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[14274] 残念ドラゴンと店長
Name: ジャギ◆8a1ce7b3 ID:904bae77
Date: 2010/01/03 23:53
 氷のような冷たい美貌。
 凜とした佇まいが相応しい体躯。
 鴉の濡れ羽のような、艶やかさを持つ黒髪。
 深淵を映すかのような底の無い、漆黒の瞳。
 そして、身に纏うは見た者を恐怖に落とし込むかのような、闇の雰囲気。
 その白魚のような指先で、黒地に白文字の書かれた板を裏返す事は無く、どこか寂しそうにそれは佇んでいた。

『軽食屋サグラダ 準備中』

 魔女のような彼女の名前は、桜田コズエ。
 本日は軽食屋サグラダの休業日である。




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 人間は弱い。
 私達との戦力差はそれこそ象と蟻程の差があると言っても過言ではない。
 そんな弱い人間達が、まるで自分達が地上の覇者だと言わんばかりに幅を利かせているのが私は酷く気に入らなかった。だって人間は弱くて、私達は強いのだ。増して私は仲間内では一番の実力を持っていると言っても過言ではないと自負している。いや、私はまだしもなぜ私よりも余程力のある大人達が人間の言う事に従うのか理解が出来ない。
 誇りを持って生きろ。そう私達に教えてきた大人達が自らの誇りをドブに捨てるような事をしているのか、何度となく私は声高にそれを語ったけれど、帰って来たのはどこか諦念めいた視線と、聞き分けのない子供に言い聞かせるような諫言。それを耳にする度に私は全身を掻き毟りたい衝動に駆られる。何でみんなそんな平然としているのだ、私達は馬鹿にされているようなものだと叫び出したかった。
 人間達の勝手な事情で棲家を追われ、辺境にひっそりと潜むなんて、そんなの私達の姿じゃない。
 私がそういった事を口にする度にみんな顔を困らせて笑う。
 そんな状況に我慢が出来なくなってどれくらい経った頃だろうか。私は天啓とも言える閃きを得た。

「そうだ、人間をやっつけよう」

 みんな人間を甘く見るなと言う。
 と言う事はつまり、人間が怖くなってしまったのだろう。
 人間なんて弱いのに、誇りを忘れて怖がっているなんて、馬鹿馬鹿しい。
 だから私が、この私がみんなに誇りを取り戻させよう。私が沢山人間をやっつけたらきっとみんな分かってくれる。
 私達は強いと、私達がこの世界の覇者であると自覚してくれる。
 そう思うと頭がすぅっと澄んだように感じた。何だ、こんな簡単なことだったんだと思わず笑みさえ浮かぶ。
 晴れ晴れとした私の心を代弁するかのような蒼穹に、私は身を投げた。
 さぁ、人間をやっつけよう。沢山、やっつけよう。
 そう飛び出したのが少し前で、先程人里を襲撃しようとした私はボロボロになって何処とも知れぬ森の中で惨めに倒れ伏していた。体中にガタが来ている。骨だってきっと折れているし、血だって沢山出ている。動かない四肢は勢い込んで飛び出してこのザマかと私を笑っている。
 そう、私は人間達にこれでもかという程にボコボコにされてしまった。
 でも私は認めたくない。あんなの戦いじゃない。
 人間達は弱かったのだ。確かに弱かった。だと言うのに倒しても倒しても魔法使いの回復ですぐに立ち上がり、チクリとしかしない攻撃を私に向ける。そう、攻撃だって痛くないのだ。ほんの少しチクリとした感覚があるくらいだったのに、何度も何度もやられると少しずつ痛くなってくる。気が付けば私は段々と押され始めていたのだ。
 弱いのに、弱いくせに少しずつ私を傷めつけた人間に私は我慢ならなかった。
 こんなのは戦いなんかじゃない。誇り高き戦なんかじゃない。
 私達の姿を維持する事も出来なくなった私は人間の姿になるまで追い詰められてしまっていた。華奢な、ひ弱な人間の姿を戦いの最中に晒す羞恥に私はどうしようもなく激昂していた。
 その時まさに私の首を切り落とさんとしていた人間に、私は叫び出してしまっていた。

「こんなの違う! こんなの戦いなんかじゃない!」

 私の予想外の行動に一瞬動きが止まった隙を突いて、恥も外聞もなく私は逃げ出してしまっていた。何とか私達の姿を取りその場から離脱し、力尽きるまで飛び、今現在人間の姿を晒して森の中で息も絶え絶えに倒れ伏しているのだ。
 何と情けない事だろう。あんなに大口を叩いておいて、仲間に見られたら何と言われるだろう。責められるだろうか、それともあの困ったような顔で私を見るのだろうか。どちらにせよ、私は酷く苛立つ事になるだろう。
 悔しい。
 惨めだ。
 私は人間なんかに負けていないのに、あいつらより私の方がよっぽど強いのに。あんな戦いを戦いとも思わないようなやり方でのされても、今こうなっている結果が全てだと言うのだろうか。
 体からじくりと血が滲み出し、どうしようもない痛みが私を襲う。
 きっと私はこのまま死んで、世界に還ってしまうのだろう。
 まだやりたい事はいっぱいあった。
 腹は立ったけれど仲間達はみんな良い奴らだった。
 ぐぐ、と痛む体に力を入れる。

「死にたくない」

 私は、死にたくなかった。
 言葉にする必要など無いのに、自然と口に出してしまっていた。
 誇りだなんて、私がどうこう言う資格などもう無くなってしまっている。人間達にこっぴどくやられた上で、死にたくない死にたくないと赤子のようにもがいているこの姿を誇り高き始祖が見たら一体何と仰るだろう。ボロボロと、涙が溢れ出していた。

「死にたくない?」
「あぁ、死にたくない」

 朦朧とする意識で、私はついに幻聴さえ耳にした。
 本当に心から生に縋っているのだと、苦笑してしまいたい。

「そう、死にたくないんですね」

 あぁ、死にたくないよ。
 私は魂に響くその声に誘われるかのように気を失った。




----------




「そう、私は死んだのだろう」

 口に出して確認する。
 何故そんな事をしているのかと言えば、私が今清潔なベッドの上で目を覚ましたからだ。私達の価値観では死んだ魂は世界の栄養となって巡る、という考え方が一般的なのだけれど、人間達には死後も世界が存在すると提唱する団体があるらしい。この状況はもしかしたら、そのまさかなのだろうか。
 そう思った所で、体を動かすだけで痛くてたまらなかった疼痛が無くなっている事に気付いた。見れば、腕や脚など、それぞれ傷が酷い所に包帯が丁寧に巻いてある。
 驚くべき事に、この包帯がただの包帯じゃない事に気付いた所で私は頭から冷や水を被った気持になった。

「……生きてる」

 包帯から感じるのは、魔力。
 人間の用いる一般的な治療道具に擬態したそれは、紛う事無くマジックアイテムであった。マジックアイテムと言えば市場に殆ど流通せず、入手及び作成が困難な事で知られており、それは相当な高値が付くと有名だ。特に回復系統のものとなると喉から手が出るくらい欲しがる輩は枚挙に暇がないだろう。
 では、そのような高価なものが一体何故私に施されているのか。分からない。マジックアイテムの効果は実際に確かなものであったようで、包帯を解いて見ても僅かに痛みが残る程度だ。
 この時私の頭は酷く混乱していたのだろう。無理もないように思えるが、かと言ってそれが人間の接近に気付けなかった言い訳にはならない。
 きぃ、という控え目な音と共に、人間が扉から顔を出した。

「起きましたか」

 しまった。
 これがこの時私の頭の中を駆け巡った言葉だ。そう、扉から顔を出したのは恐らく私を助けただろう、人間。私達の掟には、命を助けられたらそれ相応の恩を返さねばならないという至極当たり前の言葉がある。
 人間。人間のメス。
 私はこれから、この人間のメスに傅いて生きていかなければならないのだろうかと、そう考えて絶望に至ったのだ。

 人間を、馬鹿にするな。
 奴らは俺達の全てを食らう。

 仲間内の先輩に言われた一言が脳裏に浮かぶ。
 私達の存在というものは人間にとっては酷く貴重なもので、死んだ同胞の体が人間達の過ぎ去った後、何一つ残らなかったというのだ。血も、骨も、肉も、全てが持っていかれる。何とおぞましい事だろうか。
 さて、この人間のメスが何を思って私を助けたかは知らないが、恐らく生かしているのは私という素材を生かしておくためだろう。
 そう考えると、目の前の何の変哲のない人間のメスが恐ろしく見えた。

「名前は何ですか」

 ツカツカと部屋に入って来るや否や薄い笑いを顔に張り付けて人間のメスが私に問う。
 今の私がこのメスに逆らうのは得策ではない。先程充分過ぎる程人間には痛みつけられたのだ、私は学習する。

「ルーデル。ルーデルだ」
「そうですか。ではルー、何故あなたは森の中で倒れていましたか」
「……」
「言いたくないのですか」
「……あぁ、言いたくないね」

 今、思いだした。
 この声、私が気を失う前に聞いた声だ。幻聴では無かったのだ。
 つまりは私の正体が分かった上でこうやって質問をしている。私に名前を略して呼ぶわで一体何様のつもりだ。次第に腹も立ってくる。
 ベッドの上で上体を起こした私を見下ろす視線からは何も読み取れず、イライラした。

「では聞きません。ルー、あなたが帰る所はありますか」

 帰る所と聞いて真っ先に思い浮かんだのは私達の集落だ。人間達が棲む所とは程遠い山の中、退屈だったけれど確かに平和だった場所。あそこに戻りたいとは思うけれど、言い付けを破り人間を襲撃し、尚且つ瀕死に陥るまで痛めつけられた私に戻れる資格なんて、無い。

「……無い」
「そうですか」

 困ったような表情を浮かべる人間のメスを見て、私はイライラが止まらなかった。お前らが全部悪いのに、何で私がこんな目に遭わなければならないんだと、理不尽な怒りが私の中で鎌首をもたげる。それにこのメス、あの場所にいたという事はあの、私を傷つけた人間の一団にいたという事もあるかもしれない(人間のメスの顔の区別など出来ない)。大方私を追い駆けて疲弊した私を仲間たちにはばれないように連れ帰り、素知らぬ顔をして利を総取りしようと言うのだろう。
 そんな人間に命を助けられたとなると、いよいよ涙が溢れる思いだった。
 一言二言、せめてこの人間に食ってかかってやろうと顔を上げた瞬間、鈴の音が室内に響いた。そして生ずる僅かな魔力に私は面食らってしまった。この音もまたマジックアイテムか何かによるものだろう。
 ただの人間のくせに、いったい何だこいつ。

「来客のようです。少し待っていて下さい」

 それだけ言うと私の事など意に介さないように踵を返して部屋を出て行く。
 随分私も甘く見られたものだが、命を助けられたという弱みがあるためこの場から動く事を私自身が良しとしない。
 一体これからどうしたものだろうと溜息を吐いたと同時に、爆発的な魔力がすぐ近くから溢れ出す。私はあまりの驚きにベッドから落ちそうになってしまう程、前準備も何もない、突発的な魔力の発露。
 何があったのだろうかと五感を強化すると、信じられないような結果が待っていた。
 この魔力は、あの、人間のメスのものだ。
 強化された耳朶に人間のメスと来客とやらの会話が飛び込んできた。人間のオスが二人、あのメスの魔力が大きすぎて判別しにくい。

「と、歳の頃は十代前半程の、普段見る事のない少女をあなたが家に連れ込んだとじょ、情報を頂きました」
「そ、それは先頃取り逃したドラゴンの人間形態時のものと酷似しているため、調査に参りました」
「そうですか」
(……おい、お前言えよ)
(え、せ、先輩お願いしますよ)
(無理だよ超怖いもん)
(ちょっ! ……部隊長にある事ない事言いますよ)
(うっ。……じゃあ一緒に言うぞ。それなら良いだろう)
(ほんと何でこんな仕事……)
(しょげるな。せーの)
「「ちょ、調査のため立ち入らせて頂きます!」

 まずい。
 あのメスに関しては少し分からなくなってきたが、間違いなく二匹のオスは私を捉えるつもりだ。しかも恐れてはいるもののあのメスとは敵対しているようだ。すぐに逃げ出さねばという気持ちもあるが、ここを離れたらなけなしの誇りすら失ってしまう気がして、私はベッドから降りる事が出来なかった。
 詰み。
 詰みだ。
 もう盤上をどう逃げ回ろうと無駄。
 おしまい。おしまいだ。
 靴音がどんどんこの部屋に迫り、ついにその扉が開いた。

「なっ! お前は矢張り!」
「サグラダ! 何を考えているこいつを解き放つとどうなるか!」
「我々は市民を守る義務があり、それは国が定めた司法を以て成り立つ」
「サグラダ、お前を拘束する」

 喚き立てるオスが二匹。
 ツカツカとその間を通って部屋に入ってきたメスは、最早人間とは思えなかった。
 勢いに任せて捲くしあげたのだろう、オスどもの事を一瞥すると濃厚な魔力が、塊となって部屋に満ちた。それはもう衝撃として感じられるほど、それだけで力となる魔力。
 苦しい。
 一匹のオスなど座り込んでしまっている。

「あなた方は、ルーの保護者ですか」
「ちっ、違う! 私がこんな奴らに!」

 思わず叫ぶも、こちらに向けられた視線に、私は恐怖を感じていた。
 人間達に痛めつけられ、死の間際でも一番感じたのは悔しいという感情だったというのに、私は今確かに、この人間に恐怖していた。

「わ、我々は第二十三項によってその生命を」
「難しい言葉、分かりません」

 尚も喚くオスにぴしゃりと言い放つと、改めてオスどもにこの人間は正対して、言い放った。

「帰って頂けないでしょうか」
「なっ……!」
「何か問題は、ありましたか?」

 オスどもは勿論、逃げ帰るしか無かった。
 そして暴風雨のような魔力の奔流が止まり、メスは私に向かってにこりと微笑んだ。
 それはまるで別人。私は魔力のかけらも感じないその笑みに、体を震わせた。

「お、お前の名前は」
「サクラダコズエです。店長をしています」
「サクラダコズエ」
「ルーデル。あなたには仕事を手伝って頂きます」

 こいつの言う、仕事とは、一体。

「私は未だこちらの言葉に慣れていないので、時折おかしな言葉遣いになったり、先程のように何を言っているか分からない事があります」

 それはつまり、先程のような。
 ですので、あなたにはそのフォローをお願いしたいのです。
 そう言ってにぃと笑ったサクラダからは魔力も何も感じなかったが、私は確かに恐怖を感じた。





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「いや、最近休み無かったから大変でさ」
「さっちゃん仕事になると人格変わるもんねー。クソを垂れる前と後ろにサーを着けろ! とかやってるんでしょ?」
「いやー、さすがにそこまでは……あれ?」
「うわ、正直引く」

 同僚と軽口を叩きながら街中を歩く。
 今日は先週あったドラゴン出没事件の特別出勤分の振り替え休業日だ。

「そういえば、さっちゃん魔法とか使えないのにまたドラゴンぶっ倒したんでしょ? 軽く人間辞めてるよね」
「いや、子どもだったみたいでさ。弱かったよー、こっち死傷者ゼロだったし」
「え?」
「だからゼロ。ドラゴンは半分精神体みたいな所あるから一回くらい首切っても死なないのに必死に逃げられてさ」

 実際弱かった。
 弱かったくせに自信満々でフハハハ、我に敵うとでも思うたか人間ども! とか言ってたのでフルボッコにした。少しむかついたから首の一回くらい落としておいた方が良かったかもしれないが、あの、女の子の姿で涙目上目遣いを切れっていうのはさすがの私も良心が咎められて逃がしてしまった。
 戦い方もなっちゃいなかったし、正直これで特別報酬が入るのならちょろいもんだぜ、とか思ったけれど事後処理の書類やら何やらが山のようにあってそうもいかなかった。行きつけの軽食屋に行けないほどの忙しさに私は内心目を回していた。
 今回のドラゴン襲撃は、襲撃と言って良いのかな。正直に言ってしまえば出来レースだったのだ。
 ドラゴン側から人間襲いそうな若いのがいるから現実見せてやってよ、お金沢山払うから。なんて持ちかけられて、近くの街で張って襲撃を待った訳だ。
 魔法使いなどのフォローもあってか死傷者どころか実際は重傷者もゼロ。せいぜいどこそこの骨が折れた程度の怪我で済んだのは、ドラゴンと対峙するという経験に対してあまりにも低いリスクであったし、私としては書類作業がなければ万々歳の結果である。
 だが、問題がひとつ。

「倒したドラゴン見つかってないんだよねぇ」
「えぇ!? あ、危ないんじゃないの!?」
「いや、さすがに痛めつけたから人には警戒するだろうし、ドラゴンさん側からのフォローもあるでしょ」
「は、はー。そんなもんなの?」
「そうだよ。いくらドラゴンさんでもそこまで無責任じゃないだろうし」

 いやぁ、私事務方だから全然分かんないや、と感心したように言う同僚はどこか可愛らしかった。

「あ、私今日茶葉買って帰るからこっちで」
「はいよ。私はご飯でも食べてから帰るよ」
「太るよ」
「動くから大丈夫」

 畜生羨ましくないぞそれは、なんて言いながら遠ざかる同僚に手を振って別れる。
 さて、約十日振りにサグラダにでも行きましょうと自然と軽くなる体を感じる。店の中はあんなにずーんとしているのに、店の事を思うと体が軽くなるなんておかしな話だ。
 何を食べようかな、なんて考えているとすぐに店についてしまう。

 からん、ころん。

 扉を開けるとそこには上質な調度品と陽射しが気持のよい店内。そして絡みつくような濃厚な魔力。
 ぐ、と思わず一歩下がってしまう。

「いらっしゃいませ」

 慣れた久し振りに耳にする底冷えのする声に誘われていつも座っている窓際の席に私は腰掛けた。久し振りなのにちゃんと好きな席を覚えていてくれている事に、私は思わず微笑んでしまっていた。席に着くや早々と注文を済ませて、座席に備え付けのスプーンをクルクルと手の中で弄ぶ。
 そういえば座席に食器を備え付けておく店も珍しい。余程衛生管理には気をつけているのだろう。

「お、おまたせいたしました」

 スプーンをクルクルと回すのに白熱していた私に、どこか幼い声が掛けられる。
 あれ、とそちらに目をやった私は、思考停止に陥った。
 ショートカットの緑色の髪。同色の瞳。店長の服をそのまま小さくしたようなエプロンドレスに包まれたその幼い体躯を、私はつい最近見かけなかっただろうか。
 いや、確かに見かけた。
 そう、私は確かこの少女の首を、思いきり切り落とそうとしなかっただろうか。

 手の中のスプーンは床に落ちてしまっていた。





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営業日誌



 休業日に営業日誌というのもどうかと思ったけれど、記さなければならない事が起こった。
 たまの休み森を散歩していたら、血だらけの女の子が倒れていたのだ。体に傷を負っていて、治療が必要だろうとすぐに家に運び入れた。(そう遠くない場所で良かった)
 医者に連れて行こうとも思ったのだけれど、こちらの世界の医者はどうも祈祷をすれば治るとかそういう事を言う、藪医者が多いのだ。幸いな事に私も得手ではないけれど治癒なんたらとかいう魔法を使う事が出来る。それを包帯に転用したりして治療を続けると、女の子はすぐ目が覚めた。案外傷も平気そうである。
 さて、そのあとからがまた大変だった。
 男の人が二人、早口で何やら捲し立てて家に押し入ってきたのだ。この営業日誌にも日本語で記している通り、私はこの世界の言語、文字に未だ不安が残る。何を言っているか分からない男の人達が家に入ってきて、すごくこわかった。
 ルー(女の子はルーデルという名前だと言ったので、ルーと呼ぼうと思う)を見て口調が荒くなっていたので、私はますます委縮してしまったが、ともかくルーと関係があるのは間違いないと見て聞くと、ルーが関係なんか無いと大声で言った。見ればルーは半泣きで怯えているようだったので、なるほどどうやらこの人達が悪党というものだろうとどこか冷静な頭で私は考えた。偉い人に何かあった時にはこれを押せ、と渡されたものがポケットにあるのを確認して何とか帰って頂けないかと願った所、案外あっさりと引いてくれたのがなんだかおかしかった。
 ひょっとしなくてもルーは訳アリな子なのかもしれない。私は確かにその時ルーを拾って後悔した。飲食店など噂で成り立っている所もあるのだから、変な噂は避けなくてはならない。本人にも確かめた所、公の場所には出たくないと言っていた。
 それをそのまま鵜呑みにするのはあまりに危険かもしれないけれど、そう言ったルーはやはり半泣きで、このまま手を放してしまうのはあまりにも忍びなかった。
 あとは適当に理由を付けてこの家に引きとめる。最近少し忙しくなってきていたので、無賃で労働力をゲットできたのだと考えればいいだろう。
 休みの日だって言うのに、なんだか休めなかった。

 明日は良い事がありますように。




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ドラゴンさんがルーを探しにくるフラグと、対魔法使い部隊出動フラグ2が立ちました



[14274] 残念な人達と店長
Name: ジャギ◆8a1ce7b3 ID:69d8d487
Date: 2010/03/16 00:12


 氷のような冷たい美貌。
 凜とした佇まいが相応しい体躯。
 鴉の濡れ羽のような、艶やかさを持つ黒髪。
 深淵を映すかのような底の無い、漆黒の瞳。
 そして、身に纏うは見た者を恐怖に落とし込むかのような、闇の雰囲気。
 その白魚のような指先で、黒地に白文字の書かれた板を裏返す事は無く、どこか寂しそうにそれは佇んでいた。

『軽食屋サグラダ 準備中』

 魔女のような彼女の名前は、桜田コズエ。
 本日も軽食屋サグラダの休業日である。






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「ルー」

 この数日ですっかり耳に馴染んだ愛称で私を呼ぶサグラダから感じるのは、何かおぞましいものを見てしまった時のような嫌悪感でも何でもなく、親しいものを呼ぶ時のような、親愛めいたものすら感じてしまうような声色だった。サグラダがよく言うように、私とサグラダの今過ごしている状況は家族と言っても過言ではないようなもので、それを普通に考えたらその呼び掛けは自然なものと言って良いだろう。
 けれどそれは普通に考えたらの場合だ。
 私は竜だ。
 ドラゴン。人間とは争い、時に手を取り合った歴史を持つ強大な翼。
 それが、私だ。
 そんな誇り高い生き物として生を受けながら、私は人間相手に敗北し、我が命の光が消え落ちるかという所をこの得体の知れない人間の、サグラダに助けられたのだ。後悔ばかりが我が身を苛むが、今となってはもう遅い。命を助けられたとあれば、それ相応の恩を返さねばならない。財であれ力であれ、サグラダが望むもののために、今この時私は生を繋いでいるのだ。
 サグラダ。私を捕らえようとする兵士を一睨みで無力化し、脅迫して追い返した人間。里でも感じた事の無いような強大な魔力を惜し気も無く解放するその姿は、魔王と呼ばれて然るべきではないのだろうかと私に思わせるには十分だった。
 しかし、サグラダがその、膨大な魔力を常に纏っているかと言うと、これがそうでもない。主に店の営業時間中(この店はどういう訳か只の食事処だと言う。心から馬鹿馬鹿しいと思うが、何かしらの考えがあるのだろう)や、来客相手への対応時以外、その最強の矛は収められている。よく分からないタイミングでの魔力の発露も良く見られるので、結局何をスイッチとしているのかは定かではないが、概ね間違っていないだろう。
 さて、困った事に所謂スイッチの入っていない状態のサグラダは、粗野な私から見ても分かるくらいに温厚で上品な気配を持った人間だったのだ。物言い自体は言葉に慣れていない事からか素っ気無いものの、柔らかく持ち上がる口角などがそれをよく表していた。
 ただ普段のサグラダを知る者がそれを見ても、決して安心は出来ないだろう。実際私だって出来ない。普段のあの姿を見ているからこそ、余計に私に微笑むその顔が恐ろしく見えるのだ。

「これには、何と書いてありますか」
「その話し方なら、ありますか、よりも、あるのですか、の方が良い。その方が似合う」

 だと言うのに私は存外、上手くやっていた。
 矢張り命の恩人だから、という事は大きいが、サグラダが私に持ちかけた表向きの方の理由である言語等の指導及びフォローをしっかりとしているというのも一因だろう。基本的に話が通じないという事も無いが、ちょっとした俗語などに関しての知識は薄い。字も人並には読めるが、しっかりと教育を受けて来た私には劣る。生活する分には何の問題も無いだろうとは思うが、店を経営する者がそれくらい出来なくてはならないものだと本人は主張するので、私としては何も言う事はない。
 確かに今の状況は不本意なものではあるけれど、これはこれで悪いものでもないなんてほんの少しでも思ってしまった時点で、私はこの店長に絡み取られてしまっているに違いなかった。

「ルー」
「あ、あぁ」

 呼びかけと共に差し出された手には、一つの封筒。
 きっちりと並ぶ馬鹿丁寧な字で、それにはこう書かれていた。

「サグラダ」
「はい」
「それは、召喚状と読むんだ」




--------




「オラ、何がもう限界だ。まだ体動くだろ。知ってんだぞ。あはは、お前失点だな。失点だぞ」

 我ながら本当に面白い事を言ったものだというのに、倒れ伏している部下はにこりともしないので不機嫌になる。だから私が隊長格なんて無理なんだって、もっとこう前線でシンプルに働いている方が性に合っているのに、何でこんな事してるんだろう。せめて小粋なジョークににこりと笑うぐらいの男気くらい見せて欲しい。
 周りを睥睨すると何人かこちらの意を察したものが顔を引き攣らせる。本人達は頑張って笑顔を浮かべたつもりなのだろうけれども、これでは駄目だ。まだ何も言わない蛙のほうが笑っているように見える。

「お前ら、今後私を馬鹿にするつもりが無いのなら今のような馬鹿面を晒すな。これより休憩、私が戻ってくるまでだ」

 モチベーションが下がった所で休憩を挟む。いちいち休憩なんて入れてたらろくな鍛錬にならないのではないだろうと意見した事もあったけれど、部隊にはそれなりの血筋の者も少なくない。つまりは親がうるさいのだ。数回体壊したくらいで死ぬ訳でもないのにがなり立てられるから、お願いだからこちらで規定する時間だけ休憩を入れてくれと懇願されてしまった。
 そう言われてしまったらもう引き下がる他無いと思う。私だって下っ端なのだ。お願いという形を取ってくれた上には関心すら覚えた。そんなこんなでぱっぱと練兵場から離れて屋内に移動していると、事務担当の知り合いに手を振られる。あれ、こんな所で油売ってて良いのかな。事務には休憩なんて無い、只机とペンと一体化しなければならない仕事なんだよ……、と暗い表情で語っていたのに。

「さっちゃーん、お疲れ様ー。休憩?」
「お疲れー、こんなとこで油売ってて良いの?」
「違うよー。さっちゃん呼びに来たんだよ。緊急招集、すぐ集まれって」
「え」

 緊急招集なんて滅多な事で発令されない。それなのにぼけぼけっと自分のペースを崩さずに言ってのける友人にまた分かりにくい冗談か何かとも思ったが、普段よりも幾分か鋭くなった視線にそうではないと悟る。しかし緊急過ぎるだろ、いくら緊急と名前がついているとは言え今すぐ集合なんて子供めいた事なんて無いだろうに。

「何か大事らしいよ。ほら、前竜をやっつけたって言ってたじゃん」
「え、ちょっと」

 頭に浮かぶのは一生懸命に食器を運ぶ少女。

「そいでさ、竜のちょっと偉い人がアポ無しで突然来たんだってー。全く事務殺しだよー、多分この後私死ぬよー」
「あの」
「んでねー、その時の責任者だったさっちゃんにも同席願いたいだの言ってて。ほら、さっちゃん名前売れてるって事もあるんだろうけど」

 混乱したままの私の事情など知ったこっちゃ無いとでも言うように、さっさと場所だけ告げて去っていく同僚を私はぽかんと見送る。そのふらふらした足取りから、事務仕事で忙殺されるのだろうと窺いしれた。
 いや、いやいや、何よりもまずはあれだ。竜。そう竜だ。
 竜の訪問なんて滅多にないレアイベント。元々引きこもりがちな竜の方々は積極的に他種族と交流を持とうとしない。中には例外と呼べるものも居るだろうが、お偉いさんとなるとこれまた別だ。そんなビッグなイベントに私も同席しろと名指しされるなんて、正直自慢なんていうレベルを超えてるだろ。
 何故か、何て問うまでもない。間違いなく、あの行きつけの飯所でちまちまと働いているあの少女が用件だろう。
 軍の一員としてどうかと思われるかもしれないが、私はこの一件を公へ報告していなかった。街の中で暴れられたらそれこそ大災害だろうが、私はなけなしの勇気を振り絞って店長に話を聞けば、新しい店員であり、悪いようにはしないとの宣言を受けた。流石にそれをそのまま鵜呑みにする気は無かったが、そもそも街の中に入り込んでしまっているのだ。手を出そうにもそれこそ大災害に発展してしまう。
 あの店長の考えなど読める訳もない。一応信頼できる上層部の人間などに情報を流していたものの、それから動きが無いという事は私と同じように傍観という姿勢を取ったのだと推測出来る。随分お気楽な対応だとは自覚しているが、事はそれほど単純ではない。あの店長は、私が思っているよりもずっと複雑な立場にあると知ったのはそれからだった。
 まぁ、正直言ってしまうと私みたいな脳筋がいくら考えても無駄だろう。
 馬鹿の考え休むに似たりだ。

 なーんて考えながら来客用の貴賓室へ向かっていると、じわり、と額に汗が滲んでいた。
 あれ、と思ったのも束の間、きゅっと心臓が一度握られたかのような感覚。
 え? と一瞬パニックに陥る。だってあれだよ、ここは紛れもなく私の仕事場で、いやいやおかしい。
 そう、決してここは軽食屋サグラダではないのに。

「こんにちは」

 背後から聞こえたその声に、背筋を伝っていた汗がたらりと落ちた。
 ぎぎ、と寝違えた首を無理やり動かすように後ろを振り返ると、いつもの給士服姿の、あの、店長と私の勘違いじゃなければ竜の少女が佇んでいた。あのね、私はこれでも一つの隊を任された隊長なんだよと。ちょっと前は前線でブイブイ言わせてたイケイケガールなんだよ。それなのに何でご飯処の店長にこう後ろを易々と取られなきゃならないのかなぁもう!

「こ、こんにちは」
「ひとつ、聞きたい事があるのですが」
「あ、えぇ。どうぞどうぞ」

 そんな私の内心も知らずに機械的に言葉を発する店長を見て、隣に居た少女が溜息を吐きながら口を挟んだ。

「召喚状が届いたんだが受付に誰も居やしない。んで勝手に入って来たんだが、こういう時どうすれば良いんだ?」

 竜には人の顔かたちが中々区別出来ないと聞いた事はあったけれど、どうやらその通りだったようで、私が思いっ切り首を吹っ飛ばそうとした少女の問いに疑問を覚えるも、なるほど突然の事だろうから担当の人間が駆り出されてしまったのだろうと勝手に納得する。いやしかし、召喚状? ついに偉いさんが動いたの? でもそれなら私の耳に入ってもおかしくないだろうし。
 どう答えるか迷ってしまった間に、何人かの人の気配を感じた。こちらに近付いている。こんな時で何だけれど、少し安心してしまう。だって私がそんな気配察知出来ないなんてぶっちゃけありえないような話なのだ。そう、これが普通、これが普通なんだと自分に言い聞かせる。
 それに気付いたのか、少女が酷く嫌そうに顔を顰めると同時に聞こえてくる、ざわめきと、声。

「ルーデル!」

 キャスピー様お待ちください、だのキャスピー様一体何処に、だとかいう言葉を置き去りにしながら一人の美青年が廊下の角から現れた。うわ、何か眩いくらい爽やか、新緑の髪が鮮やかだぜ。結婚してくれないかな、何て思った途端そのキャスピー様の顔が一気に曇った。別に私の考えが分かったとかそういう訳ではないだろう。
 もう本当何か良く分からないけど多分全部何もかも、この店長のせいだ。

「ルーデル!」
「うっさい」

 悲愴な、女であればそんな風に呼ばれたらくらっと来てしまいそうな叫びに少女はにべもなく返した。だがキャスピー様とかいう人も負けてはいない。明らかに店長に中てられてはいるものの少女へと駆け寄った。
 多分、恐らく間違いなく、このキャスピー様が竜のちょっと偉い人だろう。礼儀だとかそういうものを私が気にする間も無く、店長すら置き去りにして少女が呆れたように声を漏らした。

「何でお前が来るんだ」
「何でって!? もう、本当に心配したんだよ!?」
「私なんかを心配する必要無い」
「そういう問題じゃないでしょ! 何でそんなに卑屈になってるの!」

 あの訳の分からない程自信満々だったルーデルはどこにいったの、何て最早涙混じりでしゃがみ込んだキャスピー様を見て、もう礼儀だの何だの言ってられないような状況になっている事に気付いた。
 今更追いついてきたらしい付き人か誰かが場の状況と店長の覇気に顔色を悪くしながらあたふたしている。もう何が何だか分からない。カオスだ。
 そしてまぁ私としてもこんな状況はお望みでは無い訳で、こういった時の損な役回りというのは大抵私に回ってくる。

「キャスピー様。畏れながら、ここでは人目に付きます。そこに応接室がありますので、一度落ち着いて、座って話をしましょう」
「今はそんな場合じゃ……!」
「キャスピー。何言ってんだお前、見苦しいし汚い。さっさと移動しよう」
「そ、それでこそルーデルだよ!」

 最早何も言うまい。
 応接室に全員押し込み、キャスピー様の付き人には本人の希望により席を外してもらう事にした。何にせよ店長に中てられてしまうのだから、居ても居なくても同じだろう。
 さて、半ば置いてけぼりにされてしまった形の店長と言うと、ソファーに行儀良く腰掛けて何やかんやで用意した紅茶をゆっくりと喉に通していた。私はそれを見て思わず、あの店長でも飲み食いするんだなぁなんて考えながら今の状況から現実逃避していた。

「それでは、あなたはルーデルを引き取ると」
「本人がそう望むのであれば」

 感情剥き出しに店長を睨み付けるキャスピー様と、それを受け流す店長。
 受け流すと言っても、あの膨大な魔力は垂れ流しだ。流石竜とでも言えば良いのか、ルーデルと呼ばれた少女は最早半泣きだが、キャスピー様はその目を逸らさない。私も内心半泣きだ。
 誰か助けて下さい神様。
 そうずっと祈っていたおかげか、膠着している現状を吹き飛ばすかのように、勢い良く扉が開かれた。

「魔女サグラダ! やーっと尻尾を出したわね!」

 その神様は、いつだったか店長の迫力に半泣きになっていたお嬢さんだった。




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「静かにしろ」
「何を! あなたが人間にルーデルを叩きのめすよう指示したのでしょう!」
「報告書の方に目を通したが、確かに致死性の攻撃は無かった」
「それを信じろと!」
「……お前もルーデルの痛がりは知っているだろう」

 ルーデルはすぐ泣く。些細な事で死ぬと言う。
 その性格は、誰よりも僕が知っていた。

「ルーデルは私の思い通りに痛い目に合ったのだろう。そこでいつものように私達に泣きついてくれば良かった。そうなると私は信じて疑わなかった。だが、ルーデルの馬鹿は私の想像を遥かに超えていた。まさか人間が私達に逆らおうとは思わないだろう。人間に落ち度は無い」
「しかし!」
「キャスピー、お前が感情的になるのは分かる。そうだな、お前には一つ命令を与えよう」
「……何でしょう」
「そう邪険にするな。人里に行って、ルーデルの様子を教えてくれ。それを見て今回の件を判断する。カースティッチ家がついているとなると、私達でも中々手が出せない」

 僕は、ルーデルの一番の友達だから。




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営業日誌

 今日は何だか大変だった。お店も休まなきゃならなかった。
 公的機関からの呼び出し。ルーが言うには恐らくルーが家に居る事が原因だと言う。やっぱり人を一人引き取るとなるとこの大雑把を形にしたような世界でも手続きは必要らしい。でも実際行ってみると受付は無人だしで、困っている所に常連さんが歩いているのを見つけた。(公務員さんだったんだ)
 どうしようかと話しかけると、背の高い男の人が必死で、今にもルーに縋りつかんばかりに向かってきた。ルーデルは嫌がっているのに、それをやめない。その場は常連さんが取り成してくれたんだけれど、キャスピーさん(男の人の名前だ)は今度は私に矛先を向けた。とても怖い。
 男の人に睨み付けられる経験なんて、今まである訳が無い。ルーの前だから平静を取り繕ったけど、内心半泣きで、誰か助けて下さいなんて思っていたら、何とピノちゃんが助けてくれた。
 色々難しい手続きをやってくれるらしい。こちらの事には疎い私にとってそれは渡りに船だった。
 キャスピーさんは、怖かった。ルーに聞いたら、いつも付き纏ってきたらしい。それも幼い頃から。
 ひょっとしたら彼は、俗に言う、ストーカーってやつなんじゃないだろうか。そしてあの、ロリコンという奴なんじゃないだろうか。
 私が、ルーを守らなければならない。

 明日こそ普通にお店を開けますように。



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そろそろ更新しないとやばいと思って急いでかいたので今回随分あらがあります。そのうち大幅修正するかも
取り敢えず色々フラグを立てる回という事で
また今回からメールアドレスにホットメールのアドレスを入れときました
メッセぐらいしか使ってませんが、何か本当取り敢えず入れただけです



[14274] 常連とバカ
Name: ジャギ◆8a1ce7b3 ID:c428e500
Date: 2010/11/02 01:31

 氷のような冷たい美貌。
 凜とした佇まいが相応しい体躯。
 鴉の濡れ羽のような、艶やかさを持つ黒髪。
 深淵を映すかのような底の無い、漆黒の瞳。
 そして、身に纏うは見た者を恐怖に落とし込むかのような、闇の雰囲気。
 彼女は、その白魚のような指先で、黒地に塗られた板に白文字の書かれたそれを、ゆっくりと、ゆっくりと裏返した。

『軽食屋サグラダ 営業中』

 魔女のような彼女の名前は、桜田コズエ。
 今日も今日とて、軽食屋サグラダの営業が始まる。




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「あの、今更なんですけど、あの店長って何者なんですか?」
「分かってたら苦労しないわ」

 美しい外見とは裏腹に中身が伴っていないお嬢様が大仰に溜息を吐く。
 しかし良家のお嬢様(笑)かと思ってたらこのお嬢さん本当にお嬢様だった。最早お嬢様とかいうレベルでは語れないくらい。言うならばスーパーお嬢様(笑)とかハイパーお嬢様(笑)だろう。どちらにせよ(笑)が取れないのが痛ましい。
 カースティッチ家。
 ネナードカースティッチが当主の大豪。詳しい事は知らないけれど、土地の開墾か何かで随分前に大儲けして、それを元手に様々な事業に手を伸ばし、規模を広げてきた大家。冗談みたいだけれど王様とかそういった人達とも太いパイプがあるというとんでも一族だ。
 そんな一族の、よりにもよって当主のネナードカースティッチの娘さんがこのピノお嬢様だと言うのだ。
 何だかちょっと幻滅である。

「それにしても」
「はい?」
「あんたみたいなのがあのデイジーハートだなんてねぇ……」

 どうやら幻滅していたのは私だけじゃなかったらしい。先程よりも酷い溜息を吐いて疑わしげに私を見るその目はなまじ外見が綺麗なものだから中々ダメージを受ける。
 あの動乱のキャスピー様襲来が終わった後、私の名前を改めて聞いたピノお嬢様からこうやってお誘いを受けた訳だけれど、どうやら私はあまりお気に召さなかったらしい。しかし何このお屋敷、今も物語の中に出てくる清潔なテラスみたいな所で、造りの良いテーブルとか椅子とかに何かとんでもなく高そうなティーセットやらが並んでいる。

「はぁ、まぁ私がササラナデイジーハートちゃんです」
「うわ……」

 何だか気持ち悪い虫を見るような目で見られた。
 場を和ませようとしたのにこの仕打ちは心が折れる。

「まぁ、話は戻すけど、あの魔女が何者なのかってのは私達が聞きたいくらいよ」
「はぁ、でも言い方は悪いですけど身柄はカースティッチ家持ちなんですよね」
「体裁っていうかまぁ、一応は私達持ちには違いないわ。実際あの土地と建物用意したのこの家だし」
「あの土地と建物っていうと、あの、ご飯屋さんの……?」

 そうよそうよそれなのよ! と淑女にあるまじき態度でピノお嬢様はテーブルをゴツンと叩いた。それからというもの、彼女の口からは不満や愚痴が轟々と流れ出す。やれ一体何を考えているのかだのやれ悪い事を企んでいるに違いないやれうちの人達は一体何を考えているのかだの。とても良家のお嬢様とは思えないような目付きで鼻息荒げて語り出したのである。
 流石の私も鼻白んでしまった。どうも彼女の話を総合すると、たまたまあの店長が料理を作る機会があり、それを食べた当主様がベタ褒めしこれは料理だけで食っていけると太鼓判を押したそうな。一時期は家預かりになりそうな程だったらしいが、流石に得体の知れない人に料理という口に入るものを任せる訳にはいかないんじゃないかとお流れになり、最終的には何処ぞの高級料理店にという話を蹴りあの小料理屋に落ち着いたのだという。
 さて、これは私の邪推だが、冗談にしろ何にしろあの店長が果たしてご飯屋以外のお仕事に就いたらどうなるか。考えてみるだけで人も獣も裸足で逃げだしそうな想像しか出来ない。本人の道楽にしろ何にしろ本当にそんな事で大人しくしてくれればと、言い方は悪いが店を宛がった形になるのではないかと思う。何というかこう、厄介払い的な。
 いや、まず何よりも気になったのはそれよりも。

「それでね、本当家の人って腑抜けだらけで」
「あ、ちょっと質問あるんですけどいいすか」
「……そうね。私もちょっと話し過ぎたわ、何かしら」
「その、そもそもあの人は何処の人なんですかね?」

 問いかけた瞬間。ピノお嬢様の目付きが変わった。これだけ見るとなかなかどうして迫力もあり、聡明な面が覗いた。
 いや、実際頭自体は悪くないのかもしれない。色々常識が欠如しているだけで。

「……分かんない」
「は?」
「分かんないのよ。何処から来たのか、何で来たのか。私最初に言ったでしょう? あいつが何者なのか教えて欲しいくらいだって」
「え、え? それでは何でカースティッチ家預かりに」

 ピノお嬢様は大きく溜息を吐くとこれ以上なく分かりやすく肩を落とし、ティーカップに目を落としながらぼそっと呟く。

「……たまたま、私達があれを最初に見つけたからよ」
「え、え?」

 聞けば聞く程おかしな話だった。
 ある日突然あの店長は屋敷近くに姿を現したのだと言う。衛兵が見知らぬ顔だと声を掛けたら、もうあれである。そう、あの暴力的なまでの魔力の奔流。信じられないような話だけれど今より余程その力は強いものだったらしい。どうなってんだよあの店長のキャパ。
 結局はその場で集まる限り集めた近衛達で取り囲んだが誰も手を出せず、膠着した状態を打破したのが、なんとこのピノお嬢様だという。

「さしもの私も死ぬかと思ったわ」

 とは本人の談である。
 周りの兵士達が止める間もなくズカズカと、それでいてガクガクと歩み寄ったピノお嬢様が顔を青褪めさせ半泣きになりながらなるべく高圧的に口を開くのが目に浮かぶようだ。しかしこれが本当なら結構凄い事だ、どうやらピノお嬢様も立場上魔法使いとは縁があったようで、前線になんか出ていない衛兵なんかよりはよっぽど耐性はあったのだろう。だろうけれど、それでも本気モード(仮)の店長の前に立つなんて真似は私はしたくない。素手で魔物退治に向かって無傷で帰還する方が現実的だ。
 さて、にじり寄って話をしようにもまず、言葉が通じなかったと言う。
 大陸向こうでは違う言葉が使われる、とも耳にした事はあるけれど、それでもこちらの言葉が通じないという事はまず無いらしい。じゃああんた一体何処の人だよ、と聞こうにも言葉が通じない。軽い詰みに陥った所で、ようやく当主様の登場だ。
 この当主様はこの人物を在野に放つ訳には行かない、主に安全面的な意味で、と察し何とかカースティッチ家で世話をしようと苦心したのだという。びっくりするくらい良い人、凄い。

「問題はそれからよ」
「言葉は順調に覚えたんですよね?」
「そう、覚えは良い方だったみたいよ」
「じゃあ問題っていうのはやっぱり……」
「多分あんたが思ってるのと全く逆の方向の問題よ」
「へ」
「大人しくなったのよ。私が言うのも何だけど、丸で普通の女の子みたいに」

 そこからまた、ピノお嬢様の長広舌が始まる。

「おかしいわよね。あの誰もがビビるような魔力もなりを潜めてね、まーるで私を年相応の、妹みたいに扱って。そもそも家の人達は危機感が足りないのよ。そうしていると普通に可愛い年頃の娘みたいだからって警戒心も段々と無くなってっちゃって、また本人も分かっているのかどうだか私達に迷惑を掛けないように、役に立てることは無いかって常に考えてるような感じだったわ。でもね、でもね私は騙されないわよ! 突然現れて有り得ない力を誇示して! そうして屋敷に入ってみたらごろにゃんと大人しくなりましたと!」
「いや、あの、私としてはあの店長がごろにゃんとしてるなんて想像も付かないんですが」
「まぁ不意に魔力の発散はあったみたいだし、何事か企んでいるのは間違いないと私は思ったのよ。それが何!? 最終的には料理! お店!? ふっざけんじゃないわよ!」

 お嬢様のご乱心に何事かと顔を見せた執事は、何でも無いわとにべもなく追い返される。

「それでね、あなた!」
「は、はいー」
「現れたのはあなた、一人千人殺しのササラナデイジーハート!」
「またマニアックな呼び名選びましたね……」
「よくあそこを利用しているようだし、個人的に謝礼は出すわ」
「え、人の話聞いてな」
「だから、これから、あなたが利用したその時の事だけで良いから何かあったか私に話をしなさい!」
「え、えー」
「屋敷には話を通しておくわ!」

 それは電光石火だった。
 流石お嬢様と言うべきか、気が付いたら私はとんでもないものに任命されて帰りの門を抜ける所だった。帰りに執事の人に、かのデイジーハートさんと話が出来て普段では考えられないくらい上機嫌になっていたと聞いて少しやる気になってしまったのも恐ろしい話だ。
 だってこれ、思ったより全然良い話じゃない?
 私は今迄通りご飯食べれば良い話で、それでちょっとしたお小遣いを稼げるのだ。おお、そう考えたら途端に道が開けてきた気分。
 それにどうやら、あのピノお嬢様。鼻持ちならないクソお嬢様とは違って中々面白いと、私が思っていしまっている。
 (笑)が取れないくらいが私には丁度良いのだ。




---------




 さて、そんな訳でホイホイと軽食屋サグラダに来た訳だけれど。

「ルーデル! 僕と一緒に帰ろう!」
「あーうるさい。今私が何してるか分かるかお前、お仕事してるの。お仕事、分かりますか?」

 店長から発せられるプレッシャーよりも先にインパクトを受けたのがこれだ。
 キャスピー様もどうやら(笑)が付属してしまうらしい。まず何でキャスピー様居るの、帰ったんじゃなかったの。絵面もかなり怪しい事になっている、傍目から見ると美少女に熱烈にプロポーズする美青年である。しかもプロポーズするにしても卑屈な感じでのプロポーズだ。
 どういう事なの……。この店は一体何処に向かっているの。
 そう固まってしまったからなのか、ルーデルと呼ばれる竜の少女と目がバッチリあってしまう。

「あ、いらっしゃいませ。お一人様ですか」
「あ、あー、はい」
「ルーデル! 僕の話を少しは」
「うるさい。お好きな席へどうぞ……?」

 何故疑問形、と思うと同時に竜人少女はとすとすと私に近寄るとぐーっと顔を寄せてくる。
 この時私は確かに冷や汗が浮かんでいた。若干目を細めて、爬虫類が獲物を観察するような眼光で私を見つめるそれは、間違いなくやばかった。だってあれだ、もし私がこの少女の首を断ち切ろうとした奴だと分かれば街中で暴れかねない。更に言えばキャスピー様だって暴れ出すだろう。
 あ、あー、そうだ思い出した。何て手を打って言った竜人少女に私は絶望を覚えたのだけれど、果たして出てきたのは私の予想とは違うものだった。

「そうだ、お前衛兵だろ。こいつどうにかしてくれよ、営業妨害とかそれっぽい罪状あるだろ」
「え、あ、えー……?」

 ガシガシ脛を蹴られているキャスピー様が私をキッと睨む。
 畜生こいつそんな顔しても格好良いなんて反則だ。それに私に竜のお偉いさんを逮捕出来るような度胸なんてある訳が無い。どうやって誤魔化そうなんて考えた矢先である。
 ずぶり、と内臓が引き抜かれるような奇妙な感覚と共にすっと店長その人が顔を覗かせたのである。

「ルー、どうしました」
「営業妨害だよ営業妨害、こいつ一応知り合い何だけどしつっこくてしつこくて」

 それからの変化はそれはもう顕著だった。
 店長の目がキャスピー様の姿を認めると同時に、一気に強まった魔力。もうこれ魔力とかそういうものじゃないんじゃないだろうかと疑いたくなるほどのそれに、流石のキャスピー様も若干青褪めている。その力を放っている者がずんずんと己に向かって近付いてくるのだからたまったものではないだろう。

「お客様」
「ぼ、ぼくはルーデルに」
「他のお客様の迷惑になりますのでお引き取り下さい」
「いや、ぼくは」
「ルー、少し休憩していなさい」
「あ、諦めないからな!」

 捨てゼリフを吐いて逃げる様はそれでも格好良かった。
 どうやらあのお嬢様への土産話も簡単に積もりそうだと嫌になりながら席に着いた私の顔は、よく磨かれたスプーンに反射して屈折しながらも確かに微笑んでいた。





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営業日誌

 また、あの人が来た。
 ルーに付き纏っているあの人。
 いい加減通報しようと思うけれど、この国にストーカー規制法なんてあるのか分からない。
 そうだ、あの常連さんは確か衛兵だったはずだから、今度相談してみよう。
 

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誰もが忘れた頃に投稿する男!俺の名を言ってみろ!


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