左右するには十分な時間だ、愚かしいことに、このような時にうろたえるだなんて、自分はここまで甘ちゃんだったのかと毒づく。

苦しげに呻く他者の声に一気に心に熱が入る、急がないと、先ほど、自らの体で水の冷たさを確認したはずだ、頬に手を触れてみる、恐ろしいまでに冷たい。

「日常に飽きた飽きたと口にすればっ!非日常がやってきた」

革新だ、革命だこの『人型』は、この山の周囲には強力な人除けの策が何重にも張られている、病的なまでに、土中にも空中にも水中にも、時空の境目にまで病的なほどに外界を遮断する。

その道理を完璧に無視して人が流れてきた、しかも!、しかもだ、種族まではわからないが、飢えに飢えた本能が告げる、これは待ちに待った、先ほど言葉で誓った、我が物にすると誓いたてた『男』だ。

ラッキー、"流れてきた"

「……うぅ、物凄い、悪意を感じる、例えるならこの体にしみ込んだ冷水の如く」

「なんと面白い、面白いものを見つけましたっ」

重いソレを引きずるように陸に上げる、呻きは大きく、どうやら悪夢に魘されているようだ、木陰にまで連れてゆき木の根に寝かす。

真っ黒な髪が印象的だ、生まれて初めて見る白や銀以外のその色合いに自然に眼が奪われる、肌もやや赤みを帯びており、何と言えばいいか、凄く"生きてる"感じがする。

輪郭はやや丸みを帯びていて少年と青年の間にある微妙さが何処か滑稽で、愛らしい、他者に対してそのような感想を抱くのは初めてなのだが、素直にそう感じることができた心に感謝する。

彼の種族がわかれば良いのだが、書物や文献でしか他種族を知らないことを差し引いても彼の姿には思い当たるものが無い、耳は丸く、体にも特別な部位は見当たらない。

身長はレフェより"かなり"高く、服は水を限界まで吸い込んでブヨブヨと揺れる、見たことの無い素材だ、水分を吸いこんでいるのに妙に肌触りが良くツルツルとしている。

木々の繊維とも動物のそれとも違うものだ、というか服がここまで水を吸いこむものだろうか、吸い込んで、膨らんでいる、まるで風船のようだ、絞れば安易に水が抜け、さながら魔法のようだ。

とりあえず、冷たい水を吸い込んだそれは既に防寒具としては役立たずだ、不可思議な素材でもソレは変わるまい、すぐさま脱がしにかかる。

「おー、ぬぎぬぎー」

「きゃーっ」

まるで三文芝居、性の立場が逆転しつつ意識も既に覚醒しているようだがそれを無視して行動に移る、打ち揚げられた魚のように見っとも無く身悶えるが弱弱しく、抵抗にすらなっていない。

(ん、どうやったらこの服脱がせれるんだ、胸元も織り目もめんどくさい)

「ちょちょっと、ストップストップ、なんなんだ、なんなんだこの状況ッ」

低い声だ、自身も女性らしからぬ低音だとからかわれる程だ、周りが女性しかいない状況はその違和感を強く浮き彫りにする。

男性とはもしかしたら自分のような声をしているのだろうかと密かに思っていたのだが、実際に耳にして、その予想が大きく外れていることに気づく。

寒さのせいだろう、青紫色に色あせた唇から紡がれた言葉は、何処か柔らかみを持った印象を与える、想像の内にあった声はもっと硬質的なものだった。

これでは自分の声よりも、彼の声の方が幾分か女性じみていると思える、ああ、そういった事もありえるのか、想像とは想像の内をでないことはわかっていたのに。

「えーと、とりあえず、自分でその服を脱いでもらえます、寒いでしょうに、その間に火がつけれそうな小枝を拾ってくるので」

「あ、白い」

呆けたように呟いた彼、その両目が真っ直ぐにレフェの瞳を射抜く、彼の言葉はレフェの容姿を指しての事だろうが、こちらの感想としては真逆の言葉を捧げたい。

黒い、漆黒の、その色に息をのむ、人の瞳の色は種族によって様々だ、それでも、黒塗りの瞳とはどの本にも一言も出てこなかった、黒は真夜中の色であり、生物に、両目に"ある"色ではない。

だからこそ非現実なそれを美しいと思いつつ眼を背けたくもあった、禁忌を犯そうとする咎人のようだと、色合いも罪の色に相応しい、だが、全てを差し引いてでも、執拗なまでに、美しい。

「お婿さんがいい塩梅なので喜びも最高潮です、あー良かった、先ほど誓った事がどれだけ不注意だったかと反省中、それはもう猛烈に」

「え、と」

「えと?」

「ここは何処なんだろう?……君は誰?……いい塩梅って…えーと、待て待て待て、少し考えさせてくれ」

「はいはい、幾らでも待ちますよ」

そのうろたえながらも、意外に冷静さを失わない姿に関心して頷く、男とは――のイメージの中にあった雄々しさや荒々しさを無くして、愛らしさや可愛らしさを加える。

そうすれば彼の完成だと勝手に計算式を描く、服をいそいそと脱ぎながら思案する彼を横目に適当に近場の小枝を集める、若苔の生えたものばかりで湿っている。

これでも術を行使すれば何とかなるだろうと、一か所に集める、不思議そうにそれを見る彼、へへーっと自慢げに右手を振るう。

「火よ宿れ、小さき者よ」

水場の近くなので大きな火の術を扱うのは難しいが、焚火をするぐらいならわけがない、言葉が言い終わる前に術が発動する。

本来なら長い口承を必要とする魔術も一族としての特性から簡易なもので済ませられる、何でもあらゆる魔術に対して、『簡易化』させる事ができるらしい。

他の種族がどのように魔術を行使するのかは知らないが、これも種族としての圧倒的な資質の差だと教えられた、一度見た魔術なら他種族より上手に扱える。

里の大人たちはそれが神に愛されている印だとかなんだとか、箱庭の中で自らの特性を誇るだなんて、空を自由に飛びまわれる鳥が、籠の中で翼の性能を誇るのと同じだ。

「うぉぉぉ!?火、火ッ!?えぇー」

「……先ほどから貴方は驚いたりうろたえたり、そんな表情ばかり見せて、笑顔の一つでも見たいと思うのですが」

「いやいやいやいや、何せ寒いし、寒いし、寒いし」

「三回も言う程に寒いのですか、いやはや、気づかなくて申し訳ないです、上半身裸で羞恥に頬を染めつつ、さぁ、温まりなさい、羞恥に頬を染めながら!」

「俺もしつこいけど君も二回も同じことを、うぅ、てか何で火がついたの?手品ですか、そしてここは何処でなんで俺は溺れていたのでしょう」

服を焦げない程度の位置に置きつつ彼は問いかける、うーんと、幾らかの答えは持っているが、幾つかの答えは持っていない、そもそも質問したいのはこっちなのだ。

うーん、うーん、初対面で焚火を囲い唸る男女、なんとも奇妙な光景だろう、赤々と燃える炎を前に言葉は続かない、こちとら田舎娘である、気の利いたジョークも言えやしないわけで。

とりあえずは幾らかの質問に答えて交流をしようと意気込む、ふんっと鼻息荒く顔を寄せると彼は驚いたように腰を引く、初めて見る異性の上半身は凹凸もなく軽やかで、やや骨組みの"雑さ"を除けば機能的だと思える。

まじまじと見つめるのもアレなのでちらちらと見つめながら距離を稼ぐ、寄る、寄る、寄る、田舎娘は遠慮がないのだ、地方者の不躾さと受け取ってくれたらこれ幸いだ。

「し、質問に答えてはくれないのかな?…かな、えーと、綺麗な……人、さん?」

「よし、結婚しましょう」

「……へ」

まるで赤子のように無垢で無知で、呆けた表情、これはまた、言葉をそのままに受け取って、心が置いて行かれたように、凄く愛らしいと思った。



[1513] 異界・二人道行く02
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/07 08:34
「し、しません」

「断ることは出来ないです、何せ!」

自分を指さす、名も知らぬ彼はおかしそうに眼を細める、理解力の方はいまいちのようだ、先ほどの会話からもあまり知性が感じられない。

自身の知性は高みの"高見"で下界を見渡せるほどに突っ切っているので、自称ではなく、悪知恵はすこぶる得意なのだ、なので丁度いい。

丁度いいバランスで補えそうだ、あとは契りを果たしてしまえばこっちのものだ、口上でもなんでもいい、約束を得るために知恵と知識と、悪意を働かす。

欲しいものを得るのだ、季節はまるで祝福を告げるかのように、狙ったかのような気持ちの良い青空、うたた寝する暇はない。

「貴方の命の恩人なのですから、奉奠・蜜癒(ほうてん・みつゆ)こと、レフェ・ミツユの名を貴方に授けましょう、本来なら前者の名前は人に与えたくはないのですが!ここはもう、伴侶になるのですから、何も悪意なしで預けちゃいましょう、むしろあげちゃいますよ」

「命の恩人……」

ふんふんと小気味よく頷く彼、水で濡れた前髪からその度に水滴が零れおちる、丸みを帯びた優しげで柔らかな黒い瞳に紛れ込んだそれを煩わしげに拭う。

子供な仕草にドキドキと、もしかしたら本質的にっ、好きなタイプなのかもしれない、いやいやいや、それではこちらの弱みが握られてしまう。

「ほーてん」

「うぅっ!?いきなり、いきなりですかっ!!お、おぉぉ、これでも里では長の孫娘として優秀かつ天才肌かつクール&クールで通っているのに!あああっ、忘れてた!?あと美少女っ!こ、これ大事!」

「……うん、確かに綺麗だけど、むはー、命の恩人かぁ、えっと、江島恭輔と言います、助けてくれてありがとうございます、あと美少女ってのは言わなくてもわかるから、あんまり大事じゃない、かなぁ」

「……う」

肌が赤く染まる感覚、照れで染まるのとは違う、もっとあたたかな、例えるならこの春の日差しのように頬に優しく熱がこもる、何処の"誰"の感情だ、これは。

攻め手と受け手が逆転している、流石にルゥのように言葉巧みに他者を操る術を自身が持っていないのは自覚している、だけど長の血筋と生まれたからには客観的に自分を見る力は自然に備わっている。

なのにこの様だ、エシマキョウスケ、不思議な響きだ、どこの種族でどこの出身だろうか、そんな疑問もあっさりと消える程に、夢中にさせられる、僅か数分の会話で、がんじがらめだ。

怖いと思う反面、楽しいとも思い、もしかしてこの眼の前の存在は自身の天敵なのではと思う、このような少しの会話で、表情で、自分の心を掌握されつつある。

天敵だ、天敵、効果抜群なのだ、エシマキョウスケは、レフェにとって圧倒的上位から攻撃を与えることが可能なのだ、そしてこちらもそれを痛みと感じずに愛情に変換させられている……気がする。

好き好き――になるということだ、この冷徹で冷酷と言われてきた自分が、狩りと偽って憂さ晴らしで「おおきないきもの」を殺す姿を悪鬼のようだと言われた自分がだ。

なのであたふたと手を振ってあっちこっちに視線を彷徨わせ、彷徨わせた後に視線を地面に落とす、言葉は出てこない、沈黙の間も不思議と気まずさは感じない。

「……えー、恭輔って呼んでください、あと、君のことはホーテンと呼ぶな、質問の続きなんだけど、ここは何処だろう?…凄く自然が沢山、空気最高なのはいいけれど、見知らぬ景色だ」

「えと、ですね、この場所はという意味では白磁の森ですけれど…もっと広い意味で言えばココロネ谷の白の古人の土地ですけど、んー、それでも納得って顔ではありませんね」

「聞いたことがまったくないや、あははは、ヤバい、かなり悪い夢なのか」

「こっちとしてはかなり嬉しい現実なのですけど、もしかしてキョウスケさんは外から来たのではないのですか」

てっきり外界の人間が何かの事故でこちらの土地に紛れ込んできたのかと思ったけど、彼の無恥さはそんな言葉では片づけられないほどに無垢だ、"衣装のような"服装も愛らしい言葉遣いも、全てがこの場所に似つかわしくない。

どう似つかわしくないのかと説明しろと言われても困るが、そうだ、まるで異邦人の如き立ち振る舞い、そんな詩人じみた言葉の羅列に軽く頭を振る、だけど、もしかしたら。

それは確信めいたもので、それは運命のようで、口が滑る…"さん"はないか、さんは……よし、外しましょう!

「そと?いや、家でみんなで飯食べてて、それよりもさっき、火をつけたのってなに?」

「火?あぁ、詠唱が少ないことや術具を持ちえないことが不思議でしたか?……えと、き、きょうすけ」

「うん、遠慮しないで命の恩人で、えーと、もういいや、結婚しましょう、命の恩人に頼まれたらこれはもう仕方がない、仕方がないって言ったらダメだ、えー、えーと、さっきの火をつけたーの質問なんだけど、そーゆー意味じゃなくて、ライターか、そのマッチ、もしくはのうりょ」

「魔術ですよ?」

言葉の終わりを聞かずに遮るように呟く、別段いやがらせがしたいわけではなく、自然に出てしまった、もしかしたら彼の言葉の中にあった聞き捨てられない発言に興奮したせいかもしれない。

そうだ、肯定したのだ、結婚すると、あまりの突然のそれに早鐘の如く心臓は鳴り響き、耳奥からドクドクと、いや耳奥からではなく心臓の鼓動が鼓膜に反響しているのか、危ない危ない、興奮のあまりに思考は真っ白。

意味のあることなど頭の中にはありはしない、歓喜の感情がぐるぐると螺旋の形で踊り狂う、とにもかくにも、その思考が読まれることはひじょーーに恥ずかしいので、短めで冷たい言葉になった事は否めない。

「まじゅつ、お、おぉおぉぉおおおおおおお!」

ガバッ、勢いのままに立ち上がる彼、その体に纏わりついていた冷たい水の残滓が空に舞う、赤々とした火の餌食となり蒸発する様を見つめながら突然の奇行に反応が遅れる。

「ど、どどどどど、どうしました?」

「ファンタジー!どうりで見覚えの無い光景だっ!どうりで君の服装や尖がった耳もこの大自然も、どうりで"道理"だっ!うわぁぁああ、どどど、どうしよう」

「あのぅ、凄くニヤニヤしながら言われても、全力で両手を空に突き出されても、貴方の言葉が抽象的すぎて、その、言っている意味がまったくもってこれっぽっちも理解できないのですが」

「いや、そこまで冷酷な対応されると少し哀しいんだけど、結婚したら熱は冷めると言うけれど、熱もないまま結婚した際にはこの言葉は当てはまらないわけで、これからどうなるんだと思う?」

「こっちは最初からかなり燃え上っているのですが、ああ、あと、こう見えても自分、周りの人間からは冷静・冷酷・冷徹、飛んで、悪鬼無双と呼ばれてます、さりげな結婚ワードがとても良いです、良い子良い子」

こっちも自然と立ち上がり、彼の黒い髪にそっと触れる、見上げる形で瞳を強く射抜くと、おもしろそうに口元をつりあげながら膝を折る、頭を撫でても良いと、まるで大型の動物の機嫌を伺うみたいな心境、悪くはない。

何せすべての過程を無視して結婚するというのだから、何かを育む動作や言葉はいくつあっても足りないほどだ、足りないからこれから埋めに埋めて、あぁ、でも里の中ではそれも無理だろう。

異種族との結婚だなんて里の人間が認めてくれるわけがない、ルゥあたりならその柔軟な思考で理解を示してくれるかもしれないが、頭の固い年寄り連中には無理だろう、あぁ。

数分前の自分に言いたい、凄いね、奇跡は起こる、腐りきった世界からの離脱の瞬間は確かにあるのだ、ずいぶんと待たせてくれたなと思ったより柔らかな彼の髪を撫でながら思考する。

もう里を出るっきゃない、てか、命の恩人に無理に結婚を押し付けられて、なにもかも受け入れる目の前に彼はどれだけ受動的な生き物なのだろう、なにせ数分での出来事、相性がいいのだ、運命的相性、だからこそ怖い。

だが一寸の隙もなく彼の示した言葉と意思は嘘ではないのだと理解できる、心の機微の裏を読んで読んで読み切っても、まっさら、ましろ、怖いのだろうか、怖いのだろう、目の前の人は頭がおかしい、おかしな夫になる。

だから、この里をでるしかない、いい機会だ、外の世界を知りたいと自分は常に思っていたのだ、それはずっとずっと、ずっと、言葉では表現できぬほどに、腐った日々がより腐るほどに。

「悪鬼、もはや性格云々じゃない、もはやそれは……渾名とかそんな類のものだと思うんだけど、でもそうか、異世界で嫁さんもらう羽目になるとは、てかどうして異世界に、異世界、ふぁんたじぃ、自分で言えば言う程に嫌になるな、でもどうして来れたんだろう、あれか、つい先日買った海外の小説に憧れを持ったからかーむはー、理由がわからない」

頭を撫でながら少しずつ腰が折れ足が折れ首が折れ、そのまま膝を抱え込んで座り込むキョウスケ、言葉の端々から推測するに、本当の本当に異邦人のようだ、異世界からって、どのような絵物語でも結局は空想の中のもがきでしかないのに。

実物が目の前で落ち込んでいるし、夫だし、結婚まで数分だし、相性が最高で、ある意味最悪でもあるし、もう神様に感謝である、この世界に、自分以外に感謝する日が来るとは、嬉しい限りだ。

「違う世界からのお婿さんって本当、いい響きですよねー」

「いやいや、どちらかと言えば俺は蜘蛛の糸にがんじがらめにされた虫とかじゃないかな」

「その心とは!?」

こちらもついエキサイト気味に、あぁ、おもしろい、波長が合うとはまさにこのこと、言葉の運びも笑顔もなにもかも頭の大事なところをびしびしと刺激してくる。

うはーと彼は頭を嫌々と首を振りながらも言葉を選んでいるようだ、なんにせよ、それを待つしかない、ちなみに嫌々と首を振ったのは頭を撫ですぎて痛くなっちゃったらしい、ごめん。

愛らしさは時に傷となりえるのだ、新発見、この閉鎖的な村では得られなかった教訓だ、心の大事なところに刻んでおこう、キョウスケは撫ですぎると凄く嫌がる、と。

今日だけでも、というのは違うカナー、この数分だけでも新発見の連続だったりする、おもに目の前の世界の異物のことに対してだけだが、おもしろい、おもしろすぎる。

思考が他者に埋め尽くされるのは歓喜の極みだ、極みに極めて、いつか彼が死すときが自分が死す時、水車の"回転"に巻き込まれてぐちゃぐちゃーと一つにしてほしい。

田舎娘でオシャレなものをしらないのでそんなもので勘弁してほしい、憎むべきは文化の華咲く外の世界、あぁ、違った、憧れの文化の華咲く新世界。

「その心とは、意外と気持ちいい?」

「好きだっ!!」

おバカなやりとりは木が爆ぜる音に溶けゆく。



[1513] 異界・二人道行く03
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/10 11:32
「むぅ」

こちらはいくらでもかまってほしいのだが、彼は彼で持ち物の確認やら、どうして川で溺れていたのか、等を考えつつ首をかしげている。

何もかまってもらえない時間、本当の話、服が乾くまでの、彼の体の震えが癒えるまでの時間なのだが、そんなことは知らない、彼の姿を脳の奥底に焼き付ける為に凝視する。

これからのことをどうするか、それを考える方が合理的なのだろうけど、合理的では愛は燃え上がらない、燃料"違い"で壊れるしかない、だから説明書通りに独占欲で愛を統べる。

支配者気質なのは族長の孫娘だからなのか、それともこの一族の身体的性能から来る優越感からなのか、ただ単に愛に狂って脳内がハレルヤだからなのか、確かめる術はない。

術はないのだから確かに世界に残る言葉を選ぶ、選んでみたら、相手はひどく驚いた顔をしていた。

「ありがとう、おぉ、服が乾ききったみたいだけど……さようなら、俺の服」

とてとてと歩き、せっかく限界まで水気を絞り乾かした服を……焚火の中に放り込む、見たこともない色合いで燃え上がる火を見て笑う、笑う。

二度手間だし、なんで燃やしたのかと、彼の表情を見たらなんとも言えずに、もしかしたら何か意味があることなのか、本人以外に知る術はない。

「えーと、燃やしていいのですか?……あのモコモコしたの、その、結構色々と細工してたみたいだし、なんというか、縫い目があれほどに綺麗なものなら高級品でしょうに?」

「いや、俺の世界ではそこらで安易に手に入るよ、お気に入りだったけど、あれじゃあ、目立つだろう、目立つとほら、みんなが怪しむ、怪しむと苛められる、それは……怖い?」

心の底からおびえているようだが、何が彼をそこまで追い詰めるのか、飄々とした態度とは別に非常に臆病なのだろうか、確実にそうなのだろうと思いつつ、一応曖昧にしておく。

それでは服を調達しなくては、でも女性用のものしか里にはないような気がする、まあ、それ以上に彼の姿を里の人間に晒すことは非常に危ないので里を抜けるまでの間、どこかに……隠さないと。

里を出る事を前提で考えている自分に少しだけ不安になる、ああ、恋は盲目というけれど、さてはて、愛はなんなのだろう、しかもこれほどまでのスピードで、成熟した愛なんてあるのだろうか、多分ないな、ないでしょうに。

「適応、早いですね」

「臆病なだけです、もし放り出されて、一人だったと想像すると、ぞっとする、だからホーテンがいてくれて良かった、ありがとう」

「あ、ありがとうはこちらのセリフです、頭の悪い女、って、弱みに付け込んで結婚を迫るだなんて」

「いやいや、まわりにもさっさと結婚しろと毒をはかれて、もうこれはもう、って感じだったから、まあ……違う世界でなら"重婚"とか大丈夫っしょ、異端に育てられた俺が人間の常識を外れたってバカだと笑われるだけだし、なにより、ホーテンのことが好きだ、えらく困ったよ、一目ぼれに無理やり"させられる"なんて、初めて聞いた、初めての世界で初めて会った少女と結婚、それは、うぁぁ」

「……初心な異邦人」

とにもかくにも、どうしましょうかと、感情なさげに言葉を吐き出してしまう、相談する相手が無垢で純真な人種で、恐らく異世界の住民だからではなくこの人特有のものだろうが。

だからこそ相談するに足る相手だとはあまり思わない、それは愛してる云々の理想論ではなく、単に能力の話だ、彼は賢くはない、そしてお人好しで……おバカさんだ。

バカに思考を回転軸に乗せて回すことは物凄く難儀だ、難儀なうえ、ろくな結果がついてこない、だからこれからを定めるのは自分の仕事だろう、ああ、これから先の人生、もしこの世界に永久に彼があるのなら。

永遠に彼の思考の肩代わりをしてあげないといけない、いやぁ、なにさ、最初から気づいていたさ、自分が世間知らずの冷徹人間で、彼が愛され上手な異邦人だとしても、最初から気づいている。

目の前の少年は非常に危うい魅力を内包した歪なものだ、それは先ほどの言葉と同じく、彼が異邦人だからではなく、彼が彼であるからこその異常なのだろう、自分が愛情で支配されるまでの時間は僅かなもの、恐ろしい支配力とでも言おうか。

物凄い拾いものだ、この自分の才覚に、能力に相応しいかどうかを吟味する手間すらいらないのはありがたい、良いものが転がり込んできた。

「う、初心かどうかは、でもどうするの?色々お互いの事情やら何やらを聞きたいし、このままここで色々と話してもいいけど、ずっと辺りを忙しなく見てるから…もしかして俺って他人に見られたら危ないのかなーなんて思ったり」

「思ったり?」

「するわけです」

綺麗に言葉を紡げたのが嬉しいのか、やけに胸を張る、男の人には胸が……ないのですね、恐らく世間的にずれた事を思う、世間的、異世界とか外界のことか、世間のことじゃないや、失敗…デス。

しかし予想外の言葉だ、どうやら思ったよりは鈍くないらしい……信用はまったく出来ないけど、肯定の意思を示し頷いてあげると、花咲くように笑った、太陽の光を浴びた花々のようだ、しかも雨のあとの、濡れてますし。

心臓は早鐘の如くと例えたけど、今のは里の祭りで扱う大太鼓のような重音を持って体を骨の芯から揺さぶりかけた、あ、危ない、鼻の奥に熱いものがこみ上げる、とても危険な兆候である、自分、自分っつつ!危険だっ!

いつかこの無敵な攻撃に、無敵な防御で応えたい、とりあえずの目標、顔を朱に染めてそっぽを向くだなんてそもそも自分のキャラではないのだから、違うったら違うのだ。

もしかして一生このまま無抵抗でなぶり殺しにされるんじゃないのかと、恐ろしい暗黒未来を垣間見る、う、うえぇ、恐ろしい、我が夫は最強の敵、どんな夫婦だ、ライバル関係夫婦、とてつもなく汗臭い文字列だ、やっぱり、恐ろしい。

「そうです、見られるとあまり好ましくない状況を生みます、殺されることはないと思いますけど……半殺しには確実にあいます、半殺しの加減を間違える可能性も高いです、全殺し、つまりは死です」

「大自然の中で過ごすと、そんな思想にいきつくのか……恐ろしい、今まで知らなかったことだらけだ、田舎の村で都会の人間が殺されることは推理小説の基本だもんな」

「すいりしょーせつ?まあ、ここは禁忌の地的な扱いを大陸ではされてますから、掟的なものが他の土地の人に理解されにくいのは当たり前と言えば当たり前、でしょう?」

「当たり前ってそんな物騒な言葉だったけ、あと、その、頭を隙あらば触ろうとするのは、いや、いいけど、いつでもいいですよー、ただ、多い」

「黒い毛並というのが、こんなにいいものだとは」

「け、毛並って、毛並って、毛並って」

「……はて」

そこまで嫌がられると、少しだけからかいたくもなるが、自然、この人の落ち込んだ顔は………胸が張り裂けて、バラバラの、出来の悪い積み木の城になりそうなので、やっぱり甘やかす。

そんな表情で心が破壊されるだなんて何事だ、何事なのかはわからないのだが、何者なのかはわかる、自身の夫である、愛らしく可愛らしいので未来永劫自分のものと決めました。

約束を破った場合は自分でも許さない、自分を殺し、死体の四肢をもぎって、山豚に食わす、ああ、死んだらそれも無理か、誰かに頼まないと、夫に頼む??まさかぁ、泣くでしょう、この人は。

そんなことをさせた奴は殺す、自分、無限の思考だなぁ、下らないがおもしろいです。

「毛並って、なんだか動物みたいな言い方だから、あぁ、違う世界から来てるから動物扱いされてるのかなって、思ったり」

「失礼な!」

「……怒鳴られた」

凹ませてしまった、でも流石に聞き捨てならなかった、先ほどの誓いをもう違えてどうする、いや、これは教育だからよいのでは?教育の範囲だろう、彼は無垢なのだから。

違う世界ではどのように生きてきたのかと思う、こんなに無垢な魂なら悪意の対象になりそうだが、自分のように普通じゃない存在、心の中がどす黒く外面は綺麗な存在、まさに悪食の化け物のような存在が彼を庇護していたのだろう。

「ど、怒鳴ってましたか?ええと、だって、あまりに酷い物言いでしたから」

「ご、ごめん」

沈黙は苦しく、自身で息を止めているのかと錯覚するほどに息苦しい、どうにか言葉の繋がりを探すが、どうしようもなく、沈黙だけが停滞を支配する。

謝るタイミングを逃してしまった、先に向こうが謝るとは思わなかった、とことん折れる、折れて折れて相手に身を任せる、夫である、頼りなくもおもしろい。

「はぁ、もう、こちらの言い方も悪かったです、ですが、貴方は動物でしょう?例え二足で歩こうが、その地で焚火を得られようが、動物は動物でしょうに」

「あっ、そうか」

「別に、なにも貴方の髪にケチをつけたわけではないです、なにせ、田舎育ちで、その、言葉の機微も、美しさも欠如した言い方になることもあると思いますが、
愛嬌と思ってはくれないでしょうか?」

「お、思う」

「よろしい」

こちらが見下すような言葉になってしまったが、彼は理解をすぐさまに示し、おかしそうに笑う、秘密を共有しあう子供たちのような笑い顔。

「兎に角、この先に森の"流れ"を見るために作られた小屋があります、そこを秘密基地にしましょう」

「ひ、秘密、わくわくするな」

一度この人の精神年齢が自分の種族に当て嵌めるとどうなのか確認したほうがいいのかもしれない、本当に……子供らしいのではない、子供そのものだ。

むしろ毛並みの話でもめたばかりだが、小動物のような愛嬌の良さだ、危うい玩具向きの生き物だともいえる、この愛らしさでこの世界を侵略しようとする兵器だと言われたら、納得してしまいそうだ。

己以外にこれに惹かれるものがいたらきっとそれは、元々の資質で、何かを庇護することに喜びを感じる、変態だろう。

「あっ、ちゃんと火を消さないと、山火事になります、蒸し焼きになりますよー」

「こわっ、焼け死ぬとかより、何倍も怖い……なんか調理の過程って感じで凄い怖い」

足でバサバサと焚火をかき消すキョースケ、とても非効率だ、川の近くなのだから燃えたぎる枝を川に蹴り込めばいいのに……それほどまでに頭の中身は空っぽなのだ。

空っぽの中身にこれから自分を詰め込んであげよう、しかしながら、それこそ男女逆転の極みだなと呆れてしまう。

「なんだよ、その冷たい瞳」

「いーえ、なんでも、えいっ!」

時間がかかりすぎるので、その焚火を蹴飛ばして……焚火を蹴飛ばすとは少し乱暴か、焚火の原因たる小枝を川に蹴り込む。

数秒で火を消す作業は終わる、延々と火を消そうと足を動かし続けた彼は酷く滑稽で、おーお、でもでも、時間がかかりすぎたら、とても、とてーも、困る。

早く事を終わらせて彼を小屋に"閉じ込めたい"のだ、誰にも見せないで、誰にも知られないでこの里を後にしたい、永遠におさらばしたいのだ。

「ズボン、焦げてしまった」

「はいはい、行きますよ、落ち込んでいてもその焦げくさい、それでいて焦げてボロくさくなったズボンは元には戻りませんから、行きますよ、れっつら、ごー」

「……ひでぇ」

去る前に一応、周囲の気配を探る、気配を探っても隣にある穏やかな鼓動と木々のざわめきしか聞こえない、清潔でさえある"ほぼ"無音の中で彼は笑った。

突然違う世界に飛ばされて、雪解けの水が流れゆく川で見事に溺れ、助けた少女は今の現状を憎むおかしな存在で、かつ、無理やりに結婚を要求され、要求を何一つ悩まず飲み込んで。

それでも心の底から面白そうに笑った、煽り見た空は果てなどないように突き抜けていて、あまりの青さに気味の悪さすら覚えてしまって、なんとも言えない気持ちになる。

歓喜は例えるなら…赤や橙だと思う、突き抜けるほどの青が喜びの色だと思うのなら、きっとそれは"きのふれた"証拠だ。

だからこっちも、最高の笑顔で彼に答えた。

「さあ、行きましょう」




小屋につくまでの間、とりあえずの話、知識とかその他もろもろを交換する、交換しつつ交流する、彼にはあちらの世界に戻る術も、あちらの世界の叡智たる品も、何もない。

どうやらこちらの世界より"便利"なものは多いみたいで、そのせいか身体能力は非常に低いっぽい、自分の体はこの世界でも規格外な種族のものなので、彼とは性能が違いすぎる。

わかるが……"それでも"なのである、何せ先ほどの場所から小屋までの距離は歩いて二時間ほどの距離、段差が激しいわけでも、道幅が狭いわけでもない、整備された道。

整備といっても、砂利まみれの土を余所に避けて、粘着性の強い土をそこに敷き詰めただけだ、それでも獣の通い道をそのまま"道"として扱うよりは幾らかマシだろう。

この里に生きる人間にとっては意識として"ちゃんとした道"と思えるほどに、この道は散歩にはちょうど良いと思えるほどに、楽なものだと認識されている、なのにだ。

目の前で…死ぬ寸前の獣のもがきを彷彿とさせるような荒い息を吐き出すキョースケ、ついつい、虫を見るような視線になってしまった事は申し訳なく思う。

……少し未来が心配になった、頭の悪い上に無知で無垢な彼の思考の肩代わりはするが、流石に足の肩代わりはできない、一生背負って面倒を見る?

少しずつ鍛えてあげよう、その決心を込めて座り込む彼の頭を撫でる、癖になってしまったようだ、汗の感覚、大量に汗をかいてしまってる……まだ少し寒いこの季節でこれなのか。

た、体力ないね……少し労わってあげたい。

「はぁ、はぁ、ぐはー、もう殺せえぇ」

「いや、結婚初日で夫殺害ってどんな流れですか、そもそも、なんでそんなに体力がないのですか?問いかけます、あっ、これ、着替えです」

「あぁ、ありがとう、うーん、さっきの話じゃあ、女ものしかないって聞いてたけど、あるじゃん、男もの……の服だよね、和服みたいだ、和服」

「わふく?かは知らないですが、それは、狩りをする時に使うような、あれですよー、えー、血がついていいように」

「確かにお洒落な刺繍の一つもないな、色も真っ黒、俺、髪も眼も黒くて…その、この世界では珍しいんだよな?」

さらに目立つのではと問いかけている言葉に、それは甘いですねーと指を振る、左右に揺れる指を追う黒く丸々とした両目、小動物っ!

危ない、つい、心の中で小動物と全力で叫んでしまった、大きい声で小動物、もはや矛盾なので何も考えずに口を開く。

「それでも黒は質素な色です、目立つ色で異常を放ち、その両目の色でさらに異常を重ねるよりは、質素なその"黒"で異常を放たずに、意識させない方がいくらかマシというものです」

「なんかそこだけ聞くと俺だけ異常、なんだか釈然としません、はい!」

手をあげる、こくりと頷く、発言を許可してあげる、彼は少し考えて…僅かな戸惑いがあるのか、丁寧に言葉を選んでいる。

「ホーテンのほうがいじょーだと思います、もういじょーつーか、異様だと思います、異様すぎて異様過ぎて、この世界の人間を初めてみた、ではなくて、もう初対面で結婚迫る時点でおかしいけど、俺は受動側、それを受け取って、ホーテンはそれを与えた、それは?刺激を与えようとしたほうが異常じゃない、いや、異様か」

「お嫁さんに異常と異様を連続で浴びせるとは、なんてことでしょう、なんてことでしょう!」

「……そういえばホーテンって何歳?………8歳ぐらい、もっと下?ひぃ!?」

「………今、何歳って問いかけて、凄く非現実な数字を呟き"やがりましたね"…ああぁ、夫である貴方でなかったら惨殺してますよ?惨殺して食べちゃいます、骨にまとわりつく繊維も」

頬を撫でながら言ってあげると、大きく震えて涙目になる、愛らしいので暫く殺気と殺意を両目に宿して甘く、甘く、甘く、甘える、聞き捨てならないからこそすり寄って、調教をしてあげる。

「ぎゃぎゃーぎゃー、ふ、服を脱がすな、折角着たのに!!ご、ごごご、ごめんって!だから、だから勘弁してくれー!」

「………かぷっ!」

「いたたたたたたたたたたたたたたたっっつうつつ!!と血っつつつつつ!!!」

馬鹿なうえに、血が甘い、外界には血を吸う種族が夜に闊歩すると言うが、自分がそのようなものと同一になるとは、人生わからぬものである。

つまりは彼の首に噛みついたのだ、汗に塗れた褐色の肌に深々と歯が沈みゆく感覚に陶酔にも似たものを覚える、おしおき、どのようにしようと思ったけれど。

自然と彼の肉を口に、口いっぱいにほうばりたいと思った、しかし肉を削ればそこは膿み、死ぬ可能性もある、まして衛生的に……清潔とは思えない、埃と湿気…この部屋ではその可能性も高まる。

傷つけたくないけど血肉は欲しい、ならば、固体ではなく液体はでいい、刺さった歯は神経に訴え、痛みを発生させる、数秒で考えた「おしおき」にしては本当におさまりがいい。

これからも何度もしよう、そう思いながら血をのどに流し込む、獣の内臓は体に良いと、無理に食べさせられた幼少の記憶が過る、生き物の一部だった"物"の生臭くも芳醇な味わい、ああ、上品に、おいしいです。

「ふふふ、はんせいしまひたか?おいひい、おいひい」

「ぎゃー、なんかエロい、エロいつーか、エロ痛い、はっ、それは破瓜っつ、照れる!」

プスッ、冗談ではなく本当にそんな音がして、首から口をはなす、……首筋の二つの”あな”から唾液と血液が溶け合ったものが橋となり光る、薄暗い小屋の中で鮮やかに……太陽の下じゃないのがとても残念だ。

今度は外で血を吸わせてもらおう、二つの方針が決まった、良いことをした時と慰めるときは頭を撫でる、身長差が激しすぎるので、彼に協力してもらわなきゃ、そして悪いことをした時は彼の血を吸うこと。

生気溢れているのだから、白い自分に血を与えてくれとでも言えば、押しに弱い彼なら頷くだろう、なにせ過去の実績がある、過去は数時間前でしかないのに、それでも過去なのだから面白い。

これからも未来に幾度も血を啜り、過去にその事実がいくつも横たわる、なにせ彼はおバカで無知なので叱る機会はいくらでも転がってくるだろう。

「舌が蕩けます、脳が呆けます、おいひい、おいひい」

「……ごめんさい、謝ったから、もうこんなことをしないでね、本当に……血を吸われる感覚って熱が奪われるみたいで怖いや、痛いし、少し気持ち良いのがより悪いなぁ」

「……ぷい」

「そっぽ向くなよ、いや、またする気まんまんなのか、すげぇ嫌だ、もう離婚になるぐらいだよ、これ」

「離婚はしません、もし片方が死んだ場合は片方がその肉を食べるのです、キョースケは意思が弱そうですから途中で嘔吐するでしょう」

「えー、そりゃするよ」

「吐き出した嘔吐物ことレフェの肉片とキョースケの胃液が絡み合った汚物はそのまま汚らしい地面に落ちて、汚らしく淫靡な音をたてるでしょう」

「…………おぇ」

「その砂利にまみれた汚物もきちんとその両手ですくい上げて、噛み砕いてちゃんと食べてくださいね、ください、ね?」

「い、いやぁ」

「めっ!」

胸元を軽く拳で小突く、それに対して仕方なく、心の底から仕方なく、彼は頷く、少し泣きだしそうだったりする、吐き気のせいで少し涙目になっただけだろう。

もう一度。

「めっ!駄目ですよ、そこは頷くとこですよ、もう、砂利と肉片で何処まででも食べれますぜウケケとですね」

「おえぇ」

「…………脳漿の色が食欲をかきたてるぜ、でへへ、鮮やかピンクばんざい、とですね」

「うぇぇ、俺のことを何処かの暗黒宇宙空間から飛来した捕食生命体とかと勘違いしていないか?」

「ほしょく?捕食?………レフェ以外の肉を浅ましく貪り食べてたのですか!う、浮気者っ!てい、えい、てい!」

ポカポカと連打で小突く、力の加減を間違えると胸を貫通するのでかなりドキドキである、ドキドキしてドンドン小突く。

「吐き気を促しているのホーテン?もう、とりゃー」

「う、うわぁ」

脇の下に両手を突っ込まれる、奇妙な感覚、そりゃそうか、こんなところを人に触られたことなんてない。

そのままの勢いで持ち上げられる、抱きしめられる、うわぁ、しあわせだぁ、と思う、冗談ではなく、冗談も冗談なほどに、一寸の隙もない。

頬を寄せられて、あたふたと手を振りながら逃げようとしてしまう、意思と肉体がかみ合わないだなんて、生まれて初めてである。

「だってしょうがないじゃん、俺の世界の常識ではホーテンはどうみても幼児にしかみえないわけですから、例外はいたけれど、俺の近くにいつもさ」

「見た目が幼児の存在と結婚しようとしたのですか?それは外観的なものでしょうに、多分、普通はその存在の成熟した魔力ではかるのですが、年齢は」

「まりょく?」

「そうです、魔力の巨大さ、属性、資質とは別に、魔力には"若い・老い"がありますから、それをはかれば相手の年齢も種族の壁を関係なしに"大体"で知ることができるのです」

「へー、そして自分の無実を証明する為に言いますが、俺は別にホーテンが幼いからとか、そんなことを深く意識せずに、あー、言葉を選ぼう」

「よろしい、です」

少し間を稼ぐ、促す。

「だ、だから、結婚してって言った事も、全部を彼方に放り投げても、最初に見た君がしろくてしろくて、白くて飛びっきり綺麗だったから、承諾したわけですよ、赤の他人でもなんでも、そーゆー、交わらない関係は嫌だったわけさ、だからの即断、だから、幼いとか云々は関係ないです、何度も言います、ちなみにこの年齢の
俺の世界の”れいちょー”な生き物は、凄くおっぱいやらのデカさとかに、恥ずかしいけど、こだわります、でも、それを全て消し去るほどにホーテンは綺麗だったから、真っ白で粉雪みたいに美しかったから、そんな存在に結婚を迫られたら、もう嬉しいだけ、だから死ぬまで一緒にいよう、望むならその先まで、えーと、死体は食べてはあげれないけどさ、いいよ」

絵本の中の王子様のようだと思った……こんな"天然"とこれから永遠に寄り添うのか、とても危ないぞ!

悶え死ぬ未来なんてごめんだ、だって実際問題、今、この瞬間に悶え死ぬ寸前にまで意識を放り投げられている、キョースケはレフェを食べないと言ったけど。

彼が先に死ねば毛の一本も残らないほどに丁寧に完全に平らげて、自殺したい、素晴らしい完結の形に顔は笑みを作る。

「できれば食べきってほしいです、さて」

キョースケは首筋についた血の喪失の後を煩わしそうに拭う、これから徐々にならしてゆけばいい、三食の内、一食は彼の血で補いたいぐらいだ。

他の種族より発達した尖がり耳がピコピコと喜びで揺れる、ゆれるゆれるゆれる、こんなに耳を"ピコピコ"と意味もなく遊ばせたのは人生で初めてだ。

よく、里の皆から生まれたときからまったく動じない耳だ、とよくわからない悪評が流れるくらいに、耳を動かして感情をあらわすことを下品だと決めつけていた自身に少し反省。

「どうする?里を抜けるって本気なのか?……そのぅ、俺のせいだったりするよなぁ、するんだよなぁ、でも俺が自分の意思でこの世界に来たわけではないのにな、
自分の意思で長年住み慣れた場所を、親しい人を置いて里を抜けるのは、何か逃げのようで、違うような気がする、偉そうに言ってごめん」

「いえいえ、いえいえいえいえ!」

「すっごい、そんなに!?」

「はい、それほどまでにキョースケの言っている事は荒唐無稽なことで、レフェには本当に"くだらない"ことですよ、ああ、あなたが愛情を込めて言ってくれた言葉なのに、あなたのことは愛しているのに!何も思いません、だって、里での停滞した生活より、親しい、と言えますかねぇ、まあ一人"いましたが"……そんな有象無象なものより、あなた一人の方が全てにおいて重い、あなたは冗談だと笑うでしょうがね、あなたに何かあれば、あなたの体に僅かな傷を、少しの汚れでも、里の皆を惨殺、惨(むご)たらしい死を、惨(みじ)めたらしい死を与える、優しいキョースケにそれは耐えられないでしょうに、自分のせいで他人が虫のように殺されたりしたら、あぁ、出来ないと思わないでください、それほどの力を、傑作たる才がレフェにはありますから、だからこの里を抜けることは結果的に最悪の未来を完全に封殺することになるのです」

「長い言葉を理解できる知性はない、小難しい…うわー、自分がバカだって再認識なわけで」

「おバカさんはおバカさんらしく、頭のよい人間に従うべきです、です」

「……なんで耳がピコピコしてんの?」

「………はっ!?」

完全に無意識だった、自分の体が勝手に反応したのだ、まずい兆候だっ、なんだこれ、今更ながらに。

今更ながらに逆調教、あぁ、恐ろしい、恐ろしい、それもそれでいいのか?いや、それは、それじゃあ、悪いだろう。

これでは主従の意味では、こちらが下位に落ち着いてしまう、あーぁぁぁぁぁあ、物凄く恥ずかしい、恥ずかしいので右手で右の耳を掴む。

そして左手で!

「んー、こうか、はむりん」

意識が肉体に指示を下し実行に移るまでの、そんな刹那に、何に気付いて彼はそれを行ったのだろう、左耳を噛まれる。

いやいやいや、そこは、左耳を、掴むが正解でしょうに、本当におバカな…………あ、あぁ………あああああああああああああああああああああああああああ。

「はむはむ」

「きゃー、ひゃー、わひゃ」

「………女の子の叫び方にしては個性的だね、ぺろり」

「ひゃう」

最後に一舐め。

「かぷ」

「うぅぅぅ…うーーー、ぅぅううううー!!」

否、最後に一噛み、強い視線で射抜く、睨む。

そんな眼をしても無駄だと言わんばかりに、ニコニコと笑いながら手を振る、謝らないよーと、ニコニコ、ど、どちくしょう、である。

気持ちは一つ、どちくしょう。

「睨まないでよ、そんな顔をするともう一度やりたくなるよ、赤くなっちゃって、かわいー、かわいー」

まるっきり子供扱いで頭を撫でられる、撫でたり撫でられたり、わけのわからない関係である。

それでもその手の感触があまりに心地よいので、主に甘える"どうぶつ"のように眼を細めてしまう、思えば他人に頭を撫でられるのは……初めてかもしれない。

初めてのこと、初めてとは、とてつもなく鋭利で恐ろしいものである、それが愛する人間から与えられるのなら尚更だ、鋭利に突き刺さり、恐ろしさに身を震わせ、歓喜を覚え、調教される。

愛するが故に初めてを受け入れるのだから、愛する事はひどくこわい、こわい、こわいこわいこわい、あっぁ。

「いいこいいこー、おーよめさーん」

「お、おむこさん、です」

「いえす」

満足げな声、どうしようもないなぁ、それは絶対にどうしようもない事なのだ、お互いの気持ちの確認、異常下にある新婚さん、異常な二人が結びつけば異常がより巨大化され、ぁあ。

もう。

「でも、俺としては挨拶した方がいいと思うんだよ」

「むぅ」

「むぅ、と言われても、育ててくれた人、お世話になった人、仲の良かった人、俺と天秤にかけるのもそりゃ、結構、俺を心配して、か」

「?」

「それも理由としてはOK、はい、でもやっぱりそこは常識的な考えでは、許せない、恩義のある人を俺より下位に置くのは、気分としてよろしくない」

強く睨みつけられる、強く強く、射抜かれたのだ。

しかしレフェとしては、その言葉に素直に頷くわけにはいかない、これから先、遠い未来まで共にあると誓ったのだ、だからこそ、最初の最初で譲るわけにはいかない。

そうだ、キョースケの身を守るのは自身の最優先事項だ、死んでしまえば、貪り食って自殺、と醜い未来が待っている、それはそれで美しい最後なのかも、でも嫌なのだ。

願うなら……一秒のズレもなく、同時に死ぬ日を、貪り死ぬ結末を、だから否定の意味を込めて、手で彼の次の言葉を制する、それでも構わないと彼は口を開く。

「それで死ぬような結末が待っているなら俺の死体を貪り…あっ、うぅ、やっぱり怖い、怖いぃぃ」

「……びびり、あーあ、はぁ」

「でもでも、やっぱり嫌だよ、そんな逃げるだなんて、悪い事を一つもしていないのに、逃げるだなんて、そんなの、何かおかしくないか?」

「おかしくはない……はずです、だって!死ぬかもしれないことを正解とは言わないです、あー、あなたがさっき口にした常識的に、『死』は正解ではないでしょうに」

「し、死ぬのは怖い」

「しかも自分の生まれた世界ではなく、見送る人はレフェだけ、そんな状況、今は望まないでしょう?」

「ホーテンがいればまあいいけど、俺は帰れる可能性あると思うけど」

「う」

あまりの素直な物言いに言葉が詰まる、それは隙、ここが好機と思ったのか彼は畳みかけるように言葉を紡ぐ、たどたどしく、下手くそながらも必死に、だ。

曰く、自分にも親がいない、育ての親はいたけど同じ状況なら挨拶はする、曰く、レフェは何も思わないかもしれないけど俺はずっと引きずる、何せ小物だから、とか。

もう言葉多く、中身薄く、必死に……流石に愛する人間が涙ながらに訴えてくるさまは心に響く、でも、彼の為を思うなら、そこで甘やかすわけにはいかないのだ。

甘やかす、いやいや、違うか、彼の素直さや純粋さを最初に幾らか折っておかなければ、この先、彼を傷つける何かに対しても彼は無防備なままだ、この世界は何も優れてはいないけど、彼を傷つける要因だけは多くある。

「ダメですっ、だめだめだめだめだめだめ」

「好きだよー、ホーテン、だから言う事を聞いてね?」

「それがイコールで結びつくには!どう考えても甘やかしです、否、その言葉に対する返答は否!もうっ、変な知恵をつけないでくださいね、バカでいきましょう、バカで!」

「俺の方向性を決めないでね」

「くうぅぅぅぅぅぅ」

「ホーテンは凄く頭が良さそうだぁ、良いんだろうなぁ、そんなに小さく見えるのに、でもバカの力も舐めない方がいいよ、俺は本当にバカだから難しい言葉で思考を吹き飛ばそうとしても無駄だから」

「夫がおバカさんで妻が賢いぐらいが良いバランスなんです、そこは納得してください、つまりレフェの今の意見でバランスが取れるわけです、納得してください、てか……殴りますよ!!!」

「暴力に訴えた!?」

愛する人からいつまでも賛成を得られないのはひじょーに悲しいので、暴力に訴えてみる、握りこぶしをブンブンと振り回す、当たれば血のポンプです、びしゃーびしゃーびしゃー。

カツンと、鈍い音、小屋の壁……狩りで捕まえた大型の「動物」を解体するはずの厳ついナイフが折れ曲がる、丁度、刃の部分に当たった手の甲には傷一つない。

その折れ曲がったナイフを手で持ち上げる、重く、現実味を帯びた凶器、それを空中に放り投げる、背の高いキョースケの頭を通り過ぎ、さらに落下で自分の視線を通り過ぎ、足の上に落ちそうになるそれを、けり上げる。

いくら力を誇示すると言ってもです、バラバラに打ち砕くとか、天井に蹴りあげるとか、そんな結果を予想していたのなら甘い、結果、天井を突き抜けたそれは二度と戻っては来ない、冷たい風が流れ込む。

間、間、間……口をパクパクとさせて、その結果に思考を白に染められたキョースケ、笑いかける、なるべく愛らしく、可愛らしく。

「ほら、これがレフェの暴力です、凶暴な力です、これにあなたは勝てますか?これに対してまだ言葉で何かを訴えますか?」

「うん」

「知識も知恵でもレフェより劣るのに?何も勝てないでしょうに、あなたは、キョースケは自覚がおありでしょうか?体力なしでおバカな人、好きですよ?でも、それとこれとは」

「話は一緒だ、好きなら少しは耳を傾けてくれよ、なー、怖いもん、そんな風にされたら」

あなたが言葉でレフェを調教する方が何百倍もひどいでしょう、ひどすぎるでしょう、それも無自覚に、こっちはまだ自覚がありますから、可愛らしいものですよ。

あぁ、そうだ、今のまだ、彼に全てを染められる前に、まだぎりぎり健常だと思える思考で、彼を制しておかないと、あー、狂って狂って、彼を愛しきって、全肯定するだけの自分になったら、そんなことも考えられないだろう。

「い、や、で、す、もう絶対にダメ、このまま去るんです、大丈夫ですよ、レフェがいなくなったらそれはそれで喜ぶ立場の人間もいますから」

「どーゆーこと?」

「ですから、レフェはこう見えても、この里の次期族長なんですよ、それも血筋のみが優先される古い、旧い、下らない事柄で、だから、もうそろそろ、この里にも近代化の波を少しでも」

「他の長の血筋の人間がそこに入るだけでは…ないの?」

「はい、長の血筋に当たるのはレフェだけです、厳密には祖母もそうなのですが、もう世継ぎを産める程若くないですし、なにより、産む産まない以前に、男性がいませんから、この里……色々と理由があるのですが、とりあえず我が種族には男性が、オスがいないのですよ、しかも先ほど言った通りに、古い考えに固執しているのです、自らの種が絶対的優位にあるから、他種の血でそれを汚すことは神の意志を汚すのと同じ意味だと、だけど流石に誇りの一つである長の血が完全に無くなったら、少しは滅びることへの恐怖を再認識できるでしょう、外から男を、オスを迎え入れるもよし、あーでも、子供を産めるのかよく分からないですね、そーゆーことは今まで最大の禁忌でしたからね、とりあえず、これはこの里の為にもなるんですよ」

情に訴えてみたら思ったよりも効果的だったみたい、暴力なんかより最初からこの方向でいけばよかったかな?そう思う、優しい人間だ本当に、”易しく”もあるから問題。

厳しさのない人間は脆いものだから、どうにもこうにも、彼の思考では追い付けない言葉の責めに、本当に言葉は紡がれない、暫しの停止、待つ。

「うぅ、ならせめて、この里を出た後に報告すること、結婚のことについては、俺が手紙を書くから、文字を教えてもらうと……助かる」

「了解です、やっと折れましたね?無駄な時間を過ごしてしまいました、ほら、凹まないで、落ち込まないで、頭を撫でましょうか、接吻、ですか?」

「俺をどんな眼でみてるのよ、でもこの服装、本当に似合ってるか??こーゆー服は、なんかな」

「いえいえ、お似合いですよ、押し倒して、殺して、食べて、自殺したいくらいには」

「それ、どーゆーレベルのことだ、まったくわからないです、てかそんなに俺を食いたいの?、人肉を食す文化があるのか?」

「ないです、あなただから食べたいんです、あぁ、それはレフェの文化です、いいですねぇ、文化的、いい響きだ、いいです、後世の人たちに残したいです」

「すげぇ嫌、それ、すげぇ嫌、俺のお墓とか確実に荒らされるじゃんか、もう確実に、そんなのあんまりです」

「大丈夫、骨も全部食べてちゃんと"消化"しますから、何も残らないです、自殺する時は火山にでも飛び込みましょうか、旅をしながら火山も探しましょうね、いいのがあればよいのですが、この肉体が残らずに消え去るほどの、だって、キョースケの肉片を、ぽんぽんの中に少しでも残っていて、それが誰かに奪われると考えただけで、未練となります、幽霊にはなりたくないですから、あははは」

「あうぅ」

余計凹ませてしまいました、これから先、自分たちの最後の瞬間も考えておかないと、死があるから生があるのだから、死んでから生に対して考えることは不可能ですが、生きてるうちに死を憂う事は出来ます。

だからそれをキチンとしておかないと、愛する人の肉片をどこかの誰かに渡す羽目になる、それは凄く嫌です、幽霊?むしろ破壊神になって世界を滅ぼします、それはもう確実に。

「でも、確か外からの侵入者は本来ありえないとか言ってたよな?その逆は大丈夫なのか?里から出るの」

「その前に前提が間違ってます、正しくはあったら問題、ってわけです、この里にだって抜け道はあります、出るのも入るのもそこを知っていれば自由です、ありえないのは、あなたがその場所ではなく、まったく違う、結界がガチガチにある川の方から来たのが問題なのです、まぁ、さすがに違う世界からやって来る云々までは想定してませんし、ふふ、川の方から来たのではなく、川の中で溺れて流れてきたが正解ですね、でも、それでもまぁ、レフェにとっては最高の結果に落ち着いたので、よしとしましょう」

「ふーん」

「それに愛する人に"落ち着いてしまいましたし"、不思議なものです」

「ふ、ふーん」

ここらで一応、口説いておきましょう、さっきから先制攻撃でボコボコにされてますから、こっちもやり返しときましょう、本心ですしね。

「さて、おさらばしましょうか」

「うー、いつかちゃんと挨拶に来れますように」

貴方を、自分以外の同種族に見られると考えただけで里を滅ぼしてしまいたいのですよ、嫉妬深いのですかねー、そうでもないですよね?



[1513] 異界・二人道行く04
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/09 12:52
世界が変わったと……冗談ではなく、圧倒的な現実として目の前にあった。

世界の色は艶やかに移り変わる、里の中は、白の古人の里は閉ざされた陰の空気に支配されていたのだと気づく。

当然の事です、キョースケにとって異界は異界、その事に違いはない、結界の外に出るその刹那に感じた圧倒的な感動は彼には一切通じない。

言葉にするとあまりに陳腐なものに変化しそうで、でもこの感動を伝えたい、何せこちらは数百年も"閉じこもっていたのだ"。

「え、なに、やっぱりこの格好おかしいかな」

「いーえ、べっつにー」

彼は前髪を落ち着きなく弄りながら問いかける、小鳥が木々にとまる様に感動で眼を見開く、感性はある、少し機敏すぎる感性、精神は鈍感でおバカなのに。

手をつないで、少し引っ張るように歩く、興味があればすぐに止まる、観察する、本当に子供だ、自分より体が大きいのに、本当に子供なんだから……見た目で言えば8歳と言われた我が容姿に対して思うこともある。

見た目が若いとゆーか、幼いので精神の成熟も遅い……生き物は肉体の若さに精神がひきずられるのだ、だからプライドと知恵だけは成長する、しかし正直に言われると、少しでも、少しでもこの種族にプライドはあると、自分だって!

「いたたたたっ、引っ張るなよー」

「兎に角、さっさと別の種族の里に向かわないと、今日は野宿ですからね、しかも道具も用意も一切なしで、新婚で」

「……え、そーゆー意味かっ!?」

「そ、そこだけ鋭い!?」

「だよなぁ、地面が石や草でチクチクしたらいやだもんなぁ、うん、女の子だからやっぱり尚更だもんな、うんうん、全てわかった!」

「やっぱり鈍い、しかもおバカ」

こっちの言葉の裏も、表すら読み取れない彼、気分が高揚しているのはあなただけではないのですから、二人とも浮かれていたら、何かに巻き込まれたときに困る。

手をはなして、両手で自分の頬を叩く、目が覚める思いだ、いやいや、目が覚めて今までの流れが全部ウソだったなら自殺しますけどねぇ、キョースケいないと。

「おバカってこの世界ですげぇ言われた気がする、すげぇ言われたよな?」

「はい、凄く言ってます、これから先も、あっ、そこ、木の根があるから気を付けてください、苔があるから滑りますよ」

「う、うん」

彼の足取りは危なっかしい、道と言うには些か抵抗のある木々の隙間を縫うように歩く、耳を動かせば周囲の状況や僅かな事情も全て理解できる。

伊達に長い耳ではない、周囲の『現象』を全て感じ取り理解し得る能力、これもまあ、絶対的能力だ、他種族に対しての圧倒的な上位能力、これからも役にたつだろう。

彼を守るにはいくら能力があっても足りないと思う、自分のように"異常"で……彼に惹かれる輩がいないとも限らない、でもわかる、いるだろうな、少数だけど、凄いのが。

鬱になりそうだ、凄い無能には凄い有能が惹かれるのだ、凄い無価値には凄い価値がぴったりなのだ、うわー、こわいです、こんな役回り、奇人で鬼人は自分だけで、なにより殺す相手が多くなるのは疲れますし。

「なんか、おかーさん、見たい、なー?」

「うっ、嬉しくないっ、いきなり何を!?」

「あー、嬉しくないか、個人的には褒めたつもりです、褒めまくりです」

「くっ、子供なんですから、ほら、手を掴んで」

「どうみても小さい手なのに、バカ力、まさに奇跡だなぁ」

「握り潰しますよ、鉄塊のように呆気なく」

「……林檎とかのほうがいいんじゃないかな、うん、尿がちびるからやめて、怖いの、怖いの、俺」

それは誰だってそうだろう、と反論しようとして、あぁ、自分が恐怖を感じた瞬間を思い出せないなーと、目の前のあなた以外には。

あなたはあまりに汚れてなくれ、純で、外面ばかり小奇麗に生きてきた種族の出身である自分にはとてつもない恐怖に思えた、思えたし、今でも思ってる。

だから惹かれているのだけど、中身(こころ)をバクりと捕食されても好きでいられるのだけれど、それは口にしてあげない、いつかのいつかに、だ。

「だったら変な事を言わないでください、しかし、古い地図ですけど、間違いはないはずです、半日もせずに他の種族の里につきます」

虫食いと時間の経過により灰色の"ゴミ"に近いそれに眼を通す、地図……まあ、情報が読み取れるからには地図でいいでしょう、うん、無理やりに納得。

「種族種族、しゅぞーく」

「なんですか、そのおふざけな言葉」

「うん、種族ってそんなにいるのかなぁーって、今のは大まかにわけたら三つぐらいかなーって問いかけたわけですよ」

「ははぁ、わかりにくいことこの上ないですね、まあ、その考えが何処から来たのか聞きたいところですが、残念です、てか、そんなに少ないのですか、そっちの世界は?」

「そっちってこっち、だよな」

「です」

頷く、向こうも頷く、やや間抜け、二人揃って間抜け、かすかに笑う。

「うーん、人って人だろ?変な話、こっちの世界じゃあ、人種は沢山あるけど種族は、ないかな、宇宙が広すぎるから見つけられてないだけかもしれないけど、うん、人間は人間しかいないよ」

「うちゅう、とな、良くわからないけど、とりあえず人は人しかいないのですか、見た目での違いはそこまで大きくわかれてないと、何せ人種、ですものね」

「そっちは種族だろ?えとえと、羽があったり、角があったりーー、あぁ、凄い"ふんたじぃ"な回答だな、俺」

意味を掴む、意図がわかる、あぁ、彼の世界はひどく"落ち着いた"中にあるのか、それはそうだ、人からの分岐はなく、細分化された人種だけなのだから。

こちらの世界はもっと大まかに、大雑把に、見た目で、精神の違いで、奇異さで、人型は分岐している、元々が一緒がどうかもわからないので、それを分岐と例えるのもおかしいが。

「まあ、どれを普通の人型と置く事から考えないといけませんが、レフェの種族を基本にするなら、それは無限に近いほどにわかれてます、あぁ、それは言いすぎかも、でも」

「でも、そんなに多いんだ、ふへー、レフェでもびっくりなので、耳尖がってて、真っ白だ、全部、眼はまっかだし、凄い綺麗だ……ただし、肌の白、眼の赤、親しくはあるな」

「褒め言葉で殺す気ですか、こちらの世界では間違いなく人類初ですね、あっ、そこ、水たまりです」

「うぃー、でもそれはそれで楽しみだ、なんか凄い人いないかなぁ、なんかビームとかで山を蒸発させるような人、絶対ビームがでないような場所から出るんだビーム」

「山を蒸発ですか、できますよ、しましょうか?」

「山を蒸発です、できなくていいです、しないでください」

自分で見たいと言ったのに即座に否定される、やろうと魔力をためようとした意識は霧散する、まあ、自然破壊は森と暮らす種族としてどうかなーって思うところもありますし。

彼の足取りがあまりに危ういので、手でひいてやる、ああ、先ほどの言葉は確かに的を得ている、否、鮮やかに的を射る、我が子を相手にしている感覚とはこんなものなのだろうか、それを確かめる術はない。

「でもでも」

「でもでも、でなんですか?あまりにも、おもしろおかしな種族を脳内で作らないで下さいね、本当に出た時の印象を大きく下げますから」

「そんな無茶苦茶なやつを想像出来ないよ、こう見えても想像力は皆無なんだっ!良く人に言われてたからな!」

「自慢だと言わんばかりの、勢いですね……えっ、自慢なのですか!?」

「うんっ!」

哀れ、皮肉を肯定する彼に両目から流れる涙を隠しきれない、まあ、嘘ですが、心の中では泣いてますよ?本当です……だって夫が想像力皆無の中身が空の生き物、泣けます。

とりあえず、その真意を理解するには……。

「で、どのような種族を想像したのですか?とりあえず、二足歩行でお願いします、軽いですね、体………」

段差、彼の手を掴んで引っ張り上げる、軽い、そのまま体を浮かせて、あぁ、人の体ってどこでも、どの世界でもこんなものか、こんなものなのかな。

愛しさで体重は変化しない、レフェの重い愛を受ける彼でも変化なんてありえるわけがないのになぁ、世間からずれてるのだろうか、不思議。

「軽い?まさか、えーーーと、そうそう、想像の話なー、とりあえず羽とか角とかはありがち、だと思うのだ!」

力説される。力はないくせに、たまに妙に言葉に力が込められる、言霊ではないが、つい耳を傾けてしまう魅力がある、不思議な声、ふしぎ。

不思議ではないか、不可思議。

「で?」

「とりあえず、四足にしようと思う」

「はい、前提が完全崩壊、人の話は聞きましょう、差別になるかもしれませんが、下手すりゃ、それは"けもの"ですよ、この、この!」

「いた、いたたたた、つねんなぁ!」

可愛い、痛みに鳴く姿は最高の調味料、彼のどの表情、どの感情でも、レフェの大事な部分を愛撫する、故に頬笑みの形は崩せない、どこに消えた、冷血な自分、悪鬼な自分。

愛で溶けた自我なんて、どうにもこうにも、性格の変更を許容できるが、問題だ……呑気に抓られた場所に息を吹きかけている彼をジト眼で睨む。

「な、なに?……またつねんのか!?」

「……しませんよ、ほら、手を出して、あなたは危なっかしい、視界の中にいないと、そのです、不安になります、睨んでるわけではないです、勘違い…しないでくださいね?」

「勘違い、しないよ、だってホーテンは俺が好きだろ?愛してるとか、言ってたもん」

「……くっ、またっ」

「?」

どうしようもない相性に何度目かの絶望、完全敗北とはまさにこの事、くっ、勝てないのか……後の人生、負けっぱなし地獄、なんてことだ。

「でもさぁ、だったらどんな種族が住んでる里があるんだ、怖い人たちじゃなかったらいいなぁ」

「ほんと、のんきですね、キョースケは、どうして怖い人たちではなかったら良いのですか?」

「だって、俺がこの世界の人間じゃないなんてわかったら、みんなで虐めるだろう?……ホーテンのような、すごーく、すごーく、強い種族でさあ、とんでもなく怖い性格してたら、嫌じゃないか」

「性格は個人にあるものですよ、種族にあるのは気質とかそんなものだと、てか、どんな存在があなたに害をなそうとしても、レフェが殺してあげますから、安心なさいな」

「……えぇー」

「なんですか、その不満そうな声は、そんな意味のない言葉より、きちんとした意思表示をしなさい」

子供のような不満げな声、キチンと、あなたを守ると口にしてあげたのに、そんな声を出されたら傷ついてしまうでしょう、ほら。

胸が痛い、世間知らずの自分のことだ、どこかで彼を落胆させるようなところがあったのかもしれない、だから問いかけてしまう、問いただすように。

「人殺しなんか、して欲しくないなーって、でもしてもいいよ、ああ、しても、好きでいるから」

「ふん、この世界でも人殺しは禁忌ですが、ですが、それは一般的な話であって、やらない人間ばかりではありません、やらないとは"殺らない"ですから」

「あぁ、やる人間は、"殺る"のかぁ、でもなるべくしないでほしい、その、俺を守るためだとしても、命がそれで助かっても、手放しで喜べるほどに俺は」

「おかしくないと、いいでしょう、でも言葉は曲げません、殺る時は殺ります、同族や獣以外を殺した事はありませんが、あなたの為です、きっと初めてとは思えないほどに、上手にできるでしょう」

綻ぶ、表情……眼を背けた彼の瞳は少しだけ、不安で震えていた、申し訳ないが、これは絶対に曲げられない、だいじなだいじなこと、だからやさしい言葉で惑わす。

「ですけど、こう考えてください、あなたが禁忌として畏怖して毛嫌いするそれを行えるほどに、レフェはあなたを愛しているのです、そこには忌避しかありませんか?」

「いや……でも、あっ、そこ」

「わかってます、水たまりがありますね、雪が溶けて……といったようなものでもなさそうですし、はて、あっ、返事を聞かせてください」

いい感じに誤魔化そうとしたので、先手をうつ、完全に会話は引き戻された、うん、嫌そうな顔、黒の瞳がゆらゆらと揺れる、逃がさないとばかりに笑う。

力を込めた手のひらには汗がまとわりつく、レフェには、我が種族には汗は無い、汗、彼のものだろう、おバカさんでも追い込まれているのはわかるらしい。

あーん、おバカさんだから余計にわかってしまうのかも、かわいいレフェのおバカさん、いかんいかん、いけないいけない、独占欲が○○○○のレベル、安定を望む。

「いや、う、嬉しいけどさ」

「うっし、ならば全てお任せを、うまくやりますよ、レフェは!」

「………なにか釈然としないけど、言葉って感じではなくて、空気に負けたというか」

「まあ、あんまり考えすぎるとこれからが大変ですよ、なんとなくで行きましょう、殺す時は殺す、殺さない時は殺さない、それでいいでしょう、判断はまかせてください」

「すごい……危うい言葉だと思う、簡単には頷かないぞ!俺は!」

「ちっ」

とりあえずはこっちの方が決定権を手に入れました、むむ、これで相手を少しずつ支配できます、支配されたいし支配もしたい、どーゆー関係なんでしょうか、夫婦で、いいのですが、簡単にそこまでいけるのですよ。

「でもでも」

「あっ、今の"でもでも"は可愛い、かもです」

「いや、ちゃんと聞いてよ、えっと、それで次行く里にいるのはどんな種族なの?」

これ以上からかうのもあれなので、正直に答えてあげましょう、いや、別にからかってたわけではないか、ただ単に、可愛いのだ。

あぁ、かまってくれない空白すら、許せないのなら……自分は。

「え、えぇ、そうですね、あなたの中にこちらの知識は皆無ですから中々に説明が……難しいです、見た目はそうですねぇ、レフェたちとそこまで違いは無いと思います」

「それだけ言われても、なんか、わかんないや、それじゃあ」

「わかんないと言われても、外観的にはそうですね、額に小さな角があります、他種族の多くもそうですが、魔力の流れを感知する役割がほとんどです、この種族は少し意味が違ってまして」

「?」

慎重に言葉を選ぶ、どうも、彼は人の言葉をそのままに受け取る傾向がある、素直だからこそ、間違った知識を少しの意味合いの違いで、飲み込んでしまう。

「えっとですね、あぁ、最初に言いますが、種族名から『鉄色の器人』(てついろのきじん)と言います、種族としては弱小ですかね、あぁ、単体ではなく、数が……ね、うちと同じで子供が中々に出来ないって感じの」

「ふーん、それって生き物として、どうなんだろう」

「どうもこうも、一回に生まれる数も、その期間の長さも、ああ、何もかもが確かに生物として、微妙ではありますが、そーゆー生き物はある一点で全てを凌ぐのですよ……だから、まあ、単体での強さです」

「つよさ?」

「それは繁殖力ではなくて、単体での武の強さです、そこだけみるとうちと同じですね、強いのですよ、鉄色の器人は、だからこそ、その強さを忌避されてこんな山奥に追い込まれてる」

「……お嫁さんの種族は自分たちでひきこもって、その人たちは自分からこんな場所で暮らしているのか、それはそれは、なんつーか、似たような境遇のものは、やっぱり同じところに落ち着くのかな」

「さあ、それは、わかりませんが、でも、彼らには彼らの意味があってこんな辺鄙な場所で生活しているのですよ、ひきこもり期間としてはレフェたちと同じくらいですかねぇ、前の大戦では仲間として並んでいたみたいですし、むぅ、思うところがあったのですかねぇ、元々は傭兵として栄えた種族だと聞いてますが、そんな人たちがよくもまぁ、着いた途端にブッコロですかね」

「ぶっ殺すの略なのそれ……嫌だぁ、あれっ?でも嫁よめーの種族も強いのに、なのに結構もちあげるよなぁ、その人たちのこと、凄いんだな」

「いえいえ、我が種族は全てで優れてましたから……ただ何かに従って生きるのではなくて、その指揮や、後は魔術に長けたものは流れを読む占い師のようなことまで、回復魔術も出来ますから後方支援も、一部は将軍や軍師として、まあ、あはは、うちは才が多彩なので、一括りで傭兵と言うには少し抵抗がありますね」

「す、すごいんだ」

「その中でもっとも血の濃い"長"の血をレフェは、だから色々と覚悟をなさるように、嫉妬で簡単に殺しますよ」

「……汚い」

「それはそれで、褒め言葉ですね、ありがとうございます、もう一度、ありがとうございます」

「くっ、し、しつこい」

種族としての誇りは……キョースケのものとなった今は捨て去りたいのですが、時間が解決してくれるのか、どうなのか、疑問です。

疑問ばかりです、ここ最近、ここ最近といっても半日ですが……どうしましょうか。

「それだけ凄い種族なのに、男がいないだけで滅びるなんて、やっぱり大事だよな、男と女」

「自分はもう問題が解決しましたから、あははは、滅んでしまえって感じも否めないですね、友人のルゥぐらいはそこから逃れて欲しいですが」

「おぉ、友達いたんだな」

「無茶苦茶キツイことを平然と言い放ちましたね、冷血、飛んで、悪鬼とまで言われたレフェでも愛しい旦那様にそのような扱いを受けては……殺して食して自殺しますよ?」

「……う、うぉぉ……ごめんなさい」

木々の隙間から差し込む光に照らされて、彼はビビりながら謝る、とてつもなく逃げ腰である、むしろ逃がさないですけど、そうか、でもやっぱり意外なのかな。

苛立ちはあるけれど、どこかで納得してしまう自分がいる、あっ、でも、彼には言われたくありません。

「キョースケにも、友達いそうにないですね………あなたを庇護して溺愛する気の"おかしい"輩は多数いたのでは?」

「謝りなさい」

「いや、です」

「予想だけで人を貶めるなんて、ひどすぎる、悲しい……」

どの口がと心の中で毒づく、態度では伝わらないのではっきりと口にする。

「いやいや、四足歩行の人類を予想したあなたの素敵な脳みそからすれば幾らかマシだというものです」

「むぅ」

「これから先の旅で色んな人間に出会うでしょう、だとしたら、あの狭い里の中での人間関係なんて実に下らなかったと気づくでしょう」

「それはそれで凄く嫌だな、そんなもんじゃないと思うよ、人間ってやつは」

「馬鹿なあなたが人間の在り方を語るんですか?世も末ですね……実際に里を出たのはレフェなわけですから、自分で感情を処理しますよ、最初からあの里に思う所なんか、みじんもないわけですが」

「だからそれが違うって、自分の暮らしていた場所を後にして何も思わないなんて、少し悲しすぎるじゃないか、うー、うー」

「うるさい、余計なお世話です」

ピシャリ、言い放つ言葉は鋭い、お人好しには少しきつく言わないと、本心じゃないのにそれが自分の意思と思われるのは嫌だ。

だからこその言葉、あなたにそんな顔をさせない為に里を出たというのに、これでは意味がない、やっぱり皆殺しにして壊滅させて火を放ったほうが、そうしてたほうがよかったのか。

しかしいまさら……あの里に戻れば確実に気づかれるだろう、さすがに大人たちを相手に皆殺しは‥‥やれるには殺れる、でも無傷では無理だろう、分析してみる。

「そんなに帰る場所を失った自分たちに安定感を求めるのなら、地面に足をつけて生活をしたいのなら、レフェのようにあなたに狂わせて、"妻"ではなく自分の"下僕"にでもしますか、うん、家事や雑用をしてくれる相手がいないことですし、鉄色の器人なら少々、雑に扱っても簡単に壊れないでしょう、見た目が麗しいのを選べばいいじゃないですか」

「……なんだよ、それ、俺、そんなことしたくないし、できないよ」

「出来ますよ、あなたなら、あなたはどうやら、向こうの世界で大事に育てられた自分の特異性質を知らないみたいですね、出来ますよ、もう一度です、出来るんですよ、あなたなら!貴方なら!」

「……」

「楽しみでもあるんですよ、自分の夫の器が並ではないのですから、それこそ英雄の種族の長の血筋であるレフェの夫に相応しい、あっ、でもあなたがただのヘタレでも、愛してますから、ご安心を」

「何一つ安心できないよ、それに俺は凡人だよ、そっちもわかっていたじゃないか」

「違う世界に来て平然と結婚を求められてそれに対して抵抗しない存在が凡人ですか、そうですか、それにレフェが運命を感じたあなたは、普通じゃありませんよ、愛に狂わせておいて、そんなことを知らないと言われても、笑っちゃいますね」

「凄いのはもうわかったけど、その自分への"絶対"を、俺に託されても、苦しいだけじゃん」

どうも、彼は自分を強く卑下する傾向にある、もしかして天然の危険人物なのかな、恐ろしい、恐ろしい人間だ、事実、心は壊されている。

あの里に放置したら、逆に、自分のような存在が大量に用意される羽目になったのでは、ルゥとかは一発で彼の"異様"さに取り込まれてしまいそうだ、同性愛者だが、そんなものをかき消すものがある。

でもまぁ、だとしたら、自分は本当にあの里を別の意味で救ったことになるのだから感謝してほしい。

「苦しくても我慢しなさい、自分の本質を知って、その能力を利用するのは大事なことです、それが魔術や異能の力でないことが驚きですが、ええ、在り方で人を狂わせる貴方はさながら毒ですね」

「むはー!ひでぇ」

「ははははは、ざまぁ見なさい!」

「てか、そーやって笑うと美少年みたいで、ホーテン、ちょーかっこいい、ちょー美人」

「っっ、誰が美少年かっ!」

「……なにか嫌な思い出でもあるの?」

「ありません!」

ここだけの話、あの女性だらけの里で、自身は妙に人気があった、同性ではなく異性への憧れが歪みに歪んだ結果だった……その中でまだ大人になりきれていないながらも、優秀かつ里の長の血というのは嫌でも目立つ、さらに他者を支配するこの性格、なんだか知らないうちに襲われそうになったこと数十回、さらに友人は同性愛者………どうしようもなく、ああ、血にまみれた拳。

ええ、殴りました、殴りに殴りました、あははははは。

「目が虚ろで笑ってる姿の嫁が怖い、っと」

「変な日記を脳内でつけないでください、色々あるんですよ」

「うーん、なんだかあぶのーまるな匂いがする、ふんふん」

「ほら、ご自由に嗅げばいいじゃないですか、そんな」

「……れず」

「うにゃあああああああああああ!!!」

「け、蹴るなぁあああああ、あ、あぶねぇ」

木がミシミシと音をたてて倒れる、良かった、水分を大量に含む苔と蔓が摩擦での着火を防いでくれた、靴底から煙があがるが気にしない、気にしないったら気にしない。

掴んでいた手を引っ張る、強く。

「お、夫に同性愛者かどうか疑われるなんて、本当にショックです、ショックです、ショックです」

「ご、ごめんなさい、でもホーテンってやっぱりもてるんだなぁ、いい匂いしたし」

「も、もう、笑わないでください」

「なんか嬉しい」

短いながらも素直な響き、どういった意味で言ったのだろうか、問いただそうと思ったけど、赤くなった顔をあまり見られたくないので、前を向いて歩きながら、呟く。

「なにか、嬉しいことでもありましたか?」

「あっ、うん、ホーテンがみんなに人気あったんだなーって、なんか嬉しい、昔のこととか何も知らないから、もっと知りたいと、思う」

「おバカさんですね、レフェは逆に向こうの世界での貴方の生活は想像できます」

「?」

「レフェみたいに、頭をおかしくされた"やつら"が有象無象にいたのでしょう、反論はなしです、なにせ"確実"ですから、本人はおバカすぎるほどにおバカだから気づいていなかったかもしれませんが」

「うーん、まあ……さい、たろう、るいるい、まわり、さき、えいり、おうこ、すくい」

「?」

「ひみつ♪」

そーゆーことではないのですが、まあ、それはそれで良い情報、そんな…嫉妬で向こうの世界を滅ぼす術を探すのも、アホらしい。

あー、でもこれは、勝負に出た自分の勝ちだったのでしょうか、だとしたら物凄く幸運なこと、最初に自分以外の存在に出会わなくて本当に良かった。

良かった、安心する、運命は自分の味方なのかもしれない、ええ、神などは信じるに値しないが、愛する人間は信じるに値するから、とても心地よい感覚。

「つーか、色々と理由があって結婚はしないんだけど、しないつーか常識的に駄目、向こうの世界ではなぁ、けど、ホーテンは可愛いから仕方ない」

「もう一度お願いします」

「え、どこ?」

「後半を強く希望します」

「えっと、可愛いから仕方ない?」

「名前を入れてください、あと、疑問形は禁止です」

「えっと、ホーテンは可愛いから仕方ない」

「………うっ」

「かわいいかわいいかわいい、いいこいいこ」

頭を撫でられる、幸せ空間が形成されたので無言を貫く、歩きながら頭を撫でるのは楽ではないだろうが、やめない、だから幸せ、火照る感覚。

「畜生……です」

「ふふふっ、本心ですからっ!本心だから仕方ないっっっ!でも、あまり言われてないのか、こんなに可愛いのに」

「あまり連呼しないでください、てか、そーゆーキャラじゃないですからレフェは!そこを勘違いされるのは不本意です」

「えー、うそだー」

「嘘ではありませんっ、嘘ではないという証拠を提示しろと言われたら出せませんが、あの里ではそれはもう!」

「へー」

まったく信用していない、くっ、出会った時から危機感はあったけど、間違いなく、彼は自分という存在をかなり甘く見ている。

別にそれはそれでいいのだが、それを態度で出されるとうろたえてしまう、うろたえてしまうが幸せ、なんだこの矛盾っっ!

「でもさ、そんなに鉄色の器人って人たちが凄いのに、みんなほったらかしにしてるのがすごいなぁ、俺だったらなんとかして交流して、味方になって欲しいと思う、ホーテンたちはあの里に入れないようなバリア?っぽいのあったけど、俺たちがその里に入れるってことは、そこにはそんなのないってことだろう」

「ええ、まあ、でも彼等は彼等で、はい、そのような外の世界からの交流を断ったらしいですが、断りきれない場合は実力で排除、ん、凶暴な一面があるみたいですね」

「うぅ」

「だからあなたがそれを味方にしたい、下僕にしたい、駒にしたい、ああ、操り人形にしたいと望めばそれは出来るでしょう、狂わせ上手なあなたなら」

「ひどいひどいひどい、ぅぅ、いじめだ、いじめに限りなく近い……いじめだ」

「そんなことを言われても、あなたなら狂わせてしまうでしょう、あなたは腫瘍ですよ、その人の一部であり壊して統べる、ああ、こわいこわいこわい、だからこその一目ぼれ」

「……普通なのに普通じゃないって言われるのは限りなく、その、嬉しいけど、本当に狂った人に言われたら、凄い傷つく、うぅ、お嫁さん怖い」

「怖いと言われても離れませんよ、しつこく言います、雑用係が欲しいのです、ほら、こう見えてもお嬢様ですから、自分」

「口にしなくても知ってるよ、見た目は完璧、お嬢様って自分で言うのもなんか、すごいね」

「他に誰が言うのですか?」

こうやって誘導すれば彼は無意識で良い同行者、駒を見つけるだろう、自分程に狂わないことを願うが、それは力の加減というもの、でも一番の位置は渡さない。

これだけ強く惹かれあって理解してれば大丈夫だろうが、油断は出来ない、油断すればそれこそ嫉妬に狂って、あぁぁ、怖い。

「俺が言ってあげよう」

「それはそれは、感謝感謝です」

「あー、なんとも思ってないだろうー、そーゆーの、わかるぞ俺は!」

「ふふふふ、嘘をおっしゃい、おバカなのに、賢くしようとしないでください、愚図は愚図なのが美学なのです」

「愚図扱いは嫌です、訂正してください」

「愚図で人を蕩けさせるのは大得意な異界人」

「ホーテンにしか出会ってないけど俺っ!?いつの間にそんな異名が!」

「まさしくそれが、あなたの罪です!」

指さす、罪を責めるかのごとく、もう罪でいいだろうこの人、ああ、ショックを受けたみたいだ、この罪深い子羊め!

愛らしい子羊は内臓が毒で腐っているので食べた人も頭がくるくるぱーになること間違いないです、あぁ、内臓こわい。

「罪なんてないです、俺はいい子で生きてきました、いや、本当ですよ、そこんとこは間違いない」

「間違いなく間違いだらけです」

「うぎゃー、どうして信じてくれないんだ、どうしてだっ!」

「いや、実際に頭をぐちゃぐちゃに破壊された自分がここにいるので、残念ですが、あなたの言い分はまったくもって信用できないわけですよ、あはは」

「……え、頭の中ぐちゃぐちゃなのか……え」

「そこを素で驚かれると嫌なんですけど、つまり、あなたの被害者をあまり出さずに、いい駒をみつけて旅をしたいものです、いつか国でも作りますか、国」

「国、ホーテンが王様なのか?」

「レフェは女ですからその場合は女王様になると思うのです、つか、違います、あなたが王様に、望まないならやらなくていいですけど」

「どうしてそこまで話が飛躍するの」

「いや、なにも目的がないまま旅をするのもいいのですが、最終的な目標ぐらい決めといた方がいいかなー、なんちゃって」

「なんちゃって、って何さ、むぅ、田舎でホーテンとダラダラ暮らしたい」

「ここなんて最適では?」

「ここは田舎ってより辺境だと思うけど、いいけど、ホーテンは最終的にしたいことってあるのかな?」

そーいえば、したいことなんて自分にあるのか……一番望んでいたものが手に入った今、何も望むことなどないように思える。

さて、それを素直に言えばいいのか、夫がかなり夢見がち、そして頭がフワフワなので自分ぐらいは現実を見るべきだろう。

でも自分の才能と力があればそこそこのところにいけると思う、国、国かー、その概念は少し羨ましい、国の概念、あぁ、ただの民族の集まりでは届かない言葉。

ついにこの才を天下に轟かす時が来たのか。

「あの、どこかの世界に完全にいかれてますが、イカレテ」

「ふふふふふ、なんでもないです」

「"ふふふ"笑いが凄く怖いよホーテン」

少しだけ方向性が見えてきました、それはとてつもなく暴力的で甘美な夢なので、夫にはひた隠しにするのが妻の務め。

いい感じに誘導しないと。



[1513] 異界・二人道行く05
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/10 12:33
文明的に我が里よりかなり上位ですね、あぁ、かなり驚いてしまいました、何せ門の立派なこと。

鉄色の器人の里に到着した途端に思ったのは限りない嫉妬、くそぅ、同じような場所に住んでいるのに、なにこの門の立派さ、頭がおかしいんでしょうか。

どこから運んできたのか……一本の木から切り取ったと思われる門の巨大さは陳腐な言葉では表現できない程の迫力を持つ、獣の侵入を拒むとかそんな話ではない。

鳥の侵入も防ぐ気かと思う程に空に誇らしげにそびえ立っている、ここら辺にはない質感の表面、南方のほうのものだと思うが、浅い知識ではわからない。

門と表現したが厳密には違う、単に入口と思われる場所にその大きな木の板があって、鉄の細工が最も豪華に……まるで里全体を囲むように巨大な木の板が立っている。

うへー、とキョースケは溜め息を吐き出す、それにならって自分も溜め息を吐き出す、近くに人の姿はない、ここまで病的に里を外敵から遮断するのなら門番の一人もいても良いと思うのだが、いないものはいない。

いくら大きいと言っても、自分の身体能力なら木を蹴り飛ばすことも、それを破壊することも、もしかしてジャンプしたら…いけるかもです、人外すぎますね我が種族。

どちらにしろそれだけ目立ってしまえば、問題が起きてしまうのは必然なわけで、キョースケがいるのでなるべく"普通"に済ませたい、こっちは単に一日の…そう、宿が欲しいのだ、あとできれば下僕。

「うーん、どうするホーテン」

「この門、見てください、屋根があります、かなーり上の方ですが」

「あっ、本当だ、でもそれがどうしたの?」

「雨ぐらいはこれで大丈夫です、門ということは、外との行き来があるってことです、とりあえず入れたら良し、入れなかったらここで一晩を過ごしましょう」

「うん、つまり誰かが行き来するときに事情を説明して中に入れてもらおうってわけだな」

「いいえ、実力で吐かせます」

「それはホーテンがこの門を蹴破ることを回避して、わざわざ待つ意味をまったくの無意味にしていないか?」

「あっ、そーですね、待ちましょうか、やっぱ、夫の助言ありがたや、なむなむ」

「なむなむ?!」

不思議言語に悩むなら悩みなさい、門にもたれかかる、腰をおろして、これからの事を考える……いい加減、面倒になったら蹴破ろう。

「えっと、なむなむなむなむなむ………どーゆことだ、南無?いや、異世界だしなぁ、異世界でなむなむ、わからないなぁ」

頭に致命的な欠陥がある夫は落ち着きなく周囲をグルグルとグルグル、なむなむとつぶやく、グルなむ、なむぐる、あぁ、しつこい。

「ちょいとキョースケさんや」

「はいな、ホーテンさん」

ちょいちょいと手招きする、彼は基本、危機感が限りなく足りない、おバカな獣に近い感覚、大人しく寄ってくる、尻尾があれば確実に…左右に大きく揺れているだろう。

罠にかかりましたねっ!と悪役じみたセリフを心の中で吐き出して、腰を曲げて顔を寄せてきた彼の襟を引っ張る、引っ張ると自然に法則に従う、従う動き、倒れこむ。

胡坐をかいたレフェの太ももに、かかった獲物を逃さないように抑え込む。

「……てか、こっちの世界では女の子でもこんな座り方するんだな、うん、うん」

「?まあ、嫌ならやめますけど、神事を行ったりするときの正しい座り方ですよ、そんな感想より他にはないのでしょうか?あと、あなたの思い描く女の子らしい座り方とやらを」

「うーん、どっちでもいいけど、俺の世界じゃあ、これはどっちかつーと男の座り方だから、あっ、昔はどうだったんだろう……あと、気持ちいー」

「後半の一言だけで十分です、ふむふむ、むふふ」

「ふむふむから、むふふに移行した……限りなく近い、限りなく遠い、ん」

「なんですかそれ」

「差異のモノマネ、いや、なんとなく今の胸のドキドキをおさめるために口にしてみました、他意はないです、ふはーでも」

なんとなく背徳感にまみれてしまいました、そんな言葉を聞き流す、幼い容姿はどうしようもない、あー、8歳以下、恐ろしい、外の世界、異世界、やっぱり里以上の危険な巣窟!間違いない。

つか死ぬまでこの姿なんですけど……ほぼ、成長しても限りなく幼い、あー、いやな種族、ほろびろー、ほーろーびーろー。

「なにを空に祈ってるの?祈ってるポーズだよね、それ」

「いえいえ、自分の種族の崩壊を天に祈ってました」

「また生物としての自分の限界に挑んでるねそれ………あたたかい」

「それはどうも」

貴方にはいつも負けてしまう、どうにも簡易な返事になってしまった、流れる雲は穏やかに、そんな事柄も気にせずに今日も空にある、穏やかな空気。

これからのことを考えるとキリがないが、愛してる人が横にいるのなら、それはどんな地獄でも無敵に乗り切っていける、これ、確信ですよ、確信。

「でもさ、この大陸?」

「はい、大陸です」

「にはさ、ちゃんとした国とかあるのか?」

「うーん、言葉巧みに"国"という文化的な言葉を生みだしたのは確かですが、どうでしょうね、あなたの頭の中にあるものとそれが同じとは……まっ、見てみましょう」

「みてみる?」

「そのくろいくろいくろい、黒い瞳で見ましょう、二人で歩いて、歩いて色々と知りましょう、我ら二人、限りなく世間知らず、常識知らず、学んでいきましょう」

「……うん」

「元の世界に後悔は?あっ、凄い流れで聞いてしまいました、でも帰るとか言ったら、こう言います、レフェも連れて行ってください、あなたの周りの全てを壊してあげます、殺すではないですよ、壊すんです、この手で」

「紅葉のような、可愛い手だ」

「ありがとうございます、でもこれであなたの親族や知り合い、あぁ、あなたと言葉をかわした人間すら、いや、あなたと同じ世界で生まれたことすら、妬ましい」

「嫉妬深いんだなぁ」

「それをそれだけで済ますあなたが大好きです、だから、あなたが自分の世界に戻るときは、そのときは連れてって、あなたの大事なものも、そうでないものも、全て壊して壊してあげますから、捨てないで」

「うん」

いい返事、本心だろう、彼は嘘をつけるような性格ではない、そしてもし…つけたとしてもすぐにわかってしまう、そんな可愛い嘘しか吐けない、そんな可愛い人。

「あんまり怖いと、もれます……もれますよ俺」

「下の世話ですか?嬉しい限りです」

「ぎゃーーー!!」

いまさら、なにを驚くことがあるのか、冗談と聞き流すがここまでおバカでビビりだとそれもわからない、一応大丈夫です、あなたの死骸をですね、愛するあまりに全部食したい女ですよ?

いまさら●○○ぐらい食べれないで、あっ、食べる話じゃないか、三大欲求+愛は無限大、はむはむ、食べれます、食べたい。

「……なにか怖い」

「えっ、なにがですか?」

すっかり怯えてしまったので、どうしましょう、なにかこの体から気迫的なものが溢れてましたか?どうなのでしょう、ふむ、そんなに怯えないで。

「怯えてしまうとは、こんなの愛情で言うならば10000000のうちの0にもなりません」

「えっ、ないじゃん!?」

「それほどまで、限りなくゼロに近いほどの感情でこれだけ驚かれると、全ての愛情を具現化したらどうなるか」

「こえぇぇ」

「……発狂ですかね」

「それだけでは絶対に終わらないって、怖い、怖すぎる……うー、長閑な空気が完全崩壊、愛情こえぇぇ」

「……重っ」

「自分で言うのか」

それほどまでに驚かれると本心はやっぱり……暫く隠すしかないようで、あぁ、こんなものじゃないかも愛情、今の言葉でも、狂わせておいて、怖いだなんて。

むうー、でもしょうがないか、自分が異常じゃないと思ってる異常で、普通な彼にはわからないだろう、教えるしかない、死ぬまでも、死んだあとも。

怖いのは愛情を持つレフェなのに、気づかないとは、愚か者さん。

「あっ!」

暗くも柔らかな感覚を持て余してるとキョースケが嬉しそうな声をあげる、視線を追う、浅黒い肌の"ごつごつした"生き物が近づいてくる。

あぁ、鉄色の器人だ、しかも"男だ"……第二のそれは、なにも感じない、むしろ少しだけ不快感が過った、その厳つい姿は狩りで仕留める獣に似ている。

向こうもこちらに気づいたらしく、訝しげな眼で舐めるようにこちらを見つめる、鳥肌が、うぅぅ、キョースケは人の良さそうな笑みをして起き上がる。

むぅ、オスオス、おーす、こんなに嫌悪感がでるものなのか、んと、憧れとかみ合わない、あぁ、いまや憧れは現実として手に入ったわけで、はは、でもなにかちがうなー、なんだろう。

あー、そうかな、そうかも、そうだ、求めていたのは男ではなくて、この呑気に笑うキョースケだったのだ、あー、最初からそうだったのだ、そうなのだ。

生まれた時から、生まれる前から、運命と思ったそれは間違いではなく、ただ、正しくあったのだ、答えを見つけてほくそ笑む、うんうん。

「あんたら、こんなところで何してんだ?……見たこともない種族だけど」

そりゃそうだ、近いと言っても半日かかる距離に外界遮断の結界を張って目立たないように生活をしてきた白の古人と、まったく異なる世界から来た少年である、知ってたら逆に怖い。

あーでも、白の古人を知らないのは少しおかしいことになるのかな?……こっちは向こうを知ってても向こうがこっちを知らないその意味は?単に魔術での覗き見が優れているのが白の古人ってだけか。

むー、知らない、知らないかー、でも里に来ていた蒼の空人もあの里を探すのに苦労したとか言ってたな、そういえばなんで無理にでも里と交流を持ったのか……不思議だ、長と知り合いといっても不可思議。

なにか珍しいものが里にあったのだろうか、種族そのものが希少だけど、さすがにさらうのは無理だろうし、他に人目をひきそうな品物なんて……それとも、里に何か"価値"のあるものが訪れるのを待っていたとか。

………キョースケとか?………あはははははは、そんなことありえるわけ、ないとは言い切れない……だって、本当にあの里に価値のあるものなんてないのだから、その思考に行きつくのは彼が自分にとって一番大切なものだから。

でもだとしたらなんで知っていた、なんで欲しがった、なんでなんで、言葉が頭に鳴り響く、答えはない、こんなことなら、あのトリをいたぶって、いたぶって何かを聞き出していれば!でもあの時にはこうなることなど予想してなかった、あー。

あの里の抜け道を知っていたのも自分が里の長の血筋にあるからで、思えば、あの里の中に訪れた者を、もしくは発生したものを逃さない鳥かごのように思えなくもない、キョースケを逃さないための鳥かご、待つのはトリと……それと知り合いの長、つまりは我が祖母。

怪しい……怪しい……あやすぃ、もしかして何も手を打たないで、探らないで、里を出たのは失敗だったか?いまさらにそんなことを思っても後の祭り、でも後悔だけは残る。

「えっ、と、はい、種族は」

「種族と呼べるほどのものではないです、混血が二人とも進んでいて、まともな出生など今や不明ですよ」

彼が余計な事を口走る前に先手を、訝しげな眼は途端に哀れみへと変わる、里を持たない混血児、どのように取り繕っても、それは漂流者と同意なのだ。

それは大変だなおじょーちゃん、そう言って頭を撫でる手を避ける、気持ち悪い、ごつごつとして、本当に獣の手のようだ、顔も醜悪で毛だらけだし、嫌いだ。

それでも今までの境遇があまりにひどく、心に傷があるのだな、と納得したのか、それ以上の行動はない、キョースケは不思議そうに眼を向ける、レフェの頭を撫でていいのはキョースケだけなのに、わかってないんだから。

「しかし片方が白い肌に白い髪に赤い眼、片方が黒い瞳に黒い眼、本当に神話の中から出て来たんじゃないかって見た目だな、そんな種族、オラしらねぇだ」

「混血のせいです」

強く言い切る、こーゆー相手にはとにかく嘘を貫き通すことだ、僅かな綻びも許されない、初対面でここまで言葉巧みに情報を引き出そうとする田舎者、ああ、信じれるものか。

「へー、聞いたことねぇなぁ、しかもそっちの男の方は、耳も丸くて、ほんとうに不思議だなぁ、みたことねぇ、あんたも、そんな都から流れてきたような、白磁の皿のように白くて、不思議だぁ」

「混血のせいですね、混血は無限の可能性」

もう兎に角、こんな男と話すのは嫌なのだ、本当に、でもしつこく聞いてくる、なんなんだ、自分の容姿を思うに、幼児が好きな変態さんか、それとも同性愛者か、それともあれか、見た目が違うものに興味があるキ○ルイか。

「ふーん、だとしてもそんな目立つ容姿じゃあ、旅もしにくかろうに」

「ええ、まったくです、片方だけでもまともな見た目で生まれたら良かったのですが」

「兄妹かなにかか?」

「ええ、そんなところです」

普通の返答、里の人間以外と話すのはキョースケを除けば初めてだけど、どこもおかしくはないはずだ。

鉄色の器人の"男"は暫く意味のない質問を繰り返し、最後に、この里に何か用事かと問いかける、一日泊まらせてもらえたらと言うと、嬉しそうに笑う。

本人いわく、別にこの"壁"は他者の排除を目的としているわけではなく、山から来る獣や山賊を寄せ付けない為にあるらしい……閉鎖的だったのも昔の話だと再度笑う。

ありゃ、予想していたことと違う、そーか、この里にも文化の波は押し寄せているのだ、だとしたらやっぱり異端は我が種族だ、まったくもってそんな気配もない物で、ありゃりゃ。

「まあ、あんたら見たいな"細い"二人組に危険なんてないだろうし、ついてくるといい、こっちだ」

と、門のある場所から離れる、不思議に思いながらもついてゆく、丁度そこから円の形をした里の周りの壁を半周、何もないと思われる場所、壁に手を触れる鉄色の器人。

鈍い音がしたと思うと、大人一人が入れそうな隙間が音をたてながら現れる、ああぁ、魔術的な仕掛けか、探れば良かった、こんな細工が好きな種族なのかなぁ、鼻で笑う、下らない。

力は中々に優れていると聞いていたが、なんとも、臆病な性格ではないか……もしかしたら種族としての絶対数が足りてないのか、だとしても、これはやりすぎだろうに。

「ほら、入ろう、なーに、余所者だからって、そんなに緊張することはねぇ、二人とも白と黒の"ようせい"みたいで、嫌われることはねぇと思う、安心しな」

黄色い歯をむき出しにして笑う、ぅぅぅう、苦手だ、もし夫が横にいなかったら確実に血だるまにしていた、いや、触れるのも嫌だから、魔術で、あははは。

少し意識が違う場所に旅立っていたら、キョースケが手をとって行こうと笑う、あっぁぁあ、愛らしい、助かる、あー、幸せ、さっきの映像を全て記憶から消して夫で埋め尽くそう、っぁ。

「そうですか、余所者にも優しいなんて、心が優しい方々なんですね」

心にもないことを口にする、同時に心の中で危機感が皆無な呑気な人たちですね、と小馬鹿にする、駄目だ駄目だ、握る手に力を込める、っても握りつぶさないぐらいに、やさしくやさしく。

「まあ、鉄色の器人は力が強いし、そのせいで凶暴だと思われるのは嫌なんだよ、だから余所者には優しくするんだ、変な話を広げられても困るからなぁ」

「へー、そうなんですか、力が強いって自分たちで言うなんて、よっぽどなんですね」

キョースケは何も言わずに、木のトンネルの中を興味深そうに見回してる、外からはわからなかったが奥行きがかなりある、何層も木を重ねていたのか、深い深いトンネル、湿気とカビ。

この人は興味があるものにすぐに眼を向けて逆に大事なものを見落とすような危うさがある、危うさ、危うさは魅力にもなりえるが、どうにもこうにも、あー、自分だけでも十分守りきれるが、やっぱ護衛用の下僕はいりますかね、いぬ。

でもこの眼の前の…先導する鉄色の器人みたいなのはいらないです、キョースケの犬だ、こんな不細工なんてごめんだ、ああ、かわいらしい犬で彼が喜んでペットにする、家畜にする、そんなのがどこかにいないでしょうか、探してみましょう、この里で。

いなかったらいなかったで、他の里で探せばいいか、でも下僕で犬で道具で、無価値なのが絶対、キョースケには自分以外はいらないのだ、いらないのだ、いらないいらないいらないいらない、いらない、だからこそ犬で下僕で無価値な見た目麗しい存在。

「いらないんですよ」

「いきなりなんだよ、えっ、このキノコのことか」

湿気を吸った木の壁に生えたキノコを手に取り笑う彼に、そのあまりの阿呆な姿にため息、もう、どうしようもない人なんだから。

まだ道は抜けない、キノコを捨てなさい、そう言ったら大人しく従う、眼をはなせばすぐにこれ、鉄色の器人はそんな奇行を不思議そうに見つめる、うわぁ、めだつなー。

「ほら、ばっちいですから、これで手をふく、ふきふきー」

「あー、蝙蝠だ!」

「はいはい、蝙蝠ですね、そっちの手も出してください、もう、困った人」

微笑ましい顔をして鉄色の器人がこちらを見る、くっ、魔術で消しますよー、燃やす、沈める、天に昇れ、嫌悪感は顔を見るたびに増量する。

キョースケの顔に視線を固定しよう、いや、もう、こうなったら合体だ、合体しかない、なんの疑問も思わずに、キョースケの背中に飛び乗る、一瞬の空白。

それでもキョースケは何も言わずに、手を出してレフェを抱えなおす、背中の温かい感触と僅かな汗のにおいに、意識が白痴の渦へ、きもちいい。

「蝙蝠だ、蝙蝠、ホーテン!すげー、でかいなー、ここの蝙蝠、噛みついてこないかな?こわいなー、でもかっこいいー」

「…………噛みついてきてもレフェが守ってあげますから」

「ありがとなー」

「……………いいえ」




数分ぶりの太陽の光に眼を細めた、洞窟の中はまったくの暗闇ではなかったが、やはり太陽の存在は圧倒的だ、洞窟を抜けて最初に眼に入ったのは里の光景ではなく太陽だった。

視線を落とす、広く開けた場所、里を囲む木の壁に張り付くように幾つもの木製の家が並んでいる、さらにドーナツ状に同じように建物が建て並ぶ、里の中心にはなにがあるんだろう、夢見がちで笑える。

忙しなく道を行き来する人たちは皆、褐色の肌、額にある小さな角、あー、鉄色の器人たちだ、みな質素な服を身にまとい、何かの荷車をひいている、なにをしてるんだろうか。

「あれ、何を運んでるんですか?」

「あぁ、あれは、この里に集まった"武器や武具"を畑に植えてるのさ、子を残せるようなものなら儲けだし、一代限りでも大きく育てた方が儲けになる」

「武具や武器を植える?ですか」

「おうよ、鉄色の器人は武器を扱うのに優れた種族だからな、それを育てることも大得意、ここらで栽培した武器は高く売れる、大陸に流すのさ」

あー、そういえば何かの資料に書いていた気がする、鉄色の器人はその身体能力もさることながら、武器を扱うのに優れている、それが魔術的な効果がある品物などになるとさらに……らしい。

また、それらの武器や武具を魔力のしみ込んだ土の中で成長させることで、より、強力な武器を作れるとのことらしい、実際に見てみないと中々に想像出来ない。

ある意味、これは製鉄と栽培を兼ねた技術なわけで、彼ら特有の技術なのだろう、そりゃ儲かるだろう、武器を預けたら強力になって戻ってくるなんて、戦士や傭兵の類からしたら夢のような話だろう。

眼を凝らせば行き来する荷台の中から皆、かすかな魔力を感じる、そこまで強力なものが見当たらないから、これから畑に植えるのだろう、鉄製のものは錆びないのか気になる。

「さて、ここでおさらばだ、宿なら旅人用のものがそこらにあるから、好きに使えばええ」

それだけ言って去ってゆく、もうあの醜悪な顔を見ないですむのか、ありがたい、でも少しだけ感謝、悪い人間ではないが、見た目は大事だ、ぞくぞく、寒気、顔を忘れよう。

顔なしの人として感謝、ふんふん、夫の背を嗅ぐ、ふー、落ち着く。

「で、どーする?里を見て回るか?どうせ目的なんてないんだし」

「まあ、それもいいですが、明るいうちに宿を決めておきましょう」

拠点となる場所はいるだろう、短期にしろ長期にしろ………だ、しかし、鉄色の器人、思ったより面白い種族だ、傭兵業をしなくなったから貧しい生活をしてると思ったが、なるほど。

新しい生活、新しい時代ってわけだ、少数種族なのによくやる、少しだけ尊敬してしまった、と、道行く人の視線、自分たちの見た目の派手さに気づく、去ろう。

「はいよーキョースケ!」

「はいはい」

特に抵抗も無しで進みだす、もっと、容姿を隠すような格好をしたほうがいいのかなぁー、でも、全身を布でまとったらそれはそれで目立つ、なやむ、なーやーむ。

黒い髪が歩くリズムに合わせて揺れる、短いながらも耳にかかるぐらいには……ひょこひょこ、黒い黒い髪、それと自分の白い髪、黒白の番い、それは目立つ、しかたないのかなぁ。

「キョースケは、本当に、この世界にはない色の眼と髪、自覚してますか?目立ちまくりです、目立って目立って、奇異さ百倍」

「白だってそうでしょ?」

「白は我が種族だけですが、あなたのほうが目立つような、ふむふむ」

「なんだよー」

「べーつーにー」

容姿の自覚は大事だと思うのですが、奇異な二人は奇異さ故に人目に付く、ああ、だけど、物珍しさが逆に伝わる場合もある、悩みどころである。

こそこそと、何人かの人間が寄り添って話をしている、どうせ、変な容姿の二人組のこと、人目がなければ殺したいぐらいの殺意、キョースケを変な目で見るな、コロスゾ、否、冷静に、心を安定に。

ギリッと歯が音を鳴らす、ポンポン、キョースケが大きくレフェの体を揺らす、怒りが霧散する、すぐに虚しさと安堵が押し寄せる、あぁ、もう、やっぱり無抵抗にレフェは"ころされている"

この人になら何をされても、幸せの中でことが終わる、怖い人だ、こちらを奇異の眼で見る愚者め、この異常さを知っていながらその行為をするなら、お前らは限りなく愚鈍な勇者だ。

「どーした?なにも喋らないなんて、考え事?」

「そうですよ、考え事です、考えても考えても答えなんて出ませんが、考えることしか出来ないので考えるわけです、そしてそんなことを考えないといけないことを考えたり」

「思考の坩堝、哲学だぁ」

「そこ、曲がりましょう、あまり光の当たらないような、ぼろっちい宿に」

「えー」

「目立つんですから、あなたとレフェは、あまり客の宿泊してなさそうな宿を見つけてください、とりあえず、裏へ裏へ、裏路地へー」

「ちゃんとした宿の方が、その、安全なんじゃないのか?」

「レフェがいますから、どんな場所でも安全ですよ、ただ、問題なのは我々の姿が里中に知られることです、数で来られたら流石に厄介ですし、目的もなしにそんなことはないと思いますけど、一応、です」

「目立つの嫌だなぁ、凡人で生きてきたのに、いまさらの冗談、そんなに目立つのはかなり嫌だなぁ」

「凡人?……まぁ、そーゆーことにしときましょう、凡人、へー、ふーん、ほー」

「まったく信用してない感じだよね、うん、てか、信用してない感じじゃなくて、信用していないよね、それ」

「はい、あなたが凡人なら、この才気溢れるレフェを我が物にできるわけがありませんから」

「凡人凡人、あんまり凡人って言われすぎるのも嫌なもんだ」

「そーゆーとこも凡人ですね」

会話をしていると周りの視線も意外と気にならないものだ、これだけ閉鎖的な作りなのに、流れる空気は新鮮で心地よい。

最高の場所で周囲に視線を向ける、だれもかれも、目を丸くしている、つか、歩く人々はほとんど鉄色の器人であり、たまに違う種族が通る。

でもレフェたちほどに奇異な視線を向けられる人物はいない、あぁ、悲しい、せめて片方だけでも普通なら、まぁ、目立つか、無駄な努力。

「なんか人がいなくなってきたなー、ここで襲われたら両手が塞がってるので抵抗できません………こわい」

「魔術で撃退してあげます、あなたの背中にいるのは魔術的攻撃装置なのです、無敵な遠距離魔術をばんばん発射します、すごいです、この里が消える程の攻撃!」

「里が消えたらだめなんじゃないかな」

「ふふふ、でも周りの木の壁は残ります、穴ができます、誰も入れない穴、木の壁に囲まれた穴、なんとか努力して入ったら中身は穴、なんて虚しい、ああ、まさに蟻地獄」

「ふはー、こわー」

と、足を止めるキョウスケ、丁度よさげなボロボロの建物を発見、木の屋根の上には石が幾つもつまれている、暗黒的な瘴気が素敵なほどに溢れてる、宿だとわかったのは……店の前に宿泊の値段の書いたこれまたボロボロの看板が置かれているから。

胸元に隠した財布を取り出す、そう、隠していた財布、先ほどこの里の中まで案内してくれた男から奪って隠した財布、あああ、あんなに近寄らないと盗めないなんて、自己嫌悪。

これで殺意を取り消してやったのだから感謝してほしいぐらいだ、うんうん、中身を見る、大陸で最もポピュラーな竜の骨を細工した円状の竜貨(りゅうか)が数枚入ってる、あとは銅貨が数枚……そして意外なことに硝子細工の小物が数個入っている、人の形をしていて、中々に面白い、これはかなり高級なものとみた。

どこか買い取ってくれる場所は……まあ、丁寧な仕事だが量産品のようだし、そのままお金の代わりとしても使えるか、ふむ、服装は質素だったが中々に裕福だったみたいだ、あとは一番奥に紙幣が数枚、様々な種族の英雄の姿を印刷したそれはたった一枚で半月は遊べるほどのものだった、む、おかしな商売でもしてたのだろうか?一気に裕福になった…その紙幣を撫でると紫色に発光する、これは本物、偽物ではこの細工は…無理、その光を地に生える雑草に当てる、雑草が光る、本物。

「あれ、その財布、ホーテンのものにしては……妙に、男物みたいなデザイン、ふはー、結構入ってるね、どんくらいなの?」

「ああ、レフェのではないですから、そうですね、この宿なら……一年は泊まれますね」

「うへ!?」

「ふむふむ、裕福みたいです、でもでも、レフェとあなた、結婚しましたし、色々とお金を消費するので、丁度いいでしょう」

「そ、そんなに持ってたんだ」

「はい、初めて知りました」

「………なにかおかしくないか?」

「そうですか?別に、おかしいところなんてなにもありませんよ」

「う、うん」

背中の上、耳を舐めてやると羞恥に染まって林檎のように赤くなる、どうにか騙せたみたいだ、よかった、しかし美味しい。

"味"を舌の上で遊ばせながら、飛びおりる、トンっ、両足が地面につく、幸せな時間は終わり、まあ、口内が幸せ全開なので継続中、か。

キョースケは頭をぶんぶん振っている、どうしたんだろう、林檎が左右に激しく揺れる姿をしばし見つめる、どんな姿も可愛らしい、花丸です。

そんな花丸なキョースケは突然真面目な顔になって『右耳を舐められたーーー、ぎゃー』ともだえる、そんなことを言ったら……あなたの体を隙間なく蹂躙するぞ、そんな暗黒面がこんにちわ、さようなら。

「だとしたらこの世界の事を知るために、んと、世間を知るためにしばらく滞在しようか?」

「それも後で決めたらよろしいのでは?とりあえず、ほら、入った入った」

「お、おすなー」

扉はなく、簡易な布が靡く入口に足を踏み入れる、潜ってみると狭くもなく広くもない微妙な空間に出る、受付をする台と色変わりしたソファーが二つだけ置かれている。

鈴も何もないので仕方なく声をあげて店の者を呼ぶ、木霊する声はかなり虚しい、隙間風などが入ってくるほどのものではないらしい、あー、こもった空気、しばらく待つ。

誰も出てこない………受付台には身長が足りないのでキョースケに抱っこしてもらう、羞恥もなにも、妻と夫だから、いいやいいや、台の上にはこの部屋で唯一真新しいと思える色彩の紙。

そこに名前を書いて泊まるのが決まり事らしい、受付台には1番から10番までの鍵と、その鍵穴のついた『宿泊費』と書かれた小さな箱がある、そこにどうやらこの箱と部屋の鍵は兼用らしい。

誰も泊まっていないのか、だったら一番だー、と、一番の鍵を取って小箱に突っ込む、何度か動かすとカチッと頼りない音をたてて箱が開く、そこにとりあえず二日分の宿泊費を入れて、また鍵をかける。

「いい加減な店だなー、でも嫌いじゃ無いや」

「ですね、このぐらいお客に無関心なほうが泊まりやすいです、特にレフェたちみたいな異邦人には…どうします?部屋を見ますか?」

「うーん、なんとなくみないでも予想がつくけど、一応、みるか」

一階は先ほど説明したもの以外はなにもない、奥に厨房があるのがわかるが、それ以外にはなにも……二階に部屋があるみたいだ、階段を探すと、暗闇に隠れるようにあるそれを見つける。

ふむ、音がする、軋みが限界を迎えていて派手に崩壊しそうな感じ、ありえないけど、まあ、使われているのならまだ大丈夫なのだろう。

何処か不安そうなキョースケの手をひく、なんにでも臆病な彼の性格はもう痛いほどに理解したので、手をひくことに迷いはない、つか、手を握りたいのです。

「良く壊れないな、この階段」

「まあ、細工が得意な種族みたいですし、古くても、きちんと補強するべきところは補強しているみたいですよ」

「そうか、ふーん、さっき畑が云々とか言ってたからてっきり、農業とかで生計をたててる種族だと思った、てか、話が全く理解できなかった」

「それはそれは、そのためにレフェがいるのですが、この種族は既に傭兵としての役割はとうに捨てて、生きる術を見つけているみたいですよ」

「もう一度話がまったく理解できなかった!無視すんなよー」

「いえ、どうせ説明しても納得も理解もしないかなーと、いいじゃないですか、おバカさんはおバカさんで可愛らしいですし」

「あ、あんまり嬉しくないや、でも本当に丈夫にできているみたいだ、これなら階段を走っても」

「階段を走る、とは不思議な言葉ですね、駆け上がるならまだしも、走る、階段を走る、響き的にどうでしょう」

「ぅぅ、すいません、あってるかも、なのにぃ」

「よろしい」

階段を一歩踏むたびに、小動物の威嚇音のようなものが、ああ、なんとなく笑ってしまう、すぐそこにいる夫の姿に、なんとなくそれが重なる。

小動物より愛らしいですけど、誰も聞いていない惚気に少し"嫌気"…本当に頭がどんどんおかしくなってますね、しっかりしろレフェ、しっかりしているけど、狂っているのか、むー。

「ん、番号が書いてないや、どーしよう」

「まあ、普通に考えたらそこにあるのが1号室でしょうに、ほら、鍵穴、しっかり合いました、ごたいめーん」

「だ、誰とだ!」

薄暗い廊下から逃れるように部屋に入り込む、第一印象は思ったより"良い"というものだった、うん、値段の割にとても良い部屋だ、田舎者の自分の感覚がおかしいのか、いや、キョースケも喜んでいるみたいだ。

部屋の真ん中から気持ち良く区切られている、なにかって、ベッドと生活スペースが、である……簡易的な台所までついているのは驚きだ、これだったら料理は自分たちで作った方が宿泊費が浮きそうー、でも既に食費込みで二日分払ってしまったし、いいか。

ベッドは簡素なものが二つ、ものは古いようだがシーツは真白で清潔そうだ、思ったよりいい、素直な感想、ああ、蝋燭立ても台所と部屋の中心のテーブルにある、うん、助かる。

「うん、いい部屋です、愛の巣検定に合格ですね」

「検定があるのか……でも、いいな、悪くない、窓から大通りも見れるし、中々にいい感じ」

「おっ、あなたは人の営みが近くにないと駄目な感じの人ですか、社会の歯車サイコーみたいな」

「なんだそのサイコな異常者は、いや、正常者か、むむむ、そんなことはないですと断りを入れとこう、うん、勝手にまじめ人間、ふまじめ人間にされるのはお断りなので」

「ふへー、はいはい」

「ぎゃー、頭を撫でつつ慈しむ感じで見るな!」

「慈しみましょうか?さあ、裸になりなさい」

「え、、それ、どの慈しみ?……って冗談はやめとこう、で、どーする?」

「顔を真っ赤にしながら言うなんて愛らしいんですから、ほら、容姿のことがあなたの罪悪感を苛むなら、レフェは百歳をとっくに!」

「おばーちゃん」

「ッ!ッ!ッ!!!!!」

「蹴るなッ!いたたたたたたっ、ちょ!」

しししししししし、死、失礼、"失礼"が極まった発言を聞いたような、気のせいだと思いつつ、その確認もせずに足が勝手に、あー、不思議ですねー。

不思議、不思議、でも足はとまりません、時折、調子に乗って空気との摩擦で火花が散りますが、気にしない、気にしない、鉄かなにかを仕込みましょうか、あっ、靴にですよ?……流石にこれは当てません。

「ごめんごめん、はぁ、ごめんなさい」

額を地面にこすりつける形で謝る夫に鼻をふんっと鳴らす、よくわからないが、謝っているのはわかる、うーーーー、どうしよう。

おばーちゃん……なんと恐ろしい言葉、まさか自分に向けられるだなんて……おいおい、それはもっと未来の話ですよ、いや、キョースケの世界の"人間"の平均寿命は確か、聞いた、聞きました……確かにくらべると。

でもそれでも許せなかったりもするわけで、愛しい人間、世界でいちばん異常に依存している相手にそんなことを言われるなんて、もう殺して食べるしか、殺さないで食べるしか、二択しか、あはは、はははっはは。

「……でも、許します」

「ごめん」

とにかく、とにかくだ、強い殺気を纏わせて、睨んで許しをあげる、もう一度そんな事を言ったら食べて一つになって自殺しちゃいますよ、と、逆に食べられてもいいのだが、ああ、そーゆー考えもあるんだ、やっぱり賢いぞレフェ、ふふ、臓物を美味しくいただいてほしい、艶のある内臓の凹凸を舌でなぞれ。

あぁぁああ、幸せだな、そんな結末を望む、望む、耳が喜びで大きく動く、ぴこぴこ、わかりやすく敏感な部位、それがはねる、はねる、しあわせ、妄想や予想はいつしか現実を侵食する。

ぽこっ、頭を軽く叩かれた。

「なんか怖い、謝ってすぐに叩いてごめん、でも、思考が遠くにあったぞー」

「………謝りません」

「んなっ、反抗的だなー」

意識が引き戻される、とりあえず、荷物という荷物もないので、ええ、頭の中の素敵な妄想を荷物にして、頭の片隅に追いやる、いずれ、こんなクルクル世界な妄想も使う日が来るでしょう、ふはは。

くるくるくる、内臓、肝臓、異常アイ、故に世界はくるくる……いたい、また叩かれた。

「戻ってきなさい」

「……うぅ、ひどい、男女差別です、圧倒的上位からの攻撃です、レフェがあなたのことをこんなに愛してるのに!はたくなんて!いいですけどっ!」

「いいのかい、だって、なんかこう、怖いし、ふへへへ、って笑ってたし、もう、なんか暗黒おーらーだったし」

「あんこくおーら、なんて出ていません!なんですかソレ、失礼ですね、愛情を全部外に出しますよ、出したらもう、壊れるまで愛しますから、あぁ、嫉妬で道行く人を殺したい、あなたの視線を独り占めするなんて、よし、殺そう」

なんてことだ、会話をしながらも視線を大通りに向けるキョースケ、僅かに愛情を外に出すと嫉妬が神経の先にまで即伝達、くるくる、狂いだし、脳内革命、です、だから言葉通りに魔力を込めて狙いを定める、はたかれる、いたい。

うぅ、あなたの視線に入った人間も、同じ世界で呼吸しているの人間も、ぁぁ、全部壊したいのに殺したいのに蹂躙したいのに、肉片をみたいのに、犬の餌にしたいのに、あぁぁ、その犬ももちろん殺します、四肢を外して蛇にします、愚か者、愚かな大蛇。

「あっ、この台所すごい、なんかよくわかんない調味料がたくさんあるや……なんだろこれ、からっ!?」

「……むー」

「ホーテン、ほらほら、これなにかな?」

「……無視むし、虫」

「怒んないでー、愛情全開は勘弁を、むしろ愛情全壊になりそうで怖いから、で、どーする?お出かけする?休む?」

こちらの愛情を封じてしまう夫、何気に上手、こう、首輪をつけられている気分、根底的には自分の方が飼い犬状態、外面は違うけど、ぬぬ、この人は!

いったん愛情をかき消す、消せはしないか……どうにかする、流石に愛情を全て出してしまうと日常が生きれない、むぅ、まだ二人で生きたいですし。

しょうがない、ですか。

「うむむ、お出かけしましょうか、宿も決まったことですし、これからのことを考えて必要なものを買いましょうか、旅に出るのですから、さすがに手ぶらでは」

「だなぁ、手ぶら、どんだけ余裕あるんだ俺達、山で遭難したらすぐにアレだよ」

「まあ、レフェの耳があれば遭難することはありませんよ、そんな事より、とりあえず地図やら何やら、あぁ、もう、沢山です!」

「沢山かぁ」

「はい、出来れば武器なんかも、あぁ、レフェのじゃなくて、あなたのですよ、流石にこの大陸を、武器の一つも持たないで旅をするというのは、あれ?おかしいですね」

「なにが?」

「いいえ、ただ、そうだ、旅をしなくてもいいんじゃないかと思っただけです」

「嫌だ!旅するんだ!」

しかられた、世間の事を知るとか大陸の事を知るとか国を作るとか、冗談やら本音やらが混在した目的ですが、別に二人で生きれるのならその目的は目的にならないのでは?むー、そんなことを考えました。

考えたのですが旅をしたいと頬を膨らませたキョースケ、どうにもこうにも……愛らしさと可愛らしさが脳みそに直接刃を差し込んで、木の実を鉢で細かくするように、ぐねぐねされました、脳みそが夫でぐちゃぐちゃなので、呆けて頷く。

病みは闇、やーみ。

「いいです、やっぱり新婚旅行として旅をしましょう」

「そうだったのか、新婚旅行だったのか、そうだったのかーー!!俺の頭よ覚醒せよ!」

「ついでに革新してください」

「ついでで革新!すげーな、俺達!」

よし、いい方向に修正できた、これで意識が少しは男女の関係云々の坩堝の中に向くことでしょう、無邪気で無垢な夫にはあからさまな方が良いでしょう、新発見です。

「さて、忘れものはないですね?」

「荷物が無いよホーテン」

「じゃ、いきましょう」

なんとなく、荷物が無い事が悲しい、色々と買いましょうか。



[1513] 異界・二人道行く06
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/11 14:25
歩く、様々な店が、様々な客層が様々な商品を手に取り眺めている、皆、笑顔で朗らかだ、簡易な布で形作られた店の中には流石に様々な種族がいる。

もしかしてあの隠し入口みたいにちゃんとした入口があったのだろうか、後にでも確認してみようか、ふむむ、キョースケの手を握る、迷子は駄目だ。

あっ、ちなみにレフェではなくおバカな夫の方です、てか、キョースケが店の人間に「若いね、そちらの子は娘さんかい?」と失礼な事を聞かれてる、お前の店の商品にしてやろうか、商品名『奴隷』と見知らぬジジィに殺気を放つ、どうしようもないこの容姿、外の世界にきてそれを確信する、これ、下手をすればキョースケは大変な変態さんになるのでは?それでもいいですけど!

あっ、やばい、口癖になりそうだ‥「それでもいいですけど」一見受け手のように見えて攻め手な感じがレフェの心をくすぐります、うはは。

そこら辺をなんとも微妙な表情でかわすキョースケ、質問したジジィもなんとなくそれ以上聞いてはいけないと感じたのが黙り込む、凄い犯罪臭、うはは、とは笑えません。

「これは……何に使うんですか?」

気まずい空気を誤魔化すために商品を指差し問いかける、しかし本心ながら、この商品の意味が分からない、丸い玉だ、様々な色を鈍く放つ。

装飾品の類にしては玉が異常に大きい、その玉には茶色の細い紐が付けられてはいるが……でもそれでも……玉の大きさは片手で掴めないほど、なのに軽いし、装飾品にしては質素すぎて大きすぎるし、むぅ。

田舎者全開ですねレフェたち、正しくはここも田舎なのでしょうが、こちとら異世界の夫と、既に忘れられかけている種族の妻、どうだ、ただの田舎者じゃないんですよー、虚しい。

「あぁ、これはねぇ、旅をする為の必須道具、クルマカエルの内臓さ」

「…え、カエルの?」

投げ捨てたくなった、食料として扱うには些か抵抗のあるカエル、狩りの対象でもないし、触ったことはない、蛇の化け物とかなら狩ったことがありますが、あー、カエル、うえー。

「あぁ、こいつは腹の中に食料を大量に保存するのさ、で、魔術的な構造をしていてね、そのカエルの腹の中はそれぞれの個体の『異界』に繋がっているとか」

「ふーん、凄いなホーテン、よくわかんないけど、カエルすげー」

「いや、そこはカエルが凄いというよりは……まあいいです、つーことは、これは荷物やらを入れるための道具ってことでいいですか?」

「そーだよ、おじょーちゃん、小さいのにお父さんより頭いいねぇー」

危ない、玉を顔面に全力でぶつけるところだった、自分の力でそれをしたら目の前の老人の顔面が愉快に破裂して死の華が咲いてしまう……あー、周囲は絶叫に染められて、まさしく地獄絵図。

まあ、キョースケが横にいる限り、天国であることはかわりない、てか、天国も超えた二人の愛世界、あぁ、愛、愛、大好きですよー、でも、とりあえず今は我慢です、我慢できる子なんです!

「よーし、二人とも、旅になれていないみたいだし、おじょうちゃんは今まで見たこともないぐらい可愛らしいから……サービスしてあげよう、この商売をはじめて長いけど、あんたら見たいな二人組を見たのは初めてだ」

なんと"そのまま持って行っていいよ"と、あららー、確かにお金に余裕はあるけれど、出費を少なくできるならそれがいい、てか、可愛いのはキョースケです、あ、喉を引き裂いて、死をあげたい、感謝も刹那に消える。

でもそんなことで手を汚してしまったら、ええ、キョースケの愛らしい手を汚してしまう、だからしない、できない、基本的にレフェはいい子なのだ、褒められるべき存在なのだ、だからしない、しないったらしない。

「おー、ありがとうございます、ホーテンもお礼を言わないと、ほら」

「……ありがとう、です」

最後の方は少し不機嫌さが出てしまったかも、いけないいけない、本心があまり出ると頭が悪い子になってしまう、人生初経験である、頭を振る、新婚一日目は浮かれ模様、時々殺意。

キョースケの思考を全て自分に向けて欲しいのに、どうもうまくできない、里にいた時はすべてが上手にできたのに、不思議ですね、あぁ、不思議です。

「あんがとなーオッサン、しばらくここに滞在するから、色々見てまわったらまた買いにくるよ」

「はははは、そーしてくんな、こんなことを言うのもあれだけど、あんたらの容姿だけで十分に満足さ、商売で使う話のネタに、最適さね」

「だめだめー、じゃあな」

手をひかれる、前のめりに倒れそうになるレフェをさらに抱えあげて……抱えあげて、ああ、最初から抱っこするつもりだったのか、これだと余計に親子だと勘違いされるじゃありませんか。

どうもです…黙り込んだ事に、ギュッと強く抱きしめられると皮肉の一つも出てこない、封じられる‥‥これはこれで役得なの、かな。

「拗ねちゃったかー、ずっと相手していないと拗ねちゃうのな、ホーテン、凄くキャラじゃないな」

「……ぶーぶー」

「言葉で抵抗しましょう、ぶーぶーは鳴き声です、豚さんですよー、ホーテン、怒んない怒んない」

「怒ってはいません、ただ、どうやったら二人の世界をこの有象無象の世界で構築できるのか考えていたわけですよ、てか……もう溶け合って一つになりたいのですが、ひくでしょう、あなたは」

「ひきはしないけど、お買い物をしようよ、お買いもの、良く聞く言葉さ」

愛の告白がお買い物に負けた、おのれお買いもの、怨敵め、適当に済ませて貴様を悶絶地獄の最中に吹き飛ばしてやる……人じゃなくて事柄に嫉妬とは、おちるとこまでおちるものですー。

「うぎゃー、気に食わねーです!」

「なにがよ、そんなことを言われてもなー、言ってくれないとわからないよ、わからないことはわからないから」

それは当たり前だ、でも口にしても彼は理解しないだろう、おバカ脳は中々に、でもおバカだから可愛いわけで、これは悩みだ、どんな悩みになるんだこれ。

この体勢は非常に心地よいので、しばらく拗ねていましょうか、まるまる、ぬくぬくである、逆でもしてみたいです、今度は逆に抱っこをしてみましょう、名案である。

「いいですよーだ、なんで拗ねてるのかわからないのかやきもきしなさい、です、その間、指示をしながらヌクヌクしているので、気にしないで」

「まあ、軽いからいいけど、なんで拗ねてるのか教えてくれよ」

「嫌です、否です、教えないです」

「……すねすねー、おっ、ナイフがある……たくさんある、いっぱいある、わからないなー、どんなのがいいの?」

「柄が長くて折りたたみが出来ない奴ですかね、可動部分があると壊れやすいですから」

「ふむふむ」

「鞘も長持ちしそうな奴で、ベルトに取り付けても困らない程度の大きさ、ああ、あとは"殺傷"しやすく両刃の、あぁ、それなんていいんじゃないですか」

色々と条件を口にしながら、まさに、その言葉通りのナイフをキョースケが手に取る、見ると、中々に造形美に溢れている、機能的なことを素直に姿で伝えてくる。

とぎ石も網状の袋に数個入れられて柄の部分に無造作に括られている、値段を見るとそこそこ、先ほどの宿の宿泊費と同じくらいだ、物にしては安いといったところでしょうか。

「買いましょう、それ、ほら」

居眠りをしていた店の主の顔に代金を投げつける、それでもよっぽど春の日差しが心地よいのか眼を覚ます気配はない、竜貨が一枚、長くのびた髭の中に消える……いつか気づくだろう。

いい加減なもので、他の客も同じように代金を投げつけては品物を自分の鞄にしまいこむ、いい加減すぎるが、これで商売が成り立っているのだから、この里の常識は比較的良好なのだろう…常識が狂うとそれはもう世界の終りです、でしゅ。

キョースケもいそいそと…まわりにならってナイフを腰にさす、丁度腰ひもが巻かれているのでそこに差し込む、これでもいいのだが、専用のものを買ってあげたほうがいいのかなぁ。

「うん、なにか男らしくなった気分だ」

「そうですか、それは結構、まあ、実力がなくてもナイフは振れますからね、振れば当たることもあるでしょう」

「ぎゃー」

「と、刃物を調子づいて無駄に振り回さないように教育してっと、さて、あとは地図でも購入して、あぁ、今、漁った財布に入ってました」

「漁った?」

そう、投げつけた代金……"代金"に魔力の糸を!で店主の懐から財布をすくい上げた、刹那に行ったので誰もそれに気づいていない、居眠りしてる本人も当たり前のことながら気づいてはいない。

肌の色からして鉄色の器人ではないとふんだのだが、思った通りの旅商人、無論、その財布…というよりは小さな鞄、それに地図が入っていた、うん、あとは幾らかのお金、儲けは別のところにしまっているのだろう、許しましょう。

さてはて。

「漁った、漁った、てかホーテン、さっきまでそんな鞄持ってたっけ?」

「はい、持ってましたよ、丁度、小物入れが無かったので、ナイフを買う前に購入したのです、本当ですよ?」

「??本当ですよ??」

「いや、そこまで疑っていないのでしたらこれ幸いです、ふふふ、また得をしちゃいました、良妻としての才能が溢れんばかりな自分が怖いです、あぁ、恐ろしい」

「……?」

おバカさんは操りやすいです、おバカなので四肢に取り付けられた糸にすら気付かない、おバカだけど夫なので妻としては助かる、まあ、攻撃されたら無抵抗ですけどレフェ、精神的には完璧に負けますね。

「さて、一気に地図まで手に入れてしまいました、あとはこのクルマカエルの内臓に色々と日用品をぶちこみましょうか」

「うん、そこだけ聞くと動物虐待みたいで、すげぇ嫌だけど、ぶちこむとしよう」

「まあ、そんな事を言うなんて」

会話をしながらも魔力の糸でひょいひょいと、玉に『入れたい』と願いながら日用品を入れていく、無論、刹那にだ………気づくなら気づくがいい、気づいてないなぁ、ふふ。

このクルマカエルの内臓、ひじょーに使いやすい逸品である、何せモノを『入れたい』と願いながらその表面にあてると途端に吸い込んでしまうのだ、ちなみに使い方はこのピコピコの耳と瞳で魔力を読み取って判断した。

魔術的な意味合いのものは非常にわかりやすい、全てを見通す血塗りの赤眼も、里を出れば使いようがあるってものだ、少しその特性に関心した……故に、魔力の糸で店に並ぶ商品を一瞬ですくい上げて玉に取り込むことも可能なのである。

あれ、盗みか?と言われても……キョースケの"視線"をあげているのだから、十分だろうと言ってやります、そう、自分自身に……てなわけでお買いもの?終了、やー、やりました、キョースケの意識を奪っていた「買い物」という行動を殺すことに成功です、しかも適当に、ざまあみろ。

「はい、買い物終わりです、レフェの方に視線を向けてください、キョースケ」

「は?いや、まだ終わってないでしょう、終わってないよね、どう見ても」

「いいえ、おバカなあなたが呆けているうちに、光の速度でお買い物を済ませました、いやですね、おバカさんはこれだから、使い物にならないんです」

「嘘っ、え、そんなに俺って動きが遅いのか……そしてホーテンが買い物をしていた記憶がない、うぅ、もうボケているのか……この若さで」

「そんなことはどうだっていいんです、レフェの方を向きなさい」

「それじゃあ歩けません……あーあ、買い物楽しみだったのに、おバカな自分が凄い憎いぜ、ボケ防止の体操を今日から風呂上りにしよう、強く誓ったぜ俺」

「お風呂は一緒に入りましょう、こう見えても歳は!…レフェはあなたより年上なのでその体操の必要さは自分の方が上です」

「いえー!」

「いえー」

意味もなく手を合わせる、喜んでくれているのか、そうでないのか、定かではないが………やっぱり嫌がってはいないみたいだ、良かった良かった、ふふふ、今日の夜、覚悟していてください。

「買い物終わったからもう帰るって、それはどーだろうと、思うわけだ」

突然、帰り道でキョースケがポツリとつぶやく、独り言にしてはやけに声が大きいので、こちらに意図的に聞こえるように、しかし独り言だと思われる声量で言ったのだろう。

ふむ、まるで楽しい事が終わることを嫌がる子供のようです、しかし知らない場所で夜になるまで長々と出歩くのは良いことではない、厄介事に巻き込まれるのも嫌だ。

「いやいや、ここはさっさと宿に戻って体を休ませましょう、どのみち、明日の予定は全て白紙なのです、真っ白です、明日に色々と楽しみましょう」

「な、なむー」

「何が"なむー"ですか、ほら、さっさと歩く……あぁ、明日の予定が白紙と言いましたが、一つだけありました」

「ん、まだなにかあるのか?」

「まあ、旅人ではこれから先色々と不都合があるわけです、なので!冒険家になりましょう」

「……旅人から冒険家……何一つとして変わらないような気がするんだけど、それによって何か変化があるのか?」

「旅人は個人です、冒険家は組織です、と、言葉通りの意味です、この大陸では冒険家と呼ばれる職業があるのですよ」

「すげぇ"ふぁんたじぃ"な、へー、無職よりどんな職でも選ぶべし、当たり前だけど、そんなに簡単になれるのか?」

「はい、なるにはなれますが、収入は自分で得ます、依頼をこなすわけです、最初は里から里への手紙の配達やら、最終的には国家を救います」

「そこまでか!?」

「が、出来たらかっこいいなぁ、と思ったわけです」

「………だまされた」

でもでも、そんな厄介事に頭を突っ込んで見事に解決した冒険家一行もいたみたいですが、蒼の空人が外の世界から月に一度持ってくる『大陸通信』にそんなことが書かれていた。

えーと、その人たち、何か冒険家にしては凄まじく好戦的な名前がつけられていたような………と。

「でもでも、冒険家になれば、身分証明にもなりますし、冒険家協会からの手助けを受けることができます、あまり上を目指さなければ危険なこともないですし」

「うえ?」

「ええ、冒険家も扱った仕事の数や質、その実力に応じてS~Eクラスに分類されるんです、レフェ達が目指すとしたらせいぜいCクラスの冒険家ですね、ここら辺になると依頼を達成して貰える額も相当なものになりますし」

「おー、いいなぁ、お金は沢山あったほうがいいもんなぁ」

「そして暇つぶしにも最適だと思われるクラスです」

「へー、でも依頼を達成すると勝手にクラスがあがるんじゃないのか?」

「ええ、でも、Cクラスからは特別な依頼をこなさないとランクがあがらないのですよ、それも一年に一度だけ、断ることももち可能です、楽でもなく辛くもない所でダラダラ働いて過ごす、最高です」

「最高に怠惰だな」

「怠惰ですけど、ちなみキョースケ一人では最下位のEクラスでも大変だと思われます、ふふ、才気溢れる妻がいるからCクラスになっても恐らく余裕だと言ったのですよ?」

「うぅぅぅぅぅぅ」

「大丈夫です、本来レフェならもっと高いクラスも狙えますが、それでは目立ってしまいます、怪しい国を得るために裏でひっそりと暗躍しないと駄目なのですよ」

「国をつくるって本気だったの?」

「いえいえいえ」

「ど、どっちだ?」

「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ……いえー!」

「いえー!」

また手を合わせて、もしかしてこの人もおバカだけど、おバカがこっちに感染してる?……でも騙せたみたいだ、なんて単純、いや、最終的に"いえー"で誤魔化した自分も酷く愚か。

この手はいいな、手を合わせるだけに……何度もお世話になりそうだ、キョースケを"誤魔化す"最終技としてしっかりと胸にしまいこむ、一つ問題があるとしたら、酷くバカっぽい。

「ふぅ、そして冒険家になる為には冒険家協会で手続きをして試験を受ける必要があります」

「ふむふむ」

「さすがにここのような小さな里ではありませんが、大きな"街"には大体冒険家協会の支部があるのです、そこで試験を受けて合格すれば冒険家というわけです」

「にゃるー」

「ここからだと、ウルネ泉のポルカ街ですかねぇ、割と有名な冒険家を輩出しているみたいですし、だから縁起がいいですね、この里からだと一日ぐらい寝ないで歩けばつきますね」

「人は寝ます」

「それでは二日ぐらいですかね、ああ、あなたの体力を考慮してです、もしどうしても早くつきたいのなら、あなたを抱いて山道を走りますが、木々とかを素手でなぎ倒して直線で進めば一日でつきます」

「ゆ、ゆっくり行こう……急ぐ旅でもないし」

「はいさ」

なんだかうんざりと……夫を心配する、そうか直線は駄目なのか、良かった、それでこんなにうんざりするなんて、山をとびこえて行きましょうとか言ったらどんな顔をしたやら。

自分の種族の身体能力にややうんざり、優れているのはありがたいが、それでうんざりされたら傷つく、むぅ、駄目なのです!

「しかし冒険家か、すげぇいい響きだな、わくわくする、わくわくと口にしたいぐらいわくわくする」

「口にしてますね」

「むん、体を鍛えよう」

「あなたは横で立っているだけでいいですよ、依頼は主にレフェがこなします、おバカさんはお邪魔にしかならないので」

「うぅぅ」

「凹んでもだめです、危ない事は禁止です、レフェの視界から一瞬たりとも消えないこと、いいですね?」

「あー、あのまんじゅううまそう」

「聞いてないですね、さっそく」

抱っこされているからいいですけど、興味があるものに真っ直ぐに突貫する癖をいくらか抑えて欲しい、危なっかし、しかもひ弱でおバカ……安心できるわけがないでしょう。

本気で首輪でも購入して取り付けてあげましょうか……この性格だから、つけてくれそうですけど、可哀想……ですかねぇ、鳥かごならぬ人かごは売ってないでしょうか、あぁ、でも常に一緒にいたいから自分も入る羽目に、すばらしい。

素晴らしい二人の空間、でもそれだと、この人の弱弱しい精神はすぐに腐り落ちてしまう、それは嫌だ、だから我慢、してはいけない、自分はいい子なので我慢が出来る。

「美味い、こっちの世界で一番の心配は食べ物の違いだったけど、これなら食生活も幸せいっぱいで過ごせそうだ、つまりは、夢いっぱい」

「はいはい、食べカスついてますから、あまり無駄にものを買わないようにしてくださいね?」

頬についた食べカスを舐めとる、この体勢からはややキツイが出来ない事はない、確かにキョースケの言う通り、そこそこの美味しさ、店の出し物にしては許せる範囲だろう。

舌で舐めとっても何も反応を示さないキョースケ、食べることに専念している、先ほどの言葉通りに、意識を多数に向けることができないようだ、本当に子供だ、もう幼児です、その表現すら甘いかも。

見た目が幼児で中身が百歳以上、見た目が青年で中身が幼児、どうも不揃いな感じの二人だが、合わせてみるとしっかりとかみ合う、まさしく運命ですね、運命つーか二人の愛です。

やはは、照れて笑うが相方は不在、もぐもぐと食べながらもう一つ同じものを買い込む、まさか食べてる途中に同じものを買うとは!店の人間もそう来るとは思わなかったのか驚いている、くっ、キョースケをみるな。

兎に角、美味しそうに頬を膨らませて食べ物を食すキョウスケは酷く愛らしい、永遠ものである、密接してそれを眺める事が出来るこの位置は最高だ、ああ、最高の位置だ、時折食べカスを舐めとることも可能なので最高で最高で最高峰!

「そんなに食べたら、晩御飯が食べれなくなりますよ?一応、あの宿は食事がでるみたいですし」

「それも食べる!」

意外と食べるんだ、素直な感想、でも何処か苦しそうなのです、食べることは好きだけどお腹にはあまり入らない……難儀な性格と難儀な肉体ですね、どうにも、彼は彼でかみ合わない。

「ふー、だけど流石に人が多いな……なんか見られてるし、まんじゅう、みんな欲しいのかな?」

「それは無いです、まあ、見た目、でしょうねぇ……これはもう開き直って、行くしかないですね」

「むぅ……でも本当に髪が黒くて眼も黒い人っていないんだ」

「はい、そんな"ヒトガタ"はこの大陸中を探しても恐らくあなたぐらいですよ、それと後は言動ですかね、あなたの言葉は愛らしすぎて、人を惑わします」

「?」

声と立ち振る舞い、造形としては……我が夫ですが飛びぬけて美形というわけではないでしょう、種族の感性にもよりますが、しかしそんなものが意味のないものだと証明するように、この世界にはない"立ち位置"を持っている。

これが世界観の違いなのか、それとも彼が元々持っていた資質なのか、兎に角、目立つ、目立って目立って人を狂わす、浮世離れした言動と、邪心が皆無な行動、赤子のようだと表現したが、それ以上だ、"あくま"と言っても大げさではない。

"あくま"とは空気や風と同質だ、常に肌に触れている、故に意識する、キョースケはそんな魅力を持っている、毒にも近い魅力だ、

あぁ、それは違うか、最も端的に今表現したではないか、それは微かに違う、正しくは魅力に近い毒だ、異質故に世界にしっかりと浮き立つ、周囲の光景が有象無象に歪むほどに、ただ在るだけで、人を取り込んでしまう、己が内に。

「あいらしい、と言われましても、俺は男なのでまったく嬉しくはありません、むしろ良く食べるところをほめてほしいです」

「………お金をあまり使わないように」

「でも美味しいし」

「理由になってません、ほら、苦しくなるなら無理に食べない、でも白と黒は浮きますね流石に」

「そうだな、他のまんじゅうは緑色なのに、あの一帯だけ白と黒だ、ひどく気になる、このまんじゅうは野草の苦みと餡の甘味を上手に合わせていたが、はたしてあの白と黒の皮は一体」

「じゃなくて、レフェとあなたです、はぁ」

「………あのまんじゅうが俺たちなのか……そんなバカな」

「おバカなのはあなたです、おそらく中身の餡がないのでしょうねぇ、ふむぅ、目立つことで得になることもないですし、どうにかしたいものです、これでは悪い事ができません」

「あくじ」

「そうです、なんであなたが今それを繰り返したのかを聞きたいですが、悪事です悪事、ふむぅ、下僕をどのように手に入れましょうか、悩みです」

「……あぁ、なんか言ってたな、まんじゅうでいいじゃん」

「まんじゅうは下僕になりません、てか、なるわけないですから、あなたがあまりに人々の心をもぎ取るので対策を作りたいのです」

「??ホーテンのことだろ、みんな、お前の方を見て呆けているぞ、うんうん、美しいなーと、幼児で美しい、凄いことだとおもいまふ」

「殴りますよ?」

「……まんじゅう、うまうま、あっ、と、取るな!」

「うまうま」

流石に苛立ちが限界を迎えたので反対側から噛みついて奪っててあげました、凄く泣きそう、どんだけこの食べ物を気に入ったのか……軽く嫉妬です、食べモノに嫉妬、おかしいですか。

お菓子なだけに、あぁ、危ない、ここの暗黒世界は非常に危険です。

「うぅ、齧られた、食べられた……うぅぅぅ」

「美味しいですねぇ」

「むぅ」

「まあ、あまり拗ねないで、ほらほら、涙を流さない、眼球を舐めますよ?それはもう水晶を丹念に磨く占い師のように、一日から三日のどれかで」

「どっちにしろ眼球ふやけてしまいます、俺の眼なぁ、黒いのか目立つってなんか不思議な感覚、黒って普通は目立たない色だろうに」

「ですね、でも、夜空を目立たないと誰が言えますか?圧倒的ではないですか、あの色合いと空間は」

「そうか、あれって星や月が目立ってるんじゃないのか?夜空の黒自体はあるだけだろう」

「そうです、星や月が他の人間、夜空の黒があなたなのですよ、星や月からしたら己の周りにある黒の方に関心を示すでしょう?同じ星になんて興味を示しても仕方ないですし」

「同じだから興味があるってのはあると思うけどなぁ」

「星は孤立して幾つもある、夜空の黒に区切りはなく単一です、そう、黒は孤独の色なんですよ、煌めいてる星はいくつもあり、それ故に価値はない、夜空の闇は輝かないが区切りはなく単一であり、それ故に尊い価値がある」

「むは、むずい」

「あなたが好きってことですよ」

「……うぅ、簡単で嬉しい」

遠まわしでは埒があかないので本心を叩きつける、もう、結構照れます、照れるけど喜んでくれたので良しとしましょう、しかし、しかし!愛を囁けば周囲の人がざわめいた、むむ!

ほっといてください、てか、キョースケが悲しむから殺さないけど、キョースケにこのように視線を向けるわけで、むぅ、矛盾、解決策は今のところありません。

「くははは、妻の愛を受けて俺はさらにまんじゅうを食います、愛の力で限界をこえます」

「えー、えー、え?えぇぇぇぇ、愛が変なものになってますよ!?」

「食欲は愛、愛は食欲、まんじゅう天国」

「どこに旅立つのですか、ほら、今日はこれだけです、あまり食べ過ぎて体を壊したら意味がありません」

「うん、わかった」

聞きわけは異常にいいのですから……ハンカチを取り出して顔を拭いてあげる、さすがにこれだけ周囲の視線を集めて顔をなめ続けるのは勇気がいる、ああ、何の勇気かって……そんな有象無象の視線の持ち主たちを殺さない勇気だ。

本当に邪魔な人間が多い、これだけ人間同士の交流がある場所なら何事にも無関心であるのが道理でしょうに、いちいち周囲に卑しく気配を張り詰めてるだなんて覗き魔と変わらないではないか。

殺意は愛情で抑える、しかしその殺意の根源に愛情があるのだから、根の部分が同じだから……その感情が左右に揺れるたびに大きく神経を使う、尖らせた神経は過敏に痛みを発する。

曰く、二人になりたい、まるで羊の群れの中に紛れ込んだ狼だ、際立つが故にはねられる、あー、強さは圧倒的に自分たちの方が上なのに、怯えなくてはいけない、草を食べる怠惰な瞳は恐怖を駆り立てる。

「ん?」

ふと、キョースケの視線と思考が自分から外れる、故に視線を追う、根源を辿る、人々のざわめきと、呼び声、なにも変わらない風景。

もう少し眼を擦る、道楽で飼っている"いきもの"の頭を撫でる店主、それだけだ、それだけしかない……別におかしな光景ではないが、興味を持ったのだろうか?この場合、もし我慢しないで殺すとしたら飼い主なのか畜生なのか、あぁ、両方畜生とも言える。

だったら両方殺せばいいわけで、ふむむ、四肢を、地につけたほうの両足をもぎって、二足で立つほうの両手、両足をもぎって、血の海に溺れさせて、血と砂利を混ぜ合わせて、ふふ。

「ん?ホーテン笑った?」

「ええ、まあ」

「……うーん、しかし、今の子なんだろう」

「子?……なんの話ですか、そこの店の店主を見ていたのではないのですか?」

「は?なんでオジサンを俺が観察しないといけないんだ………いや、それだと失礼か、いや、今さ、そこに、おめめが三つある娘がいた」

「ん?」

「だからおめめが三つあって、さっきから色んな人がいるけど纏まりは結構あったからさぁ、でも俺の顔を見たら驚いて何処かに行っちゃった」

「……お買いものでもしてたんじゃありませんか?」

「そんな感じじゃあなかったなぁ、何か凄いオドオドしてたし、こう、フードみたいなもんで顔を隠していた、なんだろう、可愛い子供だったなぁ」

はい、さっきまで制御出来た感情があり得ないぐらいに溢れてきました、これも本来のものからしたらかなーり少ないですが、少ないって言うか"無い"に等しいですが。

ですけど許容できるものではない、あぁ、可愛いなどど、そんな言葉を、ぁああああああああああ、がががっがが、ありえないありえないありえない、どうしようもなくくるくる、脳みそが沸き立つ、灰色に淀む、視界が安定しない、視線が愛しい人を捉える捕える、狂える。

魔術を行使する、魔力を集める、魔を望む、もうどうとでもなれと、周囲の人間が濃度の濃い魔力に白目を向く、泡を吐く、打ち揚げられた魚のように体を波打たせる、阿呆の群れ、畜生にも劣るので意識しない、キョースケの周りにだけ結界を張る、そこは丁寧に丁寧に、意味もなく愛情を練り込む。

不可視の力の流れ、魔術を扱わない人でも想像はつくだろう、絶対的な意識のもとに絶対的な力で絶対的に"ぶちころす"あぁ、ぶち、ぶち、蒸発する血液が皮膚の色を変える、あははは。

際どい神経、際どい精神、際どい神、しかし自分の中の神は絶対視できない、出来るとしたらキョースケだけだ、ぁぁ、その座に置いときましょう、愛しい人、他者に感情を向けた人、憎い人、阿鼻叫喚の世界、視線は泳ぎっぱなしで、動悸は激しく、動機は愛情の、糞女、糞尿の中で死ね。

これだけ広範囲に殺戮を起こせば、その殺戮の中に一人ぐらい目的のものがかかるだろう、単純な思考、試行……っと、完璧を成すための"思考"は完了、さあ、現実に起こそう、この地獄絵図を。

「こら!」

頭を叩かれる、意識は僅か一秒にも満たない思考の果てに旅立っていた、優秀な脳を持つ我が種族スゴイ、やっぱり愛情を加えると煙を上げながらさらに狂回転、まわれまわれー……叱られました、現実は!

「ホーテン、もう一回たたくよー、そんなに怖い眼で周りを睨みつけて、うん、せっかく、可愛い顔をしているのに、台無しじゃん」

「むっ、キョースケ、浮気をした後にすぐさまにご機嫌を取ろうとするとは!」

「するとは!と叫ばれても、だって、ご機嫌とらないと暴れだしそうだったし、ご機嫌とりますよ俺、何を怒ってるのかは相変わらずわからないけど、なー、なー、機嫌なおせよ」

「むむむ、なんて鈍感!これほどの恥辱は生まれてはじめてです!もう愛情を爆発させて灰色の世界に染め上げて所々、人の焦げた黒世界っっ!」

「怖いわ!もう、口にしないでも、抱きしめてたらわかると思うのに、そっちの方が鈍いんじゃないのか?なー、でも、ごめんなぁ」

強く抱きしめられる、ダンゴ虫のように丸くなるレフェ、そんな血まみれの世界を作り上げたらこの人は怒るだろう、もしも●○だ!と言われたら……黒白の悪夢、故に、それは出来ないのだ、やるなら彼に気づかれないようにしないと。

そうだ、そう……やるなら気づかれないように、というか、こんな汚い存在たちの燃えカスで彼の眼を汚すことは本意ではない、なんて愚かなことをしようとしていたのだ、罪に苛まれ臓物を口から吐き出したい、ミミズが出るように腸を!

「許します、都合が悪いので、怒りすぎて愛が溢れたらそれこそ、不都合!」

「……許された理由も、そもそも、その許す許さないの理由も不明だけど、許されるとしよう、怒られて尿がもれるのは嫌なので……俺、もう、ダメじゃん」

落ち込む感情、それが移行する、妻から夫に移行する、自分への情けなさに自分を責めて泣き顔、基本、怯えるとこうなってしまう、なんて情報、でも大事。

心の手帳に血で書いて、ふむむ、しかし情報収集、そうだ、下の都合も大事だが、それよりも大事な情報を集めないといけない。

「えっとですね、それで、その子供とやらは、他にどんな特徴がありましたか?ええ、さっきの話の、あなたの愛らしい黒曜の瞳を独り占めしたゴミ虫以下の糞野郎の、あっ、糞は人食いの糞で禁忌の糞で」

「女の子が糞糞言わない、なんだよソレ、さっきの三つ眼の子供の話か?うーん、ってもなぁ、チラッって見ただけだしなぁ、えっと背は低い、顔も幼い」

「つまりは幼児ですね、世間では弱者として扱われるのは基本的な約束事です、なので、四肢をもごうか、五肢、あっ、首も入れてってことですけど、引っこ抜いても大丈夫です、血が四方向から飛び出てグルグル回るかもです、最高のおもちゃです、子供を使って開発して子供に大人気、ちょー輪廻転生」

「ちょー怖い」

たった一言で片づけられました、ふむ、幼児、やりやすい、しかし小さな生き物なので見つけにくい、この里にもそれなりの"数"がいるわけで、あああ、でも眼が三つ、と言ってましたね、残念ながらそんな種族は聞いた事がない。

知識と知恵、そんな経験から得られないものは脳みそに怠惰な毎日の中で大量に流し込んだはずだが、そうだ、暇な変わり映えのない日常は力を得ることと、知識に変えた……はずだが、ない、ない、知識の輪の中にそれはない。

「うん、でもどうなんだろうなぁ、どうしたんだ?そんなに聞いてさ、気になるのか?」

それはこっちの台詞だ、そのままあなたに言いたいですよ、でもでも、気になるには気になります、何せ知識の外にあるのだし、それが夫の思考を僅かに奪ったのだから、殺す程度では甘っちょろいのかも、かもです。

うははは、子供だと言ってました、先ほどの説明、粗末な感じの服装と言っていたかな?、なら"おやなし"かもしれないです、珍しい種族の幼児が流れて流れてこの里に、あぁ、丁度いいかもです、殺す前に、一生を捧げてもらおう、捧げてもらおうじゃないか、捧げろ、だ。

この里での目的、最初に考えていた目的、キョースケの"にんぎょう"……レフェと違って道具として機能する存在、それを手に入れたい!レフェの手にではない、キョースケの手にだ、キョースケの為の道具、もし、使い物にならなくても壊して作り直せばいい。

これは良い、これは良いぞ、たった一日で贈り物までおくれるなんて、自分はなんて良妻なのだ、一般的に幼児と言えば体力も未熟、未発達、しかしキョースケが可愛いといった、愛らしい容姿なのだろう、本来なら血達磨にするべき事柄だが、道具として考えるなら、愛らしさを振りまいた方がキョースケも喜ぶだろう、ふむむむ。

ふふ、ええ、最高です、最高のお人形さんになりそうです、眼が三つというところも他の"にんぎょう"と違っていて、飽きるのを防ぎそうだ、飽きたらまた再教育して精神を取り換えてしまえばいいですけど、外見はどうしようもないですしねぇ。

「ええ、物凄い気になります」

「物凄い、とな、それは普通じゃないな、あれか、見た目が同じくらいだから友達に飢えているとか?」

「餓えてません、あなただけでいいです、むしろ世界はあなたで、あなたが世界なので、そこら辺はよろしく」

「よろしくと言われましても」

ただそれを忘れないでいてくれたらいいのです、それを言っても言わなくても、おバカなあなたの頭から見事にすり抜けることは確実でしょう。

「よろしくはよろしくなのですよ、むぅ、だけど情報の少なさがあれですね、ダメです、レフェの耳にも引っかからない、ぴこぴこ」

「友達でもないか、わけがわからん、でも、まあ、この里に二日もいれば会えるんじゃないのか?そんなに無茶苦茶広くもないし、人を気にしている動きが逆に目立ってたしな」

「ほー、あの一瞬でそこまで見抜いてたとは、かなり"お気に入り"になったと、これは苛立つし、逆に言えば嬉しい結果です」

「お気に入り、一瞬、視線があっただけの人間に使うような言葉じゃないけど、うん、可愛いから、気に入ったつーより、良かったなぁ」

「良かった、ですか……よし、頑張りますよレフェは!生き物を捕まえるのは大得意なのです」

「ん?」

「狩りでも里で最も優れていたのはレフェですから、春先になって冬眠から目覚めた獲物を追い詰めて追い詰めて殺すのが春の醍醐味だったので、そういえば、まだしてないなーと」

「クマとかか、猪とかか、この世界にも同じようなのがいて、同じように捕まえるんだなぁ、むぅ、山に住む人々恐るべし」

「山ではなくて今回は人里で狩るのですが、はじめての経験です、しかーし、初めての事でも完ぺきに!優れた存在、それがレフェ!」

「すげー、妻の偉大さに震えっぱなしの夫なのでした、まる」

「そんな感想文を抱かれる程に優れている己が怖くなりました、まる」

「さんかく、ばつ」

「どうしてそれも一緒に?」

「いや、まる、だけだったら寂しいかなーなんて思ったり、思わなかったり」

歩く、キョースケ……その心地よい揺れに身を委ねながら空を煽り見る、ああ、少しだけ、夜の気配を感じる、途切れ途切れの雲が家路を急ぐ子供たちのようで、哀愁を誘う。

帰り道、家ではないけど、家の代わりの宿に二人で帰る、なんとなくあたたかな幸せに心が酔う、心が弾む、なんともいえず、気持ちがいい。

「あなたは自由ですね」

「自由つーか、どうなんだろう、道行く子供に常軌を逸するぐらいに興味を示したホーテンのほうが自由だとは思うけど」

「おぉ、勝手に変態にされてますねレフェ」

「うん、凄く客観的に言ってみました」

それこそ、それ以上のことをしようとしているレフェは変態の域におさまるのか、少しだけ考えてみたり、まあ、贈り物を受け取ったら別の反応をするでしょうに。

生け捕りにしましょう、なるべく傷つけないように、今夜にでも一人で繰り出して探すのもいいし、ふむふむ、夢は広がります、無限に広がります、ふふ。



[1513] 異界・二人道行く07
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/12 13:55
宿に戻って"買った"荷物の整理をしている、クルマカエルの内臓から色々なものが出てくる……こんなもの"買いました"っけ?ふむぅ、まあ、どれだけ入るのか試すのもいいか、うむむ。

ちなみにキョースケは部屋についた途端にベッドで、うとうとと枕を抱きながら眠りの世界に旅立とうとしている、疲れたのだろうか、あー、と聞くのもアホらしいですね、疲れるでしょう。

違う世界に来て、川で溺れて、結婚を迫られて、結婚して、山を歩いて、歩いて、違う世界の常識を教えられて、買い物をして、寝る寝る寝る、なんて濃い一日でしょう、レフェも同じような感じですが、体力的には無限に近いので……精神的に興奮の嵐だったので少々疲れた、かなぁ。

涎を流しながら目を何度も瞬きさせるキョースケを見てると"興奮"がまたこみあげてくる、襲ってやろうか、と凶暴で邪悪などす黒い思考、これは普通は男性が持つのでは?知識だけの頭でっかち、わからない、予想は出来るが……。

どうにも、こうにも、ここで襲ったら、色々な計画に支障が出る、お風呂には入らないのだろうか、一緒に入ると確かに約束したはずなのに、ふむむ、それが楽しみなのに、疲れて眠りかけているのを無理やり起こすのも可哀想だ。

「……白亜の湖、さすれば、もがき、伝え、消えゆく、"ていのじゃあく"」

このまま放置しておくのもなんなので清めの魔術を行使する、里にいた時から仲が良かった水の精の『れい』がキョースケの体とレフェの体を"通り抜ける"、呆気なく、今日一日の汚れが消える。

何せ冬眠をするような我が種族、冬場に風呂に入ることは不可能に近い、なので編み出す事となった生活の中にある術、本当は雑多で下位な精霊にやらせるのだが、水場の少ないこの里でそれをしたら皆が干からびてしまう。

代償として人間の血液でもいいのだが、目立ちすぎるのは良くない、魔術に精通した者が興味を持たないとも限らない、だから仕方なく普段から引き連れていた『れい』に頼んだのだが、彼女は嫌がるそぶりもせずに指示に従う。

ずっと気配のようなものは感じていたのだが、もしやと思って術を行使してみれば案の定である、どうやら里からついてきたらしい、精霊が自分の生まれた地を離れるのは非常に珍しい、風の精霊なら話は別だが……あの川で全て見ていたっぽいですね。

ちなみに『れい』は精霊の中でもかなり高位のものに当たる、名前があるだけで存在は安定し、力を時間を重ねることで蓄える、詳しくは知らないが『れい』は白の古人があの土地に住み着く前からいたらしく、精霊としては古参な方にあたる。

精霊を使役するにはコツがいるのだが、『れい』はさらに臆病で人見知りの激しい性格で、声を聞いたことは一度あるかないかだ…いや……やっぱり無い、しかし、その性格が逆にレフェにとっては心地いい、使役する方と使役される側、こちらの方が気楽である。

といっても、まさか、あの里からついてくるとは思わなかった、意外だ……碧い髪に蒼い瞳に青い肌、髪は水滴をまとい空中に浮いている……本人も浮いているのだが、そのせいで自身の身長より髪が圧倒的に長いことが一目でわかってしまう、容姿は幼児の姿で、おどおどしたタレ目がちな瞳が見た目相応の年齢に思わせてしまう。

精霊は種族ではなく"現象"である、ええ、人の形をしていても本質は自然そのものであり、だからこそ、自分についてくるはずはないと踏んでいたのだが、これから先、精霊魔術を行使する際はそこらの下位精霊をかき集めないと、だるいなーと思ってたのに、まあ、よかったです。

魔術は大きく分類すると精霊を使って現象を起こす精霊魔術、自己の力を行使して使う自己魔術の二つだ、本来なら強力な魔力を持つ精霊を頼って扱う精霊魔術の方が一般的なのだが、レフェ達、白の古人は違う。

白の古人の持つ魔力は竜に匹敵するほどに強力なものである、使いようによっては絶大な威力を誇るが、日常で扱うには些か強力すぎるのである、例えば今使った清めの術も自分の魔力でしようとしたら、この里全てが完膚なきまでに"浄化"されてしまうだろう。

生き物も"ある"だけで十分に汚れになる、ああ、本質的に言えば汚れの根本とさえ言える、自然の中で生まれたものは汚れではなく現象であるからして、人だけが汚れを生み出せるのだ、それは種族の違いに関係なく文化を持つ生き物のさだめなのだが。

なので己の魔力で先ほどの術を使えば人が死ぬような現象が発生するわけである、お風呂に入るのが面倒で清めの術で数百人死亡、なるほど、いらない人間が消えるのは清らかになる事と同じだが、それをしたらキョースケの為に捕獲したい『おにんぎょう』まで死んでしまう。

それは許せることではないので、精霊術のほうを選んだわけだ……『れい』はキョースケや他種族の感覚で5歳程度に見える体をクルクルと空中で遊ばせながらキョースケの周りを漂っている、いつもは意味もなく眠そうな瞳もぱっちりとあいている。

『れい』……かつては、川ではなく海を統べていたとの逸話がある大精霊、里でも自分以外の白の古人には顔を見せなかった隠者である、今は入浴の代わりに使用したが本来の実力を発揮すればこの大陸の半分を海の底に沈めることも可能と言われている、が、それは嘘で。

力を出せばこの大陸どころか世界を全て原始の水に戻すことも可能なありえない神である、精霊の中でも異端で異常な彼女、他の属性の精霊にも無論、彼女のような化け物はいない、世界を支配する"水"だからこそ発生した神をも超えた精霊、それが彼女である。

レフェ自身の魔力やその才気への自信の他に、彼女を唯一自分だけが行使できたことも、あの狭い世界で狂わずに生きる事が出来た要因である、『れい』は誰にも懐かないし、誰にも何も感じない、人も草花も同じように見えているのだろう、レフェだけが唯一無二の仕手……だったのだが。

あの引きこもりの精霊である『れい』があの川から出てこんな場所にまでついてくるなんて、どんな気まぐれだろう、思えば言葉を話せるようになって一番最初に話しかけたのは『れい』だった……近しい存在なのだ、返事はしてくれないが、考えていることは少しだけわかる、あっ、言葉聞いてましたね、やっぱり、間違い?

『れい』は巨大な力を持っているのだが、その力は本当に"細かい"ところまで扱える、同じように巨大な力を持つレフェとはそこが違う、ええ、彼女は0であり無限なのだ、その鋭く細やかで鋭敏な"きかん"になにか触れるものがあったのだ、きっと。

そうだ、視線をずっとキョースケに固定して、眼をはさないばかりが、指でつつこうとしている……純粋な力の塊である彼女の小さな指はキョースケの体をすりぬける、初めて見る行動にレフェもどうしたらいいのかわからない。

実力が下の相手でこれが『れい』以外のなにかだったら即座に殺しているところだが、『れい』は自分より「つよい」だろうし、なにより、これはこれでキョースケと自分に彼女を惹きつける凡人以上の共通点があるようで、嬉しくもある。

現象としての精霊がなにかにここまで興味を示すとは……幼い姿の彼女が自分よりもいくつも年上に見えるキョースケに対して子供を扱うように、丁寧に愛撫しているのも不思議な光景だ。

「れい、まさかついてくるとは思わなかったです、いいのですか?」

『………』

返事はない、ただ何度もキョースケに触れようとして、失敗に終わる、かすかに眼に涙が浮かんでる……凄い、あの破壊神とまで謳われた根源水の破壊者が、好かれよう好かれようと表情に出しながら触れている。

臆病で、寝るのが好きで、でも暴れだしたら手がつけられないぐらいのバケモノでハカイシャで、それに対して何も感じないほどに自然で冷徹で、でも、今は違うわけで、混乱する。

もしかしてキョースケについてきたのか?……自分についてきたかと勘違いしてしまったが……でも何か好かれるような要素が、いや、いやいやいや、レフェにとっては最高に愛らしい、てか、愛してるキョースケですが!

精霊の異端児に愛される要素があるとは、感覚が人とは隔離しているような存在、さらにその中でも隔離されて、気味が悪いと言われて、忌避された破壊の水、それが……どうしよう、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない、ああ、嫉妬しようにも、「れい」は自然であり友であり、そしてキョースケに何かを思っている。

嫉妬はあるが、嫉妬というより自分以外が彼に抱く好意の感情、感情その物に、でも、れいにはそんなものはないはずなのに、いや、ないままに、惹かれている?自分と同じように、僅かな時間に、入れ込んでいる、恐ろしいまでに。

そうだ、キョースケがあらゆるものを惑わす魅了者だと感じたのは自分自身だ、だから、このように異端の中の異端が何かを感じても、それはありえることなのだ、なんていう吸引力、こわいひと、こわいひとだからこわいせいれいが……あぁ。

れいは触ろうともがく、丁度いい、この水の化け物はどうやらキョースケに惹かれているらしい、それが愛情か好意か恋なのか、精霊の、自然の具現者の考えることは不明だ、そもそも精霊は人に懐かない、ただ従うか、ただ、都合がいいから一緒にいる。

レフェに行使されていたのもレフェのあり得ない程の才気に惹かれてのことだろうし、そこに感情を挟む余地はない……はずなのだが、でも誰が見ても、れいはキョースケに"感情"のような何かを向けている、偉い学者が見れば卒倒ものである、あぁ、れいを見ただけで卒倒するか、じゃあ、死んじゃいますか。

「もし、キョースケを愛しているのでしたら、わかりますか、まあ、わからないでしょうね、でもあなたがいれば……この大陸で彼を害せるものは皆無になるでしょう、だから、キョースケの一部として機能しなさい、ええ、はい、人形は複数いてもいいですし」

『…………』

「あはは、一番大事な席はレフェが既に貰っています、座っています、なので、あなたはそうですね、キョースケを守る為の道具になりなさい、異端の王とまで呼ばれたあなたが、彼の思考で人殺しをする一部になり下がるのは、レフェの邪悪な心を埋めてくれる、嬉しいです」

『……………ッ!』

途端、消える……キョースケの体の中に溶けるように重なり、消える、彼の中に身を沈める、ああ、本来ならあり得るはずがない、精霊が人間の"機能"になり下がる異常な光景、彼女のような異常な精霊だからこそ出来る異常な、異常な、魔力がキョースケの体にしみこむ。

魔力をまったく感じなかったキョースケの内に、それが潜み、溶け込む、これから先、彼は手で物を扱うように、足で地を蹴るように、それを己の一部として扱うだろう、無自覚ながら最強なのか、本人がへっぴり腰でバカだから無駄ですね、でも体を傷つけることは皆無に。

創造神ですら破壊神ですら、ただ、水であるがままに水に戻す、それはそんな異常な能力を有している、法則も感情も事柄も全て『ただの水のように流してしまう、水は蒸発し、消える』のだ、恐ろしい力はおバカのものに。

一度だけ、里の掟であった『れい様への感謝の日』と呼ばれる一日を、自分に会いに来ようとする事実を嫌がり、水滴にかえた、丁度、彼女と一緒にいたレフェはそれを見て、驚いたものだ。

水滴が一滴、川に零れただけだ、それは皆の掟であり、事情だったはずなのに、皆の記憶からはそれが消え、その日も世界から永遠に失われた、なので恐らく外の世界でもその日は『なにもなく、意識なく、空白』なのだろう、恐ろしい力である。

その力はおバカさんに吸収されたので、不思議なものだ、不可思議なものだ、世の中はいつもこんなものだけど、彼の一部になれば彼なので、嫉妬することもなくなるし、良いこと、そう言える、レフェもいつか一つになりたいが、今は今を楽しみたい。

「うぉぉおおおおおおおおおおおおお!」

びくっ、キョースケの突然の悲鳴、悲鳴というより、絶叫、急にベッドから立ち上がり、机の上の花瓶に触れる、途端に、一滴、水滴が床に落ちる、その指先から、花瓶ばかりが机も根源に戻され、雫となっていた、いやいや。

「何をしているのですか?」

「今、脳みそにきゅるるるんと、なにか恐ろしい力が!れいが!」

「おーおー、自己分析はできましたか?あなたの手や腕と同じように、れいがいますよね?」

「すげぇ、すげぇぱわー」

「馬鹿っぽい台詞ありがとうございます……力を誇示したあとにすぐさまにおバカ言葉、本当におバカ、あまり使わない方がいいですよ」

「……ん、てか、こんなこと、俺ってできたかな?」

「……あー、です」

ここまで無自覚に自分のものとして使うとは、確かにもう彼のものなのだが、拍子抜けというかなんというか、これは……あまりに自我が薄いのか、自分の変化に疑問を思わない、もしかしたら彼特有の"ちから"なのかも。

その力が、世界をどうしようと、まあ主に破壊できる力が、無造作に自分のものにして、愛され上手ですね本当、れいと、名前も自覚してあげて、あれだけ偉大な異端の精霊も既に彼とその命は同じにあるのだから、ああ、どこかの誰かたちは喜びそうだ。

「どのくらい、れいとお話したんですか?」

「おー、自分の時間で」

「時間で?」

「すうじゅうねん」

「ぎゃー」

キョースケの"ぎゃー"をまさか自分が使う羽目になるとは、時間も何もかも水滴によって操るあの化け物なら出来そうだが、ある意味、自分と数十年話したことになる、凄いですね、この二人。

でももう彼のものとなった『れい』に嫉妬は感じない、ただ、天然と天然(自然的な意味で)の組み合わせがどんな災厄を生むのか、うん、少し考えたら叫んでしまった、むう。

けど可愛いにんぎょうも必要ですよね?これで、キョースケを守るための力、という必須項目が消えるので、ありがたい、三つ目の幼女、捧げよう、捧げよう、でも急ぐ必要はなくなったかも。

自ら身を捧げた精霊のように、彼に捧げよう………でもまあ、恐ろしいものを自分にしたものだ、しかも精神にも何の異常もなく、れいを使う、れいも喜んでいるのだろうか?わからない、定かではない。

聞いてみようかと思った、知的好奇心、いま、彼等はどんな状態なのだろう、れいの行動から害をなさないとはわかっていた、はい、お互いに依存した者は同じなのだから、わかってしまっただけだが。

「で、れいはお元気でしょうか?」

「出そうか?」

逆に驚いた、出せるのか、いや、出せるのはおかしくないが、あまりに簡潔に、一言で、別にさっきまで一緒にいたので会う必要もないのだが、頷く。

「そーらー」

微妙な声と同時に、キョウスケの首筋から幼い顔がひょこりと覗く、ああ、まるで巣穴から出てきた動物のようだ、何せ体の大半を隠しているのだから。

僅かに、その青白い肌に"あかいけっかん"が浮いている、キョースケの一部だから当然、血も通う、繋がる、脈打つそれを手で摩る、れいとしては不思議な感覚なのだろう。

出てきたれいの頭をわしわしと撫でるキョースケ、違和感はない、両方とも最初からそうであったかのように、いや、そうであったのだとすべてを書き換えたのだろう。

「すーぱーぱわーなれいなのですよ」

「はいはい、表情豊かになっちゃって、はいはい、感覚や感情も一つになっちゃったのですね、精霊学では例のない奇跡の類ですが、キョースケの精神構造をのぞいてみたいものです」

「頭をあけるのか!?脳みそを見るとな!?」

「見ないです、れいも怯えない、貴方に脳みそはないでしょう」

「いや、れいの脳みそはここにあるし、俺の頭の中」

「ですよねぇ、はいはい」

れいはれいで自慢そうに平らな胸を誇示しないでください、なにもあなたの意識が彼と一つだからといって誇る所はないでしょう、あなたはもう、そう、一部なのですから。

しかしここまで感情豊かになるものかというぐらい、れいの表情はキョウスケの表情と重なりながらコロコロと変わる、キョウスケの感情がどれだけ豊かなのかがわかる。

うん、喜怒哀楽のはっきりとした精神は健康的だ、だけど、精霊と一つになって何も感じないし思わないとは、しかもその精霊が、並をこえた異常神、ふむむ、本当に頭の中身はあるのだろうか。

「くらえー!」

と、れいを己の体から出して遊びまわるキョースケ、言葉にして簡単、今度は空中に水の輪を作って高速回転をさせている、言葉だけなら可愛いものだが、実際は高圧縮した水の輪を狂回転、多分、鉄でも輪切りに出来る。

暫く放置していると、もう飽きたのか、ベッドにまた横になる、れいはキョースケの首に抱きついて幸せそうだ、気づかないうちに上半身を全てさらして抱きついている、すごーい、危険な空気、本人たちは気にしない。

キョースケの隣に座る、あれだけ巨大な力を手に入れたのに数分で飽きるとは、大物なのか、ただの飽き性なのか判断しにくい、確実にわかるのはおバカの手には世界を崩壊させる力すら意味がない、あー、その手を掴んで、力を入れる。

何も起こらない、本来ならその手は潰れないとおかしい、というかみんちみんちーなはずですが、なにも……これは、完全には理解できないけれど、竜の炎すら弾く程のものと予測する、彼を傷つけられない。

「むぅ、しかしここのご飯あんまり美味しくなかったなぁ」

「外であれだけ食べていたら無理もないでしょうに、レフェ的にはそんなに悪くなかったですよ、山々にある割に、そういった食材ばかりではなかったし」

「俺は山菜が好きです、れいも好きです、なー」

『■■■■■』

驚いた、れいの声?を初めてまともに聞いた、前回のそれは現象のそれでしっかりとしたものでは無かったから、それは声と言う程に明確なものではないけれど、音として認識できるのだから、声と認識しても悪くはないだろう。

か細く、神聖な響き、あまりに静謐なそれ、レフェの発達した耳でも拾うことが出来ない、キョースケは無論自分が発した声と同じ感覚なので、笑っている。

このまま暫くキョースケの一部として機能したら、それこそ普通に人語を…話しそうだ、そして恐らくその考えは間違いではないはずだ、遠い未来の話ではなさそうだ。

「だから今夜の食事は少しあれでした、明日に期待するとしよう、でも、あの漬物はうまかったので、明日の朝にも出て欲しい!」

『きょうすけがようきゅーする、だせ!ぼろやどのくずむしども!』

「はやいですね!?」

喋った、そんなことになるんだろうなーと思考してから数秒で、うわぁ、恐ろしい先見の力、我が才能が恐ろしくなる、かつ、期待を裏切らない一人の人間と精霊に恐怖を覚える。

しかもオドオドとしながらも結構ひどい内容を叫んでいるし、れい、そんな子とは知らなかったです、オドオドしながら涙目で震えながら、だけど毒舌っぽい、流石精霊の異端児、個性が強い。

「ふふふ、我が一部ながら素敵な個性だ、毒のない俺を補う最高部位っ!」

「まあ、あなたの毒気の無さと、なんとも言えない無力さを補うには最適でしょうね、でも些か毒が強すぎる気がしないでもないですが」

『どくだけのおまえにいわれたくない、どくおんな』

「ははははは、れいは愉快だな、そして痛快だな」

「………ど、どくおんな」

この野郎……です、くっ、今まで喋ることが出来なかったら!なんとか関係を築くことができていたようですね……オドオドしながら毒気を晒す、普通に言われるより腹立たしい。

しかもその力は絶大にして巨大、いつものように攻撃するわけにもいかない、くそー、むーかーつーくー、嫉妬はなくなったが次に来たのは苛立ちと腹立ち、こんだけ邪悪なら精霊の中でも異端になるわけだ、性格的に。

どくおんな、とは、流石にそれは……と思ったが、客観的に見ればたしかに!と思わせる微妙なところをついてきた、なんてやつでしょう、くっ、知らない顔をして夫に抱きつく精霊、手や足と変わらない存在だとしても、むかつきます。

『きょーすけ。きょーすけ』

「ういやつういやつ」

どうしようもない……しばらく放置しようかと思った事をさらに放置、つまりは構ってみましょう、やられっぱなしは性に合わない、単純に嫌がらせをしたいという意志の下に、どくおんな、よろしい。

「てか、そんな全裸部分を自分の体として扱うのは、とんだ変態さんだとレフェは思うわけですよ」

「えー、でもでも、体から出し入れするのに、服を着せたりは出来ないだろう?だからこれでいいじゃん、可愛いし、あれ、あああ、でも黒雛はできたなぁ、今もいるし出来るし、でも寒かったら俺の中にしまえばいいしー、なにより、こいつは幼児なので変態にはなりません、俺本体が全裸になれば確かに変態だが、春に多いよな変態、いま、春だけど……俺は変態にはなりません、全裸にはならないとここに誓う」

「くろひな、なんでしょう……あと、どんな誓いですか、てか、話が変わって変態にならない為の演説になってるじゃありませんか……春だから脳みそが腐りましたか、おバカを超えちゃいましたか」

『だったら、であいがしらにけっこんをもうしこむおまえはのうみそないな!』

……はい、ってはいっ!?……なんという、一度素直に聞き流そうとして見事に失敗に終わった、ぐぅの音も出ない程に、いや、愛し合ってるんですよ?それでいいじゃないですか、うむむ。

「でもおバカな俺にも、賢い嫁さんがいるので、バランスが取れているのですよ」

「……は!?レフェのことですよね、はぁ、おバカの比率の方が遥かに高くて安定が取れていないように思えますが、兎に角、先ほどの冒険家としての話、先ほどまではキョースケは恐らく使えないだろうと話しましたが」

「使えないからね俺」

「ですが!いまのれいを内包したあなたは使えます、こう、戦争とか戦闘とか魔物狩りとか悪魔退治とか、あなたがお荷物のせいでやれないなーって思ってた仕事が出来るようになりました」

「……使えないままの方が良かった、そんな恐ろしい仕事をしようとしていたなんて、でも俺は弱くて弱虫なので」

「まあ、自覚がない事はいいことですね」

「いやいやいやいや、弱いよ、心底に弱いよ、俺、そこら辺の愛玩動物にだって負ける自信がある、だってあの子たちには牙があるから、噛まれたら死ぬ」

「情けない」

ベッドの中で転がりながらいかに自分が弱くて頼りないのかを力説する夫、かなり嫌な光景です、青白肌、時々血管が浮き出てる……な幼児に抱きつかれているし、かなりなんともいえない。

自分の容姿はあれよりは上だ、年齢高めだ、他種族で言えば……信じ込む、信じこめ、だけど情けなさは夫から伝わる、自分も少し情けない。

「冒険家かー、でも、俺は頼まれた手紙を違う里におくるのとか、そんな役割がいいかなー」

「それもしますけど、血で血を洗うような仕事もします、依頼料が全然違いますので、絶対にします、初仕事は絶対にそこからです」

「いーやーだー」

「やーりーまーす」

暴れるキョースケに馬乗りになって押さえつける、れいが頬をぺちぺちと叩いてくる、キョースケの肉体を得たので物に触れられるようになったらしい……また厄介な、ぺちぺちと叩かれる。

痛くはないが、すごーく嫌、なんか濡れてるし、水っぽいし、頬で水がはねる。

「やるったやるんです、国を作るために良い駒を見つけるために戦場は最高の舞台です!」

「ほらっ、やっぱりまた国とか言ってる!?国を作るの本気なのか嘘なのか!?てか、馬乗りやめなさい!女の子が!」

「あなたの首から出てる幼児は全裸ですが!?」

「えーーー、れいに性別はないだろう、あえていうなら俺の一部だから男じゃないのか?」

「精霊に性別がないのは認めますがその考えはどうでしょうか!てか、男女でないとしたら、その中間だとしたら!男女が全裸でいるようなものじゃありませんか」

「ホーテン、その考えは強引だ、こんなに可愛いのに、エロい感じにするんじゃない、マスコット的な一部として扱おうと心に決めた途端に、男女のあれが全開だなんて!全壊するぞ!」

「そこまで言ってません、どんだけいやらしい脳みそしてるんですか!」

「そっちこそ、もう、いやらしいを凌駕して卑しいよ!」

「なー、そ、そこまで言いますか、おバカな頭で良くそんな悪口がどんどん出てきましたね!褒めてあげましょう、ばーか、ばーか!」

「ばーか、な自覚があるだけにその言葉を甘んじて受けよう、でもホーテンは頭がいいから、バランスは、安定は取れてます!」

「さっきと同じ流れじゃないですか……あなたのおバカぶりがレフェの頭の良いっぷりを破壊しています、つか、押し負けてます、あなたのおバカぶりは凄いです、ある意味尊敬します」

「……尊敬された……ホーテン好きっ!」

「きゃー!?こちらの台詞だー!」

抱きつかれたりいちゃいちゃしたり、転がったり、舐めたりと相変わらずの幸せ空間でした、しかし、彼の額を舐めながら思う、無駄にベッドの上で暴れたので汗をかいている、甘い。

それはいいとして、明日の予定を考えないと……その、"おにんぎょう"を自分一人で狩りに行こうと考えていたのだが、意外に……キョースケを連れていった方がいいのかもしれない。

何せ、こうも簡単に無意識にバケモノを受け入れた、自己がまったくない彼のことである、これが今日から貴方の操り人形ですと捧げても意外に納得してくれるかもしれない、怒られる心配がなければ何も一人で行くことはないのだ。

考える、それにレフェ自身がキョースケと一秒でも離れたら発狂する可能性があるわけで、さらに言えばその発狂でこの里がまるまる沈む可能性もあるわけ……だとしたらやっぱり安全と精神の安定を考慮して、二人で行く方が効率がいいように思える。

うむ、そっちにしましょう、それに自分で捕まえた方が愛着がわくかもしれない、よくわからないけど、そんなものでしょう、人間ってものは……………捕まえるのは"おにんぎょう"、あー、それを本人の手で捕まえさせることは一生の思い出になるかも、です。

壊れない限り、一生それで遊ぶのですから、自分で捕まえた方がやはりいいでしょう、しかし玩具、道具、己の心を満たすためのおにんぎょうは、捕まえる……との表現でいいのでしょうか?

「おぉ、難しい顔だなホーテン」

「別にそこまで思い悩んではいないのですが、おにんぎょうの扱い方なんて誰にも教えてもらった記憶がないので、少し、ね」

「ふむむ、お人形か、俺の妹や弟が小さい時に遊んでいたな……やけに暴力的に扱っていたのは"血"があれだからなのか、こわっー!?俺だけあまり似なくて良かった」

「誰にですか、しかし、キョースケと同じ血というのは羨ましい、心底に、あなたの血がレフェにも欲しい、レフェだけがあなたの血を欲しい」

瞳を見て、舌先を尖らせて円を描くかのように舐める、答えはない、違う世界では彼の血縁がいるのだ、妬ましい、死ねばいい、滅べ、呪え、完全に消えろ。

思いながらそれを成す術はなく、こうやって、彼の体を愛でることでしか自我を保てない、狂おしい感情、血が欲しい、血が欲しい、血が欲しい。

「嫌だよ、血なんて……蚊じゃあるまいし」

「そんなものにあなたの血を分け与えるなら全てを滅ぼしますよレフェは」

「虫に対して少しは優しさを見せてあげたらどうですか、なんて思ったりもするわけですよ、俺はなー」

「嫌です」

嫌ですと言った瞬間にさっと目を逸らすキョウスケ、どうも、自分の血液を誰にもわけ与えたくないようだ、ちっ、舌打つ、あっ、内心でですよ?

「血をあげるのは本当に嫌なんだよ、もうそれ、ホラーじゃん、きゅうけつき、ですか?……絶対に嫌だよ、吸われた分を吸い返すぞ、ちなみに母でもきゅうけつきがいますね、俺」

「どんな育ちですか、それと望むところです」

「望まれても、それもそれでいいけどさ、痛いし、なんか嫌だ、やるなら俺の知らないところで隠れてしてくれ、あと、痛くないようにしてくれ」

「色々と望みが多いですね、いいでしょう、あなたの血をあなたの知らないうちに痛みもなく、吸ってあげましょう」

「うーん」

「なんですか?他に望みがあるのですか?それならさっさと吐き出してください、努力しましょう」

「何も知らないうちに吸われるのもよくよく考えたら嫌かなーと、思ったり」

『ちがほしいなら、じぶんのてくびでもきって、すえ!』

「別に自分の血が欲しいと言っているわけでは決してないのですが、むむ、しかし我がままですね、そんなに強く嫌がられると何が何でも欲しくなるのが人間ってものです」

「もうホーテンは人類を超越してるよ、行動も行動も行動も」

「行動で示す、とてもいいことではありませんか」

「人外であることを?」

「はい、だからあなたを手に入れられました」

身体的能力ではなく精神構造が人外だといわれて、何故か……不思議と嫌な気持ちにはならない、あぁ、この人は自分を理解してるんだなぁと感じる充実感だけが胸に広がる。

その答えに満足したのか大きくうなずく彼にはにかむ、素直に言葉を吐き出して、素直に言葉が返ってくることは凄くうれしいことだ、だから笑ってしまう、何かを羽虫の如く殺す以外に笑えるとは、虫遊びで笑う以外の幸せな笑み。

「ほほう、それは凄い、人外ってすごい」

「むふふ、頭の中身があなたのおかげで常にるんるんるん、なのですよ」

「怖いなそのるんるん、是非そのるんるんを消し去ってください」

「愛ですよ」

「愛なのか」

「二度言います、愛です」

「二度言おう、愛なのか」

愛続行派と愛抹消派、どうも、二人の言葉遊びにしては広大すぎる題名のような気がしないでもない、でも、言葉遊びなので本心ではない、ええ、愛には真面目なのですよ、二人とも。

舌遊びも続行中、唾液にまみれてダラダラ、キョースケは少しの不安もなく、レフェに適応してくれている、愛してる、言葉では表現出来ない、愛情依存ここに極まる。

「三度言った方がよろしいですか?」

「んー、二度で十分です、ごちそうさまです」

「いえいえいえ、しかしこれだけいちゃいちゃして騒いでるのに苦情の一つもないとは、どうやら今日の客はレフェたちだけみたいですね」

「騒げるな!」

子供の笑み、こんなことで喜ぶなんて、どれだけの楽しいことが彼にはあるのだろう、心の感度が豊かなのは非常に羨ましいことだ、ニコニコ顔で転がる、清めをしておいてよかった。

転がる転がる、それはもう見事に、れいも同じようにキャーキャーと騒いでいる、とてつもなく楽しそうだ、それを横目に欠伸をする、ふぁ、夜の闇は強く暗いが、蝋燭の光でも十分に全てを見通せる。

静かな宿、もしかして店の者もいないのか?食事も帰った時には部屋に用意されていたし、まあ、勝手に部屋に入られても、盗めるものなんてないですけど、笑う。

寒くもなく暑くもなく、丁度よい空気、眠りを誘うには十分だが、興奮は鳴りやまず、キョースケのベッドに入る、一般的な大人用のソレはレフェが一人入った程度では問題はない。

このまま眠るもよし、だが、予定はない……寝るだけ、えとです、ふぁ、計画を早めるか?夜なら"にんぎょう"も油断しているだろう、うん、もしかしたら眠っているかも、良いです。

うーん、このまま寝かせてあげたい気もする、キョースケは既にレフェを抱き枕にして眠りの世界へ旅立とうとしてる、子供のような寝付きの良さ、ちなみに精神が同一になり一つであるれいもくーくーと寝息をたてながらキョースケの体にずぶずぶと沈んでゆく。

でも。

「キョースケ、少し夜の散歩に付き合ってくれませんか?」

「にー、いいよ、うん、ふぁー」

否定も何もなく、嬉しそうにベッドから起き上がる、嬉しそうに。眠りよりレフェの言葉を優先してくれたことに喜びを、正直に言えば、凄くうれしい、信用と信頼はなによりの心の栄養源です、他の存在からはそんなものは必要ないですが。

「行くとしましょうか、外は少し寒いですから、今日買ったこれを」

「むぅ、もこもこだな」

手渡した獣の毛皮で作った服を着こみ、気に入ったと一回転、ああ、やや乙女ぶった行動、まあ、レフェにとってはお姫様ですけど。

さて、服には使えませんが、獲物を狩るとしますか。



[1513] 異界・二人道行く08
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/13 06:20
意外に人影は少ない、このような場所だから、遅くまで人々が働いているものだと思ったのだが、どうやら違うらしい。

軽く体を揺らしながらご機嫌で歩く夫の手を迷子にならないように掴んであげて、夜道を歩く、集まれにんげんー、そーゆーお金のない人間のたまり場を探す。

夕方歩いた店の建ち並んでいた通りは、今は綺麗なもので、そこに人々のざわめきがあった事など忘れ去られたように何もない、長く長く踏まれてきた地面だけがかたく、人のあたたかさを残している。

先ほどからすれ違う人たちは皆、忙しなく視線を泳がせ同じ場所を何度も行き来しているようだ、よからぬ商売でもしているのだろうか、いや、確実にしてるでしょうね。

絡まれる事もあるだろうかと思ったが、なにもない、殺気を微妙に撒き散らしながら歩いてるのが良いのかなぁ、気絶させないようにするのは中々に難しい、気絶させてもいいが目立ちますし……夫は何も知らず夜の散歩を楽しそうに歩いている。

一般的に見れば、認めたくはないが若い父と幼い娘の二人がなれない土地で宿泊する場所を探している……ぐらいに思っているだろう、夫婦です、ぶち殺しますよ、いけませんいけません、自分の考えに殺気を放つだなんて、内なる殺気。

「おめめ、が三個ある子供を探すのかー」

「そうそう、そうです、探します、ふふふふふ、どうするか聞くのですか?」

「妻の考えはわかりません!」

「そーですか」

「でも、俺はあの子と個人的に仲良くなりたいかな、こっちの世界で友達もいないし、可愛かったし、うんうん、是が非でも、ここまでしたら見つけような!」

「友達ではないですよ、あなたの可愛い"おにんぎょう"に加工するのですよ」

「かこう……火口!?」

「何を言ってるのかわかる夫婦の絆が今は恨めしいです………まあ、レフェが手を下すもよし、あなたの精神的な毒で自己のものにするのもよし」

「どくどく、血がどくどく」

「何気に怖い状態ではないですか、心は染めていいですが、体は壊したら…長く使えないからダメですよ、新しいのを見つけるのも面倒ですし」

「??……難しい、ホーテンめ、バカにして」

「捕まえて、心を改造したら理解できますよ、あぁ、できないのですかねぇ、ものはちょーせん、あなたの毒は本当に人を壊す?自分のものにしてしまう?あー、ですから、好き」

「……ぎゃー!」

「照れましたね」

照れました、それはもう盛大に、頭をぶんぶんと振り回して夜空に叫んでいる、先ほどまでの軽快な揺れとは違う、頭を前後に振り回して叫ぶ、夜の空と黒の髪が溶け合う、星だけが差別を望む、自らそれを望む。

悪事を企んでいるだろうなーと感じた人間たちが驚いてこちらに眼を向ける、愛で滅びろ、いそいそと路地裏に消えてゆく男たち、ざまぁみなさい、ふふん。

「むはー、照れるの終わりっ!」

「御苦労さまですー、あまり騒いでると警備の人間が来るので静かにしてくださいね、どうしようもなく、レフェ達は目立つのですから」

「より目立とう」

「顔を真っ赤にして言う台詞ではありませんね、そんな望みは照れ屋の自分を修正してから言いなさい」

「……くっ、俺はこう見えても、二人より多い数の人間に視線を集中されるだけで死ぬ自信がある」

「ふたりよりおおいかずのにんげんにしせんをしゅーちゅー、何ですか、その頭の悪い並び、でもあなたは鈍感だからその視線の数に中々気付かないでしょう、おバカさん」

「確かに……否定しようにも否定する材料が見つからない……でもその鈍感さに救われている俺なのでした、まる」

「ばつ、ですよ、国をつくった時にどうするのですか?」

「また国って出たなー、もう本気、本気でいいのか?俺にはそんな才能はないから才能豊かなホーテンがつくればいいじゃないか!」

「"貴方"が心を全部犯して自分のものにして、ね、"あなた"」

「こわっ!?そんな技能ねーよ!」

知らず知らずの……そんな方が怖いですけど、これは本人の精神毒がその精神の根元からダクダクと溢れているが故の、聖人的な純真な人間、畜生にも劣る悪鬼、そーゆーのばかりにきくであろう、毒。

一般の感覚の人間にはわからないでしょうね、純真か真っ黒か、あぁ、灰色でもいけそうです、異常であればあるほどに、純粋であればあるほどに、純粋じゃなければないほどに、あああ、すごいひと。

「しかし、皆さん、意外にも"寝る場所"があるみたいですね、宿が沢山あるなーとは思っていましたが……思えばここに住んでいる鉄色の器人以外の家は宿泊施設のようですね」

「ぬぅ、じゃあ、あの子もどこかの家の中?じゃあ、会えないんじゃないのか?」

「くすくす、じゃあばかり……えと、子どもが一人で宿を?しかも、話の感じからレフェのように"見た目"が幼い種族ではなく、肉体、精神、両方とも幼いと思われます、感もありますが、レフェの耳が、そう言ってます、感じてます」

万物を感じるレフェの耳をピコピコと、胡散くさそうな顔をしないでください、夫の訝しげな眼に変化はない、疑っている……本心なのですが、この里に見慣れない種族の子供が一人でいた、厄介事を抱えているのは確実なはずですが。

なので情報の残る宿には泊まらないとの予想、三つ目というだけでも目立つでしょうに、しかし、どんな名前の、どんな特性のある、どんな種族なのでしょうか、役に立つかなー。

「確かに、失礼だけど、お金の持ってる感じの服装ではなかったし……でも、ある程度の目星がないと」

「目星はついてますよ、買い物中にその"おにんぎょう"を見つけてから、暫く周囲を"耳"で探ってみたのですが、見つけました、見つけましたともさ」

「なにを?」

「その子のいそうな場所ですよ、この里にも子供はいますが、親持ちの鉄色の器人ばかりです、親なしの名無しの種族の子が普通の浮浪者の中に溶け込むのは、不可能です、子供でも除外され差別されます、汚い話、性のはけ口にもなるかも、かもです」

「こ、こわい、な」

「ですよねー、そんなこと、本人なら百も承知でしょう、ですから、一般の人間も避けて、浮浪者も避けて、いられる場所なんて限られるのですよ、しかも子供ですよ?暗闇は嫌でしょう」

「俺も嫌だけど」

「それはあなたの精神年齢のお話になるので、また今度」

適当に流してあげると頬を膨らませて拗ねてしまった、そんなことをしても愛らしくて、こちらとしては幸せに身悶えるだけだというのに、ごちそうさまです、うはうはです。

「今度も同じように怖がるよ俺は、臆病だから、臆病な自分が怖いほどに臆病だから」

「何かが怖いから臆病になるのか、臆病だから何かを怖がるようになったのか、わからないですね、どちらが先でも結果は等しく弱い人間」

「……あし、つかれた」

「はいはい、もう少しでつきますから、頑張ってください、休憩をしてもいいのですが、同じ場所にずっといたら、それはそれで目立ってしまって、歩く人間に覚えられても不都合ですしね」

「はいさ」

そういえば、異世界に来てからの初めての"よぞら"だというのに、ええ、何も反応がない、なにかこう、違いに混乱して騒ぐと思っていたのに、もしかしたら星空…同じなのでしょうか?

そうだとしたら、それはそれで、おもしろいですね、重なる部分が幾つもある二つの世界、それは単に仕組まれた世界ということになる、誰かが明確な意思のもとに同じ材料で別々のものをつくったというだけ。

「星空に、夜空に、何か思うところはないですか?」

「ないよ、そう言えば夜空、同じなのか、違うのか、わかんないや、太陽と月は、大体あんな感じだったなぁ」

「どんだけ無関心なんですか、色々と」

「関心を持つと、恐怖になるじゃないか、いろんなものは全部、だから避けれるなら避けるよ、ちびって、パンツ洗えって?冗談だろう」

「冗談ですね」

「無関心に関心あるなんて、ホーテンは変わり者だな、本当」

変わり者とな、それこそ貴方に、でもやはり本質的には何も変わらない、空もそこまで変わらない、何者かの意思を感じる。

それこそ世界の創造者か……そんな曖昧なものがいるのか、わかりませんねぇ、このおバカな夫ならそれすらも自分に染めてしまいそうだけど、ふふふ、ありえますね。

「で、何処を目指して歩いてるんだ?」

「この里の廃棄物を捨てる"あな"ですよ、作業者用の小屋があるのですが、そこに潜んでいると思います、一般人は近寄らないし、浮浪者も自分の立場を再認識したくなくて近寄らない、無論、冬場での作業用に火も扱えるようになってますし」

「もってこいだな」

「そうなんです、もってこいなんです」

「……でも、ゴミを埋めるんだな、穴に、この里の人は本当に埋めるのが大好きだな、何か大地に恨みでもあるのか」

「さあ、土いじりを卒業できていないんでしょう」

「俺も好きだけど、土いじり、楽しいじゃん、やりますよ、俺は!すげー大作作ります!」

「へー、がんばってください」

「うん」

こちらの皮肉も全力の笑顔で消し去る、恐ろしく無敵ですね、ええ、この笑顔を誰かに向けたら、向けられた誰かを抹殺しましょう、頑張りましょう。

徐々に道もあらく、砂利が多くなる、人の流れがあまりない証拠だ、徐々に近づいてくる、"廃棄穴"‥‥そこにおにんぎょうも廃棄されているのですから、便利ですね。

自分の里や種族にはない文化ですけど、いいとしましょう、ゴミがゴミを捨てるのですから面白い、魔術で完全に消し去って養分だけ地に戻せばいいのに、出来ないのですかね、下等ですから。

「おっ、着いた!……思ったより臭くないな、それに広いし、清潔じゃん……くんくん、うん、やっぱり臭くない」

「肉を食べないのでしょうね、しかし確かに、設備としては悪くない……臭いは、レフェは結構感じますね、こーゆー時は我が種族の性能が嫌になります」

眼も耳も鼻も、尋常ではない性能を持つ我が種族、思えば三つ目のおにんぎょうの匂いを覚えておけば良かったです、少し反省、すん、木の焦げるにおい、すんすんすん、やっぱりする。

思った通りの展開に心が弾む、周囲には建物がない、この一帯だけ、何もない、ただ穴と、小さな小屋があるだけ、まるで家からはなされて小屋で過ごす愛玩動物の居場所、その通りだ、お前は夫の愛玩動物になるのだ。

「それこそ、逆に羨ましい、ちょーじん、ちょーじん計画」

「計画ではなくて種族です、なんなんですか、その、種に対する背徳感たっぷりな言葉は!」

「ゆうしゅうなにんげんをつくるために、てんさいとてんさいをかけあわせます」

「……どこかで聞いたような」

一つだけ、光のもれている小屋、決して強い光ではないが、木製の小屋の隙間からもれているだけで、闇夜の世界では非常に目立つ。

非常に目立つので、目的の場所がさらに確定、あそこにおにんぎょうが一人いる、小屋とは困ったものだ、逃げ場所もない、狭い空間、狭く寂しい空間。

本来は道具入れに使われるものなのだろう、人や生き物が住むようにつくられていない、でも、おにんぎょうさんだから、いいのかな、いいのでしょう。

これで毒が、効きやすいでしょう、放り込みましょか…夫を……この中に、ぽいっと、意外とうまくいくんじゃないのかな?……いくような、うぅぅぅ、悩みます。

「冗談にしては重い冗談だった、駄目だな俺」

「いえいえ、その考察の続きを聞きたいのですが、"おにんぎょう"さんをいつまでも放置するわけにはいかないので、どうしますか?」

「ホーテンは殺意ばりばりで、怖くないか?……そもそもさ、どうしてそんなに怖い顔をしてあの子の居場所を探ったのか、結局教えてくれないし」

教えても教えなくても、結果が同じなら意味がない、どうせならと、彼自身の自覚を促すために言わなかったのですが、理解はしてくれなかったようで……理解が出来なかったのか?

柔らかな風に、そんなものにその身を頼りなく揺らす小屋、キョースケはそのもれる光を指さして、首を傾げる、首を傾げた後に小さな声で問いかける、どうする?と、突貫ですよとは言いにくい。

「突貫ですよ、あなた一人で」

言っちゃいました、手早く、木の板を蹴破って、キョースケを放り込み。

あぁ、すごく楽な展開です。



[1513] 異界・二人道行く09
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/14 16:46
「みつめのしょうねんはかれのおにんぎょう」=すぐになるよ?


暗く狭く、カビ臭く、そして道具に付着した廃棄物の臭いが絶えず部屋に満ちている……燃え盛るそれを見つめ、手を摩る、惨めだけど、平和だ。

この里を見つけて、この場所を見つけて、同じような夜を過ごして、もうどれくらいになるだろうか、いつも飢えと、自分を見下す視線に怯えていた。

下卑た笑みで容姿をあざ笑われる、三つ目は"無い"らしい、人型に三つの瞳、気持ちが悪い、見たことがない、なんだこの種族は……悪意の言葉。

一つ一つにいちいち反応していたら心が廃れる、ああ、だからそれを聞き流す術を覚えた、暴力だけはどうしようも無いけれど、体の傷より心に蓄積する悪意の方が問題だ。

だから何も思わない、何も感じない、そこに感情が無ければ何も発生しない、何も発生しない、"有"をうまない、そこにあっても意味がない……人の流れが恋しいのか、人里には身を置く、なんて矛盾だ。

「……ぼくの眼を見て笑ってた」

つい先ほどの事のように感じる、昨日の夜から何も食べていない……流石に空腹ばかりは感情を殺しても身に訴えてくる、耐え切れずに人通りの多い場所で物乞いをしていた時に"それ"はあらわれた。

奇妙な二人組だった、周囲の人込みから明らかに浮いており、まるでハサミで切り抜いたかのようにその場所だけが異彩……異常を放っていた、本人たちは無自覚に笑い合っていたが、神経が、精神が図太いのだろうか、羨ましい。

簡単に言えば、その二人はもっとも単純な色と在り方で周りを拒絶していた、白と黒、黒と白、黒白(こくはく)の二人組、真っ白な肌に真っ白な髪、黒い髪に黒い瞳、まるで画家が冗談で描いたかのような異常な二人。

黒の青年……種族が不明で年齢を明確には出来ないが、絶え間なく周囲のものに興味を示し、手にとってまじまじと見つめていた。

何処か丸みを帯びた輪郭にくりくりと良く動く瞳、何処かの部族の儀式の衣装のような真っ黒な布きれを身に纏い……少し大きめの無造作に体に巻いたそれを動かして、横の"少女"に興奮を訴えている。

多くの種族にありがちな僅かに尖った形の耳ではなく、丸く愛らしい耳もその行動に何となく合っていた、自分よりも小柄な少女に笑顔で話しかける姿は滑稽でいて共感が持てる、だが、夜の深い闇のように黒く静謐な瞳と同じ色に染められた髪、異端以外の何ものでもない。

そんな種族は知らない、長旅をして来た自分も多くの種族を痛みと共に身に刻んできた、その中に彼のような"黒の異常の姿のもの"は皆無だ、黒の色は夜の色、世界の半分を支配するその色を持つ種族はいない、どこか神秘的な容姿と、子供じみた行動が噛み合わず、だからこそ人を惹きつける。

最初に意識したのはそんな男の方、自然、その姿に注目したなら、その横に佇む少女の姿も記憶に刻みこむことになるだろう、彼が夜の闇なら、もう一人はそこに佇む凄然とした月だ、柔らかな姿をしていながら、冷徹で、蒼く、圧倒的に人を下位に置く。

恐怖を覚えたのはそちらの少女の方に、人外の容姿とでも言おうか、それも絵物語や御伽話に出るような化け物という意味では無い、神話にうたわれる女神の如き美しさ、鋭利で凶暴さを内包した美しさだ、しかも無慈悲なまでに、常人ならば鈍感さを盾にしなければ彼女に話しかける事すら出来ないだろう。

雪のように白い髪、まさしく言葉通りの雪のように、角度によっては白銀とも取れる色彩を放つ、朝露と交わり身に艶を帯びた雪の表面のように煌めく、長く腰までのばしたそれを無造作に弄りながら、騒がしい青年を母親のように優しい瞳で見つめている。

しかし周囲に向ける瞳は虫を見るかのごとく冷徹なものだった、血の赤のように濃い色を沈めた瞳を時折周囲に鋭く向けている、ああ、刃物を無造作に振り回すかのように、幼女や童女と言われる姿なのに瞳だけは切れ長で、鋭く細められている、隣に並ぶ青年にだけは姿に見合った美しい笑みを見せる。

彼が口を開くたびに天に向かって鋭くのびた立派な耳が大きく動く、まるで飼い主に甘える動物が尻尾をふって愛情を伝えているようだと柄にもないことを思う、一瞬で理解する、彼女の世界は横で笑顔を振りまく穏やかな青年だけなのだ、それ以外は皆、無機物で……だから無慈悲に、道端の石を見るような瞳で"人"を見る。

怖いと思う反面、少し敬意を覚えた、自分のような存在にそんなものを向けられても彼女は絶対に喜ばないだろうけど、強者だと思われる在り方に憧れを覚えるのは仕方のないこと、しかも姿が自分のように幼く、小さく、無力なのに、内から溢れる"絶対"がそれを破壊している。

白磁の肌を太陽にさらしながら、青年の言葉にいちいち大げさに反応して愉快だと身を震わす姿はまるで夫婦のようだとあり得ないことを感じた、ぼくも間抜けな事を考える余裕はまだあるみたいだ。

だけど親子にしては容姿が違いすぎる、だとすると少女はまざりものの子供という事になるが、それは無いと思ってしまう、あんなに覇気が溢れ、美しい存在がまざりものであるはずがない。

そんな風に、世界に発生した二色の異常を眺めながら感想の皮を被った独白を延々と心の中で垂れ流す、物乞いをして案を練りつつ心の隙間も独白で埋めていると、埋めていると……視線を感じた、今、その煌びやかさに眼を背けた二色の異常の方向からそれを感じる。

目立つような事はしていない、容姿は仕方がない、額にあるもう一つの瞳、自分からしたら最初からあるべくしてあるものなのだが、他種族からしたら"もう一つ"になるのだろう、この瞳のせいで不幸はやってくる。

森羅の皇赴眼(しんらのおうふがん)は既に自分一人を残して滅んでしまった種族だ、数多くの種族が暮らすこの世界で滅んだということは種族としての脆弱さがあったか、欠陥があったか、時代に適応出来なかったかの三つだ、自分の瞳と同じ数の要因、丁度良い皮肉だ……全滅?絶滅。

あ、でも一人残っていたら滅んでしまったとは言わないのかな?……ぼくは頭が良くないのでこーゆー時の自問にすら返すべき答えを持たない…でも思考する。

まず、第一に森羅の皇赴眼は最初から数が少なかった、ああ、増加も減少もなく、限られた数で限られた生き方をして来た、何故ならぼくらの住まいは外界から遮断された小さな島で、ある一定の生き方を皆が正しくしていた、そんな怠惰な文化の中にいたのだ。

しかし逆に言えばそれを破壊する出来事が発生すれば、それは呆気なく崩れるわけだ、身を持ってそれを体験したぼくは感情や肉体を周りの環境に影響されずに生きる事がどれだけ大切なのかを学んだ。

原因はわかっているが、その根底を考えるに、滅びるべくして滅んだのかな、と少し冷たい意見が自分の内から出てきた、自分でも驚いて、それを感情の少ない自身で吟味してみる、やっぱり同じ結果が浮かぶ、自分の考えに顔を顰めてしまう。

森羅の皇赴眼、右の瞳は万象眼(ばんしょうがん)意識で処理しきれる範囲、この大陸全土ぐらいかな……を全て見通せる、見通せるとはただ単に距離を無視出来るのではない、建物や障害物をすり抜けて見通せるのだ、 あまりに広範囲を覗けるために、自分の視点に戻す時に時間がかかり過ぎるのが面倒だけど。

非常に疲れるし、左右の安定が崩されるので頭の中心に痛みを感じてしまう、自分の範囲でしか影響を与えられないこの身、世界を見渡せても意味がないと思う、万象眼はいらない、色が金色でも、何も得られるものがない。

森羅の皇赴眼、左の瞳は労越眼(ろうえつがん)物の奥底を見る、生き物は無理、例えばそこに石があったとする……その石がその形になるまでの出来事を全て"一瞬"で見る事が出来る、見るだけで理解は出来ない、理解力は個人によるものだからだ。

一瞬で長い時間を見る感覚というのは言葉にし難い、次々にその様が流れるのではなく、一度に全てが脳の表面に叩きつけられるのだ、万象眼と同じく、かなりの吐き気を覚える、大人になればそんな事も無くなると言ってたが、今となってはそれを聞ける相手がいない。

これは少しは使いようがあって、残飯を漁ったり………環境の安全を確認するときに、それを食べても大丈夫なのか?この家には危険な存在が住んでいないのか?等と中々に便利なのだ、でも労越眼もいらない、色が銀色であの少女の髪と同じような色なのに、全然綺麗じゃないから。

森羅の皇赴眼、額の中心にある大きな瞳、それこそ種族名、森羅の皇赴眼(しんらのおうふがん)これこそ無意味の極み、ただあるだけ、何も特別な力はない、あるらしいのだが、死んだ仲間や自分にも、その発現は叶わなかった。

己の主を見定めるための眼、元々、その左右の瞳の力を用いて軍師を生業としてきた軍略特化型種族、それが森羅の皇赴眼と呼ばれる種族。

最後にその名が歴史に出たのは『百年聖戦』の時代にまで遡る、今や国と呼べるほどに文明と人口を有した"集団"は少ないが、その時代にはまだそこそこに"あったらしい"

その時代、森羅の皇赴眼と呼ばれる種族は大切にされた、相手側の場所や動きを読み、その裏側にある万物を見通す、それこそ、全てを知って軍略を練るのだ、卑怯だが軍師の理想形でもある。

その頭脳は計算高く疑り深い……本来なら額の中心にある森羅の皇赴眼で主を見定め、生涯を、体を心を捧げて、自分の存在意義も全て主への愛にかえて仕えるのが種族としての在り方。

だが主に出会える確率は限りなく低い、記録によれば、今まで種族の中から主を見つけ仕えたのは僅か数人しかいないらしい、だから森羅の皇赴眼はその種族としての特性を自らの力を世界に見せつけるために捨てた。

主がいなくても左右の瞳の力は使える、だから有名な王や人物に、"主"ではない存在に仕え、そのあり方を世界に示し続けた、ただし、一族総出で仕える姿勢は変えなかったが……だから、森羅の皇赴眼を手に入れた国は尋常ではない力を有した。

だが時は流れる、もしくは種族としての自己を殺した罰なのかも知れない、やがて大陸から争いは無くなり、争い事でしか力を誇れない森羅の皇赴眼は急激に衰退した、それこそ時代についていけなかった種族として……数を少なくしてもその力を欲するものもいたし、利用しようと企むものもいた。

だがそれら全てを拒否して、かつて自分たちの先祖が外界からの情報を遮断して生きていたと言う"名もない島"に移り住み、そして時代が過ぎた。

その島に戻った理由は、ただ単に疲れていたのだ、争い事に利用されることに疲れた……そして何より、あれだけ多くの猛者達が駆け抜けた戦場にすら自らの主が一人もいなかった事に絶望したのだ、欲していたのだ、誤魔化しが出来なくなった。

「でもぼくには」

必要ない、主なんて、そんなものはいらないし、いたとしても自分のような世捨て人の"ようじ"に仕えられても迷惑だろう、そして何より、自分は頭があまり良くない、回転も遅いし人の言葉の裏も取れない、種族の特性を完全無視した異端児にして一人の子供、それがぼく。

ぼくは島を出た、みんな死んだからだ、みんな死んだ、みんな限りなく、終わりなく、あぁ、死んだ、何が原因だったのか、わかっている、たった一人の裏切りものが皆を虐殺して、殺して、殺し続けて、ぼくだけを見逃した、それだけの話だ。

それだったら、そいつが生き残っていて、お前だけが生き残りじゃない、って話だよね?それは確かにいい質問、でもそいつの首筋に鋭く尖った石を突き刺して崖から叩き落としたのだから、"死んだ"でいいでしょう?

妹は憎しみと呪いの言葉を口にしながら、崖下の岩に体を大きく叩きつけて波にのまれた、赤い血の広がりが数秒で消えて、ぼくは孤独になった、万象眼で死んだかどうかを確認しようとしたが、すぐにバカらしくなってやめた。

それからの記憶は曖昧だ、何故か妹と同じように海に飛び込んでいたし、岩に当たることなく波にのまれて、なんで飛び込んだんだろう?記憶は定かじゃないけど、気づいた時には砂浜にいて……空を見た。

やがて飽きて、歩いて、歩いて、叩かれて、襲われて、唾を吐きかけられて、殴られて、体が痛くて、心は何も感じなくて、だから歩けて、だけど歩きたくなくて、やることがないから歩いて歩いて、今がある。

色々と景色が濁る、辛い事があまりに大きくて大胆な性格になってしまった、人の視線も気にせずに物乞いをするような存在になり下がるだなんて、それが生きるためなんて、もうそんな約束事、ぼくには必要ないのに。

焚火の上に鉄製のたらいを置いて水を入れる、沸き立つ水面、顔が映る、幼く弱さを感じさせる少年の顔、村の皆からは少女のようだと笑われた少年の顔、妹はそれが気にくわなかったのか、よく自分の方が女らしいとぼくに暴力をふるった。

それが男らしさを増量させ、女らしさを減少させている原因の一つだと、村のみんなを殺す前に、ぼくがおまえを殺す前に、伝えてあげれば良かった、ほんとうに珍しい事、ぼくは過去を振り返り、少しだけ後悔した。

今にして思えば妹はなんであんな事をしたのだろう、ずっと一緒にいたのに、ずっと理解できなかった妹、彼女はぼくを理解できないと言っていたが、そんな所だけ似てしまった兄妹、ただ……あの出来事が起こる数日前から妹の様子はおかしかった。

妹の様子がおかしいのは常だったし、ぼくも家族もそれを許していた、妹の本質についてまわる"凶暴さ"だけ、何故かその時は感じなかった。

寝床に身を沈め、ずっと壁を見つめて、爛々とした瞳で言葉を紡ぐのだ、最初は前日の狩りで幼馴染の男の子と獲物の数で勝負をして、負けたことがまだ不満なのかな?と思った、だからいつもの事と皆も自分も放置した。

我が強く、"個"として強い妹は流されるままに生きるぼくの理想形だった、ただ硬いだけではなく柔軟さを帯びた精神はあらゆる事情に痛めつけられてもすぐさまに回復してしまう、より強く、より美しく、だ。

だから妹の奇行はそれを成すための儀式であり、過去を漁ればそれより重度な奇行など幾らでもあったわけだから、その異常に気付いてやれなかったのは必然だったのだ。

「くろのあるじにつかるのは"あみる"だけなんだから」

「あとすこしでおあいできる、"あみる"のあるじ、このせかいにいらっしゃる」

と、その言葉を何度も何度も、ちなみにぼくの寝床は妹と同じだったので、その言葉を嫌でも覚えてしまった。

これはどのような意味の言葉だったのか、よくよく考えたら、狩りとは関係のない言葉の羅列、勝手に決めつけてそれを聞き流していた自分と家族のいい加減さに目眩すらする、だから死んだのだ、と言われたら生き残っているぼくの立場はない。

あと"あみる"とは妹の名前『アミル・クァトレン・皇赴』……アミルの意味は王への狂人という最悪に等しいもの、妹は嫌っていたが、暴力的な行動はここから来ているのではないか?というのがぼくの推測である。

あと皇赴ってのは森羅の皇赴眼の長の一族についてまわるもので、当然、ぼくの名前のお尻にもしっかりと噛り付いている、今となっては長の一族だなんて笑い話にもならない、自分一人で長を名乗るなんて……そんな勇気は残念ながらぼくには無い。

慰めに妹の言葉を反芻しながら火を見つめる、くろのあるじ、と自らの口から聞いて浮かんだのはあの奇妙な二人組の片割れだった……黒い髪に黒い瞳の朗らかな青年、妹の狂気の原因としては浮かんでしまう、"くろ"はこの世界では生物には無い色だ。

獣の皮を黒く染める職人が大儲けをするぐらいには特別なものとして考えられている、だから”"くろのあるじ"だとしたらあの出会いは必然だったのかも、運命、自分は男だ、恋する少女ではない。

あの青年の黒い瞳が自分を見た……なんの感情も無く言えば、物珍しさにお互いを意識しただけだろう、そんな言葉では片づけられない程に……胸がときめいた、顔が一気に茹であがってしまい、逃げ出してしまう程に。

そのせいで今夜の食事も動物用の餌として使われる枯れ草を何度も細かく潰して粉にしたもので、腹は不満そうに音をたてる、けど仕方なくそれを受け入れる、うまくもないしまずくもないが、心は弾む、あの青年の顔を思い浮かべるだけで熱がこもる、動かさないと決めていた感情が脈打つ。

「こい、恋」

異性は妹だけで、同性の異性はみんな異性ではなく、ただの同族だった、これが自分の価値観なのかと当時は思っていたが、成程、異性として大事に扱っていた妹の骨にヒビを入れた時点で、それは間違いだったな……喧嘩をしてたまの反撃でそんな傷をプレゼントした。

何かを大事にしようだなんて思った事はない、頭が悪いから物の価値がわからないのだろう、そう皮肉を言ったぼくに父は『軍師としての資格はあるな』と珍しく励ましてくれた、なるほど、ぼくは生まれる時代を間違えたのか。

頭は悪いが最も森羅の皇赴眼らしいと言われた、妹は森羅の皇赴眼らしくない過激な性格をしていた為、それを隠せていたように思える、妹は妹で怖い程に物事を観察して、人を貶める術に長けていた、過激な感情の波が先んじているだけで根源は同じものだろう。

でも、驚いた、そんな妹と同じ血を持つ人でなしのぼくが、何かに心を奪われるなんて、過去の自分が知ったらあざ笑うか無視を決め込むか…忘れられない黒い瞳、一瞬の交差は永遠の時間を頭に刻みつけた、無垢だとも思ったし、無知だとも感じた、悪意のない純な瞳。

どんな生き物であれ他者に対する策として瞳の中に『油断なく』を意識、家族にしろ恋人にしろ、心が通じ合えば通じ合う程に油断ならない存在になるのだ、普段は愛情でそれを覆い隠しているだけで、他者を心の底から受け入れるだなんて凡人が出来ることではない、愛を持った凡人は勘違いをする、愛がすべてだと。

そんな勘違いをしておいて、瞳は常に相手の動向を探る、もし愛しているのなら、妻がいきなりナイフを持って襲いかかったとしても、夫はそれを受け入れていつものように愛を囁き刺されるべきなのだ、世の中は……世の中は愛が全てだと言いながらそこを受け入れない、そこで夫がする行動は事情を聞くか、逃げるか、のどちらかだ。

それこそ『油断なく』瞳で妻の状態を異常だと判断しての行動なのだから、愛し合っていても行動の良し悪しで全てが嘘になる、そんなものは愛とは言えない。

たが彼の瞳にはなにもなかった、あえて言えば"好奇心"が透けて見えた、楽しい玩具と巡り合えた子供の瞳だ、道理では勝てない感情の瞳、射抜かれた瞬間に快感にも似た何かが駆け抜けて、恥ずかしくて、怖くなった、逃げるのに僅かな戸惑いを覚える程に依存した。

こんな身なりでこんな厄介な過去を抱えた幼児などいらないだろう、黒い感情が胸の中で蠢く、破片は心に深く突き刺さった、深く深く突き刺さったそれを抜く術はない。

沸々と泡を吐き出す水面に映る森羅の皇赴眼、第三の瞳は蒼く透き通っている、主に巡り合った時にこの瞳は主の瞳の色と同じ色に染まるという、夢見がちな物語、本当にそんな事があり得たのか…わからない、滅びかけた種族の嘘なのかも。

そう考えたら、その種族に引導を渡した妹はあの怠惰な空間の革命者だ、たしかそーゆー革命には血が必要と本で読んだ覚えがある、流れた血は一つの種族のものだから、なんともうまい話のように思える。

あの人にまた会えるだろうか、この里に暫く滞在するのかな?旅人って感じだったし、話しかけることは無理でも見ることは出来る、万象眼で探せば一発で見つかるだろうけど、あの人だけは現実として瞳に入れたい、我儘な事なのだろうか?

思考の渦に"思考"を沈めて延々と同じことを考えていると、突然の爆音、何事かと身構える、油断した、意識を完全にはなしていた、思考の渦から逃れるのは一秒もかからない。

かからないが、思考は再度停止した、そう、思考を奪っていた相手が現実にあらわれて、思考を奪った……言葉にしてみると簡単だが、現実を非現実が支配するぐらいには驚きの光景が目の前に広がっている。

「いててててててて、あーもう!ホーテンっ!げっっ、しめやがった!?く、くらっ!怖い、うぎゃあああ、こわいこわい、くらいくらい、蹴破ったのに、一瞬で板の破片を不思議パワーで再生させる手腕はまじ不思議!」

刹那の判断で火を消したのだが、それが彼の恐怖を倍増させる羽目になるとは、今さら謝っても許してはくれないだろうか……謝る?

ぼくがこの人に謝る理由なんてない、借り物とはいえ人の住処にいきなり押し込んできたのだ、怒りを感じるなら当然で、感情が限りなく零に近いぼくでもその権利ぐらいはあるだろう……なのに謝る?

「うわああああ、む、虫がいる!?いや、虫は虫か……いい形をしている、気に入った、入れ物にいれてしばらく見てみよう、後で逃がすからちょっとだけ付き合ってくれ、あっ、入れ物ないや」

その虫には覚えがある、外で見つけた大型の昆虫、非常食として小屋に持ち帰って飼っていたのだ、飼っているといっても小屋に放しているだけだけど……確かに角が四つも頭にある姿は男心をくすぐるかもしれない。

でもいきなりそれを胸元に入れるだなんて……その光景を見つめて、どうにもおかしな空間に投げ出される……黒い青年は周囲を不安そうに見回しながら近づいてくる、どうしよう、どうしてここに、どうしよう。

恐怖ではない、どうすればいいのか?の答えをぼくは持っていない、ぼくは何も持っていない、ぼくにあるのは胸の中で持て余している彼に対する不確かな感情、それが答えなのか?答えを体で示すにはどうすればいい。

えっと、えっと、感情無し、つまらない少年、過去なしの木偶の坊、そんなぼくには不確かな感情を伝える術がない、頭の悪さは妹からの太鼓判を押されたほどだ。

なのにこの胸の中に沈んだあたたかなものは発現を訴える、苦しい、きりきりと胸を締め付けて強制的に吐き出させようとする、今までにない状態に頭が混乱する、たった一度だけだ、ぼくを見てくれたのは!ここでそれを吐き出したら、嫌われてしまう、嫌われて……それは嫌なのに。

耐えきれないものは、耐えきれない、生まれて初めて心が素直に吐き出す言葉を、何度も頭の中に反芻させて、それは出る、思ったより大きな声で、こんなに大きな声が自分から出るのか……ぼくは素直な良い子ではないのに、家族を見殺しにして妹を殺したのに、今だけ…どうしてこんなに簡単に?

「す、好きです!」

「あーっ?この虫のことか?」

急に飛び出た形になるのに、臆病であろうこの人は何故か当然といった形で受け入れている、受け入れて……勘違いをしてしまったみたいだ。

ぼく……ぼく、恥ずかしくて死にそうだ、あたふたと、誤魔化しの言葉を吐き出そうとして、何も出てこない。

「ああ、もしかして俺のことか?」

ぼくは大きく頷いた。



[1513] 外伝・境界崩し(ちょい未来編)02『短い遭遇だけどそれが強い』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/15 02:13
失って気付くものなんて最初からいらないです、です、うぃーそんなものは最初から価値の無いもので、意味の無いもので、手元にあるだけで困ります。

うざってぇのです。

「と言う事を伝えてやんよぉ」

「ふーん、へぇ」

俺の前でニヤニヤと笑っているのは江島恭輔、同級生で、大学で知り合った……なんつーの?友達って間柄、それでいいよな、江島はガラスコップの中のオレンジジュースを睨みつけながらニヤニヤと、ニヤニヤばかりで嫌な奴だ。

深夜のファミレスでやる事もなく、する事も無く、二人でただ意味も無く会話をする、欠伸を噛み殺し、目垢を拭ってやりながら、ああ、駄目だな。

「お前、ほら、汚い事は悪い事なんだぜ?」

「うーし」

まるで子供に言い聞かせるように、それでもこいつの反応は適当で、困ったものだ……困った奴ほど可愛いと言いますか、俺はこいつにメロメロなのだ。

どんな風にメロメロかと言うと会ってすぐに精神を蹂躙されてゴミ虫の様な扱いを受けてペットに頑張って昇格して、また頑張って友達になって、そして親友になって、親友だけどペットで、側にいる……飼われてる?同棲はしたいけど、こいつの"一部"に邪魔をされて無理、俺は一部ではないから、あああああ、差別。

「うん、藻モアはどうして俺に優しいんだ?」

「それは恭輔がそんな風にと、望んだから」

「藻モアはいつもそれだなぁ、望むも望まないも俺の自由だと笑うんだぁ、うぃ、そうやってさ、お客がいないからって俺を口説くなよ」

「口説いて、恭輔は俺を飼うようになる、なる、なる、なる、家で飼う、家で飼う、家で飼う、家で飼う」

思いを込めて囁く、呟く、客のいないファミレスで本気で男に媚びる、うん、ちなみに俺は"俺"と言っているが女だ、メスだ、メス犬だぞ、わんわん、わふわふ。

「でもでも、俺にはペットが、いるいる、いるんだ………そうなんだぜ、うん、あー、犬に、兎に、猫に、ネズミに、いたちに、いるいる、だから人間を飼うのは無理、人間を飼うって言葉が怖くて気持ち悪くて嫌だなぁ」

「ちっ」

俺をペットにしてくれないのか?昔はペットだったのに、あの時の恭輔は"差異"を失っていて、取り戻すまで、あああ、無茶苦茶な"精神"になっていた。

自分の内に沈んだ差異を再認識するまでの間、能力ではなくその精神で俺の様なペットを大量に生産した、俺はその中でも一番の愛犬、一番のペット、一部のペットを除けば。

妬ましい。

「ペットの一番は"おうこ"ですので、その立場は譲らないぞ、お前なんかにな………残念」

「俺を愛してくれよぉ」

「んん、そればっか、奢ってあげて、それだけで満足ではないのか?……俺の犬になってもペットになっても警察に、警察に捕まるのは俺だから」

「むかちゅく」

「そうですかそうですか、藻モアは見た目が幼児で中身も幼児で、俺に懐いてくれて嬉しいぞ、嬉しくて嬉しくて裸にして無茶苦茶にして警察に逮捕されて死にたい」

恭輔の瞳がいい感じに濁っている、したい事が出来なくて濁っている、俺ならいつでもいいのに、いつでも無茶苦茶にしてくれていいのに、異端の俺は普通の社会で生きている。

多分俺ぐらいだろう、異端の異端で、この世界で、現実の世界で生きている存在は……そして普通の人間の姿を"真似た"恭輔に見破られて、ペットにされた、今は捨てられて友達に。

「そんな事はさせないし、恭輔のペットはみんな駄目だ、駄目駄目だ、ちょー駄目だ、俺の方がいいぞ」

「ふーん、黒髪のツインテ幼女が、キツ目、俺っ娘、そんなお前をペットに戻すのは俺も望む所ですけどそれはねぇ、したら怒られるんだ、差異はもう戻ったから、前の様に無茶苦茶にするわけにはいかないんだ、そんな壊れた俺の人格を押し付けて、俺のものにするのは駄目」

「ふん、能力じゃなくて、自分の壊れ方を押し付けて壊した存在は可愛がらないと、一部と差別して、一部だけ可愛がって、そんな……そんなやり方で許されるのか?」

ジュースをちゅーちゅー、恭輔にちゅーちゅーしたいけどそれは認めてくれない、それをさせてはくれない

「そのまま俺の近くで嫉妬してる、お前が好き」

あああ、藻モアって名を持つ自身は、悪魔に寄生されて支配された。



[1513] 異界・二人道行く10
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/16 04:06
「ああ、もしかして俺のことか?」

「え、あ、そ、そう」

頭を縦に大きく振ると彼は嬉しそうに笑う、嫌われるか蔑みの眼を向けられるか、それを覚悟していたのに、あの白の少女に向けていたような優しい眼でぼくを見てくれる。

中心に存在を植えつけられる、心の中心にも体の中心にも彼の声が浸透する、間抜けなぼくは何も出来ずに、嬉しそうな彼の姿に舞い上がってしまう、感情無しの木偶の坊と言われたぼくは何処に消えた……妹に謝る、その人は死んだみたいだよ。

彼の為に何かをしてあげたいと感情がざわざわと、どうしよう、これは大問題だ、ぼくは逃げた方がいいんじゃないのか?……自分が作り替えられるかのような感覚に、ああ、芽生え、それを受け入れたらどうなってしまうんだろう。

「おう、可愛いな、きみ……ふむふむ、でも俺なんかが好きだなんて物好きばかりだな異世界は!異世界から来たの、俺、うぉぉぉ、虫が暴れてる、いたたた」

「あっ、そうなんだ………ぼくは、その、あなたが好きと伝えたかっただけで、あの、ごめんなさい」

「?…ぼく?あああ、男の子かっ!?」

「あっ、はい」

「……お、おぉぉぉぉ、幼児とはいえ!容姿で判断がつかないとは、俺の眼は節穴か、ふぁああああ!虫さん暴れるなっ!」

「あの、ぼく……家族やみんなにも女の子みたいだって、良く言われてたから、その、気にしないで」

「了解っ!」

年下を相手にしている気分だ……と、そんなことを思ってしまった、でも、凄く嬉しい、飛び跳ねたいぐらいに心は軽やかだ。

異世界と言われても何も思わない、そこがどこなのかも知らない、この人のいうことが嘘でもなんでもかまわない、戸惑いもなく信じよう、心の大事な場所が壊れたのか、違うかな、正常になったのか、そして清浄に、世捨て人のぼくが殺される。

と、こちらの意識を奪うかのように、"かれ"は嬉しそうにぼくの髪を触っている、良かった、今日は運良く水浴びも出来た……なんて思ったり、どうしてそんなことをするのか眼で問いかける、ああ、それは不安そうな視線になっているだろう。

島を出てから一度も鋏を入れていない髪は伸びに伸びて、今では地面につくかつかないかまでに、それをくるくるとなれた様子で弄られる、兎も角、闇夜の中ではその些細な音すら響く、あの、と口にすら出来ない。

"みつあみ"にされた一本のそれを手に取りご満悦みたいだ、妹とこれでは区別がつかないなぁと思うが、妹はもういないのであった、また再認識、尻尾のように後ろにのびた"みつあみ"は妹との境を薄めているようで落ち着かないのは確かだった。

「ふふふ、君のその長々とした髪を見て、俺の胸の中のなんだかよくわからない回路がなんだかよくわからずに動いたのだった、よし、もっと可愛くなった」

リボンのようなものを最後につけられる、本当は腕時計なんだけど、この世界ではお洒落でしょうと言われて、何も言わずに俯いてしまう。

「あの」

「でも、変だな、君の一番綺麗な瞳、そのおめめ、俺が話しているうちに、青から黒になっちゃった………び、びょうきか、危険色か!?」

「……え」

急いで確認をしようとするが、その術はなく、あたふたと両手を動かす、カニのように間抜けな動作を彼の目の前に晒すこととなった。

確信のようなものはあった、誤魔化していた、自分のような"家のない子"がそんな運命の"幸せ"を引き寄せるだなんて、そんなことは思っても駄目、思っては駄目だったのだ、彼と一目で全てが交差して、一目で愛と忠義を覚えたなんて。

あっぁぁああぁ、恥ずかしいし嬉しいけど……ぼくのような子供が愛や忠義や独占欲を感じるだなんて、過去のぼくを知る皆がみたら眼を疑うだろう、本人が疑っているのだ。

運命ってこんなに、運命的に転がり込んでくるのか………でも、どうやって伝えたら、ぼくをあなたのものにして下さいだなんて、幼児でおバカなぼくが口にして何になる、ただの重荷じゃないか、この人にだけは重荷を背負わせたくはないのに。

あいしてるのに、こどもだからあいしてるといえないんだ、う、ぼくより幼い誰かの声、僕の一番素直な心の声、でも、それを言わないと前には進めないし、我が主を永遠に失うこととなる。

「あ、あの、ぼく、ナナ・クァトレン・皇赴と言います、その」

「女の子みたいに綺麗な名前だな」

「はい……妹にそれが理由で殴られたり蹴られたりが、その、日常茶飯事で……じゃなくて、あなたのお名前を聞きたいのですが」

「ああ、江島恭輔って言います、もし婿養子の場合だとまた変わるけど、あっ、結婚してるんだ俺、初めて眼があった時に横に白くて小さいのいただろう?」

「え、あ、あんなに小さい子ですか?」

「君だって小さくて可愛いじゃないか」

「はぅ、あ、ありがとう、です」

こんな上擦った声なんて、しかし、ここでこう切り返されるとは……こちらとしては確信に近い愛情があなたにあるわけなのだから、その切り返しは酷い。

勝てるわけがない戦いだ、あと、名前を呼びたくてどうしようもないので、口にしようとする、でもまだ許可は得てないし、恐らく許可はくれないだろうが"主"である、この人が認めようと認めまいと、ぼくはこれから先この人の為に生きてゆくだろう。

種族的な規制か、これが、愛情に支配させて我が主に全てを捧げる、こちらには何も利がないが、知恵と能力だけ巨大化した生物が他種族に愛を求めてもそれは決して笑えないだろう、どれだけ偏った進化だ、それは。

その進化のおかげでこの人に愛情を感じているのならそれは大変うれしいことで、よろこばしいことで、ぼくは髪を遊ばせながら、舌の上で『キョウスケ様』と転がす、駄目だ、なにかこう、全てを口にすると恥ずかしい、不謹慎なぼく。

「キョウ様と、お呼びしても、その」

「様って、様ってのはないと思う、うーん、きみはまじめちゃんだな、でもこれから先、一緒にいるんだから呼びやすい呼び方でいいよ」

「え?」

「うん、俺の仲間になりなさい、もしくは家族、もう、なんでもいいや、一目で好きになったし、それにホーテンの話では君に家族やら何やらはないと失礼なことを言ってたが、それもここで暮らしてるなら間違いではないと確信を得ました、んとなぁ、なのでなー、なー、俺とこい、きみは俺が好きと言ってくれた、その趣味はありえないけど、俺も君が大好きだ、小さい時は可愛くてもいいじゃないか、子供は可愛くて元気なのが一番ってわけで、俺と元気に生きていこう!」

「あぅ」

白が湧き出て、思考が光に吸い込まれる、かちかちと震えるのは奥歯の音で、この人の自然な言葉はぼくが心から望んだものより、それ以上の威力があって、ぼくはおかしくなって、彼のものになることを受け入れる。

ぼくはキョウ様が大好きで、ぼくはキョウ様のものになって、この人の望むようにありたくて、ありたくて、あるようにしようと決めて、大好きで、この人のためなら何でもできる、今までの世界が一新して、ぼくは歓喜に震えた。

涙が流れて流れて、どうしようもない、感情無しの木偶の坊が完全崩壊だ、ああ、妹にも、こんなぼくだったら殺さないで何かをしてあげれたのかもしれない、と、脇に手を入れられて抱えられる、だっこ、懐かしくもあり、その懐かしさをくれた人はもういない。

「泣くな泣くな、よしよし、ナナ」

「うぅ、忠誠をあなたに、死ぬまで仕えます、くすん」

「な、なんかこう、俺の周りは死ぬまでしか無いのか……うんうん、ナナは抱き心地がいいので抱き枕にしよう、そして虫が痛い」

「潰しましょうか?キョウ様を傷つけるだなんて、人間だって、ぼくはやったことがあるから、妹だって、あなたのためならもっと上手にできます」

「わー、こわいのを手に入れたっ!?」

喜びが爆発してしまって、怖がらせてしまったみたいだ、そんな自分に腹が立つ、キョウ様はお優しいからそれで自分を責めたらひどく傷つくだろう。

だから眼を盗んで、何か……そう、戒めとして刃物を手の甲にでも刺しておいた方がいいかな、そうしないと、甘やかされた自分の"無い感情"は反応しない、調子に乗る、だから痛みに訴えるのだ。

「むむむむ、ナナは意外に怖い子だなぁ、見た目は穏やかな感じで可愛いのに、むむむむ、それでも可愛いな」

抱きしめられる、可愛いを連呼されたいので肯定もせずに俯く、すっぽりおさまった、すっぽり心も落ち着く、すっかり虜になったぼくの全ては喜びでむせび泣く。

髪を遊ばれるのも快楽だし、この人は差別の原因である瞳を綺麗だと何度もほめてくれる、この人の色に染まった瞳は誇りになる、うれしい。

あと気づかれないように、虫を胸元から取り出して、捻って、ちぎって、殺す、さっき、キョウ様を傷つけた罪はきちんと償ってもらう、見られると怒られそうなので秘密です、内緒です。

怒られる、それもいい、うれしい、どんな感情の波も喜びとして吸収してみましょうと、でもやっぱり、好きという感情を向けて欲しい、死骸は地面に落ちる。

気付かない、鈍感、でも、そんなことは関係ない、この人はすべてなのだ、敏感と鈍感でくらべて、敏感に勝利がつくなら、その価値を自分の中で反転させてでもこの人を絶対視。

色々と自分の内にあった事情を説明しながら虫の死骸を見る、何も感じない、さっさと消えろ、この位置はぼくのものだと胸に頬を擦りつける、キョウ様は頭を撫でてくれる。

「そうかー、なんか凄い名前だな、かっこいい、かっこいいのはいいことだ」

「だけどこの種族は、もうぼくだけから、ぼくはあなたのものだから、その名前もキョウ様のものだと思う」

「うんん??いらないいらない、そんな大事なものをポンっと手渡されても、あーー、うん、困るな、可愛いナナだけでじゅうぶんだ、懐いた懐いた、ふむふむ」

「懐いてしまったぼくは嫌ですか?」

「いいや、嬉しい、仲間や家族が増えることはいいことだと教わったからなー、一般的だろ、それって?」

「ぼく一人でいいのに」

「あはははは、嫉妬深いな、なんだろう……ホーテンもそうだしなぁ、むぅ、抱き枕にしたら殺されそうだ、てか殺して食われる」

何か見えないものに恐怖するように、抱きしめる力が強くなる、月明かりの下では蒼白に見えるので、さながら吸血鬼に襲われるお姫様のようだ、汗の滲み出る首筋が"食欲"をそそる、自分の種族にそんな習性があったかな、ないと思う。

けど、主に害を成すのは最悪だ、そんな思考をした時点でもう一度刃物で手を刺さないと、本日二度目の決意、このままの速度で行けば一日でぼくは手を失ってしまうことになりそうだ、ふと、"裏側"をのぞくかのように、主が覗きこんでくる、瞳を。

「こら、何か知らないけど、今思ってたような事をしたらダメだぞー、怖い顔してた、いいことじゃなさそうだ」

「はい、了解しました」

命令は絶対なので受け入れる、先ほどの事も白紙になりそうだ、手を刺すことは禁じられた、なにを考えているのか理解されるというのは心地良いものだ、それが主ならなおさらだ。

なおさらに嬉しい、近くで見た、主の、キョウ様の唇は乾燥していて、ひび割れしているのでとても痛そうだった、どうしようと思う、行動に出ていいのか悩む、悩みより、ああ、その痛さを取り払ってあげたいと思う。

唾液を指につけて、"ぬって"あげる、丁寧に丁寧に、しかし、死骸になった虫を見つけて叫ぶ主は気付かないみたいだ、死骸になってまで邪魔だなと、思う、生まれて初めてだ、何かを邪魔だと思ったのは。

暴力を振るう妹に対しても殺意を覚えた事はないし、妹が皆を殺した時も明確な殺意を持ったことはないように思える、でも、何かを眼の前から消し去りたいと思うざわめきにも似たこの感情こそ"殺意"にあたるのだろう、殺意を理解して、意外に明確なもので驚いた。

どうも感情の整理が下手になったみたいだ、こうも次々に知らない感情が込み上げて来ると戸惑いと興奮で平常ではいられない、いられないが、主がいれば他には何もいらない。

抱きしめられて抱きしめて、そんな事を感じる、これから先、この人を守って支えて思うように、出来るように……してあげる、してあげないといけない、いつまでも頭の悪い自分ではいられない、頭が悪い、そう、回転も遅い、それは意図的だったから

感情を動かすような面倒を嫌ったぼくは感情と大半の知性と知恵を捨てた、残りかすで生きていた、妹に殺されかけた時も、どんな時も、だから、それをやめよう、主の為に、主の為に全てを動かそう、感情がこの人に出会ってから高速回転をしている、からからからと。

まわるまわる、知恵はまわり、知識はまわり、愛もまわり、感情は爆発かなと、動き出す自分は熱を持った鉄塊のようなものだ、この人の為にそんなものになるのも悪くはない、望みだし、いいよ、ぼく、愛に狂う。

新しく生まれ変わるのは一瞬だ、刹那にかわる、生まれてこれまで、この"ぼく"になったことはない、なるのは疲れる、一生"疲れる"のだからそんなものはごめんだった、みんなはそうやって生まれてくる、本当に自然に、不思議なものだと笑ったものだ、その仲間入りだ、愛する人の為に。

切り替わり中―――愛故に狂う、くるくると、思考が乱雑に、熱をあげるのだ、熱は体を焼く、焼く、愛で脳みそが焦げ落ちるだなんて、なんてなんて幸せ、くるくるぱーは無敵なのだ。

「キョウ様」

「うん?」

「心を"入れ変えて"頑張ります」

「……いや、うん、そこまで気張って頑張らなくても大丈夫だよ、本当に、俺がいつも気張って、くるくるぱーなので」

「お揃いがいいけど、うん、だったら才を使ってあなたを助けますから、安心して下さい、本気にならばぼく、結構凄いと思います、家族やみんなも言ってたし、大丈夫」

「お揃いかー、ホーテンがキレるな、結構攻撃的だからなー」

「奥様、ですよね」

「んー、うん、怖いよ、でも、ナナと仲良くなるように強く言ったのはあいつだしなー、許してくれるかな、ナナ抱き枕計画、これは大事だけどなぁ」

「嬉しいです」

「でもなぁ、大事だけどなぁ、大事だけど怖いなぁ、なーな」

「はい、その、名前の方、と受け取りましたが」

「呼んで見ただけだ!」

「嬉しいです、愛してます、あぁ、でも下僕があまりそんな風に言うのは、気分を悪く」

「しないよ、てか下僕って、いやだ、そんなの」

「はい」

答えだけはかえす、それでは立場がないと思う、反旗では決してない、だけど、それはやっぱり胸に秘めていた方がいいのだろう。



[1513] 異界・二人道行く11
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/17 17:27
唇も潤ってくれたみたいだし、うん、これでいい、手をおずおずとのばす、頬に触れたらあたたかくて、とても気持ちが良い、主はなにも言わない、眼を細めてくすぐったそうだ。

奥様、あの鋭い眼をした白の少女、常人ではない覇気を纏い、言い方を変えてしまえば、狂人のような在り方でそこにいた、狂人に限りなく近いが理性の光がその眼に宿っていた。

どうしようか、どうしてしまおうか、話を聞く限り、常に二人でいるらしい……小屋の外を万象眼で見通すと、壁にもたれかかり耳を立てている、会話は筒抜けのようだ……どうでもいいけど、隠れて会話を聞くとは汚い。

最初は両方に、キョウ様と奥様に好感を持っていたように思ったが、感情はやっぱり一定ではない、奥様に今現在持っている感情は"邪魔"というわかりやすい言葉だけ、しかし、ただものではない立ち振る舞いに警戒はとけない。

先ほど、自分の思いつく限りの"すべて"をキョウ様に説明したばかりだ、この両目の事も、全てバレているだろう、迂闊だと言われても、主に己の全てを説明するのは臣下として当然、だとしても迂闊だった……かな?

どうしよう、気に食わない、あの美しい容姿も超然とした佇まいも、キョウ様を心の底から愛しているあの表情、気に食わない気に食わない、頭を使え、自分が何かの事情で主を守れない時の、用心棒だと思えば……いいじゃないか。

そう思うことで許容してあげる、いつか、不必要になった時に切り捨てればいい、そうすることで、自分がこの人を愛する唯一無二の存在になれるのだから、策を練ればいい、時間はいくらでもある、自分は幼い、成長の余地はある、"奥様"を超える力を得ればいい。

超えて、その座を奪ってやる、ほくそ笑む、感情を動かすのは辛いけど、どうやら辛いことばかりではないらしい、悦に染まることも出来るし、邪悪を考えることも自由だ、邪悪を思考するのは本当に楽しくて、策を練るのは心が弾む。

「ナナー、すげぇ、人の悪い笑み、幼いのに邪心、まさに、新しい家族としては末っ子的位置」

「ぼくは長男だったのですが、キョウ様がそう仰るなら、見事、邪悪な末っ子とやらを」

「邪悪なのか!?いやいや、邪悪であるのは必要ないよ、可愛い位置で、邪心がちょっとある感じ、小悪魔?」

「あくま……ぼくに出来るかな?でもそれを望まれるなら頑張ってみようかと」

「むぅ、ナナは割と頭でっかちだな、でっかちでっかち、あんまり俺の言う事をそのまま受け入れないで、自分で好き勝手してもいいよー、人間なんだから、家族なんだし、自由な方が気楽っしょ?」

「貴方の"にんぎょう"ですが?」

後に知ることになるのだが、この表現は奥様がぼくを見た時に、キョウ様のお人形としてぼくを飼う気になった瞬間に同じ言葉を用いたと言われた、どうも、惹かれる対象が同じだと似てしまう部分もあるらしい。

にんぎょう、ともう一度強く言ってあげる、キョウ様は理解出来ずに首をかしげている、にんぎょうはにんぎょうでしかないのに、感情を持ったにんぎょうと言えば良かったかな、でも、この人が感情はいらないと言えば切り捨てられるし、この人の選択によるのだ。

虫の死骸を、足の踵で硬い地面を蹴って作った穴に放り込み、埋める、キョウ様は両手を合わせてぶつぶつと知らない言葉をつぶやく、それを横目に、あぁ、これはお墓のつもりなのか、ああ、羨ましい限りだ。

死んだら埋葬する、そんな常識もちゃんとぼくは知っている、世捨て人として生きる前には"平常"があったのだ、そういえば………あの死体の山をぼくはどうしたっけ、どうもしない、そのままあの島に放置してきた。

今ではすっかり骨だけになっているのだろう、地に埋めても骨だけになるから、どっちみち骨だけになるなら、埋める意味なんてないし、埋めない意味もない、どちらにしても、それも選択の自由に起因する。

埋め終えたキョウ様は腰を沈め、座り込む、外にいる奥様をいつまでも放置していていいのだろうか、自分はどうでもいいけど、あの人が凶暴だというのはこの人の言葉であるから……いいのかなぁ、どうして座っちゃったんだろう、膝の上で抱きしめられて、そう思う。

「どっちみち、早く帰っても、寝るしかないんだ、選択がな、俺達、だったら、ここで月を見てボケーってするのも悪くないかなーーって、変な人とか来ないか?ここ」

たった一つだけある窓、とは言いすぎか……雑に繰り抜いた四角い穴から月が見える、星も見えるし、申し訳なさそうにそこを雲がふわふわ、申し訳なさそうと感じたのはぼくの感性で、実際は月や星が遠慮しているのかも。

でも、その感性はぼくのもので、この人のものだから、大事にしたいとも思う、色々なものが世の中にはあって、こんな風にいちいち感想じみたものが頭の中に浮き出てくるのか……みんな、そんな中で生きているのだとしたら、常人はみんな真の狂人だなと思う。

面倒ではないけど、面倒ではないのだけれど、人の心の動きは凄いな~と素直に思う、こんな、こんなに愛している人がそばにいるだけで失ったものが、最初からなかったものがキチンと発動するのだ、発揮されて、ちゃんと動く、感情は精神と同一ではない、精神だけでは死人に等しいし、ぼくはそれが好きだった。

妹があそこまで過激だったのも案外、ぼくと瓜二つの強烈な愛に動かされていたのかもしれない、そう、妹が何を愛して狂ってしまったのかは知らないけど、あれは狂ったのではなくて、ちゃんとした意識と感情でやり遂げたのだとしたら、すごいなぁと純粋に思ってしまった、ぼくもこの人の為にそれをするけど、妹は出会ってもない時点でそれが出来たのだ。

もし妹が主として定めたのがこの人だったら、この人と出会う前にこの人の反則じみた"どく"のようなものに染まっていたのなら、成程、ぼくや里のみんなにもいずれ訪れたであろうそれを阻止したかったのかも、自分だけでいいのだと、阻止したかったのだ。

そしたら妹は独占欲と嫉妬の化け物で、頭が働いて、先の先を見て策を練る人間ということになる、表面を完全に取り払った今のぼくに近い、ああ、同一か、同じなのか……妹がこの人の"にんぎょう"として出会う前に殺して良かったと納得するべきか、他に方法は、二人で仕える?冗談、気色悪い。

この人はそんなに数を必要としない、同じような存在が二つも纏わりつくことは例外を除き許されない、例外と言うのは依存やらなにやらといって根底的なもので、それぐらいは優しいこの人は許して下さっているみたいだ。

いもうと、のたうって、苦悶に顔を歪めて、ぼくを殺しきれなかった、昔に多分、大事だった人間、大事だったはずだ、あの頃のぼくの世界は妹の過激な精神に反応することが常だったから、でも感情は動かなかった、キョウ様だけだ、それは。

「月見、か」

「おー、知ってるのか?子供にしては大人じみてるな、そーゆーの」

「嫌ですか?空、見るのは昔から嫌いじゃなかったから……ぼくの過去は色々言いましたけど、大半はそんな下らない人生ですよ」

「妹さんに殺されかけた、とかは過激だもんなぁ」

「殺し返してやりましたけど、勝ったのはぼくで、負けたのは妹で、あなたのものになったのはぼくです」

「んー、寄り添うってのは、自然な形だから、妹さんは俺とあっても何も思わなかっただろうと思う、こんなに弱くて情けない俺が、そんな過激一直線の怖い子供に好かれるとはとても思わない」

「過激だから過激に惹かれるという点は考慮しないのですか、ぼくは、そーゆーーの、ありだと思いますよ」

「ナナと似てるのか?」

「見た目だけなら相当似てると言われてたかな、はいはい、でも、怖い所もありました」

「そりゃ、そんなに人間を殺すんだ、怖いところが一つや二つぐらいあっても」

「でも一番、今になって怖いなーって思うのは、ぼくと同じで、あなたに心が奪われる可能性があった、ということですかね、ぼくはそれでは、妹をどっちみち殺さないといけなかったし、面倒だと思います」

「なんで!?ええー、妹さん、何もしなかったら殺す必要ないじゃん、てか、殺す殺さないとか、日常であんまり言うなよー、怖いし」

「あなたの為なのに」

「そうなのか?」

「ぼくの為でもあります、でも崖にあの傷で落ちて、あれだけ派手に死んでくれたんだから、妹の為にも良かったと」

「ん?」

「意識に残る凄惨な死は中々に描けないから、そこだけでも、妹はみんなと違って少し特別だったんだと思います」

「死を描くだなんて、死んだ人間に、妹さんだろ?」

「ぼくの頭がおかしくなければ、妹だったはずですけど、凄惨な記憶なので、壊れてる可能性もありますね、色々」

自分の過去なんて必要ない、この人とある現在だけが価値あるもので、過去は無価値、未来はどうだろうか、未来はどうなんだろう。

未来では少し不満、あまりに長い時はあまりにもわからないことだらけで、だったら明日は、明日もぼくはこの人と一緒にいるだろうから、大丈夫。

この人とずっと一緒にいる為にはどうしたらいいのか、努力しろ、火をつけろ、悪意と邪悪で他を蹴落としてのし上がれ、抱かれるのは気持ちがいい、あ、抱き枕、どーゆ意味?

ありがとうを常に伝える為にはどんな努力が必要か、うん、ぼくはちゃんと出来るはず、今もこうやってきちんと思考をしている、とてもいいことだ、一つやるせないのは、知恵や知識でしかこの人を守れない。

身を投げ出す覚悟はあるのに、幼く弱いこの体では、自らの種族の貧弱ぶりに呆れる、鍛えようかなと思うけど、この人は柔らかくて気持ちいいと、いいながら、うとうとしている……鍛えたら、かたくなるのかなぁ、体。

「ナナは壊れてくれるなよ、あまりな、好きになった人が傷つくのはみたくないから」

「そうですか、なるべく努力します、傷つくのは人だから仕方ないけど、あなたを悲しませるのは嫌だから」

「むっ、可愛い事を言う」

「そうですか?自覚はないのですが、女顔と笑われていましたし、自覚はなかったのですが、ああ、そういうことなら、ありえるかも、ですね」

「いやいや、容姿じゃなくて、中身の話をしたんだけど、あー、わかんなかったらいいや」

「はぁ、恐縮です」

かわいい、か、この人はそれを何度も言うけれど、可愛いのはこの人であってぼくじゃないのに、なんとも不思議な言い回しをする、こっちも何度も言った方がいいのだろうか、その、愛してるとか、かわいい、とか。

うーん、それは何度も言わないで、こう、この時期がいいかなーって、頭に閃いた時に、気持ちを込めて強く言いたい、ぼくは照れ屋なのでどうも他者のように愛を紡げない。

妹とかだったら、当然のように叫ぶのだろう、言うとか、呟くとか、じゃなくて叫ぶだろうなーと思う、黙っていれば世間一般的には可愛い姿をしていたのに、過激で男気溢れる性格がそれを破壊していた、同性には好かれていたなぁ、ぼくとは逆だ。

ぼくも自分の人格を壊して愛を叫んでみようか、うん、この人はどんな顔をするだろうか、少し興味があるような……体で、うん、接吻なんか、うーん、子供の遊びと受け取るのかも、どうしたらいいのかなー、喜んでほしいし。

同性、どうなんだ、それは、ぼくは感覚がもとより壊れていて、止めていたので一般的に……の定義が凄く曖昧だったりする、でもおかしいのはわかる、嫌がられたら、死んでしまう、うん、でも抱きしめてくれている、どこまでいいのか探らないと?

言葉にして聞いたら一番わかりやすいだろうけど、言葉にして、表情で"いや"がわかったらそれこそ、少しずつ色々な事を知る必要が確かにある。

「ナナは、どうして俺なんか好きって言うんだろう、それが俺には一番不思議で一番おかしいなーっておもうとこ、ホーテンはなんとなくわかったけど、ナナはまだわからない、全然わからない」

「わかりませんか?」

「わからないよ、でも、抱きしめて嬉しそうにはにかんでくれると、とてもいいのでこれはこれでいいや、って思いー、でもそれはどうしてなのかなーって疑問はあるかな」

「好きに理由、ですか、それこそ、相性とか、ぼくの心の形にキョウ様の形がぴったりで、少しの隙間もなくて、だからだとぼくは思うけど、えと、それではいけませんか?」

「いいよいいよ」

「はい、でも一緒にずっといるなら、額のこれ、どうにかしないといけませんね、うーん、どうしましょう、問題です」

「額の?おでこ?」

「そうやって、関係のない場所を注目してしまうの、かわいいですよ?」

「お、おぉぉぉ、キスは駄目っ!男じゃね!?子供だし」

あっ、と、手を止める、気づいたら、キョウ様の顎に手を添えて、接吻しようとしていた、言葉だけの否定だったので、顔が恐ろしく近くにある、首を捻って、しようとしたのだが、仕方がない、また前を向く、星空。

いやがっては、ないみたい、うん、これからは色々と時間がある時にできる、よしよし、ぼくは努力をするのだ、でも、カサついた唇、潤いをもっとあげたかっただけなのかも、ぼくはぼくがよくわからない。

ああ、この人の言葉やしぐさは体に毒だ、自制を働かせないと、頭が蒸発してぷわぷわぷわ、むん、完全崩壊になりそうだ、完全崩壊したら襲うのかな、だめだよ、ぼく、いいこじゃないと。

今の接吻も、拒否される前に思いっきりいっておけば、くやまれる?うん、悔やんでいる、ぼく……再度、強く抱きしめてもらう、お腹にまわった両手をきつく、痛くはないし、気持ちいい、痛くてもこの人がしてくれるなら、うん。

魔力に支配されたかのような行動だった、這い出て来るのではなく、意識に急に何かが現れた感じかな、うん、だからこそぼくは悔やむ、意識はよかった、体がもっとはやく動いていたらよかったのに。

「……うーん、反省した方がいいような気がする」

「反省してくれた方がいいと思う、油断も隙もない、子供の間ではこんな気持ちの悪い遊びがはやってるのか、まあ、ナナなら気色悪くはないけど」

「そうですが、励みになります」

「励みに!?どんな精神状態なんだ……俺も何かに励めばいいのか、なにかこう、努力的なものが足りないのか」

「いえ、あなたはあなたのままで、完璧を超えて超越たるものなので、ええ、そのままで」

「なにかこう、ホーテンと同じような事を言うなぁ、やっぱり、見た目は似てないけど、うん、幼さと」

「さと?」

「俺をこう、凄く、褒めてくれたりするのは一緒だな」

だったら、やっぱりその人はぼくの敵ですね、とは口に出来なかった、そんなことをすれば相手に敵意がばれるし、この人は凄く傷つくだろう、仲好く、仲良く、この人の心はそんなもので出来ている、異常なのにそこだけ正常、ありえない感覚、綱渡りの精神。

それなら、この人はぼくがいつか全てになって、ずっと一緒になれば救ってあげれるのかな、救われたいと……望んでいないように思うけど、ぼくのような過去があるのか、生まれた時から全壊状態なのかは知らないけど。

うん、それでも、この人の方が"絶対"であって、世の中の存在全てが間違っている方をぼくは選ぼう、この人は絶対なのだ、それがぼくの存在意義なのだから仕方がないのだ。

「ぼくは、あなたが喜ぶとそれだけで、"全能"の中になるような幸福を、ああ、感じます」

「むぅ」

「嫌……でしたら、言ってくれたら、少しはやめれるかも、です」

「でも、ナナはそんな風に望んでいるようには思わないな、いいよ、自分の在り方を変えろだなんて言わないよ、今の"むぅ"は照れた故に出た言葉さ」

「あなたが望むなら、変えない、けど、変えた方がいいと思います」

「なんでさ?」

「ぼくの依存は結構重症みたいで、そこまで無自覚じゃいられないんです、その、重いと思います」

「うん、軽いし」

「あの、体の事じゃないんですけど……あの」

にぶちん、と思ってはいけない思考、何か胸にざわめく思いがそれを許すと言っている、とてつもなく自分勝手な言葉だが今回ばかりは大丈夫な気がする。

キョウ様はまったく理解できないらしく、うーん、うーん、と唸っている、唸りながら抱きしめる力を強くして動き回るものだから、ぼくは本当にお人形さんのようにそれに同調する、お人形なのだけれど、妹が大切にしていたお人形は、こうやってボロボロになっていった。

ぼくもそうなるのかなぁ、それは嬉しいけど、最後に捨てられたらぼくは生きていけないから、どうしよう、どうしよう、でも今は気持ち良いのでそれに従う、左右に一緒に仲良く揺れる、揺りかごのようで眠りを誘う。

主より先に眠るだなんて、あまり常識を知らないぼくにも当然に理解できる事で、だから欠伸を噛み殺しながら耐える、うとうとと、額の瞳は既に閉じられて、うーん、うーん、と、額に何かが当たる、少し湿った感覚。

「よし、ばんそーこー手術かんりょー」

「はぁ」

「これでおめめも目立ちません、すげぇぜ、俺……これだけは服と一緒に捨てないで良かった、生傷が多いから俺」

何かを貼られたらしい、額をぺちぺちと触ると、和らげなものがしっかりと張り付いている、触ったことのない感触に、少し戸惑うけど、うん、主がしてくれたことだから、素直に喜ぶ。

眼を開けようとしても開かない…何か粘着性のある布のようなものだと理解する、確かにここまでしっかりと張り付いていたら、目立たないだろうけど、こんなに単純に差別の壁をなくしてもよいのかな、殴られたり蹴られたりされた過去、感情は無かったが、今現在……思い出すと、嫌なもの。

でもこの人に迷惑をかける要素が一つ減ったと思うと、それが正解だと思える、本人よりキョウ様の方が気に入ったらしく、額を摩られる、むぃ、なんだかムズムズとする、ムズムズ、耐えきれずに体を捩るとさらに強く抱きしめられて、逃げ場はない、幸せだから逃げる気もないけど。

がっしりと、しっかりと、抱きしめられて、親にすらこんな風にされたことはなかったなぁ、ぼくは愛らしさが皆無な子だったので尚更だったと……でも妹は良く抱きしめられてたな、中々親離れが出来ない子だった、まあ、幼いって理由が大きくあるが、家族が好きだったんだと思う、なのに虐殺するだなんて、身近な愛情より未来の異常な愛情、生物らしくて、自分と同じ。

これから死ぬまで一緒にいるので、早めに体を弄られて"このみ"にされるのは幸いだ、この人は興味の方向が一直線なので、今は自分に一直線、ずっとこのまま興味を向けてくれたらいいのだが、今だけだろう、その後は自然に落ち着く。

でもまあ、ぼくはどっちみち、常に寄り添いたいので、ありかなぁ……キョウ様はきっと手に入れたおもちゃを飽きることなく延々と遊び続けるような性格なので、自分でも遊び続けてくれるだろうし、眠気は限りなく……ああ、キョウ様は星空を指さし、綺麗だなぁと、そんな話。

「星空、ですか、故郷で見ていたものと違うような気がする、そうか、ぼく、星空を見るのも……随分と久しぶりだ」

「へー、俺はこの世界の星空を見るのは今日が初めてだけど、綺麗じゃん、ナナ」

どっちだ、どっちだと聞こうと思ったけど、ぼくは男なのでそれはないかなと思って可愛いに甘んじる、甘んじるのが嫌なのか、どうなのか、兎に角、この人が必要としてくれるならそれでいいのは確かで。

ぼくの額を何度も何度も撫でる手は、少し冷たかった、いつまでもこのままだと、この人が風邪をひいてしまうかも、そう思って、口をひらこうとしたら……くしゃみ、キョウ様が鼻をすする。

確かある動物は呼吸困難にならないように赤子の鼻に詰まったそれを……でも、いまそんなことをしたら、さらに驚いてしまうかもしれない、接吻ですらあの驚きようだ、初心、うぶ、うーん、何かを間違っているような、ぼくは常識知らずなのでそれが何なのか見当がつかない。

感覚で生きている人間はこーゆー時に不便だ、頭の中にあらゆる妄想があれば、いくらでも選択肢があるけど、ぼくは妄想はしない、現実だけだ、感覚だけで生きてきたから、他者で構成されている世界はかなり不便なのである。

どうしよう、啜りたい?……うーん、妹にこんなことをしてたら殺されたと思う、妹のことだけは少しは考える事が出来る、だったらやっぱりしない方が正解のような気がする、それに外にいる奥様がそんなことをしたら……きっと過激で過激で過激な感じだから。

あっ、そうしたら妹と外の人は近いのかも、こうやって誰かと誰かの共通点を探すのも意外と楽しい、結構おもしろい、自分の中身、だとしたらぼくは奥様に蹴られたりする羽目になるのかな……結局殺しても、ぼくから消えないのかな、全部キョウ様で埋めるようにしたいのに、妹は中々にしぶといのである。

「寒いー、もう少ししたら、行こうか」

「今すぐでもいいんじゃないですか?」

「いやいや、そうしたら、ナナを抱き枕に出来ない可能性が、ホーテンが……ホーテンだったら"レフェを使いなさい!"と尋常ではない程に怒りそうだなぁ、怖いなぁ」

「お名前、二つあるんですか?」

「うん、なんか俺だけはホーテンって呼んでもいいとかなんとかかんとかー」

「だったらぼくは奥様でいきましょうか、ぼくは………今、気をまわしました、よね?」

「うん、小さいのに、幼いのに、そこまで頭がまわるだなんて、俺のかわりに俺の脳みそ役をしてもらいたいぐらいだ、むむ、この世界は幼な賢い輩がおおいなぁ、俺、存在意義が、むはー、賢いのがなんじゃー!」

「賢い、とは思わないけど、キョウ様が考えたくないときはぼくが考えますから、ご安心を」

臣下以上に主は感覚で生きているのだった、と、ぼくは笑う、この人が難しい事を真剣に悩む姿だなんて、想像できないし、お目にかかる機会は永遠にないのだろうな。

でも、いろんな姿を見たいので、そーゆーのも見れて感じれたら嬉しいけど、ぷるぷると子羊のように震える、今現在捧げれるのは愛情と肉体の熱と吐き出す言葉、そしてさらに身を寄せる、全部、ぼくの温度をあげれたらいいのに。

だとするとぼくは死んじゃうのか、いいこと、でもそんな便利な機能は生憎とぼくの種族にはないのだ、だから自主的に身を摩る、摩ると熱が発生する、くすぐったげな主、喜んでいるのかそうではないのか、判断に困ったり。

「俺の脳みそのかわりが二人も……しかもその二人とも無茶苦茶頭がいいから……足して考えたら俺は天才ってことになる、本質はバカなのに外付けで天才、あ、すげぇ」

「すごいですね、流石はキョウ様です」

「ふはは、もっと褒めるのだ」

どうしようもなく本心で褒めたのだがそれだけでは不十分みたいで、何度も賛美の言葉を捧げる、キョウ様は機嫌がどんどん良くなって嬉しそうだ、ぼくの頭の中にある賛美の言葉は少ない、もっと知識を蓄えようと思った。

しかし、拙いぼくの言葉でも機嫌は良くなるみたいで、ずっとそれを続けていると突然に落ち込んだ………『でも、そうやって褒めて、気をつかえるナナの方が頭がいいし』と、これは臣下として第一の障害、考える。

むぅ、この人は褒めれば自分の自信の無さが露出してしまう、でも、ぼくは心の底からこのひとを愛していて愛しているから褒めるわけだ、喜んでほしいから、でもそれがこの人を落ち込ませたのだとしたら、死んで詫びるか、でももっと悲しまれる自信はある。

でも、むう、ぼくの少ない人生経験を、ぼくの妹に叩かれたり蹴られたりした無駄に等しい人生経験から答えを探さないと、ぼくは、どうしよう。

「でも、キョウ様、ぼくは、そーゆー所も大好きなので、その」

「…………うぅ、なんて優しい子っ!」

正解ではないが、成功はした、感極まって頬擦りをされて、ぼくは生まれて初めて自分を褒めた、自分を褒めるなんて、意外に出来そうで出来ないけど、出来た。

頬が火照る感覚につい唇がにやついてしまう、にやついてしまうけど隠す余裕はない、さらにそこを見つかって、頬擦りが過熱するものだから、ぼくは喜びで死んでもいいと思った。

死んでいいと本心で思うのも、感情があるから起こることで、感情の喪失しているときは結果として死ぬ可能性があるだけだ………キョウ様に殺してほしいと言ったら、どうしてくれるんだろう、おにんぎょうとして、死んでも一緒を望むけど。

「優しい子は将来的に、俺を見捨てないくれっ」

と、そんな……反対に自分が言いたい言葉なのに、この人は本当に自分をブクブクと感情の波に沈めさせるのが好きなんだ、はいと元気よく返事をする。

どっちみち、見捨てる見捨てないではなくて、一体化するまでぼくの感覚ではこの人の"もの"で、この人の一部で、髪がはらりと抜け落ちるかのように、そんな軟い繋がりではなくて、脳みそばかりか全部がこの人と一緒。

生まれる前からそうだったら幸せなのに、そう出来なかったことが悔やまれる、妹が本当にこの人を"主"と認めて染まり、狂っていたなら、ぼくより早くその感覚を知っていたことになる。

妹はあれだけ過敏だったのだ、影響の受け方は尋常ではなかっただろう、ああ、この眼は、違う世界まで見通せるのかな、異世界にあったこの人に狂った、元気いっぱいの健康的な、褐色肌の、くるくるくると、壊れた人、ぼくの妹だ。

そうだとしたら、殺してしまって、その位置にいるぼくを天国から殺したい殺したいと呪を紡いでいるのだろう、無駄だと教えてあげたいけど、ぼくの眼は天の向こうまでは見通せない、とても残念。

ごめんね、だなんてぼくが言ったらどんな反応するかな、でも、その前に言うべき言葉が確かにあったはず……えっと、あ、ざまぁみろだ、悔しい?、嫉妬で壊れそう?……それこそざまぁみろ、と言ってあげないと、天に召されても、同じように怒りのはけ口を他者に向ければいい。

「優しいかは、わからないです、妹を壊して殺してまで、優しいだなんて、少し、疑問だったりします」

「そんなの、人間だから一時の"奇行"はあっても、何度もあるか、でも、その時、そのときが優しかったら」

「優しい、になりますかね」

「なるよ、どんなに優しい人間でも死ぬ瞬間に人を憎んで死ねば、優しさなんて意味がなくなる、憎しみの化け物として死ぬ、でも殺人を犯しても、最後の一秒が人類愛に満ちていたら」

「聖人ですか、すごく、危ない考えですね、ぼくでも、なんとなくそれはわかる」

「わかるか!」

「あなたのことだから理解できる、という意味もありますけど、ぼくは考えるのは好きなんです、感情があるぼくは、思考をぐるぐる回してあなたへの依存を高めるのが大好きで、たまらないみたいです」

「ほほぅ、たまらん、と」

「げ、下品に言えば、ですけど」

恥ずかしい、恥ずかしい、逃げ場所はない……何度も言うけど逃げ場所がないのなら大人しく縮こまるしかない、こんな虫がいたなぁ……ぼくは虫なのか、愛情のある虫だったらばんばんざい、虫は嫌いじゃない、だから飼っていたけど。

でもそこで考えを停止、でも、やっぱり大嫌い、キョウ様を傷つけたあの虫、埋められたあの虫、やっぱり大嫌い、うん、この人のお陰で嫌いになるものは無限になりそうだ、好きなものはどんどんと減りそうだ、価値をこの人を中心にした瞬間からそれは仕方がないこと。

価値、価値、価値か………無価値なぼくが飼われることで価値を得るのだから、この人の絶対さは崇拝を超越して星を創る、あー、でお言葉は身近、とても凄いことである。

ありがたいことだ。



[1513] 異界・二人道行く12
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/19 17:57
話が終わるまでの間に、あまりにも暇だったので、宙を舞う蝙蝠の数を延々と……何処まで数えたか、どっちみち、そんなのはどうでもいいこと。

目の前には、夫であるキョースケと、彼に抱えられたナナ・クァトレン・皇赴と名乗った少年、少年と本人はいっているが幼児じみた姿……というか幼児なので性別が不確かだ。

紅い髪、安定がもたらす炎の柔らかな色、轟かんと、勢いで燃える色ではなく、焚火の中で静々と燃える色、長くのばした癖のないそれを後ろで括っている……額には"ばんそーこー"なるものが貼られている。

瞳の色は左右とも違う色彩を放ち、右は金色、左は白銀、お前は皇宮に展示されたいのですか……と言いたいぐらいに煌びやかな瞳をしている、少し眠たげに眼を擦る姿は子供そのもので……キョースケの"毒"がどこまで浸透しているのか判断に困る。

でも、同じ毒に惹かれた者だ、同時に感じたのは処置なし、ええ、と救いようのない『物』で救われている『者』、大きく、丸々としたその瞳は、可愛いと呼ぶに値するもので、自らの性別をかき消す要因の一つだろう。

肌は白く、自分程ではないにしろ、白い雪を連想させるには十分な色である、太陽の光を避けて生活をしてきたせいか、青白く、病弱な印象を与える………垢を落とせばより白く輝くだろう。

しかし森羅の皇赴眼か、そんな種族、とうの昔に滅び去ったと思っていたが白の古人と同じような経緯を辿って"文明を切り捨てていたとは"……どうりでわからないはずだ、しかしこれはいいものを自分のものにしましたね、キョースケ。

「えーっと、説明は受けてますね?レフェ・ミツユと言います、真名は他にあるのですが、夫以外にその名を言われると、大量殺人を起こさないといけない規定があるわけで」

「はい、奥様、色々とキョウ様から………ぼくはナナ・クァトレン・皇赴と言います、お好きなように」

「では、ナナですね、キョースケと同じがいいですし」

「………お好きに」

この子、もしかしてキョースケ以外には反抗心とか対抗心とかバリバリなんですかねぇ、予想ではなく確実な結果、睨みつける瞳は、年上の女性が見たらそのまま抱きしめる程に愛らしいでしょうが、レフェはキョースケ以外の存在が小石にしか見えないので意味がない、だが生理的嫌悪はそこまで感じない、ええ、幼児だからでしょう。

ふむふむ、そのぐらいの方がいいです、どっちみちおにんぎょうですし、玩具に対しては大らかな心で対応してあげましょう、でも嫉妬が少しでも出たら見えないところで惨殺しましょう、手慰め程度の砂利が、そんな風にレフェは思います、丁度そこにゴミを捨てる穴もありますし。

「奥様、ぼくと、廃棄物をすてる場所を交互に見つめるのは何か理由があるんですか?」

「いいえ、別に、ナナ、あなたは少し考えすぎる癖があるみたいですね、その瞳のせいでそんな厄介な性格になったとしたら、些かうざったいですね」

「えー、ナナうざくないよ、むしろ、抱きしめる」

「ぎゅーとされるのは嫌いじゃないです」

「はぁ、いい主と愚かな玩具ですね、ほら、行きますよ?そろそろちゃんとした布団で寝ないと、肌が荒れちゃいます、美容の為にっ」

「そんなに綺麗なのに、少しぐらい劣化しても全然大丈夫だと思うけど、なあ、ナナ、ぬくぬく」

「ぬくぬくです、奥様、そんな射殺すような視線を向けて、意識してますか?ぼくはしてませんけど」

「別に、おにんぎょうらしく、キョースケが寒がらないようにその体温を全て捧げてあげなさい」

「丁度それ、さっき考えていたんですが、無理そうなので、手首を切ってあたたかな血を献上するのも考えたのですが、ぼくの脆弱な思考では駄目みたいです、そーゆーのなしみたいなんで」

「レフェはいいと思いますよ、あなた見たいな屑がキョースケの体を癒すような、そんな名誉を与えられるのですから」

「いや、俺が嫌って言ったんだよ、どんなホラー、どんだけ怖いこと、大好きな人の血がカイロだなんて、回路が壊れてるよ」

「かいろ、かいろ、ですね、キョウ様、素敵です、ゴミのぼくですが、愛は無尽蔵です、愛が行きつくと、結婚?あぁ、すいません、ぼくごときが」

「そんなことより同性だからなっ!既に結婚してるし!なー、ホーテン」

「にやにやとでも言ったらいいのですかね、レフェは、まあ、さらに付け加えるなら一足遅かったなゴミ、ですかねー、ああ、ゴミでも糞尿の類の生き物のゴミですね、ああ、これから先、夫に心奪われる連中にこれを言えるのかと思うと、中々に心が弾みますねー」

「どーゆー意味だろ」

「純粋なキョウ様には理解する必要がない類の言葉かと、そうですね、でも一番乗りをした奥様には嫉妬と破壊衝動を少しだけ」

中々に強かな生き物だ、このナナとゆー少年、毒が脳みそばかりか魂やらあやふやなものにまで浸透していて、自分と同じように、思考が至高主義に完全に陥っている、元々は軍師の一族の天才肌であると思うに、かなーり壊れ方が極端だ、自分に匹敵するほどに、"世界観"が外れてる、キョースケ世界観、なんておもしろ言葉、共感、なんて。

共感はするが、共通ではない、どうもね、憎しみあう空の下にいるみたいです、使えるから仕方なく使う、お互いにそんな感覚、でもバカではなくて良かった、使える、使える、キョースケで世界を染める為に天才肌のこの生き物は、この軍師は相当に使える、いいなぁ、このゴミ。

本心では向こうもゴミ扱いしてるでしょうし、虫程度には認識もしている。抱きしめられてだらしなく笑う姿は軍師の種族とは思えないが、キョースケのためなら歴史に名を残す軍師すら"たやすく"超えるだろう、長の一族といったが、自分と同じように古く濃い血には種族の性能をさらに底上げした"異端"が生まれる、それの類だ。

「へー、生意気なこと言うんだ、レフェは少し驚きました」

「なー、小難しいぞ、二人とも」

「そうですか?小難しい……愛憎なんて数式で解けませんからね、ぼくはぼくなりに生意気を言ってみただけです」

「ふむふむ、それこそ、本当に生意気です、他者に対して悪意を全力で垂れ流したいならご自由にすればいい、レフェは別に、そう、貴方に興味が無い、風景としてあるならそれでいいです」

「おーい」

「風景にしては自分は我が強いと思うのですが、我でぼくを壊してくれたキョウ様には感謝と愛情で償うので」

「償うとは、自分がその時点で罪の塊のようですね」

「妹の首筋に先の鋭い石を自らの意思で深く刺した時に、罪が発生したのかもしれないのかな、ぼくは………でもキョウ様の一部として活動するのには支障はないです、ちゃんと殺しましたから、妹、今さら、復讐には来ないから、迷惑ではないですよね?」

「ほほうー、そんな暗く重いつまらない話をキョースケにした時点で死に値しますが」

「死に、ですか、でもぼくはもう死んでいるような"おにんぎょう"ですし、さらに死ねと言われても、納得はできないです、ぼくはそこまで自我を殺せるほどに器用ではない」

「器用になりなさいと、キョースケに言われたら、あなたはどうしますか?」

「なりますよ、ぼくの存在意義ですから、この人の言葉が自我の価値に直結していますから、何より、自分の存在意義に疑問を出すほどには愚かじゃない……と思います」

「うがー、むーしするなっ!」

ナナごと抱きしめられる、顔を寄せて、苛立つ、向こうもまったく同じのようだ、キョースケの腕の中は最高の天国に等しく、いや、より高いが……でも、この同居人が、同居屑がいるだけで、かなりの不快を併せ持つ。

不快……でもキョースケの腕の中は、彼の匂いが僅かに香り、心地よい、ナナも強く抱きしめられて意識が"麻薬"に根こそぎ奪われている、根こそぎ、根が毒に染まっているから残念、もはやそれもこれも、意味がない。

そのまま二人を、両手に抱えて歩きだす、思いっきり両手を前に差し出して、後ろがナナで、前が自分だ、よりキョースケに近いのはナナの方で、その首にナイフを刺しこみたい、とか思ったり、汚い血で夫が汚れる、あぁ、さっきと意見がずれる自分、愛ゆえにだろう。

しかし、小さく、幼い自分たちはこうも……手荷物程度に扱われるのか、幸せだけど、こう、もっと大きくなった方がいいのか、どっちのほうが好み、むしろ一般的な感覚に支配されているキョースケはそれこそ"大人"のほうがいいだろう。

むぅ、育ちが遅く、最終的に大人になってもそこまでの成長が見込めない自分に少しがっかりです、む、そういえば森羅の皇赴眼‥‥彼等は最終的にどのような形になるのだろうか?あっ、でも男の子でした、大丈夫でした、大丈夫、まさか、子供のなりで淫乱じみた艶のある視線を主に向けている……常軌を逸している、ですかね、毒。

どくどくどく、と毒が血の中を支配して駆け回っているのでしょう、脳にまでそれがまわって、キョースケ一色の楽園で羽ばたいている、この幼児めっっ!変態!あっ、レフェもでした、でもレフェは神聖なる愛のもとにあるので、こんなゴミのねちっこい愛情とは違うのです。

「ナナも、レフェも、そんなに喧嘩みたいなことはやめなさい、つか、やめろ、理由はいつもと同じく、不明だけど」

「明快ですね」

「わかりきってます」

「うぅ……でもでも、喧嘩はあまり良くない、良くない事は良くない、てか、存在否定みたいな言い争いはだめ、もっと子供のように」

「子どものように……なんでしょう?こんな狂軍師の生まれの狂人が言葉の槍で突き刺してくるのだから、対応策として、その槍の先端を幾重にもして、三度刺せる仕様にします、一回つくと三回精神崩壊」

「うわぁぁぁ、嫁こえぇぇ」

「そんなことをしないで、生まれた時点で尖った石で、ぼくは妹の首に刺しましたが、ぷしゃーと噴水です」

「ぎゃぁぁ、うぅ、なんか息子的な臣下とか難しい言葉で俺を責め立てる存在はより怖い」

「「愛ゆえに」」

「愛ってなにさ!?」

からかってしまった、あまりにあたふたと慌てるキョースケが素敵過ぎたので脳みその中の何かが革命を起こし体の節々にまでそれが刹那に移動して、行動に出てしまいました。

あるくあるく、キョースケは少し落ち込んでいる、愛の重さに落ち込んでいる、レフェは悪くない、悪いのはそれを心配そうに見つめるおにんぎょうである。

「キョウ様たちは、冒険家になられると聞いたのですが」

「うん、なるよー、なーホーテン」

「ええ、まあ、どうしましたナナ、何か思うところが?」

「いえ、だとしたらポルカ街だよね……あっ、ですよね」

「言い直さなくていいけど、それがどうしたんだナナ」

「えっと、ぼく、ここに流れてくる前にポルカ街にいたんですけど、結構大変みたいですよ、あそこ……あの、危ない、かもです」

「おお?……危ないって、治安が悪いとか、とか?」

「それはないですね、何より、あそこには試験官として名のある冒険家が多くいますし、治安を"悪くする"類の輩はすぐさまに依頼によってどうにかなるでしょう」

「冒険家こえぇぇ」

「はい、でも、それでも、どうにもならないのが、その、えと、住んでしまったみたいで」

「住んだ?何かが住み始めたのか?……騒音おじさんとか?」

「なんですかそれは、住んで、ではなく、住み着いた、ではないですかナナ?」

「あっ、そう、かな、そうです……街の名所、って言うか、ウルネ泉の上にポルカ街が浮いてるのですが」

「浮いてる?」

「ああ、キョースケにはわかりにくいかもです、その泉は特別な水質で、水でありながら風の魔力が大量に含まれているのです、一説では何かの都合で寿命を得てしまった風の精霊が、死す時にその泉を最後の場所として認識してるやら、ですからその死んだ精霊の魔力成分を水の精霊がさらに捕食して、浮く水になってるやら、まあ、精霊の最後なんて少し非現実ですが」

「うへ」

「その上に街を浮かせているのが、あの街の非現実ですが、ああ、ぼくの残念な精神でも、少し驚きました、でも街が浮いてるのはその泉の中心だけで、大半が泉です」

「うへー」

「キョースケ、気に入ったのですかそれ?ですから、そこに行くには泉に生息してる水竜に乗って行くのですが、観光名所としてそれこそ売りにしています、竜族でも下位な"みずとかげ"ですがね、放置してたら勝手に増えて、凶暴でもないから餌で懐かせて、乗り物として家畜にしているのです」

「うへーは、嫌いじゃない、けど、凄いな、水竜かー」

「ぼくも見ましたが、確かに知性はあまり無くて、魔物の類に近いです」

「へ、竜と魔物って違うのか?」

「ええ、まあ、魔物は故意につくられた生物やら天然の魔力により変質した種族です、養殖物と天然物ですねぇ、竜は古くから大陸を支配していた神に等しき存在、中々に出会えるものではないのですよ、一息で街を壊滅させるとか、本気で行かないとレフェでもヤバヤバですかね」

「略してヤバい?」

「聞かないでください」

「でも、そこで問題です」

ナナがキョースケの首に小さな鼻をこすりつけながら人差し指を立てる、さて、なんでしょう、問題と言えば目の前のゴミくずの方が問題で、他に問題なんてあるように思えないのですけど、このキョースケの家畜、駄豚だから鼻をこする、くたばりなさい。

キョースケは純真無垢なのでくすぐったそう、ああ、もう、可愛いんですから、涎が性欲の権化としてあふれ出るが、今、この阿呆の前で晒すわけにはいかないので我慢です我慢、ナナは幸せ全開で気付かない様子。

「その竜の、下位の竜族の一匹が突然変異したみたいで、ええ、まあ、生まれた時から"異常"だったようで、何でもその個体、幼体の時から既にみずとかげの成体を凌ぐ大きさだったらしくて、それならそれでいいんですが……簡単に言えば熟練の冒険家ですら手に負えない程に凶暴で、巨大なんです」

「そんなに?」

「ぼくも遠目にしか見てないですけど、この里を覆い隠すほどの、そんな大きさは余裕であるように思えました」

「……え、えぇぇ」

「足が震えてますよキョースケ、そーゆーのは、なるべくしないように」

「う、うん」

「生まれたての子羊を想像させて、狼属性のレフェは襲いかかりそうになります」

「ぎゃー。助けてナナ」

「命にかえても」

冗談はさておき、ああ、本気はさておき、そうですか、でも。

「それが暴れてるんですよ、同族を捕食して、どんどん大きくなって、みずとかげの数が減れば外と街の交流手段が無くなります、駄目が重なってより駄目になります」

「うわぁああ、い、行くのやめよう!」

「却下」

「あぁぁあ、ナナ、ホーテンが意地悪い!意地悪ではなく意地悪い!」

「大丈夫です、ぼくがいます」

「はぁ、落ち着きなさいキョースケ、落ち着いて、深呼吸、はいはい、それでいいです、ゆっくりです、問います、トカゲ程度の存在に、レフェが負けると思いますか?」

てか、それ以前にあなたの体の中に宿っている『れい』がその程度の存在に脅威を覚えるとでも?世界を滅ぼせる異常神と世界が生んだ異端児、結果は簡単、れいが勝つ、水の皇帝、しかも場所が泉、ふざけてるのかと言いたいぐらいに見え透いた現実。

現実なんてあなたの中の異常な化け物が、それすらも取り込んで我が一部として使うあなたが恐怖を感じる、なんですかそれは、愚かしい、ああ、でも駄目なんでしょうね、臆病な人。

レフェでもそんなものに恐怖は感じない、ただ、冷静に、冷徹に、冒険家でも手に負えない化け物なら、それを倒せば……キョースケも現実的な力を手に入れて、策を練れる万能の眼を持つ"天才"も手中にある、もっと上を目指せる、目標は高く、高く、最上級Sランク。

権力だ、権威だ、名も売れて、歴史に名の残せるほどに誇らしい地位、Sランク、そこからさらに国をつくる、キョースケの世界で世界を染めてやる、その国、みんなレフェやこのゴミみたいな国民、素敵だ…歴史はいらない、彼を幸せにする。

自分一人でもいいのだけど、一度ぐらい、どうせ時間はあるから、あるから国を遊びで作ってもいいように思う、思うからやる、理由は単純、キョースケと共にあるなら覇王とかそんな概念ぐらい超えてみせよう、我が才能で、あなたの毒で。

「負けるとは思わないけど、でも」

「ぼくも、あまり危険な事を……そう、キョウ様にしてほしくないです」

「大丈夫です、レフェに策があります」

「ぼくにもあるにはあります、退治をして、名声を手に入れるの、ぼくの考えではそうだけど、そうですよね?」

「めいせい?」

「そうですねぇ、こんなことで手に入ればいいのですが、もっと小さな小さな結果でもいいのです、最初は小さく、最後は大きく」

「なんか、いいなその言葉」

「なら、あげましょう」

「も、もらってしまった」

「…………自分の策でキョウ様をお守りすればいいし、わかりました、ぼくも賛成に、キョウ様、ご安心を」

「うぅうぅぅ、ナナまで言うなら仕方がない、でもでも、そのとかげさんが悪いやつじゃなかったらやめような!」

「やめるって、倒すのを……ですか?まあ、知性がある竜は人語を理解しますし、そのとかげも既に竜の位にあるのかもしれません、話してみて、殺しましょう」

「ええ!?」

「そうです、キョウ様がとかげ風情にそんな感情を向けるなんて、既にぼくの中では殺した後に辱めとして蹂躙することは決定です、殺したその肉をさらに同族に食べさせましょうね」

「な、なんで、ナナも怖いしっ!」

「レフェぐらいになると、さらにその食べた同族も殺して全滅で街人も殺して、死の泉の完成です、死泉、しせーん」

「うぅぅうぅぅう、俺は血とか駄目なのに、どうしてこの二人は……こうなったら隙を見計らって逃げるとかして、どうにかしよう、こえぇし、りゅー、りゅう!」

「怖がるキョウ様に愛しさ数値が」

「どんな数値だ!こえぇええのはこえぇえからつまりはこえぇえのですよ、俺がびびりなのをわかっていて二人ともずるい」

「ずるくないと軍師っぽくないと教えられました」

「ずる賢いが、好きなんです」

「うぅぅ」

竜ですか、水竜か……しかし突然変異とは納得しない、そうそう、ポンポンと出来るものですかね、下位の竜族だとしても竜は竜、血の掟に狂いが生じるような弱い生き物ではないはずだ。

だったら意図的に、か、それとも別種の竜を勝手に"みずとかげ"にしているのか、どっちにしろ、ぴーんと来ないですね、耳はキョースケの愛撫でぴーんぴーんですが、ぴーん。

なんだろう、そういえば、レフェもこの"ナナ"も種族の中では異常だ、外見的ではなくて、その精神がキョースケに会う前から歪だった、レフェは日常の中で鬱屈とした殺意と狂気をため込んで、ナナは軍師であるのに馬鹿になり下がり心を腐らせていた。

異常が異常に続く、キョースケがそれを何処からか引っ張ってくるのか……生態的な異常者は初めてだ、狂った竜、同族を食うって所は、そこそこの狂いっぷりに思えます。

右目をナナに、左目をレフェに舐められて、涙の残滓を消しながら、キョースケはさらに落ち込む、この瞬間的な落ち込みっぷりはすごい、どんだけ心が弱いのでしょうか、舌を尖らせ唾液を塗りたくる、眼からは涙と唾液の配合物。

別に競争をしているわけではないが、自然、争うかのように、眼に舌が這う、黒塗りのそこは唾液で濡れる、悦にひたるゴミが邪魔くさいが、これからはしばらくそうでないといけないのか、あー、まあ、がんばります。

「唾液で前が見えない……世の中こんな怖い事が沢山だ」

「?……こわいですか?」

「キョースケ、そこはレフェの指示に従って歩いてください」

「命令たのんます」

「お任せ」

「キョウ様泣かないで、なめなめ」

「ぎゃー、深くすると痛いっつ!眼になんか飛び込んできたあの感覚っ!」

「なんかってなんだろう、ぼく、わからないです」

「舌先を尖らせて鋭角な角度で突きながら言われても俺としては、ぎやー」

「ぎゃーじゃないんですね……しかし、三人組で夜中にわーわー騒いでると苦情がきそうですねぇ、ナナは魔術の類は?」

「はー、ぼくは、そうですね、そこそこ、と、奥様の耳で探ればわかるのでは?」

「おっ、知ってましたか?」

「キョウ様から説明を、ぼくも説明して、キョウ様も説明して、すてきな時間でした」

「ほほぅ、キョースケ?」

「笑顔が唾液の向こうに、うなー!」

竜の対策としては、水中戦を避けて争う他に、毒物の類を水中に流し込む、とか、水質汚染が心配なら餌に混ぜて入れて、それを食べて死んだ"それ"を回収して炎で燃やせば、なんでもありですが。

その程度、熟練の冒険家がしないとは思えない、ああ、ということは食べないか、通用しない、水に流してもその周囲を避ける等、ここら辺でしょう、原因は…うーん、既にここで知性を感じてしまうのですけど、頭、いいんじゃないですかね。

人の眼を気にしなかったら、レフェが虐殺しても、肉体でも魔術でも殺す自信はありますが、目立ちますしね、キョースケも同じく、れいを使えば目立ちまくり、ここはナナの言う策にでも期待しますか。

策士こそ至上の種族なのだ、今はキョースケ至上主義だが、2番目の都合でも軍師なら上手に扱って見せるだろう、ここは自分の手は見せずに、ええ、相手を分析しますか、それにこんな嬉しい出来事、有名な冒険家や、同じような野心を持つ冒険家候補が来ないとも限らないですし、目立たないように。

目立つのはこれから先、もっともっと、野望が成熟してからだ、このナナたる存在が賛成しない可能性もある、やっぱりなるべく手は見せない、キョースケは裏切らないがレフェは涼しい顔で裏切る、といいますか。

キョースケ以外には最初から信用もなにもないから、裏切るっていうのも変な話ですね。

「唾液まみれで帰り道、あっー、ナナー、服を洗うから、お風呂はいってこいな、中々に、綺麗に洗えなかったろ、おにーさんといる時点でだいじょうび、今日から三食、お風呂、抱き枕でいきます」

「あっ、はい」

「服は魔術でさっさと乾かせます、ああ、キョースケに言われたからです、勘違いしないようにお願いしますね」

「はい、それ以外の理由でしたら、何か殺人の用意をしているのかと疑います」

「疑ってあげるなよ、ホーテンは殺人なんかしません、ホーテンがすること、ぎゃー、鼻の中は舐めるな」

「と、レフェがすることといったら鼻の中を舐めるぐらいです」

「さすがにキョウ様も嫌がっているから、やめてあげてください」

「うぅぅぅぅ」

「そのうちなれるでしょう」

「じゃあ、ぼくもしようかな」

「そーゆーのダメっ!あああ、ホーテンがそんなことするからナナがマネするじゃないか!」

「いえ、最初からぼくは密かにたくらんでいました、それの実行に移る隙がなかっただけで、耳の穴も狙ってます」

「恐怖の計画が出てきた……言わなければよかった」

「レフェは密かに企んでるのではなく、結構普通に考えてました」

「そっちは恥もなにもないし」

「いえいえ、キョースケに関して恥じることなど一つもないですから、ええ、やりますよ、そりゃレフェは、そこのゴミ、あっ、こほん、ナナより早く」

「こっちこそ、とぼくは言います」

「やめてくれと、俺は言う、二人とも鼻は、きゃー、こそばい」

「「逃げられた」」

中々に手ごわいですねぇ、でもまあ、時間はいくらでも、いくらでも、ああ、時間の事をこんなに考えるのも今までなかったような、寿命が長い種族特有の、時間の消失。

キョースケを得たい得たい得たい、得てもなお得たいから、時間に限りがあると気づいたのは良いことです、これからはそこもきちんと考えて行動しましょう。

ナナは鼻の穴を、キョウスケはもう負けて、大人しく舐められている、主従の逆転じゃないですか、まあ、レフェはキョウスケが布団でうとうとしているときに"密か"に全ての穴を支配しました、舌で、勝ちです。

だから、嫉妬は少しで勘弁です、習慣化してしまう、内を穿る行為、どうも、そーゆー欲望が人にはあるみたいだ、人間っていうのはヒト型で、形は単純なのに、中身は単純じゃない、キョースケの内へ入りたい、ああ、食べられたいのか、レフェは。

食べたい食べたいとほざいて、本当は"喰"われたいだなんて、本当に、嘘が下手なんですから、レフェ……姉のように、あそこまで完全に"まじめ"だったら良かったのですかね。

「うぅ、唾液のにおい、でもあまいにおいがするぅ」

「恐縮です、ぼくも頑張ったかいがあります」

「なー」

「なー」

さてさて、夜は暗く暗い、どうも人目を避けるのは無理な三人、ぎゃーぎゃーきゃーきゃー、主に夫なのですけど、騒がしいけど声が可愛いから愛らしい、ああ、よしです。

でも愚かな人間、略して愚者には伝わらないですね、凄い勢いで睨んできます、あっ、浮浪者の人々ですが、血走った目、でしょうか、でもレフェの殺気がぐるんぐるん全開なので生物的危機管理能力からこちらには何もしてこない、凄い字。

あれだけ怖い怖いと色々な物を怖がるキョースケ、こわこわこわ、と叫んでいるのに、こーゆー視線には鈍いんですよね、なんででしょう、今までと違って毒に頭の中が爛れてしまったナナの周囲に向ける視線は無機質な敵意。

ガラス玉のような感情を込めない瞳で他者を圧倒する、軍師と聞いて、成程、人を駒に殺し合いを支配する人間はこんな眼をするんですね、今まで、ナナを知っていた浮浪者たちもその変わりように戸惑いを覚えているみたいだ、はは、キョースケに呼ばれて顔を寄せるたびにその瞳が角砂糖のように蕩けるのだから、笑えてしまう、笑う。

殺意と愛を瞳で表現しながら、抱かれて歩く、じゃあ、レフェが殺気を向けて結界じみたものを作成する必要はないわけですね、むぅ、やめましょうか、やっぱしときましょう、二重の殺意の方がおバカさんにはいいでしょう、アルコールみたいになれてください、なれるものなら、ですけど。

「なんかすげぇ、見られてないか俺達、二人が可愛いから俺が襲われるだなんてそんな救いのない話はやめてくれよな」

「その逆を言います」

「ぼくも、キョウ様が可愛いにかけてみましょうか」

「男でもう青年ですよ俺!むはー、ちみっこめ!」

「まわりはおじさんだらけですよキョースケ」

「キョウ様?」

「そんな情報いらなかった」

どんな情報だったら欲しかったんでしょう、浮浪者の一団は里を囲む木の板に取り付けられた家の間にある隙間に身を詰めてこちらを睨んでくる、文句があるなら来ればいいのに。

あんなに睨んできて文句の一つも言えないだなんて臆病なのか、勇敢なのかわかりませんね、どっちなんでしょう、確実に前者でしょうけど、気味が悪いですね、不細工の不貞腐れた視線。

この人たちは、あれだけの集団でいながら、こんな若々しい、若いという事は一般的に立場は弱いと思われる弱者に、なにも言えないだなんて、そのうち二人は幼児じみた容姿です、一人は年齢的にも幼児ですが……それに言えない、哀れ。

哀れですけど、なんとなく、愚かではないです、愚者ではありますが、愚か、という言葉を単一で渡してあげるほどには、だって群れてますよ、カスだから、群れて何かを埋めようとしているのです、そこだけは、やっぱ褒めません、ばーか。

キョースケを汚いその視線で汚すな、このカス共、そうやって隅に埃のように蓄積するならば、するならばだ、さっさと風に吹かれて空に消えろ。

「ナナ、ナナ、ばりあー」

「ぼくを盾にしても視線は」

「でも実はナナとホーテンの唾液であんまり周りが見えない俺でした………俺なのでした、すごく可哀想」

「いいじゃないですか、汚い視線に晒されなくてすみます、もっと舐めましょう」

「ぼくも」

「うひゃーーー、なんか眼と耳と鼻が唾液でっ!こうなったらどうなるんだ最終的には!」

「ふふふ」

「こわいですよ、奥様、ぺろ」

「ナナ、鼻の穴ばかりだぎゃーー!」

「最後まで言い切れないとは、かなり怖がってますねキョースケ……レフェも、くらうがいいです」

「くらいたくないよぅ」

宿に逃げ込むように、どうも、あの人たちは騒いでるキョースケに怒りを感じたのではなく、なんとなくで、その毒を感じていたのかも、凡人だから、あー、違いますかね。

階段をドタドタと駆け上がる、寿命が残り少ない階段は悲鳴をあげているが、その上の人間は奇声をあげているので、勝負をしたら恐らく互角でしょう、部屋に入ったらレフェとナナを抱いたまま、倒れこむ。

「ナナをお持ち帰り、今日から俺のものだ!」

「む、それは嬉しいです、ぼ、ぼくは、キョウ様に愛を、ぜ、ぜんしんぜんれい」

「こらこら、二人とも、人格崩壊がいいところまでいってますよ、ナナはお風呂に入りなさい、服はもう、ほらキョースケ、れいで」

「あ、ん、ほい」

詠唱も無しに清めの術を発動する、煤けて汚れに満ちていたナナの服が一瞬で清潔の色を取り戻す、汚れていてわからなかったが、本土から外れた場所に住む種族が好んで着る刺繍の多く入ったローブのようなもの。

「明日服も買おうな、俺やホーテンは沢山買ったし、ナナもかわいいの、なー」

「あっ、はい」

「はいはい、ナナはさっさとお風呂に行きなさい、明日もゆっくりとしようと思ってましたが、予定を早めて、ポルカ街に向かいましょう」

「ナナー、俺達もお風呂は入ってないんだ、この術だけで体洗って」

「じゃあぼくも」

「でも、お風呂、久しぶりだろう、服だけに術かけといたから、体、ああ、自分で洗いな、そーゆー"当たり前"なかったろ?いいじゃん、そーゆーの、久しぶりに」

「……あ、ありがとうございます」

いそいそと部屋を出ていこうとするナナは突然「でもキョウ様がいないと、ぼく死んじゃいます」とあり得ないけどあり得る事を言い始める…レフェと同じことを。

その非現実じみた言葉に現実人間なキョウスケは焦る、しかし、一緒にお風呂はレフェが一番乗りなので絶対に行かせない、行くならレフェを殺していきなさい、悪霊になってナナを殺します。

「じゃあ、うーん、この俺の髪の毛をあげよう、これで数分がんばってくれ」

「帰ってこなかったら、死んだと思って下さいキョウ様」

「う、うん」

鬼気迫る表情で言うナナ、キョウスケの髪の毛を一本受け取る、大切そうに握りしめて泣きそうな表情で部屋を出て行った、つまりキョウスケのあれでナナの精神をびしばし、嬉しいやら悲しいやらでも嬉しいけど寂しいってとこでしょうか。

追い出しに成功したレフェはキョースケを押し倒し、ナナが舐めていた鼻の穴を中心にレフェ色に染めなおす、苛立つ苛立つ苛立つ苛立ち、あぁぁああああああ、くるうううっるるうるるるう、頭が痛い、この自分の尖った耳を切り捨てたい、ははは。

鼻息荒く鼻穴を舐めるレフェを、はなはなーとお花畑に旅立ちながらキョースケは受け入れる、ずっとこうしたかった、あのやろう、とああ、自分じゃないような自分の言葉、数分、丹念に舐める、自分の唾液の味しかしない、キョウスケの鼻の粘膜を舐める舐める、取り込む。

耳が逆立ち、泡立つ肌、喜びで目元がたれ、レフェに尻尾がついていたら左右に大きく揺れているだろう、愛情が爆発して集結して爆発して無限に近い連鎖反応、しばらくして、きゅっぽと、唾液に埋まった鼻の中から舌を抜く、少し塩気の残ったそれを飲み込む、舌が震えて、歓喜の美味、キョースケは唾液でうまく呼吸できない鼻でふがふがと呻く。

「むぅ、ホーテンもナナも、過激だなぁ、遊びか、これ」

「なんなのか、想像にお任せします」

「こんなよくわからん行動は想像の中にも知識の中にもないんだけど、唾液地獄だってことだけは理解できる、ふがふが、にぃー、甘い唾液、でもふがふが」

「ふふん、そのうちなれちゃいますよ」

「それは嫌だなぁ、むぅ、眠い」

手が泳ぐ、キョースケに馬乗りのレフェ、そっと近づくと、意外に強い力でつかまれる、蛸が獲物を捕らえるように、ええ、体に絡みつく自分より長いその手に身を委ねる。

抱きつき癖ですかね、だったら自分は抱きつかれ癖ということになるのかな、キョースケは嬉しそうに眼を細める……キョースケが嬉しいとレフェは最高に幸せだから、頬を寄せて笑う、白の肌とやや褐色の人間らしい肌が交わる。

「今日は一日で沢山な事があったな……異世界に来て結婚までして、なんか可愛いのも手に入れて、ナナも俺のものだって、不思議だな、まんじゅう美味しかった」

「集約される場所はそこですか、おい」

「冗談だよ、でも、おかしなことだろ?これって、一日でこんなにおもしろおかしいんだ、これからホーテンと、れいと、ナナと、どんなに楽しいんだろう」

「レフェだけでいいですよ」

「そんな、個人を消すような真似できるかよ、みんなでいいじゃないか、でもホーテンは特別に特別」

「他の二人は、その、なんなんですか?」

「特別と特別の特別、ホーテンは特別に特別、こんな言い方しかできないしな、でも、これではいやかなぁ」

「いいえ、嬉しいです、その地位にあるのなら、あなたのなかでレフェは…それはとても喜ばしいことで、愛を全て外に出さず狂わずに」

「ホーテンの俺への愛って、今どんだけでてるの?」

「無限の中の0に近い、極小の数字です」

「や、やっぱ全部だすなよ、とんでもないことになりそうだ、確実になるだろう、たったそれだけで、鼻の中か唾液地獄、けふっ!」

「はい、全部出したら、みーんな、みーんな、嫉妬と独占欲でなくしちゃいそうです、そんなの、あなたが望まないことぐらいレフェにもわかります」

「それはちゃんとわかってくれ」

「はいはい、出来る妻ですからレフェは、これからもっとあなたに色々と供物を捧げます、出来る女の本領発揮はこれからです、これからなのです」

「これからこえぇ」

抱きしめてさらに横になる、眠たさを何度も殺してきたせいか、キョースケは眠りにつけないみたいだ、ナナは帰ってこない、死んだか、兎の類なのでしょうか?さびしくて。

「冒険家になって三人で、でブラブラするのは楽しそうだな、ふぁ」

「少し眠たくなってきましたか?…………そうですね、冒険家になったら、それこそ、いろんな事が起こりますよ?」

「なはは」

「でも、その全てがあなたの糧になるのでしょうね、冒険家、生き急いだ生き方だと思いますけど、我々の力ではその定説すら意味がないです」

「俺はもの凄く弱いけどな、もう、二人を頼ります、頼ります、年上とか男とかそんなの関係ないから」

「自信たっぷりに言うようなことですかそれ、でもキョースケだから許します、ふむふむ、頼られるのは嬉しいです、あの屑と同じなのが腹立たしいですが」

「くず、言うなよ」

「普通の人間には糞尿以下の、とつきます、ああ、あなたが"あれ"を気に入っているから、少しは気にかけて言ったのですよ」

「……嘘だぁ」

「本当です」

少しの疑りの眼、むしろ、普通の人間よりあなたに気に入られている分、おにんぎょうというのを差し引いてもかなり気に食わないのですが、それを口にはしない。

「ホーテンはいい匂いがする、俺専用香水」

「……匂いを移せと、あなたの匂いがレフェは好きですから、それはちょっと、専用抱き枕、専用香水、もうせんよーだいすきですね」

「我儘かな?」

「いいんじゃないですか、自分のものだと認識するものがあるなら、それは人生でかなり幸せになるでしょう、世間一般の価値観ではわかりませんけど、あなたのものですから、レフェはそれでいいのです」

「尽くすねぇ」

「今さら気づきましたか?」

「ホーテンといい、ナナといい、れいは俺の中で暴れている、何この動きー、寝てる?……ねぞー、ねぞうなのか!」

「は?」

「寝るたびにこんなに動かれるのか……どったんばったん、よし、抱きしめて、動きをとめよう、むむむ、精神抱き枕はれいに決定、俺の中の子が新参者にジト目」

「ああ、中にいるれいですか、どうですか?」

「取り押さえて抱き枕にした、水っぽい、ぴちゃぴちゃ」

「精神でも抱き枕ですか、すごい、高度な魔術ですね……凄い下らない事に用いてますが、れいはどんな感じになってます?」

「意外に大人しい……俺が出さないから不機嫌だったみたい、俺なのに、俺が俺を構わないで不機嫌だなんて、これいかに」

「ですね」

れいは思ったより嫉妬深いみたいですね、一部であるから他に関心が行くのが気に食わないみたいです、気に食わないから暴れる、まんま子供ですね。

子供は子供らしく暴れるのも結構、でも下手に力がある場合、その前提は崩れる、だけど、いいですね、もう力の全てを受け渡しているみたいですし、二人で一つとは良く言ったものです。

キョースケは何を思ったのか自分の周りに水の塊を作って、蝋燭の周りをふわふわと、拳ぐらいの大きさのそれが時折火に触れて、じゅわじゅわ、と、消えない程度に。

「なにを?」

「美容だろー、なんかさっき言ってたじゃん、だから、乾燥が敵でしょ、美容の、だから、だから」

「だから、ばかりですけど、わかりやすい、ありがとう」

「いえいえ、何か水を出すのも楽しい、こう、ぶしゃああああ、と、水の精霊びしゃああ」

「感覚で言ってるのでしょうけど、まったくわからないです、でも理解に努めたらわかってしまう嫁の辛さ、と、喜び」

「喜びだけだと俺は」

「惚気ましたね」

「くくく」

意地の悪いキョースケの笑みは珍しい、ふふふふふふふふふ、これもこれで最高なので、これをこれして、胸の中に潜ませる、意地の悪い夫に苛められる道もありにはありです、あのナナなら心の底から喜びそう。

「これで、いいのか、と俺は思う」

「それはそれでいいのだとレフェは思います、ナナもあなたの為なら自分を削るでしょう、削って生きて、生きて、あなたはどんな望みを言いますか?……レフェが言うことばかりで、あなたの望みは?」

「向こうには暫く帰らなくてもいいかな、でも、会いたい人はいるし、こっちにはホーテンたちもいるしなぁ、どっちでもいいや、じゃあ望みってこと?」

「望みです」

「望み、ホーテンとナナとずっといれたらいいんじゃないかなぁ、いいと思う、それ以外に大きな欲望なんてないよ、ホーテンはさ、俺を最終的にどうしたいんだっけ?」

「どうもこうも、愛に結果を求めるだなんて愚かなことは、レフェにはちょっと、ナナは知らないですよ、あれは……あなたが望めば世界をどうこう出来る才能はありますよ」

「れいと、ホーテンは」

「出来ますけど、そこまで能動的でもないですかね、うーん、難しい問題です」

「能動的でしょ、もう、俺の鼻の中唾液だらけですよ」

「えー、聞こえません」

「そんな耳で聞こえないわけないでしょう、もう、本当に強い子供たちばっか、俺のような青年は弄ばれるわけだな」

「あなたの毒でみんなが頭がおかしくなっているのですよ、壊れた人形大量生産、まさしく悪魔の所業、された方は神の喜び、まさしく、等しく、矛盾に狂う」

「この場合の矛盾とは」

「しいて言えば愛です、別で言えば鼻に差し込んだ舌先です」

「あばばばば」

「っふ」

どんな勝負でしょうか、こんな勝負なんでしょうね。

「さて、俺は寝る、ナナが帰ってきたら背中に貼りつくように言っておいてくれ」

「レフェも寝ますから」

「じゃあ、水で書き書き」

水文字なるものの完成、れいの意識を取り込んだせいかこの世界の文字を理解できるようになったらしい、浮かび上がる文字、そこには「せなかにはりつくように、めいれいです」

「ふふふ、我ながら芸術的な文字、たとえるなら、空中にのたうつミミズ、きたねぇ」

「あんまり字、うまくないですね」

「なー、俺って字汚いなー、向こうでも汚かったし、もう最悪」

「それでも可愛いからいいじゃないですか」

「何処も解決策になってないし、れふぇ、ほーてん」

「はいはい、眠いのですね、いいですよ、おやすみなさい、あなたを守って、抱いてますから、ゆっくり寝なさい」

「う、うん」

水が蒸発する音と、心地よい湿気、あぁ、ここまで上手に扱えるだなんて、いい子だと抱きしめてあげた。

レフェの意識もおちる、ふかく、ふかい、こんなに眠りに対して心地よさを覚えるのは生まれてはじめてだった。

「またいじめてあげるよ、ほーてん?」

うれしいことです。



[1513] 外伝・境界崩し(ちょい未来編)03『差異を愛す・アイスは溶ける』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/19 16:33
藻モアを弄るよ何処までも、うん、この子は弄ればいじる程に反応してくれるから面白い。

面白いから面白い、俺はこの娘が好きなのかもしれない、好きだけど一部のみんなよりは好きじゃないから、残念だね、そんな悪役の様な事は言えない。

「……………俺を、ペットを散歩か、恭輔、恭輔ぇ」

「黙って歩きましょう、黙って歩いて歩いて、歩きましょう、藻モアは黙って歩きましょう、俺も歩いて歩きましょう、歩いて歩いて歩きましょうね」

「うー、大学サボって、何処に連れていくつもりだ、ほらー、飼い犬だぞ、ワンワン、ワンワン鳴くぞ、芸をするから目的を教えないと駄目なんだぞ」

「教えてと言われても、単純に単純にそうだよ、単純に今日は学校に行きたく無かっただけ、それだけ、そんな俺に付き合ってくれるお前は最高だな」

「おおぅ、恭輔に褒められた、嬉しいぞ、差異や沙希より俺の方が偉いか、俺の方が可愛いか?」

「残念、んなこたぁ無い、残念無念、本当にそこは残念、俺の一部じゃないお前が大好きだからお前を一部にする事は一生駄目です、駄目だと俺の中で決まっています、残念無念」

黒髪のツインテろり、ろり、ろりぃ、そんな危険な生き物、異端ってそこが可哀相だなぁ、可哀相な残念な異端ー、なーなー、俺の腰ぐらいしか背はありません、ありませんよ、ありませんけどそんな生き物、うん、誰かこのロリから俺を助けてください、しかし今は人の通りの多い朝の時間、サボりでもサボりでもー、そりゃねぇ、目立ちます。

「うぅ、ぅ」

キツメの瞳、やや上につりあがった瞳、残念です、残念です、それで俺を見上げて媚びるなんて残念無念、でもそこが可愛いのですから俺は受け入れるしかないのです。

うぅぅぅ、こいつ犯罪者じゃないの?って世間の瞳が怖い、恐ろしい、こいつを自分のペットにしていた壊れた俺なら全然平気なのだろうけど、今回ばかりは無理ですね。

あー、だとしたら、手を繋いで歩くのも無理ですか、無理なのか、無理じゃね、むりりん、こんな人生だもの、小さい子に囲まれた狂った人生だもの、仕方が無いのさ。

人間の視線なんか気にしてペットとらぶらぶやれますかってんだ、世の中そんなもんだよ、そんなもんで俺は犯罪者だよ、うぁー、差異に抱きつきたい、抱きついていちゃいちゃしたいぜぇ。

「あ、また、差異の事を考えている!」

「ふふふふふ、何故に、何故にバレた………残念だろうに、差異は俺の心の栄養源なのでソレは仕方が無いのです、仕方が無いぞ、くくく、藻モアはどう思う?」

「俺にもその感情をわけてくれ、わけろ、むしろ寄こせ!くれ!」

「そんな風に詰め寄られても困りますなぁ、ふふふふふふふふふ、あーあ、残念、じゃんねんです、邪念、お前はずっと俺のダチでいてくれよな」

「ダチ、ダチじゃなくてペットでいいと、ゴルァ!ペットにしろ!」

「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ、首をしめるな、首をしめるな、首をしめるな!首を、首をしめたら、終わり、終わりだぁ!」

ぴょんと兎のように飛び跳ねて、俺の首を小さな腕で"うぐぐぐぐぐぐ"ちなみにこれは俺の唸り声、俺の唸り声、叫ぶ叫ぶ、絶叫ですよ。

絶叫してもこの子は驚くだけで、何も言わない、

こいつ、ちなみに藻モアの服装は男の子みたいなTシャツに半ズボン、普段はめっさお洒落だけど、今日は俺が無理やりに、ええ、朝から連れてきたから、起こしてね!

「ふはははははははは」

「首を絞めるのをやめた瞬間に、笑いだすのはどうなんだろう恭輔」

「あまりベタベタするな、体がベタベタする、やめろ、嬉しいけど汗でべとべとして微妙な気持ちになります」

このままでは微妙な視線に俺の精神が支配されるので、こいつを何処かに連れ込もう、連れ込んで……えっちぃ、しない、昔とは違うのです。

「と言うわけで、ホテルに入りましょう、え、俺、え」

「よーし、行くぞ、恭輔ー、ほらいこ、いまいこ、さっさといこう、今すぐにいこう、え、抱く、抱いちゃう?うわぁ、恭輔のド変態、さ、ド変態で営もう」

営みません、いつもの癖なのかいつもじゃない俺だった時の癖なのか、癖は消せません、俺の中にある癖はそんなド変態の癖なので、どうしようもないぜー。

やっぱりやめましょうと残念そうに言うとがっかり、差異、ああ、沙希でも、誰でもいい、一部をはぐはぐしたい、はぐりたい、俺は中毒者、差異を失った時間が俺をさらにおかしくさせた。

一部を、一部とはなれているとこんなにも心が不安定になる、心は繋がっているのに、繋がっているのに……体の中にも一部がいるけど、いない一部が恋しいです。

一部が恋しくて、全てが恋しくて、お前たちを内に閉じ込めたらこんなによいことはないのに、それを望まない、内の肉では無く外の肉としての機能を願う。

「なので無理、お前が差異か沙希なら自己でホテルであははんもそりゃね、いけるかも、だけど、お前はもう俺のものじゃないから無理、むりりん」

「うぎぎぎぎぎぎぎぎ」

「そうやって唸って、唸って、唸って俺のズボンをホテルの外なのにおろそうとしても、無理、なぜなら全力で俺がとめているから無理」

「なんだよー、なんだよー、なんだよー、恭輔くそくらえー、恭輔くそくらえー、恭輔くそくらえ、恭輔くそくらえー、くそくらえー、じんるいくそくらえー」

「なんて口の悪過ぎる娘なんだ、こんな娘に育って俺は残念無念、ほら」

会話、下らぬ会話で下らぬけれど、下らぬけれど足は進む、公園にまで来て、子供や親が会話を楽しむ公園で、俺とこいつはベンチに座る。

ただ今日はここでこうしてああしたかった、つまりは単に学校をサボって可愛いこいつと遊びたかった、素直に言えるものか、恥ずかしい、黒髪のポニテを掴んで遊んでると、膝の上に乗ったので、撫でたら小さな口が"くぁ"と開いて、ほら欠伸。

「俺はいつでも恭輔に甘えてやるぞ、可愛いだろ?」

「まあ、可愛いって言えば可愛いよ、可愛いもの、元々は俺のペットだったから、俺が選んで、俺がペットにしたもの、でも、その時の狂っていた、壊れていた、もうね、そんな俺じゃないからねぇ、残念、ほんとーにごめん」

「ふふん、ふふふん、ふふふふふふふふん」

「すげぇ笑ってる」

無い胸を偉そうに張って、笑い、お腹にまわした腕に力を込めて、絡みつく、この子は昔は俺のものだったけど、差異が戻ったから自由にした。

張って張って張って、無い胸をそんなにして言葉を紡いでも意味が無い、意味がないけども、うむむむむ、困る、困っちゃう。

「……本当に、本当に行く所が無いのなら、俺の家に住めばいいよ、藻モア、俺は見捨てない、今はでもさ、俺の一部が怖いから、怖すぎるから説得するまでな」

「ふーん、ちゃんと考えているんだ、俺をまた飼うの」

「捨てたペットは野生化して畑を荒らすからな、俺が捨てたお前の行く末ぐらいはちゃんと見るよ」

「それは嬉しいけど、早めにして欲しい、そうしないと、家族に行く末を決められる」

「ほう、流石は一流企業の娘さんはちがいますなー」

「茶化すな」

胸を小突かれた。




遊んで遊んで遊びつくして、じゃあ今度と別れて、今度会いましょう、会いましょうってお前が強制的に我が家に来るだろうと、笑って別れた。

夜道は寂しい、家には差異がいる、みんながいる、早く帰らないといけない、早く帰って一部の愛情を補給しないと駄目だ。

「ん、恭輔」

「あ、あ、あああああああああああああああ」

「差異だぞ」

言わなくてもわかっている、薄暗い道でもその美しさはわかる、理解する、俺なのだから……情報を遮断していた、自分単体でしっかりしようと、だから迎えが来るとは思わなかったなぁ、嬉しい、凄く嬉しい。

深い菫色の瞳……片方、淡い金色の髪、白磁の肌、西洋人形のような容姿、俺の精神と繋がっている存在、その全てが確かに差異を構成していて、ああ、差異、今日も可愛い。

いつでも可愛い、戻ってきた、一度は俺の体に"溶け込んで"…………溶け込んで、忘れて、消えた、消えてしまった、でも思いだして肉から再構成して、過去の一部も全て取り戻して取り戻した、取り戻したんだ、差異、愛らしい、成長しない、成長したら駄目。

「駄目」

「ん、恭輔、どうした?」

「いやぁ、藻モアと遊んでいた、で、帰る途中、で差異がいた、俺の情報を読み取って来たな………………いい子」

差異はいつものように静かな眼、静かな口調、そこに愛らしさを感じてしまう、でもその左眼は長く俺の底にいたせいで"黒く"染まってしまった、

俺の遺伝子と交わり過ぎた結果、俺と同じ色をした瞳になってしまった、心は混ざっているのに、俺の中の差異の情報から再構築することはできるけど、差異は拒否した。

拒否したけど、俺はいつか戻したいと思う、なので差異にめきゅめきゅ変身、体が軋み骨が飛び出し血肉が疼く、服がぐしゃぐしゃ、水で、体液で、差異の姿を、昔の差異の姿に変身する、おめめが両方とも菫色だった頃に、誰も周りにいない事は差異の思考を読んで確認しているから、大丈夫、大丈夫、差異になる、俺になる。

「何だソレは……うん、皮肉だとしたら差異は悲しいぞ」

「ダブル差異だよ、百合百合しいだろ?」

「差異ではあるが、ん、それなら恭輔のままの幼児の方が差異は好きだぞ」

「うむむ、なら変身」

ごきゅりん、ごきゅりん、骨がまた軋む、多分今の俺は肉体は肉の塊うごうご、暫くの時間、体液を撒き散らす存在になります、差異のように飛び抜けた美しさでは無く、色褪をより"常人"にしたような、幼児で幼女の可能性の俺、丸っぽい輪郭、黒眼、黒髪、ぼさぼさで癖のある髪、幼児な俺、何処か"ほんわか"しています、差異と同じくらいの年齢に設定。

「どう?」

「ん、可愛い」

「そうかそうか」

幼児な声、やわらかい声、その声に差異は鋭利過ぎる美貌を悦に染めて、笑う……差異が笑うから俺も笑う、けど、大人で男な俺の服はぶかぶかで、全部がぶかぶか、ぶーかぶか。

「差異ー、差異ー、差異ー、差異ー、差異ー、差異ー、差異ー、差異ー、差異ー」

「愛い奴め」

「あは」

「差異は百合などは嫌いだけど、恭輔となら、うん、満足だ、体を重ねたい」

「自分だからだろう?」

「ん、それはそうだな」

「沙希も言ってたけど」

「おお、差異と沙希を同時に、ん、うん、嫉妬だな」

少しだけ差異は変わった、依存を僅かに断ち切って……少しだけ"他人"になった、俺が望んだ。

「差異」

「うん?」

少しだけ。

「……これから先、俺……どんなものを一部にしても、他者と結婚しても、子供が生まれても……全てが変化しても、一番、愛しているのは差異だから」

恥ずかしい。

「ん、知っている」

いつまでも、差異を忘れない。

「差異も愛している」

うん、知っているよ差異。



[1513] 異界・二人道行く13
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/20 02:54
朝、今までの事が夢なら里のみんなを殺しまくって心を埋めよう、そんな良く分からない決心と同時に目覚める、埋める?

開けっぱなしの窓からは少し冷たい空気が流れ込んできて、身を震わす、頭を振って耳をピコピコと動かす、キョースケは自分を抱きしめる形で眠っている、胸板から顔を持ち上げる、安らかな寝顔なので、眺めていると"二時間"がいつの間にか経過している。

時計なるものはすごい、これだけ流通のある里だと、知識ではわかっていても見た事がない物が自然と在る、時計もそうだ、部屋の壁の古ぼけた時計は仕事を飽きもせずに続けて、時間の経過を告げる。

いけないいけない、キョースケを見ているだけで時間が過ぎてしまう、名残惜しいが腕をほどいて、体を起こす、キョースケの背中にはナナがしっかりとはりついている、両手をがっしりと、新手の動物のようだ。

ふむむ、ナナはどうでもいいですけど、キョースケは疲れているだろうから、無理に起こすのは可哀想すぎますね、朝の空気を吸い込んで、んーとのびのびです。

「さっさと着替えて、さてさて」

「みはー、ぐぅ、しゃい、しゃきぃ、えいりぃ、にゅぅ、しゅきるる」

「どんな寝言ですか……」

「キョウ様キョウ様キョウ様キョウ様キョウ様キョウ様」

「くっ、自分も同じような寝言を言ってないのか確認できないから文句も言えないッッ」

とおもしろおかしい流れは放置して、さっさと着替える、買い込んだ服を着ようとも思ったが、結局は里から持ってきたなれた服を選んでしまう、習慣になるんでしょうかこれも。

キョースケはそんなことをしている間も変な寝言を呟いて、ナナはどうにもこうにもあんな感じ、すごくあんな感じ、ナナ……その張り付き方は命をかけてますね、死んでください、てか消えてください。

「結局、この宿に昨日泊まったのはレフェたちだけですか、あー、でも今日の分もお金を払っていたんでした……もう一泊しますかねぇ……なにか目的があれば幸いなんですが」

「しゃい、さい……差異……ぐぅ、ナナ……ナナっ!!いたたたた、すげぇ食いつきじゃね!?」

「むぅ、んにゃ、あっ……おはようございます、キョウ様」

「挨拶いいから、むはー!」

どったんばったん、最終的にキョウスケとナナはぐしゃぐしゃになった服を脱いで着替えはじめる、キョースケの裸体をしっかりと脳にやきつけるレフェの横でキョースケの散らかした服を丁寧にナナがたたんでいる。

ある意味下僕の鏡ですね、妻の仕事を取られて些か不満ですかね、ふふふふふふふふふ。

「ナナ、ほい」

「あっ」

「ばんそうこうー、ぺたりと」

「あ、ありがとうございます」

どうやら、種族の証たる三つ目に"ばんそうこう"なるものを貼ったみたいだ、これで種族の証は失われる、どうも、弄られやすいのですかね、今の凶暴さを秘めたナナだったらそんなもの意味がないのに。

キョウスケの可愛がりっぷりに少し呆れます、今は愛情を限りなく0から、少しずつ下げてるから、殺さないで大丈夫、いい子でいられますよー、あー殺したい。

「さて、着替えは終わりましたか?」

「終わりー、ナナー」

「わっ、キョウ様っ」

ナナを抱きしめて意味もなくグルグルと回る夫、ここは宴の場ではなく、さらに言えばボロ宿屋、それは違うでしょうキョースケ。

しかしナナの方は朝からさっそく遊んでもらって嬉しそうだ、朝の光がナナの左右の違う色の瞳を際立たせる、すっかり目元が垂れて、情けない。

「なー、今日の分の料金も支払ってるんだろう?だったらもう一泊しよーよ、急いで行ってもゆっくり行っても、かわらないじゃん」

「ほほぅ、みずとかげがそんなに怖いですか、成程、少しでも行くのを遅くしようと……」

「ち、ちがう、お金は大事だろ?もう支払ったんだから……な?」

「ぼくに聞かれても、そうですね、一日の違いで先に退治されていた……っていうのは、無いでしょうね、料金を支払っているなら、ここでもう一泊して体を休め、酒場などで情報を集めるのがよろしいかと」

「ほ、ほら!」

「何が"ほら"ですか、そんなに嬉しそうに、ですが、ナナの意見は正しいですね、一日、二日の違いで、その"みずとかげ"が退治されていたら、よっぽど縁がなかったのだと思えばいいのです」

「ん、もしかしてホーテンもそんなにやる気がない?」

「やる気かどうかは知らないですけど、そうですね、無理をする必要がないとは思います、ゆっくり進めばいいんです、過激な事をして」

「それだとゆっくりじゃないじゃん」

「自分たちの都合で時間をかけたり、時間をかけなかったり、生き急いだり、そうでなかったり、と、他に影響されないで自分たちの歩幅で自分たちの気分で進めばいいのです」

「絶対覇者だな」

「いいですね、その言葉、おバカなキョースケにしては良い言葉をひねり出せましたね」

「訂正を、キョウ様は"おばか"などではないです……無垢なだけだとぼくは思います」

「うん、二人とも、なんかバカにしてくれてありがとう」

朝から泣きそうになる夫、ああ、おバカさんなのにおバカさんと言われるのに抵抗がある、どうしようもなく、そこがいい、ですね。

さて、それでは朝ごはんを食べに行くついでに里で色々と聞きましょうか、ふむふむ、朝から酒場は無理ですし、どうしましょう。

「酒場の店主などが情報に一番通じていると思いますが、実際にポルカ街に行った経験のあるもの、それだと朝方からあいてる……茶屋でもいいと思います」

「なんで?」

「料理人は自分の眼で材料を吟味します、ここらで言えば食料を買える大きな所と言えばポルカ街ぐらいでしょう、後は、酒場より情報は少ないでしょうが、人は多く来ますし」

「茶屋でも料理でるんだ」

「はい、こういった働く人間が多い場所では……キョウ様、その、ずっと抱きしめられるのもいいのですが、このままだと、腕が……その、辛くはないですか?」

「え、別に、ホーテンの分の余裕もあるよ、うあー、ナナ軽いなぁ、ご飯を沢山食べなさい」

「死なない程度に食べます」

「ナナ?!」

「いえ、その、ぼく、そんなにごはん、必要ないんです……あの、お腹空きますけど、でも、まあ、いいかなって、本を読んだり策を練ったり、のほうがいいというか……"ぐー"がぐーぐーぐぐーになったら……ごはん食べます」

「そんなことは許しません、もう、吐くまで食べてもらう」

「それじゃあ意味がないでしょう、ナナ、レフェたちと一緒にいる間はちゃんと食事を三食とってもらいます、やせ細った幼児の従者だなんて、悪い噂がたちますからね」

「てか、しっかり食べないと、楽しくないぞ、人生」

「はぁ……キョウ様が仰るのでしたら、いいかな、僕は努力してみます」

「よしよし」

宿の外に出ると無駄に元気の良い太陽が青空にこれでもかと輝いていた、二度寝したせいか、結構遅い時間帯になってしまった、どう見ても太陽の下で生活をしていなかったナナはキョースケの腕の中でクラクラしている、目眩でしょうか。

そんなナナをグルグル回して、本人も回って、ぐるぐるぐると、キョースケ、結構外道ですね、ナナは主の望みを喜びにできるので吐きそうな顔で、うれしそう、どんなおにんぎょうですか、愛玩人形ですね。

キョースケの楽しそうな姿はレフェの心に肥料をくれる、水をくれる、なのでナナの状態なんて知るはずもないし、ええ、キョースケが遊びでナナの体を蹂躙したとしても、キョースケが嬉しいなら、最高の気分、脳みそぱちぱち。

「無理に努力しなくてもいいけどさ、やっぱみんなで食事が基本だろう」

「そういえば、ぼくも昔は家族で食べていました、妹におかずの大半を奪われていたので、こんな風になったのかも」

「こ、怖い妹だな、殺人とは別に」

「日常的に結構"きょーぼう"でしたから……恐ろしいって事ですよね、あ、こーゆーの、ぼく……当時はなにもおもわなかったけれど」

「人さまの妹を凶暴とまでは言えないよ俺」

「死んでますよ、多分」

「なおさらだよ、なあ、ホーテン」

「そうですね、でも、あなたのような容姿で、そんな妹さんに苛められていたのだというと、ある種、とてつもなくおもしろげではありますね」

「おもしろげ?」

「そうです、キョースケもナナを苛めてみたらどうですか?」

「なんでよ、そんなの絶対に嫌だ」

冗談なのに、真面目に答えてくれて……どうも反応しにくい、ナナとしては苛められようが苛められまいがキョースケが全てなのでどっちでもいいのだろう。

それにしても、道を行く人々は皆いそがしそう、この時間帯から大変です、危険な夜も歩き続け、この里にたどり着いた商人達が行列となって道を行く。

獣に襲われた場合、何人かを犠牲にして逃げれますし、数がいれば夜は巨大な生物に見えなくもない、人も群れる……群れなければ自分が死ぬ感覚をずっと持っている、人が人である限り獣と同じ。

「ナナはこう、外に出ても抱き枕にする、んで、ホーテンは奥さんなので、横を、たまに持ち上げたり持ち下げたりする」

「ふむむ」

「ぼくはいいですけど、そうですね、あまり無理をして腕を傷めないように、心配ですから」

「こう見えても意外と力持ちだから俺」

それはないでしょう、下手をすればナナより……それはないですかね、痩せたナナの腕の細さを見て思う、本当に食べる事に興味がないのでしょう。

だとしてもこれは………やっぱり何かがずれてようですね、ずれているからキョースケに惹かれた、必然のようであり偶然のようでもある、おかしなおにんぎょうは一体でいいのですけど。

行く先でこんな風におかしな人間を我が物にされると、旅もしづらくなる、監視をしないといけませんかねぇ、監視……そうですね、いつも横にいるから、そんな必要もないですかね。

レフェの危機感など何食わぬ顔、ナナはナナでキョウスケを愛している、ナナはさらに歓喜に震えて、ナナは自らも抱きつく、朝からかなり………くっ、殺したいです。

丁度、道端に角の丸い、投げやすそうな小石が、これを全力で投げて脳漿をばらまいてやりましょうか、ふふ、おぉ、いけないけない、あれはおにんぎょう、そこそこに役に立つ、おにんぎょう。

「キョウ様、今日はご機嫌だな、どうかされましたか?」

「ナナういんぐぅー」

「はい、ういんぐぅ、ですか……ぼくの知識にはない用語です」

「特に意味はないと思いますけど」

「キョウ様の言葉に無意味なものなど一つたりともありません」

「今朝なんて、太陽に向かって"ゆきよふれ"とか意味のない事を全力で叫んでましたけど」

「あれは寝ぼけていたんだよ俺」

「……きっと、何か素晴らしい理由があると、ぼくは思います」

「ふふふ、ナナは頭がいいのに俺肯定派なのでいい子だ、飴玉をあげましょう」

どこで買ったのか飴玉を取り出してナナにあげるキョースケ、本当にどこで……お金の管理が甘いですかねぇ、お小遣いをあげた方がいいのでしょうか。

彼の頭のゆるさにお金の管理は無理だろうと諦める、とりあえず、使いすぎない程度に一日ずつ渡しましょうか………うーん、心配ですね、"変なもの"に使って泣きついてきそうな気がする、泣きつかれたらレフェは渡すでしょう、自分が信用できないですねぇ。

と、あぁ、ナナに渡しましょうか、キョースケのお金の管理を……どうせおにんぎょうなんですから、頭の悪い主の代わりに思考を働かせるぐらいはしてもらわないと。

「でも、茶屋なんてあったかなぁ、昨日、そんなの見なかった気がするけど」

「それでしたらレフェが見つけておきました、どうせ、暇つぶしにあなたと寄ろうと思ってましたから」

「むっ、最初から二日泊まる気まんまんだったんじゃないか!」

「まあ、お金を払ってますから、ほら、こっちです……ああ、レフェ達は目立つのですから、さあ」

「……そんなに目立つかなぁ、どう思う、ナナ、俺はホーテンがぶっちぎりで目立っている気がするけど……白いから、太陽の下ではもう、こう、光ってます、ぴかー」

「人を発光物みたいに言わないでください、そーゆーのは、夜中に出て人を惑わす方が気持ち、ましです」

「妖精さん?」

「なんで"さん"をつけるのかは疑問ですが、そうです、明るい中で光っても、それこそ意味がないですから、無価値ですね」

「じゃあ、黒い黒い言われる俺が夜の中で黒かったら、それこそ意味ないなぁ、むぅー」

「キョウ様は黒く輝いているから大丈夫です……眩しい程に、鈍く、黒く、明るいから、綺麗ですよ、ぼくは昨日、その光に"しせん"を奪われました」

「……なんだその、ドブみたいなの、あっ、俺か、黒の中で黒く光るなんてー、もう、ドブみたいなもんじゃないか、よ、よろこべねぇ」

「キョースケは自分がどんな風に他者に捉えられるか少しは自覚を持った方がいいですよ、レフェはもう、最初から脳の奥をぐちゃぐちゃに破壊されて、黒光りする鉄板で焼かれましたから」

「……ドブかつ鉄板」

「キョウ様?……っと」

自分で自分を追い込んで、キョースケの両手がだらしなくだらりと下がる、ナナはそこから名残惜しそうにぴょんと飛びおりて、心配そうに上にあるキョースケの顔を見る。

目立つなと言ったそばから……目立ちまくっている、奇行、奇行なのだが、通り過ぎる人々は一瞬だけ眼を向けて、すぐに視線を外す、あぁ、奇行極まり、取りあえず、見ないふりですか……いいです、キョースケの姿を見られるたびに腹の中にわき起こるどす黒い独占欲を無理やりに隠さないですむ。

これはこれで間違いではないかも………です、足並みが少し軽い、うん、上機嫌です、キョースケの行動に感情が支配されるわけですから、一方的に自分の心を操るのは、本当にあなただけです、ナナはナナで手をつないであげて、彼を誘導している、朝から仲のいい主と下僕だこと。

この無自覚に垂れ流す支配毒とも汚染毒とも言える"なにか"、これは、そう、どんなものをこれからずりずりと引き寄せるのでしょうか、ええ、いらないいらないいらない、レフェだけがいればいいのだ、殺すことは、楽だけど、その事実だけがやはり心と呼ばれる桃色じみたそいつを、重くする。

ナナも今はそうやってじゃれていても、すぐに気づくだろう、腹黒いおにんぎょうだから、レフェと同じところに行きつくだろう、だとしたら、こいつに処分させるのも、でもキョースケの為に動くのは自分が最初でなければいけないから、最初はレフェがやりますか、殺りますか、犯りますか?

むうぅぅ。

「おー、ここか、うん、またここも、ボロボロだな」

「立ち直りましたか?感情が上がったり下がったり、それとまったく同じ動きで振り回されるレフェのあなたとの"繋がり"も蹂躙のもの、ああ、……ボロいですね、うーん、あなたと話して浮かれているときに見つけたから、美しいものに見えてました」

「どんな魔法だよそれ……俺の口になんかあくりょーたいさん的なエキスが含まれているのか、でも入る気にはなれないな、入るけどさ、来たし」

「……ぼくが、中を万象眼で見ましょうか、外はあれでも中は綺麗だという事もありますし、でも、ないかな?って思ったりします」

「ここまで三人の意識が一つになると、逆に興味がわくなぁ」

「レフェの心は常にあなたと同じですが、いま、説明したのに、もぅ、ダメダメですねぇ」

「ぼくはおにんぎょうですので、キョウ様の"自由"で自由に動きます」

「うぅ、皮肉も通じない、は、入ろう」

外見は今宿泊している宿屋とほぼ同じ、あーー、恐らく、同じ人物が建てたのだろう、何せ、多いと言っても限られた人数の里、もしかしたら里の人間が新しい住民が住み着くと皆で協力して建てるのかも、いつの時代だと思いますが、うちもそーでしたし。

手書きで扱う茶の種類を木の壁に貼っている……長い間、風やら雨やらに攻撃されたその文字は眼を凝らしても理解できるものではない、なんとか、そーゆーものなんだって事だけ理解できる。

からんからんと、姿に反して軽快な音が響く、ドアノブを掴んだキョースケが、その音に大きく体を震わせるが、レフェとナナは微動だにしない、中身はマシとは良く言ったもので、中身は暗黒世界でした、鈴の音だけが軽快で、他は何一つ軽快ではない。

キョースケ、泣きそうな顔をしないでください、外ではあれほど太陽が自らを誇示しているのに、この陰気な部屋は陰気なままで、光を拒んでいる、閉めっぱなしのカーテンも、茶屋だというのに机やいす一つなく、"本"に支配されている店内も、古い紙特有のカビのにおいも、なにもかもが他者を受け入れる要素ではない。

ここはどこでしょうか、まあ、茶屋の要素がまったくないのが逆に気持ちいいというか、ここまでのものを見せつけておいて、外の看板は堂々と茶屋だと主張……店主を見つけたら問いかけましょう、ふざけているのかと、我の夫を悲しませるとは死に抱かれる必要がありますね、もうぎりぎりと。

「あわわ」

どんな怖がり方ですか、レフェに体を縮めて抱きついてくるキョースケ、あぶないあぶない、桃源郷に旅立ってしまいますよ?溢れんばかりの感情を顔に出さないようにして、首を摩る、緊張から湿っているそれ、うん、かわいいです。

レフェ達が部屋に入ったせいで換気を求めていた部屋の埃たちが宙に舞いあがる、あまりの多さに、一瞬だけ反応が遅れる、キョースケが無意識で薄い水の壁を"前面"に展開する、れいの結界に酷似した簡易なそれは灰色の埃を自ら吸い込んで、黒く黒く染まり、最初から無かったように消え失せる。

本人は無意識でしているのでしょうが、かなり高度な術だ、術ですらない、精霊が力を行使するのに"術"の必要は……これはただ、人間が手で埃を避けるのと同じ、ふーん、凄いですねキョースケ、ナナは驚いて目を大きく開く、でもナナにとってキョースケの中身がなんであれ、全てがなにであれ、関係ない、肯定し、存在に酔う。

昨日の清めの術の時すら反応は無かったし、この子だったらキョースケが突然に死体の山を築いても涼しい顔で肯定しそうだ、レフェだと妻なので、一緒にやってあげますけど、ふむふむ、部屋の埃に水滴が飛びついて、消える、存在の消去、ありえないが、れいならできる、れいはキョースケ、キョースケはそれが自分の力だとは気付かない、それが一秒ぐらいで終わったことにも気付かない。

れいを意識はしない、人が無意識で呼吸するかのように、無意識にれいの力を、自分の力を行使する、震えながら閉じた眼がゆっくりひらけば、壁や床にしみついたシミ以外はそこそこに綺麗になっている、キョースケは、あれあれ?って言いながら部屋を見渡す、体から離れるキョースケが名残惜しいから、肩についた彼の涙を指で拭き取り、舐める、心がはじけ、立っていられなくなるほどの"しあわせな毒"

震える足に力を入れる、ガクガクと、壊れかけの玩具のように酷い震え、いけないですね、口元に滾る涎を手で拭い、気合いを入れる、キョースケは怖がって気付かないし、ナナはそのキョースケに再度手をつないであげている、きっとその横でレフェが吐血して絶命しようが、はい、ナナは気にせずにキョースケの心配をするでしょう、あぁ、そんなこんなで、です、ふぅ。

「しかしひどい有様ですね、ここ、もう使われていないみたいですね」

「でも本だらけだし、なんだろここ……けほっ、うぅ」

「どうやら、里の歴史やら近隣の地域やらの歴史書を一か所にまとめたみたいですね、これは……傭兵であった時には兵法や地理、政治に関しても興味があったようですが、今はこんな風に、使われていない建物に押し込んで、ぼくはきらいです、こーゆーの、本は大事にしないと」

「ふへー」

「ですがこれはこれで正解ですね、うんうん、人を通さないでいいですし、新しい情報は自然と入りますが、古い情報は老人に教えを請うしかありませんから」

「……どうするんだ?」

「とりあえず、ここにある本に眼を通してみましょう、ナナは、どうやら速読家のようなので」

「どうして聞いていないのにわかるんだ?」

「あ、ぼく、確かに早く読めますけど…………この部屋にあるのを読めと言われても、もう、あの、終わってます」

その言葉に、キョースケは口を開いて驚き、レフェは埃が入るからやめなさいと言おうとして、やっぱりやめる……埃なんて全て消えてしまった、なにより、ナナの言葉はそれほどに愉快、おにんぎょう、そこそこに使えるおにんぎょう、キョースケのものだ、ちゃんと使われるように努力して死ね。

その眼があれば、どんなものも、無機物であれば理解できるでしょう、部屋に入った瞬間にゆっくりと部屋を見渡した、それは確信を強くさせる要素だ、微妙に魔力光を両目からはなっていたし、どうすればキョースケの為になるか、愛してもらえるか、このおにんぎょうは必死に考えるだろうから、そんな結果も、ありにはありですね。

「すげぇ、すげぇなナナ、むぎゅー」

抱きつくその姿は、抱きつかれるおにんぎょうにしっかりと、ナナは頬をぽりぽりと、力に関しては褒められたことはないのだろう………全てを見通す圧倒的な両目は、恐怖こそ刺激するが、そこに愛情が持てる存在は皆無、キョースケは精神回路がうねうねと壊れているので、むしろ人の精神ではないので、それすら大丈夫、頭をなでたり、振り回したり、忙しい。

このままでは勝手にこの"としょかん"を利用した事が外を歩く人間にばれるので、ドアを少しだけしめる、外の人たちからすればこっちの姿は見えないが、こちらからは微妙に見える、卑怯な角度で、ナナはその意図に気づいて、口を開こうとするが、キョースケが一番なので、抱擁が終わるまで幸せの時間を継続させる。

「えっと、とりあえず、この里に関しては、なにもないです、ぼくは個人的に、傭兵時代の自分の種族の悪評が延々と書かれていたのが面白かったですけど、あ、それは、意味がなくて」

「ん?えっと、その、泉の竜についてはなかったのか?近くだろ、一応」

「あっ、はい、ありました、あそこの水竜は、"みずとかげ"は元々、あの泉に住んでいた固有種ではないっぽいです、あまりそこは書かれてなくて、やっぱりこの里のこととかばかりでしたが、少しだけ、書いてました」

「で、あそこの竜は、なんなんですか?」

「家畜です、何処かから誰かが持ち込んだそれを、えと、家畜にして船の代わりに使って……使って、今に至るみたいで、元々はちゃんとした竜みたいです」

「ほ、ほらやっぱり竜じゃんか!」

「でも、長い間、餌をやり、体を洗い、子を成すように仕向けて、家畜化に成功したみたいです、竜種としての特徴はもう消えてますが、形はまだ竜ですし」

「ということは、あれですね、その突然変異の竜は、突然変異ではなくて、先祖がえりのほうがしっくり、ああ、だから同族を食べるのですね」

「わ、わかんないな、なんでそんな考えになるんだ?」

「自分と同じ血をひいてるのに、そこらの知恵ない畜生のようにあるのですよ、同族が、それも沢山、誇り高く、知能の高い竜には耐えられないでしょう、だから殺すのですよ、でも、殺すだけで何もしないのは、動物にとって畜生にも及ぶ行為です、それがさらに同族であり血縁であるならなおさら、だから食うのですよ、亡骸を、死骸を、たとえ吐き気に苦しもうが、知恵がある故に、ええ、知識をためれるために、全てを知っても、殺すだけ殺したら、それは同族に対する蔑みになる、だから食う、その死が無駄じゃないために」

「……ホーテンも俺の為に、同族殺すって言わなかった?」

「それはあなた以外にレフェに大事なものなんてないからです、あなたがやれといえばなんでもやりますよレフェは、死体を喰わないと嫌うとでもいえば、はい、しますよ、でも自分の意志ではしないです……あなた以外の存在は同族ですらゴミですから、ふふ、呆けて、笑えますね」

「……なーな、ナナは違うよな?」

「その気持ちはわかりませんが、妹をもう一度殺して亡骸を喰えと言われたら困ります、死んでますし……たぶん、でもキョウ様が望むならば、と」

「うわーい、くそぅ」

「竜ですか、本当にその竜が先祖の血肉で竜化しているのであれば、そのうち、自らの血を家畜として汚した人間たちにも恨みを持ちそうなものですが、あまり人食いは聞かないですね、生まれたばかりの赤子の腸を、丸々とした腹しか興味がないとか、そんなおかしな竜なのでしょうか」

「相当に嫌だなそれ」

「相当に我儘な竜かな、それだと、ぼくも同じです」

キョースケの言葉を肯定して崇拝して、ナナも上機嫌みたいです、ここに立ち寄ったのは成功で正解、埃だけが難ですが、何かあるたびにこのおにんぎょうを街やら本の在る場に放り投げて、見渡してもらいましょう、そのキョースケの為の眼は、冒険家には役に立つ道具。

本当、おにんぎょうではなかったら、その両目だけが存在意義で、くり抜いて、その眼を道具か何かに仕立て上げればいいのですが、これはキョースケの為に存在の全てが稼働しているから厄介です、いつか国が出来たら、すぐに殺して蹂躙してキョースケに甘えた感情の分を換算してこの世ならざる苦しみで溺死させて、あららら、暗黒精神です。

「うん、でもそれだとお話が出来るかもな、竜かー、怖いけど楽しみだなぁ、逃げの用意は完璧に、俺は挑むぜ」

「挑む必要はないですよ、知識があるなら、知能がそこにあるなら、我々のように同じ知恵が持つ人間の罠にもかかりやすいですし」

「えー、ダメだよ、だって、そんなの、話して通じるのに、でも話せなくても、意味もなく殺すのは本当はいやだけど、レフェ、やるっていうし」

「ぼくはキョウ様の意見に、知恵を操って殺すのでしたら、智に訴えて活かすほうが、生かすではなく活かすです、活用できるかも、です」

竜ですか、活用なんて出来ます?それこそ、その肉には不老不死の噂が付きまとうが、トカゲの肉でしょうどうせ、高い魔力を持った竜なら何かしらの効能が期待できるが、元々はさておき、とかげになり下がった一族の異端児ですし。

もしかして、乗り物扱いしようとか言ってるのだとしたら、呑気なものだ、馬車の代わりに?……竜が荷車をひいていたら、見た人間が全員卒倒するでしょう、なにより、キョースケがここまで気にかけて、"内容を話す"竜を、生かしておける気にはなれない。

この人はレフェだけを見ていればいいのだ、心も神経も精神も血の一滴も骨の髄も脳の皺も、全てこの人の為に、なのに、なのにぃ、だから竜は殺します、知恵があろうがなんだろうが、ゴミ虫、ゴミ蜥蜴、キョースケの精神をここまで傾けさせるなんてありえないですからーからー、同族に襲わせて殺してやりましょうか?

魔力で獣を操るのは得意だ、支配の術は好きだ、畜生が身内を噛み殺す様にはある種憧憬にも似た嫌悪感と嘔吐感を覚えて"しねしね"と口ずさんでしまう、うん、でもこの人にばれないように、悲しませないように、最後はなんだかうやむやに消します。

方向性が明確になった、この人がだれかを、なにかを、物質ですら、ああ、意識したら、レフェは殺したり壊したり、殺したりじゃなくてやっぱり壊したり、大変なのです、愛する人の為に骨身を"らららー"で色々とするしあわせ、しあわせ。

「とにかく、そのりゅーさんに会ってから決めよう、退治するかしないか!」

小屋を出る、キョースケはしつこく保護を訴える、わりかし大きめの声、この人の声は心地よいので、耳をたててしっかりと、他は雑音、雑音は世界の音全て。

このまま部屋に帰るのもアレなので、自然、三人で歩く、情報を得たのですぐに去ってもいいのですけど、手持無沙汰とでもいいますか、いえ、レフェはキョースケで中身がいっぱいですが、キョースケ自身が歩きたいみたいで、そうだとして、レフェにはなにも不満はないです。

ナナはあちこちらに眼を向けて情報を集める、先ほど褒められたのがよっぽど嬉しかったのか……他者の作り上げた文明、つまりは建物やら何かの裏まで完全に覗いて、頭に蓄える、この世界を一度に見渡せる"場所"がもしあれば、このナナは、その世界を全て知識にするのでしょう。

この眼、思ったより厄介ですね、ナナ自身に戦闘向きの技能がないのがありがたいが、用無しになった後に夫にばれないようにちゃんと仕留めることができるでしょうか、しますけど、しますけど、厄介、あの眼に対する対抗策も数年かけてじっくりと練りますか、頭の回転はほぼ同じのようですし、あああ、種族の異端、レフェにそこまで言わせるとは、厄介で"むかつく"です、軍師の一族、軍師の種族。

「ナナー、その眼すごく羨ましい」

夫はのんき。



[1513] 外伝・境界崩し(ちょい未来編)04『恭輔に出来たストーカーの変態のあのぅ』
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/21 00:05
人生の中で女性との関係なんて、交流なんて一切無かった……何も無かった、と言うか興味が無いと言った方が正しいのかもしれない。

大学に入って女友達も出来た、でも、それに対して深い交流を得ようとは思わなかったし今も思っていない、ただ、自分はそんな、皆と同じ回路が崩壊しているのかと思った。

妹に急かされて、母にも父にも急かされた、あんたは顔が良いのだからさっさと彼女の一人でも作って自分たちに会わせてくれと、それは断る、それはぼくの為ではなく、貴方達の為に。

「ああ、そうだな……ぼくはどうしたいんだろうか、一人でいるより、皆でいるより……おかしいのかな、おかしいのだろうけど、うん」

一人で買い物を済ませて道を歩く、この世の中で歩く場所は道しかないだろうと笑う、だってだって、だってさ……しかし困る、道を歩くだけで人が僕を見る。

ぼくはその視線が苦手だ、どうも、女性の視線が物凄く激しい、物凄くって言うか、あり得ないぐらい激しい、やはりなぁ、自分でモテるだなんて言ったら駄目なのかな。

「モテても女性の気持ちがわからない、これは困ったぞ、困ったなぁ……自分を、誤魔化して生きていくしかないのかな?うーん、一度遊びで付き合ってみる?」

友達からは良く合コンの誘いを受けたりするけれど、そんな所で紹介された、仲良くなった女性は本当に良いものなのか、わからない、わからないぞ。

お気に入りのブランドの服を買い込んで、好きな店で好きなものを食べて、いいなぁー、それだけでいいはずではないのかな、駄目なのかな、欠陥なのか、欠陥なのか。

「はぁ」

困ったものだ、自分なのに……困ったもの、困ったもの……こんな人間が恋をして家庭を構成して子を成せるのか、不気味で不器用な闇の中で蠢くしかないのか?

妹は妹で彼氏がいるみたいだし、自分ひとりで生きていくのか、あーあ、困った、くまった、あれっ、自分にはまだ余裕があるのかな?

「余裕はないよなぁ、それだとな、僕は一人で死んでいくのかなぁ………、死にたい、死にたくはないけど、落ち込む」

っとそうやって自分を卑下して自分をバカにしていると途端に疲れる、何処かで休みたい、そう思った瞬間に、一人の少女が目の前を通り過ぎた。

少女って言うか幼女、幼女……知らない幼女、10歳ぐらいの幼女、僕は今年で19歳、でもでも、おかしくなった、見た瞬間に。

彼女は小さな体を人波に乗せて、流れる、まるで意志の無い様な歩き方、その歩き方、まったく似合っていない大人のシャツに……下を履いているのか?そう思った瞬間が、はい、あります。

しかも安そうなサンダル、よたよたと歩く姿はペンギンのよう。癖のある長い髪をまるでワカメのようにゆらゆらと、瞳は少し澱んでいて、おかしな子、おかしな子だな。

どんどんどん、人にぶつかりながらよたよたと、弱い生き物ですとその姿が主張している……保護欲を刺激するというか、なんというか……周囲の人間は無反応に、少しだけ煩わしそうに顔をしかめる。

「うぅ」

「僕の手をはなして、自分一人で歩くから、そんなにボロボロになるんだよ恭輔サン、ほら、手を繋ごうよ」

「うぅうぅぅぅぅぅぅぅぅ、俺は大人だぞ」

「その姿で………はぁ、困ったものだね、自分本来の姿を忘れるなんて、差異が今さ、恭輔サンの記憶から発掘中だから暫くはそれで我慢なさい」

「むぅぅぅぅ」

「そうやって呆れるほどに、ああー、ほら、サンダルもちゃんと履いてさ、困ったものだよ、恭輔サンはさ」

「沙希はそうやって俺をバカにするけどさ、俺だかんな、沙希も……そこはわかってくれよ、黙っていても、黙っていなくても伝わるものがあるけどさ」

「はぁ、ほらほら、そこの人の視線、人間の視線を感じてどうして、困るのは恭輔サンだからね……思っている事をすぐに口にして、困ったもの」

「うううっぅ、泣くぞ、泣いちゃって沙希が困っても知らないからな、そうやって困っても俺は知らない、でも沙希は俺だから俺も困る?誰も知らない、君も知らない、故に知らない……知らない」

「知らない事だらけだね、恭輔サンは……もう、困ったもの、何度も言うけれど困ったものだよ、恭輔サンが困っていると僕は嬉しいけどね、結局は僕に頼るんだ」

「ううぅぅぅぅ」

「差異じゃなくて僕に頼る姿が、何せ、差異のいないときは僕が一番だったから、その癖だね、癖、ははは」

「さ、差異が一番だし!」

「そーだよねー」

「うー」

銀色の短い髪、透き通った薄緑色の瞳、白磁の肌、意志を感じさせる強い瞳が彼女の存在を誇示している、先程の少女をからかう新たな少女。

誇示して、誇示して、隣の少女はか弱く腕を繋ぐ、まるで姉妹だけれど、何処かおかしな雰囲気がある、おかしな空気……おかしな雰囲気、"出来て"いるように思える。

可愛い、可愛いと思った、って言ってもその銀色の髪の少女では無くて、もう一人の癖っ毛の髪の少女の方だ、今もうぐうぐと泣きながら覇気あふれる少女に慰められている、強い少女と弱い少女。

「僕の可愛い恭輔サンはどうやら、今の状況が嫌みたいだね」

「いきなりだぞ!いきなり忘れた俺の身にもなってくれよ、いきなり自分を忘れるんだぞ!こんなろりぃな姿になって!もう!いや、これはこれで大変だからな」

「まずね、服装をどうにかしようよ、僕のでも、差異のでも……鋭利は無理かな?まあ、そうそう、服をね、困った主だなぁ」

「うぃぃぃぃいぃい、にうにう、沙希の意地悪っ!」

「あはははは、もっと罵ればいいよ!」

やばいな、涙目で虐められている黒髪の幼女……どきどき、どきどき、どきどきどきどきどきどき、ああ、なんだろう、この気持ちはなんだろう?

恋をした?

「あ、幼児趣味か、ぼく」

でもあの子にしかどきどきしない、不思議、"きょうすけ"……男の子みたいな名前だけどさ、さあ、さあ、あああああ、調べ尽くそう。

調べ尽くそう。

「調べ尽くして、告白して、結婚して、孕ませて」

ちなみにぼくの名前は風手丸安(かざてまるやす)女の子です。



○あとがき

pixivで知り合いが出番のまったくない恋世界のイラストをあげたのでよろしければ、タイトルで検索すれば出るかも、うん、人型です。



[1513] 異界・二人道行く14
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/22 04:46
「ナナー、その眼すごく羨ましい」

「でもぼくはキョウ様のものなので、この眼はあなたのものです、存分に、好き勝手に、無造作に、さっきの"術"のように使っていただいて、うん、使って下さい」

「なんか、使ったらしんどいとかないのか?」

「前はありましたけど、"主"を得てからは、ないですね、これも、ぼくは『あいのちから』なのかなぁと確信してます」

「ん?何に対するだ?」

「それは、その」

無自覚に密なる言葉を求めるキョースケ、しどろもどろ、ナナがそんな風に戸惑っている姿が、本当に性別を喪失しているのか、なにか新たな感情の芽生えなのか、気づかないのですね、残念ながら、レフェにとってはありがたいことに夫は。

元々、幼いのに整った容姿をしているその姿は、朝からしっかりと仕事に勤しむ女性たちの眼にとまり、怠惰に連れ込むにはじゅーぶん、レフェには小石にしか見えないが、そんなものにみえる、レフェ以外の女性は頭も眼も"しょうがい"ですね。

皮肉ですけど、魅力に気づかないナナ、女性たちからしたら、母性本能的な廃棄物をくすぐるのでしょうかなぇ、わからないです、そんなナナはあれ?と首を傾げるキョースケにあるはずがないがなぜかある"母性本能"を刺激されているみたいですが、残念、あなたたちが母性本能を刺激されたそれは、絶対なる主にそれを全て合わせても届かない母性本能を抱いてます、♂ですが。

「ナナ、どした?」

「いえ、その、ぼくは……………」

流石は天然毒、毒をどくどくと垂れ流し、キョースケは問いかける、その精神波みたいな毒の波が原因なのに、言ってあげましょうか、素敵ですって。

ですが、周囲の触れあうことのないであろう人々は、一般人、普通の人なので、そんなものに気付かない、自分たちの生活が第一なので、おかしだなと首を傾げるだけで、あるく、去る、猿たちに見えるのです。

そのまま母乳を吸わすのでは?と疑うぐらいに優しい表情、とろーんとした危険な眼のナナ、世界の戦争を支配した軍師の一族の万能眼ですら、壊してます、ええ、我が夫、再度、素敵です。

出ないですよー出ない、出ないですし、持て余した感情を発露させるのは勘弁ですよ、キョースケが戒めて注意をするのがいいのですが、それは出来ないですし、無垢な黒い瞳が金銀の全能を激しく責め立てる、見ているだけですが。

こんな人の多い場所で……呆れる前に、どうしましょうと、頭をはたけばいいのですかね、わかりません、しばらく放置しときましょう、そのうち泡吹いて倒れそうです、うん、キョースケ風に言えば"こえー"です。

「疲れたか?」

そんなナナの心など、考えないし考えられないキョースケはナナを持ち上げる、よく抱く人です、きゅーと眼がくるくると回転してますナナ、こっちにも疲れたかと視線で……大丈夫ですと右手で制する。

普段持ち歩くのはおにんぎょうでいいでしょう、限りのある人形ですし、あきるまで使わせてあげても、ええ、本当はその回る眼に両手を突っ込んで回転させたいのですが、本当に、しっとはしっとー、我慢も教育、自分にですが。

そうだ、そうだ、しかしナナ、死にそうですね、狂い死ぬ、砂糖を大量に、喉に手をつっこまれて流し込まれたような、そんなのを、そんなのを平気で行うキョースケ、確実に仕留めます、おお、すごい。

「ナナかるがるーーー、こう、なんか"いんびちっく"な不可解ぱわーが溢れてますな……えー、なにこれ」

「それはキョースケが出させているんでしょう、母乳がでるかもですねぇ、凄いです、母親募集ならこっちにも応募をかけてください」

「幼児でー、ねーぇ」

「そっちはさらに同性ですが、ナナ、あなたからも何か言いなさい」

「出るように、努力しても、妹と体を交換できたら、はふ、いいかなぁ」

「怖いっ!妹さんの亡骸がちゃんと埋葬されていますようにっ!くそぅ、こんな明るい世界なのに、あの部屋からの暗黒は俺について回る、しかし乳、むぅ、水がいい」

「栄養がですね、違います、栄養があるものはみな白い、これ、持論です」

「な、なにかエロい………ナナもナナで何で服を、ちゃんと"きなさい"……むぅ、世界は灰色、るるるー、ナナはナナで残念そうに、どーゆーこと?」

「やっぱり妹には死んでも負けません、殺しておいてよかった、ぼくの選んだことで、唯一価値があります」

「どんだけ!?」

「……ナナの妹ですか、過激な性格だったみたいですが、観賞用にいても良かったんじゃないですか?これの、妹、まあ、色違い程度にあったら、人形として嬉しいでしょう」

「人をそんな風に言わない、あっ、まんじゅう、買おう……えっ、それで、えーっと、うん、ナナの妹さんか、にんぎょうとかそーゆのはいらんが!可愛いっぽい!ナナがこんなにぷにぽにしてるんだ!」

「……いえ、もし妹がいても、キョウ様にそこまで、言われていたら、知を持って智を持って、妹に恐ろしいほどの辱めを与えて絶命させます、ぼくだけでいいんです、あなたのおにんぎょうは……あっ、ぼく」

にんぎょうの、人形の癖して意見を大きく前に出したので、申し訳なさそうに眼を瞑る、キョースケはそんなことを気にするような人間ではないので、何かわからないけどご機嫌取りのために頭を撫でる。

キョースケに意識してもらえるだけで、その人形は元気に活動しますけどね、そうですか、妹に、死んだ妹に、殺した妹にキョースケが少し思考しただけで嫉妬するだなんて、とてつもなく嫉妬狂い、眼だけでなく嫉妬も狂(くる)とまわる。

「妹さん、でも、本当に死んだのだとしたら、会えないけどなぁ」

「……あれだけ深く、首だったから、生きてないと思うけど、ぼくは、やっぱり死んで良かったと思います」

「うへぇ、厳しいお兄ちゃんだ」

「……きびしい、ですか、初めて言われました、そうですか、キョウ様以外にはこんなのかもです、ぼく」

「どんなのさ、ホーテンもそんなことを言ってたし、怖いな、でも、怖いぐらいが頼りになっていいかも、そんな風に思える程に余裕がでてきた俺でした!」

「余裕じゃなくてそれは、レフェやそこの"おにんぎょう"があなたに意見できる立場ではなくて、完全に手中に、あなたの一部として活動してるからでしょう、見えない血液をあなたから注がれて、骨から皮から血から全て、あなたのものになったのですから」

「厳しい意見、うは―、ナナー」

「あっ、キョウ様、"寂しい"のでしたら、腕の中に」

小さな小さなナナにキョウスケが抱かれる、小さな腕でしっかりと、まっくろなその頭を抱え込む、卵を守る、死守する親鳥のような、慈愛の幼児、幼児でかつ幼稚ではない母性本能、まあ、男ですけど。

しかし卵を抱える親鳥とは我ながらよい言葉、よい発想、甘やかす、ああ、甘やかされる、しかし中身は混沌としていて、透明と黄色でぐちゃぐちゃ、命だけれどなにかはわからない。

キョウ様、と頭を愛おしく恋しく溺愛するさまは親とは別の新手の生物だ、もう、生まれた時からキョースケ専用おにんぎょうだったのだろう、出会う前から御苦労さま、今は幸せの絶叫、絶叫感覚、あっ、涎が……どんな親っぽいもの?幼児。

「うぅぅぅううぅぅ、ナナはいい匂いがする、なんか甘い、あまあまだ……これはバニラエッセンス!むぅ、そーゆーことを考えたり、前が見えない」

「あっ、右です……キョウ様……キョウ様の方がいい匂いです、眼ばかりに意識がいって、嗅覚をここまで"使う"だなんて、何か少し変な感じ、で、でも、かわいいです」

「はいはい、次は左ですよ、何もかもが終わってやることがなくて、人の間を縫って歩きます、どうも、どんな三人に見えるか、疑問です」

「親子連れパターンだと、こんな可愛い子供が二人もいて、俺、勝ち組だな、でも勝ち負けとかで言えば、死んだ人間と戦う機会がない現代人は常に死人に負けてるから、死人最強ーさいきょー」

「戦う機会があれば死人なんて塩をまけばいいんですよ、もしくは杭で胸をうつ」

「妹が出てきたらどうしよう……落とし穴に沈めて、泥を上からかければ、いなくなるかな」

「……ゾンビになった妹を殺すための策を考えるのはやめようぜナナ!そんなの妹さんが浮かばれないよ!」

「はい、キョウ様が"浮かばせろ"というから泥に"沈める"のはやめます」

「真反対じゃないですか」

「うーーん、そうだそうだ、土に埋めて"さよなら"するのって、天国に魂が行くなら、地に埋めた肉体は地獄に行くよな、浮く魂と沈む肉体な、なにが現実に残るかなんて、その人の身内やらまわりの記憶やらでしょ?」

「キョウ様の仰る通りだと思います」

「最終的に一つだったものが、三つに、記憶が現実かつ境界に、魂は極楽かつ天国に、肉体は死滅かつ地獄に、こんなのさ、神様がしたとしたら、神様なぁ、すげぇバカ」

「いつかあなたにそんな不可侵の神も頭をたれますよ、毒は毒で、あなたは垂れ流し汚染しますから」

「う、やだよ、ちょっとした悪さをしただけでも、怒りそうじゃないか神様って」

「キョウ様を怒るだなんてその時点で神ではないような、ぼくはそんなのみたくもないし、なるべく、気づかないところで死んでほしいです」

「かみじ、かみし、神死かぁ……神さまが死んだら、亡骸に誰かが駆け寄って、貪り食うだろうな、何かの力を得るのにその体を食べるってあるから」

「それだとキョースケ、神なのでしたら、それこそ小であり大である、かのような交わらない属性を内包していたりもするでしょう、つまり、その肉体は皆で分け合えるのですよ、神が死んだらみんなが不老不死になれるかも、です」

「このまんじゅうやっぱり最高ー!」

「あっ、キョウ様、食べカス」

「と、つまり神に関しての会話だなんて、まんじゅうにすら劣ります、全てを内包してるだなんて、皮に餡を内包している方がキョースケ的にはいいのですね」

全てを壊す言葉の響き、食べカスを舌ですくい上げてもむもむしているナナ、何成分でそんなに美味しそうなのか問いかけてみたかったり、まあ、はい、わかりますけどね、わからないなんてことはありえませんが。

さて、昨日よりも店の出が悪い、どうしたんですか商人達、店の数は半分ぐらい、あぁ、商品が知らないうちに盗まれたとか、それは大変ですね、孤独な思考、でも間違ってはいませんよね?

キョースケなんてそんな事も知らずに店の人間と会話をして、物をただで受け取っている、昨日の状況とは違う、不安な空気の中で、これもサービスだとまんじゅうを受け取る、独特の支配者、毒毒の支配者、ドクドクと毒を流す独裁者、一般の人間にはあまり通じないが、求めれば通じるのか。

ああ、そうか、もうそーゆー毒なんだ、確かに普段の無意識の毒は一般の人間にはなにがなんなのかわからない、わからないが不思議な空間なだけ、普通に見えるキョースケが異常に放つ不可解な触手、純粋なものと悪意あるものをからめ取る、というかからめ取られに自らやってくる。

でも、その対象がそれに絞られるわけではなく、キョースケが●○を成したいと思えば、普通の人間にもその透明で恐ろしく甘美なものは手を差し向ける、あの店主の心は今や自分でもわからない程に"はれるや"に染まっている。

「ナナ、みんなが見てるから、やーめーれー、でもいいや」

「?……有象無象の瞳です、ぼくのように特別な眼ではないから」

「そうではないんだけど、まあ、親子の戯れに見えるかなー、見えたらいいなー」

「親子ではないですけど、キョウ様と血が一緒だったら」

「血が一緒?」

「血縁関係だったら、いいって思いました、凄く良いなぁって、望んでも、どうにもなりませんから、血をいつか、その、舐めさせてほしい」

「内に入れるっていうのかな、それ、血が一緒に、か」

「キョウ様の血でしたら、ぼくの中の血を全て染めてキョウ様の血に変換してくれそうです、それだけの濃度と絶対、です」

「むぅ、そんなに、血が出る機会なんて、ないよなぁ、鼻血はあるけど」

「?……それでも大丈夫ですが」

「俺がなー、なんか、そっちの方が恥ずかしさはさらに激しい感じになりそうな気がする、うん、多分、間違っていない、確実に恥ずかしい」

「でも、でも、だったら、あの、人のいないところでしたら」

「人のいないところで鼻血をぶーたれるシーンが思い浮かばないけど、ナナがそこまでいうなら、うん、いいよ、血液もリサイクル、でもなんでそんなに血なんか…自分の血だけでいいと思うのに、変なの」

「そうですか、ぼくはキョウ様と同じ血じゃないと嫌です、ああ、全部抜き取りたいけど、そんなのしたら、キョウ様、怒りそう」

「怒るつーか怖がるよ!うぅぅ、血とか苦手なの本当に!もう、うぅううぎゃああああってぐらい苦手、一度、交通事故の現場で気絶してうぅぅぅってなったぐらいには苦手」

「これから血が飛び散る旅路になるのに、大変ですねそれは」

「そんなに血の臭いが漂う旅だったのか!知らなかった、夫より妻の方が現実をみていると言うけれど、そんな現実、嫌だぁ」

「大丈夫です、全部ぼくが舐めとってあげます」

「そんなに舐められるばかりの旅もいやだぁ……こう、その街の人と心の交流とかして名産を楽しんで、なんかこう、そーゆー感じのがいいのに」

「ないですね、冒険家ですから少しは……やっぱないですかねぇ、まあ、したことがないから、なんともいえませんが、現実に経験して、理解できるというものでしょう」

「ぼくはキョウ様の汚れを舐めとるだけの現実でも、嫌ではないけど」

「俺がね!」

がやがやと、人がざわめく、人々の中には噂の冒険家は一人もいない、冒険家はこの世界では少数だ、命に関わるような仕事を望むような人間はいない。

だから、配達をする人間なども皆無だ、少ないが……少ない人数でも"できる"仕事だ、街から里へ、里から街へ、その間だけでも魔物に襲われる心配がある、ああ、自然に"殺される"可能性もある、様々な天然の悪意が人を殺す。

そんな中でお金をもらおうが、動き回って地をかけようだなんて人間は稀、だから逆に言えば、人々から注目を集め、心を奪う、英雄的存在に一部の冒険家がなるのはそんな感情も含まれていたりする。

「でもでも、大変だよなぁ、冒険家、俺たちみたいにのほほんしていても大丈夫かな、冒険家の間でいじめられたり、うっ、嫌だ」

「ほほう、それは興味がありますね、どんなことを想像したのか少し教えて下さいなー」

「えっと、なんか、みんなで仕事の邪魔をするとか、ありがちだけど、仲間とは認められずに、情報ももらえないとか」

「そんなの、力を行使すれば大丈夫ですよ、レフェとまともにやりあって、勝てる人間なんて、そうですね、いないですね」

「すげぇ自信っ!」

「それに情報だったら、ぼくがいます、場所さえわかれば、その冒険家協会の場所さえわかれば、全ての情報をいつでも支配できます、キョウ様に他のおにんぎょうは不必要です、はっ、またしてしまった、ダメだなぁ、ぼく」

「いいよ別に、そうかぁ、だったら大丈夫かな、はじかれている現実だけですごーくせつないけど、すごーく悲しいけど、二人がいたら、まあ、いいかな」

何とか納得したらしいキョースケ、良かった良かった、レフェ"だけ"でいいとは、他は玩具の類ですし、心の底からうれしいです、ありがとうキョースケ……おまんじゅうを食べ終えたキョースケは意味もなく大きくうなずく、大満足ですね。

「おっさん、サンキューな、明日にはこの里をでるから、俺世界中歩き回る予定だから、世界中にこのまんじゅうのうまさを語るよ、語りまくって頑張るじぇ!」

じぇ……て、なんとなく、老人の姿が頭をよぎったり、おーそういえば我が姉も既に老人の域に達しているでしょうが、世界中を歩けば出会える機会もありますかねー、どうでもいいけど、結婚相手をきちんと紹介したかったり、でもでも、あの姉に……うーん、しなくていいか。

店主は人の良さそうな笑顔でその言葉に大きくうなずく、あー、こっちも何故か語尾に"じぇ"……そのまんじゅうには語尾を悪意変換させる物質でも入っているのでしょうか、むー、食べるのはやめときましょう、食べカスを舌ですくい取って食べたナナの言動が気になりますが、基本、レフェからの言葉にはそんなに応じませんから、話しかけるつもりもないですが。

ナナはキョースケの言葉以外は虫がきーきーと鳴いているのと同じ感覚で聞いている、そんな冷めた眼で左右の色違いの瞳で景色を捉えている、自分はもっと周囲を下に見ているから、無機質めいた瞳では、レフェの方が凄そうです、見たいような見たくないような、です、里にいた時からこんな感じでしたし。

「ナナー」

「はい、キョウ様」

そんな冷徹な瞳から一転、感情が灯る、感情は先ほど、刹那に消えていて、刹那で浮かび上がる、まるで魔術ですね、ここまでくると、魔術、狂気的な魔術、視線の揺れ具合。

ナナを抱きしめる、ナナはキョースケの首に手をまわし、意味のない主の動きに付き合う、幼いながらも浅ましく、それでいて回転の良い頭脳で、ええ、主の行動を全肯定、病的ではなくて病気、猟奇的ではなくて猟奇、自分の全てをキョースケに預ける。

抱擁のようで、慈しみの手で、幼く細く、同年齢である種族の少年でももう少し肉つきがよいだろう思わせるぐらいに細い、骨が浮き出ていて、健康的ではないが、いきすぎでもない、それで主の自分の首より太く、頭の悪い"あたま"を抱える、なにがあっても優しく慰めるであろう確信めいた動き。

先ほども述べたとおり慈愛に満ち満ちていて、周囲の空間が歪みそうな濃度で感情が迸る、微笑ましく見る人間もいれば、異常に酔って眼を背ける人間もいる、皆が皆、無視できずに、意識する、レフェは困りもので、そんなのを相手にしろという本質と、無視しろという脳みそに、左右に針が揺れる。

「ナナは可愛いなぁ、ホーテンも可愛いし、これは素敵すぎ、いや、無敵すぎる」

「可愛さで無敵なら、キョースケ、あなたはレフェに対して一方的可愛さで蹂躙をして、逃げ戸惑う"ほーてん"たちを虐殺して、愛人間に仕立て上げる手腕が凄いです、無敵すぎて最強です」

「キョウ様はこう、根元から"自分"を流してきて、根元を変えてしまうのが、か、か、かわいいです、照れたりも、したり、ぼく」

「そんな二人の方が素敵ですと俺は言っている!」

「「はぁ」」

目的もなく意識もない軍人の蹂躙は恐ろしいものです、死骸の上を鉄を仕込んだ軍靴で踏めや壊せや蹂躙しろと、それがキョースケの悪魔的な可愛さなのですが、説明してもボケで流されてしまう。

そんなことではこちらはやっぱり一方的に侵される側で、それが嬉しくなったり、もう、と小言を言ったりと、忙しくなく、絶え間なく血が入れ替わる、精神の血、キョースケの精神血、天の果てまで甘く、地の底まで辛い、そう、抵抗できない黒い蜂蜜。

「でも最近、こう、ななーって、ナナーって叫ぶとナナが抱きしめてくれることを発見したから、虐められたら慰めてもらおう、うし、頑張ろう」

「恐ろしく後ろ向きな頑張りですね、おにんぎょうにあまり刺激されると、知らない誰かに笑われちゃいますよ」

「でわ、ホーテンって、一緒にお風呂に入って、撫でてもらおう」

「……約束ですね」

「なんか怖いっ!?」

よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし、はっ!?いけない、甘美な歓喜に頭がどろどろに溶かされて、無意識にキョースケに飛びついて頭を撫でてしまった、いい子ですね、の頭撫で!

くっ、自分を制御する気は毛頭ないですが、ナナを腕から落として、今度はレフェをその両手で持ち上げる、もう腕がつかれましたーとか言いながらもしっかり、いけない、喜び数値がある一定を突破するとレフェは人格崩壊を起こすのでした、まる。

絶え間なく口内に満ちる涎こと唾液こと愛情ばくはつっ!く、いつかをきちんと問いかけるべきでした、一緒にお風呂に入るのは当然ながら、頭を撫でてと!油断も隙もない、これがつまり、所謂、一方的な虐殺なんですよ!

キョースケ……なんて愛らしい、愛してる人、夫、依存部分、自分の根元、自分と言うかもう自分はキョースケ、あぁ、溶け合うことができたら、こう、互いに液体になって溶け合うのではなく、形を持ったままずるずると吸収されて、飲まれて、背中から生えたりあぁぁ。

自分がですよ、根元は、繋がっている部分の皮膚の色は、レフェがキョースケの背中から生えた場合、繋がっている部分の場所はキョースケ色?レフェの白色??あぁ、興奮する、何色だろうそこ、溶け合うと、その共通部分は、腰からレフェは生えるのか、胸の辺りから生えるのか、興奮。

自分としては大半がキョースケに陥没していてほしいので、首だけでるという形もいいです、なにかこう、現実的に使えそう、周囲を絶え間なく見回して、敵に魔術を行使して焼死させるとか、のたうちまわるそれを見て笑うのは、二人とも同じ精神だから、神経も繋がって、キョウスケが痛いと思うとレフェも痛いと思って、その逆も、あはははは。

それで、手や足のように扱われて、間抜けな顔をさらして、恍惚に染まる顔を、キョースケは背中からずるずると体のどこにもそれが、レフェが移動できて、首が皮膚の上をかける、ちゃんといえば、肉が肉を変質させてぐにゅぐにゅ移動する感じですかね。

使われて、時に怒りのはけ口で殴られたりして、あっ、そのときは痛覚はレフェだけに切り替えて、また間抜けな顔を晒して、ふ、いいです、そーゆーーの、望みです、レフェの、そーゆのがいいことで、そーゆのがだいすき、キョースケに思うがままに、キョースケのものとして扱われたい、肉体は夢を見る、でも、それはいまはできないから、精神でキョースケに使ってもらう。

「ひとつだけ約束、襲わないでね」

「さあ」

「うぎゃー!男としての威厳が無地に消えてゆく、あー、色合いは残さずに無地に静かに!」

「すごく、情け容赦のないことだとはわかります、レフェはやりますよ、やるときはやる、それが良妻の務めとも言えます」

「それは閉鎖的空間で育ったホーテンの狭い世界観での話だろ!」

「?レフェの世界はキョースケ一色なので、なにも間違いはないと思います、間違っているとあなたが言うのでしたら道理をゴミ箱に捨てて今から大虐殺であなたと新世界で愛し合う素敵な計画が数分で発動かつ実効」

「脳漿の色は知りたくない……俺、平和に健やかに生きていきたい、妻と、臣下とか言ってる可愛いナナと、平和に怠惰に、雲とか眺めるのいいなーぼけーって、一日がそれで終わるの!」

「ふふふ、若さを置き忘れて老人になる廃人ですか、俳人であれば、さらに暇は潰せますね」

「三人で腐るまで"生きる"んだ、楽しいぞ」

「楽しいだろうけど、今はする必要がないかも、ですね、レフェはまだまだ暴れ足りないのですよ、暴れ足りないままそんなところに押し込まれたら、あなたに色々とします、毛穴を唾液で蹂躙します、結構、細かいのでレフェ、手は抜きません、全部の全部、皮膚がふやふやになるまで何度も、数年あればできますね、いい老後です」

「うはぁ、やっぱり冒険だよね、いろんな人たちとふれあって成長する、あ、大事だよ、そーゆーの!大事!」

「キョウ様と死ぬまで二人でとか、頭がおかしくなります、死骸もぐしゃぐしゃと混ぜて一つに、後の人間が見たら、あっ、一つの死体だと思われるぐらいに、あああ、ぼく、それは凄く賛成します、賛成……はじめての賛成です、意見を出す、なんて気持ちいいのかなぁ、妹もこんな感じで、叫んでたのか」

「そんな意見は意見のままにしてナナ、混ぜるのは勘弁、骨は一緒に埋葬してほしいかな、なんて思ったりー」

「う、うれしいです、キョウ様、骨の髄まで愛してます!」

「骨を引き合いに愛を叫ばれるだなんて、すげぇや異世界、すげぇぞナナ、この個性は、世界に革命を起こすので、そこんとこよろしく世界、世界よー、くそったれかつ時折優しい世界」

「レフェはキョウスケの骨まで完全に胃に収めるので、それは無理でしょう、うぇぷと、少し大変だけど愛だしなーと、頑張って、削らないまま、ええ、そのまま食べます」

「うぎゃー、ぎーぎー」

「おお、とても威嚇してますねキョースケ、悲しまないで、逆の場合はあなたがレフェの骨を丸のみという素敵で未来な確信世界があるわけですから、逃げられませんよ?」

「逃げられませんと言われました、うぅ、逃げても脚力では、はっ、ホーテンは死んでる場合、そんなのないじゃん、大丈夫だよな」

「いえ、もう、意地でも、死の底からでも生を得て、食べさせます」

「つか、ホーテン死んだら、俺も死のうかなーとか思うし、ナナもな、首をきゅって、しても怒らないか?でもナナは生きてても、どう思う?」

「キョウ様がいなくなるなら、いなくならないように、はい、死ぬのなら死なないように、何かを見つけて策を練り、死を殺します、この眼で、いつか死の真理をひも解いて、生きてもらいます」

「生きてっ!?そこまでできるものかなぁ、うーん、でもでも、ナナ、ずっとナナとホーテンといられるなら、自然じゃないそれもいいかも」

「はい、頑張って、頑張って、キョウ様を永遠にします」

それはいいことですね、はじめて役に立つと……そう思いました、死の別れだけ、それだけ、魂になってもキョースケの魂を捕食して、一つになって転生で新生、そう思ってましたが、永遠にこの人が"いま"であるなら、いい。

それまではこの両眼、消すわけにはいかないかもです、ふむ、暫くはやはり殺せませんか、そーゆー、壮大かつ偉大でキョースケ絡みの欲望は、肯定して横取りしてあげましょう。

レフェの耳でも、そんなものを"聞けたら"いいのですが、用意はしといて、用意はしっかりのほうが、確率は…まあ、絶対に成し遂げますが、世界が滅びようがレフェとキョウスケは永久に続きます、永久に、延々と、この人の息吹きを永遠に。

「おっ、着いた、ふぅ、ねむねむ」

と言いながら宿の扉を開ける、誰もいない、何も変わらない黒い空間、僅かな間で人間は環境に適応するもので、ぎしぎしと軋む階段とも明日でお別れです、ぎしぎし。

部屋に着く、こう、ここまで自分に財産がないと主張できる宿も珍しいのでは?なので荷物を置きっぱなしにしても盗まれる心配は皆無です……………盗まれてもまた"買えば"いいですし。

ベッドにぼふっと沈む夫、この人は静かに行動が出来ないというか、無駄に派手というか、臆病なくせに音を響かせて自分を他者に認識させる、認識させなくても認識させても壊すのは得意、おお、なんと万能かつ毒かつ、愛される側。

主の命令がないのでどうしたものかと、その前に立つナナを、器用に両足で掴んでベッドに引きずり込む、本人も主への接触は望むところ、歓喜と共に、その手に抱かれる、抱かれたまま微動だにしない、ゴロゴロと、その横に腰掛けて、まあ、のんびりとした日ですね、まだ、昼を少し過ぎた程度。

ぐーぐー、はやい、はやく、そしてナナを抱きしめたまま、うーん、と起動、起きたり寝たり忙しい、本当に寝ていたんでしょうね、なんていうか、心の整理ができていない人間です、ある意味、波が延々と、すごいすごい、夫をほめます。

「うなー、疲れた、何もないところを歩くのと、人が群れてる場所を歩くのは、ちがいますなー、ナナ―、癒し効果はつどう、なでろー」

「あっ、はい」

どうも、頭を撫でられるのが気に入ったみたい、小さな手に撫でられてご満悦、キョースケはさながら親に甘える子供のようだ、妹を殺した鬼畜軍師なおにんぎょうですが、にんぎょうとしては使える見たいです。

使用使用、しようちゅー、癒すべき対象に癒しを、ちなみに耳元で愛の囁きをされて「うなーくすぐってー」と転がるのは我が夫、素敵過ぎる…結婚して下さい、あっ、してました、で、レフェは今日の整理を、ふむふむ、一日の終わりは整理にあてますよ。

ナナがずっとキョースケを讃えて、自分にとって天をも凌ぐほどの愛情相手と、語ること語ること、そこに気が、いけないいけない、こっちに集中しないと、えーっと、とりあえず野望ははっきり手段は曖昧、心は、キョースケ愛してますと。

と、汚染されてるじゃないかとはレフェの言い分、あー、そして、"みずとかげ"のこと、あれは、そう、先祖がえりの可能性が高いのでしたね、先祖がえり……先祖から濃い血を失わないレフェにはその心情が理解出来ないですね、あ、恐らくはナナも、力も容姿も、先祖の美しき姿、全ては我が中に、まあ本当に美しいのはキョースケですが。

「キョースケ、あなたは、向こうではどんな風に育てられ、生きてたのですか、ああ、人間としてではなく、種として、一族として」

「んー、普通に、普通でしたよ俺、言ったろ?家の事はどうだろ、どうだろうな、なんか、ずっと親戚で結婚ぱっこん、子供がどばー、で俺はどうでもいいけどさ、なんか、そんだけ世間からも世界からも切り離されてたな、"おばあちゃん"とか、妹とか弟はだから少し、普通の子と違って癇癪持ちだったかな、あ、弟は俺のいないとこでな、俺の前ではなんかもう、あまあまでした、かわいいやつめ」

「古い、血ですか」

「そんな凄いもんかなぁ?そーゆーのは他人が古いとか新しいとか決めるけど、本人としては"げんだいじん"ですよーって感じさ、ナナ、耳の裏も撫でてー」

「舐めてですか、うれしい」

「撫でてですよ、成程、なるほど、まあ……あなたはそれでもかなり"ちがうち"、血、血だとおもいますよ、誰かが仕組んであなたがそうなったのか、興味がありますね、よっぽど愛するあなたに会いたかったのですね、運命とか"世界観"とか」

「ぎゃー、舐められたっ!」

「……興奮しちゃました、ぼく、だめな子だなぁ」

「はぁ、あなたは、そうやって、叫ぶか騒ぐか愛されるか、もう無茶苦茶愛らしいんですから、ちくしょう、負けちゃいますレフェは」

「なにかよくわからないけど勝ったぜっ!ナナ、こう、凄く褒めて、耳の裏を舐めるのはやめてな、あれは褒めてというより、その、なんだ、とてつもなく恥ずかしい」

「………」

「返事がないし!?」

少しだけ垣間見えた、夫の闇なのか光なのかわからない、定かではない混沌、混沌な人だけど内は右も左もない、そんなあやふやな世界で生きる人、ふさわしい人、レフェにふさわしい人。

古い血が人を歪めるのはいつもどこも、世界が違えど同じのようです、もっと聞きたいけど、もう聞かなくてもいい、ありのままのこの人で、全てを知りたいけど、それは、すぐに得るべきものではない、この人を傷つけたくは、絶対にない。

「いえ、舐めたいなーとか思ってませんよぼく、本当です、う、すいません、ごめんなさい、やっぱり舐めたいです……あ、癖になるので申し訳ないですが、躾けてください」

「良い子すぎるぞナナ!なんてかわいいやつなんだ畜生、くそぅ、二重結婚、いはんいはん!」

「ぼく、おとこのこですけど、むぅ」

「ナナーこうしてくれるわ!ふははははは、抱き心地最高なり!こんな抱き心地はありえなーい、ありえるけど、ありえなーい!」

「キョースケ、無茶苦茶楽しそうですね」

「あははははは、だって楽しいじゃないか!ホーテンは美しさ最高、ナナは可愛さ最高、その逆もしかり、ホーテン可愛いし、ナナは美しいし、あれ、無敵な幸せの中で俺だけ異物だー、俺見た目"どうしようもない"だし、色褪の血がんばれ!」

「あはは、おかしなことを、犯しますよ?可愛い人」

「キョウ様に愛を延々と語られたいぼくには初耳です、愛しい人」

「うおぉぉぉ、押し倒すのは禁止ー、なんだここは猛獣屋敷だったのか、俺の知らないうちに凄いことになっていたもんだぜ、凄いぜこの宿屋」

「また鼻の穴を舐められたくなかったら自分を卑下なさらぬように、呼吸し難くなってはふはふする羽目に陥るんですから」

「おーあれは中々に恐怖でした」

恐怖体験の割には楽しそうですね、嬉しそうに……ナナは鼻の穴をペロペロしている、言ってすぐにやりたくなったのだろう、キョースケは「あまいにおい、わぷわぷ」と呼吸しにくそうで、あとで"消毒"でレフェもしないと、わぷわぷしてもらいますよ。

唾液になれたと、レフェの夫は人間を取り込むたびに、病的な生き物を栽培かつ収穫して、もう、飼える動物だといいんですが、どんなものが釣れるやら、わけがわかりません、レフェの頭脳でも、もう一度、わけがわかりません。

「ナナめー、油断するとぺロぺロするとは、将来どうなるんだ、もう、無限の可能性ではなくて有限の可能性じゃないか、どんな予測ですか俺、むいー!」

「大きくなったら愛でて貰えませんか?………悩みどころです」

「なんか、間、呼吸の配分が変わったら、ナナ恐ろしいなぁ、こう、興奮した時とか、そんなときに、攻めるのか、時間を稼いで」

「鼻の穴を舐めたい衝動のあらわれなのかなぁ、ぼくはぼくを、キョウ様が愛しすぎて、感覚がおかしくなるのかも、道端で人を刃物で刺すような真似はないので、ご安心を」

「安心かー、ホーテンとナナがいたら、安心しかないような気がする、ああっ、蝋燭、消すの?」

「はい、こんなに明るいうちからベッドに横になるあなたは、疲れているのでしょう、日当たりはいいですし、こんな時間から消費する意味も、朝方はカーテンをかけてましたし」

「でも、そのままにして出てさ」

「危なくはありませんよ、この蝋には火消しの術を練りこんでますから、こんな感じの、溶けるものは魔力を入れて加工しやすいのです、豆知識ですよ、あっ、普通の知識ですかね、キョースケ、眠いのなら来なさい、一緒に、ナナはまた、背中にでも張り付きなさい、夫婦の営み、人形は"おにんぎょう"らしく」

嬉しそうに寄ってくる姿はさながら……いえ、キョースケはキョースケですね、くらべるまでもない、なにかと、この人の存在の価値は絶対で、異論を挟む余裕もない、挟もうとする愚か者は地に沈め窒息死、ですかね、自分よりも大きな体が覆いかぶさってくる、手をまわして、そのまま横になる……………すんすんと鼻を寄せて"しあわせ"を吸いこむ。

幸せは毒にも等しく、最初から自分がこの人の体に張り付くことが、この人と密接なことが当然だと、愛情で、肉体の間を取り払って、一つになれればいいのに、この人の肋骨がレフェの乳房を貫いて、脂肪の塊を溢れだせれば、歪みない歪みない歪みきった、異存は白く清潔なシーツの中で、これは一応、密なこと、秘められたこと、口にしたいけど、行動で伝える。

本来は全裸になりたいですが、なにもなく、密接したい、密着したいし溶けて、ドロに、でも、まだ肌寒いこの季節、なんだかんだで服はいる、それでこの人に風邪でもひかれたら、自分で自分が許せずに自分を殺害、基本はバラバラ殺人、ばらばら、あっ、これを世間では自殺というのでしたね、しっぱいしっぱい、余裕がないと出来ないですねぇ。

「うーん、凄い発明だ、のーべるしょー、ホーテンとナナを作った人ものーべるしょー、こんな可愛い生き物を、すごいぜ」

「……親ですか?死にましたね」

「ぼくも」

「うわぁあああああああああああああああああ、ごめんなさいごめんさい」

「今のレフェを"生んだ"あなたがなにを言うんですか、そんなの、おかしいです、堂々と、そいつは下らないなと笑っちゃえばいいのに、本当にそんなもの、いらなかった、あなたのお腹から生まれたかった、レフェは、あなたの一部で」

「それは無理ー、でもホーテンも、そのうち、生むだろう、こども、俺の、だとしたら、むむ、それで同じじゃないか」

「嫉妬で確実に殺しますね、そのゴミ屑、あなたの血を持ってレフェのように、生まれるとは妬ましい、シネシネッシネッ、逃げちゃヤですよ」

「新しい命に祝福をっ!てか俺たちの子のよてーい、くそぅ、ここは長い目で説得して納得してもらわないと!」

「ぼくはキョウ様が望めば全て肯定します、そのゴミ屑が死骸でも、お世話をしろと言われたら」

「うぎゃ、こっちもこっちで説得して納得して教育しないと、子供の情緒おそるべし、時代はこうも揺れ動くのか、あっ、異世界だった、うまくいかないものだぜ」

不機嫌ではないけど、こう、本人の言葉だと自分に納得できないとばかりに、両足でがっちに、レフェは小さいので、両手両足を体に絡められると、ダンゴ虫が何かのように丸まるような、一体化、アゴで額をぐりぐりと、うにゃー。

アゴでぐりぐりはなにか、こう、気持ちがいい痛さで、ああ、こちらもおでこをぐりぐり、ナナもキョースケの背中でもぞもぞと、冬眠明けの蛇のように絡み合い、絡み合い、絡めあう、まあ、互いにキョースケとだけですが。

このまま眠っちゃいましょうかと、キョースケは、うんと肯定し、額をぺロと一舐めしてくれた、どうやらレフェの真似してくれたみたいで、絶頂して、頭が熟したザクロのようにグロく弾けて、幸せ革命して、「しゅきしゅき」と狂って体をこすりつけちゃいました。

いや、もう、殺して食べて、キョースケ、味はそのままの、鉄分たっぷりで、朝にはあなたの体はレフェと一つなり、ああ、「しゅき、あいちてる」と聞こえるのは壊れたレフェの声ですね、っ、やばいですね。

明日の朝にはどうにか回復してればいいのですが、それではおやすみなさい、ああ、しゅきしゅきと、童女ですか、レフェ、あまいこえは、やまないし、病む。



[1513] 異界・二人道行く15
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/23 03:20
出発は太陽の光に祝福されていた、とは冒険家達が勝手に決めつけることで、実際は太陽は何も祝福などしていない、今日も空で同じように輝くだけだ。

鉄色の器人の里は見る見るはなれてゆく、ということは足はどんどん歩みを刻む、あの壁とも木の板とも言えるものが、遠くにずっとその姿を主張していて、何処か滑稽だった。

ここまで一人で流れてきたというナナは容姿の幼さとは違って、体力は中々にあるみたいだ、やせ細った体を見て旅に付き合えるか心配だったが、この子だったら足の裏の皮が剥ける程にあるいてもキョースケについて来るだろう。

「あそこの里の思い出は、まんじゅうまんじゅう、ぬふふ」

「……最初の思い出が、冒険の最初の思い出がまんじゅうですか、はは、あなたらしい……しかし、今日は、風も気持ち良くて、本当に良い日です、旅は道連れ」

「ぬはー、この花なんだ、とても、こう、どす黒い色をしている、毒なのか、はちみつが毒なのか、きっとこんなに変な花なのだから虫とかを捕食するに違いない」

「押し花にでもしますか?」

「なにかの呪いのアイテムか……それ、ふはー、ナナ、これはなに?」

「あっ、それは、花に寄生する魔力の残滓ですね、その花が最初からそのような色をしているのではなくて、誰かが魔術を行使して、その術者が"へた"だと、使いきれなくて空中に"廃棄"された魔力が意思を持って、小動物や植物などに寄生するんです……あの、キョウ様、だからあまり触れない方がいいと思います、害はないですが、懐かれても困りますから」

「花が懐く、いい世界だ、うぉぉぉお、蠢いているぜぇ、気色悪いわぁ……ナナ、がたがた、怯えるぜ俺!」

「あっ、こちらに」

手でひかれる、キョースケ、あっ、キョースケを怖がらせた花を小さな足でぐりぐりと踏みつぶしてます、絶妙な角度でキョースケには見えないように、恐ろしいですね、レフェがしようと思ったのに、おかしな子供。

キョースケの心を僅かでも震わす物質や存在を、消し去るのは、壊すのは、レフェの仕事で、ナナはナナで、それをやりたくて、でもキョースケの前で争えなくて、競争ですかね、花は魔力を得て意思を得て、なのにゴミくずのように生を終えた。

ナナはキョウスケがあれこれと問いかけるもの全てをきちんと短くわかりやすく説明してあげている、色々と興味があることはいいことで、つい、庇護欲ではなく庇護欲望を支配される、かわいいかわいい、あっ、昨日から少し戻ってます、良かった良かった……正常な精神。

長閑な山道、山と言うには少し低すぎるか……道はきちんと形を持って、地面も何度も人の行き来で踏みつけられ、かたく、頼りになる、どうやら、暫くは楽な道が続くみたいでありがたい、ポルカ街まで商人は何度も行き来するので、道の安全はそこそこ保証されている。

牧歌的な風景、家畜の獣が、春の柔らかな草花を美味しそうに食べている、牧歌的で、その獣飼いの青年が声をあげて獣たちを誘導している、見た事もない獣に最初は驚く、あんなに小さな獣で肉が取れるのだろうか?不思議なもので、今日の献立にはならないだろうと的外れな考えを、不思議。

「どうしようもなくいい日だな、こんな日は、るららー、二日もかかるのかー」

「近いですよ?……ゆっくりゆっくり、あなたが足が痛いと駄々をこねたらレフェがおんぶをすることになるのでー」

「なんだその恥ずかしいの!山道を幼女の妻に背負われながら旅をする一行ってかなりその、ないよな、一番無いのはおんぶされている俺なわけで」

「舐めながら歩きますか」

「おんぶされて俺を舐めてって、どんな体勢であるくんだよ……妻はそんなことまでできるのか、妻の知らない一面を垣間見て恐怖に打ち震えるおんぶされる予定の夫」

「キョウ様、ぼくもおんぶしましょうか?」

「いやいや、虐待だろそれ、俺の心の大事なところがぐちゃぐちゃになって、もう大変、だから二人とも、遠慮しときます」

「ふむ、無理にでも襲っておんぶしますから別にどうでもいいですけど」

「そんなにおんぶしたいのか……おんぶフェチなのかおんぶマニアなのか、人は見かけによらない、幼児なのに他者をおんぶしたがる、新世界の英雄ですな」

「ここは異世界ですよね、あなたにとって」

「新異世界っ!」

「さすがキョウ様、なんだか新しい響きのように聞こえます、ぼく、この言葉を愚かな人々に布教して、溺死させます、言葉の水に」

「ぎゃー、恥ずかしいからそれは駄目っ!言葉の水って、あれか、言葉の形があるとしたら液体じゃね?な感じか」

「それはそうでしょう、特にキョースケの言葉は水のように染みて染みて、恐ろしく根元を腐らせて新生させますから」

「ぬぬぬ、あっ、あの鳥でけぇ」

自分に都合が悪いと理解したのか、それとも単に興味の対象が変わったのか、恐らく後者ですが、群れて飛ぶ怪鳥に眼を見開く。

高い位置でぐるぐると意味もなく飛び回る、ああ、"れて"ですね、怪鳥と呼ばれる大型の鳥の魔物の中でも最も数が多く最も大人しいと言われる"れて"……残念なのは肉が筋っぽくて、ほぼ骨と皮だけなその体。

食料には向かないと嫌われがちだが、旅人や冒険家にとっては人懐っこく"捕まえやすい"ので貴重な食料として認識されている、今、ここで風の魔術をぶちこんでも数十羽は捕獲できるでしょう、まあ美味しくないのでいらないですね。

大きさで言えばキョースケぐらい、つまり、レフェやナナの二倍以上はある、不思議なもので、彼等はそんな大きさをしていても人を襲わない、子供や赤子なら余裕で捕まえれるだろうし、噂では空気中の魔術を吸収して生きているとか、それが理由ですか?

さて、そんなものであんな大さになるのでしょうか、でもここは先ほど、魔術で変質した花が咲いていたので魔力の流れはいいようだ、耳もそれを捉えている、人の行き来がある場所はその人間たちの魔力が残留しやすいのは常識で、魔物はそれを目的にして押し寄せてくる。

商人達が隊を組んで旅をするのも、襲われる可能性を少しでも低くするためだ、誰かが死んでも自分は助かる、そんな効率的だが人間的ではない感覚で旅をしているのだから、レフェ達の壊れ組三人の方が少しはマシというものです。

"れて"は何故か高い空の上からこちらを見ているだけで、離れようとしない、あんな鳥類もどきにキョースケの姿を見られるのは腹が立つので、純粋な魔力を流す、魔術を行使すれば種族的特徴で一帯にまで被害が出るので、最初のを、それをふわふわと上空にあげて、操作して、流す。

属性は"病"で、レフェのお気に入りの一品だ、一度、その病に感染した獣を捕獲したのだが、酷い姿で、体中の皮膚がボロボロに爛れて、獣の癖に綺麗な白い骨が僅かに外気に触れていたぐらいだ、それを魔力で編んで、空に流す。

あれを食べたら、少しの時間を持って、あの鳥たちも同じ結末を辿るだろう、キョースケの"かんしん"を奪ったのだから当然だ、ばーか、と、自分っぽくない言葉、うむむ、キョースケの言葉の"感じ"が移ってしまいました、これこそ感染、これこそ病、酷い毒ですね……これ。

「あれ、何処かに消えちゃった、むむ、鳥もでかいし、この世界はでかいものがたくさんあるな、りゅーもでかいだろうし、むむ」

「北の方の氷海に住む深海竜はもっと凄いですよ、キョースケがそーゆーの好きなら、いつか行きましょう、なんでも、そこでは商船が何度も襲われて、魔の海域とか素敵なあだ名が付いているみたいですよ?」

「おぉぉ」

「巨大な氷山かと思ったら海から姿を現した深海竜だったとか、竜は大きいのは本当に大きいですからねぇ」

「りゅうすげぇ」

「竜は長生きで、何千年も生きますからね、力も強く魔力も巨大、頭もよく長生きで知識も蓄える、ある意味、ここまで行くと凄いですよ?」

「むぅ、すごいなぁ、でも下位?の竜はどうなんだ言ってたじゃん、みずとかげ」

「下位の竜って言えばもう大型のトカゲみたいな感じで、普通の生物として魔物や自然界の動物と一緒にそこらにいますからね、上位の竜は特別なんですよキョースケ」

「りゅーか、友達になれればいいな、空とか飛んだりして、ぬふふ」

「空竜、飛竜、そこら辺ですかね、何処かの里では契りを結んで竜騎士なるものをを生みだしているとか……竜の背中に乗る人型ですか、竜の体の美しさを完全崩壊させてますね、愚かです」

「お、俺も乗りたいんだけど」

「キョースケの場合はキョースケの美しさで竜が汚いカビ程度に思えるので立場が反転してしまいますね、逆転、その場合、その竜を殺します、あ、背中に乗りたいのでしたらレフェの背中に、四つん這いで魔術で空に浮きましょうか?」

「どんなの!?それなんて騎士だよ、幼児騎士、虐待済み……恐ろしい発想っっ、ナナ―!」

「その、竜と同じ成果を求めるなら、ぼくも裸で四つん這いのほうがいいですか‥いま、でしょうか?」

「しなくていいよ!どんだけ危ない騎士さんだよそれ、ナナも残念そうにしないでくれ、うぅ、竜に対して何かしらトラウマを植えつけたいのかお前たち」

「いえいえ、竜程度のゴミにあなたのお尻を任せるだなんて……そんなこと現実に起こったら狂って竜種をこの世界から抹殺しちゃうかもです、例え強靭な種族だろうがなんだろうがレフェなら成し遂げれます」

「たとえば?」

「そうですね、竜だけが感染して死ぬ"病"の魔術でも開発しますかね、魔術の本はある程度読んでますし、里の長にもそーゆーことにかけては天才だなと褒められつつ研究成果を秘匿された思い出がありますし」

「こえぇぇ」

「好きなんですよ、魔術を悪意で使うの、魔と書いて魔術でしょう、それを良いことに使うだなんて、良術か正術に名前を変えろって話です」

「そこまで悪意ばりばりで何かをしようとする存在はいないから、悪意、悪意好きだなぁホーテンは、もう、妻で見た目は真白、脳みそはなんか黒い感じ」

「黒、あなたの瞳と髪とお揃いですね、う、嬉しいです、はぅ、もっと悪意を持って人殺しや世界破壊の魔術を作ればあなたの好意をもっともっと向けられたのに」

「褒め言葉として受け取るとは流石の俺も予想がつかなかった、流石ホーテン、腹黒くも夫に優しい良妻だ」

「じゃあ、ぼくは悪意を持って人殺しの策を練ります」

「対抗しちゃった、ナナーかわいいやつ、妹の首に石のナイフを突き立てたその時点で罪やら汚れで真っ黒だけど可愛いからナナは俺の!」

「……妹だけでは、ダメだったのでしょうか」

「そんなバカなことがあるかっ!てか殺さない方向が一番良いんだけど!」

あーだ、こーだ、悪意は持っていてもいいが実行に移すと悪意ではなく悪事です、言葉の重みが違います、キョースケの言葉は正しいが、人の内部をぐしぁぐしゃにするあなたが言いますか。

悪意だろうが悪事だろうがあなたの存在の濃度にくらべたらそこらの草花より清々しい、キョースケ、あなたは自覚ができていないですが、人の"自"を覚醒させて、自覚させる、おまえは俺のものだぞーとゆるいあの声で。

それこそ、究極的な位置にいる人間の、濃度、善人ぶって悪人、悪人ぶって善人、色々あるでしょう、色々ある中で、あなたはその両方を、"ない存在"であるのに支配する、悪も正義もすべてあなたに懐く、蕩けさせ、ああ、自分の一部として機能させる。

機能でいいのですかね、これは……そう、あなたの中ではどんな存在であれ、自分の一部だ、そしてそれを他者に理解させて支配する、自然、彼を愛する、どこかの聖騎士団に放り込めば英雄に、どこかの魔王と名乗る強力な魔物の軍に放り込めば英雄に。

覇王に出会えば覇王を使役し、勇者に出会えば己だけの勇者に変質させ仕えさせ、英雄に出会えば英雄ではなくして、我がものとする、この人は"常軌の中にいない存在に愛されるための存在"だ、他者を支配して全てを行う。

だがそれ故に、この人の自我というか、他者への愛も自分への愛も希薄だ、すき、あいしてる、というが、どこまでそれを理解できているかはわからない、子供ではなく、幼くもあり、巨大でもある。

自分への愛は信じていますけど、この人の中身の混沌を見れば自分が狂人だとは口が裂けても言えない、狂人、きょーすけ、うー、どんな風に生まれたかどんな風に育ったかではなく、ただそうであるからそうである。

「妹さん、もしかしたら生きているかもなぁ、無駄な伏線」

「海で魚に蹂躙されて、骨だけだといいですが、さすがのぼくも骨だけの妹ならもう一度殺せる、とおもう」

「そーゆー悲しい再開しか予想できないの?うぅ」

「再会ではなく再開とは、また妹が"始める"と?……妻だから含みに理解を」

「妹さんの生がまたはじまったら普通はお兄ちゃんとしてはうれしいーな感じだと思うのに、世の中、いろんな家族がいるものだ」

「家族なんかよりキョウ様が、家族の感覚も消えうせて、もう、ないですし」

「えー、そんな悲しい事を言うなよー、てか、なんで消えうせたの?」

「キョウ様に出会ったから」

「うえぇぇ、俺のせいじゃないか!?くそぅ、忌々しいぜ過去の俺、あれ、俺ってなにかしたっけ?むーん」

脳髄まで犯して頭の中身を入れ替えしてあげたのですよー、そしてぶっ壊れた愛玩人形が生まれたわけです、なのに気付かない、ものすごーく、危ういですよ。

向こうの世界ではあなたに壊された人間がそこらにいたのですかね、こちらの世界でも、毒を流して流して、ひどいものです、環境汚染ならぬ世界革命。

そこらの人間の意識を革命させて変質させて、歩くだけで大災害ですよ、一般人には意識しないと流れないのだけが救いですが、それもどうだか、欲しいとか、望んだりしたら一発で終わり。

いっそのこと、大陸の北のさらに北、閉じられた"おおきなしま"に住む、先ほど言った魔王とか、あの、すごーく危険な生き物の中に放り込んでみましょうか、あ、レフェも一緒に。

魔物を支配する者と言われ、あの寒く暗い、氷山の向こうに住まう婁魔王二十(るまおうにじゅう)二十人いるからなのか二十体と言えばいいのか、兎に角すこぶる危険らしいですが。

別に全てが魔物の出ではなくて、反英雄、虐殺者、狂科学者、と一定の成果と世界を相手に戦える力があれば入れるとか、でもその立場は誰がくれるのかーって話ですよ。

うちの姉も入ったとかなんとか、風のうわさでそういえば………我が一族から"魔王"を出すとは!とか怒っていた人もいますが、そんなことを言われても、仕方がないじゃないですか、家を出たんですから。

そこもいつか行ってみたいですね、世界を何度も支配しようとして、失敗に終わったのに魔王、どんな魔王ですかそれ、数がいても意味がないじゃないですか、あ、でも大陸にも強力な国や種はいますからねぇ、それと限られた人数でやり合ったのだから、やはり凄いのですかね。

そんな人たちだったらキョースケの国の駒に、うん、単体での戦闘力の高さは大事ですし、軍隊を率いることが出来るカリスマ性は大事ですから、あとは、大陸の中央よりやや東に行った場所にある大国ルーディの王都守備選抜戦隊『聖騎士団』名前も"聖なるかな"人物も聖なる在り方の、なんだか胡散臭いところです。

ここの騎士団長は不老不死の秘儀を授けられて永久に王国に仕えているとやら、だから、どの時代の英雄、勇者も最終的にここに行きつく、歴史に名を残しているような人物はある時期からここの国の団長として生を永遠に謳歌するのだ、ここも究極の聖人という意味では、いいですね。

悪の集大成を取るか、正義の総本山を取るか、後者の方は皇帝に仕えている分、ひじょーに人に仕えることがうまそうですが、偉そうに踏ん反りがえった魔王とやらを下僕にして駒にするのもいいですかね、聖騎士団の場合、どうも大陸全土に影響がありそうだ、一人で一国に匹敵する戦闘力を有する聖騎士団長はとてつもないですが、どこかでお近づきになれれば、あー、キョースケを"会わせて"終わりです。

うーんうーん、とかく、見た目は美しくないと、近年の英雄ココロ・ホウオウなんていいですね、我々の種族と前の大戦で殺し合った英雄、どこの種族かは知らないが見た目は美しい少女だったらしい、その後にすぐにルーディに仕えたのだから容姿は当時のままだろう、しかし不老不死ねぇ。

うー、魔王の方も……うーん、まあ今は冒険家として少しずつ…ですね、それにココロ・ホウオウと"殺し合った"ことのあるオバァの話ではレフェの方が数段上手のようですし。

英雄でもなんでもないですが、世界を個人で掴める素質ぐらいは自分にはあると自覚している、冗談ではなく、それだけの"性能"を自分できちんと把握することが大事、最強の種族である中で最悪の異端児として極限まで進化した自分の体……その血、仕方ないです、あ、姉も同じく化け物でしたが、ジャンプで山をこえる、あああ、悪夢、雲まで、いや、げふんげふんです。

とりあえず、国として機能している存在の中で大国ルーディとは是非とも何か繋がりを、役に立つでしょうし、色々と冒険家として仕事を"選り好み"でもして、行けたら行きましょう、ココロ・ホウオウも、他の騎士団長も欲しいです。

「どうしたホーテン、ぶつぶつ」

「呟いてましたか?まあ、あなたとレフェの人生設計を描いていたのです、老後までお金を延々と入れてくれるお人形が欲しいなーと、ココロさん、頼みます」

「だれだよそれ、えー、知らない人だよなぁ、ふーん」

関心を示したみたいで、これ、やばいですよー、どれだけ崇高で、どれだけ、どれだけ偉大で、どれだけ英雄として"ある"精神を持っていても、毒は流れます、魔術でも、なんでもない、不思議なキョースケの言葉、ありかた、世界は歪む。

今頃、少しずつ、壊れ始めているでしょう、出会う頃には、キョースケを知らなくても、何かの下僕になりさがっている、キョースケが"意識"した時点でもう逃げられない、キョースケの瞳は何もうつさず、ココロ、と何度か囁くように呟く、大成功!

きっと煌びやかな皇宮の中で、キョースケの存在を勝手に"にんしき"してきらびやかに精神革命、はは、無敵ですねキョースケ、素敵ですねキョースケ、それなら結果を得るために早く出会わないと、ナナの妹が"キョースケ"に狂った仮説は、出会う前に狂わされた仮説は、正しいです。

今、この人の妻として機能しているレフェがそう確信したのだから、それは確実に起こる、この人の毒は距離も世界も、なにも関係ない、ええ、ただ望めば狂ってこの人を………それこそ狂愛し依存し、意識しなくても狂い狂い、愛する、まさに、どんな存在も支配する毒の生き物。

キョースケは出会ってもいないココロに毒をながして、自分のものに変質させている、レフェたちのように出会っても"いない"存在だから、手加減もせずに、今からずっと送るだろう、ずっと、ずっーと、狂うココロ、周りに気付かれませんかね、それだけが不安ですね。

きっと聖人ぶった少女なのでしょう、異名が戦乙女でしたからそれこそ高貴に戦場を舞うのでしょう、いまは無理、毒が、大地でも空でもなく、何も通さないで直接送られる、能力でも何でもないキョースケがキョースケであるから起こること、それは逃げ場がない、空が青いのが当たり前なのと同じように、そこにある。

「まあ、それはしばらく、頭の"片隅"で思考して、うー、鳥さんいなくなったぜぇ」

「またですか、つーか、ずっと考えていると?ずっと遠くの出会ってもない彼女があなたの為に狂ってるのですが、地面を芋虫のようにのたうって失禁して発狂とかそんなのー」

「なんだその怖いの!?」

「無知とは恐ろしいです、聖女様、自室だといいですねぇ」

「よけいに!余計にわけがわからん、せいじょ、しっきん、うはー、なんかホラーだ!くそぅ、旅をしつつ怖い話で俺の歩幅を微妙にする作戦か」

「歩く速度を遅らせて何になるんですか、まったく、でもあなたの"なにか"がすごーく、危険なものかはわかりましたから、今からある人たちの名前を教えて、それら全てを"あなた"にしてもいいのですが、それではつまらないし……あなたが大陸の全ての人間の四肢をもぎ取れと命令したら喜々として行う英雄を一人つくりましょう、耐えられなくなって、向こうから"来る"ぐらいには相当にぶっ壊れてくれてるでしょう、聖騎士団長が一人行方不明になれば、情報が伝わるだろうし、便利です、あっ、ずっとココロって人の事を頭の隅に置いてて下さいねー、楽しみ、狂ったあなたの為の英雄ですよ、おにんぎょうの次には、いい玩具でしょう?……一週間で、人格に影響ぐらい出て、他の騎士団長を差し出してくれたら幸いです」

「む、むむ、なにかの物語の話とみた、絵本かなにかか?」

「レフェたちの位置をどうやって把握するかが気になります、レフェがなんとなくキョースケの居場所がわかるように、あなたの"一部"にはそんな能力があるのですかねー、ナナはどう思います?」

「妹と同じことを意図的に……ぼくは、習性として知るのだと、だれ、ですか?」

「英雄です、先の大戦の、聖女さま、戦乙女様、戦力的にも地位的にも使えそうですから、ふふ、キョースケと出会わないままで毒を流されて、それはどんな狂人になるのでしょう、どんなキョースケの"一部"になるのでしょう、嫉妬ではなく、これはおもしろそうと、感じてしまいます」

「うぅぅぅ、二人だけで会話すんなよー」

それは物語的にはありえなくて、発動したらすぐさまにその人は"こわれて"こわれてこわれてこわれて、英雄さんは、英雄ではなくて彼だけの為に思考するおにんぎょうとして再起動、ん、いいです、ずっと毒を流されて、会えないまま壊れて崩壊しろ。

泣くキョースケの瞳を舐めて、素晴らしいと笑った。

レフェの耳はぴこぴこと揺れる。



[1513] 異界・二人道行く16
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/24 00:45
お昼になったので、地面に布をしいて、休憩をする、簡易な食料だが、クルマカエルの内臓から取り出す、まんじゅうですよまんじゅう。

キョースケは大好物のまんじゅうなので御馳走だーと叫んでいる、あの店で多めに買っといて良かった、こんなに喜んでもらえるとは、いや、少し喜びすぎのような気がしますが、どんだけ気に入ったんですかこれ。

まだ幾つか残っているし、この内臓の中は現実から切り離された空間なので、物が腐る心配もない、ふむむ、次の街で、どんなものがキョースケの好みなのか調べてみましょう、子供が喜ぶようなものが好きそう、なんとなく。

「うまうまー、おっ、あれ、なんだ?」

「んー??あれは冒険家ですね、ほら剣を携帯してますし、魔術師っぽいのもいます…ふむ、新人の冒険家ですかね、歩き方に隙がありすぎです」

「なにそれ」

「こんな山道を歩くなら、もっと役割分担をしないとです、前を見る者、後ろを見る者、左右を確認する者、あんなによわよわな感じだったら、せめてそーゆーのはしっかりしないと、魔物に襲われた場合、大混乱です」

少し、丘の上から道を歩くその人たちを見下ろす、三人組で、レフェたち同じですね、こっちに気付かない辺り、平和な頭でやや平和な道を、ある意味ね、素晴らしい、素晴らしくくたばれと嫌な思考、うぐぐ。

「ふーん、って俺達は!?」

「レフェの耳で全てを理解してます、この山一つぐらいなら余裕です、人間が少なくて、情報も少ないので楽です、鳥が今、川で水を飲んでいます」

「どこのさ!?しかしすごいなぁぁ、俺もなんか特別な眼で耳で、あー、なんか欲しいな」

「千切ってあげましょうか?」

「くり抜いて、渡しましょうか?」

「ああああああ、もう、なにこの尽くしてくれる感、え、もう、これ尽くすじゃなくて強制的な肉体交換じゃねーか!交換できるものは俺にはないです!」

「いえ、タダで」

「?全部キョウ様のものなので、その、交換?よくわからないです……」

「わかってくれよぅ、てか、交換しないし受け取らないし、さっきのは冗談です、親からもらった体を意味もなく理由もなく交換するだなんて、したくない、でもレフェの耳にナナの眼か、きゅうきょくなきゅーきょくな生き物ですかそれ」

「あなた一人、そのままでいる方がある意味に究極的だと思いますけど」

「究極的に使えないという意味か……いいよ、いつでもどこの世でも夫の扱いなんてお金を振り込む、あ、でも二人、共働きになるのか、この場合、俺達…ふむむ」

「あっ、そうですね、結構、珍しいかも、冒険家の夫婦、てか、普通は片方が稼いで片方のいる故郷にお金をーってのが一番ありがちですが、レフェたちはレフェたちの為にしか仕事をしませんし」

「あの、瞳、しなくていいですか?」

指を眼に入れようとしているナナにキョウスケが"やめー"と叩く、頭を叩かれても構ってもらえて嬉しそうなナナ、さすさすと頭を摩りながらはにかむ、キョースケは叩いてしまった事を悔やんで抱きしめて、ふむ、最近の決まり事。

冒険家たちはこんなに騒いでも何も気づかずに、山道の果てに消えてゆく、こんなところで仕事とは思えないですが、よっぽどどうでもいい依頼なのですかね、あああ、手紙とか……里から街に、街から里に、あーゆーのはあまりしたくないです。

キョースケがいなかったら襲って、衣服やらなにやらを剥いで、冒険家として使えるものを回収したいのですが、キョースケはそんなことをしたら卒倒して泡を吹くでしょうし、むー、見えないところで色々な事を企む。

今一番の楽しみは英雄が今頃どんな風に壊れているかです、巨大な力を持っていようが、持ってなくても、同じように、ただ壊す、壊せるのが当たり前、会わなくても、時間すら無視できそうですし、もしかして人ではなく、意思があるという条件がなければ"もの"でも、巨大な生命である"ほし"でも、壊せるはずです。

でもそこまでする必要はないですし、教えて意識させないほうがいいでしょう、ふむふむ、その英雄さんを壊したら聖騎士団の団長を一人ずつ壊して彼の一部にしていきましょうか、それをしながら旅をする、いいかも、です、嫉妬はない、彼女等は武器なのだ。

最初の英雄さんだけは違うかもしれませんが、狂信者になりそうですね、聖騎士なだけに、まあ、ソレは見てのお楽しみ、ちなみに聖騎士団は絶対神"コウルスィ"を崇めていることから、国と言っても宗教で支配している側面もありますし、絶対神は世界をつくり多くの種族を生み出した?バカらしい。

キョースケに言えば、絶対神を意識するように仕向ければその神すら下僕にしちゃうから、言わないように気をつけないと、宗教と政治は、国が出来るまでは遠慮したいです、いきなり世界が変更されるとか、笑うに笑えない。

「世界は平和ー、冒険家―」

「即座に歌に経験を変換しましたね、素敵です、ふむ、それでは行きましょうか」

「いえー」

「あ、キョウ様、ほっぺたに」

食べカスをペロペロと舐めるナナを抱きあげて、なんだか子持ちの……ふぅ、疲れてますね、そのまま歩きだす、クルマカエルの内臓の中に下に敷いていた布を内包する、むむ、やっぱり便利、とっても便利。

つーか、もう食べカスも何もついていないけどペロペロと、ふぅ、キョースケはそれを放置している、鼻の穴にまで行けば全力で嫌がりそうですけど、お尻についた草を叩いておとしてあげる、キョースケは微妙な声をあげ、かわいいなー。

「意外に遠いなー」

「まだ里を出たばかりですよ、でもでも、この感じだと明日の昼には到着しそうですね、レフェだけだとすぐに着いちゃうのですが、あなたに合わせて歩くと、あなたと肉体が一つになったみたいで嬉しい」

「おー、精神じゃないのかその場合」

「もうそれは一緒ですから、最終的な悩みは肉体です、レフェのこの白く幼いからだ、小さいのが救いです、"入る"のでしょうか、あなたの体の中に、さっきの布がカエルの内臓に入ったように、レフェもあなたの中に」

「えっ、無理じゃん」

「いえ、こう、ぐしゃぐしゃにして、ああ、白じゃなくて赤になりますね、したら入るような……確実に入るまで、もう液体みたいな感じにしちゃえば、誰かこのレフェの鋼の体に出来る人、いないですかね、でもキョースケ以外にぐちゃぐちゃにされるわけには絶対にいかないですから、キョースケ、して」

「え」

「して」

「……いーやーだ、なんか凄く良い台詞に聞こえるのに内容が肉体のミンチを通りこして血肉混ざったミックスジュースの調理だなんて!うぅぅぅ、俺は自分だけの肉体でいいや」

「どの口が言うのですか、今、とある大国のとある英雄が目から歓喜の涙を!だらしなく開いた口から泡立つ涎を垂らして、体を痙攣させているというのに!あなたが壊しているのですよ!」

「その人大丈夫か!?び、病院行こうぜ!大国って言ったら、病院の一つや二つあるだろう!」

「でも調べても魔術的にも医学的にも何もない状態でしょうねー、ナナの妹さんと違って、同じ世界でずっと"どくどく"を与えられているのですから、舌を噛んで会う前に死なないようにー」

「そこまでひどい病気なのか……え、親戚か何か?」

「はい、もう、確実に、酷い状態です、主の事はもう自覚しているでしょうが、情報まで伝わるのかが楽しみです、つまりあなたの名前をあなたが会う前に知っていたら、もう、万能ですね」

「??……俺の名前、知ってると病気が助かるの?わからない病気だなぁ、あぅ、もうお尻叩かないでいいよ、草とれてるー」

「いえ、少し、じゃなくて無茶苦茶触り心地が良かったので、しばらく」

「うぉぉぉおぉぉぉおおぉ、ナナ!癒し!」

「はい」

現実があまりにも辛いのか、ナナに助けを求めて、頭を撫でてもらうキョースケ、平和です、お尻も触れたし、あぶないあぶない、今はまだ昼過ぎぐらいです、むむん。

何処かの遠い国の英雄さんは、今自覚して、脳みそが革命しちゃって、でも主は、体の本体である"キョースケ"は遠い場所にいて、触れあう事も出来ないですから、くーるーえー、なんて思っちゃいます、ああもう、時間的には狂ってますね、さっきから結構経過しましたし。

ずっーとずっーと、キョースケ、壊すんですよ?いいですか、一週間ぐらいずーっと、頭の片隅にその名前を置いて、誇り高い戦乙女の中身を、蟻の女王のようにブヨブヨとした白く甘い肉に、変えてしまうのですキョースケ、あっ、変えてますね今。

キョースケも意識の底では楽しみなんでしょうね、楽しみに壊してるんですよ、中身の在り方とか、誇り高い気質とか、今までの過去とか、全部の優先順位がキョースケに、仕える創造神も、仕える国も、仕える王も、守るべき国民も、みんなどうでもいい石ころに、ナナの妹が家族全員、一族全員を虐殺したように。

中身が入れ替わるわけですね、本質はその人のまま、キョースケの為に英雄になった英雄と自覚するほどに、思えば、レフェはキョウスケにこうやって"食事"を与えるためにも、あるのかもです、レフェの嫉妬で狂いそうな部分とは別に、ある、ひどいですよキョースケ。

その英雄さんの狂っていく過程がここまで理解できるのも"ソレのおかげ"でしょうかね、ありがたい力です、我が種族のではなく、キョースケのお嫁さんとして、一部としてキョースケがくれた"毒の使い方"、自分をレフェに全て渡していてくれてうれしい、レフェも全部あなたにあげてますよ?

「どうしたんだホーテン、ニヤニヤが半端ないぞ、腹黒い幼児ここにあり、といった風情で、なんか恐ろしさを通りこして興味がわいた俺でした」

「ほうほう、それは秘密です、このニヤニヤはあなたのニヤニヤなのでレフェのニヤニヤだと決めつけるのはちょい早いかと」

「ニヤニヤ何回言った!?」

「人生では十四回ですかね」

「すげぇ、そこまでの規模で聞いていないのに…ホーテン頭いいなぁー、素敵過ぎる」

「ぼくは、えっと十一回です」

「うわ、これって常識的なのか…いや、絶対に常識じゃないけど、どうも頭のいい幼児たちは頭の使い方を、って、ホーテン長生きなのに少ないな」

「そんなにニヤニヤ言いますか?ニヤニヤと意地の悪い笑みは何百回もしていますが、そんなものの擬音なんて、言わないでしょう」

「正確すぎるぜホーテン……ナナも、ナナも知ってるし、七回だったらおもしろかったのに、そんな期待をする俺、でもそれはそれで驚きの中、何かの意思を感じてしまう」

「そこはキョウ様の言葉がぼくに届いて、えっと、七回になりました」

「自我は!?」

自我なんてその子に期待するのがおかしいのですよ、あー、無自覚ですけど道具の使い方、お人形遊びの仕方はちゃんとした方がいいのでは?キョースケの自由だから振り回して首が飛んでも、それはそれですが。

これから誕生する、まあ新生して、精神が変質するのだが、変質はただしくない、それを本当の姿に戻す、キョースケのものに、それは……やはり新生以外には、兎角、それを成して、生まれ変わった集団は、どんな集団になるやら、少なくていいのですが、キョースケがどれだけ"キョースケ"の一部にするか。

今のところ、距離、世界、時間、相手がどんな存在でも"無論関係ない"、とうことで、数に関してははっきりしない、限りがあるなら、それはそれで嫉妬の対象が少なくてすむ、まあキョースケの意思で、自我が崩壊しそうになっても、みんないつかは殺しますが、レフェだけのキョースケにいつかする。

数に関してはキョースケの食事係担当のレフェになにも伝わらない、つまりは餌は無限に欲しいということ、不必要な情報をくれないのは当たり前、なるほど、少しだけ見えてきました、だったら、時期を見計らって名を言えば、遠くの誰かをキョースケは己のものに、もしかしたらレフェの知らない場所で知らない世界の誰かを自分のものに今もしてるのかも。

世界すら意識したら毒を流せる、世界を取り込む、でもいまはまんじゅうをお腹いっぱいに食べてご満悦のキョウスケ、凄く、どうしようもない、在り方で存在でそんな風に出来てしまっている。

「しかしパンパンです、胃が、歩くのが…心の底からだる過ぎます、キョウ様?」

「険しい道のりではないですから、ゆったりと、しかし、よくもまあ、こんなに食べましたねぇ」

「っふふ、お昼だろうが夜だろうが俺が食べる量に変化はないぜ……変化もなにもなく、ただ食べる、うぇぇぇ、気持ち悪い」

「そんなに無茶苦茶食べるからですよ、ほら、背中を摩ってあげます、もう……嘔吐物はレフェが」

「うぇぇ、そこから先は言わないでください、てか言うな!そんなわけないと思いながら予想がついてしまう自分がなんとなく悲しい様な悲しくないような、ナナも何をしてるの!そんな親鳥から餌をもらう雛のように口をあけて!あーわかってるからそこから先は言わないでお願いだから!」

「はい」

「うぅ、ナナはいい子なのに時折、俺の予想を大きく超えてしまうな、凄い、すごーくびっくりする、ホーテンは予想通りだけど、そんなものを"食う"な!」

「まだ何もレフェは言ってないのですが、それでレフェの考えていることが伝わるとは、とても良い気持ちです、残念なのは、その、食べたい物をあなたが拒否したことぐらいですかね」

「そりゃ拒否するよ!こんなに青空で、こんなに木々が青々としている中で、そんなとてつもなく"うぇぇぇ"なことを俺は認めません、認めるぐらいなら舌噛んで死ぬ」

「ふむふむ、そこまでとは、見えないところで摂取、できませんね……うーん、うーん、うーん、悩みます」

「悩まなくていいよ、悩む必要もない事情です!くっ……自分の体から出るものがこんなに狙われるとは、今まで思いもしなかった、思いもしなかったし、思いたくもない」

「ぬぬ、ひどいですキョースケ!キョースケの嘔吐物!なんていい響き、あー、つまりは"キョースケの"がくっ付くことで!全て至上の食料へと変換されるわけですよ」

「もっと酷いのも浮かんじゃったし!うぇぇ、あばばば、どうしよう、どうしようナナ、妻が遠まわしに俺を苛める、まんじゅうをもっと食べたかったのか!だから食べすぎた俺にッッ!」

「そんな遠まわしな事をしないですし、レフェがあなたを苛めるなんて、そんなこと絶対にあり得ません、自分で自分を虐めるような愚かな事、世間ではそんな人間もいるみたいですがレフェは違いますし」

「ぼくは、キョウ様の出すものなら何でも、大丈夫というより逆に望んでしまいます、あと、言葉もそうです、あなたがしろといえば、成します、単純な作りがぼくの自慢です」

「悲しい、ナナは複雑怪奇な神経を持つ人間だろう、なのにそんな悲しい事を言わないでおくれ……ナナ、本当にダメなんだぞ、ようは嘔吐物ってあれだぞ、わかるけどあれだからあれして食べるのはあれなんだぞ、うぇぇ、しかも俺の、ぎゃあああ!」

「キョウ様のですから、意味があるのですから、逆にキョウ様のじゃない存在は、その中身にある●●と同じです、外面も中身もみんなその嘔吐物と同じです、とぼくは思います、けどキョウ様が望まれるのでしたら」

「そんな愛らしい口から嘔吐物とか、ホーテン!ホーテンも駄目だかんな!そんなの、特に女の子は駄目だから言ったら、怒るぞ」

「う、怒る……あなたに怒られるのは、その、悲しいです、わかりました、なるべくその言葉を使わないようにします……うぅ、だから怒らないでください」

まさか、怒られる事になるとは、それは駄目だ、絶対にダメ、一番愛されている存在はレフェじゃないと、もしキョースケに、そんなことを……言われたら、うわぁぁ、狂ってしまうじゃないですか、あっ、狂ってますけど、愛の無い狂いは受け入れられない。

「じゃあよし、よし、よしよしよし、頭を撫でてあげよう、悪い事をしたらダメです、あと耳がピコピコ、ホーテンさいきょーだな、なんつー可愛さだ、こう、むぎゅう」

「むぎゅうって、されました」

謝ると抱きしめて抱きしめて、抱きしめてくれて、熱が伝わり喪失感にも近い恐怖が取り払われる、この人だけだ、自分が自分であるのはこの人のおかげで、存在否定をされたら消えるしかない。

今のは油断だ、キョースケに対して"強要"を行おうとしたから……罰が当たったのだ、キョースケという名の夫から与えられる罰、受け入れる受け入れないではなくて、一部にはその感情と同時に"しつけ"のようなものが行われる。

反省と自分の首をしめたい衝動と、狂う程に溢れる愛情を抑え込んで、ほほ笑む、愛しいキョースケ、教育もしてくれる夫、全部をこの人が、"全部"あぁぁ、抱きしめられると嬉しくて愛しくて、壊れてしまう、ねじれてしまう。

「むぎゅむぎゅしながらの旅は険しいのだ、もうなんていうか、すごく険しい、なにせ今、むぎゅとしたホーテンを持って、ナナもむぎゅうとして、うまうま、馬になれ俺」

「むぎゅーです」

うまうまと言いながら歩くキョースケ、流れゆく雲は何処かへと消えてゆく、見えなくなる雲を切なそうにキョースケは見つめている、切ない、あぁ、なんでも寂しがるのがこの人。

「んー、あそこ、村じゃないのか?」

キョースケが坂を下りながら、んーと眼を向けてみると、村と言うには少し無理があるような"廃れた建物の群れ"が見える、廃れている、虫除けの為に焼いた木で建てた古ぼけた小屋が幾つも。

前言撤回、これは確かに村ですねー、先ほどの旅人はここを通って来たのでしょうか、下りきって、入口ですよと言わんばかりの石を"つんだもの"を横目に……横目にしながら足の先で突いて。

そうですね、見た限り、両手の指では数え切れないほどに建物がある、建物と言うには少し質素すぎるか、さすがにここまでは"みみ"で探ってはいないです、人の気配があまりに少ない、土地だけはかなり余っているのか、道は無駄に広い。

ポルカ街に着くまでにこんな村があるとは初耳です、でも、まあ、これだけ何もない感じだったら仕方ないかも、キョースケは疲れたーと叫ぶので、うむむ、休みますかね、さっきも休んでしまいましたが、キョースケの意思が一番。

一番なのです。



[1513] 異界・二人道行く17
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/25 01:31
「どうする??こんなに小さい村だとさ、ちゃんと村長にあいさつした方がいいのか?」

「キョウ様、別にそこまでしなくても、キョウ様が他者にあいさつだなんて、そんな」

「うぇ、少し休ませてもらいます、ぐらいなことを言うのは良いんじゃないのかなぁ、ホーテン、俺に意見をくだしゃい!」

「ふむぅ、そうですね、とりあえず、お茶が飲めてゆっくり出来る場所ぐらいあるでしょう、大体、こんな村の村長は一番奥の一番高い位置にいるものです、あそこですね」

「ふむむ、でかいってもでかくないなぁ、でもあそこだろうな、なんか色合いも僅かに派手だし、よーし、行くぞー!!俺に着いてこい!あーー。茶菓子がもらえるかも!」

「あれだけ食べてまだ食べる気ですか、でも、それはどうでしょう、そんな余裕があるような村には見えませんが、甘いお菓子は高価ですから、こーゆーとこでは、しかし、半日程度でポルカにも鉄色の器人の里にも着くのに」

「キョウ様、ぼくと手をつないで、なにか、良くない感じがします」

「では、もう片手でホーテンと」

「レフェがいる限り、危険はないですけど、あなたには"水の化け物"がくっ付いてますから、例え軍隊が押し寄せてもあなたは死にませんよ、性格的には、あなたは臆病ですが」

「うん、否定はできないぜ、俺は……でもやっぱ一つだけ否定、肉体もそんなに強くないです、全体的に弱いのがこの俺っ!なにも良いところがないのがこの俺!でもレフェ達がいるから価値がある、いいことではないけれど、ありがたいです」

それはこちらの、と、階段がある、階段と言っても簡易なもので、地面に丸太を押しこんだものだ、それが段々になっていて、この村で最も権力を持っているであろう人間の小屋にまで、屋敷じゃないですよ、小屋です、そこまで続く。

まだ太陽も己を誇示していて、仕事をしていないとおかしな時間、誰も道にはいなかった、子供が遊びながら走り回ったり、そんな風景もなかった、コロコロと、家畜のえさの藁の塊が転がって、それだけで、人が住んでいる気配はある、だが出会わない。

耳で探っても、いない、あそこの……村長の家であろう小屋には、一つだけ、たった一つだけ人の気配がする、不思議です、村としてまったく機能していないのに物が風化していない、つまりは数日そこらで今の現状が出来たということ。

扉とはいえないソレをキョースケがあける、ただの木の板なので押すのか、横に引くのか、わからないというキョースケ、キョースケを悩ますとはと、力を込めて、微かに力を込めてそこを"蹴る"結構大きな音をたてて、木の板が吹き飛び、奥行きのない部屋の壁にぶつかる、悲鳴はない。

「あー、死んでますね」

「え」

とキョースケをすぐに、ナナが手をひいて、その物体から眼を背けさせる、レフェは何も思わずに、部屋に入り込む、質素な部屋、の灰の臭いと、死臭がまじり合って、なんとも言えない、灰と死の匂い、人間の最後はきちんと弔ってもらっても、弔ってもらわなくても同じとは、なんたる皮肉。

無論ナナはこんな光景は故郷で体験しているので、いや、ここより醜悪な……妹が作り上げた死の山を知っているので、何も反応せず、キョースケの精神状態だけを心配している、無論、レフェはそれよりもずっとずっと心を痛めてますが。

すっかり軽くなったその頭を蹴とばす、木の板を蹴ったように、あぁ、あそこを蹴らなくても、裏から堂々と入れば良かったですね、何せ、部屋の壁がない……一面が、壊されている、そんなに丈夫なものではなかったが、一応人間が住まうのには困らない程度の強度を誇る壁が無残にも、泥を塗りたくっているのもまったく意味がなかったみたいです。

とりあえずキョースケに汚いものを見せた罰として、術を行使して、暖炉に火……ではなく炎を発生させて頭を蹴り入れる、物言わぬ瞳と刹那に眼が合うが、気色悪いだけで、さっさと燃えろ、暖炉におさまらない炎は、床の木を焼き、赤々と燃える、暖炉も久方ぶりに本来の役割をもらえてうれしいみたいだ。

しかし先ほどの死体、種族はわからないが、人だった、人だったが……額から上が綺麗になかった、人間のだいじなだいじな、脳が、さてはて、獣の仕業にしては、額の上を"鋭利な刃物で"切り取ったようなこの現状は、絶命する刹那にしては表情が……怯えてはいるが"驚愕"ではない……怯えて、そのまま死んだ見たいに、なにもなく。

と、燃える亡骸はすぐに消滅する、火などに支配されるものかと、あれ、すごくうまく"加減"ができたような、キョースケと一緒にいると力が、心が安定するみたいだ、さっきの病の術や今の火の術、加減は出来ていたから………この結果はおかしい、本来なら山が一つ消し飛ぶ結果のはずだが、キチンと出来たのに、なのに、この死体はなんで、こんなにすぐ燃える。

耳で感じる、消えゆく灰には魔力の欠片もない、ああ、もしかしたら火につけなくても、魔力、生命力が枯渇して消えてましたか?……誰かが殺して脳みそを食べて遺体から魔力を全て吸引した?えー、だとしたら、この人は襲われる恐怖で震えているところを襲われて、気付かない内に殺されて、脳みそを食べられた、むぅ、人ではないし、なんだそれは。

「魔物、えっと、ちゃんと考えれば魔人の類ですか、成程、あの冒険家たちはそれを恐れて、何もせずに逃げ出したと、人助けしろとは言いませんが」

大きな里や村でこのようなことをすればすぐに退治される、魔力の残滓から、ふむむ、中々にいい魔力だ、なにより属性がそのままに……"天"か、レフェも持っていますが、魔で"天"の属性を持つ魔物など、魔人などいるものか。

もしかしたら物凄く高位なやつなのでしょうか………氷山の向こうにしかそんなのは、いるにはいるが名は知れてるだろうし、いったい、どこぞの誰でしょう?キョースケにこんな汚い食べカスをみせるだなんて、逆に魔力を吸い取って殺してあげましょう。

「入っていいですよ、汚いものは全て消しましたから」

「あっ、うん……なんかさっき言わなかったか?」

部屋にびくびくと入ってくるキョースケ、大丈夫ですよ、汚いものはレフェがきちんと処分しましたから、次に入って来たナナは、コクコクと頷きながら部屋を見回す。

物の記憶を辿る労越眼、左にあるそれが怪しく銀色の光を放つ、先ほどの死体の状況などなにも聞かなくて、ただ、自分の能力を行使して現状を知る。

「魔人……の類、顔は布で隠してて、身長はぼくよりやや高め、えと、幼体の可能性あり、えっと、この村は一月前から、一日一人ずつ食われてますね、最後に残った"老人"の、まずい村長は恐怖に震えて、ここに潜んで、でも意味がなくて食べられた、魔力属性は"天"」

「ナナ?」

「属性まで、まあ、そこまで読み取れると物の視点から全てを見回せる感じですかね、あなたの一族は戦場では有意義に使われたでしょうね、キョースケ、この里の住民は聞いたように、魔人に襲われたみたいです」

「まじん……魔物と違うのか」

「はい、竜と出会うぐらいには稀です、珍しい生き物が迷い込んだものですね、人型の魔物の総称ですよ、魔王と呼ばれる存在も魔物出身のものはほとんど"魔人"と聞きます、つまりは数が少なく高位な魔物ですかね、氷山の向こうから来たのか、年月を得た魔物が自然変化したのか、兎に角、強力な生き物です」

「みんな食べられちゃったって、そんなの、あ……」

「キョウ様、他人です、情けは……この世界では人の死は、あまりにも近いです、ここまでの大量虐殺は滅多にありませんが、ないとは言い切れません」

顔を少し青くさせて、口元を押さえるキョースケ、先ほどまでの能天気さは消え失せて、沈痛な表情をしている、はい、これだけでその魔人さんは死の対象に。

「でも、どうしてだ?…人を食べるのか、その、魔人と言うのは……"れい"の中には、そんな下等なの、知らないって」

彼女にとっては魔人だろうが竜だろうが、人間だろうが同じでしょう、れいは臆病で怖がりだが、すべてを石ころ程度に見ていて、石ころ怖いーとひきこもっていた存在なのだ、蚊でもわかりやすい、全てが蚊。

人はその存在を忌避するが、簡単に殺せる、そんな感覚、れいは全てを怖がるが、全てが彼女の力からしたら蚊程度、それってどんな平等ですかと、問いかけたい、キョースケの中で眠る彼女は何と答えるか、また毒を吐いて誤魔化すのか気にはなります。

「ああ、答えは簡単です、魔力のある生物ならなんでも良いのですが、同族の魔物を食うのはよっぽどのキグル●じゃないとしないでしょうし、竜などに迂闊に手を出せば殺されてしまいます、だったらそこそこ魔力を持っていて、そこそこ気軽に殺せる人間の方が……恐らく、レフェの魔力を感じ取っているはずです、キョースケは…内に秘めて秘めているので、わかってはないでしょうけど、レフェも常に全開ではないですから、殺しやすそう程度に思ってくれたらよいのですが」

「それって、襲われたいってことか?」

「魔物だろうが魔人だろうが、冒険家をしていたらそのうち戦う機会もあるかもしれません、ですから、ここで、その実験ができるのは、はい、とてもうれしいことですよ?」

「お、俺も、こんなことをするような、そんな奴、許せない」

決心した顔、変に普通で変にそんな感性を内包して、へんへん、彼はとてつもなく変です、でも、人の死を笑って見過ごすのは無理な人、こうなるのはわかっていましたが、あまりに予想通りで、いつもは予想を覆すこの人が……少しおかしくなってしまう。

この人が望めばそれを成すのがレフェ、明確に"許さない"だなんて、レフェに決定的な方向性をくれたから、ついつい、嬉しくて、三日月の形を口が描く、ああ、それでは、ここに泊まって襲撃を待ちましょうと、震える声でそれだけを呟く。

今はこの耳にもひっかからない、どうやら、尋常ではないレフェの気配にうろたえているようだ、そう、封じていても隠していても、少しはわかっちゃうもんですかね、ずっと隠れているのなら、こっちから襲いに行かないと駄目ですね。

キョースケはナナを抱え込んで、長く使われていたであろう藁の寝床に座り込む、風は壊れた壁から入り込んでくる、むぅ、と思った刹那、薄い水のカーテンがそこに"おりる"キョースケはどうせレフェがしたのだと勘違いしてそうですが。

これで、一応は閉じられた空間、暫く生活するには……魔物が活動するのは夜、魔力の満ちる夜にこそ力を発揮する……わかりやすい一族です、ここでしばらく休むついでに骨も残さずに、あれ、魔人って骨があるのかな、試さないといけないですね。

「なー、ホーテン、魔人って、その怖いのか?足が幾つもあったり、手が幾つもあったり、口から"びーむ"が出たり、そんな感じか、人を食うし」

「魔人にも幾つかの種類があるみたいですからね、角があったり、蝙蝠の羽があったり、そんなのじゃないですか?どうしました、怖いのですか?」

「ナナ―、その眼でしっかり見といてな、主に周辺!」

「はい、でも、そこまで恐れなくても、奥様が一緒にいれば、絶対に大丈夫だと思いますけど……だって奥様は」

「怖い人とでも続きますかナナ、キョースケが望んだのです、それを"塵"にしたいと、心の底から望んでいます、一度も会ったことのない人間の為にここまで怒れるだなんて、会った事もない英雄を根本から粉砕しているのに、矛盾ですよ??」

「……そこまで、でも、これだけ、何もしていない人間を殺したんだ、俺は、戦えないかなぁ、な、情けない、腰にあるナイフも意味がない、うぅぅ」

「レフェの力はキョースケの力と同一で構わないですよ、むしろ当然です、ああ、だから、粉砕します、あなたの心に影を落とした犬畜生に、楽しみです、魔人だったらそこそこ暴れますかね、全力でやり合うのは姉以来ですかね」

「そこまでか……ここの家のもの、勝手に弄っちゃダメだよな」

「良いと思います、食料も、ここに置いていても腐るだけですから、それなら食べちゃった方が、こーゆー方向に誘導しないとキョースケは、食べませんよねぇ、でもお腹いっぱいか」

「うぅ、何か緊張したら、とても、ナナー、大丈夫かな、すげぇ怖い、でもホーテンは凄く心強い、これも矛盾、ホーテンのさっきの表現はわからないけど、でも、矛盾だー!」

「キョウ様、丸くなりましたね」

藁の寝床でグルグルと丸くなるキョースケ、どうも不安らしい、いい子ですと言いながらナナが頭を撫でる、表情は慈愛そのものだが腸は煮えくりかえってることでしょう、キョースケをこんな風に怯えさせる魔人に対して、でもナナに直接的な力はないから、ありえないことに、レフェが退治すると、自分ではなく、レフェがキョースケの為に退治すると言った。

それはナナにとってどれだけに屈辱か、哂う、でも、キョースケの為になら己を殺せるのはおにんぎょうとして大成功ですよ、ココロさんが入ったらこのあたり、出張りそうで嫌です……どんな人物か、キョースケを通して、わかる。

きっと、恐ろしく純粋で恐ろしく頭でっかちで騎士道にうるさい、同性からは尊敬を集め能力が劣る男性からは"邪魔な"……でも、そんな高みにいる彼女は、この怯えている青年の"独占欲"で支配されて壊されて、今頃はナナぐらいの依存度になってるでしょうね。

「しばらく丸くなってなさい、夜になればすぐに終わります、ナナ、レフェの耳だけではあれなので、周囲をその眼で、あと、怖がっているので、頭を撫でてあげなさい、許可します」

「……別に、奥様に認めてもらわなくて、ぼくは、でも許せないと思うのは」

「レフェがキョースケの一番ですから、こーゆー事態では、感情に反した事も言いますよ、はじめて、向かい合って話しましたね、ああ、キョースケ以外と会話をすると脳みそが腐りそうです」

「………」

本心なのですが、無視ですが、そうやって、そうやってしていればいい、いつか殺す日まで……少しは許容してやらないと、キョースケの心に傷を残すことは、絶対に許せないから。

うーん、この子はどうも、キョースケの道具としてレフェをみているようで、レフェに対して狂いそうな嫉妬は感じていないみたいで、まあ、レフェと同じように、ナナがいつかレフェを殺そうと思っているのは確実ですが。

互いに互いを殺したい、けどキョースケの前でしたら、嫌われる可能性が僅かにでもある、だから出来ない、出来ないから時期を考える、だから今ではない今ではないと。

「うぅぅ、魔人こえーけどさぁ、でも許せないのもあるから、うぅ」

「キョースケ、明日の朝まで寝てしまえばいいのです、そうすれば眼を覚ました時には全て終わってますよ、これはいい案では?」

「いい案もいい案だけど、無責任すぎるだろう、ホーテンが敵と戦って、ナナが周囲を眼で警戒して、その魔人とやらを許せない、残ろうって言った俺が寝ているだなんて」

「そうですか?キョースケはただそこにあるだけでいいのに」

「嫌だ、そんなのは男じゃない、もし、レフェが危なかったら、その、うぅ、怖いけど、がんばろう……と思う、俺が弱いのがいけないだけで、本当は男が女を守るんだろう……そーゆーもんなんだ」

「相手は人食いの化け物なのに、なんと可愛らしい台詞を、任せてください、あなたのその言葉を受けて、レフェの本気度はかなり上昇してます、てか、かわいいので、後で、抱っこします、お姫様っぽいの」

「抱っこされるんじゃなくて俺を抱っこ!なんだそりゃ……いろあせぇ、はぁ、今回の立場、全てが男女逆転じゃないか……うー」

「とか話をしている間に魔人が近付いてるっぽいですねー、まだ夜ではありませんが、本当にお腹が減ってるのですね、魔力がそこまで失われるなんて、珍しい、魔人ぐらいになると永久機関の一つも持っていそうですが、それでは追いつけないほどの魔力消耗、耳で"感じる"限り、相当弱ってます」

「まま、マジで近づいてるのか、うわわわ、でもそこまで弱っているのにこの村の人間を」

「どんな種族の方が住んでいたのかわかりませんが、死体を一目みた感じ、戦闘向きの種族っぽくはなかったですねー」

「ホーテンの種族だって見た目は華奢で幼くて、白くてさ、もう妖精じゃん的な姿で、戦闘向きではないような気がする、てか、確実に戦闘向きじゃないよね!」

「何を言っているのですか、細いということは無駄がなく、華奢に見えるのは油断を誘い、白いのは全ての根源の絶対色、ほら、姿も絶対無敵ではありませんか」

「物は言いようだな、でも、こんなに細いのに凄い力だし、ほら、おいで」

「あっ、はい」

レフェをおいでおいでと誘う魔性の手に吸い寄せられて、近寄る、藁が体中について、うざったそうに落として、近くに寄ったレフェを自分の膝の上に誘導する、どうしたんでしょうか?

そんなことを思っていたら、急に、お腹をぷにぷにと、触れる……服の上から触って、首をかしげて、手を胸元から侵入させて、さらに、服がはだけて、腰の帯がその動作にゆるくなる、ひゃん、と、うぅ、どうしたんでしょう。

「とても柔らかく細い……どこにあのすーぱーな力が潜んでいるのか俺にはわからないmむにむに、お腹むにむに」

「お、お腹はむにむにしないですよ、あぅ、あの、お臍をそんなに重点的にいじくりまわすのは、指で、はぅう、"弄繰"り回すのはなんなのでしょうか」

「いや、なんというか、その、力の秘密が、臍の中にでも隠したのかなーって思いました、ぷにぷに、むにむに、めにめにー」

絶え間なく、指で、キョースケの指は大きくて、レフェの小さな臍を何度も突く、遠慮はない、戸惑いもない、ただの興味を埋めるための動き。

「うぅぅぅ」

「ふははははは、このプニプニ感は異常ですなー、むぅ、むにむにと、ホーテン、顔が赤いぞ?……うーん、恥ずかしい?」

「いえ、その、あぅ」

「やめよう、悪のりだ、こんなの戦闘前にすることじゃないよなぁ、よーし、今度やるときは風呂場でだ!ふふふ、良い目標ができたぜ」

「り、りょうかいです」

お風呂場で……まさかキョースケからそんな約束をしてくれるだなんて感動です、感動すぎて腰がヘナヘナと、抜けちゃいます、耳はへたりと元気のない獣のように垂れて、息は荒い。

楽しみが無限に増えて、ふふ、ふぅぅ、あら、皮肉笑いのつもりがため息に、確実に、このあとの戦闘よりキョースケとの今の行為の方が体力を使っちゃいました、こんなに疲れたのは生まれてはじめてです、しかも気持ちいい、キョースケに触れられると彼の望みのままに精神と体が泡を吹く、あうぅ。



[1513] 異界・二人道行く18
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/26 15:53
「キョウ様、その、かなり近づいてきてます、顔は見えないです……相変わらず全身を黒い布で覆って、はやい、ですね、走るというよりは"飛んでます"」

「魔力で地面を蹴りあげてるのでしょう、中々に上手な"使い方"ですねー、ふむふむ、おもしろい、キョースケ、レフェは面白いと感じていますが?」

「そんな余裕は倒した後に見えて欲しい……俺駄目だなぁ、結果が出ないと過程だけじゃあ安心できないや、人間なんてこんなものなのかなぁ、てか、まだカクカクしてるけど?」

無理に気合を入れて立ったレフェの足は生まれたての小鹿のように激しい痙攣をしている、その言い方だといずれきちんと我が足で立つ、その、大丈夫ですよね。

キョースケに直に触れる行為があそこまでの威力だとは、いつもはこちらから甘えるので、キョースケが自分から何かを行うことは意外に少なかった、侮っていた、このざまである。

涎を手で拭い、この後に続く"雑魚"との戦いに神経を……集中させなくていいですねー、それよりさっきのキョースケは良かった、いや、いつも愛らしいのですが…妻がこれだと夫は育つ、何処までも、ですね。

だから精神はこれからの戦いなどはそこらに放置して、キョースケ一色、お風呂、そういえばまだ入っていない、それはいけないこと、全てを共有しないと、レフェはキョースケの一部で、部品で、ぐるぐると彼の意識で歯車を回して生きるのですよ?"そんないきもの"

ああ、キョースケに我が身を頭から、パクリと、そして腰から血が噴水のように吹き出て、それを甘露だとキョウスケが飲んでくれて、性の寝床の下半身もはむはむと、ゆっくり食べられて、あっ、上半身は一気に、下半身は少しずつ粗食されて、はうぅぅぅぅぅ、耳がピコっと、揺れる。

揺れる揺れる、意識の坩堝、意識は既に美味しく食べられているのです、ほんとうに、あとは肉体だけなのだ、キョースケに渡すべき部分は、なのに、それができていない、現実のもどかしさ、心を捕食してくれたように、きちんと肉体も食べてくれないと、ぐずぐずの余り物、はやくはやく、食して欲しい。

ぐちゃ、肉から肋骨が天にはえて、キョースケがそれを舐める、母の乳房に吸いつく赤子のように、しっかりと、丹念に、しゃぶりつくされて、レフェは死にかけの体で大きく震えて、歓喜に打ち震える、それはそうです、骨まで、愛してもらえるのだ、噛みつかれ、ゆっくり、硬いソレを一生懸命、ゆっくりでいいんですよと死にかけで血と愛を吐きだす。

甘える子供に愛情を向けるように、レフェは痙攣を繰り返す腕でその頭を撫でて、あぁぁあああ、いつの日かこんな素敵が"あればいいのに"腸はからは中身をじゅるじゅると、そんなの、あってほしいですよキョースケ、やっぱり最後はあなたと全てを一つにしたい、したい、したい、死体、いたいいたいいたい、あなと永遠に、遺体、死で一つ、ふふ、あはははははははは。

「来ます」

とナナの呟き、耳で捉えていたレフェは既に精神をキョースケとの一体化に向けていて、でも体は絶え間なく戦闘態勢、おうおう、今度は正面からですか??正面から……さっきは弱い人間をいたぶる為に壁を破壊したのに、えー、どーゆー考えでしょうかね。

迫る気配は血と敵意と食欲が配合されて、そこに天の魔力が交わって、どうにもこうにも、さて、と、一呼吸、"正面"が粉砕されるまで僅か数秒、飛び散る炭だらけの木片、それが攻撃的にレフェ達に襲いかかる、ええ、レフェは手で叩き落とし、キョースケとナナの周りには水のカーテンが鮮やかに掛かる、刹那で、刹那で、そこに黒く小さな影。

ナナ、先ほどは自分よりやや高めといってましたが……レフェと同じぐらいです、手を前面に向けて警戒態勢、襲いかかる対象は……この中ではレフェでしょうね、いい感じにあなたより"弱いように"設定してあげてますし。

全てが地に落ちる前に、先んじて地に降り立ったそいつは、その勢いのまま体を縮めて、真正面にいたレフェに飛びかかる、その力をため込む過程が蛙のようで、不細工だなと、冷静に感じてしまう、鋭く尖った爪、黒い布からのぞく肌は人と同じなのに、獣のように鋭い爪で、魔力光を放ち、空気を焼き、レフェの顔面に迫りくる。

うざったいので、先ほどの木片と同じように、片手で"よける"、ああ、なにも変わらない、それがただの木片であろうが鉄を貫く魔力の爪だろうが、迫りくるソレを撃退する手段は単純で、叩き落とすか叩き潰す、ええ、相手の攻撃を無効化するついでに、相手の攻撃手段をも粉砕する、だから、よけるついでに、手刀を持って、相手の腕を"切り落とす"……魔力の大半で構成されている魔人は空気にさらされた内部から魔力を蒸発させ、舌打ち。

黒く汚い蒸気、けほっ、相手は後退して、レフェは鼻を手で押さえて、むぅ、濃い魔力のそれに……気分が悪いです、敵は再度の攻撃をせずに、失われた自分の片腕など気にせずに、注意深くレフェを睨みつける、こちらとしてはそこまで警戒されては、中々追撃に……理由はキョースケに良い所を長く見せたいから、地面で芋虫のように這う相手の"手"を足で潰す、一瞬で消えうせたそれをみてやれやれと首を振る。

「凄く、すごーく、甘い攻撃です、直接手を下したいのですか?普通に考えて、遠距離から魔術を行使してこの小屋ごと吹き飛ばした方が効率的でしょうに、こちらはあなたより人数が多いのですから」

「……白の古人、ココロネ谷から出れないんじゃなかったの?」

思ったより普通の声でした、幼い、甲高く、でも落ち着いた声です、声量を極力抑えて、それでも殺意をにじませて、良かった、キョースケは彼女を"否定"しているから、その毒を向けない、一般人より興味無く、いらない魔人。

キョースケがそう思う限り、餌にはしない、手持無沙汰で、つい首をコキコキと、答えるべきか答えないべきか、レフェはキョースケに視線を向けると、コクコクと頷いたので、あっ、顔が青ざめていても可愛いですよー。

「少し事情がありまして、魔人さん、この村の人間の味はどうでしたか、魔力をそんなに備えていない種族だったみたいですが?」

「……女子供の類は甘くて、美味しかった、だけど最後に食べたジジィは最悪だった、全て喰らってやろうとしたけど、まずくてつい皮だけは残してしまった」

「ほほう、まあ、そりゃそうでしょう」

「……お前たちはうまそうだわ、白の古人、と……森羅の皇赴眼か、ん?あとは、知らないわね、珍しい三人組もいたもの、戦争でもしようっていうの?」

思ったより口が良く回る、もしかして人との会話に飢えているのでしょうか?だとしたら殺さないで家畜にして飼えば良かったのに、子供も出来るし、無限に餌に困らない。

こんな寂れた村ならば、裏でそのように支配しても気づかれないでしょう、問題としては、レフェたちのように、時折、感覚が鋭い人間がいることですかね。

てかレフェの種族もナナの種族も知っているとは、旧い時代の魔人でしょうか……ふむむ、しかし、わかったことは、この魔人は本来の力を大きく失っている。

だとして、村人を襲って魔力の補充を行っていたのは理解できます、一つ疑問に思うのは、そこまで高位な魔人がどうしてそのように力を失う羽目に……感じる魔力の量は少なくても、濃度は濃い、弱った高位の生物の特有の現象。

「戦争はしません、いつか、するかもです?」

「ふざけた奴だわ、底が見えない、しかし、おかしな、まさかこんな辺境で過去の大戦で名を轟かせた二種族が、仲良く連れ添ってるとは、何の冗談?」

「仲良くないです、むしろ今すぐに殺したいぐらいに、あなたよりは殺したいぐらいに、邪魔だと思ってますが、夫のにんぎょうなものでして、妻の一存で廃棄は出来ないのです」

「はぁ、結婚しているの?白の古人は我ら魔人と同じく、その姿は幼いままに、過ごすと聞いてたけど……あなた、今おいくつ?」

「女性にその質問をするとは、同性だけどちょいイラッ…です、そちらこそ、レフェはおいくつと問いかけます、魔力の濃度から、かなりの年寄りかと、ああ、ボケて自分の魔力を無くして、お捜し中ですか?」

「くっ、感じ悪いわね、あなた」

「生憎と、夫以外に好かれたいと思った事は一度もないので、しかもその夫を怯えさせるあなたには嫌われた方がありがたいです、血反吐を吐いて砂を舐めてもらいます」

「……そこの奥で震えてるそいつのこと?………黒の眼に黒い髪、見た事もないわね、魔を支配する我らですら、黒を持っては生まれない、あなたは何?」

「うちの夫は照れ屋で臆病なので下手に話しかけないでもらえますか??彼はレフェの全てです、全てだから最も美しい色の黒を持つ、ふふふ、高貴な黒を纏う、あは」

「こわ……あなた、中身はかなり醜悪そう、見た目が"繊細"なだけに余計目立つわよ、そんな悪意……魔人が言うんだから少しは気をつけなさい」

「むっ、なんですかそれは」

「だから、あなたの心配をしてあげたのよ、同性に嫌われるわよ、あなたみたいなの、見た目が美しいだけ余計に、ふぅ、って私が言えた台詞じゃないわね」

「……?」

「戦う気は無いって言っているの、何でって顔してるわね、貴方たち、面白いし、そんなに幸せいっぱいの夫婦を殺すのは、嫌ね」

「そ、それなら、ここにいる人たちは、どうして殺したんだ!」

それ、なんだか軽い言葉ですよキョースケ、でも優しいあなたがそう思うのは必然で、魔人はその声に顔をそちらに向ける、といっても黒い布を纏っていてまったくその容姿はわかりませんが。

鈴を転がすような軽快な、その声に、少しだけその中を覗いてみたいと思ってしまいました、まあ、興味本位ですけど、キョースケがうろたえている、敵意が少しずつ失せているのがわかる。

だからレフェも少しだけ警戒を、てか、警戒するに値しないですけど……むぅ、キョースケ、相手の言葉をすぐに信じ込む癖はやめたほうがいいですよ、いやいや、そこがいいのですけどねぇ、レフェも騙して色々したい、こほっっ、いまのはなしで。

その魔人、一部にしたいのでしょう?



[1513] 異界・二人道行く19
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/27 02:20
魔人は喋る嬉々として。

「別に、理由はあるけど、そうねぇ、つまらなそうに生きていたから、私の餌にでもしてあげた方が……怖い怖い、そんなに睨まないでよ、今のは冗談よ、どっちみち、この村の人間は全滅していたんだから、食べてもいいかなーって思ったの」

「全滅?」

「そうよ、知ってた?この村の人間は私が襲わなくても滅びる運命にあったの、最後に殺した村長のせいでね、私はここの村人と契約して、一人一人を殺して、最後に村長を殺す契約を果たしただけ、死骸をそのまま晒すのも可愛そうだったから、魔力の補充のついでに食しただけ」

「どうしてそんなことを……その、俺はそーゆー機微がわからないから、限られた言葉で言ってくれ」

「こんなに人が少ない村では、権力が集中する、さっき言った村長のようにね、わからない?そんな人間が何をするのか、何をしてこんなに村を衰退させたか」

「キョースケ、彼女の言う事は、まあ、世の中には良くあることで、無い場所では無いことです、だから気にしないで耳にした方がいいですよ」

「ふーん、本当に大事なんだ、その男の子」

当たり前だ、大事とか大事ではないではなくて、全てなのだから、忠義も愛も欲望も、全てか彩り、この人に続く、あなたのような怠惰に生きている魔人にはわからないでしょうね。

わかるわけもないし、しかしキョースケの様子がおかしい、ちゃんと、会話をしている、この魔人のことを、少しだけ信用しようとしている、ふむむ、血祭り開始した方がいいような、厄介な事になりそうに、でもキョースケが望めば何でもいいですけど。

「数が限られていて、体も弱く、短命の種族なら当然でしょう、しかも下手に気位が高いから外から血も入れず、近親相姦の連続で成り立っていたのがこの村、村長はそれではないと血を残せないと思って、まあ、やりたい放題、し放題、この村に男がいなかったのも手伝って、ひどい有様よ」

「うぅ」

「私が食べた子供も奇形児ばかり、味には違いがないけれどね、村長はそれを望んでいた、村の男が自分以外全員死んで、それはそれは喜んだらしいわ、しかも村人はみんな血の繋がりがあって、何も生まない、何も進展しない、年寄りの腐った脳みそが欲望で支配されるだけ、その時ね、たまたま、私は自身の怪我を癒すためにこの村に立ち寄ったの、私、こう見えても人食いはあまり好まないの、自分の魔力は自分で精製して、地味に生きていくのが好き、派手に生物を殺して暴れまわるなんて、あの氷山の向こうの島に住む同族たちだけで沢山、こっちはね、こんな穏やかな大陸で生きて、穏やかに死んでいくのが夢なの、本当なら他者の命を奪ってまで……でもね、その時に契約したここの村人たちが、自分たちも"消してほしい"、村長に、一人一人自分の女が消えてゆく恐怖を与えて殺してほしいと頼んだから仕方なく」

「んー」

「……ってそこの男の子!これだけ長々と説明してあげたのになにその感想、失礼ね!」

「うーん、うーん、ナナ、どーゆことだ?信じていいのか?悪い奴だけど、悪い奴じゃないのか?」

「嘘はついてないみたいです、魔人は嘘を嫌いますから、悪魔とそこら辺は一緒にされますが、魔人は嘘を嫌い、悪魔は嘘を好む、そこのお姉さん、あなたが本当に魔人なのか確信が欲しいです……ぼくはわかりますけど、キョースケ様の美しい瞳は"普通の瞳"ですので、顔を、出してはもらえませんか?」

「あら、結構、したたかね、そこのぼく?」

「……背の高さは変わらないですから、無理にそんな言い方をしなくてもいいと思う」

そのナナの言葉を無視して、魔人と呼ばれる存在は無造作に黒い布を脱ぎ捨てる、はらはらと、落ちたその後には"意外な姿"……意外でいいですよね、ええ、意外、キョースケが『え』と息をのむ。

予想は付いていたけど、その予想は予想でしか無く、もっと醜悪な姿を期待していたのに、全然真反対、全てが違う、答え合わせをするなら一つだけ正解、人型であることだけ、たったそれだけ。

濃い紫色の長い髪、まったく淀みはなく、一定の色、前髪はおでこの所で綺麗に切り揃えられていて、清潔な印象と、何処か生真面目な印象を与える、瞳は切れ長で猫のように細められていて、好奇心に満ち満ちている……色は髪の色と同じく濃い紫、鮮やかではあるが毒々しい華を連想させる。

顔の造りは鋭く鋭利的、幼児ではあるが、しっかりとした造形は、愛らしさより美しさを内包している、長い睫毛もさらに拍車を駆け、魔人とは魔を持つ美しさで形作られていると、訴えて来る、艶やかな桃色の唇は瑞々しくて、淫を含み、幼を現す。

耳はレフェと同じように鋭く尖っていて、長く伸びているがやや先が垂れていて、さらに言えばそのすぐ近くから天に向かって大きな角が二本、魔術文字が様々に刻まれていて、さらに螺旋になっている、幼女の姿には似つかわしくない。

自分の小さな顔と同じくらいの長さの角が聳え立つさまは中々に壮観だ、右側の角には黒いリボンをつけている、ヒラヒラが付いてますよ、ヒラヒラが…まったく、なんでそこにつけるのですか?

身に纏うのは、幼女にしては頑張りすぎでしょうと言わんばかりの黒く深い色合いのドレス、何やら鉄の鎖やら不気味な人形やら……ごちゃごちゃでフリフリしてます、あんなので戦闘が行えるのでしょうが、疑問です。

黒革の長靴で踵を鳴らし、面白く無さそうに生意気な感じで鼻をフンっと、キョースケはまんま子供の存在に、まんまキョースケで、つまりは、近づいて行き、じろじろと観察する、何かあっても"れい"が防御するから大丈夫でしょう。

「普通の、幼児じゃん、いや、生意気そうだけど」

「失礼な人ね、ほら」

バサッ、音にしたら一瞬、現実にも一瞬、だが出来上がった羽は巨大、この小屋の壁を全て粉砕、ああ、今広げた羽はこの部屋より巨大で、ついでに言えば、黒塗りの木よりも深く深く黒い、漆黒ですね。

獣の羽らしく、それは鳥のそれとは異なる、簡潔に言えば巨大な蝙蝠の羽、折りたため、身を包むあれ、骨組が際立つ、少女の華奢なその骨と同じところから生まれ出ていると思うと、少し不可思議、魔力により構成されているのかと思ったら、圧縮されて背中にちゃんと"存在"していたみたいです、むむ、背中はどうなっているのでしょう、主にドレスが。

キョースケはその翼を暫し観察、クルクルと魔人のまわりを歩きだす、中心は小さいのに外部部品が巨大、少し不良品では?魔人には魔人の都合があるのでしょうけど、これはなんという種類の魔人なのでしょう、生憎、彼女たちについてそこまで詳しくないので。

「でけぇ……死んだ人たちも、これの"一部"なったのか、ふむぅ、それだと、ぬぅぅぅ、怒る必要はないのかな?……望んだのなら、俺が何か言えるのか、さらに言えば他人に言う資格なんて、あるのかなぁ、難しい、いつでもこの問題は難しい、ぬなー」

「あら、そんなに簡単に許しちゃっていいの?」

「だって、こんなに綺麗な羽の一部になったんだろうー、望んで、それだと俺に何か言えるかなぁ、真ん中は綺麗で羽は綺麗で、きれいきれい、ん、何処かで聞いたなこの言葉……まあ、いいや、ふにふに」

「……勝手に触っていいと誰か言ったのかしら?」

「おぉ、最高の触り心地、ちょーこーきゅーな感じだな、骨は、骨って言うのかなこれ、すごく科学的な、そんな中にあるなぁ、これで収納するのか、すげぇー、ちょー機能的、むう、機能美&造形美」

「……どうも」

キョースケの絶え間ない好奇心の波に魔人は少し押され気味だ、ここまで真っ直ぐに魔人に対して感想を述べる人間はそんなにいないでしょう、しかも先ほどの怖がり方から一転して、である。

むぅ、キョースケ、しちゃうのでしょうか、あれを、まだ今はしていない、なんでしていないのかはわからない、"毒"をどくどくと、会った事もない英雄さんには注いでいるのに、興味のある魔人を自分のものにしないとはこれいかに。

「許す許さない以前に、気に入った、よし」

「人間風情に、と言いたいけど、貴方、何者よ?……黒一色で、ある意味、羨ましいけど、魔人ではないみたいだし、かといってこんな種族が大陸にいるなんて知らなかったし、私が知らないという事は、この大陸の中にいなかったってこと」

「へー、どうしてそう言い切れるんだ?」

「だって私は自分の足でこの大陸中を旅して来たもの、流石に全てとは言えないけど、大半はね、それでもあなた見たいな奇妙な生き物はいなかったわ」

「ふーん、教えないー、俺が何かだなんて、どうでもいいじゃないか、お前は、君のほうがいいか……お前でいいよな、うん、お前は、なんだ?」

「なんだ、とは、そうね、平和主義の魔人よ、そう、私は平和主義なのに、魔人ってだけで人間に狙われているの、"結構"な数の冒険家の一味に集団で襲われて、何とかね、こんな辺境まで逃げて来たってわけ」

皮肉だ、自分の力が他者の力にねじ伏せられた皮肉、彼女、かなり高位な魔人なのは確かなのに、なにかを見下す瞬間がない、常に平等に生き物に、レフェ達に接している、もしかして、本人の言葉通り、平和主義者なのかも、おかしな魔人もいたものです。

「それは酷いな」

「でしょ?魔人だって辛いわよ、お金の為に殺されるって、もっとこう、愛とか正義とかに負けてみたいのに、やるせない世の中ね、失礼しちゃうわ」

「むむ、ずっとこの大陸にいたのか?」

「昔はね、ちゃんと魔人が住むような、氷山の向こうのあの荒廃した大地に住んでいたけど、つまらないわ、暗いわ、食物は育たないわ……どれだけ下らない大地かって、嫌になって飛び出しちゃった、ふふん、一人で生きていくのは無理だと言われたものだわ、仲間に、でも、魔人や魔物以外を婁魔王に入れだして、仲間内に入れだしてからどうもね、気に食わないって感じで、人間で魔王とか、ありえないでしょう?私、魔人至上主義ではないけど、究極の悪は自分たちの血で支配していたいし、丁度良い機会ってことで」

「ほぅ、でも、俺は、お前と友達になりたいと思ったし、そーやって種族のなんだかんだで、判別するのはやめようぜ、友達になろうぜ」

紫色の濃い瞳が、艶やかに、かつ、面白そうな色に光る、そんなことを言われるとは思わなかっただろうし、言われたら心が弾んだといった感じ、ああ、レフェにはわかる、同じ経験がある。

キョースケは自分より小さく幼い姿をした魔人に、眼を合わせる、腰を折って覗き見る、恐怖と憎しみは、会話ではなく彼女の在り方で消えうせて、消えうせて、欲する、毒の臭いがする。

彼女は余裕を持って、気づいていないだろう、魔人が弱って弱って、それでも人に抱かれるか、否、そんなことはありえるわけないし、現実に起こることではない非現実で、でも、彼女にのびる触手に気づかない、ナナはその無限な欲に、あちゃーとした顔、レフェは嫉妬と、興味に染まるキョースケが愛しい。

そこの魔人もそのうち、でも、どんな役割で、ああ、今言ったかもです、ああ、ともだち、ともだち、あぁぁ、そうですか、だから、毒が柔く、でも、重点的に、友達、親友ですか、ふふふふふ、あなたの為の、あなたの為に、くるくる、魔人をくるくるくる、魔であろうがそれは意味無く、気づくことはない。

「そうね、あなた、面白いわ、そこの後ろの二人の方が目立つけれど、あなた、かなり異常ね」

「うーん、それはつまり友達になってくれるってことか?それだと無茶苦茶ありがたいんだけど、そうだと無茶苦茶嬉しいんだけど、そうだと」

「少し待ちなさい、今、考え中、魔人は嘘はつかないけど、疑り深いの、特にあなたのような輩と何かを決めるとなると、どれだけ用心深くても駄目なくらい」

「なーなー、なろうよ、なろうなろう、この羽、もっと触りたいし、でも基本、俺駄目な人間だからそこんとこよろしく、ぬぅ」

「……魔人と友達になろうなんて、聞いた事がないわ、そんな人間、良識ある存在なわけないじゃない、だから"駄目"とか、そんな言葉で下には見ない」

「小さいのに難しい言葉を使う」

「さっきも言ってたわね、遠まわしは嫌なの、だから、いいでしょう、あなたの友になりましょう、面白い人間さん」

「きゃっほう、いやったぜぇ、ふははははははははは、この世界に来て初めての友達っ!」

「……この世界?この大陸ならわかるけど、不思議な言葉を使うのねあなた、で、お名前は?友となるならお互いの名前ぐらい名乗らないと」

「江島恭輔だ、好きなように呼んでくれ」

「そうね、ではエシマと呼ぶわ、私の名前"フナキ"、もっと長ったらしい名前もあるけれど、私は好きじゃない、家族はみんな私の事を"フナキ"って気軽に呼んでいたし、友になら授けても構わない」

「おう、フナキっ」

あっという間に蝶を平らげましたね、フナキは手を差し出す、キョースケは手を掴んでぶんぶんと、先ほどの会話からしてキョースケの毒もあるけれど、それとは別に"気が合う"みたいですね。

魔人は人を蔑むが、キョースケの毒の量はそれを許さない、対等に扱うのが信条のフナキでも、そんな理由は関係なく心の底から、外面ではなく、今対等にあるのだろう、フナキも隠しているようだが、嬉しそうだ、友情発生、キョースケ捕食、おーい、食われてますよ魔人さん、その角からばりばりと、脳髄あるならじゅるじゅる。

「えっとなー」

「エシマ、少しあなたの血をくれない?……後ろの貴方たち、眼が怖いわよ、別に悪意があるわけではないわ、キョースケの血からこれまでのあなた達の情報を読み取るの、口で説明されるの面倒で、嫌いなの」

「ナナ、ホーテン?」

「魔人のように魔力で構成された生き物なら血液から相手の情報を読み取る術ぐらい出来るでしょうね、いいのでは?レフェとしてはキョースケの血を摂取したら、どんな状況に、どんな状態になるのか見ものですし」

「キョウ様、あなたが友と認めたのならぼくからは何も、血の一滴、重いから……ほんとうはナナが受け取りたい」

「ってわけで、血、いいよ、えっと……」

キョースケが腕を差し出す、そこは個人の中にある記憶によるが、ええ、腕から血を吸う、ありがちであるし、一番安全だとは思う、首などは、信用できない相手には出さない方がいい、腕ならすぐに迎撃出来る。

フナキはそれに対して蕩けるような笑みを見せて近寄る、無防備なキョースケの態度を"あいらしい"とでも感じたのだろう、毒はどくどく、くるくると、何処からか魔人を壊す、魔人の魔などはキョースケにとっては魔などではなく、ただ、意味のないもの。

愛らしい少女の顔には似つかわしくない鋭い犬歯を見せて、ぷすっと、キョースケの腕にそれを刺し込む、騎士が忠誠を誓う儀式のようだ、幼い姿をした魔人がそれをすると何処か倒錯的で、しかし神秘的だ、血、キョースケの血、ああ、レフェは最初に、そう、眠った日に、キョースケの"あな"を全て舐めた日に、それも得ましたけど、ふふふ。

フナキの喉がコクコクと鳴る、獣が水のみをするかのような獰猛さ、愛らしい少女としての姿はやはり偽りで、そちらの姿こそが彼女の本質なのだろう、キョースケは虚空を見ている、それを見ようともしない、何処か感情を感じさせずに、ああ、虚空を、そこからまたフナキを見下ろす、見下ろす、見下ろす。

「………」

第一に起った異変は、フナキの体から広がる翼が大きく、さらに大きく広がったこと、夕暮れに染まる空に、高く高く、広く広く、まるで今から闇を、夜を呼ぶように、フナキの眼が"点滅"して、そうだ、瞬きの回数が異常で、ああ、壊れてしまった機能、体が大きく震え、彼女の意思を無視して翼は広がる。

キョースケは何も言わずに、崩れ落ちそうになるフナキの角を片手でつかむ、足に力が入っていない、魔力を行使して地を圧倒的な速さでかけた足は、力も何も失って、糸の切れたお人形のようだ、キョースケの掴む力で、羽に重さはないのだろうかとまったく別のところに眼が行くレフェがいたり……フナキの口の端に桃色の泡が、唾液と血が混じって酷く淫乱で、くるくるくる。

その尋常ではない姿は重病を患っているようで、何かの拒絶反応にも似ている、魔人だから、何もないかもと、そんなことを考えたレフェの意識は本当に無駄で、想像の域なんて、呆気なく踏み出す、フナキは「えしま」と泡を吐いて、口内にたまった液をダラダラ、粉砕された部屋の壁にたらたら、色が変わる、唾液は恐ろしく透き通って、粘りがなくなってゆく、そのまま倒してあげた方が……そう言いたいが、キョースケは角を掴んで観察している。

侮ってはいないだろうし、純粋に友となろうと手を差し出され、それを取った彼女だ、嘘偽りなく、本当にキョースケの事を知りたくて、血から過去や情報を読み取ろうとしたのだろう、だから憐れむ、哀れ、まるで今の姿は、友と言うよりは、朽ちかけた蝋人形、キョースケは何も言わない、内に混沌を抱える彼は、自分の一部を分け与えた魔人の少女に、人ならざる存在に興味を示す、ということは、肉体を通さない毒もどくどくと、近距離で流し込まれ……その毒まみれの血は魔人の内臓に。

魔人、魔人のフナキ、吐きだして食った脳みそをそこらにばらばらと、それが心配でしたが、そんなのでキョースケを汚したら許せないから、ふむむ、いま、キョースケの"友達"が生まれようとしている、発生しようとしている、魔人として長く世を旅して培った記憶も知識もなにもかも、キョースケに塗り替わる、キョースケ、彼女風に言えば「エシマ」という存在が、てか、血の一滴で魔人をここまで蹂躙出来るとは、彼女等は人間とは違って、崇高な悪としての意識を、精神回路を持っているのに。

まったくもって無視、一度だけ、少ない、無いに等しい毒で商人から無料で物をもらい受けたが、それと同じだ、相手が油に塗れた老獪な商人だろうが、魔力を得て圧倒的な力で外敵を屠る魔人だろうが、キョースケにとっては何の意味はない、同じように、望みを与えて望みを奪う、奪って奪う、そんなありかたのキョースケ、そんな壊れ方で自分を正当化する可哀想な子、あぁ、そうだ、この子は友達をつくることですら、歪み切っていて、普通の感覚が分からずに、分からずに、あり方を行使する。

フナキの様子を不思議そうに見つめる、口の端の泡を、覗きこみ、舐めて、どうしたものかと思案している、このままだと舌を噛むかもしれないと、そんな不安ではなく、自分に依存し過ぎて、完全崩壊する化け物になり下がってしまう、彼は本心でそれを知っているし、本心からそれを望むが、壊れすぎると、もうそれはフナキではなくて、そこら辺の加減を覚えないとこれからが大変だ、まあ、何処かの聖騎士様は既にその域にあるようですが、こわいこわい、すごいすごい。

痙攣の波が激しくなり、もうこれ以上弓なりにはならないだろうと、反る、反る、背骨、ああ、魔人だから大丈夫ですかね、突然の絶叫、先ほどの愛らしい、人の心に幼児めいた音を響かせ、転がせ、鈴の音のような声ではなく、獣の咆哮、震える空気、冗談ではなく大気が震え、レフェは耳を塞ぐ、とても聞けたような声ではない、新生する、魔人が、ともだち、友達になるのに、ここまで犯しますか、キョースケ、少しだけ、このフナキという存在に、まあ、やっぱりいいです、キョースケが喜ぶならどうでもいい。

おもしろおかしく、角を掴まれたまま律動する魔人、同族が見たら、本来なら誇り高いその姿が、その角が、狂って地面を這いずりまわるのを止めるために掴む道具扱いされているのを見て、何と思うだろう?

あまりに同じ光景が、同じ、人の形をしたものが木っ端みじんに粉砕される様を、ずっとずっーと見ていると、時間の感覚がおかしくなる、夜が空を染めても、二人は変化しない、キョースケは角をつかみ、唾液で呼吸ができなくなるのを、口内を舌で犯し、防ぎ、フナキはずっと、先ほどの顔が下を向いている状態なら良かったのに、上にのけ反るとそりゃ口に唾液が溜まりますよ、キョースケはそれを吸ってあげる、吸って、もう飲めないとお腹を摩る、自分で壊していて、おもしろいですよー。

びくんびくん、脈打つ、ナナはもう飽きたのか、キョースケ"だけ"を見てうずうずしている、構ってほしいと小さな体で表現しているが、主は新しいおもちゃに夢中である、鼻水と涙と汗と涎と、それを全てキョースケは舌で舐めとる、あなたの唾液で、心も体も支配している横で、容姿をも支配する、唾液でテカテカと光る、太陽の光は月の光に、その柔らかな蒼い光が青ざめた顔に、あーあ、下も…女の子なのに、白い太ももがみえる、異臭、あんなに綺麗なドレスなのに、反っているせいで中身が丸見え、彼女の為に言いませんが、中々に可愛らしい下着で。

顔はとても見れたものじゃないですね、白目で、気絶しているように、舌だけが、大きく突き出され、ピクピクと震えている、キョースケのそれと時折絡む、ああ、キスではなく口内の掃除、死にますからと、まあ、自分の唾液で窒息死する魔人とやらも見てみたいですが、巨大な翼は本体の"勢い"とは別に既に巨大化を停止しており、地に伏せて、時折震える。

……あ、あ、……あ、……意味のない響きが続く、それはそれはもう、続きまくって、いつ終わるんですかと、雨のように無造作に降り注ぐ、あー、止むまで待つしかない、止むまで……時間は過ぎる、既に地面は諸々の液体で、水たまりを作っている、キョースケは……唾液が本当にもうお腹に入らないのか、うぅぅぅぅ、飲み過ぎた、今晩のごはんはフナキの"なんか"でいいやと、こっちもそれに「あんまり飲み過ぎると夜中に……」と何か変なところを気にかけて注意してあげる。

やがて終わりは来る、時間が過ぎ、深夜には、鳥の鳴く音、天の魔力を持つ魔人は天に叫ぶのをやめ、沈黙に陥る、死んだかと、レフェは純粋に思った、それなら、一応はキョースケの友達とやらを名乗ったのだから、地に埋めてみようかなー、ふふ、と、彼女の長く続いた"白の眼"が紫に、本来の色を取り戻す、新生して初めて見るのはキョースケの顔、生まれたての子が親を絶対視するように、フナキの思考がぐにゃりと歪む音を聞く、キョースケの存在を見て、知って、彼女はどうなったのか、餌をやる係のレフェには手に取るようにわかる。

「おはよう、って言うのはおかしいけど、これ以上、こう、液的なものはやめてほしいかなぁ、げぷ、朝飯ですかこれは、むぅ」

「………エシマ」

「おう、そう呼ぶって決めたのに……突然に、あんな状態になるからびっくりですよ?…ナナなんて寝ちゃってるし、ホーテンはホーテンで、なんか暇だからって寝そべってるし」

「エシマ」

「いるって、何度も呼ばなくても、あれか、俺の名前の確認ですか、ああああ、俺は"エシマ"だよ、間違いない、この世界では被りもしないだろうーーー、あああ、こんな"みょうじ"だなんて、くくっ、可愛いぞ、フナキ、角持ちすぎて、角に刻まれた文字やら螺旋のでこぼこがほら、肌についちゃった、角はなすよー、つのつの言いすぎて掴み過ぎて、角好きになりそうな俺」

「……我が友」

「うん、俺から言ったことだ、ずっと友達でいればいい、この世界だろうが俺の世界だろうが滅んでも、友達でいればいい、友達で"だけ"あればいい、そこにそれがあるように、君は君のまま、俺と一緒にいろ」

「………誓いましょう、あなたの喜びは我が至高の歓喜、あなたの悲しみは肉親を失うより深い絶望、あなたの恐怖は私が全身全霊で消し去り、あなたの絶望はその者にさらなる絶望を捧ぐことで、誓いましょう、永遠にエシマとある」

「えー、話は終わりましたか?」

………重いですね、こう、この子、結構重いです、血を吸ったせいか頭の侵され具合が尋常ではない、真面目な性格、友達という契約上、そこまではみえませんが、壊れて、壊しちゃいましたね、こわれこわれー、レフェの方が重傷っぽいですが、ナナと同じぐらいの"位置"ですかね。

自分の体を見下ろして、まじまじと見つめるフナキ、こう、自分自身の変わりようを感心するかのよう、実際にはただの確認でしょうけど、友達ですか、また、厄介に作り変えてしまった見たいで、天の魔力を持っている時点で戦力としては……ふむむ、回復までどれくらいかかるかが、大事ですね。

既にその域は、ああ、愛しているでしょうけど、依存度もそこに投じると、結局はナナと何一つ変わらないでしょう、ひどいです、言葉遊びですかー、友達でも何でもない、あなたを愛する異常部分なのに、一応は友達、ひどい詐欺、でも少し期待が……それが望みでしたら、でも仕方ない。

「……ふんっ、成程、あなたが"ホーテンことレフェ"…そこの寝ている子がナナ、あなた、わかっていて、エシマを止めなかったわね、血を与える事に反対もしなかった」

「ほほぅ……ただ"ぐにゃぐにゃ"とミミズのように震えていたわけではないのですね、本来の目的も果たせたようで、とても良いことです、キョースケの"中身"はどうでしたか?」

「混沌よ、すっかり中身を変えられてこの様よ、まさか異世界なんて代物が本当にあるとは、長生きはしてみるものね」

「それに、他には?」

「これ程の"そんざい"がいるだなんて、向こうの事は読み取れなかったけど、エシマがこの世界に来てからどんなことをしてきたかは全てわかったわ、後は本質も、あれは本質というのかしらね?……でも私の全てはキョースケになったわ、でも、あなたは酷い子だと思う」

「最初に言われた同性に嫌われる、ですか、妻に精霊に軍師に親友と、幅が広がってきました、ここまでくると絵物語に近いですね、あとは忠義の騎士、でも手は既に……ふふふ、あなたは実は五人目なのです、びしっと指さしつつ」

「どうでもいいわよ、そんなこと、エシマに何があろうが、全ては私が引き受けるの、決めたから」

「んー、フナキはあれか、何でも屋か……二人とも、旅は道連れ、ゆったりと行くぜー、何せ、喧嘩したら俺では止められないし、つか、蹴られたら終わりです、勘違いするな、殴られても叩かれても終わる、俺の弱さは蟻ですよ」

「エシマー」

首に纏わりつくそれに、うぅぅぅぅ、と、お腹を摩って唸るキョースケ、まさか次の街に行くまでにまた一人増えるとは、増えるというかひっかけたというか、どうしようもない子なんですからキョースケ。

羽で飛べ―、俺の首をつかうなー、うごうご、けちー…………友達ってあんなもんでしたっけ、何せ、レフェには比較対象がいないから、困る、キョースケは幸せそうですが、このフナキ、悪知恵が働きそうだ、つまりキョースケの為に……キョースケはムニムニと頬を、あー、裏方に徹してほしいのですが、無理ですかね。

角を掴んでぐわんぐわんと、キョースケが逆に攻撃に出ている、友達、親友、そんな感じで皮膚を寄せ合い、肌を寄せ合い、皮膚をぐにぐに、なんだか夜の仕草のように、絡む、密な関係を想像させる密着具合、さすがに魔人と人間では見た目が幼女でも親子には見えない。

フナキは容姿の小悪魔っぽさ、悪意で言えば小物っぽさから、ああ、レフェ視点ですから世間的にはあの容姿でも貫禄みたいなものはあると思います……ですがそれで、そう、そう考えると、甘えん坊のようです、ナナのように遠慮気味でも、レフェのように大胆でもない、自然にグニグニと頬を寄せる、角が摩れて絶叫するキョースケ……うーん、友達、ですかね。

しかし、処分の日は検討するとして、これで魔人にも手はつけれました、繋がり、戦力集めが楽になりますかね、うむむ、今のこの状況、とてつもない、冒険家になる前に戦力だけはいくらでもいくらでも、愛で動く、つまりはそこからいなくならない、みながみな、皆が皆、キョースケの一部として永久に活動する、永久機関ですかねこれも。

「なんだかここ最近、俺の首はお前達がぶら下がる為にあるように思えるわけで、キリンさんのように進化したらどうしよう、うむむ、なんか硬質化しそうだ、ふぬぬ、フナキ、角がー!」

「エシマ、友の重みを感じることは友として当然のこと、さぁ、抱きなさい」

「うぅぅぅぅ、うー、友として抱かせていただきます」

「よろしい、あなたは頭の回転が遅いのだから、私の言葉にいちいち否定を入れないでちょうだい」

「ぐぬぬ、こいつ」

「なんなの?あなたは友にそのような眼を向けるの?あら、野蛮ね、育ちの悪さが出ているけど、私は友としてあなたを愛しているから許してあげましょう」

「……あーめんあーめん、だれかたすけてー、どうしてこうなった、どうしてこうなったー、天よー雨よーむにむによー、それはフナキの二の腕ですー」

「存分に、しかしそんな所を触るだなんて、変な趣味、柔らかなものが好きなら、もっと良い物があるわよ?」

「しかし、例えどのようなむにむにを出されても俺の本命のむにむには妻たるホーテンのむにむにで特におへそのあたりがぱにぽにしていて感動したので、勝てる道理はありませんー」

「ふはははは、ざまぁ見るがいいフナキっ!今の言葉を新参者のあなたに叩きつけてやります、はっ、いけない、なにかキョースケ愛が炸裂してレフェの感情が爆発してしまいました、うわぁぁぁ、お前がいなければ、ゴミフナキっ!」

「なんだか大事な所が崩壊してるわよあなた、ふーん、冷静で冷徹で冷酷で、もはや"零"じゃないかって言うぐらい他者に、キョースケ以外はゼロだと思っているような子だけど、ふふ、割と面白い所があるのね」

「フナキー、俺は?」

「愛しい、愛しいわエシマ、あなたが一番だから問いかける必要はないのよ?言葉で語れば消えてしまうものもあるもの」

「……なんだか、すごく、そーいった感じの言葉だなぁ、ホーテンも俺の腰に張り付かない、俺のお臍をはにぽにするなー!」

蕩けるような空気の中で、木霊した声は結局、キョースケのものだった。



[1513] 異界・二人道行く20
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/28 00:29
一気に大所帯になりました、うーむ、いずれ家でも購入しないと駄目でしょうか……なんて、今は考えなくて良いことを、考えたり。

夜が明けるのを待って、我々はこの村を去ることに決めた、死んだ村人の亡骸は一片たりとも残らなかったが、それでもお墓を作りたいとキョースケが言ったので、何も言わずに皆で石を積み上げただけの簡易なお墓を作った。

家の前に一つずつ石を積み上げて、中々に重労働です、何せ村の中には手頃な石がない、なので態々、山に戻って、同じ大きさの石を集めて延々と、誰もこんな事をしたくはないが、キョースケがしつこく言うので仕方なく……だ。

といっても、この村にはそもそもそんなに家の数がない、だからその面倒さだけ解消出来たら他に疲れるような要素はなく、二時間程度ですべての作業が終わる、なんとなく、そのままの流れで村を出る、手についた汚れを手ではたきながらキョウスケが疲れたーと一言。

ナナは全てを終えて眼を覚ましたのでその一言に首を傾げている、とてとてと、キョースケに遅れないように歩く姿は親鳥の後をついて歩く雛鳥のようだ、フナキはかなり小さくした羽でキョウスケの横に浮いている、羽でというのはもしかしたら間違いかもです、なにせ羽ばたきも無しに空中に浮いているのだ、流石は天の属性、ちなみに風・天・空といった属性には浮遊効果がある、上空に行けばいくほどに密度が濃くなるらしいですが。

レフェは一応、世間一般で知られている属性は全て持っている、レフェに限ったことではなくて、白の古人の魔力属性は大体はそんなものだ、知らないものもあるだけで、多分、そんな属性があるんだーと理解した瞬間、使えるようになる感じ、努力をしなくても、勝手に力がついてくる種族。

「そういえば、フナキ、切り落とした右手、どうなりました?……キョースケが心配そうにしてるからですよ?別にレフェはどうでもいいです、片方も切り落とせば良かったなーと」

「あなたねぇ、まあいいわ、あの村で一定の魔力は補充できたから、あとは自然回復を待っている状態、知ってるでしょう?魔人には魔力を永久に製造する不思議機関があるの、魔力を体に詰め込める容量の大きさと、その製造する速度がはやい魔人が高位なわけ、そして私は高位も高位、あんな傷、とっくに回復したわ」

「へー、トカゲの尻尾みたいですね」

「失礼しちゃうわ、あんな虫食いの生き物とくらべられるだなんて、知っている?あいつら、尻尾を切られても平然とした顔をして蚯蚓を食べるの、そんな無神経な生き物と同列にされるだなんて、かなりの屈辱よ」

「トカゲ可愛いじゃん、トカゲ、そういえな、魔人って羽と角はあるのに、尻尾はないのか、それって三種の神器じゃないか」

「神器って、その時点で魔人とは相容れないような印象を受けるのだけれどエシマ、そうね、尻尾はあるわよ、エシマになら見せてあげてもいいけど、他の二人には見せたくないわ、魔人にとって尻尾は弱点、晒すのは好まないわ」

つんっとそっぽを向く、魔人にしたら人好きな性格ですが、いつも一緒にいるのはキョースケだけでいいと"裏"で言ってますね、レフェとナナとフナキの繋がりと言えばキョースケ以外にないですし、ふむ、しかし中々に様になる、見下ろすその姿。

レフェは耳を、フナキは羽を、ナナは眼を、それぞれに誇りながら歩く歩く、キョースケは"新しい"フナキに構いたいのかうずうずしている、フナキもうずうずしている……うずうず空間だったり、中々にどうしようもない世界。

「フナキ、かもーん」

「カモ?……ん?……来いってこと?」

ぱたぱたと、キョースケの前におりてくる、こんな時だけ小さな羽根は羽ばたいて、その意味を示す、キョースケの目線に合わせて、地面にはおりずに、眼を見る、濃い紫色の瞳が、太陽の光に鈍く輝く、細められたその艶ある瞳に人は魔を見る、キョースケは何も見ないけど。

角をぱしっと、あの邂逅の時と同じように掴む、キョースケは歩き、ぷらぷらとフナキは揺れる、そんなに軽いのでしょうか、それとも浮いたままなのか、ナナと同じぐらいですから、キョースケの手でも掴める事は掴めるか……フナキは何も言わずに、猟師が今日の獲物を持って帰っているかのような光景、間違ってはいないですが。

「この角、この角、グルグルの、角角(つのつの)の、魔術文字?とか刻んでるとか言ったドリル型の角、これ……これのせいで魔人とか気づかれて襲われるんじゃないのか?」

「ああ、それもそうね、考えが至らなかったわ」

(うわー、意外とおバカさんですね)

冒険家に殺されかけたと言っていましたが、そんな油断ともおバカさともわからない微妙さを内部に抱えて、良く今まで大陸を旅出来てましたね、魔を嫌う人々にいつでも狙われる身なのに、高位故にそこら辺の感覚が消失してしまったのでしょうか?

暫く思案するフナキ、消すには消せるが、魔人の誇りだから消したくないとかなんとか、レフェの耳みたいなものでしょうか?その点、ナナは額に貼った"ばんそーこー"なるものでキョースケの言葉に従っているのだから、必要に応じて使うだけ、ある意味、キョースケのおにんぎょうだから自分の力もキョースケのものと完全に自我を砕いている。

……しかしフナキの場合はその角に愛らしいフリフリのリボンなんて巻いているものですから、本当にそれが誇りなのか聞いてみたいですけど、凄く怒りそうな気がする、怒っても殺せばいいけど、キョースケに叱られそうだし、むぅ、レフェの行動が愛情で抑制されています、むむむ。

「とりあえず、頭に何かを被ればいいんじゃないのか?……でもその角さいこーにかっこいいからなぁ、隠すのは最低ですと俺は言う、むー、なやむなやむ」

「あら、あなたに気に入ってもらえるとは光栄ね、でも、エシマと一秒たりとも離れたくないから、どうにかしないとならないのなら、自分の誇りを折りましょう、真の誇りはあなたと一緒にあることだもの」

「うーん、どうも、友達の大事な部分を秘匿してまで、でも、仕方ないなら仕方ないか、歩いているうちに良い案も浮かぶだろう……どうだろう」

「キョウ様、そこはフナキさんの言う通りに、角を隠してもらって方がいいと思います、何せ魔人といえばほとんどの種族の大敵、巨大な氷山の向こうに住んでいる者すら、常に恨み事を」

「フナキ?」

「そうね、あなたに迷惑をかけるのは私も嫌だし、いいでしょう、人の前に姿を晒す時は角を消しましょう、角のある種族なんて山のようにいるのに、魔人のこれは特徴的なの、だからって差別されるのは許せないけど」

「ぷあー」

「ええ、それとは関係なしに、私の角はあなた専用の"鞄"の、持つ場所では無いから、聞いているのエシマ?……むぐっ!?」

捕獲されてしまいましたねフナキ、キョースケは抱きしめて、そのまま、正面から抱きついたので、胸に顔をうずめる形で、フナキの足がぷらぷらと宙に揺れる、親友の行動も読めないだなんて、おバカさん。

ナナは自分の居場所が僅かながらに奪われて、少しだけ不機嫌みたいだが、それをキョースケに見せることはない、フナキを睨みつけるがどこ吹く風、というかそんな所に気づく余裕もなく身悶えている、キョースケ、抱きしめ癖のようなものが、教育しなければ!

「今日中にはポルカ街に到着するよな?」

「ええ、色々と時間がとられましたが大丈夫ですよ?フナキ、あなたもキョースケの記憶を読んだのでしたら、目的はわかっているでしょう?」

「知ってるわ、しかし冒険家ね、エシマの中に大精霊の"れい"がいることも驚きだったけど、よりによってこんな天然を冒険家にしようとする?」

「キョウ様は何でも"叶う"お方ですから、不可能はないとぼくは思う」

「ナナはいい子だなぁ…………でも実際問題、その"みずとかげ"が怖くてたまらないよ俺は、怖いって思うのは人間だから……てか、俺だから、だよ?みんなが怖がらない方がおかしい」

「レフェは白の古人ですから他種族に恐れを覚えることは皆無です」

「キョウ様がいれば、どこでも、いつでも、恐怖は……ぼくは昔から、あまりそーゆーのわからないです、妹に殺されかけた時も痛かっただけだし」

「高位の魔人は逆に恐怖を与える存在だしね、そもそも私たちにそんな感情があるのか疑問だわ」

「……どうしてこうも頼りになるのに俺の弱さを浮き彫りにする素敵な布陣なんだ、無敵すぎて、俺の無能さが際立つぞ」

フナキが泣くな泣くなと涙を舐めて、ああ、その涙はこれからも無造作に、人の悪夢をとらえる桃色の小さな舌は、蛭のようにキョースケの顔面を這いずりまわる。

「しかし、どうして、フナキって強いんだろう?なのに冒険家に襲われて力の大半を失ったって、その、どんな奴にやられたんだ?友達を傷つけられて俺はとても、怒ったりもする、ん、これが怒るってことだよな?間違ってないよな?」

「ふーん、エシマ、怒るんだ、ふふ、でもそうね、私もまさかそこまで自分が追い込まれるだなんて思わなかったわ、どうしてかしら?油断はしてたけど、力では負けていなかったのに」

「油断はしていたんですね、そうですね、あなたの力、確かに属性と合わさって、かなり厄介、天の属性なら、空から限りなく攻撃を、無造作にできるでしょう?肉体能力も軽く"あたった"感じかなりのものですしー、どうして負けたんですか?」

「負けてはないわ、私、ちゃんと逃げれたもの、生きてる限り負けではないわ、かといって死んでも負けではないけどね、子孫を残したものが勝ち、でもこの歳になるまで子孫、出来なかったけどね」

「もう生物としての根底的な勝ち負けじゃないのかそれは、個人ではないし、フナキはでけーな、思考と視線がでけー、小物な友達の俺にはなにも言えないかなぁ」

「それでこそ釣り合いが取れるというものよエシマ、人はね、魔人も同じ、本当に大事なのは大きい小さいではないのだからね、わかる?器が大きいから万物に好かれるのではない、器が小さくても、あるがままに全てを受け入れる、そちらの方が幾らか心も休まるでしょうに」

「ふーん、魔人の価値観ってやつか?」

「ぼくも価値観って言葉があやふやですキョウ様、キョウ様は価値そのもので、そんな言葉で表現しきれるものなのか、うーん、ダメだな、ぼくは……キョウ様以外に"興味"を感じないから、何も見えないです」

「おおぅ、こんなところに病んだ子が、奥さんや、どうしましょう?」

「キョースケ、"おふざけ"ではないのですよ?自分で拾って来たんだから、ちゃんとそこの二人の面倒を見るのですよ?飼うにはちゃんと躾をして、あららら、レフェ、少し口うるさいですか?」

「魔人を拾って来た畜生と同列にするとは、意地の悪い奥さんね、エシマ、そんなのと離婚して私と結婚しなさい、尽くすわよ?友情と愛情を抱いている私の方が確実にあなたを幸せに出来るわよ?魔人だなんてことは忘れてしまいなさい」

「いやいやいや、魔人とこはどうでもいいけど、離婚はないです、ホーテン大好きだし、すきすきで、仕方ねーな、な感じだし、耳のピコピコが、ほら、今喜んでいてかわいいだろう?こんなに真っ白なのに中身は真っ黒とは本人の言葉、そこがさらにかわいい、こくはくです、くろしろー」

「うぅぅぅぅ、咽び泣くレフェっ、愛こそ全てですねキョースケ」

「キョウ様、そうやって奥様を慰めているけど、顔がもうフナキさんの涎でベトベトです、こう、言葉がぐるぐると、失敗かもです」

「うわわああああああ、フナキっ!なにをする、俺の顔面をエステして!あれ……エステじゃないや、あー、唾液っ!これは限りなく唾液!」

「魔人の体液は魔力が多く含まれているから、しっかりと美味しく飲みなさいエシマ、ほら、ほら、あら、これ、なにかいいわ、人間を虐める同族の気持ちが少しだけ理解できたような気がする……でもこれは愛情が理由よねエシマ?」

「俺、もう、昨日の夜御飯がお前の体液だけっていうどうにもならない現実が目の前にあったのに、このまま朝飯までとは、なんともはやなんともはや、ぐはー、いやだー、お肉食べたいー」

「友が言うならば、このフナキの体を千切って食すがいいでしょう、痛覚はあるけれど愛する友のためならっ、このフナキ」

「おもっ、その友情みたいな愛情みたいなーーどっちつかずの感情重たすぎる、唾液だらけの胃がきりきり、あっ、その、そういえば、あの」

「下半身の汚れでしたら、その子、自分の魔力で変質させて消してましたよ、魔人なんて魔力で出来ている生き物ですから、体の汚れ云々を言うこと自体が間違いです」

「というか、そんな聞きにくい質問、良く面と向かって聞けたわねエシマ、いいけどね、好きに何でも言いなさい、あなたがくれるのなら、恥でも何でも糧にしてみせるわ」

「すげぇいい子じゃね!?魔人って印象が根底から無茶苦茶に破壊されているんだけど、ナナ、そんなに裾を引っ張らなくてもナナもいい子だぜ、悪い子は俺ぐらいです、なにせ昨日、ご飯こと、フナキの体液を全て飲み干せなかったからな」

「了解したわ、我が友よ、愛しきあなた」

冗談でキョースケが言った言葉を、変に生真面目なフナキはキョースケに抱かれたまま、強く抱擁して、翼をぱたぱた、浮く、体が…てbbおぉ、あなたはしるばぁ、キョースケの馬だったんですね、キョースケが望めば誇り高いそれを折って本気で了承しそうですけどねー。

レフェたちから、そんなに離れずに、高く浮く、キョースケは何か叫んでいる、どうやら喜んでいるみたいなので放置しましょう、レフェも空が好きです。

「キョウ様、誰もアレを食事と思ってはいなかったようだけど、はい、はい、そこはもう……ぼくは逆に寝ちゃいましたし、ずっと、ガタガタと震えていて、フナキさん死なないかなーって、キョウ様に懐くなら本当にウジ虫みたいにくたばれと思いました」

「すげぇいい子だけど怖い子だよね!?ナナめ、そのうちに七つの巨悪な依存を抱える化け物とは今俺が考え付いた設定、はらえ、はらえー、魔をはらえー」

「その言葉だと私に死ねと言っているようなものねエシマ、魔って言っても、悪魔やら魔人やら魔物やら魔王やら、全て合わせて魔族とか、なんでもありね、本当、差別化をしっかりするのが私の信念、しっかり、いい言葉だわ、是が非でも世界に広めたい」

「しっかりを憎む俺が来ました、何せしっかりとは中々にそりが合わなくて、だってあいつしっかりしてるしー適当を受け入れない心の狭さだし、ふぅぅ……鼻の穴を舐めないでいただきたい」

「いえ、舌がね、寂しいの、その顔、全部舐めきったから、他にないかなーって思っただけよ、あいてのうちに入りたいと思うのは愛の証明だと思うの、でも舌は駄目なのね、わかったは、角を鼻の穴に突っ込んでみましょう」

「うぉぉぉぉおぉぉい、そのドリルっぽく魔王っぽい角をですか!?三秒もかからずに俺のお鼻粉砕ですから!てか親からもらったこの体、物凄く大切にしたいし、ぎゃああ、わ、わかった、いれるな、舌でいいから……うぅうぅぅ、ペロペロされていまふぅぅ」

「ペロペロしているわ、機会があれば全ての"穴を"制覇したいわね、ふむ、とりあえず鼻の中の粘膜を全て強奪しましょう、エシマ、あなたの一部を身にしたいという愛を少しは許して頂戴ね?」

「ぐむむむむむ、なんだかみんなにみんなーにこんなことをされているような、心が繊細すぎる小学生なら確実に身を破滅させていると俺はおもう、そこを耐えられる俺は大人、まわりの見た目が幼児だけだから、目指せその位置、俺の体よ成長しろー」

「キョウ様はどんな姿になってもキョウ様です、尽くします、その、死んでも永久に、死ななくても永久に、おそばに、ぼくはそうでしか、ああ、生きていけない、死ぬ事もできないですから」

「ナナー!やっぱりナナはいい子すぎる、さっきは怖いとか言ってごめんなぁ、あれ、冗談だから、ナナっ、俺やっぱまだ完全に大人になるのはやめて、ナナとごろごろいちゃいちゃする、あれ、おとこ、おとことおとこは、いちゃいちゃしない?んーそれはそうだ、なんだこりゃ」

「考え過ぎれば落とし穴、です、キョウ様、ぼくの頭はキョウ様の為にうぃーんと動きますから、考えるのはぼくに……キョウ様は思うがままに行動していただけたら、ぼくが全てを排除してお助けします」

「あらら、忠義ですねキョースケ、と、フナキ、あなたもあなたで、角を入れようとしない、誇りなのでしょう?鼻の穴に入る誇りだなんてどんなものですか、そうですか、そんなものですか、キョースケを愛しているのはわかりますが抑えてください、ここは山道であなたは魔人、人に見られたら殺すのが厄介でしょう」

「エシマー、あなたの奥さんが親友を苛めているわよ?どうするの?……男の子だから自分で判断をしてみなさい」

「けふー、だえきのにおいーーーーけほ、俺は鼻で呼吸をおこなう事を禁じられる運命にあるのか、空さーん、雨がなくても唾液でふがふが、空をみあげることもなく」

「皮肉を受けいれる事もない、ですね、キョースケ、しかし、ここまで騒がしく、気を使わずに歩くのはどうも、おもしろいというよりは、愉快ですね」

「幼稚園児と俺、まさしくそんな世界です、世界はそんなものなのか、おっぱいが大きい人が、げふん、なんでもない、世界を救う旅に出よう、はいよーしるばぁ」

「エシマ、楽しそうで幸せそう、私も嬉しいわ……あなたが喜ぶなら下等な虫とだってダンスを踊れそうよ?困ったものね、あなたの"在り方は"魔人を狂わせる、くるくるくるとは良く言ったもの、狂が来る繰る」

「あんまり高く飛ばないでほしい、てかいつの間にか俺、お姫様だっこされているわけだ!?いろあせぇ……うぅぅぅ、こんな屈辱、否、友達ではありなのか!?」

「それはどうでしょうか?……キョースケ、嫌なら嫌とはっきり言った方が良いのでは?友という言葉を糧に、そこのフナキは無茶苦茶に壊れています、友、違います、裏にあるのは狂愛ですから怖いです」

「うおぉぉ、んなこと言っても落ちたら即死ですよ?俺……そこまで自信満々に死と対面できないんですけど?」

「……いや、その高さから落ちても、死にはしませんよ、確実に、あー、足を壊すぐらいですかね、そこまで震えて、来るがいいです、レフェが抱いてあげます」

「なにその姿勢、あれじゃね、そこに落ちてもお姫様抱っこからお姫様抱っこの最悪の罠じゃね?………そこに落ちることで現状を打破しても現状は現状のままじゃね?ナナも腕を広げてるけどナナの腕の力では無理だよね色々……ええ、自分の腕が折れても怪我をさせないって、そんなことをしたら俺の心が折れるよ、ナナ、好きだから」

「キョウ様、来て下さい」

「いやいやいやいや、友から妻と可愛いナナの腕に飛び込んでも同じ状況、なんだここは、幸せの楽園のはずなのに不幸せの邸宅でしたかって問題」

「さっさと来ないと襲撃しますよ?キョースケ、レフェは意外に短気なのです、ああ、あなたのことに関しては……故に、襲う事も平気です」

「こわい、妻の本性にガタガタだ、フナキ、これはどう思う?もう、友達としてちょっと聞いてみよう」

「さあね、好かれているじゃない、よかったわね、エシマ、でも、あなたが求めても、私がこの愛しい人型をはなさなければ言葉の意味もあやふやになるでしょう、行動こそが成功なのよ?」

「うおぉぉ、フナキ、ちょい待て、角を鼻に入れようとするな、もう!おわー、舐めるな、舐めるな、角はないし舌もないっっ、俺はどうなるんだ、この世界に来てから顔面唾液ばかりか穴の中に注がれる唾液がどんでもないことに、なんだこれ、これ!」

フナキの行動に空中でジタバタ、ジタバタするのがキョースケの真骨頂、まさに、今輝いてます、唾液で頬やら鼻やら全てがテカテカと光ってます、あー、あの魔人殺したい、今日も寝る前にしっかりレフェでキョースケを消毒して、消毒して、支配しないと、支配されているのはレフェですが、表面は違いますから、皮膚にたまった垢すらも舐めとり、心の中に延々と、愛がはじける。

「キョウ様、大丈夫です」

「落ちてもってことか?無理だろう、それ、うわぁ、フナキよ飛べー、具体的には俺をしっかりと掴んで飛べー、魔人が空飛んだら……いや、なんでもないか」

どうもこうも、キョースケの絶叫が森に木霊して、色々なところからそれに共鳴するかのように鳥の鳴き声、獣の遠吠え、虫の羽音、忙しなく世界は動く。

ダラダラと歩く、飛ぶ、この三人、レフェ、ナナ……フナキの進む速度はかなりはやい、レフェがお姫さま抱っこをしたいのに、キョースケったら、もう、です。

レフェはこの機会にさっさと進もうと考え、木々を蹴り、岩を粉砕し、崖を蹂躙、まではしないけど、歩く歩く、山道は得意です、あっ、楽な道だったはずなのに、近道近道と思ってちょい無茶を……ナナはキョースケに視線を固定して黙々と、この子、キョースケがいたら溶岩の中でも平然と入りそう、てか入りますね。

お腹がすいたーと叫んだキョースケに、唾液の洗礼、お昼も甘い唾か~、うぎゃ、なんとも情けなくも、情けない、結局は情けなさすぎる絶叫、お昼ですかー、どうしましょう、キョースケも液体しか"食べて"ないですし、むぅ、急ぎすぎている感が……いや、行けるときに行くのがレフェの信念、それで結婚も出来ましたし。

「レフェの液も?」「ぼくの血肉も」「「食べますか」」

と、声が被った、キッとにらみ合い、数秒、それを問われたキョースケは「むーりー」といい感じの笑顔で叫ぶ、無理ですか、まあ、夜中に襲ってその言葉を粉砕してしまいましょう、どかーんっと、ナナが血肉から、刃で身を削って骨の白さでも出しますかね、あっ、刃が先に折れちゃいますねー困った。

ふわふわと、その行動に飽きたのか、キョースケに触れ合えるのだから飽きた…は無いですね……ずっとしていたかったけど駄目だと怒られた顔、少し残念そうにフナキがおりてくる、キョースケは汗を大量に流して、ナナを抱き上げてやる、両手を差し出されて、自然に、再度、汗をペロペロと、うあーあーとか感情のない声、空は嫌だったみたいです。



[1513] 異界・二人道行く21
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/29 01:51
「こうなんというか、恐ろしい体験をしたぜ、空っていうより、鼻の中にドリル型の角を……恐ろしい、もう、そーゆー用途の道具だよ、フナキの角、マジ怖い」

「……ぺロ」

「うん、鼻の中、怪我してないから、親の敵のようにほじらないでナナ、呼吸困難になりますよ、鼻は俺の中ではかなり大事な部分、ドリル角で抉られそうになって気づくだなんて、俺っておバカだぜ」

「失礼しちゃうわ、ほんの冗談なのに、いくら私でも自分の角があなたの鼻の穴に入るわけないと、わかるわよ、だから、もっと大きな」

「あーあーあー、空が綺麗だなぁ、もういいよナナ、存分にしてくれ、現実が怖いんだ、現実なんてドリル型の角で穴を穿られる無限現実なんだ、もう、いやだ」

「キョースケ」

あまりに落ちこでいるので、キョースケの手を取ってあげる、涙は絶え間なく、チロチロとピンク色の舌がそれを回収するが、その表情は悲しみ一色。

ここまで悲しみに染まると、レフェの胸の奥のあたたかいものとどす黒いものが手と手を取り合って焚火のまわりで素敵なダンスを踊りだす、蹴落とす、燃えろ、血肉の燃える臭いは幼き頃に燃やした蚯蚓の亡骸と違いなく、同じもの。

えいや、と声をあげて、足を手でつかみ、背中を、一瞬の技で、彼はからだのどこにも力を入れない、危険に対する認識の甘さが彼の弱さで愛らしさ、すぐさまにその、あの、お姫様だっこ、レフェは小さい、小さいので、どこか滑稽な姿に、でも世界で一番愛らしい姿、キョースケ。

唖然、呆然を通り越し、キョウスケはうわああああと、ナナは不思議そうにキョースケの顔をのぞき見る、いつの間にか地面を歩く、のぞき見ることが可能となったのはレフェの身長より下にキョースケの顔があるから、ふむむ、こんな状態もたまにはいい、絶対にいい、目よ、この姿を脳にすぐさまに無限送信、おーです。

「ホーテンっ!ちょうど足が痛いな~とそこまで歩いてないのに思いつつ、空中でぷかぷかしていた俺の心を読み取ってこんな感じか!」

「いえ、どんな感じかはキョースケにお任せしますが?」

「そうだなー、俺って男だよなー、だからこの体勢はかなり俺の大事な場所を、でもホーテンは妻だし奥さんだし愛してるし、これでいいのかと問われたら、これでいいですと答えましょう」

「そうですよね、レフェは特別ですもんね、そしてレフェの中では特別も特別ではない、なくて、あなたが、キョースケが全てですよ?新参者が調子にのっても意味はなく、その椅子はレフェのもの」

「そうか、その位置は分からないなぁー、でもホーテンが言うならそれでいいだろう、正解っと」

「こっちの方が楽でしょう?次の街に着くまで、ええ、ええ、レフェがずっとあなたと"ひとつ"でいてあげます、精神的には既に一つですが、そうです、肉体の壁は怖いもので、中々に壊せない、手ごわいです」

「溶けて、かー、水みたいにホーテンと、溶けて、それは……俺かホーテンかと」

そうですね、溶けるなら、新しい命として再生するか、そのまま二人、腐敗して、消えゆくか、どちらかが心の実権を握れたらいいのにと思う、キョースケの体から這い出てお世話やら戦闘やらをするレフェ、素敵です。

中にはれいがいるから、喧嘩することはあるかもしれないけれど、こちらはほら、奥さんですと主張すれば、あの子にそんな言葉が通じるか少し疑問だけれど、そこは強気でいけばいいです、キョースケ、いつ溶け合いますか?

「きもちいい、ここ、いい、誰にも会わないように誰にも会わないように誰にも会わないように誰にも会わないように誰にも会わないように」

「本心が我慢の限界を超えて一気に溢れ返ってるわよエシマ、レフェもそこまで自分の男を雁字搦めにして、怖い娘、私は友達として忠告する、エシマ、やっぱり別れなさい」

「えー、だってー、つか、あれなんだよフナキ、何があれっかっていうとさ、ここでホーテンに捨てられたら俺は寂しくて死んでしまうのよ、俺よえーからさ」

「大丈夫よエシマ、あなたには私がいるじゃない?そんな腹黒かつ常にあなたに触れていないと気を"まちがえる"女なんて厄介なだけでしょう?寝込みを襲われて、全部支配されちゃうわよ?」

「それはないですね、レフェはキョースケの為に、キョースケが心の底で一番望むことを実行する機械なのです、愛情たっぷりな機械です、愛情で破裂しそうな数値を表面上は0に近くしてあげているのですよ?無限のうち、一でも発現すれば嫉妬であなたたち二人を虐殺しちゃいます、でもキョースケが望むからそれをしない、ほら、レフェは我慢している、こんなに自分のことを、自分の全てを変えない、レフェが、だから愛、愛、愛、なのです、あなた達が生きているのも、レフェが見逃しているから、キョースケが今は望まないから、なのです」

「今、よくわからないけど、ホーテンが凄い、凄い良い事を言いました、よくわかんねーけど、胸に染みわたるような気がする」

「それだったら私も、エシマが望まないからあなた達を貶めないだけ、魔人だってそれぐらい出来るわよ?」

「ぼくは、キョウ様が決めるなら、なんでもいい」

「無敵だな、この感じ、すばらしい、素晴らしい冒険家ちーむ、今年の一番はいただきだな……うん、だから睨みあうのはやめようねー」

「れろ」

「俺のくらくくらく、この世界ではありえなくね?って蔑ろにされる黒い瞳を、小さく、その色合いの、淫靡な瞳で摩るとは、もう俺は涙を流すことすらできないのか、涎を流すことすら不可能なのか?」

「レフェが消毒をしてあげましょう、れろれろ」

「なにの?……鼻の穴、なれました、もう俺は戻れない、冒険家になって夢を追い求めて生きていきます、ふふふふふ、フナキ、角と羽、もう隠しときなー」

「ふーん、命令しちゃうんだ、いいわよ、エシマの言う事なら、同族殺しでも笑ってやれそう、最高に気分がいい、あなたの言葉に従うのは」

「言葉に、従う、リボン、どうする?」

「エシマ、カタコト、自分で自分をいつかは自覚しないとね、この世界の存在が全てあなたを愛し狂う前に、あなたは、自覚……でも、しないならしないでいいのかも」

「キョウ様は今のままで完璧だから、完璧、ぼくの妹も壊してくれて、ぼくも壊してくれて、正しくしてくれた、フナキさんが思うように、意識させたら駄目だと思う、無限の世界を内包したら、キョウ様、辛くなるかも」

「本当、おにんぎょうなのね貴方、自分の意見を言っているようでエシマの言葉をそのまま口にしているだけ、不気味ね、私は友達だからそこまでの"きかいか"はされないわ、機械ではなく奇怪、でもねぇ、望む望まないは関係なく、いつかは気づくでしょ?」

「その時の為に特訓を、特訓は変か、おかしいです、キョースケは自分のありかたが世界にどのように受け入れられるか知らない、別にあるはずの世界すら、ないはずの世界すら、今現在も侵している、自分の体の、心の、全ての"一部"にしているのだから」

「うぉーい、俺はそこまでヤンチャじゃないぞ、てか俺は最終的に何をみんなが言っているのか凄く知りたい、今日の晩飯の話でも何でもないよな?」

「ほら、キョースケはこうなのですよ?普通であるが故、己の在り方を特別視できない、そもそも、そんなことができたら優しいこの人がこんなに歪んで、生きていくわけがない」

「人だけではなく、物質、世界、在り方もか、あり得ないわね、だとしたら、この世界に来訪して、また、次に、でも場所も空間も関係ないのなら世界を行き来する理由もないんじゃない?」

「そうですね、だとすれば、だとすれば、キョースケは何処にでも"ある"だけでいいのに、原因はわからず、世界を行き来したのなら、それは、触れ合いたいだけ」

「面白いわね、その言葉、エシマをこの世界で最も理解しているであろう妻の言葉なら信憑性がある、エシマ、あなた、寂しがり屋なのね?」

「……別に」

プイっと、キョースケは視線をそらす、その姿は悪戯を見つかった子供のそれだ、話はわからない、自分の話をしていることすら理解していない、ただ、子供扱いされたのだけは分かる、というところでしょうね。

この世界に訪れたのも、それを埋めるためだとしたら、奇跡的に、自分は選ばれたことになる、あらゆる世界で彼を愛そうともがき……壁をこえられないものたちより、レフェは第一に選ばれて、抱きしめられた。

その点でいえば、れいも、ナナも、フナキも、望み、出会ったのだから、ああ、それこそ、キョースケは常に飢えて泣いている、どこでおかしくなったのか、ではなく、最初から違えたものは、誰にも何にも染まらずに、染めるだけ。

「フナキ、どんな感じなんだ、その、羽も角もなくて」

「べっつにー、少し頭がすーすーする、むぅ、背中も、羽に関しては完全に隠すまではしなくても、収納はしてたから、でも、ちょい変な感じね、幼体の時以来ね」

「ふむふむ、よーたい」

「そうよ、あなたはどうせ、他種族からみて既に見た目が幼児なのに何を言ってるんだこいつは?とでも思っているのでしょうけど、お生憎様」

「ふむむ、さらに小さい時が?」

「小さい時というより、魔人は成体になるまで、幼い時は巨大な芋虫のような姿なの、あの薪を割った時に出てくるような、そんな奴、私、あんな不細工な姿だったのだと思うだけで吐きそうだわ、醜いけど魔人はみんな仕方ないのよね」

「フナキきれいだもんあー、ガキの癖に、大人のことを考えろ」

「流石ですキョースケ、そんな感じで一日に一度、ええ、フナキの悪口を言いましょう、あなたに依存しまくって精神が歪なフナキは二日目ぐらいでおかしくなって自殺しちゃうかもですよ、魔人の自殺なんて本来は絶対にないですから楽しみですね?」

「キョウ様、それでしたら、あまりに美しくない死体の場合、ぼくがキョウ様の両目を手で塞ぐ役割をします」

「あなた達、もう魔人以下の人間ね、主に邪悪さが」

「なー、フナキー、角と羽がなくても可愛さは変わらない、ので!苛めは禁止っ、ほら、ナナもホーテンも、そーゆーのを俺は好まないから、やめろ」

「くっ、キョースケ……すいません」

「……魔人に謝るなんて行為は必要ないけど、キョウ様が言うから仕方なしに、ごめんなさい」

「いい根性してるわねあなた達」

「こいつらのいい根性さは半端ないぞ、なにせナナは妹を鋭利な石で惨殺しつつホーテンは俺の為に自分の生まれ故郷を破壊しようとした女だからな、その破壊力、凄いのだよ」

「いえ、それ、いつの間にか根性ではなくて破壊力の話になっているわよ?あ、しかも、精神的なものではなくて肉体的なものに、片方なんか石という名の狂気塗れの凶器じゃない」

「ナナが!こんなに俺の為にあれこれしてくれるのに、酷い言い方もあったもんだぜ」

「そうです、キョウ様が望まれることだけを実行するのであなたの首にナイフを刺し込むことはないので」

「大丈夫よ、槍やナイフで死ぬような体はしていないわ、聖水で清めた銀の武器ならちょっとね、あなたのような子供の力で、そう、首に何を刺されても死ぬことはないし」

「すげーな、無敵装甲じゃないか」

「せめて、肌と言いなさい、エシマ、わかっているのに、"わかっている"のに、それを改めて言われると、この人は私を何処まで弄ぶのか、面白さを加えて、不安のようなものが出てくる」

「魔人にもそんな感情があるのかー、じゃあ、さっきから愛してる云々とか、そーゆーこと、うぉぉぉぉ、恥ずかしいなソレっ!」

「何度もあなたの目を見て言ってるのに、信じてくれる以前に理解すらしていないし、あなたの一部として死ぬまで、死んでからも永遠にがんばるけど、う、うぅ、どうなのよ、あなた?愛らしさで壊して、ぐちゃぐちゃよ、魔人の頭が、角まで消しちゃって、はあー、同族には会いたくないわ」

「うーん、魔人語と思う!」

「人語でしょう、どう聞いても、思うって、意味合いは同じか、でも、そこはきっちりね、さて、腹黒女との離婚は考えてはくれないみたいね」

「そうだな、うん、ないな、でも、フナキは好きだぞ?そんなので、何も思わなくてもいいから、ずっとそばにいればいい、永久なんて言葉、いまいち信用できないけど、習性的にそれはそうなのだろうなぁ」

「それは魂以上に、もう存在に、無い存在にも刻まれたから、魔人だろうと何だろうが、常にあなたとあるのは、仕方ないわね」

「仕方ない?」

「愛するが故によ、そうでも言わないと、魔人であった頃の自分の人生を、人生?まあ、うるさく言わないで、そこすら毛ほどの価値も見えなくて、家族も、盟友もいるのよ私、それが人間の、弱い弱いあなたが全てだなんて」

「仕方ないかぁ、あきらめにも似てて、受動的だな」

「あなたが見た目に反して一瞬で能動的になるのが、おかしいのよ、でもそこが可愛いのだけれど、これからの被害者、同族が少ないのを願う、でも逆を見ればこの幸せを得られる方がいいのかしらね?わからない」

「レフェはいつか自分の種族を"たべさせて"みたいですね、でも、そこには心が破壊されるほどの嫉妬で蹂躙される可能性が、でも、キョースケは甘やかしたいですし、色んな餌がいるかなーと、これからですね、暇があってレフェの嫉妬で殺しつくさない限りは、あげましょう、我が身内を」

「ではキョウ様、と、ぼくの同族はいなかったし、妹を刺して刺して、一度だけだったかなぁ、で殺したのだから、無理です、あぅ、ごめんなさい」

「そんなに、なんか、友好関係はいらないぞ俺は、俺はなるだけ限られた線で限られた点で生きてゆくのだ、まさしく駄目人間」

「なにが駄目なの?大体はそんなものじゃない?私は人間を、ええ、色んな種族の人間を"観察"して、少しは理解した気でいたけど、種族が沢山いても人間は人間、魔人は魔人ってね、思ったりもしたわね」

「生きることでそんなに観察する必要があるのか、周りを、怖くて目を塞いで、限られた世界で生きてて何が駄目なんだろう、俺の意見」

「キョースケ、今もこの時、世界を、他世界を己が内に取り込んで自分を愛する生物やら物質やら"すがたなきちから"そこには有象無象の神もいるでしょう、それを取り込んで愛する下僕に仕立てて、それでもまだ自分の目は塞がれてると」

「おー、何か怒られてるから今のなし、あー、街だー」

「根底的に無視、そこがいいのですキョースケ、完璧を為す時もたまーにある、あなたらしいです」

「キョウ様、あそこがウルネ泉です、今は見えないです、"もりあがっている"街だけ見えますが、近くに寄ればその大きさに驚きますよ?」

「ふーむ、成程、飛んだり歩いたり抱っこされたり走ったり、その全ての力がここに集結したら、こんな素敵な結果になりました!」

「うぅ、喜ぶキョウ様」

「ほらキョースケ、あなたの感情の波でそこにいるおにんぎょうが歓喜で意識を失いそうなのでー、もっとやりなさい」

「そこは止めるとこではなくて強行する所なのね、さすがは白の古人、恐れ入ったわ、その問答無用のエシマ第一主義には私も見習うべきところがある、唾液を吸収してから極端なのよね、二人きりになりたくて、街人を先に行って殺そうかしら?って思いがずっとあるのよ、しかも私の中心で、あなたのように、愛をギリギリの0にまで落として、でもその0の愛でも気がおかしくなるほどにエシマを愛せるのだから、近くにいる私たちはもう、もうね」

「うぉぉ、ナナ、次の街までもう少しなのに、び、びくびくするな……え、なんでそこまでビクビクしてんの!」

「い、いえ、その、喜ぶキョウ様の姿が、ぼくの、よくわからない本能を直撃したみたいです、しちゃいました」

「母性本能ですね」「母性本能じゃないの?」

「うわぁあ、そんな馬鹿なっ!この子男の子そして年下っ、俺どれだけ小さい子に見られているのよ、なんてこったい、俺は……駄目じゃないか!」

「そうですね、駄目ではないですが、性別的に母性本能とはこれいかに、そーゆー風に、変えることもできるんですねキョースケ」

「凄いわね、もし性別的にこれから、あー、オスが増えるのなら、見た目麗しいのにしないと、あなたがきついわよエシマ?そこはそれ、私がこの胸で慰めてあげるから」

「うぅうううぅぅ、ナナでいいや、ナナ慰めて、なんか世界は灰色なので出来れば優しく、こんな世界なんてクソ喰らえ、あっ、でも、まんじゅう美味しかったからやっぱり好き」

「キョースケ、どうしようもなく、どうしようもないでしょ、そんなことでは、てかナナを増長させてますよそれだと」

「いいんです、キョウ様は、ぼくはそれ以外にないと思う、にんぎょうは使われないと朽ちるから」

「凄い速度でニコニコとエシマの頭を撫でながら言われてもまったく説得力がないわね、むしろ、望みが叶って幸せ全開といった所かしら?幼児の男の子にそれをさせるのね」

街が見えたからといって、急ぐような輩はここにはいない……キョースケに合わせて、意思を統合させて歩く、腕の中のキョースケは時折うごめく、むにむに、はなしてあげない、永遠に、それはあなたの意思で、レフェの存在意思。

と、望む望まないに関係なく、周りに人が増えてくる、フナキはどうも居心地が悪いみたいで、周囲に目を向けては少し疲れたように視線を落とす、心の底ではキョースケにかまってもらえなくて、すねている率の方が高いだろうが、どんな友情ですかそれ。

「フナキ、人里に来たことってあるのか?うん、人里でいいよな、人の里、あれ、魔人の里も、人の里になるや、うむむむむ、難しい」

「何も難しくはないでしょうにキョースケ、しかし、ここまで大きい街、流石に人の交流も半端ないみたいですね、うーん、こんなに多い人を一度に見たのは初めてです」

「ぶーぶー、人間の視線が嫌、はぁ、目立っているわね、私たち、ひそひそ話、この厄介な魔人の耳が全て捉えちゃうものだから、困りものね」

「困っていなさい魔人、こっちなんて、服の擦れる音すら勝手に拾っちゃうものだから、あー、キョースケ、キョースケの血の流れる音だけでいいのに」

「……困っています俺、俺の血液が駆け巡る音を聞いて、なにか得られるものがあるのか?もぅ、でも目立っているな、前の里でもそうだったけど、どうにかならないのかこれ、なにより、なによりだ、物凄く恥ずかしい、恥ずかしいばかりか、ちょい怖い、ビビりですと叫んで伝えたいがビビりだからできない」

困っていますと悶えても、顔をなめる行為も、なんだか気まずいと震えることも、全てレフェのもの、そこらの人間、まあ、距離は置いてますが、増える人々は背負った荷物の間から、後ろをちらちらとのぞき見る、ということは、レフェの後ろの人間は、もっとこう、もっとこう真剣に、こちらをを見ているだろう、池のきらめき、うんざりするレフェ達、あっ、お姫様だっこが問題ですか、でもこれはレフェの永遠の姫君なので、このままです。

ナナはキョースケの頭をずっと撫でている、歓喜に浸っていて瞳に色は無い、雲のかかった月のように色彩を持たない、この子はまわりがゴミにしか見えていないのです、軍師として、まあ、軍師以前に、軍師以前にも、キョースケ第一にんぎょうですからねー、少女に見えるその愛らしい姿も拍車をかけて、あああ、うん、貴族の"あそびごと"にでもみえるのでしょうね、目立つわけです。

フナキはフナキで、そんな二人の様子を見ながらも、なんで人間ってこんなに群れるの、と、いえいえいえ、人間てか人も種族によって、色々な習慣がありますからー、しかし目立つ種族は『カエリミズの青色』……肌が淡く、肌が白いのではなくて、淡く"うすい"、うすくうすく、存在の感じない体、青白い、青白く幸薄げ、しかもみんな少女、あの街に住んでいて外に仕事に出ていた労働者、まさか、まさかだけど現実。

髪は青く、それは"れい"を連想させるが水気は無く、やや薄い色合い、眼の色も同じように薄く薄く、光を受けると青く輝く、体は華奢で、その体に皆、大きな荷物を背負っている、外で得たものを街に持ち込むのはわかるが、少女的な姿でそれをされると過酷な労働を強いられているようで、倒錯的な空気を山道に醸し出している、元々この種族、『百年聖戦』以降に爆発的に人口を増やした経歴を……持っている、平和の中で輪を広げ、大陸に名を轟かすほどに。

そのあり方は簡単で、水を"あつかう"ことがうまいのだ、魔術属性において生まれる者全てが"水"属性を持ち、魔術自体もそれに特化している、自然に水の流れを読むことも優れていて、今や大陸中の水に関する工事は全て彼女たちの手によって行われる。

彼女たちというのは、この種族には男女の二種は無く、ただ一つ、女性だけが生まれる、子を為すために行うのは同性同士の、どうやって出来るのかはレフェはよくわかりませんが、その不思議な性行為と不思議な生体、優れた能力。

キョースケが興味を持ちますかね?



[1513] 異界・二人道行く22
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/30 01:09
「なー、あの小さい女の子たち、なんだー」

「そう聞かれると思ってましたが、"れい"の記憶にあるはずですよ、彼女を絶対神扱いするような教えが彼女たちの世界ですからー、その点で言えば大国ルーディ、絶対神"コウルスィ"の存在を思いっきり無視しているので、その国にだけは手を伸ばせないようです、どっちみち、過去に"れい"が世界を滅ぼしかけた、そんな昔からの信仰、根気、恐ろしいものであるとー、まあ、宗教、どうでもいいですが」

「げー、うそぅ、なんかれいは知らないよ、そんなの、れいは俺だし、俺の一部だし」

「ああ、彼女にとってはそうでしょうね、体の周りを飛ぶ蚊に名前をつける人はいないでしょう?そんなものです、実際、神なんてものは、他者に支配されない崇高な位置を持っているから神であるのに、人に少しでも感化されたらそれはもう、あなたは逆にそんな位置も何もかも自分にしますから、神ではなくて、神をこえてもなくて、その超えているものを今も取り込んで、なんなんでしょう、ねぇ?」

「ひどいな、それ、れいに今度、そーゆーのを気にしなさいと言おう、寝ていて可愛い、俺の一部、くーくーく、寝息が響きます」

「力が強ければ神になれるのなら、私たち、魔人もそうして欲しいわね、本当、ただ、悪いことをして、人類領に攻撃を仕掛けたり、戦争を起こしたりしただけなのに」

「大罪人じゃねーかそれ、うぅぅぅぅぅ、うぅぅぅぅぅ、怖いな、俺の友達っ、愛してるとか言ったのに、この怖さ、可愛らしいヌイグルミから出てきたカッターの刃っ!」

「あら、それはいいわね、可愛いついでに痛みも得れて、一石二鳥、知り合いの悪魔にその手を教えてあげましょうか?」

「俺が悪に知識を、そんな馬鹿な、ちくしょう、クマのヌイグルミの設定でお願いします、俺はナナという、なんか寝るときに抱きしめるものがあるので、いらないと伝えておいてもらえると助かる」

「キョースケ、あなたの中にあるものと周りの顔を見て、それを行える悪魔がいればですが、魔人ではなく、"他の同族"を差し出すなんて、"性格、悪い"ですね」

「むっ、失礼ね、そっちの方が確実に……でもまあ、間違いではないわね」

フナキはどうでもいいことのように話を断ち切る、自分の種族に、魔人に少しは思うところがあるのか、キョースケが言わなければ餌にやる気はない、と明確な意思が伝わる。

魔人がそんなに"いいひと"でどうするのですか、ああ、でも、恐らくは違うでしょう、違う目的がある、どうせ、同じ魔人が来たら嫉妬で殺すのが面倒とかそんなのだと思いますが、こう、達観している彼女がそれを為すのは人物像が崩壊するわけで、嫉妬狂いの魔人なんて、どんな存在ですかそれ。

レフェはもうそんなのは、ああ、何も思わないです、殺すのは疲れないです、あなた達、ナナ、フナキもいつかは退場してもらうのだから、それでも我慢している自分、ちょっと自慢です、キョースケが望めば誇り高い自分ですら安易にぽきっと折ってしまいます、それがレフェですから、そーゆー一部ですから、みんな役割があるのですよ、レフェが一番愛される部分。

なのにキョースケは、どんどんと、どんどんと自分の"一部"を増やす、しかし、この世界に来る前から他世界も幾つか………自分を愛する下僕に変換しているだろうし、今現在も、確実にわかっているだけで聖騎士さまも、壊れているでしょう、だから、だからいつの日かレフェだけのものにするには色々と策を!!がんばりますよ、国も、色々と思うところがあるのです、小さい自分の体を見下ろして、感情が詰め込まれて、ぎゅうです、全部キョースケ、ああ、すばらしい。

「人の流れが多いと、ふと、思うー、俺たちの通ってきた道が幾つもの道と合流して、今のこの人の流れになる、それって、色んな規模で行われているよなー、感情とか内にあるものも、そんなんかね」

「色んな感情が合流して、最終的に強い感情が支配を?とですか、だとしたら結局感情が走るときに、全ての感情から一つが選ばれるだけ、と」

「そこまでは言ってないよ、冗談なのに、ホーテンは頭がいいから、知識で話を支配されたら、頭くるくるぱーな俺には対応しきれないです」

「エシマ、あなたの頭の具合となら私と、私なら妻に最適よ?」

「キョウ様、ぼくもキョウ様とまったく同じ思考回路です、現実を曲げてでもあなたの言葉を貫き通します」

「ないぞー、そんなのないないって、フナキ、ナナ、頭いいじゃん、そんなに自分を卑下するんじゃない、俺は駄目駄目ですので、気をかけなくてもいいぞ」

「キョウ様の一部のぼくはキョウ様の一部であって、そこからの変化はないです」

「うぉぉぉ、ナナ、そんなに卑下してまで俺のことを!ホーテンに抱っこされている身では、何もできないが、うーん、好きという言葉をおくろう、俺なんかの軽い言葉、受け取るがいい」

「うぅ」

「ほら見なさいキョースケ、鼻血を出すかもしれないその興奮狂いの少年を、身悶えて、本来は知的で、かつ軍師的立場に生まれた存在なのに、あなたのおバカな力でおバカさんになっているじゃありませんか」

「おバカな力ってそんなおもしろ設定が俺にあるのか、すげぇぜ、料理の中に入っている具を細かく分析する以外にそんな能力が俺に……この俺に!」

「エシマ、あとは魔人を使役するかっこいい設定を新追加ね、さあ、さあ、命令をなさい」

「なにかすげぇ道具をください、一振りで山中が全部ダイコン畑になるような不可思議かつ不思議な杖を!」

「ないわ」

「魔人、俺の中ではなんでも出来そうな印象なのに、全てを拒否されてしまった、なんてこったい、ホーテンの耳がピコピコして超絶ご機嫌の最中に俺ときたら!ぺろ!」

「ひゃう、き、キョースケ、その」

「さっきから舐めたり飲んだり、舐めたり飲んだり、てか大体!フナキ!おまえの体液で俺のお腹を破裂させる気か!というイベントがあり俺も攻撃に出ることを考えました」

「キョースケが攻めに……うぅ、それは最高への礎」

「ちょっと、なにを身悶えして舌を絡ませようとしているの?止めなさい、エシマがそんな風になったらだれも手を出せないじゃない」

「じゃあやめよう、俺は俺のままがいいので、そんな風にはなりたくない、ううーん、みんなどうやって自分の方向性を決めているんだろうーむぅ、この道のように一本道ならおもしろくもないけどわかりやすい」

「キョースケ、レフェには強気でいても、駄犬のように這えずり回って、舌でなめて、あなたに忠義と愛を」

「俺は思う、それって夫婦じゃなくない!?現実社会の黒い闇は無限に広がる、俺の域にまで達してたか、恐怖のご主人さまと犬、なら俺が犬の方がいいや、犬かわいいし、あー、のうみそぐるぐるー」

「キョウ様の頭が激しく、ぐわーぐわーと、考えすぎですキョウ様、おバカの程度の話は今後に」

「おおーナナよ、俺の頭をなんかいい感じに導く素敵な奴、素敵で愛い愛い」

「……というわけで、奥様、キョウ様を、ここからはぼくが一生お世話をしておにんぎょうかつ駄犬として、でも細事に関しては軍師として全てをしてあげつつ、頭を撫でてもらい、かわいがってもらいたいので」

「死んでもはなしません、てかなんですかそのよくわからない暴走した妄想は、無尽蔵すぎてどうなんですかそれ、あなたはキョースケのおにんぎょうなので、あ、キョースケのお気に入り云々関係なしに、殺しますよ」

「そんなことしたら、嫌いになるかも、ホーテン、ちょいなぁ」

「……殺しはしませんが半殺し程度にはするかも、そしていつか殺します」

キョースケ、キョースケ、レフェの全て、それを盾にするとは、クソ忌々しいですねこのおにんぎょう、計画には必要とはいえ、些か、その感情が爆破してまで、全てを失うことはないと心は言う、だからしとめろ、お前の口からキョースケの名を言うな、畜生が。

ああ、今はおさえてますが、愛情を0近くまでおとしてもマイナスにいこうが、現実にこのキョースケへの、全ての愛情が消えない、なんだこれ、ええ、数の掟を完全崩壊、愛情、マイナスでも愛情、なんですかこれは、なのにそこまでにしても、キョースケ、あなたの名を誰かが口にするだけで殺したい。

あなたが血を踏むと、地を踏むと、踏む、その大地を踏みしめるすべての人間を殺したい、キョースケ、あなたがしゃべると、その世界にいるすべての人間を殺したい、それもまた、変わる、キョースケ、あなたが踏んだ土すら憎い、そう、消滅させたい、キョースケ、あなたの体に絶え間なく触れる服なんて完全に消滅して、いや、逆に人格を与えてまで、そして嬲り殺したい、痛めつけて、罪を教えて。

あなたに関わる全てを抹消したい、レフェだけにしてレフェだけを考えてレフェもそうで、二人は一つで、無すら無く、その矛盾すら無く、何もなく、キョースケがあるだけで、ホーテンであるレフェはうちでまわる、あなたの内、あなたの血で意思で神経で全てを支配されて生まれてから一つでそうありたい。

それを望まないあなたは、それを許さない、それを許してはくれない、したいしたいしたいしたい、でも、許しは無く、ああ、どうか、だれか一人を殺させてと望んでも許しもなく言葉もなく否定もなく、そこだけ、そこだけ、そこだけだ、それをお許しして、許して、望みは、殺したい、あなた以外の嫉妬になる対象物質感情、どろどろどろ、流れゆく、流れゆく、この心はあなたにしか、あなたの中心にしかない。

「ホーテン、我慢な」

「……あなたが望むならレフェの嫉妬の癌細胞なんて、蠢き、増えて壊死しても、我慢しますよ?いつか、全てが報われると信じています、あなたに尽くすだけで、レフェは幸せで狂えますから、でも、望むなら、ということです」

「ふむむ、難しいなー、ホーテンは好きだけどそれだけで他を切り捨てろと言われたら、悩むなー、なやむなやむ、でもしないな、うん、そーゆーの、悲しさが残るじゃん」

「我慢します、忠義であれ、忠誠心を、ってそんなことを思わなくても、レフェはあなたの体の一部ですから、望むのであれば、時折暴走を許してほしいと、有象無象もなんのその、です」

「ナナも、フナキも、同じだぞ、人殺しなんて、身を守る以外に、行動に移してはだめ、それは絶対、それは俺の意思、でも力で来られたら困る、うぅぅうぅぅ、でも駄目だかんな、でもでも、危ない時は大丈夫、そこは、すればいいよ」

「……御意、でも、ぼくはキョウ様に少しでも、蚊のようにまとわりついても、殺すことをここに誓います」

「りょーかいだわ、別に、あなたと私に接しなければ、ん、そこまで殺意はわかないわ、友は友として、狂って愛しましょう」

「………レフェは、納得するしないではなく、あなたがそうするからそうするだけで、もし、少しでも許可を得たら、皆殺しです、殺意をばらまき世界を壊します、でもキョースケが"いしき"したら全てあなたの愛の下僕になる、恐ろしく、そうしたくはない、あなたにはレフェだけで」

「皆殺し皆殺し、と、そうまで深々と言われるとそれが、俺のことのように、くるくるくると、むぅぅぅ、それはありえるけど、今は無い方向で、そんな人間なんだと自分で信じたい時も、まだある」

「キョースケ、あなたの一部が異世界でぶくぶくと膨らんで、全てを望めばそのゆったりとした染め具合も、刹那に終わるのですよ?遊んでいて、寂しいのでしょうに、心が」

「ゼロの時間で全部を一つに、そんなこと、この子は、エシマはしないわよ、楽しんで、支配下にしてゆくんだから、支配下っていうか、自分の一部に、毒、次元も何も関係無いなんて」

「そんな超絶科学みたいな、お話はなしなしなしなし、歩きましょうー、歩くのだけが現実です、走れ俺の足、まわりの水っぽい人たちの視線を砕き、あ、はしれはしれ」

「キョウ様、キョウ様の言葉が真理だから、ぼくは思考を中断させて狂愛に液を注ぎます、ぐわんぐわんと熱は熱を帯び熱になり、キョウ様、あなたのために思考をふるう」

「真理とな、宗教臭い、ナナ」

「はい、頭の中とことばの意味合いを変えます」

ナナはキョースケの言葉に、その現実を塗り替える、自分の中の現実を一つ消すというのだから、それは、普通の人間が望んでやれば、脳を壊しかねない、だが、ナナは愛情で無理やり知恵の"ある"頭をかきまわし、それを変える、ある意味、どんなことでも彼は従う、従うのだ。

それは歪だが機能としては非常に洗練されている、絶対神に抱かれる信者より、キョースケの一部として、真にそうあるほうが、すばらしいではなく、当たり前、生まれてからその一部だったとの同じ、というかそうだと過去も全て変わる凶悪なあり方の力。

歪だ歪だと、そんな風に叫んでみても、レフェはそれよりもより捩れ、捻れ、一部になり、どうしようもなく線を違えてしまった、知らぬ顔をして、キョースケは笑う、最初からそうだったと、それは事実として現実として胸に芽生えたけど、個人で感じているそれは少女のそれで、内包する感情は空の広さも霞むほどに大きい、大きく大きい。

「言葉の意味も、違えたら新しくなるから、そういう意味では嘘を貫き通して事実にして、そうする人は本当にすごいよな、そこは尊敬、悪人だろうが、苦しいことだろうに」

「おバカなのに、キョースケ、少しは考えましたね、脳を使ってその結果、悪人に尊敬を抱く、まるで意味合いの無い意味、なんて悲しい、あなたは純粋なのに真っ黒で、愛らしい、舌を絡めることが今叶わなかったのは、苦しいです、よし、今夜!」

「ナナ、俺に慰め、お願いします、フナキ、なんか髪の毛を首に巻いて、うん、寂しさよさようなら」

「寂しさをさようならしたいのはわかりますが、んん、奇異の視線が集中していますよー、レフェの腕の中でそんなことを言うなんて、本当に嫉妬を煽るのがうまいんですから」

「うまいもなにも、そんなことを望んでいないから俺、煽ってなにを得るのよ、てか、俺のようなものにそんなものを献上されても、こまるなぁ、うむぅ、ないぐらいが丁度いい、怖いも痛いも限界も、なにもないぐらいが気持ちいい」

得られる得られないの世界から目を全力で逸らす、キョースケはそれを意識していないから、視線がそこにしかない、可愛い、どんな風に血が混じりどんな悪意と誠意が混ざり合ったら彼に、でも彼は唯一、つまり過程が原因ではない根源が原因。

原因は彼が彼であったことが原因で、今更に、そこの改善を望むべくもなく、改善を為す存在すら彼の一部に自然と、空間を超える毒は世界を震撼させる間もなく、気づかれることもなく、それがそうであるように、そうするだけだ。

「てかこの視線の数が煽りじゃないのか?それはもう、そんなに目立つかな、いいや、俺がホーテンから抜けだしたら目立たないんじゃないのか?いやいやいや、確実にそうですよ、それが現実」

「出来るものならどうぞ、と、レフェは結構ワガママな所がありますからね、これは我が物、我が物は我を我が物に、を見せつけるためには、少々の"奇異の視線"すら、ふふん、で、ははん、です」

「鼻で笑っている感は物凄く出ているけど、それはそれ、これはこれだろうに」

「エシマ、第一、この奇異の視線の大体のあれは、あなたとレフェの白黒のそれだと思うわ、白い髪に黒い髪、あるわけがない色合いが地を歩く、それはそう、必然に、人の眼は向くわ」

「そんな悲しい現状を打破するためにはどうすればいい、てか、お姫様だっこにツッコミます、なんだこれ、俺は自分の現状すら認められない!」

「レフェの腕の中が唯一無二の現実でいいじゃないですか」

「そんな、こんなに世界は広いのに、どうしようもないほどに、え、愛が広いとかそんな定義の中のお話か?いや、でもそれでも、世界は広くあれ!」

「エシマ、望む望まない、と良く言うけど、とんでもない幼女を嫁にして、"狂われて"、どーするのよ?あっ、外見的な話は駄目だったかしら、睨まないでよ、心が狭い」

「ホーテン、この限りない奇異の視線をどのようにすればいいのかと、俺、恥ずかしいです、あ、うがーとか暴れて追い払うなよ、そいつは物凄く酷い」

「奇異の視線とは、もっと短絡的に言えば、これは興味の視線とも言えます、目立つ目立つなと、自分の世界にいない人間を意識してもどうしようもないじゃないですか?キョースケ、レフェの視線はあなたに、黒い瞳に合わせているので、なにも不都合はありません」

「そんな言葉だけでは意識することをやめれない、フナキ、フナキはこんな視線の群れ、手慣れたものじゃないのか?」

「冗談、ええ、人里の中に自分を置くなんて真似はしたことがないわ、魔人、どんなに強力であろうとも、無限に近い程に増殖するような生き物の中に入りたいとは思わない、嫌いではないけど、気味悪いわ」

「成程、フナキ、そこそこ好きなのに、嫌いな部分が多すぎて、感情のバランスがとれていないんだ、変な魔人だな、変わり者?って言うのか、お前のような奴」

「キョウ様、変わり者がお好きなら自分を、ぼくも仲間内からは変わり者と言われてました、結局、才を生かし切れてなかったからでしょうけど、ぼくは、うん、それでもいいと思ってたかな?でも、今はキョウ様を愛でるために才の全てを注ぎこみます、ぼくの存在すらも」

「俺にか?ナナのその言葉も向こうの方々が奇異の視線に変換していますよ、俺はどうしたらいいんだ、どうもしないけど、出来るなら自然解決が好ましい、自然対決ではなく自然解決な、殺し合いは禁止、それが我が家、それがエシマ家、家、いえー」

「ふむ、ええ、私の魔術なら、全員をこの空間から切り取って姿を見えなく出来るわよ、この角や羽のように、でもそうね、突然消えてしまうから、奇異から討伐になるかも、怖いわね、人間って」

フナキのその言葉に、ぎゅーとレフェにしがみつくキョースケ、役割を超えて、幸福です、このままみんなが消えてしまって、二人だけの空間が、そうすればキョースケは何にも興味を持たず、レフェだけを見つめてくれる。

あっ、でも、言葉の端々で外を意識したらそれを愛の、狂って、あなたを愛する下僕に変換しつつ最初からそうだったと歴史も時間も変えてしまう、毒はすべてに平等に、空間も歴史も時間も、うぅぅぅぅ、閉じ込められた世界だけでは孤立化はできない。

「ホーテン、何か恐ろしいことを考えていないか、具体的には、こう、俺をまんじゅうが食えない微妙世界に連れ込みーの、とか、え、監禁みたいな、え、それ犬じゃね、俺人間……みたいな、うぅぅぅ」

「悲しみの思考回路が恐ろしい程に一直線なのねエシマ、うん、あなたを全て理解したと、血を飲んであなたの一部になって思ったけど、違うわね、あなたは一方的だから、脳の意識を体の一部の私にすら見せてくれない、寂しいわ」

「悲しいって思うのは、結構単純なものだろう?感情の中では、持続もするけど、それは悲しいから生まれた苦しいだろうに、悲しいは刹那的なんだろうと思う」

「ぼくも妹の首に、あっ、それは言わないです、何も感じなかったんだ、可愛い、じゃないと、ぼくはキョウ様に……妹、時折邪魔だなぁ、記憶から消そうにもキョウ様が許してくれないから」

「当然、家族だろう、だったら、ずっと続いてゆくさ、異世界だろうがそれは俺も同じ、取りこぼしなんて、ないよ」

「キョースケ、あなたの場合は、何人か切り捨てる、ことはできないでしょうね、無限に内包できるのだから、空だろうがなんだろうが、むぅ、でも捨てないと、いらない思い出の人も内に飼い殺せば獣となり、あなたには牙は向かないが、あなたの大事な人間を殺しますよ?」

「ふーん、みすてりぃ」

「こらっ、まったく信じていませんね、異世界からあなたを愛する軍団がどばーっと押し寄せるとか勘弁ですよ?殺し切るまでにどれ程かかるか、想像しただけでややうんざりです」

それはありえることだから、ありえることに対してはきちんと壁を作っておかないと、キョースケの毒は止められないが、毒に感染した人間は止められるのだから、人間ばかりか、もう色々なものでしょうけど。

「ないない、なんだその、何処ぞの映画のどこぞの一つのシーンは、何処ぞで何処ぞの時間でどのように行われるんだよ?もう、嫌だぜ、そんな冗談」

「いやいや、ありえるかもよ、それ、他の世界でもエシマのせいでこんな狂った存在がどんどん生まれているんでしょう?」

「ないないないない、自分たちで自分たちを狂ってるって、そんなのおかしいだろう、他者から見て、だろう、そんなの自称と何も変わらない」

「あるあるあるあるある、はい、ここで打ち切りです、ずばーんっと、何せ、レフェ並のがいたら、それこそそんなことをしそうですけど、唯一無二だと信じているから、キョースケ」

「何を信じられているのかわからないって辛いなぁ、奇異の視線は奇異の視線だと信じられるけど、そんな好意を愛情で加工されて依存でぼーんっと手渡し、とふいに思った、依存はないか、ではなんだろう」

「依存ですよ、自覚をなさい」

「……自覚かー、俺は頭が悪いから見落とすことが沢山あるんだ、いつもそれに気付かない、みんなは後からそれが大事だって声高らかに言うけれど、そんなことはない、そーゆーものは落としても気づかない、いつまでも気づかない、大事だと気付かないままに血反吐吐いて死ぬ、こえぇぇ、人間こえぇぇなぁ」

「キョウ様はそれでいいと思います、真に大事なものを作らないとかではなく、生まれてから気づけないまま、悲しいけど愛しい」

「うぅぅぅぅ、なんだそりゃ、良い場所は良い場所にしかないと、俺の場所にはなにもない」

「手の内にあなたがある時に、レフェはそうは思いませんけど、そう、ここはいい世界だ、あなたがいる、あなたといると心がくるくるとまわる」

「エシマがどうしてそうなったのか、人には過程があるけど、最初から結果しかなさそうだものねあなた、頭が悪いからと、そんな原因だったら素敵じゃない?おバカが世界を蹂躙する、言葉だけを見たら、あら、素敵」

「素敵か?おバカ、ばかでいて得をしたことなんて、でもバカだから見落としている可能性もあるけどさ、そんなの俺がおもしろすぎるだろう、おもしろ!と言いながら心では梅雨模様、さめざめ、ざめさめ、サメー!」

「お魚の、ですか、キョウ様、同じ意味合いで同じ魚だと、凄い可能性ですね、似た世界だから寂しい思いのキョウ様が惹かれて来訪したのかな?」

「サメのお肉が好きかどうかは俺は知らない、何せ、大体の食べ物を好きな俺にとって、つまりは舌が音痴、なんだこれ、どんだけ、どんだけ悲しい」

「好きなものか、エシマは求めるものがないから、好き嫌いがないのよ、私は蜂蜜を入れた紅茶が好きね、人間はなんて洒落たものをと感心したものだわ、あれは何処の種族かしら、山の……遠い記憶ね」

「へー、じゃあ、あの街についたら、一緒に飲もうぜー、うれしいなー」

「では、レフェとのお酒にも付き合ってもらいますよ?」

「ぐはぁ、お前、その姿で酒を飲むのか!?すげぇぜ、さすがは異世界、どんな世界、でも年齢はあれだから事実はいけるのか、ん、未成年でだめとかあるのか、うん」

「いえ、飲めるなーと思った時にみんな飲みます、てか、うん、娯楽の少ないこの世界で、お酒は大事な暇つぶしですよ?キョースケは?」

「飲むよー、飲むのも食うのも遊ぶのも好き、でもいやなことはいや、嫌いなものは嫌い、苦手なのは、雨降りの日に傘をさし続けること、もう濡れていいやと走りたい、ふふふふふ、って危ないじゃん俺」

「キョウ様、お付き合い……できるかなぁ、お酒、飲んだことないや」

「いいよ、膝の上にいればいい、これこそ無敵、ふむむ、しかしどうなんだ、捕まらない?捕まらない、そうかー、うん、ちょい楽しみ、って、あれじゃない、りゅー退治はどうするんだ?」

「前も言ったでしょう、皆も手を出せないみずとかげ、先祖がえりの、ですね、そいつをどうにかすれば自然、冒険家になれるでしょう」

「おぉぉ、てきとーだな、ホーテン」

「一応は登録しますけど、このメンバーだと、バカにされるのが、さて、レフェは種族名を隠しましょうかねぇ、うーん、フナキとナナも、中々に、人類の天敵と、前大戦の軍師、で、前大戦の破壊好き、あっ、レフェです、のメンバーは……むぅぅぅ」

「唸っている、唸っているな、あっ、俺は!」

「エシマ、あなたの方がよりねぇ、黒い髪と黒い瞳なんて、何回も言うけど、ありえない色合いだし、いっそ新種の魔人と叫んだ方が、でも黒は無いかしら、黒は神聖にして、"無い色"だからね、どうするの、軍師さん?」

「キョウ様たちは自分たちが様々な種族の血が混じって生まれた異端として、嘘でここまで来たんですよね?だったらそれを貫き通せば、もし何かを言われても、証拠も何もありませんから、キョウ様、この世界に過去は無く、奥様も故郷以外は、しかも閉鎖されていますし、大丈夫だろう、と思います」

「そんないい加減でいいんだ」

いい加減と言われても、過去になにもないのだからいい加減なねつ造ぐらいしないと世界とのバランスはとれませんし、もう、あなたが世界を染めればいいのでしょうが、ほら、レフェ、嫉妬で狂いますし。

そうしたら世界中をキョースケを愛でながら皆殺しの旅です、そこの二人も、むぅう、です、新婚旅行にしたら、極めてますか、そうですか、人殺しを極めても彼は喜んでくれないし、近い意味で極めてます、壊すのは得意です。

「とりあえず、出方を見て、ですかね、みずとかげを先に殺すか、殺した現実を持って冒険家の資格を貰うか、試験なんていちいち受けるのは面倒です、現実としての成功があれば向こうも認めないといけないでしょうしね」

「なんか裏で話を進める感じだな、素直じゃないのな俺たち、ホーテンは残酷、ナナは冷徹、フナキは無邪気、でも邪が凄い、俺は駄目人間、素直じゃないなぁ、素直って何だろう、目指してつかめるなら、ほしいなぁ、そんな特性」

歩くたびに素直と何度も、奇異の視線はやがて呆れた視線に、キョースケの言葉には邪悪さがなく、無知さと気軽さだけで支配されている、聞き耳をたてても、まったく意味のないことだと気付くのもすぐだ、あなた達は意識すらされずに支配下にすら置かれない、下らないのではなくてどうしよもなくいらないと。

邪気の欠片もないが、キョースケは間違いなく侵略者だ、ええ、意思は無くそんな生き物で、あはは、かわいいんですから、それと、レフェが残酷でナナが冷徹で邪悪に染まった無邪気、そんなのレフェ一人で全て抱えていますが、知っているはずなのに、優しいんですから。

しかし、この人に邪悪と言われても、何もかもがうれしい、あなたの言葉は全て美味しくいただきます、痛みも、目を刳り抜かれるようなことで、甘美の世界に心酔できます、ぐしゃぐしゃ、歩きながらそんな至高の思考、キョースケは気づいているのに放置、ご主人様に構ってもらえない畜生はくーんと鳴く、腕の中のご主人様は無関心、時折、躾を行う気まぐれさ、そんなことをしなくても全てあなたの意思の中にレフェの意思も。

絶対にないと思うが、でも、嫌われることだけは、この自分の一部、他の部分と比較して、使えないなぁともしも、もしも思われたら、ああ、全てを消して自分だけしか、くらべるまでもなく、レフェだけが最高なのだと、兆を超え、無限に無尽蔵に、数字の概念を支配し増える愛情の下僕の中で、そう、自分だけが最高位にあるのだと。

「魔人にとって邪悪とは素晴らしい褒め言葉よ、ありがとう愛しき友、でもね、無邪気と言われるのはねぇ、私、そこまで幼稚かしら?あなたの愛情に対すること以外には、理知的に話を進めていると思うけど、この御伽話を」

「かわいいじゃん、嫉妬とかしちゃうとか言うし、フナキ」

「そう、そんな自分も許しましょう、本当は角も羽も隠したくないのよ?あなたの言葉だから、心の端を折ってでも従っているの、そこの所、ちゃんと思ってね?」

「了解です、りょーかい、そんなに思ってくれるというのは非常にありがたい、俺も思えばいいんだろう?思ってるけど、フナキとずっといたいと思うよ、死んだら好きにしていいよー、魔人とかってそんなのを望みそうじゃん」

「今のところ、寿命でもなんでも、あなたを死なす気はないけどね、任せなさい、魔人はそんな悪事が、得意中の得意なんだから、やってみせるわ、ええ、あなたは私の永遠の友、魔王を殺してでもその秘匿を暴いてあげる」

「うはぁ、そんなのいらないからゆっくり紅茶しようぜ、そして酒も飲む、いいじゃん、永遠の命って甘くもないし、頭がいい感じにも仕上がりそうもない」

「キョウ様、中々に刹那的ですね、そこもぼくは大好きです、愛してます」

「ふははははは、なんだかよくわからないけどナナにほめられたー、頭がいいナナが俺を褒めるとはこれいかに」

「いえ、毎秒心の中で讃えてると思いますよその子は、あなたのことを、しかしですねキョースケ、命を永遠にしないと、あなたとレフェが違えるような結果があるかも、ですよ、認められない、死してなお同じであるのに、だから永遠を見つけないと、冒険家になればそんな秘匿を持った遺跡も探し放題ですからねぇ、うぅぅ、あなたと違えると言っただけで吐き気が……永遠に一緒にいるにはどうすればいいのでしょうね」

「みんなそんなことで悩むのか」

「それはもう、あなたの死肉を食べて死ぬのもいいですが、ですがね、本当に一つにでもなりますか、れいの不死はあなたになって失われたかもですし、そんな不安なものを信じるわけにはいかないのです」

「俺もみんなといたいけど、死ぬ時は死ぬしな、どうしようかなぁ、難しい問題だな、死なないって、死なないってだけで、他に特典ないし、苦しみとかだろう」

「だからですよ、それだけ恐ろしき恐ろしきあり方であらゆる世界を内包してるのに、そこだけ普通に人間とは、あなたは何処まで自分勝手です、死んだときの影響力、考えてなくて、みんな発狂ですよ、でもレフェはそんな有象無象のカスはどうでもよくて、ただ、あなたと永遠にありたい、永遠にいたら肉体も一つになれるかも、手段、隠してないですよねキョースケ?もしかしてもう不死とか?」

「死んだら、なんて考えても不安が不安を重ねて募るだろうに、そんなの怖いじゃないか、最後の最後で、面と向かっていればいいんだーと俺は叫びます、不死では無いぞ」

ふと、『カエリミズの青色』たちの視線が、レフェ達にではなく、キョースケにだけ集中していることに、いつの間に、刹那に状況を見るが、前も後ろも、ああ、眼を抉って血の水に変換しますよ、ゴミ生物めっ、水を使役するなら水におぼれる経験はないでしょうに、してあげましょう、キョースケのいないところで。

愛され上手。



[1513] 異界・二人道行く23
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/31 02:07
キョースケに絡む視線、『カエリミズの青色』たちの視線、殺したい。

でも現実には、今すぐにはできない、朗らかに笑うキョースケがそれを、意思もなく言葉もなく止めるから、体の一部で彼に一番愛されているお嫁さんのレフェにはどうしようもない、隠れて隠れて出来るかどうか、一度はしたい、けど、ああ、ばれたら、うぅぅぅぅぅ、夫はそこを許さない、ヒトゴロシ、禁止。

しかしその状況がどうして起こるのかはわかる……あれだ、キョースケの中にある「れい」の水の力に陶酔しているのだ、キョースケの中というか、れいはもうキョースケの一部、手や足といった具合に、そんな名前の一部、なので彼女たちはキョースケの力に陶酔しているのだ、まあ、神なのに無視され続けた「れい」はキョースケですから、血の中に絶対服従的な変な要素でも発生しているのでしょうか、気持ちの悪いことに……水属性の『カエリミズの青色』は"れい"を愛する。

というか奇異の視線は心酔の視線に移り変わる、フナキもナナも気付いて、無視してる、キョースケの言葉がなければ、どんなことになっていたか、血の川ですか、そうですか、それも面白いのですが、レフェからしたらあなた達も一緒に退場かつバラバラにして、家畜の餌にして糞尿として新たな生をゴミ屑の中で生きてほしいです、てか、生きてください、おぉう、危ない危ない、で、肝心のキョースケは何処吹く風で、レフェの胸に甘える、あああああ、可愛いぃぃ。

心酔なんてものじゃなくて、胸を歯で噛みちぎって、僅かな脂肪を吸い取って、キョースケ、無垢なんですから、無知でお馬鹿で危険で危なくて危なくて、でも普通で、普通を愛して世界を蹂躙してレフェの存在のすべてをあなたにして、ああ、あなたは、でも、すべてが好きだから、彼女たちを殺すなと思うのなら、従いましょう、仕方がない人、全てを捨てて甘やかしたい人、レフェの本体。

「なんか俺たち、変な眼でみられていないか?」

「エシマったら、おもしろおかしいことを平然と口にするのね、見なさい、空中で鳥たちが群れているでしょう、でも少しはぐれてる、あれ程におもしろおかしいわよ」

「ん?」

「大丈夫ですよキョースケ、あなたが心を向ける前にレフェが魔術で殺して、あ、ほら、落下して、後は腐敗して消えます、キョースケったら、レフェの嫉妬を煽るために鳥ごときに、許さないです、あの群れにも、少ししたら全部落下します、ふふ、汚い」

「ホーテンはなんだか、怖いことを言うが、さっぱりだな、なにをしたって?ナナよー、この腕の中でうとうとしつつ、ナナの頭を撫でる、いい日だ、街に着いたら宿に入って速攻で寝よう、ねむねむ」

「抱き枕ですか、軍師と呼ばれるより、うん、キョウ様にそう使われる方がうれしいかな?」

「まじでか、容赦しないぞ俺は、何せな、ねぞーが悪いから抱きしめてすごくぐるぐるぐるぐる、うえぇーみたいな、もう、うえーってなるまで回る可能性が、楽しいことを寝ながら模索するとそんな結果になるかも、かも」

「その嘔吐物が夜ごはんですか、ぼくの」

「うぎゃあああああああ、もうやだ、可愛いけどやっぱり時折攻めてくる、フナキー、フナキー、ふなふなふなきー」

「変なあだ名で甘えてくるんじゃないわよエシマ、もう、あなたが自分の言葉で導いて、その先が底なし沼だっただけでしょう?私はどうすればいいのよ、ほら、よしよし、なんだか他の人間から見たら赤子を世話する幼児三人ね、あー、見られるのは当然だわ」

「なんだかんだで甘やかしてくれるフナキは魔人っぽくないな、どうしよう、俺のまわりは設定と性格がなんか噛み合わない、いいことだ、二度おいしい、とてもうまいです、うまうまと、噛みまくるぜ」

「エシマ、そんな風に言うと頭を撫でてあげないわよ、ところでさ、宿をとるとして、手続きはいつ行うの?冒険家の……それとも池でも見る?運が良ければその先祖がえりの竜とやらを見れるかもしれないわ」

「いや、怖いことは明日にしよう、てか、疲れた状態で見ても、うあーって口を開いて、はい終わり、睡眠たっぷりな明日の自分たちに期待しようぜ、つか、お腹すいた、フナキの体液はあきた、ナナもホーテンもいいから、ご飯が食べたい」

「なんて自分任せ、そして他人任せ、そんな言葉の選び、卑怯ねエシマ、いい子いい子、そんな危ういところ、愛しているわ、全体を愛していたら、僅かな部位で愛を歓喜してもいいのかしら?魔人に愛を植え付けただなんて初めて聞くから、持て余すわね、この感情、親友としては悩むわね」

「そんな悲しいことを言うなよー、フナキも、あれか、抱き枕にしたら、うぅ、殺すか、魔人が抱き枕、なんかプライド高そうだしなぁー、限りなく、そう、限りなく」

「別にいいわよ、好きになさい、人間の寝床は嫌いじゃないの、むしろ好ましいぐらいだわ、あんなふかふかのもので寝て、どれだけ我が身を大事に思っているのかしら、人間、自分の種に過保護なのね」

「その意見はおもしろいな、でもそれは、種とかじゃなくて個人で気持ちいいからだろう、大きく見たらすげー阿呆でも、細かく見たら、あっっ、わかるーなこの世界、割とおもしろいぞー、いや、俺もこの世界にまだ溶け込めてないけど」

「抱きしめて寝るのに熱心ってことでいいのかしら?わざわざ、口にしなくても、このフナキの全てはあなたの為に活動しているのに、確認だとしても、本当に無自覚、ばーか、と言ってみるわ」

「ぐはぁ、でも俺は近づく街と池の煌めきに心が弾む」

「感想まで混入してますキョウ様、大丈夫、キョウ様の言葉は限りなく、絶対に、真実に取って代わるから」

「ナナは本当に、街中でエシマをバカにした人間がいたら裏で智略の下に身を崩壊させて自殺に追い込みそうね、私より魔人的かもね、ここまで一つに特化すると、ああ、レフェ、あなたは特化ではなく、特別化ね、エシマのその位置、私は興味ないけど、奪われないようにね、いなくなったら勝手に私かナナになるのかしら?」

「レフェの忠告、その言葉は矛盾を二つほど孕んでいます、興味がないのに奪われないようにと助言、つまりは興味の片鱗が透けて見えます、です、それといなくなったら、と仮定を含んでいる、興味がないことにそこまで思考をわけませんよね、あなた、キョースケの一番に興味があるが、人物的に大きく言えないだけ」

「ふーん、良く分かっているじゃない、死ねばいいと思うわ、私がエシマに相応しいとも思う、友であり妻であり一部であり愛してもらう、と、考えに至ってもおかしくないでしょう」

「くらいよーこわいよー、女の子は怖いなナナ、ここは野郎の結束だ、結束ちょーだいじ」

「はい、キョウ様、そこに関してはナナ、ぼくの他にはいないかと、その、思います、それは本当に嬉しい、性に対して感謝をおもい、感じるとは、ああ、感じるのはキョウ様に、です」

「けっそく、けっそく、む、フナキもホーテンもそんながっかり顔でみるなよ、性別云々じゃないか、差別じゃないぞー、差別と区別ってすごいよなぁ、差別で話を区切るより、区別で区切る、区区ーくくー」

「くっ、そこに関しては、異性であるから良きこともあるのに、その点をつかれるとは、キョースケの一部である安心感と結婚した現実に、そんな圧倒的な差別を忘れていました!」

「確かに、異性の友で一部で愛の玩具だとしても、無いわね、そこまで、そこに関してだけナナに究極的に、劣るのかしら私たち、あら、事実を言っただけで、裏で殺しそうな眼で見ないでちょうだいよ」

レフェと違ってフナキには余裕のようなものがある、その内心はキョースケへのドロドロの独占欲と愛情が、透けて見える、なんとも、もっと悠然とした中身のはずの魔人の少女なのに、紫色の髪を指でくるくると遊ぶ、長く健やかなその髪を、いつも遊びを探す白く細く、小さな子供の指先で。

眼はキョースケからはなさない、スミレ色の、狂った濁り、光に照らせば透ける、邪気に塗れている、子供の姿で、レフェと同じで、腹黒い、しかもしかも、キョースケの前ではかなり"カワイコ"ぶっている、気にくわない、性の話に戻る、ああ、最初から嫌いなのかも、ですねぇ。

「それこそ、生まれる前から揉める問題になるじゃないか、意識しない方が得だろう、なるだけ無視して、そこがずれると性別の違和感になって、うーん、オカマの人とか、そーゆー点で真面目で誠実だ、だから、だから本当はあんな人たちが人間らしいの、とか思う俺」

「だったら異性なりの一部で、てか、キョースケの一部であることに、そこはなにも、足と手も名が違うぐらいに些細ですよ、考えなくても答えは簡単です、性能は性能、そこは変えられない、常にいつでも、そうです!最高に優秀なのはレフェですものね?」

「んー、なんに対してかはわからないけど、ホーテンは優秀だな、うん、それは間違いない、間違いなく真実だ、俺のように、知能が知恵食べて、ぎゃーな思考回路ではないで、すごく残酷だけど、頭がいいと残酷かつ残忍になるのか、悪鬼とか言われてたとか、むぅ、すげぇ嫁さん」

「それでしたら、自分の種族は一般的に考えて、頭脳は優れていたように、でもキョウ様に触れて、心が……妹は崩壊したし、兄妹で同じ、ぼくはもっと、だから、そこに関して言えば微妙かなーって思います」

「俺に!?妹さんが………えー、なんだそれ、俺の世界に妹さんがいたのか?ふむむ……わからない、わからない、わからないことだらけだ、なんだその、それ、俺が頭悪いのにクイズですか、クイズとけないと"い"が離脱してクイズは屑になる」

「キョウ様、そんな風に無自覚に世界を壊し人を壊し、素敵です」

「今もどこぞの大国で気がおかしくなっている聖女さまがいらっしゃいますねー、ああー、ここまで放置すると人語とか忘れていたりして、怖いですね、餌はちゃんとあげないと、くたばってもいいですが、新しいおもちゃは使わないとわからないですよ?」

「なんかよく名前出るなその設定の人、聖女、聖騎士、どこぞの恐怖兵器かなにかか、俺、なるべく平和的に済ませたいんだけど、こう、襲ってきたら逃げるよ?」

「そんなことをしたら腹を切って自殺するような感じの輩のように思えますけど、どうなんでしょうね、頭はかちかち、体は瑞々しいと、そんな感じですから、頭もゆるくしてあげたらどうですか?ゆるゆるに、ねえ、キョースケ」

「……道行く中でそんな台詞、なんて恐ろしい我が妻と震撼してみたり、ふむぅ、なんだか、その人さ、いつの日かこの家族に入るのか?だとしたら厳しく審査するぞ俺は」

「ほほう」

「うん、よくわからないけど、きつくなくて、暴力なし、でも不器用かも、ならそれが感情ひょーげんなら別にいいや、うん、あれ、なんでもいいや」

「流石ね、エシマ、もう途中辺りから面倒になって妥協したのが見え見えだわ、頭の中が透けて見える、海月の親戚じゃないのと言わんばかりの台詞ありがとう」

「おおぅ、バカにされたのだけは深く理解できる全力で間違った方へ特化している俺の脳みそに絶望だぜ……うん、うぅ、バカにしないでくれ、時に辛い時もある」

「キョースケったら、あなたはおバカですけど、全てを我が身にできるのだから、それだけでいいではないですか?そんな知能があろうがなかろうが、あなたの一部として機能する身になるのですよ」

「うへー、俺がおバカなの確実な言い方、てか、お前たちが幼児的な見た目で、頭の回転がはやすぎるのが原因だ、間違いなくそれが原因、そのせいで俺が下位にみられる、うわー、こえー、こえーちょーよーじ、ぎゅあー」

「素敵におバカですキョースケ、みんなあなたの為に機能しているのですから、そこはそれで、割り切らないと、むぅーしかし暴れるキョースケを、こう、腕の中にいると、襲いたいです、おかしたいです、ですです、デス?死?」

「うぉ、本音が刹那に出たぞ、ホーテンめ、時折でるな、その本音、いやだぞ、襲っても、逃げるからな、あっ、今は腕の中だった、飼い殺されている最中だった!うぉー、こんなことを予測して、妻なのに、夫を抱くのはこのためで、腕の中でねむれー」

「いえいえ、抱きたいのは本音でして、これも何も計算なく望んだ結果でしてー、ふふ、キョースケったら力でレフェに敵うわけはないのに、愚かな、愚直なまでのそのじたばた、母性本能って、自分の本体であるあなたに抱いて、いいのでしょうか?狂うような愛情の中で、そのぐらいは許して下さい」

「力で来るとは、理知的なホーテンらしくない、いや、でも大体はごり押しだったりするホーテン、頭がいいのに、無駄に肉体能力が高いのが、なんというか」

「なんというか、ですね、我が種族のこの性能はもしかしたらキョースケに選ばれるためのものだったのかもしれませんね、まあ、その中で最高の性能と正常さを持つレフェからこそ」

「狂っている割に正常とか言うのがレフェの危険な所ね、言葉違えて、エシマへの愛情も純愛とか言いそうで怖いわ、どうしてこう、エシマに対して正常さ?機械ではあるまいし、売り込み方が半端ないのよ、心が一つで、なにもかもわかっている癖に、言葉で空気を弄んで」

「狂っているか、その点で言えば、ナナはちゃんとしているなー、ほらみろ、さっきから一心不乱に俺の頭を撫でて、えっ、なにこれ、そのうち火でも、あれぇ、熱い」

「ぼくは、奥様みたいに、自我をそこまで大きく出しませんから、我があるとしたらキョウ様の意思の中に抱かれる形で、そう考えたら奥様は、キョウ様の為に人を殺す可能性が高いですね」

「なんか言っていることはあれだけど、俺にここまで尽くしてくれる子がいるか、否、いないと思う、抱き枕でもいいと、むぅでも申し訳は無いので、どうしよう」

「本人が望んでいるのだから放置するのが一番だと思われますが、ナナはそれでいいのですよ、いい子だと言いますが、その子、先ほどから周囲の人間に幼い殺意を一生懸命に研ぎ澄まして飛ばしてますよ、びゅんびゅんと、レフェも驚きです」

「そんなバカなことあるか、殺意ってところでなんだ?なんか、なんか物語の言葉だよな、現実的ではないっつーか、ほらみろ、ナナの瞳は金銀で、綺麗だぞ、殺意なんてないない、こうやって、触ろうとしても眼を閉じない……えー」

「キョウ様が触りたいなら存分にどうぞ」

「嫌だよ!?なんだそれ、すげぇ痛そう、俺も微妙な感じにむせび泣くよ、微妙なのはその、その眼を触るという行動自体に!あぁ、もう、そんなのはしなくていいよ!」

「いえ、少し前にお話ししましたが、この眼を褒めてくれました、あの時にくり抜いて差し上げますと言った時に、いらないと言ったけど、ぼくは、渡したかったです」

「両眼、両眼か、それならあまりにあれだから俺との交換を選ぶよ、ただで貰い受けるには、重い想い思い、と言いますか、このホーテンの白い腕は俺の重みでも赤くならないなーとか感じたり、すげぇぜホーテン!」

「レフェの心はキョースケへの愛で赤色に爛れていますけどね、愛をゼロに抑えても愛している、愛している愛している、ああ、愛している、と、だから、人を殺さない、血の赤をみせないで、生きています」

「当たり前だろう、まわりの知らない人たちも、しらなーい、けどさ、こんな血なまぐさい言葉が出ても、まだ近くからいなくならないんだから、結構立派だよな、俺、赤の他人だったら間違いなく逃げている、可愛い顔ぶれ、でも心が…うぅぅ、みたいな、みんな!」

「そんな顔ぶれを集めたエシマが良く言うわね本当に、これからは増えないでほしいけど、その"セイキシ"さん?も来るでしょうし、私、相性が悪そうだわ、あ、そして、そんなのが増えて冒険家してたら、どこかから睨まれるわよ確実に」

「大丈夫です、そいつらを殺すか、あとはキョースケがいつの間にやら下僕にしてるでしょう、そのあとに変えてもいいですし、ええ、無造作に制限なく広がりますからね、毒、星すら概念ない意思すら、もう、反則ですから」

「そこまで反則、反則と言われても、反則に値する言葉が浮かばない、俺ってそんな言葉か事情を起こしたかな本当に、わからないや」

「今回は意識してなにもしないで、れいへの心酔だけで別の意味で支配しそうですが、一応は隠して、偉い人に言われるまで黙ってた方がいいかもですね、うん、気づくものは気づくでしょう、先祖の血が濃いければ濃い程に、しかし、しかし、だとしたら、れいに敵意を向けていた種族の子孫、もしくはその教えの聖騎士団は、危ないかもです、キョースケのそれで一瞬で染めれば楽ですが、あなたは遊ぶでしょう」

「うーん、あれか、大人しくして、なにか動きがあるまで待てって言っているんだよな?そうだなぁ、一応はおとなしいですよ俺、うん」

「今までの行動からして、その言葉、危ういですね、ひじょーに軽い、どうせ街中に放置したら自分の眼で吟味して、取り込むに決まっています、それこそ……冒険家とか力あるものは危うい、どの基準であなたが取り込むのかは分からない、既に毒を流してるのかも、おそろしい」

「そんなに今のメンバーに足りないものなんてあるかしら?どうせ、遠くの輩か世界が違うような所の生き物やら"せかいそのもの"でしょう、エシマ、大丈夫じゃないかしら?」

「望みなんてないんですよ、キョウ様、無意識で、それこそ次々に……でも、現時点での増加は、"セイキシ"……さんとやらも、まだですし、いらないですけど」

「いらないなんて、一応、この世界を支配する存在の一つなのですから、あー、というか、いらないと言えばレフェ以外はみんないらないですけど、兎に角、愛情を0以下にして、なんとかそーゆーのを制御できるんですから、外れたらごめんなさいね」

「あなたが一番いらないと思ってるくせに、いい子ぶって、エシマに対しての甘やかし、とんでもないわね、際限なく、あなたがそんな存在だとは理解したけど、本体が本体なら、あなたはその血が一番濃いでしょうに」

「ええ、本心では腸が煮えくりかえりそうですよ、でも、ですね、キョースケが望まないことをキョースケのお嫁さんのレフェが勝手に行うわけには、そんなことをしたら拒絶反応でレフェは発狂死しちゃいます、その肉片は食べてもらって、でもそれは、だからキョースケが心から望んでくれて殺せと、言ってくれたら嬉しいのですが、愛情をせめて無限のうち、一ぐらいは出さないと破裂しちゃいます」

「あなた、現状でそれだけ発狂してるのに、愛情を閉じ込めで、ああ、むしろ無限のうち、たった一切れを、外に吐き出すだけでどれだけなのよ……愛情の化けものね、あなた、魔人に近いわね、魔力で体ができている私たち、愛情で生まれたあなた、私もそんなものを抱えているのかも、エシマへの愛情を、魔人だから鈍いのかしら、自分自身に」

「自分自身に鈍いのは誰だってそうだろう?鈍くない奴なんて逆に怖いよ、怖い怖い、その覚悟で鈍い自分を鈍くないふりをした自分で殴りつける、こう何度も何度も!」

「キョースケ、こう、頭をぐりぐりと、甘えてくるのは嬉しいのですが、暴れると危ないですよ?……いえ、暴れるキョースケがいかに可愛いのかは言うまでもないですが、それとこれとは、ああ、一緒ですね、レフェとキョースケ以外はみんな野でくたばれ、獣の死骸のように」

「……奥様、迷いなく本音が出ています」

「迷いないわね、この子、誇り高い、白の古人がこうまでなるのだから、恐ろしいと何度も、一生言いたいわ、ええ、皮肉よ、皮肉、エシマの怖さ」

「ふふ、そんなよくわからない古いだけが良しとする生き方など、捨てました、そもそも、無かったのかも、生まれてから得たものと生まれる前から得ていたものはキョースケだけでいいのです」

「そんな俺は腕の中でもふもふしてます、うーー、ひじょーに危うい中で生きてるぜ……視線が気になる、ぬぅ、街に入ったらもっと見られるのか、うわー」

「確実に見られるわね、エシマ、そこはもう開き直って、行くしかないわよ?あなたの容姿が目立って、中身はより混沌で、注目をするなという方が無理でしょう」

「えー、絶対に俺じゃないよ、ホーテンかフナキだろうに?ナナは眼を一つ隠してて、小さい女の子みたいに、こう、悪意がない感じだ、フナキとホーテンは眼がきつい、可愛いけど時折きつい、怒るなよ、俺はおバカさんと呼ばれまくっているので一つぐらいお前たちの"ついてもいいじゃんか"」

「レフェに限っては、そうは思わないですけど、赤眼だからですかねー、子供の姿に愛らしいと思うのでは?おバカな人たちは、どうなのでしょうね、キョースケ以外に何と見られてもどうでもいいですけど、フナキ、あなたでは?淫靡な空気を断ち切って、そこにいなさい」

「なんで私にそんな言葉を、私は別に普通だし、魔人だからって、ねえ、エシマ、どう思う?」

「さあな、フナキは淫靡っていうより、なんだろうな、小悪魔と良く聞くけどさ、言葉で、そんな感じ?なんだか裏でたくらんでそうかなぁ、ああ、俺から見たらホーテンは両方な、裏も表も俺の為になにかしてそう、でも俺はわからない、うむむむ」

「そうですよキョースケ、レフェは、あなたの全てを叶えるために、あなたの為にいつでも思考を張り巡らせて、色々とたくらんでますよ?」

「って言ってるわよエシマ、本当にあなたは心の底から理解しているでしょうが、そこの女は、最悪に近いぐらい、黒く黒いわよ、魔人が言うのだからよっぽどよ、悪魔が見ても同じことを言うでしょう、神聖なのは容姿だけ、他は真っ黒、あなたの眼と髪の色に合わせて中身も真っ黒だとしたら、特化しすぎて怖い、最初からあなたの為にそうだったと思う方が普通かしら?」

「まあ、お嫁さんが頭がよくて色々としている方が夫にとっては安心なのだと俺は思う、俺はあれだからなぁー、頼りないからさ、そこをホーテンが埋めてくれるなら、これ幸いですよー、ナナもなー、そこんとこよろしく、足りないところがありすぎて、うごうごと、醜く動きます、つまり俺、泣くぞー!」

言葉の渦が蠢いて、うーん、キョースケは甘える相手を自分だけに限って欲しい、フナキはそんなキョースケが可愛いのか頭を撫で、ナナが頬を舐める、レフェは両手が使えないので、頬を彼の頭に擦りつける、くすぐったそうに、彼曰く、うごうごと蠢く、さすさすさすさす、これをしていたら永遠に歩いて行ける、レフェは彼の足になる、それもまたいい。

「どうしたホーテン、ほっぺた全開で、頭でぷにぷにと、むぅ、いいあれだ、いいいい、ぷにぷにだ、これはいい……今日は宿でずっとホーテンのほっぺたをぷにぷにと、てかホーテンの白い肌をぷにぷにでピンクに染めてみたいとも思ったり」

「ご自由に、キョースケ」

「いえー、約束を取り付けるのは嬉しいな、むん、がんばります、ということは今日は宿屋でゆっくり休んで手続きは明日ってことだよな、りょーかい、ぷにるぜ、ちなみにフナキの尻尾もみたいです」

「いいわよ、って言っても、そこの二人がいないところで二人っきりでね、あなた達、少しはエシマからはなれても、自我を失わないように練習した方がいいわよ、眼にやきつけていたらいいじゃない、私は大丈夫かしら?うーん、こんな事を言って私が発狂したら意味がないし格好が悪いわね」

「大丈夫だろう、それこそ、なあ」

「無理じゃないですか?確実に言えるのは、キョースケがいないと暴れちゃいますね、発狂ですかねそれ、どうなんでしょうねー、あなたと触れ合わないだけでも壊れかけて愛情をゼロに下げて自我を保っているのに」

「むぅぅぅぅぅ、それはいかん、少し試してみよう、今度、ナナ、うぉぉぉぉい、泣くな、やっぱりやめよう、駄目かもしれない、むっ、ホーテンも泣いちゃったり可愛いとこがみえるのか?」

その言葉だけで丸々と眼が開き無表情で涙を流すナナ、言葉から、それがでるまで僅か数秒、唇をかみしめて、すぐさまに気付いたキョースケが頭を撫でる……しかし、涙を流しながら先ほどから続キョースケの顔を舐める行為はやめない、家畜が捨てないでと泣きつくがごとし、むー、レフェですか?

レフェも泣くでしょうね、泣くというかそんな言葉を言われただけで、周囲の有象無象の頭を粉砕して暴れ回りたいですかね、ナナより乙女向きではないですから、この思考、でもそれが愛しいというキョースケがいるのでいいです、このままのレフェでいい、はい。

しかし危なかったです、フナキ、そんなことでレフェを消し去ろうと、犬畜生にも劣る化け物の分際で、遠まわしに自分もキョースケが数秒眼に入らないだけで狂うと言っているではないですか、哀れな魔人さん、すっかり飼い殺されて、犬ころ、主に交尾を強請るな、ゴミ屑が、病気がうつる、這いつくばってくたばれ、とレフェは心を殺す、きょうすけきょうすけきょうすけ、あー、心、あー意思、がんばるですよレフェ。

「キョースケが笑えと言えば笑いますし、キョースケが殺せと言えば殺します、あなたが全てで、あなたの髪が今、口に入ったので、もぐもぐ」

「うがー!やめれー、勘弁だーご勘弁、そんなものを食べるな」

「そうですか?この世で一番の美味だとレフェの舌が感じていますが?はて、これはどーゆーことでしょうねぇ、ねえ、キョースケ、もぐもぐ、と、唾液でべっとりです」

「…俺は…宿に行きたいです、もうどうしようもないくらいに、顔面をナナに舐められて、うぅぅ、ピンクの舌がちろちろと、まさによくわからない世界……ホーテンには頭を支配されるし、フナキの体液がご飯だし、もうね、やーど」

「叫んでしまったわねエシマ、そこはもうね、諦めなさい、魔人も人間も諦める機能、忘却する機能がちゃんと搭載されているのよ、あなたがその域にあるのかは少しだけ疑問だけど、頭の悪さには確信が持てる、大丈夫でしょう」

「どんな苦しい機能だよ、忘れたくないよ、なにもかも、寝て、消えるようなものは諦める物の内には入らない、だろ、なんかそうやって顔をのぞきこまれると、ホーテンの白い髪がたれ下がって、俺の黒い髪と一つみたいだ、むー」

「まさしくレフェの理想形ですね、いつの日かと望み夢見る、どうしたら、その言葉の通り、肉体を一つに、ああ、一つになったら卵から羽化したいですね、新生、キョースケとホーテンことレフェとでも、今、あなたと血のつながりのないこの白い体が憎いです」

「好きだけどな、うーん、レフェの白さ、雪よりも潔い、そこまで白いと、その白さを基本になんでもできちゃったみたいに、むう、だからそんなことは言うなよ、いつでもいいじゃん、どろどろと、溶けるのは、いつでもできるぞ、でもしない」

「出来るのですか?」

「うーん、多分、出来る……"できる"……あははは、うん、でも、出来るけど、遠い未来に、でも、いつかはするよ、ホーテンがそこまで言うなら、な」

頬を手で撫でる、歓喜に震え、嗚咽が、キョースケ、それも"かのう"だけど、今はまだね、と、優しく言ってくれた、あああ、この人の臓器に骨に血に、肉体もなれるんだ、そこは知らなかった、そんな機能があることは、そんなあり方でそんなことを、成すとは。

うそつき、教えてくれなかったキョースケ……レフェが一番のあなたの"一部"なのに、そんな素敵な言葉と約束ができるなら、ああ、レフェの邪な気持ちを弄んで、放置していた人、とんでもなくくろくしろく、わからない、わかる人、食べてもらえるし、一部に、心と魂は既に一つなのに、肉体だけ放置される疎外感、解き放つ言葉をいただいて、体が、本当なら絶叫して絶頂して気を飛ばしたいが、キョースケは許さない。

いつも通りにするから、その約束を永遠に、100年後、1000年後と、嬉しいというより存在をちゃんと認識された感激に、キョウスケの髪をかむ、甘く、あわく、ゆるく、脳のピンクがぐにゃ、と、ワラウ、脳が笑うっ、淫靡に媚びる、本体に、キョースケに、高貴な血などは、キョースケの血で、すべて、あはは、と彼と笑う。

わらいはわらい、ナナとフナキは気づかない、気づかないでしょう、あなた達はまだ肉体保存にまで使われるとは言われていない、キョースケはレフェを心の底から活用したいと思っている、愛情と捕食の天秤に、手を、完全破壊、欠片を食べる、味付けは自由に、唾液をたらし、舐めとるように、予感ではなく確信で、キョースケ、できるんだ、肉体も一つに、すてきなかみさまをこえたよくわからない、ああああ。

神はいない、いてもいない、キョースケはあって、その域をも、全ての域をも蹂躙して内包するから、純真な者、魔たる者、皆が皆、どうしようもなく惹かれて、一部で、あそんでほしくて、自分だけのものにしたくて、狂う、そんな感情がない存在にすらその愛情を発生させる、人以外にも空気にも、無機質にも、すべてに、光であっても闇であっても、漂う雲であっても、意思と愛をあげる、自分への、でも自分はそれを特に意識はしない、放置、ひどいそんざい。

だからこそ常に、血反吐を吐いてでも全てを叶える、この人は全てを自分にできるが、自分が時折わからなくて、自分以外は完全に自我にしてしまう、ああ、だから悲しい、悲しいから、救う、レフェにそれが出来るのは、その位置を与えてくれたから、でも、でもですよ、最初に求めたのはレフェだった、あなたのお嫁さんにしてくださいと、魂をあげた、こたえた、それはいいこと、夢見物語。

「ホーテンはいい子だな、うーん、ずっと、それで頼むなー、俺にしてほしいことがあったら、むぅ、おバカなりに頑張るから」

「……いえ、陶酔で絶境の世界に、眼が、視線は、レフェは?なにもかもわからない、愛情が形で知覚できます、ああ、望むがままに、あなたの全てはレフェが保管します、他のものが本当はいらないものだと気付くまで」

「それはすげぇ楽しみ、一つだけの価値観は怖いけど素敵、むはー、臆病な俺にそんな素敵な意味合いのものを、教えられるかな?ホーテンは頭がいいし、そこはちゃんと伝えてくれそう」

「欠けているのではなくて、キョースケは最初からそれが存在してなくて、はめ込む部位もない、でも愛情でこじ開けて、教えてあげます、レフェ以外にいるものはないと、そもそもレフェにはあなただけしかないのだから、真剣に貫けば、ふふ、時間はありますから」

「……どうでもいいけど、髪を噛むのはやめて、はげるぞ俺、いや、そこはもう、ちゃんと嫌ですよと、言っておかないと、いえいえいえ、どんな姿でもと言われても、むぅ、俺は今の俺が丁度よくて好きなのに」

「キョースケがどんな姿でもと言いましたが、ああ、どんな姿のものでも姿なきものでも、自分にしちゃうのに、そこだけ一般、そこだけ人らしい、異世界においてもそこは普通、抱える者が狂っていても正常でも、なんでも来いと、男らしいですよキョースケ」

「ほめられた、ナナ、ちょ、眼が見えない、眼をするのは………唾液で思考が消えて、視線が消える、視線ってか、眼の、機能、むぅ、見えない……こんな経験は俺だけ、ナナはそれを寝るときにしてくれよー、何も見えなかったら寝るしかない理論」

「キョウ様、理解して了解しました、キョウ様が寝るときは抱かれながら眼を、はい」

「……うーん、エシマ、どんどんと穴の中に身を沈めているわよ、忠告、友達として、そんな風に余裕ぶっても、私もね、してあげるわ」

「結局!?え、朝までそんな感じは駄目だから、なんか寝れない可能性が逆に出てくるからね、あっ、唾液の池ではなく、水の池だ」

「はい、ウルネ泉ですキョウ様」

木々の間を抜ける、山道が途端に整理されたものに変わり、ああ、青空が強烈に映る、その下に、同じく青々とした巨大なそれが光を反射してキラキラと輝く、透明度が高く、底の魚のざわめきすら、取りやすそうですね。

道行く人はなれた景色に足をとめずに、足早に、キョースケは逆に泉を見つめて口を大きく開いて……感心しているみたいです、それはそうでしょう、……キョウスケ視点ですが、山々より、広く大きい。

ここまで来ると海ですね、知識の中にしかない、巨大な水の化け物を連想して、笑う、自分からしたらどちらも巨大な水たまり。意味合いにおいては同列だ、海は水が塩辛いと知識が震え、ここまで巨大だと、この泉もその例にならえと、理不尽な考え。

波があり、よせてはかえす、小石、砂利、水草、それが"よせてはかえす"、泡に消え、中々に美しい、キョースケは広く大きなその光景に何度も眼を瞬かせ、ナナはここに住んでいたことがあるというし、フナキも大陸を長く旅してきたのなら、この巨大な泉を無視できまい、つまりはレフェとキョースケだけが初見で、でもレフェはキョースケと一つ、心も同じく波に抱かれる。

軽く見渡してみても、泉の向こう側は見えない、うん、このように細い道が幾つも交わり、大きな道となり、その果てに巨大な橋が見える、古く……雨風にさらされたそれは色悪く、しかし実用的に見える、所々を鉄で補っているのも中々に、しかもそれが泉の中心にのびていて……果てに巨大な石で構成された円状のものがみえる、岩、あれがポルカ街、水の楽園と名高い……外から見るとあれですね、ごつごつ。

カエリミズの青色達はそこに向かって、群がるように、こうやって道が一つになると、どれだけの人が大陸に仕事に出ているのか想像ができる、恐らく、全てが一斉に集まったら街が溢れ返ってしまうでしょう、いまのような生き方でしか成り立たないような、そんな街と人々、他の種族の姿もその中に、逆に目立ちます、レフェ達はより……街中、むー、キョースケの黒がどうなるか、くろくろ、です。

「ふーん、あそこに行けばいいんだ、行こうか?こんなに広いと、そのみずとかげを探すのも一苦労だな、あしたあしたー」

と妙に元気なキョースケでした。



[1513] 異界・二人道行く24
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/01 01:57
がやがや、ざわざわ、耳障りな効果音ありがとう、と、なんだかこの街に入るのは一苦労みたいです、何かって、その、多すぎて、一応は簡単な検査があるとか、その為に人数に噛み合わないその速度は、苛立ちの原因となります。

ほとんどがカエリミズの青色、これまた幼い少女の容姿、ああ、勘違いしないでください、こーゆー種族が多いのではなくて、たまたまです、むぅ、しかし世を支配している若々しい種族が多いですね、見た目、まあ、血の優劣で見た目も変化、とんだ世界です、と背の低いその列の中で、キョースケ一人が恥ずかしそうにそわそわしています、わかります。

泉と言っても、これだけの巨大さで先ほどの波、これだけ立派な橋が僅かに振動するのですから中々に凄いものです、キョースケ、本当にすごく目立っています、仕方なく、フナキの背中にこそこそと、ドレスで身を隠そうと後ろに、頭をぽんぽんとフナキが、はて、慰めているのでしょうか?

しかしまあ、遅い、ここに並んで既に一時間ぐらいでしょうか?………登録制にして、この街に住まうカエリミズの青色はそのまま通せばいいのに、流石は水の、整然な種族、規律に煩い、水属性、なにかそんな印象があったり、むぅうー、ねむねむ、少しキョースケの"ねむさ"がレフェに、心が一つの夫婦は夫の怠惰が理知的な妻を支配する、いいですけど、嬉しいです、幸せ。

水の上、空気も澄んでいて、キョースケは寒がり、自然、フナキが抱きしめる、屈んでいるキョースケ……なので子供に泣きつく父親のように見える、逆、この二人なら髪の色もそこまで遠くなく、家族にみえるのでしょうか?

ふむふむ、誤魔化す必要はないですかね、そもそも、何処までのことを聞かれるのか疑問ですし、遅い遅いと言っても人の流れは進みます、ナナは少し眠いのかうとうと、キョースケはかなり眠いのかフナキに抱きついて、ぐー、フナキはフナキで幸せそうに眼を細め、レフェは嫉妬を殺しどうしようかと。

「ふーん、まあ、なるようになるでしょう、キョースケ、あなたがいれば、毒は使わなくても、どくどくとしなくても、れいのあなたが、いれば……ですね」

「へー、エシマで押し通すってね、こんな検査がある街の方が珍しいし、それで通るのならすればいいんじゃない?張り付いて寝ているけど……涎がしみて、ふぅ、ドレスが」

「キョースケ、本当に良く眠りますね、寝る子は育つ、そーやっている内に毒をそこらにポンポンと、存在のあり方で他世界をぽんぽんっと、可愛らしいものです、寝ている姿は……例えるものがない程に」

「それはそれは、エシマの為にお好きに頭を回しなさい、で、この、えーっと、全然取れないんだけど?いいのかしら、このまま門番に見られて、もう目立ってる、私たち」

「大丈夫でしょう……違和感が持たれるならカエリミズの青色以外の種族でしょうに、大丈夫大丈夫、それ以外の数なんてたかが知れてます、主成分はレフェたちです」

「………エシマを含め、ええ、これだけ個性豊かな旅人もいないしね、見た目も、中身も、あなた達夫婦よ、もっともなのは、眼がつけられたら、奥さんのあなたが策を練って、誤魔化しなさいね」

「大丈夫だと言っているでしょうに、なにより、このキョースケがいれば、れいを取り込んだのは幸いですね、これからも水属性の種族にはこんな特典が欲しいものです」

「なら、エシマは、いつかは水属性の人間も、魔人も、入るのかしら?わからないわね、私たちが知らないうちに"世界"を全て自我にして、愛の下僕たる一部に、はい、完成、みたいなのは勘弁だからね、それこそあり得るわね」

「あるかも、ですけど、キョースケは楽しんでますから、心の奥、無自覚に、そんなことを言えばこの世界に来ることもしなくていいですし、一瞬もかからずに、無限の世界を愛の下僕に仕立て上げられるのですから、しないというのは、したくないということですよ?」

「へぇー、そうなんだ、だとしたら今苦しんでいる"セイキシ"なんてそれのいい例ね、さっさとここに呼んであげればいいのに、抱きしめて、寝ているけど、怖い男の子、私の本体で親友………ふふ、気楽に寝ているわけだわ」

先ほど、レフェがしてあげていたように、フナキがその体を"お姫様だっこ"して、あげる、周りからざわめき、その姿で、その幼い姿でその怪力、あれだけの荷物を背負うカエリミズの青色が驚くのは、まあ、そんなに多くないですからね、こんな姿で怪力なんて、お話の世界では幾つも。

キョースケは寝言を、聞き取れないようなそれ、フナキは満足そうだ、よりによってレフェたちの番が、あー、そろそろまわって来そうな時に、でもいいですけど、キョースケ幸せそうにねむねむして可愛いですし、嫉妬はなんとか、扱える、ぎりぎりですけどね。

そのまま、検査をする人間が、カエリミズの青色ではなくて、豚鼻の醜い姿、全身に纏った鎧も錆びれており頼りない、金で雇った傭兵だろう、あまりに醜い姿なので種族名も述べたくない、一応、数は多い種族ですから、大陸をまわれば自然、うーん、キョースケだけを見て生きれないでしょうか、そのキョースケが寝ているのだから眼の代わりにレフェが機能しないと、矛盾、です。

彼はレフェたちを見て、驚き、豚が驚いても表情の違いはわからないが一応は人に数えられるその顔の驚きはわかる、鼻息は荒く、予想通り、フナキは涼しい顔、種族が種族だけに見た目がより凄い知り合いもいるのだろう、レフェはいつかキョースケに許しをもらってこの種族を滅ぼしたいです、でも、でも、それをするならキョースケとずっと一つになるほうに時間を。

手に持った槍を地面に突き立てて、じろじろと、ここまで来るといちいち説明する気も失せてしまった、カエリミズの青色がそーゆー役割をすると思っていたのに、酷い罠です、酷い顔です、豚山に帰りなさい、あー、言いたい、でも我慢です。

『あなた達は旅人ですよね?……荷物も無く、武器の類も見えなく、さらに幼いと来た、普段なら通すのだが』

思ったよりは紳士的な話し方だ、フナキがドレスの端を持ってぺこりとお辞儀、人の文化に感化されすぎているのは否めませんが、豚顔の存在は笑う、愛らしいと受け取ったみたいだ。

ここは彼女に任せましょうか、人を騙すのは上手そうですし、キョースケ、もう一度、「えい」と持ち直して、フナキは人好きしそうな上品な笑みを浮かべる。

「ええ、この人は私の父親、元々は非力な種族で、私は力の強かった母の血が強いみたい、こうやって甘えてくるのよ?父親なのにおかしいでしょう?そこの二人は母の連れ子、もういなくなっちゃったけどね、塩が高く売れると聞いてこの街に来たのだけれど、何か思うところがあるのかしら?」

『これは愛らしくて賢いお嬢さんだ、成程、私は世間的に"まざりもの"と呼ばれる人たちの苦労を少しはわかるつもりだ、何せ義理の弟がそうなのでね、そちらの父親が疲れて寝ているのもわかるというものだ、娘に抱かれるというのは少し恥ずかしいものだが、仲が良いというのは素晴らしいことだ、塩だったら中央の市場で高く買い取りしているから行って見ると良い、うんうん、理由はわかった、通りなさい、早く宿をとって、父君を休ませてあげることだ』

「ありがとう、最初は強面に見えたけど、紳士的なのね、私もまだまだ世間のことを知らないと、それでは通らせてもらうわ、良い一日を」

『ああ、良い一日を、こんな綺麗なお嬢さんたちを見たのは初めてだから舞い上がってしまったみたいだ、しっかりせねば』

手を振りながら視線をこちらに、フナキの紫色の瞳に卑しい光が入る、成程、悪魔的だ、小悪魔というよりは悪魔でしょうあなた、結局レフェがしても同じような方向性になっただろうけど、もう少しマシに、どうかなー、うーん。

一応、何かがある時に使える、殺すわけにもいかないとわかっているので、頭をさげる、ナナは何も言わずに無言で、豚さんはニコニコと、ふむふむ、こんな風に人を思考させる技もあるのですね、流石は無駄に人の中で長生きしてきたフナキ。

キョースケは寝たままに……そういえばカエルの"無限の"入れ物に対しては何も、見た目だけで持ち物を判断するとは、なんというか、検査とかしてないじゃないですか、外観検査、なにもわからない、内にある黒くドロドロとしたものも、何一つ分からない、おバカさんですね。

煉瓦で出来た門、光が消え、僅かな時間、暫くして一斉に聞こえる人々の声、フナキはへーと、ここまで大きな街に堂々と入ったのは流石に初めてなのだろう、その割には手慣れた感じでしたけど、ナナはここに住んでいたことがあるのでなれたもの、ふむふむ、キョースケは寝ています、フナキが時折、れろっと、閉じられている瞳の中に舌を入れて、むにーと鳴くキョースケ。

大きな通りです、というか道が広いです、道は広くー、建物も大きく、全てが大きい、白塗りの煉瓦の建物がいくつもいくつも、整然と並んでいる姿が今までの街と違う、都会の印象をそのままに与える、大きな煙突からもくもくと白い雲が天にのびてゆく、人々は意外にもカエリミズの青色ではないものも多く、先ほどの豚さんの種族も街を闊歩している、大きいのです、彼らが逆にこの街の支配者のように見える。

しかしやはりカエリミズの青色の数が圧倒的に多い、彼らは水の魔力を纏いそこらにいる、山中で虫を数えるかのように理不尽に、多い、青い少女の街、とでもいえばいいのか、街中に水路の一つもあるのだろうと予測していたが、一つどころか道に反するように水路が幾つも走る、彼女たちは人魚のようにそこを走る、泳ぐ、飛ぶ……泳ぐだけではなく水面を走るとは、そんなに何かに急いで……いるんですかね、とか思ってしまいます。

さてさて、この街で色々とやるべきことはあるのだが、まずは宿探しですね、休むべき場所がないと、行動ができない……フナキは一人ですたすたと、人の流れなど気にしないで歩いてゆく、おっと、レフェ、突っ立っている場合ではないですね、ナナも眠さで……危ない足取りで続く。

キョースケの黒髪が揺れる度にカエリミズの青色の少女たち、水の魔術師、あと同性とでしか性を結べない種族の足が止まる、自分たちが心酔する水の化け物、れいと一つになったキョースケに、なんとなく、なにかを感じる、当然そこに現実的な意思はない、そんな、キョースケの中にれいがいるだなんて、口で説明しないとよっぽどの"しんじゃ"ではないと、血まで心酔した愚か者でないとわからないでしょうに。

「フナキ、何処に?」

「当然、宿よ、こんな人臭い場所にあまりいたくないし、エシマも起こしちゃうでしょう?殺しても駄目なのだから、人通りの少ない場所に、そんな場所なら宿の一つでもあるでしょう?皆が使うような宿ではなく、少し後ろめたい者が集まるような、古ぼけた、そんなのがね」

「あるでしょうけど、説明をしないと、キョースケ以外の思考などレフェには受け付けないものだから、口にしてくれないと困ります」

「そう、次からはそうしましょう、しかし本当に、煩い場所ね、今まで大きな人里を避けていてよかった、でもこんな景色と文化を見ると、時折、人があやふやに思える、姿かたちは全然違って、それでも人だなんて」

「詐欺とでも思いますか、でもキョースケにはそんな違いもわからない、魔人のあなたも人のレフェも世界も神も、意識した瞬間に内に取り込み愛の下僕に発狂させる、力の強い弱い、空間次元、何一つ意味なく、寝てますけどね、いま」

「お昼寝ね、こんなので冒険家として、私たちがしっかりすればいいのでしょうけど、戦闘中に寝たりしそうよねこの子、可愛いけど、心配、れいが内にいるのだけど、愛に狂うとそれも心配ね、友としてあるだけでは駄目なのがエシマ」

「足速いですね、無意識ですから、そこはあまり言ってあげないでください、うーん、てかこの街、何処に行っても、フナキ、キョースケの涎を舐めとりながら歩くのはやめなさい、今先ほど、親子として入ったのはあなたですよ?」

「あら、そうだったわね、甘露があったものでね、ついつい、舌が勝手に蠢くの、そこは大目に見てほしいわ、愛する者が手の中に、腕で眠っているのだからね、このまま肌が溶け合えばいいのに、ねえエシマ」

「あなたがそれを望んでも、キョースケがそれを望まなければ、どこぞの…………セイキシさんの話を先ほどしましたが、そんなものです、心から彼が動くことはないです、習性で、あり方ですから」

「私以外はいらないと言ってもらえたら、家族すらこの手で殺してくるのにね、あの氷山をこえて、でも、寝ている、お昼寝で幸せそうで、迂闊に手を出せない、全てを超越した毒を垂れ流して、でも笑うと、心があたたかくなる、魔人にいいのかしら、これ」

「さあ、それはキョースケに聞いてください、あなたは何処か、認めたくは無いですけど、キョースケが欲しいと思う要因が、あっ、そこは右にまがりましょう、なんでかって?キョースケの顔がそっちを向いてますから」

「理知的な意見ではなくエシマ第一とは恐れ入る、どこでもいいのだけれどね、本当、人の流れは消えないわねここ……むぅ、厭だわ、ええ嫌、はぁ、人は良くもまあ、こんなに声や音を出せるものね」

「………えーっと」

「ここにしましょう、見た目も何処となく魔人の住まうあの土地で眼にしていた建物と似ていて、この陰気臭さが最高ね」

色々と口で歌いながらたどり着いた先は一つの建物、以前の里と同じく、外に貼ってある値段表だけがこの建物が宿であることを"無理やりに"主張しています、近くには小さく狭い水路、気のせいか他と違って濁っているように思えます。

建物も二階建てなのだが、一階の窓が木の板で封じられていて、曇ってしまっている、外観そのものも酷く、虫除けの為でも何でもなく、黒く染まっている、歴史の重みはその癖に一切感じず、歴史の苦しみだけがしみ込んで、黒くなっている……木の板の間には隙間があり、可愛らしく一つ花が咲いている……場所が場所だけに笑えない。

こちらが何かを言う前にキョースケと一緒にその宿に入ってゆくフナキ、キョースケが入るということはレフェに拒否権などは無く、そのあとに続くのだった。

「暗い、暗いですね……えーっと、なんですかこの日当たりの悪さは、大体外から予想は出来ていましたが、おーい、フナキー、聞いていますか?」

「あら、何処が受付かしら、人の事情にはあまり詳しくないの、レフェ、どうすればいいのかしら?」

「自分でさっさと行くから、全てを知っているのかと思いましたよ、紛らわしい、えっと、そこですね受付……誰もいないですけど、すいませーん、っと、大きな声を出すのは照れますね」

「いつもエシマへの異常愛を周囲の視線を置き去りにして延々と語るあなたが言うには説得力に欠けるわね、それはどうでもいいのだけれど、人が来ないわね、ん、何か"おきて"を外したのかしら?」

「流石は魔人ですね、そんな言葉を平然と、人間の世界はそんなに重苦しいものが普通にぽんっぽんっと出ては来ないのですよ?ほら、来ました、えっと、四人でとりあえず三日泊まりたいのですが」

暗く淀んだ部屋の奥から一人の少女が出てくる、カエリミズの青色だ、透けるほどに、淡い肌に、青白い髪に、それこそ先ほど見た泉のように澄んだ蒼をした瞳、ただ、少し違うのが彼女たちが整然とした服装で、にこやかに労働に勤しんでいたのと違って、鋭い目つきで煙管を吹かせている、金細工の模様が施されていて見事な色合いを醸し出している……この宿の店員にしては。

着込んでいる服もただ事ではない……その幼い容姿とは別に、何重にも着込んだ着物、服としてギリギリの線、自分だったら断る、見るだけでうんざりする、豪華な刺繍が全体に散らばっていて、この少女の希薄さだから纏えるのであって、常人が着たら単に厭味のそれになる、金、銀、の鳥が面で踊る。

長く蒼い髪は結って右肩に流している、しゃりしゃり、と妙な音が聞こえると思ったら草履をはいていて、地面に摩れ、耳に流れ込む……レフェより少し年齢高めの姿、うーん、しかし、ぷはーと吹かせる煙と容姿に似合わない赤く塗った唇が印象的、知性のある眼は知性がありすぎて幼い容姿には不釣り合い、黒い幼児、に見えます。

しばらく、長い睫毛が伏せられて、何故かレフェ達はそれにならい、しばしの、しばしの休憩、キョースケがうにーと両手をあげて、眼を覚ます、フナキの手の中で周囲を見回し、くらーいくらーいと、相手はそんな言葉も何処吹く風……手でぱたぱた、どうやら暑いらしい、脱げばいいのに、春先でもそれは……なんて、思ったりします。

ふっと、幼児で大人な動きをする少女とキョースケの眼が合う、静謐さを備えている眼は少しだけ驚愕、煙管からぷかぷかと、煙が浮かぶ、ああ、この部屋に入った時のにおいはこれかとかどうでもいいことを思ったりします、むー。

「へぇ、客か、こんな時化た場所に、こんな大勢で、よっぽどの物好きか、よっぽどの阿呆か」

「へぇー、こんな時化た場所で一人でたばこぷかぷかーとはいい老後だな、あっ、幼児だ、うん、いや種族によってはいいのか、うん、俺の間違い」

「……面白い子じゃないか、そっちのは白の古人に、森羅の皇赴眼、と高位の魔人か、戦争に行く前の一休みってか、いいよ、泊って行きな、そこの君、君だけがわからないな、"何なんだい?"」

ケタケタと笑った後に、細く、切れ長の瞳がキョースケを見る……只者じゃない、自分がまさかそんな言葉を使うことになるとは、勝てる、が、勝負をしたくないと思わせる覇気がある、レフェの記憶にある人物の中では姉に近い。

子供の姿で、それこそ研ぎ澄まされた言葉を平然と、キョースケはそんな所に意識は無く、意思もない、まるで何処吹く風で笑う……そんな姿にも油断なく眼を向ける、フナキは自分の状態を一発で当てられたのに余裕の顔で様子を見ている。

さて、この幼女はなぁに?です。



[1513] 異界・二人道行く25
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/02 00:03
キョースケの心が目の前の幼女にぐるりと、ああ、レフェにはわかります。

「フナキっ!魔人ってバレてるけど、うーん、そんな一目でわかるようなものなのか……角も羽もないのに、しかし、あれだなぁ、うん、あれだ、俺のことを聞かれても」

「聞かれても、なんだい?」

「聞かれても、俺は俺としか言えない、江島恭輔、これが俺、自己紹介にしてはやけに……うん、こう、犯人に対するような物言いだ、小さいのに、怖い娘だ」

「聞いたことのない響きの名前、不思議な色合いをしている、そうだな、面白いけど、中身は特上の"黒"だ、見た目を裏切らずにね、君は興味深い、勿論ほかの三人も面白い」

「あーーーと、うるさいな、うん、でも面白い子だ、そしてなんでそんなに煙草をなぁ、プカプカと吹かせて大丈夫か?こう、なんか小さいなりでしていると不安になる」

「?……ああ、これ、大丈夫も何も、十数年吸っているけど、元気なものさね、少年、君の中にある物の方がよっぽどに毒だと思うけど?こう見えても昔は冒険家でね、"怖いもの"を判断する能力はそこらの小娘とはわけが違う」

「……それは駄目だろう、なぜかというと、俺は危なくないし、見ろ、あんたが言ったこの布陣、どう見ても俺は何もないただの、そうだなぁ、いらない人間」

「興味の範囲で言えばね、そこの三人も平等だね、でも知らないと言うだけで目立つのさ君は、何処の種族だと聞いているのだけれど」

「へー、結構真っ直ぐな物言いだ、でも、俺もわからない、人間ですとしか答えられないし、探るように眼を見られても、かわいいなーと思います、思いますが!何もないだろう、俺の眼、あんたは外見の愛らしさと眼の鋭さとたるい動きがあれだな、噛み合っていていいな」

「そのあり方でそんな単純な言葉で自分を表現、ふむふむ、面白いね、かなり面白い、昔、殺し合いをした竜より面白いね」

「そんなトカゲの王様とくらべられても困ります、えっと、はい宿泊費、むー、ホーテンはこーゆー時しか俺にお金を触らせてくれないなーいいけど、まんじゅうまんじゅう」

レフェから手渡された竜貨を手で暫し遊び、うーんと呻いて、彼女の薄く薄く、存在"なさげ"な手に渡しながらキョースケが困ったように頭をかく、布が擦れる音、彼女は手の中でキョースケと同じように遊ぶ、なんですか、お金を玩具にして。

「結構、しかしまあ、何度見ても面白い顔ぶれだなぁ、ああっ、自己紹介が遅れたね、アタシの名は"來数助"(くすうすけ)……長ったらしい名前が非常に嫌なのに現実は変えられないからねぇ」

「男の子みたいな名前だな」

「うん、知っているよ、それこそ仲間から嫌というほどに言われたからねぇ、東の方の響きとか、でもいいさ、自分の名前は自分の名前、逃れられないし、死の時まで後ろにいるさ」

「ほー、男の子みたいな名前なのに思考は現実を見ていて非常に女の子らしいな、なんていうか、こう、可愛いぞ、真実大好きみたいなのが、うぉ、煙をかけるな!客に対してなんて奴だ、そこはそれでおもしろいけどさ」

「はは、面白いねぇ、君の方がアタシから見たらかなり面白いんだけど、三日と言わずに、しばらく手元に置いて観察していぐらいには興味があるね」

「嫌です、何なんだその飼い殺し状態、幼児に監禁とか俺はどうなるんだ、どんだけ弱いの俺、弱い弱いと言われて生きてきたけど流石に、すーすけは怖いことを言うなぁ」

「……いつの間にあだ名なんか、意外に遠慮がないね」

「しばらくお世話になります、と、そんな風に言わなくても初対面で興味があるあるあるある、と連呼するすーすけには丁度いいだろう?んとさ、そっちがその気なら、うん、友達になろう」

「……ふむ、トモダチ、いいね」

「ああ、俺もフナキ以外にいなくて、友達って感覚に飢えている、どうも、そんな風にうまくは出来ない性格で、うーん、いつも同じところをグルグルと走る感じ、同じ場所を、ね」

「それはありがちで変わった感性だね、トモダチ、って、今すぐに言葉で言って、もうなっているね君、その瞳は……あははははははは、いいよ、いいだろう、男みたいな名前なんだ、男の友がいても全然、そう、おかしくないしね」

何かが伝わったのか、大爆笑、見た目が凛とした、人形のように感情が無いとあらわしているのに、なのに、ここに来てこの笑顔、キョースケはその声を聞いて卑しくニヤニヤと笑う、ふむぅ、嫉妬はない、キョースケはどうも、あー、この少女を単に"ともだち"と、フナキとは違う、なにも変えずに、ただ見る、ただ描く。

それは愛情を0に下げているから、だから嫉妬は出ずに、流石に少しでも具現すれば嫉妬で殺すが、でも0の時点でも、ここまで思わないのは不思議、そう、嫉妬はしない、単にトモダチ、0の愛なら、無限の内の0だからたえられる、大丈夫、大丈夫です、しかし、そこまで友達に飢えているのですね、冗談ですか、そーなんですね、ふぅ。

くらくらと、頭が揺らぐ、うーんでも、一部でなくても毒を渡さなくても、キョースケはそれらを外に流さなくても、人を"オトス"……単に今回はそんな感じで、ということですね、この來数助は、純愛ですか、ふむむむ、ありかたではなく、今回は"何もなし"に壊す、もう、在り方とかも、それがなくても、そう、世界を壊すのですね、ああー、かわいい。

今回は新しい一部はなしと、気付いて、壊さないようにしないといけませんねキョースケ、ちゃんと出来るか心配、子供が包丁で遊ぶ、きゃははと弟を突き殺し、そんなのを見守る臓物垂れ下がる母親の気持ち、なんです、思う、來数助は果てる、普通に存分に遊ばれて、余裕でいろよ、と心が笑う。

「あと、これが鍵ね……小さいのだらけだし、魔力を見た感じ、うんうん、男の子二人、女の子組は、アタシと同じくらいじゃないか」

「魔力で年齢を読み取るとは、なんともはしたない真似をするのですねー、カエリミズの青色はもう少しおしとやかで、大人しい種族だったはずですが」

「そんなことはないよ、あと、やはりそこの君だけは正直に言えば当てずっぽうなんだ、えーと、きょーすけ、うん、なんと呼べば、そうだなぁ、きょーと呼ぼう、短い方がいい、長い付き合いになるなら尚更さ」

「いいよ、なんでも好きに呼んでくれて、むー、きょーか、わかりやすいし、すけが消えて、とてつもなく犬ちっくに呼べるな、うん」

「いや、普通の感情で普通に呼ぶから、部屋の鍵ね、と言ってもこんな宿に泊るなんて酔狂な人間は君たちぐらいなものだけどね、それで言えば君たちは宿を見る目がないということになる」

「ほほう、俺は驚く、自分のお店なのに無茶な物言い、すーすかは色が透きとおりそうなのに言葉はどーんとキツイな、どうしてそんな性格になったかちょっと説明をなさい」

「外を旅したら心が汚れたんだろうねぇ」

「なんだか外に全部悪いことがあって自分には何も責任がないぜって感じが、いいな、まあ、性格に良いも悪いもないのだけどなー、俺はすーすけみたいな性格は好きだな、うん、嫌いではない、つか好き」

「初対面ですきすきと連呼するなんて、きょーは凄いね、こう、外の世界を旅してもここまで頭がぽわぽわとしている人はいなかったよ」

「ぽわぽわとは失礼な、確かにしっかりした頭ではないけど、ぽわぽわはしていないよ、いや、やっぱりしているけどあまり口にされると傷つくからやめてほしい」

「……いや、それだけ好き勝手に色々と言って、自分だけ傷つくからそこはちょっと、と言われてもねぇ、アタシは善人ではないし、友達に対しては遠慮がない、今日、言葉で契りをかわした君にもね」

「髪の毛、ちょい瑞々しいー、水水ー、これってそーゆーー種族だから水っぽいのか、ありえん、なんていいさわり心地、他のものに当たっても濡れないのに、水水ー、この髪は神秘です」

「キョースケ、といいながら、全力で触らないでください、來数助さんもほら、余裕で顔を偽ってますが、かなーり戸惑っています、戸惑っているけど今更に人物像を変えられないので、そんな感じです」

「ふーん、エシマって、良く人の髪の毛を触ると思ったら、初対面でも……やっちゃうのね、ある意味、天然ではなく意図的だから、あ、人工とでも言えばいいのかしら、でも行動だけ見たら天然、判断しにくいわね」

「キョウ様、時折、意味もなく奥様の長い髪を手で遊んでるし、思えばそんな風な思考を働かせているのかも……ぼくのも、触るし、嬉しいけど」

「……んー、なんか俺が髪の毛大好き人間に改造されている気がする、決してそんなことはないですよ、好きな髪の毛と嫌いな髪の毛が俺にはあってだな、あれ、これを説明する時点で既に髪の毛大好き人間だよな?む、むずかしい……でもすーすけの髪は気持ちいいーふむむ、俺の中にいる水の子のような髪の毛、すばらしいです」

「キョウ様、心なしか、來数助さんの髪を撫でる速度が少し、かなり激しくなってます、うん、というか、瑞々しさが無ければ、摩れて摩れて煙がでるぐらいに、うらやましい、です」

「きょー、君、本当に遠慮がないな、アタシは別に気にしないけど、広い世界、外の世界では駄目だろうねぇ、そしてそんな言葉とは別に、君はアタシの髪に、いいや、嬉しくないわけではない、若い子に触れられるというのはそれだけで若返る」

「えー、なにか生気のものを吸われているわけか俺、そんなバカな……この歳で若さが皆無と言われている俺が若さを吸われて生きているわけがない……むぅ」

「キョースケ、ここはあれです、冗談というものなので、本気にしなくてもいいと思います、てか、本気にするとそこでニヤニヤと笑っている男の名前で女の嫌な性格的存在がさらにニヤニヤを深くします」

「いいなぁ、ニヤニヤ、友達と言葉で適度で刻んだのに、客に対して友達に対してその表情、うん、中々に可愛い、髪をうらぁああああと撫でます、恐らく今日一番のがんばりな俺、もっと頑張って火をおこす」

「そこは無理とお答えしとこうか、きょー、友達の髪を気に入ったと言ってすぐに火を起こそうとするのは酷い矛盾だねぇ、それは既に友達ではないような気がするが、異性の友達は生憎と初めてのもので、中々に"きちん"と出来ないものだなぁ、とりあえずさっさと部屋に上がりな、友情とやらを培う時間はいくらでもあるが、疲れを癒す時間は限られている」

「すごーく、いい言葉ありがとう、うむうむ、うん、だったら後で会いに行くよ、それでいいだろう?この髪をもっと触りたい、うー、はなしたくない、不思議な感覚だー、みずみずー、みずのよーせー」

「そ、それは良かった、ほら、さっさと」

「いえー」

手でさっさと行けと、心なしか色のないはずの來数助さんの顔が赤い、小さなお鼻の頭をポリポリと指先で、自分の壁を構築して侵入を許さない言葉の色を遊ぶ人間だ、キョースケは問答無用でそれをぬけるからひじょーに苦手、苦手は心の内を愛撫されるから、苦手ではなく好意になる。

その細い骨ばった腕が揺れる度に、キョースケが気に入ったと何度も口にした髪が揺れる、名残惜しそうに、揺れる、キョースケはいつもと同じ心の底からの笑顔を浮かべて、受付を後にする、うーん、増えない、ですよねぇ、普通に接しているわけではないのですか?

毒、毒というか狂わせているのは、使わずに?できるのかなぁ、キョースケ、純粋な愛を植え付けると踏んだ、自分に対する純粋な愛を生まれる前からあったと現実を変える、在り方だけで、毒は……うーん、うーん。

「友達が出来たなぁ、しばらく滞在するか、それとも、ずっと、でもそれは迷惑かな、選んでもらおう、でも駄目っていうだろうし、言うの恥ずかしいなぁ」

「キョウ様?……望まれるのなら、あの人を引き込むための策を練りますが、今回はその、いつものように、"やられて"いない見たいですし、何かお考えがあるのだったら、その、ぼくが口に出来ることはないですけど」

「こら、ナナ、キョースケにはキョースケの考え……は多分ないですけど、もう本能以上の何かで何かをしようと、無意識以前に、心の奥でも"なにもしらない"ままに、世界を内包していると一人ぐらい何かを試したいと思ってもおかしくはないでしょう?放置してましょう」

「エシマにそんな遊び心があるのか少し疑問だけどね、いいんじゃない、多少の遊びを見逃してあげるのが女の努めよ、嫉妬で頭が壊れる心配も、いつかは乗り越えないと、そうでしょうレフェ?……いつまでも視界からいなくなるだけで狂うだなんて、旅を続けられる?それにあなたは全員いつか殺すのでしょう?なら今ぐらい見逃しなさい」

「なんだか小難しいな、あれだな、俺がすーすけをぺちこんぺちこんと触っていたことが駄目なのか?だけど嫌がってたら嫌だと言うだろうし、今日もまたぺちこんとしたい、願うなら持ち上げたりしたい、怒ると持ち下げる」

「キョースケがぺちこんと触っていたことに罪があるのではなくて、あなたは何をしようと大いに結構なのですが、その意図を感じられないと一部としては思うところが多々あるのですよ、嫉妬狂いに関しては、深度が今は我々三人とも日を重ねるごとに深く深くなってます、離れていてもキョースケの一部としての心は一つに、安定感は少しは、レフェの場合、愛情0が聞いてますねー」

「あなたにしては中々に正しいことを言う、しかし、さっきの女、中々に手強いわよ?この通り、エシマはあんな在り方の人間、うまく自分を愛する人形にするのは得意だけれど、私たち三人はどうかしら?疑われている、その点に関してはエシマは凄いわね、お得意の"あれ"を発さないで、いいようにいじくり回している、互いに気付いてないでしょうけどね」

「疑われているなら正面堂々と嗤っていればいいのです、お生憎様、わざわざ突っかかってくる人間を全員相手にしろと言う方が無理な話、ええ、流せるなら流しましょう、既にキョースケの糸は彼女の脳に深々、あ、それに元冒険家と言いましたし、使えると判断したのかも、この周囲の人間を全員取り込むよりは安全な話ではないですか、この村ごと、というのがありえた話ですし」

「ぼくもそう思う、キョウ様、このカエリミズの青色と言う種族そのものを気に入ったのかなーって、違って、うん、安心したけど……あの人はもう遊ばれる運命にあると思う、です」

「この部屋だな、三人首を揃えて何を話してるんだ?なにか悪だくみするなら俺のいない所でひっそりとしっかりと行ってくれ、気付いたら止めるからなー、人に迷惑をかけることはとても駄目なことだから、うーん、好きな三人でもそこは怒ります、例を言えばお尻を叩いて、怒ります、うん、完璧だな俺」

前の宿よりは見た目は酷いが中身は良質、所々にガタが来ている様はわかるが、それでも、それでもだ、木で構成された廊下にはちゃんと艶があるし、埃一つない、埃一つなく音は雑多、軋む音、"痛む音"、風の音、しかし隙間から侵入する風はなく、中々にしっかりとしているみたいだ、日当たりの悪さを誤魔化すために蝋燭が幾つも立てられていて、経費を考えると少し同情を。

レフェたちの部屋は廊下の一番奥で、黒塗りの扉がひと時の主を迎え入れようと待ち構えている、普通の佇まい、特に趣向をこらしているわけではないが、縁には真新しい鉄細工が走っており、実用性も兼ねて美しい、木の年季と、それとは違い錆びていない鉄の様子を見るとかなり手入れをしっかりしていることがわかる、見た目の鋭利さに似合う、確実な仕事、眼つきの悪さがたまに傷、なんて失礼なことを考えてしまいました。

開ける、思ったよりは何もなく、開く、なんだかあの人のことを考えると、少しは面白い仕掛けがあるのかと思いましたけど、やっぱり仕事に対しては真面目みたいです、美少女の店主に安くて整理された宿、一つの問題は外見が恐ろしく暗黒な所でしょうか、暗黒と言うより魔界の建物と言った感じの佇まい。

部屋は整然としている、そこは予想通り、チリチリと、何かが燃える音、誰もいないのに蝋が、魔術の遠隔操作で発火したのだと、鼻をすんすんとして、來数助さんの魔力の残り香に驚く、あの人、種族からして水の属性しか扱えないはずなのに、火を扱う?

小さな火でもそれは疑問を、ああ相……あそこまで完全に水ぞくせーのしゅぞくですよーと言いながら、カエリミズの青色が水以外の魔術を扱うなんて聞いたことが無い、水しか扱わぬ彼女たちだからここまでの"つよさ"を得たのだ。

少しだけの疑問だ、フナキは気付いたのか同じように首を傾げている、過去に冒険家をしていたとか言っていたが、並の存在で、種族の特性を超えたものを扱えるのか?全てを得て生まれる"レフェ"の種族にはわからないが、並大抵の努力と才能ではない、あれだけ怠惰に煙を吐きだして、キョースケにからめとられている割に。

強さ弱さはキョースケには関係ないが、今回は"どく"もないのに、キョースケは恐ろしいです、うーん、でもそのうち使うんでしょうか?使うと言うより自然発生?本人が今は"普通の"友達でいたいと思うのならそれでいいですが、何か思うところがあり、彼女も友と許したのだろう、脳がぐちゃとつぶされて再構築される前に?

「こう、思ったより数倍いい部屋だ、倍はいいものだ、増える増える、感情も増えるし、うん、なにより、この広さっ!俺はあとからすーすけにお礼を言いつつ、あっ、でもお金を払っているからお礼って変かな?」

「ええ、まあ、良い部屋なのは認めますが料金を支払っているわけですから、キョースケ、あまり深入りして壊すのは勿体ないかもです、そう、使える存在ならそれ相応の、純な恋や愛で絡め捕るのですかあの老躯を?レフェたちより意外にも長生きかもです、そんな存在を弄ぶあなたも大変危険ですが、今さらですし」

「りょーきん安かったもんなぁ、うーん、でもいいや、このベッドは俺の!しかしきちんとベッドが四つあるのは大変に喜ばしい、大部屋も小部屋も料金はほぼ変化ないから、大勢で泊った方がいいな、うん」

「でもまあ、レフェはキョースケと寝るので意味がないですけどね」

「背中にしがみついて寝ろと言われたので、ぼくはそうします」

「そうね、初めての夜ぐらい親友と身を寄せてもいいんじゃない?」

「うぉぉぉぉ、ぎゃー、四つあるって説明したばかりなのにこの感じっ、どの感じかと言われたらこの感じっ!それもいいけど、せめて前ふりぐらいそんなことないよーな空気でいようぜ」

「いえ、言葉を選択するより、時には一つにかけて思いっきり突っ込んでみようかと、こう、どかーんと、案の定、キョースケの騒がしい姿が見えて心がほくほくします、レフェの中のキョースケの表情は無限に、あ、生涯をかけて生成する予定なので、何かといそがしかったり、色々と奥さんは大変なのですよ」

「意味合い違うような気がする!うむむ、しかしホーテンに言葉遊びで勝てることは確実にないので、奇跡を願う前に、現実を受け止めてあきらめよう、あー、布団ふかふかーナナ、こーい」

「あっ、はい」

抱き寄せたナナとベッドの上を転がる、なんだかこの前も同じようなことをしていたような気がする、フナキはフナキで角を発現させて、息苦しかった等と言いながら……やはり寝ころぶ、どうにか自我が働いてキョースケとは別のベッド、愛してる愛してると言いながら、キョースケの言葉を死守しようとする"無理"も垣間見えるが、役割としてはいいでしょう。

ナナはナナではうーと意識が飛んでいる、新しい顔、フナキにばかりキョースケが構っていたので寂しかったみたいです、顔を桃色の舌でチロチロと舐める様は主人に甘える犬、うーん、キョースケは嫌がりもせずにうはーと息を吐きだす、ナナの舌が彼の吐息を求め、宙で蠢く、何でも欲しいのは理解できますが、息もなにもかも、ナナの三つ編みにされた髪を手で蝋燭の光にさらす、赤毛のそれが灼熱らしく映える。

レフェはレフェで、とりあえず部屋の中央にある椅子に座る、机は大きい円形のものが一つ、綺麗に磨かれていて表面に艶がある、蝋燭の火に当てられ橙色に、それだけ部屋が暗いのだが不都合は何もない、窓が無いのも外界から遮断されていていいものだ、そして何より部屋が広い、前に宿泊した部屋の倍以上はある、その広さの割に調度品の類は少なく、しかし物は安くても丁寧に扱われている品ばかりで、とても居心地はいい。

ふぅー、足がつかないのでぶらぶらと、あの店主、外見がようじょーで自分と同じような、世間一般の種族の体つきではないのに、この机と椅子の高さ、むぅぅ、幼児用ぐらいにしなさい、キョースケ一人だけ大人用で、ああ、そうか、物は外から得ているから、実用品はこの大きさなのか、大変ですね、色々と、世の中は小さな存在に色々と不都合なのです、キョースケにだけ都合は良ければ世界などどうでもいいですけどねぇ。

「いい日だ、今日はいい日、明日だろう?りゅーを退治するにしても、冒険家の試験を受けるかどうか、どっちが先かを決めるのも、なにもない一日は最高に心地いいなぁ、最高で最強、友達もできたし、小さくて青くて幼くてなんか薄くて眼つきが悪くて、たばーこをぷかぷか、ふりょー」

「キョースケ、あなた、あの人をどうしようと、と聞いてもわからないから困りものです、ふぁー、眠いですね、そういえば昨日はキョースケがフナキの体液を飲み干すのを見ていたのでした、ここ数日、怒涛の愛情の日々、あいはあいはながれながれー」

「何処へゆくと、ここにゆくと、いいじゃないか、俺はすーすけが気に入った、んー、和的で男の名前で、性格も中々に怖いのも、動くと静謐であるはずなのに着物が擦れる音も草履が地と擦れる音も、幼くて、幼い、そんな事も、うーん、だからしばらくあそびたいなぁ、うん、あそびたい、二人で、駄目か?」

「そうですか、そうですかと、レフェも少しは、愛情を0まで下げる機能をあなたが取り込んでくれたときにくれて、ありがたいです、これがないとはっきょーでみなごろしーでちまみれーでせかいほーかい、の素敵な流れですからねぇ」

「みんなも、暴れたり暴れたりするなよー、ナナごめんなー、ちょいと友情をえいやこら、してくる、フナキは、不貞腐れるな、ほら、ほっぺうにー、犬歯がすごいな魔人ってかっこいい」

「不貞腐れていないわよ、行って来なさい、少し寝るわ私、人の流れに少し酔ったみたい……ふぇー、それに魔力を回復させないとこの先、あなたにだけは迷惑をかけたくないし、エシマ、分からないことがあったらちゃんと人に聞くのよ?」

「……どれだけ赤ちゃん赤ちゃんだと見られているんだ俺、あかあかか!なんか少し気に入った、ほら、ナナも、顔面唾液びーむはちょいあとで、うぅ甘い、あまいにおい、いいや、行く!」

「キョースケ?」

「ホーテンは、これな」

擦れる、避けようもなく、キョースケが意地の悪い顔で、ワラウ、呆けるレフェをあざ笑い、キョースケの舌が頬に摩れ、舐める、ざらっ、れろっと、背筋がぴーんとのびて、はぅとだけ、意識がこんがらがって、何処へもなくキョースケの中に沈む沈む、沈みゆく。

へっとかあっとか、意味のない短いそれが宙に舞う、キョースケは照れ臭そうに笑って、去る、足早に、しまる扉、乱暴な音をたてて、その間、ずっとレフェは呆ける、呆ける、これは、数時間はこのまま?ただただ、ただ、愛しい。

きょうすけ、くるわせて、もう。



[1513] 異界・二人道行く26
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/03 00:05
一人で、少し考える、風変わりな客の事を、他の三人は別にいい、色々と事情もあるだろうし、相手の素性を深く知ろうとしない、だからこそ今の商売が続けられている……と思う。

なんとなく、手持無沙汰も手伝って、奥に引っ込むのをやめてぐでーと受付の机に上半身を倒す、特別製で高くないその机、幼児用かと突っ込まれればこの街のみんなが憤るだろう、背、のびないとは思ってたし、外の種族の一般的な大人を見たときは感動したなぁ。

幼女でもなく少女でもなく女性であった、姿かたちだけを自分に張り付けても、身がこれではどうしようもない、弄ぶ服の裾を、長々としたそれを、意味のない思考の渦に逃げるのは自分の昔からの癖だ、外で長く生きた分、強くあろうとした結果が今現在の自分だとしたらとんだお笑い草だ。

それよりもあの"せいねん"……不思議な色をしていて不思議な事を口にして、不可思議な在り方で頭をかきまわした、最初は他の三人の異常さと異様さに気を取られたが、その中で種族に見覚えは無くてももっとも安全だと確信した青年は、どうにもこうにも、まるで形を掴ませてくれなかった。

長く生きてきた自分にとって、恐怖と言う名の感情は遠く、本当に昔に、いつの間にか捨て去った感情だった……いつの間にか捨てたそれは姿を変えて自分の眼の前に、それは人の形を持って、つい、その恐れを消そうと"きょー"という可愛らしいあだ名をつけてしまった、我ながら、どうかしている。

この里に長い長い旅から戻って十数年、怠惰な時間は冒険家時代の時間の流れにくらべてひどく穏やかで、気付けばそれだけの年数が過ぎ去ってしまった、穏やかなまま終わると思っていたのに、穏やかな表情をした青年が激しく揺さぶってきた、客ですら久方ぶりだと言うのに、本当に、あっちこそ"どうかしている"。

「……黒いか」

黒い瞳、穏やかな瞳をしていた、争いごとを嫌うのだろう……こちらの皮肉も通じず、笑顔で対応していた、黒い髪がその度に揺れて、少しだけびっくりした、あああ、生きているんだこれ、かなり非現実な姿形をしているので、少しだけその存在を疑ってしまった、目の前にあるのに疑ってしまった。

今日の昼は何を食べようか等と厨房で考えていたら、それだけの非現実が目の前に突然に訪れたのだ、最初は悪戯か何かと思った、受付のざわめき、客は客だった、客は客であったが今まで眼にした事のないような存在、長い旅の果てにもあんな生き物はいなかった、似たものもいなかったので、例をあげれない、遠い日に戦った竜も、こんな非現実な違和感を持っていなかった。

流石にここまでの存在に逃げるのも気がひける、知覚する、水の精霊たちが騒がしく、震えている、何事かと思ったが"なにもなかった"青年は青年のままで、魔力も屑程度にしか持ち合わせてはいなかった、だからこそ、油断した、絡め取られそうな舌の動き会話の運び、なにより、その青年そのものが、わからない……けど、あんなに、現実に噛み合わない存在がいるのか?

まだ一緒にやってきた魔人の方が"ひとがた"に近かった、他の二人も似たようなもので、種族と在り方が逸脱している、殺されるかな、そんな呑気な逃げは青年の口上で支配されかき消えた、彼女たちが何もかもを彼に求めているようで、どんな関係なのかと疑ったが答えはわからなかった。

しかし最後のあれは反則だろう、はなしたくないとも言い、水の精霊とも言った、呑気な響きで自然に発せられたので咄嗟の判断が出来なくてかなりうろたえてしまった、これでは駆け出しの冒険家と同じではないか、自分は何年外でもまれた?それらを全て意味のないものにされるのも一瞬、顔が赤面したのも一瞬、思えば男に縁のない、まあ、自分の種族は同性で繁殖をする特異な種族だが、外で学んだ価値観もあり、少しだけ、己の種族に疑問がわいたのも事実。

「すーすけ、難しい顔をしてるなー、むぅとしている、どうした?」

「…………今、アタシは自然にしているだろう?心の中では無茶苦茶驚いているから、きょー、君がそこを理解してくれると嬉しいね」

「へー、全然見えなかった、俺、驚かせようと地をはって、机の裏からこう、がーって登場したのに、その表情ではする意味はなかったかな、驚いたすーすけが見たかったのに、かわいいかなーって」

「驚いたさ、言葉や行動から予想した通り、かなり子供っぽいんだね君、アタシの姿で君のような性格なら丁度いいのにね、世の中というのは中々にうまくはいかないねぇ」

「そんな子供がいたら怖いよ、俺、あんまりいい性格していないし、すーすけの容姿が勿体ない、そんなよくわからないのを作るなら、見た目ですーすけで中身もすーすけのほうが確実にいい、確実に俺はすき、ああ、でもそれだとすーすけになるのか、はは、じゃあ、すーすけが好き」

「………」

天然を相手にするとここまで……もはや天然とかの問題ではないような気がするけど、言葉の一つ一つが確実に弱いところをついてくる、狙っている感じではない、適当に突いたら全て急所に当たるような、奇跡的な攻撃、しかも悪意も何もなく、必然だと言わんばかりに。

こう、許してしまう、屈辱的なことに、楽しい……それを感じている時点で自分の考えが"自分"で理解できなくなる、ひそかに黒曜石のような瞳と思っていたそれが探るように瞬く、探られる感覚に、焦り、堪えて口を開く、戸惑いを誤魔化す術を自分は持っているはずなのに、定まらない意思が悲鳴をあげる。

きょー、と自分が呼ぶといったその言葉が、中々に絞りだせない、呻く、呻いて耐える、うーと、見た目と同じような少女の声をあげる、裾で口をふさぐ、甘えの声ではないか、親に甘えるかのようなその声に、焦りは拡大する、先ほども突然だったが、今回も、どうも自分は、この目の前の"トモダチ"とやらに何か耐えがたいものを内包しているようだ。

「すーすけよ、どうしてそんなに黙り込むんだ?むぅ、もしかして本当に凄く驚いたのか?だとしたらマジでごめんなー、俺は人の機微にすげーうといから……うというとい」

「きょー、君はそこをどうにかする前に、もっと自分を考える必要があるんじゃないのかなー、アタシはあまりに厄介なものは抱えたくないのに、いつの間にか些細でも、軽くても、持っている、きょー君の重みを」

「重み?もってないじゃん、俺がすーすけを持つなら話はわかるけど、そんなに力持ちなのか、骨、でてるのに、ふむむむでも確かにこの街に向かっていたカエリミズの青色はみんな小さいのに、幼く見えるのに、あんなに重そうな荷物を持ってたもんなー、力持ちで働き屋だ、でも、すーすけはあの子たちと違って切れ長で、綺麗な目だ、水って種族よりは、氷を連想させるし、態度もつんつんしてて、うん、いいなぁと思う、なー」

「その言葉か積み重なってるって事を伝えたいのだけど、アタシの言葉がどれだけ君の胸に伝わっているかってことだね、冗談ではないよ、会ってまだ一時間ちょいの男に、言葉と存在で根本で揺さぶられる、どれだけ非現実で、どれだけ貪欲なのだと恐怖が芽生えるよ、生来の"意地の強さ"でなんとか耐えているけどね、意識をしないとすぐにきょー、君に傾倒しそうだな、怖いねぇ、まだ魔王が来たとかの方が対処法があるんだけど、ないしねぇ」

「御しがたいと遠回りつーか、割とまっすぐに言っているよな、うん、俺ほど扱いやすい人間はいないのに、本当にそこは、まあ、勘違いと言えば勘違い、ないないない、ないから、なんもないよ俺は、この世界にはなにも、大事な人とか、そんなのは出来つつあるけど、すーすけは俺の内に数えたら迷惑なのか?」

「迷惑も何も、力ですらない"強引"さに……こっちとしたら、さて、どうしようかと思案中さ、考えても考えても逃げ場所がないので少し疲れたところさ、逃げる戦は得意じゃないし、昔からね……………でもここまで形の無いものを、違うかな?元々"ない"存在に出来る対処の仕方なんて、長く旅をしてきたけど一つも無かったしね、そもそもそんな存在なんて予想もしていなかった」

「すーすけは友達に小難しい話ばかりするんだな、頭が混乱する、ホーテンたちもそうだし、俺の周りは本当に頭のよい連中ばかりで焦るなー、見た目は一応俺が一番年上なのになー、でもまあいいか、みんなそばにいてくれるし、俺の考える事なんか程度が知れているしな、自堕落でもバカな穴に落ちるよりは、でもたまにはしないと、バカの自覚がなくなるから気をつけないと、むぅ」

「きょー、君は頭は悪くないと思うね、ただ、考える機能がないようにも見える、大事な部分が欠けているのに、すでに完成済みだから怖い、しかも、完成しているのに完成品と未完成品を食らう、アタシはどうも、食われたくないみたいだけど、どうも、どうも、ね、それを受け入れたい自分が真ん中に発生している、怖いね、怖いよ、きょー、君は………アタシは他人にそこまで興味を、でも、きょー、君は刹那に懐に入って暴れるから、アタシはうろたえる、怖がるし、惹かれている、のかもねぇ、これは何話になるんだろうね、わからないけど………きょー、がアタシは……うーん、子供のようだね」

「ふむふむ、子供でいいじゃないか、見た目で万物はうごくー、と適度に考えていい加減に物語を転がして、すーすけが俺のことをどう思っても、友達は友達だし、うん、折角友達になって、こんなに可愛いのに、それはそれで悲しいから、一緒にいたい、とか、うー、はずかしいかなぁ、どうなんだ俺」

悪意なく進む、軍靴の音だ、笑うが根元は狂っている、自分の理解をしていないというのならこの青年は世界の細胞の中で事実、癌のような役割をもって、いや、違うか、何と言えばいいのだ、この存在は……昔、旅を共にした老剣士が東の果てにて、人外の極み、高位の竜の力を得た"せんにん"に会ったことがあると、次元も段階も自分たちとは別次元の生き物だと言っていた。

その言葉の重みすら軽々とかき消すように"ふつう"に見える青年が日常を壊す、ああ、言葉の重みでは逆らえない存在……そんなものを軽々と投げ捨てて軽やかに笑う、重みではなくお前自身だと、こわい、頭に人差し指を突っ込んでかき回したかのような感覚、不確かではなくそこは確かに、現実に。

ここまで自我を壊されかけると人は自然、自分を見失う、手招きをする悪魔に対する対処法なんて求めるも、手の内では転がらず、地に伏せるのは下らない小石ばかりで、むー、子供に良いように遊ばれること、それだけはどうも、でもきょーと呼んだ人間、目の前にいるそれは、行為を、好意を強要する。

こちらの胸の中にある好意を知っていて好意を絞り出せと……より溢れさせてやると、舌を転がす、逃げ場所がないのなら、なにかで誤魔化さないと、虐殺はごめんだ。

「で、何か用かい?厠だったらそこの右側の扉、風呂は……」

「ああ、そうだそうだ、言い忘れていた、言葉の投げ合いが楽しくて楽しくて忘れるところだったよ、投げ合い?はは、遊ぼう、すーすけー、俺の眼をだーって逸らす、物凄い勢いで、眼を見ろよ、嫌ならいいけど、いいって言ったし、トモダチ、意図があろうがなかろうが、うん、眼を見てくれ、遊ぼう、そうしないと悲しい」

「え」

間抜けな声をこうも一日で何度も垂れ流す羽目になるとは、腰を折って眼を覗きこまれる、言葉は純粋で、美しいのに、絡めとられるような感覚を覚える……眼を見る、アタシは……だって言われたから、言われたから眼を見ないと、え、あ、どうして、言われたから?言われたから従うだと、口で誓っただけの、先ほどあったばかりの人間に、そんなバカなことがあるのか?自分は気難しくて頑固で、同族と馴れ合えなくて、逃げるように旅に出て、ひとりで、ずっと一人で。

一人は怖い、孤独だ、故に一人ではなく独りが正しいのだ、本当………真実、自分は"怖い"と思いながら馴れ合いを嫌いながら、詭弁だ、事実は優れた個人であることが雑多の中の優秀を競うよりは幾つかマシなのだ、だからこそ、今まで耐えてきたのに。

言葉一つで激しい揺さぶりをかける、言葉は汚い円を描く、円ではなく既にそれは子供の落書きだ、しかし未来への芸術性を一つも含んでいないと問われれば否、その才能は違うかもしれない、描けないかもしれない、逃げれないかもしれない。

ココロはくるくると、地に落ちる、落ちる気など無かったのに、見事なまでに、かけらを拾い集めてもそれはもう、粉砕され蹂躙され、粉末のようにさらさらと手のひらの上を零れおちる、拾い集めることは、二度は無理、耐えるしかない、きょーと、呼ばれた青年の瞳は黒く黒く、怪しい光を放つ、抗えない、抗おうとするだけ無駄だから、でも自分の誇りは渡せない。

「やっと見たな、口が良く動くと、逃げ場所を自分で簡単に構築するから、それはそれで可愛いのだけれど、追いこんで屈服なんて友達ではないし、お生憎さまだけど、俺にそんなすげぇ力はないし…………求めることはない、手の内なんて最初から"ぱー"で全部見せているのに、ぐーとかちょきとか出されても正直困る、困るしどうしようもない、どうしようもないのに、お前だけを求めて両腕を空にのばしたりもしますよ、初めてだろうがなんだろうが関係はないなぁ」

「最初から逃げ場所を用意なんてしていないけど、していることは、君がそこから先に入り込むことを警戒しているだけ、その警戒の深度がどれだけ深くても、君はほら、無遠慮に蹴り飛ばしているしねぇ、何度も何度も、年上であるし乙女でもあるこのアタシを、完膚なきまでに、ここまでいいようにされたのは初めてだ、あ、何か、何かが見えないし、隠しながら、本気ではない、今まで人で遊んできた自分が、迷いの言葉で疑わせ、同族のあり方、性について声高に批判したり、その本性が滅多刺し、君は、きょーは何をしたいんだ?アタシを……泊まりに来たことすら疑ってしまう」

「そこまで言われると傷つくよ、宿に泊まりに来たのは本当、すーすけが怖がることは嘘、俺がすーすけを欲しいと口にするのは本当、清純で清廉な種族で、その内臓、そ、内臓だな、色々と孕んでいるのに隠しているところがいい、好きだよ、だから遊ぼう、眼を見ればいい、手を取って遊べばいい、いいじゃん、色々と思考して逃れられない土地に従うより、俺といたら、でも地は地だから、この街は大事だもんなぁ、だから口だけの遊び、いいじゃんと二回言う、でも、俺はすーすけ、いいなぁと思う、初めて見たとき、擦れる着物の音を聞いた時、煙を吐き出した時、幼いのに眼が凶暴な光を得ているとき、かわいいなぁ、とか、照れる」

「それを言われたアタシの方が照れるよ、逃げ場所を、そんな風に悪用されるなんてアタシも驚きだね、見事、片足が浸かってしまって、アタシは君の言葉を信じかけている、恐怖から逃れるために友達とやらになったのにねぇ、安易に思いは言わないけど、君、もう一度言う、君は誰だ?」

どきどきする、アタシは……どきどき、乙女であるまいし。



[1513] 異界・二人道行く27
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/04 00:03
「すーすけの友達と連呼しているのに理解を得られないとは、むはー」

「きゃ、ちょ、ちょっと、何をするんだいっ!こらっ!きょー、冗談じゃない、怒るよ!」

「と言われても、抱き上げただけで小さな手でぺちぺちと顔面を叩かれても全然問題がないよ、そんな攻撃、なんか顔をなめられ続けてどうしようもなくぱわーあっぷした俺には通じないぞー、うん、言ってみたら悲しくなってきた」

突然の行動に、強行に体を、きょーに抱きあげられて、頭が混乱する、じたばたと暴れてみても、力の入らない四肢では意味がなく、空を掻く、一瞬であった、一瞬で脇に両手を侵入され、抱きかかえられた、外の"大人"が子供にする動き、子供は悶える、つまりはアタシ、えっと、えっと、声が出ない。

いいように扱われて、これでは玩具ではないか、手に入れて間もない玩具、次々に無理な動きを強いる、強いて強いて、興味を埋める、自分なんかにそんなものを抱く存在がいようとは、しかも無茶苦茶な存在、無茶苦茶に足で踏んで、草花を散らす、だー、とか、おりゃーとか聞こえるのが自分の声のように思えるが絶対に間違いだ、こんな赤子のような声、自分のような老躯の喉から出るはずがない、ないったらない。

「意外に重いな、うん、この幾重もいくえーもの服か、むー、どうしてこう細い体を守るように、うん、そこがなんがいいけど、たまに視界に入る手首の細さがすげぇ哀れ、悪い意味じゃない、でも食べ物を食べて食べても、こうならば!それはどうしようもない……俺の周りはさっき賢いと言う話をしたけど、みんなあと細い、大体は凄い力とか持ってうらうらしているのになぁぁーー、俺は太いけど力が出ない、"意味なし"だな」

「わーわー、と泣き叫びたい心境だよ、アタシをこうもいいように、使い慣れた道具のように転がすなんて、泣けばいいのか笑えばいいのか、さぁ、アタシにはわからない、一つわかるのは、君はどうしようもなく、そう、アタシの心の形がわかっている」

「わからないよ、形とか言われても、意識した事ないし、そもそも形があったら気持ち悪いだろう??何人も人間を殺した人の心の形が美しい円形だったらどうするの?いや、好きなんだ円形、と、そんな話じゃなくて、でもわからないかなぁ、その人の全てが心の形でわかったら、肉体がいらないじゃないか、そうしたら、すーすけをこうやって持ち上げたり髪を触る事も出来ない」

「うぅ、自分からその結論に至ったのは申し訳がないが、早めにおろしてもらえると、その、助かる………そもそも、何でアタシを持ち上げているんだ?君は何を考えている?」

「いやいや、持って見て、うん軽い、これならホーテンやナナ、フナキに匹敵する抱き心地だ、なのでこのまま外に行こうと、つまり、つまりは遊びましょうと言っただろう?ホーテンの"きもち"ではこの宿の人気は恐ろしい程に無いので、今日の客は俺たちだけだと」

「……わかっていると返したいが、ああ、実際に言われてみると上手に返せないものだね、あの白の古人……種族らしいと言えばそれまでか、それまでだけど、良くあんなのと一緒にいる、戦のある時代なら、近づくことさえ恐ろしいような存在なのに」

「ああ、嫁さんだからなぁ、国際結婚の壁は問題なし」

「はっ!?」

ありがちな、ありがちな言葉だ、驚きの一言、冷めた視点で物事を見下ろすような癖がついた自分にはあり得ない声、無理もない、それだけの意味合いの言葉、白の古人、その名を知っている者もかなり少なくなっただろう、自分も戦の中でしか生きられないあの化け物たちは何処かで野たれ死んだのかと。

もしくは戦を求めて大陸の外へと、どれもありそうでなさそうな想像、だから現実として懐かしい"映像"として白の古人を見たとき、余裕を含めつつ震撼もした、冒険家時代に何度か"戦っている姿"を遠目に見たことがあるが、どいつもこいつも白を冠するには程遠い、赤の世界で踊り狂っていた、その中で身を汚さずに、完璧なまでに純潔な"白"だったから、童話の中で生きろと毒を吐いた、戦った経験は無いが、戦いたいとは思わない。

そんな"忘れられた化け物"が……滅びていないと多くの人間にとって不都合な存在は、この"悪意ない"悪意の矛盾した存在の伴侶だという、驚きも驚き、彼女たちは己たちの"高性能"の血を心の底から誇る、そう、誇ると言う事は他者とくらべてという事で、極端に言えば、自分たち以外の人間は人間ではなく"ヒトガタ"の生き物か何かだと思っているような連中だ、そんな連中が他種族と結ばれる、冗談のように、でも、この青年なら、違和感を払拭して"納得"を植え付ける。

しかしまあ、どこでどのように出会ったのか、普通の出会いで化け物同士が惹かれることなんてありえないだろうし、あったらそれこそ世界の破滅、そこらでそんな化け物たちがかたまっていたら恐怖、おぞましい、ここまで異様で美しい異端は他にはいないだろうけどねぇ、成程、白の古人なのに、一歩引いてきょーを立てていたのはこの理由、あれだけ我の強い種族がそこまで、と思うと笑える、笑える、この青年が屈服させたのか?まさか、そんなことはありえるはずがない。

「と、持ち直し、さて、出かけるか、自分で言ったんだぞ、友になろうと、誓ったからにはそれ相応の"ぎゃー"を経験してもらう、俺も経験するけど極度のびびりなのでそこんとこよろしく」

「……よろしくと言われても、仕事をそこらに投げ捨てて、友達と出かけて遊び呆けるような人間にはなりたくないね、意味合い的には、そこに逃げたいんだけど、君は……アタシの言葉をことごとく呑み込んで、さらに放り投げる」

「その通りとは言わないけど、やっと眼を見てくれるようになったしな、一人で行動、あの三人が一緒じゃないってのは久しぶりだから、嬉しいんだ、それこそ、寂しいって感情も発生するけど、どれだけ一緒にいたいんだ俺、あいつら、そしてすーすけ、一緒にいよう、隙間を埋める前に、遊ぶぜ!」

「はぁー、断っても断っても無駄そうだ、いいだろう、、そしてそれを凌駕するほど、君がしつこい、しかもアタシの心を本気で撫でてくる、見た目、わかっているんだろうね、なのにこうも本気で来るとはどんな攻め方?責め方?きょー、見境なしは悪食」

「うーん、そうだとしても、基本、すーすけと一緒にいたいだけだし、この髪、本当にみずみずー、俺は氷を扱う方が、すーすけっぽいと思う、綺麗で、なんだか、心根は侍っぽく潔いし、眼が、怖い、蒼く青く、空で海で、心の中の血だな、赤より、心の中では血は蒼なんだ、蒼の方が何倍も凄惨、広く大きいから」

「凄惨さを求めるなら色彩は蒼がいいって事か、アタシも賛成だけど、アタシが君の頭の中の架空の血の色、蒼、読みは蒼(あか)に無理にして、そうだとしても、悲惨すぎる、口説き文句は甘ったるい物言いと決まっているのに、よりによって死体の、血まみれの、凄惨さを高める為に頭に突っ込んだ"蒼"のように美しいだなんて、悲惨だ、悲惨と凄惨さでアタシを落とそうだなんて、いや、少女じゃないけどね、いいよ、そこは」

「うん、そこはそう、友達に全力投球でささげたから、地面に突き刺さろうがどうでもいい、というわけで、はい、お出かけー、この街、案内してくれよ、長いんだろう?何よりその、どうも知的であーだこーだと、あーだこーだ、この街の事も全部頭に入ってそうだ、理由はあれ、この街が賊に襲われた場合の逃げ道とかを無駄に考察してそう、すげー無駄に」

「うぐっ」

「そんなの多そうだよな、ここをこうして逃げたら近いとか安全とか、自分は強いのに、弱い立場で逃げ道とかを延々と考えるわけで、長々と、本当はそんなことをしなくていいのに、おもしろいの、ちなみに今の"うぐっ"は見た目で可愛かったから耳に残そう、今日一番の思い出はすーすけの"うぐっ"つまりは図星の効果音」

今まで隠していた頭の空想を言い当てられて、ふつふつと、沸き起こるのは羞恥、ここまで容易に人の心の形を言葉で描かれると先に出るのは、恐怖や畏怖より自分に対しての理解力への"慄きだ"、アタシが、丸見えになっている、この黒い目で覗かれると全て透けて見えるのか?バカな、普通の、普通の青年だ、彼の周りにいた三人の存在よりかは、確かに、特別な物は感じない、感じないけど"何かが"ある。

すーすけと、何度も呼ぶ声は麻薬を凌駕し、秘匿していた心の根に牙で噛みつき蜜を吸う、貪欲に貪欲に、髪を撫でる手は優しくて柔らかい動き、覗きこまれるたびに眼を逸らしたくなり、逆に眼を覗きこみたい衝動にも駆られる、きょーと声をもらせば、しめたと笑う、いい玩具だと、面白そうに頬がゆがみ、仮定は邪悪で、表情に浮かぶのは優しい笑み、仮定は純粋、邪悪から生まれて純粋などあるのか、あるのだろう、眼の前に。

蝋燭の揺らめきが壁にそんな二人の影絵を映し出す、抱かれて、胸の中にすっぽりとおさまって、ほとんど、これではきょーの一部みたいだ、事実、これほどに他者と密着した思い出はアタシの中にはない。

アタシの中に人のぬくもりも何もかも……そんなものは捨てている、差し出された手は全てはらって生きてきた、全てそうやって生きてきたのに、今になって眼の前にあらわれ、心を掌握しようとしている、なれたものではないのだから、戦慄、神経が尖るが強く噛まれると、白旗を上げる。

大きい、自分が種族的に小さな、小柄と言えばそれまでだし、幼いと言えばそれまでだ、しかし小さいというのは心も小さいということで……体に見合った感情回路は、いいように破壊されて、頭から煙がぷすぷすと、机の上に置いた煙管を吹かせて気分を落ち着かせたいものだが、恐らく咽る、なんだかわかる、感情が破裂している状態ではなにもかもがうまくいくわけがない、いつも通りの行動ができるわけがない、何せ心臓がこんなにどきどきして、ぐるぐると頭が、なー、なんなんだこれは!

どこにでも、どこにでも行ったこの足で、それで得られたものはいくつかの知識と技術と、感情の統制、その三つのどれを持っても現状を破壊できない……現状は強く、現状を生み出しているきょーは強い、強く自分を巻き付けて、ぎぃぎぃと、骨が軋む、縄のような骨のような蛇のような彼の両腕が、強く鳴く、歓喜の音のように思える、最初、一目みたときに逃げだせばよかった?お客だぞ、そんな非現実な行動できるわけがない、たった数時間で心がここまで肉薄するなんて、隔離するなんて、助けてと叫べど、意味は無く。

「そ、そ、そんなの認めた所で、君はアタシに対する態度を改めないだろう?そもそも、君がアタシに友達になろうと初対面で誘って、こうも、撫でたり抱いたり、心を、あー、なんて言えばいい、わかってないの!」

「わかっている?わかってない?わけがわからん、すーすけは難しく思考しすぎ、回路が悲鳴を上げるぞ、来い!と抱いてた、じゃあ、丸くなってろよ、すーすけは香水つけてるのか、なんだか体臭じゃなくて、甘い、肌、水のようにいいにおいなのに、いらないなぁ」

「くっ、水の属性のせいか、元々、"におい"が無いのさ、考えだけで、適当に!」

「いやいやいや、ほら、肌にくっつけて嗅げば、うん、綺麗な水のような、いい、あれだ、するよ?……なのに嘘だと言うなよ、うりうり、さらさらぷにぷにしてるなぁ、気に入った、うーん、すーすけ、流石に首にお鼻をあたっくしたから怒ってるのか?あやまろーか、どうだろう」

「や、やめろ!」

「嫌だな、ふふふふ、こうしたら怒って、両目を見るじゃないか、終始、見てほしいと思ったのに、うるうるしても無駄、すーすけは何か、中身は大人なのに、こうすると、見た目と同じで幼児みたいで、名の通り幼稚で、浅ましくて、もっと、って強請っているかのように思える、かわいいよ、すーすけ、無理やりに、心の内にいれたくなる」

言葉が出ない、あげると、言いそうになって、まだ自分の人生の半分も生きていないような、種族も出生もなにもかもわからず、しかも出会って僅かで心をぐしゃぐしゃに、どんな存在だ、こんな化け物を超えた人間のような何かだ、神様が人の姿を得て来たか?いや、神だったこんなふうに"おとしそうだ"……この存在はなんでもかんでも、ああ、じゃあ、今のは宣戦布告か、こんなに立派に、偉そうに、壊しますと言われても。

アタシは強く、この子は弱い、君は笑っていて、アタシは胸の中で縮こまる、何が気に入ってアタシに手を出すのか、なにを考えてアタシにこうも………………こうも"しているのは!"不思議ではなくて疑問、逃げ場所の話を思い出す、ああ、ここが、この胸の中がアタシの逃げ場所?そんなバカな話があるのか、ありえるのか、でも安らぎのような、なんともいえないものも確かにある……惹かれていると認める、極度に異常に依存になる、逃げる?逃げたい、逃げれない。

嘘だろう、出会って間もないこんな非現実な存在に心を委ねるなんて、体は言葉とは裏腹に、甘えるように胸を擦る、頬を、つんけんした態度、甘える体、鳴く声、甘い鳴き声だ、くぅーとか聞こえる、とおくとおく、そのまま遠くにあればいいものを、自分の内から出るものだからどうしようもない、どうしようもなく委ねて甘えて、あー、いかんいかんいかん、いけないぞ、これはアタシ……子供に良いように、異様に、絡め取られている、そこからずぶずぶと一体化する。

「ほら、顎の下撫でると、鳴く鳴く、うーん、かなり満足、冷たい肌、ひやっとする、暑いときにはすーすけを抱いて寝たら完璧だな、むはー、さらさら、うん、お肌がぷにさら、女の子の理想?よくわかんないけど、こんなかんじなのかなーとか思ったり、こんなんじゃなくても俺にはこっちがちょー理想、冷たくて、冷たくて鋭利な眼をしていて、そこがいいなぁ」

「や、やめ」

「やめない、一緒にいて良いって、体でこう、表現してくれると凄くうれしいな、助かるとも言える、すーすけは顔が赤くなるとすぐさまに、一瞬でわかるな、ホーテンも白いけど、すーすけは透きとおっている感じ、さらさらの真水、透明、少し何かの色を足した透明さ、そうやって、瞳だけはっきりと蒼で、清流の中できらきらしている、舐めたいぐらいだな、甘い?」

言葉の通り、顎の下を、愛でるかのようにしつこく、何度も、あまりに鮮やかな手つきなので、こんな事を良くしているのかと、だとして、胸がザワザワと喚いたのはなんでだ?この子にされることで、焦りと、恥ずかしさと、好意のように不確かなそれ以外に、何かが派生するだなんて、黒い、この子の眼や髪と同じ深く黒いもの、これはなに、あぁぁ、本当に本音を言えば、言えば、気持がよい、誰かに愛でてもらえる、誰かじゃない、この子だから、君だから気持ちいい。

故にこちらは抵抗も出来ずに、蹂躙される、痛みがあるわけでも何かがあるわけでもない、ただ、あるだけで破壊される、あるだけで、すーすけと言葉を言わなくても破壊・破壊・破壊、体、心、魂、順にではなく同時に完膚なきまでに破壊、こちらの都合など一切考えない、言葉のあるがままに、ご都合なんて知った事ではないと、宿で、そこで止めるだけで、それだけでいいのに、なんで個人にここまで食いついてくる、食いついて粗食する、泣けば許してくれるのか?

泣いても喚いても味方はいない、かつての仲間がいても、この存在に蹂躙されるだけで、かつての宿敵がいてもこの存在に蹂躙されるだけだ、蹂躙されるだけの身内など、いないし、今はいらない、自分だけでそれを変えられるか、出来ようはずがない、逃がす気もない、アタシは、味方だと友達だと笑うこれを、知らないと投げ捨てることは出来そうもない、出来たらどれだけ楽なのだろう、親愛の言葉を紡ぐこの化け物に、化け物ではなくて、化けなくても既に"おかしないきもの"生き物…生き物なのかこれ。

生きているのか自分と同じように、自分と同じように笑い、笑っているけど、笑っているのか……取り込むぞと、息が、甘える音色は自我を蕩けさせる、あぁ、どうすれば、遊びに、君と?彼と?

………ああ、そんなのより、それもいいが、一緒にありたいだなんて思っていいのか、思ってしまっているのだ、自我を引きずり出されて全裸にされて、辱めを受けて、愛情のような、自分は愛情を知らないからそれが何なのかさえわからない、わからないわからない、長く生きて、大体の真理は得たと思っているのに、不都合を避けていた結果か、人から逃げてこんなに古びた建物を買い取って、何が罪だ。

冒険家になったのは自分が種族に"あるはずの"清廉な感情を持ちえていなかったから、真面目に仕事をせずに、楽に、よい結果を得ようと罠をはる、明るく前を生きていくのは無理で、暗く、暗く淀んだ世界は大好きだ、親はそんな自分の眼を、そこだけ他の種族のもののようだとあざ笑ったけれど、自分にはそれが誇りだ。

他の人間にとって埃でもそれは確かに誇りだったのだ、あああ、かつての仲間たちは、いい、良い眼だと冗談めいて言った、見た目が可憐なのに、両目は悪鬼のように爛々と何かを探していると、なにも探してなんかいないよ、だってなにもかもが面白くなかったから、結局は同じ場所にとどまって、バカみたいだ。

色々な人間を観察して内にある物の正体を探していたけど、これはやっぱり生まれる以前から備えていたもので根底にあって、嫌われようが蔑まれようが、水のように清廉には生きれない、さらさらと、黒く淀んだドブの方が住みやすい、冒険家をして心底に思った。

でも、見た目だけ清廉な種族のものだから、清潔に整然として生きてきた、それこそが誤魔化しなのか、嘘だろう、それは自分にとっての天国で、あるはずの場所、でも、そこから無理に手をのばす、きょーは、きょー、まるで生まれる前から知っていたように口に、懐く、懐く、懐いて溶けるどろどろ、色素の薄い唇でつむぐものだから、艶めいたものもない、でも好きなんだろう、まだ、少ししか。

本気で描けるか、この存在を、今までの有象無象のように適当に心に描けばいいのに、どうも、描ききれない、理解の外にいる者は、理解の範疇にいる者には想像がしにくい範囲で動く、彼はうごうごと、君はアタシの中身を覗き見て、置き換えて置き換えて、なんで抱かれているんだっけ、あっ、瞳を舐められて、水だと、塩辛くなく、水だと言われても、あぅ、恥ずかしい、童女、童女だと、老躯が童女。

笑うに笑えない、なり、姿でいいはずだ、その特性はそこだけで、あー、うー、どうしようどうしよう、なんて言えばいい、外に行くとか言ってるのに、この宿で人形のように抱きしめて、うぅ、どうするんだ、壊れるまで秒読みか?

何もかもを想像の中でしか、くそぅ、なんなんだこいつ、胸の内には歩き疲れたあのにおい、汗のにおい、興奮する、すんすんと嗅ぐ……きょーは何も言わずにご満悦、なにもかもが満足で、アタシの何もかもの抵抗が満足で、アタシがそちらに流されてゆくのも最高に満足、最高だ。

そんなに……自分はつまらなく、怠惰に生涯を、後は生きていくだけなのに、一度だけ外を知っただけの童女をこうも、こうも扱うなんて、外にはもっと色んな欲しい者がざわざわと、いるだろうに、どうしてアタシなんだ、恥ずかしくてとても聞くことなんて出来やしないけど、聞く事なんて出来ないけど、少しだけ聞きたい。

"だぁいすき"

ざわめくな、心。



○あとがき

pixivで知り合いがまったく出番のないルイルイのイラストをあげたのでよろしければ、タイトルで検索すれば出るかもです、出番の無い娘ばかり。



[1513] 異界・二人道行く28
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/04 17:33
「なにがしたくて、こんな風に扱う?玩具ならそこらの店で、名札と値札、ああ、転がっているだろうに、アタシにはないだろう?勘違いも本当に」

「勘違いなんてあるもんか、てか、黙って顔を埋めて、えー、このままずっとか、まあいいか、といい感じに怠惰な思考をしていた俺の思考時間を返済してくれ、でもやっぱりいらない、時間が金になったら恐怖だもんな、しかし、まあ、玩具だなんて、こんなに可愛かったら売り切れ確実だな、むー、並んで買うのは嫌い、予約も嫌い、すーすけは大好きだから困ったもんだ、こーまーる」

「そうやって、いい言葉ではなく、悪くも艶やかな言葉で、あの三人もかい?」

「三人、ほーてん、なな、ふなき、の三人?うーん、勝手に、俺も勝手にいるだけで、そこがなんなのかはわからないけど、死ぬまではなれたくないな、死んでも、お前も、はなれるなよと、最初に偉そうに、でも偉そうになんでも言っていいよ、俺はおバカで駄目な人間だから受け付けます、病気以外は何でも来なさい」

「それこそ、勝手に君が、君はわかっていないようだね、そこが問題、アタシは頑張っている方さ、きっと、ここまで何かに抵抗したのは自分の種族に生まれながら自分が無いと気付いて旅に出た時以来だね、さり気なく、過去を入れるアタシ、うむぅ、乙女っぽさを演出してみたぞ」

「ほほう、流石は幼児の外見でぷかぷかと気持ちよさそうに煙を吐きだす新世代、何世代かはてきとーで、色々と、あるのはわかるけど、友達になったんだから、親愛の一つぐらい、こう、言ってと言えば言うだろうけど、それは言う、とは違うわけで、難しい、特にお前みたいな、すーすけ見たいなのは、ホーテンに少し近いかなぁ、自分の世界の死守度が半端ない、絶対に入れないぞっ!って男気が伝わってくる」

「あの子が?あの子は君に全てを委ねているようにしか見えないけどね、事実、そうだろう、君だけさ、わかっていないのは、君は世界も、重さを知らずに食べるような人種だ、人種と言えば数があるように思えるが、たった一人きりの人間でしょう、アタシは見たことが無い者に対して、戦おうとは思うけど、理解しようとは思わない、でも君は理解しそうになるから、怖いんだ」

「理解してくれてもいいけどさ、俺は俺みたいにさ、おバカな人間の中身が何なのか、あっ、ちょい机に座るね、行儀悪いけど、椅子がないから、よっと、なんでそこで緊張してさらに丸くなる?」

「いいけどさ、こう、アタシを何処かにはなす気はないんだね」

「ないよ、いや、心の底からだと言われたら考えるけど、そうとは思えないし、むぅ、怒るなよ、ホーテンとそこも似ているな、表情に出さずに怒るから、時折見逃していないかとびっくりだ、びっくりもするだろう、俺みたいな人間がそこに気付くんだから、好きだから、そんなことってあるのかな、すーすけぇ」

「最後に甘く言う意味が……名前、おもしろいように"使って"くれるねぇ、こうも簡単と名を奪われると、恐怖体験だよ、この日の事を日記に詳しく書いて姿を消したら立派な推理物だね、ハコモノにしては、登場人物の少なさが笑えるねぇ、そ、あと、君、そこも全部食べちゃう、お話も世界も、自分にするのが大好き、愛するような、自分を愛する人形を沢山作って、世界を作って、どうするんだい?」

「その言葉は意味が無いな、今はすーすけと二人だけだし、ああ、世界って大体こんなの、そこにいる人間と内に篭る世界」

「きょーの場合は自分の中に他者の自我を溶け込ませるから、一人っきりじゃないか、逃げ場所はない一人っきり、逃げる必要はないか、全部、内にある、君の一部だろう?相手もそうなる、アタシには……どうするんだろうねぇ、弄ばれているのは川の泡と同じだ、消えるのか、消えないのか、と、必ず消えるのに思案する、でも消える?アタシも?」

「ないな、友達を消せるほど愉快な頭を持ってはいない、そんな自分だったら殺すか放置するか、の二つかな、放置したら俺だから拗ねて何処かに消えるだろう、うん、間違いないな、そんときはすーすけもさらって消える?世に言う、愛の逃避行かなぁーどんな逃避行だよそれ、お嫁さんもいるし、えっと、でもそんぐらいは好きだよすーすけ、怖がられて震える手は勘弁なー、つか俺より、すーすけのほうが確実に強いのにな、そこまで全力で逃げられると、馬に乗って捕まえるぞ」

「その馬も君が愛で壊した下僕だと傑作、アタシのように遊ばないで、ゆっくりと遊ばないで壊したのなら、もっと傑作だね、君はそうやって何人もさ、この服と同じ、幾重にも、製造する、材料なんて世界中にそれこそいくらでもあるだろうに、アタシに集中、する理由だけがわからねいけどね、どうして、何故、理由は過程と違って幾つもないだろう?アタシは強い、独りで生きてきた」

「それは寂しいけど誇れるな、強いって事だ、俺とは違う、俺はまあ、一人でいた頃もそりゃあるよ、まったくないと言えば嘘になる、だから言おう、すーすけ、立派だけど悲しいよ、そいつ」

「こんなにも壊されかけるとさ、威嚇で自分の過去で強い部分を探して口にするのさ、同時にアタシにとっては致命的に弱い部分でも、ッ、おい、顔を寄せるんじゃない!」

「もう一度、その青々とした瞳を舐めようかなーって思って、怒られる理由はそこだけが、じゃあ、気にしない、ふふ、怒る、怒らない、どっちでも眼を見てくれたらいい、俺のを、お前が、黒と蒼か、間に夕焼けがある、それはホーテンの瞳、金色も紫も、俺と交わったし蒼だけ逃げだそうとしても、はい、そうですかとは行かないなー、全力で捕まえる」

「うぅぅぅぅ、はぅ、そ、そんなに尖らせて舐めるなぁ、アタシの種族は、その、繊細なんだっ」

接吻でも何でもない、舌先で瞳の形を辿るように舐められる、粘ついたもので眼が遮られる、蛭に襲われる小さな生き物の視点はこんなものか?赤いものが近づいて体液を散らして己を刻む、手で押し返そうにも、緊張と興奮でガタガタと震えて何もできやしない、頼りない、我が一部、でも頼りないのは真実、命令を出すはずの頭で、脳で、きょーにそこを明け渡したのは誰だ?

それが犯人、それは自分、とんだ矛盾だ、矛盾だからこそわかってしまう、この矛盾は己の胸の内から生まれて、やがて帰ってゆく、ひっそりと、ひっそりと潜みゆく、なにもかもを明け渡しても、自分だけは明け渡してはいけないのにきょーのあまりの"攻撃に"対処なんてできなくて、逃げても逃げても追いかけてくるのだ、どうしよう、どうしようもない、ガタガタと震えて両目を明け渡す?バカな、そんなことをしたら思うがままだ、彼は何も思ってはいないだろうけど、真実は、喜ぶのだ。

「そうか、俺は鈍感だからそこは"丁度"だな、うまくうまく噛み合う、今、甘噛みしていることとの関わりは無いけど、感情と言葉が噛み合うと意外にうれしいもんだな、どうして逃げようとするんだ?逃げても俺は追いかけるのに、この腕の中から逃げても、追いかけるさ、この、ぶらぶらしている両足でさ」

「か、噛み合ってなどいないだろう、君が一方的すぎて、凶悪過ぎて、アタシの抵抗がまるで無いように見えるだけさ、それは、大きな間違いだって、どうして気付かない?ひゃう」

「うむ、水水ー、耳、どうしてかって、わからないよ、すーすけ、頭の中が空っぽで、何一つわからない、お前が本気で言おうが嘘で俺を攻撃しようが、どうしようもない、すーすけに大好きと言っても伝わらないし、それじゃあ、嫌だから、しつこい?当たり前、好きなものをポイッて投げ出せる奴がいるか?」

「そ、それは……君はアタシの事を"好き"と連呼するのに、求めるだけで、手を差し伸べはしない、アタシが言うのを、アタシが跪くのを待っているから!」

「おー、いい言葉だ、そこまでわかってるのに、わかってるのに、差し出してくれないものに……すーすけは良い子だ、一人でこんな宿を経営して、冒険家もして、煙管も吹かせて、大人びているのに、俺に対しては子供みたいで、求めようとしてしまうじゃないか」

この眼は駄目で、口先ではなく、真実に感情を混乱させる、あり得ないほどの密度の甘さ、粘着質でありながら清らかに、でもある……逃げようはなく、逃げようと言う気もなく、ありえない存在にただ、心が掻きむしられる、使い慣れた体が他者の物のように、自分のものではないように。

これは誰だ、これはアタシ、女の意味合いのない名前が強さのようで、気に入っているアタシ、だからといって種族にいない男の事を思っても、どのような感情で人が動くのかまったくわからない、わからない、わからない、きょー、舌が眼を、その奥に脳を抉るかのように、求めるように、何度も蠢く、赤いそれがざらりと、表面を、瞼を閉じてもこじ開けて何度も何度も、あぅ、とか、はぅとか、続く、短い苦痛、短い幸せ。

きょーは?きょーはきょーで、初めて訪れた、謎の種族の謎の男、黒塗りの体が、黒く淀んでいて、なのに清廉としていて、矛盾が沸き起こる、矛盾しかない存在、なのに統一性も見れる、全てを内包している、ああ、全てを持たずにアタシの全てを奪う、悪魔なら祓えばいい、天使なら膝を折ればいい、この存在は何もかもを持っているのに何もかもを使わずに何もかもを得ている、自分も気に入られたから、ほら、おいでと言われている、瞳を舌先で何度も突かれるのは、ノックをしているようで、必死にそこを開けないように。

「俺は、欲しいって何度も言っているのに、結構、堅いなぁ、長い睫毛も蒼いんだな、素敵だぞ、それに粘膜の橋がかかる、そして何度も何度も、でも、どうして駄目なんだろう、大人しくとは言わないけど、抵抗も激しいとな、そこをがんばりたくなるのが俺、頑張りたくなる、ああ、すーすけ、フナキより、かたい、かたいなぁ、あの菫の瞳を舌で舐めた時はもっと、むぅぅぅ、あけーろー」

「ほ、ほかの女の話を」

「そうやって男女うんぬんーではなくて、ナナ、男だし、あいつの顔面狙いは異常だぜぇ……可愛いからいいけど、そんな性と結び付けて、とかでもなくて、それはそっちの自由だけどさ、そんな風に、俺はいらない、いる、ああぅ、両方の心がある、不思議だな、まあ、そんなこんなで、俺は欲しいとか貪欲には求めやしないけど、欲しい、あっ、貪欲か」

「そう、貪欲だよ君はっ、貪欲でない限り、初対面の宿屋の主を、こうまでいいように蹂躙するかっ!あー、頭痛くなってきたよ、もう、何なんだい、君は……きょーは、これじゃあ、まるで……そこらの赤子より"幼い"じゃないか、でも時折、賢者みたいにあやふやに言葉で人を支配する、けどそれも色が無くって、絡みつくから、厭らしい」

「ふーん、んなことを言われたら、流石に考えたりも、しないな、我がままで、ぐぁーって我を通す時もまあ、いいかなぁ、うーん、すーすけ、嫌がってるって言っても、抱きついてくるんだもん、わかんないことだらけだー、だー、むぅ、子猫みたいで可愛い、縮こまって縮こまって、時折"あそんでー"と、友情であへーってならない、あうーってならないなら、友情もあげるけど、そうだな、愛情?でもそれは、それは……どうなるんだっけ、俺どうしてこう、してるんだっけ、ああ、めんどー、むぅぅぅ」

恐怖に、刹那に、恐怖、そう、色合いが変わる、今まで友愛の色に染まっていた瞳が煩わしそうに細められる、前髪にかかった、黒の間から漆黒がどよめく、彼は何度も同じ言葉を口にしている「ゆうじょう、あいじょう」と何度も何度も、壊れかけた何かのようで、壊れている人間ではなく、無機質めいていて、感情の波だけは生物のように、思えなくもない、思えなくも。

煌めくように、煌めくかのような思考の渦、蝋燭の灯が激しくざわめく、怯えているかのように影絵も同じように、何もかもが、まるで積み木の王国だ、たった一人の主が"気にくわないと"踊り狂えば跡形もなく片づけられる、跡形もないのだから遊んでいた形跡すらもない。

黒が水色に心酔する浸水する、浸水、心酔、ああ、水色が黒に心酔して、黒が水色に浸水するのか、水に水が浸水、笑える、あえりえないけど、きょーの様子が変化したと同時に"すーすけ"の、自分の心にも変化、ではなく気付く?ではなく……ではなく、何だこの"まるで最初から"あったかのようなものは。

そうだ……最初からこれはあったのだ、最初から……これは"ここ"に、こことは彼がすーすけと愛玩した少女の胸の内で頭の内で、中央からじわじわと沸き起こる、湧き起る、これこそ浸水だろう、あああ、でも、自我の中央から我ではない、自分ではない、なら自我ではない?なんなんだろう、これは、これの正体はあやふやでいまいち、わからない、でも、あたたかくもあり冷たくもある。

きょーの口が満足そうに、何かを確信したかのような笑みで、人の心をまるでそこらの草花と違いなく蹂躙する軍靴の音、ぐしゃと潰されて臓器と汚物を撒き散らすのは誰だ、自分か、自分が撒き散らす方?人の言葉や思考は怖いけど、きょーのこの圧倒的な存在の、存在ですら無いなにかの押し付けと、その中にある、僅かで、見えなくもないような、そんな繊細さが何かにつけて"愛おしい"……ふぁ!?

な、なんだこの、あれは、あれはなんなんだい、えっとだな、えーっと、えっと、えっとばかり、自分、しっかりしないと、思考は桃色、"フザケルナ"片隅で叫ばれても、全力で叫んでくれないと、その、困る、かき消される、その、さっきの言葉が、子供のような青年の顔が、嬉しそうに、甘くとろける。

これはもう、どういうつもりなんだ、ぺろりと、頬を、そんな表面ではなくて、それでは、尖ったそれが眼をえぐり、鼻を抉り、小さいな、ちいさいとんねる、と、とおくに、だえきのにおい、くるくると、体が痙攣するけど、勇ましくもなく、自分は、あーどうなってしまうんだろう、あー。

それは蹂躙者だ、これは被害者、それでいいだろう?負けん気の強いはずの自我がもうどうにでも、と、だって心の底に芽生えたそれは自分の中からでて、自分の体の一部で、自分のもっとも大事な部分でもっとも、人を気にせずに言えば自分で自分がもっとも誇れる部分、自我の最奥、心強い味方。

心強くもあり、今は最大の蹂躙者、裏切りものではない、それは最奥にいて眠っていて、ずっとずっと、突然に起こされて今の現状に混乱しているだけだから、こちらの怒りなどお構いなしに、本体に飼い主に尻尾を振りながら甘える、口の端から醜悪な涎をたらすんじゃない、汚らしい、ああ、あいらしい。

形のないそれは、形あるアタシの心の隙間から、じゅるじゅるとしみ込んでゆく、さっきの化け物の泡立つ涎だ、涎と言うよりは感情の体液、他の奴らは平和に今を謳歌していたものだから物の数秒で、内に入られて変質、違う事に気づかされるんだ、愛してるんだなんて甘い言葉は殺したいのに、なんで、なんでっっ。

きょーは薄ら笑いのまま、変化の様子を陰湿に、真逆、朗らかに観察する、知っている癖に、沸き起こる物が、湧き起る者が、アタシの胸の内のモノが、アタシを今支配しているこのどろどろとさらさらと混沌の極みにありながら正当性もあり、ここは自分のものだと声高に叫ぶ者は!

それはそれは、言うな、わかっているんだ、ああ、着物がずれる、ずれる、あとでちゃんともう一度、なんでそんな呑気な思考、そりゃそうだろう、ここまで来たら結果はある程度みえているんだろう?見えてるさ、心が変質して大変なんだ、しかも!自分にとって天敵とも言える"あいじょう"だ、幼稚なアタシの声では幼稚にしか聞こえない。

幼児なアタシが言えば容姿はかわる?バカな……かわらない、この種族は同性愛しかなくて、幼児で、大陸を謳歌している、最低で最高じゃないか、いやだいやだ、すきなものがおなじおんなだなんて、たびにでないと、あああ、ここにいたらちにのまれる、あーあー。

根源はそんなものかい?アタシ………下らない若さ、でもだからこそ知恵を得たけど、知識も、あとは強さかなぁ、火の精霊とも仲良くなれて、本来の種族では扱えない力まで持ちえたけど、まだまだだね、それでも、埋められるか、心の一番大事なところを、そこ以外は、大体はカスのようで屑のようでそんなにいらない場所なんだから、いらないのに、今まで偉そうにしていたのが間違いなんだ。

きょーが一番?一番愛してる、そんなのが中心で目覚めて大声で他の奴を、呼び付けて食べるんだ、むしゃむしゃ、最初から巨悪で巨大なそいつに敵う感情なんていないからみんな大人しく食べられてしまっている。

それこそ恐怖だろうに、でもいらないんだね、大半が食われて思うのはそんなの取るに足らないと、いらないものはいらない、ゴミ箱に捨てなくて食料になるんだったら、まだまだいいよな?そう思わないとやってられないよまったく、あああー、友情やら愛情なんて、あー、全部食べられてその一つになってしまえばいい。

どうしよう、この観察をする、観察だ、虫の触角を抉って、ちゃんと歩行できるか試すように、勿論できないのに、あざ笑うだけ、きょーなんてやつ、だいすきだ、あれ、あれあれ、あーむぅ、どうすればいいんだ、勝つ負けるで戦ったのがそもそもの間違いだったのか?

いらないものを放置していた責任を今更に取らされるのか、きょーを愛すると叫ぶ感情が、恐ろしい声で威嚇する、アタシだぞアタシ、お前だぞお前、どうして自我が二つになって、どちらかが襲われる立場になってどちらかが喰われる立場になって、取り込んだらどっちみち一緒なのに、どんな恐怖ですか、笑えないよ。

きょーは本当にアタシを愛情狂いにしてどうしてどうして、そんなのアタシのような、冷血漢にしても、微妙な人間が出来るだけなのに、嫉妬狂いにも、アタシは、そんなのじゃない、遊ばせておいで、おいおい、自分に、嫉妬と愛情でそこまで鍛えてどうするんだ、アタシは、自我がなくなっちまう。

それこそ世界中を旅してきた中で得た、本当に大事なのは自分だけで良いって教えを大きく裏切ってしまっている、別にいいけど、別にいいだなんて、ああ、それはもう、大いに結構ですと言うな、きょー、観察は、君は……だから観察はやめてくれないか?恥ずかしいんだ、赤いだろうに、それでは水ではなくて血になってしまうのに、そっちのほうがいいの?血塗れが好きな男ってのも。

男女だけならいいのに、アタシを自分の一部にしようとしている、眼をえぐる、体液を舐めとる、そうやってそうやってして、そういうことなのか?うん、そういうことが、君の望み、この人の思考がわかる、多く多く多く、無限の行動が理解できるように書き換えられる……書き換えられるではなくて最初からあったものかこれは!

面倒だと彼は、君は言ったね、もう愛情狂いの嫉妬狂いでいいやと、そうだろう、面倒になった、過程のある人間関係が一気に面倒になって面倒で、してみたいと、少しだけ思ったけど無駄だった、そんなの、君が今なら少しだけ……あれなんだろう、そうやって今も世界を隔離した世界も繋がった世界も自分の愛情狂いの下僕にしてるのに、何処かがおかしいなぁと。

でも一度したそれは絶対に修復しない、だってそれは魔術でも魔法でも能力でもなく、きょーという生き物が普通に生きているだけだからさ、万物を修復できる存在も、神を行使する存在も神も、すべての"なにか"を持ちえた世界も全て刹那に自分の愛情狂いのお人形にしてしまう、してしまうし最初からそうだったかのように、最初からそうだったになってしまう、過去も未来も現在も時間も君の愛の下僕。

そんな中、感覚だけは普通の物を備えていたりするから、少し違う事に過程を無視して結果を出す自分に疑問を、だって過程すら君の言葉や意思に従うのだから、なにもかもが自分で何もかもが自我で、この天体の全ても外も自我で、君の下僕になっていて、一つぐらい違う事をしてみたいと"でも面倒"だと口にして、さっさと今まで通りに、ああ、今まで通りがわかる、わかるよ、わかるんだ…手きょー、あいしてるとだいすきと、ああ、言えばいいのか、言ったらそれはアタシなのか、アタシなのか?

アタシ、どうなんだ、そうなんだ……わからないや、きょー、甘ったるい声で囁いて、おずおずと舌を出す、軽く触れて、ああ、舌と舌が、終わり、見つめる瞳、引っ込めるした、ぷるぷると舌を出し手が震えて阿呆みたいだ。

子供のような何かを残したきょーの顔は本当に幸せそうだ、アタシを自分の一部にすることでそんな顔を、それはそれは嬉しい、嬉しいんだ、こんな歓喜は今までに一つもなく、こんなに、こう、求めてしまうのは初めてで、世界と君を選べと言われたら君、自分と君を選べと言われたら君、君が"だぁいすき"だなんて、幼児のように、邪悪さがなく、無知に言えるだなんて、幼児ではないか幼児、幼稚ではないか幼稚。

好きと言ってくれるかな、そんな自分を、きょーは、そんな自分を好きだなんてちゃんと、いや、言ってくれると思う、だってアタシは大好き、だもの、あっ、素直になった今、きょーあぁ、きょー、君と一緒にいた三人を油断している内に不意打ちで"殺せば"よかった、あーよかったのにぃ、アタシ、アタシはどうなっている、嫉妬している、嫉妬狂いちゃんと出来ている?きょー。

アタシの求めるものなんてそこに決めつけられたのだから、それ以外にはない、君が欲しいと今は思う、あれ、昔からだっけ……いつ出会ったけ?いつ、生まれる前からだったかな、どうだったか、どうしてもあやふやで、整然としたら、ああ、やっぱり、まだヒトガタではなくタマシイもなく、その段階からあなたを、あ、あ、意識して言うと緊張する、愛していたと、うん、言えた。

眼をおずおずと開けると待っていたと言わんばかりに赤い舌先が襲いかかる、舐められる快感に下半身がうずうず、なんだこれ、背中に駆け巡るのは冷たくあついもの、これはわかる、わかりやすくも絶対的な愛情快感、あいじょうあいじょう、あたまがおかしくなる、ばかになる、おばか、おばかぁ、はぅ、今までの君への愛情に、気付かなかったのが最大の罪で、いつから、あのときから、ずっと昔から。

もう自我が君なのが自分なのかはっきりしない、はっきりしないけど愛情だけは自覚の中にある、自覚の最中にあるものだから、自我がそこだと、うーん、アタシ、しっかりしなくていいぞアタシ、そこは、飲まれてしまえ、愛情と異常と嫉妬が三人手を取り合って踊りだす、踊りだして笑ってしまう、幸せの笑み、少女の笑み、幼女の笑み、童女の笑み、大人は無く、消え去るのみ、幼稚な依存心だけでいいのだそこは、そうだとだって自分が言っているんだもの、従うほかにはないじゃないか、従う。

……従うと言うよりは一体化、一つになるような感覚、一つになるような感覚は現実で、そうだ、青色の眼玉、青色の眼球、白と青の世界が赤い舌でれろれろと、ぴくぴくと新生する意識が喜んで震える、喜びと嫉妬と愛情を内包してさ、先端まで隅々まで全てがちゃんと、変わっているよね、ねぇ、きょー。

「最初からそうなのかそうだったのか、うーん、俺はなにをしているんだ?自分に質問と、はい、お前の眼をこじ開けて、愛情の確認、少しだけ舌が絡み合ってどきどきで、うん、うん、すーすけ、舌、下も一緒、それは名前なぁ、俺もお前もすきすき、舌も絡まって甘味が、むん、は、恥ずかしいなぁあ」

「うぁ………あぁあぁ、こうやって、そうやって、何かを増やしているんだな、君は……きょー、なのに、そんな風にされたら、懐く他、ないじゃないかぁ、心が弾む、夢見がちな少女に新生させて、現実は君を愛してるだなんて、あぅ、もっと」

「出さないと絡ませれない、意思も舌も、俺はそこを、それ、あれか、無視してしまったのか、無視してしまったのかなぁ、俺はそこが理解できない、欠けているんじゃなくてバカだから、よーりょー良くはできないんだ、ごめんな、でも、すーすけかわいいな、そこがそうなるなら、うれしいなぁ、こっちにもっと身を寄せて、甘えてくれ、俺も甘えるから」

「れろ、君の肌は、塩の味で、少しだけ甘くて歓喜の内に声が、愛してると言っても答えてくれない、大好き、童女の方がいいかな、いいかい?だぁいすきと、声高に言っても君は何も、だからこそ自分だけのものにしたいと思ってしまうんだが、駄目だねぇ、完全に君しか頭に出てこない、はぅ、ちょ」

「舐めらるだけの存在にはなぁ、ナナやフナキやホーテンにやられまくっているからな、そこはもう我慢をした方がいいと思うんだ、いや、やられるのがいやってわけではないんだけど、すーすけが大人びているのに、こう、見た目と中身は、あああ、普段の態度は大人っぽいのにこんなときだけ、俺の前だけは嫉妬深い子供だから、とても愛らしい、幼稚で幼児とはよくいったものだなぁ」

「君は、ぺろ、そこは子供っぽいんだな、もういいぞ、わかった、君とアタシの関係性が、アタシは君の一部で、アタシが君を愛する存在で君はアタシをただ見て笑って、アタシは君のまわりの存在すべてに嫉妬して、どうにも報われない観覧車、回れない、君は君は、そうやって魔術で動かす観覧車を全て自分のものにしてしまう」

「くるくる回るからかな、でもすーすけはもう大丈夫さ、俺の為だけに動くんだろう?愛情で狂う、嫉妬で周りを殺しそう、結構、とめたげよう、その行動、ヒトゴロシはだめだぞ、こうやって、手の中に入れてさ、舐めたらすぐに動きをとめるんだ、ふふふ、そこはそう!俺は俺!でやるぜ、でも暴力は本当に、俺弱いから多分負けるし」

「いいだろう、きょーが言うなら、言うとおりに従うとしようかね、君はそうやって自我で自我を一つに縛り上げるのが大好きなんだ、もう、愛した方のアタシではどうにも出来ないけど、世界でも時間でも言葉でも異能でも魔術でも概念でも空間でも、後はなんだい?もう言葉無き全てがあなたを愛する下僕になるけど、誰かが君を、いつか、そうだね、君を救ってくれたらいいのにね、尽くして愛して君の体の一部なアタシは、努力はしたいし」

「すーすけは、俺に尽くすとか言ったよな、そんなのいらないけど、でもでも、こうやって体温を感じるだけで、つめたっ!と叫んだりしているだけでいいのに、救うだなんて俺は何にも救われはしないし救われる救われる、す、くわれる、むぅ、何からだ、わからないな、平和に生きてるのに救われるだなんて、最初から救われているようなものだ」

「そうかい、それは良かった、事実は違っても、そうやって勘違いされるだけまだマシってものだと思うね、アタシは……アタシは、きょーが大好きだから、君を否定する者がいたら殺してでも肯定させてやるよ、でも、救うではないから、ああ、それは、それは悲しいことだよ、きょー」

もう戸惑いもなく、なにもなく、きょーしかない、両腕をひいて、胸に頭を抱え込む、黒いそれをだいじにだいじに、占い師が扱う水晶玉のようにだいじに、それ以上に丁寧に扱う、抵抗の意思は無く、流れるように腕に抱かれる、手櫛で癖のある黒髪を、寄せてすんすんと嗅ぐ、汗のにおい、興奮が、蝋燭の火も騒ぐ事をやめて大人しく。

影絵の世界はもう何も生み出さない、アタシはアタシ、この人の一部で、それ以外はなにもかもがわからなくなってしまった、世界は流れゆくままに、きょーは求めるがままに、命の火はあるがままに自我の喪失などはなく、自我はこの人の内にあるだけで、内にあるからこそ、もう確認も出来ない、心の底で繋がっているからどうでもいい、ああ、そうだ、そう、それでいいはずなのに、何を水の中でもがいていたんだ。

もがいても逃げだせないとわかっているのに、それなのにどうしようもなくそれが正しいなどと勘違いしていた、勘違いなんて、自分の今までの経験はそんなことも見抜けなかったのか、きょーがすべてだなんてわかりきったこと、ずっと昔からわかっていたはずなのに、アタシがアタシになる前からわかっていたはずなのに、不器用なのかアタシ。

「よしよし、やっと言葉で言ってくれた、態度と心と魂的なものはすきすきと耳に連呼して俺を狂わせて、あれ、夜これだと寝れないじゃん的なものだったのに、言葉では言ってくれないから、揃わないとどうも落ち着かない、逆にそっちが原因で寝れなくなりそうだ、すーすけは寝るときに抱いたら冷たくて心地よさそうだ、俺の体温をいどーしてそっちもぬくぬく、でもすーすけは俺だから意味ないか、でもやろう、うん」

「これから死ぬまで呟いてあげよう、そしたらアタシの事を少しは面子の中では特別だとは、思わないだろうねぇ、ぬぅ、おろすのか、自分の物にしたらすぐさまに体をはなすとは、これから"やらしい"場面が展開されるのかと思ったのに、アタシの感は外れたね、情けない」

「なんだそれ、うーむぅ、幼児は幼児らしい体なので、自我をそこにちゃんと縫いつけておきなさい、つまりは、子供らしく俺の前で、いくらでもご自由にー、そうか、そうかそうか、うん、すーすけは男っぽい名前だから、同族に沢山告白されてそんな、なんかきついというか、ひてーひてーの狡大人になったのか、うん、あはは、気にするなと、言ってあげよう」

「感謝、というか、頭の中がそっちに繋がってて、こっちはただ見られ蹂躙されるだけ、繋がってるって言うよりは一つ?不思議だねぇ、どんな、まあ、在り方がそうなんだろうねぇ、むぅ、きょー、愛してると言ったのに、アタシにそれを返さないとは!」

釣った魚に餌はやらないのかい?



[1513] 異界・二人道行く29
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/06 00:04
「感謝感激、というか、頭の中がそっちに繋がってて、こっちはただ見られ蹂躙されるだけ、繋がってるって言うよりは一つ?不思議だねぇ、どんな、まあ、在り方がそうなんだろうねぇ、むぅ、きょー、愛してると言ったのに、アタシにそれを返さないとは!」

「いたっ、蹴るなよ、俺弱いってあれ程に何度も言っているのに、むぅぅぅ、だって、恥ずかしいし、一度言えばいいもんだ、と俺は言い返すのでした、そんなに今更に、さっきは甘えるだけで何も欲しなかったのに、いや、欲するのはいいけど暴力が、これじゃあ完全に子供じゃん、いや、ごめんごめん、俺がそう望んだんだ、むはー、割と厄介」

「中々に嫉妬深くで扱いづらいだろう、責任は君だから、君が君で責任を取りなさい、逃げ場所は無いからね、きょー、こんなに気持ちが一日で"新生"したのは、そりゃもう初めてだけど、いいもんだね、きょー、生まれる前から好きだったと自覚させて、自覚させてからは愛の言葉が無いとはアタシも世間一般の"じょせい"は知らないけど、そりゃどうなのさ?」

「そりゃどうだろうなぁ、蹴られてんのかなみんな、今度、男の人を街中で捕まえて聞いてみようかなぁ、いや、絶対通報される、ん、警察って」

「ないよ、ないけど、きょーは本当に"世界観"が違うんだねぇ、さっき頭を一つにされたときに、理解したけど、こうなったらもう、それで行っちゃえ!!と思うけど」

「あっ、今の子供っぽい、見た目が幼児だから、そうやって言うと、本当に幼稚で幼児だな、種族さえわからなかったら悪用できそう、うわ、こわっ、完全犯罪とかできるんじゃない、あー今のなし、やっぱなし、そんなのは駄目だもんな」

「いいけど、したことは無いかなぁ、きょーは悪事とは結びつかないね、こう、無自覚で無能で、もう無ですら取りこむから、アタシはどうしようもなくそんなものに惹かれているから、んーー、子供が子供を、でも子供に嫉妬して殺してしまいそう、怒るだろう、きょー?」

「そりゃもう、怒るとか怒るじゃなくて、全部わかったんならわかってるよな、それ以前に、俺はホーテンと結婚しているからそこは無理、絶対に無理、社会的に無理だから!」

「ふむむ、頑張れば、その位置を奪い取れるのではないかと思ったのだけどね、あの子だけ君の特別だなんて嫉妬で殺してしまいそうだ、だけど、危険な存在でもあるようだね、狙って殺せるか、殺せないかなぁ、アタシ、弱くは無いからね」

「そりゃ、見てればわかるよ、素人の俺、つかな、素人以下の俺でも動きに艶がある、あとは全部動きが円のように綺麗だ、弧を描くっていうのか、演武、うん、大体はそんな言葉で埋めれるな、だけどそれで殺す殺さないは些か物騒な話」

「危険を飼ったと少しは後悔してもらわないと、ないね、君にとっての危険なんてそれこそ老衰だとかそんなものだろう、流石に寿命に対しては愛を植え付けてはいないね、自覚すれば出来るだろうに、世界や空間は下僕にしても、そこはしないとは、本当に呑気な子、呑気な人、愛おしいのはそこも、あっ、全部だけどね、口にすると、いいかなぁって、恋愛ごとみたいな蠢きもしてみたいのさ、うごうご」

「その動きだと肉片から出てくる寄生虫っぽいけど、ああ、もうわかった、それ、その言葉でわかる、それは恋愛ごとじゃないもんな、わかりました、はいはいはいはい」

「かなりいい加減に流したね、もう一度蹴ろうとしたけど、泣き顔以外を眼に入れたいからやめるとしよう、さて、これから、どうしようかねぇ」

「どうする、とは?ああ、遊びに行く気はすげぇあるから、むぅ、ホーテンたちがいないのは狂いそうになるほどに寂しいが、すーすけいるし、すーすけはこの街に詳しいだろう?」

「そんな軽いのじゃなくて、もっと重く重い、いや、考えようによっては軽いのかね?兎角、ここをアタシも最終的には出ないといけないわけで、きょー、君と今更に、はなれると発狂してしまうだろうアタシ、それにそんなことはアタシが認めない、だから、この宿を"けす"準備を、もうお金は全てはらってるから、君が旅を終えた時に住めばいい」

「おー、こーゆー家嫌いじゃないからありがたいぞ、うん、ありがたい、それはそれでいいとして、そうか、"来る"か、そいつは心の底から喜ぶ、俺、うーーん、最高、最高」

「ち・な・み・に、君は、君たちは、まあ、アタシにとって他の三人はゴミ程度だから君だけでいいや、君は冒険家になりたいんだろう?頭の中が混沌としていて読み取りきれない部分も多くあるが、それなら、ほら、アタシが冒険家にしてあげよう」

「んー、すーすけ、そんな事が出来るのか?」

「出来る、というよりは許可をあげれるというかねぇ、冒険家認定の試験をする存在、この街にはそこそこの数がいるんだけど、その一人がアタシだから、現役ではないけど、昔は割と有名だったんだよ?Aクラスまでは行ったかなぁ」

「ほほう、自分の栄光を完全に忘れ去ってるとは流石だぜすーすけ、怠惰が大好きな幼女、ほら、登校なさいと毒を吐く、睨むなよ、ごめんごめん、むぅ、すーすけが毒を吐くから俺も、むりだなぁ、俺苦手だ、かわりに吐いてくれ、で、そうか、むぅぅぅ、すーすけが、なるほどなるほど」

「だから少々の嘘を入れて報告して、君を冒険家にしてあげてもいいんだ、結構、誤魔化しは出来るんだ、アタシはそーゆーの得意だからねぇ、得意だし君の為ならなんだってしてあげよう、甘やかすのが大好きみたいだ、アタシは、趣味の欄はきょーを限界まで甘やかすと今度から書く事にしよう」

「冗談もほどほどに……え、冗談じゃない!?じゃあ、もっと駄目だし、うむぅ、そこは受け付けない、みずとかげ、さん?は怖いけど、一度みんなで話し合い、あいつらは殺し合いと言ったけど、話し合って決めたいと、俺は思う、すーすけまですぐに殺す殺さないで、ちょい嫌だぞ、そこは」

「それだけ君が大事だと言う事に気付いてほしいのだけれど、ふむぅ、外のさ、池の、あれ、ねぇ……区切ったのは間に凄い、すごーく思考を入れてみた、あれをどうにかしようと思うねぇ、結構凶暴だし、怪我したくないから放置してるんだけどねぇ」

「でも、そのうち、人を襲ったりしたら大変じゃないのか?」

「架空の話、仮定の話は幾らでも幾つでもあるけれど、それは空想ごと、実際に起こる前に考えないと、って世間様では良く言うけど、実際に起こらないと動かないのも一つの手だよ、そうしないと無駄な戦力や無駄な人数を、無駄に殺す羽目になる、危ないものは避ける、冒険家の基本的な考えだよ」

「うー、でも、そんなずるで、そのみずとかげを、どうにかしたら、冒険家の資格がもらえるんだろう?」

「アタシは何もしなくても君にあげようというのに、そんなにも求めるか、嫉妬でアタシが一人でそのとかげを殺しちゃうよ?はぁ、出来るよ、殺すだけなら、それをしないのは僅かな危険も嫌だからと言っているのに、君はもう、君とあの三人なら倒せるし、そうだねぇ、そんな派手な事をしたら冒険家に、そりゃ、なれるよ、普通に試験受けるより、そっちの方が短時間で」

「じゃあそれでいく、でも倒しはしない、話し合うって決めたんだ、決めたからにはそれでいく、すーすけは見守ってくれたらいいや、冒険家が手伝ってくれたら意味が無いもんな」

「君ともうはなれたくないから、自然と近くにいることにはなるだろうけどねぇ、いいだろう、あのとかげをどうにかしたら、ああ、君たちを冒険家として認めてあげよう、それでいいかい?そうだなぁ、そんなに、うーん、我がままだなぁ、男の子、って自分自身だからアタシも我儘ってことになるのかねぇ」

「すーすけは大人だから、ちゃんとしたそこは、あるだろう、我儘って事は無いと思うけど、確実にそこは違うと思う、我がままではないよ、あれ、でも俺も、むむぅ、そーゆーのは難しいなぁ」

「ふむふむ、どうせなら、今、外に出るついでに退治してしまうかい?そっちのほうが楽………うわ、そんなに怖がるな、あー、ごめんごめん、かわいいなぁきょーは、結婚しよ、あー駄目だった、我に飲まれようとしたアタシ、アタシはきょーの一部なのに結婚、ん、あの娘もそうじゃないか、むぅ、先取りか、なんて卑怯で運がいい」

どうせ外に出るのなら、ついでにみずとかげを退治しようと言ったアタシに抱きつくきょー、見事なまでの速度、普段はあんなにだらしなく、格闘や戦闘の才能が皆無な動きなのに素晴らしい、物事から逃げるのはなれているのだろう、かわいいひと、きょー、下半身は床に倒れこんで、上半身は抱きついてくる、涙と鼻水をぺろぺろと、「いやだー」と聞こえる、そうだろうね、もう、弱い子なんだね。

舌が甘味に震える、極上だとかそんなのではなく、どう言えばいい、うーん、とりあえず歓喜が舌から派生する、水っぽいそれも粘着質なそれも飲みほして、思考する、きょー、きょーの内を見ればわかった"れい"の存在、自分は変わりものなので信仰など一度もしたことがないが、ふむ、とんでもない化け物を飼っているねぇ、絶対にそれがあれば負ける事なんてないのに、不器用。

しかし幸せ、このままこの世界が二人で新すればいいのに、新生した世界で二人だけで、なにもなくて、そうしたら物、物質なんかに見苦しい嫉妬を抱く事もなくなる、うん、そうだね、この床ですら我が家ですらきょーとあることは殺戮の対象、ものだから殺戮じゃないのか、破壊の対象なのか、でも粉になってもあるから、むー、いやだねぇ。

「すーすけ!!なんて怖い事を言うんだっ、俺の、その情けなさと弱さを足すとして、それはもう俺自身、俺、その二つだし大体、それ以外はほとんどないんだよ!強さとか勇気とか、すげぇうらやましいそれは、俺の中にない、あ、勇ましい人の中で、くくっとか笑ってる!ちくしょう、俺に何でないんだ!」

「あー、よしよし、泣くんじゃない、泣いてもいいけど、アタシが舐めきれる範囲の涙と鼻水で、おー、より泣くな……悪い事を言ったね、アタシ」

「そこは俺が情けないだけだけど、むぅ、ひっく、どうしよう、でも一人で退治、あの三人に頼ってばかりなのも……とりあえず、遠目に見るだけ、とか?」

「とりあえず、その勇気をアタシは褒めよう、そうだね、見るだけでも、情報を集めれるだろう、それにどっちみち、冒険家になったらアタシも君の仲間として、外見はね、仲間としているのだから、アタシと戦う事は何も反則ではないんだよ?君がその中で資質を見せてくれればいい」

「戦う前提になってるじゃん、いや、話し合いだからそこ、そこは本当に、うぅぅぅ、幼児外見は破壊神が世をしのぶ、とかなのか、恐ろしい、世界も世間も等しく恐ろしい」

「舐める舐める、アタシはどうなってこうなって、君は泣いて、ほら、もう、甘やかす、だからみずとかげも大丈夫、凶暴で強靭だけどアタシの敵ではない、勿論、君の敵でもない、君はあれを眼の前にしてどうするんだろうね?ここで話し合い、そこで、気になるなぁ」

「そんなに気にされても、普通に、ちょっと暴れるのをやめて同族を喰うのをやめて、う、自分で言って少しばかばかしい、うーん、生き物だから暴れて同族食べるのは当たり前だもんなぁ、どうしよう、あれ、手が無いや」

「そこを普通にありがちだと捉える極論な思考回路と視点が高位なのか、低位なのか、両方引きずり落として自分の物にしちゃうから、そうやって悩む羽目になるんだよ?」

「異常に異常と、いいよ、もうこうなったら異常なりゅーに、異常じゃないとわかったら、突貫あるのみ、でもその前にお腹がすいたし、ホーテンたちは、うん、俺がいない寂しさに狂いかけて、寝てるな、寝るのはいいこと」

「わかるんだ?」

「なんとなく、よくわかんないけど、これ、手とか足みたいに、あの三人も動かせるしわかる、勿論すーすけも、すーすけも言葉にしなくてもわかっているのに物好きだなぁ、むぅ、でも泡はいて、死ぬとかではなくてよかった、繋がってるんだから、視線も俺に、はなれていても合わせられるんだから、少しぐらい」

「我慢しろとそこは結構厳しいんだね、自分は自分で、いなくても自我をさ、きょー、君に自我があるのかはわからないけど、そこはそう、うんうん、理解してあげよう、面白いよきょー」

「連呼されて面白いと言われる要素なんて皆無なんだけど、ふむ、すーすけがその言葉を口にしてくれるならそこは素直に受け取っておこう、どうしようもなく、賢いなすーすけ、長生きと旅は知恵と知識を植え付けて」

「アタシの言葉では飲みきれないのかね、そこはあの、白いの、えっと、レフェだけが特別な部分みたいだね、きょーの代わりに色々と思考して判断して餌をやる、なるほど、中々に、愚かな、勘違いするんじゃないよと、きょーの決定権をあんなのが、むぅぅ、嫌だね、アタシは、あっ、煙管、高いからねぇ、自分に合わない買い物だとはわかっているけど、これだけはね」

手に取る、回し、懐にしまいこむ、きょーは酒だけかな、今度、一緒に飲んでみよう、しかしまあ、こんなに愉快で痛快なのに、我が面白くないとは、そこがもう面白いとは思わないのだろうか、思わないで生きているんだろうね、生きているのか死んでいるのか、関係なく一部にするその醜悪さは聖人を凌駕している、差別はなく意思はなく、神も等しく、なんなんだろうね。

頭を、頭のようなものの中を垣間見たときに、全てが理解できなかった、ああ、異世界云々は理解できるのに、こんな風に混沌とした生き物が生まれた理由がさっぱりだ、きょー、君の求めるものはそれこそ"なくて"本能でも無意識でもないなんでもない何かで、掌握し掌握し、世界を我がものに、自意識はない、誰もかもが、こんなに愛らしいのに、どんな想像の中の化け物よりも"整合性がとれない"。

「別にホーテンだけが特別だなんて一度も口にした覚えはないけどさ、どうなんだろう、こんなにツンケンした、してた、のは覚えがないな、すーすけはそこがいいけど、もう、甘えて、抱きついてくるから、うん、あるなぁ」

「特別は差別だよ、でもさ、君が思わないならアタシから意見できるものでもないしね、意見をしようだなんて、自分に?そんなバカな話はない、だからなにもしない、そのうち、アタシが一番の部分だとすぐに気付いて、そう、アタシしか使わなくなる」

「みんなそんなことを言うな、どんな意味だ?」

「うっ!?そ、そうか、みんな言うのか……くっ、このアタシが他者と同じ道を行くとは誇りも何もあったものではないねぇ、しかしまあ、レフェの位置は狙われやすいのは確かだね、あの子が圧倒的に高性能だから誰も何も言えないけど、狙っている、これからも増える、アタシは狙うけどね」

「へぇ、ホーテンなら大丈夫だろう、俺の一番だし、順番を意識したらそうなるのかなぁ、でも、やるだろう、ホーテンなら、自分を狙う人間を殺しまくる、それこそ俺の言葉は、そこでは……んー、だからあまりすーすけは刺激するなよ、両方一番ではだめなのか、難しい、かんじょーって奴な」

「嫉妬で狂いそうだね、そんな、一番だなんて、レフェ、か、運がいいだけの存在ではないのがきつい、最初に出会ったから一番ではなくて一番になるべくして一番とは恐れ入る、アタシはね、そんなのは認められない、隙あらば、って奴でよろしくね、殺される?バカな、あの子は君の一部には手出しは中々出来ないはず、君に叱られるのが怖くて怖くて、この世界の何よりも恐ろしくて、出来やしない、隠れてするだろうね、でもそんな隙はアタシは与えない」

「仲良くと言ってるのに妙にこう、泥臭いというか血生臭いというか、こう、うーん、どんな風に口にすればいいんだろう、どういっても殺し合う運命にあるってかなしいなぁ」

「だって、君はアタシを一番だと、あの子を蹴落としてまでは言ってくれないじゃないか、何かに嫉妬をした事のないアタシに取って、君の言葉でやっとこれが嫉妬だとわかる、こんなものを抱えて生きてるなんて人間はみんなうそつきだね」

「嫉妬狂いー、俺にそんな事をしても意味をもたないのに、真ん中から二つにわけるとかそんな発想はなしで、ごめんなさいと、さて、いいじゃないか、暫くは静かにしてて、なあ、すーすけ、すーすけは着物を着て余裕でたばこをぷかぷかなのに独占欲は子供だなぁ」

「呆れたように言われると流石に少しイラッとするねぇ、そうだよ、悪い?君が、きょーがアタシをそうしたのに、そこで、そんな態度をされると少しだけ落ち込んでしまう、少しだけ苛立ちが、きょー、いいように扱ってくれて」

下から見上げてやる、きょーは何も気にせずに、うーんと頭を掻きむしる、角度に頼らなくても、何処から見ても童顔、幼い顔立ち、眼は大きいし、顔立ちも、何処か丸顔のように思える、普通の顔、引き連れる少女たちの美しさにくらべたら『いそうな顔』、一般人の、農家の三男だと言われたら納得しそうな顔。

楽しそうに良く笑う唇、色素の薄い、あははと呑気な音を紡ぐ、髪は雑に、黒々としたあり得ない色のそれを、普通にのばしている、何もそこに意味は無い、単に面倒なだけだろう、面倒、彼は過程を飛ばして結果を飛ばして、全てを得る、過程も結果も得る、だから、そうなのかと思うけど、違う、違うのだ、そういう風に出来ているだけで。

こんな存在がヒトガタをしている理由がわからない、もっとこう、これだけあり得ない存在ならありえない形をしていたらいいのに、朗らかに笑う臆病な青年だなんて、どんな理由でどんな風に、こんなに愛しい存在ができるのだ、神でさえ無理ならば、何がこれを、アタシの思考がぐるりと、一回転。

しゅき―すきーくるくるああ。



[1513] 異界・二人道行く30
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/07 00:15
「すーすけは本当にこう、その嫉妬深さがなければ、依存心がなければ、もっとこう、きりっとしていられるのに、侍みたいなのに、今のすーすけも可愛いけど、他ではそんな所もみれるとうれしいなぁ」

「君が変えたのにと、二度目だね、最初からそうだったとしても切っ掛けは君なのに、ひどいものだね、そこはこう、もっとちゃんとしてほしいけど、残念なことにアタシは君に対する介入権がないからねー、レフェしか持っていない、意見できないという事が不満なんではなくて、同じ一部で一人だけ優遇されているのがなぁ、どうなんだろうね、本当に」

「おーい、いくぞ、すーすけ、持った方がいいか?俺いつもフナキやナナやホーテンを抱いて歩いているような気がする、重くは無いけど、なんだろうこの使命感、これが調教されるとかそんなことか、こわっ」

「持つなんて、女の子に言うような言葉ではないけど、よくよく考えたら君の一部のアタシがね、君の体からはなれているのがおかしいのかなぁ……出てればいいのか?背中から、この服を着るのが面倒そうだねぇ、したいけど、それはいつかということで」

「置いてくぞー、そして俺は確実に迷子になる、確実すぎて笑えないけど、すーすけ、そんなことはしてくれるなよ、しないと思うけど、むぅ、怖い」

「あいあい、ついていくよきょー、ほら、流石にこの街の人間には大体顔が知られている、だから、こう、持たれると言うより抱かれると言うのは、だから、手をつなごう」

「それだったら、いいな、迷子になる可能性はないしな、迷子になる俺ってどんだけ悲惨なんだろう、年齢を考えないで泣くぜ?そこはもう確実に、確実に泣く、すーすけーって泣く」

「なんだろうね、それ、まるで子供を探す母親のような状況になりそうだ、それはねぇ、流石に知り合いの中をそれで歩くのは、嫌かなぁ、きょーの為ならしてもいいけど、なるべく起こらない方がいいような気がする」

「小さいな、すーすけの手、紅葉のようで、白くて透明だから、むぅ、ホーテンもそうだけど、握りしめて赤くならないか心配、力を入れなくても、かわりそう」

「ないない、そんな脆弱さで冒険家などやれないよ?心配のし過ぎ、きょーはもっとアタシを乱暴に自由に、粗雑、道具のように扱えばいい、大事にしたい一部というのもいいけどさ、実用的でないとアタシは嫌かな?」

「じつよーせー、かどうも、そこはわかりづらい、一緒にいて、ベッドでゴロゴロと怠惰に転がるだけでは駄目なのかと思ったり、もするー、あ、どうなんだろうなそこ、フナキ、ナナ、すーすけ、ホーテン、みんなに殺し合いとか血生臭いとか、そんな言葉をあげたくはない、かわいいだけでは」

「駄目だろうね、君はどんな選別の仕方をしているのかわからないけどねぇ、どうも、そっちに縁のある連中ばかりを選んでいるような気がする、選んで選んで、選んでないのもいるのかい?世界を全部下僕にしたとかもあるのだろうに、今も他の世界にそれを広げて、なのにここでは今は四人、いや、わからないのもいるか、でもそこだけは可愛げを残して貪欲さを消して、この世界は大事にしたいのかい?」

「世界を大事にってのは当たり前で、それこそ、意識しなくてもそうだろうに、すーすけは手も冷たいな、うーん、暑い時に、頼りにする」

「どんな頼られようかわからないけど、うん、いいよ、粗雑に扱えと言ったばかりなのに、頼りない"ほんたい"だね、君は……周りが物凄い面子で、消し飛ばれそうだ、表面だけ見たら、でもそこは逆、真実は逆、たのしいねぇ」

「すーすけ、この扉あかないぞ?」

と、きょーの戸惑った声、ああ、外からは楽に開くけど、内からは意外と難しいんだよねこれ、律儀に、アタシと繋いだほうの手ははなさないものだから、より大変そうだ、片足で、こんっと、蹴ってやる、長年のこつではないが、付き合い方は知っている。

そのままがらがらと、きょーが無駄に感心しているが、我が家の駄目なところを片足で直したところで、恥ずかしいとは思わないが、本体のきょーは喜ぶ、可愛いのだけど、この子から眼をはなすのはむりそうだねぇ、さて、生涯、かぁ、いいだろう、終えても永遠に、こんな危なっかしいのを永遠に一人には出来ない。

変わらず、我が家の周囲は暗黒世界だね、夕暮れ時なのに、この暗さ……橙は来ない、灰色と黒が仲良く踊り腐っている、きょーの手を引く、通行人は無く、いつもと変わらない、近場の飲み屋がぽつぽつと、光が漏れる、こんな場所ではこんな商売がよく映える、自分のような宿にはバカな男女がよく似合う、お店を放置して、ああ、でもあの三人がいたら大丈夫か。

それに今更に、あの宿は長い住まいだったが、もうお別れだしね、仕方が無い、愛する本体、愛するきょーを愛するが故にそばにいることを望んだのだから、それが答えで心も魂も体もそう組みかえられて、そうあるのだから、仕方が無いのだ、うん、仕方が無いね。

「くらいなぁ、あんなに、さっきまで人が多かったのに、水路はざーざーと、変わらないのに人の川は消えるからおもしろいな」

「ここは裏の裏の裏ぐらいの、というか、良く見つけられたねこんな場所、ある意味そこは敬意の念を抱くよ、ほら、こっちだよ、何処に行きたいでもなく、ああ、みずとかげだったね、夜に、月の光を浴びるから、まだだね」

「へー、月光浴かー、なんだかお洒落な、そこで同族喰う奴がむしゃむしゃと、凄惨すぎるなその夜……てか今日か!今日は雲もないし、うわ、わわ、こわっっ、あれ、でも外に出れるの?門をしめるんじゃあ」

「大丈夫だよ、アタシは冒険家としてまだ除名されていないしね、少々の無茶はできるんだ、昔に取ったものが役に立つ、そこそこに、この街でも軽く英雄扱いだしねぇ、宿には誰も来ないけど、なんだかみんな遠慮してしまって、外の人間は外観がボロイからと、また来ない、両方来ない、来たのは君たちぐらいだね」

「すごいんだな、すーすけ」

「別に、戦うのが好きな時期があって、冒険家と言っても傭兵や魔物狩みたいな方がわかりやすいかもね、趣味でそれこそ幾つも、数え切れないほど殺した、殺して殺して、君に出会った」

「うん、そこは感謝だな、でも殺すのはなるべく少なくしような、あまりに人を殺しても、意味が無い、人を殺して殺して、生き物を殺して殺して、過程はそれで、結果が俺か、転がり込んだ俺、まるで邪悪みたいな感じに聞こえるな」

「ある意味は、こっちに行けば、ほら」

ひょこっと、小さな道に出る、きょーも続いて、橙色の光は空のそれではなくて、松明でらんらんと輝く、うすら暗くなった世界に変わって火をともす、大通り、笑いあいながら人々は歩き、時折意味のないような怒声、あれを安くしろとかこれは高いとか、アタシの種族は呑気なものでそんな余所者の店に入って行く、女の子同士だけどね。

大通りを支配するのは商人や外から移り住んだ人々、それぞれの地域の特色を前に押し出して、今日の稼ぎをいっぱいにしようと努力と叫びを重ねている、声をあんなに出して、続くのかね?毎回に思うが毎回にそうなのだろうと納得する、カエリミズの青色はそれらに興味を示しながら、かたまっている、質素な身なりで愛らしく純粋な顔つき、あれ、付き合っているのだろうか、わからないね、最後まで、その、女のあれは、むぅ、わからなかったなぁ。

きょーは眼を輝かせて手を引く、どうしようもなく、それに従う、ああ、足早に、足早に、自分はこんな風にはしゃぐ様な性格でも歳でもないのに、ふぅ、仕方のない、仕方のない子ほどかわいいし、このこ、アタシ自身でもあるし、大好きなのでどうしようもない。

ぎょっと、皆の顔つきが、アタシの顔と、アタシのきょーを見て、どのような態度で接したらいいのだろうか、みながみな、みんながみんな、きょーの手を取るアタシに話しかけてこない、ここ数十年、この里の住民に外の知識を教えたり、外敵を排除したり、元冒険家として暇つぶし程度に"して"いたらいつの間にか英雄だ、小さな英雄、こんな街ではそれも、この種族が世界に広がる力を得たのもアタシのお陰だとか、そんなよくわからない話までも。

あの水神"れい"の生まれ変わりだとか、それは今、この手を引く存在の中に、一部として内臓として機能しているのに、知らないというのは平和な話だ、うん、そして皆の、特にカエリミズの青色たちの眼がきょーに、最初は黒のそれに驚いて、いつの間にか夢見るような、蜂蜜のような色合い、遺伝子的に心を捧げるようにできているから、れいに、これはもう、理解できなくてもなんとなく"敬意"とはまた恐ろしいよきょー、変わり者のアタシにはなかったけど、でも一つになってしまったし。

「來数助さまではないですか、どうしたのですか?この時間帯に、いつもは家にいらっしゃるのに」

声をかけられて、きょーが不思議そうに眼を向ける、どうしたものかと思考して、どうもしないと、自分はきょーの一部なのだから一部である事を誇るし、うむ、そこはそうだね、その通りだ、しかし誤魔化さないと……変に神聖視されている我が身、きょーに勘違いで危害を加えられたら、あたまがくるうくるう、ぐるぐる。

このこのくびがとぶことをかんがえた、いまはなしかけてきたこの……あー、いけないけない、全てに嫉妬していたら脳が壊れて泡を吐いて死んでしまう、きょーといるために我慢。

少女は同族、随分と年下だ、同族にしては珍しく、砕けた言葉と砕けた態度、どうも、こう、憧れの色が少ないというか、同世代のように接してくれるので助かる、名前はなんだったかな、えっと、"無音"か、おとなし、音はあるが字にはない、いい、矛盾の音色だと感心したりも、まだ数年しか生きていない身で中々に世間を舐めてかかるので面白がって構っていたりした、最近はご無沙汰だった、同性の彼女でも出来たのかと思ったが、一人の所を見ると違うみたいだ。

「いや、少しね、ああ、きょー、この子は"無音"、同族で、その、時折お茶をするような、そんな間柄だ、こいつの両親が同世代でね、ここを出ていくときは苦言をかなり言われたものだ」

「へえ、よろしく、俺は」

「この子の名前は"きょー"遠い親戚でね、黒い髪と黒い眼は混ざり物だから、あまりこんな言い方はしたくないけど、混ざり物、でも可愛い親戚さ、昔から、こうやってたまに会うのさ、いくつになってもね、可愛いのは仕方が無いものさ、こんな同性でしか子供のつくれない種族でも、義理の家族やらなんやらは、あるからさ」

きょーの言葉をさえぎる、中々に……この世界にその名前はそぐわない、だからこそ、もうこれを通す、きょーは基本、何事も、どうでもいいと流すような人間なので、そうかそうかと、流す、どれだけの適当さ、今はそれが役に立ってるけどさ。

無音は"へー"と、確か漁師の見習いをしてるんだっけ、その勇ましい職業とはつらつとした性格で同性にもてるようだ、昔のアタシのようだ、アタシの場合、それが全てうざったくて、無視をしていたけど、この子はそれをいいように利用して遊んでいるみたい、というかねぇ、きょーと話しただけでこの子を魚の餌にしたいだなんてどんな嫉妬なんだろう、ねぇ、きょー。

「來数助さまのご親戚ですか、確かに、神聖さが全体から溢れ出ている感じが、とても血の繋がりを感じてしまいます、私たちと同じ血が入っているのなら、同族も同じ……あれ、でも、血が繋がってなくて、あ、あれ、う、あの、よろしくです、自分は無音と言います」

「うん、よろしくな無音、うむむ、だいぶ年上とか年下とか言っても、うーん、わからない、同じ幼児にしか見えない、どうしようもなく、あっ、失礼だったか?」

「いえいえいえ、外の人からしたら、自分たちですら外見での判断は難しいですから、えっと、來数助さまはそれで街を案内していたと?」

「ああ、きょーはなんにでも興味を示すから案内をしやすいというか、アタシも楽しんでいるよ、慣れ親しんだ街でも好きな人間と歩くとこうも変わるものかと、少し驚いている」

「そうですよ、來数助さまはいつも街の為に戦ってくれているんですから、たまには体を休めて純粋に楽しまないと、って私のような小娘が言う台詞ではないですけど」

「そいつはすごい、すーすけ偉いな、戦うか……うーん、こうやって平和な街を見ていると、そっちを忘れそうになるけど、両方ないとこれもないんだ、おかしなもんだ」

「面白い事を言いますね、なんだかそうやって極論じみて、そうやって笑うと、確かに來数助さまにそっくりです……そっくりというか、同じに見えると言うか、あれ?」

良い所を、この子は感がいい、だから女の子遊びも激しいのだろう、きょーとアタシが同じに見えるか、一つだけ違うところがあると言えば、見えるじゃなくてまったく同じ、アタシの全てはこの子の一つで、そんなものなんだ。

きょーは驚くわけでもなく、"あっ、そーか"とだけ言う、なんとなく喜びの色を見つけて、アタシもつい、にやけてしまう、と、遠目に手を振る少女たちの姿、無音の"遊び相手"両手では数えられぬほどに、うーん、アタシの顔を見て驚いてすぐに頭をぺこぺこと下げる、別にいいのに、きょーを見なければ、見たら殺したくなるから、あら?

いけない、どうやったらこの殺意を抑えれるのか、抑える必要は本当は無いのに、でもしないといけない、今はまだ早い、早いぞ、アタシ、そこは我慢しないといけないんだ、きょーと今一緒にいるために、どうしてもどうしても、この子を殺したくなるのは待て、待つのだ、年寄りがはしたない。

「ほら、あそこの娘たち、待たせているんだろう?こんなところで会話してないでさ、後で怖くなっても知らないぞ?」

「あっ、はい、それでは來数助さまと、えっと、きょー様?これで私は!あと、漁に影響が出るみずとかげの、"あれ"のこと、考えておいてくださいね!」

「退治するかどうかはわからないけど、いいだろう、ほら、行きなさい」

「はい、失礼します、こらー!來数助さまに手を振るなんて失礼だぞー!」

名とは別に騒がしい娘、どうも、自分の過去の姿が何度も重なる、重なるが今のアタシはきょーのもの、きょーの一部、そこが絶対的に違う、でも、でもあの子はなんで……外にでたいのかねぇ、憧れをこちらに重ねられてもお互いに苦しいだけなのに、若いからまだ気付かない、いつか気付く、あれだけ遊んでいたら気付くのも早い、遊びは性を知るし生を知る。

きょー様と言った刹那に、左手が勝手にその眼を抉って奥の脳を引きずり出そうと蠢いたが、きょーが強く握って、制した、それは命令、絶対的な指令、ああ、嫉妬を飼い殺せ、依存心を飼い殺せ、無理だろうに、吐き気のような感覚を殺して、めいれいめいれいと、大丈夫だ……大丈夫、自分は彼の一部として優れていると、いや、でも、無理、これと一緒に生きる。

ああああ、嫉妬が暴れる、びちびち、より、ダラシナイ。



[1513] 異界・二人道行く31
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/07 18:45
「面白い子だな、ふーん、元気で元気で、もう全力って感じー、青春すげぇみたいな、俺からしたら眩しすぎて眼を逸らしたくなるな、すーすけは、月の光のように冷たくて心地よい、ああ、俺はやっぱりこっちだな、"こっち"」

「それはそうだろう、で、ないと、選ばれた意味はないね、きょー、でも、殺すなと、それはちょっと、だねぇ、どうしてくれる、このざわめき」

「そんな、仲良いんだろう?」

「それとこれとは、アタシにはもう君しかないのに、君が体の全てで、君しかないのに、それはひどい、君はひどいな」

「……んー、ごめん、そこはもう、でも、それだと悲しいんだ、俺の意識が苦痛をさ、声高く、だからやめようぜ、そこは……うん、すーすけ、好きだから、そこはおさえて、むん、今日は抱いて寝よう、それで勘弁、枕、あれ、俺がいいのかそれだと、でもすーすけは俺だし、むんむん、わからん」

「……仕方が無い、それで手を打とうか、きょー、君はアタシの使い方を完全に知っていて、転がすから、こちらとしてはいつでも、君の為になんでも殺すことは、覚悟なんていらない、それは機能だから」

きょーはその言葉に眼をぱちくりと……驚いたわけではなくて、本当にその通りだと、思っただけだろう、鈍いからそれも理解するまでに時間が、もう、困った子。

「知っているも何も、それはそうで、これはこうであるから、って、最初からわかるべきことで、それを知らなければ、バカだバカだと言われている俺が本当に真正のおバカになってしまう、そこまでか!」

「はいはい、でも、さっきの話聞いていたんだろう?アタシ達冒険家があのみずとかげを退治しない事がそろそろ"問題"に変化してきている、ま、漁師だと尚更だろうね、同族はたまに食べて、他は住処の別の生き物で補うしかない」

「うん、だったらどうにかしないと、そんなのが起こるから不思議だな、ううん、本当に、弱虫にもそんなものが起こるとは、人間とのふれあいは、あっ、俺も人間だけど、楽しいものだなぁ」

「うんうん、きょーはそうやって自分を時折見つめなおすんだろうね、アタシからしたら滑稽だけど、そこも好きとしか言えないね」

「おぉ、自分を肯定されるのは中々にありがたいけど、あんまり真っ直ぐに言われると、その、うぅ、恥ずかしいので、すーすけを抱っこでもしようか」

「よろしく」

アタシを手慣れた様子で、アタシもアタシで首に腕をのばす、ひょいと、きょーの非力な腕でも簡単に、そりゃそうか、種族的に、骨と皮だけだと皮肉を込めて昔は歌っていたし、水を纏わせて踊るしか出来ない。

一気に視線が高くなる、周囲の人間のざわめきが聞こえる、自分たちの英雄が、守り主が、一人の青年に全てを委ねているのだ、当然と言えば当然で、きょーはその周囲のざわめきに刹那、体を強張らせる、大丈夫だと、頬を寄せてやる、ぬくい、あたたかい、自分とは違う、内に水神を飼っていてもそこは人間。

しかしまあ、どうしたものか、つい、流されるままに頬を寄せて、うーん、街の人間には厳しくて気難しくて、外の世界から戻ってきた同胞、と捉えられているからねぇ、きょーは暫し停止した後に、歩きだす、なんだか少しおそるおそる、周囲の唖然の瞳を愕然と、ん、頬をすりすりと、上下させている場合ではない。

「なんだか凄く注目されていないか?………間違いなく、どうしようもなく、うえぇ、あれだな、俺の黒い黒い、もう黒いのが駄目なのか!差別反対っ!」

「そこもあるけど、一番なのは、きょーとアタシの行動だろうね、目立つ目立つ、これで命が狙われていたらすぐさまに、というぐらいに目立っているね、踊りをしているわけでもないのに」

「だよなぁ、さっきの子は普通だったのに、なんだか嫌ではないけど、気恥ずかしいってやつだな、そこまで大した人間じゃないよ俺はー、みたいな」

「きょーは凄い生き物だよ?」

「うぉぉ、せめて人間にしといてくれないか!もはやそれって、化け物の類じゃないか、うむむ、戦闘力からそこらは推測してくれ、化け物かどうかは主に戦闘力」

「それはないね、弱くても非力でも、化け物は化け物だとアタシは思うけどねぇ、さすがに、話しかけては来ない……か、よっぽど、そんな人間だと思われているのかね?」

「どんな、だよ、てか、すーすけがそこまでこの街の人間にとって大事な存在だったとは知らなかった、だからか、自分たちのえいゆーに、みたいな感情は、わかるな、俺が悪いじゃん」

「それこそ、もうアタシはきょーのものだし、きょー"自体"だしね、それに最初からアタシはアタシで、この街の人間とはなにも、英雄視されるような行動も、こっちにとっては暇つぶし程度で、そこで喜ばれても困る、嬉しくないわけではなかったけど、今はどうでもいいね」

「へー、どうしてだ?」

「それこそに重ねて、"それこそ"だよきょー、きょーの事以外に喜びは見いだせないし喜べるはずもない、そんな生き物ではなくなったんだアタシは、だからもう、ここには居場所はないのさ」

「今の台詞はかっこいいな、うん、俺は男なのにそんな台詞を口から出せた事が一度もない、一度も、なんて悲しい現実なんだ、それこそ自分の生涯ってすげー微妙じゃねーかと思うぐらいに」

「いいじゃないか、アタシがきょーを楽しく、幸せにしてあげよう、誰よりも、そこに対しては負けたくないね、一部、一部か、きょーの一部として生きて生きる、いいじゃないか、最高だ、アタシは最高に、いい」

「それはいいな、俺も人にそうやって言える優しさ的なものがあればいいのにな、言わないのは下らない思考回路だから、ぐるーっと、一回転しても何も変化なし、すーすけ、冷たい、気持ちい、もうこれで幸せ、ふむむ」

「喜んでもらえて結構、ああ、きょー、何か食べるんじゃないのか?」

「おお、忘れていた、ここ最近の食事はさりげなく、さりげなくもなく、ひどかったからな、いや、ある意味はおいしいのだが、二回は嫌だな、本当に、うーん、うまいものうまいもの、ってまずいものを売るわけがないとか、善人の矛盾」

物色、眼が周囲を泳ぐ、アタシも外で時折、本当に気が向いたときにだけ食事をすることはあるが、誰かを連れて、というのは珍しい、無音と、稀にある程度だ、稀に、お茶程度はあるのだけれど、うーん、頭を捻っても碌な生き方ではないなぁ、いい自分、きょーだけの自分、そこがいい。

きょーの視線を追う、なにかを探す眼、黒い瞳は喜びと好奇心で満ちていて愛らしい、本当はこの眼を向けられた存在すべての眼球を抉りとって魚の餌にしたいのだが、だめだめ、アタシの性格を忘れるな、忘れてもいいけど今はまだ、と。

眼が合うと、眼を逸らす、店の人間、外に商品を並べているのだから、視線の交差ぐらいは覚悟をしてほしいのだけど、ああ、違うのか、アタシたち、アタシか、たしかに、いつも気楽には接してはくれないが、今回は"きょー"もつれているし、どのように話しかければと、別に種族が何であれ、この街で商売をしていればアタシの名は耳にするだろう。

いつぞやか、街を襲った悪漢の群れを皆殺しにしたことがあったが、ああ、あれはたしか、お気に入りの茶葉を買いに行った帰り道で、思えばあの頃から視線に畏怖があったように思える、元々、戦闘向きな種族ではないので、同族からしたら、なにかしら、なにかしら思うところがあるのだろうか、わからないねぇ。

ヒトゴロシ、は駄目と禁じられた、他の存在が言うのならば、その存在を殺して禁を破りさらに実行して一石二鳥、でも相手はきょー、愛する本体、自分の本体、口を紡いで頭を垂れるしかない……それはきょーが知らない場所では大丈夫という事で、繋がっていても、誤魔化しようは、あるのかねぇ、脳が、精神が魂が一つなのに、難しい。

難しい問題は単純に解決するのか、きょーが殺したいと思えばいいのに、こんないらない存在が大量にまとわりついていたらきょーも"いやだろう"、思い込みで一部の感情、でも、レフェはそれを、いくつかは伝えられる、きょーに、特別視、どの程度か、些細なものだろう、でも、うらやましい、心の底から憎らしい。

しねしねしね、自分の自我を崩壊させる幼稚な叫びだ、叫び、自分がきょーのもっとも使われる部分でありたい、これからも、幾重の世界の中でもっともすぐれた存在で、無限の愛の下僕の中で、自分が一番なのだ、自分が一番でないと、ああ、隙を狙う、いつまでもいつまでも狙う、ふふ、アタシらしい、汚い手は、いい。

しねしねしねしねしね、死ぬ、殺す、そう、世の中はそんなものだ、内にある感情なんて、人間、生き物、すべて、そんなものなのに、きょーに溶けてから、愛が至上、愛が無い者に愛を植え付け、愛を失ったものに愛を植え付け、愛のない世界や空間や物質や条件や、なにもかもが、彼に尽くす、のに、自分はその中の要素、一つの、納得はできない。

「すーすけ?こう、みんなも話しかけてこないしな、すーすけも話しかけてこないと、困った思考に心がぐるぐるーと、仕方ないので、この長ったらしい、括った髪を、手元で、ぷらぷら」

「ああ、すまないね、少し考え事を、ってか、長ったらしいとはひどいね、君が言えば、短くしてもいいのだけれど、長い方が好きだろう?」

「そこは、うーん、すーすけ自体が好きだからなぁ、言われても、どんなのでもいいやと、うん、すーすけは、そのままでも"どのすがたでも"いいよ、俺はいい、俺の一部ではそうだな、綺麗だ、きれいなとこ、おきにいり」

「成程、良いようにアタシの喜ぶ術を天然で扱う、流石だねきょー、ちなみに話しかけてこないのは、この姿勢というか二人の密着度というかだね、一応、原因は教えておいて、きょーの教育の為にね」

「俺は幼女に教育されるほどに脳みそが赤子、まあ、見た目の話かぁ、でもなぁ、うむぅ、そういえばホーテンとかも稀に、むむむ、頼りないとかそんな話か、俺は頼りない、当たり前なのに」

「髪、一応は決まった方に流しているんだがね、好きに、こう、何度も両肩にぺちぺちと、しかしきょー、頼りなくていいのに、アタシが甘やかせてあげよう、なにもかもを任せたくなるぐらいにねぇ」

「そいつはそいつでどうなんだろう、俺の思考回路はほぼ、ホーテン、ナナ、フナキ、すーすけに任せてるから、適当に、てきとーによろしくおねがいしますと、だってすきだからさ、四人の思考、ぐるぐるり!」

「アタシに全部一任してほしいのだけれど、それは今は無理な話なのかねぇ、他の世界の奴らはどうなんだろうねぇ、君に、近くないからなのか、ふむむ、世界ごと頭に入れた場合、君はどうそれを使うのか、気になるねぇ、どうやったらわかるんだろう」

「へー、すーすけにもわからないものがあるんだ、そりゃ、まあ、あるか、人間だもの、俺の一部であるなら欠点ぐらいはいるよな、人は欠点"ありき"で、あそこまで、ホーテンとかなさそうだよなぁ、ないんだろう、すごいなぁ」

「あそこまで完膚なきまでに、君の為に機能している存在は中々にないだろうね、自分もそうであると思うから、嫉妬はしてもそこは認めるしかないのだろうね、うーん、アタシはそれでも、あれを引きずり落としたいけど、他のも、何を考えているんだか」

「みんながみんな、なにかと、背を比べて、バカみたいだ、逃げようがないのに、そこは、うーん、そんな混沌じみた階段では、俺はのぼれないな、どうしよう、でも世界が違ってもそこは同じか、努力で螺旋」

「駆け上がるってね、冒険家になればそれこそ、色々と経験して体験できる、アタシはもう、そんな中では"生きたい"とは思わなくなったけど、でもさ、きょーの為に、もう一度、火を燃やそうかねぇ、顔、知られてるかなぁ、まだ、少しだけ、知り合いに会うのは説明が面倒だ」

それに、その知り合いも、気に入られて取りこまれて、こんな思考の中で、永遠の生を、そんな羽目に、素敵でいいじゃないか、でも、数が増えるのは消す人間が増えると言う事で、手の内を知られていたら面倒、やっぱり会わない方がいいのだけれどねぇ。

きょーが手に取ったもの、そこに傾く視線、穀物の粉を水で溶いて薄く焼いたものに肉と苦みの強い山菜を挟んでいる、粗雑に食べるために開発された質素なそれ、きょーは、二度ぐらい、それぐらいだけ、言葉を吐きだし、相手が……いいよいいよと、試してくれと、代金は払わないままに。

どのようにその流れに、見ていて聞いて、わからない、店主は若い少女だ、種族はわからないが、褐色肌と露出度の高い服が印象的だ、南の方から来たのだろうか、ながれながれて、商売をする、そんな生き方も世にはあり、なるほど、世界はそこそこに"平和"なのだ。

「美味しい、ふむぅ、美味しい、この肉汁が山菜に染みて苦みがいいように、なんて言えばいいんだ、すき焼きの中の春菊のごとく、ってわからないかこっちでは、むぅぅぅ、お嬢ちゃん、若い割によくやる」

「お兄さん、中々に見る眼、いや、わかる舌をもっているな!うん、しかしまあ、ボトボトと口からこぼすのはどうだろう、こんなしけた店の女が言う台詞じゃないけど、汚いよ」

「おー、すまない、あまりのうまさに、うーん、お試しか、なるー、お金はない、が、うまいを連呼して連呼しようと思う、もぐもぐ、さいこー、苦い野菜はいいものだ、野菜、草、うん、草」

「草と連呼してるじゃないか、結構、山の中に自生してるからなぁ、食べないと無駄になるし、肉もね、獣がとれる時期に捕って塩漬けにしとくのさ、ただ」

「でも、これだけ美味しく出来たらいいじゃん、どんなものも最初はタダだし、人間しか価値とか決めないだろうに、美味しかった、ごちそうさん、代金は、いらないといっても渡したいのがしんきょーなわけで、小心者」

「いいよいいよ、なんだかそんな子供みたいな人からお金をねぇ、しかも、勝手に商品を手にとってまじまじと見るんだもの、お兄さん、その代りさ、また来てくれよ、あんた、おもしろい」

「明日はお金を持ってくるよ、こう、大量に、そんなにお金ないけど、気持ち的に大量に、そしてこの食べ物を大量に購入しよう、気持ち的に、大量、そんなにくえるかなぁ、ふむむ、まあ、うまいからいけるかぁ」

「あんまり信用しないで待っているよ、お金はいいから、こうやって話してくれるだけで良いよ、しかし、しかし來数助さまにこんな面白い親戚がいたとは思わなかったなー、何だか、不思議な人だな」

自分が唖然としている内に先ほど勝手にねつ造した設定を"きょー"が話し終えたようだ、そう、親戚の子、と、それ以前に、きょー、どうして、どうしてこうも、簡単に、なにもしていない、アタシのようには、何もせずに、落ちたも同然、狂わせずに、普通に好意を芽生えさせた。

それこそ、いくらでも、好意を0、他者のように、好意を10、この子のように、好意を無限のように、アタシのように、愛を無限のようにさ、世界やアタシのように、なんでもできる、無意識に、能力でも魔力でもなく、ただいるだけでそういう在り方、在り方、生まれる前からそんな風に出来ている。

やりたい放題という言葉ではなく、なにも意識せずに望まずに、それが転がり込んで溶け合うのはなんて言えばいいのだろう、なんなのだろう、それは……君はだから寂しいんだ、救ってあげたいのに、アタシでは駄目、どうすればいいのか、あ、いや、アタシはする、できる、彼を救い、彼の一番になる、君の一番になる。

「どうしたすーすけ?うん?こう、睨みつけるわけでもなく、哀願するわけでもなく、俺の眼を見て、不思議だ、どーゆーことだ?」

君はアタシだから。



[1513] 異界・二人道行く32
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/08 10:23
「どうしたすーすけ?うん?こう、睨みつけるわけでもなく、哀願するわけでもなく、俺の眼を見て、不思議だ、どーゆーことだ?」

「いや、きょーはそうやって、アタシを嫉妬させるのがうまいなぁと、独占欲で狂ってしまえばいいのに、この幾重も重ねた服のように、幾重にも君の肉の中にアタシが重ねられて、ずぶずぶと血の泡を吐きながら一つになりたいね」

「それ、かなり危険な状態だよな、むぐむぐ、うまい、うまいなぁ、しかしすーすけは様付けされて、面倒じゃないのか?俺だったらいやだな、様だなんて、すーすけはでも凄いから、それでもいいのか、見た目が幼くて凄い人間、と、世界は混乱」

「君の周りはそんなものじゃないのか?優秀な所が揃っているじゃないか、ほら、レフェだなんて、恐らく歴史に、その名を刻むくらいは、怖い奴だと思うよアタシは」

「嫁ー、でもまあ、あいつはそうだな、うん、やるときは無茶苦茶に自分の才を使って破滅させるだろうな、俺も出会ってすぐさまに告白とは流石に思わなかったけどさ、ふむふむ、でも、いまはすーすけを可愛がっているのに、うわ」

「食べカス、舐めとっただけで驚くとはねぇ、普段から、常識の欠落は無いのに、根本はね、しかしまあ、大好きな君からもらえるとなると、食べカスですら、それは世界で一番の御馳走だねぇ」

「むー、最近、ぽろぽろとこぼす、その間に、こう、ナナとかが舐めとるような、こう、こうな、ナナはすぐさまに来るからな、狙ってるとしか思えないあの攻撃、ああ、鼻の穴が危険、うぅぅぅ、やめろ」

「なんだ、嫉妬を煽って、やらそうかと、そーだと思ったのにねぇ、君の心から伝わるのは完璧なのに、アタシはアタシで、自分でいいように、君に触れたいから、時折ぐらいは許しておくれ」

「どんだけ頭いいんだそれ、俺はバカだからわからないんだが、それは頭のいい人間の使うようなことで、頭の悪い俺には無理だろう、心底に、むり、むりだもんなぁ、そうやって出来る人間がうらやましい」

「それは君の周りの"一部"がやってくれるだろう、アタシがね、そうやって、ってこんなのは"そうやって"に入らない程度のことなんだが、しかし、君にはいくらでもそんな存在がいるだろう、だからこそ、そうやって呑気なのかね?」

「ふんふん、でも、それはみんなが勝手にやることで、俺が毎回……あれ、みんな俺か、だったらいいのか、だーかーら、こうやった思考、こうゆー思考、だめだめ、だから頭痛いわ、うん」

「どれだけ考えるのが苦手なんだい、いいけどさぁ、心配で心配で、アタシがいてあげないと、甘やかす、ダダ甘、"自分"に甘いからねぇ、きっと、全てが、波がひくように、下らぬ有象無象がひくように、君を愛する、甘くね」

「それはいいけど、うん、それがいいけどかな、みんながみんな、そうやって来ると怖いけど、そんなのが一人ぐらい、一部くらいあってもいいなぁ、基本、なんでもいいよ、考えなくてすむのなら、逃げる?逃げない、疑問は逃げるだろうな、だから思考はそこで」

「逃げるとか逃げないとかも、全部、無限の概念も、愛を植え付けられて君の味方だ、さぁ、どうすると、誰かが歌っても君は、聞き流す、なんともまあ、厄介だね」

「厄介と面と向かって言われると、自分でもあれだな、どんな気持ちかと言われたら、自分自身が、ちゃんと認めて釘をさすみたいな感じ、俺や、すーすけたちではないと、伝えにくく、わかりにくい、あはは、すーすけ、綺麗な俺の一部、めでるめでる」

「そんなことはアタシには出来ないよ、アタシはきょーの思いのままに動くさ、時折、感化されずに、でもそれも全ては君の物、君と魂が一つで、その部位は色合いは違わず、全てが一緒なのだから、それは仕方ないね、うん、きょー」

「へ、まあ、まあ、あぅ、いいけどさ、そこは結構自由でいいと思うのに、難しいなぁ、俺はそこまで、そこまで、こう、なんというか、思わないぞ、ああ、好き勝手にやればいいのに」

「君がそこは指示を下さないと、一部なのだから、ある程度は放置しても、うん、アタシはねぇ、君に言われたい、君に心で伝えてもらいたい、そうすればアタシはちゃんと、機能的に動ける、どのような意味でどのように動くかは君が決めてあげればいい、皆に、アタシに」

「そんなのを俺に、バカすぎる俺に言えと、意識しろと言うのはかなり無理、かなりに無理な話、どうしようもなく、おバカなのはわかってくれているはずなのに、てか、鼻の穴なめるなー、あまっ!あまいにおい、で、たばこっ、うぅぅぅ」

「子供だからと、幼児だからと、そうやって油断するから馬鹿をみる、我ながらに、あ、そう、阿呆、可愛い阿呆だねきょー、ふむふむ、君の体液を舐めつくしたいね、生涯、そうだね、なにかしら瓶詰めに、でも君の体から直接出ないと、気がおさまらないし、ね、気がふれてしまう」

「そこまでなら、うん、かわいそうだから勝手にすればいい、もう、なれたもんだよ、なんだこれと、嘆く事もないのかなぁ、ふむぅ、最後にホーテンに消毒ですと三時間ばかし舐められるんだ、もしくは一日、本人は数年したいとかいうけど、俺、かわいそう過ぎるからお断り、みたいな」

「でわ、このアタシは数年しようかねぇ、冗談冗談と笑うと思う?本気だけど、するには中々に、確率が低いからね、まわりが減ってから、周囲の"じんこう"が減ってから、それを、一生、一生を終えても永遠に、あはは」

「はい、爽やかな笑みが逆に無茶苦茶に怖いです、怖すぎて心が破壊されそうなぐらいに怖いわっ!うーん、見た目が幼くて怖いとかそんな流れはここで、えいやと、でもこの世界には沢山いるんだろうなぁ、困った、断ち切れぬ、ああ、断ち切るべき糸と意図がありすぎて、おバカな手刀は空を描く、いみなし」

「と言いながらも、少しだけ幸せそうじゃないか、成程、こっちの方向もまんざらではないと、うん、よーく理解したよ、いいことだこれは、アタシにとっていいことはきょーだけだ、きょー、きょー、すんすん、耳、いいにおい」

「何処を嗅ぐ!と、そこは重点的に攻撃されるからな、鍛えられてます、鍛えられまくるのも勘弁だけど、こう、むずむずするな、なんだこれ、耳掃除しなくていいとかそんなあれか、うむぅ、やめよう、やめようか、めんどうだしなぁ、はぁー」

「ならば、新しい部分でも探すとしようかねぇ、ふむぅ、探究心はこうみても多いんだ、でないと、冒険家なんて馬鹿げたことをしようとは思わないしね、きょー、きょーー、うん、ずっと、心の中で、口で、言い続けるとしようか」

「とんでもないけど、そんなのは勝手にすればいいと思う、勝手に……あの、耳元で連続とかは是非ともやめてほしい、それはもう全力で、それをやられると、不眠症にっ、自分の"声"だから寝れるのか?むぅぅぅ、色々と考える事があるもんだ」

「では好き勝手にしようとするかねぇ、元々、そんな風にできているし、君の為に、ん、今から言い続けたら、街の人間がとうとう、頭がおかしくなったのかと、人の愛をね、よし、四肢をもいで」

「はい、すまない、そこは無理してやめてと言う、うわーん、やっぱり考えなしの俺には未来をどうこうすることは出来なかった!畜生、畜生、まじでそこは勘弁で!」

足早になるきょー、どうしようもなく、不器用、何度かこけかけるが、その度に体勢を、こちらとしては密着度が高くなるからこれ幸い、とか、思ったりして、そうだ、これは少女の思考、駄目だねぇ。

特に意識せずに、道順を"頭で伝える"指させばいいのだけれど、そうしたら周囲の人間が意味もなくこちらを見そうで、どうも、どうも嫌な感じ……きょーは指されるわけでもなく、アタシの思考を読んで進む、なんだか便利なようで当たり前な機能だね。

「基本的に、こう、四肢をどうこうとか怖いからな俺、それは人形で遊び疲れるまで子供がすることだろう、意味が無い、人でしてもその質感は肉で、ぶよぶよと掴みにくいだろうに」

「まあね、それほどまでに、君を独り占めしたいとわかってくれたらいいのに、ああ、しかし、みずとかげ、きょー、話し合いをするとか、うんうん、流石はきょー、呑気なもんだね」

「呑気かな?おっ、人通りがすくなってきた、うん、そうだな、こうやってそんな下らない事で喜べるって事は、俺が下らない人間であるからで、しかしまあ、りゅーと話すのは下らなくはないだろうに」

「知識があろうが知恵があろうが、デカイだけの蜥蜴に、そこまでの心を、下らないよ、きょーはアタシだけを見ててくれたらいいのに、その黒い瞳はアタシだけを捉えたらいいのに」

「そんなに一つの所ばかり見てたら、ただでさえ、転びやすいのに、確実にすっ転ぶぜ、はぁ、こう、俺の眼はどこかにくっ付けとけと、ホーテンも言うな、どうしろと、ありえん、ありえん」

「こう、アタシと顔面が一つに、ずぶずぶと」

「怖い、なんだその沈んでいるような効果音、えっ、どっちがどっちに沈んでいるんだそれ、ふむむ、断ります、お断り、人間そんなに簡単に一つになれない」

「性を見抜いたねきょー、そうだね、混ざっても混ざっても、皮膚は焼けて爛れないと一つになれない、戦場の死体はその分、一つとは言えるな、でもまあ、溶け合う人間が選べないしねぇ、親友を殺した敵とかもありえるわけで、ありえないね」

「怖い、と、同じ流れで言ってしまった……極論じみてる、死体に心はないだろう、肉が一つになっただけじゃないか、うっ、さっきのお好み焼き風の食い物の肉を思い出してしまった」

「それはそれは」

「お前のせいなのに、そこは聞き流すのな、いいけど、こっち曲がればいいのか?……んー、さっきの話だと、正門から堂々と出れる的な響きだったのに、そうではない、と、うーん、でも周囲の壁は大きいし、登りにくそうだ」

すっかり人の流れは無くなった、思えばきょーと話すだけで、アタシは食事をしていないな、食べカスときょーの体液というか粘液を、量ではなく心の動き的に、とても満足、永遠にこれが食事でもいいが、体液は限られる、これは乙女じゃないよねぇ?

誰か街の人間が"気になって"追尾してくるかと思ったが、それはないようだ、そこだけは普段の自分の他者を突き放す態度に感謝、うん、しかし、光が少ない、アタシの種族はそこまで夜目が利く方じゃないんだけどねぇ、空気中の水分の流れでなんとか状況を読み取る。

きょーは飄々とアタシから伝わる情報の通りに動く、これではどっちが本体か一部なのかわからないねぇ、とか、思ったり、きょーはもっと支配的なのかと、違う、一部にそこまで意識する人間はいない、手や足と同じように、動くように、その通りに、動くのだ。

道が"適当"になる、舗装されていない道、古ぼけた木材や、鉄は……ない、浮浪者が高く売るために持っていったのだろう、草花が星の光を歓迎して風にたなびく、この街はまだ未開発の場所が多い、最初に水の上に巨大な土台だけを作ったものだから、土地が余っているのだ、中央を外れれば使われていな水路と木材が混沌としている。

流石にこれだけ雑多なものが混沌としていると、雑多で混沌な精神を持つきょーが歩く、危険はないだろう、鉄やそういったものは全て何処かで溶けて新しい生を謳歌しているはずだ、木や石程度ではきょーに、体に纏った水の壁が、きょーを守る、一つになるまでわからなかったけど、絶対的なれいが常に守っている、身を守っている、己の。

「へぇ、冒険家だから少々の無茶がきくとは、こんな未開発な土地に侵入することか?むぅ、びっくりだな」

「別にそんな意味で言ったんじゃないんだけどね、君は目立つ、それはもう、何処でも目立つ、アタシは目立つ、外では一般的な種族だけど、この土地では、ね、だから抜け道を使おう」

「すーすけは外でも目立つだろう、そんな姿で煙草をぷかぷかして、いい着物?のようなものを着てさ、あとは、眼が目立つ、お前の種族にないだろう、そんな好戦的な瞳は……うん、ないだろうに」

「君の姿よりは、そこまで眼に入らないだろうと思うけど、こらっ、もっとゆっくりと歩きなさいな、転んだらどうする?……はぁ、もっとこう、恐怖感とかそんなのは無いのかい?冒険家になるんだろう?」

「恐怖、とか、そんなのは心の中にあるよ、もうそらもう、みんなの何十倍ぐらい、そこで戸惑うし、足踏みもしてるし、恐怖とかに対してだけは自慢ができる、それが俺」

「なにがそんなに自慢なのかね、きょー、もっと、世間的に自慢できるものを増やした方がいいと思うのだけれど、君は……でも君の中にいる存在のお陰で、それはもう、実力は誇ってもいいんじゃないか?普段の外見的にびくびくしてることを放置してさ」

「それは無理、れい、か、うーん、れいは常に寝ているからなぁ、起きる気配がない、俺が寝ている間に起きていて、少しばかりの会話をしたりして、うーーーん、意味はそこだけ、互いに補完、片方寝ていたら、片方起きてる、稀に両方寝たり両方起きたり、誇るようなものじゃないや、てきとーだろ?」

「そこを問題にしているんじゃないけど、君がそうしたいならそうすればいい、ほら、見てみな、君が踏んだ、硝子の破片が、ありえないぐらいに粉々になった、見たかい?あ、これ、おかしいだろうに、上向きで、刺さるはずなのにねぇ」

「なんだ、そこは教えてくれてもいいじゃん、刺さったらどうするんだよ!こわいなぁ、うん、でも、よく見えないからそんなことを言われても困る、困る、でも、刺さらなくてよかった」

「わざと、少しは自覚をしてくれと、安全だと判断したから、少し促してみようかと、その自覚?って奴を」

「そんな自覚の求め方があるか!すーすけは意外に怖いと、うんうん、こう、ホーテンは愛でてくれて、ナナは甘えてくれた、フナキは助けてくれて、すーすけは、甘やかしてもくれる」

「それはみんな同等に同じ役割があると思うねぇ、ま、君が望んだような位置にいるだけで、事実、ホーテンは攻撃の要、ナナは軍略の要、フナキは、ん、魔人?どうなんだろうそれ、でも、色々と役割が混雑していて、目立つとこだけ意識しちゃうんだね君、本当はわかっているのに」

「役割は決まってるのはあんまりなぁ、好きにすればいい、なぁ、俺は?」

「嬉しそうに聞くんじゃないよ、まったく、それこそ、ありえないね、君はあれだろう、これらの全てであり全ての本体だから、そこはしっかりと」

「なんだか仲間はずれじゃないのかそれ、分別を、みたいな、そこはきっちりとわけられたらそれこそ辛い、いいなぁ、なんか部署?部位?ごと、みたいなの、いいなぁ」

「君はそれそのものなのに、うらやましがられても困るねぇ、レフェはそこをちゃんと調教してないのかい、君は、あれか、きょーが望めばなんでもいいみたいな流れて旅をしてきたと」

「大体はそんな態度だと思うぞホーテン」

「そうかい、うーん、アタシがそこら辺は、きょーには完璧に、放置されてもいいんだけど、ほら、寂しくて死ぬよ、アタシ」

「なんだそれ、じゃあ、構わないと駄目じゃないか、うーん、その方向で来られると俺はなにも言えないなぁ、うんうん、でも、そんなすーすけもいいから、何事も"いいか"」

納得してくれたきょー、そうだ、あのレフェという娘ばかりに構うな、あの、あの存在の首を、とそんなつもりでいるのに、きょーは呑気に、頭を撫でてくる、この髪が気に入ったと、まったく、闇の中で見えていないので、時折、顔を無造作に、むぎゅ。

「あっ、すまない、だって見えないし、それで甘やかせと言われたから、頑張ってみたけど、ほら、駄目だった、ごめんごめん、むぎゅとか言われたら、謝るしか手はない」

「むっ、それはそうだろう、あれだ、アタシの人格が崩壊する声が口から出たような気がするけど、気にしたら負けだとアタシの中の何かが言っているので、きょー、気にしたら駄目だよ?」

「そこまで強く言うのか、うん、おバカなりの鈍感さで遠くに放置しよう」

歩く、歩く、指示は出さずに、雑多と言っても、膝より下に、なにも眼の前にどーんっと構えて放置しているわけではない、足に当たれば避けるし、蹴る、虫が柔らかな草の中で蠢く音が時折聞こえる、あとは我らが息と体の軋み、あるくあるく。



[1513] 異界・二人道行く33
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/10 00:32
歩く、歩く、指示は出さずに、雑多と言っても、膝より下に、なにも眼の前にどーんっと構えて放置しているわけではない、足に当たれば避けるし、蹴る、虫が柔らかな草の中で蠢く音が時折聞こえる、あとは我らが息と体の軋み、あるくあるく。

きょーはこわいなーと言いながらも足は止めない、元々、恐怖に対して何かしらの抗体があるみたいだ、人より臆病なのに、恐怖は手慣れたものだと………何処かしか"普通"に壊れている、あとは特別に壊れている、あああ、特別に正しいとも言える、矛盾はぐるぐる、きょーの視線は時折螺旋のように、まわっているように思える。

「ここって、抜けたら、いきなり水の中にどぼーんとかないよな?そんなのごめんだ……溺れてたら、ばちゃばちゃと水面を叩くだろう?」

「それは、まあねぇ」

「水中にいる生き物はその振動で餌が蠢いていると気付いて襲ってくるんだ、きっと、だからみずとかげの、その凶暴な奴が泳いできたら無茶苦茶に怖い、しかも水の中っ、サメみたいなものじゃん」

「いや、なにより、君が溺れるわけがないだろう、中に飼っているんだろう?あれを、それで、ついでに言えば、水の中だとより君の方が強くなるじゃないか」

「ううん、否定、大体、いつも負ける方向で話を進めてくれないと、そんな勝つだなんて、ないない、絶対にない、あったら逆に今度は自分が怖くなる?」

「へぇ、それはどうしてだい?」

思ったよりも意外な言葉に興味がわく、何かを常に恐れているようなこの子が、その恐れている存在を、何かしらの形で自分の力で"倒して"、そしたら今度は自分が怖くなると、なんて不思議な話、どうして、敵は死骸で、自分は無事で、自分を怖がる?

虚空を、色つきの虚空、闇の最中を黒が泳ぐ、きょーは自分で言った言葉を舌先で転がして、何かをしようとしている、邪魔しないように、きょーの耳を噛む、なれたもので、彼は何も言わずに、うーんと眉を、別に口にしてはいない、なんだかそんな感じなんだ。

「あれだろ?怖いって感情は、なんだかよくわからない、あ、凄く自分を傷つけそうだ、相手を傷つけてしまいそうだ、とか、そんなんだろう?でそれに全て力でねじ伏せる、なんでもいいや、物事を動かすのは、頭がいいという力、要領がいいという力、生まれがいいという力、努力したという力、天才という力、とか大体はそんなんで、これも力、名前は違うが、全てねじ伏せて我を通す力だろう、みんなで一緒に夢を掴もうだなんていうのも、みんなが集まって他者の夢を壊せる力、だもんな」

「成程、そこは見逃しているね、愛、愛も力、そうだね、力は力さ、ああ、弱者は負ける、愛で劣る方が愛が強い方に負ける、いつも競争だ、世の中はねぇ」

「だから勝ってもさ、もしかしたらその力が俺の中の他の力を食いつぶしているかもしれなくて、力だけで世をすべても、力はねぇ、力だから、他の何かがいつもこう、むぎゅーって潰されているのが、少しなぁ、だからなるべく、何事にも動かずに」

「全てを無視してるようで全てを避ける、と、出来てないよきょー、力ではないけど、きょーはきょーでいるだけで、こうねぇ、常に力ある者が付きまとう」

「それはすーすけもだろう、力ある、だろう?そんなのはわかりたくないけど、わかってしまう、力があるのは、でも、悪い事ではないよな?」

「だろうね、力があって危機を脱した場面は幾つか思い出せるが、無力であったから死を免れたというのは、覚えが無いかなぁ、ねぇ、それは、あったほうがいいのかい?力が無くて助かる事態がさ」

「いや、別にそれですーすけをどうこうってわけではなくて、こんな質問もしたことないやって思っただけさ、そうか、でも考えれば当たり前だもんな」

「そう、でも戦場ではあるかもね、子供だから同情で命を見逃すとか、でもそれも君の視点で言えば子供だからという力が働いているわけで、条件には合わないね」

「条件なんて大したものを作ったつもりはないけど、そうだな、自分の言葉に責任を持とう、まさにその通り、そこがなんであれ、力は力だもんなぁ、そうすると途端、愛らしい者も怖くなるかも、ある意味、そこで見逃すのは精神をかき乱されていいように操られた証拠だろう、子供が大人に」

「子供の姿のアタシの前で、それでも、アタシは君の一部、君の体の一部、だから君の力さ」

「恐れてなんかはないよ、好きだからでは、理由もなし、理由が無いのが一番の理由か、力に対して面と向かって勝負できるのは理由が無いってことで、そこだけ、そこだけだな、すーすけ、いいぞ、賢い、流石はバカな俺の賢い部分」

「褒められた、これは嬉しいね、こいつは嬉しい、きょー、とてつもなく、ね、でも、そこはそれ、自分より優遇されている部分がいる事が憎らしい、愛情と保護欲では負けていないと思うのにさ」

「子供か俺は、そしてお前は母か、と、まあ、一部に対してどんな感情がこう、来てもいいけどな、うん、過保護で言えばホーテンも、今も多分、部屋で発狂しかけている、出かけるだけで?なれてもらわないと困る、うん、溶け合うかなれるしかないしな、肉体を」

「肉体まで、と、出来るのなら、出来るのか、きょー、だったらアタシを最初にしてもらいたいものだね、ああ、そこは君の意識で、意見は出来ないけど、望んだりは、少しは」

「うーん、うーん、すーすけとはこうやって触れ合ったりして、楽しいしな、色々と考えます、俺は難しい事を考える事が苦手で嫌いなのに、そんなことを最近しているような気がする、うぅぅぅ、したくないのにしないといけないとは」

「考えても答えがでるものならいいけどさ、答えがでるのかどうかは、あやふやだねぇ、きょー、そのにぶちんな思考回路で、どれだけの答えが出るか、アタシが考えて上げた方がいいね、毎回」

「ああ、みんなにもそこは、そこはお願いしている、本当にごめんなぁ、考えるのが嫌い、そら、生きる中で仕方が無い事は思考するけど、それ以外はなぁ、哲学めいた世界観とかちょー苦手、理屈で生きるのは凄い人たちだ」

「さすがは世界観を全て自分の下僕にして一部にしているだけはある、ああ、思考がこう、偏って傾いている、ひどく、斜め、でも角度を変えたら真っ直ぐだから困るんだよね、アタシは困らないけど世の理屈や世界観は、君を愛しているから」

「ふーむ」

「人格がなかろうがあろうが、そのまま下僕にも、精神を植え付けて下僕にもできる、こんなのありえない、でもきょーはする、本当に、死体になったら魔術師共が永遠に保管しそうだ、知っていれば、でも君には特別な能力や魔術は無いから相手はわからない、わからないままさ」

「こわいなぁ、標本はいやだぞ、ちゃんと火葬で頼む、なんか好きな食べ物とか大量に詰めて焼いたら香ばしい匂いのする仕様にしてくれ、是が非でもそんな結末を望む」

「どんな結末だい、それ、それは、死にはしないだろう君は、世界が、あらゆる事情が、でも、君は望んだりするのかねぇきょー、死も君の下僕に出来るのに、君を愛しているのに、まさしく、放置、可愛そうに、死という理由で?」

「くらいくらい、うーん、そこはもう、仲良くしててもいいけれど、時折、距離を置きたい時もあったりします、と、本当に暗いな、死んだらこんな感じで、そんな感じか、むむむ、安らぎっぽくはある、暗くなると途端に眠くなる俺」

「子供だね、暗くなると眠くなる、まさしく子供、きょー、こんな外で眠ったりしたら風邪をひくからやめなさいな」

「いや、本気じゃないからな!冗談だよ、いくら俺でもこんなに遅い時間に外で睡眠を得ようとは思わないから、絶対に、うん、絶対にとは言えないけど、ああ、今はまだ」

「最後の方の弁解は一体、なんなんだい、はぁ、いいけどさ、君が何処で寝ても、アタシが枕として機能しよう、ういーん」

「それなに!?駆動音的なあれなのか、ごめん、街中の未開発地で寝るような人間にはなりません!なっても頑張って離脱します、そこから!」

「冗談なのに、そこは流してほしかった」

「恥ずかしいなら言うなよぅ、俺の方が何倍も恥ずかしい、あ、穴があったら埋めたい、埋めて、落とし穴の墓と、墓標をたてたい、とか思います、にや」

「駄目じゃないか、なにもない、なにもないそこに墓標をたてて、本当に仕方が無いじゃないかそれは、穴がある度に墓標をつくる不思議な生き物、軽く、かなり、怖いね」

「怖すぎる、俺は空想の中でとんでもない化け物を生み出してしまった、うん、よかった、これが現実に開発していたら、なんかよくわかんないけど穴に埋める刑とかされそうだ、もう、みんな、世界中の人が俺の墓を、こわい」

「ええ、怖いねぇ、きょー、でもアタシみたいに嫉妬狂いの生き物も"産んじゃって"どうするんだろうか、どうするんだろうねぇ、君が、そうやってそうやって、君はねぇ、そこはどうなんだい?」

「なにもかも、怖くないよ、だってすーすけだもんな、すーすけが好き勝手にそこを、俺の為になにをしようが、俺はそこを刺激しないって、そう、刺激したら叱られそう、俺、おバカだし」

「好き勝手にするよそこは、まずは君を冒険家にしないとならない、でも、裏の進め方は駄目だと言うから、正攻法でみずとかげ退治、これを考案したのはレフェだろう、確かに、いい手だ、実力を示せば、試験は受けなくてもいい、勿論、普通の冒険家でも手こずるような、のではないと」

「うんうん、俺はそこまで頭が回らないから、大体、これはいい手だと思うような手は、ホーテンの、ナナの、フナキの、そしてお前、すーすけの考案したことだ、俺は単に、それをしようかしないかを決めるだけ」

「そこまで自分の思考を回さないと、どうだろうと思うけど、アタシ達もきょーの思考の一部だから、本体が回らなくても、まわるまわる、それぐらいの燃料はあるしね」

「むんっ、きょーと名乗る俺には、飯をたくさん与えないと燃料が生み出せません、あと、睡眠、あと時折の人の優しさ」

「中々に厄介なんだね、一部はどれもこれも厄介だから、きょーがそこまで厄介だと、もはや厄介な集団でしかなく、様々な里で石を投げられたりして、それはそれで、はいと認めて生きていこうか」

「そこは嫌だよ、石とか無茶苦茶痛いじゃん、全力で回避します、そこはもう、本当に、石か、あれって恐ろしいよな、あれだけの破壊力なのにあれだけ地面におちている、こわっ、石こわっ、人殺しの道具、しかも使いやすいのがそこらに落ちている、なにかそう思うと、殺人で刃物を使うって、どれだけ養殖、天然の石で、でも殺人はだめ」

「下手な人間なら、魔術を行使する前に石を投げた方がいいだろうねぇ、そこらに転がっていて、投げても何も失わない、失うとしたら頭に直撃した被害者だけ、石は凄いね、これだけ石を短期間でほめまくるとは、しかも殺人ねぇ」

「石を投げて、石が当たって、さてはて、どうするかとな、さらに石をこう突き立てて、死体か確認、うぉぉぉぉ、怖い、殺人鬼つか石の魔力、殺人石、ん、なにか似たような名前があったような気がする、まあ、どうでもいいか」

「それはもう石ではなくて、きょーが完全に石で殺人を犯す思考を頭で流してるからだろうに、きょー、石はでも石だよ、殺人もできるけど、足で蹴飛ばして、慰めに使うぐらいが丁度いい」

「でも今日のような夜ではそれもできないなぁ、石を蹴るなんて、なんか石に意思があったら怖そうだ、逆襲に来たりしたらすげぇ怖いし、でも蹴っちゃうときもある、中々に思いとは別に動くもんだな、体」

「きょーの体は確実にきょーの思い通りに動いていると思うけど、一部のアタシが言うのだから間違いないと思うけどさ、そこで止まる、口ではなくて!足!」

「おお、会話を打ち切るために、大胆に来たなーと感心していた所だ、足か足、連続で言えばアシカか、なんでもない、特に好きでもない、むしろアザラシ、で、これ、壁じゃん、街にあったのと同じ、そと、水だろう?」

闇夜の中で眼を凝らせば形よく加工した石を積み上げた巨大な壁が、この街の周囲を覆うようにある壁……外からの敵というよりはまわりの湖からの水害を防ぐために、あとは何もない故の、巨大な風の攻撃を防ぐために、積み上げて積み上げた防壁。

きょーはこの外はすぐに水……水面だと勘違いしているが、正門から見たのならばそう思っても仕方が無い、真実、裏側には、壁の向こう側には狭いながらも僅かな土地がある……土地と言うよりは木を浮かべた巨大な筏のようなものが広がっている、魔術で加工しているので腐るわけでなく、延々と。

しかしそこに出るには、この壁を抜けないと駄目、きょーはどうするのと眼で問いかけてくる、アタシはなれたもので、その壁を暫くじーっと、確かここら辺、そんなにはなれていないはず、えーっと、光が無いから、魔術を行使して、水分の量で判断するしかない、壁にしみ込んだそれは僅かに、違う……ここかな?



[1513] 恭輔とタローの子孫の兄弟――01
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/18 12:21
捨て置け―――そのような出来損ない御堂の家にはいらん。

やけに熱の籠った言葉だった、父にしては感情に染まったそれを聞きながら、雨の降りしきる中、泥に塗れて芋虫のように惨めに蠢く存在、それが俺だった。

体温が奪われ、呼吸も上手に出来ない状況、舌が震え、開きっぱなしの口に流れ込む泥水は敗者の味、何度も何度も味わった弱者の為の惨めな飲み物、地に伏せるときはいつも雨だ。

胸腔と腹腔の境を的確に突かれた、そのせいで呼吸困難に陥り、さらにそれに連なる形で意識が霞がかる、何十年にも及ぶ修行を得て鍛え上げられた父の貫手は尋常では無いダメージを俺に刻み込んだ。

元より敵う筈がない事は重々承知しての仕合だった、もし一撃でもその鋼のような体に刻む事が出来たなら、そんな甘い目論見はたったの一撃で無残にも散った。

惨めだった、己の今の姿がどうしようもなく惨めだった、泣き叫び悔しがる事すらも奪われ、このように泥濘の中に沈み涙と鼻水を垂れ流す、父に捨てられた事実が心に重くのしかかり、何もかもが億劫になる。

このまま死ぬのもいいか、遠ざかる父の背を見ながら思う、姿勢には一切の歪みはない、そう、父である御堂蘇芳(すおう)には過去―現在―未来に置いて一切の歪みも欠点も汚点も存在しない。

あるとすれば、出来損ないの息子である自分という存在ぐらいだろう、しかしそれも今ここで消える、少なくとも未来には唯一の汚点も払拭され、より完璧な存在として御堂の家を支配して行くだろう。

だからこそより惨めに思う、何一つ認められないのは仕方が無い、父の才は歴代随一と謳われる程のもの、武術と呪術に関して他の追随を一切許さない、他に厳しく己に厳しく、その在り方は完璧すぎて人ではなく無機物を彷彿とさせる。

だがしかし、惨めさはその父と比べられる事から発生するではなく、他から来るモノ、自分は父ではなく、他の全て、御堂家門下の内弟子と比べてもその力の差たるや………御堂の血を持たぬ者にまで劣る始末だ。

この国、日本に置いて呪術師の名家と言われる御堂の血を受け継ぎながら満足に術の一つも扱えやしない、ならばと何年も鍛えた武術の腕も御覧の通り、父の前では児戯にも等しい物だったようだ。

数年前に他界した母、それまでは穏やかな日々だったのに、一晩でその世界は見事に崩壊した、床に伏せる母に泣きつく俺の前に現れた男は俺の父と名乗った、鷹のように鋭い瞳と日本人にしては彫りの深い顔立ちが印象的だったのを覚えている。

そこからの記憶は曖昧で、辛かった、苦しかった、痛かった、そんな単純で幼稚な言葉の羅列が過るだけ、ありとあらゆる手段で破壊された精神は記憶を捨てた、荷物を背負うのを放棄し、阿呆に堕ちた。

『ヒヒッ』

何処からともなく蟾蜍のような鳴き声が聞こえた――ソレは何処で聞いたか、意識が混濁していて中々思い出せない、確かあれは……母がまだ存命だった頃、自分が高熱を出し寝込んでしまった時だ。

まだ古い習慣の残る閉鎖的な村だったので蝦蟇の油を小麦粉で練った物を万能薬として有り難がる風習があった、、何分、学歴も何も持たない母はそれをすっかり信じ込んで、苦しい生活であったのに、高い代金を払ってそれを買い込んで、懐かしい記憶。

井戸水で冷やした手で熱を冷ましてくれた、何度も何度も、何度も何度も、愚かしく、学の無い母だったが、俺はそんな母親が大好きだった、あの埃と黴に塗れた小屋の隅で、せっせと内職をこなしながら時折俺の様子を心配そうに見つめる瞳が大好きだったのだ。

どうして父はこれ程の財と力を持ちながら母に一時の安らぎも与えてはくれなかったのが、最後まで苦労をかけた、最後まで心配をかけた、最後まで不器用だった母への深い愛情と、完璧な父への言いきれない感情が胸の内で激しい音を立てて渦巻く。

父の優れた血など一滴も欲しくはなかった、あの窶れながらも最後まで優しく微笑んだ母の血が俺の生きる理由だった、全てだったはずだ、なのに――ああ、そうか、俺は………人並みの幸せを得られずに死んだ母の血を、バカにされている現状に納得出来ないのだ。

『ヒヒヒヒヒッ』

自分の内から発せられるそれは解放の声だ、俺は父から、御堂の血から、何も得られなくてもいいのだ、脳なしで結構、出来損ないで結構、母の血こそ俺の全てだ。

今まで重く圧し掛かっていた存在が遠のくのがわかる、御堂の血が消えゆくのがわかる、ああ、何て大切なことを忘れていたんだ、俺は……俺は――父を殺すためにここに来たと言うのに。

御堂いろりは、ここから父殺しを再始動させる。






神喰いと呼ばれる存在は世界の裏を統べる魔術師の世界に置いて特別な意味合いを持つ、かのドスエフスキーやニーチェが謳った近代化による神殺しではなく、事実としての意味でだ。

神殺しは過程であり、結果として神喰いが誕生する、神肉嗜好者と呼ばれる性癖を持つ人間が異界から神を降ろし、その肉を捕食し全能の一部を吸収する事で稀代の化け物――神喰いは現世に発現する。

しかしながら神と呼ばれる高次の存在は一筋縄で殺せるような生易しい存在では無い、その多くは人知の及ばぬ力を持ち、何百年の研鑽を重ねた魔術師を子供扱いする程だと聞く、そもそも立っている場所が違うのだ。

蟻を殺すのに手間取る人間がいるのか?それが現世に出現した神を端的に現す言葉であり、恐怖を植え付けるに相応しい言葉だった、しかしながら神肉嗜好者が自ら降臨術を行使せずとも、神は時折現世に姿を曝し、災害を巻き起こす。

人はそれに対抗する術を持たず、数年に一度の周期で発生する神降(しんこう)に魔術師たちは慄きながら祠に籠るのだ、一般人は神とは知らずとも、巨大な災害に同じように慄き震える、魔に通じていようが通じていまいが、蟻は蟻なのだ、毛並みの違いなど何の意味があろうか。

神は世を乱し、神殺しは英雄となり、その肉を食べる事で世の理を外れた神喰いが誕生する、しかし先天的に神肉嗜好者としての才が無い物が神を喰らっても発狂して死ぬだけだ。

そして魔術師たちはそんな神肉嗜好者を畏れ駆逐して来た、神を降ろす前に殺す、神を殺す前に殺す、神を喰う前に殺す、その三つの障害を通り抜けなければ神喰いは誕生しないのだ。

世界にも数えるぐらいしか存在しない神喰いたち、世界に数千人はいると言われる神肉嗜好者、それは裏の世界に通じる全ての存在共通の敵でもあるのだ。

故に神肉嗜好者でも何でもなく、単に力を得るために神の肉を欲する、その矛盾を内包した御堂いろりはこの世界でも異端中の異端と言えた。

そもそもの話、神肉嗜好者以外の人間が神の肉を食べようが何も意味をなさない、ただの死体が一つ完成するだけだ、しかも苦しみに満ち満ちた見るに堪えない表情をした少年の死体がだ。

だけれどそこに僅かな可能性があるのならと思い、いろりは前進する、痩せ細り血に塗れた足を前に前に、冬山に赴くにはあまりに簡素な服装、登山家が見たら絶叫するだろう。

冷風に晒された肌は凍傷に冒され、黒ずみ不気味な色合いを醸し出している、末端に行くほどに水疱が生じ、痛々しいその姿はまるで死地に赴く幽鬼のようだ。

「……………もし、神に会えなかったら、死ぬなぁ、これは」

そして会えて、殺せたとしても、その肉を喰ってどっちみち死ぬのだから笑い話にもならない、だがしかし、巨大な力を得るために等価交換で自分の魂を捧げることに、いろりは一切の恐怖を感じなかった。

今まで掴んできた情報も全て嘘だった、神を殺す事はおろか、神と会う事すら出来ていない、御堂の屋敷を出てさ迷う歩くこと半年、何も成果を得られないまま、体を酷使する日々が続いた。

一番変わったのはココロだ、すっかり負け犬精神に染まっていた心にグツグツと吹き立つものがある、それは復讐心であり反骨精神だ、歪に育てられた精神が粉々に粉砕され、より歪に再生した。

いろりの思考は父を超える事一点に注がれている、灼熱感と激痛を訴える四肢など物ともせずに足を進めるのだ、元より人と接さずに母に秘匿され育ち、その後に御堂の家に連れて行かれ〝飼育〝された身だ、人間らしい感情など最初から僅かながらにしか持ち合わせてはいない。

その最後の感情、家族に対する思いすら原点回帰を起こし憎しみへと変貌したのは彼にとっては良好と言えた、それは生きる活力へと繋がり、母の血を絶やさない使命感を与えてくれる、人ではなく獣のような達観した思考。

血を残す、後世に愛したあの人の血を残す、自分の存在はそのためだけにあるのだと確信を持って行動する、だからこそ、血の汚れである父を排除する事も目的なのだ。

『唯一の救いと言えば、今現在は雪が降っていないって所ぐらいかな、降り積もった雪は冷たいけど、視界があるのは心強いし』

そんな所に救いを求めなければならないぐらいに、頭がおかしくなりそうな程に訴えてくる激痛。いい加減どうにかなってしまいそうだ。

一面に広がるのは白銀の世界、後ろを振り返れば自分の足跡が追ってくるような錯覚を覚える、雪深い山間部に手荷物無しで訪れた自分の馬鹿さ加減に敬意の念を抱きたい。

震える体に鞭を打ち、昔、母と見た古い映画で歌われていた民謡を口ずさむ、我が家の在った村々の近くでは不法投棄が当たり前に行われていた、そこから拾ってきた灰色のテレビは自分が村を出るまで現役だった。

そのテレビで何度も見たのがその古い映画だった、アメリカ西部、カリフォルニアのゴールドラッシュ、金鉱堀りの娘の死を慈しむ恋人の気持ちを歌ったその曲は何とも言えない哀愁に満ちていた。

せめてもう少し明るい内容の歌で己を鼓舞したいものだが、生憎、知っている曲がこれしかないのだから仕方がないと諦める。

さらに15分程、足を進める、その間ずっと歌を口ずさみながら―――足を止め、歌を止める、眼の前には雪を阻みながら堂々と口を開く巨大な洞窟が斜面に顕わになっている。

先ほどまで姿も形も見えなかったのに、最初からそこに存在していたかのように姿を現したそれに口元が醜く歪む、魔術的な観点から洞窟は死後の世界への入り口と言われている。

日本神話では伊邪那岐が伊弉冉を求め黄泉の国へ旅立ったのも洞窟を通ってだと言われている、洞窟の中は闇の世界だ、人は闇を畏れ遠ざけようとする、しかし俺は心のままにその中へと足を進めるのだ。

「……人工的な洞窟だな、壁に凹凸もなく、妙に温かい、ここに数十年前に神降して人間に封印された神がいる、どうやら今回は当たりみたいだ、よし」

屋敷を出て最初に考えたのは力を得る為の計画だった、現実問題として自分には武術も呪術もまったくと言って良い程に才能が無い、数年間の血の滲む努力の日々がそれを証明している。

僅か数カ月で新たに弟子入りした人間に追い抜かれた事など数えるのも馬鹿らしくなる程にある、蔑みの視線を浴びて生きていた日々は俺を負け犬にするには十分のものだった。

だからこそそれを捨てる、負け犬の要素たる武術も呪術も御堂の血も俺には必要ない、ならばどのように力を得ればいい?―――余所から盗んでしまえばいい。

生半可な事では御堂蘇芳を殺す事は不可能だ、卓越した才は既に他者と断絶している、数百年に一度の天才とはあのような男の事を言うのだろう。

その人外的な強さたるや神降した神々や神喰いと戦っても勝る程だと聞く、現に彼が盗伐した神々や神喰いは両の手では数え切れぬ程だと噂されている。

しかしながら驚くべきはその神喰いだ、神はいい、まだ理解は出来る、人知の及ばぬ程の高次の存在ならばあの人知の及ばぬ才を持つ御堂蘇芳と戦える事は納得の範疇だ。

だが神喰いはどうだ?――彼らは神を喰った瞬間に人を超える力を得る、それは少なくとも御堂蘇芳と『戦える力』であるのに、才も努力も関係なく、突如として手に入る物なのだ。

正直に言おう、卑怯だ、羨ましい、妬ましい、そんなのって無いだろう、俺の努力なんてそれらの前には紙くず同然なのだから――父と同じ舞台に立つ存在が神を喰う前まで只人であったなんて。

神喰いになる人間は神肉嗜好者で無ければならない、どうやら彼らはアストラル体に特別な器官が存在していて、そこから根底的な神喰いとしての衝動が発生し、またそこで神の肉を消化・吸収するらしいのだ。

彼等は多くの人間が幼い頃に読み聞かされる神話にすら食欲を刺激されると聞く、例えば●●の神の話を聞いて美味しそう――と感じてしまう輩は十中八九神喰いと見て良い。

生憎、自分にはそのような衝動は幼い頃から皆無だった、娯楽の少ない人生だったので幼い頃は読み物で夢想する神々の世界に純粋に浸っていた程だ……間違い無く俺は神喰いではない、そもそもそんな要素があれば父が俺を生かしてはいまい。

だからと言って諦めるわけにはいかないのだ、俺が父を殺す力を手にする手段なんてこれしか考え付かない、神肉嗜好者以外が神の肉を食べて発狂死したと聞いても俺が前例に倣う意味なんてそもそも無いのだから。

調べに調べ尽くし、神降した神の中で俺が殺して喰える存在をやっと見つけた、そもそも神降した神は人為的に降ろしたものが多く、それを成した神肉嗜好者と戦うのが基本だ。

神喰いの多くは魔術師と関係の無い世界に住まう一般人だが、彼等のその強い食欲が頂点に達した神は世界に降臨する、一人の神肉嗜好者につき生涯で一度だけ神を降ろす事が可能なのだ、無論、彼らにとって一番自分が食べたいと思う神が現界するわけだ。

詳しくは解明されていないが一種の召喚や喚起の類だと考えられている、この場合の神降を人為神降、自然災害的に行われる神降を天然神降と呼んで区別している。

また神肉嗜好者は自らが呼びこんだ神に対して絶対的な攻撃力を備える事が可能となる、多くは武器の形で備わるらしいが、その理由もまだ不明のままだ、わかっているのはその武器で神殺しを成し、その肉を喰らう事で神喰いが誕生する。

だからこそ神肉嗜好者以外が神を殺す事は凡そ不可能に近い、それが卓越した魔術師であっても神は平等に人間に対して絶対的な力を行使するのだ、中には稀にその条件を外れた天才児たちがいるのだが――それの最たる存在が俺の父とは皮肉な話である。

御堂の家は古くから帝に仕え、この国の霊的な祭事を裏から取り仕切って来た名家の一つである、この近代化する日本に置いてもその力は今だ衰える事を知らず、名は世界にまで知れ渡っている程だ、その最大の要因は神や神殺しにとって天敵と呼ばれる現当主―御堂蘇芳の存在だろう。

神を人為神降させて絶対的な攻撃力を得た神肉嗜好者ですら神に勝てる確率は十割の内一割あれば良い方だと聞く、それ程までに圧倒的な神を、それに打ち勝ってさらに力を得た神喰いを何柱も何人も仕留めるなんてもはや笑えるレベルだ。

しかしどのような世界に置いても例外はあるもの、そもそも神肉嗜好者がこれだけ大量に誕生したのはここ数十年の事である、理由は定かでは無いが一説には人間の捕食する対象が広がり過ぎて自らより高位の存在にまで手をかけ始めたとか、何とも苦しい説ではあるが、納得する要素が無い訳でも無い。

だからそれより過去の時代では神降した神に対する対抗手段が今より少なかったのも事実、皮肉な事に神を降ろす神肉嗜好者こそが神に対する最大の武器なのだ、それらが存在しない時代に天然神降した神々の多くは封印されてきた。

無論、封印するのも簡単では無く、最もな対抗手段としては神が飽きるまで暴れさせて神話の世界にお帰り願う場合もある、彼等は飽き易く無邪気だ、そもそも神肉嗜好者と殺しあう事ですら遊びと捉えている節があると言う。

稀に多くの犠牲を払って封印が成功する事もあったらしく、それが先ほど言った例外であり、俺が殺そうと企む神の正体である、封印された神になら俺にも僅かながらに勝機がある。

御堂の家には日本各地から集められた霊的な資料や文献がそれこそ山のように存在していた、某国民的作家が恐らく霊的な物を題材にしてモノを書こうと資料を収集したらこれ程の量になるだろうと思う程にだ。

その中にあったのは大抵は役に立たないものだったが、中には封印された神の在り処を示すものが幾つか存在していた、伝承や昔話ではなく、神降し、この世に受肉した後に封印された神々、それを喰らう事が神喰いになる為の唯一の方法。

『来たね、さぁ、おいで』

眼を凝らしながら闇の中を歩いていると突如頭の中に甲高い声が響き渡った、直接脳みそに語りかけてくるような感覚に眩暈がする。

その声に導かれるままに足早に奥へと進む、地面にすら石ころ一つもなく、大理石を磨いたかのような艶のある堅い床がさらにここが山奥の洞窟だという事を忘れさせる。

「………座敷牢?」

錆び付いた鉄の格子が洞窟の最奥を取り仕切っている、縦横に埋め込まれたそれはしっかりと天井と地面に深々と刺さっていてがさらに三重になっているのだからこれを作った人間がどれだけその奥にある存在を外に出したくないのかが窺える。

その中に粗末な畳が六畳敷かれていて、それ以外のスペースは無いと言っても等しい、祝儀敷きされた畳の中心にソレはいた、藺草の切れ端が散らばるその上で、服には一切の汚れなく、笑みを浮かべていた。

隣には菊灯の燭台の上、和蝋燭の橙色に染まった深みのある炎、その姿を鮮烈に照らしている、俺は恥ずかしながら、その”生き物”に見惚れてしまった。

「やっと直接喋る事が出来るね、遠い道のり御苦労さま、さあ、何を話そうか?」

まるで久しぶりに再会した友人に話しかけるような気軽さ、性別を判断させにくい中性的な声は何故か驚くほどに耳に馴染む、何処か柔らかな響きがそう思わせるのだろうか。

簡潔に言えばソレは人間の少女の姿をしていた、このような劣悪な環境の中で一つも色合いを失っていない濡烏の髪は後頭部の高い場所で無造作に縛られている、俗に言うポニーテールだ。

肌は色素が薄く、恐ろしい程に白いのにくすみやシミと言った類の物は一切見当たらない、髪型のせいでうなじや顔の輪郭が惜し気も無くさらされ、その美しさを隠そうともしていない。

細面で涼しげな眼元、幼い体躯とは別に完璧な程に整っているその容姿は正に人外のモノだ……小ぶりの口元はニコニコとそれらの否定するかのように軽やかだ。

しっかりと通った鼻筋はおよそ日本人のものとは思えない程だ、毛足の短い眉毛にツンと上を向いた長めのまつ毛、人が思い描く美少女という言葉を体現した姿に密かに息を飲む。

赤々とした薄い唇は少女が持つには蠱惑的で、紅を引いたわけでもないのに鮮やかだ、そして何より驚いたのはその瞳だった。

まさにそれこそ人外の証とも言えた、大きな瞳、その瞳孔は人とは違い縦に細く伸びている、感情の変化からか先程から瞳孔の大きさが常に変化しているのだが人間で言う白目の部分は見当たらない。

虹彩のみで構成された瞳を見て背筋に冷たい物が走る、左右の色が違うその瞳、右目が金色、左目が淡青色、しかしかながらそこに違和感は無く、虹彩異色症と呼ぶにはあまりにこの少女に似合いすぎている。

僅かにかかる前髪を鬱陶しげに手で払い、少女は口を開く、白く整った歯並びすらも美しい。

「おや、どうしたんだい?百に会いに来てくれたのではないのかね?食べるのが目的としても、食事の前の会話ぐらい楽しむ余裕はあるだろうに」

その言葉に戦慄する、さらに理解もする、目の前の存在は紛れも無く神だ、どのような手段で俺の心を読んだのかは知らないが俺の目的は理解しているらしい。

震える体を両手で押さえながら恐る恐る口を開く、あまりの美しさに見惚れてしまい、頭が混乱しているので上手に舌が動かない、まるで毒を盛られたかのように舌が痙攣している。

「あ、あの、変な質問だけど、神様……だよな?」

「そうとも、君はおかしな事を聞くな、それを知っていてここに足を運んだのでは無いのかね?百は君の事を深く知っているよ、ここに至るまでの過程を全てね、なぁに、百の土地に足を入れた時点で、その人間の素性は全て"わかってしまう"のだから、君が畏れる必要は無い、皆そうなのだからね」

「ううぅ」

頭が良さそうだこの神様、神なのだから頭が良いとか悪いとかで判断するのは愚かな行為だろうけど……自分の頭が悪い事を自覚している俺からしたら非常にやり難い。

どうしてもこの神様を殺して血肉を貪るイメージが頭に浮かばないのだ。

「ふふ、大丈夫、君が百を貪り喰う事は既に運命的に決定されている、だからその前に会話を楽しもうと言っているのだよ」

ちょいちょいと手招きをする、もっと近くに寄れと言っているらしい、黒い出目金を大きくあしらった浴衣の袖から覗く腕は細く骨ばっていて青白く、陰鬱な色気を醸し出している。

ここで抵抗しても何の意味も持たないので大人しく従う、そして足を前に一歩進めた瞬間に、意識が一瞬飛ぶのがわかった。

「あ、あれ?」

いつの間にか三重の鉄の格子を飛び越えて、俺は畳の上にいた、先ほどまで俺の立っていた場所をここから見る事が出来る。

当然のように少女は笑って畳を叩く、座れと言っているのだろうか……こうやって見下ろす形になって気付く、少女のあまりの美しさに眼を奪われていたが、それと同じくらいにあまりに幼い。

俺の身長が大体160cmだから、そこから少女の身長は大体130cmぐらいだと推測する、小学校の低学年ぐらいの見た目なのに、あまりに大人びた口調と絢爛な雰囲気が俺の判断を鈍らせていたようだ。

くいくい、ひんやりとした感触、彼女が俺の手を引っ張っている、白魚のような指が俺の手のひらに絡みつく。

「なぁに、心配はいらない…………君が神を喰う事は本来なら不可能だが、例外的に"百"だけは喰う事が可能なのさ、ほら、座りなさい」

「あ、ああ……ん?」

そういえば俺の腕は凍傷に冒されていたはずなのに、激痛も何も感じない、ただ柔らかく冷たいものが触れただけのように思える、不思議に思って自分の体を見る。

先程まで黒く不気味な色に染まっていた腕や足は瑞々しく健康的な肌色を取り戻している。

「そんなに不思議そうな顔をしてもねぇ、百も大事な君がボロボロなのは嫌だからね、そもそも軽装で雪山に来るとは自殺行為だよ、まったくおかしな所が百に似ている」

「大事……俺が?」

「そりゃそうさ、百の可愛い一人息子だからね、母親としては無碍に体を傷つけて欲しくないと思うのは当然だろう?」

一瞬言葉が出なかった、彼女がさも当然のように吐いた言葉は俺の思考を奪うには十分な物だった、俺は自らの意思では無く、腰が自然と抜けたようになり、畳に座りこんだ。

本来の俺なら母を汚されたと激怒するだろうが、不思議とそんな気持ちは湧いてこない、何より心に浮き出たのは大きな喪失感だった、先程まで思い浮かんでいた実母の顔が唐突に喪失したのだ。

記憶の底からごっそりと、抉られたように。

「そんなに驚いてしまったかい?偽りの記憶にしても、記憶は記憶だからね、君の母親の顔も声も何もかも消えてしまう、御堂の家も酷い事をするもんだね」

クスクスと童のように笑う少女、それが徐々に幼げなものから邪笑へと変化して行く、口の端が引きつり歪む、並々ならぬ感情を忍ばせる事も無く、俺に対してゆっくりと手を伸ばす。

気付けば俺はその腕(かいな)に引き寄せられ、懐に抱かれていた、甘く蜂蜜のような匂いが鼻孔に入り込み、脳内を痺れさせる、自分よりも一回りも幼く見える少女のその奇行を振り払う事も出来ずに蹲る。

一つ一つの思い出が失われてゆく、煤だらけになりながら近くの炭鉱で男達と一緒に働いていた母、一緒に湯船に浸かって甘える俺を撫でてくれた母、何もかもが泡のように弾け消える。

全て消えてしまうまで少女は消え去った母と同じように俺の頭を優しく撫でてくれた―――喪失感の後に訪れるのは大きな疑問。

ねっとりとした視線が纏わりつく、穏やかだが陰湿的な笑顔を浮かる少女、急に気恥ずかしくなり離れようとするがその腕は金具で固定されたかのように強固で、びくともしない。

「おい」

「んー、久方ぶりに抱く息子の感触に酔ってしまったか、こら、そんなに急いで逃げるんじゃない」

手を離した瞬間に本能的に距離を置く為に後ろに下がった俺、悲しそうな声音で笑う少女、しかしながら顔は朗らかですらある……言葉とは裏腹に何も気にしていないようだ。

何処か高尚さを感じさせる振る舞いとは別に粗野に片膝立をしているのが意外だ、浴衣から僅かに覗いて見える太ももの白さに驚く、思えば異性と交流する事なんて皆無の人生だった。

相手は子供の姿をしているのに、何だか無性に悔しい気持ちになる、膝まで捲れ上がった布から見えるソレは脚線美と言う言葉がぴったりだ。

少し細すぎる嫌いがあるがそれを差し引いても魔性の美しさを秘めている、皮下脂肪の少なそうなそれは自分に付いているものと同じものとは思えない、触ったら凄く柔らかそうだ……俺は何を考えているんだろう。

谷崎潤一郎か俺は!

「さらにそこにチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンを加えて見ようか」

「ギャー!?」

恐ろしく和を感じさせる姿をしているのに口から出た言葉は意外なものだ、てかわかりにくいっ!

「そこは大人しくルイスでいいんじゃないか?!わかりにくい、てか俺の心を読んだなっ!そして俺はロリコンでは無いって!ここが一番重要だった?!」

「あははは、オノレ・ド・バルザックが大好きな精二の兄なんて知らないなぁ」

「くっ、てかあんたここに幽閉されているのにどうしてそんな事を知ってるんだ?神様にしては俗過ぎるだろう!」

「別にここにいるからと言って、外の世界の事がまるっきりわからないわけじゃないからね、百は道祖神だから、地脈を通じて色々とわかるのさ、娯楽としてはこんなに良い物はないしね」

(神としての力を何に使ってるんだ?!)

心の中で悪態をつく、しかしながら不思議な事に少女に弄ばれる内に先程まで感じていた虚無感が少しずつ埋められて行くのがわかる。

素直にそれを口にしてしまうのは何処か憚れるように感じてしまい、つい素っ気ない態度になってしまう。

「つか、母親ってなんだよ母親って、俺の中にあった母親の記憶が曖昧になったのと何か関係があるのか?」

「あるさ、君の中に存在した母親は偽りで、百こそ君の真の母親なのだからね」

ドーンッ、無駄に偉そうに無い胸を張って言われても困る、しかし俺の中では確信にも似た何かがあるのも事実、目の前のこの美しい生き物が母親だと心の中で納得している。

「君は御堂の家が神を、百の血と御堂の血を混ぜて生み出した一種の識神だ、と言っても百の血が予想していたより強く出てしまって、人としての才は皆無になっちゃった見たいだね」

「……人としての才?」

「うん、呪術や武術とか、その他沢山、御堂の人間にしたら神の血を持っているのだからよっぽどの天才が生まれるのだと期待していただろうけどね、無理な話さ、神と人ではそもそも理(ことわり)が違う、百の見解だと、人の血が二割で残り八割が百の血だね」

「えっと、ちょっと待て、つまりはどういう事だ?」

「君は人では無くて神寄りの存在だって事さ、半神って言えば分りやすいかな、でも存在を人の記憶……君にとっては偽りの母親の記憶で縛って識神として使役していた見たいだけどね、何かの拍子でそれが緩んでしまって、自由意思を取り戻したと、で、母親である百と接触した事でそれも完全に消え去ったと、ああ、でも偽りの母を失っても真実の母を取り戻したのだから、喜ぶがいい」

「喜ぶ喜ば無いは良いとして、俺があんたの息子だって事が一番の疑問なんだけどな」

自分よりも一回りも小さい、見た目だけなら幼気(いたいけ)な少女に今日からあなたの母親ですと言われても、はいそうですかと納得は出来ないだろうに。

「ふふ、しかし御堂の楔が取れた事で口調も性格も僅かながら変化している事に気づかないかい?君は百に似ているからね、本来の自分を取り戻してくれると百の愛情もより深まるだろう」

「そもそも何でそんな事になってるんだ?あんたはずっとこの座敷牢に閉じ込められていたんだろう?」

「だからこそさ、十年前ぐらいに陰気な顔をした男が現れて、御堂蘇芳と名乗ったソレに無理やり強姦されてしまってね、わははははは、彼は真性のペドフィリアだね」

自分の中で大切な何かが崩壊して行く感覚、あの性欲とまったく関係の無さそうな御堂蘇芳がペドフィリア……笑うに笑えない。

「ってのは嘘だけどね、性欲なんて何も無かったかな、おったてて、入れて、出して、表情に何の変化も無いんだから、こっちとしても楽しみようが無い、実験のつもりだったんだろうね、古来より人と神が交わればそこに英雄が生まれる、人が神を孕ます例は少ないけど、有名所だとギリシア神話のアイネイアースやアキレウスとか、無いわけではなし、この国で神降して封印された間抜けな神なんて限られるしね」

強姦された事実を淡々と述べる姿に悲哀や悲壮と言った物は一切感じられない、俺が調べた通りだとするならば性に対しては奔放な神なはずだけど、幾らなんでもあっけらかんとし過ぎじゃないか?

色彩の違う左右の眼を猫のように細めて……そう言えば猫でも稀にこのような色彩を持ったのが生まれるらしいけど、確か縁起の良いものだとされていたはずだ、なのに俺の状況は対極にあるように思える。

「君は覚えていないだろうけど、三歳になるまではここで一緒に暮らしていたんだよ、あの男も孕ませた事などとうに忘れていたんだろうけど、何かの際に奴がここに再度立ち寄ったのは不幸以外の何物でもないね、そして君を取り上げられてさ、
百はずっとここから君を見ていた、あの男に殴られて蹴られて泣き腫らした君の顔を、御堂の家の者に侮蔑され犬小屋のような場所で一人畜生の餌を悴む手で食べていた姿も、全部ね」

「あ、え、えっと、その」

「母親として情けなさのあまりに死にたいと何度思ったか、力を封じられ、子を取り上げられ、何も出来ない我が身をどれ程に憎んだか、中々に言葉にし辛いよ、でも君は自我を取り戻しこうやってここに戻って来てくれた、それが百にとっては堪らなく嬉しい、受肉をして様々な喜びを知ったけれど、子を愛する喜びが最たるものさ、君はこんな不甲斐ない母親を恨むだろうけどね、嬉しいのさ、百は、君の望む事なら何でも叶えてあげたいし、守ってやりたいと思う」

それは惜しみの無い愛情だった、記憶の中にだけ存在した母親が俺に注いでくれていた愛情と寸分変わらない、いや、それ以上の無償の愛情を注いでくれる存在。

今までの人生を顧みても俺の人生は決して幸せと呼べるものでは無かった、その中の僅かな幸せの記憶も父が俺に従順さを植え付ける為の偽りでしか無かった、こんな甲斐の無い人生であったのに俺は今、間違い無く『幸せ』を感じている!

親愛の情に心が震え、真実、偽りない初めての愛情に俺の動揺は極限を迎える、何だか胸の辺りがもやもやとして、泣きたいような笑いたいような矛盾した気持ちが胸の内で暴れまわる、彼女はそんな俺を慈しみの瞳で捉える、人とは違うその瞳が掛け替えの無い大切なものに思える。

「可愛いね、”いろり”……流石は百の息子だ、本当に愛い奴だね、うんうん、あの変態むっつり冷血親父に強姦された事も、いろりの存在があれば許せる気がしてくる、でも君を傷つけた責任は取ってもらうけどね、それは他の者に任せるとしようか」

「?……あっ、名前」

「ああ、名付けたのは百だよ、命名とは字の通り命に名を授ける行為さ、霊的な世界にいる人間に限ってそれを捨てる事は出来ないからね、あの男も記憶は偽れても名は汚せなかったみたいだ、人が名を変えれるのは理の違う世界に旅立つ時ぐらいだから、仏教の法名や法号、戒名なんてまさにソレだね、あと名前の由来は秘密だよ」

「……意外にケチだな、その、”母さん”」

ぴたり、母さんの動きが完全に静止した、瞬きすらも静止して、もしかしてケチだと言った事が気に食わなかったのだろうか?

(神様にしては器が小さいなぁ)

「まず断って置くけどさ、いろりの考えている事とはまったく別の理由だからね、はは、しかし母さん、母さんか、実に良い響きだ」

「それか?うぅ、無意識で言ってしまった……母さん、母さんって呼ぶよ、なんか恥ずかしいけど、あと、俺は別に母さんの事を恨んではいないぞ、話を聞いても親父が糞って事がよりわかっただけで」

「ふふ、それはどうだろうか、確かに彼は屑で人間味の無い機械のような男だが、少なくとも君には屈折した情を持っていたように思えるね、かと言って彼の行為が許されるわけでは無いし、許す気も無いけどさ」

それは無いだろうと頭の中の冷静な部分が囁く、あの男にあったのは限りない暴力と結果を求めるだけの姿勢だった、だが過去を知ればあの扱いも無理ならぬものだとも思う、才に溢れる己と神との間に産まれた子に期待して裏切られて、あのような扱いに落ち着いたのだろう。

偽りの母を失い、父の気持ちの裏側を知って、真実の母を得た……それだけで、俺の生は報われる。

「君は優しいな、だけど、百はそんな君に、そんな最愛の息子に、苦痛を、悲しみを与えないとならない」

「え?」

艶やかに微笑む、俺の母と言った少女、その真名は『百太夫神』(ひゃくだゆうしん)道祖神の一種と言われその出自は様々な推測があるが定まらない物ばかりだ。

古くから遊女や傀儡師(芸により生計を営む人間)に信仰された神、平安の時代の雑芸の歌を綴った『梁塵秘抄』(りょうじんひしょう)にはその霊験のありがたさを歌われている。

一般的には男神だとされているが、俺の母として現神した姿は少女のものだ、男女の縁を取り持つ神として有名で、崇拝する傀儡師達が木人形を操る様と自らの依り代を木像とする事から『操る人形』に根の深い神でもある。

傀儡の糸を切るのも結うのも人の縁を切るのも結うのも思いのままの神、最も有力な説として朝鮮から渡来した蕃神の一種が八幡信仰と習合して生まれたとされる。

そして今より数十年前に地上に天然神降して、この地に封じられた神だ、例え神話や物語の中では人に悪意が無い神でも、実際に人の世に出ればその経歴も何の意味も持たない、彼等は人の世にあるだけで世界を壊す、ここは人間の世界であって神話の世界では無いのだ。

だからこそ人は神降した神を畏れ駆逐しようとする、どれだけの犠牲が出ようがどれだけの人死が起ころうが、古来より人は神を信仰する半面で抗い戦って来たのだから、そしてそれは俺の母親と言えど変わりはない。

「さあ、百を喰べるんだ、もう君に母乳はやれないけど、この血肉が君の、いろりの体となるなら百は嬉しいよ」

だけど言葉の意味は理解するには重すぎて、言葉の響きは軽過ぎて、俺の思考は呆気無く停止する、誰が、"誰"を食べるって?

「それが君の目的だと知っている、だったら正体なんて教えなかったら良かったのにね、百は我慢出来なかったのさ、それはもう我儘だね、知ってるかい?神は我儘で傲慢なんだ」

「な……にを?」

「えっとね、駄目なんだ、この体はガタがきている、人間が海中では暮らせないように、魚が陸では暮らせないように、神も人の世では暮らせない、僅かな時間生きる事は出来てもずっとはそこにいられない、ああ、君は大丈夫、人の血があるからね、ここまで生き永らえたのは我ながら凄いと思うよ、人が神を封印するのはね、こうやって弱体死させる為でもあるんだ、元々、百はそこまで強い神でも無いし、仕方が無いと言えばそれまでだけど、この地に縛り付けられて、神国(しんこく)へも戻れなくなったしね………でも最後に君に一目会えて良かった、神である百が言うのもアレだけど、より高位な存在を信じて見たくなるよ……百が君に母親としてあげられるものは何も無いから、百をあげる、本来は神を喰らう人間は特殊な体質では無いと無理なんだけど、百と同じ血肉を持つ君なら百を喰う事が可能だ、百太夫神を喰らう事が……ね」

事実を淡々と述べている、今に思えば出会った時からそのような事を言っていたじゃないか、母さんは最初から俺に喰われる覚悟をしていたのだ。

この人と話してわかった事がある、母さんは合理的な考えを持っている、人にしては逸脱過ぎる合理的な考え、母として自分がしてやれる事が短い時間では無い事に気づいての提案なのもわかる。

だったら何故、俺の母親として名乗り出た?――そうすれば俺は迷わずに神を殺し神の力を得ようとしたのに。

(馬鹿か俺はッ!)

そんな理由わかりきっている、母として何もしてやれなかった過去も、この世界にいられる時間がもう無い事も、全て承知の上でも……母として俺に愛情を伝えたかったのだ!

何が我儘で傲慢だ、優しくて温かいだけじゃないか!――どうしてこんなに大好きな母親を、俺は殺さないとならない、喰わないとならない、神喰いの禁忌も人食の禁忌もどうでもいい、ただ、母食いの虚しさが俺を責め立てる。

「百を食べれば君は力を得る、神の行使する能力、神力がね、そうすればもう君をバカにする存在も、君を虐める存在もいなくなる、君に――幸せになって欲しい」

「……何で、何でッッ、そんな事を言うんだよっ!そうだ、外には、外には色んな術者がいる、そいつらなら母さんの体をどうにか出来るかもしれない!」

「無理だよ、受肉した神の寿命を伸ばす術なんてこの世に存在しない、それこそ稀代の天才と言われた君の父親ですら不可能さ、神国に戻る事もこの弱体した力では無理だしね、もし戻れたとしてももう一度神降出来る保証が無い、だからいいんだよ、百の寿命はね、もう、数日も無いんだ、だからこそ、この時に君が訪れたのは奇跡なんだろうと思う」

「嫌だッ!嫌だッ!嫌だッ!嫌だっ!どうして、どうしてだよ、やっと再会出来たのに、こうやって触れる事も、話す事も出来るのに、俺は、もう一人になるのは嫌だっ、嫌だよ……嫌だよ、"おかあさん"」

感情が爆発する、本当はこんな事をしたくないのに、母を困らせたくないのに、高ぶった感情は涙と嗚咽を内から絞り出す、抱きしめる、その華奢で折れそうな程に細い体を強く、強く、自分の心の内を伝えるように。

母さんは抵抗もせずに俺の胸にすっぽりと収まる、白檀の香りがする……その中に僅かに潜む少女特有の甘い芳香が俺の中の保護欲を一斉に掻き立てる。

「大丈夫、百は君を一人にしない、君と一つになるんだ、それはとても気持ちのいい事で、禁忌でも何でも無いのさ、出来るね?百の可愛いいろり、百を君だけのものにしてくれ、そうすればずっと、ずっと一緒さ」

この時の気持ちをどうやって表現すればいいのだろうか、俺はこの時、自分が産まれて来た意味も理解した、俺はこの人と一つになる為にこの世に生を得たのだと確信したと言ってもいい。

その首筋に自然と眼が行く、一本に括った髪を手でかき上げて促してくれる、その所作が男を惑わす魔力を持って俺を狂わすのだ、スリット状の瞳孔が、金色と淡青色のそれが嬉しそうに――ああ、食べればずっと、この瞳も。

『さあ、おいで』

この日、一人の神喰いが誕生した、彼等は神を喰らう瞬間、その顔は人外の尋常ならぬ食欲により歓喜に溢れていると言う、しかしこの少年だけは、御堂いろりだけは違った。

両の眼に血の涙を流しながら貪る様は――ルーベンスが描くサトゥルヌスのように浅ましく奇異に満ち、本来の禁忌とはこうも『不気味』で悲しげなものだと訴える。

後に地上最凶の神喰いの一人として恐れられ、島国の傀儡王として名を馳せる御堂いろりの最初で最後の神喰いは母の血肉を得る事で完結を迎えたのだった。

新たな神喰いの誕生を祝福するかのように天に一筋の雷鳴が轟き渡った。





数年後―夏

夜の帳が下りて、漆黒の闇に染まった世界で少女は疾走していた、人通りの無い路地裏、野良犬の気配すら無く音の無い空間が広がっている。

建物の密集した住宅地、大通りなどの主要道路を少し外れればそこは昔ながらの入り組んだ抜け道が幾つも存在し、ここ最近になって全国的に設置され始めた青色防犯灯の青色光が怪しい雰囲気を醸し出している。

これを設置する事で犯罪者が減少するらしいのだが、科学的にはほぼ根拠が無いらしく、最初に効果が確認されたイギリスのグラスゴーですら実は麻薬常習犯が青い光で腕の静脈が確認出来ないと他の地域に移動したのを犯罪率の低下と結び付けて成果にしてしまったらしい。

確かにこれではオレンジ色の蛍光灯の方がまだマシなように思える、イギリスのような石造りの地面とは違って日本の道路はアスファルトが主流でしかも黒色が多数だ、視界的に相応の光度が無ければかなり心もとなく感じてしまう。

「こらーっ!逃げても無駄ですよ!大人しくお縄につきなさーい!」

声を張り上げる、追う対象の返事は無く特徴的な足音の幅が短くなる、より速度を上げたらしい、舌打ちをしてこちらも速度を上げる。

今回のお仕事は楽だと思ったのに、ちゃらい仕事だと高を括っていたのがそもそもの間違いだ、敵はそもそも戦闘の意思は無く、逃げる事に全力を注いでいる。

神喰いをするような異常者は皆、戦闘好きのド変人だと思っていた私の考えがあっさりと崩れてしまう。

そんな変わり者の神喰いだなんて"私"だけだと思ってました、そう考えたら同族とも言えるあの青年の驚いた顔も納得だ、いきなり殺すと宣言されたら、一般的な感覚で言えば逃げるのは選択として当然だろう。

「バーカ、バーカ、バーカ!お前、バカだろうっ!?出会い頭に殺すと言われたら誰だって逃げるだろう普通!」

返事が返って来るとは流石に予想が出来なかった、何て呑気な、そんな事をしたら大体の距離と方向、疲れに至るまで推測出来てしまう、やはり戦闘向きの人間では無いらしい。

(それにしてもバーカとは、いやはや、子供じゃないですか、どんな人なんでしょう?)

「へぶっ!?」

派手な音が響く、まさかと思ってその音がする方向に駆け寄ると電柱の近くで頭を抱える一人の男性の姿、間違い無い、獲物として追っていた神喰いの少年である。

青色光に照らされている事を差し引いてもその顔が青ざめているのは確実だろう、恐怖の為に血の気が無くなった顔、恐る恐るこちらを見上げてくる、座りこんだ彼を自然見下ろす形になるわけだが、どうしたものか。

まだ少年期を抜け切れていないその素顔は"水塗れ"だった、何が水塗れだと説明するに、まずその大きな黒目から滝のように涙が出ている、漫画かアニメの世界でしか見た事の無いような面白いほどの量が現在進行形で出ている。

その光景から予想するに電柱に顔面を殴打してしまったようだ、だけど涙の原因は他にあるようで、私の事を見て少しずつ後退している事から恐怖のあまりに涙腺がおかしくなってしまったのだろう。

もう一度確認する、戦闘の意思は、殺し合いの意思は無いようだ、初めて遭遇するパターンに頭を抱える――こんな神殺しもいるのか、油断を誘うのならもっと上手く出来そうだし。

(ゴルァ死ねやぁぁと襲いかかったのがそんなに尾を引きますか、えっと、とりあえず敵対の意思が無い事を示して、素性を聞き出しましょう)

「あの」

「ぎにゃああああああ、こ、殺されるっ!殺されるったら殺されるっっ、ひぃぃ、先程は無礼な言葉を失礼しましたっ!どうか命だけはっ!」

「………えー、少し落ち着いてくれますか?もう別に命を取ろうとか考えていませんから、お話を聞かせてはもらえませんか?」

「へ?」

なるべく優しい声音で問いかける、きょとんと、丸々とした大きな黒眼が戸惑いに揺れる、こうやって見ると自分と同い年ぐらいなのだと気づく。

まだ学校に通っていても良いような年頃だ、手を差し出すと恐る恐るそれを掴む。オドオドとした表情が彼により幼い印象を与える。

(うっ、罪悪感が……本当に神喰いなんですかね?)

神喰いの本能として目の前の存在が同族だと認めている、しかし、今まで遭遇した神喰いはもっと尋常ではないオーラのような、カリスマのような物を持っていたのだが、この青年からはそれを一切感じない。

立ち上がった彼、意外な事に私より頭一つ分高い位置にその情け無い顔が鎮座してる――やや猫背気味、輪郭が丸っぽくて、角の無い柔らかな造形、大きな瞳と合わさって優しげな顔立ち。

情け無い表情も、猫背気味なのも全て私に植え付けられた恐怖のせいなのだろうけど、子供の屋外遊びとしては一般的な鬼ごっこも生死が関わればここまでの恐怖を人に与えるのだと再確認。

「は、話って、別にいいけど、本当にもう殺す気は無いのか?あと、神喰いって、あんたもそうだろ?」

「ええ、神喰いですよ、そして今肯定しましたねーー、自分が神喰いだとさりげなく、ふふ、こうやって同族の方とまともに話すのは初めてなので少し緊張します」

偽りでは無い、今まで出会った神喰いはどれもこれも好戦的で出会い頭に殺し合いなんてざらにあった、と言っても自分も始末するために遭遇していたのでお互いさまだろう。

神喰いとして自分はかなりの変わり者だとは自覚している、そもそも神を喰う事にそこまでの興味関心は既に無く、人の世に仇なす同族を殺す事にしか関心が無い。

赤い記憶が頭に過る、真っ赤な記憶、深紅に染まったその思い出は忘れるにはあまりにも衝撃的で狂気的で、それが頭を過る度に同族を殺せと、神喰いを殺せと何かが激しく胸の内で暴れまわるのだ。

だけど、ここまで例外的に悪意の無い神喰いは初遭遇だ、すっかり殺意は消え失せて、どのような境遇でこのような存在になったのが興味が出てくる。

「へぇ、俺もそう言えば神喰いとまともに話すのはあんたで二人目だ、もう一人とはいつも一緒にいるからなぁ、あっ、メールしていいか?そいつ、心配してると思うんだ」

「どーぞ」

「えっと、うっ、比多岐(ひたき)の奴、何度も電話して来てる、怒られるっ、やっぱり電話は止めとこう、メールで」

「ご家族ですか?もしかして待ち合わせか何かをしていたのかしら、悪い事をしちゃいましたね、ごめんなさい」

「ああ、うん、べつ「大体はすぐさまに殺し合いになって数分で私の勝利で終わるのですが、逃げられた経験は無かったもので」……こわっ!?」

折りたたみ式の携帯電話に手早く打ちこんでそれをジーンズのポケットに仕舞う、そう言えばじっくりと観察する暇が無かったがこうやって見ると中々に浮世離れをした格好をしている。

平平凡凡とした容姿とは違って中々に強烈な服装だ。

まず某有名お笑い芸人の番組のTシャツが全体的に強烈な異彩を放っている、今から四年近く前に放送されて一部では神だと言われた番組である。

四〇代から五〇代の男性の新たな生活スタイルを模索し、時に笑い、時に貶し、時に見下し、やっぱり最後は優しさと愛情を持って見守るどうしようもなく下らない番組だ。

五人の強烈な一般男性たちがその番組の中心を担っていたのだが、その男性たちの眩しすぎる笑顔をプリントしたTシャツを番組中、司会進行のお笑い芸人が着ていたのだがそれと同じものを彼は着ているのだ。

白いシャツはその男性たちの眩しすぎる笑顔をより際立たせ、かつての記憶が脳裏を過る―――何せ自分もその番組が大好きで原型となった前番組から欠かさずチェックしていたのは誰にも言った事が無い秘密だ。

だけど、幾ら好きだからと言ってこのTシャツを着用する勇気は自分には無いわけで、この人はどうしてそれを恐れも無く着る事が可能なのだろうか、神喰い以前に余程何かを捨ててるとしか思えない。

その上から何故か女性用と思わしき浴衣を羽織っている、猩々緋の水の中を不気味な程に肥大化した眼球を持つ出目金が泳ぐ姿が描かれている、それは元々のサイズが合っていないのか丈が腰より僅かに下な辺りまでしか無い。

つけ紐も無く帯結びもせずに、単に羽織っているだけなのだが不思議と違和感は無い、Tシャツの方は十分に違和感を放っているがこの浴衣は最初から彼の為に存在するかのようにぴったりと噛み合っている。

下はありきたりにダメージジーンズ、安物を自分で適当に加工しましたと言った具合で、まず間違いなくその通りなのは明白だが、問題はさらにその下……下駄の方だ。

(………足駄だし、もしかしてそれ"も"原因で転んだんじゃ)

歯の高いソレで良くあの速度で走っていたのだと感心する、そこで一つ、頭一つ私より背が高いと思っていたがあの下駄が無かったら私とそんなに大差ない事に気づく。

「これでよしっ、あいつ怒るだろうな」

「神喰いになったのに家族に心配しないでとメールですか、失礼ですが人間性を失っていない神喰いは私も含め存在しないのかと思っていたのですが」

神肉嗜好者と呼ばれる時期はまだ"人間"と呼べる、単に神話や伝承を聞いて神々や幻獣などに対して『美味しそうだ』と思うわけで実害は無い、夢想や空想で遊ぶ常人と何も変わらない。

だがそれらの欲望が最大値に達し人為神降を起こし、神殺しの武器を得たら既に大半の人間性は失われてしまう、神を喰らう事を至上の喜びとしてそれ以外を顧みない化け物になってしまうのだ。

ちなみに人為神降の際に手に入れる神殺しの武器は他の神々には通用せず、自分の神降させた一柱に限って攻撃力を発揮する、それで神に打ち勝とうが敗北しようがその武器は光の粒子となって霧散してしまう。

人生で一度だけ神肉嗜好者は自分が最も望む神をこの世界に呼び込む事が出来るのだが、それを喰った後は奪い合い殺し合いの世界に身を投じ、他の神肉嗜好者が人為神降させた神や天然神降した神を執拗に狙うようになる。

一度の食事で食欲が失せる事は無いし、神を何柱も喰らう事でより恐ろしい狂人へと変質するのだ。

(だからこそ神をより多く喰らった神喰いは恐れられる、同族からも神からも……彼は見た所、喰らったのは一柱だけのようですね)

神喰いになるにはそれこそ多くの障害が付き纏う、この国に存在する魔術を扱う機関はそもそも神肉嗜好者の段階でもその人権を認めていない、霊的災害を起こす存在に人命は無いのだと思っている節すらある。

人為神降させた時点でその存在を抹消するのだ、また、人為神降した神は呼び寄せた本人を殺す事でこの世との繋がりを断たれ消滅する、なので他の神喰いは彼らを生かし泳がせる、神喰いと魔術師達はここで争う事になるのだ。

しかし魔術師、呪術師と呼ばれる存在も正面切って神喰いと敵対する事は滅多に無い、理由は簡単で、神喰いと争えるのは同じ神喰いか神に限られるからである、例外的な存在もいるわけだが、本当に少数である。

神喰いになった人間は喰った神の能力を一つ得る事が出来る、多くの神を喰う事でそれらを幾つも持つ事が可能だ、神力(じんりき)と呼ばれるそれは魔術などでは不可能な神域の力の行使を可能にする、一晩で街を壊滅させたり一つの動作で山を消し去ったりと正に人外の能力なのだ。

だからこそ魔術師たちは神喰いの誕生を神降と同じくらいに恐怖する、その両方を打ち消す術として神肉嗜好者の抹殺があげられる、一石二鳥とはまさにこの事だ、彼等は血眼になって神肉嗜好者を探す、そして人知れず事件に見せかけて殺害するのだ。

「俺は普通の神喰いと違うからなー、神様を食べたいとは思わないし、平和に暮らしたいと思ってるよ、だから突然会った同族に殺されそうになったら逃げますよ」

「あー、さりげに恨みを持ってますね、成程、平和に生きたい神喰いとは、少しだけ感動しちゃいました、神喰いは大体は同族との殺し合いを最上の遊びだと勘違いしている手合が多いですから」

「ないよ、そんなの、バイト帰りに兄と飯の待ち合わせをしていて、いきなりゴルァ死ねやぁぁと襲われた俺の身にもなってくれよ」

「その格好で働く場所がある事にびっくりです」

「……作業着があるんだよー、って、自己紹介もまだだったな、俺の名前は委船いろり、神を喰った事はあるけれど、平和に暮らしたい21歳です」

「おおっ?年上ですかー、予想が外れました、私は草薙地火炉(じかろ)と言います、女の子っぽく無い名前ですが、そこは見た目の愛らしさで一つヨロシクたのんます、神を美味しく頂いた経験のあるピチピチの15歳です」

(驚きです、かなりの年上じゃないですか)

「別に何とも思わないけど、でも、変な名前だなー」

「そちらこそー」

なんとなく和やかな雰囲気が流れる、そう言えば名前のおかしさを初対面で言い合うなんて普通に考えたら滅多に無い事だ、そもそも殺す殺さないの過程があったから感覚が麻痺しているのかも知れない。

何となくゆったりと話してみたい気持ちになって喫茶店にでも行かないか?と提案すると彼は軽く「いいよ」とだけ答えた、涙の後がまだ残っているのでそっとハンカチを差し出す。

「さんきゅー、俺、ビビりだからさ」






中々に品の良い店だ、取り合えずビールを頼むと目の前の少女が驚いた顔をしたのが滑稽だった――あんた、俺を殺そうとしたのにそんな所で驚かれてもなぁ。

表の通りから外れた入り組んだ場所にひっそりと存在するその店は『隠れ屋』という言葉がぴったりと当て嵌まる佇まいをしていた、良く来るのと聞くと黙って頷く。

地火炉が頼んだのは仔牛の骨付き肉を香味野菜と複数の調味料で炊いたオッソ・ブーコと和風素材のパニーノと呼ばれるこの店のオリジナルメニューだ。

マグロの赤身の漬とレタス、それにひきわり納豆と大葉を混ぜたものにイタリアンドレッシングで味を整えパンで挟んだものらしいが、何とも食欲をそそる匂いだ。

元々はイタリアンの店だったらしく、しっかりとした食事も出している、でもまさかここまでがっつり食うとは……さらに幾つか追加してるし、まあ、神喰いが大食いなのは周知の事実なので何も言わない。

同棲している義理の兄の比多岐にしても俺にしても世間の人間からしたらアホのように飯を食う、一か月の食費の為に働いてると言っても過言ではない、さらに俺たちの場合はそこに大酒飲みというどうしようもない物が追加されるわけだけど。

「落ち着いて食えよー、で、神喰いをどうして殺しまわってるんだ?てかそんなに神喰いって数いないだろうに」

「もぐもぐ、むしゃむしゃ、けぷー、あっ、さらに追加で季節の野菜入りアランチーニと、マリナーラ、これってニンニク入ってました?あーー、だったらやっぱりいいです、さっきのサラダに入ってたモルタデッラを丸ごと切らないで持って来てくれますか?」

「……この店のマスターと知り合いか何かか?」

「むしゃ、あー、育ての親ですー、ふー、一息つきましたー、あんなに走ったのは久しぶりで、お腹が空いちゃいました、あらら、いろりはビールだけで良いんですか?奢りますよ?」

「いや、いいよ、それより」

「ああ、"神喰い殺し"の事ですね、聞こえてましたよ、そうですねー、理由としては簡単で、神喰いのような危険な人間を野放しに出来ないからですね、彼等は生きているだけで世界に迷惑をかけます、数が少ないからこそ早めに処分しないと」

「あんたも神喰いなのに、また随分な言い草だな」

「はい、そこは理解してますよ、だから神喰いをみんな殺して、最後に私が死ぬ予定です、あは、憧れなんですよ、"地球を守る正義の味方"ってのが、悪は根元から消し去る、少女が語るには苦い夢だと思いますか?」

「成程、神喰いだけあって、いい感じに破綻してるな」

「"成程"、あなたは私と違って本当に普通の感性をお持ちみたいです、やっぱり殺さなくて正解でした、あなたのような人間がいるのなら、今度からは出会い頭に殺すのはやめましょう」

「今度から、なぁ、怖い奴……でも面白いな、神喰いで、お互いに神を喰う事に興味が無いなんて、肉食動物が肉に興味が無いのと同じだ、んー、少し違うか」

「いえいえ、大体そんな感じでしょう」

まじまじと目の前の少女を見つめる、ここまで会話をしていて楽しい人物は比多岐を除いて記憶に無い、なんと言うか波長が合うと言えばいいのか、先程からすらすらと綴られる会話に驚きを隠せない。

全体的に人形めいた印象を与える少女だ、生気溢れる言葉の溌剌さとは別に表情の変化に乏しい、最初はもしかして不機嫌なのだろうかと勘繰ってしまったがこれが素のようだ。

腰までかかる癖の無い栗毛、その左右を少しの量だけ纏めて括っている、なんだか兎みたいだなと密かに思う、確かツーサイドアップって名前の髪型だったはず、どうも喰った神の性質上、傀儡―人形のサイトを漁る癖があるからなぁ。

元々はドール系カルチャーから生まれた言葉だったか、成程と納得、表情の変化の少ない彼女にはこの髪型が良く似合っている。

顔の作りは欠点と呼べるものが無い、これは完璧だろうとひそかに呆れる、義理の兄である比多岐も人外の美貌をしているがこの少女もそれに対等に張り合えるぐらい凄い。

どうしてこうも神様とやらは……いや、神喰いで神の子供である俺が言うのもなんだけど不平等なんだろうか、宝石のように無機質めいて煌びやかな両眼が俺の方を興味深そうに見つめている。

無垢な瞳だ、汚れが一切無い、まるで生まれたての赤子のような瞳、その上にあるまつ毛は漫画の中のキャラクターのように完璧だ、くるんと上向きで、何だかドキドキする。

大きな黒い瞳に白い肌、記憶にある母の肌も白かったが、地火炉の肌は艶やかで健康的だ、腕の部分に蚊にさされて赤くなっている部分がありそれすらも危うい色香を醸し出している。

ゴシックロリータ風のワンピースも彼女の華奢な体に驚くほど似合っている、ここだけの話、俺は日本人の体型にゴスロリ調の服装は似合わないのではないかと思っていたのだが、その考えも改めないとならないようだ。

美少女は何を着ても美少女なのだと、なんて圧倒的な現実、こんなにフリルがアホ見たいに付いているのに違和感が無いなんてっ!肩や背面が露出しているのに恥ずかしく無いなんて!なんだこの生き物。

本当に完膚無きまでに造形美を追求したような存在にどうしてか申し訳ない気持ちになってくる、俺なんかが一緒に食事していいのかー?

「改めて言うけど、お前すげぇ美人だな、初対面ながら将来が末恐ろしいわ」

「んぐっ!?けほっ、と、突然なにを言うんですか!」

「美少女は鼻から"げってぃ"が出ても美少女だと言っているんだ」

「ぎゃー!?うそっ、うそですよね!?超絶美少女の私の鼻から食べかけのスパゲッティーが出てるなんてっ!」

「ふはははは、嘘だ嘘、しかしお前少しは表情変えろよ、ここまで来るとある意味尊敬する」

「むぅ、顔の表情を変化させるのは苦手なもので、あといろり、嘘は駄目ですよ、嘘は人を腐敗させます、鼻からスパゲッティーさせます」

「させねぇよ、え、俺がするって方の意味?それは死んでもごめんだ、不細工が鼻から"げってぃ"出してもより不細工になるだけだろうし」

「いえ、その"げってぃ"を餌に女性を釣ればいいのです、さながら擬似餌を使って獲物を捕えるカエルアンコウのように」

「そんな女いねぇ!そしていたとしてもいらねぇし!何だその考え方、こわっ、怖いよお前……ここでさも当たり前のように人をカエルアンコウにするその思考回路が!」

「いえ、鼻から出した"げってぃ"を疑似餌に再利用する、まさにエコですよ、みんなバカ見たいに大好きなエコですよ?老若男女みんな大好きエコですよ、エロと一文字違いの分際で高尚に聞こえるエコですよ?」

「お前……エコに何か恨みでもあるのか?」

面白い、実に面白い奴だ、ヤベェ、俺こいつ大好きかも知れない、なんだこれ、もしかして惚れかけているのか?

むぅ、第一印象は最悪だったけど話す内に好意が大きくなってるのがわかる、俺はロリコンでは無いと今まで思っていたが、もしかしてロリコンなのか……ウラジーミル・ナボコフの文学が好きと脳内で変換しよう、少しはマシに思える。

追加で来た料理にさっそく手を伸ばす地火炉、あーあー、何処か貴族を思わせるような気品ある見た目とは別に食い方は汚い、何だか腹を空かせた男子高校生の食い方に近いものがある。

何度か隙を狙ってテーブルクロスで口元を拭いてやる、むぐぅと鳴くだけで手は止めない、食器とナイフとフォークが軽快な音をたてる、頬を膨らませてまるでハムスターみたいだ。

「もぐもぐ、むしゃ、そう言えば聞き忘れたのですが、いろりは何の神を喰べたのですか?」

「んー、まあ、この国の神様だよ、厳密には違うのかな、一柱だけだし、もうあれでお腹一杯になったよ俺は、神力も大したもんじゃないし、日常では何の役にも立たないな」

「へぇ……日本の、ねぇ、天津神か国津神、琉球の神やアイヌのカムイ、現人神、土着した神々も含まれるとこれ程にいい加減な国は無いですよね、探るのはかなり難しそうです」

「知りたいのか?」

「いえいえ、考えたくは無いですがいろりと敵対した場合も一応は想定して置かないと、しかし日本の神ですか、割とレアですね、今は海外の神が主流ですから」

「ああ、なんかそうみたいだな」

主流も何も、俺にはその神しか喰う事が出来なかったのだけど、それを今説明しても意味が無いので黙って耳を傾ける、けたたましい食事の音に紛れてる少女の声を聞き逃さないようにする。

「このご時世、食事も、服装も、文化も、海外からの物がほとんどですしね、神肉嗜好者も現代っ子ですから、日本のあっさり味の神様より海外のこってり味の神様の方が好みのようです、むしゃ」

「確かにな、それに向こうの神様は過激で強力なのが多そうだ、ギリシア神話なんて典型的だよな、あんだけ幼稚なのにチートだし、地火炉はそう言えば何の神を喰ったんだ?」

「ふふふふ、正義の味方に目覚める前は結構ヤンチャしてましたから、三柱を"ごっそさん"ですよ」

「おぉ、多いな」

神を喰うのは並大抵の事では無い、ちなみに一度喰われた神はその神喰いが死ぬまでこの世界に神降する事は不可能になる、その事も神喰い同士の争いを増加させる一因だろう、同じ神を人為神降させたい場合は早い者勝ちだ、俺の場合は特殊な例で俺が死んでも神は復活しない、何せその常識の中に俺はいないのだ。

だが三柱か、少なくとも三度の死線を潜っているのか、俺のような反則技では無くて実力で勝ち取ったのだから素直に凄いと思う、と言う事は神力も三つ保有している……戦わなくて正解だったようだ。

ビビりな自分に初めての感謝を。

「と言っても二つは悪魔・悪獣の類ですけどね、味はジャンクフードのようで、美味しかったですよ?ああ、でもその一つも悪神ですし、味の傾向はそっちが好き見たいです、食べるのならですけど」

「成程、好みか、俺は神様なんか喰うより、こうやってビールを飲んでる方がいいけどなぁ、ペローニ・ナストロアズーロは初めて飲んだけど、ヨーロッパビールって感じで悪くないな」

イタリア料理の濃い味付けに軽めのこいつは良く合う、微かな甘みが後味にあって飲みやすい、だけど単純かと言われれば首を横に傾げてしまう、味の複雑さもきちんと楽しませてくれる。

かなり薄い色をしている、こんな暑い夏の日にはその見た目も嬉しい、さっきは情けないまでに涙と鼻水を垂れ流したからなぁ、体が水分の摂取を喜んでいるのだ。

「だったら」

「んー?」

――「だったらどうして神を喰ったのですか?」





今日は不思議な一日だった、不思議な少女に出会って、胸を突く問いかけ――答える術なんて持ち合わせてはいなかった。

最後に互いの携帯に番号とメアドを登録して別れた、向こうの方から聞いてくれたのはありがたかったけど、僅かに苦手意識が芽生えたのも正直な話、事実だった。

三年前のあの日に母を喰らって俺は神喰いになった、母の幼く瑞々しい裸体を隅々まで喰らった、美味かった、美味かった、ウマカッタ――俺達は一つになった。

なのにその理由を聞かれても俺には何も言えないわけで、そもそも神喰いの資質があるわけでもそんな衝動があったわけでもない、ただ、母の愛を得るためにはあの方法しか無かったのだ。

(本当にそうか?……あの座敷牢から母さんを連れ出して、助ける事は本当に不可能だったのか?ああ、でも"ウマカッタ")

どうも考えが定まらない、苛々が消えてくれない、吐き気もするし眩暈もするし寒気もする、最悪な体調だ、地火炉のあの問いが俺を責め立てる、彼女は悪気があったわけでは無いだろうけど、それが辛い。

思えば彼女は最初から俺の異質さに気づいていたのだろう、だからこそのあの問い掛け、そうだ、俺は神喰いでも何でも無い、ただの母親を殺害してその遺体を腹の中に収めた究極の変人だ、救いようの無い外道だ。

そんな現実はこの数年間ずっとわかっていたさ。

「いろり」

聞きなれた声、ささくれ立った感情が僅かながら安定を見せる、今日は一緒に外で飯を食う予定だったのに、約束の相手は文句一つ言わずに近寄って来る。

いつもなら問答無用に蹴りをくらわして来るのに、俺の尋常ではない気配を敏感に感じ取ったらしい、本当に苦しい時にこいつは俺に優しい、俺の事を俺より理解している。

「比多岐、今日はごめんな、ちょい、トラブルに巻き込まれた、えーーーっと、飯は?」

「食った、カウンターの寿司」

「……そうか」

前言撤回、かなり怒っているようだ。

(こいつも常に表情が不機嫌そうだから感情が読みにくいんだよなぁ、地火炉とは別の意味でわかり難い奴だ)

「おいクズ、電話には出ろ、一秒で出ろ、さもないと殺す」

「努力します、もう常に手に持ってるようにする、一秒の猶予しか無いんだったらトイレでも風呂場でも片手にお世話になってる時も常に持ってないとな、あっ、でもバイブ―モードだと逆にお世話になるのか?」

「シネ」

いつもと同じで愛想の無い兄だ、と言っても義理の兄、杯を交わして兄弟と言う今のご時世にそれってどうなの?な暗い関係なわけだけど、俺はこいつの為なら死ねる、余裕で死ねる。

ちなみに兄は兄でも俺より身長は低い、かなり低い、その手のお姉さんに喜ばれそうな程にミニマムな兄なのだが、そして凄まじくモテる、まったくモテない弟の身にもなって欲しい、なってくれない兄―委船比多岐。

元々委船って名字は比多岐のもので、堂々と名字を名乗れない俺にくれたものだ、兄弟の契りを交わしたついでだと言ってくれたのだが、ありがたい話だ。

「怒るなよ、兄ちゃん」

足早に去ろうとする兄を追う、下手に一人にすると芸能関係者のスカウトの嵐に陥るからな、……そして血の絨毯が即座に用意される。

兄・委船比多岐は超絶美形である、なんかこの単語ひじょーにバカっぽいけど事実をこれ程的確に表す言葉は他にないのだから仕方ない、正し、美形は美形でもイケメンやハンサムって類のものでは無い。

限りなく美少女寄りの美少年と言えばいいのだろうか?本人にそれを言えば本気で殺しにかかるから口にしないけど、可愛らしい顔をしている、弟の贔屓目無しでも一見すれば美少女のようだ、ああ、二回三回見ても美少女みたいだけど。

(比多岐は真っ白いから暗い路地裏でも見失わなくてすむなぁー、何だか都会に紛れたウサギみたいだ、正しモン●ィパイソンの殺人ウサギ)

先天性色素欠乏症――つまりはアルビノ、髪も肌も病的な程に白い、僅かな太陽光でもその肌は真っ赤に腫れ上がってしまうのでこんな風に薄暗い時間帯しか外に出る事が出来ないわけで、たまには外で一緒に食うぞ!と誘ってくれたのに悪い事をした。

羊毛のような色をした兄はちょい不機嫌、つんけんしてる……横に並んで覗きこむと大量に汗をかいてる、何を隠そうこの兄は体力がまったくと言って良い程に皆無なのだ、引き籠ってゲームばかりしてるから……。

この前冗談でアフリカ南東部に旅行に行かない?と言った時もこんな風に怒ってたっけ、反面で、淡紅色、血の色を顕わにした瞳は涼しげだ、無論美形を名乗るだけあって睫毛は綺麗にカールを描いてるし、眉毛も手入れもしてないのに細く綺麗に整っている。

特徴のある色をした髪、綺麗なのに切るのは勿体ねーと俺が抗議した結果ロングヘアと呼ぶに相応しい長さに成長してしまった、それを後ろで一本の三つ編みにしている、編み編み係りは弟の俺なのだが、毎朝毎朝それをする俺の身にもなって欲しい。

また変な所で甘え癖のある兄である、顔の造形は全体的に柔らかで優しげなのだが全身から発せられる殺すぞオーラとシネシネオーラが他者を拒んでいる、弟の俺ぐらいにしか心を開かないまさに"手負いの獣"なのだ。

(と言うか、勝手にベッドに入り込んでる事があるし、よーわからん)

俺より一切年上なのに、見た目は小学校低学年の比多岐、俺と同じ神喰いだ、何でも神を初めて喰ったのが幼すぎていつなのかわからないと言う程の危険な過去を持つ男、喰った神の数は両手では足りない程らしい。

気づけば体が成長をする事を止めていたそーな、もはや人間って言うよりは神に近い体の構造をしてるのだろうと勝手に納得した俺がいる。

何だか巷では『血塗れ兎』(ブラッディ・ラビット)とか呼ばれて裏の世界、つまりはオカルトの世界でも恐れられているそーな、俺をなるべくそっちの世界と関わらせたくないのかあんまり教えてくれないけど。

「比多岐、そんなに無理して早歩きしなくてもいんじゃないか?最終的に俺が抱っこして帰るパターンなのか?」

「………」

「そう言えば、飯一緒に食えなくなった理由だけどなー、あれだ、神喰いに会ったよ、襲われたけど、最終的に話し合いで解決した、流石俺、平和主義者、マハートマーマハートマー」

「……神喰い?」

「うん、女の子で、年下の子、また会う約束したよ、ああ、っても戦ったりしたわけでは無くて」

「そんな事わざわざ言わなくてもわかる、テメェが戦うつもりだったらそいつはもうお前の人形にされて、"また会う"なんて呑気な言葉が出るわけねぇしな」

「いやいや、何か三柱も喰ったとか言ってたし、俺がどうこう出来るわけないじゃん、そんな事したくないし」

「ふんっ、嘘つけよ、神だろうが人だろうが神喰いだろうが、どいつもこいつも殺したい狂人の分際で、表面だけ取り繕うんじゃねぇ」

なんて失礼な、それは俺では無くて比多岐だろうに、自分の願望を俺に押しつけるんじゃない、俺はいつでも平和に生きたいだけなんだ。

やっと治まりかけた頭痛が再発する、頭の中心で何かが暴れている――そうだ、神殺し、母殺し、母■いなんてものは俺はしたく無かったんだよ!なのにどいつもこいつも"喰う"だなんて気軽に言ってさ。

比多岐の足が止まる、ぶつかりそうになって俺も急いで足を止める、転びかけて前屈みになる俺の頬に痩せ細った白い手が伸びてくるのを怠慢な視線で追う、冷たい感覚、何度も感じた事のある比多岐の体温、人にしては冷たすぎるそれが俺を寒々とした世界に引きずり込む。

「なぁ、いろり、オレのたった一人の弟」

「えっと」

兄・比多岐の服装は俗に言うビジュアル系と呼ばれるものだ、首に巻いた革チョーカーは細い首には大きすぎて剥き出しの肩にかかっている。

派手な髑髏が印刷されたタンクトップは華奢な体に良く似合っているし、あちぃと今朝がた膝まで問答無用で切断したクラストパンツからは細身の足がすらりと伸びている、恐ろしい事に毛が一つも存在していない、アイドルめ!

そのクラストパンツには長鎖環と短鎖環が大量に何重にも巻かれている、ファッション用のチェーン、所謂捻り鎖では無くて本物の工場などで使われるものだ、その錆び付いた鎖にさらに幾つも安全ピンやキーチェーンが付けられている。

手首と足首の計四つには重厚な作りをしたスパイクリストバンド、靴に至っても幾つも銀刺繍がしてある派手なベルトブーツだ。

(しかしまあ、見た目は美少女の姿しているのに格好が過激すぎるな、あー、これが比多岐じゃ無かったら笑えるのに、美少年は何を着ても似合うね、本当)

普通なら外見の幼さと噛み合わずに滑稽に見えるであろう服装も比多岐が着こなせば自然とそれが当たり前に思えてくる、そもそもこの服達を何処で買っているのかが気になる。

心の底を覗き見る真っ赤な瞳、まだ悪魔には遭遇した事は無いが、悪魔的という点ではこの瞳に勝てる奴はいないだろう、人の心を惑わす為にあるような魔性を秘めた瞳から視線を外す。

「なんだよ、つれねぇな」

「うるさいですー、もう髪を結ってやらねーぞ、まったく、頭が痛い、あんまり俺を暴力的な衝動に駆り立てるような真似はよしてくれ、平和に生きたいんだ」

「無理だな、何せオレの弟だ、三千世界の鴉を殺し尽くしても、穏やかに寝る事なんて出来やしない」

「だって比多岐が良くトイレの後に間違えて俺のベッドに入って来るしな、寝相が悪過ぎて寝られやしない」

「……シネッ!」

足の脛を蹴られて悶絶する羽目になった、後ろを向いていたから油断していたのだが、そうだ、我が兄貴は見た目は天使、中身は悪魔なのを忘れていた、ぎにゃー!

後ろを向いたまま膝のすぐ下を的確に蹴りこんで来やがった、そのまま直角に振り落し、痛みに悶絶するのは当然だろう!

「いてぇ、いてぇ、ざけんな糞兄貴っ!さりげに高度な技を打ちこんで来るんじゃねぇ!」

「あー、うるせぇ」

「バーカ、バーカ、バーカ!」

「…………」

「バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ」

「……………………」

「バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、パー子、バーカ、バーカ!」

「誰がペーの嫁だ」(ゲシッ)

「いやぁぁあぁぁ」

蹴られました、おふざけに対してきちんと対処してくれる兄なんですよ、躾をちゃんとする兄なんですよ、正しそのやり方が全て暴力で訴える形なのは如何なものかきちんと家族会議で話し合う必要がありそうだ。

何だかついつい楽しくて兄と遊び呆けていたら帰るべき方向からどんどんと遠ざかっている事に気づく、ちなみに俺がバイトに勤しんでると比多岐から食事のお誘いのメールがあったわけだがこれは割と珍しい事だったりする。

そもそもの比多岐がこの時間に起きている事が稀だ、いつも深夜の数時間しか活動せず、他の時間は大体ゲームをしてるか本を読んでるか寝ているかインターネットをしているか俺に遊べ!と強請って来るかのどれかだ。

本人は気付いていないだろうが、比多岐は近くに寄れば逃げて行くのに、離れているとジリジリと少しずつ近づいてくる、最終的には俺の膝の上にすっぽりと納まって小説を読み始めたりする。

あれだけ小説の読み過ぎには注意しろと言っているのに一カ月に三〇冊近く乱読するのは当たり前、そもそも眼があまり良くないのに、まったく自分の両眼を労わる気はないようだ、本当に困った兄である。

そうやってすり寄って来る時もあれば機嫌が悪くて一日中ベッドから出ないときもある、身長130cmあるかないかの生き物がベッドの中からじっとこちらを睨んでいる様は中々に恐怖を感じてしまう。

実は最近130cmギリギリ無いんじゃね?と風呂上がりに計測しようとしたら殺されかけた、我が兄ながら恐ろしい奴だ。

「ほら」

そんな風に要らぬ考えに浸っていると比多岐が何かを投げてくる、手にひんやりとした冷たさが広がる………俺と比多岐が人生最良の友と決めた"宝のやわらかお茶割"ではないかっ!

まさにやわらかなこのお茶割の美味さは中々に説明し難いものがある、巷では"宝のまろやかお茶割"の方が上と言う意見があるが、そもそも俺は両方愛しているので関係が無い話だ。

調子がいい時は二人で二十本以上は開けてしまう、まさに魔性の飲み物、なんだこの飲み易さに!調度いい加減はっ!まさに魔性の飲み物、愛い奴なのだ、我が家には常に常備しているのだが何故今ここに?

「自動販売機で売っているのは初めてみたな」

「マジかよ……これが俺たちのアパートの前に設置して無くて良かったな、働いた金がその日に全部消えそうだ、うぐうぐ、うめぇー!」

「こくこく」

飲み方は微妙に少女っぽい比多岐である、てかこの容姿で酒を飲んでいたら通報されたりしそうなものだけど、見た目が幼すぎて逆にジュースを飲んでいるようにしか見えないのだ。

一番茶の風味を活かした清廉な味は宝の誠実さを示しているようだ……大好きだよ宝、正しウーロン茶割の値段の高さには毎回ビクビクしてるけどさ、いいんだ俺には緑茶割がいてくれる。

さりげに比多岐の容姿やら懐の事情から家飲みが多い俺達兄弟だけど、驚きな事にその際につまみを作るのは比多岐だったりする、なんと家事全般・料理全般をこなせる"すーぱー"な兄なのだ。

「こくこくこくこくこく」

三本目を飲み始めた兄に震撼する、さっきから同じペースで延々と、金を入れて飲んで空き缶を捨て金を入れて飲んで空き缶を捨ての繰り返し、俺たちの飲み方は二パターンで、じっくりと飲んで楽しむ場合と"とりあえず!"の場合がある。

今日、一人で高級寿司を食らったって言葉から推測するに比多岐は何かお金が大量に入る事でもあったのか?

(そういえばこの前血塗れで帰って来たよなぁ、大体、奢ってくれる時って血塗れで深夜帰って来るし、軽いホラーだわ)

俺は真面目にバイトをして、生計を楽にする為に努力しているのだが、比多岐の場合はその外見上から普通に働く事が難しい、さらに太陽の光がある時間帯に外に出れないのもキツイ。

お互いに学歴とは無縁の人生を歩いてきた身だ、俺は本当にバカで不器用だけど比多岐は実は頭がいい、何でもそつなくこなすし、趣味は通信で資格を取る事だったりする、本人曰く暇つぶしらしい。

資格を取るにしてもそのジャンルは様々で、あらゆる本を手当たり次第に乱読する事と重なる部分だ、本当に賢い人間は何にでも無関心で何にでも関心を持つ二律背反のような物を抱えているのだと思う。

しかし問題はその血塗れの帰宅だ、どうせ碌でもない仕事なのは予想出来るが、家計を支える重大な収入源の一つなので特に突っ込むのは止めにしている。

「こくこくこくこくこくこくこくこくこくこくこくこく」

「……うぉい、もう十本目じゃねぇか、家に帰ればもっと安価に通販で買ったのが大量にあるのに、これが人の業って奴か、カルマを抜けだす術を人は持たないんだなぁ」

「こくこくこくこくこくこくこくこくこくこくこくこくこくこく、ぷは」

二人で二〇分もかからずに二〇本を飲み干してしまった、いや、頭がいい感じにフラフラする、どうしてお酒を飲んだんだっけ、そこにお酒があるからだ、良くアルコール中毒者の飲み方と勘違いされるだけはある。

別に飲まない時は飲まないし、飲む時は飲む、空き缶入れを二人で一杯にしてしまったのは申し訳ない。

「あー、俺、地球が滅びそうになっても絶対宝の工場だけは死守するよ、ノルウェーのスピッツベルゲン島には緑茶の種だけ保存するように今の内から交渉してみるわ」

「ん」

「ああ、うし」

いい感じにアルコールを摂取して機嫌が良くなったのか比多岐が小さな手を差し出して来る、いつの間にか恒例となった手々を繋いで帰り道だー。

これはアルコールを摂取した比多岐が無意識下で甘えてくる面白い現象である、実はこの人、すげぇ甘えたがりなんですよ奥さん、ある意味、究極兵器である。

断る必要も無いのでその小さくて可愛らしい紅葉のような手を握る、あまり強く握ると本当に赤くなるので産まれたての小鳥を触る時のように優しく掴んで、歯の低い下駄にすれば良かったと後悔する。

「やっぱり普通の靴も買おうかなー」

「どの方向性を目指してその格好になったんだよ?」

「わからん、取り合えず貰いものを適当に着たらこんな格好に落ち着いてしまった、だけどこのシャツだけは俺の真の方向性を指し示していると思うんだっ!」

キラリと輝く五人の親父の素敵な笑顔、まさに天真爛漫を絵にしたような素敵な笑顔だ、これの続編が発表されるまで俺は死んでも死にきれない。

「お袋の形見の浴衣じゃねぇのかよ、けぷっ」

「これはあれだ、なんつーの、魂って奴?なんか鬼太●で言う所の●毛ち●んち●んこ的な物だよ多分」

「おい、その黒字の伏せ方に他意はねぇんだろうな?」

「何の事だかわからないよ、頭がクルクルして最高にはっぴーだ、明日は仕事休みだし、今日は家で飲みまくろうかー」

「はぁ、クズ人間の吐きそうな言葉だな」

「そんなクズの兄貴が何を言う、一人で美味しい物食べやがって!!このっ!このっ!」

「頭を叩くんじゃねぇ、そもそも約束を破ったのはテメェの方じゃねぇか、さっき酒を奢ったし、兄の愛情に咽び泣けよ」

「千円ちょっとじゃねぇか!どうせ数万円も使ってアホ見たいに寿司食べたんだろうが!俺たちの大食い体質でカウンター寿司程危険なものはないのにっ!」

「確かにな」

神喰いを行った人間は体の作りが人のものから神寄りのものへと変化する、しかし地上にある食べ物は神々の世界にあるものより霊的に劣るのでそこで計算が合わなくなるのだ(自論)

だから俺たちのような大食い体質になってしまうのだ、後、酒に関して言えばこれはどうやら元々の体質らしく、単に二人とも酒に強く酒が好きなだけで、知り合いのヤブ医者曰く好きなだけ飲んでさっさと死ねらしい。

「そうそう、今日知り合いになった神喰いの女の子だけど、その子も無茶苦茶食ってたなぁ、俺、比多岐以外の神喰いに会ったの初めてかも」

「………けっ」

心無しか手を握り返す力が強くなった気がする、うーん、何が気に食わなかったんだろうか?……他の神喰いに遭遇してすぐに連絡しなかった事かなぁ、でもそんな余裕無かったし。

いやはや、嵐のような女だった――あそこまで好き勝手やられると敗北感すら無い、そうそう、比多岐と出会った時もそんな印象だった、兄弟になるまで色々な経緯があったけど、なれて良かったよ本当に。

この街に来て、長いようで短いような、変な感じだ。

「でも不思議だよなぁ、この街って世界的にも神肉嗜好者が多い事で有名なんだろう?神喰いだって結構ぽんぽん誕生しそうなもんだけど」

「それだけあいつらを殺せねぇヘタレが多いだけだ、実際問題、人為神降の数は多くても殺せなかったら意味がねぇしな」

それを軽々ではないにしろ、何柱も屠ってる人間が言うと重みが違うなぁー、神と戦って勝つ事に関しては尋常ではないセンスを我が兄が持っているのを俺は知っている。

その条件に当て嵌まらず神を喰った俺って何なんだろうか、まともに考えると本当に奇異な存在に思えてくる。

「天然神降の数も年々この街では多くなってるとか噂されてるし、比多岐にとってはご飯が一杯で嬉しいだろうけど、平和を望む俺には少し不安だわ」

「オレが全員殺したら関係ねぇだろ、神も神喰いも、神は美味いから喰う、神喰いは喧嘩吹っ掛けて来たらおもしれぇから殺す」

「俺を巻き込むなー、こちとら工場仕事で疲れてるんだから、ああ、でも俺が今日知り合いになった奴にはもう一度会いたいな」

「……ほぅ」

真っ赤になった顔を意外そうにして俺を見る、比多岐は酒が顔に出やすいのだ、肌の色的に少し飲んだだけでもすぐに紅潮してしまうのだが、酒の量に関係は無く、ビール一杯だろうが日本酒一合だろうが表面に出る赤みは変わらない。

(何だか悪い事を考えてる顔だなこりゃ)

長年の付き合いから比多岐が悪知恵を働かせるのを事前に察知可能なのだ、どうも先程から地火炉の話題になると不機嫌になる傾向がある、名前を言わなくて正解だな。

意外と言えば意外だけど、結構粘着的な性格をしてるからなこの人、儚げな容姿と中身は別物だ、と言っても弟の俺に対してだけな気がするけど――さっきの着信履歴がそれを物語っている。

(まあ別にそれに関して実害は無いしな、自分が暇で構って欲しい時に俺が近くにいなかったら無茶苦茶キレて数日口を聞いてくれないだけだし)

本人はどう思っているか知らないけど俺は割と会話が無くても平気なタイプだ、いつも最初に根を上げるのは比多岐の方で溜めに溜めた感情が爆発してとても他人に聞かせられるような内容では無い悪口が延々と耳元で流される。

何だかんだで俺もそれは流石にしんどい、大好物のかぼちゃプリンを貢いだりして事態の鎮静化に努める――食べる量が尋常では無いので、そこのダメージは半端では無い。

「変な事するなよー、友達とまでは言わないけど、知り合いに手を出されるのは嫌だし」

「へぇ、言うじゃねぇか、でもそれは保障出来ねぇしする気も無いな、自分以外の神喰いなんて、餌を横取りする糞でしかねぇし、会ったら殺す、会わなくても探して殺す」

「大丈夫、比多岐は俺が嫌がる事は絶対にしないって知ってるし、見た目がウサギっぽいゴスロリな女の子、ウサギっぽいイメージは兄で満足しているのにな」

「…………テメェ」

「寂しいと死ぬんだろう?」

別に嫌味を言っている意識は無い、兎も角、ここでちゃんと釘を打っとかないと本気で何をやらかすかわからない、躾の一環だ。

「……」

腕に鋭い痛みが走る――それに気付いた瞬間には俺は比多岐に抱き寄せられていた、身長差が激しいので自然、俺の両足は砕けてしまい両膝が地面に接触する、小石が痛い、突然の奇行に文句の一つでも言わないと気が済まない。

頭を胸に抱え込まれている、幾らもがいてもビクともしない、そして続くように轟音、冗談のように地面が揺れる、前後も左右もわからず感覚が喪失する、抱きかかえてくれている温もりだけが頼り所だ、恥も外聞もかなぐり捨てて俺も両腕で自分よりも小さく細い体に抱きつく。

(な、何が起こったんだっ)

あまりの激しい揺れに最初は当たり前に地震だと思ったけど、数秒にも至らない揺れとそれに続くような爆発音、何より比多岐の予知していたかのような動作にその考えも消えてしまう。

「むぐーっ!?」

「離れるんじゃねーぞ、それとお前その下駄やっぱ止めとけ、オレが動いて無かったら派手に転んで怪我してたぜ?唯でさえどんくさいのに、さらに怪我なんかしたら世話を見るのが面倒だ」

「っぷはぁ、男の胸にっ!兄の胸に顔を埋める気はねーよボケっ!死ね!」

「っせぇな、黙ってろ、"すぐに終わる"」

何か甘い匂いがするのがさらに問題なんだけどさ!毎度ながら思うけど何だこの何とも言えないミルクのような匂い、しかもあまりに強い口調に反論出来ない。

アルコールに染まった肌は同じだが表情は獰猛な物に変わっている、口元は大きく吊りあがり白い犬歯が何かを噛み切らんと鋭い姿を覗かせている、瞳に至っては興奮して……元から真っ赤だけど心なしかその色を濃くしたように思える。

まるで獲物を前にした獣だ、無邪気さと邪悪さを両方持つ俺の兄はピンク色の舌で形の良い唇をゆっくりとなぞる、この人の餓えが体から煙となって立ち昇っているような幻覚。

―違うか?―飢えを埋めるのが目的なのでは無く、舌で高尚な存在を吟味する事を至上のものとしている、許されざる行為をここまで望んでる人もいないだろう、人の形をした狂人形、楽しみや愉しみの為に禁忌を犯す。

神喰いだから狂っているのでは無い、ありのままに血塗れ兎は狂っている、愛らしさと狂気の境はルイス・キャロルの内面の少女像とルイス・ケスバーグの存在をミキサーにかけてミンチ肉にしたようなものだ。

俺は兄が大好きだから、どうでもいいんだけどね。

「へぇ、今のを避けるなんて中々凄いじゃない、フフッ」

一度耳にすれば暫くは忘れられないような卑屈めいた声、どうして卑屈めいたように聞こえたのだろうか?わからないけど、何だか気味の悪い声だ、生理的に受け付けない。

基本、他人に関しては受け皿を広くしている自覚はあるのだけど、どうにも"コレ"は受け入れられないようだ、何処かで聞いた覚えがあると思えば、御堂の家で俺を嘲笑っていた奴らと同じ響きを持っている。

(でも、避けるって一体?)

そう思った瞬間に異様な臭いを感じて鼻を手で塞ぐ、見れば先程まで俺のいた場所が融解してしまっている、夥しい量の煙と黒ずみと赤で抉れた地面、どうやら比多岐は俺を引っ張っただけでは無く飛んで距離を取ったようだ、膝が擦れて痛い。

液体になってしまった大地を見て背筋が震える、アスファルトもコンクリートも融点が幾らかは知らない、けど間違い無くわかるのは人が余裕で死ねる温度だと言う事だけだ。

しかし不思議な事にこれだけの轟音がしたと言うのに誰も建物から出てくる気配が無い。

(あれ、そう言えば、今日……バイト終わってから地火炉に出会って……店で料理を食べて、そこには店員さんがいたけど……顔も思い出せない?)

すれ違った人も沢山いたはずなのに、本当にすれ違ったのか不安になる―――何だこの記憶の曖昧さは、まるで夢から覚めたらその夢の内容を思い出せない、そんな感覚だ。

そんな俺の不安を中断させたのが、より大きな"異物"だった、怪物と言った方がしっくるするな、とりあえず視線逸らして深呼吸、見た目だけなら完璧美少女枠に余裕で入選する兄の御尊顔を見る、殺気に溢れているが大変美しい。

胸の中でモゴモゴしている俺に怪訝そうな視線を向けてくる、取り合えず立たせてくれ!

「んだよ、ほら」

「うー、つかあの人と知り合いか?……知り合いだったら俺に紹介しないでくれ頼むから」

「何を言ってるんだテメェ、宇宙●人ゴリが大好きすぎてフィギュアを買い漁ってたろ、あれも十分許容範囲じゃねーか」

「違うッッ、確かにゴリは大好きだけどあれは違うっ!限りなく違うッ!ガイ●テス太陽系第五惑星の住民は好きだけどこれは地球人じゃんか!」

「伏せ字にする意味なくねーか?てか、一時期延々とこいつのテーマを家で流しやがって」

「いやいや、あの曲は神だろうに、下手な流行歌より確実に泣けるよ、最高だ……つかこの人が現代日本には間違い無く必要だよ、いい指導者になる事は確実」

「同じIQが300でも不●金狼の300倍ぐらい貫禄があるからなあのゴリ、大根役者ぶりでは負けてるけどな」

「俺の中の尊敬出来るゴリラランキングナンバーワン」

比多岐はその太陽を嫌う体質から引き籠りと呼ばれるイカス人種だ、なので家でいつも昔の洋画やら特撮やらを延々と見ていたりする、書物に関しては乱読家なのだが映像作品に関しては何か拘りがあるらしい。

俺の膝の上でソレを一日中見るのが日課だったりする、俺のバイトが休みの日は確実にそのパターンだ、なので自然と俺の趣味趣向も比多岐と同じように偏った物になってしまった、楽しいからいいんだけどさ。

「私を無視するんじゃないわよっ!!身震いする程腹が立つ!」

ヒステリックな声、感情のままに発せられたその声に再度注目する羽目になる、まず眼に付いたのがその大きな日傘だった、心の中で業務用日傘と名付ける。

こんなに暗くなってるのに日傘も何も無いだろうと呆れてしまう、ファッション的なものなのだろうが、まずそのファッションがあり得ない、あり得ないしどうしようもない。

不気味の国のアリスと命名、ゴリラが、ゴシック・アンド・ロリータだよ、190近い身長にレスラー並の体格、辛うじて胸の膨らみが彼女が女性である事を誇示している。

ごめん地火炉、やっぱりお前以外の日本人のゴスロリファッション、認めるまでにはもう少し時間が掛かりそうだ、そしてごめんゴリ、確かにお前に似ているよ……でも大好きだからさ。

「もうこのまま宇●快速船に乗って遠くに逃げたい」

「待て、そんなものは存在してねぇ、現実を直視しやがれ」

「助けてワクさん、マジで本当に、ちなみにまだ幾らか見た目が強そうな辰夫の方で」

何だか夢の世界に旅立てそうだ、どうしよう、今日で一番ショッキングな存在との遭遇に脳みそがエラーを起こしてる、美少女より宇宙猿人の方がインパクト大きいに決まっているじゃないか!

うぅぅぅ、混乱の極みとはまさにこの事、酔いもすっかり醒めてしまった、何だかお花畑を歩くよう近づいてくるその存在が心の底から恐ろしい。

「むはー、兄を生贄に捧げるからどうか俺の命だけはご勘弁を!」

「こいつの言葉は無視するとして、テメェ、神喰いだな、目覚めた時から嫌な気配がしていたが、"人払い"をして同族だけ罠にかかるようにするとは恐れ入るぜ」

「あらあら、口の悪い"不細工"な糞餓鬼ねぇ、私の美的感覚からしたら貴方は失格ねぇ、ウフフフ、餓鬼は嫌いよ」

神喰いと言う言葉に自然、体が緊張するのがわかる、今日だけで二度の同族への遭遇に中々頭が追いつかない、神喰いだって?――目の前のこいつが?

そうやって観察してみると見た目だけでは無く、内面から滲み出る尋常ではない澱みのような物を感じる、俺は無いけど、比多岐にしろ地火炉にしろ一般人が見たら同様に畏怖の念を抱くだろう。

世間一般では覇気と呼ばれる類のものだが、その濃度が尋常では無い、地火炉に追い詰められた時なんて恐怖のあまり涙と鼻水が止まらなかったぐらいだ、情けないな俺。

(でもどうしてこの短時間でこんなに遭遇するんだ?いや、やっぱ逆だ、どうして今まで俺"だけ"遭遇しなかったんだろう…………比多岐はたまに殺したとか言ってたし、俺だけ、俺だけだよな?むむ、この過保護兄、何か隠してるな)

「どうでもいいが、テメェ、オレだけじゃなく、弟にまで手を出したな?」

「弟?そっちの情けない顔をした不細工の事かしら?成程、それが貴方の弟さんねぇ、情報通りだわ」

笑う、ニッと汚らしい黄ばんだ歯がより悪魔染みた容姿に拍車をかける、情けない事に俺はそれに対して恐怖を覚えてしまった、敵意でも何でも無く、純粋に格上の存在に体が逆らう事を拒絶している。

こいつはヤバい、ヤバい――先程地面を抉った攻撃も何なのかわからない、比多岐だけなら何の心配もいらないだろうけど、悲しい事に、弟である俺が最大の弱点になっている!

「兎も角だ、死なねぇ程度にボコッて事情でも聞くとするか、どうしてオレを狙ったのか、誰からオレの事を聞いたのか、そしてどうしていろりの事を知っているのか――」

「調子に乗るんじゃないわよっ!」

距離にしたら二〇メートル、その距離で彼女は手を振りかざす、まるで何かを掴んでいるかのように、その瞬間激しい火花が空と彼女の腕の間で発生する。

夜の闇を照らすような激しい光だ、火花と言っても火打石の摩擦などで起こるような生易しいものでは無い、花火等で起こるソレと同質の激しい物だ、火薬も金属粉も無く様々な色彩を持った火花が飛び散る光景は異様の一言。

「……火の神の類か?派手だな」

そしてその動作が終わると同時に収束する火花、それは一瞬激しい炎を上げる、あまりの眩さに眼を閉じる、恐る恐る瞳を開けると、赤色の球体が空中に鎮座している、人一人入れそうな大きさのそれは"駆動音"のような物を響かせて不気味に蠢いている。

あれが先程の攻撃の正体なのだろうか?――火の神と言ったけど、特徴的なそれは純粋な火神の類では無い気がする、何処か色モノめいていると言えば良いだろうか?

「マイナーな神だろう?オレの喰った神がまったく反応も興味も示さない、そしてオレも興味がねぇな、どうでもいい、それ自体には"熱"が無いのは先程の攻撃でわかりきっている、その球体に物質が触れて削れた分だけ、物も溶ける、それが一瞬横切った瞬間に周囲の温度に変化は無かったからな」

冷静な考察、俺が胸の中で震えて怯えている内にそれだけの事を観察して推測していたのか、相手の顔色が僅かに変化するのがわかる、当然だろう、能力の概要を一目で把握されたのだ。

しかし恐ろしい能力ではある、それ自体に熱は無く、触れた物が熱を発し溶けて行く、つまりは物質の概念に左右されず、全て平等に"削れた分"だけ融解する。

だとしたらどんな硬度を持つ物質もあの球体の前では無意味と言う事になる、魔術的な概念まで含めて考えると、どれだけ強力な結界もあの球体の前では意味を成さない事になる。

「そうだとしても、貴方にこれを防ぐ術は無いでしょう!"依頼"では二人とも、生きている事が条件だから、手足を無くす程度で許してもらおうかしら?……行きなさい!"デレク・メディングス!!"」

何処か演劇のような動きで球体に向かって命令を下す、了解したと激しい風切り音を上げてソレが襲ってくる、圧倒的なスピードだ、詳しい速度はわからないけど眼で追う事すらままならない。

決して遊びは無く直線で飛んで来るそいつは触れただけで物質を融解させる恐ろしい悪魔だ、なのに比多岐は気軽にそれに向かって一歩前に足を踏み出す、足を踏み出すのもソレが高速で近づいたのも時間にして僅か一秒。

瞬間――その球体が何も出来ず、空中に四散した。

「は?」

「願う――"曙の王"(トラウィスカルパンテク―トリ)―其の金の光線は全能なる破壊、灰を生み、金を生み、傷を負わす、内にある全の災いは我が身を強者へと練り直す―故に貴方を素晴らしき金星の凶神と名付けよう、あぁ、我が身を汚す物はこの世に無し、だからこそトナティウ(太陽)こそが我が身を汚し導く一つの理なり――さあ、世は今日も金色なり」

神力を有した神喰いがその名を謳う時、その真価が全て発揮される、真実の名を口にするそれは同時に世界に弱点を晒す事にもなる。

だからこそ神や神喰い同士の戦いは相手の存在がどの神話のどの神かと言う事を見極める事が最重要事項になる、どれだけ強力な神や神力であっても過去に"何かの条件"に負けた逸話がある事の方が多いからだ。

今の祝詞にはそれだけの意味が込められている、弱点を教えてでも具現化するに値する強力な力が!普通であれば初対面の敵に自分の喰った神の名をすぐに教えるような真似はしないだろう、お互いに腹を探り合って、勝負時に使うのが常だ。

だけど比多岐は違う、その体に内包した神力の多さは神喰いの常識を打ち破るほどに多い、現存している神喰いの中でも恐らくトップクラスなのは間違いない。

一つや二つの弱点がばれてもそれを補う力が幾つもあるのだ、ならば、確実な勝利を選ぶ、そんな論理的な思考を持って敵を駆逐する、勝つ為になら王道なんて言葉を犬の餌にでもしてしまう存在。

(いきなり必殺技を喰らわすようなもんだっ、何て酷い、しかも"曙の王"って、アステカ神話の最強神の一柱じゃねぇか、ありえねぇ、あんな高位な神力を幾つも持ってるのかよ、はぁ、無茶苦茶だ)

弟である俺ですら兄である比多岐が今まで喰らった神々がどのようなものなのか詳しくは知らない、俺が喰らった神の正体を比多岐は知っているけど、だからと言って比多岐の喰った神の正体を全部知りたいとは思わない。

詠唱が終わると、比多岐の体から淡い光が立ち昇る、優しげな光では無く、豪華絢爛で派手な金色の光、まるで天に輝く金星の光をそのまま地上に降ろしたかのような激しい光、相手の神喰いも食い入るようにその光景に見入っている。

神喰いは皆等しく、神を殺して肉を喰い力を得た超人だ、だが喰らった神によって得る力は千差万別だし、使い方によっては様々な形態を幾つも生みだす、だが一般的に強力な神を喰う程に強力な神力を得れるのは常識となっている。

強力な力を持つ神々が多く存在するアステカ神話の中でも最強の一柱を担う"トラウィスカルパンテク―トリ"――あらゆる災いと破壊を引き起こし、不吉を司る神でもある、金色の槍(光線)を人々に投げつけ、恐れられた存在だ。

かつて太陽神トナティウから受けた傷のせいで石と冷気の属性を植え付けられ、日の出と同時にその力を失うように変質させられたが、逆に夜の世界に置いては最強の力を操る事が出来る、災いを、疫病や飢餓と言った世界の負を撒き散らす金の星の大王なのだ。

力を失った姿はイツラコリウキ(黒曜石のナイフ)死と静寂の神、そこに堕ちる前の破壊神としての最高の力を持った"トラウィスカルパンテク―トリ"を喰らった事に素直に驚きを隠せない、後者でもあり得ない程の神性を持ちえているのに、変化する前のソレを殺したとは。

「"不吉の金色"の前にはあらゆる災厄が無効化される、少なくともこいつより格下の神の力は全てだ、別に少しでも神話を齧っていたらわかるだろうが、太陽神の類とは相性が悪ぃな」

神力の弱点を何て事でも無いように教える、まるで出来の悪い生徒に懇切丁寧に物事を説く教師のようだ、性格悪いなー……俺の兄です。

確かに太陽の属性を持つ神は強力なのが多いしな、エジプト神話のラーを筆頭にギリシア神話のアポロン、ヒンドゥー神話のヴィシュヌと数えればそれこそかなりの数になる。

どれも強力な逸話を持つ神々で知名度も高い、それだけ神肉嗜好者の眼に付く頻度も高いだろうけど、例え人為神降の回数が多くても"殺せなかったら"意味がない、人々に広く知れ渡っている神はそれだけ強力なものが多いのだ、だからこそそれを殺して喰う事も困難になる。

「こいつはオレの体に纏わりついて災厄を弾く、試した事は無いが人類が予測できる災厄なら全て弾く事が可能らしいぜ、神の起こす災いだろうがな」

(うわっ、無敵バリアじゃねーか)

流石は我が兄だ、ここまで卑怯な神力を持っているとは、しかもこれが巨大な力の一端に過ぎないのがさらに恐ろしい、神喰いと言ってもピンからキリまであるわけで、最上にいるのが比多岐、最低にいるのが俺だとして、宇宙猿人は大体中の下って所だろう。

勝てる見込みは限りなくゼロに近いだろうに、逃げ出さないでワナワナと震えている様子を見える――逃げないのか、うん、そこは立派だと素直に感心する。

彼女も祝詞を謳うのだろうか?だとして、それが何の意味を成すのだろう、俺のような下っ端神喰いが見ても力の差は歴然だ、ぶっちゃけ立派だけどおバカさん。

「テメェが他の神力を持っているなら話は別だが、それもねぇみたいだし、オレの弟を怖がらせたんだ、半殺しぐらいで勘弁してやる」

「おーい、俺はそんな事を望んでいないから」

我が兄は面白い事に重度の過保護さんなのだ、俺を子犬か子猫のような生き物だと勘違いしている節がある、バイトを始めた時もすげぇ反対されたし、反対も反対、馬乗りになって首を絞められながら何が不満だと罵られたっけ。

普通に我が家の事を考えてバイトしたのに、あーあ、そして嫉妬深いし、独占欲強いし、色々と困った人だまったく――お気に入りのペットを虐められた飼い主と同じ気分なのだろう。

だから風呂に入るのもベッドに寝るのも一緒にしたがるのだ、多分。

「そもそも、比多岐は何でも暴力で解決しようとする傾向があるな、頭の悪い俺と違って出来が良いんだからさ、もっと上手にやった方がいいぞ」

「…………」

「見た目も可愛いんだし、比多岐は嫌がるけど女の人にモテるじゃん、見た目が子供とか関係無しに好きになってくれた人もいたのにさ、それに性格も本当は優しくて純粋だったりするじゃん」

「………………」

「その服装と口調で怖がられるけど、弟の俺の事をいつも心配してくれるしー、ああ、後、家事が得意なのは羨ましい、俺とか一人で生活出来ないもんなぁ、比多岐がいないとさ」

「…………………………………」

「てか俺とか下手に比多岐の超絶すぎる容姿とか完璧過ぎる家事能力を見て来たからなぁ、お嫁さんを探すのが大変だわ、うんうん」

「うがっーーーー!!」

蹴られました。

「いてぇ!あれ、なんかエミール・ブワラック!?」

「うっせぇ、わかり難い、シネ」

何故か顔を真っ赤にした比多岐が俺の首の襟を掴んで顔を寄せてくる、やーめーろーよー、このTシャツお気に入りなのに、のびるじゃんかー。

アルコールによるものとは微妙に違う肌の色、桃色つーか何つーか、おぅおぅ、照れているのか?――面と向かって言ったら確実に殺しにかかるな。

家の中のやり取りをそのまま生死をかけた戦闘中にやるとは、気軽でおかしな兄弟だ、ふと諸悪の根源へ眼を向けるとそこには誰もいない、あーあ、今の内に逃げたか。

『今回は"血塗れ兎"の神力の一つがわかっただけでも良しとしましょう、私の"デレク・メディングス"を無効化した力、まずは見事と言っておきましょう!』

「おお、何だか頭に直接響いて気持ちが悪いな」

てか技の名前をどうにかしろ、あれか1970年のあの作品から由来してるとしたらこの女も相当の"アレ"だな、頭が悪いなぁと思いつつ少し話をして見たいような微妙な気分。

確かに徐々に消耗して消えて行く飛行物体だけどさ、そのインスタントさが逆に良いってのは認めよう。

『ですが忘れない事ですわ!御堂蘇芳さまの偉大な血を継ぎながらその家を滅ぼした貴方達!呪われた兄弟の行く末は滅亡しか無い事をっ!それではまたの機会に、ですわ!』

そして途絶える妙に癇に障る女の声……今日第二回の神喰いとの遭遇はこうして幕を閉じようとしているのだけれど、違和感、異常と言っても良いだろう。

今……"兄弟"って言ったよな?そこは良い、当たり前だ、俺たちは数年前に義兄弟になった、義兄弟に…………ああ、違和感の正体はそこなんだ、そこ、"御堂の血を継ぎながら"……俺はそうだ。

今思い出しても決して良い気持ちにはなれないあの完璧主義者の横顔、抜き身の日本刀のような鋭さを全身に宿らせた現代の傑作、それが本当に僅かだけど目の前の兄と重なる。

「……えー、"お兄ちゃん?"」

「くっ」

ニッコリ、意識して笑う、肩を掴んで逃げないように、圧倒的な身長差により上から下へと強く体重をかける、白い肌に指が喰い込むのがわかるけど、そんな事は今回に関しては気にしない。

思えば可笑しな話だ、身寄りも無く過去には厄介事しか詰め込んでいない俺を養ってくれるなんて、おかしな話、今まで気付かなかった俺の方がいけなかったのだ。

どうせこいつの事だ、言うタイミングを外したとかそんなものだろう。

「さっきの不気味な神喰いが最後に不思議な事を言い残してたよな?しかも俺たちの事を詳しく調べているような口ぶりだったし、依頼って言葉を使ってた、信憑性は不明だけど、意味の無い言葉を最後に言い残す必要なんて無いと思うんだ」

「しらねぇ」

「二人揃って狙われたのも神喰いだからでは無くて、二人とも、今は存在しないあの家に関わりがあるからって方がしっくり来るもんなー、つか、さっさと白状しろっ!」

「……白状も何もねぇ、言ったろ、兄弟だってな」

「それこそわかり難いわっ!俺はあの時の比多岐の言葉を"義兄弟"(きょうだい)だと思いっきり勘違いしてたわっ!うわ、うわぁ、あり得ない、ありえねぇぇぇぇぇぇ、普通数年間も黙ってるか!?」

本人もあっさり認めました、結論から言えば今まで義理の兄弟だと思っていた兄が実は血の繋がった兄でした、と喜んで良いのか悲しんで良いのか、よ、喜んで良いのか?

もっとこう、序盤でわかったり、人生の終わりにわかったりとドラマチックな展開ならわかるけど、すげぇ微妙な時期に意外に簡単に、しかもぞんざいに明らかになった。

これが妹や姉だったらまた色んな展開があるだろうけど、兄だしっ!

「うわ、うわ、ひくわ~、無いわ、ありえへん」

「あー、うっせぇ」

手を振り解いて歩き出す、数年間、恐らくタイミングを外したと言う理由だけで実の弟にそれを言えなかった兄が歩き出しましたよ?不思議な生き物ですね。

既に金色の光も無くなって、戦いの名残として抉れた地面だけがそこにある、何だか工事中の地面にも見えなくは無い、その周りには僅かだけど人だかりが、今日、初めて人の"群れ"を眼にした気がする。

そう言えば人払い云々って言ってたし、俺が朝目覚めたときからそんな結界が張られていたのかもしれない、幼少の時に教え込まれた知識がそれを肯定するが、いかんせん、それを扱う術や見破る術は最後まで獲得出来なかった。

「なあ、なあ、じゃあさ、じゃあさ、比多岐の母親も」

「親父は一緒だが母親はちげぇよ、オレを産んだ女は人間だ、そもそもオレは産まれてすぐにこの"弱い体"のせいで外に捨てられた」

「むぅ」

「後は言わねぇ、死んでも言わねぇ」

「でもまあ」

兄の小さな姿を追う、人の群れが夜の闇に戻り、主を得た世界は活き活きとしているようだ、犬を散歩する親父が赤ら顔で鼻歌、平和な光景に眼を向けて、少し口ごもる。

(でもまあ、か)

「とにかく、まあ、今度からは大事な事はもっと早めに言うように、そして次は生き別れの妹希望で」

「生憎、オレだけだ、妹が欲しけりゃ、あの世の糞親父に頼めばいい」

笑えなかった。



●(おまけ・おとうとがじつはだいすきなあにときょうはつかれてもうだめだーなおとうと)


くかー。

豪快なイビキに眼を覚ます。

どうやら弟のものらしい、どうやらも何も、この部屋には弟と自分しかいないのだから当然だろう、自分が寝惚けている事を自覚する。

今日は疲れた、弟も疲れたらしい、普段はイビキ等はしないで静かなものなのに、思えば弟がイビキをしていた記憶など本当に稀で、数年の月日が浮かぶ。

弟だ、オレの弟、母親は違うが父親は同じ……男の血を受け継いだたった二人の兄弟、こいつは知らなかったようだが、自分は知っている。

ずっと欲しくてずっと手に入らなかった存在、父に奪われ偽りの母に弄ばれ実の母を喰らって、壊れた弟――自分も中々、大したものだと思うが、この弟の壊れ方は異常だ。

いつもはつい冷たく接してしまうが、本当は、ほんとうは弟の事が可愛くて仕方が無い、出来る事なら24時間一緒にいたいし、何でもしてやりたい、この気持ちが何処に起因するものかは知っている。

もっと正直に言えば、委船比多岐は弟にしか興味も関心も無い、神喰いの衝動だって"少し"はあるが愛しい弟に比べたら取るに足らないものだ、本当なら二人、閉じた世界で永遠を謳歌したいぐらいだ。

(……はずい)

意識が覚醒して来ると次に到来したのは恥ずかしさだった。

普段の自分の態度とは真逆の心の内を無意識で、今日、実の兄だとバレた事も手伝ってさらに気恥ずかしい。

ベッドの上部に取り付けられた小棚の目覚まし時計は深夜を指し示している、毎回の事ながら弟のベッドに無意識で忍び込んでしまったらしい、経緯は不明だ。

弟の上半身に抱きつく形で寝ていたようだ――どうも、無意識でいろりの方に寄ってしまう習性が自分にはあるらしい。

(……ずっと家にいればいいのに)

確かに楽な生活とは言えないが、自分の"仕事"は一発の収入が大きい、別にいろりがバイトをしなくても生活に困らない程度は稼げるのだが、意外に頑固な所がある弟は聞き入れてくれない。

思えば初めて出会った――といろりが思っている二度目の遭遇、タイミングを逃してしまった、実の兄である事を伝えられず、何故か現代では珍しい義兄弟の契りを交わしてしまったのだ。

散々悩んだ挙句、一緒にいれるなら兄弟も義兄弟も変わらないだろうと開き直ったのだが、まさか、他人からそれを伝えられるとは思わなかった、あの神喰いはどうしてそんな事を知っているのだろうか?

いろりと自分が兄弟だと知るのは御堂の家の一部の人間か自分の母親ぐらいのはずだが、その全てが今は話す術を持たないはずだ―――自然、そこであの異様な神喰いに"依頼"した人間も限られる。

しかし神喰いが他人の頼み事を聞き入れるとは、それもまた異様で、顔を顰める、弟を殺そうとした存在に殺意を抑えられない、縊り殺すだけでは飽き足らない、追い詰めて追い詰めて、後悔させてやる。

太陽の下を歩けない自分の体質を呪う、これさえ無ければすぐさまにでも殺しに行けるのに、一日の行動時間の制限が大きすぎるのが自分の唯一の弱点と言える。

(神を喰いに行くのもめんどくせぇし)

神を喰らう行為が好きかと、かつて誰かに聞かれた覚えがある、しかし肉を喰らう獣に肉が好きだと問いかけても無意味だろう、少なくとも自分は神を喰う行為より弟と触れ合う時間の方が何倍も大切だ。

弟が平穏を望むように、自分は弟を望む、だからこそ弟に近づく自分以外の存在は許せないし許す気も無い―――だから御堂の家も滅ぼしてやったのだから。

「んー、むうぅぅ、ちゃー……はんっ」

(どんな寝言だ、どんな、バカだ、バカ過ぎるな、コイツ)

そもそも弟に近寄る輩が多すぎる、特に多いのはチーズ臭い有象無象のメス共だ。

今までどれだけ裏から"排除"してやったかこいつは気付いていないだろう、気付いているわけが無い、察しが悪いのもコイツの愛らしい部分だ。

体温と心臓の鼓動、そして少しだけアルコールの臭いの交じった体臭を嗅いで心を落ち着かせる、今日、出会ったと言っていたもう一人の神喰いの女、妙にそいつを庇っていた。

嫉妬する――妬ましい、弟を殺そうとしたと聞いた、なのに生きているし、なのに携帯の番号まで交換したらしい……早速明日の夜の目標が出来た、凄惨な夜になりそうだとほくそ笑む。

あの日の夜、弟はまるで乞食のような姿で削げ落として既に肉の無い人骨に齧り付いていた、それが誰の物かも既に理解していない阿呆の瞳でオレを見た、これは――オレのものだ。

衝動と呼ぶにはあまりに大きすぎるソレは神喰いの衝動すら超越して自分の脳を激しく貫いた、経緯は様々あるが、産まれた瞬間からオレはこいつの為になら全てを犠牲に出来る覚悟を得ていたのだ。

愛に上限は無く、日々の生活で自我を取り戻す弟に募るのは過ぎた感情ばかりだ、いっそ、四肢を切り落として共に山奥にでも引き籠ろうと考えたが、その際に弟が泣いてしまったら自分はどうにかなってしまうの、だから止めた。

しかし、この歪んだ愛情を全肯定する事もしない――普通に幸せになって欲しいと思う心も確かに存在するのだ、その際、連れて来た嫁に激しい暴言を吐いてしまいそうなのが悩みだ。

代々、御堂の家柄の人間はその強力な呪術の才とは別にもう一つ継承するものがある、それは二重人格に近い激しい衝動、自分で自分がコントロール出来ない癇癪のようなものだ。

自分といろりには呪術の才は悲しい程に受け継がれなかった、思うに父親であるあの男に過去と未来の何百年分の才が全て使われてしまったのだろう、だがその厄介な方の才は兄弟揃って継いでしまった。

あの父親ですらこの御堂の血からは逃れられなかった、思うにいろりに向けた虐待とも思える接し方もその御堂の血から来る歪んだ愛情の一つだったのだろう。

(いろりもオレもあの糞親父の血を継いでる、厄介な物ばかり残しやがって、あのカスが)

いろりのその衝動の方向は意外なものだ、少なくとも今すぐに身を滅ぼすような類のものでは無い、父である蘇芳の衝動は『完璧である』という一点のみで、そこに様々な要因が重なり、子に向けた愛情が暴力へと変質した。

そして自分の衝動は『弟が愛しい』とそれだけに絞られている、最初は神喰いとしての、もっと根源的に言えば神肉嗜好者の衝動がソレだとも思ったが専門家に言わせたらまったくの別物らしい。

あまりに強く激しいこの衝動は時に自分の心のバランスを失わせる、果たして自分が今している事が本当に弟の為のものか、ただの嫉妬による破壊衝動なのかの判断が出来なくなるのだ。

一つ安心出来るのは自分と違っていろりには神の血が混じっている、それにより御堂の血が抑え込まれている傾向があるのは僥倖と言えた。

「にい……ちゃ」

(…………寝言か、あー、うぜぇ、夢の中でもオレに頼りっぱなしかよ、仕方ねー奴、ばぁか)

―――弟の携帯に登録されたアドレスにメールを送りつける、明日の夜が楽しみだ。








前に載せてたのアップー。



[1513] 恭輔が太郎と結婚したけど浮気した編(携帯で書いた
Name: 眠気◆0d68d2f7 ID:46167cad
Date: 2011/11/04 17:53
浮気は許さないと言われたけれど、何処から何処までが浮気なのかと問われれば答える術は無く――江島恭輔、俺はモゴモゴと情けなく口を動かすのだった。
目の前には嫁のタローが荒く息を吐きながら山道を突き進む、浮気をしたわけでは無いと何度も口にするが、その言葉は虚しく内包世界の空気へと消えてゆく。

もう一度声をかけようとするけど、やっぱり面倒になって息を吐く、息を吐いて吐いて吐いて、少しおぇってなる、おぇぇってなる、精神的に追いつめられるとおぇぇってなる。

登山の途中でもおえぇぇってなる、夫婦二人で登山中、目指すは山の上に棲む竜さん、まあ、諸々の事情は差し置いて、俺と妻はそこに行かないといけないわけで。

行かないと行かないから歩くわけ、でも停滞した空気が俺を責め立てる、おにゃのこの姿をしてどうにか弱い小動物を演出、演出しているけど相手もロリなわけで――うん。

「うぅ、気まずい」

「そう」

会話に停滞は無い、空気に停滞はあるけどタローはそれを無視して俺の独り言に短く返事をする、うん、少しは機嫌が直ったカナ、流石は嫁――そう思って自分の心を少しだけ癒すのでした。

地面は泥濘を覚えた雨上がりの山道、頂上を目指して―――どうして頂上を目指すのかって?俺が浮気したと思われる、つか俺にも自覚が無い――そんな幻想が頂上にいるからさ。

もさもさ、もさもさもさ、もさもさもさもさもさ、もさもさもさもさもさ、もさもさもさもさもさもさもさ、もさもさもさもさもさ、自分のワカメヘアーを触る、なんて!わかめ!

タローのポニテを見ながら少し憂鬱、俺はロリ、君もロリ、出会った頃はお互いに普通の男の子だったのに、つーか、あまりに幼い時から一緒で出会った時、その一瞬を思い出せない。



「思い出せなくてもいいか」

「恭輔、この山の"頂上"にいる竜を殺して、埋めて、華を咲かせようと思うんだ」

「いや、うん、幻想大好きのタローが言うと少し凹む、凹むからそこは止めて、止めてください」

「それとこれとは話が――まあいいか、会って、可愛いのだったらタコ殴りにしようと思います」

横に並んだ俺にタローがほがらかに返事した、ほがらか過ぎてやや吐き気がする――――――――こいつはほがらかで穏やか俺に強い依存を抱いているけど、大丈夫。

取り合えず、知り合いのドラゴンには低姿勢で謝ろう、内包世界で一番の友達に内包世界での嫁が殺し合いを…………まあ、俺は遠くからそれを見ていましょう、そうしましょう。

じゃりじゃり、砂利道、砂利道で坂道、歩くよ、歩くよ、どんどん行くよ――――なんだこのリズム、胸に熱いものが込み上げたり、込み上げなかったり、どっち?

「なぁなぁ、タロー」

「うーん、しかし、俺の知ら無い所で、知らないドラゴンと知り合いになって、細々と浮気をするとは!――恭輔は変態で大変で、目を離せないな」

「人の話を聞いて下さい、夫婦のやりとりはとても大事、でも一方的な言葉の投げ合いは駄目、"合い"にもなってないか……とにかく、ともかく、だめ」

「浮気した癖に」

「うぅ」

少女の姿の俺に少女の姿のタローがあたっく、あたっく、幼稚園での虐めのようだ、虐め駄目――虐め絶対に駄目、タローの方が少し背が高いので裾を掴んで、ぎゅっ、ぎゅっぎゅっ、歩く。

すっかり機嫌が直ったのか、タローはとてとてと歩く俺に気を使って歩幅を小さくしてくれている、ありがとう、俺はサンダル、ぷいぷいと音を鳴らす子供用サンダル、るんるん。

「浮気は文化です」

「ほほぅ、認めるのかー?」

じろり、タローの幼い顔が俺を睨みつける、まぁるい瞳、まぁるいそれが俺をじーっと見つめる、可愛い顔と犬の尻尾のような髪の毛、うんうん、俺のワカメヘアーとは違って艶のある真っ直ぐな髪質がとても羨ましい、羨ましいなぁと思いつつ、鼻歌ふふん――、ふふん、ふふんと笑う。

「御機嫌だね、ドラゴンを目の前で虐められても俺は知らないよ恭輔」

「それをするのはタローだからその言葉選び、つまりはチョイスはおかしい、うん、本当におかしいから……もう、ほんきで虐める気は無いだろうに、俺と遊んで遊んで遊びまくっているドラゴンの正体を見極めたいだけとか、つまりはそーゆー事」

「成程、成程とはこれ如何に、以下に……烏賊に」

「イカは"貝殻"にもう一度」


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
2.2085020542145