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[13944] 【ネタ】ベルセルクで逆行
Name: 六甲◆1dc66705 ID:9e4acc1f
Date: 2009/11/16 15:11
「意識をしっかりと保ってください!」
(シー……ルケ)

 精神に響くシールケの声にガッツは朦朧とした意識を戻す。

(……何がどうなった。俺はあの野郎に一撃をくれてやって――)
「ガッツさんがあのゴットハンドに剣を叩きつけた瞬間、凄まじい力の波動が起こって私達の幽体はそれに飲み込まれたんです」
(くそが……)

 渾身の一撃を叩きつけた彼の姿を思い、憎しみがガッツの心を焦がす。

 いつもシールケは彼が憎悪に心を囚われようとすれば、それを制止してきた。
 だがその彼女が今はガッツを止めずにいた。

「憎しみこそが、貴方の拠り所なのでしょうか」
(……)
「何時も私はそれを押しとどめようとしてきました。だからこそ知っています。貴方がその憎悪を支えに戦ってきたことを」
(いきなり何が言いてえ)
「貴方がそれほどの憎しみを抱えることになったのは、理由があるはずです。とても大事な……魂を焼けつかせるほどの……」
(……)
「忘れないでください。それを心に抱いて離さぬように」

 ぎりりとガッツは歯を鳴らす。

(忘れられる……ものかよ)

 ガッツの脳裏に、失った右目に最後に焼きついた光景が浮かびあがる。
 憎悪が燃え上がり、彼の魂を焦がす。それをシールケは悲しそうに見つめた。

「ガッツさん、周りをみてください」

 シールケの言葉に無理やりに心を抑えつけ、周りを見渡す。
 そこは見渡す限りの闇、上も下もない深淵の世界だった。

(どうなってる)
「ここは幽界の深層、この光景は闇の領域(クリフォト)のものとも違う、光も闇も形作られない原初の領域の光景……だと思います」
(おいおい、頼りねえな)
「仕方ないでしょう!魔道の者でもここまで深く幽界に潜って戻ってきた者はいないのですから」
(戻ってきた奴がいねえだと?)
「はい。私達の帰還も絶望的と言わざるを得ません」
(ふざけろ、俺は諦めるってのだけはしねえぞ。何か手はねえのか!)

 牙を剥くガッツにシールケは小さく微笑んだ。
 彼女の知識で判断する限り絶望的である状況にあってもまるでいつもと変わらぬ風なガッツに。
 そう、今までも彼はシールケが絶望的だと判断する状況を、そんなことは知らないとばかりに立ち向かい、切り開いてきた。
 そんな彼の姿と、そのガッツに自分が頼られ必要とされていると言う事に、不安に押しつぶされそうになるシールケの胸は温まるのだった。

「今は私の魔術で辛うじて幽体を保っていますが、いくらもしない内にこの魔術も解け、私達の幽体はこの領域に四散して飲み込まれるでしょう」
(……)
「強い思いです……ここは時間にも空間にも縛られない場所。全ての根源へと私達の意識が溶け消えても、核となる思いがあればもしかして再び現世で幽体を形造れるかも知れません」
(それであんなことを言い出したってわけだ)
「はい……」

 そう言ってシールケは悲しそうな表情を見せた。

「貴方が憎悪に飲み込まれても、私が必ずそれを払ってみせます。だから」(俺のことはいい)「えっ?」
(自分の身ぐらい自分でなんとかするさ。要は気合いだろ)
「そんな単純なことでは……」
(お前はお前のことを考えろ)
「それは」

 ガッツにはある。決して忘れられない思いが。逃れられない記憶、身を焦がす衝動がある。
 だが目の前の年端もいかぬ少女が、それに匹敵するようなものを抱えているとは思えなかった。

「私には魔術があります」
(だがお前はさっき)「それだけじゃありません」

 ガッツの言葉を遮ってシールケは声を張る。

「私はガッツさんの半分も生きてないかもしれません。でも私だって、胸に抱える思いがあるんです」

 そう言ってシールケはガッツを見つめ、精一杯わらってみせた。
 ガッツもそれに笑みを浮かべて応える。

(まぁ俺が手助け出来るもんでもねぇからな。テメェのケツはテメェで拭くしかないってわけだ)
「けっ!? 下品な言い方をしないでください!」
(その意気だぜ嬢ちゃん。気合い入れろよ)
「茶化さないでください!そんな次元の話じゃないんです。もう魔術が解けますよ」
(ああ)
「良いですね。思いを強く持つんです」
(わかってるよ)
「私も……」

 そう言ってシールケは目をつぶり震える手で強くガッツを抱きしめた。
 闇の中ではぐれまいとする子供の様に。
 ガッツが苦笑を浮かべると共に、二人の意識をかろうじて留めていた魔術が解ける。

 即座に気を締めるガッツだが、むき出しの幽体に触れる闇の感触は予想していたような圧迫感ではなかった。
 それはむしろ安らぎに似て、まどろみの様に二人の意識を溶かしていく。
 慌てて意識を強く持とうとするガッツだったが、すぐさま全てが曖昧になって行く。
 なぜ自分が意識を強く持とうとしているのかすらわからなくなって行くように。
 
 湯に角砂糖を入れたように溶け広がっていく心のなか、いくつもの思いが浮かんでは消えて行く。
 そうして闇の中で崩れて行くガッツの幽体はいつしか狗の様な形へと変わっていた。

 憎しみの形。
 憎悪のための憎悪し。
 愛も情も、何もかも喰らって餓え続け、獲物を追い続ける狂犬の如き心。
 ただグリフィスだけを追い続け憎み続ける。
 それがガッツの持つ力。
 この世とあの世の狭間で戦い続け、その為に手に入れた力の源。
 それすら深淵は溶かし消し去って行く。

 敵だ。
 烙印が引き寄せる。
 悪霊ども、使途、憎しみを糧にしてそいつらと戦ってきた。
 敵を殺して生き残る。
 ずっとそうやって生きてきた。
 俺は、何も変わっちゃいねえのか?

 あの日、あの雨の中。
 烙印が無かったなら。
 悪霊どもが襲ってこなかったなら。
 俺は憎しみを燃やし続けることができたのか。

 憎しみの最後の芯。
 グリフィス。

 血の涙を流して振り向いたあいつの姿。

 ジュドー。ここなら俺の居場所が見つかると言ったあいつ。キャスカのことをどう思うのかと俺に聞いた。

 コルカス。いつも俺を嫌ってやがったあいつ。俺のことを認めねえと言った。

 ピピン。無口なでかづらで、俺に酒を差し出して飲めと言った。肩を並べて戦ったあいつ。

 斬り込み隊。俺を信じて、俺に付いてきたあいつら。この隊が家族だと言った。

 鷹の団。キャスカ。グリフィス。

 死んだ。
 みんな死んだ。
 なんでああなっちまったんだ。

 なんで、こうなっちまったんだ。

 悲しかった。

 狗が溶け消えて、剣も鎧も無いガッツはただ、泣いていた。

 失ったもの。失われたもの。

 敵がいれば、そいつらを憎むだろう。
 ジュドーの、コルカスの、ピピンの、隊の、皆の仇共。
 許すことなど出来はしない。
 憎しみを燃やしてやつらに挑むだろう。

 常に目の前にいた敵という存在が取り払われて残ったもの。
 ガッツの胸に最後に残る思い。

 悲しみ。
 後悔。
 やり切れぬ思い。

 一番大切だったもの。

 あの日々のかがり火が、まだ胸を焦がしてる。



 夢だのなんだの、知ったことか。
 真の友なんぞ、関係ねえ。
 俺の大切なものは、仲間だ。
 仲間を守るために剣を振う。それの何が悪い!
 グリフィスは俺のダチだ。
 野郎が理屈をこねようが知ったことかよ!
 あんな顔してささげるだなんて、言わせねえ!
 絶望なんぞ、させねえ。
 守ってやる。俺が守ってやる!
 それが俺の夢だ!
 眩しかった。
 強くて、高くて、俺が守るだなんてとてもじゃないが言えやしなかった。
 剣を振るしか脳のない野郎が、仲間を、ましてやグリフィスを守るだ?
 何様だ。
 一人で剣を振りまわすしかない狂犬野郎が。
 それでも、そう言いたかった。
 そのために剣を振うと。
 それが俺の夢だと。一番大事な物だと。
 言ってやりたかった。
 言ってやりたかったんだ。 



 闇の中、慟哭を響かせてガッツは溶け消えたガッツの心の向く先は――











(グリフィス……)

 目の前にグリフィスがいる。
 変わってねえ、昔のまんまだ。
 不思議と憎しみが湧いて来ねえ。むしろ……俺が憎まれてるみてえに、睨んで来やがる。
 敵でも見る見てえに。

 ん。
 なんだこりゃ。
 なんで俺は剣を構えてんだ。
 妙に軽ぃ。
 感触も変だ。
 視界もおかしいぜ。

 そうガッツが呆けた瞬間、グリフィスは一足飛びに飛びかかる。
 剣を振り上げ、ガッツへと襲いかかる。
 ガッツは咄嗟に防ごうとするが、圧倒的に遅い。

(狙いは肩口)

 剣では間に合わない。
 反射的にガッツは鋼鉄の義手を盾代わりにしようとする。

 そうしてグリフィスの振り下ろした剣先は。
 ガッツの左腕を。
 斬り飛ばした。


「「「ガッツ!!」」」

 左腕を肘先から斬り飛ばされたガッツを見てリッケルト達が叫んだ。
 吹きあがる血しぶきの中、凍った表情で剣を振り下ろしたグリフィスを眼前にして、ガッツは自然に右腕を振った。

「ぐっ!?」

 鎧の下履さえない平服姿のグリフィスの脇腹に風切り音を鳴らしてガッツの剣の腹が突き刺さる。
 ぎりとガッツが噛みしめた歯に力がこもり、腕の筋肉が脈動する。
 脇腹に剣を打ちつけた勢いに、さらに力を込め剣が振り抜かれた。
 グリフィスの身体が剣に持ち上げられておもちゃの様に跳ね飛ばされる。
 冗談のように身体が宙に持ちあがり、重力に引かれて雪の積もる地面へと叩きつけられた。

「がはっ!」
「「グリフィス!!」」

 ガッツは左腕から血を流して足もとの雪を紅く染めながら無造作に近付き、立ちあがろうとするグリフィスに剣を突き付けた。
 二人の視線が絡み合い、沈黙が訪れ――

「もうやめようよ!決着はついたろ?はやく手当てしなきゃ!」

 リッケルトが叫んで二人に駆け寄る。
 ガッツは不思議そうにつぶやいた。

「リッケルト?」
「なに?それより早く止血しなきゃ!」
「あ、ああ……」

 グリフィスに突きつけていた剣を手放し、右手で左腕の動脈を抑える。
 リッケルトはガッツの腰からナイフを抜き取り、自分の服の裾を裂いて手早く止血用の紐を作っていく。
 他の4人も3人へ駆け寄った。
 ジュドーがグリフィスに手を貸して身体を起こし、コルカスはガッツを睨みつける。
 ピピンは黙って皆を見下ろし、キャスカは泣き出しそうな瞳でガッツとグリフィスの間で視線を揺らした。

「……へっ!腕一本でグリフィスが勘弁してやろうとしたってのに暴れやがって、腕一本落とされても目が覚めねえのかよ!」
「と言っても命の取り合いだったら生き残ってたのはガッツだしな。勝ったって言ってもいいと思うが……どうすんだい?」
「ジュドー?……どうするって、何がだ」
「おいおい、どうしたんだよガッツ。出て行くの出て行かせないのって斬り合いまでしたんだろ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないよぅ!重症何だよ?まず怪我を治さなきゃ」

 グリフィス、キャスカ、ジュドー、コルカス、ピピン、リッケルト。
 皆がガッツの周りに居た。

「なんの冗談だ、こりゃあ……」

(こいつは夢か?苦い記憶だったあの雪の日に、今俺は立ってる)

 ここは時間にも空間にも縛られない場所……核となる思いがあれば……
 シールケの言葉が脳裏をよぎる。

「くっ……」

 堪え切れずにガッツは笑いを漏らす。
 その声に皆がガッツを見つめ、ガッツも皆を見つめた。

「笑えるじゃねえか。自分の未練がましさによ」
「……」
「こいつが俺の一番の心残りってわけだ
 鷹の団を、抜けたことが。ここでお前らと道を違えちまったことが」
「……ガッツ」
「なぁ、どうすりゃいい。どうすりゃ取り消せる?俺は、鷹の団に……」

 慟哭するようなガッツの言葉に、ジュドー達は困ったように顔を合わせ、そしてグリフィスを見た。
 グリフィスは僅かに思案し、そして口を開いた。

「わからないな……こんなに何かがわからないと思った事は覚えがない」

 そうして頭を振った後、グリフィスの瞳がじっとガッツを見つめた。

「出て行きたくないんだな?」
「ああ」
「鷹の団を抜ける気はないんだな?」
「ああ」
「そうか……なら、残れ」
「ああ」
「俺の側にいろ」
「ああ」
「鷹の団で居続けろ」
「ああ」
「……」
「……」

 そして二人は大きく息を吐いた。
 安堵のように。疲れのように息を吐き、小さく笑いあった。

「ガッツ!結局出て行くのは止めたんだね?鷹の団に残るんだね?」
「あ、ああ」
「おいおい、それでいいのかよ。まぁ……お前がそう決めたんなら良いけどよ」
「い、いいわけあるかよ!こんなバカ騒ぎ起こした揚句、やっぱり止めるだァ?おいキャス――」

 コルカスが振り向くとキャスカは俯いて、身体を震わせていた。
 その雰囲気にコルカスは言葉を飲むと、彼を押しのけてキャスカはガッツへ一歩近づく。

「……キャスカ」

 キッとガッツを睨みつけ、素早く拳を握るとガッツの腹へと思い切り叩きつけた。
 僅かに眉をよせてガッツはその痛みに耐え、キャスカをみる。

「こんなこと……」

 眼尻に涙を滲ませて、震える声でキャスカは言葉を絞り出す。

「こんなこと、もう二度とするな」
「……あぁ」
「こんな馬鹿なこと……」

 キャスカの視線が落ちたのを追って、ガッツは自分の左腕を見る。

「あ~、腕のことなら気にすんな。グリフィスもな……
 こいつはなんつーか、つい左腕で剣をとめようとしちまっただけだ」
「ついってお前さん……」
「っていうかそんなこと言ってる場合じゃないよー!話がまとまったんなら早く隊舎に戻ってちゃんと治療しないと!」
「そうだな。話があるなら戻ってからにしよう」
「グリフィス……」
「わかった。抜けるのは無しだが、話さなきゃならねーことがある」
「治療したあとゆっくり聞こう」

 頷いて、丘の上からウィンダムへと帰路につく。
 帰り道だ。
 自分の居場所へ、やっと戻ることが出来る。

 ガッツはこれが夢や幻なんじゃないかと言う不安と、それをかき消す痛みを感じて帰路を歩いた。
 ずきりと響く首筋の痛み。
 それが彼に、これがただ都合のいい夢などではないと言うことを知らせていたから。



[13944] その2
Name: 六甲◆1dc66705 ID:9e4acc1f
Date: 2009/11/16 15:09
「用事がある?」
「ああ」

 鷹の団。その兵舎の一室。
 軍議にも使われる小さな会議室に、7人は集まっていた。

「用事って、一体何のさ」
「会いに行かなきゃならねえ奴がいる」

 けがの治療を終えて話があると言っていたガッツが言い出したこと。
 それは、すぐにでも一人でウィンダムを出るつもりだと言うことだった。

 鷹の団を抜けるつもりはない。抜けたくなどない。
 そう言ったガッツを今6人は見たばかりだ。
 だからこそそう言った心配こそしないものの、皆逆に困惑を見せていた。

「故郷の両親に御報告でもするのか?」

 キャスカが思いつく唯一の可能性を試しに言ってみるが、ガッツはその言葉に首を横に振る。
 考えてみれば、この6人の誰もがガッツの過去を知らなかった。

 傭兵は、脛に傷を持つ人間が多い。
 食い詰めた農民、逃げだした罪人、傭兵団とはそんなあぶれ者たちの集まるところだ。
 戦がなければそのまま盗賊団に変わることも珍しくない。
 傭兵達にとって仲間の過去の詮索はタブー。
 勿論個人で特別信頼できる仲になれば、打ち明け話をすることもある。
 しかしそうでは無い場合の方がほとんどだ。

 それは信頼関係の無いと言うことばかりでは無い。
 戦、病、飢饉。人界は苦しみに溢れ、綺麗に生きていけるばかりではない。
 食って行けなくなって、盗みを働き故郷を逃げ出す。そんな話はありふれている。
 話してどうなることでも、聞いて楽しい話でも無い。

 だからこそ傭兵達は過去は問わない。
 今、そいつが信頼できる仲間なのかどうか。それが全てだった。
 ガッツが鷹の団に加わって3年。
 故郷を飛び出して出世や名をあげる為に剣士になったと言うような身の上話は誰も聞いたことが無い。
 騎士、貴族へと取り立ては立身の最たるものだが、常勝無敗の鷹の団の切り込み隊長と言えば、それでも十分錦を飾れる出世だ。
 それでも今までガッツが誰かに手紙を出したり、故郷の話をしたりということは無かった。

 だから今回に限ってそうだと言う可能性は考えづらかった。
 しかしそれを言うならガッツに特別会いに行くような知り合いが、それこそ鷹の団の人間以外にいると言うことが考え辛い話だった。

 ガッツはどんな危険な任務も文句ひとつ言わずに、それどころか命令を無視してすら自分から死地に飛び込むように戦ってきた。
 そんな彼の生き方は、家族や友人と言った日常にある背景を感じさせない刹那的な物だったからだ。
 ガッツの戦いぶりには、彼にとって友人や仲間と言える存在があるなら、それは自分達の様な戦友と呼べるものだけであろうと思わせるものがあった。

「しっかし誰に会いに行くのかは置いといても、急すぎじゃないか?
 そりゃ戦の話はしばらくはないだろうが、王妃様の喪が明ければ俺達の叙任式だぜ。
 ガッツがこの手の式が嫌いなのは知ってるけど、こいつに出ないのは流石にまずいんじゃないの?」

 そのジュドーの言葉にもガッツは首を横に振る。

「いや、そう言うわけにはいかねえ」

 そう言って首筋にガッツは手をやった。
 生贄の烙印。
 この刻にあってなお、ガッツはその烙印から逃れることは出来ない。
 鷹の団を抜けるつもりなど毛頭ないガッツだが、だからこそこんなものを抱えて仲間と共にはいられない。
 悪霊程度ならまだしも、使途共に襲われるようなことになったら……。あの悪夢が目の前で繰り返されるのは絶対にご免だ。
 だからと言って以前の様に一人復讐の旅に出る気にはなれない。
 原因となる事象が起きているかどうか、等と言うことと関係なく憎しみの炎が消えたわけでは無い。
 それでも、今度こそ仲間とともに。

 ウィンダムへの道すがら考え続けたガッツだが、幸いにも烙印をかかえてなお光の下で生きる方法には心当たりがあった。
 魔女フローラ、その弟子シールケ。
 あの時とは事情の違う今、彼女達が協力してくれる保証は無い。
 それでも彼女達が唯一、烙印を抱えてなお仲間と共にあろうとするガッツの希望であった。

(あの森の場所は大体だが忘れちゃいねぇ。何とか拝み倒して護符の一つでもつくってもらえりゃあ……)

 それにゴドー。
 彼のもとにあるドラゴン殺し。

(俺やグリフィスとは関係なく、奴らは存在してやがる)

 使徒。
 ゾッド、ワイヤルド。
 烙印を刻まれるよりも以前に出会った使徒達。
 グリフィスがゴットハンドとならずとも、使途に襲われる可能性は存在している。
 それを考えるとあの剣は手に入れておきたかった。

(どうせゴドーのとこにあったって置き物だしな。ごねるようなら最悪ちょろまかすか……)

 そして何よりグリフィス。
 彼がゴッドハンドとなることを止めねばならない。
 俺が出て行った次の日、グリフィスは捕らえられ鷹の団は反乱の汚名を着せられた。

(ってことは明日かよ。
 確か姫さんの寝所に忍び込んだんだったか)

 ガッツはグリフィスを見る。
 じっとこちらを見つめているグリフィスからは、今夜そんな無謀な行いをするような雰囲気は微塵も感じ取れなかった。

(キャスカやリッケルトは俺が出て行ったせいでグリフィスは、と言ってたが)

 それが本当かどうかは、ガッツにはわからなかった。
 鷹の団に残るのを望んだのは、ただガッツ自身がそうしたかったからだ。
 グリフィスを助けるための手段としてそうしたわけではなかった。
 そのことで、グリフィスの運命もまたかわったのかどうか、確信は持てない。

(言っておくべきか?だがなんて言や良い)

 目の前で見ても、グリフィスがそんなことをするようには到底思えない。
 だがまたも自分が離れた時にそんな事になれば、今度こそガッツは自分を許せる自信が無かった。

 グリフィスに何の落ち度がなくとも、宮廷の陰謀やらなにやらで投獄されたり反乱の汚名を着せられたりと言う可能性はあるように思える。
 ならば、今度こそ側にいるべきなのではないだろうか。

 そうなったなら、ウィンダム中の兵士を敵に回したとしても逃げたりはしない。
 あんな事になる前に、グリフィスをすぐさま救い出してみせる。
 可能かどうかなどガッツは考えない。もしそんな状況になれば、自分は必ずそうするだろうと言う確信があるだけだった。

(くそっ、わけわかんねぇ)

 ガッツは首筋にやったてをなぞる様にあげて、髪をがりがりと掻き毟る。
 そしてそんなガッツの態度にキャスカ達も戸惑っていた。
 ガッツは多弁では無いが、隠し事をするタイプでは無いし言いたいことはすぐに言う。そう言う点では直情径行な人間だ。
 そんな彼が事情の掴めないあやふやな言動で口を濁し悩んでいる様子は、キャスカ達にとってもどう話を聞いたものか悩ましい状況であった。

 そんな時頼りになる人間と言えば、やはりグリフィスだ。
 キャスカ達は無意識にグリフィスに視線を走らせる。
 だがグリフィスはこの部屋に入ってから全く喋らず、じっとガッツを見つめている。
 ガッツは悩んで言葉を濁し、頼りのグリフィスは無言の構え。

「ケッ わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ。はっきり説明しやがれはっきりとよ」

 イラついたコルカスがガッツを睨んで言う。
 ジュドーも良い機会だと思ったのか言葉を重ねた。

「まぁまぁコルカス。でもよガッツ。確かにこうはっきりしないのはお前さんらしくないとおもうぜ?」
「ああ。確かに、俺がだまってちゃ埒があかねえな……」

 そう言ってガッツは言葉を切り、一拍置いた。

「会いに行く奴ってのは……魔法使いさ」

 荒唐無稽で、信じてもらえないかもしれないような話だが、上手く取り繕うなどどうせ自分には出来ない。
 そう思ったガッツは、信じる信じないはおいておいて、ぶっちゃけてしまおうと思ったのだ。 
 
「……ま、魔法使いぃ?」
「おまっ、言うにことかいて魔法使いかよ。誤魔化すにしてももーちょっとましな嘘をつきやがれってんだ!」
「嘘じゃあねえよ」
「そんなこと言ったってガッツ。いきなり魔法使いって言われても信じられないよー」
「まぁ、そりゃそうだろうけど……よ」

 ガッツはそう言ってぽりぽりと髪を掻き、良いやつがいるじゃねえかと思いついた。

「ゾッドだ」

 ガッツが皆を見渡す。

「奴のことを覚えてるか?」

 ここにいる全員が、あの怪物を見ている。

「忘れようったって忘れられないさ。
 確かにああ言う怪物がいるんじゃ、魔法使いだっていてもおかしくないかも知れけどな」
「だ、だからってガッツが今から魔法使いに会いに行く理由は無いじゃないか!」
「……呪いだ」
「呪い?」

 忌々しげに言うガッツの言葉をキャスカが返し問うた。

「ああ……やつら化け物に、呪いをかけられたのさ。それをなんとかするのに、魔法使いに会いにいかなきゃならねぇ」
「そう言う物があるかも知れないってのは、否定できないけどよ。
 しかしゾッドにあってからもう結構立ってるんだぜ?一体いつそんな呪いになんかかかったんだよ」
「そりゃあ、ら……」
「……ら?」

(来年だ。ってこりゃあ流石に無理があるだろ!)

 ガッツは頭を抱えたくなった。
 戦が終わるまでは我慢していたとでも言うべきだろうか。

「それに何でガッツはそんな魔法使いのことを知って――」「もういい」「えっ?」

 リッケルトの言葉を遮ったのは、それまで沈黙を保っていたグリフィスだった。

「ガッツはつまらない嘘で誰かを騙したりするような奴じゃない。
 ここでそんな嘘をついて何の得がある?鷹の団を抜けるために、そんな作り話で俺達を誤魔化すとでも言うのか?」
「そりゃあ……」

 リッケルト達は目を見合わせた。
 確かに、ガッツがそんな嘘をつくとは思えない。
 抜けるなら抜けるでそう言うだろう。
 皆、ガッツが一旦残ると言っておきながら適当な嘘で誤魔化して逃げるようには思えなかった。

「なら呪いも魔法使いも本当で、直ぐにでも会いに行かなきゃならないんだろう」

 そのグリフィスの言葉につられるように、皆がガッツを見た。

「ああ。それは本当だ」

 ガッツは迷いなく頷く。

「それが済んだら、戻ってくるんだろう?」
「ったりめーだ」
「なら、話はそれで十分だろう」

 グリフィスはそう言って立ち上がる。
 そして彼にそう言われてしまえば、キャスカ達も困惑しながらも否と言うわけではなかった。

「ガッツ。お前がいない間に叙任式があった時のことや斬り込み隊のことを話しておきたい。
 執務室まで来てくれるか」
「あ、あぁ」

 頷いてガッツも立ち上がり、さっさと歩きだしてしまったグリフィスへと付いていった。
 残った5人は煙に巻かれて切り上げられたような、すっきりしない形に顔を見合わせる。

「ああ言ったけど、ホントにほんとなのかなー」
「けっ、あるわけねえだろそんなおとぎ話みたいなこと」
「まぁまぁ。あの話の真偽はともかくとしてさ、
 ガッツは鷹の団を抜ける気は無くて、でもどうしても今はウィンダムを出なきゃならない用事があるってのは、少なくとも本当だろうよ」
「ああ」

 ジュドーの言葉にキャスカも頷く。

「そいや、どしたのお前さんは。今回やけに大人しかったけど」

 いつもなら、ジュドーが口をはさむ必要もなく、ガッツを問い詰めたりするのはキャスカの役回りであった。
 しかし今回はキャスカはほとんど口を挟まなかった事を、ジュドーは問うたのだった。

「別に……奴が抜けるのか残るのかはっきりしてるなら、後は私がいちいち口をはさむ事じゃない」

(……へぇ)

 そう言葉を放つキャスカの様子を見てジュドーは目を細めた。

「なるほどね。まっ、話も終わったならここにいたって仕方がない。そろそろ良い時間だし飯でもいこうぜ」
「ケッ、あのやろうにつきあって無駄な時間を過ごしたぜ」
「コルカス~、またそんなこといって」
「うるせぇってんだよリッケルト!」
「やれやれったく」

 彼等もまた、そう言って部屋を出て行った。









「ガッツ。お前、まだ隠していることがあるだろう」

 グリフィスを追ってその執務室に入り扉を閉めたガッツへ掛けられた第一声。
 それを言ったグリフィスの顔は、全てを見通すような、何かを面白がるかのような。
 二人が出会ったあの時を思い起こす目で、グリフィスはガッツを見つめていた。



[13944] その3
Name: 六甲◆1dc66705 ID:9e4acc1f
Date: 2009/11/17 20:05
「なにを――」
「下手な誤魔化しはお前には似合わないさ」

 楽しげな表情でガッツの言葉を一蹴するグリフィス。
 机の前に椅子を引いて、彼はそこに腰かけた。

「お前も座れよ。立ち話もなんだろう」
「……」

 言葉が告げぬままガッツは適当な椅子を引き腰掛ける。
 その彼を見つめながらグリフィスは今夜の献立でも訊くかのように口を開いた。

「あの丘で俺とお前が剣を構えた時、何があった?」

 その言葉は劇的な効果をもってガッツを撃った。
 目を大きく開いてグリフィスを見つめるガッツ。
 答えられないガッツを見つめ、やれやれと息を吐いてグリフィスは質問を重ねた。

「首筋にある妙な傷痕。それ、いつからあるんだ?」
「……お前」

 グリフィスは小さく笑って言葉を続ける。

「ちょっと冷静に考えればわかるさ。お前はあの時突然集中を乱した。
 それに咄嗟に左手で剣を防御しようとしたろう?随分と自然な動作だったが、妙な話しだ」
「……」
「その後のお前の言動も妙だ。呪いの話にしたってなんにしたって唐突過ぎる。
 まるであの瞬間を境に、別人にすり替わってしまったみたいにな」
「それは……」

 焦りを見せるガッツにグリフィスは笑いかける。

「お前はお前さ。それは見ればわかる。
 ただ、昨日までのお前とは何か違っている。まるであの瞬間、天啓でも受けたみたいにな」
「……」
「別に俺はお前を問い詰めたいわけじゃない。
 ただお前はさっき何をどう話したら良いか迷っているように見えた。
 迷うぐらいなら話して行け。全部な」
「だが――」
「誰に何を話すべきか。話した方が良いことなのかどうか。そう言うことは俺が考えてやる」

 笑いながら告げられた言葉に、ガッツは言葉を失ってグリフィスを見た。
 そしてその言葉をゆっくり理解して――

「――ハッ。相変わらず滅茶苦茶な物言いをしやがる」
「……そうか?」

 眉をあげ、心底不思議だと言うようにグリフィスは言う。

「俺が何を話すか考えてやるだぁ?傲慢にも程があるだろうよ」
「お前が話したくないことや、話さないと決めてることなら口は出さないさ。
 柄にもなく話すかどうかなんて迷っているから言ってやったのさ」

 悪いのはお前の方だと言うかのような態度のグリフィスに、ガッツは舌打ちして席を立ち、部屋の棚にある酒の瓶を引っ掴んだ。

(あいつさっくり一番良い酒をつかむな)

 そんなグリフィスの思考など知る由もなく、ガッツはそれを持ったまま席にどっかと座りなおし、瓶の口を開ける。

「長い話になるぜ」

 そうしてガッツは話した。
 自分が未来から戻ったこと。
 その昔、今日ここで鷹の団を抜け、一人で旅立ったこと。
 鷹の団との再会。
 時にガッツが言葉を濁しそうになっても、グリフィスは巧に続きを促した。
 グリフィスの投獄、鷹の団の逃亡。救出。再度の逃亡。

 そして 蝕

 ベヘリット、烙印の意味。
 使徒の存在。
 復讐の旅。
 仲間との出会い。
 クシャーンの侵攻。
 それと争う使途達の作る鷹の団。
 自らの旅の全てをゆっくりと話して行った。

 時折、相槌や質問を挟みながらグリフィスはその話を聞いている。
 ガッツが見る限り、グリフィスは何の動揺もなく平静に話を聞いているように見えた。

 幽界の深みにのまれ、この刻へと戻った事までを話し終えるとガッツは立ち上がった。

「話はこんなとこだ。もう日が落ちる」

 首筋に感じるしこりの様な鈍い痛み。
 慣れたその感触が、ガッツに夜の訪れを知らせている。

「そうか。じゃあ行くか」

 グリフィスは自然に立ち上がってポールハンガーからコートを取った。

「見送りなら要らねえぞ」
「そんなんじゃないさ」
「じゃあなんだってんだ?」

 まさか付いてくるとでも言いだすつもりだろうか。
 そんなガッツの心配などどこ吹く風でグリフィスは言う。

「ガッツ、お前出発は明日にしろ」 
「お前っ、聞いてなかったのかよ。この烙印は――」「死霊や化け物を呼び寄せる、だろ?」

 あくまで平静を崩さないグリフィス。
 それがわかっていて何故と言う目でガッツが睨むと。

「お前、昨日から寝ていないだろ?
 街の外で夜を明かしたら、一度ここへ戻って一旦休んでから出発するといい。」

 コートを羽織り剣を身に着け、ランプや松明まで用意しながらグリフィスは答える。

「それでお前も付き合ってくれるってか?」

 そう呆れたようにガッツが言うも。

「ああ、その死霊って言うのも見ておきたいからな」

 準備を整え、何をぐずぐずしていると言わんばかりにグリフィスはガッツを見た。
 危険だ等と言おうとしても、このグリフィスが死霊共如きに遅れを取る姿は想像も出来ない。
 数多の夜を潜り抜けた黒い剣士も、旧き友の前では形無しだった。

「ちっ、どうなっても知らねーぞ俺は」

 ガッツはやけくその様に舌打ちして、乱暴に部屋の扉を開け放ったのだった。






 ウィンダムの城壁の抜け、切り出された森の際。
 雪の積もった地面に火をたいて、倒木へガッツは腰を下ろす。
 薪が火にはぜる音だけが雪に吸い込まれる月射す夜。
 焚き火を挟んだ向こうに、グリフィスがいる。

 当て所ない旅だった。
 僅かな怪異の噂と微かに烙印に感じる気配を頼りに
 何処にいるのかもわからない
 この世にすらいない影を追って、死霊どもをかき分け迷っていた

 無意識にガッツは右手を顔にあてていた。
 開いた右目を塞ぐように。

 掛け替えのない全てを失ったあの時。
 何のために、生き残ったのか。
 グリフィスを殺すためなのか。
 キャスカを守るためなのか。
 理由が無ければ、立って行られなかったのか。

 追い求めていた。
 高みだけを目指して、研ぎ澄まされていたあいつの姿。
 ずっと昔。その横に立ちたかった。
 あいつと同じように、自分の夢を追わなければいけないと思った。だが……。

 血の涙を流して振り向いたあいつの姿。


 ばちりと薪が火に爆ぜる。
 闇の中、火に照らされたあいつの横顔。
 昔のままのあいつを、昔のように見ることは出来ない。

 憎いのか、憐れんでいるのか、好意なのか、嫌悪なのか。
 どんな言葉もあっているような気はするが、どんな言葉でも言い表し切れない気がした。

 グリフィス。

 月が曇に隠れる。
 ずきりと首筋が痛む。
 ガッツは剣を抜き放って立ち上がった。

「おいでなすったぜ」

 グリフィスも剣を抜き立ちあがる。
 烙印を刻まれた自分が、グリフィスと共に剣を振る。
 その事に奇妙な可笑しさを感じながらガッツは思う。

 昔とは違う。
 それでも、決してこいつにあんな顔はさせねえ。

 思いとともに、剣を振る。
 ガッツにとって、全てが崩れ去ったあの日。
 ゴットハンド、使徒、死霊。烙印にまつわる非日常は、ガッツの全てを奪い去った象徴だ。

「血……」「命……」「オレに体をぉ……」

 呻きと共に、そこかしこの暗闇から死霊達が飛来する。
 見慣れた夜。
 だが、今は隣にはグリフィスがいる。
 そしてすぐ近くには、仲間たちがいる。
 ジュドー、コルカス、ピピン、リッケルト。
 鷹の団の仲間たち。
 キャスカ。

「うるせぇってんだ!!」

 剣を振り、死霊共を切り払う。

「てめえら如きに、俺の邪魔をさせるかよ!!」

 ガッツが大剣を叩きつける。
 その背を狙って背後から迫った死霊を、グリフィスがサーベルで切り裂いた。

「幽霊って、剣で切れるものなんだな」

 妙な所に感心しながら湧き出る死霊を切り払うグリフィス。
 それを見てガッツも僅かに笑みを浮かべて、死霊との戦いに没頭していった。


 差し込む朝日に死霊達の姿が溶け消える。
 白む空の下、息を荒げた二人が立っていた。

 ガッツが横に立つグリフィスの様子を窺うと、グリフィスは息を荒くしながらも死霊達が消える様子を興味深げに見つめている。
 怪異を相手に夜を徹して戦うのは戦とは根本的に違う。
 それでも危なげなく、余裕を見せるグリフィスにガッツは笑った。

 焚火の後を始末し、ウィンダムの城壁へと歩き出しながらガッツは思った。
 この戦の最初の相手がちんけな死霊どもとはしけてやがったな、と。




 ガッツは兵舎へ戻ると食事をし泥のように眠った。
 日も高い昼過ぎに目を覚ますと部屋を出る。

「目が覚めたらもう一度執務室に来てくれ。話がある」

 兵舎へ戻った時、グリフィスはそう言ってガッツと別れた。
 石造りの螺旋階段に足音を響かせてガッツはグリフィスの元へと向かう。

 ……昨夜は、二人して一晩中死霊共の相手で、市中に戻ったのは朝日が上ってからだ。
 あの姫さんがどれだけ惰眠をむさぼっていたとしても、あれからグリフィスが姫さんの寝所に潜り込むなんてことはありえない。
 そう自分に言い聞かせながら、執務室の前へとたどり着いたガッツは扉を開ける。
 そうして中にいたのは記憶の中にあるのと変わらぬ落ち着いた様子で書き物をしているグリフィスの姿であった。

 まず一つ、未来はかわったのだろうか。
 小さく安堵の息をはくガッツにグリフィスが声を掛けた。

「もう起きたのか。早いな」
「そうでもねぇさ」
「昨日から寝ていなかったんだろ?」
「……慣れたからな。そういうお前の方こそ寝てねぇのか?」
「ああ、考えたいことがあったからな」

 そう言うと、グリフィスはペンを置きガッツへと向き直った。
 ガッツも昨日と同じ椅子へ腰掛ける。

「で、話って」
「んーー……。昨日のお前の話なんだがな」
「……」
「聞かせてくれないか。一度たどった未来の中で、お前が俺をどう思ったのかを」

 昼間でも薄暗い石造りの部屋の中、蝋燭の火がぼうと揺れた。
 炎の加減か。ガッツは一瞬、部屋が僅かに暗くなったような気がした。

「そいつは……」
「嫌だろうな。それでもだ、ガッツ」
「……俺がどんな思いをしてきたか。どんな思いで、お前を追って来たか」

 ガッツは声が振えるのを止めることが出来なかった。

(あれを、あの思いを、他ならぬお前に話せって言うのかよ!)

「ガッツ」

 激情を抑えつけるようにして自分を睨みつけてくるガッツを見つめて、グリフィスは言葉を重ねた。

「頼む」

 グリフィスがまっすぐにガッツの瞳を見つめる。
 その眼差しをガッツは以前にも、どこかで見たような気がした。
 ぎりりと噛みしめられたガッツの歯が音を立てる。

「むなくその悪い話だぜ」
「ああ。だが聞いておきたいんだ」

 グリフィスはゆっくりと目を伏せた。

「俺が何者だったのかを。
 何をするべく、定められていた筈なのかを」

 ――オレは知りたい!!
 この世界においてオレはなんなのか。
 何者で何ができ……
 何をするべく定められているのか――

 そう、いつか戦場でそんな話をした。

(グリフィスが、俺に頼むと言っている)

 なら……話そう。そう、ガッツは思った。

 再生の塔で再会した時のこと。
 ウィンダムからの逃亡。
 そしてあの地獄が起きた時の事……。

 心を凍らせるように、淡々とガッツはしゃべった。
 グリフィスは時に質問を入れ、その時の情景を子細につかもうとし、
 それはまたガッツの記憶を鮮明に呼び覚まさせ、暗い炎で心を焼かれるような痛みをガッツに味わわさせた。
 いつしかガッツは顔を伏せ、何処を見るでもなく記憶の中に視線を彷徨わせ、ただ声だけを発していた。

 ただ一つ。
 蝕へと話が至った時。
 キャスカについてだけは、ガッツは語ることはしなかった。
 その事について気付いたのか気付かなかったのか、グリフィスもまた問うことは無かった。

「そこまでで、良い」

 あの地獄の宴についての話が終わると、グリフィスはガッツの話を止めた。
 そこから先は断片的で、ガッツ自身、グリフィスがどのように行動していたか。
 その行動にしても意図にしても、推測や伝聞が多くなるのは昨日の話でもわかっていた。

 沈黙が二人の間に訪れた。
 そしてどこともなく遠くを見るような様相で、唐突にグリフィスは口を開いた。

「ガッツ」
「……何だ」
「何故、鷹の団を抜けようと思った?」
「いきなりだな」
「昨日。いや、お前にとってはずっと昔か……話してくれ」

 ガッツは頷き、ゆっくりと更に遠い過去のことを思い出していった。

「俺は、剣を振るしか脳の無い人間だった……いや、今でも変わらないか」

 俺が初めて人を殺したのは、まだ右も左もわからないガキの時分さ
 それ以来このかた戦場以外のことは何も知らないし、知ろうともしなかった
 殺して 生き残る
 それしかできなかったし それがすべてだった
 ……でも、それでもよかった
 一人……誰でもいいから こっちを向いていてくれれば……

 ガッツは語った。
 あの遠い記憶の中の昨日に、ジュドーとコルカスに語ったように。

 自分の夢を見出すために。
 グリフィスの横に並ぶためにと。

 だがグリフィスはそんなガッツの思いにも、何も感じないかのように冷たく声を発した。

「……何故、お前はそう思った?」
「なぜだって?」

 訝しげにガッツはグリフィスを見た。
 自分の思い、遠く描いた夢。それを何故とはどういうことだろう。
 だがグリフィスは冷たい目で宙をにらんだまま、更に問うた。 

「お前がそう言う風に考えるようになった、きっかけのようなものは無かったか?」

 その言葉にガッツは僅かに目を見開いた。
 ただ剣を振り。
 ただ相手を殺し。
 ずっとそうやって生きてきたガッツが、己の夢について考えるようになったきっかけを。

 ガッツが幼い子供を手にかけたあの日。
 泥と傷にまみれながら、グリフィスが夢と友について語ったのを見上げたあの日の光景。
 それがグリフィスの言葉で、ガッツの脳裏に浮かんだのだった。

「あったんだな?」

 ガッツの様子を見てグリフィスは言葉を重ねた。
 いつの間にかその視線はガッツを向き、嘘や誤魔化しなど絶対に通用しないだろうと思わせる目でガッツを見つめている。

「お前に言われて俺がユリウスっておっさんを殺した日……。
 お前が姫さんに話をした内容を覚えてるか」
「あれ……か」

 その言葉をさかいに再び沈黙が二人の間に降りた。
 グリフィスはまた宙を見つめ、言葉を発するのを止めている。
 ガッツはグリフィスが言葉を発するのをじっと待った。

 どのくらいの時間が流れたろう。
 すぐだったようにも、長い間だったようにもガッツには感じられた。

 突然フッとグリフィスが鼻を鳴らした。
 何かを嘲笑うような笑みを浮かべて。

「良く、出来てるものだな」
「……なんだって?」
「本当に、良く出来た話だ」
「……」
「俺は、運命とは大きな波。逆らえぬ巨大な流れの様なものだと思っていた。
 だがお前から聞いた話はそう、緻密に編み込まれたタペストリーのように巧だ」

 笑みとも悲しみとも、怒りともつかぬ表情でグリフィスは言葉を続けた。

「小さな出会い。何気ない一言。そんなことの全てが、欠かせない欠片となって全体図を描いている。
 全く呆れるほどよく出来てる。誰がそんな図を描いたのか……それが、神と呼ばれる何かなのか」

 グリフィスは言葉を切り、椅子から立ち上がって部屋の窓際へと体を寄せる。
 そうして壁に背を預けると、小さく息をはいた。

「ガッツ」
「ああ」
「お前にとって俺は――」
「……」
「いや、なんでもない」

 グリフィスは言いかけた言葉を飲み込んで頭を振る。

「なんだよ。らしくねえな」
「数え切れない夜を越えて、そうして今お前は俺の側に残ることを選んだ。そうだろ?」
「ああ」
「なら……良いんだ」
「……そうか」
「しかし、こんなに長い間お前と話したのは久しぶりだな」
「……そうだな」
「ははっ、お前にとっては久しぶりどころじゃあないか」

 そう言ってグリフィスは小さく笑った。

「もっとお前と色んな話しをしておけばよかったな。そうすれば、たぶん……」
「……」
「そんな顔をするな。見えてる落とし穴に落ちるような真似はしないさ」

 ガッツはグリフィスを見つめた。
 全てを話したこと、それははたして正しかったのだろうかと。

「お前が掴んできたこの刻。無駄にはしないさ」
「……あぁ、頼むぜ」

 ガッツの答えに笑みを向けると、グリフィスはくるりと向き直って窓の外へと顔を向けた。

「行け、ガッツ。俺達の夢の為に」
「ああ」

 ガッツが椅子から立ち上がる。

「なるべく早く戻れよ」

 背をむけたまま、グリフィスが言う。

「わかってるさ」

 扉を開きながら、ガッツは応える。

 そう。数え切れない夜を超えて、こうしてグリフィスと共にあることをガッツは選んだ。
 まだ、選んだだけだ。
 選択は終わりではなく始まりだ。

 この戦が勝利に終わるのか、ガッツにはわからない。
 どんな戦でもそうだった。
 ただ、全力で戦うしかないのだ。そして今度こそ、その手に勝利を掴むために。

 ガッツは走りだした。
 脇目も振らず、己の見すえた勝利のために。



 そして、ガッツが去った部屋の中。
 グリフィスは冷たく鋭い、鷹のような目で窓の外を見つめていた。



[13944] その4
Name: 六甲◆1dc66705 ID:9e4acc1f
Date: 2010/10/14 18:15
 ガッツがウィンダムを立って十日程たった日の午後、グリフィスは王宮の一室にいた。

「お呼び立てして申し訳ありませんな」
「いえ、お気になさらず。それでお話とは?」

 宮廷の片隅にある小さな一室で待っていたのは、かつてグリフィス暗殺を企てた矮躯の男。
 フォス内務大臣その人であった。

「はい。ことは此度の戦功叙勲についてなのです」
「戦功叙勲についてですか?」

 それについて何の話なのだろう?とグリフィスは首を傾げるような仕草を見せてみせる。
 フォス大臣は特に表情を変えることもなく、あくまで吶々と話を続けた。

「はい。貴公率いる鷹の団は先の戦において目覚ましい活躍を遂げられましたな。
 その功績により、貴公には将軍位とそれに伴う爵位が授けられることは、既にご存じの通りと思います」
「恐縮です」
「いえいえ、グリフィス卿のなした功績を考えれば妥当と言うものでしょう」

 形ばかりの謙遜とその否定が交わされる。
 たとえお互いがそれを形ばかりと知っていても、それでもなおこうした言葉は交わされて行く。

「お話したいこととは、グリフィス卿に新たに授けられる爵位についてなのです」
「ああ……下賜される領地についてですか」

 フォス大臣が頷く。
 この世界。封建制においての爵位とは領地の支配権と同義であった。
 グリフィスは以前の城塞攻略の手柄により伯爵位を所持しているが、それは同時に伯爵領を下肢されたと言うことを意味する。

 男爵領を下肢されば男爵に。子爵領を下肢されれば子爵にといった具合に。
 グリフィスは騎士叙勲の際に子爵位を受けているため、現在は伯爵であると同時に子爵でもあるのだ。
 このように爵位とは領地と同義であり、複数の爵位を同時に所持することも珍しいことでは無かった。
 称号としての爵位を用いる場合には最も大きく重要な領地の爵位を用いるのが通例である。

「陛下は此度の戦功叙勲において、アリエス辺境伯の爵位を貴公に授けられるお考えのご様子」

 ――辺境伯とは、国境線上の緊張地における伯爵位である。
 遠隔地であり敵地などと接する緊張地帯の領主であるため、通常よりも大きな裁量と高い独立性。広い領地が与えらる。
 侯爵と同等、その地域の重要性によってはそれ以上とも見なされる高い爵位であった。

「それはまた、過分の栄誉と思うばかりです」

 そう言って目を伏せ微笑むグリフィスを、フォス大臣が視線を向けて見上げる。

「……よろしいのですかな?グリフィス卿」
「なんのお話でしょう?」
「……御存じのこととは思いますが、先の戦は我が国の領土を大きく回復するものとなりました。
 それと同時に軍における被害も大きく、戦死により断絶となった家柄も多くあります」
「痛ましいことです」
「これによって現在は多くの領土が浮いた状態。直轄地になる分を差し引いても、
 功のあった諸侯をどのように封ぜられるかお悩みのことでしょうな」
「陛下の御苦労、お察しするに余りあります」

 微笑みを絶やさぬグリフィスをフォス大臣は言葉を切って見つめた。
 そして小さく息をはくと、フォス大臣は僅かに声をひそめて言った。

「……グリフィス卿をアリエス領へ封ぜられるよう、陛下へと進言した者たちがおります」
「それはまた」

 グリフィスが面白そうに笑う。

「アリエス領は異教の地とも接する難しい土地。
 国境線での小競り合いが絶えず、野盗の類も多い。しかし交易盛んにして重要な要地でもあります。
 この地を円滑に治めるにはグリフィス卿と鷹の団の武威をもってあたるのが良策との言」
「確かに。妥当と言っても良いでしょうね」
「しかしいくら精強な鷹の団と言えど一騎士団。広大な領地の治安維持はそれだけで為し得るものではありますまい」
「そうでしょうね」

 そう言って面白そうな笑みを崩さないグリフィス。

「これはグリフィス卿を遠地に押しやり中央から遠ざけようとする陰謀とも言えましょう」
「必ずしもそうとは言えないでしょうが、陛下へ進言をした方々はそのような意図を持っていてもおかしくは無いでしょうね」
「でしたら。……私の方から陛下に別案を進言させて頂くことも――」

 グリフィスはその言葉を遮ってゆっくりと首を横に振った。

「お気遣い感謝いたします。ですが、それには及びません」
「……よろしいのですか?」
「所詮私は一軍人。国土の差配に口を挟むような立場ではありません。
 それに最終的にお決めになられられるのは陛下ですから」
「将軍位ともなればそれは謙遜がすぎましょう。しかしこれは差し出がましい事をしましたかな」
「いえ、大臣の御心遣いには感謝します」
「なにこのような心配事しかできませんでな」

 そんなフォス大臣に重ねて礼を言うと、グリフィスはその部屋を出て行った。
 大臣はグリフィスが出て行った扉を見つめて思う。

(鷹は野に放たれるか……)

 遠地へと追いやって遠ざけたつもりに成るような者達にはわかるまい。
 ウィンダムを離れ、中央で権勢を振えぬことなど問題になるまい。
 むしろ王都で煌びやかな飾りの騎士団となることなどより、遮るもののない地で鷹は空高く舞うだろう。

(私は本当にあの男に与し結ぶつもりだったのだろうか)

 あるいは、飛び立とうとする鷹を恐れ押しとどめようとしたのだろうか。
 宮廷の謀家として生きてきた自分が、自分の行動の意味を計りかねるようなことをするとは……。

 あの時感じたグリフィスへの恐怖。
 彼はまだ、それをどうすることもできずに心に沈殿させていたのだった。


 その数日後。
 グリフィスはアリエス辺境伯位の叙勲を受ける。
 それに伴い鷹の団はウィンダムを離れ、新たな任地に移ることとなるのだった。


「グリフィス様!」

 出立の準備を進め王宮の一角を歩いていたグリフィスに、声がかけられた。

「シャルロット様」

 声を出した相手を認めてグリフィスが一礼する。
 シャルロットはそんなグリフィスに近寄り、ドレスのすそを握りしめ俯いた。

「行ってしまわれるのですね」
「はい」
「いつごろ、お戻りになられるのですか?」

 悲しみを隠そうともせずシャルロットはグリフィスを見上げて問う。

「それは……」

 グリフィス困ったような表情でシャルロットを見つめた。

 地方領主としてその地を治めるのは、戦争における出兵とは根本的に異なる。
 勝利であれ敗北であれ出兵目的の結果が出れば帰還する出兵とは違い、
 領主として領地の治安を維持し徴税を含めた様々な領地経営を行うのは終わりのない責務だ。

 軍属の貴族は従軍中血族に領主を務めることができるものがいなければ代官を用いて領地の統治を代行させるが
 騎士団を率いて軍事的な緊張をはらんだ要地を治めることを期待されて封ぜられた以上はそれを軽んじることはできない。
 王都に来ることはそう難しいことではなく機会も多いだろう。だがそれは王都に「戻る」と言うことではないのだ。

 シャルロット姫は決して暗愚ではない。
 そうしたグリフィスの状況を解った上で、いや、わかっているからこそ彼女はこうして縋っているのだった。
 グリフィスがシャルロットの手を取り跪く。

「王都に来た折には、必ず姫様にご報告に参ります。どうか……」

 自らに傅くグリフィスを見て、シャルロットは悲しさに歪んだ表情を改めた。
 精一杯の気丈さで、その手を差し出して言う。

「許します」

 グリフィスがその手の甲に口付けをする。
 そうして立ち上がり踵を返したグリフィスを、シャルロットは祈るような気持ちで見つめていた。





 ウィンダム城下の表通り。
 鷹の団が集結し、出立の時を待っていた。

「っかー!これで俺達も晴れて貴族様ってわけだ!」
「うん。そうだね……」
「なんだよリッケルト。しけた返事してんじゃねえ」
「だって、ガッツ結局間に合わなかったなぁって……」
「あのヤローのことなんでどうだってイんだよ!」

 コルカスとリッケルトが、馬上で言い争を始める。
 グリフィスの叙爵に伴い、鷹の団の千人長ら幹部も男爵位を授けられ、
 アリエス領内部にある荘園地をグリフィスの裁量にて各幹部へと当てられることとなっていた。

「まぁしょうがないんじゃない。魔法使いってのが何処にいるのか知らないけどさ。
 あいつが出てってからまだ一月もたってないんだし」
「そりゃそうだけどさ?ウィンダムへ戻ってきて僕らがいなかったらガッツだってガッカリするんじゃないかなぁ」
「そんなことは仕方がない。戦功叙勲式までには合流できれば良いさ」

 キャスカがそう口を出し会話をまとめる。
 グリフィスと鷹の団の白鳳位授与を含めた、正式な戦功叙勲式は王妃の喪があけてから盛大に行われる事となっており
 まだ先の話であった。
 今回の内々の爵位授与は暫定直轄地となっている領地、特にチューダーから奪還した土地などに対して、
 喪中であれそのままにしておけないと判断されたための儀礼を伴わないものであった。

「へぇ~」
「……なんだ?」

 自分を見て感心するように呟いたジュドーにキャスカが問う。

「いや、お前さんも丸くなったなと思ってね。
 前だったらガッツが今いないってだけで激怒してた所だったと思うぜ?」
「仕方ないだろう。グリフィスが認めたんだ」
「……ま、そりゃそうか」

 深く追及することを避けてジュドーはキャスカに同意した。
 グリフィスはガッツが旅立ってすぐ、キャスカ達千人長らに死霊等が本物であったことを確かめた事や、
 この先ゾッドの如き相手に遭遇した時にもガッツが行くことは必要であると説いていた。

 しかしそれ以外の団員達にはガッツはゾッドの様な相手に対処するため一時的に団をはなれたと言う内容の説明であったため
 ゾッドに負けたせいで修業の旅に出たやら山篭りをしにいった等と噂されているのであった。
 戦場の神とも呼ばれる化け物相手に負けて悔しいから、爵位授与も放って山篭りをする。
 そんな話が真剣に噂されるあたりが団員達のガッツに対するイメージを物語っていた。

 そんな事を知る由もないガッツは――








「ハァ……ハァ……」

 森の中、ガッツは息荒く剣を構え死霊達に対峙する。
 とうに慣れた筈の死霊達の相手が今、予想外にガッツを苦しめていた。

 出発時に乗っていた馬はすぐに死霊の餌食となった。
 それは予想の範囲であった。多少なりとも旅の行程を短くできた。徒歩での旅は慣れている。
 だが連射式のボウガンやすぐれた鎧、火薬、義手もなく、
 何よりパックの不在とあの巨剣が無いことがガッツを苦しめていた。

「がぁあ!」

 声を発しガッツは迫る骸骨を蹴りを放つ。
 蹴りつけられた骸骨が吹き飛び倒れ、骨が崩れる。
 ただ戦うだけなら死霊如きに後れをとるガッツではない。
 だが――

「シィッ!」

 手にした剣を振り骸骨共を切り払う。
 その手にあるのはあの長く肉厚な特注のだんびらではなく、標準的な長剣であった、

 死霊達の強さは大したことでは無い。
 だがその剣にかかる負担は百人斬りの比では無かった。
 何かに乗り移った死霊は媒体を粉砕せねば止められず、そうした戦いが毎夜夜が明けるまで続くのだ。
 特注のだんびらですら早々に限界を迎え、ガッツは剣を補充しながら旅を進めるしかなかった。

 大剣や戦鎚の類があればましで、最も手に入りやすい長剣は人外の物と戦うには不向きな武器だった。
 御世辞にも使いなれたとは言い難く、また相手に対して有効とは言えない何時折れるかわからない武器で延々と戦う。
 それはあの剣を使っていた頃は思いもよらなかった負担をガッツに与えていた。

 鈍い金属音を立てて手にした剣が折れる。

「チッ!」

 折れた剣を投げつけ、ガッツは荷物から予備の剣を引き抜く。
 途中立ち寄った街で買いあさった何本もの剣。
 ゴドーへ支払うつもりで余裕を持って持ち出した金銭も底を突きそうだった。

 ウィンダムを出てすぐに状況のまずさに気付いたガッツは、ゴドーの元へと急いだ。
 負担の大きくなった戦い。
 それが夜を徹して行われ、僅かな睡眠を削って馬もなく先を急ぐ。
 溜まる疲労と増えて行く怪我がさらにガッツの戦いを辛くし、悪循環へと陥らせていた。

(あと少しでゴドーのとこだ……そこまで持てば)

 焦りを抑え込みながら、ガッツはがむしゃらに走り、そして剣を振る。
 いつしか、ガッツにまとわりつく骸骨が数を減じて行き、最後の1体が砕かれた時。
 幾手に馬上にある骸骨の如きものが姿を現していた。

「……あんたは」

 有象無象の骸骨とは一線を画す存在。
 かつてガッツに様々な示唆や助力を与えた、人外のものに仇なすもの。
 髑髏の騎士。

「……因果を逆転せしめたか。踠く者よ」



[13944] その5
Name: 六甲◆1dc66705 ID:474816e4
Date: 2010/10/14 18:07

「……因果を逆転せしめたか。もがく者よ」

 馬上からガッツを見下ろして声を発する異形の騎士。
 自らを人外の者に仇なす者と名乗り、超常の力と知識を持ち幾度となくガッツに助言と助力を与えた相手だが、
 その抽象的で難解な物言いや、自分の事を見透かしたような態度がガッツには好きになれない。

 仲間と助け合うと言うならまだいい。しかし戦場にあってただ誰かを頼るということができない性分のガッツにとって、
 何度も助けられ、一方的に借りばかりある恩人と言うべき相手であることも苦手意識に繋がっていた。
 どうやってかは知らないが、今のガッツの状態もこの髑髏の騎士は何か知っているようだ。

「へっ……相変わらずだな、あんたは」

 ガッツの悪態に、髑髏の騎士は声に笑みの色を滲ませる。

「ほう。私の事も既知と見える」

 ……やっぱ苦手だ、とガッツは思う。
 自分の事情を知られて困るかどうかなど考えていないが、一方的に相手ばかりが納得顔なのは気に食わない。

「あんた、何を知ってる」

 問いかけるガッツを、髑髏の騎士はぼうと光る双眸で見つめる。

「お前がどのような因果の元、この刻に至ったかは我が身にとっても知るところではない。
 そして最早それは知ることにさほどの意味もないと言える」

「どういうことだ」

「現世とは水面に映りし月影の如きもの。たとえ水面に別の影を映そうとも、月の姿が変わることはない。
 ……お前の目にここは過去の世界のように映るかも知れぬ。だがそうではないのだもがく者よ」

「……なにぃ?」

「世界は既にその様相を変え始めた。
 五人目も現れるだろう。最早、蝕も意味をなさぬ」
「なんだと!?」

 五人目が現れる。それはガッツにとって聞き逃せる筈がない言葉だった。

「どういうことだっ!」
「お前がここにいることと同じだ、もがく者よ。因となる事象を置き去りにし、結果のみが表れる」
「ふざけろ!グリフィスはもうこの先どうなるか知ってる。あんなことになるわけがねえ!」
「そうだろうな。お前は緻密に形作られた因果の流れを壊したのだから」
「……何が言いてぇ」
「それ故、お前に烙印が刻まれることもまたありえぬ。そのありえぬ烙印をお前は抱いている」

 ガッツは思わず右手を自分の首筋に添えた。
 手で確認するまでもなく、そこにそれが刻まれていることが彼には感じられる。

「原因となる事象はもはや不要なのだ。それは、お前自身が体現していることだと言える」

 それは、つまり―――

 ガッツは冷たい汗が背中を伝ったのを感じる。
 "今ここにいる自分"は時間を超えて、若造だった自分を押しのけて突然現れた。それと同じように……

「あいつが……俺と同じように突然かわっちまうってことかよ……」

 他ならぬ自分のせいで。
 音が鳴るほどガッツは歯を食いしばった。だがそれを見て髑髏の騎士は告げる。

「それはわからぬ」
「なんだと?」

 何か、手があるのか。ガッツは馬上の姿を睨みつけた。

「水面が乱れようと、それは映る影が形を変えるのみ。時とともに乱れは収まり本来の景色が映し出されよう。
 だが、それにどれ程の時がかかるかはわからぬ。そして本来の姿へと戻る過程でどのような絵が描かれるかもまた人知の及ぶところではない」

(またそのたとえ話か)

 ガッツは悪態をつきたいのを何とか堪える。
 いけ好かない物言いでも、今のガッツにとってどうしても聞き逃せない話だ。
 だが髑髏の騎士は手綱を引いて馬の踵を返した。音も立てずに馬が歩み始める。

「お、おい!」
「魚となって水面を跳ね続けるのだな。そうすることで、世界にとって僅か一時、お前の周りのほんの小さな領域だけは、違った影が映し出されるだろう」
「待てよっ!」

 ガッツは声をあげて追うが、急に立ち込めた霧の中に消えた様にその姿を見失ってしまう。

「くそっ、あのオッサンはいつもこうだ……」

 何をされたわけでもなく、助言をもらっているのだから恨み事を言う筋ではないとわかっているのだが
 どうしてもそんなセリフが口を付いて出てしまっていた。
 あの言葉の内容はガッツには明確にはわからなかったが、しかし自分が動くことは無意味ではないということはわかった。

(なら、ごちゃごちゃ考えんのはナシだ)

 ゴド―の火事場は近い。
 髑髏の騎士のせいか死霊共の気配も消えている。
 折れた剣を鞘に戻し、ガッツは再び走り始めた。















 太陽が天頂に差し掛かる頃、ガッツは眼を覚ました。
 明け方前にゴド―の鉱洞へとたどり着き、一旦そこで体を休めていたのだ。
 眼を覚まし、鉱洞内の小さな滝のようになっている水を軽く浴びて体を洗う。

(さて、どうするか)

 やることは決まっている。
 ゴドーの処からドラゴン殺しを貰うことだ。ついでに防具やナイフや弓矢、火薬から食料まで用意できれば言うことはない。

(ただ、金はつかっちまったしな)

 当初ガッツはゴドーの武具を普通に買い取るつもりだったが、予想外に厳しい道中のせいで手持ちの金はほぼ底を付いている。

(とりあえずくれっつって、駄目なようならかっぱらっていくか……)

 驚くべきことに、ガッツはこのような考えを持ちながらほとんど罪悪感を感じていなかった。
 そういうことをしても相手に対して、特に悪い事をしているというつもりがないのだ。盗賊もびっくりな思考である。
 誰かにそれを指摘されても、少しばつが悪いという感情しかもっていないのだ。
 そもそもガッツはかなりの高給取りにもかかわらず貯えが少ないのは、部下に奢ったり困ってる奴に貸す(無利子無期限無催促な上に貸した額もすぐ忘れる)からだ。
 剣を向けたか向けないかに関しては厳しいが、それ以外の、特に金銭に関しては自分にも相手にも鷹揚に過ぎる男だった。
 そんなゴドーにとって迷惑でしかないだろう考えをもってガッツは彼のもとへ向かった。




「で、あの剣をよこせってか」

 ゴド―の鍛冶場、槌を振るう手を止めて赤熱した剣を水へと浸しながらゴド―は言う。
 槌を振るいながらだまってこちらの言い分を聞いていたゴド―の第一声がそれだった。

「ああ」

 答えるガッツにゴド―は振り返り、彼をじろりと睨んだ。
 ガッツの眼の奥を見通すように数瞬睨みつけた後、全身をゆっくりと見る。
 ガッツはその視線を黙って受け止める。そしてゴド―はもう興味が無いという風に彼から視線を外して鍛冶台へと向き直った。

「ふん、好きにすりゃいい。おめえにあれが振れるんならな」

 持ち上げられもしないガラクタの、噂を聞いて箔をつけにやってきた力自慢とでも思ったのだろうか。
 ゴド―の態度に不自然な印象を受けたガッツだが、ともかく了解は得られた。なら遠慮はいらねぇと彼は思った。

「倉庫の鍵はそこにかかってる」
「恩にきるぜ」
「……ふん」

 壁から鍵をとると、礼もそこそこにガッツはゴドーの倉庫へ向かった。
 鍛冶場から裏手へまわり、大きな扉を開けると中には所狭しと様々な武具が並べられている。
 その奥の壁に、それは立てかけてあった。
 長身のガッツの身の丈よりも長く、大きい、剣らしき鉄の塊。

 ドラゴン殺し

 ガッツはそれを見て軽く笑みをもらし右手を伸ばすと、自分の頭よりも高い位置にある柄を掴んで手前に倒す。
 小さな子供ならそのまま潰されてしまうだろうそれを、ガッツは右手一本で受け止めた。だが―――

(重い……!?)

 手に馴染んだ筈の愛剣が、腕の中で凄まじい重さを訴える。
 一旦担いで倉庫から出ようとするが――

(持ち上げられねえ!?)

 ガッツは右腕の筋肉が一回り膨らむほどに力を込める。
 だがそれでもドラゴン殺しはゆっくりとしか持ち上がらない。それは、真っ当に考えるなら酷く当然のことだった。
 ガッツがいくら膂力に優れると言っても、同じ体格の戦士と比べて二倍や三倍の筋力があるわけではない。
 いや、鷹の団内だけであっても例えばピピンと比べれば単純な筋力では僅かに劣るだろう。
 もちろんガッツは反射神経や剣技も人後に落ちないし、巨剣を振るう戦い方なら誰よりも習熟した剣士だ。
 だがそれでも、ただ振るう必要なのは筋力それのみ。ガッツよりそれに優れた戦士でも振るうことのできぬその鉄塊を彼が持てる道理はない。
 ましてや隻腕の身では論ずるにも値しなかった。

(どういうことだ!)

 だがそれでも怪訝な表情でガッツは自らの愛剣を見た。
 彼にも理屈はわかる。その剣がどれだけの重量を持っているのか。
 だがそれでもガッツはその剣を持ち上げる自信があった。いや、持ち上げられるのかどうかなど、疑うことを考えたことすらなかった。
 何しろ持ち上げる所か、自在に振るっていたのだ。それもここ最近、特にそれを振るうに苦労していた記憶はない。
 どれだけ理屈をならべても、たった一つの実例には劣る。
 ガッツにはその剣を持ち上げられる筈だったのだ。

(……くそっ)

 力を込め続け、ゆっくりと柄を持ち上げていく。
 だが、こんな有様では振るって戦うなど出来る筈がない。
 理屈よりも実例。ガッツがどれほど疑問を抱こうと、それが今の現実であった。
 ドラゴン殺しを壁に立てかけ直す。

(どうなってやがる……?)

 もう一回り大きい別の剣があった、等ということはない。
 これは確かに手に馴染んだ自分の愛剣の筈だ。
 ならば何故以前と同じように持つことができないのか。

(俺が……わけぇからか?)

 この時間に戻ることで、ガッツは五年以上も若返っている。
 だが黒い剣士として過ごした期間を除き、この剣を初めて手に取った時までは今の年齢から精々一年半。
 しかし修行に明け暮れた一年半でもあった。
 ガッツの身体は今青年期に入ったばかり、成長期のその期間がそれだけの筋力を彼に身に付けさせたのだろうか?

(くそっ!悠長に身体を鍛えてる暇なんか、ねえってのに!)

 一刻も早く、グリフィスの元へ戻らなくては成らない。
 元からそのつもりだったし、髑髏の騎士に言われた言葉でその思いはますます強くなっている。
 こんな処で足踏みをしている暇など無い。だが、この剣すら持てないままグリフィスの元へ戻ってどうする?
 それは自分の面倒も見られない足手まといが戦場へ付いて行こうとすることのようにガッツには思える。

「……チッ」

 舌打ち一つ、そしてガッツは倉庫を出て行った。
 そこに残されたひと振りの剣。

 それは剣と言うにはあまりに大きすぎた。
 大きくぶ厚く重くそして大雑把すぎた
 それはまさに鉄塊だった。


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