<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[14161] 【習作】麻帆良に現れたクラウン(GS美神+ネギま+その他)
Name: クランク◆6c156288 ID:c63a1c9e
Date: 2010/11/14 23:00
「どちくしょ~、何で老師とここのとこ毎日戦闘せにゃならんのだ~」

叫び声を上げながらも、老師の怒涛の攻撃を何とかかわしているのはさすがとしか言えない。

「ほれ、横島さっさと攻撃をしなければ、新しく作った武器が無駄になるぞい」

そう言いながらも、攻撃の手を緩めないのだから全く持ってひどい闘神である。

「だったら、最初のころみたいに試しうちさせて下さいよ。こんなに攻撃され続けられたら、人間には反撃なんて不可能ですよ~
(ちくしょ~最初のころは、老師も試しうちの標的になっていてくれてたのに、恨みで思いっきり攻撃してたのがばれたか?)]

「武器は実戦の中で扱えてこそ意味があると思ってな、それにワザと食らうのは性に合わん。(まあ実際に食らうと、ワシでも軽く後退したり防御せねばならんものがいくつかあったのでな)」

「後半が本音か~このクソ猿~~」

横島が老師と戦闘している訳は、彼がルシオラとの絆と今度こそ大事な存在が出来たとき守れる強さを求め、太極図型の文珠を
自由に作れるようになりたい旨を老師に相談しに妙神山を訪れたのが不幸の始まりであった。老師の元には、小竜姫にも知らせて
いない客人がいた。 互いに自己紹介したところ、サマエルと名乗られた。彼は魔界でもかなりの実力者であるらしい。
何故そんな魔神がいるのかと言うと、彼も老師と同じ趣味を持っているらしく、よく討論をするらしい。互いに方向性の違いで
よく最終的に、殴り合いに発展するらしい。お互いにまだ少しは理性が残っているのか、互いに結界をはり外に気づかれないようには
しているらしく、気づかれたことはないらしい。

両者に訪れた理由を話したところ、条件付でOKをもらえた。その条件と言うのが、両者のはまっているゲームの武器等を
作るのに文珠を使用することであった。

太極図型の文珠作成修行には、前回の修行時と同じように老師が展開した空間内で行われた。今回は、老子だけではなくサマエルとも
ゲームをするはめになったのである。行ったゲームが、二人の作りたい武装の元になっているらしく横島も無理やりやるはめになるのだった。
 修行のラストはもちろん老師との一騎打ちかと思っていたのだが、面白そうだとかいうふざけた理由でサマエルも交えた1対2という、
戦いではなく処刑になった。死ぬ思いを何度も体験したが、2人がうまくて加減したのか天に召されることもなく、
何とか太極図型文珠を作成できた。記念すべき初単語は「蘇生」であった……(横島に使った記憶なし、修行終了後二柱は妙に優しかった。)

そして、老子・サマエル・横島の2柱と1人の武器共同開発が始まったのである。色々な武器を開発したわいいが、普通の人間では
振るえないものや、打った反動で肩が外れるなど凶悪極まりないものばかりできた。横島自身も、文珠によるサポートなしでは
使えないものばかりであった。というか横島が使うには、文殊との同時使用で真価を発揮するものが大半であった。
素でも使えそうな人物は、目の前にいる二人のような神族や魔族、知り合いではマリアなどの腕力や強度の高いものぐらいであろう。

武器の他にも、防具とアイテムの作成を行った。アイテムの中の一つに、時間移動もできる転移装置を作ってしまった。
冷静になって3人で考えてみると、時間移動は最高責任者の承諾が必要であり、それを単独で使えるような装置を作ってしまって
大丈夫なのかという話になってきた。とりあえず武器の性能テスト終了後にどうするのかを決定することにした。せっかく苦労して
作ったものを壊すのは、気が引けてしまったのである。すぐに壊していれば、横島に悲劇(喜劇?)は起こらなかったであろう。

ちなみに作ったもののほとんどは、「収納」の太極文珠に収め、ペンダントにして横島の首にかかっている。「収納」の太極文殊を
首に下げているのは、ダサいという話になり老子とサマエルの力で文字を見えなくした。

そして話は冒頭に戻る。

「ちょっと考えたんですが、老子かサマエルが武器のテストすればいいじゃないですか~」

「ワシには、如意棒が有るしのう」

「俺も武器は使わない主義でな」

「「それに、作った武器が振るわれてるのが見たいから(の~)(な)」」

「そんな理由で、闘神と魔神との戦闘を交互に繰り返すのは嫌じゃ~」

会話をしながらも、横島はブリッジしながら走ったり、手に持った紅色の槍で棒高跳びのように跳んだりして人間離れした回避能力を
見せていた。ちなみに手に持った槍はまだ一度も振るわれていない。

「ほれ早くその槍の力を見せて見よ、本物とは違うが、それでも似た攻撃をお前なら文珠で再現できるじゃろう、
早くせんともう少し力を出すぞ」

この槍は老師の願いで作った武器であり、横島でも文殊なしで振るえる数少ない武器であった。

「ふざけるなこの猿!(くそやっちゃる、でもこの槍の力だと真正面から突進することになるからな、それは無理だ。
あの猿相手に真正面から突進するなんぞ、自殺志願者か雪之丞みたいな戦闘狂だけじゃ)」

そして横島は、「転移」の太極文殊を発動し、老師の上に出現すると、

「その心臓寄こせや!」

叫び突きを放とうとしたが、その瞬間老師の姿が横島の視界から消え、いつの間にか
横島の横にいた老師が、ほとんど手加減抜きの攻撃を放つと、如意棒を頭部に食らった横島は、
見事に飛んで行ってしまうのだった。

「馬鹿者が、転移などつまらんマネをするではないわ」

老師の攻撃を食らった横島は

「…(あかんこの衝撃は、大気圏突入以上だ…死ねる)」

横島が吹っ飛んだ先にて、転移装置に衝突してしまい装置が起動してしまったのだ。この転移装置の元となった名は「リュケイオス」と呼ばれていた。

こうして世界から横島忠夫が消えたのである。



[14161] 落し物を拾ったのは誰?
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/21 22:45
(…なんじゃ、今の感覚は?)

執務室である学園長室にて、書類に判を押していた近衛 近衛門の手が止まりどこか遠くを見だした。
すると、業務を手伝っていた源しずながジト目で、

「学園長ボケた振りはもういいですから、早く必要な書類に判を押してください。もう22時過ぎてるんですよ、
今日中に帰れなくなるじゃないですか」

「ち、違うんじゃよ、しずな君。ちょっと思い出したことがあっての、タカミチ君に伝え忘れていたことがあったのでな、
すまんが少しの間席を外してくれんかの」

「はぁ、しょうがないですね、伝え終えたら休憩なしで判を押してもらいますからね」

「う、うむ、しかし少しくらいなら休憩を入れてもいいのではないか?ずっと判を押しているとな、
さすがに老人にはきついのじゃが」

しずな先生はもの凄くきれいな笑顔で

「駄目です」

と言いきって、学園長室から出て行った。

しずな先生が出て行ったのを確認し、タカミチ・T・高畑 に連絡をした。学園長の脳裏には候補として、
エヴァンジェリンもあがっていたのだが力が封印されているのと、現場の状況もわかっていないため、
最強の駒である 高畑を送ることにした。

「…タカミチ君か……桜通りにて変な力を感じての……そうか行ってくれるか、すまんの~
では報告を待っておるぞ」

タカミチに連絡を終えた学園長はまた、書類との格闘を始めるかと思いきや、しずな先生が来るまで
休憩をしていたのだが、バレてしまい説教されてしまった。休憩と説教のため時間を使いすぎ、
しずな先生が自宅に帰れたのは、午前過ぎになってしまった。



学園長からの電話に出た、タカミチは

「はい高畑です…どうかしましたか、学園長?…そうですか今から向かってみます、
走れば10分ほどで着くので…はい、では失礼します」

携帯をスーツにしまうと、タカミチは桜通りに向かって走り出した。

桜通りについた、タカミチが辺りを見回すと桜の木の根元に倒れている、17~8歳位のジージャンに
ジーパン姿の少年を見つけた。少年と周辺に注意を払いながら、どのような出来事にも対応できるように
両手をポケットに入れて近づいていった。周囲には赤い布切れしかなく問題ないと考え少年に近づくと、
細かい部分も視認出来る様になり、頭部にかなり強力な打撃を食らっているのがわかった。

「これは、ひどいな。普通の人間では死んでしまうような攻撃を食らってっるな。すまない、
もう少し早く感ずけていたら、助けることが出来たかもしれないのに」

どうやらタカミチは偶然ここを歩いていた少年が、学園長の感じた力の持ち主に襲われてしまったと
考えているようだ。学園長に連絡しようとし少年から目を離した瞬間、

「いって~~、何だこの頭の痛みは~~」

その声に驚いてそちらを見ると頭を抱えながら、死んだと思っていた少年が転がっていた。タカミチは、
生きていたことに驚いて固まっていたが、すぐに再起動を果たし

「君生きていたのか?頭は大丈夫かい?」

二つの質問をするタカミチだったが、よく聞くと結構失礼なことを言っている。

「生きとるわ!!勝手に殺すな、初対面の人の頭を馬鹿にするな」

「す、すまない、悪気があったわけではないんだ、頭の怪我は大丈夫かと思ってね。」

「ふ~ん、頭はまだ痛いが、まあ大丈夫だと思いますよ、ちょっと質問ですが、頭をやったのはあんたですか?」

「いや、僕じゃあないよ。たまたま通りかかったら君が倒れてるのを見つけてね、どうしたのか心配になって近づいたんだ、
大丈夫そうだけど頭部に衝撃を受けているようだから、救急車でも呼んで病院にいこうか?」

「そうなんですか、ご親切にありがとうございます。え~と…」

少年は、ダンディなこのおっさんに少し敵意を持っていたが、結構いい人のようなので少しは敬意を持って、
接することに決めたようだ。

「そうそうだまだ名乗っていなかったね、僕は、タカミチ・T・高畑、麻帆良学園中等部で教師をやってるんだ。
そう言えば、キミは何でこんなとこに倒れてたんだい?」

タカミチは先ほどの会話よりこの少年が、誰に襲われたのかは知らないようなので、名前と何故この場所にいたのかを尋ねると、

「名前は、横島忠夫っていいます。ここにいたのは…」

急に辺りを見回しはじめる、横島だった。

「どうかしたのかい?」

「ここ何処です?」

「? ここは桜通りだけど」

「え~と、東京の何処ですか?」

「いや東京ではないんだけど」

「「……」」

「頭を打ってるからね、とりあえず病院に行って、診てもらおうか」

「そうですね、お願いします」

魔法関係者のいる病院に連絡して救急車が来る間に、色々持ち物を調べたが横島は、
携帯はおろか財布すら持っておらず身分を証明することが出来なかった。

タカミチは、今日の警備についている者の中で、実戦慣れしている者を選び周辺の調査を依頼していた。
タカミチ本人も行きたかったが、目の前にいる横島と名乗った人物が気になったために行くのを断念していた。
それは動きは素人臭いのだが、体はかなり鍛えられており、そして頭部えの攻撃を受けているのに、
もうすでに平気そうにしている異常なタフさが気になった。まあタフさは職場の上司に強制的に鍛えさせられ、
最近では闘神と魔神相手に戦闘を繰り返していたので、タフにならなければすぐに天に召されてしまう状況だった。
何より少年から感じる、気のような力が一般人を大きく上回ってるのを感じたためである。

このことを一通り学園長に報告すると、

「わかった、すぐにワシも病院に行こ…す、すまん、しずな君がもの凄い笑みを浮かべておるので、
直ぐには無理そうじゃ、その横島君と言ったかな、タカミチ君はその少年について行ってくれ。
もしも何かあったら頼むぞ」

説明を終えたら、一方的に学園長が話して電話を切ってしまった。色々確認している内に救急車が来たようで、
横島と高畑が乗り込んだ。

救急車内では、高畑と救急隊員が息を呑んだ。それは頭部以外にも、服の下にも傷がないかを確認するために、
横島にジージャンと下のシャツを脱いでもらい、彼の上半身を見たためであった。

「よ、横島君、その大きな傷は直ってるようだけど、何時ついたんだい?」

彼の上半身には、普通では死んでいる腹と背中を貫通したような傷跡があった。

「?? 傷って何を…なんじゃこりゃ!!」

傷を見た横島本人も吃驚していた。

「記憶にないのかい?」

「全然ないです。誰じゃ俺の玉の肌に傷をつけたやつは! 責任取れちくしょ~~~」

横島の絶叫が救急車内にとどろくのであった。

横島とタカミチがいなくなり、警備の魔法先生が調査に来るわずかの時間に、一人の少女が桜通りを走っていた。

「…まずいな、こんな時間に帰ったら寮長にキツイ説教される」

走りながらどうやって、寮に気づかれず入ろうか考えていた彼女の視界に、何か赤いものが見えた。

「…ん、何?」

それがどうしても気になったようで、近づいていった。そこは横島が倒れていた地点より10mほど離れた地点であったが、
彼女に知るすべはなかった。近づいて手に取ると

「…ボロボロな布、もとは何かな?ん」

ボロボロの布の下には、鎖の部分が切れてしまっている。太極図形のペンダントが落ちていた。
少女はそれを手に取り

「キレイなペンダント、…鎖が壊れたから、落とした? それとも捨てたの?」

迷った末、少女はボロボロな布とペンダントを持ち帰ることにした。明日にでも同じクラスにいる、
パパラッチの異名を持つ知り合いに情報を集めてもらおうと考えながら寮に帰っていった。

注:前話に横島が持っていた槍は、横島が気絶し持ち手の意識が途絶えたため「収納」の太極文珠に収納されている。
バンダナがボロボロなのは老師の打撃をくらったため。ペンダントの鎖が壊れているのも同じ理由。



[14161] 判明
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/28 15:34
「検査の結果は、頭部の打撃による脳の損傷も見られないため大丈夫でしょう、腹部と背中にある傷跡も完治していて問題ありませんし、
後遺症も見られません。気づかれないよう、魔法も使い検査したので間違いの可能性も低いと思います」

横島を診察した、タカミチより少し若い医師の話を聞いて、タカミチは安心して息を吐いた。頭にかなりの衝撃が受けていたのは確かなので、
きちんと調べるまでは心配だったのだ。

「ただ頭部への衝撃のためかは、判断できませんが記憶に大分食い違いがありまして。本人は東京に住んでいて、ここに来た覚えはないと
言っているんですよ。そして今日の日付を聞いたら1993年の5月と言っているんですよ。今2002年の7月ですよ」

「じゃあ横島君は、10年近く記憶を失ってるのかい?」

「それもおかしいですよ、彼の誕生日なのですが、1976年6月24日だそうです。その話を信じるなら彼は、26歳ですよ、みえます?」

「どうみても、16~8歳にしか見えないが・・・う~ん、年齢は見た目では判断が難しいからね」

それはそうだろう、彼の受け持つクラスに、中学生のはずなのに、小学生(低学年、しかも複数)にしか見えない子や、大学生でも
通る子までいるのだから。実体験で知っているために、何とも言えないタカミチであった。

「ま、まあ、学園長がそろそろ来るはずだから、相談してみよう。君は今の話は他言無用だよ。何が起こるかわからないし、学園長
との話も席を外しておいてね」

「しかし何か問題が起きたら…」

「まあまあ、何かあったら僕か学園長が責任取るから。そういえば横島君は今どうしてるの?」

話題を変えるため、横島の事を聞くと医師は少し顔をひきつかせて、言いにくそうに

「…検査が終わった後は…その…」

医師の反応に、タカミチが彼の顔を見て目で先を促すと、

「…ベットに縄で縛って、猿轡をしています」

「…は?」

それを聞いてタカミチは、一言言って固まってしまった。それはそうだろう、先ほど脳に異常がないと言われたのに、まるで精神が
おかしいものか、護送中の凶悪犯の様な扱いを受けているのだから、

「しょうがないじゃないですか、検査が一通り終わって、病室に連れて行こうとしてナースステーションの前を通ったとき、その場にいた
ナースに片っ端からナンパし出したんですよ」

「ま、まあ、それだけ元気があるって事で、いい事じゃないかい、ハッハハ」

タカミチは、軽く笑うのであったが、医師は、
「笑い事じゃあないですよ、タカミチさんは現場見てないから笑えるんですよ、あまりにもしつこいんでナースたちがキレて、集団折檻ですよ。
止めるのに苦労しましたよ。」

「そ、そんなに酷かったのかい」

「しかも性質の悪いことに、折檻されてもすぐに回復してナンパを続行するんですから、ナンパ→折檻→回復の無限コンボですよ。
よく死にませんでしたよ、縛った後も叫んで大変だったんですから」

タカミチは、苦笑いしながら

「そ、それは大変だったね」

「本当ですよ。では私はそろそろ戻りますから、まあ尋常じゃない回復力なので大丈夫だと思いますが、容態に変化があったら呼んでください」

医師は先ほどのことを思い出して疲れたのか、ため息をつきながら部屋を出て行った。

医師が出て行ったのを確認したタカミチは、桜通り周辺の調査結果を聞くために連絡を取った。

「…以上なしですか、わかりました。引き続き調査をお願いします」

そして4~5分ほど待つと、学園長が部屋に入ってきたので、横島を見つけたときの状況と、先ほど医師から受けた説明、桜通りの
調査結果を学園長に説明した。

「たしかに変わった話じゃのう。彼には妄想癖でもあるのかのう?」

「まだ横島君とは、そんなに話してませんが、妄想癖があるような感じもしませんでしたし、僕の質問や医師の質問に対しても、
しっかりと答えてますから、妄想ではないと思うのですが」

二人は知らないことだが、横島は女性に関しての妄想は人類でもトップクラスであることを。そして学園長はタカミチの話を聞いて、
仕方ないかと頭を振り、

「気が進まんが、仕方ない彼の記憶を調べるしかないかの」

「それは、横島君に許可を得てですか?」

「いや、許可は取らん」

「しかし、勝手に人の記憶を見るのは…」

「仕方なかろう彼が表の人間か、裏の人間かもわからんからな。表なら、説明したら記憶を消さなければならんし、それに桜通りで
感じた不思議な力もまだ謎じゃからな、巻き込んでしまったら彼も危ない目にあうかも知れんぞ、裏であってもワシらに好意的とも
限らんからな」

タカミチはまだ納得し切れていないようだが、反論も出来ず、

「たしかに襲撃した人物も、横島君が生きていると知れば、口封じにくるかもしれませんからね」

渋々ながら、タカミチも記憶を調べるのに納得したようだ。

2人で横島の病室に行くと、ベットに縛られ猿轡をされた横島が熟睡してるのを見て、少し呆れてしまった、

「…よくこの状況で眠れるなぁ」

「…ま、まあ眠らす手間が省けたから、良いのじゃが。始めるとするかの。タカミチ君、近くによってくれ」

「はい」

2人は、会話を終え横島のベットに近づいていき、学園長が意識シンクロの魔法を使用した。

横島の過去を見た2人は、呆然としてしまった。結果からいえば、彼は裏の人間であった。しかしそれはこの世界においてである。

「…まさか平行世界の住人とは思いもしなかったわ。使う力も魔力ではなく霊力か」

「ええ、魔法が秘匿されていない世界ですか。しかも、退魔士が職業になっていて、国家資格までありますよ。横島君も免許持ちの
ようですし。能力も見たところ、人間の中では珍しい霊波刀と霊力を集中して作る盾ですか」

そして、横島の記憶で同僚の幽霊少女を復活させた後、

「む、まだ続きがあるようじゃが、ここから先は見れないようじゃな。何やら封印がされておる」

「封印ですか、そのため横島君には記憶の欠如が?」

「…う~む、これは記憶を封じると言うよりも、ワシらの様なものから記憶を見せなくするのが目的ようようじゃが、変な力が加わり
誤作動を起こして、記憶も封じているようじゃ」

この封印は老師とサマエルが、作成した武器が大分強力になってしまい、他の人物が複製しないように、他者からの介入を防ぐために
つけた安全装置のようなものであったが、転移時にかかった力により誤作動を起こしてしまい、記憶の封印をしてしまった。

正規の条件は、3つあり

1:文珠を用いた武器・防具・アイテムの作成方法

2:手に入れた理由

3:老師とサマエルが関わっている事

1と2は横島の自身が喋る事は可能であるが、3は老師とサマエルが自分たちが関与しているのを、ばれない様にかなり強めに
かけているため、他者に話すことも出来ないようにしている。この3つの内、1と3が誤作動を起こし、

文珠と老師に関わった記憶を封印

となってしまったのである。

「それでは、記憶は戻らないままなのですか?」

「いや、おそらくじゃが本来の用途と違う役割じゃからな、何か強いきっかけがあれば戻るかもしれんが、まあ一通り見終えたから戻るぞ」

「はい」

意識を戻した二人は、病室を出て待合室に認識障害の魔法を使い今後の話をしていた。

「どうしますか?彼を襲った犯人の手がかりもありませんでしたし」

「それなんじゃがタカミチくん、襲撃犯はこちらにはいないんではないかな」

不思議そうな顔をしながら、タカミチは聞いた、

「?その根拠は何ですか?」

学園長は、うなずきながら、

「うむ、まず彼は君ほどではないが、記憶を見た限り相当の手練じゃ、そして回避能力がずば抜けて高い、そんな彼に顔も見られず、
一瞬で倒し形跡を残さないのはまず無理じゃ。なら向こうの仕事で、彼の上司の母親が持っていた時間移動能力で、こちらに跳んで来たと
考えるほうが無難じゃよ」

「しかし、彼にはそんな能力ありませんしたよ?それにあの能力は過去や未来にいける能力で平行世界にいける能力ではないと思うのですが」

学園長もそこが疑問点であったので、

「そうなんじゃよ、そこが問題なんじゃが。向こうにはなかにはなかなか強力な力を持った神族・魔族がおるからの。彼の記憶を見ると、
彼はトラブルメイカーのようじゃからな、大方なにかに巻き込まれてしまったんではないかの?」

横島の記憶をみた後では、今の言葉には大分説得力があったようで、

「た、たしかに否定できません」

タカミチは納得してしまった。そして、

「では、横島君をどうしましょうか?」

そう彼らには、横島を元の世界に返す方法もわからないのだから、まあ横島にもわからないが、

「こちらの裏の事情もわかっておらんしの、何よりあれだけの手練を放置して、変な組織に入られても困るのう」

「では、中等部で何らかの仕事に雇いますか?」

「女性関係で問題がありそうじゃからな、ナンパならまだよいかもしれんが、生徒や先生にセクハラや盗撮等をして、すぐクビに
なりそうじゃし、どうしたもんかの」

雇わず放り出して魔法関係がばれたり、手練なだけに変な組織に入られても困るが、雇ってすぐにクビというか、警察沙汰に
なりそうなのはまずいと言う、ちょっとレアな事で悩む学園長であった。学園長は、苦悩の末に、

「くっ、仕方ない夜の警備員として雇うとするのが、無難じゃな」

「そうすると、誰と組ませますか? 今あいてる先生いましたか?」

「そうじゃの、彼には1人で回ってもらうことにしよう。彼の能力なら1人で大丈夫じゃろうし、危険でも1人なら逃げ切れる
ことができる。すまんが最初だけはタカミチ君がルートを教えてやってくれ」

まあ横島の記憶を見た後では、女性と組ませるのは問題外であり、男性と組ませては彼のやる気が出ないと言う問題から、
まだ1人のほうがましと言う結論になった。

「わかりました」

横島の意見を全く聞かないまま、彼の就職が決まった瞬間であった。さらに、

「彼が退院したら、君と模擬戦でもやってもらうかの、実際の動きも見てみたいしの」

それを聞いたタカミチは、少し嬉しそうに、

「いいですね、横島君の力に興味があったんですよ。喜んでやりたいんですが、戦ってくれますかね?かなり嫌がりそうですよ」

記憶の中の横島は、戦うのを心底嫌がっていたので、タカミチは不安そうに尋ねると、

「大丈夫じゃ、そこはしっかりと考えておるから心配せんでもよい」

自信満々に言い切る学園長の姿がそこにはあった。

「朝になったら、彼に説明するからタカミチくんも一緒に来てくれ」

「はい、明日といってももう今日ですが、一時間目に授業があったんですが、自習にしておきましょう、あとはHRも他の先生にお願いしておきます」

「すまんが、頼むぞい」

会話を終えた2人は、病院の前で待ち合わせの時間を決め手、病院から去っていった。

次の日、約束の時間より30分早くついたタカミチは、病院の中が騒がしく中に入ると、下着を持って走り回る横島を発見したタカミチは、外を見て、

「…今日もいい天気だな、うちのクラスの子達はしっかり自習してるかな?」

どうやら現実から目を背けることに下らしい。しかし、昨日の医師に見つかり、

「タカミチさん!!彼はもう退院して大丈夫ですから、早く引き取ってださい」

医師は、少し涙目になりながらタカミチのスーツの襟をつかんでお願いしていた。

「でもね、横島君は頭をやっちゃってるしねえ」

「大丈夫です、むしろ病院にいるほうが傷が増えるんですから、早く連れてって下さい」

タカミチはため息をつき

「ふー、しょうがないか」

タカミチは、スーツのポケットに手を入れ周りを見回し、自分に注意を払っている人がいないか確認し、居合い拳を横島の足に向けはなった。
まあ注意していても、わかる物ではないが念のためである。

「ッ何じゃ~~」

叫びながら横島が、ジャンプをしてかわしてしまった。

「なっ…」

手加減して放ったとはいえ、完璧な奇襲を避けられたタカミチは驚いたが、すぐに二発目を放とうと構えなおした時、

ゴチン「ギャ」

横島が着地ミスをして、転んでしまい後頭部をおもいっきりぶつけ、痛がって蹲ってる所にナースに追いつかれ、追撃をかけられた。

「堪忍や~~つい出来心だったんじゃ~~ギャアアアア…」

「「「「問答無用、女の敵は死ね!?」

折檻は5分ほど続き、横島が動かなくなったところをタカミチが連れ出していった。

入院代は学園長に回された。


麻帆良学園中等部2年A組では、HRの始まる前の騒がしい時間帯に1人の少女が新聞部の朝倉和美に話しかけていた。

「おはよう、朝倉、お願いがあるんだけど暇なときでいいから、このペンダントについて調べてくれないかな」

挨拶をしながら、ペンダントを見せた。

「ん、おはよう、珍しいね、あんたから話しかけて来るなんて、ふーんキレイなペンダントだね」

ペンダントをしげしげ見ながら、デジカメでさまざまな角度から写真を撮りながら、

「で、コレ男からでももらったの?」

「違う、昨日拾って、ちょっと気になったから」

「何だつまんないな、まあ適当なときに調べておくわー」

「ありがとう、朝倉」

「貸しにしとくよ、大河内」

そして、話を終えた大河内アキラは自分の席に戻って行った。





[14161] 対決 横島対タカミチ
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/10/21 21:42
ナースたちに、折檻されて動けない横島を担いで病院を出たタカミチは、どこか横島を横に出来る場所はないかと、周辺の地図を見ていると、
担いでいた横島が動くのを感じ、

「もう気づいたのかい?」

横島も声をかけられると、しっかりと意識を取り戻し、男に触れられるのが嫌なようで、タカミチから少し離れ、

「ええ、…え~と、どなちら様でしたっけ?」

横島も見たことがある気がするようだが、思い出せないようだ。タカミチも少し呆れながら苦笑し、

「おいおい、昨日あったばかりで忘れないでほしいな」

横島も昨日と言う単語で、思い出したのか、

「…あ~ たしか病院に連れてってくれた人でしたっけ。たしか…タカミチさんでしたっけ?」

思い出した様だが、少し不安そうに名前を告げた。

「あってるよ、ちなみに横島君はもう退院できたから」

「そうなんですか、もうちょっと入院していたかったな~~」

先ほどの光景を思い出したのか、タカミチはその発言を流し、現状の説明をしようとしたが、学園長が来てからの方が良いと思ったため、

「横島君、そろそろ僕の上司が来るからここで待っててくれないか、上司が来たら現状を説明するから」

そう言ってタカミチは近くの自販機から、缶コーヒーを2本買って来て横島に1本渡した。

「まあ、コレでも飲んで待っててくれ」

「あ、どうもっす」

コーヒーを飲み終わるころに、特徴的な頭蓋骨を持った人物が近づいてきた。

「おはよう、タカミチ君、しゃべるのは初めてじゃな、おはよう横島君。近衛近衛門じゃ」

「おはようございます、学園長」

「え~と、おはようございます、横島忠夫です(妖怪か?でも変な感じもせんからな~もしかした先祖がえりか何かか?
まあいいかジジイだし)」

お互い簡単な自己紹介を終え、あまり人目がない場所に移動をはじめた。

幸いなことに、歩いて数分の場所に公園があったため、公園の一角にあったベンチに三人で腰掛、認識障害の魔法を使い辺りに
声が漏れないようにし、学園長が状況の説明を開始した。

「横島君、無理かもしれんが驚かないで聞いてくれたまえ」

「はぁ、どうでもいいですけど、早く終わらしてくださいね。事務所にさっさと行かんと、今月の給料が減ってしまうんで」

学園長の言葉に、横島はめんどくさそうに生返事を返す。美女との話ならともかく、話をするのはおっさんとジジイであっては、
横島が喜ぶ筈がない(まあ、普通の男は大抵そうであるが)。それよりも、ただでさえ少ない給料が、これ以上減るほうが死活問題である。

「早いほうがいいなら、すぐ済ましてしまうかの、簡単に言うと横島君、キミは記憶を封印されているんじゃよ、
さらにキミがいた世界とこの世界は違うんじゃよ。よって給料の心配はいらん」

学園長の、本当に軽い説明を聞いた横島は、半目になり可哀想な人を見つけてしまった表情を学園長に一瞬向け、真剣な目をしてタカミチを見ると、

「タカミチさん、早くこの老人を病院に連れて行ってあげてください。大分ボケが進行していますよ。では俺は失礼させてもらいます」

横島はそれだけ言うと、後のことはタカミチに任せその場を離れようとしたが、タカミチがあわてて横島の肩を捕まえ、

「ま、待ってくれ、横島君、確かにこの老人は周りに迷惑をかける人だが、今のは説明不足なだけで間違ってはいないよ」

タカミチは横島を捕まえたまま、必死にまくしたて、

「学園長も、ちゃんと説明してください。あんな説明誰も信じませんよ」

そう言って学園長を見ると、

「…ワシは、迷惑な老人じゃったのか。すまんかったの~タカミチ君」

そこには落ち込み、木に向かいひとり言を喋っている、ボケ老人がいた。

タカミチは、何とか逃げ出そうとしている横島を、しっかり押さえながら、

「落ち込んでないで、さっさと横島君に詳しい説明をお願いします」

しかし、落ち込んだままの学園長は反応を見せず、木と会話したままであった。

タカミチは、落ち込む学園長を励ましながら、また逃げ出そうとする横島を捕まえ続けていた。その時間は5分程であったが、
タカミチは後にこの状況を語ったときに、今迄で一番辛く・長く感じたと語った。

タカミチの必死の励ましのおかげで、復活した学園長が詳しい説明を行った。横島の記憶を勝手に見た事を謝罪し、

「えっ俺の過去を見たの、いいな~俺も見たいな~以前見た更衣室とか女性の着替えシーンだけ
ピックアップして、見れるようにしてくれない?」

自分の過去を見られたのに、その変わった反応に

「あ~無理じゃな(見せることは出来るが、そんなしょうもないことはしたくない)、なんならお詫びにワシの記憶でも見てみるか?」

「ダ~レがジジイの記憶なんて見るか、気色悪い」

この学園長も中々セクハラジジイなので、横島が見ても楽しめるかもしれないが、そんなことに気づくわけもなく、この件は終える。

そして現状とこの世界の魔法と自分の立場について説明した。

そして、横島の第一声は、

「ふ~ん、記憶を封印されて異世界ね」

驚き・叫ばれ掴み掛かられることを予想していたタカミチは、予想外に淡白な反応の横島に、

「意外に落ち着いてるね」

「いや~興奮してますよ、違う世界ですよ。まだ見ぬ美少女・美女にめぐり合えるチャンスですよ。く~待ってろよ、女たちよ~~」

そして、魂の叫びを終えた横島は一気にトップスピードまで加速して走り出したが、叫びだした瞬間から予測していた
(横島の記憶と病院での騒動のため)タカミチが、居合い拳を横島の後頭部に直撃させ強制的に止めた。

ゴン、ズシャーーー

後頭部に居合い拳をくらった横島は、そのまま前方にダイブし地面とあついベーゼを交わした。むくりと起き上がり、

「痛いじゃろ!訴えるぞ」

「まあまあ落ち着いて、まだ説明が終わってないからさ」

「そうじゃぞ、全く自分の世界に帰れるかどうかも、わからんのにの~」

その一言に横島の表情が凍りつき、

「え、…か、帰れないの?」

それを聞いた、学園長とタカミチは

「「うむ(ああ)、無理じゃ(だよ)」」

無常にも一刀両断した。

「いやほら、あなた達の使う魔法で何とかなるんじゃ?」

藁にも縋る思いで、学園長にしがみつき尋ねたが、

「すまんの~魔法はそこまで便利ではないのじゃよ。今の魔法使いでは、時間移動も出来んのじゃ、異世界間の移動は無理な話じゃ」

学園長の言葉を聴いた瞬間、横島は足から力が抜けたように膝から落ち、手を地面につけ顔を下に向ける。

「ち、ちくしょ~おキヌちゃん・エミさん・冥子ちゃん・マリア・小竜姫様・小鳩ちゃん・愛子、畜生そして向こうの世界の
まだ見ぬ美少女・美女達よ!? もう会えないなんて嫌じゃ~~~~」

血の涙を流しながら叫ぶ横島に、学園長は

「まあまあ、帰れんの仕方ないんじゃ。それにこっちの世界にも美女は一杯おるぞ~ それにこの都市は、美少女や美女の比率が高いからのう」

その言葉に、横島はピクリと肩を震わせた。

「それにの、ちゃんとこちらでの生活も考えてあるから、衣食住にはこまらんぞ。その代り警備員の仕事はしてもらうが、
給料は元の世界よりも良いくらいじゃ」

さらに学園長は畳み掛けるように、

「それにじゃ、今は無理じゃが魔法使いの実力も上がれば、異世界移動も可能になるかも知れんしの~」

その『美少女・美女』『衣食住』『給料』『帰還の希望』、これらの言葉に絶望の淵にいた横島は折れた。

「…本当だな、嘘ついたら呪うからな」

学園長は、横島をうまいこと取り込めそうなことに、内心ほくそ笑みながら、顔には出さず真剣な表情で、

「もちろんじゃよ(限りなく低いだけで嘘はついておらん)、さて話も終わったし、君の実力を見たいのでタカミチ君と模擬戦をしてもらうかの~」

その言葉を聞いた横島は、後退りながら、イヤイヤと顔を振りながら、

「痛いのは嫌じゃ、暴力反対。それに、俺は自慢じゃあないが、ものごっつ弱いんだぞ!」

あまりに予想通りの反応に、笑うのをこらえながら、残念そうな顔をし、

「そうか、それでは仕方ないの~、タカミチ君相手に15分間持ちこたえることが出来れば、基本給を20万ほどと考えておったんじゃがな。
嫌なら仕方ないの、あきらめるかの」

基本給20万と言う言葉を聞いた瞬間、

「ま、まじですか!このおっさん相手に15分持てばそんなに貰えるのか、前の倍以上だぞ!」

後ずさっていた横島が、学園長から言質を取るために、5m近くは離れていた横島が、瞬きした瞬間に学園長の前にいた。
いきなり横島の顔が目の前にあり驚きながらも、

「う、うむ本当じゃぞ、攻撃を直撃させたらさらに条件を上げよう。そうじゃな、基本給を30万ほどにするぞ」

喋り終わった瞬間、また横島の姿が消えた。学園長は今度は瞬きもしておらず、消えた横島を探し左右を見たが見つからず、
少し離れて会話を見守っていたタカミチを見ると、学園長の足元を見ながら苦笑していた。そして足元から、歓喜にみちた声が聞こえた。

「私めの事は、どうぞポチとでも御呼び下さいませ。我が主よ」

下を向いた学園長は見た。自分の足に接吻しそうな勢いで土下座し、学園長の顔を見るのも不敬であるかのようにしている横島がいた。
そして学園長は思っていた以上の、行動に笑いながら

「ほっほほ、では模擬戦をしてくれるな」

「我が主よ、あなたはただやれと言えば良いのです」

忠誠を尽くしている騎士のような言葉だが、横島は土下座してるのでちぐはぐにしか見えない。

「ではここでは、色々と拙いので移動するかの」

「はっ、どこまでもお供いたします」

そして移動を開始し、魔法戦が出来る、空いている体育館に移動するのであった。

移動の最中横島は、冷静になりさきほどの会話を思い出し、

(う~む、話がうますぎるな。このジジイは信頼できても、信用までしたら痛い目にあいそうだしな~ 模擬戦が終わったら、
こっちからも何か条件を出すか)

どうやら横島は、学園長から六道冥子の母と同じにおいを感じたようだ。あの母親を思い出すと、迷惑な思い出しかないようで、
顔を苦虫を噛み潰したような顔をしながら条件を考える横島がいた。

そして、条件を考えているうちに目的地に着いたようで、体育館の中央にだらけている横島とポケットに手を入れ戦闘準備を整えたタカミチが
向かい合い、離れたところで学園長が、面白そうに両者を眺めている。そしてワクワクしながら、

「さて、そろそろ始めようかの」

対戦する両者は、全く違う対応を見せた。

「いや~ 楽しみだ。結構本気で動けそうだからうれしいよ」

一方は、自分たちと違う能力を持つものと戦える純粋な好奇心と、本気で動けるかもしれないと言う開放感から、テンションが上がるタカミチ。

「はぁ、めんどくさ、手加減して攻撃に当たってください」

もう一方は、心底めんどくさそうに言葉を吐き、さっさと自分の条件を満たせればいいようだ。と言うか給与の条件さえなければ
逃げ出しているだろう。

これ以上の会話は、ただ無意味に時間を使うと判断した学園長が、

「無駄話は、終わりじゃ。始め」

学園長が言い終わった瞬間、

タカミチが、牽制のために居合い拳を放った。

「にょわ~」

叫び声を上げながら、上半身を90°後ろにそらし避けた。

「おお~本当に変わった避け方をするね。しかも見てからかわすなんて、すごい動体視力と反射神経をしてるね」

攻撃をかわされたのに、さらにテンションを上げ笑みを深くしている。

「急に危ないじゃないか! はじめに握手してから始めるべきじゃ~」

「そんな事言って、握手した瞬間殴るでしょ?」

「えっ…マ、マサカ~ ナニヲコンキョニイウンダイ、タカミチサン」

図星だったようで、急に片言で話しはじめた横島。

「くそ~ 完璧に奇襲できると思ったのに~」

「横島君が、自分から男に握手する姿が想像できなかったからね、じゃあいくよ」

タカミチは、攻撃を再開し今度は一発ではなく連続して放つが、走り回ったり、ブリッジして避けそのまま高速で移動する
横島に、掠らすのがやっとであった。

「すごいな! じゃあこういうのはどうかな」

そして瞬動を交えはじめた攻撃により、四方八方から打たれる居合い拳の猛攻についに避けれなくなった横島が、
手のひらに霊力を集中して盾をつくり縦横無尽に手を動かしガードをした。

「ちくしょ~ 念動フィールドじゃーーーー」

しかし叫んだ台詞に疑問を持ったタカミチが、いったん手を止めて、

「あれ?その技名はサイキックソーサーじゃあなかったっけ?」

問われた横島も何故自分が、上のような台詞を叫んだのかわからないようで、不思議そうに首をかしげながら、

「う~ん、そのはず何ですけど、「念動フィールド」と叫ばなければいけない気がして…」

「「……」」

2人とも無言になり、辺りを静寂が辺りを包んだが、タカミチが、

「…気にしてもしょうがないから、続けよう」

「…そうですね」

再び戦闘を開始した2人を見ていた、学園長は無言で見守っていた

「…(ほっほほ、防戦一方じゃが地力が上のタカミチくん相手にがんばるの~それもそうか彼は自分より強い相手とばかり
戦っておったからの。うむ良い拾い物をしたわ)」

思いがけない拾い物をして喜んでいる学園長をしりめに、二人の戦闘は続いている。

「すごいな横島君、こんなに放って直撃させることが出来ないなんて、久しぶりだ」

自分の攻撃が、かわされたりガードされ続けるのが、本当に楽しくて仕方ないと言う風に言葉を発するタカミチと、

「ギョエーー、ちょっとたんま。タ、タイムじゃタイムを要求する~」

とうとう両手から盾を作り出し、涙目になりながら防御に徹する横島がいた。

「駄目だよ、ほら横島君も攻撃しなよ。一撃当てないと給料上がらないよ?」

攻撃が来ても対処できると自信満々な顔でいるタカミチと、給料という言葉に反応した横島は、

「はっ、そだった! くそ~、防御するのに必死で忘れてた」

段々と瞬動による移動にも慣れてきた横島が、タカミチの動きも先読みできるようになってきた。

「…(本当にすごいな、動きが読まれ始めてるよ。直撃どころか掠らせるのがイッパイイッパイだ。もう少し本気出そうかな)」

横島の動きから、もう少し力を出そうか迷いの出たタカミチの動きが、一瞬遅くなった瞬間横島が初めて攻勢に出た。

「今じゃくらえ、念動シュートーー」

またもや変わった技名を上げ、両手に出していた盾をタカミチに向かい投げはなった。片方は一直線にタカミチの顔を狙い、もう片方は弧を描くように接近していった。

しかしタカミチにとってはあまりにも遅い攻撃であったため、

「甘いよ、横島君」

先に来た直線の攻撃を首を傾け避け、弧を描き接近してきた方は一歩後ろに下がり避けた。横島と違い、無駄のない動きで避けたが、今回はそれがまずかった。

「もらった、ブロークン・ファンタズム」

その瞬間、タカミチの後方と真横が小規模の爆発を起こした。

「くっ、見た攻撃と変わってる!」

横島の記憶では、この攻撃は着弾点を爆発させるものであったため、タカミチは最小限の動きで避けた。しかし、記憶にはなかった
攻撃方法のため反応が送れた。しかし、気で全身の防御力を上げていたため、たいしたダメージはなかったが、
予想外の爆発の衝撃で体勢を崩してしまっている。

さらに爆発の影響でタカミチの周を煙幕が包んでいる。そして、その煙幕を切り裂いて現れた横島が、
光る右手を思いっきり背後に引きながら飛び掛ってきて叫んだ。

「くらえ、T-LINKナックルーーーー」

横島は右手に全身の力を乗せ身体ごと突っ込み、タカミチの腹部に向け攻撃を解き放った。避けれないと判断したタカミチは、
両手をひらめかせ右手による居合い拳の迎撃に動いた。

(間に合え)

一瞬両者が交わったが、共に後方に吹き飛んだ。

両者大の字になり倒れていたが、片方は腹部を押さえながら立ち上がるも、立っているのも辛そうな状態である。
そして片方はピクリとも動かなかった。

「危なかったの~ タカミチ君。いくら咸卦法を使わなかったとはいえ、負けてしまうかと思ったぞ」

タカミチが負けるかもしれなかったため、冷や汗を流しながら話しかけてくる学園長。

「いえ、本当に運が良かっただけです。苦し紛れに打った居合い拳と、運よく左手でガードできたので、立つことができます。
どちらか片方でも失敗したら立つのは難しかったですよ」

衝突の瞬間タカミチは、右手で居合い拳を放つと同時に、横島の腹部への攻撃を左手でガードしていたが、
ガードした部分の服が破け肌が赤くなっていた。

「短時間で完治させるのはきつそうですね。腕は痺れているだけですが、気の通り道を阻害されてるのか、
気を通しにくくなってるので結構辛いです」

「ふむ、外面より内面に直接作用する力か、こちらの世界では有効になる力じゃのう。本当に良い拾い物をしたわ」

学園長の本音に苦笑しながらの、気絶したままの横島(全力の攻撃を放った直後に、運悪くカウンターを喰らったため)を見て、

「そういえば彼の給料どうします、時間も10分ほどでしたし、直撃も一応受けてませんけど?」

そう横島に与えられた条件は、二つとも達成できていなかったのである。

「まあ良いじゃろう、君ほどの実力者を手加減していたとわいえ、倒しかけたのじゃからの。そんな事出来る人間この学園に何人いるかの?」

「まあ少ないでしょうね、ならもう少し基本給上げてあげたらどうですか?」

いくらタカミチが手加減していても、勝てるものはおそらく数人しかいない。

「どうせ気づいてないのじゃ、30万でよかろう。条件を満たせていないのに30万で雇われるじゃ、感謝されど恨まれることはあるまい。
儲けもんじゃよ、ほっほほ」

その言葉にタカミチは呆れ顔を学園長に向けている。

そして、いくらカウンターを喰らったとわいえ、あの程度でずっと気絶している横島ではない。既に意識を戻しているとも知らずに、笑い続ける学園長であった。

(よし、今の会話はそのうち交渉に使えるな。見てろそのうち逆襲しちゃる!)

やはり信用を得ることが出来ない学園長であった。



[14161] 出会い
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/10/21 22:06
横島が目覚め(とっくに目覚めていたが)、これからの事について話し合いが行われた。

「横島君、残念ながら条件は達成できなかったが、ワシの予想以上の動きが出来るとわかったので、基本給30万で契約しようと思うのじゃ」

笑顔を浮かべ、器の広さを見せようとしている学園長の言葉に、

「ほ、本当ですか! やっほー毎日牛丼が食えるぞ~(今に見てろよ~ 絶対出し抜いちゃる)」

思惑を隠しながら、跳び跳ねて喜びを身体全体を使い、体現している横島である。

そして契約内容も、大まかに決め、危険給と緊急時に呼び出した場合の臨時手当、そして住むアパートについても決められた。
ちなみにペット可の物件である。

「こんな感じで契約したいんじゃがどうかの~ OKならここに拇印を押してもらえるかの」

断られるはずがないと、高をくくりさっさと契約しようとする学園長に対して

「すみませんが、契約前にこちらから条件を出したいんですけど、いいですか?」

「む、条件じゃと?」

まさか条件を出されると思っていなかった学園長は少し驚いていたが、

「まあいいじゃろう(どうせ女子高に近い場所住みたいなど、その程度であろう。居場所さえわかっていれば手のうち用があるしの)」

「ありがとうございます、まあ条件というかお願い事なんですけど。副業認めてくれませんか?契約書には副業関連の項目載ってなかったので
(さっさと金貯めて、警備員なんぞ辞めてやる)」

そのあまりにも予想外な発言に、軽く驚きながら学園長は、

「副業じゃと。ま、まあその程度なら一向に構わんが、何をやる気じゃ?」

学園で雇う者が、あぶない副業をされても困るので理由を問う。

「それもお願いしたいんですが、何かないですかね?出来れば夜間の警備に支障がないものがいいんですが」

「ふ~む(こちらが指定する分に問題ないか)、何かいいのはないかの、タカミチ君?」

特にいい案が思い浮かばず、直ぐにタカミチに振ってしまう。

「う~ん、そうですね。ああ、そういえばアスナ君が夕刊の配達員が減って、回る地区が増えて大変だと言ってましたよ」

そう言って、ひとつの候補を挙げた。

「おお~ あそこなら顔も利くから、大丈夫じゃな(アスナちゃんに何かあったときに自発的に動いてくれるかもしれんし、
そうだ彼を孫娘の婿候補に入れるのもいいかもしれんの~)」

ブルリと、横島が急に震えだし、

「どうかしたのかい、横島君?」

震えだしたので、タカミチが心配そうに問いだした。

「いえ、急に霊感が騒ぎ出して、何だか嬉しいような、酷い目にあうような気がして。気のせいだといいんですが」

「ふ~ん、虫の知らせってやつかな」

嬉しいことは、可愛い女の子と知り合いに慣れそうなことで、酷い目とはその可愛い子が、学園長の孫である。
もし身内になるようなことがあれば、確実にジジイに振り回されることである。

「さて副業の件じゃが、新聞配達などでいいかの?ここの地理を覚えるのにも役立ちそうじゃし」

「構いません、では紹介の件お願いしまーす」

「うむ、配達員の件はまた後で連絡するから、今日はタカミチ君にアパートに案内してもらい、ゆっくり休んでくれたまえ。
警備の仕事は明日から頼むぞ。コレは支度金じゃ、色々とそろえる物があるじゃろうから、好きに使いたまえ」

そういって、諭吉さんが10枚入った封筒を渡した。

「おお! 太っ腹」

言うことが終わったため、学園長はこの場から去っていき、残された二人は、

「さて僕らも行こうか」

「はい、お願いします」

そうして、先ほどの戦闘について、話しながら横島の住むアパートに向かっていった。

「そういえば、最後に殴りかかってきたときにも、変わった技名を叫んでたね。それに、盾を投げる攻撃も性能が変わってたし」

横島は、顔をしかめながらも、

「叫ばないと何故か痛い目にあう気がして。ソーサーの方は、自分の意思で爆発させることが出来ると思って、
自然に叫んでたんですよね」

横島は、サマエルの願いで栄光の手で殴りつける時には「T-LINKナックル」と叫び、老師の願いで爆発をさせる場合には
「 ブロークン・ファンタズム」と叫ぶようにお願いされていた。もししなかった場合には、2人から特訓という名の下で、
技名もしくはそれに準ずる台詞を言わなければ、痛い目にあうということを身体に覚えさせられてしまったのである、人それを洗脳と言う。
そして特訓の成果で、ソーサーを自由に爆発させることが、出来るようになったのである。

「記憶に抜けてるところで、何か特訓でもしてたのかもね」

タカミチのもっともな意見に、横島は首を横にふり、

「まさか~ 俺が特訓なんてするわけないじゃあないですか、痛いのやですし。もししても、何かに巻き込まれて無理やりやらされたんですよ」

その発言は間違いと言える。横島は力を得るために、老師の元え赴き修行した。これは間違いなく自分の意思だ。しかし、
巻き込まれたのは正解である。2柱の趣味のために、武具などを作らされ、その武具を使えるように、ある程度の特訓までさせられたのだ。

「まあ覚えていないことを考えても仕方ないか、きっかけがあれば思い出すかも知れないて話しだし」

「早く思い出したいですね。何か大事なことを忘れてる気がするんですよ」

横島が、軽い雰囲気から一転、真剣な眼差しで答えた。

「へ~(こういう表情も出来るのか。たしかに彼のいた世界も、生半可な思いで生きていける、甘い場所ではなかったな)」

タカミチは、横島の表情に感嘆としていたが、

「でも、思い出したくないような気もするな~」

先ほどの真剣さが嘘のように消え去り、一瞬で情けない表情に変わった。

「一体どっちなんだい?(どちらの顔が素顔なんだろうな、興味が尽きない少年だ)」

「俺にもわかんないっすよ」

「僕としては、早く思い出してほしいな」

にこやかな顔で告げるタカミチに、不穏な空気を感じた横島が、冷や汗を出しながら若干引き気味にたずねた。

「え、え~と、それはどうしてでしょう~」

「はっはは、記憶を思い出し完璧な状態の横島君と、もう一度戦闘するためだよ」

その発言を聞いた瞬間、横島は風となった。

「い、嫌じゃ~誰が好き好んでこんなクソ強いおっさんとやらにゃならんのだ~」

タカミチも、風となりすぐ追い駆けだした。

「駆けっこかい、横島君。負けないよ」

もの凄い速度で、広域指導員に追われる少年が、一時期不良たちの間で有名になったらしい。


2人の追いかけっこは、30分ほど続いたのだがタカミチが、

「そろそろ12時か。腹も減ったし、お~い横島君そろそろ飯にでもしないか~奢るよ」

言い終わった瞬間、横島は急制動を駆け地面に靴のあとを1mほどつけて止まり、

「まじっすか、本当に奢りですね。キレイなねーちゃんがいる所がいいです」

「横島君ね、昼から何を言ってるんだよ君は、学食だよ」

「ええ~せっかく奢ってもらえるのに学食ですか~」

不満そうに、答える横島に、

「大丈夫だよ、味は美味しいし、値段も安いからね。店もいっぱいあるから、まあ学食と言うよりも、食堂街みたいなものだよ」

「じゃあ、さっさと行きましょ!」

「ああ、ここからだと、大体10分くらいかな」

食堂街に向けて歩き出し、何を食べるか話し始める。

「何か食べたいものはあるかい?」

問いかけるタカミチに、

「丼がいいです」

「迷いがなくていいね。蕎麦屋にでも行こうか」

さっさと決めてしまい、横島が「食うぞ~」と叫んでいるのを、出来の悪い弟を穏やかな表情で見つめる感覚の、タカミチの姿があった。

食堂街に着き目当ての店に向かっていると、タカミチの視線の先に、

「ん、あれは。横島君ちょっとごめんよ」

横島に一声かけ、返事も聞かないまま視線の先に向かい進んでいった。

「ちょ、タカミチさん」

急に方向転換したタカミチを慌てて追い、

「ああ、やっぱり長谷川さんだ、こんにちは。君も今から昼食かい?」

「こんにちは、高畑先生。そうですよ(めんどくせー所であっちまった)」

1人の少女をナンパするタカミチがいた。

「タカミチさん、やりますね。俺をほっといて、ナンパを始めるとは~」

茶化し始める横島に、軽く微笑みながら

「違うよ横島君。この子は、教え子の1人で長谷川千雨さんだ。長谷川さん、この少年は僕の友人で、横島忠夫君だ」

2人を紹介し始めたタカミチ。

「はじめまして、横島忠夫です(眼鏡をとれば美少女かも知れんな、どうやってとろうか)」

「こちらこそはじめまして、長谷川千雨です(こんなつまらなそうな男、紹介するな)」

「丁度いいから、長谷川さんも一緒に昼どうだい、横島君もいいかい?」

そんな提案をするタカミチに、

「ええ、いいですよ(よし、とるチャンスが出来るかもしれん)」

「そんな、ご迷惑になるじゃないですか(誰が行くかよ)」

「気にしなくていいよ、それに僕の奢りだからさ。蕎麦屋だけどいいかな?」

千雨も奢り発言に反応し、

「そうですか、ではお言葉に甘えて、ちょうど麺類を食べようと思っていたので(一緒に食うのは面倒だが、奢りなら行く
価値があるな。今月は、ニューコスチュームとゲームを買うために、金が必要だからな)」

現実的な少女である。蕎麦屋についた一向は、テーブル席に着き、横島とタカミチが隣同士に座り、千雨がタカミチの前に座った。
そして横島の注文に驚いた。

「カツ丼、親子丼、他人丼、鰻丼、天丼それとカレー丼お願いしまーす。後全部大盛りで」

「よ、よく食べるね、そんなに食べて大丈夫かい?」

「はっはは~ 人の奢りほど、うまい飯はないですよ。余裕です、それに食えるときに食っとかないと」

「そんなに食べて太らないんですか?(いくら奢りとはいえ、頼みすぎだろ)」

「大丈夫大丈夫、食いすぎで動けなくなることはあるけど、太りにくい体質なのか、ぜんぜん太んないんだ」

その発言を聞いて、千雨は頬を引きつらせながら、

「へ、へ~ それは羨ましいですね(ふざけんな、何だその便利な体質はあたしによこせ)」

「それより、2人とも頼まないんですか?店員さん待ってますよ」

2人とも、すでに頼むものを決めていたため、

「僕はラーメンで」

「あたしは、キツネそば」

店員が、注文の確認をとり、厨房に向かっていくと横島が

「蕎麦屋でラーメンですか?」

「蕎麦屋のラーメンも、中々美味しいんだよ」

「そうなんですか」

そんな会話中、千雨が2人に質問をした。

「お2人は友人と言っていましたけど、どこで知り合ったんですか?年も離れているようですし」

その質問にタカミチは、あらかじめ作っていた答えを返した。

「僕が出張で東京に行ったときに、知り合ってね。彼が麻帆良に来たのは、今仕事を探しててね。僕に相談があったんで、
警備の仕事を紹介したんだ」

千雨は、タカミチの説明に、一応納得したらしく、

「「へ~」」

何故か2人が相槌をしていた。

「ん? なんで横島さんが、自分の話に相槌うってるんですか?」

千雨のもっともな質問に、横島は自信満々に

「それはだな、男との出会いなんぞ、覚えてないに決まってるからだ!」

千雨はまた頬を引きつらせ、今度は冷や汗まで浮かべながら、

「そ、そうなんですか(こいつは、真性のアホだ。これから見かけても、近づかないようにしよう)」

話を終え、それぞれの注文したものが運ばれそれぞれの食事に集中しはじめた。「うまい、うまい」と言いながら凄いスピードで
食べる横島を、千雨が横目で見ながら、

(本当に全部食べる気かこいつ。見てるだけで胸焼けしそうだ。もったいないから食べるが)

そんな中、マイペースに食事を進めていたタカミチが、一足早く食べ終えた時、携帯が振動した。

「すまないけど、電話のようだ。ちょっと席をはずすけど、気にしないで食事を続けてくれ」

話すら聞かず食事を続ける横島と、

「はい(早く戻って来いよ、こんなのと2人っきりになるのは、一秒でも短いほうがいい)」

携帯を掲げたタカミチが、店員に外に出ることを伝え、店の外に出ると、食事に集中していた横島が、

「千雨ちゃん、あんまり進んでないみたいだけど? もう食べないの」

「食べますよ。(馴れ馴れしく名前で呼ぶな)」

「いらなくなったら言ってね。俺が食うから」

「はい(誰がやるか)」

食事に集中しはじめた千雨を見た瞬間、

(チャンス、今だ)

横島の箸を持つ手が、動き箸を振った。箸の先端についていた米粒が、まるで導かれるように千雨の眼鏡に飛んでいき、眼鏡に張り付いた。

「ん!」

「おっと、ごめんね」

言葉と同時に、横島の手がブレたように千雨には見えた。瞬きをし、目を開けたときには、横島の手には、眼鏡があった。

千雨は、顔に慣れた感覚がなくなっているのに気づき、横島が持っているのが自分の眼鏡と気づき、

(こいつ、あの一瞬で眼鏡をとったのか! …待てよ、アイツが眼鏡を持っているということは)

少女は、対人恐怖症の気があるため「眼鏡がないと人前に出られない」のだ。

横島は、建前上とはいえ眼鏡をとったため、顔を見る前に米粒をとり、おしぼりで拭いた。そして、本題である彼女の顔を見た

「ごめんね、もう拭いたから(おお~予想以上の美少女じゃん、何だか顔が赤くなってきているな~ その顔もまた可愛いいけど、
どうしたんだ?)」

「は、はやく、あたしの眼鏡を返せ」

「あ、ああ、はい」

横島が、眼鏡を渡すと直ぐにかけてしまい、残念そうに

「ああ~ もうかけちゃうの、折角可愛い顔してるのにもったいないな」

可愛い発言に、顔を赤く染めながら

「う、うるせー 誰がてめえの戯言なんか聞くか(ネットじゃあ言われなれてるけど、面と向かって言われたのは、初めてです)」

眼鏡をとられ、さらに可愛いと言われたため、かなり動揺し素の話し方になり、考え事が敬語になってしまっている。

「戯言じゃあないよ、本当に可愛いよ(話し方が変わったな、こっちが本当の顔か~ これはこれで)」

話し方が変わったぐらいで、どうこう思う横島ではない。

「ふん」

また可愛いと言われ更に顔を赤くし、もう話は終わったとばかりに下を向き、冷め始めたソバとの格闘を再開した。
それを見て横島も、会話はもう難しいと判断し、残りの丼を片付けはじめる。

タカミチが、電話を終え2人の元に戻ると、食事は終わっていた。そして、出て行く前と、テーブルの空気が変わっていることに気づいた。

「? 何かあったのかい、長谷川さんは顔が少し赤いし、大丈夫かい?」

タカミチの問いかけに、

「特に何にも無かったですよ」

「だ、大丈夫です、ソバが熱かったためだと思います」

「そうかい(まあいいか、特に険悪な雰囲気でもないし)、じゃあ出ようか。長谷川さんはそろそろ学校に行かないと、
午後の授業に間に合わないし」

「うっす」「はい」

2人同時に答え、席を立ち会計を終えたタカミチと店を出た。そして店の前で、

「じゃあ、僕はまだ横島君の案内があるから、明日学校で」

「はい、では失礼します」

ペコリと一礼し去って行く千雨に、横島は手を振りながら、

「またね~ 千雨ちゃん」

千雨は足を止め、振り向きまた頭を下げ、すぐに前を向き学校に向け再び歩を進めた。

「さて僕らは、アパートに行こうか」

「はいっす」

学校に向かった千雨は、

(横島忠夫か、変な奴だったな。アホだけど見る目がある奴だな、見かけたら声をかけるぐらいいいかもな)

自分の素顔を見て可愛いと言われたため、ほんの少しだが横島に興味が出てきたのであった。

横島の住むアパートは、桜通りの直ぐ近くにあった。アパートは2階建てで、横島の部屋は2階の角部屋で日当たりも良好である。

「へ~ ココすっか、キレイですね」

「たしか築2~3年だからね、中もキレイだと思うよ」

「あのジジイも、いい所見つけててくれたもんだ」

横島はもちろんタカミチも知らないことだが、横島の住む部屋は過去に自殺未遂があったため、異様に安い物件である。
所謂、訳あり物件であった。

「そうそう、さっきの電話だけど学園長からで、新聞配達のバイトOKだって」

「おっ、早いですね~ で、いつからですか?」

「来週からだそうだよ」

そう言って、自分の手帳にバイト先の地図を書き横島に手渡した。

「じゃあ僕はそろそろ、行くよ。明日の夜7時に迎えに来るからね。何か聞きたいことある?」

「今のところ無いです。疲れたんでちょっと寝るっす」

「そうかい、じゃあまた明日」

「はい、また明日」

タカミチが去るのを見送った横島は、部屋に入り畳部屋があったので、そこで仮眠をとった。

夕方になり目が覚めた横島は、洗面所で顔を洗い鏡を見たときに、自分の頭につけているバンダナが無いことに気づき、

(そういや、無くしてたな~ 都市を探索ついでに新しいの買うか)

都市をぶらついていた横島は、路地裏から猫の鳴き声が聞こえたため、気になり入っていくと、6匹の猫の集団がいた。

「おお~ 可愛いな~」

横島が近づいても逃げ出さず、むしろ鳴き声を上げながら近づいてきた。

「人に慣れてるな。誰か餌でもやってるのか?」

猫達を、抱いたり撫でたりしながら癒されていると、1匹だけ動かない白い子猫がいたので近づき、屈み込んで見ると、

「何だ、お前怪我してるのか」

その子猫は、白かったであろう右前足の毛が赤く染まっており怪我をしていた。

「おい、大丈夫か」

声をかけながら抱くと、子猫は痛いのか鳴き声を上げた。

(見捨てるのも可哀想だし、病院に連れていくか。しかし場所知らんからな、誰かに聞くか)

そんな事を考えていると、路地裏の入り口から声が聞こえた。

「その子を放しなさい」

その声は平坦で、感情がないように感じられたが、横島にはどこか怒っているように聞こた。そして振り返ると千雨と同じ制服を着た美少女が、
コンビニの袋を持ち無表情で横島に視線を向けていた。



[14161] ナンパ成功?
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/10/21 22:17
(千雨ちゃんと同じ制服だ、よく見ると関節の繋ぎ目が変だな。マリアと同じアンドロイドか?この子に病院の場所でも聞くか)

「最後通告です、その子を放しなさい。聞かなければ、実力行使に移ります」

(? 最後通告? 実力行使? な、何だか嫌な単語ばかり言われてるのは、気のせいじゃあないよな~
お、俺、なんかこの子にしたか?)

彼女は、路地に入り男性がいるのに気づき、その手に抱えられている子猫の足が傷ついていたため、彼女の目には横島が子猫を傷つけたように移ている。
横島としては子猫が怪我をしていたので、心配して抱いているため、猫を離せと言われているとは気づいておらず、どうしようかと考えている。
そして、彼女がほんの少し顎を傾け頷き、壁に歩いていき、持っていた袋を地面に置いた。

(あの中身は缶詰か? 良いもん食わせてるんだな~)

猫の餌について暢気に考えていると、

「聞いていただけないようなので、実力行使に移らせていただきます」

言い終わると同時に、横島に向かい突進を開始した。一瞬で横島との距離を縮め、子猫を奪おうと手を伸ばしたが、

「のわ!」

一瞬で目の前にきた少女に驚き、少女の手が動いた瞬間攻撃されると思い、横島は足首と膝を使い後方に退いた。

(? 今のを避けた。ある程度、ダメージを与える必要があると判断します)

(畜生~ なんで攻撃されてんだよ? しかもこの子むっちゃ速いぞ)

猫を抱えたまま後退した横島に、再び接近し右足でのローキックを放つが、ジュンプしかわした。しかし、少女の右足が通り過ぎた瞬間、
その右足が跳んでいた横島の顎めがけて、斜めに跳ね上がった。

(もらいました)

決まったと思った時、横島が上半身を屈めたため、少女の足は横島の髪を掠めるのに止まった。少女が決まったと思った攻撃が、
避けられ一瞬動揺したのを横島は見逃さなかった。屈んだまま着地し距離を置くため全身の力を使い、一気に後方に跳び4~5m離れた地点に
着地し、直ぐに制止の声をかけ様としたが、

「ちょ、ちょっとまっ」

しかし、既に動揺から立ち直っていた少女が、右腕を横島に向けていた。

(ア、アレは! もしやマリアと同じ)

俗に言う、ロケットパンチが横島の顔めがけて飛んできた時、今まで急な動きについてこれなく、固まっていた子猫が、動きが止まった瞬間、
逃げ出すため横島の手を蹴り宙に舞った。

子猫の軌道と、ロケットパンチの軌道が重なるのに、両者が気づき、少女は既に軌道をずらすことが出来ず、目をつぶった瞬間、
右腕が何かにに当たる感触を感じた。

(…良くて致命傷、悪ければ…)

結果を確認しようと、少女が躊躇いがちに目を開けると、左腕で再び固まる子猫を抱き、右腕で少女のロケットパンチを受け止めている横島がいた。

「いって~」

(良かった。しかし、何故この人が猫を守っているのでしょう?)

両者同時に、

「こいつに当たったらどうするんだ!」「何故猫を守ったんですか?」

「は…」

「…」

間抜け面をさらす横島と、無表情のままオロオロとしだす少女がいた。

「…もしかしてだけど、この猫傷つけたの、俺だと思ってる?」

少女が感情を出さないまま頷き、

「違うわ~ むしろ病院に連れて行こうとしとったとこだ!」

自分が勘違いしていたことに気づいた少女は、慌てて頭を下げ、

「本当に申し訳ありませんでした」

少女の早とちりに少しあきれながら、

「ま~ もういいよ、その代り動物病院に案内してくれない? もちろん猫達にエサやってか…」

周りを見ると、他の猫達は逃げ出していて路地裏には、横島達しかいなかった。

「あんだけ騒いだら、そりゃ逃げるか。どうする?」

ため息をつきながら、少女に尋ねると、

「端の方に、エサを置いときます。少し待っててください」

「へ~い」

少女が、エサを準備するのをボ~と眺めながら子猫を頭に乗せ、

(まあ、優しいからこそ怒って襲い掛かってきたんだろうな~ 恨みきれんな)

ロボットとはいえ、可愛い子だったのも重要であろう。もしココで男に同じような理由で襲われていたら、2~3発は殴っていただろう。

「終わりました、行きましょう」

作業が終了したため、横島に声をかけ案内を始めた。

「遠いの?」

「ココからなら、近いです。5分ほどで着きます」

「了解」

横島が、麻帆良の地理に疎いようなので、病院に向かう途中に質問した。

「麻帆良学園都市は、初めてなのですか?」

「ココに来て、まだ2日だよ」

「観光ですか? それとも別の理由で?」

先ほどの動きが気になったため、麻帆良に来た理由を尋ねた。

「知り合いがいてね、仕事を紹介してもらったんだ」

「そうですか」

まだ気にはなったが、先ほどの非があるので質問を控えるようにした。

「着きました、ココです」

「ありがとうね。キミはどうする?」

「ついて行きます」

そう言って、二人で受付に行き、受付のおばちゃんに、頭の上から子猫を降ろしながら、

「こんちわ~す、この子なんですが見てください」

「こんにちは、ではまずこちらにあなたと猫ちゃんのお名前を」

受け取った紙に横島は、自分の名前を書き込みながら、

「そういえば、この子の名前何?」

「私もエサをやるだけで、名前はつけていません」

紙を覗き込みながら答え、

「あなたは、横島と言うんですね」

そこで、自己紹介していない事に気づき、

「そういえば言ってなかったな、ごめんごめん。横島忠夫って言うんだ。よろしくね~ ちなみに職業は警備員に決定した」

笑いかけながら自己紹介すると、少女が、

「私も申し遅れました。絡繰茶々丸と言います。う…そうですか警備員ですか」

一瞬「裏」と言いかけたが、周りには一般人も居たので聞くのをやめた。

「まあ明日からだけどね。この子の名前は…『茶々』でいっか、どうせ飼うわけじゃあないしね。いいかい?」

考えるのも面倒だったので、茶々丸から名前を取って、安易に決めてしまった。もちろん茶々丸が、嫌がったら辞めるつもりでいるのだが、

「かまいません」

無表情のまま肯定した。

「んじゃ、さっさと書いて出してくるわ」

残りの空白部分を、書いて受付に持って行くと、ちょうど空いていた為か、直ぐに診察室に通され診断をしてもらった。
診断結果は、

「大分弱っていますね。2日ほど預かります。足も見たところ、酷いようですし」

「はぁ、わかりました、お願いします」

横島と茶々丸は、2人して頭を下げ病院を後にした。

「2日後か~ 茶々丸ちゃんは、どうする?」

「私もご一緒します、ちょうど土曜で学校も休みなので」

横島の問いに、すぐさま答え、

「了解、待ち合わせはあの子拾った場所でいいかな?」

「はい。それと、今日のお詫びがしたいのですが。何かありませんか?」

「気にしなくていいよ、病院に案内してもらったし」

横島の中では、先ほどの小競り合いはもうどうでも良かったのだが、

「いえ、そういうわけには行きません」

「う~ん(結構、強情な子だな~)」

横島が考え込んでいると、

「では、こちらからいくつか提案するので、その中からお選びください」

茶々丸が、妥協案を出してきた。

「ああ、それでいいよ」

特に考えず、簡単に答えると、

「はい、出来る限りのことはさせてもらうつもりです。一週間語尾に『にゅ』とつけて会話する。一週間下着を着用せずに会う。
一週間毎朝裸エプロンで起こしに行く。一週間浣腸ダイエットに付き合う。どれがいいですか? 横島さんの好みを選んでください」

横にいたはずの横島を見ると、何故か姿が消えていた。後ろを振り返ると、頭から倒れた横島がいた。横島はガバッと、上半身を起こし、

「茶々丸ちゃんは、俺をそんなレベルのマニアックな変態だと思っているのか! いくらなんでも失礼すぎじゃあ~」

そう怒鳴り返され、何がいけなかったのか数瞬考えこみ、答えにいたった。そして、無表情ながらも少し困ったふうに、

「いえ…あの、申し訳ないのですが、さすがにそういうのを一生とか言われると。私としては少しついていけないというか…」

どうやら、間違った答えに行き着いたらしく、それを聞いた横島はまた、地面に激突し、

「いや、ちゃう、ちゃうぞ~ 俺のマニア度を、不当に低く評価されていることに怒ったんじゃないわ!?」

「そうなのですか?」

「不思議そうに、聞き返すな!」

2人の周囲には人が集まり、小声で話をしている。

「一週間下着着用するなですって」

「え? 私は裸エプロン一週間て聞こえたわよ」

「一生って言ってたよ」

「まだ2人とも若いのにね~」

「あらあの制服、麻帆良学園中等部のものじゃあないかしら」

「じゃあ女のこの方は、中学生なの。警察呼びましょうか?」

周りでは、もの凄く速いスピードで誤解が進んでいった。それに気づいた横島は、

「まずい、とりあえず、茶々丸ちゃん行くよ」

茶々丸の手をとり、その場から逃げ出した。

「大変、女の子が変態に攫われたわ。誰か警察呼んで!」

後ろのほうからおばちゃんの叫び声が聞こえた。

「ちゃうわ、ボケ~ むしろ被害者は俺じゃああああ!」

ドップラー効果を生みながら走り去っていった。

現場から完全に逃げ去り、立ち止まると、疲れた顔(走った影響以外により)の横島が、

「…茶々丸ちゃん、俺のお願いだけど、土曜日買い物に付き合ってよ」

アパートに何もないことを思い出したので、当たり障りない願い事にした。

「それは、ナンパと受け取っていいのでしょうか?」

またもや、予想外のことを言われたが、先ほどよりマシだったため、心底疲れきった顔で、

「…そう思ってくれていいよ…」

「はじめてナンパされました。私の答えはOKです。お喜びください」

「…何で俺がお願いするほうになってるんだ?…もうどうでも言いや」

「では、土曜日の午前6時にあの場所に来てください」

「早」

「猫のエサを、あげるついでにデートをしますので」

「…ついで…しかも何時デートになったんだ?」

「では、失礼いたします」

「…バイバイ」

横島の質問には答えずさっさと帰っていった。横島も疲れた身体に鞭打ち帰ろうとしたが、

「ココドコ?」

途方にくれるのであった。

しかし横島は気づいていない、彼の人生において今日が、初めてナンパに成功した日だということに、まあ本人はナンパしたわけではないが。




[14161] 初仕事
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2009/12/13 01:46
「つ、疲れた~」

茶々丸と分かれた後、道行く人たちに道を聞き何とかアパートに戻ることが出来た。

「いや~黒髪で髪の長い子には感謝だな。地図まで書いてくれたから、迷わずに着けたし。今日は飯食って寝よ」

コンビニで買った弁当を平らげると、相当疲れたのか横になって眠ってしまった。ちなみに、アパートにあった物は警備の
仕事の時に着るスーツ一式、それ以外は寝具から家電製品まですべてそろえなければならない状態である。

次の日の午後1時頃、空腹により目覚めた横島は、

「腹減った、駅前のまつ屋にでも行くか~小物も買わねとな」

遅めの昼食を食べ、タオルや下着などを買い揃え、町をぶらつきながらコンビニで18歳未満が買ってはいけない雑誌と
夕食用の弁当を買い自宅に戻ると、結構な時間がたっており、夕方の5時になっていた。

(ぶらつきすぎたな、シャワー浴びてから弁当食って、こいつでも読みながら高畑さんを待つか~)

顔をだらしなく、緩ませながらコンビニの袋を持ち上げた。

予定通りシャワーと弁当を食べ、6時過ぎにさあ読もうと言うとき、

「ピンポーン」

チャイムが鳴った。

(誰じゃあこれからって時に~)

「お~い、横島君居るんだろ開けてくれ」

今夜の横島のパートナーである高畑であった。相手がわかったが、急ぎもせず歩いて玄関に向かい、ドアを開け、

「はやくないっすか」

開口一番に不機嫌なのを隠そうともせずに聞いた。

「いや~ゴメンゴメン、僕も暇になっちゃったんで、早く来たんだよ」

相手の態度を全く気にせず、にこやかに答えた。

(模擬戦のときもっと思いっきり殴るべきだったか)

「とりあえず、上がらせてもらっていいかな」

「…どうぞ、何もないっすけど」

横島の答えを聞き、部屋に通されたタカミチは、

「う~ん、本当に何も無いね。買い物に行かないの?」

「明日行く予定ですよ」

「いい物買えるといいね。1人で大丈夫かい?」

「気にしなくっていいすよ。何とかしますから」

タカミチが知るはずもない、まさか自分の生徒を目の前にいる男がナンパしたという事実に。まあ本当にナンパしたのか微妙だが。

「そうそう、コレを渡しておくよ」

タカミチは、ポケットから一台の黒い携帯電話を取り出し横島に渡した。自分の手にある携帯をまじまじと見ながら、

「へ~携帯も随分小型化してるんですね~(よし、エロイ事に使おう)」

よかならぬことを企んでいると、

「ちなみに、機能は電話とメール後写真機能だけだから、変なことに使えないよ」

まあ、当然である。詰まらなそうな顔をする横島をほっといて、

「まだ早いけど、着替えて出ようか?」

「へ~い」

やる気が全く感じられない返事をし、ノロノロとスーツに着替はじめた。

10分後アパートを出た二人は、

「今日と明日で、横島君が見回るルートを案内するからしっかり覚えてね」

さすがに、仕事の事になったので多少真面目になり、

「はい」

「まあ、大した相手はいないから気軽にやっていけばいいよ」

「どんな相手が多いんですか?」

「麻帆良学園に喧嘩を売ってくる、魔法使いかな。実力はぴんきりだから、時々強いのも来るけど、
横島君なら対処できるレベルだと思うよ」

「はぁ」

「で、一番多いのが、不良グループ同士の喧嘩や騒ぎの鎮圧かな~」

不良という発言に、

「ふ、不良ですか。そういうのが一番苦手なんですよね~」

不良よりも、よっぽど強い妖怪やら魔族と戦闘をするこの男だが、やはり不良は怖いようだ。

「そう言われてもな~ココでは一番多いことだから慣れてもらわないと。それに、ほら早速騒いでるよ」

前方に意識を傾けると、たしかに騒がしい気配がした。

「俺としては、気のせいにしてもと来た道に戻りたいな~なんて思うんですが~」

タカミチが首を横にふり、

「やっぱ駄目ですか」

ため息をつき、騒がしい方に近づいていくと、近づく分向こうも離れていき、

「ん?珍しいな、喧嘩じゃあないみたいだ。誰か追われてるみたいだから、ちょっと急ごうか」

2人は走り出し、道行く人々の間を駆け抜けていった。

横島たちが向かっている先では、2人の少女が不良達に追われていた。

「…朝倉、いつもこんなことしてるの?」

「まっさかー、半年に一回ぐらいだよーラッキーだったね、このイベントに参加できて大河内は」

「やっぱり、借りなんて作らなければ良かった」

「結局ペンダントについては、まだわからなかったからいいって言ったでしょー」

アキラが、朝倉に依頼していたペンダントについては、色々とわからないままであった。わかった事は、麻帆良学園都市では
販売していないこと、警察にも届出が無いことである。依頼してから、2日でココまで調べることが出来ただけで十分凄いのだが、
調査不十分のため朝倉は納得できず借りはなしにしようとしたのだが、

「ううん、いいよ。ココまで調べてくれたから十分だよ、何かお礼をさせて」

その言葉に朝倉は、気軽に今日の助手を頼んだのだが、その結果は、

「待てこら~今回こそは写真返してもらうぞ」

「テメーのせいでうちのリーダーが、引き篭もっちまったじゃねか~」

「あの記事取り消せー」

大勢の不良に追われることになった。

「とりあえず、あそこの交差点で分かれ様かー(私一人が狙われてるみたいだしねー大部分がこっちに来るでしょう)」

少しは巻き込んだことを、悪いとは思っているようだ。

「…大丈夫なの?」

朝倉の考えを見抜き、心配そうに尋ねると、朝倉は心配無用とばかりに笑いながら、

「フッフフー心配後無用、1人のほうが後ろの奴ら撒き易いからねーほらほら考えてる時間はもう無いよ」

話しているうちに、交差点が直ぐ目の前まで迫っていた。

「わかった、お互い撒いたら連絡しよう。私は、右に行くよ」

「うんじゃー私は左に行くわ」

最後に目を合わせ、お互いの安全を祈りながら別れた。

「ちっ二手に分かれやがった、どうする」

「こっちも二手に分かれるぞ。朝倉を逃がしても、もう一人を捕まえればおびき出せるだろ」

朝倉の考えは見事に外れ、裏目に出てしまった。そして、

「他の奴らにも連絡しろ、絶対逃がすな」

さらに、事態が悪化していくのであった。

「タカミチさん、何かあっち二手に分かれてますよ~」

横島が暢気に尋ねながら、

「僕は、左に行くから。右側を頼むよ」

「へ~い(見失ったとか言って適当に切り上げるか)」

どうしても、不良と事を構えるのが嫌な横島であった。しかしタカミチの台詞により、一気に考えを一変させるのであった。

「そうそう、多分追われてるの僕の教え子だと思うから頑張ってくれよ」

「俺は左ですね。任せてください、傷ひとつつけさせません」

言い終わると、横島は一気にトップスピードまで加速して行った。

「うお~待ってるよ~美少女~~」

叫びながら、交差点を右に曲がっていった。

「おお、速いな~僕も頑張るか」

タカミチも、速度を上げ左に曲がっていった。

(まずったなーまさか大河内のほうまで結構な人数を分けるとは思わなかったよー)

朝倉は、後ろを気にしつつ走ると、

(う~ん、何だか分かれたくせに、人増えてるよーあっ一人転んだ情けないなー)

そして、何度か後ろを振り向くと、一つの事に気づいた。

(さっきより、減ってる?先回りでもする気かな。あ、また転んだ)

そして、5分ほど走ると不良グループは、

「しぶとい奴だな、向こうはどうなったか誰か連絡しろ」

不良の1人が、叫ぶが仲間からの答えは返ってこなかった。

「いや~、それは無理だよ。みんなもう、そこら辺で寝てるから」

その返答に驚き振り返ると、

「て、テメーはデスメガ『パンッ』ガッ」

最後まで、台詞を言うまもなく顎を打ち抜かれ倒れ伏してしまった。それを見届けることもせず、前方を走り続ける朝倉に声をかけた。

「お~い朝倉君、もう走らなくていいよ」

声の主に気づいた、朝倉は立ち止まり後ろを振り向き、ホッとした表情で

「助かりましよー高畑先生、いやー追ってくる人数が減ってたのは、先生のおかげだったんですねー」

「まあね、それよりもあんまり危ないことしちゃあ駄目だよ。それに今回は他の子も巻き込んで」

「そ、そうだった、速く大河内の方に行って下さい」

その言葉に、タカミチはあせりも見せずのほほ~んとした表情で、

「もう1人は、大河内君だったんだ、珍しい組み合わせだね。僕はてっきり、早乙女君辺りだと思ってたんだけどな~」

笑いながら語るが、

「そんな事言ってないで、早く行って下さい」

タカミチは、余裕の態度を変えず、

「大丈夫大丈夫、向こうには僕の知り合いが向かってるからさ」

アキラの方にも、助けが向かっていると知り少しは安心したが、タカミチの知り合いの実力がわからず、

「で、でも向こうにも結構な人数が行ってますよ」

「平気平気、横島君はかなり強いよ」

「どのくらい強いんですか?」

「一対一で下手したら、僕が負けるくらいかな」

タカミチの実力を知っている分、朝倉は本当に驚いた。タカミチは1人で、学園内の抗争や馬鹿騒ぎを鎮圧できる力を
持っているのだ。その男とまともに戦えるだけでも十分に、人間離れしているのに、下手したら負けるといってるのだから、

「なら、大丈夫ですかね」

「うん、大丈夫だよ(助ける相手も女の子だから、手を抜かないだろうし)」

会話を終えた2人は、向こうの状況を確かめるために分かれた交差点に向かい始めた。

(こっちにも大分来た、けどこれなら朝倉の負担も減ったかな)

アキラは朝倉と分かれたため、全力で走れる状況になりスピードを上げ、不良達を少しずつ引き離していったが、前のほうから
こちらを指差しながら走ってくる5人ほどの集団が見えた。

(まずい、まだ仲間がいたのかも)

不良グループの仲間かもしれないと思ったアキラは、人が4~5人並んで通れる広さの路地に入り撒こうとしたが、

(しまった、分かれ道が無い)

アキラが入った路地は、人が入れるほどの横道が無くずっと一本道であった。そして直ぐに行き止まりになってしまい、
不良達に追い詰められてしまった。

「やっと追い詰めた、速かったのに残念だったな」

「さっさと朝倉呼んでもらおうか」

「あんたに、恨みは無いからあいつを呼べば逃がしてやるよ」

追い詰めた余裕から、ニヤケ面を浮かべながら問いかけた。

(どうしよう、助かりたいけど。朝倉は呼べない)

アキラは、不安のため無意識のうちに胸ポケットに入れていた、太極図型のペンダントに触れたその時、不良たちの
後ろから声が聞こえた。

「ふ~やっと追いついた。はい、ごめんねちょっと通して」

そして、不良たちの間を掻き分けてアキラより少し年上の青年が現れた。そして気軽な足どりでアキラに近づいていき、
下から上まで見て、

「おお~予想以上の美少女、ねえ君ケガはしてないよね?」

アキラは急に現れた不良には見えない人物に動揺し、機械的に答えた。

「は、はい大丈夫です」

「ほっ良かった~」

本当に嬉しそうに答え、そしてアキラに顔を近づけ、安心させるために微笑みながら彼女だけに聞こえるように話し出した。

「俺が振り返って、両手を広げたら目をつぶってね」

まじかで笑顔を向けられ、少し顔を赤らめながら返事をした。

「う、うん。わかった」

横島は、その答えに満足し笑顔を消し、まじめな顔になり振り返った。

「お前らな~恥ずかしくないのかよ。たった一人の美少女を集団で追い掛け回してさ~」

横島の問いかけに、少しは自覚があったのか、

「う、うるさい。邪魔もんは引っ込んでろ」

「怪我しないうちに、そいつを渡せ」

「無関係な奴は引っ込んでろ」

横島は、彼らの言い分に苦笑しながら、

「残念ながら、警備員だから無関係じゃあないよ」

言いながらおもむろに両手を広げた横島に、不良たちは警戒し集中しだした。アキラは、言われていた通りに目をつぶった時、
横島が叫びながら両手を叩いた。

「まとめて片付けてやる、いっけ!サイフラッシュ!」

その瞬間眩い光が一面を照らし、直視した不良たちは目を押さえ、

「あ~あ~目がぁ~目がぁ~」

ちょっと有名な空飛ぶ城の敵役の台詞をほざいていた。

アキラは、目をつぶっていたが光を感じ不思議に思ったが、目をつぶったままでいた。そして急に抱きかかえられ、

「きゃ」

悲鳴を上げたが、直ぐに横島の少し申し訳なさそうな声が聞こえた。

「ゴメンね、少し我慢して」

目を開けると、再び横島の顔が近くにあり、自分の状況を確認した。

(お、お姫様抱っこ、は、恥ずかしい)

確認を終えると、再び顔を赤らめ縮こまってしまった。そしてアキラを抱きかかえたまま、横島はジャンプし、
不良たちを2~3回踏みつけながら包囲網を抜け出した。一回で十分であったが、気に食わない顔の作りがいたので、
無理やり踏んでいった。ちなみに踏まれたのは、長髪であっただり、美形の顔立ちをしていた。

(この人凄い)

アキラはほんの数秒で、自分を抱いたまま包囲網を抜けた青年の身体能力の高さに驚いた。そして、もう一つ
気になったことがあり恥ずかしそうに尋ねた。

「…あ、あの重くないですか?」

こんな時に聞くことではないが、年頃の少女だ自分が重くないかが気になったようだ。アキラは、中学生ながら
170cmを超える大柄な体格をしていた。しかし横島は全く気にせず、

「はっはは、軽い軽いぜんぜん余裕だよ(う~んやわらかいな~役得役得。またちょっと恥ずかしがってる姿がポイント高いな~)

むしろ横島は、少女を抱きかかえていれる事を喜んでいた。

抱きかかえたまま、不規則な挙動で走るのに疑問を感じたアキラが、

「走り方おかしいですけど、どうかしたんですか?」

「何でもないよ、ちょっと仕掛けがあってね」

そして、後ろのほうから悲鳴が聞こえた。

「ぐわ」

「何だコレ」

その声に反応したアキラに、横島が悪戯が成功した悪ガキの表情で、

「回復した奴らがトラップに引っ掛かっただけだから、気にしないでいいよ」

横島は駆けつける前に、この一本道の何箇所もの地点に簡単なトラップを作成していた。まあ手の込んだものは作れず、
油を撒いたり、ロープを張るだけであったが、効果は絶大であったようだ。

「追ってくる奴はもういないか、さっさとタカミチさんと合流するか~」

アキラは横島の独り言に、知り合いの名前が出て思わず反応してしまった。

「高畑先生と知り合いなんですか?」

「そうだよ。そういえば、タカミチさんの教え子だっけ。なら千雨ちゃん知ってる?」

急な質問に、アキラはほんの数瞬考えたが、

「…千雨?ああ長谷川さんですか」

「そうそう、やっぱり同級生か~(やっぱりレベル高いな~他の子にも会ってみたいな~)」

「…うん(長谷川さんとどういう関係なのかな?)」

2人の関係が気になったが、聞く前に路地裏から出ると、タカミチと朝倉の姿が目に入った。

「やあ、横島君そっちも無事終わったんだね」

心配した様子も見せず気軽に話しかけ、

「もちろんですよ(おお~あの子も平均以上だな~タカミチさんのクラスは可愛い子の巣窟か?う~ん羨ましい)」

朝倉はタカミチの横で、カメラを構え横島の写真をとり始めた。正確には横島ではなく、その腕に抱かれているアキラとの
ツーショットをである。それに気づいたアキラが慌てながら、

「も、もう大丈夫ですから、降ろしてください」

横島は、残念そうな表情になったが、直ぐに彼女の願いをかなえた。それを見守っていたタカミチが、

「さて、横島君はもう少し見回りしたら上がっていいよ」

そう言いながら、ルートを書いた紙を横島に渡した。

「俺は?ですか。タカミチさんは?」

「僕は彼女達を送ってから終わりにするよ」

「ええ~俺もそっちがいいです」

予想通りの発言に苦笑して、

「駄目だよ、君はまだルート覚えてないんだから。覚えれなかったら給料に響くよ」

「わかりました(ふん、後をつけてやる)」

給料を人質にとられたために、渋々引き下がるわけも無かったが、

「そうそう、今日の騒ぎを起こしたグループを補導してもらうために人呼んだから、ついでに待っててね。
もし君がいなかったら職務怠慢で減給くらうから、気をつけて」

相手が一枚上手であった。横島は力なく返事をするだけであった。

「…はい」

タカミチ・朝倉・アキラは寮に向かう途中で、

「いやー良かった良かった。大河内が無事で」

「うん、朝倉も無事でよかった」

「私のほうは、高畑先生が来てくれたからねーえっと横島さんだっけ、どうだった?」

朝倉は横島の実力について聞いたのだが、アキラは少し頬を染めながら、

「…うん、ちょっとカッコよかったよ」

朝倉は目を丸くしたが、写真をとらなかった事に後悔しながら、直ぐに目を猫のように細めながら、

「私は、横島さんの強さについて聞いたんだけどねーそうかそうかカッコよかったか、あんたにも春が来たんだねー」

アキラは勘違いに気づき、慌てて手を振り心を乱しながら、

「ち、違う、う、うん力強かったよ」

「力強かったねーそういえばお姫様抱っこされた感想は?」

朝倉はさらに、笑みを深めながら、一気に畳み掛けた。そして動揺しているアキラは素直に

「う、うん、ちょっと、嬉しかったよ」

答えてしまった。話せば話すほど、クモの巣に捕らわれたチョウのように、糸に絡まれていくのであった。

「くっくく(イイネタになりそうだねー)」

どう見ても悪党にしか見えない朝倉がいた。そして2人の少女を、苦笑しながら見守っているタカミチが、

(若いね~僕も年をとる訳だ)

ジジ臭い事を思っていた。

その頃茶々丸は椅子にすわり、開発者の1人である超から貰った一冊の本を手に持ち読んでいた。テーブルにはもう2~3冊の本があった。

「なるほど、このようなキャラをツンデレと言うのですね」

感想から予測すると、少し特殊な本のようだ。

「理解しました。明日はこのようなキャラになって行動してみましょう」

どうやら、横島のこの世界初のデートも前途多難になるようだ。



[14161] デート?(午前の部)
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2009/12/18 00:14
「クワ~眠い」

横島は目をこすりながら、茶々丸との待ち合わせ場所に向かっていた。昨夜は、タカミチが呼んだ補導員が来るまで30分も待たされ、
その後ルートを廻り終えアパートに着き、眠ったのは午前2時を過ぎていた。そして、4時30分にセットした携帯のアラームで起床し、
シャワーを浴び5時10分にアパートを出た。目的地には、20分ほどで着けるのだが女性を待たせるのはマナーに反すると考えた横島は、
約束の時間の30分ほど早く着いて茶々丸を待とうとした。そして、路地に入った瞬間思わず、呟いてしまった。

「…何でもういるの?」

すでに、猫のエサをやり終えた茶々丸がいた。そして茶々丸が、

「おはようございます、横島さん。その発言では、私はいないほうが宜しかったのでしょうか?デートと思っていたのは私の勘違いですか?」

無表情のまま質問され、ちょっとビビッタ横島は、

「いやいや、そんな事ないぞ~。今日は楽しいデートだ嬉しいな~」

「それはそうと、横島さん朝の挨拶は大切だと思いませんか?挨拶には、人を引きつける力があると思うのですがどうでしょうか」

茶々丸の話す内容から、挨拶をしていないことに気づいた横島は、

「うんうん、挨拶は大切な要素だよね。挨拶が遅れてたよ、おはよう、茶々丸ちゃん」

「挨拶もすみましたし、そろそろ行きましょうか」

行き先も告げず、地面に置いてあった袋を持ち、歩き出したので急いで横に並び着いていこうとした横島に、

「2mほど離れて歩いてください」

横島は、今の冷たい言葉に少し心にダメージを追いながら尋ねた。

「え~と、何で?」

茶々丸が、少し考え込み、

「…(この場合はこの対応でした)臭いためです」

横島はその場に固まってしまった。心のダメージが一気にレッドゾーンまで突入していた。まあ、中学生に臭いから近寄るなといわれたら…

「…急に立ち止まってどうしました?早く来てください(対応がおかしかったのでしょうか?)」

茶々丸に呼ばれ、ゾンビのような足取りで何とか着いて行き、

(…俺の心は午前中で死ぬかも)

茶々丸を見失わないように、何とか顔を上げると、

(こんな朝っぱらでも、ちらほら人がいるんだな)

横島の視界には10人もいないが、人が移っていた。茶々丸も人に気づき、瞬時に横島の隣に並び、腕を組み頭を横島の肩に預けた。

(?へ、な、何で急に?)

人がいなくなったら、突き放される。逆に人が見えるときには、腕を組み頭を預けてくる。そのよう行動を何度か繰り返し、
また腕を組みだした。今までの行動から疑問を感じた横島は、勇気を出して聞いた。

「…え~と、茶々丸ちゃんこの行動は何?」

茶々丸は、無表情のまま首をかしげ横島の顔を見上げ、

「横島さんは、腕を組むのは嫌ですか?」

「嫌じゃあないんだけど~、接し方がいまいち判らなくって、気になったんだ」

その発言に、納得した茶々丸は、腕組みを解いて、

「説明しましょう。このような対応もしくは態度の事を通称『ツンデレ』と言うのです。男性は、このような接し方が好きであると
書いてあったのですが、横島さんは知らないのですか?」

「何それ?」

横島がさらに説明を求めると、茶々丸は少し自信ありげに、

「詳しく言うと、他の人がいない場合にはツンツンした態度、冷たい対応をする事。他の人がいる場合には、デレデレした態度、
甘えたりする事を言います。最近の流行だそうです」

「ふ~ん、最近の流行は変わってるんだな~」

「私も昨日知ったのですが、今までの対応はそれほど間違っていない自信があります」

ツッコミ役がほしい。茶々丸は180度間違えているし、横島がツンデレなどを知っている筈がないため間違いに気づく事はない。

「え~と無理にツンデレしなくていいよ」

「そうなのですか、では一緒に覚えた『ヤンデレ』を試してみましょうか?」

ヤンデレの事も知らないが、何故か嫌な予感がしたため、

「覚えたものじゃあなく、普段通りの茶々丸ちゃんでいいよ」

「…わかりました、しかし普段の私は、あまり話さないので退屈ではないですか?」

茶々丸に無理をさせていた事を知った横島は、苦笑しながら、ふざけた調子で

「退屈じゃあないよ、美少女とのデートだしね~それに腕組めただけで十分元取れたよ」

「…(腕組みは嬉しいのですね)」

再び横島との腕組みを始めた。

「ちゃ、茶々丸ちゃん、無理してすることないよ」

先ほどは動揺していたため意識していなかったが、改めてされると恥ずかしいようだ。

「無理はしていません、やはり硬い身体では嫌ですか?」

横島は慌てて音がなるほど首を振り、

「嫌じゃあないぞ~茶々丸ちゃん程の美少女と腕を組めるんじゃから、アンドロイドだろうと関係ないわ~」

茶々丸の顔を見ながら宣言した横島に、茶々丸が訂正をした。

「横島さん、女性型の場合はガイノイドと言うんですよ」

横島は、茶々丸の顔を見て固まってしまった。一瞬であったが、横島には茶々丸が微笑んでいるように見え、
それに見惚れてしまった。

(か、可愛い~はじめて笑ってくれた~)

「…どうしました。とりあえず何処か座れる所に行きたいのですが」

夢うつつの状態で茶々丸に腕を引かれながら、気づいたら公園のベンチに座っていた、周囲には、家族連れや休日をまったりと
過ごしている人達がいた。

「…食べないのですか?」

茶々丸が横にいることに気づき、そちらを見ると彼女のひざの上にサンドイッチが入った弁当箱が置かれていた。

「朝食を作ってきたのですが、いらなかったでしょうか?」

「おお~丁度腹減ってたんだ、ありがたく貰うよ~」

横島は、喉が詰まるんではないかと思う勢いで美味しそうに食べだし、急に胸をたたき出した。

「グフッ(ま、まずい息が…死ぬ…)」

「どうぞ」

絶妙なタイミングで、紅茶を差し出しだした。横島は、それをひったくるように貰いうけ一気に飲み干した。

「プハ~死ぬかと思った。ありがとう茶々丸ちゃん」

そして、サンドイッチの残りが少ない事に気づき、尋ねた。

「こんな食べてからで悪いんだけど、茶々丸ちゃんは食べないの?」

「気にしないでください、飲食は出来ないので」

「じゃあコレ全部貰っていいの?」

「構いませんが、データ収集を依頼されているので、実験しても宜しいでしょうか?」

「んっ、別に構わないいよ」

簡単に答えると、茶々丸がサンドイッチを一つ取り出し、表情を変えず横島のほうに向き、上目使いに見上げながら、

「…あーん」

サンドイッチを差し出してきた。横島は冷や汗を浮かべながら、

「え、え~と、茶々丸ちゃん?(は、恥ずかしい)」

目で訴える事を試みる横島であったが、茶々丸は気づく素振りすら見せず再び

「あーん」

(そ、そうこれはデータを集めるために必要な行為なんだ、科学の発展のため、仕方ないのだ。う、嬉しくなんかないぞ)

自己弁護が完了し覚悟を決め、差し出されたサンドイッチに向かい口を近づけ、

「アーン(う、うまいがキツイ)」

このような事を、残りのサンドイッチ全てを平らげるまで続いた。周りに居た人たちに(カップルや家族のみ)、注目されていた横島は
大層な精神修行になった。横島は食事を取り体力は回復したが、精神にかなりの負担がかかった。

「…ゴチソウサマ」

「同じ食べ物でも食べさせてもらうのでは、味が変わるのでしょうか?」

「そうだね。美味しかったけど、人がいない場所でやってほしかったよ」

「いいデータがとれました、ありがとうございます。また協力してください」

「…いいよ(これ以上の羞恥はもうないだろう)」

横島は、満腹状態と精神の負担のため直ぐには動けず、話をする事にした。

「データ収集てどんな事してるの?」

「特定の条件化における、男性の対応を調べる事です」

「ふ~ん、ちなみに被…じゃあなくて、俺以外に誰か調査してるの?」

思わず、被害者(モルモットとも言う)と言いかけたが、とっさに言い換えた。

「依頼されたのが、横島さんと会う前日の事でしたから。横島さんだけです」

「じゃあ、条件て何?」

「ある本を読んで、その内容に似たシチュエーションに遭遇したら、真似ることです」

「へーじゃあ試しに何かやってみてよ」

これまでの、経験からろくな事にならないだろう事を、想像できないのだろうかこの男は。横島の願いを叶えるため、
茶々丸が本の内容を思い出し、

「では、少し失礼します」

断りを入れながら、横島の胸に顔を近づけた。横島は少し戸惑ったが、傍観していた。茶々丸が、匂いを嗅ぐしぐさをした。

(また臭いとでも言われるのかね~)

ある程度の覚悟を決めていたが、爆弾の威力は予想以上であった。顔を離した茶々丸が、近くにいる人には聞こえる程度の声量で、
横島を見上げながら、


「私以外の、女性の匂いがします。何処でつけてきたんです」


横島を含めた、声の聞こえた人々が止まった。数瞬で周囲の時が動き出し、止まっていた人々は横島たちをチラチラ見ながら離れていった。
横島は冷や汗を流しながら、

「…え、えっとですね~(き、昨日の子、香水何かつけてたっけ?)」

身に覚えがある横島の焦りが頂点に達する前に、茶々丸が、

「このような台詞がありました。?どうかしましたか、体温・心拍数共に上昇してますが?」

「な、何でもないぞ!。そ、そうか変わった台詞があるんだな~き、興味本位に聞くんだが、そ、その後の対応は?」

「二通りありました。まず一つ目は、切られます。もしくは潰されます」

横島はその答えに、顔を引きつがらせながら、

「へ、へ~物騒な対応だね~(おっおっかね~そんな子には捕まりたくない)」

あまりに怖すぎたので、ナニが切られたり潰されるかは聞けなかった。

茶々丸は、横島の事を気にする事もなくもう一つの答えを言った。

「もう一つは、『もっと私のこともちゃんと可愛がってね』と言う様です。器の広さを見せるようです。この言葉は、
笑顔で言うと更に効果が上がるようです。」

「…(た、たしかに度量がでかくないと言えないが、ちょっとした脅迫にも聞こえるぞ、その発言は。男は『はい』しか言えんだろ)」

「いつか私にも使うときが来るのでしょうか?」

どこか遠くをみなが、茶々丸がつぶやいた。

「う、う~ん、俺としては使う機会がないほうが、いいと思うぞ。(もし言われたら男はきついな)」

「…そうなんですか。わかりました」

横島は、まだ精神的に疲労していたが立ち上がり、

「さ、さてそろそろ、買い物に行こうか?」

自分で振った話題であったが、他にどんな対応があるかは聞きたくなく、買い物に行こうとした、しかし

「…横島さん、電化製品でしたら大学の工学部の方々から頂けますが、どうしますか?」

「おっ、本当ラッキー、貰う貰う」

お金を使わなくても、すむと思った横島は即決した。

「では、大学まで案内します」

茶々丸も立ち上がり、再び横島の腕を取り案内を始めた。横島は、苦笑いしながら、

(う~ん、やはり腕は組むんだな~まあ役得だし、いいか)

大学に近づくにつれ、何故か横島のほうを睨みつける男が増えてきた。

(な、何だ?やたらとヤロー共に睨まれてるんだが、恨み買うような事はしてないよな?)

「着きました、ココが大学の工学部棟です」

大学の建物に入ると、さらに睨みつけてくる男達が増えた。横島たちと、すれ違う男はほとんど睨みつけてきていた。
横島は、絡んで来ないことに不思議に思っていた。まあ絡まれたくないので安心していたが、

(居心地悪いな~そうか、こいつらみんな茶々丸ちゃんのモルモットで恨みを買ってるとか?…でも、モルモットは俺だけだったな…)

自分の考えに、気分が落ち込みはじめる横島であった。睨みつけられている理由は、横島の考えているように茶々丸にあった。
彼女の、工学部においての人気はとても高いのだ。そんな彼女と腕を組んで一緒に歩く男が現れたため、男達の嫉妬と憎悪を込めた視線を
向けているのである。もしこれから、横島が1人でこの場所に来る機会があれば、間違いなく襲われると思われる。

茶々丸が、ある研究室の前で止まり横島に話しかけた。

「この研究室に、置いてあります。好きなのを選んでくれていいようです」

「へ~い」

2人で研究室に入って行くと、中には数多くの家電が鎮座しており、

「おお~すごい沢山あるな~(何か、新品みたいなのもあるんだが、いいのか?)」

実際新品である。男の悲しい見栄で、茶々丸が家電を欲しがっているという話を聞きつけた男が、アピールのチャンスと思い
急いで買ってきたのだ。

「茶々丸、その人がこの前話してた横島さん?」

横島たちの位置からは、洗濯機の後ろに座り込んでいたため気づかなかったが、眼鏡をかけた1人の少女がいた。

「あ…ハカセ、いたのですね」

「予想以上に、集まったから調べるのに時間がかかっちゃってー」

ハカセと呼ばれた少女に、茶々丸は家電がしっかりと動くかを調べてもらっていたのだが、当初の予定より家電(茶々丸への貢物)が
集まってしまったため、調べるのに時間がかかってしまったのだ。

「そうですか、それで何か問題はありましたか?」

「問題ないよー全部正常に動くからどれもって行ってもいいよ。盗聴器はあったけど、自爆装置なんかは着いてなかったし」

まるで着いていないのが残念であると言いたげな口調であった。茶々丸は反応しなかったが、

「は?なんで盗聴器がついてるの?(それに自爆装置?なんで家電に?)」

「それはもちろん茶々丸に興味がある、男がつけたんですよーあっ、はじめまして横島さん、葉加瀬聡美です」

「ども、横島忠夫です、茶々丸ちゃん人気あるんだね~でも危ない奴らなんじゃ?」

「大丈夫ですよ。しっかりと制裁はくわえますから。まあもし初めから、横島さんの手に渡るのが判ってたら、
自爆装置があったでしょうねー」

「何で、ココの連中に命狙われなきゃならんのだーーワイが何したというんじゃ!!」

自分の不条理な状況に叫びだす横島を見ながら、

(ふーむ、茶々丸と一緒にいるのが原因とは気づいていないようですね。鈍いのかな?データを集める相手としては、
面白いかもしれないですねーうまくいったら工学部の武器データも取れるかも。)

「…横島さん、ドレを貰っていきますか?」

茶々丸の言葉に反応し、辺りを見回すが多くあるために、

「どれを選んでいいかよくわからんな、お勧めある?」

「スペックで見るなら、コレらでいいと思いますよー」

すでに葉加瀬がリストを作成しており、マークをつけたものを横島に薦めた。

「うんじゃ、それでいいよ」

スペックを見てもよくわからない横島は、葉加瀬が選んだものを貰うのを決めた。

「じゃあ、ココに住所を書いてください。明日には届くと思うので」

メモ帳を差し出された横島は、自分のアパートの住所を思い出しながらメモ帳に書き、

「はい、じゃあお願いね~」

「わかりましたー」

「んじゃあ、茶々丸ちゃん他の小物買うのに行こうか~」

「はい、ハカセありがとうございました」

「いってらっしゃーい。茶々丸、ちゃんとデータ取るのよー」

横島と茶々丸はお辞儀してから、研究室を出た。


その頃3人の少女が、買い物に出かけていた。そのうちの1人である千雨は、

(クソ、通販で予約するの忘れてたぜ。知り合いに見つからないように買いに行くか)

どうやら、回りには知られたくないような物を買いに行くようである。

残りの2人は、

「…朝倉、本当に今日のお昼奢れば昨日の事黙っててくれるのね?」

ジト目で、横にいる少女に確認をとろうとしている。

「もちろんよ~大河内少しは私を信じなさいよ」

笑みを浮かべながら、あまり信じられない事を言っているが、

「…(何もしないよりは、まだましか)」

「それに~昨日のお礼の品買うんでしょ~」

「!な、何でそれ…ッ」

アキラは、朝倉がニヤニヤしているのに気づき自分の失言に気づいた。

「…(嵌められた)」

肩を少し落としたアキラに、朝倉は笑いながら、

「まあまあそんなに落ち込まない、私も選ぶの手伝ってあげるから、あんた苦手でしょ~」

少しからからかい過ぎたと思ったのか、手伝うというと、

「お願い」

男性にプレゼントした事がないアキラは、素直に頷いた。

「はいはい、まっかせなさい(くっくく、またネタが転がり込んできた)」

朝倉は、全く悪く思っていなかったのである。



[14161] デート?(午前の部・2)
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2009/12/26 22:57
「さて、必要なものも買ったな。あとは、服とバンダナかな~」

「…バンダナですか?」

「そっ、いつも巻いてるんだけど、いつの間にか無くしててね」

「そうなんですか、わかりました」

腕を組んだまま、目的の店に案内している途中、何気なく周りを見回した横島の歩みが、ゲームショップのポスターを見て止まった。

「…どうかしましたか?」

「ゴメンね、あそこに寄って行っていいかな?」

「構いません」

「ありがとう、んじゃあ行こうか」

横島の見たポスターの一部には、『T-LINKナッコォ』と書かれていた。

店に入った2人は、店内が広く、目的の物が何処にあるか判らない為に、

「とりあえず、ちょっと店の中探してみるよ。茶々丸ちゃんはどうする」

「私もついていきます、しかしここでは…」

店内は確かに広いが、棚に多くのスペースを割かれているため、二人並ぶのがやっとであった。

「他の人の邪魔になるから、腕組みはやめようか」

「…はい」

腕を離すとき、横島はとても残念そうな顔をしていたが、茶々丸は無表情であった。そして、横島が前を歩き
、その影に隠れるように茶々丸が続き、店の散策を始めた。探し回ると、店の前に貼ってあったポスターと同じものが、
あったのでその下に向かうと、先客がいた。

(あそこかな~、ん?あそこにいるのは確か…)


(あった、あった。これ買ってブログを更新すればOKだな。うちのクラスの奴に見つかる前にさっ…)

ゲームの箱を持ち、料金を払いに行こうとしたとき、

「よっ!千雨ちゃん、それどういうゲームなの?」

背後から声をかけられた千雨は、一瞬で動きが止まり、顔から冷や汗が流れ始めた。

(い、いきなり、見つかった。でも男の声?…今の声は…あっ横島さんか。な、なら誤魔化せば、何とかなるかも)

一瞬で思考をまとめ、発見された動揺を隠しながら、

「こんにちは、横島さん。こ、これはですね、S・RPGで、ロボット同士が戦うゲームですよ」

「へ~、そういうの好きなの?」

「え、えーと、そういう訳じゃあないんですが、ネットで少し話題になってるので、買ってみようかと(別にコスプレや、
クラスの連中にバレる訳じゃあないからな、焦って損した)」

「…ロボット同士の戦闘ですか」

横島の後ろから、声が聞こえたため千雨は、

「誰かと、一緒ですか?(女性の声、まさか彼女か?…なんだか、今の声にも聞き覚えがあるような…)」

「ああ、買い物に付き合って貰っててね」

一歩横に、横島が移動するとその後ろから、

「…違います、横島さん。買い物ではなく、デートです。こんにちは千雨さん」

クラスメートの絡繰茶々丸が現れた。

「……」

あまりにも予想外の組み合わせに、返す言葉はおろか、思考すら止まってしまった。横島の後ろにいた人物に気づいた瞬間から。

「?どうかしましたか、千雨さん」

「…え、えーと、絡繰茶々丸さん?」

「そうですよ、2-A出席番号10番絡繰茶々丸です。あなたのクラスメートですが」

「…(な、何でうちのクラスのロボ子がいるんだー)」

「へ~2人ともクラスメートだったんだ」

千雨の焦りなど露知らない、横島の能天気な態度に、切れそうになりながら、

「お、お2人は、ど、どういう関係なんですか」

「もちろん、こ」

茶々丸が、何を言うか気づいた横島が、大声で言葉をかぶせた。

「千雨ちゃんとあった、夕方に知り合ったんだ。」

横島の急な大声に、後退りしながら、

「そ、そうなんですか、じゃあ私これ買ってきますね。失礼します」

あまり関わりたくないため離れる事を選択し、2人が反応する前に会計に向かって行った。

「ありゃ、行っちゃった~(ゲームの事は、また今度聞くか)」

「…そろそろお昼ですから、千雨さんも誘ってみては?」

「もうそんな時間か、そうするか。外で待ってよう」

「…はい(これでまたデータが取れます)」

2人で店の外に出て行き、千雨を待つ事にした。


店内を見回した千雨は、2人がいないことを確認し、

(よし、もう帰ったか。ロボ子はうちのクラスでも、友好関係が広い奴じゃあないからな、大丈夫だろう)

そう思いながら、店を出た瞬間千雨は自分の考えが、甘かった事を思い知った。

「何してるんですか?(しかも、腕まで組みやがって!見せつけてんのか、テメーら)」

店の前で、横島と茶々丸が腕を組み待っていた。横島は、知り合いに見られるのが、恥ずかしいのか、少し照れていた。

「あ~これから、お昼食べに行くんだけど千雨ちゃんもどう?」

「お誘いは嬉しいのですが、茶々丸さんにご迷惑だと思うので」

茶々丸をだしに、断ろうとしたが、

「千雨さん、私は構いませんので、ご一緒しましょう」

「…そうですか、なら(空気読め、このボケロボ!)」

そして、3人で歩き始めて数分経ったとき、

「…千雨さん、横島さんと腕を組んでも構いませんよ」

「は?急に何を言い出すんですか?」

「いえ、千雨さんが、独り身で寂しそうだったので」

千雨には見えた。茶々丸の見下す微笑が。実際には無表情で、何を考えているのかわからないのだが。
何故か千雨には見えてしまった。そして、切れた。

「テ、テメー、誰が独り身だと!ふざけんなー」

「すみません、噛みました、一人ででした。では腕を組んでください」

「そんな噛み方するかー、そして腕も組まねー」

「なるほど、恥ずかしいのですね」

今度は、茶々丸の目が情けないと語っているように見え、更に千雨はヒートアップした。

「恥ずかしい訳ねえだろ」

「では度胸がないのですね」

「ボケロボがーじゃあ見てろ!!」

そう言い放つと、2人のやり取りに目を点にしていた横島の、茶々丸と反対の腕を取り無理やり組んだ。

「どうだ、これで満足かー」

千雨が雄たけびを上げているとき、アキラと朝倉のコンビは、

「じゃあ、コレ買ってみようか~」

朝倉は、手に持っていた一着の服をアキラに手渡したが、手に取った服を見たアキラは固まってしまった。

「…朝倉、プレゼントを買いに来て、何でコレを買う必要があるの?」

「いい大河内、プレゼントを渡すには渡す品物も大切だけど、シチュエーションが重要なのよ。あんたが、
コレを着て渡せば印象ばっちりよ」

「何となくはだけど、その理屈わかる。だけど何この『大精霊チラメイド』って。何で普通のメイド服じゃあダメなの?」

あまりにもインパクトの強すぎる、大精霊チラメイド(肩だし胸もだいぶ見える形状・ヘソ出し・ミニスカ・
何故かチョウの様な羽根つき)を見たため、普通のメイド服なら余裕で着れる精神状態に陥っていた。

「ダメよ、大河内。今どきメイド服なんて、珍しくも何ともないのよ」

「で、でも…」

「でもも、へったくれもない。あんたの感謝の気持ちなんて、そんなものだったの」

朝倉の迫力に、後ずさるしかないアキラに、天使(悪魔?)の微笑を浮かべながら、

「まあいいわ、いきなり着るのには、たしかに抵抗があるわね。買っておいて、後で決めたらいいわ」

朝倉の譲歩に、安堵のため息をつき、

「…か、買うだけなら、いいよ(別に着なければいいんだから)」

朝倉は、その言葉にニッコリと笑い、

「よし、さっさとレジに行くわよ(買ってしまえば、こっちのものよーくっくく、どうやって着せようかしら)」

「…ところで朝倉、その手に持ってるのは何?」

そう、アキラの手には大精霊がおり、何故か朝倉の手にも、一着の服があった。

「あっ、これは気にしなくていいよー仕事関係で必要なもんだから(こっちは、龍宮か楓、本命は千鶴に着てほしいからねー)」

朝倉の答えに、自分に害が無いと思ったアキラは、少し顔を赤くし、

「じゃあ、さっさと買おう。こんなの持ってるのは、恥ずかしいから」

「そうねー」

レジに持っていった2人は、店員に『こんなもの、本当に買う人いたんだなー』と言う目で見られるのであった。


「さて、何食べようか~(く~美少女2人による腕組み、間違いなく勝ち組だ~何より、茶々丸ちゃんと違い、
千雨ちゃんは柔らかい)」

「横島さんが、好きに決めてください(?何故でしょう、一瞬回転数が上がりました。理由がわかりません、
今度ハカセに相談してみましょう)」

「何で、私は腕を組んでるんだ。…何処で間違えたんだ」

横島の質問をスルーして、ブツブツと呟いている千雨がいた。横島と茶々丸に、見つかったのが運の尽きであった。

「あ~千雨ちゃん?」

横島の問いかけに、気づき顔を上げた千雨は、

「…何だ?」

「昼飯だけど何がいいかな?」

「そっちで、好きに決めてくれ」

ぞんざいに答える、千雨に対して、横島は先ほどから抱いていた、疑問を口にした。

「千雨ちゃん。その、言葉遣いがラフになってるけど、いいの?」

「…言葉遣いが、どうかしましたか?(し、しまったー素で喋ってた!)」

「誤魔化さなくっていいよ、はじめてあった時も、荒くしてたし」

はじめから、ばれていた事を知り、千雨は諦めた。

「ばれてるなら、もうういけど。横島さん、あんたいいのか。年下にこんな喋りかたされて?」

世の中には、言葉遣いに煩い人間は多くいる。千雨も自分の話し方が、年上に不快感をもたらすのではと、
考えたのだが、横島がそんな事を気にする筈がない。この男は、むかつく男などには、敬語で話すどころか、
喧嘩を売ったり罠にはめる男なのだから。

「俺に対しては、別に構わないよ。それに、普段は敬語で喋っているんだから、問題ないじゃん」

「…そうかよ、もう戻せって言っても、戻さないからな」

ちょっと、テレながら下を向いていると、頭を撫でられた。

(ちょっと恥ずかしいけど、悪い感じはしねーな。意外に固い手してるんだな)

さてココで、疑問がある。現在横島の手は、片方を茶々丸、もう片方は千雨が確保している。そんな横島が、
頭を撫でれるはずもなく、誰が撫でているかと言うと、

「茶々丸ちゃん。何で急に、千雨ちゃんの頭を撫でてるの?」

茶々丸の突然の行動に、横島が声を発した。千雨が顔を上げ、自分の頭を撫でているのが、茶々丸と知り、
茶々丸の手をなぎ払いながら、

「馴れ馴れしく、頭なでんじゃね!」

「?いやそうには、見えませんでしたが」

「う、うるせーてっきり、よ…」

小首を傾げている茶々丸に、思わず本音を言いそうになり、慌てて口を閉じた。見かねた横島が、口を開き、

「茶々丸ちゃん、何で撫でたの?」

「うつむいている少女には、頭を撫でると効果的と、書いてありました。実践したとこ、元気がでたようなので、
これからもしたいと思います」

その答えに、千雨が突っ込んだ。

「そんな本、捨ててしまえ!それから二度とするんじゃね」

「借り物の本なので、捨てる事は出来ません。(これは『嫌も嫌も好きのうち』という表現ですね、また撫でましょう)」

「…誰だ、その迷惑な本を貸したのは?」

ちょっとやばい目つきになり、声も刺々しいものになった。

「超鈴音です」

「そうか、あいつか…フフフ」

横島は顔をひきつかせ、やばい笑い声を出しはじめた、千雨の迫力にビビリ、少し離れようとしたのだが、
両手を押さえられ動けずにいた。動かせる首を必死に動かし、休めるところを探し、ファミレスを発見した。

「ふ、2人とも、昼食はあそこにしよう」

横島は、二人を引きずるように、ファミレスに向かった。窓際の席に通された3人は、適当にメニューを頼んだ。
(茶々丸は、フェイクでドリンクバーのみ)

「なあ絡繰さん、あんなロボロボ言った後でなんだけど、あんたロボットだよな」

「そうですが、それがどうかしましたか?それと私のことは、茶々丸と及びください」

「…いや。わかったよ、茶々丸(本当にロボットいるのかよー、しっかし現代の技術で、ここまで高度なの作れるのか?)」

千雨の常識が、少しずつ壊されてきた時、茶々丸が立ち上がり、

「私は、飲み物とスープをとってきます」

「んじゃあ、私も手伝う(こいつに任したら、どうなる事か)」

横島も腰を上げ、自分の分をとりに行こうとしたが、

「横島さんは、座っててください。私がとって来ますので」

「そう、じゃあコーヒーお願い。ミルクとシロップも」

「はい、少々お待ちください」

ドリンクバーに向かった二人は、自分の飲みものとスープを選び終え、横島の分を入れようとしている茶々丸に、
千雨があることに気づいた。

「…おい待て。何でコーラに、ガムシロップとミルクを入れてるんだ?」

「横島さんの注文は、ネタ振りです」

あまりにも、きっぱりと言ったため、一瞬千雨は信じかけたが、

「いやいや、そんな訳ないだろ。芸人じゃあねえんだから。ちょっとそれ寄こせ」

千雨が手を伸ばし、茶々丸からコップを奪おうとしたが、茶々丸が横に一歩動きかわした。千雨は、
避けられた事に少しムカつき、

「いいから寄こせ」

今度は、両手を出しとろうとしたが、千雨の手は空を掴むばかりで、茶々丸を捉えることができなかった。

「甘いです。千雨さんの動きでは、私に触れる事は出来ません」

「くっ」

手だけでなく、足を動かし位置を変え奪おうとするが、それでも茶々丸に届く事はなかった。しかし、
千雨が動いているために、近くを通った女性にぶつかり、千雨はよろめいた。

「おっと、ゴメンね」

千雨とぶつかった客は、謝ると直ぐ立ち去ろうとしたが、茶々丸のほうを向くと動きを止めた。何故なら、
茶々丸の顔にコーラがかかり、服にもかかっていたためだ。

「うわ、本当にすみません」

「ああ、気にしないでください。こちらが動いてたためにぶつかったんで」

女性は、本当に申し訳なさそうに頭を下げ、自分の席に戻っていった。

「あー、茶々丸スマン。とりあえづ化粧室に行くぞ」

「はい。…ちなみにコレが、三角関係の縺れによる、争いですか?」

「いや、全く違うから」

疲れた千雨が、茶々丸を化粧室に連れて行った。

茶々丸にコーラがかかってしまったのは、千雨が女性とぶつかったために、茶々丸の予測よりも、一歩深く踏み込まれ、
更に手をバタつかせた為に、茶々丸の持つコップを下から、弾いてしまった。コップから飛び出した中身を避けれず、
かかってしまった。

「顔は拭けばいいけど、服はどうするか?」

「大丈夫です。こんな事もあろうかと、かえの服を持っているので、着替えてきます」

「ふーん、用意がいいんだな。じゃあさっさと、着替えてきな。待っててやるから」

「はい、少々お待ちください」


その頃、横島はと言うと、

「…遅いな、2人とも。俺置いて帰ったとか…さすがにそれはないよな…」

2人の戻りが遅いために、ちょっと不安になっていた。


そして、アキラと朝倉は、

「…朝倉、プレゼントってどんなもの買えばいいのかな?」

(どうやったら、大河内に大精霊を着せれるかしら。うーん、困った)

アキラの質問は、考え事に集中している朝倉に、華麗にスルーされた。

「朝倉、聞いてる」

「へっ、何を?」

「だからプレゼント」

「ああ~プレゼントね~(その手があった)」

朝倉は、アキラに笑い顔が見られないよう、前に出て自分の案を口に出した。

「ふっふふ、とてもいい案があるわ」

「なに」

「あんたが、大精霊チラメイドを着て『プレゼントは私』って言えばいいのよ」

すばらしくアホな事を、言い終えた朝倉は振り返ると、そこには誰もいなかった。

「…アレ?大河内何処行った~」

前方にいないことを確かめ、左右を見てもアキラは居らず、後ろを見ようとした朝倉の頭頂部に、誰かの手が置かれた。

「ん、大河内かい?(…あれ、う、動かないな~)」

朝倉は、必死になって頭を動かそうとしても、全く動かす事が出来なかった。更に前に動こうとしても、動けなかった。
そして、後ろからもの凄く平坦な声で、話しかけられた。。

「朝倉、手伝ってくれるって言ったよね。それが答えなの?」

「い、いやー男の人は好きだと思うよ(じ、地雷踏んだかな~)」

「……」

無言のアキラが、更に力を込めた。朝倉の頭から『ミシミシ』と音が聞こえた。

「いった~~(何か、身体が浮いてきた~)か、考える、新しい案考えるから、時間を少し頂戴」

その言葉を信じたアキラは、少し力は抜き、再び声を発した。

「次に、変なこと言ったら、本気で握るから」

「…(あ、あれで本気じゃあないの。ま、まずい、本気で考えなきゃ)」

朝倉は、必死になり考えたが、恐怖から思考が働かず、何も浮かばなかった。

「…まだ」

「も、もうちょっと待って(は、早く何か考えなきゃ)」

身体が震えだした朝倉は、必死になりまわりを見て、何かないか探しだした。そして、ファミレスでボケッとしている、
横島を見つけた。

「じゃ、じゃあ、本人にほしいもの聞こう」

「横島さんが、何処にいるかなんて知らない」

「あ、あそこ、あそこにいるから」

朝倉が、震える手でファミレスを指差したので、アキラも視線をそちらに向け、横島を視界に捉えた。

「…あっ、本当だ」

見つけた瞬間、朝倉を固定していた手を離し、少し笑顔を浮かべた。

「行こ、朝倉。ご飯奢るの、あそこでいいね」

「う、うん、行こうか~(こ、この子は、怒らせすぎたらだめだ)」

少しアキラと、距離をとりだした朝倉は、アキラを怒らせないように、大精霊をどうやって着せるか、考え出した。



[14161] デート?(終了)
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/01 22:20
「…変えの服ってそれかよ」

個室から出てきた茶々丸を見た、千雨は一度眼鏡をとり、瞼をもみもう一度見たが、やはり見間違いではなかった。

「似合いませんか?」

「いや、すっげー似合ってるよ(何で、こんな着慣れてんだ?)」

「では問題ありません。横島さんもお待ちでしょうから、戻りましょう」

ゲームショップからここまでの騒ぎで、疲れきってしまった千雨は、もう色々と諦めてしまい、

「…ああ、そうだな(被害に会うのは、横島さんだしいいか)」



「遅いな…本当に、見捨てられたのか?見てくるかな」

飲み物をとりに行った2人が、一向に戻ってこないため、席から立ち上がった時に背後から声をかけられた。

「こんにちはー横島さん」

「こんにちは」

横島が振り返ると、そこには昨夜の騒ぎの中心人物たちがいた。

「おお~こんにちは。昨日は無事に帰れた?タカミチさんに襲われなかった?」

「大丈夫でしたよー高畑先生は、そんな人じゃあないですから」

横島の冗談に、微笑しながら朝倉が答えた。そして、横にいたアキラが一歩前に出て、

「あ、あの、昨日は本当にありがとうございました」

横島の前で、勢いよく頭を下げた。それを見た横島は、顔をニヤケさせた。

(た、谷間が見えてる。眼福眼福)

(ん、横島さん、結構エロイかも。これなら大河内に、服着せれるかな)

横島のニヤケ顔から、本性に気づき始めた朝倉が、よからぬ事を考え出していた。そして、横島が表情を戻し、
ある事に気がつき、

「気にしなくっていいよ。それより、名前言ったけ?」

頭を上げたアキラが、昨夜の事を思い出しながら、

「…言ってないです」

「ああ~やっぱり、横島忠夫って言うんだ。よろしく」

「大河内アキラです。よろしくお願いします」

「朝倉和美で~す。よろしく~」

挨拶を終え、すぐに朝倉が質問を開始した。

「早速ですが、横島さん。メイドってどう思います?」

「…朝倉、何聞いてるの」

いきなりの質問内容に横島は、ポカンとしてしまったが、

「メイドって、お手伝いさんのことだよね?(たしか、六道家にいたような人達の事だよな)」

「そのメイドさん。「お待たせしました、ご主人様」そうそう、丁度こんな感じで言われたくないですか
…てか誰!」

急な声に、慌てて後ろを振り返ると、朝倉の視界には見知った人物達がいた。

「こんにちは、朝倉さん、大河内さん」

「…こんにちは(何で、こいつらいんだ?)」

「こんにちはー(すっごい組み合わせだね~面白そ)」

「こんにちは」

「…遅かったね2人とも、心配したんだけど…茶々丸ちゃん、何その格好は?」

茶々丸の服装が、変わっていたので聞いたのだが、

「ご主人様は無知ですね。これは、メイド服というものです」

「…いやそれは知ってるんだが、…ねえ、俺の質問の方がおかしいのかな?メイド服って私服なの」

横島は、こちらではもしかしたら、コレが普通なのかと思い、他の3人に話を振ると、

「いや、正しい反応だと思いますよー私服で着る人は、中々いないですよ」

「…うん」

「…ああ」

「…とりあえず、座ろうか。邪魔になるから。大河内さんと朝倉さんも、一緒にどう?」

「お邪魔しまーす」

「は、はい」

人数が増えたために、6人掛けの席に移動し、横島は疑問を口にした。

「茶々丸ちゃん、ご主人様って何?」

「横島さんのことですが。それとも旦那様のほうが、よかったですか?」

「普通に、名前で呼んでくれ。お願いだから」

「そうですか、おかしいですね。男性は、ご主人様と呼ばれると嬉しいと、教わったんですが」

千雨が、頭を撫でられたときの事思い出した。そして、アキラと朝倉がいたので、言葉使いに
気をつけながら、

「茶々丸、そのことを教えたのも、超ですか?」

「いえ違います、これは葉加瀬に聞きました。千雨さん、言葉使いが変ですよ。どうかしましか?」

「…いつも長谷川は、こんな風だったと思うけど?」

アキラは、あまり千雨とは関わりがなかったが、いつも敬語で話すと記憶していた。

「そうですよ(このロボ娘!余計な事ばかり、喋りやがって)」

これ以上会話が進むと、千雨の喋り方が、ばれそうだと思った横島が、話を変えるため口を開いた。

「そういえば、2人は買い物でもしてたの?」

「…(まずい、バレたら変な子に思われる)」

「そうですよー(まだ教えるのは、早いかな~もう少し熟成させたほうが、面白そだわ)」

横島の発言に、アキラは手に持っている物を思い出し、固まり冷や汗をかいた。一方朝倉は微笑を浮かべながら、
時期尚早と思い、横で固まっているアキラの変わりに、

「実はですね、大河内が昨日の事で、横島さんにお礼がしたいらしく、何かほしい物とか、してもらいたい事はないですか?」

横島は一瞬、じゃあ体でといつものボケを、かまそうとしたのだが、アキラが中学生と言う事を思い出しやめた。
そして、何よりアキラの目がとても純粋に、御礼をしたいと語っていたため、横島の心に響いたのが主な理由であった。

「う、う~ん(そ、そんな、キレイな目で見つめないでくれ~お、俺の邪な心には、眩しすぎる~)」

この男は正面からお礼を言われるのに、慣れていないから耐性がないのかもしれない。

「何かないしょうか」

真っ直ぐに、横島の目を見ながら尋ねていた。その真摯な行動が、横島の琴線にふれた。

(く~今までの俺の人生で、ここまで感謝された事があっただろうか、いやない。ええ子やなぁ)

横島が感動にうち震えているとき、他の3人はと言うと、

「ふがふが(何をなさいます、千雨さん)」

「茶々丸は、喋らないほうがいいと思いまして(どうせ、くだらねー事を言うに、決まってるからな。
大河内、コレは貸しにしといてやる)」

茶々丸の口を必死になって、塞いでいる千雨がいた。

「あんた達、仲いいだね。クラスじゃあ、一緒にいるのも見た事ないのに」

「…(こいつ、目が腐ってんのか?何処が仲良く見えるんだ)」

「ふが、ふが(はい、親友です)」

こちらは置いといて、横島たちの方は、

「その言葉だけで十分だよ。ほら、昨日のは仕事だから、気にせんでいいよ」

「…横島さんは、仕事じゃあなかったら、助けてくれなかったんですか?」

横島は、アキラが気にしないように、軽い対応をしたが、それが裏目に出てしまった。アキラは、
悲しそうに顔をうつむけてしまった。その反応に横島は慌てながら、

「そんな事ない、仕事でなくても助けた(美少女だし!)。でも、俺が君のほうに言ったのは偶然で、
タカミチさんが駆けつけても、おかしくなかったよ?」

「…でも、私を助けてくれたのは、横島さんですよ」

またもや、横島の目を見つめながら、語りかけた。横島は、もう黙るしかなかった。

「…何かないですか?」

「えっと、今のところないから、今度何か考えてくって事で…ダメ?」

「…わかりました、考えて置いてください」

「おう」

横島は、満面の笑みを浮かべながら、返事をした。それを見た、アキラも自然に微笑んでいた。
その光景を、茶々丸の口を塞ぎながら見ていた千雨が、

(くっそ、何かむかつく。いっそ茶々丸を、解き放つか?)

ちょっと、物騒な考えをしだしていた。そして、今まで、アキラを怒らせると拙い事を、身をもって
体験していたために、眺めるに留めていた朝倉が行動を開始した。

「えーと、3人はどういう関係なんですか」

「ああ、偶々知り合ってね。千雨ちゃんは、タカミチさんと一緒にいるときに、紹介されたんだ。
茶々丸ちゃんは…」

千雨との出会いは、ごく簡単に済ますことが出来たが、茶々丸との出会いを語ろうとして、邂逅を思い出し
固まってしまった。まさか、戦闘しましたとは言えないため、

「……(どう説明したらいいんじゃ~)」

「「「?」」」

他の3人は、横島が口を閉ざした事を、不思議に思い眺めていた。横島が、いろいろと考えていると、茶々丸が、

「では、私から説明いたします。簡単にいいますと、私がエサをあげている猫を、助けていただいたのです。
その時、一悶着ありましたが、それは関係ないので、省かせていただきます」

そして茶々丸は、今日その猫を連れて行った病院に、行くために約束していた事を伝えた。横島も、
普段ならこの程度思いつくのだが、茶々丸との思い出はインパクトが強すぎて、頭が廻らなかった。

「千雨さんとは、今日偶然出会いまして、一緒にいます」

「…(横島さんは、優しい人なんだ。それにクラスでもあまり、話しているのを見ない、
絡繰さんや長谷川さんとも仲がいいみたいだし)」

その説明に、ほとんど納得したが、気になるになる事があった朝倉が、

「千雨ちゃんは、1人で何してたの?」

「…(こっちに話題振るなよ。お前にバレるのが、一番拙いんだからよ!)」

千雨の、知られたくないという、思いとは裏腹に、茶々丸が回答を口にした。

「ゲームを買っていました。内容は、ロボット同士の戦闘物だそうです」

茶々丸が、話し終わった瞬間、千雨はテーブルに顔を打ち付けていた。

(千雨ちゃんは、体張ったリアクションをするんだな~)

横島が、千雨の動きに感心していると、朝倉が軽く、

「なーんだ、そんな事してたんだ。もっと何か、面白い事を期待してたのに」

「へっ」

朝倉の、声を聞いたとき、千雨は間抜け面をしたまま、顔を上げた。実際にバレて、拙い事ではないので、
気にするような事ではない。ゲームなんて、誰でもする機会があるのだから。それにコスプレイヤーがバレた
訳ではないのだし。コスプレも、千雨のクラスでは知られても、問題はないと思われる。可愛い服や興味がある服なら
、自分から着せてといいそうな、面子ばかり何のだから。

「面白い顔してるよ~千雨ちゃん。うちのクラスにだって、ゲームする子はいるし、横島さんだってするでしょ?」

「俺も、そのゲームは知ってると思うよ」

(横島さんも、知ってるんだ。今度、長谷川さんとやってみようかな)

(た、助かった~)

この事より、このクラスの何名かにこのゲームが広がっていった。例を挙げるなら、
おじさま好きの少女やショタコン少女などが上がる。

「ゼンガー少佐、カイ少佐、素敵すぎる~~」

「もっと、男の子の活躍が多ければ、すばらしいですのに」


ファミレスでの、出来事はそれぐらいで、他にあった事といえば、またもや茶々丸が『アーン』をやり、
横島が恥ずかしがり、それを見ていた2人が呆然とし、1人は写真を撮っていた。

ファミレスを出て、猫を迎えに行くため、病院に向かっていた。関係ない3名も、ついていく事にしていた。
そして朝倉が、前を見ながら横の、アキラに小声で話しかけた。

「ほら、大河内も負けずに、腕をとりなよ」

「…む、無理、あんなの出来ない」

アキラ達の少し前では、腕を組んだ横島と茶々丸がいた。昼食前には、千雨も組んでいたのだが、

(茶々丸の奴、よくクラスの奴の前で組めるな。私には、無理だ)

さすがに、クラスメートの前で組むのには抵抗があったために、今はアキラたちと並んで歩いている。

(大河内も何言ってるのよーお姫様抱っこしたんだから、腕組むのも軽いでしょうよ
…怖いから言わないけど)

(周囲の視線がいたい。だ、誰か喋ってくれ~)

そう横島は周囲から、とても注目されていた。それはそうだ、横には腕を組んだメイドがおり、
その少し後ろには3人もの、少女が歩いているのだから、特に男からの視線が尋常ではなかった。
そして、横島の願いが通じたのか、口を開くものが現れた。

「茶々丸、少しいですか?」

「何でしょう、千雨さん」

茶々丸の、了解が確認できたので、

「茶々丸が、作られったのは何処ですか?」

茶々丸が、ロボットと知ってから、千雨が気になっていることであった。現代の技術で、ここまで
完成度の高いロボットを、何処で作ったのかが。しかし、問いかけた千雨も教えてくれるとは、思っておらず、

(どうせ、極秘とかなんだろうな)

と思っていたが、茶々丸はあっさりと答えた。

「麻帆良学園大学部です。超とハカセ、それにもう1人が主要な方達です」

「はっ?どっかの企業じゃあ無くて、ここの大学部でか?しかも何か、お前はクラスメートが
メインスタッフで作られたのか?」

「そうですが、何か?」

「ふざけるな、なんで中学生に作る事が出来るんだよ!(ちくしょ、なら秘密ですって、
言ってほしかった。…私の常識って何だろう)」

「へ~あの2人って、そんなに凄かったんだ。今度インタビューしてみようかな」

「テメーも、簡単に納得してんじゃね~大河内も何か言え!」

朝倉の反応が、気に食わなかった千雨は、傍観していたアキラに話を振ると、不思議そうな顔をした
アキラが、千雨に向かって、

「長谷川さん…言葉が荒くなってるよ?」

「そっちに反応してんじゃね~」

アキラも、あてにならないと知った千雨は、最後の希望となる人物に向かって、期待のまなざしを向けた。

「茶々丸ちゃん。君は…」

(そうだ、行け横島さん!)

「親と同級生なの?母親2人に、最後の1人が父親?」

千雨は、前のめりに倒れた。

(疑問を抱くとこは、そこじゃあないだろ!)

「そうなります。3名とも女性なので、全員母親になります」

(くっそ~疑問に思うのは、私だけなのか!何だこの疎外感は、でも負けるか!)

普通に過ごして行きたいと、思っている千雨は、自分だけでもこの状況に、侵食されない事を誓った。
…何時まで持つ事やら。


動物病院にて、子猫を受け取るときに医師から、

「では、食事の時にこの薬を、混ぜてください。それと、まだ完治まで時間がかかるので、
外に出さないでください」

「はいっす(どうするかな、こいつ野良だし)」

外で待っていた、少女達に猫を渡すと、

「結構かわいいじゃん」

「…うん」

かなり好評であった。猫を被るのをあきらめた千雨と、アキラが猫を可愛がっているのを尻目に、茶々丸に医師からの話を伝え、

「どうしようか?茶々丸ちゃんは飼えないの?」

「うちでは少し問題がありまして(マスターが、嫌がるでしょうから)」

「そっか」

横島が、3人に目を向けると、話を聞いていたのか、3人とも首を振った。

「私達は寮で生活してるからねー厳しいと思うよ」

実際には先の事になるが、オコジョを飼う者が出てくるので、猫を飼うくらいなら問題ないと、
思われるのだが知るよしもない。そして女性陣から、一斉に視線が集中しだした横島は、

「うっ、一様アパートはペット可なんだが…」

それを聞いた茶々丸が、横島の手を両手で掴み、向き合いながら、

「お願いします、横島さんこの子を、飼ってあげてください」

頭を下げ、握っている手が茶々丸の額に当たった。他の3人からも期待の目で見られた横島は、後退りながら、

「か、飼ってもいいだけど、エサとかどうしていいかわからないんだよな~それに、仕事が夕らからだから、
エサあげれない時があるかもしれないよ?」

「問題ありません。横島さんがいないときは、私があげに行きますので」

そこまで言うなら、横島も問題ないと判断し、

「じゃあ、まあ飼うか(今は、収入も安定しそうだからな、こいつ一匹くらい問題ないか)」

「ありがとうございます。千雨さん達も、暇な時は手伝ってくれませんか?」

「ん、まあ構わないぞ(こいつ、すっごい人懐こいな…かわいいなーちくしょー)」

「…うん」

「暇なときね」

千雨が、意外に素直に応じたのは、猫に魅了され、逃げずに触れるのがポイントが高かった。
アキラは、小動物がすきなのと、横島を手助けできることから。朝倉はもちろん、ネタになりそうなため。

「では、必要なものを買って、横島さんのアパートに案内してください」

「はいよ」

こうして、茶々丸達のアパート訪問が決定した。横島は、自宅の部屋にエロ本が転がっている事を、
すっかり忘れているのであった。



[14161] はじめての自宅訪問
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/14 00:04
横島は、バンダナを買うのを諦め、猫のエサとトイレや必要な物を購入し、少女達を自宅に案内した。

「ここが、俺のアパート。まあ~何もないけど、どうぞどうぞ~(ワ、ワイの部屋に美少女が~…はっ、
こ、これはもしや夢じゃあないよな?)」

部屋に行くため、階段を上ってる途中で横島が、夢か確かめるために、急に手摺に向かい頭突きをし開始した。
茶々丸以外の少女達が、急な奇行に固まってしまったが、アキラがいち早く硬直から解け、

「きゅ、急にどうしたんですか!?」

なおも頭突きを続けている、横島の額から血が出てきたが、変にトリップしているのか、

「…(くっそ~全く痛くない、この子等はワイの妄想の産物なんか~)」

「大河内、押さえ付けるぞ、手伝え!」

「うん」

千雨も復活し、アキラと共に横島を両側から、押さえ付けにかかった。横島の二の腕を、胸に抱えるように押さえつけると、
暴れる横島が急に大人しくなり、手摺から引き離す事に成功した。

「…大丈夫ですか?」

「お、落ち着いたか?」

二人の質問に答える事も無く、顔を少し俯かせている横島の顎先から、血が垂れていた。もちろん、
額の傷ではなく鼻血であるが、周囲からは額から垂れているように見えている。

「…(や、柔らかい。ゆ、夢にしては、リアルだ!げ、現実か?)」

「横島さん、変な行動は控えてください。茶々がビックリしています」

「…ああ、スマン。スマンついでに茶々丸ちゃん、ちょっと思いっきり殴ってくれ」

「変わった趣味ですね?」

「趣味ちゃうわ!確認したいだけじゃ!」

「良くわかりませんが、わかりました。千雨さん、この子を」

「ああ」

不本意ながら、横島の願いを叶える為に、抱いていた茶々を千雨に預けた。そして横島の前に立ち、
横島の願い通り全力で腹部を殴った。

ドスッ

「ぐは(い、痛い、夢じゃあない!しっかし、かなり強烈だ)」

横島の誤算は一つ、殴って貰う相手に、茶々丸を選んだことである。彼女の打撃力は相当高く、
横島に痛みを与える事に成功した。普通ならここで終わるのだが、茶々丸の打撃は一撃で終わらず、腹部を殴った後、
崩れ落ちる横島の横顔に向かって、切り裂くようなフックを決め、

スパン

横島の首が限界まで回り、顔が戻ってきた瞬間に、腹部を殴った腕を一瞬力を蓄えるために引き、
天に向けはなった。

バキ!

横島は、見事なコンビネーションブローを貰い、最後のアッパーによりその場で、半回転して
頭から地面に落ちた。

メチャ

「「「…(…死んだかも)」」」

見ていた者達の考えがシンクロした。みんなドン引きである。そして、惨劇を作った張本人は、
倒れ伏した横島に向かい、

「これでよろしいですか、横島さん?」

横島は、頭から血を流しながら、力が入らない体に鞭打ち、上半身を持ち上げながら、

「…よ、宜しくないわ~殴れって言ったら、普通一発に決まってるやろ!?」

「「「生きてた!」」」

「制限が無かったので、KOするまで殴ってみました」

「くっ、ワイが悪いんか~~」

横島の慟哭に、答えるものはいなかった。茶々丸は、預けていた茶々を受け取っており、
他の3名は、これ以上この事に関わりたくないため、茶々丸の周りに集まり、子猫を撫でたり、写真を撮っていた。

「子猫だから、肉級も柔らかいな」

「いいな、長谷川。私にも触らせて」

「たまには、こういうのを撮るのもいいね~」

「…シカトかい」

少女達に、無視され哀愁が漂いだした横島に、

「横島さん、そろそろ部屋に案内してください」

「…はい」

茶々丸の心無い言葉が耳に入り、項垂れながらも、何とか返事を返した。


少女達を、部屋に招きいれた横島は、顔の血を洗い流すために、洗面所に向かう事にした。

「ちょっと、顔洗ってくるから、先に行っといて。荷物はそこに置いといていいよ、後で俺が運ぶから~」

「はい、では先に行っていますから、お早く」

「はいよ」


先に部屋に入った、少女達は、

「本当に何にも無い部屋だね」

「…うん」

「引っ越してきたばかりらしいからな」

「「へー」」

茶々丸が子猫を放すと、千雨と朝倉は猫と戯れ始めた。アキラはと言うと、暇そうに周りを見回していた。
すると、床に一冊の雑誌が落ちているのに気がついた。雑誌に近づくと、裏表紙になっているために、
雑誌名はわからなかったが、何の気もなしに拾い上げ、

(暇だから、コレでも読んでよ)

雑誌を広げ、パラパラっと捲ると、Hな本であった。アキラは、はじめて見る18禁本を手にしたまま、
顔を真っ赤に染め、目をそらす事も出来ずに、本を開いたまま固まってしまった。

「…(はっ、閉じなきゃ)」

アキラは、周囲に気づかれる前に、本を閉じようとしたが既にとき遅く、背後から声をかけられた。

「珍しい本をお持ちですね。私達の年齢では、買えない物ですが?」

「きゃ『ビリ』」

「見事に真っ二つにしましたね」

急に声をかけられたために、驚きのあまり両手に力を込めてしまい、本を2分割にしてしまった。
騒ぎに気づいた、千雨と朝倉が近寄り、

「どうしたの」

「大河内、何持ってんだ?」

2人とも、アキラが持っているものが気になり、固まっているアキラの手から、前編・後編に分かれた本を取り、
内容を確かめると、どのようなものか気がついた。

「ふ~ん」

「げっ」

対照的な反応であった。苦笑しながら、ページを捲る朝倉と、アキラと同じように、
顔を真っ赤にする千雨がいた。そして茶々丸が、頷きながら、

「大河内さんは、むっつりだったのですね」

「…ち、違う。わ、私のじゃあないから」

「犯人は、そう言うのが相場です」

「は、犯人じゃあない…」

顔を赤らめたまま、首を振っていると、部屋の入り口が開き、

「ふ~やっと汚れが落ちた~」

とうとうエロ本の持ち主が現れた。荷物を部屋の端に置き、周囲を見ると少女達から漂う空気が、
おかしいことに気づいた。

「? どうし…げっ、そ、それは…」

朝倉は、持っているものを、横島に表紙が見えるように体の正面に持ってきた。彼女は、
笑いを隠そうとしているが、口の端が上がっていた。朝倉から目を逸らすと、今度は顔を赤くした、
千雨が視界に入ってきた。千雨が何かを持っている事に気づき、注意を払い何かわかると、頬を両手で押さえながら、

「N~~o~~まだ読んでないのに!」

「それは残念な事です」

茶々丸が、至極どうでもよさそうに答えながら、部屋の隅で猫用品を開けていった。
そして、横島の叫び声に反応する者が、もう1人現れた。

「す、すみません。す、直ぐに新しい本を買ってくるから」

「あ、そう、ありが…だ、駄目! stop~」

本を破った負い目と、気の動転から、新品を買って来る決心がついたアキラであった。その発言に、
一瞬ラッキーと思った横島であったが、女子中学生にエロ本を買わせるのは、さすがにマズイと思い止めようとした。
しかし既にアキラは、財布を手に玄関で靴を履いている最中であった。

「出てっちゃ駄目!」

瞬時にアキラに近づき、彼女の腰に抱きついたが、彼女は全く気にすることなく、玄関の扉を開け
横島を引き吊りながら、出て行こうとした。

「な、何ちゅう力や~こなくそ」

横島は、扉に両足をかけ全力で踏ん張った。その努力の甲斐もあり、アキラの行進を止めることができた。

「…離してください、買いに行けません」

「いい、買いに行かなくていいから~落ち着いて!」

「楽しそうだね横島さん、ハイチーズ」

横島の後ろで、満面の笑みを浮かべた朝倉が、写真を撮っていた。

「写真撮ってる暇があるんなら、止めるの手伝わんかい!」

その後、近づいてきた千雨が、顔を赤くし落ち着き無く、

「…大河内、ほ、本当に…そ、その…エ、エロ本を買ってくるのか?」

「うっ」

その他にも、何所で買うのかや、店員が男性だったらどうするかなどを、問わる事により、
冷静さを取り戻すのに成功した。アキラは、困った表情を浮かべ、腰にしがみ付いたまま重石になっている横島を
、首を曲げて視界に納めると、

「そ、その、やっぱり買えないです。ごめんなさい」

アキラが、諦めてくれた事にホッとした横島が、扉からやっと足をはずす事ができた。

「はっはは~あんなん気にしなくていい(こんないい子に、エロ本買わすって、ワイはどんな変態じゃ~)」

「で、でも、お、男の人には必要な物と聞いたけど?」

「い、いや、あ、あんな物必要ないぞ!」

「そうなんだ…」

強がり言う、横島であった。そして、一段落したところに不機嫌な声が、その場に響いた、

「ああ横島さん、何時まで引っ付いてるんだ?」

瞬く間に、アキラから離れると、勢いよく何度も頭を下げながら、

「ご、ごめん!?」

「い、いえ」

顔を先程とは違う、恥ずかしさから顔を赤くし俯くアキラを、また朝倉が激写していた。

「おい、さっさと戻るぞ」

「おお」

「うん…」

ドスドスと足音を立てながら、茶々丸たちの部屋に戻っていく千雨と、苦笑しながら直ぐ後ろに続く朝倉を、
2人は慌てて追いかけていった。

部屋に戻ると、茶々丸が中央で正座しており、

「遅かったですね。茶々は、疲れたのか寝てしまいました」

彼女の膝の上で、丸くなり寝ている茶々がいた。茶々丸が無表情ながら、慈しむ様に猫を撫でる姿を見た4人は、
自然に微笑み穏やかな雰囲気に包まれた。

「いいな」

「ああ」

アキラと千雨は、今度は自分の膝に乗せようと、心に決めた。横島が、見惚れていると、

「申し訳ありません、そろそろ帰らないといけないので、 横島さん交代してください」

「ああ、いいぞ」

横島は、茶々丸の横に腰を下ろし、胡坐をかいた。そして、茶々を起こさないように、そっと持ち上げ、
自分の足の上に乗せた。横島と、入れ替わりに立ち上がった、茶々丸が、

「では、失礼します。また今度来ます」

「そろそろ、いい時間だから、私達も帰ろっか」

「…うん、また来ます」

「ああ、横島さん、またな」

「気をつけて帰れよ」

茶々丸に続いて、他の子達も、帰ることになった。横島に簡単な挨拶をして、それぞれ茶々を撫でてから出て行った。


4人で歩く帰り道、千雨が今日の出来事を思い出していると、

(…くっ、碌な事がなかったな、ほとんどボケロボのせいじゃねえか。何か仕返ししたいなー…そうだ!)

何か思いついたのか、3人に気づかれないように、悪い笑みを浮かべていた。
そして、普段の表情に戻した千雨が、歩きながら、

「なあ、茶々丸?」

「何でしょう」

「超と葉加瀬の2人が母親なんだよな?」

「正確にはもう1人いますが、そうです」

「じゃあそいつらに、今度『母さん』とか言ってみろよ」

「構いませんが、何故ですか?」

「気にすんな、きっと面白いぞ」

「そうですか」

そして、しばらく雑談しながら歩き、交差点にかかると、

「では私はこちらなので、失礼します」

茶々丸が、帰ろうとすると、

「…ちっと待て。携帯出せ」

「何故ですか?」

「番号交換に決まってんだろうが」

「あっ、私もする~」

「…私も」

全員が番号交換をすると、今度こそ挨拶をして、別れて行った。

「さて、今日の夕飯どうするかな」

「良かったら、食べに来る?」

「いいのか?」

「うん…ゆーなもいるけどいい」

「…ああ(もう、いいか)」

どうやら、もう猫を被るのは諦めたようである。どうせ、気にしない奴らと認識したのが、大きいようだ。

「大河内~私もいい?」

「変な事言わないなら、いいよ」

「言わない、言わない」

そんな他愛無い会話を、続けながら帰路についた。


「ただいま戻りました」

ログハウスに入り、帰った事を伝えると、

「遅かったな、茶々丸。早く夕飯を作れ」

茶々丸は、帰り道に千雨に言われた事を思い出し、

「はい、お母様。直ぐ作ります」

「ああ」

エヴァンジェリンは、普段通りの反応であったため、

(特に変化はありませんでした。早く夕飯の支度をしなければ)

茶々丸が、台所に消えると、

「…はっ?」

一拍遅れて頭上に?マークを浮かべた、エヴァンジェリンの姿があった。

(今間違いなく、『お母様』とか言ったよな…)

エヴァンジェリンは、何か考え事をしだし、小声でブツブツと独り言を言い出した。

「…そうか…つに、…印されて…15年前…おかしくな…」

考え事は、長い事続けられ、茶々丸に呼ばれるまで思索に耽っていた。食事中も上の空のままで、
食べているのに気づいているかも、怪しい状態であった。食事が終わると、遂にエヴァンジェリンが行動を開始した。

「ちゃ、茶々丸、そ、その、か、帰ってきたときだが、な、何と言ってたかな?」

もの凄い動揺していた。そして茶々丸が、帰った時の事を思いだし、

「『ただいま戻りました』ですが?」

「そ、その後だ」

「『はい、お母様。直ぐ作ります』です」

茶々丸の答えを聞いた瞬間、エヴァンジェリンは自分の体に電流が走るのを感じた。
そして、しみじみと茶々丸を見つめながら、

(お、お母様…いい!15年前に、ナギを手に入れることができていれば、茶々丸くらいの子供がいても
可笑しくないんだ!)

エヴァンジェリンの脳裏に、草原で遊ぶ茶々丸(外見年齢何故か5歳程度・満面の笑みを浮かべている・継ぎ目なし)を、
ナギに肩を抱かれているエヴァンジェリン(大人Ver)が、遊ぶ茶々丸を見て両者が微笑んでいる光景を妄想し、
ニヤケ面になっていた。

急に微笑みだした、エヴァンジェリンを不思議に思ったのか、

「どうかしましたか?マスター」

茶々丸の『マスター』発言に、現実に戻ったエヴァンジェリンが、茶々丸に詰め寄り、

「ちゃ、茶々丸や、こ、これからは、ひ、人がいないときは、私の事を『母』と呼べ」

「…はい」

エヴァンジェリンの、迫力に後ずさりながらも、何とか返事を返すのであった。

「さあ、もう一度言ってみるのだ」

「はい、お母様」

エヴァンジェリンが、天にも昇る気持ちでいたが、次の茶々丸の独り言が聞こえた瞬間、

「今度、超とハカセにも『母』と言ってみましょう」

一気に不機嫌になり、まくしたてた。

「な、ならんぞ、茶々丸。いいか、私以外を『母』と呼んではならん!」

「…何故ですか? あの2人も、私の母と呼べると思うのですが」

「だ、駄目なものは、駄目なんだ!」

単なるやきもちと、母と呼ばれる優越感を、独占したいだけであった。

「わかりました(これが、千雨さんの言っていた、面白い事なんでしょうか?)」

その言葉に安心した、エヴァンジェリンは、

「なら良い。…茶々丸、夕飯はまだか?」

「…お母様、さきほど食べられましたが」

「そ、そうだったか」

考え事に夢中になっていたため、すっかり忘れていたのである。そして、

(…そうだ、ナギが茶々丸の父親だった事にするか。じじいを脅せば、それぐらい捏造出来るだろう。
そ、そうなればもちろん、は、母親は私なのだから…あいつと私は夫婦と言うことに~~)

物騒な事を考え出し、床を転げまわりだしたエヴァンジェリンを見て、茶々丸がオロオロしだし、

(お母様も年ですから、脳に異常が発生したかもしれません。明日から、脳にいい物を作りましょう)

心配しているが、結構失礼な内容であった。たしかに、異常があると言えるが、さして問題ないことであるのだが、
茶々丸にわかる事ではなかった。

後日、学園長が金髪の悪魔に襲撃されるが、何とか自分の身を犠牲に、偽造書類を作成させることを阻止するのであった。
もちろん一度で諦める訳が無く、虎視眈々と機会を窺う少女がいた。書類作成に成功した暁には、
茶々丸に弟(兄?)が出来るのだが、どうなる事やら。

当初は、千雨のちょっとした悪戯心からの発言であった。茶々丸に『母』と言われ、慌てる様を見たかっただけである。
しかし、自体は彼女の予想を大きく上回り、エヴァンジェリンがその呼び方を、気に入ってしまったのである。
そして、千雨は一向に茶々丸が、『母』と言わないので不思議に思ったのだが、それは別の話である。


その頃横島は、

「ちゃ、茶々~そろそろ起きてくれ、腹減ったし足痺れた~」

未だに、横島の足の上で眠りこける茶々を、どかす事も出来ずにいた。そっと退かせばいいのだが、
心優しい横島であった。



[14161] 動き出した主人
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/02/22 21:48
こちらの世界に来て初めての日曜は、大学部から届いた家電を運び込み、溜まっていた洗物をする事で、午前が潰れてしまった。
洗濯機を回したまま、遅めの昼食を買うためコンビニに出かけていった。昼食を買いアパートに戻ると、何故かベランダに
洗濯物が干されていた。

(? 鍵は、掛けたよな?…まさか泥棒か!まずったな~携帯は部屋だしな~…まっいいか)

何処の泥棒が、親切にも洗濯物を干してくれるのか謎である。そして、盗まれる物はほとんど無く、現金も全額持っていたので、
安心して部屋に戻ろうとして、気づいた。

(はっ、部屋には、茶々がいた!もし何かあったら、シバかれる~~)

あえて、誰とは言及しないで置こう。それにもし、茶々に何かあっても、シバかれることは無いだろう。ただ、軽蔑の目を向けられたり、
小言を言われて、精神的にきつくなるだけである。まあこの男は、肉体面は強いのだが、精神的に追い詰められると、脆い所がある。
よって、精神面で圧力をかけられるほうが、ダメージが大きくなるために、シバかれたほうが幸せかもしれないのだが、
気づくはずもなかった。

茶々の存在に気づいた横島は、すぐさま駆け出して行った。階段を、6段抜かしで駆け上るという、常人にはキツイ行動を披露し、
瞬時にアパートのドアの前にたどり着いた。鍵を調べ、中の気配を探るように、ドアに顔を近づけた。

(開いている…しかも、中に誰かいる…)

気を張り詰めながら慎重にドアを開け、物音を立てないように、中を進んでいった。この時、全く物音を立てずに、
進むさまはさすがである。日々、覗きで鍛えられた技能はまさに、巧みであった。

(ここに、いるな)

閉じられたドアの向こうから、複数の気配を感じた横島は、相手の虚をつくため、部屋に突入する事を決めた。

ドアを勢いよく開け、中の人物に飛び掛ろうとした横島は、ドアを開けたまま、気の抜けた顔をさらけ出した。

なぜなら部屋の中には、茶々を太ももに乗せ、昼食を食べている千雨と、3台の携帯電話を操作している茶々丸がいた。

「もぐもぐ…こんにちは、お邪魔してます。茶々、駄目だって怒られるから…私が」

茶々が、顔を上に向け必死に千雨を見つめていた。正確には、千雨が手に持つ箸をだが。一度そのかわいらしい姿に、
陥落した千雨が少量与えようとしたが、人が食べるものは猫の健康にあまり良くないため、茶々丸に怒られた。

「おかえりなさい、横島さん。横島さんもどうぞ」

茶々丸は、手に持っていた携帯電話を一度置き、横島の分もご飯をよそいだした。その姿は、他の者が見たら新妻のように見えたかもしれない。
しかし横島は、顔に疑問符を浮かべながら、

「…まあ、千雨ちゃんが飯を食ってるのはいいとしよう。茶々丸ちゃんが、携帯いじってるのも別に構わん。
でも、鍵のかかった部屋にどうやって入ったの?」

そう、どんなにかわいらしく見えても。2人は不法侵入者である。茶々丸が、甲斐甲斐しく横島の食事を作り待っていても、
横島には不思議な状況にしか見えなかった。

千雨は、若干顔を引きつらせながら、横島と目をあわせる事も無く、食事に集中しだした。茶々丸は、横島の分の仕度を終え、

「私達に、開けられない扉など無いのです」

「ちょっと待て!私は周りを見てただけだ!」

主犯茶々丸・共犯千雨のようである。


どのような状況であったか説明すると、茶々丸に誘われた千雨(アキラと朝倉も誘われたが、二人とも部活があり来れなかった)が、
2人で横島宅に赴きチャイムを鳴らしても、中からの反応はなく。鍵もかかっていたために、どこかで時間を潰そうと言う千雨に、

「すみませんが、少し周りを見ててください」

「? わかった」

茶々丸の言う通りに、周囲を見始める事数秒、『カチャ』という音が聞こえ、横島が部屋にいたのかと思いながらドアの方に意識を向けると、

「…おい、どうやって開けた…」

「この程度の鍵、針金二本あれば十分です。ご協力ありがとうございました」

「わ、私を犯罪に巻き込むな~」

二本の針金を、胸の前で見せる茶々丸に、千雨の叫びが虚しくあたりに響き渡った。


「ふ、ふ~ん。大変だったね~(千雨ちゃん、大分振り回されてるな~)」

「…ああ」

横島の哀れみを受けた千雨は、床に手を着き力ない返事しか返せなかった。

「横島さんは、本日は警備のお仕事でしょうか?」

「ん、ああ、7時位にココ出るよ」

「では、出る前に茶々にご飯をお願いします。それと、昼食の余りが冷蔵庫に入っているので、夕食にしてください」

「ありがとう、茶々丸ちゃん!」

「それと、仕事の日も教えてください。茶々のご飯のついでに、色々作って冷蔵庫に入れておきますので」

横島は、その言葉に感動し、声も出せなかった。横島の食生活プランは、コンビニや外食に決めていた。それが、茶々丸のおかげで、
週の何日かは手料理が食べられる事になったため、嬉し涙まで見せていた。

「くぅ~やっぱりええ子や~酷い目にもあったけど、優しい子じゃ~」

たしかに、酷い目には合わされている。肉体的にも精神的にも、しかし基本的には心優しい少女なのである…多分。

急に泣き出した横島を、無表情ながらも首を少し傾け見つめていた茶々丸が、

「横島さん、私は人工知能なので感情はないです。そのため、優しいと言うのは、不適切だと思います」

「えっ、そうなの? 茶々丸ちゃんは、優しい子だと思うけどな~それにほら、最初に会ったときは、怒ってなかった?」

はじめて茶々丸と、出会った時のことを思い出すと、横島にたいして彼女は怒りの感情をぶつけられていた。そのため、
この男は茶々丸には感情があると結論付けていた。そして茶々丸も出会った時のメモリを再生させると、

「あの時は、ただ茶々が傷つけられたと認識したら、頭部が熱くなってしまいました」

「何だやっぱり感情あるじゃん。怒の感情があるなら、他の感情だってあると思うぞ。まあ難しい事は分からんが、
そんな事関係なしに、俺は茶々丸ちゃんは優しいと思うよ」

横島が屈託無く笑いかけると、茶々丸には一つの願いができた。

(何故でしょう? この人に私はまた、『優しい』と言われたいです)

この小さな願い事が、『優しい』と言われるたびに茶々丸を苦しめる事になるとは、横島はもちろん本人にも、
予想などできる事ではなかった。


「僭越ながら、アパートの鍵をいただけないでしょうか?」

「? 別に構わないけど、どうして」

急な発言に横島は目を丸くし、不思議そうに尋ねると、

「今日のように、ピッキングで入るにはリスクが高いので」

質問者は、その回答に口をだらしなく開け、唖然としてしまった。たしかに、毎回ピッキングで入っていたら、
そのうち通報され青い制服を着た人に捕まってしまうだろう。以前によく追いかけられていた横島は、
茶々丸が捕まる姿が簡単に想像できた。しかし、リスクが低かったら毎回同じ方法で、入る気であったのだろうか、
謎である。さらに、茶々丸が呟いた。

「私1人なら、窓から入れるのですが」

メイド服を着た少女が、二階にある部屋に窓から侵入するのは、もっと異質である。どのような想像をしても、
捕まる姿しか思い浮かばなかった横島は、急いで合鍵を探し、

「はい、コレ使って正面から入ってくるように!」

「ありがとうございます」

横島から手渡された、鍵を大事そうにポケットにしまった。一方、気づかないうちに、不法侵入を手伝わされた可哀想な少女は、
子猫に元気付けられていた。

「茶々、お前はいい子だなー名前が似たロボ娘とは違うよ」

うなだれている千雨を、鳴き声をあげながら体を擦り付けている、茶々の姿があった。他者からは慰めているように見えた。
最近というかこの2~3日で、千雨の心は鑢に削られる様に、疲弊していった。そんな時に、触れてくる子猫が、
千雨の心にはとても温かかった。そして今度来るときには、お土産にちょっと高めの猫缶を、買うことに決めるのであった。

本日の目的を果たした、茶々丸達は横島と雑談し帰っていった。その会話で、横島が最も歓喜した事は、
横島の携帯に茶々丸と千雨の携帯のデータが、登録された事だったとさ。


そして本日も、タカミチと警備のルート確認を行っていた。前と違い大きな問題もなく、穏やかな雰囲気で歩きながら、

「明日から、バイトだね。場所や時間は大丈夫かい」

「バッチリですよ!」

横島は右手の親指を立てながら、タカミチに大丈夫とアピールした。タカミチは、根本的なことを聞いた。

「何で、バイトをはじめようと思ったんだい」

「さっさと、お金貯め様と思ったんですよ」

「警備の仕事でも、生活には十分だと思うけど?」

「まあ、そうなんですけど~あのジイさんの下で、ずっと扱き使われるのが嫌なんですよ~雇い主が美女だったら、
こんな好条件やめないですよ!」

横島の過去を知っているタカミチは、彼らしい理由に苦笑していた。そして、学園長の元で働く大変さを、
知っている身としては納得するしかなかった。

「じゃあ、やめた後どうするんだい?」

「う~ん、そうですね…会社でも作ってみますか」

やめた後のことは、大して考えていなかったのか、少しの間悩み意外な答えを出した。この男は、元の世界で商才を発揮したため、
意外と悪い案ではない。まあ元の世界では、知り合いに力を借りれたのが、成功に大きくつながったのも事実だ。
知り合いの居ない世界で、成功するかは未知数である。

「ほ~面白いことをしようとするね~どんな会社にするんだい?」

「そうですね~何でも屋でもしようと思います。超常現象からペット探しまで、幅広くやろうかな~」

今まで微笑んでいたタカミチが、少し真面目な表情になた。

「なるほど…何でも依頼していいなら、僕も先にお願いしとこうかな」

「タカミチさんなら、安くしときますよ~」

「ありがとう。僕は出張が多くてね、学園を離れる事が多々あるんだよ。もし僕が、どうしてもその場に居る事ができない状況だった時でいいから
、僕の生徒が危ない事に巻き込まれたら、助けてあげてほしいんだ」

「学園を守ってくれとか、無茶な事言わないんですね?」

「学園が危険になったら、他の魔法使いが動くからね。小競り合いで直ぐに動くのは難しいと思うから、
願いの対象は身近な存在にしておくよ」

「いいですよ(タカミチさんの生徒なら、可愛い子も沢山いそうだしな~)」

タカミチの事が嫌いではないし、色々と親切にしてもらったので、少し不純な考えもあるが、そのお願いを快諾する事にした。

「それで僕は何を払えばいいのかな?」

「まあ~まだ会社設立してないですから、設立した後に決めますよ。作るまでは、サービスでお願い聞いときますよ~」

「本当かい、じゃあお礼に今度、女の子のいる店に連れてってあげるよ」

「まじっすか。嘘だったら泣きますからね!」

一気にテンションを上げた横島を、宥めながら警備のルートを案内していった。


月曜日の午後、はじめてのバイトに出た横島は、販売所の中でみんなの前で挨拶をしていた。

「こんちゃ~す、今日からココでバイトをする横島です。よろしくお願いします」

そして挨拶の終わった横島に、経営者であるおじさんが近づき、話しかけてきた。

「今日は、アスナちゃんに着いて行ってもらいたいんだが、彼女がまだ来ていないから、少し待っててくれ」

「はいっす(名前からして女の子か~可愛い子だといいな~)」

おじさんが、横島に仕事を説明していると、頬をほんのりと染めた神楽坂明日菜が到着した。そして、彼女の後ろには、タカミチがいた。

「こんにちは~すみません遅れてしまって」

「すみません、僕が引き止めてしまったんで」

学校が終わって、直ぐにバイトに行こうとした神楽坂を、横島のバイト初日ということもあり、心配になったタカミチが、
着いて行きたいと言ったためである。走ればもっと早く到着したのだが、タカミチと少しでも長く居たい、恋する乙女が歩いていく事にしたのである。

「タカミチさん、可愛い女の子侍らせおってーデートだな!ちくしょ~見せつけてんだな!羨ましくなんかないぞ~~」

「そ、そんな高畑先生とデートなんて!」

横島が沈み始めた太陽に向かい、タカミチに対しての羨望と、自分がもてない事に対する不満をぶちまけていた。
この男は、二日前に茶々丸とデートをしたり、美少女4名を自宅にあげたことを忘れているのだろうか?

一方タカミチとのデート発言により、顔を真っ赤に染めた明日菜は、頬に両手を沿えイヤンイヤンと体を振っていた。
既に彼女の脳内のバラ色の妄想では、タカミチに様々な場所(船上、高層ビル、ドライブ、海等)において、愛の言葉を囁かれていた。
横島の妄想といい勝負である。

タカミチは、そんな二人を見て仲良くなれそうだと判断して、帰ることを伝えるため二人に声をかけたが、
自分の世界に入っている二人に全く反応されなかったが、微笑みながら帰っていった。

そして数分後、経営者のおじさんに声をかけられ正気の戻った。横島の配達地区を教えるため、明日菜についてまわった。
もちろん、自転車などは使用せず、二人とも自分の足で走った。走りながら、

「横島さん、足速いんですね」

「はっはは、明日菜ちゃんコソ、無茶苦茶速いね」

二人とも、原付の法廷速度をオーバーする程の、速度で駆けているが、まだまだ余裕があるようで、普通に話をしている。

明日菜は、事前にタカミチから横島について話を聞いており、大分好感度は良かった。もっとも、
タカミチの友人である事が、大きな要因でもあるが。

そして横島のほうも、明日菜から学費などの援助を受けているため、それを返すためにアルバイトをしていると聞き、感動していた。
貧乏であった学生時代、というか元の世界にいた時だが、彼女以上に極貧生活を体験したため、シンパシーを感じていた。

そして、横島の配達地区の案内と同時に、明日菜の新聞も底をついた。

「はい、コレで終了っと。いい汗かいた」

「お疲れ様、ほい」

何時の間にか、手に持っていたスポーツドリンクを一本、明日菜に投げ渡した。

「い、いいんですか?」

恐縮している明日菜に、ドリンクを既に飲んでいた横島は、構わない事を手で合図した。この男にとって、将来美人になる可能性の高い子への、
先行投資としてはこのくらいどうとでもなかった。

明日菜も、横島にお礼をいい、二人してドリンクを飲み始めた。販売所に戻るため、帰りは走ることなくゆっくりと歩き出した。

販売所からの帰り道、二人並んで歩きながら雑談していると、何かに惹かれるように立ち止まった横島が空を見上げた。

(今日は満月か~饅頭でも買おうかな)

横島の視界には、暗くなった空にはさえぎる雲一つ無く、見事な満月が見えた。

急に立ち止まり、空を仰ぎだした横島を不思議に思いながら、明日菜が口を開いた。

「どうかしたんですか?」

「んにゃ、満月がキレイだな~と思っただけ」

「本当だ、キレイですね」

「腹減ったな。明日菜ちゃん、どっかで飯でも食ってかない?」

「何ですか急に、でもゴメンなさい、相部屋の子が作ってくれてるんで」

顔の前で両手を合わせて、申し訳なさそうにしていた。本当にすまなさそうにしている明日菜を見ると、悪い事をしたかと思い出した横島は、
気にしないようにと言い再び歩き出した。


日が天にある時ならば、多くの自然に囲まれ見るものの心を穏やかにしたであろう場所も、すっかり辺りが暗くなった真夜中においては、
日中とは逆の効果しか生まない。風によりざわめく木々が、より一層効果を増加させていた。

そのような場所に立つ一軒の家から、暗闇に不安を感じさせない足取りで、二人の少女が出てきた。

「茶々丸出かけるぞ」

「何処え出かけるのですか? 明日も学校なので、あまり夜更かしは」

「気にするな、お前は周囲に注意を払っていればいい」

「わかりました、お母様」

エヴァンジェリンが先を歩き、手持ち無沙汰になったのか、前を向きながら茶々丸に話しかけた。

「茶々丸、小遣いは足りたか?」

「はい、お母様。ありがとうございました」

「ならいい、足りなくなったら直ぐに言うんだぞ(ジジイから、むしり取ってやるからな)」

「はい」

エヴァンジェリンは、母親といわれたため、少しは親らしい事をしようとしたようで、できることを思案した結果、
お小遣いをあげることにした。最初は、家事も考えたが、全て茶々丸に負けていることに気がつき諦めた。
まさかエヴァンジェリンも、あげたお小遣いが、男の食事に消えているなどとは、思いつきもしなかった。


歩く事数十分、エヴァンジェリンも目的地があったわけではなく、ただ人気が無いほうに足を運んでいった。
そして、条件に合う地点を発見し、立ち止まった。そこは、横島のアパートの近くであった。

「ふむ、ココで少し待つぞ」

「…はい」

「どうかしたか?」

「いえ、何でもありません」

茶々丸の返事が、一拍遅れた事を気にし問いかけた。その問いかけには、いつも通りに返事をしたが、周囲を気にするそぶりを見せていたため、
更に問いかけようとした。しかし、問いかけようとしたとき、前方から制服を着た少女が歩いてくるのが見えた。
その瞬間、エヴァンジェリンの口の端が持ち上がった。その隙間からは、鋭い犬歯がのぞいていた。

「そこにいるんだ」

茶々丸に一言いい、前方から歩いてくる少女の方に向かっていた。近づいていくと、その少女が着ている服が、
ウルスラ女子高等学校の制服である事が判明した。その少女も、エヴァンジェリンに気づいたようで、このような時間に見た目が
10歳の少女が歩いている事に、不思議に思ったようで、彼女のほうもエヴァンジェリンに近づいていった。

「そこの君、こんな時間に何をしてるんですの」

「1人目から、活きのいい獲物がかかったようだ」

エヴァンジェリンが、下を向き小声で呟いたため、彼女の耳には入らなかったようである。好みの女を捕まえられる喜びからか、
エヴァンジェリンの笑みが更に深まった。獲物は、気づかぬままエヴァンジェリンの声を聞くために顔を横に向け、
体を前かがみにしながら、自らの耳をエヴァンジェリンに近づけた。

「もう一度言ってみなさい」

頭の位置が下がり、首の高さとエヴァンジェリンの口の高さが、ほとんど同じ高さになった瞬間、
エヴァンジェリンが彼女の首に手を回し、首筋に噛み付いた。

「なっ…や、やめ…んっ」

驚きのあまり、尻餅をついてしまったため、逃げ出す事も出来ずに、エヴァンジェリンのなすがまま、血を吸われてしまった。
血を吸われ軽い酩酊間に襲われ、突き放す事もできなかった。

「ゴチソウサマ。中々いい味だったぞ」

ある程度血を吸い、満足し牙を首筋から開放した。エヴァンジェリンが離れても、吸血行為により血の減少と共に、心
地良い快感が全身を駆け巡り、目も虚ろになり立つ事が不可能であった。そんな彼女に、今夜の記憶を消して、
エヴァンジェリンはその場より茶々丸の待つ場所に戻っていった。

「茶々丸、帰るぞ」

「…お母様、何故あのような事を?」

「面白い情報が入ったのでな、少し力を取り戻す必要があるからだ」

エヴァンジェリンの元に入った情報とは、学園長が故意的に流したものであった。内容はナギ・スプリングフィールドの息子が、
この地にやってくると言うものであった。息子の血を吸い、自らにかけられた呪いを解くために、少しでも力を取り戻すため、
他者の血を吸うのを決めたのである。

「さっさと帰るぞ」

「…申し訳ありません。私はあの方を、安全な場所に移してきます」

「ふん、好きにしろ」

「はい」

エヴァンジェリンは一足早く帰っていき、残った茶々丸は、倒れたままの少女に近づき、抱き上げた。

(申し訳ありませんでした。高等部の寮はあちらでしたね)

彼女を、寮の近くのベンチに横にし、掛けるものを探し、近くに捨てられていた新聞紙を彼女に被せた。

(お母様を、止める事ができない私は…彼に『優しい』と言われる資格は無いです)

一瞬悲しげな表情を浮かべた茶々丸は、顔を俯けながら満月の光に照らされながら家路に着いた。

その日より、麻帆良にて一匹の吸血鬼が行動を開始した。そしてその従者が、満月の前後には、
ある男の前での行動がおかしくなった。



[14161] プールに行こう 前編
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/02/22 21:49
横島が、麻帆良に来て一ヶ月ほどの月日が経った。最初の数日間に比べ、特質すべき事はなかったが、
変わった事と言えるのは8月の満月の前後に、猫缶を食した位である。茶々丸が、横島の夕食用に買った刺身を茶々に与え、
小皿に移した猫缶の中身をテーブルの上に置き、『夕食』と書かれていたので食べてしまった事ぐらいである。
気づかずに食べたところ薄味だが、美味しかったらしい。そして、学生達は夏休みの真っ只中である。

仕事をしている身には、あまり関係無い事であるが、とある約束をしていた横島は、麻帆良学園中等部女子寮の前に着くと、
携帯で時間を確かめた。その顔は、もの凄くにやけていた。

「早く着きすぎたかな」

侵入や覗き目的で来たわけでないので、堂々としているが、寮から出てくる少女達からは奇異の視線を向けられていた。
そんな中、横島を知る1人の少女が近づいてきた。

「えっと、何してるんです? 横島さん」

「よっ明日菜ちゃん。人と待ち合わせだよ」

のほほんと答える横島に、アスナが詰め寄りながら、

「ま、待ち合わせって、ココ女子寮の前ですよ。もうちょっと、考えて場所決めてくださいよ!」

女子寮の目の前で、誰かと待ち合わせをする横島の神経を疑いながら、ジト目で見つめた。
そのような視線など、全く気にすることなく、

「と言ってもな、ココから行くのが一番近かったんだわ」

「ふーん、何処行くんですか?」

「ん、プール。明日菜ちゃんも行く?」

「いやいや、知らない人と行っても。それに、今日は買い物行く予定ですから」

「そっか」

明日菜が行けないとわかると、少し残念そうな顔をした。しかし、メンバーがわかりもしないのに、
遊びに行くような人は少ないだろう。そうこうしているうちに、横島の待ち人達が現れた。

「横島さん、お待たせしました、さあ行きましょう。…アスナ何してんの?」

「おまたせ…」

アスナが振り返ると、そこには同級生の大河内アキラと、何故アスナがいるのか不思議な顔をしている明石裕奈が立っていた。
一方アスナは、横島の待ち人が同級生だった事に驚いていた。彼女は、男友達と待ち合わせしていると思っていたので、
あまりの予想外の事で呆然としてしまった。声を発する事の出来ない、明日菜の代わりに横島が、買い物に行く所であると説明すると、

「そうなんだ、じゃあ行きましょうか。またね、アスナ」

「またバイトでね、アスナちゃん」

アスナに手を振る裕奈と、アスナに会釈をしてアキラが後に続いていった。最後に横島が、挨拶して去っていった。
そして、その場に残されたアスナが、返事も返さずポツリと呟いた。

「…何、あの組み合わせ?」

アスナが、一生懸命考えても3人組の接点が、全く思い浮かばなかった。まあまだ、茶々丸と千雨がその場にいないだけ、
驚きは少なかったであった。


この組み合わせでプールに行く事になったかと言うと、話は二日ほど前に遡る。

アキラと裕奈が、部活の休みが重なったために、二人で町に遊びに出かけていた。

「ねえアキラ、折角の夏休みなのに、暇すぎるね」

「…うん、亜子とまき絵が実家に帰ってるから、しょうがないよ」

「そういえば、千雨ちゃんは?」

夏休みに入る前から、千雨はアキラ達の部屋で一緒に夕食を食べるようになった。そのため、
運動部4人組と話をする事が増えてきたのであった。そのため、千雨のことを気にしたのだが、

「誘ったけど、忙しいみたいで、部屋で何かしてる」

千雨は、8月中盤に行われるイベントに参加するために、衣装の作成に没頭していた。アキラ達と会話するのも、
夕食中のみですぐに自室に戻ってしまっていた。しかし、クラスメイトに対しても距離をとっていた頃と比べれば、
格段に成長している。

「そう。…もう、あっついにゃ~アキラ、プール行こ。プール」

あまりの暑さに、だれていた裕奈が、ガバッと上体を起こしながら、アキラの手をとり振り回した。

「落ち着いて、ゆーな。行ってもいいけど、二人で行っても…」

「うっ…そうだね、せめて後1人ぐらい、ほしいね」

再び当ても無く散策を続けていると、前方で鼻の下を伸ばした青年が、下手くそなナンパをしていた。

「おねえさーん、暑いですね~ボクとお茶でもしませんか~」

そして、そのようなナンパが成功するわけも無く、顔を一瞥されただけで、相手にもされる事がなかった。
ナンパが失敗した青年は、崩れ落ちると地面をたたき出した。

「ちっくしょう、これで15連敗だ!」

失敗する事に慣れているようで、次こそはと気を取り直し顔を上げると、今度は顔から崩れ落ちた。
先ほどナンパに失敗した女性が、目と鼻の先で二枚目の男性にナンパされ、腕を組んでいるのを見てしまったためである。
そして、ナンパが成功した男が、勝ち誇った顔を青年に向けた。青年は滝のような涙を流し、

「…やっぱり、男は顔なんか!バッキャロー」

その一部始終を見ていた、少女達は、

「あっははは、見たアキラ、下手なナンパだったね…へ」

裕奈は、腹を抱えながらナンパに失敗した青年を指差していた。そして、同意を求めるためアキラのほうを向くと、
ちょっと困った風に微笑むアキラの横顔がみえた。裕奈は、アキラが予想外の反応をしている事に驚いてしまった。
そして、アキラはそのままの表情で、倒れ伏す青年のほうに向かって歩を進めた。

「…ちょっ、アキラ」

「大丈夫…」

アキラは、裕奈の制止の声を聞いたが、裕奈のほうを向き安心するように声をかけ、
青年の横まで近づき膝をかがめ、彼の背を優しく撫でながら、

「…そんな事ないです。横島さんのいい所は、私はもちろん千雨も絡繰さんも知ってますから。
だから、元気出して」

繊細な手で、背中を撫でられるくすぐったい感触と、心のこもった囁きに横島が顔を上げると、
アキラはそっとポケットからハンカチを取り出し、横島の涙を拭いだした。横島は、
彼女の行動と言動に更に涙を流してしまった。この男はナンパに失敗するのはいつもの事だが、
失敗した後に大抵の場合において、以前は上司に折檻されるばかりで、優しくされた事など記憶になかった。

「ア、アキラちゃん、ありがとう、本当にありがとう」

アキラは、信頼している男性の少々情けない姿を見たが、横島の人柄や優しさに触れているので、
苦笑程度の反応しか示さなかった。助けられた恩を、未だに返すことができていなかったので、
少しでも横島を元気付けれた事に、安堵の笑みを浮かべた。

一方裕奈は、いつも一歩後ろに控えていたり、みんなのブレーキ役になる事が多いアキラが、
積極的に男性に近づいていった事に驚愕していた。しかも相手が、ナンパを失敗して道端で涙を流すような人物にだ。
そしてその驚愕は、徐々に不安と心配に変わった。

(わ、私が、アキラの目を覚まさせなきゃ…しかも、横島さんていったら、最近アキラたちの会話によく出てくる人だ!)

アキラと千雨がよく話題にする人物で、あまり悪い話は聞いていなかったために、悪い人ではないと思っていたのだが、
あまりにも第一印象が悪すぎた。裕奈からすれば、仲の良い友人が悪い男に、引っ掛かてるようにしか見えなかった。
裕奈も、二人の下に恐る恐る近づき、確認をとることにした。どうか自分の予想がハズレる事を祈って、

「ア、アキラ、その人が噂の横島さん? (ち、違うと言って~きっと私の聞き間違いだったのよ)」

しかし、この手の願い事が叶う事は、十中八九ないのが世の常である。いくら拭いても、
零れ落ちる涙をハンカチに吸わせながら、

「…うん、そうだよ」

一瞬暑さ以外のために、グラついてしまいそうになったが、気を持ち直す事に成功し、

「そ、そうなんだ。…いや~それにしても暑いね。どっかで涼まない? 横島さんもどうですか?」

動揺のため、少々棒読みのような発言をしたが、実際に暑いこともありアキラは賛同を示した。
横島も、少女からの誘いを断るような事をするわけも無く、目を輝かせ喜んで誘いに応じた。


近くにあった喫茶店に入り、飲み物を注文し終えた3人は、横島と裕奈が互いに簡単な自己紹介を済まし話を始めた。
しかし、話に花が咲くのは横島とアキラのみで、裕奈は聞き役に徹し横島と言う男が、どのような人物か見極めようとしていた。

「…今日は仕事だよね?」

「そうだよ、暇だったら茶々にご飯あげに行ってよ」

「うん、私も茶々に会いたいから。ついでに何か、作っておきます」

「おお~嬉しいな。そういえば最近、千雨ちゃん来ないけどどうかしたの?」

「…何だか、忙しいみたいですよ」

「そうなんだ」

(ご、ご飯まで作ってる。も、もしかしてもう毒牙にかかってる?)

横島とアキラの会話は更に続いていったが、裕奈にはもう聞こえていなかった。裕奈の頭の中では、
アキラがこの男のせいで既に大人への階段を、登ってしまっているのではないかと危惧していた。
横島とアキラの抱き合うシーンを想像したために、顔を赤く染めながら頭を振り、テーブルを手のひらで叩きながら
勢いよく立ち上がり、親友の身を案じ店内の隅まで響くような声量で叫んだ。

「そ、そんなの駄目~~」

あまりの大声に、店内の客はおろか店員にまで注目されてしまった。自身が注目を集めているのに気づき、
周りに愛想笑いを浮かべながら頭を下げた。そして、席に着席し恥ずかしさから、顔を下に向け再び黙り込んだ。
横島達は、裕奈の急な行動に目を丸くしていたが、アキラが遠慮がちに尋ねた。

「…ゆーな、そんなに嫌なの? さっきは行きたいって言ってたよね?」

「? な、何いってるの?」

裕奈は思考に没頭していたために、意識外で行われていた二人の会話を全く聞き取れていなかったので、
質問の糸すら判らなかった。アキラは、その反応から話を聞いてい無かった事を悟り、
裕奈が叫ぶ前の会話をもう一度言った。

「…だから、横島さんを入れて3人で、プールに行こうって話だよ。千雨にも声かけるけど」

「…そんなの、だ…」

否定の言葉を口にしようとした瞬間、彼女の脳裏にある考えが浮かんだ。

(そうよ、横島さんの更に駄目な姿を見せれば、アキラも目を覚ますかも!女好きみたいだから、
きっとあきれるような行動をしてくれるはずよ)

「いいね~行こう行こう」

そして、裕奈の思惑に気づくことなく、横島の仕事や少女達の部活の無い日に、プールに行く事が決定した。


新聞配達のバイトのために、喫茶店で別れた横島は少女達と、プールに遊びに行けることがよっぽど嬉しいのか、
終始にやけ面をしていた。

「はっはは~ワイにも春がきたんや!明日は水着を買いに行かねば」

大声で魂から叫んでいたため、かなりの視線を集めていたが、脳内でバラ色の妄想をしている横島にとっては、
その視線は痛くもかゆくも無かった。


一方少女達は、寮への帰り道の途中に、

「アキラ、嬉しそうね」

「…そうかな?」

「うん」

「それより、どんなの着たらいいかな…」

裕奈が見たところ、表情はいつも通りなのだが、アキラの雰囲気がいつもより嬉しそうにしているのに感づいた。
自分の苦労に全く気づかない友人に、少々腹を立てた裕奈は、作戦を確実にするために、

「アキラ、あんた明後日は、スクール水着で行きなさい(カワイイ水着じゃあ駄目、地味で行かなきゃ)」

「…え」

一瞬何を言われたか判らなかったアキラであったが、理解した瞬間呆然とし立ち止まってしまった。
そんなアキラに気づくことなく、どのようにしたら横島の株が下がるのかを、考える事に集中しだした裕奈は、
友人の状態には感づかずさっさと帰ってしまった。そして動く事もできず、思考停止に陥ったアキラが残されるはめになった。


ちなみに、この話に全く関係ない千雨は、

「くっ、後ちょっとで完成だ」

イベントで着るための、衣装作成の最終段階に入っていた。そして、最近会えずにいる青年の事を思い、
鏡の前で衣装を体の前で合わせポツリと呟いた。

「横島さんは、こういうの着てたらどういう反応すんのかな…」

家族や教師以外で、最も接している事もあり、彼のことを少しだが意識し始めていた。
しかし、茶々丸と一緒にいることが多く、彼女の行動の方が記憶に強く残っているため、
横島への意識はまだまだ男女間の思いではなく、親しくなってきた友人止まりである。

そして、最後に彼と一緒に住んでいる猫の事が気になり、

「茶々、あの缶詰気に入ってくれたかな~」

そして、最後にアパートに訪れた時に近頃彼女の癒し系No1である、茶々のためにいくつか買った少しばかり高級な猫缶を、
喜んで食べてくれたかに思いをはせた。

しかし、その中でも一番高級なものを、横島が食べてしまったなどとは、夢にも思わなかったであろう。





[14161] プールに行こう 後編
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/02/22 22:06
「…ゆーな、スクール水着はイヤ」

アキラが、裕奈に10分ほど遅れて寮に帰ってきたときの第一声であった。その表情は、眉間にしわを寄せ、
友人が何故そのような指定をしたのか、判らないため困惑していた。

「アキラ判って頂戴、これはあんたの為なの」

「…私の為なら、普通の水着を着させて」

裕奈は、アキラのためを思い真剣な顔で、説得にかかった。しかし、その思いがアキラには届かなかった。
小学生ならまだしも中学2年と思春期真っ盛りの少女が、何が悲しくてプールに遊びに行くのに、
スクール水着というマニアックな選択をしなければならないのだろうか。

「大丈夫だって、きっと似合うから」

言いながら、アキラのスクール水着(何故か胸には、『山本』と書かれた名札がついた)を手渡そうとするが、
受け取るはずも無く、

「…イヤ」

このような説得が数回続いたが、そのたびに拒否されれてしまうために、とうとう業を煮やした裕奈が叫んだ。

「アキラは、元がいいんだから、普通の水着なんか着たら襲われるでしょうが!」

アキラにとっては、その裕奈の回答はとても珍妙であったために、首をチョコンと傾け問うた。

「…誰が襲うの? それにもし何かあっても、横島さんが助けてくれるよ」

最初は怪訝そうな顔をしていたが、横島を信用・信頼しているアキラは最後には、安心するように
笑みまで裕奈に向けたが、

「その、よ…」

一番警戒している男に対して、安心できるはずも無い裕奈は、怒鳴りそうになったが口を貝のように閉ざした。
一つは、もう何を言っても駄目だと思ったこと、そして一番の理由は、

(…アキラは、人の悪口嫌いだったっけ。危ない危ない、後ちょっとで怒らせるとこだった)

そして、怒らせてしまった時のことを考え、心の中で息を吐き冷や汗をぬぐった。裕奈は、一緒にいる時間が多いだけあり、
アキラという少女のことを理解しているために、怒らせたら物理的にまずい事を知っていた。

そして、裕奈が黙った事により納得してくれたと思い込んだアキラは、

「じゃあ、茶々にご飯あげてくる…」

そう言いアキラは、部屋から出て行ってしまった。裕奈は、見送る選択しかできなかった。
そして、これから何をすればいいのか悩みに悩み、一つの答えにたどり着き、無意識のうちに呟き、

「…まずは、情報集めよ…あの男のことを知ってるのは…朝倉か」

思案をまとめた後の行動は早く、直ぐに部屋を後にし、朝倉の部屋に突進していった。朝倉の部屋に到着すると、
チャイムを連打しながら、部屋の主の名を呼んだ。

「朝倉、いる~」

「はいは~い、そんな押さなくても、大丈夫よ」

返事と共に、部屋の主である朝倉が出現した。そして、裕奈を見ながら、

「何かよう、明石?」

出てきた朝倉の肩をつかみながら、真剣な表情を浮かべながら、

「…朝倉、横島忠夫ってどんな男」

その男の名を聞いた瞬間、朝倉は表面上はのほほ~んとしていたが、心の中でニヤリと笑みを浮かべ、

「まあ、はいんなよ(やっぱり、あの人話題に事欠かないわ~)」

裕奈を部屋に招きいれ、朝倉はイスに座り裕奈はベットに腰掛けた。両者が座ると、早速朝倉が尋ねた。

「んで、何が知りたいの?」

「知ってる事、全部教えて」

「いいよ、その代りだけど、こっちの質問にも答えてね」

裕奈が、頷くのを確認すると彼女の知る横島について語った。内容は、彼との出会い、
意外にまじめである仕事ぶり、ナンパが下手くそであること、そして最後に人差し指を立てながら、
ワクワクしながら伝えた。

「私の予想だけど、かなりエッチな人だと思うよ」

最後の話の内容に、裕奈は肩をほんの少し震わせた。ナンパ以外は、知らない事ばかりであったので、
話を聞くうちに安心できるかと思った矢先に、この発言であった。更に、朝倉の告白は続いていった。

「それにさあ、あの人ナンパは下手なんだけど、意外に人に慕われるのよね~懐いている女の子も、
私が知る限り3人いるし。この分じゃあ更に増えるかもね」

朝倉は、どのような反応をするか楽しみにしていたが、裕奈が何も反応をしないため拍子抜けしていた。
そして裕奈の動静を見守っていると、唐突に立ち上がりブツブツと小声でしゃべりながら、
幽鬼のような足どりで部屋から出て行こうとした。

「…私がしっかりしなきゃ…アキラをその他大勢の1人なんて、ゆるせない…」

朝倉の説明を大分勘違いしたらしく、アキラのことを何人かいる女の1人と受け取ってしまった。
そして、アキラが酷い目にあう前に改心させる事を、心から誓った。部屋から出て行く裕奈を見送りながら、
朝倉は特に慌てず声をかけた。

「明石、何で横島さんの事聞きたかったの?」

声をかけられた裕奈は、ドアの前で立ち止まり振り返ることもせづ、平坦な口調で事務的に答えた。

「明後日遊びに行くから、どんな人かと思って」

「ふ~ん、何処行くの?」

「プール」

質問が続かないようなので、裕奈はさっさと部屋を出て行った。朝倉は聞きたい情報は十分得られたので、
背を向けている裕奈に律儀に軽く手を振っていた。裕奈がドアを閉ざすのを確認すると、

「私も水着の用意しなくっちゃ、防水のデジカメ何処だったかな~ああ、楽しくなりそ」

閉ざされた部屋の中には、ニンマリと笑みを浮かべた朝倉だけが残った。


友がどのような思いで悩んでいるのか、全く伝わっていないアキラは、横島のアパートで茶々丸と料理を作っていた。
アキラは、アパートの前で偶然スーパーの袋を持つ茶々丸と出会い、一緒に作る事にした。
余談であるが、アキラ・千雨そして朝倉も横島の部屋の合鍵を入手している。茶々丸が、無断作成し3人に渡していた。
横島本人が気にしていないので、特には問題にはならなかった。

二人並んで、料理を作っている姿はとても微笑ましいものがあったが、今日の茶々丸は無茶苦茶であった。

「…絡繰さん、そこの醤油とって」

「どうぞ」

茶々丸から、手渡された調味料を肉じゃがの味付けに入れようとした時、自分の手の中にあるものに気づき引っ込め、

「…これ、ソース」

「失礼しました」

このようなやり取りばかりしていた。包丁を握れば、すっぽ抜け明後日の方向に飛んで行き、
寝ている茶々の真横に突き刺さるは(アキラは真っ青になり、茶々丸は一瞬フリーズした)、
火加減は間違えたりと、茶々丸のミスは大きいものから小さいものまで様々であった。
そして、料理も完成まじかに迫ると、

「コレを入れて、後は煮込むだけです」

今までの茶々丸の行動から、心配していたアキラがお玉を手に、味噌汁を作りながらチラリと横を向き、
茶々丸の手元を見ると、

「ッ…」

反射的に手に持つお玉を味噌汁から引き抜き、煮物の鍋に入ろうとしていた液体の侵入を防いだ。
まさに間一髪であり、一瞬遅ければ料理は台無しになったであろう。茶々丸が入れようとしていたものは、

「…それ、洗剤…あ、溢れる、早く止めて」

アキラは、液体洗剤が入るのを防いだ事で安心しほっとしたが、液体の量がお玉の許容量を超えそうになり慌てた。
茶々丸も気づき、はじかれる様に手を引き注入を停止させた。

今回アキラの活躍がなければ、横島は美味しい食事にありつける事はなかったであろう。

料理を終えた二人は、茶々を撫でたりしていたが、先ほどの失敗を気にし、どこかふさぎ込んでいる茶々丸を、
元気付けようと話しかけていた。

「…明後日、プールに行くけど絡繰さんもどう」

「申し訳ありません。防水性が万全ではないので、行けません」

「…そう」

横島の事や千雨についても話したが、生返事ばかりでアキラの話の種もつき、次第に場を静けさが包み込んだ。

(…うう、どうしよう…)

取り付く島も無い状況に、アキラもおろおろしだし打開策は無いかと、周囲にあるものに目を向けたが、
何もいいものはなく下を向いたとき、腹を見せ寝転ぶ茶々と目が合った。

(…うん、この子を使おう)

「んにゃ」

アキラは、腹を決めると子猫の両脇に手を入れ、両手の人差し指と親指で、子猫の前足を掴んだ。
子猫は一声鳴いたが、おとなしくしておりされるがままであった。そして、茶々丸の顔の高さまで持ち上げ、
子猫の右足の肉球を茶々丸の頬に当てて、左足は招き入れるように前後させながら、

「茶々丸ちゃん、元気だしてニャン…」

…より一層の静寂が、生まれた。茶々丸に元気になってほしく、頬を染めながら勇気を出して行ったのだが、
茶々丸からのリアクションは無く、失敗したと思いアキラは更に赤くなった。子猫を自分の胸元に抱きかかえながら、
恥ずかしさのあまり下を向いてしまった。子猫が不思議そうに上を向き、アキラの鼻の頭を自らの鼻で突いていた。

「ありがとうございます」

「え…」

「私を心配していただいたようなので。今日はご迷惑をおかけしました」

「…迷惑なんて思ってない。友達を助けするのは、当たり前だよ」

「…友達ですか」

「うん」

アキラは、茶々丸に微笑みかけていた時、おとなしく抱かれていた子猫が『もう降ろして』と
言う風に暴れだした。思いが通じて一安心したアキラは、「ゴメンね」と謝りながら床にそっと
子猫を降ろした。茶々丸は、そんなアキラをじっと観察しながら、

(…『大河内アキラ』フォルダを作成…フォルダ内に『名言』・『動画』作成…完了)

名言はともかく、アキラにとっては記憶から消したいであろう、先ほどの行動を残さず茶々丸に
保存されてしまった。ちなみに、『横島忠夫』・『長谷川千雨』フォルダもしっかりとある。


「それでは、帰りましょう」

「…そうだね」

最後に茶々にエサをあげ、食事に夢中の茶々を尻目に、アパートを後にした。そして、寮とエヴァンジェリンの家に
別れる地点で、互いに軽く手を振りながら、

「では、ココで失礼します。明後日は楽しんでください」

「うん、じゃあね…」


二日後、場所はそれぞれの思惑が渦巻く、プールに到着した。

「んで、和美ちゃんは何でいるの?」

「友達にドタキャンされちゃってさ~帰るのもなんだし、一緒に遊んでいいでしょ」

何故か、プールに到着して直ぐに朝倉が現れ、当然のように着いてきていた。

「俺はいいけどさ」

言いながら、アキラ達に目をやった。美少女が、1人増えるかもしれないのだからこの男は喜んだが、
今回はアキラ達の意見を尊重するようだった。

「…私はいいよ」

「…ちょっと朝倉こっち来て!二人はそこで待ってて」

アキラの了承は取れたのだが、裕奈が口の端を引きつらせながら、有無を言わせずに朝倉の襟首を掴み
引きずり物陰に入ってしまった。それを、横島とアキラが互いの顔を見ながら、

「どうしたんだろ?」

「…?」

両者、首を傾げるのみであった。横島は、食事のお礼を言ってなかったのを思い出し、人懐っこい笑みを浮かべ、

「そういえば、肉じゃが旨かったよ。ありがとうね」

「…美味しくってよかったです…本当に。絡繰さんと一緒につくたんだよ」

アキラは、少しだけ安堵のため息を漏らした。茶々丸の行動を、全て見ていたわけではないので、
味が少し心配だったのである。

「そっか。うんじゃ、今のうちに茶々丸ちゃんにメール送っとこ」

ポケットから、携帯を取り出しメールを打ち出した。そして、アキラはメールを送信し終わるタイミングを見計らって、
自分の携帯を出しモジモジとしながら、

「…よ、横島さん、私とも番号交換してください」

恋愛には清潔な進展を求める彼女は、女子中と言うこともあり身内以外の男性に番号を聞いたことが無かったが、
千雨が横島とメールをしているのを見て、羨ましく思っていたため機会があれば番号を知りたがっていた。
茶々丸や千雨なら簡単に教えてくれるだろうが(朝倉は、実際千雨から聞いている)、アキラは本人から直接許しを得たかった。

「おお、いいぞ!(女の子から、番号聞かれるなんて初めてじゃ~)」

「はい!」

快諾がえられれ、アキラの表情には自然と笑みがこぼれた。


物陰に隠れてしまった裕奈と朝倉は、

「で、本当の理由は何なの」

「いや~だって面白そうじゃん」

「やっぱりか~あんたわかってんの、今日はアキラにとって大事な日になるんだからね!?」

「おお!やつぱり楽しそうじゃん」

その後も、必死になって朝倉を諦めさせようとしているが、彼女がこんな楽しそうなイベントを
見逃すはずも無く、諦める事はなかった。

「まあまあ、あんただって今日のメインがアキラじゃあなくって、いいんちょやくーちゃんとかだったら、
楽しんで後つけたでしょ」

「うっ」

にやにやしている朝倉の少し意地悪な質問に、裕奈は否定する事ができなかった。裕奈も、
クラスの中でも騒ぐのが好きなほうなので、朝倉を止める事ができなくなってしまった。

「私がいれば色々撮れるから、証拠も残るよ」

朝倉は、にこやかに笑いながら言葉を発し、目で『さあ、どうする?』と聞いてきた。

「…どうせ、断っても隠れてついて来るんでしょ」

「もちろん」

自信満々に断言する朝倉を確認すると、裕奈は肩を落とし態度で降参を認めた。OKを確信した朝倉は、

「そろそろ戻ろうか、待たせるのも悪いからさ」

「見える所にいたほうが、まだいいか…しっかし、何処で間違えたんだかにゃー」

来るときとは逆に、朝倉が裕奈を引っ張って行った。朝倉に情報を渡したのが、そもそもの間違いである。
そして、横島達の下に戻ると開口一番に、

「お待たせー明石もOKだってさ」

「おう…それはいいんだけど、何してたの」

二人が離れていったのを、不思議に思っていた横島が率直に尋ねた。朝倉が、横島に向けてウインクしながら、

「ふっふふ、乙女には秘密がつきものなのよ。横島さん」

「ふ~ん、そういうもんか」

「そういうもんだよ。じゃあ着替えてくるね。ほら、あんた達も行くよ」

朝倉は、二人を引き連れて更衣室に向かっていった。横島も、さっさと水着になるべく更衣室におもむいた。
彼は、3人がどのような水着を着用して登場するのか、楽しみで仕方なかった。


横島が着替え終わり(横島の水着は黒のハーフパンツタイプに、上半身には黄色いTシャツを着ていた)、
少女達を待つ事10数分、

「う~ん、女の子は着替えるのに、こんなに時間かかるもんなんか?」

待たされていたが、あまり気にしていなかった。周りには、水着姿の女性が多くいたために、
目の保養になっていた。男もいたが、横島の目には映っていなかった。更に数分間女性を見ていると、

「お待たせ~」

背後から朝倉が大声で呼びかけてきた。横島が、期待に胸を膨らませ振り返ると、女子更衣室から
こちらに向かってくる朝倉と裕奈、そして二人に両腕を引かれ隠れてしまっているアキラが見えた。

「おお!…和美ちゃんは、本当に中学生か?」

裕奈の水着は黒色のビキニタイプ、朝倉は白色でハイレグのビキニ、両者とても似合っていたが、
特に横島は朝倉に感嘆の声を上げた。彼女にはピッタリの水着だが中学生だと思い出し、疑問に思ってしまった。
ちなみに、彼女の胸はクラスNo4であるため、横島はまだ上がいることを知らない。

そして、アキラがどのような水着を着ているか気になり、彼女達の到着を待つのも我慢できず、
ほんの少し横に移動した。

「さて、アキラちゃんは、どんなのかな…ん? なんか見た事あるな。紺色で胸元に白いのがついてるな
…ス、スクール水着?」

見間違いかと思い目をほぐし、もう一度アキラを見ると、やはりスクール水着であった。
アキラ達が、呆然としている横島に近づいていき、朝倉が『くっくく』と笑いながら、

「どう、みんな似合ってるでしょ」

「すっげえ似合ってるけど、何でアキラちゃんはそれ選んだの? しかも、名札に『山本』て書いてあるし。
人の?」

アキラは、既に涙目になっていたが、オロオロしながら答えた。

「…間違えたみたいで、コレが入ってた。『山本』は、飼ってるアロワナの名前だよ」

「…へぇ、アロワナの名前は、関係ないような気がするけど、まあいいか」

アキラのあまり答えになっていないアロワナ発言に、少し首を傾げたが他の子達が、特に気にした様子も無いので流す事にした。

もちろんアキラは、昨日違う水着をバックに入れたが、それを入れ替えた人物がいる。

(アキラ、ゴメンね。でも仕方ない事なの、判って頂戴)

その罪人は、友人の裕奈のである。さすがに彼女も内心悪いと思っていた。無論のこと、
更衣室でアキラに問い詰められたが、知らん存ぜぬを貫いた。そのためアキラも、ほんの少しだけ
自分が間違えた可能性を考慮していた。裕奈を問い詰めるのと、着替えるのを躊躇っていたため遅くなってしまった。

そして、アキラは女性では背も高くかなり目立つ、そしてその横には際どい水着を着ている朝倉もいるため、
イヤでも視線を集めていた。その容姿から中学生には見えない少女が、スクール水着を着ているため、
周囲の話題になっていた。アキラも、自身が話題になっているのに気づき恥じ入り、

「…ゴメン、私帰る」

(しまった!やりすぎた)

裕奈が、自分の行いに後悔している間に、アキラはきびすを返し更衣室に行こうとしたが、
アキラの手を横島が捕まえて、

「アキラちゃん折角来たんだから、気にしないで遊んでこうよ」

「…私も遊びたいけど。この水着のままじゃあ、イヤです」

「じゃあ、あそこに売店あるからさあ、新しいのを買おうよ」

横島が指差す先には、売店があり軽い食べ物の他にも、水着や浮き輪などが販売されていたが、

「今日は、そんなにお金持ってないです…」

「大丈夫大丈夫、俺が出すからさ」

「…そんなの悪いです」

「気にしない気にしない」

首を振るアキラを、横島は自分の胸を、まかせなさいという感じに一度叩き、強引にアキラを売店に連れて行った。
そして、残された二人は、

「良かったね、気が弱い子ならトラウマもんだよ」

「な、何がよ」

朝倉が、苦笑しながら話しかけると、裕奈は動揺を抑えようとしたが、抑えきれずに声に現れてしまった。

「アキラが、心配なのもわかるけどね、横島さんは見えないかもしれないけど、いい人だからさあ。
今日一日良く観察してみなさいな」

朝倉は、珍しく素直な笑顔を浮かべ横島の評価を伝えた。朝倉も他の3人ほどではないが、あの男と接する機会が多いため、
信じてもいい人だと思っている。最初はアキラを助けてもらった感謝であったが、報道部の調査で夜間に外に出た時に横島に出会うと、
彼はいつも付き合い調査が終われば寮まで送っていた。最初は他意でもあるかと思っていたが、純粋に心配している事が知れたために、
朝倉は高い判定をしていた。

朝倉の評価が意外に高い事に驚きながらも、裕奈は語気を強めながら、

「今日は、元々あの人を見極めるために来たのよ!…あんたは、最初からその評価教えなさいよ!」

最後は八つ当たり気味に、朝倉に食ってかかっていった。朝倉は、のらりくらりとかわしながら、

「情報に、私見は入れちゃあ駄目でしょ」

当たり前な事を聞くなと、裕奈の反論を一刀両断にした。


売店では、横島が多数の水着を漁りながら、アキラに合わせていた。

「おお~コレも似合うよ」

アキラは、横島に褒めて貰い、うれしそうに顔をほころばせている。そして、横島が可愛いと評価してくれた物を購入した。

「…買って貰って、本当に良かったんですか」

心苦しそうにアキラが尋ねると、横島は馬鹿っぽい笑いをしながら、

「アキラちゃんと遊びたいから、いいのいいの」

この男にとって、アキラと遊ぶために必要な金銭など安いものであった。極貧時代ならともかく、
今は収入が安定しているため、まだまだ財布には余裕があった。しかし、財布の中身が少なくても、
この男なら見栄を張って購入するであろう。

「…着替えてくるね」

横島に一言断りをいれ、水着の入った袋を大事そうに抱えながら、小走りで更衣室に向かった。


横島達が待つ事数分、着替え終わったアキラが3人に合流した。

「…どうかな?」

「さっきのより、似合ってるじゃん。ほら、横島さんも何かいいなよ」

朝倉が、何も言わなかった横島に代わり答え、肘で横島を突きながら、印象を言うように促していた。
横島は、先ほど水着のついでに買った、ビーチボールを抱えながら、

「とっても似合ってて、可愛いぞアキラちゃん」

横島の感想が聞けて、アキラは嬉しそうにしていた。それを不機嫌そうにしている裕奈が、
横目で見ていたが自業自得であったため黙っていた。

アキラの水着は、オレンジ色のセパレーツタイプであった。横島としては、もっと布地の少ないビキニを着せたかったが、
それを手に取るとアキラが悲しそうにするので、泣く泣く諦めた。


横島達は、遅れた時間を取り戻すために、すばやく移動し彼らの膝ぐらいの水位のプールで遊び始めた。
水飛沫が上がる中、4人が楽しそうにビーチボールで戯れていた。そして、裕奈がある事に気づき、立ち止まってしまった。

(はっ!何を普通に楽しんでるんじゃ~)

彼女は、今日の目的である横島の観察(既に株を下げるのを諦めている。むしろ、裕奈が水着を入れ替えたせいで、
アキラの横島に対する株が上がっていた)を、すっかり忘れエンジョイしていた。そして棒立ちの彼女の耳に、
朝倉の間延びした声が聞こえた。

「明石、いくよ」

声とは裏腹に、ビーチボールとは思えない速度で打ち出され、裕奈の顔に一瞬めり込み跳ね返って行った。
そして、派手に後ろに倒れるのを見ていた横島と朝倉は爆笑していた。しかし、集中していたアキラだけはボールを目で追い、
そして突進していった。そして、ボールの落下地点には、大口を開けて笑っている横島がいた。
ボールしか見えていないアキラの突撃に気づいた横島が、そのスピードに驚き反応が遅れ無防備のまま、
追突された。裕奈が痛みに顔を手で抑えながら、起き上がると指の隙間から朝倉が、もの凄く嬉しそうに
デジカメで写真を撮っているのが見えた。そして、顔から手をどかすと視界を遮るものが無くなり、横島とアキラの状態に気づき叫んだ。

「ああ~朝倉、さっさとアキラを離させなさい!」

現状、アキラは横島との衝突に驚き目を回し横島に覆いかぶさっている。横島はアキラの胸に顔を埋め、
ピクリとも動いていなかった。朝倉が言う事を聞くことは無く、裕奈が急いで二人を引き離した。
横島はほとんどの衝撃を受け止めたため意識を手放していた。横島は、イイ笑顔のまま幸せそうに気絶してました。
アキラは、衝突した時に右足首を捻ったくらいであった。アキラに、ほとんどダメージが行かないようにしたのは
さすがと言えた。まあ、裕奈が横島の顔を見て、この人やっぱ駄目かもと思ったりもした。

アキラは、直ぐに復活したのだが横島が中々目覚めないため、3人で横島をテーブルとイスだけがある
簡易休憩所に運び休む事にした。

「今のうちに、軽食と飲み物でも買いに行こ」

「わかった、アキラはちょっと休んでなよ」

「…うん」

裕奈は、アキラも横島と激突していたので、心配し休んでいるように指示した。

そして、二人が買い出しに行くと、直ぐに横島も意識が戻りだしてきた。

「…う、う~ん…」

アキラも、横島の意識が戻ってきたのに気づき心配そうに近づいていき、肩を優しく叩いた。
すると、横島も完全に目が覚め、目の前にアキラがいて少し驚きながらも、

「よっ、アキラちゃん、怪我は無い?」

まず、自分の身よりアキラの心配をするあたり人がいい。そして、アキラも足首を気にしたが少しの痛みだったため、

「…大丈夫です。横島さんは?」

「平気平気。でも、なんか知らんけど柔らかい車に、轢かれる夢見たんだわ」

「変な夢ですね…」

気絶する前の、一番印象に残っている事柄が、リピートされただけである。アキラが柔らかい車に置き換わっただけである。
『気持ちのいい夢だったわ~』とつぶやく横島を、アキラは外傷が無くて安心していた。
そして、少し気になっていることを伺うことにした。

「…何で、Tシャツ着てるの?」

「いや~最近太り気味でさぁ、腹やばいんだわ」

横島が苦笑しながら、自分の腹を2~3回さすった。アキラは、不思議に思いながら横島の腹部に目をやった。
アキラを、自身をお姫様抱っこしたまま走れる男性が、太り気味だとは到底思えなかった。
実際には、胸の貫通痕を隠すためにTシャツを着ていたのである。健全な少女達に見せるのは、
芳しくないとこの男なりの思いやりであった。

話題を変えるために何か無いかと思い、他の二人がいないことに、遅まきながら気づいた。

「そういえば、和美ちゃん達は?」

「食べ物買いに行ったよ…」

アキラが、二人の向かっていった方向に視線をやると、袋を持った二人がこちらを目指していた。
何故か、見知らぬ男性3人(体に自信があるのか、3人ともビキニ)に絡まれながら。横島も、
そちらに気づき訝しげな顔をした。そして、到着した朝倉が、不機嫌を隠そうともしない裕奈の代わりに、

「ほら、だから男連れって言ったでしょ」

しかし、男3人組は唯一の男である横島の顔を見ると、勝ったと思いリーダー格の男(長身痩躯で、
肌は日に焼けており、顔つきも整っている)が、

「こんなの、ほっといて俺らと遊ぼうよ」

馴れ馴れしく朝倉の肩に手を置こうとしたが、寸前のところで避けられ空振りしていた。
しかし、全くめげる事無く、

「こっちのほうが絶対、楽しいって。数も丁度いいじゃん」

もちろん、横島は頭数に入っておらず、尚も執拗に絡んできた。話しかけてきたが、朝倉が断り続けていた。
ちなみに横島が何を言っても、シカトされていた。

「泳ぐのも速いから、コーチしてあげるよ」

面倒に思ってる裕奈が、今の言葉に反応し、

「じゃあ、私達と競争して全勝したら、遊んであげるよ」

「ああ、それでいいぜ」

勝算があるのか、男達はさっさと承諾してしまった。アキラは、急な事態について行けず混乱しており、
朝倉は勝手な約束をした裕奈に、男達に聞こえないように話した。

「ちょっと明石、勝手に決めないでよ。負けたらどうすんのよ」

「大丈夫でしょ。こっちにはアキラがいるから、一勝は堅いでしょ」

自信満々に断言する裕奈に、朝倉もアキラが水泳部とのことを思い出しなんとかなるかと思い、
ならどのように面白くするか考え出した。


そして、室内プールに移動し、朝倉が交渉し何故か当事者専用レーン(コースロープで区切られた)ができていた。

「さあ~はじまりました。ナンパから、始まった水泳勝負です。勝負は簡単、ナンパを仕掛けてきた男性チームが、
全勝すれば美少女達とのデートを楽しめまーす。申し送れました、司会兼賞品である朝倉和美です」

あっちこっちで「自分で美少女とか言うな」や「ナンパチーム負けちまえ」等の野次が飛び交う中、
ノリノリの朝倉和美であった。更に、その口が閉じる事は無く、

「続いては、選手紹介です。まずは選手兼賞品でもある2名から、第一試合を行う明石裕奈選手です。
彼女はバスケ部に所属しており、運動神経は抜群です。ちなみに極度のファザコンだー」

朝倉の説明に最初はやる気無く周りに手を振るのみだったが、最後のコメントにずっこけ叫んだ。

「うるさいにゃー!心配なだけだ」

「さあ、紹介した選手はほっといて、続いて第二試合の選手大河内アキラ。彼女は水泳部のエースです。
私達はぶっちゃけ彼女がいるから勝負を受けました~最近気になる人が出来たが、ライバルは多いぞ頑張れ」

アキラも軽く周囲に頭を下げていたが、気になる人発言に表情を凍りつかせてしまった。

「へぇ、アキラちゃんも気になる人いるんだな~青春してんなちくしょ!」

横島は、アキラみたいなイイ子に慕われている男に、呪いをかける事を決めた。横島の反応に少し残念そうにしたアキラは、
口をパクパクさせるだけで何も言えなかった。

「さあ続きまして、私の代理で第三試合に出場する選手です。今日の賞品である美少女3人と戯れていた幸運男、
横島忠夫。お笑い担当の彼が、その手で美少女達を守れるのか~正直あまり期待していません」

美少女を独占していたこの男は、調子に乗りピースをしていたが、期待されていないということを知り
目からしょっぱい水が出ていた。しかも周囲からは、やっかみから中身の入った缶などが投げつけられていた。
基本ボケの彼は、避けようとせず当たっていたが、予想外に痛かったのか頭や顔を抑えていた。

「さあ、続いて対戦チームの紹介です。第一試合、名無しの選手。第二試合権兵衛選手。
第三試合リーダー格の七篠選手です。正直興味が無いので、他は知りません。現在情報を集めている最中です」

朝倉は自信ありげなナンパチームに、不審を抱き報道部の後輩に情報提供をお願いしていた。
ナンパ集団は、今の紹介に文句を言いに行こうとしたが、

「さあ、さくっと第1試合をはじめましょう。明石選手と名無しの選手はスタート位置についてください。
さあ勝負方法は…平泳ぎです。レーンを先に往復してきたほうの勝ちです」

その宣言に、第一試合選手達がスタート代に着いた。プールからは全員出ており、この勝負を観戦している。
スポーツ選手である裕奈も、勝負ということで燃えてきていた。そして開始の合図と共に、元気よく飛び出していった。


結果・惨敗 裕奈も決して遅くは無かったのだが、いかせん相手が速すぎたのである。そして、
朝倉は相手の実力が高い事に驚いていると、朝倉の携帯が小刻みに震えだした。携帯を開くと、
報道部の後輩からのメールであった。内容を確かめると、マイクを持ち携帯を覗きながら、

「ナンパチームの続報です。3人とも高校の水泳部に所属する現役選手だそうです。
特に名無し選手と七篠選手は県代表クラスの実力者です。正直セコイです(あっちゃーだから、
私の代わりに横島さんの出場を認めたのか~)」

朝倉は、相手がやけにあっさり横島の出場を承諾したのに納得した。しかし、彼女がまだ余裕で入れたのは、
権兵衛のタイムがアキラのタイムより遅いためであった。そして、メールにはこの3人の情報で、
面白い事がわかったので、後輩にある指示を出していた。そして、勝負を続けるため、マイクを一度持ち直し、

「続きまして、第二試合、大河内選手と権兵衛選手です。次の勝負は背泳ぎです。大河内、頑張りなさい、
あんたが負けたら終わりよ」

無駄にプレッシャーをかけられたアキラは、気にする事無くスタート台に向かった。そして、
負けたのが悔しいのか肩を落として、戻ってくる裕奈が、

「ゴメンね、アキラ負けちゃった」

「…大丈夫、頑張ってくる」

アキラも、横島が勝てると思っていないため、自分で勝負を決める気であった。そんなアキラに、
声援がかかった、

「アキラちゃん、頑張れ~俺は泳ぎたくないから、勝ってくれよ。全力で泳いでも勝てるきせんしな」

「あ、あんたって人は」

全力で泳ぎたくない横島は、何時の間に作ったのか『アキラちゃん・頑張れ』の旗を振って、
ラッパまで吹いていた。裕奈は、男らしくない横島に呆れていた。一方応援されたアキラは、
気の抜けることを言われて、苦笑し程よい感じに肩の力が抜けていた。

(…うん、なんとかなりそうかな)

最後に、足首を確認し問題が無いと判断した。そして、両者共に水の中に入り、後は朝倉の合図を待つのみになった。
朝倉も、準備が整った事を確認し、『よーい、ドン』と合図を出した。

合図と連動するように双方、キレイにスタートした。レースは若干アキラが速く、頭一つ先んじていた。
そして、折り返し地点まで、その状態が続いた。

(…このままのペースで)

このままいけば勝てると判断したアキラは、折り返し地点でターンをする時に全力で壁を押し蹴った瞬間、
今まで気にならなかった右足首が蹴りつけた衝撃で鈍痛となり、アキラを蝕みだした。

(…くっ…まだ、いける…)

そして、その痛みはアキラが一度水を蹴りつけると、痛みが増していった。勝たなければならないために、
ペースを落とすことの出来ないアキラは、フォームを崩しながらも前半と遜色ない速度で泳ぎ続けたが、
相手に追いつかれてしまった。負けられないと、更に力を強め泳ぎ何とか並んだ状態を維持した。
そして、残り25mを残すばかりとなった時に、アキラの左足が激痛を訴えた。右足を庇う為にフォームを崩したのが原因で、
スピードを出すために左足に力をかけすぎたために左足のふくらはぎをつってしまった。

(…あっ…おぼ…)

こうなってしまっては泳ぐ事もままならず、アキラが普段から慣れ親しんだ水が、アキラに牙をむき襲い掛かってきた。
そして、水面を力なく叩くだけになってしまい、とうとう沈みだしてしまった。

(…こわ…い…たす…けて)

アキラが、助けを求めたとき誰かがアキラの腕を掴み、力強く引っ張り上げ水面から顔を出す事が出来た。
そして、力なく首を横に向けると、焦り表情を請わばせる横島の顔が見えた。


アキラが、ターンする本の少し前まで戻すと、

「アキラちゃん、いいぞ。その調子でさくっと勝っちゃえ」

横島の人任せな態度に、呆れ果てている裕奈が、

「横島さん、『俺が勝つから任せろ』みたいな、かっこいい事言えないんですか?」

裕奈のもっともな意見に対して、横島はやる気のかけらもない表情で、

「だって面倒じゃん、誰かが勝てばいいなら。勝てるときに勝てばいいんだよ」

自らが戦うのが嫌いな横島にとっては当たり前の考えだが、裕奈には理解できないらしく、

(やっぱり、アキラには相応しくない!)

裕奈が、横島の評価をつけるのと、アキラがターンするのは同時であった。

裕奈が、この男はもうどうでもいいと思い、アキラの方に集中しだした。そして、アキラが相手に追いつかれると、

「ああ、頑張ってよアキラ」

「…んん?…」

裕奈の声援に続いて、彼女の横から怪訝そうな声が響いた。裕奈が、気になりそちらを向き、

「どうかしたんですか? しっかり応援してくださいよ」

「いや。ターンしてから、アキラちゃん変じゃないか?」

何へんてこな事言ってんの、この人はと思いながら、

「別に変じゃあ『あっ』ないと…ちょっと」

急に横島が声を出し、続いて表情を曇らせプールに向かって走り出し、勢いを緩める事無く一気に飛び込んでいった。
裕奈が、横島の動きを追い顔を動かすと、プールで溺れるアキラが目に映った。

飛び込んだ横島は、水の抵抗をもどかしく思いながらも、水を掻き分けてアキラの元に向かった。
アキラの元までたどり着くと、弱々しく動かされているアキラの腕を、握り締め一気に引き寄せた。
アキラの顔が動き、意識があるのを確認できると、安堵のため息を吐いた。

そして、アキラを抱えたままゴール地点まで運び、先回りし心配そうにしている裕奈に手伝ってもらい、
アキラを縁に上げ続いて横島も水面から上がった。

「アキラ、大丈夫!」

「…うん」

泣きそうに、顔をゆがめる裕奈に、アキラは心配させまいと頷いていた。横島がアキラの横に膝を着き、
アキラをお姫様抱っこで持ち上げ、

「裕奈ちゃん、医務室は何処?」

怒気を抑えた声で、横島が裕奈に話しかけた。裕奈も横島の雰囲気に戸惑ったが、今はアキラの事が心配なため、

「うん、こっち」

案内しようと歩を進めたとき、3人組が前を立ち塞いだ。

「逃げようとすんな、あともう1勝負残ってるだろ」

「あん…ッ」

裕奈が、怒鳴ろうとしたとき急激に背筋が寒くなり、先ほどまで運動し暖かかった体温が冷え、
体が震えだした。何事かと後ろを振り返ると、能面のうように、表情を消した横島がアキラを抱え仁王立ちしているだけで、
寒さの理由がわからず首を捻った。

その時、横島の内面はどす黒い怒りで溢れかえっていた。あまりの怒りのため、表情が無くなるほどであった。

(…アキラちゃんを助けなかった)

アキラの対戦相手が、横島より近い位置にいたのに、彼女の救助に行かなかった事に激昂していた。
横島は目つきだけを鋭くし、その男に刺すような視線を放った。あまりの鋭さに、睨まれた男は無意識のうちに後退した。
横島は、離れた距離を縮めるかのように音もなく一歩前に出ながら、

(こいつ、アキラちゃん以上に苦しめてやる)

横島の暴力の気配に気づいた他の二人が、横島の正面に待ち構えた。その中間点にいる裕奈は、
一触即発の様相にどうすればいいか判らず、目で朝倉に助けを求めた。そして、携帯で通話していた朝倉は、
裕奈の視線に気づき携帯を頬と肩で固定し、両手を左右に広げ時間を稼ぐように指示を出してきた。

「そんなの無理に決まってるでしょ! この空気でどうしろと」

裕奈は、どうにもならない状況にパニックになり頭を抱えてしまった。裕奈が動いたのが引き金に、
横島の足が持ち上がった。そして、横島はほっぺたに触る冷たさに意表をつかれた。
心地良い冷たさに何かと探ると、アキラの掌が添えられていた。横島から掌を離さないまま、

「…横島さん、駄目…そんな顔、似合わないです。横島さんは…横島さんらしくしていてください」

アキラによって、横島の黒い感情が霧散した。アキラの言葉にひっかかりを感じ、何がひっかかったのか横島が考え出す前に、

「…勝負には負けたから、私が二人の分もこの人たちと遊べばいいから」

アキラが囀るように話した内容に、横島は目を見張ってしまった。アキラは負けた責任、
そして険悪な空気を撒き散らす横島を見たくなかった。争いを止めるため、先の発言であった。
横島は、何故アキラがそのような事を言ったか、判らなかったが一つだけ判る事があった。
そして、笑い顔になりふざけた調子で、

「アキラちゃんは、馬鹿だな~」

アキラは、急な馬鹿呼ばわりに目を丸めて呆然としてしまった。横島は、笑い顔のまま壁際まで移動し、
そっとアキラを地面に降ろし座らせた。横島は、アキラに背を向け濡れた髪を両手で後ろに整えながら、

「俺が勝ちゃあ、問題ないんだから。そこでちょっと待ってて、アキラちゃんのために勝ってくるから」

「…うん」

アキラは、横島が勝てるとは思えなかったが、横島の後姿を見ていたらこの上なく安心でき、
何とかしてくれると思った。


電話を終えた朝倉が、横島に歩み寄り、

「横島さん、ちょっと時間稼いで。ごねたり文句言えばいいから」

横島からの返事がないことに、首をかしげながら横島の顔を見ると、朝倉は見ほれてしまった。

(へぇ、こんな精悍な顔も出来るんだ。うんうん、オールバックになると、ちょっと違う感じになるんだ)

横島は、警備の仕事中でも見せる事のない真剣な顔つきをしていた。髪型がオールバックになった横島を、
朝倉は知らないうちにカメラを構え、シャッターを押していた。


横島が、スタート地点に無言でたたずむと、人差し指を立て前後に振り、ナンパ集団最後の男・七篠をさっさと来いと挑発した。
そして、挑発に乗った七篠も横島の横に並んだ。しかし、司会役の朝倉が夢中で写真を撮り続けていたため、
一向に開始の合図が掛からなかった。イラつきだした七篠のが、口を開こうとしたが、

「お~い、好きにスタートしていいぞ。種目も得意なのでいい。俺も好きにやらせてもらうから」

「舐めてんのか」

「はっはは、知らんのか? こういうのは、後ろからぶち抜くのがカッコイイだぜ」

からかう様に笑う横島の煽りにイラつきながらも、集中しだした七篠がさっさと終わらせるために、
先にプールに飛び込んでいった。クロールで水中を進みだすとあまりの調子のよさに、

(体が軽い。公式戦じゃあないのが残念だ)

そして、七篠に遅れて数秒後に、軽い着水音が響いた。バシャ、バシャ、バシャと水を叩く音が一定の感覚で鳴った。
そして、見ている者たちの歓声に場内が沸いた。

(…泳いでる音じゃあない? …な「ゲホン」

七篠は、息継ぎのために顔を上げた瞬間見たものに驚き、息を吸うため開けていた口に水が入り、
咳き込んで溺れそうになってしまった。

彼が見たものは、笑いながら水面を駆けて行く横島だった。有名な右足が沈む前に左足を出すという方法で、
走っているわけでなく、コースロープの上を疾走していた。コースロープによる、数瞬の抵抗を利用して走っている。
まあこの男だったら、普通に水の上を走る事もできると思うが。


アキラの横で、裕奈が横島の動きを見ながら、

「ひ、非常識な奴、ねえアキラ…アキラ?」

裕奈が、何の応答を見せないアキラの顔を見ると、

「うっわ、すっごい目をキラキラさせてるよ」

アキラは、横島の姿に魅了されていた。今の彼女なら、横島がどのような行動をしていても、
カッコ良く見えているだろう。そして朝倉も、横島に対して更に興味をかきたてられていた。

「やっぱりこの人、愉快だわ~うん、色々調べてみよ」

興味の尽きない横島について、調査する事を思い定めた。


あっという間に決着をつけた横島は、アキラを医務室に運ぶため彼女の傍に佇み、再び抱きかかえながらにかっと笑い、

「ほい、これであいつらと遊ぶ必要はないな。さっさと足見てもらいに行こ」

アキラは、抱き上げられた恥ずかしさと嬉しさの板ばさみになり、返事を返せず軽く頷くだけだった。

「あいつらこっちに来るよ」

裕奈が声に出すまでもなく、全員が気づいていた。最後の勝負が不服だったため、ナンパ集団が接近してきていた。
横島が、めんどくさそうに顔を顰めていると、

「ああ、大丈夫よ」

朝倉が、自信たっぷりに答えた。3人が、視線で説明を求めると、

「だって、あの人たち『バシィ』彼『バチン』女『バスン』持ちだもん。ココに呼んでるし」

横島たちが、朝倉の説明途中に聞こえた音の発生源を見ると、ドッチボールの傍に倒れている二人と、
女子大生風の女性にビンタを食らっている男達がいた。朝倉が結果を見ながら、ニヒルに笑い、

「後輩に連れて来てもらっちゃった」

男達は、現れた自分達の彼女にひきづられていった。

「「「おお~」」」

横島たちは、この短時間でそこまで用意を進めた朝倉に感嘆の声を上げた。横島は、転がってるボールを見ながら、

「何でドッチボールなの?」

「ああ、あの二人ね。ウルスラ女子高等学校のドッジ部なのよ。最近関東大会優勝したらしいけど、
リーダー格が7月に貧血で倒れて、全国大会負けて気が立てるのよ」

横島は、高校生になってもドッチをやっているのに驚いたが、人それぞれかと思った。


アキラの怪我を応急手当てした後。一向は当初の予定を切り上げ帰宅する事になった。アキラは、
怪我のため横島におんぶされていた。疲れと怪我のため体力が尽きたのか、横島の背で安心しきった表情で寝ていた。
横島から、数歩離れた位置でニヤついた朝倉が、前を行く横島に聞こえないように、

「横島さんの感想は?」

「…そこまで悪い人じゃあないね。まあ及第点かな」

裕奈は、不本意そうに答えを出した。喧嘩に発展しそうではあったが、アキラのために怒ったのが良かったようである。
そんな横島なら、アキラを傷つける事はないと思った。その回答に満足した朝倉は、自分が査定されている等と思ってもおらづ、
美少女を背負う事が出来嬉しそうな顔をしている男に、

「横島さん、ちょっと買いたい物あるから5分くらい待ってて。明石もね」

返事も聞かないうちに、朝倉は近くの店に入っていった。朝倉の言うとおり立ち止まり、
幸せそうにしている横島に、

「横島さん、一つだけ言っておきますよ。アキラを泣かせるような事したら、許さないからね」

元々泣かすことなど考えているはずもない横島は、質問の糸が理解できず返答に困っていると、
裕奈が壮絶な笑みを浮かべ、

「イ・イ・で・す・ね」

「絶対に泣かしません!」

裕奈の迫力に負け、了承するしかなかった。今後、アキラを泣かすたびに冷や汗をかく嵌めになった。


宣言通り5分後、戻ってきた朝倉が横島の前に立ち、

「ちょっと屈んで動かないでね」

横島に指示を出しながら、彼の頭に赤い布を巻いた。

「はい、いいよ。バンダナ欲しがってたでしょ。今日のお礼に私から、プレゼントしちゃうよ~」

「サンキュ、和美ちゃん。女の子に物貰うなんてめったにないから、大事にするよ!」

心の底から歓喜し、跳ねそうになったがアキラを背負っているために控えた。朝倉は、喜ぶ横島の反応に気をよくしていた。
裕奈は、意表をつく場面を見て目を点にしていたが、いつか冷やかしてやろうと思った。

一つ断っておくが、バンダナに盗聴器はついてはいない。




[14161] 秘密がばれる時はこんなもんだ
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/06/21 21:50
茶々に会うために袋を片手に持った千雨が、横島のアパートに向かっていると、新聞配達のバイトを終えた横島と出会った。
目的地が一緒のため、並んで歩き出した二人は雑談を開始した。

「最近どう?」

「あんま変わらないよ。夏休み明けのテストじゃあ、いつも通りうちのクラスがビリだったし」

「へぇ、頭の悪いクラスなんだね。千雨ちゃんは?」

「中の下くらいの順位だな。横島さんの知ってるのだと、朝倉が一番頭いいな。一番馬鹿が、神楽坂だ」

「和美ちゃん頭いいんだ、見えないけどなぁ。あ~アスナちゃんはやっぱり頭悪いんだ。楽しい子なんだけどな」

何気にひどい事を言う男であった。

「横島さんは頭いいの?」

「よく見える?」

横島の成績が気になり、質問したのだが質問で返されてしまった。横島は、締りのない顔をしながら、
自分の頭を指差した。千雨は、数回頭を横に振りながら即答した。

「全然」

「はっきりい言うな~正解だけど」

横島が、「傷つくな」とふざけた調子で言った。微笑を浮かべていた千雨が、思い出したように、

「そういえば、変わったというかなんていうかな…夏休みの途中からかな、大河内が変」

「変?」

「ああ、急に嬉しそうな顔したかと思うと、直ぐに恥ずかしそうに顔赤くして頭抱えたり、表情を暗くしたりするんだ。
見てる分には面白いんだけどな」

「ふ~ん。何かあったんかな?」

千雨は、そっけなく「知らん」と言葉を返すのみであった。ちなみに横島は、アキラの様子に気づいてはいなかった。
アキラは、アパートに1人で行く事が極端に減り、誰かと一緒に来る事が多くなった。そして、横島の前ではそのような姿を、
見せてはいなかったためである。彼女の中で横島は、頼れる男性から、気になる異性にレベルアップしていた。


そして、アパートの近くまで来ると、

「あっ、横島さんだ~てい」

後ろから間延びした掛け声と共に、横島は足に軽い衝撃を感じた。横島は、声から人物がわかり、

「よう、冥子ちゃん。お出かけかい?」

「うん。マーくんと一緒にお散歩してるの~」

六道冥子が、抱きついていた手を離し指を後ろに向けると、震えている鬼道政樹がいた。

「おい横島、冥子ちゃんから離れろ!」

政樹は、冥子に抱きつかれている横島に嫉妬していた。横島は、意地悪な表情をしながら、政樹に声をかけた。

「何だ政樹、羨ましいのか?」

「だ、誰が羨ましいもんか」

千雨が3人のやりとりを、苦笑しながら見ていると、政樹の矛先が千雨に移った。千雨の傍によると、彼女のスカートを引っ張りながら、

「姉ちゃん、横島の彼女なら何とかしろよ」

「ぶっ、ば、馬鹿野郎、ち、ちげえよ!」

小声で怒鳴ると言う器用な真似をして見せた。政樹の発言が、横島に聞こえていないのを確認すると、
安心しながらも聞こえていたらどのような反応をしていたのか、気になりほんの少しだけ残念そうにした。更に政樹が、

「ちぇ、使えん姉ちゃんだな」

その言葉にむっと来た千雨が、ちょっとした仕返しとばかりに、

「お前、あの子が好きなのか?」

「め、冥子ちゃん何て、好きなもんか!」

怒鳴り慌てふためく政樹を、見る事ができ千雨は溜飲を下げる事ができたが、

「ひ、ひっく、マーくん、冥子のこと、き、嫌いなの」

政樹の声が大きかったために、冥子に聞かれてしまった。横島に抱きつきながら、目から大粒の涙を流す冥子に気がつくと、
二人とも固まってしまった。横島が、千雨のやらかした事に気がつき、アイコンタクトを送った。

(大人気ないことするな~)

(き、聞かれると思ってなかったんだよ)

千雨も、目で語るのに成功した。そして、横島に助けを求めると、仕方ないかとばかりにため息をついた。
これ以上場を乱すような事をせづ、冥子に諭すように話しかけた。

「大丈夫だよ、冥子ちゃん。政樹はね、冥子ちゃんが好きだから意地悪してるだけだから」

「…ほ、ほんとに~」

冥子は、目をこすりながら横島の言っている事が正しいのか、政樹を純粋な目で見つめた。政樹がその目に怯むと、
冥子の後ろで笑顔の横島が『これ以上泣かせるなよ』と無言で威圧していた。横島の威圧に屈した政樹が、

「…うん」

冥子が、泣き顔から瞬時に満面の笑みを浮かべながら、政樹の首に抱きつきながら、

「冥子も、マーくんの事大好きだよ~」

「ぐっ…め、冥子ちゃん、く、苦しい…」

千雨は、冥子が泣き止むと安堵から息をついた。横島は、抱きつきじゃれ合う二人を、嫉妬の炎に狂う事無く微笑ましく眺めていた。
ルンルン気分の冥子が横島たちに挨拶すると、冥子は政樹の首を極めたまま引きずっていった。若干、政樹の顔が青から白に
ランクアップしていたが、浮かれた冥子が気づく事はなかった。

「…横島さん、あのガキどもは何だったんだ」

「アパートの近所に住んでてね。最近仲良くなった保育園児」

六道冥子・鬼道政樹共に元気な5歳児。横島忠夫・長谷川千雨共に、保育園児相手に大人気ない事をした。


アパートの扉を開けると、茶々が元気よく駆け寄ってきて、勢いを殺さずに横島の体を駆け上っていった。
しかし、茶々の小さな体では、横島という山は高く胸の辺りで止まってしまい、前足の爪を服に引っ掛け
後ろ足をぶらつかせていた。千雨が、茶々の行動を愛くるしく思いながら、

「茶々は、どうしたんだ?」

「近頃な、頭の上がお気に入りらしくって、すぐに登ってこようとするんだよ」

横島は、説明しながら茶々の頭を撫で、空いた手で茶々を胸から離し頭の上に置いてやった。すると茶々は、
嬉しそうに『ゴロゴロ』と喉を鳴らしだした。横島が、笑いながら「どお、喜んでるでしょ」と言い、
千雨の顔の高さまで頭を下げた。

「…ああ(カワイイのは茶々、よ、横島さんをカワイイと思うなんて、き、気のせいに決まってる)」

千雨は思わず、茶々というオプションをつけ無邪気に笑う横島を、不覚にも可愛く思ってしまった。
そして、丁度いい高さにある、横島の頭の上にいる茶々をいじっていた。手を動かしていると、
稀に横島の髪が手に当たった。

「何だか、横島さんの頭を撫でてるみたいで、恥ずかしいな」

たしかに、千雨の後方から見ると、中学生に頭を撫でられる青年の図が其処にはあった。青年は、何を思ったか、

「撫でてみる」

何を思っていたかと言うと、もちろん冗談のつもりでいた。そのため、さっさと体勢を戻そうとすると、
髪を撫でられはじめたために腰をあげるのを中断するはめになった。

「ち、千雨ちゃん?」

「結構いい触り心地だな。髪質が硬いから弾力があるのか」

千雨は、茶々を撫でている時から、横島の髪を触れたときの感触が好みのものかもと思っていた。
そして、思っている最中に横島から声がかかり、反射的に撫でていた。よほど手に触れる感じが好みの物であったのか、
横島の困惑の声にも気づく事なく評価を口にしていた。


そして、千雨が横島の髪を十分に堪能し、手をどかそうとした時に玄関の扉が『ガチャリ』と音を立て開けられた。

「こんにちは、横島さん。本日も食事を作りに…?」

茶々丸の目には、横島の頭に手を置いたままこちらを向き、固まる千雨が映っていた。数瞬考え込み、
何か閃いたのか手を一度叩き感心しながら、

「男性の頭を撫でるのが趣味とは、さすがです、千雨さん」

「ちげえよ! 茶々を撫でてたら、偶々手が其処にいっただけだ!」

「? 茶々なら」

何とか誤魔化そうと、本当と嘘の混じった言い訳をしたが、茶々丸が指で自分の足元を指し示すと、
茶々丸に擦り寄っている茶々がいた。千雨が頭を撫で続けていたため、居心地が悪くなったようで既に降りていた。
これにより、偶然と言う主張が出来なくなった。

「うっ…でもそんな趣味はない」

「わかりました…では、どうぞ」

何とか弱々しく反論した千雨であったが、茶々丸が了承してくれたと思い顔を輝かせたが、続く言葉と頭を千雨に下げる行動に顔を引きつらせた。

「何をどうしろと?」

「勘違いしていました。男性の頭部だけでなく、人の頭部を撫でるのが趣味なのですね。私も撫でて構いません」

「ボケるのも大概にしとけ!」

ツッコミながら千雨は、思わず接近してきた茶々丸の頭を軽くはたいた。茶々丸は、はたかれた箇所を擦りながら、
横島に質問をした。

「何がいけなかったのでしょう?」

「そうだな、来るタイミングじゃあないか」

「そうですか。では、もっと面白いタイミングで来れるように努力します」

「うん、茶々丸ちゃん絶対理解してないね」

頭を千雨に押さえられながら横島は肩を落とした。彼としては、もう少し速くか遅く来れば問題ないと思ったのだが、
茶々丸には通じなかったようである。そのうち、横島が誰かをはづみで押し倒した時に、茶々丸が乱入しそうである。


一応の収拾がつき、茶々丸が料理を作っている間に、再び猫を頭の上に乗せた横島が、

「そういえば、今日は何しに来たん?」

「普通は、出会ったときに聞くもんじゃあないか? まあいいけど、今日は茶々を撮りに来たんだ」

横島に、普通を求めるのが間違いである。千雨もその事に気づき、さっさと訪問理由を喋った。
そして、横島の頭から茶々を下ろして、デジカメを構え撮影しだした。退屈しのぎに横島が、

「撮ってどうすんの?」

「ああ、ネッ…疲れてるときに、眺めるんだよ」

自身のホームページに写真を載せる事を言おうとしたが、横島達にホームページを見られたくないために、
違う言い訳をした。ちなみに、その言い訳もあながち嘘でもないので、負い目を感じる必要がなかった。

「じゃあ、カメラ貸して。千雨ちゃんと茶々とで撮るよ」

千雨も最初から、茶々と一緒の所を撮影したかったので、横島に操作の仕方を説明し撮ってもらった。
内容としては、抱っこや膝の上に乗せたり、そして横島のように頭の上に座らせる等をした写真を撮った。
千雨の希望するショットが全て撮り終えると、

「ちょっと、トイレ借りるよ」

一言断りを入れると、そそくさと部屋から出て行った。そして、入れ替わるようにして、茶々丸が横島の元へ来た。
横島の持つデジカメに興味を持ったのか、

「何を撮ったのですか?」

「茶々の写真だよ」

「少しお借りします」

茶々丸は、横島の手元からデジカメを拝借して、保存されていた画像を見始めた。ついでにデジカメのデータを、
自身にも記録し始めた。横島も横から覗き込みながら、科学技術の進歩に感心していた。
デジカメから視線をはずし、茶々丸に話しかけた。

「へぇ、直ぐに確認できるんだ」

「えぇ、そのために、以前に撮った画像も残っている事があります…このように」

「おぉ、髪を下ろした姿も可愛いな。服も可愛いいし」

残っていたデータには、普段と違い眼鏡を外し後ろで髪を束ねていない、満面の笑みを浮かべた千雨が映っていた。
服装は、フリルが多くあしらわれていて、何故か猫耳・猫尻尾がオマケについていた。

「猫耳が好きなのですか?」

心なし茶々丸から、冷たい目を向けられていた。横島は、若干冷や汗を流しながらも図太く、
次の画像を催促した。冷たい目を維持したまま茶々丸は、自身も興味があったので催促に従い
次々に画像を表示していった。千雨は、デジカメの小さな画面の中で、様々なポーズと
服装を披露していった。横島が、可愛らしいなどの評価を口にしていると、千雨がトイレから戻ってきた。
彼女は、茶々の写真を見て可愛いと言ってると思い込み、

「気に入った写真があるなら、今度データあげるけど」

「ほんとに! うんじゃこの写真がいいな」

横島が、喜びながら茶々丸からデジカメを掠め取り、画像を千雨に見せると、

「・・・・・・」

「千雨ちゃん、どうしたの」

映っているものを確認した瞬間、彼女は目を見開き動きを止めた。横島が、声をかけても
何のリアクションも見せず、茶々丸が近づいて行き千雨の体を確認すると、彼女にしては珍しく
慌てながら千雨の体を横にし、

「心臓が止まっています」

「…へ?」

茶々丸は、横島が呆けているのも気にする事無く、止まった心臓を動かすために動きだした。横島が、
呆然としていると千雨の体から何かが出てきた。その物体は、「さようなら~」と言いながら
天に昇っていこうとした。それは、千雨の魂であった。横島が焦りながら、その手を掴み、

「そ、そっち行ったら、アカン。戻って来るんや!」

横島が何とか魂を千雨の体に押し込んだ。そして、茶々丸の必死な蘇生行動により、
無事彼女は意識を取り戻す事に成功した。


心臓が動き出した千雨は、部屋の隅にて体育座りし足と胸の間で、茶々を抱きながら涙目で、

「も、もう駄目だ。し、死ぬしかない」

横島は、先ほどまで本当に心臓が止まっていたので笑うことが出来ずにいた。茶々丸は、どうしてイイのか判らず
オロオロしていた。そんな茶々丸を見た横島は、自分しか今の状況を打開できるものはいないと思い、
意を決して説得をはじめた。

「ち、千雨ちゃん、死ぬなんて言わないでよ」

「駄目だ、あんなのが知れたら学校中の笑いものだ。私が死ぬか、横島さんと茶々丸を殺すしかない」

千雨は、更に物騒な事を言い出し、立ち上がり虚ろな目で鈍器を探し始めた。横島は、焦りながらも喋りかけた。

「こ、殺すなんて駄目だよ。千雨ちゃんも茶々丸ちゃんもキレイなんだから、死んじゃったらこの世の損失だよ」

「「キ、キレイだなんて」」

千雨と茶々丸が、キレイと言う単語に反応したために、横島は今が勝負時だと思い、千雨の肩を掴みながら、

「ほんと、ほんと、キレイなんだから、死ぬなんて勿体ないよ」

「で、でも」

横島は、必死にデジカメの画面を指しながら、

「いや~この服も可愛いな、コレ買ったの?」

「…その服は私が作った」

「凄いな千雨ちゃん、俺にも何か作ってよ」

「い、いいけどよ」

「じゃあ、死ぬのも殺すのも駄目だよ。いい!」

「…ああ」

何とか千雨を、自殺や犯罪に走るのを止める事が出来、横島は額の汗を拭き精神的疲労の為に腰を落とし座り込んだ。


落ち着きを取り戻した千雨が、両手を顔の前で合わし頭を下げていた

「ほんとーに黙っててくれ」

「絶対に言わないから、安心してくれ。なっ茶々丸ちゃん」

「はい」

千雨は、安心のため気が抜け、一気に脱力した。そんな中横島が、画像を見ながら、

「ううん、キレイなんだけど何だかな~」

「変なところでもあるのか?」

千雨は、横島の反応が気になり尋ねると、

「笑顔が何だか、作り笑いみたいでね。普段の顔の方が好きだと思ったんだ」

「よく見てるな」

千雨が、小声で言ったために聞こえなかった横島は、

「なんか言った?」

「なんでもねえ」

素っ気無く答えていたが、内心千雨は嬉しく思っていた。確かに写真の笑顔は、普段見せない満面の笑みであったが、
写真を撮るとき用の作り笑いである。横島は、それを見抜き普段の表情が好きだと言ってくれた。
千雨は、喜びのため心が温かくなっていた。


一方茶々丸は、千雨とは逆に落ち込んでしまっていた。

(作り物の私では、表情も何もありません。横島さんに、褒められることもないのですね)

横島も千雨も、茶々丸が塞ぎこんでいる事に気づけないでいた。茶々丸は気づいていなかったが、
横島は茶々丸の微笑みに見惚れる事があった。その事実が、いつか悲しみにくれる茶々丸を引き上げてくれるであろう。


気分を良くした千雨は、帰る前に来るときに買ってきた猫缶を茶々にあげることにした。猫缶に気づいた茶々が、
千雨に擦り寄りながら顔を上げ千雨の目を見つめていた。

「ちゃんとやるから、そんな目を輝かせるなよ」

千雨は、お持ち帰りしたい気分になったがグッと堪え、猫缶の中身を小皿に移していった。
そこに、横島が不思議そうに声を発した。

「あれ、それ茶々にあげちゃうの? うまいのになぁ」

「当たり前じゃん猫か…横島さん、今『うまい』って言った?」

千雨は、あまりにも普通に味の感想を言われたために、小皿に移していた手を静止させ確認する事にした。

「おう、少し薄味だったがうまかったぞ」

千雨は、呆れかえり本当の事を言ったら驚くだろうと思いながらも、缶詰のラベルを見せながら、

「これ、猫缶だから」

「なんだってーー」

横島の驚愕の叫びを聞きながら、千雨は予想通りの反応に「うんうん」と言っていた。そして、
ここから横島は予想外の行動を見せた。横島は千雨の足元で、『早く頂戴』と鳴いている茶々を持ち上げ、

「茶々~お前こんないいもん食ってたんか。贅沢なやっちゃな~」

自分の貧乏生活の時より、高価なものを食している茶々に嫉妬していた。本日は色々あり疲れていた千雨は弱々しく、

「いや、あんた驚くポイントが違うだろ」

「そんなこと言われたってな、ドッグフードより全然うまかったぞ!」

「そんなの力説されてもな…そんなもんまで食ってたのかよ」

横島が、「あれ? 俺何時そんなの食ったんだ」と言っている傍らで、面倒見の良い千雨は、苦笑していた。
そそっかしい横島には、自分達の誰かが傍にいないといけないと思い、近くにいた茶々丸に向けて、

「この人の面倒をしっかり見ようぜ…何で、気まずそうに横向いてんだ?」

「ソンナコトハナイデスヨ」

急に変な喋り方になった茶々丸を、千雨は何だこいつと思っていると、彼女の勘が働いた。

「はは~ん、お前だな横島さんに猫缶食わしたの」

「 ナニヲイイマスカ、ウサギサン」

千雨は、はじめて茶々丸より優位に立てる事が出来たため、ニヤニヤしていた。彼女は、帰るまで良い気分でいたが知らない。
デジカメのデータが、全て茶々丸にコピーされている事を。そんな中、茶々が「早く食べさせて~」と鳴いていた。


千雨が、自分のホームページに、茶々の写真を載せた数日後、

「ねえいいでしょ、千雨ちゃん」

「何で私が、お前の手伝いをしなくちゃあいけないんだよ」

朝倉が、千雨に言い寄っていた。朝倉は、千雨に情報収集の手伝いをお願いしていたが、千雨が手伝うはずもなく、断り続けていた。
そして、朝倉が目をキランと光らせ、奥の手を切った。

「手伝ってよ、ち・う・ちゃん」

千雨は背筋に戦慄が走りながらも、動揺を必死に隠し朝倉の目を見ながら、

「何言ってんだ、テメーは?」

「何っ言てるんだろうね~最近ね面白いホームページ見つけてね。横島さんとこの猫と同じ名前の、
『茶々』って子の写真がネットに乗っててね、色々見ちゃった」

朝倉は、さあどうすると訴えかけると、千雨は自分の迂闊さを呪い、プルプル震えながら搾り出すように声を出した。

「何をすれば良い」

この瞬間、一時的にではあるが長谷川千雨が朝倉和美の軍門に下った。



[14161] 大停電 前編
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/14 00:20
10月半ば、近衛近右衛門に学園長室に呼び出された横島は、下校時刻が過ぎているため少ない数だが、
女子中学生の好奇な視線に晒されながらも案内役を請け負った、アスナの後ろを着いて行った。
案内役以外にも、横島の隣には朝倉和美と大河内アキラがいた。アキラは、明日菜に横島と二人で歩いていて
誤解されないように、ついて来てと頼まれていた。朝倉は、横島に確認したい事があったため勝手についてきた。

「悪いね、明日菜ちゃん。わざわざ案内させて」

「高畑先生にお願いされたんですもん、断るわけないじゃないですか」

そして、お願いされたときのことを思い出しながら、うっとりとしながら「コレで高感度アップよ!」と、
胸の前で手を握っていた。横島が、同類を見るような目をしながら、横にいる二人に問いかけた。

「アスナちゃんて、タカミチさんが好きなの?」

「…うん」

「私の情報じゃあ、渋いオジサマが好きなんだって」

横島とアキラがタカミチの顔を思い浮かべ、二人して頷いていた。あの人は渋いと。アスナが、
まだタカミチのことを思いトリップしていたので、正気が戻るまでの繋ぎに朝倉が、

「横島さんは、明日の大停電は警備に出るんですか?」

「明日は休みだから、家でごろごろしてる予定だけど。大停電て何?」

「知らないんですか、明日の夜8時~12時まで停電するんですよ」

「へっ、何で?」

「…学園都市の全体メンテナンスで、年2回行われてる」

「ほぉ、ビル1棟ならまだ判るけど、都市全体でか。スケールがでかいな」

アキラの答えに、感心半分呆れ半分で感想を言った。朝倉が「明日は、見たい番組があるのになー」と
一般的なことを言い、更にさり気なく、

「横島さんて、東京の**高校出身でしたよね?」

「ああそうだけど…言った事あったけ?」

不信に思った横島が、教えた事があったかと記憶を探っていると、

「前に言ってましたよ」

思い出せずにいた横島は、「言ったけかな~」と首を傾げていると、ようやくアスナが現実世界に帰還を果たし、
近くにあった時計を見ると、

「まずい!約束の時間に遅れちゃう」

横島を送り届ける時間が過ぎてしまいそうになり、慌てながら横島のひじの辺りを掴んだ。

「どうし、のわ!?」

アスナは、横島の肘をつかんだまま学長室に向けて走り出した。引きずられる形になった横島は、
床や壁などに何度も体を叩きつけられていた。アキラと朝倉は呆けてしまったが、アキラは
自分も付き添いを頼まれていたことを思い出し、横島の身を案じながら追いかけていった。
そして、確認したい事が終わった朝倉は、踵を返し横島たちとは反対方向に進みながら、

「やっぱり、書類通りか…でも、写真が一枚もないんだよね」

朝倉は、自身の持つ情報網とコネ、そして千雨にも協力してもらい、横島について調べを進めていた。
千雨に関しては、横島の名前を出さずに、手に入れた書類に書かれていた、中学・高校の
卒業生について調べてもらった。結果、データ上には名前が出るのだが写真はおろか卒業生に聞いても
『横島忠夫』の名前は出てこなかった。口元は笑みの形をしていたが、真剣な目つきをした彼女が、

「横島さんか、本当に何者なんだろうね」

いくら調べても手がかりに辿りつく事ができないため、更に興味を引かれていった。
そして、全く横島に関係ないことだが、最後に純粋な好奇心からポツリと、

「それはそうと、大河内とアスナ、腕相撲したらどっちが勝つのかな?」

片手で青年男性を引きずるアスナと、片手で人の動きを止める事の可能なアキラ、いい勝負をしそうである。
机が壊れなければの話であるが。


学園長室に到着するとアスナは、部屋の前にいる男性に気づき顔を輝かせながら、傍によっていき、
横島の肘を離しながら、

「お待たせしました、高畑先生。横島さんをお連れしました」

ニッコリと微笑むアスナであった。可愛らしい笑顔であったが、ボロボロの横島を見たタカミチは
少し顔を引きつらせながら、

「あ、ああ、ありがとう、明日菜君。大河内君、横島君は生きてるかい?」

「…大丈夫みたいです」

タカミチは、心配しながら横島を膝枕しながら腫れたり打ち身の箇所を擦っていた、アキラに声をかけた。
横島の傷は、アキラが触った箇所からどんどん腫れ等が癒えていった。横島の非常識になれているのか彼女は、
安心していたがそれを見ていたタカミチは、横島の異常な回復力を知ってはいたが生で見る事により
冷や汗をかいていた。傷がほとんど癒えた横島が、気持ちいいのかニヤケ面のままアキラの太ももを堪能し、

「アキラちゃん、心配してくれてありがとうね。もう部屋に入っていいんですか?」

「こちらが呼んどいてすまないんだが、今来客中でね。少し待っててくれないか」

「へーい。気にしなくていいっすよ」

タカミチの答えを聞きながら横島は、もう少しアキラに膝枕して貰いたかったので、起き上がろうともしなかった。
アキラは、多少恥ずかしかったのだが、横島が喜んでいるのがわかったのでそのままの体勢を維持していた。
アキラの行動は、生徒が全くいなかったのも大きな要因であった。しかし、横島の幸せは
『ガチャ』と言う音共に直ぐに終わった。横島が来客者に、もっと長くいろよと思いながら、
扉を開けた人物を見ようとした。しかし、横島の位置からはまだ見える位置にはいなかった。

「おっ、もう終わったのかい?」

「はい。では、失礼します」

横島は、聞き覚えのある声に「ん?」と言いながら扉のほうを見ていると、部屋の中から
ひょっこりと茶々丸が現れた。

「やっぱり茶々丸ちゃんか、学園長になんかされんかった。もし変な事されたなら、しっかり言うんだぞ」

「安心してください、何もされませんでした。・・・膝枕ですか」

「おう!心地良いぞ」

「・・・そうですか、そろそろ行きます。また今度」

「またね~」

茶々丸は、アキラにも一声挨拶し、タカミチとアスナに会釈し去っていった。帰り際にポツリと
「・・・膝枕ですか」と呟いた。

タカミチは「ほお」と言いながら、目を丸くしていた。担任になり2年近く接している自分よりも、
横島に好感を持っていることを見てとれたためである。そして、アスナも他にクラスに知り合いがいることは
聞いていたが、見ると聞くでは違うということを実感し、

「茶々丸さんって、あんまり話した事ないんだけど、どんな子なの?」

茶々丸に興味を持ったアスナが横島に問うと、この男は立ち上がりながら考える事無く即答した。

「いい子だぞ。ちょっとドジなとこもあるけど。なっ」

「・・・うん」

アキラにも確認をとると、彼女は色々と思い出したのか苦笑しながら肯定した。二人の意見を聞いたアスナは、
機会があれば茶々丸に話しかけてみようと思っていた。そして、タカミチが気になったことがあったようで、

「どうして、知り合いになったんだい?(まさか、エヴァとも知り合いか?)」

「うっ」

横島が言いよどんでいると、少し嫉妬心をだしたアキラがジト目になり横島を見て、

「・・・ナンパしたらしいですよ」

「・・・ええ~バイトの時に中学生はナンパしないって、言ってたじゃあないですか!」

「か、堪忍や~なんか知らんが、そういう流れになったんじゃ!」

幾度目かのバイトの時に、そのような事を言っていたらしい。横島としては、アレはナンパではなかったのだが、
アスナが横島の言い訳を聞くと不真面目な対応と思ったらしく、「横島さん、ひっどい」と言われた。
そして、横島が反論しようとしたとき、肩を思い切り握られた。

「横島君、君は僕の生徒に遊びで手を出したのかい?」

タカミチが、表情を消し平坦な声を発した。タカミチの雰囲気に横島はビビリながら、

「タ、タカミチさん、肩がもの凄く痛いんで、離してほしいんですけど~」

「遊びなのか、それとも真剣なのか、どっちだ?」

タカミチは、横島の要望を無視し普段の温厚な喋り方から、刺々しい喋り方に変化していった。
横島は、遊びとも真剣とも答える事ができずに、

(どう答えろっちゅうねん!)

横島は、肩の痛みとタカミチの精神的圧力を、学園長が入室して来ないのを怪訝に思い呼びに来るまで受け続けていた。
その間少女達はと言うとアスナは、真剣なタカミチもカッコイイと魅入っていた。アキラは、
自分の不用意な一言の所為でこのような事態になったために、止めようとしているが止め方がわからずオロオロしていた。

ちなみに、茶々丸が学園長室にいたのは、エヴァの警備の給料の振込みに手違いが生じ、
主に代わり直接受け取りに来ていた。


「はっはは、何だそういう事だったのか。すまなかったね」

学園長室に入って何とか事情を説明すると、タカミチの剣呑な気配がおさまった。横島は、
握られていた肩をさすりながら、

「誤解が解けたんなら、いいっすよ。うんで、俺を呼んだ理由は何ですか?」

「それなんじゃがな、明日タカミチ君が所用で警備に出れないんじゃよ。それで、彼の代わりに
警備に出てほしいんじゃ」

「構わないっすけど、ちゃんと報酬貰いますよ」

「フォフォフォ、安心せい、ちゃんと色をつけて払うぞ。ココが担当地区じゃ、よろしく頼むぞ」

「へーい。じゃあ帰りますね」

横島は、用事が終わるとさっさと部屋から出て行き、待っていたアキラと一緒に帰った。横島が、
出て行ってから数分経つと、

「学園長いいんですか? ただ横島君の実戦が見たいだけで、警備に出して。明日は暗闇にまぎれて、
結構の数の侵入者がいるかもしれませんよ」

タカミチの心配は、侵入者の数もだが極稀に質の高い敵が来る場合があり、それが心配であったが、

「構わんじゃろう。君にも、離れた所から監視してもらうしの。他にも保険もかけておくから、問題ない」

学園長も、さすがに1人で任せるのは何かあった時に拙いと思い、タカミチの他にも声をかける気でいた。
タカミチも、それならまだいいかと思い安心していた。


当日横島は、市街地にある自身の担当地区の広く開けてはいるが、草が足首の高さまで茂った場所にいた。
そして、前方は森になっており、侵入者はその森を越えて来なければ麻帆良には入れなかった。
最初から戦闘などする気がない横島は、大停電より大分前にココを訪れ、ある作業をした。その結果、
森の中からは悲鳴や叫び声が横島の耳に届いていた。時々、魔法か気かは判別がつかないが、
轟音も聞こえていたのだが、それも悲鳴と共に消えていった。

「はぁ~楽だわ。しっかし美神さんだったら、楽に突破してくるんだけどな」

横島は、非殺傷系のトラップをコレでもかと作り、待ち構えていた。非殺傷とはいえ、
当たり所が悪ければ骨の2~3本の覚悟が必要なものばかりであった。怪我はしないが、
精神的に来るものまで作っていた。落とし穴の中に、猫のフン・生理的嫌悪を感じる虫等を、
入れたもの等も作っていた。怪我をした方が、名誉の負傷のためましな気がしないでもない。

離れたところで見ていたタカミチは、もし横島と戦闘する事があったら、罠に嵌りたくないので、
絶対に離れずにいようと決心していた。

停電から一時間も過ぎると、次第に悲鳴の数も少なくなってきた。そして、複数の視線が広場の中央にて、
欠伸をしている横島に注がれていた。それは、学園長の手配した保険、偵察用のカメラ、
そして物陰に隠れていた朝倉和美であった。現場に着いたばかりの和美は、

「悲鳴? 横島さんは、気にしてないみたいだけど絶対何かあるわね」

朝倉和美、バンダナに盗聴器は仕掛けなかったが、超小型の発信機を取り付けていた。
今日は仕事が休みで家にいる筈の横島が、どんどん市街地にいるのを不審に思い、追ってきていた。

そして、横島が森のほうを見て感心した風に「おっ」と言うと、横島から森と広場の境目に注目しだした。
数秒経つと、ガサガサと音を立てながら1人の、年の頃はまだ十代前半・髪は黒色・犬耳の学生服を着た少年が
ふらつきながら現れた。怒りから目つきを鋭くした少年は、横島を見つけるとドスドスと音を立てながら歩き、
横島を指差しながら、

「お前か! あんなトラッ『パカ ヒュ~ン ドスン』」

少年の足元から間抜けな効果音がした瞬間、少年の体は地面に吸い込まれていき落下した。
それを見ながら、横島がいけしゃしゃあと、

「気をつけろよ、其処ら辺にも落とし穴あるからな」

落ちたせいか土まみれの少年が、這いずりながら出てくると、

「遅いわ、ボケ! 決めたで、お前は絶対にこの手で、ボコボコにしてやるで」

「根性あるな坊主。ん? なんかお前臭うな・・・裸足か、靴はどうした」

少年の頑張りにパチパチと拍手していた横島が、近づいてきた少年から漂う臭いにニヤニヤしながら問いかけると、
少年は足を止め更に顔を歪ませながら吐き捨てるように叫んだ。

「うるさいわ、あんなん履けるか!」

怒鳴りっぱなしの少年を、からかうのが楽しくなってきた横島は、笑いながら、

「あっちから来たって事は坊主、さては茶々のウンチ踏んだな」

「茶々って誰や?」

「俺の愛猫」

少年は図星だったようで、額に井桁を浮かべながら、

「今度その猫、いじめてやる」

笑いながら横島は、まだ元気のある少年の発言に、無理だろうなと思っていた。苛める事は可能かもしれないが、
そのあとに誰かにバレたら、この少年が地獄を見るのは明白である。それを指摘するのも面倒だったので、
話題を変えることにした。

「でっ、坊主は何しに来たんだ? 遊びにきたんか」

「ちゃうわ、強い奴がココに居るって聞いたからきたんや・・・まさか、あんたがそうなんか?」

こいつバトル好きのかと思い、面倒だなと顔を顰めた横島は、少し考え心当たりがあったのか、
ポンと手を叩き、

「それ俺じゃあないぞ、多分俺の知り合いだ。いないから、今日はもう帰れ」

「ホンマかならしゃあないな、じゃあまた今度な」

そう言うと少年は、横島に背を向けて歩き出した。横島が「おっ、ラッキー」と言った時、
少年の体が消えたかと思うと、横島の横から声が聞こえた。

「そんな訳あるか、ボケが! 喰らえ、我流・犬上流 狼牙双掌打」

叫びながら横島の体に跳びかかった少年は、両手の掌に溜められた気を一気に開放し、掌底を放った。
奇襲が成功し、当たると確信した少年は、唇の端を持ち上げていた。そして、横島の横っ腹に当たったと思った瞬間、

「はぁ、やっぱりそうだよな」

襲撃を予想していた横島は、ため息をつきながら、一歩後ろにヒョイッと下がるだけで掌底を回避してしまった。
横島に体を晒した少年は、笑みを強張らせ、真横から来るであろう衝撃に耐えるため歯を食いしばった。
しかし、予想していた衝撃も無く無傷で着地した少年は、横島からの攻撃がなかったために困惑しながら、

「・・・? 何で攻撃しなかったんや。隙だらけだったやろ」

「喧嘩は嫌いなんだよ。それに、ガキを殴るのはな~」

横島も侵入者とはいえ、少年を殴るのは気が引けていた。そして、少年は屈辱と歓喜により震えていた。
少年は、目の前にいる男に相手にもされていない事に屈辱を味わされていたが、自分の先制攻撃を余裕を持って、
かわすほどの実力を持つ人物に合えたために屈辱以上に喜んでいた。少年は、横島を指差しながら、

「まだ名乗ってなかったな、俺は『犬上小太郎』や! 兄ちゃんの名前はなんや?」

「あん、なんだ急に」

横島は、いきなり期待の眼差しでこちらを見てくる少年・小太郎に、嫌な予感がしていた。

「名乗ったんやから、返さんのは礼儀に反するぞ」

「しゃあない、男に名乗ってもつまらんが教えてやる。人呼んで『伊達雪之丞』だ」

思いっきり偽名を使い、その姿は全く後ろめたく無いのか堂々としていた。シリアスな時ならともかくとして、
この状況でこの男に礼儀を求めるのが、そもそもの間違えである。横島の偽名を聞くことが出来、
忘れないように「伊達雪之丞、伊達雪之丞…よし覚えた」と呟いている哀れな少年がいた。
そして、気合十分な小太郎は再び横島の方を指差しながら、

「雪之丞の兄ちゃん、正々堂々勝負や! ・・・何を笑っとるんや?」

小太郎の視界には、地面に膝をつき片手で腹を押さえ、もう片方の手で地面を叩く横島がいた。
からかいがいのある少年に、横島は大喜びしていた。ひとしきり笑うと、平然を装って立ち上がったが、
唇が先ほどの名残からヒクヒクしていた。

「な、何でもない。よし正々堂々の勝負だな。行くぞ」

言葉が終わると、横島は小太郎に向かって突撃していった。小太郎も接近戦を選択し、
その場で迎え撃つために腰を落とし、待ち構えた。そして、互いの体が一瞬だけ重なった、
真横から見るとだが。上から見ると、横島が小太郎の横を通過して行くのが見えたであろう。
真っ向勝負を期待していた小太郎は、横島のあまりにも予想外の行動に「へっ?」と言うのみだった。
固まる小太郎の背に、

「だっれが、正々堂々なんてするか。ばーかばーか」

その声に慌てて振り向くと小太郎の顔に『ビシャ』と、5m程離れた所にいた横島から、
体の何処かに隠し持っていた水風船を投げつけられ、顔をビショ濡れにさせられた。
横島が後ろを向き、自身のお尻を叩き出し挑発し、また走り出していった。


それを、離れて見ていた者達の一部は、

「僕が、戦ってあげたほうが良かったかな?」

「あの少年何者かな? さっき手から何か出してたけど。しっかしまさか、横島さんを追って違う世界見つけるとはねぇ、
横島さんにインタビューしなくっちゃ」

タカミチは同情し、朝倉は結構楽しんでいた。しかし、朝倉は前方の二人を気にしすぎて、
気づいていなかった。自身の直ぐ後ろに忍び寄る影がある事に。


水に濡れ冷えた小太郎の頭から、『ブチブチ』と音が鳴り、

「ここまでコケにされたんは、はじめてや。殺したる!」

柳眉を逆立てた小太郎が、全速力で走り出した。すると、先ほどまで横島の立っていた地点で盛大に転び、
受身も取れず顔面を強打し、痛みのため声も出せず顔を押さえ転がった。小太郎は痛みが治まり、
足元を見ると草を結んだ輪っかがあった。そして、一旦落ち着き辺りを見ると、同様のブビートラップが目に付いた。

「な、何であの兄ちゃん。走り回って平気なんや?」

小太郎の近くを走り回っている横島が、乱雑に仕掛けた罠にかかる気配が無い事に、小太郎は戦慄していた。
小太郎は、走って追いかけるのを諦め、顔に笑みを浮かべ、

「なら、これや」

小太郎は、月明かりに照らされた自分の影から、漆黒の犬を出現させた。その光景に足を止めた横島が、

「おお、影から、犬が出てきた。病気か?」

「どんな病気や。これは、俺の『狗神使い』の能力だ。いけお前ら、あの兄ちゃんを捕まえろ」

主の命令を聞いた狗が、横島目掛けて突進していった。焦る事無く横島は、息を吸い込み大声で、

「おすわり!」

その大声に反応し、狗達が横島の手前で止まりキレイにお座りした。そして、横島が「よし」と言うと、
横島に尻尾を振りながらじゃれ付いていた。中には、腹を見せてくる狗もいた。横島は、そんな狗達を撫でながら、

「犬も可愛いもんだな。茶々には負けるけど」

「ちょっとまてや!お前ら、何でその兄ちゃんに媚びるんや!」

小太郎の疑問は最もであるが、狗が横島に勝てないと本能的に察したのと、この男特有の物の怪の類に好かれる
特異体質の結果である。

「坊主も媚びたらどうだ?」

「俺は媚びない。兄ちゃんに一撃叩き込むまで、引かん」

横島が、小太郎を青いなと思いながら、言い放った。

「いいか坊主、自分より強い奴には『引いて・媚びて・省みろ』。それで、相手が背中見せたらラッキーと思え」

何処かの『聖帝』と正反対の事を口にした。

「兄ちゃんには、プライドはないんか?」

「そんなもんで、自分の命が守れるか! 相手が強かったら、土下座して靴の裏も舐めるぞ」

「情けない事を、胸張って言うなや。もういい、お前ら戻って来い」

小太郎は、裏の世界で汚い仕事もやってきたが、高位の実力を持つと思われる(既に半信半疑)男が、
ここまで卑屈になるのが信じられなかった。卑怯な事をする者もいたが、実力者は何処かで自身の力を信じていた。
そして、小太郎がイヤだったのが、そんな男に自分の狗神が懐いている事であった。
そのため、さっさと戻ってくるように言ったのだが、

「・・・言う事聞けや」

主人である小太郎を無視して、まだ横島にじゃれ付いていた。肩を落としている小太郎を、
不憫に思った横島が、

「ほらお前ら、坊主が呼んでるぞ。行ってやれよ、可哀想だろ。・・・そんな悲しそうな目で見んなよ。
また遊んでやるからよ」

狗達は、「くう~ん、くう~ん」と鳴きながら名残惜しそうに、敵のはずの横島をチラチラと見ながら
小太郎の元に戻って行った。その中の一頭が、小太郎を睨みつけたが他の狗達に、宥められ
大人しく影の中に戻って行った。横島に同情されるは、狗達は言う事を聞いてくれないために、
ほんの少し涙目になった小太郎に、

「あ~まだやる?」

「・・・当たり前や」

小太郎は、一発でも入れないと心が折れそうだった。そして、やりすぎたかと思った横島であったが、
虚しい思いをしたのにまだ戦いたいと言う、少年の心意気を買い再び走り出した。心意気は買っても、
決して正面からは戦わなかった。

追い駆けっこが始まると、小太郎は罠を警戒して全力では走れず、横島に全く追いつく事ができなかった。
しかし、追いかけてから5分ほど過ぎると、異変が起きた。

「しまっ『パカ』」

何と横島が、森の手前にある落とし穴に落ちてしまった。小太郎は、その姿に目を疑ったが事実に気がつくと、
お日様のような笑い顔を浮かべ、落とし穴に近づいていった。

「はっはは、間抜けな兄ちゃんだな。自分の罠に嵌りよった」

本当に嬉しそうに小太郎が穴に近き、どんな格好で落ちてるか想像しながら覗き込むと、
普通に直立する横島と目があった。小太郎は、心底残念そうにしたが気を取り直し、
逃げ場の無い穴の中に飛び込もうとし気がついた。横島の手にロープが握られていることに。
しかし、自分の足元で輪を作っているロープには、草に隠れ残念ながら気がつかなかった。
笑顔の横島が、そのロープを思いっきり引っ張ると、森の木々に引っ掛けられていたロープと連動し、
小太郎の足元にあったロープも引っ張られた。

「ぎゃ」

小太郎は、短い悲鳴と共に宙吊り状態になってしまった。そして横島は、直ぐに穴から飛び出し
近くの木にロープを括り付けた。ついでに、ロープを千切られない様に、小太郎の体をロープで
グルグル巻きにした。芋虫状態にされた小太郎に、

「ほれ、もう降参しろ。あっ、これ俺のアパートの住所。犬連れて遊びに来い」

狗達に、また遊んでやると言う約束から、アパートの住所を書いた紙をロープの隙間から
出ているズボンのポケットにねじ込んだ。

「ふん、まだや!」

小太郎は、諦める事を嫌がり奥の手である獣化をしようと、精神集中しだした折に、
森の陰から出てくる女性を視野に入れ呟いた。

「・・・女?」

「なに! どこじゃー」

小太郎の呟きに、瞬時に反応した横島が、小太郎の向いている方向を向き、驚きで目を見開いた。

「何でここにいるの、和美ちゃん」

両手を背中に隠し、にこやかな表情の朝倉和美がゆっくりと歩いてきていた。朝倉の隠された手には、
月明かりにより不気味な光を放つ、ナイフが握られていた。そして、朝倉の登場により困惑し固まる横島の元に、
少女が腕を振るえば当たる距離まで接近してきた。朝倉は、微笑んだまま手に持ったナイフを閃かせると、
月明かりのみの大地にくぐもった悲鳴が響き渡った。



[14161] 大停電 後編
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/04/29 23:03
「ぐっ…う…兄…ちゃん、何すんや…」

「悪い、だけど我慢しろ」

驚いていた横島は、朝倉が持つナイフにいち早く気づき、その凶器が振るわれると体を後ろに傾けた。
そしてナイフの間合いで動けずにいた小太郎の腹に、下がりながら左肘を叩き込み、少年を無理やり
後ろに動かす事で助けた。そして、朝倉は避けられたのを気にせず、二度三度とナイフを振るい横島を切りつけてきた。
元々標的外だったのか、悲鳴を上げた小太郎は初撃以降はナイフを振るわれることは無かった。
横島は朝倉を攻撃して止める事できないため、防戦一方であった。

「か、和美ちゃん。そんな危ないもん、ポイしよポイ」

「……」

微笑みのままの朝倉は、口が引きつった表情の横島の言葉に全く反応せず機械的にナイフを繰り出していた。
朝倉のナイフ捌きは、拙くお世辞にも上手いとはいえず、そのため横島には簡単に避ける事ができていた。
動き続けながら横島は、何かいい手はないか考えていると横島の位置から見える場所に、
3枚の札をだらりとさげた左手に持った、髪を伸ばし放題にした目つきの鋭い男が現れた。
その男は、その中の一枚の札を右手に持ち低い声で、

「出ろ、サンチラ」

横島は、男の出現よりもその札より出現した六道家のヘビを司る式神に一瞬狼狽し、動きを止めてしまった。
朝倉は、その隙を見逃さず渾身の突きを放った。顔に向かってくるナイフを横島は、「のわ~」と言いながらも、
反射的に両手でナイフを挟み込むようにして止めた。ホッとした横島に向けて、朝倉の後方から先ほど現れたサンチラが、
電撃を放つのが見え舌打ちをしながら、

「ちっ、ごめんね和美ちゃん」

横島は、朝倉からナイフを奪うため挟んだ手を横になぎ払い、無理やり朝倉のナイフを奪うと
瞬時に手放しながら返す手で朝倉を横に突き飛ばした。そして自身も和美とは反対側に跳び、
放たれた電撃をやり過ごした。横島は、直ぐに起き上がり朝倉を見ると目を見開き、

「お前、マコラか!」

横島が目を向けた先には、さきほどまで朝倉の姿をしていたのだが、サンチラの電撃か
横島に突き飛ばされた影響からか、元の姿に戻っている六道家のサルを司る式神に目を見張った。
そして、再び朝倉の姿に戻るマコラに目を奪われた横島は、戦闘中という事すら忘れ棒立ちになり、

「くそ、何で12神将がいるんだよ?」

「…ほお、よく知ってるな。次だ、行けシンダラ」

男は横島の独白に答えながら、立ち尽くす横島の隙を見逃さず更にもう一体式神を召喚し、突撃させた。
反応の遅れた横島は、トリを司る式神の素早い突撃を真横から横っ腹に喰らい、クの字になり「が、はっ」と
声を漏らしながら、10m程吹き飛ばされた。男は、手を緩める事なくサンチラの電撃とシンダラの突撃を繰り返し行わせ、
横島の体にダメージを与えた。

「いったたた…ぎゃ…うがー」

横島の悲痛の叫びが周囲に響いた。

この男が使用したのは、六道家に伝わっていた式神である。六道家は、冥子が生まれるまでは
東洋呪術の関西呪術協会に所属していた。協会の中でもかなり高い地位にいたのだが、
当主であった冥子の父が子供が生まれると、血生臭い世界で育てるのが嫌だったのか、

「この子に、危ない事させたくない!」

と言い、裏の世界から足を洗った。ついでにこちらでは仲が良好であった、鬼道家も引き抜き
占い関係の仕事を創めていた。協会の長の娘も通っているらしく、それなりに繁盛しているらしい。
そして六道家は、組織を抜けるために一族に伝わっていた12神将を協会に引き渡していた。
多種多様の能力のため使い手が居らず、封印されていた。

横島も冥子と知り合ったために、気になりこちらの世界の六道家に調べたが、何もわからず
途中で面倒になり諦めていた。

そして、この場に六道家の式神があるのは、最近札に封印されていた式神が数枚盗まれていたためである。


男は、式神達の猛攻により動かなくなった横島に近づき、縛られた小太郎を侮蔑するように見ながら、

「ふん、この程度の男に負けたのか」

「うっさいわ! 誰か知らんけど、お前こそ式神のおかげで勝ったんやろ!」

「ふん、それでもこの力は俺のものだ。雑魚は黙っていろ」

目を鋭くした小太郎は、見下されたのが我慢ならず一気に獣化し縛られていた縄を無理やり引きちぎり、
相手の式神に対して狗神を影からだし、

「お前に勝ったら、あの兄ちゃんより強いってことやな」

好戦的な小太郎は、無茶な理論を言いながら狗達に指示を出そうとすると、命令する前に数頭が勝手に動き出し、
倒れている横島の元に向かっていき舐めだした。先ほど横島に懐いた狗達であった。

「…お、お前らな」

「自分の狗も操れん、半人前か」

小太郎が、空気読めよと思いながら呟き、式神使いの男は小太郎を馬鹿にする様な目で見ていると、
その場に笑い声が響いた。

「ひ、ひゃはは、お、お前らそんなとこ舐めちゃだめ~」

小太郎と男がギョッとし、声の主を見ると狗達に肌が見える箇所全てを舐められ、笑いこげる横島がいた。
男が、唖然としながら、

「も、もう目覚めたのか…」

「たっくもう、お前らのせいでバレちゃったじゃあねえか。潰し合いしてくれると思ったのに」

苦笑した横島は、纏わりつく狗達を責める事を言ったが、怒った雰囲気はなく楽しそうに狗達を撫でていた。
狗達もわかっているのか、横島にもっと撫でてとくっついて離れずにいた。そして、小太郎が恐々といった感じで、

「に、兄ちゃん、平気なのか?」

「何が?」

「さっき式神に派手にやられてたやろ?」

「ああ、平気平気。12匹にフルボッコにされたならともかく、2匹だけの攻撃だろ大した事ないわ。
使い手も2流ぽいしな」

12神将の暴走に、度々巻き込まれた事のある横島ならではの体験談であった。横島に2流扱いされた事に切れた男が、

「なんだと! なら今度こそ仕留めてみせる。そして、高畑・T・タカミチを倒して名を上げてみせる」

「アホか。いくら式神が良くても、二流がタカミチさんに勝てるわけ無いだろ」

「2流と呼ぶな!」

男は、叫びながらシンダラを突撃させ、再び横島を吹き飛ばそうとした。サイキックソーサーを出した横島は、
上半身を捻りながらシンダラをやり過ごすと、間をおかずにサンチラの電撃が迫ったが、
ソーサーを投げつけ相殺した。そして、マコラの襲撃を警戒し目を向けたが、一拍遅いタイミングで
朝倉(マコラ)が攻撃してきたので、余裕を持って常体を整えマコラの右の突きを右手で払い左足を前に一歩踏み込み、
朝倉の横をとると両手で突き飛ばした。そして、後ろに下がりながら、

「う~ん。マコラと判っててもやりずらいな」

親しい人物の姿をしているために殴れずにいると、懐いた狗達と目が合った。そして、
いい考えが浮かんだのか、にやっと笑った横島が、

「お前ら、その子と遊んでろ」

横島が、お願いすると狗達は尻尾を振りながら、マコラに飛び掛り押し倒した。マコラもじたばたともがくが、
戦闘能力が低いため抵抗むなしく押さえ込まれてしまった。こうして強くはないが、厄介なマコラを抑えるのに成功した。
そして、小太郎は式神使いと横島を一度ずつ見ながら残りの狗神をしまい、迷う事なく横島の真横に忍び寄っていき、

「やっぱり、兄ちゃんと戦うのが面白そうやな!」

嬉しそうに笑いながら小太郎が右足で跳び蹴りを横島の顔目掛けて放つが、寸前で横島の左腕に阻まれた。
横島は、小太郎と目を合わせながらめんどくさそうに、

「坊主、お前あの2流とやるんじゃあなかったのかよ」

「あんなショボイのより、兄ちゃんが俺の獲物や」

宙で一瞬静止した小太郎は、腰を捻り左足で横島を蹴りつけたが、横島の伸ばした左手に右脛を掴まれ、
隙をうかがいながら電撃を放とうとしているサンチラに向かって投げ捨てられた。

「があーー!?」

横島は、サンチラの電撃により体が固まった小太郎には見向きもせず、聞きたいことがある式神使いの男に
向かい走っていった。横島の標的となった式神使いは、余裕の笑みを浮かべながら前方からはシンダラを、
後方からはサンチラに攻撃させた。シンダラの真正面からの突撃を、横島は右腕に展開させた栄光の手の甲で
目の前まで接近してきたシンダラの腹を押し上げ、力ずくで矛先を変えさせた。

「…ごめんな」

シンダラに謝りながらも、疾走を緩めず男に近づいていった。横島の接近にもまだ余裕を保っていた男は、
更に横島が後方からのサンチラの電撃を後ろも見ず、天高くジャンプしてかわすのを見ると、

「ちぃ、下がっ「させるか、伸びろ」…なっ」

跳んだまま横島は、右腕を左腕で支えながら栄光の手を拳状態のまま伸ばした。栄光の手は、
驚愕の表情を浮かべた男の胸に吸い込まれていった。男は、悲鳴を上げることも無く後方に吹き飛ばされ、
2~3回跳ね力なく倒れ伏した。まだ意識は在るようでうめき声を上げていたが、式神たちを
指揮をする事はできないのか、式神は動きを止めていた。横島は足早に胸を押さえ倒れた男に近づき、
その手に握られた札を奪い取り、

「おい、どこで和美ちゃんの姿を知った」

楽観的な横島でも、偶然マコラの姿が朝倉になったとは考えず、詰問出来るよう気絶させないよう手加減して攻撃をした。
男が、苦痛に歪んだ顔に無理やり笑みを浮かべ、口をほんの少し開き声を発した。

「あのおん「今度こそ貰った!」ぐえ…」

横島が男の声を聞き逃さないため、横島が男の傍で屈むと頭上を小太郎の拳が通り過ぎていった。
横島を狙っていた獣化したため地さえ抉る拳が、男の胸に直撃し蛙が潰れたような悲鳴を上げ沈黙した。
そして、横島が吼えた。

「この馬鹿坊主! 折角こいつが、何か言おうとしたのに潰しやがって!」

「関係あらへんわ、俺は兄ちゃんと戦えればそれでいい。女なんて、どうでもええやろ」

小太郎は、力を発揮した横島の栄光の手に注目していた。横島と戦いたくてワクワクしている小太郎に、
珍しく真剣な表情になった横島が、

「いいか、坊主。女の子を守れない男なんて最低だぞ」

横島は、小太郎への忠告だったが、何故か自身の胸が締め付けられ困惑していた。

「ふん、ようは強ければええんやろ。ごちゃごちゃ言っとらんで行くで」

「ふー、その考え矯正してやる」

横島と戦闘できるとわかり、目つきを鋭くした小太郎は一気に動き出した。獣化しパワー・スピード・ディフェンス
全て上昇した小太郎であったが、突き・蹴りは空を裂くのみで、フェイントを交え攻撃しても全て先読みされ
当たる事はなかった。横島は、今度は避けるのみではなく、小太郎の猛攻に合わせて左手で触るだけの打撃を放っていた。

「その程度の力で守れると思ってんのか。自分の身も、無理だぞ」

息一つ乱していない横島に対して、小太郎は既に満身創痍であった。横島は軽い打撃しかしていなかったが、
全てがカウンターになり小太郎の小さな体にダメージを蓄積させていた。予想以上の強さを誇る横島に、
小太郎は肩で息をしてはいるが楽しそうに笑い、

「ま、まだまだ、これからや。その右腕使わせて見せる」

小太郎の目的が、当初は横島と戦うから一撃入れるに変わり、遂に右腕を使わせるに変わっていた。
本人にその事を問えば間違いなく、勝つと言うだろう。

(さて、どうするか。大振りの攻撃は、まず当たらんやろうな…なら)

小太郎は、どうすれば横島に当てれるかを考え一つの答えを出した。それは力を入れた攻撃をやめ、
手数・俊敏性の「スピード」に絞った。小太郎が、出した答えは当たりと言えた。一撃に力を入れていた時には
喰らっていた打撃も、小太郎が4~5発の打撃を放つのに一撃を返すのがやっとになっていた。

「ちっ、めんどくせ。和美ちゃんも気になるし、終わらせるか(その前に、あいつ等しまうか~
俺にも出来んのかな?)」

式神使いを倒した事で、特に問題はないと思っていた横島は、小太郎を倒す前に式神たちを戻すために札に
「戻れ」と念じると、2匹の式神が札に戻った。横島は試してみるもんだと思っていると、
狗上たちに押し倒されているマコラだけは、戻る事無く姿を保ったままだった。小太郎の攻撃を反射的に避けながら、
眉を寄せて浮かない顔つきをした横島が、嫌な予感がしながら札を見ると、

「…珊底羅(さんちら) …真達羅(しんだら)…迷企羅(めきら)…へ? 摩虎羅(まこら)じゃあない!?」

「兄ちゃん。また余所見とは、つれないやないか」

札を見つめたまま棒立ちになり顔を顰めた横島を、隙アリと見た小太郎は直前までのスピード主体のスタイルから、
大振りの一撃によるスタイルに変えてしまった。スピード重視であったら、触れることは出来たかもしれないが、
余裕を失った横島の、

「うっさいわ、ボケガキ!!」

怒鳴り声と同時に、横薙ぎに振りぬかれた右腕に顎を打ち抜かれ、小太郎は膝から崩れ落ちた。
その顔は、横島に右腕を使わせた事により、何処か満足そうにしていた。横島は、心のうちを焦燥感に襲われながら、
急いで式神使いの元に駆け寄り体を探ったが、

「…ない…まさか、もう1人いるのか…」

「横島さん! 危ない!?」

『バーン』

和美の声に反応し、そちらに顔を向けると背が高く茶色長い髪を後ろでまとめたスレンダーな
20代後半の女性が両腕を後ろに縛られた和美を捕まえ右手の銃を横島に向けていた。
女性の目はとても冷たく感情を見せないまま、躊躇いなく引き金を引いた。右腕を掲げた横島が、
血を撒き散らしながら後ろに倒れこむのを見た和美は目を見開き、

「いやーー横島さん、横島さん!」

撃たれた横島に、近寄ろうとするが捕まり一歩も進む事ができずにいると、涙により視界が霞んでぼやけたまま女を睨みつけ、

「離せ! このババア」

女は和美の侮辱の言葉を聞くと冷酷な笑みを浮かべ、いつの間にか右手に握られているものが、
銃からナイフに代わっていた。そして、和美を離し正面にワザと回り、横島の元に行こうとする和美の前に立ちはだかりながら、

「あなた、もう邪魔ね。死になさい」

タカミチと学園長の依頼で横島を見守っていた人物が、危険と判断し動こうとすると、

「いくらキレイなネエちゃんでも、その子に手を出したら許さんぞ」

「横島さん! 良かった」

頬を涙で濡らした和美は、横島が起き上がるのを見て喜びの声を上げた。横島は、放たれた銃弾を反射的に
栄光の手で逸らそうとしたが、逸らしきれずに右の二の腕を抉られたために熱を感じながらも立ち上がり、
和美を刺そうとしている女性を背後から牽制した。


タカミチと依頼を受けた者は、横島が最初から銃弾を逸らしていた事に気づいていたが、
直ぐに動けるとは思っていなかったために感心していた。依頼を受けた者は、ライフルを女性に向けたまま、

「学園長め、面倒な依頼を頼んだものだよ。しかし、朝倉を見逃せと言ったがどうする気だ?」

今回の監視では、何か変化があれば連絡するように言われていた為に、朝倉を発見すると同時に報告したが、

「本当に危険になるまで、見逃すんじゃ」

「…本気ですか?」

「もちろんじゃよ」

同様の事をタカミチにも学園長から連絡があった。タカミチは、学園長に対して不満を持ちながらも
従っていたのっだが、思わず呟いてしまった。

「学園長、彼を縛る鎖がそんなに必要ですか…むしろ逆効果にしかなりませんよ」

タカミチは、学園長の狙いを読み当てた。横島を手元に置きたい学園長は、和美を横島を動かすための
鎖にしようとしていた。そして、もし横島が学園から去る様なら和美を使おうとしている。そしてタカミチは、
魔法使いの立場としては学園長を理解できたが、横島の友人であり彼女の担任としての側面で悩んだ。

「…朝倉君を助けなかった事を知ったら、きっと彼は怒るんだろうな」

その負い目から、ある事件で学園長の命令に背き横島に加担する事になる。


背後を取った横島とナイフで朝倉を狙う女は互いを牽制し動けず、和美は横島が無事とわかり落ち着いたが、
冷静になったため目の前の女に恐怖し動けずにいた。膠着状態になった三者の内、横島と女はこの状況を切り抜けるために
考えを張り巡らせていた。和美は、恐怖によりうまく思考が出来ない状態であった。

(…この少女を刺して、後ろの男に投げつけて受け止めた瞬間、銃撃がいいかしら)

(俺が今使えるのは…駄目だ、いい案が浮かばん…そうだ! 後はタイミングか)

横島も何か思いついたが、使う時機をどうするか悩んでいると、視界の端から黒い影が音も無く駆けるのが見えた。
一瞬動揺した横島は、腹をくくりその影がチャンスを作るのを願った。背後の横島が動揺したのを感じた女は、
ナイフを和美に突くため動こうとした。しかし、真横から接近してきた影に気づくと、そちらに向けナイフを振るう前に
ナイフを持つ腕に鋭い牙を持つ狗に噛み突かれ傷を負わされた。狗は横島の敵意に反応し、
女を敵と判断しての行動であった。女は傷が深くなるのを承知で、腕を振り狗を引き剥がすと左手で銃を懐から引き抜き、
前を見ると背後にいたはずの横島が朝倉を庇う様に立っていた。

横島の横には、六道家のトラを司る式神メキラがいた。メキラの能力である、短距離瞬間移動で
和美の前に立ったのである。しかし、力の性質が違うためか無理やり使用したためか、メキラは直ぐに消えてしまっていた。

横島は打つ手を間違えていた。それは、女を戦闘不能にする事を先にしなかった事である。横島も理解していたが、
弾みで和美が傷つくのを嫌い彼女の前に立った。それを理解した女は、横島の行動に冷笑を送りながら、
引き金を弾切れになるまで引いた。横島は、栄光の手でほとんどを防いだが、先の傷の影響と容赦の無い銃撃のため、
とうとう一発の銃弾を右肩に喰らった。

「ぐう」

銃弾を喰らい一歩下がった横島は、傷口の熱さにうめき声を上げた。笑みを深くした女は、
弾を慣れた手付きで交換し再び狙いをつけた。横島は、右腕が動かず防ぎきれないと判断し女から背を向け、
和美を射線から隠すために自身の体を盾にした。和美は、横島が何をしようとしているか把握し、

「よ、横島さんなら、逃げれるでしょ、逃げてよ!」

「和美ちゃんを残してなんて無理だ。大丈夫、和美ちゃんには傷一つつけさせないから」

「だ『ドガン』」

安心するように笑いかける横島を止めようとした和美の声は、重く鳴り響いた銃声にかき消された。
しかし、横島に抱きしめられている和美は、衝撃すら感じなかった事に気づき横島の顔を見上げると、
彼も困惑していた。そして二人で女を見ると、銃を握ったまま女が倒れていた。二人は抱き合ったまま首をかしげた後、
横島は女に近づき武器と式神の札を取り上げ縛った。そして、音の鳴った方角を向いた。


「…ピンチなら手を出して良いと言う依頼だからね。それに、クラスメイトが傷つくのは見たくないしな」

女を狙撃した者は、そう言いながら除いていたスコープから一旦目を離し息をついた。

「まあ、体を盾にしたのは男らしかったが、学園長が気にするほどの者か?」

そして、再びスコープを覗き込みその男を見ると目が合った。男から200mほど離れた木の上に立ち、
狙撃していた者は偶然と思ったが、あろう事かその男は手を振ってきて御礼の仕草までした。
狙撃から位置を特定したと思い移動して再びスコープを覗き込むと、また目が合いビクリとしたが思わず笑みを浮かべながら、
その場を去っていった。

「なるほど、面白い男だ…横島忠夫か、覚えておこう」


「横島さん、これでいい? 初めてでうまく出来ないけど」

「くっ、あんがと。いい感じだよ」

地面に座っていた横島は、片腕ではうまく応急処置が出来なかったため、和美に肩をきつく縛ってもらっていた。
そして応急処置を終えると横島が立ち上がり、時計を見ると既に12時を過ぎていたために、

「んじゃ、帰ろうか送ってくよ。お前らもありがとうな、坊主が起きるまで見ててやれよ」

「助けてくれて、ありがとうね」

横島と和美は、傍にいた狗達を撫で気絶したままの小太郎を任し、去ろうとしたのだが、

「…離してくれよ~」

「くっくく、好かれてるわね、妬けちゃうよ」

狗達は、横島の袖やズボンくわえたり、前に回り体を摺り寄せていたために帰してくれなかった。
最初は笑いをこらえようとしていたが、微笑ましい光景を見たために笑ってしまった和美は、
自分を助けてくれた狗を撫でていた。


何とか狗達を説得した横島が、帰り道に簡単な説明を和美にした後、依頼達成の電話を学園長に報告し
六道家の式神について話すと、

「ご苦労じゃったの回収したのなら、直ぐに届けてくれ」

「わかりました。あと俺の担当地区に3人倒れてると思いますけど、学ラン着てる坊主は見逃してやってください」

「ふぉふぉふぉ、構わんが情でも移ったのかのう?」

「いやいや、ちょっと手伝ってくれたんで(狗が)、サービスしてください。 直ぐ行きます」

携帯を切りながら、隣を歩く和美に先ほどの説明を確認する事にした。口元が引きつった横島は、
低姿勢でヘコヘコしながら、

「え~と、今日の事は黙っててくれると、嬉しいかなぁと思ってるんですが」

「心配いらないです。いくら私でも、恩人を貶めませんから。あ、でももしオコジョになったら飼ってあげるよん」

先程の説明で、魔法がバレた時の事を茶化しながら言っていたが、人情味がある彼女は恩人である横島が
不利益になる事をしようとは思っていなかった。苦笑した横島は、美少女に飼われるならそれも悪くないかもと思いながらも、

「でも怪我しなくて本当に良かったよ。嫁入り前の娘を怪我させたら大変だからね」

「うーん、じゃあ怪我したら横島さんに責任とって貰おう」

「ぶっ」

「くすくす、冗談ですよ、驚きました?」

にやにや笑う和美の8分冗談2分…、十分のトンデモ発言にビックリしていた横島は、カクンカクンと首肯するだけであった。

「こ、これからは危険だから関わっちゃ駄目だぞ。いい?」

「はーい」

肯定した和美も、先程の責任発言で首の辺りが熱くなって来るのを自覚し口早に、

「じゃあ、ここまででいいですよ。横島さんも用事があるみたいですし」

「え、でも夜道は危ないぞ?」

「今日は大停電ですよ。誰も出歩いてないから大丈夫ですよ~また今度」

横島が何か言う前に、和美は走り出していってしまった。横島が「いっちゃった、しゃあない学園長のとこに行くか」
と言いながら和美とは別の方角に歩を進めていた。


和美は横島が追ってこないのを確認し止まると、急に走り出したためにか別の理由からか乱れる動悸を、
押さえるために深呼吸をした。

「まさか、横島さんが魔法使いとは思いもしなかったよ」

和美はその場で、物思いに耽り確認するように考え事を、はにかみながら口にした。

「…助手とかにしてくれないかな?」



「すまんが、それは無理だ」

背後から予想だにしていない答えが返ってきたことに、仰天しながらも振り向くと目先で指を弾かれた。
すると和美の目の前が真っ暗になり意識が闇に引きずり込まれていった。

「わるいが、魔法のことを知ったのなら、今日のことは忘れてもらう」

和美は徐々に消えゆく意識の中で、男の声を聞くとわれ知らず呟いた。

「…忘れ…たくないよ…」

和美の意識を奪った男は、その発言と倒れそうな和美を抱きとめた折に、悲しそうに目の端に涙を溜める彼女を見てしまい、

「まるで、男女を引き裂く悪い魔法使いだな…くそ気分が悪い」

不満げに表情を歪めながら、携帯を取り出しボタンをプッシュし耳にあて待つ事数秒、

「弐集院さん、これから支部に来て下さい。ついでに瀬流彦君もお願いします。1人でやるのはやっかいなので、
お願いします」

電話を切り、和美を肩に担ぎ直し支部に向かいながら、

「今回だけだ」

和美を担いだ男は、言い訳をどうしようか悩んでいたために、気づけなかった。その頭上で偵察用のカメラにより、
その光景を全て見ている者がいる事に。


ちなみにこの男、全く学園長の考えを知らなかった。横島と和美が一緒に歩いていたのを目撃し、
不信に思い後をつけたのである。横島については聞いていたが、和美が魔法と関係あると聞いたことが
無かったためである。そして和美が、魔法を知ったと確信し事に及んだ。


数日後、横島の部屋に珍しく少女4名が集まっていた。表情は、苦笑や困惑などそれぞれであったが、
全員の視線は部屋の隅にいる横島と茶々に集まっていた。膝を突きながら横島は、遊ぶための紐やエサなどを持ち、
茶々の機嫌をとっていた。

「ほ、ほ~ら茶々楽しいぞ。それともご飯にするか? 高級缶だぞ」

茶々は、おかんむりなのか横島に背を向け、尻尾をペチンペチンと床に叩きつけ「私、怒ってます」と
尾を使い表現していた。こんな茶々も、ちょっと可愛いなと思っていた千雨が、

「茶々どうかしたのか?」

「うう、仕事で犬の臭いつけて帰ってきたら、それ以来不機嫌なんだよ」

「ああ、アレね」

「何か知っているのですか?」

事情を知っている和美に、茶々丸が問いかけているのを横島が聞き耳を立てながら、やきもきしていた。
魔法の事をバラされるのではないかと、冷や汗をかいていると、

「偶々、仕事してる所に居合わせたのよ。凶暴そうな犬がいたけど、いつの間にか横島さん懐かれてたのよ」

「「「へー」」」

横島は胸中『ほっ』としながら、再び茶々の機嫌をとり始めていた。茶々に嫌われ凹んでいる横島の背に、
何かが圧し掛かってきた。横島は、背中に当たる二つの柔らかい感触に狼狽しながら、ちらりと後ろを見ると、
満面の笑みの和美の顔がまじかにあり、

「か、和美ちゃん。そ、その、どうかしたのかな~」

「元気ないから、元気付けようと思ってね。どう?」

横島は、更にギュッと和美に抱きつかれ、

「あっ、あ。だ、駄目、胸当たってる」

「ふふ、当ててるのよ、ふー」

和美は、追加攻撃として横島の耳に息を吹きかけていた。その行為に横島が、ビクンビクンと体を震わせてるのを、
他の少女達が冷ややかな目をむけながらも、内心をジワジワと危機感が募っていた。


朝倉和美にかけられた魔法は、記憶消去ではなく記憶改変であった。横島に興味を持った理由をぼかしながら、
大停電で目撃した事を先程言った内容に変えていた。



[14161] 本文で紹介されないのでココで、名前は「お市」 これ以降出る予定なし
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/28 15:51
機器類や書類が乱雑に置かれている部屋で、少女がパソコンのディスプレイに真剣な眼差しを向けながら、

「横島忠夫か、何者ネ。普通の男ではないヨ」

「…超さん、そんな事は判りきってる事を、今更何言ってるんですか」

超鈴音が、大停電時に飛ばしていた偵察カメラの映像を見ながら、自身の調べた中に横島忠夫がいない人物である事に、
確信を得ていた。もっと詳しい情報を調べようとしていると、近くにいたハカセに何を今さらと突っ込まれ、

「…えっ? ハカセこの男を知ってるのカ?」

超が、びっくりしながら画面に移る男を指差すと、噛み合わない会話にハカセが画面を覗き込みながら、

「あれ、横島さんの事知りませんでしたっけ? そのカメラの映像は、たしか今の高畑先生の実戦のデータをとるために
飛ばしたんですよね。あっ横島さん、すごいですねー銃弾を弾いてますよ。うゎ痛そ」

銃弾を肩に喰らう横島を見て、痛そうに顔をしかめているハカセに超が、

「ハカセ、そんな事よりどうやって知ったのカナ?」

「茶々丸の映像データですよ、一度会ってますし。そう言えば超さんは、茶々丸にデータとって貰ってるのに
見てなかったですね」

「茶々丸の記憶を見るのはもう少し先で良いと思っていたからネ」

「ネギという少年が来てからですね」

超は、ハカセの確認に口数少なく「うむ」と頷いた。彼女の考えでは、茶々丸の映像データを見るのはネギが
エヴァンシュリンとの接触の後と考えていた。彼女は、この時代で自分が干渉して一番変化したのが
絡繰茶々丸だと思っている。それは超が、茶々丸のソフトを主に担当したのが大きいためであった。
超が関わらなければ、現在の茶々丸は似て非なる者が出来ていたであろう。

「いや~それにあんな変わったデータをとるのに、付き合える男がいると思ってなかったネ」

「それもそうですね、私も3ヶ月程見てませんから、一緒に見ますか?」

超の身も蓋もない発言に、ハカセも苦笑しながらも協力してくれる者はいないと、予想していたので肯定した。
そして、茶々丸の点検時に溜めていたデータを再生し始めると超も、

「見るネ」

茶々丸の記憶領域には様々な映像があった。彼女のマスターが吸血行為をしているものから、
困っている老人を助けたり、野良猫にエサをやるなど様々なものであった。

「エヴァンシュリンの行動以外は、微笑ましい光景ばかりだが、問題の男は何処ネ?」

「ちょっと待ってください…いつの間にか、よく再生されているお気に入りフォルダに分けられてますね」

この場にプライバシーの侵害等と言うものはおらず、簡単に再生されていった。「横島忠夫」・
「長谷川千雨」・「大河内アキラ」、そしてここ最近作られた形跡のある「危険人物・1」と銘打つ物があった。
そして、二人は真剣な相貌を崩す事無く画面を見続けた。映像が終わっても二人とも一言もしゃべる事はなく、
5分ほど経ち両者示し合わせたように画面から顔を逸らし目をあわすと、

「「あっはははは、はっはは、げっほげほ」」

麻帆良大学工学部の一室から、少女2名による大爆笑が構内に響いた。両者同時に咳き込み笑いが止まると、

「横島忠夫、変だけど面白い男ヨ」

「いえいえそれよりも、私は大河内さんの『元気だしてニャン』が良かったですよ」

「茶々丸が、千雨さんの頭を嫌がられても何度も撫でるのが良かったネ」

話していて内容を思い出し笑いしていた二人は、今回は直ぐに笑うのを止めて同じ疑問に行きつき、

「「何で、朝倉(さん)が、危険人物なの(カ・でしょう)?」

二人して首を傾げながら、「難解だ」と呟きながらハカセがはっとして、

「まさか、彼女は魔法生徒なのでしょうか?」

「いやそれはない、大停電時の記憶を消されたようだからネ」

意識を奪われた朝倉が、連れて行かれるのを見ている超は否定した。しかし、二人は年頃の娘のはずなのだが、
朝倉がなにゆえに危険人物なのか全くわからないようで、頭を抱えながら映像をもう一度見る事にした。
そして、遂にハカセがあることに気がつき、

「…朝倉さんは、横島さんによく密着してますね」

「うむ、最近は他の3人よりスキンシップが多いが、それがどうしたネ?」

ハカセは、自己の至った結論に自信がなく「…まさか…でも」とボソボソと言っていると、
超が瞳でいいから言うんだと促すと、ハカセはとても言いにくそうに、

「えーと…茶々丸は…嫉妬してるんでは?」

「…はは、まさか…」

超は、自分の耳を疑いながら乾いた笑い声を出し、バッと音がなるほど勢いよくパソコンに再び向かい、

「ハカセ、今度は映像再生時の茶々丸の各種データも調べるヨ」

超は、ハカセに指示を出しながら、「はい」と言う返事を聞きながら三度映像を再生した。
超が、映像を凝視しながら朝倉が最も近づいた瞬間にデータをとるように指示をした。
そして、日常や他の二人との接触時や横島との接触時のデータも記録した。そして、
一通り終わると超が恐る恐るといた風うに、

「ど、どうだったネ」

「モーターの回転数が上昇しています。他の方たちの時にも上昇が見られました」

超はハカセが統計した情報を見ると、二人は又もや見つめあい頷き、

「「茶々丸は、横島忠夫に気があ(るネ・ります)」」

弱った顔をしたハカセは、言い切った後に手をあたふたと振り回しながら、

「で、ですが、茶々丸は人工知能ですよ、感情などあり得ないですよ!」

ハカセと違い落ち着いている超は、顎に手を当てながらハカセに向かい、

「ハカセ、科学者があり得ないという言葉を使い、思考を停止させるのはよくないことヨ。
茶々丸は科学と魔法の結晶よ、何があってもおかしくないネ。そして今、私達がすることは一つ」

「何ですか?」

「私達の娘の応援ヨ!ただでさえ、茶々丸は生身ではないのだから不利。それを覆すために、
更なるデータをとるネ」

超が上を向きながら、握りこぶしを作り娘のために出来る事をする事を誓った。気合十分の超に、
する事の確認をハカセが問いかける。

「では、まず横島さんの好みを調べましょう…エヴァさんはどうします?」

「…彼女には伝えなくていい、どうせ邪魔するだけヨ。娘バカの癖に、その娘に悪行を加担させてるのは許せないネ」

他の時とのデータを比較していた時に、茶々丸の回転数が著しく下がる場面があった。それは、
エヴァンシュリンと吸血行為を手伝っている時だった。ハカセが頷き了承しながら、
横島の好みを探すため再び映像データの確認していった。超は、娘のために出来る事を考えると同時に、

「…データにない男。もしや横島忠夫は、この時代の人間ではないのか?」

超は思考の末に、横島が自分の計画を止めるために未来から来たのではないかと疑い始めた。
そして、自分の情報を得るために茶々丸に近づいたのかもと考え出すと、

「理由しだいでは消すカ」

「何か言いましたか?」

超の物騒な発言は、小声の為に聞こえなかったらしく「何でもないネ」と返事を返すと、
偵察カメラのほとんどを横島を調査する為に使用した。


調査開始から3日後、不眠不休の超達は横島の姿が移った映像を見ながら、対策を練っていた。

「…女好きな男ネ」

「…そうですね。3日間の内休みが2日ありましたが、2日ともナンパしてましたね。全滅ですけど」

「あそこまで失敗すると逆に清々しい、統計はどんな感じカネ?」

超達が横島の評価を下しながら、ハカセは手元の書類を捲り確認すると、

「17歳~28歳の女性をナンパのターゲットとしてました。本能なのか16歳以下は、
一切声をかけていません。どうやって見分けてるのか、今度調べてみたいですね」

超は、内容を聞くと「2歳の茶々丸では、きついカ」と呟いた…当たり前である。もし横島が、
2歳児でも許容範囲の、性癖が特殊すぎる男であったら、どうしていたのか謎である。更に質問を重ね、

「女性の体型はどうネ?」

「こちらは、特に関係ないようですよ。スレンダーから巨乳までOKのようです」

「なら、それは茶々丸に分があるか、ボディを換装すれば思いのままヨ」

超の意見を聞いたハカセが、茶々丸のボディの案を作っていった。「貧乳ver」「巨乳ver」
「掌サイズver」等様々な用途に対応できるように、検討されていった。

「やはり、問題は年齢ですね」

ハカセが、一番の問題に頭を抱えていると超がキーボード叩き、

「…この案なんかどうカナ? たしか作りかけの物があったはずヨ。それに、茶々丸のデータを改良して、
インストールすればいいネ」

「いいですねー コレなら時間もかかりませんし」

超の考えた策をハカセに見せると、彼女は即決で快諾した。その日から2日間、超達の研究室からは、
不気味な笑い声が時折聞こえるという噂が立った。ちなみに彼女達、寝ずに作業したため変なテンションになっていた。
その時の会話の一部が、

「やはり朝倉の事は「愛人」と呼ばせるカ」

「あっははは、いいですね。登録しときます」

ハカセが、頭をクラクラさせながら『愛人』という単語を登録させた。そして、雷が鳴り響く嵐の夜に
目的の物が90%ほど完成すると、体力の限界が訪れ両者共にダウンしてしまい、顔面でキーボードを
乱雑に押してしまい、起動するためのデータを転送し始めた。転送が終えようとした瞬間、
変な事に首を突っ込んだ罰か落雷が大学に吸い込まれるように落ちた。そして、雷の影響で転送するデータに
支障をきたした。そして、診察台のようなものに横たわっていた、一体のロボットの目が開きゆっくりと体を起こした。

「起動完了しました パパに会いに行ってきま~す」

超達が眠りこける横で、元気な声が上がった。奇跡的に茶々丸以上の感情を得た、ガノノイドの誕生に
全く気づかない二人であった。


昨夜の嵐が嘘のように晴れ渡った朝、腹部にかかる重みに表情を苦しそうに歪めた横島は、
寝たまま右手で目をこすり左手で腹部に乗っている者を撫でながら、

「茶々、なんかいつもより重いな?」

たびたび横島の腹の上で寝る茶々と思いながら、左手に触れる感触が茶々の心地良いフサフサとした手触りとは違い
スベスベしており、思考能力に霞ががかったまま、「茶々、禿たのか」と思いながら目を開け腹部を見ると、

「…え、えーと、どなたでしょうか?」

横島の腹の上で嬉しそうに茶々を抱っこしている、見知らぬ緑色の髪を短くまとめた可愛らしい
5~6歳程の少女がいた。目を日開いた横島は、驚愕のあまりに少女に敬語で喋っている事に気づいていなかった。

「おはよう、パパ」

少女は、更に普段の横島なら混乱を呼ぶ発言をしたが、あまりの予想外の単語が裏目に出た。
横島は顔を少し横に移動させ、寝起きのためか元気な股間に向かい、

(なぁ息子よ、覚えがあるか? あるなら俺はお前を、潰さなければならん!)

怨嗟の視線を向けテレパシーを送り、自身の知らない内に大人への階段を上ったかもしれない股間に嫉妬していた。
横島の自慢の息子は、一気に縮みながら、

(ダディ、僕がキレイな体なのは、ダディが一番良く知ってるでしょ)

(そうだな、疑ってすまなかった。ならコレは)

横島はフッと笑いながら、再び目を閉じ、

「…夢か」

「起きてよ~」

ゆさゆさと揺さぶり起こそうとする少女の事を、寝ようとする横島はリアルな夢だなと思っていると、

「なんか知らない声しなかったか?」

「…うん」

「あっちね、行ってみよ」

「私は、先に朝食の用意をしてきます」

その声にも横島は「おっ、今度は知ってる子達だ。豪華な夢だな」と暢気に思っていると、
ドアの開く音がして数秒経ち、

「パパ、遊ぼ~」

ドアの方から何か物を落とす音が3つ響いた。そして、異様な気配が室内を満たし始めると、
さすがにおかしいと思った横島の全身を冷たい汗が流れ始めた。横島は、瞼を開けたくはなかったが意を決して、
本の少しだけ瞼を押し上げると、一瞬で閉じた。見えたのは、泣きそうなアキラ、睨みつける千雨、
無表情の和美だった。特にいつも表情豊かな和美が、無表情なのが一番怖かった。起きている事がバレずにすんだと横島は、
内心で息を吐き打開策を考えようとすると、

「「「…起きて(ますね・るよな・るよね)、横島さん」」」

「…はい」

横島は、愛想笑いを浮かべながら右手で頭をかきながら、3人に向かって、

「おはよう、みんな、今日はどうしたんだ?」

「「「……」」」

誰も横島の挨拶には答えずに、無言で見つめていた。横島が最初以降一度も目を向けない方向に。
そして、横島の胃が、無言のプレッシャーで穴が開きそうになった時に、千雨がやっと口を開いた。
怒りの感情が痛いほど伝わる声音で、

「おい、いいかげん左手退けないと、警察呼ぶぞ!?」

「へ?…のわ~こ、これは違うんじゃ。そ、そんな目で見んといて~」

千雨に指摘され左手を見ると、いつも茶々を撫でているためか、少女のスカートから出ている
細い太ももを撫で回していた。顔を引きつらせた横島は、一気に飛び起き正座した。
そして、少女達にヘコヘコ土下座していると、表情を笑顔になっていたが、目つきが人を刺せるのではというほど
鋭くした和美が、代表して話し掛けて来た。

「横島さん、この子の母親は誰?」

「知らん、知らんがな。ワイは無実や、弁護士を呼んでくれ!」

横島に聞いても無駄と思った和美は、ブルンブルンと首を振る横島から視線を外し、
目つきを和らげ若干まだ鋭いが、少女を見ながらあることに気がつき、

「ねぇ、この子、茶々丸さんに似てない?」

アキラと千雨がマジマジと少女を見ると、少女の顔立ちは非常に茶々丸に似ていた。
まさかと思った和美が、心を落ち着かせ、

「ねぇ、お譲ちゃん。ママのお名前は?」

「パパ、何で千雨ママに苛められてるの?」

正座する横島に向いていた3つの冷気が、一つが消失し二つが分散し半分が横島、残り半分がママに向けられた。

「…千雨、詳しい事聞かせて」

「千雨ちゃん、白状しなさい。横島さん、逃げちゃあ駄目よ。私達ナニヲするかわからないよ」

涙目のアキラに腕をつかまれ、真剣な和美にはラジオカセットで会話を録音され始めた。
朝倉は、ドサクサに紛れ逃げようとする横島に釘を刺した。腕を掴まれ逃亡できずにいる千雨は、
向けられる冷気の寒気から顔を青くし、

「し、知らねえよ! こ、子供なんて生んでね~」

「ち、千雨ちゃんと子作りなんかしとらん」

千雨は、少女から手を離し指差しながら横島と共に無罪を主張していた。場の空気を読まない少女が、
アキラの服を引っ張りながら、可愛らしく笑いながら、

「アキラははじゃ、泣いちゃ駄目。屈む」

二人目の母親登場。アキラは、目を丸くしながらも少女の言う通り屈むと、抱いていた茶々の手を持ち、
アキラの頬へ茶々の手をくっつけ、

「元気出して、にゃん」

「……」

アキラは、自身のもの凄く記憶に残るフレーズを、少女が使った事に驚き固まってしまった。
そして、アキラまでも母親認定され混乱している和美は、なら自分にもチャンスがあるのではと思い、
正常の思考能力が大分低下しながらも、少女に顔を近づけ自分を指差しながら、

「お嬢ちゃん、私は!」

「あっ、愛人だ!」

指を刺しながら、元気いっぱいに答える無邪気な少女の前に、和美は顔面蒼白になりながら
四つん這いの体勢になり「他の二人が母親で、私は愛人かい」と沈む和美に、

「和美母さん、愛人いるよ。パパが狙われてるよ!」

落ち込む和美が「はっ?」と言い、少女の指先を見るとほんの僅かであったが、先程和美の立っていた位置をずれていた。
その先を見ると、朝食の準備が出来たために、呼びに来た茶々丸が立っていた。和美は一息で立ち上がり、

「よっし、愛人の称号は消えた!」

和美は片目を瞑りながら「ゴメンネ~」と茶々丸に言ったが、状況を理解できず愛人と言われた茶々丸が
オロオロしながら、

「横島さん、なんですか一体?」

「お、俺にもわからん。この子が急に『パパ』っていってきたんじゃ」

二人して少女を見ると、未だに困惑するアキラに抱きつき「ははじゃ」と甘えていた。


「横島さん、よくこの状況で飯食えるな」

「折角、茶々丸ちゃんがうまい飯作ってくれたんだ。食わなきゃ損だろ」

丸テーブルの周りに全員座りながら、横島だけが大量の朝食を食べていた。茶々丸は、
横島に褒められている事にも気づかずに、何処を見ているか判らない目で、

「…私は、愛人ですか…ふふ愛人ですか…誰か1人消せば、ランクアップするのでしょうか」

落ち込みながらも、非常に物騒な事をブツブツと言っていた。食事に夢中の横島には聞こえなかったが、
茶々丸の隣にいた千雨の耳にはしっかりと入っていた。千雨は「気味悪いから、ロボが落ち込むなよ」と
言おうとしたが、ばれないように少しずつ茶々丸から距離を取り出した。朝倉は、問題の少女を
膝に抱きながら体をチェックしていたが、何処にも茶々丸のような繋ぎ目がなく、ただ似ているだけなのかと思案した。
少女は、和美の胸に後頭部を押し付けながら、アキラに頭を撫でられ嬉しそうに表情を緩めていた。
少女を撫でながらアキラがポツリと、

「…かわいい」

「本当だね。横島さん、私とこんな子作ってみない?」

「ぶっ。 和美ちゃん、女の子がそんなはしたない事、冗談でも言っちゃあ駄目!」

にしししと笑いながら和美が軽く挨拶のように言ってくると、白米を口いっぱいに頬張ってた横島は、
白米を噴出しながら純情な事を言っていた。朝倉は、「ちぇっ」といいながらも、手帳に『意外にピュア』と
新しい横島の情報を書き込んでいた。横島の行儀の悪さを見逃さなかった少女が、

「パパ汚い、ロケットパーンチ」

横島の顔面に鉄拳をめり込ませた。「ぶっふぁ」と叫ぶ横島を見ながら、3人の少女が
「ああ、やっぱりロボットなのか」と思っていると、負のオーラを撒き散らしながら、
少女が自分と同型と気づいた茶々丸が立ち上がり、

「やはり、超やハカセの仕業ですか。みなさん、ちょっと潰しに行って来ます」

行儀良く一礼した茶々丸は耳の部分から煙を出しながら、コンビニに買い物に行く気軽さで、
生みの親を抹消しに出かけて行った。その背に声を掛けれる強者は誰一人居らず、一箇所に集まりガタガタ震えていた。


茶々丸が出て行った数分後、

「俺達も行くか、超って子は知らんが、ハカセちゃんは知ってる子だから、助けれたら助けよう」

「そうだね、急にクラスメートが行方不明になるのはイヤだし」

「でもどうやって、あの茶々丸止めるんだ?」

「…うん、怖かった」

非常に4人は嫌そうな顔をしているが、このままでは茶々丸が殺人をしてしまうと思っているために、
それを止めるために頭を悩ませていた。そして先程までの感情が消えた少女が、横島の目を見つめながら、

「パパ達、そんなに茶々丸を助けたいの?」

急に感情が読めなくなった少女に、横島たちは戸惑っていながら「助けるのは超達では?」と
思いながらも、あまりにも真剣な目つきの少女に横島は、

「助けるよ、友達だもん」

自信を持って言い切る横島に、他の少女達も頷いていた。更に少女が質問を重ねてきた。

「茶々丸お姉ちゃんが、既に悪い事をしてても?」

「う~ん、なら叱ってやめさすかな」

質問の意図が今一わからなくなってきていたが、自分の考えを口にした。横島の答えを聞くと、
少女はニッコリと笑い、

「お友達は助けるもんだもんね。パパが、愛人をぎゅっと抱きしめると止まるよ」

「えっ、今の茶々丸ちゃんにそんなに接近するの? …殺されるんじゃあ」

最後の茶々丸の姿を思い出し横島は、汗をダラダラと垂らしながら後ずさった。他の少女達に
押さえられ「頑張って」と言われ、逃げ出す選択肢はなくなった。


ハカセ達がいると思われる大学に向かう途中に、

「あくどい事って、ヤクザ脅したり、細菌兵器使うような事?」

横島の悪い事のスケールに、少女が唖然としながら、

「…そ、それに比べれば…可愛いと思うよ」

横島が「その位か」と軽く言い放っていた。横島の元雇い主に比べれば、茶々丸の罪など軽いと思っていたが、
茶々丸がひどく傷ついていることに、横島が気づくのはまだ先である。


一行が大学部に着き少女の指示に従いハカセの研究室を目指すと、至るところで機械の残骸や大学関係者が転がっていた。

「…つ、強い…」 「鬼だ…」 「…3秒は足止めした」

どうやら暴走した茶々丸が、行進した後のようだ。到着に10分と差がないはずなのに、
まるで戦争後のようなひどい荒れ様だった。ちなみに3秒持った人物には、最長記録らしく拍手が送られていた。
千雨はこの惨状に、口をヒクヒクさせながら、

「あのボケロボ、どこの最終兵器だよ」

「…横島さん、止めるの頑張って」

「ワイ、半殺し程度ですむかな?」

「8分と私は予想するね、賭けしない?」

「人の命で賭けすんな!」

意外に余裕があるメンバーであった。


ハカセの研究室の前に着くと、中からは戦闘中なのか『バシュ…ドゴン』『ピュン…ドーン』と
破壊音が響き衝撃で床を揺らしていた。にがわらいするしかない横島は、ドアノブに震える手をかけながら、

「やっぱり、ワイが開けなきゃ駄目?」

横島の後ろに隠れる少女達がコクンコクンと頷くのが見え、「やけくそじゃ~」と叫びながらドアを引くと、
人影が横島に向かい倒れてきた。その人影にビビッタ横島が、

「すんません、すんません、調子乗りました許してください!?」

謝りまくったが、人影をよく見るとボロボロのハカセであった。みんなが「やっちゃった…遅かった」と思うと、
ボロ雑巾のようなハカセが、

「ふ、ふふふ、私に攻撃するなんて、成長したね茶々丸…」

「あ~平気そうだな、頭は逝っちゃってるけど。大河内、おんぶして運んでやれよ」

「…うん、横島さん」

にやけたまま失神したハカセを、千雨は気味悪そうに見ながらも、アキラに運んでもらう事にした。
アキラが横島からハカセを受け取り背負うと、みんなで中をそっと覗き込んだ。すると中は、
盛大な親子喧嘩の真っ最中であった。

「超、止まってください。当たりません」

「無理だネ。止まったら殺されるヨ!」

訂正、娘の一方的な攻撃を必死に避ける母がいた。茶々丸の破壊活動は続き、超が避けるために壁や床、
機器類がどんどん壊れていった。ふっと茶々丸の破壊が止まり、笑っているが額から汗を流す超が「助かった?」と思うと、

「…あなた方が、あんな者を作ったために、私は愛人認定されたんですよ」

『愛人』と言う単語に覚えがある超が、壊滅状態の周囲を見ると何処にも作成途中のガノノイドがなかった。
部品の一部すらないために、勝手に起動したと気づき慌てて、

「あ、アレは茶々丸の為に作ったヨ。愛人の設定は朝…」

「だから、逝ってください」

超の言い訳を最後まで聞かず、茶々丸が最後の別れは済ませると、超に向かい特攻しようとした時、
背後から抱きしめられた。抱きつかれた茶々丸が、冷静に振り向きながら裏拳を放ったが、
打撃音が響く事はなかった。茶々丸の拳は、背後の人物の顔に当たるか当たらないかのギリギリの地点で止まっていた。

「…横島さん…」

「こ、こんにちは、茶々丸ちゃん。手を退けてくれると嬉しいな」

茶々丸の拳の痛みを知っている横島は、こわばったまま茶々丸の手を凝視していた。


横島が部屋に突入する前、部屋の入り口で、茶々丸の後姿を見ていた横島たちは、

「なあどうする? 俺あん中に行きたくないんだけど」

「なんか超がいないほうが、私は平和な気がする」

「私も、さっき変な事言われそうな気がしたから、見捨てよっか」

破壊の嵐の中に入りたくない横島と、茶々丸の被害に会い続ける千雨、超の発言で愛人の設定が自分と気がついた朝倉、
3人は「ハカセを助けれたから、超はいいかな~」との雰囲気になったが、1人だけ心優しい天使がいた。

「だ、ダメ、絡繰さんを止めよう…」

別にアキラも超を助けたいわけでなく、ただ単純に茶々丸に犯罪をしてほしくないようだった。
まあ既に器物破損や傷害等で遅い気もしないでもないが、大学で人気の高い茶々丸を訴える人物は
いないと思われるから、安心していいといえる。

横島が、「でも行くの俺だしなぁ」と泣き言を言いたかったが、アキラの必死のお願いに行きたくない等とは
口が避けても言えず困っていると、笑いながら少女が横島は地獄に落とした。

「パパ、頑張って!」

少女が、両手でロケットパンチを発射し横島の胸を押し部屋の中に無理やり送られていった。
泣きそうになっている横島は、覚悟しないまま戦場に踏み込んでしまいながらも、狙い済ましたように
茶々丸に近づいていった。やけくそになった横島は、少女の指示に従い茶々丸を後ろから抱きしめた。
間髪入れず弾丸のような裏拳が飛んできたことにより、ちびった事を横島は生涯の秘密として誰にも言わなかった。

「冷静に犯罪は良くないよ。優しい茶々丸ちゃんに戻って」

横島は何とか落ち着けようとしたが、「優しい」とのフレーズに茶々丸が過剰に反応し、

「私は!? やさしくな『バキバキ』…?」

目から洗浄液を流しながら茶々丸は、足元からの不吉な音に最後まで話すことが出来なかった。
自業自得だが、茶々丸の破壊活動のために床が抜けたのである。茶々丸を抱いたまま横島は、
一瞬の浮遊感の後に下の階に落下していった。横島は「げっ」と呻きながら、何とか茶々丸の下に入り、
彼女に怪我をさせないようして背中から落ちていった。そして、背中に衝撃が走ると一瞬送れで、
横島の顔に何かが衝突し、反動で後頭部を強かに打ちつけた。横島が頭を押さえながら、

「痛って~ 俺じゃあなかったら、死んどるぞ!?…どうったの茶々丸ちゃん?」

叫んだ横島の目の前にいる茶々丸が、ガクガクと振るえながら、余剰熱の所為か顔を赤くしているのに気がついた。

「な、何でもありません!!」

混乱した茶々丸は、両手で顔を押さえながら一目散に走っていった。ドアには目もくれず壁を
人型に突き破っての移動であった。呆然ととしている横島は、また暴走したかと焦ったが、
悲鳴などが聞こえてはこなかった為に息を吐くと、

「助かったネ、礼をいうよ横島さん」

「居たんだ。迷惑な事ばっかりしてるから、返って来るんだぞ」

声のした地点を見ると、体の上に色々な残骸が積み上がり身動きの取れない超が、顔だけ出していた。

「茶々丸のためにしたんだけど、裏目にでたようネ」

「そこで反省してろ、バイバイ」

「た、助けてくれないのカ? か弱い女の子を見捨てるのは良くないネ!」

「どこの女の子が、茶々丸ちゃんの攻撃を避けれるってんだ」

横島は、ジト目で超を一瞥しそのまま、上の子達と合流して茶々丸を探しに行こうとした。
そして、救助してもらうのを諦めた超は、

「茶々丸の親として聞きたいんだが、あの子の事をどう思ってるネ」

「大切な子だよ。上にいる子達と同じくらい」

違う世界の住人である横島の中では、少女達の存在はかけがえのないものになっていた。
彼を知るものがいない世界で、彼女達と知り合えたのは幸運であったと思っている。
ほんの少しだけだが、タカミチも入っていた。超は、この男が茶々丸に危害を加えそうにない事と、
二人の偶然の出会いに安堵した。そして、去っていく横島を見送りながら、

「あの男、こちら側に引き込めないかネ?」

横島を、茶々丸の為にも仲間に出来ないか思考しだした。


走り去っていった茶々丸は、大学の近くにあった木に何を思ったか頭突きしていた。
茶々丸のへッドバットに木が耐えられず、メキメキと音を立てながら倒れると、少しは落ち着いた茶々丸は、
左の頬を指先で優しく触っていると、いつの間にか後ろに居た少女が、

「パパにホッペにチュウして貰って嬉しかったの?」

先程落下した時に、偶然にも横島の唇が茶々丸の頬に当たっていた。

「チが…違イま…」

「ふ~ん、気持ち悪かったんだ」

「い、いえ決して横島さんが嫌だった訳ではありません。むしろ柔らか…」

茶々丸は、口走った意味に気がつき口を押さえたが、少女はニコニコしながら本題に入った。

「いつまでパパ達に吸血行為黙ってるの? 嫌なら嫌って言えばいいのに」

「マスターの命令には絶対服従です」

少女の言葉に、茶々丸の上りっぱなしだったモーターの回転数が一気に下がっていった。

「なら、横島さんに言うといいよ。あの人なら、きっと助けてくれるよ…結果は、わからないけど」

「迷惑になります」

茶々丸は、俯きながらも即答した。茶々丸も横島が普通でないと理解しているし、言えば力を貸してくれるだろうが、
600年の時を生きてきたエヴァンシュリンに対抗できるとも思っていない。

「頑固な茶々丸お姉ちゃん、そのうちもっと苦しむよ。バイバイ私はもう帰るね」

少女は、予言のように言い放ち去っていった。茶々丸は、横島たちが迎えに来るまでその場に、
根が張ったように微動だにしなかった。

(あの人たちに、知られずに終わればきっと大丈夫…)

茶々丸は、横島たちといる優しい空間を離れたくなく、来年の4月を過ぎればきっとこの苦悩から開放されると信じた。


ちなみに少女の本当の役割は、「横島と茶々丸の間に既成事実を作ってしまえばいい」と作られたのだが、
色々とデータが混ざったらしい。茶々丸のデータ、超とハカセの特製ウィルスや学生がふざけて作ったゲームデータなど、
様々なものを吸収して、チャンポンされた結果いい具合に暴走した。少女を解析しようとケーブルを繋げると、
数秒でパソコンが汚染されるので解析も出来ず、新たに作る事ができないものとなった。
短い時間なら茶々丸のために動くが、基本的に足を引っ張る事しかせず泣く泣く超たちは少女を封印した。
決して茶々丸の視線が怖かったからではない。



設定:超が居なければ茶々丸が似て非なる存在と今回の話で書きましたが、原作には何所にも載っていなかったと思います。
    隅々まで覚えていないので載っていたら、すみません。独自設定です。



[14161] 次回もこんな感じで、短めの話を2~3つほど
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/04/04 17:45
【涙】

12月の寒い夜、横島はタカミチと並んで夜の町を歩いていた。横島は緊張のため歩みが何処となく硬く、
隣を歩くタカミチがその初々しさに笑いながら、

「横島くんは、今から行くような店は初めてかな?」

「は、はい」

「まあ、そんなに緊張しなくていいよ。僕の馴染みの店だから」

「は、はい」

タカミチは、待ち合わせ場所からずっと同じ状態の横島の肩の力を抜こうと、話しかけているが返ってくる言葉は
「は、はい」だけだった。目的の場所に着いたためタカミチが横を向きながら、

「ココが前に約束した女の子達がいる店、今日は楽しみな」

そう以前、タカミチが横島を連れて行ってあげると約束していた、所謂『キャバクラ』である。
一部の地域では『ニュークラブ』『ラウンジ』と呼ばれる店である。店の佇まいは比較的小さいが、
風格が高く一見お断わりの雰囲気を醸し出していた。その店を見た横島が更に体を硬くし、
店に慣れた雰囲気で入っていくタカミチを、横島はガチガチになりながらも後に続いた。

この店の名前は『アルビオーニス』という。


タカミチが、顔なじみなのかボーイに親しげに声を掛け、

「僕はいつもの子を、こちらの男性には、いい子をつけてあげて」

ボーイは「かしこまりました」と一礼し、横島たちを席に案内すると、再び一礼し店の奥に入っていった。
待つこと数分、横島が緊張のためずっと下を向いていると、タカミチの指名した女の子が現れ、

「高畑さん、この仕事紹介してくれて、更に毎回ご指名ありがとうございます!」

タカミチは「気にしないで、早く座りな」と隣を叩きながら、女性が座ると慣れた手で女の子の肩を抱いた。
下を向いていた横島は、女の子の声が知り合いに似ていたため、顔をやっと上げ女の子の顔を見ると、
目を見開いた。そして「疲れてるんか?」と呟き、一度目をつぶり目を揉みもう一度見ると、
見間違いではないと確信し、

「ア、アスナちゃん。何してるの?」

「ヤダ、お兄さん。アスナって誰です。私は、神楽って名前ですよ」

汗をダラダラかいている横島の目には、タカミチに肩を抱かれ嬉しそうに微笑んでいる女の子が、
アスナにしか見えなかったが、女の子が嘘を言っているようには見えず、

「…人違い? 姉妹いる?」

「いないですよ。あっ、お兄さんの子達も来ましたよ。みんな新人だけど、いい子だから優しくしてね」

オシボリで汗を拭いていた横島が、神楽の声に反応し反射的に彼女の目線を追い後ろを見ると、
動かしていた手を止めオシボリを落とし、

「…みんな何やってんの?」

やっとそれだけの言葉を吐き、頭を抱えだした。やはり横島の目には、ドレスを着て現れた女の子達は
『絡繰茶々丸』『長谷川千雨』『大河内アキラ』『朝倉和美』にしか見えなかった。

「確かにいい子達なのは知ってるけど、意味が違うだろ」

「はじめまして、茶々姫です」

「チウです。落としたんで、新しいのに変えるぞ」

「…アキです。まだ不慣れですがお願いいたします」

「和美でーす。よろしくね」

横島は、3人までの名前を聞き他人の空似と思い込もうとし、チウと名乗った女の子から新しいオシボリを、
受け取ったが最後に自己紹介した女の子の名前を聞き、オシボリを再び重力に引かれ下に落とし、

「やっぱ、本人じゃん!?」

こうして横島の麻帆良で、はじめてのキャバクラ体験が始まった。


「もういやじゃ~ そんな目で見んといて! 殴ってくれたほうが楽じゃ、茶々丸ちゃん前みたいに殴ってくれ!」

女の子達は、横島を囲み楽しそうに笑いかけ会話をしてこようとしていた。しかし横島には彼女達の視線が、
恐怖でしかなくとうとう髪をかきむしり、立ち上がり叫びだした。名指しにされた茶々姫は、

「仕事を始めた理由ですか」

「誰も聞いとらんわ!」

「それはですね」

横島は、全く関係ないことを言い出した茶々姫に、突っ込んだが彼女は関係なく普通に話し始めた。
怒鳴ったためかふらついた横島は座り、アキがグラスを差し出したので礼をいい受け取った。

「約半年前から、男性に食事を作っているのですが、私のお小遣いではそろそろ食材費が足りず、
この仕事を始めました」

「…俺の食費の所為かい…そういえば金渡したことないな…」

「私は、知り合いの男の人の猫に、色々な物買ってあげたいからはじめた」

「…色々お世話になってる男性に、何かお願いしてくれる約束したから、そのために出来る事増やしたくて、
お金ためたいからココ紹介してもらった」

彼女達の働く理由に心当たりがありすぎる横島は、愕然とし自分の所為と知り涙を流し、

「…仕事するのは偉いけど、ね、他の仕事しよ。マッ○とかコン○ニでさ」

説得をはじめだし、夜のお仕事ではなく何とか健全な仕事をしてくれるように懇願しだした。
そして、和美まで自分の所為かとビクつきながら目を向けると、気づいた和美は、

「ん、私? 気になる人に振り向いてもらえるように、女磨くため。後ココ、バイト代いいんだよ」

「ほっ…バイトかよ…中学生雇うなよ」

自分が原因ではないと思った横島は息を吐いたが、バイトと知るといくら彼女達の質が、
いいといっても採用した経営者に文句を言い出した。

「…みんな、バイトだよ。高畑さんに紹介してもらったの」

アキにより全員バイトとわかり、しかも紹介した人物が目の前にいる神楽の肩を抱き微笑んでいる男と知ると、

「おい教師、テメー何紹介しとんじゃ! アスナちゃんの様に新聞配達とか紹介しろ!」

「はっはは、麻帆良中の伝統あるバイト先だよココは。アスナ君の新聞配達は特例なんだよ」

「アンタんとこの中学は潰れてしまえ。それと、自分の生徒と遊んでんじゃねえ!」

「何言ってるんだい、ココに来たら先生と生徒じゃあないよ。客と店員だよ」

横島は、何故か段々腹が熱くなりだし、とりあえずタカミチを殴ろうと、魔法の秘匿など関係なく
栄光の手を発動させ、準備が整い突撃しようとした横島の耳に、

「やっだ、学園長ドコ触ってるんですか~」

「ふぉふぉふぉ。いいじゃろいいじゃろ」

近くの席で裕奈の胸に顔を埋める学園長がいた。横島の頭から『ぶちっ』と音がしたと思うと、
助走もなしに学園長に飛び掛かりながら、

「エロじじいテメエは、一回極楽行って来やがれ!? 一撃必殺!鉄拳制裁!!」

「ぎゃ~~」

ジャンプした横島は、学園長のテンプルに右手を全力で振り下ろし、悲鳴を上げ倒れる学園長を
追い掛け馬乗りになった。周りでそれを見ていた誰かが、

「オーナー! 大丈夫ですか?」

マウントを取った横島は、目じりを吊り上げながら諸悪の根源の襟首を掴み、右手を顔面に叩きつけ、

「こんにゃろ、こんにゃろ。ジジイ、てめえがオーナーだと。たしか孫娘が同級生とかほざいてたな。
孫が悲しむぞ、変態ジジイ!?」

「ろ、老人虐待反対じゃ」

横島は、学園長の意見を無視し殴り続けていたが、いつのまにか周囲にいた人たちが消えていた。
そして、しっかりと服を掴んでいたはずの、顔を腫らした老人も霞のように消えていった。
横島は、きょろきょろと辺りを見回し「へっ?」と言いキョトンとしていたら、徐々に
店内の明るい光が消えていき視界全てを闇に覆われると、「横島さん、横島さん」「おい、大丈夫か」と
呼ばれた。そして、声に引かれるように目を開けるとアパートの天井が見え、

「…夢か…本当に良かった…腹が熱かった理由はお前か」

部屋の隅で寝汗をかいた横島の腹の上に、「すぴーすぴー」と可愛い寝息を出しながら、
円くなって寝る茶々が腹部の熱の原因であった。そして、横島の顔を覗き込み心配げに見つめる
アキラと千雨が、

「…ひどい汗、うなされてたよ」

「なんか悪い夢でも見たのか?」

先程見た光景を夢と理解してはいたが、万が一と思い不安に駆られ涙目の横島は、

「二人とも、バ、バイトとかしてる?」

「…してない」

「私も」

二人の否定の言葉を聞き安心したため、滂沱の涙を流しながら起き上がり、勢いあまり二人を抱きしめていた。
情緒不安定の横島の涙は止まる事無く、

「よかっ、エッグ、よかった~」

涙で顔をグチャグチャにした横島に、抱きつかれた二人は頬を染めたが何故か自分達を心配している横島の思いが、
通じ不謹慎にも少し嬉しく思った二人は、「大丈夫」と言いながらアキラは横島の背中を、
千雨は頭を撫であやしはじめた。この異様な事態は、その後10分ほど続き落ち着いた横島が、
慌てて二人から離れ恥ずかしさから顔を赤くし、縮こまる姿を見た少女たちは、ちょっと可愛いと
思ってしまったらしい。後日、茶々丸と和美に「バイト」をしているか聞いたところ、二人とも
「No」と答え一安心していた。そして、茶々丸に食費として封筒に入れお金を渡したら、人通りもある場所で、

「すみません、援助交際は少し…」

「ちっがう!」

ひどく焦りながら横島が茶々丸の言葉をさえぎったが、時既に遅く近くを巡回していた青い制服を着た、
一般人には親切な人たちに追い掛け回された。



【調教】

横島が茶々丸の荷物持ち兼財布として、買い物に付き合った日に、茶々丸はそのまま帰らずに
横島のアパートに昼食を作りに行った。二人が、アパートの前まで来ると横島の部屋の中から、
騒がしい音が聞こえ「待って~」と叫ぶ少年の声と、「にゃー」と嫌そうに鳴く茶々の悲鳴が、
両者の耳に入った。茶々の鳴き声を聞くと、茶々丸がオロオロしだし、

「はやく、開けてください」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

横島が持っていた荷物を、一先ず茶々丸に預けると、急いで鍵を開け中を見ると、

「捕まえたで、このクソ猫、お前が茶々やなあ…おっ兄ちゃんお帰り」

玄関の前で茶々を猫つかみし持ち上げる、小太郎が立っていた。小太郎の手や顔には、
多数の引っかき傷が付いており、激しい戦いを物語っていた。しかし、横島は小太郎が居る事など気にせず、
危機感を募らせながら茶々丸の目線をさえぎり、

「ば、馬鹿、早く茶々を降ろせ!」

「何でや、苦労して捕まえたんや。これから虐めるとこやで」

横島が何に焦っているのか判らない小太郎は、手足をばたつかせ嫌がる茶々をブラブラ揺らしていた。
そして、聞かれはいけない人物に聞かれた。茶々丸は横島に前に立たれため室内を見る事ができなかったが、
小太郎が何を言ったのかしっかりと理解した。その後の出来事は、一瞬であった。

気がついたら横島の腕に、茶々丸が持っていた荷物が収まっていた。横島が何時の間にと戸惑いながら、
反射的に下を向くと『ドゴ、グシャ』と何かが潰れる嫌な音がした。横島は、結果を見るのが怖く、
怖じ気ずきそうになったが視線を上げていくと、その場で伸身後方宙返りを強制的にし続ける少年を目撃した。
横島が見てから、3回転ほどして上半身から落ちていった。その中でも、横島の心配事は、

「あ~茶々は?」

「ここに」

小太郎と一緒に、回転していたかと思い不安になっていた。横島の配慮は、茶々のみに向けられ
不憫なことに小太郎には、一切の優しさは向けられなかった。そして茶々は、しっかりと茶々丸の
左手にしがみ付いていた。

「ならいいか」

横島は、気絶した小太郎の足をつかみ玄関前で倒れられても邪魔なので、奥に運んでいった。


顔の痛みで小太郎が目覚めると、左目の瞼が腫れ全く見えなかったために、右目で見える箇所を
眺めても知らない物ばかりなので、

「いっつ~…ここどこや?」

「おっ、やっと起きたか、昼飯食うか?」

ご飯を食べながら横島は、小太郎の死角から話しかけた。小太郎は顔を動かしそちらを見ると、

「雪之丞の兄ちゃん」

「雪之丞? ああ、まっいっか、で食うのか?」

横島は、何言ってんだと思ったが小太郎には、伊達と名乗っていたのを思い出し納得していた。
小太郎が上半身を起こすが、少し頭がクラクラして気持ち悪いが、横島が美味しそうに
食事をしているのを見て、自分の腹が「くぅ~」と鳴き腹をさすりながら、

「俺も食う」

「おお、沢山食え。多めに作って貰ったからな」

小太郎は、横島の右横に座るとガツガツと食べ始めた。そして小太郎が、口に物を入れたまま、

「なあ…もぐもぐ…俺をやった…ゴクン…姉ちゃん何者や?」

「あん、横に居るぞ」

横島が、無作法にも箸で小太郎の左隣を刺すと、小太郎が顔をそちらに向ける前に、

「私ですか、絡繰茶々丸と言います」

茶々を頭に載せた茶々丸が、お盆に一杯おかずを載せて既に小太郎の横にいた。小太郎は、
茶碗と箸を持ちながら立ち上がり、

「姉ちゃん、さっきは急にひど…い…何で右腕ないんや? さっきまで在ったよな」

小太郎は不意打ちをした茶々丸を非難しようとしたが、自分を殴った茶々丸の右腕が無くなってたので、
気になってしまった。横島が、箸を休めお茶を飲み一息つくと、

「ふー、坊主を思いっきり殴りすぎたから、動かなくなって外してんだよ。あと猫つかみはやめろよ、
知らん奴がやると猫の首に悪いらしいからな」

それが茶々丸の切れた理由だった。ちなみに横島が詳しいのは、この男も最初にやろうとして、
茶々丸と千雨に説教された。そして同じように、小太郎も茶々丸に説教をされ始め、

「いいですか、猫の首は(中略)ですから母猫ならともかく(中略)わかりましたか」

「…はい…猫つかみはもうせえへん…やからご飯食べさせて」

小太郎は、茶々丸のありがたいお話の間中、横島が食事をしているのを見ているだけだった。
ご飯の途中だったために、非常に辛かったらしい。

「うまいうまい、あっ雪之丞の兄ちゃん、それ俺のや!」

「速いもん勝ちじゃあ、ボケ」

横島と小太郎は、おかずの取り合いをする醜い争いを繰り広げていた。そこに茶々丸が、首をかしげ、

「雪之丞とは誰ですか?」

「この兄ちゃんに決まってるやん」

「…その人は、横島忠夫さんですが…」

小太郎は、くっくくと横島が笑っているのが目に入り、だまされていた事に気がつき、

「この最低野郎!」

堪忍袋の緒が切れた少年は、今にも飛び掛ろうとしたが、横島の前に左手を掲げ頭に茶々を乗せた茶々丸が立ち、

「この人に仇なすなら、私が相手します」

「じょ、冗談や」

茶々丸のストレートの威力の甚大さに、小太郎は二度と喰らいたくないと思っていた。
小太郎の生涯与えられた一撃のダメージで、二番目に大きかった。こうして茶々丸による、
小太郎の調教が完了した。しかし、頭上で小太郎を見下ろし鼻を鳴らす茶々と目が会うと、
小馬鹿にされたと思った小太郎は、

(あいつだけは、絶対イジメテやる)

小動物虐待を決めたが茶々を虐めると、飼い主の横島黙っていないが、物理的な面で茶々丸とアキラにやられ、
社会的に千雨と和美に窮地に落とされるという、すばらしい状態になる事を知らないのであった。

茶々丸が、壊れた右腕の改修のために「もっと丈夫にしてもらいましょう」と、宣言しながら
いつもより早く横島宅を後にすると、小太郎の影から股に尻尾を貼り付けた狗達が勝手に出てきて、
横島に擦り寄ろうとしたが茶々に阻まれていた。横島はそれを横目に、

「そういや、よく住所書いただけの紙で来れたな」

「もちちろん迷ったで。そん時に、さっきみたいにこいつらが勝手に出てきて、知らん姉ちゃんを
押し倒したんや」

「それ、まずくないか?」

横島が、顔を顰めながら常識的なことを言い、小太郎が「ああ、俺もビビッタわ」と相槌をうち
その時の出来事を話し始めた。


「桜通りには着いたけど…あかん、アパートがわからん」

住所の書かれた紙を睨みつけながら途方にくれており、誰かに聞こうと思い周囲に目を向けた。
そして、1人の少女がいたので「あの姉ちゃんに聞くか」と考え、駆け寄ろうとすると影の中から
狗達がとび出していった。小太郎が、制止の声をかける前にその少女を押し倒していた。

「う、うわ。な、何だこいつら~」

「す、すまん。俺の犬が馬鹿やって」

少女の焦った声があがり、小太郎も急いで駆け寄り狗達を引き剥がしていった。狗達も
噛み付いたりしている訳ではなく、主に匂いを嗅いだり舐めたりしているだけであったので、
特に抵抗しなかった。急に襲われた少女は、怒り心頭で立ち上がり汚れた服をはたき、ズレタ眼鏡を直し、

「しっかり縄につないどけ」

「すまん…この馬鹿犬…あん、この姉ちゃんから兄ちゃんの匂いがする?」

「お前、何変なこと言ってるんだ」

急に男の匂いがすると言われた少女は、怪しげに少年を見つめ関わるのはゴメンだと思い、
足早に去ろうとしたが、小太郎に腕をつかまれ、

「待ってくれ、あんた兄ちゃんと知り合いか?」

「知らん、兄ちゃんて誰だよ」

腕を振りほどこうとするが、小太郎にしっかりと掴まれている為に微動だにしなかった。
小太郎が、説明しようとする前に、

「ワン」

狗が元気一杯に吼えたので二人がそちらを見ると、狗達が手足を動かし地面に絵を描いていた。
絵が完成し狗達が退き、絵があらわになると、もう狗達に何か言うのを諦めた小太郎が、

「ああ、こんな兄ちゃん」

「…知ってる。てか何で犬にこんなに好かれてんだ、あの人は?」

そこには、ものの30秒程度で書かれたとは思えないほど、上手な横島の似顔絵が描かれていた。
この少女・千雨は、横島の交友(?)関係に真剣に悩みながらも、地面に描かれた似顔絵を携帯のカメラで撮っていた。
少々であるが、非常識な事に慣れてきていたが、本人は気づいていなかった。

「ほれココが、お前の言う兄ちゃんの家だ」

「ココか、ありがとうな。千雨姉ちゃん」

少年が横島の知り合いとわかり千雨は、ある程度可笑しいのは我慢していた。狗達が急に何処かに消えたのも、
散歩に出かけたのだろうと無理やり思い込もうとしていた。千雨は鍵を開けながら、

「でも、今いないぞ? それでもいいのか」

「よく知ってるやん、兄ちゃんの女か?」

横島の事情を良く知っているようなので、小太郎はニヤニヤしながら尋ねると、

「はっはは、なにませた事言ってるんだよ。このガキが」

千雨は、以前にも似た事を言われたため内心はどうかわからないが、小太郎の頭を『バシ、バシ』
叩きながら表面上は落ち着いて返し、

「私はもう帰るぞ。じゃあな」

「世話になったな、千雨姉ちゃん。なんか困った事あったら、助けたるで」

千雨は、聞こえていないのか足早に去っていき、階段を降りようとし見事に踏み外し転がり落ちていった。
千雨は、「女」発言は一度で慣れることが出来ず、内心もの凄く動揺していた。そして、
事故現場を見てしまった小太郎は、

「お、おい平気か、千雨姉ちゃん? パンツ見えてるで」

「見るんじゃね。金取るぞ」

怪我をしなかったのか千雨は、直ぐ起き上がり怒鳴った後、全力疾走で寮に戻って行った。

「素人やのに、タフやな」

と、走り去る千雨を見ながら小太郎が感心していた。


話を聞き終えた横島は、

「千雨ちゃん、よく階段から落ちて無傷だったな」

千雨の頑丈さを称賛していたが、実際は寮に戻った千雨は、全身を激痛に襲われたために、
2~3日寝込むはめになっていた。

「来た訳は…こいつらが、兄ちゃんに会わせろ会わせるってうるさいんや。最近勝手に出てくるし」

「でもさっきまで出さなかっただろ?」

「気合入れてしまってたからな。それにさっきまでは茶々丸姉ちゃんにビビッて、影の中で震えてたで」

横島は「ああ、それで」と呟き、真横で行われていた猫と狗の喧嘩(?)は茶々の圧勝で終わっていた。
茶々に付いた茶々丸の匂いを、恐れた狗達が平伏し負けを認めていた。狗達の中での順列は、
横島≧茶々丸>茶々>小太郎が成り立っていた。

横島の家に泊まることになった小太郎は、二人で並んで寝転がり、

「なぁ、どうやってあんな強くなったんや」

「…実戦だな…よく生きてるな、俺…しっかし、熱いな」

小太郎が興味津々に尋ねると、昔のことを思い出しながら横島が苦虫を噛み潰したような顔をし、
五体満足で命があることに驚いていた。横島の周りには、茶々を筆頭に狗達が一緒に寝ていたため、
寒い夜のために普通なら暖房が必要であったが、猫と狗達のおかげで夏のように暑かった。

「そっか、やっぱり実戦か…ちょっと旅に出るわ…戻ったら戦ってく…れよ…」

「…気が…向いた…らな」

二人とも強力な睡魔に襲われながら、口を動かしていた。横島は「やだ」と切り捨てようと思っていたが、
やる気を出した少年の意欲を削ぐの心苦しく思ったために、オブラートに包み返していた。

そして、各地で修行に励む小太郎の目撃情報が増えたとか。



【呪い、そして敗北】

新年の1月4日の丑三つ時、連日人々が新たな年の目標や願い事をささげた龍宮神社にて、
一人の白装束を着た、変態が頭に白い猫を乗せ大木の前で、

「あの子達の幸せは願うが…慕われている人間は、それでもムカツク!」

携帯を開きながら、実家に帰っているために元日に送られてきた、晴れ着姿少女達の写真付きメールを見ながら、
片手に持った藁人形(自作)に嫉妬の力を込めていた。この男も、少女達の話を聞いていると、
どうやら全員が誰かを気にしている事が伺えた。この男は、過去の経験から自分が好かれるとは
思っていなかった。そして、呪う為の力を十分に溜めた藁人形を大木に叩きつけ、五寸釘を
藁人形の中心に中て、魂からの咆哮をあげながら金槌を振り上げ、

「どりゃー、あの子達にモテル奴等は呪われろ」

『カン・カン・カン』

闇の中に金槌で釘を打つ音が吸い込まれて消えていった。完璧な手応えに「ひゃはは」と邪悪に笑う男が、
もう一度音を響かせるため手を上げると、男の体に異変が起きた。自身の胸に3回の衝撃が走ったと思うと、
あまりの激痛に胸を押さえた。彼の願いは叶えられ「モテル奴」にしっかりと呪いの力が作用した。
これにより、誰が思われているか気づきそうなものだが、とある呪いのプロと仕事をしたことがあるために、

「…ま、まさか…ワイの呪いを…呪詛返しだと…」

呪詛返しのことを知っていた。そのために、呪詛返しにより呪いが返ってきたと思い込んだ。
あまりの苦痛に脂汗を浮かべた男は、霞んできた視界を駆使し、釘を抜こうとノロノロと
力の入らなくなってきた腕を上げた。そこに、男の頭にいた猫が、釘を打ち込んだ影響か
微妙に揺れる藁人形を凝視していた。野性を取り戻したのか、態勢を低くし力を蓄え目を細め
狙いを定めると、「わっわ、獲物、獲物」と喜び藁人形に向かい身を躍らせた。

「…あっ…ダメ茶々」

男には、ダイブする猫の姿がスローモーションに見えていた、。そして、男の力が残る藁人形の
股部分に力強く鋭い牙が突き刺さった。噛み付きから一瞬送れて男は股間に、キリを
差し込まれるような痛みに襲われ、白目を剥き口から泡を吹き出すと気絶し倒れた。

この後、この猫に呼んで来られた神社の一人娘に、異様な力を発する藁人形から釘を抜いて貰うまで、
覚醒しては痛みで気絶するという生き地獄を味わった。

この人形は、神社で御祓いしても異様な力は消えることは無く、何度捨てても男の下に戻ってきた。



[14161] あと1人出す予定だが、5人でやめようかと思う今日このごろ
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/04/11 00:30
【…ナンパ、最強の敵それとも味方か】

1月の終わりに横島は、近所の公園で遊ぶ子供達の中に知った顔を見つけ、声をかけるため
近づいていき陽気に手を上げ、

「よっ、冥子ちゃんに政樹、寒いのに元気に遊んでるな」

「あっ、横島さん。一緒に遊びましょ~」

「ふん、勝手にしろ」

横島に気が付いた冥子は、満面の笑みを浮かべながら横島を仲間に誘ったが、政樹は
今にも唾を吐き捨てそうな表情をしながらも、冥子の意見を尊重した。微苦笑した横島は、
顎で知らない男性に警戒を抱いている他の子供達を指し示し、

「俺はいいから、向こうで待ってる子と遊んできな」

「は~い」

素直に横島の言う事を聞いた冥子は、遊びに戻っていった。政樹も後に続いたが、横島に
肩を掴まれてしまい、急につかまれ転びそうになり、

「何すんだよ」

「おい、ベンチからこっち見てる女性達は、誰だ?」

横島が政樹の耳元で囁きながら、正樹の頭をつかみ無理やり曲げ、横島が当初から気にしていた、
ベンチに座る二人の女性の方へ向けた。素直な正樹は、

「保育園の先生たちがどうかしたのか?」

「そうか保母さんか~ 紹介しろ!」

保育園児に女性の仲介を頼む男・横島忠夫。意味はわかっていないが、めんどくさがる政樹の背中を
押しながら、ベンチの前まで到着すると、

「先生、この兄ちゃん横島。これでいいか?」

素っ気無い紹介であったが、横島は全く気にする事無く、黒髪のショートヘアーの20台中盤の
女性の前に片膝をつき、

「ぼく、横島忠夫っていいます。今度デートどうですか!」

「ごめんなさい」

政樹が横にいるためか笑みを浮かべていた女性は、考えるそぶりすら見せず一蹴した。
横島は、断られるとその姿勢のまま横にスライドし、隣の女性を見つめた。こちらの女性は、
軽いウェーブがかかった長い栗色の髪、左目の下に泣きボクロ、そして大きな胸が特徴的な
20台と思われる女性であった。女性は、横島の物理法則を超えた変則的な動きにも、
なんら動じる事はなく片手を口に当て、

「あらあら」

落ち着いている彼女は、手を出してくるであろう横島を傷つけないように、言いくるめようと考えていた。
しかし横島は、彼女を下から上までを何度も見ながら、難しい顔をし小声で、

「…こ、好みだが…これ以上…」

「私には、声を掛けないのですか?」

意外な反応に首を傾げた女性が、自分から気になったことを直球で尋ねると、

「…君、15…いや14歳でしょ。ひじょ~に残念だが、ナンパできん!」

「「・・・・・・」」

「おお~すごいな、横島。千鶴先生の年を当てる奴はじめて見た」

涙を流しながらの横島の発言に、目を丸くした政樹が手を叩きながら横島を褒め称えた。
横島は「やっぱりな」と呟いていたが、ベンチに座っていた女性達…一人は少女だが、
お互いに動揺を隠す事ができず、

「千鶴ちゃん、もしかして知り合い?」

「いえ、知らない方です」

「嘘でしょ、あなたの年齢を当…ご、ごめんなさい」

年上の女性は、一緒にいると同い年に見られる千鶴の正確な年齢を、横島が当てたため
実は二人が知人と予想した。首を振る千鶴の否定の言葉を、否定しようとしたが微笑む千鶴の体から
不気味なオーラが立ち上がるのが見え、年齢話は彼女に禁句だった事を思い出し謝罪の言葉を口にした。

少女・那波千鶴は中学2年生だが、はっきりしていることが一つある。大人っぽくどことなく漂う風格のため
彼女は、中学生に見られることがないために、初対面の人間には彼女の年を当てられたことがなかった。
そのために、年相応に見られない事を気にしている千鶴は、とび上がりそうになるのを抑え、

「すいませんが、何故14歳とわかったのですか? 私のことを知ってるのですか?」

「知らんよ。そんなの見たらわかるじゃん」

横島が簡単な計算に答えるように、間違えるはずがないと気軽に答えた。ここ最近知り合いになる子が、
中学生ばかりのために彼女の年齢を本能で察していた。真に恐ろしこの男の本能であった。
ナンパできないと諦めた横島が、手を振り帰宅しようとすると慌てて立ち上がった千鶴が、

「待ってください」

「ん?」

「もう一度お名前を聞かせてください」

「横島忠夫だけど」

「私は、那波千鶴といいまして、保母のボランティアをしています。好きな物はスローライフ、
嫌いな物は孤独です」

「はあ」

横島に対して急に自己紹介を始めた千鶴に、目をぱちくりする周囲の視線の中で、千鶴が
胸に手をあて、落ち着けとばかりに大きく一度深呼吸し、

「す~は~…忠夫さんは、私をナンパしてくれないのですよね?」

「忠夫さん? まあいいか。遺憾ながら出来ん! …2年後に会わない?」

珍しく名前で呼ばれ少し背中がむず痒かったが、千鶴の確認に横島がよほど悔しいいのか、
歯を食いしばりながらも言い切った。そして、真剣に再開できないかと尋ねると、

「待てないので、私からお誘いします」

「…は?」

「今度、食事と映画を見に行きましょう」

横島は、鳩が豆鉄砲を食らったように顔をした後に、周りに誰かいないか見回し他に人が
いないのを確かめると、政樹と女性に向かい自分の顔を指しながら、

「なあ俺もしかして、逆ナンされた?」

「ああ」 「ええ」

「…う、嘘だ、俺が誘われるわけがない! はっ、和美ちゃんだな、カ、カメラはどこだ」

ナンパはするが、ナンパされた事がなかったために、驚きのあまり横島の体を電撃が駆け巡った。
しかし、直ぐに疑念に変わり和美によるドッキリと勘ぐると、血走った目でベンチの下や茂みを探り
カメラ等を探し出した。

「あらあら、私は真剣ですよ…これが証です『チュ』」

いつのまにか横島の隣に立っていた千鶴が、横島の頬に口づけをしていた。横島は、
氷付けにされたかのように動きを止め、何とか動き出すと油が切れたロボットのように、
ぎこちない動きで手を頬に当て、

「…あうあう」

「どうです、私のほん「のわ~嘘じゃ、嘘じゃ!」あらあら」

叫びだした横島は、頭から湯気を出し『ズドドド』と地を揺るがしながら、走り去っていった。
思考不能になり逃げたとも言う。

「ふふ、絶対に逃がしませんわ。忠夫さん」

残された千鶴は、宣誓をしニコッと綺麗に笑みを浮かべていた。それを偶然見ていた正樹は、
笑顔がキレイだと思ったがそれ以上に、何故か背筋に寒気が走りぶるっと震えた。少年が見るには、
まだ早い表情であった。政樹も横島を見習い、戦術的撤退をしようと、

「ボ、ボクも冥子ちゃんと遊んでこよ」

「待ちなさい、政樹君」

「は、はい」

「忠夫さんの事を色々教えてくれない? ねっ」

千鶴は政樹にお願いと言っていたが、ほとんど脅迫であった。政樹は聞かれる前に自身が知っている情報を
全て千鶴に話していた。横島の住む場所から、政樹が知る女性の名前を全て。傍から見ていた、
もう1人の女性は、

(ヘビに睨まれたカエルって、こんな感じかしら)

暢気に観察していたが、決して助け舟を出そうとはしなかったのは、単に千鶴が怖かったので触れずにいた。
こうして政樹の心に、トラウマが一つ出来上がっていった。


逃げ出した横島は、部屋の隅で体育座りし布団を頭から被り、ガタガタ震え眠れぬ日を過ごした。
その状態を最初に発見したアキラが心配し顔を近づけ、

「どうしたの、横島さん…」

「う、うわ! こ、来ないでくれ」

「…えっ…ご飯作っておいたから…グスン…お腹すいたら食べて…グスン」

横島は、アキラの柔らかそうな唇を見て意識してしまい、動揺し気づくと拒絶してしまっていた。
涙を溜めたアキラは、横島の反応に傷ついてしまい、食事の事だけ伝えると鼻をすすりながら、
アパートから飛び出して行った。ちなみに、数日中に同じような現象が横島の部屋で3回ほど発生した。
傷つく少女達がいる一方、横島は少女達を女性として意識してしまい、これから苦悩するようになっていった。


寮の一室で村上夏美は、鼻歌を歌いながら夕食を軽やかに調理している、千鶴の横顔に
張り付いている笑顔が気になり、

「ちづ姉、どうしたのそんなにニコニコして?」

「わかる、夏美」

「そりゃあ、そんだけ幸せそうにしてれば」

幸せそうな友人を見てつられて笑っている夏美には、千鶴の周りに桜の花びらの幻想が
舞っている様が見て取れた。

「実は今日、運命の人に出会ったの」

「またまたちづ姉、大げさだよ」

「本当よ」

「何で言い切れるの?」

「実は…」

肉を切ったためか赤く汚れた包丁を持ち、微笑を浮かべながら近づいてくる千鶴に、
夏美は表情を氷つかせたまま包丁を凝視していた。

「本当にドキドキしたのよ」

「わ、私もドキドキしてきた。だから早く教えてよ」

答える前に思い出したのか、手で口を隠しながら無意識に夏美に包丁をむけていた。
千鶴とは違う理由で夏美の鼓動が速まっていた。

「しょうがないわね。実は初対面の男性に年齢を当てられたのよ」

「なんだ、そん…ええ!?」

「驚くのも無理ないわ、私も驚いたから」

千鶴は、夏美の仰天する様を見ながら頷いていた。しかし、驚愕の表情を浮かべていた夏美が、
気の毒そうに千鶴の顔を見つめているのに気が付くと、

「どうかした?」

「ち、ちづ姉…そ、その、気をしっかりもって、何か嫌な事があったら相談に乗るからね」

どうやら彼女が出した答えは、千鶴が精神的にマズイ方向に陥ってしまい、幻覚・幻聴の
症状が発生していると思っているらしい。夏美にどのように思われているのかを、察した千鶴が
威圧する前に、自室にいた雪広あやかが部屋から顔を出し、

「夏美さん、さきほどから騒がしいですわよ」

「あっ、いいんちょ、ちづ姉が大変大変なの!」

「千鶴さんがどかしましたの?」

夏美は、ドタバタと慌てながらあやかに駆け寄り肩を掴むと、千鶴について話し始めた。
千鶴は、あやかなら信じてくれると思い静観していると、聞き終えたあやかが夏美の腕を取り
「大丈夫よ、夏美さん」と取り乱す夏美を宥め、千鶴に意志の強そうな目を向け、

「千鶴さん」

「わかってくれたのね、あやか」

「料理はいいですから、直ぐに調べてもらいましょう」

「うんうん、ちづ姉しっかり」

「待っていてください、今すぐ雪広財閥お抱えの医師団を呼びます」

あやかは、自身の携帯を急いで開き登録されている目的の番号を探した。目的の番号を見つけると、
同時に何かが高速で飛来すると共に、あやかの携帯の上半分が消えた。そして、一拍遅れて
壁に『ドス』と何か突き刺さる音が聞こえた。あやかと夏美が壁を見ると、先程消えた携帯の
上半分を乗せた包丁が壁に突き刺さっていた。包丁の持ち主を理解している二人が、
顔を真っ青にし包丁が飛んできた方向に視線を向けると、一匹の修羅が目を怪しく光らせていた。
あやかは、その場から逃走したかったが、残念ながら外界へと通じる扉の間には修羅がいて不可能であった。

「お、落ち着きましょう、千鶴さん」

「あらあら。私はいたって冷静よ、あやか」

「ほ、ほら夏美さんも何か…1人で気絶するのはずるいですわよ~」

「大丈夫よ、あやか。夏美ともしっかりと後で話し合うから」

一歩一歩ゆっくりと近づいてくる千鶴に、修羅のプレッシャーにより立ったまま気絶した夏美と、
その横であやかは腰を抜かし訪れる未来に涙を流した。その日、寮の一室から乙女の絹を裂くような
悲鳴が2回木魂した。


1回目と2回目の叫びの合間に、自室で悲鳴を聞いた和美が事件かとカメラを持ち、
千鶴たちの部屋に突入すると、

「ご、ごめ~ん、取り込み中みたいだから、出てくね」

部屋の惨状を見て、Uターンしようとする和美に、

「待ちなさい、和美」

「な~に? お腹すいたから、早くしてよ」

部屋から出るための方便であったのだが、

「あらあら。なら、今日はココで食べる? ちょうど二人分の夕食が余ったのよ」

「い、いやちょっと」

「食べてきなさい」

「ご、ご相伴に預からせてもらいます」

こうして、二人の食事が始まった。千鶴は終始笑顔であったが話しかけず、二人の間には会話はなく
食器の奏でる音のみが、部屋に響いていた。空気はとても重く、何を口に入れても味がわからない和美が、
意を決して話しかけた。

「うん、これ美味しいね」

「それ冷凍よ」

「うっ…えーと、いいんちょ達このままでいいの?」

「気にする必要はないわ」

和美が気にするあやかと夏美は、和美の視界の範囲で気絶していた。特にあやかは、
意識があるときに見た光景が、よほど怖かったのかおびえた表情を浮かべていた。

「気になるなら、顔に布をかけましょう」

「それは、かわいそうじゃん」

再び二人は、無言で箸を動かす作業にのみ没頭するのであった。和美は、さっさと食べ終わると
食器を片付け手を上げ、

「じゃ! 部屋に戻るね」

「和美、みんなで一緒に努力しましょう」

「うんうん、そうだね」

答えた後、部屋をすみやかに出た和美は、

「…何を?」

1人訳もわからず、首をかしげていた。とにかくあの場に居たくなかった和美は、勢いで答えていた。
そのため、誰と何故努力するのか理解できていなかった。


部屋に残された千鶴は、昼間にあった男性を思い出し微笑みながら、

「あの人を捕まえるのは、きっと大変よ」

「…うっうっ…はっ…良かったさっきのは夢か」

気絶から復活した夏美が、息をついていると肩を『とんとん』と叩かれ振り向くと、

「夏美、現実よ」

「い、いや~~」

とても恐ろしい笑顔を浮かべた千鶴がいた。




【ネタ、ありえるかもしれない未来(5~10年ほど)】

茶々丸に呼ばれた横島が、彼女の部屋に赴くと部屋の中央で、彼女は茶々とその子供達に囲まれ
正座していた。そして横島が、部屋の中に入るのを確認すると、

「タダオさん、お願いしたいことがあります」

「なに、茶々丸?」

「単刀直入に言います。私も他の方の様に子供がほしいです」

茶々の子供を抱きながら、真剣に横島を見つめながら懇願した。当初は茶々丸や周囲の子達に
振り回されていた横島も、時がたち成長したために取り乱す事無く茶々丸に、

「茶々丸、養子でも貰うか? それとも超かハカセちゃんにでも、作ってもらうか?」

横島の現実的な返答に、茶々丸は首を横に振り、

「私は、生身の赤ん坊から育てていきたいのです」

「しかしな~」

「大丈夫です。他の方々の許可は頂いています」

「? 許可って何の?」

茶々丸の無茶な願いを、叶えてあげたいが叶える方法がわからず頭を掻く横島に、自信満々の茶々丸が
立ち上がり横島に目を合わせると、無言で部屋から出て行った。困惑する横島は、待ってるべきかと思い
座り猫達を撫でていると、ものの数分で茶々丸が戻ってきた。

「お帰り、それ何? 寝袋?」

茶々丸の肩には、人が入れるほどのファスナー付きの袋が担がれていた。茶々丸は、
袋をそっと降ろすと中に入っている物が、ほんの少しだが確かに動いた。それを横島のほうに押し動かし、

「どうぞ」

「…何が入ってるの?」

「どうぞ」

中身を聞くのが不可能とわかった横島は、「大丈夫、今まで色々あったんだ」と自身に言い聞かせ、
袋の中身を知るためファスナーをほんの少しだけ開けると、猿轡を噛まされシクシクと
泣いている超と目が合った。ちなみに超は、何処かの誰か達に色々と引っ掻き回され、
残念ながら帰る事ができなかった。近年、落ち着いてきたと思っていた茶々丸のとんでもない行動に、
硬直している横島の隣で茶々丸が、一本の液体の入ったビンを取り出し、

「行為をする前に、どちらかがコレを飲んでください」

横島は、うれし涙以外の女性の涙を見たくないために、ファスナーを閉じ茶々丸に向けて、
子供が拾ってきた猫を見つけた親のように、

「返してきなさい」

「行為が終了したら、丁重にお帰り願います」

「行為ってもしかして…」

「もちろん子作りです」

「超に手をだしたら、他の子に殺されるわ!」

「ですから、他の方の許可を取っています」

「俺が浮気しようとすると、打ち貫こうとしたり、切り裂こうとしたり、お尻を狙うのにか?」

「説得し、納得してもらいました」

「こ、子供が出来るかなんてわからないじゃん」

最後の足掻きとばかりに、冷や汗をかいた横島の発言を聞くと、茶々丸が先程出したビンを手渡してきた。
横島がそれのラベルを読むと、

「なになに…『一発的中君』…これ何?」

「私達がタダオさんに、頂いている文珠を使用し作った一品です。これで確実に子供が出来るので、
超に代理出産してもらえます。やはり、私に近い方の子がいいので」

「き、君ら、文珠を変な使い方するね」

「では、する前に飲んでください」

「…ごめん、やっぱり超とは出来ないよ」

それでも横島は、真剣な顔つきになり大切な娘達以外と、一線を越える気がないために、
出来ないと首を振った。そして、茶々丸が頷くのを見ると、理解してくれたと思った横島の顔が輝いたが、

「じゃあ、超に謝って帰ってもらおう」

「超は好みではないのですね」

「なんでそうなるんじゃ!」

「しばし、お待ちください」

部屋から出て行った茶々丸が、戻ってくると今度は先程と同じ袋を二つ抱えれていた。
そして、先程と同じように、

「どうぞ、お好きなほうで」

中身を見までもなく彼女の「母」と予想が付き、この後のことに思いをはせるとガクッと、落ち込む横島であった。

この未来に向かったら、横島はとっても苦労しそうである。…どの未来でも同じかもしれないが。



[14161] 原作主人公来訪  だが出番なし
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/04/29 22:15
2月の上旬、神楽坂アスナは朝から機嫌が悪く新聞の配達の直前にも、とある魔法使いの少年に対して、
愚痴を口走っていた。

「あのガキ、本当にムカツク」

「…おはよう、アスナちゃん。朝からイラついてるね」

「おはようございます。てっ、何で朝からいるんです、横島さん?」

夕刊の時にしかいない横島がいるので、不思議に思ったアスナが尋ねていた。そして、
アスナから見た今日の横島は、慣れない朝の配達のためまだ眠いのか覇気がないように見えていた。

「大山君が風邪引いたんで、代わりを頼まれたんだわ」

「何か疲れてます?」

「ああ、考える事があってな…ちょっと相談のってくんね?」

「いいですけど。私なんかで大丈夫ですか?」

横島の予想外の願いに驚いたアスナは、不安を顔に出していた。今まで同級生からの
話なら聞いた事はあったが、年上しかも男性の相談を聞くのが、本当に自分でいいのか、
率直に尋ねると、

「大丈夫。アスナちゃんと、同じ年頃の子について聞きたいから。今日学校終わってから、
時間ある?」

「ありますけど。でもそれなら、朝倉とか大河内さんに聞けばいいじゃん」

アスナの意見は的を得ていたが、無意識に口にした名は鋭いナイフのように横島の精神を抉ってきた。
横島は「うっぐ」と呻きながら、胸を押さえ搾り出すように声を発した。

「…その子達について相談なんだわ」

「ふーん。そういえばね、その二人と長谷川さん何だけど、最近元気ない…んだ…よ …ね」

アスナの声は最後には途切れ途切れになっていた。アスナが見ている前で、横島の顔色が
どんどんと悪くなっていったためである。何か感ずいたのかジト目になりながら、

「もしかして、原因は横島さん」

「…うん、俺の所為であってる。だからお願い、相談のって」

肩を落とした横島は、あと少しでも心に衝撃が走ったら、泣いてしまっていただろう。
ちなみにその一押しは「茶々丸」というフレーズであったが、幸いな事にアスナと茶々丸は
それほど親しくはなく、最近やっと会えば二言三言話す間柄であったために、茶々丸の微妙な
変化など気づいていなかった。アスナは、しょうがないかと思いながらも、

「わかりました、今日の放課後にスタバか何処かで待ち合わせしましょ」

アスナが「ねっ」と優しくいいながら締めくくると、横島にはアスナがまるで自分を導く
聖母のように感じ、目から一滴の雫が自然に落ち、

「ありがとう、本当にありがとう」

「いいからいいから、さっさと新聞配達行きましょ」

「うん」

アスナは、まるで年下の弟を慰めるように背中を優しく撫でた。どちらが年上なのか
判らなくなってきていた。ちなみにその日の放課後、補習のためアスナが待ち合わせに
来ることはなかった。横島は閉店までずっとスタバでコーヒーを飲んでいたが、途中から
涙の味しかしなかったらしい。約束の事を寝る前に気が付いたアスナが、すぐに電話をかけると
横島は店の前でずっと待っていた。

さすがに横島も、相談相手を間違えたかもしれないかと思ったが、タカミチでは後が怖く、
裕奈はある理由により論外であった。やはりアスナが頼みの綱であった。一言言うなら、
その綱は細い。

そして、次の日の放課後アスナが、前日と同じ待ち合わせ場所に到着すると、周囲に
不幸のオーラを撒き散らす横島が既にいた。愛想笑いをしながらアスナは、横島の前に
来ると胸を握りこぶしで叩きながら、

「あ、あはは、お待たせ横島さん。さあ、どーんと任せてよ」

横島は「頼むよ」と言いながらも、昨日約束をすっぽかしたアスナに不信な目を向けたが、
藁をも縋る思いで口を開いた。

「実は、10日ほど前からなんだが…」

横島が、アスナにポツリポツリと事情を説明しだしていった。


千鶴に逆ナンされてからずっと外に出る事もなく部屋の隅で布団を被り、ガタガタ震え
意識があるのかすら怪しい横島がいた。横島の傍らには、心配しているのか茶々が寄り添って寝ていた。
そして、答えが出たのか唐突に横島の震えが止まり布団を跳ね上げ、立ち上がると開口一番に、

「ああ~腹減った。何か食お」

答えを出した訳ではなく、あまりの空腹に正気に戻っただけであった。横島は腹をさすりながら
「何か生で食えるもんあったかな」と、呟きながら冷蔵庫の中身を見ると、

「…? 何でこんな入ってんだ」

冷蔵庫の中には、上から下までぎっしりと調理済みの食料が保存されていた。横島が、
最後に見たときには、調理前の食材しかなかったと、記憶していたために首を傾げた。
しかし、空腹だったために特に考えず、いくつか皿を取り出しレンジで暖めた。そして、
その時間を利用し擦り寄ってくる茶々を撫で、猫缶を開けてそのまま下に置いた。
自分の食事を温め終えると、すぐにテーブルに座りがっつき始め、口の中をご飯で一杯にしながら、

「うまいうまい、この味付けはアキラちゃんか。おっ千雨ちゃんも上手になったな~」

その姿は、味わっているようにはとうてい思えない食べ方であったが、横島の舌は
しっかりと作った本人まで特定していた。そして、自身のために作られた料理を全て平らげ、
何気なしにテーブルに置いてあった携帯を覗くと、電源が切れており画面が暗くなっていた。
携帯の充電をはじめ、電源を入れ画面を見ると横島はギョッとした。

「なんじゃこりゃ、着信82件、メール35件…いたずらか? ん、2月4日?」

横島が覚えていた日付は、1月31日だったのだが、その日から既に数日経過していた。
横島は、逆ナンされてからの数日間の出来事を、必死になり思い出そうとしたが、

「そういや、誰か来た気もするけど、どうだったかな?」

思い出さなければならない気もしたが、思い出すのが何故か嫌だと横島は感じていた。
判断が付かないまま携帯を操作し、着信履歴を見ると「明石裕奈」の名前がずらりと
並んでいた。実際には「高畑・T・タカミチ」と「新聞・バイト先」からもかかって来ていたが、
裕奈に全て上書きされていた。そして、嫌な予感しかしない横島が、恐る恐るメールの受信BOXを開くと、
やはり「明石裕奈」からであった。一番古いメールから確認する事し開くと、

『あんた、アキラに何した』

という短く素っ気無いが、逆に怒りを押し殺した気持ちが、伝わる文から始まった。
最初はアキラの名前だけだったが、次第にメールの内容に「千雨」・「朝倉」と名前が増えていった。
一向に電話に出ない事に切れたのか、中盤のメールの内容は横島に対する罵詈雑言のみであった。
それにも反応がないとわかると、最後の数件は全て同文であった。内容は、

『さっさと電話に出ろ』

『ごくり』と生唾を飲み込んだ横島が、「まずい、まずい、俺何したんだ!」と言っていると、
握っていた携帯が震え始めた。『ビクリ』と体を震わせた横島は、嫌な予感しかしないため、
着信者を調べたくなかった。そして、画面を見る勇気が湧かなかったために、誰か確かめないまま
通話ボタンを押し、

「…もしもし」

『あっ横島くん、高畑だけど。体調でも悪いのかい?』

「タカミチさんか…ほっ、体調はいいですよ…精神的にきついですけど」

『そっか、でも心配したよ。警備の仕事には来ないし、電話しても出なかったから』

「あ~すみません、以後気をつけます」

『ああ、気をつけてくれ』

タカミチは笑いながらも、横島を心配したが仕事はしっかりするように、たしなめた。
横島は、電話の相手がとある少女ではなくタカミチで安心したのだが、この男の人生が
そんな甘い物ではないらしく、

『僕の話はおしまい。君と話したい子がいるから変わるよ。明石君、校内だから手短にね』

「…え?」

『こんにちは横島さん、明石です』

「こ、こんにちは、裕奈ちゃん」

『話があるので、世界樹前広場に直ぐに来てください。では失礼します』

「まっ『ピッ・ツー・ツー』…切られた」

訳がわからない横島であっが、電話越しでも裕奈の逆鱗に触れたことには気づいたため、
指定された世界樹に全速力で向かった。世界樹前に裕奈よりも早く来た横島は、上を見上げ呆れた風に、

「相変わらず、非常識にデカイ木だな。たしか270mだっけ?」

横島の素朴な疑問に答える者は、もちろんいなかった。正式名称「神木・蟠桃」、非常識の塊の男に、
非常識認定されてしまったかわいそうな木である。

世界樹の大きさに圧倒され見上げていた横島は、背後に気配を感じ振り向くと、
『バチン』思い切り頬をビンタされた。突然の衝撃に呆然とした横島だったが、腕を振り切った
態勢の裕奈と目が合うと、

「痛いやん、急に何「見ろ」…」

いきなり叩かれた横島は、抗議の声を上げたが、冷ややかな目を向けた裕奈が、最後まで
その言葉を聞くことはなく、冷たい声と共に携帯の画面を横島に向けた。横島が画面に
目を向けると、ベットの上に座り手の平で顔を押さえるアキラが写っていた。泣いてるようにしか
見えないアキラに、さきほどのビンタ以上の衝撃が横島の心に走ったが、まだこの程度は序の口であった。

「な、何でアキラちゃんが…」

「知らないとは言わせない! あんたの部屋から帰ってきたら、アキラは泣いたんだよ。
それに、アキラだけじゃあなく、千雨ちゃんも朝倉も落ち込んでるよ」

「お、俺が泣かしたのか」

アキラを泣かせた犯人だと言われ、目を白黒させながら呟いていたが、その呟きは
裕奈の怒りの炎に油を注ぐだけであった。『バチン』再び頬に平手を喰らっていた。
普段のこの男なら、簡単に避けられたであろう攻撃も、動揺の為か避ける素振りすら
出来なかった。そして、下を向いた裕奈は、拳を握り震えながら不本意そうに、

「ココまで落ち込ませれるのは、あんたしかいない。あの子達、何言っても『大丈夫』しか言わない。
だから…」

一旦言葉を切った裕奈は、顔を上げ横島を睨みつけた。横島も気まずそうな顔をしたが、
目を背けづ裕奈の言葉を待った。

「悔しいけど、でもあんた位しか、元気つけられる人を思いつかなかった。だから、お願いします。
あの子達を元気にしてください」

裕奈は、友人達の事を想い本当は絶対に頭を下げたくない相手に、頭を下げ懇願した。
そして、裕奈は言いたい事を終えると、横島を見る事さえせず走り去っていった。
これ以上横島を見ていると、殴りたくなってしまうためだった。裕奈が去るのを見送っていた横島は、
叩かれた頬を押さえると、

「…いてえな…」

ただ一言、声を発するのが精一杯であった。ただのビンタであったが、横島の心に美神の
折檻以上の傷を負わせていた。

その日から横島は、記憶から忘れていた数日間を、思い出すのに数日を費やした。
千鶴にナンパされた公園に立ち寄ったり、布団を被り同じ行動をしたりした。そして、
ぼんやりとだが思い出すことに成功した。錯乱していたため、誰に何時何を言ったかまでは、
思い出せていなかったが、

「くそ、言った。たしかにあの子達に向けて、言っちまった」

横島の脳裏には『来ないでくれ』『近寄らないでくれ』と言ったときの、彼女達の悲しそうな
顔が思い出されていた。正確には初日にアキラ、2日目に千雨、3日目に朝倉、4日目に茶々丸の
心に残る傷をつけていた。思い出すと横島は、急いで携帯を使い電話をかけたが、

「うう、誰も出てくれねえ」

『謝りたいから、電話に出てくれ』とメールを送っても、誰一人として返信して来る者はいなかった。
そして、アスナに相談する事になった。


「あ~ごめんなさい。ちょっと所か大分私には荷が重いかな」

横島の話を聞き終えたアスナの素直な意見であった。さすがにこの相談に乗るのは無謀と思ったアスナは、
逃げ出そうとしたが横島に手をつかまれ、

「た、頼む、何かアドバイスをくれ」

「無理、私には無理です!?」

「逃がさん、ここでアスナちゃんを逃がしたら、もう頼る相手が居らん」

半泣きになりながら逃げようとするアスナを、必死な形相で横島が捕獲していた。
実際には相談相手候補には超もいるのだが、あまり印象が良くないため思い出されることはなかった。
彼女に相談したら、茶々丸以外の少女たちが切り捨てられる可能性が高いので、相談を
持ちかけなかったのは、正解かもしれない。

逃げる事を諦めたアスナが、椅子に座りため息をつきながら、

「はぁ~一応考えますけど、期待しないでくださいよ」

「大丈夫だ、最初からあまり期待してないから」

「よ、横島さん、私に喧嘩売ってるの?」

アスナは、引きつった笑みを浮かべたが、諦めるとと悩みながら、

「そういえば、茶々丸さんとも仲いいんだから、彼女に仲介お願いしたら?」

「言ってなかったけ、茶々丸ちゃんにも、他の子達と同じような事言ってるって」

「うわ、最低」

「しっとるわい!」

横島は、叫ぶと近場にあった木に頭をぶつけながら、「ワイは、ワイは最低じゃあ」と
 涙を流し悲痛の咆哮をあげた。周囲を歩いていた人は、横島の奇怪な行動に引いていたが、
アスナは気にする事無く近づき、

「周りに迷惑でしょ『ドゴン』」

「…はい…すみません」

アスナは、横島の後頭部に肘鉄を叩き込み沈黙させると、襟首を掴みテーブルに引きずって行った。
店員が『出てけ』と目で訴えてきたが、アスナは図太いのかそれとも気づかなかったのか、
そのまま椅子に座ると、次の案を出した。

「そういえば、猫の世話お願いしてるんですよね。世話しに来たときに謝ればいいじゃん」

「あの子達、俺のスケジュールほとんど把握してるから、俺がいない時間を狙ってくるんだ」

「無理じゃん、残念だけど諦めなよ」

「いやじゃあ~~あの子達とこのまま別れていくのは、絶対イヤだ!」

横島は、駄々っ子のように地面に寝転ぶと手足をばたつかせた。アスナは、同席している男の
行動に恥ずかしくなったが、気になることがあり問いかけた。

「横島さん、何処かに行くんですか?」

横島は、動きをピタリと止め、

「今すぐじゃあないけど…そのうち」

「私たちが卒業してからですか?」

「わからないな。明日かもしれないし、何年もいるかもしれない」

「そっか」

「ああ、だからあの子達とは、いい関係でいたいんだ」

寂しそうに笑う横島の願いを聞くため、アスナは腕を組み「ん~」と呻きながら無意識に、
首を一回転させると、菓子店の前のポスターが目に付きニッコリと笑い、

「だったら、日ごろの感謝を込めてバレンタインに何か送ろうよ」

「バレンタイン? アレって女性から男性に、じゃあないの?」

「ふっふふ、その考えは古いですよ。今では逆チョコと言って、男性があげるのも
珍しくないですよ!」

「そうなんか! じゃあ、何あげればいいかな? チョコ?」

「…さあ?」

自信満々だったアスナだが、プレゼントまでは判らず首をかしげお手上げのポーズを決めた。
そして、横島とアスナは数分無言になるとアスナから、

「今から何か見に行きます?」

「すまん、今日は夕刊の配達があるから、明日じゃあダメ?」

「じゃあ明日休みだし、ショッピングモールにでも行きましょう」

「すまんが、頼む」

こうして横島とアスナとのお買い物が決まった。ちなみに、この会話を聞いていた散歩部の、
双子姉妹がいた。

「お姉ちゃん、聞いた?」

「おう、史伽」

「アスナが明日デートだって、どうしよう」

「う~ん、朝倉に教えてやるか」

風香がいたずらぽく笑いながら、パパラッチに情報を教えると言い出した。それを聞き慌てた史伽が、

「ええ!? それじゃあアスナがかわいそうだよ、お姉ちゃん」

「いいか史伽、最近朝倉の元気ないだろ、だからこの情報を教えたら少しは元気になるだろ」

「そっか、お姉ちゃん優しい」

双子もしょうんぼりとしてるクラスメートのためを思い、朝倉に連絡を取った。可哀想だが、
元気のいいアスナはクラスメートに売られたのであった。


クラスメート達に活気がないと認定されている四人(茶々丸だけは極少数に)は、現在横島宅にいた。
四人はうな垂れながらも、茶々の世話と言い訳しながら、横島宅に足を運んでいた。
そして千雨が、

「なあ、誰か連絡取ったか?」

誰にとは言わずとも、脳裏に横島の姿を思い浮かべた、他の三人は静かに首を振った。

「…何を話していいか、わからない」

アキラが、横島からのメールを見ながらみんなの意見を代弁した。その時、和美の携帯が震えだした。
和美は、横島からかと思いドキドキしながら確認すると、落胆しながらも一応電話に出た。

「何のようよ、風香」

『おっす、相変わらず元気ねえな』

「切るよ」

『わぁ、待った待った! 面白い情報があるんだよ』

「ふぅ、どんな?」

『何とアスナが明日デートするんだと』

「へえ、そうなんだ」

『反応薄いぞ、何か男のほうが明日で、麻帆良からいなくなるみたいだから、プレゼント買うんだって』

…色々情報が錯綜していた。

『その男の写メ送るから切るな』

「はいはい、じゃあね」

和美が携帯を耳から離すと、普段どうりに見える茶々丸が、

「どうかしたのですか?」

和美は肩を揺らし、

「アスナが明日デートなんだって」

「彼氏がいたのですか」

「でもその男、明日ココから出てくみたいよ『ブブブ』…あっ来た。さてどんな男かな」

和美が、一応メールを確認するとやはり風香からだった。そして添付されてきたデータを見ると、
目を見開きストンと腰を落としボソボソと、

「…よ…し…さん?」

「なんか言ったか?」

「明日でいなくなるの…横島さんだって」

和美が、ノロノロと携帯の画面を他の面子に見せると、

「「「えっ」」」

その後、情報を処理出来ず茫然自失になった4人は、どうやって帰ったかもわからず、
気がついたら自身の部屋に居た。



[14161] またもや、出番なし。 次は出ると思われる  追加分完成
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/09/05 20:53
「…おはよう」

「ああ」

「千雨ちゃんも大河内も、ひどい顔してるよ」

寮組の3人が寮のホールに集まると、和美が二人の顔を見て素直な感想を言った。アキラと千雨は、
お互い寝ていないのか、目の下に隈ができており、髪もセットしていないためボサボサであった。
しかし、この状態は二人だけではないらしく、

「朝倉、鏡見ろ」

和美も一睡もできていないのか、二人に負けず劣らずひどい顔であった。和美も確認しようとしたが、
手鏡を持っていなかった為に携帯のカメラを代用し、自分の顔を映し見ると苦笑し、

「あは、ダメダメだね。二人ともシャワーにでも行こっか?」

「そうだな」

「…うん」

和美の提案に二人が同意し、眠いためか覚束ない足取りで浴場に向かおうとする背後を、

「ま、まずい、寝過ごした~ 約束の時間に遅れる!?」

間に合いそうにないためかクラスメートに気づくことはなく、人間の限界を軽く超える速度で、
アスナが走っていった。アスナの声を聞いた3人が、ノロノロと振り向くと足を動かす度に、
揺れ動くアスナの後ろ髪が目に入った。そんな姿を見送りながら、

「…いいな、神楽坂さん。横島さんと買い物行くんだ」

「「…・・・」」

つい考えを口に出して言ってしまったアキラであったが、他の二人も同じような事を思ったのか、
茶化そうとはせず小さくなっていくアスナに、羨望の眼差しを向けていた。そして、
アスナが見えなくなると和美が、自分の頬を『パンパン』と叩くと、努めて明るく、

「しょうがないよ、二人は付き合ってるんだから、デート位するよ~」

「…そうだね」

「気づかなかったな。横島さんの家に行くの迷惑だったよな」

千雨は、自分達がアパートに通っていた為に、付き合う二人の邪魔をしてしまったと、
思ってしまった。雰囲気が暗くなってしまったが、落ち込んでいても良くないと思ったアキラが、
気分転換の為に、

「…シャワー浴びたら、一緒に買い物行こ」

「いいね、行こ行こ」

「そうだな…ショッピングモールにでも行こぜ」

「はい、決まり。今日は、じゃんじゃん買ちゃお!」

「うん…」

3人は気を紛らわせるために、買い物を選択したのだが、奇しくも行き先が横島と被っていた。
そして、もう1人の少女・茶々丸は朝から超に呼び出されていた。

茶々丸は、超の研究室に赴くと、普段以上に冷めた声で、

「超、今日は何の用でしょう」

「茶々丸、待ってたヨ。今日は、このボディで一日行動してほしいネ」

超が用意したボディは、小学生低学年ほどの大きさの繋ぎ目のない、身体をしていた。
茶々丸は、似たボディの妹を知っており、あまりその妹にいい記録がなかった。違う箇所は、
ロングヘアーで体が少し大きい程度であった。だが茶々丸は、昨日のことが尾を引きずっており、
正常な判断ができていないのか、

「…わかりました。行き先などの指定はあるのですか?」

「そうね、ここで好きに買い物をするといいネ。お金は気にしなくていいカラ」

笑いながら超は、茶々丸に地図と財布を渡した。超の指定した場所は、事情を知っているのか、
知らないのか表情からは一切読めないが、行き先には横島達・アキラ達が行こうとしている、
ショッピングモールの地図が書かれていた。そして茶々丸が、ボディを入れ替えるため
機能を一時停止させると、超が作業をしながら、

「長かったヨ、お市の暴走で沢山のデータが飛んだから、作り直すのには苦労したネ」

超や葉加瀬としては、龍宮や那波クラスのスタイルのボディの作成をしたかったが、
多くのデータがなくなり、自身の目的のためにも、茶々丸のことだけに感けていられなく
なっていた。そのため、あいた時間を使い茶々丸の新型ボディを作成していた。そして、
遂に小型の身体が完成し、動作試験にたどりついたのである。

こうして、横島達・アキラ達・茶々丸(小学生ver)が同じ場所に、引き寄せられるように、
集まるのであった。


ちなみにこの状況の元凶でありながら、身体も心も傷ついていない千鶴は、

「ふんふ~ん」

機嫌よく鼻歌を歌いながら、湯煎している鍋をオタマで回していた。テレビを見ていた村上が、
甘い匂いに気づくと、

「何作ってるの、ちづ姉?」

「見ててわからない、夏美。愛の結晶を作ってるのよ」

「…はあ?」

「うふふ、チョコよチョコ。愛情をたっぷり込めてるのよ」

「ふ、ふ~ん、そっか、明日はバレンタイデーだもんね…(い、言えない、変な薬作ってる、
魔女にしか見えないなんて)」

「そうだわ、私の身体でチョコの型とってみようからしら?」

普段なら心すら読みそうな千鶴であったが、浮かれているためか村上の考えに気づかずに、
型のとり方とポーズについて考え出したが、

「動きそうで怖いから、やめて」

「あらあら、そうかしら? じゃあ媚薬でも入れようかしら」

「…頭大丈夫、ちづ姉…ちなみに、どこで手に入れるの、そんなの?」

「そうね、あやかにお願いするか、超さんに作ってもらうのも手ね」

「うっ…手に入りそう…」

あやかと超の名前が出た時、その二人からなら本当に媚薬を手に入れれる可能性があるため、
嫌そうに顔をしかめた。その後、村上の必死の説得のかいあり、人型チョコと媚薬入りチョコの
作成は流れた。もし横島が、その人型チョコレートを見たら、過去のことを思い出し、
脱兎のごとく逃げたであろう。


横島は、待ち合わせ場所である麻帆良学園都市中央駅前で、アスナを待っていると、
遠くから土煙があがっているのに気づいた。横島は、どんどん近づいてくる土煙に首をかしげ、

「何だアレ…ん、アスナちゃん?」

横島が目を凝らすと、待ち合わせ相手のアスナが必死の形相を浮かべ、土煙を発生させていた。
横島の手前まで爆走し、靴底をすり減らしブレーキをかけると、

「はあ…はあ…間に…合った、ぜえ、ぜえ…おはよう…ございます。さあ…行き…ましょう」

「とりあえず、行く前に何か飲もっか」

「は…い…お願い…します」

横島が微苦笑しながら提案すると、両膝の上に両手を置き肩で息をしているアスナは、
一も二もなく了承した。二人は、駅構内にある喫茶店に入り、20分程休憩してから目的地に向かった。
アスナは、待ち合わせ時間には間に合ったが、結局アスナのために出発時間は遅れる事になるのだった。

ひと息いれた二人は、電車に30~40分揺られ目的地近くの駅に到着した。電車から降りると横島は、
腕を上げ背筋を伸ばし、

「う~ん、着いたか。ショッピングモールって、こっから遠いの?」

「近いですよ、歩いて5分程度ですから」

「そっか、案内よろしく!」

「はいはい、行きましょう」

そして横島は、目的地に向かう短い時間を利用し、何を買えばいいかアスナと話し合った。

「どんなのがいいかな?」

「う~ん、そうですね。アクセサリーとかがいいんじゃないですか?」

「なるほど、そんじゃあの子達に似合いそうなの、選ぶの手伝ってくれよ」

「アドバイスはしますけど、基本は横島さんが選んでくださいよ」

「ああ…自信ないな」

ちょっと不安そうな表情をしている横島の背中を、アスナが「大丈夫、大丈夫」と気楽に言い、
歩きながら平手で3回背中を叩き横島に気合を入れた。


横島達が目的地近くの駅に着いた頃、千雨達3人は麻帆良学園都市中央駅で改札口を通り、
ホームに行くと茶々丸に似た小学生位の少女が、電車の時刻表の前に佇んでいた。3人は同時に、
少女に気がつくと立ち止まり、

「…あの子、この前の子かな?」

「どうだろ、髪型や身体の大きさが違うけど」

アキラと和美は、顔を見合わせながら、悩んでいると、

「多分アレ、茶々丸だ」

「何で判ったの?」

「あいつの雰囲気と、カンだ」

「…え? カン」

千雨の答えに、アキラと和美は疑わしげな目を向けたが、千雨はその視線を無視し少女に近づき、
少女の真後ろに立つと、『ぺチン』と頭をはたいた。それを見ていた二人は、千雨の行動に
アタフタしていたが、

「何してんだ、チビロボ」

千雨から暴行を受けた少女は、後頭部を擦りながら振り向くと、

「千雨さん、何をするのですか?」

「ほれ、茶々丸だろ」

近くまで寄ってきたアキラ達に、指差しながら茶々丸と証明したが、

「…いきなり、頭叩くのは良くない」

「違う子だったらどうすんのよ」

「ふん、本人だったからいいだろ…はぁ(やっぱ、コイツも落ち込んでんのか。いつもだったら、
簡単に避けるくせに)」

千雨は、グリグリと茶々丸の頭を撫でながら、言い訳の言葉を発していたが、茶々丸も
調子を落としているのに気がついてしまった。通常時ならまず当たらない千雨の攻撃を、
まともに受けたことで確信していた。茶々丸は、千雨の手から逃げると近くにいた、
駅員のところに歩み寄ると、駅員の袖を引き何か話しかけていた。

「「「?」」」

3人が不思議そうに眺めていると、茶々丸と手をつないだ駅員が近づいてきて、「あの子?」と
駅員が千雨を指差し茶々丸に尋ねると、「そうです」と茶々丸が頷いた。嫌な予感がした千雨が、
頬を引きつらせると、駅員が千雨の前に立ち、

「君、ダメじゃないか。こんな小さい子をイジメて」

「い、いやその…て、てめえ、このボケロボ、卑怯だぞ!」

「ちょっと駅員室に来ようか」

「お、おい、やめろ」

千雨は、駅員に腕をつかまれ抵抗むなしく連行されていった。和美とアキラは口を開けポカンとし、
茶々丸はハンカチを振りながら見送っていた。



千雨・買い物に行く事無く脱落



する事はなく、10分後駅員にこってり絞られたのか、憔悴した表情で3人の元に戻ってくると、

「遅かったですね」

「お前の所為だろうが」

千雨は、疲れているためか弱々しく返すのみであった。そして、元気のない千雨を見た、
茶々丸の次の行動は、

「人の胸を、揉むな。揉みたいなら、そっちのデカイのにしとけ!?」

茶々丸の手は、揉むというより擦っているという方が正しかった。しかし、そのような事は
千雨には関係なく、茶々丸の手を叩き落とすと、自分より大きいアキラと和美の胸を指し示した。
アキラは腕で胸を隠したが、和美は笑うと胸を茶々丸の前に突き出し、

「茶々丸ちゃん、揉む?」

「別に胸を揉みたいわけではありません。頭を撫でたいのですが、届かなかったのです」

茶々丸は、千雨に元気になってほしく頭を撫でようとしたが、今の身体では背が低く、
届かなかったために胸を触っていたのである。千雨は、茶々丸の意図に気がつくと、
勝ち誇るように笑っていた。千雨は、何かあるたびに茶々丸に頭を撫でられ、そのたびに
千雨はその手を払いのけていたが、今回はその必要がないために、

「はっはは、残念だったなチビロボ」

千雨は高笑いを浮かべながら、電車を待つためにホームに描かれている枠に並びだした。
茶々丸は、アキラのズボンを掴み上目遣いに、

「大河内さん、肩車してください」

「うん、いいよ…かわいい」

茶々丸の願いに、アキラは即答し直ぐに肩車した。アキラは、一瞬で茶々丸(小学生ver)の、
可愛さに屈したらしい。アキラが軽々と茶々丸を持ち上げると、

「ありがとうございます。では、千雨さんの後ろに行ってください」

「…うん」

「面白いから、撮っておこ」

茶々丸に操られたアキラが、千雨に近づくと茶々丸が手を伸ばし、千雨の頭を撫で「元気出ましたか」と
問うと、千雨はプルプルと震えだし、

「やめろってんだろー と言うか、どうやって…大河内テメエか!」

「…だってカワイイだよ」

「答えになってねぇ!?」

傍から見ていると楽しそうに思えるやりとりを、和美がデジカメで撮影しながら、何の気もなしに、

「面白そうだね、プリントしたら横島さんにも…あっ…」

「「「……」」」

和美の声が聞こえた3人は、先程までの騒がしさが嘘のようになくなり、動きを止めてしまった。
口を滑らした和美も俯き、気まずそうに千雨達の後ろに並び数分待つと、

「電車きたな」

「…うん」

「行こうか」

電車が止まりドアが開くと、3人は機械的に足を動かし、アキラがドアを潜った瞬間

『ゴン…ゴチン』「ぎゃ」

と、鈍い音が二回なった後に短い悲鳴が聞こえた。千雨とアキラが振り向くと、

「うう~」

額を撫で仰向けに倒れる茶々丸と、頭を抑え蹲りながら和美が唸っていた。アキラが、
茶々丸を肩車している事を忘れ、電車の中に進んでしまい電車の外壁に、茶々丸の額がぶつかり、
アキラの肩から落ちてしまった。そして、正面を見ていれば気がついただろうが、
残念ながら下を向き歩く和美が気づくはずもなく、落ちてくる茶々丸が頭に直撃した。
起き上がった茶々丸が、和美の頭を撫でると、

「大丈夫だから、乗ろ茶々丸ちゃん」

「はい」

和美は、頭を押さえながらも立ち上がり、アキラ達の後を追い茶々丸と一緒に電車に乗った。
電車の中では終始無言で、周りの人すら気まずくなるほどの空気をかもし出していた。


そして、横島達に遅れる事1~2時間、少女達もショッピングモールに到着した。既に4人は、
何も買っていないが購買欲が、尽きかけていた。しかし、ショッピングモールまで来ていたので、
一応見て回ることにした。そして、ある人物達を見ると、心底後悔し少女達は四つん這いになり、

「…何で居るの」

「ここが、デート場所だからだろ」

「ばれる前に、他の店を見に行こっか」

「はい」

少女達が見た者はもちろん、

「おっ、コレなんかどうだ?」

「う~ん、こっちもいいと思いますよ」

「それも似合いそうだな」

横島とアスナが楽しそうにブレスレットを選んでいた。少女達は、二人に気がつかれない様に、
コソコソと離れていった。

「コレがいいな」

「似合いそうですよね」

少女達のうち誰か1人でも動転していなければ、その会話の違和感に気がついたかもしれないが、
全員が一刻も早くこの場から遠ざかりたかったために、残念ながら気がつく事はなかった。
横島達が、誰かの為にプレゼントを選んでいることに。

そして、何故か少女達が移動するたびに、横島達が先回りをして商品を選んでいた。
横島は、少女達にあげる物を選んでいるうちに、気が紛れたのか知らず知らずの内に笑顔になっていた。
その嬉しそうな笑い顔を見た少女達は、あの場に自分もいたいと思ったが、二人の邪魔をしたくないため
、毎回そそくさと姿を隠した。しかし、遭遇回数が増えると、一緒に楽しそうに笑うアスナに、
嫉妬の念を送る少女が、少しずつ出てきた。

そして、さすがに来ないだろうと思いゲームコーナーに入ったが、

「あっ、この人形可愛いな。でもこういうの苦手だからな~」

楽しそうなアスナの声が響くと、一斉に慌てて目の前にあった、プリクラの筐体に逃げ込んだ。
転び逃げ遅れた茶々丸を、アキラが目にも留まらぬ速度で駆け寄り、抱きかかえて連れ込んだ。

「何でいるんだよ!?」

「知らないわよ」

「あの人形、私も欲しいです」

「…私も、人形欲しいな…横のイルカさんがいいな」

隙間から外を覗き込むと、クレーンゲームの前でトナカイの人形を、指差すアスナが見えた。
その光景を見てイラつく千雨と和美の横で、人形を欲しそうに眺めるアキラと茶々丸とにわかれた。
主に前者が、全力で嫉妬の念を送り、後者はまだ弱い念を送っていた。

横島が、その筐体を見回すとアスナに向けて、親指を立て歯を出し笑い、

「コレなら、任しとけ!」

「取れるんですか?」

「はっはは、軽い軽い」

ボタンを操作した横島は、楽々とトナカイの人形を獲得し、アスナにプレゼントするとアスナは、
喜び横島の腕に抱きついた。それが、止めであった。茶々丸の目が据わり、アキラの額に
井桁が浮かんだ。そして、全員からの嫉妬パワーをアスナが受信すると、彼女の身体が勝手に
震えだした。ガタガタ震えるアスナに気がついた横島が、

「アスナちゃん、震えてるけど大丈夫か?」

「何か、急に寒気が」

「うんじゃ、コレ着な」

「ありがとうございます…何だか、着たけど…さっきより寒い」

横島の上着を羽織ったが、寒気は治まるどころか更に酷くなっていた。心配した横島が、
アスナの肩を抱いたがもちろん逆効果で、アスナは極寒の地にいるような感覚に襲われていた。
ゲームコーナーから出てアスナをベンチに座らせると、横島が温かい飲み物を買いに行くため、
アスナから離れるとその寒気はピタリと止まったらしい。…恐るべき嫉妬パワー、この力は
魔法消去能力でも無効に出来ないようだ。

そして、最終的には覗き見ていた少女達は、

「…私達、何してるんだろう」

「何一つ買ってねえな」

「行こっか」

「……」

我に返った少女達が、プリクラの筐体の中での会話を終え、ゲームコーナーから出ると、
離れていく横島達の後姿が見え、

「横島さん、今日でいなくなるんだよね」

「そういう話だな」

「…さびしくなる」

「……」

3人の少女は、自然と目の端に涙を溜めていた。そして、無言だった茶々丸が、突然走り出すと、
迷う事無く一直線に横島に向かっていった。気がついた他の少女が止めるまもなく、
横島の背に飛びつくと、短い腕を精一杯伸ばし横島の背にしがみ付き、額を横島の背中に押し付け、

「いなくなってはイヤです」

横島は、急に背後から飛び掛られ、久しぶりに聞くが聞き慣れた声に驚き、首を後ろに向けながら、

「茶々丸ちゃん? …ちっこい?」

「イヤです、イヤです」

「? へ、へ、何?」

茶々丸(小学生Ver)の登場に、横島は困惑するのみだったが、茶々丸は「イヤです」しか言わず、
横島が途方に暮れていると、他の少女達もおずおずと近づいてきた。そして横島が、
少女達に気がつくと、

「アレ? 何でみんないるの? …泣いてる?」

横島は、目に涙を溜めていることを見て取ると、一瞬で青ざめると慌てながらも、

「ご、ごめん、俺またなんかやった?」

3人は答えず、少しずつ距離をつめていった。後数歩まで来た少女達に、気圧された横島が一歩下がるが、
少女達が伸ばした手が横島の服や袖を捕まえるほうが早かった。

「私まだ、横島さんの服作ってない」

「…まだ恩返してません」

「夜の取材また付き合ってよ」

それぞれの思ったことを口にした後、

「「「だから、行かないで」」」

最後に願いを口にすると、茶々丸のように額を横島の身体に当てた。

そして、訳がわからない横島が、口を開けポカンとしているアスナに、アイコンタクトすると、

『何この状況?』

『私に聞かないで…すごくいずらい』

アスナは、とても居心地の悪い空気の中、何とかその場に止まった。


少女達が、冷静さを取り戻し話を聞くと、

「今日でいなくなるって聞いたから」

「誰が?」

「…横島さんが」

「…はぁ!?」

「最後に神楽坂とデートして、プレゼント貰うって話だ」

「何で私が、デートしてプレゼントすんのよ」

「付き合ってるって情報が入ったのよ」

「私は、高畑先生一筋よ!」

「…付き合ってないの?」

「「ない」」

横島とアスナの声が綺麗にハモると、少女達は安心したが、もう一つの重要事項である、

「いなくなるって話は?」

「まだ、その予定はないぞ」

3人はホッとし力が抜けた。ちなみに、一言も話していない茶々丸は、コアラのように
横島の腹にしがみ付き、離れなかった。

その後、アキラと茶々丸にせがまれ、クレーンゲームで人形を取ったり、みんなでプリクラを取った後、
カラオケで横島が美声を披露した。そして遊び終え食事も済ませると、横島がそれぞれの少女に、
プレゼントを渡しながら、

「ごめんな、この前はヒドイこと言っちまって。コレ、日ごろの感謝とお詫び。
一日早いけどバレンタインデーのプレゼント」

渡されたプレゼントを、4人は心の底から喜び、その場では開けず、自室に帰ってから
ニコニコしながら開封した。


帰り道は、横島の左側で和美が腕を組み、右側では服の袖を千雨がしっかり掴んでいた。
そして肩車されている茶々丸は、横島の頭に手を置いていた。アキラは数歩離れ、アスナと歩いていた。
アスナは、横島を示しながら横のアキラに、

「大河内さんは、くっ付かなくていいの?」

「…大丈夫、ジャンケンに勝ったから」

勝利のVサインを向けてくるアキラに、アスナは更に不思議に思ったため、

「何で? 勝ったなら、横とれば良かったじゃん」

「すぐわかる…」

「ふ~ん」

アスナのちょっとした疑問は、電車に乗り込むと直ぐに答えがわかった。空いていたボックス席に移動し、
席に近づくと示し合わせたように千雨と和美が、残念そうな表情をしながらも潔く離れた。
4人席のため遠慮していた横島を、アキラが両手で背中を押し奥に無理やり押し込んで、
強制的に座らせると、

「…横、失礼します」

「私は、腿の上を」

アキラが横島の横の席を取り、茶々丸が横島の有無を確認せず、靴を脱ぐと横島の腿に横向きで座り、
左半身を横島の胴体に預け、横島の上着を握った。一方和美と千雨は、

「「ジャンケンポン…あいこでショ・ショ・ショ!」」

と、横島の正面に座るため、熱戦を繰り広げていた。ちなみに、勝者は千雨であった。
負けた和美は、無念のため開いた右手を悔しそうに見つめていた。

そして、電車は動き出して数分も経つと、座席に座れなく立っていたアスナが「くっくく」と
笑いながらも、声を抑えながら横島に話しかけた。

「良かったですね。仲直りできて」

「…ああ」

横島も安堵の笑みを浮かべながらも、身動ぎすることなく囁くように声を発した。

「でも、どっかに行こうとしても、無理かもしれませんね?」

「やっぱ、そう思う?」

「そんな姿見たらね~」

「…はは」

アスナの言葉に横島は力なく笑うしかなかった。微動だにしない横島の現状は、左肩に
アキラの頭が乗っかり、正面の千雨は腕を伸ばし、横島が膝に乗せていた手を自身の手で
重ね掴んでいた。そして、和美は腕を伸ばし横島のズボンを掴んでいた。3人は前日、
寝ていない為の疲れと、横島が傍にいる安らぎから、直ぐに「くー」「すー」と寝息を立て、
眠りながらも横島を逃がさないように、しっかりと捕獲していた。

そして、横島はアスナに聞こえないようにボソッと、

「この子達がいるなら…こっちもいいかもな…う~でもこの子達に手を出すのは、悪者だよな…」

向こうに帰る意思が大分弱まってきていた。少女達の鎖が、しっかりと横島を捕まえだした。
しかし、誰にも聞かれていないと思った独白は、

(いなくならないようで良かった。しかし、悪者とは何の事でしょう?)

目をつぶりながらも、しっかりと起動していた茶々丸は、横島の呟きに安心していたが、
最後の単語の理由がわからず、内心首を傾げた。

ちなみに、麻帆良学園都市中央駅についても3人は、起きる気配を見せずにいた。茶々丸も、
少しでも一緒に居たかった為に、動こうとしなかった。横島は、彼女たちを起こすのを躊躇い、
動けなかったがそんな横島を尻目に、アスナは横島を裏切りさっさと、1人で帰っていった。

一時間後、目を覚ました少女達は、起こさなかった事に謝る横島に、誰一人文句を言わなかった。
何故なら、もう一時間以上、横島と一緒にいる大義名分が出来たためである。ちなみに、
戻るための電車では、和美がジャンケンに勝利し喜んでいた。

後日、学校の屋上から縄で縛られ吊るされ、悲鳴をあげるとある双子の姉妹がいたとか。



あとがき

今回、何となく書きたくなったので、あとがきを初めて書かせていただきます。
ふう、横島戦闘しないな。戦ったのは、斉天大聖、タカミチ、不良軍団(戦ったか微妙)、
茶々丸(これも微妙か)、小太郎、式神使いとその相方か。22話作って、6~7話位か。
横島に武器使わせたくて書き始めたのに、全く使用しない現状。処女作って難しい。

ちなみに今回、茶々丸のボディを小さくしたのは、電車の席のためだけです。
それだけの理由のためです。

あと少しで、吸血鬼編に入るつもりです。ドッジボールの話と、もう一話。気が向いたら、
もう1~2話増えるかもしれませんが、その後、吸血鬼編だと思います。あと改訂をする必要もあるな。

以上。

今回は、こちらでレス返しさせて頂きます。

コンテナ様、空飛ぶ箒の話は記憶にありましたが、そこまで覚えていませんでした。
今度、読んで見ます。愛子も泣かしていたのか。

Citrine様、千鶴は釣れたというか、釣ろうとしたが小さくって見逃したら、
勝手にクーラーボックスに飛び込んできた感じです。

>床屋は…申し訳ないですが、お疲れ様です、としか言えないです。

良様、6人目を出す前に4人が告白したら、唯でさえ最初の4人との差がありすぎるので、
こんな話になりました。

ありゃりゃ様、アスナデート騒動は、今後どうなるか謎です。時系列的には、ホレ薬後です。
『4時間目、キョーフの居残り授業!』の時です。朝倉は、原作でもネギを取材しだしたのは、
修学旅行ですので、どうしよう。






何もなしにあげるのは、あまりよくないと思うので、ちょっと追加

バレンタイン当日 初期ヒロイン4名、出番なし


2月14日の早朝、横島は深夜警備の仕事から帰宅し、さっさと寝るために服を脱ぎ捨て下着姿になり布団を敷いた。
そして、横になり寄ってきた茶々が腹に乗り目を瞑ると『ピーンポーン』と、チャイムの音が響き渡る。
眠りを邪魔したわずわらしい音に横島が、イライラしながら半目になると、

「うっせえな、どうせたいした用じゃあないだろ」

尋ねてきた人物を無視する事を決め、目を閉じると『ピーンポーン』と再びチャイムが耳に入ってきた。
対応しなければ諦めると思った横島だったが、『ピピピピピーポーン』とチャイムが連続で押された。
横島の頭から『プチ』と何かが切れる音がすると、腹部に茶々がいるのも忘れ跳ね起きた。腹部にいる茶々が
転がっていくのにも気がつかず、『ドカドカ』と足音荒く玄関に突進する。そして、いまだに『ピピピピピ』と
鳴る音源をとめるため、ドアを蹴り開け、

「じゃかわしいわ~ 新聞の勧誘とかだっ…た…ら」

怒鳴りながら表に出た横島だったが、高速で指を動かす人物を見ると、途中で言葉が喉から出なく
なってしまった。驚いた横島が、その人物を指差し口をパクパクさせていると、やっと指を動かすのをやめた人物が、

「おはようございます。忠夫さん」

『ピーンポーン』と間抜けな電子音をBGMにし、こぼれるような笑みを浮かべた少女・那波千鶴が、
挨拶と共に下着姿の男に頭を下げるというレアな光景である。驚愕のあまり怒りがどこかに飛んでいった横島は、

「お、おう、おはよう…えっと、たしか那波さ「千鶴と呼んでください」」

しどろもどろになった横島が、少女の名前を確認するため『那波さん』と言おうとしたが、ニコニコ顔の
少女に途中でさえぎられてしまう。そして、少女の異様な迫力に押されそうになりながらも、

「…那波千鶴さんだったね。んで、千鶴さ「呼び捨てで結構ですよ」…千鶴は、何でここにいるの?
それに、住所はどうやって調べた?」

「住んでる場所は、政樹君に聞きました。尋ねた理由は、コレを渡すためです」

横島は、『あのガキなに人の住所教えとんじゃ~』と思いながら、千鶴がカバンから取り出した袋を、
反射的に受け取っていた。困惑する横島が、中身を聞こうと思った矢先、

「可愛い猫ですね。飼ってるんですか?」

「ああ」

さきほど横島に跳ね除けられた茶々が、横島を追いかけ玄関から顔を出してきているのに、
気がついた千鶴がかがんで茶々を見据えた。すると、千鶴の背後を見て目を真ん丸くした茶々は、
何を思ったか『コロン』と転がり、千鶴に対してバンザイし腹を見せている。横島に対しても
よくやるポーズであり、その場合は構って、遊んでの意味合いが強かっのだが、今回は服従に近く
『あたちは無害ですよ、何もしませんよ~』と体を使って表現していた。

茶々が、千鶴の背後に何を見たかは謎。

千鶴は、茶々のプニプニしたお腹を楽しそうに撫で回している。猫の毛並みとお腹を堪能した千鶴が、
手と目を放した隙に茶々は、そそくさと家の奥に引っ込んでいった。手持ち無沙汰の横島が、
耳元に持ち上げた袋を『ガサガサ』と揺すっていると、立ち上がった千鶴が右手を頬に当て、

「今日はバレンタインデーなので、チョコを持ってきたんですよ。手作りです」

「…なに~! チョ、チョコを俺に?」

信じられない横島が、両手にしっかりと持った袋と千鶴を交互に何度も見比べている。
横島の行動を悪戯っぽく微笑み見る千鶴が、横島から袋を一旦返してもらい袋から箱を取り出すと、
千鶴は中身を横島に見えないように隠しながら、パズルのように区切られていたチョコの一部を
取りだした。そして、取り出したチョコをまだ呆然とし、口を開ける横島の口に入れる千鶴。
一瞬、何を入れられたかわからなかった横島だったが、口の中で広がる甘い感覚に思わず、

「…ウマイな…そういえば、普通のバレンタインて初めてかも」

「…? お口に合う様ですので、良かったです」

横島の脳裏には、『自作自演チョコ疑惑』『等身大チョコ事件』の記憶が蘇り、彼の数多いトラウマを
思い出していた。実はもう一つ『ホレ薬混入チョコ』でも酷い目にあっているのだが、幸いにして思い出せていない。

チョコを食べ何故か号泣の横島にビックリした千鶴だったが、チョコの味は問題なかったようなので、
ホッと胸を撫で下ろした。そして携帯で時間を確かめた千鶴が、箱を閉じ袋にしまい、

「学校に遅刻してしまいそうなので、そろそろお暇させていただきます」

俯きながら涙をゴシゴシと腕で拭く横島だったが、根性で顔を上げ、

「おう、気をつけていくんだぞ!」

「はい。それと、一つお願いしてもいいですか?」

「何でも言いなさ~い。今だったら、悪霊しばいたり、嫌いな奴に呪いかけるのも、タダでしちゃるぞ!」

浮かれた横島が、こちらの世界の関係者に聞かれたら拙い発言をしたが、

「悪霊や呪いはわかりませんが、今度こそデートしてください」

「はっはは~ そんな事か軽い軽い。でっ、いつがいい?」

「日時はこちらから連絡します。では失礼します」

キレイにお辞儀した千鶴が去っていくのを、手を大きく振りながら見送る横島が、

「やった~ 普通のチョコじゃあ~ 人類には小さな一歩だが、ワイにはワイには、大きな飛躍じゃあ!?
しっかもデートじゃデー…は? …デ・ー・ト…」

驚愕の表情で動きを止めた横島は、先程軽くデートの約束をしていたが、自分の発言でやっと事の重要さに
気がついたようである。その後横島は、思考と動作を停止し数十分ほど彫刻と化していた。

ちなみに、横島にはわからない事であったが、横島が食したチョコには『鶴』の文字が書かれていた。


そして、再び動き出すことが出来るようになった横島は、とある事を思い出していた。それは、
明日菜との買い物である。

「アスナちゃん、タカミチさんにチョコ渡せたんかな?」

横島が、明日菜に少女達へのプレゼントを選ぶのを手伝ってもらう時に、明日菜もタカミチへの
チョコを購入していたのだが、

『はは、こんなの買っても渡せないんだけどね』

いつも元気良く笑う明日菜が、はじめて横島の前で力なく自嘲気味に笑うのを見てしまったので、
ひどく印象に残っていた。そして、この男の口から信じられない言葉が吐き出される。

「渡せそうにないなら、チョコ渡すの手伝うか」

モテル奴は『死んでしまえ!』と言って憚らないこの男が、男にチョコを渡すのを手助けしようと
しているのだ。これは、困ったときにアドバイスをくれた明日菜と、日ごろ何かと世話になっているタカミチ、
そして自身がチョコを貰えた嬉しさ、この3つが揃ったために起こった化学反応である。
どれか一つでも欠けていたら、この現象は起きなかった発言だと思われる。

「学校が終わったら連絡するか。それまでは、一先ず寝よ」

大きな欠伸をした横島は、部屋に入って行き隅っこにいた茶々を抱き上げると、数分後には一緒の布団で
寝息を立てるのであった。



桜通りを並んで歩くアスナと、ニヘラ~と笑う木乃香が、

「なあなあアスナ」

「…何よこのか、変な顔で笑って」

イヤな予感がしたアスナは、横目で木乃香を見ていると、

「高畑先生に、チョコ渡したん?」

「ぐっ…も、もちろんよ! すっごく喜んでくれたんだから」

胸を張り腰に手をあて、「はは、はっはは」と笑い声をあげるアスナを、木乃香がちょっと気の毒そうに
親友を見つめ、バックから四角形のピンク色の箱を取り出し、

「えっと、じゃあコレは食べていいん?」

「ぎゃー ダメに決まってんでしょ! 何であんた持ってんのよ。ああ! しかも去年のライターまで~」

手早く木乃香から箱を奪い返し、目ざとく木乃香のバックの中にある、去年渡せなかった見慣れた
小さな箱(シンプルなシルバーのジッポライター)も見つけていた。邪気の無い笑顔の木乃香が、

「アスナの机の中に落ちてたんよ」

「それは、しまってたって言うのよ!」

般若の形相で親友に詰め寄るアスナに、笑みを引っ込め心配そうに、

「ええの? 高畑先生にチョコわたせんでも?」

親友の言葉に顔を伏せるアスナが、

「…渡したいわよ」

下を向き顔を赤く染めるアスナを見て、木乃香が『あっはは、かわええな~』と密かに思いながら、

「じゃあ、高畑先生に電話しよ~」

「え~と、急に電話しても高畑先生に迷惑でしょ」

「先生なら気にせんから、大丈夫や~」

やんわりと木乃香が、アスナに電話をかけるように説得するが、普段は強気の少女であったが、

「で、でも、出てくれなかったら…」

一転、弱気な乙女にチェンジし、何かと理由をつけては拒否している。アスナにとっては、
電話をするだけでも高難易度の試練であるらしい。

困りへの字口になった木乃香が、何かいい手はないか考え込んでいると、

『ピロリロリロリ』

アスナの制服のポケットから、着信音が響くと、

「高畑先生かな?」

「…そんな訳ないでしょ」

否定しながらも、どこかタカミチからの電話かと期待したアスナが、本の少し緊張しながら、
携帯画面に表示された名前を確かめると、

「…はあ、ほら違うじゃん」

残念と安心半々の気持ちのアスナは、肩の力を抜いて画面を木乃香に見せ、表示されている名前を確かめた木乃香が、

「ん~と、横島忠夫さんって、たしか同じバイトの人やっけ?」

「そ、何の用だろ? バイト代わってほしいのかな」

何度かアスナから聞いた事があった名なので確かめる木乃香。肯定の返事と共にアスナは、
内容を予測し電話に出ると、

「はーい、何ですか? 横島さん」

この電話を節目に、気分を入れ替えようとしたアスナだったが、

『アスナちゃん、タカミチさんにチョコ渡せた?』

「あんたもか!?」

『へっ、何が?』

挨拶もそこそこの横島の質問に、話題を変えられると思っていたアスナは、当てがはずれ携帯を両手で持ち
怒鳴りつけている。大声を出すアスナに、興味を引かれ耳を携帯に近づけ会話を聞こうとする木乃香。

ブスとしたアスナが、不機嫌を隠そうともせず、

「渡せてないですが、それがどうかしました。度胸の無い私を、笑いたいなら笑っていいですよ!」

何故こんなにもアスナが、ヤケクソ気味なのかちっともわからない横島は、軽くビビリながらも、

『笑わないけど…ただチョコ渡せてないなら、手伝おうと思ったんだけど、いらないかな~?』

「いりま「いりま~す。桜通りにおるんで、直ぐ来てくれないやろか?」ちょっ木乃香、あんた何勝手に」

アスナが、余計なお世話とばかりに断ろうとするも、言い切る前に木乃香が援軍を頼んでしまった。
焦るアスナが、木乃香から急いで離れたが、

『よし、じゃあ直ぐ行くわ! …可愛い声だったな~ どっかで聞いたことあったような?』

しっかりと木乃香の願いは、この男の耳に届いている。そして、アスナと共に居る少女に期待しながらも、
何かが引っ掛かっている横島。

「ま、待って横『プツン・ツーツー』…話は最後まで聞けー」

目を吊り上げたアスナが、聞こえていないとわかっていても、イラついたため携帯に怒鳴っている。
怒れるアスナに満面の笑みを浮かべた木乃香が、親友の肩を叩き、

「それじゃあ、ココで待とうか」

「…これで渡せなかったら、恨んでやる」

「なんとかなるやろ」

アスナは、恨めしい目で木乃香を見つめたが、のほほんと返されてしまう。木乃香の緩い雰囲気に、
感化されためか、

「まあいいわ。あんたは誰かに渡さないの?」

少し毒気が抜けたアスナが、男っ気の無い友人を茶化す様に言ったが、

「渡す予定やったんやけど、今年はダメだったわ」

「…ほえ、こ、木乃香、チョコ渡したい人いたの?」

「毎年あげとるえ。今年のはコレや」

「うそ…全然知らなかった。だ、誰よ?」

チョコを取り出しながら言う木乃香の予想外の答えに、友人に先を越されていると思いがっくりしているアスナ。
しかし、気を取り直すと木乃香の想い人を聞くと、

「おじいちゃんやー でも今年は、甘い物お医者さんに禁止されてたんよ。知らなくって今日持ってたら、
しずな先生に止められてな」

「ほっ、じじいか…でっ学園長の反応は?」

木乃香の答えに安心したアスナが、学園長のリアクションが気になり問いかけると、

「泣いとったで」

「はっは…ちょっと気色悪いわね」

いい年した爺さんが孫にチョコを貰えなく泣く姿を想像すると、幼少時から世話になっており感謝もしていたが、
つい本音が出てしまった。そしてアスナたちが、立ち止まって話していると、

「アスナちゃん、おまたせ~」

「横島さん本当に来たんだ。正確な場所教えてなかったのに、早かったですね?」

「ああ、桜通りを走ってれば会えると思ったからな」

「いい汗かいた~」とぬかしている横島を、『場所ぐらい聞けばいいのに。私も馬鹿だけど、
この人もっとアホだ』とアスナの目が語っている。呆れるアスナに気がつくことのない横島が、木乃香の顔を見ると、

「おお君か、聞いたことある声と思ったよ」

「あれ? 木乃香、知り合いなの」

木乃香に対して嬉しそうに、手を振る横島を見たアスナが、困惑気味し友人に確認すると、

「え~と…」

ちょこっと首をかしげた木乃香が、「ああ~」と頷きポンと手を叩いた。木乃香が覚えていると思い、
表情を緩めた横島だったが、

「10年位前におおた事のある、親戚のお兄ちゃん?」

「…誰じゃそら。ほら半年位前にあってるんだけどなあ。道に迷ってるときに、地図を書いてもらったんだけど、
覚えてないかな?」

「ん~ すまんな、覚えてへんのや」

申し訳なさそうに誤る木乃香に、気にしない気にしないと笑う横島が、

「会ったって言っても、5分位だったからしょうがないか。俺が覚えてるのも、可愛い子だったし」

「ややわ、お兄さん。そうそうウチは、木乃香って言うんやよろしくな」

照れた木乃香が、どこからともなくトンカチを取り出し突っ込もうとしたが、「あかんあかん、
おじいちゃんやないから」と呟き、トンカチをバックにしまい掌でバシバシと横島の背を叩いている。
美少女とのスキンシップに笑っている横島と木乃香を、ジーと見ていたアスナが、

「二人とも、これから何するかわかってるの?」

「チョコ渡すんだろ」

「アスナ、わかりきったこと何聞いてるん」

普通に返されてしまったアスナは、無性にイラつきながらも深呼吸し落ち着くと、

「…わかってるならいい」

これ以降、黙ってしまったアスナをおいて、横島と木乃香はチョコの渡し方で盛り上がり、

「じゃあ、この方法に決定や~」

「よし、公園に移動するか。成功を祈って、ファイト!」

「イッパツやー」

「……」

話の中心のはずであるアスナを置いてけぼりに、気合十分の二人である。


二人に引っ張られ、公園に到着したアスナは、5分と経たずに後悔し、

「何で私は木に縛られてるのよ!?」

公園に入り1~2分ほど散策すると、木乃香がアスナの手を引き太めの気の前に立たせ、アスナが疑問に思うまもなく、
横島が手馴れた動きでアスナだけを縛り付けた。

木に縄で縛り付けられ、周囲の一般人から奇異の視線を集めているが、意識しないように二人に怒鳴りつけるアスナ。
そのアスナの姿を携帯カメラで撮影しながら、小悪党のように笑う横島と、『演技の練習中やで~ 気にせんといてな』と
書かれたプラカードを持ち、アスナに背を向け周囲に笑いかけていた木乃香が振り返り、

「そういうシチュエーションやん」

「どんなシチュエーションよ! 説明しなさい」

わからんかな~と思った木乃香が首を振りながら、

「しょうがないな。この状況は変態さんに扮する、お兄さんに捕まったアスナが、色々省いて
高畑先生に救出される王道ストーリーや~」

木乃香が、薄い胸を張りながら力説すると、段々と頭が痛くなってきたアスナが、

「流れに任せたとはいえ、この二人を頼ったのが間違いか…横島さん、気色悪いんで、
指を動かすの止めてくれません?」

様々な角度からアスナを撮り終えた横島は、携帯を木乃香に渡すとアスナの目の前で、指をワキャワキャと
激しく動かしている。

「まあまあ、いいじゃん。それにコレ、茶々が好きなんだ。腹コレで触ると喜んで喜んで」

「いや、そんな情報いらないし、猫と一緒にしないで」

目つきが鋭くなってきたアスナと、卑猥に指を動かす横島のツーショットを、何枚かカメラに撮り保存した木乃香が
メールを作成していると、変態に扮するお兄さんが近づいて来ると、

「今からこの写真送るで」

木乃香と一緒に、ツーショットの写真を見た横島は、

「う~ん、ちょっとアスナちゃんの顔がわからんな。最初に撮ったアスナちゃん単品の写真も、一緒に送ろうか?」

「そうやね」

2枚の写真のデータを添付したメールを作ると、「行ってらっしゃ~い」と呟き送信ボタンを押す木乃香。
何を喋っているかわからないが、不穏な気配を感じたアスナが、

「ちょっとあんた達、何してんのよ!?」

「ん? さっき携帯で撮影した写真を、タカミチさんに送っただけだぞ」

「はあ~!」

アスナの叫び声が、公園に木魂した。アスナの声を聞きながら、木乃香が自分の携帯でダメ押しのメールを作り、
タカミチに送信している。



学園長室に急遽呼び出されていたタカミチは、

「木乃香がな、木乃香がな今年はチョコをくれなかったんじゃよ」

「…はあ」

数回同じ事を聞かされたタカミチが、へきへきしながらも返事を返している。涙ぐんだ学園長が、
イスに座りながら、

「医者に止められてるとはいえ、渡すぐらいいいじゃないかのう。どう思うタカミチ君」

「そうですね」

「話を聞いてるかね?」

「そう…はい、聞いてます」

間違った返事をしそうになったタカミチに、学園長が疑わしげな目を向けていると、

「そ、そうだ。まだ木乃香君にお見合いさせるんですか?」

無理やり話題を変えようとしたタカミチだったが、変わらない目を向ける学園長に冷や汗を掻いていると、

「そうなんじゃよ。今度はこの男とさせようとするんだが、どうかの?」

机の引き出しから取り出した見合い写真を、タカミチに渡しながら、

「家柄、学歴、容姿、すべて高いお買い得物件じゃ」

話を逸らす事に成功したタカミチが安堵し、写真の男の履歴を見て、

「しかし、前も同様な男性ではありませんでしたか?」

「…うむ。なにがイヤなんじゃろうな?」

考えこむタカミチが、自分の脳裏に思い浮かんだ男性の顔を思い、面白そうに笑うと、

「毎回同じタイプではなく、たまには違うタイプの男性はどうですか。たとえば横島くんとか?」

「なんじゃと」

学園長の意外な平坦な声に、調子に乗った人選に怒らしてしまったかと考えたタカミチに、

「…面白そうじゃな。木乃香にとっても、色々な男性を見せるのも悪くない」

本気で熟考しだす学園長に、内心ほっとしたタカミチが、

「これで、木乃香君が横島君を気に入ったら、もうお見合いはしなくてよさそうですね」

「君は、馬鹿かね」

「…何故ですか?」

「木乃香があのような男、気に入るわけなかろう。悪い見本として見合いさせるだけじゃ」

「えっと、学園長は横島くん嫌いでしたっけ?」

久しぶりに見る真剣な目つきの学園長に、動揺したタカミチが率直な疑問をぶつけると、

「いや、横島くんは好きじゃが、孫が付き合うなら反対じゃ」

最初の頃はいいかもと思ってもいたが、冷静になり横島の記憶を思い返した学園長は、女にだらしない横島が、
孫娘と付き合うのは大いに反対になっていた。可愛い孫が、悪い男に捕まり悲しむ姿を見たくはないという、
爺心である。単純な疑問が浮かんだタカミチは、

「もしですが、木乃香君が横島くんに好意を持ったら、どうするのですか?」

「むむ」

厳粛に受け止めてしまった学園長が、「…引き離すか…しかし、それでは…」と呟き頭から湯気が出始めている。
そんなに悩む事なのかと、呆れているタカミチだったが、ポケットの中の振動に気がつき、

「学園長、失礼します…横島くんか」

タカミチは、軽い気持ちでメールを開き、添付されていた写真を見た瞬間、目をコレでもかと見開き硬直した。
学園長が難問に直面してる中、

(…この写真は本物か…横島くんがこんな事をするはずが…しかし、もし本物なら…)

タカミチも、頭から煙を上げそうになりながらも、真偽を確かめるため写真を見つめていると、

『ブブブブ』

再びタカミチの掌の中にある、携帯が振動し『見ろ~見ろ~』と主張している。再び横島からの
メールかと思う緊張から、震える手でメールの送信者を確かめると、

「…木乃香君か…くっ!」

メールの題名を見た瞬間、顔色が青くなりうめき声と共に直ぐに、内容を確かめるためボタンを押すタカミチ。
内容を確かめた瞬間、荒れていたタカミチの心が、瞬時に静寂を取り戻すと、

「学園長、横島くんについて悩む必要はありません」

「む、何故じゃ?」

まだ悩んでいた学園長が、タカミチの静かな呼びかけに反応すると、穏やかな笑みを浮かべたタカミチが、

「それはですね。左腕に『魔力』…右腕に『気』…合成!!!」

「な、何じゃ、敵か!」

何気ない仕草で咸卦法を発動させたタカミチに、驚いた学園長が敵襲かと慌てて立ち上がる。
周囲に気を配りだした学園長に、

「なぜなら、今から横島くんを殺してきますから」

「…な、何を言っとるのじゃ!」

「あの子は、師匠から託された子であり、僕にとっても大切な子だ」

タカミチは、師匠から託されたとき、心を閉ざしていたアスナと徐々に打ち解けてきたとき等、
過去を思い出しブツブツと呟いている。穏やかな笑みを浮かべているが、目が暗く光り逝ってることに、
気がついた学園長が、

「ど、どうしたのじゃ、落ち着きたまえタカミチ君。そうだ、茶でもどうじゃ? 良い葉が手に入ったのじゃ」

後頭部に汗をかいた学園長が、タカミチを落ち着かせるためにお茶を誘った。しかし、タカミチと
目を合わせた瞬間、心臓を鷲づかみにされるような感覚に襲われると、

「邪魔しないでください。邪魔するなら、学園長といえども…ただではすみませんよ」

「うむ、行ってきなさい」

ただ所か、学園最強である事を自他共に認められている学園長が、死にたくないためタカミチを快く送り出した。
学園長の事など、既に気にも留めなくなったタカミチが、学園長室の窓から飛び出していくのを、
静かに見送る学園長が残るのであった。


タカミチに送られてきた、木乃香のメール内容は、

『題名:助けて、高畑先生!』

『本文:アスナが、バンダナのお兄さんにさらわれたんや、助けたって。場所は○▽公園や~』

何故か攫われた場所まで特定していたが、思考が危ない方向に傾いているタカミチが、気づくことはなかった。


自身の最高速度を更新しながらひた走るタカミチが、途中で見つけたとある生徒を拉致…もとい協力を求めた。
そして、目的の公園から1Kmほど離れたビルの上に立ち、両手をポケットに突っ込んだタカミチに、

「高畑先生、急に私を連れ去った理由を教えていただこう」

あんみつのただ券を握り締めた龍宮が、横に佇むタカミチにイラつきながら問いかけると、

「龍宮君、ちょっとあの公園にアスナ君と横島くんがいるか見てくれないか。僕では少し遠くてね」

「それだけのために私を拉致したのか?」

「見てくれないか」

「…わかった」

タカミチの静かな気迫に押された龍宮が、「くそ、あんみつ昨日から楽しみにしてたのに」と恨み事を言いながら、
魔眼を発動させて公園を観察すると、

「…いた。神楽坂と横島忠夫だ…それと、近…」

「アスナ君の状態は?」

他の人物の名を告げようとしたが、タカミチが妨げたために正直に、

「木に縛られてるが」

アスナの現状を伝えると、タカミチの咸卦法の力が増したのか、受ける圧力が増大する龍宮。
居づらくなってきた龍宮が、

「用件は済んだな。私は失礼する」

さっさと去ろうとする龍宮に、

「待ってくれ、龍宮君。報酬払うから、ちょっと横島くん狙撃してくれ」

タカミチは、子供にお使いを頼むかのように、簡単に依頼を出すと、

「報酬は?」

「そのあんみつのただ券、50枚でどうかな」

「依頼成立だ」

負けず劣らず龍宮も簡単に受ける。数瞬で狙撃態勢を整え仕事の顔になった龍宮が、

「悪く思わないでくれ、横島忠夫。なに麻酔弾だから、数時間後には起きれるさ」

「ん? ダメだよ龍宮君、ちゃんと実弾で頭を狙ってくれないと」

スコープを覗き、横島の胴体に狙いをつけ、後は人差し指を引くだけだったが、タカミチのいちゃもんがつき、

「…は? すまないが、何で何処を狙えと?」

龍宮は、スコープから目を離し、タカミチをキョトンとこの少女にしては、珍しい表情で見つめる。
困った風に笑うタカミチが、物分りの悪い元生徒に、

「うん、実弾を使用し、頭を狙ってくれと言ったんだ。心臓でも構わないよ。龍宮君ならこの距離でも余裕だろ」

「た、たしかに余裕だが、生徒に人殺しを依頼するのはどうかと思うぞ。しかもこんな真昼間に」

狼狽した龍宮は、いまさらながらただ券50枚で、安受けあいしてしまった事を後悔しはじめる。
迷いが出始めた龍宮に、

「ただ券、100いや200でどうかな?」

ピクと体全体を震えさせた龍宮を確認すると、

「300」

先程とは違う迷いが出始めた龍宮が、どうするかとアスナたちに視線をやると、

「何だ? 神楽坂が泣いているな」

龍宮の眼には、俯き顔は見えないが力なくツインテールの先が、地に垂れたアスナの隠れた顔から、
涙が数滴落ちるのが確認できた。龍宮が呟いた刹那、タカミチの気と魔力が増大し、龍宮の髪や服が
その余波でバサバサと揺れ動く。しかし数秒後には、その余波がタカミチの体の周りに収束し、
今まで以上にタカミチの気配が強くなり、

「僕にも見えたよ…はっきりとね。いいよ龍宮君、僕がやる…無音拳では届かないか」

タカミチの目にも、縛られたアスナと憎き横島の姿を捉えていた。木乃香や周りに居た一般人は残念ながら、
文字通り眼中にない。無音拳の射程距離を越えるため、攻撃手段がないタカミチだったが、

「なら、今この場で限界を超えてみせる」

ポケットから手を抜き、眼を閉じたタカミチは左足を一歩前に出し、腰を落とし、左手を開き前に出し、
右手を胸部横まで引いた。タカミチが自然と構えた格好は、空手の正拳突きの構えに酷似している。
眼を閉じ無想していたタカミチが、眼をカッと開くと曇った表情のアスナと、アスナに近づき手を伸ばす
横島の笑う横顔を捉えた瞬間、足首、膝、腰と順に回転させ、力を高めていった。さらに、高めた力をロスさせることなく
肩から肘を稼動させ、左手を引くと同時に右手を前に突きだした。通常の正拳突きでは手の甲が上を向くが、
タカミチは腕を捻り手の甲が内側をむいている。螺旋の力を得たタカミチの突きは、一直線に横島に跳んで行ったが、
着弾を確かめる前に移動を開始するタカミチ。


後にこの突きは、『衝撃のファーストブリット』と呼ばれる、かは不明である。


一部始終を観察していた龍宮が、

「私は何のために来たんだ? …一応確かめに行くか…凄いな正確に横面にぶつかったぞ」

帰ろうとも思ったが結末を見届けようと、タカミチを追い動き出そうとした龍宮には、横島が盛大に吹っ飛ぶのが見えている。




タカミチに捕捉される本の少し前の横島と木乃香は、

「高畑先生、とても強いけど襲われてもだいじょうぶなん、お兄さん?」

「平気平気、回避力には自信があるんでね。タカミチさんがココに来て、俺を襲っても逃げ回ってるうちに、
木乃香ちゃんが事情説明してよ」

「了解や、頑張って逃げたって」

「わっははは、任せなさ~い」

横島の高笑いに、木乃香も釣られて笑っていると、暗い声が二人の耳に響き、

「あんた達ね、高畑先生が来る前提で話してるよね」

「タカミチさんなら来るだろ。生徒大事にする人だし」

何でそんな事を聞かれるかわからない横島と、横島の意見に頷いている木乃香に、顔を伏せてしまったアスナが、

「高畑先生が優しいのは、私が誰よりも知ってる…だけど…それでもここに、こ、来なかったらって思うと
…わ、私」

もしこのような事をしてまでも、タカミチが現れなかったことを考えると、惨めな思いになってきて涙がポロポロと、
重力に従い地面に落ちていった。親友が泣き出してしまい驚く木乃香と、アスナが意外に乙女なんだと認識した横島が、

「大丈夫だアスナちゃん。あの人は絶対来るから。もしあのおっさんが、何かの理由でこれなかったら、
俺が引きずってでも連れてくるから。安心しな」

アスナを安心させるように冗談めかして言う横島に、涙で歪んだ顔を上げたアスナが、

「…来てくれるかな?」

「来るさ。だから安心して、アスナちゃんは捕らわれのお姫様をやってればいいよ」

「…うん」

二カッと太陽のように笑う横島に、アスナも少し笑顔を取り戻すのを横島が確認すると、
アスナの肩を叩こうと近づきながら、

「だから、大船に乗った気で安心してればいい。わははは『ドギョン!』ぐふっ」

馬鹿笑いする横島の米神に、まるで車に引かれた様な衝撃に襲われた。吹き飛び近くの池で4~5回跳ねる横島、
視界から急に消えた横島を探し首を廻すアスナ、笑ったままの木乃香が、

「お兄さん、凄い芸やな。人間水切りやなんて」

仰向けのまま池に浮かんでいる横島は、米神を押さえながら、木乃香の声に、

「ぬお~~いってええええ。くそ、こんな芸は俺にはないわ!」

多大なダメージにより上手く体に力が入らない横島は、この痛みに本の少し覚えがあり、

「二人は無事か? 良かった無事だ。しっかしタカミチさんの技に似とる気がするが、こんな威力あったか?
それにどっから攻撃されたんだ?」

何とか顔を横に向け、アスナと木乃香の無事を確認し安堵する横島。回避力には、それなりに自信を持っていた
横島だったが、知覚外の攻撃に全く反応できず、木偶のように攻撃を喰らった事に愕然としている。
そして、横島の視界の隅に、どんどん近づいて来る人影に気がつくと、

「…げっ…やっぱタカミチさんだ…や、やばい、あのおっさん表情は笑っとるが、目が逝ってる」

どんどん接近してくるタカミチに、泣きながら横島が逃げようとするが、体に力が入らず動けずにいる。
一瞬一瞬近づいてくるタカミチに、横島の本能が危険を知らせると、

「ひょ、ひょえ~~ き、聞いとらんぞ! あのおっさんがここまで強くて凶悪なんて!?」

公園内に飛んできたタカミチが、池の上空にて魔法陣を出現させ、浮遊しポケットに両手を入れていると、
周囲の一般人の中から、

「あの男、浮いてないか?」

「ホントだ」

「アレ、デスメガネじゃあないか?」

周囲がざわつき始めるた。そして、これ以上喰らってはまずいと焦った横島が、

「ちょ、ちょっと待ておっさん! 秘匿はどうした!」

「あの子を守れるなら、喜んでオコジョになろう」

魔法の秘匿すら無視する、タカミチの本気を感じた横島は、あまりの恐怖のためションベンをちびりながら、

「ス、ストップ、こ、これには訳が…」

「問答無用」

「た、助けて~ こ、木乃香ちゃ…」

横島が、木乃香に助けを求めきる前に、タカミチが動き出した。

『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、パン、ドン、ドン……ゴン!』

無音拳(咸卦法Ver)を数十発連射し、その合間にアスナのロープを細心の注意を払い、切っている。
池の水が、タカミチの手により吹き飛び水煙になった頃、アスナの横に降り立ったタカミチが、優しい目に戻ると、

「何もされていないね、アスナ君」

「は、はい」

「よし、なら逃げるんだ。僕は横島くんを仕留める」

「…えっ、ええ~」

アスナの無事を確認したタカミチは、目つきを鋭い物に変え、狼狽するアスナに気がつかず、
水煙の中心あたりにいるであろう横島の気配を探す。そして、観客となった木乃香が、

「ほら、来たやん。良かったなアスナ。それからお兄さん、どこや?」

タカミチと同じように、横島を探すため目を凝らしている。

ちなみにこの時になると、周囲にいた野次馬達も全員逃げ出している。


「や、やってられるか~ に、逃げなければ死ぬ。ここにタカミチさんが、現れたからもういいよな、な」

奇跡的に爆撃のような攻撃から生還した横島は、ボロ雑巾のようにズタボロになりながらも、
逃亡するため匍匐前進している。水煙に隠れながら、タカミチがいる反対岸の木々に隠れようとした時に、

「邪魔だな『ブン』」

タカミチが無音拳(咸卦法Ver)を一撃振るうと、周囲の水煙が吹き飛ばされ、

「見つけたよ」

ゴキブリのように、カサカサと逃げる横島を発見した。タカミチの声が聞こえた横島が、静止し『ゴクリ』と
唾を飲み込み、そろりと後ろを見ると嬉しそうに笑うタカミチと目が合い、

「横島くん、ありがとう」

お礼を言い出したタカミチに、もしかして助かるかもと希望を見出した横島が、

「い、いえ、どういたしまして。た、たいした事はできませんでしたが。では、ぼくはこれで失礼します」

「君のおかげで、壁を一つも二つも越えられたよ。だから君の事は忘れないから、ここで死んでくれ」

「くっそ、そんなこったろうと思ったよ~ か、堪忍して、家には俺の帰りを待つ、茶々がおるんだ。
俺がココで死んだら茶々が悲しむ。それにまだ千雨ちゃん達の手料理が食いたいんじゃ!」

未練たっぷりの横島が、同情を引こうとしたが無言のまま構え続けるタカミチ。

「…やっぱ、無理か…くそ! こんな所で死んでたまるか!」

そして、逃げるのは不可能と判断した横島が、立ち上がりタカミチとにらみ合うと、タカミチのポケットに入った両手から、禍々しい気配が溢れ出しているのに気がついた。タカミチの一挙手一投足に集中しだすと、横島の握り締めた掌の中が、光だし球状の物体を生み出し始めると、

「いくぞ、横島くん。これが今の僕の全力だ」

タカミチが両手を引き抜こうとした時、

「ダメ! タカミチ」

横島を守るため、タカミチの前にアスナが飛び出してきた。久しぶりにアスナから、『タカミチ』と呼ばれた
懐かしさを思いながらも、既に技を止めることができない状態のため、少女に当てないように無理やり両手を
外側に放つ。放たれた拳圧は、アスナの髪を揺らしながら、横島の両側数mの地点を、拳圧が木々をなぎ倒していった。


後にこの両手突きは、『瞬殺のファイナルブリット』と呼ばれる、かはこれも不明である。


当たらなかった安堵から集中が切れ、掌の物が形作る前に消えるのに気がつかず、その場に座り込んだ横島は、

「た、助かった~ 正直、あんなん当たったら死ぬ」

「おった、おった。お兄さん、大丈夫かえ?」

「おう、何とか生きとるぞ」

「うわ~ ボロボロやな」

バタバタと心配そうに横島に近づくと、服の埃を払ったり、ハンカチで横島の顔を拭き出す。
安全地帯でタカミチの奇行を観察していた龍宮が、横島達に近寄り、

「何がどうなってるか説明してくれないか?」

「龍宮さん?」

「君は確か、狙撃巫女じゃあないか」

前触れもなく現れた龍宮に、それぞれの反応をすると、木乃香が不思議そうに、

「狙撃巫女? なんやそれ?」

「ふふふ、何をふざけた事を言うんだい、横島さん。前に神社で言っただろ、龍宮真名だと(貴様、撃つぞ!)」

「冗談、冗談だ! そうそう真夜中の神社で聞いたな(撃たんといて、痛いのはイヤじゃあ)」

青筋を浮かべた龍宮が、木乃香の反対側に回ると横島のわき腹に硬い物を当て脅すと、冷や汗を流した横島が、
言い訳を言ったが、

「ま、真夜中に神社…」

何を想像したのか、木乃香が赤くなると『ガン』「ぐえ」と、何かの着弾音と横島の呻き声聞こえ、

「どうしたん?」

「くう~~ な、何でもないぞ」

わき腹を押さえプルプル震え涙目の横島、知らんぷりしている龍宮が、

「どういう状況か説明してくれないか」

「ええよ」

木乃香が、今日の経緯を龍宮に説明すると、周囲を見回す龍宮が、涸れた池と倒れた木々を見て、

「…迷惑な、バレンタインデーだな。おっ、神楽坂が何か渡したぞ」

龍宮が、アスナがタカミチに何かを手渡してるのに気がつくと、木乃香が目を細め自分も見ようとしたが、

「よう見えるな。まあプレゼント渡せたから良かったとしよ~」

「アスナちゃんが幸せそうなのはいいんだが、こんだけやってただ働きは辛いな」

横島のボヤキに、木乃香の頭の上に電球が閃くと、自分のバックを漁り、学園長にあげる筈であったチョコを、

「ほい、これウチからの報酬や。食べてや」

「おお~ マジか! ひゃほ~ 食べていいの?」

「ええよ」

乱暴に包装を解いて中身を食べ始める横島を、

「ええ食べっぷりやな」

「…何で普通のチョコを食べて、傷が治るんだ?」

美味しそうにチョコを食べる横島を、うれしそうに見つめる木乃香と、いたって普通のチョコを食べているのに、
傷が治る横島を見て不思議がる龍宮。そして、チョコを食べ終えた横島に、悪戯っぽく笑った龍宮が、

「ふむ、横島さん、これも食べるか?」

龍宮も、ちょっとした理由で持っていたチョコを、横島に渡すと、

「おう、食う食う。嬉しいな、3つも貰えるなんて! 俺、今年にも死ぬんじゃあないかな~」

あまりの幸運さに、死期が近いかもと思ってしまったが、目先のチョコに心奪われた横島が、ばくついていると、

「ふむ、治るか。すごい体質だな」

龍宮が、横島の能力に感心していると、木乃香が龍宮の腕をちょんちょんと突き、

「なあなあ、あのチョコ誰に上げる予定だったん? まさか…」

むふふと笑う木乃香が、クラスメートの恋話に関心を持っていると、

「ああ、大学のトライアスロン部の方に貰ってな。どうしようかと思ったところだ」

「ほえ、男の人から貰ったんか。ええな」

「…いや、女性の方だ。何か食べるのが恐くてな」

「それは、ご愁傷様やな」

冷やかそうとした木乃香だったが、龍宮の言い分に、困った表情になっていると、

「しかし、近衛。この男にはあまり深入りしない方がいいぞ」

「どうしてや? 面白い人やん」

「そうか知らないのか。この男が、最近クラスで有名な男だ」

その言葉に驚いた木乃香が、あと少しでチョコを食べ終える横島の顔を見て、

「じゃあこの人が、千雨ちゃん達の」

「まあ、そういう事だ」

そして、最近の千雨たちの顔を思い出した木乃香が、羨ましそうに、

「最近元気なかったけど、みんな今日は幸せそうな顔しとったな」

「…それは、認める」

そんな会話をしていると、チョコを食べ終え、指を舐めていた横島が、

「美味かった~ よし、お礼になんか奢るよ。何か食べたいもんある? 向こうもどっかに行くみたいだし」

「そんなわる「あんみつだ!」い?」

断ろうとする木乃香だったが、喜んで受ける龍宮。龍宮が、横島の腕を引いて甘味屋に連れて行こうとし、
木乃香がついて来ないのに気がつくと、

「早く行くぞ。甘味は待ってくれん」

「…いや、待ってるだろ」

「うう~ん、じゃあ言葉に甘えるわ。アスナ頑張ってな」

木乃香は、親友に声援を送り、横島達について行くのであった。ちなみに、龍宮はあんみつ5杯・お汁粉3杯とかなりの量を食べたとさ。




そして、アスナとタカミチは、

「危ないじゃあないか、アスナ君!」

危うく限界を超えた二撃をアスナに、当てる所だったタカミチが、冷や汗を掻きながらアスナに詰め寄ると、

「うう、ゴメンなさい。でも横島さん、こ、殺したらダメ。ただ私を手伝ってくれただけなの」

いまさらながら、危険地帯に飛び込んだ恐怖に震えるアスナに、今の言い分に引っ掛かりを覚えたタカミチが、

「どういうことだい、アスナ君?」

「その、これ渡したくて。横島さんと木乃香が、無理やりセッティングして」

用意していたチョコとライターをタカミチに手渡すと、プレゼントの品とアスナの顔を見比べ、

「これは?」

「バレンタインデーのプレゼントです」

そして、アスナが事情を説明すると、うなだれたアスナの頭をタカミチがポンポンと軽く叩くと、
何かと思い顔を上げたアスナに、

「食べていいかな?」

「…うん」

横島と違って、丁寧に包装を取り、チョコをゆっくり味わって食べるタカミチ。完食すると、
ハラハラしながら見守っていたアスナに向かい、

「美味しかったよ、ありがとう。こっちはっと、ライターか大事に使うよ」

「ど、どういたしまして、高畑先生」

「戻っちゃったか」

「えっ?」

懐かしい『タカミチ』と言う呼び方から、いつも通りの『高畑先生』に戻り、僅かに残念そうに独り言を
言うタカミチに、聞き取れなかったアスナが、声を張ったが、

「なんでもないよ。さてホワイトデーには、仕事の予定が入ってたから、今から何かお礼をするよ」

「…でも」

戸惑うアスナに、親しく笑いかけたタカミチが、

「何でもいいよ。言ってごらん」

「じゃ、じゃあ、高畑先生の手料理が食べたい」

恥ずかしそうなアスナに、そんな物でいいのかと思うタカミチが、

「えっと、ちょっと高めのレストランとかでもいいけど?」

「ううん、久しぶりに食べたいの」

首を振るアスナに、照れてきたタカミチも、頭を掻きながら、

「わかったよ。とりあえず、冷蔵庫の中身が心配だから、一緒に買い物に行こか」

「うん」

こうして二人仲良く、戦地のような惨状の公園から、去っていく。



こうして色々とあったが、無事終わったバレンタインデーだったが、数日後の学園長室にて、

「大変な事をしたのう、一般人の前でああも魔法を使うとは」

「申し訳ありません」

頭を下げるタカミチに、更に学園長が、

「もみ消すには、大分労力を使ったわい。それに一部魔法先生からも、苦情が来ての」

「はい」

今回の事は横島達の演技であったが、もし同じ事があったらまた、同様の事をする自信があるタカミチは、
堂々と答えている。困ったと頭を振った学園長が、

「罰を与えなければ、他が煩いからの。本国強制送還はせんが、オコジョに2週間ほどなってもらうぞ。
君ほどの人材を失うのは、勿体無いからのう」

「謹んで罰を受けます」


数分後、魔法陣の上に一匹のくすんだ灰色の毛色のオコジョがいた。

「さて、これで完了じゃ」

「では、これから僕はどうすれば?」

今日から一週間どうするか尋ねると、学園長が口を開く前に、

『コンコン』「失礼しまーす。学園長、俺に用ってなんすか?」

ノックと同時に入ってきた横島に、ニヤリとした学園長が、

「聞けば君も関わってたらしいからの、そこのオコジョを2週間、飼ってほしいのじゃ」

「…かまわないっすけど、何すかコイツ」

横島が、オコジョを見下ろしていると、

「こいつとは、酷いな横島くん」

「…ぎゃー オコジョが喋った! …てっ、あんま驚く事じゃあないか、変な生物は結構居たしな。
むしろ何で俺の名前を?」

瞬時に素に戻った横島に、こけるオコジョと学園長。学園長が、経験豊富な子じゃたのうと思いながら、

「それは、高畑君じゃよ」

「へ、まじっすか?」

「大マジじゃよ」

オコジョが、横島の足元から器用に上り肩に落ち着くと、

「すまないが、今日から一週間、よろしくお願いするよ」

「へーい。じゃあ帰りますね」

「うむ、すまんが頼むの」

横島とオコジョが、「本当にオコジョにされるんすね」「僕も初めてなったよ。ちょっと動きづらいな」と、
会話しながら出て行った。

「そういえば横島くんは、猫を飼っていた様な? …まあいいか」

大丈夫だろうと思った学園長が、溜まっている書類に印鑑を押す作業を始めた。


横島のアパートに着き、部屋に入った瞬間、握り締められたタカミチが、

「な、なにをするんだ、横島くん!」

横島が、「ふっふふ」と悪い笑みを見せると、

「この前の仕返しじゃあ」

「なっ、アレは謝って、許してくれたじゃあないか」

「謝って済めば警察は要らんわ。茶々、遊び道具じゃあ! 好きに遊べ」

「にゃあ~」

公園での出来事の恨みを晴らすために、前方にオコジョを放ると、白い悪魔(オコジョ視点)が腹に齧り付かれた。
嬉しそうに鳴く茶々に、

「新しい友達だ。名前は…ロリ畑・L・ロリミチだ。美少女が好きすぎて、オコジョになった哀れな奴だ。
でも、殺しちゃあダメだぞ茶々」

「にゃ~」

言葉がわかるかの様に、返事をする茶々に、名前の訂正をしようとしたタカミチが、

「違うぞ僕の名前は、ぐわ! 牙が食い込んできた。や、破れる!  ひ、左腕に『魔力』…み、右腕に『気』…合成!」

咸卦法により間一髪、防御力を底上げし何とか耐えたタカミチだったが、

「うにゃあ~~(おもしろ~い)」

程よい弾力が、むしろ茶々を喜ばしていた。ちょっとやり過ぎたかと思い始めた横島が、

「ほい、終了だ茶々…茶々! タカミチさん持ってったら駄目~」

「た、助けてくれ、横島くん。本気で殺る気だぞこの子!」

本能に目覚めし茶々が、タカミチを咥え走り回るのを、必死になって横島が追いかけだした。
これからの2~3日間が、コレまでの人生で最もタカミチが死を身近に感じた時である。
3~4日目辺りから、茶々とも仲良くなり一緒に寝たりもしたが、寝ぼけた茶々が噛み付いてくるたび、
横島が行き付けの病院に急行するのであった。



[14161] 黒百合  出番あったが、今回は主人公が出番なし
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/05/23 16:05
『キーンコーンカンコーン』

「では、僕の授業はココまでです」

2月の上旬から、2-Aの担任と英語の授業を受け持っている、周囲で噂になる子供先生こと、
ネギ・スプリングフィールドがチャイムが鳴ると教科書を閉じ、授業の終了を告げた。
すると授業中は、まだ静かにしていた少女達が騒がしさを取り戻し、教室から退出しようと
していたネギを、何名かの生徒が取り囲むと、

「ネギ先生、学校終わったら遊び行こ」

「行こうよ~」

「わっわ、すみません。そ、その」

ネギが、あわてふたむき何か口にしようとしたが、発言する前に、

「皆さん離れなさい、ネギ先生が困ってるでしょ」

クラスの委員長・雪広あやかが、クラスメートを注意しネギを奪うと、

「ネギ先生、大丈夫ですか?」

「ありがとうございます、いいんちょさん」

ネギは、年上の少女達に迫られたのが怖かったのか、目を潤ませながらも助けてくれたあやかに、
上目遣いでお礼を言った。あやかは、ネギのあまりの可愛さに倒れこみそうになるのを、
気合で防ぐとネギの手を両手で掴み、

「ハァ、ハァ…ネギ先生、今晩私の部屋に来てください!」

息を荒げたあやかが、かなり危ない事を口走ったが、まだ少年のネギには理解の範囲外であったため、
少年は好意的に解釈すると、

「はっ! わかりました、授業で何か判らないとこでもあったんですね。夜行きますね」

「千鶴さんと夏美さんには、留守にしてもらいます」

ネギからの了承を得られたためあやかは、滝のような涙を流しながら同室の二人を、
本日部屋から追い出す事を決めた。近くにいた二人は、

「あらあら。あやか、頑張りなさい」

「ちづ姉、ネギ先生が毒牙にかかっちゃうけど、いいの?」

「夏美、そんなの遅いか早いかのだけよ」

「そうかな?」

「そうよ。犬に噛まれたと思えばいいのよ」

「そっか」

千鶴の甘言により、村上は簡単に納得していた。村上は、最近の千鶴の突飛な行動と
言動に慣れてしまい、段々常識を失ってきていた。ネギを救う人物は現れないかと思われたが、
佐々木まき絵と鳴滝風香が、涙を流すあやかに向かってとび蹴りを繰り出し、

「「いんちょ、私(僕)も混ぜて」」

「わぷろっ」

残念ながら救いの手ではなく、毒牙が増えただけであった。奇妙な悲鳴を上げながら、
吹き飛ばされたあやかが蹴られた箇所を、押さえながら立ち上がり、ネギを独占するため
戦闘態勢を整えると、

「ふっ…私達の愛の邪魔はさせません」

「愛?」

気力十分のあやかは、まき絵と風香を雪広あやか流柔術の奥義をもって殲滅させるため、
突撃を開始した。ネギだけが、あやかの発言に疑問を感じていた。


気になることがあり、和美の席に集まっていたアキラと千雨は、3人の闘争…あやかによる、
殲滅戦を離れたところで横目で見ながら、

「元気いいなあいつら」

「…うん」

「しょうがないよ、いいんちょショタだもん。可愛い子は譲れないみたいよ」

笑う和美が、ネギを指差しながら、あやかのショタ好きを暴露していた。

「それだよ、朝倉。あのネギって子供、SHRも授業もしてたけど…」

あやか達の行動に呆れていた千雨が真顔になり、まだ騒いでいるネギ達の方を見ながら、
一旦言葉を止め、和美とアキラに質問を投げかけた。

「何で子供がそんな事してんだ? まるで先生みたいじゃん」

ネギは、先生みたいではなく、本当に先生であったのだが、

「「…さあ?」」

二人は千雨の質問にそろって首を傾げた。この二人もネギの事が気になっていたため、
聞きたかったのだが、3人ともネギについては知らないのであった。あまりにも普通に
ネギがクラスにいるため、ネギ本人や受け入れている周囲には聞きづらかった。

知らない理由として少女達は、つい先日まである理由によりとても落ち込んでおり、
学校にはきちんと登校していたが、少し前から担任が変わってることに、全く気がついて
いなかった。ちなみに、エヴァに付き従っているためこの場にはいないが、茶々丸も
ネギの存在に気がついたのは、この日が初めてであった。

ネギの正体がわからなかった千雨は、何気なく和美の横の席に目を向けると、ホッと息を吐き、

「…良かった、今日は見えないな」

そのささやきは、誰にも聞かれる事なく、周囲の騒音に飲み込まれるように消えていった。
そして、和美がよそで情報を集めてくる事を、二人に伝えるとアキラと千雨は、自分の席に戻っていった。

そして、あやかVSまき絵・風香の一方的な蹂躙は、ネギの保護者であるアスナが
介入するまで続けられた。


その日の昼休み、運動部四人組が校庭でバレーボールを使い、ボール遊びをしながら、
あやかと死闘を繰り広げたまき絵が、

「みんなは、ネギ君のコトどう思う?」

「がんばってるにゃー」

「でも、ちょっと頼りないかな」

裕奈と亜子がそれぞれの考えを言うと、1人無言のアキラにまき絵が、

「アキラは?」

「…よくわからない」

ネギの情報が一切ないため、アキラは何と言っていいかわからなかった。目を細めた裕奈が、
飛んできたボールを高くアキラの方に打ち上げると、

「アキラに何言っても無駄だよ」

「何で?」

「男の事しか考えてないから」

裕奈の一言を聞いたアキラが、動揺したため重力に従い落ちてきたボールを、返すのを
ミスし誰もいない箇所に、飛ばしてしまった。転がっていったボールは、一番近くにいた
まき絵が追いかけていった。そして、その場に残った亜子が、不思議そうに、

「ん? アキラってフラれたんたんでしょ?」

「まだ、大丈夫みたいだよ」

「…フラれてない…付き合ってもない」

騒ぐ乙女達は、アキラが人差し指をツンツンしながらゴニョゴニョ話していたが、
言葉が聞こえていないのか、二人で会話に花を咲かせていた。

「それでね、最近は、イルカ人形と寝てるんだよねっ。頬ずりまでしてるんだから」

「へえ~ アキラもそういう事するんだ。そういえば、そのバレッタもはじめて見るね」

いつもは、ゴムでまとめられているアキラの長い髪を、いつもと違い今日はリボン型の
青いストーンが鏤めれれているバレッタに、亜子が気がついた。

「それも、男から貰ったやつだって」

「うまくいってるんだね」

「でも、他の女性にもそいつ、手を出してるから心配だよ」

「うわ~ 最低やん」

裕奈の中で横島の点数は、これでもかと言うくらい低かった。それでも、初期はまだマシだったのだが、
アキラや他の子達を傷つけた事により、マイナスまで行っていた。元気を取り戻させたことにより、
マイナスからは脱出したがそれでも、以前より下だった。そんな彼女が、横島のフォローを
するはずもなかった。

自分の話題であるのだが、聞き役に徹していたアキラが、聞き逃せない言葉に反応した。

「…横島さんは、最低じゃない」

悲しそうな顔をしたアキラは、親友達が横島を悪く言うのだけはイヤだったので、
はっきりと否定した。

「ふ~ん、じゃあどんな人なん?」

「…ひ…優しくて、一緒にいると安心する人」

先程の悲しさから一転、嬉しそうに横島の事をアキラが話したので、亜子が惚気るアキラを見ながら、
「熱い熱い」と手でバタつかせ、自分の顔に風を送った。そして横島を知る裕奈だけは、
最初にアキラが言いよどんだ事を、理解していた。

(非常識って言おうとしたな。自覚はあったんだ)

裕奈は、アキラが横島の事を肯定しかしないと思っていたが、ちゃんと認識している事に
少し驚いていた。


話に夢中の少女達は気がついていなかった、ボールを取りに行ったまき絵が、聖ウルスラ学園高等部の
生徒達に絡まれ、助けを求めている事に。

その諍いは、中等部と高等部の生徒による乱闘に発展しそうになったが、2-Aの元担任の
タカミチの登場により、その場は何事もなく幕を下ろした。

そして、2-Aの生徒は次の授業が体育のため、体操服に着替えながら高等部やタカミチ、
そしてネギについて話していた。しかし、和美とアキラはその会話には加わろうとはせず、

「…朝倉はそのブレスレット貰ったの」

「そうだよ~ 似合うでしょ」

嬉しいため自然と笑顔になった和美は、アキラに対して右腕につけた革製で2重巻きの
赤いブレスレットを見せた。

「…うん」

「大河内はそのバレッタでしょ。似合ってるよ」

「ありがとう…」

装飾品を褒められたアキラも、頬を緩めバレッタに触れた。そして、他の少女が何を
プレゼントされたのか気になったアキラは、辺りを見回し千雨を見つけると、

「…千雨は、あのネックレスかな」

「見たことないから、多分そうでしょ。茶々丸ちゃんは…う~ん、もういないや」

着替えている途中の千雨の胸元では、シルバーチェーンの先で黄色いピンキーリングが、
着替えるために彼女が動くたびに揺れていた。茶々丸を見ようとした和美だったが、
彼女がもう教室にいないため、後で何をプレゼントされたのか聞こうと思った。


着替えが終わり、授業のため屋上に移動する最中に、

「あのネギ君って子だけど、修行のために日本で教師やるんだって」

和美が、短時間で調べた情報をアキラと千雨に説明した。

「マジかよ。何でガキの修行に、私達が付き合うんだ。いい迷惑だ」

「…子供が日本で教師やるなんて、大変だ」

「授業できんのかよ」

「噂じゃあ、オックスフォード出た天才少年らしいよ」

「…すごい」

「イヤイヤ違うだろ! いい大学でて、頭いいのはわかった。教えるのは別もんだろうが、
何考えてんだ、学校側は! 納得いかねぇ」

ネギの事を聞き、目を見開いたアキラは心配と感心を、千雨は肩を落としコトの非常識さに嘆いた。
和美が、意地悪な笑みを浮かべ、

「まあまあ、常識はずれな人なら近場にいるじゃん」

「…ふん。横島さんは、いいんだよ。行動は変ことが多いけど、いい人だからな」

千雨はそっぽを向き、男性の名を口にすると、和美は待ってましたとばかりに、口の端を更に持ち上げ、

「あれれ~横島さんなんて、私は一言も言ってないよ。どうして、横島さんの名前出したの?」

「なっ! じ、じゃあ誰だよ!」

「決まってるじゃん、クラスメートだよん」

「……」

眉間にしわを寄せていた千雨は、和美の説得力のある答えに思わず納得してしまい、
何も言い返せなかった。千雨の脳裏には、デカイのや幼稚園児みたいな生徒、異様に多い
留学生が思い浮かんでいた。そして、その中に茶々丸が入っていないのに気がつくと、

「一緒にいると忘れるけど、あいつロボットだったな。…それに、幽…(アレは幻覚。
そう疲れてたから、変なもんが見えただけ)」

ロボットと仲良くなってる事を自覚し、思わず立ち止まってしまった千雨は、更に見えては
いけない者が、極稀に見えていた。そして、茶々丸との今までのやりとりを思い出すと、

(アレ? もしかして、ロボと仲良くなる私も変人集団の一員なのか?)

嫌な考えに顔を青ざめ冷や汗を流す千雨に、クラスメートに関して思うことがあるアキラが、
頷きながら、

「…うちのクラスって個性的な人多いな」

「いや、お前も十分変だぞ」

アキラが、自分は違いますというニュアンスで発言したが、瞬時に聞き捨てならなかったために
千雨がツッコンだ。千雨の切り返しに、ショックを受け少し涙目になったアキラが、

「…えっ。私は、普通だよ」

「普通の女子中学生は、エロ本買『ガシッ』むぐっ」

千雨は、最後まで言葉を発することは叶わなかった。なぜなら涙目のアキラが、霞ほどの
速度で繰り出した剛腕により、千雨の顔を掴み持ち上げられ、彼女は喋る所ではなかった。
アキラの手を何とか外そうと千雨も両手を使い抵抗したが、こめかみに走る激痛に、
徐々に力が入らなくなってきていた。

「…買ってない。朝倉、私普通だよね?」

アキラは横を向き和美に話題を振ったが、以前の事を思い出し少し青くなった和美は、
首を振りアキラの肩をたたいた。呻き声すら出せない千雨は、先程までアキラの腕を掴んでいた手が、
力なく垂れ下がっていた。

「大河内、普通の人間はアイアンクローで、人を持ち上げる事はできない」

「…みんな、出来ないの?」

頭の上にクエッションマークを浮かべたアキラは、頭をかしげながら、和美に問いかけた。
千雨、ビクンビクンと変な痙攣をしはじめた。

「出来るわけないじゃん。ああ、大河内、そろそろ千雨ちゃん放してあげなよ。
死んじゃうじゃない?」

「…わっ」『ドサ』

和美が、千雨を指差すと、アキラもその指に釣られて千雨に視線を向けた。そして、
千雨がぐったりしているのに驚き、反射的に指を広げると意識が朦朧としていた千雨は、
力が入らず廊下に倒れた。倒れた千雨の肩を慌てて掴んだアキラが、ユサユサと揺すると、
力が入らないため千雨の頭が一拍遅れて揺れた。

「…千雨、大丈夫」

「テ、テメー…こ、殺す気か…」

「千雨ちゃんもタフだね~ さっ、授業もう始まってるから、早く行こ」

意外にもまだ意識のある千雨のタフネスさに、感心していた和美だが、既にチャイムが鳴り
授業が始まっているのだが、遅れてももう構わないと思ったのか歩いて屋上に向かっていった。
アキラも、和美のあとを追うように歩きだそうとしたが、

「…千雨も早く」

「…ま、待て。体に力が入らない…お、置いてくな!」

ダメージが抜けない千雨は、倒れたままプルプルと震える腕を前に出しながら、アキラに
待ったを掛けた。千雨の惨状を見かねたアキラは、千雨に肩を貸し千雨を立たせると、
引きずるように歩き始めた。


アキラと千雨が屋上に出ると、

「その勝負受けた!」

屋上の中央にあるバレーのコート内でアスナが、昼休みのときに乱闘手前までいった、
何故かネギを捕まえている高等部の生徒・英子に対して、高らかに宣言していた。

「「?」」

屋上に着いたばかりの二人が、事情を知るはずもなく、入り口近くにいた和美に、

「なぁ、神楽坂は何やってんだ?」

「私も、着たばかりだからよくわからないけど、高等部とドッジボールで勝負するんだって」

「何だそれ、くだらね。私は休んで「ほら、朝倉、大河内さん、長谷川も早くコートに入る!
こっちはハンデ貰って22人までOKだから」はっ? ちょっと待て、私は…」

「ん…あっ! ちょっと待ってアスナ…少しは話を聞け~」

千雨は、アキラにやられたダメージが残ってると言おうとしたが、やたらと気合が入っているアスナが、
3人の下まで来て背中を押し、コート内に無理やり3人を入れた。仕方ないとされるがままだった和美は、
高等部の生徒の中に知った顔がいることに気がついた。その生徒が誰だったかを思い出すと、
ドッジはマズイと悟った和美が、アスナを止めようとしたが残念ながら、話を聞いては
もらえなかった。そして、千雨たちが入ってちょうど2-Aの生徒22人になったため、
あやかが高等部の生徒に向けて、

「では、はじめましょう。ボールは、おばサマ方からでいいですわ!」

「後悔させてあげるわ、小娘達が!」

ボールを手にした高等部の生徒・英子が、あやかの挑発に青筋を立てながらも、様子見のため
軽いパス回しを始めた。そして、和美がアスナを捕まえると、

「アスナ、まずいって」

「ボール見てないと危ないわよ」

「ドッジはダメなのよ!」

「何でよ?」

「だってあの人達は、ドッ「あうっ」」

和美が、対戦相手について説明しようとしたが、その間に2-Aの生徒の数人が、
ボールに当たりアウトになってしまった。

「次は、あんたよパイナップル頭」

「げっ…『バシッ』あた」

「朝倉~集中しなさいよ」

アスナが、簡単にアウトになったため呆れた目を向けていた。いいかげん話を聞かないアスナに、
切れ気味の和美が、

「だから、あいつらドッジ部なのよ! 最初から勝ち目は低いの、わかった!?」

和美が叫ぶと、正体がバレた高等部の生徒は、制服を脱ぎ捨てると『MAHORA DODGE』と
書かれた体操着姿になり、

「よく知ってたわねパイナップル頭、褒めてあげるわ。私達はドッジボール関東大会優勝チーム
麻帆良ドッジ部『黒百合』よ!」

英子は、自慢げに関東大会優勝チームである事を教えたが、それを聞いたアスナたちは、
一箇所に集まりボソボソと、

「ドッジって、小学生位の遊びちゃうの?」

「…高校生になってドッジ部って…?」

「きっと関東大会もあいつらしかいなかったじゃない?」

彼女達の話し合いは小声であったが、しっかりと英子の耳に届き、

「う・・うるさい、余計なお世話よ」

改めて言われると恥ずかしいのか、少し涙目になっていた。唯1人素直なネギだけが、

「すごい!『パチパチ』」

感心し英子に拍手を送っていたが、慰められているように感じ、虚しい思いをするだけであった。


ドッジボール対決を、ダルそうに座りながら観察していたエヴァは、立ち上がると、

「下らん。私は保健室に行って寝てる。茶々丸、お前は残って私について何か聞かれたら、
体調不良で保健室に行ったと言っておけ」

「はい、マスター」

茶々丸に背を向けたエヴァは、出口に歩いていったが、立ち止まり前を向いたまま、

「ち、ち、茶々丸や、そ、その服の下のロザリオはどうかしたのかな。ち、ち、超にでも貰ったのか?」

朝起こされるときに茶々丸の左手首に、銀色のバラをモチーフにしたロザリオが、
装着されているのに気がついていたエヴァは、意を決して本人に尋ねた

「いえ違います」

振り向いたエヴァが、引きつった顔を茶々丸に向け、

「ま、ま、まさか男から貰ったのか?」

「…・・・」

いつもは直ぐに返事する茶々丸が、モジモジとしながら、チラチラと目線を一定の方向に
何度も向けた。その方角には、ボールを必死に避けるネギがいる事に、エヴァが気がつくと、

「そ、そうか、た、大切にするんだぞ」

「はい」

茶々丸の返事を聞くと、屋上から足早に校舎内に戻ると、拳を震わせたエヴァが、

「ふっふふ、是が非でもぼーやを手に入れて、茶々丸の奴隷にしてくれる!」

可愛い娘のため、ネギを茶々丸の為に手に入れることを決めた。母が娘を思う愛の力のためか、
エヴァの魔力が高まり本の少しだが封印の力を超え、極少量の魔力を外に放出していた。
そして、4月の大停電時に、ネギを手中に収める事を改めて心に誓った。


実際には、茶々丸が視線を向けていたのは、桜通りの方角であった。その方角には横島のアパートがあり、
横島の事を思い目をやっていただけであり、偶々そちらにネギがいただけである。
残念ながら、エヴァの早とちりであった。

しかし、横島は偶然とはいえ吸血鬼の娘に、ロザリオをプレゼントするという、洒落た事をしていた。
まあ、エヴァの弱点ではないため、問題ないのであった。



[14161] この二人の技の前に、作戦など不要
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/05/23 16:26
「ビビ、しぃ! トライアングルアタックよ」

「くすくす、トライアングルアタッ『バン』あんっ」

正体を現した英子達の息の合ったパスワークにより、コート内の2-Aの生徒の数が時間の経過に伴い、
どんどん減ってきていた。そして、英子達のターゲットに選ばれたのは、

「さあ、次はネギ先生よ!」

「子供先生、もうテキスト用意してあるからねー」

「あうう、ぼ、僕、お姉さん達に貰われたくな『ビターン』ぶっ…うっう」

ネギは、叫びをあげ頭を抱え迫り来るボールからコート中を逃げ回ったが、足をもつらせ
前方にダイブしてしまった。そして、英子達がネギの決定的な隙を見逃されるはずもなく、

「しぃ、いまよ!」

「わかってる、英子」

英子が、倒れた痛みから目を瞑るネギの近くにいる、しぃに素早いパスを送た。受け取ったしぃが、
ネギに向けボールを投げると、ボールは寸分たがわずネギに向かっていき『バチン』と
乾いた音を立てた。

「…アレ? 痛くない」

ボールが、人の体に当たる音が響いたが、痛みがなかったことを不思議に思ったネギが、
うつ伏せ状態から仰向けになりながら目を開けると、太陽を背にしネギに覆いかぶさり、
ネギの無事を喜び微笑むあやかがいた。

「ご無事ですか、ネギ先生」

「いいんちょさん!そんな、僕を守るために」

「いいのです。先生が無事なら、ああ~…うう」

あやかは、ワザとらしい悲鳴を上げよろけると、倒れているネギの体に自身の体を重ねた。
そして、あやかはネギに聞こえるよう、少年の耳元で苦しそうにうめき声を上げた。
その声に心配したネギが、

「どうしたんですか! いいんちょさん」

「申し訳ありません。ボールが当たった箇所が痛みだしたので…背中に手が届かないので、
擦ってもらえませんか」

「ここら辺ですか?」

「素晴らしいです、ネギ先生! …ドッジボール最高ですわ!」

あやかは、全神経を背中に集中し、ネギの掌の感触を堪能していた。にやけ面のあやかは、
嬉し涙を流しながら咆哮した。叫ぶ元気があるため、もう回復したと思ったネギが手を止め、

「もう大丈夫ですか?」

「ダメです! まだ痛むので、手を動かしてください」

「そうですか」

純真なネギが、再び擦り出すと満面の笑みを浮かべたあやかが、

「わが生涯に一片の悔いな「いい加減にしろ! このショタコン。そこは、少しは悔やんどきなさい」
『ズン』ほふぅ!?」

あやかと腐れ縁のアスナは、ネギに覆いかぶさるあやかの魂胆に気がついたため、
走り近づき勢いを殺さずわき腹を蹴りつけた。あやかの横っ腹に足をめり込ませると、
ギャグ漫画のように目を飛び出したあやかは、ネギの上から弾き飛ばされゴロゴロと転がっていった。
そして、アスナはわき腹を押さえプルプルと、震えているあやかを指差して、

「あんたの方が戦力になるんだから、庇ってアウトになってんじゃあないわよ。この役立たず!」

『ポカ』

怒鳴り終わったアスナのお尻に、軽い衝撃が走ると審判の生徒が、

「神楽坂明日菜、アウト」

「へっ?」

キョトンとするアスナが振り向くと、「あの子ばかね」と英子達がニヤニヤしながら、
アスナを見下していた。広くもないコートで、ボールを全く見ていなかったら、当ててくださいと
言っているようなものである。

「…ははは、当たっちゃった。ゴメンネ、みんな頑張って。ほら、いいんちょ外野行くよ」

「あなたこそ、役立たずですわ」

「うっさいわね。終わった事を愚痴愚痴言ってもしょうがないでしょ」

アスナとあやかは、掴み合いながらも仲良く外野に移動した。内野陣が、アスナを見送る目は
残念ながら冷たかった。

何だかんだで、頼りになっていたアスナがアウトになると、慌てだしたクラスメートは、

「あうう~アスナがおらへんくなったら、ピンチや~」

「もーオシマイだよ! ネギ君が奪われちゃうよ」

「…何で?」

「あの先生がどうかしたのか?」

まき絵は、ネギが居なくなってしまうかもしれない事を嘆くと、事情を知らないアキラと
千雨が近くにいた裕奈に理由を聞くと、

「そういえば、遅れてきたから二人とも知らないんだ。この勝負に負けたらネギ先生が、
高等部に行っちゃうんだ」

「…そうなんだ」

「馬鹿らし…生徒同士で、そんなの勝手に決められるわけねえだろ」

事情を知り驚くアキラであったが、千雨は勝手に先生の移籍など出来る訳ないと、
常識的な判断をした。そして、クラスメートがその事に気がついていないと知ると、
がっくりとうな垂れて、

「そんぐらい気がつけよ…もう面倒だし、まだ頭も痛いから自主的に外野行くわ」

「…頭、大丈夫か?」

「お前の所為だろが、お前の…だけど守ってくれて、ありがとうな、大…アキラ」

もうさほど怒っていないのか苦笑した千雨は、アキラに軽く文句を言った後、そっぽを向くと、
恥ずかしそうにお礼を行った。運動神経がそれほど良くない彼女であったが、これまで
生き残ってこれたのはアキラが、危なくなると千雨を引っ張ったりして助けていてくれて
いたためである。アキラはアキラで、千雨に初めて名前で呼ばれた事により、彼女との
距離が縮まった事を喜んでいた。そして、千雨が審判に外野に行く事を伝えようと、
アキラから離れていくと、

「次は、あの眼鏡よ…生意気にネックレスなんてつけて。見せびらかすな!」

「なっ!…ま、待て、私は…危な!」

千雨の胸で動くアクセサリーを、男からの貰い物と見抜いた英子が、目を嫉妬の炎で輝かせながら、
千雨をターゲットにしてボールを回し始めた。英子達のボール回しは絶妙で、瞬時に千雨を
他のクラスメートから分断した。そして、千雨が勝負から降りる事を伝えようとするが、
ボールが向かってきては仰け反ったりして、避けるのに必死になり、伝えることができない
状況になってしまった。

「…千雨! 今行…くっ」

「あなたは大人しく、そこで見てなさい」

今にもボールに当たりそうな千雨を、アキラが助けに向かおうとしたが、アキラが動く度に
彼女の足元や目の前をボールが飛び、千雨のサポートに入るのを封じられた。そして、
動きまわされた影響で疲れが出始め、動きが鈍くなった千雨に止めを刺すべく、外野から
英子に向けて弧を描く高いパスが送られた。そのボールに向かいジャンプした英子が、
バレーのスパイクを打つようにしながら、

「喰らいなさい、必殺―太陽拳」

既に肩で息をする千雨が、ボールの行方を自然と目で追っていくと、視界の端でジャンプしている
英子が移ると同時に、

「うっ、眩し」

顔を上げた千雨は、太陽の強い光が目に入り、反射的に目を瞑り腕で顔を覆った。
視界がふさがれた千雨の耳に、『バシッ』とボールが打ち出される音が響いてきた。
痛い思いをしたくない千雨は、ボールを避けるため強引に体を捻ると、彼女の胸先を
『カッチャ』と、とても小さな音を立て何かが通過していった。通過した物はもちろん
ボールであったが、千雨は当たらなかった事を安心することは出来ず、何かを探すように
周囲に鋭い目を向けた。そして、宙を一直線に飛ぶ物体に気がつくと、

「ああ、ネックレスが!?」

千雨が体を捻ったために、体に接触しなかったボールがアクセサリーに命中し、止め具が
衝撃で外れ飛んで行てしまった。千雨は叫ぶと、アクセサリーに手が届かないと頭では
理解しつつも、精一杯手を伸ばしていた。無常にも千雨のネックレスは、屋上に設置されている
壁を越える高さで飛んでいった。

ほとんどの生徒が動けない中、長身と小柄二つの影が飛ぶネックレスに、すばやく接近していった。
コートの外で、客観的に見る事のできた、見学者のうち反応した者が、

「まかせるでござる」

「……」

長身の影は、糸目とスタイルの良さが特徴的の長瀬楓、もう一人の小柄の影は、褐色の肌と
白髪の持ち主・ザジ・レイニーデイの二人であった。

楓が、ザジより一足早くネックレスに近づくと、「ほっ」と気が抜けるような掛け声と共に、
ネックレスに視線を定めたまま跳躍すると、チェーンの部分を掴むのに成功した。
それを見ていた千雨や、アクセサリーについて知っている他の3人も、一瞬安心し
胸を撫で下ろしたが、

「あっ」

楓の失敗したという感じの声に、慌てて楓の手を注視した。すると、彼女の手にはチェーンのみが残り、
ピンキーリングは楓の持つ方とは反対側のチェーンの先から、すっぽ抜けて壁を越えようとしていた。
既に重力に従い落下し始めた楓には、リングを追うことができず見送るのみだった。
そして、落ちる楓の上を、ザジが飛び越していった。その時には、リングは壁を越え
校庭に落ちる軌道をとっていた。ザジは、左手で壁を掴み右腕を横薙ぎに振るったが、
リングは中指を掠るのみでクルクルと回転しながら落下していった。


呆然状態の千雨の前に、楓とザジが近づき、

「すまんでござる」

「……」

ザジは、無表情ながらもどこかすまなそうにし、ぺこりと頭を下げた。楓は、謝りながらも
残ったチェーンを、立ちすくむ千雨の手をとり握らせた。その楓の行為により、目の前に
二人がいるのにやっと気がついた千雨は、落ち込みながらも、

「…気にしなくていい、お前らがやった訳じゃあないんだ」

千雨は泣きそうになりながら、ボールを投げた英子を睨みつけた。射殺さんばかりに睨む千雨に、
ほんの少し怯んだ英子であったが、強気な彼女は年下に怯んだ事が気に触ったのか、謝ることはせず、

「ふ、ふん。どうせあんな物は、安物でしょ」

「て、てめえ!?」

「男からの貰い物みたいだけど、その男も大したこそなさそうね」

千雨の怒りは沸点に達し、今にも英子に掴みかかりそうになっていたが、英子を相手をするよりも、
落ちたリングを探す事を選び、屋上から出て行こうとした。そんな、彼女に声をかける者がいた。

「は、長谷川さん、まだ授業中ですよ」

「うるさい!」

千雨の怒鳴り声に、声をかけたネギはビクリと怯えていたが、千雨はそちらも見もせず
屋上から出て行った。そして、千雨の後を一緒に探そうとアキラと茶々丸が並んで追いかけていったが、
慌てて走り追いついた和美が、二人の肩を掴み数m程引きずられながらも、

「二人とも、ちょっと待ちなさい」

「…なに?」「何ですか?」

「えーと、とっても恐いから、無表情はやめて」

和美の声に、振り向いた二人は表情を消しており、ちょっと和美は腰が引けていたが、

「千雨ちゃんのトコには、私が行くから。二人はさ…」

一旦言葉を止めた和美は、ニコッと笑いながらも、千雨が逃げたと思い込み勝ち誇っている
英子を指差し、

「あの人にお仕置きしてきてよ」

「…でも」

「……」

和美は、横島の事を知りもしない人物に軽く見られたため腹が立っており、自分より
適任の二人をけしかけた。しかし、アキラは千雨が心配のために、茶々丸は英子に思う
ところがあったために、あまり乗り気ではなかったが、二人のやる気(殺る気?)を出さすために、

「二人とも、もし屋上から落ちたのが自分のプレゼントだったら、どうする?」

茶々丸とアキラは、その光景を想像すると落ち込み、安心するため自分のアクセサリーを
触っていた。予想通りの反応にいけると思った和美が、

「んで、さっきみたいな言葉を投げつけられたら、どう思う?」

和美が喋り終えた数瞬後、二人が英子の言葉を思い出すと和美の体を、熱気と冷気とが包み込んだ。
一部の生徒が、その気配に反応し「ほお」と思わず呟いていた。高まる気迫に意識が
飛びそうになった和美の体は、熱気により掻いた熱い汗が、冷気により一瞬で冷えていた。
その逆の現象も起こると、気絶しないように意識を保とうとしている和美は、『あっ、
やりすぎたかも』と思っていたが、決して二人を止めようとはせづアキラと目を合わせ、

「アキラ?」

「…任せろ」

アキラの目がキランと光ると、コートの方に向かっていった。アキラが、和美の横を通ったとき
暑さが一段と増した。肌が焼けるかと思った和美だったが、今度は茶々丸に視線を移し、

「茶々丸ちゃん?」

「朝倉さんの代わりに外野に行きます」

「あっ、お願い。千雨ちゃんの方に行ってくるね…冷た!」

和美が、茶々丸の肩を『ポン』と叩いたら、氷を触ったかの様な冷たさに驚いたが、
さっさと千雨の元へ向かった。階段を下りている途中立ち止まり上を向くと、

「ドッジボールだし、死人は出ないよね?」

コートに向かう二人の後姿を思い出すと、背筋が冷たくなり、間違いが起こらないように祈った。


コート内では、ネギがボールを持ちながら、彼は生徒達に指示を出していた。

「みなさん、しっかりとボールを見ましょう。後ろを向いていたら、捕れる球も捕れませんよ」

ネギは、必死に周囲の生徒に声をかけていた。熱弁を振るうネギに、近づく生徒がいたが、
叫ぶネギは気がつかず、

「まだ時間はあります。ゆっくりボールを『ガシッ』まわ…えっ」

ネギがしっかりと持つボールを、近づいてきた生徒が思いっきり掴み強引に奪った。
急に出現した手に、ビックリしたネギが横を向くと、気のせいか空間が歪んでいるように見えた。
そして、歪みの中心には、彼の生徒が『ゴゴゴ』と音を出しながら立っていた。ネギは、
記憶から生徒の名前を思い出すと、

「たしか…大河内さん?」

「…任せろ」

「パスをまわすんですよ?」

「…任せろ」

ネギは、アキラが指示を聞いてくれたと思い安心していたが、アキラの様子がどこか
おかしい事に気がついた裕奈が、近づき後ろから、

「アキラ、何か変だけど大丈夫なの?」

「…任せろ」

裕奈は、壊れた人形のように同じフレーズしか発しないアキラに、と~ても嫌な予感が
しながらも前に回ると、

「げっ!」

アキラの持つボールを見た瞬間、嫌そうに顔をしかめ、隣で「お~すごい力ですね!」と
感心しているネギを抱えると、すみやかにコートの後ろに避難した。裕奈が、ネギを抱えていると外野から、

「何をしているのですか! 羨まゴホンゴホン、ネギ先生に失礼ですわ。直ぐに離しなさい」

と聞こえたが、もちろん無視した。そして、亜子が裕奈の行動に不思議そうに首をかしげ、

「どうしたん、裕奈?」

「アキラが…切れてる」

神妙な表情の裕奈が、間違いないと自信を持って断言した。さきほど裕奈とネギが見た光景は、
アキラの持つボールが、アキラの力に耐えられず彼女の五指全てがめり込み、ボールが
変形していた。裕奈は、アキラの雰囲気から、今まで見たことのないほどの怒りが、
アキラの中で爆発していると感じていた。

そして、質問した亜子が裕奈の言った内容を理解すると、顔を青くし緊張のため一気に
乾いた喉を潤すため、唾を飲み込むと、

「…それは、拙くない?」

「まずいに決まってるじゃん。外野! アキラの射線から逃げろ!」

裕奈は大きく腕を動かし、外野に逃げるように指示を出した。外野は、意味のわからない指示に
文句をたれていたが、

「あんた達のために言ってるんだ! 怪我したくなかったら、アキラの視界から消えるんだー」

鬼気迫る裕奈の叫びに、外野にいた生徒達は渋々ながらも従っていた。何名かの生徒は、
アキラの姿を見ると、何故か身震いを起こし自主的に動いていた。

流されるままだったネギは、裕奈の服を引っ張り、

「どうかしたんですか? 早くしないと、時間切れで負けてしまいますよ!?」

「ココにいれば大丈夫だよ。勝負は…大丈夫よ、間違いなく私達の勝ちで終わりだニャー」

慌てるネギを諭しながら、これから起こるだろう惨事を予想した裕奈は、どこか遠くの方を眺めた。
そして、どのような事態になっても、勝つと予測した。


外野陣が、アキラの正面からサイドに移動するなか、唯1人アキラの正面に向かう生徒がいるのに、
アスナが気がつくと、

「茶々丸さん、そっち行かないほうがイイみたいだよ」

「お気になさらず、私はこちらに用があるので」

「そうなんだ。まあ気をつけて」

「はい」

声を掛けられた茶々丸は、一旦立ち止まりアスナに一礼した。そして、アキラと英子を結ぶ直線上に、
立つため歩みを再開した。


アスナの横にいたあやかは、茶々丸の姿を見ると、

「茶々丸さん、気合が入っていますわね」

「そお? 普段と変わらない気がするけど」

アスナは、まじまじと茶々丸の変化を探したが、全くわからず疑いの目をあやかに向けた。
あやかは「うんうん」と頷くと、

「私にはわかります。彼女の目は、戦場に赴く戦士の目でした。きっとネギ先生の為に、
頑張るのですわ」

「…戦士の目って何よ」

アスナは、先程の蹴りの衝撃が脳にまで達してしまったかと思い、心配そうにあやかの頭部を見つめた。
あやかの頭のことは、すぐにどうでもよくなると、茶々丸の立ち止まった位置を指し示し、

「ネギのために頑張るなら、あんたもあっち行ったら?」

「私も行きたいのですが、何故かアキラさんの前に体が立ちたがらないのです」

あやかは、自分でもどうしてそう思ったのかわからないため、左手を頬にあて困った表情をした。
アスナも、あやかと同じ想いだったので、ちょっと共感していた。

その時、アスナとあやかの生存本能が、最大級の警鐘を鳴らしていた。茶々丸が立つ地点、

あそこは危険地帯だと。


「いつまで待たせるの、さっさとボールを投げなさい!」

さきほどから中断している試合に、いい加減腹が立ってきた英子が『ビシッ』と、ボールを持ち
静かに佇むアキラを指差しながら怒鳴りつけた。英子の声に反応したわけではないが、
アキラはボールを握る右手を高々と上げ、左足を一歩前に出し腰を捻った。投げようとするアキラを、
英子は鼻で笑い、

「フ・・フォームが全然ダメね」

余裕の英子が見る中、外野陣は英子の発言にダメかと思っていた。内野にいたアキラを
除いた運動部四人組が、不安そうにアキラを見ながら全く別のことを考えていた、

「ねえねえ、裕奈。大丈夫かな?」

「もしかしたら、えらい事になるかもしれんよ?」

「…二人とも、祈ろう」

厳かに裕奈が二人に言うと、何度も首を立てに振り手を組み心の中で、

(((あの人が、死にませんように、死にませんように。アキラが犯罪者になりませんように)))

英子の無事を神仏に祈願した。


標的である英子を見つめたままのアキラは、裕奈たちの想いに気がつくことはなく、
青空に向け高々と掲げていた腕を、

「えい…」

と言う、可愛いらしい声と共に、腕を振り下ろした。アキラの、力任せに投げられた凶器
…ではなくボールは、変てこな握りによるためか、それともちょっと握りつぶした影響のためか、
横にスライドしたかと思えばホップをするなどの、不規則な軌道を描き飛んでいった。
そして、唯一つ言えることは、そのボールは異常な動きを見せながらも、とてつもなく速かった。
英子や普通の生徒の動体視力では、ボールが消えたと思うほどであった。奇跡的に英子に当たる前に、
高速で飛ぶボールが大きくブレ、英子の体には触れずに通過した。そして、ボールを見失った生徒達が、
消えたボールを探そうとする前に、


『ズドン、ガリャガリャガリャ』


決してドッジボールでは鳴らないような、何かの着弾音とコンクリートの割れる音が、
辺りに響いた。破砕音に驚いた生徒達が、英子の後方に注意を向けた。音がした地点一帯は
白い煙が上がり、何が起こったのかを視界から隠していた。

そして、極僅かだがボールを目で視認できた生徒達は、額から大量の冷や汗を流し、

((((…茶々丸(さん・殿)、死んだんじゃあ?))))

彼女達の瞳には、茶々丸が自身の右腕を胸の前に出し、アキラの投げた球がその右腕に
激突する姿が見えた。そして、茶々丸の両足が接地されるコンクリートを砕きながら、
後方に押しやられて、砕かれたコンクリートにより上がった煙が、茶々丸の姿を覆いつくした。
跡に残されたのは、ボールを受け止めるために踏ん張った足により、破壊された二つの
軌跡だけだあった。

もしこの場にエヴァが居たら、娘に起きたあまりの出来事に卒倒していただろう。

ボールが見えなかった生徒は、何だろうと思いながら煙に注意を払い、見えたものは
ハラハラとしながら煙が晴れるのを待っていると、

『シュルルーーー』

煙の中から、何かが擦れ合う擦過音が聞こえてきた。次第に大きくなる音に同調するように、
擦過音の中心から煙が渦を巻き上げはじめると、ボールが誰かの右手の中で高速で回転し
暴れまわっているのが確認できた。知らず知らずの内に、何名もの生徒が喉を鳴らす中、
まだ消えない煙により顔が隠されたままの人物が、

「素晴らしい球です。以前の右腕なら肩から引きちぎれていたでしょう」

煙が完全に消えると、未だに暴走するボールを巧みに腕を動かす事により、ボールの力を
完全に制御化に置いた茶々丸が出現した。そして、ボールの力の流れを予測し腕を小刻みに揺らし、
更にボールのエネルギーを高め、回転速度を上げていた。

そして、ボールが見えなかった者全員が直感的に理解した。先程の着弾音の正体が、
アキラが投げたボールである事と同時に、これから茶々丸が投げる球は、先程以上の被害を
もたらす事を容易に推測できた。

ボールを持つ茶々丸が、煙により見失った英子を捉えるために、顔を動かし始めた。
すると、茶々丸が見つめる先は、悲鳴をあげる生徒がクモの子を散らすように逃げ出した。
その中で、唯一動かない生徒は、

「超さん、やりました! 茶々丸の右腕の強化は大成功ですよ」

「ウム。 以前片腕を壊して来た時は吃驚したが、ハカセの改造がこんなとこで役立つとは、思わなかったネ」

「やっぱり、ゴムとバネが良かったんですよ~」

「…どんな、魔改造したヨ?」

茶々丸の右腕の補強には関わらなかった超が、改造に使った材料を聞き口を開け驚いていると、
真横からタックルを喰らい『ガシッ…ズザザー』と音を派手に立て、押し倒された。

「な、何ヨ!」

「助けて!?」

突然の出来事に動揺しながらも、襲った犯人の顔を見ると、顔を真っ青にし狼狽しながらも、
超の腰をガッチリと両腕でロックした英子が、歯を恐怖にガチガチと鳴らしていた。
超も、自分の置かれている状況に頭が回ると、

「ハ、ハカセ、助け、あれ、ハカセ?」

つい先程まで近くにいた葉加瀬が、姿を消していた。行方不明の葉加瀬を探すために、
周囲を見回していると、既に安全地帯に退避していた葉加瀬を見つけた。超が助けを叫ぶ前に、
葉加瀬が手を振りながら、のんびりした声が聞こえた。

「超さ~ん、そこ危ないですよ」

「そんなの、知ってるネ! だから、誰でもいいから救助してヨ!?」

必死に英子の手から逃れようとするが、英子もやっと捕まえた同士(運命共同体もしくは肉の盾)を
放すはずもなかった。ちょっと泣きそうな超が、他のクラスメートに助けの目を向けると、
みんな目を逸らした。

「は、薄情ネ。古! 助けてヨ」

「うう~ん アレはちょっと無理アルね」

「きっといい修行になるヨ」

「いや~超、修行と自殺は違うアルヨ」

古も親友の超が心配だったが、さすがに無理と匙を投げた。周りからの救出を諦めた超は、

「茶々丸、ちょっと待つネ。すぐに逃げるカラ…この、この」

「い、いかないで」

茶々丸に待ったをかけた超は、必死に体をねじたり英子の顔を手で押し返したが、
英子も放したくない為、全力でしがみ付いていた。茶々丸の持つボールが『シュルル』と
鳴る音から『シャアアア』と鋭い音に変化してきた。茶々丸の手中にあるボールから、
黒い煙が出始めると、

「心配無用です、超」

「待ってくれるカ、茶々丸」

「…授業中の事故です」

「はい?」

茶々丸が逃げ出すまで待機してくれると思い、安堵した超だったが茶々丸の次の発言に、
動きをピタリと止め、自分の耳を疑った。「はは」っとやけくそ気味に笑う超が、

「事故と聞こえたが、聞き間違いあるヨネ?」

「聞き間違いではありません。それに、責任は担任のザギ三世が取ってくれます」

「あの~僕の名前は『ネギ』ですし、三世でもないのですが」

「失礼しました。どうでも良かったので」

「ひ、ひどいですよ」

生徒の心無い発言に、泣きそうに目を潤ませるネギをあやかが鼻息を荒くし、ネギの姿を
網膜に焼き付けていた。

そして、茶々丸は英子に視線を固定すると、誰にも聞こえないように囁いた。

「申し訳ありません。お母様の被害者に、手を上げたくありませんでしたが
…やはり許せません」

茶々丸が囁いている最中にアキラは、茶々丸のボールが外れたら受け止める気でいるのか、
英子と超の後ろに立つために移動していた。ちなみに、現在コートに立つ猛者は、1人もいなかった。

アキラの歩みが止まると、茶々丸が左足を持ち上げ体を前方に沈み込ませつつも、視線は
超と英子から外れる事はなく、

「ターゲット…インサイト」

茶々丸のフォームは、上から投げるオーバースローのアキラとは正反対の、腕が地に触れそうなほど
低く美しいアンダースローであった。

上げていた左足を思い切り踏み込み、右手に持つボールが地面に触れると、ボールが遂に発火し、
コンクリートを綺麗な半円状に断面を抉りつつ、

「…ファイヤ」

リリースされた球は、地面を一直線に削り取っていった。コンクリートが、まるで柔らかい
豆腐のようであった。

周りの生徒が、考えていたことは、

…コンクリートって柔らかいんだ

…へ~ボールって燃えるんだ

…アキラ、アレをキャッチするのかな?

等と考えていた。ちなみに……ボールは既に地面に触れているため、英子たちにヒットしても
ルール的には、ノーカウントになるのであった。

超と英子には、アキラの出した速度より少し遅かったが、十分高速のボールがとても
スローに見えていた。英子の脳裏には、ドッジボールを始めたきっかけ、関東大会優勝、
金髪の少女に抱きつかれる映像が流れていた。一部知らない映像もあったらしく、栄子は首を傾げた。
超は、火星での過酷な生活、祖先の写真を眺め歴史を変える決意した日、こちらに来て
楽しかったコトや苦しかった思い出が流れていた。ようは走馬灯である。二人の走馬灯が終わっても、
まだまだボールは来ず、燃える球はゆっくりと進んできていた。もう諦めの境地に達した超は、
ネギを見つめ、

(ご先祖様、あなたの子孫はもう駄目のようネ。不出来な子孫を許してヨ
…まさか、茶々丸によって潰されるとは思わなかったヨ)

ちなみに、超はネギの子孫であるため、彼女が作った茶々丸もネギの子孫といえる。
彼女も、自分の子に計画を阻まれたのなら、本望であろう。素晴らしい血族である。

そして、突然全員の目からボールが忽然と消えた。耐久力を超えたボールは、とうとう
燃え尽きたのであった。むしろココまで持ったボールを褒めてあげたい。間違いなく、
この授業で一番頑張ったのは、名も無きボールであった。

ボールが消滅した奇跡の瞬間を見た超と英子は、二人の無事を歓喜し涙を流し、抱き合っていると、
前方の茶々丸と後方のアキラが、

「「新しいボールをくれ(下さい)」」

「も、もうやめて~~ わ、私達の負けですから、お願いします」

英子、恥も外聞も捨て年下に負けを認め、逃げ出していったが、瞬時にアキラと茶々丸に捉えられると、

「勝負はどうでもいいのです」

「…千雨に謝って」

「謝る、誰にでも謝るから許して」

「それは、千雨さんが決めます」

英子はこうして、屋上から連れ出されていった。二人の力技の完全勝利であった。

二人がどうでも言いといった勝負は、英子が負けを認めたため、2-Aの勝利に終わった。
この日から2-Aでは、『ドッジボールはしない』が暗黙の了解になるのであった。


千雨のピンキーリングは、ちょっと色々あったが無事発見することが出来たため、
英子は千雨に許されるのであった。まあ、千雨が英子の今にも死にそうな状態を見た瞬間、
この状態にしたアキラと茶々丸に対してドン引きし、これ以上何かするのはかわいそうだと
思ったためである。






-------------------

申し訳ありませんが、次回の更新は、今までより遅くなります。6月から環境の変化と、
やらなければならないことがあり、3~4週間ほど書けない状態になるので、次回の更新は
6月の終わりか、7月序盤になると思います。今回の話で、感想がいただけたら、
1~2週間後に返しだけはさせていただきます。



[14161] 猫の友達はまだいます
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/07/11 22:31
『おハロー、みんな元気ー!? 今日はみんなに聞きたいことがあるんだよん』

ちう(ネット上で千雨が名乗っている)は、パソコンの前でブツブツ喋り『チャカカッ』と
ブラインドタッチしながら、自身のhpでファン相手にチャットをしていた。ちうが、
書き込むと直ぐに『何々?』『いいよ~』等の返事が返ってきた。いつもならちうを
名乗っている時は、テンションの高い千雨だったが、今日はいつもと違いあまり乗り気では
ないらしいく、何処か投げやりであった。質問したいことは既に決まっているため、
よどみなく指を動かし文を作るが、見直すと表情をゆがめながら消してしまった。

「くそ、こんなの書き込もうとするなんて、頭大丈夫か私は…横島さんやあいつらには聞けないしな」

机に肘を立て頭を抱えだした千雨は、もし自分が書き込もうとしている事を、横島や
茶々丸達に質問した場合を想像した。

『…うん、病院行こ』

『ちうちゃん、ネットのやりすぎだね。まあ、いたら教えて~』

『千雨ちゃん疲れてるんだよ』

千雨の脳内では、横島達から哀れみの目を向けられながら、茶々丸に頭を撫でられていた。
親しくなった人物達に可哀想な子に見られるのはイヤであった。

「うが~」と唸りながら千雨は、意を決して『ガチャガチャ』と荒々しくキーボードを叩き、
入力し終わると気が変わり消す前にEnterを押した。その内容とは、

『みんなは、幽霊っていると思うかな~』

精神的疲労から「はぁはぁ」と息を荒げた千雨は、血走った目でパソコンの画面を
睨みつけていると、先程同様すぐに返事が返ってきた。『いると思うよ~…』という
肯定の書き込みに千雨が、喜びそうになったが最後まで書かれた文を読むと、

「何だよそれは! 自分で考えろボケッ!?」

文の最後には『ちうたんがいるって言うなら~』だった。ちなみに、他のファンの答えも
似たり寄ったりであった。他の人物達には、どうでもいい質問だったと気がついた千雨は、
うな垂れ聞いた自分が馬鹿だったと思い至った。

もしその内容を横島に聞いていたら、「へ~ 何処にいたの? 女の子? 可愛かった?」などと、
のたまう可能性が高いのだが、まだまだ千雨には其処まで予測できなかった。

落ち込み不気味な笑いを浮かべた千雨は、クラスメートらしい幽霊少女を見た時の事を
思い出していた。


千雨が彼女の存在を認識したのは、夏休みが終わり少したった9月ごろだった。午後の
授業中だったが、やる気のない千雨は昨日の事を思い出し、静かにため息をついていた。

(横島さんと茶々丸には、ばれたんだよな~ まあ、言わないって言ってるから大丈夫か)

昨日、千雨が周りに秘密にしていたコスプレが、あっけなく知り合いに知られてしまった。
一時には、立ち直れないほどのショックを受けた千雨だったが、やけくそになった横島の、

『凄いな千雨ちゃん、俺にも何か作ってよ』

この言葉を真に受けた千雨は、服を作る事を決めていた。横島としては、普段着もしくは
部屋着用の物がいいのだろうが、残念ながら千雨は、

(どんなコスがいいかな。あの人、黙ってたら顔は悪くないし、髪上げたら雰囲気変わるしな。
迷うな~ …しっかし、何か体がだるいな? 何かしたっけかなぁ)

コスプレ用の衣装を作る気満々であったが、なぜか昨日から続く体の倦怠感に悩まされていた。
千雨は気がついていなかったが、彼女は昨日一度死んで魂が抜けていた。その影響が体に出ていた。
そして、死線をさまよった影響が、もう一つではじめていた。

凝った首をほぐすように回した千雨は、やはりばれた事はショックなため、気落ちしながらも
和美の方を向き、

(それでも、ばれたのがあいつじゃあなくって良かっ……誰だ? 朝倉の横に知らん奴がいる)

ボーとしながら和美を視界に入れると、見たことのない制服を身にまとった少女が座っていた。
千雨の座る位置からでは、その少女の顔立ちは見えなかったが、白髪である事と、

(転入生なんか入ったっけかな。しっかし、幸薄そうだな…ん? 足が無いし、
透けてねえかあいつ…)

千雨は、目を揉んだり擦ったりしたが、やはり見間違いではなく彼女には足がなく、
よく見ると彼女の周囲を火の玉も飛んでいた。彼女の異常性に気がついた千雨は、
顔が青ざめ心臓が早鐘を鳴らし始めた。一旦和美(幽霊)から目を離し、目を瞑り
深呼吸を始め頭の中では単純な計算をした千雨が、平常心を保ち再び和美の横を見ると、
白髪の少女は最初からいなかったかのように消えていたため、思わず千雨は立ち上がり、

「何だそりゃ!?」

大声を上げた千雨の事を、クラス中の生徒と授業中の国語の先生・小野杏子の視線が
一斉に向けられていた。下手したら生徒より子供っぽく、ユルイ小野先生が、

「長谷川さん、急に声を出してどうかしたの~」

「え、えっと…お、お手洗いに」

「あら、急に催したのね~ 行って来ていいわよ~」

「は、はい」

視線を集めたことにより、しどろもどろになった千雨は、急いで教室から出て行き、
トイレに駆け込んだ。そして、一番奥の個室に入り、鍵を閉め、

「き、消えた…はは。き、気のせいだよな。幽霊なんている筈ない。うんうん、気のせいだ、
今日はさっさと帰って寝よ」

その日以降、数日後に一度その少女を見ただけで、5ヶ月近く見ることはなかったため、
千雨は忘れかけていたが、2月上旬から一週間近く連続で、幽霊を見ることになった。

千雨は、その日学校には出席していたが、全く授業を聞かず呆然とし、前日に横島に
言われた事を思い出だしていた。

『いやじゃ~ 近づかないでくれ』

横島に突き放された時の事を思い出すと、更に気落ちしてしまった千雨は、

(…嫌われるような事…何かしたかな…大河内も凹んでるな)

千雨がアキラを見ると、アキラは机に額をくっつけて授業をボイコットしていた。
アキラは、教師に教科書で頭をはたかれても、無反応であった。

(あいつも横島さんに何か言われたんだな。他のや…久しぶりに見たな、あの幽霊
…どういうタイミングで見れるんだ? 見えてるの私だけみたいだから、マジで幻視か?
病院行くか)

一回目と二回目の時は酷く動揺したが、横島の心無い発言のほうがインパクトが強く、
今の千雨は幽霊など気にするほどの物ではなかった。次の日には、口を小さく開け
ボーっとした和美が天井を向き、二日後には茶々丸が一点しか見ていない状態になっていた。
周囲は心配した(茶々丸は、見かけ真面目に授業を受けているように見えたため、
気づかれなかった)が二週間近くその状態が続いた。

途中から教育実習生として来たネギも心配し話しかけたりしたが、「はい」「うん」などの
返事は返したが、3人はその会話を全く覚えていなかった。その後、3人がニコニコと
笑みを浮かべ、鼻歌まで歌う者もおり、元気が出たためクラスメート達は安心していた。
残念ながら、感情の起伏が乏しい茶々丸の変化に、気がつくものはごく僅かであった。


そして、一番最近では、

「千雨ちゃん、手伝うよ。どこら辺探してない?」

「…悪い。そっち側頼む」

「うん」

校舎の近くで、屋上から落ちたピンキーリングを芝生に膝をつけ必死に探している千雨に、
和美が声をかけ千雨が指差した、箇所を探し始めた。二人とも無言の中、必死に小さな
リングを探したが、一向に見つからないでいた。

(くそ。何処いったんだよ。折角、横島さんがくれたのに)

「見つかんないね、あっち側探してみるよ」

「…ありがとうな…和美」

「いいのいいの。私のがなくなったら、一緒に探してよ」

「ああ」

和美は、励ますために明るく話したが、千雨の表情は暗いままだった。和美がまだ探してない
地点に足を運ぶと、千雨も別の箇所を探そうと顔を上げた。すると、校舎の隅で手を
必死に振り「ココですよ~」と叫んでいる幽霊少女と目があった。

千雨が呆然と見つめていると、幽霊少女も目が合ったことにビックリと体を揺らしたが、
手をバタつかせアピールしていた。千雨は、藁にも縋る思いで幽霊少女に近づいていくと、
その少女も千雨が自分の事を認識できているかもと思い、「こ、ココに落ちました~」と
真横を指し示しながら叫んでいた。千雨が、そろりそろりと幽霊少女の真横まで行くと、
千雨のピンキーリングが落ちていた。慌てて拾った千雨は、手の中にリングを握り締めながら、
見つけた安堵から嬉しそうに微笑んだ。

数十秒ほどその余韻に浸っていたが、ふと横にいる幽霊に気がつくと、引きつった表情になりながらも、

「…見つけてくれて、ありがとうな」

千雨から声をかけられた幽霊少女は、認識されている事を確信すると、

「わ、私、相坂さよっていいます。長谷川千雨さんで合ってますよね?」

聞かれた千雨は、一応恩人の言う事のため小さく顎を動かし肯定した。さよははじめて、
自身を知覚してくれた人間・千雨に、舞い上がりながら以前からの願いを口にした。

「お、お願いします。私と友達になってください」


幽霊から友達になってくれと頼まれると、「ふっ」と笑った千雨が、何も考えず反射的に、

「ああ~ 悪い、やだ」

さよの願いを一蹴した。そして、ショックを受けたさよは、涙ぐみながらも、

「な、何でですか? わ、私が、非常識な存在だからですか?」

「…非常識な人ならまだいいが、お前は非日常の存在じゃん。だからイヤだ。まあ
見つけてくれたのは、ありがとうな…でも、私に関わんないでくれ。じゃあな」

千雨は言いたい事を言い終えると、別の場所をいまだに探している和美に、見つけた事を
報告に向かった。

一通り出会いを思い出した千雨は、パソコンの電源を落とすとどこか遠くを見つめながら、

「…まあ、あんだけ言ったし、大丈夫だろ。寝よ寝よ」

考えるのが面倒になった千雨は、電気を消し寝ることにした。彼女の近くで、件の幽霊が
「おやすみなさい…」と、言っているのに全く気がつくことはなかった。長谷川千雨、
しっかりと憑かれていた。


さよは、千雨と仲良くなるのを諦めていなかったのである。



千雨に拒絶され呆然としていたさよは、ショックのあまり右にふらふら左にふらふらと、
数十分間無意識に動いていた。そのさよに一匹の白猫が、「みゃあ」と鳴き近寄ってきた。
猫の鳴き声に反応したさよが、

「あ~ トロンベちゃん、今日も来てくれたんですか」

白猫の登場に喜んださよが、よしよしと猫の頭を撫でていた。実際は触れれないため、
撫でている気分を味わっているだけだった。さよは地味幽霊のためか、霊力者はおろか
大抵の動物にすら、気づかれないでいた。しかし、極稀だったが見える動物もいたが、
あまり近づいてくる者はいなかった。だが、最近知り合いになったこの猫は、さよに
気がつくだけでなく近寄っては、しばらく一緒に過ごしていてくれた。そして、さよを
見上げる白猫・トロンベ(さよ・命名)に、

「聞いてくださいよ~ 今日、何と私の事が見える人にあったんですよ。勇気を振り絞って、
友達になって下さいって言ったのに…ふられちゃいました…」

自分で言ってて虚しくなったさよが、肩を落としていると、トロンベが元気付けるように「にゃあ」と鳴くと、

「そうですよね! 一回で諦めたらダメですよね。わかりました! 千雨さんに何回でも
挑戦しますよ~」

別にこの猫が諦めるなと言ったわけではないが、さよには「諦めたらダメ」とそう聞こえたらしく、
千雨にとっては傍迷惑なことになってきていた。笑顔になったさよが、幸せそうにトロンベを
見つめていると後方から、

「あっれ~ あの子、チビちゃんじゃない?」

「…本当だ。おいで茶々」

その声が聞こえると、さよの目の前にいた猫・トロンベではなく、茶々は喉を鳴らせながら
さよの体を、文字通り通過し声の主達のほうに「にゃ~」と、甘えた声を出しながら
駆け寄って行った。さよが「ああ~」と残念そうな声を出し、猫を奪った人物達を見ると、
クラスメートのアキラに抱っこされた茶々が和美とじゃれ合っていた。

「…茶々、ダメだよ。こんなとこまで来たら」

「横島さんが嘆いてたっけ『茶々が外遊び覚えた~』って。チビちゃん、迷子になっても知らないよ~」

アキラが、抱っこした茶々を心配そうに見つめていると、片目を瞑りニコッと笑う和美が
茶々の鼻をツンツンしながら、猫を脅していた。茶々は、突かれた鼻がくすぐったかったのか、
「くしゅん」とくしゃみをし頭を震わせた。

間違いない事だろうが、茶々が行方不明になっても和美が、情報網を全て活用し見つけ出すだろうから、
何の心配も要らないことであろう。

さよは、恨めしそうに茶々を抱っこする、アキラの周囲を飛び回りながら、

「…ずるいです。トロンベちゃんも嬉しそうにして、Hな本買うムッツリアキラさんが、
そんなに…ヒャ!」

さよは、アキラに知覚されないと高をくくり、最近知った情報を言ったのだが、しっかりと
アキラに睨みつけられた。アキラの光る目に恐怖を感じたさよが、「ご、ごめんなさい~」と
喚きながら飛び去っていった。

怯えたさよは、校舎の脇でガタガタブルブルと震え、

「あ、あの人は、怖いです…」

さよにとっての、アキラの印象は『怖い人』になった。



不機嫌そうに宙を見つめだしたアキラに、

「アキラ、どうしたの何もないとこ睨んで?」

「…悪口を言われた気がした」

アキラは、別にさよの事が見えていたわけではなく、勘で何か言われたのに気がつき、
ムカッときたらしい。すでにさよは逃げているのだが、いまだに虚空を見つめるアキラの手の中から、
アキラが恐くて小刻みに震える茶々を奪い取った和美が、

「今のアキラは恐いね~ チビちゃん」 「にゃん」

和美の問いかけが理解できたのか、頷き返事をする茶々を見たアキラが、『ガーン』と
凹んでいた。

「…こ、コワい…」

「この子届けに行くけど、あんたどうする」

茶々を掲げた和美が、肩を落とすアキラに横島宅に行くか聞いたが、

「…ぶ、部活があるから、行けない」

「ふ~ん、頑張るわね。じゃあね」

和美はアキラに別れをいい、茶々を送り届けるために横島宅に行く事を決めた。そして、
茶々を見つめると「ん~ ちょっと汚れてるね」と呟いた。


1人と一匹を見送ったアキラは、

「…茶々に恐がられた」

可愛がっている猫に、恐怖を感じさせたために気落ちしながらも、部活に出るために
足を引きずるように歩みだした。部活にはしっかりと出たが、モチベーションが全く上がらず、
最近の記録ではダントツに悪かったため、更に虚しくなった。



「こんにちは~ て言っても誰もいないか」

逃げ出さないように茶々を脇に抱えた和美は、横島のアパートにあがり一応挨拶をしたが、
本日は横島が、新聞配達に行っているのを知っているため、形だけの挨拶だったのだが、
意外にも返事があった。

「いますよ朝倉さん。茶々もお帰りなさい」

台所から茶々丸が、顔だけをヒョッコリと出してきた。

「あっ茶々丸ちゃん、今日の夕飯は何の予定? それから、『和美』でいいって言ったでしょ」

今日のドッジボールから、より一層連帯感が増した少女たちは、自然と名前で呼び合いだしていた。
もしくは名前で呼ぶように要望していた。

台所から美味しそうな匂いが漂ってきたため、和美は「ふんふん」と匂いを嗅ぎながら尋ねると、

「本日は、ナスのグラタンです。和美さん」

「美味しそうね~」

「食べますか?」

「うん、お願い。茶々丸ちゃんいい奥さんになりそうね~」

「そ、そ、そんな、横島さんの奥さんなんて…」

手をあたふたと振る茶々丸に、ちょっと真剣な顔をした和美が、

「だれも、横島さんの何て言ってないわよ。まあそれはいいとして、横島さんが戻るのって、
後一時間はあるわよね?」

時計を見ながら和美が、横島の帰宅時間を確認すると、落ち着いた茶々丸も時計を見て、

「大体そのくらいでしょうか。どうかしたのですか?」

「時間があるなら、この子を洗おうと思ってね」

脇に抱えた茶々を目線で示した。時間があるとわかった和美は、脱衣所に突撃し風呂場の仕切りを開けた。
そして、脇に抱えた茶々を投げ込むと、仕切りをすぐに閉じた。自身に降りかかることを、
遅まきながらも理解した茶々が、焦りながら「あ~お! あ~お!」と浴室にいるために、
くぐもった悲痛な鳴き声をあげたが、

「チビちゃん良い声で鳴くわね~ さて私も」

Sっ気たっぷりの笑顔の和美は、脱衣所で制服を脱ぎ捨てると、上下揃いのピンクの下着姿になり、
仕切りを開けると、脱兎のごとく茶々が飛び出してきたが、

「ふふ、逃がさないわよ」

開けた瞬間、最後のチャンスとばかりに逃走しようとした茶々であったが、その行動は
予想の範疇だったため、あっけなく和美の手に捕まると、「にゃ~~」と大声で叫び
茶々丸に助けを求めたが、

「綺麗になるのですよ、茶々」

茶々をキレイにするのは賛成のため、見捨てられてしまった。そして、茶々の悲鳴が
当たりに響いた。


そして十分後、横島のアパートのドアが開いた。帰ってこないときに帰ってくるのが、
この男である。

「たっくもう、今日入れてなかったのかよ」

横島は、バイトの日を一日勘違いしていたらしく、バイト先に赴いたら今日は入ってないと言われ、
とぼとぼと帰ってきた。そして、靴を脱ぎ部屋に入ると、ズブ濡れの茶々が脱衣所から
疲れ切った足取りで、横島の前に現れた。

「何だ茶々、風呂にでも落ち…」

「チビちゃんダメでしょ。早く拭かなきゃ風邪引くよ」

茶々のすぐ後を、下着姿の和美がタオルを持ち追いかけてきた。茶々をタオルにくるんだが、
茶々がイヤイヤと暴れていた。

「な!?」

「へ? 横島さん」

横島の驚きの声に、和美も横島に気がつき、二人とも固まってしまった。

(な、何でもういるの~~ よ、よし、き、今日の下着は変じゃないわね。ち、違う、
何考えてるの私は!)

帰ってこないはずの横島の帰宅に、動揺する和美に、横島がとった行動は、

「ち…」

「ち?」

「ちちしりふともも!」

美神令子にも負けずとも劣らない、プロポーションを誇る和美の下着姿を見た横島の理性が、
今まで我慢していた限界を超え、和美に飛びかかった。横島のあまりに予想外の反応に、
和美が動けずにいると、和美の背後から『バシュ』という音と共に、

「横島さん、それは犯罪です」『バゴン!』

茶々丸のちょっとむっとした声が聞こえると、横島の顔に茶々丸の左手が突き刺さった。
横島は、和美に飛びかかる姿勢のまま一瞬空中で止まると、その姿勢のまま床に落ちた。
無言が支配する中、茶々だけが和美の腕の中でもがいていた。あまりに動転した和美は、
気がついていなかった。茶々の爪が、和美のブラのフロントホックに引っ掛かり、
手を振り回していることに。

『ガバッ』と顔を上げた横島が、なるべく和美を見ないように、それでも目の端で和美の
キレイな体を見ながら、ヘコヘコと頭を下げ

「す、すまん、和美ちゃん。は、反射的に飛び掛っちまった」

「それだけ魅力的だったって事かな?…ま、まあ、見られたのも水着と同じくらいの面積だから。
気にしな『ぷちっ』」

和美が喋りきる前に、不吉な音が3人に届いた。背後の茶々丸からは見えなかったが、
正面にいる横島にはしっかりと見えていた。和美のブラが外れ落ちる場面がしっかりと。ブラを外した茶々が、「やっと手が自由になった」とホッとしていたが、

「きゃあ!」 「みゅぎゃ!?」

ブラが外れた和美が、反射的に悲鳴をあげ腕で胸を隠すと、腕の中にいた茶々の腹も
締め上げ、猫が上げたらまずい鳴き声をあげた。もし茶々が喋れていたら、「で、でる。
大事なものがでる~~」こう叫んだであろう。

状況を理解した茶々丸が、対横島用に右腕をあげていつでも迎撃できる準備をしたが、

「?」

横島から何の反応もないのをいぶかしみ、横島が倒れていた地点を覗き込むと、血の海に
顔を埋める横島がいた。段々弱ってきた茶々を抱いた和美は、横島の状態に気がつくことはなく、
急いで脱衣所に駆け込んだ。茶々丸も、横島の出した血の量がまずいと判断し、慌てながら
横島の元に駆け寄り、仰向けにすると血を出し衰弱しているかと思えば、横島は異様に血色よく、
そしてにやけていた。横島の状態をチェックすると、

「…問題ないようです。しかし…」『ムニュ』

横島のニヤケ面に、何故かモヤモヤしだした茶々丸は、横島の頬を弱く指で挟み抓ったり、
伸ばしていた。


脱衣所に駆け込んだ和美は、

「うう、見られちゃった。下着だって恥ずかしかったのに」

横島には強がって、水着と変わらないと言っていたが、やはり水着と下着は違うため
恥ずかしかったらしい。更に胸までさらしてしまったため、和美は顔を真っ赤に染めていた。
しかし、ほっとする事も一つだけあった。それは、

「でも、良かった。横島さん『ホモ』じゃあなくて」

横島、少女達の中でホモ疑惑が出ていた。半年以上一緒にいるが、誰一人手を出さない事から、
町で女性をナンパするのは擬態で、実は女性には興味がないのではと、冷や汗を流しながら
少女たちは話し合っていた。

しかし、その疑惑も和美のおかげで晴れたが、彼女の犠牲に合う報酬かと問われれば、
微妙なとこであった。

そして、和美は事の元凶である茶々を胸から持ち上げると、

「チビちゃん! もうダメで…チビちゃん、しっかり目を開けて!?」

ぐったりとした茶々が、口の端から泡を吹いていた。目を見開いて驚いた和美が、
下着姿のまま茶々丸の元に移動し助けを求めた。茶々、一命は取り留めたがしばらくの間は、
和美に近づくことはなかった。


横島と和美は、ナスのグラタンに舌鼓を打ちながらも、先程の気まずさから目も合わせなかった。
茶々丸は、ドライヤーで濡れた茶々を乾かしていた。茶々は水は嫌いだが、ドライヤーは
好きなようで気持ちよさそうに目を閉じ、ヒゲを揺らしていた。

そんな気まずい空気が漂う中で、食事を終えた和美が、ほんのり朱がさした頬を見られないように、
下を向きながら、

「…お、お粗末な物を見せまして」

「し、下着は見たけど。そ、その下は見てないぞ!」

訳がわからないことを言い出した和美であったが、引きつった笑みの横島も嘘丸わかりの言い訳をした。
そして、和美が小声だったが、横島に聞こえるように、

「男の人に見せた事ないのに」

無表情になった横島は、「ふう」と一度ため息をつき、瞬時に見事な土下座をすると、

「ごめんなさい、ごめんなさい。少しだけ見えました。警察とタカミチさんには勘弁してください」

横島は、警察もマズイと思ったが、何よりタカミチに知られるのがマズイと思っていた。
以前、茶々丸との事を知られたときの思い出が、イヤでも思い出されタカミチに、
握られた肩まで痛み出していた。

「え~ どうしようかな」

「何でも言う事聞きますから、許してください」

横島より優位に立った和美は、悪戯っぽく笑っていたのだが、土下座する横島には
見えていなかった。

「じゃあ今度、夜の取材いいですか?」

「はい、付き会います」

「う~ん、横島さんが付き合いたいんだよね?」

「付き合ってください。お願いします」

「しょうがないね~ いいよ」

気になってる男性に、『付き合ってください』と言われた和美は、違う意味と理解していても
「にへへ~」と表情を緩ませていた。


アパートからの帰り道、茶々丸と和美が並んで歩いていると、和美が思い出したように、

「茶々丸ちゃん、データちゃんと頂戴よ」

「…何のでしょう?」

「またまた、わかってるでしょ。はい、携帯に入れてね」

したり顔の和美は、携帯を茶々丸に渡すと、知らんぷりしていた茶々丸も観念し、和美の携帯と
自身をケーブルで繋ぎ、何がほしいか聞く事もなくデータを入れた。データを入れ終わると、

「どうぞ」

「ありがとうね」

こうして二人のやり取りが終わった。入れたデータはもちろん、『付き合ってください』と言う
横島の言葉であった。


洗われキレイになった茶々を撫でる横島は、お茶を飲みながら和美の姿を思い出し、

「…いいもん見たな~ 『パク』…やっぱウマイなコレ」

お茶請けとして、今朝早くに貰ったハート型のチョコレートを食べていた。勿体無いのか
少し食べて棚にしまったが、そのチョコレートの中央に『本命です』と書かれていた。
チョコには、差出人の名前もデコレーションされていたが、食べかけのためか『千…』としか、
わからなかった。



[14161] この話は今回では終わりません。申し訳ありません。
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/07/11 22:29
3月14日(土曜日)、とあるアパートの一室が、魔境と化していた。

その魔境にて、生存が確認できるのは五つ。部屋の中央にてテーブルを囲い、この魔境を作り出す存在が4つ。
部屋の片隅で、4つの気配に震える存在が一つ。

重々しい空気の中、魔境を作り出す一角が口を開いた。

「…本当に、千雨ちゃんがあげたんじゃあないのね?」

「ああ、私のはココにあるからな」

千雨は目の前に置かれた、厚さは2~3cmほど、大きさは掌より少し大きい程度の物を、
親指と人差し指で挟んで持ち上げ周囲に見せた。

「…じゃあコレは本当に?」

抑揚のない声で一人が呟くと、全員の視線がテーブルの中央に集まり、

「ええアキラさん、間違いなくコレは私たち以外の誰かが、渡した物です」

その言葉に、全員が息を呑み『ではいったい誰が?』と思ったが、残念ながら手がかりは少なすぎた。

再び静けさが支配する空間の中で、部屋の片隅で震えるだけだった存在が、耐え切れずに

「ひ、ひゃ~ん」

恐々と鳴き声をあげると、みんなの光る目が自身に向き、耳を伏せながら『ビクッ』と
一回だけ大きく動いたが、圧し掛かる重圧のため震えすらなくなった。

「茶々、ご飯はまだです」

「チビちゃん、大人しくしてなさい」

「…寂しかったんだね」

アキラが、親切心から茶々を抱き上げ、自身の太ももに乗せた。そのときの猫の心境は、
『えっ! そ、そっち行きたくないんだけど』と内心もの凄くいやだったが、体がまるで動かずなすがままであった。
最後に大きく口を開け、

「ひゃ~~ん」

と鳴いたが、今度は誰一人視線を向けなかった。茶々の純白の毛が『パラパラ』と何本も抜け落ちながら、
彼女は心の底から少女達が来るよりずっと早く出かけて行ってしまった、大好きな主の事を思い出し
『ご主人様、早く帰ってきて~~』と切に願った。

テーブルには、ノートや筆記用具などの勉強道具が散乱していた。そして、全員の焦点が合う中央には、
食べかけのためか歪な形をしたチョコレートが、異様な存在感をかもし出していた。


「へっくしょ~ん」

少女を連れて歩いていた横島が、盛大にくしゃみをしたために、前を歩く人の後頭部に
唾や鼻水を吹き付けた。鼻水をつけられた男に、横島は思いっきり睨まれると「あっ、
すんませんすんません」と男に向かいへこへこと頭を下げた。唾をかけられた人物は、
横島の横を見ると「…何でこんな奴に…」と文句を言いながら、不機嫌そうに歩き去って言った。

「誰か噂してんのか?」

鼻をすすった横島は、誰に言うでもなくぼやくと、映画館から一緒に出てきた少女が心配そうに、

「忠夫さん、風邪ですか?」

「ん~ ちょっと寒いけど別に平気だぞ、千鶴」

心配そうに横島の顔を覗き見る千鶴に、「ハッハハ」と高笑いを上げ元気である事をアピールしたが、

「寒いんですね。これで暖かいですか?」

横島が寒いと言ったため、千鶴は『ギュッ』と横島の肘を抱きしめ、横島と密着し暖を取り合った。
衣服を着ていても主張する少女の胸に、二の腕辺りを挟まれた横島は、至福の感触を味わいながら、

「俺は暖かいけど、千鶴はこんなにくっついて暑くないか?」

まだ中々気温が上がらないため、千鶴は黒を基調とした服の上から防寒対策に赤いコートを
羽織っているため、十分暖かく横島と寄り添うとむしろ暑いのだが、

「寒さと言うのは建前で、忠夫さんとこうしていたいんですよ」

言い終わった千鶴は、ニコニコ笑いながら甘えるように横島の肩に頬を当てた。千鶴の
無邪気な笑顔をカワイイなと思った横島が、

「どっかで休むか」

「そうですね。ふふ」

何故か急に笑い出した千鶴が気になった横島は、

「何か楽しい事あったんか?」

「忠夫さんと一緒にいると心地良いので」

「そ、そうか」

「はい」

見目麗しい少女に、そのような事を言われた横島は、嬉しさと気恥ずかしさからそっぽを向いてしまった。
しかし、横島の態度を気にしない千鶴は、横島に甘えるように密着した。

那波千鶴、クラスでもお姉さんやお母さん的ポジションにいるため、甘えられることがほとんどで、
甘えることがほとんどなかった。しかし、忘れてはならない千鶴もまだ十四歳の少女である。
まだまだ甘えたい年頃である。しかし、周りにいる大人や先生からも、大人顔負けの見た目と風格、
そして落ち着いた性格のため、しっかり者と認識され甘えづらい空気であった。そんな大人の様な
少女の前に現れた男は、一目で年齢を見破ったため取り繕う必要もなく、年相応に甘えることが
出来る存在が出来た。そして、少女はその男性に甘えることを決めたのであった。



その日少女たちは、勉強をするため横島のアパートに集まっていた。期末テストの時期が近くなると、
周りから「あの子達、男がいるんじゃない?」との噂が流れ始めた。特に昨夜から寮にいると
何かと騒がれ寮内では勉強しにくいため、和美達は試験対策のため図書館島ではなく、
落ち着ける横島宅で勉強していた。

アパートに着くと、ゴムボールを使い茶々と遊んでいた茶々丸もいたので、勉強会に加わえた。
勉強を始めて十数分経ったときに、ココで勉強する理由がわからない茶々丸が、

「どうして寮ではなく、ココで勉強してるのですか?」

「寮じゃあねえ~ ちょっと昨夜から気まずいから」

「ああ、全くだ」

昨日の夜の出来事を思い出した和美と千雨が、呆れながらアキラに視線を向けた。
二人に呆れられる意味がわからないアキラは、不思議そうにしながら、

「…私は、二人に誘われたから」

本気で判らなさそうにしているアキラに、唖然としてしまった千雨が、

「なあアキラ、背中とか痛くないか?」

「…別に」

アキラが答えると、千雨と和美が顔を近づけコソコソと、

「なあ和美、昨日あいつ背中から落ちたよな?」

「うん、でもそういえば全く痛そうにしてないね」

「…どうした?」

内緒話をする二人に、アキラが訝しげに思い声をかけた。和美が、何でもないと手を振り、

「アキラ、昨日の夜何したか覚えてる?」

「…気がついたら、ベットで寝てた。理由知ってるの?」

アキラの疑問には答えず、二人は視線を絡ませると、

(やっぱ風呂場のこと覚えてねえぞ)

(まあ、忘れたほうがいいでしょ。クラスメート3~4人お風呂に沈めた事なんて)

(だな)

視線での会話を終えた二人は、首を傾げているアキラと茶々丸に、

「知らない。千雨ちゃん何か知ってる?」

「知らん。それより勉強するぞ」

この話は終わりと和美と千雨は、率先して教科書と格闘を開始した。アキラと茶々丸は、
二人が答えてくれそうにないので、仕方なく勉強に取り掛かった。


ちなみに昨夜何があったかというと、入浴のため外したアキラのバレッタを人質(物質?)に、
男について聞こうとする、ドッジボールの教訓を忘れた猛者というか蛮勇を行う者が7~8名いた。
動揺しオロオロとしながらも、何とか奪い返そうとするアキラを、嘲笑うかのようにパスをまわしていた
少女達だったが、数分すると内なる野獣を開放したアキラが、瞬きの間に3~4人を掴んでは
風呂に投げ込み沈黙させた。

残る数名も潰されるのを待つのみであったが、救世主が登場した。委員長・あやかであった。
彼女は、クラスメートのためではなく、テストが近いのでこれ以上戦力を減らすのはマズイと思い、
アキラの前に立ちふさがった。

『涙目のバーサーカー』VS『哀しみゆえに愛をしる戦士』の死闘が幕を開けた。

身体能力のアキラと技のあやかの対決は、5~10分間の対決であったが、寮の伝説になるほどの激闘であった。
事情を知らない他のクラスの生徒達からは、『ネギ争奪戦』との噂が立っていた。

結果は、死闘の間に更なる愛の力に目覚めたあやかが、一瞬の隙を突きアキラを地に沈めたのであった。
ちなみに、死闘を制したあやかも、翌日何者かに倒され倒れ伏しているのを寮の自室にて、
お風呂場で救出されたお礼を言いに来たクラスメート達に発見された。生徒達が、部屋の片隅で
恐怖のあまり座り頭を抱える村上に、犯人を問い詰めるが決して口を開かなかった。
倒れるあやかの傍には、黒と白の夫婦剣ではなく、2本のネギが無造作に転がっていた。
しかしコレが凶器とは、犯人・被害者、そして唯一の目撃者である村上しかわからなかった。
ちなみに、あやかのお尻は無事である。



話は戻り勉強を始めた千雨が、

「わるい和美、1月の終わりから2月上旬のノート見せてくれ」

「えっ、千雨ちゃんも取ってないの?」

千雨の声に顔を上げた和美も、誰かに見せてもらう予定だったため、残念そうな声を出した。

「ああ…お前も取ってないのかよ。じゃあアキラは?」

千雨は、和美が取ってないとわかるとアキラに矛先を向けたが、アキラも首を横に振り
取ってない事を示した。千雨は、ノートなど持って来ていない茶々丸に聞くことはせず、
何故全員がピンポイントでとり忘れているのかを、疑問に思い考え込む事数秒、

「あん時か」

取っていない理由に気がついた千雨は、思わず声に出してしまった。1人納得した千雨に、
首を傾げた茶々丸が、

「何かわかったのですか?」

「一月前っていったらたしか、横島さんがえらい取り乱してただろ。そんで、私たちに
キツイ言葉言った時だろ」

勉強の手を止め聞いていた3人は、「ああ~」と理解した。その事で、新たな疑問が出たアキラは、

「…何で横島さん、あんな事言ったんだろう?」

「う~ん、本人は『ごめん』の一点張りで教えてくれないしね」

横島は、誰が聞いても引きつった表情のまま固まり、「ごめん」や「すんません」しか
言わないでいたため、真相を知る者はいなかった。

悩む千雨・アキラ・和美を、眺めていた茶々丸が、

「別にいいのではないですか? 横島さんと再び、仲良く一緒にいれるのですから」

どことなく嬉しそうな茶々丸の、的を得た意見に『はっ』となった3人は、それもそうかと思い
再び黙々と勉強を開始した。


元々勉強する気がなかった茶々丸は、何故集まってまで試験対策をしているのか気になり、

「みなさん、何故こんなに真面目にしてるのですか?」

「今回はいいんちょがうるさいからな~」

ため息をついた千雨は、休み前の金曜日にクラスの委員長あやかに捕まり、勉強するように
釘を刺されていた。今まであやかが、勉強しろと言う事があまりなかったので、逆に
謎が深まってしまった茶々丸は、

「何故そのような事を?」

「いいんちょのお気に入りの、子供先生がクビになるみたいだからね」

「まあクビになってもいいけどな。あのガキ一日授業サボってるしな。自業自得だ」

あっけらかんとしている和美が、事情を簡単に説明し、試験前日に学校に来なかったネギについて、
千雨が本音を口にした。

「そうですか、マギ先生がニートになるのですか。それは大変ですね」

「…茶々丸、まだネギ先生の名前覚えてないんだ」

いまだにネギの名前を覚えずにいる茶々丸に、呆気に取られたアキラはジト目を向けた。
マギ先生=魔法使い先生、あながち間違っていないのだが、そのような事をアキラ達が
知るはずもなかった。それに、茶々丸は真剣に間違えていたし、彼女はネギが魔法使いという事すら
知らないでいた。空回りしている彼女の母・エヴァは、茶々丸が既に好きな人物の事なら調べ、
知っているものと思い込み、説明していなかったのである。


ちなみにエヴァは、家にて試験対策に明け暮れていた。ネギがいなくなっては、娘が悲しむと
思い込んでいるエヴァは、過去のテストを探し出し傾向と対策を練っていた。この勉強により
エヴァは、全教科満点を取るが、一部の先生からカンニング疑惑が出てしまった。


そんな、アキラと茶々丸のやりとりを千雨は、なんとなしに眺めながら、

(目立たず、一人でいようと思ったけど、こいつらといるのも悪くないな)

そんな事を千雨が思っていると、和美が千雨の顔を見てニヤついているのに気がつき、

「…何だよ」

「別に、千雨ちゃんが嬉しそうに唇吊り上げてるてるから、気になってね」

「なっ」

慌てた千雨が、自身の頬を両手で触り確かめると、

「くっくく、嘘よ」

口を押さえた和美が、笑い転げまわった。嵌められた千雨が、恥ずかしさを隠すため座っていた
座布団を持ち上げて、和美を『バシン、バシン』と叩いた。

「チウちゃんやめてよ~ いたいよ~ 友達でしょ」

「知らん、お前なんて友達じゃねえ!」

和美とじゃれ合う千雨を、今度は茶々丸たちが穏やかに見つめているのに気がつき、
そちらに攻撃目標を変えたのは数分後であった。身体能力の高い二人には、千雨がやたらめったらに
振り回す座布団を、『ヒョイヒョイ』とかわし掠りもしなかった。千雨は、あまりにも当たらないので、

「テメーら本当に人間か! 掠るぐらいしろ~」

「私、ロボットですから」

茶々丸の冷静な突っ込みに、結構な頻度で忘れてしまう事実に、自身の常識が悲しいことに
なっていることに気がつき、四つん這いになった。その後、肩で息をし茶々を胸の上に乗せ
倒れた千雨を除く、他の3人が昼食を作り出すのであった。

胸に乗った茶々が「大丈夫?」と見つめていると、

「ハァハァ…だい…じょうぶ、だから、退いてくれちょっと重い」

大きくなってきたため、重くなった茶々の重量が疲れた体にはきつかった。しかし、
茶々が丸くなって寝ると、移動させるのが可哀想と思ったため、茶々の試練に耐える千雨だった。


所変わって横島達も、千鶴が前から行きたいと思っていたカフェに着いていた。店の内装は
白をメインとし、どちらかといえば女性向けの店であったためか、男性客は残念ながら
横島しかいなかった。場違いな場所に来た感が強い横島は、周囲をキョロキョロと眺めながらも、
千鶴に腕を引かれて席に着き適当に注文を頼み終えると、

「素敵な店ですね」

「そうだな、ちょっと居づらいけど」

席についても、横島が落ち着くことはなかった。そして、午前中に見た映画について
千鶴が感想を言い、横島が聞き役になっていった。

見た映画は、アドベンチャー映画で『カリブの海賊』をモチーフにしたものであった。
残念ながら横島は、女優しか見ておらずストーリーをほとんど覚えていなかったので、
適当に相槌を打つだけであった。

そして、一足先に横島が注文したピラフが来ると、

「食べてていいですよ」

「そうか、んじゃお言葉に甘えて」

大きな口を開けた横島が、店の雰囲気など考えずガッツクのを、ニコニコしながら千鶴が
眺めていた。横島がほとんど食べ終えたころに、千鶴のサンドイッチも来ると、

「美味しそうじゃん、ゆっくり食べな」

アイスコーヒーを飲む横島に向かい、千鶴が小さめに切られたサンドイッチを取り、

「では、お一つどうぞ、アーン」

「アーン(ふっふふ、茶々丸ちゃん達で慣れ取るわ~)『ガチン』…何で?」

最近では、茶々丸以外の子達にも、アーンの試練を受けている横島であった。無表情の茶々丸、
ノリノリの和美、頬を赤らめながら行うアキラ、様々なパターンで攻められていた。
残念ながら千雨は、まだ恥ずかしさに勝てず、見ているだけであった。

千鶴の手が近づくと横島の口が閉じたが、タイミングよくサンドイッチは抜き取られ、
歯と歯が当たる音が響いた。お預けを喰らった横島が、非難の目を向けると、片頬を膨らました千鶴が、

「他の女性の方々の事を考えるのは、失礼ですよ」

「…何でわかったの…」

「カンです」

「…すんません」

汗を流す横島が、素直に謝ると再びサンドイッチが横島の口に向かってきたので、今度は
無心で口をつけるのであった。モグモグと口を動かす横島が、『これも、ウマイな』と
思っていると、千鶴が皿ごと横島の前にサンドイッチを置いた。横島は、口の中のものを飲み込むと、

「くれんの?」

「さきほどの罰です」

「へ?」

千鶴の発言に、?マークを何個も頭に浮かべる横島であったが、千鶴の次の行動でイヤでも
理解した。赤くなった千鶴は、膝の上に握りこぶしを置き目を瞑り「アーン」と小さく口を開けて
待っていた。その姿は、親鳥からエサを貰う小鳥のようであった。

「ち、千鶴?」

「アーン」

汗が大量に流れ出した横島が、千鶴から目を逸らすと、あることに気がついた。何と店内にいる
店員から客の全ての視線が、横島と千鶴に注がれていた。全員ワクワクしながらが目で語っていた、
『早くやってあげなさい』と。視線に押されるように、横島の手が油が切れた機械のように動き
一つのサンドイッチを取った。そして、震える手を千鶴の口元まで運び、

「は、はい、アーン」

横島の視線が千鶴の唇に集中し、彼女が飲み込むまでほうけたように見続けていた。
飲み込み終えた千鶴は更に、

「アーン」

腹をくくった横島が、どんどん千鶴に食べさせていくと、段々変な気持ちになってきて、

(何だか餌付けしてるみたいで、ちょっと楽しいな…千鶴、可愛いし」

大人しく口を開け頬を染め横島の手を待つ愛くるしい千鶴に、最後の二フレーズが気がつかぬ内に
声に出ていたが、千鶴も聞こえない振りをしていた。横島の無意識の発言に、少女は内心で
とても喜んでいた。少女は、『キレイ』や『美人』と言われることが多かったが、『可愛い』と
言われ慣れていなかったため、とてもドキドキしていた。

千鶴の一口が小さいため、10分ほどその光景が続き、店内はとても暖かい雰囲気に包まれていた。
『カシャ』とシャッター音が数回鳴ったが、千鶴に集中する横島の耳には幸い届いていなかった。

全て食べさせ終えると、店内から拍手が起こり、横島はいたたまれなさから死にたくなっていた。
千鶴は、照れくささから下を向きながらも、お日様のようなほほ笑みのため、周囲からは可愛く見られていた。


横島の精神が一段階成長している頃、横島宅では食事と休憩を終えた少女達の勉強が再開されていた。

真面目に勉学に励む千雨の膝元に、短めの紐をくわえた茶々が近づき、「遊んで」と目を
キラキラさせていた。千雨は、苦悶の唸り声を上げ、紐を取ろうとする左手を右手で掴み、
鋼の精神にヒビを入れながら、

「うう、ゴメンな茶々、今日は勉強しなきゃダメなんだ。また今度な」

それでも、ジーッと上目使いに千雨を見る茶々であったが、彼女が遊んでくれないとわかると、
トコトコとアキラのところに向かい、先程千雨にした事と同じ事をした。誘惑を我慢した千雨が、

(我慢しろよアキラ、遊びに来たんじゃあないからな)

アキラに向かい思念を送ったが、アキラは茶々に見つめられると、ペンを手放しノートを閉じ、

「…遊ぼ」

「『バン』私も遊びたいわ、ボケ!」

茶々の攻めに、一瞬で落城したアキラを見かねた千雨は、テーブルを叩き怒声をあげると、
落ち着き払ったアキラが、

「…我慢は良くない」

「テメーのは、忍耐力がねえって言うんだよ!? 話してる最中に手を振るな!」

「…いつのまに」

千雨が叫んでる間に、アキラは自身すら気がつかぬ内に茶々から紐を取り、手首を動かし
紐を自在に操っていた。生き物のように動く紐を、茶々が寝転がって腕を振るったり、
飛び跳ねて追いかけていた。千雨がさらに何か言う前に、

「アキラさん、紐捌きが上手ですね」

「ほんと生きてるみたいじゃん」

和美と茶々丸が、躍動的に動く紐を目で追いながら感心していた。褒められちょっと照れたアキラが、
更に腕を動かし、

「まき絵にコツ教わった…」

茶々と遊ぶためだけに、リボンを自由自在に操るまき絵に、紐の動かし方を習っていた。
練習の甲斐もあり、短い紐なら自由自在に動かせることが出来ていた。照れたアキラが、
自慢げに紐を動かし気がつくと、茶々が紐に全身を捕縛され動けずにいた。茶々がコロンと
転ぶと、慌てたアキラが「ゴメン」と謝りながら、茶々に絡まった紐を外した。意外に
楽しかったのか茶々は、もっとやってと期待に満ちた目で見ていると、

「アキラ、私にもやらして」

遊びたくてウズウズしだした和美が、アキラから紐を譲り受け、

「さあチビちゃん。あそ…ぼ…」

和美が紐を持ち茶々に近づくと、茶々は脱兎のごとく逃げ出しアキラの背に隠れ、ソーッと
アキラの背の影からちょっは気になるのか和美を見ていた。悲しみからかプルプルと震える和美が、

「やったー! とうとうチビちゃんが、部屋から逃げなくなった」

悲しみではなく歓喜の震えであった。茶々を洗ってから最初のころは、和美から隠れ
姿すら見せないでいたのが、最近ではやっと一緒の部屋にいてくれるまでは、関係が
修復されていた。一緒の部屋にいても、目が合うだけで逃げ出していたのが、やっと
様子見で治まったので和美は本気で嬉しかった。

それを見ていた3人は、茶々の為に猫缶や遊び道具を買ったりして、何とか気を引こうと
必死の和美を知ってるだけに、嬉しさを共有できていた。嬉しさと同時に千雨とアキラは、
あまりにも哀れさを誘う和美の姿に、涙を流しそうになったのは秘密である。


そこで茶々丸が、騒がしさがひと段落したためある提案をした。

「紅茶でも入れますから、休憩しましょう」

「…うん。一息入れよう」

「まてまて、飯食ってから勉強してねえだろ」

「では、千雨さんはいらないですね」

「…いる」

正論を放つ千雨だったが、自分ひとりで勉強するのが馬鹿らしく、自身の分もお茶を茶々丸に要望した。

1人台所で紅茶を入れる茶々丸の足元に、茶々が擦り寄り『何か頂戴』とエサを要求した。
4人の中で一番茶々の躾に力を入れる茶々丸は、決まった時間以外エサをやらないため、
茶々の要求は却下されていた。

「…茶菓子はどこでしたか」

紅茶のお茶請けを探す茶々丸は、近くで茶々が戸棚を必死に開けようとしているのに気がつくと、
茶々の横に膝をつき、

「ココに何かあるのですか?」

茶々丸が戸棚を開けると、密閉されたお菓子の箱を発見した。手に取った茶々丸は、
中身を確かめずに、

「重さからしてクッキーかチョコレートですか、みなさんのおやつはコレにしましょう」

茶々丸は、お盆に紅茶とお菓子をのせ、みんなの元に戻っていった。茶々も茶々丸の後をついて行き、
おこぼれを預かろうとしていたが、お菓子の場所を見つけた茶々が、自分の首を思いっきり絞めた瞬間であった。










ここからあとがきと感想返し




感想でロリについて何度か出ていますが、ロリについて今一わかりません。
ネットで調べてると、ちょっと虚しくなります。18~19歳の横島、今でているヒロイン(茶々丸除けば)14歳。
年齢さ4~5歳はロリなんでしょうか。それともロリは年齢層なのか?気を強く持って今度詳しく調べてみよう。

1414 様、待っていただけて幸いです。今回も、お待たせしました。横島とはそのうち絡ませる予定です。

コンテナ様、横島のコスプレはまだあまり考えておりません。赤貧魔術師は、どっかで見たことがるので、
候補には入りません。エロ本ネタは、連続で使ったのでちょっと封印です。和美は、エロネタ言うときには
顔赤らめてましたし、子供に見られるのと年頃の男性に見られるのでは、大分違うと思ったので。

誤字脱字、報告ありがとうございました。直しておきます。

良様、一家に入れるかどうかは、まだまだ決まっていません。茶々の友人で終わる可能性もあります。
千雨は、死にかけというか一度魂抜けましたから、波長が合いやすくなっている感じです。千雨がGSか…

ありゃりゃ様、茶々は横島の猫ですから。ペットは飼い主に似ます。ちなみに裸イベントは、
当初アキラの予定でしたが、スタイル面で勝る和美になりました。次のラッキーイベントも、
もう考えています。ちなみに、チョコは本当に唯のチョコです。トラブルの元ですが。



[14161] スフィンクスは、ちょっと苦手(作者の趣味で申し訳ないですが)
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/08/08 16:05
テーブルに戻った茶々丸が、紅茶を3人の手元に置き、お菓子の箱を開けた瞬間、

「「「「……」」」」

部屋の温度が、数度低下。そして茶々が、急に寒くなった空間に耐えるように部屋の隅で丸くなっている。

4人の冷たい視線を集めている物は、食べかけのチョコレートであった。元の形はハート型であったが、
そこまで原型を留めておらず、『本命で…』『千…』とデコレーションされており、全員の声が、

「「「「バレンタインのチョコ(だ・ね・です)」」」」

ハモると、3人の怪しく輝く目が、一緒に声を出し驚いていたのだが気がつかず、抜け駆けしたと思われる
1人の少女に集結し、

「「「何か言う事あ(る… ・りますか・るかな~)」」」

向けられる眼光の鋭さに恐怖を覚え、ちびりそうになった少女・千雨だったが、この少女も精神的に
鍛えられているため、もらす事も気絶する事もなく、焦った表情で首をブルンブルンと横に振ると、

「てめーら『千』て文字だけで決めんじゃねえ!」

「証拠は?」

和美の追及に、信じてもらえていないことを悟った千雨は、切れそうになりながらも、手近にあった
学業用のバックを漁り、

「コレだ! ホワイトデーのお返しに持っ…アレ? 包装は同じだけど形が違う、私のじゃあない」

据わった目つきになった千雨が、ブツを周囲に見せると、自分の用意したものではないことに気がついた。
目を点にし『だれんだコレ?』と思った千雨が、周囲を見るとプルプルと全身が打ち震えているアキラが、

「…千雨、何か私に恨みでもあるの?」

ちょっと考え込んだ千雨は、神妙な顔になりアキラの目をしっかりと見据え、

「うん、大分あるな」

『ガーン』と両手を床につけ落ち込むアキラに、茶々丸がアキラの肩にそっと手を置き、

「大丈夫です。アキラさんの優しさに、いつか千雨さんも気がつきます」

「…茶々丸」

互いの両手を握り締め、微笑みあうアキラと茶々丸が其処にはいたが、ジロリと千雨が二人を睨み、

「訳わからんことで感動してるところ悪いけど、茶々丸、お前にも恨みは一杯あるからな」

笑っていた二人が、ゆっくりと崩れ落ちた。千雨の溜飲が少し下がっていると、ガサガサと部屋の片隅で、
何かを漁っている和美が、何かを発見し手に持ちながら、

「コレね、千雨ちゃんのは」

「…人のカバン漁っんなよ…まあそれが証拠だ」

勝手にカバンの中身を物色されたが、もう疲れている千雨は呆れながら、

「バレンタインは、私が貰う側に回ったからな、お返ししようと思ったんだよ。アキラも同じ店で、
買ってたみたいだけどな」

自分の物とアキラが持ってきた物を見比べた千雨が、包装等で同じ店で購入した物であると気がついた。
更に和美をジーと見ながら、

「和美は買ってないのか?」

「さあ~ どうだろうね」

はぐらかす和美に、怪しそうな目を向ける千雨だったが、

「買っているかどうかわかりませんが、和美さんがある店で数時間ほど、2種類のチョコを見比べているのを
見かけました。これがその時の写真です」

崩れ落ちていた茶々丸から、意外な証言が飛び出してきた。二人の間に携帯を差し出し画面を見せると、
真剣な顔をしながら2つの箱を吟味する、和美が写っているのがわかる。数枚ほど撮られていたが、
和美の顔の向きと手の位置が変わるだけで、その他は何も変化がなかった。現場を見られていた事を
知った和美が、ピシリと石になっていると横にいた千雨が、自分のバックに近づいていくのに気がつき、

「な、何やってるの千雨ちゃん」『ガシッ』

イヤな笑みを浮かべる千雨を止めようと、慌てて手を伸ばす和美だったが、誰かに羽交い絞めにされ
動きを強制的に止められた。必死に首を動かし背後の誰かを見ると、

「アキラ~ 離しなさい!」

「…まあまあ、見つかるならみんな一緒に」

「ちょっとアンタ、性格悪いぞ!?」

「…クス、そうかな」

ちょっと邪悪に笑うアキラの雰囲気に、和美と部屋の隅で丸くなり事の成り行きを見守っていた茶々が、
ゴクリと喉を鳴らした。そして茶々の目には、アキラから黒いオーラが噴出しているのが見え、
更にバックを開けている千雨からも、黒いオーラが出ている。


和美のプレゼントも無事発見され、ハイタッチし喜ぶアキラと千雨、そして対照的に落ち込む和美が、

「こっそり渡してポイントアップしようとしたのに」

和美の言い分は、アキラと千雨も少しは思っていたことである。そして、プレゼントがバレた3人の思考が、

(((やっぱみんな用意してたんだ…

みんな?)))

キレイに一致したのである。唯1人無傷の少女がいたため、3人はゆっくりと頭を動かし茶々丸を見つめると、
オロオロと挙動不審になった茶々丸が、

「…何か?」

他の二人に呼応するように、和美の体からも黒いオーラが噴出し、

「茶々丸ちゃん、私と同じ店にいたんだよね~ しっかも、私に声もかけずに数時間も」

「た、偶々です。近くのスーパーで特売が行われていたので」

慌てふためきながらの茶々丸の言い分に、ニッコリと口を笑みにする和美だったが、茶々丸の高性能な視覚は
しっかりとある事を捉えている。それは、全く和美の目が笑っていない事に。茶々丸が、気まずそうに
顔を逸らした瞬間に、和美が飛び掛っていた。しかしながら、和美の雑な動きに捕まる茶々丸ではなく、
軽くいなすのに成功する。いなされ、たたらを踏んだがすぐに正面を向いた和美に、茶々丸が
彼女の次の行動に注意を払っていると、

「千雨ちゃん、今よ!」

「おう、任せろ」

「ッ!? しまった、陽動ですか。しかし…」

和美と茶々丸がにらみ合っていると、その隙を突き千雨が茶々丸の荷物に駆け寄っていった。
しかし、間に合うと踏んだ茶々丸だったが、

「…茶々丸、行かせない」

わざわざ存在をアピールした和美の声と千雨の返事も、アキラの存在を隠すためのオトリである。
取っ組み合いになっては、1対1では茶々丸に勝てないことを、理解しての行動である。

茶々丸は、真横から突進してきたアキラに胴体を抱きつかれ、力任せに倒されてしまった。
ダークサイドに落ちた3人の、即席にしてはなかなか上出来な連携である。

「残念ながら、まだ甘いで…くっ」

パワーだけに頼るアキラの寝技から、簡単に抜け出そうとする茶々丸に、イイ笑顔を浮かべた和美が
ボディプレスを仕掛けてきた。3人は、服が乱れ下着も丸見えになっていたが、全く気にしていなかった。
必死に逃げ出そうとする茶々丸と、逃がしてたまるかと腕や足に絡みつくアキラと和美である。
さすがに寝技で1対2は茶々丸でもきつく、簡単には抜け出せずにいる。傷つけてもいいなら簡単であったが、
少女達に手を出す気がないため、悪戯に時が過ぎると、

「あったぞ!」

嬉しそうな千雨の声が響いた後には、力が抜けた茶々丸がぐったり地に伏せいた。こうして茶々丸も、
ダークサイドの深淵に落ちていくのであった。

ちなみに、全員同じ店でお返しを購入している。


そんな中、逃げるタイミングを逃し、そっとみんなを見守るしか出来ない茶々は、

『みんな、黒いよ~ 怖いよ~』

とっ、耳を伏せもの凄~く怯えていた。



仲良く暗黒面に落ちた4人は、テーブルに着き冒頭の会議を始めた。

和美が、人差し指でテーブルを叩きながら、

「今日はホワイトデー、相手は動いてると見るべきね」

「私が来たときには、すでに横島さんはいませんでした」

和美は、失態をしでかした事に気がつくと、悔しそうに表情を歪め、

「くっ、勉強なんてしてるんじゃあなかったわ」

学生としてあるまじき発言をしているが、他の3人は真顔で頷いている。少女達の担任が、
この言葉を聞いていたら泣いてしまっていただろう。茶々を撫でているアキラが、猫の抜け毛に気がつく事無く、

「…横島さん、探してみる?」

「もし見つけられたとして、本当にデート中だったらどうすんだ?」

横島の横に、全く知らない女性がいることを想像したアキラが、

「…何かヤダ…横島さんの…」

沈んだ表情と声色で苦しそうに呟くアキラに、他の3人も同じような意見であり、横島の事が
段々と信じられなくなり出し一気に暗くなった。モヤモヤとした気持ちの中、更に4人は澱んだ空気を
かもし出している。澱んだ空気に当てられ、抜け毛の進行が早まる茶々。


誰も喋らないまま少女達と茶々にとっての、短いがとても濃厚な数分間が過ぎ去っていた。
そして、気分転換のため正面に座るアキラの腿に乗る茶々を見て、直ぐに視線をはずし眼鏡をとり
レンズをキュッキュと拭く千雨。もう一度彼女が茶々を凝視すると、今度を目を指で擦りだした。
他の少女達も、千雨の行動に気がつき注意を向けている。他の少女達の視線を浴びる中、
千雨が目から指を離し、目を細め茶々を見つめ、自分が見たものが間違い出ないと悟ると、
ガクガク震えながら茶々を指差し、

「…ちゃ…ちゃ…」

「お茶ですか?」

震えたままの千雨は、のどが渇いたのかと思った茶々丸が、紅茶を注ごうとするのを遮ると、

「ち、違う。ちゃ、茶々が禿げてる」

やっとの事で声を出す千雨以外の少女が、何を馬鹿な事をと思いながら猫を見つめると、
まず茶々を膝に乗せるアキラが、

「…禿げてない。何かいっぱい毛は抜けてるけど」

真上から見ると茶々は、禿げてはいなかったが周りに毛が散乱していた。しかし、横から見た茶々丸と和美からは、
茶々の両わき腹辺りに出来た500円玉ほどの空白地帯が確認できている。青ざめた和美が、
茶々を割れ物を扱うかのようにアキラから持ち上げ、茶々のわき腹を見せると、目を丸めたアキラが、

「…何で禿げてる?」

アキラの呆然とした質問に、誰も答えられるものはいないのであった。


それから、黒化した少女たちは大慌てである。何故なら、横島宅に来る最大の建前が、茶々の世話であるためである。
実際には、子猫のときから知っている茶々の為というウェイトも大きいのだが。将を落とすには馬からと言う
諺もあるように、茶々を通じて横島に会う理由が自然であった。禿げてしまった理由はわからないが、
これを気に「茶々の世話が出来ないなら、来なくていいよ」と最悪の場合言われるのではと、少女たちは恐怖しながら、

「ど、どうする。何か禿げを直ぐになおす方法ないのか、茶々丸に和美?」

「し、知らないわよ、そんな事!」

「残念ながら」

焦る千雨が、情報通の和美、猫好きの茶々丸に問いかけたが、現実は無常である。


何か打開策がないかと考える千雨だが、いい案は全く思い浮かばず、

「くそ、まずいな。横島さん、茶々をめっちゃ大事にしてるからな」

「うん、夜帰ってこないだけで、麻帆良中を走り回ってるからね。しかもそん時、保護してくれた黒人さんを、
勘違いから殴りかかってたし」

夜取材のため外出していた和美が、偶然その現場に居合わせといた。そのような事、
全く知らなかった茶々丸が、好戦的な横島の行動に少し驚きながら、

「そんな事があったのですか」

「そうなんだよ~ 結構面白かっ…てっ違う! そんな話今はどうでもいいから、
チビちゃんをどうにかしないと!」

和美が急に大声を出すと、座布団に座る茶々がビクリとしたため、アキラがあたふたし、

「…茶々、大丈夫。怯える事ない」

アキラが和美に非難の目を向けながらも、茶々を頑張ってあやしている。


そして茶々丸が部屋の中で、何かないかと探し回り部屋を汚し、和美が必死に、携帯で情報を集める中、

「アキラ、茶々は紐に反応してるか?」

座布団に座る茶々の前で、一心不乱にアキラが紐を振っていたが、

「…だ、ダメ。目をちょっとは動かすけど、体が反応してない」

手を出したい本能を、まだ黒いままの少女達に叱られるのではないかと思い、鋼鉄の理性で我慢する茶々。
アキラが茶々を見守る中、 動きたいが動けない為、更にストレスが増加した茶々に異変がおき、

「…あ…」

不安そうな声を部屋に響かしたアキラ。その声に、タンスの中にあった横島のエロ本コレクションを、
投げ捨てきった茶々丸が、ヘンテコな藁人形を掴んだまま固まり、

「どうしたのですか?」

「…禿げが大きくなった」

「「「~~~」」」

他の少女達が声にならない悲鳴を上げた。その1人茶々丸が、キュッと藁人形を軽く握り締めている。

一箇所に集まった少女達が、疲弊しながらも真剣な表情で、

「…本気で困った」

「そうね。とりあえず機嫌取るために、茶々の好きな物を買ってこようか?」

「好きなものか…高級猫缶や魚か? でも、金あんまないぞ」

千雨も、和美の意見には賛成であったが、懐が寒くあまり高級な物を買うのはきつかった。
そのアイデアにはアキラも同意していたが、この少女も金欠のため難しい顔をしている。
言いだしっぺの和美も、財布の中身を思い出し、

「え~と、あたしもそんなに余裕ないかな」

中学生の財力では、良いものを買うには財力不足であったが、

「お金なら大丈夫です。私が何とかします」

自信ありげに発言する茶々丸に、感銘を受ける3人だったが、少しばつが悪そうに、

「…でも」

「茶々丸ちゃん、1人に出させるのは…」

「ああ」

1人にお金を出させるのが後ろめたい3人だったが、

「問題ありません。任してください…私のお金ではないですし」

胸を張って言う茶々丸に、悪いと思いながらも3人は任せることにしたが、最後の発言は小声になり
聞こえていなかった。ちなみに茶々丸の資金の元は、彼女の主人であり母でもあるエヴァの警備の
仕事の報酬である。3月中の彼女のご飯が、小魚等の安い食材がメインになったらしい。


買い物のため、急いで部屋から出ようとする茶々丸に、和美が出て行こうとする少女の手の中にある物を指差し、

「そのヘンテコな人形、持ってくの?」

「…気がつきませんでした」

和美に言われ自身の手を見て、初めて藁人形に意識を向け、どうしようか少し迷い、

「和美さん、すみませんがコレの処理お願いします」

「はい、はい」

茶々丸は、安請け合いする和美に藁人形を渡すと部屋の窓を開け、腕と背中からのジェット噴射で
飛び去っていった。その行動を一部始終見ていた千雨が、

「窓から飛んでくなよ。出かけるなら玄関からだろ…あいつ、靴はいてたか?」

「…履いてない」

呆れる千雨が、開けっ放しの窓からアキラと外を見ながら、かなりどうでもいいことにツッコミを入れている。
茶々丸が飛ぶことに関しては、『あいつなら、飛んでも不思議じゃあねえな』と、あまり驚いてはいない事が、
千雨の常識が徐々に可哀想な事になっている証拠である。

人形を受け取った和美は、何となく人形の頭に軽くデコピンを喰らわせていた。全員の目が、
茶々から離れていたため気がつく事がなかった。動かなかった猫が、藁人形を見て『アレ、あたちの獲物』と、
目をらんらんに輝かせているのに。


人形を托された和美は、捨てていいか迷い残った二人に向けて、

「コレ、捨てても大丈夫だよね?」

「いらないだろ、そんなの」

「…大丈夫だと思う」

二人同意を得られた和美が、近くに置かれたゴミ箱に狙いを定め、

「とう、3Pシュート」

両手首のスナップを利かせ放られた人形は、キレイな放物線を描き、寸分違わずゴミ箱に向かった。
思わず人形の動きを目で追うアキラと千雨、そして投げた和美が、『入った』と思った瞬間、
白い軌跡が藁人形を掻っ攫った。予想外の出来事に、本の少しパニックになった3人は、
同時にスーハーと深呼吸し冷静になり、互いに目を合わせ頷き、

「「「動いた(((…・ね・ぞ)))」」」

部屋の隅に視線をやると、少女達にお尻を向けながら、藁人形に元気良く噛み付いている茶々。
茶々が動いてくれた事に、安心しニコニコした3人がそっと近づいていたが、人形に夢中の茶々は気がつかず。
少女達が、尻尾を振る茶々を見守りながら、

「良かったな」

「…うん」

「あの人形、チビちゃんのお気に入りなんだね。捨てるのはやめようか」

少女達が、他愛もない話をしていたが、茶々が噛み付いているこの藁人形、以前横島が作成した物である。
以前使用した時は、『アキラ・千雨・和美・茶々丸にモテル奴は呪われろ』であったが、今回は何も考えずに
茶々が噛み付き、指向性を持たせなかったためか、力の残り香により『モテル奴は呪われろ』で発動された。


この時間帯、何故か『高畑・T・タカミチ』『ネギ・スプリングフィールド』『フェイト・アーウェルンクス』等、
様々な人物たちが後頭部をはたかれたり、胸をまるで噛みつかれたかのように感じ、苦しみに悶えたり
転がり回るのを周囲にいた人物達に見られ、多大な心配をされた。



そして、もちろんデート中のこの男も公園のベンチに座り、隣で俯き座る少女に対して、

「さっきは、すまんかった千鶴」

「こちらこそ、そ、その、すみませんでした。反射的につい」

謝る横島の頬には、赤い手形がついていた。つい先程、何らかの力により横島の後頭部に衝撃が走り、
飲み物を渡すため正面から向かい合っていた、千鶴の母性溢れる胸に顔面を埋め、反射的に持ち上げた手が
千鶴の胸を揉むと、

「…きゃ!『バチン』」

「げふ!」

意外に可愛らしい悲鳴と共に、スナップを利かせたビンタが炸裂した。当たり所が悪く、
脳を揺らされた横島が、地面に横たわると、

「…まだ、心の準備が…それに、他の方達とも順番を決めてからです」

恥ずかしそうにだが、大胆な事を言う少女の発言は、目を回す横島には聞こえていない。
この少女の中では、全員が横島の毒牙に掛かるのは、確定事項であるらしかった。


休憩のためベンチに座る二人が、目の前に広がる池…だった地形を見ながら、

「知ってますか、忠夫さん。この公園、2月14日テロがあったらしいですよ。ここも池でしたし、
あそこの木々も、薙ぎ倒されたらしいですよ。犯人も捕まってないらしいです」

池だった物の向こう側には、森と言うには小さいが、木々が覆い茂っている箇所があった。
しかし、現在では直線で空白が出来ている。ちなみに薙ぎ倒されているのは、一箇所ではなく
二箇所なのも二人の位置からは見て取れた。

「あれはテロじゃあないぞ。それにな、犯人は捕まったし、制裁もくらっとる」

「犯人を知ってるんですか?」

「くっくく、変態野郎の暴走じゃ」

当時ここにいて結構な被害を受けた横島が、噛み殺した笑いをあげる中、驚き口に手を当てた千鶴が、

「そうですか。忠夫さんが犯人でしたか」

「かっかか、その通り犯人は『忠夫さん』…ちゃうわい! 何で、ワイなんじゃ」

目を『クワット』っと広げた横島が、千鶴に詰め寄ると、目を伏せた少女が、

「色々とですね、その…忠夫さんの噂が流れてまして」

「…どんな?」

「一週間少女を奴隷にしたとか、少女の裸を見て飛び掛って襲ったとか、4人の女の子泣かして
興奮してたとかです」

「ぶっ…それは、変態というレベルを超えてるだろ。むしろ俺、そんな噂流れてるの
…警察、捜査してないよな」

似たような事ならした覚えがあったが、誇張した噂が流れている事を知った横島の目から、
しょっぱい汗が流れていた。そして、噂の内容を知り青ざめた横島は、警察が自分を捕まえようと
してるのではないかと思い、ビクビクしだすと、

「あらあら、冗談ですよ。驚きました」

悪戯が成功し笑う千鶴が、体を倒し横島の膝に頭を乗せ、

「ふわ~ 眠くなってしまったので、借りますね」

ジョークとわかった後も、ビックリし中々理解できずにいた横島だったが、30秒ほど千鶴の言葉を吟味し、
理解にいたると、

「く~ 質が悪い冗談を。おい、千…はぁ」

千鶴に文句を言おうとし、自身の膝辺りを見ると、怒鳴る気が奪われた。ため息をつきながら、
茶々が膝に乗ってきたときのように、千鶴の頭を右手で優しく撫でながら、

「こんだけ安心しきって寝られるとな~ 起こすのも可哀想か」

幸せそうな寝顔で、横島の膝に甘える千鶴を見ていると、こんなのんびりした時間を過ごすのも、
悪くないと思ていながら、

「向こうじゃあ、何かと騒がしかったからな。あいつら、元気に…ぐっぐ」

元いた世界に思いを馳せ、知り合いの身を案じていると、突然胸に激痛が走り左手で胸を押さえる横島。
すやすや眠る千鶴に心配をかけないため、痛みに耐え右手は髪を撫で続けながらも、身に覚えのある苦痛に、

(あ~の馬鹿猫~ 前あんだけ怒ったのに、またやりやがったな~ 今日は徹夜で説教じゃ!)

血の涙を流しながらも横島は、やせ我慢をし叫びも転がりもせづ、自宅にいる愛猫がやった事に対して
内心ブチ切れ、痛みが去るのを唯ひたすら待ち耐えている。



様々な人物達に無差別攻撃し、敬愛する主人にどのように思われているかも知らずに、一箇所を噛み続けている茶々が、
ふいに視線を感じ後ろを見ると、若干黒さが薄くなったがまだまだ黒い3人に気がつき『あっ』と、
口を開けポトリと人形を落としてしまった。

4箇所の牙の痕がついた人形が茶々から離れた瞬間、一匹の猫が奇跡を目撃する。藁人形についた、
4箇所のうち3箇所の穴に、少女達3人の黒いオーラがそれぞれ一箇所ずつ吸収された。その光景に
『えっえっ』と仰天した茶々が、人形を見ていると穴が段々と塞がりだした。一箇所を残し完全に修復した人形に、
茶々が目を白黒させていると、

「…横島さんを信じよう」

「あの人が私達を傷つける事しないよ」

「非常識だけど、いい人だからな」

黒さが一気になくなり、以前以上の白き心になった3人。黒化現象から復活した少女達に、心の底から
『さすがあたちのご主人様が作った人形だ』と喜ぶ茶々。喜びのあまり先程まで自分からは決して
近づこうとしなかった、アキラ・千雨の順に擦りよい甘えだした。茶々が、近寄り頭を摺り寄せられた二人が、
頬を緩めているのを、人差し指を唇にあて眺める和美が、

「いいなー チビちゃん、私に近づいくれないし」

羨ましそうに1人ごちる和美に、何と茶々が近づいて和美を下から眺めている。

「うわ、うわ! 二人とも見て、チビちゃんが近づいてくれたよ。撫でていいのかな?」

興奮しだした和美が、二人に問いかけたが一応問いかけただけで、既に屈んで茶々の頭に手を差し向けている。
茶々も和美の手に自分から近づき、頭が手に触れようとした瞬間、

『ドゴス』「うぎゃ~」

先程茶々丸が出て行った窓から、部屋に飛び込んで来た物体に和美が引かれ、可憐ではない悲鳴を上げ
吹き飛んだ。傍から見ていた千雨とアキラは、和美を引いた物体を見て、

「…マグロ」

「マグロだな」

二人が見たものは、正確には稀少の黒マグロである。

「…最近のマグロ、飛ぶんだ」

「茶々丸じゃあねえんだから、飛ぶわけねえだろ、ボケ」

「…うっ」

場を和ませようとしたアキラだったが、千雨に素で返されてしまい、言葉に詰まってしまった。

「くっ…二人とも私の心配してよ!」

友人に気にもしてもらえなかった和美が、うつ伏せに倒れながら顔を上げ愚痴っていると、
茶々の接近に気がつき、

「うう~ チビちゃんは、二人と違って優し『ポフポフ』…私よりもマグロか!」

茶々は、倒れる和美の背後に転がる、美味しそうな匂いがするマグロが気になっただけらしく、
和美を踏みつけてマグロの目の前まで行くのであった。『何コレ?』とマグロの腹に、猫パンチを
叩き込んでいる茶々を、千雨が持ち上げながら、

「悪戯したらダメだぞ茶々」

『コレ、食べたいな~』とアイコンタクトする茶々に対して、思いが痛いほど伝わってきた千雨が、
茶々を制する前に、

「すみません、マグロ飛んできませんでしたか? この部屋に入るように、投げたのですが」

窓からヒョコリっと体を入れる茶々丸に、千雨がマグロに背を向け、

「ここに居るぞ。コレが茶々の土産か? …何でポン刀持ってんだお前、捕まるぞ」

茶々丸に対しと、親指で背後のマグロを指差すと、呆れた顔で茶々丸が持つ鞘に入った、
日本刀について尋ねると、

「その通りです。ちなみにコレはですね、いつも使用している包丁・シメサバ丸では、
少々さばくのが難しそうでしたので。五大剣と迷ったのですが、反りがあるシシオウブレードを
マグロ解体用に持って来ました」


茶々丸が持ってきた刀は、少女の姉もしくは兄にあたるチャチャゼロの持ち物の中の一本であったが、
彼女に頼み込んだ茶々丸が借りてきた名刀である。武器作成者・超によれば、大抵の物は切った感触すら
伝わらないほどの、切れ味との太鼓判の一品だ。


部屋に入った茶々丸も、瞬時に藁人形に暗黒パワーを吸収され白くなり、

「さてアキラさん、コレ重いので持つの手伝ってください」

「…わかった…よいしょ。ちょっと重いね」

マグロの口に手を突っ込む茶々丸と、尻尾の付け根辺りを持つアキラが、二人でマグロを台所に持っていくのを、
千雨が『ん? アレ、二人で持てる重さなのか?』と疑問に思っていると、

「…いいもん、いいも~ん、私なんて誰も心配してくれないんだから」

部屋の隅で座り込みいじける和美が。正直『うわ、こいつ面倒くさ』と思った千雨だったが、
ちょっと哀れだと思ったので相手をするために、胸に抱いた茶々を、

「ほら、かわいい茶々だぞ。モフモフだぞ、抱いてみろよ」

「…貸して」

久しぶりに茶々を抱きたい和美が、手を差し伸べ茶々を受け取ろうとすると、台所のほうから、

「秘剣・獅子王千枚おろし…さすが業物です」

「…すごい…ちょっとやってみたいかも」

和美達の部屋に茶々丸の気合の入った声と、『ザシュッ、スパパパ』と何かを切る音、そしてアキラの感嘆の声が聞こえる。
耳をピクピク動かした茶々が『あっちが気になる』と暴れだし、目前まで迫った和美の手を蹴り、
その反動を利用しスルリと千雨の手から抜け出ていった。茶々が去るのを見送り、一気に落胆した和美が、

「…私ってそんなに嫌われてるのかな?」

「い、いや気にすんなよ。向こうが気になっただけだって」

必死に和美をフォローする千雨だったが、全く話を聞かずマイナス思考に陥った和美が、

「千雨ちゃんも、さっき友達じゃあないって言ってたし。ううっ」

落ち込み続ける和美は、少し前に千雨に言われた事を思い出し、顔を下げ悲しんでいる。
『げっ、こいつあの言葉気にしてんの?』と思った千雨が、引き攣った表情で、

「さっきのは冗談だ!? 友達、友達だから、元気出せって! なっ」

和美の背中を撫で、自分のキャラではないと自覚しながらも、慰めの言葉を必死に投げかける千雨。
そしてマグロの解体が終り、茶々にあげる部位を皿に乗せた茶々丸たちが、戻ってくると
珍しい光景に不思議そうな顔をし、

「…?」

「何をしてるのですか?」

「お前らも、和美慰めろ。アキラ、足元の茶々持って来い!」

援軍が来てホッとした千雨が、矢継ぎ早に指示を出し、和美が元気を取り戻せるように奮闘を開始する。


3名の少女が、和美を褒め称えたり、茶々を使用しへこむ和美の元気を取り戻すのに成功すると、

「ほーらチビちゃん、美味しそうなお魚だよ。ほしい?」

「うにゃ~ ふみゃ~」

正座する和美が、マグロが盛られているお皿を掲げていると、興奮した茶々が和美の膝に乗り、
和美に全身を摺り寄せ媚びている。少しだけ満足した和美が、お皿を下に置き、

「ほい、お食べ」

「みゃ~ うみゃ、うみゃ」

『ガツガツ』と一口に切られたマグロを茶々が口にすると、あまりの美味しさにテンションが上昇し、
変わった鳴き声をあげながら、わき目も振らず口を動かし続けている。マグロを食べる茶々を眺めていた千雨が、
あまりにも一心不乱に食べているので、

「そんな旨いのか?」

「ちょっといいマグロを買ってきましたから」

「ふ~ん。しっかし、一匹買って来るか普通」

呆れ気味の千雨が、茶々丸と何となしに話していると、

『クウ~』

誰かのお腹の虫が鳴り、自然とそちらを向く茶々丸と千雨。茶々の横ではしゃいでいた和美も、
その音に気がつき、音源を見ると、

「……」

アキラが、無言でバツが悪そうに下を向いている。何を言っていいかわからない千雨と和美だったが、
あまり空気を読まない少女が、

「もうお腹が減ったのですか。アキラさんは、昼食も2人前は食べていましたね」

「…成長期だから…」

唯一この中で運動部に所属する少女であり、中学二年生と食べ盛りの時期である。
無言で小さく頷いた茶々丸が、部屋を出て行くと、

「「「・・・・・・」」」 「うみゃ~ うにゃ『ガツガツ』」

少女達が無言の中、茶々の咀嚼音と変な鳴き声だけが、部屋に響いていた。しばらくすると、
お盆を持った茶々丸が戻ってくると、お盆に乗せたお皿をテーブルに並べ、

「どうぞ、お食べください」

「…いいの、横島さんの分は?」

茶碗に盛られ湯気を立てる白米と、皿に大量に盛られた新鮮なお刺身を見たアキラが、唾を飲み込みながらも
横島の食べる分の心配をしていた。しかし、目線がテーブルの上から離れていないことが、少女の心境を物語っている。

『食べたい』と。

「大丈夫です。横島さんには特別な部位を残してあるので」

心残りが消えたアキラは、ふらふらっとテーブルに着き、行儀良く手を合わせ、

「いただきます…」

ご飯の茶碗を片手に、お刺身をぱくつくアキラが、

「…んっ、トロも赤味も美味しい」

幸せそうに呟くアキラが、パクパクと食べるのをちょっと羨ましそうに見る、和美と千雨に対して、

「お二人もどうぞ」

二人が答える前に、茶碗にご飯を盛る茶々丸。

「気が利くね。ありがとう、茶々丸ちゃん」

「しょうがねえな、食べてやるよ」

嬉しそうに茶碗に手を差し出す和美と、そっぽを向きながらもしっかりと手を出す千雨に、
わかってますと渡す茶々丸。そして、

「…おかわり」

ご飯粒を頬につけたアキラが、おずおずと空の茶碗を茶々丸に手渡し二杯目を催促する。
3人でかなりの量のお刺身を食べた後も、さっぱりとしたマグロのお茶漬けを締めに、
お腹も心も膨れた3人であった。

満足感たっぷりの和美が、ゴロンと後ろに倒れ手を伸ばし、

「美味しかった、もう食べれない」

「…直ぐ横になると太るよ」

満腹のアキラが、行儀悪く寝転がる和美をたしなめるが、

「平気平気、こっちに基本いくから」

満足し頬が緩む和美が、胸を指し示していると、『くそ、自慢しやがって』と千雨が怨嗟の念を送っている。
そして、茶々のほうも食事が終わり、大きな欠伸をし体を思いっきり伸ばすと、眠いためにふらつきながらも
和美に歩み寄り、

「? なーにチビちゃん」

夢うつつの茶々は、和美の声も聞こえていないのか無視し、和美の体を数回足を滑らしながらもよじ登り、
少女の胸をクッションにして静かに寝始めた。茶々の行動に、焦った和美が小声で、

「千雨ちゃん、私のバックからカメラとって撮影して!」

茶々との仲直りの記念撮影をしたい和美が、千雨にお願いすると、お願いされた千雨が自信なさげに、

「うまく撮れるかわからないぞ?」

あまり期待されても困り、後で文句を言われたくない千雨だったが、和美は不敵に笑い、

「被写体は、私とチビちゃんよ。どんな下手な人がとっても、最高の写真になるわ」

「さいですか…どっからくんだ、その自信は」

気が抜けた千雨は、適当に和美のデジカメで写真を撮り始めた。


アキラ・千雨・和美の表情が自然と緩む、そんな穏やかな空間の中、

(横島さんと茶々、そして楽しい友人達。こんな時間が、ずっと続いてほしい)

自然と口元が緩む茶々丸だったが、少女の願望は力を蓄える吸血鬼により、打ち砕かれる事になる。
優しき少女が傷つくばかりの、吸血鬼が行動を開始するまでの時間は残り僅か。



少女達の白化、茶々との仲直り、すべてが上手く解決したと思われていたが、大きな大きな問題が残っている。
達観したのか、それとも色々と諦めたのか笑みを浮かべた少女たちは、和美の胸をクッション代わりにして寝る茶々を見て、

「さて、どうするか」

「…どうしよう」

「ええ、見事に禿げてますね」

そう茶々の体には、円状に毛が無い所が二箇所ある。3人の少女が思いあぐねる中、

「チビちゃんは、本当に可愛らしいわ」

唯1人、寝転がっている和美だけが、茶々と仲直りできた幸福感に包まれていた。そして、
和美が全くあてにならないことを理解し、ため息をつく3人。

「とりあえず、この部屋を片付けますか」

周りを見回した茶々丸が言うと、アキラと千雨もキョロキョロと部屋を見ると、

「…散らかってる」

「ポイポイと物投げる奴が居たからな」

横島の部屋は、茶々の機嫌回復のため茶々丸が色々探し回った代償として、いたる所に物が散乱していた。
千雨にジト目を向けられた茶々丸は、決して目を合わせようとはしなく、

「まあまあ、3人で掃除すれば直ぐ終わりますから。千雨さんは洗い物を、アキラさんは
私と部屋の片付けを手伝ってください」

「…わかった」

「さっさとやるか」

めんどくさそうに千雨が、テーブルの上の茶碗等をまとめ持っていき、どこから片付けるか悩んでいたアキラが、
ある一角に目を向け顔を赤らめ、

「…えっと…アレどうする、捨てる?」

「それは可哀想です。男性には必要な物ですから…一冊くらい持って帰りますか」

「い、いらない…」

茶々丸が率先してその一角に赴き、横島のコレクションを部屋の隅にキレイに並べだしている。
もうそれ関係には関わりたくないアキラは、茶々丸の方を見ないようにしながら、頬を一回叩き『…やるか』と
気合を入れ片付けを始めた。

そして、ナチュラルに数に入れられていない和美は、

「ほーら、このリボンも似合うよ。うーん、こっちも捨てがたいわね」

それはそれは楽しそうに、茶々をコーディネートしている。茶々の小さな体のいたる所に、
様々な色のリボンがくくり付けている。寝ている茶々を、器用にも起こさずに胴体にもリボンを巻いていく和美。


「ねえねえ、どう可愛いでしょー」

コーディネートが終えた茶々を、和美が他の少女達にお披露目すると、

「「「いいかも」」」

「でしょ! この黒と赤のリボンが、白い茶々に映えていいと思うんだ。それに、この紫の…」

嬉々として茶々の良さを説明する和美だったが、アキラ達がいいと思ったのは、茶々の禿が隠されていいと
思っただけであった。簡単にバレてしまうとわかっていたが、藁にも縋る思いの少女3人。
そして、対照的な少女が胸の上の茶々をかいがいしく撫で、

「うんうん、これなら横島さんも可愛いって言ってくれるよ」

自信作の完成に大満足の和美であった。



「忠夫さん、今日はお付き合いいただき、ありがとうございました。とても楽しかったです」

「俺も楽しかったよ」

にこやかに笑い並んで歩く二人は、他愛のない事を話しながらも、何時の間にか別れなければならない地点まで
たどり着いていた。横島が千鶴を見送るため立ち止まっていたが、俯いて帰ろうとしない千鶴に、
首を傾げているとお腹の前で手を絡ませたりしモジモジする少女が、

「そ、その、また会ってくれますか?」

「…お、おう。ワイでよければ誘ってくれ!」

千鶴の仕草に身悶えそうになった横島が、了承をすると少女はニッコリと笑い、

「きっと誘いますね。では失礼します」

「気をつけて帰れよ」

千鶴が去っていくのを手を振りながら見送る横島が、今日一日を振り返り顔をだらしなく崩しながら口を開くと、

「可愛かったな~ さて俺も帰るか…待ってろよ、茶~々~」

公園での痛みを思い出した横島は、悪魔の様な黒い尻尾と羽、そして禍々しい角と牙を生やし、
ゆっくりゆっくりと歩き始めた。

野良猫達がアパートの近くのゴミ捨て場にて、ゴミ袋を漁ってる横をデビル横島が通り過ぎると、
クモの子を散らすように逃げ出す猫たち。ゴミ袋からは、大きな魚の骨が見えていたが、
それには目もくれず横島が、アパートの自室前に到着し、

「か~え~た~ぞ~ 茶々!」

ゆっくりとドアを開けた先には、茶々が大人しく玄関で座り横島の帰りを待っていた。
そして、茶々を視界に入れた瞬間、

「おっ、似合うな。はっ、違う」

色とりどりのリボンで包まれる茶々を見た横島は、毒気が抜けていき角と牙が引っ込んでいった。
しかし、今日は説教すると決めている横島は、これ以上邪気が抜けないようにし、気をしっかり持ち
羽と尻尾を揺らしている。そして、茶々は横島の威圧感には、全く動じていなかった。4人の少女が放つ、
強烈な気配に比べると『ぬるい』とすら感じている猫である。

「そんな可愛い格好してもダメ! 取るぞ」

むずがる茶々を片手で持ち上げ、リボンを解いていく横島が、

「茶々、あの人形で遊ぶのはダメって言っただ…」

説教を開始した横島が、胴体に巻きつくリボンをはずすと言葉を止め、目をパチクリしたり擦ったりと、
千雨が気がついた時と似たような事をし、

「…ハゲ? …ハゲとる!」

茶々を両手に抱きしめ焦った横島が、急いで玄関から飛び出して行き、

「ぬを~ 悪い病気か! あ、あの子達に怒られる!?」

茶々の禿た理由を勘違いした横島が、少女達に責められるシーンを想像し、

『何やってんだよ』

『…ヒドイ』

『可哀想なチビちゃんだねー』

『ここで茶々を飼うのはダメですね。他の飼い主を探しましょう』

冷たい目を向け茶々を連れ去っていく少女達を、リアルに脳内で描かれると、

「い、いやじゃあ、そんな目で見んといて! みんないなくならないで、あと茶々連れてかないで~」

病院に向け横島は、魂の叫びを上げながら爆走中である。大抵の人たちは、横島の叫びを聞き道を開けたが、
退かず走る障害となった不良グループを、

「邪魔じゃ、ボケ!」

この掛け声と共に、2~3潰していた。


当初、横島が猫を飼う一番の理由は、猫のために遊びに来た可愛い少女達が、横島の世話もしてくれるためである。
しかし、今では茶々も家族の一員であり、連れて行かれるのはイヤであった。まあ、少女達が来なくなるのは、
もっとイヤであるが。

ちなみに、胸に抱かれた茶々は、横島の想い等露も知らず、主人と出かけることが出来て、
嬉しそうに『ゴロゴロ』と喉を鳴らし引っ付いていた。


そして、病院に着いた横島が医師に言われたのは、

「ストレスですね。好物でも食べさせて、安心できる人と居れば大丈夫ですよ」

悪い病気ではなく、ホッとしへたり込む横島。そして、優しく優しく茶々を抱いて帰宅した横島は、

「くっ…俺がストレスで死にそうじゃ」

部屋の一角に並べられた本を見た横島が、先程とは違う理由からへたり込み、胃を押さえている。
自身が並べたのではないため、少女達の誰かがやったと簡単に予想が出来、死にたい気分である。
なぜなら、女子中学生にエロ本整理されたためである。しかも、『アイウエオ順に』。


どんなに落ち込んでいてもお腹は減るため、食料を求めた横島が台所に行くと、

「え~と、マグロのカブト焼き? ま、また珍しい物を」

茶々丸が、横島に残していた特別な部位である。家庭料理ではまずお目にかかれない、
食材と料理に圧倒される横島だったが、さっさとテーブルに運び胡坐をかくと、

「まあ、食ってみるか。いただきまーす」

胡坐の上に茶々を乗せ、もくもくと箸を進めていき、

「意外に旨いな。ほれ茶々食うか?」

箸で取った身を、手に取り茶々に食べさせようと、猫の目の前に持っていった。茶々は、
とった部位の匂いを嗅ぐだけで終わり、プイと横を向いたのである。食べないと判断した横島が、
自分の口に運び食すと、

「贅沢なニャンコだな。こんなウマイもんを、お前にはこの味がわからんか~」

茶々にぼやいた横島だったが、茶々が美味しく完食していた部位は、大トロであったとさ。


目玉までちゃんと食べた横島は、疲れたため布団に入り携帯片手に、

「安心できる人物か…あの子達しかいないよな」

呟きながら『明日、遊びに来てくれない?』との内容のメールを送信した。すぐに全員から了承を得られたが、
茶々をこのような姿にしたのは、少女達である事をこの男は知らない。


安堵した横島が、布団に隙間を作り、

「ほれ、茶々寝るぞ」 「にゃ きゅわ~」

布団に入る直前、大きく口を開き欠伸をして、布団に入り込み横島の腕を枕にしている。茶々の息の匂いを嗅いだ横島が、

「何かお前の息、生臭いな」

顔をしかめる横島だったが、既に茶々は夢の中である。



その日の夜、大学の研究室にて、パソコンと睨めっこしている超と葉加瀬に、

「こんばんは。お夜食です」

茶々丸が、気を利かせたのか、食べる物を持ってきた。ありがたく貰うため、席を立つ超と葉加瀬に、

「マグロのお茶漬けです」

「美味しそうネ」

「いただきまーす」

食欲をそそる匂いに、さっさと食べだす二人に、

「食べましたね」

意味深な発言をする茶々丸に、気がついた超が箸を止め、

「…食べてはダメだったカネ?」

「いえいえ、そう言うわけではないですよ。安心して食べてください。ただ…」

超は、葉加瀬が美味しそうに頬張ってるのを横目に、

「ただ、何ネ?」

「少々食材にお金がかかってしまい、超のカードを使用しました」

毒でも盛られてるかと思った超は、内心ドキドキしていたが、

「何だその程度こと、気にしなくていいヨ。お金はあるネ」

言質をとった茶々丸が、ドアの前で一礼しながら、

「ありがとうございます。後日請求があるのでお願いします」

「任せるネ」

部屋から出て行く茶々丸を見送り、残りのお茶漬けをかき込み、

「美味しいヨ」

口の中に残る、味の余韻に浸っていた。


月末になり、カードの支払い請求が来ると、

「何に使ったネ! 茶々丸ー」

超の叫ぶ声が聞こえた。300万オーバーの請求書を見て、さすがに目を丸くしていた。


茶々にしっかりとリボンを巻いた日曜日、集まった少女たちは「可愛いですね」しか言わず、
だれもリボンを解こうとはしないのであった。心の底から思っている和美以外の少女が、
少し黒くなっていたが、すぐに藁人形に吸収され清らかな少女に戻っていくのであった。


数日後、ちょっとだけ藁人形がでかくなっているのに、横島が気がついたが、なんら対策が立てられず、
棚に仕舞うしかないのであった。


こうして充実した休日を終えた少女達は、全くテスト勉強をせず当日を迎え頭を抱える光景が、
テスト中にクラスメートに見られている。他にも心ココに在らずの少女が一名、適当に答案を埋めていた。


そして、テストの成績発表当日、

「今回の最下位、ブービーメーカーも2-Aでした。いつも通りでしたねー」

司会者の明るい声とは裏腹に、落ち込み茫然とする少女達に、最終課題に落ちたネギが、

「み、みなさん、ほ、本当に短い間でしたけど、そ、そのありがとうございました」

マギステル・マギになる夢が途絶え泣きそうになるネギ。しかし、頑張った少女たちの姿を知ってるだけに、
落ち込んでほしくはなく、

「5人組も、アレだけ頑張れるのですから、他のしっかりした先生なら、も、もっと成績が上がりますよ」

声を震わせ泣きそうになるのを堪えるネギに、図書館島で一緒に行方不明になっていたバカレンジャー達が、

「ネギ、ごめんね。わ、私達のせいで、アンタの夢が」

「もう一度、テストやらせてもらうアル」

「子供には厳しすぎるよー」

「スマンでござる」

少女達に謝られ抱きつかれるネギ。そして、他の生徒達からも次々と、

「ねっ、他に手があるんでしょ」

「もっとネギ君と一緒に居たいよ」

「いいんちょ、何とかならないの?」

「ダメ元で学園側に交渉してみましょう」

教え子達からの心温まる言葉に、とうとう感極まって涙腺が緩み、

「う、うわ~ん。ぼ、僕もみんなと別れたくないです。ひっく、もっといっぱい、みんなの事が知りたいですし、
一緒にいたいです」

学園ドラマのワンシーンのように、少女達に包み込まれるネギに近づく影が、

「フォフォフォ、何の騒ぎじゃ?」

脇に封筒を抱えた学園長が登場。学園長に気がついた2-Aの少女たちが、

「学園長、ネギ先生にもう一回チャンスをあげて下さい」

「おじいちゃん、お願いや」

若い女子に囲まれ満更でもなさそうな学園長が、孫娘の頭を撫でながら、

「まあ、待つんじゃ。すまんかったの、遅刻組みの採点をワシがやってのう、発表時はまだ合計されてないんじゃよ」

「「「えー 何ですかそれ!?」」」

申し訳なさそうにする学園長に、少女達が激しく詰め寄る。その中、ネギだけが事態について行けず、
茫然としながら無意識に、

「…2-Aは最下位じゃあないかもしれない…」

立ち尽くし呟くネギの声を、耳ざとく聞きつけた学園長が、

「うむ、その通りじゃ」

「「「「…やったー!」」」」

学園長の口上に、数瞬の間を置き意味を理解し、飛び上がり歓声を上げる少女達。そして、期待に満ちた目で学園長を見上げるネギが、

「じゃ、じゃあ、僕のクラスは、もしかして上位に入ったりしてるんですか」

「うっ…」

キラキラした目で見つめるネギに、うめき声を上げ視線を逸らした学園長が、ネギの頭に手を置き、脇に抱えた封筒を片手で上手に開けると、

「いいかねネギ君、人生とはままならんものなんじゃ」

「?」

酷く言いにくそうな学園長が、必死に言葉を紡ぐために、封筒から出した紙を見ながら口を開け、

「…ブービーじゃ」

「そんな! ビリって事じゃあないですか!」

学園長の表明に、担がれたと思いショックのあまり涙目のネギに、1人の生徒が凝視し「ハァハァ」息荒く鼻血を出していた。大多数の生徒は、その女子をシカトしネギの大声に首を傾げていると、

「それと、さっきも気になったのですが、ブービーメーカーって何ですか?」

ズッコケル2-Aの生徒と学園長の姿があった。


『ブービー』とは基本的にビリをさす言葉であり、『ブービーメーカー』という言葉も日本独自のもので、日本以外では通用しない言葉である。『ブービー賞』が最下位から二番目も同様である。


その後、懇切丁寧にネギに『ブービー』・『ブービーメーカー』を説明をし、納得したネギが、

「『ブービーメーカー』なんて言葉があるんですね。と言うことは、2-Aは最下位脱出したんですね!」

「うむ、これで最終課題も合格じゃ。これからも精進するのじゃぞ」

「はい!」

満面の笑みを浮かべ返事をするネギに、近くに居たバカレンジャーたちが、

「あんなに頑張ったのにブービーか~」

「まあまあ、ネギ坊主がいなくならないのだから、いいでござる」

「結果がよければいいのです」

「私達の点数足したくらいじゃあ、ビリ2が妥当でしょ」

「そ、そんな事ないですよ。みなさんが頑張ったから、最下位脱出できたんですよ」

手をグルグル振るネギが、バカレンジャーを励ますと、

「そうじゃぞ、君らが頑張らなければ、ダントツで最下位じゃったぞ」

努力が報われた事を知ったアスナが、

「私達の頑張りは無駄じゃあなかったんですね!」

「そうじゃ。これから努力するんじゃぞ」

「はい! …でも、私達の成績上がったなら、順位ももっと上がる気が?」

元気良く応答するアスナだったが、釈然としない様子で考え込んでいる。思案するアスナに気がついた学園長が、
誰にも聞こえないほどの小声で、

「…鋭いの、今回はもの凄く成績を下げた子が何名かいたからの…本当に良かったわい」

ネギが合格し、胸中胸を撫で下ろす学園長であった。



数日後、クラスメートに点数が知れ渡ると、バカレンジャーならぬアホレンジャーが誕生した。

アホパパラッチ
「まあ、仕方ないか、勉強してなかったし。さあー 今日もチビちゃんに会いに行っこうと」

朗らかに笑い結果を受け入れると、さっさと気持ちを切り替えて、猫に会いに行く少女。

アホバーサーカー
「…私そんな凶暴じゃあない」

『バーサーカー』の意味を調べ、愕然としクラスメート達に訴えたが、誰にも賛同される事の無い発言であった。

アホノイド
「今回のテストは、みなさん頑張ったのですね。…何故でしょう?」

テストに何が懸かっていたか、説明されていたが既に忘れているガノノイド。

アホバイーン 
「あらあら、テストなんて受けたかしら」

本当は、『アホ年増』との称号になりそうだったが、空気を呼んだ周囲が、直前に変更。ちなみに、テストはしっかりと受けている。

アホメガネ
「眼鏡かよ(アホコスプレヤーとか言われたら、死ねるな)」

安直な名称に、まっいいかと思う少女。何時バレるかわ運次第。











コメ返し

コンテナ様:あやか、千鶴・アキラ、この中で最強はとりあえず謎です。相性がありますから。
バーサーカーに千鶴の威圧は効きそうにないですし。尋問や修羅場は今のところなしです。

ライア様、ご感想と助言ありがとうございます。ゆうメンタルクリニック見さしていただきました。
なるほど13歳以下ですか。茶々丸以外の子はセーフですね。ありがとうございます。私見ですが、
30代のおっさんが14歳ほどの中学生と付き合ってもロリコンと思っています。

良様、千鶴は、自分の中でも初期の4人とは、何となく毛色は違う気がします。しかし、
少女たちとも仲良くさせる予定です。

麒麟様、哀れと思うなら、少しだけ泣いてあげてください。吸血鬼編出番も減りますし。

ディス様、アドバイスありがとうございます。気がついていませんでしたが、見直したらソレばっかりですね。
一部があと一話で終わると思うので、改定をメインにして行こうと思います。

ありゃりゃ様、精神面のみ、馬鹿みたいに鍛えられています。今のところ千鶴のほうが白いです。
ちなみに、噂はすでに一部で立っています。



お盆は仕事の休みがとれ、実家に帰るので執筆できません。また更新が遅れると思います。
申し訳ありません。



[14161] 見合い (前編) …前編では、全く見合いしません
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/10/19 22:26
日が暮れ外が暗くなってきたため、明かりをつけた学園長室にて日本茶を飲む近右衛門が、電話の受話器を持ちながら、

「横島くん、女の子と見合いしたくないか?」

『…キレーなネーちゃんとなら知り合いになりたいが、女の子ってのが気になるんですが?』

『女の子』と言うワードに警戒心を強め、一拍おいた横島が確認すると、

「うむ、最近14歳になったワシの孫なんじゃがのう。ワシが言うのもなんじゃが、とても可愛らしくてのう…」

『あんた正気ですか! 女にだらしない俺を、孫の見合い相手なんて。とりあえず、ボケて死んでこい。
それが孫のためだ。『ブツ』』

好々爺然とした学園長が嬉しそうに語ってる途中に、横島が怒鳴り声で遮るとイラついているのか電話を切った。

「フォフォフォ、自覚あったんじゃな」

学園長は、受話器をまじまじと見ながら、意外に横島が自己認識が出来ていた事に驚いている。
しかし、動じる事の無い学園長は、立派なひげを弄くりながら、

「まあ、このかの人生経験のため、見合いは強制的にでもしてもらうがの」

以前タカミチに助言された、たまには違うタイプの男性とさせたらどうかと言う案を、実行に移すのであった。
学園長としては、もちろん木乃香が横島を気に入るなどとは、露にも思っていない。しかし、
孫娘は既にバレンタインの時から横島を面白いお兄さんとして、認識している事を全く知らない学園長であった。


来客中のためアパートの外にて、学園長の電話に対応していた横島は、

「たっく、学園長はなに考えてんだ…でも、雇い主だからな、ある程度言う事聞かなきゃならんしな~ 
まあ、今はそれより楽しい食事だ」

学園長の提案を聞き疲れた横島は、ため息をついたが直ぐに気を取り直すと、先に食事(ちなみに今夜の夕飯はカツカレーである)を
始めているであろう少女達の顔を思い、ニコニコ顔になっている。そして、部屋に戻ると共に、

「…電話、終わったんですね」

「早くしないと冷めるよ~」

「ありゃ、食べてても良かったのに」

部屋の主の帰りを待っていたため、食事をしていない少女達に迎えられた。少し驚いた横島だったが、
待っていてくれた嬉しさから、頬を緩めながらも本音を口にすると、

「何言ってるんですか、食事はみんなで食べたほうが美味しいんだよ」

「…うん」

「そうだよな、よし食べようか」

待っていてくれた少女達の言葉に、心の底から嬉しくなった横島が勢い良く座ると、3人一緒になって手を合わせ、

「「「いただきます」」」

仲良く挨拶をすませると、ガツガツと横島が食べ始め、アキラがモクモクとだが結構なスピードで食べるのを、
自分のペースでゆっくりとスプーンを動かす和美が、

「二人ともいい食べっぷりだね…んっ、美味しい」

和美が感心していると、台所のほうから茶々丸がおぼんにサラダと猫缶を携え、ご飯を要求する茶々を
足元に絡ませながら現れた。口の中の物を飲み込めば、一杯目を食べ終える横島が、茶々丸に気がつき、
カツカレーにより頬を膨らませながら、

「ふぐほぐもぐ、がつもぐがつ!」

「口の中に物を入れたまま喋るのは、感心できません」

「…行儀悪いですよ」

横島のマナー違反を注意する茶々丸と、眉を寄せるアキラに対して、顔の前で手を立て謝る横島に、

「何々、『茶々丸ちゃん、おかわり!』だってさあ」

一人だけ小言を言わなかった和美が、横島の発言を通訳すると、やっと口の中の食べ物を飲み込んだ横島が感心し、

「おっ、よくわかったな和美ちゃん」

「ふふん、横島さんが言った事だからわかるよ。二人はわかんなかったみたいだけどね」

したり顔の和美が、二人の少女に勝ち誇った視線を流すと、それに気がついた茶々丸とアキラが、

「もちろん言ってる内容は理解していました。しかし、作法を正すほうが先と思ったので」

「…私も、わかてた。本当だから信じてくれるよね、横島さん」

和美に言い詰める茶々丸と、真摯に横島を見つめるアキラ。間違いなく美少女の部類に入る、
アキラに見つめられた横島はどもりながら、

「もももちろんだ、アキラちゃん…んで、茶々丸ちゃん、今度からしっかりとするから…」

和美に詰め寄っている茶々丸に、空の皿を差し出すと横島の方に体を向けた茶々丸が、

「おかわりですね」

「それから」

「わかってます。大盛りでいいですね」

「おう、よろしく~」

横島の皿を受け取り、和美に猫缶を渡した茶々丸が、台所に戻っていった。標的を茶々丸から和美に代えた茶々が、
和美にすりより猫缶を求めていると、

「ちょっと待ってね~ チビちゃん。あったあった」

茶々の頭を撫でた和美が、空いた皿をおぼんの上に見つけ、猫缶の中身を移し変え自身の真横に置いた。
直ぐにエサを食べ始める、茶々の背中を和美が撫で回しているのを、横島がサラダを摂取しながら見ていると、
何となく気になったことがあり、

「明後日から新学期で、もう春休み終わりだけど二人とも宿題終わってるの? それとも中学って宿題ないの?」

「…基本は、ないんだけど…」

「ないのか、良かったじゃん」

「…私や和美はある」

「何で?」

「……」

困惑する横島が好奇心から聞いたが、アキラは言いづらいのか、目を逸らしていると、

「フフフ、それは私たちが馬鹿だからだよん」

「そうなん…ん? 和美ちゃんは頭イイって聞いたような?」

「う~ん、今回の期末テストで私達ミスしちゃってね。補修受けるかわりに、宿題が出たんだ。
まあみんな終わらせてるから、大丈夫だよ」

「へー」

不敵に笑う和美が真実を話すと、最近の中学は大変だと思う横島である。ちなみに宿題が出た面子は、
アホレンジャーの5名だけであり、横島に関わりのある少女達だけであったが、幸いな事にテストが出来なかった
原因の一つである、横島が知ることはなかった。

そして茶々丸が、大盛りのカレーライスを持ってきて、美味そうに食べていた横島に悪戯っぽい笑みを浮かべた和美が、
まだ残っていたトンカツを一切れ箸でとり、

「横島さん、全部食べるとキツイからコレあげるよ」

「まじか! ありがたくいただく」

「アーン」

和美から差し出されたカツを、嬉しそうに頬張る横島(大分『アーン』に慣れてきている)を見ていたアキラが、
羨ましさから自分もやろうとし自身の皿に目を向けたが、

「…トンカツがもうない…」

肩を落としたアキラが、アーンを諦めてカレーをモソモソと食べている。


食事を終えた横島達が、まったりとしていると不意に横島が、

「そういえば千雨ちゃんは? 一緒に夕飯は作ったんでしょ」

「何で千雨さんも作ったと?」

正座し猫を膝に乗せていた茶々丸が、珍しく目丸くしている。和美とアキラも、茶々を撫でる手を止めビックリとしている。
茶々だけが、動かなくなったアキラの手に、頭を摺り寄せていると、

「新聞配達から帰ってきた時は、確かにいなかったけど、野菜と肉切ったのアキラちゃんと千雨ちゃんでしょ。
それからトンカツは和美ちゃん。料理って個性出るから食べてて覚えたんだけど、何か変なこと言ったかな」

自身が言った事に「う~ん」と唸り悩む横島は、小さくガッツポーズをとるアキラと、無関心に振舞おうとしているが
首が赤くなっている和美に、気がついていない。二人とも、作る料理を美味しそうに食べてくれるだけで十分嬉しかったのだが、
まさか違いまでもわかっていた事に心を震わせている。そのため、横島の質問には答えず幸せに浸っていると、
唯一名前が挙がらなかったた茶々丸が少し寂しそうに、

「サラダのドレッシングは、手作りでしたが、お口に合いませんでしたか?」

「手作りだったのか~ やたらとウマイから、高いもん買ったのかと思ってたんだけど。そうか手作りか、凄いな~」

こうして追加で褒められた茶々丸も、俯き茶々の毛並みを整えるのに集中するのであった。
少女達がボーとする中、

「おーい、それで千雨ちゃんは?」

声を掛けるのだが、夢うつつの少女達からの反応はなかった。


数分後、いち早く復活したアキラが、恥ずかしそうにちょっと下を向き、ちらちら横島を見ながら、

「…帰ってきたときのこと、覚えてる?」

「もちろん! あの魅惑の光景は忘れら…馬鹿猫と遊んでたことでいいんかな?」

目じりを下げてアキラのよく育った胸の辺りを見ながら喋る横島は、途中でアキラがプルプルと震えてるのに気がつき、
慌てて事実だけを言うと、

「…そ、それで合ってる。最初から説明すると」


アキラがポツリポツリと語った内容は、カレーを後は煮込むだけ辺りから始まった。

「よし、後は10~20分で完成だな」

「…いい匂い」

「さて、チビちゃんの面倒見てる茶々丸ちゃんとこ行こうか」

茶々丸が、猫と遊んでるはずの部屋に向かい中に入ると、

「お『タッ』疲『タタ』れ『シュタ』様『タン』で『スト』す」

直立不動の茶々丸から労いの言葉がかかった。しかし3人の少女達の目線は、茶々丸の顔ではなく、
足元から上がり頭の上で止まると、

「にゃあ~」

茶々丸の頭上から、茶々の鳴き声に迎えられた。そして茶々が、頭の上から飛び降りると次の目標として、
和美を選んだようで視線を外さないでいる。和美も気がついたため、動きを止めていると、千雨が茶々丸に近づいていき、

「お疲れ、ずっとやってたのか?」

「ええ、最近横島さんを登りきったと聞いてたので、違う人を登りたかったようです」

「…大変だったな」

茶々の遊びに付き合っていた、茶々丸をいたわっている。そして、準備が整った茶々が和美に向かいダッシュして行き、
真正面から登り膝・腿・腹部まで一気に駈けあがると、『バイーン』ととある物体に弾かれ、
空中で後方直立2回転し3人の間に着地した。

「あらら」

和美が胸を擦っていると、他の3人が驚き和美に振り返ると、

「おい和美、何したんだ? 茶々が飛んできたぞ」

「まさか、手で弾いたのですか?」

「…ひどいぞ」

非難の目を集めだした和美は、慌ててバタバタと手を振りながら、

「ち、違うわよ。チビちゃんが…ちょっと待ってまたチビちゃんが」

再挑戦するためまた突っ込んでくる、目をキラキラさせた茶々を感知すると、手を止め動かないようにした。
そして、3人は衝撃の事実を目のあたりにする。和美の立派な胸に弾かれる、茶々の姿を見た。

その光景に茶々丸が、自分の胸を触りながら、

「…小さい、そして硬いです」

ちょっと落ち込み部屋の隅でいじけだした。そして和美を諦めた茶々は、次に目が合った千雨を見つめると、
固まった千雨に直ぐに駆け寄っていき、勢いを落とさず、

『シュタタ、タン、タン、スタ』

そのまま駆け登った。むしろ、何で登れたかわからない茶々が、千雨の頭上で首をかしげている。
自分の胸でも弾けると予想していた千雨が、さらされた事実のため打ち震えてると、頭から降りた茶々が
再び千雨に挑戦し、登りきった。そして、簡単に登れる事を確信した茶々が、和美と千雨を見比べて
胸の大きさの違いに気づき、瞬く間に千雨は飽きられると、

部屋の隅を占拠する物体が一つ増えた。

あたふたしたアキラが、二人の肩に手を置きながら、

「…気にするのは良くない」

その声に茶々丸と千雨が振り向くと、確実に自分達の物より大きいアキラの胸が目に入り、

「アキラさんも、大きいですね」

「…うっ」

嫉妬気味に言う茶々丸は、まだ良かったが、

「けっ、見せびらかしやがって。テメエも茶々を弾けるんだろ」

「…見せびらかしてない。それに弾くのは出来るかもしれないけど。この中で一番背が大きいからだと思うし…」

やさぐれた千雨は、ちょっと恐かった。そして、今のアキラの悩みの一つである、身長の事を口にした。
アキラの背の高さは、既に横島に並ぶ175cmである事であり、まだ成長期である少女は、
横島より背が高くなってしまうのではないかと、ちょっと心配であるらしい。しかし、少女の悩みとは無関係に、
能天気な和美の声が掛かり、

「アキラ、茶々があんたの後ろで待ってるよ」

「…えっ。本当だ」

アキラが振り向くと、うずうずし『早く立ってよ~』と目で語る茶々と視線を絡ませると、いそいそと立ち上がり、
部屋の中央に仁王立ちしだし、

「…おいで」

アキラが呟くと同時に、目を光らせた茶々が突進してきた。端的に結果だけいうと、『ボーン』と揺れるアキラの胸部と、
悔しそうにする千雨の表情が結果を物語っている。

その後、奮い立った千雨が、雑誌などを足元に置き背の高さを、アキラより高くしたが軽々と登られたのであった。
慰めようとしたアキラを、気の毒そうな表情をした和美が、

「やめときなさい、アキラ。敗者に塩塗るようなことは」

「…でも」

泣きそうに佇む千雨が、アキラに向けて、

「アキラの馬鹿野郎。その胸だって筋肉でデカクしたんだろ!?」

「…き、筋肉」

「ち、千雨ちゃん、それはちょっと見苦しいかな」

「う、うわ~ん」

泣いて逃げ出す千雨。追いかけようとするが、何と言っていいかわからず、追いかけたくも追いかける事のできない少女達。
ちなみに、まだ茶々丸が冷静でいられるのは、超・葉加瀬コンビが新しいボディ製作中のため、
スタイル面は自由自在のためだったりする。

これが、千雨がこの場にいない理由である。

そして、横島が帰宅してきた時に見た光景は、アキラと和美を対面にして立たせ、和美を駆け登り胸で弾かれるまでは一緒である。
しかし、弾かれた後アキラの胸をクッションにして着地するという、特殊な遊びをしていた。それを目撃した横島は、
揺れ動く和美の胸を凝視し、何度か行った後のためアキラの服のボタンが外れ白いブラと谷間が見えたため、
幸せな気分に浸れた。その後、茶々を「メッ」と叱りながらも、鼻血を出しながらも頭を撫でている横島の姿があったらしい。



「…家のアホ猫は…胸が好きなのか?」

「…横島さんの猫だし、飼い主に似たんじゃあ?」

茶々に呆れる横島に、アキラが飼い主に似ると言う通説を唱えると、

「う~ん、千雨ちゃんの胸も好きなんだけどな?」

横島が、茶々の好き嫌いに悩み小声で呟いていたが、確かにアキラの耳には聞こえており、

「…わ…こ、これじゃあ変態さんだ…」

自身が何を言おうとしたか気がついたアキラは、頭を抱え自分の思考回路を疑いだしている。

何と言おうとしたかと言うと、

「…私の胸はどうですか?」

だった。


和美達が復活すると、20時を超えていたため送るといった横島を丁重に断り、横島のアパートを出て行くと、
帰り道の途中にて3人の真ん中にいる和美が話題提供として、

「ねえねえ二人とも、最近寮でも広まってるんだけど『親切な吸血鬼』って知ってる?」

「…何それ?」

「!……」

怪訝そうな表情をするアキラと、本の一瞬であったが確かに目を見開いた茶々丸。茶々丸の動揺に気がつかないまま、
和美が意気揚々と、

「何でも満月の夜に吸血鬼が現れては、血を吸い意識を奪うんだけど、被害者が目を覚ますと
寮やアパートの前に送られてるんだって」

「…胡散臭い。何で吸血鬼ってわかるの? しかも何で送ってくれるの?」

ジト目を和美に向けるアキラが、疑問を口にしだすと、

「被害者の首筋には、牙に噛まれたような後があるらしいんだ~ 送ってくのは…血をくれたお礼?」

「…それは、無理があると思うぞ」

「やっぱそう思うか~」

和美もまだ本心から信じていないのか、ポリポリと頭をかいていると、いい案でも思い浮かべたのかニヤっと笑い、

「アキラ、茶々丸ちゃん、明日は暇かな?」

「…一日部活があるから、暇ではない」

「すみません。私も無理です」

「な~んだ残念。明日は満月だから噂の情報集めるのに、夜付き合って貰おうと思ったんだけど
…1人で行こうか「ダメです!」っ!」

隣から発せられた大声に、顔をしかめ思わず片耳を塞ぐ和美。声の主とは反対にいたアキラが、
和美の向こう側を覗きこみ、目をパチパチとしながら、

「…大声出してどうかした、茶々丸?」

アキラは、普段から物静かな茶々丸が、声を荒げる場面など見たことがなかったため、茶々丸の意外なリアクションに驚いている。
まだ片耳を押さえている和美も、アキラと同様の思いのため無言で、問いただすように茶々丸を見つめていると、

「取り乱し、失礼しました。ただ、その、夜の1人歩きは危険です」

「よくやってるから、大丈夫よ」

茶々丸が、取り乱してまで心配してくれていると思った和美は、安心させるよう屈託なく笑いかけている。
『親切な吸血鬼』の真実を知っている茶々丸は、少女の主が例え顔見知りであろうとも襲う人物であると知っているため、
和美が襲われるのではないかと言う考えから、内心は荒れ狂っていたが悟られないように無表情を保ち、

「危険な事には変わりありません…やめないと言うなら、横島さんに付き合っていただいたらどうですか?」

少女の主は、男性の血をあまり好まないためか、まだ男性被害者がいないため、一縷の望みに縋りつき提案すると、

「それいいかもね。後で電話してみよっと」

間髪を入れずにその案を肯定する和美。その後、安心できた茶々丸は、一言も喋る事無く別れ道までつくと、

「では、私はここで…夜は危ないので、出かける時はお二人とも気をつけてください」

手を振って見送るアキラと和美に、茶々丸は会釈をして去っていった。そして、アキラと和美も寮に移動する最中に、

「茶々丸ちゃん、変だったね?」

「…うん、どうしたんだろう?」

「明後日から新学期か~ 面白い事あるといいね?」

「…うん」

「茶々は相変わらず可愛かったね?」

「…うん、可愛かった」

のほほんと笑う和美は、簡単に答えられるような質問をしていった。そして、アキラの思考を単調にさせると、
その調子のまま次の質問を放った。



「アキラは横島さんのこと好きなんでしょ?」



「うん、好…えっ、ち、違…」

頷き肯定し更に言葉を放とうとしたアキラが、聞かれた内容と自分の口から出た答えに気がつくと、
反射的に否定の弁を言いかけ、

「ほ~ 違うなら嫌いなんだ~」

猫のような口の形にし笑う和美が、目を楽しそうに垂れさせアキラの発言を遮った。もうすでに、
恥ずかしさから涙目になっているアキラが、

「…ち、違わないけど…」

「じゃあ好きなんだ」

「…うう、イジワル…」

純真なアキラが、泥沼に嵌ってしまった。涙をプラーンプラーンと揺らすアキラが、和美に何でイジメるのと
目で語っている。Sの和美が、嗜虐心に火が灯りそうであったが、何とか堪えると、

「ごめんごめん、誰にも言わないから安心してよ」

「…本当に」

気弱になったアキラが、上目遣いに和美を見ると、目を逸らした和美が、

「くっ…この子は…虐めたくなるけど我慢よ、私」

「…和美?」

「何でもない。代わりに私の秘密も教えてあげるよ」

胸を張り自信満々の和美が、困惑するアキラが何か言う前に、



「私も横島さんが好きなんだ~」



宣言した和美が、『キャッ、言っちゃった』と思いながらも不適に笑っていると、キョトンとしたアキラが言ってもいいのか迷いながら、

「…知ってる」

「…はぁ! な、何でよ!? 誰にも言ってないから、トップシークレットよ!」

今度は和美が狼狽しだした。アキラが、ヤレヤレとため息をつくと、

「一緒に入るの見てれば、バレバレ…横島さんの事を話してる時に、よく赤くなってるし…」

「まじ?」

「…まじ」

アキラが頷くと、頬を朱に染めた和美が、顔を手で隠し座り込み、

「うわ、うわ。私そんなにバレバレな反応してたの。も、もしかして千雨ちゃん達にもばれてる?」

和美の声は小さく聞こえなかったが、ちょっと優位な位置につけた事を悟ったアキラが、へこむ和美を慰めるため
背後から肩をポンポンと叩いていると、ノロノロと首を動かした和美が、

「まあ、アンタもよく赤くなってるからバレバレだけど」

和美の発したうつろな声に、アキラもKOされるのであった。5~10分ほど、道端で肩が着くほど近くに、
座り込む少女二人が目撃された。


両者、痛みわけのドロー。


そして他の少女には、自分の想いを隠せていると思っていたが、情報が筒抜けだった事がわかると、

「だから、横島さんのいいとこは、あの優しさだって。それに一緒に入ると楽しいじゃん」

「…でも、心配性でカワイイとこもいいよ…まえ泣きながら抱きつかれたし」

「横島さんの泣き顔か~ ちょっと見たいわね。何で抱きつかれたの?」

「…やな夢見たんだって…千雨と一緒に抱きつかれた、羨ましい?」

「別に~ 私は欲情されて飛び掛られたことあるし」

横島の魅力について話し合いを始めていた。周囲にピンク色の空気を発した二人は、時折火花を散らしながらも、

「でもやっぱ、普段は頼りないけど」

「…私達が困ってると、助けてくれる」

「「頼りになるとこがいい(ね・…)」」

甘ったるい空間を作成しながら、寮に帰宅していった。そして、寮のエントランスにて偶然にも、
逃走した千雨を発見し接近していくと、疲れが溜まった顔をし時折ふらついているのに気がつき、

「どうしたの、ちょっとやつれてない」

「…千雨、疲れてる?」

「つ、憑かれてないぞ! 絶対にだ!?」

(憑いてますよ~)

「聞こえない~ 私には聞こえないぞ!」

和美に心配されると「はは…」と力なく笑っていた千雨が、アキラの問いかけに敏感に反応した。
そして何かが聞こえたらしい千雨は、もの凄い速度でまたもや逃走をしだした。友人の奇行に
ポカーンとしたアキラと和美が、

「…元気はいいけど…」

「何だか近づかないほうがいいね。せっかく千雨ちゃんも交えて、色々話そうとしたのに」

「…残念」

この後の予定は、3人でとある男について語る気満々であったらしい。千雨にとって、アキラと和美を交えた
ガールズトークをするのと、幽霊に憑かれているのでは、少女の性格からして…どちらも微妙である。


そして幽霊少女は、逃げた千雨を追いかけていき、

(どこに行くんですか~)

階段をもうダッシュしている千雨が、声に反応しチラリと後ろを見ると、ばっちり追跡者と目が合うと、
一段階加速させ、

「うぎゃ~ 追ってきやがった!」

(さっきは、おしゃべりしたじゃあないですか)

「それは、お前って気づかなかっただけだ!?」

(今度は逃がしませんよ!)

胸の前で拳を握り気合十分の幽霊。こうして幽霊に勝てるはずの無い、不毛な追いかけっこが幕を開けた。


ちなみに、二人がしゃべった時は、

「くっそ、胸がデカイのが偉いじゃあないぞ」

横島のアパートから逃げた後、コンビニに立ち寄りイラつく心を抑えるため、甘い物や菓子を多く
カゴに放り込んでいる千雨。そして、会計を終え外に出た後も、愚痴は続き、

「しかし、デケエよな。中学生の平均とか軽く超えてそうだぞ…あの二人は、なに食ってんだ? 
乳製品でも食べるか」

食生活について苦悩する千雨が、腕を組んで歩きながら「ん? 最近は結構同じもん食ってるからな、
私のも成長するかな…」と、期待に本の少し胸を膨らませていたが、

「でもなぁ、こいつが成長しても、和美の胸のデカさに勝てる気がしねえなぁ」

下を向き先程、惨敗を喫した自身の一部分を凝視してると、

(朝倉さんは、本当に大きいですからね。席が隣だからよく見てますよ)

「だよな」

(2-Aでもトップクラスです)

「そうなんだよなぁ~ 前に聞いたらクラス4位って自慢しやがったからな」

(あの胸でも3位以内に入れないんですねー)

「まあ、ウチのクラスでトップは学年はおろか、学校全体でトップらしいからな」

(私達のクラスは、化け物揃いですね)

「よく考えないでも、うちのクラスおかしいよな。子供が先生してるし。生徒はスタイル・頭脳・体力・財力じゃあ、
高校生や大学生以上がごろごろいるし…代わりに小学生並みもいるけど」

(幽霊もいますよー)

「だよなー ここまで、ぶっ飛んでると……」

ここでやっと、流暢に回っていた千雨の口の動きが止まった。そして、足を動かすのはやめずに、
頭の中で今まで話していた内容を、思い出しながら思考していくと、

(私以外に、幽霊が見えているだと? たしか、さっき和美の横と言っていたよな…右はいいんちょ
…左が幽れ…空席…)

口が引きつきだした千雨が、意を決して震える声で(決して横を見ようとはしないが)、

「…いいんちょ、風邪か? 声が変だけど」

(?)

隣から困惑する雰囲気が流れて来るのを、肌で感じる千雨。ゴクリと唾を飲み込んだ千雨が、横にいるであろう、
真実を確かめるためゆっくりとゆっくりと、振り向こうとする最中、

「さっきから何を1人で言っとるんや、千雨姉ちゃん? 周りから変な目で見られとるで」

「ぎゃあ!」

背後から突然背を触られた千雨は、先程から緊張状態になっているため、驚きから腕を振り回しながら振り返ると、
片手が偶然にも裏拳のように、背後に現れた少年に飛んでいき、

『パン』

「おっと、危ないで」

少年があげた手が、楽々と千雨の裏拳を受け止めた。手荒い歓迎に少年が不敵に笑っていると、
少年の顔に覚えがある千雨が、止められていた手を下げ、

「小太郎か。3ヶ月ぶりくらいか、今まで何してたんだ? 今日は、ワンコはどうした」

横島の所で何回か小太郎に会っている為に、大分気心が知れる中になっていた。横島の所に入るときには、
いつも狗がいるので辺りを見回して探している。そして、いたる所に包帯を巻いた小太郎が、

「おう、久しぶりやな。横島兄ちゃんに、一撃入れるために修行の旅に出てたんや、明日にはまた出てくけどな! 
狗は、どっかいってもうた、そのうち戻ってくるやろ。茶々丸姉ちゃん達は元気か?」

「あいつらは、元気すぎだ。しっかし、横島さんがそんなに強いって本当か? タフなのは知ってるけど、
どうもイメージがわかないんだよな」

嫉妬する事もあるが、茶々丸達の事を話すときには、本人は気がついてはいないが、楽しそうに目を細め苦笑する千雨だった。
小太郎であるが、千雨・茶々丸・アキラとは話した事はあるが、和美とはお互い大停電以来のため顔を知っているだけである。

千雨も横島の耐久力は知っているが、いつもノホホンしている横島が実力者と言われても、全く実感話したことがないのであった。
そして他の少女と同様に、千雨も横島の事を語るときは、こんな些細な事でも嬉しそうにしているが、本人は全く気がついていない。

「兄ちゃんの強さは反則だぞ。タフなくせに、攻撃が全くあたらないんや! だけど、強いくせに卑怯なんが、嫌やな」

小太郎は、超えるべき相手として今のところ横島を目指している。そして、高い壁ほど燃えるタイプなのか、
自分の事のように嬉しそうに横島について説明する。しかし、横島の卑怯なところだけは、快く思っていないため憤慨している。

そして、今更ながら疑問に思うことがあった千雨が、

「そういやお前、学校とかどうしてるんだ? どう見ても小学校高学年くらいだろ。学生服着てるし」

「ん、学校なんて行ってないで。学生服は、俺の戦闘服や」

「テメエ、不登校かよ…戦闘服…コスプレか。と言うか親は何してんだよ」

小太郎の意外な事実に、疲れた目で千雨が小太郎の顔を眺めながら、見た事も会った事もない少年の両親に愚痴をついている。
しかし千雨は、直ぐに自分が何の気もなしの発言に後悔する事になる。それは、小太郎が気軽に言った、

「両親ならおらんで」

「…えっ…じょ、冗談言うなよ」

「冗談やないで。俺、捨て子やからな。いや~苦労したで」

重い事を、気軽に言い放ち笑っている小太郎に、千雨が気まずそうに顔を顰めている。今までの千雨の人生で、
ココまで重い話はテレビや、ネットの情報の出来事として知っていた。それが、突然目の前に現れ、
しかも自分の不用意な一言からはじまってしまった。そのため、なんと言っていいか分からずにいた。
千雨の暗い雰囲気に、小太郎が気がつくと、

「お、おい、千雨姉ちゃん気にすんなって」

「…すまん」

「それにな、俺の周りには結構そういうの居たから、あんま気にしなくなってたんや。堪忍な」

「……」

汗をかいた小太郎の励ましの言葉が、更に千雨の精神を抉った。これまで、普通に過ごしていくのが当たり前で、
最近は横島や友人たちが加わり騒がしくなたが、これからもこの生活を過ごして行くのが普通だと思っていた。
そこに、思いがけない事を言われ、自分の近くにも大変な生き方をしている人間がいることに気がついてしまった。

「その、本当に悪かったな、小太郎」

「だから、気にせんでいいって! 今は、横島兄ちゃんもおるし、千雨姉ちゃん達もこっちくれば良くしてくれとるから。
それに姉ちゃん達の家庭的な飯食ってるだけで、嬉しいしな!」

「そうか、何か今度食べたい物あるか? 作れる物であれば作ってやる」

少し心が軽くなった千雨は、詫びもかねてリクエストを聞くと、ニコニコと嬉しそうに頬が緩む小太郎が、

「いいんか! じゃあ、鳥のから揚げ作ってくれ!?」

「そんなのでいいのか?」

「うん、前な横島兄ちゃんと取り合いになったけど、負けたせいであんま食えなかったや。兄ちゃんも
『こりゃあ、俺のもんじゃ!』とか叫んで食いまくってたからな」

「そ、そんなに好評だったのか?」

自分の作った物を横島が、喜んで食べてると聞き嬉しくなった千雨が、

「おう。兄ちゃんも『千雨ちゃんの料理がどんどん美味くなってく』って喜んでたで」

数分前の会話のため、不謹慎と思いながらもにやけてしまう千雨。そして、下を向き笑っているのがばれないようにし、
小太郎の頭に手を置きワシャワシャと、乱暴に頭を撫でだした。こそばゆい小太郎も、千雨が気力を取り戻せたため、
為すがままにされていると、

「ほら、コレやるから好きなだけ食え」

撫で続ける千雨が、持っていたコンビニの袋の中身を小太郎に見せた。小太郎も中身を覗き込みながら、
菓子をいくつか貰い、不意に最初の事を思い出し、小太郎を撫でながら微笑を浮かべる千雨に、

「そう言えば、最初に1人でブツブツ言ってたのは何や?」

ビクンと震えた千雨が、小太郎の頭に乗せ動かしていた手が停止した。

「…私の横に、もう1人いなかったか?」

「いや一人だったし、携帯も持たずに喋ってたから気になったんや」

小太郎の証言を聞いた千雨は、ギチギチという音を鳴らしながら、先程まで聞こえていた声の出所を見ると、

「うわ! 居やがった!」

何かを見た千雨は、小太郎に挨拶もせずに寮に向けて死にもの狂いで走り出した。意外に速く走る千雨に、
貰った菓子を食べながら感心する小太郎の横で、

(ああ~ せっかく喋れたのに~ あっちは寮ですね! まだ諦めませんよ)

人差し指を口にあて、涙ぐむ地味幽霊・相坂さよがいた。こちらも諦めるつもりが毛頭ないため、寮に向かうのである。


そして、本日三度目の寮内において逃走中の千雨が、決意を秘めた目をし、

「今日私は小太郎と話して確信したんだ! 普通の生活が尊いものだって事を!?」

(それがどうしたんですか?)

「だから、私はお前みたいな、非日常の存在と関わるのはごめんなんだよー」

(でも『諦めるな』と言われたので、私も諦めないと約束したんです!)

「見える奴が私以外にいるじゃん、そいつだけでいいだろ!? 余計な事言いやがって」

(トロンベちゃんは、猫さんですから、今度は人間がいいんです!)

さよを煽った人物に文句を言う千雨に、さよの事がが見えるているのが『猫』と言うと、数瞬唖然とした千雨が、
憤怒の表情を浮かべ、

「くそ! 何だその迷惑な猫は!? 可愛らしい茶々を見習え」

(待ってくださいよ~)

「待たん!」

千雨の他人から見たら盛大な独り言は、寮のほとんどの人間に知られる事になった。そして『何か見えてるらしい』や
『変な薬きめてるらしい』等の、普通を望む千雨にとってはイヤな話が少しの間囁かれる。

そしてあまりにも騒がしくしたため、2-Aの委員長に正座をさせられ説教をされた。さよも千雨の横で正座の真似事をし、
その姿に千雨がムカつきから怒鳴ると、更に委員長の説教時間が延びるのであった。

ちなみに説教後、哀愁漂う千雨の事を哀れに思った龍宮が、

「長谷川、コレをやろう。気休めかもしれんが、こういうものは持つだけで気分が変わるからな」

「…貰っとく、今はこんなもんでも縋りたい」

龍宮が差し出した、神社に売っている様なお守りを、大事そうに握り締める千雨。心配顔の龍宮が、
千雨の肩に手を置き、

「うむ、まあ気を落とすな。人の噂はすぐに消えるからな」

「? まあいい、部屋に戻るな」

怪訝そうな表情を浮かべたが、疲れのため思考が働かない千雨は、重い足取りで自室に戻っていった。
疲弊し周りを見ることが出来ていない千雨は、既にさよが千雨の見える範囲から退避している事に。

自室に戻った後に、そのことに気がついた千雨は、お守りを持ち辺りを散策したが、幽霊が出てくることはなく、
その事実に狂喜乱舞する。再び騒がしくした千雨を、委員長が説教したが、今度は晴れ晴れとした笑顔で説教を受けた。

龍宮から貰ったお守りには、以前仕事中に桜咲から渡された、魑魅魍魎除けの御札を入れて渡していた。
まし万が一に、本物に憑かれたことを考えた龍宮が、念のために渡したのである。

ちなみに噂は、和美の耳に入った直後、友人の為に動いた少女の活躍により数日で消滅した。






何となく書いてみた、キャラ設定第1弾(第2弾は行うか不明)

朝倉和美

・茶々に一番やられてる子

・この話の時点で、記憶操作あり。知っている人間は、少数

・最初の考えではヒロインから落ちていた

・書いていたらヒロインにランクアップ

・そのためフラグおりやすい子(他は千鶴)

以上…短かった

感想返し

1414様。申し訳ありませんでした。今度からは、増量が多い場合はあげようと思います。増量するのは、短編か、
アキラ対あやかの風呂場対決しか考えていませんが。

ありゃりゃ様。過去に跳ぶはあまり考えてなかったです。10年前だと木乃香3~4歳か、面白そうですが、難しそうですね。
ホワイトデーは、一応アレで終わる予定ですが、気分で変える可能性はあります。

最後に読んでいただいて、ありがとうございます。



[14161] 見合い(後編)…題名に偽りあり。後編でも、見合いしませんでした。
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/10/19 23:03
違う題名をつけるとすれば

『旗にヒビ入れてみました。折れるかどうかは…』


春休み最終日、横島忠夫は朝っぱらから町中を走り回っていた。もちろん理由は、健康・体力増進のため、のはずがない。
健康については、少女達が食事に気を使い栄養面はバッチリであり、体力は元から有り余っている男である。
そのため走る理由は、

「横島さまー、お待ちください!」

「そんな事言われて待つ馬鹿はおらん! 何が悲しくて、男の集団に追われなきゃならん」

学園長の部下の黒服集団に追われているためである。

身に降りかかる受難に、涙を流す横島。逃げ足オリンピックがあれば上位間違いなしのこの男は、
こんなことなら修行と仕事のために、カレーを食べ朝早くに出て行った小太郎をもう少しだけ、
家にいさせれば良かったと思っている。もちろん小太郎の役目は、後ろの男達の足止め役である。
小太郎が出て行った後に、この集団は出現したのであった。

個人では、横島に追いつける事のできない黒服たちは、数の利を生かし横島の行きそうなポイントに、
人員を配置していた。そして、先回りに成功する黒服たちだったが、捕獲対象は全く捕まらなかった。
捕まりそうになると、土壇場で人間離れのアクションをし、触れることすらさせない横島が、幾度目かの回避を行い、

「くぅ~ これが美女軍団ならどれだけ幸せか」

「お見合い相手の美女なら、もうお待ちです! ですからご同行お願いします」

学園長から、横島捕獲命令が出ている黒服集団の頼みに反応し、バック走行になった横島が、
発言した男の方に唾をペッと吐きながら、

「嘘付け、美女じゃあなく少女だろうが!? 何が虚しくて、見ず知らずの中学生と
見合いをしなくちゃあならんのだ!」

発言した男も美女と言ったが、無理があるとわかっているので、気まずそうに視線を逸らしている。
そして男の反応に横島も、「こいつらも、大変そうだな~」と哀れみの視線を向けていると、
段差に躓きこけそうになったが、寸前の所で身を返し正面を向き、「わっはは、さらばじゃ~」と走り去っていくのであった。

そして、横島を追う集団に新たな情報が入ってきた。

「お嬢様が置手紙を残し逃走した。内容は『おじいちゃんの嘘つき。今日は写真だけやって言ったやん。
ウチもう知らん』だそうだ。ターゲットに木乃香お嬢様を加えるんだ」

横島を追跡するだけでも、難易度がとても高い中で、更に1人追加されたため、骨が折れる仕事にため息をつき、
それぞれが返事をした。


何故か追跡の手が緩み、撒くことに成功した横島が、栄養補給のためコンビニによると、見慣れた少女を発見し、

「よっ、千雨ちゃん。カレー美味かったよ」

親しげに呼びかけられて千雨が、眠そうな表情のまま振り向くと、

「ああ、横島さんか、おはよう」

「飯買ってんの? ヨーグルトにチーズにバター乳製品ばっかだね。 きな粉? 好きなの」

無遠慮に覗き込んだカゴの中は、乳製品の山であった。きな粉の登場にクエッションマークを浮かべる横島は、
適当に手にしたおにぎり等を千雨の持つカゴに入れると、

「べ、別にいいだろ。それに勝手に入れんなよ」

狼狽する千雨が、商品を入れる横島に悪態をついている。千雨が買おうとしたものは、昨夜ネットで調べた、
とある部分の成長にいい食べ物であることは、昨日の敗者である少女の秘密だ。

「まあまあいいじゃん、奢るからさ」

「マジか、じゃあカゴぐらい持つわ」

「いいよいいよ、俺が持つからさ。好きなもん入れな」

スルリと千雨の手からカゴをとった横島が、サンドイッチやコーヒーを入れていると、
千雨が新たに入れる飲み物に気がつき、

「飲むヨーグルト…それも乳製品だね」

「ふん、最近のマイブームなんだよ」

「きな粉は?」

「…ヨーグルトにかけると、いいらしい」

「へー 健康にいいのか。初めて知ったな」

早合点で感心する横島に、本当の理由が言えず顔を背ける千雨。もちろん、この食品もある部分を、
成長させるのにいいものらしい。


並んで歩く横島と千雨は、コンビニで購入した物品を、食べながら千雨が、

「小太郎は、昨日横島さんとこ行ったんだろ、まだいんの?」

「よく知ってるな…そういえば坊主が会ったて言ってたな。今朝までいたんだけどな、朝早くに京都に行ったぞ」

「ふーん。観光じゃあないよな、横島さんに一撃入れるための練習か?」

言い終わるとチーズを食べる千雨に、意外そうな顔を少女に向けた横島が何かを喋ろうとしていた。
しかし昨日、茶々丸とアキラに注意されたため、口の中で噛んでいたおにぎりを、飲み込んだ後、

「そっ、京都には喧嘩が強くなるために行ったぞ。何でも一振りで7~8回斬撃が出来る剣士がいるんだって。
そいつに喧嘩売るって、張り切ってたな」

「…一振りで7~8回だと…うん、とても単純な計算のはずだが6~7回多く振り回してるな。
まあ噂には尾ひれがつくからな。ああ、ちょっと聞きたいんだが、横島さんは喧嘩強いの?」

信憑性のない話に呆れている千雨が、昨日小太郎が話していた横島の強さが気になり尋ねた。
その手の話にあまり興味が惹かれない横島は、千雨のチーズを貰いぱくつきながら、

「俺が強いわけないじゃん。痛いの嫌いだし。喧嘩になったら即行で逃げるぞ」

「だよな。な、なあもしだぞ、茶々丸とかアキラ…あいつらは自力で大丈夫か…和美とか私が
変な奴に絡まれたら、助けてくれるか?」

チンピラなどに自分たちが絡まれたら、強くない横島がそれでも救ってくれるか気になった千雨。
前者二人には、大分失礼だが助けは必要ないと、とても的確な判断をする親友である。そして、横島の答えは、

「もちろんだとも。抱えて逃げるぞ!」

「うーん、そこは嘘でも『戦うぞ』て言ってほしかったけど。まあいいか」

胸を張り『逃走』を選択する横島に、苦い表情になる千雨だが、それでも1人で逃げるわけではなさそうなので、
まだ許容範囲内であった。


談笑する横島と千雨が、塀沿いを歩き曲がり角を曲がると、

「きゃ」 「うぎゃ!」

「おっと」

塀があるため死角が出来、千雨が走り角を曲がって来た着物少女と激突してしまった。衝撃に倒れそうになる、
二人の少女を横島が反射的に手をとり、倒れるのを未然に防いだ。ちなみに、少女ッポクない悲鳴が千雨である。

「あたた、すんません、大丈夫? 急いでたもんやから、気いつけへんかったわ」

千雨に頭を下げ謝罪する少女に、自分も悪いと思っているが、ダメージが大きいため文句を言おうとした千雨が、
何か言う前に着物少女の顔に見覚えがあった横島は、

「あれ、木乃香ちゃんじゃん。高そうな着物着てるな」

「あ~ お兄さんやんか」

嬉しそうに頬を緩め親しげにする二人を見て、口を閉ざしちょっとムッとする千雨。
ジロジロと遠慮無しに、着物姿の少女を見つめる千雨は、

(いいなぁ~ こいつもキレイな顔と肌してんな。たしかコノカとか言っ…近衛木乃香か! 
くそ、またうちのクラスかよ。はぁ~ でも、もう1人は確実に横島さんと知り合いの女がいるんだよな。
和美ですら、『千』の正体わかんねえって言ってるし)

少女の整った顔と白い肌に羨ましがる千雨が、少女の正体に気がつき愕然とした。『近衛木乃香』の
名前の中にも『千』の文字はなく、『本命チョコ』の相手ではないことを知り、うんざりとする少女。

ちなみに、和美も必死になって調べているが、全く進展のない状態である。和美も、まさかチョコをあげた相手が、
クラスメートとは露にも思っていないため、調査対象からクラスメートを外しているのが原因である。

そして、横島にしか焦点を当てていなかった木乃香も、千雨の視線に気がつき、

「あっ、千雨ちゃん」

「…よう」

力なく手を上げ挨拶をする千雨に、木乃香は横島と千雨の顔を見比べ、首をチョコンと傾げながら、

「ん~ デート中?」

「ち、ちちが」

「偶々そこのコンビニであっただけだよ。木乃香ちゃんもどう?」

振るえ動揺する千雨とは違い、横島はむしろデートの相手が、自分では千雨が可哀想だと思いながら、
勝手にコンビニ袋を見せている。

「ええの? じゃあ、コレ貰うな…そっか、デートやないんやね」

「おい、そ…まあいい」

千雨は、飲むヨーグルトを手にとる木乃香に、咄嗟に声を出してしまった。が、いい事があったのか
ニコニコする木乃香の胸の辺りを見て、それぐらいはあげようと思った。千雨は『勝った』と、
昨日は全く味わえなかった優越感に浸っている。


飲み物を両手に持つ木乃香が、ストローを咥えチューと啜っている。そして横島は、
木乃香がなんで着物を着てるのか、尋ねようとしていると50mほど離れた所から、

「いたぞ! 木乃香お嬢様だ!?」

「あっちゃー 見つかってもうた」

天を仰ぐ木乃香が、困っていると感じた横島が、声の聞こえた方向に首を伸ばすと、

「今日は黒い奴らに縁があるな。あいつらがどうかしたの?」

自分を追っている連中と、同一の集団であるとは全く気がついていない横島である。身長の関係上、
下から横島を見つめる木乃香が、

「ウチな、あの人たちに追われててな。捕まったらえらい目に遭うや」

「なんだと! くそあいつら~ 木乃香ちゃんが可愛いからって、変態にも程があるだろ!?」

木乃香のひどい目=お見合いであり、横島の考え=Hな目に遭うと思っている。そして、1人冷静である千雨は、

「…いや、あの人たち多分学園長の部下だろ? 近衛にひどい事はしないと思うんだが」

「どうしたらええかな、お兄さん」

「よし、逃げよう! 忘れてたけど、俺も似たような集団に追われてるしな」

「…聞いてねえなテメーら」

真実を言い当てた千雨だったが、話を聞いてくれない二人に大分イラつきだしている。

「まあ、私は無関係だから帰るな」

巻き込まれる前に、この場を離れようとした千雨だったが、

「何してるんだ、千雨ちゃんも行くぞ!」

黒服たちが走ってくるのを、見て取った横島が帰ろうとする千雨の空気を読まず、千雨と木乃香を
脇にしっかりと抱えた。反対にいる木乃香が、千雨に楽しそうに手を振ってきてるのが見え、
その能天気さにちょっとムカついている千雨。そして、その数瞬のタイムラグが、千雨の逃げる間を
失う結果になった。何故なら、横島が既に走り出してしまったからである。

「へ、ちょ、ちょっと待て~~~」

少女の虚しい叫びが、ドップラー効果としてその場に響いた。


そして、美少女という動力源を得た横島が、木乃香に巻かれる程度の黒服に捕まるはずもなく、
木乃香の指示のもと無事逃げるのに成功した。千雨は、途中で直ぐに降ろせと言おうとしたが、
舌を噛んでしまい、横島の腕の中でその痛みに震えていた。千雨の様子に気がついた横島が、千雨の肩に手を置き心配顔で、

「どうした千雨ちゃん、寒いのか?」

「ちげえよボケ! ちくしょう、春休み最終日だってのに最悪だ。…ここは…図書館島か?」

悪態をつきながら、横島の手を払いのけた千雨は、下を向いていたため現状がわからない千雨は、
辺りを見回すと本棚しか見えなかっために、予想をつけた。実際には、千雨たちが立っている場所も本棚の上である。

「正解や。ここならウチのホームやから、捕まる事はないで」

「そういやお前、図書館探検部とかいう訳わからん部活に入ってたな」

「何だ、その部活?」

「ここな、世界でも有数の図書館で、何度も増改築をしてきた為に、全貌を知ってる人がおらんのや。
それで、ここを調査するために出来たんが、図書館探検部や」

「へー」

堂々と言い切る木乃香は、自信の源である少女の所属する、図書館探検部について力説した。
空返事を返す横島は、説明を聞いても、変わった部活だな程度にしか思っていない。

そして、落ち着いてきた千雨が、

「ところでよ、近衛」

「なんや、千雨ちゃん? あ、ウチの事は『木乃香』でええよ」

木乃香に対しての呼び方など、どうでもいい千雨は華麗にスルーし、

「あの黒服ども、学園長の部下だろ」

「そやけど」

断定した千雨を、木乃香が肯定をすると、一人だけ話しについていく事のできない横島が、

「…なんで学園長の部下に追われてんの? 何か悪い事したのか」

横島も学園長の部下であるため、木乃香を捕まえるという選択肢もあるのだが、この男はそんな事など、
思いつきもしていない。もし命令されても、捕まえる可能性は低いと思われる。

「してへんよ。嘘ついたのはおじいちゃんやから、悪いのは向こうや」

「そうかそうか、嘘ついた方が悪いよな。それは、おじい…はっ?」

『おじいちゃん』と言おうとし、目を見開き驚いた横島は、まず木乃香の後ろに回り後頭部を近くから見たり、
目を細めて観察している。異常がない事を確認すると、「初めての人は、驚くよな~」と呟いている千雨の横に行き小声で、

「なあなあ、千雨ちゃん。学園長の事『おじいちゃん』とか言わなきゃいけない、校則とかあるの?」

「ねえよ、そんなふざけた校則。ウチの学校を何だと思ってる。それに、もしそんな校則が在ったら、
違う学校に行ってるわ」

あきれ果てる千雨は、『この人の非常識には慣れたが、もう少し常識で考えてくんねえかな』と思い、
ため息をついた。そんな少女の小さな願いだが、この男に通じるかは謎である。

「じゃ、じゃあ、まさか…」

「ああ、考えてる通りだと思うよ。それにさっきから私が『近衛』って言ってるだろ」

そこで木乃香も、バレンタインデーの時には、フルネームでの自己紹介をしていない事に気がつき、

「ごめんなー お兄さん。ウチ『木乃香』しか言っとらんかったな。改めて自己紹介するな。
近衛木乃香って言うんよ。よろしくな。それと、ウチのおじいちゃん麻帆良学園の学園長やっとるんや」

「まじか! …良かったな、隔世遺伝とかしなくって」

「私もソレは思う。あんな頭で生まれたら、私なら引きこもるな」

最初だけ大声で叫んだ横島は、千雨に内緒話をすると、その意見には千雨も激しく同意していると、
傍から見ている木乃香は二人の会話も気になったが、

「そうそう、追われてた理由わな、今日お見合い用の写真を撮る予定だったのを、急にお見合いに変えられたんや。
イヤだから逃げたんよ」

「お前、見合いとかしてんのか。中学生なのに大変だな」

「そうなんよ。おじいちゃんの趣味なんや。年も倍以上はなれてる人とも居るんやで。ウチややわ」

千雨は、金持ちは金持ちで大変なんだなと、他人事と考えていると、

「そいやさあ、俺も学園長に今日お見合いさせられる所だったんだ。めんどいから逃げたけど」

「へー、奇遇な事もあるんやな」

「はっはは」と笑い合う二人を、横島が見合いから逃げた事にホッとしていた千雨は、何だか嫌な予感がし、
目を鋭くし横島を見つめると、

「なあ横島さん、今日は誰とお見合いする予定だったんだ?」

「おう、学園長の…ま…ご…木乃香ちゃん、学園長の孫って他にいる?」

「いないで。そっか見合い相手はお兄さんだったんか。う~ん、だったら逃げんでも良かったかな」

「ふん」

木乃香は、横島の事を面白い人と認識しており、尚且つ年も今までの相手より、近いのが好印象であったため、
少し残念に思っている。そして、横島はあまりの衝撃に口を開け、ボーッとしているため
木乃香の反応に気がついていないが、千雨は木乃香の反応に気がつくと、あまり面白く思えず憮然としている。


それから3人は、外に出て学園長の部下に見つかるのも面倒と思い、図書館島を探索する事にした。
ちなみに千雨は、横島と木乃香を二人っきりにするのが、イヤだったので一緒に行動をすることにしたのである。

適当に辺りを見回した横島が、何故か水に膝までつかりながら歩き、

「世界有数って言うだけあって、本の量が凄いな。だけど、本棚の高さが一定じゃあないし、何で湖があるんだ? 
…ここは人外魔境か」

「そうだ滝もあるで。二人とも行こ」

「…なんで本は痛んでねえんだよ。ここまでは来た事ねえけど、おかしいだろこの図書館」

この場の光景にあっけに取られる横島と、近くにあった本を手に取った千雨は、水に浸かっていた本が
痛んでいない事に、疑問を感じている。

そして木乃香の案内の元、どのような理由かわからないが、見上げるような高さの本棚の上部から、
大量の水が流れ落ちていた。通常なら壮大な滝が姿を現すと、その幻想的な光景に目を奪われるものだった。
そして、たしかに千雨も茫然としていたが、

「…本当にありやがる…そうか、きっとホログラムか何かだな。そうに決まってる。水飛沫が当たって、
冷たいのは気のせいだ。…下が見えないな、何十mあるんだ?」

このような場所(図書館)に、こんなもの(滝)があるとは思えず、必死になって自身に暗示をかけていた。
そして、少しは平静を取り戻した千雨は、周囲の手摺やベンチ・自販機があることに気がつき、
手摺の前まで移動し下を見ると、滝により発生した水煙の影響もあるが地面が見えなかった。
あまりの高さにゾッとした千雨は、歩きつかれたため横にあったベンチに座ると、

「ほい、千雨ちゃん。いや~ すっごい景色だな!」

「でしょ。うちらの間でも結構人気な場所なんよ」

「ありが…超神水だと? 死なねえよな、漫画の設定通りなら死ぬ自信あるぞ…」

紙パックジュースを千雨に投げ渡した横島は、辺りを見ながら感服していると、紹介した木乃香も自慢げである。
礼を言おうとした千雨は、紙パックに『超神水』と書かれているため、口の端をヒクヒクさせながら、
成分を確かめるため、手の中でパックをクルクルと廻している。成分など何も書かれておらず、
好奇心に負け恐る恐る呑んで見たところ、微炭酸であった。ちなみに横島は『トマトミルク』、
木乃香は『マンゴラ…』を飲んでいる。


そして横島は、休むためにベンチの横にある手摺に、腰を落とし後ろに体重を預けた。
そして、事件は起きた。横島が手摺に体重を預けて数秒が経過すると、

『メキョ』

老化していたのか、不吉な音と共に手摺が根元から折れ曲がってしまった。運が悪い事に横島は、
両足を地から離しぶらつかせている。そのため一気にバランスを崩し、態勢を整えようと手をバタつかせたが、
無常にも重力に引かれ、後ろに倒れながら、

「のわ~~~」

「横島さん!」

いち早く気がついた千雨が、ギョッとしながら横島の手を掴もうと、反射的に自身の手を伸ばす。
しかし、掴んだと思った手は、横島が自らの手を引くことにより、千雨の手を避けた。横島も、
千雨からの救いの手を取ろうとしたが、少女の細腕に男の体重を支えるのは無理と、
思い至ってしまったためである。そして、落ちていく横島は、手でメガホンを作り、

「大丈夫じゃ! この程度で死ねるなら、ワイは何十回も死んどるし、殺されとるわ!」

通常なら安心させるための言葉とも取れるが、実際にこの男はビルの屋上や、断崖絶壁の山から落下しても、
生還した男であるため事実であったりする。この程度で死ねたら幸せでさえあるかもしれない。
過酷な茨の人生を裸足で突っ走る男・横島忠夫。


しかし、残された二人の少女に、それを理解することは難しかったため、

「横島さん!?」

「千雨ちゃん、危ない落ちる!」

手摺から半分以上体を乗り出した千雨が、泣きそうな目で横島が落ちていく様を見つめている。
そして、木乃香も横島を心配し下を覗き込みたいが、不安定な態勢の千雨の腰を抑えているため不可能である。
千雨の視界から横島が消えると、腰を抑える木乃香に目を向け、

「…近衛、下に案内しろ」

小さな声であったが、有無を言わせない迫力が千雨には合った。最初から木乃香も、行く気だったため、

「ええで。危ないけど最短ルートと遠回りだけど」

「最短ルートだ」

木乃香のルート選択を最後まで聞かずに、即答する千雨。ちょっと困った木乃香が、最終確認のために、

「ウチらでも調べ切れてないから、本当に危ないで、ええの?」

「早くしろ」

力強い目をした千雨に、木乃香も案内することにしたのであった。


そして10分後、千雨の力強かった目は、涙目に変わっていた。それは、洞窟のような場所で、
少女達より倍以上も巨大な岩に、追いかけられているためである。

「うぎゃああーー 死ぬうーーー」

「千雨ちゃん、叫ぶ前に走らないと本当に危ないで」

「てめえ! 危険にも程があるだろ!?」

木乃香に詰め寄り、説教をかましたい千雨だったが、立ち止まっては本当に命の危機になるため、
睨みつけるのみであった。こういう事に千雨より慣れているため、冷静な木乃香が、

「最初に言ったやん。危ないって」

「命に関わるほどの危険とは思ってねえよ! さっきは矢が飛んでくるしよ」

「でも千雨ちゃんが、全部トラップ発動させてるんよ」

「うっ」

壁に手を突いたり、床を踏んだときに発動した事実があるために、気まずそうに目を逸らす千雨だった。
罠発動については、特に気にしていない木乃香が、千雨の反応が面白いために少女の顔を見ていた。
そのため二人の走る先にある、地面から20cm程の高さに張られたワイヤーの存在に、気がつくことはなかった。
そして、走り抜けようとした二人は、仲良くバンザイしながら前向きに倒れてしまった。




墜落真っ最中の横島は、自分の置かれた境遇に涙を流しながら、

「何で俺は、こう高いところから落ちるのに縁があるんじゃ。神様は俺のこと嫌いか。
…男神に嫌われてもいいが、女神には好かれたいな」

ふざけた事を言いながら、周囲を見回した横島は、ハンズ・オブ・グローリーを発動させた右手の指を、
目の前にあった壁に突き刺して強制的に落下を止めた。上下を眺めた横島は、

「降りたほうが早いかな」

まだ下は見えていなかったが、登るよりは降る方が楽と判断した横島は、ハンズ・オブ・グローリーを伸ばしながら、
ゆっくりと降りだしている。そして、ポケットの中から振動を感じ、携帯を左手で取り出すと、

「もしもし、横島でーす」

『おはよう、横島くん。お見合いはどうだい?』

「タカミチさん、おほようございます。…笑ってますね?」

電話をかけてきた相手・タカミチの声が、どことなく笑ってるのに気がつき、不機嫌になる横島。

『くっくく、逃げ出したらしいね。しかし、逃げた先で相手の木乃香君に会うとは、君も運がいいのか悪いのか』

「そうそう木乃香ちゃん、学園長の孫とは思えないほど可愛いすっね! そうだ、孫って事は、
魔法使えるんですか?」

『いや、木乃香君はこちらとは関係ない生活を送ってるし、魔法自体知らないよ』

「何でですか?」

横島は、知っていてもおかしくない環境にいるのに、木乃香が魔法を知らない事を疑問に思うのだった。

『木乃香君の親の意思でね。彼女の父親が関西のトップなんだけど、普通の女の子として
生きてほしいらしいんだ』

「関東と関西のトップの血筋か、木乃香ちゃんサラブレットじゃあないすっか。でもまあ、危ない道に進むよか、
いいことですね」

『だから、君も木乃香君の前で力を使わないようにね』

「へーい。うんじゃあ逃避を続けますわ」

『ああ、頑張れよ』

電話を終え下を見ると、地面まで20~30mほどの位置まで来ていた横島は、早く千雨たちと合流するため、
気合を入れなおした。そして、今まで絶妙な力で壁に突き刺していた、ハンズ・オブ・グローリーの力加減が、
気合を入れたため狂い、壁を握りつぶしてしまった。そのため、背から落下し始めた横島は、

「はあ。まあいいか、この程度の高さなら『ドゴン』ぎゃあ!」

ため息をつきながらも、最後に見た高さからいつもより余裕であると思ったが、横島の落下地点には
丁度岩が陣取っていた。ピンポイントで岩に当たりくの字に背中が折れ曲がったため、予想以上のダメージが
背骨一箇所にかかり、折れるのではと思うほどである。腰を擦りながら、起き上がった横島は、

「くう、痛い。さっさと合流して、千雨ちゃんにでも優しく擦ってもらおう」

腰を抑えながら、横島も千雨たちと会う為にヨロヨロと歩き出していった。ちなみにこの男、
トラップに精通しているため、一度も引っ掛かる事はなかく、適当に進みながらも本能からか木乃香たちに近づいていった。



そして倒れた少女達はと言うと。背後を振り向いた少女たちは、一瞬ごとに迫り近づいてくる巨岩が転がって来るため、
自身の末路を簡単に想像でき、恐怖により動けず固まってしまい、

(助けて横島さん)

(せっちゃんと仲たがいしたまま、死にとうないよ。お兄さん助けて~)

そんな少女達の思いの中、少し離れた場所にてひょこっこりと、曲がり角から姿を現した横島が、
探していた二人を発見し、

「おっ、居…ぬお、ちくしょう間に合わん!?」

陽気に手を振ろうとした横島が、転がり少女達に迫る岩に気がついた。その近さに、二人を抱えて逃げるのを
不可能と判断すると、瞬時に右手にハンズ・オブ・グローリーを顕現させが、

「これじゃあ、ダメだ!」

吐き捨てるように叫んだ横島は、今の出力では岩を破壊する所か、方向を逸らす事すらできないと悟った。
そして、出力を上げるため新たなアクションに出るため目を瞑り、

「…煩悩全開!」

元の世界から、この麻帆良に来てから出会った、ほとんどの女性の裸体のビジョンが、刹那に横島の脳裏を駆け巡り、
呼応するように輝きが増す右腕。

「まだ足りん、もっとだ!」

コレでもパワー不足を感じる横島は、更に集中力を増していくと、目を開けた横島の視界に映る千雨と木乃香、
そして転がる岩の動きが一気に遅くなった。あまりの集中力に知覚速度が遅延した横島の脳裏に、
新たな人物が登場した。

その中心には、何処となく嬉しそうな雰囲気の絡繰茶々丸・小さく微笑む大河内アキラ・朗らかに笑う朝倉和美がいる。
この3人は裸ではなく、制服を着ている。ちなみに、ちょっと端っこに下着姿の、神楽坂アスナと龍宮真名もいた。

そして、横島の右腕の光がより一層強くなると、輝く光は『フッ』と握り締めた掌に収束するように消えた。


その手の中には、3つの珠が生成されていた。


右腕の状態に気がつかない横島の目には、こちらに気がついた千雨と目を輝かせる木乃香、
ゆっくりと動く大きな岩しか映っていない。そして、横島が現れ嬉しそうにした千雨だったが、
すぐに悲しそうに顔を歪め、横島の右手を見つめているのには、気がつかないでいた。そして横島は、
転がる岩に目がけて、矢のような速さで突っ込み、右手をわき腹の真横まで引き、

「ちょっとデカイ石ころが、人の大切な子と、チョコくれた将来美女間違いなしの現在進行系美少女を、
潰そうとすんじゃ、ねえ!」

二人の姿が見えると、もう一つ珠を生成しながら突進し、岩の目の前まで至ると、胸の前に掲げていた左手を後ろにさげながら、
力を溜めていた右腕を、一気に解き放った。

「砕けろ!」

叫びながらも横島は『砕く』と念じ続け、一直線に最短距離を通る横島の拳が、岩に接触した。
横島の拳が、触れるや否や岩が、大きいもので大人の拳程度の大きさまで砕け散った。

岩が砕けるという、衝撃の光景に一番驚愕したのは、

「へ? マジで砕け…」

当の本人であったりする。砕けた岩は、いくつかは弾け跳んでいったが、ほとんどが横島に向かって崩れ落ち、

「ぎゃあ~~……」

大量の石に押しつぶされ、叫ぶ横島だったが、途中で全身が埋もれ悲鳴も途切れるのであった。
倒れていた木乃香が、やっと起き上がり手を振りながら走り、石の山内部に眠る横島に近づき、

「お兄さ~ん 大丈夫?」

その声に反応するように、石の山が崩れ始め『ボコッ』っと、石山の頂上に横島の頭が出てきた。
そして、ブルブルと頭を振り、髪に絡まった小石を払うと、

「あ~ 死ぬかと思った。…何だコレ?」

そんな、まだまだ余裕のある横島は、右手に握られた珠に気がつき首を捻った。そして、
キラキラした目で横島を見つめる木乃香が、

「凄いわ~ お兄さん。手が光ってたで、ゴッドフィンガー?」

「…いや、ちゃうけど(やべー どうしよう、力使っちまった。コレは、しまっとこ)」

否定しながらも、先程のタカミチとの会話を思い出し、冷や汗を流す横島は、ポケットに3つの珠を入れていると、

「なら、シャイニングフィンガーや。流派東方なんちゃらや!」

「…どこの流派それ? 空手?」

「知らんの? マスターヨーロッパって言うお爺ちゃんの流派で、たしか東方必勝だったかな? 
最近何人かの生徒がやってるゲームがあってな、ネギ君も親交を深めるためにやっとるんや。その中に出とったで」

「ふーん。しっかし、手が光ってもビックリしないんだ?」

木乃香の反応から横島は、魔法の存在を知らないのに、少女があまり驚いていないのが気になり、直球で尋ねると、

「うん。お父様やその知り合いの人が家に来たとき、酔っ払うとな『雷光剣』とか叫びながら、
木刀が光ったりする大道芸やっとってな~ 見慣れたんや。お兄さんの手も同じ様なもんやろ? 
あの岩も仕掛けやったんやな、驚いたえ」

「そうそう、俺の108ある芸の一つじゃ! (…魔法は秘密じゃあなかったのかよ。
関東も大概だと思ったが、関西も大丈夫か…)」

誤魔化しにかかる横島は、心の中で魔法の秘匿について心配になると、この場にはもう1人、
一般人が居るのを思い出し、

「千雨ちゃんは?」

木乃香に尋ねると、「あと107もあるんか凄いな、今度見せてもらおう」と呟いていたため、
自分の目で辺りを確認すると、

「千雨ちゃん!」

倒れたままの千雨を発見した横島が、慌てて駆け寄ると、

「気絶してるだけか。…うお! でけえタンコブがある」

心配顔の横島が、千雨の頭を支えると少女の側頭部には、大きなタンコブがあり、少女の直ぐ近くには
石ころがあった。見たくないものから、目を背けていた千雨に、横島が砕いた岩の一部が直撃した結果である。
横島が、意識のない千雨をそっと背負うと、

「とりあえず、もう外に行こっか」

「うん、ええで。こっちや」

両者共に、気絶した千雨を気遣い、さっさと図書館島から出る事にした。


昼前に図書館島を後にすると、散歩しながら見つけたベンチに座った横島が、まだ気絶した千雨を膝枕していた。
木乃香は、少し離れたところで電話をしている。ゆっくりと時が過ぎる中、

「うう~ん…横島さん…」

苦しげに声を上げる千雨が、瞼をピクピクさせると、徐々に重い瞼を開けた。そして、横島に気がつき
震える声で喋ると、声をかけられた男も、

「気がついたか、千雨ちゃん。大丈夫か?」

ホッとしながら、千雨の瘤の出来た側頭部を撫でようと右手を動かすと、バッと千雨が跳ね起き
横島の右手を反射的に避ける。千雨は、横島の右手から視線を外し、

「ごめん、もう私、帰る」

「これから、木乃香ちゃんと昼食いに行くんだけど、千雨ちゃんも行こうよ?」

「悪いけど、遠慮しとく」

言い終わると直ぐに、横島の言葉を聞く前に走り出す千雨。一緒に食事が出来ないとわかり、
残念そうにしている横島に、電話を終えた木乃香が、

「お兄さん、何食べ行くん? あれ、千雨ちゃんは」

「千雨ちゃんは帰っちゃったから、二人で。何か食べに行こっか。学園長、どうだった?」

木乃香の電話した相手、学園長の反応が気になった横島が、木乃香に尋ねると、

「うん、何か急に泣き出してたで。どうしたんやろ?」

「ふーん。情緒不安定なんかな」

横島が、当てずっぽうで答えを返した後、二人並び昼食を取るため、歩き出していく。


もちろん学園長が泣いた理由は、楽しそうに木乃香が語った、

「お見合い相手のお兄さん、面白い人やったよ。今までの人より、良かったで」

この言葉のためである。孫の見る目のなさに、悲しくなった学園長の目から、自然に涙が流れていた。



不安定な精神状態でひた走る千雨は、心臓が悲鳴をあげても走り続けていた。体が限界を超え、
疲れから自然と足が止まると、破裂しそうな胸を押さえつけた千雨が、途切れ途切れに、

「…何で…あの…人なんだよ…他の人なら誰…でもいいのに」

虚ろの目の千雨は、気を失う前の記憶を思い出し、

「岩を簡単に砕いたり…手が…光る人間がいる訳…ねえ」

再認識すると、顔が歪み、目に大粒の涙を溜めた少女が、茫然と佇んでいた。



春休み最終日、その日は満月。

吸血鬼が動き出す夜。

新たな被害者が桜通り近くのアパートの前で、警備員の男に発見された。


今宵の被害者は2名


『大河内アキラ』


『長谷川千雨』


共に、絡繰茶々丸の親友










感想をくださいまして、ありがとうございます。

レス返し

1414さま、申し訳ありません、千雨は更にかわいそうな事になりました。

kyonさま、誤字はそのうち、見直して修正しようと思います。エヴァは、まあ色々と空回りしてます。

まにさま、読み直していただいて、ありがとうございます。すみません、題名通り見合いしませんでした。

ライアさま、木乃香は、あと1人の候補に入っていますが、未だに悩んでる最中です。

良さま、悪霊ではありません、ストーカー幽霊なだけです。私も、そんな胸、見てみたいです。

aaさま、会社や和美の件はもう少し先の予定です。

コンテナさま、茶々はメスなんで、気にしないでください。…アキラ、最初から巻き込まれました。

ありゃりゃさま、千雨は、まだあのクラスでは常識人です。原作の見合いは、春休み最終日に、
お見合い用の写真を撮っていたが、木乃香が途中で逃げたという話です。その夜から、3巻の吸血鬼編です。

Runさま、一気に読んでいただいて、ありがとうございます。すみません、ここから、のんびりな話でないのが、出てきます。

最後に読んでいただいて、ありがとうございます。



[14161] 母、張り切り 娘、悲しむ  (ちなみにアキラはバーサーカーモードです)
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/11/13 23:00
外も暗くなってきた時分、麻帆良女子中等部の生徒が暮らす寮のエントランスから、佐々木まき絵が
外に出ようとしていた。湯上りの少女の肌は、ほんのりと桜色に染まり髪もしっとりとしている。
お風呂に入り暑くなったため、洗面具を持ったまま夜の散歩に出ようと、扉に手をかけたとき、

「おっ、佐々木も夜のお散歩?」

背後から名前を呼ばれたまき絵が、後ろを振り向き声をかけてきたのが、クラスメートの少女と
わかると朗らかに笑い、

「そうだよー 朝倉もなの? …なんで制服着てるの?」

休みなのに何故か制服姿の和美が、頭をポリポリと手でかきながら、

「いやー 何着ようか迷ったんだけどね、まあ普段通りの格好に決めたんだ。…選んでたら、
変に気合入ったからねぇ」

横島に会う予定の和美も、最初は着ていく服を選んでいたのだが、気がついたら肌の露出が激しい服装に
なっていた。一応少女も、取材に付き合ってもらうことを理解しているため、ジーパン等の服を着ようとしていた。
だが気がついたら、約束の時間に迫っていたため、選ぶ時間が無く制服を着るはめになるのだった。


ちょっと悔しそうにしている和美が、「あとちょっと時間があれば…」と呟いているが、のほほんとしているまき絵が、

「ねぇねぇ、朝倉。アキラしらない? まだ帰ってないんだよ~」

「知らないわね。携帯は?」

「持ってくの忘れたみたいで、部屋にあったよ」

「まあ、あの子なら大丈夫でしょ。痴漢に襲われたら、逆に痴漢の心配しなきゃいけないし」

「あっははは」

冗談めかして言った和美の言葉に、ツボにはまったのか腹を抱えて笑うまき絵。そして、まき絵の爆笑を
見た和美の悪戯心が発揮しだし、ニヤッと笑った少女が、

「笑ったこと、アキラに言っとくわ。もしかしたら怒るかもね」

「はは…はっ…」

まき絵の楽しそうな笑い声が、ピタリと強制的に止まり、怒ったときのアキラを想像し、火照って染まっていた
まき絵の顔が青ざめてしまう。頭を使うより、体を動かすのが好きなまき絵にしては、とても珍しい事に、
脳内で必死に怒らせないようにする方法を模索している。考えがまとまったのか、ハッとしたまき絵が和美をビシッと指差し、

「ア、アキラに告げ口したら、朝倉もやられるじゃん」

元々、アキラに話す気など、毛頭無かった和美は、気づかなかった風を装い、

「ああ~ それもそうね。じゃあ秘密にしとこっか」

「うん、そうして。 …部屋に戻るね」

安心したまき絵が、トボトボと自室に向かうべく歩き出した。不思議に思った和美が、首をかしげながら、

「あれ、散歩はいいの?」

「さっきまで暑かったけど、冷えたからやめとくよ~」

何故か汗が引いたため部屋に向かうまき絵に、和美が手を振り「風邪引くなよ~」と見送っている。
そして、和美も扉に手をかけ、桜通りの待ち合わせ場所に向かった。


目的地に少し早く着いた和美が、ベンチに座り腕時計を見ながら横島を待っていた。見事に桜が咲き誇った木々に、
全く目を向けない和美は、時間つぶしに携帯で、今日のニュースを調べている。小さな画面に集中している和美は、
突然の寒気に襲われ、体を震わせはじめた。訳も分からない和美が、不安げに周囲を見回していると、

「お~い、和美ちゃん」

「横島さん! 暗い中で女の子を待たせるのは、好くないな~」

駆けてくる横島に気がついた和美は、一転うれしげに頬を緩めて腕を大きく振っている。横島も、和美と同様に腕を振り、
手を伸ばせば少女に届く距離まで近づくと、

「ごめんごめん。家を出ようとしたらさぁ、茶々がついて来ようとしやがって。家に入れようとしても、
駄々こねてな。いや~ 手こずった」

「クス、連れて来ればよかったじゃん。それじゃあ、情報収集に向かお~」

待たせてしまったことに頭を下げ、手を合わせて謝る横島に、茶々を連れて来てほしかった和美が、
少し残念そうにしている。しかし、直ぐに気を取り直した和美は、横島の腕を取り歩き出していった。



美少女に腕を取られ満更でもない横島と、寒気の事を忘れている和美が、桜通りを後にするため、

「なに調べんの?」

「最近の噂でね。『親切な吸血鬼』について調べるんだ」

「へ~ そんな噂が流れてるんだ」

仲良く歩く二人は、更に和美が調べた事を説明しながら、その場から去っていった。
そして、先程まで和美の背後にあった、立派な桜の木の陰から大小二つの人影が、音もなく姿を現すと、

「ちっ、逃がしたか。男の血でもよかったが、アレは好みではないな。朝倉和美か、男の趣味が悪いな」

「……」

その中のトンガリ帽子を被った小さな人影が、獲物を逃した事に悔しそうに舌打ちしたが、和美の横にいた
男の顔を思い出し鼻で笑った。もう一つの影は、無言を貫いているが、

(良かった。和美さんを襲う事無く終わって…もし襲われたら、お母様に逆らえない私はどうしたら…)

内心は荒れ狂っており、和美が目をつけられたときなど、モーターの回転数が上がりっぱなしであった。
心底安堵していると、歩み寄ってくる新たな獲物を見つけた小さな影が、

「茶々丸、次がきた隠れるんだ」

「…はい」

目を逸らし隠れた茶々丸は、前に立つ主の次の言葉に絶望する事になる。

「ふむ、またクラスメートか。あいつらは、大河内アキラに長谷川千雨か」

目を見張った茶々丸が、主人と同じ方向に視線をやると、

(アキラさんに千雨さん、なんでココに…お母様、見逃してください…)

「う~む、また二人か」

すがるように見つめる茶々丸に、気がつかない主人はどうするか、迷うそぶりを見せている。
茶々丸が、はらはらしながら時が立つのを待っている。そして、獲物候補の少女達が、何か話しながら
通り過ぎていくと、考慮したすえに、

「まあ、そろそろ日も迫ってきたからな。二人まとめていただくか」

口の端を軽く持ち上げ牙を見せた主人は、ゆっくりと少女達に近づくため、桜の木の陰から出ながら、

「茶々丸、待機していろ。もし逃げられたら、追って捕らえろ」

「…わかりました」

主人の命令に逡巡した茶々丸だったが、命令を受諾した。無表情の茶々丸を残し、ひっそりと少女達の背後に立つと、
急に吹きだした風に主人の髪が揺れ、桜の花びらが舞い散る中、

「長谷川千雨、大河内アキラ…娘のために少しだけ血を分けてもらうよ」




時間を遡ること1時間ほど前、部活を終え更衣室にて着替えを行ったアキラは、一緒に帰る予定の
水泳部の友人を待っていた。暇になった少女は、最近持ち歩くようになった、太極図型のペンダントを
掌で転がしている。横島から貰ったバレッタや、このペンダントを触れると気分が何故か和らぐアキラ。
両手の指を折り曲げ、何かの数える少女は、

「…拾ってから、10ヶ月か。和美も『3ヶ月』で大丈夫って言ってたけ」

ペンダントを見つめるアキラは、落し主が3ヶ月現れなければ、拾った者にその物品の権利が与えられると、
和美から教わていた。そして、和美が調査しても、持ち主は見つからなかった。

実際には、警察に落し物を拾った一週間以内に、届けたら与えられる権利である。が、それを言ったら
真面目なアキラでは、面倒そうだったので、教えていない和美である。

横島からプレゼントされた、バレッタやぬいぐるみ程ではないが、このペンダントもアキラの中では
お気に入りの一品である。しかし、ペンダントを身に着けるのには、まだ抵抗があるアキラは、
胸ポケットに仕舞うと、待っていた友人がアキラのもとに来て、

「アキラー 入り口にあんたのお客さん」

「…誰?」

アキラは、こんなところに誰が来たのか疑問に思い、小さく首を傾げている。

「アキラとよく一緒に居る子だけど、名前はしらない。顔色悪かったから、早く行ってあげな」

「…わかった、ありがと。先に帰る」

一緒に帰る約束をしていたが、キャンセルをしたアキラは、帰れないことを友人に謝りながら、更衣室から出て行った。

運動部の他の3人なら、知らせてくれた友人も面識があるため、会いに来た人物が和美・茶々丸・千雨の誰かと、
アキラは予想している。そして、目的の場所に到着すると、長い髪を後ろで束ねた少女を発見する。
俯いた顔からは、相手の表情は見えなかったが、どこか暗い雰囲気に気がつき、心配になり急いで近づき、

「どうした、千雨…」

「急に来て悪いなアキラ」

眉を寄せ声をかけるアキラに、千雨は突然来た事を謝るが、気にするなという風に首を振るアキラ。
千雨の目が赤くなっているのに、目ざとく気がついたアキラは、

「…嫌な事でもあったか?」

「っ…」

息を呑む千雨に、何かあった事を悟ったアキラであったが、無理に聞き出そうとはしなかった。自分のもとに、
わざわざ来てくれた事を考えると、落ち着けば話してくれると考えている。そしてアキラは、千雨が凹んでいる理由が、
十中八九横島関係だと当たりをつけていた。千雨をここまで落ち込ませることが出来るのは、彼ぐらいしか
思いつかないアキラだった。また、横島が意識せず何かしでかしたと思ている。そして横島の存在が、
自分達の中では大きい存在である事を再認識したアキラは、優しく千雨の肩を叩くと、

「…よし。甘い物、食べ行こう」

気を紛らわせるため、千雨を甘味に誘った。千雨が何か言う前に、アキラが強引に千雨の腕を引いて行く。


図書館島にて見てしまった横島の力について、相談相手にアキラを選んだのは、腕力が規格外の事を除けば、
和美や茶々丸と比べても、まだ常識的な人間だと思っているからである。他の二人に相談しなかった理由は、
和美は変な情報を与えるとどうなるか分からず、茶々丸は度々常識外の発想をし実行するためである。
ネットを使用しなかったのは、無意識にだが横島を知らない者に、何か言われるのが嫌であった。


腕を引かれる形になった千雨は、困惑しながらも抵抗する事無く、アキラに従っている。落ち込む千雨が、
アキラの元に足を運んだものの、いざアキラを目の前にすると、何と言っていいのか分からずに、
黙ってしまっている。下を向いたままアキラに引っ張られていたが、不意にアキラの歩みが止まり、

「…ちょっと、待ってて」

千雨に一声かけたアキラは、手を離すと歩道に止まっている、ワゴンカーショップに向かった。
アキラが離れていくと、少し心細くなる千雨。しかし、大人しくアキラを待っていると、両手に何かを持ったアキラが
戻ってきた。微笑みと共に差し出してくるアキラに、反射的に受け取った千雨は、手渡された物を見て、

「クレープか…金払うから、ちょっと持っててくれないか」

「…気にするな、私の奢りだ」

「そうか、ありがとうな」

財布を出そうとした千雨を、アキラが手で制した。千雨が、感謝の言葉を口にすると、今度は手を引かれる事無く
、二人並んで歩き出した。クレープを両手で持った千雨が、クレープを口に運び一口食べると、

「うまいな」

「…うん。お気に入りのクレープ屋だから、美味しいって言ってもらってよかった」

しかし、この後は会話が弾む事はなく、二人とも無言でクレープを頬張るだけであった。
食べ終えた後も沈黙が続くと、何となしにアキラが、

「…茶々にでも会いに行くか」

「そんな気分じゃないから、すまん」

気にかけてもらっている事が分かる千雨だったが、横島のアパートに行くのを拒んだ。もしアパートに赴き、
横島と鉢合わせてしまう事を考えると、どう接していいか分からない千雨だった。


その後、歩く事10分近く、寮に向かうルートの一つである、桜通りに入ると千雨の重い口が開き、

「…なあ、もし、もしだぞ。人間の手で岩とか砕けたらどうする?」

「ん? …武術とかやってる人が、テレビで石とかパンチして壊してたけど」

てっきり横島についての話だと思っていたアキラは、予想外の質問に首を傾げたが、率直に意見を告げたが、

「そういうのなら、私も見たことある。だけどソレは掌サイズの石だろ。私が言ってるのは岩だ。
それも、私より倍以上大きなやつ」

ますます困惑するアキラだったが、自分が大きな岩を殴るイメージをすると、想像の中の自分が
殴りつけた手を押さえ、傷一つない岩の横で蹲っている姿がイメージできた。ちなみに違うイメージとして、
横島を出してみたアキラだったが、想像上の横島は岩を殴ろうともせず、めんどくさそうに岩を見た後、
横になり寝てしまった。ちょっと笑いそうになったアキラだったが、

「…無理。人間には不可能だと思うぞ」

「出来ないのは私にもわかるんだ。もしでいい、そんな事が可能な人がいたらどうする。それも近くに」

よく分からない質問であったが、悩んでる千雨のために、アキラは真摯にその問いについて考えると、

「…私なら、近づかないな。危なそうだしな」

「そう…だよな」

肯定してくれることを望みながらも、どこかで否定してほしかった千雨が肩を落とした。

「…でも」

しかし、アキラの言葉には、更に続きがあった。アキラの声に、千雨が横の少女の顔を見ると、

「クラスメートなら近づいてもいいかな。みんな騒がしいけどイイ人たちだからな…それに、
横島さんも平気だ」

安堵して笑うアキラに、心がざわつきだした千雨は、そんな表情で笑えるアキラに嫉妬しながら、

「な、何で断言出来るんだよ!」

「…千雨、横島さんに襲われたの?」

「あの人がそんなことするわけないだろ!? お前だってそう思ってるだろ」

「…まあな」

アキラのビックリ発言に、目を見開いて横島を擁護する千雨。少女達から信じられている横島である
…決してヘタレと思われているわけではない。

「…私は、千雨が何を思っているか分からないけど。ちょっとは安心できたか?」

アキラの問いかけにハッとした千雨が、何か考え込むように黙りだした。

事情が理解できていないアキラだったが、千雨の悩みが常識外のことに直面したためだと思った。
そして、それを近くの人間、横島に当てはめてしまい、不安になってしまったと予想している。


風が吹き出す中、本の少しだけ足取りが軽くなった千雨は、横島との記憶を思い出していくと、

(はは…精神的にきつい事もあったけど…楽しい事ばっかだ)

苦笑する千雨を見たアキラは、千雨の雰囲気が良くなってきたため、ホッとして胸に手を当てている。

(…でも、あの力、普通じゃあねぇし。どうしたらいいかわかんねえ! えーとこういう時は、初心に帰って…)

「長谷川千雨、大河内アキラ…娘のために少しだけ血を分けてもらうよ」

悩む千雨の思考を遮る様に、背後から名前を呼ばれた。さっと振り向いた二人は、トンガリ帽子を被った
小柄な人物に気がついた。声から少女と予想した千雨は、何故か揺るえだした体を両手で押さえている。
隣を見ると、アキラの体も震えていた。


ゆっくりと近づいてくるトンガリ帽子の少女に、本能的に恐怖を覚えたアキラは、

(…『血を分けてもらう』…『優しい吸血鬼』…)

トンガリ帽子の少女の言葉と、和美から聞いたフレーズを思い出すと、自然とアキラが開き叫んだ。

「千雨! 逃げろ!?」

震えるだけだった千雨が、アキラの声に反応し、無意識に帽子の少女が歩んでくる方向とは、
逆の方に向かい走り出した。


後ろを見ようともしない千雨が、数十秒全力で走った後に、背後を駆けている筈のアキラに向かい、

「何だあいつ! くそ、寒気が止まらねえ。 …? おいアキラ?」

アキラからの返事がないことをいぶかんでいると、更に一つの事実に気がついた。

(足音がしねえ!)

急ブレーキと共に、背後を振り返った千雨の目に、

「あの馬鹿! 自分で逃げろって言ったくせに!?」

先程居た位置から、一歩も動いていないアキラの背中が見えた。二三歩来た道を戻った千雨だったが、
直ぐにアキラ達から背を向け走り出した。

(くそくそ、かっこつけやがって! 私が行っても足手まといだ。さっきまで恐がってたのに、
調子がいいのも分かってる、でも頼れるのは横島さんしかいない。直ぐに連れて来てやるからな!)

友を心配する千雨は、ある男のアパートに向け駆けていった。



アキラの意外な行動に、歩みを止め悠然と佇む帽子の少女は、数m先にて震える少女に、

「あの女のように逃げないのか?」

「……」

恐いだろうにこの場に残ったアキラに、感心した帽子の少女は、

「友を守るためか。言うのは容易いが、実行できる者はどれだけいるやら」

クスクスと笑う帽子の少女は、アキラを見つめながら、

「まあ、長谷川も直ぐに追うがな」

「…追わせない!」

帽子の少女は、震えが止まったアキラの、強い意志がこもった目と視線を交わせると、

「ほお、これは中々」

唯の獲物と思っていた少女から、発せられるただならぬ気配に、弱体化してる今の状態では下手をすれば、
喰われるのはこちらと思い直し、油断を捨てる帽子の少女。

「くっくく」

「…?」

笑い出す帽子の少女に、アキラが不信の念を送っている。帽子の少女は、アキラの血の味を想像し、
自然と声を出し笑っていた。上質の獲物に、歓喜する帽子の少女が、

「気が充実してるな、美味しそうだ。ああ別に逃げてもいいぞ、先に長谷川を襲うがな」

自然体のアキラに、ゆっくりと歩いていく帽子の少女は、今夜の獲物は2人のため、最小の1人で手こずっては面倒と思い、

「ああ、言い忘れていた」

「……」

楽しそうに帽子の少女が言葉をかけてくるが、相手の動きに集中するアキラは無視を決め込んでいる。
気にした様子のない帽子の少女が、

「長谷川は、私の従者が追っているぞ」

「ッ!」

「グズグズしてると、長谷川が先に…」

帽子の少女は、挑発し終わる前に、まだ数m先に居たはずのアキラが、瞬きの間に目の前に現れ、
顔を掴まれてしまった。目を見張った帽子の少女は、

「速いな。障壁もあったのだが、力ずくで破るか。鍛えれば面白いかもしれんが」

無我夢中のアキラは、喋り続ける帽子の少女の小柄な体を持ち上げ、近くの木に投げつけようとした瞬間、
そっと帽子の少女の細い手がアキラの手首を軽く掴んだ。掴まれるや否や、全力で相手の顔を握っていた
アキラの手が、自身の意思に反し勝手に開き、相手を放してしまった。自身の手の行動に茫然とするアキラに、

「達人クラスの武術家を乱暴に掴む物ではないぞ」

余裕綽綽の帽子の少女が、掴んでいたアキラの手を捻ると、大柄のアキラの体が嘘のように宙に舞い、
アキラの視界がクルリと回り天地が逆転する。勝利を確信し、唇の端を持ち上げていた帽子の少女は、
すぐに笑みを凍りつかせ慌てて頭を下げ、アキラの手首を握っていた手を斜めに引き寄せ、アキラを
背中から地面に叩きつけた。相当な衝撃に、叩きつけられたアキラの体が、再び数十cm浮かんだ後、
重力に従い落ちた。一瞬で冷や汗をかいた帽子の少女は、額の汗を拭きながら、

「ちっ、あそこから反撃してくるとは思わなかった。おかげで、かなり本気で投げてしまった」

宙を舞った瞬間、アキラは受身を取ろうともせず、帽子の少女を視界に捉えると、全身全霊の張り手を
少女の顔に向けて放っていた。帽子の少女は、間一髪でその手を避け、頭の上の帽子に当たるだけに終わった。
命中した帽子を、手に取った少女はゾッとした。帽子の真ん中が、アキラの手形にくり貫かれていたためである。

「顔に喰らっていたら、こちらの負け…て言うか殺されてたな」

「…逃げ…ろ、千…雨」

「頑丈だな。まだ意識があるのか。だがもう動けんようだな」

感服する帽子の少女は、目の焦点が合っていないアキラの上半身を起こし、迷い無くアキラの白い首筋に噛み付き、
血を啜りだした。抵抗しようにも全身を襲う痛みに、指先すら動かないアキラの意識が奪われるのに、
大した時間はかからなかった。




「ちくしょう。何で気づかなかったんだよ!」

極度の緊張から喉がカラカラの千雨は、アパートまであと少しという所で、携帯で連絡を取ればいいと思い至り、
走り続けながら携帯を取り出した。指先が上手く動かない千雨は、慌てながら登録してある番号を探していると、
突然目の前に人影が舞い降りてきた。驚き動きを止める千雨は、舞い降りた人影に携帯を奪われた。

電灯の光に照らされ、携帯を強奪した人物が誰か分かると、大きく目を開けた千雨は、

「茶々丸!?」

千雨の声が聞こえていないかの様に、無反応の茶々丸は手に視線を集中させ、即座に電源を落とした。
混乱状態の千雨は、その事実の意味に気がつかずに、助けがきたと思い込み、

「いい所に来た、アキラを助けてくれ!」

「…すみません」

千雨に顔を向けない茶々丸は、携帯を見つめたまま、謝罪の言葉を口にした。茶々丸の行動に、
今更ながら嫌な予感が頭を過ぎった千雨は、

「な、何で謝るんだよ。ま、まるで、さっきの奴の…」

「マスターの命令は絶対です。千雨さん、あなたを捕らえます」

困惑する千雨は、最後まで言葉をつむぐ事が出来なかった。認めたくない千雨であったが、
俯く茶々丸から震える声が聞こえると、眉を寄せ悲しそうに表情を歪める。友に裏切られたと思った千雨は、
罵倒しようと口を開きかけ、あることに気がつき、

「何で泣いてんだよ。お前はあいつの仲間なんだろ」

激昂しかけていた千雨は、下を向きポロポロと涙を流す、茶々丸を見てしまうと一気に頭が冷え、
茶々丸の意思を確かめるために、

「お前、本当はイヤなのか?」

「マスターの命令は」

「お前がどうしたいのか聞いてるんだ!」

怒鳴りつける千雨に、顔を上げた茶々丸だったが、真っ直ぐに見つめてくる千雨と目を合わすと、
直ぐに逸らしてしまった。黙り込んでしまった茶々丸に、埒が明かないと感じた千雨が、

「わりいけど、お前に構ってる暇はない。アキラがまだあそこに居るんだ。どけ」

アキラについて考えると気が気でない千雨が、身動ぎもしない茶々丸に苛立ち、避けて通ろうとすると、

「…千雨さん」

口を閉ざしていた茶々丸が、小声で語りかけてきたため、茶々丸を信じて話を聞こうとする千雨。
茶々丸は、アキラを助けるのは無理と判断し、千雨だけでも逃がそうと、マスターの命令と、
自身の意思がせめぎ合いをしていると、

「あまり遠くに行っていなかったのだな。追い抜いてしまっていたぞ」

茶々丸の背後、電灯の光が届かない闇の中から、声が聞こえてきた。茶々丸の体が一瞬ビクつくと、
声の主が光の下に姿を現す。その正体に気がついた千雨が、

「て、てめえ、エヴァンジェリンだったのか。アキラはどうした!」

名を呼ばれたエヴァは、千雨が既に詰んだ状態であるため、余裕たっぷりに、

「さっきの場所でぐっすりと寝ているぞ。茶々丸、ここはもういいから大河内のところでも行くといい。
いつもの様に運ぶのだろ」

「…はい、マスター」

エヴァの方を一度も確認しない茶々丸が、アキラの元に向かうため、場を離れていった。
エヴァを刺す様な目で睨む、千雨の横を通り過ぎるとき、千雨だけに聞こえるように、

「申し訳ありません」

囁いて闇に消える茶々丸。



茶々丸が去ると、拳を握り締める千雨を、品定めするように上から下まで眺めたエヴァは、

「大河内の血は、素晴らしい味だった。それに比べるとお前は、期待できそうにないがまあいい。
抵抗しても構わんぞ」

歯を食いしばった千雨は、一歩一歩近づいてくるエヴァを、目の前にきたら殴りつけるつもりでいる。
そして、エヴァが無警戒に歩み寄って手を伸ばしてくると、

(せめて一発は叩いてやる。今だ! あ、あれ、体が動かない。目の前にいんだぞ、動けよ!)

「くっくく、そんなに怖いか? 怯えた目をして、体も震えているぞ」

エヴァに言われ、はじめて自分の状態に気がついた千雨。アキラの血を吸い一層威圧感を増したエヴァの前では、
喧嘩すらした事がない千雨の体が、エヴァへの反抗を拒否した。エヴァの白い手が、千雨が動けと念じる中、
そっと首に添えられる。そして、エヴァの口が千雨の細い首に近づくと、千雨の首に鋭い痛みが走った。
目を歪めた千雨は、

(ちくしょ…う、ゴメン、な…アキラ。足止めし、てく…)

アキラの頑張りを無駄にした事を、悔やんだまま千雨が気を失うのだった。


吸血行為が終わったエヴァは、体の奥から力が漲るのを感じながら、

「意外に悪くなかったな。吸い過ぎてしまったぞ」

不摂生をしているように見える、千雨の血が意外にも上質であった事に驚いている。
仰向けに倒れた千雨を、見下ろしながら、

「しかし大河内もだが、こいつの血も変わった味だったな。活きがいいというか… 初めての味だった。
まあいいか、美味かったし力もついたからな」

大満足したエヴァは、アキラにしたように念入りに今日の千雨の記憶を消すと、背後に気配を感じ、

「茶々丸、こいつも運ぶのか?」

「…はい」

ぐったりしたアキラを抱えた、無表情の茶々丸がいた。被害者に興味のないエヴァは、「そうか」と頷くと、
欠伸をしながらさっさと帰宅していった。


残った茶々丸は、アキラと千雨を並べて、桜の木にもたれさせ、

「アキラさん、すみません。友達を助けるのは当たり前なのに、私はお二人を見捨てました」

アキラに頭を下げた茶々丸は、次に千雨の頭にソット手を乗せ、動かしながら、

「千雨さん、いつものように怒鳴ってください。でないと私は…」

千雨の頭から手を離した茶々丸は、輝く月を見ながら、

「二人と親しくならなければ、こうならなかったのでしょうか? それとも、あの人に出会わなければ、
良かったのでしょうか? 横島さん、あなたといる資格は私には…ないみたいです」

何も答えてくれない月を見上げている、茶々丸の瞳から一滴のしずくが頬を流れた。







感想をくださいまして、ありがとうございます。

レス返し

1414様、私はハッピーエンドが好きです。しかし、何人かにはヒビないし折るのもありと思っています。実行できるか分かりませんが。

トマト様、はい、その通りです。これからも楽しんでいただけるよう、頑張っていきたいです。

quiqui様、エヴァ編は一応おおまかな話は決めています。何故か頭の中では、ネギ君が天然ボケキャラになってしまっています。

良様、文殊は女の子1人につき一つ作ってみました。妄想の茶々丸・和美・アキラ、そして目の前にいた千雨です。アスナ・マナ・木乃香では、まだ作成には不十分でした。

疑似餌様、誤字脱字報告ありがとうございます。大丈夫です、忘れておりません。

レネス様、強化できるといいな。3人とも。気分で変えてしまうから、謎です。

蒼様、小太郎はちょいちょい強化させたいと思っています。仕事はもちろん修学旅行編関係ですが。

コンテナ様、今回の千雨の反応は、前回の普通の生活の重要性を再認識したためです。

ありゃりゃ様、今のところ横島=兄 ネギ=弟のような状態です。折れたものは、上手く直れば太くなるかもしれませんよ。

最後に読んでいただいて、ありがとうございます。



[14161] 1人だけシリアスなお話
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/12/05 23:00
一通り、被害者が発見された地点を練り歩き、情報を集める横島と和美は、全く有意義な情報が集まらずにいた。
暇になった横島は、並んで歩く和美に、

「ねえねえ和美ちゃん。他になんか面白い噂とかないの?」

「そうだね~ あっ、高畑先生の噂ならあるよ」

共通の知り合いのため、興味が出た横島は、

「どんなの? まああのオッサンなら、女関係か…くそ変態オヤジめ!」

「女関係じゃあないよ。…むしろウチのクラス限定だったら、横島さんの女関係の噂が流れまくってるけど」

横島関係の噂になると、和美自身のことにまで言及されるため、ゴニョゴニョと口の中で、
言葉を作るのみだった。

「ん、何か言った?」

よく聞こえなかった横島が、怪訝そうに和美に聞くと、慌てた和美が自由な手をパタパタ振りながら、

「な、なんでもないわ。え、え~と高畑先生の噂だけど」

何故か赤くなっている和美を、可愛いなあと思う横島は話しを聞くべく集中すると、
落ち着いた和美が手帳を見ながら、

「高畑先生は異様に出張が多いんだ。何でかわかんないけど、時々怪我もして帰って来るんだ」

「ふ~ん、あのクソ強いタカミチさんが怪我ねえ」

教師の出張で、怪我をおってくる理由が分からない和美。そして、タカミチの強さを肌で知る横島は、
タカミチが負傷する事に驚いている。和美の話が続くと、

「で、最近大怪我をしてた事があったんだ」

「最近あったけど元気そうだったけどな。茶々の事も聞いてきたし。いつぐらいそれ?」

「2月の終りくらい。高畑先生、チビちゃんの事知ってるんだ」

「おう、仲いいぞ。…2月の終わり?」

何か覚えがあるのか、横島が引き攣った表情をしている。


ちなみに、タカミチは暇なときに、横島に食事を奢ったりしてる。そして、茶々が来てからも
横島の家に上がっているため、少女達には及ばないが結構懐いていた。そして、オコジョになった時に、
一時獲物と認識されてからは、何故か人間に戻っても不意に噛まれていたりする。


意外な事を知った和美は、横島の微妙な表情に気がつかないまま、

「うん、2月の終わり。怪我の内容だけど、頬には獣にやられた様な引っ掻き傷に、
頭や腕にも包帯巻いてたんだ。噂ではお腹にも傷があるらしいよ。どうかした横島さん?」

「い、いや、何でもないぞ!」

途中から顔を逸らしていた横島に、どうしたのかと思った和美。噂の真実に気がついた横島は、

「あっ、その怪我ならウチの猫がやった」

とは言えなかった。そんな真実を知らない和美は、横島の反応に首をかしげた。だが、話が終わっていないため、

「ふ~ん。でね、チャンスと思った不良集団が、高畑先生を襲撃したんだ。瞬殺されたらしいけど。
何だか威圧感や迫力が前以上になってたんだって」

横島がしみじみと、『あの一週間で、タカミチさん4~5回は死に掛けたからな~ 迫力も出るか』と思っている。


ある魔法関係の取材でタカミチが『今迄で一番死を意識した時は』と、質問を受けたとき「友人の飼い猫に襲われたとき」と
真面目に答えた。ちなみに質問者は冗談と受け取った。


横島の反応に、手ごたえを感じた和美は饒舌に、

「巷では、出張先で大きさや体重が数倍以上の、ホワイトタイガーに襲われたんじゃあないかって言う、
噂が「ぶっ、くくく」そんなに面白かった?」

腹を抱えて笑う横島に、和美が不思議そうにしていると、

「まあ黒い模様はないが、白い毛並みはしてるし、同じ猫科だな」

「おっ、何か知ってるの横島さん?」

この噂について横島が、何か知ってると感ずいた和美の問い掛けに、軽く頷いた横島は、

「まあね。そん時タカミチさんオコジョになってたんだ」

「…横島さん、その冗談つまんない」

冷めた目で和美が横島を見つめると、嘘をついてると思われたくない横島が、

「本当だって。前に言ったじゃん。魔ほ「コラ! そこの女生徒、こんな時間になにをしている」…でけえ声だな。
たしかこの声は」

横島の声を遮るように、背後から大声が聞こえてきた。その声に反応した和美が、頭を掻き、
スカートを少し持ち上げ、

「げっ、見つかっちゃった。やっぱ制服は拙かったか」

逃げようとアイコンタクトを送ってくる和美に、横島は背後の声に覚えがあり振り向くと、

「やっぱガンさんか。そっかここらの担当でしたっけ」

知り合いであるガンドルフィーニの登場に、安心した横島が辺りを見回した後に会釈をしている。
横の和美も、背後を見て「たしか前にチビちゃん保護してくれた人だ」と呟いている。


以前この二人、勘違いから殴り合いを演じていた。横島は、茶々を誘拐されたと勘違いし、
ガンドルフィーニは正当防衛により手を出していた。二人の顔が変形する頃に誤解も解け、
二人の怪我の手当てのため、茶々を連れガンドルフィーニ家に案内されていた。


和美ばかりに注目していたガンドルフィーニの方も、和美の横にいる横島に気がつき、

「ああ横島くんか。こんな時間帯に少女を連れまわすとは、感心できないな。それともまた、
茶々君探しの最中かい?」

「違いますよ。ちょっと噂の検証に、町をぶらついてるんです。この子はしっかり送るんで見逃してくださいよ」

ヘコヘコと頭を下げる横島に、あまり好い顔をしていなかったガンドルフィーニであったが、

「まあほどほどにな。所で早く茶々君の子供をくれないか?」

「いやいや、早いすっよ。茶々、まだ生まれて一年たってないはずですから」

「そうか、残念だ。娘が茶々君に会いたがっていて。最近はあまり言われないが、前は顔を合わすたびに
「ネコさんは?」と聞かれると、辛くてね。茶々君の子供なら喜ぶと思うんだが」

愛する娘の願いを叶える事が出来ず、苦悩する父親の姿があった。肩を落とす父親に、
横島が笑いながらガンドルフィーニの肩を叩き、

「ああ、それなら大丈夫っすよ。時々、茶々つれてガンさんの家に行ってるんで」

「…なんだと。私は知らないぞ」

場が少しずつ不穏な空気になっていったが、全く注意を払わない横島。空気が読める子・和美は、
横島が余計な事を言わないように祈っていたが、

「そういや、いつもいないっすね。飯も出してくれるんですけど、奥さん料理上手っすよね。
それに、お子さんと俺『メル友』ですよ。茶々の写メール送ると喜ぶんすよ」

と、火に油を注いでいる。しかし、逆に燃えすぎた所為か、一転悲しそうに、

「私にはメールくれないのに。…いっそ携帯を取り上げ…ダメだ嫌われてしまう…」

と、ブツブツと呟いている。傍から見ていた和美は、娘を持つ父親は大変なんだなと暢気に考えている。


ガンドルフィーニが、がっくりと気落ちし寂しそうな顔で去っていた。のほほ~んとした顔で、
哀愁漂う父の背を見送る横島が、

「う~ん、どうしたんだ? 何か途中からガンさん元気なかったな」

「まあまあ、お父さんは色々考えるんですよ」

和美の意見に、今ひとつ理解していないが「なるほど~」と感心し頷く横島。そして、
本題を思い出した横島が、

「次、どこ行こっか?」

「そですね~ 被害者が発見され場所は、ほとんど回っちゃったんだよね」

和美が、これからの予定を考え悩んでいると、横島の携帯が『メールでーす』と音を発し知らせてきた。
慌てる事無く横島が、携帯を手に取ると『千雨ちゃん』と表示されていた。昼に別れた時から、
千雨の事が気になっていた横島は、すぐさま内容を確かめるため開くと、目を見開き息を飲み固まった。
横島の只ならぬ雰囲気に、和美は原因である携帯を覗き込みながら、

「変なメールで…千雨ちゃんにアキラ! 『桜通りで倒れています』な、何でこんなメールが…」

友の名を叫び、目を丸めた和美の視線の先では、木に身を預け力なく頭を下げているアキラと
千雨の姿が映っていた。そして、弾かれるように走り出した二人は、横島が和美のペースに合わせて
走っている。焦り顔の横島は、一秒でも早く二人の下に行きたかった。が、一緒に行動する
和美を置いて行くのを躊躇い、スピードが出し切れていないでいる。しかし、横島の心情を汲み取った和美が、

「横島さん! さき行って」

「だけど…」

「私はいいから、早く!」

逡巡し眉を寄せ、和美を見つめる横島に、真剣な和美の声が迷う男の背を押した。そして、
トップスピードを出そうとする横島が、走り去る前に、

「先に向かう。和美ちゃんも来るんだったら、なるべく人通りが多いところを!」

「わかってるって」

和美の言葉を聞くと、瞬く間に和美を引き離していく横島。全力で走る男を見つめながら、

「はっやいな~ …二人とも大丈夫だよね」

横島の身体能力に感心していたが、すぐに友人達を心配し表情を翳らた和美も、横島の言う事を聞き、
人通りの多いルートを考え必死に足を回転させていた。


桜の木の下にて茶々丸は、無断使用した千雨の携帯を、持ち主のポケットに戻した。
そして、気絶した二人を無表情のまま見つめ、

「二人ともしばらくお待ちください。直ぐに横島さんが来ます。…私は」

表情を崩す事無く茶々丸が、二人から遠ざかり木の陰に隠れ、横島が来るまで二人を見守る事にした。
そして、千雨の携帯を使用しメールを送ってから、10分もしない内に、

「千雨ちゃーん! アキラちゃーん! どこだ!?」

隠れる茶々丸の元まで、まだ姿は見えないが男の悲痛の声が聞こえてきた。男の胸を切り裂くような声に、
センサーを切りたかった茶々丸だったが、男の声に安堵と同時に、何故かボロボロと滝のように涙が流れている。
隠れる茶々丸の視界に、見慣れた男性の姿をおさめると、

「…横島さん」

横島は、茶々丸の見慣れた笑顔ではなく、切羽詰った表情をしている。そして、横島が木にもたれる、
二人を見つけると、

「いた!」

特に外傷が見えない二人に、少しだけホッとした横島は、集中力が低下したため足をもつらせ、
二人から後数mの所で転倒した。頭から転がる横島は、二人の直前で止まると、止まるときの反動で
ポケットの中から、一つの珠が転がり落ちている。珠に気がつかない横島は、気絶する二人の肩に手を置き、

「大丈夫か… くそ! 和美ちゃんから聞いた噂どおり、牙の跡がありやがる」

近くから二人に傷がないか確かめていた横島は、首筋に残る傷跡を発見した。自身も吸血鬼に噛まれた事がある横島は、
恐る恐るアキラの閉じた柔らかい唇を指で押し上げ、

「…良かった。吸血鬼化はしてないな。 …ほっ、千雨ちゃんも無事か」

変化のない二人に、一先ず緊張から開放された横島。二人の手を握り、心の底から二人の早い目覚めを期待した。
すると、横島の背後から光が放たれ、

「何だ!」

光に気がつき、まだ吸血鬼が近くにいたかと思い、二人の手を離し立ち上がり、慌ててハンズ・オブ・グローリーを
発現させ背後を振り向いた。



隠れて3人を見守っていた茶々丸は、涙が止まった目を少し大きく開けている。最初は、
横島の背後の輝きに注意を払っていたが、今は横島の光る右腕に釘付けになっていた。
どことなく残念そうに頷いた少女は、

「やはり、魔法関係者でしたか」

茶々丸は、横島が普通ではないことには、初めての出会いから気がついていたが、決して
調べようとはしていなかった。本人の自覚はないが、もし横島について調べたら、彼との関係や
友人達との付き合いが、変わってしまうのではないかと恐れたためである。

じっと、まるで横島の姿を焼き付けるかのように凝視した茶々丸は、不意に体ごと反転し歩みだすと、

「千雨さんとアキラさんのために横島さん、あなたはお母様の前に現れるでしょう。
その時、あなたの横に入れたらどんなに良かったか。…たとえ負けるとわかっていても」

確かめるように独白する茶々丸は、歩みを止めたが一切背後を振り向こうとはせず、
息を大きく吸い込み、

「次に会う時に、私は…あなたの敵です。決してお母様の前に立たせません」

少女の表情は、夜のために誰にも判別がつかなかった。本人すら、自身がどのような顔をしているか、
判らないままその場を去っていった。


優しき少女が、1人の男性を最強の魔法使いから守るために、守るべき男性との敵対を決意した瞬間である。



大切な存在である少女が、去っていったのを知る良しもない横島は、光は一つの珠から
放たれている事を知覚し、

「あれは確か、図書館島で俺が握ってた珠か」

いぶかしむ横島が、注意して珠を見つめると、

「字が書いてあんのか。 …『覚』?」

恐々とソレに手を伸ばした横島は、2~3度人差し指でつっつき特に害がないとわかると、
親指と人差し指で摘みあげた。何かこの珠に覚えがあるのか、悩んでいる横島だったが、
二人のほうが気になった。そしてハンズ・オブ・グローリーを消し、珠を握ったまま振り向きながら、

「どうすっか。1人だったら楽に運べるんだけどな」

親しい少女達を肩で担ぐのは、気が引けた横島が悩んでいると、珠を握り締めた指の隙間から
光があふれ出てきた。ビックリした横島が、反射的に手を開くと、眩い輝きが少女達を照らしだした。

「な、何だこりゃ!」

「…ううん」 「んっ」

光る珠が、役目を終えたように横島の掌の上から消え去ると、気絶していた少女達から、
うめき声が発せられた。覚醒しだした少女達を、肩膝を着き覗き込んだ横島は、

「大丈夫か? 変な事されてないよな!」

「…あっ、横島さんだ。えへへ」

「へ? おお~~」

何でか知らないが、トロンとした目で微笑むアキラが横島の右腕に抱きつき、動揺する横島の腕に
頬をすりすりしだした。右腕の肘辺りに挟まれる幸せな感触に、目じりと頬が緩む横島に、冷たい視線と共に、

「やっぱあんたも胸か! そんなに大きいのがイイのか、茶々と同じ趣味か」

ニヤニヤする横島の頭上から、千雨の怒れる声が耳に突き刺さった。ビックーと背筋を伸ばした横島は、
アキラの「…横島さんの部屋と同じ匂い…落ち着く…」と呟いていたが、気がつかず左手だけをあたふたと動かし、

「い、いや。け、けっしてそんな事はないぞ。大きい胸には大きい胸の素晴らしさ、
小さい胸には小さい胸の素晴らしさがあると思うんだ」

ふらつきながらも両足で立つ千雨は、座った目つきでアキラが抱きついている横島の肘を睨んでいる。
恐怖を感じた横島は、必死によくわからない説明をしている。通常なら納得するはずがないのだが、

「本当か?」

拙い説得に、何故か納得したらしい千雨だった。

「うんうん。ぼく嘘つかない」

「よしならいい。頭撫でさせろ」

何度も頷く横島に、ニコリと笑い許しを与えた千雨の要望に、逆らわないほうがいいと直感した横島が、
頭を直ぐに差し出し、

「どうぞ『ギュッ』…ち、千雨さん?」

千雨が左腕で横島の横顔をしっかり抱え込んだため、肩頬に心地良い感覚を感じている横島。
困惑のあまり普段の『ちゃん』ではなく、『さん』付けで少女を呼びながら、頭を動かそうとすると、

「動くなよ!? やっぱいい手触りだな」

あまり命令に逆らう事を知らない横島は、千雨の言うとおり身動ぎを止めた。動かなくなった横島に
満足した千雨は、横島の頭の上に置いた手を、掌で円を書くように動かしたり、軽く上下に動かしたりして
横島の髪を弄んでいる。

横島は、少女達の甘い匂いと柔らかい感触に包まれ、幸せを満喫しているのだが、何故こうなるか
(アキラには腕を抱きつかれ・千雨には頭を抱えられている状態)全く判らず困惑していると、
男を抱える二人が同時に、

「落ち着くな。こういう夢も悪くねえな」   「…暖かい。夢なのに、本物みたい」

二人の口から回答が飛び出してきた。二人は完璧には目覚めておらず、夢うつつの状態であった。、

「…寝ぼけてんの? ま、まあ得だからいいか」

横島も答えに気がついたが、役得であるからほっとく事を決めたが、

「へー、急いできてみたら、随分と余裕みたいね。アキラに千雨ちゃん」

その声は、とても静かであり、横島には氷のように冷たく聞こえた。頭を押さえられているため目線だけを、
必死に動かした横島が見たものは、もちろん笑みを浮かべた和美である。キレイな笑顔であった。
…額に青筋さえ浮かべていなければであるが。

引き攣った笑顔の横島は、つかつかと歩み寄ってくる和美から、逃げ出したい気分になっている。
しかし、和美の登場に気がつかない二人に、しっかりと捕まえられているため、動けないでいる。
横島の脳裏には、こういう状況になると、暴力を振るわれる記憶しかなく、

「か、堪忍してくれ。お、俺にも何でこうなったか、判らないんだ!」

「「ふんふんふ~ん」」

理不尽と思いながらも、条件反射で和美に謝る横島。ご機嫌のため鼻歌を歌いながら、
夢の中と疑わない少女達。そして笑う和美が、横島達の手前で止まり、手を振り上げると、
観念し目を閉じた横島の耳に、『バシィン バシィン』と軽い音が二度響いた。しかし、
横島には叩かれた痛みは無く、不思議に思い目をソロソロ開けると、

「いてえな、何すんだ和美! …痛い?」

「……」

「こ、この状況で俺が無傷だと? ゆ、夢か…いや夢でも結構ボコボコにされたよな。
それに、この子達の感触は本物だ」

痛がる少女達を見た横島は、意外な展開に動揺し、夢の中かと疑った。が、少女達の暖かさと柔らかさから、
何とか現実と認識できている。

そして、幸せ気分だった千雨は和美を睨みながら、痛覚がある事に疑問を覚えている。
アキラは無言で、夢のはずなのに痛む頭を擦っている。そして、和美に見下ろされながら、
嫌な予感がしてきたアキラと千雨は、お互いの目が偶然合った。そして、無言で相手の頬に手を伸ばし、
頬を掴むと同時に抓った。

「痛いな」 「…痛い」

「そりゃあ現実だから痛いに決まってるでしょ」

和美が両者を馬鹿にしたが、二人はそれ所ではなかった。二人の少女は、今の状態が
夢ではなく現実であると知ると、ゆっくりゆっくりと自身が抱いている人物を見ると、

「ああ~ 正気に戻った?」

和美に殴られなかった事に、良かったと思う反面、どこか物足りなさを感じ本調子でない横島がいた。
数秒固まったアキラと千雨は、おかれた状況に気がつくと、頬どころか首元まで赤くし両手を勢いよく開き、
横島から離れようとした。そして、千雨は距離をとる事に成功したが、膝を突いていたアキラが、
反動をつけ後ろに飛ぶように離れようとすると、

「…つぅ」

背中に痛みが走り、イメージした後退とは違う中途半端な姿勢になってしまい、後ろから倒れそうになった。
真上を向いたアキラは、倒れそうになりながら満月を発見し、背中から地面に落ちそうになりながらも
「…キレイ」と呟いている。そして、数秒もしないうちに、地に落ちるはずだったアキラを、

「ほっと。危ないよアキラちゃん」

片膝を着いた体勢の横島が、右足に力を込め一気に地面を蹴り押し、体をアキラの横に移動させた。
そして、アキラの背中と膝裏に手を差し込んだ。お姫様抱っこされたアキラは、恥ずかしそうに
横島の顔を見ないように俯き、

「あ、ありがとう…」

「どういたしまして。アキラちゃん背中でも痛めた?」

「…うん。さっきまで気がつかなかったけど、動くと結構痛いかな。そ、その降ろして…」

「ああ。 …大丈夫か?」

平気と頷くアキラをそっと降ろした横島が、少女の怪我を心配そうにしていると、仁王立ちしている和美が、

「さて、ちょっといい千雨ちゃんにアキラ」

「何だ」

「…何」

普段通りを装うアキラと千雨だったが、内心何を言われるかドキドキしている。真剣な目で
二人を見る和美が、

「二人とも、身体は大丈夫? 何ともない?」

「私は特に何ともないぞ」

「…背中が痛いだけだから、問題ない」


二人に特に害が無かったと知れると、和美は地面に腰を落とし座り込むと、

「よ、良かった~ すっごい心配したんだから」

ここに来るまで、襲われた友人たちが心配でたまらなかった和美である。着いたら着いたで、
嬉しそうに横島に抱きついている二人を見た瞬間、頭の血管がブツンと切れてしまった。
そして、気がついたら二人の頭を、結構強めに叩いていたのである。

座り込み涙ぐむ和美に、目をパチクリさせている千雨とアキラ。吸血鬼に襲われたことを知っている横島は、

「うう、エエ子やな~~」

和美の反応に、感動した横島は滝の涙を流している。


今日一日の記憶が消えているため、自身の身に何が起きたか知らない、アキラと千雨は互いに
首を傾げている。しかし、和美に心配されていたことが伝わると、

「よくわからんが、心配かけたみたいだな」

「…すまん」

「うっぐ、いい。無事だったから」

二人は和美の肩に手を置いたり、背中をさすって和美を落ち着かせだした。二人のおかげで
和美が落ちつくと、泣き止んだ横島が、

「とりあえず、アキラちゃんの手当てのためアパートに行こうか」

「…大丈…いたい」

時間も遅いため、アキラが辞退するため手を振ったが、手を振る動作だけで、背に痛みが走り顔を顰めた。
アキラ以外の3人が、アキラが大分背中痛めている事を心配し、

「気にしなくっていいよ」

「行こうよ。手当ては私と千雨ちゃんがするからさあ」

「何で私まで。帰って寝たいんだよ」

行く気満々の和美が千雨を巻き込むと、先程横島に抱きついてしまいまだ恥ずかしいため、
一刻も早くこの場から離れたい千雨である。しかし、和美が千雨の耳元で、

「横島さんとアキラが二人っきりになっちゃうし。手当てすると、場所が背中だから、
どうしてもアキラは上着脱ぐわよ」

「よし! さっさとアパートに行くぞ、横島さん」

瞬時に意見を翻す千雨だった。こうして一行は、横島家に向かう事が決定した。ちなみにアキラは
何も言えないでいたため、周囲の勢いに押され有無言うまもなく、連行されることが決まった。

「さて横島さん、アキラ運んでよ」

「…歩ける」

和美のお願いに、当事者のアキラが否と答えたが、残念ながらこの場でアキラの主張は通らず、

「だーめ。さてアキラちゃん、おんぶとお姫様抱っこどっちがいい?」

「…えっと。お、おひ…おんぶで」

「りょーかい。はい」

どちらが言いかと言えばお姫様抱っこが良かったが、恥ずかしさと千雨と和美のニヤつきに気がつき、
諦めるアキラ。そして、にこやかに屈む横島に、おずおずと横島の背中に身を預けるアキラがいた。
他の二人も、羨ましそうに見ていたが、今回は怪我人に譲った。

道中、横島は理由は不明であるが、必要以上に身を揺すっていた。








感想をくださいまして、ありがとうございます。

レス返し

蒼様、横島が頑張るのは、いつだろうなぁ。吸血鬼編の最後のほうは決まっていますが、途中はまだあまり…
関西弁は、以後気をつけて書いていきます。

コンテナ様、横島の力はシリアスモードというか、人間として落ち着きが出ると、下がると考えています。

通りすがり様、指摘ありがとうございます。老師が吹き飛んではだめですね。

良様、黙ってはいません。アキラと茶々丸は、ダメージを受けましたが、千雨は今のところ忘れています。
勝敗はどうしよう。

ありゃりゃ様、美神流の卑怯技か… もう一度原作読み直してみようと思います。『血の味』は一応考えていますが、
流すかもしれません。

ミオ様、記憶と能力の復活は、申し訳ありませんが、ココでは書きません。


エヴァについて書かれていますが、一応考えています。

最後に読んでいただいて、ありがとうございます。



[14161] お泊り (千雨が玄関に座ったら、ボディブローをくらい悶絶でした)
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2011/03/24 23:37
アキラを背負った横島と少女達が、横島のアパートのドアの前に到着すると、

「あ~ 千雨ちゃんでも和美ちゃんでもいいから、ドアの近くでちょっと座ってくんない?」

横島の頼みごとに、疑問符を浮かべた和美と千雨は、互いに目配りをした後に千雨が、
和美に向かい首を動かし『お前がやれ』と指示した。頷いた和美がドアの横で両膝をつけ、
横島の方を見ながら、

「うんじゃまあ、コレでいい横島さん?」

「OK。千雨ちゃん、ドア開けて」

「はいよ」

アキラを背負っているため、両手がふさがっている横島の代わりに、千雨が鍵を開けドアを開いた。
ドアを開けると同時に白い物体が高速で、

「にゃあ~」

と、鳴きながら飛び出してきた。今夜横島が、一緒に外に連れて行ってくれなかったために、
拗ねた茶々が外に遊びに行こうと、ドアの前で待機していたのである。

『ボフン』 「ふまぁ!」

「ありゃ」

和美に正面衝突した、茶々の変な鳴き声の数瞬の後に和美が下を向くと、和美の胸の間に
茶々の頭が埋まっていた。茶々がもがき苦しみながらも、和美の胸と腹部を両手両足で必死に押すと、
首が伸びながらも『スポーン』と抜け出した。抜け出した茶々は、器用に宙で身を捻り、
四肢から和美の太ももに着地した。腿の上で和美にお尻を向け驚き固まる茶々を、微笑む和美が
そっと猫の脇に手を差し込み、優しく持ち上げ、

「チビちゃん。ダメだよこんな時間に外に行ったら」

持ち上げられた茶々が、顔を上に向け和美を見ると、遊び相手を見つけたため喉を鳴らしている。
横で眺めていた千雨は、自分がドアの所に座ればよかったと、ちょっと後悔していた。
そして、背負われたままのアキラが、ちょっと首をかしげ、

「…横島さん、茶々が突っ込んでくるのわかったの?」

「まあね。何回か突然出て来る事があったからな。一回蹴っ飛ばしちゃったんで、今回は
保険かけたんだ。 …だけど、何かムカつく猫だな! でも今日はアキラちゃん背負ってるから、
羨ましくないんだからな!」

飼い猫のラッキーイベントに、飼い主がイラつき一瞬ぎらついた目で、猫を睨みつけたが
触れるアキラの暖かさに、満足感が満たされているため、特に行動には出なかった。
そして、アキラは横島の言から、自分が接している事が、横島にとって迷惑ではなく、喜んでいるとわかると、

「……」

「おほっ」

無言のアキラが、横島の体の前に回した腕にそっと力をいれ、体を先程より少しだけ密着させた。
そして、少女の細い顎を横島の方に預けると、そのまま自分の頭を傾け横島の頭に軽く当てている。
横島に安心しきる少女の行動に、横島の目じりと頬が下がり、緩みきった表情を見せている。


ただ一人だけ、横島との触れ合いや、茶々との戯れがない少女が、

「ほらほら、さっさと部屋の中に入るぞ。こんなとこで止まってたら迷惑だっての!」

不満な千雨の言葉だったが、互いの体温で幸せに浸る二人と、猫のお腹をコチョコチョと
楽しそうに弄くる少女には、聞こえていなかった。その後、千雨が一組ずつ強制的に部屋に
入れるのであった。



部屋に入りお茶を飲みながら和美が、アキラと先程少し寂しかったため茶々を抱っこした千雨に、
今夜の事を説明するため口を開いた。

「あんた達、吸血鬼に襲われたのよ」

「…吸血鬼?」

「和美、頭は大丈夫か?」

アキラと千雨が、可哀想な子を見る目で友人を見つめている。変に思われても、しょうがないと
思っている和美は、

「あんた達、ちょっと互いの首筋を見てみなよ」

言われたとおりに互いの首筋を見つめると、アキラと千雨がほとんど同時に互いの傷跡に気がつき、

「おいアキラ、お前の首に噛まれたような痕があるぞ!」

「…千雨の首筋にもある」

指摘されたため、互いの見つめる先に痕があると理解した二人は、自身の首を軽く指先で触れた。
そして、二箇所の傷跡がある事に気がついた。何度も擦り痛みがないと、認識する二人に珍しく真剣な和美が、

「それと、あんた達どうしてあそこに居たかわかる?」

「それは…」

「……」

和美の普通なら簡単な質問に、答えようとした千雨が答える途中で言葉が詰まった。
アキラも思い出そうとしているが、答えは出なかった。二人とも何故、桜通りに居たのか
わからず困惑している。戸惑う二人に和美が、

「答えられないか、今まで取材した人と同じね。次の質問だけど、学校は何時からかわかる?」

「…それならわかる。明後日からだ」

アキラの断言に、千雨も頷いている。その答えにため息をついた和美は、

「明日から学校よ」

「嘘つくなよ! 確かめればそんな嘘、直ぐにわかるんだからな!?」

くだらない嘘と判断した千雨が、急いでポケットを探った。そして、目的の物であった携帯を取り出し、
日にちを確かめると、

「…ま、まじか…い、一日経ってやがる」

自分が記憶していた日にちから、丸一日経過している事に気がつき驚愕する千雨。
そして、千雨の手元を覗き込んでいたアキラも、目を丸めている。そして、携帯を見ていた千雨が引き攣りながら、

「お、おい、この時間だともう寮が閉まってるぞ!」

「…本当だ。どうするか?」

「ああ~ 困ったね」

唸りだすアキラと千雨は、ほとほと弱りだしている。一応二人に同意した和美だったが、

(抜け道の2~3つあるんだけどね)

寮を抜け出した経験のある和美は、この時間でも開いている場所を知っていたが、悩む二人を
見ているのが愉快だったため、一緒に悩むふりをしている。千雨とアキラが困り思案する中、
和美は考えるポーズをしながら、千雨の腕の中で眠る茶々を見て癒されていた。そんな部屋の中に、

「お待たせ、救急箱有ったぞ。いや~ 前にタカミチさんに貰ったわいいけど、俺使ったことなかったから、
何処にしまったかわかんなくってさ、探した探した。3人とも難しい顔してどうかしたの?」

埃を被った救急箱を片手に、横島が登場した。そして、横島にも部屋の中の少女達が、
何かに悩んでる事に気がついた。立っていてもしょうがないため横島も、少女達の近くに座ると、
おずおずとアキラが、

「…あの、もう寮が閉まってて」

「へっ。…それはまずくない? 今日どうすんの?」

「わかんねえから、困ってんだよ」

びっくりする横島の問いに、どうしようもない千雨が弱り果てている。そして、いつ抜け道があると
言おうか考えていた和美が、更にいい案が閃き、

「ねえねえ、横島さん。お願いがあるんだけどいい?」

ちょっとしおらしいい演技をした和美が、部屋の主に手を合わせ頭を下げると、

「おう、いいよ」

和美のお願いに、内容を聞く前にOKを出した。頭を下げたままの和美が、ニヤッと笑っている。
3人の視線を集めた和美が、笑みを消してから顔を上げ、嬉しそうに目を細めて、

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、今日はここに泊めてもらうね」

「こんなとこでいいな… はぃ?」

アキラと千雨が、その手があったかと手を叩き、直ぐに千雨が男性の家に泊まると考えつき、
顔を赤くしている。しかし、もの凄くいやではないので、別に反対はしなかった。

横島が間抜け面をさらす中、3人の少女達がテキパキと、

「そうと決まれば、千雨ちゃん布団取りに行こうか。この部屋なら3人寝れるでしょ」

「ああ。アキラ、茶々持っててくれ」

「…私も手伝う」

「あんた一応怪我人だから、チビちゃん抱っこして大人しくしてなさい。あっそうだ、
先にお風呂溜めておくね」

ぐっすりと寝ている茶々を、アキラに手渡すと、準備のため部屋を出ようとする二人。
そして、唖然としていた横島が、

「ちょ、ちょっと待ってくれ二人とも!」

「な~に横島さん、今日は横島さんもここで寝る?」

「え! いいの、喜ん、ちゃうちゃう。ええ~と本当に泊まるんでしょうか?」

立ち止まった和美が嬉しそうに喋ると、にやけた横島だったが直ぐに気持ちを整え、
和美に対して弱気に尋ねると、

「いいってさっき言ったじゃん」

「い、言ったような気もするけど…で、でも、お、男の部屋に年頃の子が」

「ううっ横島さん、私達に嘘ついたの? もしかして迷惑だった?」

横島に邪険にされたと思ったためか、掌で顔を抑え泣き始める和美に、泣かしてしまったと思い
慌てふためいた横島が、

「そんな事ないぞ! 俺は和美ちゃんたちに嘘なんかつかんぞ。それに、全然迷惑じゃないぞ。
こんな部屋でいいなら好きに使ってくれ!」

「じゃあOKですね」

和美が顔から掌をどかすと、その下には涙などかけらすらなく、満面の笑みがあった。
それを見た横島は、口をパクパクさせながら、『女の子って怖い』と心底思い、これからは
安易に了承しない事を心に決めた。無理かもしれないが。

そして、無理やり承諾を取った和美が、

「千雨ちゃん、許可貰ったから布団取ってきてよ。私も直ぐに手伝いに行くから」

「はいよ。 …て言うかお前、泣きまね上手いな。不覚にも本当に泣いてるかと思っちまったよ」

「ふふん、こんぐらいの演技余裕よ。今度、指導してあげよっか?」

「遠慮しとくわ」

和美の行動に、感心半分呆れ半分の千雨であった。


精神的に疲れた横島が、二人を見送ると、

「はぁ~」

と重いため息をついた。横島を見ていたアキラが、ため息にイヤでも気づくと、

「…やっぱり、迷惑?」

不安そうに尋ねるアキラに、ハッとした横島がブンブンと音がなるほど、首を横に振り、

「さっきも言ったけど、全然迷惑じゃあないから。気にせんでもいいぞ!」

「…本当に?」

「ホント、ホント。何なら俺が外で寝ればいいから」

苛酷な環境を体験した事のある横島は、まだ肌寒いこの時季でも余裕だと思っため、
野宿を提案すると、

「ダメ… 横島さんが外に行くなら、代わりに私が行く…」

恩人であり親しい異性でもある横島を、外で寝かす事などできないアキラは、強い意志を秘めた瞳で、
横島を見つめられている。そして、その瞳に横島が焦りながも、

「アキラちゃんを外で寝かす事なんて出来ないよ」

「…で、でも、横島さんを外に出すのは…」

「わかった。俺も家の中で寝るから、心配しなくていい」

「…うん。 …ゴメン茶々、起こしたか」

安心したアキラは、胸の中で茶々が動き出したのに気がつき、再び寝かせつけるために、
喉や鼻先を人差し指でくすぐる様に撫でた。気持ちよさそうにしている茶々とアキラを、
見守るように見つめる横島は、

「…前の世界なら、こんな事あれば有無を言わず追い出されたのに、いい子だ…」

茶々と戯れるアキラに聞こえないように、小声で独り言を呟くと、あちらとこちらでの
扱いの差に感動し、ちょっと視界がにじむ横島である。


そして、横島が涙を溜め感動に浸っていると、布団等を抱えた千雨と和美が戻ってきた。
そして、布団を置きたい千雨が、

「横島さん、ちょっと退いてくれ。そこ居ると、布団引けねえから。 …何で泣いてんだ、
アキラに襲われたか?」

「…えっ。 私、何もしてない」

「本当だ! うわうわよく見せて」

横島の目に、光るものがあることに気がついた3人は、三者三様の反応をした。
ちょっと心配する千雨、驚くアキラ、何故かドキドキする和美である。

ゴシゴシと服の袖で目を擦る横島が、本の少し目を赤くしたまま、

「な、何でもないぞ。ちょっと感動しただけだから」

「「「?」」」

何故感動しているかわからない3人が、首を傾げている。




麻帆良女子寮の一室にて運動部4人組の内、アキラを抜く3人が集まって話し合いをしていた。

「行きそうな部屋回ったけど、アキラと千雨ちゃんがまだ帰ってきてないよ!」

「あと朝倉もいかったで」

「くそ~ 誰かの部屋に居ると思ったのに。直ぐ電話するよ」

部活に行ったアキラが、何時までも帰ってこないことに不信に思った3人が、行きそうに
思った部屋を探したが、遂に見つからなかった。それどころか、更に二人追加されてしまった。
代表して裕奈が、アキラと一緒にいると思われる、千雨の携帯に電話をし、数コール目に電話に出たので、

「千雨ちゃん! ねえアキ」

『もしもし、千雨ならいないけどどうした?』

「…アキラ! どうしたじゃあないよ!? あんた今どこに居んのよ。もう寮の玄関閉まってるぞ」

電話に出たアキラに安堵する一方、連絡をくれなかった事に怒る裕奈。そんな裕奈を、
落ち着かせるためアキラが、

『…大丈夫。横島さんの家に泊まるから心配するな』

「はっ?」

裕奈の中で、心配するなと言うほうが無理な男の名前が出た。目を点にする裕奈の耳に、
陽気な和美の声が飛び込んでくると、

『アキラ、千雨ちゃん終わったから次あんたよ。さっさとしな」

『…うん。 …痛くないかな?』

『大丈夫でしょ。最初は痛いかもしれないけど、慣れれば平気だと思うよ』

『…そうか。じゃあな裕奈、また明日』

そのアキラと和美の会話に、意識が飛びそうになった裕奈が、アキラの暴挙を止めるため、

「ちょっ、ちょっと待ちな『プツン・ツー・ツー』 ……」

冷静さを失う裕奈にまき絵が、

「アキラ、どうしたの?」

「アアアア、アキラが、おおおお、大人の階段登っちゃっう!!!??? あああ、
あのクソ島の奴、全員に手をだしやがったーーー」

憤怒の表情の裕奈の絶叫が寮内に響き渡った。鉄アレイを装備し、寮を出て行こうとする
鬼の形相の裕奈を、2-Aの武闘派連中が抑えこみ、裕奈が誰かを襲うことを防ぐのに
成功したのである。ちなみに、裕奈があまりに暴れるため、古がちょっと本気目の崩拳を
腹に叩き込んで沈黙させた。


夜の桜通りを風呂上りの散歩する横島が、急に悪寒に震え、

「な、何か今、命が助かった気がする みんなもう風呂上がったかな? …あと30分したら帰ろ」

高校生以上なら覗こうとする横島であるが、中学生で更に大切な子達と、認識する少女達を覗く事など、
しようとも思わないのであった。

そして、適当に歩きながら、ポケットの中から一つ珠を取り出し、

「うーん、何だったかなコレ? アキラちゃんたちが、目が覚めたのも多分、コイツのおかげだよなあ~
見覚えあんだけど、思い出せねえ」

珠を見ながら悩んでいると、千雨とアキラが倒れていた地点に到着した。一先ず珠をしまい、
頭を掻きながら、

「はあ、吸血鬼か… こっちの吸血鬼もニンニクとか利くかな?」

危険な事に関わりたくはない横島だが、あの二人に手を出したのがどうしても許すことが出来ず、
捜し出してとっちめる事を決意していた。

そして、気になることも一つだけあった横島は、携帯の受信メールを見ながら、

「誰が送ってきだコレ? 和美ちゃんに聞いても、今までこんな事ないって言ってたし」

誰が何のために、横島に知らせてきたのか謎まま残っていた。不振がる横島であるが、
答えは出なかった。そこに、自分と親しい少女が、もう1人関わってるなどとは、思いもしないのである。



布団の上で茶々を撫でながら寝転がる和美が、同じように寝転がりながら携帯を弄る千雨に、

「ねえねえ、千雨ちゃん」

「何だ?」

喋りながらも、携帯の操作をやめない千雨だが、話を聞く意思を示すと、

「私にも、何か可愛い服着させてよ」

「ぶっ。あっ、途中であげちまったじゃねえか!」

携帯から簡易のブログ更新をしていた千雨が、和美の意外な申し出に驚き操作を誤ってしまっている。
急いで修正しながらも和美に、

「ようは、コスプレしたいって事か?」

「うん。最近の日課に『ちうのホームページ』を覗くんだけど」

「…ほほ、本当に見てんの」

和美に、バレてるのは知っていたが、まさか毎回閲覧されてるとは知らず、動揺が隠せない千雨。

「コスプレ意外にも、日記が面白いからね。この前も、友人Tがボケボケで困ってるとか、
友人AがHな本に興味があ」

「わかった! それ以上言うな。 そして、アキラには黙っててくれ」

「了解。でいいの?」

「かまわねえけど、サイズが合わないと思うからな」

「あ~ そうか、コレがね」

自分の胸を持ち上げる和美に、イラつきながらも千雨が、

「ああ、そうだよ! それに背も結構違うからな」

「無理かな?」

困った風に笑う和美に、しょうがないと思った千雨が、

「…ちょっと時間掛かっても構わねえなら、直すぞ」

そっぽを向きながら返事をすると、突然和美が千雨に抱きつきながら、

「ありがと千雨ちゃん。優しいから大好き」

「暑苦しい抱きつくな! そして、無駄にデケエ胸を押し付けるんじゃねえ!? 
…虚しくなんだろ」

「大丈夫大丈夫、この胸も成長するって。ほら揉んであげるから」

「離せ~ ぎゃあ本当に揉むな!」

体格差から組み敷かれ、胸を揉まれる千雨だった。大きくなるかどうかは謎である。

ちなみに、千雨が和美の願いを受け入れたのは、友人達と一緒にコスプレしてみたいと、
思っていたためであったりする。そして、和美も千雨の日記を読んでいて、誰かとしてみたいと
いうのを読み取り、提案したのである。しかし、一風変わった可愛らしい服を、着てみたいという思いもあった。


何とか逃げ出した千雨が、疲れた表情で布団の中に潜り込み、茶々を抱きしめながら、

「…汚された…」

やりすぎたと思った和美が、空笑いしながら、

「き、気にしなくってもいいじゃん。女同士だからさあ」

そんな部屋に、お風呂に入り火照ったアキラが戻ってくると、

「…何かあったか?」

「何でもないよ。どうだったお風呂、背中痛くなかった?」

「…ちょっとヒリヒリしたけど、直ぐに気にならなくなった」

「そっか、じゃあシップ張ってあげるから背中見せな」

「…お願い」

座ったアキラは、パジャマ代わりに横島に借りた、Tシャツの背中部分を和美の前で捲ると、

「結構、痣になってるね。とりあえずシップ貼っとくよ」

和美は、アキラの白い肌に不釣合いの大き目の青痣を見ると、顔を顰めながらシップを
ペタペタと貼り着けていくと、

「ん…」

「ごめん、痛かった?」

アキラの押し殺すような声に、和美が傷に触れたかと思い謝ると、

「…冷たくて、気持ちよかっただけだから、気にするな」

「そっか、良かった良かった」

そして、アキラの背中にシップを張り終えると、玄関が開く音と共に、

「ただいま」

横島が散歩から帰ってきた。そして、和美が立ち上がると、

「ちょっと私、横島さんと話してくるから。寝てていいよ」

「…寝る前に挨拶したいんだけど」

「律儀な子ねアンタ。話が終わったら、寄ってもらうから大人しくしてなさい」

「…うん、お願い」

そして、部屋から出て行った和美が横島の元に行くと、心配そうな横島が、

「どうだったアキラちゃん?」

「大丈夫みたい。大き目の痣があるだけで、本人も平気そうだから」

「そうか、良かった。 …痣か、後が残んないといいな」

アキラの服の下の怪我を、自身で確認できない横島は散歩に出る前に、和美に怪我の状態が
どうなってるかを、確認してから伝えるようにお願いしていたのである。

目つきを鋭くした横島は、アキラの怪我が特にひどいものではないため、安心できたが
女の子の体に傷をつけた犯人に、大分頭にきていた。真剣な横島に『こういう横島さんもいいなあ~』と
思う和美が、

「じゃあ、明日も都市内まわって情報集めるね。絶対犯人見つけてやる」

友人二人が襲われたことに腹が立っている和美が、胸の前で手を握りヤル気を出していると、
その言葉に狼狽した横島が、和美の肩を掴み、

「だ、ダメだ! 危ないから手を引くんだ。それから夜の取材もしばらくやめてくれ」

「で、でも」

「お願いだよ。和美ちゃんにまで何かあったら…」

本気で心配する横島に、まじかで見つめられた和美はドギマギしながら、横島を困らせるのも悪いと思い、
渋々ながらも、

「わかった。 …今日からはあんま、遅くまで外にいないようにする」

「ああ、お願いするわ。じゃあもう寝ようか」

ホッとした横島が、欠伸をしながら自分が寝る部屋に向かおうとすると、

「待って待って、アキラがちゃんと寝る前に挨拶したいって」

「真面目な子だな。気にしなくっていいのに」

横島は、嬉しそうに苦笑しながらアキラ達の元に行くと、寝ずに正座して待っていたアキラに、

「アキラちゃん、怪我たいした事無くってよかったな」

「…うん」

「じゃあ、おやすみ。しっかり寝て怪我治しなよ。千雨ちゃんもおやすみ」

「…おやすみ」

「おやすみ」

「あれ、起こしちゃったかな悪い」

布団に包まり寝ていると思った千雨からも、挨拶が返ってきたことに、まずったかなと思った横島だったが、

「元々起きてたから、気にしなくっていい」

「そっか。そういえば茶々は?」

胸を撫で下ろした横島は、次に部屋を見渡し茶々がいない事に気がつき、少女達に聞くと、

「こん中で寝てる。 …布団中に入れたらダメだったか?」

「構わないよ。俺の布団にもよく入ってくるから。さてそろそろ寝るか。あらためて、おやすみ」

「「「おやすみ」」」

少女達の声を背に、横島は部屋から出て行った。その直ぐ後に、少女達の部屋から明かりが消えた。


そして横島も、自分の布団に潜り込み、

「明日、タカミチさんにでも、吸血鬼の事を聞いてみよっと。それから1人で、今日回ったところを、
もう一回を歩いてみるか」

明日の大雑把な予定を立てると、眠りに落ちた。


草木も眠る丑三つ時、浅い眠りだったのか、横島は直ぐ傍に気配を感じ、寝ぼけながらも起きると、

「ん~ 茶々、こっちに来たのか。折角可愛い子と寝てるのに、勿体ねえな」

そう言いながらも、自分のとこに来てくれたため、少し幸せな気分になった横島が、
目を閉じたまま布団を持ち上げた。すると、背後の気配がその間に滑り込むように入ってくると、

「えっ?」

驚きの声を横島が上げた。何故ならば茶々と思っていたが、その大きさが猫の大きさではなく、
人間の様に大きい事に気がついたのである。そして、反射的に目を開けると、

「か、和美ちゃん!?」

「スースー」

目と鼻の先に、和美の整った顔が目に映りこんだ。トイレに起きた和美が、用を足した後に寝ぼけて、
部屋を間違え横島の元に来てしまったのである。

驚きのあまり、仰け反ろうとした横島だったが、既に眠りに落ちた和美が、横島の首に
腕を廻してきたため動けず、更に横島の足に和美の足が絡まってきた。

「…抱きつき癖か? ぬお! アキラちゃん以上の感触!?」

その瞬間、横島の脳裏で悪魔・横島と天使・横島が、

『けっけけ、やっちまえよ。嫌いな奴じゃあないんだろ』

『この子もきっとソレを望んでいます。本能に任せなさい』

『天使! テメエは止める立場だろが!?』

『あなたの心の中の天使ですから。堕天使に決まってるじゃあないですか』

自身満々に言い放っつ堕天使・横島。そして、味方がいないことを悟った横島が、無視を決め込もうとすると、

『おいぃー 何か手が動きだしたぞ!?』

横島の手が、和美のアキラ以上の胸に徐々に接近しているに気がついた。体の自由が、
かなりの範囲で奪われ慌てた横島が、堕天使と悪魔につめ寄ると、

『『だって触りたいじゃん』』

『ハモるんじゃねえーーー』

脳内において『横島VS堕天使・横島&悪魔・横島』の戦いが幕を開けた。そして、
横島が全力で突っ込んでいくと、次の瞬間には横島が敗北していた。

『感情の爆発が足りんいですね』

『本心じゃあ触りたいと思ってるからな』

『うっぐ。脳内でも俺は勝てんのか!』

脳内で床を叩く横島が、泣いて悔しがっている。少女を守りたいという感情と、触りたいという感情では、
残念ながらこの状況においては、後者が圧倒的に有利であった。

徐々に胸に近づく手に、焦りを感じた横島は、何か手はないかと必死に考えると、桜通りにて
少女達を目覚めさせた方法が、脳裏にフッと蘇った。一か八かの賭けにでた横島は、
全力で腕の支配権を数秒取り戻すと、瞬時にポケットの中の珠を取り出すと、

「体よ『止』まれ」

と念じた。すると、珠に『止』という字が浮かび上がった。そして、叩きつけるように自分の体に珠を押し付けると、

『『か、体が、う、動かない。あとちょっとなのに!』』

『はっはは、ざまあみろ』

あと少しのとこで触れることが出来たのだが、体が動かない事に泣いて悔しがる堕天使と悪魔、
賭けに勝ち勝ち誇る横島。しかし直ぐに、状況に気がついた堕天使と悪魔が、

『『コレはコレでいいかも』』

『しまったーー 動けないから、逃げることが出来ない!』

体を動かすことが出来ないため、布団から脱出することすら、出来なくなってしまったのである。

こうして、横島は和美の抱き枕として、一晩中過ごすことになったのである。






感想をくださいまして、ありがとうございます。

レス返し


ライア様、ヒロインですが、木乃香は一応候補には入っていますが、どうなるかは未定です。行き当たりばったりで申し訳ありません。

コンテナ様、エヴァとしては、一応娘の幸せのために行動していると思っていますが… 知らないということは、ある意味幸せな事なんです。

ミオ様、タカミチ先生の話はノリで書きました。上手い展開といわれ嬉しく思っています。ありがとうございます。

ありゃりゃ様、茶々の交友関係は、あと二人ほど予定しています。、横島とは関係持たないかも知れませんが。

最後に読んでいただいて、ありがとうございます。



[14161] 次回予告 『横島、少女に襲われる』
Name: クランク◆6c156288 ID:24d33676
Date: 2011/02/13 22:36
「ねえねえ、千雨ちゃん」
「何だ?」

横島に呼ばれた千雨が、めんどくさそうに返事をすると、満面の笑みを浮かべた横島が、

「茶々に芸を覚えさせたんだ~」

「ホントか? 見せてくれよ」

興味がわいた千雨が、横島に詰め寄った。横島が頷くと、何処からともなく尻尾を揺らした茶々が現れた。
横島は、人差し指を茶々に突きつけ、

「茶々、お座り」 「にゃん」

横島が命令すると、茶々は後ろ足をたたみお尻を地面につけた。その姿を見た千雨が、
感心していると横島は間髪入れず、

「お手」 「にゃ」 「おかわり」 「うにゃ」

命令に従った茶々が、横島が差し出した右手に茶々の小さな手が、右手・左手の順に乗せられた。

「すごいな茶々。よく猫にここまで仕込んだな」

千雨が拍手しながら、茶々と横島を褒めていると、褒められた横島は調子に乗りながら、

「お利口な猫だから、結構簡単だったぞ。実は後もう一つあるんだ」

「楽しみだな~ 早く見せてくれ」

「おう」

自信満々に頷いた横島は、お座りしたまま待つ茶々と目を合わすと、軽く息を吸った横島が、

「茶々、おちんちん!」

「…そんなもん仕込むんじゃねえ!?」

横島が言い終わると、一息遅れて千雨が横島に向かって怒鳴った。しかし千雨も、二本足で立っているであろう、
茶々が気にって見てみると、

「ふにゃ~ん」

「……」

千雨の目には、何か恥ずかしそうに右手で両目を隠す茶々がいた。首をかしげる千雨の耳に、
横島の「わっはは」という笑い声が聞こえると、

「これが一番苦労したよ。最初は手で目を隠してくんなくってね。で、千雨ちゃん感想は?」

小刻みに体を震わせた千雨が、

「変な事を覚えさせるな! ちくしょう、ちょっと可愛いじゃねえか!!」

その叫びと共に、右手を勢い良く振った千雨が目覚めた。腰から下が布団に入ったまま、天井を見上げた千雨がポツリと、

「…ゆ、夢か。 …そういえば横島さんの家に泊まったんだっけな」

見慣れない天井に、疑問を覚えた千雨だったが、直ぐに答えにたどりついた。そして、右の掌が柔らかい物を、
掴んでるのに気がつくと、

「枕か? いい感触だな」

2~3回掌に力を込めた千雨が、部屋の枕をコレに替えようかと思い、目で掴んでる物を確認すると、

「うお! …デケエ…」

残念な事に非売品であった。千雨の右手が、熟睡しているアキラの左胸を、鷲掴みしているのである。
ちなみに、右胸は茶々が寄りかかり、クッション代わりにして寝ていたりもする。

アキラの胸を掴んだまま、身を起こした千雨は、悔しそうに表情を歪めながら、

「…スタイル良すぎだろコイツ。手の中におさまらねえぞ。 …私のは…くそ…」

アキラの体つきに羨望の眼差しを向けた千雨は、空いていた左手を持ち上げ、自分の胸に手をあて、
大きさを調べた。そして、アキラの物と自分の物を比較し、虚しくなり悪態をついていると、

「お、おはよ~ …!?」

何故か顔を赤く染めた和美が、ドアから顔だけを覗かせ室内にいる二人に挨拶すると、ギョッとし目を見開いた。

「…おはよう。トイレか?」

和美に気がついた千雨は、今の自分状態に気がつき数瞬動揺したが、見られた人物が和美と思うと、
大丈夫だと思い軽く挨拶を返した。噂好きの和美のため、少しは騒がれるだろうと予想する千雨に、
和美が取った行動は、

「ち、千雨ちゃん。恋愛は自由だと思うんだけど…」

若干引き気味であった。及び腰となる和美に、全く気がついていない千雨が不思議そうに、

「何言ってんだお前?」

「き、昨日、胸揉んだのは、ふざけてだから本気にしないでね」

「…本気だったらこっちが困るわ。えーと、何で引き気味なんだ和美?」

千雨の質問とは、関係ない答えを返した和美に、素で返す千雨。ようやく千雨も、
和美が引いている事に気がついた。

そして、額に浮いた汗を拭いた和美が「よ、良かった。私は対象外ね」と呟いた後、首を横に振りながら、

「ううん、大丈夫引いてないから。私達、友達でしょ。だから、千雨ちゃんが同性愛者でも友達だから、
安心して。え~とアキラは、横島さんが好きだからやめたほうがいいよ? それに、
寝てる間に無理やりは可哀想だよ?」

和美の勘違いは、千雨がアキラの胸を揉みながら、自分の胸を揉むという変態行為に、
ふけっていると思ったのである。

「…えっ…!? お前、何か誤解してるぞ!」

やっと千雨も、和美との認識の違いに気がつくと、慌ててアキラの胸の上に置いてあった右手を持ち上げ、
和美に手を伸ばしながら弁明しようとした。が、近づく手に引き攣った表情になった和美が、

「わ、私が今日は朝食作るからねー まだ朝早いから、ゆっくり寝てていいよ!」

「おい、待て和美! …ち、ちくしょう」

千雨が、弁解するまもなく和美が逃げ出してしまうと、手を伸ばしたまま固まった千雨は、
数秒後に天に向かって、

「わ、私は男好きだーー!」

他人の部屋で絶叫した。そして、千雨は心の中で、

(あっ、ちょっと言い間違えた。『男の人が好き』だな。今度叫ぶときは気をつけるか)

ちょっと千雨が暢気に思っていると、部屋の前に誰かが立っているのに気がつき、和美かと思い
そちらに目を向けた。すると、欠伸したままこちらを見て、動きを止める横島と目が合った。
何故か頬がコケ、目の下に隈を浮かべた横島の登場に、冷や汗を垂らし動揺する千雨に対して、
口を開けたままだった横島が、

「え、えっと、そ、そうなんか。うん、正常だと思うぞ。 …じ、じゃあ俺、バイトに行くから」

その場にいるのが気まずくなってきた横島は、そそくさとバイトに向かった。

「…ま、待ってくれ横島さん!?」

和美にしたように、待ったをかける千雨だったが、

「今のは…行っちゃった…」

弁明するまもなく横島が去ると、重くなった肩を落とし、落ち込む千雨の姿が残った。

『男の人が好き』と『男好き』では、似ているが少女の中では、似て非なるものと思っている。
それに何より、気になる男性に『男好き』と思われたのが、千雨にとって何より悲しい事だった。

「変な子って思われてないよな? …何か横島さん疲れた顔してたな」

肩を落とす千雨に、アキラの上で寝ていた茶々が騒ぎに目を覚ますと、千雨の目の前にまで歩みよると、
体を擦り寄らして甘えてきた。気落ちしていた千雨も、甘えてくる茶々に微笑みながら、その背を撫でていると、
直前に見た夢を思い出し、

「…茶々、お手」

「んにゃあ?」

「やっぱりしないか」

茶々の目の前に出した千雨の手を、茶々は鼻を近づけ匂いを嗅ぐだけで、芸などする素振りすらなかった。

フワフワの茶々を両手で撫で回し、癒されている千雨の耳に、

「…ふふふ、横島さんの背中広い」

アキラの幸せそうな呟きが聞こえた。目を細めてアキラを見つめた千雨は、

「起きてはないよな。 …ちっ」

アキラが寝ていることを確認した千雨は、自分と違い幸せそうにしているアキラに、
ムカつき舌打ちした。そして、撫でていた茶々を持ち上げ、

「はっはは、大好きな茶々の腹で窒息しちまえ」

そっとアキラの緩む口と鼻の上に、茶々の柔らかい腹を乗せた。茶々を乗せた数秒後、
アキラが瞑る目をピクピクさせ、息苦しさから息を強く吸おうとしている。お腹のむず痒さから、
茶々が身動ぎしようとすると、

「あっ、茶々、いい子だから動いちゃダメだぞ」

暗い笑みを浮かべた千雨が、茶々を撫で位置を修正している。そして、茶々も主人である横島を別格として、
茶々丸・千雨・アキラ・和美が大好きなので、言う事を聞き大人しくしている。

そして、遂にアキラも限界を迎えると、

「うにゃ~~」

「ぷは! …横島さん強引なん…アレ…夢か」

「お前、どんな夢見てんだよ」

キョロキョロと周りを見ながら、現状を確認したアキラが残念そうに言葉を発した。
ちなみに茶々は、勢いよくアキラが起きたため、転がりながら部屋の外に出て行った。

眠そうに目を擦ったアキラも、ジト目で見つめてくる千雨に気がつくと笑みを浮かべながら、

「…おはよう」

アキラの曇りのない目に見つめられながら、笑顔を向けられた千雨は、

「うっ…おはよう」

イラついていたとはいえ、無関係のアキラにした行為に、胸が痛くなる千雨。友の笑顔に、
心が乱される千雨は、これ以上耐えられないために、

「そ、そうだ。どうな夢見たんだ?」

「…ええっと、横島さんにおんぶされて、そ、それで…急に息が苦しくなって」

口を緩めながら最初は語ったが、最後は歯切れが悪くなり、頬を染めながら誤魔化すアキラ。
簡単に夢の説明をすると、横島に唇を強引に奪われる夢だったらしい。ちなみに、イヤではないアキラである。

そして千雨は、アキラが正確に説明していない事に気がついた。しかし、詳しくは聞こうとはしなかった。基本的には優しい性格のため、先程アキラにした行為に良心が痛み、友に向かい手を合わせ、

「すまん。息が苦しくなったのは私の所為だ」

素直に謝る選択をした。

「ふざけて茶々を、お前の顔に乗せたんだ。本当に悪かった」

「…そっか。まあ気にするな。それで茶々は?」

その程度の悪戯なら、特に気にしなかったアキラは、顔に乗せられていたはずの茶々が、
部屋にいない事を不思議に思い尋ねると、

「お前が起きた反動で、転がってたぞ」

千雨がドアのほうを指差すと、転がったため目を回した茶々が、フラフラしながら戻ってきた。
足をもつらせ、転びそうになりながらも、遊んでもらうため二人の元に歩んでくる茶々を見て、

「…くす。可哀想だけど、可愛いな」

「ああ」

茶々を見つめる二人は、静かに笑い合うと、アキラが近づいた茶々を持ち上げ、千雨が茶々の腹を撫で、
穏やかな時間を過ごした。

しかし千雨は、あることに気がつき頭を抱え、

「やべぇ、二人の誤解とかなきゃ」

千雨の顔色が、青くなったのをアキラと茶々が、首をかしげながら眺めていた。


台所にて和美が、全員分の食事を作るため、せわしく動きながら、

「…おっかしいな。千雨ちゃんも横島さんが好きだと思ったんだけど …まさかアキラ狙いとは」

眉を寄せた和美は、自分が寝るはずだった部屋に戻ったら、千雨がアキラの胸を揉むという
予想外の事態に直面したため、千雨が同性愛者と勘違いしてしまった。冷静な心もちなら、
和美も勘違いしなかったかもしれない。が、この少女も、朝起きたら動揺する事態に直面したため、
正常な判断能力を失っていた。

そして和美は、横島が帰ってきた直ぐ食べられるように、朝食の段取りだけ済ませた。
部屋に戻りづらい和美は、台所で腕組みし横島が戻ってくるまで、どのように時間を潰すか考えていると、

「な、なあ、か、和美、ちょっといいか?」

背後からの声に、和美の体が一瞬ビクついた。急に声をかけられたのもあるが、その声の持ち主に、
ビビッタのが大半である。

「な、何かな千雨ちゃん? ご、ご飯なら横島さんが戻ってからだけど」

「お、おう、それでいいぞ。なあ和美」

千雨が一歩前に出て台所に入ると、和美が一歩後ろに下がった。

「「……」」

無言になる二人であった。千雨は和美を見つめているが、和美は気まずさから目を逸らしている。

「…頼むから、ちょっと話を聞いてくれよ」

疲れた顔の千雨が、和美に頼み込むと、

「…す、少しならいいけど(お、襲われたらイヤだから、話くらいは聞こう!)」

断ったら色々とまずそうと思った和美が、千雨の話に耳を傾けた。しかし千雨からは、
一定の距離を保っている。


そして数分後、台所では、

「だ・か・ら! 朝のアレは誤解だって言ってんだろが!?」

「うんうん、わかってるわかってる。そういう事にしとけばいいんだね。アキラには黙ってるから安心して」

目を吊り上げ怒鳴りつける千雨に、愛想笑いを浮かべた和美が、理解を示している風を装っている。

「テメエは、頭良いくせに何でこういう時は理解しねえんだよ! 何度説明させるきだ!?」

数回説明した千雨だったが、話を聞いているようで聞いていない、和美に対しての苛立ちのため、
目が血走ってきていた。そして遂に、千雨の頭から『ブチブチ』と、何かが引きちぎれる音がした。
丁度その時、茶々を抱えたアキラが台所に現れた。和美の正面、千雨の背後に位置したアキラが、

「…茶々、お腹がすいた 「その耳かぽっじって聞きやがれ!」 みたい …?」

大声を出す千雨を不審げに見るアキラ。アキラと茶々に気がついた和美は、猫のエサを用意し始めている。
和美だけに集中する千雨は、アキラの出現に気がつかないまま、和美を指差しながら、

「私には、気になってる人がいるんだよ!」

千雨の相手が、面倒になってきたタイミングで、可愛がっている茶々が空腹と聞かされた和美は、

「はいはい、アキラでしょ」

千雨への対応が雑になった。和美の発言にアキラが、何故自分の名前が出たのか、わからず困惑している。
そして、和美の対応にブチ切れた千雨が、

「違うわ、横島さんだ!?」

和美に向かって大声で宣言した。

荒い息をつく千雨に、今度は和美が茶々のエサを持ったまま、千雨に注目して、

「…あれ? じゃあ朝の行動は?」

「何度も言ってるだろ誤解だって」

朝から怒鳴った所為でふらつく千雨を、和美がにんまりと笑っいながら見た。自分が勘違いしていると、
やっと気がついた和美が心底楽しそうな声色で、

「千雨ちゃ~ん、横島さんの何処が好きになったのかな?」

「べ、別にいいだろそんな事。 そ、それに、好きとは言ってねえよ。き、気になてるだけだ。
…ア、アキラや茶々丸には黙ってろよ。あとクラスの奴らにも」

盛大に自爆した千雨が、首まで赤くなりながら和美に、喋らないように釘を刺すと、

「私は言まわないけど」

「本当だな、嘘ついたら泣くからな」

ヘンテコな脅しをする千雨の願いを、なるべく聞いてあげたい和美だったが、左手に
猫のエサを持ち右手で頭を掻くと、

「千雨ちゃん」

「…何だよ」

和美に名前を言われ、秘密を知られたため不機嫌そうに返事をする千雨。困った顔で笑った和美が、
千雨の後方を右手で指差しながら、

「うしろ見てみなよ」

「あん?」

言われるがまま背後を振り向く千雨。まず目に入ったのは、千雨の横を小走りで駆けていく茶々。
千雨が、茶々居たんだと思った瞬間、入り口で立ち尽くすアキラとばっちり目が合い、

「…………アキラ………何時からそこに?」

「…千雨が、『その耳かぽっじって聞きやがれ!』って、叫んだときから」

肝心な発言をほとんど聞かれた千雨が、恥ずかしさから倒れそうになっていると、

「千雨ちゃん。私は言ってないから泣かないでね」

茶々にエサを与えている和美の声が、やたらと遠くから聞こえる千雨であった。


キャットフードを食べる茶々を囲んだ少女達は、

「千雨ちゃんは、何で横島さんが気になりだしたの?」

「い、言わなきゃダメなのか?」

「…大丈夫、私と和美も横島さんが好きだ。だから是非、教えてくれ」

千雨が、横島の何処に惹かれたのか尋問…もとい質問していた。興味津々のアキラと和美が、
目を輝かせて千雨を見つめている。誤魔化すのは無理と判断した千雨は、

「そ、その… 私はさあ、お前らと違って、え、えーと、あんま可愛くないだろ」

千雨が歯切れ悪く喋りだした。その言葉に、和美とアキラが目をパチクリとさせ、
千雨の顔を凝視した後に小声で、

「…可愛いよな?」

「うん。自覚ないのかな? 目つきは少し悪いけど、美少女だと思う」

二人の会話に、気が回らない千雨の告白は続き、

「あ、あとさ、性格もあまり良くないし、無愛想だし、言葉使い悪いじゃん…」

「千雨ちゃんて、自分への評価厳しいね」

「…だな。何て言おうか?」

「待って、まだ続きがあるみたい」

千雨が心配になったアキラが、何と言って慰めようか和美に質問したが、千雨が何か
言おうとしてる事に気がついた和美が黙ると、

「で、でもさ、あの人はそんな私をか、可愛いって言ってくれたし、そのままでいいって言ってくれたんだ」

はにかみ笑う千雨の表情を見ていた二人の少女が、

「何にも言わなくても大丈夫みたい」

「…うん」

こんな風に笑えるなら、大丈夫だと安心する和美達であった。更に千雨のしゃべりは止まらず、

「そ、それにな、いつ言われたか忘れちまったんだけど、『大切な子』って言われたんだ」

その『大切な子』発言に、アキラは『…いいな、私も言われたいな』と羨ましがっていると、

「ふーんだ、それなら私も言われたもんね~」

対抗意識を燃やした和美が、突然話し出した。千雨から和美にへと、注目が移ると、

「…何時言われたんだ」 「へ~ 何処で?」

アキラと千雨が同時に喋ると、和美が得意気に、

「今日、横島さんの布団のな…か…………にいる夢みてね…うん、ゆ、夢だった。忘れていいよ~」

先程の千雨以上に大爆発する和美である。本人も途中で、言おうとしている内容に気がつき、
笑顔がこわばりながらも方向転換を図った。嫌な汗が噴出してきた和美を、二人の少女が怪しそうに見つめ、

「そういえばお前、朝からいなかったな」

「…………ト、トイレよ。やあねえ千雨ちゃんたら、そんなこと言わせないでよ」

視線を泳がせ話す和美に千雨は、『その反応じゃあ、何かやったて言ってるようなもんだな』と思っていると、
突然手を叩いたアキラが、

「…わかった。夜中にトイレに行って寝ぼけて横島さんのとこに行っ「何でわかったの!?」
…冗談だったんだが。マジか」

焦る和美の反応に、適当に言ったアキラが本気で驚いている。

「「「………」」」

三人が無言になる中、茶々だけが幸せそうにご飯を食べてていた。和美が口を開け呆然としていると、
千雨とアキラが目を合わせ、

『さて、詳しく聞くか』

『…うん』

アイコンタクトで意思疎通を果たした。


以前の経験から、いち早く危険を察知した茶々が、お腹一杯のため満足し台所から去った後には、

「「…………」」

「な、何か言ってくれないかな~」

「「……………」」

アキラと千雨が、無言のプレッシャーをかけているため、和美の精神力がガリガリと削られていた。
千雨とアキラは口を開きもしないが、和美にはある言葉、

『話して楽になれ』

と聞こえていた。


そして、和美が二人の重圧に負けるのに、そんなに時間は掛からなかった。

台所にて正座する和美が、愛想笑いを浮かべながら、

「え~とですね、さっきアキラが言ったように、夜にトイレ行った帰りに、寝ぼけて横島さんの部屋に
行っちゃったと思うんだ」

「本当に寝ぼけてだな」

疑いの眼差しをした千雨に、和美が慌てながら首を縦に振り、

「当たり前でしょ。起きたらさあ、横島さんに抱きついててねえ、もう叫びそうになったよ」

「…抱きついてた? …一緒の布団に寝てただけじゃあないのか」

「…あっ」

自身の失言に茫然と口を開ける和美。そして、朝から横島に会った千雨が、

「そういえば横島さん、何か疲れてたみたいだけど。ま、まさか、お前、横島さんと…そ、その…」

何を想像したか謎だが赤くなる千雨に、何を言いたかったのか理解したアキラも、同じように赤くなって、
ソワソワしている。そして、誤解を解くために和美が、慌てながら朝の事を説明しだした。



とある抱き枕を気持ちよさそうに抱き寝ていた和美は、

「…だ…この…達は、…切…手を……」

直ぐ近くから誰かの、小さな小さな囁きが聞こえてきたため、浅い眠りから覚醒しだすと、
数秒ほど抱き枕を無意識にギュッと抱きしめながら、

「はわ~ ねむ。 …んん~ コレ暖かいわ」

欠伸をした和美は、抱きしめている物が心地よい暖かさのため、気に入ったのか頬ずりしている。
そして、少し頭が冴えてきた和美は、

「そういえば横島さんの家だったわね。朝食でもつ~くろ。さて何時…………ッ~~~~」

和美は時間を確かめようと、寝る前に枕元に置いた携帯を探すため、首を後ろに逸らし目線をあげると、

真っ白になった横島が、天井を見上げながら、何か呟いていた。

横島の登場に唖然とした和美が、驚き悲鳴を上げそうになったが、両手で自身の口を押さえ、
何とか寸前に悲鳴を飲み込んだ。

数瞬の間に和美は、『何で横島さんが私の布団に!』と思い叫びそうになったが、直ぐに『ダメ!? 
今叫んだら、悪くなくても横島さんが悪者になっちゃう』と思い直したのであった。

早鐘を鳴らす心臓辺りを抑えた和美は、ゆっくりと布団から抜け出すと、

「…ここ、最初に寝てた部屋じゃあない」

目を点にさせた和美が、今いる部屋が和美達に与えられた、部屋ではない事に気がついた。
叫ばなくって良かったと、胸を撫で下ろした和美が、

「たしか夜中にトイレに行ったのは覚えてる。そ、そこで戻る部屋を間違えたのか。
…ちょっと役得だったかな、暖かかったし。…んん? 何か言ってる」

好きな人と一緒に入れたためニコニコする和美は、横島が呟いている事に気がつき、

「横島さん、起きてるのかな? 何か目を開けてるけど、心ここにあらずって感じね。
何言ってるんだろ」

気になった和美が、横島の口に耳を近づけると、

「大切な子だからダメだ、このボケ共」

「…?」

よくわからない事を言う横島に、不思議そうな顔をする和美だったが、

「アキラちゃん千雨ちゃん、そして和美ちゃんは大切なんだよ。わかったか」

「!~~」

横島の言葉を聞いた和美は、嬉しさのあまり声も出ず部屋を転がっている。

「ふうふう、い、今の不意打ちは卑怯だわ。 …何コレ? 『止』・『停』て書いてある。あれこっちのは何も書いてない」

横島の口撃に息を荒げた和美は、転がる時に踏んづけた珠を拾い上げたが、

「どっかで似たようなの見たけど。ま、いっか」

すぐに興味の失せた和美は、珠をポイっとまとめてそこら辺に置いた。最初は、ゴミかと思い捨てようとしたが、
勝手に捨てるのはまずいと思ったのである。

「チビちゃんの玩具かもしれないしね。朝食は美味しい物を作ろ~と」

横島に満面の笑顔を向けた和美が、朝食を作るため張り切って部屋を出て行きながら、

「二人にどう言おうかな? まあ寝てたら黙ってよ」

と、独り言を言いながら、一旦アキラ達の寝ている部屋に戻る和美であった。まあ元の部屋を覗いたら、
違う意味で衝撃映像を見るのであったが。

ちなみに、和美が踏んづけたのは文珠であり、動けない横島の右手が和美の胸に触れそうになった時に、
気がついたら生成できていた物である。横島の努力の結晶だったが、危うく捨てられるところであった。


「だいたい、こんな感じ」

和美が、説明を終えると、

「「……」」

アキラは、頬を押さえ体をクネクネさせている。千雨は、冷静を保とうと無表情を装っているが、
首まで真っ赤になっている。

そんな二人を観察する和美は、

(やっぱ、そんな反応するわよね~ 生で聞いた私、部屋を転がったし)

自身の行動を思い返すと、見られなくってよかったと心底思う和美である。




場所は変わり吸血鬼の家では、いつも給仕係をする茶々丸がいない中、朝食を終えたエヴァが、
娘を呼びに部屋の前にて扉を叩きながら、

「お~い、茶々丸。今日から学校だ。行くぞ」

「…行きたくないです」

「そうかそうか、分かったからさっさと行く……今何と言った?」

「今日は学校に行きたくありません」

今までこのような事が無かったため、ドアの前でオロオロしだすエヴァ。

5分ほど廊下にて、頭を抱え込んで悩むエヴァは、

「な、何故だ? 学校に行きたくないなど、初めて聞いた。まさか反抗期か、そ、それともイジメか」

茶々丸が、何故そのような事を言ったのか、何もわからないエヴァはとりあえず、部屋の中にいる茶々丸に向かって、

「そ、そうかわかった。学校は休め」

「…はい、ありがとうございます」

「それから、今夜も吸血をしに行くが、来るかどうかは好きにするといい」

「…………そちらには、行きます」

茶々丸の返事を聞いたエヴァは、その場を後にし学校に向かう道すがら、

「…ど、どうすればいい…今日だけ行かないのか、それともずっと行かないつもりなのか…」

茶々丸の異変に、頭を悩ませ唸るエヴァは、腕を組みながら歩いていると、不意に名案が浮かぶと、

「そうだ! 友がいればいいのだ。そうすれば楽しくなり、学校にも行くだろう。ふむ、誰がいいか?」

娘の友人に相応しそうな者を、考えるエヴァは無意識に声を出し、

「近衛木乃香は、ジジイがめんどくさいから却下だな。那波千鶴、アレはおばさんだし、
年を誤魔化してるだろうな」

このように、クラスメートを叩き切っているエヴァ。審査は厳しいらしく、通った者は今のところ、
エヴァも認めている『四葉五月』だけである。

「朝倉和美は男の趣味が悪いからな。 …そうだ大河内アキラは中々見所があるな。
友人のために、私に向かってくるほどの者だからな。長谷川千雨は、何だか微妙だな。他は……」

その後もクラスメートを全員評価したが、茶々丸の友人候補にエヴァがOKを出したのは、
『四葉五月』と『大河内アキラ』だけであった。


エヴァが友人の評価をしているなど、露とも知らない茶々丸は、

「…アキラさん、千雨さん…どのように会えばいいのかわかりません」

昨夜、友人達を見捨てた自分が、少女達の前にノコノコと姿を現すことが出来ないため、学校に行きたくないのであった。





感想をくださいまして、ありがとうございます。

レス返し

蒼様、二人の反応はこんなもんです。裕奈の反応は次回の予定です。

コンテナ様、横島の反応は、次回の予定です。タカミチが、吸血鬼編をどうするかは、一応決めています。

良様、残念ながら今回は、和美だけです。今回はです。裕奈ですが、横島を守ってくれる子達がいますから死にません。

ありゃりゃ様、二人の吸血鬼化の処置ですが…です。明石教授は、どういう立場にするか、決めかねています。
普通に進めていたら、仲良くなりそうですが。

ミオ様、文珠ですが、今度は更にくだらない使い方をする予定です。

横綱ナイト様、アキラがヒロインものを作りたかったので、そう言ってもらい嬉しいです。ありがとうございます

海人、茶々丸は最初とは、大分変わっていますね。書いていたときに、『西尾維新作品』と『川上稔作品』を
読んでいたための、影響と思われます。

最後に読んでいただいて、ありがとうございます。



[14161] 申し訳ありません、嘘つきました。違う話が出来てしまいました。
Name: クランク◆6c156288 ID:d6149535
Date: 2011/03/24 23:53
今回の話は、『横島、少女に襲われる』ではなく、以前の話でチラッと出てきた話です。

題名『バーサーカーの止め方』

「うひ~~~」

「…四人目」

放物線を描いて飛び、チアリーダ部の一人・柿崎の悲鳴が寮の浴場に響いた。そして叫び声の直後、
浴槽にダイブすると、

「…あと受け手は、三人…ふふ、そこで待ってろ超さん」

柿崎を片手で掴んで投げた涙目の狂人が、震える両手でとある物を持ち、泣く超に目を向けた。
広い浴槽には、柿崎の他にも、釘宮・鳴滝姉・美空が浮かんでいた。そして、超を抜いた狂人のターゲット、
桜子と鳴滝妹がお互いを抱きしめて、ガタガタと狂人の発する気配に打ち震えていた。

残り一人は、柿崎が捕まり投げ飛ばされた隙に、

「逃げるが勝ち~」

必死の形相のハルナが、浴場の出口に向かって全力疾走していた。ゆっくりとハルナの方向に向いた狂人が、

「…逃がさない」

現場に居合わせたクラスメート達が、その言葉を聞いた時は、誰もがハルナが逃げ切ると思っていた。
狂人とハルナの距離は、20mは離れており、既にトップスピードのハルナとの距離は、
離れる一方であったためである。そして、数秒走ったハルナが出口の扉に左手を掛け、
逃げ切ったと安堵の笑みを浮かべ、扉を開けた瞬間、

「ほう、瞬歩ではないな」

「ふむ、なかなか速い」

龍宮真名と桜咲刹那の感嘆の声を発した。他のクラスメートたちは、目を丸め茫然とするのみで、
たいした反応は出来ないでいる。

何故なら、ハルナが数秒走る間に狂人が、20m以上あった距離をつめ、ハルナの後頭部を、
右手で掴んだためである。さらに狂人は、扉に手を掛けたハルナの手を、自身の左手で握り締めている。
笑顔が強張るハルナが、ギチギチと首を廻し狂人と目を会わすと、

「ゆ、許して」

と、願ったが、涙目の狂人はフルフルと、首を横に振った。次の瞬間、ハルナの体がぶれると、
浴槽に投げ飛ばされていた。

「…あと、受け手は二人…」

ハルナが浴槽に落ちるのを確認せず、腕をダラリと下げた狂人が、一歩一歩と桜子と鳴滝妹に接近して行った。
恐怖で腰を抜かした二人は、お互いの体温で最悪の精神状態を、少しでも和らげようとしている。

恐すぎて逆に気を失えない二人まで、後数歩まで狂人が迫った時、

「大河内さん! どのような事があって、このような凶行を行ったかわかりません。
しかし、私が来たからには、これ以上2-Aの戦力を減らさせませんわ!?」

ハルナが投げ飛ばされた場面を、偶然開け放たれた扉から見ていたあやかが、桜子と鳴滝妹の間に割って入った。

あやかの登場に歩みを止めた狂人・アキラが、涙目をあやかに向け静かに呟いた。

「…邪魔するな…」

アキラとあやかの視線が、数瞬交わると、再びアキラが行進を開始した。



この数分ほど前、

「アキラ、期末テスト出来そう?」

「…いつも通りだな。ゆーなは?」

「私もだにゃー」

アキラと裕奈が、お湯に浸かりながら目を細めのほほんと、会話している。その話に、
身体を洗い終えた亜子が、

「二人とも、がんばらきゃアカン。今度も最下位だったら、ネギ君がクビになるって言われてるんやで、
だからいつも以上に勉強しよ!」

「…そうのなのか?」

ネギのため亜子が、真剣な顔でアキラ達にテスト勉強をするように求めた。ネギがクビと言う話を
知らなかったアキラが、口をへの字に曲げ、困った表情になった。可愛いもの好きのアキラとしては、
ネギがいなくなるのは、本の少し寂しいものであった。まだ最下位と決まっていないが、
厳しいと考えているアキラ。ちょっとでも、勉強をしようかと考え出していると、

「見っけた! みんな、大河内さんいたよー」

「…私?」

不意に名を呼ばれたアキラが、キョロキョロと首を動かし周りを見回した。立ち上る湯気の中、
まずは声の主である柿崎が、周囲に手を振って誰かを呼んでいる。そして柿崎の周囲に、
釘宮・鳴滝姉・美空・桜子・ハルナが集まると、全員がアキラに向かって近づいていった。
何事かと思いながらアキラ達が、歩み寄って来る少女達を見守っている。ある者は不敵な笑みを、
ある者は恐る恐るとアキラに近づいていったが、とある感情が全員勝っていた。『興味』である。

「…なんだ?」

アキラが首をかしげながら、直ぐ傍まで来た少女達に問いかけると、楽しそうに笑う柿崎が、

「私たち、大河内さんに聞きたいことあってさあ」

言い終わった柿崎が、ハルナに目配せすると、ハルナが嬉しそうな表情を浮かべ、

「コレなんだけど。色々と話し聞かせてくれないかな~」

ハルナが、手に隠し持っていた物を、アキラに見せると、

「! か、返して…」

落ち着いた性格のアキラにしては珍しく、慌てながらハルナの持つ物を取り戻そうと、
手を必死に伸ばしたが、

「ほい、パス」

「はい」

アキラの手が届くより先にハルナが、近くにいた釘宮に投げ渡した。ハルナが持っていた物を見てから、
取り乱すアキラが、今度は釘宮に手を伸ばした。しかし、アキラが近づく前に、又もや周囲の人間に
投げ渡された。動揺し動きに精細さを欠くアキラでは、少女達のパスワークの前に、
オロオロと行ったり来たりを繰り返すのみであった。

「…横島さんに貰った大切なバレッタなの、返して」

「そうそう、その横島さんについて聞きたいの」

「どんな人なのよ~」

「教えろー」

少女達が、アキラを囲み投げている物は、以前横島がくれた青いバレッタであった。
アキラを囲んだ少女たちが、面白そうに横島の事を聞いてくる。しかし、平静を失っているアキラの耳には
入らないのか、アキラは反射的に投げられるバレッタを、追うのみであった。

それを見ていた裕奈と亜子が、引き攣った笑みを浮かべながら、

「あ、あいつらアホか?」

「私だったら、ぜ~たいしない。後が怖いから」

段々とアキラ達から、裕奈と亜子が距離を取り出している。二人は、とても楽しそうに、
バレッタでキャッチボールをする、少女達の末路を思うと、お湯に浸かっているのに寒気がした。
被害者を増やしたくない二人は、

「五月さんに夏美ちゃん、近づかないほうがいいよ。下手に巻き込まれると厄介だから」

騒ぎに気づき近づいて来る少女たちに、接近するのは危険と、声をかけ退避勧告を出している。

「ほら史伽も離れなよ」

「で、でもお姉ちゃんが」

姉が気になり、他の見物人より近くにいる史伽が迷っていると、

「史伽、行ったぞ」

「え? きゃー いらないよ!」

誰かが投げたバレッタが、史伽の目の前に飛んできた。反射的にバレッタを掴んでしまった史伽は、
瞬時にそれを投げ捨てた。なぜなら、無我夢中にバレッタを追う、アキラに迫られたからである。


そんな中、遂にアキラの中の獣が目覚め、

「…そうだ。受け取る人がいなくなればいいんだ」

不気味な発言と共に、涙目のアキラが辺りを見渡し、獲物をロックオンしだした。


史伽が、適当に投げたバレッタは、風呂から出て脱衣場に向かおうとした、超の手元に落ちていた。
超が、不思議そうに頭上から落ちてきた、バレッタを見ていると、

「超りん、ソレこっちに投げ…」

「コレは風香のだったカ。了解したネ …アレ? 風香がいないネ」

風香の声が聞こえたため、振り向いた超だったが、肝心の風香の姿が見えなくなっていた。
そして、風香の声がした辺りには、顔を伏せたアキラが立っていた。避難を完了している面子が、
息を呑んでいるが、柿崎達は気がついていない。

風香・OUT

アキラの姿を見て急にゾッとした超は、

「な、なにカ、あの雰囲気に覚えがあるような気がするネ」

聡明な超が、記憶をを思い返していると、一つの答えに行き着いた。

「そうだ、あの…ドッジボールの時か…」

あまり思い出しても、楽しい記憶でないため、嫌な顔をする超。そして、嫌な予感から視線を手元に落とし、
手に持つバレッタを再度確認すると、

「こ、こ、コレは、ま、マズイね。は、早く手放さなければ」

茶々丸の記憶から、少女達が横島のプレゼントを、とても大切にしている事を知っている超は、
自身がとんでもない物を、手にしている事に気がついた。真っ青になる超に、まだ事態に気がつかない美空が能天気に、

「超さん、ソレこっちに渡して~」

「よ、喜んで」

超が急いでバレッタを投げて、逃げようと思索している。が、バレッタを持った手を掲げたまま、
超が固まった。

「…二人目」

と、超の耳にアキラの呟きが聞こえた。超の目には、後頭部を掴まれ、湯船に投げ捨てられる美空が写っていた。

美空・OUT

そして、美空が投げられるのを見て、とうとう柿崎達も気がついた。どえらい者に、手を出してしまったと。
簡単に言うと、『藪を突いたら、バーサーカーが出てきてしまった』感じである。

涙目のアキラから発せられる威圧に、釘宮が一歩下がると、

「…三人目」

「ま、まっ…う、うわ!」

動く者に反応したアキラが、釘宮が何か言う前に、掴んで投げた。

釘宮・OUT

釘宮を見て、動いたら終わりだと思った残りのメンバーが、身動きを止めたが、アキラの近くにいた柿崎が、

「ちょ、私、動いて…うひ~~~」

「…四人目」

動かなくっても、只やられるだけである。バーサーカーの前では、理屈など通じない。
そして物語は、冒頭の場面につながるのであった。




残りの獲物を狙うアキラが、あやかの横を通り抜け、あやかの背後の二人を狙ったが、

「行かせませんわ」

あやかが、真横に来たアキラの左肘を掴んで、歩みを止めた。ゆっくりと首を動かし、
あやかと視線を交わせたアキラが、

「…いいんちょ…これ以上邪魔するな」

「……」

アキラの物言いに、あやかは無言と鋭い視線で答えを返した。あやかが、決して退かないと理解したアキラは、
掴まれていない右手を振るった。

「甘いですわ!」

アキラが右手を振るうと、あやかも右手を振るい、手の甲にてアキラの手首を外に押し広げた。
目標を外したアキラは、直ぐに右手を引き、左手もあやかから力ずくで引き離すと、あやかの頭を掴むため、
高速で動かし始めた。単純なハンドスピードでは、アキラの方が上だったが、

「速いだけの攻撃など!」

速いが荒いアキラの動きに、技術面で上のあやかが、洗練された手さばきでアキラの魔手から逃れている。
そしてあやかは、手が間に合わないと判断すると、アキラの周りを回るように動き、アキラの間合いから退避している。


その場にいるほとんどの少女達が、息を呑んで見守る中、龍宮と刹那が、

「いいんちょはいい動きをするな」

「そうだな。大河内さんの動きを先読みして、うまく受け流している。普通なら最初の一撃で決まっている」

二人が観察する中、仕切りなおすようにアキラとあやかの動きが止まると、

「なあ刹那」

「何だ?」

「賭けないか。負けたほうが、甘味を奢るでどうだ?」

悪戯っぽく龍宮が、刹那に勝負を持ちかけた。数瞬考え込んだ刹那が、

「まあたまには、そういうのもいいだろう」

どちらが勝つか、興味があった刹那が了承すると、ニヤっと笑った龍宮が、

「私は、大河内に賭けるが?」

「気が合わないな。私は雪広さんだ」

「ふむ、ではゆるりと見物するか」

二人の賭け馬が重ならなかったため、ここに賭けが成立した。アキラの『純粋な力』に賭けた龍宮と、
あやかの『技』に賭けた刹那である。他の生徒は戦々恐々しているが、裏関係の二人から見れば、
まだまだアキラもあやかも未熟なため、娯楽の一つに捉えられるのであった。未熟なればこそ、
どのような決着が着くか、この二人にもわからないため、見ていて面白い物である。



互いに一歩前に出れば、間合いに入る位置で立ち止まりながら、

「…何で退いてくれない」

うまくいかない事による苛立ちからか、涙目のアキラが呟くと、

「最初に言ったはずです。これ以上戦力を減らさせないと!」

「…戦力?」

「そうですわ。特に超さんは2-Aの最大戦力。 …史伽さんと桜子さんは…いないよりましですわね」

あやかの発言は、史伽あたりから小声のため誰にも聞こえなかったが、その前の聞こえていた台詞には、
誰もが頭の上にクエッションマークを浮かべていた。


あやかの戦闘理由は、別にクラスメートのためではなく、ネギと離れたくないためである。
そのため学年1位の超が、アキラに潰されるのだけは、阻止するため立ちふさがったのである。
史伽と桜子は、残念ながらおまけであった。


対峙するアキラも、あやかの立ちふさがる理由がわからず、困惑し動きを止めていると、

「勝機ですわ」

アキラが棒立ちになった瞬間、あやかが踏み込みながら、

「雪広あやか流合気柔術・天地分断掌!」

あやかが、踏み込んだ自身の右足を、アキラの右足の後ろに添えると、右の掌底をアキラの顎に叩き込んだ。
顎を掌底で打ち抜き、よろける相手の足をかけ、転倒させるための技であったが、

「くっ… まさか、耐えるなんて」

本気で放ったあやかの掌底だったが、喰らったアキラは少し上半身が動いただけであった。
そして、技を放った直後のあやかと、掌底を喰らったアキラとの目が合った。まずいと感じたあやかが、
咄嗟に背後に飛び離れようとしたが、

「…捕まえた」

あやかが身体を引く前に、あやかの右手首をアキラが掴んだ。あやかが何らかのアクションをする前に、
アキラが無造作に右手を振るった。

「くっ、しまっ…」

自分の迂闊さを呪っいながら、投げられたあやかが浴槽に突入した。かなりの速度で湯にぶつかったあやかは、

(…だ…め…意識が…)

あまりの痛みのため、気を失いそうになっていた。あやかの気が遠くなっていくと、

(ネギ…先、生。スイマ・・)

心の中で、自身の力不足をネギに謝罪するあやか。そして、目を瞑るあやかの精神の中に、

(気にしないでください。あやかさんは、こんな僕によくしてくれました。僕がいなくなっても、
きっと大丈夫です)

ネギが現れ、あやかに笑みを向けていた。更にネギの言葉は続き、

(いいんちょさんは、頭が良くって、運動神経も良くって、それでキレイです)

あやかの脳内のため、ネギの発言は少女の自由自在であった。ネギの言葉のためあやかの力が、
上がってきていたが、まだ復活には程遠かった。が、

(いいんちょさん、大好きです)

その瞬間、湯船が真っ赤に染まった。少女の鼻血のために。



あやかの身体が、浴槽に勢いよく叩きつけられ、水しぶきを上げるのを見ていた龍宮が、

「どうやら私の勝ちだな」

勝ち誇る龍宮に、少し悔しそうな刹那が、

「…好きな物を食べろ」

「言われなくても食べる。あんみつ5杯位と、大福と饅頭も土産に10個ほど、ああ渋いお茶もいるな」

嬉しそうに龍宮が、食べたい物を列挙していった。それを聞いていた刹那が、慌てながら、

「ま、待て、一品ではないのか!?」

「ふっ、好きなだけ買えるに決まってるだろ」

「き、聞いてないぞ」

「お前が聞かなかったからな。まさか約束を破らないよな」

意地悪く笑う龍宮の顔を見た刹那が、嵌められた事に気がつき、悔しそうに表情を歪めている。
もちろん、アキラが負けた時には、龍宮は一品しかおごる気はなかった。

そして刹那が、賭けについて抗議をしようとした瞬間、

「まだですわ! 私は負けられません!?」

湯船に沈んだと思われていたあやかが、身体はダメージのためふらついていたが、しっかりと立ち上がっていた。
何故か、鼻血を噴出させながらであったが。

「ふっ、どうやらまだ、決着はついていないな」

刹那が安堵とともに、龍宮に賭けの続行を確認すると、頷いた龍宮が、

「まあ、結果はもう見えているがな」

余裕の表情で刹那を見下ろしていた。


そして、あやかが投げられる少し前、この場を動かす事のできる、数少ない人物たちが登場した。

「そうなんだ。千雨ちゃんのとこにも、みんな来たんだ」

「ああ、すげえ面倒だったから、さっさと逃げたけどな」

苦笑する和美と、イラつきから目つきを悪くした千雨が、風呂場に現れた。この二人のところにも、
柿崎達は訪問しており、横島について色々聞きに来ていた。二人は上手くあしらったため、
柿崎達のターゲットが、アキラになったのである。

そして千雨が、入り口付近で震える超を見つけ、不思議そうにしていると、横にいる和美から、

「…え~と、千雨ちゃん。あそこにいるアキラ見てくんない?」

「? うお! また盛大に切れてんな、あいつは。おっ、いいんちょが投げれた」

「やっぱ、怒ってるか~ 何やらかしたんだろ?」

アキラから発せられる雰囲気に、瞬時に気がつく二人であった。最近よく一緒にいるだけでなく、
二人ともアキラを怒らせたことがあるので、身にしみてわかっていた。何でアキラが怒ってるのか、
わからずにいる二人に、怯えきっている超が、

「ちょ、丁度いいとこに来たネ。朝倉に長谷川、た、助けてネ」

「・・・…一応聞くけど誰から?」

「お、大河内からネ。じ、実は…」

超が二人に簡単かつ迅速に経緯を話すと、

「馬鹿だな」

「うん、馬鹿ね~ アキラは基本おとなしいけど、扱いミスすると潰されるのに」

呆れ果てる二人が、助けを求める超を見つめ、肩を叩きながら、

「ご愁傷様。超りん」

「巻き込めれただけなのに、運が悪かったな。諦めろ」

「見捨てないでネ! な、何とかしてヨ」

滝の涙を流す超が、千雨達に懇願しだすと、数秒顔を見合わせた千雨と和美が、同じタイミングで首を振り、

「普通のときならともかく」

「今のアキラを止めるのは無理だな」

「そこを何とかお願いするネ。ほ、報酬は、横島さんの隠し撮り写真でどうヨ」

茶々丸のために調査したため、横島の写真・動画はたっぷりとあるのであった。千雨と和美の体が、
ピクッと動くのを目ざとく感ずいた超は、この反応にあと少しと思い、

「あ、あと合成音声で好きに喋らせるソフトも作るネ」

「その報酬ちゃんと頂戴ね! これ受け取っとくわ」

「た、助けてくれたら、必ず渡すネ」

和美が了承し、アキラのバレッタを受け取ると、少しだけ希望が繋がった超であった。すでに千雨は、
アキラを止める手段を模索している。考える千雨に、和美も混ざり意見を出しだした。



あやかを倒したと思い、桜子と史伽に歩みだしていたアキラは、復活したあやかに気がつくと、

「……」

あやかを先に叩き潰すため、駆け出すアキラ。そして半身になり、アキラを迎撃する体制を整えたあやかが小声で、

「勝負は一瞬で着きますわ」

立ち上がったあやかは、普段より確実に能力は上がっていたが、出血のため貧血になり倒れそうになっていた。
血を失い、目が霞んできたあやかであったが、

「ふん、目など見えなくても。雪広あやか流・恋の心眼術。 …見えますわ、私にもアキラさんの動きが見えますわ。
はっ! 分かりましたわ、アキラさんあなたも愛のために戦ってるのですね。しかし、ネギ先生は渡しませんわ!?」

恋は人を盲目にするというが、あやかの心眼も、大分曇っているようだ。あやかの心眼は、
アキラがネギ先生を奪うために、戦ってるように見えていた。

そして、遂に決着を着ける瞬間が近づいてきていた。風呂のふちからアキラが、あやか目掛けて飛び込んだ。
アキラは、飛びつきながらあやかの頭を掴み、湯船に叩きつけようとしている。そしてあやかは、
ぎりぎりまでアキラを引き付けて、渾身の投げを決めようとしていた。そして、アキラが飛んでいる最中、

「アキラ! 横島さんから電話があって、アンタの事を言ってたんだけど」

和美の大声に、アキラの耳がピクリと反応した。そして、和美に続いて千雨が、

「お前、力ありすぎて怖いってさあ!」

「…うう、力持ちじゃあない」

横島に悪印象をもたれていると知ると、瞬きの間にアキラのバーサークモードが解けた。
任務達成に喜ぶ千雨と和美だったが、

「取りましたわ!」

あやかが、正気に戻り動きに切れが無くなった、アキラの突き出していた手首を、両手で掴みながら、

「喰らいなさい。これが最後の一撃ですわ」

「…え?」

気合を入れながら、アキラの突っ込んでくる力を殺さず利用し、一本背負いを放ったあやか。
何の反応すら出来ないまま、アキラが湯船に叩きつけられた。アキラの身体が湯船にぶつかると、
今までの被害者の、比ではないほどの水しぶきがあがった。残心するあやかは、周囲に雨の様に落ちる、お湯にうたれながら、

「ハァハァ…今のが私の精一杯ですわ」

心眼を解き肩で息をするあやかは、アキラがもう立ち上がってこないように、祈るのみであった。

「うお~馬鹿いいんちょ。いまアキラ正気に戻っただろ。説得させろよ!」

「千雨ちゃん!? さっさとアキラのとこ行くよ」

あやかが目線を声の方に向けると、青ざめた千雨と和美が駆け寄ってきていた。何を悠長な事をと、
思っているあやかが、

「倒さなければ、こちらがやられていま…?」

あやかが、二人の認識の甘さに呆れ、独り言を呟いていると、少女の耳にある音が聞こえた。
何かが湯の中から起き上がり、水をしたらせる音がはっきりと。

「っ!」

あやかの目の前に、長い髪で顔は隠れていたが、今まで死闘を繰りひろげたため、見間違うはずのない人物が立っていた。

「アキラさん…なんてタフな…」

息を呑むあやかに、アキラが水を掻き分けながら、動き出した。戦闘力など残っていないあやかであったが、
両手を持ち上げ構えたが、虚ろな目をしたアキラは、あやかなど見えていないかのように、横を素通りした。
あやかが困惑する中アキラは、慌てて近づいてきた和美達の前まで歩いていた。投げられたアキラを心配する和美達が、

「あんた平気なの!」

「大丈夫か、アキラ?」

「……たなんて」

「「?」」

アキラの呟きが聞こえた二人が、何を言ってるのか聞こえず、疑問を浮かべていると、

「…横島さんに、そんな風に思われてたなんて…ぐす」

涙が流れ出すアキラを見て、慌てふためきだした和美と千雨。手をバタつかせながら二人が、

「大丈夫! それ千雨ちゃんの冗談だから!」

「ば、馬鹿野郎!? 横島さんの名前出せば止まるかもと、言ったのは私だけど、内容考えたのテメエだろ」

二人の周りに先の被害者達が漂っており、アキラの怒りがこちらに向かい、次の瞬間の我が身かと思うと、
青ざめだす二人。そんな二人にアキラが、

「…冗談?」

首をかしげて聞いてくると、力いっぱい頷く二人が、

「そ、そう、それに本当は横島さんね、『アキラちゃんは可愛いなあ』て前に独り言を言ってたよね、千雨ちゃん?」

「おう! 言ってたぞ、羨ましいなあ~」

わざとらしく笑う二人であった。ちなみに横島が、そんな事を二人の前で言った事はないが、
アキラの事を可愛いと思っているのは、事実なので問題はない。アキラだけを可愛いと思っているわけではないが。

二人の言い訳を聞いたアキラは、

「…よかった…」

と、ニコリと笑い、そのまま背中から倒れた。

「…! アキラ、しっかりしろ~ 和美、そっち持て!」

「わかったわ。せーの」

お湯の中に沈むアキラを、千雨と和美が二人で抱え救助し、そのまま脱衣所に運んだ。

あやか渾身の一本背負いが決まったとき、限界を超えていたアキラであったが、横島に嫌われてると思うと、
痛みなど吹き飛んでいた。精神が肉体を凌駕していたが、千雨と和美の言葉により、気が抜け気絶したのであった。


アキラが去った後、残った勝者が、

「ほ~ほほほ、最後に愛が勝つのですわ! ネギ先生、あなたのあやかが今行きますわ」

高笑いしたあやかが、行方不明のネギの元へ向かおうと、走り出していった。あやかが走り去った後には、
血が滴り落ちていた。後に大事な一戦の後は、よく身体を血で染めるために『血まみれのお嬢様』という字が、
つくかもしれない。ちなみに自分の鼻血だったり耳血である。

1分後、出血多量で脱衣所で倒れているのを超が発見した。命も危なかったが、

「助けられた恩を返すネ!」

超が張り切って治療し、一命はとり止めた。しかし次の日、同室の少女のデートを止めよとし、
痛む身体で挑み、返り討ちにあい、生死の境をまたもや彷徨うのであった。敗北理由は、アキラとの死闘で、
精根使い果たし状態での、ある少女の強烈な気あたりには、耐えられなかったのである。


「素晴らしい戦いだったな。さて部屋に戻って勉強するか」

健闘を称えた龍宮が、風呂からあがり、部屋に戻ろうとすると、

「待て、勝負は私の勝ちだ。しっかり奢ってもらうぞ」

「お前はアレを見て何も感じなかったのか。限界を超え戦う二人を、賭けの対称にするなど、
見損なったぞ刹那!」

「ふん、逆切れして、有耶無耶にしようとしても、そうはいかないからな」

「チッ」

策が見破られた龍宮が、舌打ちしていた。龍宮の態度に、さすがにイラついた刹那が、唇の端を持ち上げ、

「土産もOKだったな。クラスのみんなにも食べてもらうか。一人饅頭3個ほどがいいな」

「な! クラス全員にだと…90個を超えるぞ!」

「ああ、あとどら焼きや団子もいいな。もちろんお茶つきだからな」

すっきりした刹那が、風呂場から去っていく中、

「…こ、今月、あ、赤字だ」

茫然とする龍宮が、立ち尽くしていた。


ちなみに昨夜敗北したアキラは、翌日には全快しており、周囲を驚かせた。










感想をくださいまして、ありがとうございます。

レス返し

コンテナさま、この猫も本の少しは苦労しています。和美に殺されそうになったり、
少女達の黒化で禿げたりと。エヴァはまあ凹む予定です。

トマトさま、楽しんでいただけてよかったです。登校拒否は、その時のノリで書いたので、
好評なようで良かったです。

良さま、横島は、そのうち暴走させたいと思っています。エヴァも可愛いといっていただいて、
ありがとうございます。

横綱ナイトさま、エヴァ編の最後どうするかは、もう決まっています。後は其処に向けて、
頑張って肉付けするだけなんですが、ソレが大変です。

ミオさま、いつ気づくんでしょうね。エヴァは、母親としてはまだまだですから。

蒼さま、次回予告で嘘をついてしまい申し訳ありません。先にこの話が出来てしまいました。
ちなみに、その話は全くシリアスではないですよ。

Rgzさま、ご指摘ありがとうございます。アキラの携帯を千雨の携帯に変更します。
アキラの口調ですが、原作でも結構男前な喋り方をしています。

ありゃりゃさま、ネギは、そろそろ出てくる予定です。横島と会うのは、…何処で出会わせようか。

最後に読んでいただいて、ありがとうございます。



[14161] 全く関係のない少女が、色々知ってしまう。(次回予告 関係のない少女、進路決まる)
Name: クランク◆6c156288 ID:4a4d122c
Date: 2011/11/16 21:44
「…………………ねっみ~」

今日から新学期が始まるアスナの代わりに、新聞配達のバイトをこなした横島が、寝不足のためふらつきながら、
少女達の待つアパートへと帰宅していた。寝不足の理由は、和美に一晩中抱きつかれたため、興奮と緊張のため
全く寝れなかったためである。

「しっかし、あの堕天使と悪魔はうざかった」

疲れた顔の横島が、一晩付き合った二体に愚痴をはいた。死力を尽くした横島が、何とか倒す事に成功したが、
最後の捨て台詞が、

『こ、ここで私達を…倒しても…』

『だ、第二、第三の…俺達が現…れる』

「…どこの魔王だよ、お前らは。ハァ、て言うか、まだいんのか?」

またこんな奴らの相手をするのかと思い、ため息をつく横島。そんな横島に、敗北し倒れている二体が、

『『一体居たら、三十体いると思え』』

「ゴキブリかこいつら。 …俺って、内面にこんな奴らを飼ってんのかよ」

こんなのがいると思うと、虚しくなる横島であった。


「ただいま~」

中にいるであろう少女達に、存在を知らせるため、声を出し家に入る横島。そして、横島が帰宅し最初に見たものは、

「こら、茶々! それで遊んだらダメだろ」

例の呪い人形を咥える茶々であった。叱られ耳を伏せた茶々が、ばつが悪そうにしている。茶々としては、
千雨達がまた黒くなりそうだったため、コレを用意したのであった。茶々を抱きかかえ、口から人形を奪った横島は、
人形を部屋に放り投げた。そしてお腹が空いたため、猫を抱いたまま台所に行くと、

「何してんだこの子達は?」

台所には和美・アキラ・千雨達が、一箇所に固まりボーッと座っていた。何かあるのか気になった横島が、
少女達に近づいたが、誰一人横島に気がつかなかった。横島が首を伸ばし、少女達が囲んでいる物は見ると、

「お前のエサ皿があるだけだな」

茶々用の皿が鎮座するだけであった。千雨とアキラは、和美から聞いた『大切』発言、そして和美は二人に説明しているうちに、
朝の出来事を思い出してしまい、3人の心はどこかに飛んで行ってしまったのである。

「お~い。どうした3人とも」

横島が声を発すると、少女達がノロノロと声のした方に首を向け、横島の顔を確認した。そして3人は、
数秒ほど横島を凝視しだした。可愛らしい少女達に見つめられ、鼓動が早くなる横島。心ここにあらずであった少女達が、
『あっ、横島さんだ』と同時に思うと、ぼんやりとしていた目を見開いた。慌てふためいた千雨が、

「うわ! よ、横島さん、何時から其処に?」

千雨の問い掛けに、横の二人も頷いていると、抱いた茶々を撫でながら横島が、

「さっきだけど。茶々にはメシあげてくれたんだ。俺も腹減ったけど、何か食うもんある?」

「あ、す、少し待って。す、すぐに出来るから」

「お、おう。む、向こうで待ってるよ」

和美と横島の目と目が合うと、互いに目を逸らすと顔を赤くしながら、受け答えをした。そそくさと横島が逃げ出すと、

「は、恥ずかしくって、横島さんの顔が見れない… どうしたらいいと思う?」

会っても大丈夫だと思っていた和美であったが、実際に横島の姿を見ると、動揺を隠すことが出来ないのであった。
そして、アキラ達に相談したが、

「…自業自得だから諦めろ」

「私もさあ、朝の件があるから自分で何とかしろ」

「他人事だと思って~」

そうそう良い解決策などでないのであった。二人に恨みがましい目を向ける和美。実は和美を少し羨ましがるアキラ。
力になりたいと思っているが、『男好き』と叫ぶところを聞かれ、他の人にかまっていられない千雨であった。


朝食が出来るのを待つ横島は、

「…和美ちゃんを直視できない…どうしよう茶々~」

茶々を抱きしめながら、床をゴロゴロと転がり悶えていた。主人が苦悩する中、横島とのふれ合いに嬉しそうにしている猫。
それに、横島が気がつくと転がるのを止め、茶々を見つめながら、

「お前は良いなあ。食っちゃあ寝えして、可愛がられるなんて。俺も猫になって可愛がられたい」

飼い猫に本気で嫉妬する横島であった。横島が仮に猫になっても、可愛がられるかは微妙なところである。


その後の朝食でも、横島と和美の会話や行動はギクシャクしていた。そして千雨は、横島が自分に対しては
普通に接しているため、あの発言を気にしてない事を悟り、安堵するのであった。


朝食を終えた少女達が、一旦寮に戻るために外に出ると、

「「「行ってきまーす」」」

「にゃあー」

「ほーい、気をつけてな。お前は行かなくていい」

見送りに出た横島に、挨拶をした和美達について行こうとする茶々を、横島が持ち上げていると、

「チビちゃんじゃあね」

「……」

「また猫缶買ってきてやるな」

それぞれが、茶々を撫でると寮に向かうのであった。そして横島は、朝食のために出た洗い物をするため、
部屋の中に戻っていった。洗い物を終え、もう一眠りする前に、歯を磨くため洗面上に入ると、

「イテ。何だ?」

足の裏に痛みを感じ下を見ると、一つのペンダントが落ちていた。拾い上げた横島が、目の前に掲げると、

「ペンダントか、あの子達のか? …あの珠に似てるな?」

ペンダントなど買った覚えのない横島は、千雨達の誰かの持ち物と推測した。そして、昨日自身が生み出した珠に、
酷似していると思ったが、

「まっ、いっか。大事なもんだと悪いからな、とどけるか」

ペンダントをズボンのポケットにしまうと、手早く身支度を整えた横島が、アパートから出て行こうとすると、
何かが背中を駆け上り頭の上に登るのであった。ため息をつきながら笑みを作る横島は、頭上に軽い重みを感じながら、

「留守番も可哀想だしな、しゃねえなあ~ お前も連れてってやるけど、どっかいったらダメだぞ」

「みゃ」

喋りながら横島が、頭の上に乗った物体を撫でた。頭上から猫の鳴き声が聞こえると、茶々を落とさないように、
バランスを取りながら横島が、歩みだしていった。

桜通りの桜を見ながら、3人の少女達が並んで歩いている。絶景の景色を見つめ、穏やかな気分になっているアキラの耳に、
二人のため息が聞こえてきた。そして、歩きながらアキラが、

「…どうした二人とも。こんなキレイな光景見て、ため息なんてついて、もったいないぞ」

「だってなあ、昨日の記憶ないからさあ、私はまだ休みの気分なんだよ。和美は何でため息ついたんだ?」

千雨のため息の理由は、今日から学校というのが、面倒なためである。そして、和美の理由は、

「横島さんと上手く喋れないんだもん。二人とも協力してくれないし」

「協力って言われても…」

「…なにをしたら良いかわからないしな」

二人の言葉に肩を落とし歩む和美。そんな和美の姿を、少し可哀想と思った千雨が、何か良い手はないかと考え出した。

(同じ布団で寝てたか。 …うん、私なら恥ずかしくって死ぬかもな。顔を合わせるのも無理だな。…アレ?
そういえば、横島さんも朝からおかしかったような)

此処で千雨もあることに気がついた。少女達は、横島が和美と一緒に寝ていた事を、知らないと思っていた。
自分のことに精一杯であった千雨と、幸せ気分であったアキラ、混乱している和美は、横島の挙動不審さに気がついていなかった。

横島のおかしさに気がついた千雨が、癪であったが和美を元気付けるために、

「なあ和美、横島さんもお前の事を意識してるんじゃあないか?」

「え、何でよ?」

肩を落としている和美が、不思議そうにしていると、

「だって横島さんもお前の顔、まともに見てなかったぞ。あの人、お前が抱きついてたの知ってるんじゃあないか」

「………うそ……は、恥ずかしい…」

急に和美が立ち止まり、真っ赤に顔を染めながら、下を向き呟いている。和美が立ち止まった所為で、
一二歩前に出たアキラと千雨が、

「…今のは逆効果では?」

「まずったかな。和美のことだから『私の色気で誘惑しちゃった~』とか、言うと思ったんだが。
予想外の反応だな、どうするか」

和美のリアクションに、戸惑う二人であったが、次の和美の言葉に、

「でも…ちょっと…嬉しい」

「「…は?」」

目を点にし、呆然としてしまう二人であった。頬に手を当てた和美が、嬉しそうに笑いながら、

「だって、好きな人が意識してくれてるんだよ」

そして、自信が出てきたのか胸を張り、堂々とした立ち振る舞いを見せ始める和美。そんな和美の急変に、

「さっきまでの態度と全然違うな」

「…うん。でも、この方が和美らしくっていい」

「そうだな」

普段の調子を取り戻した和美に、安堵し足を止め笑いあう千雨とアキラである。そんな二人の横を、
歩みを再開した和美が通り過ぎながら、

「ほら二人とも、さっさと行くわよ! ふっふふ、今度会ったら横島さんを誘惑しちゃお~」

「へいへい」

「…わかった」

声をかけられた二人が、返事を返し足を動かそうとすると、千雨の足元から、

「みゃん」

と、猫の鳴き声と何かが触れる感触がした。千雨は足に触れた感触に驚き、アキラは猫の鳴き声に反応し、
足を止めた。二人が足元を見ると、

「「茶々!」」

「ん? チビちゃんがどうかしたの」

茶々の名に反応した和美が、振り向くと茶々が千雨の足に、小さな頭を摺り寄せていた。三人が視線を絡ませると、

「チビちゃん、さっき横島さんに捕まってたのに」

「…抜け出してきたのか。よっと」

「どうする、届けるか?」

屈んだアキラが茶々を持ち上げると、千雨が二人に問いかけた。そして、二人が何かを言う前に、

「おっ、いたいた。おーい! 三人ともちょっと待ってくれ!?」

横島の大きな声が、しっかりと三人の耳に届いた。その声にアキラと千雨が、横島のほうを振り向き、
歩んでくる横島を見つけた。そして、和美はと言うと、

「いや…お前、何で私の後ろに隠れるんだ?」

「だ、だって恥ずかしいもん」

横島を視認した瞬間、千雨の背後に隠れ、身体を小さくする和美。先程の自信など、粉微塵になっている。
そして、その行動に呆れ顔の千雨が、意地悪く笑いながら、

「和美、横島さんに会ったんだから、さっさと誘惑して来いよ」

「無理無理! 横島さん見たら、そんな事をほざいた過去の自分を、張った押したくなったわ!」

千雨の後ろに隠れながら、情けない事を言い切る和美。逃げ出さないだけ、マシかと思った千雨が、
少し疑問に思ったことを、背後にいる和美を見ながら尋ねた。

「隠れるなら、アキラの方がいいんじゃねえのか? あいつの方が身体デカイし」

その質問に、和美が静かに首を振りながら、

「あの子はダメよ。千雨ちゃん、横見てみなさい」

「? あれアキラがいない。 …はや! もう横島さんの所に行ってるのかよ」

アキラがいた場所を見た千雨が、消えたアキラに驚き前を向くと、既にアキラは横島の近くにいるのに気がついた。
ちなみに和美も最初は、アキラの後ろに逃げようとしたが、アキラが横島に向かい動きだしたため、
直ぐに諦めたのであった。そんなアキラの行動を、観察していた和美が評した。

「あの子、横島さんに懐いた子犬みたいね」

「…ちょっとわかるかも。あいつに尻尾が在ったらきっと今、千切れそうなほど振ってるよな」

「あと犬耳とか在っても、すっごい可愛いと思うわ」

アキラの身体に、オプションが着いているのを想像すると、互いの意見に頷き合った。そして、さらに話が脱線していった。

「あいつはきっと、他にもキツネとかウサギとかも、似合いそうだよなあ。私もさあ、ウサギとかやったことあるけど、
想像上のアキラに勝てる気がしねえもん」

「あっそれ見たことある。結構可愛かったよ。面白そうだからさあ、今度私にもウサギの衣装着させてね」

「み、見たのか、あ、ありがとうな」

恥ずかしそうする千雨は、和美が自分のHPを閲覧している事を思い出すと、褒められたお礼をした。
そして、ウサギ衣装を纏った和美を想像すると、

「着せてもいいけどさあ、お前の場合はなあ、エロくなるだけな気がすんだが」

「やっぱり? アキラを想像すると、もの凄く可愛いんだけどね。あの子の容姿と仕草って、ちょっとズルイわね」

「だよなあ。………いやいや、お前も規格外のスペックしてるじゃん!」

「千雨ちゃんも、十分なスタイルしてるよ」

二人とも、よくわからない話からアキラに、変な嫉妬をしていた。が、よくよく考えた千雨が、和美に突っ込みを入れていた。
和美も、横島を直視していないため、楽しそうに話をしている。


にこやかな表情のアキラは、茶々を横島に差し出しながら、

「…はい、横島さん」

「そいつは、頭にでも乗せてよ」

後方にて友人達に、ヘンテコな評価をされている事を知らないアキラが、下げた横島の頭に茶々をそっと乗せた。
ちょこっと首を傾げたアキラが、

「…私たちに用みたいですけど、どうしたんです?」

「ああ、コレが洗面所に落ちてたんで、届けに来たんだわ。誰のかわかるかな?」

横島が、ポケットの中から拾ったペンダントを持ち上げ、目の前にいるアキラに見せた。ペンダントを見てハッとしたアキラが、
慌てながら服のポケットを探りだした。そして、ポケットの中に何もないと知ると、

「…そ、それ、わた…」

アキラが、自身の持ち物と主張しようとしたが、正確には誰かの落し物であると思い出し、言葉に詰まっている。
すると、落ち着かないアキラの様子に横島が、少女の物と推測すると笑いながら、

「アキラちゃんのだったか。ほい、後ろ向いてよ、着けるから」

「…で、でも…」

ペンダントを着けてもいいのか迷い、アキラが動けずにいる。アキラとしては、着けてみたい気持ちはあったが、
落し物ということもあり躊躇っていた。アキラが固まっている理由が判らない横島が、手に持っていたペンダントの
固定金具を外した。そして、アキラの背後に回りこみながら、

「じっとしててね」

「…えっ」

「動いちゃあダメだよ」

「…はい」

横島の言うことを大人しく聞いたアキラが、動きをピタリと止めた。そして、横島の手がアキラの長い髪に隙間を作ると、
チェーンを通し金具を止めにかかった。微動だにしなくなったアキラの耳に、カチャカチャと金属の触れ合う音が響いている。
背後に好意を抱いている男性が、立っているアキラの心境はと言うと、

(…ううっ、き、緊張する… ! い、今横島さんの指が当たった… 横島さんの指、暖かかった気がする。
…もっと触れてほしいな…)

胸が張り裂けそうになるアキラであったが、横島の手指が触れるたびに、頬が緩んでいた。



離れていた所から、観察していた和美と千雨がニヤニヤしながら、

「顔見なくても判るな」

「うん、そうね」

アキラについて何か悟った二人は、互いに目を合わせながら同時に、

「「アキラ、めっちゃ喜んでるわ」」

と、言いながら笑いあっている。二人とも、アキラと横島の邪魔をしないように、眺めているだけであった。
自分の時に邪魔をしないという、暗黙の了解が少女達の中に出来始めていた。

「あっ、アキラこっち向いたぞ」

「無表情を保とうとしてるけど、口の端が引くついてるね」

「急に俯いたぞ。横島さんに『似合う似合う、可愛いよ~』て言われたなアレ」

「嬉しがってるわね。わかりやすい子だこと」

ちなみに二人とも、余裕の解説をしているが、いざ自分がアキラの立場になったら、同じような反応をするのは、
間違いないのであった。



そして、寮まで目と鼻の先であったため、送ることにした横島であった。横島の横にはアキラが並び、
数歩後ろを和美と千雨が着いていった。寮が見えてくると先頭にいるアキラが、

「…何かみんな集まってるけど、どうしたんだろう?」

「ほんとだ。うちのクラスの大半がいるんじゃない」

何故か寮の前で、和美達のクラスメートの多数が集まっていた。横島一行がそれに気づくと、向こうも横島達に気がつき、
誰かがこちらを指し示している。そしてその一角から、横島を見つけた裕奈が、

「よ・こ・し・ま・た・だ・お! 女の敵である、あんたを生かしておけない!?」

「へっ、な、何? 俺、なんかしたか?」

「とぼけるなー 逃げようとするな!?」

目が据わった裕奈が、怒鳴りながら一直線に横島に向かい突っ走ってきた。手には昨日から装備しっぱなしの、
鉄アレイを振り回しながら。横島もマズイと思ったため、逃げ出そうとしたのだが、逃走を察知した裕奈に
命令されると、丁稚根性が残っていたために、直立不動の体勢をとってしまった。嫌な汗をかいてきた横島の前に、
裕奈の異常に気がついたアキラが、横島を守るように立つと、

「…裕奈。そんな物を振り回したら危ない」

「アキラ! 退きなさい!?」

「……」

退避するように命じる裕奈と、無言で裕奈を見つめるアキラが、徐々に接近していった。
そして、事態について行けず横島の背後に立ち尽くす和美と千雨の耳に、

「はっぁぁー うっぅぅ」

高く鋭いうなり声が聞こえてきた。和美と千雨が、数瞬目を合わせた後アキラに、

「アキラ、本性が獣だからってなあ」

「そうそう。内に獣を飼ってるからって、その威嚇はどうかと思うよ。人として」

二人は、アキラが裕奈を威圧するために、発している声と思ったらしい。そして、アキラが裕奈から目を逸らさずに、

「…この声、私じゃあない…本性が獣? 飼ってる?」

発せられる声を否定しながら、変な単語に首をかしげるアキラ。そしてアキラが喋る間も、威嚇する声が聞こえたため、
今度は千雨と和美が首を傾げた。そんな二人に、

「…二人とも、この唸り声はアキラちゃんじゃあなくて、コイツコイツ。痛い、爪をたてるな。頭皮に刺さっとる」

しかめっ面の横島の指が上のほうを指しているため、二人の目線が自然とソレを追い、横島の頭上を見ると、

「おお! すげえ」

「うわ、尻尾ってこんなに太くなるんだ」

二人が見たものは、裕奈に向けて毛を逆立て、威嚇する茶々であった。横島に向けられた敵意に、茶々が反応したのであった。
ちなみに、茶々がこのような声を出すのは、横島達でさえも聞いたことがなく、驚いている。茶々の言いたい事を簡単に言うと、
『ナニよあのメス! ご主人様に手を出すきですか!?』である。そして、鼻に皺を寄せた茶々が、敵意むき出しに向かってくる裕奈に、
飛び掛るタイミングを計っていた。


一方、裕奈が目標に近づいていくと、徐々に速度を落とし、障害を避けるために身体を揺すりだした。
バスケットボール部に所属しているだけあり、裕奈の動きには無駄がなく、もし横島の前に立っていたのが、
千雨や和美であったら、簡単に突破していたであろう。しかし今回に限っては、相手が悪かった。

「…止める」

ヤル気に満ちた目をしたアキラが、フェイントを交えた裕奈の動きを、確実に捉えていた。
そして、裕奈がアキラの左から抜く動きをみせると、反射的にアキラの左手が裕奈を捉えるために動いた。
が、アキラの左手は虚しく空を掴んだ。裕奈は、上半身の動作だけでアキラを惑わしていた。
そして、アキラの右側をすり抜けていく裕奈が、右腕を振り回しながら、数m先にいる横島に向かい口を開いた。

「天誅! …ぐえ」

裕奈が叫んだ次の瞬間、抜き去ったと思ったアキラに後ろ襟を掴まれ、強制的に身体を止められてしまった。
そして、その反動で首が絞まり、意識が数瞬落ちてしまう裕奈。そんな中、裕奈の持っていた鉄アレイが、
少女の手から無意識に離れた。そして、タイミング悪く裕奈を引っ掻くために、飛び掛ってきた茶々と、
鉄アレイが交差する軌跡を見せている。

「…あ!」

それに気がついたアキラが、目を見開き驚く中、宙を飛ぶ鉄の塊により、肉を打つ音が周囲に響き渡るのであった。


寮の前から、横島達の方に向かう今日から3-Aの生徒たちの中、ある行動に気がついた楓が、横を歩む古に

「古、今の御仁の動き見たでゴザルか?」

「うんうん、中々いい動きだったアル。最後が決まったならカッコ良かったアルネ」

少しだけ感心してた古も、起こった結果に苦笑している。二人が見たものは、鉄アレイが茶々に当たる直前、
横島が腕を横薙ぎに振るい、茶々を救う動きを捉えていた。そして、猫を助けたはいいが、横島の顔面に
鉄アレイが直撃し、めり込むのもしっかりと見ていた。

「私や楓なら、猫も助けて鉄アレイも避けられたアルネ。 …どうかしたしたアルか?」

反応がない楓をいぶかしむ古に、

「いやなんでもないでゴザル。 …まさかな」

薄目を開け、顔を抑え転げまわる横島を、じっと見つめる楓が、

(あの御仁、避けようとしていたような気がするでゴザルが? …気のせいでゴザルね)

横島の情けない姿を見たため、気のせいと判断するのであった。



鉄アレイがめり込んだ横島は、怒る茶々を静めるため背後を振り返り、

「…二人とも、コイツ宥めて」

「あ、ああ了解。よしよし、茶々いい子いい子」

「めり込んでるけど、痛くないの?」

唸る茶々を千雨に渡すと、千雨が茶々を撫でまわして落ち着かせている。千雨の顔を見て、唸るのをやめた茶々を横目に、
和美が横島の顔面から生えている、鉄アレイを指差している。

「うん、めっちゃ痛いから転げまわるぞ。 うぎゃあーーー つ、潰れた!?」

「やっぱ痛かったか~ でも横島さんだから大丈夫よね。おっチビちゃん、尻尾極太じゃん」

横島を信じている少女たちは、彼の願いを叶えるため、茶々の尻尾をニギニギしたり、鼻先を突いて宥めている。
そして、怒っていた茶々は、少女達に遊んでもらい直ぐに上機嫌になり、裕奈を狙うのを忘れてしまっている。


裕奈を捕まえたアキラが、悲しそうに表情を歪めながら、凶行に及ぼうとした親友に、

「…裕奈、何で横島さんを襲おうとしたの?」

既に意識を取り戻している裕奈が、数度ほど咳き込んだあと、

「邪魔しな…」

まだ怒れる裕奈が、立ちはだかるアキラに、苦言を呈しようとしした。しかし、アキラの顔を見た瞬間、
裕奈が口を開いたまま固まったためである。なぜなら、裕奈を見つめるアキラの表情が、悲しさのために、
今にも泣きそうに歪んでいたためである。自身の行動が、親友を悲しませる結果になってしまったと、気がついた裕奈が、

「わ、私は、あんた達を……… う、うわーん」

アキラの視線により、情緒不安定におちいった裕奈が、泣き出してしまった。そして今度は、アキラが戸惑う番になった。
目の前で友人が、突然泣き出してしまったから。

「…え、え? ど、どうした裕奈」

どうしていいかわからずに、困惑しているアキラに、茶々を撫でている友人たちが冗談半分で、

「あ~あ、アキラの奴、裕奈泣かしちゃったぞ」

「かわいそ」

「…う」

友人たちの言葉にアキラが、動揺しながら裕奈の肩に手を掛けながら、

「…ゆ、裕奈、首は大丈夫?」

「う~ひっく。く、首は全然…大丈…夫」

アキラの実力行使のため、裕奈の首が絞まったのが原因かと思ったが、違うと分かり少しホッとしたアキラであった。
しかし、友人が泣く原因が全く分からず、困り果てるアキラに裕奈の独白が聞こえてきた。

「な、何でそんな奴、守るのよ」

「…横島さんの事? だって横島さん、避けれるはずなのに、こんな時は避けようとしないんだ。
私たちは、横島さんが傷つくのは見たくない。…な?」

「ん、ああ、まあな」

「そうね、無駄に回避力高いくせに、時々変に鈍くなるし」

裕奈の涙を拭くアキラが、千雨と和美に同意を求めると、二人が即答を返した。転げまわる横島を見つめる3人が、
横島を信じきってると見て取った裕奈が、

「こんな最低な奴を何でよ」

「…最低じゃあない。絶対に」

裕奈の発言に、ムッとした和美と千雨であったが、真剣なアキラの言葉に頷いている。精神的に追い詰められてきた裕奈が、
再び泣きそうになりながら、まだ転がる横島を指差し爆発した。

「最低だ! 3人とも昨日この男に食べられちゃったんだから!?」

「「…ぶっ」」

「…?」

荒い息を吐く裕奈の言に、意味を理解し驚き赤くなる千雨と和美。そして意味が分からず、千雨達と裕奈の両方に視線をやるアキラ。


数十秒後、興味があるクラスメートが横島の周りに集まった。そして回復した横島は、何故か少女達の前にて正座している。
暴れるため拘束服を着せられた裕奈を、横に立たせた横島が、正面にいる少女達の代表格であると思ったあやかに対して、

「あ、あの~ ど、どうしてボクは、正座しなくてはいけないんでしょうか?」

「はじめまして、横島忠夫さんですね。私クラス委員長の雪広あやかと申します」

「は、はぁ、そうですが」

困り顔の横島の質問を無視し、あやかが自己紹介を始めた。そして、どういう状況なのか理解できない横島が、
勇気を奮い立たせてもう一度、質問をするため口を開いた。

「…えっと、何でしょう…」

「あなたは真剣に考えて行動したんでしょうか?」

残念ながら横島は、あやかが会話の途中でよく通る声を発したため、質問を最後まで言う事が出来なかった。
そして、あやかの質問の真意が分かず、首をかしげた横島が無言でいると、

「ですから昨夜は真剣に考えて、行動したのですね?」

「…昨夜…ああ、一応真面目に考えた上でしたが」

周囲の少女達が、横島の発言にどよめきだした。横島は、アキラ達を泊めたことについて語ったのだが、
少女達は裕奈からの情報により、色々と勘違いをしている。そして裕奈が横島の言葉を聞き暴れる中、
他の少女達はじっくりと横島の顔を見ながら、本人に聞こえないように、

「じゃあ昨夜、あの3人…」

「え~ 本当にこの人と?」

「顔はそこまで悪くないけど」

「良くもないよね~」

少女達が自分を話題にしていると、感付いた横島が居心地悪さを感じていると、茶々の方にいたアキラが、
横島に近づき手をさし伸ばしながら、

「…横島さん、正座してると痛いでしょ。立って」

「い、いいの?」

「…いいに決まってます。悪い事なんか一つもしてないんだから」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

自然な動作で手を取り合う二人を見た少女達が、ざわめき出そうとした瞬間に、甲高い音が響き視線が音源に集まった。
視線の先には手を合わせた、あやかが立っていた。機先を制したあやかが、立ち尽くす横島に対して、

「横島さん、あなた家族は?」

「ん、君らの向こうにいるニャンコだけだけど」

少女達の背後にて、横島にあまり興味が無かった少女達が集まっていた。その中心には、千雨に抱かれた茶々がおり、

「勇気ある猫ネ。主人のために裕奈に喧嘩売るなんて」

「そうでゴザルな」

「可愛いね。うちのビッケとクッキのお嫁さんにならない?」

大分可愛がられていた。ちなみに和美と千雨は、食べられた発言により、フリーズしている。


飼い猫の方は、平和そうでいいなと横島が思っているとあやかが、

「そうですか。申し訳ありませんがいくつか質問させていただきます」

無言でいる横島の態度を、肯定と受け取ったあやかが、

「では一つ目。横島さんのご職業は?」

「警備員と新聞配達のバイトしてるけど」

同級生の思い人と思われる人物が、しっかりと職には就いていると安心したあやかが更に、

「警備員ですか。ならケガはつき物ですね。何処の保険会社に入られていますか?」

「入ってないけど」

「それはいけません」

横島の答えを聞くと、あやかが手を鳴らした。すると、何処からともなく現れたメイドから、書類を受け取るあやか。
ソレを横島に渡しながら、

「こちらの書類に、あなたの名前を書くだけで十分です。あとの事は、しっかりとやっておくので」

「いや何で保険? 殺されんの俺」

嫌な汗が出てきた横島は、頭の中で『保険金殺人』というワードが浮かんでいた。横島から、
不審げな目で見られているあやかは、その目に全く気がつかないまま、

「これでこの方が亡くなっても、3人は安泰です。次ですが、これが一番重要でした。
今のお給料はいかほどですか」

「えっ、ここで言うの?」

「はい」

周囲を気にし言いにくそうにしている横島が、あやかに確認すると、自信満々に返事を返された。そして、横島が渋々と、

「…一応、月に30万以上は貰っとるけど」

横島の給料を聞いた少女達が、

「結構貰ってるね」

「うんうん」

ちょっと感心していた。しかし、質問者であるあやかの反応は、

「猫一匹ならともかく、3人の女性を養うとなると全く足りませんわ」

どんな計算をしているか謎だが、最低ラインにも達していないと感ずると、

「雪広財閥で雇えば…」

「この子どうかしたのか?」

「…さあ」

何か考え出したあやかに、横島がアキラと共に首を傾げた。悩み出したあやかが、横島に向かい、

「いい仕事を紹介してもいいのですが、横島さんは警備員と言いましたが、お強いのですか?」

「めっちゃ弱いぞ。痛いのヤダし」

情けない事を堂々と言う横島に、少女達が呆れた視線を送っていると、横島が不評な評価に我慢できないアキラが、

「…横島さんは、すっごく強い」

と、発言したのだが、

「大河内さんの評価じゃあねえ」

「ちょっとね~」

残念ながらアキラの評価では、正当とは思えなかった少女達が、横島が強いとは信じられなかった。
そんな中、誰かがぼそりと、

「実績とかあればね。ちょっとは信じるけど」

「…ある。不良集団を罠使って倒してた」

「セコ」

「う~ん、それじゃあね」

まだ若い少女達では、罠を仕掛けて倒すというのは、あまり受け付けなかったらしい。しかし、あやかだけは、
力の無い者の戦術としてはありと思い、評価を上げていたが、

「しかし単純な強さもほしかったですが…」

どんな仕事を紹介しようかと悩むあやか。個人の強さもあれば、紹介しやすかったための悩みだが、
次のアキラの発言に一気に選択の幅が広がった。

「…前に高畑先生が横島さんの相手した時に、やられそうになったって言ってた」

「いやいや、確かに拳は当たったけどガードされたし。あん時は、タカミチさんめっちゃ手加減してたんだぞ。
それに、俺7~8分でのされたしな」

慌てて訂正した横島であったが、周囲の見る目が変わっていた。猫の方にいた集団でも、敏感に反応する者たちがいた。
一人で不良集団を笑いながら殲滅可能な、『笑う死神』『死の眼鏡』と不良から恐れられるタカミチ相手に、
手加減されたとはいえ目の前の男が、数分でも戦える事に驚愕している。その話を聞いたあやかが、目を光らせながら、

「これでいい仕事を紹介できますわ! 横島さん、私の大切なクラスメートを、幸せにしてください」

「…し、幸せ …よ、横島さんと…」

「へっ? し、幸せ何で!」

「何でとは非道ですわ。一夜を共にした女性を捨てるのですか!」

「い、い、い、一夜? や、やってないぞ!」

うれし恥ずかしそうにするアキラの横で横島が、やっとあることに気がついた。周りにいる少女達の自身に対する認識が、
『クラスメートと男女の関係になった男』とされていることに。大いに焦る横島に対して、

「うわ外道~」

「最低!」

等と言われだした。少し上昇中だった横島の評価が、一気に下落した。怒りを顕にするあやか達に、
詰め寄られた横島が泣きながら無意識に、

「ワ、ワイは童貞だーーー!?」

横島の心の底からの絶叫に、無言になる少女達。自身の叫びの内容に、気がついた横島の口の端が引き攣る中、
またもや少女達がヒソヒソと、

「えっ、どう思う」

「う~ん、何か本当ポイよ」

横島は、少女たちから哀れみの目を向けられていると感じ、心に傷が出来始めていた。ちなみに中学生からの哀れみ目は、
横島の被害妄想である。そして、どうしていいのかわからず固まる横島の袖を、誰かが軽く引っ張っていた。
横島がそちらを向くと、何か聞こうとしようとするアキラと目が合った。アキラの仕草に、可愛らしいと思って
目を細めた横島だったが、すぐに硬直する嵌めになった。なぜなら首を傾げたアキラが、

「…童貞って何? みんなに責められてるけど、悪い事ですか?」

と、不思議そうに尋ねてきたためである。アキラの純粋な目で見つめられると、横島の中で何かが壊れた。
そして、大粒の涙を流しながら、

「うわーん! 悪くなんかないやい!? 本当だぞーー」

「…横島さん!」

アキラが静止をかける前に、横島は全身全霊をもってこの場から、逃げ去っていった。訳がわからないアキラに気づかれないように、

「あ~あ、止め刺しちゃったよ」

「童貞の人に、童貞って何ですかって聞くとわね」

「無自覚って怖いです」

「? 童貞とは何でしょうか?」

「いいんちょも知らないんだ。大丈夫、知らなくても問題ないから」

一人の青年が傷ついた最中、少女達が以前から話題となっていた、横島の事を知りとても楽しがっている。
そして、遠くに行く横島を呆然と見つめていたアキラが、

「…童貞か…今日はその意味を調べてみよう」

「「「「「やめたほうがいい」」」」」

意味を知っているもの全員に突っ込まれ、びっくりするアキラであった。


少数であったが、寮内に残った者たちもいる。その中の一人である村上が、窓から外を見ながら横にいた人物達の一人に、

「あっ、何か走ってっちゃったよあの人。どうしたんだろうね、ちづ姉」

「さあ、忠夫さんは、時々分からない行動するから」

「ふーん、そうなんだ。 ……………な、何でそんなこと知ってるの? し、親しそうに名前で呼んでるし…」

目を見開いた村上は、ゆっくりと首を動かし横の千鶴を視界に納めた。そして、朝から横島を見れて、
機嫌よさそうにしている千鶴が、

「覚えておいて、あの人が私の思い人よ。あと、あの猫の名前は…茶々、よ… 何であの子に恐がられるのかしら」

微笑んで喋っていた千鶴であったが、村上に茶々を説明するため猫を指した。すると、偶々目が合った茶々が、
怯えながら千雨の手から抜け出して、主人と同じように全力で疾走しだした。少し前から、
茶々に避けられていると感付いていた千鶴が、今回の事で凹んでしまい、

「…私、着替えて登校の準備をするわ」

千鶴を見送るしかなかった村上に、もう一人いた観客が、

「何事にも動じないタイプと思ったが」

「うんうん、だよね龍宮さん」

まさか二人とも、あの千鶴が猫に懐かれないだけで、落ち込むとは思ってもいなかった。
そして、村上が横島について卒直に意見を述べた。

「ちづ姉の年を当てたのは凄いけど、みんなに好かれるほどの人かな? さっきも情けなく転がってたし」

「まあまて、横島さんはそんなに悪くない人だぞ。さっきの鉄アレイだって避けれたが、後ろに居た長谷川や朝倉に、
当たるかもしれなかったから、動かなかったんだからな。さて今日から学校か、私も準備するか。横島さんには、
また甘味でも奢ってもらうか」

龍宮が離れていく中、その場を動けなくなってしまった村上が、

「だからあの人、動かなかったんだ…でも今の口ぶりだと、龍宮さんもあの人と知り合いみたい…」

身を挺して、和美と千雨を守った横島に感心もしたが、それ以上に横島の交友関係に衝撃を受け、
固まってしまったのである。

ちなみに楓と古が、横島が動かなかったのに、気がつけなかったのは位置の悪さと、アキラと裕奈の動きに
集中していたためである。

村上が窓に寄り添ったまま、指を折りながら、

「えーと、ちず姉でしょ、朝倉に、大河内さん、長谷川さん、それに龍宮さんの5人か」

クラスに、横島の知り合いが多いなと思っている村上の耳に、

「ん? アスナ、何かみんな外に居るで」

「ほんとだ。…あっ夏美ちゃん、あの集まり何なの?」

村上の下に、さらに横島の知り合いである、木乃香とアスナが現れた。外で何が起こっているのか、
気になったアスナが自分達より先にいたため、少しは事情を知っていそうな村上に、声をかけながら
近づいていった。互いに朝の挨拶を交わすと村上が、外の集団を示しながら、

「あれはね、ほら噂になってる大河内さんたちの、知り合いの男の人が」

「ああ、横島さんね。で、それがどうかしたの」

「お兄さんが、どうかしたん」

村上の言葉を遮り、アスナと木乃香がいきなり核心を突いた。村上としては、内緒話の感覚で
話そうとしていたため、ビックリしたため口を開けたまま、固まってしまった。数秒間黙っていた村上が、
二人の困惑した視線を受けると、

「そ、その、横島さんって人が、あそこにいたんだけど……………もしかして…その人と知り合い?」

「ええ~お兄さんがおるん。ドコドコ?」

村上の質問に、木乃香が行動をもって答えとした。窓に張り付き人を探す木乃香の答えが、
分かった村上がアスナに目で問いかけると、

「私はバイトが一緒なのよ。今日も代わって貰ったし」

「そ、そうなんだ。こ、木乃香はどんな知り合いなの? それから、あの人ならもうどっかに走ってたよ」

「そなんか。横島さんは、うちのお見合い相手や」

横島に会えず、残念そうにする木乃香の話す内容に、朝から衝撃を受けっぱなしで、頭が痛くなってきた村上が、

「ぜ、全員で、7人もいるの…」

「7人?」

村上の独り言に、アスナが反応すると、

「う、うん、横島さんって人の知り合いの数だけど」

「ああ、なるほどね。私に木乃香、あそこにいる3人と、あと茶々丸さんか。あれ? 一人足りない」

さきほど村上がしたように、アスナも指をおり人数を数えたが、村上の言う7名には一名足りなかったため、
頭をかしげていると、

「アスナアスナ、あと龍宮さんも知り合いや。裕奈も知ってるみたいやけど、何か嫌ってるって話し聞いたで。
さて、お腹も減ってきたし、ネギ君起こしてご飯にしよ。夏美ちゃん、また後でな」

「へぇ、龍宮さんも知り合いなんだ。そうね、寝ぼすけのネギを起こして、朝食にしよっか。
夏美ちゃんも、変な顔していないで、部屋に戻ったら」

ただ一人残った村上は、眉間に皺を寄せ、口を間抜けに開けていた。そして、開けられていた口から、

「…裕奈に茶々丸さんも知り合いなんだ。ゆ、裕奈は嫌ってるらしいけど、そうじゃあない人が、
8人もいる。ク、クラスの約1/4…こ、こんな情報なんて要らなかったのに…」

何の因果か、全く話の中心に関わっていなかった少女の下に、多くの情報が集まってしまった。
他に、横島と少女達の関係をほとんど知る者は、超と葉加瀬くらいであった。この二人でさえも、
監視装置等様々な道具を使用し、入手した情報である。それを、一般人の村上が手に入れてしまうと、

「…し、知ーらない。わ、私は、何も見なかったし、き、聞かなかった。うん、そうしよう。
ああ~、お腹減った。朝ごはんはなんだろうな~」

少女はどうやら、忘れる事を選択し、村上も部屋に戻るのであった。独り言を呟き、必死に横島達の情報を、
思い出さないようにしていた。このような色濃い情報を、忘れる事など出来るはずがないのだが。


村上が、自身のことで悩んでるとは知らない横島が、全力疾走しながら、

「あっ! 茶々、忘れてきた」

自身の愛猫の事を思い出したが、あの場に戻りづらいため、どうしようか悩むのだった。


そして、愛猫はというと、

「…にゃあ~~」

やたらめったら走り回り、迷子にってしまいた。そして、辺りを見回しては、『ご主人様~ドコ~』と鳴いている。
どうも千鶴の気配だけは、とても苦手な茶々であった。










感想をくださいまして、ありがとうございます。

レス返し

コンテナさま、あやかの行動はノリで書いたので深く考えていませんでした。ちなみに主犯で報いを受けてないのが一名います。

良さま、前回の話は陰湿でしたか、もう少し上手くかければ良かったのですが、力不足でした。


横綱ナイトさま、ラブコメは難しいなと、実感できる回でした。アキラを、可愛いといっていただけ良かったです。

ありゃりゃさま、自分も書いていて、暴走エヴァを少しイメージしながら書いていました。

蒼さま、大変お待たせしました。遅くなりすみません。

香川さま、幸い震災には巻き込まれていません。仕事関係と私生活で、遅くなってしまいまいました。

最後に読んでいただいて、ありがとうございます。



[14161] 一名と一体、参戦決定(別題:出席番号28の子は、どうなってしまうのだろう)
Name: クランク◆6c156288 ID:a4ab4e09
Date: 2011/12/28 17:03
「茶々丸ちゃん、今日休みなんだね」

「…そうみたい。どうしたんだろう?」

「さあなあ。気分でも悪いんじゃあねえのか?」

下着姿のアキラ・和美・千雨が、身体測定の合間に集まり、休みの茶々丸について話し合っていた。
周囲の少女達が、巷で噂になっている、吸血鬼の話で盛り上がる中、この場にいない友人を心配していた。

そんな中、和美が千雨の顔を見ながら、楽しそうに笑っていた。和美が笑った理由は、以前の千雨だったら、
ガノノイドである茶々丸に対して、体調不良の心配などしない思考を、持っている事を理解しているためである。
それを、千雨自身の口から、心配する言葉が出たため、少女が変わったことに対して、嬉しくなって
笑ってしまったのであった。

和美に笑われてることに気がついた千雨が、軽く睨みつけながら、

「人の顔見て笑ってんじゃあねえよ」

「いやいや、何でもないよ~」

和美のふざけた態度にいらっときた千雨が、頬でも抓ってやろうと手を近づけたが、

「甘いわ千雨ちゃん」

「待ちやがれ和美!?」

「千雨ちゃんじゃあ、私を捕まえるのは無理よ」

不穏な気配を感じた和美が、教室を逃げ回り始めた。両手を振り上げ、笑顔の和美を追いかける千雨を、
アキラがぼーと眺めていた。そうしていると、アキラの周りにチアリーダー部の面子が集まってきた。
そして、追いかけっこをする二人に苦笑しながら、

「千雨ちゃんもここ半年で変わったわ」

「そうだね。あんな感情的な行動なんて、しなかったのにねぇ」

「前までは冷めた目で周り見てたよね。まあ私は、今の長谷川ほうが好感持てるからいいけど」

各々が好き勝手に千雨の話をしていると、アキラが同意のため無言で頷いていた。アキラも横島と出会う前は、
千雨との交流など皆無であった事を、思い出していた。彼と出会え、さらに今まであまり接点のなかった
クラスメートと、仲良くなれ本当に良かったと思っている。そんな思いから頬が緩むアキラに、
柿崎が昨夜の詳しい事を知りたいため、アキラの肩を突っつきながら問いかけた。

「ねぇねぇ、昨日は本当に何もなかったの?」

「…?」

「ほらほら、誰にも言わないから喋っちゃいなよ」

柿崎は、横島について尋ねたのだが、いまいち判っていないアキラが、昨日何かあったか考え出した。
そして、唯一の心当たりに行き着くのである。アキラ本人としては、全く覚えていない事であったが、

「…昨日は、噂になってる吸血鬼に襲われたくらいかな」

「………マジで…どんな奴だった? もしかして倒しちゃったとか?」

アキラの的外れな答えに、数瞬意味がわからなかった柿崎であったが、直ぐに意味に気がつくと、
唖然としながら詳しい話を聞きだしにかかった。他の二人も、意外な方向に進む会話に耳を傾けている。

「…覚えてないんだ。私や千雨は、横島さんが見つけたときには気絶してたから」

「千雨ちゃんも襲われたの! 二人とも、その大丈夫なの?」

暴走したときのアキラの力を、身を持って体験した柿崎が、アキラが負けたことに戦慄しながらも、
二人の身を案じた。柿崎の声が自然に大きくなっていくと、物騒な言葉を聞いた少女達が心配そうに集まりだした。
集まってきた少女達に、心配させまいとアキラが、手を振りながら、

「…大丈夫だ。私が背中を少し痛めただけだから」

少女達の目には、アキラの背に張られたシップの隙間から覗いた肌が、青くなっているのが見え、
口を閉ざしてしまった。


アキラの周囲にいる少女達が、気落ちする中、

「困りましたわ」

「どうしたの、いいんちょ体重でも増えてた?」

「ひゃあ! 夏美さん、やめなさい。それに増えてませんわ」

悩み顔のあやかに、村上がわき腹を摘みながら話しかけた。くすぐったさから悲鳴を上げ、身体を捩じらせたあやかが、
村上の手から逃げ出た。そして、胸を張ったあやかが、村上に対して悩みを打ち明け始めた。

「横島さんと、朝倉さんたちのことですが」

「…ああ、うん。…聞かなきゃダメ?」

「はい、聞いてください」

横島の名を聞き、朝の事を思い出してしまった村上が、嫌そうな顔をしたが、あやかに押し切られ、
聞くはめになってしまった。肩を落とした村上に、あやかが真剣な表情で、

「困った事に、日本では重婚が認められてないんですわ」

「…え、えーと、そんな当たり前のことで困られても…しかも本気っぽいし」

あやかの表情から、村上は冗談で言っていないと理解すると、自分では助言など出来ないと悟ってしまった。
村上は、あやかが何故このような、アホなことで悩んでいるのか判らずにいると、

「いいですか、このままではあの方達は、一人しか幸せになれないのですよ。あの方達を見れば、
横島さんに好意を抱いているのがわかりますわね?」

「…それはまあわかるけど…だから重婚なの?」

「そうですわ。重婚が可能なら、幸せになれる可能性が広がりますわ! 幸いな事にあの方達は仲が良さそうなので、
他の方を蹴落としてまで、横島さんを独占するとは考えにくいですし」

力説するあやかに、早くこの話が終わらないかと思っている村上だったが、更に話をややこしくする人物が、
あやかの背後から現れた。その人物を見た瞬間、村上は嫌な予感から、表情を曇らせるのであった。
そして、あやかの背後に立った人物が、少女の肩を叩きながら、

「あらあら、あやかそんなの簡単よ。重婚が可能な国に渡ればいいのよ」

「なろほど! その手がありましたわ。さすがですわ、ちづるさん」

「ああ~予想通り話が変な方向に。しかもいいんちょも納得してるし。 …絶対にちづ姉もその中に入って、
外国行く気だし」

千鶴の意見に、村上は頭を抱えぶつぶつと小さく呟くため、誰も内容に気がつく者はいなかった。
そして、色々な人間関係を知る村上が、心労から身体がだるくなってきていた。村上の状態に気がつかず、
重婚について真剣に話し合う、千鶴とあやかに対して、ストレスが溜まる一方の少女が、

「もういっそ、日本の法律変えちゃえばいいのに」

その適当な呟きを聞いた千鶴とあやかが、勢いよく村上の顔を覗き込んだ。二人の反応にびっくりした村上が、

「ど、どうしたの?」

「それですわ。夏美さん」

「いい事を言ったわ。夏美ちゃん」

「え、え、な、何が?」

突然二人から肯定された村上が、困惑していると、

「法律を変えてしまえばいいのですわ」

「夏美ちゃん、すばらしいアイデアよ。今晩のおかずは、夏美ちゃんの好きな物を作ってあげるわ」

「ありが…へ? ほ、本気?」

好きなものが食べれると一瞬喜んだ村上だが、二人の会話の意味に気がつき、放心状態になってしまった。
思考が停止する村上の目の前で、千鶴達が本格的に話し始めていた。放心状態の村上の耳に、

「私たちは、裏で…」

「表はこの子にまかせ…」

「今から、ある程度の立ち振る舞いなど…」

「それから、資金とコネを…」

二人の未来設計の話し合いに、興味を持った超が、

「楽しそうな事を話してるネ。私も混ぜてほしいヨ」

超の参加したいという言葉に二人は、直ぐに頷き超を仲間に引っ張り込んだ。『麻帆良の最強頭脳』に二人が、計画を話すと、

「村上を政治家にするのカ。それは面白そうネ」

「え!? どうしたらそういう話になるの!」

聞き捨てならない言葉を聞いた村上が、大声を上げ説明を求めると、

「大丈夫よ。夏美ちゃんは、原稿を覚えて喋るだけでいいから。演劇部だから、役作りは得意でしょうし」

「そうですわ。ちょっと息苦しいバイトと思ってください。あっ副業が政治家で、本業を持って別に構いませんから」

「任せるネ。いろんな裏の情報を手に入れて、最速で政治家になれるようにするヨ」

笑顔を浮かべた3人に、親指を立てられた村上が、

「無理だよ~~」

絶叫したが、既に計画は動き出しているのであった。将来、『豪腕』『暴君』『支配者』と呼ばれる政治家が、
誕生した瞬間である。全く持って、この少女に似合わない字であった。


騒がしいクラスメートを壁際で見ていた、龍宮と刹那が小声で、

「吸血鬼だとさ。全くクラスメートを襲うとは」

「…お嬢様に手を出さなければ、私からは干渉しない」

犯人の想像がつき呆れ顔の龍宮と、我関せずの姿勢を貫く刹那。そして、まだ測定が全て終わっていない刹那が、
離れていくと、窓から外を眺めた龍宮が、

「しかし、よりによって長谷川と大河内か。また犯人も、面倒なことになりそうな奴らの血を吸ったものだ」

被害者の名を聞いたとき、ある男の間抜け顔が浮かんだ龍宮。あの男が関わると、碌な事にならないだろうなと、
思った龍宮が少しだけ唇を持ち上げると、

「気が向いたら、どうなるか見てみるのもいいか。あの人が勝つ事はないだろうが、少しは楽しめるか?」

龍宮の予想では十中八九、横島が負けると思っている。それでも、万が一が起こるかもしれないと、
興味が引かれる対決になると感じていた。



下着姿で逃げ回る和美が、余裕の表情を見せながら、顔を下に向け追いかけてくる千雨に、

「いい加減諦めなよ」

「ゼェゼェ、ま、まちや…がれ…」

日ごろの運動不足がたたり千雨は、息を切らせ青くなりながらも、和美を追いかけていた。既に走るというより、
歩く速度に近くなっている千雨が、

「…な、何で私…追いかけ…てる…んだ…ハァハァ…ぎゃ!」

「千雨ちゃん!」

疲れから追いかける虚しさを感じてきた千雨が、諦め立ち止まろうとした。が、止まろうとしたが体力の消耗から、
足がもつれフラつき、近くの机に足を取られてしまった。そして、こけた千雨に驚いた和美が、反射的に手を出し
助けようとしたが間に合わず、千雨は転げまわると、教室のドアに激突し止まった。そして、かなりの衝撃だったのか、
ドアがハズレゆっくりと倒れ、千雨の身体が教室の外に出て行ったのである。



教室のドアの前にて待機しているネギが、中の騒々しさを聞きながら、

「みなさん、楽しそうですね。僕も元気に一年間頑張っていこう!」

これから一年、頑張ろうと気合をいれるネギ。そんな少年の感覚に、教室の中から微弱な魔力を感知すると、

「あれ? いま本の少し魔法の」

教室に背を向けていたが、振り向いたネギが教室の中の気配に、感覚を研ぎ澄ませ探ろうとしていると、
突然ドアがネギ目掛けて倒れてきた。逃げようとした時には、すでに目の前までドアが迫っていたため、
反射的に手で押さえにかかったネギであったが、

「わ、うぐ。ぎゃふん!」

ドア+千雨の重さにネギの細腕では、全く耐える事が出来ず、ドアに押し倒されてしまった。
ドアの下でもがくネギが、

「く、苦しい…こ、これ重すぎです」

ドアを挟んで、千雨が乗っていると思ってもいないネギが、ドアを退かそうと悪戦苦闘している。しかし、ネギの腕力では
動かすことが叶わず、上に乗る千雨が身体を動かす度に、ドアが動きネギの身体に苦痛を与えていた。


ドアの上にて、頭を振りながら上体を起こす千雨に、追いかけてきた和美が手を差し出しながら、

「はい、千雨ちゃん」

「わるい」

差し出された和美の手を、素直に千雨が取ると、和美が手に力を込め千雨を引っ張った。千雨もタイミングを合わせ、
ドアの上に一気に立ち上がると、

「うっう、い、いふぁいへす」

「何か聞こえたような」

転がった影響からふらつく千雨が、何処からかくぐもった声が聞こえたため、周りを見回した。
しかし、目の前にいる和美しか見つけられず、気のせいと判断しようとした。すると目の前の和美が、
千雨の踏んでいるドアを指差しながら、

「千雨ちゃんの下から、声が聞こえたけど。誰かそのドアの下にいるみたいよ。退いてあげたら、千雨ちゃん重そうだし」

「ば、ばっきゃろう、重くねえよ!」

和美の軽口に、目を吊り上げ千雨が反論した。体重はともかく、身体測定の結果を和美達と見比べたら、
アキラとウエストが同じであった。3人の中で背が一番低い千雨が、一番高いアキラと同じという事実が、
ショックな千雨であった。

そんな為、体型が少し気になりだしている千雨に、下にいるネギが苦しいために、

「お、重い~ は、はやく、ど、いて」

「重くねえって言ってるだろうが! 退くから少し我慢してろ!?」

言いながら千雨が、ドアの上から退避すると、ドアの下から潰れ気味のネギが、はい出してきた。
ヨロヨロのネギに、和美がネギの背を擦りながら、

「ネギ君、大丈夫?」

「な、何とか大丈夫です」

顔を顰めるネギだったが、和美に介抱してもらい、気分的に楽になっている。そして、押しつぶしていた千雨も、
年下相手に悪い事をしたと思い、

「悪かったな」

そっぽを向きながら、素直に謝罪の言葉をかけた。落ち着き、二人に目線をやったネギが、

「いえどう…ブッ…ふ、二人とも、な、何で下着で…」

下着姿で廊下に立つ二人に、驚きのあまり息を噴出し、赤くなりながら目線を逸らした。ネギの反応に目の前に立つ二人は、

「下着なのは、身体測定の最中だからね。別に、子供に見られても平気よ」

「ガキがませた反応すんな」

余裕な態度をとる二人である。元々肌を露出させる服をよく着る和美は、特定の人物以外から、
見られることに耐性がついていた。千雨は、本当は少し恥ずかしかったが、先程押しつぶした負い目から、
少しは我慢する気になっていた。

二人が平気な言葉を発していたが、いまだに視線を逸らしているネギに、

「くす、こういう反応も可愛いわね」

ネギの初々しい反応に、和美の琴線に触れる物が合ったのか、ネギの頭を撫でだしている。下着姿を見ないように
顔を上げないネギは、和美にいいように弄くられている。そんな、生徒にされるがままのネギの感覚に、
再び魔力が感知された。意外なほど近くから感じたため、自然とそちらに目線を向けた。目を大きく広げ見つめる、
ネギの視線に気がついた少女が、

「どうしたネギ先生? …あんまり見るようなら、学校に訴えちまうぞ?」

見つめていた千雨からの苦情に、慌てふためいたネギが、

「わっわわわ、ご、ごめんなさい…やっぱり、長谷川さんから?」

謝りながらもネギは、千雨から微弱な魔力を感じ確信を得た。千雨とネギを、交互に見た和美が、
ネギのつぶやきに気がつき、

「ネギ君、千雨ちゃんがどうかしたの?」

「い、いえ。 …あ、あの最近、長谷川さんに、何かありませんでしたか?」

会話にてさりげなく聞くスキルがないネギは、直球で千雨に問いかける事を試みた。質問された千雨は、
質問の意図がわからなかったが、

「何だ急に。まあいいけど、最近かあ」

ネギの謎な質問に、律儀に考え出した千雨は、

(こいつの質問は、多分春休み中についてだよなあ。寮ではみんなで宿題やって、飯食ったな。
横島さんのところじゃあ、飯作ったり、茶々と遊んだぐらいか…いつも通りだな…え、ええと、『ア~ン』は、
私だけ出来なかったしな。あいつらよく出来るよな。恥ずかしくねえのかよ。全く人前で。
べ、別に、う、羨ましくなんかないからな!)

違う方向に思考が傾きだした千雨が、表情を様々に変化させていると、大人しく待つネギに、和美が楽しそうに目を細め、

「何々ネギ君、千雨ちゃんみたいなのがタイプなの? 顔もスタイルも、もっといいのがいっぱいあっちにいるのに。
ほらほらアレなんて凄いよ~」

和美は、ネギの頭を掴みドアが外れ中が丸見えの教室に、強制的に向けた。色鮮やかな下着姿の少女達が、
不意に視界に入ってきたネギが、「あわわ~」と呟きながら、目を手で隠した。ちなみに、ネギの視線の先では、
外の様子に気がついていた千鶴が、ニコニコしながらネギに手を振っていた。残念ながらあやかは、
村上に集中しているため、ネギには気がついていない。

和美にムカつく発言をされた千雨が、額に血管を浮かべ、

「黙れヘタレ女! エロイ事平気そうなこと言うくせにチキンな、エロチキが」

ヘタレと言われ和美は、ちょっと神経がざわついたが、ここで怒ったらヘタレである事を認めてしまうため、
いつも通り軽い感じで、

「私のドコがヘタレなのかな~ あとエロチキって何よ?」

「ふん。前々からそうじゃあねえかと思ってたけど、朝の行動で確信したぞ。お前、口じゃあ
『誘惑する』とか言うけど全然しないだろ。そう言うのを、口だけのヘタレって言うんだよ。
エロチキってのは、エロいこと言うのは平気だけど本番になったらチキンになるやつ、
略して『エロチキ』だ。いま作った言葉だ、反論したければしろ!」

「……」

千雨の言葉に、沈黙しネギの頭に手を置いたまま、考え込みだした和美。そして、身に覚えがあったのか、
頬から一粒の汗が流れ落ちた。そして、肩を落としながら、

「…私、ヘタレかも…だ、だって横島さんと、キ、キスとか、か、考えるだけで、キャー!」

「う、うわ、く首が~~」

恥ずかしがり出した和美が手近にあった、ネギの頭を両手で廻しだした。ネギは、首の稼動限界まで、
動かされ痛みが走り出している。そして、和美の反応に満足した千雨は、「ふん」と鼻で息を出すと、
さきほどのネギの質問に答えるため、口を開いた。

「最近というか昨日だけど、吸血鬼に襲われたらしい。アキラと二人で桜通りに倒れてたよ。…聞こえてるか先生?」

いまだに和美に、頭を廻されてるネギに声が聞こえてるか、気になった千雨が声をかけると、

「…ふゃ、ふゃい、ひゅ、ひゅおえま、し、た…」

あまり言葉になっていないネギの返答に、千雨が首を傾げたが、

「答えたし、まあいいか。さて教室に戻るか。おい和美、お前も来い。先生の首をねじ切るきか」

「あ。ゴメンネ、ネギ君。千雨ちゃんあんまり引っ張んないでよ」

自身の手で和美の手を止めた千雨が、そのまま和美を引っ張って、教室に戻っていった。

和美の手から解放されたが、首が廻るのが止まらないネギが、

「きゅ、吸血鬼…さ、桜通りですね。こ、今夜、にでも…」

と呟いたかと思うと、目を廻しながら倒れてしまった。


余談であるが、和美がはじめてキスするときは、さほど問題もなく済ませれた。が、
初体験時にとても恥ずかしがり、「こ、怖い」や「は、初めてだから、や、優しくね」と
涙目で訴えたらしい。ちなみに、アキラは正反対に「…初めてだから、痛くしたらゴメン」と、
相手を気づかったとさ。こんな未来もある…かも。



探し回り見つけた茶々を膝に乗せた横島が、喫茶店にてコーヒーを飲みながら、呼び出した知り合いを待っていた。
ウェイトレスの揺れるお尻を眺め、時間を潰す横島の耳に、ドアに取り付けられた鈴の鳴る音が聞こえた。
反射的に目を向けると、横島は会釈をしながら、

「タカミチさん、すんません呼び出してしまって」

キョロキョロと周りを見渡すタカミチに、声をかけた。呼ばれたタカミチも横島に気がつくと、
穏やかな表情のまま片手を挙げながら、

「気にしなくていいよ。しかし珍しいな、僕に相談したいことがあるなんて、どうしたんだ?」

タカミチが横島の対面のイスに腰掛け、接客のため近づいたウェイトレスにコーヒーを頼んだ。
横島の元を離れた茶々が、タカミチの膝に飛び乗ると、タカミチが茶々の耳の付け根を撫で始めた。
茶々を撫でながら、横島の言葉を待つタカミチ。珍しく真剣な表情を見せる横島に、タカミチが怪訝そうにしていると、

「昨日のこと何すけど、アキラちゃんと千雨ちゃんが襲われたんすよ」

「な… 二人は無事なのか?」」

予想外の単語に驚き、茶々を撫でる手を止めるタカミチ。タカミチの元には、何ら情報が入ってないため、
最悪な状況ではないと予想したが、念のため二人の安否を確認した。

「アキラちゃんが怪我したくらいで、一応無事ですよ。学校にも出てますから」

「そうか」

横島の話を聞き、安心したタカミチが息を吐いた。それと同時にタカミチは、アキラが傷つけられた事に、
横島が大分気が立っていることに気がついた。そしてタカミチは、横島の相談が犯人の情報を欲して、
自分を呼び出したと思い至った。携帯を取り出したタカミチが、情報を集めようとした瞬間、横島の口が開くと、

「犯人は、『吸血鬼』らしいんすけど。何か情報ないっすか?」

「…まさか、エ」

吸血鬼という言葉に、呆然としたタカミチが無意識の内に、脳裏に思い浮かんだ人物に対して、
言葉を発してしまった。途中で目の前に横島がいるのを思い出し、慌てて口を閉じたが、目を見開いた横島が、

「何か知ってるんすね!」

タカミチの反応に、何らかの情報を持っている事を確信した横島が、身を乗り出しながら詰め寄った。
そんな興奮する横島を、タカミチが宥めるため、両掌を目の前に掲げながら、

「…少し待っててくれ。その話をする事は、僕の一存では決められない」

そして、確認をとるため席を離れようとするタカミチが、膝に陣取る茶々を持ち上げた。手にじゃれ付く茶々を、
タカミチが優しく横のイスに移動させると、携帯を片手に外に出て行った。


タカミチを待つ横島は、落ち着かないためか、テーブルを指で叩いている。数分間、そわそわしていた
横島の元に、電話を終えたタカミチが席に戻ってきた。タカミチから、有力な情報が得られると思っている横島が、
タカミチからの言葉を待っている。しかし、中々口を開かないタカミチに、横島が怪訝に思いだした。
そして、やっとタカミチが重い口を開きだした。

「横島くん。学園長に確認をとったんだが… 君はこの件に関わるな、とのことだ」

「…は…どういうことっすか!」

茫然とした次の瞬間、語気を荒げる横島が、タカミチを睨みつけていた。学園長の真意までは、
わからないタカミチであったが、睨みつけてくる横島から目を逸らさず、

「学園長の指示を抜きに考えても、吸血鬼を追うのはよせ。 …僕程度に勝てないようでは、
その者に触れることすらままならないぞ」

「…そいつは、本気を出したタカミチさんより強いんですか?」

「ああ」

「……」

首肯するタカミチに、手加減状態のタカミチに圧倒された横島は、無言のまま前を見つめている。
しばらく無言のまま、視線を絡ませあう二人だったが、空気を読めないニャンコが横島の頭に飛び乗り、
横島の頭をペシペシ叩いている。気を抜かれた横島が、タカミチに向かい、

「さて、そろそろ帰りますわ」

笑顔になり言葉短く言うと、伝票を取り立ち上がると会計を済ませるため、レジに向かいだした。
横島が、タカミチの横を通り過ぎると、

「待て、横島くん。学園長も考え合っての事だと思うから、大人しくしててくれ」

タカミチの声に、横島が立ち止まった。自身の知り合い同士が、ぶつかるかもしれない状況に、苦悩するタカミチが、
横島を説得にかかった。そして、立ち止まった横島から、

「タカミチさん、痛いのが嫌いな俺が、そんな危ない奴に、手を出すわけないじゃないっすか」

「……」

「情報のお礼に、ここの代金は俺が払っとくすよ。いや~ 危なかった危なかった。
あやうく死に掛けるところでしたよ」

陽気な横島の声を聞いたタカミチであったが、横島の記憶を知り、半年以上横島を見ていた彼は、理解していた。
横島忠夫という男が、自身の大切な者達を傷つけられ、大人しく傍観するはずがないと。

横島が店を出て行った後、一人残されたタカミチは、一口も飲まず冷えてしまったコーヒーに視線を合わせながら、

「力の大半を封印されたエヴァとはいえ、横島君ではきついだろう。…何より彼女の従者は…」

弱体化しているとは言え、最強を誇った魔法使いが、襲われたときの対策がないとは考えられなかった。
そしてなにより、エヴァの側には横島と、とても親しくしている少女がいるというのが、一番のネックだと思った。
ポケットからタバコを取り出し、慣れた動作で口に咥え火をつけ吸ったタカミチが、不味そうに息を吐き顔を顰めながら、

「…それに、学園長の指示もあるから……横島くんが、戦うなら…僕もエヴァの側か…」

さきほど、連絡を取った学園長からの、指示を思い出していた。タカミチへの大まかな指示は二つ。

一つ、横島にエヴァの情報をあまり与えない事

二つ、この件に横島を関わらせないようにする事

特に、この二つ目がタカミチを苦しめていた。この内容には、タカミチの実力行使も認められていたためである。
この日から、学園長の指示のもと古くからの友につくか、それとも新しき友の為に力を貸すか、苦悩するのであった。




学校に行かず、時間が余った茶々丸が普段行う一通りの家事を終えると、

「…地下も整理しましょうか」

地下に移動した茶々丸が、所狭しと並べられている人形を見回した。

「どこから手をつけましょうか」

効率よく片付けれるように、茶々丸が計算していると、人形の群の中から、

「ヨー我ガ妹、マタ刃物デモ借リニ来タノカ?」

計算中の茶々丸に、声をかける者がいた。声に反応した茶々丸が、視線を向けると横に倒れた
70cmほどの人形を発見した。静かに近づいた茶々丸が、その喋る人形の姿勢を直した。そして、一礼したあと、

「チャチャゼロ姉さん。刃物は要りません」

声を発した人形は、茶々丸と同じエヴァンジェリンの従者・チャチャゼロであった。茶々丸が、
不要と答えると、場を静寂が支配した。元々茶々丸も、お喋りなタイプではなく、自分から話題を
振る事はなかった。そしてチャチャゼロの方は、じっと茶々丸を観察している。観察を終えたチャチャゼロが、

「ケケケ、イツモ無表情ナオ前ガ、今日ハ更ニ雰囲気モ暗イナ。全ク辛気臭エッタラネエゼ」

「申し訳ありません」

いきなり毒を吐くチャチャゼロに、特に気分を害さなかった茶々丸が、素直に頭を下げた。そして、頭を上げると、

「それでは、失礼します」

チャチャゼロの機嫌を損ねる前に、この場を去る選択をした茶々丸が、背を向け歩き去ろうとしている。
そして歩き出した茶々丸に、

「マア待テ、少シ話相手ニナレヨ」

「…ですが」

「暇ダカラヨ、何ガアッタノカ話セ。時々、ココニ来テタ時ト雰囲気ガ違イスギルゾ」

稀に地下に訪れる茶々丸と、目の前にいる茶々丸では、何となく違う様に見えたため、チャチャゼロの興味を
引いてしまった。そして引きとめの言葉により、振り向いてしまった茶々丸と、チャチャゼロと目が合った。
話していいのか判断に迷っている茶々丸を、チャチャゼロが静かに見つめている。数分が過ぎたとき茶々丸が、

「姉さんは、人をどう思いますか?」

「特ニ何モ思ワナイナ。ダガ、強イ奴ナラ斬リタイ」

素直に自分の意見を語るチャチャゼロに、無表情のままの茶々丸が、

「そうですか。私は、あの人ともっと一緒に居たいと思いました。あの人と他愛無い事を話たり、
作った食事を食べてもらい、おいしいと言ってほしかったです」

茶々丸の紡ぐ言葉に、簡単なことに何を悩んでるのかと、チャチャゼロは馬鹿馬鹿しいと思いながら、

「ダッタラ、ソノ人間ト居レバイイダロ」

チャチャゼロの言葉に、茶々丸は静かに首を左右に振り、否定を表すと、

「無理です。なぜならその人はお母様と…マスターと敵対するはずですから」

「ン、何ダソイツハ、魔法使イカ? 御主人ヲ倒シテ、名デモ上ゲタイ馬鹿カ?」

「魔法使いかどうかわかりません。名を上げたいわけでもないです。ただ、マスターが
…あの人にとって、許せない事をしただけです」

そして茶々丸は、チャチャゼロにエヴァの吸血行為に、自身の友人であり、横島にとって大切な人を
傷つけた事を語った。更に茶々丸が、横島をエヴァに会わせないため、横島の前に立ちはだかる事を
決めたことを話した。誰かに話をぶつけたかった茶々丸にとって、動けず誰かに会うことのない、
チャチャゼロは格好の相手であった。

茶々を入れるでもなく、静かに茶々丸の話を聞いていたチャチャゼロは、

「面白クモナイ話ダッタナ。モウイイゾ、上ニモドレ。アア、チナミニ男ノ名前ハ何テ言ウンダ」

「横島忠夫さんです。では、失礼します」

茶々丸に向かい、早く去れと目線を送るチャチャゼロ。茶々丸が去った後、一体残されたチャチャゼロが、

「機械ノ妹ニ、好キナ奴ガ出来ルカ。アンナ奴デモ妹ハ妹ダカラナ、俺ガ動ケタラ御主人ニ会エナイヨウニ切ルカ」

妹が思い人と敵対しては、哀れと思ったチャチャゼロが、行動が出来たら横島を妹の代わりに
切ってしまおうと決めた。ただただ、怪しく笑う人形が、その場に残っていた。



物騒な人形に、狙われてるのを知らない横島は、アパートへの帰り道を、頭の上の猫を撫でながら、

「ごめんな茶々。もしかしたら俺、仕事がダメになるかもしれないんだわ。そしたら、
お前のエサのランクちょっと下がるかも知れないけど、我慢してくれ」

学園長の指示を、無視する気満々の横島は最悪の場合、仕事をやめることもあると考えていた。
律儀に飼い猫に謝っているが、茶々は横島の手に自分から摺り寄せ、甘えきっている。
この猫としては、横島と少女達が遊んでくれれば、幸せであるためご飯は食べられれば良かった。

腕を組み悩みながら歩く横島が、

「ここにいる吸血鬼は、タカミチさんよりも強いのかぁ。そんな奴に、ニンニクとか効かないよな」

元の世界では、友人の吸血鬼ハーフの友人に、効果覿面の物が効果がないと予想し、困り果てる横島である。



学園長室にてイスに座り、タカミチから連絡を受けてから、手の者に調べさせた報告書に目を通した学園長が、

「ふむ、被害者と思われるのはこの5名と、昨夜襲われた2名か」

学園長が持つ書類には、少女達の顔写真と、プロフィールが載っていた。その中に、
アキラと千雨の写真も覗いている。書類を机に置いた学園長が、

「エヴァめ、このような行動に移るとは、思わなかったわ。被害者には、何か詫びなければな」

頭を痛め、ため息をついた学園長だったが、一転して笑みを浮かべると、

「ふぉふぉふぉ、不謹慎じゃが、楽しみじゃのう。ネギ君は、少しでも実戦を経験できるだろうしのう。
そして、彼らがどのような選択をするか。横島くんは、おそらくエヴァと対するだろうが、
動かなければ扱いやすい人物だとわかるな」

学園長としては、横島がどのような決断をしても構わなかった。動いたら動いたで好ましい人間であるし、
動かなければ指示を聞く、扱いやすい人間であることが証明されるためである。そして、最も気になる人物は、

「タカミチは、どういう決断をするかな。彼がどのような判断をするか、気になるのう。
最近は壁にでもぶつかったのか、力も増えておらんし、これを気に成長の兆しが出るといいの」

若者達が、困難にあったときに、どのような判断と答えを出し、そしてどう成長するのかが、楽しみな学園長であった。






感想をくださいまして、ありがとうございます。

レス返し

コンテナ様、今回も和美が、恥ずかしがりますが、原作とキャラ変わっちゃいすぎてるので、徐々に修正していこうかと思います。
誤字報告ありがとうございました。

トマト様。横島の記憶は、まあそのうち。和美の記憶だったら、もうチョイ先の予定です

良様。裕奈は、これからもちょいちょい暴走する予定ですが、どこかでフォローでもしてみます。

ミオ様。印象の良し悪しは、そのうち何名か書いていきますが、悪い印象もまあまあいますよ。

最後に読んでいただき、ありがとうございます。



[14161] 娘の友人には激甘な吸血鬼   (次回予告:原作より一話早く小動物登場)
Name: クランク◆6c156288 ID:884533e7
Date: 2011/12/28 17:32
放課後、一人歩く少女が、ポケットの中から紙切れを取り出し、内容を確認すると、

「えっと、桜ヶ丘4丁目29よね。ここら辺のはずだけど。あっ、アレかな?」

辺りを見回しながら歩いていくと、一軒の木造の家を発見した。小走りにその家に進んで行き、
表札を確認するとニンマリと笑った少女が、

「あったあった! ここが茶々丸ちゃんの家か、いいとこじゃん。あれ? エヴァちゃんも一緒に住んでるんだ」

表札に、茶々丸の名と共にエヴァンジェリンの名が連なっていた。学校では、よく一緒にいるのは
知っていたが、まさか一緒に暮らしているとは、思っていなかった少女である。

腕を組み、表札を眺めながら、

「茶々丸ちゃんが、世話でもしてるのかな? エヴァちゃんが家事してる姿は、想像できないわね」

中々、失礼な事を口走っている少女に、

「人の家の前で、何をしているのだ。朝倉」

気配も音も無かった背後から、小さいがよく通る声に、和美は驚きのあまり、

「きゃ!」

大きな悲鳴を上げた和美が、反射的に後ろに居た人物を確認すると、

「…エヴァちゃんか、脅かさないでよ。何で耳押さえてるの?」

和美は、顔を顰め手で耳を押さえるエヴァを、不思議そうに眺めた。エヴァは、不機嫌を隠そうともせずに、

「お前の声がでかくて、耳をやられたんだ。全く、今日は予定が上手く行かなかった上に、
こんな奴の相手など出来るか」

アキラと四葉に、茶々丸と友人になってもらおうとしたエヴァだったが、全く上手くいかなかった。
なぜなら、友人の作り方がわからず、何と声をかければいいか、全く分からなかったのである。
帰り際、アキラに話しかけようかと意を決していたが、アキラと偶々目が合ってしまうと、
慌てて逸らし逃げ出してしまったのであった。この時の気分は、1000人の魔法使いと
敵対するほうが、全然楽だと感じたエヴァである。


そのためイラつくエヴァが、和美の横を通り過ぎたが、舌打ちをしながら立ち止まると後ろも見ずに、

「人の後を着いて来るな」

手を頭の上で組んだ和美が、鼻歌を歌いながら着いて来たのである。エヴァが立ち止まったため、
足を止めた和美が、

「まあまあ、気にしない気にしない。私も、あの家に用があるんだから」

エヴァの頭の上から、和美が木造の家を指差すと、

「ふん、お前が何のために、私の家に用があるかは知らんが、入れる気はないぞ」

「う~ん。茶々丸ちゃんに会いに来たんだけど、家主そう言われると困るわね」

明確な拒否に、頭をかく和美。エヴァが嫌がっているのに、無理やり行くのも悪いかと思っていると、
何時の間にか振り向いていたエヴァが、

「むす…茶々丸に何の用だ? 学校から何か持ってきたのか?」

危うく娘と言いかけたエヴァが、娘に目の前の少女が、何の用か気にっなていた。学校を休んだ茶々丸に、
プリントでも届けに来たのかと思っていると、

「いやほら、今日茶々丸ちゃん学校休んだでしょ。心配だから見に来たんだけど」

「し、心配だと」

和美の言葉が、あまりにも予想外だったため目を丸めているエヴァ。和美は、良く言えば
友好的な少女であるが、エヴァとしては和美がクラスメートの家に、休んだからといって
来るタイプとは思えなかった。首を傾げる和美は、何故エヴァがココまでか驚いているのか、
理解できないでいた。次の言葉を繋げれないエヴァに、

「友達なんだから、心配するのは当然でしょ。あっ、エヴァちゃん一緒に住んでるんだよね。
茶々丸ちゃんどうかしたの? メールしても返事くれないし。…えっと、聞いてるエヴァちゃん」

質問していた和美は、途中でエヴァが口を開け呆然としているのに気がつくと、話を聞いているか、
気なってしまった。放心状態のエヴァの顔の前で手を振る和美が、どうしたもんかと考えていたら、
突然振っていた手が掴まれ、

「ひゃ」

和美が短い悲鳴を上げたが、エヴァは取り合わず、和美の手を強引に引っ張り出した。
エヴァの意外な力強さに、ビックリしながら和美の足が動き出すと、前を歩くエヴァが、

「さあさあ、家に入るが良い。特別に許可してやるからな!」

和美からは、エヴァの表情は見えなかったが、何となく嬉しそうな雰囲気を、醸し出している気がするのであった。


居間にて、そろそろ帰ってくる主人のため、紅茶の準備をしている茶々丸のセンサーに、
反応があった。その反応に茶々丸が、

「…お母様と…もう一人いるようですね。…この反応は…えっ」

珍しくエヴァが、客人を連れてきたと予想した茶々丸が、紅茶のカップを増やそうと移動しようとした。
が、もう一つの反応に、覚えがあったため照合すると、硬直してしまった。フリーズした茶々丸が、
行動する前に、

「茶々丸! 帰ったぞ!?」

テンションが高まったエヴァが、笑顔でドアを勢いよく開け入ってきた。そして、茶々丸は
エヴァが手を引く人物を視界におさめた。


なすがままにされる和美が、ドアを開けやっと立ち止まったエヴァに、

「もうエヴァちゃん、引っ張んないでよ。ん、やっほー茶々丸ちゃん。何だ元気そうじゃん」

エヴァに軽く文句を言った和美は、目の端にスカートが見えたため、目を動かし茶々丸を認識した。
そして、いつも通りの茶々丸がいたため、自然と笑みを浮かべる和美。笑う和美と目があった茶々丸は、

「か、和美さん…す、すみません」

「ちょ、ちょっと茶々丸ちゃん、何で逃げるのよ。待ってよ!」

動けずにいた茶々丸であったが、謝りながら逃げ出してしまった。急に走り出していった茶々丸を、
訳がわからないまま和美が追いかけていった。

一人、その場に残ったエヴァは、したり顔で頷きながら、

「うむうむ、きっと友人の朝倉と何かあったのだな。だから、今日は学校に行かなかったのだな。
我が娘も青春しているな」

勝手に自己完結していた。そして、和美について考えていると、昨日の夜を思い出した。
その瞬間、笑っていたエヴァの顔が、引き攣り青ざめながら、

「よ、良かった。朝倉を襲わなくって。も、もし襲ってたら、朝倉に土下座して謝る所だった~~」

娘の友人を、襲撃しようとしていた事を思い出すと、寒くもないのに震えてしまった。
そして、襲撃前に現れた男も、和美について考えていたら、自然と脳裏に現れた。

「うむうむ、よくよく思い出せば、あの男も顔はよくないが、女には優しそうな奴だったな。
あの男のおかげで、襲わなくて済んだのだから、感謝せねば」

知らないところで、評価される横島であった。ほっとため息をついたエヴァが、まさかと思いながら、
昨夜襲った人物を思い浮かべながら、

「………大河内と長谷川のどちらかが、娘の友人という事は…ないよな…誰を襲っても
ダメだったなんて状況は、さすがにないか」

偶々桜通りを通った人物が、3/3で娘の友人なんていうことは、ないと予想したエヴァであった。


困惑したまま和美は、自身の前から逃亡した茶々丸の背を、必死になって追っていた。
そして、全力で走りながら、

「くっ、今なら千雨ちゃんの気持ちがわかるわ」

苦悶の表情で階段を駆け上りながら、ココにいない友人の名を口にした。なぜならば、

「本気で走ってるのに、追いつける気がしないてのは、きついわねえ。 しっかし階段を使わず、
壁を蹴って登るのは卑怯じゃん。横島さんやアキラじゃあないと、追いつけないよ」

学校で千雨と追い駆けっこした時は、身体能力の差で追われる立場だったが、今回は和美が追う側だった。
茶々丸との体力差は、千雨と和美の差より圧倒的だったため、追いつける見込みなど無かった。

壁を蹴りつけながら、上階に向かった茶々丸を、残念ながら見失った和美の耳に、ドアを閉める音が
上から聞こえた。音が鳴り終えてから数秒後、階段を走破した和美が、息を荒げ周りを見回し、

「ふうふう、はぁ。どこの窓も、開いて、ないわね。と言うことは、この階のどこかにいるわね」

獲物を追い詰めた少女が、不敵に笑いながら、二階にある幾つかの扉を見回しながら、

「パパラッチと呼ばれた私から、逃げれると思わないことよ茶々丸ちゃん。…ちょっと傷ついたじゃん。
逃げるほど、ひどい顔してないと思うんだけどどなあ~…はぁ」

友人と思っている茶々丸に、顔を見て逃げ出された事により、悲しくなってしまい、思わずため息をつく和美である。


二階の一室に飛び込んだ茶々丸は、扉に背をつけながら、外にいるであろう和美に、注意を払っている。
胸に手当てながら、俯いた茶々丸が、

「ど、どうして、和美さんが…」

何故和美が、この家の中にいるのか判らない茶々丸は、自身を落ち着かせながら、和美が来た理由を思案しだした。
幾つかの理由を考え出したが、どれもないと答えを出した茶々丸が、不意に和美の言葉を思い出した。

「たしか和美さんはさきほど、私に向かい『元気そう』と言っていました…まさか」

しかし、ありえないと首を振った茶々丸が、

「休んだ私を心配して、何て事はないですよね。こんな私を」

友人を傷つけた茶々丸は、心配される身ではないと、悲観的な思考になっていた。しかし、そんな茶々丸が
泣きそうに顔を歪ませながら、

「でも、もし…もし、心配してくれたなら」

胸に当てた手が自然と、服を力強く握り締めだした。そして、胸の辺りが暖かくなってきた茶々丸が、

「心配してくれる友人が居たなら、私は幸せ者ですね。そんな事ないのに、もしかしたらと、願ってしまいます」

いつのまにか茶々丸の頬が濡れていた。そんな茶々丸の耳に、

「うっ、い、たい。ううっ」

誰かの苦痛の呻き声と、何かが床に倒れこむような音が聞こえた。何が起きたかと、思考するより先に茶々丸は、
咄嗟に動き出していた。一呼吸で扉を開けると、数歩先でうつ伏せで倒れている少女に、飛びつきながら、

「か、和美さん! 大丈夫ですか!?」

不安の表情を浮かべた茶々丸は、迅速かつ丁寧に和美の身体を仰向けにさせた。和美の顔を覗き込むと、
意識はあるが苦痛に耐えるように目を瞑っていた。そして茶々丸は、和美の身体に異常がないか見ながら、

「だ、大丈夫ですか。どうしたんですか!」

震える声を発している茶々丸は、視界の外で和美の手が、ゆっくり動き出しているのに気がついていなかった。
そして、慌てふためく茶々丸の肩を、和美が力いっぱい握ると、

「茶々丸ちゃん、つーかまえた」

苦痛に歪めていた顔を、満面の笑みに変えた和美である。和美の急変に、口を小さく開けたまま動きを止める茶々丸。

「さあ、にがさな…茶々丸ちゃん、泣いてるの?」

いまだに茶々丸の頬から、たれる涙に気がついた和美が、面くらってしまった。そして、
茶々丸に抱きつきながら、手で背中を撫でながら、

「も、もしかして私の所為! 茶々丸ちゃんなら、こうすれば出てきてくれると思ったんだけど。
私さあ、時々ふざけすぎちゃう時があるんだけど、ゴメンネ」

自身の性質を、ある程度理解している和美が、やりすぎたと思い込み、凹んでしまった。
謝る和美に茶々丸が、

「いえこれは、和美さんの所為ではありませんので、気にしないでください」

茶々丸の囁くような声に、和美が少し距離を開け少し戸惑いつつ、

「本当に?」

「はい」

茶々丸の言葉に、胸を撫で下ろした和美は、安堵から強張っていた力が抜けた。そして、持っていたハンカチで、
茶々丸の涙をぬぐいだした。


平静さを失っていた二人が、冷静さを取り戻すと、空いていた部屋に移動した。部屋にあったベットに、
並んで腰掛けた茶々丸は逃げ出した気まずさから、口を開けずにいると、

「ねえねえ、私の顔って、そんなにひどい顔してるかな?」

至極真面目な顔で和美が、隣の茶々丸に問い掛けた。唐突な質問に茶々丸は、何故そのような事を
聞かれたのかわからなかったが、和美に向かい素直に、

「和美さんのお顔でしたら、とてもキレイですが」

賛辞の言葉に、自分で聞いたにも関わらず、照れてしまい頭を掻きだす和美。そして、照ながらも和美が、

「そっかそっか。…じゃあ何でさっき逃げたの?」

「そ、それはその…」

顔の話から、逃げ出した事について、言及されるとは思っていなかった茶々丸は、上手い言い訳が思い浮かばず、
オロオロしだした。落ち着かない茶々丸を見ていた和美が、何かを思いつき目を輝かせると、

「ああ~ わかったわ!」

「ッ…」

息を呑んだ茶々丸が、動揺を見破られないため、無表情を取り繕っている。そして、楽しそうに笑う和美が、

「そうかそうか、茶々丸ちゃんも見かけによらず悪い子ね。学校がいやでずる休みするなんて」

茶々丸の背中を軽く叩きながら、朗らかに笑う和美は、元気にしている茶々丸を見て、
仮病で学校を休んだと思い込んでいる。

気が休まらない茶々丸は、疲労感から肩を落としている。そして、どうしても気になることがあり、
和美に聞こうと、何度か口を開こうとしたが、迷いから声を出せなかった。そして、口を開閉させている茶々丸に、

「どうしたの茶々丸ちゃん? 魚みたいに口をパクパクさせて」

「え、えっと、その…あの」

言葉を発した茶々丸が、意を決してその勢いのまま、

「ち、千雨さんとアキラさんは、そ、そのどうしたんですか?」

この場にいない二人の名前を、言いずらそうに喋る茶々丸。少女の微妙な変化に、気がつかなかった和美が、
いつも通りの軽い感じで、

「ああ、あの二人なら今日は誘ってないわよ。昨日ちょっと、厄介ごとに巻き込まれたから、
寮にさっさと帰らせたわ」

「そ、そうですか。 …ふ、二人はその、何とも?」

「ん? 平気よ、二人とも元気に登校したし」

和美の言葉に、アキラと千雨の無事がわかった茶々丸は、心底ほっとしていた。


和美が窓から外を眺めると、いつのまにか日が沈み、外が大分暗くなっていた。横島との
『夜の外出を控える』という約束を思い出すと、

「さ~て、茶々丸ちゃんも元気そうで安心したし、本格的に暗くなる前にそろそろ帰るね」

ベットから立ち上がると、茶々丸に手を振りながら部屋を出ようとドアに向かっていくと、

「あの和美さん」

「どうかした?」

茶々丸に呼び止められると、屈託無く笑いながら和美が振り向くと、背筋をしっかり伸ばした茶々丸と目が合った。
真剣な雰囲気を感じた和美が、自然と背筋を伸ばし話を聞く体勢をとると、

「これからも横島さんを、お願いします」

言い終わると同時に、和美に深々と頭を下げる茶々丸。茶々丸の言動と行動に、目を丸めた和美が、
慌てながら茶々丸に近づき、

「な、何よ急に! それに横島さんをお願いって、もう会わないみたいに聞こえるわよ?」

困惑気味の和美が、力任せに茶々丸の顔を上げさせた。表情を変えない茶々丸が、

「はい、私はもうあの人の家には、行かないほうがいいです。あの人を…私が苦しめるだけになってしまいますから」

黙って茶々丸の話を聞いていた和美だったが、無性にイラつきだしていた。自分と一緒で、
横島に好意を持っていると思っていた茶々丸の、自分よがりの発言にである。険悪な空気を出す
和美に気がつかないまま、茶々丸は更に、

「そして和美さんも、もう私には近づかな、あう!!」

茶々丸の言葉を遮るように、和美が力いっぱい茶々丸の額にデコピンを放った。額が跳ね上がった茶々丸は、
撃たれたおでこを擦っていると、目を据わらせた和美に睨みつけられている事に気がついた。

「茶々丸ちゃん、ふざけんじゃないわよ! 何があって、そんな風に考えたか知らないけどねえ、
悲劇のヒロインぶるのはやめなさい!?」

怒気混じりの和美に凄まれ、ビビリ出した茶々丸。茶々丸の実力なら、片手でもねじ伏せれるほどの
実力差があるが、気迫負けしてしまっていた。ビクビクする茶々丸に、

「いい! 私は近づくなと言われても、茶々丸ちゃんに近づくわ。それとも、茶々丸ちゃんは
私といるのがいやなの、楽しくなかったの!?」

「い、いえ、楽しかったです」

逆らったらやられると判断した茶々丸が、直立不動のまま返事をした。その返事にイラつきが和らいだ和美が、

「それから横島さんにだったら、どんどん迷惑かけなさい。あの人は鈍感だけど、そのくらいの甲斐性はあるわ!?
それに、横島さんも私たちの事を、大切に思ってるんだがら。茶々丸ちゃんを迷惑に思うことなんてないわ!」

横島とよく一緒にいる自分達は、大事にされている自信が和美にはあった。前々からそうではないかと思っていたが、
今朝確信できたのであった。

言い終わるや否や、和美は茶々丸を引き寄せ、抱きついていた。茶々丸の頭を優しく掌で叩き、

「怒鳴ってゴメンネ。今のは私の本心だけど茶々丸ちゃんも、もう一度よく考えて決めてね」

「……」

口を閉ざした茶々丸に、和美がもう一度頭を軽く叩くと、そっと身を離し部屋を出て行った。



階段を下りながら、自身の行動に頭をかいた和美が、

「はぁ、どうも横島さんが絡むとな~」

もっと落ち着いて、話をするべきだったかと、今更ながら思っていたりもした。しかし、今から茶々丸の所に
のこのこ戻る気にもならずにいた。今日のところは、とりあえず帰宅する事にした和美が、最初の部屋に顔を出し、
紅茶を飲んでいた少女に、

「エヴァちゃん、帰るね」

「むっ、何だ朝倉。もう帰るのか、ゆっくりしていっても構わんぞ?」

最初に家の前に会った時とは、正反対の態度に苦笑しながら、

「やめとくね。もう暗いし、最近は吸血鬼がいるみたいで物騒だから」

「ふっ。お前は襲われんさ」

「えっ、何か言った?」

クスクスと笑うエヴァの呟きを、聞き取れなかった和美が、聞き返したが、

「何でもないさ。大丈夫だが、気をつけて帰れ。ああ、暗さに恐くなったら、彼氏にでも迎えに来てもらえ」

エヴァのからかいの言葉に、頬を染めた和美が、

「やだエヴァちゃん! 横島さんはまだ彼氏じゃあないわよ」

照れる和美が両手をバタバタ振っている。幸せそうな和美の反応に、手をシッシッと振り帰る様に示した。
恥ずかしさから逃げるように、和美がその場を去っていった。


喋り乾いた喉を潤すため、紅茶をすすったエヴァが、

「今日のは一段と美味いな。気分がいいと紅茶の味も違うのか」

満足げに息を吐くエヴァ。娘に友人がいたと判り、機嫌がよくなったエヴァが、緩んでいた目元を引き締めると、

「さて今日も行くが、今朝も言ったように、残っていたければ残ってていいぞ、茶々丸」

何時の間にか背後にいた茶々丸に、言葉を放った。主から数歩離れた位置で茶々丸が、待機しながら、

「朝も言ったように、着いて行きます」

「そうか。なら今日もお前は、邪魔者がいたら排除しろ」

「はい、お母様」

茶々丸は、降りてきたら直ぐに狩りにいくはめになったため、和美に言われた考え直す時間もないまま、
家を出て行くのであった。



夜の桜通りを歩く横島が、

「犯人は、犯行現場に戻るって聞くしな。今日はここら辺を調べてみるか」

昨夜、アキラ達が倒れていた場所を、再調査しだした。四つん這いになり、草木をかき分けている横島が、

「ちっくしょう、何も残ってねえ」

落ち葉や泥で汚れた横島は、手がかりになりそうな物が無く、悪態をつきはじめた。何も得られない事からの徒労感から、
嫌気が指してきた横島が、植木の向こう側で腰を落とし休んでいると、

「こ…こわくない~ こわくないですよ~~」

女の子の呟き声が聞こえてきた。何かと思った横島が、そっと植木から顔を出した。すると、
和美達と同じ制服を着た少女が、周囲を気にしながら、歩いていく背中が見えた。次第に離れていく少女を見ながら、

「う~ん、物騒だから送ってったほうがいいかな?」

昨日、あんな事が起こったため、少し心配しだした横島が逡巡していると、

「きゃ~~!」

少女の絹をさくような悲鳴が、辺りに響いた。そしてその直ぐ後に、戦闘による破壊音が、横島の耳に届いた。
音を聞いた横島が、立ち上がりそちらに注意を向けると、

「さっきの子にガキと女の子?」

意外な光景に出遅れた横島が、立ち尽くしていると、何か言い争っていた二人のうち、黒い服に包まれた少女が、
意識がないため少年に抱えられた少女達に向かい、液体の入ったビンを放った。少年の目の前で、
ビンが破裂すると少年達に液体が降り注ぐと、少年が右手を掲げ防ごうとしている。そして次の瞬間、

「げっ、何か知らんが服が砕けやがった。もしかしてあの女の子、魔法使いか!」

横島の視界の中で、少年達の服が凍りつき砕け散っていった。魔法の影響から粉塵舞う中、
特に少女の服が、ほとんど砕けてしまった事に、顔を顰めた横島は、

「うっ… 和美ちゃんやアキラちゃんじゃあやばかったかも…」

知り合いの、特にスタイルのいい少女達の名を出した。起伏があまりない少女は、性欲の対象外のためか、
半裸になった少女に欲情せずに、可哀想に横島が思っていると、

「ありゃ、アスナちゃんに木乃香ちゃんか。黒服の子は、あっちか。あのガキも追ってるな」

少年達の傍で、騒ぎを聞きつけた明日菜と木乃香が、少年から倒れた少女を預けられていた。
逃げたらしい黒服の少女を、少年が年に似合わない速さで、追うのを確認した横島が、

「…あの子は、大丈夫か…あの二人、何か知ってるかもな」

この場は、特に問題ないと判断した横島が、どんどんと離れていく魔法使いらしい、二人を追い出した。

普段やる気のない横島も、吸血鬼の情報が手に入るかもしれないため、普段以上の速度で走っていた。
元々の身体能力が並み以上であった為、直ぐに二人を発見したが、顔を引き攣らせながら、急に制動をかけた。キ
ョロキョロと辺りを見回しながら、

「くそ、卑怯や~ あいつら飛ん出やがる! あっちに行くには、こっちか!?」

周辺の地理を、思い出しながら横島が、走り出そうとした瞬間、横島は後方に跳躍していた。
何者かが横島が先程までいた場所を、高速で通り過ぎていった。着地と同時に左手を地面につけ、
転倒を防いだ横島が、前を見つめると、

「誰だテメー!」

暗闇に身を隠す人影に向かい、怒鳴りつけていた。怒り気味の横島は、自身が後方に飛ばなければ、
暗闇にいる人影からの体当たりを、喰らっていた事を理解していた。追跡を邪魔された横島は、
イラつきながら闇に身を隠す人物を睨みつけている。横目で飛ぶ二人を見ると、大分
小さくなっている事に焦ると、瞬時に別ルートを思い浮かべ、

「テメーの相手なんかしてられっか!?」

対峙する相手に背を向け、走り出そうとした横島は、背中に悪寒が走った。反射的に頭を下げると、
何かが横島の髪を数本引きちぎりながら、通過していった。何者かの手がチラリと見え、
背後から襲撃された事と、追うのを邪魔された事に頭に来た横島は、左腕を内に廻し腕に力を込めると、
腰を回転させ左腕を鞭の様にしならせ、背後の敵に裏拳を叩き込んだ。横島の渾身の裏拳を、
背後の襲撃者も膝を落とし避けると、

「もらった!」

叫んだ横島が、裏拳が外れたことを気にもせず、更に腰を回し、屈んだ相手に右ひざを叩きつけようとした。

完全に捉えたと確信した横島は、正確に相手を打ち抜くため、相手の動きを見逃さんと、相手を見つめだした。
そして、月明かりにより鮮明に映し出された、襲撃者の顔をハッキリと見てしまった。
横島は、相手の顔を見たとたん、驚愕の表情を浮かべ目を見開いた。何か考える前に、
横島は膝を跳ね上げさせた。無理な軌道変更に、股関節が悲鳴を上げていたが、ギリギリで
膝が相手の頭上を通過した。もし相手がちょっとした知り合いなら、横島の攻撃は直撃していたであろう。
しかし、今回の相手は訳が違った。例え何度同じ場面になっても、この男は攻撃をはずしたであろう。

そして、突然の軌道変更の代償により、横島が回転を止められずバランスを崩していた。
襲われた事よりも、膝が当たらなかった事に安堵している横島が、再び襲撃者に背を見せると、
相手は一切の躊躇を見せず、無防備な背中に拳を叩き込んだ。

「がっ」

苦痛に息を吐いた横島は、背中への衝撃を逃がすため、前方に飛んだ。ニ~三回ほど転がった横島は、
慌てて振り向き自身を襲った相手を、泣きそうになりながら見つめた。信じられない横島は、
何度も瞬きし、見間違いを願ったが、目の前の人物を横島が見間違うはずが無かった。
そして、無理やり笑みを作ると、

「や、やあ茶々丸ちゃん、こんばんわ。どうしたのこんな夜に…」

殴るために左腕を突き出した、無表情の茶々丸を見つめながら話しかけた。両手を広げ笑い、
普段と変わらないない様に心がける横島。そして脳内では、必死に茶々丸がココにいる理由を、
考え出している。使い慣れない頭をフル回転させ、横島は一つの希望を導き出した。

「そ、そうか。茶々丸ちゃんも、アキラちゃんと千雨ちゃんを襲った吸血鬼を探してるんでしょ!
く、暗くって俺を犯人と間違えたんだろ?」

問いかける横島も、頭のどこかで無理があると理解しながらも、言葉に出していた。
そして、今まで微動だにしなかった茶々丸が、横島の言葉に反応するように、口を開いた。

「いいえ、勘違いから横島さんを、襲ったわけではありません。マスターの命令に従い
…邪魔する者を…排除しに来たまでです」

「マ、マスターの命令…」

無表情に言い放つ茶々丸。勘違いから襲われたと思いたかった横島は、本人に否定されてしまい、
狼狽しながらも、気になる単語を無意識に呟いていた。静かな夜であったため、その声が届いた茶々丸が、

「私のマスターが、噂の吸血鬼であり二人を襲った犯人です。…私もその片棒を担いでいます」

茶々丸の聞きなれた静かな声が、先程の打撃以上に横島の心を抉った。動転しよろめく横島に向かい、
更に茶々丸が、

「だから…だからマスターを狙うあなたは…私の敵です。来るなら私が、実力であなたを排除します。
ですから、ですから…いえやめておきましょう」

目を伏せた茶々丸が、何度か言いよどんだが、敵同士であることを明確にした。最後の言葉を
飲み込んだ茶々丸が、両の目で動揺する横島を、動き出せば対処できるように見つめだした。

最後に少女が飲み込んだ言葉は、

『どうか手を引いてください』

との言葉であった。横島と本当は敵対したくない茶々丸の、心底の願いであったが、
願いを言える立場ではないと判断し、飲み込んだのであった。

こうして横島は、大切に思う少女から、敵対の宣言を受けるのであった。







感想をくださいまして、ありがとうございます。

レス返し

ミオ様、夏美はそこまで苦労しないですよ。バックにいる3名が、凄すぎですから。…気苦労だけです。

コンテナ様、タカミチの判断は、あと数話ほど先の予定です。学園長は、あれだけの組織の長なら
善行だけでやっていけるわけないので、黒くしてみました。エヴァ編では、後一回ぐらいしか出番ないです。
今回も誤字指摘ありがとうございました。

ありゃりゃ様、エヴァ編では、援軍所か敵候補に事欠かない横島です。…刹那は、出番終わりです。
期待させて申し訳ありません。

最後に読んでいただいて、ありがとうございます。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.16227889060974