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[15006] リリカルやくざオーフェンstrikers(リリなの×魔術士オーフェン)
Name: QB9◆225ae755 ID:5d7adf83
Date: 2011/06/12 01:35
はじめましてー QB9です

このSSはリリカルなのはstrikersと魔術士オーフェンのクロスです。

秋田禎信BOX発売記念に便乗して調子こいてます。

これが処女作なのでミスなどが多いとは思いますが、そういった点は指摘してくださればなるべく直していきたいと思います。特に戦闘描写とかは自信なしです。といってもノリで書いてるため、最後まで書きたいとは思いますが、都合により・・・



設定としては、はぐれ旅の後のオーフェンがリリなのの世界に行く感じです。

独自設定や独自解釈が多いので、原作を重視する方はスルーしちゃってください。ストーリーの都合上、キャラや設定を改造することがあります。


あとキースは出ません。理由は、自信がないからです。あの変態執事の無茶苦茶っぷりを再現する自信がございません。




こんな感じで進めていくので、どうかよろしくお願いします。





追伸 
魔王オーフェンはカットします。ぶっちゃけ魔王の力がよくわからないからです。
原作では制御に失敗して負傷していました。魔王の力が強すぎて制御が出来ないのはわかったのですが、それだといつも使っていた魔術も制御ができなくなってしまうのか、それとも強力な魔術のときだけ制御が難しいのか。はたまた魔王モードと平時モードみたいにスイッチできるのか。そこらへんのバランスがよくわからなかったので、それなら変に矛盾するよりカットしてしまおうと思いました。

作中で魔王という単語が出ると、犯罪者としての『魔王』であると思ってください。





※第七話修正 最後のドクターの場面について、ドクターの持っていた物を
       プレートをリングに修正。



[15006] 第一話 始まり
Name: QB9◆225ae755 ID:5d7adf83
Date: 2010/05/05 23:00
「我は放つ光の白刃!!」

月も見えない夜の森の中。

闇夜を切り裂くように一瞬の閃光が瞬き、一瞬遅れて轟音が響きわたる。

「わりぃな。暗殺者相手には手加減しねぇことにしてんだ」

そう呟いたのは、黒づくめの男だった。黒目黒髪で服装もすべてが黒一色で統一されており、その胸元には大陸黒魔術の最高峰である牙の塔で学んだ証明である銀でできた一本足のドラゴンのペンダントが揺れていた。

そしてその男の周囲には、3人のこれまた同じ黒づくめの男たちが倒れていた。

「く・・・・そ・・・化け物め」

そう毒づいたのは、倒れている内の一人だった。どうやら意識があるのはその一人のようで、他の二人は気絶していた。

「殺せ・・・『魔王』・・・」

『魔王』と呼ばれた男、オーフェンは小さく嘆息すると、

「手加減はしないっつったが殺すつもりはねぇよ。寝覚めが悪くなっちまうしな」

そう言ってオーフェンはそのままその場から立ち去ろうとしたその時、

「何言ってやがる。てめぇがしたことのせいで今大陸で何が起こってるのか知ってんだろうが!!」

それを聞き、オーフェンの足が止まる。しかしそれも数秒のこと、また歩き出しながら、

「わかってるよ」

自分にも聞こえないほどの声でそう独りごちたのだった。

数か月前、キエサルヒマ大陸はアイルマンカー結界から解放された。それは一人の男の行動によるものであった。その結果、聖域が破滅し、キエサルヒマ大陸では史上空前の変化が引き起こされていた。王立治安構想の破綻、キムラック教会の崩壊、王室と大陸魔術士同盟(ダムズルズ・オリザンス)との抗争。大陸から結界が外された結果がこれらの混乱が巻き起こした。

そして、大陸中を巻き込んだ混乱の原因、アイルマンカー結界から大陸を解き放った人物に王は史上最大の犯罪者として懸賞金をかけた。それからしばらく、大陸最強の魔術士から全ての戦闘技術と暗殺技能を学び、『鋼の後継』という二つ名とともにその名を大陸中に知られた男に新しく『魔王』という呼び名がつけられることとなった。








暗殺者達を半殺しにしてしばらく、オーフェンは森の中をさまよっていた。

(まったく、こー何度も命ねらわれりゃおちおち眠ることもできねぇじゃねえか)

胸中で毒づきながら手近な木を蹴っ飛ばす。暗殺者に見つからないようあえて街道から外れていたところに、先ほどの襲撃。野宿をしようとしてもまた別の暗殺者に見つかるかもしれないということを考えれば、身を隠す事なら幾らでもできる森の中では危険かもしれない。身を守るために森の中に入ったのだが、この状況では裏目に出てしまったというところか。

「そーだよ、森の中なんざ恰好の場所だ」

と、いつの間にか声に出していたらしい。チッと舌打ちするとまた歩き始めた。その後またさ迷い歩いてからふと立ち止まり、

「はぁ・・・疲れてんのかね」

連日命を狙われている危険にさらされ、騎士隊との戦闘等により、思っていたよりも疲労がたまっているのかもしれない。そのようなことをつらつらと考えていると、森の中に洞穴らしきものを見つけた。近づいて見てみると、それは不自然なほどに整っており、大きさも人が入っても問題がないほどで、壁面や天井などが奇麗に削られている。

「これは、天人の遺跡か?」

そう独りごちながら洞窟の中を注意深く観察する。天人の遺跡のほとんどは既に調査がなされ、すでに危険なものは取り除かれているだろうがついうっかり魔術文字を起動させてしまい、一瞬後には体が爆砕されてバラバラになっている可能性がないわけではない。オーフェンは魔術文字について専門的な知識を有しているわけではないが、天人の遺跡には何度も探索に来たこともあるしある程度の知識を持っていた。

(まあなんにせよ、休めそうな場所を見つけることができたのはツイてたかな)

ざっと調べてみたところ危険はなさそうにも見えた。洞窟の奥へ進み、少し開けた場所にでる。そこから幾つか道が分かれ、その先が部屋になっていた。

「これなら休めそうだな」

そういって腰を下ろし、深く息を吐く。ここ最近は満足に休息をとることができなかったので、少し気が緩んだのか急に瞼が重くなってきた。ここは街道からもかなり離れた場所であるし、ここに来るまで暗殺者などの気配は感じなかった。疲労がたまっている今、少し休んでもいいだろう。遺跡といってもこの部屋に来るまでは一本道であったから誰かが来ても気配でわかるだろう。そう結論付けて数日ぶりに警戒を解き、体をリラックスさせるとともに、目を閉じた。



なにか騒がしい音がして目が覚めた。

「なんだ・・・何の音だ?」

まだ睡眠の誘惑から抜けきれない頭を揺らす。体はまだ休息を欲していたが、命を狙われていることを考えるならば、小さな音でも無視することはできない。なにしろ今いる天人の遺跡は既に調査がなされ、音が出るようなものなどないし、ましてや音を出す人間もいないはずなのだから。

(しかし、騒がしいだあ?)

暗殺者なら標的を前にそんな間抜けすることをするとは思えないし、動物にしても音が大きすぎる。そう思っていまだ重い瞼を無理やり開くと、


「なん・・・・・・だ?」






世界が一変していた。






[15006] 第二話 森の中で
Name: QB9◆41b3ec32 ID:5d7adf83
Date: 2010/01/11 16:39
天人の遺跡を捜索していた頃。

「ふーん。やっぱり調査し尽くしてるか」

洞窟を見回しながら奥へ奥へと進んでいくが、天人が住んでいたであろう遺跡にもかかわらず、天人が使用していたと思われる物は一つ残らず回収されて何も残されていない。まあ天人の使用していた物が天人にとってはどうというものでもない日常品であったとしても、人間にとっては危険極まりない場合があるため、なにもないことが逆に安心できるとも思えるのだが。

そんなことを考えながら、幾つかの部屋を覗いてみると

「うおっと!?」

何かに躓いてたたらを踏む。そのまま、壁に手をつきなんとか勢いを止める。

「くそっ、なんだ?」

毒づきながらも躓いたあたりを見ると、そこには半円型のリングが地面から突き出ていた。というよりリングの下半分が埋まっていると言ったほうが正しいようだ。

「これは・・・・・・」

注意深く観察しながらそのリングを引き抜く。それは指輪のようで内側に何か文字が書いてある。

「魔術文字か」

天人の扱う魔術は沈黙魔術を呼ばれ、人間の扱う音声魔術と比べ桁違いの威力とともにその効果が長時間持続することが特徴とされている。そして沈黙魔術と呼ばれる所以はその魔術の媒介が文字であるためで、その文字が消えない限りその効果は続く。その魔術文字は人間の間ではまだほんの一部が解明されただけで、まだまだ実用化には程遠い。

オーフェンは実はその指輪には見覚えがあった。内側の魔術文字も以前見た指輪と同じようだ。

「つっても、またサイズ合わねぇな」

苦笑しながらもどこか懐かしそうにその指輪を眺め、ポケットにしまう。近くに同じように何かが落ちていないかざっと見まわしてみながら、オーフェンはその部屋を出た。



しかし彼は気付かなかった。彼が体を支えようと手を付いたあたりにかすかに光る文字があったことを。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






そして、目が覚めるとなぜか外にいた。天人の遺跡の奥にいたというのに目が覚めたらいきなり青空の下にいた。

「一体何なんだ?どこだここは」

周囲を見回してみると森の中にいるようだが、天人の遺跡らしき洞窟は見当たらない。眠気は完全に吹き飛び、現在の状況を把握しようと頭を回転させる。考えられる可能性を頭の中にリストアップする。実は寝ているうちに勝手に歩いて外に出た、あるいはこれはただのリアルな夢、それとも連日の緊張による疲労のために遂に幻覚を見るようになった・・・

(寝ている間に暗殺者に殺されていて、ここは死後の世界?はっ、バカバカしい)

それらの可能性を挙げていき、次々とリストから削除する。

そして考えうるあらゆることを削除した結果、あえて考えないでいた最後の可能性にたどりつく。

(天人の魔術を知らない間に起動させ、転移した・・・・・・)

今だ悪夢でも見ているかのような心地で、それが一番可能性が高いということを認める。以前から天人の遺産とは相性が良くないとは思っていたが、

(極め付けだな、こりゃ)

ただ考えているだけでは埒があかないため、今はどこにいるのか見回してみる。周囲は森に囲まれ、昨日までいた森とは違いがないように見える。実は移動していたとしても距離はあまり離れていないという希望を持ってみるが、それを裏付ける証拠もない。とりあえず当てもなくどこかに行ってみようかと考えていると、目が覚める直前に何やら騒がしい音がしていたことを思い出した。

(そういや、結構近くだったようだが)

今は何も聞こえないが、適当にあたりをつけて行ってみる。

ドォォォォ・・・・ン

そして5分程経った頃、また音がした。木々のせいで少し聞き取りづらかったが、何かの爆発音だ。

(何だ?爆発だぁ?どうする?)

一度足を止め、爆発音の聞こえたほうへ行くのかどうか逡巡する。なにもないところで何かが勝手に爆発するわけもなく、誰かがいるのかもしれない。しかし、爆発とは穏やかではない。呑気に近づいて爆発に巻き込まれでもしたら洒落にもならない。

考えること数十秒。果たして、オーフェンは音源のほうへと足を向けた。

(今は何でもいいから情報がほしい。なんとかなるだろ)

音のする現場に辿り着くと、そこは森の中でも開けている場所だった。木がなく、短い草が生えている見晴らしが良い。だから見えてしまった。なぜ爆発していたのか、誰か人がいるのか、それらの疑問を完膚なきまでに解消することのできる光景を。しかしオーフェンにはその光景が見えてはいても、脳が理解することはできなかった。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ピンク色の髪の女が剣を持って何かに切りかかっている。それはいい。以前魚を持って戦うという冗談にしか思えないことを本気にしている連中を見たことがある。そいつらに比べれば目の前にいる女剣士など常識の範囲内だ。現在のキエサルヒマ大陸の状況を考えれば不思議ではない。

しかし、その女剣士の剣から炎が巻き起こり、女剣士の周囲を囲んでいる幾つもの宙に浮いている丸っこい物体を両断している光景を見れば、かけらも常識の範囲であるとは思えなかった。まず女剣士のほうを見ても、よく見れば鎧姿のような、見たこともないような格好をしていた。あえて言うならば、騎士だろうか。だがオーフェンは燃える剣など見たこともないし、何らかの魔術を行使しているようには見えない。

そしてその相手の見慣れない物体。見れば見るほど奇妙というか、ありえないとしか思えない機械だった。縦に長い楕円形のシルエットをした丸い機械。それがなにやら熱線のようなものを女剣士に向かって放っている。それだけでも信じられないというのに・・・

(なんだありゃ・・・浮いてんのか?)

その丸型の機械は浮いていた。自分の正気を疑いながらも観察する。その機械に命令を下している人影などは見当たらず、どうやらある程度の思考能力を持っているようで、状況に応じて移動し、熱線での攻撃をしている。これほどの機械を開発するほどの技術はキエサルヒマ大陸にはないし、人間の持ちうる最高の力である魔術ですら宙に浮かぶといっても制御が難しく、一定時間しか浮くことができない。

(待て、キエサルヒマ大陸には?)

そこまで思考が進んだところで、ある一つの仮説が浮かんだ。不意打ちのように浮かび、それまでの思考を打ち消すほどの衝撃を持った仮説が。

(ここは・・・・・・大陸の『外』・・・か?)

彼の目的はキエサルヒマ大陸の外へ行くことであり、その目的がこうもあっさり達成されたことを考えれば願ったりな状況だが・・・・・・

(天人の遺跡に大陸脱出のための魔術文字があり、結界がなくなった今使用可能になったとでも?)

天人の中には大陸に見切りをつけていた者もいて、脱出用の転移の魔術を用意していた。そしてその魔術をうっかり自分が起動させた。一応筋は通っているようにも思えるが、

(これがそうか?)

頭の中で幾つもの仮説が回り、思わず頭を抱えそうになりながらも木の陰から観察を続ける。

(いや、今考えても仕方ない。材料が少なすぎる。)

頭を振って思考をクリアにする。

(とりあえずあの女と話をしてみるか)

戦闘はまだ続いているようで、幾つもの機械が両断され燃え上がったりと数では機械の方が勝っているようだが、単体の戦闘力ではあの女剣士が圧倒的に勝っているようで機械の数がどんどん減っていく。このままでいけば数分と待たずに戦闘は終わりそうだ。

(話をするっつってもどうすっかな。いきなり話しかけても大丈夫か?)

戦闘終了後に人気もなさそうな森の中でいきなり見ず知らずの男に話しかけられる。

(怪しいよなぁ、話なんか聞いてくれそうもねぇしなぁ)

どうしたものかと頭をひねっていると、妙案が思い付きポンッと手を打つ。

(そうだ、機械の数が減ってきたら手助けでもしてお礼にありつく。それでいろいろと情報を聞き出す。聞き出せなくても謝礼としていくらかの金、もしくは現物。これだ!!)

プランが固まったところで再び木の陰からこっそり観戦する。大体相手の数が減ったところで飛び出せるように態勢を整え、どうやって謝礼をもらい倒すかプランの細かいところを詰めてゆく。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




オーフェンが謝礼作戦を思いつた頃、シグナムはガジェットを倒しながらも奇妙な感覚に戸惑っていた。

(これは視線か?人の気配は感じられないが・・・)

視線を感じてもその視線の主の居所は掴めない。しかも視線を感じたといってもそれは小さな違和感に過ぎず本当に視線なのかもはっきりとは判断できない。その感覚に集中しようにも今は戦闘中だ。今回のガジェットドローンは手ごわい相手とは到底言えないが、戦闘中に油断するとどうなるかは今までの経験上、いやというほど知っている。そんなわけでシグナムは若干奇妙な感覚を感じながらも、目の前の敵を倒すことに集中する。

そして残り一体となった時、ずっと感じていた視線が確かなものとなった。

「あぶなぁぁぁぁーーーーーい!!!!」

最後の一体に向き合った直後、その一体にシグナムを追い抜くように光が突き刺さる。その光は直撃後膨れ上がり、爆音とともにガジェットを吹き飛ばした。

「な・・・なんだ!?」

いきなりのことに視線のことも忘れ、ただただ何が起きたのかを理解しようとする。すると後ろから、つまり視線を感じた所から草をかき分ける音とともに男が現れた。

「いやー危なかった。大丈夫か?まさに間一髪ってやつだな。お礼?いやいやいらねぇよ。でもどーしてもってんならもらってやるぜ?」

全身黒づくめ、黒目黒髪で目つきの悪い男が姿を現しこちらに近づきながらまくし立ててくる。はっきりいって怪しい。さっきの光が飛んできたのと同じ方向で、どうやらさっきの光はこの男の放ったもののようだ。

「いやーそれにしても最近は物騒だなぁ。いきなり変な機械に襲われたり暗殺者に命狙われたり。まったく世の中なにかあるかわかんねぇな。あ、そうそう謝礼って言葉知ってるか?いや、別に他意があるわけじゃないぜ?ただなんとなく聞いてみたんだがな」

何かのドッキリにでもはまっているのではないかという気さえしたが、その男が目の前に来てようやく混乱から立ち直った。今になって男を観察する余裕ができ、全身をざっと見る。全身黒づくめの服装、胸のペンダントが自己を主張するかのように揺れている。なぜか満面の笑みだが、どこか皮肉な感じを受ける。

「貴様、何者だ? 今の光は一体・・・」

「ん?あーあれか。あれはなんつーか、危機的状況での必殺技みたいなもんだ。いやー君は運が良かった。あれはめったに出ないんだ。うんうん」

と、自分で勝手に自己完結しながらこちらの肩をポンポン叩いてくる。その手を払い一歩下がりながら、睨みつける。

「何者だと聞いている。質問に答えろ」

先ほどよりも強い口調で詰問する。そうしてようやく男が動きを止めた。

「いやー何者だって言われてもな。善良な一般市民ってところだ」

「ただの善良な一般市民が必殺技を出したり、服の内側に武器を隠し持っているのか?」

「―――っ!?」

相手を睨み続けながら指摘する。よく見れば男の服には不自然なふくらみがありカマをかけてみたのだが、当たりだったようだ。男の表情が固まり、一瞬後にはまたどこか皮肉気な笑顔を浮かべているが、見逃す程烈火の将は甘くはない。

(この男の身のこなし、それに先ほどの光。おそらく何らかの魔法だろうが、AMFが効かなかった・・・?)

先ほどの混乱の要因の一つにこれがあった。魔法を無効化するAMF。半端な魔法なら完全に消し去るほどの性能を持つそれが先ほどの光には何の効果も発揮していないように見えた。わからないことだらけだが、一つ言えることはこの黒づくめの男が只者ではないということは確信できる。自身のデバイスであるレヴァンティンを引き抜き、相手に向けて構えながら

「時空管理局機動六課、ライトニング分隊副隊長八神シグナム二等空尉。もう一度聞く、貴様は何者だ?」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








完璧なタイミングで妙な機械を吹き飛ばしたそのあと、これまた完璧な笑顔で可能な限り友好的に会話をしたつもりなのに、相手の警戒はより一層強くなる一方だ。

(あれ?どういうことだ?どこがおかしい?)

さりげなく謝礼のことも口にしているのだが、一向に話が進まない。そんなことを考えながらなんとか警戒を解こうと肩を叩いてみたものの、振り払われてしまい何故か逆に警戒を強める結果になってしまっている。

「何者だと聞いている。質問に答えろ」
そう言って更に表情を険しくしている。だが、ここで自己紹介をしても自分は指名手配され、『魔王』という呼び名までつけられている。もしここが大陸の『外』であるなら名乗ったとして問題はないだろうが、ここでは適当にごまかす方が無難だと考えて煙に巻こうとする。しかし相手は釣られず、しかもジャケットの内側に縫い付けてあるナイフにも気付かれている。一瞬表情が固まったが、不自然にならないようにまた笑みを浮かべる。しかしこれも見抜かれたのか、剣を抜いて構えてくる。

「時空管理局機動六課、ライトニング分隊副隊長八神シグナム二等空尉。もう一度聞く、貴様は何者だ?」

(時空管理局・・・空尉・・・)

相手の所属している組織かなにかだろうが・・・

(聞いたこともねぇぞ)

オーフェンは牙の塔で最高の教育を受けたエリートである。しかしその彼にしても今聞いた組織、階級(恐らく)のことなど聞いたことも見たこともない。少なくとも派遣警察や大陸魔術士同盟の中にはそのような組織等存在しない。ようやく手がかりを掴んだと思ったら、その手がかりが意味のわからない単語を言っている。そのことにめまいを覚えながらも、とりあえず武器を向けられている状況を解消しようと説得を試みる。

「まあまあ、そんな物騒なもんはしまえよ。な?そんなもん向けられりゃ話もできねぇじゃねぇか」

そう言いながらも少し距離を置く。そのままなんとか警戒を解こうとするも、

「ならさっさと答えろ。答える気がないなら、力ずくで答えてもらうぞ」

そういってわずかに体を傾ける。それを見てオーフェンは・・・・・・

「やなこった」

逃げた。

(冗談じゃない!あんなの相手にしてられっかよ)

胸中で毒づきながら森の中へ駆けもどる。せっかく見つけた情報源を失うのはもったいなかったが、仕方がない。見切りをつけて森の木々を障害物にしてなんとか振り切ろうと思っていた。

「逃がさん!!」

しかし、あの剣士(シグナムといったか?)も追ってきたようで振り返る分スタートが遅れたこちらの横に並走している。そしてそのまま横薙ぎに剣を振る。

「チィッ」

舌打ちをしながらも、懐から抜いたナイフで受け止める。しかし受け止めるために足を止めてしまった。森に入られる前に拘束するつもりなのだろう。足を止めた再度切りかかってくる。

「待て待て。いきなり斬りかかってくるな。まだ何もしてねぇだろ」

「まだ?ほう、これから何をするつもりだ?」

言いながらも足を狙って剣を振りおろしてくる。それを足を半歩下げながら躱す。躱されても焦ることなく、振り下ろした勢いを殺さないまま今度は剣を振り上げてくる。それを上体を反らして躱し、避けきれない時はナイフで受け止める。そして数合打ち合った後、一度大きく飛び退って距離をとる。また距離を詰めてくるのかと思ったがその距離を保ったまま無言でプレッシャーをかけてくる。

「何もするつもりはない。本当だ」

「ならなぜ逃げた。なにか捕まってはまずい事情があるのだろう?」

(どうする?)

会話を続けながら自問する。数合打ち合っただけだが、シグナムの技量は自分よりも上だ。以前ナッシュウォータで会った剣術の師範代をしていたロッテーシャよりも数段上だろう。そんな相手にこれ以上渡り合う自信はない。一旦距離を開いたのもこれ以上はしのぐ自信がなかったからだ。

(スピードが格段に速いんだ。それに狙いも正確、か)

自問しながらも油断せずに相手を注視する。青眼に構えるその姿には隙はない。どうにか撒けないかと周囲に目線を向けた。その一瞬の隙に、

「余所見とは余裕だな」

「マジかよ!!」

目前まで迫られていた。顔面へと稲妻のように突き込まれる剣を首を振ってなんとか躱すが、頬に鋭い痛みを感じた。どうやら深くはないようだが、熱い液体が頬を流れるのを感じる。その感覚にぞっとしながらも、次は胴を狙う一撃を避けきれずに受け止める。腕力は勝っているが、技量では勝ち目はない。このままではいずれ捌ききれなくなる。

(それならっ!)

剣戟の隙を縫って体当たりをして相手の体勢を崩す。体勢を立て直すわずかな隙に編んでいた構成を放つ。

「我は放つ光の白刃!!」

「何!?」

オーフェンの手から膨大な光の奔流がほとばしり、熱衝撃波は地面に突き刺さると爆発、炎上する。魔術の炎に視界を遮られている内に背後の森へ全力で駆けだす。

「逃がすか、レヴァンティン!」『schlangeform』

ガチャンッと何かが音を立て、それに振り向いた瞬間未だ燃え盛る炎の向こうから、鋭い何かが飛び出してきた。

(ッ!?)

声にならない悲鳴を上げて、森の茂みに飛び込みながらなんとか躱す。倒れた体勢を無理やり起こしながら、先程飛んできた何かを見やる。

「おいおい、なんでもありかよ」

炎の中から伸びてきたものは、剣でできた鞭だった。先程の剣が変化したのだろう。死の教師が使っていた星の紋章の剣に似ている。機械との戦闘では炎を出していたようだし、これで打ち止めなことを祈りつつ、森の中へと身を隠す。

(このまま逃げ切れるか?)

木の陰からこちらに走ってくる女剣士を見ながら考える。剣は元の形に戻ってはいるが、先程のように剣先を伸ばして、ここら一帯を更地にされれば簡単に見つかるだろう。そのまま逃げ切ることは難しそうだ。

(なら、打って出るしかないか)

小さく嘆息しながらも森の中へ入ってくるシグナムから目を逸らさずに、足音を消し、移動を開始する。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







森の中へと消えた男を追って走る。その胸中には先程の光景が引っ掛かって少々心地が悪い。あの男が放った魔法?には魔法陣もデバイスも必要とはしていないようだった。なにより発動までの時間が短すぎる。声と同時に発動していた。

(なんだあれは?レアスキルの一種か?)

と、そこまで考えたところで森の手前で止まる。このまま森に入るべきか黙考する。この烈火の将と渡り合えるだけの戦闘能力、背後からの奇襲を避ける勘の良さ、そして魔法。これほどの腕を持つ男をみすみす逃すか、それとも危険を覚悟で追うか。逡巡は数秒。腹をくくり、一歩踏み出す。その前に、近くで同じようにガジェットと交戦していたフェイトにようやく念話を飛ばす。

『テスタロッサ、そちらは終わったか?』

『うん、今終わったところ』

『そうか、こちらもガジェットは片づけたのだが、問題が起きた』

『何?』

『不審人物を一名発見した。現在交戦中だ。』

『大丈夫?今そっちに』

『ああ、これからその人物を追って森に入る。気をつけろ。得体の知れん魔法を使う。レアスキルかもしれん』

『わかった。一人で無茶しないでね?』

『了解、切るぞ』

念話を終え、森の中へ入る。レヴァンティンは元の形に戻してある。森の中では振り回しづらいからだ。一気に森を切り開く手もあるが、その隙に逃げられては意味がない。そう考え、男が消えた辺りに警戒を強めながら踏み込んでいく。

「おい、今なら無傷で済ませてやるぞ!」

油断なく気配を探りながら声を張る。返事は期待していなかったがその予想は裏切られどこからか声が響いてくる。

「馬鹿こけ。さっきからやる気満々で斬りかかってきて、今さら信じられるかよ。慰謝料って言葉知ってっか!」

「貴様が不審な行動をとるからだ。おとなしく投降しろ!」

「断る。善良な一般市民に武器向けやがって、猟奇女め!!」

「んな!?取り消せ!!」

これらのやり取りに意味はない。声から居場所が分からないかと探ってみたが、木々に反響しているのか、どこから声が聞こえるのかはっきりとはわからない。しかしかなり大きな声が聞こえてくるということは近くにはいるようだ。

「クレイジーになんとかってやつだな!」

「刃物だ、馬鹿もの・・・じゃない、取り消せと言っている!」

怒鳴りながらも周囲に視線を向ける。背後からの奇襲を避けるために木を背中にし、奥へと進んでゆく。反響していてわかりにくいが、勘を頼りにゆっくり歩を進めていく。その時、空気を切り裂くように右から木の枝が飛んでくる。

「くっ」

たいして危険があるわけではないが、体をずらして躱す。その隙にまた別の方向から木の枝が飛んでくる。

「何だ!こんなもので私を倒せるとでも思っているのか!!」

「さあな!」

何を考えているのかわからないとぼけたような声で、またどこからか声がする。今だ相手の位置がつかめないことに苛立ちながら、神経を研ぎ澄ます。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







木の枝を投げつけながら、相手の隙を探る。しかし木の枝を最小限の動きでかわし、あるいはたたき落とすその姿からは隙は見つけられない。しかし苛立っているようで語気が荒れてきている。

(そろそろか)

胸中で呟きながら、頭上を見上げる。

「何だ!こんなもので私を倒せるとでも思っているのか!!」

「さあな!」

その声を呪文に、重力を中和し高く飛びあがる。そして木の上に音もなく降り立ち、下を見ると女剣士の頭が見える。先のやり取りや木の枝で苛立っているのだろう。辺りを見回している。それを静かに見下ろしながら数秒後の未来をイメージする。

(一撃で動きを止めて、関節を極めて抑え込むってとこか)

あと一手でチェックメイトだ。

(慰謝料をもらい倒して幸せになってやる!!)

首筋に狙いを定めて、飛び降りた。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







頭上にかすかな風を感じた。ただ風が吹いただけかもしれないしたいして気にかかることではない。木の葉が落ちてきているのかもしない。しかし、体が命じるままに咄嗟に身を屈める。

「なにぃ!?」

ポニーテールにしている髪に何かが引っ掛かる感触とともに、背後から驚愕の声が上がる。
身を起こし、背後に向き直ると飛び降りた衝撃からか、顔を歪ませている黒ずくめの男。
その首筋に愛剣を突き付け、告げる。

「チェックメイトだ」

「あれを避けるか?普通」

そう言う男は、なにか納得がいかないように顔をしかめた。

「なぜナイフを使わなかった?」

「あん?」

「手刀ではなくナイフであったなら私を殺せていた。違うか?」

男の奇襲躱せたのは運が良かっただけだ。それに、もしナイフで斬りかかられていれば、刃は届いていただろう。内心ぞっとしながらもそれを表情には出さず尋ねる。男は鞘の中のナイフを見ながら、

「そうか。それは気がつかなかったな」

どうとでもないように言う、いまだに何がしたいのかよくわからない男を見ながら「そうか」とだけ言い残す。ちょうどその頃フェイトからの念話が来た。

『どこ?大丈夫?近くに来たと思うんだけど』

頭上を見上げると木々の枝葉で視界が狭まっているが、鮮やかな金髪に黒いバリアジャケットの同僚の姿を確認した。

『ああ。不審人物は拘束した。こっちからも確認した。そのまま降りてきてくれ』

念話を切ると程なくして、フェイトが下りてくる。

「その人が?」

「そうだ。レアスキル持ちの可能性があるから注意してくれ」

「わかった」

男を見ると、何故か何か信じられないものを見たような顔をしている。

「嘘だろ?飛んでやがった」

フェイトを見ながらつぶやいている。声が小さく聞き取れなかったがなにか驚くようなことがあったようで、じっとフェイトを見ている。

「あ、あの・・・何ですか?」

男の視線にフェイトが困惑したようにそわそわしている。それを隠すかのように声を張る。

「そ、それで?不審ってどういうこと?」

「ん?ああ、何だか素性を隠しているようだったので詰め寄ったらいきなり逃げ出したんだ。こんなところに何かがあるわけでもないし、もしかしたらガジェットと関係があるかもしれない」

「じゃあ・・・」

そこまで話したところで黙っていた男が騒ぎ出した。

「おい!?待てよ、逃げたのはお前が斬りかかってきたからじゃねぇか。誰だって逃げるわ、んなもん!!」

それを聞いたフェイトがこちらに顔を向け、眉をひそませる。

「いきなり斬りかかったの・・・?」

「おい待て、信じかけるな。お前も、適当なことを言うな!!」

「なにが適当だ。いきなり刃物振り回しやがって、死ぬかと思ったんだからな。慰謝料を請求する!!」

「慰謝料・・・・・・シグナム・・・」

「だからそんな目で私を見るな!大体、お前も素性を聞いただけだろうが。名前も答えず、目つきの悪そうな黒ずくめを見れば誰だって不審だと思うだろう!!」

「そうなんですか?えっと、よろしかったらお名前だけでも・・・」

「オーフェンだ」

「貴様!!何故フェイトにだけあっさりと!」

「てめぇがあんな聞き方するからだ。こっちが助けてやって謝礼・・・いきなりけんか腰になりやがって。礼儀ってもんを知らねぇのか?」

「シグナム、助けられたの?」

「違う、ガジェットごときに手助けなど・・・・・・・・・」


10分後、ヘリが来るまで森の中に罵詈雑言が響き渡った。














あとがき的

ここまで読んでくださった方ありがとうございます。

前回が短かったのでここはひとつぶっこんでみました。

遺跡の部分は大体が出来ていたのでさらっと出来ましたが、そのあとは悩みました。もっと戦闘描写に迫力を出したかったのですが、いかがでしょうか?

ナイフの件はちょっとプルートー戦を意識してみました。






以下、いくつか質問的なものがあったので答えます。

まず、ほかのSSと似ているが?ということだったのですが、違います。違う方です。 これを書くにあたって別のSSを参考にしたことはあるんですけど、指摘されていたSSは見ていません。参考にするっていってもついつい楽がしたくて真似しちゃうかもしれないからです。 といっても被ったままは不味いので冒頭の部分だけ拝見しまいたけど・・・

似てますね。すいません。 個人的にいきなり別世界にっていうのが納得いかなかったことと、オーフェンのキエサルヒマ大陸での状況を簡単に出しときたかったんでああなりました。

あとストーリーですけど、あまり原作を変えないつもりです。(保証なし)

あとあと、チラシの裏にしては?っていうご意見ですけど、真剣に書いてますけど、これは練習って側面もあるのでいっその事なら谷にでもつき落そうかなって思ったのでとらハ板に出しました。お付き合いください。

無謀編ですけど、番外的にチマチマはさんでいきたいですね。(無茶苦茶になるかも)



あと更新速度ですけど、二回目にしてアレなんですけど、今回が最速です。限界超えました。

これより早くしようと思ったら短くするほかないです。

目安としては2週間前後かな?って感じでお願いします。



地の文が長くなってしまうのが課題です。なんかチョコチョコ足してしまいます。





ご指摘などありましたら遠慮なくどうぞ。



[15006] 第三話 それは不意打ちのように
Name: QB9◆41b3ec32 ID:5d7adf83
Date: 2010/01/17 18:31
機動六課隊長室にて

機動六課課長であるである八神はやてとシャーリーの二人がコンソールに映る映像を見つめている。画面には先程のシグナムの戦闘記録が映し出され、ガジェットとの戦闘から身元不明の黒ずくめの男とのやり取り、戦闘へと場面が展開されている。はやては画面から目を逸らさないまま、シャーリーに声をかける。

「これが例の?」

「はい、シグナム副隊長が遭遇、現在拘束されている男です」

「で、この男の魔法からは魔力反応がない、と」

「ええ、見たところデバイス等もないようです」

画面を操作し、

「信じられません。AMFを無視してガジェットに攻撃するなんて」

オーフェンの魔術がガジェットを吹き飛ばしたシーンを何度も再生しながら首をひねる。と、その時になってトントンとノックの音が響く。

「入ってええよー」

返事をすると、機動六課スターズ分隊隊長高町なのは一等空尉が入室してくる。

「午前の訓練終わったよ。それで話って?」

「うん、これやねんけどな、ちょっと見てみて」

「これは、シグナムの?」

「そうや、シャーリー」

シャーリーに声をかけ、先程の男の映像を出す。ガジェットを吹き飛ばす魔法、シグナムと互角に渡り合う技量。映像だけでは判断しづらいが、まず間違いなくかなり腕の立つ魔導師だろう。

「へぇ、シグナム副隊長が後ろをとられるなんて。それに魔法・・・」

「そや、今シャーリーと話とったんやけど、この男の魔法からは魔力を感知できんのや」

「デバイスとかは」

「それらしきものはありません」

「ふーん、見たこともない魔法か・・・」

画面を注意深く観察しながら手を組む。AMFを無視できる魔法なんて聞いたこともない。画面からなにか手がかりが掴めないかと思ってみたが、たった二回しか魔法を使っていないし、映像だけではわからない。

「それで?この人は今?」

「シグナム副隊長とフェイト隊長が拘束して今こちらに向かってます」

「どうするの?はやてちゃん」

「うーん。どうするかな、これだけやったらただのチンピラにしか見えへんのやけどなぁ」

一度天井を見上げてから画面を見やると、そこには皮肉げにこちらを睨みつけるオーフェンの姿があった。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




ヘリがやってきた。回るローターの回転音とともに周囲に突風をまき散らす鋼鉄の機械を見上げながら、オーフェンはどこか諦めたような気持ちで空を仰いだ。といってもヘリに覆われ見えないのだが。

「なんだ・・・あれ」

おっかなびっくりヘリに乗り込み、落ち着かずに座席に座る。正面にはフェイトと呼ばれた金髪の女性が座り、その隣にはシグナムが座ってこちらを睨んでいる。

「それじゃ改めまして。私は時空管理局機動六課ライトニング分隊隊長フェイト・T・ハラオウンです。そしてこちらは同じくライトニング分隊副隊長のシグナムです。」

「ああ、オーフェンだ」

友好的な二人を横目にシグナムは先程からの険しい表情を和らげようとはせず睨みつけるのみ。

フェイトが念話で『失礼ですよ』と注意するもその視線はオーフェンからは外されない。その様子を見たオーフェンが、

「おい、さっきのは謝ったじゃねぇか。大人げないぞ」

「貴様に言われたくはない。それにそのことに怒りを感じているわけでもない」

不機嫌そうに返すシグナムに、訳がわからず「じゃあなんだよ」とオーフェン。

「貴様が手を抜いたことだ。ナイフのことだけじゃない、思い返してみれば私を倒せた機会は他にもあった」

「んなこと言われてもな。実際俺はあんたに負けたんだし。手を抜いたつもりはねぇよ」

言いながらも頭を手をやり視線を逸らす。こちらの返答に満足できなかったのか、不機嫌そうな顔をするも、こちらがこれ以上話を続ける気がないことが伝わったのかため息をつきながら目を閉じる。

険悪な雰囲気をなんとかしようと、フェイトが声を上げる。

「そ、そういえば、オーフェンさん。聞きたいことがあるんですけど」

「ん?いいぜ。こっちからも聞きたいことがあるし、答えられるものなら」

「じゃあ、まず自己紹介をお願いしたいんですけど。まだお名前しか聞いてませんし」

それから六課に着くまでの数十分。素性から魔術について聞かれ、逆にこっちからは目が覚めてから疑問だったことを聞く。これはシグナムに近づいた最初の目的で順序は思い通りにはならなかったが、ようやく目的の情報について知ることができるかもしれない。




「次元世界・・・・・・時空漂流者?」

帰ってきた答えが信じられずに聞き返す。それは不意打ちのように告げられた単語だった。

「はい、オーフェンさんがいたキエサルヒマ大陸・・・ですか。それと見たこともない魔法というか魔術。それらはこの世界には存在しません。目が覚めたらあの森にいたとおっしゃいましたね。恐らくオーフェンさんは時空漂流者で、つまり別次元から何らかの手段でこの世界に来たんでしょう。それならオーフェンさんが説明してくれたこととつじつまが合います」

フェイトの口から次元世界、管理外世界、魔術とは違う魔法についての説明を受ける。ついさっきまで最悪の可能性としてキエサルヒマ大陸の『外』に転移させられたと思っていたが、いきなり自分は別世界に飛ばされたと聞いて、目の前にいる彼女たちが無数にある次元世界を管理する組織に所属していると言われてもにわかには信じられない。頭を抱えながら呻く。

「つまり、俺はこの世界へ偶然転移させられたってわけか」

「ええ、信じられないのはわかりますが、現在のオーフェンさんはいわゆる無数の世界の迷子みたいなものです。今の状況を改善したいと言うなら、まずはそれを理解してもらわないと」

と言いながらも、こちらを不安そうに見やるフェイト。彼女にも似たような経験があるのだろうか、こちらの反応を予測していたように、疑いのまなざしを向けられているにかかわらず丁寧にオーフェンの現在の状況を説明する。

「しかしなぁ・・・」

それでもこちらがまだ納得できないでいると、今まで黙っていたシグナムが片眼を開け、呟くように言う。

「じゃあ今まで見たことはどう説明する?お前の世界にはない技術、このヘリもか?これも否定するのか?」

「それは・・・・・・」

反論できない事実を突き付けられて、オーフェンは言葉を詰まらせる。

「今すぐ信じろとは言いません。さしあたって、このヘリは六課の本部に向かっているので、そこでしたらもっと詳しく説明もできますし、元の世界に帰る手立てが見つかるかもしれないので、もうしばらく辛抱してください」頭を少し下げながら。

(選択の余地なし、か。)

「頭を上げてくれ。その本部とやらに行けば何かわかるかもしれないんだろう?ならこっちからも頼むよ」

それまで不安そうにしていたフェイトの表情がかすかに和らぐのを見ながら。

「だからコレ外してくれねぇか?さっきから動きづらいんだ」

自身の体を縛り上げているバインドを視線で示しながら身じろぎする。





機動六課 応接室

フェイトとシグナムは報告があるからと一度別れて応接室でオーフェンは待たされていた。報告後、改めてオーフェンの現状と今後についての話をすると言って、二人はオーフェンをここに通し、去っていったのだった。

「ふぅ、一応なんとかなった・・・のかな」

信じる信じないは別としてヘリでの話の内容はオーフェンにとっては衝撃的なものだった。いきなり別世界にやってきたと言われてすぐに信じられるほど素直ではない。しかし、信じるならば全ての辻褄が合うのも事実だった。

「別世界、ね」

ソファーにもたれかかり深く息を吐く。室内を見回すが、いくつか使い方もわからない道具が置いてある。ヘリを見たときほどの衝撃はないが、これらの道具を見ていると別世界にいることを無言のうちに突き付けられている気分になる。

「大陸から出るつもりだったが、まさか世界からも出ちまうなんてな」

(でもまぁ、これで見ず知らずの人間に後ろから襲われる心配はなくなるってか)

なんとなく思い付いたことに自分で苦笑する。

(なら、このままだとあいつらにも会えなくなるってことか)

脳裏に幾つもの顔が浮かぶ。王都を出てから会うことはなくなったがはっきりと思い出せるそれらに懐かしさを感じながらも、この世界にいる限り会うことはできないという現実に思わず天井を仰ぎ、またため息をついた。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








フェイトとシグナムの報告を聞き、八神はやては「うーーむ」と唸った。

「時空漂流者かぁー。うーーむ」

「どうする?はやてちゃん」

「どうするかなぁ、キエサルヒマ大陸だっけ?」

「はい、そう言っていました。また彼の魔法、彼は魔術と呼んでいましたが、近くで見てもミッド式でもベルカ式でもありませんし、なによりAMFを無視していました。あのような魔法は見たことがありません」

「そやなぁ、送ってもらった映像解析してもそれらしい反応はなかったし。別世界の魔術というならありえん話でもないかな。なのはちゃんから見てどやった?」

「うん、私も同意見かな」

「それで、彼の処遇は?彼は元の世界に帰りたいと思いますが」

「それやねんけどな、念話で彼の世界のことを聞いてからこっちで探してみたんやけど、どうやら管理外世界らしくてな。ちょっと難しいかもしれん」

フェイトがその言葉に不安そうな顔をしながら聞いてくる。

「じゃあ、オーフェンさんはどうなるの?」

「それや。実は一つアイディアがあるんやけど・・・」

と言葉を切ってはやてがシグナムへと目を向ける。

「その前に、どやった?実際に彼と話して戦ってみて」

シグナムは考え込むように形の良い眉をひそませながら、出会ってからの感想を話す。

「一言で言って、これが適切な言葉かどうかは分かりませんが・・・」

少し言いにくそうに言葉を濁してから、

「やくざです」

『『『ブッ』』』

その場にいるシグナムを除く全員がそのあまりにも率直過ぎる感想に噴き出した。フェイトが苦笑しながらもフォローを入れる。

「それはいくらなんでもあんまりだよ」

「ふん、あいつにはこれくらいで十分だ」

シグナムはいやなことでも思い出したかのように吐き捨てる。

「あはは、私もそれはないと思うけど」となのは。

「見た目はそんな感じやけどなぁ・・・」自分の第一印象を棚に上げてはやて

「その他には?実際に戦ったのはシグナムなんだし」

はやてが「ちんぴらやな」とギリギリ自分にしか聞こえないほどの声で呟くのを聞きながら、更にオーフェンについて質問するなのは。万が一彼が危険人物である可能性も否定しきれない以上、実際に戦闘を行ったシグナムの印象が気になった。シグナムは歴戦の騎士であり、その豊富な経験に裏打ちされた直感をなのはは信用していた。

「そうだな、はっきり言って気に食わないやつではあるが悪意は感じられなかった。もし悪意があったのなら私もここまで無事ではなかった」

「シグナムにそこまで言わせる人って珍しいよね。私も悪い人には見えなかったけど」

オーフェンと話したフェイトも頷きながら、シグナムに目を向ける。

「そうだったか?」

「うん。それに気に入らないって言ってる割にはオーフェンさんのこと認めてるんでしょ?」

「な!?」

からかうようなフェイトの言葉に動揺を見せるシグナム。しかしそれを打ち消すように咳払いをしながらも話題を変える。

「しかし、幾つか気になることがありました」

「なんや?」

表情を少し険しくするシグナムを促すはやて。

「はい、彼の魔術ですが・・・殺傷設定・・・というか非殺傷設定がないようでした」

「それは・・・じゃあ彼の魔術は」

なのはもシグナムの言葉を受け表情を曇らせる。

「多分別世界の魔術だからだろう。われわれの魔法のように設定を変えられないようだ。最初と目くらましに使ったあの魔術の他に治癒魔術も使えるようだった」

ヘリを待つ間、頬の傷を治癒していたことを思い出す。

「ふーん、そか。他には?」

「彼の戦い方ですが、なんだか私たちの戦い方とは違うようで・・・なんというか」

自分でも自信がなかったのか口ごもりながらも考えながら話すシグナム。

「強いて言うなら、暗殺者のようでした」

「え?」

実際にオーフェンと話をしたフェイトでさえも驚いたようにシグナムを見る。はやてもなのはも同様のようで、シグナムの言葉を待っている。

「森の中に入ってからでしたが、彼が森の中に消えた後私も追ったのですが、彼は完全に気配を消していました。頭上から下りてくるまで見失っていましたし、気付いたのもあと一瞬遅れていればあの時負けていたのは私でした。その戦い方は今思うと、暗殺者やそれに類するものに似ている気がします」

烈火の将として彼との戦闘を振り返るシグナムを、3人はそれぞれ真剣なまなざしで見つめる。そこには先程のような陽気な雰囲気はなかった。しかしそこでまたシグナムが顔を顰める。

「ですが、いまいち彼の行動が読めません。あの時手刀ではなくナイフでなら勝てたでしょうし、他にも戦闘中に不自然な行動をしていましたし。負けた後も悔しそうにはしていましたが、あまり勝ち負けには拘ってはいないようでした」

「うん、私が着いた時にも抵抗とかはしてなかったし」

シグナムの説明にフェイトが補足を入れる。暗殺者というシグナムの言葉に若干身構えていた二人も拍子抜けしたように「うん?」と首をかしげている。

「どういうことや?暗殺者のようで暗殺者らしくないってこと?」

「そうですね、暗殺者らしいのは戦術だけで、その他はやくざでした」

拘るようにオーフェンをまたやくざと称するシグナム。はやては暗殺者とやくざ、おまけに自身のちんぴらというまったく違う印象を持たせる画面に映ったオーフェンを見ながら、それらの困惑を振り切るように立ち上がった。

「まあここで話してても仕方ないか。あんまり待たせても悪いし、行ってみよか」

パンッと手を打ち3人を促す。















あとがき的

ここまで読んでくれた方に感謝。


第三話です。ようやくはやてやなのはが出てきました。

書いてみて思ったんですけど、名前がひらがなってめんどくさいですね。何度か見間違えっていうか、タイプミスしてました。(涙) 紛らわしい!


とまあ、愚痴はここまでで、内容です。

といっても大して進んでないんですけど、とりあえずオーフェンに次元世界について説明してもらいました。唐突だーっとか説明不足だーって思われる方もいるかもしれないんですけど、それはもう頭を下げるしかないです。ただ単純に私の力量不足です。本当は説明シーンが二倍くらいあったんですけど、ごちゃごちゃして読み難そうだったので、これを読んでくださってる方はある程度の知識を持っているだろうと思って、甘える形になってしまいました。これに関しては、今後精進できるよう頑張ります。


言い訳はこれくらいにして、今回ではオーフェンのスタッバー的な部分に少し触れました。シグナムさんはいろいろなタイプとガチンコしてただろうから、きっとスタッバー的な人ともバトッてくれてるはず!!



以下、細かいところや質問などに

まず、言葉や文字ですけど、そこはもう問題ないっていう方向でいきます。そこ通じなかったらもうどうしようもないんで。


あと魔法云々ですがそれは次回かその次あたりで触れる予定です。

オーフェンサイドのキャラですけど、これは悩み中です。とりあえずキースは出しません。アレはなんかもう、無理です。
他は出せたら展開的に結構楽になりそうだけど、どうやって別世界へGOさせるか・・・ 一人諸々の条件にピッタリのやつがいるんですけど、他のSSで出てました。 くそぅ!




とまあこんな感じですが、これからも暇つぶし程度でも読んでくれれば幸いなんで、お願いします。




次回はちょと短いのでもうちょっと早く更新できるかも・・・

あと、今後のことを考えたらかなり大きな障害が発覚した!!!!



[15006] 第四話 機動六課
Name: QB9◆225ae755 ID:5d7adf83
Date: 2010/01/17 18:31
再び応接室にて。

オーフェンは暇を持て余していた。部屋に入った当初は一見見覚えのあるようだが、よく見ると使用法がわからないような道具などに興味を惹かれたのだが、それ眺めることもすぐに飽きた。することもなく手持ち無沙汰でいた。そんな時に部屋にノックの音とともに、4人の女性が入ってきた。

「お待たせしましたー 初めまして機動六課部隊長八神はやてです」

「初めまして同じく機動六課スターズ分隊隊長高町なのはです」

フェイトとシグナム、そして見知らぬ二人の女性が自己紹介をしながら入ってくる。それに返事を返すと、3人はオーフェンの正面のソファーに座り、シグナムがその後ろに立った。

「えーと話は聞いてると思うんですけど。オーフェンさん、でよろしいですか?」

「ああ」

「早速ですがオーフェンさんを元の世界に戻せるかどうかなんですけど、はっきり言って難しいです」

ある意味予想はしていたその答えに険悪にならないように努めながらも返事をする。

「それは・・・どうして?」

「はい。オーフェンさんのいた世界ですけど、わかっていることが大陸の名前だけなので、情報も少ないということもあり、世界の特定が困難なんです。管理局で管理されている世界であるなら特定できるかもしれませんが、話を聞いた限り多分管理外世界だと思われます。なので現状では不可能としか言えません」

余計な言葉もなく、事実を率直に告げる八神の言葉をゆっくりと反芻する。そしてわかったことはどうやら今は元の世界に戻ることはできないという厳然たる事実、そして八神はやてという目の前の人物はこの年齢でかなり有能そうだということだ。フェイトを見て思ったことだが、見た目の年齢の割には落ち着いた年不相応な雰囲気を持っており、八神と高町の二人も同様のようだ。

「そうか・・・で?」

しばらく虚空を見上げて、先を続けるよう声をかける。こちらの返事を待ってくれていたのか、それとも反応が予想外だったのか。恐らくその両方だったのだろう。静かにオーフェンを見ていた八神が少し面喰いながら反応する。

「え?どういう・・・」

「だから、元の世界に帰れないんだろ?じゃあ俺はどうなる。俺の処遇は考えてあるんだろ?」

「え、ええ。そうですね、一応あるにはあるんですけど」

もう少し取り乱すものと思っていたのか、八神は少し早口になりながらも説明を始める。

「元の世界の特定が難しい以上こちらの世界に移住してもらうことになります。しかしここで一つ問題があります」

ぴっと人差し指を立てる八神。

「問題?」

いまいちわからずに聞き返す。

「はい、時空漂流者が魔力保有者の場合、まず魔力の封印を行います。これは時空漂流者がこの世界に馴染めなかったり等の理由でなんらかの犯罪行為を行う可能性があるからです。そのために魔力を封印してしまいます。そして封印後、管理局の保護下で生活していただくことになります」

「魔力の封印後、保護ねぇ。監視っとこか」

何気なくつぶやいた言葉に八神その他3人は若干居心地の悪そうな顔をする。

「出来れば保護と言ってほしいのですが、有り体に言えばそうです」

これも苦笑しながらも正直に答える八神に、目つきが悪くなるのを多少自覚しながらも体を前に傾ける。そのまま指を組み少し俯いたところで八神から思わぬ提案が出された。

「普通は今言ったような処置をとるのですが、オーフェンさんの魔術の場合、別世界の魔術ということで封印できるかどうかは実はわからないんです。そこで裏技を一つ」

人差し指をユラユラ振りながら面白そうに切り出す八神。他の3人は裏技の内容についてはまだ聞いていないのか、オーフェンと同じように話に聞き入っている。

「ぶっちゃけんねんけど、オーフェンさんを機動六課にスカウトしようと思います」

急に口調が変わった八神の提案を吟味する。自分の魔術を封印できるかわからず、このままでは監視下に置かれた生活を送ることを回避する裏技。正直監視下で生活することは看過できないことだしそれを回避できるのだから裏技といえども無視はできない。それらを考慮したオーフェンの回答は単純な一文字だった。

「は?」

つまりはまあ、そんな一文字だった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





ほぼ同時刻

六課の食堂で午前の訓練を終えたフォワードの面々が食事をしながら談笑していた。その話題は専ら隊長たちが呼び出され、何やら話し合っていることであった。

「そういえば訓練の後なのはさんが部隊長に呼び出されてたようだけど何だと思う?なんかなのはさんもよくわからないとか言ってたけど・・・」

そう言いながらも口をもぐもぐと動かすスバルが他の3人へ語りかける。それに「行儀悪いわよ」と言いながらも自分も気になるのか考え込む仕草を見せるティアナ。

「そういえばさっきヘリが戻ってきたみたいですけど、何か関係があるんじゃないですか?」

隣のキャロへと食事をとりわけながらも参加するエリオ。

「へぇ、戻ってきてたんだ」

エリオへと感謝の礼をしながら受け取るキャロ。

「うん、さっき帰ってきてた。フェイトさんとシグナム副隊長も一緒だったかな」

それを聞き先程から考え込んでいたティアナが顔を上げる。

「あ、私見たわ。さっき戻って来てた。けど・・・」

再び考え込む。

「ふーん。で、どうかしたの?ティア」

「うん、遠目でよく見えなかったんだけどなんか黒づくめの人も一緒だったみたいなの」

「え?本当ですかティアナさん」

「ええ。よくは見えなかったんだけど、全身黒づくめの人もいた。そんな人六課にいなかったと思うから外部から連れてきたんじゃないかってさっきから引っ掛かってたの」

機動六課の職員にはそれぞれ制服が支給される。そしてその制服に全身黒の制服などない。フェイトのように執務官であるのなら黒の制服を着ていても不思議ではないのだが、もしそうならなのはも執務官が来るであろうことを事前に知っているはずである。そのなのはがよく分からないと言っていたということは・・・・・・。

「なのはさんもよく知らない人ってこと?」

形の良い眉を歪ませながらスバルが自分で確認するかのように呟く。もぐもぐしながら。

「行儀悪いって言ってんでしょ」とスバルの頭をはたくティアナ。

「ごめーんティア。でもなにも叩かなくても」

そんなスバルの抗議を聞き流すティアナ。その時エリオが思い付いたかのように顔を上げる。

「外部から誰かを連れてきたってことですかね?例えばガジェットの被害に遭った民間人の人を保護したとか。確かフェイトさんとシグナム副隊長はガジェット討伐に出ていたはずですから」

思わず口をついた自分の推理に自分で納得しながらも顔を輝かせるエリオ。そんなエリオを片目で見やりながらもティアナが唸る。

「うーーん。可能性としてはあると思うけど・・・わざわざ六課本部に連れてくる?」

「うーーん」

スバルもティアナの横で同じように唸っていると、それまであまり口を出さず聞き役に徹していたキャロがふいに何かに気付いたように入口の方を見る。

「あ、あの。あれ・・・」

入口の方向を控えめに指さすキャロの指先を辿っていくと、隊長陣と話題の黒づくめの人物がちょうど入ってきたところであった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「正気か?」

どうにか声が出せるようになって第一声がそれであった。その日に会った時空漂流者。身元もなにも一切が不明な自分をスカウト?訳が分からなくなり正面の八神からシグナム、高町、フェイトへと視線を揺らす。シグナムはため息を吐き、高町は苦笑している。最後の頼みであったフェイトは天井を仰ぎ、隣の八神へと怪訝な顔で説明を求めた。

「どういうこと?彼は民間人だよ?」

八神は手を組み、少し考え込む。どうやらなにを話すか整理しているようでそのまま数秒考え込み、ゆっくりと話しだした。

「はっきり言って管理局は現在人手不足なんです。年々増加する犯罪者に対して、管理局では高ランク、管理局では魔導師をランク付けしているんですけど、高ランク魔導師の数は多くはないんです。ですから有能な人材は一人でも多くほしいんです」

八神は申し訳なさそうに自嘲の笑みを浮かべている。その言い分は理解できた。

「だからって別の世界から来たっていう素性の良く分からないやつを登用するのか?」

「あはは、そうですね。あまり前例はないと思います。ですが管理局の人材不足はそれほど深刻でして。それでさっきの続きなんですけど」

立てたままの人差し指をユラユラ振ってから告げる。

「オーフェンさんとしては管理局の保護下で生活をする気はないんですよね?そしてオーフェンさんの魔術は封印できるかわからない。そういう人は管理局としては見過ごせないんですよね。でも、それがもし管理局の人間であったら?」

微笑みながらオーフェンを見る八神。しかしその目にはオーフェンを試すかのような怪しげな光が宿っていた。その光を見たことがある気がしながらも、彼は咄嗟に口が開いた。

「目をつけられる前に管理局とやらに組み込んでしまう?」

「そうです。そうしてオーフェンさんを適当なランクの魔導師として登録します。つまり六課にオーフェンさんを配属させて、自局の職員を監督するっていう名目にするんです。そうすれば他の連中もうるさいことは言えませんし、私たちとしては優秀な人材が手に入る。当然、私たちはオーフェンさんをどうこうしようとするつもりはありませんから、封印も監視もなしです」

オーフェンの答えに満足そうに頷くと、一旦言葉を切ってシグナムとフェイトをちらと見る。手を組んで彼の眼を覗き込んだ。

「それに私個人としてもオーフェンさんがあまり危険人物には見えないということもありますし、実際に戦闘を行ったシグナム副隊長やフェイト隊長も同意見でした。またオーフェンさんの魔術、でしたか。これは後で詳しく説明しますが魔術は私たちの敵に対して非常に有効なんです。ですから、オーフェンさんの力を貸してほしいんです」

「つってもなぁ。いきなりよくも知らない組織にスカウトされてもな」

しかしこれは都合が良い申し出だった。元の世界と比べ格段に進歩した文明を持つ世界で生活をしていくためにはその世界に住む人物の手助けが不可欠だ。そして管理局という無数の世界を管理するという組織に所属していればキエサルヒマ大陸に戻るためには都合が良い。いきなりの提案に理性では納得できながらも渋っていると、それを見抜いてきたのか八神が畳みかけるようにまくし立ててくる。

「もちろんこの申し出を受けてくれれば衣食住は保証します。やはり見慣れぬ世界で生活するためには知識も必要でしょうし、その点もなんとかします。それとさっきオーフェンさんのいた世界が特定できないと言いましたが、無限書庫というあらゆる世界の情報が集まっている施設がありまして、そこでならなにかわかるかもしれません」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

このままではいつまでも続きそうな八神を手を上げて制する。そんなオーフェンを無視するようにさらに続ける八神の言葉に、聞き逃せない単語が混ざる。

「無限書庫には・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あとお給料も」

その単語にピクリと反応することを抑えきれなかった。それに気付いたのか八神の瞳の奥に、先程と同じ光が映る。それを見て思い出す。この光は昔彼の姉がいつも浮かべていた光だ。

「大体これ位ならお支払いすることができます」

八神は脇に置いてあった紙にペンで数字を書き込む。この世界の貨幣価値は分からなかったのだが、そこに書かれている0の数を数え、

「オーケイ」























あとがき的




第四話です。自分のボキャブラリーのなさが悔しい感じですね!!

前回更新早めにって書いてましてその通りにできてよかったです。というか思ったより早くできました。わーい

じゃあ内容です。

ついにオーフェンが機動六課へ・・・ていうか返事までですけど。

最後がギャグになっちゃったんですけど、真面目にしてもつまんないかなって理由からこうなりました。ちなみに元ネタは無謀編です。ダイアン部長はとても好きなキャラです。

まあ、真面目な感じにしますと、オーフェンとしてはいきなり文明がぶっちぎってる世界に来てしまったわけですから誰かに頼らざるを得ない状況ということでOKしましたって感じで。馬車に乗ってたのにヘリですからね。 江戸時代からドラ的22世紀って感じでしょうか(行き過ぎかな?)

あとフォワードの連中も出しました。いい加減出しとけやって思ってたので

キエサルヒマについてですけど、オーフェンの知識って大陸名だけですからね。そりゃ特定しようにも無理ってなもんで




以下今後のこととか

いろいろ展開考えてるんですけど、リリカル組にはギャグキャラがいないことが最大の障害です!! オーフェンをボケにするしかない現状!なんとかほかのキャラ(とくに侍)をボケさせてますけど限界がありますし。超悩んでます。

あとスカ博士早く出したい。あのキャラもとても好きです。




最後に

誤字についてですけど、教えてくれた方ありがとうございます。

気をつけてたのに!!!一発変換できるようになって油断した。すいませんでした。

今後はこのようなことがないように注意しますが、万が一見つけた方はご協力をお願いします。遠慮とかいいので見つけたら高速でお知らせください。最優先で修正します!!!



[15006] 第五話 涙が溢れ出て
Name: QB9◆41b3ec32 ID:5d7adf83
Date: 2010/02/01 02:20
応接室で話し合った後、オーフェンが空腹を主張したので食堂へと向かった。彼はこの世界に来てからも、元の世界でも食事を満足にとっていなかった。つまり丸1日ほど何も食べていなかったことと、オーフェン自身に今日一日の起こったことを整理する時間を与えるために、詳しい話は後日ということになった。


「やっと飯にありつけるな。助かるよ」


「いえいえ、これから一緒に頑張るんですから、これ位大したことじゃないですよ」


と先を歩く高町が振り返りながら笑顔を向ける。

その隣のフェイトも振り返りながらも、


「そうそう。はやてもシグナムも仕事で来れなかったのは残念だけどね。それにしても本当に何も食べてないんですか?」


「ああ、ちょっと忙しくてな。最近は碌に食えなかったし、小麦粉を水に溶かして飲むくらいだった」


「そ、そうなんだ。ははは」


なぜか二人とも似たよう表情を浮かべている。つまりは苦笑いを。


「あ、なあ高町」


「なんですか?あと私のことはなのはでいいですよ」


「あ、ああ」


頷くと、「どうかした?」とフェイト。


「俺この世界の金ねぇぞ。どうすんだ?」


「ああ、大丈夫ですよ。私が出してあげます」


フェイトが微笑みを浮かべながらそう言った。




食堂にて。注文の方法が良く分からなかったため二人に任せて席に座る。若干時間が過ぎているからか、食堂にはあまり人がいなかった。4人の子供が固まって食事をしていたが、他には一人か二人がポツポツと座っているくらいだった。そんなことを考えていると二人が食事を持った盆を持ちながら歩いてくる。丸一日食っていないと言ったから気を利かせてくれたのか、かなりの量だ。


「さ、遠慮なく食べて下さいね」


そういって目の前に並べ、二人はオーフェンの正面に座る。オーフェンはその光景を見て何故か固まっていた。二人は顔を見合せながら不思議そうな顔をする。


「どうしました?」「食べないんですか?」と二人が促してくる。


が、その言葉をようやく理解できた頃・・・・・・・・・




涙が溢れ出て止まらなくなっていた。




「え?え?」「ど、どうしたの?何?」


急に涙を流したオーフェンに驚く二人。先程見た子供達もなにやら騒いでいる。しかし彼にはそれらは今となっては意味のないことだった。心から美しいと思える何かと体面したとして、その時周りの雑音など耳に入るだろうか?その他のものへ視線を向けることなど有り得るだろうか?


「えと、もしかして食べられない・・・?」


別世界での食文化の違いということを考えたのか、気を遣ったなのはが自分で食べようとオーフェンから遠ざける。その瞬間!


「クキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」


突然猛禽類のような叫び声を上げ、必死に自分のもとへと引き戻す。そしてそのまま何かに取りつかれたように虚空を見る。


「あはははは。美しい、美しいなぁ。あ、久しぶり。うふふ元気だった?HAHAHAHAHA」


見えない何かが見えるのだろうか、宙に向かって語りかけながらにこやかな清々しい笑顔を浮かべる。


「どうしようなのは。なにかおかしいよ」「わからないよ、どうすればいいの!?」


二人がなにやらこそこそ話し合っているようだが何も見えないし聞こえない。遠くの席がまた何か騒いでいるようだが。


「ちょっと何!?」「ティア、なのはさん達が!!」「ひ・・・」「キャ、キャロ、大丈夫?」


なのはとフェイトがなにか決心したのか、意を決したようにオーフェンへと向き合った。だが二人のことなど眼中になく、オーフェンは彼にしか見えない何かと対話を続けていた。


「ほら、こっちにおいでよ。皆で遊ぼう」


まるで童心に帰ったかのような無垢なる瞳を見て、なのはとフェイトはただただ言葉を失う他なかった。




その日の夜。あてがわれた部屋のベットで休みながらオーフェンは一日の出来事を思い返していた。


(別世界か・・・・・・)


別の世界に来てしまったことのショックが未だに抜け切れていないのか、胸中で何度も繰り返す。キエサルヒマ大陸よりも遥かに進歩している文明。見たこともない魔法。キエサルヒマ大陸の魔術士は神々の扱う万能の力のことを魔法と呼び、人間やドラゴン種族の扱うものを魔術と呼んでいたが。


(魔法、ね)


最初に管理局の人間と出会ったことは考えようによっては幸運だったのかもしれない。六課の連中は皆友好的(一人を除いて)ではあったし、指名手配されてからは普通の人と関わる機会が少なかった(騎士や刺客とは多かったが)オーフェンにとってはある意味新鮮とも言えた。そして突然のスカウト。最大の目的がキエサルヒマ大陸へ帰ることであるため、時空管理局と言う様々な世界を管理している組織は元の世界へ帰るためには好都合ではあった。目を閉じると、出会った人々の顔が浮かんでは消えてゆく。


「はぁ。どうなるのかね」


我知らず声に出していたことに苦笑しながら、オーフェンは寝返りを打った。昼間と夜にたらふく食ったからか思ったよりも早く眠気はやってきた。





翌日。午前の訓練スペースにて。


「じゃあ紹介するね。こちらの方がオーフェンさん。昨日六課にスカウトされた人で、今度嘱託魔導師試験を受けてからに六課に配属になります」


フォワード陣の午前訓練を始まる前にフェイトがオーフェンを紹介する。その隣にはなのはがにこにことオーフェンの様子を見ており、それを恨めしそうに見ながらフェイトの話を聞く。オーフェンは朝早くに起こされ、ここまで引っ張られてきたのだった。


「実はオーフェンさんは別世界から来た人です。理由あって六課で保護する形になったんだけど試験に合格したら皆と同じ六課の仲間になるの。彼についての詳しい話はまた後でするけど、紹介だけでも早めにしておこうと思って来てもらいました」


そして一度言葉を切った後に付け加えるように


「あ、あと別世界から来て日が浅いからわからないこともたくさんあるの。だからいろいろ教えてあげてね」


そう締めくくり一歩後ろに下がる。その際こちらにちらりと目配せする。その意味は聞かずとも知れた。おそらく自分から自己紹介しろということだろう。変わらず笑顔を浮かべるフェイトに視線で訴えながらも諦めるように頭を振る。


「え~っと。まあ、今紹介にあったオーフェンだ。家名はない。別の世界から来たっつーけどその通りでな。実は昨日来たばかりなんだ。これからいろいろと世話になるかもしれねぇけど、よろしく頼む」


多少投げやりに済ませ、こちらをニヤニヤ見ている後ろの二人を見やる。こちらの視線に込めた意図に気付いたのか、一つ頷くとなのはが前に進みでる。


「さっきも言った通り自己紹介はこんな感じで。とりあえず何か質問はある?」


そう言われると黙って聞いていた4人が、互いに顔を見合わせる。そして各々が手を上げ質疑応答が交わされた。

「オーフェンさんどこの世界から?」「どうやってこの世界に?」「なぜ六課に配属されたんです?昨日ヘリから下りてたのを見かけましたけど」等など。若さゆえの好奇心のなのか矢継ぎ早に手が上がる。そして答えられる質問にはいくつか答えていると、オーフェン自身も気にかかる質問が飛び出す。


「オーフェンさんは配属後はなにを?」


それについてはオーフェンも聞いていなかった。後ろの二人へと視線で問いかける。戦技教導官であるというなのはが前に進み出た。


「実はオーフェンさんには教導官になってもらおうかと思っているの。フォワード陣の」


『え?』


「私の助手みたいな感じで」と続けたなのはに、オーフェンを含む5人が疑問の声を上げる。後ろにいたフェイトは知っていたらしく肩をすくめる気配を感じた。


「おい、聞いてねぇぞ。つーか俺が教えれることなんてねぇだろ。むしろ逆じゃねぇか?」


なのはに詰め寄るが彼女は決められた台詞を読み上げるように淀みなく告げた。


「実は昨日私たちで話し合ってたの。オーフェンさんならこの役なんじゃないかって」


「だから、俺が・・・」


こちらを手を上げて制してなのはが続ける。


「ううん、オーフェンさんに教えてもらいたいことは魔法じゃなくて、戦い方のこと」


と、急に耳元に囁きかけるように近づいてくる。それに少々面食らうが、それは表に出さないよう無表情を装う。


「シグナムとの戦闘を見せてもらったけど、管理局ではオーフェンさんのような戦闘方法はしないの。オーフェンさんには悪いんだけど、あの戦い方はどっちかっていうと犯罪者の人に近かった。フォワードの子達にはそうした人との戦闘経験はないから実際に危ないことにならないように、今のうちに肌で感じておいてほしいの。それにシグナム言ってましたよ?オーフェンさんはかなりの腕だって。だからフォワードの皆がどんな状況でも対応できるように鍛えてほしいの」


早口でこちらに囁く。理解できないことはないが、それでも納得ができずに呻く。


「でもなぁ、そんなこと教えられるかわかんねぇぞ?それにあいつらが納得するかよ。いきなり出てきたやつに教わるなんて」


それを聞き、なのはが笑みを浮かべる。その問いにはすでに答えが用意してある。そんなような笑みを。


「大丈夫。私にいい考えがあるから。スバル、ティアナ」


オレンジの髪を持つ先程からこちらに懐疑的な視線を送ってきた少女と、その隣の目を輝かせている青い髪の二人が返事をする。その返事を聞き、なのはがパンッと手を合わせる。


「じゃあこの二人とオーフェンさんで今から模擬戦をしてもらいます。本当はオーフェンさんの試験合格後にしたかったんだけど、フォワードのみんなも気になるだろうし、今の内にやっちゃおう」





一通りのこちらとティアナと呼ばれた少女の抗議を受け流し、どんどん模擬戦の準備は整っている。ちなみにスバルと呼ばれた方はやる気満々で準備体操を始めている。模擬戦の前にこちらの魔術についてなのはが説明するよう促す。半分以上諦めた心地で頷く。


「それと、オーフェンさんにはレアスキルがあるから注意してね」


促されるまま、魔術について簡単にレクチャーを開始する。天人との混血云々の魔術のルーツは省き、音声魔術の特徴だけをざっと説明する。


「とまあ、俺の使う魔術というのは物理エネルギーを操る。実際に見せたほうが早いな」


手近なところに手を向けて最も手慣れた構成を解き放つ。


「我は放つ光の白刃」

 
オーフェンの右手から放たれた熱衝撃波が建物の壁に突き刺さり風穴をあける。その光景を見ていたティアナがなのはへ呆然としながらもなんとか声を絞り出す。


「あの、なのはさん。オーフェンさんの話を聞いた限りじゃ、えっと・・・魔術ですか?あれ殺傷設定じゃないですか?」


「うん、そうだよ。ていうか非殺傷設定にできないって言った方が正しいかな」


こともなげに答える。それにティアナとやる気になっていたスバルも顔を青ざめながら抗議する。


「ちょっ、どういうことですか!?もし当たったら洒落になりませんよ!」


「そうですよ!!」


二人の剣幕に若干押されながら数歩下がるなのは。そんななのはに助け船を出すようにフェイトが補足する。


「大丈夫だよ。手加減できるっていうことだし、実は私も一回受けてみたんだけど問題なく防御できたし」


「でも!?」


「それに、もし実際に殺傷設定の犯罪者と相対することになったら手加減なんてしてもらえないんだよ?オーフェンさんは手加減してくれるけど、あっちにはそんな気なんてないんだから」


その言葉にはっとする二人。しかし納得がいかないのか渋るような素振りを見せる。


「それはそうですけど・・・」


「そんな点も含めてオーフェンさんには指導役になってもらうことにしたの。大丈夫。もし危なくなったら私たちがフォローするから」


なのはとフェイトが胸を張ってそう言った。




その後まだ渋る二人をなんとか説得し、模擬戦が開始される。

オーフェン大して準備することがないのか、軽く準備運動をするだけである。相手の二人はそれぞれデバイスとやらの準備をしているようで、オレンジの髪の方は拳銃を、青い髪の方はなにやらゴツイ手甲と車輪のついた靴の作動チェックをしている。隊長二人とフォワードの残りは離れた所から眺めている。なのははなにか手元を動かしていたが、なにをしているのかは分からなかった。


「え~と、悪いな。いきなり付き合わせちまって」


頭を掻きながら、二人に声をかける。ティアナの方はやはりまだこちらのことを信用していないのだろう、不機嫌そうな声で返事をする。スバルの方は見た目の通り元気に返事をしていたが。そうこうしている内に二人の準備も完了したようなので、なのはへ合図する。


「じゃあ、さっきも言った通り一本勝負ね。よーい。スタート!!!」


その声と同時に二人が動いた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「まったく、なのはさんも無茶言ってくれるわよね。いきなり模擬戦だなんて」


「そーだねー。でも魔術っていうのもちゃんと手加減できるっていってたし、なのはさんは私たちを信頼してくれてるんだよ」


「あんたは気楽でいーわね。いくらなのはさんに憧れてるからって・・・・・・」


「でもなのはさんが言ってたこともわかるよ?」


「ああ、さっきの犯罪者とってこと?」


「うん、やっぱり実戦じゃ何が起きるかわからないから」


と言われてもまだ納得ができないのかティアナは不機嫌そうに自身のデバイスの調子を確かめている。スバルも同じく確かめながら、ただしなにか楽しそうにしているように見える。別世界から来ていきなりスカウトされたオーフェンの実力が知りたいのだろう。


「じゃあどうやって攻めるか決めるわよ」


「うん、どうする?」


「そうね、さっきのを見た限り砲撃タイプっぽいし。接近戦中心に攻めるわ。なるべく中距離は避けて」


「わかった。じゃあ・・・」


スバルがティアナの考えを読んだように頷く。この二人は六課に来る以前からも親交があり、互いの考えが読めるほど信頼し合っていた。


「まず私が牽制するから、あんたはその隙を突いて一気に決める。オーフェンさんは昨日来たばかりらしいからこっちの魔法もあまり知らないと思うから」


「了解」


(それにしても、昨日来たばっかりの人をいきなり模擬戦に?ホントに私たちが信頼されてるってこと?それとも・・・・・・)


「悪いな、いきなり付き合わせちまって」


「いいえ、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします!!」


別世界から来たという見ず知らずの男性ということでまだ彼を信用していないティアナ。隊長二人が彼を信用しているからか、ハキハキと返事を返すスバル。

それからなのはの合図で模擬戦が始まる。二人はまず観察するようにオーフェンの出方を見た。相手は見知らぬレアスキルを持つ男。先程の魔術が二人の警戒に拍車をかけているのだろう。オーフェンの方はというと、特別な構えをとるわけでもなく、こちらを眺めている。しびれを切らしたのだろう、スバルがティアナの名を呼ぶ。


「しょうがないわね、このままじゃ埒が明かないし。仕掛けるわよ」


「うん」


ティアナが様子見で魔法弾を打ち出す。それをオーフェンはこともなげに避ける。


(これくらいはわけないか。じゃあ!)


ティアナはそれまでのように弾丸を直線的な軌道から弧を描くような軌道で連続して打ち出す。その数は4つ。それぞれ別々の軌道で多角的に攻める。オーフェンは想定外だったのか顔にわずかな驚愕をのせ、大きく飛びのく。


「スバル!!」


「いくよ、ティア!」


その隙を逃さずスバルが一気に飛び出す。ウイングロードを展開させオーフェンを回り込むように後ろへ回る。後ろへ向き直るオーフェンに、そうはさせまいとティアナが直線と曲線を織り交ぜた弾丸で狙い撃つ。そちらも無視できずにオーフェンは大きく横に跳び、ティアナへと手を掲げる。


(来る!)


「我は放つ光の白刃」


カッと一瞬の閃光に目を眩ませかけたが、ティアナは回避した。その背後で地面に突き刺さった熱衝撃波が爆発する。スバルが心配するように声を上げるが、ティアナは手を振って自身の無事を示す。それを見てスバルが頷き、遂にオーフェンの後ろをとる。


「いっくぞぉぉぉーー!!」


気合いの声をあげ右腕を振りかぶる。それにオーフェンは体勢を入れ替え、初めて構えを見せた。迎撃しようと力むのがわかる。しかし、次の瞬間スバルの姿が霧散した。


「なに!?」


幻術で作り出したスバルが消えたことに驚きを隠せないオーフェン。彼がこの世界の魔法を知らないということからティアナが立てた策だった。これでオーフェンに隙が生まれた。それを逃さず今度は本物のスバルがオーフェンの後ろに全速力で突っ込み、彼の背中に必殺の拳を打ち出す。


「ここだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「決まった!」


完璧のタイミングでのスバルの攻撃に思わずティアナは腕を振り上げた。今まさに拳を打ち出そうとしていたオーフェンの体勢は崩れ、無防備な後ろ姿を見せている。


「え!?」


驚愕の声を上げたのはスバルだった。なぜなら必殺のタイミングで打ち込んだ拳がいつの間にか空を切っていたのだから。まるで後ろに目でも付いているかのようにオーフェンが体を音もなく半歩ずらす。躱されることなど微塵も考えていなかったスバルの体が勢いを殺しきれず前方に投げ出され、オーフェンはその隙を見逃さず、スバルの首筋に手刀を打ち込む。


「あっ!?」


スバルがその場に倒れ込む。見ていたティアナは何が起きたのか信じられずにいた。相棒の実力は彼女が一番知っている。あのタイミングであの一撃を躱せるなんて思いもしなかった。


「突っ込みすぎだな。隙だらけだぞ」


こちらの混乱も意に反さず、オーフェンは倒れたスバルに声をかける。そのまま次にティアナへと向き直り、ティアナが動けなくなるまで一分もかからなかった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「どう?ヴィータちゃん」


なのはが途中から来たヴィータへと尋ねた。一見幼い子供にも見えるが、実はヴォルケンリッターの一人である赤毛の少女は一つ頷くと、魔術で多少焦げているティアナを横目で見る。


「なかなかやるな。さっきのスバルの一撃を躱すとは思わなかった。タイミング的にかなり難しかったぞ」


「そうだね。他には?」


「まだ何とも言えねぇな。シグナムとの映像を見せてもらったが、あれはまだ奥の手か何か隠してる。魔術ってのはかなり手強そうだ」


なのはも同意見なのだろう。うん、と頷く。


「それに私はあいつをまだ信用してねえからな」


「そう?いい人だと思うんだけどな」


「あいつは魔術の他に何か隠してる気がするんだ。雰囲気っつーか」


そう言うヴィータの様子に、なのはは肩をすくめた。頬を掻きながら呟く。


「実ははやてちゃんにも似たようなこと言われてるんだよね。オーフェンさんから目を離すなって」


「はやてが?」


「うん。はやてちゃんも何か隠してるって言ってた」


「はやてもか」


「でもこうも言ってたよ?オーフェンさんは多分いい人だって」


「なんだそれ。結局お前と同じじゃないか」


えへへ、と笑うなのはの目の先には、倒れたティアナの頬をペシペシと叩くオーフェンの姿があった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





二人が動けるようになり、一旦全員が集められた。


「どうだった?二人とも」


なのはが模擬戦について聞く。その隣ではフェイトがライトニングスの二人と並んで立っていた。二人はなにやら模擬戦についてなのはと話しているらしくその声をなんとはなしに聞きながら、オーフェンは少し離れた場所から見ていた。


(やりすぎたかな)


オーフェンは二人を苦もなくあしらったかの様に見えたが、実際はかなり驚いていた。特に幻術の時など本気で危なかった。スターズの二人からライトニングスの二人を見る。この二人はスターズの二人よりも年はいくつか下だろうが、ともに訓練する以上かなりの実力があるのだろう。


(あの年でか。まったく末恐ろしいな)


と言いつつ、彼の育った牙の塔でも年齢に関係なく能力のある者は危険な任務に就いていたためあまり他所のことは言えないのだが。そんなことを考えていると、ふいになのはが声をかけた。


「オーフェンさんはどうでした?」


「うん?あー、まあまあなんじゃないか。結構危なかったしな」


こちらの答えが気に入らなかったのかティアナがこちらを見て何か言いたそうにしている。多分間違えて焦がしてしまったことに抗議でもしたいのだろう。それに軽く手を振る。


「出来ればもっと具体的に・・・」


「具体的にねぇ。そうだな、強いて言うなら詰めが足りなかった、かな」


「詰め?」スバルが聞き返してくる。


「ああ、お前が打ち込んできた時だ。俺が避けた後体勢を崩しただろ?躱されると思わなかったのか」


「はい。でもあれは・・・」


反論を止め、そのまま続ける。


「まだ新人ってんならしょうがねぇとは思うけどよ、模擬戦だったし。でもちょっと油断しすぎだったんじゃねぇか?」


そう言われて二人が俯く。その後いくつか指摘をした後、その二人の肩をポンっとなのはが叩く。


「うん、私も同意見かな。それにオーフェンさんも」


急にこちらの話題になり面食らう。


「俺?」


「はい。ちゃんと手加減して指摘してくれたし、しっかり教導官として仕事してくれましたよね」


「ねっ」と隣のフェイトへと頷く。それに頷き返すフェイト。それに頭を抱えながら呻くことしかできなかった。





その後、離れた所から普段の訓練を見学する。スターズの二人がヴィータと、ライトニングスがフェイトと厳しい訓練を行っている。それを見て思ったことを隣でモニターとかいうものを操作するなのはへと告げた。


「毎日こんなことやってんのか?よく耐えられるなあいつら」


「そうです。まだまだ教えることはたくさんあるから。今は一番吸収が早い時期だから、教えれることはできるだけ教えてあげたいの。皆もやる気はあるしね」


「ふーん」


「関係なさそうにしてるけど、オーフェンさんにも手伝ってもらうんですよ?」


「うっ・・・」


ぎくりと体をこわばらせる。その様子がおもしろいのか、くすりと微笑みながらも続けてくる。


「さっきの模擬戦でもうまくやってくれてたし、大丈夫ですよ」


「そうかぁ?俺が教えれることなんて、相手をこかして踏みつけることぐらいだぞ」


若干笑みが引きつりながらもなのはは気を取り直すように咳払いをする。


「それも含めて教えてあげてほしいんです。4人ともまだ実戦経験が少ないから、どんな状況でも対応できるように。それに言い方は悪いですけどそれも戦術としては正しい・・・と思いますし」


「じゃあ今の間はなんだ?」





そうしている内に午前の訓練が終了した。このまま昼食を摂りに行くようで誘われるも断る理由も特になくついてゆく。食堂は昨日来た時よりも人が多く、人の数が多い。そしてその中に、来たばかりであろう八神とリインの姿があった。こちらの姿を見ると手招きしてくる。


「やー皆、訓練御苦労さん」「ご苦労様です~」


「今から?」


同じ席へと順番に座る。最後にオーフェンが八神の正面に座る。


「オーフェンさんも御苦労さん。どやった?」


「ああ、いきなり模擬戦とやらをやらされた。まったく勘弁してほしいよ」


嘆息をもらしながら答えた。その様子が面白かったのか、八神はなにやら微笑みながらも昼食を食べている。


「ふーん、模擬戦やったんや。にしてもホンマいきなりやな」


「でも、今の内に顔合わせとかしておいた方がスッキリするでしょ?模擬戦までするつもりはなかったんだけど、つい・・・」


「つい、でいきなりだぜ?スパルタだろ」


「えー、そんなことないですよ。オーフェンさんにも早くなじんでもらおうと思ってのことだったのに」


気にしていたのか、口を尖らせて不平を口にする。それを聞き、また面白そうに笑いながらスターズの二人へと顔を向ける八神。


「二人はどやった?オーフェンさんと実際戦ってみて」


「そうですね、やっぱり魔術に驚きました。ミッド式ともベルカ式とも違いますし、それに発動が早すぎます」


「そうそう、魔法陣もないし声が聞こえた瞬間だもんね」


「それに魔術ということで中距離タイプだと思ってたのに、近接戦闘もできるなんて」


「あ、そうだ。オーフェンさん、今度組み手の相手してくれませんか?」


ティアナの言葉に思い出したようにスバルが手を上げるオーフェンへ瞳を輝かせながら身を乗り出してくる。見学中になのはから彼女は格闘技を使った接近戦がスタイルだと聞いていた。模擬戦での動きを見ての申し出だろう。


「組み手だぁ?そんなこと言われてもな・・・」


なのはへと助けを求めるように目を向ける。教官である彼女から許可が下りなければスバルもおとなしく下がるだろう。しかし、なのはの答えはその逆だった。


「うん、いいと思うよ。オーフェンさんは接近戦も得意そうだから手本になることはたくさんあると思うし」


「おい」


フェイトは食事の手を一旦止め、ライトニングスの二人を見る。


「二人もオーフェンさんから学べることは出来る限り学んでね。特にエリオには得るものも多いと思うよ」


「はい!」


「・・・はい」


オーフェンに苦手意識でも持っているのだろうか、ぎこちなく頷くキャロ。それに気付かずオーフェンとスバルが組み手についての話を続けている。と、そこで何を思ったのかスバルが口を滑らせる。


「そういえばオーフェンさん。昨日の昼ここでなんか泣いてませんでした?」


ガスッ!!

突如、全員が反応できないほどの速度でオーフェンがスバルを殴り倒した。


「ひっ・・・!」


その光景に、キャロは手に持ったスプーンを落とした。





その後、オーフェンは見事嘱託魔導師試験に合格し、古代遺物管理部機動六課に配属されることとなった。


















あとがき的


ついに第五話  わーいわーい

特に意味ないですけど喜びを。



今回は実は結構悩みました。色々と詰め込み過ぎそうになったんですけど、それだと不自然で、逆に少なすぎると訳分からないし。そんな感じが見てとれるかもしれません。

くそう!自分の未熟さが恨めしい!!


自分でやっておいて何なんですけど、今回なのはがやっちまってます。そりゃ無茶ってもんでしょうよ感じです。まあでも魔王ですしね!!

ぶっちゃけこうでもしないと話が進まなかったってのが理由です。



以下今後とか質問とか

とりあえず次は今までとは違った感じで、オーフェンと六課メンバーとの日常的なのをやろうと思ってます。各キャラとの絡みを短い単発でいくつか



あと質問の答えですけど、マジクとクリーオウは出しません。もちろんレキもなしです。レキ出したら1話で全部終わっちゃいますし。



巨人設定は出しません。



六課に入ることですけど、オーフェンにもメリットはいろいろあります。一番はキエサルヒマ情報が得やすいかもってことですね。それが目的ですから。時空管理局ですから。なんか管理してますから。管理してるっつーくらいですから。色々便利っぽいでしょう。


封印やら監視するやらですけど、オーフェンからしたら納得できないでしょうけど、管理局側からしたらやっぱり措置としては必要なものだと思ってくれればありがたいです。で、それを回避してオーフェンにも何らかのメリットがあるようにっという提案ってことで








とまあ色々書きましたが、まだまだ未熟者なので至らない部分も多々あるかと思いますので、疑問や注意などがあればどんどんどうぞ。今後はそういった意見や感想を参考にさせていただいて、より一層努力したと思っていますのでよろしくお願いします。



[15006] 第六話 とある日常
Name: QB9◆41b3ec32 ID:5d7adf83
Date: 2010/02/13 00:33
嘱託試験に合格したオーフェンは正式に機動六課へと配属された。筆記試験はフェイトとなのは、リインの助力により問題なく通過した。彼は15歳まで過ごした牙の塔で最高の教育を受けたエリートであったので筆記試験には強かった。実技試験の方はオーフェンの魔術について多少議論があったがこれもクリアした。これにははやてが手を回したようで、オーフェンはリインにこっそりと教えられていた。




とある一日 はやての場合




「嘱託試験合格です。おめでとうございます、オーフェンさん」


「ああ」


試験結果を告げるはやてに頷く。オーフェンは隊長室で八神はやてに直接結果を聞かされていた。


「おめでとうございます~。これで正式に私たちの仲間ですね」


無事に合格できたことを自分のことのように喜ぶリイン。リインには試験の時にかなりに世話になっていたため、そちらにも礼を述べながら八神の方を見る。


「じゃあこれからは三等陸士として機動六課に配属になります」


手元のモニターを見ながらも、淡々と説明続ける。時空管理局、機動六課、その設立目的、ロストロギア等を説明するうちにオーフェン自身についての話になる。


「とまあ、これが機動六課についてです。そんで次はオーフェンさんについてなんやけど」


言葉遣いが変わりそれまでの真面目ぶった雰囲気ががらりと変わる。なぜか言葉のアクセントも変わっているようにも思える。


「単刀直入に言うねんけど、オーフェンさんの行動は制限させてもらいます」


「制限?」


その言葉に怪訝な顔をしてオーフェンは身を乗り出した。制限、という単語につい身構えてしまう。


「はい。制限といってもガチガチに固めるわけやないんやけどな。要するに魔術をポンポン使わんといてっていうことや」


「なぜ?」


「オーフェンさんの魔術はうちらの言うところの殺傷設定や。まあありえへんやろうと思うけど、例えば街中とかで使われて一般の人に当たりでもしたら洒落にならんやろ?」


「はっはっは。そんなことするわけないじゃないか」


「あはは、そうやけどね。これはあくまで例えってこと」


「なるほど・・・で?」


八神の言うことも理解することは出来た。この世界の魔法には非殺傷設定と言う便利な機能があるが、自分にはない。オーフェンは頷き、先を促すように手を振る。


「オーフェンさんの魔術はうちらみたいにリミッターをかけることもできんし、対外的にもそういう人がおるっていうのはまずいんや、組織としては。せやから今後オーフェンさんが魔術を使用する時は隊長か副隊長が近くにいる、もしくは私が許可した場合のみにしてほしいんや」


「どういう場合に許可されんだ?」


「主に出動する時。特にガジェットドローンとの戦闘ではAMFの効かないオーフェンさんの魔術は非常に効果的なんで。ガジェット相手の時は手加減とかもする必要はないんやけど、人に向ける時は手加減して。なるべく直撃は避けてな。あ、それと機動六課内では特に制限するつもりはないから、制限は六課の施設の外で、っていうことで」


「なるほどね」


しばし黙考する。制限すると言ったからにはかなり不自由になると思っていたのだが、どうやらそういうことではないらしい。オーフェンの魔術は封印やリミッターを課すことが出来ないことを考えればこの程度の制限にならざるを得ないのかもしれない。八神の言うことはもっともで、要はお目付け役が必要といったところか。


「わかった。ここに世話になるんだしな、それくらいなら問題ないさ」


「信用してますよ?」


両手を広げ了承することを告げると、八神がにやりと笑いながら念を押してくる。安心したのか、八神の横にいたリインが息をつくのが見えた。


「ああ、ところで八神・・・」


「あ、待って。やっぱり同じ六課の仲間になるんやし、私のことははやてって呼んで。オーフェンさんの方が年上やし」


手を上げてこちらを制する八神。


「あ、ああ。わかったよ、はやて」


そう呼ぶと、満足そうに頷く。


「それで?なんですか」


「ああ、これで正式に配属されたわけだが・・・」


「ええ、なんか不満とかある?」


「いや、そうじゃなくて俺が聞きたいのはな」


律義にこちらを待つ二人。その二人に向け、オーフェンは真剣な声色で聞いた。


「給料はいつ出るんだ?」


はやてとリインが同時にこけた。





スバルとエリオの場合





「オーフェンさん。試験合格、おめでとうございます」


六課の訓練施設にて、オーフェンはスバル、エリオと組み手をしていた。組み手はスバルもしくはエリオがオーフェンに声をかけ、暇だったら相手をする、ということで今日まで半ば習慣となりつつあった。そしてエリオの相手をしていると、横で休憩しながらスバルが祝いの言葉を贈る。


「ああ、聞いてたのか?」


「はい、今朝なのはさんから聞きました」


「あ、僕も聞きました」


拳を打ち込みながらエリオも告げる。突きだされた腕を逸らしながらエリオの死角へ回り、そのまま足を払い、倒れたエリオの腹を拳を当てた。


「参りました」


悔しそうにしながら体を起こす。そして休んでいたスバルが入れ替わるよう歩いてくる。エリオと入れ替わりながらオーフェンの正面へと。


「お願いします」


その数分後、スバルとエリオが仲良くオーフェンに倒され仰向けになっていた。


「あー・・・何で一本も入れられないかなー」


「そうですよねー。オーフェンさんってどんな訓練してたんですか?」


「そうそう。どうやったらそんなに強くなれるんですか?」


仰向けに倒れたままでスバルとエリオが顔だけをオーフェンへと向ける。それにオーフェンは腕を組み、少し考えてから、


「そうだな。俺が昔受けた訓練は顔に何が飛んできても目を閉じないように布を巻いた棒で顔をしこたま殴られたかな。そういやその時前歯が折れたんだっけか」


「え・・・・・・?」


絶句するエリオに思い出しながらしみじみと話すオーフェンを、スバルは体を起こしながら上から下まで観察して、


「なるほど。そんな鬼みたいな訓練を受けて今のオーフェンさんが出来たんですね。納得しました」


「ほっとけ」


スバルの頭はいい音がした。その横でエリオも体を起こしながら聞いてくる。


「そういえばオーフェンさん。デバイスどうするんですか?」


「ああ、それか。この前シャーリーと少し話したんだけどな・・・」





回想 シャーリーの場合





「オーフェンさんの魔術は物理現象ってことでいいんですね?」


「ああ。お前たちの魔法みたいに魔力のこもってるわけじゃない。だからAMFが効かないんだろ?」


「はい。AMFは魔力結合を無効化するんです。オーフェンさんの魔術は私たちの魔法みたいに最初から最後まで魔力がこもってるわけではないので、無効化しようにもできないんですよ。これはかなりのアドバンテージです。皆オーフェンさんに期待してますよ」


シャーリー自身も期待しているのか、声がかすかに弾んでいる。それに対してオーフェンは頬を掻き、眉間に少ししわを寄せた。


「そんなに期待されてもな。まあ世話になってるんだし、その分はやってみるつもりだが」


「お願いしますね」


そう言ってオーフェンに笑みを見せるシャーリー。すると、シャーリーが何か思い出したように手を打った。


「オーフェンさんってデバイスどうします?」


「デバイスってあいつらが使ってるやつだろ?俺も魔法使えるのか?」


「はい、リンカーコアは確認されてますし、オーフェンさんさえよければ専用のデバイスも作れますよ」


シャーリーが眼鏡の奥の瞳を輝かせながら告げる。デバイスマイスターとしてデバイスの作成・管理を行っているという話だが


「そうだなー便利だとは思うんだけどな。空とか飛べるんだろ?」


「ええ、でも飛行は高度な魔法ですし、誰でもできるわけでは」


「えー、なんだ無理なのかよ。じゃああれだ、あの締め上げるやつ」


「締め・・・バインドですか?それなら大丈夫ですよ」


「マジか。アレいいと思ってたんだよ。捕まえたやつを魔術で狙い撃ちしたりヘリから宙吊りとかできそうだしな」


「あはは・・・それはちょっと。あくまで捕縛目的ですし」


「あん?だめなのかよ・・・ああ、そうだ!!」


「どうかしました?」


目を爛々と輝かせ鈍器のような何かを構えるような仕草をするオーフェン。


「アレだアレ。ヴィータのあのハンマー!あんな感じのデバイス作れねえか!?アレなら新しいボンバー君シリーズに相応しい。ハンマーの先に火薬詰めていい感じに!」


嬉々として語り出すオーフェンに、なにか不穏なものを感じたのかシャーリーのこめかみを冷たい汗が伝った。





「まあ、いろいろ話してな。結局作らないことにした」


「ええ?でも魔法使えたほうがよくないですか?」「そうですよ!皆魔法の腕を上げるのに一生懸命なのに!」


二人が自分のことのように詰め寄ってくる。


(結構ここに馴染んできたってことかな・・・)


遠慮のなくなってきた六課のメンバーを思い出しながら、特に組み手の相手をしていて会う機会が一番多い二人をなんとはなしに見る。しかしその態度が気に食わなかったのか二人が一層食ってかかる。


「なに関係ないような顔してるんですか」


「そうですよ。オーフェンさんのことなんですよ!!」


「ああ、悪い。そうはいってもな、あれば便利だとは思うが別に必要じゃないし・・・」


「え・・・?」


「俺には魔術があるし、それで間に合ってる。念話はこの前教えてもらったが、必要以上に力を求めたってロクなことにならねぇしな。必要な時に必要なだけ必要な力があれば、ほかは余分なんだ・・・・・・」


なにかを思い出すような表情をするオーフェン。彼は時々このように遠くを見ているような眼を見せる時がある。その様子に普段ならなんでも質問をするスバルですら無言でいる。と、急にオーフェンが手を打った。乾いた音が響くと同時に、少し重苦しかった雰囲気がなくなった。


「それに今さら一から教わるのもな。ほら、俺のことはどうでもいいだろ。お前ら人のことあれこれ言う前に自分のこと考えてろ」





キャロの場合





オーフェンが廊下を歩いていると、その前方にライトニングスの二人を見つけた。


「よう、訓練は終わりか?」


声をかけられたエリオとキャロが振り向く。


「はい、さっき終わったところです」


「あっ・・・」


快活に返事をするエリオとは対照的に、キャロはエリオの後ろへ身を隠しながら口をつぐむ。


「あー・・・」


その様子にオーフェンが何も言えないでいると、エリオがキャロの後ろへ回り背中を押す。


「ほらキャロ。あいさつしなきゃ」


「う、うん・・・えっと」


キャロの言葉を待つが、俯いたまま時間が過ぎる。


「なあ、俺なんかしたか?」


キャロの様子にばつが悪くなったのか、エリオへと目を逸らす。


「あはは、すいません。ちょっとオーフェンさんが苦手みたいで」


「つってもなぁ」


「だってオーフェンさんって目つき悪いし乱暴だしいい加減だしガラも悪いですしどこからどう見てもや・・・・・・」


ゴスッ バタリ


「ひっ・・・・・・」


バタリ


「キュクーーーーーー!」


バッサバッサ


「あれ?」





ティアナの場合





「オーフェンさんの使う魔術ってどんなことができるんですか?」


「なんだ、急に」


訓練の休憩中にティアナがオーフェンへ尋ねた。


「いえ、魔術っていろいろ出来るじゃないですか。熱衝撃波ですか?他にも炎を出したり。それで、他にはどんなことが出来るのかなって」


ティアナはチームのセンターガードと呼ばれるポジションであり、情報分析、作戦立案も彼女が行っていると聞かされていた。おそらく、魔術で何が出来るのかを知り、戦術の幅を広げたいのだろう。彼女も初対面の時からはかなり打ち解けているようで、戦術関連についてオーフェンに意見を求めることも多々あった。


「他には、ねぇ。力場形成、重力制御、物質崩壊、空間爆砕・・・」


指折り数えてゆく。ティアナはそれを聞きながら物騒な言葉が出るたびに冷や汗が頬をつたっていたが、気付かずに進める。


「あ、あの。オーフェンさん・・・」


「ん?どうした」


「いえ、あのどんどん物騒なワードが出てくるんですが・・・なんですか?物質崩壊とか」


「ああ、それだけならわかんねえな。うーん、わかりやすいもんつったら」


あごに手を当て考え込むと、不意にティアナの足へと目を向ける。


「そうだ、お前さっき足ひねってたろ。ちょっと見せてみ」


「はい・・・でもあとでシャマル先生に・・・」


そう言うティアナの足へ手をかざし、頭の中に魔術の構成を編みあげる。


「我は癒す斜陽の傷痕」


「わっ」


魔術で足の負傷を治癒する。足を動かしたティアナが驚きの声を上げた。


「すごい!魔術って怪我の治療もできるんですね」


「簡単なもんだったらな。例えば神経が傷ついた場合なんかは無理だな。特に他人の体は難しい」


別世界の魔術に興味がわいたようで、その後もティアナはいろいろと聞いてきた。





ヴィータの場合 初邂逅編





「へぇ、お前が新しく入ってきたオーフェンか」


「ん?」


オーフェンが廊下を歩いていると、赤毛の少女が声をかけてきた。しかもなぜか睨んでいる。人のことは言えないのだが、その目つきに若干不快になりつつも目線を合わせるために膝を折る。


「なんだ?俺のこと知ってんのか?」


「ああ、シグナムとの戦闘を見せてもらった。他の連中には悪いが私にはお前が信用できない。あの動きは素人のもんじゃねぇ」


(なんだ?口の悪いガキだな)


そう思いつつも少女を観察する。見た目は疑いようもなく子供である。しかし、いきなり人のことを信用できないと睨みつけている。


「おい、ガキにいきなりそんなこと言われる筋合いはないぞ」


「ガ・・・キ?お前今ガキっていったか!!」


「ガキはガキだろ」


「てめぇ!!!」


急にハンマーを構え出した。急な展開についていけずオーフェンは戸惑う。


(なんだ?俺何かしたっけ)


そうしている間にも少女は魔力弾を生み出した。そしてハンマー型のデバイスで打ち出そうとしたその時、横合いからフェイトが飛び出してきた。


「ストーーーーーップ!!!」


「うわ、離せ」


「ダメダメ、こんなところで戦闘なんてダメだよ」


ハンマーを振りかぶるヴィータをフェイトが抑えつける。揉み合いだした二人をどこか他人事のようにオーフェンは眺めていたが、その目線がヴィータの持つハンマーへと止まる。


「オーフェンさんも、怒らせるようなこと言っちゃだめだよ。幾ら見た目が子供・・・あ!」


「ほぉ・・・フェイト、お前がどう思ってるかよーーーく分かったぜ」


失言に口を押さえるフェイト。しかしヴィータは聞き逃さなかった。さらに揉み合う二人を見ながらオーフェンの視線はブンブン振り回されるアイゼンへと注がれ続けている。


「おい」


「フェイト!!今日という今日は・・・!」


「ちょ、待って!」


「おい!!」


「くそ、逃げるな!」


「待ってってば」


「無視するなぁぁぁぁぁ!!!!」


その言葉を呪文にして魔術の構成を解き放つ。轟音とともにフェイトとヴィータの間に爆炎が燃え上がる。それに驚いた二人が声もなく同じような表情でオーフェンを見る。


「おい、お前。ヴィータっつったか」


「・・・・・・あ、ああ」


なんとか声を出すヴィータ。魔術の威力に目を見開いたままの彼女にオーフェンは詰め寄った。


「そのハンマー、ちょっと見せろ」


「は?え・・・いいけど」


「ふんふん。なるほど。ここがこうで・・・・・・」


突然のことに呆然としているヴィータを余所に、アイゼンを様々な角度から観察する。オーフェンの迫力に押されているのか、隣のフェイトは何も言えずにただただ見ていた。


「よし!!ちょっとこい」


アイゼンを片手に、もう一方の手でヴィータの襟首を鷲掴みにしていずこともなくズルズル引きずってゆく。それにヴィータが抵抗するが、その抵抗も空しくどこかへ連れて行かれた。一方残ったフェイトは


「あれ?」


その後、なにかの道具を持ってなにやら悔しそうにしているオーフェンが目撃されていたとかいないとか。





なのはの場合





「・・・おい」


「ん?なに」


「何時までやらせんだ?」


「なにを?」


「決まってんだろ!!お前の手伝いだよ、さっきから延々訓練メニュー作りさせやがって。今何時なんだよ!?」


椅子にもたれかかりながらオーフェンが耐えかねて叫ぶ。時間は正確には分からないが、既に真夜中は過ぎているはずだ。窓から見える夜空にはちらほらと星が見えていた。


「さあ?時計見てないから・・・あ、もうこんな時間」


腕時計を見て時間を確認するなのは。オーフェンは彼女の訓練メニューの作成に手を貸していた。最初は軽い気持ちで請け負ったのだが、作る内容に納得がいかないのか何度も作り直し、今に至ってオーフェンは後悔していた。かといって彼女一人を置いていくわけにはいかず、オーフェンは自分の性格を呪った。


(ここで寮に帰るってわけにもなぁ・・・)


嘆息しながらも、なのはへ目を見ける。彼女はオーフェンよりも遥かに疲労がたまっているはずだがそれを感じさせず、メニューについて考えを巡らせている。


「なあ、今日はもう切り上げて明日やればいいんじゃねえのか?」


「そんなわけにもいかないよ。いつ事件が起きるかわからないし、いざっていう時のためにフォワードの皆には一日でも早く力をつけてほしいから」


そう言う間も手を休めない。


「そりゃそうだけどよ・・・」


反論できずにうめく。そこで、なのはが手を止めて振り向いてきた。


「大丈夫ですよ。心配してくれてるのはうれしいけど、全然平気」


「はぁ、そんなもんかね」


「うん。それにオーフェンさんが手伝ってくれてるしね。満足の出来る訓練メニューが出来そうだよ」


満面の笑みを浮かべるなのは。それに手を振って答えながら胸中で呟く。出会って間もないのだが、これまでの彼女を思い返し目の前の笑顔を見やる。


(かなわねぇな)


放ってはおけない自分の性格を再度呪い、無機質な照明に照らされている天井を仰いだ。





フェイトの場合





六課のロビーのソファーで寝ていたところを誰かに起こされる。体はまだ睡眠を欲しているようで、抗いがたい誘惑に身をゆだねるよう訴えてくる。しかしそれを打ち消すべく、誰かがさらに声を荒げ体を揺さぶるのを感じる。そこでようやく目を開けた。うっすらとぼやけた視界に見えるのは鮮やかな金髪だった。寝ぼけてピントの合わない視界の中でもその輝きだけははっきりと確認できた。


「クリーオウ・・・か・・・」


「え、栗?起きてオーフェンさん。風邪引きますよ」


以前共に旅をした少女ではなく、新しい同僚だったことに遅まきながらも気づき頭を振って意識を覚醒させる。


「あ、ああ・・・フェイトか」


「こんなところで寝たらダメじゃないですか」


そう言ってこちらの意識を確認するように覗きこんでくる。


「あ?寝てたのか、俺」


「そうですよ」


腰に手を当て非難するような目を向ける。


「わりぃわりぃ」


「ところで、くりーおうって誰ですか?」


「ん?俺なんか言ってたのか」


「ええ、くりーおうとかなんとか」


寝ぼけてもう会うことはないかもしれない少女の名前を呟いていたらしい。


「あー・・・いや、何でもないんだ。忘れてくれ」


手を振って何でもないという風に示す。それを見てフェイトは少し考える。オーフェンは自身のことはあまり話したがらない。それでもスバル等が詮索しようとすると、時々話すことはあれど、適当にごまかしてしまうことが多かった。フェイトはそれが自分たちがまだ信頼されてはいないからでは、と思ってしまう時があった。その不安を表には出さず、小さく吐息する。


「それならいいんですけど、とにかく今度からは気を付けてくださいね」


「ああ、わかったよ」


立ちあがりフェイトに背を向けて歩き去る。そのオーフェンの背中に、


「いつかは私たちにも話してくださいね」


そうフェイトが呟いたのだが、オーフェンは聞こえなかったのか、あえて無視したのかそのまま歩いて行った。





シグナムの場合





「おい」


「あんだ?」


「私ともう一度戦え。この前の仕切り直しだ」


「腹が減るからいやだ」





はやての場合 其の二





「うん。そうや」


夕日に赤く染まる隊長室ではやては頷いた。室内にははやてしかおらず、モニター越しに誰かと連絡を取っている。


「そう。例の預言のこと。最近新しく出てきた記述のことや」


そう言うはやての表情は真剣そのもので、普段の気さくな彼女からはにわかに信じられないような声色で会話を続ける。


「どうしてもわからんかった『異界からの魔王』って記述やけど・・・・・・」


『まさか・・・!?』


呟くはやての言葉に、モニター越しの相手の声も更なる緊張の色を帯びたのが感じ取れた。その反応にはやても慎重に言葉を選びながら続ける。


「まだ確信がないんやけど、もしかしたらあの人のことかもしれん」


『あの人?』


「実はこの前、六課に来た人なんやけど」


『ええ。どうしても配属させたいって言ってた人?』


はやては最近機動六課へと配属されることになったある一人の男のことを脳裏に思い浮かべながらポツリポツリと、自信がなさそうに答える。


「うん。その人の報告を聞いた時からもしかしたらって思って、なんとか手を回したんやけど・・・・・・」


『じゃあ・・・・・・その人が?』


「ううん。まだ確信はないんよ。強いて言うなら直感なんやけど・・・・・・一応話しておこうと思って」


言葉を選びながらはやては自分の感覚を相手にうまく伝えられずにもどかしそうに首をひねる。あの人を見て感じたことをどう伝えればいいのだろうか?適切な表現がわからずに呻く。と、そんな時部屋にノックの音が響いた。


「あ・・・ごめん。騎士カリム。この話はまたあとで」


相手の返事も聞かずに通信を切る。今話していたことはまだ誰にも教えることは出来なかった。慌てながらもドアへ返事をし、机の上を意味もなく整理する。


「えーっと。取り込み中だったか?」


果たして、開いたドアから姿を現したのはオーフェンだった。はやての様子からなにかを読み取ったのか、申し訳なさそうにしている。はやてはその姿に苦笑しそうになることを隠し、椅子に深く座り直した。


「いいえ。大丈夫ですよ」


「そうか。ちょっと聞きたいことがあるんだ」


なんでもないように返事をしたつもりだったのだが、それでもオーフェンは遠慮するように入ってきた。なにかに気付いたのかもしれない。が、それでも先程の会話のことなどわかるわけがない。はやては自身に言い聞かせた。


「いいですよ。なんですか?」


「なんで俺をスカウトしたんだ?」


出し抜けに言うオーフェンの意図が分からずに思考が一瞬止まる。スカウトした理由は以前伝えてあった。彼の魔術をAMFは干渉できない。そのアドバンテージに目を付けてスカウトの話を持ちかけたと。もっとも表向きは、だが。


「え?」


「いや、世話になってることは感謝してるんだが・・・」


「はっきり言ってくれてもいいですよ?」


「わかった。正直俺を六課にスカウトした意図がわからない。最初に俺に接触したのが六課だからとも思ったがそれだけだと理由にはならないし、この世界についての知識が全くない俺がロストロギアなんぞどーこーできるものでもない。ましてや経歴も自己申告だけではっきりしない俺が六課に入る必然性が見つからないんだ」


オーフェンの語った内容にぎくりと身をこわばらせる。しかしそれを抑えつけ、はやてはスラスラと聞き返した。


「オーフェンさんはレアスキル持ちでガジェットに対して有効であるって理由では?」


「聞いたんだが六課の隊長陣にはリミッターをかけて、わざとランクを落としてまであの連中を集めたそうじゃないか。特になのはは無敵のエースなんだろ?総合力で見ても俺がいなくてもガジェットに後れをとるとは思えない。なら・・・」


一旦言葉を切ってはやてへと一歩近づくオーフェン。


「なら?」


「教えてもらった六課設立の目的のほかに、隠された別の大きな目的があるってのはどうだ?まだ誰にも教えていない目的。そしてそれにはわざわざ俺を入れてでも成し遂げたい理由がある・・・」


完璧に図星を突いてくるオーフェンの洞察力に内心で舌を巻く。が、それは外には出さずにはやては一度目を閉じ、ゆっくりと開いた。オーフェンははやてをいつもの皮肉の勝った目つきで見ながら、静かに待っている。実は出まかせを言ってカマをかけ、はやての反応を観察しているようにも見えた。しかし、はやては落ち着き払った態度で、まるで難問の答えを見つけた生徒の教師のように愉快そうにオーフェンを見上げた。


「へえ、なるほど。おもろいですね」


「どうなんだ?」


「うーん。どうでしょ」


何らかの反応を期待していたオーフェンは、しかし予想外のはやての投げやりとも思える返答に思わず声を上げる。


「はあ?」


オーフェンの反応を見て、にやにやと笑いながらはやては両手を広げて告げた。まるで手品のタネを明かすように。


「もしオーフェンさんの言う別の目的があったとして、私がここで正直に話すと思います?皆にすら秘密にしてるゆーたのはオーフェンさんやで?」


予想外の答えに若干動揺してしまったが、はやての試すかのようなセリフにオーフェンは小さく息を吐き、


「そうだな・・・馬鹿正直に話すとは思ってないよ。ただ・・・」


少し間を置いたオーフェンにはやては余裕の態度で、


「ただ?」


「ちょっと聞いてみたかっただけさ。別になんとしてでも聞き出そうとは思っちゃいなかった。それに俺が勝手に深読みしただけで、本当にさっき言った通りの理由だけかもしれないしな」


「え?」


今度は逆にはやてが驚く。内心身構えていたが、拍子抜けしたように間抜けな顔をしてしまう。それに構わずオーフェンは淀みなく続けた。


「もし俺が言うような別の目的があったらさっきも言った通り正直に話すとは思ってないし、なかったとしたらそれでこの話は終わりだ。結果的には同じ。違うか?」


もっと言及してくると思っていたはやては、オーフェンの突然の変わりように無意識に入れていた力が全身から抜けていくのを感じながら呟いた。


「・・・そやね」


「別の目的があったとしてもいつかは話すつもりなんだろ?邪魔して悪かったな」


言うや否やあっさりときびすを返すオーフェン。彼の言うとおりまだ誰にも例の件を話すつもりはなかった。このまま彼が隊長室を退出すれば事はこれで終わりだ。が、はやては思わず呼び止めた。


「いえ。あ、オーフェンさん」


言った後に自分で驚く。呼び止めるつもりはなかった。余計なことを知らせず、このまま出ていく彼を見送ればよかった。が、自分でもわからない衝動に背中を押され声を出してしまった。親友や家族にまでまだ話すつもりはなかったが、なぜか最近来たばかりのこの男になら話してしまってもいいと思えた。


「ん?」


立ち止まり肩越しにはやてを見るオーフェン。彼を見てはやては思った。ある程度までなら話してもいいのでは。余計な心配をかけさせまいと思っていたが、核心部分を悟られなければ・・・・・・。

「預言って信じます?」


体ごとはやてへと再び向き直るオーフェン。怪訝そうな顔をしながら。


「預言?」


「はい、未来がわかるいうアレです」


余りにも突飛な質問に初めは首を傾げていたオーフェンだが、はやての真剣な表情を見て正直に告げる。


「未来か・・・信じないな」


少し考えながら答えるオーフェンを見て、はやてはさらに続ける。


「絶望的な未来であったとしたら?無視できますか?」


「絶望・・・・・・ね。でもそんなもんだろ?未来ってのは。もしかしたら万が一なにかの事故に巻き込まれて死ぬかもしれない。でもそれが生命として当然のリスクだとは思わないか?」


絶望という言葉に思うことでもあるのか、オーフェンはわずかに顔を歪ませた。しかしそれをすぐに消すと、逆に質問してくる。一見虚無主義にも思えるが、はやてはその意味をゆっくりと考えオーフェンの瞳を見つめる。瞳の奥に隠されたオーフェンの意図を読み取るかのように。


「諦めるっていうこと?」


訝しみながら聞き返すはやて。自然と表情が険しくなるが今度はそれを隠さなかった。オーフェンはそのはやての視線を正面から受け止め、かぶりを振った。


「違う。どれだけ過酷な状況でも意志はそれの望む方向へと伸びる。常にリスクを背負うからこそ、それに抗わなければならないってことさ。奇跡なんてもんは信じちゃいないが、それと同じ何かはあると思ってる。じゃなけりゃとっくに俺は死んでた・・・・・・」


そう言うオーフェンははやてではなく、別の遠いどこかを見ているような気がした。そこではやては気付く。


(これや。この目や)


初めて会った時から今まで何度か見ることがあった。時々オーフェンは自分たちとは別の場所を見ているのだと思わせるその眼差しを。


(これを見た時からや)


初めて見た時に感じたこの感覚。騎士カリムに伝えようにもその言葉が見つからなかったこの感覚。それを今はやては感じていた。


(なんかようわからんけど、この人が・・・・・・あの『魔王』)


それと同時に、隊長室を出ようとした彼を咄嗟に呼び止めた衝動もなんとなく理解していた。騎士カリムと話していた『あの件』について。自分ですら未だに半信半疑な『あの件』について、彼はどういう反応をするか知りたかったのだ。


「はやて?」


はやては半ば確信していた。この目の前で急に黙り込んだ自分を訝しむ、目つきの悪いぶっきらぼうな彼こそがあの『魔王』なのではないかと。


(でも・・・・・・)


そう。はやてには疑問があった。『魔王』という単語。この物騒極まりないこの単語の示す意味を。それとなくオーフェンに探ろうと思っても、彼は自分のことは話したがらない。無理に聞き出そうとしても強引に誤魔化すこともあったほどだった。これもはやてが確信しきれない原因の一つだった。はやては我知らず俯き加減なっていた視線を上げる。


「・・・・・・オーフェンさんって、なーんか私たちに隠してることあるんやと思うんやけど・・・」


「さあな。お互い様だろ?」


はやての探る視線に、オーフェンは両手を上げておどけるように笑みを返した。それはいつも彼が浮かべている笑みで、それだけ言うと返事を待たずに隊長室を後にした。


「んー・・・そやね」


ぼんやりと沈みゆく夕日を眺めながら、はやては誰に言うでもなく呟いた。

















あとがき的



はい!第六話です!!シックス!!


今回はオーフェンの機動六課での生活を場面ごとに切り取ってつぎはぎにしました。


時系列とかは特に考えてないんですけど、あんまり進んではいないです。そこらへんはこれを読んでくださっている皆さんが自由に考えてもらえればなって思います。といってもいくつかは例外ですけど。



まず今回やりたかったことは、ちょっと文章書くリズムがつかめてきたので、今までとは違った文体にチョコチョコ挑戦したりしてみたいなっていうのが目的です。大して変化なんてありませんけどね(汗)


で、とりあえずその上で書いておきたかったエピソードをいくつか。主に最初と最後ですけど。


本当は最後のパートはもっと後に、原作に沿ってやるつもりだったんですけど、それじゃ遅すぎるだろ、忘れてるよ、等の理由で急遽押し込みました。それっぽい伏線でも入れれたらいいなとは思ってたんですけど、思いっきりばらしちゃってますね。


ぶっちゃけはやてがオーフェンを機動六課に入れた理由です。はやてが裏で色々手をまわしてオーフェンを強引に引き込んだと思ってください。そうでもしないとあんなヤクザが管理局に入れるわけありませんからね!!(爆)


『例のアレ』とやらにちょっと付け足しました。ご都合主義様様です!!! 



それで、一応断っておくことがあるのですが、『魔王』についてです。拙作内での『魔王』の定義としては、犯罪者としての通り名の『魔王』です。魔王パワーではないです。初めに断っておきました通り、拙作ではオーフェンの魔王パワーについては触れません。その理由については最初の注意書きのほうに補足しておくので、読まなくても大丈夫ですけど、気になる方がいらっしゃったらどうぞ。








以下いつもの感じで



食堂のシーンについて

あのシーンがやり過ぎという意見があったのですが、昔友人からパクって売っ払ったスレイヤーズVSオーフェンにオーフェンがトリップするというシーンがあったので引用させていただきました。
それとスバルをぶん殴ったことは私としては、老婆に椅子を振りかぶってたことに比べればなんぼかましだと思います。



キャラの性格とかは若干修正を入れてます。オーフェンはあまり変えることはしませんけど、他のキャラは修正入れてます。特にティアナは後々・・・・・・・・・



とまあ、こんな感じでお送りしました。皆さんからのご意見は今後の参考にさせていただいておりますので、今後ともよろしくお願いします。





シャーリーとのパートですけど、あれはボンバー君を出したかっただけです。あと念話できたらいいなって思いました。



[15006] 第七話  初出動
Name: QB9◆225ae755 ID:5d7adf83
Date: 2011/06/12 01:33
父さんとギン姉へ
あたしとティアがここ、機動六課の所属になってから二週間になります。
本出動はなくて同期のフォワードは朝から晩まで訓練です。
部隊の戦技教官なのはさんの訓練はかなり厳しいんですが、しっかりついていけばもっと強くなれそうな気がします。
それと、最近になって新しく六課に配属された人がいます。オーフェンさんっていう別世界から来た人で、元の世界へ戻る方法やミッドチルダの知識を提供する代わりに、新しい戦技教官として勤務しています。
見た目はちょっと怖い人ですけど本当は優しい人なんじゃないかと思ってます。別世界から来たからか、魔法についてはあまり知らないんですけど、その他についてはとても勉強になりますし、ショートレンジもとても強いので組み手の相手をしてくれるのでとても有り難いです。この前シグナム副隊長との戦闘映像を見せてもらえましたけど、あのシグナム副隊長と互角で、ティアや他の皆も驚いていました。
ちょっと長くなったので、今日はここまで。
またメールしますね。
スバルより




青空の下、オーフェンは目の前の光景を何度見ても慣れない自分に苦笑した。場所は機動六課の訓練施設。これまでに何度も足を運び、実際に何度も見たのだが今だに信じ切れていない自分がいた。それはいつかは慣れてしまうのかもしれないし、いつまでも慣れないかもしれない。目の前では何もないところから大小様々なビルが生えてきている。それを見るたびに別世界の科学力に驚愕させられる。自分はなんというところに来てしまったのだろうか?


(往生際が悪いってことかな)


この光景に馴染んでしまえば、キエサルヒマ大陸のことを忘れてしまう。もちろん錯覚なのだろうが、そんな気がしていた。腰を下ろして両足を投げ出す。空を見上げる。その視界に広がる青の世界だけはどの世界でも同じなのだろうか。それとも違う世界があるのだろうかと、つらつらと益体もないことを考える。


「・・・さん。オーフェンさん」


「ん。ああ、なのはか」


「どうしたんですか?ボーッとして」


隣からなのはが呼びかけていた。オーフェンは手を振って答える。それまでの考えを振り払いながら、なのはへ目を向けた。


「さっきから呼んでるのに。どうかしましたか?」


「いや、なんでもねえよ。それよりあいつらの調子はどうなんだ?はっきり言って魔法のことは俺はさっぱりなんだが」


「うん、皆やる気もあるし頑張ってるよ。それに今は伸びる時期だから」


そう言って訓練中のフォワード達を見る。そこにはフォワードそれぞれがまだ少しぎこちないながらも連携をとり、ガジェットドローンを撃破している。実物ではなく、収集したデータをもとに再現したもので、偽物といっても細かいところまで再現された限りなく実物に近いものらしい。その説明も聞いてみたのだが、オーフェンにはよくわからなかった。


「シグナムとの戦闘見てたんだけどよ、アレってやっぱ厄介なもんなのか?」


ガジェットを指しながら問いかける。オーフェンが指すものとはガジェットの特徴的な機能であるAMFのことだ。フォワードの4人もAMFに手こずっている。(実際には各デバイスに手を加えて『AMFが使用されているように見せかけている』のだが)


「やっぱりAMFは魔導師にとっては天敵だから。AMFについては聞いてますよね?」


「ああ、一通りな。そんで俺の魔術には干渉できないってことも」


「そうです。だからオーフェンさんも現場に出てくれると本当に助かるんですよ?」


「期待されてもな」


頭をかきながら呟く。と、そこで彼女が手をパタパタと振りながら笑う。


「謙遜しないで下さいよ。この前だって訓練用のガジェット相手にすごかったじゃないですか。初めて戦うとか言っておきながら」


「フォワードの皆も褒めてましたよ」と続けて、なにか面白がるように目を細めた。


「ま、教導役としちゃあんまりみっともねえところは見せられねえしな」


そして午前の訓練終了目前に恒例のオーフェンからのフォワード陣への評価が始まった。フォワード全員へ幾つかの指摘、というかダメだしをする。


「・・・・・・ざっとこんな感じだな。以上」


『ありがとうございました!!』


午前の訓練が終わった。





オーフェンが六課に配属され、所属はスターズ分隊になった。コールサインはスターズ5。基本的にスターズのスバルとティアナの教導をオーフェンは担当することになっている。エリオの方も教えることがあるのだが、キャロの召喚魔法についてはまったくの門外漢であるためこのような形になった。

訓練の内容はなのはが考案し、時々オーフェンも手伝っていた。そしてメニューに沿って様々な状況下でフォワード陣の実力に合った訓練を行う。オーフェンは主にガジェットのような機械ではなく、対人戦闘の訓練を担当している。時には複数のガジェットに隠れ、奇襲をかけるといったこともしていた。終了前には恒例となっているダメ出し。そして自主的にオーフェンとの組み手。ここ数日はこれの繰り返しで、フォワードの四人は時々焦げたりすることはあれど、限界寸前までの厳しい毎日ではあったが充実した日々を送っていた。オーフェンのおかげでより実践らしい、とはなのはの弁だが。





「無限書庫からの情報はまだないなあ」


「そうか・・・・・・」


はやてからの報告を聞き、思わず漏れてしまったため息に、思ったよりも期待を持っていた自分に気づき自嘲の笑みを浮かべる。


「すみません。やっぱりオーフェンさんの世界の情報が少なくて・・・」


リインも申し訳なさそうに俯いている。


「大陸の名前だけだからな」


(現出した神々に脅かされ続けた、な)


オーフェンは自身の知っているキエサルヒマ大陸についての情報を全て話していたが、正しくは言える範囲での全てであり、特に神々のこと、自分のことなどはあまり話していなかった。その理由はいくつもあるが、その一つはどうせ教えても信じないと思ったことだった。それと、自分のことまで話さなければならなくなることだ。


(神様が暴れまわってて、その神様から逃げるために張った結界を壊して、今は『魔王』ですってか。ゴシップ記事にもなりゃしねえ)


そしてその『魔王』は大陸最強の魔術士と呼ばれた男の全ての戦闘技術と暗殺技能を学び、鋼の後継、サクセサーオブレザーエッジとも呼ばれていたのだが、これも伏せておくことにした。別世界のことなど知りはしないだろうが、暗殺術を学び、スタッバーとして育てられたことをわざわざ教えるつもりはなかった。


「またなんかあったら教えてくれよ。別に元の世界に戻らないと死ぬわけでもねえんだし、そんなに気に病まないでくれ」


「そう言ってくれれば助かります」


「なにかあったらすぐにお知らせしますです」


二人に礼を言って隊長室を退出する。と、そんなオーフェンの耳にけたたましい警報の音が鳴り響いた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





エイリム山岳丘陵地区

その山岳地区へ向かうヘリの中、なのはから今回の状況についての説明がなされる。


「今向かってるエイリム山岳丘陵地区を移動中の山岳リニアレール内にレリックと思われる物体が確認。内部に侵入したガジェットでリニアが制御不能で、未確認タイプがいる可能性もあるの」


淡々と現在の状況について述べるなのは。そしてそれを見つめるフォワードの4人は、それぞれが初出動であり一様に緊張していることが見て取れる。それを横目で見ながらオーフェンはなのはの説明へと耳を傾けた。


「まず私とフェイト隊長で制空圏の確保。フォワードの皆は列車に直接乗り込んでガジェットの破壊およびレリックの確保。いい?」


『了解!』


その返事に笑顔を返し、パイロットであるヴァイスへと呼びかける。「うす」という声とともにハッチが開く。


「じゃあちょっと出てくるね。ズバッとやっつけちゃおう」


そう言ってハッチへ向かう。と、そこでなのはがオーフェンへ目配せしてくる。その意味は聞かずとも知れた。オーフェンの前には緊張と不安、プレッシャーで固まっているキャロがいた。先程なのはも声をかけていたのだが、完全には抜け出せずにいるようだ。


(この若さで初出動だからな)


無理もないと思いながら、なのはへと頷き返す。満足したのか、なのはも大きく頷くとバリアジャケットを展開させ、飛び降りた。


「降下ポイントへ到着だ。準備はいいかお前ら!!旦那も!」


ヴァイスからの檄が飛ぶ。


「では皆さん。初めての実戦ですが精一杯頑張ってください!!」


リインが小さい体を張ってエールを送る。


「ライトニングスは車両後方から、スターズは前方から共に車両のガジェットを殲滅しつつ第七車両の重要貨物室にあるレリックを回収するです」


『はい!』


「よろしい」


「で、俺はどうすりゃいいんだ?」


所在なさそうにオーフェンが手を上げた。それにリインは向き合い、少し考え込んでから、


「ではオーフェンさんはライトニングスの二人についてくださいです。私はスターズにつきますので。あと車両の停止も私が行います」


「ああ、わかった。ところでリイン」


オーフェンがにやりと笑い、面白がるような声音で


「俺もこれが初出動なわけだが、俺には何かないのか?」


その言葉にリインがきょとんし、フォワードの4人がクスクスと笑う。


「そうですねー・・・特にないです」


「おい!」


「オーフェンさんなら大丈夫ですよ!」


特に理由はなく胸を張るリインの姿に苦笑する。オーフェンは立ち上がりフォワード達を見て、


「じゃ、行くか」


その言葉に4人が立ち上がり、スターズの二人がハッチへと向かう。


「行くわよ」


「うん」


スバルとティアナの二人が宙に身を躍らせる。そしてそれにリインが続く、その前にオーフェンへと耳打ちをしてきた。


「オーフェンさん、二人のこと、特にキャロを頼みますです」


「ああ、なのはからも任されてるし。なんとかやるさ」


「お願いします」


リインもハッチから飛び出した。無事に降下した彼女たちを見届けて、残ったライトニングスへと目を向ける。そこにはさっきよりはマシになったがまだ緊張しているキャロとそれを心配そうに見るエリオが待っていた。


「じゃあ行くか」


「はい」「は、はい」「キュー」


ヘリから飛び降り降下しながら重力制御の魔術の構成を解き放つ。


「我は駆ける天の銀嶺」


呪文とともに、自分の周囲の重力が歪む感覚を感じながら車両の天井に降り立つ。遅れてエリオとキャロの二人が下りてくる。


(えーと、確か・・・)


教えられた念話を思い出しながらリインへと飛ばす。まだ慣れない感覚に少し戸惑いながらもなんとか繋げる。


≪リイン聞こえるか?オーフェンだ。ライトニングスの二人と車両に今着いたぞ≫


≪はいです。そのまま前方に向かってください。リインは今から車両の停止へ向かいますです≫


≪わかった≫


念話を切ると、ライトニングスの二人へと向き直る。


「訓練通りにやるぞ。まず俺が魔術で先制する。その後エリオが攻撃、キャロがそのサポートだ。フリードへの指示はキャロ、お前に任せる。出来るな?」


問いかけるがキャロはやはり緊張のせいか、力んでいるのがその返事からもうかがえる。オーフェンはキャロの頭へ手を載せた。恥ずかしがるキャロを見て、ふと思いついたように銀のペンダントを取り出す。牙の塔で学んだ証である、一本足のドラゴンが剣に絡みついているペンダント。それを外し、キャロへと渡す。不思議そうに見るキャロへ笑いかけた。


「それはな、俺がいた牙の塔っつーとこのもんでな、簡単に言えば一人前の証みたいなもんだ。俺はこの世界の魔法についてはよく知らないが、なのはやフェイトはお前のことを良く褒めていたし、俺から見てもお前はよくやってると思う。だから自分に自信を持てよ」


キャロが見上げてくる。その瞳にはおそらく慣れないことをしてうまく表情が作れていない自分が映っているだろう。それに苦笑しながら続ける。


「あとそのペンダントな、俺の世界では力の象徴なんだ。竜召喚をするお前にはぴったりだろ。貸してやるから持ってろ」


「な?」とキャロの後ろで羽ばたくフリードを見る。それにフリードが一際高く鳴くと、その場でやる気を示したのかのように小さく一回転した。


「そうだよ、キャロ。僕も一緒にいるから」


「うん!」


大きく頷くキャロ。それと同時に車両の天井が鈍い音とともに盛り上がってくる。内部のガジェットが天井に降り立った3人に反応し、熱線を放ってきたのだろう。


「行くぞ!!」





「あれが新型か?」


八両目へと進んだオーフェン達の前に。今まで見たことのない球形のガジェットが立ち塞がる。これまでのガジェットと比べ大型で、エリオとキャロも見るのは初めてと言う。


「いけるか?二人とも」


『はい!』


「気をつけろよ。ただでかいだけじゃねえはずだ」


様子を見るように睨みつける。ガジェットは壁のように3人の道を塞いでおり、回避して進むことはできそうにない。相手への情報がない以上迂闊に手を出すことは出来なかった。


「あの、オーフェンさん」


「なんだ?」


視線を外さずにエリオへと答える。エリオは何かを決意したような声色で、オーフェンへと言葉を紡ぐ。


「あの、新型のガジェットですけど、僕たちだけで対処させてくれませんか?自分たちの力を試したいんです。僕たちでどこまで出来るのか、訓練の成果を確かめたいんです」


エリオへと目を向ける。ガジェットを油断なく見るその横顔からは先程と同じ決意の色が見て取れた。その隣のキャロも同様で、その手に預けたペンダントを握りしめていた。


「出来るのか?相手は新型で何をするかわかんねえぞ」


「はい、出来ます」「はい」


どうするか逡巡した時、ガジェットが動きを見せた。両脇が開いたと思うと同時、そこから鉄板をいくつも繋げた腕のようなものが伸びてきた。咄嗟に構成を編み上げ叫ぶ。


「我が指先に琥珀の盾!」


突きだした両手の先に空気を圧縮して作りだした不可視の壁が出来る。腕はそれに阻まれ動きを止めた。


「チッ、行け!」


『はい!!』


オーフェンの横をすり抜けるようにエリオが疾駆する。そしてキャロが魔法陣を展開させながらフリードへと指示を出す。


「フリード、ブラストフレア!」


「キュクー!」


フリードの鼻先から火の玉が飛ぶ。しかしそれはガジェットの腕にはじかれる。だが、オーフェンが受け止めた腕とフリードの火球をはじいたことで、腕は二本しかないのか、ガジェット本体が隙だらけになっていた。


「うおりゃあああああああああああ」


気合いの声を上げながら帯電したストラーダを振り上げ、渾身の力で叩きつける。金属の衝突する音が響き、エリオはさらに力を込め電撃を打ち込む。


「うっ、硬・・・!」


エリオの渾身の一撃だったがガジェットの装甲を貫くことはできず受け止められてしまった。さらに力を込めるエリオだが、帯電していたストラーダが不意にその光を失う。


「え!?」


車両の後方にいるキャロも驚愕の声を上げる。接近していたエリオだけではなく、後方からの支援を行っていたキャロの魔法陣が霧散する。その様子を見てエリオが声を上げる。


「まさか・・・AMF!?」


「エリオ、一旦下がれ!」


しかし、それをさせまいとガジェットが熱線を放つ。それ避けるため、エリオがガジェットを飛び越え背後に回る。そして着地したエリオをガジェットの腕が打った。受け止めきれずに壁へと叩きつけられる。その衝撃で意識を失ったのか、ぐったりとしたエリオにガジェットの腕が絡みつき熱線で空いた穴から車両の外へ投げ捨てた。


「エリオ!!」


エリオが崖へ落下してゆく。オーフェンは助けるための魔術の構成を編む。しかし、ガジェットがそれを遮るかのように腕を伸ばす。


「チィッ」


回避するが、編んだ構成も霧散した。それに舌打ちをして新たな構成を編もうとした時、キャロがあろうことかエリオを追って飛び降りた。


「エリオくーーーーーーーーーーん!!」


「な!?キャロ!」


いきなりのキャロの行動に敵の存在も忘れて唖然とするオーフェン。その視界の中で、キャロがエリオへと手を伸ばしその手を掴んだ。逆の手にはオーフェンのペンダントが握られており、落下しながらも呪文を叫ぶ。次の瞬間、二人を桃色の光が包み込み巨大な魔法陣が展開される。


「な、なんだ?」


≪大丈夫です。オーフェンさん≫


≪なのはか≫


≪見ててあげてください。二人を≫


なのはからの念話に怪訝な顔をするオーフェンだが、光が消えるとその顔が驚愕に彩られた。そこには巨大化したフリードに乗ったエリオとキャロがいたからだ。


「マジかよ・・・」


≪あれがキャロのフルパワーの魔法ですよ≫


二人はフリードの背に乗りながら上昇してくる。それを見届けると、ガジェットの気配を感じて背を向けたまま半歩体をずらした。一瞬前までオーフェンのいた位置をガジェットの腕が通り過ぎる。それを紙一重で避けたオーフェンがガジェットへと目を向ける。その顔には驚きの色はなく、いつもの皮肉げな笑みが浮かんでいた。


「一応聞いてたが、さすがに驚いたな・・・さて」


ガジェットが二本の腕を引き戻し、再度オーフェンへと向けて伸ばす。


「我は踊る天の楼閣」


視界が一瞬ブラックアウトし、次の瞬間には車両の最後尾まで転移していた。伸ばされた二本の腕が虚しく空を切るのが見える。


「ただで済むと思うなよ」


いつも吊りあがっている目を更に吊り上げ、凄絶な目つきで睨みつける。機械に感情などないのだろうが、オーフェンの気配に恐れるように腕を振り上げる。


「おせぇ!!」


左腕を上げ、破壊的な構成を編み上げる。集中は一瞬、自らの脳裏に目標を破壊するイメージを作り上げる。その理想を実現するために己に備わっている力が体を巡ることを感じながら、声高らかに呪文を叫ぶ。


「我が左手に冥府の像!!」


その指先に小さな黒い渦の塊のようなものが現れる。音もなくただ存在を始めている。ガジェットはそれを脅威ではないと判断したのか、無視して腕を伸ばす。しかしそれが命取りだった。黒い塊は重力体でも物質でもなく、それは情報を持った因子であり、一種の引き金であった。


(第一の最秘奥・・・物質の崩壊)


左手を振り下ろすと、因子はガジェットへまっすぐに飛んでいく。そして標的に接触し、因子が消失する。次の瞬間、ガジェットの上半分がごっそりを抉りととられたかのように分解される。しかもそれだけでは終わらず、周囲の空間が帯電したかのように震え、火花が散った。そして最後に、大爆発が起きた。視界が閃光に埋め尽くされる。爆音によりなにも聞こえなくなり、オーフェンは静かに感覚が戻るのを待った。


「オーフェンさん!!」


爆発に驚いたようにエリオが叫ぶ。フリードに乗って頭上から見下ろす二人へと手を振って自分の安全を示すと、リインからの念話が届いた。


≪どうしましたですか!?大丈夫ですかオーフェンさん!!≫


≪ああ、大丈夫だ。たった今片付いたところだ≫


粉々になったガジェットの残骸を見届け、次の車両へと目を向ける。と、なぜかレリックが保管されている特別貨物室が遠のいていく。


「あれ?」


良く見ると先程の魔術の余波でオーフェンのいる車両はかなりの被害を受けていた。目の錯覚ではなければ、車両の最後尾にいるオーフェンの数歩先からごっそりと吹き飛ばされている。冷や汗が頬とつたう感覚が、目の前の光景が現実のものであると無言の内につきつけてくる。そうしている間にも車両間の距離が広がりどんどん離されていく。エリオとキャロの声が聞こえてくるが、耳では聞いていても何故か頭の中には入ってこなかった。


≪オーフェンさんどうしました。どんどん離れて・・・車両ごと離れてます!!≫


バックヤードからの報告を受けたのか、リインが慌てて問いただしてくる。その声に現実に引き戻され、なんとか返事をする。


≪あ、あー・・・あれ?おかしいな、念話が通じないぞ!≫


≪え?何言ってるですかオーフェンさん、オーフェンさん!!≫


強制的に念話を切ってとぼける。離れ行く車両のレリックはスターズが確保したようで、スバルが後部のドアを開けこちらに手を振っている。なんとなく目を逸らしていると、飛行タイプのガジェットを始末し終えたなのはが向かってくるのが見えた。


「オーフェンさん、どうしたんですかこれ」


「こ、これか・・・えー」


まっすぐこちらを見るなのはの目線から逃げるように目を逸らし、なんとか口を開く。口が裂けてもやり過ぎたとは言えなかった。


「あっと・・・そ、そうだ。ガジェットが突然爆発したんだ。多分新機能だろ!俺の魔術に当たった瞬間吹っ飛びやがった。いやー危なかったぜ」


うんうんと何度も頷くオーフェンに、なのはは冷たい目を向ける。


「ふーん、そうなんですか。ちなみに、オーフェンさんの映像はサーチャーでバックの方に記録してると思いますけど」


「へーそうなんだ。いや便利だなあ」


「あとで一緒に見ましょうね」


満面の笑顔を見せるなのはから、オーフェンは自身の動揺を必死に隠すことしかできなかった。その後ろで、フリードに乗ってやってきたキャロがその手にペンダントを持ったまま、気まずい雰囲気に声をかけられずにいた。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





スカリエッティ・ラボ

ジェイル・スカリエッティは白衣のポケットに手を突っ込みながら、目の前に開かれた映像を見ていた。その映像はガジェットから回収した映像で、リニアレールでの戦闘が記録されていた。


「ふふふ。実に面白い」


心底おかしいと笑いながらその映像に記録されている機動六課の面々を見る。


「興味深い素材ばかりだ」


そこへ彼の傍に静かに控えていた女性が口を開く。


「ドクター、実は解析不能な魔法を使う男の映像が・・・」


「ほぅ。見せてくれ」


女性、ウーノが頷くと画面が切り替わり、全身黒づくめの男が映し出される。その男が放つ魔法は見たことのない魔法であり、一見したところ魔法陣もデバイスも見えない。


「ふうん。AMFが効いてないねぇ」


「はい。それにこの魔法はミッド式でもベルカ式でもないようです」


「おもしろい。実に面白い」


不気味な笑い声が響く。


「興味深いな。見たこともない魔法を使う、か。」


ポケットから手のひらサイズのリングを2つ取り出す。それを手の中で回していると、ウーノが興味深そうにそれを見た。


「それは?」


「ああ。実は以前拾ってね。森での戦闘でガジェットが破壊されただろう?その中の一体の損傷が不自然でね、調べに行ってみたらこれを見つけたのさ」


「表面に何か書いてありますが」


「そうだよ」


手の中のリングを見やすいように掲げる。無機質な灰色のリングには何かの文字が刻まれていた。ウーノはその文字をしばらく見つめていたが、諦めて首を振った。


「何が書かれているんですか?」


「さあね。でもきっと面白い事さ」


リングをくるくると人差し指で回すスカリエッティの目はどこか歪に細められた。




















あとがきがき




ラッキーセブーン ついに。ついに!

ここまで頑張れた。やったぞ!!

つーかやっとここまで話進んだ!!やっと!




では今回について。


オーフェンの機動六課での役割について。とりあえずは階級的には下ですけど、仕事としてはなのはのサポートっていう感じで教導を手伝っています。
本編でも言及しましたが、主に対人戦です。アニメ見た限りだと、基本的にガジェット相手とかなんかニョキニョキしたものとか空飛ぶ丸いなにかとか、対人戦は模擬戦のときしかしてなかった気がしたので。




それで、初出動です!リニアです!




後、SS書いてて思ったんですけど、機動六課ってよく考えたら色々無茶苦茶じゃないですか?リインが付いてるからって、新人だけで任務って・・・・・・。まあ、話の流れ上、私もああいう形にしましたけど。









それと初ドクターーー  やっほーーう!やっと出せたぜ。
彼の持っているものは多分ご想像の通りです。

実は今回でオーフェンサイドのキャラ出そうかと考えてました。初ドクターなわけですから、初キャラ入れちゃおうってことで。で、以前から悩んでたんですけど、結局は出さないことにして、アレを出しました。
オーフェンキャラについては、出すにあたっていくつか条件ありました。ネタバレしそうなんでこの時点では明かせませんけど。で、その条件で最高のキャラが一人いたんですけど、諸事情つーかほかのSSと被るのでカットです。で、最終的にあのような形に。次点では、ハイドラントとかいっそレッドドラゴン出そうとか考えてました。


とまあ今回はここらで。

皆さんのコメントとかは参考にさせてもらったり、励みにさせていただいております。まだまだ至らないところは多々あるかと思われる拙作ですけれど、これからも飽きずに読んでくださればありがたいです。

それでは、次回まで。次回は多分番外編になりそうです。


ありがとうございました。







ダミアン出してーーーーー!!!!



[15006] 番外 都市伝説
Name: QB9◆225ae755 ID:5d7adf83
Date: 2010/03/10 01:53
時間は真夜中。首都クラナガンの外れに密集する倉庫街。その中の倉庫の一つをオーフェンは離れた別の倉庫の陰から見ていた。その隣にいるフェイトはどこかと念話で連絡を取っているようで、明後日の方を向いて何度か頷いていた。しばしして、念話が終わったのかオーフェンに向き直る。


「どう?何か動きありました?」


「いんや。見た感じ何もないな」


「そうですか。今連絡があったんですけど、やっぱりあの倉庫で間違いないそうです。多分これから動きがあると思います」


「密輸ねえ。そこまでして欲しいもんなのかね」


「ええ。ロストロギアは高値で取引される場合がありますから、密輸してでも手に入れたい人たちがいるんですよ」


「そんなもんかねえ」





数日前 機動六課本部にて


オーフェンがぶらぶらと歩いていると、後ろから呼びとめられた。


「オーフェんさーん」


「ん?フェイトか。どうかしたか?」


「はい。ちょっと手伝ってほしいことがあるんです」


「手伝い?何をだ」


「今から説明するので、ちょっと時間貰っていいですか?」


フェイトが言うにはロストロギアの密輸情報が昔はやてが世話になっていた陸士部隊から送られてきたらしい。機動六課が最優先で捜査を進めているレリックもロストロギアであり、しかも第一級捜索指定されている。今回の密輸品の中にはレリックは含まれてはいないようだが、レリックに関連した物、もしくは密輸業者が何らかの情報を持っている可能性がある、ということで六課へと回ってきたらしい。そして、執務官であるフェイトがその捜査担当になったのだが・・・


「なんで俺が?」


「オーフェンさんはまだこの世界に来て六課からほとんど出てませんし、外に出るちょうどいい機会っていうことと、捜査にも参加してもらって経験を積んでもらおうかと思って」


24時間勤務体制であるオーフェンの場合、有事の際には即出動できなければならないため機動六課本部からあまり離れることは出来ないでいた。外に出るといってもせいぜいがはやて達の外回りに時々ついて行く程度で、都市部に足を伸ばす機会はほとんどなかった。


「そーだなー・・・俺ここから外出たことあまりねえし。でも捜査なんて俺は・・・・・・」


トトカンタに滞在していた時のことを思い出す。その時にも手伝いで捜査紛いのことをしていたのを思い出してしまったことに思わずげんなりしてしまう。その様子にフェイトは不思議そうにしながらも説明を続ける。


「でも捜査って言っても現場を押さえるだけだから、あまり複雑なことはしませんよ?」


「うーん・・・・・・でも俺なんかが同行してもいいのか?やっぱそーいうのってちゃんとした奴が行くもんじゃねえのか」


「何言ってるんですか。オーフェンさんだってれっきとした陸士です。それにオーフェンさんには今回は私の補佐として来てもらうつもりですけど、特別なことをしてもらうことはないですよ。現地の地上部隊の人たちと直接接触するのは私ですし」


「ふーん、わかった。そういうことなら」





そして今に至る。


「つーか俺達しかいねえけど大丈夫なのか?犯人に逃げられるんじゃねえか?」


「それは大丈夫だと思いますよ。ここにはいないんですけど、もう少し離れたところで地上部隊の人たちが退路を見張ってますし、油断するつもりはないですけど私達なら問題なく逮捕できますよ」


「ふーん」


「それに今日は運がいい方です。地上部隊の人には私達機動六課をあまり好きじゃない人たちもいますから。今回は比較的協力的な人で助かりました」


自嘲気味に笑うフェイトを見ながら思い出す。以前はやても似たようなことを言っていた。


(そういやはやてもこの前なんか愚痴ってたな)


機動六課は新設された部隊とはいっても、その保有する戦力は強力である。無敵のエースであるなのはを始め、Sランクの魔導師が複数所属している。慢性的に人材不足に陥っている地上部隊にとって貴重な戦力がこのような形で、しかもわざわざリミッターで戦力をダウンさせていることは有り体に言えば人材の無駄遣いでしかない。また、事件にロストロギア、レリックが関係するならどこにでも首を突っ込む。これは当該地域を管轄する部隊にとっては、自分達が守っているという誇りがあるだけに機動六課が横から介入することには良い顔はしない。これらの他にも幾つかの理由があり、機動六課は評判がいいとはいえなかった。オーフェンがこのことを理解したのはつい最近で、はやてになんとなく管理局の他の部隊について聞いてみたところ、愚痴交じりに教えられたのだった。


(つーかほとんど愚痴だったか)


思いだしたことに苦笑しながら先程の顔合わせでのことを思い出す。地上部隊の捜査主任との顔合わせの時、フェイトが情報交換をするその隣で手持無沙汰でぼんやりとやり取りを眺めていたオーフェンは、自分達に向けられた視線を幾つか感じていた。そのどれもが友好的なものとはいえず、どちらかというと厄介者を見るような感触だった。それでも、フェイトと話している捜査主任は友好的であった。おそらく人柄なのだろう。柔和な笑みを浮かべていた彼をぼんやりと思い出しながら、オーフェンは胸中で呟いていた。


(ま、こういうのははやて達の仕事だし、俺には大して関係ないか)


そんなことを考えながら、情報通りなら取引きの時間までまだ時間があるということで、オーフェンとフェイトは交代で見張りを続けていた。夜の人気のない区画ということで、何を思ったのかフェイトがこっそりと話しかけてくる。おそらくこちらの緊張をほぐそうとでも思っているのだろう。


「あ、そうそう。オーフェンさん、ここの近くで昔起こった不思議な事件があるんですけど」


「不思議?」


「ええ、事件といっても実際に起こったのかもわからない噂なんですけどね」


噂と言う単語に顔を怪訝そうにしてフェイトの話に耳を傾ける。


「噂っていうか都市伝説なんですけど・・・」


そう前置きして続けるフェイト。都市伝説に引っ掛かるものがあったが、遮ることはせず静かに聞き入る。


「それで、遺体は見つかっていないんですけど目撃者がいまして、その人が言うにはものすごい速度で走るタキシードをした紳士・・・・・・」


「ちょっと待てぃ」


「ある呪文を唱えると・・・え、なんですか?」


さすがに聞き出すことは出来ずにフェイトを止める。なんとなく引っ掛かっていた記憶が引き起こされる。今のフェイトの言う都市伝説には聞き覚えがあった。というか、見たこともあった。


「その都市伝説って・・・切り裂き・・・」


「シッ」


唇に人差し指を当てるフェイト。その眼の先には倉庫の窓。さっきはなかった小さな明かりがちらついている。おそらく誰かが明かりをつけたのだろうが・・・


「来たみたいですよ」


噂話をしていた時とはうってかわり、真剣味が増したフェイトの横顔から、同じように倉庫に目線を移す。窓は小さく中の様子はあまり見えない。ある程度離れているのだが、自然と声が小さくなる。


「中の様子は分からないのか?」


「サーチャーを飛ばせばわかりますけど、万が一気付かれたら・・・」


「つまり自分で確かめるしかないってことか。どうする?」


倉庫の中はわからず、取引に何人来ているのか、その中に魔導師はいるのかが分からない以上迂闊に踏み込むわけにはいかない。しかし、取引が終了してしまいこのまま取り逃がすことは論外だった。


「オーフェンさんならどうします?」


「大規模魔術で吹き飛ばす。その後、がれきの下に埋まった犯人を確保」


まるでこれが最適だと言わんばかりに自信たっぷりに告げるオーフェン。冗談を言っている様子はなく至極真面目に提案していることを理解すると、フェイトは頭を抱えた。


「ダメですよ。それじゃこっちが犯罪者みたいじゃないですか」


「いいじゃねえか。被害は少なく楽しく逮捕、とかなんとか昔知りあった警察の人間が言ってたぞ」


「その人ホントに警察の人ですか?」


「ああ、といっても限りなく無能だったが」


「?」


きょとんと首をかしげるフェイト。それを見てから、肩をすくめると再び倉庫を見やり、少し考えるように顎へと手を当てる。


「吹き飛ばすのがダメなら・・・そうだな。まず俺が先行して内部の様子を確認。そしてお前に念話で報告して突入でどうだ?」


「そうですね、それでいきましょう。大丈夫ですか?」


気遣うようにオーフェンをフェイトは見た。それににやりと笑みを浮かべ、オーフェンは頷いた。姿勢を低く倉庫へと駆け寄る。窓から中をのぞくと、微かな明かりに照らされた人影が見えた。数は4人でどうやらそれぞれ二人ずつということらしい。片方は大型のケースを抱えており、今からその中身を確認するのだろう、机に置いて開こうとしている。


≪フェイト、聞こえるか≫


≪うん、聞こえる≫


中の状況を説明する。フェイトの判断は早かった。バリアジャケットを展開すると突入の準備を始める。念話で突入の手順をオーフェンへと伝え、どこかで待機しているという地上部隊へ連絡する。これからのこちらの動きとそのフォロー等々について確認し合い、改めてオーフェンへと目を向ける。


≪・・・て、オーフェンさん。聞いてます?≫


≪ああ、聞いてる。まず俺が陽動でいいんだろ?それと、相手がおとなしく降伏しなかったらどうするんだ?≫


≪その時は多少強引な手を使っても構いません≫


≪了解≫


フェイトの手際の良さに呆気にとられながらも返事をする。そんなオーフェンの脳裏にはとある派遣警察官の顔が浮かび、フェイトの顔へと変化していた。


(そうだよな。これが正しいんだよな。あっちが特別おかしいだけで)


胸中で自分に言い聞かせるように呟く。そうしている内にフェイトの準備が整ったのか、また誰かと念話で話していたフェイトが手のひらを向け、一本ずつ折りたたんでいく。それに頷きながらオーフェンも呼吸を整え、構成を編む。フェイトの手が握られた瞬間、


「我は放つ光の白刃!」


オーフェンの魔術が倉庫の壁を轟音とともにぶち抜いた。オーフェンの右手から閃光があふれ、壁に突き刺さった瞬間爆発したのだ。


「な、なんだ!?」


「どうした!?」


中から罵声が響く。いきなりの奇襲に驚いているのだろう。戸惑っているのが壁に空いた穴から見えた。その隙を突くようにオーフェンは素早く中へと入り込み、取引に来ていた4人へと疾駆する。その後ろにはフェイトが飛んできていることが気配でわかった。フェイトが声を張り上げる。


「時空管理局です。ロストロギア密輸容疑であなたたちを拘束します。デバイスを離して投降してください。おとなしく投降するのであればこちらも必要以上の危害は加えません」


「なぜここに!」


ケースを抱えていた男が慌てて抱え直しながら叫ぶ。他の3人は魔導師なのだろう。それぞれ杖型のデバイスをフェイトの忠告も聞かずに構えたのが見える。オーフェンはそれ見るや否や一番近くにいた男に肉薄する。


「シュッ」


息吹とともに突きだした拳が脇腹へと突き刺さる。正確に急所に当たった感触が手に残るその間に、オーフェンは既に別の一人へと近づいていた。


「くそ!」


オーフェンへとデバイスを向ける。だが向けた先にはオーフェンの姿はなく、背後から首筋を打たれ悶絶する。


「く、来るな!!」


最後の魔導師がオーフェンへとデバイスを構えながら数歩後退する。二人目の男が倒れる音を聞きながら、オーフェンは無表情でその男へと向き合った。


「後ろ」


「へ?」


後ろを見ると、フェイトがデバイスを構えていた。そのまま男をバインドで拘束し、最後のケースを持った男へと二人同時に目を向ける。


「あ・・・あ・・・」


まさに電光石火の二人に、言葉を失った男がへたり込んだ。





「ふー、これで解決でいいのか」


「はい、あとは地上部隊の人に引き渡すだけです」


「一件落着、か。そういえば密輸品って何なんだ?」


「それを今から聞き出すんですよ。事前情報では密輸品はロストロギアであるということしかわかっていませんでしたし、もし危険なものだったら一刻も早く封印してしまわないと」


そう言ってバインドで拘束された4人へと歩き出すフェイト。バリアジャケットを展開させたまま、拘束しているとは言っても油断することなく、毅然とした態度をとっているフェイトをオーフェンは静かに見ていた。


「それで、これの中身はなんだったんですか。どうするつもりなんですか」


フェイトが密輸品のケースを指しながら男たちへ問いかける。男たちは最初は口をつぐんでいたが、フェイトがなにやら告げると渋々口を開いた。なぜかフェイトがオーフェンの方を指差しているのかが気になったが、この場ではあえて聞かないでおいた。ついでに拘束されながらも男達が身震いしたことも。


「し、知らねえよ。俺は雇われただけだ。雇い主のとこに運ぶようにって」


「誰ですか?雇い主って」


「知らねえ。名前を聞いただけで直接会ったことはねえんだ。確か名前はジェ・・・・・・」


その時、その場に一陣の風が巻き起こった。それは自然におこった風ではなく、何かが高速で動いたことによる風圧だと気付いたのは、拘束されていた男たちの前に、影が一つ増えたことを確認してからだった。オーフェンは目を凝らしてその影を見る。シルエットとしては黒い服を着て(タキシードだろうか?)シルクハット、ステッキのような杖型デバイスを小脇に抱えている。この場に似つかわしくないその格好は、なんとなく紳士のようなものを連想させた


「なっ・・・」


ようやくその事態が理解できた時、そのシルエットの行動は突如現れたときと同じく、迅速だった。


「ポチョムキィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!!!!!!!!」


天まで届けと言わんばかりの大音量でそのシルエットは叫び声をあげると、あろうことか運び屋の男達を瞬時に殺害し、拘束されているとしても4人の男を軽々と担ぎあげ連れ去った。まさに一瞬の出来事で、フェイトも反応できなかったのだろう。驚愕と戸惑いの気配が伝わってきた。


「じゃあねぇ。次は、六年後かな?」


呆然と立ち尽くすオーフェンとフェイトの耳に、遅れて声だけが聞こえてきた。我に返ったのか、フェイトが「あっ」と声を上げるのが聞こえてくる。


「見ましたか今の!アレですよ、今のがさっき言ってた都市伝説ですよ。わー・・・見ちゃいましたよ」


「あー、そうだな。とりあえずガーリックなんとかって言っとけばいいのか?」


「え?なんで知ってるんですか。確かにガーリックトーストって三回言ったら逃げるみたいですけど」


そう言うフェイトをちらりと見ながら頭を抱える。その胸中にはたったひとつの疑問がわきあがっていた。フェイトから都市伝説の噂を聞いた時から薄々気づいてはいたのだが、自問せずにはいられなかった。


(・・・なんでだ?)


不思議そうに近づいてくるフェイト。ちらりとそちらを見ながらこっそりため息を吐く。オーフェンが都市伝説について知っていたことに興味がわいた様子で、頭を抱えて俯いた顔を覗き込んでいる。


「いや、知ってるっちゃ知ってるんだけど・・・ところでフェイト」


「はい?」


「運び屋。連れてかれちまったがいいのか?」


「え?ああーーーーーーーーー!!!」


あまりにも唐突過ぎたシルエットの登場に正常な思考を奪われていたのか、遅まきながらも現状に気付くフェイト。もう付近にはいないだろうが、キョロキョロとあたりを見回している。


「ど、どうしよう。まだ依頼人の名前も聞いてないのに。それに地上部隊の人になんて説明すれば・・・・・・ただでさえ私達評判悪いのにー!」


珍しくあわあわと慌てるフェイト。オーフェンはそれを見ながら、静かに嘆息した。















あとがき的



今回は番外編ということで、いっそやってみたかったことをやっちまおうってことでぶちまけてみました。捜査、ということでいつかポチョムキンは出してみたいと思ってましたので。といっても原作のポチョムキンとは似て非なるものですが。
後、今回は本編というか、本筋とは一切関係ありませんので。こんな感じだったら面白いかなって感じです(自分的に)。完璧に番外です。




それと皆様に謝罪を。

前回のことですが、皆様のご指摘の通り、やり過ぎてしまいました。書いてた時はその場の思いつきでババーッとやってしまったんですけど、改めてみれば無茶でしたね。というわけで修正入れました。



いい機会なので、この場を借りて以前からの設定の矛盾とかについて少し。


まずはじめに、このSSを書くにあたっていくつかの設定を変更、もしくは無視する場合があります。コメントにありましたバリアジャケットの件を例にしますと、あの場では演出上、オーフェンの実力を示しておきたかったのでああいう形にしました。他にもやりようがあったかもしれませんが、それは私の力不足だと思ってください。他にも似たような理由で一部設定などを変更しています。今回でいえば、突入するときにわざとフェイトとオーフェンの二人だけにしたことがわかりやすいと思います。


あまり設定をいじる気はありませんが、今後もこのようなことがあると思われます。指摘していただければその都度弁明させていただこうとも思っていますし、参考にさせていただこうとも思っております。単純に私が間違えている場合もあるかもしれないので。


とまあ、色々と言い訳をさせていただきましたが、要するに私の力不足です。こんな拙作でよければこれからもお付き合いしていただければ幸いです。


今回はこれまで。ありがとうございました。



[15006] 暴走編 これはいったいなんなんだ! 前編
Name: QB9◆225ae755 ID:5d7adf83
Date: 2010/03/25 01:55
事の始まりは、とある缶詰だった。




「あ~腹減った」


昼食時、ぼやきながら食堂にフラリと姿を現したのは、黒髪黒目着ている服も真っ黒な青年だった。年は20歳程度で、皮肉げにつり上がっている目が特徴的であった。その首からは銀のペンダントがぶら下がっており、剣に絡みつく一本足のドラゴンがデザインされていた。大陸魔術の最高峰、牙の塔で学んだ証である。この世界ではそんなものは何の証明にもならないのだが、オーフェンは身につけていないと落ち着かなかった。


「さ~て飯だ飯だ」


青年、オーフェンは食堂へやってくると待ちきれないといった様子でいそいそと食事の用意をする。午前の訓練が長引き更にその後始末に追われて昼休みの時間がかなり減ってしまい、のんびり食べる時間がないのだった。


「あ~素晴らしいな。時間がないとはいえきちんと食事をとることができるなんて。トトカンタにいた頃とはえらい違いだぜ。クリーオウの訳のわからん料理を食う心配もないし」


楽しそうに一人ごちながら席に着く。と、そこでオーフェンはあるものに目が止まった。


「ん?」


テーブルの中央になにやら丸い物体が置いてある。手のひらサイズで、平べったいフォルムをしている。金属で出来ているようだ。しかも側面にはシンプルにある果物が描かれている。オーフェンはそれを見て、息を呑んだ。


「これは・・・・・・桃缶!!」


テーブルの中央にぽつねんと置いてあったものは缶詰であった。表面には桃のイラストが描かれている。その桃の缶詰が未開封の状態で置いてあったのだった。


「なぜここに」


思わず手にとって様々な角度から眺めまわす。間違いなく桃缶であった。掌にすっぽりと収まるサイズ、触れるとひやりと冷たく硬い金属的な手触り、振ると中身が微かに揺れることが指先に伝わってくる。それを確認すると、オーフェンはさっと辺りを見回した。食堂には昼休みも終了間近なため人も少なく、桃缶をじろじろ見ているオーフェンを見ている者もいなかった。


「一体だれが」


周囲を見ても持ち主らしき人物はいない。オーフェンは桃缶を一旦置き直し腕を組んだ。じっと桃缶を見つめる。そのまま数秒眺めていると不意に笑みが浮かぶ。


「ふふふふふふ」


こらえきれずに笑みが漏れ、その顔には余裕の表情が作られる。


「ふふふふふふ。俺を昔の俺と思うなよ。たかだが桃缶一つなんぞ、今さらどうというほどのことでもないぜ」


トトカンタでの生活を思い出す。あの頃は常に貧しく、爆安缶詰市の桃缶だけが頼りだった。爆安日の数日前からは夢にまで見るほどだ。しかし今はそうではない。安定した職に就き、忌々しい無能や変態や福ダヌキに振り回されることもない。有事の際の出動を除けばごくごく平穏な日々を送っている。まさに


「まさにニュー俺だ。あの時の俺とは違う。グッバイ過去の俺。俺は生まれ変わったんだ!」


どんどんヒートアップするオーフェンに周囲の人々が目を向けるが、オーフェンだと気付くと黙って目をそむけた。時々見せる彼の奇行と、度々見せる彼の魔術の脅威は機動六課の誰もが知っていた。触らぬ神にたたりなし、という言葉を全員が思い浮かべた。そんなことには気づかずにオーフェンは桃缶に向かってしゃべり続けている。


「したがって、今の俺にとってお前はただの缶詰でしかない!ただの選択肢の一つだ!ここでお前を食わずとも、俺には別の選択肢がある。お前だけを見続ける時代は終わったのだ!」


物言わぬ缶詰をびしと指差して、オーフェンは決別の言葉を告げる。定職に就き、十分な収入を得ているオーフェンにとって、貧困などは既に遠き過去の遺物であった。オーフェンは再び桃缶を手に取り見つめる。そして軽く息をつくと、


「ふっ、あばよ」


最後通牒とともに桃缶を元通りに置いておこうと手を離した。


「あ、あれ?」


離れたはずの手が、未だに桃缶をがっしりと掴んでいる。自分の意志とは裏腹に離さない己の手を信じられない物でも見るような目で見ながら、何度も離そうと力を込める。ただ手を開くという単純な行為が、なぜかできないでいた。


「ちょっ、くうぅぅぅぅ」


接着剤でも付いたかのようにピッタリと離れないその手を振りまわしてやっとこさ缶詰から手を離す。オーフェンは自分の手を見て、それからもう一度缶詰を眺める。その顔にはありありと疑問の色が浮かんでいる。その顔には先程の余裕はなく、汗がうっすらと滲んでいる。


「ば、馬鹿な。どういうことだ」


数秒前のことが信じられずに自問する。何故自分は手を離せなかったのか。簡単なはずだった。過去の自分ならともかく、今現在の自分ならば。


(ニュー俺にとっては造作もないはずだ。だろ?)


まるで仇でも見るかのように缶詰を見つめ続ける。自分の世界に入り込んでいるオーフェンは気付いていなかったが、昼休みはもうほとんど終わっており、食堂にはもうオーフェン一人しかいなかった。がらんとした食堂の一角で、一人ぶつぶつと呟く彼ははたから見ればかなり危ない感じだった。


「おかしい。何故だ。俺はまだ・・・・・・」


「おい。オーフェン!」


「うおわぁ」


いきなり後ろから呼びかけられ、オーフェンは飛び上がった。反射的に桃缶を懐に隠し、背後に向き直る。そこには見慣れた赤毛の少女が立っていた。いつもの勝気な目を細め、オーフェンをじろじろと見ている。ヴィータはひとしきりオーフェンを眺めると、腰に手を当てて告げた。


「こんなとこでなにやってんだ?もう昼休み終わりだぞ」


「へ?あ、ああ。そうだな」


なんとか平静を装いつつ返事をする。咄嗟に懐に隠した桃缶の位置を直しながら、壁に掛けてある時計を見る。言われたとおりもう昼休みは残っていなかった。ヴィータはそんなオーフェンに疑わしげな視線を向けていたが、やがて何かに気付いたようにオーフェンを指差す。


「ん?なんか持ってんのか?」


探るようなヴィータの視線を身をよじって逸らし、こっそり桃缶を体の陰に隠す。そんなオーフェンにヴィータは更に不審そうな眼を向けるが、オーフェンは彼女の肩を掴み強引に後ろに向けた。


「別に何もないぞ!さ、とっとと行くぞ行くぞ。遅れちまうぞ」


「お、おう」


ぐいぐいとヴィータを食堂から追い出してから、忘れ物をしたと言って食堂へ戻り厨房の冷蔵庫の陰にこっそりと桃缶を隠したのだった。





オーフェンの様子がおかしい。最初に気付いたのはフェイトだった。なのはの教導によりフォワードの4人がガジェットとの戦闘シミュレーションを行っている間、フェイト、ヴィータ、オーフェンの3人はフォワードの動きを離れた場所にてモニター越しに見ていた。なのははというと、上空で全体を見渡しながらなにやらモニターを操作している。そんな折、フェイトは隣に座りこんで見学していたオーフェンの様子が違うことに気が付いた。


≪ね、ヴィータ。オーフェンさんちょっと変じゃない?≫


念話でヴィータへと語りかける。もちろんオーフェンには聞こえないようにヴィータのみに向けて。ヴィータはモニターを見ながら、フェイトへちらりと目を向けた。


≪ああ。なんか変だな≫


≪何か知ってる?≫


≪いいや。なんか食堂にいた時から変だったぞ≫


≪え?≫


食堂でのことを思い出しながら、ヴィータはオーフェンを横目で見る。モニターを見てはいるのだが、別のことに意識を向けているような、ずっと何かを考え込んでいるように見える。


≪さっき食堂で会ったんだけど、その時何か隠してるみたいだった≫


≪隠してる?≫


首をかしげながらフェイトは訊ねた。それにヴィータは腕を組んで小さく眉をひそませる。


≪よく見えなかったんだけど、丸っこいなんか持ってたような≫


≪丸っこい?≫


≪う~ん。一瞬しか見えなかったからよくわかんねー≫


≪何持ってたんだろ≫


≪さあな。後で聞けばいいだろ。今は訓練中だ。後にしようぜ≫


≪うん。そうだね≫


疑問を残しつつも念話での会話を切り上げる。しかしつい気になりフェイトはこっそりとオーフェンを見た。小さく口が動いているところを見ると、何か一人ごとでも言っているようだ。本人でも気付いていないのか、ブツブツとこぼしている。


(なんだろう?)


この時、フェイトは後に語り継がれるであろうあの惨劇が既に始まっているとは思ってもみなかった。





(なんでだ)


納得がいかずに自問を繰り返す。食堂を出てからもオーフェンはあの缶詰のことが気にかかっていた。


(う~ん。まだ未練があるってのか?)


あの貧乏生活の自分から完全に脱却してはいないということなのだろうか。


(ま、とにかくもう一度あれを・・・・・・)


桃缶の隠し場所を思い出しながら、オーフェンは思考をカットした。知らずに口に出していたようで、フェイトがチラチラとこちらを見ているのに気付いたからだ。今はなのはの教導中である。その最中に他のことを考えていたなど彼女に知られればまたなにか厄介なことをさせられるかもしれない。




そして日が赤く染まり始め、なのはの教導が終了した後オーフェンはまっすぐに食堂へと向かった。スバル達が汗を流すためにシャワールームへと向かっていたり、なのは達が食事の前にオフィスで事務仕事を片付けに行ったのを尻目に早足で。


(果たして俺は生まれ変われることが出来たのか出来なかったのか!)


たかが桃缶一つのことにまるで自分のこれからの命運を懸けているかのように真剣な表情をしながら、オーフェンは隠し場所に辿り着いた。


(俺はもうあんな生活には戻らない!まっとうに生きるんだ!過去とのケリを着ける)


心に決意を刻み、握りこんだ拳にさらに力を込める。目を閉じ、そしてゆっくりと開ける。その瞳には未来への希望の光が宿っていた。そしてその先には、


「あれ?」


なにもなかった。


















完全出落ちです。

衝動的にやってしまいました。

続きは一週間以内に。

投稿しといてなんですが、見切り発車です。



ティアナめ 余計なことしやがって



[15006] 暴走編 これはいったいなんなんだ! 後編
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2010/04/11 00:39
はっきり言ってただのいたずらだった。


いつもいつもやられる仕返しとしてちょっとしたいたずらを仕掛けたのだ。


前に聞いた昔話を参考にして、幻術を使って細工をしてちょっとしたドッキリのつもりだった。


それがあんなことに・・・・・・・・・。




スバルが午後の訓練を終えて汗を流し、夕食のために食堂へとフォワードの四人で行った時のことだった。4人で他愛もない話をしながら今日のメニューについて思考を巡らせていた。そのせいか、ティアナが妙ににこにこしていたことに気がつかなかった。今日はパスタかなー、と思いつつ食堂へと顔を出すと、


「ヴィィィィィィィィィタァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアア!!」


まるで地獄の底から響くかのような怒り、憎悪、怨嗟等などの負の感情を足して鍋で煮詰めて継ぎ足し継ぎ足し、さらに冷凍させて、溶けだした最初の濃い一滴のような、ぶっちゃけよくわからないがひたすらにドロドロとした叫びが響いた。


「うぎゃああああああああああああああああああ」


ズドォォォォォォォォォォン・・・・・・・・・・・・


「きゃあああああああああああああああああああ」


一瞬の閃光が食堂を満たし、遅れて荒れ狂う熱波がまるで行き場を探して身をよじるように入口にいるスバル達にも吹き荒れる。その勢いに思わず尻もちをつきながらも、スバルは爆心地と思われる地点に目を凝らす。


「な、なに?」


ティアナが後ろで目を回しながらうめいている。エリオとキャロも同じよう、後ろの方でごそごそと立ち上がっている。


「大丈夫?」


「う、うん」


振り向くと、倒れたキャロにエリオが手を差し伸べている。スバルはとりあえず全員の無事を確認して、そろそろ煙が晴れてきた改めて食堂内を見やった。


「はぁはぁはぁ・・・・・・はぁぁぁぁ」


そこには息を切らして深呼吸をしているヴィータの姿があった。相当の爆発であったにもかかわらず、シールドを張って防御したのは流石というべきか。とにかく怪我はないようではあった。しかしその表情はまだ緊張して若干引きつっていた。


「スバル、あれ」


隣のティアナが指差す方を見ると、無残に荒れ果てた床を一歩一歩踏みしめてオーフェンが立っていた。この惨劇を見れば彼がこの事態の原因であることは一目瞭然であった。その表情は俯いて見えないが、先程の叫び声は彼のものであったことを考えれば、見えないほうがいい気がした。


「ティア、あれどういうこと?」


「私にわかるわけ・・・・・・あっ」


言いかけて口ごもるティアナへと訝しげな視線を向けた時、静まり返っていた食堂にヴィータの声があがった。


「オーフェン!!いきなりなにすんだ!!」


臨戦態勢のまま、俯いたオーフェンに怒鳴りつける。デバイスを手に、声には緊張が混じっている。スバルは今までここまで緊張しているヴィータの姿を見るのは初めてだった。


「なにを・・・・・・・・・だと?」


なにかふつふつと沸騰寸前の感情を押し殺し、限りなく低い声でオーフェンが聞き返す。更に一歩進みながら肩を震わせる。


「く、くくくくく。そうか。そういうことか」


「は?」


一人で呟くオーフェンの言っていることがわからずにヴィータが怪訝な表情をする。その足が少し後ずさりしているのは、オーフェンからのプレッシャーを感じてか。


「そうだよ。否定することはなかったんだ。ようやくわかった。今の俺も、過去の俺も、全部が俺なんだ。どこまでいっても切り離すことは出来ない。過去の俺がいて今の俺がいる。大切なのは受け入れることなんだ。ようやくわかったよ。これが俺だ」


独白を続けるオーフェンにスバルは得体のしれない不気味さを感じる。ティアナ達も同様で、ティアナはだらだらと汗を流し、キャロに至ってはカタカタと体を震わせている。


「キャロ、大丈夫。大丈夫だから」


エリオが励ますように背中をさすっているが、その声には力がない。スバル自身も、今日で身を竦ませながらおそるおそるオーフェンとヴィータを見る。


「ヴィータ。俺は感謝してるんだ。お前のおかげで気付くことが出来たんだ。もしおまえが食ってなかったら、あのまま悩み続けているだけならおそらくわからないままだった。ホントに感謝してるんだぜ?」


そういって俯いていた顔を上げる。その顔には笑顔が、満面の笑顔があった。まるで憑き物が落ちたかのような春の日差しのようにすがすがしい微笑み。ヴィータはというと、いきなりの笑顔に戸惑っている。が、長年の戦闘経験によって培われた勘であろうか、デバイスを握る手の力は抜かず、いつでも動きだせるように足に力を溜めているのが見えた。


「そうかよ。じゃあさっきのは何なんだよ。死ぬかと思ったぞ」


「あーすまん。あれはなんつーか、ほら。勢いみたいなもんだ。ほら時々あるだろ?大した意味もなく大火力でそこら辺をぶっ飛ばすとか」


笑顔のままとんでもないことを口走るオーフェンに、スバルはその表情の奥に、さらに深い未だ渦巻く感情があるように感じた。そして、それは間違いではなかった。


「だからな、改めて礼を言おうと思ってな。受け取ってくれるよな?」


果てしなく不気味な笑顔でオーフェンは問いかけるが、対するヴィータはというと汗がだらだらと流れ続いている。そんな時、息を呑んでそんな二人を見るスバルの肩がつつかれる。


「スバル。見てないで逃げるわよ」


深刻な表情でティアナが囁いてくる。その顔は何故かヴィータと似たり寄ったりで、一刻も早くこの場を離れたいとその瞳が語っている。エリオ達を見やると同じような目でコクコクとうなずいている。


「う、うん。そうだね」


このままではまず間違いなく巻き込まれる。そう確信したスバルは、もうちょっと見ていたくはあるが、好奇心のために命を落としたくはないのだろう。尻もちをついた姿勢からそっと立ち上がろうとする。が、


「あ、あれ?」


「どうしたのよ」


「腰・・・・・・抜けちゃった」


「ありがとよおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「うわあああああああああああああああああああああああ!!」


スバルの顔からさっと血の気がなくなった瞬間、二人の絶叫が響き渡った。





思うがままに力をふるう。それは快感でもあった。己の持つ力、脈々と受け継がれた力ある血統にのみ許される人の域を超えた奇跡。つまりは魔術。世界に干渉し、本来不変であるべきの世界を己の望むがままに塗り替える秘法。自分の理想を生み出すその感触は、一種の陶酔感すら感じることができた。オーフェンは、叫びとともに自分の体から魔力が溢れ出るのを感じた。それは構成に従い、オーフェンの望む結果を紡ぎだす。なにもなかった空間に光があふれ、かざした手の平と目標を、障害物を蒸発させながら一直線に駆け抜けた。そしてオーフェンは瞳を閉じた。瞼の裏に映るイメージと、次に目を開く時に見える景色が同一のものになると信じて。


「・・・・・・・・・チッ」


しかし、目を開けた時に見えた光景は思い描いていたイメージとは違うものだった。首を振ると、赤い影が食堂から出て行くのがチラリと見えた。どうやら逃げられたらしい。今度こそ礼(という名の報復)をするために後を追う。食い物の恨みは恐ろしいということを教えてやらねばならない。そして、食堂から出た時、


「ん?お前ら」


そこにいたのはスバルとキャロだった。二人とも何故か床に座り込んでいる。しかもこれまたなにか顔を青ざめ震えている。そんな二人を見てオーフェンは足を止めた。


「おい。今ヴィータのやつが通っただろ、どっち行った?」


突きあたりで二つに分かれる廊下の先を手で示して訊ねる。二人はというと、ゆっくりとした動作で右側を指す。それを見て頭の中に施設の見取り図をさっと思い浮かべる。右方向に進んだなら、そのまままっすぐ行けば外へ出ることになる。


(空に飛んで逃げる気か)


空を飛べないオーフェンにとっては非常に不利な状況になる。オーフェンの音声魔術は音声を媒体とするため声が届かない高度まで飛ばれると打つ手がなくなる。あっちからは攻撃する手段がないオーフェンを狙い撃ちし放題だ。なにしろ空を自由に飛べるのだ。もしこちらの魔術が届いたとしても簡単に避けるだろうし、上空からなら地上をのろのろ動くオーフェンの動きはさぞ見やすいだろう。


(外に出られるまでが勝負、か)


とりあえずやることは変わらずに、オーフェンは廊下の先へと向き直った。と、そこで何か思いついたようにスバルとエリオを見る。


「保険ってほどのもんでもねえが」


未だ座り込んだままの二人を見て、オーフェンは無感情に呟いた。




ヴィータに連れられてティアナとキャロは廊下を全力疾走していた。というか首根っこを掴まれて無理矢理走らされていたのだが。


「ほら。とっとと自分で走れ」


「は、はい」「はい」


乱れる呼吸をなんとか整え、返事をする。何故ティアナ達が連れられているかというと、食堂から出てきたヴィータがフォワードの4人に気が付いた時、このままでは巻き込まれると判断して引っ張ってきたからだった。ティアナとキャロが選ばれたのは、単純にスバル達の方が頑丈だからという理由だった。


(といっても、いくらあの二人でも無理なんじゃ)


荒れ果てた食堂の様子を思い出し、ティアナは胸中で呟いた。並走するキャロも心配そうにチラチラと振り返っていることにティアナは気付いていた。彼女の性格なら二人を置いてくることに負い目を感じていそうだ。ティアナは前を走るヴィータを見ながらこれからのことを考える。


(このまま行けば外に出る。ということは、ヴィータ副隊長は外に出て空戦に切り替えるつもりだ。飛べないオーフェンさんにはかなり有利になれる。いっそのこと高度を上げて逃げるのもあり、と)


大体の見当をつけてティアナはまた乱れてきた呼吸を整えるために深く息を吐く。少しは時間が経っているとはいえなのはの訓練後の全力疾走だ。疲労はかなり溜まっている。走るペースもいつまでもこのままではいられない。キャロを見やると顎が上がって来ている。キャロもかなり疲れているのだ。


(このままじゃ私達は追いつかれる。多分オーフェンさんの狙いは副隊長だろうから問題ないだろうけど・・・・・・・・・でも)


そこまで淀みなく思考を進めたところで、ティアナはかぶりを振った。まるで嫌なことを考えないようにしているのだが、それではいけないと逃げ出したくなる誘惑を振り切るように。


(この騒動の原因って、私なんだよね。・・・・・・どうしよ)


死んじゃうかなー、とティアナは誰にも聞こえないほどの声で囁いた。




オーフェンは廊下を走っていた。ヴィータが施設外に出るまでになんとか捕まえてしまいたかった。空を飛ばれては厄介だ。


(つっても、このままじゃきついな)


大分離されてしまっている。廊下の角を曲がる後ろ姿を見つけたのだが、かなりの距離が離れていた。なぜかティアナとキャロを連れているのかはわからないが、ヴィータの性格から考えて特に何かをさせる気はないだろう。


ガツンガツン、ゴロゴロ、ズズズズ・・・・・・


後ろから景気よく何かがぶつかる音や引きずられる音が聞こえてくるが、オーフェンは気にせずに走る。さっきから手を引いているスバルとエリオの声がいつの間にか静かになっているがオーフェン振り向かない。


「うぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・・・・・」


「ぐぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ちょこまか逃げやがってヴィータのやつ。さっさと観念して消し炭になれってんだ」


無茶苦茶なことを言いつつ足は止めない。そうこうしている内に六課のエントランスにつく。機動六課のエントランスはかなり広く作られており、青々とした観葉植物、座り心地のよさそうなソファー、その他いろいろと揃えられている。そしてそれらを超えた先には広々とした海が見えるという展望のよさもあって、職員の中では仕事の息抜きとしてよく利用される場所だった。そんなエントランスをオーフェンはざっと見まわした。


「ちっ。もう出て行っちまったか」


視界の範囲内にはヴィータの姿はなかった。あの真っ赤な髪はかなり目立つのだが、それらしきものは見られない。ということは、オーフェンが危惧していた通り本部を出てどこかへ飛んで行ってしまったのか。オーフェンは周囲を見回しながら外へと向かい、その途中で背の高い観葉植物の陰にティアナとキャロを見つけた。


「あれ?お前ら。こんなとこで何してんだ」


「あ、あははははは」


「あ、あのその・・・・・・」


投げやりな笑みを浮かべるティアナと、何やら言い淀んでいるキャロにオーフェンは首をかしげる。彼女達はヴィータと共にいたはずだ。それがこんなところで首をすくめて隠れるように座り込んでいる。


「おい。ヴィータどこ行った?さっき一緒にいただろ」


「あー・・・えっとそのー」


「・・・・・・・・・あっ!スバルさん、エリオ君」


うんうん唸っていたキャロがはっと気付いて声を上げる。それを聞いてオーフェンは手に持ったスバルらしきものとエリオらしきものを軽く持ち上げる。なんともないような口調で呟く。


「ああ、これな。ちょっとした保険・・・・・・」


刹那!


オーフェンは悪寒を感じてその場を飛び退く。声にならない悲鳴を上げて、オーフェンは全力で後方に身を投げ出した。もちろん、スバルとエリオを掴んだまま。


ドォォォォォォォン・・・・・・!!


一瞬前までオーフェンがいた場所から轟音が響く。倒れ込んだ姿勢のまま、オーフェンは今だもうもうと粉塵が舞っているそこを注意深く見つめる。まるで隕石が落ちたかのようにクレーターが形成され、オーフェンのいる場所まで床にひびが広がっている。と、そこでふっと人影が見えてくる。クレーターを作り出した犯人は、背が低く、まるで少女のような・・・・・・


「チィ!」


正体に気付いたオーフェンが舌打ちした瞬間、人影が一直線に飛び出してくる。その肩に担いだハンマー型のデバイスを大上段に振りかぶり、ヴィータがオーフェンに襲いかかる!頭上からオーフェンを狙い、クレーターを作り出したのはヴィータだったのだ。エントランスを抜けて外へと飛び出したと見せかけて、ティアナ達に気をとられているオーフェンの隙を狙ったのだった。


「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!」


会心の雄叫びを上げ、ヴィータがアイゼンを振り下ろす。彼女は逃げるのではなく、逆にオーフェンを倒すことを選んだのだ。今だ体勢を崩したままのオーフェンにはヴィータの一撃を避ける術はない。ヴィータがその顔に凄絶な笑みを浮かべる!


「暴走鉢巻きバリアーー!!」


「え?」


その声は誰のものであったか。なんにせよ、ヴィータの振り下ろしたアイゼンの先にいたのはオーフェンではなく、オーフェンが振り回していたスバルだった。彼女はオーフェンに振り回されたおかげで目を回している。が、目の前に迫る完膚なきまでの破壊の意志に目を見開く。


「ちょ、きゃああああああああああああああああああああ!!!」


グシャ!


形容しがたい生々しい音とともに、スバルが倒れ込む。オーフェンはそれを見ながら立ち上がった。周りはシーンと耳が痛くなるほどに静まり返っている。ティアナ達は呆気にとられて、エリオは目を回したままで意識がしっかりせず、ヴィータは何が起こったのかわからないように目を点にしている。そんな静寂の中、オーフェンは拳を握りしめて男泣きに泣きながら、


「ぬぅぅぅぅぅぅぅ。ヴィータ!人の桃缶を盗むだけでは飽き足らず、不意打ちをするなど卑怯千番!!もしバリアーがなかったらこの俺でもちょっぴり危なかったぜ・・・・・・」


額の汗をぬぐいながら、オーフェンは手に持ったスバルをポイと投げ捨てる。そのままもう片方のエリオを一瞥して、


「くそっ。手持ちのバリアーは残り一つ。さすがにその場しのぎの使い捨てでは耐えきれなかったか!」


口惜しそうに呻く。と、ようやくそこでフリーズしていたヴィータが叫ぶ。


「お、お前・・・・・・なんてことしやがる!!」


「あん?」


「あん?じゃねえ!それは人としてまずいだろ!!」


と言いながら、倒れたままのスバルを指差す。スバルはうつ伏せでよくわからないが、じわじわと血を染み出しながら、力なく投げ出された手が細かく痙攣している。よく見ると、ヴィータの持つハンマーの先に、赤いシミがついている。わめくヴィータに、オーフェンはごく自然な調子で告げる。


「なにがだよ」


「なにがじゃねー!自分が何したかよく考えろ!!」


言われて、オーフェンは胸に、心臓の上に手を当てて目を閉じた。そのまま数秒考え込んだと思うと、不意に目を見開き、


「くぅぅぅ。スバル!お前の犠牲は忘れない。お前の気持ちは受け取った。お前の分まで俺は幸せになるから・・・・・・お前は安らかに眠れ。・・・・・・・・・よし!」


「よし!なわけあるかぁぁぁぁぁぁ!!」


「いっけえぇぇぇぇぇぇぇ!エリモン一号!!」


ドドォォォォォォォォォン!!


不意打ち気味にエリオを投げつける。あちこち振り回し、戦闘の余波を受けたエリオの顔はボコボコになってかなり悲惨になっている。ヴィータはそのエリオにひるんだものの、危なげなく躱す。躱されたエリオはそのまま明後日の方向へ吹っ飛び、壁に頭を突き刺した。それを確かめる間もなく、ヴィータがアイゼンを握り直し、目の前に鉄球を作り出す。


「喰らええぇぇぇぇぇ」


一直線にオーフェンを狙う鉄球。それぞれオーフェンの急所を正確に狙っている。一撃一撃が必殺の破壊力を持っていることはこれまでの戦闘を見ていればわかりきったことだった。魔力弾の軌道の外に体を流し、完全に回避したことを確認して魔術の構成を編む。しかし、そこでオーフェンは違和感を感じて眉を顰める。背後から音がしない。目標を失った魔力弾が激突する音が・・・・・・


「チィッ!」


振りかえらずに身を投げ出す。オーフェンが立っていた場所を魔力弾が通り過ぎていた。そして今度こそ壁やら床やらに当たり動きを止める。


「誘導弾か。せこい真似してくれんじゃねえか」


「エリオを容赦なくぶん投げたお前に言われたくねー」


「そっちも遠慮なく避けたじゃねーか。さっきも人のこと奇襲してくれやがって。バリアがなかったら危うく死んじまうところだったじゃねえか」


「ふん。どーせお前ならそう簡単には死なないだろ。それにお前にはあれくらいが丁度いいんだよ」


「ほほう。それはどういう意味だ?」


ピクリ、とこめかみを震わせつつ声のトーンを低くしてオーフェンはうめいた。対するヴィータは胸を張ってその小さな体を大きく見せようとしている。眼差しを凄めながら、オーフェンに指を突き付ける。


「そのまんまの意味だよ。この前の訓練のこと、忘れたとは言わせねえぞ」


「ふーん。まだあんなこと気にしてんのか。ハッ。案外狭量なんだな。体のサイズに合わせてあんのか?」


ブチッ、という音がヴィータの方から聞こえてくる。己のデバイスを握る手が震えるのは怒りからか。


「あんなこと?なんか変な機械持ってきたと思ったら、いきなり投網出して動けない所を魔術で狙い撃ちしまくったことがあんなことか!!」


「けっ。あんなもん避けれねーやつがわりーんだよ。それなら俺も言うことあんぞ。この前の模擬戦の時、いきなりハンマーで建物ごと隠れてた俺を潰そうとしやがって!走馬灯見かけたわ!!」


「それこそ避けれねー方が悪いんだよ!それくらいのこと想定しろ!」


「出来るか!あんときゃ俺がこっちに来たばかりだったんだぞ!!」


「知るか!お前だって今まで使ったことない魔術とか色々しただろーが。いきなり炎上させて!髪焦げたんだぞ」


「へぇぇぇぇ。よかったじゃねえか。まさに燃える髪だ」


燃えるような、という表現がぴったりの真っ赤なヴィータの髪を指しながらオーフェンはヴィータに嘲笑を浮かべる。歯を噛みしめて、ヴィータもオーフェンに負けず劣らずの睨みを利かせる。


「どーやらここらで一回ケリをつけないといけないようだな」


「ああ。こっちの台詞だ。今度は全身黒焦げにしてやんぜ。桃缶の仇はとらせてもらう」


「だ・か・ら。食ってないって言ってんだろ!!あたしが食ったのはみかんの缶詰だ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」


今にも飛び出しそうだったオーフェンがヴィータの一言に体の動きを止めた。重力に逆らって、ピタリと微動だにしない。そして、そのオーフェンの後ろに忍び寄る影が・・・・・・


ゴツン!!


鈍い音を立てて、オーフェンは意識を手放した。全身から力が抜け、なすすべもなく倒れ込む。白く染まる視界の中、鮮やかなオレンジ色を見た気がした。




ティアナはオーフェンを殴った瓦礫を捨て、辺りを見回した。オーフェンとヴィータの壮絶な喧嘩による被害は甚大で、本来ならば憩いの場であるはずのエントランスが戦場跡になっていた。


「ティアナ、お前・・・・・・」


呆然とつぶやくヴィータに、ティアナは体ごと向き直った。そして胸に手を当て、叫ぶ。


「すみませんでした!!!」


「は?」


「全部私がいけないんです!」


いきなりの謝罪に、大きな瞳を更に丸くしてヴィータは戸惑いの声を上げる。そうしている間にも、ティアナは両手を広げて続ける。


「初めは単なる悪戯のつもりだったんです。オーフェンさんが桃缶が好きだってことは聞いてましたから、いつもの仕返しにと思って幻術で・・・・・・・・・」


「だって実力はあるくせにいつもサボってばかりで、意味もなくどついてくるし、言葉遣いも乱暴だし、面倒事は全部押しつけてくるし」


「ちょっとくらいは仕返ししたっていいじゃないですか!」


思いの丈をぶちまけるティアナを前に、ヴィータは呆気にとられていた。こんなちょっとしたイタズラが今回の騒動を招いたというのだ。怒りを通り越して呆れてくる。こめかみのあたりから鈍い痛みがしてきた。いよいよ涙まで流して先週のオーフェンの用途不明の開発の実験にされたことを身振り手振りで示してくる。それを見て、ヴィータは大きくため息をつく。もう何もかも忘れてさっさと宿舎で休みたくなった。


「・・・・・・・・・ですから、オーフェンさんという人は」


「あーあー。もういい。わかったから」


手を振ってティアナを止めると、ヴィータはそのままきびすを返した。これ以上付き合う気はもうなかった。はっきりいってバカバカしいの一言だ。


「とにかく、今日のことはこれまでだ。明日私のところに来い。今日一晩で頭冷やせ」


「・・・・・・・・・・・・・・・はい」


うなだれるティアナを残してヴィータはもはや形だけがかろうじて残っているドアを抜けて帰路についた。そして数歩歩いた時、


「ティィィィィィィィィアァァァァァァァァァナァァァァァァァァァ!!」


「つきゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


「もーしらん」





















一週間以内と書いたのにかなり空いてすみませんでした。


自分でもどうしてこんな展開になったかわからなくてすみませんでした。


いつの間にかこんな感じになってしましました。とりあえず、今回の目標はキャラを壊すことでした。全員は無理なので絞ってみてやってみたら私が壊れてしまったようです。一回無茶苦茶させてみて、限界というか上限というか、そういうのを自分なりに確かめたかったのですが・・・・・・・・・




ほんとにになぜこうなったのか。ちゃんと筋書きは作ってあったのに

















おまけ(飛ばしてくださっても結構です)








「きゃあああああああああああああ」


「なのはちゃん」


箱舟へと突撃したなのはが弾き飛ばされてくる。無敵のエースである彼女がなす術もなく押し戻された。はやては思わず声をあげてしまう。


「大丈夫!?何があったん?」


「そ、それが・・・」


戸惑いながらも告げる彼女に特に怪我らしい怪我はない。
なら何があったのか。


「なんやて!?銀髪のタキシードの男が絨毯に向かって『出てきてちょー』!?」


「う、うん。そしたら急に風が吹いてきて」


「それで弾き出されたって、なんやそれ!」


「わ、わかんない。ヴィータちゃんも別の場所に飛ばされちゃって」


「あの子も!いったい何が」






スカリエッティ・ラボ



「ふふふふふふ。素晴らしい。素晴らしいよ」


原因不明の妨害で管理局のだれもが箱舟への侵入を果たせず、手をこまねいている様をスカリエッティはモニター越しに見ている。その顔には笑みが浮かぶ。


「はははははは。これは愉快だ。一体どうしたらあんな魔法が使えるんだろう?君もそう思わないか?」


向ける視線の先には、拘束され身動きのできないフェイトの姿が。


「くぅ!」


「ふふふ。さて、そろそろ最後の仕上げに」


カチッ


「ん?」


何かを踏んだのか、スカリエッティが己の足元を見る。と、そこにはこんな注意書きとともに、赤いボタンがあった。どうやらこれを踏んだらしい。


『やっぱり悪の科学者にはこれが必要かと思いまして 執事より』


「?」


『ただいまより、このラボは自爆いたします』


「なにぃぃぃぃぃぃぃ!!」












もう無理。キースは無理。


こんな稚拙な文章ですが、読んでくださってありがとうございました。

次回は遅くなると思います。ちょっと忙しくなりまして、月に一本くらいかと



[15006] 第八話  新たな敵
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2010/05/04 01:37
最初の出動の時も、それなりにはうまくいった。

ただ、それだけだった。

毎日の訓練も、あんまり強くなっている実感が無い・・・。

でも隣には優秀すぎる相棒が居て、あたしにの周りには天才と、歴戦の勇者ばっかり。

別の世界から来たあの人。いつも不真面目で、それでも時折隊長達にも劣らないほどの鋭い気配を感じる。きっとあの人も只者じゃないはずだ。

今も疑問に思ってる・・・自分がなんでここに居るのか?

あの人はなんで、私を部下に選んだのか・・・。






バラバラと音を立てて飛ぶヘリの中で、オーフェン含む機動六課のフォワード、隊長達がミーティングを行っていた。最初はおっかなびっくり乗っていたヘリだが、今では慣れたものでオーフェンはのんびりと上空からの景色を小さな窓から眺めていた。そんな時、はやてが立ちあがった。全員の注目を集めたところで、


「これまで謎やったガジェットドローンの製作者、並びにレリックの収集者は現状ではこの男」


はやてが空間投影モニター表示された男を示す。顔写真とともに様々なデータが羅列されている。


「違法研究で広域指名手配されてる次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。今後はこの男の線を中心に捜査を進める」


フェイトが身を乗り出し、はやての説明に補足する。


「こっちの捜査は主に私が進めるけど、皆も一応覚えておいてね」


オーフェンはその顔を見て、なにか引っ掛かるものを感じた。画面越しに彼を見るその瞳には、何の光も映ってはいないように見えたが、その奥底では何かを企んでいるような、そんな瞳を見たことがあった気がした。


(なーんか、見たことあるような・・・)


記憶を探るが、水のように掴んだと思ったら手からすり抜けてゆく。誰かに似ているようないないような。


(ま、いっか)


「オーフェンさん。聞いてますか?」


思索を打ち消して顔を上げると、目の前にリインが飛んでいた。両手を腰に当て、オーフェンを睨んでいる。しかし手のひらサイズの彼女はどう贔屓目に見ても迫力不足だった。


「聞いてるよ。そこに今から行くんだろ」


オーフェンが指すモニターには、現在向かっている建物が映し出されていた。


「はい。ホテル・アグスタです」


頷いたリインが説明を続ける。ホテルで行われるオークションとその商品。出品される物の幾つかがロストロギアであるため、レリックと誤認したガジェットが襲撃する可能性があるので、機動六課が出動することになったのだ。ヘリに乗る前に聞いていた今回の出動目的を思い出す。


「で、その骨董品オークションの会場警護と人員警護・・・だろ?」


「そや。間違っても商品を壊さんでや?ホンマに洒落にならんから」


はやてがにやにや笑いながらオーフェンを見る。それを半眼で見返してオーフェンはうめいた。


「なんで俺を見るんだよ」


「別にー。他意はないよ?」


とは言うものの、その視線はオーフェンのみに向けられていた。はやてのみならず、その場の全員がオーフェンを見ている。


「だからなんで俺を見るんだよ!」


耐えきれず叫ぶオーフェンにクスクスと笑いが漏れる中、小さく笑っていたキャロが何かに気付きシャマルへ問いかける。


「シャマル先生。その箱って?」


「ん?これ?」


視線で足元の箱を指しながら、シャマルは笑みを浮かべた。とても楽しそうな笑みだ。まるで、新しいオモチャを見つけた子供のように。


「隊長達とオーフェンさんのお仕事着♪」


「俺の?」


「はい!」





場所は変わってホテル・アグスタ。そこでオーフェンは不機嫌であることを隠そうともせず、普段から皮肉気につり上がっている目つきをより一層険しくさせていた。オーフェンは自分を指差してやけっぱちな口調で告げる。


「これでいろってのか?」


「ええ。似合ってますよ」


「うん。ぴったり」


「・・・へ~」


なのは、はやて、フェイトの三人の前にはタキシードを来たオーフェンが立っていた。その恰好を見て、三人が三者三様の反応を見せる。タキシードの襟をつまみながら、もう一度自分の体を見下ろす。着なれないタキシードの感触に多少の不便さを感じながら嘆息する。


(こんな格好いつ以来だよ。トトカンタ以来か?)


地人に担がれ詐欺まがいのことをした時のことを思い出し、微かに苦笑する。ヘリの中でシャマルが言っていたお仕事着とは、このことだった。オーフェンの前の3人も三者三様に仕立ての良いドレスを着ていた。3人とも普段の制服とは違いそれぞれの容姿を引き立たせるようなデザインのドレスだった。元々の素材が良いということもあり、メイクやドレスによって3人のそれぞれの魅力が際立っている。が、目の前に3人の美女がいてもオーフェンの機嫌が直ることはなかった。


「いつの間に用意したんだよ」


「まあまあ。さ、受付行きましょ」


はやてに背中を押されながら受付へと進む。はやてが受付に身分証を提示すると、受付の職員が驚いたように顔を上げ3人の美女を見る。眩しいものを見るかのように目を細めていたが、その隣の男を見て眉をひそめた。


「あの・・・そちらの方は・・・・・・・・・」


「こんにちは。私も機動六課所属、オーフェン三等陸士です。本日はよろしくお願いします」


先程までの不機嫌さを消し去り、さわやかな笑みを浮かべながらオーフェンは淀みなく告げた。彼の普段を知る3人としては、いきなりの変わりように言葉を失っている。そうしている間にも、オーフェンは受付を済ませ先へと進んでいく。


「オーフェンさんって・・・」


「うん・・・」


互いに微妙な顔しながら、オーフェンの後を追うなのは達であった。




なのは達と別れて、オーフェンは一人で会場内を歩いていた。はやて達はホテルの警備員やらなんやらと打ち合わせをしており、オーフェンは特にすることがなかったので会場内を見回ることにしたのだ。


(ふーん・・・結構厳重だな)


目的もなく歩いているようにも見えるが、彼はそれとなく警備態勢を観察していた。事前に聞いてはいたが、実際に見るとよくわかる。会場のあちらこちらに警備の人員を配置しつつ、客にはあまり気付かれないようにしている。


(まあこれなら大丈夫だろ)


なんとはなしに窓から外を見ると、会場の外の警備に当たっているティアナが見えた。なにやら考え込んでいるような様子だったが、不意に顔を上げたところで目があった。軽く会釈してくる彼女に手を振り、オーフェンは止めていた足を動かした。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





(六課の戦力は無敵を通り越して明らかに異常だ)


警備で会場の外に出ているティアナは胸中で一人ごちた。


(八神部隊長がどんな裏技を使ったか知らないけど、隊長格全員がオーバーS。副隊長でもニアSランク)


機動六課のメンバーの顔を頭の中で浮かべる。


(他の隊員達だって、前線から管制官まで未来のエリート達ばっかり)


そして共になのはの教導を受けているフォワード陣について。才能の塊である相棒と、フェイトのお気に入りであるライトニングの二人。それらと自分を比べると思わずため息が漏れてしまう。


(やっぱり凡人はあたしだけか・・・)


思索に耽り、我知らずに俯いていた顔を上げる。と、視界の隅に窓から外を見ているオーフェンを見つけた。タキシード姿の彼に多少驚きはしたものの、会釈をする。ティアナは適当に手を振る彼の姿に、また思索を巡らせた。


(それとあの人もだ。魔術は文句なしに強力。近接戦闘ではスバルを簡単にあしらってるし、戦闘の時の判断力、決断力も隊長達に勝るとも劣らない。でも本人はそれを否定して自分を過小評価してるみたい。シグナム副隊長との戦闘も、わざと手を抜いてるみたいで、本気を出したところを見たことが・・・ない・・・・・・?)


シグナムとの戦闘を見たが、ティアナは違和感を覚えずにはいられなかった。あの戦闘で騎士であるシグナムをあと一歩まで追い詰めたのは見事だと思わざるを得ないが、オーフェンならそのあと一歩を踏み込むことが出来たのでは?


(どういうこと?)


あえて手を抜いたということか。そう考えると胸の奥にどんよりとした濁りのようなものが生まれる。自分は日々成果を出そうと躍起になっているのに、オーフェンはそんなことはどうでもいいとまるで頓着していないように見える。“あの”シグナムを追い詰めたというのに、それを誇ろうともしない。と、そこまで思いを巡らせたところで再び彼女は立ち止まった。


(ううん)


どんどん深まる思考を止めようとティアナはかぶりを振った。


(だけど、そんなの関係ない。私は立ち止まるわけにはいかないんだ)


前を見る彼女の瞳には、もはや迷いはなかった。が、胸の奥ではわずかながらも、泥のようにべったりと澱みが残っていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





その同時刻

オークション会場から離れた森の中から会場を見る影が二つ。一人は長身の男でフードを被り裾の長い外套を着ている。もう一人は少女でこれも男と同じような外套を羽織り、フードは被らずに顔を出していた。まだ幼いその顔にはどこか儚げな印象を受ける。外套を着ていてもわかる屈強な男と、吹けば消えてしまいそうな程か弱い女の子のアンバランスな組み合わせは、二人のいる場所も含めとても奇妙だった。


「お前の探し物はここにはないのだろう?」


男が少女へと視線を向ける。少女はその声に頷くが、どこからかその手元に小さな虫が飛んできた。しかしその虫はよく見ると機械で出来た羽と複数の足を持つ生き物だった。機械の虫が少女の指に止まる。少女はその虫を見て


「ドクターのおもちゃが近づいてきてるって」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





ホテルの屋上にて周囲を警戒していたシャマルのデバイスに反応があった。


『クラール・ヴィントに反応。シャーリー」


ロングアーチの方もその反応に気付き、モニターにいくつもの光点が浮かび上がる。


『来ましたよ!ガジェットドローンです!!』


現れたガジェットドローンのタイプとその数を報告に、機動六課の隊員は迅速に行動を起こす。フォワードの4人はホテル前での防衛線の設置。そして迎撃にシグナム、ザフィーラ、ヴィータ。現場の指揮はロングアーチと合わせてシャマル。会場内の隊長達は引き続き人員警護。そして、


『俺はどうする?』


『オーフェンさんは遊撃手をお願いします。フォワードのラインを越えたガジェットの迎撃と伏兵の可能性もありますから、そちらへも対応できるよういつでも動けるようにしておいてください』


『了解』


オーフェンは念話でシャマルからの指示を聞きながら、会場の出入り口へと駆けだした。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





機動六課の面々がガジェットを迎撃する光景を、外套を着た二人が見ていた。ガジェットに手を貸すわけでもなくただその様子をうかがっていた二人の前にモニターが浮かび上がる。


『ごきげんよう、ルーテシア』


「ごきげんよう・・・ドクター」


外套を着た少女、ルーテシアはモニターを無表情に見つめる。ドクターと呼ばれた男は広域指名手配を受けているジェイル・スカリエッティだった。彼はルーテシアにある骨董品を取ってきて欲しいと頼む。


「断る」


フードを被った男の方がスカリエッティの頼みをにべもなく断る。が、ルーテシアは一言「いいよ」と答えた。


『お願いするよ。ごきげんよう』


通信が切れた後、男がルーテシアを見る。


「いいのか」


「うん・・・ゼストもアギドもドクターの事を嫌うけど、わたしはそんなに嫌いじゃないから」


男、ゼストは「そうか」と短く答えた。ルーテシアの周りに魔法陣が浮かび上がる。そしてその中から先程の機械の虫が現れた。


「いってらっしゃい」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





ガジェットと交戦していたシグナムとヴィータ。初めは余裕で次々とガジェットを破壊していた二人だが、急に二人の表情が硬くなった。


「シグナム!こいつら・・・・・・!」


「有人操作に切り替わったようだな」


ガジェットの動きが突然変わり、二人の攻撃を受け止め反撃してきたのだ。


「くっ」


攻撃を受け止めたガジェットに舌打ちをし、距離を取り構え直すシグナム。その耳にロングアーチからの通信が入った。ホテルの方にもガジェットが召喚されたという。シグナムは一瞬逡巡するものの、ヴィータへ向けて指示を飛ばす。


「ヴィータ。ここは私とザフィーラで抑える。ラインまで下がれ!」


「分かった!」


言うが早いかヴィータは飛び出しホテルへと向かう。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「我導くは死呼ぶ椋鳥!」


破壊振動波がガジェットを捉え、数体纏めて破壊する。間髪いれずにオーフェンは身をひるがえし、背後から近づいてきているガジェットへと駆け出す。


「我掲げるは降魔の剣」


オーフェンの右手に力場の剣が生まれる。その重さを感じながらオーフェンはガジェットに叩きつけた。周囲のガジェットを撃墜し、オーフェンは息を吐く。油断なくあたりを見回しながら、考える。


(急に動きが良くなりやがった。キャロが召喚がなんたら言ってたが、ここまで突破されたか・・・)


オーフェンがいるのはフォワードの防衛ラインの更に後ろだった。フォワード陣が撃ちもらしたのか召喚されて来たのか、どちらにしろ少数だがガジェットが侵攻していた。


(他の奴らは大丈夫か・・・・・・)


特にフォワードのメンバーを思い浮かべながら、聞こえてくる戦闘音に耳を傾ける。聞こえてくるのは爆発音だけで、安否の程は判断できなかったが景気よく聞こえるそのガジェットの爆発音は気休めにはなった。そしてオーフェンが念話のことを思い出した時、唐突に念話が入った。


『オーフェンさん。聞こえますか』


『ああ。シャーリーか』


『はい。そちらの状況は!?』


『何体かガジェットが来たが問題ない。それよりほかの連中は無事か』


『はい。皆大丈夫です。それよりオーフェンさんに行ってほしいところがあるんです』


『ここを離れていいのか?』


『今ヴィータ副隊長がフォワードの方に向かってますから大丈夫です。それよりオーフェンさんには召喚師の方へ向かってほしいんです』


『召喚師?キャロみたいなやつか』


『はい。魔力反応もかなり大きくて、ガジェットの動きが良くなったのもおそらくその召喚師の仕業です。リイン曹長と向かってください。今そちらに向かってますから合流してください』


『了解』


通信を切って辺りを見回すと、程なくしてリインの姿が見えた。オーフェンを探しているのか、上空からキョロキョロと視線を彷徨わせている。呼びかけながらオーフェンは駆け寄った。


「リイン!」


「あ、オーフェンさん。話は聞きましたか?」


オーフェンに気付いたリインが高度を落としてこちらの目線の高さまで下りてくる。いつもの制服ではなく、バリアジャケット姿のリインの姿を見るのは久しぶりだった。そんなリインに、オーフェンは簡潔に訊ねる。


「ああ。召喚師とやらだろ?どこに行けばいい」


「私についてきて下さい」


オーフェンが見失わない程度に高度を上げ、位置は分かっているのか、迷いなくまっすぐに飛んでいくリインの後をオーフェンは追った。




リインに連れられて程なくしたところでオーフェンは声を上げた。


「おい!まだか」


「もうちょっとです」


先程の戦闘と合わせて、いい加減疲労が溜まってきたオーフェンの急かすような声に先を行くリインが答える。見失わないよう見上げながら、オーフェンは胸中で毒づく。


(ったく。これなら飛行の魔法くらい教わっといた方が良かったかな)


上空をスイスイ進むリインを見ながら、いちいち邪魔な木々を避けて走る。森の中を走るのは、かなりのセンスが必要だった。無駄に多く生えている木々は言うに及ばず、地面から盛り上がった根も気を抜くと躓きそうになる。これではとても全力で走ることはできない。


(これなら・・・・・・)


オーフェンは立ち止まり、上空のリインへと声を張り上げる。


「リイン。先に行け!」


「え?オーフェンさん?」


急に止まったオーフェンに、急ブレーキをかけてリインも制止する。オーフェンは大きく手を振って、先にいくよう示す。


「俺のペースに合わせてたら逃げられちまう。お前だけで先にいけ!」


「で、でも・・・・・・」


「大丈夫だ。必ず追いつく!」


大きく頷くオーフェンに、リインは数秒戸惑ったように進行方向とオーフェンとを見比べる。そして、もう一度オーフェンに向き合った時にはもう戸惑いの色はなかった。


「わかりました!必ず追いついて下さいね」


言うが早いか、リインは全速力で先へと進んだ。それを見送ると、オーフェンもリインが飛んでいった方向へと走り出した。しかし、オーフェンはすぐにその足を止めた。不意に周囲を見回し、スタンスを広くとって腰を落とす。


「誰だ!出てこい」


構えをとり誰何の声を上げる。体を緊張させながら、注意深く気配を探る。どこからか視線を感じた。位置は分からないが、はっきりとその存在を感じる。それはわざと自身の存在を主張しているようにも思えた。


「そんなに叫ばずとも聞こえている」


声の聞こえてきた方へ体ごと向き直る。オーフェンの目線の先には、木の影から出てきた人影があった。長身の女性だった。全身をピッタリとしたボディスーツで覆っている。唯一露出している顔は、整った顔立ちであるのだが、切れ長の瞳を更に細め、唇をきゅっと結んで無愛想な印象を受ける。ショートの青みがかった髪もその印象を強めていた。


(こいつ・・・・・・・・・)


突然現れた女を凝視しながら、オーフェンは相手との距離をはかった。およそ10メートル。この距離なら何があっても対処する自信はあった。そして、一撃で無力化する自信も。


「そう睨むな。怪しいものじゃない」


投げやりな口調で言ってくるが、明らかに嘘であった。ここら一帯は既に戦闘区域として一般市民には避難勧告がなされている。そうでなくとも、あちこちで爆発が起きている場所にのこのこやってくるなど相当の物好きか


(怪しいやつに決まってんじゃねえかよ)


特に武器らしい武器は持っていないが油断は出来ない。女は緊張した様子もなく、ゆっくりとした歩調で近づいてくる。対して、オーフェンは構えを解くこともなく制止の声を上げる。


「止まれ!それ以上近づくな」


女は素直にオーフェンの言う通りに足を止める。


「お前は何者だ。名前は。何故こんなところにいる?」


「そういくつも問われてはな」


おどけるように肩をすくめる。しかしその顔は少しも笑ってはいない。オーフェンは更に目線に力を入れた。普段から皮肉げにつり上がっている目が険しくなる。だがそれすら受け流しながらこともなげに呟く。


「だからそう睨むな。私の名前はトーレ。ここにいるのは、ちょっとした野暮用でな」


「そうかい。それじゃ俺は急いでんだ。あばよ」


「まあ待て。もう少し付き合ってくれ。お前は管理局の人間だろう?」


きびすを返すオーフェンをトーレと名乗った女が呼び止める。オーフェンとしてもこのままトーレを置いていく気はなかった。ただ相手に主導権を握られている今の状況を変えたかった。


「だったらなんだ?邪魔するってんなら公務執行妨害で逮捕すんぞ」


声を低くして答える。だが相手は特にどうということはなく涼しげに、しかし目つきだけは鋭くこちらを見返す。


「それは困るな。言ったろう?野暮用があると」


「その野暮用ってのはなんなんだよ。こんなところで森林浴ってわけでもねえんだろ」


「ああ。用って言うのは・・・・・・」


言いながら、トーレの気配が変わっていくのを感じる。獲物を狙う獣のように鋭く。オーフェンはそれを見て改めて構える。首筋のあたりがチリチリと痺れてくる。


(来る)


予感はあった。視線を感じた時からの予感が現実になろうとしている。オーフェンは腰を落としながら、静かにその時を待った。幾つかの魔術の構成を脳裏に浮かべる。対して、トーレはここに来て武器などを出す様子もなく、微かに膝を曲げているのみ。


「私の目的は・・・・・・・・・・・・お前だ!」


言って、足元に魔法陣を展開させる。それはオーフェンの見たことのない形をしていた。ミッド式ともベルカ式とも違う。オーフェンが目を細めて、注意を一瞬だけトーレから外した。しかし、次の瞬間!!


「なっ!?」


10メートルほどの距離が一瞬にしてゼロになる。瞬きをする間に、目の前にまで肉薄されていた。それまでの考えがあっさりと吹き飛ぶ。スローになる視界の中で、女が初めて唇を歪めたのが見える。考えるよりも早く、迫りくる危険に対して体に染みついた本能に突き動かされてオーフェンは反射的にその顔へ拳を打ち込んだ。

「シッ!」


「ふん」


至近距離で放たれた拳はしかし、なにもない空を切った。顔を上げると、先程の位置にまでトーレは後退してる。よく見ると、手首や足首にそれぞれ数本の刃が出現していた。


(何だ、今のは・・・・・・)


数秒前の出来事を思い出す。油断はしていなかった。それでも気付いた時には既に接近されていた。反射的に体が動いていなかったらやられていた。知らず、喉が音を立てる。オーフェンは口の中に苦い味が広がるのを感じながら、胸中で呟いた。


(ネイム・オンリー・・・・・・・・・いや、ジャック・フリズビー並みか)


かつて戦った聖服の男を思い出す。生来の異常筋肉を持ち、その圧倒的な速度と膂力、最低限の動きで最大の威力を生み出す崩しの拳の使い手。魔術士の天敵。悪霊に取りつかれた男。そしてオーフェン自身がこの手で殺した男。それを思い出し、トーレを睨みつける。視線でその場に縫い付けるように。


「てめえ、何者だ!!」


「素直に答えると思うか?」


「俺が目的だと?どういうことだ」


呻くオーフェンに対して、トーレはその身にまとう雰囲気をさらに険呑なものにしている。そちらが本来の性格なのか、涼しげな態度を捨て去り、厳格とも思えるほどにその瞳に鋭い光が宿る。


「ドクターがお前に興味を持っていてな。お前の魔術とやらを見せてもらおうか」


「なんだと・・・・・・?」


唐突な物言いに、言葉を失う。


(俺に興味だと?ドクター?)


この世界において、魔術を使える人物はオーフェンしかいない。オンリーワンのその術に興味を持つ者がいることは当然のことであった。しかし実はその存在を知る者は限られていた。これははやての意向であった。一般人の前ではあまり魔術を使用するなと以前に釘を刺されていた。この世界で言うところの非殺傷設定がない魔術を衆目にさらすのは何かとまずいと判断したのだ。それと、単純に出動回数が少なかったということもある。


(魔術のことは機動六課の連中にしか話していない。なら、誰だ?)


管理局内にしても、魔術についての詳しいことは機動六課のメンバーにしか話していなかった。上層部に報告されてはいるだろうが、他の管理局の人間には珍しいレアスキルとしてしか知られていないはずだ。しかも、トーレという眼前の女性はどう見ても管理局の人間には見えない。にもかかわらず、『魔術』という呼称すら知っている。なら、魔術の存在を知る可能性のある人物とは誰だ?ドクターと言っていたが心当たりなどない。


「考えるのはいいが、時間があまりないのではないか?」


「くっ!」


先に行ったリインのことを指しているのは言われずとも知れた。正体不明の召喚師を追っているはずだ。オーフェンは召喚術について詳しくはないが、キャロを見る限り、甘く見てもいい相手とは到底思えない。リインの飛び立った方向をチラと見やり、オーフェンはトーレへと改めて構えた。腰を落とし、半身の姿勢のいつもの構え。それを見て相手の雰囲気が一層引きしまる。


「ようやく本気になったか。さて、私も・・・・・・」


「我は放つ光の白刃!」


言い終わるのを待たずにオーフェンは叫んだ。突き出した右手の先から純白の渦がトーレへと迸る。大気を焼き尽くし、爆音とともに炎が燃え上がる。衝撃から吹き荒れる風が、オーフェンのジャケットの裾をはためかせる。着弾地点では、砂煙が巻き起こり視界を塞ぐ。直撃したならば確実に命はない。が、地面を抉り飛ばす程の魔術を放ったオーフェンは気を抜くことなく、すっと視線を横に向けた。


「人の話は最後まで聞け。死ぬかと思ったぞ」


視線の先には、言葉とは裏腹にしれっとした様子のトーレが立っている。その体には傷一つない。オーフェンの不意打ちを完全にかわしたのだ。オーフェンは舌打ちして、そちらへと向き直る。


「それにしても、今のが魔術か。直接見るのではやはり違うな。発動の初速が段違いだ」


「何言ってやがる。涼しい顔して避けやがって」


毒づきながら、オーフェンは相手との距離をとるようにじりじりと後退する。先の速度を見れば大差はないだろうが、少しでも間をとりたかった。そんなオーフェンを見抜くようにトーレは目を細めて、体を軽く傾け、告げる。


「そう言うな。次はこちらの番だ」


残像を残して姿を消す。ギリギリ目で追いながら、オーフェンは腰だめに腕を構える。刹那の間に相手の行動を予測する。相手の動きさえ読めれば、その隙をつくことはたやすい。五感をフルに使い、肌で空気の乱れを感じ取る。伸ばした手足の先から、体の外まで感覚が広がっていくようなイメージ。


(まだだ。引きつけるんだ)


一息に飛び出しかねない体を押さえ、チャンスを待つ。高速で移動する相手を捉えるにはタイミングを合わせるしかない。オーフェンは静かに息を吐き、吸った。吐息とともに思考がクリアになる。そして周囲の音すらも聞こえなくなった時、背後に微かな気配を感じた。


「フッ!」


裂帛の息吹とともに、オーフェンは己の背後へと裏拳を叩き込んだ。拳に鈍い感触が伝わってくる。が、オーフェンは舌打ちをした。


「ほう。今の速さについてくるとはな」


両腕をクロスさせ、オーフェンの一撃を防いだトーレが感心するように囁く。しかしオーフェンはそれを無視し、体を入れ替え相手の足首を狙い踵を踏み込む。トーレはさっと足を引くと、至近距離からの掌底を放つ。手首の刃にヒヤリとしながら、オーフェンはその場を飛び退いて回避し、着地するまでの一瞬の間に魔術の構成を編んだ。空中で体をひねりトーレへと叫ぶ。


「我は呼ぶ破裂の姉妹」


バシッ!と空気が破裂するかのような音を立て、衝撃波が炸裂する。これで倒せるとは思ってはいないが、時間稼ぎに牽制を放つ。その隙に体勢を立て直してから見やると、案の定躱されていた。


「ふむ。なかなかやるな。汎用性は高いようだ」


冷静にこちらの魔術を分析するトーレを見ながら、オーフェンは胸中で呟く。


(こいつの目的はあくまで魔術か・・・・・・・・・ならわざわざ手札をさらす必要もない)


オーフェンは軽く息をつくと、ステップを踏む。そしてトーレを睨み据え、膝を曲げる。


「どうした。もう打ち止めか」


迎撃の構えをとるオーフェンを揶揄するように言うが、オーフェンはそれには答えずに己の作業に没頭する。改めて身構え、呼吸を整える。


(あのスピードじゃあこっちから打って出ても無駄だ。カウンターの一撃で無効化する)


トーレの目的はオーフェンに魔術を使わせることだ。これまでの動きも、攻めてくることはあっても追撃をしてたたみかけてくることはなかった。わざとオーフェンに魔術を使う隙を作っているのだ。そのため一撃で決着をつけなければまた距離を置かれるだろう。問題は、どう決定打を打ち込むか。カウンターはもう防がれてしまっている。おそらく二度同じ手は通じない。


(超近距離での寸打・・・・・・・・・いけるか?)


寸打とはオーフェンの接近戦での切り札である。ゼロ距離から放つ強力無比の打法。数センチの距離に全身の力を注ぎこみ相手の内臓にダメージを与え、直撃したならばただでは済まない。オーフェンの師、チャイルドマンの得意手でもある。オーフェンは全身を弛緩させ、刹那のチャンスを待った。オーフェンのあからさまな誘いを見て、


「面白い。誘いに乗ってやろう」


口の端を歪めると、目を細め、突き刺さるのではないかとも思えるほどの鋭い殺気を放ってくる。あちらも本気になったのだ。キリキリと、空間がきしむほどに両者の気配が辺りに充満する。そんな中、オーフェンは一息ごとに自分の感覚がシャープになるのを感じていた。どこまでも意識が冴えわたる。相手がいくら速くとも、己の手の届く範囲に来たならばすべきことは一つだった。ただそのことのみを考える。


「IS起動、ライドインパルス」


トーレは再び魔法陣を展開させる。おそらくフェイトのソニックムーブと似た移動系の魔法だろう。魔法陣の上でやや前傾姿勢でこちらを睨みつけてくる。ピンと張った糸のように、空気が張り詰める。両者の緊張が最高潮まで高まり、引き絞られた糸が弾けるその瞬間、


「ちっ!」


トーレが舌打ちをして頭上を見上げる。オーフェンもトーレから警戒は外さず、目線だけを同じく上げる。そこには先行したはずのリインの姿があった。魔法陣を展開させ、トーレを狙っている。


「動かないで下さい!」


制止の声を上げゆっくりと下降してくるリインを見て、それからトーレはオーフェンへと視線を戻した。その顔には、2対1という劣勢にあっても焦りの色は見られなかった。どちらかというと、白けたようにも見える。あれほど溢れだしていたプレッシャーも嘘のように霧散している。


「邪魔が入ったな。今日はここまでにしておこう」


言い捨てて、トーレは膝を軽く曲げるとその場から垂直に飛び上がった。いきなり接近してきた相手にリインが焦りを見せるが、それも一瞬のこと。得意の凍結魔法で拘束しようとする。しかし、魔法によって加速されたトーレの動きに反応できず、そのまま取り逃がしてしまった。


「リイン!」


オーフェンが呼びかけると、悔しそうにしていたリインがふよふよと降りてきた。彼女は召喚師を追って先に行ったはずだった。オーフェンがそのことを尋ねると、リインは自分のバリアジャケットの破れた脇腹を示すとともに、苦虫をかみつぶしたような表情で呟いた。


「それが・・・・・・追っている途中で銀色の虫に妨害されて」


「銀色の虫?」


「はい。おそらく召喚虫です。召喚師を追っている途中で遭遇して、その間に逃げられました。それで、ロングアーチからオーフェンさんが連絡が取れないって聞いて・・・・・・」


力なく俯いていたが、そこまで言ってから急に顔を上げて問いただしてくる。


「それより今のは誰ですか。あの魔法陣も見たことがありませんでしたし、オーフェンさんこそ何があったんですか。私の念話にも答えてくれませんでしたし」


「へ?あ、あー・・・・・・」


頭をかきながら思い返してみると、そういえばシャーリーやリインの声が聞こえたような気がしないでもなかった。何と言おうか考えていると、リインはそれをどうとったのか、腰に手を当てて指を立てる。


「大体、なにかあったら報告してください。私じゃなくてもはやてちゃんやバックの皆とか」


リインの剣幕に押されて、たじろぐように数歩後ずさりながらオーフェンはうめいた。


「うぅぅぅ。い、いやな。あの時はちょっと集中してたっていうか、ちょっと隙を見せただけでも危なそうだったから・・・・・・」


もごもごと要領を得ない返答をする。が、それでもリインには通じたのか、驚きに目を開いている。大げさな動作をして、くるくると小さな体をせわしなく動かしている。


「え!?オーフェンさんが?そ、それって大変じゃないですか!オーフェンさんをそこまで・・・・・・だ、大丈夫でしたか!!」


わかりやすく動揺しながら、リインはオーフェンの体をグルグル回って上から下へと無事を確認する。特に怪我らしい怪我はなかったのだが、言っても無駄な気がしたので居心地が悪いながらもオーフェンはただ黙ってリインの好きにさせ、自分は小さく嘆息する。


(どーやら、厄介なことになりそうだな)


トーレ、と名乗った女を思い出しながら胸中で独りごちた。














あとがき的



どうも! 遅くなってしまいました。最近忙しくってこれくらいの速度が精一杯です。今後もこんな感じで。


今回から少しストーリーが変化します。といっても前にも言った通り大きな変化はないと思います。保証はできませんが。戦闘シーンにもっと迫力が出ればいいのですが(汗)


オーフェンの魔術についての補足ですが、『魔術』という単語を知っている人は少ないっていう感じです。報告書とかのオーフェンのプロフィールにはばっちり書いてありますが、読んでない人にはただのレアスキルで通ってる、と。


以上、今回はここらで筆を置きます。


ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。コメントを書いてくださっている方もとてもうれしいです。今後もよろしくお願いします。




[15006] 第九話  その後、そして・・・・・・
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2010/06/01 22:51
オーフェンがホテルへと戻ってきた頃にはちょうどガジェットの襲撃も打ち止めになったらしく、ホテルの前では事後処理が進められていた。散乱しているガジェットの残骸などの現場検証をしている管理局職員がちらほらと見え、その中に六課のメンバーも混じっている。遠目で見た限り特に誰も負傷らしい負傷もしていないようで、オーフェンについてきていたリインがほっと息をつくのが聞こえた。


「それじゃあ私ははやてちゃんの所に報告に行きます。オーフェンさんはどうしますか?」


「そうだな・・・・・・俺は後から行く。あいつの件は後でゆっくり話した方がいいだろうしな」


オーフェンの言葉にリインがうなずく。トーレという正体不明の襲撃者のことはこんな慌ただしいところではなく、機動六課本部に帰還してから改めて報告するつもりだった。リインも察したのか、一言別れを告げるとホテルの中へと飛んで行った。





オーフェンが特に目的地はなくやることもなく(出来ることがないだけだが)歩いていると、なのはとフェイト、そして見知らぬ男性の姿が見えてきた。スーツを来た中性的な容姿で、眼鏡をかけているその顔は学者のように見えた。年はなのは達と同じ程度だろうか。なんとはなしに見ていると、フェイトがこちらに気付き手を振った。


「オーフェンさん。ちょうどいいところに」


手招きされるままに歩み寄る。なのはがそばの男性を手で示し、簡単に紹介する。


「オーフェンさん。こちらがユーノ・スクライア司書長。本局のデータベース、無限書庫の司書長をしてるの。ユーノ君、この人がオーフェンさん」


「初めまして」


柔和な笑顔を浮かべ、手を差し出してくる。それを握り返しながら、オーフェンもとりあえず挨拶を返して訊ねる。


「で?その司書長とやらが?」


「はい。オーフェンさんの世界の情報を無限書庫で調べてもらってるって言いましたよね?実はこのユーノ先生が中心になって調べてくれてるの」


「そうなのか?」


問いかけながら目の前の男性をそれとなく観察する。ざっと見た限り、年はなのは達と同年代、物腰も柔らかで無限書庫の司書長という大層な肩書きを背負っているようには見えない。オーフェンがそれとなく観察していると、そんな彼が唐突に頭を下げた。


「すいません。オーフェンさんのいた世界についての情報を探ってるんですけど、まだ何の手がかりも見つからなくて・・・・・・本当にすいません」


律義に頭を下げるユーノに、面喰いながらオーフェンは慌てて両手を振って言った。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。別にあんたが頭を下げる必要はないし、調べてくれてるのは感謝してる。頭上げてくれ」


その言葉に顔を上げ、ユーノはかすかに自嘲の入った笑みを浮かべる。


「そう言ってくれると助かります。オーフェンさんも一刻も早く元の世界に戻りたいでしょうに・・・・・・全力で探しますから、もうちょっと待って下さい」


「あ、ああ。期待してるよ」


至極真面目なユーノを見ながら、オーフェンはなんだか逆に申し訳なくなっていた。なのはやフェイトへと目を向けるが、二人とも苦笑して焦る彼を面白そうに見ている。オーフェンはその二人の視線から逃れるように背を向けると、ふと思いついてユーノの肩に腕を回し、二人から離れる。そんなオーフェンに、なのはが制止の声を上げた。


「あ、待って。どこ行くの?」


「ちょっと事務所に・・・・・・」


「え?」


虚を突かれたように動きを止めた隙に、強引にユーノを森の奥へと連れ出す。突然の行動にユーノがなのは達を振り返りながら、慌てて声をあげる。


「ど、どこ行くんですか?」


「ちょっと話したいことがある。お前だけに」


低く抑えたオーフェンの声に、ユーノも表情を引き締める。それまでとは違うオーフェンの様子に気が付いたのだろう。そのまま大人しく歩調を合わせてくれることに感謝しながら適当なところで腕を離す。


「それは、あの二人にも?」


「ああ。実は俺のいた世界のことでな。あいつらにも言ってないことがあるんだ。あんたが俺のいた世界、キエサルヒマ大陸のことを調べてるなら言っておいた方がいいと思ってな」


立ち止まり、オーフェンは振り返ってなのはとフェイトが十分に離れたことを確かめる。そして「信じれないかもしれないが」と前置きをして話す。


「俺がいた世界には実際に神が存在するんだ」


実はオーフェンははやてを初めとする機動六課のメンバーに教えていないことがあった。彼の世界では神々が現出し、彼のいたキエサルヒマ大陸はその神々から身を守るためにドラゴン種族が流れ着いた大陸で、神々の追撃から身を守るために最近まで結界で覆われていた。しかし、その結界は現在オーフェンによって破られ、その後大陸では未曾有の混乱に見舞われてしまった。そしてその罪を問われオーフェンは史上最悪の犯罪者として『魔王』と呼ばれていること。そしてオーフェン達人間種族の祖先がある日その大陸に流れ着き、それ以前の記録がないため外界のことは一切情報がなく、オーフェンは自分のいた世界の情報を伝えたくとも伝えられなかった。あまりに荒唐無稽なためあえて話さなかったそれらのことを、オーフェンはあえて無限書庫を管理する司書長、ユーノ・スクライアへと話した。


「と、言うわけなんだ。調べてもらってる以上話しておこうとは思ってたんだが、それでも教える人間はなるべく少なくしたい。わざわざ自分が犯罪者です、なんて吹聴する気もないしな」


話し終え、ユーノの反応を待つ。彼は黙って何かを考えている。沈黙する二人の間を風が吹き抜け、木々のざわめく音がオーフェン達を包む。頭上を見上げると、青々と繁る枝葉の隙間から木漏れ日が滑り込んでくる。その眩しさに目を細めながら、オーフェンは胸中で呟いた。


(やっぱこんなもんか。もし逆だったら、俺だって発狂してるとしか思えねえからな)


オーフェンが自嘲の笑みを浮かべていると、ユーノはゆっくりと顔を上げ、口を開いた。


「わかりました。話して下さってありがとうございます。オーフェンさんにはオーフェンさんの事情はあったんだと思いますし、たとえ『魔王』だとしても僕はオーフェンさんをどうこうするつもりはありませんしそんな立場でもないです。なのは達に聞いた話でもそんな犯罪者には思えませんでしたし・・・・・・。けど、正直言ってかなり驚きました。神様が実在するなんて・・・・・・ドラゴンとかは聞いたことがありますけど・・・・・・」


「やっぱり信じられないか?」


「・・・・・・はっきり言って簡単には。でもここで嘘を言う必要はありませんし、オーフェンさんも嘘を言っている感じには見えません」


言葉を選びながら告げるユーノを静かにオーフェンは待った。『神様』というのがイメージしにくいのだろう。と、そんな時に近づいてくる足音が聞こえた。おそらくフェイトかなのはだろう。待ち切れずに追ってきたようだ。


「っと、ここまでみたいだな」


オーフェンが音の方向へ目を向けると、ユーノも視線を上げる。程なくして姿を現したのはなのはだった。その頃にはオーフェンとユーノも先程までの深刻な表情はなく、普段通りに振舞う。


「もう、オーフェンさん。ユーノ君をこんなところに連れだして、何するつもりなんですか!」


腰に手を当てて強い口調で責めてくる。なんとなくその仕草に自分の姉を思い出す。昔は問題を起こすたびにこうして姉に説教をされた。なのはそんな姉に似ても似つかないが、それでもオーフェンはにやりと笑みを浮かべると、特に何ともないような口調で告げた。


「何するつもりって、ちょっと話したいことがあっただけだ」


「ホントですか?いじめられてない?黒づくめのお兄さんにお金返せとか言われなかった?」


「お前なあ・・・・・・」


「あはは、そんなことはないよ。ちょっとした秘密話さ」


秘密といわれたことが気に食わないのか、憮然とするなのはを横目にオーフェンとユーノはフェイトが待つ方へ歩き出した。その後をなのはが追ってくる。そしてフェイトが見えてきた時、ユーノがなのはに聞こえないような声量で耳打ちしてくる。


「オーフェンさんの話、信じることにします。その上で一からまた調べてみますから、もうちょっと時間をください」


「ああ。頼む」


フェイトと合流した後何かと聞きたそうにしているなのはを適当にあしらい、オーフェンはその場を離れた。別れ際にユーノが律義にもう一度頭を下げたことには慌てたが、彼の気まじめとも思える態度は好感が持てた。そしてまた少し歩いたところで、シャーリーからの撤収の通信が入り、その日は解散の運びになった。










機動六課本部エントランス前にて、ホテル・アグスタから帰還した機動六課のメンバーは集合していた。


「それじゃ、今日はお疲れ様。これで解散」


『はい!』


「・・・はい」


なのはの解散の声にフォワードの3人が威勢よく返事をする中で、ティアナ一人がぼそりと呟いた。なのはの後ろでそれを見ていたオーフェンは、同じくなのはの後ろでフォワード陣を見ているフェイトへと念話で訊ねた。


『なあ。ティアナのやつどうしたんだ?なんかあったか?』


『うーん。ちょっと・・・・・・』


『?』


引っ掛かる言い方をするフェイト。そちらを見やると、フェイトが一瞬形の良い眉をひそめていたが部下達の手前、すぐに普段の笑顔に戻る。オーフェンはその様子に嫌な予感を感じた。フェイトはティアナの方を見やり、ヴィータへと視線を移す。俯きがちなティアナと特に変わったところはないヴィータへと。


『えっと、実は・・・・・・』


フェイトがティアナのミスショットの件について語り出す。どうやらガジェットの戦闘中に無茶をしたらしい。そしてヴィータに叱責された。それを聞きながらオーフェンはティアナへと目を向けると、自主練習に向かうようで、隊舎とは別の方向へ歩き出しているのが見えた。そんなティアナへスバル達が自主練習に付き合おうと追いかけている。が、ティアナがなにやら呟き、3人を置いて一人で訓練スペースへと向かって行った。その後ろ姿は、どこか儚げに見えた。


『どう思う?オーフェンさん』


『ちょっと思い詰めすぎなんじゃねえの?ミスをした直後だからかもしんねえけど。そういや普段の訓練も他の連中と比べて必死っつーか・・・・・・』


『そう見えます?』


『う~ん。悪い方向に行かなけりゃいいんだけどな』


自分の元弟子を思い出す。一人前になりたいと精一杯背伸びをしていた、頼りなさげな笑みを浮かべる金髪の少年。オーフェンはなんとなく思い出しながら、遠ざかるティアナの後ろ姿と重ねてみる。といっても、それで彼女の何かがわかるわけではなかった。







「あ~疲れた」


星がちらほらと輝く空の下、オーフェンは宿舎へと歩きながらブツブツと毒づいていた。彼の肩は力なく落ち込み、その歩みも足を引きずるようにしている。頭をかきながら夜空を見上げると、無数の星々が川のように連なって輝いていた。地を歩く者たちのことなどには意に返さず、ひたすら夜空を照らす光に八つ当たりとわかっていても苛立ちが募る。


「なーんで今日やらなきゃなんねえんだよ。ちょっとくらい休んだってバチ当たらねえだろうに」


彼は今の今までなのはに捕まっていた。隊長室での会議の後、宿舎へと戻ろうとしていたオーフェンをなのはが捕まえ、オフィスまでそのまま引きずって行ったのだった。そして、愚痴るオーフェンを尻目に今日のフォワード達の陣形、4人それぞれの立ち回り等々のチェック。その問題点と今後の改善点に対する新しい訓練メニューの作成。他にも細かいことをいくつか修正し、やっと解放されたのだった。オーフェンはガジェットとの戦闘に加え、謎の人物との交戦などで相当に疲れていため何度もなのはに抗議したのだが、彼女はオーフェンの皮肉交じりの文句を全て受け流して離さなかった。


「くっそ~。あいついつ休んでんだよ。天人の人形じゃあるまいし」


そんな風に一人ごちてフラフラと宿舎へと向かっていると、照明の光も届かない暗がりから声がかけられた。ギリギリ聞こえるほどの声量で、男の声が聞こえてくる。オーフェンはその声に足を止めた。


「旦那旦那。こっちこっち」


「あん?」


あたりを見回すと、道のそばに植えられている木々の陰からヴァイスが手招きしていた。陰から体を出さないように、手だけを出してこちらを呼んでいる。オーフェンはこそこそとしたヴァイスに怪訝な顔をしながら訊ねる。


「ヴァイスか。なにしてんだ?そんなとこで」


「しっ!あれですよ・・・・・・」


人差し指を口に当てて、首をくいっと動かす。彼の示すその先にはティアナがいた。クロスミラージュを手に一人で訓練している。中に浮かべられているターゲットに素早く正確に銃口を構える訓練のようだ。それを見てオーフェンは眉をひそめる。


「あいつ・・・・・・なにやってんだ?」


「帰って来てからずっとやってるみたいなんですよ。ヘリの整備中に見えましてね」


「あれからずっとかぁ?あいつぶっ倒れるぞ」


「ええ。だから止めようと思ってたんすけどね。で、そんときに旦那が。ちょうどいいから旦那止めて下さいよ。教導担当でしょう?」


「つってもなぁ。ありゃ簡単に止めれそうもないぞ?」


頭をかきながらこっそりティアナを見る。そこには普段の訓練でも見られない鬼気迫るほどに必死の形相を浮かべる彼女がいた。とても簡単に止められるような雰囲気ではない。しかし、このまま無理な訓練を続けさせるとどうなるかは容易に想像できた。しかしヴァイスが止めようとしたところで、ただのヘリのパイロットが何を言ったところで無意味だ。そう思ったからこそヴァイスはオーフェンに声をかけたのだった。


「別にほっといてもいいんじゃねえか?あいつも馬鹿じゃねえんだから、自分の限界ぐらいわかるだろ」


「もう一度あれを見て同じこと言えますかい?」


ヴァイスが視線で示す先には、膝に手をついて息を荒げているティアナの姿があった。どう見ても疲労困憊であるのだがその目は爛々と輝き、まだまだやる気であることを物語っていた。息を整える暇もなく再びターゲットを配置している。それを見て、オーフェンは額に手を当てて呟いた。


「あー・・・・・・はぁ。わかったよ。止めりゃいいんだろ止めりゃ」


「お願いしますぜ」


(俺だって疲れてるってのに)


胸中で誰にも聞こえない声で愚痴りながら、オーフェンは隠れていた木々から体を出しティアナへと掌を向けた。その様子を見ていたヴァイスが疑問の声を上げる。


「旦那?そんなとこからなにを・・・・・・て、ちょっと!」


気付いた時には既に遅かった。ティアナは集中しすぎているためか、ヴァイスの声が聞こえず一心不乱に両手のクロスミラージュを振りまわしている。その後ろ姿を無表情に見つめながら、オーフェンは静かに、だが確かに響く声で呪文を唱えた。構成が解き放たれ、世界を自分の望むように塗り替える。


「我は築く太陽の尖塔」


きゅぼ、という音と小規模の炎が瞬時にティアナを包み込む。かと思ったがそれも一瞬のこと、純白の魔術の炎は燃え上がった時と同じようにすぐに消えた。そしてその場には、ショックで気を失ったティアナが倒れていた。疲労がたまっていたこともあり、かなり威力を絞った魔術でもあっさりと意識を失っていた。それと同時にターゲットにしていた光球が消え、あたりはほのかな街灯の明かりに包まれる。

「ふう」


静寂の中、オーフェンは小さく息をつくと後ろで何故か固まっているヴァイスへと目を向けた。よく見るとふるふると体を震わせている。オーフェンは首をかしげ少し考えると、


「・・・・・・感服?」


「そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




その夜、スバルがティアナを気にかけながら自室にてそわそわしていると、不意にノックの音が部屋に響いた。ティアナであればノックなどしない。では誰だ?と訝しみながらドアへと向かい脇に備え付けられているパネルを見る。小さな画面には、若干焦げたティアナをおぶった目つきの悪い黒づくめの男が映っていた。





















あとがき的




どうも!!お久しぶりです。


なんとか一か月以内に投稿出来ました。このままペースを落とさないようにしたいです。


今回ですが、結構難しかったです。それというのも、この次の展開がアレだからです。まあ、大体の予想は出来ると思いますが・・・・・・・・・

何度も書いては消してを繰り返してこんな感じになりました。たとえばユーノとの件とか、色々とアレで最初は入れる予定とかはなかったんですが思い切って入れちゃいました。


今後についてですが、超難しいですね!!ティアナにはホント困ったものです。
ということで、まだ結構時間かかるかもしれないんで、短いの一個はさんで時間稼ぎをするかも・・・・・・・・・(汗)



とまあ、こんな感じの拙作ですが、ここまで読んでくれて本当にありがとうございます。皆さんのコメントを励みにさせてもらってます。特に、コミクロンの方。衝撃でした!!電流流れました!

以上、これからもよろしくお願いします



[15006] 第十話 夜空の下で
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2010/06/29 22:56
「一緒に頑張るの」


その一言に負け、ティアナの連日の自主練にスバルが参加することとなった。勝手にしろ、とは言ったもののティアナはその一言が嬉しかった。この相棒はいつもそうだ。自分の気持ちをストレートに伝えてくる。いつもならば呆れているところだが、この時はその一言に勇気をもらえた気がした。といっても素直にそれを口に出すことはしなかったが。


「短期間で現状戦力をアップさせたいの」


ティアナは相棒に自分の考えを告げる。ティアナは現状の自分に満足できていなかった。なのはの訓練を受けていても自分が強くなった実感が持てない。しかしスバルやライトニングスの二人は有り余る才能とレアスキルを発揮している。そんな3人とともに訓練を続ける日々で、ティアナは自分一人だけが置いていかれているような、失意にも似た劣等感を抱いていた。だから、


「今できるだけのことをしたいの」


うまくいけばスバルとの連携だけに限らずライトニングスの二人のフォローも出来るようになり、戦力の底上げを狙うものだった。それを聞くスバルはうなずき、にかっと笑った。そして、二人の訓練漬けの毎日が始まった。・・・・・・しかしティアナは気付かなかった。スバルのパートナーであるティアナと共に切磋琢磨したいという思いとともに、黒づくめのあの男からティアナを守りたいと言う隠された意図があることに・・・・・・・・・


(今のままじゃダメなんだ。今のままじゃ)


なのはの教導を受けながら、空き時間にスバルとともに汗を流す日々。


(兄さんに教わった精密射撃だけじゃなくて、もっと選択肢を・・・・・・!)


酷使し続けた体が悲鳴を上げても一日中体を動かし、何度もスバルとのフォーメーションの確認をする。


(そのためには・・・・・・)





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





夜、オーフェンが食堂で夕食を終え一人で食後のお茶を飲んでいると食堂にティアナが顔を出した。彼女は夕食を既に終えていたはずで、キョロキョロと目線を彷徨わせている彼女をなんとなく見る。やがて、こちらへと目が向けられ小走りに近づいてくる。どうやらオーフェンを探していたようだ。


「オーフェンさん。ちょっといいですか?」


「あ?なんだ?」


「折り入って相談が・・・・・・」


「ちょっとロビーまで来てくれませんか?」と言いながらこちらの手を引く。オーフェンは飲みかけだったコップの中身を飲み干し、訝しみながらもぐいぐいと引っ張るティアナについて行った。この時から、オーフェンは嫌な予感を感じていた。




ロビーに着くと、スバルがオーフェンとティアナを待っていた。ソファーに座っていたスバルが立ち上がり軽く会釈してくる。それに軽く手を振って答えてから、オーフェンは疑問に思っていたことを聞いた。


「で?わざわざここまで呼び出してなんなんだ?」


もう勤務時間も過ぎているため、いつもは様々な職員がいきかっているロビーは先程の食堂よりも閑散としていた。それが不信感をあおる。わざわざこの時間に呼び出したということは、


(誰にも聞かれたくないことってか)


スバルと合流し、ティアナがまずは急に呼び出したことに謝罪してくる。オーフェンはそれに軽く肩をすくめた。ペコリと頭を下げた後、ティアナはかしこまったように告げる。


「実は、オーフェンさんにお願いがあるんです」


「私からもお願いします」


横のスバルも珍しく神妙な表情をしている。オーフェンはそれらを見返しながら、唐突に告げた。


「自主練に付き合ってほしいってか」


「えっ?」「なんで!」


あてずっぽうの一言に驚く二人。それを見てオーフェンは嘆息した。


(おいおい。マジかよ)


夜な夜な二人で訓練をしている様子を何度か見ていたことからほぼあてずっぽうだったのだが、悪い予感だけはよく当たる自分の勘に胸中で毒づきながらオーフェンは頭をかく。


「なんでわかったんですか?」


「特に理由はねえよ。ただなんとなくだ」


疑問を素直に告げるスバルとは対照的に、ティアナは苦虫を噛んだような顔をしている。オーフェンはふと、この正反対な二人がなぜコンビを組んでいるのかが気にかかった。機動六課以前の付き合いだそうだが、今まであえて聞くことはなかった。


(ま、今考えることでもないか)


特に深くは考えずにしていると、一度咳払いしてティアナが仕切り直す。


「わかってたのなら話が早いです。オーフェンさんの言う通りで、手伝ってほしいんです」


「言いたいことは幾つかあるんだが、まずは理由を聞こうか?」


頭痛がじわじわと染み出して、オーフェンは眉間を押さえながらティアナに訊ねた。


「今よりもっと強くなりたいんです。だから出来ることは何でもしたいんです」


「私もです」


ティアナの答えにスバルも賛同する。オーフェンは腰に手を当てて、同じ質問を繰り返す。


「だからなんで俺なんだ?お前らの教導官はなのはだろ。あいつに言えよ」


「オーフェンさんだって教導官です」


「それはただの建前だ。俺はなのはのオマケみたいなもんだよ」


「でもなのはさん言ってました。オーフェンさんも立派な六課の教導官だって。・・・・・・真面目なら」


尻すぼみになるスバルだが、ティアナの方は熱心にオーフェンを説き伏せようとしている。ティアナの告げた理由は嘘ではないようだが、この二人の様子を見る限りまだ何か隠していることがあるように見える。それは正式な教導官であるなのはではなく、教導官の補佐でしかないオーフェンにわざわざ頼み込んできた点に理由があるのだろう。オーフェンは二人が聞かれたくはないとは気付いていながらも、無表情に告げた。


「お前達の言いたいことは分かった。要はなのはに知られたくないってんだろ?」


「・・・・・・」「っ!?」


オーフェンの台詞に、二人が黙りこむ。スバルはわかりやすく目を丸くしているが、ティアナは予想していたのか、俯きこそすれスバルほどあからさまではない。そんな二人にさらに続ける。


「なのはに知られたくないってことは、まあ大体想像はつくけどよ。でもそれでいいのか?特にスバルは憧れの人なんだろ?」


「・・・・・・」


「・・・・・・それでも・・・それでも私は強くなりたいんです」


オーフェンの追及にスバルが黙り込むが、ティアナはその沈黙を振り切るように声をあげた。その瞳には決意の色が見て取れる。何が彼女をそこまで駆り立てるのかオーフェンにはわからなかったが、必死に訴えてくる彼女の姿は自分の元弟子に重なって見えた。力を持つことに意味を求めていた少年が脳裏に浮かぶ。あの時自分はなんと言ったのか。が、それでもオーフェンは首を横に振った。


「だめだ。お前らの教導官はなのはだ。そして俺のボスもなのはだ。彼女の教導に逆らうことに協力は出来ねえ。今回のことは黙っててやるからあきらめろ」


きっぱりと断るオーフェンに、しかしティアナは納得がいかずに挑戦的なまなざしを見せる。オーフェンが首を縦に振るまでは梃子でも動かない、といった風だ。オーフェンは嘆息して、げんなりしながらも訊ねた。


「なんで今のままじゃ満足できないんだ?俺が見る限りでもなのはの教導は密度も高いし、お前らの成長にうまく合わせてある。それの何が不満なんだ?」


ティアナに問いかけながらも、オーフェンはなんとなく彼女が焦る理由に気付いていた。


(毎日の訓練の成果が目に見える形で現れないことに焦ってるってとこか)


実はオーフェンはそのことに前から薄々とは気付いていた。なのはの教導、それを学ぶフォワードの4人を見て。なのはの訓練は基礎を徹底的に鍛えるように出来ている。オーフェンも共に訓練メニューを作成することがあるためそれはよくわかっていたし、なのは本人からも聞かされていた。


(それが今になって顕在化した、と)


なのはの教導が基礎固めを優先させるものであるため、まだ応用で新しい技やフォーメーションを教えるといったことはあまりしていなかった。そのためにフォワードの4人、というかティアナは自分の訓練の成果が目に見えて現れないことに焦りを感じているのだろう。自分はあまり強くなってはいないのでは、と。が、オーフェンはティアナにはそれだけではなく他に何かがある様な気がしていた。単純に成果が出ないだけではなく、もっと複雑で今のティアナ自身を形作る根本的な何かが。


(何があるんだ・・・・・・?)


もしなのはの教導に不満があるだけならティアナだけではなく、スバル達にも同じような変化が生じるはずだった。役割別に訓練をしてはいるが、基本的には全員がなのはの教導方針に沿っているのだから。


「・・・・・・・・・・・・」


なにも言わずに見返してくるティアナを静かに待つ。隣のスバルは何か知っているのだろうが、自分が言ってもいいのかどうか迷うように視線を泳がせている。3人が3人とも黙り込み、静寂が訪れる。居心地の悪い沈黙の中、遠く聞こえる波の音だけが虚しく響き、夜の闇に吸いこまれる。


「・・・・・・・・・・・・」


(言う気はないってか)


身動き一つせず黙り込むティアナに、オーフェンはしびれを切らしたようにため息をついた。このまま待っていてもプライドの高い彼女のことだ。おそらく何も話さないだろう。オーフェンは手で顔を覆い頭上を仰いだ。夜風がそっとオーフェンを撫でる。視線を戻すと、オーフェンはこれから自分が言おうとしている一言に陰鬱になりながら吐息と共に告げた。


「はぁ。わかった」


「え?」


虚を突かれたように声を上げたのはスバルだった。オーフェンの言った言葉が理解できないという風にきょとんとする。その隣のティアナは自分の思い通りになったというのに、数秒間は固まっていた。


「だーから、わかったって言ってんだよ」


オーフェンが吐き捨てるように言って、ようやく二人は事態が理解出来たようでスバルは満面の笑顔に、ティアナはそれまでの険しい表情をゆるゆると和らげている。が、向き合って喜びを共有する二人にオーフェンはそっと告げた。まるで喜びに油断する心の隙間に滑り込むように。


「ただし条件がある」


オーフェンの言葉に動きを止め、条件という単語に二人の浮かれていた表情が再び険しくなる。


「その前に、まず俺に鍛えてほしいってことだが具体的にどうしたいんだ?」


「私はもっと自分の選択肢を増やしたんです。だから、オーフェンさんの技を教えてほしいんです。なのはさんに教えてもらっている射撃魔法とは別に、接近戦も出来るようになりたいんです」


(こいつ・・・・・・なのはに逆らうってのか)


ティアナの言っていることはなのはの作ったプランでは満足が出来ないから、自分で新しいプランを作ると言っているようなものだ。現在取り組んでいる射撃魔法の上達ではなく別の戦闘方法。それは機動六課フォワード陣の教導官であるなのはの教導方針に逆らうということだ。


(だから知られたくない・・・と。スバルはその付き添いってことか)


ティアナの答えを聞き、オーフェンは腕を組んで考える。スバルの性格上、ティアナが一人で特訓しているとあってはじっとしていることなどできないはずだ。しかし彼女もティアナのしようとしていることがどういう意味を持つのかということは分かっているはずだ。スバルは常日頃は能天気に見えるが、時に鋭い洞察力を見せる時がある。全て理解した上でティアナに協力しているのだ。


(やっぱやめときゃよかったかな)


オーフェンが早くも後悔し始めていると、ティアナに続いてスバルがおずおずと口を開く。


「えっと、それで条件って言うのは・・・・・・」


「ああ。それな・・・・・・」


(ま、適当に理由つくって辞めさせるってところか)


一旦言葉を切って、オーフェンは今後の算段を考える。


「俺はなのはみてえには出来ねえぞ。死んでも恨むなよ」





なのはがヴァイスから聞いたのは、ティアナ達とオーフェンがなにやら3人で話し合っている。全ては聞こえなかったが会話の断片を近くにいたヴァイスが聞き、それによるとオーフェンに二人が鍛えてほしいと頼み込んでいるということだった。


「ホントなの?ヴァイス君」


「ええ。全部は聞き取れなかったんですが間違いないと思いまさぁ。それで・・・・・・」


「うん。知らせてくれてありがとう」


二人はヴァイスが最後に3人を見かけたロビーへと足早に向かっていた。オフィスで事務処理をしていたなのはの元へヴァイスがやってきて、話を聞いたなのはが案内を頼んだのだった。


「いえ、すんません。ティアナが最近無理してんのは前から知ってたんですが・・・・・・」


以前からティアナのことをそれとなくヴァイスは見守っていたのだが、あえてなのはには伝えていなかった。スバルが加わっても彼女たちなら大丈夫だ、自分がどうこう言う筋合いもないと思っていた。しかし、そこにオーフェンが加わるとなれば話は別だった。新人の自主練の範囲を超えている。


「ううん。ティアナ達をしっかり見てなかった私のせいだよ。ティアナは賢い子だから、私も安心しちゃってたんだ」


「そんな。なのはさんは・・・・・・」


「反省会は後。今は3人のところに行こ」


自嘲気味に笑みを浮かべるなのはにヴァイスが慌てて否定するが、なのははそれを遮りペースを速めた。自然と握っている手に力が入る。その毅然とする彼女の胸の内には言い知れぬ不安が広がっていた。





その後、ロビーについても3人の姿はなかった。時間が時間なためロビーに人気はなく、どうやって3人を捜すか考えて、とりあえず外へ出る。その時、


「オーフェンさん、やめて!!!」


かすかながら、スバルの悲鳴がはっきりと届いた。





ロビーから移動して、芝生の広場にて。


「起きろ。起きなかったらこのまま蹴り飛ばすぞ」


地面に倒れ呻くティアナに、オーフェンは冷淡とさえ思えるほどに冷ややかな声をかける。鳩尾を撃たれた衝撃で立てずにいるティアナへと一歩一歩、あえてゆっくり歩を進める。その単調で無骨な足音はティアナへと向けたカウントダウンにも聞こえた。ティアナはデバイスを持った両手に力を入れるが、銃口の先に輝く短剣サイズの魔力刃はあえなく霧散する。


「ティア!」


「手を出すな!」


相棒へと駆け寄ろうとするスバルがオーフェンの鋭い一言にびくりと足を止める。そちらへと目もくれず、オーフェンはただただティアナを見つめる。視線の先には苦悶の声を漏らすティアナがいる。


「言ったはずだぞ。一対一だと」


「でも!」


「スバル!」


なおも食い下がるスバルに、オーフェンではなく倒れているティアナが叫ぶ。といっても、今だダメージから回復していないのか、絞り出すような声だった。しかしその悲痛な叫びがスバルの体をまるで金縛りのようにその場に縫い付ける。ティアナはスバルへ首を振った。そして既に目の前まで迫って来ているオーフェンを見上げる。


「それだけ回復すりゃ立てんだろ。さっさと立て」


そう言って足を振り上げる。後ろでスバルが息をのむのが気配で感じられたが、それには構わず躊躇なく鉄骨を仕込んである頑強なブーツをティアナめがけて踏み込んだ。


「くぅ・・・・・・!」


立ち上がりはしないものの、ティアナはなんとか身をよじって躱す。空振りしたオーフェンはというと、別段変化はないままティアナへと向き直り、再び足を振り上げる。ティアナはそれを見ながら、なんとか躱そうとするが体が言うことを聞かず、ただ数秒後振り下ろされるであろうブーツの底を他人事のように見上げることしかできなかった。


「オーフェンさん、やめて!」


踏み下ろそうとした瞬間、背後からスバルに飛びつかれ片足という不安定な体勢のオーフェンがスバルもろとも倒れ込む。ティアナの方はただ黙ってこちらを見て、安堵かそれとも別の何かなのか、小さく吐息をついている。オーフェンは倒れたままで覆いかぶさっているスバルを見る。


「いってーな。なにすんだよ」


起き上がろうと手をつくオーフェンに、スバルが顔を怒りで歪めて怒鳴る。


「なに考えてるんですか!いくらなんでもやり過ぎですよ。オーフェンさんのブーツで踏みつけたら怪我じゃすまないじゃないですか!!もしホントに死にでもしたらどうするんですか!」


服を掴み、烈火のごとく怒りながら覆いかぶさったままでスバルが叫ぶ。天真爛漫な彼女がこれほどまでに怒りをあらわにするのをオーフェンは初めて見た。大切な相棒を想うからこその行動だろう。そんなスバルをどけながら、オーフェンは何でもないような、平静な調子で、


「別にどうもせんが」


「は?」


素っ頓狂な声を上げるスバル。その隙に彼女を押しのけ、オーフェンはパパッと服を払いながら立ち上がる。そして未だに放心したように黙っているティアナを見て告げる。


「ほら、もういい加減大丈夫だろ。立てよ」


手を差しのべると、おずおずとその手を掴むティアナを立たせる。同じく立ち上がったスバルが慌てて、


「ちょ、ちょっと待って。どういうことですか」


ティアナではなくスバルが落ち着きを失くしていることに苦笑しながら、オーフェンは先程と同じような声色で、まるで世間話でもしているかのように。


「だから、どうもせんっちっとるんだが」


オーフェンはあっさりと言った。特に何かがあるわけでもなく、こともなにげに。それを聞いたティアナとスバルが絶句する。オーフェンはティアナをじっと見た。その顔には苦痛の色はなく、代わりに信じられないものでも見ているような表情をしていた。無理もない。自分が死んでも構わないと言われて動揺しない者はいないだろう


(そういや、マジクにも同じこと言ったっけ)


あの時は魔術士の天敵であるキムラック教会へと侵入する直前だったが、今は同じ大陸どころか別世界で、およそ差し迫った危険という危険もないただの訓練中だ。それでもマジクへと言ったことと同じことを目の前で怯えた目をしている少女に言うことになろうとは、あの時には想像できただろうか?絶句したままの二人を無視して、オーフェンは呟く。


「どうしようもない。俺の知る限り、死んだ人間が生き返った例なんかないし。まあ、この世界じゃ知らねえが」


それでも沈黙する二人を見て、オーフェンは自問した。自分はそれほどおかしなことを言ったのだろうか、と。そして視線を上げて夜空を見る。明滅する星を見ながら考え込むように腕を組むと、ようやくスバルが困惑しながらも口を開いた。


「えっと、私もそんな例聞いたことないですが・・・・・・」


戸惑いながらもぼやくように答える。その声に視線を下ろして数秒スバルを見つめた後、オーフェンはぽんと手を叩いて言った。


「あ、そうだ。墓とかは心配するな。ちゃんと一緒に死んだ犬の骨とかも埋めといてやっから。あっちこっちへの対策もばっちりだぞ。なんならお前のデバイスを飾ってやってもいい」


「それってお墓じゃないんじゃ・・・・・・」


今まで黙っていたようやくティアナが声を出す。そんなティアナに、オーフェンは正面から向き直ってまっすぐにその目を見つめる。


「ティアナ。お前が言ったんだぞ、実戦形式でってな」


「それはそうですけど・・・でも」


反論するティアナを手で制する。口ごもるティアナを横目で見ながら、スバルに肩越しに問いかける。


「こうも言ってたよな?死んでも恨むなって」


「ええ。聞きましたけど・・・・・・でも本気なんて・・・・・・」


「なあティアナ。戦闘訓練ってつまり何のための訓練だ?」


「それは・・・・・・戦闘のための訓練です」


何の話かよくわからないといった表情で、しかし律義に答えるティアナにうなずきを返し、腕を組む。


「そうだな。じゃあこれも当たり前だが、誰だって殴られればやり返す。俺が魔術を使って誰かに攻撃したとする。当然相手も黙っちゃいないぜ?魔術は強力な武器だ。お前たちの魔法も、個人が持つ戦闘能力としてはまぎれもなく最強のもので、持たない人間にとっては脅威だろう」


一旦言葉を切ってティアナを見やる。未だにこちらの言いたいことが分からず、形の良い眉を歪めている。オーフェンはそれに苦笑しながらさらに続けた。


「それだけに相手は全力で殺しにかかる。これも当たり前だな。お前なら俺の魔術をどうやって無効化する?」


「えっと・・・・・・声を出しさえすれば使えるんですから、殺す・・・・・・殺さないにしても声を出せないほどの深手を負わせる」


突然の質問に考え込みながらなんとか答えてくる。オーフェンはその答えに満足そうに一つ頷く。


「そうだな。声を出せないほどの深手なら死ぬこともあり得るわけだが・・・・・・そしてだ、一回死ねば終わりだ。一回だけでやり直しはない。なら、訓練で死ぬのと実戦で死ぬことに、何の違いがあるんだ?」


「そんな・・・・・・」


ティアナが抗議の声を上げかけるが、すぐに声にならずに黙りこむ。その反応は当然ではあった。普段のなのはの訓練は厳しいながらも安全を第一に考えられている。オーフェンが言っていることは、それとはまったくの逆だった。それを理解していながらも、オーフェンは一息に、


「違いがあるように思えるんだろ?俺だって最初はそう思ってたさ。お前くらいの年の時に実際、半殺しの目に会うまではな。死後の世界なんてあると思うんじゃねぇぞ。ないもんはないんだ。人質とって立てこもった犯人相手に殉職するのも、飛行魔法トチッて頭蓋を骨折するのも、当人にとってどれくらいの違いがあるってんだよ。しかもお前たちの相手はガジェットだ。手加減もくそもない、ただの機械なんだぞ。どのみち、この程度の戦闘訓練で死ぬようなやつが実戦をやらかしたら、それこそ死ぬんだ。確実に」


言葉を紡ぐたびにティアナの瞳が揺れる。それまでは戸惑いに微かに揺れていただけだったが、それ以外の感情に揺り動かされ徐々に大きくなっていく。ただの涙か、何かの感情かはわからないが、瞳の中の輝きは水面に映る月のようだった。スバルはというと、先程までの勢いはなく、黙ってこちらを見ている。しかし、その手は強く握りしめられている。


「少なくともそんな気構えのねえようなやつが実戦形式だの本気だの言ってんじゃねえよ。これだけは言っておくぞ」


ずいっと、オーフェンの剣幕に押されていたティアナへ更に詰め寄りながら、語気を強くする。ふつふつと沸き上がる感情をそのままに、オーフェンはティアナとスバルの両者に向けて声を荒げた。


「愚行ってのはな、いろいろあるが、要するに、取り返しのつかねぇことをするってことだ。帰り道も分からないで前に進むやつを、馬鹿というんだ。生き返らせる方法もないくせに人を殺すか?わかるか?お前がなんでそんなに焦ってるのか俺にはわからねえ。お前にはお前なりの理由があるんだろうが、お前ならこの怖さが少しは分かってるはずだろう?聞いたぞ、ホテルのこと」


ミスショットの件を告げると、ティアナはびくっと体を震わせる。そのままティアナの胸ぐらを掴みあげ、手に力を込める。間近に見えるティアナの顔に浮かんでいるのは怯えだった。しかし、更なるオーフェンの言葉がまるでナイフのようにティアナの心を抉る。


「だけど何ださっきのお前は?毎日の訓練で強くなってる気がしない?それでムキになってミスをして、自暴自棄になって無茶な訓練をして、あまつさえ技を教えろだぁ?甘えるな!そんな奴に教えることなんざねえ!!」


最後には叫ぶようになりながら、オーフェンは突き放すように手を離す。バランスを崩されたティアナは尻もちをつく。オーフェンはそれを見ることもなく、きびすを返すと何も言わずに立ち去った。そんなオーフェンの背中に、ティアナの力ない声が届く。


「でも・・・・・・私は・・・・・・私は・・・・・・」


嗚咽を漏らしながら俯くティアナに、スバルは何もできずにただ見守ることしかできず、おのれの無力を悔やむことしかできなかった。そんな二人をどこからか聞こえてくる波の音が包み、その嘆きをただただ闇の広がる水平線の彼方へと運び去った。






なのはとヴァイスがその場へ駆けつけ目にしたのは、倒れたティアナへと歩を進めるオーフェンと、それを止めようと叫ぶスバルであった。その光景になのはのそれまでの余裕が消し飛び、思わず足を止めて息をのむ。数歩後ろのヴァイスの驚愕の気配を感じる。なのはは立ち止まったまま、自分が目にしているものが信じられずに呆然とする。


(なんで・・・・・・どうして!)


どうしてこうなってるのか、なにがあったのか。訳がわからず頭の中で疑問が生まれ、答えが出ないままにまた新たな疑問に埋め尽くされる。自問を繰り返しながら、ぐらぐらと揺れる視界の中、ともすれば倒れそうになる体をなんとか支える。


「・・・・・・はさん。なのはさん」


ヴァイスの呼び声も聞こえず、オーフェン達を見つめ続ける。我知らず手を握る力が強くなり、3人を止めるという単純なことすら考えられなくなる。と、その時肩を掴まれ無理矢理向きを変えられた。


「なのはさん。しっかりしてください。あいつら止めるんでしょう」


自分の瞳を見つめるヴァイスに肩を揺さぶられ、ようやく意識が定まってくる。


(そうだ・・・・・・あんなこと止めなきゃ!)


小声でヴァイスに礼を言いつつ、顔を上げて向き直る。その頃には、何故かスバルとオーフェンがもつれ合って倒れている。スバルが押し倒したのだろう、ティアナが今だ倒れたままそんな二人を見ていた。その隙に割り込もうとなのはが駆け出した時、不意に制止の声が聞こえてきた。


「待て、なのは!」


鋭く、しかし声量を押さえた囁き声がなのはの足を止める。見回すと、辺りを照らしている明かりの陰に人影を見つけた。目を凝らして見ると、そこにいたのはヴィータだった。


「ヴィータちゃん!」「ヴィータ副隊長」


「ちょっと待て」


木々の陰から、ヴィータが制止の声を上げる。なのは達は戸惑いながらも駆け寄り、ヴィータへと問い詰める。


「なんで止めるの。今すぐ止めなきゃ!」「そうっすよ」


「いいから黙って見てろ」


「でも・・・」


納得がいかないながらも、言われたとおりにオーフェン達を見やる。スバルがオーフェンを押し倒したまま服を掴み、彼女には珍しく声を荒げている。その声は少し距離があるこちらにもはっきりと聞こえてくる。


「死にでもしたらどうするんですか!」


そのスバルの言葉というより、その声に込められた怒りに一瞬ひるんでしまう。ヴァイスも同じようで、普段は温厚な彼女があれほどまで怒りをあらわにすることが信じられないようだった。ヴィータはというと、顔を険しくさせながらも静かに見ている。その様子に、


「ヴィータちゃんはいつから見てるの?」


と問いかける。ヴィータは顎に手を当て、声をひそませながらも答えてくる。


「あいつらがここに来たときからだ。あたしも宿舎に戻る途中だったんだけど、なんか話してるあいつらを見かけてな。気軽に声をかけれる雰囲気でもなかったし、ちょっと見てたんだ。で、オーフェンがあいつらの特訓に付き合うってことになって・・・」


「その時に俺達が来た、と」


「まあそんな感じだな。とにかく今は様子を見るんだ」


「ヴィータちゃん・・・」


不承不承ヴィータに従いながら、しかしいつでも飛び出せるように体を傾ける。再びオーフェン達を見ると、立ちあがったオーフェンがティアナへと手を差し伸べているところだった。少し聞き取りづらいが、なんとか会話が聞こえてくる。


(ティアナ、オーフェンさん)


なのははオーフェン達の話を聞きながら自問していた。何故こんなことになったのだろうと。ティアナが一人で自主練をしていることは知っていた。ホテルでの一件以来、ティアナの様子が変化していることには気づいていたのだが、それでも心のどこかで大丈夫だろうと思っていた。ティアナは焦っているようだったが、毎日の訓練を通して焦る必要はない、じっくりと力をつけていけばいい。無茶をする必要なんてないときちんと伝えられていると思っていた。


(でも・・・・・・)


でも現実はどうだ?ティアナはスバルと訓練をするようになってもそれでは満足できず、ついにはオーフェンまで巻き込んでいる。


「なのは」


「うん」


語気が荒くなるオーフェンを見ながら、ヴィータに頷く。


「あれは私達が言わなきゃだめなことだね・・・・・・」


ティアナの抱えているものを見ずに、彼女ならば問題はないだろうと勝手に思い込んでいた。しかしそれは逆だった。今のティアナは様々なプレッシャーに押しつぶされ自暴自棄になっている。兄の無念を晴らし、執務官になるという夢。そして満足に強くなれない自分。ティアナの事情は知っているはずだったのに。技術を伝えることに気をとられ、心を育てることを失念していた。その結果がホテルでのミスショット、そして今目の前での光景だ。


「オーフェンさんには嫌なことさせちゃったな」


今オーフェンがしていることは、本来ならば自分の役割のはずだった。なのははオーフェン達から目を逸らさないまま、自分の体を抱くように腕を組んだ。寒いわけでもないのに体がかすかに震える。


「・・・・・・甘えるな!」


最後に吐き捨てて、オーフェンがきびすを返し、こちらへと向かってくる。おそらく途中から見ていたことに気が付いているのだろう。まっすぐに迷いなく近づいてくる。


「悪い。後でフォローしといてくれ」


「ああ。わかってる」


「オーフェンさん・・・・・・」


一言だけ言うと、オーフェンは立ち止まらずに歩き去った。なのはが呼びかけても手を上げるだけで、足早に宿舎へと向かう。なのはにはその背中が、何故か寂しげに見えた。黒づくめのその姿が、街灯の明かりも届かない闇の中に溶け込むように消えてゆく。そんなオーフェンを見送っていたなのはに、ヴィータが囁きかける。


「おい。なのは」


「ヴィータちゃん・・・・・・うん」


立ち上がり、二人の元へ促すヴィータを見上げなのはは頷いた。自分も立ち上がり、立ちすくんでいるティアナとスバルへと目を向ける。そんな二人にヴァイスも立ち上がりながら、


「それじゃ、後は頼みますわ。ここはやっぱお二人に任せた方がいいでしょ」


そう言って背を向ける。なのははその背に礼を言うと、ヴィータとともにティアナ達の方に歩き出した。





なのは達と別れた後、オーフェンは一人宿舎へと続く道を歩いていた。その彼は今、猛烈に後悔していた。


「はぁ」


地面を蹴ってやり場のないイラつきをぶつけながら、ため息をつく。偉そうにティアナに説教をしてしまったこと、その後始末をなのは達に任せてしまったこと、その他にも様々なことへの後悔の念が湧きあがってくる。


(くあ~~。やっちまった。こんなもんは俺の役割じゃねえっつーのに)


胸中で毒づきながら、歩く速度を上げる。


(なのは達に任せるべきだったんだよ。初めっから断りゃ良かったんだ。だってそうだろ?あいつが本来の教導官で、上司なんだから)


最初は引きうけておいてから適当に理由をつけて断るつもりだった。が、いつの間にかあんなことになってしまった。オーフェンは頭をかきながらだんだんと近づいてくる宿舎を見る。一刻も早く自室に戻って寝てしまおう。そう考えた時、不意に声がかけられた。


「災難だったな」


見やると、宿舎の入口にシグナムが立っていた。背中を壁に預け、腕を組んでいる。


「どいつもこいつも。この部隊は全員覗き趣味でもあんのか?」


げんなりしながら目を向ける。シグナムはこちらの皮肉に苦笑しながら、壁から離れて歩み寄ってくる。


「さあな。ただ、お節介が多いことは確かだな」


「へーへー。そいつぁご苦労なこって」


適当にうめきながら、シグナムの隣を通り過ぎようとする。さっさと自室のベッドにもぐりこんでしまいたかった。が、シグナムの一言がそれを止める。


「なにを言う。お前もその一人だろう?」


「あん?」


「とぼけるな。ティアナに言ったことだ」


「さてね。なんて言ったかなんてもう覚えてねえよ」


ひらひらと手を振って誤魔化す。しかしシグナムはとりあわず、含みを持たせた視線を投げてくる。オーフェンは嘆息しながら、宿舎の中へと向けていた体をシグナムへと向ける。


「嘘をつくな。あれはティアナのためを想って言ったんだろう?このままなら暴走して自滅さえしかねないティアナを止めるために。やり方は褒められるようなものではないがな」


「・・・・・・そうかい」


腕を組んだまま、確信をもった口調で告げるシグナムに憮然とした声を返す。


「お前にもあったのか?」


「はあ?」


唐突な物言いに、訳がわからず聞き返す。


「お前にもティアナのように自暴自棄になりかけていたことがあるのかと聞いている」


「なんだよいきなり」


急に話題を変えたシグナムは冗談を言っている風でもなく、まっすぐにオーフェンの瞳を見つめている。それにぶっきらぼうに返事をしながらも、冷や汗が一筋頬を伝った。


「いやなに。あの時の様子がな、以前に似たようなことを経験でもしているような感じだったからな。なんとなく、お前らしくないように見えた。ティアナを見て何か思い出したんじゃないか?」


(なんだってんだよ)


声には出さずに呟きながら、オーフェンは目つきが悪くなるのをそのままに、胡散臭そうにシグナムを見る。


「俺らしくないだあ?」


「ああ。いつものお前ならはぐらかして最初から断ることもできただろう?それにあんな説教をするようにも見えないしな」


「別にそんなもんじゃねーよ。つーか、俺の事なんぞ聞いてどうすんだよ」


「別にどうもせん。さっきのを聞いて、お前の過去に一体何があったのか気になっただけだ。お前はあまり自分のことを話さないからな」


「はあ」


わざと相手に見せつけるように大きくため息をつく。興味ない風を装ってはいるが、何か話さない限りシグナムは動かないだろう。手を腰に当てて、じっとこちらを見据えている。胸中で頑固者め、と毒づきながらオーフェンはうめいた。


「ったく。この部隊、ホントにお節介が多いな」


「ふっ・・・・・・まったくだ」


やれやれというふうにかぶりを振ると、シグナムは微かに笑みを浮かべた。それをうらみがましく見やると、オーフェンはゆっくりと告げた。


「決めたんだよ」


「なにをだ?」


「一人で突っ走るような馬鹿は許すつもりはないってことをさ。非凡な才能や希有な能力があったとしても、特別なものなんて誰にもない。たった一人のありふれた個人にすぎない。そしてそれで出来るだけのことをすればいいんだ」


そして一旦言葉を切る。なにも言わずにこちらを見つめているシグナムを見返す。オーフェンの脳裏に、幾つもの顔が浮かんでは消えていった。自分こそが超人だと信じて死に急いだ者達の顔が。そして最後にティアナの怯えた顔。それを思い出し、オーフェンは告げた。平静に、しかし揺るぎない決意を感じさせる声で。


「だけどそれを勘違いした輩が死に急いで行く。俺はもうそんなものを絶対に許さない」


「ティアナがそう見えたと?」


「別にそこまでなんて言わねえけどな。ホテルでのこともあるし、あいつを見てたらつい、な」


「そうか」


得心がいったという風にうなずくシグナムに、今度こそ最後と手を振ってオーフェンは宿舎の奥へと歩いて行った。今度は止められはしなかった。












あとがき的



お久しぶりです。

めでたく今回も無事投稿出来ました。これも皆さんのコメントに励まされたおかげです。


さて、今回の内容ですけど自分的に難関TOP3のティアナ暴走編です。
今回については皆さんのコメントにもあったんですけど、いろいろパターンがあって同時進行でやって、しっくりきたものをチョイスしました。魔王VS魔王、魔王による撃墜後に魔王が励ます等々・・・・・・


で、今回のですけど実は前々から考えてあったやつでやっぱこれだろっと。キムラック前のシーンがかなり好きだったのでどこかで使いたいとは思ってたんです。


で、ストーリー的には微妙に?原作を修正しました。それであの後なのはとヴィータが打ちひしがれた二人とお話合い。これは原作通り(ヴィータとスバルは別)と思ってください。


で、これを読んでくださった皆さんは色々と思うところがあると思いますので、ご意見などありましたらなんでもコメントください。


ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

前回のコメントで「オーフェンらしい」というのがあってすげー嬉しかったです。





ティアナがガキっぽくなってしまった。



[15006] 第十一話 目が覚めて
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2010/07/25 23:13
閉じたはずの瞼の間から、純白の光が差し込んでくる。その光は強烈で、しかし同時に包み込まれるように暖かくもありティアナは意識が完全に覚醒しない、まどろみの中にいるような中途半端でけれど心地よい感触を味わっていた。陽だまりの中のように、ウトウトと夢うつつの状態を堪能する。だが習慣として彼女の体に染みついたプロセスが条件反射並みの速度でもってゆらゆらと揺れるティアナの脳みそをはたき倒した。


「わぁぁぁぁぁ。すみませんオーフェンさん!!全然寝坊とかしていないんで、まだ眠いな~とかオーフェンさんこそいつも寝坊してるくせに私達が少しでも遅刻したら熱衝撃波無差別に撃ってくるって反則じゃないとか思ってませんからーーー!!」


タオルケットを跳ね飛ばし、ガバッと身を起こす。以前の遅刻寸前に起こった惨劇以来、ティアナはほぼ毎朝半ば強制的に目を覚ましていた。一瞬後にはベッドから飛び出し、身支度を整える。髪を梳かしながら、そういえばいつも自分よりも早起きのはずの相棒の姿がないことに遅まきながら気がつく。


「?」


ベッドを見ても姿はない。そのことになんとなく違和感を感じ、なにか大切なことを見逃している気さえする。


「ティアー、起きてる?」


ティアナが首をかしげていると、スバルが部屋のドアを開け小声でささやきながらそろそろと入って来た。そちらへと視線を向けて、ティアナは眉をひそめた。スバルはドアからちょうど入ってきたところだ。それはいい。だが、その恰好が奇妙だった。スバルの身なりが完全に整っている。管理局員の制服。それ自体は奇妙でも何でもないのだが、寝起きの良いスバルでもそれは整い過ぎている。髪型も、服装もなにもかも揃っている。まるで起きて既にかなりの時間が経っているかのように。


(時間?)


そういえば起きてから時計を見てはいなかった。黙ったままのこちらに困惑するスバルを横目に、脇に置いてある時計を見る。


「・・・・・・・・・はぁぁぁ!?」


その時計が差していた時刻は一般的には正午をとっくに過ぎている時間だった。いきなりのことに素っ頓狂な声を上げ、スバルを改めて見る。こちらを心配そうに見つめる相棒へと歩み寄り肩を掴んだ。入ってきた時から黙ったままの相棒を睨みつけるようにして、ティアナは口を開いた。


「どういうわけ?」


「へ?」


シンプルすぎるティアナの物言いにわけがわからずスバルが目を丸くする。どうやら呆気にとられているように見えた。


「だから、なんで私こんな時間まで寝てんのよ」


時計の針の指し示した時刻を信じる限り、遅刻なんてものではない。ティアナはタチの悪い冗談であってほしいと思いながら、自身の冷静な部分がそれを否定するのを無視した。そんなティアナにスバルがおずおずと呟く。


「ティア、覚えてないの?」


「なにをよ」


「昨日のこと」


(昨日?)


言われて、天井を仰いで思い出す。昨日の出来事を。


(確かいつも通り訓練をして、他の時間に自主練・・・・・・)


特におかしなことはない。いつも通りだ。あえて違いを挙げるとすれば、スバルと二人で自主練を始めたことくらいか・・・・・・・・・


(ん?)


そこまで思い出したところで、起きて最初に感じた違和感を再び感じる。何かを見落としている。自分は何を忘れている?


「・・・・・・・・・あっ」


目を閉じる。瞼の裏側の暗闇を見つめながら昨夜のことを思い出す。今見ているのっぺりとした黒から、大小様々な輝きに彩られた夜空が浮かび上がる。そして自分は今にも落ちて来そうな星の下で、代わりに涙を落していた。その夜の出来事が、光の速度でもってティアナの脳裏を駆け巡る。


(そうだ。あの時、オーフェンさんやなのはさん達に・・・・・・)


「思い出した?」


小さく声を上げたティアナを覗き込むようにして、スバルがそっと声をかける。それに小さく、ティアナ自身ですらわからないほどに小さく頷く。既にスバルの肩を掴んでいた手は力なく下ろされている。


「ティア、あの後から今までずっと寝てたんだよ。シャマル先生は今までの疲労が原因だって言ってたけど・・・」


言いながら、黙ったままのこちらの顔色を確かめるように顔を近づけてくる。ティアナは一歩離れると、軽く手を振る。


「だ、大丈夫よ。そんなに心配しないで。それよりあんたこそどうなのよ、なんであんたそんなにシャキっとしてんのよ」


不思議そうにするスバルに、つい早口になって告げる。


「私?私は丈夫だもん。てゆーか、ティアが無理しすぎてたんだよ。眠ったまま死んじゃってるのかと思ったもん」


ずっと目が覚めなかったんだよ、と呟き胸に手を当てて深呼吸する。会話からこちらの意識がはっきりしていることを確認して安心したんだろう。


「私、そんなに寝てたの?」


「うん。だってずっと徹夜で訓練してて、オーフェンさんに打たれて、なのはさんに号泣し・・・・・・むがもご」


「それ以上は言わなくていい!!」


無理矢理スバルの口を抑える。スバルに言われると何故だか余計に恥ずかしくなる。顔が熱くなってきた。鏡を見れば顔が赤くなっているのが見えるだろう。そんなことを考えていると、急にスバルが大人しくなる。と思ったら、次はフルフルと震え始める。いきなりのことに面喰っていると、


「ふふ、えへへへへへへへへ」


振るんだ手の間から、笑い声が聞こえてくる。肩もそれに合わせて微かに震えている。ティアナの知る限り、相棒のこの笑い方は嬉しくてしょうがない時の笑いだ。ティアナは眉を持ちあげ、訝しみながら訊ねる。だが、その理由は聞かずともわかっている気がした。


「なに笑ってんのよ」


「だって、ようやくティアらしさが見れたから」


「私らしさ?」


手を離し、数歩離れてスバルを見る。嬉しそうに口元を歪め、拳を打ち合わせる。


「そーだよ。最近のティアはなんか思いつめてばっかりで、一緒に訓練するようになってからは良くなったと思ったけど、それでもなんかいつもと違う感じだったし・・・・・・」


もごもごと口ごもりながら、自分でも何が言いたいのかまとまっていないのか曖昧な表現が続く。


「それで昨日からずっと寝たままで目を覚まさないし、胸を触っても何の反応もないし・・・痛!?」


「あんた人が寝てる間に何してんのよ!」


「え、えへへへへ。今のも私の知ってるティアだ。やっといつものティアに戻った」


はたいた頭を押さえながらも嬉しそうに告げるスバルに、ティアナは呆れたように嘆息し腰に手を当てて呟いた。


「まったく、そういうあんたはいつでもどこでも変わらないわね」


「あははははははは」


「ふふ」


窓から覗く太陽のように満面の笑顔で笑うスバルに、その光に照らされ淡く輝く月のように小さく、しかし確かにティアナも笑うのだった。





時刻は少しさかのぼり、正午を少し回った頃。オーフェンは遅めの昼食を摂っていた。その周りには人影がなく、独りでもそもそと食べている。今日はティアナのこともあり、フォワードの教導は中止となっていた。そんなわけで、オーフェンは未だに慣れない(誰かに押しつけているから)書類仕事をしぶしぶ進めていた(結局リインに押しつけたが)。そして大体の仕事を片付けて(片付けさせて)の昼休み。


「ふぅ。暇だな」


小さく息をつきながら、オーフェンはカップに口をつける。味気のないただの水。無色透明で、その水面には目のつり上がった男の顔が浮かんでいる。オーフェンはなんとなくその顔を見つめてみるが、もう一人の自分は何も答えを言わずにこちらを見つめ返している。突っついて水面を揺らしてもニコリともしない。


(ったく。つまんねえ顔してんじゃねえよ)


舌打ちし、カップに残る水を一気に飲み干す。置いたカップの縁を指でなぞり、再び嘆息する。そんな時、入口の方から複数の足音が近づいてくる。そちらを見やると、なのはとフェイトであった。オーフェンの姿を見ると、すたすたと近づいてくる。


「オーフェンさん。今何してるんです?」


「見りゃわかんだろ。休憩中だ」


「休憩って・・・・・・忙しかったの?」


首をかしげながらフェイトが訊ねてくる。それにオーフェンは一つ頷くと、


「うむ。かなりの量の書類が溜まっててな。まさに忙殺ってやつだ」


「あれ?でもリインが・・・・・・」


「そうだ二人とも!こんな時間にどうしたんだ?もう時間は過ぎてるだろ」


何かを言いかけたフェイトを遮って早口にまくし立てる。そのおかげか、フェイトは眉を一瞬ひそませた後に律義にオーフェンの質問に答えてくる。


「オーフェンさんを探してたんですよ」


「俺を?」


予想外の返答に面喰う。どう反応するか迷っていると、なのはが一歩前に進み出る。そちらへと視線を向けるとなのはが口を開く。


「実はオーフェンさんとお話したいことがあって」


「何のだ?」


「昨日のことで・・・・・・」


少し言い淀んでいるが、残りは言わずとも知れた。オーフェンはちらと周りを見回す。昼食の時間は少しずれているとはいえ、まだ人もまばらだ。オーフェンは自然と声を小さくしながら囁いた。


「今ここでか?」


「いえ、私のオフィスにでも」


「フェイトもか?」


「残念だけど、私はこれから仕事があるから」


残念そうにして表情を曇らせる。昨日の顛末を聞いてはいるのだろう。ライトニング分隊の隊長として、機動六課の仲間としてフェイトもフェイトなりに思うところがあるのだろう。オーフェンはフェイトへと小さく頷くと立ち上がり、もう一度カップに水を注ぎ一息に飲み干した。そしてなのはへと向き直ると、


「そうか。じゃ、なのは。行くか」





場所は変わってなのはのオフィス。食堂からここに来るまでの途中でフェイトと別れ、なのはと二人で特に何を話すわけでもなく黙ったまま辿り着く。


「えっと、オーフェンさん。わざわざありがとうございます」


軽く目を伏せ、律義に礼を言うなのはに苦笑しながら手を振る。


「いいさ。ちょうど暇だったんだ」


そしてなのはに促されるまま手近にある椅子に座る。なのはも同じくデスクから椅子を引っ張り出して腰を下ろす。軽く息をつき、微かに天井を仰ぐ。なにから話すべきか整理しているのだろう。果たして、数秒後に思いきった表情でなのはが告げた。


「唐突なんですけど、オーフェンさん。私の教導って、間違ってたんでしょうか」


「意味がわからないんだが」


いきなりのことに反射的に聞き返してしまう。対するなのはは、そうですねと呟いてから言い直した。


「昨日のティアナなんですけど、私の教導が間違ってたからあんな風に焦ってやんちゃしちゃったのかなって思って・・・・・・こんなこと私が言っちゃいけないことなんでしょうけど」


「ふーーむ」


顎に手を当てて、オーフェンは考え込むしぐさをする。なのははそんなオーフェンをじっと見つめて黙っている。それを横目で見ながら、なんとなくオーフェンはあたりを見回した。オフィスは彼女の性格を表しているかのように整理されており、かといって殺風景なのではなく観葉植物などの彩りもあった。だからといって彼女の何かがわかるわけではないが、少し間を持たせたかった。


(間違っている、か)


昨日の一件のことで教導官としての自分に疑問を持ったのだろう。オーフェンは自分が立ち去った後に何があったのかは知らないが、大体の見当はついていた。彼女の性格からして、ヴィータとともに『お話』でもしたのだろう。それを確かめるという意図も含めてオーフェンは訊ねる。


「どうしてそんなことを?」


「えっと・・・昨日、というか最近のティアナなんですけど、あれほど追い詰められてたのってやっぱり私の教導が間違ってたからじゃないかって。昨日ティアナとお話ししたんですけど、私今回みたいに長期の教導って初めてでただ技術を教えるんじゃなくて、皆の心も一緒に成長させてあげないといけないんだって気付いて」


「ふーん。で?」


「え?」


オーフェンとしては続きを促しただけなのだが、なのはは虚を突かれたように動きを止めた。それに苦笑して、オーフェンは言った。


「だから、それに気付いてお前はどう思ったんだ?今までの自分が間違っていたと?」


その言葉になのははわずかに俯いた。恐らく自分でも答えが見つかっていないのだろう。ティアナとの話し合いを終えて新たに気付いたことで今までの、そしてこれからの自分の教導方針に迷いが生じた。しかし教導官であるなのはがその疑問を持つことはある種の禁忌であった。その疑問はこれまでの訓練を否定することにもなりかねないからだ。なのは自身もそのことに気付いているのだろう。だからオーフェンの問いに即答できずにいる。


(そういや、こんな彼女を見るのは初めてだな)


フォワードの前では常に毅然とした態度を取っている彼女が肩を落としている姿は、オーフェンには年相応な姿にも見えた。疲れ知らずな彼女も、人目のない場所ではこのようにうなだれている時があるのだろうか?


(ま、実際そうだよな。チャイルドマンじゃあるまいし、こんな時もあるよな)


頬をかきながらそんなことを思考していると、なのはが不意に顔を上げた。


「正直、わからないんです。今まで私なりにフォワードの皆に伝えられることは全部伝えてきたつもりなんですけど・・・・・・でも・・・・・・」


なのはの沈痛な呟きも、言葉にならずしぼんでゆく。しかしその先は口にせずとも知れた。ティアナには伝えることが出来なかった、とかなんとかだろう。


「オーフェンさん。私間違ってますか?」


肩を落としたまま、上目づかいにこちらを見上げてくる。オーフェンはそれを見返し、あっけらかんと告げた。


「さてね。知らね」


「え?」


きょとんとするなのはを見て、オーフェンは両手を広げまるで手品のタネをひけらかすようにして続ける。


「そんなもん俺には分からねえよ。俺から見りゃお前は十分良くやってると思う。フォワードの連中が力をつけていってるのもあいつらの相手してりゃ感じるしな。大体、何が正解で間違いなのかなんて、そんな簡単にわかるもんじゃないだろ?」


「それは、そうですけど・・・・・・」


「俺からすりゃ、お前も良い教師だと思うけどな。少なくとも俺の先生や知ってるやつらよりはよっぽどましだ」


「・・・・・・でも」


反論しかけたなのはを手で制し、オーフェンはさらに続ける。


「お前もティアナも真面目すぎんだよ。もっと力抜いていいと思うぜ? 」


「手を抜くわけにはいきませんよ!」


(こいつも大概堅物だよなぁ)


軽い調子のオーフェンになのはが非難の目を向ける。そんななのはにオーフェンは嘆息すると、呆れの色が混ざった声で、


「だーかーら、それが真面目すぎって言ってんだよ。それに別に手を抜けって言ってるわけじゃねえよ」


「じゃあ、どういう意味ですか?」


「要はお前もあいつも優秀すぎるんだよ。向上心の強い弟子に、師匠はかの有名な無敵のエースと来た。なまじ師匠が優秀すぎると生徒はコンプレックスをもつことがあるんだよ。それもいい方向にいけばいいんだが、ティアナの場合は悪い方だったみたいだな。実は俺も似たような経験があるし少しは分かる」


「コンプレックス・・・・・・ですか?」


首を傾げるなのはを見る。オーフェンの言葉を自分の中で消化しようとしているのか、そのまま黙ってしまった。そんななのはにオーフェンは邪魔にならないように声のトーンを落とした。


「俺の先生もな、大陸で最強と言われた術者で全てにおいて完璧だった。あの頃の俺達生徒は先生を理想型として作り上げて、誰もが先生を越えられない壁として見ていた。そうして、自分の限界を勝手に決めちまってたんだ」


なのはは考え込みながらも、興味がありそうにこちらの話を聞いている。


「ティアナも私をそんな風に見ているんでしょうか?」


形の良い眉をひそませながら、心細そうに訊ねてくる彼女にオーフェンは笑いかけた。


「さあな。とにかく今度はそういうことも話してみろよ。昨日はちゃんとティアナと話せたんだろ?」


「お前らいつも肩に力入りすぎなんだよ」となのはの肩をぽん、と叩く。なのはは「わっ」と驚きの声を上げて、叩かれた自分の肩を見る。


「そっか・・・・・・そうですよね」


自分に言い聞かせるように呟く彼女に、オーフェンは小さく息を吐く。先程までは沈んだ空気を纏っていたが今では普段通りに笑みを浮かべている。オーフェンの目をまっすぐに見返し頷いた。


「わかりました。ありがとうごさいますオーフェンさん。ちょっと気が楽になりました」


「別に俺は大したことしてねえよ」


そう言ってオーフェンはきびすを返し、オフィスを後にしようとした。が、その手をガッチリと掴まれる。何となく嫌な予感がしながらオーフェンが振り返ると、なのはがやる気に満ちた顔でオーフェンを見つめていた。


「えーっと、なのは。一応聞くが、この手は何だ?」


目線で掴まれたままの手を示す。なのはは満面の笑みを浮かべて嬉しそうに告げる。


「実は私がオーフェンさんを探してた理由なんですけど、他にもう一つあったんです」


「うん?」


なのはの意図がわからずに聞き返す。なんとなく、なのはの笑みが不気味に見えてくることにオーフェンは背筋にヒヤリとした感触を覚えた。


「実は最近リインやはやてちゃんに相談されたんです。オーフェンさんが書類仕事をサボってる。ちゃんと注意しようとしてもすぐ逃げるって」


「ほほう」


「でも私は違うって言ったんですよ。オーフェンさんはちゃんとお仕事してる、押し付けてるように見えるのはオーフェンさんがそういう性格だからだって。最近はちょっと忙しくて様子を見る機会がないですけど、それでも私信じてます」


こちらの瞳をまっすぐに射抜く彼女の視線に目を逸らしつつ、オーフェンは掴まれたままの手を軽く引っ張る。しかしなのはの握力は一向に緩まなず、逆に強くなる。逃がす気はさらさらないようだ。


「それにもしお仕事が遅れてるのならそれはサボっているってわけじゃなくて、別の理由があって出来ないだけだと思うんですよ。こっちの世界に来て結構時間が経ったとしても、やっぱりまだ慣れてないこともあるのかなって」


「お、おい?」


どんどん一人で続けるなのはになんとなく声量を落として問いかけるが、それを無視してなのはは止まらない。オーフェンは自分の頬が引きつるのをはっきりと感じた。


「オーフェンさんってこの後特に予定はないですよね。今日の教導はお休みにしましたし、特に出動もないですから」


「ああ。それがど・・・・・・」


「じゃあオーフェンさん。これからの時間私にくれませんか。私も今日はスケジュールに余裕がありますから、この機会に私が改めて色々とわからないことを教えてあげますよ」


「はあ?」


突然の申し出に思わず悲鳴じみた声を上げる。


(こいつ、今何て言った?)


いつの間にかなのはは立ち上がっている。どうやら数秒の間思考が止まっていたらしい。なのははそんなこちらの様子をどこ吹く風、一人でさっさとオフィスの端末を操作している。もちろんオーフェンの手を掴んだままで。


「とりあえずオーフェンさんが苦手な報告書とかの書類関係から始めましょうか。それならここでも出来ますから」


「ちょ、ちょっと待てぃ!」


ここでようやくオーフェンが手を振り回してなのはの手を振りはらう。そしてなのはに詰め寄りつつ、


「別に俺は悩んでるわけじゃないし、不自由もしていない」


「じゃあなんでお仕事しないんですか?もしかして、本当にサボってるんじゃ・・・」


だんだんと低くなるなのはの声に、オーフェンは知らず一歩後ずさる。それとなく観察すると、いつも爛々と輝く瞳から光が失われている気がする。纏っている雰囲気がどんよりとしているというか、とにかく恐怖をあおる。


「い、いやいやいや。別にそういう意味で言ったわけじゃないんだ」


「じゃあやっぱり私の言った通りだったんですね」


パン、と手を叩き何故か楽しそうに笑みを浮かべる。同時にどす黒いオーラは消え去り、オーフェンは胸をなでおろした。が、それで問題が解決したわけではない。


「え?えーーっと、どうだろうな」


「どうだろうなって、オーフェンさんのことじゃないですか」


「うーん。いや、なんつーかわかるだろ。そこらへんがそこはかとなくそれっぽい感じなんだよ」


「意味わかりませんよ。とにかく、今からお勉強の時間です!!」


オーフェンを黙らせるように声を張り上げ、なのはは腕まくりの仕草をして(ふりだけだが)拳を掲げたのだった。






なのはに解放された後、オーフェンは夕食前に自室に戻ろうと廊下を歩いていた。窓から見る風景は、既に夕日によって赤く染まりつつある。これから部屋に戻り、一休みすればちょうど夕食の時間に間に合うはずだ。そんなことを考えながら、オーフェンは玄関ロビーへと辿り着く。そこでオーフェンの視界の端にオレンジとブルーの色が映る。


「あ、オーフェンさん」


「あん?」


ロビーのソファーに腰掛けていたのはティアナとスバルだった。スバルが手を振ってこちらを呼んでいる。ティアナはと言うと、なにやら神妙な表情をしている。オーフェンはけだるそうにしながらもそちらへと足を向けた。


「ようスバル。ティアナは・・・大丈夫だったか?」


「え?」


「いや、昨日だよ。ちょっとやり過ぎちまったからな。すまない」


軽く目を伏せる。そんなオーフェンにティアナはあたふたを手を振り、立ち上がりながら早口で言う。その横でスバルも立ち上がって慌てている。


「ま、待って下さい。謝るのはこっちなんですから、オーフェンさんに先に言われたら私の立つ瀬がないじゃないですか」


「そうか・・・・・・そう言われると助かる」


「いえ、本当に。昨日はすみませんでした」


二人が同時に頭を下げる。ティアナに遅れてスバルも謝罪の言葉を告げる。オーフェンは腰に手を当て、軽く息をつく。


「やめろって。こんなとこで頭下げんなよ」


夕食前とはいえまだ職員の姿もある。決まりが悪そうにオーフェンがこめかみを押さえると、ティアナ達の向かいのソファーへと腰を下ろした。


「ほら、座れよ」


オーフェンが促すと二人とも黙って座る。そうすると、なぜか会話が途切れ沈黙してしまう。昨日のこともあり、気まずい雰囲気が3人を包む。オーフェンはこめかみ辺りをバンダナの上からぐりぐりとこすると、耐えかねたように口を開いた。


「なあ、お前らってさ。いつから組んでんだ?」


「へ?」「え?」


オーフェンの問いに二人が不意を突かれたようにきょとんとする。オーフェンとしてはそこまで唐突なことを言ったつもりはないのだが、スバルとティアナは予想外だったようだ。


「だから、いつ知り合ったんだ?」


「そ、それは・・・・・・」


おずおずと言った風にティアナが話しだす。オーフェンはそれに相づちを打ちながら、彼女達の過去について静かに耳を傾けた。





二人の話が終わり、再び沈黙が訪れる。オーフェンとしては二人の出会いから今までの話を聞き、なんとなくこの対照的な二人が組んで今まで続いている理由がわかった気がした。


「ふーん。なるほどなー」


軽く頷いて、ソファー背もたれに体重を預け、そのまま天井を見る。そのまま黙っていると、ティアナがこちらの反応を気にしながら訊ねてくるのが視線を向けずとも気配で知れた。


「あ、あの・・・・・・オーフェンさん」


「あんだ?」


姿勢を崩さないまま、声だけで続きを促す。


「その、昨日のことは何も聞かないんですか?」


こちらの表情が見えないことが不安なのか、声がかすかに震えている。オーフェンは天井の照明に目を細めながら呟いた。


「聞けば答えんのか?」


「え?」


虚を突かれたティアナに、オーフェンは背もたれから離れ、膝に肘を置き手を組む。


「昨日のことは、まあお前も色々あったんだろ。言いたくねえなら聞く気はねえよ」


「オーフェンさん・・・」


スバルがほっと息をつく。スバルもスバルなりに緊張していたのだろう。オーフェンはそれを横目で見ながら、小さく、自分にしか聞こえないほどの声で呟いた。


「俺も人のこと言えねえしな」


「え?」


ティアナとスバルが聞き返す。が、オーフェンは言い直すことはなく、無言で立ち上がった。スバルの頭をポンポンと叩き、そのまま立ち去ろうとする。しかしティアナが呼び止めた。


「あ、待って下さい」


「ん?」


肩越しに振り替える。ティアナは立ち上がりこちらを見つめている。


「あの・・・・・・昨日のことですけど、あの後私隊長と話したんです。最初はオーフェンさんの言っていたことの意味がわかりませんでした。でも隊長と話して、全部ではないにしろオーフェンさんの言いたかったことは理解出来たつもりです」


思いつめたように語るティアナにオーフェンは何を言うわけでもなく、ただじっとティアナの言葉を待っていた。ティアナは一歩踏み出してオーフェンの目をまっすぐに見つめる。その瞳には昨晩のような揺らぎはなく、確かな決意の光を宿していた。


「さっきオーフェンさんは謝ってくれましたけど、本当に謝るのは私の方です。それと、これからもよろしくお願いします!!」


「うん?」


オーフェンは訳がわからずに首をかしげる。


「私、今までは焦ってばかりでしたけどもうやめました。でも、上を目指したい気持ちは今まで以上ってことです!」


もったいぶった言い方にしばし考え込むが、ハッと顔を上げてオーフェンはティアナへと胡散臭そうな目を向けた。


「お前・・・・・・ホントにわかってんのか?」


「はい!!」


「?」


オーフェンの懐疑的な声に、力強く答えるティアナ。そしてその二人を見ながら一人混乱中のスバル。それはいつもとは少し違う、けれど紛れもなく機動六課の日常風景だった。












あとがき的



お久しぶりです。

なんとか頑張って今月中に投稿出来ました。急いだせいで所々やっつけみたいになってないか心配な感じです。 なのはとのシーンはちょっとやりすぎたかなって気がします(汗)

とまあ、ここでティアナ編は終了です。長かったな~~~。難しかった~~。




以下、感想板についていくつか



キリランシェロとの絡みは考えてはいたんでいたんですけど、ちょっと難しいので今はまだ・・・・・・。いつかはやってみたいんですけど

階級については、私の勉強不足です。申し訳ありません。そういえば失念してました。でも今更変更できないので、このままで進めさせていただきますのでご了承ください。

オーフェンのせいでマジクが暴走したってことですけど、ティアナの場合は暴走済み(ホテルで)ということで考えています。


その他感想についても参考にさせてもらってますので、よろしくお願いします。




次回は番外とかにするつもりです。サウンドステージっていうのがあるらしくて、内容は未確認ですけどそっちを利用できないかと検討中です。
多分来月までには投稿します。

今回も、ここまで読んでいただいてありがとうございました。



[15006] 地球編  正直付き合い切れねえぜ!! 前編
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2010/09/11 01:03
「ふーーん。ここが地球か」


転送ポートから姿を現したのは全身黒づくめの男だった。着ている服も上下ともに黒、髪も黒の黒づくし。年齢は20前後だろうか。中肉中背で、特に変哲のない成人男性だ。が、これまた黒い双眸は見る者をやや威圧するように尖っている。その男の胸にぶら下がっているのは剣に絡みつく一本足のドラゴンの銀のペンダント。彼、オーフェンは物珍しそうに辺り一帯を見回し、先に到着している同僚たちに声をかけた。


「なあ、ここってお前たちの故郷なんだろ?」


その声に振り返ったのは二人の女性だ。それぞれがまだ幼さが残っているものの、見る者を魅了する美しい顔立ちをしている。年齢はオーフェンと近く見える。その内の一人がオーフェンに答える。


「そうですよ。私とはやてちゃんはこの世界で生まれ育ったんです」


そう告げたのは高町なのは。茶色のロングの髪をサイドで一つにまとめて時空管理局の制服を着ている、オーフェンと大して歳の変わらない若い女性だ。常に優しげな微笑みを絶やさない彼女だが、久しぶりの帰郷が嬉しいのだろう。大きく息を吸い込みいつにも増して笑みを浮かべている。傍にいる者を癒すようなゆったりとした雰囲気を纏う彼女だが、その実、彼女の所属する時空管理局では知らぬものはない無敵のエースである。


「そういや、オーフェンさんはミッド以外の世界に行くのも初めてなんやね」


なのはの隣でこれまた嬉しそうな笑みを浮かべているのは八神はやてである。オーフェン達の所属する機動六課部隊長という大層な肩書きの割に、彼女もなのはと同じ歳の活発そうな女性である。栗色のショートの髪に大きな瞳が爛々と輝いている。彼女も自分の溢れだす感情を隠そうともせずキョロキョロとあたりを見回している。


「お待たせしましたー」


オーフェンが声のした方を振り返ると、転送ポートからスバル達フォワードの4人が現れた。青い髪に大きな瞳を持ったいかにも体育会系の少女がスバル・ナカジマ。その後ろからオレンジの髪をして理知的な瞳を持つのがティアナ・ランスター。この二人はなのはとオーフェンと同じくスターズ分隊の隊員である。後から現れた二人はスバル達とは更に年下のエリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエである。こちらはライトニング部隊に所属している。二人とも見た目はまだ幼いが、その魔力は大人顔負けである。彼女たちもオーフェンと同じように周囲を見渡し、物珍しそうにしている。彼女たちにとって別の世界に行くことを珍しくないはずだが、なのは達の出身世界ということで行き先を聞いた頃から興味を抑えきれない様子だった。


「わーー。ここがなのはさん達の故郷かー」


「ふ~ん。なんか思ってたよりもミッドと変わらないわね」


スバルとティアナが出てくるなり各々の感想を述べる。それに遅れてエリオとキャロが顔を出す。この二人もスバル達と同様の反応をする。次元移動くらい彼女たちなら何度も経験していそうなものだが、この反応を見ているとオーフェンはふと思いついた。


(次元世界ってのは、どーもいろいろあるみてぇだな)


はやて達に次元世界とやらの概念は聞かされていたが、オーフェンとしてはいまいちイメージが掴めなかった。ただ今自分がいる世界と同じような世界が数え切れないほどある。そんな程度しか考えていなかったが、どうやら本当に『いろいろ』な世界があるらしい。ふと見上げると、空には太陽が燦々と輝いている。オーフェンのいたキエサルヒマ大陸でも、彷徨いこんだミッドチルダでも空には太陽があった。


(太陽がない、もしくは複数の世界もあんのかね)


はぐれ旅とは言うが、遂には別世界を行き来するまでになってしまった。自分の境遇を改めて思い返し苦笑する。なんとはなしにそんなことを考えていると、なのはがオーフェンを呼ぶ声が聞こえてくる。思考に沈んでいる間に置いていかれてしまったようだ。少々離れた所から手を振っている。オーフェンはそれに手を振り返すと、もう一度空を見上げて歩き出した。






はやて率いる機動六課が管理外世界地球に来ている理由は、彼女たちが専門とするロストロギアであるレリックの情報が入手されたことから始まる。といっても、レリックらしき物体を持っているロストロギアなどの指定危険物を扱う密売人が地球に逃げ込んだという、いまいち信憑性に欠ける情報だった。情報源は聖王教会であり、騎士カリムからもたらされた。


「不確定な情報でごめんなさいね。でも物が物なだけに、万が一ってことを考えてね」


カリムは申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。レリックがらみの事件はこれまで数件発生しているが、そのどれもが大規模な災害を引き起こしている。しかも持ちこまれた先はミッドチルダよりも科学技術が進歩しているわけでもなく、魔法技術も皆無な地球である。魔力を持つ人間が希少な世界とはいえ、未曾有の大災害が引き起こされる可能性がある以上、なにより自分たちの故郷がそれほどの危機に見舞われていることにはやて達は黙っていられなかった。本部にも人員を待機させながらも、隊長と副隊長、フォワード、そしてオーフェンを地球へと派遣させることになったのだ。





そして今現在オーフェン達がいるのは人気のない湖のほとり。周囲は林に囲まれ、避暑地にはうってつけだろう。道路も遠く人目のない場所ということでここを選んだのだろう。対岸の方にいくつかコテージのような建物があるが、この距離では何もない空間からいきなり人が現れても気付かれることはないだろう。


「で?これからどうすんだ?」


先行していたなのは達に追いついたオーフェンが問いかける。こんな何もない場所にいて何が出来るとも思えない。まさかここで湖を眺めるだけではないだろう。はやてが歩きながら肩越しに振り返り答える。


「ああ、それな。まずはこっちの現地協力者と合流や」


「現地協力者?」


オウム返しに繰り返したのはスバルである。それにはやては笑みを浮かべ、大きく頷いた。


「そう。私達のこっちでの活動をサポートしてくれる人や。今向かってる先を仮の司令部として提供してもらったり、その他いろいろと世話してくれるんや」


オーフェンは腕を組んで、近くにいたエリオに訊ねてみる。


「お前知ってるか?」


「僕も知りません」


「とりあえずはあそこに見えるコテージに行きます。あそこがその協力者の別荘で、今回の本部」


対岸を指差してなのはが楽しそうに言う。どうやら早く行きたくて仕方がないと言った風だ。そんななのはにオーフェンは何気なく問いかける。


「現地協力者ってお前たちの知り合いなのか?」


「うん。そや。小さいころからの友達や」


「え!?でも現地の協力者なんですよね。私達の任務知られちゃっても大丈夫なんですか」


驚いてティアナが声を上げる。彼女の言うことももっともで、魔法技術がない地球の住人にわざわざ魔法について教えることは極力避けるべきである。そんな地球の住人にロストロギアの密売人の逮捕が任務など、教えられるわけがない。


「あ、あははははは。それについては大丈夫だよ。もう魔法のこと知ってるから」


「いろいろあってな。私もなのはちゃんも話してもーたんや」


懐かしそうに遠くを見ながら彼女達はあっけらかんと告げる。ティアナ達はそんななのは達に呆れたような表情を浮かべるが、上司の手前すぐに隠す。オーフェンはというと、目的地であるコテージを見る。


(現地の協力者もいて犯人の目星も付いている。思ったよりもちょろい、かな)






「なのは~!ひっさしぶり~~」


コテージに辿り着いたオーフェン達を出迎えたのはなのは達と同年代の女性だった。Tシャツとジーンズというラフな格好をして玄関の扉を開いて出迎えた。なのはとはやての姿を見るなり勝気な瞳に歓喜の光を輝かせて、パタパタと歩み寄ってくる。


「ひさしぶりだね~。アリサちゃん」


「ひさしぶりやね~」


手を取り合って再開を喜ぶ3人。現地協力者とは彼女のことなのだろう。なのは達も隊長という肩書きを忘れたように喜びを共有している。それは責任のある立場にいるはやて達が滅多に見せない素の表情だった。オーフェンがそんな3人を黙って見ていると、コテージから新たな人影が現れた。


「皆揃ったね」


アリサの後ろからひょっこりと顔を出したのはフェイト・T・ハラオウンである。ライトニング部隊隊長である彼女は事前に現地へと先行していた。腰まで届く長い金髪を揺らし、均整のとれたプロポーションを今は時空管理局の制服ではなく、黒を基調としたカジュアルな服装に包んでいる。


「さ、皆まずは中に入って。いろいろと話すこともあるでしょ」


フェイトに促されるまま、オーフェン達はコテージの中へと入った。別荘という割にはかなり広い。廊下も幅が広く、その先に一直線に繋がっているリビングも湖を見渡せる大きな窓があり、開放感を演出している。オーフェンがざっと見回しても特にほこりなども見つからない。どうやら定期的に掃除でもしているのだろう。調度品も派手ではないものの、高価そうな品が見受けられる。そんな風にオーフェンが室内を観察していると、ソファーに座ったなのはが口を開く。


「それじゃアリサちゃんに皆を紹介しないとね」


そう言って自分の後ろに立っているフォワード達を視線で示す。


「この子たちが私の教え子。皆優秀で私の自慢なの」


そう言われて4人がそれぞれ自己紹介を始める。アリサは全員に挨拶を交わすと、微笑みを浮かべながら優しげな声で言う。


「初めまして。もう聞いてるかもしれないけど、私はアリサ・バニングス。なのは達とは小学校からの親友で、皆がこっちにいる間は私と、今はいないけどもう一人がお世話をすることになるからよろしくね」


『はい!』


「ほらほら。皆も座って。堅苦しいのはなしにしましょう」


ソファーの後ろに立っていた4人が姿勢を崩し、それぞれ椅子に座る。そして、アリサの視線がオーフェンに向けられる。


「それで?そっちの人のことは?」


それまでの温和な雰囲気から、なんとなくトゲがあるような声でアリサがはやてに訊ねる。はやてはその変化に敏感に反応するが、表には出さずに何事もない風にオーフェンの説明を始める。


「彼はオーフェンさんっていってな、なのはちゃんのアシスタントとして私がスカウトしんや」


「へえ?はやてが直接?そんなすごい人なの?」


何故か自分だけ深く追及してくるアリサにオーフェンの頬が引きつく。どうやら自分は歓迎されていないのではないか。


「そうや。なのはちゃんと協力してフォワードの皆を教導してくれとるんよ」


「そうそう。オーフェンさんがいてくれて私すっごく助かってるんだよ」


ジッとこちらへと視線を向けてくるアリサにオーフェンは身じろぎする。今まで自分が口出しすることはないと黙っていたのだが、嫌な味がする口をゆっくりと開く。


「あ、ああ。俺の名前はオーフェンだ。今回の任務中はあんたに世話になるんだろ。よろしくな」


ぎこちない笑みを浮かべながら、なるたけ友好的な声色でオーフェンはとりあえずはベタな一言を言う。


「なのはのアシスタント、ねえ。ということは、仕事上なのはと一緒にいることが多いの?」


オーフェンの挨拶を意に返さず、探るような視線をこちらに送りながらアリサはさらに問い詰めてくる。気のせいか、更にとげとげしい視線が刺さる。ここにきて、オーフェンは念話でなのは達へと囁く。


『おい!一体何なんだよこれは』


『し、知りませんよ。アリサちゃんも悪気はないんでしょうし、正直に答えてあげて下さい』


『大丈夫。アリサは根はやさしいから』


『大丈夫やって。別にオーフェンさんが見た目どう考えても犯罪者チックやからって警戒されとるわけやないって』


『ほほう。お前とはいっぺん決着をつけとかねえとならねえみてえだな、はやて』


「ねえ、どうなの?」


念話で会話しているところにアリサの不機嫌そうな声が割り込む。オーフェンが答えないことに苛立ち始めているようだ。


「あ、ああ、すまない。ええと、仕事の話だな」


軽く咳払いして、オーフェンは念話からアリサへと注意を向ける。


「そうだな、同じ部隊だからなのはとは同じ仕事をすることもある。主にこいつらの教導についてのことだ。でもそのほかの仕事は別々になることも結構あるぞ」


「ふ~~ん」


一応は納得したようにアリサはひとつ頷くと、おもむろに立ち上がってオーフェンへとスタスタと近づいてくる。そしてオーフェンの目の前まで来ると、目を細めて観察するように視線を巡らせる。


「ねえ、貴方って・・・・・・」


ピンポーーン


オーフェンのこめかみに冷や汗が一筋流れた時、丁度玄関のチャイムが来客を知らせる。それにオーフェンは安堵し、アリサは自分の台詞が遮られたことに眉をひそめるが、オーフェンから視線を切ると応対へと向かう。


「はあ・・・・・・」


アリサが廊下の奥へと消えたことで重苦しかった部屋の空気が幾分かは軽減された。オーフェンは嘆息しながら、ぽつりと呟く。


「裏切ったな」


ビクッと肩を振るわせるのはじっと黙っていたフォワード達。なのはとフェイトは手を合わせてオーフェンへとぺこぺこ頭を下げ、はやてに至っては必死に笑いをこらえている。


「クククククク・・・・・・。だって、あんな大人しいオーフェンさん初めて見た、ていうか二人おもろ過ぎや。なにあの昼ドラ」


廊下の奥のアリサに聞こえないように必死に抑えているが、小さく漏れ出る笑い声が余計に腹が立った。オーフェンはこめかみに青筋を浮かべながら拳を握ってうめいた。


「お前ら、後で覚えてろよ」


現地での協力者の前で暴れるわけにはいかず、オーフェンはぐっと怒りを抑えたのだった。ちょうどその時、パタパタと足音が聞こえてくる。それも複数だ。オーフェンがそのことに気付き顔を向けた時、扉が開かれアリサともう一人が顔を見せた。


「久しぶり~~。二人とも元気だった~~」


現れたのはアリサと同じくなのは達の幼馴染である月村すずか。ゆったりとしたワンピースを着たその姿は落ち着いた印象を受ける。表情も久しぶりの再会で微笑みを浮かべ、太陽のようなアリサの笑みとは違い、見る者を癒すかのような笑みだ。はやてとなのは、フェイトは立ち上がり駆け寄る。4人は手を取り合ってはしゃいでいる。


「すずかちゃん!」「来てくれてありがとう」「久しぶりだね」


そうやって一通り言葉を交わしあった後、先程と同じように自己紹介が始まる。


「初めまして。私は月村すずか。多分聞いてるとは思うけど、私もアリサちゃんと同じで三人の幼馴染なの」


『よろしくお願いします』


(彼女がもう一人の協力者、か)


先程からチラチラと会話の端々に出ていたもう一人。オーフェンは頭を下げるフォワード4人の後ろから見ていたが、不意にすずかと視線が合う。またアリサの時のように睨まれるのかとこっそりと身構えるていると、こちらに小さく笑みを浮かべて歩いてくる。


「彼はオーフェンさん。そう言えすずかにはこの前メールで伝えたよね」


後ろからフェイトが告げる。すずかはそれに返事をすると、改めてオーフェンへと向き直った。


「初めましてオーフェンさん。オーフェンさんのことはフェイトちゃんから聞いてます。なのはちゃんのお手伝いをされてるそうですね」


「あ、ああ」


オーフェンはすずかの丁寧な物言いに何故か言い淀んでしまう。先程のアリサとは違い、事前に聞いていたおかげか変な偏見は持っていないようだ。


「ちょっと!私は聞いてないわよ」


フェイトにアリサが抗議しているがそれは気にせず、すずかはあくまでオーフェンを見ながら続ける。


「うん。フェイトちゃんの言ってた通りの人みたい。なのはちゃん達のこと、よろしくお願いします」


ジッとこちらの瞳を見つめ、すずかは頭を下げた。それにオーフェンは面喰う。初めて会った男に親友を任せると言うが、事前にフェイトが教えていたとしても流石にここまで信用することはないだろう。なのは達も驚いてこちらを見ている。そして最も意外なのが、すずかを見たアリサがだった。


「そう。すずかが言うんなら一応は私も認めてあげる」


一応、の部分を強調してそっぽを向いて告げる。


「あ?」


思わずオーフェンが声を上げると、いつのまにか近づいてきたなのはが囁く。


「すずかちゃんって昔からこうなの。私もよくわからないんですけど、その人の目を見ればどんな人かわかるんですって。アリサちゃんもそれを知ってるから」


(そんな理由でか?)


すずかを見返すが、変わらずにこにこと笑みを浮かべている。オーフェンにまた小さく頭を下げると、次はフォワード達の方へ近寄り、スバルへと話しかけている。スバルは緊張しながらも柔らかな物腰のすずかと会話を続けている。どうやらなのはについて話しているようだった。昔話でもしているのか、そんなことを思いながらオーフェンは窓の外へと目をやった。





「さ、そろそろ行こか」


現地協力者の二人との触れ合いもそこそこに、はやてが立ちあがる。遅れて全員が立ち上がり、ぞろぞろと外へ出る。オーフェンは一番後ろから部屋を出る。外に出て、来た時には気付かなかった裏の駐車場へと向かう。その途中、オーフェンは前を歩くフェイトに訊ねる。


「なあフェイト。これからどこ行くんだ?」


「まずは先行しているシグナム達に合流します。来る前のミーティングで話したはずですよ。聞いてなかったんですか?」


フェイトの疑いの目線から顔を逸らし、オーフェンは俯き加減に呟いた。


「任務とは言え別世界に行くってことで、実は緊張して話が頭に入らなかったんだ」


なるたけ沈痛な声色を出してオーフェンは頭上を仰いだ。青い空に小さな雲がポツポツと浮かんでいる。ミッドチルダで見る空をまったく同じだ。そんなオーフェンをどう見たのか、フェイトが労わる様な声で囁く。


「あ、そうですよね。私達にとっては当たり前でも、オーフェンさんは初めてなんですよね。緊張して当然ですよね」


素直にオーフェンを信じるフェイトに、オーフェンは軽くかぶりを振る。


「いいんだ。それに自分の知らない世界に来るってのは、緊張もするが同時に楽しみでもあるしな」


言いながら小さな笑みを浮かべる。その言葉にフェイトが首肯しようとした時、前方のはやての声が響く。


「フェイトちゃ~ん。騙されちゃあか~んよ~。その人ミーティング中に寝てたんやで~」


「ちっ」


先頭のはやてから間延びした声が届いてくる。オーフェンがそれに舌打ちすると、フェイトが目を見開いてから、半眼になってオーフェンを睨んでくる。


「オーフェンさん?今舌打ちしたでしょ?」


「おっとフェイト。もう着いたぜ」


駐車場は裏に回ってすぐの場所にあった。そこには4人乗りの乗用車が3台止まっていた。一見したところ、ミッドチルダで見かけた自動車とかなり似ている。フェイトの何か言いたげな視線を無視して、オーフェンは車を観察する。


「へ~。地球って思ったより文明レベル高いんだ」


同じように車を眺めていたぼそりとティアナが呟いていたのが聞こえた。フェイトが車のキーを取り出し、鍵穴に差し込む。


「さ、行きましょっか」





「なんでだ?」「なによ」「なんや?」「・・・・・・」


呻くオーフェンに、アリサ、はやてが訊ね、ティアナが沈黙を返す。車を運転しているのはアリサだ。どうやら免許とやらを取りたてらしく、運転が楽しいのだそうだ。それはさておき、車内には何やら重たい雰囲気が流れていた。主に原因はオーフェンとアリサにある。運転席のアリサと助手席のオーフェンの間に見えない圧力がせめぎ合っているかのようだ。


(なんでだ?)


胸中で再び自問する。オーフェンは当初、アリサの車に乗る気はなかった。が、なぜかすずかを始めとしたなのは達の連係プレイによりこのメンバーでの乗車になってしまった。はやては面白そうだから乗ったのだろうが、とばっちりのティアナは先程から黙ったままで流石に気の毒に思えてくる。だからといってなにができるわけでもないが。


「オーフェンって言ったわよね」


前を見ながらアリサが呟く。オーフェンは座席に体重を預けた姿勢のまま、視線だけを横へと向ける。


「ああ」


ぼそっと返事をする。無愛想に思われそうだが、他に言いようがなかった。


(どう言えばいいんだよ)


自分のことを警戒しているらしき人物にかける言葉はオーフェンには見つからなかった。自然、憮然とした声になってしまう。


「あなた、なんでなのは達と同じ部隊にいるの?その前は何してたの?」


表面上の変化はなく、アリサがフラットな声で聞いてくる。オーフェンはその意図がわからずに眉根を寄せるが、とりあえず答える。


「理由はさっき聞いただろ。はやてにスカウトされたんだ」


「じゃあその前は?スカウトされる前は何してたの?」


「それは・・・・・・」


後ろのはやてにチラリと視線を送る。オーフェンは時空漂流者であり、はやて達の言うところのレアスキルである魔術を見込まれてスカウトされた。いきなり別次元に転移し、右も左もわからないオーフェンを保護という理由もあるが、次元漂流者を機動六課に配属させるためにかなり強引な手段をとったとも聞いている。とまれ、オーフェンのスカウトされた経緯は少々複雑である。アリサは幼馴染とはいえ部外者だ。全てを話してもいいのかオーフェンははやてへと確認をとる。しかし、はやてもここまでアリサが追求するとは思わなかったので、どう言うか考えているとアリサが口を開いた。


「そ。言えないってわけね」


納得するように頷いて見せる。アリサはうんうんと頷いて見せて続けた。


「別に根掘り葉掘り聞く気はないわよ。誰にだって事情はあるものだしね」


勝手に納得して勝手に話を進めるアリサにオーフェンは嫌な予感が背中辺りからじわじわと沸いて出るのを感じた。


「でもね、私はなのは達の親友なの。小さい時からずっとね」


一言一言を噛みしめるように、こちらに言い聞かせる。運転中のその横顔は一見平静だが、何を考えているかはオーフェンには読み取れなかった。


「だからね、私もすずかも心配なの。はやて達は危険に任務にも携わるわけでしょう?もし大けがをしたらって思うと、ね。けど同時に応援もしているの。あのなのはが自分で決めたことだし、充実した毎日らしいしね」


信号が赤になって車が止まる。微かに響くエンジン音の中、誰もが静かにアリサの独白に耳を傾ける。アリサはトントンとハンドルを叩きながら、オーフェンを見やる。


「でも心配なのは心配なの。特に・・・・・・あんたみたいなのがそばにいる時はね!」


言い切ると同時に車を発進させる。オーフェンは頭の中でゆっくりと今の言葉を反芻し、まずはやてへと目をやる。額に手を当てて「あちゃー」と漏らしている。ティアナはというと、じっと俯いている。まるで嵐が過ぎ去るのを待っているようだ。そして最後に、オーフェンは前方を向いて次々と流れる白線を見ながら言った。


「すまん。もう一回言ってくれ」


思わず、というより聞き間違いであってくれと思いながら訊ねる。それでも予感はあった。陰鬱な心地になりながら、とりあえず心の準備を終えておく。


「あんたみたいのがなのは達の傍にいるのが心配だって言ったのよ」


僅かに声を荒げてアリサが繰り返す。オーフェンはなるたけ冷静な風を装ってもう一度訊ねる。


「それはなぜだ?」


「わからない?」


「ああ。まったくわかんねえな」


ギリギリのところで自制を保ちつつ、オーフェンは「まったく」の部分を強調しながら聞き返す。対するアリサは路肩に車を止め、オーフェンへと向き直る。そして大きく息を吸って、己の想いをぶちまけた。


「だってあんたって黒づくめで目つき悪いし、態度も悪いし、なんか雰囲気もそれっぽいしどこからどう見ても次元世界を守る時空管理局員というよりまるっきりヤクザじゃない!!そんな男がなのは達の隣にいるなんて思ったら安心なんてできないわ。さっきすずかはああ言ったけど、私は騙されないわよ。なのは達に手を出したら許さないから!?」


一息でまくし立てて、アリサは息切れして言葉を止める。荒い息を吐き出す彼女に、オーフェンは自分の中で何かが切れる音を聞いた。恐らくそれは、プツンとかそんな音だ。


「さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言ってくれんじゃねえかよ!!現地協力者だからっつーことで我慢してやったけどな、いくら温厚な俺でも限界ちゅーもんがあるわ!聞いてりゃ人のこと散々こけ落としやがって、そういうてめえこそ初対面の人間によくもそこまで言えるな!」


「ほらみてこの反応!はやて、これは完全にクロよ!私の勘が叫んでるわ、即逮捕よ!!」


叫ぶオーフェンを見て、アリサは会心の笑みを浮かべて後ろの座席のはやてにはやし立てる。はやてはアリサのあまりにも偏見に満ちた決め付けに何も言えず苦笑いを浮かべる。


「無視してんじゃねえ!しかもただの勘で人を逮捕するな。世界中犯罪者だらけになるわ!」


「なによ、女の勘なめないでよね!私くじ運強いんだから!」


「ああああああああ!人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


とうとうオーフェンは狭い車内で頭を抱えて暴れ出した。そんな状況にティアナがだらだらと冷や汗を流している中、アリサははやてに声を上げる。


「ほらはやて!化けの皮が剥がれて暴れ出したわ。あれがあの男の本性なのよ。逮捕して!!」


「いやいや。ちょっと落ちついて。な」


「何言ってるのよ。これはもう何かわからないけどとにかく現行犯よ。ほら見て、今に変身して羽根とか角とか生やすに違いないわ。炎を吐くかも!?」


「俺は怪獣か!!」


オーフェンの叫びにアリサは恐れおののくように上体を逸らせる。後ろの座席からはやてが落ち着かせようと肩に手を置くが、大した効果はない。その間、ひとしきり暴れたオーフェンはアリサを凄まじい目つきで睨み、車外を示す。


「よーーしわかった。こうなりゃもー知らん。表出やがれ!ここで決着つけてやる!!」


「望むところよ!!」


勢いのまま車の外へ出る二人。そして車の前まで回り込むと、至近距離で睨みあう。


「あわわわわわ。あかん、流石にこれはやり過ぎや。ティアナ、二人止めんと」


歯の根の合わない声で、はやてが隣のティアナへ助けを求める。しかしティアナからの返事はなく、よく見ると体がかすかに震えている。顔色もかなり悪い。


「部隊長、私もう駄目です。これ以上耐えられません」


「うわーー!ティアナ、気をしっかり持つんや。今倒れられたら流石に収集つかん」


「はやても何考えてるのかしら。こんな危険人物スカウトするなんて」


「前半は同意できるが後半は聞き捨てならねえな!」


「なによ!」


「あんだよ!」


「部隊長、後はお願いします・・・・・・」


「えーーー!私一人であの二人止めるんかい!」


その約3分後、遅れてやってきたフェイト達がやってくるまでこの不毛な争いが続いたという。













あとがき的



すみません。ホントすみません


遅くなってすみません。ドスランプですみません。




地球編です。まだ聞いたことないんですけど、大体のあらすじがわかったのでやってみました。
といっても地球の皆さんと温泉だけで、細かいこと知らないんですけど。

アリサが変わり過ぎです。

今回はスランプ脱出を目指して色々と試してみました。
なので、いつもとちょっと違った感じになったんですけど、わかるわけないですね。
そんなわけで、今回は何度か書きなおしたんですけど、大体崩壊してしまいました。なんとか頑張ったんですけど、これが限界です(涙)


次回までにはスランプを脱出できるように頑張ります!
次回は来月中に投稿予定です。温泉と犯人逮捕です。

最後に、ここまで読んでくださった方に感謝を。こんなどうしようもない拙作を読んで下さってありがとうございました。



[15006] 地球編  正直付き合い切れねえぜ!! 中編
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2010/10/13 22:34
「ふぁー。ここがなのはさん達の生まれ育った街ですかー」


そう言って瞳を輝かせているのはスバル。今現在彼女がいる場所は第97管理外世界「地球」、海鳴市である。なぜミッドチルダにある時空管理局、古代遺物管理部機動六課に所属する彼女がここに居るのかというと、この「地球」にレリックが運び込まれたという情報を入手したからだ。ロストロギア捜査を専門とする機動六課は、今回は派遣任務としてこの管理外世界にやってきたのだ。


「ああそうだぞ。私達もこの町で暮らしてたんだ」


スバルに答えたのは赤毛の少女。見た目は10歳程度の可愛らしい彼女だが、その瞳には年不相応な自信に満ちた輝きが宿っている。スバルに対してもまるで年下へ話す時のような口調だ。それもそのはず、彼女は夜天の書の騎士、ヴォルケンリッターとして悠久の時を過ごしてきた鉄槌の騎士ヴィータである。現スターズ分隊の副隊長であり、スバル達の上司である。


「大体6年間くらいだな」


補足したのはシグナム。彼女もヴォルケンリッターの一員であり、烈火の将として数々の戦場を生き抜いてきた騎士である。ピンクの髪をポニーテールにし、切れ長の瞳を細めて周囲を見回している。長身で均整のとれたプロポーションを持つ彼女が腰に手を当てて、遠くを見ている姿は実に様になっていた。彼女はライトニング部隊副隊長としてこの地に来ている。


「皆揃ったな」


はやてが全員に聞こえるように声を張り上げる。オーフェンはその声を聞き、はやてへと目を向ける。この場に居るのははやてを筆頭に機動六課擁するなのは率いるスターズ分隊、フェイト率いるライトニング部隊である。はやては全員を一度見渡すと、一歩進み出た。


「じゃあ今回の任務の確認な。まず、犯人の潜伏先はこの海鳴市と思われる。これはつい最近のこの付近で観測された魔力反応から推測される。地球に逃げ込んだ理由は魔法文明が未発達やからやな。この世界では魔法を大っぴらに使うわけにはいかん。つまり、逃げる側にとっては好都合ってわけ」


「でも結界張っちゃえば関係ないよね?」


手を上げて口をはさんだのはなのはである。オーフェンが聞いたところによると、彼女は幼いころ「地球」でかなり魔法を行使していたらしいのだが、その時も結界を張ることや認識阻害の魔法で魔法の存在を隠していたのだとか。今も周囲の人間の認識を阻害する魔法を使用し、自分達の存在を気付かせないようにしている。


「そこやねん。結界張れば遠慮なく魔法使えることも犯人も知ってるはずなんや。それでも逃げ込む先にこの世界を選んだってことは、やっぱなんらかのからくりがあるはずや」


「う~ん。どうなんだろうねティア」


「まだわからないわね。情報が少なすぎるわ」


スバルとティアナが囁いているのが届く。ティアナはポジションが司令塔であるため、今の内から犯人への対策を考えておきたいのだろう。


「八神部隊長。犯人については他にどんな情報が?」


「うん。犯人についてはミーティングでも言ったけど、単独犯でロストロギアの密輸を専門とする運び屋や。過去にも犯行を重ねているらしくて記録が残っとる。これまでに計測された結果やと魔法ランクはそれほど高くないと予想されるけど、これまでに何度も管理局の追跡をかわしていることから油断は出来ん。今回みたいに魔法文化のない世界に逃げ込むことはこれまでに何度かある。わかっとるのはここまでや」


「主。顔写真みたいなものはないのですか?犯人の判別がつくものは」


腕を組んではやてが締めくくると、シグナムが訊ねる。はやたは一つ頷くと、中空にモニターを表示させた。


「この男や」


『う、う~~ん?』


そこに映し出されたの男の顔にその場の全員が首をかしげる。歴戦の兵達、そして希望あふれる金の卵達が斜めになった視線でモニターを凝視するその姿は滑稽とも言えた。そんな中、オーフェンがぽつりと零した。


「な~んか、冴えねえツラだな」


『それだ(です)!』


オーフェンの呟きに全員が同意する。投射されているモニターに映っているのは黒髪にブラウンの瞳。特に特徴がないことが特徴とも言うべきか、どこにでもいそうなごくごくありふれた成人男性だった。眼光が厳しいわけでなく、口元が真一文字に結ばれているわけもなく、のっぺりとしたやる気のなさそうな顔がある。


「これが一番最近の記録や。追跡中の管理局員が記録したんやて」


「ふ~~ん」


呟きながら眺めてみるが、見れば見るほどどうということもない男だ。一見したところ、とても犯罪者には見えない。が、それでもオーフェンはなんとなく納得していた。


(目立たないって意味じゃ好都合なんだろうな)


特徴がない、どこにでもいそうということは誰にも注目されないということだ。それは違法物品を運ぶ人間にとっては願ってもないことなのかもしれない。もし筋骨隆々の大男がいたとして、その男が大事そうになにかを抱えていたとしたら気になるなという方が無理であろう。そう意味ではかなりのアドバンテージなのかもしれない。


「で?こいつがこの海鳴市に潜伏してるってことでいいんだな?」


「せや。つい先日この近辺でごく小規模な魔力反応が観測されてな、うまく隠してあったけどこれは転送魔法の余波や」


「既に移動している可能性は?」


「恐らくない。私達が追跡に来とることはまだ気付いてないはずやし、あっちも地球に来てまだ時間が経ってないはずや」


「じゃあ逆に言えば・・・・・・」


オーフェンに続けてなのはが訊ねる。


「時間が経てば経つほど移動される可能性が高い。だから今回の任務は短期決戦や」


手首のあたりをトントンと叩きながらはやてが口調を強める。オーフェンはそれを眺めながら、現在の情報を脳裏に浮かべ、順序立てて並べる。それはまるでジグソーパズルのように組み合わされ、欠けたピースが明らかになってくる。ひとしきり話し終えたはやてが黙って全員の反応を待っている。すると、フェイトが口を開いた。


「犯人のランクはそれほど高いわけじゃないんでしょ?それなのに何で今まで何度も逃げきることが出来たんだろ?」


それはオーフェンも考えたことであった。もっとも、オーフェンはなんとなくその理由が犯人の「からくり」に繋がる気がした。そしてその後もミーティングは続き、今後の捜索方法について話が進んだ。当面は六課メンバーがツーマンセルで海鳴市の各所でパトロールをしながらのサーチャーの設置、不慣れな土地における地形の把握と予想される逃走経路の確認。機動六課一同はこちらの存在を対象に察知させないため、積極的に捜索することができないことにじりじりとした焦燥を感じるのだった。





果たして、結果が出ないまま時間は過ぎ夕日に街並みが赤く照らされる頃にはやてからの集合がかけられた。集合場所は私立聖祥大学付属小学校のグラウンド。全員がそろった時には日も沈み、生徒の姿はもうない。とはいえ一応結界を張り、外部へと音声が漏れないようには配慮してある。もちろん、捜査対象にも気付かれないように。そして各々の結果報告がなされ、今日の残りの時間は設置したサーチャーに任せ本格的な捜査を明日から再開することにする。今回の任務はあくまで隠密であるため、あまり派手な捜索は出来なかった。そんな打ち合わせの中、小さな呟きがこぼれた。


「なあ、ここってもしかして」


なんとはなしに言ったのはオーフェンだ。彼は校舎を遠目に眺めながら結果報告に耳を傾けている。ちなみに彼はフェイトと共に車にて広範囲の探査をしていた。要所にセンサーを設置し、魔力反応の残滓を探していたのだがそれでも結果が出なかった。


「実はここって昔私達が通ってた学校なの。この後またアリサちゃん達と合流しますし、皆も合流する時の目的地としてはわかりやすいかなって思ったの」


そう言ったなのはに視線をやってオーフェンはしばし黙り込んだ。校舎を見て、再びなのはを見る。


「・・・・・・ああ。ここで後の長距離問答無用殺戮砲台が育ったのか。で?この建物は過去何回廃墟にされたんだ?」


「それって私ことかな!?」


「さあ?それは本人が一番わかってるとは思うけどなあ」


「どういう意味ですか!そんな目線を遠くにやっても誤魔化されませんからね!」


声を荒げながらずいっと詰め寄るなのはに、オーフェンは小さく息をつくとなのはの肩に手を置いてゆっくり、諭すかのように囁いた。


「なあなのは。あの真っ赤な夕陽を見てみろよ。あの夕陽の赤が街を朱に染めて、微かに香るうまそうな夕餉のにおいや家路につく親子の笑い声。どこにでもある普通の営みながらも、これこそが俺達が守るべきものだと俺は思うんだ」


「え?う、うん」


「俺たちの使命は何だ?数多ある次元世界の平和を守ることだろ。別に全ての次元世界を守れとは言わないし、実際は不可能だ。でも、だからこそ俺は目の前の日常を全力で守りたいと思ってる」


困惑するなのはにあくまで静かにオーフェンは続ける。そして肩の手に少し力を込めながら更に声のトーンを落とす。


「それはお前も同じだろ?俺はお前が同じ機動六課の仲間としてだけじゃなく、同じ志を持つ同志だとも思ってる。そして今、お前の出身世界であるこの『地球』に危険が迫っている。ここで俺達が仲間割れして何の意味がある?今回の任務は短期決戦だ。そのためには全員が結束して、連携すべきだ。だろ?」


結束、の部分を強調してなのはにオーフェンは言い聞かせる。まっすぐにこちらの瞳を覗き込んでくる彼女の瞳には、映り込んだオーフェンと新たな決意の光が見える。それまでのオーフェンに対する懐疑的な視線から、自分の進むべき道を踏み出した者のみが持つ遥かな旅路を見つめる旅人の目へと変わる。


「そ・・・・・・そうですね。オーフェンさんの言うとおりです!私が間違っていました」


「いや、いいんだ。わかってくれれば」


頭を下げるなのはにオーフェンは穏やかな口調で囁く。掴んでいた手を離し、代わりにポンポンと肩を叩いてやる。それはまるで、改心した罪人を救済する聖者のような姿だった。それを見つめるスバルが感極まったように呟く。


「そうだよ。オーフェンさんの言う通りだよ・・・・・・」


「いや全然違うやろ。脱線しまくりや」


「それっぽいこと言って誤魔化してるだけよ」


手をブンブン振って呆れた視線を向けてくるはやてとスバルの頭を叩くティアナをオーフェンはきっぱりと無視する。他にも「そうだそうだ」とその場の全員が訴えているが、夕陽を見つめて手を組んでいるなのはの耳には入らない。


「ねえなのは。オーフェンさんの言うこと・・・・・・」


「おっと、迎えが来たみたいだぞ。おらおら、行くぞお前ら!」


少し離れた駐車場に見覚えのある車が停まる。アリサ達だ。オーフェンは先頭に立ってそそくさとそちらへと歩を進める。それにつられ、他のメンバーも不服そうにしながらもついて行く。と、オーフェンの隣に追いついてきたフェイトが心配そうに囁いてくる。


「オーフェンさん。アリサのことだけど・・・」


「あ、ああ。もう喧嘩はしねーよ」


「本当に?」


「あんだけ脅されりゃあな・・・」


臨時司令部からこちらまで来る途中、オーフェンとアリサが一触即発の喧々諤々の言い争いをしていたのを仲裁したのはフェイトとすずかだった。オーフェンをフェイトが、アリサにはすずかがそれぞれ半ば脅迫じみた説得をもって抑えていた。


「皆おつかれ~」「お疲れ様」


車からすずかとアリサが顔を出す。この二人とは海鳴市に入ってから別れたのだった。再び合流したのは臨時司令部のコテージへと戻るためである。海鳴市を離れることになるが、いざとなったら空を飛んで現場に急行できる彼女たちにとっては大した問題ではなかった。空戦適性のない者たちは当然車での移動になるが。


「どうだった?何か収穫あった?」


そう訊ねるのはアリサだ。すずかも気になっているのか、黙ってこちらを見ている。自分達の住む街に危険物があると知れば当然の反応だろう。はやてが一歩前に出て答える。


「ごめん、まだこれといった収穫はないわ。でも今日は街中にセンサーセットしといたから近いうちに必ず反応があるはずや」


拳を握って自信たっぷりにはやてが告げる。それは二人を安心させるという意図もあるのだろう。よく見ると微かにこわばっていた二人の表情が緩まる。どうやらこの二人ははやて達のことを本当に信頼しているようだ。


「今日はとりあえずここまで。ここにはいないけど、夜は引き続きバックの皆が警戒してくれとるから私達はゆっくりしよ」


パンっと手を叩き、全員を促すようにはやてが声を上げる。そのままぞろぞろと車に乗り込み、発進する。オーフェンはこっそりアリサの乗る車とは別の車に乗り込み、すずかとなのは、ヴィータと共に学園の敷地内から出る。しばらく進むとなにやら待機所から通った道とは違う道を走っている気がする。オーフェンは運転中のすずかへと声をかけた。


「なあ、今からどこ行くんだ?」


「うん?何も聞いてないんですか?」


「どういうことだ?」


助手席に座るなのはへと目を向ける。なのははこちらへと振り向くと、期待に満ちた表情を浮かべていた。そして、オーフェンの問いかけに答える声もまた期待に満ちていた。


「えへへへへへ。これから行くのはですね~」


もったぶった口調のなのはにオーフェンが眉をひそめる。たっぷり数秒ためて、なのはが行き先を告げる。それと同時、他の車でもはやてとフェイトがこれまた嬉しそうに行き先を発表していた。


『スーパー銭湯です!!』


『スーパー銭湯?』


オーフェン含む地球初来訪組は揃ってオウム返しに繰り返した。





「いらっしゃいませ~」


にこやかに迎える声を聞きながら、機動六課前線メンバーご一行はぞろぞろと店内へと進む。はやてが店員へと人数を告げ、料金をフェイトが先に支払う。そのまま店員に案内されるままに奥へと歩く。


「ではごゆっくり~~」


更衣室の前で案内を終えた店員が一礼して通路を戻っていく。オーフェンは店員が去っていくのを横目で見ながら、こめかみを軽くかいて更衣室を見る。そこには大きく「男」と「女」と書かれた暖簾がぶら下がっており、ちらほらと人が出入りしている。


「よ~し!皆、出撃準備や!」


ノリノリなのははやてである。腕を振り上げ今にも飛び込みそうにはしゃいでいる。その隣でヴィータもはやてにつられて浮足立っている。なのは、フェイト、シグナムの風呂好きメンバーも頬を緩めて入る前からリラックスしている。アリサとすずかは言わずもがなだ。フォワードの4人は興味深そうに外から更衣室を覗き込んだり、看板に書いてある効能を熱心に読んでいる。


「なあ、ちょっといいか?」


そんな地球出身組に声をかけたのはオーフェンだ。彼自身も〝本物″の温泉に入ることは初めてで少なからず期待はしていたのだが、それでも無視できないことがあった。アリサとすずかがいることに一瞬ためらうが構わずに呟く。


「こんなとこに全員で入ってていいのか?」


「どういうこと?」


首をかしげてフェイトが聞き返し、オーフェンが両手を上げてお手上げの仕草を見せる。


「だから、何かあったらどうすんだってことだ」


「ああ。それなら大丈夫や」


オーフェンの意図を察してはやてが腕を組んで答える。指でトントンと腕を叩く。


「サーチャーはバックの皆が監視してくれとるはずやし、なんかあったらデバイスにも知らせるようにしてあるからな。なんかあってもすぐ対応できるようにはしてあるよ」


「ま、それならいんだけどよ」


なんとなくまだ納得は出来なかったが、それでもオーフェンは頷いた。


(こいつら服はどうするんだ?バリアジャケットか?)


「あんた変なこと考えてるんじゃないでしょうね?」


険悪な声でアリサが腰に手を当てて睨みつけてくる。今だオーフェンへの警戒は解いていないようだ。オーフェンは肩をすくめ、嘆息する。吐いた息とともに温泉への期待感が薄れてゆく気がしたが、あえて気にはしなかった。


「誰が考えるか、んなもん」


「どうだか、覗くつもりじゃないでしょうね」


「誰がお前みてーなガキ相手にするかよ、とエリオが言ってたぞ」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


エリオの肩を掴んでアリサとの盾にするように引っ張りこむ。こちらを見て叫んでいるがオーフェンはきっぱりと無視した。アリサははぐらかされたことにまた腹を立てそうだが、そちらも無視する。なんとなく彼女の扱いが理解出来つつあった。


「まあまあ、ここでにしておいて温泉入りましょうよ」


オーフェンとアリサの間に割って入ったのはすずかだ。ぎこちない笑みを浮かべつつ、「さあさあ」とその場の全員を促す。それにはやてとティアナが便乗し、他のメンバーを急かす。オーフェンは一歩下がって女性陣に道をあけていると、すずかがすれ違いざまにささやく。


「だめですよ。アリサちゃん怒らせちゃ」


オーフェンにだけ聞こえるような声でそう言うと、自分も浴場へと向かう。と、そこでフェイトの何気ない一言に固まる一名。


「エリオも一緒に入ろうよ。エリオの年なら女湯でも大丈夫でしょ」


ピシ、と男湯へと進み始めていた足が、というか全身が固まる。キリキリとオイルの切れたゼンマイ仕掛けのようにぎこちない動作でエリオがフェイトへと目を向ける。よく見ると汗がジワリと滲みだしている。エリオが立ち止まったことで後ろにいたオーフェンも立ち止まってしまう。たっぷり数秒間をおいてからエリオはなんとか口を開いた。


「フェイトさん?何言ってるんですか」


「ん?エリオ私と一緒なのは嫌なの?」


悲しそうに目を細めてフェイトがエリオを見つめる。その視線にエリオが息を呑むと、キョロキョロとあたりを見回す。


「で、でも今は他の皆さんも一緒に居るわけですから」


「私はかまへんよ?」


「私もいいよ」


はやてとなのはが何気ない調子で了承する。シグナムとヴィータも頷いている。次にエリオがティアナとスバル、キャロへと目を向ける。


「私達も気にしないわよ?」「うん、背中流してあげるね」「私もエリオ君と一緒がいいな」


第二防衛ラインも易々と突破されてしまう。そして次なる防衛ラインはエリオ自身とは初対面であるすずかとアリサ。二人へと視線を移すエリオは、オーフェンから見ると最後の希望に縋りついているようにも見えた。


「皆がいいって言うなら私達もいいわよね」「うん。いい子みたいだからね」


「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


まだ幼いとしても、自分が男として見られていないことにエリオの自尊心が深く傷つけられる。うめき声をもらしながらも頭を抱えている。そんな間にもフェイトがエリオの手を掴んで多少強引ながらも女湯へと連れて行こうとした。その様子を眺めながら、今まで黙っていたオーフェンは胸中で呟く。


(そろそろ限界かな)


エリオはフェイトに手を引かれ、うなだれながらズルズルと引きずられて行く。オーフェンはエリオを掴んでいるフェイトの手を掴み動きを止める。するっとフェイトの手を外し、今度はオーフェンがエリオの襟を掴む。いきなりの行動に驚いてフェイトがオーフェンを見つめる。オーフェンは肩をすくめながら囁く。


「そのへんにしとけ。エリオも男なんだからよ、やっぱこっちだろ」


そう言ってまたズルズルとエリオを引きずろうとする。エリオをちらと見やると、こちらに希望の星を見るかのような期待に満ちた目線を送ってくる。しかし、それでフェイトが納得するわけもなく抗議してくる。


「待って下さい。オー・・・・・・」


制止の声を上げるが、オーフェンが親指でもってある場所を指差す。途中で遮られることになったが、それでも素直にフェイトはそちらへと目を向けた。そこには看板が立っており、温泉に入る際の注意事項が書かれていた。そして女湯の方の看板に・・・・・・


「10歳以上の男児は女湯へのご入浴はご遠慮ください・・・」


「ま、そういうことだ。じゃあな」


そう言い残して、さっさとオーフェンはエリオを掴んだまま男湯へと入って行った。





「ありがとうございます。助かりました」


服を脱ぎ、脱衣かごに衣服を入れていると、隣で同じように服を脱いでいるエリオが礼を言ってくる。手を振ってそれに答えると、オーフェンは浴場の方へと向かった。曇りガラスを開けると、そこには以前訪れた偽温泉と比べるまでもない程に広々とした浴場が広がっていた。


「ほおー」


期待以上の光景に感嘆の声を上げる。うっすらと視界を覆う湯気、バシャバシャと湯のはじける音、いくつかのバリエーションに分かれている湯船。それらが湯船に浸かる前からオーフェンの五感を刺激する。遅れてついてきたエリオも目の前の光景に僅かに目を見開いている。


「オーフェンさんは温泉始めてですか?」


「ああ。本物のはな」


「?」


首をかしげるエリオの頭をポンポンと叩き、手近な湯船へと入る。少し熱めの温度に一瞬ひるむが、じわじわと全身の力が抜けていく。ゆっくりと目を閉じ、手足を伸ばすと完全に全身を弛緩させる。エリオも似たようなもので、小さく息を吐いている。


「はあ~いいお湯ですね~」


「・・・・・・そうだな」


深く吐いた息とともに、その日一日の疲労が抜けていく。しばしそうして温泉を堪能していると、どこからともなく女性の声が響いてくる。どうやら隣の女湯の声が届いてきたようだ。天井を仰げば、女湯とを隔てる壁の上部がかすかに空いている。浴室内の空気を循環させるためか、50センチ程の隙間があった。


「わー。やっぱり温泉はいいねー」


「そうですねー。私こんなに広いお風呂初めてです」


間延びした声がかすかに聞こえてくる。なのはとスバルだろう。ザバザバと湯の音が届いてくる。すると、更に話し声が響いてくる。


「へ~。私温泉って初めてです」


「そうよね~。ミッドにはないからね」


はしゃぐような声を上げているのはキャロだろう。年相応な好奇心を隠しきれないでいる。それに答えるティアナも声が弾んでいる。と、そこでフェイトの声が一際高く響き渡った。


「エリオ~。ちゃんと肩まで浸かるんだよ~」


「だってよ」


そう言ってオーフェンがエリオの方を見やれば、エリオが顔を赤くして俯いていた。顔が赤くなっているのは温泉の効能ではないだろう。


「エリオもかわいそうにな~。たった一年でこないな楽園に来れなくなるなんて~」


「ちょっとはやて!?」


茶化すように言うはやてをアリサが咎める。


「ええやないかええやないか。久しぶりの再会なんやし、ここはじっくり裸の付き合いを・・・」


いひひひひ、と下品な笑い声を上げながらはやて。それを皮切りに女湯の方がにわかに騒がしくなる。それまでは温泉の癒しの魔力にゆったりと身を任せていたオーフェンだが、次第に眉をひそませ始めた。


「きゃーー!はやてちゃん待ってーー」


「今や!ヴィータ行けーー」


「任せろ!」


「助けてなのはちゃん」


「と見せかけて!」


「あ、主!!」


オーフェンのこめかみがひくひくと痙攣する。それでもまだ体は安らぎの中にあって脱力している。サラサラと湯の流れる音や鼻腔をつく微かな硫黄の香り。そして目を閉じればまるで無重力の中にいるかのように錯覚させる心地よい浮遊感。


「待って待って。何でアリサちゃんまで」


「待ちなさいなのは!しばらく見ない間に・・・」


「助けてティアナ!」


「甘いよスバルちゃん!」


「すずかさん!?」


「オ、オーフェンさん?」


何故か震えた声でエリオが呼ぶが、オーフェンにはもはやどうでもよかった。ギリギリと歯ぎしりのような音がすることも気にならなかった。今彼の脳裏には様々な思考が渦巻いている。今日一日で様々な出来事があった。初めての(意図的な)次元間移動、初めての地球、初めての温泉。


(期待していなかったわけじゃないんだ。ああそうだ。別世界ってのも興味はあった。あの詐欺温泉じゃない、本物の温泉ってのも前から入ってみたかった・・・・・・)


噛みしめるように、自分に言い聞かせながらオーフェンは静かに認める。そうだ。任務であるとはいっても期待していた自分がいた。しかし現実は残酷だ。現地の協力者にはいきなり難癖をつけられ、安らぎの場である温泉ではマナー違反の同僚が騒いでいる。いくら広い大浴場だとしても騒ぐには限度というものがあるのではないだろうか。


「あ、上に隙間空いてますよ」


「ホントだ。オーフェんさーん、エリオー聞こえるー」


「え!?嘘、あんなに隙間空いてたら覗かれちゃうじゃない!!」


「待ってアリサちゃん。あんなに高いんだから大丈夫だよ」


「ダメよ!だってあの二人も魔法使いなんでしょ。あの小さい子ならまだ平気だけど・・・・・・」


そこまでだった。オーフェンの耳に入ってきたアリサ達の声は既に意味のなさない雑音で、周囲の音に紛れて消えていく。ただ何故か右手のあたりからギシギシという音と何かのうめき声が聞こえてくる。無意識に何かを掴んでいるようだが、オーフェンはそれをわざわざ確かめる気にはならなかった。すべきことはただ一つ。たったひとつの簡単なアクション。あとは右手を思い切り振りきるだけでいい。


「てめえら・・・・・・ちったあ黙ってろ!!!!」


ぶん、と思い切り右手を振り切る。浴槽の縁に座ったままの難しい体勢だったが、狙いたがわずエリオは壁上部の隙間へと一直線に風を切って飛んだ。


「ん、エリオ?」


エリオがいたはずの場所には何もない。オーフェンは右手を見て、次に天井を仰ぐ。ちょうどエリオが女湯へと突っ込んだところで、わずかにエリオの足が見えた。自分が投げたものが何かに気付いた頃には壁の向こうから歓声とも悲鳴ともとれる叫びが響いてくる。


「きゃあああああ!誰か飛んできたーーーー!」


「む、主!あれはエリオです!」


「なんやて!ちょ、キャッチキャッチ。受け止めな、気絶しとる!!」


「エリオ!!なのは、なんとかしなきゃ!」


「フェイトちゃん。こっちは任せて」


「エリオ君!タオルが・・・・・・!」


「きゃ、エリオ!」


ばっしゃーーーーん!!グキッ!


派手な水しぶきの音とともに不気味な音がした。オーフェンはとりあえずその何かが壁かなんかの硬いものにめり込んだ音を無視した。目を閉じて、深呼吸する。湯気の混じった湿り気のある空気が肺に満ちる。叫びで渇いたのどを潤す感覚にオーフェンは息を吐いた。女湯の方が更に騒がしくなったが、オーフェンはそれすら無視することにした。結局は気の持ちようだった。意識的に聴覚をシャットアウトすることは出来ないが、開き直ってしまえばもはや些細なことだ。


「はぁ~~。極楽極楽」


小さく漏れた呟きは、湯気のように虚空へ舞い上がって消えた。









あとがき的



はい!地球編の中盤です!

まずはまた遅れてしまったことに謝罪を。早めにするとか思ってたんですけど予想以上に時間がかかってしまいました。てゆーか分量が多いのかな?
これでもちょこちょこ削除してまとめたつもりですけど。




とまれ、地球編がおもったよりも長くなりそうです。といっても次回で終わりの予定です。サウンドステージのほうは大体のあらすじしか知らないので犯人とかはオリジナルです。ですので、ラストに向かうにあたってどんどん脱線していくと思います。


次回についてはそんな感じで進めていきます。出来れば一カ月以内に投稿したいのですが……(汗)


最後に、ここまで読んでくださった皆様に感謝を。
拙作がここまで頑張れたのも皆様のおかげです。本当にありがとうございました。




アリサとすずかは次回でもちっと出番増えます。今回はこれでご勘弁を!!



[15006] 地球編  正直付き合い切れねえぜ!! 後編
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2010/11/29 22:00
日の暮れた海鳴市を車が走る。赤いテールランプの残像を残して3台の車が道路を並んで進む。道路には車の通りも少なく、特に足止めを食らうこともなくスイスイと駆け抜ける。


「オーフェンさん、あれはちょっとないよ」


トゲのある口調で咎めるのはなのは。後部座席に座る彼女は隣に座る黒づくめの男性へと眉をひそめながら告げた。対する男性、オーフェンは頭で手を組んでシートへと体重を預ける。


「別にいーだろ。ちゃんと治したんだからよ」


「だからって・・・・・・」


スーパー銭湯を出てからここまで、ずっとなのはによる説教が続いていた。彼女は教導官であり、彼女本来の性格もあるのだろうがかなり長い時間オーフェンはげんなりしていた。それでなくとも銭湯でフェイトにもきつく言われているのだ。車内にいるおかげで逃げることもできない。しかも運転席でハンドルを握っているのは、


「ホント信じらんないわよ。自分の生徒を投げるなんて」


アリサだった。フェイトから逃げるために乗り込んだ車だったが、まさか彼女と同席するとは思わなかった。彼女とは出会ってからこっち、かなり険悪な関係だ。


「何言ってんだ。俺がやりたくてやったと思ってんのか」


「違うの?」


「どこに自分の同僚をぶん投げる奴がいるんだよ。別にスッキリしたとか、静かになってせーせーしたとか一切思ってないぞ」


きっぱりと断言してオーフェンは腕を組んだ。そんなオーフェンになのはが半眼になって呟く。


「つまり、エリオを投げてスッキリして静かにゆっくり温泉を堪能したってことだね」


「はっはっはっはっは。邪推するなよ」


朗らかに笑いながらオーフェンは明後日の方に視線を向ける。幾つもの街灯が窓を横切る。そして街灯を数えることに飽きてきた頃にコテージへと到着した。そこでアリサ、すずかを除く全員が車から降り、残りの二人がそのまま海鳴市へと戻る。


「今日はありがとう。また明日ね~」


「また明日~」「またね~」


手を振るなのは達に運転席から手だけを出しながらアリサ達は来た道を帰って行った。


「さ、私達も中に入ろか」


はやてが預かっていた鍵を開けて扉を開ける。オーフェンは最後に入り、扉を閉める。リビングに集まり今後についてのミーティングを行う。捜査方法は変更せず、現状維持。街の主な交通機関、道路、その他の要所にサーチャーをセットしたためどのような方法にせよ犯人が移動した場合には網に引っ掛かるはずだ。


「じゃあ今日はここまで。明日に備えて休もか」


最後にはやてがそう締めくくって一日の終わりとする。リビングに集まっていた面々もそれぞれに割り当てられた部屋に戻ろうと立ち上がる中、なのはが声を上げる。


「ゆっくり休むのはいいんだけど、気を抜きすぎないでね。サーチャーの反応がいつあるかもわからないから」


『了解』


そして一日が終わった。





『なあ。もうこの街にはいないんじゃないのか?』


2日目の午前中。オーフェンは街中を歩きながら念話ではやてにぼやいた。彼が居るのは海鳴市のとある一画。駅が近く、周囲には大小様々なビルが建っている。この日は休日のため人通りもかなり多い。


『う~~ん。それはないって断言できんとこがつらいんやけど、でもこっちの存在にはまだ気付かれてないはずやし、昨日あれだけ設置したサーチャー類をすり抜けるなんて・・・』


『可能性としちゃまだ移動してない方が高いってことか』


『そや』


『ふ~ん』


こちらから探し出す方法があることはあるのだが、それでは犯人にもこちらの存在を知られてしまう。密輸品がレリックであるため、万が一でも逃げられるような事態は避けたい。短期決戦で、しかも犯人の情報が少ないということもあり1日でもかなりの緊張と疲労をオーフェンは感じていた。まるで霧の中を進んでいるような錯覚もする。


「おい、オーフェン。次あっち行くぞ」


思案するオーフェンに声をかけたのはヴィータだ。オーフェンはヴィータとのツーマンセルで捜索を行っていた。オーフェンは念話を打ち切ると、手を上げてヴィータへと歩み寄る。二人は駅などの交通機関を中心に捜索を行っていた。フェイト達のように自動車で移動することが出来る者以外はこうして主要な交通機関を中心に魔力反応を調べている。先導するヴィータの頭を見下ろしながらオーフェンはなんとなく胸中で呟く。


(そういやこいつと組むのは久しぶりだな。つーか、知らねえ奴が見たらどう見えんだ?)


実際はかなり年上なのだとしても、見た目は10歳前後のヴィータである。そのヴィータとオーフェンが共に歩いているとなると、ともすれば親子に見えるのではなかろうか。この周辺の地理に詳しいのか、迷いもなく進んでいくのはさすが慣れ親しんだ地ということか。と、赤信号で止まる。


(親ってことならなのは達の両親もこの世界にいるはずなんだよな。彼女達には帰るべき場所がある。待っていてくれている人たちが大勢いる)


アリサやすずかの顔を思い浮かべる。久しぶりの再会に喜ぶ笑顔。それが消えると別の顔が現れる。共に旅をした少年と少女。旅の途中で出会った人々。そして彼自身の家族。


(俺にも帰る場所はあるんだ。問題は、帰る方法が何一つ見つからないってことか)


自分の益体もない考えに苦笑する。どうやらなのは達を見て感傷的になっているようだ。そこで我知らず息を止めていたことに気付く。考え事をするときに息を止めてしまうのは昔からの癖であった。別世界に来ても何一つ変わらない自分が滑稽に思えてまた苦笑する。その時ちょうど信号が青に変わる。オーフェンはかぶりを振ってから歩き出そうとすると、今度はヴィータが立ち止まっていた。


「どうしたんだ?」


ヴィータはオーフェンをじっと見つめながら何かを言いたそうにしている。が、それでもゆっくりとこちらの様子をうかがいながら囁く。それは小さく街の雑踏にまぎれそうになるが、確かにオーフェンの鼓膜を震わせた。


「お前、今何考えてたんだ?」


「は?」


「いや、なんつーかお前の様子が変だったというか、上手く言えねーんだけどなんか思いつめてるようにも見えたから・・・・・・」


最後は尻すぼみになってしまい、ヴィータは俯く。とっさに口に出ただけで、自分でも何を言いたいのかわからないのかもしれない。オーフェンはいきなりの問いにきょとんとしていたが、特に根拠はないがヴィータの様子からこちらを心配してのことだろうと察して手を振ってやる。


「わりいな。ちょっと考え事してた」


「聞いてもいいか?」


何についてかは聞かずとも知れた。オーフェンは胸中でこっそりとまた苦笑すると告げた。


「お前達のことを見てちょっとな。知り合いのことを思い出しちまっただけさ」


「キエサルヒマ大陸だったか?」


「ああ。俺の故郷だ」


「今まで聞いたことなかったけどよ、どんなとこなんだ?」


キエサルヒマ大陸の風景を思い出しながら囁くとヴィータは何でもない風に訊ねてくる。しかし彼女は決して必要以上にこちらに踏み込んでは来ないだろう。一見ぶっきらぼうな性格だが、人の心の機微を感じ取る感性は鋭い。


「そうだな・・・・・・」


オーフェンは考えながら呟く。大陸中を旅していただけあって話題はたくさんある。小休止とでも思えばちょうど良いだろう。そう思いながらオーフェンは語り始めた。





「わー。これかわいくない?」


「いいわね。でもこっちもよくない?」


とあるアクセサリーショップにて、二人の女学生が様々なアクセサリーを手に取り歓声を上げている。休日にショッピングを楽しむ二人組である。


「あ、すずか。あれはどう?」


「待ってアリサちゃん。あ、なのはちゃんに似合うかも」


くるくるとショップを見回っているのはアリサとすずかであった。一般人である二人は捜査に参加することなく、休日を満喫していた。というか、どうしてもはやてが協力を申し出る二人に捜査情報を一切教えなかったことからのウサ晴らしなのだが。アリサ曰く、


「この海鳴市に危険が迫ってるんでしょ。ここに住む私達だってその危険を知る権利はあるわ!」


「だめや、こればっかりは機密事項や。ここは私達に任せて、な?」


「アリサちゃん。ここは皆を信じようよ」


というようなやり取りがあり、結局アリサはすずかにやんわりとなだめられ諦めたのだった。正義感の強いアリサらしいといえばアリサらしい行動だったともいえるだろう。


「これなんかフェイトに似合うんじゃない?」


「なら私はこれかな~」


「あの子達も仕事ばっかりでアクセとか全然興味なさそうだしね。今回は逃がさないわよ~」


「あ、あはははは」


台詞は不穏なものだが、やっていることは久しぶりに出会った親友へのプレゼント選びだ。あの若さで仕事漬けの毎日、同世代の女学生と比べてはるかにファッションへの興味がない、あるはそちらへ時間を割けないほど忙しいはやて達へのささやかな贈り物だ。


「あ、これなんかオーフェンさんに似合いそうだよね」


「うっ」


何気ないすずかの一声にアリサが眉をひそめる。そんな小さな反応だが、すずかは見逃さなかった。


「ねえ。なんでアリサちゃんはオーフェンさんをそんな風に目の敵にしてるの?」


「う、うぅぅぅぅぅ」


形の良い眉を歪めてアリサはうなる。言うべき言葉が見つからずに視線が宙を彷徨う。それでも絞り出すようにアリサが歯切れの悪い声で呟く。


「えっと、その・・・実は私もよくわからないの」


「うん?」


「なのは達に聞いてた話だと悪い人ではないんだとは思ってたの。まあ、あのなのは達の近くに男の人がいるってことにはちょっと引っ掛かったけど」


「それで?」


「うん。今日初めてあった時になんていうか、不安になったというか怖くなったというか」


「怖い?」


はっきりしない親友の言葉も静かに聞いていたすずかだが、聞き逃せない一言に思わず聞き返す。


「私にもよくわかんないんだけど、あの人って強いんでしょ?それこそなのは達と同じくらい」


「多分そうだね。メールでも書いてあったし」


「なのは達が訓練して強くなって・・・・・・それは今回みたいに危険な犯罪者を逮捕するためでしょ。でもあの人のは違うんじゃないかって思ったの。なのは達といても雰囲気って言うか、一人だけ色が違うみたい」


自分の途切れ途切れの言葉に、アリサは自分自身で頷きながら自分で再確認するかのように続けた。


「うん。なんとなくそれが不安になったの。だから思わずあんな感じに・・・」


次第に尻すぼみになってしまう。しかしすずかにはそれで十分だったようで、軽く目を見開きじっとアリサを見つめる。その視線にアリサが居心地が悪そうに体をゆすると、すずかは一歩アリサに近寄りながら告げる。


「アリサちゃんって時々すごいこと言うよね」


「え、ええ!?」


「ていうか、直感が鋭すぎるのかな。初対面の人にそんな感想持つ人なんか滅多にいないよ」


「どういうことよ?」


「うん。多分アリサちゃんの感じたことは正しいんだと思う。私にはわからないけど、アリサちゃんがそう言うならそうなんだと思う」


「え?自分でもよくわかってないのに・・・・・・」


「でもアリサちゃんがオーフェンさんに何かを感じ取ったなら私はそれを信じるよ。オーフェンさんには皆と違う何かがあるんだよ。まるで同じ方向を向いていても見ている物は違うみたいに。アリサちゃんにはそれがわかったんだと思う」


妙に確信的な口調のすずかに、自分のことであるはずのアリサの方が懐疑的になってしまう。自分の主張ははっきりと言うアリサも、こうなってしまえば形無しだ。すずかはさらに続ける。なぜかその瞳からは怪しげな光が見えるのは目の錯覚か。


「よーし。じゃあまたオーフェンさんにあったら聞いてみよう!」


「え、ええ!?」


いきなりの提案に呆気にとられてアリサが室内であるにもかかわらず大声を上げてしまう。すずかはというと逆にノリノリで嬉しそうな笑顔を浮かべている。錯覚かとも思えた瞳の光ははっきり認識できる程に輝きを増している。


(うわ~。スイッチ入っちゃった~)


胸中で絶望に彩られた諦めの声を上げる。こうなってはすずかは止まらない。普段はおとなしいのに、何か面白いことを見つけたら一直線。時には絡め手も使いなにがなんでも自分の欲求に正直に行動する。この辺りは姉の忍ゆずりか。


「でも私、オーフェンさんっていい人だと思うんだよね。アリサちゃんは怖いって言ったけど優しい人だと思うんだ」


「え、え~。それおかしくない?」


「だからそれを確かめるためにももう一度お話しよ?なのはちゃんの十八番!」


「でもあの娘のは・・・・・・あ、ごめんなさい」


ショップの外へ出たアリサが誰かにぶつかる。反射的にアリサが振り返って謝罪を口にするが、そこには誰もいなかった。否、どこにでもいそうな平凡な男性が一人いた。余りにも影が薄いため見過ごしてしまったのだ。ぶつかったアリサの方を見もせず、改めて謝ろうとしたアリサを無視して何もなかったかのように歩き去った。そしてその数分後、アリサはその男の顔もぶつかったこともきれいさっぱり忘れた。





「なんでこうなったんだ?」


誰に言うでもなくオーフェンは呟いた。目の前の光景に頭を抱え、口の中に広がる苦みを呑みこむ。一度目を閉じ深呼吸する。目を開けた時には全てが変じ、夢が覚めていることを祈って。


「さあ、道を開けて下さい!」


ピクッとオーフェンの瞼が痙攣する。目を開ける前に耳から現実が入り込んでくる。視覚を閉じても不快な声が鼓膜に響く。


「離しなさいよ!」


「アリサちゃん!」


ギリッと歯を噛みしめてオーフェンはもう一度深呼吸をする。後頭部のあたりからじくじくと鈍い痛みが存在を訴えてくる。この痛みをもし誰かに肩代わりさせられるのなら迷わず前方にいるはずの人間を指名できるのに。今だ閉じられた視界の中、オーフェンは瞼の裏から現在の状況の原因を睨みつける。


『オーフェンさん、ヴィータ』


『はやて!』


『二人とも、今私が行くから』


『あかんなのはちゃん。相手の切り札はAMFや!今まで管理局の追跡をかわしていたのはAMFを持っていたからなんや』


『そんな!』


同僚の念話が脳裏に直接届く。頭痛が酷くなった気がしながら、今だけはこの念話を頭の中から締め出したかった。静かにゆっくりと考える時間がほしかった。思考は己の中でのみ行われることだ。決して表に出さず、胸の内でひっそりと自分にだけ聞こえる声で自己と対話する。それは自分以外の誰にも聞かれず、干渉されない秘密の会話。それを一体誰が邪魔出来ようか?


「そのまま動かないで。動けばこの娘の安全は保障できませんよ。それとそっちの黒づくめの男。なにしてるんですか!顔を上げなさい」


自分のことであると気付いて、オーフェンはゆっくりと目を開けた。果たして眼前に広がっていたのは今回の任務の対象である密輸犯と、何故かその犯人に取り抑えられているアリサ。密輸犯はアリサを掴んでいる手とは逆の手にスーツケースを持っている。恐らくあの中にレリックが入っているのだろう。そしてオーフェンの隣にはヴィータ、すずかが並んでいる。


つまりはまあ、そんな状況だった。






機動六課部隊長、今任務の指揮官である八神はやては迷っていた。


(相手はAMFを装備。Bランクの魔導師)


Bランクの魔導師であれば取り抑えることは容易である。なにせこちらの戦力は新人を除けば平均ニアSランクだ。順当に考えれば拘束することは難しくないだろう。しかし問題が一つ。AMFの存在だ。範囲は狭いものの、その効果はガジェットの持つAMFと遜色がない。先程も一度ヴィータの結界を無効化されてしまった。こうなった以上、魔法の使用は出来ない。認識阻害魔法も結界魔法も使えないのでは地球の一般人に魔導師の姿を、魔法の存在を知らせてしまうからだ。


(しかもよりによってアリサちゃんが・・・!)


両手をあわせて額に当てる。きつく握りしめた手の平に爪が刺さるが些細な痛みなど親友を巻き込んでしまった自責の念の前にはないに等しい。一度オーフェンとヴィータが追い詰めたことから油断してしまった。AMFによる結界無効化、逃走を許してしまったことは致命的なミスだ。ましてや一般人を人質にさせることになるとは。


(最悪や・・・・・・)


ずっしりとした重みが背中に張り付く。内臓が不協和音を奏で、気分が悪くなる。視界が揺らぎ、いっそこのまま意識を手放したくなる。


(冗談・・・!)


自分は部隊長であり指揮官だ。途中で任務を抜け出すことも、このまま犯人を取り逃がすこともあってはならない。そしてアリサを救出することも。


『はやて!』


ヴィータからの念話に意識を向ける。指示を待つヴィータにはやては放棄しかけていた思考の手綱を握り直す。今度は手放さないよう、きつく引く。状況を打破する術を模索する。情報を脳裏にリストアップする。選択肢を生み出す。


(相手はAMFを使用。現場にはヴィータとオーフェンさん。アリサちゃんが人質ですずかちゃんが無事なことは幸いや。周囲に一般人がおることからヴィータの魔法は不可。一番近いなのはちゃんでも飛行魔法が出来ないからまだ時間がかかる。犯人を無力化する手段としてオーフェンさんの魔術、か)


ズラズラと現状を掴むための材料を並べる。長期になれば地球の司法機関が動きだすだろう。すでに警察に通報されていてもおかしくはない。今すぐに状況を終了させる必要がある。そのためまずすべきことは・・・・・・





(ますはアリサだな)


犯人を見据えながらオーフェンは胸中で独りごちた。人質とはかなり強固な盾になるが、同時に重荷にもなる。オーフェンとヴィータで犯人を追ったところ、丁度その場に居合わせたアリサが運悪く捕えられたのだ。つまり、犯人にとって人質を取らざるを得なくなったということだ。情報によれば魔法ランクはBランク。ヴィータの魔法を見て自分では敵わないと知っているはず。人質をとったのは苦肉の策だ。そしてその策は今のところ効果を発揮している。


『ヴィータ。どう思う?』


念話でヴィータのみに語りかける。ヴィータも視線は動かさないまま応えてくる。


『かなり悪いな。AMFのおかげで魔法を使えない。素手で取り押さえようにもアリサがいちゃ難しい』


『そうだな。でもこのまま逃がすわけにはいかねえ』


『あいつは地球に自力で転移したみたいだから転送魔法は得意そうだ。おそらくこのままアリサを連れて距離をとってから転送魔法で逃げるつもりだろ』


『オーフェンさん、ヴィータ』


ここで割り込むようにはやてからの念話が入る。


『状況はどうや?なんとかできそうか』


『ごめんはやて。ちょっと難しい』


ヴィータの念話が力なく流れる。彼女の魔法はかなり目立つ。周囲にはかなりの人が居て、いきなりの凶行に野次馬と化している。人々の注目が集まっている中では厳しいだろう。


『オーフェンさんは?』


『俺は・・・・・・なんとかできる、かな』


しばし考え込んでからオーフェンは応える。はやてはその曖昧な言い方に引っ掛かったようだが、とりあえず訊ねてきた。


『どんなプランや?』


『う~ん。要するに魔法を誰にも気づかれずアリサを無傷で取り返せばいいんだろ。そんであいつを拘束する』


『そや。大丈夫か?』


心配そうな声色ではやてが聞いてくる。オーフェンは答えずに犯人とアリサを見やる。じりじりとこちらを警戒しながら後退している。その先を見れば狭い路地がある。恐らくそのそこ逃げ込みたいのだろう。隣のすずかも気付いているのか、焦燥の色を横顔から見てとれる。時間はもうない。オーフェンは投げやりな、しかし僅かに自信を滲ませた声で告げる。


『ま、やるしかねーだろ』





現地司令部としてアリサに提供されている湖のコテージ。その一室に八神はやてとオーフェン、ヴィータ、そして機動六課隊長陣が集まっていた。外を見ると。そろそろ夜になりそうな夕陽が沈みつつある時間帯だ。任務はほぼ完了し、後は後始末だけとなっている。しかし、その一室の雰囲気は任務完了の少し気の抜けた空気とは裏腹に、どんよりした曇天のような空気が滞留していた。


「言いたいことはそれだけ?」


「まあ、おおむね」


オーフェンは座っている自分を睥睨するはやてに弱々しく呟いた。腰に手を当てて、眉間にしわを寄せている彼女はお世辞にも彼女自身が思っているよりも迫力がなかったが、オーフェンはあえて言わずにただ黙って大人しくしようと努めた。


「オーフェンさん言うたよね?魔法を知らせず、アリサちゃんを救出、犯人確保できるって」


「ああ。言ったな」


「じゃあなんであーなるの!」


だん、と床に靴底を叩きつけて彼女は叫んだ。これもはっきり言って迫力不足だが、とりあえずオーフェンは身をすくめた振りした。彼女が言いたいのは恐らく犯人逮捕の手段のことだろう。結果として、アリサは無事に助け出せたし犯人も逮捕出来た。今頃ミッドチルダへと移送されているはずだ。トラブルもあったが一件落着であるはずなのだが、


「なんでって言われても・・・なあ?」


同じく隣で座っているヴィータに声をかける。彼女は俯き加減になり先程から沈黙を保っていた。彼女はオーフェンを見ると次にはやてを見た。


「あの・・・はやて?なんで私も座らされてるんだ?やったのは全部こいつで」


「あー!テメッ俺に全部ひっかぶせるつもりか」


「だって全部お前がやったんだろーが!」


「なんだとぉ!あの場にお前もいただろーが」


「だからって・・・」


抗議してくるヴィータにオーフェンが噛みつく。至近距離で睨みあいながら口論していると、ガシッと頭を掴まれた。その握力に不穏なものを感じ、共に掴まれているヴィータと共にその手の持ち主を見る。


「二人とも・・・・・・どーやら反省が足りんようやな」


頬をひくつかせているはやてがいた。半眼で完全に目が据わっている。オーフェンの背筋を冷たいものが流れる。じわじわと掌に汗がにじみ出す。


「ちょ、ちょっと待てよはやて。なっ」


「そ、そうそう。落ち着こ」


「・・・・・・・・・」


「大体、犯人はちゃんと逮捕出来たじゃねえか。アリサも無事だったし、何が問題なんだよ」


言った後にはやてのこめかみが痙攣するのを見てオーフェンは自分の失言に気付いた。はやては数秒溜めて、深呼吸する。オーフェンは次に来るであろう怒声に身構えた。


「問題やて!?通行人吹き飛ばしてアリサちゃんと犯人に突っ込ませてそのどさくさに紛れて逮捕して問題やて?大有りに決まっとるやろ!!」


今度は迫力満点のはやての怒声に身を縮こませる。ヴィータの方から小さな悲鳴が聞こえた。周りのなのはやフェイト、シグナムさえもはやての気迫に押されている。


「人々の安全を守るべき時空管理局員が守るべき一般人をよりにもよって犯罪者に向かって吹き飛ばすなんて何考えとるんや!!幸いにも怪我人は出んだけど、誰か怪我でもしたらどうするつもりやったんや。一般人に魔術を使うなんて、考えられへん!!」


「い、いや・・・魔術っつってもただ強い風が吹いたとしか思わないはずだし・・・」


「そんなもんどうでもいいねん!魔導師でもない一般人に魔術を使ったのが問題や言うとるんや!」


ぜーはーぜーはーと息を荒げてはやてが肩を上下させている。ひとしきり怒りを爆発させてもう一度深呼吸する。そんなはやてにヴィータがおずおずと切り出す。


「だ、だから私は・・・」


「止められへんかったから同罪や」


ばっさりと切り捨てられてヴィータが黙り込む。それを横目にオーフェンがこっそり嘆息しようとして、やめた。はやてがこちらを睨んでいたのが見えたからだ。



そして、はやての説教ははやての体力が続く限り行われた。





「あー」


両足を投げ出し、地面に手を突いて頭上を仰ぐ。はやての説教のあと、オーフェンは外に出て湖の近くまで歩いてきていた。今だガンガンと鐘のように脳裏に鳴り響くはやての声に顔をしかめながらフラフラとここまで来てしまったのだ。


「ったく、あんなに責めることねーじゃねーかよ」


グチグチと毒づきながら息を吐く。既に日は沈み、月が輝きを増している。この世界でもやはり月は一つだ。こちらの陰鬱な気分など意も返さずに淡く輝いている。しばらくぼーっと見上げていると、後ろから足音が聞こえた。体を起こし振り返る。


「よお」


そこにいたのはアリサだった。少し寒そうにしながら、こちらに近づいてくる。彼女の髪が月光に照らされ、風に揺れている様は幻想的とも言えた。何気なくオーフェンが声をかけると、アリサは足を止めた。


「ええ」


アリサは小声で応える。オーフェンは特に何を言うでもなく黙っていると、アリサが口を開く。


「ねえ、今日のことだけど」


「あー・・・」


思わず気の抜けた声を上げてオーフェンは再び頭上を仰いだ。これから始まるであろう抗議の数々にうんざりする。彼女の性格上、はやての説教よりもうるさそうだ。


「その・・・ありがと」


「あん?」


意外な言葉に再び反射的に声を上げる。


(礼だぁ?)


てっきり罵声の嵐が飛んでくると身構えていたところに正反対の一言だ。拍子抜けして、肩が落ちる。改めて見返すと、アリサは決まりが悪そうに俯き加減になっている。


「なによ?」


こちらの返事が気に食わなかったのか、座ったままのこちらを見下ろしてうめくように言う。数秒の間があって、意識を取り戻したオーフェンはとりあえず立ちあがった。見上げていた視線が見下ろすそれへと変わる。


「いや、ちょっと驚いただけだ。いきなり礼を言われるとは思わなかった」


正直に告げると彼女はまた気に食わなかったのか、頬が小さく痙攣したのが見えた。しかしそれを押さえるかのようにかぶりを振った。それからこちらに一歩近づく。


「当たり前でしょ。一応はあんたに助けてもらったんだから、ちょっと遅れたのは悪かったとは思うけど」


(律義な奴だな)


胸中でこっそりと呟く。これまた正直に告げたらどうなるかわかったものではない。


「別に気にするなよ。こっちはこれが仕事なんだ」


「そう」


それっきりアリサもオーフェン自身も黙り込む。沈黙が二人の間を流れる。いつまで流れるのか、どうやれば止まるのか。答えは知っているのに放置する。そのまましばらく会話が途切れる。何気なくオーフェンが湖の方を見やれば、湖面に映る月影が揺れている。


「ねえ」


口火を切ったのはアリサだった。オーフェンは湖の方を向いたまま、アリサの言葉に耳を傾ける。


「あんた、本当は何者なの?」


一瞬思考が途切れる。彼女はこれまでいつも唐突だった。最初に会った時も今も。いきなり自分が何者かと聞かれるとは思わなかった。


「なぜ?」


答えるより先に、疑問が浮かび上がる。オーフェンはアリサに向き合いながら問い返す。アリサは少しあごを反らし視線を上げる。そうして考えて早口に言い直した。


「えっとね、気を悪くしないでほしいんだけどあんたってなのは達とはちょっと違う気がして」


「そりゃ俺はあいつらじゃないんだ。しかも管理局に入隊したのもつい最近だし、違うのも当然だろ」


「う~ん。それもあるんだけど、でもそれを言うならあの新人の子達も同じようなものでしょ?でもあんただけそれとも違うっていうか・・・・・・なんとなく怖かったっていうか」


「うん?」


最後の部分は聞き取れずに聞き返すが、いよいよもって彼女の意図がわからなくなる。彼女の態度も最初あった時の勝気な態度とは違い、しおらしく見える。アリサは少し慌てたように手を振ると、両手の指を合わせた。


「だからちょっと思ったの。あんたって何者で、今まで何をしてたのかなって」


(何者、か)


内心で舌を巻いてオーフェンは無表情を装う。彼女はこのたった数日間でオーフェンに違和感を感じたのだと言う。オーフェン自身はそんなそぶりを見せた覚えはないが彼女にはなにか感じるものがあったのだろう。こんなことを聞かれるとは微塵も思っていなかった。オーフェンは自身の動揺を抑え込み、何でもないような口調で言う。


「別に特別なことはしてねえよ。なのは達から俺のことは聞いてるんだろ?なら、それが全てさ。ま、あいつらが俺どう言ってたのかは知らねえけどな」


「ふうん」


はぐらかすように言うこちらの瞳を覗き込もうとアリサが腰を曲げ、上目づかいで見つめてくる。オーフェンはあえて瞳を逸らすことはせず、真っ向から受け止める。値踏みするかのように大きな瞳を更に見開いた。どんな闇でも見抜いてしまうようなそんな瞳の輝き。オーフェンが苦手な輝きだ。嘘をついている自分を見透かすように眺めていた姉を思い出す。それを思いついてオーフェンが目を逸らしそうになると、先にふいっと視線を外して一歩距離をとる。その顔は何故か満足しているようにも見えた。


「ま、そういうことにしておいてあげる。嘘は言ってないみたいだし」


「おい、なんだそれ。お前全然納得してねえだろ」


「そんなことないわよ。ま、今日は助けてもらったし少しはあんたのこと信じてあげてもいいかもって思っただけ。それになのはの十八番も馬鹿に出来ないみたいだし」


「は?」


「だからこっちの話よ。ほら、もう行きましょ。フェイトが捜してるみたいよ」


言われてコテージへと目をやると、玄関の前にフェイトが見えた。キョロキョロと視線を巡らせて誰かを探しているようだ。こちらを見つけると手を振ってくる。


「先に行くわよ」


アリサに急かされながらオーフェンはフェイトの元へと歩き出す。なぜかアリサが上機嫌というか、悩みがなくなったかのような表情を浮かべていることに首を傾げながら、オーフェンは先を行くアリサを追って歩くペースを上げた。





「また今度、だね」


翌日の早朝、なのはがアリサ、すずかに向かって別れではなく再開の言葉を告げる。はやてやフェイト達も同様に旧友への礼を言って抱き合う。オーフェン及びフォワードの4人は特に言うこともなく、数歩離れた場所からその様を傍観していた。


「なんかいいなぁ」


「何がよ?」


隣のスバルとティアナが話している。なのは達をスバルが羨望の眼差しで見つめている。


「だって小さいころからの友達で、ああやって今も仲が良いっていいじゃない」


「そうね~。わからないでもないわね」


「あ、私にはティアがいるから」


「べ、別にわざわざ言わなくてもいいわよ」


照れたように視線を逸らしてティアナが呟いた。エリオとキャロもそれぞれ話しているのが聞こえる。そしてまたなのは達の方を見やれば今度はアリサとすずかがこちらに歩み寄って来ていた。


「皆も御苦労さま」


すずかが労いの声をかけるとフォワードの4人は軽く会釈して返す。笑みを浮かべながらすずかがキャロの頭を撫でていると、オーフェンにアリサが話しかけてきた。


「あんたともこれでお別れね」


「ああそうだな。うるさいのが減ってすこーしは気が休まる」


「うるさいのって誰のことよ?」


「さあな。多分本人が一番自覚してるとは思うけどな」


「・・・・・・あんた、結構いい性格してるじゃない」


「お前には負けるよ」


そのまま二人で睨みあう。スバルとエリオがおろおろと二人を心配そうに見ているが、すずかがそんな二人を安心させるようにポンポンと叩く。そんな外野を尻目に、オーフェンとアリサは互いに一歩も引かずに、


「昨日はああ言ったけど、なのは達に手を出したら許さないからね」


「へーへー。ご苦労なこって。そんなに心配ならあいつらに四六時中くっついてろよ。バインドでも使ってもらえ」


「嫌よそんなの。なに?あんたそんな趣味でもあるの」


「はっ、寝言も寝て言えよ。大体お前みてーなガキに興味ねーよ」


「なんですって?このチンピラ」


「あんだよ。暴発娘」


ギリギリと周囲の空気を軋ませて、更に二人は視線に力を込める。まるで視線で相手の顔に穴でも開けんばかりだ。と、そこでシグナムから声が届く。


「おい、なにやってるんだ。行くぞ」


転送の準備が整ったらしく、見るとフォワードの4人も既に離れてしまっている。この場にはオーフェンとアリサ、面白がって見ているすずかの三人だけになっている。冷静さを取り戻して、オーフェンが眼差しから力を抜くとアリサもちょうど息を吐いているところで一度外した視線がまた合った。


「ふ、今日はここまでにしてあげるわ」


「言ってろ」


不敵に笑みを浮かべるアリサに、オーフェンは吐き捨てるように言って転送ポートへ歩き出した。その背中に小さく、ギリギリ届く程度の声が届く。


「皆をよろしくね」


肩越しに振り向くと、アリサとすずかが並んで立っている。今のはどっちの言った言葉か声が小さくて判断できなかったが、オーフェンは前に向き直ると手を上げて軽く振った。








とある世界のとあるアジト




「ドクター。このデータを見てほしいのですが」


「うん?なんだいウーノ」


ドクターと呼ばれた男が振り返る。そこには美しい秘書然とした女性が立っている。


「この男なのですが」


そう言ってモニターにデータを映し出す。そこにはごくごくありきたりで平凡な男の顔写真とともに様々な情報が載っている。ドクターはそのデータを見ながらあごに手をやって考え込む。


「誰だい?」


「私も覚えがありません。ただ、過去のデータを整理していたらこのような・・・」


「ふーん」


そう言って文字の羅列に目を通す。その目は止まることなく目まぐるしく動き、あっという間に視線を外した。


「そうか。これは前にAMFの実験に使った人間のデータだ」


「実験?」


「そう。AMFの稼働実験がしたくてね、適当なサンプルを選んでデバイスにAMFの機能をちょっとつけてやったのさ。そういえばすっかり忘れていたよ」


「忘れないでください!!管理局につかまったらどうするんですか」


「なあに。心配ないさ。下手に調べようとすると自動的に機能を消去するようになっているからね」


「しかし・・・!」



誰も知らない場所で、こんなやり取りがあったとかなかったとか・・・・・・











すみませんでしたーー!!!!


焦らし詐欺という名の投稿ミスをしてしまいました!!このパソコンめ!こうだ、こうしてやる!

悪いパソコンはとっちめてやったので無事投稿出来たかと思います。



まず、ここまで更新が遅れてしまったことのお詫びを。
言い訳をさせてもらえば、元々スランプ脱出を目指してスタートした今回の地球編ですが、後編からまたドスランプに陥ってしまいまして、何度も何度も書き直しては消しての繰り返しで、最後には焦らし詐欺までする始末!(涙)

そして出来たストーリーがこれだよってな感じです。ま、犯人は元々あまり出す気なかったんですけどね。実はアリサをメインに考えてましてアリサの内面を表現したかったのですが・・・・・・(汗)うまく出来たでしょうか?



次回の更新は来年になりそうです。今回で改めて思ったのですが、複数人動かすのはやっぱり難しい。次回からはまた本編のほうに戻る予定なので、なるたけ早く更新するつもりですけど年末で忙しくなってきたので年内はきつそうです。


次回までにはスランプは脱出して見せるので、それまでお待ちください。
それでは、最後にここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。







おまけ



次回予告!!


翠屋に訪れたオーフェン達機動六課ご一行。

新たな出会いに高町家、機動六課面々が表情を和らげ、つかの間の戦士の休息に皆の心が癒される。

しかし、その陰には恐るべき刺客が潜んでいた。そう、闇の組織アシュラジェノサイダーの刺客が。阿修羅でジェノサイドなよくわからない秘密結社、世界中のパティシエの味覚をうんこ味カレーに変えてしまうという恐るべき力を持った秘密結社。アジトは渋谷の隅っこにあると噂の秘密結社。

次々と襲われる世界各地のパティシエ達。そしてアシュラジェノサイダーの魔の手は翠屋の高町家に!

次回、「バレバレじゃねーか!」  乞うご期待!!



スランプ過ぎて思わず書いてみた。もうだめかも



[15006] 第十二話  オフとオン
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2011/01/17 22:50
「戦闘機人?」


「そや」


ある日の午後。場所は八神はやての部隊長室。オーフェンは普段ならフォワードの訓練に参加している時間帯なのだが、その日ははやてに呼び出されていた。オーフェンはそこで初めて聞かされた単語に首をかしげながら聞き返した。ミッドチルダに来てからというこれまで、こうしたことは何度もあったのだが、さすがに物騒極まりないその名称に不穏なものを感じざるを得なかった。呼び出した要件はこのことらしい。


「えっと・・・・・・一言で言ったら、人の体に機械を融合させたってところかな」


「この世界に来てこれまでの自分の常識は全く役に立たないってことはよーーーくわかってたつもりなんだけどな・・・・・・これは極め付けだな」


機械と生身の人間を融合させる。言葉で言えば簡単だが、オーフェンからしてみればとんでもないことだった。天人の作り出した殺人人形は見たことがあるが、それとはまた別の代物らしいとオーフェンはとりあえず納得することにした。殺人人形は魔術による産物だが、こっちのは最先端の科学技術の粋を集めて人体の骨格、各器官を機械を使用して強化したものらしい。説明されてもさっぱりわからないが、要は身体能力その他が常人より数段勝っているということだろう。しかも魔力以外の力を原動力とした特殊技能をもつとかなんとか・・・・・・


「でも戦闘機人は技術的にも人道的にも問題があるっていうことで研究は中止されたはずなんやけど」


「でも実在したんだろ?」


投射されている空間モニターを指して告げる。そこには、ホテルの戦闘の際にオーフェンが遭遇したトーレと名乗った女性が映し出されていた。サーチャーで記録した映像だ。


「それなんや。解析してみた結果、どうもそうらしくてな。この魔法陣みたいなテンプレートや動力反応とかを解析した結果な、どうやら間違いなさそうなんや」


腕を組みうなるはやてを見ながら、ホテルでの出来事を思い出す。突如現れた謎の女性。トーレとは名乗っていたが、シャーリーが「トーレ」とは数字の3のことだと言っていた。ならば偽名の可能性が高いだろう。それともセンスがおかしいのか。


(戦闘に特化した改造・・・・・・か)


目の当たりにしたトーレの戦闘能力はそれを納得させるに十分な実力を持っていた。こちらの観察が目的だと言っていたことから、まだ本気を出してはいなかっただろうがそれでもかなりの脅威だった。そこで、今まで黙って話を聞いていたリインが声を上げる。


「オーフェンさんはどう思いました?危なかったって言ってましたけど」


ホテルでの出来事は全て話してあったが、リインがもう一度確認するように聞いてくる。オーフェンの感じた印象が気になったのだろう。オーフェンはリインの方へと向き直り呟いた。


「そうだな。機械ってことだが、そんな感じはあまりなかったな。どっから見てもあの恰好を除けば人間にしか見えなかったぞ。それと、あのISは原理やらなんやらはよくわからないが、フェイトのソニックムーブ並みだったな」


「フェイト隊長と?それほどの・・・・・・・・・」


深刻な表情を浮かべながら、リインは背もたれに座り直す。腕を組んで何やら考え込んでいるが、その体のサイズからオーフェンにはいつ見ても滑稽に見えてしまう。はやてはというと、腕は組んだままで静かに聞いている。オーフェンは続けようとして、ふと思いついたように、


「あ、そうだ。言い忘れてたことがあった」


「言い忘れてたこと?」


「ああ。あいつの目的は俺の魔術って話しただろ?その時に、ドクターがなんとかって言ってたぞ」


「ドクター・・・・・・・・・」


その言葉を呟きながら、はやては眉間にしわを寄せる。心当たりでもあるのか息を突きながら頭上を仰ぐ。首をかしげながらオーフェンもはやての視線を辿る。何の変哲もない、純白の照明に照らされているのっぺりとした天井が見えた。シミ一つない真新しい天井。しかしはやてには違う天井が見えているようだ。


「はやてちゃん?」


訝しんだリインが呼びかける。そしてたっぷりと間を空けてからはやてが口を開く。


「ドクターっていう呼び名には実は一人心当たりがあるんやけど」


「はやてちゃん・・・・・・」


はやての言わんとしていることに薄々気付いたのか、リインがか細い声ではやての名を呼ぶ。


「ガジェットの襲撃と合わせて、まるで召喚師を守るかのようなタイミングでの出現。まだ推測でしかないけど、ジェイル・スカリエッティ・・・・・・」


絞り出すかのようにその名前を告げるはやては、顔をしかめながら視線を天井からオーフェンへと移す。対してオーフェンはというと、特に驚いた様子もなく「ふーん」と頷くだけだった。それが気に入らなかったのか、リインが非難の目を向けて近づいてくる。


「オーフェンさん。なんですかその反応は!?」


ぷんすかと怒り出すリインに手を振って、オーフェンはバツが悪そうにしながらうめく。


「いや、そうじゃなくて。そいつのことがいまいちパッとしなくて」


「オーフェンさん?」


きょとんとしながらリインが呟く。よほど意外だったのか、それまでの怒りはかき消えている。


「う~ん。はやてやフェイトが散々そいつについて言ってたのは聞いてたんだけどな、ほら、理解しきれないっつーか。戦闘機人とか作れるってんならそりゃ相当の技術を持ってんだろーけど・・・」


歯切れが悪くオーフェンはブツブツと零す。オーフェンは未だにこのミッドチルダの文化技術に驚かされることが多いのだ。ただの生活用品の使い方がわからなかったことも何度もある。それがいきなり驚異的な技術を持った科学者がどうのこうの言われても理解の範疇を超えている。はやては手を組み直し、背もたれに体重をかける。オーフェンにゆっくりとした口調で言い聞かせる。


「ジェイル・スカリエッティは間違いなく天才や。私がこんなこと言ったらあかんのやけど、それこそその頭脳を真っ当に使ってれば歴史に名を残す程に」


悔しそうに語るはやてを見る。犯罪者であれど認めざるを得ないほどの才能を持つ男にはやては何を思うのか。機動六課に来てからこれまで、はやての正義感の強さはオーフェンにも分かってきていた。彼女は自分の能力を別の誰かのために使いたいと考えている。それだけでは珍しくはないのだが、彼女の場合はその想いが強すぎるそうにも見える時もあった。それこそ自分の身を削る程に。なんでも、過去に何かがあったそうなのだが・・・・・・・・・


(ま、わざわざ知ろうとは思ってねえけど)


隠しごとなら自分の方がはるかに多いことにこっそりと苦笑して、オーフェンははやての声に耳を傾けた。なんにしろ、これまでの相手とは勝手が違うだろうとオーフェンは胸中で覚悟を決めた。


これはとある一日のその場だけの会話。








「はあ。暇だ」


ぽつりとつぶやいた言葉が虚しく消える。そして呟いた人間もまた虚しさを感じながらため息をつく。肩を落として吐いたため息がまた虚しさを募らせる。顔を上げようにもその動作が億劫で、俯いたまま床を見つめる。つるりとした床がまたなんとなく虚しそうに見える。恐らく今の自分の姿すらも虚しく見えるはずだ。何もかもが虚しいだけ、この思考すらも意味はない。つまり、


「暇だ」


することがないのだった。





なぜこんなにも暇になっているのかというと、それはその日の午前の訓練に端を発する。いつも通り限界ぎりぎりまでフォワードをしごいた後、へばっているティアナ達の前でなのはが宣言したのだった。


「実は今日第二段階のテストだったんだよね」


「え!?」


俯き加減だった顔が四人分、同時に跳ね上がる。


「結果はどうでしたか?」


いつも以上の笑みを浮かべ、なのはが後ろに立っているフェイト達へと視線をやる。それを受けたフェイトが一つ頷く。


「うん。合格」


「いいんじゃねえか?」


「あのオーフェンさんまで・・・!!」


「おい、どういうことだよ」


驚愕をあらわにするスバル達を半眼で睨む。そんなオーフェンの肩をヴィータがぽんと叩くと入れ替わるように前に出る。


「まあ待てよ。急で驚くのも無理はねえけどよ、お前達もそれくらい力をつけてきたってことだ」


「ヴィータ副隊長」


マンツーマンでヴィータにしごかれていたスバルが呟く。


「つーか、あんだけやって不合格ならそれこそ問題だってことだ」


ぶっきらぼうな口調だが、その表情は嬉しそうにしている。教え子の成長が嬉しいのだろう。そして次回から第二段階を終了したということで今後の教導、デバイスのリミッター解除などの説明がなのはからなされた。そして最後に一言。


「皆、今日は一日訓練お休みです」


「え?」


突然の発表にFW達が困惑を露わに互いに顔を見合わせて、全員がそろってなのはを見上げる。それになのははくすりと笑みを浮かべてから、もう一度ゆっくりと繰り返した。


「今日は、一日、訓練お休みです」


しばし反応が遅れて、歓声が沸き起こった。滅多になかった休日が嬉しいのだろう。その年相応のはしゃぎようをオーフェンは横目で他人事のように見ていた。と、そんな彼にもなのはが声をかけた。


「オーフェンさんも今日はお休みでいいですよ」


「は?」


いきなりの言葉に思わず間抜けな声を上げてしまう。オーフェンは目の前の同僚が信じられずに目を細めて聞き返す。


「今なんつった?」


なのはは小さく笑みをこぼすと、今度は少し声を張って答えた。


「ですから、オーフェンさんも今日はオフということです」


(オフ。休み、休日、休暇、ホリディ・・・・・・)


オーフェンの脳裏を様々な単語が駆け巡る。ただ一つの共通点は、そのどれもが同じ意味を指しているということだった。つまり、OFF。てっきり第二段階をクリアしたFW達を労うための休みだと思っていたオーフェンには予想外の展開だった。


「オーフェンさん?」


呆然とするオーフェンになのはが首をかしげる。対するオーフェンは何も言わず、虚空を見つめている。そのままどれくらいそうしていたのか、たった数秒の間がオーフェンには何時間にも引き延ばされたような錯覚がした。冴えた感覚が時間を引き延ばす。実際はきっかり5秒間だったが、なんにせよ瞳の焦点が合うと同時、オーフェンは何か思いついたように告げた。


「ああ、つまり24時間空気椅子しながらノンストップでお前の砲撃の的にされるってことだな」


「わけわかりません!!ていうか全然オフが出てきませんし!!」


早口でなのはが抗議を叫ぶ。なのはがオーフェンに詰め寄るが、後ろにいるその場の全員が吹き出しそうになるのをオーフェンは見逃さなかった。特にヴィータが腹を抱えて悶絶していた。なのはにばれないようにと声を押し殺しているが。オーフェンはなのはを見返しながら、何気ない口調で言う。


「お前のリミッターがオフってことじゃないのか?勘弁してくれ、俺グロいのって苦手なんだよ」


「グロい!?私のどこがグロいんですか!!」


「仕事中毒のお前からオフっつー単語が出るだけで既にグロいな」


「グロくありません!!」





そんなことがありオーフェンも休日を与えられることになったのだが、今現在オーフェンは機動六課隊舎の休憩室にて一人ソファーにもたれていた。


「暇だ」


今日何度目かになる呟きを零す。既に数えることをあきらめたが、両手の指の数は越えただろう。オーフェンが何故こうも暇を持て余しているのかというと、彼は休みといわれても具体的にすることがなかった。オーフェンはこの世界に来てからとにかく忙しかった。この世界に来た当初は言うに及ばず、機動六課に嘱託魔導師として迎えられた後も教導の日々と緊急事態のための待機等、休日らしい休日はなかったのだ。ので、いきなり休日を与えられても特にすることなかったのだ。


「エリオ達みてーに出かけりゃよかったかな」


つい数十分前にエリオ達が制服ではなく私服に着替えて外出するのが見えた。フェイトがなにやら心配そうにしていたが、オーフェンにしてみれば過保護にも見えた。その時に自分も外出することを考えたのだが、基本隊舎に詰めているオーフェンは外出するにしても目的地らしい目的地もなかった。というか、地理がわからなかった。迷うのがオチだ。


「あれ?オーフェンさんどうしたんですか?」


そんなオーフェンに声をかけたのはなのはだった。彼女は隊舎で待機しており、今まで書類でも整理していたのかバインダーを片手に持っていた。オーフェンは頭をかくと決まりが悪そうに答える。


「ああ。ちょっとすることがなくてな」


言い訳をするわけでもなく正直に答える。そんなオーフェンになのはは何かを考えるように顎に手を当て目を閉じる。そして数秒間じっとしていると目をぱっと開いていいことを考えついたというように満面の笑みで指を一本立てる。


「そうだ。じゃあ私と模擬戦・・・・・・」


「いや、俺ホラーっぽいのもちょっと」


どうだと言わんばかりに告げる彼女を遮って早口に返す。


「どこがホラーですか!!ちょっとオーフェンさんの実力を自分で確かめてみたいだけです」


即座になのはが叫ぶがオーフェンはかぶりを振った。こめかみのあたりに指を当てると、苦々しく告げる。


「だってよー、お前って相手の攻撃の届かないとこから容赦なく特大の砲撃連射しまくって嬲り殺しにするじゃねーか。ましてや空飛べない俺相手じゃ、なあ?」


「人聞きの悪いこと言わないで下さい!」


「だってよー、見てる側にしちゃひでえぞ実際。しかもバインドで縛られて手も足もでない相手を狙い撃ちすんのは」


「うぅぅぅぅぅぅぅ」


顔を赤くしてなのはがうなる。自分の戦闘スタイルを思い返しているのだろう。


(よし!この調子なら・・・)


面倒な模擬戦を回避できる。が、なのははしばし俯いていたが不意に顔を上げる。その顔にはなんの感情も浮かんではない。赤面していたことが嘘のようだ。その変わりようにオーフェンは寒気を思えた。彼女に出会ってから今まで、大体の性格は掴めてきたと思っている。そして今までの経験上、これは地雷を踏んだ時の表情だ。よく見れば、無表情ではあるがこめかみ辺りが小さく痙攣している。


「わかりました。つまり私だと不服ということですね」


「は?おい・・・・・・」


「オーフェンさんはクロスレンジですものね。その相手もやっぱり同じスタイルの方がいいですよね」


不穏な気配を言葉に上乗せして、なのはが無表情のまま告げる。オーフェンの悪寒はどんどん増していく。それに気付いているのかいないのか、なのはは更に続ける。


「ちょうどシグナム副隊長がたまには思いっきり全力を出したいって言ってたんですよ。ちょうど良いですから彼女の相手をオーフェンさんにお願いしますね」


「待たんかい!!」


「早速連絡しておきますね。内容はオーフェンさんからの挑戦状ってことにしておきます」


オーフェンの制止を聞かずにさっさと連絡を取ろうとする。目を閉じ耳に手を当て、念話に集中しているのだ。が、それは好機だった。オーフェンは全力で足を振り上げ、一目散に駆けだした。


(やってられっか!!)


「あー!オーフェんさーーん」


背後から追ってくるなのはの声を振り切り、オーフェンは遁走した。





場所は変わってヘリポート。オーフェンが身を隠すために選んだのはここだった。広い格納庫には隠れられる場所はいくつもあった。なのはもここの構造まではわからないだろう。そう思ってヘリの影にしゃがんでいると、


「旦那、なにやってんですかい」


「うお!って、ヴァイスか」


スパナ片手に怪訝そうな顔をしている作業着姿のヴァイスがいた。恰好を見る限り、今の今までヘリの整備でもしていたのかもしれない。オーフェンは内心の動揺を隠しながら立ち上がる。


「よう。こんなとこでなにしてんだ」


「それはこっちの台詞ですよ」


スパナを手放し、探るようにこちらを観察する。オーフェンは微かに身じろぎしながらとりあえず答える。


「いや、実は・・・・・・」


ぽつりぽつりとそれまでの出来事を告げる。ヴァイスは黙って聞いていたが、その眉間には複雑な溝が出来ていた。それはおそらく困惑が7割と同情が3割というところだろう。


「はぁ。なんてゆーか、何やってんですか旦那」


「うるせ。大体、いきなり休みなんざ貰ってもやることねーんだっつの」


そう言って辺りを見回す。なんとはなしの行動だったが、よくよく考えれば格納庫に入るのは初めてだった。ヘリやわけのわからない機具があちらこちらにあり興味をそそる。そこでオーフェンはある一点に視線を止めた。


「なあ、あれなんだ?」


オーフェンの指し示す先にあるのは、自転車に似た乗り物だった。違うのは足を乗せるペダルがなく、全体的に機械的でごつごつした印象だ。カラーはメタルブラック。格納庫へ差すわずかな日の光に輝いている。オーフェンの指の先を追ったヴァイスがああ、と呟く。


「ありゃバイクですよ」


「バイク?」


「ええ。車の二輪・・・ていうか自転車にエンジンやらなんやらくっつけた感じですわ」


「ふ~ん」


初めて見るバイクを興味深そうに眺める。様々な角度から観察して一通り見やると、オーフェンは振り返ってヴァイスに言った。にやりと笑いながら。


「なあ。これ乗ってもいいか?」


「げ・・・」


心底嫌そうな顔をしてヴァイスはうめいた。





「いやー満足満足。わりーなヴァイス」


「・・・・・・そりゃよかった。公道では絶対乗らねーで下さいよ」


投げやりな口調でヴァイスがぼやく。オーフェンは後ろ頭をかきながら、広いヘリポートで散々乗りまわしたバイクの横でしゃがんでいるヴァイスへと向き直った。


「そう落ち込むなよ。傷だってちゃんと治しただろ」


「そーゆー問題じゃねーんですよ」


言いながらヴァイスがタンクに手を滑らせる。今でこそきれいに輝いてはいるが、つい先程オーフェンが運転ミスで倒れた際に無残な傷が出来ていた。傷自体はオーフェンが魔術で治した(塗装面だけのため問題なかった)のだが、それでもヴァイスは落ち込んでいた。どうやら思い入れがあるそうだ。


「そんなに大事なバイクなのか?」


あまりの落胆ぶりを見せるヴァイスの背中にオーフェンが声をかける。と、それと同時。緊急を告げるアラームが鳴り響いた。隊舎の方を見やるとなのは達が駆けつけてきていた。
こうして、暇な休日は終わりを告げた








お久しぶりです!!

一月中に投稿することが出来ました。
最近何かと忙しかったんですけど何とかなりました。

さて、ぶっちゃけあんまり話は進んでませんけど次の話の前奏として
軽く読んでみてください。

まあ、ここまで読んでくださった方はわかっていると思いますけど
次から謎の少女Vが登場します。ていうか色々新登場します。



そんなわけで、結構苦労してます。さすがにあんな大人数は難しいですね。
出来るだけ早く投稿しようと思うので、来月には投稿しようと思っています。



最後にここまで読んでくださってありがとうございます。
ここまで続いているのも皆さんのおかげです。閲覧数が増えるたびにいちいち
喜んでます。
感想とかも励みにさせてもらってますんで、よろしくお願いします



[15006] 第十三話  暗がりのその先へ
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2011/03/06 22:59
「おいおい。どーいうことだよ」


ヘリから現場へ直行したオーフェンはその光景を見るとともに毒づいた。吊りあがり気味の両目が更に険しくなる。怒りとも困惑ともいえる色を顔に浮かべながらその場に横たわっている少女を見る。


「・・・・・・」


人も寄り付かない薄暗い路地裏。その先に目を向ければ人と車の流れが見える。首都の雑踏の隙間にあるその場に、くすんだ金髪を広げた少女が横たわっている。地下水路を歩いてきたとキャロが言うが、本来は美しく輝いているはずの金髪が色褪せ、むき出しの手足についている無数の小さな傷を見れば容易に想像できた。そして極めつけはその少女が引きずっていたらしいケースだ。それもただのケースではなく、レリックの反応を示すケースだ。見たままを信じるとするならば、尋常ではない状況だ。ケースの封印はすんでいるようだが・・・。


「それと・・・・・・」


エリオがケースを持ちあげると、鎖が繋がっていた。但し反対が千切れている。


「つまり、ケースはもう一つ・・・・・・」


「今ロングアーチで調査中です」


そうなのはが言うのを横目で見ながら、少女を診断しているシャマルを見る。少女をしばらく診ていた彼女が顔を上げた。


「大丈夫。危険な反応はないし、今のところ心配ないわ」


「この娘はヘリで搬送しようか。フォワードは現場調査ね」


不安げなキャロ達になのはが指示を出した。





一方、その頃ロングアーチでは周囲の探索を行っていたシャーリー達がガジェットの影を発見した。ケースに反応して回収に来たのだ。


「ガジェット来ました!数機ずつで総数20!」


「海上方面!飛行タイプ、12機単位が5グループ」


「多いなあ」


「どうします?」


顎に手を当て、はやてが思考を巡らせる。グリフィスはその隣で部隊長の指示を待つ。そこに通信が入った。ヴィータからだ。モニターに飛行中のヴィータの姿が映し出される。


『こちらスターズ2』


海上で演習だったが、許可をもらい抜け出してきたという。


『それからもう一人』


『108部隊のギンガ・ナカジマです。別件捜査の途中でしたが、そちらの事例とも関係がありそうなんです。参加してもよろしいでしょうか』


ギンガからの申し出に、はやての頬が僅かに緩む。戦力は多いに越したことはない。はやては一つ頷くと、信頼する己の部下達に指示を出す。


「リインとヴィータは協力して南西方向を制圧。なのは隊長とフェイト隊長は北西部から。ヴァイス君とシャーリーはヘリをお願いや。ギンガはスバル達と地下で合流して」


『了解』


「オーフェンさんは・・・」






「ま、俺も地下だな」


オーフェンは肩をすくめてそう呟いた。空も飛べず、ヘリにいても音声魔術の特性上なのはのような遠距離狙撃は出来ない。残りは地下でガジェットの殲滅、レリックの確保だ。


『FWの皆をお願いしますね?』


なのはからの念話が届く。オーフェンはバリアジャケットのセットを行うスバル達を横目で見ながら応えた。


「りょーかい」


こうして、オーフェン達は地下道へと向かった。






「ギンガって誰なんだ?」


場所は地下道の一画。オーフェン達はひとまずギンガと合流するためにティアナが指定した合流ポイントに向かっている。そんな時、オーフェンがこれから出会う人物について訊ねた。


「あれ?オーフェンさん知りませんでした?」


そう言うのはスバル。意外そうな声を上げ、こちらに振り向く。オーフェンが首を横に振ると、エリオが代わりに答えてくる。


「ギンガさんってスバルさんのお姉さんですよね」


「うん。そうだよ」


エリオの声に嬉しそうにスバルが頷く。自分の姉と合流することが待ち遠しいようだ。


「すっごく強くて、私のシューティングアーツの師匠なんだよ。時には厳しく、時にはすっごく優しいんだよ・・・・・・あれ、オーフェンさん?」


よっぽど姉のことが好きなのか、まるで自分のことのように誇らしげに語る。そんなスバルの一人語りをオーフェンは走りながら聞いていたのだが、聞き慣れないワードに思わず足を止める。眉間にしわを寄せ微かに俯いた。


「オーフェンさん?」


数歩先でスバルも足を止める。他の面々もスバルを見て立ち止まった。


「どうしました?まさかガジェットが・・・・・・!」


ティアナが表情を引き締めながらクロスミラージュを構える。こちらの様子に何かを感じ取ったのか警戒を始める。そしてスバル達もそれぞれ構えをとる。オーフェンはこめかみに指を当て胸中の疑問を喉から絞り出した。


「なあ、ギンガってスバルの姉なんだよな」


「え?」


舌に苦みを感じながら口を開くと、スバルがきょとんとした顔で思わず構えを崩す。その他の面子も拍子抜けしたような表情をする。


「そうですけど、ギンガ・ナカジマって・・・・・・」


「今聞いた限りじゃ、お前にとっては自慢の姉ってとこか?」


「はい!私の目標です」


「なあ。これは俺の勘違いかもしれないんだが、姉ってのは、自分より年上で、性別が女の血縁者のことだよな?」


確かめるように一言一言を噛みしめながら訊ねると、スバルがいよいよ訳がわからないと言った風に口を尖らせてくる。


「そうですけど・・・・・・オーフェンさん、一体何が言いたいんですか?」


「いやその・・・・・・どうしてもその優しい姉ってのが信じられなくてな。なあ、その自慢の姉ってのはお前の頭の中だけの存在じゃないのか?」


「そんなわけないじゃないですか!!何言ってるんですか!?」


「私もあったことありますよ。とってもいい人でした」


「はっはっは。そんな馬鹿な。俺の知ってる限りじゃ姉という存在は横暴で凶暴で理不尽でなにかっちゃ人のことを意味もなく振り回したりどーしよーもないつまらんことで厄介事に首突っ込んで後始末を人に丸投げして本人はさっさと忘れちまうような人物のことだぞ」


一息にそう告げると、スバル達は後ずさりながらごくりと唾を呑みこんでいる。その目つきはまるっきり不審人物を見る目だ。


「オーフェンさん・・・何言ってるんですか?」


「それって姉とは言わないんじゃ」


「えっと・・・・・・オーフェンさんにもお姉さんが?」


「ギン姉はそんなことしません!!」


ティアナ、エリオ、キャロとスバルの順で言う。特にスバルは自分の家族のことなだけに強めの口調で否定する。全員の反応にさすがにオーフェンはわずかにひるむが、ふと頭上を見上げる。そしてあることを思いついてぽん、と手を叩く。


「あ、そうか。この世界じゃ姉ってのはそういう存在なんだな。なるほどなるほど。それならスバルの優しい姉ってのが納得はいかないが一応の説明はつくわけだ。さっすが別世界だぜ」


とりあえず理性では理解しておきながら、オーフェンは朗らかに言った。しかしスバル達はそれとは反対になぜか可哀想なものを見る視線を送ってくる。


「オーフェンさんの過去に何が・・・・・・?」


「絶対おかしいよね」


「ここはあまり掘り下げない方がいいと思います」


「でもちょっと気になるよね」


再びティアナ、スバル、エリオ、キャロの順でぼそぼそと話しあっている。オーフェンはよく聞き取れなかったがなんとなく聞こうとは思わなかった。と、ようやく自分たちの任務を思い出しずいぶん立ち止まってしまっていたことに気付く。


「おい!いつまでぼそぼそ話してんだ。さっさといくぞ!!」


叫びながら追い立てる。最後尾からフォワード4人をぐいぐい押すと、あわてて全員が走り出す。


「オーフェンさんのせいなのに」


ぼそっとそんなつぶやきが聞こえたが、オーフェンは右から左へ聞き流した。そしてじめじめと陰気な地下水路の先を見据えて速度を上げた。





「オーフェンさんかぁ。どんな人だろ」


地下水路を走りながらギンガが呟く。その表情は期待と不安が入り混じっている。が、僅かに期待が勝っているのか小さく笑みを浮かべている。


「スバルのメールでしか知らないからなぁ。うまく連携がとれればいいんだけど」


どこまでも真面目な彼女は更に速度を上げる。






『私が呼ばれた事故現場にあったのは、ガジェットの残骸と壊れた生体ポッドなんです』


ギンガが合流地点へと向かいながらはやてへ説明を始める。その内容はデバイスを経由しての独立通信で全員に伝わるようにしてある。オーフェンも走りながら耳を傾けた。彼女の話によれば事故現場には壊れた生体ポッドの他に、何かを引きずったような跡があったそうだ。その追跡途中に今回の連絡。そして、彼女はこの生体ポッドに見覚えがあると言う。


『あれは人造魔導師計画の、素体培養器』


『私もそう思うとった』


『じゃあその娘は・・・』


『人造魔導師?』


皆が絶句する中、何のことかわからずにオーフェンは怪訝そうに眉をひそめた。


(どう聞いたってまともな響きじゃねーぞ)


「優秀な遺伝子を使って人工的に生み出した子供に、投薬や機械の埋め込みで後天的に魔力や能力を持たせる。それが人造魔導師」


オーフェンの問いに答えたのは意外にもスバルだった。座学が苦手と言う彼女にしては珍しくスラスラと淀みなく、機械的とも思えるほどに解説する。そしてティアナがそれを補足する。


「倫理的な問題はもちろん、技術面でもコスト面でも問題があって、よっぽどどうかしてる頭のイカ・・・・・・とにかく普通ならありえません」


一度言葉を切って、早口に言い切る。ぼそっと「オーフェンさんがうつった」というようなことを呟いていたがあえて聞かないでおいた。走りながらティアナがかぶりを振って何かを追いだすような仕草を横目で見ながらオーフェンは記憶を探る。それほど前でもない、この世界に来る前の記憶を。


(人工的に能力を付与させる。天人の人形みたいなもんか)


キエサルヒマ大陸ではその昔、天人種族かとある実験をたびたび行っていたという記録がある。それは天人が様々な動物を実験台にして新たな生命を作り出そうとしていたという実験だ。結果から言えば、それは成功することはなかった。生まれたものは失敗作、欠陥品、なりそこない。とにかく生命としては不完全な存在だった。そしてその実験の中に人間も含まれていた。それで生まれたのが人形。オーフェンはこの人形を実際に何度か見たことがあるが、やはり生命とは言えないものだった。


(戦闘機人といい人工魔導師といい、どこの世界でもやることは同じってか)


舌打ちしながらオーフェンは走る。と、不意にキャロの手甲が輝きだした。彼女のデバイスのケリュケイオンだ。


「来ます!小型ガジェット6機」


その場で立ち止まり、全方位を警戒する。ティアナ達は前方をオーフェンとスバルは後方を睨みつける。






はやては強めの風を受けて僅かに目を細めた。今彼女がいるのはオーフェン達が進んでいる地下水路の上空だ。目もくらむような高度で、しかし凛とした雰囲気を纏って彼女は地平の彼方を見据えている。普段は後方で全体の指揮をとる彼女だが、今のその姿は騎士が着る様な甲冑で覆われ、手には身の丈以上の杖を持っている。海上に多数現れたガジェット、しかも幻影と実機の混成部隊を同時に殲滅するために広域魔法を得意とする彼女が前線に出たのだった。彼女に課せられたリミッターは既に解除してあり、さすがに市街地が近いことから完全に解除することは出来ないがSランクまでのリミッターは外してある。


(後悔だけはしとうない)


はやてのリミッターを解除する権限を持つのは騎士カリムとクロノ提督が持ち、それぞれ一度のみと制限されているが、はやてに躊躇はなかった。あとは彼女の持つ魔道書、夜天の書の力を解き放つのみ。


「じゃあ、いってみよか」


自信に満ちた掛け声とともに足元と前方に魔法陣が描き出される。それは雪のように白く、幾重にも紋様が重なり一つの巨大な絵画を思わせた。しかし魔法についての知識がある者が見れば、秘められた恐るべき力に言葉を失うだろう。


「八神部隊長。準備完了です」


はやての遠距離広域魔法のサポートを行うシャーリーから通信が入る。標的が遠く、数が多いため照準はロングアーチのスタッフが担っている。


「フレースベルグ!第一波、行くよ!!」


杖を振り下ろし、魔法陣に込められた魔力を解き放つ!!純白の魔力が溢れだし、標的を撃ち滅ぼさんと空を駆ける。そして回避行動をとる標的の群れに突っ込むと、爆音とともに閃光が弾けた。





「うっわ。なんだよこれ、反則じゃねえか」


オーフェンは空中に映し出されたモニターを見ながらうめいた。顔をしかめ、目を逸らすようにモニターから顔を離す。モニターに映し出されているのは上空の様子だ。丁度はやての広域魔法が飛行型ガジェットを空の塵に変えたところだ。


「話には聞いてたけど、無茶苦茶だなおい」


単純な規模で言えば天人種族の沈黙魔術を上回るだろう。当然、オーフェンの音声魔術など言わずもがなだ。そんな感じでオーフェンがはやての実力(まだ制限されているようだ)に戦慄していると、少し離れた所から焦った声が届く。


「オーフェンさん!そんなもの見てないで手伝ってくださいよ!!」


ティアナがクロスミラージュを構え周囲を警戒しながらオーフェンを呼ぶ。そちらを見やればティアナだけでなくスバル、エリオ、キャロもガジェットと戦闘を繰り広げている。オーフェンに怒鳴ったティアナも新たなガジェットにデバイスを向けている。オーフェンはめんどくさそうに嘆息した。


「別にお前らだけでもそんなやつらもう余裕だろ?油断さえしなけりゃ大丈夫だって」


「オーフェンさんの方が無茶苦茶だー!」


ガジェットに拳を叩き込みながらスバルが叫ぶ。が、彼女には傷一つなく危なげなくガジェットを既に数体破壊している。スバルだけでなく、エリオ、キャロ(とフリード)、ティアナも無傷でガジェットを破壊している。訓練当初のAMFに悪戦苦闘していたが、今では各々がポジションを理解し連携をとりながら、時には単独でガジェットを相手にしている。確実に訓練の成果が発揮されていた。


(俺の出番はねーだろ)


耳を澄ませば、水路の壁を隔てた向こう側から度々爆発音が聞こえてくる。だんだんと近づいてくるそれは何者かがこちらに近づいていることを示している。派手に聞こえてくるその戦闘音でその人物の実力を測る。かなり高ランクの魔導師のようだ。


「上空は部隊長が出ているんですね」


あらかたガジェットを片付け、一息ついたエリオが言う。他のメンバーも緊張を解いて深呼吸する。


「つーか部隊長が最前線に出てていいのかよ」


ぽつりとつぶやいたオーフェンの一言にその場が別の緊張で包まれる。誰もコメントしづらいその雰囲気の中、デバイスを見ていたキャロが声を上げる。


「ケースの反応はもうすぐです」


キャロのその報告に全員の表情が晴れる。ガジェットを難なく突破し、捜索対象の間近まで接近出来たこと、気まずい雰囲気が破れたことに表情が緩む。オーフェンはそんなFW陣を見ながら背を預けていた壁から身を離した。そして数秒後、轟音とともにオーフェンがいた壁が外側から打ち砕かれる。その奥には長身の凛々しい姿をした女性が拳を構えて立っていた。


「ギン姉!」「ギンガさん」


スバルとティアナが突然の来訪者に嬉しそうに呼びかける。どうやらこの人物がスバルの姉だそうだ。穴を通ってこちら側に来た彼女をさっと観察する。スバル同様意志の強そうな輝きを放つ瞳、きゅっと結ばれた口元。見れば見るほどスバルに似ている、というかスバルがもっと大人びたという風か。


(ついに来たか)





再開を喜ぶスバル達とはすこし離れた場所から眺める。喜色満面なスバルとこちらもまた喜びを素直に顔に浮かべているティアナ。エリオとキャロが初対面ということで若干緊張している。


「スバル、ティアナ。久しぶりね」


「ギン姉~」「お久しぶりです」


「うん。そっちの子達は?」


スバル達に笑顔で頷きを返して、ギンガがエリオ達に目を向ける。スバルがエリオとキャロの肩に手を置きながら紹介する。


「この前メールに書いたでしょ?私達FWの仲間」


力強く答えるスバルに照れたようにエリオとキャロが顔を赤くする。ギンガは膝を曲げて視線を二人に合わせた。


「話はスバルから聞いてるよ。エリオ君とキャロちゃんだね。私はギンガ。よろしくね」


陰気臭く薄暗いこの地下通路にあって、ギンガの笑顔は輝いている。その笑顔にエリオとキャロはしっかりと返事を返した。オーフェンはそんな様子を見ながら胸中で呟いていた。


(う~ん。思ったよりもマトモそうだな。スバルの姉ってんだからもっと軽そうなやつかと思ってたんだけどな)


ぱっと見た感じではまじめな優等生という風だ。彼女は一通りあいさつを終えるとこちらへと目を向けてきた。スタスタと歩み寄ってくる。


「初めまして。あなたが・・・」


「ああ。オーフェンだ」


「お話はいろいろ聞いています。スバルのメールにもオーフェンさんのことが書いてあったので、私個人でも一度お会いしたいと思っていました。よろしくお願いします」


オーフェンは自己紹介して頭を下げてくるギンガを見返す。これまでの印象では礼儀正しく、かといってお堅いことはない親しみやすそうな人物だということだ。まさにスバルに落ち着きをプラスしたという感じだ。


「よろしくな」


手を差し出すと、にこやかな笑みを浮かべて握り返してくる。手の平越しに彼女の体温が伝わる。女性らしく柔らかな感触と格闘術を納めている者特有の硬さも感じる。そしてその感触が離れると、ギンガはティアナへと振り返って話を始めた。さっそく今回の任務について打ち合わせを始めたのだ。オーフェンは未だ暖かさを残す自分の掌を見ながら胸中で呟く。


(なんか、普通だな)


オーフェンは近くにいたスバルを呼び寄せた。ギンガ達に背を向け、戸惑う彼女に小声で話しかける。


「おいスバル。なんか彼女普通だぞ」


「当たり前ですよ」


「いや、なんつーかお前の姉だろ?」


歯切れの悪いオーフェンに怪訝そうな顔をしながらスバルが口をとがらせる。


「そうですよ。私の目標です」


「てっきりお前の姉なんだから無駄に騒がしくて能天気で後先考えない暴走機関車を想像してたんだが」


「・・・・・・私ってそんな風に思われてたんですね」


がっくりと肩を落としたスバルを視線から外し、オーフェンは再びギンガを見やる。ちょうど話が終わったようでティアナ達と共にこちらに向かってきている。キャロの話だとレリックの反応はもう間近だそうだ。オーフェンはこっそりギンガを盗み見た後、通路の先を見る。今まで走ってきた道のりと同様、暗く湿っている通路が続いている。しかし、なぜかこれから進む先はこれまでとは違うような、そんな予感がした。











お久しぶりです。

二月中に投稿しようと思ってましたけど三月に!!
すみませんでした。!

あと色々登場するとか書いといて新キャラは二人のみでした。
申し訳ないです。

言い訳しますと、どーもこの先の展開が気に入らなくて色々書き変えて、
切りの良いところで投稿しようという運びになりまして・・・・・・



言い訳は以上で、今回の内容に。
金髪はチラ見で、ギンガがドンと登場です。私のイメージとしてはギンガは
真面目さんキャラなのであんな感じになりました。オーフェンの反応は所々
ちょっと過剰かなとも思いましたけど思い切ってやっちゃいました。実はギンガとのやり取りももう一パターンありました。(やり過ぎなので修正しましたけど)

次回からはもう少し登場人物も増える予定です。投稿は来月までにはする予定です。(今回は詐欺にはしません)



感想については、毎回チェックさせていただいてます。拙作に初書き込みとか超うれしいです。楽しみですと書いてあるのを見るとすごい励みになります。


今回は中途半端な終わり方になって知ったかもしれませんが、次回で一応一区切りつく予定です。また時間が空いてしまいますが、それまでお付き合いいただけるとありがたいですので、これからもよろしくお願いいたします。






追記

質問にありましたが、オーフェンはなのは達は絶対に倒せない相手だと思っていません。なのはの全力や今回のはやての広域魔法にビビりはしますけど、やり方次第では・・・と思っているということにしています。

六課のメンバーが魔術の特性を理解していない点については、それは単純に私がそのシーンを省いているからです。オーフェン自身が意味消失や連鎖自壊を説明していない(使用していない)こともありますが、六課の課員は魔術についての危険性を認識してはいますが、そのシーンを追加すると本筋から離れて行ってしまうため省きました。

なのはの粛清行為、シグナムのティアナへの暴行等々は拙作では発生していません。その代わりオーフェンにその役をしてもらってます。その他のツッコミどころはそちらも省いております。こちらもやはり本筋から外れてしまうので。

というか単純に私の力量不足です。上手くストーリーに組み込めればいいのですが、その点については要努力ということで今後の課題とさせていただきます。
ご指摘ありがとうございました。



[15006] 第十四話  螺旋の先へ
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2011/04/12 22:50
「あっ」


やがて狭い通路から広い空間に出る。等間隔に高い柱が並び、足元には水がまだ流れている。キャロによるとこの付近にケースの反応があると言うことなので手分けしてフラフラと捜していると、キャロの声が上がった。


「ありましたー」


ケースを手に、キャロが笑みを浮かべる。他のメンバーもその嬉しそうな声に表情をほころばせる。が、次の瞬間に聞こえてくる音に眉をひそませた。反響して正確な位置は分からないが、何かが壁にぶつかっているような、破裂音が段々と近づいてくる。そしてその正体に気付いた時にはもう遅かった。


「キャロ!!」


オーフェンはキャロに振り返りながら叫ぶ。キャロがオーフェンの声に振り向いた瞬間、キャロへと魔力弾が撃ち込まれた。突然の不意打ちにキャロの反応が遅れた。防御する間もなく吹き飛ばされる。咄嗟にオーフェンは魔術を展開させた。


「キャッ」


「我が腕に入れよ子ら!」


「でやあああああああ!!」


魔術により発生した力場で宙を舞うキャロの動きが速度を緩めた。空中に浮いたままふわふわとオーフェンの元へと漂ってくる。オーフェンがキャロを受け止めるのと同時、裂帛の気合とともに粉塵の中をエリオが飛び抜けた。オーフェンは目をこらして空中で激突する二つの影を見る。激突音とともに二人が交差し、別れる。


「うあっ」


着地したエリオの頬に一筋の赤いラインが引かれ、一瞬遅れて血がにじむ。オーフェンはキャロを降ろしながら突然の闖入者を探して周囲を見回す。しかしその姿は見えず、代わりにブブブブ・・・という耳障りな音が低く響く。その音の出所を探ると、何もないはずの空間から人影が現れた。


(なんだ?)


構えをとりながらオーフェンは目を凝らす。現れたのは人の形をしているが人間ではなかった。大柄で、頑強そうな鎧で全身を覆っている。しかしその顔は四つの瞳を持ち紫の不気味な光を放っている。背には虫のような羽根と太い尻尾が生えており、先程からの不快な音の正体は背中の羽が発生させているようだ。見れば見るほど異形な姿にオーフェンは出来の悪い悪夢を見ているような心持ちで呟く。


「おいおい。なんだありゃ」


「あれは・・・召喚虫の一種だと思います」


オーフェンの呟きにティアナが答える。思わずそちらを見れば彼女も既にデバイスを構えて戦闘態勢をとっている。スバル、ギンガもだ。と、オーフェンの視界の隅に新たに動く影が映る。咄嗟に振り向けばキャロと同じくらいの身長の少女がケースへと向かっている。近くにいるキャロはまだ気付いていない。


「チィ!」


己の愚かさに舌打ちしながらそちらへ駆け出そうとするが、急制動をかけてオーフェンは無理矢理前のめりになる体を抑えつけた。自分の後ろにもう一つ気配を感じたからだ。そして少女がケースを手に取る。ようやく気付いたキャロが呼び止めるが、少女はキャロへ向けて手を突き出すと魔法陣を展開させた。そのままキャロに向けて魔力の津波を叩きつける。咄嗟にキャロも防壁を張るが押し負けて吹き飛ばされる。


「キャロ!」


エリオがキャロを受け止めるが、勢いを止められずに背後の柱に激突する。例の虫人間はスバルとギンガが牽制している。そしてケースを手に取った少女が離れようと背を向けた時、少女の背後に突然ティアナが現れた。まるで先程の虫人間のように。彼女得意の幻術魔法で姿を隠していたのだ。


「動かないで。それ本当に危険なものだから、こっちに渡して」


少女に魔力刃を突き付けながら警告する。突然の事態にもかかわらず冷静に状況を把握した良い判断だ。あちらはティアナに任せればいいだろう。そしてオーフェンはゆっくりと背後に振り向く。


「何なんだてめえらは」


睨みを利かせて脅すように問いかける。今だ睨み合いを続けているFW陣との壁になるように構えてオーフェンは第三の乱入者と対峙した。薄暗い地下水路にあって裾の長い外套を着ている。身長はかなりの長身で、外套の上からでも相当に鍛えられた体を持っていることがわかる。恐らく男だろう。


「名乗る程の価値もない。お前たちは時空管理局・・・だな」


外套で顔は見えないが、低く圧迫感を感じさせるその声から男であることは間違いないようだ。男はそう言うと顔を隠している外套をどける。そこにあったのは予想通り巌のように険しく、けれども知性を感じさせるような顔立ちだった。眉間には深いしわができ、あたかも苦難に苦しんでいるようにも見えた。


「邪魔はしないでもらおうか」


「邪魔だぁ?そりゃこっちの台詞だ」


威圧的な男に抗うようにオーフェンも口調を荒くして睨みつける。しかし男はオーフェンが凄んでも特に動揺するわけでもなく、不意に天井を見上げる。得体のしれない男から視線を外すことは避けたかったが、無視するわけにもいかずにオーフェンもその視線を追う。と、視界に小さな影がちらついた。それはやがて白い光を放ち始める。


「まだだ!来るぞ!!」


振り返って叫ぶ。オーフェンはFW達へと駆け出した。が、それと同時に背後の気配が爆発的に膨れ上がる。ぞっと背筋に悪寒を感じてオーフェンは体を投げ出した。回転しながら再び振り返るが男は一歩も動いていなかった。男のプレッシャーに気押されたということか。


(冗談じゃねえぞ!)


胸中で罵声を上げながらオーフェンは起き上がる。それとともに背後のFW達の方から爆音と閃光が溢れだす。光が収まると、残ったのは無音の世界だった。背を向けていたことで光を直接見ることはなかったが、大音量の音は聴覚を麻痺させていた。


「待ちなさい!」


ティアナが鋭く警告を叫ぶ。今のショックで逃がしてしまったのか、声に焦りが含まれているのを回復してきた聴覚が聞きとる。思わずオーフェンもそちらへ目を向けそうになるが目の前の男から目を逸らすことはできなかった。オーフェンは警戒を怠ることなく改めて構えをとると、背後からなにやら今の状況とはミスマッチな声が聞こえてくる。


「ったくもー、あたしたちに黙って勝手に出かけちゃったりするからだぞ。ルールーもガリューも」


地下水路に緊迫した状況とは不釣り合いな陽気な声が響く。


「でももう大丈夫ぞ。このあたし、烈火の剣精アギト様と旦那が来たからな!」


パンパンと火薬が弾けるような音がする。外套の男はそれを見て僅かに目を細める。なんとなくオーフェンにはその表情が呆れの表情な気がした。オーフェンも警戒はしたままで、こっそりと肩越しに背後を見やる。そこには、リインと同じサイズの少女がバックに花火を上げてポーズをとっている。そして指を立てて言い放つ。


「おらおら。お前ら纏めてかかってこいやぁ!」


ガクッと肩を落としてオーフェンは視線を戻す。おそらく旦那とはこの男だろう。オーフェンは呆れた口調で話しかける。


「おい。いいのか、あれ」


「聞くな」


「さっきのあれ、本名だよな?」


「聞くなと言っている」


呆れ声のオーフェンの問いにあくまで返答を拒んでくる。これ以上は無意味と思い、オーフェンは気を引き締め直す。


「で?お前たちの目的は一体何なんだ?」


いつまでも睨み合っては埒が明かない。いきなり飛びかかることはせずに探りを入れる。といっても、先程のリインっぽいのが思いっきり名前をばらしていたが。


「俺達の目的はレリックだけだ。大人しく渡せばなにもしない。そちらに危害を与えるつもりもない」


「じゃあどうそ、とでも言うと思ったか?」


「目的を聞いたのはお前の方だろう」


「あれを手に入れてどうするかって聞いてんだよ。どんなもんか知らねえなんて言うつもりじゃねえだろうな?」


じりじりと距離を詰めながら牽制の意味を込めて口調を強くする。大した意味はないようだが、それでも構わずにオーフェンは距離を詰め始める。この男の注意をFW達に向けさせてはならない。予測にすぎないが半ば確信していた。4人?の中で実力が高いのは間違いなくこの男だ。


「そうだな。一応は知っているつもりだが、こちらにはこちらの理由がある。引くつもりはない。なにより時空管理局を信用することはできない」


「?」


言葉の意味と言うより、その言葉に込められた男の感情の波に違和感を感じてオーフェンは足を止める。が、それを問いただす間もなく、背後から爆裂音が轟いた。


「いっけぇぇぇぇーー!」


アギトとやらが幾つもの火球を作り出し射出する。ティアナ達はそれを避けるが、更にオーフェンとの距離は離れてしまった。分断された形になる。


『オーフェンさん』


『ティアナか』


『はい。このまま私達は時間を稼ぐつもりです。私達の目的はレリックの確保ですから』


『無理に戦闘はしないで、こっちに向かってるヴィータ副隊長とリイン曹長が来るまで持ちこたえるってことです』


ティアナの念話をスバルが引き継ぐ。オーフェンは数秒考え込むが、それが妥当だろうと判断した。


『そんなもんだな。こっちは俺がなんとかする』


『良し!良いぞお前ら』


『ヴィータ副隊長!』


オーフェン達の念話に答える形でヴィータの念話が届く。スバルが歓声を上げている。


『私もいますですよ』


『リインか』


『はいです。もうすぐ合流できますから、それまで皆さん頑張ってください』


「増援か?」


念話を切ると、待っていたかのようなタイミングで男が話しかけてくる。実際待っていたのだろう。オーフェンはにやりと笑みを浮かべると余裕を見せるべく両手を上げた。


「ああ。逃げるんなら今のうちだぜ?」


オーフェンとしてはこの男の実力が未知数であるため、逃げられても仕方ないとも思っていた。もし全力で戦闘になりでもしたら両者とも無傷で制圧する自信がない。が、


「いいや。合流する前にケースを手に入れるという選択肢もあるぞ」


言うや否や、一瞬体を沈め凄まじい速度で踊りかかってくる。その長身からは考えられないコンパクトな挙動。しかし反応できないほどではなく、予想通りでもあった。


(かかった!)


胸中で歓声を上げながらバックステップを踏む。そして稼いだ数歩分の時間を利用してあらかじめ編んでおいた魔術を解き放つ。魔術を初めて見る者にとってデバイスも魔法陣も必要とせず、通常の魔法と比べて圧倒的に速い魔術の発動速度はかなりの不意を突くことが出来る。相手の攻撃に合わせるカウンターは特にだ。


「我は放つ光の白刃」


突き出した右手の先から純白の閃光が膨れ上がり、標的へと疾走する。タイミングも相手の出足に合わせて完璧、威力も手加減はしてはあるが直撃すれば大柄な男でもひとたまりもない。迸る熱衝撃波の向こうに見える男の表情は驚愕に彩られている。オーフェンは自身の勝利を確信して笑みを浮かべた。が、それは凍りつくことになる。


「はっ!」


ガン!と何かを打ち据える凄まじい音がして、まっすぐ突撃していた男が直角に折れ曲がる。その脇を標的を見失った熱衝撃波が虚しく通り過ぎ、どこか遠くで爆発する。


「なに!?」


必勝のはずの魔術が回避された。オーフェンは口に苦い味を感じて、唾を吐く。男の方を見やれば急な挙動でバランスが崩れたせいか、しゃがみこんで起き上がるところだった。その手には身長ほどもある長い槍がある。おそらくデバイスだ。魔術を回避した地点を見れば、地面が抉れている。ということは、あの槍を突き立てて強引に軌道を変化させたということになる。常人離れした反射速度と膂力だ。


「あのタイミングでかわすか。やるじゃねえかよ」


内心の動揺を押し隠して不敵に告げる。腰を落とし、拳を握るいつもの戦闘態勢。この相手に同じ手は二度と通じない。不意打ちを二度も受けるような真似はしないだろう。


「なるほど。確かに厄介だなこれは」


「あん?」


ぽつりと漏れた呟きをオーフェンは聞き逃さなかった。構えを解かないまま顔をしかめる。
だが、その答えを聞く前にアギトの声が響いた。


「この魔力反応・・・でけえ!!」


その叫びと同時、頭上からの轟音が鼓膜を打つ。天井が砕け、破片が雨のように降り注ぐ。そしてその破片に紛れて影が二つ。


「アイゼン!」


影の一つ、ヴィータが突貫の声と共にグラーフアイゼンをガリューに叩きつける!ガリューも咄嗟に腕を使って防御し、ヴィータの一撃を受け止めた。が、


「うおおあああああ!!」


雄叫びと共に更にヴィータがさらに力を込め、グラーフアイゼンを振り切る。完全に受け止めたと思えたガリューだが、ヴィータの全力には敵わずに一気に吹き飛び、壁に激突する。


「ガリュー」


それまで無表情だったルールー(愛称か?)がはっきりとした動揺の波を立てる。かすれて消えそうな声もわずかに震えている。打ち倒されたガリューの姿に動揺しているところに間髪いれずにリインが仕掛ける。


「フリーレンフェッセルン!」


リインの翳した手の平に魔法陣が現れ、ルールーとアギトが一瞬にして氷の牢獄に閉じ込められる。


「よく頑張りましたね、皆さん」


ヴィータに続いてリインが下りてくる。ガリューを単純な力押しで吹き飛ばし、ルールーとアギトを一瞬にして動きを封じる。FWとギンガが苦戦した相手を奇襲とはいえあっさりと無力化した実力はさすが歴戦の騎士というべきか。なんにせよ、これで障害は残りあと一人。


「さあどうする。あんた一人で俺たち全員を相手にするか?」


ヴィータ達がこちらに近づいてきているのを気配で感じながら、オーフェンは構えを解いて問いかける。無論、構えは解いても魔術の構成は編んでいる。魔術の構成は魔術士にしか知覚できない。つまり、魔術を完全に発動するまでは相手に魔術の気配を悟られることはない。例えるなら、目の前で拳銃の撃鉄を起こして引き金に指をかけていても気付かれることはない。もちろん魔術士ではなく、破壊的魔術を打ちだされる寸前であることなど知りもしない男は数秒逡巡するように視線を彷徨わせたが、再び外套を被り直すと後ずさる。


「やめておこう。私もここで終わるつもりはないからな」


「私・・・も?」


言い捨てて、男はすっと浮かび上がるとそのまま地下水路の影に消えていく。


「待て!」


遠ざかる影に向けてオーフェンは右手を構えて編んでおいた構成を解き放とうとする。が、突如地面が揺れ出す。編んでいた構成を破棄して、オーフェンは近くの柱に手をついた。


「なんだ!?」


傍に降り立ったヴィータが疑問の声を上げる。遅れてやってきたキャロがエリオに肩を借りたまま答える。


「大型召喚の気配がします。多分、それが原因で・・・」


「なんだって?」


ハッとしてヴィータが振り返る。柱に激突したはずのガリューが姿を消している。慌ててリインが氷結魔法を解除して氷塊をなくす。そこに誰の姿もなくあったのは人が通れそうな程の穴だ。


「逃げられました・・・」


苦々しくリインが呟く。そんな間にも地鳴りは勢いを増し、地下水路そのものを潰しかねないほどになっている。ヴィータの決断は早かった。


「ひとまず脱出だ!スバル!」


「ウイングロード!」


スバルが拳を地面に突き刺す。スバルの意思に答え、マッハキャリバーが輝きを発する。天井に空いた穴へと、螺旋を描いて彼女の青い魔力光に輝く道が現れる。オーフェンは頭上を見上げながら全員に声を張り上げた。


「俺が最後に行く。お前たちは先に行け!」


「あたしが先に行く。リインはオーフェンとだ。お前らはついてこい!」


『はい』


ヴィータの指示にFW達とギンガが頷く。そしてヴィータが先陣を切って飛び立った。と、そこでオーフェンはティアナとキャロが話をしているのを見た。内容は聞き取れない。しかしティアナがこの状況で無駄話をするわけがない。


(あいつ、なんか企んでやがんな)


胸中で呟きながら、オーフェンは頭上を仰ぐ。降り注ぐ瓦礫を先頭のヴィータが砕いて進む。


「おいお前ら!早く行け」


「はい」


少し遅れてFW達が駆けあがる。その後ろをオーフェンとリインが追いかけた。













あとがき的



お久しぶりです!!

前回から随分間が空いてしまって申し訳ありません。
三月には投稿するとかぶっこいておきながら既に桜が咲いています。
まさかここまで時間がかかってしまうとは・・・・・
もう○○までに投稿しますとか言いません(泣)

今回もかなり中途半端な感じで区切りとさせていただきました。
次回でヴィヴィオ登場編は終了予定です。ちょこちょこ原作とは
違ったりします。


次回もなるべく早く投稿したいとは思っていますけど、いつになるやら・・・
来月までにはしたいのですが、あてにならない自分が恨めしいです。
こんなグダグダな拙作ですが、毎回読んでくださっている方は本当にありがとうございます。これからもお付き合いくださればうれしいです。

ここまで続けられているのも皆さんのおかげです。
本当にありがとうございました。



[15006] 第十五話  攻防戦
Name: QB9◆225ae755 ID:0469955c
Date: 2011/06/12 01:30
紫の髪を持ち、憂いを含んだ瞳でただ一点を見つめる少女がいた。彼女、ルーテシアは中空に浮かべた魔法陣の上に立っている。その傍らに手の平サイズに小さな影、アギトが浮いていた。そのアギトが今、ルーテシアに向かって抗議の声を上げている。


「なあ、大丈夫なのかよルールー」


二人の視線の先には、巨大なカブトムシのような昆虫がいた。ルーテシアの召喚虫、地雷王だ。体を頑丈そうな甲羅で覆い、その全身から稲妻を周囲にまき散らしている。昆虫が鎮座するアスファルトはその昆虫の重量で悲鳴を上げて、メキメキと軋みを上げながら亀裂を広げている。このままでは確実に崩壊するだろう。


「やりすぎだって。埋まった中からどうやってケースを探す?あいつらだって管理局員とはいえ潰れて死んじゃうかもだぞ!!」


「あのレベルなら大丈夫。ケースはクアットロやセインにお願いする」


「だからって・・・」


更にアギトが説得しようと口を開くが、直後に響いた轟音に口をつぐむ。ルーテシアと共に音のした方を見れば、地面が陥没している。遂にアスファルトが耐えきれずに沈んでしまったのだ。ルーテシアはそれを無感動な目で見つめながら、小さく息を吐いた。ゆっくりとした動作で後ろに振り向く。


「ガリューももういいよ。アギトがいてくれるから・・・・・・ゼストは?」


己の背後にたたずむガリューに小さく呟くと、無言の内にガリューは姿を消した。続いてキョロキョロと視線を彷徨わせてゼストの姿を探す。外套に身を包んだ大柄の男の姿を思い出し、その姿が見当たらないことに小さく眉をひそめる。


「ほんとだ。旦那どこ行った・・・・・・」


アギトが同じくゼストを探そうとした時、フッと気配を感じて地雷王へと目を向ける。見ている間に、地雷王の四方に魔法陣が現れ鎖が飛び出した。ルーテシアが地雷王を戻す間もなく全身に巻きつき、縫いとめる。


「なんだ!?」


魔力反応を探す。召喚魔法を行っている人物はどこか。その人物は間もなく見つかった。しかも、見つけたものはそれだけではなかった。ビルの屋上にたたずむ召喚師の背後から2つの宙を翔る道が現れ、その上を疾走している二人。その間を飛び抜けてくるのが一人。地下水道にて遭遇した管理局員だ。その姿に気をとられている二人に側面からの橙の魔力弾が撃ち込まれた。召喚師がいるビルとは別のビルに銃型のデバイスを構えた別の管理局員がいる。


「おら!」


「ん」


即座にアギトとルーテシアは迎撃の炎と紫のダガーの魔力弾を放つ。が、そのことごとくが躱される。ルーテシアは咄嗟に魔法陣を消し、引力に引かれるまま落下しながらそれを見やった。そして音もなく高架に着地した時、バシッと何かが弾ける音が連続して聞こえる。反射的に音の聞こえた方を見ると、いつの間にか接近されていた赤毛の管理局員に槍型のデバイスを喉元に突き付けられていた。


「くっ」


アギトの方はと言えば、周囲の氷のダガーに包囲されて身動きが取れなくなっている。完全にチェックメイトを宣言されたような状況だった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






(なんとかなりそうだな)


二人の重要参考人を捕えながら、オーフェンは胸中で独りごちた。最初の意識を失っている少女を見た時はどうなるかとも思ったが、ようやく一息つけそうだ。上空のガジェットもはやての活躍でそろそろ片付くだろう。


「となると、あいつはどこだ?」


少女とアギト、そしてもう一人いた大柄の男を探す。地下水路の奥へと消え去ったあの姿を思い浮かべながら、周囲を警戒する。が、先程から姿どころか気配すらしない。諦めて去ったのか、ロングアーチにも捜索を頼みはしたが、未だに反応は見つかっていないようだ。


(それも釈然としねえな)


かの男の放つプレッシャーから相当の実力を持っているはずだし、恐らく今捕らわれている仲間を見捨てるような男にも見えなかった。ということは・・・


(どこかで姿を隠してチャンスを待つってとこか?)


ヴィータ達が少女達に尋問しているが、オーフェンの耳には入ってこなかった。それよりも自分の思索に没頭する。自分ならどうするか。相手の行動を先読みする。捕らわれた仲間は二人。捕えているのは熟練の術者を含む魔導師が7人。


(真っ向からは不可能として、やるなら不意打ちか。出来れば全員の注意を他に引き離したい。・・・まるで暗殺技能者だな)


過去に教え込まれた暗殺技能者の知識と経験を引っ張り出す。記憶の中の沈殿に手を伸ばし、手探りで探しだす。指先にかかる感触だけを頼りに少しずつかき集め、だんだんと記憶が浮かび上がらせる。暗殺技能者であれば正面から戦いを挑むことはしない。標的を己の領域に誘い込み、必殺の状況を作り出す。相手の死角に滑り込み、静かに心臓に刃を突き立てる。


(今俺達全員の気を逸らせる最適なものは・・・・・・)


今回はかなりの機動六課メンバーが出動している。部隊長であるはやてを筆頭に、隊長が2人とヴィータ、リイン、ギンガとFWの4人。そしてオーフェンを入れてのかなりの戦力を投入している。前線メンバー以外にもシャマル、レリックを持っていた謎の少女を乗せたヴァイスのヘリ。


(ヘリ?今どこだ!?)


慌ててヘリを探して空を見回す。ヘリはかなり離れた地点で戦闘の余波のとどかないところでホバリングしている。その近くには・・・・・・今は誰もいない!


『はやて!!ヘリだ』


『なんやて!』


『狙いはヘリだ!!早く戻れ!!!ヴァイス、シャマル!』


全員に向かって念話越しに叫ぶ。オーフェンの予想が正しければ、狙われるのはヘリだ。戸惑いの念話が帰ってくるが、オーフェンは無視して絶叫した。同時にはやても全隊員へ叫ぶ。


『いいから戻れぇ!!』『オーフェンさんの言う通りに!』





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




オーフェン達のいる高架からかなり距離があるビルの屋上にて動く影が三つ。否、よく見れば動いているのは二つだ。その片方が2メートル以上の細長い筒のようなものを持っている。おもむろにその筒に被せてある布を取り外すと、それは銃だった。巨大な大砲。それを腰だめに構え、照準を合わせる。その先にあるのは・・・・・・





「市街地にエネルギー反応!大きい」


ロングアーチに警報が鳴り響く。突如モニターに現れた巨大な反応にその場の全員が凍りつく。


「チャージ確認。物理破壊型、推定・・・Sランク!!」





「IS、ヘビーバレル発動・・・・・・発射」


巨大な砲門に集められた光が解き放たれる。オレンジの光が帯状になって一直線にヘリへと迸った。





轟音がヘリから離れたオーフェン達の位置にまで轟く。音が衝撃となって体を打ちつけ、聴覚を一瞬麻痺させる。閃光がまたたき、瞳にヘリの最後の姿を焼き尽かせる。


「ぐっ・・・」


『ロングアーチ!ヘリはどうした』


ヴィータが叫ぶ。ヴィータは必死の形相で体を震わせている。それは怒りか、他の何かか。直前に捕えた少女から何かをささやかれていたようだがオーフェンには聞こえなかった。


『わかりません。連絡付きません!』


「テメェ!!」


少女にヴィータが掴みかかる。スバルが止めようとするが、ヴィータは無視して問い詰める。オーフェンはヘリの方を見るが砲撃の余波で粉塵が巻き起こっており、距離があることからもヘリの無事は確認できなかった。ヴァイスとシャマルの二人からの応答もない。


(くそったれ!やっぱ来やがったか)


当たった悪い予感に舌打ちしながら、オーフェンは考える。ここまで予想通りなら、次に何らかのアクションをあるはずだ。管理局の人間は全員動揺し、冷静さを失っている。この機を逃さない手はないはずだ。


(見逃すな!)


胸中で己に命令する。ヘリの安否は気になるがそちらに気をとられていてはその隙に背後から死の手が迫る。非戦闘員が乗っているヘリにあれだけの砲撃を打ち込む程だ。こちらに手加減する道理がない。全方位へと警戒の網を伸ばす。今のヴィータ達に警告する暇はない。全力で敵の存在を探す。


(どこだ)


首を回して敵の位置を探す。と、視界の隅に違和感を感じた。そちらへと視線を戻すと、硬いアスファルトから手が伸びていた。手首から上だけの、以前見た異形のクリーチャーを想起させる光景だ。その手がエリオの後ろから拘束中の少女に忍び寄っている。


「エリオ!後ろだ」


「え?」


「エリオ君。足元!」


オーフェンとギンガの警告に反応が遅れてエリオが振り向く。が、それよりも早く地面から飛び出した人影がエリオからケースを奪い取る。


(女?あれは)


予想外の人物にわずかに動揺する。てっきりあの男が奇襲するものだと思っていたが、出てきたのはティアナやスバルくらいの年の女だった。しかも着ているスーツには見覚えがあった。その女はエリオからケースを奪い取ると、再びアスファルトへ飛びこむ。まるで水面に飛び込むようにその姿を消した。咄嗟にティアナが魔力弾を撃ち込むが、硬いアスファルトを貫けずに表面を削るだけだ。


(物体を透過する能力か!?あの猿みてーに)


天人の沈黙魔術を操るサルを思い出す。オーフェンの魔術すら透過し、すり抜ける能力を持っていた。


(なら次は・・・)


女の消えた場所へと走るヴィータ達を横目に、オーフェンは一人残された少女を見る。静かに目を閉じて何かを待っている。そしてその足元が揺れる。まるで水面に立つ波紋のように。


(そこか!)


予想通り、アスファルトから女が現れ少女を抱きかかえる。オーフェンは右手を振り上げ叫んだ。


「我は放つ光の白刃!」


最も編み慣れた構成を最短で作り上げる。声と共に魔力を流し込みあげた右手の先から純白の光熱波が放たれる。が、一歩遅かったか光熱波が地面に突き刺さる頃には女は既に姿を消していた。標的を失った魔術が炸裂し、熱波がその場の空気をかき乱し、オーフェンの前髪を揺らす。


「くそっ!」


「逃がしたか!」


「こっちもですう」


ヴィータの声にリインが悔しそうにうめく。その手に持ったバンドは拘束していた人物を失いプラプラと揺れていた。これでせっかくの手がかりを奪い返されてしまった。ダンッとヴィータが地面に拳を叩きつける。俯いているため表情は見えないが、その拳が震えているのは見えた。そして絞り出すように声を出し、顔を上げるのと同時に叫ぶ。


「ロングアーチ、ヘリは無事か。あいつら・・・落ちてねえよな!!」


ヴィータの悲痛な叫びにその場の全員が息を呑む。オーフェンは歯を噛みしめながら拳を握りしめた。


(間に合わなかったか)


『ロングアーチへ。スターズ1、ギリギリセーフだったけどヘリの防御成功!』


ヘリを覆っていた煙は晴れ、そこには桜色の防壁を張っているなのはの姿があった。なのはの力強い声が全員の不安を取り除く。特にヴィータは大きく息をついて力なく笑みを浮かべている。よっぽど安心したのだろう。オーフェンも自分の肩から自然と力が抜けていくのを感じた。


『さすが、天下のエースオブエースだな』


称賛を込めて念話を送る。遠くで見づらいが、息の荒いなのはの声が本当にぎりぎりのタイミングだったと示している。


『いえ、オーフェンさんが咄嗟に教えてくれたからですよ』


『ほんまや。オーフェンさんが警告してくれんかったらどうなってたかもわからん』


それでもあの威力を受け止めたことは凄まじいの一言だ。あれがリミッターを解除した高町なのはの実力。オーフェンが垣間見たその一端に戦慄を感じていると、突然爆発音が大気を震わせた。


『いた!』


「フェイトか」


爆発の方へと視線を送ると、2つの人影とそれを追うフェイトの姿が見えた。彼女の金髪と黄色い魔力光はよく目立つ。と、見ている間に逃げている二つの影が消えた。フェイトも見失ったらしく、速度を落としている。何らかのISを使用したのだろう。距離があるため今からではオーフェン達では間に合わない。


『はやて!』


『位置確認。詠唱完了、起動まであと4秒』


(4秒?またさっきのか?)


空戦型のガジェットを纏めて蹴散らしたはやての広域魔法を思い出す。なるほど、あれなら辺り一帯を纏めて吹き飛ばせる。消えていようがいまいが関係ない。


『了解』


はやての警告を受けてフェイトが離脱する。あっという間に離れてしまうと、今までフェイトがいた辺りの空間に黒い球体が現れた。それは空間に空いた孔のように質量を感じさせず、しかし禍々しさを感じさせる球体だった。あれがはやての魔法だろう。帯電するように周囲に魔力を漏らし、段々とその存在感を増している。


『デアボリック・エミッション!』


はやての一声と同時、その球体が爆発的に膨れ上がる。幾つもの建物を呑みこみながら、圧倒的なまでのプレッシャーを撒き散らして天災のごとく一帯を蹂躙する。安全圏にいるはずのオーフェン達にまでその余波が押し寄せた。ビリビリと体を叩くその衝撃に、オーフェンは冷や汗が流れるのを感じた。


(なんだありゃ・・・・・・)


絶句しながらオーフェンはその光景を目に焼き付ける。自分の使う魔術と違う魔法。なのはやフェイト達を見てその違いを理解したつもりだったが、その認識を根こそぎぶち壊された衝撃にオーフェンは身震いした。それは今の魔法の威力を見たからではなく、それ以上の力を有しているというはやて自身にだった。完全にリミッターを外していない今の段階であれほど大規模な魔法を使用し、それを完全に制御している彼女に。


『いくらなんでもやりすぎじゃねえか?死ぬだろどう見ても!』


『大丈夫ですよ~。ちゃんと加減はしてありますから』


『いや、そういう問題じゃねーだろ!』


オーフェンの呟きにあっけらかんとはやては答える。オーフェンはげんなりとうめきながら徐々に収束しつつある黒球を見る。もしあの場にヘリを狙った砲撃主がいたら塵すら残らないのでは?そう思って見ていると、黒球の中から飛び出した姿が見える。例の二人組だ。飛行能力もあるようで、その姿に逆にオーフェンがほっと胸をなでおろす。のもつかの間、


「トライデント・・・スマッシャー!!」


「エクセリオン・・・バスター!!」


危機を脱したことで動きを止めていた二人に、待ち構えていたフェイトとなのはが砲撃を仕掛ける。挟み込むように反対方向からの同時攻撃に反応も出来ずになすすべもなく撃ち抜かれる。否、黄色と桜色の砲撃に押しつぶされ、閃光の中に消えていく。


『おおい!お前ら殺す気満々じゃねーか!』


頭を抱えてオーフェンが叫ぶ。が、その叫びを打ち消すようになのはが声を上げる。


『直撃じゃない!避けられた!』


『直前で救援が入った』


『アルト、反応を追って。多分この前オーフェンさんが遭遇した人!』


『あいつか!』


ホテルで遭遇した戦闘機人を思い浮かべてオーフェンはなのはとフェイトの方を見る。トーレと名乗ったあの戦闘機人の常人離れした速度ならあの瞬間でも脱出することが出来るのかもしれない。


(あいつの仲間か)


『反応・・・・・・ロストしました』


しばらくたった後、ロングアーチからの報告はこの一言だった。


『逃がしたか』


はやての悔しそうな声が届く。


『ああ。悪い、こっちは最悪だ。召喚師達には逃げられて、ケースも奪われちまった。逃走経路も掴めねえ。あたしの失敗だ』


『リインもです』


「あの~、ヴィータ副隊長」


念話に集中しているヴィータにおずおずとスバルが話しかける。が、報告中であるヴィータにアイゼンを突き出され、言葉を詰まらせる。オーフェンはその様子をなんとなく見ていると、ふと思いついたことがあった。


(そういや、地下水路脱出の時なんか話してたかな)


ティアナ達が何やら話しあっていたのを思い出した。もしかしたらその関係かもしれない。


「副隊長、あの~」


「報告中だぞ!後にしろ」


振り返ってヴィータが怒鳴る。その剣幕にスバルが肩を震わせた。その後ろからティアナがばつが悪そうに手を上げて言う。


「ずっと緊迫してたんで言いだせなかったんですけど・・・」


「レリックには私達で一工夫してまして」


ティアナの続きをスバルが言った。


「あん?」


「実はケースはシルエットではなく本物でした。私のシルエットは衝撃に弱いので、敵に奪われるとばれちゃうので」


「なので、ケースを開封してレリック本体に直接厳重封印をかけて」


「その中身は・・・」


スバルがキャロの帽子に手をかける。帽子の下には一輪の小さな花が咲いていた。丁度キャロの頭に咲いたように見えるその花にオーフェンは眉をひそめた。よく見れば、白いカチューシャに花の飾りが付いているのがわかる。が、キャロが今までそのようなものをつけている姿は見たことがなかった。というか、帽子の下にあんな飾りを付けるバカはいない。


「こんな感じで」


パチンとティアナが指を鳴らす。すると、ポンという小さな音と共に真紅のレリックに姿を変えた。


「敵との直接接触が一番少ないキャロに持っててもらおうって」


手品の種を明かすかのように説明するエリオ達にオーフェンは腕を組んで一つ頷いた。


「なるほどね。あの時話してたのはこのことだったのか」


「はい」


オーフェンの呟きにティアナが答える。ヴィータは先程までの落胆ぶりから、どう反応すればいいのかわからないように表情をひきつらせて乾いた笑い声を洩らしている。リインは感嘆の声を上げていた。FW達も笑みを浮かべて、問題があったもののなんとか無事にレリックを確保できたことに安心しきっていた。そんなFW達にふらりと影が近づいているのにも気付かず。


「イタッ」「キャッ」「うっ」「あっ」


リズムよくFWの4人が小さな悲鳴を上げた。不意に頭を殴られたことに訳がわからず4人は揃って振り向いた。そこにはにやりと不敵で不気味な笑顔を浮かべるオーフェンがいた。4人がどうして殴られたのかきょとんとしていると、オーフェンはゆっくりとした口調で告げた。


「お前ら、何で黙ってた?」


「え?」


「お前らの策は上出来だったさ。敵も俺達も騙せたのは見事だったよ。だがな、緊迫してたからって俺達、特にヴィータに伝えなかった理由にならねえだろ。言う機会はいくらでもあったはずだ」


「それは・・・」


「で、でも頭打つことはないじゃないですか~」


スバルが頭をさすりながら訴える。そういえばスバルだけ強めに殴ってしまった気がする。キャロも頭を押さえて震えている。


「いや、それはなんとなく」


「なんとなく!?なんとなくで殴ったんですか!」


「なんか黙ってたのがむかついたっつーか」


「ただの八つ当たりじゃないですかー!」


腕組みしてうんうんと頷いているオーフェンにFWの4人が揃って抗議する。そんな姿をヴィータ、リイン、ギンガが呆れたように見ていた。と、そこでオーフェンは脳裏に引っ掛かる違和感を感じた。何かを見落としている、そんな気がする。


(なんか忘れてないか?)


思い出せずに自問する。重要なことだったような、どうでもいいことだったかのような。思い出せそうで思い出せないことに苛立ちながら、オーフェンは腕を組んで目をつぶる。これはいつもの癖だった。そのままオーフェンは考え込んでいたが、やがて思い出せずに諦めた。その後なのは達と合流した頃には、完全に忘れていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






ガラガラと瓦礫の崩れる音がする。光すら届かない地下で、なにかが蠢いている。人のように見えるそれは黙々と瓦礫の山を崩す作業を続けている。それはどこか機械的にも見えた。が、耳を澄ませてみると瓦礫の音が邪魔になって聞き取りにくいが何かをしゃべっているのが聞こえる。


「どこだ?この辺りにケースがあったはずだが」


黙々と、コツコツと、がらがらと、作業を繰り返しては独りごちる。


「なにもここまで崩すこともなかったろうに。それにルーテシアやアギト達はどこへ?」


誰にも聞かれることがなく、その呟きは闇に吸いこまれていった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「くくくくく。なかなかに面白いデータがとれたよ」


暗い暗い洞窟の奥深く。複数のモニターの光に照らされたそこに、白衣を着た痩身の男性が佇んでいた。たった一人で、モニターを見つめている。その顔には笑みが浮かんでいる。目を細めて、歪に口元を歪めて、愉快そうに。


「さぁて。そろそろこちらも動いてみようかな」


様々なモニターにはそれぞれ別の人物が映し出されている。それは時空管理局の局員の姿が、戦闘時の姿が映し出されている。それを見ながら、男は腕を持ちあげた。歪な紋様が刻まれたリングが2つ、手首にはめられている。それがカチンと金属的な音を立てて揺れ動く。そしてその手の先には、黒づくめの男が映っているモニターがあった。











あとがき的


お久しぶりでございます。

なんとか今回も投稿することが出来ましたー。
最近全然時間作れなくて、前回からかなり開いてしまいました。
あとまたスランプ気味だったので何回も書き直しして・・・・・・。

なんとか調子が戻ってきているとは思うんですけど
難しいです。


内容的には、今回は同時に何人も動かさなきゃいけない
内容だったので、苦労しました。
無駄に長くなって読みにくくなってしまってはいけないと思ったんですけど、
逆に削りすぎだったでしょうか?


こんな感じで次回もなるたけ早く投稿したいと思ってますけど、
どうなるか(汗)


それと、毎度のことながら感想を書いてくれている方はありがとうございます。
拙作を楽しみにしてくれている方がいるのかと思うと、すごくうれしいです。
これからもよろしくお願いします。


あ、あとドクター関連についてちょっと修正しました。
詳しくは第一稿の注意書きにて



[15006] 激闘編  てめえらなにがしたいんだ 前編
Name: QB9◆c7176bf7 ID:dc52dbe7
Date: 2012/05/19 23:33
剣を正眼に構えて、呼吸を調整する。大きく吸い、小さく吐く。視線はただ真っ直ぐ動かさず切っ先のその先に見える標的から離さずに。足は肩幅程度に開き、膝をわずかに曲げて力を溜める。柄を握る手は心持ち軽めに、強く握りしめることはなく。力むことはなく、ただ自分が剣と一体になっているのだと感じる。切っ先まで感覚の手を伸ばし、空を切る感覚すら正確に感じ取れるほどに。目指すは唯一つ。斬れぬものはない剣の極致。




拳を握りしめる。手の中には何もない。ただ、握りしめる。それだけの行為がなぜか妙に力が湧いてくる。踏みしめる両足には何もかもを受け止める広大な大地の感触。腰を落とし、肩を回し肘を引き絞る。そしてその先の拳へと全身の力を漲らせる。そこで気付く。自分の手には何も握られていなかったわけではなかった。確かに握られていたのだ。それをどう表現すればいいのか言葉が見つからないが、感じることは出来た。もしかしたら、この先も分からないかもしれない。でもわかることは一つある。この何かが握られた拳は、すべての障害を砕くことができるということを。




なぜそれを選んだのか。それはもう忘れてしまった。けれど、今もこうしてこの手にあるのだからきっとそれは大切なことなのだと思う。忘れてしまったけれど、その思いはこの槍を手に持つ限りいつまでも生き続ける。剣のように鋭く、棍のように長い。きっとそれはまだ子供の自分にとって都合がよかったのだ。もしかしたらそれが選んだ理由かもしれない。そのあまりにもあんまりな思いつきに苦笑する。けれど、それでもかまわない気もしていた。今の自分があるのもそのおかげだから。




ピーチパフェ、桃のフラン、ピーチスムージー、ピーチヨーグルト、ピーチメルバ、ピーチゼリー、桃のカラメリゼ、ピーチプリン、ピーチアイス・・・・・・・・・
全部あたしのもんだ!




これは儀式のようなもんだ。自分の過去と相対するための儀式。人には誰しも目を背けたくなるような過去の一つや二つあるもんだ。これまでの人生ってやつを振り返ってみれば、まあいろいろあった方だと思う。その中には忘れられないものも、忘れちまいたいものもある。時には絶望しかけたこともあった。それでもここまでやってこれたのは奇跡ってのはピンとこないが、きっと何かがあったからなんだと思う。俺はどんな時もそいつを追っていたからこそ今この場に立っていられる。もしどこかで、パズルのピースのように何かがかみ合ってなけりゃ・・・・・・どうなってたかな。とまれ、俺はいつも自分の信じる道を歩いてきた。それでも必ずしも満足のできる結果じゃなかったことがあるし、後悔したことも何度もある。これは、その一つとの決別だ。俺がこれからも信じる道を行くための。






「第一回!!バッキバキ機動六課最強決定戦!!!そんなの決めのどうするの??なんでもありのバトルトーナメント、果たして大して意味のない勝利と栄光とちょっぴりの自惚れを手に入れるのは誰だ!!」


ジャーンとでも効果音の流れそうなセリフとともに、マイクを持ったシャーリーが立ち上がって両手を広げた。大仰な仕草であたりを示しながら、マイクで拡張された声を響かせる。


「舞台はこちら!!最新技術の粋を結集して作り上げられたこの空間シミュレーター!用途に応じて様々な状況を作り出せるこの設備がこのしょうもないような微妙に興味があるようなよくわからないトーナメントの舞台です!まさに無駄遣いそのもの」


腕をバッと振って示すその先には、なにもない平坦な、味気のない地面が広がっていた。が、それは仮の姿であることは知っている。ほんの少しの操作で木々が鬱蒼と広がる森林を作り出すことも、ビル群でも、うらぶれた居酒屋でもなんでもその場に作り出すことの出来る機動六課自慢の最新設備である。ちなみに、今シャーリーが立っている場所もその空間シミュレーターを使って用意した小高いステージの上である。


「ここでトーナメントの説明をいたします。ルールはいたってシンプル。1対1の真剣勝負。なんでもありありのありがとう!どんな卑怯卑劣な手段から一瞬で凍結しそうなダジャレまで!お互いの死力を尽くして戦っていただきます。そして、ステージはランダム抽選により選択しますので、各々地の利を生かして頑張って下さい。そして勝者同士で戦闘を重ね、最後に残った一人が優勝です。そ・し・て~~~」


シャーリーが拳を握ってふるふると力を溜める。そのバックから何故かドラムロールが流れ始める。段々とテンポが上がり、最高潮になった時点で・・・


「優勝賞品は、これです!!!」


ズバーンと両手を広げて飛び上がる。その後ろからはこれまた何故か爆発が起こり、カラフルな煙が立ち込めた。と思ったら、どこからともなく風が流れ煙が晴れた。そして煙の晴れたそこにあったのは


「桃缶1年分です!!!」


見上げるほどに高く積まれた手のひらサイズの桃缶の山だった。


「さ~あ!腕に覚えのある奴らは手を挙げろ!己が最強であることを証明し、機動六課最強の称号を手に入れてみせろ!!此度は立場も経歴も一切関係なしのガチンコ勝負だ、臆せず怯まず日頃の鬱憤を拳に乗せてぶちまけろ!!!ムカつく上司も生意気な部下もやっちまえ!!!!!」


どんどんテンションが上がり、いよいよ最高潮にまで達する。シャーリーは叫びながら、バッと両手を頭上へと掲げる。


「一発かましてやりたいやつ、出てこいや!!」





「なんで俺はここにいるんだ?」


誰に聞かせるわけでもないが、オーフェンはなぜか声に出さずにはいられなかった。自分でも意味があるとは思えないが。と、思っていたがその声に返事があった。


「それは、エントリーしたからですぅ」


その声の主はオーフェンの顔の周りをひらひらと浮かんでいるリインだった。ふらっと動いてから、オーフェンの肩に腰かけた。手のひらサイズの彼女にとって人の肩に座るというのはもはやおなじみとなっていた。


「俺がしたわけじゃない」


うんざりとした口調でオーフェンはうめいた。オーフェンはいるのは小さな一室だった。手足を伸ばすには十分な広さはあるのだが、軽くストレッチする程度で限界といったくらいだ。大して広くもない部屋の中央に申し訳程度に置かれた机と椅子。そのほかには時にこれといった調度品のない部屋だった。オーフェンは座り心地の悪いイスに座り、膝の上に肘をついて頬杖をついていた。イラつきを隠しもせずに指で頬を叩いていた。


「でももう受理されちゃいましたし。対戦相手も全部決まっちゃてますよ」


(だ・か・ら・俺がしたんじゃねえってんだよ)


胸中で毒づきながら、オーフェンは嘆息した。この場で肩に乗って無邪気にこちらを見ているリインに文句を言うわけにもいかず、オーフェンは文句の代わりに愚痴を言った。


「大体、どこの誰だよ。こんなあほな企画考えたやつ」


「企画者はシャーリーとアルトの二人らしいですよ。で、その企画をはやてちゃんが面白いって実現させちゃったんですよ」


「あいつらか~」


「あ、あはははは」


怨嗟の念をこめてうめいたオーフェンにリインが乾いた笑いを浮かべる。が、このままではまずいと思ったのか、リインが若干早口になりながら、


「で、でもでも。まるっきり無駄ってことじゃないんですよ。今回はこんなお祭りみたいな企画ですけど、この部隊の隊員の実力を計測するっていう趣旨は有用だとリインは思うんですよ」


「そんなもん普段の訓練でわかるだろ」


「いえいえ。それはやっぱり訓練での実力じゃないですか。今回みたいに個々が100%の実力を出し切る機会って少ないと思うんですよ」


うんうんと頷きながらリインは言った。というか、言いながら自分で自分を納得させようとしているようにも見えるのだが、とりあえずオーフェンはそこは突っ込まずに口を挟んだ。


「ほほう。それはなのはと俺の普段の教導内容に不満があるってことか」


にやりと意地の悪い笑みを浮かべてそう言ってやると、リインは目に見えて狼狽し始めた。


「あ・・・・・・ちちちち違いますよ!そんな、皆さんの訓練に不満があるなんて・・・」


「いや~。そうだったのか。リインがそう思ってたなんて全然気がつかなかったよ。今度なのはに相談してみるよ」


「なんでですか!私は何も言ってませんよ!!」


リインは顔を紅潮させてこちらの耳を引っ張りだした。オーフェンはやりすぎたか、と耳元で大声を出されて顔をしかめながら脱線していた話を軌道修正させる。


「まあ、実戦での実力を図りたいってことはわからんでもないが、それでもこれは違うだろ?そのための日々の訓練であり模擬戦もやってんだ。俺にしちゃ今回のばか騒ぎはただの悪ふざけだ」


急に話題が戻り、オーフェンの正論すぎる評価にリインは落ち着きを取り戻して静かになった。耳は掴まれたままだが。


「しかもなのは達隊長は全員不参加じゃねえか。実力を見るってんなら自由参加なんてどう考えてもおかしいだろ。結局は騒ぎたいだけの見世物トーナメントってことだ」


「う~。反論できません・・・」


「だろ?そこでだ、その馬鹿騒ぎに勝手に巻き込まれた哀れな嘱託隊員がいたらかわいそうだとは思わんか?」


「そうですね。望まぬままに苛烈なトーナメントに巻き込まれてしまったというのはとても大変だと思います」


「そうだろそうだろ。よし!リイン、ここはお前が俺の代わりに出場してくれ」


「はい?」


威勢よく言ったオーフェンの言葉に、きょとんとするリイン。オーフェンはその隙に畳み掛けるように続ける。


「哀れな俺の代わりにその身を差し出し闘争に臨むリイン。なんて慈悲深く勇敢なんだろうか。強敵達を前にして、怯むことなく立ち向かうその姿に人々は感動すら覚えるはずだ。行け、リイン。恐れず進め!道半ばで倒れようとも、必ずその姿は人々の記憶に刻まれる・・・・・・2週間くらい」


「ええええええ!!!???」


文字通り肩から飛び上がり、顔の前にまで回り込んで来た。面白いくらいに動揺しているリインをオーフェンは涼やかな視線で見やった。


「大丈夫大丈夫。お前ならやれるって。自分を信じろ」


「なんでそんな投げやりなんですか!」


「いやいや。俺はお前を信じてる。きっと出来るって」


「うあああーーーん。目が死んでますぅぅぅーー!」


リインは頭を抱えてぶんぶん振りまわし始めた。それを見ていよいよ笑みを隠しきれなくなってきたオーフェンが口を開こうとすると、部屋がノックされる音が聞こえた。


「オーフェンさーん。そろそろ試合時間です」


「あいよ」


局員の女性の呼び声に応えて、オーフェンは腰を上げた。


「ええ!結局出場するんですか!!」


悶えていたリインが丸い目を更にまん丸に見開き、きりもみ回転しながら宙返りをしつつ叫んだ。


「おおう。なかなかアクロバティックな動作だな。もう教えることはないぞリイン。なんか謝礼くれ」


「なんでですか!ていうかあれだけ渋ってたのになんで出場するんですか?」


ずいっと身を乗り出してきたリインにオーフェンは顔を逸らしながら、


「いや、その、優勝賞品が・・・・・・」


「そんなに桃缶が欲しいんですか!?ただの桃缶じゃないですか」


騒ぐリインに、オーフェンのこめかみがぴくりと痙攣した。リインは気が付いていないが、確かに震えたのだった。オーフェンは腹の底から滲み出てくるどす黒い感情を自覚しながら、それを表に出さずに告げる。


「ただの桃缶って言うけどな、あれ1缶でかな~り生き長らえるんだぜ?それを1年分とあっちゃ・・・・・・俺なら5年分はいけるぞ」


「いかないでください!」


「それによー、なのはとシグナムに脅されてんだよ。この大会勝手にさぼったら仕事量増やす、闇打ちすんぞってよ。どーしろってんだよ」


「お二人ともそんなことしません!」


「うんにゃ。なのはのやつは『優勝目指してオーフェンさんも頑張って下さいね』って言ってたし、シグナムのやつなんざ『正々堂々と勝負だ』だぜ?」


指を二本立ててリインに説明するが、意味が分からずにリインは首をかしげている。オーフェンはつまりだ、と前置きして手をクルリと反転させる。


「『優勝しなけりゃ仕事倍増のペナルティだから頑張れ』、『出場しけりゃ闇打ちする』ってことだろ」


「なんですかその極大曲解解釈は!」


「と、さすがにそろそろ行かねーと。不戦敗しようもんならそれこそ考えたくもねえし」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「お待たせいたしましたぁ!!機動六課最強決定戦!とか言いながら隊長陣は全員欠場というグダグダさ。でもその程度で中止にはさせませんとも!まだまだ目玉のカードがそろっております。そして!その最初の一回戦がこれよりはじまります」


空間投影モニターに映し出されたアルトがなんだかおかしなテンションでマイクを握りしめている。オーフェンの記憶が正しければ、彼女はもう少し大人しい性格をしていたはずだが…。そんなことを考えながらオーフェンはあたりを見回した。見回したといっても、周囲はモニター以外は真っ暗闇で何も見えない。控室からここまで通されてから、何の説明もなくそのままにされている。


「注目の選手は~~~~こいつだ!」


ザン!と腕を振って背後を示す。それと同時、モニターが現れて選手の顔が映し出された。


「鉄鎚のゲートボーラー!なんでもかんでもぶっ叩き!てめえらハンマーに染みにしてやるぜ!!スターズ分隊副隊長ヴィータ選手!」


ヴィータの画面が現れると、どこからともなく歓声が上がった。かなり大きな歓声だ。ひょっとすると機動六課全隊員が見ているのかもしれない。オーフェンは頭を抱えて胸中で毒づいた。


(あんの腹黒隊長め。何考えてやがる)


この祭りを企画協力したという八神はやての顔が脳裏に浮かぶ。普段は激務をこなしている機動六課の全隊員がこのような騒ぎに乗っかるにはあいつが手を回したとしか考えられない。脳裏に浮かぶ憎たらしく笑うはやてを、せめて空想の中で張り倒す。


「ヴィータ副隊長のお相手はぁぁぁぁ!ある日突然現れた規格外の予想外。結構なんでも器用にこなす、器用貧乏な六課の切り札!荒んだ目つきがどんより輝く!!スターズ分隊オーフェン選手!!」


アルトを挟んでヴィータの画面の反対側に、オーフェンを映した画面が展開される。ヴィータの画面は胸を張って不敵に笑うヴィータが映し出されているが、オーフェンの方は不機嫌そうに顔を歪めて睨みつけているような目つきのあまり画面映えしているとは言えない表情だった。オーフェンはそれを見て舌打ちをした。


「それでは早速このお二人に登場していただきましょう!カモーーン!!スッテェェェェジィィィィィィ!!」


バン!と硬い何かを叩くような音とともに真っ暗闇の空間が光に照らされた。一瞬で視界が白く染まり、思わずオーフェンは腕で目を覆った。それも段々と慣れてくると、オーフェンは腕を下ろして目を開いた。


「これは・・・」


そこはビル群だった。高層ビルが幾つも立ち並び、整備された道路がその間を縫うように敷かれている。この光景には見覚えがあった。機動六課の空間シミュレーターを使った仮想舞台だ。道路の先へと目をやるが、果てが見えない。相当な広さを用意しているようだ。


「まったく、何考えてんだか。なあ?」


頭をかきながら、首だけひねって後ろを見やる。そこには、バリアジャケットを展開してグラーフアイゼンを肩にかついでこちらを見ているヴィータがいた。いつの間に現れたのか、それとも最初からいたのか。ヴィータはこちらを正面に見据え、かぶりを振った。


「さあな。今日のあいつらはあたしにも分からない」


そう言ってモニター越しにアルトを見る。ヴィータもあんなアルトを見るのは初めてのようだ。彼女も戸惑っているのが表情から読み取れた。そしてアルトはというと、そんなオーフェンやヴィータに構わず一人でどんどん突っ走る。


「さぁぁぁぁぁ第一回戦!二人の戦士がにらみ合っております!既に臨戦態勢一触触発!勝負のゴングは打ち鳴らされる寸前だぁ」


「あいつなにかに憑かれてんじゃねえのか」


「あたしもそんな気がしてきた・・・」


勝手にヒートアップして誇張の上に誇張を重ねた実況を始めている。そんなアルトを横目に、オーフェンとヴィータは揃ってため息をついた。


「ま、ここまで来ちまったからな。後戻りはできねえな」


「ああ。あたしも引くつもりはないぜ。やるからには全力でいかせてもらうぜ」


「お前もよくやるな。シグナムじゃあるまいし、こんなもんに本気になる意味なんてあんのか?」


「ああ。優勝賞品の桃缶はあたしのもんだ。はやてとな、約束したんだよ。桃缶使っていろんなお菓子作ってもらうって」


「それでいいのか!?スターズ分隊副隊長が!」


「うっせーなー。いいからさっさとやるぞ」


面倒くさそうに吐き捨てて、ヴィータはハンマーをこちらに向けた。


「おぉぉぉぉぉっと!早速ヴィータ選手がオーフェン選手に向かって獲物を構えました。開始の合図はまだ出していませんが、もはやそれすら不要というのか問答無用のぶっ叩きぺったんこマシン。どんなものでもとりあえず叩いてペラペラにしてしまうという凶悪ぶりをここに来ても発揮するのか!」


「おい」


「対してオーフェン選手は特に構えを見せてはおりません。だがあの目つきは尋常ではない殺気をはらんでいるように見えます。もしかしたら既になにか呪い的な何かを視線に込めてヴィータ選手を攻撃しているのかもしれない。恐るべき陰険吊り目男!!」


「てめぇ後で覚えてろよ!!」


「おぉぉーっと!呪いの矛先がこちらに向く前に、バトルスタート!!」


高らかにブザーが鳴り響き、アルトを映していたモニターが消える。それと同時、ヴィータがデバイスを振りかぶりながら一直線に飛んできた。


「潰れろぉぉぉーー!」


「こなくそ!」


咄嗟に横に跳んで回避する。急な動作に体勢を崩しかけつつもヴィータの姿をとらえる。デバイスであるグラーフアイゼンこと巨大ハンマーを地面にめり込ませている。


「テ、テメェ!殺す気か」


「優勝賞品のためだ。おとなしくあたしのアイゼンの染みになれ!」


「公務員がそんなこと言ってもいーのか!」


その声を呪文にしてオーフェンも魔術を放つ。純白の光熱波が大気を切り裂くようにヴィータへと収束する。着弾と同時に轟音をあげ、熱波が荒れ狂った。が、そこにはヴィータの姿はなかった。ヴィータが砕いたアスファルトをさらに抉っただけだった。オーフェンは素早く周囲に目をやりヴィータの姿を探す。と、不意に悪寒を感じて全力で身を投げ出した。


「喰らえぇぇぇぇぇ!!」


頭上からのヴィータの声に顔を上げると、空を飛び、鉄球を眼前にいくつも浮かべ打ち出す寸前のヴィータが見えた。鉄球の数は5つ。その威力を知るオーフェンはぞっとしながらも体を起こし、両手を掲げた。


「我は紡ぐ光輪の鎧」


じゃ、という何かを擦るような音と共に光の網が現れた。ヴィータが鉄球を打ち出すのに数瞬遅れて現出したその力場の盾がヴィータの攻撃を受け止める。


「やってくれんじゃねえか!おい!」


「まだまだいくぞぉ!!」


宙に浮かんでいたヴィータが一直線に急降下を始める。重力と相まって、凄まじい速度でこちらへと突っ込んでくる。オーフェンは今だ勢いを失わない鉄球に動きを封じられ、回避することができない。覚悟を決めて、オーフェンは歯を食いしばった。


「はああああああああ!」


大上段から振りかぶったハンマーをヴィータが全力で叩きつける。バキン!という音が響き、次の瞬間障壁が砕かれる。オーフェンは受け止めきれなかった衝撃に体をのけぞらせ、ヴィータは更なる一撃を加えようともう一度ハンマーを振りかぶった。その顔には凄絶な笑みを浮かべ、勝利の鉄槌を振り下ろさんとした。オーフェンは体勢を崩した不利な状況の中で、しかしヴィータと同じく笑みを浮かべて胸中で歓声を上げた。


(かかった!)


こっそりと編んでおいた構成に展開させる。世界を改変させ、己の望む事象を引き起こす魔術士の特権。オーフェンは声高らかに叫んだ。己の魔力が世界の色を塗り変えることを確信して。


「我は見る混沌の姫!」


オーフェンの前方、つまりヴィータの周囲に重力の渦が生まれる。低空を飛行しながらこちらに向かってきていたヴィータががくんと速度を落とし、そのまま高度を維持できずに着地した。


「うぐうううう」


自重の何倍もの荷重にヴィータは歯を食いしばって耐えている。グラーフアイゼンの柄を支えにし、魔術に耐えている姿はさすがだが、それでも動きは封じられた。オーフェンは素早く体勢を立て直すと、すかさずヴィータへ駆け寄った。


「シッ!」


グラーフアイゼンに寄りかかり、体をくの字に折っているヴィータの後頭部へ肘を振り下ろす。一瞬で意識を刈り取る一撃だ。


「ぐぅっ!」


しかし、苦悶の声を上げたのはオーフェンの方だった。振り下ろした肘は、果たしてヴィータの後頭部には届かずに赤色の障壁に阻まれていたのだった。オートプロテクションだ。特にヴィータはポジションがフロント。最前線で敵の攻撃を受け、味方を守ることが求められる鉄壁の存在。オーフェンでもその障壁を破るには魔術なしでは無理だ。


「うあああああ!」


ぐぐっとヴィータが体を起こす。歯を食いしばり、うめき声が漏れている。魔術の効果が切れかかっているのだ。オーフェンは舌打ちすると、バックステップで距離を取る。


「やってくれんじゃねえか」


「お前こそな」


体勢を立て直し、吐き捨てるように言ったヴィータにオーフェンも鋭い視線を返す。その間にも、オーフェンはじりじりと間合いを詰める。ヴィータも魔術によるカウンターを警戒して構えを取ってこちらの動きをうかがっている。膠着状態にも似たこの状況の中で、オーフェンは視線で牽制を続けながら思考する。彼女に有効なダメージを与えるには素手では難しい。が、オーフェンには魔術がある。余人の追従を許さない奇跡の担い手たる魔術士の特権。それならば確実にヴィータの防御を突き破ることもできるだろう。問題は、


(相手もそれをわかってるってことか)


オーフェンの魔術についてはすでに機動六課全員の周知の事実だ。実際に術を放つ姿も何度も見せているし、魔術の原理も簡単にだが説明済みだ。もちろん、魔術について話していないこともあるが、それはそれで別の話だ。ここで問題なのは、魔術の、とりわけ音声魔術の弱点である。人間の魔術士が扱う音声魔術に限らず、ドラゴン種族の扱う魔術でもその魔術の媒体となるものがある。ディープドラゴン種族の視線、ウィールドドラゴン種族の文字のように、それぞれ異なる媒体を必要とする。そして音声魔術はその名の通り音声、呪文を媒体とする。これは声を発することで発動させることが出来る特徴を持つのだが、その反面、声の届かない範囲にはその魔術の効果を及ぼすことができないという弱点があった。


(空飛ばれちまうと手も足も出ねえんだよな)


声の届かない距離にまで飛ばれてしまっては魔術も通じない。それはヴィータも知っている。それでも最初からそうしなかったのは、おそらく彼女のスタイルなのだろう。障害はすべて叩き壊す。そんな彼女だから、自分の圧倒的優位という状況を良しとしなかったのだろう。だが、それでも厄介な相手には違いないし空を飛ばないという保証もない。つまり、オーフェンにとって不利であることは変わらないのだ。


「さあて。そろそろ行くぞ」


首をこきこきと鳴らしながらヴィータが不敵に笑みを浮かべる。どうやらこの試合を楽しんでいるようにも見える。この相手から勝利を奪うために、オーフェンは瞬時を構成を編み、解き放った。


「我は弾くガラスの雹」


見えない力場がヴィータの自由を奪う。オーフェンの手が向けられた先、ヴィータの体が不意に持ち上がる。そして、オーフェンが腕を横に振るとヴィータも同じ方向へと弾かれたように飛んだ。


「うわああああ!」


(厄介な相手に勝つためのその1。先手必勝)


ヴィータは抵抗も取れないまま、並び立つビルの窓へと突っ込んでいく。ガラスの割れる音を響かせて、ヴィータが建物の中に消えた。オーフェンもそれを追って走り出しながら、右手を掲げる。


「我は放つ光の白刃」


純白に輝く光熱波がヴィータの後を追って放たれる。大気を引き裂きながらビルの中へと突き進み、建物の中へ姿を消した一瞬後、轟音とともに閃光があふれ出る。いくつもの窓ガラスを粉々に砕き、壁面に大穴をあける。オーフェンは素早くその大穴に駆け寄り、そっと覗きこむ。


(とりあえず室内戦に持ち込む)


ガラガラと瓦礫の崩れる音を聞きながら、オーフェンはヴィータの姿を探す。魔術の余波が今だ放電している以外特に動きのあるものは見つけられない。今の魔術でヴィータを先頭不能にできたとは思えない。オーフェンは慎重に魔術による破壊跡を観察する。が、それでもヴィータの姿は見つけられず、小さく嘆息すると身を乗り出した。


(追い詰めるつもりが、逆に追いつめられるなんてな)


ヴィータからの反撃がないということは、十中八九この先で待ち構えているのだろう。室内という状況を利用したオーフェンだが、今は逆にそれを隠れ蓑にされている。オーフェンはビルの中へと足を踏み入れた。そこは、会議室のような場所だった。広い空間に長めの机と椅子がいくつか等間隔に並べられ、十数人は収容できそうだった。今はオーフェンの魔術によって机や椅子が瓦礫とともに乱雑に散らばっている。足場の悪さに舌打ちしつつ、オーフェンは見回した。


(どうする?この状況で不意をつけて、かつ確実にダメージを与えるためには・・・)


場所はそこそこ広いが戦闘としてはやや狭い室内。出口は廊下側に一つあるドア、オーフェンが入ってきた大穴の二か所。前者は閉められ、後者からはヴィータの姿を見ていない。一度開けて閉めた可能性はあるが、オーフェンは直感でそちらは無視した。ヴィータはこの中にいるはずだ。オーフェンは周囲を油断なく警戒しながら思考する。もし、自分がヴィータの立場だったら・・・・・・


「上か!」


はっとして頭上を見上げると、忍者よろしく天井に張り付いているヴィータがいた。その顔には笑みが浮かび、オーフェンが気付いた瞬間には既に飛び降りてきていた。グラーフアイゼンを振りかぶり、叩きつけてくる。


「我は紡ぐ光輪の鎧」


間一髪、オーフェンとヴィータの間に障壁が現れる。なんとかヴィータの一撃を受け止めたが、凄まじい衝撃が障壁を超えてオーフェンを襲う。オーフェンは歯を食いしばってそれを受け止める。ぎしぎしと障壁を軋ませ、破壊せんとするヴィータをオーフェンは睨みつけた。大きな瞳をさらに見開いているヴィータと目が合う。


(・・・・・・?)


それは幸運だった。偶然目があったヴィータの瞳に自分が映っているのが見えた。が、見えたのはそれだけではなかった。自分の背後、足元あたりのがれきが不自然に動いていたのをオーフェンは見逃さなかった。


「・・・・・・!?」


反射的に振り返る。振り返ったオーフェンの視線の先には、瓦礫に紛れて隠されているヴィータの鉄球があった。それと同時、障壁から伝わってきた圧力が消えた。ヴィータが離れたのだ。が、オーフェンはそちらは構わずに無理やり身をよじった。今はそれどころではない。すでにこちらへと放たれている鉄球を回避しなければ。


「おせえ!」


(間に合わねえ!)


ヴィータの歓喜の声とともに鉄球がオーフェンへと疾駆する。オーフェンは胸中で毒づくと、覚悟を決めて歯を食いしばった。そして次の瞬間!


「ごふっ」


腰と左太腿に鈍く、しかしずっしりと重い衝撃が伝わる。食いしばった歯の隙間から苦悶の息が漏れ、瓦礫混じりの床に投げ出された。視界が二転三転し、ようやく止まった時に天井が見えた。そこで自分があおむけに倒れたのだと気付く。何の変哲もない天井。後頭部に感じるひやりとした武骨な硬い感触。衝撃を受けた内臓の軋み。そして痛み。


「もうギブアップか?」


足音がして、ヴィータがそばに立っているのだと気付く。目線だけそちらを見やると、グラーフアイゼンを担いで不敵に笑うヴィータの姿があった。こちらを見下ろして告げる。


「手加減したとはいえあたしの魔力弾を受けたんだ。お前自慢の体術はもう使えないだろ?」


オーフェンは視線をヴィータから天井へ戻す。息を軽く吸い、大きく吐く。それを数度繰り返し、乱れた呼吸を整える。目を閉じて、そして自分のダメージを確かめる。右腰と左太腿に一発ずつ。特に足が不味い。数分か数十分か、満足に動かすことができないだろう。


(立つのがやっとってとこか。・・・いや)


「どうする?」


軽い口調だが、しかしそれは最後通告だった。黙ったままのオーフェンを見据えながら、圧倒的有利な立場ながらも微塵の油断もない。まさに百戦錬磨。戦闘行為に対しての覚悟が段違いだ。鋭い眼光でこちらの答えを待っている。その答え次第で容赦なくとどめを刺しに来るだろう。


「確かにこの足じゃもう飛んだり跳ねたりはできねえな」


「降参か?」


「いや。最後にもう一つ抵抗して見るさ。これがだめなら・・・・・・」


言葉を切って、ふうと息をついて閉じていた目をあける。薄暗い部屋にオーフェンが開けた穴からの光が差している。モノクロの世界に微かに色が映る。オーフェンの視界に、真紅の赤色が入る。ぼんやりと曖昧な世界の中で、炎のように苛烈なまでにその存在を主張している。オーフェンはその赤色を見据えながら、告げる。


「あきらめる」


言って、オーフェンは体を起こした。今だ痺れのとれない足を叱咤し、無理矢理踏ん張る。が、そんな隙だらけのオーフェンはヴィータが見逃すわけがない。引きずっている足の方へ体をずらし、グラーフアイゼンを下段にコンパクトに構える。一切の手加減なく、オーフェンの死角を突く構え。それを目線で追いながら、オーフェンは微笑した。ヴィータがオーフェンの表情に怪訝そうに眉をひそめたが、それも一瞬のこと。鋭く息を吐き、最小限の動作で振りかぶる。オーフェンの意識を確実に刈るために鉄鎚がふるわれる。が、それは全てオーフェンの想定通りの動きだった。


(お前ならそうすると思ったよ)


騎士として徹底的に無駄を排し、容赦をしないその戦闘方法にオーフェンは賞賛と信頼を感じていた。そして、そんな彼女だからこそ、この場面ではこちらの死角を狙うだろうとも。


「がっ!」


がくんと動きを止め、ヴィータはこちらへとお辞儀をするように頭を下げた。その表情はオーフェンからは見えないが、きっと目を見開いて驚いていることだろう。とどめの一撃を打ち込もうとしていたところに、後頭部にいきなり何かがぶつかれば。


「何が!」


言い終わる前に、オーフェンはヴィータの首を脇に抱え込んだ。バタバタと暴れるが、身長差のせいでつま先立ちのヴィータは踏ん張れず大した抵抗にはならなかった。空戦に切り替えるという手もあるが、オーフェンの手から逃れられなければ、この狭い室内では意味がない。


「は、放せ!」


「最初にお前がやったんだ。まさか文句はねえよな?」


もがいているヴィータにそう言ったオーフェンの後ろで、カツンっと硬い何かが床を叩く音がした。それを聞いて(見たのかもしれないが)ヴィータの動きが止まった。そのあとふるふると震え始める。


「お、お前!さっきの時・・・」


「さて、動き回れなくても・・・」


ヴィータを無視して、オーフェンは抱え込んでいる腕に力を込めた。そして腰を落とす。一気に息を吸い、背中を勢い良く反らす。


「倒れこむことは出来るんだぜ!」


ヴィータを抱えたまま、後ろへ勢い良く倒れこむ!


「うわああああああああああああ!!」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「決まったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


アルトの叫びが、マイクを通して拡大される。耳が痛くなるような大音量も、同時に沸きあがった歓声に飲み込まれる。アルトの後ろのスクリーンには、うつ伏せに倒れてぴくりとも動かないヴィータと倒れた状態から上体を起こしているオーフェンの姿が映し出されていた。


「鉄鎚の副隊長を辛くも破り、オーフェン選手が勝ち抜けました!しかもしかも!その最後は何とただの力技という泥臭さ!魔術で瓦礫を飛ばし、ヴィータ選手の後頭部に当てるというパクリ戦術!最初から最後まで華麗のかの字もないまさにガチンコ勝負!さあ皆さん。このダーティファイトを生き残ったオーフェン選手に今一度大きな拍手を!!」


わっともう一度歓声が上がり、どこからともなく花火が幾つも打ち上がる。どこかのパレードでも見ているのかと思うが、よく見れば花火はただの立体映像だった。


「さあーて!興奮冷め止まぬ内に第二回戦!シグナム副隊長バーサススバル・ナカジマ隊員!圧倒的戦力差に対して、どう立ち向かうのか!番狂わせは起きるのか!それともスバルの五体がバラバラになるのか!?注目の試合は10分後です。よろしくぅ!」






あとがき的


お久しぶりな投稿です。

パソコンがクラッシュしまして、それまでの
データが全部白紙になりまして(泣)

書き溜めしておいた分が・・・・・・・・・
シグナムとの語り合いとか、ヴィヴィオとのしょーもない
コントとか。丸ごとパッパラパー!

てなわけで、ショックで大分放置してまして忙しいこともあって
ちまちまと進めました。

今回の話についてはいろいろと突っ込みどころが満載なんですけど、
まあリハビリを兼ねたお祭り話と思ってください。


もし拙作を楽しみにしていただいている方や感想を書いてくれた方へ

本当にいつもありがとうございます。
途中で全然書けなくてあきらめそうになったんですけれど、
それでも今回投稿できたのは皆さんのおかげです。
次回もいつ投稿できるかもわからない状況ですが、なんとか
投稿できるように致しますので、見捨てないで頂けると有り難いです。

なんか言い訳ばっかですみません。



[15006] 激闘編  てめえらなにがしたいんだ 後編
Name: QB9◆98e39f0e ID:e0c0d1bf
Date: 2012/11/04 22:10
『始まりました第二回戦!!・・・・・・が、しかし先ほどから二人とも全く微動だにしていません。じーーっとにらみ合いが続いております。かれこれ10分は経っているでしょうか?悠然と構えるシグナム選手とプレッシャーにさらされているスバル選手!何でもかんでもとりあえず斬りかかる要注意危険人物と何でもかんでもとりあえず頭から突っ込む暴走バカ娘!似た者同士ともいえるこの二人。この戦いはいつになったら始まるのでしょうか!!』





二人の人影が対峙している。片方は剣を構え、騎士の格好をした女性。切れ長の目、すっきりと通る鼻梁、きゅっと結ばれている唇。文句なしに美人の部類に入るであろうその造形。そして体は女性としてはやや平均以上の身長に、無駄な脂肪がなく、それでいて女性らしいふくよかさを併せ持つプロポーション。だがその美貌も、その全身からあふれ出るまさに剣気と呼ぶにふさわしい鋭さを持つ雰囲気で、見るものすべてを圧倒させる強さを感じさせる。微動だにせず剣を正眼に構えるその姿からは、一部の隙もなくただ目の前の敵を斬ることだけが己の役割と無言の内に語っていた。まさにその存在そのものがひと振りの剣となっている。


「すぅーー・・・ふぅーー」


そしてもう一人の人影。こちらは先ほどの女性よりも全体的に幼い少女だった。空のように青い髪を鉢巻きで留め、活発そうな大きな瞳を相対する人物へと向けている。まだ幼さが残るが、その容姿は将来を十分に期待させるものであった。相対する女性とは違い、両足にローラーブレード、右手に大きな手甲を装備している。その手甲の手首に当たる部分が甲高い音を立てて、まるでギアのように回転している。火花と煙を生み出し、今にも発火しそうな勢いを見せている。腰を落とし、両足を前後に配置する。唸りを上げる右手を腰だめに、射出する寸前のカタパルトのように後ろに引いている。先ほどから大きく息を吸い、吐いてを繰り返しその顔には汗が滲み、心臓が大きく脈を打つ。


「・・・・・・・・・」


不動の構えを崩さぬ騎士と、極度の緊張状態にある拳士。それだけ見るならば、二人の間には圧倒的な戦力差があるとわかるだろう。実際、それは間違いではない。剣を構えるのはライトニング部隊副隊長、ヴォルケンリッターが一人。百戦錬磨を体現する騎士の中の騎士。シグナム。対して、拳を構えてはいるが既に疲労困憊ともいえる様子なのがスターズ分隊隊員、フォワードのスバルだった。機動六課期待の新人4人の内最前線で道を切り開くフロントアタッカー。常に全力で真っ直ぐな彼女はしかし、今この場では動けずにいた。


「どうした。来ないのか?」


シグナムが囁いた。この無言の戦闘が始まって、彼女が口を開いたのは初めてだ。スバルはぴくりと片眉を上げたが、それ以外の変化はなかった。冷や汗が一筋頬を伝う感触を不快に思いながら、それをぬぐった瞬間に自分があの白刃に倒されているであろうことは容易に想像できる。からからの乾いた喉も不快だ。が、それでもスバルは口を開けて言った。


「シグナム隊長こそ、どうして動かないんですか?」


精一杯の虚勢を吐く。目の前のシグナムが発するプレッシャーに逃げ出したくなる自分を胸中で叱咤する。


(本気の本気で来て下さいって言わなきゃよかった―――!怖いよーーー!)


「こちらから行ってもいいのか?」


(いーやー!来ないでください!!)


声にならない悲鳴を上げて、スバルは握りしめている拳にさらに力を込める。


(シグナム副隊長に勝てっこないのはわかってる。けど・・・・・・ただで負けるのはいやだ)


今一度大きく息を吸って、スバルは覚悟を決めた。今までずっと強く握りしめていた拳を一度開く。手が強張って指先の感触が薄れていた。が、それと共に体の緊張も薄れていく。硬くなっていた全身から力が抜ける。脱力するのではなく、無駄な力みを省く。限界まで引き絞られていた糸を僅かに緩ませ、たるみを持たせるように。


「そちらから来ていただいてもいいですけど・・・・・・副隊長も覚悟してくださいね」


それは先ほどのような虚勢ではなく、スバルの瞳には確かな自信の輝きが宿っていた。対するシグナムは、挑発の言葉に怒りを見せることなく、フッと笑みを見せる。


「いいだろう。後悔するなよ」


その言葉とともに、シグナムから凄まじいプレッシャーが放たれる。圧力すら感じさせるその剣気に、スバルはわずかに目を細める。ぐっと腰を落とし迎撃の態勢をとって、スバルは目を見開いてシグナムを見る。わずかな動きすらも見逃さないよう、瞬きすら忘れて。


(チャンスは一瞬)


問題は自分が今まで彼女の剣筋を見切れたことがないことだ。訓練で、模擬戦で。何度も対峙することはあったが、一度も剣の軌跡を捉える事が出来なかった。こうして向かい合っている今でも、シグナム副隊長がどう打ってくるのか見当もつかない。上段か、下段か。それもと袈裟か突きか。正面から来るのか、背後に回るのか。それとも飛んで頭上からか。正直、どの方向から攻められても返せる自信はない。が、それでもやらねばならない。と、そこでスバルは思い出した。


(そういえば、オーフェンさんが言ってたっけ)


『圧倒的実力差のある相手に正面から挑むなんざ馬鹿のすることだ。実力が拮抗しているならまだしも、よっぽどのことがねえと勝てない。ならどうするか・・・・・・』


(なんだっけ?)


肝心の部分を忘れてしまった。しかも今は呑気に思いだしている暇はない。目の前には今にも切り込んできそうな凄腕の騎士がいる。いわゆる絶体絶命という状態だ。この状況で活路を見出さなければならないという自分の不運を嘆くことも出来ない。


(でもオーフェンさんならこんな時・・・・・・)


「行くぞ」


シグナムの最終通告に、スバルは思考を止めて顔を引き締める。泣いても笑ってもこれが決着になる。なら、自分に出来ることをするだけだ。背伸びをせず、委縮もせず、己の出来ることをする。それだけを心に留めて、為すべきことをするだけ。


(やってやる!)


次の瞬間、シグナムの体が一瞬沈み込む。と思ったら、一瞬にしてシグナムが目の前まで迫っていた。そのあまりの速度に反射的に後ろへ下がろうとするが、ありったけの自制心を持ってスバルは足を止めた。


(まだだ!)


スバルの瞳には愛剣を上段に構えるシグナムの姿が見えた。が、スバルはそれから視線を切った。拳を振り上げる。その拳の向かう先は・・・・・・真下。


(今!)


唸りを上げたスバルの拳が地面に炸裂する。地を裂く感触とともに、轟音が轟き大地が揺れる。砕けた地面が飛散し、粉塵が巻き起こる。


「むっ!だが!」


スバルの意外な行動にシグナムがひるむが、構わずに一気に斬り付ける。しかし視界のない中、剣を伝わってきた鈍い感触は、スバルがその場にいないことを語っていた。


(どこだ)


剣を構え直し、シグナムはスバルの位置を探る。今だ粉塵の巻き起こっている状況では視覚は頼れない。目を閉じて、耳に全神経を集中させる。スバルの移動速度は大したものだが、その反面あのローラーブレードの音は目立つ。ウイングロードを使ったとしても必ずとらえる自信がシグナムにはあった。


「そこだ!」


ローラーの回転する音を頼りに背後へと横薙ぎに剣を振るう。砂混じりの大気を切り裂き、粉塵をその剣圧で吹き飛ばす。


「な!」


果たして、そこにもスバルの姿はなかった。なかったが、主のいないローラーブレードが片方だけ走っている。右足用のローラーブレードだけが自立して。


(ならば・・・・・・上か!)


頭上を振り仰ぐと、そこには太陽を背にしたスバルの姿があった。逆光で見えづらいが空中から拳を構えて落下してくる姿があった。もちろん片足だけローラーブレードを履いて。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


無音で不意を打つことをあきらめ、裂帛の気合を乗せてスバルが叫ぶ。その右拳にはスバルの魔力が込められ、デバイスが唸りを上げている。


「マッハキャリバー!」


バシュンという音がして、スバルのデバイスから薬莢が排出される。カートリッジシステムを使ったブーストで、スバルの魔力の輝きが一気に膨れ上がった。


「おもしろい!レヴァンティン!!」


シグナムが吠える。彼女のデバイス、レヴァンティンからもバシュンという音とともにカートリッジが排出された。それと同時、彼女の剣に紅蓮の炎が巻き起こる。そのまま頭上のスバルへと一直線に最速の突きを放つ!


「やああああああああああああああああああああああ!!!」


「はああああああああああああああああああああああ!!!」





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『スバル選手の一撃とともに二人の姿が見えなくてってしまいましたが、勝負はどうなったのでしょうか?争っている音は聞こえては来ましたが、それも先ほどから途切れてしまっています。ここで解説のティアナさん。どう見ますか?』


『そうですね。あの二人のことですから、おそらく既に勝負はついているのではないでしょうか?スバルもあの子なりに煙幕とか頭を使ったみたいだけど、副隊長には通用しないと私は思いますね』


『なるほど。ところで、ティアナさんは今回の大会になぜ参加しなかったのですか?』


『私はこういうのは性に合いませんし。それにこれは個人での実力を測るための大会ですよね?私のポジションは後衛なので。まあ、単体での戦闘能力もあるに越したことはないですけど』


『なるほど~。おっと、ティアナさんの優等生優等生してるそれっぽい言い訳を聞いたところで、二人の姿が見えてきましたよ』


『言い訳って何よ・・・』


『うんんんん?ぼんやりとですが人影が見えますね。一人は立って、もう一人はしゃがんでいます。立っているのは・・・・・・シグナム選手です!最後に立っていたのは我らがシグナム副隊長です!スバル選手はしゃがみこんでいています。ああっと、ただ今倒れ伏しました。ぴくりとも動きません。これはまさにシグナム副隊長の完全勝利です!!』


『ま、順当な結果でしょうね』


『またまたそんなことを言って。本当は相棒が勝つ姿を見たかったのではないですか?』


『そうね。もしかしたら、と思ってはいましたよ。スバルの頑張りは私が一番知ってるもの。シグナム副隊長には申し訳ないけど、スバルの方を応援させてもらっていました』


『むむ。なんだか素直な答えですね。てっきり照れ隠しにツンツンするものと思っていましたが』


『おあいにく様です』


『さいですか。では、第二回戦もこれにて終了といたします。第三回戦までは少々お時間をいただくので、観客の皆様はしばし休憩をとって下さい』





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『さあ始まりました3回戦!今回のカードはエリオ・モンディアル選手とオーフェン選手です。厳正なくじ引きによるシード権を獲得したラッキーボーイエリオ君。なんでそんなにラッキーなんだ!俺もフェイト隊長と風呂に入りたいとはとあるヘリパイロットの心の叫びです。そして対するオーフェン選手は一回戦の疲労、ダメージもあり若干ハンデがあります。エリオ選手、ここで日ごろのうっぷんを晴らす大大ラッキーです!それでは、勝負のゴングとともにスタートです!』





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「入ってるのか?」


「入ってないですよ!!シャーリーさんの嘘です!」


第三回戦のステージは森林だった。何もないだだっ広かった空間ににょきにょきと木々が生えてきた光景はいつ見ても慣れないが、それでも触った木肌の感触はリアルだった。そんな中、オーフェンとエリオは向かい合って緊張感のかけらもない会話をしていた。互いの距離は5メートルほど。エリオは既にデバイス、バリアジャケットを装備。オーフェンはいつもの黒づくめに、今回はジャケットの内側にナイフを用意している。これはシャーリーに用意してもらったもので、刃は潰されている。彼女からはデバイスにしないかと勧められたが、オーフェンはそれは断っていた。そのナイフはジャケットに仕込んだ鞘に仕舞い、今は素手だ。


「でも火のない所に煙は立たないって言うだろ?」


「放火の場合は別です!!」


「後でフェイトに聞いてみるわ」


「うわーーーー!もおぉぉぉぉぉ!!」


遂には頭を抱えて地団駄を踏むエリオをオーフェンはにやにやと眺める。


「おいおい、こんなことで動揺してんじゃねえよ」


「うぐっ。そ、そうですね」


エリオが罰の悪そうな顔をして、けれど素直に頷く。まだ幼いエリオとキャロはまだ精神的にも幼く、簡単な挑発や揺さぶりに弱い。この年で実戦部隊に配属され、年の離れた人物と接する機会は同年代の子供よりははるかに多いだろうが、それでもやはり人生経験の少なさがちらほらと露見することがあった。


(ま、そいつはこれからのことだな)


オーフェンは胸中で呟き、中空に浮かぶモニターを見上げた。そこには数字が表示され、段々とその数を小さくしていく。試合開始までのカウントダウンの数字だった。


「じゃあやるか」


「はい!お願いします」


ポーーーーーン


「行きます!」


気のない開始の合図とともに、槍型デバイスのストラーダを構えて一気呵成にエリオが突っ込んでくる。直線の最短コースを最高速で。その速度はさすがというべきか、師のフェイトには及ばないがそれでも5メートルの距離を一瞬にして詰めてくる。オーフェンはそれに慌てることなく、右手を掲げ呪文を紡ぐ。


「我は放つ光の白刃」


エリオが接近するよりも早く掲げた指先に光が満ち、エリオへと放たれる。大気を焼き尽くしながら、光熱波が迸る。


「ふっ!」


エリオが短く息を吐くとともに、直角に方向転換する。地面がえぐれるほどに踏み込み光熱波を回避し、すぐさま方向修正して再びオーフェンへと迫る。が、それもオーフェンには予測済みだった。あらかじめ編んでおいた構成を解き放つために声を上げる。


「我は駆ける天の銀嶺」


魔術によって重力が中和され、体が軽くなる。オーフェンはそのまま地面を蹴り、高く跳びあがった。そしてその下をエリオが通り過ぎていく。オーフェンは空中で体勢を入れ替え、今だ背中を見せているエリオの後頭部を狙い定め、


「我は撃つ光靂の魔弾」


オーフェンの手に拳大の光弾が現れ、それをアンダースローで撃つ。狙い違わずエリオの頭部へと。しかしオーフェンが魔術を発現させる一瞬前にエリオは足を止め、オーフェンが光弾を打ち出したと同時に振り返った。


「はああああああ!!!」


振り返る勢いを利用し、エリオが放電するストラーダを袈裟切りに振るう。バシュっという音がして魔術が切り裂かれ霧散する。


「ほう」


オーフェンはわずかに目を見開き、こちらへと改めて構えるエリオに言った。


「やるじゃねえか」


「僕だって毎日訓練してますからね。スバルさん達にも負けませんよ」


「言うじゃねえか。来いよ」


人差し指をくいっと曲げて誘う。オーフェンの挑発にエリオがむっと顔をしかめたが、すぐに引き締めて、改めてデバイスを構える。前方に、つまりはこちらに穂先を向けて突撃の体勢だ。


「オーフェンさんにはもう僕の手の内は全部知られてるから、まっすぐ全力がいかせてもらいます」


真向勝負と言うエリオの瞳に宿る覚悟の光を見て、オーフェンは深く腰を落とした。もはや語る言葉はなく、ただ目の前の標的に狙いを定めるだけだ。既にイメージはできている。あとはそれを実行に移すことに躊躇わなければいい。それだけで、容易く相手を無効化させることができる術が自分にはあった。


「行きます!!」





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「たたいま~・・・・・・ってあれ?どうしたのこれ?」


フェイト・テスタロッサが外回りから機動六課へ戻ってきて最初に見たのは、エントランスに集まる人だかりだった。なぜか全員が空間投影モニターを見ている。それはまるでスポーツ観戦のようにも見えたが、フェイトの記憶ではそんなものをここ、機動六課本部でしているわけがない。仮にも次元世界の平和を守るために日夜働く職員だ。機動六課の隊員はそれぞれが高い能力を持ったエリートが集められた少数精鋭の集団。その隊員が、休日でもないのにスポーツ観戦などしているわけがない。


(でも、だったら何をしてるんだろう?まさか、緊急通信!?)


はっとして、慌ててフェイトがモニターへと近寄った。そして彼女の眼に映ったものは、彼女の時空管理局員としての矜持を一瞬で吹き散らかしてしまうような衝撃的なものだった。


『行きます!』


ストラーダを構え、カートリッジをロードするエリオがそこには映っていた。それはいい。そしてそのエリオと相対している相手はオーフェンだった。おそらく模擬戦の様子をモニターで公開しているのだろう。それもいい。だが、問題なのは・・・・・・


『てめえが負けたらフェイトと風呂入ってるの正直に白状しろよ!』


『入ってません!!ていうかなんで現在形なんですか!』


『隙あり!』


『うわあああああああああああああああああああ!!』





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「終わった。何もかも」


オーフェンは嘆息して、頭上を見上げた。木々の葉が太陽の光を遮って、風にそよぐ枝葉の間から僅かにこぼれる陽光が所々差している。オーフェンはぽつぽつと点在する木漏れ日へと視線を移し、最後に黒焦げになり太めの木に逆さになって張り付いている、というかめり込んでいるエリオへと目をやった。


「勝負ってのは空しいもんだな」


「ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~」


(まったく、馬鹿正直すぎるんだよ)


胸中でエリオへの評価を下す。エリオが逆さまになりながら何やら恨めしそうにこちらを見ているが、オーフェンはきっぱりと無視して何もない虚空に向かって言った。


「お~い。勝負はついたぞ。さっさと終了のゴング鳴らしてくれよ」


気軽そうな声色でオーフェンはこの様子をモニタリングしているであろうシャーリー達へと呼びかける。オーフェンとしてはさっさと控室に行って休みたかった。実は先ほどヴィータにやられた足が未だに回復していないからだ。エリオには気付かれない様にしていたが、今も断続的に痙攣している。正直エリオとの接近戦はなんとしても避けたかった。


「あんだよ。実況だかなんだが騒いでたくせに」


嘆息して、オーフェンは腰に手を当てて誰にともなく毒づいた。すると、どこからともなくファンファーレとともに大きな歓声が上がり、勝利の宣言がなされたのだった。そのとってつけたような賑やかしを聞きながら、なんだか納得のいかない中途半端な達成感とともに、


(なんだかなあ)


胸中で呟いたのだった。





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『さあていよいよ決勝戦。泣いても負けても最後の一戦になるわけですが、ここで特別ゲストを紹介します。高町なのは教導官です!』


『こんにちは』


『こんにちは。さて、これより炎の惨殺クレイジーナイト、シグナム副隊長と暗黒色の血に飢えた野良やくざ、オーフェン隊員の血で血を洗う血戦が行われるわけですが、その解説をお願いいたします』


『はい。精一杯頑張ります』


『ところで、なぜ今回高町隊長は参加されなかったのですか?』


『実はこの前、シグナム副隊長と模擬戦をしたんだけど・・・』


『ああ!あの大怪獣大決戦ですね!いやー、噂は聞いてますよ。血湧き肉踊るお二人の本気の勝負!なんでもお二人とも目がどう見ても殺る気満々に輝いていたそうじゃないですか。高町隊長の白い悪魔の異名を天下に知らしめたまさに死闘!実は私個人としましては今回是非その再現を・・・・・・』


『シャーリー・・・・・・少し黙ろうか』


『ひぅっ』


『試合の方に話を戻そっか』


『ラジャー。そ、それでは気を取り直して。今回のこの決勝戦ですが前評判によりますと、シグナム副隊長が優勢とされておりますが、いかがでしょうか?』


『そうですね。やはりシグナム副隊長は騎士として数々の経験を積まれてきた人ですからね。その経験から生まれる判断力、決断力は機動六課トップといえるでしょう。もちろん、その他についても身体能力、技量、魔力ともに大変優れていると言えます』


『なるほどなるほど。ですがその言い方ですと、対戦相手であるオーフェン隊員に勝ち目がないように聞こえますけれど・・・』


『そんなことはありません。彼もこれまでの訓練、模擬戦での立ち回りから察するに相当の実戦を経験していると思われます。また、彼には何といっても魔術というレアスキルがありますからね。その発動速度、汎用性は私達の使う魔法よりも優れているといえるかもしれません』


『ふむふむ。両者譲らずといったところでしょうか。しかし記録によれば、オーフェン隊員はシグナム副隊長に一度敗北を喫しているとあるのですが・・・』


『ええ。ですがシグナム副隊長本人によると、あれは私が勝ったのではないとのことでした』


『むむむ。それは新しい情報ですね。どう言う意味でしょうか?』


『さあ?喧嘩中毒者の考えなんて私にはわかりませんよ』


『笑顔でとんでもないこと言いましたねー。それはスルーして、ずばり!今回の見どころはどこになるでしょうか?』


『見どころですか。そうですね、まず二人の戦闘スタイルには似通っている部分があります。両者とも接近戦を得意としているということです。二人が接近した時、これは見物だと思いますよ』


『わかりました。ところで、オーフェン隊員は遠距離での攻撃手段を持っていません。もっと言えば空戦ができません。対してシグナム副隊長は接近戦が得意といってもロングレンジ攻撃も可能。よって、空中からロングレンジで攻めることで接近することもなく勝利できるのではないでしょうか?』


『普通に考えればそうなりますね。ただ、あそこにいるのはシグナム副隊長ですよ?人を斬る感触がやめられないと言って憚らない生粋の切り裂き魔ですよ?しかも相手は自堕落後ろ向き街道驀進中のサボり魔オーフェン隊員。まさに大好物じゃありませんか』


『そ、そうですかぁ?』


『ええ。彼女の趣味は日々を無為に意味なくただただ生きているだけという生産性ゼロのダメ人間をなます切りにすることです。まさにこの舞台は大手を振って趣味に興じることができる最高の機会なんですからね、きっと自分の手でざっくりいきたいはずですよ』


『なぜでしょうか?私、高町隊長から尋常ではない悪意を感じるのですが』


『別に彼女の悪名を広げることで私に付けられた大変不名誉かつ不本意な呼び名を薄めさせようとしているとか、いつもいつも仕事をさぼって逃げている人にお灸を据えたいと思ってるわけではありませんのであしからず。うふふふふふふ』


『いやー!誰か助けてーー!きれいなピンク色なのになぜか不気味な魔力があふれてるぅぅぅぅぅぅ!!』





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風がそよぎ、短く生えた草がざわめく。周囲に視界を遮る障害はなく、だだっ広い草原の先に目をやれば遠く地平線が見える。作り出された仮想空間にそこまでの面積はないはずなのだが、目の錯覚か何かでそう見せているのだろう。オーフェンの髪を風が撫でる。この風は自然の風だろうと、オーフェンはふと思った。この作り物の舞台の上では何が本物で何が偽物なのか。そんなことを考えるのは全くナンセンスだろう。この風の感触も、踏みしめている雑草の感触も、両者も確かに感じているからだ。


「何がおかしいんだ?」


問いかける声。オーフェンがそちらへ目をやれば、そこにはこれから自分が戦うであろう相手がいた。腰に剣を携え、鎧に身を包む女性。それは今まで何度も見たことのある同僚、シグナムの戦闘態勢だった。10メートルほど離れた所からこちらを見ている。


「いや、たいしたことじゃないさ」


「そうか」


特に気にしていなかったのか、それきりシグナムも追及してこなかった。そのままなんとなく互いに言葉をなくし、沈黙が続く。それからしばらく、何とはなしに居心地が悪くなったオーフェンはシグナムへと話しかけた。


「そういや、何でお前はこんな馬鹿騒ぎに参加したんだ?」


「うん?」


問いかけにシグナムは首をかしげた。オーフェンは再度問いかけた。


「そうだな。私の場合は・・・・・・単純な理由さ。ただ単に自分の全力を出し切りたかっただけさ」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味さ。限りなく実戦に近い状態で己の全力を出し切る。日々の訓練でも手は抜いていないが、それでも訓練は訓練だ。どうしてもある程度はセーブしている。だがそれでは鈍ってしまうからな。たまには本気をださなければ、な」


(要は大暴れしたかっただけじゃねえか)


溜息を吐いて、オーフェンは腰に手を当ててうつむいた。自分の足元を見つめながら呟く。


「そりゃ御苦労さんなこって」


「何を言っている。これからだ」


シグナムの不穏な一言にオーフェンの眉がぴくりと跳ねる。


「ナカジマとの試合も中々に有意義だったが、正直消化不良でな。私としてはお前に期待しているんだ」


「勝手に期待されても困るんだがな」


「それにお前は私との模擬戦と聞くといつも逃げているからな。いい加減あの時の決着をつけたいと思っていたんだ」


「人の話を聞けっちゅーに」


オーフェンは半眼になってシグナムを睨んだ。しかしシグナムはそれをきっぱりと無視して、オーフェンにびしと指を突き付けた。


「さすがにこの場では逃げることもわざと負けることもできまい。正々堂々、全力で私と戦え」


(だから嫌だったんだよ)


最初にこのトーナメントの話を聞いた時、真っ先に思い浮かんだのがなのはとシグナムだった。なのはは言わずもがな、彼女の得意の超長距離からの砲撃魔法には手も足も出せないからだ。そしてシグナムは・・・・・・


(これだよ)


切れ長の瞳に燃え盛る闘志を宿して、既にデバイスの柄に手がかかっている。それだけでもうオーフェンは憂鬱になりめまいを感じた。


「あのなぁ、俺はお前らと違って平和主義者なんだよ。決着だなんだなんてどうでもいいんだ。わかるか?俺は日々を平穏に優雅に過ごしたいんだ」


「ではなぜ参加している」


「きっぱりと横暴で凶暴な上司とお前の脅迫のせいだ」


そう言うとシグナムはあごに手を当てて少し考え込むように黙った。どうやらこちらが言ったことはきちんと伝わったようだ。そして顔を上げて、


「では条件を出そう」


「条件?」


「そうだ。お前が私に勝てば、私から高町に掛け合ってやろう。お前の仕事の一部を私が肩代わりすることと、私からお前に対して戦闘行為を強制しないこと」


「いよぉっし!さっさと始めんぞ。ゴング鳴らせゴング!!」


拳を打ち鳴らして、やる気満々にオーフェンが叫んだ。虚空に向かって、どこかでこちらを見ているであろうシャーリー達を急かす。今大会始まって以来のその姿に、シグナムは小さく苦笑した。


「現金な奴だな」


「あん?なんか言ったか?」


「いや。何も」


「うむ。ならさっさと始めるぞ」


オーフェンはシグナムと向き合う位置へと移動し、軽くステップを踏み拳を構えてシャドーすら始める。対するシグナムもデバイスの柄をつかみ、感触を確かめるように握り、離す。


『呼ばれて飛び出てじゃじゃーん!司会進行は私!シャリオです!ではでは、ついに始まります決勝戦!泣いても笑ってもこれが最後の勝負。機動六課最強を決めるにふさわしいこのカード!!まさに修羅と修羅の戦い。二人とも既に臨戦態勢、相手を物言わぬ骸にせんとその殺気を隠そうともせず既に二人の間に火花が散っているかのようです!それでは皆さんお待ちかね。さっさと戦ってさっさと殺し合ってもらいましょう!!』


物騒な単語を連呼するシャーリーの姿がモニターに映し出される。それとともにこれまたどこからともなく歓声が段々と大きくなって聞こえてくる。恐らくこれも演出なのだろう。


『見事勝利を勝ち取り、桃缶を手に入れるのは一体どちらか!?それではゴングを鳴らしましょう。生と死を懸けたラストバトル!!死力を尽くして戦っていただきましょう!!』


カ――――――ン!と乾いた音が響き、両者に戦闘開始を告げる。


「あ、ちょっとその前に」


ゴングと同時、オーフェンは片手を上げて俯く。それにシグナムが怪訝そうに形の良い眉をぴくりと動かすと、


「隙あり!我は放つ光の白刃!白刃!白刃!」


ぱっと顔を上げ一瞬で構えたその右手の先から純白の閃光があふれ出る。光熱波が大気を切り裂きながら不意を突かれたシグナムへと一直線に疾駆する!オーフェンは着弾を確認すると、立て続けに数発連続して魔術を放った。


「ふははははははは!バカ者め!勝負中に気を抜くなど愚の骨頂な我は築く太陽の尖塔!」


魔術の余波が帯電し、粉塵が巻きあがっている所に駄目押しとでも言うように魔術の炎が燃え上がる!数メートル以上もの高さの炎が一気に視界を白く染め、熱波を撒き散らす。オーフェンは吹き荒れる風に髪をなびかせながら、高らかに哄笑した。


「ふっふっふ。副隊長ともあろうものがこの程度とは片腹痛いぜ!あっけなさ過ぎて・・・」


オーフェンは言葉を切って、おもむろに懐に手を入れる。そしてその手を抜き放った瞬間!


「・・・・・・こんなこったろうと思ったぜ」


ギインという甲高い金属同士がぶつかる音が響いた。咄嗟に抜いたオーフェンのナイフが先ほどの不意打ちを回避していたシグナムのデバイスを受け止めていた。刃越しに見えるシグナムの顔が不快そうに歪んでいる。


「あの程度の不意打ちで私を倒せると思ったか?片腹痛いぞ」


「そうかよ!」


ナイフを握る手に力を込め、シグナムのデバイスをわずかに押し返す。そうはさせまいとデバイスの柄を握り直すシグナムの一瞬をオーフェンは見逃さず、ふっと体を沈めてシグナムの足首へ踵を突き出した。


「おっと」


軽い掛け声とともにシグナムがバックステップで回避する。オーフェンは回避されたにもかかわらず、むしろそれが予想通りと思えるような途切れない流れる動作でシグナムへと左手を向ける。一瞬で構成を編み、解き放つ。


「我は呼ぶ破裂の姉妹」


「甘い!」


着地直後、シグナムが叫ぶとともにデバイスであるレヴァンティンに炎が宿る。


「はっ!」


上段から袈裟切りに振り下ろされた炎の刃がオーフェンの魔術をかき消す。


(マジかよ!)


強引な力技に、オーフェンは目を見開いてシグナムを見る。デバイスの炎は消えたが、それでも急激に熱せられた空気がゆがみ、陽炎のようにシグナムの姿をわずかに歪ませた。


「やってくれんじゃねえかよ」


体勢を立て直して、オーフェンはシグナムに毒づいた。


「ふむ。やってやれないことはないのだな」


(言ってくれんじゃねえかよ)


今度は口には出さず胸中で吐き捨てた。シグナムは確かな確証もなく魔術を切り捨てたのだという。防御魔法で防ぐことが出来たのにもかかわらず、だ。その度胸と技量にオーフェンは改めて思い知らされた。この化け物揃いの機動六課内で副隊長という地位をもつ彼女の実力を。そして自分がいまこう考えていることさえ相手の狙いの一つだということにも。


「ここ数か月お前を見て思ったことがいくつかあるんだが」


と、オーフェンがシグナムへ恨めしげな視線を送っているとシグナムが不意に切り出した。
試合中にいきなり話し出したシグナムにオーフェンは怪訝そうな顔をするが、それは無視してシグナムは続けた。

「まず一つ。魔術というその技術は私達魔導師にとって厄介極まりないということだ」


人差し指をぴっと立ててシグナムは続ける。


「まずその発動速度。魔法陣の展開もなしに声を発したと同時に発動している。もし同時に魔法を使おうとしたらまず間違いなく出遅れるだろう。次は汎用性だな。お前の使う黒魔術は熱やエネルギーを操るということだが、応用の幅が広すぎる。しかも私達のように魔法のプログラムを組むことやデバイスのような補助を必要としていない」


構成とやらが必要なんだったか?と言ってシグナムは一旦言葉を切る。レヴァンティンを鞘におさめ、腰を落とす。


「まあ、その他にも相違点はいろいろあるようだが、私が目をつけたのは魔術は声さえ出せればその効果を発揮できるということだ。これは驚異だ。普通の会話を魔術の呪文とすることもできる。先の試合だが、ヴィータのやつを責めることは出来ないな。あれをやられたら私達にはよほど警戒していないと気付けない。しかも魔術を封じようにも声を出せないようにするというのはこれも中々難しい」


言いながら、鞘におさめたレヴァンティンを腰だめに構え、体の後ろに回す。オーフェンはナイフを逆手に持ちかえ、シグナムとは逆に体の前に構える。


(なんのつもりだ?)


突然長々と語りだしたシグナムにオーフェンは警戒を強めた。シグナムが見せるあの構えも初めて見る構えだが見る限りこちらの動きに対してカウンターを狙っているのか。しかし接近戦がだめでもオーフェンには魔術がある。シグナムもそれはわかっているはずで、オーフェンはシグナムの狙いが分からない以上、手を出しあぐねていた。


「とまあ、これが私なりの魔術への考察なのだが」


「何が言いてえんだよ」


「いやなに。これだけ聞くと魔法に比べて魔術の方が優れているように聞こえるが、それでは面白くないと思わないか?」


「俺が知るか」


「私が言いたいのは・・・・・・」


言葉を切って、シグナムが体をさらに前に傾ける。膝も曲げ、極端な前傾姿勢となった。まるで獲物へ飛びかかる寸前の獣のように。オーフェンは魔術の構成を編みながら迎撃のためにナイフに両手を添える。そして限界まで抑えられたバネがはじけるようにシグナムが爆ぜる!腰だめに剣を構えたまま、一直線にこちらへと弾丸のように迫ってくる。


「魔法にはこんな使い方もあるということだ!」


その声と同時、シグナムが腕を振ってデバイスの鞘を投げた。オーフェンはとっさにしゃがみ回避する.


「レヴァンティン!」


シグナムが叫ぶ。ガシャンと機械音が鳴り、シグナムのデバイスにカートリッジがロードされる。爆発的に膨れ上がるシグナムの気配にオーフェンが顔を上げる。が、それは既に遅かった。


「なに!」


顔を上げたオーフェンの目の前に、赤い魔法陣が現れる。とっさにオーフェンは後ろへと後ずさるが、背中に衝撃を受けて足を止めた。振り向くと、そこにも魔法陣が張られ、気づけば前後ではなく前後左右が囲まれていた。


(結界魔法!?)


「行くぞ!」


結界越しにこちらへと駆けてくるシグナムが見える。その手に持つレヴァンティンには紅蓮の炎が轟と音を立てて周囲の光景を歪ませるほどに熱を放っている。凄まじい熱量を持つその姿に、オーフェンの頬を冷や汗が流れる。回避しようにも周囲は囲まれ、あれほどの威力は魔術なしでは受け止められない。が、この狭い空間の中ではそれも出来ない。オーフェンにとれる唯一の手段は、


「くそったれ。我は駆ける天の銀嶺!」


重力を中和し、シールドのない頭上へと跳躍する。シールドよりも高く跳びあがったと同時、目の前に剣を構えたシグナムが現れる。


「魔術は同時展開出来ないらしいな!」


(わかってんだよんなこたぁ!)


重力中和の魔術を使う隙を狙っていたのはわかっていた。オーフェンは胸中で毒づきながら、今まさにこちらへと振り下ろされようとしている紅蓮の炎を見て、覚悟を決める。魔術の構成を効果の途中で変化させる。重力の中和から、制御へと。


「紫電一閃!!」


「ぐっ!」


急激な慣性に内臓がきしみを上げる不快な感覚を覚える。ただでさえ制御の難しい術の構成を中途で無理矢理変更するリスクと引き換えに、強引にシグナムの一閃を回避する。


「何!?」


必殺の一撃を回避され、シグナムの剣が空しく空を切る。それでもオーフェンまでその剣圧と熱量が届いてくることに冷や汗が垂れる。が、着地すると同時、オーフェンは両手を振り上げて叫ぶ!


「我は呼ぶ破裂の姉妹!」


空中で態勢を崩しているシグナムへ衝撃波が収束し、破裂する。


「うあっ」


シグナムが今度はシールドを展開するが、それごと魔術で吹き飛ばす。オーフェンはさらに追撃しようと吹き飛ぶシグナムへと狙いを定める。そして構成を編み上げ、呪文に乗せて撃ち放とうとした瞬間、


「レヴァンティン!!」『Schlangeform』


再び機械音が響き、シグナムの魔力が増大する。そしてデバイスが光り輝き、その姿を連結刃に変える。


「やっべ!」


編みかけていた構成を捨てて、オーフェンは全力へその場を飛び退く。その後を金属音を奏でながら追いすがる数々の刃。何度か見たことのあるレヴァンティンの中距離形態である。変則的な軌道を描き、上下左右から迫りくる刃はオーフェンにとっては過去の忌まわしい記憶が思い返されあまり相手にはしたくない武器だった。もちろん、単純に対処が難しいということもあるが。


(あれ見てたら胸クソ悪くなるんだよな)


胸中で毒づいていると、空中で態勢を整えたシグナムがこちらを見下ろしてくる。


「なかなか危なかったぞ。まさかこれを使わされるとはな」


「馬鹿こけ。そりゃこっちのセリフだ。切られかけるわ燃やされかけるわ、あげくに内臓潰れかけるわ」


なにが面白いのか口の端をわずかに上げるシグナムに、オーフェンは藪にらみの目線で返す。だがシグナムはそんなものどこ吹く風と言う感じでゆっくりと降下し始める。


「いいのか?」


「うん?」


「そのまま飛んでた方が有利なんじゃねえのか?」


オーフェンはふわりと着地したシグナムに言った。レヴァンティンは連結刃のまま、シグナムをぐるりと囲っている。それはシグナムを守る防御壁でもあり、全てを切り裂く恐るべき刃だ。ゆっくりとした動作で投げた鞘を拾い上げているが、その時すら鈍く輝く刃がその身を守っている。


「かもしれないな。だがお前のことだ・・・とっくに対策は立ててあるんだろう?」


「さあな」


「まあ、それはそれで興味深いんだが正直こっちの方が面白いと思ってな」


くくっと小さく肩を震わせてシグナムが笑う。


「それに言っただろう。私は全力のお前と手加減なしの本気の戦いをしたいとな」


「だーかーらー・・・」


「だからお前も全力を出せ。魔術も武器も遠慮なく使って来い。私のことは知っているのだろう?多少の怪我も問題ない」


オーフェンを遮ってシグナムが早口に告げる。シグナムの意図を悟ってオーフェンは口を噤まざるを得なかった。シグナムは人間ではない。八神はやての持つ夜天の書。そのロストロギアより作り出されたプログラムであり、擬似生命体である。外見からは判別できないが、その実中身は別である。オーフェンもそのことははやてから聞かされている。シグナムが言っているのは、つまりはそういうことである。


「非殺傷設定がないことは知っているし、私への心配は無用だ。お前もたまには自分の能力の全てを出し切ってみたいと思わないのか?」


「・・・・・・わかってて言ってんのか?」


「ああ。それともこう言ってやろうか?殺すつもりで来い」


そう言ってシグナムはレヴァンティンの柄を握る手を軽く振る。すると、それまでシグナムの周りを取り囲んでいた連結刃の速度が増していく。


「ここからは私も手加減出来る自信はないのでな。がっかりさせるなよ」


連結刃が真っ直ぐにオーフェンへと向かってくる。オーフェンは体捌きでそれを躱すが、明後日の方向へ飛んだ切っ先が弧を描き再びオーフェンを襲う。


「ちっ」


半歩ずらしてそれも避ける。が、その後も上下左右から次々と角度を変えて、時には地中から迫りくる刃をオーフェンはひたすら避けながら、シグナムへと術を放つ。


「我は放つ光の白刃!」


「本気で来いと言ったはずだ!」


網膜に焼きつくような純白の光熱波が放たれるが、標的へと突き刺さる前に連結刃に弾かれる。オーフェンが思わず舌打ちすると、術を放った隙を狙ってお返しとばかりに一際鋭い一撃がオーフェンの膝を狙う。咄嗟に飛び退くが、完全に避け切れず足を取られた。


「ここだ!」


体勢を崩された瞬間を逃さず、シグナムがレヴァンティンの柄を振り上げる。後ろへのけ反った状態のオーフェンへと追い討ちをかける。オーフェンは不安定な態勢であっても正確に難度の高い構成を編みあげる。


「我は踊る天の楼閣」


一瞬、視界が黒く染まり次の瞬間には数メートル後方にオーフェンは移動していた。そして前方を見やれば、オーフェンがいた場所を連結刃が取り囲んでいる。その更に先にいるシグナムは特段驚くようなこともなくこちらを見つめている。オーフェンは倒れかけていた態勢を整え、シグナムへと言った。


「マジで本気ってことかよ」


「そう言っているだろう」


「上等だ。それならこっちもこっちでやらせてもらうぞ」


オーフェンの言葉に、シグナムが無言で構えを変える。それに呼応して連結刃がその切っ先を再びオーフェンへと向けた。まるで獲物を見つけた蛇のようにその鎌首をもたげる。オーフェンは体を前に傾けると、全身のばねを弾かせて一気にシグナムへと駆ける。


「来るか!」


真っ直ぐに突進するオーフェンに対して、シグナムはレヴァンティンを振るう。まるでオーフェンに対抗するようにレヴァンティンの刃も一直線の軌道を描いてこちらに向かって恐るべき速度で飛んでくる。オーフェンは速度を落とさないまま踏み出した足を軸に体を回転させわずかに体の軸をずらす。その横を幾つもの刃が通り抜けた。


(これが最後だ)


躱された側のシグナムが嬉しそうに笑みを浮かべさらなる追撃のために腕を振る。シグナムとの距離は残りちょうど10歩。オーフェンは更に速度をあげ接近し、鞘からナイフを抜く。その後ろから連結刃がUターンして背後から戻ってくるのをほぼ直感で感じて、倒れ込みそうなほど身を屈めてやり過ごす。これで後8歩。


「やるな。だが!」


レヴァンティンの速度がさらに増し、オーフェンの周囲を螺旋状に包囲する。オーフェンは舌打ちして足を止めた。そしてシグナムが一気に柄を引くと、包囲していた螺旋の渦がオーフェンを切り刻まんとその環を縮め、連結刃の切っ先がオーフェンの頭上から螺旋を貫くように降りてくる。オーフェンは魔術の構成を編み、幾つもの刃によって遮られつつある視界の中のシグナムを見据え、叫ぶ。


「我は弾くガラスの雹」


「なに!?」


突如発生した力場に引かれ、シグナムの体勢が崩れる。その瞬間にレヴァンティンの包囲網にわずかな綻びが生じた。更にオーフェンは立て続けに魔術を行使する。


「我は踊る天の楼閣」


疑似空間転移で刃の隙間を一気にすり抜ける。ブラックアウトから回復した視界には目前にまで迫ったシグナムの驚きの表情があった。残り1歩。この距離ではもうレヴァンティンを引き戻しても間に合わない。オーフェンは逆手に握っているナイフを振り上げる。


「なめるな!」


シグナムがレヴァンティンから片手を放し、残った鞘でナイフを受け止め、払う。オーフェンは鞘にまとった魔力の衝撃にナイフを弾かれた。そのまま間髪入れずにシグナムが鞘を再び振るう。無手のオーフェンに向かって容赦なく真紅の魔力を纏った鞘が撃ち落とされる。しかし、オーフェンはそちらを見てはいなかった。オーフェンの瞳に映っているのはとどめの一撃を確信したシグナムの凄絶な歓喜の表情だった。鋭く見開かれたシグナムとオーフェンの視線が交差する瞬間、


(かかった!)


胸中で歓声を上げて、オーフェンは近距離の間合いをもう一歩詰める。残り0歩。オーフェンの踏み出した足がシグナムのそれと交差し、互いの吐息さえ聞こえるような超近距離まで踏み込み、シグナムの腕の中に滑り込むように身を縮ませる。


「な!」


間合いの内側に潜り込まれ、シグナムの動きが止める。ここまで接近すると武器は使えない。オーフェンはそのまま右拳を軽くシグナムの脇腹に押し当てる。強くもなく、ただ触れさせるのみである。咄嗟に、シグナムが後ろに跳ぼうとするがその動きがぴたりと止まった。オーフェンは当てた拳をそのままに、肩で軽くシグナムを押した。反射的に思わずシグナムが押し返してくる。その瞬間!


「オオオォォォォォォォォォォォフェンンンさあああああああああああん!!!!!!!」


フェイトの絶叫とともに特大の雷が上空から轟音とともにオーフェンとシグナムに突き刺さった。


『つぎゃああああああああああああああああああァァァァァァァ!!!!!!!!!!』


二人分の断末魔の叫びが雷鳴に負けず劣らず辺りに響き渡る。網膜を焼き尽くすような激しい雷光が瞬き、巨大なクレーターを形作る。その中心には、黒焦げになって四肢が痙攣しているオーフェンとシグナムがいた。リミッターが掛けられているとはいえエース級の実力者であるフェイトの一撃を全くの不意を突かれて直撃すればただでは済むはずもなく、オーフェンは薄れゆく意識の中、焦点の合わない瞳をさまよわせ、


「・・・・・・・・・なんでだ」


その意識を手放した。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





『おーーっと!!突然の乱入者登場だー!なんと今日は地上本部へ出向いていたはずのフェイト・テスタロッサ隊長ではありませんか。無慈悲かつ理不尽かつどーしよーもなく卑劣な不意打ちでもって選手二人をノックアウト!』


『さすがの二人もあれは躱せなかったようですね。見てください。あのシグナム副隊長の顔面が瓦礫にめりこんで倒れている姿』


『いえいえ。それをいうならあのオーフェンさんの昔理科室で見たカエルのような無様な格好を・・・』


『ところでフェイト隊長の乱入ですが・・・』


『あ、ええ。なぜあの温厚なフェイト隊長があんなことを?なのはさん的にはどう思われますか?』


『はい。それはですね、まず今回の大会の一件を彼女には教えていなかったことですね。優しくてまじめな彼女のことですから、きっと反対すると思ってはやてちゃんが。それともう一つ。オーフェンさんとエリオとの試合ですね』


『それって、あのお風呂発言ですか?』


『ええ。要は・・・・・・恥ずかしかったんじゃないかと』





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「えー・・・それでは今回の優勝者を表彰したいと思います。意外や意外、まさかの途中出場にて決勝試合出場者2名のお二人を一撃のもとに地に這い蹲らせたフェイト・F・テスタロッサ選手です。それでは、皆さん拍手でお迎えください」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「迎えられるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!」


大量の桃缶と、矢継ぎ早のインタビューに戸惑っているフェイトの映像が機動六課中に放映されていた頃、医務室でそんな叫びがこだましたのだった。


ちなみに後日。フェイトに桃缶を譲られて、割と本気で嬉しそうにしているオーフェンの姿が目撃されたのだった。


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