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[13866] 濁流のフェルナン   【ゼロ魔二次・習作・実験作・R-15】【更新再開】
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:b5e4ce7b
Date: 2010/10/08 11:36
 更新再開しました。


 初めまして。

 この作品は、おそらく全く需要がないであろうにもかかわらず、作者が一度でいいから読んでみたかった要素を作品としてまとめたものです。
 従って、この作品には、以下の、人によってはかなり見苦しく感じられるだろう要素が詰め込まれています。
 それが気に入らない、趣味に合わない、と思った方は、読む前に回れ右する事をお勧めします。

・転生オリ主ものです。しかも複数転生ものです。中には原作キャラへの転生も存在します。
・最初の話に至るまでの流れが一部テンプレ展開になっています。
・主人公は重度の厨二病患者です。突発的に厨二病的な行動をとる可能性があります。
・作者は重度の厨二病患者です。突発的に厨二病的な要素が作品に混ざる可能性があります。特に、かなりの頻度で突発的に主人公が強化される可能性があります。
・主人公の人物像には作者の自己投影が多分に入り混じっています。
・にもかかわらず主人公はさほど強くありません。かなりの頻度でテンプレから逸脱する可能性があります。
・別の意味で主人公最低ものです。
・基本的にストーリーは主人公のモノローグで進みます。主人公の主観的な視点から話が進むため、主人公の独断と偏見が多分に混ざる事があります。
・場合によっては、原作キャラに重度のアンチが入る可能性があります。
・場合によっては、原作キャラが死亡する可能性があります。
・多くの原作キャラの登場はかなり後になってからになります。また、登場しても影が薄い可能性があります。
・急に超展開が起きる可能性があります。
・ギャグ(ブラック)要素とシリアス(という名の鬱)要素が飛び飛びになっており、作風が一定しません。
・この作品には、予告なく今まで存在しなかった新たな地雷要素が突発的に付け加わる可能性があります。



[13866] 濁流のフェルナン0 転生直前
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:b5e4ce7b
Date: 2009/11/11 21:48

「と、いうわけでリアル転生ものをやってみようかと思うんだがどうだろう?」
 それが、僕の前に立った何者かの第一声であった。それで、何で僕がこんな場所にいるのか。確か僕は死んだはずだと思ったのだが……。
「僕を転生させようとでも?」
「まあな」
「……なんで?」
 思わず突っ込んでしまった。

「いや、最近、二次創作の感想でよくあるだろ? 憑依転生のテンプレのヒキオタニートみたいなヤツが、転生した瞬間に熱血して努力しまくるとかおかしいとか。けど俺テンプレ好きだからさ。実際にそうなるかどうか試してみようと思って。だからまあ、生前ヒキオタニート直前で、ついでにタイミングよく自殺までしてくれちゃったお前を選んだわけよ」
「はあ……。そうですか」
 もはや突っ込みを入れる以前の問題だったらしい。

 とりあえず拒否権は無さそうだ、と判断。そりゃ、自殺なんてしたくらいだから前の人生に不満なんていくらでもあるし、もしやり直せるなら僕だって……とか思ったりした事もないでもない。それに……少しだけ、憧れてもいた。遠回しな自殺願望……いや、転生願望って奴か。

「反応薄いなあ。せっかく転生できるんだから、も少し嬉しそうな顔くらいしろよ。目指せハーレム!とか、原作キャラに会えるZE!とかさあ。別に何やってもいいよ。俺TUEEEE!でも、ハーレムでも、内政チートでも、死亡フラグ回避でも、好きなことしていいんだぜ。別に何もしなくてもいいけどな。そういう実験だから」

「いや、悪いけどそういうの趣味じゃないんだわ。まあ確かにハーレムには惹かれるものとかあるけどさ。それに、ゼロ魔世界に転生して、生まれが何の能力もない平民!とか嫌だし」

 せっかく転生したのにそれではキツ過ぎる。自分が実際にやるのなら、チート能力とかそういうので俺TUEEEE!みたいのの方がいいに決まっている。
「ああ、それは大丈夫。転生するときに能力とかあげるから」
「マジで!?」

 まあ、どこかの二次創作にちょっと出てきたみたいな、ニコボコ撫でボコみたいな迷惑能力は絶対嫌だし、同じのに出てきたハムスター変身とかも微妙過ぎて勘弁して欲しいものだ。だが、能力。生前は体力の無いモヤシ少年だった僕にとって、スーパーチート能力で俺TUEEEE!には、何か惹かれるものがある。

「でもいいのか? 転生時に能力くれるテンプレって、叩かれるお約束だろ?」
 言った瞬間、まずいこと言っちゃったかな?みたいな気分になる。能力でも何でも、使えるものはもらえる方がいいに決まっている。下手な事を言って能力が貰えなくなったら困る。
「いいか、漢ってのは、胸を張って約束を守り通せるヤツの事を云うのさ。約束を守らねぇヤツなんざ、男たぁ云わねぇ!」
「…………なるほど」
 思わず勢いで納得してしまった。いや、確かに、それは「お約束」ではなく「約束」だとか、突っ込みどころは多々あるのだがそれは置いといて。

「で、能力は何くれるんだ?」
「ああ、別に何でもいいよ。好きに決めていいから」
 ……それも、どうせテンプレだからとかそういう理由なんだろう。もはや突っ込みとかどうでもよくなってきた。ここから先は多分、読者とかそこら辺が突っ込み入れるんだろう。

「となると……これでもかってくらいチートな奴がいいな」
 禁書世界の一方通行の能力みたいな。こういうのは、下手に原作キャラに遠慮してバランスとか考えていると後で苦労すると相場は決まっている。そうなると、まずは転生先の情報から欲しい。転生先がアイタタタな最強系転生者で溢れている某二次?小説みたいな事になったら目も当てられない。
「ってことで、転生先がどんな世界なのか教えてほしいな」
「ああ、それなら……ああ、あったあった、これこれ。ほら」

 眼の前のそいつは、ごそごそとどこかを引っ繰り返して、そこから一冊の文庫本を取り出してきた。特徴的な緑色の背表紙は、確かファミ通文庫……で合ってたっけ? 違ったっけ?
「ゼロ魔だ。あれならバトルも内政チートもありだからな。ああ、安心しろ。別に無力な平民に転生するような変化球を仕掛けるようなつもりもないぜ。テンプレ通り、ちゃんと貴族だ」
 確かに、あれなら、いきなり有り得ない戦闘力を持つ敵が登場してブチ殺される恐れもそんなにない。Z戦士に転生して俺TUEEEE!なんて悦に浸っていたらいきなり全知全能の絶対神なんぞがズゴゴゴとか出てきて一撃瞬殺、みたいなオチは嫌だからな。

「ゼロ魔か。じゃあ、何がいいかな……?」
 何かいいのはあっただろうか……? 記憶の底を色々と探ってみる。ロマリアとかガリアとかレコン・キスタとかエルフとか、単騎で殲滅できるぐらいのチートがいい。というか、それくらいの力がないと後が怖そうだ。

 Z戦士……却下。力は申し分ないが、応用性の幅が狭過ぎる。何よりあまり好みではない。
 一方通行……却下。応用性は十分だが、肉体自体の脆弱さがネックだ。
 ギルガメッシュ……いいかもしれない。ただ、武装の能力を存分に使えないというのがネック。ひとまず保留。

「なあ」
「何だ?」
「能力って、いくつまでもらえるんだ?」
「っておい、一つで満足しないのかよ!?」
「テンプレテンプレ」
「…………あー、まあ、確かに」

 ……今ので納得するのか? まあ、口には出さないが。
「まあ、それなら仕方ない。三つまでな」
「せめて、もう二つくらい増えないか? 今考えている組み合わせだと、どうしても二つ足りないんだが……」
「オリ主自重」
「自重しないのもテンプレだろう」
「…………二つだけだぞ。もう増やさないからな」
「分かった。それじゃあ……」

 そうして、僕は転生した。転生した直後、もう少し自重を忘れておけばよかったと後悔したのは秘密だ。



「オギャアアアア!!!(知らない天井だ)」

 ……おっといけない、間違えた。訂正訂正。

「オギャアアアア!!!(なんじゃこりゃあああああ!!!)」

 ふむ、お約束は守らないといけない。……まあ、必要に迫られればこっちの都合で破りまくるつもりだが。そんなこんなで、僕────フェルナン・ド・モットは誕生したのであった。




 むかしむかしのはなしである。

 むかし、あるところに一人の男がいた。男は救い主だった。

 さて、救い主の男が通りかかると、墓場から二人の男が出てきた。二人は悪魔憑きだった。悪魔に取り憑かれて苦しむ二人があまりにも暴れるので、誰も近付く事ができず、墓地に押し込めておくしかなかったのだ。

 彼らに取り憑いていた悪魔は言った。
「貴方が私に何の関係があるというのですか。お願いです。どうか私に関わらないでください」

 すると、救い主はこう返した。
「確かに私はお前たちとは何のかかわりもない。だが、お前たちはこの人間(セカイ)の中にいるべきではない。御覧、彼らはこんなに苦しんでいるだろう」

 悪霊は言った。
「ならば、ならばせめて、そこにいる豚の群のなかに入らせて下さい。我々には、もうどこにも受け入れてくれる場所が無いのです」
 それならば仕方がないと、救い主の男は彼らに豚の中に入る事を許したので、彼らは豚の中に入っていった。

 すると、豚の群は荒れ狂い、二千頭もの豚は前後の見境を失って、我先に水の中へと飛び込んで溺れ死んでいった。

 悪霊の名はレギオン。群勢であるが故に。

 たまに、そんな感じのヤツがいる。人間の中にいると迷惑ばかりかけるから豚の中に突っ込むしかやりようがない。だけど、さりとて彼らは豚の中ですら生きていけるわけではない。
 これは、そんな話である。

 はてさて、水底のレギオンはしあわせになれたのだろうか?




[13866] 濁流のフェルナン01 奴隷市場
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:b5e4ce7b
Date: 2009/11/11 21:54
 そういえば、大切な事を忘れていたような気がする。そう、それは自己紹介である。話が始まると同時に一人称視点で自己紹介が始まるのは、最低系のテンプレらしいからな。まあ、どうでもいいが。

 まあ、それはさておき。

 早速だが、僕が誕生してから、数年の月日が経った。その間に起きた出来事=テンプレ通り。とりあえず、これといった出来事もないし、ぶっちゃけ面倒なので適当にスルーしつつ今に至る。

 そして現在、フェルナン・ド・モット十歳。メイジとしての二つ名は“濁流”のフェルナン。モット伯爵家の当主であるジュール・ド・モット伯爵の長子。モット伯爵……そう、何を隠そう、“アレ”である。アンチ系とかでもよく引き合いに出されたりする、メイドさん拉致イベントの張本人。そして僕はその長男。ちなみに次期当主。

 ……何というか、非常にエロな臭いがしますね、と考えた人、正解である。何といっても、彼は現在、僕の目の前でメイドさんに突っ込んで腰を振っている真っ最中なのだから。体臭とか性臭とか色々なものが漂ってきて、色々と生々しい。

 気まずい思いを押し隠しつつドアノブから手を離して扉をくぐる。趣味のいい、そこそこ金のかかった分厚い黒檀の扉だが、その向こうに見えるのがブクブクと肥え太ったオヤジの裸体となれば、色々とブチ壊しというものだ。
「父上、今回の秘薬の調子はいかがでしょうか?」


 濁流のフェルナン/第一段


「うむ、これはまた中々の、おっおっおっ、出るっ出る出る出るゥ!」
 モット伯こと父上はカクカクと裸の尻を振りながら感極まった声を漏らす。オヤジの裸体なんぞに興味はないのだが、喘いでいるメイドさんの姿は彼の裸身に隠されて見えない。非常に残念な光景である。やがて、彼はエマさんだかシャーリーちゃんだか知らないが、とにかくどれかのメイドさんの股間からまだ隆々といきり立ってビクビクと脈動するイチモツを引き抜きつつ、こっちを振り向いた。体を動かしても父の肥満体でメイドさんの体は隠されていたので、やはり非常に残念な光景である。

 僕が生まれた当初、ほとんどロクに教わってもいないのに魔法、というか魔術を使いこなしたので化け物を見るような目で見られていたのだが、家伝の秘薬の改良を行ってみると、それに喜んだ父はたちまちの内に神童扱い、今では父直々に帝王学なんぞを教わっている。

 ゼロ魔……便宜上呼ぶ事にするが、原作におけるジュール・ド・モット伯爵は、ロクな身分も後ろ盾もない平民である平賀才人が大暴れしたにも関わらず、エロ本一冊で彼を許すどころか、わざわざ金とコネを使って連れてきた性奴隷を手放しまでする男である。意外と器は大きいのかもしれない。まあ、エロは偉大だ、というだけなのかもしれないが。

 色々と突っ込みどころはあるが、とりあえず、現状の僕がマトモに心を許せる唯一の相手でもある。数々のオリ主とは違い、主人公補正やニコポ能力を持たない僕は、ただでさえ評判が悪いモット伯の息子であり、日夜怪しい実験に明け暮れているという事もあり、性的な意味でも実験体的な意味でも、領民には手を出してはいないものの、領民たちには評判が悪い。ギルガメッシュのカリスマ:A+があるためか、家人達にはそれなりに慕われているらしいのだが、スキルが無ければこんなものだ。

「ふう。フェルナンよ、今回の出来は中々のものだった。褒美をやろう。それに、お前もそろそろ専属の奴隷……ゥオッホン、メイドを持った方が良い。今度、ダングルテールの方の小競り合いが終わったから、ラ・ロシェールの奴隷市に奴隷が売りに出されているはずだ。百エキューほど渡すから、良さそうな娘を見つくろって買ってくるといい」
 自分が父の執務室まで呼び出された用件はこれか、と判断。ご褒美まで見事にエロエロである。だがそれがいい。そこに痺れたり憧れたりはしないのだが。

 我がモット伯爵家はモンモランシー家のように、領地経営の他にも秘薬の調合なんかを主として生計を立てている。ただ、モンモランシー家の主製品が女性用の化粧品とかであるのに対して、モット家の秘薬の購買層は主に男性である。と、ここまで言ったらその用途は分かるだろう。言うまでもなくエロである。

 エロ、とか言っても決して馬鹿にしてはいけない。これがまた結構売れるのだ。ゼロ魔の原作アニメでもモット伯が典型的な貴族といわれるのを見ても分かる通り、貴族が平民を使ってアレな楽しみをやるなど、この世界では日常茶飯事。父から見せてもらった顧客リストにヴァリエール公爵家とかグラモン伯爵家とかの名前を見た時には思わず吹いてしまった。
 何ていうか、小説として読んでいる時には普通にスルーしていたのだが、連中も当然人間である。人間であれば食事もすれば糞もする。当たり前ながら精液だって垂れ流すのだ。

 ちなみに、今回製造した秘薬の場合、ワインで割って飲めば五歳児でも抜かず十発とかを可能にするほどの精力を身につける事が可能だ。どちらかというと複数プレイ向けの代物で、一対一で使用するようなものではない。つまり、父は根底から使用法を間違えている。あれではメイドさん一人に掛かる負担も大き過ぎる。まあ、知ったこっちゃないが。

 古い資料を漁ってみたところによると、元々、モット伯爵家は尋問拷問記憶操作何でもござれと、精神や肉体に作用する水魔法を得意とし、裏方として某ガリア北花壇騎士団のトリステイン版のような秘密組織の一翼を担っていた家系らしい。何千年か前にトップの失脚でその組織が崩壊してしまって以来、元々組織が裏の存在であった事もあり、もはや当時のモット伯の裏の所業など誰の記憶にも留まらぬものとなっていった。
 だが、モット伯爵家がそれまで積み重ねてきたそれらの技術は、決して錆びついてなどいなかった。そう、彼らは数千年もの間、血の滲むような努力を重ね、研鑽の末に自らの水魔法をより洗練されたものへと高めていったのだ……エロ方面に。
 まあ、雄(オトコ)の浪漫ってヤツだ。分かってやれ。

 ああ、それから。父の腹の下であえいでいたのは、メイド長のエマさんではなく、新人のシャーリーちゃんだったようである。


 そんなこんなで、転生した僕は五つの能力……というか、五体のキャラの能力を持って誕生してきたのだ。
 一つは、Fateの英雄王ギルガメッシュ。有名なチートである。
 一つは、Fate/zeroの黒騎士ランスロット。“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”の宝具の真名解放ができるようになるので最強である。
 一つは、Fateのキャスターこと魔女メディア。魔術師としての技量もあるが、むしろ陣地作成スキルと道具作成スキルが嬉しい。
 一つは、武装錬金の蝶人パピヨン。ホムンクルスを作ったりできるので、手駒を揃えるのに非常に便利である。
 一つは、円環少女のグレン・アザレイ。相似体系魔術は“王の財宝”と組み合わせるとチートにしか思えない。

 パピヨンとキャスター以外は、組み合わせて無双できそうな組み合わせを選択した。だが、もう少し自重を取り払っとけばよかった気はしないでもない。自分の書いた二次小説の最強オリ主とか。まあ、今更遅いが。
 ちなみに、五つの中で三つがFateで揃っているのは、それぞれの能力を組み合わせて引き出しやすいんじゃないかなー、などと期待したからである。

 はぁ、と溜息を吐いて、部屋の中に置いてある姿身を見ると、向こうから覗き込む僕の鏡像と目が合ってゲンナリする。相変わらず、形容に困る顔である。
 具体的に言うと今の僕の顔は「不殺」「友の婚約者=俺の嫁」「僕に勝てるわけないじゃないか」で有名な某ガンダムの主人公の顔を金髪赤眼にして最強オリ主補正を加えた後に、存在感を数億倍に薄くしたような感じである────自分で言ってて訳が分からなくなってくるが。
 はぁ、ともう一度溜息を吐きつつ外出着に着替えて、出かける事にする。


 あー、これテンプレだな……などと思いながら奴隷市場を歩く。ファンタジーな世界に転生した主人公が、奴隷市場で美少女を買って、一生の忠誠を誓われる。もはやこれは、ファンタジー転生もののテンプレではないだろうか。

 まあ、僕は凡百の転生主人公と違って人付き合いは正直苦手なのであまり期待はしていないのだが、それでも内心では浮き立つ気持ちを抑え切れなかった。何といっても、奴隷である。しかも、頭の上に肉とか付くタイプの、だ。まあ、そんなもの、実家にいくらでもいるじゃないか、と言われるかもしれないが、実はそうでもない。実家の(肉)奴隷兼メイドさんは今朝のシャーリー同様、全て父のお手付きである。

 別に処女じゃなけりゃ駄目、とかそんな事を考えているわけじゃないが、現実世界の女性に独占欲と嫉妬心があるように、男にだって同じものがあるのだ。ついでに言うなら、もう少し女性に対する幻想を抱いていたい年頃である。まあ、とっくにそんなものは壊れている気もしないでもないのだが。

 店先ではまあそれなりの顔と体つきをした少女とか、筋肉がそれなりにスゴイ男とかが売られている。……いまいちぱっとしない。これ、と思えるような奴隷とか見つからない。まあ、現実なんていつだってそんなものなんだろうが。

 ホムンクルスの材料とかも結構物入りなんだけど……。うーむ、傭兵崩れの盗賊を捕獲してホムンクルスにしたりして兵隊代わりに使ってはいるが、実験材料にはならない。だからといって領民を野放図にホムンクルスにして回るのもどうかと思う。何といっても、領民は大事な金蔓だ。それに、配下にするなら、どうせなら可愛い女の子の方がいいに決まっている。

 ……何というか、こんな事を考えていると自分もすっかりトリステインの貴族に染まっているな、とか思う。爛れている。ぶっちゃけ、国が滅ぶのも近いんじゃないか、とも思う。まあ、このハルケギニアで貴族制以外の政体が取られる事なんて、そうそうあるはずもないんだが。

 かつてプラトンが上げた最も効率の良い三つの政治形態は、王制・貴族制・民主制の三つである。現代においては民主制が最も素晴らしいとされているが、システムが正常に稼働している際の効率においては、王制や貴族性が劣っているという訳でもないのだ。にもかかわらず現代社会が民主制マンセーなのは、要するに、皆が平民……というか一般市民であるからだろう。

 誰しも、自分に最も都合のいい体制を支持するものだ。前世において、哲学か何かの授業で、「一人が絶対の権力を握って好き勝手するような権力を握る世界と、普通に民主制の世界ではどっちがいいか」という問いが出て、皆が満場一致で民主制に挙手する中、ただ一人「自分が王になれるなら」という条件付きで、絶対王政を支持した男がいた。そして誰もが「自分が王になる」選択肢が存在する事に気がついた途端、あちこちから「それなら私もそっちがいい」とか、そんな声が上がった。世の中そんなもんである。

 よくゼロ魔のアンチ系二次創作において言われている通り、王制や貴族制は暴走しやすく、腐敗すると平民に対する弾圧度合いが半端じゃなくなり、抵抗する手段さえも奪われる。今のモット伯家がやっている通り、だ。もっとも、それでもロマリアや、あるいはトリステインの他の土地よりはマシだったりするのだが。それに、領土が経営できなくなるほどの贅沢はしていない。農民は生かさず殺さず、と徳川家康あたりも言っている。歴史とかそこら辺はあまり良く覚えていないのだが。だからまあ、内政チートとかは無理だ、僕には。

 地球において民主制が主流となったのは、貴族と平民の間に、絶対の格差が存在していないからである。地球において貴族の力であった権力にしろ財力にしろ、状況によってはいくらでも変動するものだ。ゲルマニアの商人はそこらの貧乏貴族よりもよっぽど金持ってるし、ここトリステインでも実権握ってるマザリーニ枢機卿は平民出身である。

 だが、ハルケギニアでは話が違う。平民と貴族を分けるものは“魔法”という純然たる暴力だ。最高位であるスクエアに一歩届かないトライアングルですら、炎を操って敵を焼き尽くし、水を操って精神を自由に弄び、風を操って何人にも増殖し、土を操ってガンダムよりも巨大なゴーレムを作り出す。とてもではないが、平民に対抗できるものではない。

 また、魔法に対抗するためには地球のように発達した科学が必要だが、魔法という便利パワーが存在し、生活がそれに依存してしまっている以上、発明は魔法を強化する以外のものではなく、科学が発達する事はない。必要という母がいなければ、発明という子が産まれる事もないのだ。

 せめてリリカルな魔法少女の世界のように大魔導師の腹から常人が産まれるくらい魔法の才能が遺伝に依存しないのであれば別だったのだろうが、この世界において魔法の力は完全に遺伝だ。平民が手にする事は普通、できない。そういう意味で、魔法の有無が大きく断絶を広げてしまっている。

 それは単純な「パワー」という格差ではない。貴族にとって、平民とは何がどうあろうと自分たちよりも絶対的に弱い存在であり、平民にとっては、貴族の意志や人格がどうあれ、いつでもこちらを踏み躙れる暴力を保有している相手。そういう意味で、魔法の存在が彼らの心を大きく断絶させてしまっている。
 故に、革命も起きない。革命というのは、平民と貴族階級の力がある程度近づいていなければならない。色々と複雑な条件を揃えなければならないのだ。

 だがこの状況、国が滅びかねないというのは、十分にあり得る。一つには狂王ジョゼフ、およびその影響下に存在するレコン・キスタ。第二には、知能の高さに反して脳天からお花が咲いた教皇ヴィットーリオによる聖戦による過剰出費。どちらも冗談じゃない。そんな真似をされたら、僕が安楽に暮していけないじゃないか。

 要するに、どちらも危険である。どうにかして排除したいものだが、手段が思いつかない。さて、どうしたものか。大体、僕は確かに多少(笑)のチートが入っているとはいえ、そこそこの地位の貴族の跡取りでしかない。というか、チートが入ってすらその程度でしかないのだ。その程度の人間が、んな化け物どもを相手になんぞできるわけがない。

 人間一人にできる事なんて限られている。とりあえず、手駒が欲しい。例えばどこぞのミョズニトニルンみたいに、優秀で、有能で、万能で、忠実で、なおかつ無償かつ無私の心で敬意を持って僕に仕えてくれるような手駒が欲しい。ついでに、それが僕好みの美少女であったら言う事はない。……まあ、そんな都合のいい存在がそうそう手に入るわけもないが────


 ────そこまで考えたところで、唐突に思いついた。いないのなら作ればいいのだ。
 幸い、そのために必要な知識のいくらかは僕の中にある。
 ふむ、そうなると、素材が必要になってくる。ここはちょうど奴隷市で、僕がここに来た目的は、専属の奴隷を探すためだ。ここで素材を見つくろっても、別に問題はあるまい。

 そんな思いつきを抱えて、気の趣くままに奴隷市を見て回る。
 買うなら手駒として使い勝手のよさそうなメイジの奴隷がいい。まあ、メイジが奴隷なんて滅多にいないので相応に高いのだが。さすがに、百エキューじゃ足りない。大剣一本程度の料金ではとてもではないが足りやしない。とりあえず念のためにと持ってきていたポケットマネーも加えても、せいぜい二百エキューくらいか。やはり足りない。

 やれやれと思いながら溜息を吐く。どうせなら最高級の奴隷が欲しいが、せいぜい適当な値段で我慢するしかないのだろう。まあ、どのみち最高級が最上級とは限らないし、と自分を慰めつつ辺りを見回す。どうやら、ここは競売エリアだ。
 競売エリアは賑わっていた。何というか、金を持っている暇人がこんなにいるとは驚きだ。大体はマントに杖を携えた貴族だが、中にはゲルマニア辺りから来たのか、商人らしき姿も見える。なぜ分かるか、と言われると、ぶっちゃけマントと杖がないから、それだけだ。だが、貴族はこういう、身分を隠した方がいい状況であってもマントと杖だけは手放さない。貴族の誇りとかそれ以前の固定観念なのだろう。

 景気がいいな、と思いながら、ぽんぽんと売れ飛んでいく奴隷たちを見る。男もいれば女もいるが、大体は顔のいい奴隷だ。場合によっては翼人なんかの亜人も混ざっている。彼ら彼女らがどんな用途に“使用”されるのか大体見当がついて、あまり良い気分でもない。不愉快だ、という気はないが、どこか妙に苛々する。そう、何となく妙な気分だ。

 まあ、どちらにせよ、出品される“商品”どもはとてもではないが僕に手の届く代物ではない。中には捕虜になり、一族郎党皆殺されたために身代金が払えなくなってしまったために、奴隷として売り飛ばされた貴族なんぞが結構いて、メイジ奴隷の値段も常の奴隷市からしても結構安くなってはいるのだが、それでもやはり、僕が手を出すには少しばかり値段が高い。特に、メイジ奴隷はマントとかを着けていない連中が高い金を出しているようだ。護衛とかそこらへんの価値もあるのだろうが、それ以上に、普段自分たちを見下している貴族、それもガリアの次くらいに洗練されていると評判かつプライドの高さで有名なトリステインの淑女を奴隷として扱き使える、というかむしろ好きなように犯す事ができるとなれば、色々と思うところもあるのだろう。

 ────彼女を見かけたのはそんな時だった。
「……あれは」
 新教徒狩りで焼き潰されたダングルテールの一角を治めていた子爵家の令嬢。現在十一歳で、使える魔法は土のライン。歳の割には結構優秀な部類。顔も結構将来が楽しみな感じ。
 だが、それにも関らず、彼女に値段をつけるような声は一つも上がらない。司会の男もそれが分かるらしく、いい加減話を切り上げて次の商品を見せてみたいようだ。

 まあ、それも仕方のない話だろう。顔の半面を覆う火傷が、その理由を何より雄弁に解説している。現在のトリステインの技術でも、あの火傷を治すのは無理だ。そういうのが好きな変態もたまにいるのだが、今回は運悪く────いや、運良く、か? 今回の競には参加していなかったようだ。
 なるほど、お買い得物件のようだ。火傷なんて治せばいい。僕の力なら治せるし。
「────百エキューで」
 だから、彼女に値段を付けた。司会はあからさまに安堵した表情で僕の入札を認めた。

「モット伯爵家の令息、フェルナン・ド・モット────モット家の噂は聞いています」
「ロクでもない噂を、か? リーラ・ウルリカ・ド・アングラール」
 帰路に就く馬車に乗った僕が溜息混じりの答えを返すと、半顔を火傷に覆われた少女は、怯えを隠すように、無理矢理作った強気な表情を見せる。

「その噂は半分以上真実だ。とりあえずバレないようにはしているんだけど……想像力って怖いね」

 正直に答えると、その少女、リーラはあからさまに顔を青くする。我がモット伯家には、色々と悪い噂が立っている。僕が産まれて以来、僕の能力である黄金律スキルの影響により、モット伯家の財政はかつてなかったほどに潤っている。リアル座敷童とはこの事だ。その結果として色々と嫉妬やら何やらを呼び、その上に父の女漁りがあらぬ想像を呼び、結果として情報がいっさい外に漏れていないにもかかわらず、真相通りの噂が形成されている。やれやれだ。

「さて、これからの君の処遇だが……」
 言った途端、少女の背筋がびくりと跳ねる。自分の末路がどのようなものか、大体予想できているのだろう。
「まあ、そうあまり構えるな。そう悪いようにはしない……不幸とも感じなくなる」
「ひ……ぁ…………」
 面白いように顔を蒼褪めさせていくリーラ。少し脅かし過ぎたかな、と思いながら、僕は軽く杖を振った。

「『スリープ・クラウド』……とりあえず、今は眠れ。何も考えずにな」
「やめなさい、やめて! いや、いやぁあああああ…………!」
 少女の叫びから少しずつ力が抜けていき、やがて少女は深い眠りに落ちる。まあ、こんなものだろう。この魔法、元は戦闘用ではなく、寝ている貴婦人に悪戯するためのものである……とは父の談である。
 さて、本番はこれからだ。リーラには悪いが、父に手を出されないために、父をどこか適当なところに追いやるまではこのままの顔でいてもらう。火傷の治療は後回しだ。それよりもまずは、こっちが先だ。
「イル・ウォータル・ユル・マインディ……『メモリー・カスタマイズ』『エモーション・カスタマイズ』」
 さあ、さっそく、少女の人格から作り変えさせてもらおう。そうでもしなければ、僕は人を信用できない。


=====
 追記
=====
 初投稿してみての感想= やってしまった……。
 雑談版でよく見かける要望の正反対を地で行く作品。果たして、こんな作品に需要があるのか否か。不安だ……すごく不安だ……。



[13866] 濁流のフェルナン02 約束
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:b5e4ce7b
Date: 2009/11/11 22:00
 ショッカーの敗因は、実は意外なところにある。すなわち、医療ミスである。あらゆる人体改造に先立って脳改造を先にやっていれば、今頃仮面ライダーは悪の手先だったはずである。面倒臭いからと言って脳改造を後回しにすると、彼らのように破滅する事になるだろう、という良い例だ。

「イル・ウォータル・ユル・マインディ……『メモリー・カスタマイズ』『エモーション・カスタマイズ』」

 僕は、眼を閉じて苦しげな寝息を立てる少女に対して杖を振るう。これは脳改造ではないが、人格改造である点に変わりはない。

 ぶっちゃけ、僕は数あるオリ主のようにカリスマでメイドさんを従える自信はない。僕の目的は、どんな手段を使っても────他者をいくら踏みつけにしても、安楽に暮すこと。そこに正義はなく、信念もない。人を惹きつけるためには目的が────言い換えるなら、何かを成し遂げる強い意志が必要である。僕にはそれがない。故に、僕に従う者がいるとも思えない。
 だから、反則技を使う。それが魔法だ。

 まず、最初に発動する魔法は『メモリー・カスタマイズ』。彼女が持っているあらゆる感情記憶を全削除。これまで持っていたありとあらゆる「思い出に対する感情」を喪失。知識や経験、出来事に対する記憶は残っているが、それら全てが「どうでもよくなる」。感情的に完全に無垢な状態を作り出す。

 次に発動させる魔法は『エモーション・カスタマイズ』。パブロフの犬が持つ回路を一瞬で形成する魔法。特定条件に対する感情発生のプロセスの精製。つまり、言い換えると「こういう時にこんな気持ちになる」プロセスを捏造する魔法。

 どちらも、『ギアス』の特化発展型。

 まず、僕に仕える事に対して幸福感。僕に従う事に対して充実感。僕に対する信頼感。僕以外の存在に対して嫌悪感。僕に捨てられる事に対して恐怖心。僕に対する警戒心は全削除。全て、本人でも気付かないほどの微弱なものであることが条件。だが、感情的に完全にフラットになった少女の意志を無意識化でコントロールするには十分過ぎるほどの魔法。この領域でのコントロールが難しいのだ。加えて、僕の補佐をする上で邪魔な、罪悪感という感情は全削除しておく。

 手応えからすると、どうやら上手くいったようだ。



 濁流のフェルナン/第二段



 というか、上手くいった。

「ご主人さま、朝ですよ。起きてください」

 うっすらと目を開いて見上げれば、茫洋と霞む視界に映るのは一人の少女。焼け爛れた半顔は長く伸びた波打つ金髪で隠されている。火傷を治療していないのは、我が父、ジュール・ド・モットに対する対策だ。彼は幼女でも構わず食ってしまう男だからな。彼は『YesロリータNoタッチ』を座右の銘とする自称紳士だ。タッチするだけでは幼女に対して失礼だ、という意味らしい。前世に全く正反対の意味で同じ言葉を聞いたような気がする……まあ、今さら詮のない事ではあるのだが。

「んー、あと五分……」
「そんなこと言われると困ります。早くしないと、旦那様に言いつけますよ」

 ……起きた。またあの執務室に呼び出されるのは勘弁して欲しい。
 リーラはそのまま歩いていって、そこそこに広い部屋を横切って、窓のカーテンを元気良く引き開けた。リーラが開いた窓からは、心地よい風が吹き込んでくる。
 あれから一年が経過した。リーラは弱冠十二歳ながら、僕の専属メイドとして元気にやっている。……最初は手駒にするつもりだったのだが、いつの間にやらただのメイドだ。
「ところでご主人さま、旦那様がお呼びです。書斎に来るようにとおっしゃっておりました」
 ……マジでか。やれやれだ。



 さて、その後はエロ秘薬の新バージョンの販売状況に関する報告を受け、父の執務室を後にする。僕の後には忠実な家臣のようにリーラが付いてくる。

「ご主人さま、以前仰っていた実験体の大量確保の件に関してですが、これは領民を実験体にしない方針がある以上、現時点では難しいと言わざるを得ません」
「そうか……」
 いまいち、上手くいかないものだ。

 大体は盗賊とかの犯罪者を使用しているのだが、この方法だと、上手いこと盗賊団なんかの犯罪集団をまとめて捕獲しない限り、まとまった数が入手できないのだ。せめてスラム街なんかがあれば定期的に実験体の補充が可能なのだが、残念ながらこのモット伯領は父であるモット伯の悪名による半分恐怖政治方式とはいえ結構よく治まっており、そんなものは存在しない。
 奴隷市で一括購入という手もあるんだがな。だが、それも輸送手段が面倒、か。黄金律スキルで金だけはあるんだが、輸送用の竜籠を雇うにしても、そこまで大っぴらに動けば、どうしても情報が周囲に漏れる事は避けられまい。

 いや、別に問題はない。殺そうが犯そうが問題の無い身分の人間の頭数を揃えればいいのだ。領民でさえなければ、わざわざ買う必要はないわけで…………。
 いや、それはむしろ危険だ。大量のホムンクルスを製造すると、その餌である人間の確保が難しい。ホムンクルスの食人衝動に関しては実は抜け道があるのだが、それも多用できるものではないのだ。

「それから、カタルーニャ近辺における野盗の出没に関してですが……ご主人さま?」
「ああ、いや、聞いている。一つ思いついてな。確か、以前に片づけた獣人をベースにしたホムンクルス素体があったな」

 僕は館から伸びる地下通路を歩きながらリーラと言葉を交わす。リーラはただのメイドというだけでなく、僕の秘書のようなポジションを努めてもいるのだ。

 他にも、僕はマルチタスクで色々と研究を進めている。例えば家業のメインであるエロ秘薬の精製であり、上手く運用すれば相当に役に立ちそうだが諸刃の剣過ぎてどう使っていいか分からない芥子の花を原料にしたアで始まってンで終わる薬物だったり、オリジナルの核鉄の精製方法であったり、人体の一部だけをホムンクルスにする方法であったりする。
 そんな事が可能なのも、キャスターとパピヨンのスキルと知識と技術を受け継いだからである。ついでに“王の財宝”のバックアップも受けている。はっきり言ってチートだ。だが僕の場合、チートがなければ何もできないであろうことは想像に難くない。あまり想像したくない話ではあるのだが。
 だが、それでも実験体の頭数を揃えなければどうしようもない。なかなか上手くいかないものである。

 今僕が研究しているのは、二つ以上の生物をベースにした、キメラ型ホムンクルスの研究である。この研究が上手くいけば、例えば大鷲+人間のキメラを作って大鷲型ホムンクルスが武装錬金を使用するような事が可能になる。
 だが、どうもうまくいかない。

「実験体第一号、犬、及び蛙をベースとしたキメラ。素体の製造、及び移植には成功。しかしホムンクルス素体のベースとなった犬と蛙の精神が反発し、精神崩壊を起こす。結果、破棄」
 見事な廃人というか、廃ホムンクルスになった。まあ、暴走して暴れられるよりははるかにマシだろう。
 一つの肉体に二つ以上の精神を容れられないという事なのか、それとも精神同士の相性さえ良ければ可能なのか。そんな事を考えながら実験を続けてみた。

「実験体第二号、犬、及び狼をベースとしたキメラ。一号と同じく素体の製造、及び移植には成功。しかし結果は一号と同じく精神崩壊を起こし、破棄」
 諦めきれずにさらに同様の実験を繰り返す。この段階において、二つのベースから素体を生成する技術は既に完成させられていた。

「実験体三号、猫、及びライオンをベースとしたキメラ。実験体四号、雀、シジュウガラをベースとしたキメラ。実験体一号と同じく精神崩壊、破棄」
 で、ようやく悟ったわけだ。一つの肉体に収められる精神は二つだけ、と。まあ、二重人格みたいな例もあるし一概には言えないのだろうけれど、やはり不安定なよりかは安定していた方がいいに決まっている。

「実験体四号、犬、及び薔薇をベースとしたキメラ。水魔法によって犬側の精神を消去し、ほぼ薔薇型ホムンクルスのみの精神構造を構築。精神崩壊を防ぐ事には成功するも、免疫系統の拒絶反応を抑えきれずに約一週間で自壊、破棄」
 これに関しては、僕自身の肉体をホムンクルス化した時の事を考えている。僕自身には通常の人型ホムンクルスと何かのキメラにする予定だが、とりあえずどうするかは決めていない。

 まあ、とにかく、その後も何度も方針を変えて実験を重ねてみたが、キメラ型の精製はどうしてもうまくいかない。免疫系統をどうにかするブレイクスルーが無ければどうしようもなさそうだ。

 にしても、我ながら非道な真似をしていると思う。確かに実験体はそこらへんの山賊とかの犯罪者だが、彼らにだって家族とか恋人なんかがいたのかもしれない。それを考えても何とも思わないのは、それを知識でしか理解していないからか、それとも、僕の人格の方がどこかおかしいからなのか。

 どちらにせよ、邪悪な事には変わりないだろう。それを何とも感じない、ということ自体がおかしいのだ。それは、例えばパピヨンやメディアの知識を受け継いでいるからか、それとも、僕自身に最初からそういう素質があったのか。どちらにせよ、あまり考えたくない話である。
 石造りの地下通路は足音を高く響かせるが、意味伝達阻害の結界を張った通路において僕たちが交わす言葉は、僕とリーラのみ意志疎通が可能だが、それ以外の人間が聞いても、意味ある言語として聞き取ることができない。

 やがて通路も終端に辿り着き、奥の鉄扉を押し開く。そこには、規則正しく立ち並んだ無数のホムンクルス培養器が薄緑色の燐光を放っていた。
「何というか、数だけあっても役に立たないよなぁ……」
 はぁ、と溜息。
 その時。階上から誰かの叫びが聞こえた。



 走る。元々あまり運動は得意でもないが、英霊の運動性能をそのまま受け継いだこの肉体の身体能力は人間の領域を超越して高い。不愉快な胸騒ぎがする。何があったのかは分からないが、念のため駆けつけてみる。おそらく、今聞こえたのは女の悲鳴。

 階段を一息に駆け上がった僕が見たのは、絞殺死体の口のようにだらしなく半開きになった扉。そしてその中を覗き込み、棒立ちになって震える女性。僕は一瞬で館の中を駆け抜け、その場所へと走り着いた。
 嫌な予感がする。胸の、心臓の下辺りに、吐瀉物のような不快感がどろどろと溜まっているような感覚。できるなら見たくない。それでもここまで来てしまったのは、見ずにはいられなかったから。そんな気がしたから。

「……何があった?」
 僕はドアの前に立っていた女性に声を掛ける。後頭部で濃い色の髪を纏めた、背の高い二十代後半の女性。メイド長のエマだ。
「ぼ、坊ちゃま……あ、あれを…………」
 彼女が震える声で指差した先には、血塗れになったベッドに沈むように倒れている少女。その少女を僕は知っている。
「………………シャーリー」
 自分に嫌疑が掛かる事を恐れてか、泡を喰ったように事情を説明するエマの声も、僕には遠い世界のものとしか感じられなかった。

 僕とシャーリーの縁は、およそ一年ほど前に遡る。
 神童とか言われていても結局色々な意味で能天気な父を除けば恐れられているのには変わらず、僕は孤独なままで、ただ昔から孤独には慣れていたので別に寂しいとは思っておらず、むしろ心地よいくらいだったのだが、そんな僕に唯一話しかけてきたのがシャーリーだった。

 最初は、それほど大した事を話した事はない。むしろ鬱陶しいとも思ったくらいだ。それが次第に打ち解けてきて、やがて、ちょっとした世間話くらいならするようになってきた。
 それで、家族が借金に困っていると聞いたので親切心とほんの少しの下心をトッピングして気紛れに金を届けてやったら、本当に感謝されたもので、それ以来多少の言葉を交わすようになった。

 結構好みの顔だった上に、少しだけ仲が良かったから。それだけだ。別に友達になりたいとか、そんな殊勝な事を考えたわけでもない。僕の善意なんてその程度だ。そして、それがいけなかったのかもしれない。
 彼女がこの屋敷で働くようになって、だいたい一月が過ぎた頃だったろうか、彼女は唐突に父に呼び出された。そして、その日からだった。

 その次の日、僕は何も考えずにいつも通り話しかけようとした。だが、彼女は僕の顔を見た途端に、顔を蒼くして走って逃げた。それを不審に思いながら僕は彼女を追いかけようとして――――そして、一歩も動けなくなった。理由を悟ったから。
 つまり、何の事はない。その日が来たのだ。

 元々、この屋敷のメイドの仕事は、当主である父の性処理を仕事の一つとしており、当然ながら彼女も父に抱かれたのだろう。おそらくは、僕が作った秘薬を使われて。
 一体どんな風に抱かれたのか。父は彼女をどんな風に抱いたのか。全身の自由を奪われて抵抗すら許されずに処女を奪われたのか、それとも媚薬で無理矢理に発情させられて狂ったように男を求めたのか、あるいは惚れ薬で父を運命の恋人とでも思い込まされたのか。もしかしたら器具で吊るされ鞭で殴られたのかもしれないし、犬や触手生物にでも犯されたのかもしれない。

 別にどれでも同じだ。結果は変わらない。彼女と僕の縁が切れたという、たったそれだけの話。
 それからは、もう目を合わせてもくれなくなった。同類とでも思われたのだろう。否定はしないが、少しばかりショックだった。僕の感情なんてそんなものだ。人の縁なんて、その程度のものか、と、そう思っただけ。
 それでも、たまに思う事がある。もしあの日、あの時、彼女の運命をちゃんと理解していて、それが実現しないように対策の一つでも用意しておけば、と。無駄な話だ。もう僕がどう足掻こうと意味もない事なのに。時間は元に戻らないのだから。



 そういえば、なぜ、と思う。
 一体、何が楽しくて僕は、こんなところで考え込んでなどいるのだろうか。失ったものはもう永遠に戻ってこない。シャーリーももはや過去の女性に過ぎない。気にするだけ無駄だ。

 それに、どっちみち彼女を癒す手段はない。“王の財宝”の反魂香は自分専用だし、探せば他にも回復アイテムはあるのだろうが、反魂香からあるから大丈夫だと思って、一度も確かめた事はないし、今から検索してもどうせ間に合わない。核鉄もエリクサーも作っていない。

 いや、一つだけある。だが、それはかなり非人道的な手段。それで彼女が生き返ったとして、元通りの彼女という訳ではない。同じ肉体を持っているだけの、別の存在だ。いや、肉体すら同じではない、か。

 それ以前に、そもそも、彼女を癒してどうするのだろうか。僕に彼女が救えるのか? 自分が人を救えると思い上がっているのだろうか? あるいは、これも下心か? 彼女に感謝されて、感謝の印に抱かせて欲しいとでもいうのだろうか?

 どこまで行っても下種な話だ。下らない。そんなだから、彼女だって顔も合わせてくれなくなったのだ。
 第一、彼女は死を望んだのだ。それなら、下らない欲望の槍玉に挙げるような真似をせずに、素直に死なせてやるべきではないか。


 ふと、彼女の事を思い出した。


「笑わないんですね」
「……? 何の話だ?」
 そんな話をしたことを思い出す。ちょうど、彼女がこの屋敷に来て三日目の話だったろうか、と思い出す。僕にしては良く覚えている方だ。

「坊ちゃまです。村の弟と大して変わらない歳なのに、全然笑顔を見せてくれないんですから」
「人前ではそんなものだよ」

 そんな風に一言で片づけると、シャーリーは困ったような笑顔を見せた。
「もう少し、笑って見せた方がいいと思いますよ」
「無理だよ。……笑う時、どんな顔をすればいいのか分からないんだ。鏡を見ても、無表情とイラついた顔以外は全部歪んで見える」
「えっと、それなら、私が笑わせて差し上げます」

 意気込んだシャーリーの様子からくすぐりでも来るんじゃないかと思って距離を取ると、目標を失って中途半端に伸ばした手を引っ込めた彼女は、頬を膨らませて怒ったような表情を見せる。そうすると、僕よりも三つも年上の癖に、僕よりも幼く見えるのだ。
「そんなんじゃ、笑った内には入らないよ。だいたい、そんな事してメイド長に怒られても知らないぞ」
 確か、エマさんとか言ったはずだ。エマとシャーリーの組み合わせは名前だけは覚えやすかったので、人の名前を覚えるのが何よりも苦手な僕でも思い出せた。

「……坊ちゃま、酷いです」
 そんな事で半泣きになる彼女を見て、もしかしたらメイド長の折檻とかが酷いのかもしれない、と判断する。覚えていたら言ってやる事にしよう。

「まあ、どっちみち…………」
 こんな感じの感情が延々と続くのだろう、と僕は吐き捨てるように溜息をつく。そんな風に考えると同時、僕は頬に痛みを感じて思わずのけぞった。
「あ、またそんな顔して! 駄目ですよ。溜息をつくと、それだけ幸せが逃げてくんですから」
 頬を引っ張ったのはシャーリーの仕業らしい。あまりいい気分はしない……はずだというのに、かといって止める気にもならなかった。

「もう。仕方ないですね坊ちゃまは。じゃあ、こんなのはどうでしょう」
「何がだ?」
 僕がとりあえずといった風に相槌を打つと、シャーリーは花が開くような笑顔を見せた。それが心臓の下辺りに息苦しいような妙な感覚を与えて、その笑顔はなぜか僕の記憶から消えることもなく、今でも残っている。
「今は無理ですけど、でも、きっと、かならず、坊ちゃまを笑わせて差し上げます! 約束です」
 それは、ほんの数秒にも満たない言葉のやり取りで、忘れ去られた約束で、でも、なぜか僕の記憶に刻まれて、忘れられない。



「僕はまだ、笑っていない」
 下らない約束だ、と思う。こんなもの、つまらない口約束ではないか。所詮は契約書もサインもないただの口約束、法的拘束力も何もない、ただの雑談だ。
 下らない約束だ、と思う。僕はこの世界では十一歳で、シャーリーも十四歳、守る力も意志もない約束など、何の存在意義もない。
 下らない約束だ、と思う。前世で僕がどれだけの約束を価値がないもののように破り捨ててきたものだと思っているのか。どうせ、今回も同じようにいずれ破られるだろう。
 下らない約束だ、と思う。シャーリーはともかく、僕が約束した、という時点で何よりも下らない。下らない人間がする約束なんぞ総じて下らないものだと決まっている。
 だが、それでも。

 僕は最低限の止血だけをすると、シャーリーの体を抱え上げた。重い、と思う。重心が安定していないせいで、抱えにくいことこの上ないが、しかし英霊のポテンシャルを持つこの肉体にとってはそれほどの重量でもない。だというのに、重いと感じる。多分、罪の重さだ。かつて犯した罪。そして、僕が今から犯す罪。そんな気がする。
「エマ、この「死体」は実験体として僕が預かる。実験に危険な秘薬を使ったりするから、父には手を出さないように伝えておいてくれないか」

 吐き気を堪えるような表情で嫌悪に満ちた顔を見せるエマを無視して、僕はシャーリーの体を抱えて、地下の研究所へと駆け込んだ。鉄扉を押し開けると、立ち並ぶのは無数の培養槽。その中に浮かぶのは、まるで金属製の胎児のような異形、ホムンクルス素体だ。
「約束か……下らない。下らない話だ」
 下らないというのに、どうして僕はこんな事をしているのか。何度も自問自答を繰り返す。僕は胸のむかつきを吐き出すように、深々と息を吐き捨てた。



=====
後書き的なもの
=====

 やってしまった……の舌の根も乾かない内にこれだよ。
 ああ……本当にやってしまった。



[13866] 濁流のフェルナン03 舞踏会
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:b5e4ce7b
Date: 2009/11/11 22:42
 まずは、お決まりの『メモリー・カスタマイズ』と『エモーション・カスタマイズ』を。基本的にはリーラにやったものと大して変わらないが、一つだけ大きく違う点がある。それは「人間である事に対する未練の削除」である。
 シャーリーには、僕とリーラが以前倒した獣人をベースにしたホムンクルス素体を移植し、これにより彼女は、以前の彼女では絶対に有り得ないにしても、やはり一命を取り留めた。

 ホムンクルスには“食人衝動”という大きな欠点が存在する。だが、これにも実は抜け道があるのだ。人間が本能的に持っている「人間である事に対する未練」が、食人衝動の源泉である。故に、水魔法であらかじめそれを無効化しておくのが、僕の取った対抗手段である。
 こうして、シャーリーは人間であることをやめた。やめされられた。

 否。やめさせたのだ。僕が。

 ごめん、シャーリー。



 濁流のフェルナン/第三段



「では、獣人のホムンクルス素体……使ってしまわれたのですね」
「ああ……ごめん」
 事を終えた僕が最初に行なったのは、リーラに対する謝罪だった。獣人ベースのホムンクルス素体は、最初リーラにこそ使う予定だったのだから。
「いえ、結構です。ご主人さまなら、もっと素晴らしいものを用意して下さると信じておりますから」
 リーラはそう言うと、残念そうな笑顔を僕に向けた。

 にしても、獣人以上の素体か。……さて、何があったか。最高レベルと言うとエルフ……いや、エルフの個体能力は先住魔法以外はそれほどでもない。それよりは、多少先住魔法が使える吸血鬼の方がいいかもしれない。あるいは、韻竜という手もある。
「……韻竜か。そんな手もあるな」
「韻竜…………いえ、韻竜は絶滅したはずでは?」
「いや、少なくとも今の時点で三個体は生きている…………らしい。あまり確度の高い情報じゃないけどな」
 ゼロ魔原作におけるタバサの使い魔シルフィードと、少なくともどこかに存在するはずの彼女の両親だ。
 前世で読んだ二次創作だと、たまにシルフィードの存在が忘れられてタバサの使い魔の座には謎のオリ主なんぞが収まっていたりするからな。だが、確率自体はそう悪いものではない。

「では、韻竜狙いで行くのですか?」
「ああ。そういう訳だ。それより、そろそろシャーリーが目を覚ます」
 同時に、手術台の上に横たわっていたシャーリーが呻き声をあげて体を起こした。
「ここ……は…………」
「起きたかシャーリー。自分が今、どうされたのかは理解できるな」
 そう言うと、シャーリーは不思議そうに自分の掌を見つめて、ついで頭に手をやった。そこには、機械のような外観なのにどこか金属じみた三角形の耳がある。獣人型ホムンクルスとしての特有の形態だ。
「はい……。まだよく分かってないみたいな、だけど今までと全然違うような、不思議な感じです」
 シャーリーはふらりと立ち上がり、どこか眠そうな笑顔を浮かべた。
「ご主人さま、お腹が空きました」

 食べる。食べる。食べる。食べる。シャーリーは人としての年齢こそリーラよりも二つ上だが、ホムンクルスとしては生まれたての存在だ。誕生したばかりで腹が減っていてもおかしくはない。
 食堂からリーラが持ってきた料理を、生まれ変わったシャーリーは驚くほどの勢いで平らげていく。気がつけば、あっという間に牛の丸焼き丸ごと一頭が消え失せていた。

「ところで、ご主人さま? 私はこれから何をすればいいのでしょうか?」
「そうだな。フェネット村に返すわけにもいかないし……まあ、地下工房の番人でもしてもらおうか。その内に武器も渡そう」
 いつの間にか、僕に対する二人称が「坊ちゃま」から「ご主人さま」になっている。ホムンクルスによる人格の変化が原因か、それともその前段階の水魔法が原因なのか。あるいは、もっと根本的な部分に理由があるのか。その事実に意味もなく苛立ちを感じて、しかし僕はそれを押し殺して笑顔を取り繕った。
 とりあえず、パピヨンの技術があるので核鉄を作って渡せば問題ないだろう。まあ、パピヨンの技術の中にある核鉄研究は、設備やら何やら色々と不完全なのでまだまだ研究が必要なのだが。



「ここをこうすれば……と」
 うん、中々いい感じだ。
 ホムンクルスと並んでここ数年の研究課題であった核鉄の製造法が、ようやく確立できそうな感じだ。僕は一つ頷くと、机の上に乗っていた真鍮色の金属片を取り上げる。

「武装……錬金!」
 金属片が展開し、渦巻く黒い粉末が僕の手の中に現れる。黒色火薬の武装錬金『ニアデスハピネス』。

「基本的な機能の再現には成功、か。しかし、それでもスペックはオリジナルの核鉄に届かないか……。まあ、技術的な熟練なんかもあるんだろうけど……後は精度を高めていくだけか。となると…………」
 僕は再び設計図を引き直し、理論構築の部分をもう一度詰め直す。無駄になっている箇所を検証し、少しずつ完成度を高めていく作業。

 僕はしばらく、机に向かっての作業に没頭を続けていた。理論の穴を埋め、術式の粗を検証し、金型の微細な歪みを解析し、少しずつ設計段階から完成度を高めていく。

 その時。

 軽くドアが叩かれた。
「ご主人さま、いらっしゃいますか?」
 聞き慣れた声がする。工房の鉄扉が開き、いつものようにリーラが入ってきた。

「どうした、リーラ?」
「ご主人さま、そろそろ出発のお時間です」
「……? ああ、そうだったな。忘れかけていたよ」
 確か、パーティの日だった。隣のアンペール侯爵家の屋敷で、ちょうど三番目の息子が産まれた祝賀会が開かれるとか。



 気だるい音楽に合わせてホールの中央で貴族たちが踊る。他の貴族たちも実に楽しそうに談笑している。まあ、裏では公私に渡って色々と腹黒い事を考えていたりするのだろうが。僕はそれを、ホールの端からじっと見つめていた。
 先程まではヴァリエール公爵家の三女とか、グラモン伯爵家の四男坊とかの姿も見かけたが、向こうは僕の事なんぞあまり気にしていないらしく、声すら掛けられなかった。まあ、どうでもいい話である。

「楽しんでおるかな?」
 その声に振り向くと、あまり見覚えのない貴族の男が立っていた。見覚えの無い顔だ。人の顔を覚えるのが何よりも苦手な僕だが、少なくとも、ここのアンペール侯爵ではないのは確か。隣には妙に愉快そうな顔をした父がいるので、とりあえずそっちに聞いてみる事にする。
「父上、こちらの方は?」
「うむ、こちらモルセール侯爵、ヴァリエール公爵の覚えもめでたい名門、モルセール家の御当主だ。お前にも一度紹介しておこうと思ってな」

 このトリステインにおいて、ヴァリエール公爵を筆頭とする派閥の中にも幾つかの小派閥が存在しており、このモルセール侯爵もその中の一つを率いていた……ような気がする。あんまりよく覚えていない。
「これは失礼を致しました。モット伯爵家の嫡子、フェルナン・ド・モットです。以後、お見知りおきを」
「おお、君があのモット伯家の『神童』かね。私も君の秘薬には世話になっているよ。いや、若い頃には私も『抜かず四発のアンドレ』として鳴らしたものだが、恥ずかしながら君の薬が売れ始めるまではとことんせいぜい二発がいいところだったのだがね。ところが今では君の秘薬のおかげで、『抜かず四十発のアンドレ』だよ、ははっ」
 ……四十発。すげー。いや、それは僕の薬がすごいのか? というか、それは喜んでいいのだろうか? 股間の中華キャノンからガトリング並みの連射をしているモルセール侯を幻視する。

「それよりも侯爵、あの話を……」
 父がいそいそといった様子で話しかける。このタイミング、という事は、おそらく僕にも関係のある話なのだろう。
「おお、そうだったな。メルセデスや」
 侯爵が背後にいた少女に向かって声を掛ける。綺麗な少女だった。黒に近い濃い栗色の髪に、アメジストのような深い紫色の瞳。何より、あまりにも苛烈なまでの心根の強さ。そんなものが混然一体となって、少女の魅力を作り上げている。
「初めまして、メルセデス・エミリエンヌ・ド・モルセールと申します」
 少女は完璧な礼儀作法で頭を下げる。その後を受けるように、父が相好を崩して少女の言葉を補足した。

「こちらはモルセール家の御令嬢でな。今回、ちょうどお前の婚約者になる事になった」
「そういう事だ。あの『神童』が我がモルセール家の婿とは、私も鼻が高い」
 笑顔で手を握る大人たちと対照的に、少女の顔は苦々しく歪められていた。まあ、それはそうだろう。見た目からして、僕にはあまりにも不釣り合いだ。
 ホールの中央では宴もたけなわらしく、グラモン家の四男とヴァリエール家の三女がやたら幸せそうな表情で踊っているのが見えて、まるで光と影だ、と僕は内心で舌打ちしながら、僕は隣で憮然とした表情をしている少女を見やる。

 美人の婚約者が現れて、これで人生勝ち組……などとは思えない。少女の不機嫌そうに歪められた顔は、そんな喜びを叩き壊すには十分過ぎた。
「まあモルセール侯、ここは若い二人に任せて、儂等は退散するとしましょうか」
「ふむ、それはいいな。では、私達は他を見回ってくるのでな。メルセデスや、モルセール家の家名に恥じぬよう、しっかりとお相手を努めあげるのだぞ」
「……はい、お父様」

 大人二人が姿を消した途端、僕たちの間には重い沈黙が落ちた。
 正直、話題なんてあるわけがない。元々引き篭もり予備軍であった僕は人と話す事が苦手だ。話しかける事が苦手だし、話を続ける事が苦手だし、話を切り上げるのも苦手だし、正直好きな話題以外で人と話すこと自体苦痛以外の何物でもない。
 加えて、僕が持っている話題と言えば、機密以外の何でもないホムンクルス絡みのあれこれと、後は女の子と話すには少しばかり都合の悪い薬の製法とかくらいだ。

 ちらりと、隣に立っている少女の横顔を観察してみる。
「……何でしょうか?」
「いや、何でもない……」
 睨みつけられて目をそらす。不機嫌そのものといった顔つきの少女は、体裁を取り繕うことすらお前にはもったいないと言わんばかりの視線を叩きつけてくる。

「気分が悪いなら、退席した方がいい。立つのが辛いなら手を貸そうか」
「いえ、結構です。金に飽かせてモルセール家の家名を奪おうとする輩の手など、借りたくありません」
「…………」
 ……身に覚えが無いんだが。というか、ぶっちゃけた話、家名なんてものにはあまり興味もない。
 確かにモット伯家は僕の持つギルガメッシュの黄金律スキルが影響しているのか、空前の好景気を迎えている。だが、だからといってわざわざ侯爵家の家名に金を払うような真似はしない。侯爵よりも一つ上の公爵にだって、金に困っている奴がいないわけじゃないのだ。

 メルセデスは黙り込んだ僕に嫌気がさしたのか、不快気に顔を歪めて身を翻すと、僕を振り切って去っていく。一体、僕が何をした?
「これが現実か」
 現実なんてこんなものだ、と僕は溜息をつく。よほど僕が気に食わなかったらしい。まあ、そんなものだろう。僕は舞踏会のざわめきに背を向けて、ベランダの柵にもたれかかった。
 背後を恋人か何からしき男女が談笑しながら通り過ぎていく。思わずそれに殴り掛かりたくなる衝動を、手をぐっと握り締めて押さえつけた。

「ああ……恰好悪いなぁ…………」
 深々と溜息をつく僕の背中に、幸せそうに笑うざわめきがのしかかってくる。背後の光から目をそらすようにしてワインの入ったグラスを掲げ、星のない夜空を透かしてみる。赤いワインの輝きを透かしてグラスに映る舞踏会は、血のようにどろりと赤い闇に包まれて見える。

 あれが婚約者か。幸せな結婚生活のために使用する秘薬は、どれがいいだろうか? 女を従順な奴隷に変える手段など、モット伯家にはいくらでも存在する。いっそのこと、裸に剥いて首輪でも嵌めて平民のメイドに紐を引かせて四つん這いで歩かせるってのもいいかもしれない、そんな状態でも貴族の誇りなどとほざけるかどうか見てやろうか。などと脈絡もない想像が頭をよぎる。こんな事を考えていると、ああ、自分もまたハルケギニアに染まっているな、と嫌な感慨を抱く事になる。

 踊り終わったグラモン家の四男がヴァリエール家の三女と仲良く退場し、驚いた事に、近寄ってきた王女様とヴァリエールの娘とに両側から抱きつかれてあたふたしているのを見て、僕は吐き捨てるようにして苛立ち混じりの吐息を吐き出し、ワインを注いだグラスを呑み干した。
 酒は嫌いだ。前世の時から味覚が子供だから味も分からず、ただ喉が痛いだけ。昔から、何でこんな飲み物を皆好んで飲んでいるのか理解できなかった。それでも飲まなければやっていられない。今はそういう気分だ。

 自分は自分、人は人だ。ブラウン管の向こう、ページのあちら側、あるいは網膜の反対側で、他人がどれだけ幸福を貪っていようが、希望に満ちた優しい言葉を掛けてくれようが、そんなものは別世界の、そう、僕には永遠に理解できないクトゥルフ的な異界の存在に過ぎないのだ。
 目に見える幸福に伸ばした手は絶対に届かない。目に見えない幸福は常に手の中からすり抜けていく。昔からそう決まっていて、未来永劫そのままだ。外の世界なんていうものは、目の前一杯に迫った絶望から目をそらすための自慰行為の餌であり、少し先にある絶望をより深く味わうためのちょっとしたスパイスに過ぎない。そんなものだと、昔から知っていたはずだ。
 他人の幸福なんて見るだけ無駄だ。救いなんていうのは妄想の世界にしか存在しない。

「お嬢様には逃げられたか。まあ無理もない」
「父上……見ていらしたのですか?」
 僕がグラスをテーブルに戻すと、後ろにはいつの間にか父が立っていた。気配を探るのを忘れていたようだ。我ながら未熟。転生者として得た能力群も、ほとんど使いこなせていない。使い方一つ一つにいちいち粗があるのだ。
「金に飽かせて家名を奪う……などと言っておられましたが……?」
「それは違うぞフェルナン。今回、私は何もしてはおらぬ。むしろ、モルセール侯爵がぜひにとおっしゃってな」
「というと?」
 大体、予想は付く。僕を娘の婚約者にする事で得られるメリットの数々。水の秘薬だけではない。他にもたくさん。

「これは、公にしてはならない事なのだがな。今現在、モルセール侯爵家の経営は少しばかり苦しくなっているそうでな。それで、モルセール侯女には元々仲の良い婚約者がおられたのだが、わざわざその縁談を断ってこちらに、という事で、とてもではないが断り切れなくてな」
 いや、少しばかり、ではあるまい。貴族というのは見栄を張るのが基本だ。安っぽいプライドというだけではなく、家に置いてある調度品や酒などの値段が落ちているのを見られると、収入が下がったと見られて舐められるのだ。従って、他家の人間である父にそれを教えている、ということ自体がすでにアウト寸前という証拠。体面を気にして過少報告をしているだけで、実際にはもっと酷い事になっているのだろう。それこそ、もう目も当てられないくらいに。

 ああ、つまり、だ。あの娘、モット伯家の財産欲しさに売られたということか。やれやれかわいそうに。喉の奥から暗い嗤いが込み上げてくる。多分、あの小娘は何も知らないのだろう。ああ、本当に可哀想なメルセデス! 何も知らないのもかわいそうだから、式を挙げたら教えてやるのもいいかもしれない。真実を知ることは大切だ、ってよく言うだろう。
 まあ、どちらにせよ、謎は全て解けた。しかし全く、馬鹿馬鹿しい話じゃないか。元々モルセール家の汚した尻だろうに、それを拭く為に何で僕が恨まれなければならないのか。理不尽な話である。

 にしても、相手の事情を理解してなお、恨みを晴らす事ばかり考えて、優しくしてやろうとかそういう考えが浮かばないのは、やはり僕が僕であり、転生しようが憑依しようが僕は僕以外の何物にもなれない、という証拠なんだろうな。
 ああ、そうさ。この人格の薄っぺらさこそが僕の本質なんだろうさ。所詮僕は、どこまでいっても僕でしかない、ということだ。

「あまり気に病む事はありませんよ父上。主にベッドの上限定とはいえ、女性を幸福にして差し上げるのは、我がモット伯爵家の伝統ではありませんか」
 まあ、プレイの内容によってはベッドの外というのも可能だが。
 どのみち、人格なんて魔法と秘薬を使えばいくらでも好きなように作り変えられるのだ。大事なのは外見だけ。そういう意味では、中々の縁談だったかもしれない。うん、やはり父には感謝するべきだ。
「ほっほっ、それもその通りだな。確かに、お前は我がモット家の跡取りとして相応しいよ」
 やや脂肪分の多い腹を揺らして、我が父は嬉しそうに笑う。別に少女の人権なんぞはどうでもいいらしい。無論、もう少し可愛げがあるならともかく、初対面であんな対応をされた以上、僕にとってもどうだっていい。故に問題はない。

 希望を持つだけ、無駄ってものだ。そんなものだ。そうだろう? 僕は手に持ったワイングラスを、ベランダの下に広がる闇へと傾ける。舞踏会の光を浴びてきらきらと輝く葡萄色の液体が、闇の中へと流れ落ちていった。
 もう一度星のない空にワイングラスを掲げてみれば、空っぽのワイングラスにはどろりとした闇が溜まり、そこにはもう、何も映っていなかった。



 パーティーを終えて、今はモット伯領の館へと帰る馬車の中。窓から外の景色を見やれば、日は既に落ちて空は暗く、時刻は既に夜。窓から見える家並みは闇に沈み、しかし窓の奥には灯りがついており、人の生活の気配を漂わせているのが分かる。

「婚約者……か」
 どうでもいい事だ。どうでもいい事だが、あまりいい気分ではない。すぐ向こう側で、他の誰かが幸せそうな顔をしていればなおのこと。人の不幸は蜜の味だが、人の幸福は下水の汚物味だ。

 ふと気付いた事がある。
 グラモン家の四男坊こと、ギーシュ・ド・グラモンの事だ。そして、ヴァリエール家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの事。
 あの二人がこの時期にあそこまで親密になるような出来事が、この世界に────いや、僕が読んだゼロの使い魔の物語の中に存在しただろうか?

 ヴァリエールと一緒に、アンリエッタ王女までがグラモンに抱きついていたことも気になる。あれはまるで、グラモンが両手に花を抱えているようにも見えた。というかモンモランシーはどうした?
 無論、この世界が原作通りに流れるはずはないだろうし、当然のことながら僕がここにいる事に端を発するバタフライ効果という事だってあり得る。だが。

「ギーシュ・ド・グラモン……確か、ゼロ魔二次では最大人気の転生先、だったな」
 顔もいいし、青銅人形ワルキューレの使い勝手もいい。現代知識を生かせば応用性の幅を特に広げる事ができる土魔法と相まって、転生ものの二次ではこれ以上ないほどに人気の代物だ。

「……確か、土魔法でモビルスーツを開発しているような二次小説もあったっけなぁ」
 まあ、さすがにモビルスーツは出てこないだろうが。苦笑して思考を続ける。

 一番警戒すべきは“僕と同じ”転生者だ。原作知識、そして現代知識というアドバンテージを持ち、能力というチートを持っている。これで警戒するなという方がおかしいだろう。
 大貴族の令嬢であり虚無の使い手であるルイズと、王女であり次の女王であるアンリエッタ。そんな大駒を両手に抱えて両手に花で人生勝ち組なギーシュ・ド・グラモン。

 勝ち組……気に入らない言葉である。前世においてモロに人生負け組であった僕からすると、勝ち組の人間を見かければ即、邪気眼にも匹敵するほどの破壊衝動に駆られても致し方ない所であろう。……まあ、実行には移さないがな。
 だが、とりあえずは、ギーシュ・ド・グラモン。あれを調べなければならない。



 そこで、ふと妙な事を思う。
 似たような事が、前にもあったような気がする。あれは何だったか…………思い出せない。前世の事のようにも思えるが、そもそも前世で何が起きたのかも判然としない。何も覚えていない。


=====
後書き的なもの
=====
 ああ、またやってしまった……
 間が詰まっていて読みにくいという意見があったので、空行を入れるようにしてみたが、果たしてどうなる事やら。作者の日本語力程度では、逆に読みにくくなってしまったやも知れず。
 それはそうと、叩かれるの怖い荒らされるの怖い怖い怖いこわいコワイ…………




[13866] 濁流のフェルナン04 長々と考察
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:b5e4ce7b
Date: 2009/11/12 21:59
 僕の望みは、安楽に暮らすことである。……などというとあからさまなテンプレなのだが、ぶっちゃけると、波乱万丈とかには多少程度の興味はない。あくまでもそれはブラウン管やページの向こう側にあるからこそ楽しめるもので、生と死のギリギリのスリルとかにはあまり興味はない。俺TUEEEE!のように、最低でも自分にとって絶対的な優位が約束されている事が絶対条件だ。

 まあ、それはそれとして。

 僕が安楽に暮らす事に関しては、二つほど問題がある。問題……言い換えるなら、死亡フラグだ。
 それはガリアとロマリア、言い換えるのなら、狂王ジョゼフと教皇聖エイジス三十二世だ。どちらも、頭のネジの肝心な部分が吹っ飛んでいる癖して、片方はハルケギニア最強の大国の宗主、もう片方はハルケギニアの精神的な支柱、と巨大過ぎる権力を手にしている点。しかも、よりにもよって両方がチートな虚無魔法の使い手に、チートな虚無の使い魔まで憑いているときた。馬鹿にハサミどころかガトリングガンと核爆弾に宇宙戦艦まで持たせている状態だ。



 濁流のフェルナン/第四段



 まず、ヤバいのはジョゼフ。あれは言わば、行動理念の無い怪獣だ。基本的に彼の行動理念はゲーム、つまりは行き当たりばったりであるため、何をやらかすか分からない、という点。これは酷い恐怖だ。
 自分が暮らす世界が、誰かの気紛れであっさりと崩れ落ちてしまうような脆いものでしかない、という確信。それこそが最大の恐怖。

 ジョゼフほど巨大ではない、だがそれとよく似た恐怖を、僕は覚えている。あれは僕の生前、小学校でいじめが始まった日だ。ほんの一瞬前まで屈託なく雑談していたような友達が、次の瞬間にはこちらを侮蔑の目で見下すようになって、気がついたら、いつの間にか周囲のどこを見回しても敵しかいなくなっていた。それ以来、僕は人の顔と名前を覚えられなくなった。相手を“人”と認識してさえいなければ、僕を裏切ったとしてもそれは単なる“物”でしかない。僕はそうやって、今までずっと自我を保ってきた。そうするしかなかった。
 そしてだからこそ、その恐怖は、僕の心の奥底へと刻まれている。自分が足を乗せている世界がどれだけ脆い足場であるのか、僕は理解している。理解してしまっている。

 ……と、少し落ち着くべきだ。何の話だったか、ああ、そうそう、ジョゼフ王だ。

 たった一人が暴走すれば、いとも簡単に国家というリヴァイアサンが暴走してしまうという喜劇。それこそが、専制政治の恐ろしい点だ。専門家ではないので細かいところは分からないが、無論、専制政治には民主主義にはない美点がたくさんあるのだろうが、この一点だけでも民主主義の方がまだマシである。特に、僕の手に力が握られていないという点が最悪だ。

 もっとも、まだオルレアン公暗殺事件は起きていないので、まだ最凶最悪の無能(笑)王は誕生していない。これについては、多分後一年や二年もしない内に起きるだろう。無論、これに対する対策なんぞ思いつくはずもない。



 次に教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ。虚無の力にジョゼフ並みの陰謀スキルがある癖に、聖戦さえ成功すれば世界が平和になって皆の暮らしも豊かになってその他のありとあらゆる問題も解決して皆が幸せになれるなどと信じている、頭にお花の咲いた、頭のかわいそうな人。一番バカバカしいのが、彼が『善意でやっている』というところだ。

 というか、政権交代さえすれば何もかも上手くいくと主張してやまなかった某野党と同レベルの頭の出来だ。というか、戦争を起こさない分、向こうの方がまだマシである。

 ブリミル教と、そして地球に存在したキリスト教は、表面上は瓜二つなようでいて、実のところ、本質的な部分で異なっている。
 イエス・キリストは、貧しい大工の息子として生まれ、戦わず、武器も持たず、軍馬にも乗らず、弱い人々のために奇跡を起こし、弱い人々と共に泣き、笑い、社会の構造すらも無視して世界の最底辺の人々の為に生き、最後には惨めな罪人として裁かれ、そしてそのどん底から復活し、今に至る。本当に科学的に死体が起き上ったのかどうかは不明だが、ただ逃げ回るしか能がなかった彼の仲間たちが、ある一点を境に聖人の群れと化した……かどうかは知らないが、少なくともその時代に既に、後に全世界を席巻する最大最強の宗教勢力となる組織という土台を築いてしまった、これは事実。だからこそ地球の最大宗教、今のキリスト教がある。

 始祖ブリミルの生まれは良く分からないが、軍を率いて異種族を侵略し、彼らの土地を略奪し、武器を取り、戦い、貴族に魔法という武器を与え、貴族が平民を支配する構造の基礎を作り出して後のハルケギニア社会の在り様を確定させ、最後には栄光ある指導者として無数の信奉者に囲まれて終わる。軍事的指導者としての有様を大いに強調されたその在り方は、キリストというよりはムハンマドに近い。ブリミルの偶像もイエスと違って顔が描かれない辺り、やはりイエスというよりはムハンマドに近いだろう。

 早い話が、ブリミル教というのは始祖ブリミルが築いた貴族制という社会構造を肯定する、早い話が「貴族が魔法で平民を支配する」ことを正当化するための理念なのだ。この社会が平民ではなく貴族の為に存在するように、その厳然たるバックボーンとしてブリミル教が存在する。無論、それは気に食わないとはいえ悪いとは言わない。
 だが、ブリミル教の理念というのは、窮極的には圧制や重税、弾圧すらも肯定する。平民はどこまでいっても貴族の所有物であり、誇りや道徳といったものは貴族の間だけで通用するものなのだ。平民の解放など問題外、所有物を殺そうが犯そうが絞り取ろうが、それが自身の所有物であるのなら咎められることもない。
 要するに、ゴミ箱を受精させる勢いで消費されるティッシュと一緒なのだ。いくら父モット伯が変態という名の紳士(自称)であっても、ティッシュに恋愛するような事はしないし、当たり前ながらティッシュに人権なんて認める方がナンセンス。それが貴族社会。
 僕は、少なくとも知識の上では平民も貴族も同じ人間であるという事は知っているし、リーラとシャーリーのことはそれなりに大切に思っている、と思う。だが、それでも、それはあくまでそれなり程度だ。彼女達の為に命まで懸けられるか、と訊かれたら、やはり黙り込まざるを得ない。

 だというのに、彼は“貴族の”為に存在するブリミル教で、“平民も”纏めようとしている。ブリミル教に従うのならば、貧民が飢えて死に、悪徳司祭が私腹を肥やすことこそが正しいのだ。無論、んな事やってたらその内ロマリアは財政破綻するので、彼の政策も正しいと言えば正しいのだが。平民は生かさず殺さず、それに尽きる。しかし、“貴族の”ためのブリミル教で“民を”率いれば、いずれ彼は破綻する。

 いや、それとも、平民はどうでもいいのだろうか。確かにこの世界における不幸の大半は貴族が生み出しているものだ。故に、ブリミル教の教えにおいて全ての貴族が改心して、“彼が考える”ブリミル教が世界を支配すれば、世界の不幸の大半は解消される……ように見える。
 まあ、例え教皇の理想が体現されたとしても、どっちみちそれほど時間が立たないうちに、名前を変えた今までどおりの不幸と、新しい社会に特有の新しい不幸が蔓延する、表向きホワイトで内実ブラックな社会が出来上がることだろうよ。
 まったく、理想なんて持つだけ無駄だって分からないのだろうか。

 ……語っている内に論点がズレてきたな。修正修正。
 まあ、実際本音を言うと、彼の改革が成功すると今までのように贅沢ができなくなって面倒になる、というだけなのだが。
 実際、かつての地球においても、中世のカトリック教会において通称反宗教改革といわれる自浄活動が始まる前は、聖職者とは名ばかり、少し上位の聖職者なら沢山の教区の司教を兼任して、そこからの収入で働かずに遊びまくって楽しいニート生活ができたらしい。
 こっちの世界で宗教改革とかされて、そっちの余波が貴族の生活にまで回ってきたら、今までどおりの生活ができるとは思えない。
 実力が正当に評価されたりとかするとね、ほら、僕の取り分が減るじゃないか。

 それはさておき、彼は戦争にどれだけの金が掛かるのか分かっちゃいない、という事。もっとも、僕自身もそんな事、分かったものじゃないのだが、彼の頭の中にあるのは少なくとも十字軍級、下手をすれば民族大移動級の大スペクタクルだ。それでエルフさえ滅ぼせば全世界がブリミル様マンセーになって全てが片付くと勘違いしている。

 エルフを倒すという行為自体の実現性の低さをさておくとしても、戦争が終わって残るのは聖戦の莫大な消費によって労働者が根こそぎ消滅し、耕す者のいない一面の荒野となったハルケギニアだ。そんなセカイ、確かにブリミル教の教義の下に教皇が全てを支配する似非共産主義の世界を構築するには好都合かもしれないが、共産主義ってのはあくまでも、皆で幸せになる為に、皆で不幸になりましょうというだけの話。根本的な考えそれ自体が、根源から矛盾している。不幸になるのならお前らだけでやっていろ、といった感じだ。僕を巻き込むな。
 ……というか、まさかそれこそが真の狙いか? 正直、僕の乏しい原作知識からすると、そこまできっちり計算されていそうで怖い。
 だが、ともあれ、そんな馬鹿馬鹿しい馬鹿騒ぎに付き合ってはいられない。というか、伯爵家の財産がスッカラカンになるくらいの被害はあると思う。

 第一、彼が欲しがっている四人の虚無の使い手が集まったところで、どれほどのものになる事やら。お偉いブリミル様でもSEIFUKUできなかったんだろ? 被害が大き過ぎるし、僕が死ぬのも御免である。
 と、いうわけで、この二つをどうにかしないといけないのだ。といっても、ぶっちゃけた話、どうすりゃいいのかなんて分かるわけもないんだけど。まあ、何だ? ヒキオタニートが原作キャラに対抗しようとか考える方が、無謀だったという訳だ。

「はぁ…………」
 深々と溜息をつく。原作キャラの壁は厚い。
 ここは一つ、考え方を変えてみるべきだろう。たとえばこうだ。聖戦が発動されたところで、黄金律スキルがあるから、財布は空にはならず、むしろ潤う結果になるだろう、とか。それでも戦場に出されたら怪我するかもしれないし、痛いのは勘弁だが。
 他人が苦しむのはどうでもいい、あるいは相手によっては大歓迎だが、自分が痛い目に遭うのは絶対に嫌だ。



 次に、もう一つの懸案について考える事にする。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……大貴族ヴァリエール公爵家の令嬢であり、魔法が使えない……通称“ゼロ”。魔法が使えず、使おうとしても全て爆発してしまう事から、強いコンプレックスを抱えている」
 ……おおむね原作通りだな。次。

「アンリエッタ・ド・トリステイン。トリステイン王家の血を継ぐ唯一の後継者であり、現時点においては水系統の魔法を使うラインメイジ。政治には携わっていない、と」
 こちらはあまり情報を調べられなかった。基本的に、周りから見て重要度の低いルイズと比べ、王女のガードは固く、あまり嗅ぎ回るわけにもいかなかったのだ。だが、やはり僕の知っているゼロの使い魔との相違点も、少なくとも目に見える範囲では存在しないようだ。

 そして、一番の問題点、か。
「ギーシュ・ド・グラモン。名門グラモン家の四男にして、土系統の魔法を使うスクエアメイジ、通称“鋼鉄”。加えて、ルイズ及びアンリエッタ王女の幼馴染みでもある。グラモン家の“神童”であり、輪作や三毛作、窒素系肥料の製造などの農地改革や、味噌・醤油などの新種の調味料の製造や取引によって、傾いていたグラモン家の経営を立て直し、さらに大きく発展を続けている、と」
 他にも、『運命/夜に残留』や『戦国槍』、『とある魔法の禁書目録』、『灼眼のシャーナ』などの、明らかに何かをリスペクトしたような小説を書いて大ヒットを飛ばしたりもしているようだ。

 ある程度の知識はあったが、しかし改めてみると本当にすごい。
 どう見ても内政チートです。本当にありがとうございます。まあ、これも黄金律スキルの影響なのか、女好きのグラモン家の当主や、あるいはギーシュ以外の息子たちが景気よく水の秘薬に注ぎ込んでくれるおかげで、かなりの額がモット伯家に流れ込んでくるのだが。
 さらには、エロに注ぎ込み過ぎたせいで金に困って秘薬の代金が払えなくなったグラモン家の三男坊の手によって、グラモン家の様々なノウハウがモット伯領に流出してくれているため、こちらとしては非常に助かっている。農業力も上がったし、醤油や味噌もこちらで自給可能。いや、本当にありがとうございます。まったくありがたい限りだ。四男以外とは末永くお付き合い願いたいものである。

 そしてもう一つ、目を付けていたポイントにギーシュが姿を現しているようだ。
「タルブ村のゼロ戦……彼が回収したのか」
 “場違いな工芸品(オーパーツ)”を実用できる、というような様子を見せると、どこぞの教皇や狂王に目を付けられかねないと判断して、バレないように相似魔術で複製を作るだけにして放置していたのだが、ギーシュが回収したようである。一応、監視だけはつけておいたのだが、どうやらそれに引っ掛かった様子である。

「固定化までかけて、しかも研究までしているとはな。まったくご丁寧な事だ」
 タルブ村のゼロ戦の存在を知っているのは、原作知識でもなければ不可能だ。加えて、ゼロ戦の実用性に気付くには、現代人の視点が無ければコルベール並みの、それこそ中世の暗黒時代に数百年の時の流れをキング・クリムゾンして最低十九世紀並みの発明品を生み出すような頭脳が無ければ無理。
 あの魔力付与どころか羽ばたくための器官すらついていない、金属製の「竜の羽衣」が空を自由に飛び回るなんて、ハルケギニア人には誰も想像がつかなかったのである。アレが空を飛ぶ姿を創造するためには、現代人か、もしくはそれに準ずる文明レベルの発想が必要である。

 確かに、この世界のギーシュがそのような天才である可能性もある。農地改革も醤油や味噌の発明も、その万能の天才としての才能のなせる技だ、という可能性だって十分に存在する。だが、ここまであからさまであれば、もはやこれは現代知識と原作知識を併せ持つ転生者であると考えた方が無難だ。
「そして転生者であるのなら、転生なんて非常識な事態を起こすような手段がそうそう幾つもあるわけがない。僕と同じような方法で転生したと考えるのが一番可能性が高い。となれば、僕と同じようにチート能力を持っていると考えるのが無難、か」
 だが、情報戦ではこっちが一歩先んじた。勝率は十分にある……と考えて、ふと思う。

 どうして僕は戦う気になっているのだろうか。別に転生者同士で殺し合う必要など、どこにもないのでは……否、と首を振る。僕がその気だろうが、向こうから仕掛けてこない必然性などどこにもないのだ。暴力とは、常に一方的に、理不尽に振るわれるものだ。前世においてもそうだっただろう? なら、警戒しておいて損はないはずだ。
 それに、だ。相手の行動が僕の障害にならないなんて保証はどこにもないのだ。例えば、虚無は世界に四つしか存在せず、アイツはその虚無の一つであるルイズを既に確保している、と見ることもできる。もし何かあって虚無の力が必要になった時に相手に頭を下げても、素直に力を使わせてもらえるとは限らないのだ。

「ギーシュ・ド・グラモン……やはり邪魔になる……か?」

 だが、戦いを挑むとして、勝てるのか。僕の持っている切り札は確かに強力ではある。だが、強力ではあっても、必ず勝てるとは限らないのだ。例えばギルガメッシュは原作においてセイバーに敗北しているし、必殺の『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』でさえ、惑星すら破壊するZ戦士のエネルギー波にはさすがに勝てないだろう。
 恐ろしい。何より恐ろしいのは、僕以外の転生者だ。果たして、僕は生き残れるのだろうか……?



「やれやれ、だな。ここは、まず気分転換といこうか」
 呟いて、僕は研究に戻る事にする。

 とりあえず、現在試している課題は、肉体の一部のみのホムンクルス化だ。これを人型ホムンクルスに行う事で、人型ホムンクルスであっても動物型の特殊能力を手にする事ができる、という事。

 人型と動物型のホムンクルスにおける最大の相違点は、人型は武装錬金という強力な武器を持ち、動物型はホムンクルス素体の段階で獲得できる特殊能力がある程度分かっているという事。武装錬金は、別に怪物すらない多少鍛えた人間が持つだけで、というか高校生が学生生活の傍ら、数カ月の訓練課程を経るだけでもホムンクルスと互角に戦えるほどの強力な武器だ。しかし、その能力は個体差が大きく、戦闘向けの武装錬金とそうでない武装錬金の間で、能力差が激し過ぎるのだ。製品としては品質が安定していないという事。これは、人型ホムンクルスが兵器としての量産には向かないという事であり、また、武装錬金の原作において核鉄が量産されなかった理由でもあろう。

 加えて、この研究のメリットはそれだけではない。この実験では、肉体の一部とはいえ、人間のままホムンクルスの力を手にすることも可能なのだ。物は使いよう、というわけだ。
 もっとも、人間にできる事は全て人型ホムンクルスにも可能であるわけで、そうなるとホムンクルスにならずに人間のままでいる事にどれだけのメリットがあるものか、あまり思いつかないのだが。
 強いて言うなら、よく漫画の主人公サイドが語っている人間マンセー思想に沿った行動を取る時くらいだろうか。まあ、それでも僕には人間マンセーに必要不可欠な言わば『人間としての格』が絶対的に欠落しているわけで、だ。能力が多い方が強くなれて得だと思うのだが。

「実験体一号は失敗、右腕から先に寄生させたホムンクルス素体が暴走し、オーク型ホムンクルスとなった右腕が本体を絞め殺して死亡、と」
 正確には、人間のままの本体の頸骨がほとんど握り潰される感じだった。かなりグロかった。

「実験体二号も失敗、両足に寄生させたホムンクルス素体が暴走、薔薇型ホムンクルスの下半身に絞め潰されて死亡、と。同じく三号、四号も、似たり寄ったりの暴走で死亡、か」
 やれやれ、と溜息をつく。いかに人間にホムンクルスの器官を移植しようとも、ホムンクルスはホムンクルスで、人間は人間だ。ホムンクルスが創造主以外の人間に従うはずもない。故に、二号から四号までは、その性質を人間に融和しやすくする方向性で実験を続けた。

「実験体五号、やはり失敗。左腕に移植したホムンクルス素体からの意志の剥奪には成功、ただし器官の制御が行われなかったため、狼型ホムンクルスのパワーの反動に耐えられずに重要器官が破損、死亡」
 暴走こそしなかったものの、狼型ホムンクルスの左腕が生み出すパワーに人間の肉体が耐えられずに死亡してしまったというわけだ。試しに腕を目一杯に振ってみたら、腕を支えていた肩が遠心力で引き千切れ、ボディが反動で実験場の壁に叩きつけられてアウト。ホムンクルスの腕は反動で吹っ飛んで反対側の壁に見事に突き刺さった。直接の死因は全身骨折と内臓破裂で、壁には左腕の無い人型にべったりと血の跡が残り、後片付けが大変だった。アレは酷かった。
 これについては、人型ホムンクルスをベースとする事で、ホムンクルスのパワーに耐えられる肉体を用意する事が可能だろう。後は、サーヴァントのスペックを持った僕の肉体でも同じことが可能だろうと思われる。

「実験体六号、右腕に蛇型のホムンクルス素体を移植し、右腕のみホムンクルス化。これにはリミッターを付けて能力を制限し、結果として延命に成功。ただし、免疫による拒絶反応によって実験体は一週間後に死亡」
 加えて言うならば、実験体はリミッターで人間が耐えられる程度のパワーに抑え込んだ結果として人間と同レベルのパワーしか発揮できず、ホムンクルスの肉体の防御力を差っ引くとしても、再生する頑丈な盾程度の意味しか持たず、兵器としての価値はせいぜい七割減だ。

「実験体七号、六号と同様の処置に加え、免疫抑制剤を投与。結果として一カ月の延命には成功するも、無菌室から出した際、免疫抑制の結果として各種感染症を併発、一週間後には病死」
 要するに免疫不全、エイズで人が死ぬのと同じ理屈だ。
 これは問題外だ。無菌室から引っ張り出したら免疫抑制剤を投与しなかったのと大して変わりがない、というのはあまりにも馬鹿馬鹿しい。

「実験体八号、六号と同様の処置を行う。ただしホムンクルス素体を、実験体自身をベースとした人型とする。免疫の拒絶反応が起こらず、術後の経過も良好」
 ただし、この場合は動物型の機能を付与する事はできないため、兵器の機能としては疑問が残る。ただ腕が頑丈になるだけなのだ。これならば、腕だけでなくて、素直に全身をホムンクルス化してしまった方がよほどに効率がいい。

 まあ、ともかくこれにて、人体の部分ホムンクルス化の研究はいったん幕を閉じる事にする。この研究はとりあえず行き止まりだ。
 技術革新が必要だ。二つ以上の生物をベースにホムンクルス素体を生み出す“キメラ型”の技術――――これを開発してみる事にしよう。



 前に一歩を踏み出す。薄く水の張られた床を踏んだ足先から、水面に波紋が立つ。かすかな水音が静かな石造りの部屋に清澄な気配を漂わせる。
 モット伯家の修練場は地下にある。薄く水の張られた石造りの部屋。部屋は周囲の音を遮断し、張られた水が冬は暖かく、夏は涼しく過ごせる秘訣である。この水はラグドリアン湖から直接地下水路で引かれており、水魔法が特に発動させやすくなっているのだ。

 ちなみに、この修練場が地下にある理由は、あまり表に出す事が出来ない魔法の練習をするためだ。さすがにエロ魔法を表で堂々と練習するわけにはいかない。そのため、代々のモット伯家の次期当主は魔法の鍛錬の際には常に地下に篭もっていたのだ。

「イル・ウォータル・アクア・ウィターエ……」
 軽くタクト状の杖を振ると、水面に大きく波紋が走り、水が獣の形をとって踊る。獣のモデルはハイエナ。僕が最も自分に近いと感じる獣のイメージ、屍肉喰らい。だが、だからこそハイエナの顎は骨すら噛み砕く程に強い……僕もまた、そのように在りたいものだ。色は透き通った水晶の色から、錬金の水バージョンである練成の魔法で変成され、異様な銀色へとその色彩を変える。水銀だ。水の十倍以上の重量を持ち、水より沸点が高いため、火に対する耐性もやや高い。

 モット伯家オリジナル魔法、アクア・ゴーレム。早い話が、土魔法のゴーレムを水魔法で再現したというただそれだけの魔法。元々は水魔法でお手軽に異種姦スライムプレイを再現するために開発された魔法であるのだが、使ってみるとこれがまた、戦闘では意外なほどに有効だったという、凄いんだかアホらしいんだかコメントしづらい魔法である。伝統では通常のスライムバージョンの他に、触手バージョンや犬バージョンが存在する。それぞれの用途については……まあ、察しろ。

 アクア・ゴーレムはその性質上、武器を装備するのがどうしても苦手であるため、戦闘用のアクア・ゴーレムは爪牙を備えた獣の形を取る事が多い。僕は好んでハイエナの形状を再現する。アクア・ゴーレムは水で出来ているため、その性質上単純な物理攻撃が効かず、そのため、同じ大きさのゴーレムとアクア・ゴーレムが戦えば、アクア・ゴーレムが勝つ。もっとも、アクア・ゴーレムを維持するためにはゴーレム以上に精神力のコストがかかるのだが。
 僕はアクア・ゴーレムを解除すると、練成し直して変化した物質を水に戻す。銀色が比重の差で水面から下に沈んでいき、底に触れたあたりで水銀を水に再練成、銀色が消えて透明に戻る。

 僕の魔法は既にスクエアレベルに到達している。ずっとそればかりやってきたからだ。この世界にやってきて、魔法を習い始めた最初は、もう、本当に楽しくて仕方なかった。始めから型月世界の魔術や相似体系魔術の素養があったからか、それとも元から魔力が高かったからか、修得も結構速く進んだ。だが、当然、飽きてくるのだ。この世界で貴族として暮していれば、魔法などあって当たり前のものになってくる。だからいい加減、別の事をしたくなって、そして、そこで現実を思い知らされた。

 僕は元々ヒキオタニート予備群で、自殺まで試みた人間だ。加えて、周りの人間とは精神年齢まで乖離しているのだ。そんな人間に、友達や恋人など作れるわけがない。前世がそうだったように、だ。だから、今までずっと、引きこもって魔法の研鑽に費やしてきたのだ。元々の素質に加え、努力と呼べるのかどうか知らないが、ずっと続けてきた魔法の練習、それらを合わせて、僕の魔法は最上位であるスクエアに到達した。
 だが、結局僕は何も変わっていない。ジョゼフと教皇、二つの脅威の存在を理解していて、なお何もすることができていない。

「僕の引き出しが少な過ぎるのが悪いのか……」
 むしろ、ここまで強力な“手段”を持ちながら、それを活用できていない、という事なのだろう。初期条件が僕よりも劣るオリ主などいくらでもいるのだから。その理由などたった一つだ。

「やり方でも変えてみるかねぇ……」
 発想の幅を広げてみる事を考える。例えば、今までホムンクルス素体の材料には、領地の中で撃退した亜人などをベースに使用していた。だが、もっと簡単に強力な幻獣を調達する事が可能なのではないか。
「使い魔の召喚か……試してみるか」
 深々と息を吸い込み、意識を集中させる。記憶を手繰り、必要な呪文を思い出す。

「確か……宇宙の果てのどこかにいる我が僕よ!」
 出来れば、チート並みに強力な代物が欲しい。たとえば、虚無の使い魔とかそういうものだ。だから、僕が知っている虚無系統のメイジの呪文を流用する。
「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ! 我は心より求め、訴える! 我が導きに、応えろ!」
 僕の前に銀色の鏡が浮かび、その奥から、流れる水の音と共に人ではない何物かの気配が近づいてくる。果たして、鏡の奥から現れたのは、僕の想像以上の代物だった。




[13866] 濁流のフェルナン05 王道に対する邪道の在り方
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:b5e4ce7b
Date: 2009/11/12 22:04
 ゼロ魔の二次創作に登場するオリ主の使い魔として最も一般的なものは、やはり竜だろう。それも、オリ主との掛け合いが可能な韻竜だ。無論、ドラゴンというのが格好いい、というのもあるし、単純に強力である、というのもある。加えて、韻竜は人間形態に変化できるので、ハーレム要員を一人増やす事が可能だ、というメリットも存在する。
 あるいは他の一例としては何やら格好よさげな猛獣であったり、まあ他にもいろいろあるのだが、小動物というのは滅多にない。
 だが、メイジの実力に使い魔が比例するとは必ずしも限らない。現に、トリステイン魔法学院の校長であるオールド・オスマンの使い魔は鼠である。まあ、実は韻竜が鼠に化けているとか、そういう可能性だって否定はできないのだが。

 ちなみに、我が父であるジュール・ド・モットの使い魔はというと、名前自体が分からない。ただ、これ以上なく、彼の本質を現す使い魔だと思う。何というか、ものすごく言いにくいのだが、その……一言で言うと“触手生物”。何か良く分からないが、無数の触手で構成された、非常に形容の難しい塊である。
 無論、触手の半数はその先端の形状が明らかに男のナニであるし、他の触手の形もあからさまに卑猥だ。さらに言うなら、常に体表から媚薬効果のある粘液を分泌しているため、秘薬の材料にも事欠かない。加えて高レベルの感覚同調が可能であるため、趣味と実益を兼ね備えた、高レベルの使い魔という事ができよう。まあ、さすがに人前に出す事はできないのだが。



 濁流のフェルナン/第五段



「使い魔の召喚か……試してみるか」
 深々と息を吸い込み、意識を集中させる。記憶を手繰り、必要な呪文を思い出す。
「確か……宇宙の果てのどこかにいる我が僕よ!」
 出来れば、チート並みに強力な代物が欲しい。たとえば、虚無の使い魔とかそういう感じの代物だ。だから、某ピンク髪の虚無メイジの呪文を流用する。
「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ! 我は心より求め、訴える! 我が導きに、応えろ!」
 僕の前に銀色の鏡が浮かび、その奥から、流れる水の音と共に人ではない何物かの気配が近づいてくる。果たして、鏡の奥から現れたのは、僕の想像以上の代物だった。

 よくよく見れば、僕の前に浮かぶ鏡は二枚。複数の使い魔を召喚する、というのは二次創作ではよくあることだが、しかしそういう訳でもないようだ。二重になっているのだ。僕の前に浮かぶ鏡は、二枚が重なるようにして僕の前に浮かんでいた。そして、裏側に存在する片方にはこの地下修練場に満たされた水そのものが流れ込み、表側のもう片側から、そのまま流れ落ち、修練場の水面に飛沫を上げる。

 一瞬、失敗か、とも思う。だが、飛沫の上がる水面から水柱が上がり、水柱はやがて、水で出来た人型の立像のような形状へと変形していく。
 なんかよく分からないが……これは契約しておいても問題はないだろう。
「我が名はフェルナン・ド・モット。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……!」
 その刹那、僕の自我は砕けて溶けた。



 流れ込んでくる。僕の知らないはずの知識、僕が持たないはずの知覚、力。『彼』に刻まれた契約のルーンを通じて、怒涛のように流れ込む。いや、『彼』そのものが、『僕』の中に流れ込んでくるのか。それを僕は異常だと判断。いや、異常だと考えたのは、『僕』か『彼』か。否、今となってはもはやその区別すら無意味、『僕』と『彼』はもはや一つだった。



 僕が目を覚ますと、世界は恐ろしいほどに狭くなり、凄まじいほどに広くなっていた。先程まではむしろ心地よいくらいだったモット伯家の修練場が、今はむしろ狭苦しく見える。
 いや、違う。僕の知覚領域が広がったのだ。そう、僕の使い魔によって。



 僕の使い魔となったのは、ラグドリアン湖の水の精霊であった。そして、精霊に刻まれたルーンは「融合」の性質を持つもの。元々は使い魔とメイジの間の意思疎通能力を強化するためのものであったのだが、あまりにも効果が酷過ぎて失敗作となったもの。意志疎通効果が強力過ぎ、メイジと使い魔の自我が融合し、結果として一つの精神で二つの肉体を統御しきる事が出来ず、また異質な自我が反発を起こして廃人となってしまうのだ。それがなぜ僕の使い魔に刻まれたのかは謎。
 だが、水の精霊に限っては話は別だ。元々、人間の体の大部分は“水”で出来ている。水の精霊と僕の肉体を物理的に融合させてしまえば、もはやそれはあくまで一つの肉体だ。加えて、水の精霊は肉体を自在に分割統合する事が可能だ。もはや僕が存在する事に何の支障もない。

 今や『僕』の肉体は水の精霊と融合した存在であり、同時に水の精霊である僕自身の端末である。言い換えるなら、『僕』の肉体が破壊されたところで、水の精霊としての本体さえ無事であれば活動に何ら支障はないのだ。
 加えて、水の精霊の膨大な魔力のバックアップを受ける事で魔法を使用するために必要な精神力が増大し、また、水の精霊としての先住魔法も使えるようになった。加えて、秘薬の材料である水の精霊の涙にも事欠かないようになったのだ。素晴らしい。


 さて、我がモット伯家の城には様々な地下施設が存在する。まず一つ目はキャスターの技能を利用して僕が作った“神殿”。そして、モット伯家伝来の地下修練場と、そこに水を引くためのラグドリアン湖直通の地下水路。第三は、父が使い魔である触手生物を飼育している地底湖。
 そこで、ひとまず地下修練場を拡張する事にする。キャスターの陣地作成スキルに“王の財宝”から取り出した宝具の補助を加えて、地下修練場をほぼ地底湖と呼んでもいいほどに拡張する。さらに、ラグドリアン湖に繋がる地下水路をも拡大して、水の通りをさらに良くする。別に僕自身が水に触れている必要はないのだが、ラグドリアン湖の本体とのコンタクトは、常に近くにあった方がやりやすい。
 加えて、その地下水路を拡大し、トリステイン中に繋がるくらいに広げておこうと思う。数年後には僕もトリステイン魔法学院に通う事になるのだ。その時にラグドリアン湖の水と直接コンタクトできれば最高である。

 あと、アイテムとしてアンドヴァリの指輪を入手した。ラグドリアン湖の底で水の精霊が大事に保管していた代物である。水の精霊は今や僕自身なのだから、僕のものであって何ら問題はない。ついでに、僕自身が水の精霊としての属性を手に入れたので、ちょっとした水の精霊並みに使いこなす事が可能である。
 別に放っておいても数年後にはクロムウェルにパクられてしまうのだから、その前に僕が頂いておいても問題ないだろう。精神操作にネクロマンサー……果てしなく夢が広がるアイテムである。持っておいて損はない。

 さて、夢が広がったところで問題だ。さあ、これからどうしよう。ぶっちゃけ、何をすればいいのかなんて特に思いつかない……いや、一つだけあった。手駒が欲しい。
 別に腕の立つ配下である必要はない。だが、統率の取れた集団である必要はある。いや、それはアンドヴァリの指輪であれば簡単に用意できる。後は、ある程度の練度があれば完璧だ。
 問題は、どこでそのような集団を調達するかである。さて、どうするか。

「ご主人さま」
 唐突に掛けられた声に僕が振り向くと、そこには半顔を隠した金髪の少女が立っている。
「ん? 何だ、リーラか。何の用だ?」
「お茶が入りました。一休みなさってはいかがですか?」
 少しばかり心配そうな表情を浮かべてこちらを見る彼女を見て、僕は作業を切り上げて休憩する事にした。



 魔力に満ち満ちた大神殿や修練場は確かに落ち着くのだが、ティータイムを楽しむのにはあまり向いていない。従って、僕はこういう時には自室で過ごす事にしている。
 窓の外には青い空。わずかに白い雲が浮かび、ゆったりと流れている。絵に描いたような、それこそ下手な絵本のような青空だ。それをあえて絵本と異なる点を挙げるとするなら、空の色があまりに深く、広く、絵の具では表せないほどに澄み渡っている事くらいだろうか。

 ことり、とテーブルにカップを置いて、テーブルの中央に置かれたスコーンに手を伸ばす。晴れた空から吹いてくる心地よい風が紅茶のティーカップの水面を撫でると、カップに広がる褐色の水面から薄っすらと立ち上る湯気が揺れた。さすがに一人で食べるのもあまり落ち着かないので、リーラとシャーリーも同席してもらっている。
 言葉は交わされない。ただ、穏やかな時間だけが流れている。
 スコーンの甘みが口の中に広がり、紅茶の香りを楽しむ。それで十分。くつろぐにはそれが一番だ。僕はとりあえずこの静寂を気に入っている。



 久しぶりに街に出かけてみる事にする。
 リーラもシャーリーも同席していない。まあ、何かあっても水の精霊の知覚力があれば大抵の相手はどうにでもなるので問題なし。
 ぶっちゃけ、ここ数年屋敷に籠りっぱなしでロクに外出していなかったので、王都トリスタニアに来る用事なんぞ一度も無かったのだ。まあ、たまに父に社交界に連れ出されたりはしたが、それ以外で外に出る事など、ホムンクルス素体の素材狩りを兼ねた幻獣退治や、実験体の確保を兼ねた盗賊退治くらいだ。おかげで研究と魔法の鍛錬は進んだが、それ以外は何もやっていない。

 ……非常にマズイ気がする。
 ルイズとか平賀才人とかの原作主人公サイドはいい。というかぶっちゃけどうでもいい。連中の危険度は実質最低ランクだ。だが、敵キャラどもがヤバい。特に狂王と教皇。対策の立てようがない。よって、非常に焦っている。脅威は理解しているのに、対処法が思いつかない。いや、考えれば考えるほど打つ手なしという結論が出てくる。

 まず、あまり目立つ事をしてはならないというのが一つ。目立つ事をすれば、両者に捕捉されるだろう。国家の重鎮になるとかもっと駄目だ。ジョゼフなら興味本位で暗殺者を送りつけてきそうだし、それが無くても、ジョゼフあたりはレコン・キスタを通してこっちの首根っこを掴んでおこうと考えるかもしれない。特に、こっちが変な力を持っているとバレれば可能性は高い。

 次に、それなりに強い影響力を持っていなければ、狂王にも教皇にもいかなる影響も与えられないという事。これは非常にまずい。要するに、相手は王様だ。それなりの権力が無ければ、戦争とかでは原作通りの道しか辿れない。

 もしこれで、原作通り話が進むと教皇の思惑通り聖戦が勃発して、ラストはルイズの虚無魔法発動でハルケギニアが消滅して、何も無くなった世界の中で才人とルイズが二人きりで立っている……的なエンディングだとしたら……イヤ過ぎる。そんなセカイ系のエンディングは嫌だ。
 可能性としては限りなく小さいが、しかし原作者の脳髄をブチ割って脳波を読み取ったりしたわけではないのだ。他人の脳味噌の中身なんて分かるわけもない。

「あー嫌だ嫌だ」
 大通りの人混みに紛れてこっちのポケットに手を突っ込もうとしたスリを、水の先住魔法で操り人形に仕立てて道案内させる。しかし、これから先本当に、どうしたものやら……。



 とりあえず気を取り直してトリスタニアの通りをぶらつく事にする。適当に歩いてみると、秘薬屋らしき店があったので、冷やかしついでに買ってみる。ウチで普段生産している奴よりもやや品揃えは多いようだ。まあ、ウチはエロ秘薬専門店なので当たり前なのだが。
 まあ、それはそれとして、実家ではあまり触れる事の無い類の秘薬が色々。色々と思いつきが湧いてきたので、思わず衝動買いしてしまった。まあ、黄金律スキルがあるので金には困らないからいいのだが。



 にしても、原作か……。
 原作の登場人物ってのはどんなのがいたか。一人一人、状況を整理してみる。

 ゼロのルイズ。どんな魔法でも派手な爆発に仕立て上げる、まさに「芸術は爆発だ」という格言をその身で体現するかのような漢……ではなく少女だ。そのため、魔法もロクに使えない駄目メイジと有名だが、その正体は伝説の虚無属性の使い手。

 平賀才人。現代社会の日本から召喚されてきた一般高校生であり、虚無の使い魔ガンダールヴ。あらゆる武器を使いこなす事のできる異能者。武器を持つ事をトリガーに身体能力が向上し、装備した武器の使用法を解析して的確に扱う事が可能になる。

 シエスタ。トリステイン魔法学院のメイド。ぶっちゃけどうでもいい存在だが、彼女の実家のあるタルブ村にはキーアイテムである“竜の羽衣”=ゼロ戦が置いてあるため、その部分だけは注意する事。あと、父はメイドさんハーレム自重。

 微熱のキュルケ。ゲルマニアの貴族。ルイズのヴァリエール家とは国境を挟んで対立しており、代々ヴァリエール家の恋人や婚約者を寝取り続けるという、某種ガンダムの主人公すらも霞んで見えるほどの凄まじい性能を誇る家系だ。火のメイジ。

 雪風のタバサ。元ガリアの王女。風属性の天才メイジであり、学生の身分でありながらガリアの秘密諜報部隊北花壇騎士団において暗殺などの極秘任務をこなす傍ら、父を謀殺し母を廃人にした下手人であるガリア国王ジョゼフに対して虎視眈々と復讐の機会を狙い続ける、それ何て厨二病的な経歴を持つ少女。クーデレ属性だが、僕にデレない限りはあまり意味無し。ちなみに、心を壊すエルフの毒薬だが、我がモット伯家の倉庫に同じものが、解毒剤付きで置いてあった。何かの交渉材料になるかもしれない。

 青銅のギーシュ。土属性メイジ。キザナンパ野郎。原作一巻時点ではガンダールヴのカマセだったが、やがてギャグキャラ属性がつくようになり、さらには少しずつ成長しながら、やがては格好いいメインキャラの一人になる。色々と美味しい活躍を見せる上に顔がいい事も相まって、転生もののゼロ魔二次における人気転生先の一人。

 ティファニア。巨乳属性を持つハーフエルフであり、アルビオンにおける虚無の担い手。父であるモード大公がブリミル教によって禁忌とされているエルフを愛人にした事もあって実家が取り潰され、現在では姉の仕送りに頼りながら孤児院に隠棲している。

 土くれのフーケ。本名マチルダ・オブ・サウスゴータ。ティファニア絡みの騒動に付き合って没落し、盗賊をやりながらティファニアに仕送りを行っている。原作一巻時点ではミス・ロングビルという偽名を使い、トリステイン魔法学院における学院長付きの秘書として、マジックアイテム“破壊の杖”=ロケットランチャーを奪取すべく活動している。

 閃光のワルド。風のスクエアメイジ。ルイズの婚約者かつトリステインの最強部隊である魔法衛士隊の一角グリフォン隊の隊長な完璧超人であるが、その正体はレコン・キスタのスパイ。ゼロ魔原作においてはおそらく最強クラスの戦闘能力を持つ。おそらくルイズの虚無属性に最も早く気がついたハルケギニア人であるが、現時点で彼女の秘めた虚無属性に気付いているかは微妙。おそらく気付いたのは原作一巻ラストでフーケに話を聞いたことから。さもなければ、二巻以降でやろうとしたように虚無であるルイズを自らに都合のいい駒に仕立て上げようともせず、原作二巻時点までずっと放置しておいた事の説明がつかない。

 ……とりあえず、思い付く限りの登場人物を列挙してみたが、どうも何か忘れている気がする。さて、何を忘れていたのだったか…………ああ、思い出した。

 そう、デルフリンガーである。インテリジェント・ソードであり、魔法吸収の能力を持つため対メイジ戦ではほぼ無敵の魔剣。まあ、僕はニアデスハピネスで消し飛ばせるからいいのだが。とりあえずこの魔剣、こっちで確保できないだろうか? デルフリンガーがどうしても必要な事態になったら才人に貸してやればいいし、そうでなくても、何の役に立つかは分からない、というよりもそもそも役に立つかどうか自体微妙だが、とりあえずこちらで確保しておいて損はないだろう。剣を貸し出す事で虚無の使い手であるルイズに恩を売ることも可能。

 取引先の一つとして、父からビエモンの秘薬屋の所在は聞いた事がある。なら、武器屋も結構近くにあるはず。狙い通り武器屋を発見。シュペー卿の剣とか勧められたが、粗悪品なのは知っているから無視。デルフリンガーは店主をアンドヴァリの指輪で優しく説得した結果、たったの三エキューで売ってくれた。それもこれも、僕の普段の行いがいいからだろう。
 なお、今回の指輪使用はアンドヴァリの指輪の使い方を覚えておくためだ。もし実戦で使えなかったら元も子もない。



 でも、デルフリンガーは結局使わないんだろうな。



 正直、どこへ行くべきかも思いつかず、僕はふらふらとトリスタニアの通りを歩く。
 これで行きつけの店の一つでもあればそこへ行く事もあるのだろうが……とりあえずデルフリンガーは“王の財宝”の中へ放り込み、武器屋の隣にあった秘薬屋にでも入ることにする。

 ビエモンの秘薬屋の品揃えは、それほど良いものではない。何に使うのかも分からない眠り薬、ちょっとした胃痛なんかを和らげるための鎮痛剤、あるいは魔法に使う精神力を回復させるための、水魔法の応用でちょっとばかり幸福感を味わえる薬物なんかが置かれている。珍しい所ではご禁制の惚れ薬とか。だが、そんなものを使うくらいなら、実家の研究室に置いてある秘薬を使った方が遥かにマシだ。

 品揃えを見るからにここの商品の一部は我がモット伯家から卸したもので、普段から自分や父が自家用として使っているものと違って、アカデミーなどの成分分析を防ぐために薄めたりダミーの薬効成分を混入させたりしているので、少なくともウチで卸している秘薬に関しては、我が家の方が品質でも上だ。
 とりあえず、店番をしている少女と話して幾つか秘薬の材料にする薬草を買い入れ、“王の財宝”の中にしまい込む。

 グラモン家の伝手で東方から取り寄せたとかいう結構珍しい薬草だと、なぜか頬を赤らめて語る店番の少女を余所に、故に量産には向かないと判断する。興味は湧くが、正直、量産ができない以上、固定収入にはならないだろうな、と考える。
 というか……ここでもギーシュか。まるで背後霊のように祟ってくるような気がして、何となく不気味さを感じる。



 とりあえず、僕はそこそこの収穫を手に秘薬屋を出ると、少しばかり途方に暮れながら辺りを見回した。基本的に引き篭もりである僕は、昔からラノベを離れると何をしていいかも思いつかなかった。そんなところは、今も変わっていない。こういうときの原作知識だ、と考えるが、原作に出てきた中で覚えている店なんて、武器屋と秘薬屋くらいしか覚えていない。
 いや……いま思い出したが、もう一つあった。確か店名が魅惑の……いや、魅了の、だったかな? とにかく魅了効果のある何とか亭だ。だが、あれは確か居酒屋だったはずだ。少なくとも、僕の乏しい知識で判断するにつけ、十一歳の子供が行くべき店でしかない。まあ、既にエロ秘薬専門店などに出入りした身で、何を言うかという話ではあるのだが。
 結論……どないせいっちゅうねん。

 そんな風に思いながら僕は武器屋に戻り、武器屋の親父から、デルフリンガーを買い取った人間の記憶……早い話が僕自身の存在を抹消する。

 かりにギーシュが転生者であると仮定すれば、彼は現代知識だけでなく、原作知識を持っている可能性が高い。そうなれば、ビエモンの秘薬屋にギーシュの影が存在する、という事は、その隣の武器屋に置かれているデルフリンガーの存在に彼が気付いていない、などという可能性は低いだろう。
 この剣、見た目はただのボロ剣だが、よく喋るため、よく目立つのだ。加えて、僕は貴族で、かつ子供でもある。貴族の子供が大剣を買う、というのは極めて奇異な話だ。

 店主に顔を覚えられ、それが原作知識持ちのギーシュに伝わった場合、僕がギーシュの人物像を知らない以上、そのギーシュがどんな反応を見せるか予測できない。最悪、イレギュラーと判断されて、僕以上のチート能力を使ってこっちを排除しようと襲い掛かってくる可能性すら存在する。
 そういう意味では、ギーシュの影に気が付く事が出来たのは幸運だった。少しばかり安堵の溜息をつき、僕は視界の隅に感じた違和感に、ふと足を止めた。



 そして、僕は思わず凍りついた。
 いや、そんなこと、情報としてはとっくの昔に知っていたのだ。だが、知識として聞かされるのと実際に目にするのとでは、情報としての重みが恐ろしいほどに違う。
「あれ……は…………」
 息が詰まる。鳩尾から膨れ上がって心臓を圧迫し、呼吸が詰まり、息苦しい。喉の奥から吐き気がせり上がってくるのを感じる。
 この感情は何だろう。喜怒哀楽で言うなら哀か怒か。少なくとも喜か楽じゃない事は確か、そして僕は悲しみなんて上等な感情を抱くような人間じゃない。つまり、僕が抱いているのは怒りの感情なのだろうか。

 テラスで談笑する男女。その少女の姿に視線が吸い寄せられ、僕はぼんやりとその少女を見つめていた。僕はその少女を知っている。
 黒に近い濃い栗色の髪、アメジストのような深い紫色の瞳。何より、あまりにも苛烈なまでの心根の強さ。
 その芯の強さが生み出す輝きはそのままに、彼女が幸福の象徴とも言うべき溌剌とした笑みを浮かべると、それこそあるべき人があるべき場所にいると、そんな風にも思われ、そして、侮蔑と自嘲の嗤いしか知らない僕が彼女の婚約者でいるなど、どれだけ分不相応なことかを、語らずして思い知らされる。
 メルセデス・エミリエンヌ・ド・モルセール────それが彼女だ。

 そして、その対面に座っている男。僕の知らない男だ。そして、おそらくは彼がメルセデスの婚約者なのだろう。華やかさはないが、顔つきからも誠実さが伝わってくる、そんな男だ。僕とは違う。
「っ糞、最低だ」
 いつもいつもこの調子だ。何を見ても劣等感に苛まれる。それが僕だ。あいつから一番大事なものを奪ってやったのだ、と悦に入れればいいのに、できない。彼女の心は既に、僕が名前も知らないあの男の元にある。薬や魔法を使っても、僕ではそんな卑劣な手段を使わなければ彼女の心を手に入れられない、という事実に変わりはないのだ。結局どうしようもない。

 近くの壁を殴りつける。怪我をするのが怖くて途中で力が抜けた。握り拳に血は付いていない。要するに、怒りや嫉妬でさえ小物なのだ。それが僕だ。
「糞っ、糞っ、糞っ、糞っ!! 最低だ! 最悪だ! 死ねばいいのに! うざい! うざいんだよ! 死ね! 糞! 何もかも!!」
 涙は流れない。震えたのは声だけだ。
 別に彼女が欲しいわけじゃない。ただ、妬ましいだけ。そういう人間なのだ、僕は。

 僕が訳の分からない感情の暴走に震えていた時、ふと、背中に何かがぶつかってくる。何でもいいからメルセデスから意識をそらしたくて、僕は背後へ振り返った。
 僕が振り向くと、僕の足元で、一人の少年が尻餅をついていた。マントを羽織っているところからして、おそらく貴族。ちょうど、容姿で言うなら金髪碧眼、今の僕と同じ程度の年齢か。僕は、その少年のこともまた知っている。
「……ギーシュ・ド・グラモン」
「ん? 知ってるのか?」
 僕を見上げたその少年が驚いたような目を向けてくる。
「グラモン家の神童だろ? 有名人じゃないか」
「へぇ、俺って有名人なのか。それはそれで面倒だな」
 深刻そうな表情で呟くギーシュの言葉に、僕は少しばかり興味を惹かれながら、それを悟られないように苛立ちを表に出した表情を作る。にしても、有名なのが、面倒事を招く可能性、か。

「よく言うよ。アンタのやった仕事の結果だろ」
「まあ、そうなんだけどな。死亡フラグってのは中々消えてくれないものでさ」
「…………フラグ?」
「あ! いや何でもない。こっちの話」
 フラグ、というのは地球、正確に言えば現代日本独特の言い回しのはずだ。少なくとも、ハルケギニアで使われる台詞回しじゃない。それに気づいて、慌てて何も知らない風を取り繕った。とりあえず、不自然な間に気付かれはしなかったようだ。

「そういえば、おまえ、名前は?」
「……何で僕が名乗らなきゃならないのさ?」
「お前が俺のことを知っているのに、俺がお前のことを知らないなんてフェアじゃないだろ。ほら、名前」
「…………フェルナン・ド・モット」
「モットって……あ、あのモット伯のか!?」
 彼の言う「あのモット伯」がどのモット伯だか知らないが、どうせロクな評価ではあるまい。
 コイツは、何もチートや後ろ暗い手段のような汚い手に頼らなくても何もかも上手くいき、汚い手段に手を染めれば、それはそれで有り得ないほど上手くいく、そういう人種だ。自分の思うままに生きれば人に感動してもらえる素晴らしい一生が出来上がるのだから、こいつにとって、僕のような人間は小物か汚物程度にしか見えないのだろう。

 妙に親しげな笑みを浮かべたギーシュの態度を、僕は馴れ馴れしいと感じる。正直、いい加減話を切り上げて立ち去りたいが、話を切り上げるタイミングが掴めない。
 仕方なしにギーシュの愚痴に付き合っているが、正直苦痛だ。
 やれ他の女の子と仲良くしているとすぐにルイズが爆発する……だの、アンリエッタ(呼び捨てだった)が人前で露骨に誘いを掛けてきて困る……だの、事あるごとにヴァリエール公爵が決闘を仕掛けてくる……だの、ワルド子爵と模擬戦で戦ってようやく勝つことが出来た……だの、ぶっちゃけた話、本人は愚痴を言っているつもりなのだろうが、はっきり言って自慢話や武勇伝にしか聞こえない。
 やたら幸せそうな表情で愚痴を言うギーシュの顔を見ていると、だんだんと吐き気を催してくる。
 その苛立ちから、あのままメルセデスをじっと見つめ続けているよりはマシだったろうが、と思考が飛び、そしてメルセデスのことを思い出してしまう。結局、僕はこの程度の会話もできないような人間だ。それが婚約者など、分不相応にも程がある。

「なあ、あの娘か?」
「違う」
 気が付けば、僕の肩に手を置いたギーシュが、親指でメルセデスを指差していた。何もかも見透かしたような態度に、僕は思わずギーシュの手を振り払っていた。
「人の恋愛については何も言わないけど、あの娘はやめとけ。明らかに隣の男とラブラブって感じだろ?」
「うるさい……放せ!」
 ギーシュの体を突き飛ばし、足早にその場から立ち去ろうとする。

 その時、さすがに騒ぎ過ぎたのか、こちらに気が付いたメルセデスと正面から目が合った。何か言葉を投げつけてやろうと思う。だが、気のきいた皮肉一つ思いつかない。口を開け閉めするだけで何も言えない。
 慌てて立ち上がろうとするメルセデスを無視して僕は歩き出そうとして、腰の辺りに軽い衝撃を感じた。

 ぶつかってきたのは、今の僕よりもさらに幼い少女だった。服装からして平民、仲間と遊んでいた最中だったらしく泥だらけの格好で、僕が羽織っていたマントの裾に、その泥が飛び散っている。
「…………」
「ご、ごめんなさい!」
 少女は勢いよく頭を下げる。衣装に泥が付いたとはいえ、この程度は気にするほどのものでもない。普段の僕なら、普通に謝罪されたのであればそのまま落ち着いて見逃しただろう。だが、今はあまりにも間が悪かった。

 何もかもがどうでもいい。とにかく、今の僕は、何でもいいから八つ当たりできる相手が欲しい。ゆるりと伸びた僕の手が懐に収めた杖に掛かる。
 目の前では、おそらく少女の母親だろう女性が、少女を抱き締めて庇うようにして謝罪を繰り返している。その光景がいやに目について苛立たしかった。

 どうする、と何度も何度も自問自答を繰り返す。
 まず、自分の立ち位置を客観的に把握する。今の自分は、婚約者に振られた挙句、近くにいた平民の子供に当たり散らそうとしている貴族だ。余りにも馬鹿馬鹿しい。まったく、これで実行に移したら、最低だとしか言いようがない。
 だが、よくよく考えると、それで僕がどうなるというわけでもない。そもそも、僕は元々最低の人間なのだ。ここで子供を見逃したからといって、ドブネズミがライオンになれるわけじゃない。僕が最低の人間であるという厳然たる事実に、何か変化が起きるわけでもない。
 それとも、自分に迷惑をかけた子供を見逃す事によって、いい事をしたという気分に浸りたいのか。あるいは、自分の器の寛大さに酔いたいのか。ハッ、どちらにせよ偽善だな。本当に良い事をしたいのなら、今すぐ実家から財産持ってきて、目の前の少女に分けてやるべきだ。それをしないのは、要するに僕が最低の偽善者だという証明に他ならない。
 ああ、つまり。

 僕は懐に伸ばした手で、杖を掴み取る。そして。

 その腕を、誰かが掴み止めていた。

「ギーシュ・ド・グラモン……何のつもりだ?」
「それはこっちのセリフだ! お前こそ何のつもりだよ? お前今何をしようとした!? 何様のつもりだよ!?」
 僕の腕を押さえつけるギーシュの指がギリギリと腕に食い込んでいた。その瞳はまっすぐ僕の眼を睨みつけている。
 何様と言われれば貴族様だ。そこの小娘をボコろうとした。魔法を撃ち込もうとした。所詮この世は弱肉強食、つまり強い立場にいる僕が弱い立場の平民を傷つけるのは当然の権利だ────幾つもの反論が頭の中から溢れ出してぐるぐるどろどろと渦巻いて沸騰するが、そんなものは一つも口から出てこない。こちらをまっすぐに睨みつけるギーシュの眼光が、それを口に出す事を許さない。

「……関係ないだろ。貴族ってのは平民よりも強いものなんだろ? どうせそれがルールだ」
「困っている、苦しんでいる相手を助けるのに、平民も貴族もあるもんか! そんなルールがあるなら、そんな幻想、俺の手でブチ壊してやる!」

 駄目だ。こいつは本気で言っている。
 コイツは馬鹿だ。本気で、何の関係も裏付けもない赤の他人を信じていやがる。こちらに責任も義理も利害も何も持っていない赤の他人が、どれだけ簡単に人を裏切るかを理解していない。あるいは、理解していてなお、信じ続けるのか。
 なぜそんな事が分かるのか。
 簡単だ。目が語っている。言葉の響きが伝えている。所詮表情なんてのは筋肉が作り出す凹凸に過ぎず、所詮言葉なんてのは声帯の振動が空気に伝わって発生する波に過ぎない。そんな下らないものに、感情という訳のわからない、形すら持たないものを込められるという異形。それがこいつだ。

 馬鹿馬鹿しい。
 平民と貴族なんてのは、根本的に違う生き物だ。魔法という隔絶した力を持っている存在を、何の力も持たない平民が受け入れられるはずがない。
 もし受け入れられるとしたら、それこそ今の貴族のように力で押さえつけてしまうか、あるいは……セイギノミカタという名の、力の無いものに一方的に都合のいい奴隷モドキくらいのものだろうさ。僕はそんなものになる気力もないし、なりたくもない。
 だからこそ、僕はこいつが不愉快だ。

 僕は、こちらの腕を掴むギーシュの手を乱暴に振り払うと、その場を後にした。僕の目の前で僕を拒絶するように野次馬の人垣が割れて、僕はその中央を歩いていく。何もしなかったこいつらが勝ち誇った顔でこちらを見るのが不愉快で、それ以外の感情をこちらに向ける相手がいるのが不愉快で、つまり全てが不愉快だ。
 一人でトリスタニアの表通りを歩く僕の背後で、どっと歓呼の声が上がる。打ちのめされるようだ。
 いや、はっきりと認めよう。これは敗北だ。どれだけチートを振りかざそうが、人としての格で、僕はあいつに勝てない。絶対的にだ。
「殺してやる。……殺してやるぞ、ギーシュ・ド・グラモン!」
 近くの壁に拳を叩きつける。相変わらず、僕の手から血は流れなかった。


 しかし、だ。この世界は果たして、僕の想定通りに進むのだろうか。第一、全ての要素が原作通りに進むような保証もないのだ。僕が対して干渉もしていないからか、現状では特に原作と乖離しているような要素も見られない。だが、不確定要素なんてものはいつだって存在する。
 特に平賀才人。まず、原作通りに僕の知っている平賀才人が召喚されるとも限らないのだ。別の作品世界からクロスオーバーして変なのが召喚されてくる可能性だってあるし、同時に二人の使い魔が召喚される二次創作なんてのも結構あったから、平賀才人に追加してまた別の最強オリ主が召喚されてくることだって考えられる。
 最悪、どこぞの究極至高神みたいのが召喚されてくる可能性だって存在するのだ。マーラ様とかヴィロウシャナ様とか……。もしそんなのが出てきたら……ああ、そうなったら本当に対抗手段が思いつかない。どうしたものか。

 家に帰りついた僕は、はあ、と溜息をつくと、帰りを待っていたらしいリーラに外套を渡す。
「ただいま、リーラ」
「お帰りなさいませ、ご主人様」
 少女は安心させるような笑顔を浮かべて迎えてくれる。何というか、今日もまた平和だ。こんな日々がずっと続けばいいと、そんな風に思う。
 だが、と嫌な思考が頭によぎった。
 平和など、本当に力のあるものの手に掛かれば、あっさりと打ち砕かれてしまうだろう。僕が今握りしめているこのわずかばかりの幸せだって、どうせ力尽くで奪い取られてしまうのだ。
 ……何故だ? なぜそんな事を思うのか。
 僕はどうして────

 不意に、頭痛。

 ずきり、と脳裏を走る激痛に、続く思考が断線する。
「あっ……ぐ…………」
 断続的に激痛が走り、その度に思考が真っ白になる。なにもおもいつかない。わからない。そのまま僕の意識は失われ、そして────────




=====
後書き的なもの
=====

 ……やってしまった。
 いくら四話が考察に終始する話だからとはいえ、一度に二話分のストックを消費……やってしまった。
 まあそれはそれとして、ギーシュはやはりテンプレチート。というか、内政ものでもそうでないオリ主ものでも、簡単に人を信じられるとか努力できるとか、そっちの方が色々な特殊能力よりもよっぽどチートに見える作者は末期。だがいくら末期でも某メイドインヘブンでラディカルグッドスピードなネギま二次の巨星には勝てないという。



[13866] 濁流のフェルナン06 悪夢の後に見る悪夢
Name: ゴンザブロウ◆27d0121c ID:d73d82b7
Date: 2010/02/19 16:37
「あー、いい天気だな……」
 今日はトリステイン魔法学院の進級試験を兼ねた使い魔召喚の儀式の日だ。もっとも、僕は既に使い魔を召喚済みのため、それは免除されているのだ。ゆえに、この寮の一室を改造して作り出した研究室で、新型のホムンクルスの研究を行っている。
 二体以上の動物型ホムンクルスを組み合わせて、新たな個体を作り出す実験。今までの実験体は、二体の動物が互いに自我を混濁させて精神崩壊に陥ってしまったのだが、少しばかり糸口が見えてきたところで、ひとまず休憩だ。
 ああ、今日はルイズが平賀才人を召喚する日だっけ。つまり今日から原作一巻の事件が始まるのだ。ああ、それから、タバサにシルフィードの鱗を分けてもらうように交渉してみなければ。
 脇机に置いてある紅茶を啜りながら窓の外を見る。そして、僕は思わず口の中の紅茶を噴き出していた。
「……何だ何だあの馬鹿魔力は!?」
 びっくり仰天して椅子から飛び上がると、研究室から飛び出して寮の階段を駆け降りる。恐ろしいほどに強大で禍々しい魔力の塊が近づいてくる。
 急いで確かめるべきだ。僕は取り留めもなく考えながら校門へと向かう。


「っ、ぅうわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 僕は思わずベッドから跳ね起きた。
「あ、う、ぅう、こ、ここは……」
 恐る恐る周囲を見回すと、少しずつ冷静な判断力が戻ってくる。まだ魔法学院にも通っていないのに、寮の研究室なんてあるわけもない。第一、水の精霊の知覚で判断しても、僕の肉体は十一歳のままだ。
 ……夢だ。
 荒い息を吐いて、震えの止まらない体を無理やり押さえつけるようにして、僕は自分の体を抱き締めた。少しずつ、先程まで見ていた夢の記憶が蘇ってくる。痛覚といい恐怖感といい、随分とリアルな夢だったと思う。最悪だ。


 濁流のフェルナン/第六段


 考えまいとすればするほど、頭は夢の内容を辿ってしまう。
「イル・ウォータル・クラウディ……」
 トリステイン魔法学院の学生寮を飛び出した僕は、念のため、周囲に魔法で微弱な霧を展開して光を屈折させる光学迷彩を展開、次いで体の周囲を巡らせるようにして水の防御結界を展開する。もっとも、この程度、あの超魔力に対しては気休めにしかならないが。

 姿を隠して様子を見ていると、使い魔召喚に出ていった生徒たちが帰ってきたようだ。生徒どもの群れのなかにモグラやらカエルやらが混じっていることからして間違いはない。だが、何やら様子がおかしい。男子生徒たちは一様に血走った目つきをしているし、女生徒たちはやはり一様に頬を上気させて心ここにあらずといった様子だ。まさか、全員そろって麻薬でも服用しやがったのだろうか?
 どうやら魔力の源はその生徒たちの中にいるらしい。おそらく、化け物を召喚した生徒でもいたのだろう。まさかヴァリエールのヤツ、平賀才人の代わりにダークシュナイダーでも召喚しやがったのか!? さすがはゼロ、黒の騎士団を率いるだけの事はある……ってそれは違うか。

「おい、一体何があったんだ!?」
 さすがに情報が無ければどうしようもない。ひとまず霧による光学迷彩を解除して、女子生徒達は明らかに上の空なので、手近な男子生徒を捕まえて聞いてみる事にする。
「化物だ……ゼロのルイズが、化け物を召喚しやがった!!」
 やはり。 ま た ル イ ズ か 。ヤバいのは虚無だけにしておけばいいものを……などと思っていると、

「違うわ! あの方の事を悪く言うなんて許さないわ!」
「そうよ! あの方はとても素晴らしい方よ! 貴方達ごときが話題にするなんて許される事じゃないわよ!」
「そうよ!」
「そうよ!」
「きゅいきゅい!」
 女生徒たちが口々に叫ぶ。何だか集団洗脳にでも遭ったかのような感じだ。
 にしても、あの方……と来やがったか。こいつら、そいつに精神汚染でもされたのか。というか、こいつら見ていて妙にイラつくのは気のせいだろうか?
「あー、ちなみに、君たちの言う『あの方』ってのは…………」
「ほら、ルイズが召喚した『あの方』よ」
 まさか、再構成とかの最強系主人公でも出てきたのか……とか思ったのだが、どうやら甘かったらしい。

「ええ。平賀・才人・スプリングフィールド・マクダウェル・近衛・桜咲・神楽坂・衛宮・シュバインオーグ・ペンドラゴン・七夜・ブリュンスタッド・遠野・横島・上条・碇・高町・八神・テスタロッサ・ハラオウン・ヴィ・ブリタニア・皇様よ!!」

 ……どう見ても多重クロスオーバーです。本当にありがとうございます。
 にしても、よくそんな長い名前を一口で言えるものだ。さすがに覚えきれないと思うのだが……。というか、ハルケギニア人の癖になぜ漢字が分かる?
 あまりに長い上に心当たりがビシバシありまくる名前を並べながら陶酔する女生徒。つまりこの惨状は例の平賀・才人・スプリング(ryの能力か何かによるものということ……なのか? にしては、どうも不自然な気がするが……。

 とにかく、思案してみるが何も分からない。さすがにこの情報不足の現状ではどうしようもない。いや、見当はつくのだが、ぶっちゃけ信じたくない。仕方ないので、怖いもの見たさ半分に人混みをかき分けて真ん中へと向かってみると……いたよ。
 何か、顔立ちは普通なのになぜか美形と断言したくなるような矛盾した顔立ちの少年。その隣にしなだれかかるようにして侍っているのはヴァリエールとツェルプストーとタバサと、あと顔は知らないが青い髪に全裸のナイスバディの美人なので多分アレがシルフィードだろう。あと、メルセデスもいた。
 一応念の為、近くにいた女生徒に声を掛けてみる。金髪縦ロールの確かモンモランシーとか言ったか、確か青銅のギーシュの……。
「…………いけない、私にはギーシュが、私にはギーシュが、ギーシュが……才人様、ポッ」
 まさに瞬殺。昨日までは確かに青銅のギーシュに御執心だったはずなのに、驚くほど神速の心変わりである。話しかけても返事が返ってくる様子もない。ただのしかばねのようだ。

 そんなこんなで、可能な限り直視しないようにしていた諸悪の根源に、僕はようやく目を向ける事にして、そして愕然とした。ちょっと待て、何で……何でリーラとシャーリーがあの中にいるんだ!? どうして!
 ヴァリエールやツェルプストーと並んで彼にしなだれかかる二人のメイド。平賀・才人(ryがニコッと微笑むと、彼の周りにいる少女たちが、そして僕の周囲にいる少女たちが、ポッ、と擬音を漏らす。……これは、異常だ。ここにいるのは『数十人の少女たち』ではなく、『平賀才人のハーレム』という集合体、平賀才人という女王蜂によって統率される、一種の群体生物だ。
 そして、僕が唯一信頼していた二人も、もはやどこにもいない。あまりといえばあまりの出来事に、何の感動も覚える事ができなかった。

 そして、呆然と二人を見る僕と、ハーレムの中心にいた少年の視線がぶつかった。それと認識していながら、憎悪も殺意も湧いてこない。あまりの出来事に感情すら追随して来れていない、と、理性は冷静に僕の感情の流れを把握、だがこれは人が殺意を持つのに必要十分な状況だと冷静に判断し、袖口に仕込んだ杖を引き抜こうとして、しかし僕の手は空を切った。杖が無い!
 どうすればいいのか分からず混乱する僕をそう言って僕を思いっきり指差したのは、平賀・才人・(ry様だった。
「見つけたぞ、世界の歪みを!」
「えっ!? ちょっ、待ッ……!?」
 こちらを指差して叫ぶ平賀才人の体から、禍々しい漆黒の魔力が膨れ上がる。一体何が起こっているのか、何が何だか訳が分からない。いや、理解したくもない。
「いくぞ、エセルドレーダ!」
「イエス、マスター!」
 平賀・才人・(ry様は、何の脈絡もなく現れた本が変身した少女と共に何やら全身タイツっぽい格好に変身すると(女生徒達から「キャー才人サマー!」と歓声が上がる。)、やはり何の脈絡もなく召喚した真っ赤な巨大ロボにパイルダーオンしてこっちに迫ってくる。

 空に浮かぶ巨大ロボが左手に何やら凍気のようなものを纏い、こっちに向かって突っ込んでくる。
「ハイパーボリア・ゼロドライブ!!」
「がっ、……ぎ、ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 僕の体は容赦なく宙に吹き飛ばされ…………
「何勘違いしているんだ? まだオレのバトルフェイズは終了してないぜ! 速攻魔法発動、バーサーカーソウル!」
 は……? 吹き飛ぶ僕は状況のあまりの理不尽さに思わず天を仰いだ。この期に及んでカードゲームとは、僕を馬鹿にしているのか? 確かに、僕は馬鹿にされるような人間かもしれない。だが、だとしても、こんな結末はあんまりじゃないか?

「手札を全て捨て、効果発動! コイツはモンスター以外のカードが出るまで、何枚でもカードをドローし、墓地に捨てるカード。そしてその数だけ、攻撃力1500以下のモンスターは追加攻撃できる!」
 下半身を焼き尽くされて上半身だけになった僕は、何の反撃も出来ずに地面に血反吐をぶちまける。
「嫌だ……嫌だ、せっかく生き返ったのに、せっかく思い通りに生きられたはずなのに、嫌だ! まだ死にたくない!」
「お前は、そんな風にお前に命乞いした人々を見逃したのか!?」
 嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ! こんな風にして終るのは嫌だ。こんな風に終わってしまいたくなんてない。こんな事があっていいはずがない。

 だが、叫んでみても現実は変わる事はない。僕は何度も何度も叫びながら這いずって逃げて、そして周囲にいた少女達からも無数の魔法が僕に向かって降り注いだ。土が、水が、火が、風が、虚無の力が、節操も何もなく一つの力の塊と化して僕に向かって襲い掛かる。心を一つにして絶え間なく呪文を詠唱する少女たちの中にリーラの、シャーリーの姿を見つけて、僕は絶望的な気分に囚われた。
「さあ行くぜ! まず一枚目、ドロー! モンスターカード『青眼の究極龍』を墓地に捨て、追加攻撃! 二枚目ドロー! モンスターカード! 三枚目、モンスターカード!」
 いつまでも終わらない連続攻撃。モンスターカードをドローされた回数が一千を超えた辺りで、僕は考えるのをやめ…………。



 夢だ。全て夢だ。
 ああそうだ、あんなものは夢に決まっている。
 第一、夢の最初の方で研究していたキメラホムンクルスの研究にしても、今ちょうど研究しているところの技術じゃないか。僕が魔法学院に通うような頃には、もうとっくに完成しているはずだ。
 そうだ、そうだよな。あれはただの夢だ。……ただの夢だ。そうだ。そのはずだ。

「……ご主人さま、大丈夫ですか、ご主人様!?」

 そうやって、初めて、横から心配そうにこちらを覗き込むリーラの姿に気がついた。
 わざわざ心配してこちらに気を使ってくれるリーラの顔に、夢の中で見た、僕に向かって呪文を唱える彼女の顔が重なって見えて、僕は吐き気をこらえながら彼女の肩を押し戻した。
「ああ、リーラか。大丈夫だ、少し嫌な夢を見ただけだから、気にしないでくれ」
「でも……! 少し熱があるみたいですから、今日はお休みください。今、シャーリーが水を汲みに行って……戻ってきたみたいですね」
 ドアが開き、水を汲んだ桶を持ったまま、シャーリーはベッドに歩み寄ると、タオルを絞って僕の額に当ててくれる。過熱した頭にひんやりとしたタオルの温度が気持ちいい。

「なあ、リーラ、シャーリー」
「はい」
「何でしょうか?」
 ベッドに横たわったまま天井を見上げる。いつも通り、いつもと何も変わらない、見慣れた部屋の風景だ。
「君たちは、僕から離れてどこかに行ったりは……しないよな……?」
 彼女達の言葉でも、僕は安堵する事ができなかった。僕の立つ世界の足元はまるで演劇の書き割りのようで、恐ろしいほど薄っぺらかった。



 病み上がりの僕は、父に呼び出されて再びあの執務室に向かっていた。どんな(性的な)阿鼻叫喚状態になっているのか少しばかり不安ではあるのだが、まあいつものことだろう。
 そんなこんなで、少しばかり逡巡してから、僕はいつも通り執務室のドアをくぐった。
 今回は、どうやらメイド長のエマさんを相手にしているようで、エマさんの下腹部が大きく膨らんでいる事から、僕が倒れる前に製造した新型のアクアガーゴイルを使用しているらしい。
 父の使い魔である触手生物から採取した媚薬成分入り油脂をベースに製造した触手型アクアゴーレムを自律タイプにしたもので、適切に水分を補給すると遠隔操作で女性の体内で膨張し、疑似異種出産プレイが可能になるという代物であるが、色々と生々しい代物でもあるので描写は割愛する。

「病み上がりのお前にいきなりこんなことを言うのは悪いとは思うのだが、モルセール侯爵家から、ちょうど手紙が届いてな。お前との婚約の話は破棄するという事だ」
 今、何と言った……?
 返す言葉もない僕を見て気遣わしげな表情になった父は、一言ずつ言い含めるようにしてもう一度同じことを言った。
「モルセール侯爵家からの通達だ。お前とメルセデス嬢の婚約を破棄する、と」
 何故だ?
 何故だ?
 何故だ!?
 脳髄の奥で、今までの情景が一つ一つ蘇ってくる。舞踏会の会場で金に飽かせたと僕を罵ったメルセデス。トリスタニアで僕の知らない恋人と談笑するメルセデス。
 彼女との思い出はほとんど思い出せない。思い出すほどの何かを積み重ねたわけでもない。彼女自身に何かの価値を見出しているわけですらない。
 だが、奪われた。それは事実。
 しかし、なぜこうも急に事態が動く? 父に相談するほどだ。モルセール侯領の財政は、一朝一夕にどうにかなるほどのものではないはずだ。メルセデスの婚約は、彼等の数少ない命綱のはず────

 ────ふと、彼女と同じトリスタニアで出会った相手の影が脳裏によぎる。
 アイツの名前。ギーシュ・ド・……
「……グラモン」
「おお、知っていたのか? 何でも、東方の新しい茶の生産拠点を作るのと引き換えに、グラモン領から多額の援助を受けたらしくてな。わざわざ彼女を結婚させる必要もなくなったということだ」
 そう言って父が差し出した封書を、僕は何も言わずに受け取った。
 封はすでに切られている。父が目を通した後なのだろう。そんな下らない推測に気を回せるくらい、僕の感情は不思議なくらい冷静だった。ああ、そうとも、僕は冷静だ。冷静だとも。どうでもいい女一人のために取り乱すほどに人生諦めているわけでもない。僕は冷静だ。
 その手紙には、おそらくそれを書いた本人であろうモルセール侯爵の想いが綴られていた。いくら家のため、領民のため、また長年続いてきた家の伝統の為だとあっても、そのために娘を犠牲にするべきではなかった、と、そんな不器用な父親の愛情が描かれていた。
 そんなものがあるのなら、そもそもの最初からあの男と添い遂げさせてやればよかったのだ。彼はそれをしなかった。今メルセデスが自由の身になったのは、グラモン家から金を貰ったからだろう。衣食足りて礼節を知る、まったく反吐が出る愛情だ。偽善者め。
「まあ、そうあまり気に病むな。こちらとしても、お前をあの娘と結婚させるのは気が咎めていたところだからな。モルセール家との結婚には利点もないし、お前だってあの娘を好いていたわけではないようだしな」
「……確かに、モルセール家の婚約は百害あって一利なし……ではありますが、これではまるでグラモンに負けたようで、あまりいい気分はしませんね」
 ハルケギニアにおける貴族の恋愛観はきわめて独特なものだ。貴族の子女は確かに家同士で婚約を結び、同盟関係を盤石なものとする。そのために婚約という儀式が存在する。だが同時に、貴族の間にはそれとは別に自由恋愛の観念というものが存在するのだ。
 つまり、早い話が、トリステイン貴族の子女なら誰でも通うトリステイン魔法学院で恋人を見つければ、婚約よりも恋愛結婚の方が優先されるのだ。別に、貴族の家にとってもそう悪い話ではない。
 例えば、ぱっとしない下級貴族の娘ケティ・ド・ラ・ロッタが、武家の名門グラモン伯爵家の息子と結ばれたとする。すると、ロッタ家は名門グラモン家の縁戚に加えられ、下級貴族の間にさえ存在する派閥闘争においてもグラモン家の名を背景に、抗争を有利に進めることができる。
 一方で、グラモン伯爵家の息子がアンリエッタ王女と結ばれれば、それはグラモン家が王家の末席に連なることができるという事をも意味している。多分原作で王女が学院に通っていなかったのも、既にゲルマニアへの縁談が決まっていて、学院で悪い虫を連れてこないようにというトリステイン側の思惑が入っていたのだろう。
 そんなわけで、こちらが婚約しようがどうしようが、実はメルセデスの意志が向こうにある限り彼女はあの婚約者のものであり、なおかつこっちは婚約を盾にモルセール侯爵家に金をせびられる。そういう意味で、これ以上ないほどの馬鹿馬鹿しい話ではあったのだ。
「ふむ。まあ、確かにその通りではあるのだが、あまり対抗心を持ち過ぎるのも考えものだぞ。いざという時に判断を誤ることになるからな」
「ええ、分かっています」
 分かってはいる。分かってはいるのだが。
 喉の奥でどろどろと何かが沸騰し、どす黒い水面から酸混じりの泡が噴き上がって肺を焼く。ちょうど喫煙者の末期の肺がそんな感じなのだろうか、とも思うが、前世でも僕は煙草を吸わなかったのでよく分からない。ただ、喉に焼けつくような不快感を感じている。

「おお、そうそう近くの領地から催し物の招待が来ていてな」
 話題をそらすように、父はそんな事を言った。
「催し物……ですか? 舞踏会などではなく」
「うむ。何やら王女殿下の肝煎りで画期的な新兵器を開発した、などという話でな。ちょうど招待状が来ておるので、気分転換にどうかと思ってな」
 一応、僕も男である。前世でもロボットアニメとか、他の色々なものに憧れたこともある。だからこそ、兵器と聞けば、それが無数の犠牲と惨劇を生み出すものだ、という認識以前に、素直に格好いいと感じてしまう。
 ……ぶっちゃけ、それが間違いの元だったのだが。
 だが、そんな事になるとは露知らず、僕は何も考えずに、父の誘いに乗って、グラモン領へと向かう羽目になったのだった。



「グラモン領……豊かなところですね」
「そうだな。中々に栄えているようだ」
 まさか、招待先がよりにもよってグラモン領だとは思ってもいなかった。いやまあ、アンリエッタ王女の肝煎りだと聞いた時点で予想しておいて然るべきだった話ではあるのだが。この状況で妙な発明をやらかす奴なんざ、ギーシュ以外にいないに決まっているだろうに。婚約破棄に伴うあれこれで頭が回らなくなっていたようだ。
 にしても、昨日今日でギーシュと顔を合わせるというのは少しばかりいただけない話だ。できるだけ、顔を合わせないようにしたいものだ。
 馬車の窓から見渡してみても、農民たちの使っている農具の質が我がモット伯領よりも数段高く、また、見た感じ働いている平民たちの顔も明るいようだ。
 まあ、確かにグラモン領が繁栄した分のノウハウは我がモット伯領にも流れ込んでいて、その分モット伯領も繁栄しているのだが、それでも、それがまるで、あのギーシュに餌を投げ与えられているようで不快感を感じている自分もいる。
 つまり、何もかも不快にしか感じないのだ。
「……フェルナン、気分でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です父上」
「そうか。それならいいのだが、あまり根を詰め過ぎるでないぞ。お前は、我がモット伯家の次期当主でもあり、既に我がモット伯家を支える柱の一角でもあるのだからな。それに……その、何だ、私も心配ではある」
 照れたような様子で呟く父の様子に、少しだけ心が軽くなるのを感じた。
「いえ、ありがとうございます、父上」
 たとえ周りがどうあろうが、この人は僕の父なのだ。それが確認できただけでも十分だ。グラモン領もメルセデスもギーシュも、不愉快な何もかもが僕の意識から遠のいていった。



「紳士淑女の皆様、本日は、我がグラモン家の催しに集まって頂いてまことにありがとうございます。つきましては、我が息子が開発した新兵器をお目に掛けましょう」
 グラモン元帥の宣言に従って、重々しい足音を立てて巨大な人型の影が歩み出してくる。

 グラモン家製重機動型野戦ゴーレム“ザメル”。全高五メートルほどの、鋼鉄製のゴーレムだ。いや、メイジ個人の制御に頼らず自立駆動するそれは、ゴーレムというよりもガーゴイルと呼ぶべきだろう。
 だが、名前がよくない。ホバーで走らなければ、ザメルと名乗る資格はない。細かいところにこだわりたい性格なのだ、僕は。別名、神経質。
 そいつを特徴づけるのは両肩に装備した合計二門の巨砲。グラモン家の私設軍で開発された新型の艦載砲をゴーレムに搭載し、さらに背中から生えた二本の補助腕で砲弾の自動装填を行うらしい。ハルケギニアで主流となっている火縄銃もどきの前装式大砲ではなく、砲身の後部から装填する新方式を採用しているようだ。
 装填が楽は後装式になっている分、連射速度ではロマリアなどで主流になっている砲亀兵をやや上回り、鈍重な亀ではなく人型のゴーレムに搭載した分、亀よりも軽快に動き回るのだ。

「にしても、球形の砲弾じゃなかったな」
 僕はやや目を細めて呟く。英霊の反応速度を持っていたから見切ることができた。
 “ザメル”が装備した新型砲が発射した砲弾は流線型をしており、しかも回転しながら発射していた。従来のような球形の鉄製砲弾よりも命中率も射程距離も桁外れに違う……らしい。威力は上がらないんだっけか……いや、射程距離だっけ? まあ、どっちでもいいや。とにかく、新型大砲TUEEEE!ということか。
 まあ、どちらにせよ、技術には熟練した技師が必要だ。グラモン家は軍事の家系だ。農業のノウハウならともかく、兵器の製造技術をそう簡単に渡してくれるわけがない。技師がいないんでは再現は無理か。

 もっとも、あの程度の代物であるのなら、ホムンクルスで簡単に倒せる……と思う。まあ、ホムンクルスは基本的に系統魔法でも倒せないようなので楽勝だ。一応、念のため土魔法の錬金も使ってみたが、やはり効かなかった。原理が良く分からないのだが、基本的にあの魔法は生物に効かないようなのだ。肉にせよ金属にせよ所詮同じ物質だと思うのだが、何が違うのか。ともかく、武装錬金の錬金術と土魔法の錬金は、名前が同じでもやはり別物らしい。
 ちなみに、同じホムンクルスに錬金ではなくその上位技の石化を掛けてみると、その部分の細胞が死滅して再生できなかった。おそらく、完全に石化させれば死亡するだろう。

「ふむ、なかなかどうして、大したものだな」
 グラモン家の私兵団の練兵場を縦横に走り回るガーゴイルの動きに素直に感嘆して、父が呟く。
「ええ。ガーゴイル自体は量産にコストが掛かり過ぎるかと思いますが、新型砲自体は強力です。技術が普及すれば、確実にトリステインの力になるでしょうね」
 まあ、その前にゲルマニアやガリアの力にもなりそうなのだが。なってしまいそうなのだが。
「砲亀兵を上回る攻撃力と機動性。惜しむらくは、製造にも維持にもそれなりのメイジが必要だという点でしょうか」
 つまり、コストが掛かり過ぎる。大砲自体にも相当の技術者が必要になるため技術者には今までにない技術を教え込んで一から養成しなければならず、ゴーレムにも補助腕などの機構を作るためだけにメイジの方にも大砲の装填作業を覚えさせなければならない。工業製品として、またマジックアイテムとして、二重にコストが掛かるのだ。
 亀を集めて育てなければならない砲亀兵は増産しづらいという欠点があるが、元々人口が少なく金もないトリステインではあまり巨大な軍隊を維持する事が出来ないため、砲兵を亀に乗せるだけで済む砲亀兵の方がよほど安上がりで済む。むしろ、伝統がなくとも金だけは唸るほど抱えているゲルマニアや、ガーゴイルのような魔法技術が発達しているガリア向けの技術といえるだろう。

「まあ、それは仕方あるまい。それはそうと……む?」
「これは、モット伯ではありませんか。その節はどうも」
 僕と父に話しかけてきたのは、金髪碧眼の青年だ。年の頃を言うならばそろそろ成人間近、あるいは成人してまだ間もない辺り、その辺だ。ちょうど例のギーシュとよく似た顔立ちをしているが、ギーシュと比べてどこか存在感というか風格と呼ぶべきものが抜けているような気もしないでもない。つまり、ああこいつはこういう立ち位置なんだなぁといった程度の存在である。
 彼の名はギョーム・ド・グラモン────グラモン家の三男だ。ギーシュのちょうど一つ上の兄に当たる。我がモット伯家に対して、ギーシュによる現代知識利用のノウハウを提供し続けてくれる、とてもありがたい存在である。これからも互いにとって有益な関係を続けていきたいものだ。

「先日はどうもお世話になりました。サツマイモでしたか、あの作物は実に有益です。これで我がモット伯領も飢饉の備えは万全というものです」
 ……と、言うほどの事でもない。サツマイモはあくまでも保存食、僕のチート能力を合わせれば、現状、モット伯領が飢えることはまず、ない。
 本当は金がなくて困っていたのは向こうの上に、正直ギーシュは嫌いだが、役に立つのは事実なのだ。故に頭を下げておく。
「何、私とて誇り高きグラモン家の家名を担っているのだ。同じトリステイン王家に仕える貴族として、この程度は容易いことだよ」
 百合の花の形状を模した銀製の杖を見せびらかすようにして、彼はふんぞり返るように言う。この程度の社交辞令で有頂天になれるとは、安いものだと思う。だが、安上がりで済むのはありがたいことだ。故に、そんな感情はおくびにも出してやらない。

「つきましては、あまり大したものではないのですが、これをお受け取りください」
 少しばかり洒落たデザインのクリスタルガラスの瓶を差し出す。中に入っているのは薄蒼く燐光を放つ液体だ。
「ふむ、香水のようだね。これは?」
「僕が新しく作ってみた簡単な秘薬です。誓いを司る精霊が住まうラグドリアン湖の湖水を使用した香水です。子供の手習い程度の価値しかない代物ではありますが、“白銀”のギョーム卿の魅力を引き出す一助となる事でしょう」
 などと言うと可愛らしく聞こえるが、その実体は御禁制の惚れ薬を数百倍にまで希釈した代物である。ついでに微妙に媚薬も混ざっているため、女性をベッドに誘い込むのにも有効だ。
 しかし、効果はあくまでもさりげなく無意識に働きかける程度の代物であり、対象にはっきりと目に見える効果を与えない。具体的には、ギョームを見た女性が彼のことをなかなか魅力的に感じられて、かつベッドに連れ込まれた時に理性の抑制が働きづらくなる程度の効果しか持たない。
 したがって、正体が惚れ薬だなんてことは、顧客と製造元が揃って口を噤んでしまえば、もはや誰にも分からない。
 ちなみに、惚れ薬の原材料=水の精霊の涙=水精霊の一部=ラグドリアン湖の湖水なので、別に嘘は一言も言っていないのがポイントである。
 などということをギョームにそっと耳打ちすると、驚いたような、そして感心したような目でこちらを見る。
「貴方のような武人は滅多にいませんからね。是非とも、末永いお付き合いをしていただきたいものです」
「うむ、私の人脈にも君のような人材は稀だからね。これからも期待しているよ」
 社交辞令はさりげなく言うのがポイントだ。わざとらしければ聞く方の気分も萎える。その観点からすると、どうやら今回は上手くいったらしい。今後も、彼とは末永い付き合いにしたいものだ。



「申し訳ありません!」
 ギョーム卿と分かれて僕がぼんやりしていると、いきなり背後から声を掛けられた。見ればメイドがワイングラスを零していて、僕の着ていたマントの裾にワインが掛かってしまっているようだ。
 ここがグラモン領だという事もあり、この間のアレを思い出してどこか不快感を感じる。まさか試されてでもいるのか、と思うが、平身低頭する目の前の少女の様子を見るに、まあ偶々だろうと判断するが、目の前のコレはまるでこの前の焼き直しだ。やはり不愉快であるに越したことはない。
「……舐めてるのかお前」
「ひぃっ……申し訳ありません、申し訳ありません!」
 意味もなく漏れた呟きに少女が過剰反応を起こして震え上がるのがどこまでも苛立たしい。こいつらは一体どこまで僕に対して不快な思いをさせれば気が済むのか。目の前の少女だけではない、ギーシュという人間の存在によって演出されている何もかもが不愉快だ。
 杖を抜いて軽くルーンを唱えると目の前のメイドは真っ青になって怯えるが、僕はそれを無視して、水魔法でマントに付着したワインを抜き取って窓の外へと放り出し、その場を後にする。いい加減、その場から立ち去りたかったのだ。
 だというのに。
 ホールから抜け出した僕の前には、ギーシュ・ド・グラモンが立っていた。



=====
後書き的なもの
=====

 フェルナン は にげだした !
 しかし まわりこまれた !

 ……やってしまった。
 なんというか、更新に随分穴が開いてしまった。
 ギーシュ書きにくい。
 おおまかな話の流れはできているのに、どうしてもギーシュのセリフだけ頭の中に浮かんでこない。前回の更新分の時も上条さんの言動をトレースするので精一杯だったし、今回はそれもできなかったし。厄介な。



[13866] 濁流のフェルナン07 決闘と狂乱
Name: ゴンザブロウ◆27d0121c ID:d73d82b7
Date: 2010/02/19 16:43

「よ」
 逃げ道を塞ぐかのように僕の前に立ったギーシュは、仲のいい友人に対してするかのように片手を上げて僕を呼び止めた。その態度だけ見れば、何も知らない相手ならば僕たちを仲のいい友人同士だと思うのだろう。
「思ったより、成長してるみたいじゃないか」
 成長? 何だその上から目線は。反射的に嫌悪感が脊髄を走り抜ける。

「……何の話だ?」
「だから、成長したじゃないか、って話だよ。ネリーに当たらなかっただろ」
 ネリー、というのは先程人のマントにワインを被せてくれたメイドの名前だろう。だがそんなことはどうでもいい。
「勘違いするなよ。僕は何も変わっていないし変わらない。あの時も、今も、ずっと昔から、そしてこれからも、だ。成長なんて糞喰らえだ」
 先天的な気質と後天的なトラウマが二重奏で不快感を合唱する。何より不愉快なのは、こいつが、自分の言葉で人を動かせると考えているという、その事だ。


 濁流のフェルナン/第七段


「大丈夫だって。お前だって努力すればいくらでも変われるって。報われない努力なんてないんだぜ」
 脳裏に取りとめもなく反論が走る。報われない努力なんて存在しない、何故なら報われなかったやつは努力ではなく徒労というのだ、そんな感じの、確かラノベの言葉だったと思う。だが、そんなことはどうでもいい。
「僕は、努力なんていう言葉が大嫌いだ。他の何より、一番嫌いだ。努力なんて言葉を吐く人間は死んでしまえばいいと思うね」

 昔から努力という言葉が嫌いだった。いや、嫌いなのは言葉ではなく行為、でもない。ドリョクという言葉の響き自体はさほど嫌いでもない。
 ただ、昔から、何となく、努力という行為が出来なかったのだ。集中力が無いのか、同じ事を続けていられない。心の底から打ち込んで続けられたのはラノベを読むことくらいだ。真剣に夢中になったのは、物語を手繰ることくらいだ。他に楽しいと思える事がなかったわけではない。しかし、他に真剣になれることもなかったのだ。
 で、ある時、こんな言葉を聞いた。

 ────努力の天才。

 なるほど、と思った。長年の疑問が腑に落ちた、と思った。それこそ、暗闇に光が差し込んだかのように、腹の底から、すとんと理解できたのだ。
 ああ、努力という行為にも、才能が必要だったんだ、と。
 簡単な話だ。僕に一番タリナイ才能は、努力という行為に対する才能だったのだと。
 無論、理解はできている。「努力の才能」の本質を持っていない自分自身が、何より最低だっていうことくらいは、だ。
 つまるところ、だからこそ許せないのだ。十中八九溢れんばかりの「努力の才能」を持っている目の前のこいつが、だ。要は嫉妬だ。だからこそ不愉快だ。

 そんな下らない葛藤をよそに、ギーシュ様の御高説は続いているようだ。
「おいおい駄目だぜそんなんじゃ。せめて最低限、貴族の義務くらいは果たせるようにならないと」
「貴族の義務? 何だよそれは? 肥え太ることか? だったら簡単だ。父の遺伝があるからな」
 まあ、あまりやりたくないが。太るよりはむしろ痩せていた方がいい。見た目的に。まあ僕の前世は随分と痩せ過ぎな感じだったが。今の僕はランスロットの能力辺りがいい感じに作用しているらしく、結構理想的な筋肉の付き具合である。それこそギリシャ彫刻みたいな感じに。チート万歳。
「だから、そういう話じゃなくて、だ」
「じゃあ何だよ?」
 どうしても力説したいらしいので、仕方なく相槌を打ってやる。そんなことより、僕はさっさと抜け出したいのだが。そんな風に思っていると、ギーシュはやたら真剣な表情で口を開いた。

「平民を守ることだ」
「馬鹿馬鹿しい」

 思わず口が滑った。ギーシュが白い目で見てくる。ウザい。
「どうしてだよ。貴族も平民も同じ人間なんだ。貴族が平民を一方的に見下すのはおかしいって思わないのか?」
 それこそ下らない。平民が貴族を一方的に利用するというのはおかしくないのか?
 確かに貴族は、収入として税を搾り取る。だが、その分の仕事は、領地経営という形できっかりと還元しているのだ。それ以上を求められる義理はない。

 まず、ハルケギニアにおける国家というのは端的に言ってしまえば、魔法という力でもって領民という家畜を飼育することで利益を収集する企業団体である“貴族”の連合体であり、その頂点に立って利害調整を行うことこそ、王家や王族の責務に他ならない。
 名誉も忠誠も何もかも、貰って嬉しいということを別とすれば、その企業連合体内部における派閥間抗争で有利なポジションを獲得するための道具に過ぎないのだ。
 つまり、王家に従うことが不利益になるなら、むしろ積極的に反旗を翻すべし。レコン・キスタとかがいい例だろう。

 逆に、貴族が領民のために命を賭けるとか、これは姫様に忠義を尽くすとかそんな領域を超えてさらにナンセンス。
「よく言うだろ? 民にとって上に誰が立つのかはさして重要ではない、ただ治安が良くて経済も発展する、そんな風に連中に都合のいい政治をしてくれれば、誰が王様領主様になるのかなんて大した問題じゃないんだ、ってさ」

 つまり、簡単なことだ。
「民は僕たち貴族に忠誠を持たない。連中にとって僕らはその程度のものでしかないんだ。なら、僕たちも民に忠誠を誓う必要なんてどこにもないってことさ」
 そりゃ、確かに平民こそが貴族の財源であり、貴族の繁栄は平民の繁栄の上にこそある。だが、それはそれだけだ。それ以上の事にはならない。
 僕のために命を賭けようとしない奴らのために、どうして僕が命を捨てなきゃならんのだ。

 それなら、貴族が民のために命を賭ける意味なんてないってことだ。
 連中は何も感謝しない。貴族が民のために命を賭けたところで、その犠牲に救われた民はそいつを殺した次の支配者を万歳三唱して受け入れるだけだ。かくして貴族は美談となる────そして物言わぬ屍体になって忘れ去られるのだ。
 民が貴族のために命を賭けるなんて、そんな話は物語の中でしか聞いたことがない。まあ逆もまた然りなのだが。

 まあ、要するに貴族にとって、どこまでいっても民は税金なんかの牛乳を搾るための家畜でしかない、ということだ。乳牛を人間と対等に扱うなどナンセンス。家畜は大事な財源であるのだから大事にするのは当たり前、だがそれだけだ。それ以上は駄目だ。畜産業はしょせん生活のための収入源でしかないのだ。そのために命を捨てるなんて、それ自体が間違っている。
 豊臣秀吉だっただろうか、もはや前世知識なんて漫画やアニメくらいしか覚えていないんだが、確か家畜は……じゃない、農民は生かさず殺さず。頭のいい人間は上手いことを言うものだ。

 だというのに、貴族は民のために死ぬべし、なんて理想は一見美しいが馬鹿げている。民にとって貴族はいくらでも換えが効くのでわざわざ命を賭ける必要性はどこにもない。だが貴族は民のために死ななければならない。なんて不公平。
 だったら姫様に忠義を誓った方がまだマシだ。少なくとも、ゼロ魔原作におけるアンリエッタ姫様はトリステインの存続のために泣く泣くゲルマニアに嫁いだのだ。結局その話はおじゃんになったが。というか、今のギーシュハーレムの一員になったアンリエッタ姫がそこまでやるのかどうかは疑問だが。


「お前、そんな考え方だとそのうち友達なくすぞ」
「……」
 ギーシュは心底呆れた、といった調子で呟いた。
 友達なくす、と来たか。あいにくと、生来の引きこもりのせいで、僕に友達と呼べる人間は一人もいない。────だが、決して最初から欲しくなかったわけではないのだ。


 そう、昔から。前世から。


 最低だ、こいつは。コイツの行動といい言動といい何もかもが僕のトラウマを、触れられたくない心の暗部を抉り出して晒し出す。
「どうでもいいさ。もうお前とは分かり合える気がしない。というわけでさようならだ」
 僕はさっさと身を翻して立ち去ろうとする。その肩を、ギーシュの手ががっしりと掴んで離さない。その体温が、まるで毒々しいメタン混じりの汚泥か何かのように感じられて、僕は思わずその足を止めて振り返った。

「何だよ? 用があるならさっさと済ませてくれ」
「ああ。男が分かり合うなら、これしかないだろ?」
 そう言って、ギーシュは自信ありげに笑いながら拳を持ち上げていた。握られた拳を見た瞬間に前世の記憶が蘇り、反射的に不快感がフラッシュバックする。
 委縮。恐怖。不愉快。拳を交えれば理解し合える、なんてそんな都市伝説。
 そんなものは錯覚に決まっている。何より、僕自身を理解されるというのが何よりも何よりも許せない。赦せない。殺意を覚えるほどに赦せない。僕自身の卑小さ矮小さを僕自身が誰より理解しているから、誰にも見せたくない。誰にも理解されたくない。赦せない。
 何て不愉快。何て不愉快。

「あのな、僕は貴族だぞ?」
 拳で殴り合うような野蛮な真似はお断り、と言外に言い張りながらギーシュの手を振り払う。
「なら、杖でも何でもいいさ。とにかく、決闘だ」
 ああ。何て不愉快。殺したい殺したい殺したい。いや。殺す。殺す。殺意がノイズのように思考を走り回る。さすがに殺したらまずいだろ、と冷静な一部が警告を上げるが、それこそが冷静さを喪失している証拠、それを理解してなおゴボゴボと湿った音を立てて湧き上がる敵意と殺意は止まらない。

「なら、いいや。決闘だ」
 冷静な思考ができなくなっているようだ。思考の水面を、水底から湧き上がった殺意という名のボウフラが埋め尽くし、やがて水面を埋め尽くして水中の酸素を消費し尽くし、窒息して腐臭を上げながら自己崩壊を起こすヴィジョン。
「決闘。相手になってやるよ」
 やがてボウフラは決壊し、ブチブチと音を立てて蟲になって羽音で脳味噌を埋め尽くす。


 それなりの距離を取って向かい合う。決闘の作法だ。
「グラモン家次期当主、ギーシュ・ド・グラモン」
「同じく、モット家次期当主、フェルナン・ド・モット」
 名乗りを挙げてみれば、互いの立場がいかに似通っているのかが分かる。同じ伯爵家の次期当主。神童の称号。転生者。現代知識。チート能力。だというのに、この差は何だ?
 ギーシュの澄んだ蒼い瞳の中に、憎々しげに表情を歪める僕の顔が映り込んだ。彼の瞳に映った僕の表情に、毒々しいというほどの眼力はない。ただガラス玉のように安っぽい、薄っぺらい赤だ。

「錬金!」

 ギーシュの掛け声と同時に地面の土が鋼の輝きを帯びて噴き上がり、彼の杖に絡みつき、また一部が分離して、白黒の双剣の形を作り上げる。
 形状こそ明らかに干将莫邪を模した代物だが、ギルガメッシュの蔵で本物を知っている僕の目から見れば、所詮そんなものは無様なレプリカ────そんな風に思い、だが、そんなものはしょせん借り物の力、そういう意味ではあっちの不格好な干将莫邪こそが本物の刃だ。
「イル・ウォータル・シュトローム────ウォーター・スパイラル!」
 ギーシュに対抗して僕の杖の周囲にも水の渦を巻き起こす。風魔法エア・ニードルの水バージョン、杖の周囲に水の渦を巻き起こす近接戦闘呪文。

 ギーシュの握る干将莫邪レプリカは確かに奴の努力と才能の積み重ねによる、いわば本物の力だ。しかし、だから本物の赤い弓兵と完全に同じものか、と問えばそれは違う。ギーシュと弓兵、主人公属性という意味合いにおいてその方向性はある意味同一、しかしそれが別人別物である以上、それらが持つ存在が同一であり得るわけがない!
「────行くぞ!」
 あえてフェイント、必要以上の無駄な気合を込めて僕が突き出した杖に対して、ギーシュは双剣を交差させた防御の構えを繰り出す。僕の中の無窮の武錬スキルはその構えを努力の積み重ねによって鍛え上げられた守備力特化の刃と判断、無理のない受け流しから反撃の刃を叩き込む一手と分析、それすら赤い弓兵と同一だが、僕は既にその差異を見切っている!

 僕が突き出した杖の纏った水の渦に触れた刹那、ギーシュの構えた双剣は渦に巻き込まれてギーシュの手を離れ、あらぬ方向へと吹き飛ばす。これこそが水の近接戦闘呪文のウォーター・スパイラルの真骨頂、風のドリルによる殺傷呪文であるエア・ニードルとは違い、受け流しによる防御、そして武器落としによる無力化を狙った防性、非殺傷の格闘呪文だ。
 そして、おそらく武器を振るいながら魔法を使う工夫なのだろう、ギーシュが杖を核として双剣を形作ったのを僕は見ている。つまり双剣を飛ばせば杖も飛ぶということ、オリジナルの弓兵のように何度剣を飛ばされても再構築するような芸当は無理。

 杖を飛ばされたギーシュはとっさに予備の杖を引き抜いたのだろう、剣の柄に似た質実剛健な杖、あるいはこちらが彼の本来の杖か。錬金によって身長をも上回る大剣の刃を展開したその杖は、彼我の重量差により水流で跳ね飛ばすような小技は無効、その剣を振るう膂力は、ギーシュの拳を腕を胴体を全身を鎧のように覆っていくパワードスーツ仕様のゴーレムが生み出すもの。
 精緻な剣技を使うゴーレムというだけでも面倒なのに、コモンスペルに過ぎないフライの呪文を唱えるだけでもゴーレムとしてあり得ない俊敏性を発揮、強力な魔法に対しては地面を錬金した鋼の壁などの防御呪文で対処、あるいはこの状態で周りに雑魚ゴーレムを生み出せば、対ゴーレム戦のセオリーである本体狙いも難しい。

「っ、厄介な……!」
 金属には電気とばかりにライトニング・クラウドを撃ち込むが無効、おそらくは何らかの非導体を仕込んだ複合装甲、これだから現代知識持ちは面倒なのだ。
 魔法によるパワードスーツの錬金に、少々の小細工など力押しで叩き潰す破壊力、そして魔法。正面からの潰し合いにおいてこれほど有効に働く魔法はないだろう。水流を纏った杖で敵の斬撃を受け流せば、おそらく刃を落としているのだろう、鈍器の爆砕、地面は斬れずに砕け散る。

 だが、正面から勝てないのなら、正面から戦わなければいいのだ。足元に水流を生み出し加速して距離を取り、手元の魔法の球体を生み出す。アクア・ボム、着弾と同時に爆裂する水の弾丸。
「我がモット家伝来の奥義! 受けてみよ!」
 なんちゃって、モット伯家にそんな正面突破な技はない。だがその掛け声に引っ掛けられたのか、ギーシュは杖と同化した大剣を振るい、地面を錬金して巨大な鋼の壁を生み出して、爆裂水弾は虚しく飛沫を挙げて壁の表面で砕け散る。
 だが、それこそが次に繋げる布石だ。飛び散った爆殺水弾の飛沫を触媒にクリエイト・ミスト、効果時間でも切れたのか崩れ落ちる鋼の壁を後目に霧を生み出して相手の視界を閉ざす。そこから何らかの手段で脱出される前に撃ち込むのがこっちの本命である練成呪文だ。
 練成とは要するに錬金の液体バージョンである水呪文、しかし前世において特殊な知識を持たなかった僕は、ニトログリセリンもサリンガスも生み出す事は出来なかった。だが、そんな僕にもできる事がある。
 僕の呪文を受けてギーシュを包む霧が漆黒に染まり、霧から飛び出してくるギーシュの甲冑も漆黒に濡れている。闇属性なんて厨二病チックな能力では有り得ないただの練成、僕が生み出したのは墨汁だ。小学校の書道の時間にさんざん使ったあれこそが、僕の切り札。
 頭から墨汁を被ったその状態で、マトモに視界が効くものか。顔面にワイパー一つつけなかった自分の不測を悔みやがれ!

「イル・ウォータル・アクア・ウィターエ……!!」
 生み出すのはアクア・ゴーレム、呪文を唱えた僕の声に反応してギーシュがこちらに向かってくる。その足取りには欠片の淀みもなく、おそらく気配だけで動いているのだろう。だが、無窮の武錬スキルがあれば、本職の気配遮断には及ばなくても、武人の嗜みとして気配なんてある程度は消せるのだ。そう、生命を持たないアクア・ゴーレムと同じ程度には。

 人型のアクア・ゴーレムがギーシュを回り込むように疾走し、素早く間合いを詰める。その攻撃に瞬時に対応し、ギーシュは渾身の斬撃を叩き込んだ。だが液体ボディのアクア・ゴーレムに物理攻撃は無効、そんなこと目が潰れたギーシュには分からないだろうがな!
 飛沫を挙げて切断されたアクア・ゴーレムが触手の塊のような形状になり、ギーシュの身体を拘束する。殺った。ひとまずこの鎧を貫通しなければ、勝利とは言うまい。僕は手持ちの杖にブレイドを発動させ、ギーシュに向かって振り上げる。


 その刹那。
 そう、勝った────確信が神経を走る、その刹那だ。
「お兄様……!」
 横合いから轟いた爆裂が僕の体を殴り飛ばした。


「っ……ぐ……ぁ……!?」
 何が起きた!?
 驚愕に身をひきつらせながら体を起こす。脇腹の傷口から発する激痛は脳に届く前に水の精霊が停止させ、損傷は肋骨三本と右肺と横隔膜と腸、全ての機能は精霊で代行可能。

「ルイズ、何をやっている!?」
「ギーシュお兄様、大丈夫ですか!? お怪我は!?」
 見れば、ギーシュに向かって見覚えのある桃色がかった金髪の少女が駆け寄っている。となると、さっきの爆発は虚無によるものか。
 確か、命中精度の劣悪ささえ克服できれば最短の溜めで最高の威力を発揮できる、最高クラスの戦闘手段、とかくあらゆる二次創作で指摘されている失敗魔法の利点を最大限に生かすべく精度を向上させたのは、おそらくギーシュの指導によるものだろう。

「ああ、なるほど、そういうことか……そうかそうか、なるほどなるほど……ははっ」
 最低だ。最悪だ。気持ち悪い。僕は無様に地面に転がったまま、込み上げてくる衝動を喉の奥で押さえつけた。喉の奥が震えているのが分かる。そうかそうか、そういうことか。
 ああ、これが仲間というものか。僕に仲間はいない。いるのは手駒だけ。だから、肝心なところで邪魔が入った。誰も信用できないと考えて、だから他人なんていらないと考えた。
 どこで聞いたかなんて忘れたが、本当の強さというのは、物理的なパワーではなく、人を信じる心だって言う話だ。つまり、どうして負けたかなんて簡単なことだ。早い話が、弱いから負けたということだ。なんて簡単な話だ。糞。どこまでも皮肉。

「ルイズ、何をやっている! これはお互い納得づくの決闘なんだ! 邪魔をするんじゃない!」
「でも、お兄様があんな奴に負けるところなんて見たくありません! そんなこと!」

 だが。
 それでいてなお、嗤いが込み上げてくる。
「くくっ、ぁあははっ、はっ! げぼごぼっ、あっははははははははははははは!! がはっ、あぁはははぁ!! いやいや、まさか伏兵とは考えたなギーシュ」
 肺に溜まった血を吐き出しながら嘲笑う。吐き捨てた血は、びちゃべちゃと音を立てて地面にどす黒い華のような跡を咲かせ、それがまるで僕を心の底から祝福しているように見える。
 実に愉快、愉快なのだ。
「あっははははっはははははっはははははは!! となると、小細工無しの戦いと最初に言ったのも全てがこれに至る布石だったということか! なるほど、大した策士ぶりだよギーシュ!!」
「違う! 俺は……!!」

 ギーシュは今、故意だろうがそうで無かろうが、己の意志を、その無尽の強さの源を裏切った!! どうしようもなく、そう、どうしようもなくだ。
 例えその一瞬後には奴が再び立ち上がってより強くなるのだとしても、それでも。アイツに一矢報いてやった。白紙のように清らかだったヤツの行為に、一滴の泥を落としてやった!!

「そうだ、ああそうだな悪かった、確かに僕が悪かったなギーシュ・ド・グラモン、グラモン家の次期当主殿、弱冠十二歳にして才能に恵まれた土のスクエア、伯爵である父上殿にも領地経営を任されて領地改革に成功し、アンリエッタ姫の覚えもめでたく、トリステインの大貴族の筆頭たるヴァリエール家の庇護まで受けたグラモン家の神童様が、まさかそんな卑怯な真似をしでかすわけがない、つまり僕が悪かったと、そうだなそういうことになるわけだなハハハハゲホグハハァッ」
 地面に血反吐を吐きながら嘲笑う。

 まずい。これ以上はまずい。というか、ここまで行ってしまっているということそれ自体がすでに最悪なまでにまずい。ギーシュの立場ってのは僕が言った通りの物騒な代物で、それを公衆の面前で罵倒する、それこそが最悪の行為だ、っていうのに、何という快楽か、あいつの精神を苛むというたったそれだけの行為が、止められないのだ。
 ああ、つまり、これはまずい。わずかに冷静な心の片隅で、体内の水の精霊を操作、脳内の伝達物質やら何やらを堰き止めて、一時的に冷静な状態を作り出す。
 何より精神を埋め尽くしていた狂喜と狂乱が一瞬で揮発して、そこに生まれた落差が空隙となり、その上で恐怖と混乱と何より自己嫌悪がそれこそ濁流よろしく襲い掛かってきて爆発して崩壊して、精神が硬直する。つまりこれがよく言うパニック状態というものなのだろう、と現実逃避して逆に冷静な心の一部が考えて、しかし有効な手段なんて何も考え付かずに再び狂乱し────

 脳に水精霊の制御を回した分、内臓機能や損傷部位の保護に力が回らなくなったらしい。要するに全身の傷口からどっと血が噴き出して────僕は気絶した。


 やってしまった。何てことだ。
 ギーシュに、僕がギーシュに勝利し得る可能性を見せてしまった。……いや、そんなことはどうでもいい。何であんなに目立ってしまったんだ僕は!? これでギーシュに要注意人物としてマークされでもしてみろ!! 洒落にならない事になるぞ!?
 いや、それよりも何よりも、あんな無様を晒してしまったこの身が情けない……糞。
 失敗だ。それも大失敗だ。
 どうにかチート能力は見せずに戦えたが、それを差し引いても失敗だ。
「気がつきましたか?」
 思わず歯噛みした僕の耳朶を、柔らかな声が打った。
「リーラか」
「はい」
「そう、か」
 少しだけ力が抜ける。
「旦那様が心配なさってました。一体何が起きたのか、と。グラモン家の私設軍や使用人が殺気立った様子でいて、さすがに放っておけなかった、と言っておられました」
「そうか」
 それはまた、あいつはよっぽど人望があるようだ。糞、やっていられない。何が楽しくて、そんな簡単に人を信じられるのか。
「……他人なんて、どうせすぐに裏切るのにさ」



 グラモン領から帰ってきた僕が最初に考えたのは、これでは足りない、という事だった。夢に出てきたあの化け物に対抗するためには、今の僕が持つ力だけではとてもではないが足りない。もっともっと、強くならなければならない。
「だからといって、火竜山脈などに行くのは自殺行為です! いくらご主人さまでも生きて帰るのは……」
「大丈夫だ。チートの僕なら行ける。何より、今の力じゃ足りない」
 熱で臥せっている間、ギーシュに勝てないかもしれない、殺されるかもしれない、あるいは、予想だにしない圧倒的な不確定要素に足をすくわれるかもしれない、と、不安が日増しに膨れ上がっていた。そして、それに対してどうする事も出来ず、何度も何度も魘されては飛び起きた。あんな目に遭うのは御免だ。少なくとも、ハルケギニアにあんなバケモノがうろついているだけでも恐ろしくて眠れない。
 ……否、もしこちらに来るかもしれない。そんな仮定の話だけで、僕は恐ろしくて溜まらなくなる。



 だから、力を。あの化け物に対抗できるような強い力が欲しい。



 暑い。いや、熱い。
 “王の財宝”から取り出したヴィマーナの甲板で、僕は乾燥した風が頬を撫でていくのを感じ、喉に砂埃を吸い込んで咳き込んだ。
 ここは火竜山脈……ゲルマニアの北端の辺境地帯に存在する火山帯。北の端にあるというのに、地熱によってやたらと気温が高い。ごつごつとした岩肌を剥き出しにした山脈であるが、この地熱効果のせいか、それとも怪しげな精霊的な何かでも働いているのか、この土地には雪も雨も降らない。

「……力」
 話す相手がいないと、独り言の癖がつくらしい。前世でもそうだった。
 ヴィマーナの甲板から僕は一息に地面に向かって跳び下りた。

「……力」
 地表に向かって落下しながら、取り留めもなく僕は呟く。
 力が欲しい。今のままのこれじゃ足りない。力が欲しい。
 ジョゼフ。教皇。もしかしたら出てくるかもしれない未知なる虚無の使い魔。世界は敵ばかりだ。力が欲しい。

「……力」
 足りない。アレに対抗可能な力なんて、このハルケギニアには存在しないのではないかと思う。いや、一つだけある。虚無だ。もしかしたら虚無であれば何とかなるのかもしれない。四の四を集めれば何とかなる。四人の虚無の使い手を結集させれば、もしかしたら対抗する事ができるかもしれない。

「……力だ」
 その力を手に入れるためにも、今の力では足りない。もっと力が必要だ。だから────。
「……力を、力を寄越せぇええええええええええええええええええええ!!」
 叫びに反応するかのように飛び出してくる巨大な影。咆哮を上げ、炎を噴く。この火竜山脈の名前の由来、火山地帯特有の気候か何かを好み、数知れない火竜の巣窟となっているのだ。
 僕を囲む無数の減衰結界が火竜のブレスを防ぎ、外套の下から迸る無数の水の槍が、蛇のようにうねりながら火竜に向かって襲い掛かる。
 ドスドスと音を立てて突き刺さった水の槍/水精霊の一部は、指に嵌めたアンドヴァリの指輪を通して先住魔法の効果を伝導、外套の下の空間を歪めてラグドリアン湖と直結した水流を通して、火竜の体を流れる水の流れを、水精霊の本体へと繋げ、火竜の肉体を浸食していく。

 やがて火竜は苦しげな呻き声を上げて僕へと屈した。その全ての体組織、脳を含めた神経組織は、体液そのものである水精霊の分体によって完全に掌握され、もはや火竜はこの完全に僕の肉体の一部だ。
 生物を自らの端末に変える能力。これが、水メイジにして、今やラグドリアン湖の水の精霊そのものである僕の、新たな能力であった。

「こんなものじゃ足りない……もっと、もっとだ、力を、力を寄越せ!」
 掌握した火竜に仲間を呼び出す合図である鳴声を上げさせる。さしたる時間も経たない内に、無数の火竜がこちらに向かって舞い降りてくる。
「っぎゃぁははははははははははぁっ!! 足りないぞ! もっと出て来い!!」
 渦巻く水が無数の槍となって火竜の群に撃ち込まれる。回避されれば槍は途中で弾け、無数の楔に分裂して回避した竜に背後から喰らいつく。一撃でも当たれば十分。後は十分に浸食が進めば、それでそいつはこちらの手駒だ。
 十分数が揃ってくれば、そいつらも戦闘に参加させる。僕の端末として水の先住魔法が使えるし、水の精霊の力を使えば傷を負っても再生が可能という疑似韻竜、通常の竜が相手ならどちらが勝つかは言うまでもない。

 牙や爪を通して水精霊の一部を撃ち込み、あるいは切り裂かれて飛んだ返り血すらも浸食の足がかりに変える。こいつらの全身の体液は水の精霊という名の毒だ。そして、毒が全身に回った時点でそいつはこちらの駒になる。少しずつ駒を増やしていき、気がつけば一帯の火竜は全て僕の支配下に置かれていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 足りない。火竜の群を端末にした僕だから分かる。こんなものでは足りない。火竜など、単なる猛獣に翼が生えただけの代物でしかない。しかし……いや、だが……。
 要は、物は使いようというべきだろう。だが、やはり足りない。

 力が足りない。

 再びヴィマーナに乗り、無数の火竜の群を率いて飛ぶ。どこへ向かうか……ひとまず、アルビオンだ。あそこのオグル鬼などの亜人などには興味があるし、少しばかり試してみたい事もある。そう考えると、竜群を駆って僕はアルビオンへと飛ぶ。




=====
後書き的なもの
=====

 ……やってしまった。
 ラスト超展開どーん。本日のフェルナンは狂乱気味です。微妙に性格変わってないか、って気もする。ヒステリーとパニックのダブルアタックでこんな感じ。
 ギーシュはお兄様。
 しかし、そろそろストックも減少してきた今日この頃。どうしたものかと。ストックに加筆修正する形で投稿しているため、通常の連載の弱点も背負うことに。

 ちなみに、決闘のルールは杖を落とされた時点で負けが確定するため、実は最初にウォーター・スパイラルで干将莫邪(偽)を弾いた時点で勝負は決まっているはず、ということに突っ込んではいけない。




[13866] 07終了時における設定など覚書
Name: ゴンザブロウ◆27d0121c ID:d73d82b7
Date: 2010/03/17 22:25
●人物関連


フェルナン・ド・モット
 我らが主人公。チート能力満載の転生者。
 特技はテンプレ大逆走。大量のチート能力持ちの転生者なのに、ことごとくテンプレの逆を行く漢。
 トリステイン貴族であるモット伯ことジュール・ド・モットの息子。
 色々とオリジナル魔法を開発していたりする。
 水のスクエアメイジ。二つ名は「濁流」だが、濁流のごとく凄まじい威力の水を操る、ではなく、あくまでも心が濁っているから濁流である。あと、父親が「波濤」のモットなのでそれっぽく合わせてみた。
 使い魔はラグドリアン湖の水の精霊で、水の精霊と一体化しているため、精霊の魔力のバックアップと先住魔法が使える上、肉体自体もかなり人間離れしている。
 転生者としての能力は強力だが、使いこなせていない。
 人格の基本は徹底的なまでの自己否定。そこから発展して、こんな自分が努力してもうまくいくわけない、とか、こんな自分に好意を持ってくれる人間などいるはずがない、とかいう発想になる。
 割と神経質。考え過ぎたあげく何もできずに自滅するタイプ。
 基本引きこもりで、対人スキルは壊滅状態。まともに話ができるのが、父親であるモット伯を除けば洗脳済みのメイドさん数名。
 とりあえず、転生後の能力はギルガメッシュ(Fate)、ランスロット(Fate/zero)、メディア(Fate)、パピヨン(武装錬金)、グレン・アザレイ(円環少女)の五つ。
 名前の由来は「巌窟王」に登場する元平民の悪徳貴族から。


※モット伯爵家
 表向きは普通の貴族だが、百年くらい前まではガリア北花壇騎士団のトリステイン版のような極秘部隊の役目を担っていた貴族で、特に尋問や拷問、精神操作などの裏工作を得意としていた。ただし、現在ではその上役が失脚してしまったため、その経緯を覚えている者はいない。
 そのせいもあり、精神や肉体に作用するような魔法を得意とする。


リーラ・ウルリカ・ド・アングラール
 フェルナンの専属メイドであり、フェルナンの手駒。カールした金髪ロングヘア。
 主人公よりも一つ年上。顔の半分が焼け爛れたフライフェイス。おかげで安かった。あと、現時点ではフライフェイスはフェルナンの父親避けとして残している。メイジとしてのスキルは土のライン。
 ダングルテールの元貴族(子爵家)だが、新教徒狩りで一族郎党皆殺しになり、本人も奴隷として叩き売られ、フェルナンに買われる。顔の火傷はその時のもの。下手人は多分メンヌヴィルかコルベール。
 フェルナンの手によって精神改造が施されている。
 名前の由来はラノベ「まぶらほ」のメイドだが、銀髪ではない。ついでに、あそこまで高スペックでもない。後、苗字は「巌窟王」の登場人物から。


シャーリー
 モット伯家のメイドであり、フェルナンの手駒。
 名前の由来は漫画「シャーリー」に登場するメイド。武装錬金の名前の由来は大槻ケンヂのアルバム「ミッドナイト プラグレス カフェ」より。 主人公よりも三つ年上。
 ちなみに、出身はフェネット村という場所。出身地の地名は「反逆のルルーシュ」の登場人物「シャーリー・フェネット」より。
 ホムンクルスとしてのベースは獣人。獣人由来の精神系の先住魔法と高い身体能力を有する。
 自殺騒ぎを起こし、主人公にホムンクルス化される事で一命を取り留める。主人公とは「いつか彼を笑わせてみせる」という約束を交わしていた。


ジュール・ド・モット
 モット伯家の当主にしてフェルナンの父親。
 原作キャラ。
 フェルナンの影響の為か、原作よりも多少鬼畜度が上昇している。ただし、フェルナンに対しては意外とマトモな父親をやっている模様。いわば唯一の癒し状態。とはいえよりにもよってモット伯が癒しになっている時点で、既にいろいろ終わっている気がしないでもない。
 なお、従えている使い魔はどう見てもエロゲーから飛び出してきたようにしか見えない謎の触手状生命体。触手の尖端の形状が男のナニにしか見えない。全体から媚薬を分泌しているため、水の秘薬の材料には事欠かない。


エマ
 モット伯家のメイド長。二十代後半。
 名前の由来は漫画「エマ」に登場するメイド。外見だけはそっくりだが、実力も性格もあくまで劣化コピー品である。同等のスペックを期待してはいけない。


ギーシュ・ド・グラモン
 転生者。隠しスキル「主人公補正:A++」の持ち主。
 内政チートであり、窒素系肥料やら二毛作やらといった定番のアレで、色々と儲けている。
 今のところ判明しているハーレム要員はルイズ、アンリエッタ。
 名門グラモン家の四男にして、土系統の魔法を使うスクエアメイジ、通称“鋼鉄”。グラモン家の“神童”であり、輪作や三毛作、窒素系肥料の製造などの農地改革や、味噌・醤油などの新種の調味料の製造や取引によって、傾いていたグラモン家の経営を立て直し、さらに大きく発展を続けている。
 チート能力の質もあり、フェルナンよりも強い。


メルセデス・エミリエンヌ・ド・モルセール
 フェルナンの婚約者。モルセール侯爵家の次女。
 元々は別の婚約者がいたのだが、父の女遊びが過ぎたために金に困ったモルセール侯爵家によってモット伯爵家に嫁がされる。
 事情を知らない本人は、侯爵家の尊い血筋(笑)が欲しいためにモット伯爵家が金に飽かせて圧力を掛けた結果と思っている。
 なお、元婚約者とは今でもラブラブである。


●魔法関連


エモーション・カスタマイズ/メモリー・カスタマイズ
 モット伯家伝来のオリジナル魔法。
 感情操作の魔法。
 エモーション・カスタマイズは感情を、メモリー・カスタマイズは記憶を操る。
 なお、それぞれ『エモーション・コントロール』『メモリー・コントロール』の上位魔法。


練成
 けっこう基本的な魔法。錬金の液体バージョン。とりあえず、一度成功した練成に関しては、自由に使用する事が可能。一例では硫酸、睡眠薬、媚薬、水銀、他。特に水銀に関しては、極めて強力な攻撃魔法としての応用が可能。
 なお、これによる墨汁練成は、フェルナンによる現代知識の数少ない成功例である。


アクア・ゴーレム
 モット伯家伝来ののオリジナル魔法。上記の練成の応用で水でできたゴーレムを作る。一応四脚獣の形状はしているが、液体なので変形する。斬撃とかそこらへんの攻撃が効かない。練成でいろいろな液体を使用する事が可能。
 本来はスライム異種姦プレイを魔法でお手軽に実現するための魔法だったが、戦闘に使ってみると意外なほどに有用だったという、突っ込みどころ満載の出自。
 なお、バリエーションとして、犬型や触手型のものも存在する。あと、一応人型も。


ウォーター・スパイラル
 エア・ニードルの水バージョン。杖を取り巻くようにして水の渦を発生させる。風のドリルを発生させるエア・ニードルとは違い、受け流しによる防御と武器落としによる無力化を狙った非殺傷呪文。
 アクア・ゴーレムと違って秘伝のような代物ではないが、そもそも水メイジが直接戦闘で活躍すること自体滅多にないので、戦闘で見かけることは結構珍しかったりする。
 また、土はともかく、炎には多分同系統の技がありそうな感じ。







[13866] 濁流のフェルナン ルートA08 血塗れの天空【仮掲載・前回と同じ】
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7
Date: 2010/02/23 13:03
 空を舞う竜の大群。無数の翼のはばたきが重なり合って、その響きはもはや轟音に近い。空は曇り。雲に覆われて暗い色調の空が、まだ見ぬ不吉の到来を予告しているかのよう。
 そんな中、僕は雲に紛れて浮遊大陸アルビオンへと接近しつつあった。竜の群に先住魔法を使わせ、雲を纏い、姿を隠す。

「竜群は水の精霊の支配下にあるから、魔法を使うこちら側はメイジ一人と水の精霊、それから火竜の群、三つのパーツによって構成された群体生物のようなもの。一体一体ではなく、一個の群体として魔法を使う事で、飛躍的にその威力を上昇させる事が可能、か。この技は、結構使えるかもしれないな」
 僕は眼下に、どこかの大貴族が建てた城らしき建物があるのを確認し、竜の神経を通して号令を下す。僕の一部である火竜たちが一斉に咆哮を上げる。数百頭の竜による、いわば疑似聖堂詠唱での先住魔法。
 竜が纏う雲が燐光を纏い、少しずつ強烈な光と化し、やがて一条の閃光と化して眼下の大地へと滑落する。轟音を上げて着弾した雷は、しかし一瞬ではなく数秒間の照射を続け、停止する。

 雲の中から水の精霊そのものである水蒸気の触手を飛ばし、眼下の城に探索の手を伸ばした。
「大分燃えているな。生存者はゼロ、か。あれだけの威力の攻撃であれば当然だな。……こんなんじゃ足りないけれど」
 竜群の眼前に赤く輝く障壁を発生させる。一辺百メートルにも達する赤い正方形の、“複製障壁”と呼ばれるそれは、グレン・アザレイの相似体系魔術の一つであり、“転移障壁”の応用。空間転移の転移先を同時複数設定する事で、入口を通った物体を複数の出口からコピーして出せる障壁である。それに自分が乗っている以外の全ての竜を突入させる。上空千メートルの雲の中に設定された十三枚の出口から次々と飛び出してくる竜の群は、十倍以上の数となってすぐさま僕に合流する。

 だが、それでも足りない。あの化け物の恐怖から逃れるには、まだまだ力が足りないのだ。
 だから、僕は人気の無い山岳地帯へと竜の翼の先を向ける。人がいない、といっても、それは人類に限る話だ。オークやオグル鬼などの亜人どもが、無数に棲息している地帯。火竜の飛行能力に物を言わせて上空から水の精霊の雨を降らし、その肉体を奪い取っていく。
 ああ、でもやはり、足りないことには変わりない。こんなんじゃ、一撃で消し飛ばされて終わりだ。もっと、もっとだ、もっと力が────。



 濁流のフェルナン/第八段



「にしても、空を飛び続けるのにも飽きてきたな」
 ひとまず、地上に降りる事にする。何か面白いものでも見つかるかもしれない。
 いきなり火竜の群れが飛び回れば当然大騒ぎになるだろう。火竜の大半を雲の中に隠し、その中に複製障壁を浮かべてしばらくオートで火竜の増産を行う傍ら、僕は地上へと降り立った。

「といっても、何もないな。森ばかりだ」
 森なら、トリステインにもいくらでもあった。正直、これなら空の上にいても大して変わらない────
「────あれは、村、なのか?」
 普通、半径数キロの範囲に人が暮らす集落があるのなら気付く。僕にはランスロットの気配察知能力があるからだ。だが、それにもかかわらず気付けなかった。
 その理由は簡単。

「……誰も、いない?」

 人の気配が無いのだ。
 木々の葉擦れの音や風の音は届いてくるが、それだけだ。しんと静まり返って、物音一つしない。目につく中でとりあえず一番大きな建物の中を覗いてみるが、どうやら誰もいないようだ。得体の知れない何物かが潜んでいる様子もない。
「テーブルに湯気の立っている料理でも並んでいれば、マリー・セレスト号みたいなんだろうが」
 しかし、それもない。僕の独り言は木造の壁に虚しく跳ね返る。

 木目の浮き出たテーブルをそっと撫でても、埃の感触はほとんどない。どうやら、住民が消えたのはさほど昔のことではないようだ。
「レコン・キスタも動き出していないってのに、気の早い連中もいたものだ」
 にしても、ここはどういう建物なのか。実際に使っていた痕跡のある厨房もあるようだし、生活のための施設だというのは間違いない。だが、貧民が多産になるという傾向を想定に入れても妙に椅子や部屋の数が多い。
 その椅子の大半は、体の小さい子供でも使えるように細工が施されているようである。

 まさか────原作知識が頭をよぎる。まさか。
「孤児院……か?」
 まあ、ここが孤児院だとしても、原作に登場したあの孤児院だという保証はどこにもないのだが。
 あらためて、孤児院のような建物を探索してみる。食料品や生活雑貨のようなものはどこにもない。家具だけがぽつねんと放置されている。まるで取り急いで引っ越しでも始めたような有様だ。
「まったく、何が何だか……」

 だが、何はともあれ、こんな訳の分からない状況に関わり合いになる必要などどこにもない。何が起こるかなど分かったものではないのだ。ぼんやりしていて面倒に巻き込まれないうちに、さっさと退散するのがベストだろう。
「それじゃ、さっさと帰るとするか」
 溜息一つついて建物を出る。上空に待機させた火竜の視界が奇妙なものを捉えたのは、その刹那の事だった。


 相似魔術で発生させた転移障壁を使って上空へと空間転移、ヴィマーナの甲板に姿を現す。
 火竜たちが捉えたのは巨大な影だ。僕の乗るヴィマーナよりもさらに巨大な、それこそ島ほどにも巨大な質量を持つ、何か。それが頭上を覆い、巨大な影を落とす。
「何だ、あれは……!?」
 重力を無視しているかのように空の間中に浮かぶ巨大構造物、金属とも粘土ともつかない球体の周囲をリング状に取り巻く三重城壁、その内側に建ち並ぶ白亜の巨大建造物群と、その上をドームのように覆う大樹。
 いかに魔法の存在する世界とはいえ、これはあまりにも非常識に過ぎる。


 何だあれは?
 好奇心が刺激され、僕はその空中建造物に向かって火竜を近づけてみる。自分自身が近づくのは危険な気がしたので、端末である火竜の一体を斥候に向かわせる。少しずつ視界の中で空の巨城が近づいてくる。
 接近してみて初めて分かる。球状をした城の基底部には、無数の木の根が絡みついている。それで思い出した。
「────あれは、ラピュタだ」

 映画で見た事がある。アレは天空の城ラピュタ。雷を落としたり、ロボットが出てきたりするアレだ。そのものだ。
「まさか、よりによってアレが出てくるとはな」
 近づき過ぎた火竜が奇妙な飛行物体が放った閃光に撃墜され、ラピュタの中へと墜落していく。火竜を撃墜したのは、巨大な人型だ。人型こそしているが、腕を翼に見立てて広げたその形は飛行機にも見える。
「あー、そういえばロボとかいたっけか……」
 にしても、なぜラピュタなのやら。別にあんな骨董品にこだわらなくても、終わクロの大機竜ノアとか、いくらでも類似の空中要塞の中には、もっと多機能かつ強力なのがいくらでも存在するだろうに。

「やれやれ……どうせあれも転生者関連なんだろうな」
 言いながら、背後に“王の財宝”のゲートを開き、仮面を取り出して装備する。
 仮面は、二本の角を持つ鬼の面。
 かつて日本最大の鬼種たる酒呑童子の誕生伝説において、祭祀用の鬼の仮面を着けたところ、そのまま取れなくなって鬼になってしまった、という伝承が存在する。この鬼面は、装着した者の肉体を「鬼」という概念で纏め、一体の「鬼」という存在として運用する、という能力を持つ。
 故に、かつて源頼光に首を刎ねられた酒呑童子は、そのまま敵の頭蓋を噛み砕き、断ち落とされた己の頸を敵の肉体に繋げて蘇ろうとしたのだ。この仮面を着けた人間の肉体は鬼に変じ、魔術的な手段においてもその存在は「鬼」としか感知できない。

 さらにその上に、“王の財宝”から取り出した大きなマントを羽織り、自分の姿を完全に隠す。かつてアーサー王が使ったという姿隠しのマントだ。大気を操り、光学迷彩を発生させる。その効果範囲を拡大して竜の群の半数を覆い隠し、さらに複製障壁を使って隠した火竜の数を幾何級数的に増殖させていく。
 光学迷彩を解除すると、もはや数万頭にも及ぶ火竜の群がそこにいた。

 それに対抗するように、ラピュタの中からも無数のロボット兵が現れる。炎のブレスとビーム砲の閃光が飛び交い、激しい空中戦が展開される。
 一機、また一機とロボット兵たちが墜落していき、そしてその十倍、百倍、あるいはそれ以上の数の火竜が、肉片となり、あるいは炭化して崩れ落ち、ラピュタの大地へと叩きつけられていく。ラピュタの壁面に衝撃と共に血肉の花が咲き乱れ、さらにその上に新たな花が塗り潰して咲き乱れる。
 半ば炭化した血や肉片が雨のように降り注ぎ、泥水のように流れ落ちる。もはや元の色など分からず、ラピュタは血と骨と肉と脳漿の色で一面に染め上げられていた。
 そんな光景をよそに、僕は既に火竜から降りてラピュタの内側へと踏み込んでいた。不可視の存在への警戒は無いようだ。
「これが超銀河ダイグレンとかガイバーの“方舟”辺りだったら、とてもじゃないけど光学迷彩程度の能力じゃ踏み込めなかっただろうな」
 呟きながらラピュタの廊下を走る。厨二設定が無い分、スタジオジブリはチョロい。

 中枢部は確か……覚えていない。だが、とりあえず中心部を目指していけば間違いないだろう。上空にまだ隠れている竜の群の視覚と方向感覚にアクセスすれば、自分のいる位置が空間的に何となく把握できる。
 光学迷彩だけでなく、気配遮断の効果を持った“王の財宝”のハデスの隠れ兜の効果領域を相似魔術で拡大して隠してあり、複製障壁を利用して今もその数は増大中である。予備の手札は多ければ多いほどいい。
 そうそう、その前にやっておく事がある。軽く指を鳴らすと、僕の目の前に三枚の複製障壁が出現する。サイズは掌程度、床面を構成する石畳の継ぎ目に挟み込むように打ち込まれたそれらは、そう簡単には見つけられないはず。
 さってと、敵はどこにいるのかな?
 それじゃあ、行くとしようか。僕はランスロットの脚力を借りて、長い回廊を走り出した。


 走る。ロボット兵のほぼ全てが上空の火竜群の迎撃に向かっているらしく、城内はほぼ手薄のようだ。まあ、それも致し方ない事。確かにロボット兵と火竜の性能差は圧倒的だが、数においては圧倒的にこっちの方が上。それどころか、上空では複製障壁を利用して、その数は今もって増大中なのだ。
 その気になれば、ラピュタの上に火竜の屍体で山を築いてこの空中魔城を圧殺することだってできるだろう。

 そんながらんどうの城内を走る。城の構造は中々複雑で、マトモに中枢に辿り着く事はかなり難しいものだっただろう。従って、僕は強行突破する事にした。
 “王の財宝”を展開、構えた両手に宝具を射出。右手に太陽剣グラムを、左手に歓喜剣ジョワイユーズを握って疾走、行き止まりに突き当たればグラムの業火で壁をブチ抜き、階段が見つからなければジョワイユーズの光刃で床や天井をブチ破り、速度を落とさず走り抜ける。
 さすがに途中ではロボット兵に阻まれたりしたが、僕が振るう二刀流は元よりどちらもA++級、世界最上級のエクスカリバーに匹敵する最上位の聖剣魔剣である。ロボット兵程度の相手ならば一撃で真っ二つにできる。


 最高位の魔剣である太陽剣グラムの刃は真名解放に頼らずとも、相応しい担い手であれば既存の物理法則を無視した超常の切れ味を発揮する。それは、未知の材質で構成されたラピュタの金属扉であっても同じことだ。
 斬断した扉を蹴り飛ばすと銅鑼でも打ち鳴らしたかのように一際大きな轟音が響き渡る。同時、扉の内側から弦や火薬の音が打ち鳴らされ、無数の矢弾が飛来した。
「っ」
 全て弾道を見切って回避、当たっても痛くも痒くもないが、的になるのはあまりいい気がしない。威嚇代わりに天井に“王の財宝”から金剛杵を飛ばして爆破、地響きにも似た爆音が響き、破砕した天井から瓦礫が落下する。

 見渡せば、そこにいるのは怯えた瞳でこちらを見つめる非武装の人間が数人、大半が子供だ。服装からして、研究員とか実験体とかそういうのではない、純粋な村人Aとか、そんな立場の人間だ。そして、その子供たちを守るように武器を構える兵士たち、油断せず銃や弓の射線はこちらを睨んで外れない。訓練の行き届いたいい動きだ、と僕の中のランスロットの知識が告げている。
 念のため、などと考えて相似魔術の銀弦を飛ばし、子供の脳内から情報を引きずり出す。かなり適当な検索、故に引き出せる情報も大雑把、先程の村の住人である事と、どこか見覚えのある雰囲気の金髪の少女。
 その情報を吟味する暇もなく、兵士たちが銃弾を飛ばしてくるのを首を傾けて回避、同時に兵士たちから誰何の声が飛ぶ。
「何物だ!?」
「知るか」
 吐き捨てて刃を振るう。

 主武器が刀槍ではなく弓や銃なのは、射程の長さを生かして長篠合戦方式で近づく前に撃ち殺す算段なのだろうが、そんなものは相手の想定を上回る装甲か回避力があれば間合いを詰めるのはさして難しい事ではない。
 敵の反応速度を上回る踏み込みで矢弾の弾幕を掻い潜りながらグラムを振るえば、業火に包まれた炎が胴体ごと抉り焼いて破砕、腹をまとめて焼き砕かれ、残る胸から上と腰から下が折り重なって落下、脂じみた悪臭と共に炭屑が飛び散る頃には、ジョワイユーズの虹刃が次の得物を両断し、グラムの超絶熱量は隙を衝いた狙撃の銃弾を空中に置いたまま鎔かし落とす。

 周囲に群がっていた人間たちをまとめて始末して、一つ溜息をつく。今の騒ぎはこのラピュタの警備関連にも伝わっただろう。さほどの時間も経たずに敵が集まってくるはずだ。ただの兵士やロボット兵程度ならマトモに戦っても負ける気はしないが、さすがに集中力が持たない。
 ここは、先を急ぐべきだろう。僕はそう考えると、グラムの真名解放を眼前の壁に叩きつけた。業火の刃が未知の合金の壁を焼き砕き、建造物の中に道無き道を造り出す。


「しかし……勢いで行動するものじゃないな。見物だけのつもりが、いつの間にかマジで喧嘩売ってるし」
 本当に何をやっているのだろうか。もう、無視して帰ってしまっていいのではないだろうか。そんな風に思う。ああ、本当に帰りたくなってきた。

 そんな風に考えるのとは別の場所で、僕の脳髄にもう一列の思考が走る。かなり冷静になってきていると自己分析。いくら何でも、元々無気力なこの僕がたかだか夢一つ、戦い一つを動機に、ここまで行動派な真似をする、それ自体が無理だったのだ。時間をおいて、冷静さが戻ってきたらしい。

 そしてその一方で、熱狂する叫びを放つ部分がある。力が欲しい、力…………力……力力力ちからチカラぁだァッ!! この転生者を殺して、新しい力を手に入れろ。あのバケモノどもに対抗するためには、同じバケモノを捕食するのが一番手っ取り早いィヒャハハハハハハッ!!

 思考の片隅で落ち着け、と叫ぶ。冷静さを欠いた状態では、力を手に入れる事なぞ出来るわけがない。
 別の一部で急げ、と叫ぶ。早く力を奪い取らないと、他のバケモノに捕まってしまう。そうなる前に力を手に入れておくのだ。

 また別の思考がまた落ち着け、と叫ぶ。バケモノなど、僕と同じ転生者など、そうそう存在するものではない。適度なモチベーションは重要だが、脅威を過大評価し過ぎるのは自滅の第一歩だ。

 そしてまた急げ、と叫び、落ち着け、と叫ぶ。再び急げ、と叫び、落ち着け、と叫び、また急げ、と声がする。
 その中で、頭に一条の疑念がよぎる。なぜ僕は…………? なぜ、の後に何と続けていいかも分からない、疑問未満の疑念。そんな疑念さえも、脳裏で荒れ狂う熱狂の中に呑み込まれて消えていく。

「っ糞、落ち着きやしねェ……」
 口調すら一定しない。そんな事だから、いつもいつもあのバケモノどもに…………いや、いつもいつも……何だ? 僕は今、何を思い出そうとした?
「……分からない」
 分からないが、それでも一つだけ分かる事がある。元々自分から仕掛けた事とはいえ、ここは既に敵地。なら、結局戦うしかないってことだ。

「戦う、か……」

 前世の僕だったら、とてもではないが思いつかない思考だ。昔から体力もなく、喧嘩も弱くて、それがコンプレックスで、いじめを受けても抵抗なんてできなくて、周りが恐ろしくて仕方が無くて、だから気付かない内に壁を作って閉じこもって…………!
 僕の記憶をよぎる顔、顔、顔。侮蔑、憐憫、興味、無関心……僕を見る、周りの連中の顔。どれもこれも、自分は僕よりも格上だと思っている、そんな表情。胸の奥で酸混じりの毒液が沸騰するような、そんな感情の滾りは、弱さから来る損得勘定故に爆発する事も出来ずに、十年以上もかけてじっくりと煮込まれて醸成される。
「ははっ、何だか嫌な思い出ばかりを覚えてるな……」
 走りながら自嘲。もう少し幸せな記憶を思い出したいところだが、この緊迫した状況下で思い出している余裕はない。数百メートルも走ると、やがて見えてきた。


 守備兵力。今までのようなロボット兵ではない、人間の部隊。特徴的な黒の甲冑に身を包み、それぞれが大型のクロスボウや、あるいは後装式のマスケット銃などで武装している。そういえば、先程の村人たちを守っていた兵士たちの装備も同じものだった。
「あの装備、使っているのはグラモン家かウチの私兵団くらいのものだったと思ったが」
 どちらも元々はグラモン家の私兵団で開発、量産されたものだが、技術的な問題や徹底した機密保持などにより、他の勢力では使用されていない。
 ちなみに、なぜ我がモット伯家がそんなものを正式採用しているかというと、例によって例のごとく、この間のサツマイモと同様、ギョーム・ド・グラモンが水の秘薬を買う金に困って、設計図などを我が家に持ってきたからだ。まあいつものことである。
「守備兵力がいるってことは、この辺に守るものがあるってことなんだろうなァ」
 獰猛な口調にしようとしても、下卑た口調にしかならない。そんなものだ。僕は凶刃を構えて敵に向かって肉迫する。

「ここから先は、私が通しません……!」
 杖を構えた、おそらくメイジなのだろう、なぜかメイド服を身に纏った女性が風の刃を飛ばし、同時に背後の部隊からも矢弾が飛来する。その勢いはまさに弾幕、だが甘い。
 正面から来る風刃は素手で殴り潰し、飛来する弩弓の矢は太陽剣グラムで斬り払い、僕の背後の空間から“王の財宝”の剣弾を射出、相似魔術の銀弦で敵の弾矢をこちらの剣弾と接続し、相似の力に囚われた矢弾はその方向を反転させて、敵に向かって襲い掛かる。
 兵たちが無数の弾幕に撃ち抜かれ、物言わぬ屍へと変わっていく中、メイド服の女性は一人だけ衝撃波に吹き飛ばされ気絶こそしているものの、まだ見ぬ転生者のサブヒロイン補正か何かなのか、命に別状はないようだ。

 その女性と自分の頭を相似の銀弦で結んで相手の頭から情報を引きずり出し、大まかな兵の配置と、中枢の位置を探り出す。
 その勢いのままに疾走し、しばらく回廊を突っ走ると、やがて僕の眼前にドアが見える。相変わらず、粘土だか金属だか分からない材質のその扉の中央に、振りかぶるようにジョワイユーズを叩きつける。ジョワイユーズの刀身から放たれる虹色の光圧に押されてドアがへし曲がって吹き飛び、そして。
 ドアの内側から放たれた蒼白い光芒と激突して相殺された。

 最上位の直接威力系宝具たる歓喜剣ジョワイユーズを防いだ閃光、僕の中のギルガメッシュの知識が伝えている。その正体、間違いなく────
「────今の攻撃、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』……それに貴様…………」
 攻撃を防いだ相手の名前を、僕は知っている。


「やっぱりお前か……ギーシュ・ド・グラモン」


 両手に二本の剣を構え、彼はその場に佇んでいた。首に青い宝石、おそらくは飛行石が掛かっている事からして、おそらく彼がこのラピュタを支配する転生者。
「おまえ、何者だ?」
 ギーシュは背後に立つ金髪の少女、耳が長い事、ここがアルビオンである事を考えに入れればおそらくティファニアを庇いながら、僕の前に立っている。その少女、先程の子供の脳内から引きずり出した記憶の中の少女と同一人物、ならばあの無人の村は彼女の村か。

「答える義理はないな。だが、ジョゼフ殿下の大望の為、貴様の後ろにいるその小娘が必要なのだ。故に貴様は排除する。それだけの話だ」
 できるだけそれらしい口調を作りながら答える。仮面を着けていると声がくぐもり、それらしく聞こえる。
 嘘だ。僕は別に狂王の為になど動いてはいない。だが、相手にその真偽を確かめる術などない。故に、色々とデタラメを言っても何の問題もない。

 ティファニアらしき少女を庇うようにして、彼女よりもやや年嵩の少女が、杖をこちらに向ける。
「アンタ、ティファに手を出すんなら容赦しないよ!」
「待て、マチルダ! 君のかなう相手じゃない!」
 こちらに向かおうとした少女を制止したギーシュのセリフからすると、アレが後の「土くれ」フーケか。となると、あの少女はやはりティファニアで間違いないようだ。分かりやすい性格でどうもありがとう。

「お前は! アイツが何を企んでいるのか、分かっているのか!?」
「さあてなァ? 知っていたとして、わざわざ教えると思うのか?」
 僕たちは鏡映しのように両手に剣を構え、対峙する。
 ギーシュ・ド・グラモンとフェルナン・ド・モット。精神性も意志も能力も、一つとして同じ部分が存在しない、まるで鏡像の左右が逆転しているかのように、それでも同じ転生者である僕たちは緩やかに一歩を踏み出し、そして。


 疾走する。
 激突、鏡を映したように対照的な形で剣を構え、ぶつかり合う。
 美しい彼は醜く歪んだ自らの鏡像に。
 醜い僕は美しく輝く自らの鏡像に。
 ありったけの憎悪と敵意を込めて斬撃を叩き込んだ。





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後書き的なもの
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 ……やってしまった。
 それはそれとして、テファフラグが立ちました。ただしギーシュに。
 さりげなく先回りされたフェルナン。

 最初掲示板が炎上した時にまずいと思ったけれど、意外に賛否両論だったため再掲載。このまま全部削って何もやらないのも不義理というか優柔不断というか上手く言えないけれど何やらでもあるわけで。
 ルートAとルートBのどちらがいいのかは自分としても結論が出せない。ただ、何の伏線もなくラピュタを出したのは失敗だったとも思う。





[13866] 濁流のフェルナン ルートA09 激突【仮掲載・前回と同じ】
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7
Date: 2010/02/23 14:55
 疾走する。
 激突、鏡を映したように対照的な形で剣を構え、ぶつかり合う。
 美しい彼は醜く歪んだ自らの鏡像に。
 醜い僕は美しく輝く自らの鏡像に。
 ありったけの憎悪と敵意を込めて斬撃を叩き込んだ。激突の衝撃は高く響き渡る金属音として表現される。構えた刃が音速の壁を叩き割って水蒸気の尾を引いて再び激突、振るう二刀は頭上と手元、足元と脇下、一撃ごとに裂光を放ち咆哮を上げ、激突の衝撃波がドラムロールよりも激しい乱打となってさほど広くない室内を荒れ狂う。
 右の機械じみた形状の剣と歓喜剣ジョワイユーズで剣戟を交わしながら疾走し、相手の脇を駆け抜けながら左の剣で互いに抜き打ちの一撃を見舞う。太陽剣グラムがエクスカリバーと激突し、激しく轟音を上げる。グラムが僕の手からすっぽ抜け、くるくると回りながら床面に突き刺さる。

 敵の能力の少なくとも一つはFateのセイバー、純粋な身体能力であれば向こうの方が一段上。舌打ちしつつ“王の財宝”から新たな剣を抜刀、黒騎士ランスロットの宝具“無毀なる湖光(アロンダイト)”、自らのステータスを上昇させる魔剣の上乗せを経て、ようやく身体能力が上回る。
 距離が開くと同時にギーシュは右手に握った機械めいた形状の剣を一振り、剣が赤い魔力の燐光に包まれる。
「レヴァンティン、カートリッジ、ロード!」
『Schlangeform!』
 ギーシュの号令、剣から機械そのものの合成音声が響き、ボルトアクション式の機構から空薬莢が排出されると同時、剣の刀身が無数に分裂し、長くうねる鞭状連節刃へと変形する。なるほど、と判断。これで、また一つ相手の能力が見えた。


 濁流のフェルナン/第九段


 回り込むようにして右から襲い掛かってくる鞭状の刀身をジョワイユーズで背後に受け流し、正面へと踏み込むと同時に、戻ってきた鞭刃の尖端を左のアロンダイトで弾く。突っ込もうとすれば眼前を横切るように流れる連節刃の列に突っ込む事になり、それを飛び上がって回避すれば頭上から雪崩れ落ちるようにして鞭刃の切っ先が落ちてくる。
 オールレンジ攻撃ほど厄介な技は滅多に存在しない。アニメとかで見た時には大したこともないように見えたが、実際に自分が受ける段になってくるとこれほど厄介な攻撃もそう存在しない。中距離戦は一方的に向こうの間合いだ。ならば、距離を詰めて殴り伏せるのみ。横殴りの鞭刃をアロンダイトで受け、右手に握ったジョワイユーズを投擲、同時に空手になった右腕を大きく振るい、魔法を発動。
「矢弾よ……!!」
 魔法詠唱を高速神言で省略し、僕の眼前に大気中の水蒸気を凝集させた無数の氷の粒子が集合し、八本の氷の槍と化し、射出される。水系統魔法「ジャベリン」。前世で見たゼロ魔二次を参考に、僕の両腕の骨自体が杖、両手に宝具を握っても魔法が使える。
 さらに、ジャベリンの氷槍を先に投擲したジョワイユーズと相似魔術の銀弦で繋ぎ、ジョワイユーズの真名を解放、音速の世界で空中を疾駆するジャベリンの氷柱からジョワイユーズと同じ力が解放され、九条の虹色の光の怒涛がギーシュを包み込むようにして襲い掛かる。

 さらに僕はA++ランクの九連光刃ですらも目眩ましと断じて突撃、虹刃の内の一撃を頭上に置いて、僕は煌めく虹色の爆光を潜り抜けつつ走る。
 同時、ギーシュもまたこちらに走り込んでくるのが見える。九撃の内八撃までをあえて前に踏み込む事で回避、どうしても回避できない正面からの残る一撃をエクスカリバーの真名解放で相殺し、コピーに過ぎない残り一撃のジョワイユーズは正真のエクスカリバーの前に虹刃を粉微塵に砕けさせ、美麗なプリズムがラピュタの天守閣を幻想的に彩った。

 僕はそれを狙い通りと判断、僕の使った魔法は「ジャベリン」、その氷槍は武器などで弾いたとしても細かい破片となって襲いかかる。そう、A++ランクの直接威力系宝具である氷の砕片が、だ。未だ健在の八条の虹刃から相似の銀弦を伸ばして飛び散る無数の細片に接続、共鳴効果による同時真名解放により虹刃の連鎖誘爆。虹の細片の中に突っ込んだギーシュが虹の連鎖爆発の中に巻き込まれ、その後を追うようにして残る八条の虹刃が壁面を破ってラピュタの地面へと連続激突、爆圧にコントロールを失ったレヴァンティンの連節刃が巻き戻されて片刃の剣にと戻り、床に突き立っていたグラムが天に向かって吹き飛ばされる。

 それにタイミングを合わせるようにして、僕は爆裂の中を駆け抜け、ギーシュの正面へと走り込み、アロンダイトの威力を上乗せした身体能力で殴りつけるようにして剣を振るう。両手で握ったアロンダイトの振り下ろしを、ギーシュはエクスカリバーとレヴァンティンを胸の前に十字に交差させて受け止める。

「お前は、アイツが何を企んでいるかを知っていて、ジョゼフに手を貸している!?」
「ハッハァ!! 決まっているだろうが! 天地万物業火に包み、天上天下を灼き尽くす!! 問うまでもないだろうがァッ!!」

 激突、強い、と判断。技量では向こうの方が上、おそらくは経験と努力の積み重ねが違う、と僕の中のランスロットの知識が告げる。こちらはランスロットのスキルを持つが、相手はそれと同等のアーサー王のスキルに加えて、独自の研鑽を積んでいる。その剣技についていけているのは、体内の水の精霊による身体能力増強と、周囲に薄っすらと展開させたニアデスハピネスを知覚結界として使用する事で敵の剣筋を読みやすくしているためだ。
 加えて、アロンダイトのブーストを受けた状態であれば身体能力は僕が上、力づくで押し込むようにして剣を押し込めば、鍔迫り合いの中でレヴァンティンがギシギシと嫌な軋みを上げる。
 物理的には何の細工もないアロンダイトやエクスカリバーと違い、レヴァンティンは銃器に似たカートリッジシステムや連節刃などの複雑なギミックを内蔵し、その分どうしようもなく強度で劣っているのだ。いかに鍔迫り合いが技術とタイミングを要する拮抗だとはいえ、その本質は結局力に頼る押し合いに過ぎない。人外の膂力を持つ僕達が力任せに押し合えば無理が祟るのは必然。

 それに気付いたギーシュがタイミングを合わせてこちらの剣を跳ね除けようとするのに合わせ、僕はアロンダイトから手を離し、頭上へと伸ばす。その手の中に回転しつつ落ちてくるのは────先程の激突で宙へと跳ね飛ばされた太陽剣グラムだ。
 力をいなされた形でギーシュが体勢を崩すのに合わせ、僕は手にした剣を真名解放、恒星にも匹敵する熱量が渦を巻き、ギーシュに向かって振り下ろされる。ブロークンファンタズム、剣を自壊させてまでの過剰出力にギーシュのエクスカリバーが押し負け、ギーシュの体が押し飛ばされる。
 勝った。そう確信する刹那、僕はさらに信じられないものを見る羽目になった。

 ばさり、瓦礫の中から立ち上がったギーシュの背中に、鳥に似た漆黒の翼が広がる。その形は猛禽にも似て、しかしその本質は鴉、死を告げる凶鳥だ。膨張した右腕には元はヤツデの葉を模していたのだろう、中央に眼球を配した歪なグロテスクな団扇の形が融合し、その先端の掌は猛禽そのものの凶暴な鉤爪を伸ばす。そして何より特徴的なのは、広げた掌ほどもあろうかという、半顔を覆い尽くし頭蓋からもはみ出した、巨大な右眼。

 ギーシュが魔力放出スキルを生かし、翼からロケットブースターのように魔力の光の尾を引きながら突っ込んでくるのをアロンダイトで受ける。膨れ上がるギーシュの魔力はもはや先ほどとは別物、アロンダイトによる身体能力の増強ですら、もはや互角にもならずに圧倒される。速過ぎて敵の動きを捉え切れない。
 なら、敵の方から当たってもらえばいいのだ。“王の財宝”から吐き出した剣群を相似魔術で体の周りをぐるぐると回転させて敵の干渉を跳ね除け、一時的に安全地帯を作り出す。

「ギぃいいいいいいいーシュぅ、次は“ティファニアに当てる”ぞ!! 死体を動かす方法なんていくらでもあるからなァ!! ひゃァははははははははははァッ!!」
「させるかァアアアアアアアアアアアアア!!」

 ギーシュが翼を全開に広げ、ティファニアと、彼女を守るようにして抱き締めたマチルダの元へと飛翔する。
 原作知識によってアンドヴァリの指輪の存在を知っている転生者にとっては有効な脅しだろう。指輪は僕が既に手に入れているので、アンドヴァリの指輪がジョゼフの手に入る事はないのだが、それを知る者はまず存在しない。
 “王の財宝”の中からずるぅり、と一本の剣が引き抜かれてくる。轟音めいた唸りを上げながら互い違いに回転する三本の円筒形の刃を接続した、削岩機めいた刀身。そう、これこそが乖離剣エア、ヤツも転生者であれば、コイツの威力がどれほどのものかも、よく分かっているだろう。故に。

 ────『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』。

 乖離剣エアによって放たれる壊滅必至の一撃、それこそがギルガメッシュの最終奥義、その一撃を、ティファニアに狙いを付けて放つ。敵を近づけない為に“王の財宝”の剣弾を周囲に飛び回らせているため、僕の一撃を止めるにはそれこそ、我が身を呈して庇う事のみ。
 この剣こそはありとあらゆる『死の国』の原点、顕現するのは天地創世以前の原始地球、灼熱と極寒の同居する原初の地獄。かつて天地を切り裂き、世界を創造した剣、圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は、擬似的な時空断層となる。
 その一撃、受けられるものなら受けてみろ────!!

 閃光が走る。轟音が響く。否、爆裂に等しい衝撃が渦を巻き、刀身から放たれる圧縮大気が轟風となり、時空断層の竜巻、大瀑布に等しい怒涛となって、庇うようにティファニアの前に立ったギーシュに向かって雪崩れかかる。
 勝利の確信。今度こそ敵を打ち倒したと確信する。その確信こそが────


 ────『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。


 ギーシュの前に顕現するのは剣の鞘。エクスカリバーを収めていた鞘だ。それらが数百ものパーツに分解し飛び散って、ギーシュを守るようにして彼の周囲を取り囲む。その能力は防御にあらず遮断、所有者の周囲に妖精郷、疑似的な異界を形成し、あらゆる物理干渉、魔法である並行世界からのトランスライナー、六次元までの多次元からの交信をシャットアウトする。
「嘘……だろ…………」
 ああそうだ、僕は肝心なことを失念していたらしい。ヤツがセイバーの能力を持つというのであれば、当然のようにその聖剣の鞘も使えるはず。
 そして、その鞘こそが、乖離剣エアを防ぐ事が可能な唯一の武具。

 弾き返された大気の濁流が渦を巻いて押し寄せ、さらにその後を追うように放たれるエクスカリバーの光刃を、全力の乖離剣を放ってしまったこのタイミングで回避するのは不可能。
「……おかぁ……さ…………」
 光の圧力、喉が震え、意味もなさない呟きが漏れ出てくる。逆巻く暴力の奔流に叫びすら上げる事も出来ず、せめてもの抵抗とでもいうかのように僕は喉の震えを押さえつけた。
 もはや勝負は決した。止められない。渦を巻く光の怒涛が僕に向かって押し寄せ、そして────!!


 僕が感じたのは一面の白、世界が光に塗り潰されて真白い闇となり、何も見えなくなる。
 その刹那、脳裏で無数の記憶が閃き、少しずつ遠くなって消えていく。流れていく記憶の群を見てこれが走馬燈かと納得する。
 閃く記憶の群、前世のもの────幼い頃────両親────学校────いじめ────涙────屈辱────侮蔑────隔意────絶望────怠惰────自殺────
 流れる記憶の群、フェルナン・ド・モットとしてのもの────誕生────隔意────父────原作────リーラ────シャーリー────敵────ギーシュ────
 浮かび上がる記憶の群、どちらでもない“僕”のもの────転生────誕生────隔意────母────友人────魔法────恋人────籠絡────


 確か、そう、確かだ。
 あれは確か僕が■度目の■■をし■■時の■と。
 フェル■ン・ド・モットがハルケ■ニアに■初に生ま■た時のこと。
 ト■ステイン魔■学院の使■魔■喚の儀■■日のこと。
 そうだ、間違いない。確かその日、ル■ズの召■■た■い魔があ■■ケ■ノで、それで確かあの時は……駄目だ、思い出せない。記憶が蘇る速度が速過ぎて、上手く言語化できないまま忘れていく。そう、確かあれは……二■目の転■の時もまた僕は■ェルナン・ド■■ットだった。■生■た僕は図■館でタ■サと…………■度目は僕の■■■■を平■才人が…………駄目だ。
 何も分からない。思い出せない。駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。
 だが、これだけは分かる。いつだって、僕が死んだ理由は自殺だったという事。それだけは……いや、ああ、それすらも忘れていく。忘れるな、忘れるな……駄目だ。もう何も分からない。分かりはしない。そう、永遠にだ。だから、だから……。


 一瞬だけ、引き戻されるように意識がクリアになる。記憶。
「駄目だ、駄目だよ■■■■■■■、今出ていったら君もアイツに殺され────」
 泣き出しそうな笑顔のまま、彼女は僕の頬にそっと手を触れて、僕を安心させるように笑顔を作って見せた。
「いいの。生まれ変わって、貴方に会えなければ、私は大嫌いだった前世の私のままだった。でもね、今、私は今の私が大好きなの。貴方を守れるから。その力があるから」
 引き留める僕の手をそっと外すと、彼女は儚げに微笑んで立ち上がった。
「前の私と今の私の違いは多分、力があるかないかのどちらかに過ぎないんでしょうね。でも、私にとってはそれで十分。だって一度だけでも、誰かの為に何かをしてあげられるんだから」
 彼女は歩き出す。止められない。僕は、誰かのために立ち上がることすらできなかったのだから。立ち上がらなかったのだから。彼女の為でさえ。
 ただ一度だけ、それが最期だというかのように彼女は僕に振り返った。
「さようなら、大好きなフェルナン────いいえ、■■■■君。愛してるわ」
 その笑顔すらももはやおぼろげで、彼女がどんな顔立ちをしていたのか、髪は、瞳はどんな色だったのか────それさえも曖昧に、摩耗した記憶の彼方へと消えていく。
 ただ、振り返った彼女の瞳から一滴の涙が零れて────それさえも結局、忘却の彼方に忘れられた。
 ややあって、遠くから彼女のものらしき断末魔の声が響き、やがて誰かの足音が乱暴に近付いてきて、そして。
 そしてまた、僕は自らの命を断った、のだろう。きっと。そんな記憶。


「ざんねん。きみのぼうけんはここでおわってしまった!」
 ふとどこかで聞いたような、あるいは初めて聞いたような声がして、僕の意識は、再びぼんやりと覚醒する。
「珍しく今回の死因は自殺じゃなかったな。知ってたか? キリスト教徒にはやっちゃいけない三つの事がある。堕胎と離婚、そして自殺だ」
 気が付けば、僕の前にはいつか見たそいつが立っていた。
「知らない天井……でもないな。ここは天国か?」
「あっはははははははは、自分のやった行動を思い出してみろよ。お前が天国なんて上等なものに行けるわけもないだろう?」
 そいつはさぞ愉快そうに僕を嘲笑った。
「ま、死んでるのは確実だな。いくら水の精霊の強力な再生能力があったとしても、エクスカリバーで焼き払われちゃおしまいだ。いや、さすがギーシュ、すごいねえ。やっぱ鉄板オリ主はTUEEEE!!ってことかな?」
 そのギーシュを転生させたのもコイツだろうに。不愉快だ。ざわり、と、僕の鳩尾の辺りに溜まっていたドス黒い澱みが蠢くのを感じる。それを押し殺すように僕は声を出した。
「じゃあ、僕はこれから地獄に行くのか? それとも、何も残さずに消えるのか」
「強いて言うなら、その寸前と言ったところだろうな」
「……そうか」
 では、これは完全な敗北という事だろうか。だが────
「────納得がいかないといった顔をしているな。じゃあどうする? また転生してみるか? それはそれで楽しそうでナイスな選択だ」
「いや、そんな必要はない。なぜなら────」
 そう、なぜなら。

「────生き残る布石ぐらい、してあるからな」

「ちょっ、え? マジか!? ……って、うわマジだよ。コイツはまた思い切った真似を」
「そりゃそうだ。僕も、たまたま思いつきで召喚した使い魔が水の精霊じゃなかったら、あんな真似はしなかった」
 そう。そうでもなければ、ここまで思い切った真似などできはしない。
 自己同一性を保つ手段が無ければ、やろうとも思わなかった。僕はどこぞの橙子さんみたいな達観の境地には到達していないし、到達できるはずもないからな。
 だが、それを解消する手段があればまた別だ。
「っははははははは!! こりゃまた恐れ入った。まさか、まさか、まさかまさかまさかまさか、よりにもよって、俺の予想すら上回るどんでん返しを仕掛けているとはね!! いやぁ、お前転生させて本当によかったわ本当」
 その嗤いすら嘲笑されているように聞こえる僕は末期だろうか? いや、コイツは元々こういうヤツだ。
「どうでもいいさ。僕は戻る」
「戻る、か。帰る、じゃないんだな。ま、無理もないか。お前にそんなことは無理だ」
 その問い掛けに、なぜか僕の心臓が跳ね上がった。自分の根幹を抉られたような不快感、鳩尾の辺りに吐気じみた痛痒感、奥歯が軋る音が喉の奥に響く。
「……放っといてくれ。分かったら僕を元の場所に帰せよ」
「そうかい。なら、とっとと行くがいいさ。楽しい踏み台ライフをエンジョイしてくるといいさ」
 黙れ、と心の中でだけ叫び返して、そうして、僕の視界は再び暗転した。



=====
後書き的なもの
=====

 ……やってしまった。
 ギーシュ、チート能力御開帳の巻。こうして見てみると、人格関係ないような。
 ラストまた超展開どーん。
 しかし、まだ終わりません。ゴキブリのごとくしぶとく生き続けます。

 前回と同じ。仮掲載。




[13866] 濁流のフェルナン ルートA10 新生
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7
Date: 2010/02/26 12:18
 天に城が浮いている。“現実”と呼ばれるとある世界に生活する者たちから見ればはなはだ非現実的な光景ではあるが、しかし、それは現実に存在している光景であった。
 美しい城だ。いや、正確には、だった、というべきか。美しかった城は、降り注ぐ火竜の死骸によってその外観の悉くを穢し尽くされ、無数の血肉で赤く塗り潰されている。
 それはまるで、平和な光景が描かれた一幅の名画を、悪意を持った子供が赤いクレヨンで塗り潰してしまったかのような、どこまでも酷薄で無惨極まりない光景である。
 そして戦闘は未だに続いていた。
 上空から押し寄せる火竜の群れに向かって、城を守る鋼の兵隊が空を舞い、閃光を放って応戦する。
 一頭一頭の火竜は弱い。一体のロボット兵を撃墜するのに、数百の火竜の死が必要だ。だが、敵は無限。そう、無限なのだ。ロボット兵たちがどれだけ奮戦して火竜を撃墜しようとも、火竜の群れはそれ以上の速度で増殖する。
 大地を焼き滅ぼすラピュタの雷が使えれば火竜など一網打尽にできただろうが、あいにくと頭上には射角が取れない。結果、ロボット兵で応戦する以外に手段はないのだ。

 一頭の火竜が吐き出した炎のブレスを、ロボット兵の頭部から放たれた閃光が貫通、火竜の半顔を抉り飛ばし、傷口から沸騰した脳漿が弾け散る。
 だが火竜はまだ動く。脳髄も沸騰して頭部すら半ばまで砕かれていながら、火竜はその傷をものともせずに咆哮を上げ、その身体全てを使ってロボット兵に掴み掛かり、押さえつけたのだ。
 膂力においてもロボット兵は火竜のそれをことごとく上回る。火竜がロボット兵を抑えていられるのはほんの数秒だ。だが、それで十分。動きが鈍ったロボット兵に向かって五体満足な他の火竜が飛び掛かり、一頭では駄目なら二頭で、二頭で駄目なら数十頭がかりでロボット兵を押さえつける。
 そして、押さえつけた竜たちが放つのは疑似聖堂詠唱による極大規模の先住魔法、周囲の大気全てを雷雲に変容させて放つ、特大の雷撃だ。それは仲間も自身も諸共に焼き払う一撃、雷撃は火竜の肉さえ焼き払い、沸騰した血液と肉汁が大気に飛び散り、肉の焼ける生臭い煙が空を満たす。
 その様はまさに肉団子、それは既に、地上最強の生物である竜種の行動ではない。ある種の蜂が行う防衛行動、天敵である雀蜂に襲われた日本蜜蜂は、大勢の仲間と共にその雀蜂に群がって蜂球と呼ばれる球状群を形成し、時間を掛けて自らの体温で蒸し殺すのだ。
 しかし、それでもロボット兵を破壊するには足りない。蛇腹状の腕を振るって火竜の死体を払い飛ばすと、電磁波で思考回路が狂ったか、それとも手痛い一撃を浴びた事への腹いせか、堕ちゆく火竜の死骸に向けて閃光を放つ。連続して光条を受けた火竜は全身の体液を沸騰させて弾け飛び、砕け散る。
 だが、それこそが敗因だ。その行動によって、火竜の群れは新たな攻撃パターンを取得したのだ。

 編隊を組んだ火竜が煤を被ったロボット兵へと突撃する。ロボット兵の放つ閃光による迎撃が一体、二体と火竜を撃ち落としていくが、十体近くが向かってくる全ての火竜を撃墜するには至らない。咆哮を上げた火竜の群れが行うのはこれまでのような組み付きではなく、何の種も仕掛けも存在しない体当たり、それだけではその正体すら知れぬ超科学によって形成されたラピュタのロボット兵を撃墜するには及ばない。だが、それだけでは終わらない。終わるはずもない。
 ロボット兵の機体へと“着弾”した火竜が、次々と爆発する。火竜の体内でその肉体を支配下に置いている水精霊が、その体内の水分を根こそぎ水蒸気へと置換したのだ。結果、発生するのは水蒸気爆発だ。トン単位の血肉が爆薬へと変じ、その直撃は現代世界におけるミサイルさえも凌駕する。
 数百体の火竜を弾薬としてラピュタに、ロボット兵に血肉の爆薬が降り注ぎ、爆炎と血漿の華が蒼い空を汚穢に染めて咲き乱れる。

 やがて、ラピュタの側面が内側から砕かれる。発生したのは竜巻、内側から巻き起こる膨大な大気が発生させる疑似的な次元断層がラピュタの外壁を内部構造を内側から喰い破り、打ち砕く。
 群れなす火竜達にとって、それが意味するところはただ一つ。彼らの主の敗北。
 だが、それにさしたる意味は無し。彼らは自らの最後の使命を実行する。すなわち、その存在そのものを爆薬に変えた突貫。竜巻が喰い破った城壁の穴に向かって飛翔し、その内側からラピュタの内部構造そのものを破壊する。

 同時に、ラピュタの内側からもまた別の危機が発生していた。侵入したフェルナンによってラピュタの内部に設置された複製障壁が、その効果を発揮し始めていたのだ。
 床の構造材の間に挟み込まれた複製障壁は、その床の構成素材そのものを仕込まれた他の複製障壁ごと喰っては複製し、その質量を最初は緩慢に、しかし次第に加速して、高速で増殖し続ける。それはまるで空に浮かぶ要塞の内側で、癌細胞が増殖するかのようにも見えた。
 その効果は単純確実、ラピュタそのものの質量がゆっくりと増大し、ラピュタの構造自体がその自重を支え切れなくなったのだ。エヌマ・エリシュの内部からの解放、そして無数の火竜による特攻は、確実に天に浮かぶ城塞の強度を弱らせていたのだ。

 ラピュタが砕けていく。しかし、完全には砕けきらない。中枢たる飛行石を抱え込んで内部で成長した巨大植物の根が、構造材を繋ぎ止め、それ以上の崩壊を防いでいるのだ。余計な構造物を振り捨てて身軽になった飛行石は、やがて巨大植物を伴って、その浮遊力で空の彼方へと飛び去っていく。



 濁流のフェルナン/第十段



「ぐ……ぷはぁっ!?」
 僕は目を覚ます。周囲を見回すと、僕の体は水の上に浮いていて、辺り一面見渡す限りに水面が広がっている。朝靄が広がっていて岸は見えないが、ここはラグドリアン湖だ。
 負けた。だが。
「……生きてる」
 エクスカリバーの真名解放によって、跡形残さず消滅させられた。保険を掛けていなかったら、本当に死んでいたところだ。いかに型月世界のサーヴァントと準人型ホムンクルスの身体性能を持ち、水の精霊と同化して先住魔法による再生能力を持つとしても、エクスカリバーで跡形もなく焼き尽くされれば、それ以上再生する事は不可能だ。
「はは、あ、あっははははははははははははははは、ははっ……生きてる! 生きてるぞ!! 僕が! この僕がだ! はは、あははははははははははははははははははは!!」
 笑いが込み上げてくる。勝ったと思っているはずのあいつを出し抜いてやった事とか、実験が上手くいった事とか、そんな事はどうでもいい。とにかく、僕は生きている。その事がどうしようもなく、嬉しくてたまらない!!
「どうやら、保険を掛けていて良かったみたいだな……」
 僕の本体はそもそもこのラグドリアン湖の湖水そのものである水の精霊であり、人間としての肉体は、僕が使役する火竜の群と同様に、水の精霊の端末に過ぎない。水の精霊としての肉体はいくらでも分割できるがそこに宿る意識は常に一つであるため、相似魔術で複製したところで、やはり意識は一つである。そのため、火竜もいくらでも複製する事が可能であった。
 そして、火竜を複製できた以上、同じく水の精霊の端末である僕自身の肉体も複製しておくことができるのは当然だろう。故に、今僕が使用している肉体もまた、ラグドリアン湖の湖底に隠していた二つ目の肉体である。
 元々は、自分の肉体を複製するというのは自分自身を複製するという行為なので、いくら複製に複製を重ねたところで、もう一人の自分が無限に生まれるだけで意味がない。水の精霊の特性が無ければ、こんなことはできはしない。
 当然ながら、あの時ブロークンファンタズムで破砕した太陽剣グラムも相似魔術によって僕の肉体ごと複製したものであるので、躊躇なく砕く事が可能。そうでなければ、貧乏性の僕が躊躇なく武器を使い捨てるような真似は不可能だし、そもそもあんなラピュタなんて訳が分からない代物の中に自分から足を運んだりはしない。まあ、もう正面から挑みかかるなんて二度とやりたくないけれど。
 ……やたら人間離れして気がするがどうだろう。


「僕は、何をしているんだろうなあ……」
 無謀であること極まりない。相手がセイバーの能力を持っているのなら、当然アヴァロンを持っているはず。そんな当たり前のことに思い当ることもなく、衝動に突き動かされるままに喧嘩を売った。
 ああ、そうだ。今度こそ、ようやく落ち着いた。だからこそ、考える余裕もある。湖の湖面に浮かびながら、僕は溜息をついた。
 湖の上を漂いながら空を見上げ、ほぅ、と再び溜息をつく。意味もなく溜息をついて目を閉じる。湖面には辺り一帯に靄が掛かっていて、岸がどこにあるのかすら見る事ができない。ラグドリアン湖にいる以上は、水の精霊の本体と繋がった感覚を通して本体の知覚を使えば何もかも見通す事ができるのだが、何となくそんな気分にはならなかった。
 冷え込んだ朝の大気が心地よい。それで体調を崩さなかったのは、肉体が水の精霊と同化していたからだ。
「ってことは、随分と無茶をしていたってことになるのかな……?」
 話す相手がいなければ、自然と独り言を漏らす癖がつく。話し相手がいないという寂しさと退屈、誰かに聞いて欲しいという欲求と同時に、決して答えが返ってこないという大前提が安心感をもたらすから。
 空。青く遠く、深い。白い雲が浮かび、ゆっくりと流れていく。
 前世の僕も、よく空を見上げていた。別に、これといった理由があったわけでもない。ただ、綺麗だと思えたから見ていた。それだけだ。昔から機械の類とは縁が薄くて携帯も持っていなかった僕だが、こういうときだけはカメラ付携帯が羨ましかったのを覚えている。
「あぁ……」
 久しぶりに息をつく事ができたような、そんな気分。焦燥で満たされていた心に生気が戻ってくる。大きく深呼吸すると、新鮮な大気が肺の中に溜まっていた淀んだ呼気を追い出してくれる。
 落ち着いてくると、今までの自分の行動が馬鹿馬鹿しいほどに滑稽だった事が良く分かる。前世の原作知識どころか、現実になるかどうかも分からないような脅威に怯え、挙句の果てにはそれで疲弊して、気絶までしたような有様。肉体的な疲労は水魔法でいくらでも治癒できるが、精神的な疲弊まではどうにもならなかったらしい。
「まあ、それでも完全に得られたものがゼロってわけじゃなかったから良かったものの……」
 そう、確かに得られたものは皆無ではない。敵の能力を知った。確かにそれは収穫だ。だが、僕は理解している。
 負けた。
 敗れ去った。
 完膚なきまでに敗北した。
「はぁ……」
 吐きだした吐息に震えが混じる。息苦しさを感じて鳩尾を押さえる。視界が歪み、霞む。
「ああ……」
 感情が溢れる。そして初めて気がついた。これは涙だ。
「勝ちたい…………」
 泣いた。
 勝ちたい。負けたくない。悔しい。
 そんなどうしようもない事実に、僕はただ涙を流し続けた。

 まったく本当に、やれやれ、だ。何をやっているのだか。
 ともあれ、これで一応落ち着いた。恐怖がなくなったわけではないが、新しい可能性が見えてきた。一つ一つ、落ち着いて進めていこうか。


 水辺に立つと、水の先住魔法で全身を濡らしていた水はすぐに乾ききった。すぐさま火竜を呼び出してその背中に乗り、モット伯領の館を目指す。
 帰った。
 使用人にはお帰りなさいませと頭を下げられたが、さして心配もされていなかったようだ。半分無視するようにおざなりに返事をして自室に向かう。
 廊下を進み、ドアを開ける。そこには。
 掃除の最中だったのだろう、箒を持ったまま、呆然とこちらを見る少女。
「ただいま、シャーリー」
 その途端、少女の顔が歪んだ。ばたん、と音を立てて叩きつけるように箒を床に落として、シャーリーは僕に駆け寄ってきた。
「ご主人さま……ご主人さまご主人さまご主人さまぁっ…………」
 シャーリーは僕に抱きついて泣きじゃくる。いや、今はまだシャーリーの方が僕よりもやや身長が高いから、シャーリーの方が抱き締める形になってしまう。
「本当に、本当に心配したんですよ……心配したのに一人で行ってしまわれて……お怪我はありませんでしたか?」
「ああ。見ての通りだよ」
「…………良かった。本当に、ご主人様が無事でよかった」
 同じように、背後からも駆け足の足音が聞こえてくる。少しずつ速度を落として、そして。
 後ろから抱き締められた。
「お帰りなさいませ、ご主人さま。……言いたい事はたくさんありますけど、今は……何も……言えませんから…………このままで…………」
 僕を背後から抱き締めているリーラの声にも嗚咽が混じっている。どうやら、本当に心配をかけてしまったようだ。

 帰り着いた家では、信頼なのか無関心なのか、父には大して心配もされていなかったようだが、リーラとシャーリーには本当に泣かれた。正直気まずかった。
 だが、帰る場所があるというのは嬉しいものだ。そう思う。


 まず、最初に考えるべき事は一つ。転生者対策だ。
 あれだけ荒れ狂っていた衝動から解放されて冷静になって考えてみても、今の僕は純粋に能力不足だ。
 現状において僕が使役する火竜の群なんぞも、ハルケギニアの軍隊相手なら十分な威力を発揮するだろうが、転生者相手では役者不足だ、というのが、この間の戦闘ではっきりした。量産型のロボット兵一体を撃墜するのに、百頭以上の火竜を犠牲にする必要がある。これは、いかに相似魔術が量産に向いているといっても、少しばかり無理がある。第一、そもそも火竜ってのはゼロ戦にすら劣る程度の能力しかないのだ。どこぞの現代知識持ちのチート転生者にF-22ラプターなどを錬金されたら、もはやどうなるかなど分かり切った話だ。
 故に、早急に能力を強化する必要がある。

 ちなみに、この間の火竜はまだ使いきっていなかったので、現在ではその大半はラグドリアン湖の湖底へと沈めている。ラグドリアン湖の湖水は僕の本体であるので、端末を腐らせずに保管する事など容易いことである。

 にしても、転生者、か。
 僕やギーシュ以外にもいるんだろうか?
 いる、可能性もある。だが、当面の相手は、能力の割れているギーシュと考えた方がいいのではないだろうか。何といっても、ギーシュは既にルイズだけでなくティファニアをも確保している。世界に存在する虚無の内の半数を手中に収めているのだ。

 まあ、ギーシュと戦う必要も、これといって無かったりするのだが。僕は顔を隠していたし、ギーシュは僕の事をジョゼフ配下の転生者だと思っているだろう。
 ちなみに、ジョゼフと言えばオルレアン公暗殺事件は、僕の知っているゼロ魔原作通りに、既に起きてしまっている。そう言えば、あの事件を阻止できた二次創作を、僕は何故かほとんど見た覚えがない。例えジョゼフが正気のまま登場する作品でも、だ。つまり、シャルロットがタバサになったという事。御冥福、南無南無。

 さて、それから、次はギーシュの能力に関して、だ。
 まず、現時点で判明している彼の能力は四つ。
 Fateのセイバー。
 リリカルなのはのシグナム。
 宵闇眩燈草子の長谷川虎蔵。
 スタジオジブリのラピュタ。
 僕の能力が五つである以上、もう一つくらい隠し玉がありそうなものだが、それは分からない。戦闘に使うような能力じゃないのか、それとも使わずに取っておいたのか、どちらかは謎。
 特に、セイバーがまずい。セイバーのアヴァロンは、僕の最大火力である乖離剣エアを含むほぼ全ての攻撃力を無効化してしまう。
 となると、最善の策は使われる前に倒す、という事だが、おそらくこれも難しいだろう。反射速度は多分、セイバーの直感スキルを持つ向こうの方が上だ。



 ああ、そういえばギーシュについてだが。
 僕が前後不覚になって家を飛び出している間、決闘騒ぎのあれこれで何やら謹慎処分になっていたらしい。あとルイズも。ギーシュはなぜか何やら甲鉄艦に乗ってアルビオンにいたけれど。貴族にとっての謹慎処分とは、部屋から出れない軟禁状態ではなく、社交界に出られない事を言うのだ。
 家を飛び出している間の僕も対外的には謹慎扱いになっていたらしいので、向こうの処罰の程度も似たり寄ったりなのだろうが。貴族同士の決闘は禁止されており、しかも神聖な決闘に横槍を入れて一方をボコった、という無茶な状況の割には随分と軽い処罰だが、要は、面子さえ保てればそれでいいのだろう。僕もそれでいい。面倒だしな。
 思えば、決闘騒ぎに関しては随分と人目を惹いてしまったように思える。おかげでギーシュの評価なんかがかなりガタガタと落ちている。ギーシュ自身に関しては特に、そもそもの始めから、彼の功績の派手さに比して貴族社会における評価がやたらと低かったのではあるが。

 とりあえず、もう少ししたら謹慎期間が解けるので謝罪の一つや二つは来てもおかしくない状況ではあるものの、僕としては来て欲しくない。応対するの面倒臭い。

 トリステイン貴族社会におけるギーシュの評価は「膨大な財産を消費して変な事やってる小僧」といった感じだ。今回の件でも、ゴーレム自体にコストが掛かる、ということで、ゴーレムの実用化もかなり見送られてしまったようではあるし。大砲単体にしておけばいいものを。
 そもそもの原因からして、商売なんぞ卑しい商人か金に汚いゲルマニア貴族のやる事、というトリステイン貴族の固定観念もさることながら、駆け出しが悪かったらしい。グラモン家が買い込んでいる美術品、たとえば廊下や階段の隅なんかにさりげなく飾られている絵画とか壺とかそういった代物を景気よく売り払ってしまったから、なんだとか。

 そういった芸術品というのは、現代日本の一般市民の目からすれば無駄の無駄、金に飽かせた贅沢に見えるのだが、甘い。貴族というのは、そういう部分で人を見るのだ。
 どれだけ余計な部分に金を使えるかというのはつまりそいつがどれだけの財力を持つのかに通じる。相手がそういった高級品の価値を見極められるのであれば、それは相手が普段からその手の高級品に日常的に触れている、すなわちそいつが無理して金出して背伸びしていない事を意味する。

 たとえば、前世の地球、それも日本においても戦国大名の間では茶の湯が珍重されたが、狭い茶室の中で戦争の勝敗が決まる事があるというのは伊達ではないし、戦国時代において領地や刀と並んで茶器が褒賞として扱われた。要は茶器というのは刀と同じ、その国家における『財力の象徴』なのだ。
 戦国のボンバーマン松永久秀が織田信長から現代日本人にとっては何の役にも立たない茶釜“平蜘蛛”を停戦条件に要求され、松永久秀がその要求を蹴り飛ばして平蜘蛛に爆薬詰めて自爆ブチかましたのも、ただのうつけものの暴走ではない。松永久秀の財力の象徴である平蜘蛛を、織田信長が所有するという事実、それ自体が信長にとって凶悪な手札になるのだ。

 と、話題がそれた。
 まあ、そんなこんなで、ギーシュ自身にはメイジとしてスクエアクラスの実力があるため神童と言われているが、内政・軍事面でのギーシュの評価はさして高くはないのだ。さもなくば、僕なんぞと並び称されているはずがない。
 僕か? 内政面では外から見ればモット伯領が栄えているのは単なる偶然の積み重なり。軍事面においては、僕の軍隊は人目に見せられないからな。


 にしても、決闘騒ぎといえば、あれからルイズの話を聞かない。まあ、ルイズ自身露出が少ないので不自然ではない、といえばそうなんだろうが……ああ、性的な意味ではなく情報的な意味でな。
 まあ尻叩きくらいはされてても不自然じゃないが、ギーシュの主人公補正からしてルイズが持ち上げられていると面倒だ。まあ、どちらにせよ、謹慎処分くらいが妥当か? まあいいや。どうせルイズなんてどうでもいい、というのが本音ではある。
「念のため、調査だけはしておくか。とりあえず、あまり派手でない程度に」
 まあ、どうせ謹慎処分だけなんだろうが。


「それにしても、火竜の強化、か……さすがに難しいな」
 僕は館のベッドに寝転がりつつ思索を巡らせる。
 強化させるには単純にホムンクルス化させればいいのだろうが、蛇や蛙、薔薇のような一般的なホムンクルスでは、エクスカリバーに一撃で薙ぎ払われる図しか頭に浮かばない。
「……そんな強力な生物なんて、この世にいたっけかなぁ?」
 安直に火竜型ホムンクルスにするという手もある。
 だが、現状、ホムンクルスは、単純にホムンクルス素体の能力を受け継ぐのみならず、ある程度個体差はあるもののホムンクルス素体を寄生させて苗床にした生物の特性をも受け継ぐことが判明しているのだ。例えば、蛇型ホムンクルスの舌や蛙型ホムンクルスの腹部に人間の顔がついていたりするのが良い例である。
 よって、ただのホムンクルスであっても、火竜を苗床にしている時点でそこそこの能力を発揮できることは間違いなく、また、火竜の能力を使用できる可能性は高い。

 ならば、火竜型ではなく、他の生物のホムンクルス素体を使用する事で、より多彩な能力を持つ宝具を使用する事ができるのではないだろうか。
 相似体系魔術は、こと量産という一点に関していえば最大の力を発揮する魔術だ。火竜ベースのホムンクルスに関しては、納得がいくレベルの個体ができるまで試作を続け、十分なレベルの個体ができたら、それを相似魔術を使って増やせばいいだけの事だ。
 ただ問題は、先程にも述べたとおり、火竜に見劣りせず、チート転生者相手に一撃で薙ぎ払われない程度の能力のホムンクルスが作れると期待できる生物がいない事である。
 そんな風に考えていたときである。

「ご主人さま」
 ドアをノックして部屋に入ってきたのは、いつも通りのメイドだった。
「リーラか。ティータイムには少し早いようだが、どうした?」
「ええ、実は、以前から行っていた調査の一つが完了したようで、報告書を持ってきたのですが」
 僕はアンドヴァリの指輪を利用して洗脳した人間を使って、そこそこ広い範囲に情報網を築いている。まあ、情報網といっても、指輪というチートを使ってすらジョゼフや教皇あたりの素チートどもには勝てないだろうが。そんなものである。
「以前の件っていうと?」
「ラルカスという水メイジの足取りについてです。こちらをご覧ください」
 僕はリーラから書類を受け取って目を通す。
 手掛かりがラルカスという名前、主な系統が水である事、重病を患っていた事、所属がガリアかトリステインである事、最後にミノタウロス退治を行っていたこと、この程度しかなかったが、名前が分かっていたため絞り込み自体はそれほど難しくなく、さほど時間を掛けずに見つけ出す事ができたようだ。
「しかし、このラルカスというメイジが、それほど重要なのですか?」
「ああ。今まで行き詰っていた研究の一つを完成させる鍵になるかもしれない」
 僕は書類に目を通しながら簡単に言う。ゼロ魔の原作の外伝に登場した、自らの肉体を捨ててミノタウロスに脳を移植したメイジ。単純な戦闘能力では、ガンダールヴや虚無のようなチートを除けばゼロ魔原作における最強クラスに入るだろう。まあ、タバサに負けたが。
 近くの町では子供の行方不明事件が多発しているようだ。候補地を見つけたらこれも確認させておいた。ゼロ魔の原作においてラルカスはミノタウロスの肉体の衝動を抑えきれずに、近場の町で子供を攫っては喰い、攫っては喰いを繰り返していたのを覚えていたための確認だが、やはり間違いはなかった。
「鍵……ですか?」
「ああ。例の……“キメラ型”だ」
 僕が言うと、リーラは少しばかり考え込む様子を見せた。

「……ご主人さま、その対象の捕獲は、危険が伴うのでしょうか?」
「そうだな。確かに危険があるかもしれない。何しろ、敵は系統魔法を使うミノタウロスだ」
「そうですか……それなら、シャーリーをお連れください」
 リーラは意を決したかのように言う。やはり、この間の事で心配を掛けてしまったらしい。
「シャーリーを?」
「シャーリーは私と違ってホムンクルスですし、武装錬金も強力です。少なくとも足手まといにはならないでしょう」
 そう言われて、もしかしたら自分がまだホムンクルスになっていない事に引け目を感じているのだろうか、と関係ない方に思考を飛ばしながら、少しばかり考える。
「……そうだな。シャーリーの戦闘能力の実地テストもしていなかった事だし、試してみようか」
 僕がそう言うと、リーラは安堵したような笑みを見せた。


「で、ご主人さま、あそこがその鍾乳洞という訳ですね?」
「ああ。そういう事だ」
 僕たちは、数年前までミノタウロスが暴れていたというエズレ村から少し離れたところに存在する洞窟を監視していた。僕の中にあるキャスターの探査魔術で見つけたものだ。
 ちなみに、僕は今まで一度もキャスターの能力を使っていないように見えるのだが、実は結構な頻度で使っていたりする。例えば、地下の工房や実験場などの施設は陣地作成スキルだし、ホムンクルスを作成するときの大型フラスコなんかも道具作成スキルで作ったものだ。ただ、活躍の場面が非常に地味であるため、目立たなかっただけである。

「さて、どうしようかな……」
 ミノタウロスの気配は洞窟の中に存在する。先程、アンドヴァリの指輪で洗脳した盗賊にミノタウロスを攻撃させたら、見事に系統魔法を使っていた。あれがラルカスで間違いは無さそうだ。
 確か、原作ではタバサは、どうやってラルカスを倒したんだったか……いけない。何も覚えていない。まあ、そんなものだ。前世で読んだラノベとかも、能力とかの設定は結構頭に入っているのだが、どんなストーリーだったかとかそこらへんは頭から消し飛んでいる。記憶力の偏りというヤツだね。

 しかし、本当にどうしよう。ラルカス本人の肉体や研究資料が必要なのだ。馬鹿正直に正面から突っ込めばどうにでもなる気もするが、あまり派手な真似をして、中の研究資料が木端微塵になってくれても困る。しかも戦場が狭い洞窟の中では余計に危険だ。どうにかして、敵を誘い出さなければならない。
 もしくは、戦闘に持ち込まずに不意打ちでブチ込むか、だ。こっちにはアンドヴァリの指輪もある。ただ、これだと下手に暴れて戦闘になった時に困る。やはり、大事を取って誘い出すべきか。
 正直言って、有効的な接触はあまり当てにできないんだよな。どういう仕掛けになっているのか分からないが、ミノタウロスの本能に精神を浸食されているから。ニコニコ笑顔で話している最中に不意打ちでオレサマ オマエ マルカジリと来られた日にはたまらない。不意打ちだろうが何だろうがとりあえず勝てない気はしないが、貴重な研究資料を木っ端にされたら洒落にならん。

 ラルカスは単純に魔法が使えるだけのミノタウロスではない。凶暴な亜人であるミノタウロスを打ち倒す人の知性、戦闘技術。多少錆びついているかもしれないが、そんなものが彼の中に宿っているはず。そして、魔法を扱う精神力すらも強化されている。
 それもまた厄介。知性を持たない獣であればただ暴れるか逃げるかの二択、僕とシャーリーが揃っている現状、逃げ道を断ってしまえば正面からの叩き潰し一択で片がつく。
 しかし、人間の知性があるのなら、こちらの想定外の手段で足を掬う事も可能。魔法という汎用性に優れた戦闘技法を保有しているのならなおさらだ。

 総合して、敵の利は、研究資料を置いた狭い洞窟という地の利、そして人間の知性と魔法という戦術的な選択肢の数。
「だったら、その二つが使えない状況に落とし込んでやれば問題は……って、そんな状況作れるのか?」
 考えあぐねながら無為に時間が過ぎる。やがて夜になる。さすがに少しばかり眠くなってきた。
 空を見上げれば、木々の間から月が見えた。ハルケギニアの月、青い方のやつだ。三日月というにも細過ぎる蒼白いアーチが、ゆっくりと梢の間を通り過ぎていく。
 木々の中を通り過ぎる風が静寂の中に葉擦れの音を奏で、その合間に鳥や獣の声が響く。
 その時だ。

「っ────ご主人様!?」
 押し殺したシャーリーの声が、僕の意識を惹き戻した。
「どうした?」
「あれを……」
 シャーリーが指さすのは、洞窟の入り口からのっそりと歩み出てきた巨大な影────ミノタウロスだ。
「こんな時間に、一体どうして……?」
 シャーリーが首を傾げる。僕も僕で似たような疑問を抱いていた。
 僕は元から多数の隠蔽宝具を展開しており、たとえミノタウロスが人間離れした知覚力を保有していたとしても、僕たちを発見するのは不可能に近い。そして、それ以外でラルカスがこんな時間帯に外出するような理由など────否。
「待てよ」
 もはや薄れに薄れている前世の記憶が違和感を告げる。ラルカスの物語。雪風のタバサを主人公とする物語。それは一体どのような粗筋だったのか。
「確か、タバサが盗賊に襲われたところをラルカスに助けられて────」
 それで物語は終わったのだったか? いや、そんなはずがない。ただミノタウロスが無双するだけの物語では、あまりにも盛り上がりに欠けるというものだ。だったら────
「────ああ、思い出した」


 僕とシャーリーは、おそらく街に向かって移動しているのだろうラルカスを尾行していた。
 やがてラルカスはレビテーションか何かの呪文を唱えて街の城壁を乗り越え、街の中に入る。裏通りを身をかがめながら歩くラルカスの様子を、僕たちは教会の鐘楼に潜んで監視していた。
「でもご主人さま、なぜラルカスはわざわざ街なんかに? 軍隊に見つかれば、捕らえられて殺されるかもしれませんよ?」
「ああ、夜食のためさ」
「……? 夜食?」
 僕が言うと、シャーリーは理解できないといった風情に首を傾げた。
「ほら、よく見てみろ。あいつが何をやっているか」
 近場の家に忍び込んだミノタウロスが、やがて何か小さな塊を担いで戻ってくる。そして、来た時と同じようにして城壁を乗り越えて帰っていく。
「あの……塊、もしかして生きています?」
「ああ。もしかしなくても生きている。あのサイズの生き物というと、何だと思う?」
「鹿? それとも犬……まさか!?」
 ああ、そのまさかだ。街中に鹿はいないし、家の中で飼われる犬はメイジの使い魔くらいのものだ。
「……人間、ですか?」
「そう。それも子供だ。アイツはな、ミノタウロスの肉体に精神を喰われかけているのさ」
 その子供が何に使われるのか理解したのだろう、シャーリーは目を丸くしているが、しかし、その表情に嫌悪の色は欠片もない。何となれば彼女はホムンクルス、食人衝動こそ存在しないものの、彼女はもはや人外。人喰いの怪物だ。
「じゃあ、それだけ分かっているのに、どうして彼の後をつけたりしたんですか?」
 そんなことは決まっている。僕は不敵な笑い、と、そんな表情を作ってみせる。
「ここで仕留めるためさ」


 都合よく標的が砦である家を出てくれたということ。これによって、ラルカスの地の利は失われた。
 そして、ラルカスがミノタウロスの食人衝動に衝き動かされているということ。これによって、最後の希望である人間の知性すら失われた。
 後は叩いて潰すのみ。


 ラルカスを取り巻くようにして同心円状に彼我の相対距離数百メイル、それだけの間隔を開き、蒼白い光の壁が展開する。複製障壁。そこから溢れ出すのは膨大な水だ。ラグドリアン湖の湖水を転送し、複製して、周囲一帯にぶちまける。
 たちまちのうちに辺り一帯が水浸しになる。直径数百メイルにも及ぶ深さ半メイル程の水溜り、戦場の優位としては十分過ぎるほど。
 それは全て水精霊の手足だ。泡立ち、逆巻き、波濤を轟かせてミノタウロスの肉体へと絡みつき、その動きを制限する。
 そこに、僕が姿を現した。放つ魔法はアクア・ボム、炸裂水球をその肉体の身で弾き返したミノタウロスは、僕を敵と認識したのかその瞳まで赤く染め、憤怒の吐息を吐き出しながら突進、波濤を蹴散らしながら走り込んだミノタウロスが巨大過ぎる斧を振り下ろす。

 その斬撃を受け止めたのはシャーリーだった。その手に握られているのは、剣とも槍ともつかない異形の刃物。武器にこだわらず例えるのであれば、巨大なステーキナイフにも見える奇怪な武器。
 その全長の半分が柄であり、かつステーキナイフにも似た緩やかに湾曲する刀身の長さは身長ほどという、長大な刃物。長大な片刃の刀身の裏にはスラスターにも似た縦長のノズルが取りつけられている。
 それこそがシャーリーの、斬馬刀(ホースバスター)の武装錬金『ミッドナイト・プラグレス』。全長四メートルにも及ぶ巨大な長巻だ。
 全長二メイル半にも及ぶ巨体から繰り出される斬撃の破壊力が斬馬刀の柄の一点に集約され、集中されたその破壊力は一トンを優に超えるほど、ましてやその巨体による全力の踏み込みによる運動エネルギーはホムンクルスの膂力を以てしても受け止めきれるものではない。いかに人型よりも優れた身体能力を持つ獣人型ホムンクルスとはいえ、シャーリーのウェイトは普通の少女とさして変わりない。しかしその重撃を、シャーリーは軽く片手で指を這わせただけの斬馬刀で微動だにせずに受け止めていた。

 『ミッドナイト・プラグレス』の能力は『エネルギー保存法則の無視』、長大な斬馬刀に加えられる衝撃は斬馬刀に伝わることなく、ただ雲散して消えていく。これにより、斬馬刀の刀身を伝わる膨大な慣性をキャンセルしたのだ。あらゆる攻撃からエネルギーを消去する事によるほぼ絶対的な盾。その力により、シャーリーは戦車砲による砲撃だろうが、アルビオン大陸の崩落だろうが、あるいは核爆弾の直撃だろうが、斬馬刀一本で受け止められる攻撃である限り、あらゆる攻撃を弾き返す。

 少女は長大な斬馬刀を指先で回転させ、踊るようにして体ごと回して振り回す。それは多少のぎこちなさこそあるものの、獣人型ホムンクルスの身体能力を生かして、流れるように刃を舞わし、己の体格を遥かに超えるミノタウロスの斬撃を跳ね飛ばした。
 そも、長巻のみならず、大鎌やグレートアックス、ハルバートのような超重武器を振るうというのは、その重量をどのようにして運動エネルギーに、ひいては破壊力に置換するかという事であり、威力=重量×加速の等式が存在し、重量のある物体を加速するにはそれなりの膂力と溜めが必要である以上、超重武器による攻撃はどうしても鈍足に、かつ大振りになってしまう傾向がある。
 それは、例えば身の丈ほどある大剣をナイフ並みの速度で振るう事ができたとしても同じ事であり、同等の速度であっても斬撃に許される運動力学的な軌道の選択肢はどうしても限定されざるを得ない。
 だが、シャーリーはそんな重量などどこにも存在しないかのように長大な斬馬刀を振り回す。真横に薙ぎ払い、正面に跳躍して振り下ろし、断ち割られた地面に深々と喰い込んだ刃を横に振り、即座に切り返して再び薙ぎ払う。

 その有り得ない機動を可能にするのが斬馬刀の武装錬金『ミッドナイト・プラグレス』の特性『エネルギー保存法則の無視』。単純だが奥が深く、強力な武装錬金だ。現在は相似魔術を利用して、他の道具や生体にその特性を移植できないか研究中である。

 人外の反応速度で以ってシャーリーはミノタウロスの攻撃を受け止め、捌き、弾いていく。依然として効果を上げられない剣戟に業を煮やしたのか、ミノタウロスは魔法でも使おうとしたか後方へと下がろうとする。
 だが甘い。敵は一人ではないのだ。いや、何が敵かといえば、この環境、水に満たされたこの空間こそが、ミノタウロスにとっての最大の敵。後退の一歩を踏もうとしたミノタウロスの体重を支える軸足、その真下の地面が、噴きつける水流によって突き崩されたのだ。
 同時に周囲から押し寄せる水流に足を取られ、巨大なミノタウロスが飛沫を上げて地面へと倒れ込む。ミノタウロスもそれに対して抗いの咆哮を上げるが、無意味。渦巻く水がミノタウロスの口に鼻に押し寄せ、その体内を蹂躙し、制御を乗っ取っていく。


 ラルカスの捕獲作戦、成果は上々である。
 免疫の拒絶反応を無効化する水魔法についても、肉体に水の精霊を浸透させたおかげで、大体の事は理解できた。ミノタウロスの肉体に拒絶反応を起こさせずにメイジの脳髄を移植する手段。水の精霊の力を通して脳味噌の中のデータを読み取り、脳味噌にどんな感じで力が働いているかも分かったので、ほぼ完璧である。これさえ分かれば、前々から行き詰まっているキメラ型ホムンクルスの精製も上手くいきそうだ。

 試しに興味が湧いたので、ミノタウロス型……というか、ラルカス型ホムンクルスを作ってみた。結果として、ミノタウロス型の肉体に、系統魔法を使うホムンクルスが完成した。
 喜び勇んで火竜に使ってみる。キメラ型の試験も兼ねて、火竜型の因子を付与してみた。水の先住魔法で操り人形と化したラルカスの協力もあって、見事に完成。ラルカスは研究者としては中々に優秀なようだ。他の生物の要素も付け加えたかったのだが、初めてでそれは少し難易度が高いのではないかと考えたため、泣く泣く諦める事となった。
 結果、基礎形態である火竜が変形して、ミノタウロスの顔を火竜っぽくして、火竜の爪、牙、角と翼を生やした形の怪物に変形するようになった。無論、ブレス能力も健在。一体どこのデーモンか不死のゾッドやら、といった感じである。まあこれで、何はともあれキメラ型ホムンクルスの実験も大成功である。
 加えて、ベースがミノタウロス、要するに亜人型なので武装錬金も使える。ミノタウロスの肉体で発動させてみると、どうやら鉤爪の武装錬金のようだ。
 ついでに、僕の肉体と同じく腕の骨をメイジとしての杖に加工して、杖を持たずに魔法を使えるようにしてみた。あと、心臓部には核鉄を封入した。核鉄+ミノタウロスの再生能力があるので、再生能力は特にスゴイ事になっている。まさに完璧である。
 なお、火竜はホムンクルス化しても端末として機能するようだった。
 わりと納得のいく試作品が完成したので、ラグドリアン湖の底に沈めてある端末の火竜をほとんど全部、相似魔術の《原型の化身》でこの型のラルカス型ホムンクルスへと改造する。大分戦力が上昇した。これなら、ラピュタのロボット兵と戦っても引けは取らないと思う。



=====
後書き的なもの
=====

 ……やってしまった。
 さりげなくラピュタが轟沈している件。
 フェルナンの生き残るための布石=代わりはいくらでもいるもの方式。こんなネタもできるようになる。

フェルナン「こういう時、どんな顔をすればいいのか、分からないの」
シャーリー「笑えばいいと思うよ」
フェルナン「私の代わりはいくらでもいるもの……」
フェルナン「たぶん私は3人目だと思うから」

 加えて、大敗北と見せかけて、実は情報戦ではほぼ勝っている件。攻めてきたのがフェルナンだってばれてないし。
 それはそれとして、ユニット「ラルカス」がフェルナン陣営に参入。キメラ技術が解禁されました。




[13866] 濁流のフェルナン ルートB08 ミッション・インヴィジブル【仮掲載】
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7
Date: 2010/02/26 19:07
 空を舞う竜の大群。無数の翼のはばたきが重なり合って、その響きはもはや轟音に近い。空は曇り。雲に覆われて暗い色調の空が、まだ見ぬ不吉の到来を予告しているかのよう。
 そんな中、僕は雲に紛れて浮遊大陸アルビオンへと接近しつつあった。竜の群に先住魔法を使わせ、雲を纏い、姿を隠す。

「竜群は水の精霊の支配下にあるから、魔法を使うこちら側はメイジ一人と水の精霊、それから火竜の群、三つのパーツによって構成された群体生物のようなもの。一体一体ではなく、一個の群体として魔法を使う事で、飛躍的にその威力を上昇させる事が可能、か。この技は、結構使えるかもしれないな」
 僕は眼下に、どこかの大貴族が建てた城らしき建物があるのを確認し、竜の神経を通して号令を下す。僕の一部である火竜たちが一斉に咆哮を上げる。数百頭の竜による、いわば疑似聖堂詠唱での先住魔法。
 竜が纏う雲が燐光を纏い、少しずつ強烈な光と化し、やがて一条の閃光と化して眼下の大地へと滑落する。轟音を上げて着弾した雷は、しかし一瞬ではなく数秒間の照射を続け、停止する。

 雲の中から水の精霊そのものである水蒸気の触手を飛ばし、眼下の城に探索の手を伸ばした。
「大分燃えているな。生存者はゼロ、か。あれだけの威力の攻撃であれば当然だな。……こんなんじゃ足りないけれど」
 竜群の眼前に赤く輝く障壁を発生させる。一辺百メートルにも達する赤い正方形の、“複製障壁”と呼ばれるそれは、グレン・アザレイの相似体系魔術の一つであり、“転移障壁”の応用。空間転移の転移先を同時複数設定する事で、入口を通った物体を複数の出口からコピーして出せる障壁である。それに自分が乗っている以外の全ての竜を突入させる。上空千メートルの雲の中に設定された十三枚の出口から次々と飛び出してくる竜の群は、十倍以上の数となってすぐさま僕に合流する。

 だが、それでも足りない。あの化け物の恐怖から逃れるには、まだまだ力が足りないのだ。
 だから、僕は人気の無い山岳地帯へと竜の翼の先を向ける。人がいない、といっても、それは人類に限る話だ。オークやオグル鬼などの亜人どもが、無数に棲息している地帯。火竜の飛行能力に物を言わせて上空から水の精霊の雨を降らし、その肉体を奪い取っていく。
 ああ、でもやはり、足りないことには変わりない。こんなんじゃ、一撃で消し飛ばされて終わりだ。もっと、もっとだ、もっと力が────。



 濁流のフェルナン/第八段



「にしても、空を飛び続けるのにも飽きてきたな」
 ひとまず、地上に降りる事にする。何か面白いものでも見つかるかもしれない。
 いきなり火竜の群れが飛び回れば当然大騒ぎになるだろう。火竜の大半を雲の中に隠し、その中に複製障壁を浮かべてしばらくオートで火竜の増産を行う傍ら、僕は地上へと降り立った。

「といっても、何もないな。森ばかりだ」
 森なら、トリステインにもいくらでもあった。正直、これなら空の上にいても大して変わらない────
「────あれは、村、なのか?」
 普通、半径数キロの範囲に人が暮らす集落があるのなら気付く。僕にはランスロットの気配察知能力があるからだ。だが、それにもかかわらず気付けなかった。
 その理由は簡単。

「……誰も、いない?」

 人の気配が無いのだ。
 木々の葉擦れの音や風の音は届いてくるが、それだけだ。しんと静まり返って、物音一つしない。目につく中でとりあえず一番大きな建物の中を覗いてみるが、どうやら誰もいないようだ。得体の知れない何物かが潜んでいる様子もない。
「テーブルに湯気の立っている料理でも並んでいれば、マリー・セレスト号みたいなんだろうが」
 しかし、それもない。僕の独り言は木造の壁に虚しく跳ね返る。空が曇っていることもあり、無人の村はどこか不気味だ。

 木目の浮き出たテーブルをそっと撫でても、埃の感触はほとんどない。どうやら、住民が消えたのはさほど昔のことではないようだ。
「レコン・キスタも動き出していないってのに、気の早い連中もいたものだ」
 にしても、ここはどういう建物なのか。実際に使っていた痕跡のある厨房もあるようだし、生活のための施設だというのは間違いない。だが、貧民が多産になるという傾向を想定に入れても妙に椅子や部屋の数が多い。
 その椅子の大半は、体の小さい子供でも使えるように細工が施されているようである。

 まさか────原作知識が頭をよぎる。まさか。
「孤児院……か?」
 まあ、ここが孤児院だとしても、原作に登場したあの孤児院だという保証はどこにもないのだが。
 あらためて、孤児院のような建物を探索してみる。食料品や生活雑貨のようなものはどこにもない。家具だけがぽつねんと放置されている。まるで取り急いで引っ越しでも始めたような有様だ。
「まったく、何が何だか……」

 だが、何はともあれ、こんな訳の分からない状況に関わり合いになる必要などどこにもない。何が起こるかなど分かったものではないのだ。ぼんやりしていて面倒に巻き込まれないうちに、さっさと退散するのがベストだろう。
「それじゃ、さっさと帰るとするか」
 溜息一つついて建物を出る。上空に待機させた火竜の視界が妙なものを捉えたのは、その刹那の事だった。


 といっても、さして珍しいものでもない。
「フネ、か」
 水上を航行する通常船舶とは違い、風石の力で空を飛翔するものを“フネ”と呼ぶ。ラ・ロシェールでもよく見たものだ。
 相似魔術で発生させた転移障壁を使って上空へと空間転移、ヴィマーナの甲板に姿を現す。
 火竜たちが捉えたのは巨大な影だ。僕の乗るヴィマーナと比べてやや大型の影。大地を覆う、というほどでもないが、巨大といえば巨大。だが、このアルビオンという土地からしても、さして珍しいものではない。
 それが、全体を分厚い装甲板で覆われていなければ、だが。さすがに錆除けの塗装はしているようだが、メインの水魔法と比べるべくもないとはいえ、一応土魔法の心得もあるのだ。転生者絡みの謎素材でも持ち出されない限りは、金属か非金属かの区別はつく。
「甲鉄艦か……」
 地球で導入されたのは僕が知る限りでは明治維新の辺り、北辰戦争……だったか、もう戦争の名前すら忘れてしまったが、江戸幕府の残党が北海道で戦った戦争だ。新政府軍が使用して、土方歳三が海賊戦法で乗っ取り損ねた船だ、と司馬なんとかの燃えよ剣に出てた。ラノベや漫画以外で僕の記憶に残っている数少ない物語の一つ。
 ゼロ魔原作でそれなりに活躍したレキシントン号とかも、僕の記憶が正しければ木造剥き出しの造りをしていた、はずだ。まあ、あまり良く覚えていないのだが。
 となると、ああいうけったいなものを造るのはやはりギーシュくらいしか思い浮かばない。まあ、僕やギーシュ以外の別の転生者という可能性だって無くもないし、またそれ以外の突然変異的な天才の仕業である可能性だってあるだろうが、それはそれで脅威に違いない。
「調べてみる必要はある、か」
 あれこれ想像を巡らせるよりも、まずは調べてみるべき。実物が目の前にあるのだ。
 だが、どちらにせよ、どうせ嫌な思いをするのは変わらないのだろうな、と。そんな風に思った。

「まさか、またギーシュか……?」
 ここ最近、やることなす事アイツに付き纏われているような気がする。無論、気のせいだ。アイツと関わり合いになったのはたったの二回。
 あちこちで目に付くような気がするのは、おそらくアイツが原作知識を基に行動しているためだ。原作に描写された部分は、僕の記憶にもある程度残っている。
「……っ」
 不愉快だ。さっさと行動に移る事にしよう。


 “王の財宝”の中の宝具を使えば、姿を消すぐらいはさして難しい事じゃない。空飛ぶフネの中に潜り込むのは、さして難しい事ではなかった。
 大きさからすれば不釣り合いなほどに大量の砲を備え付けたその艦は、構造的には通常の戦列艦と大して変わりはない。まあ、旋回砲塔とか色々と細かい部分では違っているようだが。その上、どうやら飛行甲板までついているようだ。

 鋼鉄の装甲板が張られた甲板には数人の兵士たちがたむろしていた。雑談したり、あるいはポーカーらしきトランプゲームをやっていたりして、当直らしき見張り台の船員以外は平和なものだ。一人だけツナギを着てウホッとか言っている奴がいたが、それは気にしない方向性。
 姿を消したままトランプを覗き込む。前世の地球で見たものとはかなり見た目が違っている。それも当然、この世界のトランプは数字は同じ、しかしスートは剣杯杖金の四記号ではなく、系統魔法の地水火風だ。だが、僕はこの手のゲームをやったことはない。友達いないし。
 まあ、前世でも似たり寄ったりだったけど、まあ、この世界にハーツとかソリティアとかスパイダソリティアとかはないからな。
 正直、イラついてくる。何でもない談笑の光景にさえ苛立ちを感じる自分は末期だろう。奥歯の軋みを噛み殺す音は、足音消しの靴に遮られて虚しく消える。
 いっそのこと、こいつら殺してやろうか、と思う冗談混じりの殺意に反応して、“王の財宝”から剣の柄が滑り出てくるが、頭を振って余計な考えを追い出し、周囲を索敵。今のところ、こちらに気付いた気配なし。音消し臭い消し気配殺しの宝具まで使っているから当たり前。
 そのままサイレントキリングと洒落込みたくなるのは、パピヨンの性格でも伝染したからだろうか? まあどうでもいい。叩き殺すのは、敵だとはっきり分かってからでも構わない。


 さして広くもない艦内を、敵を探して歩く。
 甲鉄艦か、と頭を捻り、そういえば、ギーシュが何やらフネを建造している、という話を聞いた事もある。フネを使ったアルビオンとの通商で、味噌や醤油をダイレクトに売り込む事に挑戦しているらしい。まあこれがそのフネだとは限らないのだが、とりあえず頭の隅に留めておくべきだろう。上向きの階段があったのでとりあえず昇ってみる。
 そこにあったのは、どうやら格納庫のようだ。旋回砲塔の陰、縦長の飛行甲板に直結したそれは、見方を変えれば小型の滑走路。専門知識が無いので本当に使えるかは分からないが、飛行機の発着にも使えそうだ。
「零戦でも持ち込むつもり……か?」
 滑走路の長さが足りなければ、優秀な土メイジが錬金して継ぎ足せばある程度は実用になるだろう。
 まあいい。どうでもいい。零戦だろうが竜騎士だろうが戦闘妖精雪風タバサだろうが、好きなのを載せるがいいさ。敵に回ればその時は────
「────どうしたものだろうな」
 零戦の単騎性能はヴィマーナに乗る僕自身の性能差で勝てる。竜騎士の数は火竜の群れで圧殺できる。
 だが、チート能力持ち転生者まで計算に入れようとすると、どうしても予測の幅が広くなり過ぎる。忍者凧からメカキングギドラまで、幅が広過ぎて想像がつかない。いっそのこと、全てチート飛行ユニットの記号一つで纏めるべきだろうか。
 まあいい。それはその時に考えるしかないからな。

 周囲を見回し、人がいない事を確かめて階段を下り、今度は一番下、船倉へと降りる。どこかで嗅いだ事がある強い匂いだ。具体的には、味噌や醤油。
 実用化された甲鉄艦、貨物船としての運用、貨物は味噌に醤油。ここまでチートな現代知識利用。間違いない。間違いなくギーシュが絡んでいる。
 さて、どうしてくれようか。そう思いながら腕に軽く力を込める。前世で見たゼロ魔二次を参考に、僕の全身の骨全てが杖、両手に宝具の武器を握っても魔法が使える。
「はいはい湿度操作、と」
 味噌の保存条件なんてよく分からないが、とりあえず限界まで湿度を上げてやる行為が味噌にとってありがたいわけがあるまい。
 そう考えたところで、だ。

 階段の辺りに気配、こちらに接近してくる。作業員かなにかか、と判断。
「これは……?」
 不審そうな声が上がる。女性の声だ。おそらく、この船倉に充満している不自然な湿気に気付かれた。まったく、子供みたいな嫌がらせなんてしなければよかった。糞、失策だ。
 声から顔つきなんて分からないが、ギーシュ絡みだ、どうせ美人に決まっている。
 不審を感じたのだろう、その何者かからディテクトマジックが飛び、船倉の内側を走り回る。どうやら、作業員はメイジらしい。まあ、倉庫の管理とはいえ、魔法が使えない人間に湿度の管理などできるわけがない。
 一部の大貴族の皆様が見れば高貴なる魔法を倉庫番ごときに使用するなど何事、などと目くじらを立てられるかもしれないが、ギーシュなら平然とやるだろう。現代知識がある分、ある意味ハルケギニアの誰よりも効率重視の生物だからな。
 だが、甘い。僕が使っている隠密宝具の中には、魔力による探知を無効化する宝具も────

「そこに、いますね?」

 ────無窮の武錬スキルが反応し、狼狽も唖然も関わりなく回避動作を起動、振り抜いた拳で風の刃を叩き潰しながら“王の財宝”から童子切安綱を抜刀して投擲し、続く連射を轟く五星ブリューナクを風車のように回転させて弾き飛ばす。
「っ」
 舌打ち、並んだコンテナの上を疾走しながら連続で飛来する風の刃を弾く。完全に捕捉されている。どういうことだ?
 魔法を放つのはメイド服の女性、メイド姿のメイジといえばリーラを思い出すが、あいにく目の前の女は銀髪で、半顔焼け爛れたフライフェイスでもない。

「貴方も理解しているとは思いますが、そこにいるのは分かっております。透明化を解除しなければ魔法も使えないでしょう? 逃げ場はありません。速やかに投降することを推奨します」
 それこそ、甘い話だ。空間転移ならどこにだって逃げられる。だが、それとこれとは話が別。目の前のこの女を放置しておけるはずがない。
「どこに隠れようとも無駄ですよ。水か風か、あるいは火か、どんな理屈で姿を消しているのかは知りませんが、風は世界に満ちるものです。“空気の無い空間”を見れば、貴方がそこにいることなど一目瞭然というものです」
 それもギーシュの入れ知恵か、それとも彼女のオリジナルか。どうでもいい。とにかく迷彩は無駄、逃げても隠れても見つけられる。かといって迷彩を解除すれば顔を見られる。コイツはグラモン家の配下だ、この間の決闘騒ぎで、間違いなく僕の顔を覚えている。糞、どうすれば、どうすればいい!? こちらのアドバンテージは全て無意味、ならば色々とどうすれば、糞、思考が纏まらない。

「大仰な鎧に仮面も、虚仮脅しですね。貴方からは、強者に特有の力の気配というものが感じられない。姿を消していたのも何か大層なマジックアイテムの力でしょうか? 所詮は借り物の力ということです」
 っ、うるさい黙れ、全てお見通しか!? ああ確かにこれは借り物の力、大層なスペシャルアイテムの力だよ。それが悪いか!?
 体内の水精霊に働きかけ、脳細胞の働きを鎮静化、外部から感情を押さえつけ、僕は無理矢理に冷静さを保つ。
 つまりだ。迷彩は無駄。ただし顔を見られさえしなければいい。ならばどこぞのグリフォン隊長のように仮面でも被っていればいいのだ。“王の財宝”から手頃な物を取り出し、装着。

 仮面は、二本の角を持つ鬼の面。
 かつて日本最大の鬼種たる酒呑童子の誕生伝説において、祭祀用の鬼の仮面を着けたところ、そのまま取れなくなって鬼になってしまった、という伝承が存在する。この鬼面は、装着した者の肉体を「鬼」という概念で纏め、一体の「鬼」という存在として運用する、という能力を持つ。
 故に、かつて源頼光に首を刎ねられた酒呑童子は、そのまま敵の頭蓋を噛み砕き、断ち落とされた己の頸を敵の肉体に繋げて蘇ろうとしたのだ。この仮面を着けた人間の肉体は鬼に変じ、魔術的な手段においてもその存在は「鬼」としか感知できない。
 さらにその上から、ギルガメッシュ御用達の金ぴかの鎧に身を包む。全身を覆うフルプレートメイル。この鎧を纏うのはギルガメッシュの表面だけ真似たようで気に入らないが、“王の財宝”の中で一番高性能な鎧なのだ、背に腹は代えられない。
 鬼面にこれでは明らかに戦隊ものにでも出てきそうな幹部Aだが、まあ気にすることはあるまい。

 ああ、仮面をつけると気分も落ち着く、というのは、もしかしたら僕のチートの一環であるパピヨンの能力の一端なのかもしれない。だからといってあの素敵コスチュームを真似する気にはなれないが。まあハルケギニアであれば蝶々の妖精さんとしてあっさり受け入れられる可能性も無きにしも非ずだが。
 まあどちらでもいい。とにかく、もはや僕は冷静だ。こちらの姿は見えている。だが、全く問題はない。相手の手の内が理解できたのなら、逆にそれを利用してやるだけ。元々、地力ではチート込みのこちらが遥かに上なのだ。

 指を振ると同時に相似体系魔術の無数の銀弦が周囲に飛び回り、金ぴか鎧に鬼面の幻像を無数に生成する。それも、ただの幻像じゃない、同じ形の真空を伴った幻像だ。
「っ、だが動いているのが本物というだけのこと!!」
 風の刃が飛ぶ。だが、それもフェイク。唯一動いているのが本物だと誰が言った? 人型の空気と入れ替わる形の空間転移、大気を揺らす事無く背後を取る。
 失策に気付いたか、相手は慌てて振り返る。だが、それこそ甘いというもの。相手の頭部に、僕の額から伸びた銀弦が突き刺さった。


 相似体系魔術の最大の弱点は反応速度の緩慢さだ。ただでさえ分身する上に雷速すら遅いと嘲笑う円環体系魔術の圧倒的な手数の多さには遥かに劣る。なら、相似体系の最大の強味とは何なのか、と聞かれたら、僕は迷わず量産性と答える。火竜だろうがホムンクルスだろうが、複製障壁を使って一瞬で数を揃える事が出来るのだ。
 だが、それだけが相似体系の使い方ではない。相似体系に置いて“化身”の名を冠する術《原型の化身》は、他人の肉体を術者に同調させる事によって人をあっさりと死に至らしめる。
 そしてそれを応用すれば、精神自体を容易く掌握してしまうことも自由自在。脳の特定部位を相似形にして、神経部位を直接操作して洗脳する。それが相似体系魔術の一手、《掌握》だ。


 朝、起床して身支度を整え、簡単な朝食をとってからメイドとして最初に行なうのは、ギーシュ様を起こす事だ。
 廊下を歩く。綺麗な朝の空気を胸一杯に吸い込んで気合を入れる。乾燥した朝の空気は少しだけ肌寒い。だが、そんな空気が私は好きだ。
 強く、そして優しいギーシュ様は皆に好かれている。同じメイドの中にも、ギーシュ様の事を愛している女の子は私の知っている限りでも何人もいる。だが、ギーシュ様を起こすのは私の仕事で特権だ。

 ────っ、まったくリア充はウザいな。まあそれもこれも今日で終わるわけなんだが。

 ギーシュ様は昨日も夜遅くまで鍛錬をしてらしたようで、もしかしたらお疲れになっているかもしれない。だとしたら、もう少し寝かせてあげてもいいと思う。
 だが、今日はルイズお嬢様もお泊りになっているのだ。ギーシュ様としても、あまり無精なさっている様子を見せるわけにはいかないだろう。心を鬼にして掛からなければ。

 ────だったらいっそのこと寝過させて無様なところを見せてやるってのはどうだ? ライバルのジャジャ馬が一匹減るかもしれないぞ?

 駄目だ駄目だ。そんな事を考えてはいけない。ルイズお嬢様も魔法の才能が無いっていうのに、いつもいつも努力してらして、ギーシュ様の言う事もよくお聞きになっている。

 ────それはそれは、健気な事だな。ったく、余計な事ばかりグダグダ考えてないで、いいから早くして欲しいものだ。

 そうだ。いけないいけない。早いところギーシュ様を起こさないと。私はギーシュ様の部屋のドアを軽くノックする。返事が無い。やはりまだ寝てらっしゃるようだ。
「ギーシュ様、朝ですよ。起きてください」
 そっと揺り起こすと、ギーシュ様は不満そうに唸り声を上げる。まるで猫でも撫でているようで少しだけ楽しいが、起きてくれないのも困る。

 ────だったら、ぶん殴ってでも起こしたらどうだ? いや、いっそのこと魔法でもブチ込んでみるとかさ。

 とか、なんて物騒な事を考えているんだろう、私。今日の私は少しだけ、どうかしているのかもしれない。
 とにかく、起きてくださらないと困るのだ。仕方ない。ここは最後の手段で行くべきだろう。私はギーシュ様の毛布に手を掛け、思い切って引き剥がした。

 そして、硬直した。
 ────捕らえた! とうとう見つけたぞお前の泣き所をな。予想はしていたがよりにもよってギーシュとは!

 ギーシュ様に抱きつくようにして眠るルイズ様だ。毛布を剥がされて寒いのか、仔猫のように身体を丸め、ギーシュ様に寄り添うように頬を寄せる。
 まるで天使のようだ、と思った。ギーシュ様と寄り添って、二人で幸せそうに。

 ────そうそう。分かるだろ? この光景が何を意味するか。

 そうだ。私にだって分かっている。所詮、私はメイド、ギーシュ様は貴族だ。それも大貴族グラモン家の次期当主、ゆくゆくはルイズ様やアンリエッタ姫様と結ばれて、このトリステインの中枢を担う御方。貴族の地位を失った私なんかがどれだけ手を伸ばしても、絶対に届かない。届かせることなんて絶対に許されないのだ。

 ────ははっ、だったら努力してみたらどうだ? アイツだって言っていただろう。報われない努力なんてないってさ。平民も貴族も同じ人間。そう、努力すれば、結ばれることができる“かもしれない”。

 いや、そんなことは無理だ。私だって分かっている。ギーシュ様にとって、ルイズ様もアンリエッタ様も大切な御方なのだ。そんな二人の事を捨てて私なんかと添い遂げるようなことはしてはいけない。そんな事をしたら、皆を幸せにする、というギーシュ様の願いは、永遠に叶わなくなってしまう。

 ────へえ、願い、ね。つまり、ギーシュはお前よりも願いを選ぶ、と、そういうわけだな。

 それも仕方がないことだ。ルイズ様、アンリエッタ様、ギーシュ様のお父様、お母様、使用人の皆、そして他の多くの人たち、たくさんの人がギーシュ様の事を信じているのだ。その信頼を裏切るわけにはいかない。

 ────そう。その通りだ。つまりギーシュはお前よりも“みんな”を選んだということ。つまり、そいつらのせいでギーシュはお前を捨てたんだ。

 ああ、そうだ。あの人たちさえいなければ、私だってギーシュ様と結ばれていたかもしれない。だが、今はもう駄目だ。ギーシュ様に捨てられた今となっては。

 ────なら、憎いだろう、そいつらが。ギーシュにお前を捨てさせた奴らが。そしてお前を捨てたギーシュが。だったらどうすればいいのかなんて、わざわざ教えるまでもないよな?

 ああ、そうだ。私は迷わず呪文を唱えると、風の刃を解き放つ。ギーシュ様とルイズ様が、無防備なまま肉片と成り果てる。頬に熱い感触を感じて指先で拭ってみる。涙ではなく、飛び散った返り血だった。
 晴れ晴れとした気分だった。こんなに簡単だったなんて。これで、私を苦しめる原因なんてもうどこにもない。いや、まだ残っていた。私は左右に二体の偏在を呼び出すと、そいつらを連れてグラモン家の館を駆け回り、旦那様を、奥様を、使用人の仲間たちを、私設軍の人たちを、容赦なく殺戮した。


 やれやれ、終わってみればちょろいものだ。どうしてこんな相手にビビっていたのやら。そんな風にも思う。
「それで、そのエルフは確かにティファニアと名乗っていたんだな」
「はい。正確にはハーフエルフだそうですが」
 何やら、このフネの主は想像通りギーシュらしい。で、わざわざアルビオンへ交易にやってきたのは、ティファニアと孤児院の子供たちを目立たないようにフネに乗せてグラモン領に連れ帰るため、らしい。
 あと、ついでに同じ村にいた村人たちも全員一緒に連れてきたとか。サウスゴータや旧モード大公に縁のある連中だったらしく、一応念の為とのことだ。
 どうやら、地上で僕が見たのは無人になったティファニアの村だったらしい。
 どっちにせよ大して代わりはない。ここでギーシュの手に第二の虚無が渡ったという事実を掴む事ができたのは大きい。この事を知らなかったら、最悪ティファニアの所在を嗅ぎ回ってアルビオン中を探し回った挙句そこには誰もいない、という事になりかねない。
 まあ、ギーシュを張ってればいずれ目についた事かもしれないが。
「どちらにせよ、いいタイミングだ」
 僕は、気だるい表情でしなだれかかっている少女の頭をそっと撫でながら呟く。三つ編みを一本編み込んだ銀髪はよく手入れされていて気持ちいい。
 メイド服の紺色のスカートからしどけなく投げ出された太腿に一筋赤い線が伝っているのを見て、少しやるせない気分がする。醤油やら味噌やらが積み上がった倉庫で初体験とは随分と間抜けな話だ。
 まあ、どうでもいい話だ。伊達にモット伯家の次期当主なんぞやっているわけでもないのだ。もっと悲惨な顛末などいくらでも知っている。この少女はどちらかといえばまだ幸福な方だ。《掌握》にエモーション・カスタマイズとメモリー・カスタマイズ、アンドヴァリの指輪まで重ね掛けして、幸福な気分で初体験を終わらせられたのだからな。

「じゃあ、そのティファニアを確保する。ギーシュの所在は?」
「何か重要そうな話を、ティファニアに付きっきりで何かを話しています。何やら秘密を抱えて使用人には一言も話さなかった癖に、初対面の相手にはあっさりと話してしまうようですね」
 どうせ脳内で信頼度に原作キャラ補正でも掛けているのだろう。僕も同じ過ちをしないように気をつけなければ。もう一度考え直しておくべきかもしれない。
「なるほど、護衛付きか。じゃあ、護衛なんてやりようがないくらいに引きずり出してやるさ」

 現在手元にあって僕の自由になる手駒は、まず僕自身。そしてこのメイドの少女。そして、火竜。手元にある火竜の群れの中から、数十頭を取り分けて、甲鉄艦を襲わせる。たちまち緊迫した足音や叫びが響き、ややあって砲撃の音が連続して響き始める。
 このフネの艦体が本来のような木造船であるのなら、この数の火竜に襲われれば瞬く間に全体に火が回って瞬く間にこの船は松明のように燃え上がっているはず。この艦ががまだ原型を保っているのは、全体を金属製の装甲板で覆われているからだ。
「君も戦闘に参加してくれ。火竜を援護する必要はない。むしろまだギーシュの仲間の振りをして、しばらく諜報活動に徹しておいてくれ」
 言いながら懐から取り出したアンドヴァリの指輪を一環、複製障壁で増やした代物を、キャスターの魔術で少女の心臓の辺りにセイギノミカタに剣の鞘を埋め込む要領で同化させる。
「はい……しかし、御一人で大丈夫ですか? 今のグラモン家で貴方の顔と名前を知らない人間はいないと思いますが」
 やや心配そうに問いかける少女の言葉に、僕は少しばかり可愛げを感じて苦笑。
「不確定要素の幅が大き過ぎるギーシュさえいなければ、他のヤツに苦戦するようなことはないさ。「火竜は適当な所で引き揚げさせる。場合によってはこのフネも撃沈するが、君を襲わせることはないから、落下制御で逃げるといい」
「承知しました。……御武運を」
 その言葉を背中に受けて、僕は再び姿を消そうとして、一つ思いついて振り向いた。
「そう言えば聞くのを忘れてたけれど、君の名前は?」
「サクヤ・アデライド・ド・アングラールです。あの、お気をつけて」


 名前からしてまさかリーラの妹か何かか、などとどうでもいいことを考えながら、僕は飛翔して殺気立った兵士たちの頭上を通り抜けつつ、《掌握》でサクヤの頭から引きずり出した位置情報、そして探知用の宝具の索敵情報を基にティファニアの位置を探索する。
 何やら頭上や足下では明らかに火砲によるものではない派手な衝撃音が響いてくる。ギーシュのオリジナル魔法かチート能力か。どちらにせよゆっくりしていてはいられない。
 両手に構えた探索宝具が標的の位置を知らせる。近い。すぐそこだ。僕は正面に転移障壁を発動、正面にあったテーブルを蹴り飛ばして出現。
 室内にいた多分後のフーケと思われる女性がもう一人の金髪の少女を庇うように構えた杖を咄嗟に抜刀したアロンダイトで斬り飛ばし、少女があたふたと杖に手を伸ばそうとするよりも速く両手の指全てに嵌めた複製込みのアンドヴァリの指輪の力で沈黙してもらう。
 抵抗も出来ずに一瞬で仮死状態に陥った二人の内、少女が間違いなくティファニアである事を確認。耳も長いし金髪だし胸革命だし、外見的な特徴も一致する。ついでに《掌握》を使って脳内の情報をサーチして、彼女が間違いなくティファニアである事も確認。同時に、すぐ横で倒れている女性がマチルダ・オブ・サウスゴータである事も確認。
 さあ、目的のものも手に入れた。ではさらば。ギーシュが戻ってこない内に姿を消させてもらおう。ティファニアとマチルダを肩に担ぎ、一応念の為、逃走経路を誤魔化すために外壁を切りぬいてから空間転移を発動、地表に降り立つ。
 最後の火竜が撃墜されるのは、それとほぼ同時だった。


「みんなをしあわせに、か。それはそれは、お優しいことだ」
 無数の宝具で隠蔽されて木陰に座り、黒煙を噴きながら着陸地点を探す甲鉄艦を見上げながら、僕は呟いた。
 《掌握》でサクヤの精神を覗いた時に、ギーシュの目的が見えた。
 そのみんな、という言葉に、僕の存在は含まれていないのだろう。この世界には数多くの人間が存在する。前世において僕が読んだ“ゼロの使い魔”に描写されたのはその中のほんの一握りの存在に過ぎない。みんなという語がゼロ魔原作に登場した主要登場人物全てを指すなら、そこにそれ以外の人間は含まれず、彼らは目的のためにただ踏み躙られていくのみ。
 無論、それが悪いとは思わない。
 踏まえし道は修羅の道、それもまた一つの道だと思うのだ。何かのために他の何かを、あるいは何もかもを犠牲にする、というのもまた一つの価値観だと思うし、そのために道義を蹴り捨てるのも、そのために道義があると信じるのも、そのどちらも、物語として見る分には決して嫌いではない。

 だが、それと利害とはまた別だ。人間関係は金から崩れる。世の真理である。
 何かのために何かを犠牲にする。それは一つの生き方だ。だが、犠牲にされる側とて、大人しく犠牲にされてやる義理はない。

「みんなをしあわせに、か」
 それはそれは、ともう一度呟く。ま、せいぜい頑張ってくれ、そして潰れろ、と呪いの言葉を吐き捨てる。
 あいつは、僕以外のたくさんの人間を幸せにするんだそうだ。まったく御苦労な事だ。付き合いきれない。
 人間、自分一人を幸せにすることでさえ難しいのだ。だというのに他人を幸せにする? まったくお優しい事だ。僕にはそんな余計な趣味に割く労力はない。まあ、労力があっても対象がいないんだが。
 だが、あいつはそれをやるそうだ。
 翻って、自分はどうだ、と思う。馬鹿馬鹿しい。
 僕は誰も幸せにしない。自分一人が安楽であればそれでいい。そのためになら、他者なんて何もかも破滅してしまえばいい。どうせ、他人にかけがえのない価値なんて存在しないのだ。
 何かのために何かを犠牲にする。それは一つの生き方だ。





=====
後書き的なもの
=====

 ……やってしまった。
 とりあえず前回のアレもまた、一つの可能性ということで。
 あれこれと考えている内に新しい展開が思いついて、どちらがいいのかも自分の中ではっきりと結論を出せないので仮掲載。
 こちらのルートでもギーシュの能力を同じにするかはあまりはっきりと設定していません。
 元々の流れは特に変更せずに地雷っぽいところだけ修正しようと思ったら、いつの間にやら別の流れに。スーパー転生者大戦をやろうと思わなければギーシュと直接殴り合う必要はないし、そうなるとわざわざフェルナンが一回殺される必要もないし、いくら狂乱しててもわざわざ正面からギーシュと殴り合う必要はないし、そもそもフェルナンの持ち味はこういう頭脳戦とも言い難いマンチキンな遠回し戦法だし。

 まあ、それはそれとして。

本日のフェルナンの収支報告
 収益
 ・メイド(※元ギーシュのハーレム要員)×1
 ・ハーフエルフ(虚無属性)×1
 ・土メイジ×1

 損失
・火竜(※一頭でも残っていれば再生産可)×数十頭


本日のギーシュの収支報告
 収益
・孤児×たくさん
・村人×数人

 損失
・ハーフエルフ(虚無属性)×1
・土メイジ×1
・メイド(※諜報員にされた)×1


 フェルナンの戦果が前回とは雲泥の差。やっぱりフェルナンは正々堂々と戦ったら駄目だね。ギーシュの戦果は孤児と村人。ユニットとしては……使い道あるんだろうか?




[13866] 濁流のフェルナン ルートB09 牛鬼とホムンクルスの人間性
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7
Date: 2010/02/26 16:22
 帰った。
 使用人にはお帰りなさいませと頭を下げられたが、さして心配もされていなかったようだ。半分無視するようにおざなりに返事をして自室に向かう。
 廊下を進み、ドアを開ける。そこには。
 掃除の最中だったのだろう、箒を持ったまま、呆然とこちらを見る少女。
「ただいま、シャーリー」
 その途端、少女の顔が歪んだ。ばたん、と音を立てて叩きつけるように箒を床に落として、シャーリーは僕に駆け寄ってきた。
「ご主人さま……ご主人さまご主人さまご主人さまぁっ…………」
 シャーリーは僕に抱きついて泣きじゃくる。いや、今はまだシャーリーの方が僕よりもやや身長が高いから、シャーリーの方が抱き締める形になってしまう。
「本当に、本当に心配したんですよ……心配したのに一人で行ってしまわれて……お怪我はありませんでしたか?」
「ああ。見ての通りだよ」
「…………良かった。本当に、ご主人様が無事でよかった」
 同じように、背後からも駆け足の足音が聞こえてくる。少しずつ速度を落として、そして。
 後ろから抱き締められた。
「お帰りなさいませ、ご主人さま。……言いたい事はたくさんありますけど、今は……何も……言えませんから…………このままで…………」
 僕を背後から抱き締めているリーラの声にも嗚咽が混じっている。どうやら、本当に心配をかけてしまったようだ。

 帰り着いた家では、信頼なのか無関心なのか、父には大して心配もされていなかったようだが、リーラとシャーリーには本当に泣かれた。正直気まずかった。
 だが、帰る場所があるというのは嬉しいものだ。そう思う。



 濁流のフェルナン/第九段



 そんなわけで、前回の暴走の最終的な収支報告である。

収益
・火竜×たくさん
・諜報員(潜入工作中)×1
・土メイジ×1
・ハーフエルフ×1

損失
・火竜×数十頭

 客観的に見ても中々の数字である。ギーシュのところに諜報員を送り込めたのも良かったが、最大の収益はティファニアである。何といっても虚無なのだ。上手いこと始祖の秘宝を入手できれば、色々と使い道はあるだろう。
 ティファニア本体をどうこうしなくても、ティファニア型ホムンクルスという手段だってある。メイジをホムンクルス素体にすれば、ホムンクルスも系統魔法を使えることは確認済みだ。扱いが特殊過ぎる虚無魔法でも同じ法則が有効かどうかはまだ分からないが、とりあえずいくつか細胞サンプルを採取しておく。

 だが、一番扱いに困るのもティファニアである。ぶっちゃけどうしよう?
 アルビオンの王族で、ハーフエルフで、虚無の使い手。しかもギーシュと既にコネクションを持っている。総合して、ちょっとばかし火種が大き過ぎる。むしろ火種祭り。だからこそ役に立つという考え方もあるのだが。
 虚無魔法、特にエクスプロージョンの火力は魅力的だが、かといって是が非でも欲しいというほどのものでもない。まあ、色々役に立ちそうではあるのだが。
 とりあえず出会い頭にアイツの仕業だったのでついつい妨害してしまったが、正直なところ、何も考えていない。細胞サンプルだけでも当面は十分だったのだ。まあ虚無はサンプルだけでは再現できなかったとかだと面倒なので、サンプルとしては本人まるごとの方が上質には決まっているが、普通探すよな。
 ぶっちゃけた話、ギーシュに持たせたままにしておいて、グラモン家次期当主はエルフに魂売っている~とかロマリアにタレ込んでやったら面白いかもしれないが、虚無の使い手である以上教皇が保護するだろうし……まあアイツが尻尾を握られるのは見ていて面白いかもしれないが、教皇が虚無の内の三つまでをゲットしてしまうのはまた面倒といえば面倒である。
 まあ、幸いここはモット伯邸、女性の存在を隠すのはさして難しい話でもない。ティファニアの存在を父に隠しておくのは難しいが、いっそのこと、事情を話して父に預けて調教してもらうべきだろうか。淫蕩なエルフというキーワードにも少しばかり心惹かれるものがある。
 しかし、よくよく考えてみれば我が父モット伯の持つ倫理観は基本的に典型的な(腐敗した)トリステイン貴族のそれである。王家とか教会なんぞからティファニアを供出しろと命令を下されたらあっさり従ってしまいかねない。というか、うっかり口を滑らして大事な情報を漏らしそうで怖い。使用人の口から情報が洩れる可能性だってあるし、ギーシュが敵の場合は主人公補正が奇跡を起こしそうで厄介だ。
 とりあえず、ひとまずは仮死状態にして封印といったところだろうか。無論、マチルダさんも同じ扱いである。

 ……待てよ?
 一つ、妙案を思い付いた。
 まあ、これに関しては後回しだ。ティファニアは貴重な細胞サンプル、研究が終わるまでは手放すことはできない。


 さて、考えるべきことは他にもいくつか存在する。
 まず、最初に考えるべき事は一つ。転生者対策だ。
 あれだけ荒れ狂っていた衝動から解放されて冷静になって考えてみても、今の僕は純粋に能力不足だ。
 現状において僕が使役する火竜の群なんぞも、ハルケギニアの軍隊相手なら十分な威力を発揮するだろうが、転生者相手では役者不足だ、というのが、この間の戦闘ではっきりした。
 数十頭の火竜が本気を出していたかも定かではないギーシュに蹴散らされた。これでは、いかに相似魔術が量産に向いているといっても、少しばかり無理がある。第一、そもそも火竜ってのはゼロ戦にすら劣る程度の能力しかないのだ。どこぞの現代知識持ちのチート転生者にガンダムなどを錬金されたら、もはやどうなるかなど分かり切った話だ。
 故に、早急に能力を強化する必要がある。

 ちなみに、この間の火竜はまだほとんど使い切っていなかったので、現在ではその大半はラグドリアン湖の湖底へと沈めている。ラグドリアン湖の湖水は僕の本体であるので、端末を腐らせずに保管する事など容易いことである。

 にしても、転生者、か。
 僕やギーシュ以外にもいるんだろうか?
 いる、可能性もある。だが、当面の相手は所在が分かっているギーシュと考えた方がいいのではないだろうか。何といっても、ティファニアは僕が頂いたとはいえ、ギーシュは既にルイズを確保している。世界に存在する虚無の内の一角を手中に収めているのだ。

 まあ、ギーシュと戦う必要も、これといって無かったりするのだが。ちなみに、うっかりギーシュと遭遇したら、僕は顔を隠したまま、自分がジョゼフ配下の暗殺者だと名乗るつもりでいた。アイツにそれを確認する手段はないし。
 ちなみに、ジョゼフと言えばオルレアン公暗殺事件は、僕の知っているゼロ魔原作通りに、既に起きてしまっている。そう言えば、あの事件を阻止できた二次創作を、僕は何故かほとんど見た覚えがない。例えジョゼフが正気のまま登場する作品でも、だ。つまり、シャルロットがタバサになったという事。御冥福、南無南無。


 ああ、そういえばギーシュについてだが。
 僕が前後不覚になって家を飛び出している間、決闘騒ぎのあれこれで何やら謹慎処分になっていたらしい。あとルイズも。ギーシュはなぜか何やら甲鉄艦に乗ってアルビオンにいたけれど。貴族にとっての謹慎処分とは、部屋から出れない軟禁状態ではなく、社交界に出られない事を言うのだ。
 家を飛び出している間の僕も対外的には謹慎扱いになっていたらしいので、向こうの処罰の程度も似たり寄ったりなのだろうが。貴族同士の決闘は禁止されており、しかも神聖な決闘に横槍を入れて一方をボコった、という無茶な状況の割には随分と軽い処罰だが、要は、面子さえ保てればそれでいいのだろう。僕もそれでいい。面倒だしな。
 思えば、決闘騒ぎに関しては随分と人目を惹いてしまったように思える。おかげでギーシュの評価なんかがかなりガタガタと落ちている。ギーシュ自身に関しては特に、そもそもの始めから、彼の功績の派手さに比して貴族社会における評価がやたらと低かったのではあるが。

 とりあえず、もう少ししたら謹慎期間が解けるので謝罪の一つや二つは来てもおかしくない状況ではあるものの、僕としては来て欲しくない。応対するの面倒臭い。

 トリステイン貴族社会におけるギーシュの評価は「膨大な財産を消費して変な事やってる小僧」といった感じだ。前回のデモンストレーションでも、ゴーレム自体にコストが掛かる、ということで、ゴーレムの実用化もかなり見送られてしまったようではあるし。大砲単体にしておけばいいものを。
 そもそもの原因からして、商売なんぞ卑しい商人か金に汚いゲルマニア貴族のやる事、というトリステイン貴族の固定観念もさることながら、駆け出しが悪かったらしい。グラモン家が買い込んでいる美術品、たとえば廊下や階段の隅なんかにさりげなく飾られている絵画とか壺とかそういった代物を景気よく売り払ってしまったから、なんだとか。

 そういった芸術品というのは、現代日本の一般市民の目からすれば無駄の無駄、金に飽かせた贅沢に見えるのだが、甘い。貴族というのは、そういう部分で人を見るのだ。
 どれだけ余計な部分に金を使えるかというのはつまりそいつがどれだけの財力を持つのかに通じる。相手がそういった高級品の価値を見極められるのであれば、それは相手が普段からその手の高級品に日常的に触れている、すなわちそいつが無理して金出して背伸びしていない事を意味する。
 逆に、来客にさりげなく出される紅茶の質が落ちていればそれは相手がこちらに対する評価を落としたか、さもなければ相手自身の財力が落ちていることを意味するし、以前応接間に置かれていた壺が一等価値が落ちるものに代わっていれば、それは相手の財力が家財を売り払わなければならないところまで落ちていることを意味する。

 たとえば、前世の地球、それも日本においても戦国大名の間では茶の湯が珍重されたが、狭い茶室の中で戦争の勝敗が決まる事があるというのは伊達ではないし、戦国時代において領地や刀と並んで茶器が褒賞として扱われた。要は茶器というのは刀と同じ、その国家における『財力の象徴』なのだ。重要文化財だとか学術的なあれやこれやだとか、そんなもの単なる付加価値に過ぎない。
 戦国のボンバーマン松永久秀が織田信長から現代日本人にとっては何の役にも立たない茶釜“平蜘蛛”を停戦条件に要求され、松永久秀がその要求を蹴り飛ばして平蜘蛛に爆薬詰めて自爆ブチかましたのも、ただのうつけものの暴走ではない。松永久秀の財力の象徴である平蜘蛛を、織田信長が所有するという事実、それ自体が信長にとって凶悪な手札になるのだ。

 要はその手の美術品やら何やらは、相手に舐められないために必要になってくるのだ。
 そんな社会で名門貴族グラモン家が美術品を盛大に売り出して、貴族たちからすればわけが分からない投資を始めたら、グラモン家の次期当主がおかしくなった、というようにしか見えない。
 それでもグラモン家というネームバリューがあるから静観しよう、という方向性に落ちついていたのだが、その矢先にこれである。グラモン家の名誉は、かなりガタ落ちした。まあ僕からすれば、ざまあ見やがれですぅ、といったところだろうか。それでも我がモット伯家とかそこらへんの並みの貴族からすれば十分強力なのであるが。

 まあ、そんなこんなで、ギーシュ自身にはメイジとしてスクエアクラスの実力があるため神童と言われているが、内政・軍事面でのギーシュの評価はさして高くはないのだ。さもなくば、僕なんぞと並び称されているはずがない。
 僕か? 内政面では外から見ればモット伯領が栄えているのは単なる偶然の積み重なり。軍事面においては、僕の軍隊は人目に見せられないからな。


 にしても、決闘騒ぎといえば、あれからルイズの話を聞かない。まあ、ルイズ自身露出が少ないので不自然ではない、といえばそうなんだろうが……ああ、性的な意味ではなく情報的な意味でな。
 まあ尻叩きくらいはされてても不自然じゃないが、ギーシュの主人公補正からしてルイズが持ち上げられていると面倒だ。まあ、どちらにせよ、謹慎処分くらいが妥当か? まあいいや。どうせルイズなんてどうでもいい、というのが本音ではある。
「念のため、調査だけはしておくか。とりあえず、あまり派手でない程度に」
 まあ、どうせ謹慎処分だけなんだろうが。


「それにしても、火竜の強化、か……さすがに難しいな」
 僕は館のベッドに寝転がりつつ思索を巡らせる。
 強化させるには単純にホムンクルス化させればいいのだろうが、蛇や蛙、薔薇のような一般的なホムンクルスでは、かめはめ波の一発で諸共消し飛ぶ図しか頭に浮かばない。
「……そんな強力な生物なんて、この世にいたっけかなぁ?」
 安直に火竜型ホムンクルスにするという手もある。火竜は結構強力な生物だ。

 だが、現状、ホムンクルスは、単純にホムンクルス素体の能力を受け継ぐのみならず、ある程度個体差はあるもののホムンクルス素体を寄生させて苗床にした生物の特性をも受け継ぐことが判明しているのだ。例えば、蛇型ホムンクルスの舌や蛙型ホムンクルスの腹部に人間の顔がついていたりするのが良い例である。
 よって、ただのホムンクルスであっても、火竜を苗床にしている時点でそこそこの能力を発揮できることは間違いなく、また、火竜の能力を使用できる可能性は高い。
 ならば、火竜型ではなく、他の生物のホムンクルス素体を使用する事で、より多彩な能力を持つホムンクルスを製造する事ができるのではないだろうか。

 相似体系魔術は、こと量産という一点に関していえば最大の力を発揮する魔術だ。そして戦争は数だ、とどこぞの偉大な兄貴も言っている。相似体系=数=力、すなわち相似体系魔術こそ最強の魔術……なんてね。
 火竜ベースのホムンクルスに関しては、納得がいくレベルの個体ができるまで試作を続け、十分なレベルの個体ができたら、それを相似魔術を使って増やせばいいだけの事だ。
 ただ問題は、先程にも述べたとおり、火竜に見劣りせず、チート転生者相手に一撃で薙ぎ払われない程度の能力のホムンクルスが作れると期待できる生物がいない事である。

 そんな風に考えていたときである。
「ご主人さま」
 ドアをノックして部屋に入ってきたのは、いつも通りのメイドだった。
「リーラか。ティータイムには少し早いようだが、どうした?」
「ええ、実は、以前から行っていた調査の一つが完了したようで、報告書を持ってきたのですが」
 僕はアンドヴァリの指輪を利用して洗脳した人間を使って、そこそこ広い範囲に情報網を築いている。まあ、情報網といっても、指輪というチートを使ってすらジョゼフや教皇あたりの素チートどもには勝てないだろうが。そんなものである。

「以前の件っていうと?」
「ラルカスという水メイジの足取りについてです。こちらをご覧ください」
 僕はリーラから書類を受け取って目を通す。
 手掛かりがラルカスという名前、主な系統が水である事、重病を患っていた事、所属がガリアかトリステインである事、最後にミノタウロス退治を行っていたこと、この程度しかなかったが、名前が分かっていたため絞り込み自体はそれほど難しくなく、さほど時間を掛けずに見つけ出す事ができたようだ。

「しかし、このラルカスというメイジが、それほど重要なのですか?」
「ああ。今まで行き詰っていた研究の一つを完成させる鍵になるかもしれない」
 僕は書類に目を通しながら簡単に言う。ゼロ魔の原作の外伝に登場した、自らの肉体を捨ててミノタウロスに脳を移植したメイジ。単純な戦闘能力では、ガンダールヴや虚無のようなチートを除けばゼロ魔原作における最強クラスに入るだろう。まあ、タバサに負けたが。
 近くの町では子供の行方不明事件が多発しているようだ。候補地を見つけたらこれも確認させておいた。ゼロ魔の原作においてラルカスはミノタウロスの肉体の衝動を抑えきれずに、近場の町で子供を攫っては喰い、攫っては喰いを繰り返していたのを覚えていたための確認だが、やはり間違いはなかった。
「鍵……ですか?」

「ああ。例の……“キメラ型”だ」
 僕が言うと、リーラは少しばかり考え込む様子を見せた。
「……ご主人さま、その対象の捕獲は、危険が伴うのでしょうか?」
「そうだな。確かに危険があるかもしれない。何しろ、敵は系統魔法を使うミノタウロスだ」
「そうですか……それなら、シャーリーをお連れください」
 リーラは意を決したかのように言う。やはり、この間の事で心配を掛けてしまったらしい。
「シャーリーを?」
「シャーリーは私と違ってホムンクルスですし、武装錬金も強力です。少なくとも足手まといにはならないでしょう」
 そう言われて、もしかしたら自分がまだホムンクルスになっていない事に引け目を感じているのだろうか、と関係ない方に思考を飛ばしながら、少しばかり考える。
「……そうだな。シャーリーの戦闘能力の実地テストもしていなかった事だし、試してみようか」
 僕がそう言うと、リーラは安堵したような笑みを見せた。


「で、ご主人さま、あそこがその鍾乳洞という訳ですね?」
「ああ。そういう事だ」
 僕たちは、数年前までミノタウロスが暴れていたというエズレ村から少し離れたところに存在する洞窟を監視していた。僕の中にあるキャスターの探査魔術で見つけたものだ。
 ちなみに、僕は今まで一度もキャスターの能力を使っていないように見えるのだが、実は結構な頻度で使っていたりする。例えば、地下の工房や実験場などの施設は陣地作成スキルだし、ホムンクルスを作成するときの大型フラスコなんかも道具作成スキルで作ったものだ。ただ、活躍の場面が非常に地味であるため、目立たなかっただけである。

「さて、どうしようかな……」
 ミノタウロスの気配は洞窟の中に存在する。先程、アンドヴァリの指輪で洗脳した盗賊にミノタウロスを攻撃させたら、見事に系統魔法を使っていた。あれがラルカスで間違いは無さそうだ。
 確か、原作ではタバサは、どうやってラルカスを倒したんだったか……いけない。何も覚えていない。まあ、そんなものだ。前世で読んだラノベとかも、能力とかの設定は結構頭に入っているのだが、どんなストーリーだったかとかそこらへんは頭から消し飛んでいる。記憶力の偏りというヤツだね。

 しかし、本当にどうしよう。ラルカス本人の肉体や研究資料が必要なのだ。馬鹿正直に正面から突っ込めばどうにでもなる気もするが、あまり派手な真似をして、中の研究資料が木端微塵になってくれても困る。しかも戦場が狭い洞窟の中では余計に危険だ。どうにかして、敵を誘い出さなければならない。
 もしくは、戦闘に持ち込まずに不意打ちでブチ込むか、だ。こっちにはアンドヴァリの指輪もある。ただ、これだと下手に暴れて戦闘になった時に困る。やはり、大事を取って誘い出すべきか。
 正直言って、有効的な接触はあまり当てにできないんだよな。どういう仕掛けになっているのか分からないが、ミノタウロスの本能に精神を浸食されているから。ニコニコ笑顔で話している最中に不意打ちでオレサマ オマエ マルカジリと来られた日にはたまらない。不意打ちだろうが何だろうがとりあえず勝てない気はしないが、貴重な研究資料を木っ端にされたら洒落にならん。

 ラルカスは単純に魔法が使えるだけのミノタウロスではない。凶暴な亜人であるミノタウロスを打ち倒す人の知性、戦闘技術。多少錆びついているかもしれないが、そんなものが彼の中に宿っているはず。そして、魔法を扱う精神力すらも強化されている。
 それもまた厄介。知性を持たない獣であればただ暴れるか逃げるかの二択、僕とシャーリーが揃っている現状、逃げ道を断ってしまえば正面からの叩き潰し一択で片がつく。
 しかし、人間の知性があるのなら、こちらの想定外の手段で足を掬う事も可能。魔法という汎用性に優れた戦闘技法を保有しているのならなおさらだ。

 総合して、敵の利は、研究資料を置いた狭い洞窟という地の利、そして人間の知性と魔法という戦術的な選択肢の数。
「だったら、その二つが使えない状況に落とし込んでやれば問題は……って、そんな状況作れるのか?」
 考えあぐねながら無為に時間が過ぎる。やがて夜になる。さすがに少しばかり眠くなってきた。
 空を見上げれば、木々の間から月が見えた。ハルケギニアの月、青い方のやつだ。三日月というにも細過ぎる蒼白いアーチが、ゆっくりと梢の間を通り過ぎていく。
 木々の中を通り過ぎる風が静寂の中に葉擦れの音を奏で、その合間に鳥や獣の声が響く。
 その時だ。

「っ────ご主人様!?」
 押し殺したシャーリーの声が、僕の意識を惹き戻した。
「どうした?」
「あれを……」
 シャーリーが指さすのは、洞窟の入り口からのっそりと歩み出てきた巨大な影────ミノタウロスだ。
「こんな時間に、一体どうして……?」
 シャーリーが首を傾げる。僕も僕で似たような疑問を抱いていた。
 僕は元から多数の隠蔽宝具を展開しており、たとえミノタウロスが人間離れした知覚力を保有していたとしても、僕たちを発見するのは不可能に近い。そして、それ以外でラルカスがこんな時間帯に外出するような理由など────否。
「待てよ」
 もはや薄れに薄れている前世の記憶が違和感を告げる。ラルカスの物語。雪風のタバサを主人公とする物語。それは一体どのような粗筋だったのか。
「確か、タバサが盗賊に襲われたところをラルカスに助けられて────」
 それで物語は終わったのだったか?
「────ああ、思い出した」


 僕とシャーリーは、おそらく街に向かって移動しているのだろうラルカスを尾行していた。
 やがてラルカスはレビテーションか何かの呪文を唱えて街の城壁を乗り越え、街の中に入る。裏通りを身をかがめながら歩くラルカスの様子を、僕たちは教会の鐘楼に潜んで監視していた。
「でもご主人さま、なぜラルカスはわざわざ街なんかに? 軍隊に見つかれば、捕らえられて殺されるかもしれませんよ?」
「ああ、夜食のためさ」
「……? 夜食?」
 僕が言うと、シャーリーは理解できないといった風情に首を傾げた。
「ほら、よく見てみろ。あいつが何をやっているか」
 近場の家に忍び込んだミノタウロスが、やがて何か小さな塊を担いで戻ってくる。そして、来た時と同じようにして城壁を乗り越えて帰っていく。
「あの……塊、もしかして生きています?」
「ああ。もしかしなくても生きている。あのサイズの生き物というと、何だと思う?」
「鹿? それとも犬……まさか!?」
 ああ、そのまさかだ。街中に鹿はいないし、家の中で飼われる犬はメイジの使い魔くらいのものだ。
「……人間、ですか?」
「そう。それも子供だ。アイツはな、ミノタウロスの肉体に精神を喰われかけているのさ」
 その子供が何に使われるのか理解したのだろう、シャーリーは目を丸くしているが、しかし、その表情に嫌悪の色は欠片もない。何となれば彼女はホムンクルス、食人衝動こそ存在しないものの、彼女はもはや人外。人喰いの怪物だ。
「じゃあ、それだけ分かっているのに、どうして彼の後をつけたりしたんですか?」
 そんなことは決まっている。
「ここで仕留めるためさ」

 都合よく標的が砦である家を出てくれたということ。これによって、ラルカスの地の利は失われた。
 そして、ラルカスがミノタウロスの食人衝動に衝き動かされているということ。これによって、最後の希望である人間の知性すら失われた。
 後は叩いて潰すのみ。

 ラルカスを取り巻くようにして同心円状に彼我の相対距離数百メイル、それだけの間隔を開き、蒼白い光の壁が展開する。複製障壁。そこから溢れ出すのは膨大な水だ。ラグドリアン湖の湖水を転送し、複製して、周囲一帯にぶちまける。
 たちまちのうちに辺り一帯が水浸しになる。直径数百メイルにも及ぶ深さ半メイル程の水溜り、戦場の優位としては十分過ぎるほど。
 それは全て水精霊の手足だ。泡立ち、逆巻き、波濤を轟かせてミノタウロスの肉体へと絡みつき、その動きを制限する。
 そこに、僕が姿を現した。放つ魔法はアクア・ボム、炸裂水球をその肉体の身で弾き返したミノタウロスは、僕を敵と認識したのかその瞳まで赤く染め、憤怒の吐息を吐き出しながら突進、波濤を蹴散らしながら走り込んだミノタウロスが巨大過ぎる斧を振り下ろす。

 その斬撃を受け止めたのはシャーリーだった。その手に握られているのは、剣とも槍ともつかない異形の刃物。武器にこだわらず例えるのであれば、巨大なステーキナイフにも見える奇怪な武器。
 その全長の半分が柄であり、かつステーキナイフにも似た緩やかに湾曲する刀身の長さは身長ほどという、長大な刃物。長大な片刃の刀身の裏にはスラスターにも似た縦長のノズルが取りつけられている。
 それこそがシャーリーの、斬馬刀(ホースバスター)の武装錬金『ミッドナイト・プラグレス』。全長四メートルにも及ぶ巨大な長巻だ。
 全長二メイル半にも及ぶ巨体から繰り出される斬撃の破壊力が斬馬刀の柄の一点に集約され、集中されたその破壊力は一トンを優に超えるほど、ましてやその巨体による全力の踏み込みによる運動エネルギーはホムンクルスの膂力を以てしても受け止めきれるものではない。いかに人型よりも優れた身体能力を持つ獣人型ホムンクルスとはいえ、シャーリーのウェイトは普通の少女とさして変わりない。しかしその重撃を、シャーリーは軽く片手で指を這わせただけの斬馬刀で微動だにせずに受け止めていた。

 『ミッドナイト・プラグレス』の能力は『エネルギー保存法則の無視』、長大な斬馬刀に加えられる衝撃は斬馬刀に伝わることなく、ただ雲散して消えていく。これにより、斬馬刀の刀身を伝わる膨大な慣性をキャンセルしたのだ。あらゆる攻撃からエネルギーを消去する事によるほぼ絶対的な盾。その力により、シャーリーは戦車砲による砲撃だろうが、アルビオン大陸の崩落だろうが、あるいは核爆弾の直撃だろうが、斬馬刀一本で受け止められる攻撃である限り、あらゆる攻撃を弾き返す。

 少女は長大な斬馬刀を指先で回転させ、踊るようにして体ごと回して振り回す。それは多少のぎこちなさこそあるものの、獣人型ホムンクルスの身体能力を生かして、流れるように刃を舞わし、己の体格を遥かに超えるミノタウロスの斬撃を跳ね飛ばした。
 そも、長巻のみならず、大鎌やグレートアックス、ハルバートのような超重武器を振るうというのは、その重量をどのようにして運動エネルギーに、ひいては破壊力に置換するかという事であり、威力=重量×加速の等式が存在し、重量のある物体を加速するにはそれなりの膂力と溜めが必要である以上、超重武器による攻撃はどうしても鈍足に、かつ大振りになってしまう傾向がある。
 それは、例えば身の丈ほどある大剣をナイフ並みの速度で振るう事ができたとしても同じ事であり、同等の速度であっても斬撃に許される運動力学的な軌道の選択肢はどうしても限定されざるを得ない。
 だが、シャーリーはそんな重量などどこにも存在しないかのように長大な斬馬刀を振り回す。真横に薙ぎ払い、正面に跳躍して振り下ろし、断ち割られた地面に深々と喰い込んだ刃を横に振り、即座に切り返して再び薙ぎ払う。

 その有り得ない機動を可能にするのが斬馬刀の武装錬金『ミッドナイト・プラグレス』の特性『エネルギー保存法則の無視』。単純だが奥が深く、強力な武装錬金だ。現在は相似魔術を利用して、他の道具や生体にその特性を移植できないか研究中である。
 人外の反応速度で以ってシャーリーはミノタウロスの攻撃を受け止め、捌き、弾いていく。依然として効果を上げられない剣戟に業を煮やしたのか、ミノタウロスは魔法でも使おうとしたか後方へと下がろうとする。
 だが甘い。敵は一人ではないのだ。いや、何が敵かといえば、この環境、水に満たされたこの空間こそが、ミノタウロスにとっての最大の敵。後退の一歩を踏もうとしたミノタウロスの体重を支える軸足、その真下の地面が、噴きつける水流によって突き崩されたのだ。
 同時に周囲から押し寄せる水流に足を取られ、巨大なミノタウロスが飛沫を上げて地面へと倒れ込む。ミノタウロスもそれに対して抗いの咆哮を上げるが、無意味。渦巻く水がミノタウロスの口に鼻に押し寄せ、その体内を蹂躙し、制御を乗っ取っていく。


 ラルカスの捕獲作戦、成果は上々である。
 免疫の拒絶反応を無効化する水魔法についても、肉体に水の精霊を浸透させたおかげで、大体の事は理解できた。ミノタウロスの肉体に拒絶反応を起こさせずにメイジの脳髄を移植する手段。水の精霊の力を通して脳味噌の中のデータを読み取り、脳味噌にどんな感じで力が働いているかも分かったので、ほぼ完璧である。これさえ分かれば、前々から行き詰まっているキメラ型ホムンクルスの精製も上手くいきそうだ。

 試しに興味が湧いたので、ミノタウロス型……というか、ラルカス型ホムンクルスを作ってみた。結果として、ミノタウロス型の肉体に、系統魔法を使うホムンクルスが完成した。
 喜び勇んで火竜に使ってみる。キメラ型の試験も兼ねて、火竜型の因子を付与してみた。水の先住魔法で操り人形と化したラルカスの協力もあって、見事に完成。ラルカスは研究者としては中々に優秀なようだ。他の生物の要素も付け加えたかったのだが、初めてでそれは少し難易度が高いのではないかと考えたため、泣く泣く諦める事となった。
 結果、基礎形態である火竜が変形して、ミノタウロスの顔を火竜っぽくして、火竜の爪、牙、角と翼を生やした形の怪物に変形するようになった。無論、ブレス能力も健在。一体どこのデーモンか不死のゾッドやら、といった感じである。まあこれで、何はともあれキメラ型ホムンクルスの実験も大成功である。
 加えて、ベースがミノタウロス、要するに亜人型なので武装錬金も使える。ミノタウロスの肉体で発動させてみると、どうやら鉤爪の武装錬金のようだ。
 ついでに、僕の肉体と同じく腕の骨をメイジとしての杖に加工して、杖を持たずに魔法を使えるようにしてみた。あと、心臓部には核鉄を封入した。核鉄+ミノタウロスの再生能力があるので、再生能力は特にスゴイ事になっている。まさに完璧である。
 なお、火竜はホムンクルス化しても端末として機能するようだった。
 わりと納得のいく試作品が完成したので、ラグドリアン湖の底に沈めてある端末の火竜をほとんど全部、相似魔術の《原型の化身》でこの型のラルカス型ホムンクルスへと改造する。大分戦力が上昇した。これなら、大抵のチート兵器と戦っても引けは取らないと思う。



=====
後書き的なもの
=====

 ……やってしまった。
 とりあえずルートAと内容ほぼ一緒なので、同時に更新。Aは生き残りの秘策について。Bはテファの処遇。
 とりあえず次はAかBか。そろそろテファがいるいないの影響が出てくると思うので、どっちにするのかいっそのこと両方続けるのかは次で決める予定です。
 どっちをかきたいのかよく考えないと。








[13866] 濁流のフェルナン ルートB10 フェルナンの冒険
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7
Date: 2010/02/28 16:58
「やれやれ、嫌な雰囲気だ」
 僕は鬱蒼とした森の中を、木々を掻き分けながら歩いていた。ハルケギニアは地理的にも森の多い土地で、モット伯領にも森はいくらでもあるし、アルビオンで無人の集落を見つけた時もそこには森があった。探せば他にも森はいくらでもあるだろう。
 だが、この森はそのどれとも違う。暗過ぎる。繁茂する木々が陽光を遮り視界を遮り、おどろおどろしい、まるで何かが潜んでいるかのような雰囲気を醸し出している。無論、周囲の気配など簡単に読めるので、そこに何もいない事くらいは魔法や宝具に頼る必要もなく理解できる。
 だが、不愉快な事には変わりはない。ギーシュと相対した時とはまた違った不快感だ。
 僕はその中で、枝を掻き分けながら前に進む。進んでも進んでも辺りは森。最初の内は物珍しかったこの光景も、時間を重ねれば少しずつ飽きてくる。
 業を煮やした僕は、すぐ近くの大木を駆け上り、周囲を見渡した。目の前一杯に陽光が広がり、解放感が喉を満たす。そして、僕は目の前に広がった光景に唖然とした。
 まるで、森が世界の果てまで広がっているように見えた。それも、地平線の果てまでだ。トリックを明らかにするのであれば至極簡単、森の木々が生えている地面が、普通に歩いていて気付かない程度に緩やかに傾斜して、ちょっとした盆地を形作っているのだ。
 だが、僕がそれに気付けたのはギルガメッシュの弓兵としての遠視力があったからだ。普通の人間が見たとしても、世界の果てまで森が広がっているようにしか見えないだろう。
 僕は辟易して樹から飛び降りた。途端、むせ返るほどの緑の匂いと共に濃緑色の薄闇に包まれる。

 ふと、僕は接近する気配を感じた。速い。つまり、人間のものではない。この鬱蒼とした森の中でこれだけの速度を出せる生物は、そもそも人間ではないか、人間の分際を越える力を持っているかの二択。
 どちらにしても遭遇したくない手合いではあるが、隠れてやり過ごすのは不可能、完全に捕捉されている。まあ、問題あるまい。気配からしておそらく獣、そしてこの森を我が物顔で徘徊する獣がどんな存在であるかなどとうに分かり切っている。
「来たか」
 接近する気配がもはや背後にまで迫ってきたのを感じて、僕は振り向いた。視界一杯に巨大な獣の顎が広がった。
 狼だ。しかし尋常の狼ではない。並みの狼に数倍する巨体、その首を支える体躯は四脚獣にあらず、真紅の体毛で全身を覆う狒々のもの。
 合成獣────キメラ。かつて、あるメイジの手によって生み出された人造の魔獣。

 無数の合成獣が徘徊するその森を、人は『ファンガスの森』と呼ぶ。



 濁流のフェルナン/第十段



 話は一週間前に遡る。

「『ファンガスの森』ねえ」
 机の上に並べた研究資料の文字を目で追っていく内に、そんな固有名詞を見つけたのだ。ラルカスの洞窟から回収した研究資料である。
 にしても、ファンガスとは怪物キノコでも徘徊していそうな名前である。マタンゴでも出るのだろうか。
「魔法生物の研究所である塔の所在地ねえ。研究内容は、どれどれ……魔法によって様々な生物を掛け合わせての、強力な合成獣(キメラ)を生み出す研究、か。ラルカスはそこの研究員だったわけか」
 実験の結果がまとめられたレポートや書簡をめくりながら思考を巡らせる。
「って何だこれは……キメラドラゴン!? 生体機構そのものに融合術式の付与!? ……とんでもないな」
 捕食した生物と同化する。そんな夢のような高等技術が実現できていたのかどうかは分からない。特に融合同化機能なんていうのは、捕食した生物の形質を無秩序に混ぜ合わせてしまえば、生物としてのバランスを失って機能崩壊に至る。そこらへんの制御がしっかりできていない限りは、無用の長物どころか、むしろ害悪ではある。だが、それでも調べてみる価値はあると判断。
「少なくとも、サンプルの一つか二つは欲しいよな」
 となると、やはり自分で出向くのが一番確実か。
 色々と考えを巡らせていると、ノックの音に続いてドアベルが軽やかな音色を奏でて、金髪の少女が入ってくる。リーラだ。
「ご主人さま、来客です」
「来客? 父上じゃなくてわざわざ僕を名指しでか? 物好きもいるものだな」
「はい、グラモン家次期当主ギーシュ・ド・グラモン様と名乗っておりますが」
「…………うわ」
 会いたくない人間トップ3のその一。
 ティファニアの処遇なんかも色々と下準備というか作戦立案が難航していて面倒なのに、よりにもよってこのタイミングとか。
「この間の決闘騒ぎの謝罪をしたいとのことですが、いかがいたしましょう」
 今外出中とでも言うか? それとも体調を崩して会えないとでも言い張るか? いや、それではどちらにせよ問題の先送りにしかならない。ならばいっそのことこの場で……いやいや。
「まったく、仕方がないか。会うよ」
 僕は諦めて席を立つと、深々と溜息をついた。


「で、話し合いを適当に切り抜けて、今に至る、と」
 僕の目の前には、四つに分断された合成獣の狼モドキが転がっていた。狒々の胴体をしているヤツ。狩りの成果である。
「とは言っても、さすがに食べれるとは思わないけれど……さて、どうしたものかな?」
 血の匂いが他の獣を引き寄せてしまうと厄介だ。さっさと移動した方がいいだろう。
 とりあえずキメラの死体をサンプルとして採取する。パッと見ではキメラ自体がどういう仕掛けになっているのかよく分からないので、全身をサンプルとして採取。培養液を満たした大型フラスコに放り込み、フラスコは“王の財宝”に収納して、とっとと移動。
 とりあえず、場所を探そう。サンプル採取に少しばかり時間をかけ過ぎた。

 再び森の中を移動しながら、周囲の気配を探りながら歩く。
 あの後、謝罪して頭を下げたギーシュは、友達になろうとか何とかふざけたことを言ってきた。もしかしたら、将来メイドさん拉致イベントが発生したら、僕を上手いこと利用するつもりなのかもしれない。無論お断りしたが。あいつにいいように利用されるなんざ、一生お断りだ。
 まあそんなことはどうでもいいので、とりあえず僕は、治り切っていない傷に障るからと言い張ってお引き取り願った。とっくに治っているから嘘だけど。まあ、ちょっとした寸劇である。主演僕、助演リーラ。


 にしても、塔ね。塔というからには生い茂る木々よりもさらに高さがあるはずで、森の中では結構目立つはず。そんな思惑からヴィマーナやら何やらを飛ばしてみたのだが、残念ながらそれらしい建物は見つからなかった。
 まさか何やらまた変態的な魔法でも掛かっているのだろうか。そんな風に思いながら、僕は足を止めた。
 こんな森の中にも、こんな空間があるものか。森の中には隙間なく木が生えているものだと思っていたのだが、僕の前には、意外なほど広い空間が広がっていた。三本の大樹に囲まれた、空き地のような空間。
 だが、それだけでもない。足元に何かある。思わず後ずさり、そこにあるものに気がついた。落ち葉の中に巧妙に隠されていたのは、頑丈な蔦で編まれた網。間違いなく罠、それも大型の獣用。この森に棲むそんな大型の獣など、キメラくらいのもの。
 加えて、空き地の周辺付近に何者かが伏せている。罠の存在から判断して、おそらくは狩人か。
「おい、アンタ、さっさと隠れな!」
 隠れている何者かが声を上げる。声質からしておそらく女。もしかして僕に向かって言っているのか、と考え、フライの呪文ですぐさま近くの樹に駆け上がり、枝葉の間に身を隠す。

 同時、僕は何かが接近してくる気配を感じた。
「またキメラか? ったく慌ただしい」
 やり過ごすか、とも思う。だが。
「この気配────二ついる?」
 近づいてくる気配は二つ。動きから判断して、逃げる片方をもう片方が追っている。その様子、見方を変えれば、追い掛ける片方を、もう片方が誘導しているようにも見える。
「囮、か?」
 罠の位置に誘導しているようにも見える。面倒な状況に行き合ってしまったようだ。まったく、鬱陶しい事この上ない。
「本当に、どうしたものかな?」
 逃げれば怪しまれて追いかけられるだろうし。
 溜息をつきながら右手に握った、指揮杖型としては少しばかり太過ぎるワンドを振ると、じゃき、と軽い音が鳴って、伸縮式の警棒にも似た機構がロッドを伸張させる。その杖にブレイドを発動させれば、その刃渡りは長剣にも匹敵する。隠匿性と威力を兼ね備えた便利な得物として考案し、隠匿性なら“王の財宝”があれば十分な事に、作ってから気がついた、失敗作の発明品である。
 仕方がない。手伝ってやるか。

 呪文を唱えながら木の上で待機。
 しばらく待っていると、枝葉の間から飛び出してくる少女。フライの呪文で宙に舞い、青い長髪がわずかな木漏れ日を反射して踊る。
 その後を追って飛び出してきたのは、頭部に猛牛にも似た角を生やした狒々、ハルケギニアの生物学的にも有り得ない造形は間違いなくキメラ。全身を覆う毛皮は燃えるように赤く、おそらくは最前倒した狼狒々と同じ種類の素体を利用したのだろう。
 その姿を確認すると同時に解き放つ呪文はアクア・ボム、山なりの軌道を描いて迫撃砲のように撃ち出すのは、キメラの身体を地面に向かって叩き落とす一撃、同時に飛び出した狩人が仕掛けの縄を断ち切り、地面に仕掛けられた網がキメラをすっぽりと包んで持ち上げ、その動きを封じ込める。
 飛び出してきた狩人は弓に矢をつがえて引き絞る。多少癖があっても、長い時間を掛けて鍛えられた、いい動きだ。ランスロットの知識がそう告げている。
 そこで初めて、僕は狩人の姿を見た。声の通りに女だ。少年のように日焼けした肌とよく鍛えられた肢体、枝葉に絡まないように短く整えられた黒髪、野性的な大きな瞳、総合して、魅力的な少女。
 暴れる角狒々の口の中に、狩人の少女が放った矢が突き刺さり、その矢に繋がった火薬束が炸裂、キメラの頭部を粉微塵に吹き飛ばした。

「何かいるな。いや、誰か、かな」
 狩人と青髪の少女に聞かれないように、僕は口の中だけで呟いた。
 少女達と合流して以来、どこかからねっとりとした気配が流れ込んでくる。捕捉できない事もない。ギルガメッシュの宝具を使うまでもなく、メディアの魔術に頼るまでもなく、そいつの気配はダダ漏れだ。
 だが、並みの人間にその気配を察知することはまず不可能だろう。存在自体を断ち切るのではなく、周囲と同化して溶け込ませるような、そんな気配の消し方だ。まるで野生動物か何か。それでいて、これは間違いなく人間か、さもなければ人に近い何者か。
 こんな悪意に満ちた気配を放つようなヤツが、人間でないはずがない。


 狩人の少女はジル、青髪の少女はシャルロットというらしい。ゼロ魔原作の外伝、タバサの冒険の一幕である、と気がついたのは、二人が名乗ったその時だった。
 彼らに名前を尋ねられた僕は、迷いなく返事を返していた。
「ゲルマニアの貴族、ゲッシュ・フォン・グレイモンと申します」
 言うまでもなく一番嫌いな奴の名前のもじりである。何となく、アグモン進化~とか言う声が聞こえてきたような気がするが気にしない。
 まあ、わざわざ本名を教えてやる義理もないしな。ジルはどうか分からないが、このタバサという少女、今はシャルロットとしか名乗っていないが、正直な話、信用できないのだ。何といっても、たった一人の母親を人質に取っていてすら裏切られるのである。
 なら、洗脳でもするか、とも思うのだが、相手にミョズニトニルンとかいるし、それに気付かれる可能性を考えるとあまり軽挙妄動はできない。狂王ごと手駒に入れてしまえればいいのだが。
 まあいい。別に今すぐでなくとも、いくらでもどうにでもできる。だから、この場はひとまず置いておこう。

「あの……、ジルさん」
「なんだい?」
「そろそろ……、薬を……」
 膝を抱えて焚火の前に座り込んだシャルロット嬢は、何やら薬を欲しがっているらしい。
「ジル、まさか悪魔の薬に手を出したのか……」
 哀れシャルロット、いけない薬物の虜というわけだ。
 確かに、現有戦力の少ないジルにとって、メイジは貴重だからな。この世界で人を従わせるのに薬物を使うなんて発想をするのは僕くらいのものだとばかり思っていたが、この女、手ごわい。
「って、誰がするかそんな事!」
 石の投擲が飛んでくるので避ける。誰が当たってなどやるものか。
「避けるな! 当たれ!」
「ふはは、みとめたくないものだな、わかさゆえのあやまちというのは」
 上体をずらしてひょいひょいと避ける。そのうち下半身まで狙ってくるので、それもやはり避ける。気分は赤い彗星である。気分だけ。
「はぁ、はぁ、くそ、一発ぐらい素直に当たりやがれっての」
「あの…………」
 半ば存在を忘れられていたシャルロットがどんよりとした雰囲気を身に纏いながら自己主張。
「……約束したじゃないですか」
「あんときゃ、ああでも言わないと、あんた納得しなかっただろ?」
 何でも、シャルロットはジルの狩りを手伝ったら死ぬための毒薬を調合してくれる約束だったらしい。下らない、と思う。メイジなら、痛くない死に方なんていくらでもあるだろうに、と。身の上話をしながら心の底からぶつかり合うジルとシャルロットをよそに、そんな風に思う。


 洞窟から歩み出ると、涼やかな夜気が僕の肌を包む。僕は深々と息を吐き出した。あの空間にいると、何というか、息が詰まる。どうにも鳩尾の辺りが苦しくて仕方ない。あれ以上あの空間にいたら、何か訳の分からない事を叫び出してしまいそうだ。
 これは僕のイメージじゃない。家族の情だとか、戦う意志だとか、ああいうのはギーシュの役だ。
「ったく、やれやれだ」
「何がやれやれなんだい、あんた?」
 唐突に掛けられた声に振り向くと、そこにはここ数時間で見慣れた少女の姿があった。
「……何だ、ジルか」
「何だって何だよ。人がせっかく心配して見にきてやったのに」
「用足しだったらどうするんだよ? お互い死ぬほど気まずいぞ」
「でも、違うんだろ?」
「…………まあな」
 僕は、夜風に揺れてかさかさと音を立てる木陰に背中を預けて座り込んだ。
「シャルロットは? 置いてきてよかったのかよ?」
「もう寝てるよ。泣きながら父さまと母さまを呼んでた」
「……そうか」
 居心地の悪い空間が追い掛けてきた。糞。僕は鳩尾に溜まった澱を吐き捨てるように、もう一度溜息を吐き出した。
「シャルロットの身の上は聞いたけど、あんたは何しにきたんだ? 武者修行にも見えないけれど」
「あー、まあ、その、何だ? 僕はまあ、あれだ、生き物の肉体を研究してだ、薬を作ったりするようなあれこれを研究していてな、それでこの森の中の研究所の塔のことを聞いて、一度探しに来てみたんだが……」
「っくく、ぷっ、あっはははははははははははははははは!!」
 僕の言葉を聞いた途端、ジルは腹を抱えて笑い出した。
「ったく、……何がおかしい?」
「だって、その塔なら三年も前にとっくに取り壊されてるって、くくっ、あははははははははははははは!!」
「…………マジか?」
「そう。マジよマジ。あっはははははは、あはははははははははははははははは!!」
 ……何てこった、糞。半分くらい無駄骨か。
「まあいいか。なら、ここにいてもやる事もないし、一週間、それくらいの間は手伝ってやるよ」
 せめて細胞サンプルくらいは採取しておきたいし、な。

 普段なら、人に笑われるというのはこれ以上ないほど腹が立つ。だが、この場には、それ以上に僕を苛立たせる原因が存在した。
 気配。ジル達と出会った時からこちらに粘着質の悪意を放つ、あの気配。
 間違いなく、いる。こちらを見ている。

「……どうしたんだいあんた?」
「別に。何でもないよ。明日も狩りをするんだろう? さっさと寝ろ」
 僕は何でもない風を装って首を振る。わざわざ教えてやる意味もあるまい。あの気配、僕が戦って勝てない相手じゃないだろうが、ジルがいても邪魔になるだけだ。


 そうやって、四本腕の熊やなんかを狩りながら、しばしの時間が過ぎた。だいたい一週間といったところか。
 別にこいつらに付き合う必要はない。だが、一つ試してみたかったことがある。それはつまり、原作に関わるというのがどういう気分なのか、ということだ。
 結論から行けば別にどうという感慨もない、というものだった。原作キャラに会ったぜヒャッホウ!とかそんな気分も特になかった。ジルもシャルロットもあって見れば所詮は人間だ。世の二次オリ主たちは、どうして単なる他人にあんなに興奮できるのだろうか、と。まあ僕の性癖が特殊な可能性は高いので何とも言えないのだが。
 それはそれとして、僕の仕事はジルやシャルロットのサポート。二人にはラインメイジと偽っているのであまり派手な魔法は使えない。そして水メイジは根本的に戦闘には向かない。したがって、僕の仕事は必然的に地味なサポートに落ちつく事になる。
 加えて言うならば、この程度の狩り、ジルとシャルロットの二人でも十分なのだ。原作という絶対の聖典の存在がその事実を証明している。故に、僕いらない子。

 ジルはとにかく気配を殺す事をシャルロットに教えており、それを始めとして、シャルロットは乾いた土が水を吸うようにジルから狩りの技術を吸収している。この一週間で、シャルロットの戦い方も格段に良くなった。これが後の雪風のタバサの基礎になるのだろう。何もかもジルズブートキャンプのおかげである。
 そのジルはというと、一仕事終えてシャルロットと雑談中。ジルは魔法が使える貴族が羨ましいそうだ。
 その時だ。

 地面が揺れる。揺れというよりは沈み込み。地面そのものがわずかに沈下したような衝撃が走る。その瞬間には、身体を伏せると同時に杖を構えるまとめて一動作。
 来た。
 とうとう来た。
 待っていたものが来た。

 ────キメラドラゴン。

 基本そのものは大型の火竜だ。赤黒い鱗に包まれた地上最強の巨大爬虫類。見た目だけでも凄味のある巨体。だが、それだけなら僕の手駒に何体でも存在する。
 だが、凄いのはその背中だ。そこから生えた無数の頭、まさに鈴生り。馬。豚。豹。熊。狼。人。それぞれが不気味な呻き声を上げながら蠢いている。
 にしても、豹なんてハルケギニアにはまず生息していないんだが、一体どこで喰いやがった……ああ、メイジの使い魔か。
「あいつは食った獣を取り込んで、それとそっくりな頭を生やすのさ」
 押し殺した声で説明したジルが、何かに気付いて震え出す。おおかた家族の首でも生えていたんだろう。
 結局、僕たちはそのまま地響きを立てて闊歩するキメラドラゴンを見送った。


「あたし、あいつをやる」
 その夜、ジルは唐突にそんな事を言った。
「キメラドラゴンか?」
「決まってるだろ」
 まあ、そうだろうな。仇討ち、ってのは、人が無謀な真似をする理由の中でも結構メジャーなものだ。理解はできないが、理解を示す事くらいはできる。
「本気?」
 そう聞いたシャルロットも、彼女が本気である事くらい理解しているのだろう。
「……わかった。手伝うわ」
「いい。あたし一人でやる。あんたは、あたしがあいつを倒したら、偉い人にこう報告すりゃいい。『自分が倒しました』ってね」
 馬鹿な女、と思う。僕ならそんな発想はしない。連れて行って捨て駒にでも何でもして利用すればいいのだ。それが賢いやり方というものだ。
 だけど、こうも思う。僕は最低の人間であるのだ。なら、最低の人間と違う発想をする彼女は、少なくとも最低ではない、と。

 翌朝、ジルはここで待っていろと僕とシャルロットに言い残して、洞窟を出ていった。
 晴れた朝だ。木々の枝葉が作り出す薄闇を透かして落ちる陽光が、それを告げている。きっと樹冠の上は快晴だ。それが無性に腹立たしくてならなかった。
「ねえ」
 ぽつりと呟くように、シャルロットが言った。
「何だよ?」
「何で?」
「何がだ?」
 質問に質問で返すシャルロットに、僕もまた質問で返す。いつかの夜と同じように、シャルロットは膝を抱えて座り込んでいた。その何で、には、きっと色々な意味があったのだろう。
「ねえ、なんで?」
「人の事なんて知るか。君には君の事情があるように、ジルにはジルの事情がある、ってだけの話だろう」
 僕がそう言うと、シャルロットはわずかに息を呑んだようだった。
「私の事、知ってるの?」
「言っただろ。人の事なんて知るか、って。君の事情は、最初に君が焚火の前で話した事しか知らん」
 原作知識、そんなものは当てにならない。父親が謀殺されたり、母親が薬盛られたり、そんな非常識な情報、どれだけ本を読んで感情移入したところで、それは所詮字面を追っただけの知識だ。そんなものに情を移すのはギーシュくらいのものだ。
「で、ジルにはジルの事情があるのと同じように、君には君の事情がある。君が君の事情に基づいて何かしたいと思うのなら、好きにすればいいさ」
 シャルロットは答えない。彼女は何も言わず、その場にはただ静寂が落ちる。だが、少なくとも、彼女なら僕よりマシな答えを出すはずだ。
 そうして、どれだけの時間が経ったのだろうか。とても長いようでいて、きっと大した時間は経っていなかったのだろう。シャルロットは立ち上がった。
「行くのか?」
 シャルロットは何も言わず、ただ頷いた。
「そうか」
 なら、ここで一人取り残されるのも間抜けだ。僕もシャルロットの後について歩き出す。

 狩人を追うのは、獣を追うのとさして変わらない。シャルロットは森の中から器用にジルの痕跡を見つけて追跡する。僕はその後についていくだけで十分だった。
 僕もシャルロットも一言も口を利かない。森の中で無駄口を叩くのは、自分の居場所を宣伝しながら歩くようなものだ。
 ただ、木々の間を歩く。一週間前までは何もかも同じように見えた森の木々も、少しだけ違いが分かるようになっていた。だからといって、大して違うようには見えないのも事実なのだが。
 そんな中、僕は足を止めた。シャルロットが怪訝そうにこちらを見つめてくる。
「悪いけどシャルロット、僕はここまでだ。何かロクでもないものが近づいてくるみたいでね。僕はそれを足止めする」
 別に倒してしまっても構わんのだろう、と口の中だけで呟きながら、僕はそんなことを言う。
「……分かった」
 誰が信じるか、というような突拍子もない言い訳に聞こえるが、シャルロットは信じてくれたようだ。シャルロットは僕をその場に残して歩き出す。
「じゃあ、後でどうなったか教えてくれよ」
「……分かった」
 頷き一つだけを残して、青髪の少女の小さな背中は森の薄闇の中へと消えていく。その様子に少しだけ寂しさを感じながら、僕は彼女とは正反対の方向に歩き出した。
 さあ、綺麗な原作キャラ達の時間は終わりだ。これからは、醜い醜い転生者の時間。
 森の中をしばらく歩いて、僕は足を止めた。目の前には奇怪な人影。そいつが放っているのは、限りなく人間以外の何物でもない、悪意に満ちた気配。シャルロットと合流した時から、ずっと僕達を見張っていたのはこいつだ。
 別に恐れるほどの相手じゃない。“王の財宝”が有するスカウター系の宝具が示す数値は、こちらの方がはるかに上。むしろ手頃な敵だ。
 僕は軽く右手を挙げて、至極友好的にその見知らぬ人影に話しかけた。
「なあ、アンタは神を信じているか?」
「はぁ? 何バカ言ってんだテメエ? 宗教なんてモンがあるから、世の中がおかしくなるんだよ。あ、もしかしてお前ソッチ系の人? うわダッセ! 今時宗教なんて信じてるとか頭オカシイんじゃねえの?」
 僕は深々と溜息をついた。なるほど。コイツは劣化だ。
「そうかそうか、理解したよ。なら、死ね」
 背後に展開した“王の財宝”のゲートから、一斉射が降り注いだ。
 その瞬間、僕の心を満たしたのは間違いなく安堵。こういうのが僕の役だ。これが僕の世界だ。人間の最底辺を這いずり回る、本来の僕の世界。


 そいつは高々と跳躍して回避。別に驚くには至らない。今の連射に使われたのは何の力もないただの刀剣類、そいつの“原作”を知っていれば、その程度の性能は持っていてしかるべき。木々の合間を抜けて高々と跳躍したそいつを追って、僕もまた頭上へと跳躍した。
 木々の枝葉を強引に突破、まるで地上に這いずる虫けらなど知らぬと言わんばかりに空は蒼く晴れ渡り、その中心にそいつがいる。
 陽光の下で見るそいつは、やはり僕が知っている原作通りの姿をしていた。
 その姿は基本的には人型の形状、しかし間違いなく人に非ず、漆黒の装甲に覆われた細身のプロポーションの全身には藍色に輝くラインが走り、延髄の部分からは脊椎にも似た形状の細長い尾が伸びる。
「────なるほど、ブラスレイター、か」
 それがこいつの能力、それは間違いなく転生者。
 僕が呟くと同時に、そいつの姿が変形する。カラーリングはそのままに、全身を覆った女性的なフォルムは特徴的な頭部形状から道化師のようにも見え、それでいて腰から広がる光のスカートがまるで貴婦人のような印象をそいつに与えている。
 薄れかけた原作知識から僕がそいつの特性を思い出すのと、そいつが音速の壁を突破するのはほぼ同時だった。
「っ────ヴィマーナ!」
 “王の財宝”から引っ張り出した黄金の空中船が漆黒の魔力で覆われるのと、そいつの指先から伸びた針のような爪が僕が振り上げた双剣と激突するのも、ほぼ同時。
 蒼空を超音速で駆けながら連続激突する刃、飛行性能はほぼ同等。
「ちっ、何かと思えばギルガメッシュかよ!? ったくオレもそれにしときゃよかったぜ!」
「はっ、やめとけよこのDQNが、アンタがやってもそのブラスレイター同様、劣化にしかならないだろうよ!」
「っんだとォ!? ざけんなこのクソがァッ!!」
 空中で、羊の角を持ちながら頑強な雄牛に似た重装甲の形態に変形したそいつは、伸縮自在の剛腕を赤熱化させながら振り回す。
「その形態だと、飛べないだろうがぁ!!」
 一撃の威力と引き換えに飛行能力を喪失したそいつに向かってインドラの金剛杵を射出するが、そいつはすかさず先程の形態に変形して飛翔して回避。
「死ねやオラァッ!」
 僕の背後に回り込むようにして爪を振るい、そいつは吠える。ヴィマーナを前後反転させて斬撃を受け流し、斬り返す。
 僕のヴィマーナに、そいつではない、別の何かが飛び乗ってきたのはそれとほぼ同時だった。
「っ、何だこいつらは!?」
 白い金属質の皮膚。のっぺりとした貌。人型に似て、どこか獣じみた体格。────デモニアック。だが、原作を知る僕の記憶で見たそれと、そいつらはどこか異なっていた。
 実物よりもはるかに獣らしい、と細かいことを観察するよりも速く、そいつらは飛びかかってきた。合計三体、跳躍したデモニアックの中に人間素体では有り得ない腕が四本だったりする奴が混ざっている奴を見て、反射的に解答に辿り着く。
「キメラどもをナノマシンに感染させたのか!?」
 原作では人間素体のヤツしか見かけなかったが、馬がブラスレイターになっている以上、他の動物にも感染はするだろう。
「ああ、そうさ。世の中頭のいいヤツが勝つようにできてるんだよォ!! 戦争は数だよ兄貴ってなァ!!」
 だが甘い。数ならこっちに分がある。僕の周囲の空間が歪み、飛び出した影が十数体。
 “王の財宝”から射出したのは火竜。その姿が、機械の駆動音にも似た軋みを挙げて変形を開始。爪や牙、蝙蝠にも似た皮膜状の翼はそのままに、猛牛の角、逞しい腕、ミノタウロスを模した金属質の巨体へと変貌。
 その両腕を覆うように展開する獣じみた巨大な鉤爪をあしらった籠手。怪物の手にすら大き過ぎるように見えるそれこそがこのミノタウロス型ホムンクルス、正確にはラルカス型ホムンクルスの武装錬金。

 ────鉤爪(アイアンクロー)の武装錬金『グルー・リターン』。

 腕を覆う鉤爪ごと同化するようにしてその両腕が金属的な軋み音を立てて膨張し、その形状を組み替えていく。変異は腕から肩、銅、頭部と広がっていき、その手に握る武装錬金すら吸収しながらより凶暴に、より凶悪に変貌していく。
 それはホムンクルス素体のベースとなったラルカスの武装錬金、その特性は『獣化』。人間の形を捨ててでも力を求め、獣へと変貌したラルカスに相応しいこれこそが彼の武装錬金。本来は理性と引き換えに凶暴な怪物と化す武装錬金、しかし水の精霊によって支配される端末である彼らが使用するなら、その代償は皆無と言っていい。
 巨大な鰐のように変貌した顎がデモニアックを一口に噛み砕き、群れ成す怪物は紛い物のブラスレイターへと挑みかかる。元々の火竜やミノタウロスを上回る巨体と化していながら、その動きは元となったホムンクルスよりも明らかに速い。それこそ、超音速で飛翔するデモニアックを上回るほどに、だ。
 紛い物は背中に四枚の翼状触手を有した騎士のような形態へと変形し、両刃の大剣を具現化してホムンクルス達の突進を迎え撃つ。
 巨体に似合わぬ超速で振るわれる斬撃がホムンクルス達の顎を腕を脚を胴を翼を薙ぎ払っていく。速い。ホムンクルスの再生能力に対抗できる兵装は武装錬金のみとはいえ、人外の膂力で以って放たれる斬撃はその衝撃のみでもホムンクルスを超音速で飛翔するヴィマーナの上から叩き落とすのには十分過ぎる。
 だが、それは敵が有限であればの話。火竜の頭数は無限。無限にいるのだ。どれだけ減らされようとも、敵が力尽きるまでいくらでも補充が可能。
「アンタの所属、当ててやろうか? ガリア北花壇騎士団、違うか?」
「っ……! テメェ、どうしてそれを!?」
 そりゃそうだ。この段階でタバサを監視しようと考える組織なんて、他に存在するものか。だが────。
「────そんなの、教えてやる義理はないってな!」
「クソがぁああああああああ!!」
 ブラスレイターもどきが本来の人型の姿に戻ると同時、その周囲を守るようにに翼騎士型のブラスレイターが数体ほど出現、数には数で対抗とばかりにホムンクルス達を斬り払っていく。
 だが甘い。こう言う時には、こう言うべきだろう。
「やめてよね。本気で殺し合いしたら、お前がギルガメッシュにかなうはずないだろ」
 もはや十分過ぎるほどにデータは取れた。ラルカス型ホムンクルスどもの実戦データ。だから、もうこいつには、サンプル以上の用はない。
 借り物の力とはいえ、力は力だ。持てる力は僕が上。ならば、弱肉強食のルールに従って、今こそくたばれ。
「王の財宝────」
 全力射出。無数の宝具が放たれる。草薙剣。アスカロン。ジョワイユーズ。グラム。青龍偃月刀、その他諸々、古今東西、全世界、ありとあらゆる宝具の原典が湯水のように乱射される。
 そこにあらゆる抵抗は不可能。
 回避も無意味。回避不可能な宝具などいくらでも存在する。
 防御も無意味。防御不可能な宝具などいくらでも存在する。
 再生も無意味。治癒不可能な宝具などいくらでも存在する。
 隠行も無意味。隠蔽不可能な宝具などいくらでも存在する。
 “王の財宝”はただのガトリングではない。とにかく敵がどんな手段を使おうが、適当に撃ちまくっていればそれを上回る手札が必ず出現する、それが“王の財宝”の真の力。その力の前には、あらゆる抵抗が無意味と化す。
 紛い物のブラスレイターを守護する騎士は出現する度に微塵に粉砕され、それに対抗するかのように紛い物が刃を振るうが、それもやはり無意味。
「まだだ、まだだァああああ!! クソ、生まれ変わってオレは、今度こそ本当の自分になれたんだ!! なのに、なのにィいいいいいいいいいいいいいいい!!」
 羨ましいな。なって嬉しい本当の自分なんてものを持っていられるなんて、な。僕にはそんなものはない。本当の自分なんてものは、何より最低なのだ。自分自身に対して幻想を持つことをやめたのは、一体いつの頃からだっただろうか。
「下らない。……さっさと挽肉になるといい」
 指を鳴らすと同時、敵の周囲に無数の光の壁が出現する。複製障壁、そこから降り注ぐのは、その数を遥かに増幅させられた無数の宝具の十字砲火。
 それでも敵はまだ動く。剣が折れれば腕を振るい、全身を穴だらけにされながら、それでも抗い続ける。その無様な姿が何かに似ているようで、それが何に似ているかに気がついて、僕は思わず舌打ちした。
「ああ、そうか。いつかの僕に似ているんだな、お前は」
 僕は“王の財宝”から、一際強大な力を秘めた刃を抜き取った。三連螺旋刃が轟きを上げて回転し、膨大な大気を撹拌し、発生するのは疑似的な次元断層。

 ────天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)。

「消し飛べ」
 その一言で、ブラスレイターの紛い物は粉微塵に砕け散った。


 森の中でしばらく待っていると、やがて枝を掻き分ける音が近づいてくる。気配にはもう少し前から気がついていた。
「シャルロットか」
「ええ」
 足を止めた少女から、ジルの身体を受け取る。冷たい。重い。ほんの数時間前まで談笑していた人間が冷たくなっていることに、どうしようもなく違和感を抱く。別に大したことのない違和感だと思う。
 今さらだ。人体実験やら何やらで、人間の死なんてものはいくらでも見慣れている。多少親しくなったからといって、所詮他人だ。別にどうという事もない。大したことはない。
「ジルは死んだのか?」
「ええ」
 分かり切った事なのに、なぜかそれを聞いてしまう。それに答えてくれるシャルロットも、全く律儀なことだと思う。
「……そうか」
 結局、僕はそれだけしか返せなかった。


 翌朝、僕たちは森の中の洞窟の前に立っていた。ミノタウロスですら楽に通れるほどに大きな洞窟。キメラドラゴンの巣穴だ。
 その巣穴の前で、シャルロットは何も言わずに枯れ草に火を着ける。枯れ草から燃え移った火が積み上げられた生木を焼き、発生した煙がシャルロットの魔法によって洞窟へと送り込まれていく。
「……一人でもよかったのに」
「ジルも似たようなことを言ったな」
 そう言うと、シャルロットは黙り込んだ。
「……ごめんなさい」
「別にいいさ────」
 ────再生後のキメラドラゴンの姿は見ておきたかったし、細胞サンプルも欲しい。それだけだ。それだけが目的で動いているのだから、こいつが謝る必要はない。
 それだけだ。
 洞窟の奥から、獣の咆哮が届く。いつかと同じ地響きが近づいてくる。僕たちは、そいつが現れる前に、それぞれ手近な茂みに姿を隠した。
 やがて、洞窟に落ちた闇の中から、赤黒い鱗に身を包んだ異形の獣が姿を現す。異形。キメラドラゴン。
 脊髄から一直線に繋がったその頭部は、どこかで見たような印象を持った人間の顔だった。巨大な火竜の胴体に見合うサイズにまで大きくなり、防御力の低下を防ぐためだろうか、赤黒い火竜の鱗で覆われているのがグロテスクだ。
 その顔は、よく見ればジルにどこか似ていた。おそらく、あれがジルの妹の頭なのだろう。おそらく肉体の損失部位を捕食した身体器官で補填する機能でもついているのだろうが、それにしても、他の頭などいくらでもあるだろうにわざわざジルの妹の頭が選ばれるとは、何という巡り合わせか。
「いたい……、いたいよう……」
 キメラドラゴンの、ジルの妹のものであった頭部の口から、啜り泣きが漏れる。調べてみなければ分からないが、意識が残っているとは思えない。おそらく、捕食した身体器官を生かしておくための生体機構が、脳髄に残った思考パターンによって誤作動を起こして、生前の動きを繰り返しているだけのはず。
 その一方でその声は、殺された人間の怨念がキメラドラゴンに纏わりついて、なぜ自分だけが死ななければならなかったのかと、なぜ私が死んだのにお前は生きているのかと、それが理不尽であると、だから死ねと、訴えているようにも聞こえる。
 そういえば、と思う。
 前世でよく考えていたことだ。つまり、自分は何のために生きているのだろう、と。人のために何かしてやろうという意志もない。行動もしない。ただ、存在するだけで他者の負担になる。だったら、そんな人間はいなくなった方が世のため人のためではないのだろうか、と。
 糞、糞、糞、黙れ。頭を振って、毒にしかならない思考を振り払う。
 視界の隅でシャルロットが立ち上がった。キメラドラゴンの前に無防備に身を曝すのは杖に宿ったジャベリンの呪文を放つ、最高のタイミングを狙っていたため。
 咄嗟に反応したキメラドラゴンは、ブレスでも吐こうとしたのだろう、まっすぐにシャルロットに向けて口を開いた。ジルによって火竜の頭部を失ったその時にブレス能力は失われたのだろう、その口に、スクエアメイジに匹敵する業火は宿らない。
 僕は一杯に開かれたその顎の内側に、炸裂水球を放り込んだ。爆圧でキメラドラゴンの顎骨が外れ、口腔が限界を越えて開かれる。後はシャルロットの仕事だ。
 大きく開かれたキメラドラゴンの口腔内に、シャルロットが放ったジャベリンが撃ち込まれた。放たれたジャベリンは口腔から延髄を貫いて頚骨を砕き、キメラドラゴンの正中線を突き進んで胃袋を引き裂き、柔らかい腸を収めた腹腔の内側で無数の氷の砕片と化して弾け飛んだ。
 少女の顔をしたキメラドラゴンが、肉片混じりの体液を吐き出した。びちゃびちゃと音を立てて血液が地面を濡らす。ああ、キメラの血も赤いのか、と、脈絡もなくそんな事を考えた。
 そして、地響きを立ててキメラドラゴンは崩れ落ちた。


 ジルの墓はどうしようもないほど殺風景だった。森の中の空き地に、ただ彼女の使っていた弓が墓標代わりに突き立てられている。彼女がそこに眠っていることを示すのは、たったそれだけだった。だからといって、古墳やらピラミッドのような大仰な墓をジルが欲しがるとも思えない。結局、この形が一番いいのだろう。
「行くのか?」
「ええ」
 長かった綺麗な青髪をざっくりと切り落として身軽になったシャルロットは、その髪を断ち落としたキメラドラゴンの鱗をジルの墓に供えると、杖を握って歩き出そうとして、一度だけ振り返った。
「貴方も、ありがとう」
「いいさ。キメラドラゴンにしたって、他のキメラどもにしたって、君とジルだけで十分何とかなっていた。僕がやったことはただの余計なおせっかいだ」
 僕は火事場泥棒に精を出しただけ。回収したキメラドラゴンの死骸と、ブラスレイターもどきの転生者の遺体がそれを物語っている。シャルロットはそれを知らないだけだ。知っていれば、彼女の考え方は真逆に代わるだろう。
「それでも、ありがとう」
「……そうか。君がそう思うなら、僕が余計なことを言うのはやめておくさ」
「そう。……ありがとう」
 それだけ言っておくと、シャルロットはそのまま歩き出した。もう振り返らない。

 ひゅう、と乾いた音を立てて、森の中を風が吹き抜けた。風に向かって僕が手を伸ばすと、切り落とされたシャルロットの青い髪が一瞬だけ僕の指先に絡みつき、風に巻かれて飛び去っていった。
 思わず握り締めた手を引き戻して拳を開くが、その手には何もない。何も残っていなかった。



=====
後書き的なもの
=====

 ……やってしまった。
 まあそれはそれとして。
 今回、タバサの冒険編、割と原作沿い。時系列的にシャルロットがタバサになってもらわなければならんので、今回テファは後回し。
 今回割ときれいなフェルナン。割とフェルナン無双の回、そして無謀の回。名もなきブラスレイターの人は御愁傷様。本気でチートを使いこなせれば、フェルナンはチート程度には強い。しかしそれ以上になれるかどうかは正直微妙。
 ギーシュは友達が欲しいとか何とか。
 にしても、今回初めて原作キャラが出てきたような気がする。え、テファ? ルイズ? マトモな会話文のない登場人物、人それをモブという。
 しかし、タバサが登場しても、別にフラグなんて一つも立っていないという罠。



 あー、でもこっちの話のルートAバージョンも面白いかも…………。






[13866] 濁流のフェルナン ルートB11 冒険で彼は何を得たか
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7
Date: 2010/03/03 20:37
 さて、前回の冒険における収穫は、成果だけ見れば上々といったところだろう。シャルロットを取り込めなかった部分は失敗だと思うけれど、まあ、良しとしよう。
 まあ、それはそれとして。うん、まあ、何だ?
 結構これ以上ないほどに厄介な事実が発覚。
 ジョゼフ王の配下に転生者。
 うん、ヤバい。
 洒落にならないほどヤバい。素チートの狂王にリアルチートの転生者が従っていたという事実。厄介な。
 それは、ジョゼフ王は転生者のチート能力だけでなく、原作知識までをも装備しているということを意味する。転生者チートにしたところで、配下にブラスレイターが存在した以上、ナノマシン“ペイルホース”を所有している可能性は十分に考慮しておく必要がある。
 つまり、ただのジョゼフではなく、魔改造ジョゼフ。原作だけでもスペック高過ぎだというのに、これが最悪じゃなくてなんだというのか。
 個人的には、近々ハルケギニアの風石が臨界点を迎えて起こる大災害に、ジョゼフ王がどうするつもりなのかが気になる。
 まさか何もしないとか……言うなよ?



 濁流のフェルナン/第十一段



「じゃあ、ジョゼフ配下の転生者は君一人ってことでいいのかな? 広瀬雄一君」
『そ、そうだって言ってるだろ!! っクソ、放しやがれこのヤロウ!!』
 培養液の満たされたフラスコの中に閉じ込められたその男は、満足に動かせない全身を激しく震わせながら吐き出される泡まじりの声で叫び、くぐもった声がフラスコ越しに僕の耳に届く。まったく、情報を引き出すためとはいえわざわざ再生してやったのに恩知らずなことだ。
「やれやれ。放せと言われて放すわけがないだろうが馬鹿め。もう少し、状況を考えて物を言え」
 さて、どこまで信用していいものか。
 仮にもジョゼフならおそらく使い捨ての駒の寄せ集めであろう北花壇騎士団のメンバーにマトモな情報を持たせるとも思えない。第一原作を見る限りでは、北花壇騎士団は、それぞれの騎士がリーダーであるイザベラ王女から直接指令を受けて単独行動する形式になっている……はず。だとしたら、こいつがマトモに他の団員と横の繋がりを持っているとも思えない。
 僕はもう一度そのフラスコを見上げた。薄赤色の培養液の中には、首から下は心臓を収めた胸部だけになったブラスレイターもどきの転生者が浮かんでいる。その姿はもはや残骸。そいつの体内においてブラスレイターとしての力の源であるナノマシン“ペイルホース”はランスロットの『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』によって僕の完全なる支配下にある。僕の意志無しではそいつは、転生者としての力を振るうことすらできない。
「まったく……じゃあ、ジョゼフはどこまで知っている? ああ、原作知識についてだ」
『原作の三巻まで話したところだよ……何度も言っているだろうが』
 まあ、別に質問する意味はないのだが。水の精霊の力、そして相似体系魔術を使えば、コイツの脳内の情報をサーチする事など造作もない。質問を繰り返したのは、本格的に脳内を探る前にある程度の前情報を探っておきたかったからだ。
 だが、それももう大体終わり。聞くべきところは全て聞いた。脳内サーチのお時間だ。

「なるほど……ね」
 とりあえず、コイツ自身の知識そのものの信憑性はともあれ、嘘は言っていないようだ。拷問用の宝具まで持ち出した甲斐はあったようだ。
 ジョゼフが原作知識を獲得したことについては非常に厄介であると言わざるを得ない。原作介入なんてものには別に興味はないが、“原作に存在しない登場人物”である僕が原作に関わる際には、可能な限り注意するべきだろう。
「にしても、敵の能力がブラスレイター一つだけだったのは幸運だったな」
 虚ろな表情で痙攣するそいつの顔を見上げながら、僕は溜息をついた。それこそ武装錬金のヴィクターの能力でも持っていたら、シャルロットを巻き込んで殺すところだっただろう。
 それに、ブラスレイターの能力は、こちらにとってこれ以上ないほど有用だ。魔法と宝具化ナノマシンの組み合わせは、僕の技術に新しい可能性を与えてくれる。

「それだけでなく、単純にホムンクルスの増強にも使えるしな」
 僕はすぐ隣に存在する別のフラスコを見上げた。ブラスレイター転生者を収めたそれよりもはるかに巨大なフラスコの中に収まっているのは、全長二十メイルにも及ぶ巨体を持った火竜だ。僕の端末でもあるラルカス型ホムンクルス。だが、それだけでもない。
 僕が意識すると、火竜の全身の骨格が変形し、全身の組織が金属質のものに変容、ミノタウロス型ホムンクルスとの中間形態、火竜の翼と爪牙を持つ悪魔のような怪物と化す。
 だが、変化はそれだけにとどまらなかった。火竜だったものの全身を漆黒の装甲が覆い、その合間に藍色のラインが走る。
「ホムンクルスのブラスレイター化……人型で試せなかったのが残念だが、上手くいったようだな」
 正確には、キメラ型ホムンクルスの技術を利用して、ブラスレイターもどきの転生者の因子を付与したのだ。結果として、火竜達は労せずして最強のブラスレイターの力を手にした。ひとまず、大成功と言っていいだろう。

 ブラスレイターやデモニアックの身体性能は、一部例外があるとはいえ、素体となった生物のスペックで決まる。少なくとも、素体が強力であればあるほどブラスレイターも強力になる。
 ならば。人間よりも強力なホムンクルスが素体であれば? それも、人型以上の身体能力を持つミノタウロス型ホムンクルスであれば?
 その解答こそが、この火竜の姿だった。

「とはいえ、まあ実戦テストはしておきたいところだがな」
 加えて、この後、火竜どもにはさらなる強化プランを検討しているのだ。いや、ブラスレイター化の方が予定外であって、むしろ火竜の強化に関してはそちらの方が本筋といってもいい。


 だが、問題はここから、だ。
「ギーシュの能力が分からない、と。これは問題だな」
 側仕えであるサクヤですら、ギーシュの能力の正体を知らないのだ。それどころか、自分に何ができるのかすら明かそうとしない。努力とか幸福とかそんなことをほざいている癖に、仲間だと思っている相手に対して何一つ明かそうとしないのだ。
 原作キャラであるティファニアには色々と教えていたようではあるのだが、それでも、ギーシュ自身の能力の詳細を明かすには至らなかった。
 従って、結論はこうだ。

 ギーシュは、探知系の能力を持っている可能性がある。

 つまり、ティファニアを探し当てる可能性がある、ということ。
「そうなると厄介だが、どうするべきか……」
 色々と考えた末に、一つの結論に至る。
「っくく、だったら、あのプランを実行に移すべきか」
 だが、問題は実行可能か否か、だ。ジョゼフのところに一人の転生者がいた。ならば、他にいてもおかしくないということ。
「さて、どうしたものかな」

 モット伯邸地下に広がる大神殿の最深層。ホムンクルスや核鉄などを研究するための施設のさらに一つ下の階層は、危険物や重要物を格納するための隔離倉庫だ。その最深奥に、培養液に満たされた二つのフラスコが浮かんでいた。
 片方のフラスコに浮かんでいるのは緑の髪の女性だ。そしてもう片方のフラスコには、さらに幻想的な存在が浮かんでいた。少女。隔離倉庫のわずかな明かりに長く伸びた金の髪が揺らめき、透き通るように白い肌を剥き出しに、眠るように眼を閉じている。
 仮死状態にして封印したティファニアとマチルダだ。その処遇がようやく確定したのである。


 ガリア王国、首都リュティス。ヴェルサルテイル宮殿。先々代国王ロベスピエール三世によって森を切り開いて建設された宮殿は、世界中から招かれた建築家や造園師の手による様々な建築物によって現在も拡大が続いている。
「要するに、壮大なる無駄遣いってやつだな」
 薔薇園一つに小国の国家予算並みの金を注ぎ込む規模の、だ。
 逆に言えば、そうやって財力を誇示する財政的余裕すら存在する、という事になる。それこそが超大国ガリア。そして、その超大国の頂点に立つのが狂王ジョゼフ。原作読んで実体は知っている気になっていたが、ガリアという国を一瞥しただけでも、無能王という称号がいかに不相応なものかがよく分かる。
 探索系の宝具を総動員して、その上相似体系魔術まで使って周囲の転生者らしき存在を探査してみたが、それらしい存在はいないようだ。ちなみに、僕は割と遠くから探査している。距離にして数リーグ程度は開けている。地球の単位では数キロメートル程度。下手に見つかって襲い掛かられたら厄介だからな。
 だが、ギルガメッシュの弓兵としての遠視力を通して、ふらふらと頼り無い動きをしながら歩く一般兵の姿がちらほらと見える。不審に思って確かめてみたが、どうやら全部デモニアックのようだ。一体、どんな絡繰で統率しているのだろうか。最有力候補であるアンドヴァリの指輪も僕の手の内にある。
 さて、一体どうなっているのやら。あのデモニアックども、一体くらい捕獲して調べてみたいものだが、それはまた今度だ。
 僕は周囲を索敵し、ジョゼフらしい、シャルロットと同様の青髪の男の存在を感知。一人ではない、が、彼と一緒にいるのはなんかヤバそうな感じの黒衣の女、おそらくはシェフィールド。ならば問題ないだろうと判断し、転送障壁を発生させる。
 そして、目の前に発生させた転送障壁の転送元に向かって、簀巻きにしたティファニアを放り込んだ。

 ティファニアには手紙も添えている。

『拝啓 ジョゼフ王陛下
 この少女はアルビオンの旧モード大公の息女であるハーフエルフであり、アルビオンの虚無の担い手でもあります。彼女が使用できる虚無のスペルは『忘却』一つのみです。
 また、彼女と共に私秘蔵のアンドヴァリの指輪もお付けします。存分にお使い下さい。

 この世界を憎む者より』

 以上。完璧である。
 ジョゼフがどうするかは知らん。だが、ティファニアにはいくつか仕掛けがしておいたからな。もしギーシュと再会したら……まあ非常に愉しいことになるだろう。きっと忘れられない感動の再会になるはず。その時はせいぜい祝福してやろう。
 とりあえず、ティファニアにはもう少し成長してもらわないと困る。最低でもエクスプロージョンと『世界扉』が使える程度には。ナノマシン“ペイルホース”が手に入ったため、地球の兵器を扱うためのノウハウなんかが一気に不要になったのだ。
 ちなみに、署名である『この世界を憎む者』ってのは、特に意味はない。ただ、ジョゼフと利害が一致しているように見せかけるためだけの代物だ。
 これで、ジョゼフの手には原作通りアンドヴァリの指輪が渡った。故に、次にする事は一つ。対転生者用のトラップの敷設。すなわち、湖の増水の開始だ。
 さて、仕事も終わったし、さっそく帰るとするか。



 さて、だ。
 厄介な仕事も済んだし、とりあえず少しまったりしよう。ちょうどそう思った時だった。
「ご主人さま」
 唐突に掛けられた声に僕が振り向くと、そこには半顔を隠した金髪の少女が立っている。
「ん? 何だ、リーラか。何の用だ?」
「旦那様から伝言です。領地の南端に出没する盗賊を退治するようにと」
「なるほどな。また面倒なことだ」
 盗賊。このハルケギニアでは、前世における日本の治安が冗談であるかのように、よく盗賊が出没する。無論、治安が悪いからである。貴族の贅沢を支えるための重税を支払えなくなった平民や、仕事にあぶれた傭兵、あるいは故郷に帰れなくなった敗残兵なんかが、ドロップアウトして盗賊になるのだ。
 そしてそういうのを片づけるのは貴族の私兵たちの仕事なのだが、貴族たちは贅沢を貪るのに忙しく、盗賊などにかまっている暇は存在しない。
 よって、このハルケギニアにおいて盗賊とは、こと一部の領内では、平民にとって最も安定した就職先の一つなのである。真に馬鹿馬鹿しい事に。
 だが、実のところ、盗賊はこのモット伯領においてはあまり実入りのいい仕事ではない。僕が父によく盗賊退治を押しつけられる関係で、色々な新技術の実験場にされているのだ。父も僕が盗賊を実験台にしていることを理解しているため、研究の一環として僕に盗賊退治を任せている、という側面も存在する。
 そんなわけで、我がモット伯領における盗賊稼業は、連中の末路を考えると、むしろ最も悲惨な就職先の一つだろう。
「じゃあ、とりあえずシャーリーを呼んでくれ。三人で計画を突き詰めようか」
 とにかく、そういう事になった。


 盗賊。懐かしい響きである。ここのところ、ギーシュとかブラスレイターもどきとか、そんな世界観が狂った代物ばかりを相手にしていたせいで、まるで連中が天使か何かのように思えてくる。
 何といっても、ただ魔法を撃っただけで、当たって死ぬのだ。
「あー、計画、いらなかったかな?」
 モット伯家私設軍に偽装馬車を使って無防備な商人を装わせて敵を誘き寄せた。表向きとして存在しているモット伯家の衛兵隊ではなく、僕が使役しているホムンクルス部隊である。集団行動に優れたコボルド型ホムンクルスを主力とし、リーダーは先住魔法と核鉄で武装している。こいつらもそろそろ世代交代の時期だろうか。
 相手が上手く誘い出されてきたところで、雲の中に隠れた火竜部隊が急降下、敵軍の退路を塞ぐ。
 ちなみに、敵は単なる盗賊である。某三代目とかそういったおかしな連中でもないし、無論魔法で巨大なゴーレムを出したりもしない。本当に、ただのチンピラの群れだ。
 そんな連中に火竜でブラスレイターでホムンクルスで武装錬金な代物をぶつけるとか、もはや戦力差がどうこうとかそういう次元じゃない。一方的な蹂躙というか踊り喰いというか……まあ悲惨だ。例えて言うならレベル100勇者パーティーによるスライムの殲滅作業。
 これでは実戦テストにすらならない。少々失敗だったかもしれない。

 そんな光景を、僕は見るともなしにぼんやりと見つめていた。
「どうしましたか、ご主人さま」
「……ああ、リーラか」
 ホムンクルスに混ざってシャーリーが嬉々として武装錬金を振るっている。斬馬刀の武装錬金は圧倒的な破壊力で盗賊たちを薙ぎ払っていく。
 シャーリーが巨大な斬馬刀を一振りするだけでも人間の首が胴が腕が脚が玩具のように撥ね飛ばされる。前世の僕があれほど恐れていた同じ人間であることが信じられないほどのあっけなさで人が死んでいく。
「なあ、リーラ。気の遠くなるほどの昔の話だ。君に初めて会うよりも昔の話」
「……はい」
 隣に立っているリーラの表情は見えない。
「僕は、あんな風になりたかった。踏みにじる側になりたかった。虐げて奪う側になりたかった。この世が弱肉強食だというのなら、強い者になりたかった。僕を取り囲む一切合財、何もかもを踏み潰して奪い尽くせるような、そんなものになりたかった。僕は────」

 ────怪物になりたかった。

 そのために何か努力をしたわけではない。特別でない努力すらした事がない。僕の欲しかったものは、僕の欲しいものは、きっと僕から遠過ぎた。僕が手を伸ばすには遠過ぎた。それでも。
「多分、もしこの世に悪魔がいるとして、もしそうなれるなら、きっと、僕は魂でも何でも喜んで売ったと思う」
「そう……ですか」
 そこまで執着したいものがなかった。唯一ラノベに対する執着はそれなりに強かったが、それだけだ。それさえも、僕はあっさりと手放し過ぎた。だから、あの時のことを思い起こして、今でも思うのだ。僕は何も持っていない、と。何もかもどうでもいいのだ、と。
「だから、さ────」
 いや、今さらどうでもいいのだ。僕は手を伸ばす。シャルロットと別れた時に何も掴めなかった手だ。その手に熱い感触を感じて手を開くと、飛び散った血飛沫が掛かったのだろう、その手はべっとりと赤く染まっていた。
 ああ、もうこの手で何か掴んだら汚れてしまうな、と思いながら、僕の手から飛び去った宝石のように青い髪を思い出し、そして。
「────いや、何でもない」
 血に汚れた掌を背後に振るえば、背後の空間が歪み“王の財宝”のゲートから掌に剣が射出される。引き抜いた太陽剣グラムを大きく振るえば、それだけで迸った熱波によって残っていた盗賊たちが撫で斬りにされ、辺りには肉の焦げる臭いが漂った。
 借り物の力でもそれでいい。僕にはその程度がお似合いだ。
「では、これがご主人さまの望んだ世界なのですか?」
「ああ。多分……多分な」
 これがきっと僕が望んだ世界。だから、誰も邪魔してくれるな。余計なことをしてくれるな。それだけがきっと、僕の望みだ。


 ティファニアをジョゼフ王の下に送り届け、湖の増水を始め、盗賊を退治してから数日後のことである。
(ご主人さま)
 左手の薬指に嵌めたアンドヴァリの指輪を介して、誰かの声が届けられる。その声の主の顔と名前を思い出せずに少し迷ったが、すぐに思い出した。
「……サクヤか。どうした?」
 マジックアイテムとしてのアンドヴァリの指輪自体に通信機能はない。しかし、複製障壁で複製したアンドヴァリの指輪は、相似体系魔術を使用することで、どれだけ離れていようとも長距離通信が可能な媒介となるのだ。
(少々、報告すべき事態が発生しました。御覧下さい)
 アンドヴァリの指輪を通して、サクヤの視界が脳裏に映し出される。そこには、少しばかり驚くべき事態が起きていた。

 僕の、正確にはサクヤの視界の中では、街の酒場のような場所で、ギーシュが見覚えある少女に向かって手を伸ばしていた。サクヤが見ている、リアルタイムの光景である。
「サクヤ、この遭遇は偶然か? それとも、ギーシュが自分で探知したのか?」
(偶然です。ギーシュがこの場にいるのは、ガリア領での味噌の商取引の値段交渉のためですから)
 主人公属性が呼んだ奇跡といったところか。まあ、そんなこともある。
『テファ、無事だったのか!? マチルダは!?』
『え? 貴方、姉さんを知って……え? あ……い、ゃ、いやぁああああああああああああああああ!!』
 どうやら、さっそく仕掛けが発動したらしい。残念だったなギーシュ。
『テファ、どうしたんだ!? 大丈夫か!?』
『ひ、や、来ないで、来ないでぇええええええええええええ!!』
 泣きながら杖を向けるティファニアに対して、混乱するギーシュ。訳が分からないといった風情、いい気味だ、もっと混乱しろ。
(ご主人さま、一体何が起こったのですか?)
 簡単なことだ。
 僕がテファにした仕掛けの大半は、主に記憶と精神に関するものだ。まず、ギーシュに出会った記憶を全削除。それから、偽の記憶を植え付けたのだ。
 具体的に内容を挙げると、謎のゴーレム使いの貴族に襲われ、孤児院の子供たちを皆殺しにされて、無理矢理フネ(無論あの甲鉄艦である)に乗せられ、そこに現れたマチルダが命と引き換えに逃がしてくれた……といった内容である。謎のゴーレム使いが何者か、どういう顔であったか、という記憶こそ与えていないが、同時に、ギーシュの顔を見ると反射的に恐怖心と嫌悪感が沸き起こってパニックを起こすように仕掛けてあるので、ギーシュ=仇と結び付かせるのは無理もないことだろう────。

「────と、まあそういうわけだ」
 まあ、ギーシュがゴーレムを使わなければすぐにギーシュ=仇と結びつくことはないのだが。
 サクヤの視界の中では、さらに新たな展開が起こっていた。ギーシュの背後から走り寄った少女が、テーブルを蹴って飛び上がってギーシュの後頭部に蹴りをかまして割とアクロバティックに昏倒させたのだ。
『……テファ、大丈夫?』
『あ……、タバサさん』
 僕はその少女を知っている。何となれば、数日前に会ったばかりなのだ。
 でもって、シャルロット、いや、今はタバサと呼ぶべきか、ティファニアを庇うように立ちはだかった彼女は、こちらに向かって、正確には気絶したギーシュの側に控えていたサクヤに向かって、身の丈ほどもある杖を向けてくる。なんか格好いい。
『……テファに何をしたの?』
「ああ、サクヤ、ストップ。ここは大人しく退いてくれ」
 応戦しようとするサクヤに向かって指示を入れる。
『申し訳ありません、こちらに落ち度があったようです。私どもは少々急ぎますので、ここで引き取らせていただきます。それでは』
 サクヤは立て板に水を流すように一息に言うと、ギーシュの身体を引きずって一目散に退却する。ギーシュめっちゃ引きずってる。割と容赦ない。
 にしても、テファとシャルロット……タバサが組んで動いているとは。どうせ北花壇騎士団絡みなのだろうが、また愉快なことになってきたようである。
「さて、ギーシュにはどう説明してやろうか?」

『────月目の竜騎士ですか?』
「ああ。かなり整った顔立ちで、色の薄い金髪に、そうだな……どこか底が知れない雰囲気、とかそれっぽいことでも言っておいてくれ。無論美形」
 シャルロットの存在を伏せて、ギーシュを気絶させたのはそいつだと言うように、僕はサクヤに指示したのだった。まさかあいつも、側仕えの配下が裏切っているとは思うまい。
『月目で、整った顔立ち、底が知れない竜騎士……どこの耽美騎士物語ですか?』
 月目。オッドアイとか、金銀妖瞳とか、そんな感じの身体的特徴だ。左眼が茶色、右眼が青だったか、と、僕は火竜にロマリアを監視させた時の記憶を頭の中から掘り起こす。
「仕方ないだろう。そういうヤツがいるのは事実なんだから。とりあえず、そう言ってくれれば、ギーシュの方が勝手に推測を組み立ててくれるはずだ」
『はぁ……分かりました。金髪月目で、底が知れない竜騎士ですね』
 指輪を通して、やたら嫌そうな感情が伝わってくる。
「ああ。それから、連れている竜は風竜な」
『分かりました。……世の中にはおかしな人間がいるのですね』
 そういえばジュリオ・チェザーレの金髪は、見ようによっては金髪じゃなくて銀髪に見えない事もない。つまり、見ようによってはあの男、銀髪オッドアイに見えない事もない、ということ。遺伝って恐ろしい。

 さて、これにて一件落着。
 ギーシュには、彼を昏倒させたのがシャルロットではなくジュリオ・チェザーレだと偽情報を流してやった。これを考慮に入れれば、ティファニアを誘拐した時の陽動の火竜も、ヴィンダールヴのルーンによるものであると誤解するだろう。
 ガリアでは、なぜかシャルロットがティファニアとコンビを組んでいる様子。このコンビが一時的なものか、それとも永続的なものかは謎。まあ、どちらに転んでも、大して変わらない。
 にしても、シャルロットか……。さて、どうしたものだろう。僕はどうせトリステイン魔法学院に進学することになるだろうから、その時点で偽名がバレる可能性が高い。忘れられている可能性も無くもないが、覚えられている可能性だってある。まあ、その時は適当に誤魔化すとして、だ。
 現在、モット伯家の倉庫には、エルフ謹製の心を壊す薬(解毒薬付き)が存在するのだ。秘薬関連の管理に関しては研究のあれこれのために僕が一切の管理を受けているため、一見、強力な交渉材料として使えそうではある。
 しかしだ。原作における雪風のタバサは、小説を読んだ時には割とツボを突いたキャラではあったのだが、僕にとっては味方としては正直信用が置けない。たった一人の母親を人質にとっても、裏切る。これがいけない。死命を制する弱点が見えない。
 だが、よくよく考えるとそれは利点なのではないだろうか。あっさり裏切るということは、逆に言えばあっさり裏切らせる事が可能であるということだ。
 あるいは、薬と引き換えに洗脳を受け入れてもらう、とか。
 なら、取るべき手段は一つ。敵の内側で、無自覚な獅子身中の虫をやってもらう。
 結論が出た。
「なら、ひとまず次は────」
 僕は再び、大神殿最深層の扉を開く。分厚い超金属の扉が、重々しい軋みを挙げてゆっくりと開いていく。ここにしまわれているものはさして多くない。だが、無いというわけでもない。そのほとんどは、大型の培養槽に封印されていた。僕はいくつかの最重要保管物の間を抜けて、その内の二つ並んだ培養槽の前に立つ。
 その培養槽それぞれには、眼を閉じて眠る少女が浮かんでいる。長く伸びた金糸の髪。白く透き通る肌。豊満な肢体。常人のそれよりも左右に長く伸びた耳。
 指を鳴らすと、片方の培養槽から培養液が抜け、培養槽のシリンダーが展開、少女の肢体がゆっくりと床に降ろされる。
 僕はその身体を抱え上げ、転移障壁をくぐって、遥か空の彼方へと転移する。大気汚染も人工の灯りもろくにないハルケギニアの夜空はまるで漆黒のビロードに宝石をちりばめたような満天の星空、ここはトリスタニア上空二千リーグの地点である。
 ちなみに、わざわざ移動してきたのは転送元を探知されないための用心である。別にトリステインの王城に送り込む気とかはさらさらない。
 足元の雲海の上に立ち、空中に浮かびながらもう一度軽く指を鳴らすと、僕の目の前には鈍い輝きを放つ灰色の壁が出現する。転移障壁────相似体系魔術による空間転移魔術の一手である、空間転移のゲート。
 僕は、小脇に抱えた少女の身体を戒める拘束に不備がないことを確認すると、それをもう一つの“おまけ”と共に、転送障壁に放り込んだ。



=====
後書き的なもの
=====

 ……やってしまった。
 今回やや短め。ティファニア関連のあれこれと内政ターン。前回やらなかった研究やテファの仕置き関連。
 勢力「ガリア」 に 『虚無の担い手:ティファニア』 が 加入しました。
 しかしハーフエルフ調教フラグはまだ折れていなかったりして。
 今回ギーシュいいとこ無し。

 次回、キンクリするかも。






[13866] 濁流のフェルナン ルートB12 一つの再会、一つの世界の終焉
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7
Date: 2010/03/09 00:27
 さて、早速だが一つのネタバレをしよう。
 僕がガリアに送り込んだティファニア。あれは本物のティファニアである。
 無論、ティファニアの存在は非常に稀少であり、現状の僕の強化プランにおいてはきわめて重要なパーツであることは言うまでもない。
 だが。
 ガリアにいるティファニアは紛れもなく、正真正銘の本物である。
 ならば、もう一つ、ある場所に送り込んだもう一人のティファニアはいったい何者なのか。
 そして、僕の手元に残されたもう一人のティファニアもまた、何者であるのか。

 ────敢えて言おう。彼女たちもまた、本物である。



 濁流のフェルナン/第十二段



 複製障壁とは、相似体系魔術における空間転移術式の一手である転移障壁を発展させて完成した術式である。
 すなわち、複製障壁による複製とは、魔力によってコピーを作成するのではなく、空間転移の出現地点を複数設定することによって同時存在を発生させる事を原理とする。
 したがってそこには、どれが本物でどれが複製、などといった区別など存在せず、どのティファニアも本物なのである。

 メイドさん拉致イベントでシエスタを助けに入ったギーシュ達が、ティファニアが既に憎むべきモット伯によって調教済みという光景を目にする、というのも非常にそそられるものがあるが、まあそれはそれとして。堕とされたティファニアの手によってシエスタもまた調教され────ゲフンゲフン。
 最初は量産して孕ませて虚無の使い手を量産、とか考えたのだが、よくよく考えると虚無は今回のような特殊ケースを除けば最大四人しか存在できないため、孕ませても虚無が生まれるとは限らない。結構厄介である。第一、ティファニア自体を量産できるのだから虚無の量産は既に間に合っている。
 まあ、そんなわけで、ティファニアは現在、秘薬やら何やらの実験台として活躍してもらっている真っ最中である。

 さて、妄想終了。
 とにかく、ティファニアは「全部」本物である。そして、全部が同一の存在である、ということは、すなわち相似大系魔術に非常に掛かりやすい、ということを意味するのだ。
 そして、ジョゼフ王やもう一つの場所に送り込んだティファニア“達”が新しい虚無の魔法を覚えれば、相似大系魔術によってその術式が、僕の手元に置かれているティファニアの元に転送されてくるのだ。
「だから『世界扉』も割とすぐに覚えられた……」
 すぐ、というか、本当は結構時間が掛かったんだけれど。一年くらい。まあ、ティファニアが『世界扉』を使用しようとするような構図はあまり無さそうだし、仕方のないことだ。
 そんなわけで、僕は一年ばかりまったりと、目立たないように普通の引きこもり貴族を営んでいた。
 無論、何もやっていなかったわけではない。ラグドリアン湖の増水トラップが次々と転生者が引っ掛かってきたのだ。そのせいで、そいつらの持つ能力や技術を解析することに時間を取られて、結構忙しくはあった。
 他に、虚無魔法のディスペル・マジックが相似大系魔術や型月世界の魔術に通用するのか、という事も調べる必要があったし。結果から言えば、型月世界の魔術に関してはディスペル・マジックが有効。しかし、相似大系魔術にはディスペル・マジックは効かなかった。理論が違い過ぎて解呪が効かない、というよりも、そもそも魔術が存在していることさえ認識されないようだった。どうも、魔力に頼った魔法は無効化されるらしい。と、いうわけで円環少女系の魔術はほとんどがディスペルできないはず。

 ラグドリアン湖については、あの増水トラップに引っ掛かる転生者の多いこと多いこと。水精霊に何か忠告とか、説教とか、あるいは協力の申し入れとか、割と連中テンプレ上等。
 それでこっちが、お前ら俺を信用させてみろ、とかそんな意味の事を言ってみると、それなら、ということで水精霊に精神を読ませようとする。で、こっちは先住魔法を使い、向こうは抵抗しないため、あっさりと洗脳・端末化完了。
 転生者ってのは揃いも揃ってバカばっかりか、とも思うが、そもそも頭のいい連中はこんなチャチいトラップには引っ掛からないのだろう。
 まあ、そんなわけで、いろいろと技術やら何やらを入手することに成功。
 にしても、転生者連中。水精霊に話しかけてくる転生者の連中、あわよくば水精霊と仲良くなってアンドヴァリの指輪を授けてもらおうとか、甘過ぎることを考えているっぽいヤツが結構いた。願望だけでも持っている奴も含めるとほぼ大半。何というか、それはさすがにないだろうと思うのだが。まあどちらにせよ信用ならない。今はそんなつもりはなくても、将来的には心変りして裏切って指輪をネコババしそうな連中が大半。まあ、世の中そんなものなんだろう。

 次。転生者について。
 増水トラップに引っ掛かった連中の頭を読んで分かったのだが、この世界には、割とたくさんの転生者が存在しているらしい。といっても、せいぜい十数人程度だが。とりあえず、その程度で打ち止め、と、僕たちを転生させた存在がそんなことを言ったらしいのだ。
 だが、その数も時間を追うごとに減っているようだ。その死因の大半は転生者同士の争いだ。原作維持派の転生者が他の転生者を粛清したり、徒党を組んだ転生者が派閥に属しようとしない転生者を粛清したり、あるいはただの興味本位で他の転生者に喧嘩を売って粛清されたり、他の転生者の脳内嫁の原作キャラに手を出して粛清されたり。
 そんなこんなで、既に勢力はいくつかに絞られているようだ。
 大きな勢力としては、個人で保っている独立勢力たるトリステインのギーシュ・ド・グラモン。ジョゼフ王が統治するガリア北花壇騎士団。そして、アルビオンとロマリア、ゲルマニアにも派閥が一つずつ。
 無論、それ以外の個人の存在も忘れてはいけないが、重要度はさして高くはない。

 だが、そんな生活も今日まで。とうとう『世界扉』の術式が手に入ったのである。これで現代知識も使い放題。最強。無敵。うむ、完璧である。
 そんなわけで、ティファニアの肉体を『世界扉』用魔法装置として扱って、いざ行かん地球。


 と、言うわけで、やってきました地球。
「といっても、降り立ったのがアリゾナ州辺りじゃ、大した感慨もないんだがなぁ……」
 というか、降臨した先がネギま世界とか灼眼世界とか禁書世界とか、そういう事態を警戒したわけだが、どうもそう言った雰囲気もない。本当にただの地球な様子である。
「新宿も別に魔界都市ってわけでも無かったしな」
 まあ、何でもいいけれど。
 とりあえず日本に行ってラノベとかラノベとかラノベとか思う存分心ゆくまで買い漁ってきたいところだけれど、ひとまずは我慢我慢、ひたすら我慢の子だ。
「と、いうわけで、まずはホワイトハウスからかな?」
 隠蔽宝具をガチガチに掛けて忍び込む。どうやらそれなりに警戒は厳しいようだが問題無し。チートの前では無力である、南無。
 そんなこんなで、相似大系の《掌握》で某米の国の大統領を洗脳。続いて国防長官や国務長官などを洗脳した後、彼らにアンドヴァリの指輪を複製して手渡し、大統領補佐官とか議会とか各省庁とかそこらへんを根こそぎ洗脳させた。
 ここまで、わずか一日。
 続いて、軍事・兵器関連やマスコミ関連を中心に各大企業のトップ達を、アンドヴァリの指輪装備の国会議員とかを使って一人一人洗脳。それから、アメリカ各地の基地や空母なんかは、面倒なので国防長官命令でトップの司令を呼び出させてからまとめて《掌握》。後は複製アンドヴァリの指輪を御土産に持たせて元の基地や空母に帰還させる。
 他に、いくつかの巨大犯罪組織なんかも標的にしてみた。
 これで、およそ一週間。

 続いて、次は某中華思想の国を犯人です。
 米の国と同じようにあっさりと洗脳は完了。同じく期間は一週間。
 行き掛けの駄賃として、電子技術その他が中々の我が祖国と、閉鎖的過ぎる体質が実験場として便利そうな某北の国を掌握。これらの国々は国土が狭いため、洗脳はそれぞれ三日で終了。
 何なので、北の国の書記長閣下の宮殿に、ティファニアのストックを全部移送した。もはやギーシュの手の届かない場所で色々と調教に勤しむ予定である。
 ここまで、およそ三週間。ここまでの時間を地球の征服だけに費やす事ができたのも、僕が仕組んだ仕掛けのためである。

 僕の本体はそもそもこのラグドリアン湖の湖水そのものである水の精霊であり、人間としての肉体は、僕が使役する火竜の群と同様に、水の精霊の端末に過ぎない。水の精霊としての肉体はいくらでも分割できるがそこに宿る意識は常に一つであるため、相似魔術で複製したところで、やはり意識は一つである。そのため、火竜もいくらでも複製する事が可能であった。
 そして、火竜を複製できた以上、同じく水の精霊の端末である僕自身の肉体も複製しておくことができるのは当然だろう。故に、今僕が使用している肉体もまた、ラグドリアン湖の湖底に隠していた二つ目の肉体である。
 元々は、自分の肉体を複製するというのは自分自身を複製するという行為なので、いくら複製に複製を重ねたところで、もう一人の自分が無限に生まれるだけで意味がない。
 たとえば、ティファニアの場合、複製された時点で別人なので、複製障壁で複製したティファニア同士の間で友情らしきものが生まれたケースも存在した。まあそんなわけなので、いくら僕でも水の精霊の特性が無ければ、こんなことはできはしない。
 そのため、ハルケギニアには常にもう一人の自分が常駐している状態。不在を疑われる恐れなど欠片も存在しない。
 ……やたら人間離れして気がするがどうだろう。

 米の国と中華思想の国の掌握が完了したため、次は某欧州の国家連合体と、兵士の生産地として便利そうな中近東、そして有数の資源産出地帯であるアフリカである。
 欧州の掌握もあっさりと完了した。期間はやはり一週間。だが、難航したのは中近東とアフリカである。勢力がばらけているため、色々な場所を回らなければならないのである。石油王とかゲリラとかを一人一人狙い撃ちにしていくのは意外と手間が掛かるのだ。だが、それも各二週間程度で完了した。
 後は、一週間後の国連総会で各国のトップを洗脳するだけである。
 もはや、地球は征服完了。チートって怖いね。


 ……こんなに簡単で、いいのか?


 さて、侵略が完了したところで、さっそく内政ターンだ。
 ティファニア搭載型『世界扉』用魔法装置はコアであるティファニアを量産しても割と消耗きついので、ひとまず相似大系魔術で常時展開型の転送障壁を設置した。チート万歳、どこでもドア万歳。
 ちなみに、魔法装置といってもごく単純に、父から借りた使い魔の触手生物をベースに作ったホムンクルスと合体させただけの代物である。
 触手ホムンクルスは僕の端末となっており、キャスターの魔術で繋いだラインを通して水精霊の魔力バックアップから無理矢理MPを供給して虚無魔法を使わせる、非常に愉快な装置だ。どうやってラインを繋いだかなどとわざわざ質問してはいけない。そこはそれ、型月世界のお約束というものである。
 手が空いたら乳でも出るようにしてみようと思うが、とりあえず今は忙しい。

 で、だ。僕は当初、主力戦車や原子力潜水艦や空母や戦闘ヘリや戦闘機を量産して向こうの世界に持っていこう、などと考えていた。しかし、よくよく考えると、こっちにはブラスレイターというチートを既に持っているのだ。
 従って、色々と熟考した末、ブラスレイターそのものに、戦闘機や戦闘ヘリの兵装を同化させることに落ちついた。ミサイルとかガトリングとか。あと、精密射撃ロックオン用のレーダーとか火器管制用のAIとか。狙い撃つぜ。
 火竜型に戦闘機用のジェットエンジンも同化させたので、武装錬金無しで素で音速超過できるようになった。もはやこれはロマンの領域と言わざるを得ない。
 そんなこんなで、対地攻撃仕様とか対空攻撃仕様とか水中戦仕様とか、火竜の性能も割とバリエーションが豊富になった。
 ハードはアメリカ製に限るね。大艦巨砲万歳。ソフトは日本製で。……中国製?
 まあ、そんなわけで、もはやゼロ戦とか、「空飛ぶヘビくん」とか、色々とお話にならない。とりあえず対メイジ用に「空飛ぶ蛇くん」の魔力感知のホーミングなんかは欲しかったが、それもキャスターの魔術であっさり解決できたし。
 とりあえず、ラノベ脳としては近接戦闘能力が御留守のような気がするので、現在は高周波ブレードとかを開発させているところだ。

 まあ、そんなわけで、火竜母艦として使うために、ひとまず空母と強襲揚陸艦を一隻ずつ拝借することにした。最新式の原子力のヤツ。イージスシステムも載せ放題。制御は同化したブラスレイターが水の精霊の端末を兼ねることによって行われる。無論、言うまでもないことだが、搭載する火竜はラルカスでホムンクルスでブラスレイターなアレである。
 どうせこの世界では戦争起こしそうな勢力の大半が僕に掌握されてしまっているのだ。そんな世界で軍隊なんぞ持っていても間抜けなだけだろう。
 もう少ししたらミサイル巡洋艦や補給艦なんかも造る予定だが、それはとりあえず主戦力たる空母が完成してから。
 ひとまず、ハルケギニアの風石炉を解析させて、空母を風石炉搭載型に改装させている。ハルケギニア基準ではバカでかい上にクソ重たい空母を飛ばすためには炉心一つでは出力が足りないので、複数炉心を展開する羽目になった。
 でもって、それを運用するために、キャスターの魔術で広域に人払いの結界を展開した後、『砂漠』(サハラ)に風石の採掘場を建設。採掘場を運営する人員は洗脳済みなので秘密が漏れる心配は無し。エルフに気付かれないかとも思ったが、砂漠は割と広大である。それにどうせ将来的には大隆起が起きるくらい飽和しているんだし、僕がちょっと空母動かすために失敬しても問題ないよね。
 にしても凄いね。空母動かす燃料が露天掘りで十分とか。とりあえず、掘りまくってある程度備蓄を蓄えたら、複製障壁で量産する予定である。というか、複製障壁ってちょっと工夫すればあっさり永久機関が作れる罠。
 まあ、そんなわけで、空母が完成したら、これも複製障壁に通して量産する予定。

 他には戦略爆撃機を空母に搭載できるようにしてみたり。どうせブラスレイター制御にするから、整備の手間なんかはナノマシン任せで十分なのだ。まだ未完成だけど。

 後は、ハルケギニアに人工衛星を大量に持ち込んでいる。種類も生活密着型の気象衛星から、別の意味で密着型なスパイ衛星、レーザー装備のキラー衛星にミサイル衛星まで多種多様。水の精霊の力とブラスレイターを使えば結構簡単に制御ができる代物だ。現代兵器って便利。

 とりあえず、厄介な虚無の力でロマリア辺りに召喚されると面倒なので、ハルケギニアの南の海の無人島にでも港湾設備を建造して隠しておく。

 え? 核? そりゃ用意してるさ。標準装備だろ?


 一気に能力が上昇した気がする。さすがにここまでの軍事力を備えた転生者はそうそう存在しまい。そんな風にも思う。
 そう。戦闘力ではなく、軍事力。個人の戦闘力は戦場一つをどうにかするのがせいぜいだが、軍事力は戦略的勝利を得ることができるのだ。
 加えて、地球という最大の物資補給先の存在。地球征服済み。

 地球征服済み。

 そう。征服済みなのである。

 うん。最強だ。
 故に、この戦力で以ってハルケギニアに攻め込み……攻め込み……攻め込み…………駄目だ。転生者どもが無双している図しか思いつかない。
 現代知識マジで使えねぇ……。
 いっそのことハルケギニア捨てて地球に引きこもるか、とかも考えたのだが、ハルケギニアで力をつけた転生者どもが地球に攻め込んで来られても困る。ハルケギニアも征服してしまわないと安心できない。
 ったく、どうしたものか────。



 ────ひとまず、舞台を再びハルケギニアに戻す事にしよう。



 さて、ハルケギニアにおいても数年の時が流れた。
 アルビオンではレコン・キスタが勃興した。彼らの掲げた御題目は、前世で読んだゼロ魔原作とは微妙に違うもののような気がするが、まあ気にするまい。何となく事情は見えている。トリステインも前世で読んだ原作よりも少しばかり積極的に援軍を出しているようだが、所詮はハルケギニア最弱の国家。
 そんな連中が単発の騎士団を逐次投入でちらほらと出撃させたところで、所詮は焼け石に水である。戦力の集中は戦術の基本。せめて国家最高戦力とか出そうよ。
 ギーシュはロマリアをそれとなく探りながらティファニアの行方を追っているらしい。事実、ティファニアらしき少女と何度か遭遇しているが、毎回失敗している。そのためか、ロマリアの異端審問官辺りには割と目をつけられているらしい。

 サクヤによる情報操作を行ったのは前回の事件一度きりだが、それなりに上手くいっているらしい。アンドヴァリの指輪での広域洗脳は実に便利だ。後は、指輪を利用した情報網を駆使して、周囲の町や村に竜が飛んだという情報を偽装した。
 これで、テファとシャルロットの目撃情報がテファと竜騎士の目撃情報に擦り変えられたため、少女の二人組の足取りはその場で途切れ、代わりに竜騎士がテファを同乗させて移動したという憶測を産み出す。
 後はこの時代、空を飛ぶ相手の足取りを追跡するのは極めて困難だ。空飛ぶ生物は盗賊や凶暴な亜人などに襲われる心配を持たず、整備された街道を通る必要そのものがないため、人の目で追跡するのは特に難しいのだ。ゼロ魔原作でタバサが風竜に乗ってガリア~トリステイン間の国境を容易く越えている事からもそれは証明されている。故に、だからこそ情報を捏造するのが容易いのだ。


 まあ、そんな感じで、もう少しで、勝手気ままな研究生活も終わり。そろそろ、トリステイン魔法学院に入学しなければならないのだ。
 と、いうわけで、入学の準備のために色々とトリスタニアの店を回っているところである。
「っても、大したものが必要なわけでもないんだけれどな」
 とりあえず服の他に、コンパクトな実験セットとか、そこらへんだ。実験セットは、小遣い稼ぎとか陰謀とかのために秘薬を作るのに便利そうだから。
「……リーラやシャーリーを連れていけないのは残念だけれど」
 その代わりとなる手足を用意するのも、中々大変そうだ。まったく、面倒なことだ。
「といっても、必要なものなんてそうそうないよな。服もそんないらないし、教科書も買った、ノートも買った、他に必要なものなんて……」
 杖だって、シャルロットと初めて会った時から使っていた特殊警棒もどきが一本あれば十分。携帯性と武器としての性能を両立させているため、隠し武器としてはともかく、メイジの証として普段から持ち歩く分には思いのほか使い勝手がいいということに、あの事件の後に気が付いた。
 加えて、全身の骨格が杖として扱えるようになっているので、全身これ予備の杖だ。加えて、一応念のため、眼鏡の蔓にも杖を仕込んでいる。
「んー、何か必要なものでもあるかな……っげ!?」
 数年前と大して変わらない品揃えのままの秘薬屋の陳列棚を覗きながらめぼしいものを物色していた僕は、外の通りを見て思わず凍りついた。
「……よりにもよってアイツか」
 そいつを確認して、僕は思わず陳列棚の陰に身を隠した。
 ギーシュが、間違いなくルイズであろうピンク髪の少女と腕を組んで歩いていたのだ。キャッキャウフフとかそんな感じの声が届きそうな感じだ。非常にウザい。しかも、こっちの店に入ってきそうな感じだ。僕は、陳列棚の陰に隠れつつ、相手の出方を伺う。
 要するに、相手の目的は僕と同じなのだろう。入学前のお買い物。正確には、それにかこつけたデート。デート。別に嫉妬しているわけじゃない。別に。
 相手がこちらの店に入ってくると、僕はタイミングを見計らって、ちょうど陳列棚を盾にするような形で相手の背後に回り込み、店から脱出するのに成功した。陳列棚越しにバカップルが放出しているピンクオーラを頭からかぶってしまったような気がして、思わず背中に羽織っているマントの表面を手で払う。
「ふう……危ないところだった」
 別に命の危険とかもないのだが、まあ、気まずい。
 まあ、それもひとまず大丈夫。額の汗を拭うと、ふと、群衆の中に、どこかで見かけたような鮮烈な色彩がよぎったような気がした。

 ────青。

「……気のせいか?」
 いや、さすがに気のせい……でもないか。入学の何やらの手続きとか買い物とかで、彼女がここにいても別段不思議じゃない。
 ということは、どうせその日になったら顔を合わせるのだ。……やはり気まずい。
「まあ、それも致し方あるまい。さて、どうやって説明したものか────」
 とか考えてながら裏通りの方に行こうとした瞬間。唐突に背中に硬いものが押しつけられる。思わず立ち止まった僕の耳朶を、聞き覚えのある声が打った。
「ゲルマニア貴族、ゲッシュ・フォン・グレイモン────」
「本名はフェルナン・ド・モット。トリステインの貴族だよ」
 振り返った僕の目の前には、数年前とほとんど変わらないままの少女が立っていた。
「久しぶりだな、シャルロット。会えて嬉しいよ」

「……偽名」
「仕方ないだろう。気付いてたかどうかは分からないけど、あの時、君には何だか物騒な監視が付いてたんだ。そんなのの前で本名なんて名乗れるか」
「……そう」
 シャルロットは不服そうな表情のまま、僕と二人連れ立って歩く。ティファニアがいないのが気になったが、それを質問するのは得策ではないだろう。シャルロットは、僕がティファニアの存在を知っていることをまだ知らない。
 正直なところ、この世界では基本的に雪風のタバサは死亡フラグである。連れ立って歩くと僕がヤバい。ジョゼフの監視とかついていそうだし。だが、タバサは離してくれないようだ。だからといって、チート全開で逃げるわけにもいかないし。
「それで、シャルロットは何しにここへ?」
「……タバサ」
「え?」
「今はタバサと名乗っている。だから、貴方もそう呼んで」
「……了解。なら、偽名はお互い様だな」
「確かに」
 何というか、彼女と話していると、妙に会話が長くなる気がする。まあ、気のせいだろう。僕もタバサも、あまり饒舌な方でもない。
「でも驚いた」
「そうか? 僕はまた、どこかで会いそうな気がした」
「そう」
 というか、予測済みだ。
「でも、何でトリスタニアなんぞに? ここにはキメラもドラゴンもいないだろ」
「…………」
 黙りこくったままのタバサを見て、何となく事情を察する。ここにも、転生者どもの色々な余波が来たか。きっと、ジョゼフが原作知識を保有している影響だろうな。
「つまり、言えない事情なんだな」
「…………来年から、トリステイン魔法学院に通うことになった。今日ここにいたのは、学校生活に必要なものを買うため」
「それじゃ、はぐらかしてるのが丸分かりだぞ? 君はもう少し演技の勉強をした方がいい」
「……そう」
 とはいえ、僕も腹芸は苦手なのだが。というか、人と話すこと全般が苦手だ。
「まあ、そんなこんなで、僕も来年からトリステイン魔法学院に通うことになったわけだが」
「そう」
 タバサの表情には一見変化がないように思えるが、その実、驚きを表すようにわずかに眼が見開かれている。本当にわずかだが。
「とりあえず、君は何か買ったか? 僕は教科書とノートと服と実験セットくらいしか買っていないわけだが」
「……実験?」
 タバサがぴくりとわずかに肩を揺らす。予期していなければ気がつかない程度の微弱な揺れだ。
「ああ。僕は水メイジで、家業が薬とか作っているからな」
「薬……毒薬?」
「まあ、毒も作れない事もないが、どっちかというと媚薬とかそっち方面な。人の心に作用するような薬だから違法スレスレではあるけど、割とよく売れるんだ。貴族って爛れているからな。……って、女の子相手にするような話でもないけれど」
 というか、普通の女の子だったら十中八九、引くだろう。
「……人の心に、作用」
 とりあえず興味は引けた。ここでエルフの毒薬の話をしてもいいだろうが、少しばかり時期尚早だ。今は内緒。

 さて、それよりも問題は、シャルロットに付いている可能性の高い、ジョゼフの監視だ。ぶっちゃけ、原作知識を持っている段階でジョゼフほどの陰謀家がタバサを監視していないとかあり得ない。彼は多分、裏切られないように予防線を張っておくのではなく、自分に都合のいい状況でわざと裏切らせてそれをゲラゲラ嗤いながら叩き潰すタイプだ。
 このタイプは、どれだけ上手くいっていようが絶対に油断できないから怖い。万全な状況で戦力をととのえて、さあいざ勝負って段階で、全てはジョゼフの掌の上、って事になりかねないからな。
 とりあえずそれらしい気配は周囲に存在しないものの……マジでどうしよう。いっそのこと、徹底的に泥沼に嵌ってみようか? ……いや、それはさすがに怖すぎる。どうにかして対策を考えるべきか……。
 ぶっちゃけた話、ここで逃げ出すのもヤバいのである。怪しいし。明らかに死亡フラグから逃げ出したがっている転生者にしか見えない。複数転生というのがどれだけ厄介なのか理解できた感じである。
 まったく、ギーシュとか他の転生者とかが存在しなければこの世界は僕の手の内だったはずなのに、面倒なことだ。
 にしても、どうしたものやら。


 その日、僕はとりたてて何かに巻き込まれる事もなくトリスタニアを後にした。
 しかし、気配を探っても宝具を使ってもジョゼフの監視らしき存在は見えなかった。これについては、いくつかの可能性が考えられる。

 一つ。まず順当に、監視が気配を消していたという可能性。これに関しては、僕の索敵能力は限界であるため、もはやどうしようもない。一番厄介な可能性である。

 二つ。そもそも監視がその場にいなかったという可能性。そもそも原作準拠の世界において雪風のタバサには一人も味方なんていないのだ。
 ガリアにオルレアン公派は腐るほどいるが、正直な話、連中が自分から助けに来てくれることはない。雪風のタバサが母親を人質に取られて自分の意志では動けないことは重々承知の上で、何もしなかった連中。自分からシャルロットを助けて王座に就かせようとするでもなく、ただ延々と屈辱に耐え続けるしか能のない連中。
 自分から助かろうと動かないと駄目だ、とかよく言うけれど、それはシャルロットではなく、オルレアン公派の連中にまず言ってやるべきだ。
 まあ、連中にも家庭とか何やら色々と大事なものはあるだろうし、他人の娘よりは自分の妻や子供が大事なのだろうから、批判を重ねても仕方ないとは思うのだけれど。
 いや、まあ、シャルロットの弁護とか重ねても仕方ないとは思うのだが。
 そんなわけで、この段階でシャルロットに接触しようとするような連中はオルレアン公派ではなく、そんなのにかかわりなく動こうとする転生者だ。だが、転生者には割と洒落にならない索敵能力を持っている奴らも数多い。ゆえに、監視をつけたらそいつらが警戒して動かない可能性が高い。
 雪風のタバサに深く関わろうとするのであれば、別にこの段階でその存在を嗅ぎつけなくとも、その存在は後でいくらでも浮き上がってくる。
 ゆえに、現状では監視をあえて付けないという可能性。

 三つ。そもそもタバサに対して監視など付ける価値がないと判断している可能性。ブラスレイターもどきを拷問して得た知識によると、ジョゼフの持つ原作知識は最低でも三巻。三巻というと、確かトリステインにレコン・キスタの軍勢が到達し、それをルイズのエクスプロージョンで消し飛ばすという話。一巻から三巻に掛けて、タバサがキーパーソンとなる話はほとんど存在しなかったはず。
 もっとも、この仮説に関しては、ジョゼフが転生者の派閥を築いていること、その時点で破綻していると言っても過言ではない。簡単に埋められるような情報の穴をそのままに放っておくような陰謀の天才など存在するとも思えない。
 故に、問題外の外。

 故に、警戒するべきは仮説の二番目か。
 監視があるとしても、監獄のような気付かれたら即抹殺のハリネズミ式監視ではなく、情報戦のための監視だろうしな。気付かれないのがベストだが、絶対に気付かれないとか甘いことを考える気はさらさらない。
 となると、ただの転生者Aとして見られるのがベストだが、世の中そうそう上手くいくようにもできていまい。
 だが、今のジョゼフが何を考えているかが読めない。ジョゼフはハルケギニアをどうしようと考えているのか。完全に原作通りとも思えない。気を抜いてはならない。少なくとも、敵は天災クラスの天才で、そして僕は凡人なのだ。
 ……ヤバい。有効な策が思いつかない。まったく、酷く煮詰まってきたな。


 さて、再び地球に視点を移す。
 地球の僕の本拠。場所は某北の国。世間的には書記長という事になっている男の、邸宅という名の大宮殿だった建物だ。単純に豪華な建物というだけならアラブの石油王の豪邸とかでもよかったのだが、国軍という名のセキュリティシステムやら気候の問題やらで、色々と取捨選択の末にこちらを選択した。
 これだけ馬鹿馬鹿しくでかいものが造れるのは、民主主義とか資本主義ではできない、専制政治ならではの醍醐味だろう。何となれば、この世界には余計な転生者がいない。おかげで、随分と羽根が伸ばせるというものだ。
「もっとも、ハルケギニアではジョゼフの陰謀が着々と進んでいるわけだけれど」
 僕の目の前では、毛足の長い真紅のペルシャ絨毯の上で、裸身をさらけ出した二人の少女が舌を絡ませている。長く伸びた金髪、豊満な肢体、常人のそれよりも左右に長く張り出した耳。
 二人とも、本物のティファニアである。同じ少女同士の絡み合いも見ていて楽しかろうということでやってみたのだが……まあ、ティファニアの外見のせいもあって中々にエロい。まさに胸革命。
「ギーシュはあちこち探し回っているようだが────」
 それもさして見当違いとはいえないのだけれど、あいつは一人のティファニアだけを助けて満足してしまうだろう、お馬鹿さぁん。
 まあ、せいぜい頑張りたまえ。僕は知らない。
「ぎーしゅ? ぎーしゅって何ですかご主人さま?」
「ああ、別に大したものじゃない。君たちは気にしなくても構わないよ」
 ギーシュの事なんて最初に記憶から消してやった。だから彼女達は彼を覚えていない。ティファニアの片方が首を傾げているが、まあ気にしない事にしよう。
「そうですか? あの、それよりご主人さま────」
 エルフのお姫様たちは二人とも欲求不満のようだ。調教は比較的上手くいっているようだ、と考えて、僕は二人の身体に手を伸ばした。
 柔らかな肢体の感触に溺れながら大窓から空を見上げると、雲の間には鯨にも似た影が近づいてくる。どうやら、とうとうアレの完成品が到着したようだ。僕は物足りなそうな表情でこちらを見上げる二人をよそに、新しい玩具を迎えるべく立ち上がった。




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おまけ的なもの:12終了時のオリ魔法設定覚書
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練成
 水属性基礎魔法。「土」「水」のラインスペル。
 錬金の液体バージョン。液体にしか作用しないが、液体→固体と変化させる分には問題がない。この作中では逆に錬金の場合、固体→液体は可能(例.青銅の花弁→油)だが、液体→固体(例.水→黒色火薬)は不可能。従って、どちらの魔法も使えない限り固体→液体→固体のように戻す事は不可能。
 本人が知っている液体ならば、かなり融通がきく。一例では水、油、水銀など。フェルナンの唯一の現代知識利用は練成魔法による墨汁練成である。
 汎用性も応用性も高いが、単体での戦闘に対する応用度は錬金の方がはるかに上。他の水属性魔法と組み合わせると一気に殺傷力・戦術性が上昇するが、高位魔法との組み合わせは精神力消費や系統の上限などに引っ掛かるため、スクエアスペルなどとの組み合わせはまず不可能。したがって水属性最大のネックである最大火力は大して変わらない。
 何気に便利なので、おそらく研究職などのメイジにとって、この呪文の習得は基本と思われる。


アクア・ボム
 水属性攻撃魔法。ラインスペル。
 圧縮した水の塊を射出する。水の弾丸は着弾点で炸裂し、広範囲に衝撃によるダメージを与える。比較的単純かつ高効率であり詠唱も楽。多分、単発の攻撃魔法としてフェルナンがもっとも多用する技となるだろう。
 炎に比べると威力も殺傷力も低いし、風に比べると目に見えるため回避しやすく、また命中率も低い。戦闘には不向きな水属性の宿命である。
 ただし練成と組み合わせると一気に殺傷力が向上する。たとえば酸や水銀の砲弾を射出する。ただし嫌がらせ専用の墨汁ボムでもトライアングル、水銀の砲弾や王水のボムなどになるとスクエアスペルになってしまうため、威力に比して消耗が明らかに割に合わなかったりする。


ウォーター・スパイラル
 水属性補助魔法。ラインスペル。
 エア・ニードルの水属性バージョン。杖の周囲に高速で回転する水流を纏わせる。
 杖そのものの受け面積を大きくすることで防御を容易にし、さらに防御時に水流で敵の武器を吹っ飛ばす非殺傷型格闘魔法。当たり前だが、エア・ニードルに比べて殺傷力は低いと言わざるを得ない。


クリエイト・ミスト
 水属性基礎魔法。ドットスペル。
 霧を生み出す魔法。本当にそれだけなので割と簡単。
 ただし、練成と組み合わせると割と迷惑な魔法になる。毒とか酸をバラ撒くとか。


アクア・ゴーレム
 水属性特殊魔法。ライン~スクエアスペル。
 モット伯家の秘伝。クリエイト・ゴーレムの水属性バージョンであり、液体でゴーレムを作り出す。
 斬撃や打撃といった攻撃に強く、また電気系にも割と強い。同クラスのゴーレムと戦った場合、相性の問題で間違いなくアクア・ゴーレムが勝つが、コストではアクア・ゴーレムの方が割高であり、どちらが優れているとかは一概には言えない。
 元々はスライム異種姦プレイを水魔法によって再現するために作り出された魔法だが、戦闘にも意外と有用だったという、ちょっと人には言えないような開発経緯を持つ。
 モット伯家の性質を反映してか、形状のバリエーションも触手型や犬型のような、割と用途が限られていそうな外見をしていることが多い。フェルナンの場合はハイエナ型のアクア・ゴーレムを多用する。


メモリー・カスタマイズ/エモーション・カスタマイズ
 水属性特殊魔法。何気にスクエアスペル。
 モット伯家の秘伝。メモリー・カスタマイズは記憶を、エモーション・カスタマイズは感情を操作する。魔法を使って対象を操作するのではなく、脳内のデータそのものを書き換える。
 したがって、虚無属性のディスペル・マジックで魔法を解除しても、書き換えられた情報は戻らない。攻撃魔法で失われた腕にディスペルを掛けても腕が生えてくるわけではないのと同じ理屈。


湿度操作
 水属性便利魔法だが、多分風属性でも同じことができる。ドットスペルではあるものの制御は思いのほか難しく、ちょうどいい湿度にするためには魔法技術よりも知識と経験が必要。
 作中では、フェルナンがギーシュの味噌を台無しにするために使われた。地味な事この上ないが、制御を間違えると湿度の影響で悪臭やカビが発生するため、嫌がらせとして使われると長期的にウザい。






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後書き的なもの
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 やってやった……かな?
 今回一気にキング・クリムゾン。
 フェルナン地球征服の巻。なんだか一気に強化された様子。
 あとタバサ再登場。タバサが絡むとフェルナンの性格が微妙に変わる気がする今日この頃。行きがかり上とはいえ、妙に重要そうなポジションに立っているタバサ。このまま突き進んだらまさか正ヒロイン? 性ヒロインはテファ辺りで。
 タバサといいシャーリーといい、最初の内は大した役にするつもりはなかったはずではあるのだけれど……。
 次回、入学編。感想掲示板では同学年は無いとか色々とあったけれど、各キャラとの絡みとか色々と考えた末に、同学年に。リーラとシャーリーがますます影薄くなりそうな予感。さてどうしたものやら。





[13866] 濁流のフェルナン ルートB13 虚無の敵意と水の再会
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7
Date: 2010/03/16 11:20

 原作における相似大系魔術は地球人に観測されると燃えて消える事を今さっき思い出した。まあ無事に発動したから結果オーライで万事成功したからいいのだが……違ってたら洒落にならなかった。今度から気をつけよう。
 そんなわけで、どうやら、あの地球は円環少女における《地獄》ではないらしい。まあ、あの作品は色々と特殊なんだよ、ということで。

 まあ、それはさておき、トリステインは四月である。まあ、正確には四月ではなく第四の月、公式名称フェオの月の第二週目の半ばあたり。ちょうど地球、というか日本でも入学式やら何やらが行われる季節でもある。季節的にもちょうど暖かくなってくる頃合いでもあり、日本ではちょうど桜が咲いている時期に相当する。
 春らしく道端にも花が咲いていたりするのが何となく心穏やかな気分になるものの、非常に残念ながらトリステインに桜は存在せず、今考えてみると満開の華の下で一年の終わりと始まりを祝うというのは実に風雅な事であり、桜が無いことを少しばかり残念に思わざるを得ない。
 日本よりもやや寒冷なトリステインの気候であるが、春眠暁を覚えずとも言う通り、この春の陽気は変態どもを……ではなく、安眠を誘わずにはいられない。
 アルヴィーズの食堂の窓からも穏やかな風に乗って春の陽気が流れてきて、気が付けば少しずつ目蓋が重くなってくるような穏やかな心地にさせてくれて、やはりこの季節はいいものだと、そう考える。

 僕がそんなことを考えるのも、だ。僕の眼前でヤバい感じにピクピクと痙攣している御老人がいるからだった。「生徒諸君。諸君らは────」とか何とか叫びながら飛び降りてきて、テーブルに激突して気絶したのだ。
 うん、コレ、たぶんオールド・オスマン。
 年甲斐もなく無茶するからこういうことになるんだろうな、と現実逃避終了。泡を食ってジジイを介抱する教師たちの間から特殊警棒型の杖を突っ込んで一振り、ヒーリングを掛けてやる。



 濁流のフェルナン/第十三段



「諸君! ハルケギニアの将来をになう有望な貴族たれ!」
 何事もなかったかのようにポーズを決めるオールド・オスマンだが、さっきの落下の時点でもはやただのギャグである。
 僕が伸ばしていた杖を縮めると同時、周囲からぱらぱらと控えめな拍手が上がる。もしかして、いまのは拍手するところだったのだろうか。
 視界の隅ではシャルロット────今はタバサと呼ぶべきだろうか────とルイズと赤い髪の多分キュルケが騒いでいる。まあシャルロットはほとんど騒いでいないが。
 ……一体、どこから突っ込んだものだろうか。
 入学式に参列している連中の大部分は、割と洒落にならない面子だった。ただし、転生者関連の知識を持っていれば、という話だ。
 ロマリアからは聖堂騎士隊の幹部であるアルフレート・アルナルド・アルベルジェッティ。一見温和そうな外見をしているが、ランスロットの感覚で観察すれば身のこなしが明らかに常人の域を越えている。
 ゲルマニアからは錬鉄竜騎士団の副団長であるエドガー・ブルクハルト・バルシュミーデ。艶のない白髪に褐色の肌、という外見的特徴が明らかにとあるキャラクターを想起させる。
 そしてアルビオンからは派閥のトップであるアリサ・テューダーが御大自ら出張ってきている。金髪碧眼の美しい少女だが、その身に纏う覇気がその姿を周囲の学生とは隔絶した存在に見せている。
 ガリアの連中はよく分からないが、留学生だけでもシャルロット以外にもヴィルジール・カステルモールとジュリアン・レオポルド・オリオールとかいうのがいるらしく、おそらくこのどちらか、あるいは両方が北花壇騎士である可能性が高い。
 ギーシュと僕を除くと、ぱっと見で分かる主だった転生者はこんなところ。一人以外は全部男、しかも残り一人すらTS転生者らしい、というのがどこか作為を感じずにはいられない。もっとも、他に転生者が紛れている可能性だって無くもないのだが。


 そんなこんなで、無事に入学式は終了した。まあ、途中でキュルケがギーシュを誘惑して、ルイズがキレて爆破して薙ぎ払って被害が拡大したりとかしたのだが。おかげで、僕まで怪我人の治療に駆り出される羽目になった。こういう時、水メイジは面倒である。
 ちなみに、ルイズの二つ名は『爆撃』に決定した。


 さて、トリステイン魔法学院の一学年は三つのクラスに分けられる。クラス分けはソーン、イル、シゲルの三つ、何やら伝説の聖者の名前から取られているらしいが、それぞれどんな所以があるのかは僕は知らない。
 ともかく、僕が所属しているクラスはソーン。ちなみにギーシュとルイズはイルのクラスだ。モンモランシーはどうした?
「にしても、千人斬りでもするつもりか君は?」
「あら? あの人たちが勝手に誘ってくるだけよ? キュルケ、君のために恋歌(マドリガル)を捧げたい。キュルケ、遠乗りに出かけないか?」
 男の声色を真似て愉しげに笑うキュルケを余所に、僕は火にかけていたフラスコを取り上げ、その隣に置いてあった試験管の中身を注ぎ込んだ。青かったフラスコの中身が、わずかに緑色を帯びる。
「まあ、儲けさせてくれるからいいんだが。君じゃなくて、君の周りの男どもが」

 入学しておよそ一日の間に、性的な意味でキュルケに撃墜された男が三人。二日目にはさらに三人。さすがに一週間が経過してしまうと目につくような獲物は全滅させてしまったのか、撃墜数の上昇も緩やかになってきた。
 そして、その分だけ、僕の秘薬も売れに売れた。さらに、キュルケが起こした事件がいい宣伝になったため、固定客もついてさらにいい感じだ。まあ、それでも大貴族のルイズ辺りは多分僕よりも金持ってると思うけど。

「さて、そろそろできたぞ……と」
 沸騰するフラスコがやがて青から紫色に染まり、続いてゆっくりと色が薄れて薄水色へと変化する。僕はその液体を卓上の小瓶に移し、蓋をした。
「完成だ」
 薄水色の液体の入った小瓶をキュルケに手渡すと、キュルケは慣れた手つきで小瓶を開き、中身を確認する。小瓶の口から、ミントかハッカに似た涼やかな匂いが漂った。
 実はこの香水、男どもに売りつけている「女をその気にさせる香水」の対抗薬である。酔わせて判断力を奪う媚薬に対して、気つけ薬として作用する。気つけ薬としての効果は微弱なため付けている本人にしか効き目はないのだが、防御用としてはそれで十分。
 一方、男どもに売りつけている香水は当然ながら男にも作用するため、むしろ男どもの判断力だけが落ちる形になっており、その状況ではキュルケの誘惑が最大限に猛威を振るうのだ。

「うん、相変わらずいい腕しているわね。ところで、貴方情熱は御存知?」
「……僕にも手を出すつもりか? どこまで見境が無いんだよ君は」
 頬を寄せる形で聞いてくるキュルケだが、あいにくお色気ならティファニアで十分間に合っている。
「確かにモット伯家は女性関係には外道だけれど、だからこそ色仕掛けは通用しないぞ?」
「あら、聞いただけよ。貴方でも情熱に身を焦がす事くらいあるのかしら、ってね」
 面白そうに笑顔を向けるキュルケ。
「……そうか」
「で、あるのかしら?」
「そうだな。あえて詩的な表現をさせてもらうなら……いや、やめた。どれだけ言葉を飾ってもゲスはゲスだ」
「そう、残念ね。貴方のそういうところがなければ、あたしも貴方に情熱を教えて差し上げたかもしれないのにね」
 肩をすくめると、キュルケは手鏡を取り出して化粧を直し始める。
「ここは僕の部屋だぞ。そういうのは自分の部屋でやったらどうなんだ?」
「五分後にベリッソンの部屋よ。わざわざ戻るのは面倒じゃない」
「……君の男殺しは分刻みか」
「情熱の炎は誰にも止められないものですわ。たとえそれが微熱であってもね」
 化粧を終えたキュルケは立ち上がると、軽く手を振って部屋を出ていった。
「まったく、御苦労な事だ。……刺されたりとかしないでくれよ」

 ばたばたと外から足音が響き、誰かがドアを叩く。
「フェルナン! キュルケが来なかったか!? 三日三晩かけて綴った恋文を捧げに行くんだ!」
「ベリッソンの部屋だってさ」
 またキュルケの犠牲者か。スティックスだかギムリだか忘れたが、まったく慌ただしいことだ。
「助かったフェルナン! やはり持つべきものは友達だな! それから香水一瓶売ってくれ! 一番効き目の強いやつだ!」
「ああ、10エキューな」
 値段を提示すると、ドアの向こうから10エキューが飛んでくる。貨幣を受け取ると、僕は引き換えに香水を投げ渡す。秘薬を使えば使うほどに不利になっていくというのを彼らは知らない。結果、面白いように金が入ってくる。
 女と男の双方に媚薬(ぶそう)を供給する。気分は死の商人だ。
 バタバタと足音が遠ざかっていくのを聞いて肩をすくめると、僕はとりあえず換気を行うべく窓を開けた。いい風が流れてくる。
 おおむね平和な学校生活。だが、その水面下では邪悪な陰謀がゆっくりと進行しているのであろう。まったく、物騒なこと極まりない。


 僕は基本的に、やる事がない時には図書館にいる。さもなければ、気分を変えるために中庭に出て本を読む。今僕がいるのは中庭である。
 本格的にやる事がない時には、本を読んで時間を潰すのだ。最も、モット伯邸地下や地球各地に存在する他の端末が研究開発や各種事業の取りまとめをやっているため、本当は決して暇というわけではない。
 だが、トリステイン魔法学院に存在している肉体は今、暇だ。
 そんなこんなで、新たな魔法知識を得るべく、僕はぺらぺらとページをめくる。
 ちなみに、今読んでいる本は『ハルケギニアの幻獣の多種多様な生態について』だ。前世の頃から、こういう図鑑じみたものは好きだ。妖怪図鑑とか兵器図鑑とか、そうでなくとも生物図鑑とか。その割に細かいスペックとかに興味はなかったが。

 少しだけ前世の事を思い出しながら、ヒュドラやワイバーン、アンフィスパエナ、スキュラ……何で爬虫類系ばっかりなのか……とにかく、ページを追っていく。
 例えば、ヒュドラと呼ばれる幻獣の基本形は全長およそ十メートル余りの淡水性の水蛇で、九つの頭を有しているらしい。再生能力がバカみたいに高く、しかも体液が金属すら溶かす猛毒であるため、強力な火系統の魔法で焼き払うしか対処の方法が無いそうだ。
 金属すら溶かす毒……いや、毒で金属は溶けないから。酸か何かだろう。強烈な血液毒……少し違うか。血液毒が溶かすのは有機物くらいのものだろう。どうやってそんな生命体が生きているのかは知らないが、あるいは魔法的な生体機構を備えているのかもしれない。
 まあ、対処法にでっかく「魔法」と書かれている所がハルケギニアクオリティ。っていうか、対処法は馬鹿の一つ覚えのように「魔法」としか書かれていない。魔法が使えない人間はどうするんだろ? 具体的にはゼロとかゼロとかゼロとか。ああ、今は『爆撃』だったか。

 ちなみに、多分、平民にも対処法はある。投石機で岩とかぶつけるのだ。近づかなければ酸に当たる事もないし、問題なし。まあ、この世界に投石機があるかは知らんが、銃とか大砲とかあるらしいし、多分あるだろう。いくら再生能力があろうが、それが蛇として生きている以上、脳味噌と心臓潰されれば死ぬ。まあ、脳味噌は九つあるので、全部潰さなきゃならないが。
 あるいは、油を流して火をつけるとかな。ヘラクレスみたいに正面から殴りかかるのは愚の骨頂、再生能力付きの猛毒生物とガチるなんて悪夢だ。あっちはいくら殴っても死なないが、こっちは一発噛まれたら死ぬのだ。まあ、もしかしたら僕は死なないかもしれないが。
 色々と考察を続けながらぱらぱらと本の頁をめくる。この魔法学院の学生という立場は、存外に研究に便利だ。生徒の使い魔という名目で、かなりの種類の幻獣が集まっているのだ。ゆえにここ最近は、暇な時間を見繕っては強そうな使い魔から細胞サンプルを採集してはモット伯邸地下に転送する生活が続いていた。

 僕の隣のベンチでは、シャルロットが本を読んでいる。見た感じタイトルは『最強の魔法系統~風の極意について~』のようだ。面白いのか、と聞いたら、ユニーク、とのことである。
 シャルロットは相変わらず静かだ。その雰囲気に呑まれてか、多少の人がいないでもない中庭も静まり返っているように見え、ぱらぱらと頁をめくる音だけがその場に木霊する。
「……何?」
「いや何だ、今日の実習、もう少しゆっくりやった方がよかったんじゃないのか?」
「面倒」
「……そうか」
 今日、初めて風属性魔法の授業が行われた。授業内容は風の基本『レビテーション』に『フライ』だったが、風属性の授業を行うギトー先生は『今年の新入生は不作だ!』だの『きみらには何も期待していない』とかやたらと偉そうなセリフを吐いて生徒たちの感情を逆撫でしまくった上、一番最初に『フライ』で飛んだタバサを見て言ったセリフが『クラスの一番年若い幼女に負けて悔しくないのかね?』って、あれ? ……何か違ったっけ? まあ、とにかくこの暴言で、クラス全員の生徒の負の感情が一気にシャルロットに向いた。
 ちなみに、土系統に極度に特化したギーシュは、当然のように風系統は苦手である。僕はそれより多少マシ、といった程度。霧や湿度を操るためにはある程度の風系統の素養が必要なのだ。

 まあ、ともあれ、そんなこんなで憤慨する生徒たちの中でも特にエキサイトしていたのが、風系統の名門出身のヴィリエ・ド・ロレーヌとかいう生徒だ。確か学年でも数人しかいないエリートであるラインメイジの一人として、風で自分の右に出るものはいない、などと日頃から豪語しているようだが、まあ十四歳をようやく過ぎたような年齢だからな、厨二病が治り切っていないのだろう。もっとも、ミスタ・ギトーを見る限りでは一生治らない不治の病である可能性もまた、否定できないものではあるのだが。
「ミス、貴方に『風』をご教授願いたいのだが」
 などとシャルロットに話しかけてきたのが、当のヴィリエ・ド・ロレーヌである。だが、へんじがない。ただのしかばねのようだ。

「人がものを頼んでいるのだ。本を読みながら聞くとは、無礼ではないかね?」
 本から目も上げないシャルロットに、ヴィリエがキレる。声が裏返っとるぞヴィリエ少年。あと唾が飛んでる。汚い。
「なるほど、やはり試合となるとどうにも勝手が違うようだ! そうだな、試合となれば、これはもう命のやり取りだからな! 授業で飛んだり跳ねたりするのとはワケが違う!」
 だよなー。僕なんて爆殺されかけたし。いつぞやのトラウマが蘇ってくる。あの決闘は痛かった。色々な意味で。
 まあ、普通の試合は基本的に命のやり取りでも何でもないのだが。杖飛ばせばそれで終わりだし。
「ふん!」
 ひたすら一方的に喋った挙句、反撃がないことに安堵したのか、ヴィリエはなぜか優越感に満ちた様子で唇を歪める。根拠のない自信に満ちた顔だ、と判断。自分が負けるはずがない、というよりも、そもそも敗北するという可能性を想像していない顔。その表情にどこか既視感を抱くが、どこでみたのか思い出せない。
「なるほど、きみがどうやら私生児というのは本当のようだ。おそらく母の顔さえ知らんのだろう。そのような家柄のものに嫉妬すれば、ぼくの家名に傷がつく!」
 あー……一番言ってはならん事を。知らないぞ。というか、今コイツ自分が嫉妬してるって認めたよな。

 僕の視界の隅でシャルロットが立ち上がる。雰囲気がなんかヤバい。怖い。なんか背後にスタンド背負ってるというか、ブリザードが吹いているというか、そんな感じ。ヤバい。
 が、ヴィリエは平然としている。胆力で殺気を跳ね返したのではない。純粋にレベルが低過ぎて、殺気自体を感じ取れていないのだ。駄目だコイツ。
「やる気になったのかね?」
 根拠の欠片もない優越感に満ちた表情で嘯くヴィリエ。
 シャルロットはやる気だ。やる気ではなく、殺る気だ。まあ、犯る気じゃなかった事には感謝しろ、南無。

 ベンチから立ち上がったシャルロットは本を置くと、無言のまま開けた場所に向かい、十メイルほど距離を置いて標的と対峙する。そう、標的。敵ではなく、的。
「きみのような庶子に名乗るいわれはないのだが、これも作法だ。ヴィリエ・ド・ロレーヌ、謹んでお相手仕る」
 しかし、シャルロットは貴様に名乗る名前はないッ! とでも言うかのごとくに答えない。でもってヴィリエがまたキレた。
「この期に及んで名乗る名前がないとは憐れだね! 手心はくわえんよ! いざ!」
 とか何とか叫んで、『ウィンド・ブレイク』を唱える。そこからの展開はまさに一方的だった。
「あべし!」
 反射された『ウィンド・ブレイク』が直撃し、
「ひでぶ!」
 吹っ飛ばされて壁に叩きつけられ、
「たわば!」
 トドメに『ウィンディ・アイシクル』で服とマントを壁に縫い付けられてフィニッシュ。顔面が氷の矢で串刺しになる直前で魔法を解除すると、魔法によらずしてヴィリエの足元に水溜りが発生する、ってまあ漏らしたわけだが。
 挙句の果てに、錯乱して意味の通らない事をわめきながら逃げ出すヴィリエに向かって、シャルロットは取り落した杖を指さして一言。
「忘れ物」
 まさに秒殺であった。


 さて、それから数週間後、キュルケ脱衣事件が発生した新入生歓迎会の翌朝のことである。
「ちょっとあんた!」
「……『爆撃』か。あいにくと自殺の手段を爆死に頼る趣味はないんでな。どっか行ってくれ」
 休み時間の読書中の僕を呼び止めたのは、ゼロ改め爆撃のルイズだった。
「よくもアンタ、ギーシュお兄様の部屋を水浸しにしてくれたわね!」
「……何の話だ? 話が見えないからもう少し順序立てて言ってくれないか?」
 何を言っているんだろう、この女は。ピンク髪は必ず電波を発信する能力を獲得するとか、そんな能力でもあるんだろうか? だったら一遍解剖してみたいと思う。
「だから、ギーシュお兄様の部屋を水浸しにした犯人はあんたでしょって言ってんのよ!!」
「僕が知るか。あんなヤツ、二度と関わりたいとも思わないね。君もだ、伏兵。決闘にかこつけて背後から人を爆殺しようとするようなヤツに関わりたいとは思わん」
 第一、復讐するのならアイツに対してそんな直接的な真似はしないし、そもそも、いつぞやの決闘の報復であればティファニア誘拐事件でにもうとっくに済んでいる。
「っ……! この卑劣漢……決闘よ! 今夜十二時、ヴェストリの広場!! 首を洗って待ってなさい!!」
 訳の分からない事を叫ぶと、ルイズは背を向けて去っていく。一体何が言いたかったのだろうか。まあ、とにかくとして。
「はいはい。せいぜい背後から爆殺されないように気をつけるよ」
 これだけは言っておかなければなるまい。

 さて、その日の夕方。
 寮の部屋に戻った僕を出迎えたのは、山と積み上げられた土砂であった。その土砂の下には、粉微塵になった実験セットの成れの果てがあった。窓ガラスが砕け散っているところを見ると、土砂は窓から飛んできたのだろう。
「大変だな」
「大丈夫かフェルナン」
「気をしっかり持て、傷は浅いぞ」
 そんな中、口々に声をかける友人たちの間から出てきたヴィリエが肩を叩いて言う。
「災難だったな。ところで、窓の外に犯人らしい姿を見かけたんだが……」
 まさかルイズの暴走か、とも思ったが、ルイズは系統魔法は使えないはず。そうなると、だ。
「金髪の男だった。杖を振ってたから間違いないと思う」
 金髪の男。土メイジ、ね。なるほど。あの男が絡んでいるのなら僕がやるべきことは一つしかないのは、どうやら間違いないようだ。

「………………死なす」

 つまり、そういうことだ。


 のだが。
「シャル……タバサにキュルケ。何でここに?」
「決闘」
「ええ。傷つけられた名誉を雪ぐためのね」
 それだけで全てが理解できた。要するに、巻き込まれたのだ。
 気配を探ってみれば、全く隠れていない気配がその場に数人分、おそらくそいつらが真犯人。そして、そいつらとは明らかに質が違う、かろうじて読み取れる気配が数人分、おそらくは腐れ転生者ども。
 見事にテンションがダダ下がりしていくのを感じる。何というか、もーどーにでもなーれ、というか、死んでしまえというか。だからといって自分のチートを御開帳してやる気にはならないが。
「奇遇だな。僕も決闘だ」
「あらそう。でも、ツェルプストーの炎は立ち塞がるもの全てを焼き尽くすわよ。貴方もうっかり間に入って焼き払われないようになさいな」
「気に留めておくよ。それより、ほら、僕の相手も来たようだ」
 闇の奥から、特徴的なピンク髪が姿を現す。まあ正確に言えば桃色がかった金髪なのだが。ついでにギーシュも付いてきているようだ。
「何だ? 今度はギーシュが伏兵の役か?」
「違う! お兄様がそんな卑怯な真似をするもんですか! あの時のあれもどうせ、あんたが卑怯な手で」
「だから、落ち着けってルイズ!」
 興奮するルイズをギーシュがなだめようとするが、むしろこの状況では逆効果。人間、頭に血が上っている時には、止めようとすれば止めようとするほど周りが見えなくなるものだ。
「お兄様、離してください! もうこいつは赦せません!」

 ギーシュの手を振り払ったルイズが杖を振ると同時、僕の足元が爆発を起こす。人間一人粉微塵にするには十分過ぎる爆裂、最短の詠唱で最大の威力を発揮する失敗魔法の特性は、あらかじめ予期して呪文を準備しておかなかったら回避する事などできなかっただろう。
 だが、僕はもうそこにはいない。ルイズの爆発の威力は文字通りの意味で骨身に沁みているのだ、わざわざ当たってやる趣味も無し。足下と地面の間に薄い水の膜を張り、自分を『滑らせる』ことで高速移動、爆発が起こる前に離脱する。
「逃げるな卑怯者!」
 ルイズが叫ぶが、お断りだ、僕は逃げる。逃げる僕を追うように地面が連続して爆発していくが、爆発が起きる頃には僕はそこにはいない。ルイズの失敗魔法で噴水が爆砕されて上がる水飛沫に紛れてアクア・ボムを山なりの弾道で撃ち出して反撃、それをギーシュが鋼の壁を錬金して弾き返す。
「ったく、実質的には二対一か!」
 厄介だ。戦闘に愛と友情を持ち込まれる事がこんなに厄介だとは思ってもみなかった。ギーシュの壁で視界が塞がれたのか、一旦爆撃の勢いが止む。

「イル・ウォータル・アクア・ウィターエ────」
 好機、と判断して僕は、砕けた噴水の水を練成して数体のアクア・ゴーレムを生成、形状は機動力重視のハイエナ型、あの爆発に並みのゴーレムでは一撃粉砕は必至、ならば散開して爆砕のリスクを減らせばいい。
 キュルケとタバサは一撃撃ち合っただけで攻撃の手を止めているらしく、どうやら事態の絡繰に気付いたのだろうが、ルイズにその気配はない。まあ挑発しまくった僕にも責任があるのかもしれないが、ルイズが真相に勘付く図が想像できない。つまり、単細胞なんだろうな。魔法も虚無なら頭の中身も虚無。ギーシュもどうせ状況を理解しているんだろうに、さっさと止めろ。
 まあどうでもいい。ルイズがどれだけ真剣だろうが、こんな茶番の戦いに付き合っている事自体が馬鹿馬鹿しい。とっとと蹴りをつけさせてもらう。走って爆撃をかわしながらアクア・ボムを連射して相手の防御を誘い、それを陽動にアクア・ゴーレムを肉薄させる。
 後は、触手型に変形させたゴーレムで取り押さえればこっちの勝ちだ。ギーシュの鋼鉄のゴーレムがディフェンスに回るが、水の流れを人の手で堰き止められるものか、液体のアクア・ゴーレムは自らを液化させてゴーレムの指や足の間をすり抜けていく。後は、ルイズを取り押さえればこちらの勝利。
 そう判断したタイミングだった。ギーシュの錬金が発動する。地面から立ち上がった鋼の壁が、アクア・ゴーレムを包み込むように球状に展開し、アクア・ゴーレムを閉じ込める。なるほど、確かにあれならば形のないアクア・ゴーレムも脱出できない。よく考えたものだと思う。だが、迷惑なこと極まりない。失敗した一手の追い打ちが来るようにしてルイズの爆発が降り注ぐ。

「ルイズ落ち着け! フェルナンもやめろ! こんなことをしても無駄だって分からないのか!?」
「だったらそっちの爆撃娘からやめさせろ! そっちが撃ってくるからこっちも撃たなきゃならなくなるって分からないのかよこのド低能が!!」
「っ……! お兄様を馬鹿にするな!」
 ルイズ一人なら楽勝、ギーシュがいるならギーシュが止めるだろうと計算していたのだが、ギーシュの制止は半分ルイズを煽っているようなもの、全く役に立たない。計算違いだ。
 走って避ける僕に追い縋るように失敗魔法が爆撃を撒き散らす。タイムラグ短か過ぎだ。ただでさえ詠唱時間というネックがある魔法戦闘において、この連射性能は脅威。第一、水魔法は戦闘には向かないのだ。アクア・ゴーレムの制御を手放してその分の思考力を回避に回すが、その場に遭った水を抑えられてしまったのは痛い。
 殺すつもりなら搦め手満載でどうにでもなるが、そんな目的の戦いでもない。チート抜きで切り抜けるには少々分が悪い戦闘だ。だからといって当たってやるのも不愉快だし、何より治療に時間が掛かる。時間をかけずに治癒すればそういうチートだとばれる。どうしたものか────思案を巡らせた刹那。

 炎が奔る。業火の壁が僕とルイズの間を遮って立ち塞がっていた。火焔、この状況でそんなものを操って戦闘に介入しようとする人間なんて一人しかいない。
「キュルケ!」
「あら御免あそばせ。私の炎は邪魔する相手には容赦ありませんの」
「アンタも敵かぁああああ!!」
 激昂したルイズがキュルケに杖を向けようとするその杖が、どこからともなく放たれた風圧に弾き飛ばされる。
「そこまで」
 シャルロット────いやさタバサ。杖を失っても予備の杖でまだ暴れようとしたルイズに向かってウインド・ブレイクが直撃し、今度こそルイズを撃沈する。
「やれやれ。いや、一時はどうなるかと思ったよ。助かった」
「だってかわいそうじゃない、こんな茶番に必死になるなんて」
「面倒」
「まあ、違いない」
 小粋に肩をすくめるキュルケに対して、タバサはあくまでもクールに決める。

 キュルケが杖を掲げると、小さな炎の玉が無数に弾け飛び、辺りを真昼のように照らし出す。一見簡単な技に見えるが、誰にでもできる技でもない。炎を制御して、熱を抑えながら光だけを必要な範囲に必要なだけ広げる技術、ただ燃やすだけが能ではないということか。
 その明かりの中に浮き彫りになったのは、真犯人どもの影だ。ヴィリエに後は確かトネー・シャラントとか言ったか、そんな名前の女とその取り巻きだ。

「ひ! ひいいいいいいいいいいい!」
「なにしてんの? あんたたち?」
「い、いや! ちょっと散歩などを!」
「散歩はあとにして。そうね、恥をかかせてくれたお礼をさせていただきたいわ」

 逃げ出そうとする馬鹿どもの足にタバサの風のロープが絡みつき、ずるべったん、とコントよろしくヴィリエ他数名が地面にぶっ倒れる。マジ顔面から突っ込んだ。痛そう。ざまあみろ。
「ど、ど、ど、どど、どうして!」
「あのね? 『強者は強者を知る』って言葉は御存知?」
 まあ僕はその慣用句は初めて聞いたのだが。トライアングルクラスになってくると、自分に向かって呪文を掛けやがった相手がどれだけの実力があるのかなんて事は簡単に分かる。無論、トライアングルよりも上のスクエアである僕やギーシュもその程度は簡単にできる。
 無論、部屋をグチャグチャにしやがった土メイジはせいぜいドット程度の実力しかないのだが、僕はルイズにもムカついていたし、ギーシュも嫌いだ。

「つまり、何がどうなってるんだ?」
 ギーシュが首を傾げるのを見て愕然。この野郎、あからさまな転生者の癖にまさか最初から最後まで気が付いていなかったのか? 原作イベントだろう。それともこれも正体隠しのための計算か? 今さら遅いと思うが。
「つまり、アンタの部屋を水浸しにしたのから、僕の部屋を土塗れにしたのまで、最初から最後まで全部こいつらが仕組んだ茶番だったってことだ。ただそれにキレたのがアンタじゃなくてそこの爆弾娘だったって事がこいつらの唯一の勘違いだったろうな」

 さて、キュルケ演出の火炎踊りも終わったようだ。火球撃ちまくって馬鹿追い回してストレス解消でもしたのか、キュルケが何だかやたらと爽やかな笑顔を浮かべているのが印象的だった。
「さて、ギーシュって言ったかしら? 貴方のゴーレムでこいつらを吊るしてくれませんこと?」
「あ……ああ分かった」
 キュルケの笑顔に何か凍りつくようなものでもあったのか、ギーシュはガクガク震えながら杖を振る。ゴーレムが馬鹿どもを亀甲縛りにする時に何だか動きがやたらと手慣れていたのだが、普段こいつはルイズとどんなプレイをしているのだろうか。

 杖を取り上げられたヴィリエたちは塔の屋上から並んでぶら下げられた。
「んー、なんかアレだな────」
 ────テルテル坊主みたいだ、と言いたいが、そんな転生者丸出しの言動はしない。まあここまで目立っておいて今さらという気はするが。
 とりあえず、僕はぶら下がったヴィリエたちに、救出された時の言い訳が立ちやすいようにしてやることにした。
「ま、待ってくれフェルナン、本当は君を巻き込む気はなかったんだ! ただトネーが、ギーシュに勝てるのはスクエアメイジじゃないと駄目だと……!!」
「ちょ、ちょっと待って、あんただって乗り気だったじゃないの! スクエアならアイツがいるって言って!!」
「トネー、いやそんなつもりじゃ……違うんだフェルナン、あ、あはは、僕たち、友達じゃないか……暴力は……」
 何というか、語るに落ちたな。


「まあ、安心しろ。水は他の系統よりも焼いたり切ったりするような直接的な戦闘には不向きでね。その分────どの系統よりも残酷だが」


 何、痛くはしないから安心しろ。そう伝えてやると、恐怖に塗れた絶叫がトリステインの夜空に響き渡ったのだった。
 これにて一件落着。



 数日後、キュルケは新しい香水を受け取りに僕の部屋に来ていた。それに付き合ってなぜかタバサまでここにいるのは、例の事件の結果だろう。
 少なくとも僕が知っている限り、キュルケは僕と違って腐った部分のない人間だ。タバサ────シャルロットに親友ができたのなら、それは祝うべきことなのだろう。いずれは僕自身の手で壊してしまう幸福だとしても、それでも。今だけは。
 そんな出口のない思惟を断ち切ったのはキュルケの問いだった。
「で、結局あの時何をしたのよ? 何か飲ませてたみたいだけど」
「そんなの、聞かなくても分かるだろ。僕の本業を思い出してみろよ」
「本業……ああ」
 例の事件の翌朝、ヴィリエやトネーその他の連中が髪と服を燃やされて塔から逆さ吊りになっていた、と、まあそんな事件が発生した。連中は自分たちが勝手にぶら下がったのだ、と言い張ったのだが、彼らを発見した者たちはその不自然な言い訳に対して、あっさりと納得して引き下がったのだった。
 なぜなら、彼らを戒めていた縄は見事な亀甲縛りであり、さらに彼らの状態が非常に洒落にならないものであったからである。
「あいつらに飲ませた媚薬は、本来なら十倍に希釈してから飲むものだ。効果がキツ過ぎてね」
「本来、ってことは、じゃあ、この間使ったのは……」
「原液だ」
 発情して亀甲縛りになってぶら下がっている人間を見かけたら、誰だって納得せざるを得ないだろう。それがそういうプレイだって。

 後で、マリコルヌがヴィリエたちに仲間に入れてくれと頼み込んでいたのは、非常に気まずい思い出の一つである。



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後書き的なもの
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 さすがにこれ以上原作沿い展開は無理だなー、とか。まあ今回のも半分オリジナル展開のような気もするけど。
 今回ギーシュ空気。というか最近、ギーシュが限りなく弱体化しつつある今日この頃。キュルケの存在感が異様。
 ルイズは原作ヒロインのはずなのに跡形もない。何というか、作画崩壊したヤンデレキャラ状態? 別にアンチルイズということでも無かったはずなんだが……。テンプレオリ主ギーシュと結ばれたことで低能化したか?
 とりあえず名前と組織名だけ出てきたチート転生者ども。最初名前だけしか決まっていなかったものの、いきなりポンポンと能力設定まで決まってみたり。
 原作沿い展開についてなら、ギーシュが別人なので決闘イベントが起きず、おマチさんがいないのでフーケ事件も起きず、一巻の内容は壊滅。
 アンアンがギーシュに寝取られているのでラブレターが存在せず、二巻の内容も壊滅。
 せめて別件でアルビオン行きくらいはしておきたい今日この頃。

 タバサの父はオルレアン公シャルル。シャルルと言われるとコードギアスのブリタニア皇帝を想像してしまう今日この頃。ルイズはゼロだし、意外とそれっぽい?





[13866] 濁流のフェルナン ルートB14 同盟者
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7
Date: 2010/03/16 11:24
 僕は常々、原作沿い展開のゼロ魔二次がしばしばアンチルイズ的展開に陥る事を致し方ないことであるという考察を抱いていた。
 ルイズにいかなる事情があろうが、ハルケギニア貴族の思考形態がいかなる形であろうが、地球やその他使い魔として異世界から召喚される人間にとっては、いきなり拉致られて、主観的に見れば奴隷に近い扱いをされるのだ。ルイズに逆らうことが可能なほどの力を持つオリ主やクロス主であれば、ルイズの命令を聞かないことくらいは簡単に予想がつく。
 しかし当然ながらルイズにとっても使い魔の事情なんて知ったことではないわけで、力で逆らうのであればルイズの方も力、多くの場合は貴族としての権威によって相手を押さえつけようとするのは自明の理といえる。
 結果として、ルイズと使い魔の不幸な相互理解不足、擦れ違いによって溝は広がり、いずれは破綻に繋がる。まあ仕方ないと言えよう。
 むしろ不自然なのは、魔法の使える使い魔であっても例外なく平民扱いの方が不自然といえば不自然だ。
 駄菓子菓子。
 いや、だがしかし、だ。
「……やれやれ。本当にロクでもないな」
 僕は心の底からルイズの存在を見直したくなっていた────無論、悪い方に、だ。



 濁流のフェルナン/十四段



「つまり、ご主人さま、どういうことなんですか?」
「ああ。あの女は嫌いだ、ってことだよ」
 紅茶のカップがことり、と音を立て、褐色の水面に小さく波紋が揺れる。カップを運んできたのはリーラだ。
 僕のトリステイン魔法学院入学に伴ってモット伯邸地下の大神殿は、ラグドリアン湖底へと転移されていた。本拠地が地球の北の国へと移動した今となってはここの拠点の戦略的な価値は低下しているが、それでもハルケギニアにおける僕の拠点の中枢でもあるのだ。ここが重要であることに変わりはない。
「魔法学院に通っている僕の肉体が事件に巻き込まれてね。あのルイズと決闘することになった」
 ぶっちゃけ、僕はあの女が嫌いだ。多分、魔法が使えないという事からコンプレックスやら何やらでグチャグチャになっている状況でギーシュだけが認めてくれたとかで、ヤンデレに目覚めたのだろう。だが、確かにヤンデレには需要があるかもしれないが、ヤンデレは病んでいるからこそヤンデレというのであって、病んでいるということは周りにとって迷惑であるということに他ならない。
 というか、僕にとって迷惑だ。あの事件で、周りの転生者どもも僕が転生者であると確信しただろう。今さら即排除に掛かってくる奴がいるとは思えないが、だからといって安心できるとも限らない。今までのような秘匿性は失われたと思っていていいだろう。全部ルイズのせいだ。
「あのルイズと? でも、ご主人さまの相手にはならないでしょう?」
「そうでもないよ。速射性に優れた失敗魔法。ギーシュによる援護。決闘であることによる不殺、及び重傷の禁止。さらに、転生者達の監視を意識しての切り札の制限。条件が多過ぎるし全部こちらにばかり不利だ。向こうは基本的にルール無用だし」
 タバサとキュルケに助けられたよ、というと、リーラは意外そうな表情を見せた。

「ところで、そっちの進捗状況はどうだ?」
「現状のところ、サンプルこそ大量に集まりましたが、火竜を越える性能を持った素体はなかなかいませんね。特殊能力の付与には問題ありませんが、系統魔法と虚無魔法、ブラスレイターの能力まで持っている以上、付けても無駄になるような能力ばかりです」
「まあ、転生者関連なら役に立ちそうなのもあったけれどね」
 増水トラップを仕掛けたラグドリアン湖に没した連中の中にも、割と使えそうなものを持った者もいなかったわけではない。万華鏡写輪眼はともかく、起爆粘土あたりは割と便利だ。
 中にはどうやって使うんだ? みたいな能力者もいたが。リリなののジェイル・スカリエッティの能力とか。研究スキルは確かに役に立つが、あの手の能力はある程度以上の文明レベルの設備がなければ基本的に役立たずだろうに。地球の科学と陣地作成や道具作成の能力を使える僕には関係ないことではあるが。
 ちなみに、AMFがハルケギニアの魔法に対して役立たずであったことに気がついて愕然とした今日この頃。地球が《地獄》でなかった悪運の揺り戻しが来ているのかもしれない。

 そういえば、転生者関連といえば、いくつか実験してみた。
 テファ孕ませてみた。
 正確には、転生者の子供にチートが遺伝するのか否か、という話だ。僕の子孫に興味はさらさらないが、チート能力者が子作りで繁殖されたら迷惑だからな。
 で、結果。
 ゲートオブバビロンは遺伝しなかった。魔術などのスキル系の能力も遺伝しなかった。だが、肉体的な能力は遺伝するようで、生まれた子供にはランスロットの半分くらいの身体能力はあるようである。他に、相似大系魔術は素質だけはあるようだが、グレン・アザレイの神技スキルは使えないようだ。
 おそらく、肉体的なチート能力は肉体そのものが遺伝子レベルでどうこうして遺伝するのだろう。つまり、昭和系仮面ライダーのように人体改造とかソッチ系に基づく能力は遺伝しないものと思われる。
 まあ、遺伝しそうな能力を持つような転生者はそんなに存在しないだろうからさしたる問題はあるまい。


 さて、現状説明。転生者によってハルケギニアがどう変わったか、という話だ。割と重要な話である。

 まず、御存知トリステイン。ラグドリアン湖の増水トラップによって国内の転生者が軒並み壊滅状態に陥り、その空隙を衝いて原作補完?派ギーシュによるハーレム形成により、独立勢力が形成されている。
 転生者勢力としては群を抜いて弱小極まりないそれが勢力として成り立っているのは、ひとえにトリステインが“原作”の舞台でありその他の勢力同士の緩衝地帯となりやすかったからであり、また勢力のトップであるギーシュが原作キャラへの転生であるためだ。

 次。アルビオン。一時期はウェールズ王子の妹姫であるアリサ・テューダーの指揮により航空産業と航空貿易で栄えるも、虚無の担い手である総司令官ティファニア・オブ・モード率いる貴族連合レコン・キスタの勃興により崩壊寸前、トリステインによる援助も積極的に行われているものの、成果は上がらず。

 ゲルマニア。原作でも非常に扱いが小さい土地。転生者組織である錬鉄竜騎士団は、金を払えば平民でも貴族になれるというゲルマニアの特殊性を利用して平民生まれの転生者を積極的に貴族として取り立てることにより戦力を増強し、また皇帝のために積極的に働くことで表立っての発言力をも高めている。おそらく、最も現実的な方針で動いている組織。

 ロマリア。悪夢の地だ。原作でも非常に酷い国ではあったのだが、今はもっと酷い。
 どんな代物かはまだ分からないが、吸血鬼系の転生者が関わっている事だけは間違いない。都市や集落は例外なく死都と成り果て、貴族や聖職者は余さず吸血鬼、平民は餌で家畜だ。マトモな人間にとっては、間違いなく地獄だろう。マトモでない僕にとっても、多分。
 おそらくロマリアの教皇すら、既に転生者の手に落ちている。

 そしてガリア。原作からの乖離が最も少なく、それゆえに最も不気味な勢力。
 世界最高の天才ジョゼフ一世によって率いられる最大最強の国家。その下には何人かの転生者を抱え込んだ諜報組織ガリア北花壇騎士団。
 いつかのブラスレイター転生者など、明らかに原作の分を越えた利用法のある能力を持つ転生者だっているはずなのに、原作知識以上の情報が伝わってこない。ゆえに、読めない。ジョゼフが何を考えているのか。何をしたいのか。
 大抵の相手には、こうすれば勝てる、とか、最低でもこれがあれば勝てる、つまりこれこれこうだから勝てない、といったヴィジョンが見える。だが、ジョゼフにはそれが何も見えない。だからこそ恐ろしい。


「……まあ、そんな感じ。群雄割拠だな」
 面倒なのはロマリア。
 ヴィットーリオの敗北は確かに慶事だ。だが、言いかえるならそれは虚無が転生者に取り込まれたことを意味している。それに、敵が教皇の智謀をそのまま使えないとも限らない。
 ロマリアを喰い尽した吸血鬼の正体が、型月系か、ジョジョか、ヴェドゴニアか、それとも他の作品なのかは分からないが、どちらにせよ、相手が欲望のままに暴走していることは間違いない。
「……少なくとも、理想を追っているようには見えない」
 原作ゼロ魔でも底辺に位置していたロマリアの社会情勢が、さらに悪化しているのだ。これがみんなのために頑張った結果です、なんてとてもではないが思えない。

「まあ、分かりやすくて結構だな」
 おおかた欲望のままに暴走した結果だろう。
 現在、国内を完全に掌握し終わったロマリアは、現在、他国の領土を虎視眈々と狙っている。無論、このままのロマリアの国力ではとてもガリアやゲルマニアといった大国には太刀打ちできないため、軍備の増強を欠かしていない。当然、そのための税は国民、それも平民から搾り取っており、極端に増加した税率は国民を圧迫し、ついには餓死者すら出るに至っている。
 その上で、ガリア・ロマリア間の国境には虎の子の聖堂騎士隊を含む大部隊が集結しており、戦争の機運が高まっている。トリステインにも再三の参戦要請が送りつけられているのだが、ギーシュの理想に感化された王室は戦争ダメ絶対とばかりに強硬にそれを突っぱねており、こちらも冷戦状態になりかかっている。
 ロマリアの軍事力は、主戦力が吸血鬼であるため、軍事力は同クラスの国々の中ではダントツに強いが、そもそもの国力がトリステインと同程度にしょぼい上、吸血鬼は基本的に脳内が汚物は消毒だヒャッハー状態なので、頭のいい行動が難しいのだ。無論、それはテストで百点を取るような頭の良さではないのは説明するまでもないだろう。

「一体、そこまでして何がしたかったのか……いや、そんなものは所詮他人の事情」
 つまり、僕が追求する事じゃない。
 どれだけ同情しようが、相手の状況が変わるわけではないし、それで自分の現状が改善されるわけじゃない。行動に反映されないような同情はするべきじゃない。


 だが、一番恐ろしいのはガリアだ。
 ロマリアなど、所詮は単なる転生者だ。吸血鬼などただの歩兵でしかない。



 溜息一つつくと、紅茶を淹れたカップをテーブルに置く。再び意識の中心を魔法学院の肉体に戻してから紅茶を口に含めば、明らかに味が違う。リーラが淹れた紅茶に比べて、明らかにまずいのだ。
 やれやれ、と考えながら窓の外を見る。ヴェストリの広場でルイズが行った破壊活動の犯人は見つかっておらず、噴水は現在土属性の教師の皆さんが補修工事を行っている最中だ。
 そんなことを思いながら今後の方針について考える。
 今日は休日。特に行うべき用事もない。一度色々と見直してみるにはちょうどいい時間だろう。
「一度、ロマリアの現状を見に行ってみようかな」
 それも悪くはないかもしれない。おそらく、今さら大半の原作知識は役に立たない。今後の方針を考える上でも一つの材料となるだろう。

「にしても、方針か……」
 どうしたものだろうか?
 いい加減に、決めるべきだろう。当面の、ではない。今後一切の、だ。僕が何を目指すのか、という、最終的な戦略目標、何を以って勝利とするのか、そういう絶対的な指針だ。

「保身」
 当たり前だ。わざわざ宣言するほどのものでもない。だが、それは同時に永遠に終わりのない道程だ。つまり、そんな目標を設定するというのは、未来永劫終わりのない恐怖に怯え続けるということに他ならない。
「権力」
 権力とは、人を支配する力だ。確かにギーシュとかを跪かせるというのには魅力を感じずにはいられないが、所詮はそれだけ。人を支配する、など、馬鹿馬鹿しい。人なんてものには前世の頃からとうに愛想が尽きている。
「ハーレム」
 そんなものを手に入れてどうするのか。女なんて既にいくらでもいるし、そもそも原作の正ヒロインであるはずのルイズすら別にどうでもいいのだ。わざわざ手に入れるものでもない。
「世界征服」
 それこそ笑止千万。世界なんてものは人間の集合体に過ぎない。人間の集合体であるということは、すなわち無価値な存在の集合体であるということ。そんなものを手に入れてどうするというのだ。
「……本当に何も欲しくないな」
 苦笑。自分から何かをする意志というものが徹底的に欠落しているのだ。つまり、僕はそういう人間だと、そう思う。


 ────ふと、一つ、馬鹿げた考えが脳裏をよぎる。


 だが、その思考を検討に移す前に、ノックの音が僕の思考を停止させた。
「誰だ?」
「私」
 ドアを開くと、そこにいたのは予想外の人物だった。
「シャル……タバサか。一人か?」
 こくりと一つ頷いて少女は部屋に入ってくる。少女はひとしきり部屋を見回し、思案げに首を傾げると、僕の手を取った。
「内密に話したいことがある。来て」
 少しばかり思案を巡らす。ティファニアほどではないとはいえ秘密の塊のようなタバサがわざわざ内密にするような話とは何だろうか。だが、わざわざ断る理由もない。
「……了解した。ここで話すか?」
「ここでは安心できない。来て」



 青髪の少女に導かれて向かう先は、王都トリスタニアであった。
 いい判断だ、と思う。このトリステインは規模の上で最小限であるギーシュのテリトリーであり、諜報・防諜能力は最低ランク、各国、各転生者勢力の諜報機関が跳梁跋扈してこそいるものの、王都全域をカバーするような監視能力を持つ組織は存在しない。
 学園の厩で馬を借り、トリスタニアを目指す。だが、タバサはトリスタニアに着く前に馬を止めた。
「尾行を炙り出すためにここまで来たのか」
「そう。でもまだ安心できないから、監視しづらい場所に向かう」
 馬首を並べて歩くこと数十分。視線の通りづらい森の中へと移動する。
「森は森で遮蔽物が多いから安心できないと思うけれど」
「その分、遠距離からの監視が難しい。遮蔽物があっても少なくとも森の中なら、貴方ならファンガスの森でしたように追跡を読めるはず」

 馬首を並べて道を進む。彼女と二人で森の中、というのは数年前を思い出すが、ここはあのファンガスの森のように狂った生態系に支配されているわけでもない。闇に閉ざされた狂気の森でも何でもない、ひたすら普通の森である。
「僕の知覚を上回る敵がいたら、さすがにどうしようもないぞ」
「その場合は私にもどうしようもない。そして今の私は動くしかない」
「そうか」
 言いながらタバサに合図して、二人して馬腹に拍車をかけて加速。この動きに反応して速度を上げるような気配が存在すれば、その気配が尾行だ。
 広場のように開けた空間に出て、再び速度を落としてその場に停止する。気がつけば、タバサの青い湖水の瞳がこちらをじっと見つめていた。


「一つだけ聞かせてほしい。……貴方は、転生者?」


 ────これは予想外だった。いや、全く想定していなかったケースでは無い。無いが、しかし。

 深々と溜息をつきながら、問いに問いで返す。
「想定したくなかったケースではある、か。まあ仕方がない。僕も一つだけ聞いておこうか。君も転生者か?」
 ふるふると首を振ってタバサは答える。
「違う。貴方を転生者であると判断したのは、あの男に教えられた原作知識に貴方が存在しなかったから。確信したのは前回のキュルケとの決闘事件。それで、貴方は転生者? 答えて」
 あの男。ジョゼフ王か、他の転生者か。ジョゼフ王だとしたら、まったく、上手いことを考える。
 アルビオンの近衛騎士団。ロマリアの聖堂騎士隊。ゲルマニアの錬鉄竜騎士団。現在のトリステイン魔法学院には、各国に存在する転生者組織が折り紙つきの転生者を送り込んできている。そして、同じ転生者組織であるガリア北花壇騎士団から送り込まれてきたのが、このタバサであるということか。
 詳細な原作知識があれば、原作の登場人物はどうしても“そのような”存在だという先入観が先に立って、“それ以上”の存在であることに頭が回らなくなってしまうものだ。無論、転生者が所有するチート能力という絶対的なアドバンテージには欠けるが、それは他の転生者を補佐に着けることによって解消できる。
 無論、その補佐の存在をタバサに知らせる必要はどこにもない。

「さて、どうしたものか…………」
 頭の中がぐるぐると回って混乱して考えがまとまらない。
 とうとう、来るべきものが来た。先日の決闘騒ぎの時点で、転生者の内の誰かが何らかのリアクションを仕掛けてくることは予想できた。だが、まさかそれが一番恐れていたガリアからのアプローチであることは予想外。
 どうするべきか。
 タバサが北花壇騎士団のエージェントである限り隠し通すのは不可能。転生者であることは既にバレている。これは間違いない。ならば、今さら隠しても無駄なはず。
「答えて」
「…………ああ、そうだ。間違いなく僕は転生者だよ」
「そう。なら────」
 なら、何だというのか。最悪のケースを想定して、僕はタバサに分からないようにマントの内側に“王の財宝”のゲートを展開する。しかし、タバサの要求は僕の想定を大きく外れるものであった。


「────私に協力してほしい」


 ぴたり、と思考が停止する。音の連なりを少しずつ咀嚼して、脳内で意味を構築し直して、文法の羅列を分析し直して、ようやく意味の取れる言語へと変換されていく。
 停止した思考を無理矢理動かして考える。協力。それが何を意味するのか。
「それは、北花壇騎士団のシュバリエとしてか? それとも、タバサ────いや、シャルロット・エレーヌ・オルレアン個人として?」
「それは……」
 問いに答えようとするタバサの表情に逡巡が見える。この問いかけは、単純なように見えて複雑。それは、タバサの────シャルロットの立ち位置そのものを決定づける問い掛けで、転生者という力をどのように使いたいのかという、そういう問いだ。
 そして、それは僕にとって、タバサがどのような協力を求めているのか、ということを意味し、つまりそれは、シャルロットのルートからガリアに、ひいてはその背後に控えるジョゼフ王に、どのような情報が伝わるか、ということ。
 ややあって、逡巡したシャルロットは一つの答えを出す。

「両方。北花壇騎士団の七号騎士としての任務を果たすためにも転生者の能力というアドバンテージがどうしても欲しい。でも、転生者の能力であれば、復讐を果たしてその上でお母様を助けられるかもしれない」
「なるほど、ね。……君は全てを手に入れるつもりか」
 こくりと頷く。タバサの眼は湖水のように澄み渡っている。迷いは欠片もない。
「礼はする。必ず。私にできる事なら、何でも」

 思案する。どうする? 
 危険。
 まず考え付いたこととして、協力者の情報はどうしてもジョゼフへと伝わる事になるだろう。僕の正体が転生者だとバレた以上、どうしても情報はジョゼフに伝わってしまう。タバサ自身が知っている、知っていないは別として、タバサにはジョゼフの監視が付いている、おそらくこれは間違いがない。
 利点。
 一つには、転生者派閥に属することになるということ。言い換えるなら、組織の後ろ盾がつくということだ。
 いかに強力な個人であると言っても、強力な個人である事はそもそも転生者としてはごく当たり前のことに過ぎない。だからこそ転生者は数の力に弱い。転生者がいかに強力であっても、同様に強力である他の転生者にとっては単なる個人に過ぎないのだ。故に、最後まで残る転生者は必ず群れる。ギーシュのような存在はむしろ例外と考えていい。
 そしてもう一つ、ジョゼフに接近できるということ。ジョゼフに近づくのはそれだけで鬼門だ。だが、近づくことによって、彼の目的が見えてくるという可能性もある。

 思案する。思案して、腹を括る。どうせ逃げられないのなら、少しでも有利な状況で待ち受けた方がいい。
「……了解した。君に協力しよう」
 タバサの表情に明らかな安堵が拡がるのが見えた。それと同時に、横合いから殴りつけるような悪意が吹きつけてくるのを感じた。

 衝撃、金属音。

 虚空に突き込んだ鮮血色の長槍が甲高い音を立てて弾き返される。“王の財宝”から抜き放った槍を握る手に鈍い手応えが残ると同時に、僕はタバサの身体を抱えて馬上から飛び退っていた。直後、僕の跨っていた馬が横腹に頭を通せるような大穴を開けて崩れ落ちる。
「……来たな尾行者」
 来た道を睨むと同時、羽ばたきの音を上げて僕を襲った見えざる凶器が姿を現す。それは鳥に似ていた。全体的なフォルムは鶏に近く、それでいて各部のパーツは鳩に似て、しかしあらゆる鳥と似ていない異形。そもそも鳥ですらない、一瞥しただけでも地球ハルケギニア問わず地上のあらゆる生物と違う系に属すると判る異形。その姿を、僕は知っている。
「召喚タイプの転生者……」

 僕は異形の魔鳥から注意をそらさずに来た道を見つめる。馬蹄の音と共に、見覚えある人影が姿を現す。
「マリコルヌ……」
 お前も転生者だったか、と溜息をつく。原作と大差ない変態具合だったので転生者だと気付いていなかったし、そもそも重要視すらしていなかったのだが、こんな状況で出てくるとは。
 あそこまで自分を隠し通せた隠蔽能力が計算上であれば褒め称えてやるところだが、おそらくは違う。もしそうであれば、コイツがここで姿を現した意味が分からない。ただのバカか、あるいは、僕など瞬殺できるほどに余裕があるのか。
「タバサ、君はこいつを知っているか?」
「名前だけは知っている。マリコルヌ・ド・グランドプレ」
「つまり、少なくとも君の仲間ではないということか」
「ええ」

 とりあえず、こいつには強者の気配は感じない。そして同時に、自分の力に絶対の自信を持っている者に特有の余裕を感じる。だがそんなもの、転生者ならばごく当たり前に持っていて然るべきものだ。そんなものは判断材料にならない。
 さて、どうしたものか、と考える、それよりも早く、マリコルヌは甲高い声を上げてこちらを威嚇する。


「おまえ、なんで俺のタバサたんに手を出しているんだよ!?」


 はい?
 一瞬、思考が停止。つまり、コイツは馬鹿だと判断。無論、馬鹿だからといって弱いとは限らない。転生者の性能は本人の性質ではなく、転生間際にそいつが何の能力を選んだかに依存する。
「タバサたんは、俺の嫁だぁあああああああああああああああ!!」
 マリコルヌの放つ怒気に反応して、異形の鳥の全身が変形する。脊髄が伸縮して一本の芯となり、翼が変形して空気抵抗を切り裂く戦闘機状のウイングと化し、鳥そのものの脚部は体内に収納されて圧搾空気を噴出する推進筒が展開する。

「まずは小手調べ、ってところかね」
 にやり、わざとらしく唇を吊り上げながら異形の鳥の突進を回避、タバサごめんと囁いて、マリコルヌに見せつけるようにしてタバサの身体を抱き寄せる。
「お前の? 嫁? 馬鹿が。コイツはとうに僕の女だ」
「てめえ、タバサたんに触るんじゃねええええええ!!」
 少女の腹に回した腕から柔らかな太腿を撫で、もう片方の手を少女の襟元から服の内側に這わせ、トドメ、ぺろりとタバサの頬に舌を這わせて見せれば、タバサの頬が真っ赤に染まり、脳天まで血が上ったマリコルヌの怒りに反応するようにして急角度で旋回した異形の鳥が突進してくるのが見える。

「沸点低いな、馬鹿め」
 首を傾けて回避すると、回避しきれなかった風切り羽が頬に一筋の赤い筋を刻む。同時、マリコルヌがいそいそと服のポケットから何かを取り出す。
 カード、と見たそれのこちらから見えない面面から、ずるぅり、と三本の腕が伸びる。剥き出しの骨だけで構成された、鉤爪を持つ腕。それらがマリコルヌの腹部に鉤爪を突き立て、引き裂くように掻き開く。その傷口の奥に広がるのは生々しい血肉ではなく、無機質極まりない底知れない虚空。
 そこから、出てくる。何かが。得体の知れない何かが。

「出ろぉ、“キュラトス”!!」
 相手の能力はカオシックルーンか、と僕が判断するのと、マリコルヌの腹腔に開いた虚空から異様な生物がはい出してくるのはほぼ同時。
 蜥蜴に似た生白い体躯。仮面のようにそこだけが黒い頭部。二の腕の外側から生えた蝙蝠に似た翼。例えるならそれは竜に似ていた。全長二十メイル超過のハルケギニアの火竜と比べてもなお矮小なせいぜい四メイル程度の体躯、しかしそこから放たれる殺気だけは十分に凶悪だ。
「フヒヒ、これでおまえの勝ちは無くなった」
 マリコルヌが乾いた嗤いを漏らす。だが甘い。敵の狙いはおそらく異形の鳥が付けた掠り傷から吸血竜が全身の血を吸い尽くす瞬殺コンボ、だがネタの割れた手品が通じるほどに僕は甘くない。
 マリコルヌの腹腔から這い出した吸血竜キュラトスが口を開くと同時に、その口腔にアクア・ボムをブチ込めば、生物一匹を瞬殺する吸血攻撃は一瞬沈黙。
 その隙に、手にした槍を構え、手首のスナップだけで投げ放つ。解放する真名は一つ。


「────『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』!!」


 手にした真紅の槍が血色の光を放ち、無数に屈曲し物理法則を完全無視した軌道を描きながら吸血竜の心臓を射抜かんと飛翔する。
「っキュラトス避けろ」
 マリコルヌが吸血竜を操って回避行動を取らせるが無駄。ゲイ・ボルグの能力は因果の逆転、初手で『心臓を射抜いた』結果を作製してから放つ一撃は既に結果が出来上がっているがためにいかなる過程をも無視して敵の心臓を撃ち抜く、故にいかなる回避も防御も無意味。
 必死で身を捻り射線軸から身体を逸らし退避したその瞬間には、力学上有り得ない軌道修正を果たした魔槍の切っ先がその胸元へと添えられて、心臓を撃ち抜かれたキュラトスが悲しげな悲鳴を上げて崩れ落ち、マリコルヌの懐から数枚のカードが飛び出して燃え落ちる。

「確か魂をデッキにストックしてあるんだったよな! モンスターのダメージフィードバックがその身に届くまで、そのデッキは何枚まで持つんだ!?」
 お前の弱点は知っている、とばかりに叫べば、マリコルヌは慌てて数枚のカードを抜き出してあらたな怪物を召喚する。
 同時に僕はタバサの小さな体を安全圏に放り落として、地面に突き立った槍へと走り寄る。それを見たマリコルヌが慌てた声を上げ、新たに二枚のカードを取り出して怪物を召喚。
「待て、やらせるな、サイロックス、シーラニクティス!!」
「遅い!」
 分厚い甲殻に覆われたバイソンの角を持つ犀のような異形と、二本の触手を持つ軟体動物のような異形がこちらの進路を塞ぐように立ち塞がるが、その動きはどう見ても鈍重、ランスロットの動きが重装甲タイプと水中戦タイプに遅れを取るはずがないのだ。
 巨獣の角と水棲生物の触手を掻い潜って槍を掴み取り、後ろに向かって振るって触手を斬り飛ばし、真名解放から続く二連撃、二匹の怪物を突き殺す。
「終わりだ」
 水平に槍を構え、マリコルヌの心臓を照準する。同時、慌てたマリコルヌが逡巡するような様子を見せながら一枚のカードを取り出す。

「出ろぉ!! で、でで、デス=レックスぅ!!」
 カードから三本の骨の腕が突き出し、マリコルヌの腹部に掻き開かれた三角形の虚空からこれまでとは比べ物にならない威圧感が噴き出してくる。虚空から突き出すのは虚ろな眼窩に底知れない闇を湛えた髑髏型の貌、そしてその両脇から突き出す、人に似た腕。
 それだけだ。その怪物は、それ以上、こちら側の空間に出てこようとしない。
「なるほどなぁ。つまり、お前は“そいつ”を使役するために必要な生存本能が足りない。飢えがない。要するに、所詮お前は能力だけを写し取った転生者、ヒーローにはなれないってことさマリコルヌ」
「な、な、何だとおおおおお!! 馬鹿にするな、デス=レックスぅうううう!!」
 マリコルヌの叫びに応えるように腕と顔だけのその怪物が拳を振るうが、軽く回避と同時に槍を一閃、その腕を深々と切り裂き、腕に深々と槍を突き立てる。
「化物の力を手に入れて有頂天になったんだろうが、敵もまた化け物だ、とかそれくらい考えなかったのか?」

「ふざけるな! おれは、おれは力を手に入れたんだ! もう誰にも負けない力を! 無敵の力をぉおおおおおおおお!!」
 怪物の腕が大きく振り回され、少々危険と判断、槍を敵の腕に突き刺したまま手放して飛び離れる。
 マリコルヌが手に握ったカードを振りかざすと同時、ずるぅり、とその怪物がマリコルヌの腹に開いた虚空から這い出してくる。全長十五メイル程の巨体、鰐のような鱗に覆われた菱形の体躯。先端には左右に伸びた角を持つ髑髏の貌。その両脇から伸びる人に似た腕と、巨体とはあまりに不釣り合いに矮小な骨格だけの翼。浮遊する巨体を支えるものはなく、後端から伸びた矢印状の尾だけが地面へと垂らされている。
「まあ、そうだな。だけどよく考えてみろよ。無敵なのはお前じゃなくて、お前の能力だ」
「違う、違う、違う!! 俺は無敵なんだぁああああああああああああ!!」
 マリコルヌの手に握られた十数枚のカードが暗い光を放ち、巨竜の姿が変容する。

 両腕がより巨大に、それ自体独立した怪物であるかのように凶暴な形状に。
 下半身もまた巨大に、無数の口を持つ肉塊のような姿に。
 背中の翼は蝙蝠にも似た闇色の翼。その翼が落とす影はどんな闇よりも暗い、まるで奈落。
 尾は渦巻く水飛沫に分解してから再び再結合し、巨大な魚のそれに似た形状に。
 怪物の口となった掌から刃が突き出す。胴体の半分以上を占める巨大な口蓋が開き、その舌の表面から鞭のように細い触手が生え出す。

「……フル装備か」
 僕は溜息をつきながらタバサの隣に後退すると、タバサが物問いたげな顔を向けてくる。
「あれは?」
「死竜王デス=レックス。漫画に登場する怪物。何もかも喰い尽してしまう凶暴な化け物。本当なら尻尾と翼が欠けているんだが、アイツは持っているみたいだな」
 元々のキャラは持っていなかったけど、と付け加えて肩をすくめる。
 僕の視界の中で、肉塊に似た下半身に巨大な口が開き、マリコルヌを呑み込んでしまう。どうやら、制御しきれなかったらしい。
「タバサ、これが転生者の弱点だ。精神力が威力に直結する能力は、完全に使いこなせない」
 僕も含めて、と心の中で自嘲。

「なあ、タバサ。シャルロット。シャルロット・エレーヌ・オルレアン。転生者って何だと思う? 勇者か。魔王か。救世主か。天使か。悪魔か。さあどれだ? 君はどう考える?」
「……? 分からない」
 マリコルヌを呑み込んだ口を何度か咀嚼すると、その動きを止め、今度はこちらへと向き直る。タバサは巨竜の鰐に似た頭部の鼻先に付いた髑髏の貌の、虚ろな眼窩を睨みつける。その口の部分が上半身の半ばまでを引き裂くように展開し、その口蓋の奥に無表情な巨大な単眼が垣間見える。

「転生者っていうのはさ、本当は、物語の主役じゃあない。敵役でもない。脇役にすらなれない。そんな立派なものじゃない。そこに辿り着くために才能があって努力して努力して最後まで努力してそこに辿り着ける選ばれた一人じゃない。そこへ辿り着く前に諦めてしまって適当なものしか手に入れられなかった、あるいは何も手に入れられなかったその他大勢、そういう人間なんだよ」

 思わず身構えたタバサを庇うように前に出るが、戦う気は欠片もない。いつでも逃げ出せるように構えておく。

「だからさ、転生者ってのは、本当にどうしようもない人間ばっかりだ。そういう人間は、本当なら、辿り着いた連中を横目で眺めて見上げて憧れながら、でも溜息をつくことしかしない。できない。でも転生者は違う。力がある。だから、短絡的に手に入れようとする。それができるから。でも、ようするに結局、それだけのものでしかないんだ」
 僕も含めて、と声には出さず、喉の奥だけで呟く。
 召喚者であるマリコルヌを失った怪物は、現世に留まる力を失ったのだろう、その輪郭を急速に薄れさせ、元のカードへと戻る。
 結果、怪物の腕に突き立っていた槍は支えを失って落下し、僕は地面に突き立った槍と投げ出されたカードを回収する。手に入るものは入れておく主義だ。
「優しい世界とか、美しい世界とか、そういうものを作り出せるのは物語の主役だけだ。そういうものはどうしようもなく致命的なほどに奇蹟的な運命の悪戯が積み重なって出来上がるものだ。転生者は世界を変える力こそ持っているが、凡人の魂しか持たない転生者に作り出せるのは変わり果てた世界だけ、出来上がるのは単なるディストピアだ。そんなもの、どうせ期待するだけ無駄だよ」

 ああ、そういえば一つ忘れていたな。
「急に触ったりして、悪かったな。気持ち悪かっただろ」
「……気持ち悪くない」
 どうだかな、と思う。
 答えを聞いても信じられないというのなら、問いに意味はない。要するに、心と心が通じていないということ。相手を信じられないということ。
 僕はタバサから表情を隠すように背を向けた。死んだ馬とか、マリコルヌの死体など、処分しなければならない。

 それでも。それでも、だ。

「とにかく、だ。たった今、この瞬間から、僕と君とは同盟者で共犯者だ。覚悟はいいか?」
 僕は背を向けたままタバサに声をかける。彼女はきっと頷いたのだろう。なぜなら。
「……大丈夫。覚悟はできている」
 なぜなら答えが返ってきたから。言われなければ分からない関係は、きっと信頼とは程遠い。そんな風に思う。それでも。
 背後からそっと手が握られる。タバサの小さな手はひんやりしていて冷たかった。体温の低い人間は心が暖かい、と、脈絡もなくそんな俗説を思い出す。
「大丈夫。気持ち悪くない」
「……ありがとう」
 それでも、だ。信じたい、と思う。

 思ってもきっと届かないと、同時にそんな確信があった。人は決して届かないものにこそ憧れるのだ。



=====
後書き的なもの
=====

 転生バレの回。
 立場はタバサの現地協力者。所属、ガリア北花壇騎士団。
 見事にフェルナンに騙されているタバサ。タバサ逃げてー。

 転生者の弱点は精神。精神攻撃に不利な他、意志の力が威力や制御力に直結する能力の場合、転生者本人の意志力がダイレクトに反映されるため場合によっては弱体化します。グレンラガンとかそこらへん。

 ところで、フェルナン軍の主戦力。火竜+ラルカス型ホムンクルス+ブラスレイターその他色々、いつまでもミノタウロス型とかラルカス型では区別が難しいので、現在大絶賛名称思考中。なかなかいい名前が思いつきません。


 そろそろリアルの都合でしばらく更新できなくなるかもしれません。







[13866] 濁流のフェルナン ルートB15 崩れる同盟
Name: ゴンザブロウ◆a1f7ca62 ID:e9e052b7
Date: 2010/03/21 10:07
 夜空を見上げる。
 ここ六千年の間全くと言っていいほどに文明の進んでいないハルケギニアにおいて、人工の灯火は確かに存在するが、その火勢は弱く、星々の光を掻き消すには及ばない。
 これ以上ないほどに燦然と輝く星の光は、王都トリスタニアからやや離れたトリステイン魔法学院の窓から見上げれば、視界を横切ってきらり光る何か。
「……流れ星か」
 そういえば、と思い出した。流れ星に祈ると願い事が叶う、とか。
 別に信じているわけではない。だが、たまには祈ってみるのも悪くない。今夜はこんなにも星が綺麗なのだから。
 そっと手を合わせる。祈る。
「ギーシュがもげますように、ルイズが痛い目に遭いますように、僕以外の転生者が一人残らず消えてなくなりますように…………」



 濁流のフェルナン/第十五段



「……なにをやってるの?」
「流れ星が見えたからな。願い事してた」
 そう言うと、タバサが不思議そうに首をかしげる。
「……願い事?」
「ああ。前世の言い伝えでね。流れ星に願い事をすると叶うらしい」
「そう」
 僕の向かいでは、タバサが本を広げている。本の題名は『簡単! 君にも作れる歌うヘビくん』だった。
「それ、面白いのか?」
「ユニーク」
「そうか」
 まあ、それはそれとして、だ。
「とりあえず、ドロップ品の分配といこうか」
「どろっぷ?」
「戦利品のこと。前世用語だ」
 言いながら、懐からカードの束を取り出す。死したマリコルヌから奪い取った、カードの束。
「分かった」
 タバサは頷くと、本を閉じてこちらに向き直る。


 カードを机の上に並べて、その一番上にあったカード五枚を無造作に脇にのける。
「まず、デス=レックスのカード五枚。それぞれが頭、手足、胴体、翼、尻尾に対応していて、どれも馬鹿馬鹿しいほど強力だけど、多分使い道がないし、使えても危険だ」
「危険……?」
「マリコルヌ見ただろ? 並みの使い手だと、ああなる。そしてアレを使役するためには最低限アレを満足させるだけの生存本能が欲しい……はずだが、それを持っていたとしても、使い手が精神の平衡を失えば、精神を竜に侵蝕されて、竜の一部として同化される」
 タバサに山田マゴタロウさん(21)のような末路を辿って欲しくはない。ビジュアル的に一番悲惨なのは多分胴体である巨竜王。
 適合者とか正当後継者とかがどうこうという話もあるが、完璧な部外者である伽藍堂馬が水竜王を使っている以上、精神力さえあれば使えると思うので、正直、原作キャラでもあるタバサであれば、明らかにヤバ過ぎる死竜王やヒャッハーな真竜王はともかく、比較的マトモな性格をした水竜王か闇竜王くらいは扱えそうな気もするのだが、暴走は怖い。デス=レックスというモンスターは、温厚な闇竜王ですら暴走を起こすのだ。
「とにかく、デス=レックスは危険過ぎる。主人公でさえ二度三度に渡って暴走を起こしたくらいだからな。だから封印する。正直あの戦闘能力は惜しいけれど、背に腹は代えられない」
「……分かった」
 タバサも少しばかり逡巡しているのだろう。僕も、裏技がなかったら手を出していたかもしれない。エヌマ・エリシュだけでは少々火力不足だ。

「で、正直、君の戦闘能力は不安だ。確かに君は強いけれど、転生者には元々のチート能力に加えて、スクエアメイジが腐るほどたくさんいるんだ。正直、かなり不安。そこで」
 まあ、解説するまでもないと思うが。
「このカードをいくつかの山に分ける。このカオシックルーンのカードにはいくつかの属性、というか種族に分かれていて、それぞれの種族がそれぞれ違った特性を持つが、通常、カード使いは一つの種族に属するカードしか扱えない」
 マリコルヌはおそらく特別。あのマンガの主人公とラスボスのように、全ての種族を扱えるカオシックゲート。
 自分でもよくそんなこと覚えているな、等とと思いながらカードを種族ごとに選り分けて山にしていく。バランスのとれた竜界、数の力に優れた機界、単体の能力に特化した魔界、能力は低いけれどダメージのフィードバックが来ない女界。本当は神界なんてのもあるらしいが、さすがに入っていないようだ。
「そういうわけで、好きなのを一つ持っていくといい」
「……一枚?」
「違う。山一つ。界が同じなら同時複数のカードも使えるからな。使える戦力を眠らせておくのは正直馬鹿馬鹿しい。ちなみにお勧めは単純に能力が高い魔界か、数が揃えられて特殊能力も揃っている機界。大穴でダメージフィードバックがない女界。まあ個人的な好みなんだが」
 タバサは真剣な表情でカードの山を見つめている。
「さて、どれにする? 別にどれでも構わない」
 危険過ぎるデス=レックス以外はバックアップを取っているから、ここで持っていかれても痛くも痒くもないのだ。というか、デス=レックスを複数、って正直想像したくない。
「……なら、これにする」
 そう言って、タバサが選択したのは魔界カードの山だった。いい選択肢だ。
「なら、僕はこれだな」
 言いながら、僕は機界カードの山を取る。

「じゃあ、残りは封印するか。どうせ持ってても使えないしな」
 真剣にカードを一枚一枚確かめているタバサの様子は正直可愛らしい。原作でサブヒロインの一角を張っていた理由がよく分かる。
 というか、なぜ才人がタバサではなくルイズを選んだのか、というかそもそもハーレムエンドに突入しなかったのかという理由が分からん。いや、ルイズは分かる。少なくとも原作ではまあなかなか萌えた……ような気がするしな。この世界では見る影もないが。
 だが、才人がタバサを選ばなかった場合……ぶっちゃけ、一生才人に操を立てて嫁き遅れるんじゃね? まあそれが不幸だとは一概には言えんのだけれど。結婚は人生の墓場とか言うし、そもそも現実的にはDVみたいにむしろ結婚して不幸になる例もあるし。まあ人生色々だろう。
 僕もタバサが人の嫁になっている光景なんて見たくもないし。こう見えても、原作キャラには自己投影ができんのです、僕は。原作を読んでも、自分ならこうする、とかこの能力はこう使う、とかいつの間にやらそんな風にオリ展開考えてる。原作は好きだが主人公と世界観は嫌いだ、とかいう人は、こういうタイプだと思うね。

「……これは?」
「ん、どれどれ?」
 タバサが示したカードを受け取る。二枚。二人組白黒魔法少女をグロくしたような感じのヤツ。白黒といっても東の方の弾幕ゲーじゃない。とっとと地獄に帰りなさい(で合ってたっけ?)の方だ。
「えっと、確か……ふたりはデスコア……だったっけ? 名前忘れた。確か、二体がかりで刃物になっている片腕をブチ込んで震動か何かで人間をズタボロにする技が……使えたような……」
 確か、臓物とかブチ撒けていたはず。まあ、あのマンガでは常識だが。エロはともかくスプラッタに一切手を抜かないのがカオシックルーンクオリティ。
「……強い?」
「弱い。正直雑魚」
「……そう」
 正直に教えると、少し残念そうな顔を見せる。
 ちなみに、カード使いは二人組の男の娘だった。一発目から何てネタキャラを。

「……じゃあ、これは?」
 騎乗槍にも似たスピアを握る、西洋甲冑を纏った騎士のようなモンスター。
「ええと……確かヘル=バスタードだっけ? 確か、防御力をゼロにする槍を降らせる魔法(アウトスキル)を使ったはず」
「強い?」
「そこそこ。変態防御力を持っている転生者相手には相性次第で使えると思う。でも多分、大抵の相手には避けられるから、油断してるところを出会い頭にグサリとかそんな感じで使えば結構使えるんじゃないか?」
「そう」
 おお、今度は嬉しそうだ。
「これは?」
「ビースト・ウィズンだな。獣化武装とかいう強化形態になる。強い」
 そんな感じで色々と聞いてくる。
「これは?」
「アグノスティック=フロント。強い。でもってこっちがボルト=スロワー。これはテラー=テスタメント。こっちがグリム=リパー。それからこっちが────」


 そんな感じで楽しい時間が過ぎる。
 さすがに、この部屋の中ではあまり使い方を教えることはできない。寮の部屋とか、結構監視も多いだろう。まあ、そんな場所でカードを広げている時点で結構ヤバいかとも思うのだが、相手に流れた情報の精度によってもある程度、相手の能力の想像は付くというものだ。
 そんな時、ドアが軽く叩かれる。僕はタバサを促して卓の上を片付けると、ドアに向かって杖を振り、「ロック」の魔法を解除する。

「どうぞ」
「夜分すまないな、フェルナン」
 いや、お前に名前で呼ばれる謂われはない。
「ギーシュか。何の用だ?」
「ああ、すまない。お邪魔だったか?」
 言いながら入ってきたのは毎度お馴染みお邪魔キャラ、ギーシュ・ド・グラモン。その後に続いて入ってきたのは毎度お馴染みギーシュのオマケ、ルイズ・フラン(ry。フランと略すと全てを破壊する程度の能力を持っているように聞こえるが、まあある意味で間違っていない。コイツのせいで僕の平和な生活は粉微塵だ。
 そして、その後から入ってきたのは意外な、しかしある意味予想通りの人物だった。色素の薄いストレートの金髪は腰まで届くほど、そして覇気の強さを秘めたエメラルドグリーンの双瞳。

 ────アリサ・テューダー。
 アルビオンの王女にして転生者。アルビオンの航空産業と航空貿易による発展の立役者。そして────敗北者。
 レコン・キスタの台頭を止める事ができなかった敗北者。レコン・キスタの台頭によって、アルビオンは国土の半分以上が失われている。アルビオンの国土は既に半分。その半分が半分の半分になり、さらに半分の半分の半分になるまで、そして最後には失われるまで、さしたる時間は残っていないだろう。

 だから、一番最初に動くのは彼女だと思っていた。

「見れば分かるだろう。邪魔だ。これ以上ないほどに」
 言いながら椅子から立ってギーシュを軽く睨みつける。手にはゲイ・ボルグを装備して、自分が警戒している事をギーシュに向かって見せつける。限定空間である室内戦にポールウェポンは不利だが、槍の能力だけ見れば確実に“一人殺せる”という事実は、ギーシュにとっては痛いはずだ。
 アイツがよりにもよってこのパーティ編成でここに来たということは、アイツが持ち込もうとする厄介事が転生者絡みだということ。
「そこにアリサ姫がいる時点で何となく要件は想像がつくけど、無駄だ。帰れ」
 彼女が何を目的としているかはほぼ予想が付く。そしてそれが単なる厄介事以上の何物でもないということも。事実上、百害あって一利なし。

 しかし、ギーシュは、僕の言葉に耳を貸す事もなく頭を下げた。
「頼む! 俺達に力を貸してくれ!!」
「断る」
 一言。
 それでも、ギーシュは聞く耳を持たない。
「頼む! 話を聞くだけでもいい! 考えるのはそれからでもいい!!」
「問題外だ。どうせ、話を聞けばこっちが耳を貸すなんて甘い考えでいるか、さもなければ話を聞いたという既成事実で以ってこっちを拘束するつもりだろうが。出て行け」
 深呼吸して少しだけ心を落ち着ける。客観的に見て、これでは互いに互いの話に耳を貸さないだけの不毛なまでの平行線だ。
「アンタね、さっきから聞いていれば勝手なことばっかり……!! アリサやお兄様が一体どんな気持ちでここに来たか、分かってるの!?」
「やめろルイズ、そんな頭ごなしに否定したら、余計に話がこじれるばかりだ」
 激昂するルイズを制止するギーシュ。その様子は、まるで落ち着いて言い聞かせれば言う事を聞かせられるとでも言っているようで、どこか神経を逆撫でさていれる気がする。
 だが、交渉するならその方がいい。好意よりも敵意で相手を見た方が、より相手を良く理解できる。こんな交渉の場では、特に。

 そんな事を思っていると、今まで黙っていた人間が口を開く。アリサ・テューダー。
「私の一存で押し掛けてしまって申し訳ありませんが、どうか話だけでも聞いてくれませんか? 私には王族として、背負うものと守りたいものがあるのです。私は────」
 正直、御題目を聞いているようであまりいい気はしない。裏があるのか、心からの善意で言っているのか、判別がつかない。
 相手は一応とはいえ王女。とりあえずは敬語で応対することとしよう。
「アリサ姫、それは貴族、メイジとしての僕に力を借りたいのか、そうでない別の何かとしての僕に力を借りたいのか、どちらでしょうか? お答えください。答えによっては、こちらも対応を変えざるを得ません」
 たとえ相手が転生者でないとしても、相手はまだ転生者という言葉を出していない。だから、化かし合いを有利に運ぶために、相手を誘導する。

 アリサ王女は大きく息を吸うと、覚悟を決めたように口を開いた。
「私には、貴方やギーシュと同じ前世の記憶があります。しかし、私はアルビオンの王族でもあるのです。……いいえ、本当は、王族や貴族としての義務なんてどうでもいいのかもしれない」
 そこまで言って、彼女は眼を伏せる。エメラルドグリーンの瞳に涙が溜まる。計算でやっているのなら大したものだが、計算でないのならばまた中々だ、と思う。どちらなのか、僕には判別できない。しかし、だ。
「でも、こんな私を大事にしてくれた家族や臣下、私を慕ってくれた民の皆、私にとって大切な彼らを守るために、悔しいけれど私だけの力では足りないのです。だから、私は力が欲しい……。ですからお願いです。フェルナン・ド・モット、貴方の転生者としての力を、私に貸してはいただけないでしょうか」
 涙を流す姿すら神々しい、とはこういう存在の事を言うのだろうか。生まれながらの王族、とは少しばかりニュアンスが違うが、しかしそれでも、今の彼女の姿は、美しさと気高さの化身であるのだろうと思う。しかし、それでも、だ。


 ────答えは始めから決まっている。


「じゃあ、転生者として話そうか、転生者アリサ・テューダーよ」
 目の前に立つ少女としっかりと目を合わせる。ああ、これは向こう側の眼だ。僕とは違う。何かのためにひたむきになれる理由となる何か、そういう魂の奥底の芯のような何かを持っている人間の眼だ。

 だから。

 嫌いだ。
「ハルケギニアにおける転生者とそうでない人間の最大の違い。何だか分かるか? 現代知識か。原作知識か。それともチート能力か。それも一つの答えだと思うけれど、こういう答えもある。思想だよ。現代社会という名前のな」
 だからこそ、ハルケギニアの常識が絶対でないことを知っている。それは相手も同じこと。それは共感を誘い、理解を錯覚させる。
「転生者は例外なく『ゼロの使い魔』というこの世界の外を知り、ハルケギニアに属さない思考体系を有している。つまり、転生者にとって、王族の権威とは決して無条件で崇め奉るものではない、ということだ」
「私、は……」
 アリサ・テューダーは気圧されたように唇を噛む。押している、と判断する。だから押し込むようにして言葉を連ねる。

「貴方が王族として頼むなら、僕は『だから何?』と考える。故に、別の方向から訊くぞ? 僕達がアンタに手を貸す事によって、僕達に実利はあるのか?」
「アルビオンの王女として、必ず報酬はお支払いします。だから……」
「ふむ……」
 僕は考え込むようにしてわずかに間を開ける。相手の表情に浮かぶのはわずかな期待と恐怖。だが、この期に及んで思案は無意味。何となれば、始めから答えは決まっているのだ。


「断る」


 叩き斬るようにして言葉を贈る。アリサの顔が衝撃に染まる。ギーシュが何かを言おうとするが、それより早く言葉を重ねる。
「分の悪い賭けは好きじゃない、というか正直嫌いだ。お前達の提案には正直な話、実現性がないんだよ。皆無。分かるか?」
 アルビオンに未来はない。いくら転生者が無敵の戦闘能力を誇ろうとも、それは千、万という圧倒的数量の前に希釈されて消滅する程度のものでしか有り得ない。少なくとも、アルビオンの戦列ではそうだった。
 それを覆すためには少なくとも、もう一工夫が必要なのだ。ゲルマニアがやったように多数の転生者を集めるとか、ロマリアがやったように吸血鬼を量産するとか、戦略とはそういうものだ。戦争とは基本的に数なのだ。
「実現性だけじゃ人はついてこない」
 確固たる、揺らぎなど欠片もない、そんな口調でギーシュが言うが、そんなものは無意味。無意味なのだ。
 お前一人が揺らがないところで、何の意味もない。世界とは、時代の流れとは川の流れのようなものだ。岩一つが揺らがない程度で川の流れは止まらない。ただ左右に分かれて脇を流れていくだけに過ぎないのだ。故に無意味。コイツではアルビオンの崩壊は止められない。運命には逆らえない。
「そうだな。一に信念、二に利益、三に楽しみ、あと何があるかな? まあ何でもいい。だが、実現性がないのなら、それはただの空手形だ。レミングの行軍に人を巻き込むのは、詐欺と大差ないとは思わないか?」

「それでも、手を貸してくれるぐらいなら……!」
 ルイズが言い募ろうとするが、すぐに言葉に詰まって口ごもる。
「そこまでしてやる理由がない。僕と君らには縁がない。トリステインには力がない。アルビオンには未来すらない。そして僕には欲しいものがない。つまり君には取引材料がない。空手形に興味はないからとっとと失せろ」
 理はこちらにあるのだ。そして、理を持つ相手を動かすためには論理以上のものが必要だが、僕には動くような上等な心は存在しない。それを理解しているのかいないのか。そして、本能的に理ではなくそちらの方で動こうとするのがこの男。

「っ……お前、アリサがどんな思いでここまで来ているのか分かっているのか? 人を助けるのに理由なんているのかよ!?」
「助けるのに理由がないなら、助けた手を裏返すのにも理由なんていらないよな。そんな奴は信用できない。第一、アルビオンは死地だ。死線を潜るのに理由が要らない……って、お前はどういう戦争中毒者だ? 僕には理解できないな」
 僕は誰も信用しない。僕が信じるのは人形だけだ。それ以外はただの他人。敵予備軍だ。だから、僕に情は通じない。何もかも理で切って捨てられる。

「では、貴方は、力を貸してはいただけないのですね。……申し訳ありません。お騒がせしました」
 アリサ姫が、全てを諦めた力のない口調で言った。肩を落として振り返って、出て行こうとする。そうすれば、ギーシュもルイズも後を追わざるを得ない。
 ああ、でも、これだけは言っておかなくてはなるまい。
「そうそう、アリサ姫。一つだけよろしいですか? 僕には今のところ欲しいものがありませんので、今後必要に迫られない限りはアルビオンに杖を向ける事はしないと誓っておきますよ」
 必要ならやる、都合が悪ければいくらでも踏み躙る、それだけの軽い口約束でしかないが。それでも、アリサ姫は振り返った。
「……ありがとうございます」
 それだけ言い残して、彼らは僕の部屋を出ていった。


 彼らがいなくなると、途端に部屋に静寂が落ちる。つまり、先程までは騒がしかったのだ、と考えて、僕は思わず溜息をついていた。
「やれやれ、やっと片が付いた……あ゛」
 慌てて思い出す。卓の向かいに座っていたタバサのことだ。
「ごめんタバサ、勝手に話を進めた」
「……いい」
 そんな風に言うタバサはどこか、心ここにあらずといった風情に見える。
「どうしたタバサ、何か調子でも悪いのか? それとも、勝手には話を進めたのはまずかったか?」
 タバサは黙りこくって答えない。部屋の中にしん、と気まずい静寂が落ちる。どうしたものか、と途方に暮れたところで、タバサは口を開いた。
「フェルナン」
「……何だ?」
 タバサは答えない。逡巡するように目を伏せている。僕はタバサが応えるまで待つことにした。そうしていると、夜の静寂が耳に痛いくらいに押し寄せてくる。静かだ。
「貴方は、なぜ私に力を貸すの?」

「何故?」
「ええ。……貴方は、実現性のない取引は詐欺と同じだと言った。私も、同じ。私のやろうとしている事にも、実現性はほとんどない。……詐欺と同じ」
「それ……は…………」
 気付いていなかった。
 確かに、タバサの出した条件はアリサの出したものと大して変わらない空手形だ。実現性で言うのなら、一度ジョゼフの陰謀を切り抜けるだけで十分なアルビオンよりも、ジョゼフ王そのものを倒さなければならないタバサの方がより危険である、とも考えられる。
 だが、それにも関わらず僕は、アリサが生き残ることは絶対に不可能と断定し、タバサがジョゼフを倒すことには可能性があると判断した。
 何故か。

 考える。考える。タバサに何の意味がある。転生者など────ああ、なるほど。

「何となく、それでも君なら何とかしてしまえるんじゃないか、って、そんな風に思ってしまったんだ。無意識に、そんな風に思い込んでいたんだ。転生者は勇者にも魔王にもなれない。成り得ない。でも、君なら、もしかしたら、って、そんな風に────」
 それはおそらく、“原作”の流れにおいてジョゼフが死に、タバサの母が快復したことによる無意識の思い込み。そこに至るまでにどれだけの綱渡りがあったのかということを度外視して、だ。

「フェルナン、私は勇者じゃない」
「そうだな。その通りだ」
 ゼロの使い魔という物語は完全に崩壊した。ギーシュとマリコルヌは転生者。ティファニアは道具。世界を左右する力は魔法ではなく転生者。
 ならば、タバサがジョゼフに勝つためには、ゼロの使い魔という物語の残骸の上に新しい物語を打ち立てるしかない。それができるか否かは別として。
「フェルナン、私はジョゼフには勝てない。だから、私達はここで手を切った方がいい」
「やっぱり、僕は信用に値しないか?」
 その程度のことは理解できている。僕は外道だ。これまでしてきた全ての行いが、それを証明している。それでも、タバサは首を振った。
「…………そういう問題じゃない。貴方のことは信じている。でも、このまま私と今のような関係を続けていても、貴方にとって得るものは一つもない。だから、私たちの同盟はここで終わりにするべき」
 その方が得策といえばその通りかもしれない。僕もそうするべきだと思う。何もかもが鬱陶しくて苛立たしい。放り投げてしまえばせいせいするだろう。

 だが、だ。

「ここで僕と手を切って、それで君はどうするんだ?」
「それは…………」
 どうせ一人でジョゼフ王を倒して母親を救う事を考えるのだろう。また、一人で。
 別にどうでもいいじゃないかと、冷静な自分が囁いている。彼女を置いて、今まで通り一人計画を進めれば、その内に他の転生者達を上回る能力を手に入れる事ができる可能性だってある。
 だが。
「なあタバサ」
「……何?」
 もう一度椅子から立ち上がってタバサの隣に回る。あらためて目の前の少女を見た。僕は男としても小柄なほうで、比べたことはないがおそらくキュルケよりも背は低い。だが、目の前の少女はそれよりも小さかった。多分、きっと、僕でも片手一本で抱えてしまえるだろう。
 しなやかに伸びた肢体は幼さの中に女性らしい丸みを持ち、決して痩せ細ってはいない。だが、今のタバサの姿は触れれば砕けてしまいそうなガラス細工のように見えた。
「君一人でジョゼフ王を倒せるのか?」
「……」
 タバサは答えない。
「君一人で母親を救えるのか?」
「……」
 黙りこくったまま、タバサは何も言わない。その眼は伏せられたままだ。それこそが彼女には勝算がないという何よりの証拠だ。
「君は勝てないと思っている。母親を救う事もできないと思っている。そうだな?」
「……ええ」
 ようやくタバサは頷いた。彼女には勝算がない。欠片もない。たとえこのままガリアの工作員として成長してスクエアメイジとなったところで、スクエアなど超大国ガリアにはいくらでも存在するありきたりの駒だ。挙句、ジョゼフの手駒には転生者がいるのだ。それも、何人も。そんなものでジョゼフが倒せるものか。
 それは、かつてのファンガスの森と同じだ、と思う。違うのは、タバサ自身に戦う意志があるか否か。だが、戦う意志はあっても、勝利する意志はない。
 これから先、彼女には何もない。狂った母親という名前の重荷を抱えながら、襤褸雑巾になって使い捨てられて終わるだけ。彼女が倒れれば、ガリアにオルレアン公夫人というお荷物を救おうとする者はいないだろう。つまり、それで終わり。終わりなのだ。
「なあ、タバサ。君は僕に言ったよな。報酬は払う、私にできる事なら何でも、って」
「……ごめんなさい」
 要するに、だ。
「なあ、タバサ」
「ごめん……なさい…………」
 タバサには何もできない。何も残せない。それだけの話だ。別に、それで何をしようと思ったわけでもない。なら、別にいいだろうと思った。

「その報酬、ここで貰うぞ」

 浪費される命なら、僕が奪ってしまっても構わないだろうと、そう思っただけのこと。
 椅子ごと蹴り倒して小さな体をベッドの上に放り出すと、少女の目じりに溜まっていた涙がこぼれて流れ落ちる。両腕を押さえつけて唇を奪っても、タバサは抗わなかった。


「外道」
「否定はしない」
「鬼畜」
「……まあ、事実だからな」
「変態」
「…………せめてそれだけは否定したい」
 ベッドの上でシーツを抱きしめるようにして身体を隠した少女は、呆れたように僕を睨んだ。数時間前まで身を包んでいたトリステイン魔法学院の制服は、今や細切れに引き裂かれて、肌を覆う役を果たしていない。
「馬鹿」
「ま、それは仕方ない。ここまで来て逃げるに逃げられなくなったのは事実だからな」
 力づくで目の前の少女を犯しながら、自分の手にあるあらゆる技術を使用して、相手を奴隷にした。
 よりにもよってタバサを、だ。原作キャラで、北花壇騎士で、オルレアン公の娘である彼女を、である。ティファニアほどではないにせよ、火種の塊だ。
「外道で鬼畜で変態で馬鹿」
「途中からはタバサだって悦んでたくせに」
 言い返しながらタバサを抱き寄せると、その唇を割って舌を絡める。唾液を流し込むようにして少女の唇を味わってから顔を離すと、唇から糸を引いた唾液が滴り落ちる。
「……責任」
 耳まで真っ赤にしたタバサが、シーツで顔を隠すようにして呟いた。
「できる範囲内でしか取らないぞ。とりあえずオルレアン公夫人くらいは助けられたら助けようと思うけど、ジョゼフ王に喧嘩売るのは遠慮願いたい」
「……ありがとう」
 せめて、それくらいならしてやっても構わない、とは思う。タバサの全ては奪われたのだから。僕が奪ったのだから。
 腕の中でタバサが顔を上げる。彼女は勇者ではない。英雄でもない。それでも、湖水の色に似た青い瞳を、僕は変わらず美しいと思う。それだけは確か。
 僕はもう一度、腕の中の少女と唇を重ねた。




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おまけ的なもの:15終了時の原作キャラ関連設定覚書
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タバサ(シャルロット・エレーヌ・オルレアン)
 非転生者。
 原作通りガリア北花壇騎士団の七号騎士として活動しており、北花壇騎士団が転生者組織に相当するため、ガリアの転生者組織代表のような立場にある。
 転生者ではないためチート能力は持たないが、マリコルヌから奪ったカオシックルーンの魔界カードを使う。
 運悪く転生者として馬脚を現したフェルナンに協力を要請するが、成り行きでフェルナンに洗脳され、あえなく陥落する。哀れ。
 とはいえ一応本作品の主人公がフェルナンであるため、着々と正ヒロインの座に上り詰めようとしている様子である。


ティファニア・ウエストウッド
 非転生者。
 性ヒロイン。


ジュール・ド・モット
 非転生者。
 フェルナンの父親であり、数少ない癒し。
 メイドさん拉致イベントなどもあり、数々の二次創作においてあまり良い扱いをされていないが、この作品中では割と真面目に父親をしている様子。
 リアルにメイドさんハーレムを囲い、原作においては主人公パーティの襲撃を受けてすらそのハーレムの存在は揺らぎ一つ起こさなかったほどの圧倒的な実力を誇る(何のだ?)。
 フェルナンが転生者であることは知らない。
 なお、この作中におけるモット伯家はかつてはトリステインにおける秘密組織の一端を担い、組織が解体された現在においてはその組織における拷問、尋問、記憶操作などの様々なノウハウを生かし、数々のエロ魔法を開発したある意味名家。その主産業は媚薬やエロアイテムその他の製造、販売である。


ギーシュ・ド・グラモン
 転生者。
 おそらく最も原作との乖離が激しい人物。ほぼ、というか全くの別人。
 トリステインの転生者勢力のトップ(というよりも彼一人しかない)。内政チートとハーレム形成によりトリステインをある意味で支配下に置くが、各国の転生者組織としてはほぼ最弱の部類に入り、彼が中立を保っていられるのは各転生者組織の外交的な緩衝地帯となっているためであり、きわめて微妙な立場である。
 なお、アルビオンのアリサ・テューダーと同盟を結ぶが、そもそもアルビオンの転生者組織自体が壊滅寸前の状況にあるため、戦力的には大した意味がない。
 ハーレム要員はルイズとアンリエッタ他多数(モブ)。ただしハーレム要員であったメイドの一人がフェルナンにより諜報員に転向させられている。
 転生者としてのスタンスは最高のハッピーエンドを導く事と思われる(割に原作の才人フラグをとことん潰して回っている。ルイズとかアンアンとかテファとか、下手するとシエスタまで。残るはキュルケくらい? 悲惨。)。転生者としての能力は不明。
 人格的には徹底的に相性が悪いため、フェルナンからは蛇蝎のごとく嫌われている。


ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール
 非転生者。
 おそらくこの作品中最も割を食っている人物。
 幼い頃から魔法が使えないことに対するコンプレックスを抱えており、そこから救ってくれたと思しきギーシュに依存か崇拝のような感情を抱いているヤンデレ予備軍というか真性ヤンデレ。ギーシュのハーレム要員。
 フェルナン・ギーシュとの騒動では、偶然なのか必然なのか毎度毎度よけいな騒ぎを起こし、被害を拡大させる結果となっており、フェルナンからは下手をするとギーシュ以上に嫌われている。
 なお、原作とは違い、彼女の二つ名は『ゼロ』ではなく『爆撃』である。


マリコルヌ・ド・グランドプレ
 転生者。
 しかし全く転生者には見えない。というか転生者達の目から見ても原作キャラのマリコルヌと全く変わらないように見えるという究極のステルス能力の持ち主。ストーカー。
 転生者のチート能力としてカオシックルーンのカード使いの力を持っており、最強のモンスターである死竜王デス=レックスを召喚できるだけの生存本能を持たず、あえなく捕食され自滅。南無。


キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー
 まず間違いなく非転生者。
 というか、彼女まで転生者だったらタバサが悲惨過ぎる。
 千人斬り。
 割と原作との相違がないため、おそらく彼女には転生者というロクでもない代物との関わりはほとんど存在しないものと思われる。


ジョゼフ1世
 おそらく非転生者。というか原作リスペクトしただけの転生者にコイツの真似はまず不可能。一応転生者ではないようだが、魔改造級のチートであることは間違いないと思われる。
 ハルケギニア最高の頭脳を誇る策謀家にして、最強国家ガリアの国王。虚無の担い手の一人であり、神の頭脳ミョズニトニルンを使い魔とする。また、彼の手足となるガリア北花壇騎士団はガリア国内における転生者組織であり、膨大なチート要素を蓄えていることはまず間違いないと思われる。
 ここまで洒落にならない人間に無能王とか綽名をつけるハルケギニア的センスの方が永遠の謎。むしろ無能(笑)王。
 この作品中、掛け値なしに最強最悪の存在。


=====
後書き的なもの
=====

 フェルナン自爆。これで逃げられなくなりました。御愁傷さま、そして御冥福。
 というか、最初タバサは最後の最後まで洗脳しない予定だったのに、どうしてこうなった?

 ギーシュはアルビオンと同盟。ただしフェルナンの勧誘には順当に失敗。というか、誘う相手を本格的に間違えているが、ギーシュが知っている限りでトリステインにフリーの転生者は一人だけ。増水トラップで壊滅したため。さりげなくフェルナンが打撃を与えているが、本人は気付いていない。

 にしても、原作キャラのフルネームは長い。ルイズとかキュルケとか。ハルケギニアの命名法則は一体どうなっているのか。
 作中ではトリステインは「フェルナン(名前)」・ド・「モット(姓名)」(フェルナン式)か「リーラ(名前)」・「ウルリカ(名前)」・ド・「アングラール(姓名)」(リーラ式)のどちらかにしているけれど、ルイズの「ル・ブラン」とかモンモランシーの「ラ・フェール」とかの部分が意味不明。


 とりあえず、現状、投稿できるのは多分まず間違いなくこれで最後。しばらく投稿できなくなります。




[13866] 濁流のフェルナン ルートB16 人形と人間の狭間で
Name: ゴンザブロウ◆27d0121c ID:6764df4f
Date: 2010/10/08 11:34
 瞼の裏にまぶしい光が差し込んでくる。それで少しずつ意識が覚醒してくると、その光の意味がだんだんと理解できるようになる。
「うぅ……朝か?」
 ベッドから身体を起こし、呻き声を上げながら背伸び、そこで隣に横たわる柔らかい感触に気付く。
「あー、そういえばそうだったな」
 そこには、普段の無表情が信じられないほどに無防備な表情で寝息を立てている少女がいた。
「タバサか……あー、そうか、そうだったな」
 少しずつ昨日の記憶が戻ってくる。引き裂かれたままの制服が痛々しい上に扇情的だが、それにもかかわらず少女は至って安らかに目を閉じている。
 彼女のこんな顔は見たことがない。僕の知っているタバサは、初めて出会った時には打ち沈んだ憂い顔、その後はいつでも張り詰めた無表情だ。彼女がこうも安らいだ姿を、僕は見たことがあっただろうか。
「……にしても、幸せそうだな」
 人差し指を伸ばして柔らかい白い頬をつついてみると、ん、と不満そうに唸り、指を離すとまた幸せそうな顔でむにむにと笑う。頭をそっと撫でてみると嬉しそうな顔をしてわずかに身をよじる。
 だったら────と考えたところで、タバサがむくりと起き上がった。



 濁流のフェルナン/第十六段



「んー……」
 寝ぼけ眼で手を伸ばしてベッドの脇をまさぐっている。何をやっているのかと思ってぴんと来たので、ベッド脇のサイドテーブルに置かれていた眼鏡を拾って顔に掛けてやる。
「んぅ……ん」
 眼鏡を掛けると少しずつ何が起きたのかを思い出してきたのか、ぼんやりしていた目の焦点が定まってくる。そして、大きく欠伸しながら背伸びして、そして────僕と眼が合った。

 ぱちくりと目をしばたかせて、しばらく不思議そうにこっちを見た後、少しずつ記憶が戻ってきたのか少しずつ顔が赤くなっていって、ばっと音を立ててシーツを被ると、やがてシーツの中から亀のように顔を出す。

「……夢?」
「現実だよ」
「…………」

 言った途端にタバサの顔が引っ込むので、とりあえずタバサの服を無傷のシーツと相似させて修復する。服にもシーツにもあちこちに色々な液体が飛び散っているが、とりあえず無事な部分もあったのでひとまず修復は可能だった。


 服が治ったのに気が付いたのか、タバサは警戒するように左右を見回しながら布団から這い出してきた。

 そっと手を伸ばすと、びくりと震えて慌てて距離を取ってから、警戒するようにそろそろと近づいてくる。
 何かするとまた逃げてしまいそうだったので、しばらく何もしないままでいると、いそいそと距離を詰めて身を寄せてきた。肩が触れ合うような距離になってようやく手を伸ばして抱き寄せると、タバサは力を抜いてこちらに体重を預けてきた。
「ん……」
 抱き寄せてあらためて思う。細い。小さい。柔らかい。子猫みたいだ。
 こんな体で、たった一人で、あのデタラメな力を持ったガリア王と戦おうとしていたのか。魔法といい転生者といい、この世界には異常な力を持った人間などいくらでもいるのだ。それなのに、彼女の力になろうとする人間は、一人もいなかったのだろうか。
「……それとも、本当に誰もいなかったのか?」
「なに?」
「……ああ、いや、何でもない」

 首を振ってからよくよく見るとタバサの眼鏡にも白っぽい液体が付いていたので、ハンカチを出して顔を拭う。多分、昨晩の七発目くらいで眼鏡を掛けたままの顔にぶちまけた際に付着したのだろう。ちなみにウェットティッシュのように気の効いたアイテムはハルケギニアにはない。

「ううむ……一旦体洗ってきた方がいいかな?」
「……無理。この格好で出歩けない」

 確かに。事後のベタベタな状態で男子寮から女子寮まで歩かせるのは立派な羞恥プレイだと思う。服は修復したが、体に付着していた様々な体液はそのままなのだ。彼女がこのまま出歩けば、注ぎ込んだ液体が垂れてきて色々と大変なことになるだろう。

「なら、空間転移で……無理か。女子寮の風呂は共用だっけ?」
「……ええ」

 モット伯家の実家では、それ用に、各寝室に小さな浴室が完備されていたものだが、残念ながら男子寮にそんな便利な機能が付いているわけもない。
 だったら、と周囲を見回して、洗面器とタオルを取ってタバサに渡し、水魔法で洗面器に水を張り、“王の財宝”から加熱宝具を取り出して、適温の湯を沸かす。
「ここの男子寮の風呂も似たり寄ったりだから、とりあえずこれで我慢してくれ」
「分かった。……見ないで。むこう向いて」
「了解」


 しばらくタバサに背を向けて待つことしばし。

「こんなにたくさん……ん…………溢れてる」

 衣擦れの音やら水音やら何やらのあからさまに妄想を掻き立てられるような音が背中越しに聞こえてくる。

「フェルナン……こっち見てない?」
「見てない。というか、そっちから分かるんじゃないか?」
「……」

 おそらく、タバサもこっちに背を向けているのだろう。そうやってしばしの時間が経つ。こうなってくると、さすがに生殺しのような状態に近い。

「タバサ」
「見ないで」
「いや、だから……」
「駄目。見ないで」
「終わったか?」
「駄目。まだ駄目」

 呼びかけただけでにべもない否定が返ってくる。否定されれば人間腹が立つものだが、ここまで必死だと、むしろ恥ずかしがっているのが丸分かりで微笑ましささえ感じさせる。

「……終わった」

 タバサの声に振り替えると、トリステイン魔法学院の制服をきっちりと着込み、さらにマントにくるまって全身を隠しているのが、小動物のようで可愛らしい。

「そうか、だったら……そうだな。どうする?」
「……一度部屋に戻る」

 言ってタバサは立ち上がり、右手と右足を同時に出すようなぎこちない足取りでドアに向かい、凍りついた。

「…………出られない」
「それもそうだな。朝っぱらから男子寮の部屋から出てきたら、何が起きたか丸分かりだ」

 顔が真っ赤だ。とりあえず手元に転送障壁を展開してタバサの部屋に直結させてやる。

「と、いうわけで、この障壁をくぐるとタバサの部屋に戻れます。使い魔召喚のゲートとかあるだろ、あれと似たようなものだ」
「……それが貴方の力?」
「その一つでもある、ってところかな。後で説明するよ」

 戻ってきたらタバサは障壁の前に立つと、慎重に障壁を観察してから障壁に触れ、ややあって意を決したように障壁に飛び込もうとして、何かに気が付いたようにこちらに振り返った。

「フェルナン」
「ん、何だ?」
「その、……ありがとう」

 不意打ち。目を閉じたタバサの顔が視界一杯に広がり、唇に柔らかい感触。

「…………愛してる」

 それだけ言い残して、タバサは飛び込むように転送障壁を抜けてその場から立ち去った。



「あー、何というか、何だかな……」
 今の不意打ちは効いた。何だろうな、嬉しかったのか。そうだな、多分、嬉しかったのだろう。

 僕は深々と溜息をついてベッドの上に引っ繰り返った。その姿勢のままで外を見ると、空は綺麗に晴れていて、今日はいい陽気になりそうだ。利き腕である右手を掲げて窓に向かって翳してみるが、影になるだけ、真っ赤な血潮が透けて見えたりはしない。当然だ。
 僕はもう一度溜息をつくと、全身の力を抜いて再びベッドに体重を委ねた。

「まずいな。かなり」

 一つ、ギーシュに僕が転生者であることがバレていた。この間の決闘騒ぎでギーシュに気付かれた様子もなかったにもかかわらず、だ。まあ、これに関しては何者の仕業なのかくらいは予想が付くが。
 ハルケギニアにいくつか存在している転生者勢力、あるいはその外にきっと何人か存在しているであろうフリーの転生者。その誰か。

 本人が自覚しているのかいないのかは別として、ギーシュにとって、アルビオンとの同盟は滅びへの道だ。そして、緩衝地帯であるギーシュ勢力が崩壊すれば、トリステインは空白地帯となる。そうなれば、ガリア、ゲルマニア、ロマリアの三国の転生者勢力が我先に雪崩れ込んでくるだろう。
 したがって、現在トリステインが緩衝地帯となっている現状を維持したい誰かが、ギーシュの戦力を増強すべく、僕の存在を彼に教えたのだろう。

 もっとも、後になってからギーシュが改めて気付いたという可能性だってあるのだ。タバサが自力で気付いたように。ギーシュは色々な意味で頭の悪い男だが、だからといって完全なる無能というわけではないのだ。……本当にそうだったら、どんなに良かったか。

 まあ、これに関しては時間の問題だったから痛くも痒くもない。タバサと手を組んで大っぴらに転生者として動き出そうと考えた矢先なのだ。とはいえ、アンリエッタ王女を通じて、国家権力を使って命令されたらちょっとばかり面倒だ。
 確かに現時点の僕の軍事力は既にトリステインを凌駕しているが、だからといって、色々と大切なあれやこれやも完成していない段階でそれをハルケギニアに明らかにするのはまだ早い。


 だが、それ以上にまずいのはもう一つの方だ。

「それも、酷くクリティカルに。まさしく文字通りに致命的だ」

 タバサ。
 ガリア北花壇騎士団七号騎士。オルレアン公の息女。トリステイン魔法学院の生徒。ガリアの転生者勢力代表。人間火薬庫ティファニアには及ばないが、それでも彼女は火種の塊。

 僕の奴隷。
 そもそも、人形と同義の奴隷だ。捨ててしまっても何ら不利益はないし、正直、捨てた方がいいという事も分かっている。理解している。だというのに。

「本当に、心の底から、完全無欠に大物の悪党であれば、容赦なく問答無用で切り捨ててしまえるんだろうが……」
 そうしようと考えるたびにタバサの姿が脳裏によぎる。

 彼女と初めて出会ったのは数年前のファンガスの森。まだ彼女がタバサの名を持たなかった頃の話。鬱蒼と茂った木々の間から飛び出してきた少女は、フライの呪文で宙に舞い、青い長髪がわずかな木漏れ日を反射して踊っていた。

 キメラドラゴンを斃してその鱗をジルの墓前に供えた彼女は、その場で長かった青い髪を断ち落とした。切り落とした髪は風にさらわれて僕は思わず手を伸ばしたが、僕の手は何も掴む事ができなかった。

 数年越しに再会したタバサ。決闘騒ぎで間断なく襲いかかるルイズの爆発に追われる僕を助けたのは、キュルケと彼女だった。その事件で僕が転生者であることを知ったタバサは力を求め、僕がそれに答えた。

 そして、最後。今まで築いてきた関係を御破算にした、その時。
 力づくで凌辱して洗脳して強姦して蹂躙した。そして、それを理解していて、その上で、彼女は『愛している』と言ったのだ。
 愛していると、言ったのだ。


 僕は小物だ。


「ったく、小悪党が愛に目覚めるのは地獄への第一歩だってのに……」

 記憶の中で風に流された青い髪が、幼さを残した白い裸身に変わり、上気した表情で喘ぐ少女の声が脳裏に響き、その声が僕に愛していると告げる。
 伸ばした手の中に残るのは、溺れるほどに白く柔らかい肉の感触だ。その記憶が頭によぎり、ああ、と僕はあっさりと納得していた。

 ああ、馬鹿馬鹿しい。よくよく考えてみれば、僕の心に愛なんて上等な代物が、存在するはずもない。ならば話は簡単だ。
「要するに、肉欲に溺れていただけのことだ。確かに、あの体は他の男にくれてやるには惜しい」
 僕は溜息をつきながら“王の財宝”を展開する。背後の空間に揺らぎが走り、中から鮮血色の真紅の槍の柄が滑り出てくる。


「やれやれ、まったく、下らない勘違いを────そこだ!!」


 居合抜きで槍を振り抜く。宝物庫からの射出の勢いを重ねて振り抜いた槍の尖端が、棚に置かれていた手鏡へと突き刺さる。
 穂先の直撃を受けた鏡の破片が、弾け飛んでくるくると回転し、そこで。

「……っ!」
 ランスロットの動体視力だから気付けた。砕け散って弾け飛んだ鏡の破片、その破片に映る部屋の光景に、波紋のような光が浮かぶ。わずかに首を傾けると、鏡から飛び出してきた鞭のような何かが頬を切り裂いて鏡の中へと戻っていく。

「鏡の中の世界なんて有り得ない、って言ったのはジョジョだったか。有り得ないなんてことは有り得ない、ってのは本当なんだな……」

 気配が消えた。どうやら取り逃がしたらしい。
 そもそも鏡の中なんぞに逃げ込まれたら、追跡はまず不可能だ。スタンドなのかそれ以外の何かなのかは知らないが、まったく厄介な能力だ。
「それじゃ、諦めるしかないな。本当に、やれやれだ」
 深々と溜息をつくと、僕は崩れ落ちるようにしてベッドに身体を沈み込ませた。



「開戦から三ヶ月後のニューイの月、フレイアの週に、アンハルトの会戦が発生する。この時の戦闘で当時のラ・ヴァリエール公爵エティエンヌ三世は宿敵エドムント・フォン・ツェルプストーを破り、風系統の最強を証明し…………」

 かりかりと黒板を引っ掻くチョークの音は単調で眠気を誘うが、聞いている内容にはいくつか思い当ることがあるので眠らないで済む。ちなみに担当は風のギトー先生だ。

 確か、エティエンヌ三世はゲルマニアに拉致されていた妻を救出するが、知らぬ間にエドムントと不倫に陥っていた奥方に、エドムントの仇とばかりに刺されて死んだはずだ。そこだけ聞くと悲劇のはずなのに、当事者の子孫が身近にいるとどうしても喜劇にしか聞こえないのは気のせいだろうか。
 ヴァリエールざまぁ。

「しかるに、風系統とは最強かつ無敵であり、風はあらゆるものを薙ぎ払い打ち砕くからして、風とはすなわち最高の系統……ああ、ミスタ・ロレーヌ、ここはテストに出すから寝てはならん」
 いや、出すのそこかよ。


 そんなあれこれの話を余所に、僕は退屈しのぎにノートにつらつらと絵を描いていた。
 嘘か本当か、ギトー先生の筆記試験は適当に風系統を褒め称えておけば高得点がもらえるとか言われている事もあり、特に風系統自慢が始まった後には、授業をマジメに聞いているヤツなんぞ一人もいない。

 頭を右に向けて横倒しにした大きなU字を描き、そのU字を上から下へと横切る線を描けば、線の左がガリア、右がゲルマニア。そして、その国境線を楔のように割り込んで存在するちっぽけな国がトリステインだ。さらに、ガリアの国土から下に向かって伸びる二本の嘴のような半島を描けばそれがロマリア、U字の上に浮かぶ小さな点がアルビオンだ。

 こうして見ると、ハルケギニアという世界における各国の国力がどれだけ違うかがよく分かる。ガリアとゲルマニアが異常にデカく、トリステイン、ロマリア、アルビオンは地図上の見た目からしてカスだ。それでもアルビオンはその国土そのものの特殊性を利用して大国と伍し、またロマリアはかつては宗教的権威、現在では吸血鬼の戦闘能力で以って強固な影響力を保っている。

 ちなみにロマリアの宗教的権威なぞ支配階級が軒並み吸血鬼になった辺りで、平民レベルではともかく、国家権力間においてはほぼ無いも同然の状態と化している。
 アルビオンなどは今ちょうど同じ教室で授業を受けているアリサ・テューダーの指揮でアルビオン正教を打ち立てて真っ先にロマリアの影響下から抜け出したことだし、ガリアでもジョゼフ王がガリア主義を提言して、生きてるんだか死んでるんだか分からないロマリア教皇から司教任命権を分捕ったりしていた。ゲルマニアも似たような感じ。

 それでも平民の間にはまだ昔ながらの感情が多少残っていたりするので、これが民主主義だったら国民感情を気にして吸血外道国家にさえ頭を下げなければならない状態になっていただろうが、専制国家しか存在しないハルケギニアにおいてそのような事態はそうそう存在しない。
 愚民を相手にしなければならない、というのは民主主義の弱点の一つだろう。まあ、民主主義には政治体制として結構不都合な部分が他にも無いわけではないのだが。

 さて、僕は世界地図を見ながら考えを巡らせる。
 自分の最終目的は生き残ること。安楽に遊んで暮らせる程度の生活力を持って、だ。シナリオ『オーバーフロウ』はそのための大綱であり、勝利条件達成のための最終兵器。そして、その実現のためには時間が必要だ。

 だが、そこに加えて、タバサとの約束によって、もう一つの目標ができてしまった。タバサの母であるオルレアン公夫人の救出。解毒薬は既に持っているので、オルレアン公夫人を安全に保護できる状況さえ用意できれば達成できる目標ではあるのだが、その『安全に保護』という一点が最高に曲者だ。

 まずガリア王が最大の敵であり、かつ転生者勢力の長であるという一点。あんな化け物相手にしていられない。
 転生者勢力から安全を確保するには同じ転生者勢力を背後につけておくのがベストなはずだが、さらにそこでタバサの母親が持つ“原作キャラ”というキーワードが邪魔をする。『原作キャラ』というブランドが付いた『美人』という、飢えた童貞転生者どもにとっては最上級の餌。さすがに必ず手を出されるとは限らないが、しかしどうも手にした力と精神性が釣り合わない傾向が高い転生者どもは信用ならない。タバサに手を出したばかりの僕という、この上なく分かりやすい前例もいる。つまり、肝心の保護を求める相手すら信用できない。
 要するに、転生者勢力とは別に、新しい勢力が必要であるということ。タバサの母に手を出さない、信頼のおける勢力が、だ。言い換えるなら、『オーバーフロウ』の完成がどうしても必要であるということ。
 地球に逃がすとか論外。原作設定のロマリアは地球の様子を覗くアイテム持っているらしいし、転生者軍団が世界扉で奪いに来られたら対応できる自信がない。

 対して、自分の抱えている不安要素。
 まず、タバサ。これについてはどうしようもないので、考えから除外する。
 問題は、己の立ち位置があまりに不安定であるということ。僕の表面上の肩書は、トリステイン貴族であるモット伯家の次期当主であり、かつ転生者である。そして、タバサに協力し、ガリアの陰謀に手を貸しているのだが、タバサがガリア王ジョゼフに叛意を抱いていること自体は転生者からすれば周知の事実だ。
 その上でどうすればいいのか、ということ。


 まず、勝利条件の達成手段の一つとして、ガリアにいい顔をしつつ本格的にトリステインに肩入れし、潜在的な敵性要素である他国の転生者勢力には潰れてもらう、という考え方が一つ。
 だが、これには本格的な欠点が一つ。ギーシュがあまりにも考え無し過ぎるのだ。行き当たりばったりに色々するだけで、戦略という思考が存在しない。
 最高のハッピーエンドを目指すにせよ、どう動けばそのエンディングに辿りつけるか、という道筋が存在しない。
 つまり、馬鹿。加えて、その馬鹿が許されるほどにトリステインは強くない。というか弱い。
 国力は内政チートのおかげもあって同規模の国家としてはまあ中々のものだが、左右をガリアとゲルマニアという超大国にサンドイッチされたトリステインにおいて同規模の国家を対比したところで、馬鹿を見るだけの話。
 ってか、トリステインより弱い国がない。
 いくつか駒を使い倒せば外交手段で何とかなる可能性は無くもないが、必要な駒はどちらもギーシュのハーレム要員、つまり政略結婚は難しい。

 もう一つの道筋として、ガリアと手を切って、転生者としての能力を手土産にゲルマニアと手を組むこと。
 だが、この手段は明確にガリアを裏切る必要があるため、この手段を取った時点でオルレアン公夫人の身柄を手に入れるのは極めて困難だ。ゲルマニアはともかく、ガリアの戦力が未知数である今は特に。
 僕一人なら何とかなる自信はあるが、タバサが身内となってしまった今では取りづらい手段だ。

 無論、ロマリアルートは、吸血鬼が跳梁跋扈する人外魔境に無防備なオルレアン公夫人を保護できるとも思えないため論外。ガリアの使い捨ての組織であるレコン・キスタルートも論外。
 難しい。考えている戦略の半分以上がマトモに使えない代物だ。

 どうにもいまいち考えが纏らない。結局、その時間はとりとめもないことを思案しただけで終わるのであって、だ。


「そして、そこで私は風系統のスクエアスペル『エターナルフォース……と、時間か。では、これにて講義を終了する。起立、礼」
 授業が終わると、途端に教室に喧騒が戻ってくる。そんな中、三々五々立ち上がる生徒たちの間を縫ってこちらに歩いてくる人影一つ。

「あら、手なんて繋いじゃって、貴方にも情熱の季節が来たのかしら?」
「……それはフェルナン」
 耳元を赤くして俯いたタバサを見て相好を緩めた赤毛の長身の少女。キュルケである。

「驚いたわ。まさかフェルナンの方から愛を告げるなんて」
「そんな上等なものじゃない。強いて言うなら────」

「ゲスはゲスだとかそういうことを言うつもりならやめておきなさい。それは貴方の気持ちに応えようとしたタバサに対する侮辱だわ」

 いつもどおりの口癖を続けようとした僕の言葉を、キュルケは鋭く遮った。
 確かに事実。たとえ僕がゲスであろうと、タバサは違う。
「……それもそうだな。その通りだ。ごめんタバサ」
「いい」

 そんな光景を見てくすりと笑ったキュルケは、安堵に似た笑みを漏らしてタバサを見る。

「ね、タバサ。フェルナンをどう思う?」
「外道で鬼畜で変態で馬鹿」

 即答。

「そっか。馬鹿なんだ」
「そう。馬鹿。……逃げればよかったのに」

 ぽつりと漏らしたタバサを、キュルケは不思議そうに見やった。僕にとっては少しばかり居心地が悪い雰囲気が満ちる。

「おおいフェルナン、今度この間のアレ売ってくれないか?」
「ああ、この前のヤツか。あれは香料が品薄になっていてな。代わりにこのバージョンが────」

 空気を読まずに馬鹿が話しかけてきたのをこれ幸いと商談を始めようとした僕の耳朶を、消え入りそうな声が打った。
「……フェルナン」
「ん、どうした?」
「来て」

 見れば、わずかに眉をひそめたタバサが立っている。一見いつもの無表情とさしたる違いもないが、分かる人間には分かるだろう。キュルケとか。
 どうやら、何かが来たようだ。僕たちが穏やかな日常に浸っていられないような、何かが。
「悪いなギムリ、我がお姫様がお呼びだ。話は放課後にな」
 軽く手を振って級友と別れる。周囲の転生者連中から興味深そうな視線が集中していたが、表立って敵意を向けてくる連中はいないようだ。


 さて、タバサと連れ立って、あまり人がいない中庭へとやってくる。いつぞやの決闘騒ぎの前にはヴィリエの公開処刑の舞台になったりしたのと同じ場所である。
「……指令が来た」
 僕は北花壇騎士団においては現在、書類上において『十三号』という厨二病めいた数字が付けられている。タバサが取り出した書面には、タバサの七号と並んで、その数字が刻まれていた。
 ちなみに、ナンバーが十三なのに大した意味は存在しない。その時点で北花壇騎士団所属のメンバーが十二人だったからというだけの話だ。何となく番外とか幻のゼロ番とか存在していそうで怖いが。

「ガリアか……今度は何だ? 吸血鬼か? 火竜か?」
「……分からない」

 差し出された書を受け取ると、そこに書いてあるのはただ一言『出頭せよ』。どこぞの髭司令並のセンスである。そういえばジョゼフ王にも見事な髭が生えていたはず、と本当にどうでもいい原作知識を思い返す。
 とりあえず、訳も分からぬまま連行されて汎用人型決戦兵器のコクピットに詰め込まれないだけマシだと思うことに────そういえば、ガリアにあったな汎用人型決戦兵器『ヨルムンガント』。

「ま、まあいい……。とりあえず、ガリアに向かおう」
 そんなわけで、学院には休校届を出して、一路ガリアに。



 その国ガリアを形容するにあたって、トリステインの南西に位置する、と表現するのはいささか誤解を招きやすい。

 トリステインを中心に置いて見るのであれば、ガリアの国土は南西であると同時に真南にあり、また南東にも存在する。彼我の領土面積が違い過ぎるのだ。ガリアからすれば、トリステインなど北の辺境から生え出したちっぽけな出っ張りに過ぎない。
 より正確さを期するならガリア中心に表現し、トリステインの方が北にある、と言うべきだろう。

 だが、その距離はさほど離れているとはいえない。風竜の一頭でもいればさほど掛からずに辿り着ける距離だ。
 タバサと二人連れ立って陸路を往く。移動手段は馬、したがって数日の時間が掛かる。ヴィマーナやホムンクルスに騎乗すれば風竜よりも速いだろうし、空間転移を使えば一瞬、しかしその程度のことで手札をさらすのは少しばかり馬鹿馬鹿しい。

 そういうわけで、僕たち二人は馬蹄を並べて数日、ハルケギニアの街道を進む。



 風が吹いた。
 重い風だ。水分を多量に孕んだ湿った風は、どこか血液に似た匂いがした。
 思わず空を見上げれば、重苦しく雲の立ち込めた灰色の曇り空が視界にのしかかってくる。微妙に濃淡の掛かった灰色の表面はまるで海面のようで、これで遠雷の一つでも響いてくれば、それが潮騒のようにも聞こえてくるのだ。

「……嫌な天気だな。リュティスの空ってのは、いつもこんななのか?」
「……お父様が暗殺される少し前から、いつもこう」
「そうか」

 呼吸するだけでも肺腑を満たす大気が重圧に変わる。それを少しでも緩和しようと言葉を探すが、結局どうしようもないらしい。
 少し進めば、すぐにヴェルサルテイル宮殿が見えてくる。死の気配のように重苦しいガリアの大気の中では、青い大理石で造られたヴェルサルテイル宮殿も、まるで海底神殿の遺跡のように沈み込んで見える。

 海底のように重々しい風景の中では、鮮やかな桃色の大理石で建てられたプチ・トロワ小宮殿も、海底に潜む臓腑色の軟体生物のようにしか見えない。桃色といえばルイズだが、そのようなお気楽な印象を抱けないほどに忌まわしい重圧が大気そのものを満たしている。


 そんな印象はプチ・トロワの廊下を歩いていればさらに顕著なものとなる。桃色の大理石と調和のとれた落ち着いたデザインの内装は、客観的に見れば悪趣味とは程遠いはずなのにどこか不安を掻き立ててやまない。

「……タバサ」
「何?」
「この宮殿、ジョゼフ王の在位中に改築されたことはあるか?」
「分からない。……でも、少なくとも一度、彼の即位式の直後に改装されているはず」

 どこか圧迫感を感じる白い壁の壁紙を撫でてみれば、不自然な起伏が指先に感じられ、それはまるで何かのレリーフを刻んだ石壁を壁紙で覆い隠しているかのようにも見える。壁をなぞる指先から汚水が這い上がってくるような異常な冷たさが伝わってきて、僕は慌てて手を離した。

 どこまでも不可解な内装で飾られたプチ・トロワの廊下はまるで一個の巨大な生物の臓腑の中を歩いているようで、すぐさま壁や床が消化器官に変じて僕達に襲い掛かってきても、それは決して驚くには値しないだろう。
 しばらく廊下を歩くと、廊下の向こうに金属で作られた大扉が見えてくる。僕に先立って歩いていたタバサがその扉を押すと、扉は重々しい軋みを上げてゆっくりと開いていった。


 扉の向こうに待っていた相手は、僕が考えていた印象とは違っていた。軽い、というよりは薄い。周囲に立ち込めた不可解にして不愉快な重圧に反して、その男の持つ気配は奇妙に薄かった。
 その姿に、僕は奇妙な違和感を抱く。どうも、目の前にした彼はどこか脳内で抱いていたイメージと違うのだ。

「おお、どうしたそんな場所に突っ立って? 早く入ってきたらどうだ」

 こちらを差し招く青髪の中年男性。肉体がそこにあり、気配も息遣いも感じられるにもかかわらず、そこにいるという実感が持てない。威圧感が薄い、というよりも、そもそも始めから存在しない、といった方が正確。それこそ異常だ、と思う。
 正直目の前の現実を認めたくないのだが、その姿はどう見ても、


「………………ジョゼフ王陛下であらせられますか」


 言葉を交わす口とは別の部分がその違和感の原因を思考する。そう、何よりもおかしいと思ったのは、彼の纏う威圧感そのものだ。気配が薄いのだ。僕が想像していたのは、側に存在しているだけで全てが押し潰されるような圧倒的な重圧。だというのに、それが無い。全くと言っていいほどに感じられない。

 だが、違う。かろうじて手元にあるわずかな情報から逆算して想定した最低限のジョゼフ王は、この程度のものではないのだ。

 ならば影武者なのか、とも思うが、確証も掴めない。確かに僕程度に顔を合わせる事に大した意味など無いのかもしれないが、ジョゼフ王の横に立っている銀髪オッドアイの幼女は、僕の想像が当たっているのであれば、どう考えてもジョゼフ王以外、少なくとも薄っぺらい転生者ごときに御せるような甘っちょろい“代物”ではないはずだ。

「まさかそれ以外に見えるのか? ん?」
「少なくとも、我儘で意地の悪いお姫様には見えませんね」

 僕が想像していた彼の姿は、全てを呑み込むブラックホールのような圧倒的な重圧。ただそこにあるというだけで世界を歪める超重力の塊だった。だが、違う。これは、決定的に違う。別のものだ。強さとか力とか、そういったものとは別次元に位置するまったく違う別の何かだ。
 だが、原作を読んだ限りにおいてあのイザベラに現状の北花壇騎士団を統括するなど、どう考えても無理だ。常識的に考えて。

「はっはっはっは、そうかそうか。騎士団に入ってくる転生者どもには、顔合わせの度に毎度度毎度驚かれるよ。北花壇騎士団の長はイザベラのはずだ、とな!」


 ……この男、間違いなく楽しんでいる。


「まあ、予期していても認めたくない現実は誰にだってありますよ、きっと」

 そう、認めたくない現実は色々とある。彼の隣に立っているあからさまにヤバ気な雰囲気を撒き散らす美少女というか幼女は何者なのか、とか。
 僕の答えを聞いたジョゼフがわずかに目を細めた。奈落のような瞳だ。視線にも声にも大した力も込めていないが、吸い込まれると言うよりも、そこに向かって落下していくような恐怖を感じる。

「ほお、ならお前は予期していたのか?」
「バカとハサミは使い様。使い様によっては身を滅ぼす。両方の要素を兼ね備えていれば尚更に。所詮は身の丈に合わない力を持っているだけの一般人とはいえ、だからこそ逆に世間知らずのお姫様が御せるほどに転生者ってのは楽なナマモノじゃないでしょう?」

 力だけは最強のチンピラの群れ。モブ一歩手前の性能しか持たない弱小原作キャラが偉そうに胸を張って見せたところで、犯され殺されるのが関の山。

「いやいや、あいつも俺の娘だ。意外と何とかなってしまうかも知れんぞ」
「その台詞が親としての贔屓目なのか、それとも興味なのかただの枕詞なのか、あるいは本気か、正確なところをお聞きしたいですね」

 その言葉に目の前の怪物王はその笑みを深くするが、結局答えを返すことはなかった。

「まあ、何でもかまわんだろう。時間が惜しい。とにかく、任務の話をするぞ。遠慮なくこき使ってやるから、感謝して聞くがいい」
 そう言ってジョゼフ王が話し始めたその計画は、確かにわざわざこの場に呼びつけるのも詮のない話であると、納得せざるを得なかったのだった。


 そうして、王都リュティスを出た時に始めて気がついた。ジョゼフ王の気配は薄く感じ取れなかったのではない。僕が始めから感じ取っていたにもかかわらず、それと気づかなかっただけ。

 リュティスを覆う深海底のような重圧。それこそが彼の放つ気配そのものなのだ。希薄であるがゆえに感知できないのではなく、巨大過ぎるがために知覚できない。
 それは例えて言うのなら、エアーズロックの写真を見て一枚岩の巨大さに感動しても、同じ写真からその下にある大地の方が巨大であるという事実を意識できないのと同様に。
 要するに、僕たちは始めから彼の消化器官の内側にいたのであって、捕食された哀れな小蟲のように溶かし殺されなかったのは、ただ彼が僕たちに敵意を向けていなかっただけに過ぎないのだ。
 僕はタバサを伴って、まるで逃げるようにして王都リュティスを後にした。

 ……冗談じゃない。あんな化け物を相手になんてしていられるか。



 波の音が響く。
 足元は砂。絶え間なく聞こえてくる波音に背を向けて背後を見れば、地平線の彼方まで続く赤い荒野。そして、そこから振り向けば、青々とした海原が水平線の向こうまで広がっている。
 背後を振り返れば、今まで歩いた後が足跡になって延々と続いていた。

 そんな世界を、僕は波打ち際に沿って歩き続けていた。歩いても歩いても続く海の空気には、奇妙なことに潮の香りが一切存在しなかった。

「水精霊としての“新”本体……思ったよりも結構時間が掛かるな」

 地球の海水を水精霊化するための研究も同時進行で進んでいるが、実行の容易いこちらがまずは最優先だ。
 でもって、それを利用して達成するのが最終的なシナリオ『オーバーフロウ』。それまで、他の転生者に悟られないようにしなければならない。
 『オーバーフロウ』の到達点とは、転生者という括りとは全く別の次元に存在する。




=====
番外編:ギーシュ
=====
 走る。走る。走る。

 彼の眼前を赤い鉢巻をした少年が疾走する。その後を、自分も追って走る。
 相手がコーナーに差し掛かる。その瞬間には相手の速度もわずかに落ちるはず。だからその時に抜いてみせる。走る。

 あと少し。距離が一メートルを切った。もう少し。走る。五十センチを切ったところで、相手が再加速、詰まっていた距離が再び離される。

 相手はまだ行けるのか、と驚愕し、それなら、と自分も加速しようとするが、既に自分の加速は最高潮、疾走する体勢を崩してすら追いつく事はできず、そして────



 濁流のフェルナン/段外段



 ────そして彼は目を覚ました。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 夢の中で全力疾走していた事がまるで事実であるかのように、彼の全身は汗に濡れている。荒い息をついて布団に身体を預けると、途端に静けさが戻ってくる。
 また前世の夢だ。この世界に転生してから、相変わらず、あいつには勝てないままだ。

「ああ、クソ、結局、この世界にいるまま、なのか」

 この世界でギーシュ・ド・グラモンと呼ばれる少年は、呟いて吐き捨てた。



「と、いうわけでリアル転生ものをやってみようかと思うんだがどうだろう?」

 かつて、彼の前に立った何者かの第一声は、かつて別の誰かが聞いたものと全く同じものであった。

「いや、最近、二次創作の感想でよくあるだろ? とりたててチート能力はなくても、努力と根性で戦っていくオリ主の話が読みたいってさ。だからまあ、それができそうなお前を選んだわけよ」

 その問い掛けに、自分は何と答えたのだろうか。確か、そんなことはどうでもいいから、元の世界に戻してくれ、と言ったはずだ。

「ああ、悪いがそいつは無理だ。お前に拒否権はない。というかさ、ここに呼び出されている時点で、それくらい気付けよ。当たり前だろ」

 駄目だ。自分にはどうしてもやりたいことがあったはずだ。勝ちたい相手がいたはずだ。そう思う。

「無理だって言ってんだろ? まあ、ちょっとは悪いと思ってるんだぜ。だからさ、とりあえず、お前には何か能力をくれてやろうと思う。とりあえず、前に転生させたヤツが五つだったから、お前も五つな。好きなのを選ばせてやるよ」

 だから、それはいいから帰してくれと。帰りたいのだ、と。何度も声を上げる。

「悪いがそいつは無理だ。死人は生き返らない。それが世界の大原則だ。まあ俺が決めた事なんだけどな。で、能力はいらない? そんなんだったらすぐに潰されちまうぜ。前のヤツはともかく、前の前のヤツなんかは中々の有望株だ。能力なしで立派なオリ主になるのはちょっと難易度が高いぞ」

 それでも、あいつに勝てないなんていうのは絶対にいやだ。首を振り続ける彼に向って、その何者かは呆れたように溜息をついた。

「仕方ないな。だったら、お前の頭をサーチして適当に能力つけるぞ。五つな。はい、それじゃ、転生確定。少しは楽しませてくれよ」

 そうして、そこで彼の記憶は途切れている。



 彼が転生して最初に思ったのは、この世界ではあいつに勝てない、ということだった。

 彼にとっては、走ることだけが全てだった。どんな嫌な事があっても、走っていれば忘れられた。ただ走るという事だけに関しては、誰も彼には勝てなかった。彼にとってもそれは自慢だった。

 だが、それはさして長い間のことではなかったのだ。
 自分以上に優れた才能の持ち主。自分がたとえ百の努力を積み重ねようと、才能だけで千の結果を出して上回られる。それがそいつだった。
 しかし、彼は千の努力を重ねようとした。続けた。それでも勝てなかった。

 そして、彼は諦めた。荒れた。学級では陰湿ないじめを行い、そいつを孤立させた。そして、やがて彼はそれに暗い愉悦を覚え始めるようになり、やがてその対象はそいつではなく、同じ学級に存在した、もっと立場の弱い人間へと移っていく。

 だが、彼は諦められなかった。かつての仲間と手を切り、再び走ることを始めた。そこに、またそいつはいた。あいつに勝ちたい。それだけの願いで彼は走って走って走り続け、そしてある日、どうしようもない事故で、どうしようもなくあっけなく、彼は死んだ。死んだのだ。


 そして、彼が転生して最初に思ったのは、この世界ではあいつに勝てない、ということだった。つまり、自分はいったい何物なのか、ということだ。この世界では、どれだけあがいても自分はあいつには勝てない。なぜなら、ここにはあいつがいないのだから。ゆえに、この世界では自分は走るものでは在り得ない。

 だったら、自分はいったいどうすればいいのか。

 その答えは、意外とすぐ近くにあった。転生する際に授けられたチート能力。そして、転生後に気がついた魔法の才能。
 そして何より。

「初めまして。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します」

 かつて名前だけを知っていた少女との出会い。それが、彼の方向性を決定づけた。


 己こそが主人公だ。己こそが物語を為すものだ。この世界は己の物語なのだ。ならば、そう在るべく振る舞うべきだ。
 それこそが、彼の唯一無二の指針となった。



 だが、それすらも打ち砕かれる日が来るのだ。



 違う、と思った。これでは、違う。こんなのが自分の物語であるはずがない。これは自分の物語であるはずなのだ。

 どんな相手でも、自分が熱意を込めて語れば改心するはずだ。現に、父も、他の貴族たちも、そうだった。そうだったはずなのだ。

 だが、目の前の相手は違っていた。今まで彼が対峙した何者とも。そいつには、おそらく何もなかった。その言葉には一切の重みが存在せず、その瞳には一切の共感が感じ取れず、その精神には一切の人間的に大切な何かが欠け落ちていた。
 目の前の相手には、まるで魂そのものが存在していないようだった。

『勘違いするなよ。僕は何も変わっていないし変わらない。あの時も、今も、ずっと昔から、そしてこれからも、だ。成長なんて糞喰らえだ』

 主人公として努力を重ねてきた。その甲斐あってか、自分はますます強くなれた。その努力の蓄積は、間違いなく自分自身に対して誇れる大切なものであり、己が己である証明である。
 それを否定された。

『僕は、努力なんていう言葉が大嫌いだ。他の何より、一番嫌いだ。努力なんて言葉を吐く人間は死んでしまえばいいと思うね』

 貴族はこうあるべきだと思っていたことを行った。内政改革に外交に、腐敗した貴族階級を正すべく民のために努力を続けた。
 その成果は、間違いなく自分が生きてきた証である。共にそれを成し遂げた仲間たちの笑顔は、何物にも代え難い彼の存在証明である。
 それを否定された。

『馬鹿馬鹿しい』

 その全てを否定された。

 あるいは、彼はそいつと出会ってはいけなかったのかもしれない。その存在は、ギーシュが重いのと同じように軽く、ギーシュの存在が軽いのと同じように重い。だが、何よりギーシュとそいつでは、存在する次元が違い過ぎた。戦力差とか格の違いとかそういう問題ではなく、存在の量と質の問題。

 一人の人間が氾濫するペスト菌とコミュニケーションを行うことができないように、ギーシュとそいつは一切の共感を持ち得ない。

 努力の否定、それは、かつてギーシュ・ド・グラモンになる以前の彼自身が同じように行ったことだ。しかし、違う。違うと感じた。その男には決定的に、かつての彼の内側にあったはずの何かが存在していない。
 だからギーシュは否定する。そんなはずはない。民を守るのが貴族の務めで、民もそんな彼を認めてくれていたはずだった。

『民は僕たち貴族に忠誠を持たない。連中にとって僕らはその程度のものでしかないんだ。なら、僕たちも民に忠誠を誓う必要なんてどこにもないってことさ』

 彼の言葉はおぞましいまでに空虚だ。およそ人の言語に宿るはずの肝心な何かが欠落していて、説得力というか、魂に訴えかけるものが欠片も存在しない。だが、論理としてだけは成立していて、その論理がその空洞に無限に反響して、彼の精神の奥深い部分を責め立ててくる。

 違う、と思った。いや、そう結論づけずにはいられなかった。だから、正すべきだと思った。だからこそ決闘を挑んだ。主人公が敗北する戦闘など存在しないのだ。
 そして。

『ギーシュお兄様、大丈夫ですか!? お怪我は!?』

 爆発。己の意図しない結末。助けられた。その結果として追い詰められた。だからこそ。

『あっははははっはははははっハハハははは!! となると、小細工無しの戦いと最初に行ったのも全てがこれに至る布石だったということか! なるほど、大した策士ぶりだよギーシュ!!』
『違う! 俺は……!!』
『そうだ、ああそうだな悪かった、確かに僕が悪かったなギーシュ・ド・グラモン、グラモン家の次期当主殿、弱冠十二歳にして才能に恵まれた土のスクエア、伯爵である父上殿にも領地経営を任されて領地改革に成功し、アンリエッタ姫の覚えもめでたく、トリステインの大貴族の筆頭たるヴァリエール家の庇護まで受けたグラモン家の神童様が、まさかそんな卑怯な真似をしでかすわけがない、つまり僕が悪かったと、そうだなそういうことになるわけだなハハハハゲホグハハァッ』

 違う。違う。自分は違う。自分だけは違うはずだった。なぜならこの世界は自分のための物語なのだから。


 そして。
 彼は自分の身に起きたことを否定した。
 違う。違う。この世界は自分のために存在するのだ。故に。
 彼は全てを理解した。これは物語の一部。己を主人公たらしめる、予定調和の苦難である。

 だからこそ。

『ティファニア、久しぶり。君を迎えに来たんだ』

 彼は何の妨害も受けずにその少女を連れ出す事に成功する。しかし。目的であったはずの少女は、唐突な火竜の群れの襲撃を受けて姿を消した。
 彼にとってはそれすらも、予定調和に過ぎなかった。そして。

『テファ、無事だったのか!? マチルダは!?』
『え? 貴方、姉さんを知って……え? あ……い、ゃ、いやぁああああああああああああああああ!!』

 再会は望まない形で終わった。だが、だからこそ彼は確信する。これはそういう物語なのだと。彼女と自分は、運命に結ばれているのだと。
 果たしてその運命が本当に定められたことなのか、それを確かめる手段は存在しない。だが、彼は確信している。
 自分が運命の申し子であることを。
 何故ならば────己の生きる道をそれしか考えられないために。






=====
後書き的なもの
=====

 ようやく復活。
 待っていてくれた人はお待たせしました。初めての人は初めまして。読んでくださってありがとうございます。

 今回の反省点。
 冒頭のタバサ。少しやりすぎた気が……。

 強烈な悪役がいてこそ強烈なストーリーが完成する……気がする。そんなわけでジョゼフ王がもっと上手く書けるようになりたい。

 ギーシュの行動原理は『とにかく何でもいいのでオリ主っぽい行動を取る』。さすがにこれはフェルナンの想像を完全に越えていた模様。



[13866] 濁流のフェルナン ルートB17 狂王の布石
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:6764df4f
Date: 2010/10/11 20:45
 帝政ゲルマニア。
 トリステインの東側にある大国。国家元首が始祖の血を引いていないため成り上がりとされ、国際社会では一段低く見下されているものの、ガリアと並んでハルケギニア最大級の国力を誇る超大国。
 正確な地図さえ作れば国土面積的な意味でも、トリステインがゲルマニアを見下すという行為がどれだけ無謀かつ馬鹿げたことなのか、猿にでもあっさり理解できるはずだ。というか、トリステインは外交感覚が某北の国並な連中が多過ぎる。
 国土の広さはそれだけで国力に繋がる。文明が発達しておらず、加工貿易のように国土面積に依存しない生産手段が存在しないハルケギニアなら尚のこと。ついでに言うならゲルマニアは経済大国でもあり、その資金力は伝統しか取り柄のないトリステインなぞでは逆立ちしたって勝てる相手ではないのだ。

 しかし、このゲルマニアの政治体制、というか身分制度はきわめて特徴的であり、皇帝が海千山千の地方貴族どもに対抗するためとか何やらで、実力(金)さえあれば平民でも貴族になれる、という、転生オリ主誰得な制度が存在するのである。
 この制度、当然ゲルマニアの転生者どもが目をつけるのは当然ということで、ゲルマニアの貴族出身の転生者が援助を行い、取り巻きに平民出身の転生者たちを従えて一大勢力を形成している。それがゲルマニアの転生者組織である錬鉄竜騎士団。貴族の地位という餌を元手に、詳細不明のガリアを別としても、数において他国の転生者組織に大きく水を開けている組織である。
 僕たちの目の前にいる男も、その一人であった。



 濁流のフェルナン/第十七段



 そいつの名前はマテウス・クサヴァー・フォン・グデーリアン。フルネームだと長いし面倒なので「グデーリアン」でいいだろう。

 その男の外見的特長を一言で言い表すなら、アルビノ、で終わる。絵に描いたような白髪赤目。白髪に不健康そうな痩身と合わせて色というものが抜け落ちたかのような立ち姿の一点に、ペンキで塗り潰したかのような赤い点二つが、両目。

 それだけの、ただの薄っぺらい男だ。威圧感とかそういった要素は、たとえばジョゼフ王のような論外規格外どもを別としても、ワルド子爵とかコルベール先生とかそこら辺の真っ当な強者と比べても大したことはない。せいぜい、街のチンピラよりもやや上程度。
 だが、彼が持っている余裕じみた雰囲気と、人を見る目つきが与える奇妙な違和感が、どこか奇妙な不気味さを醸し出していた。
 その雰囲気一つ取ってみただけでも、彼が何者であるのかという結論を出すには十分過ぎる。力持てるものに特有の強者の余裕と、周囲を己のためのモブとしてしか見ない転生者特有の風情を、どこか無意識の内に発散させている。それがもたらすのは、気配の中に含まれる奇妙な薄っぺらさであり、そこから感性に訴えかけてくる漠然とした違和感だ。

 大抵の転生者に共通のそれは、あのギーシュやアリサ・テューダーすら完全には逃れられていない致命的なものだ。あの二人に関してこの違和感は、その人間に対して注目を惹き付け、性格や行動のプラス要素を強く印象付けるものになっていたが、グデーリアンのそれは正反対だ。脅威や残酷さといった負の要素をいたずらに撒き散らし、周囲の人間を刺激する。

 正直言って、度胸があるなどという自信は欠片も持っていない僕としては、そんな危ないヤツには近寄るどころか視界に入れたくもないのだが、これが任務なのだ。仕方ない。

「よォ、初めましてだなァ」

 意味もなくニヤリと笑いかけながら、グデーリアンは爬虫類系の視線でこちらを一瞥し、意味深な目つきで僕の横に立つタバサをじろじろと眺めた。タバサは相変わらず雪風な無表情だが、何となく不愉快そうに見える。
 あまり愉快ではないので、手短に要件だけを済ませよう。気分はRPGのNPCだ。どうせ相手も、こっちをそんなものとしか認識していなさそうだ。

「それで、用件……こちらに亡命したいということでしたが」
「あァ。ゲルマニアは騎士団長どもが威張っていやがるからなァ。正直鬱陶しいんだよ」

 最強の俺にどうたらこうたら、とか呟きながら、そいつは体重を投げ出すようにして椅子に深く腰掛けた。まあ、グデーリアンの能力については調べがついているので、本当の本当にこいつが最強だとは思わないが。

「ふむ、それでは、まずこちらの書面を御覧ください。さほどややこしい話でもありませんし、一回目を通したら機密保持も兼ねて焼却させていただきます」
「こいつァ……」

 そいつに懐から取り出した書類を渡す。僕が渡した書面を確認したそいつは、思わず顔を引き攣らせた。それはそうだろう。それだけ物騒な任務なのだ。

「この作戦は、貴方が信頼できるか確かめる、という意味もありますし、貴方にどこまでのことができるのか、というテストの意味も存在します。我々北花壇騎士団は純粋に実力主義ですから」

 だから僕とタバサは援護しない。
 そう言ってやると、相手はいかにも自信ありげに鼻を鳴らした。それだけ、自分の能力に自信があるということなのだろう。

「まァいいさ。さっさと終わらせて、跡形残さず片ァ付けてやンよ。要は、俺の最強を証明すればいいってだけのコトだろォがよ」

 ニヤリ、と嫌らしい笑みを浮かべて、グデーリアンは宣言した。


 そいつが出ていくと、僕は深々と溜息をついて椅子に座り込んだ。何だか最近、溜息をつくのが癖になりつつあるような気がする。

「よりによってあんなのを使わにゃならんとは……」

 使い捨ての手駒にするにせよ、もう少し扱いやすいヤツが良かった。まあ、こんな単純な裏も見通せない相手であれば十分扱いやすいと言ってもいいのかもしれないが、それはあくまでジョゼフ基準だ。
 僕が言うなと突っ込まれるかもしれないが、あんな厨二病患者と付き合っていたら、ストレスが溜まって仕方がない。

「大丈夫。たった三日の辛抱」
 タバサが慰めてくれるのが唯一の癒しである。それに、その三日間にしたって、どうせロクに顔を合わせることもないのだ。
 とはいえ、ジョゼフ王に任された、というか有無を言わさず押し付けられたこの仕事は、正直言ってかなりの重大事である。正直、面倒なことこの上ない。まあ、僕達のやることは単純極まりないんだが。



 トリステイン魔法学院の生徒にとって、学院から最も近い都会である王都トリスタニアは、僕やタバサのような図書館利用常習者、もしくはキュルケやギーシュのように異性に不自由しない連中を除けば、唯一の娯楽の場であるといっても過言ではない。一般的な学生が修道士の如く学院に閉じ篭っているのは、それはそれで結構きついものがある。

 トリスタニアはギーシュによって内政チートの影響によって、何十年か前と比べると信じられないほど賑やかになった……らしいと父が以前言っていた。
 貿易も活発になっているのか、たとえばビエモンの秘薬屋の品揃えなんかにも、トリステインでは普通まず手に入らない東方の産物が混ざっていたりする。

 もっとも、ここ最近はアルビオンの戦争の影響がじわじわと伝わってきているのか、いまいち活気がないようで、街を歩いている人々の顔つきにもやや暗いものが混じっているのが見受けられる。

 だが、僕にはあまり関係ない。
 たとえアルビオンが滅ぼうともギーシュざまぁとか言っておけば済むことであるし、別に大した問題にはならない。
 何より、そもそも今回ここに来た目的は、暗い顔をするためじゃない。
 人口の密集した都市の臭いは工業技術があまり発展していないこのハルケギニアにおいてもあまり心地の良いものではないが、数年前にギーシュの手によって行われた下水道開発のせいもあって、実質あまり気になるものではない。
 石畳で舗装された路面を歩きながら、噴水の設置された広場に辿り着く。


 そこには妖精がいた。


 喧騒が無音に取って代わり、味気ない無色の景色の中で彼女の立つそこだけが鮮烈に輝いている。
 柔らかな蒼の髪、澄んだ湖水の瞳、透き通った雪白の肌、それだけで他のものなど全て何も目に入らなくなる。

「フェルナン?」

 気がつくと、タバサはいつの間にか僕の目の前に立っていた。

「……あ、ああ。タバサ、待ったか?」
「少し」
「そうか。……その、ごめん」
「ん……」

 二人で手を繋いで歩く。
 そういえば、今日のタバサはどことなく雰囲気が違う気がする。いや、タバサの体内に仕込んだ水精霊の一部などから、別に偽者とかそういうオチではないことは分かっているのだが、別にそういう話ではなく、つまり、まあ、そういうことだ。
 タバサが着ているのはいつも通り飾り気のない制服であり、特に何というわけでもないので、その原因は別のところにあるのは間違いない。

「タバサ、もしかして化粧とか……してる?」
「ええ。キュルケに手伝ってもらった」

 タバサに気取られないように視線だけ、隣を歩く少女に向ける。相変わらずの無表情だが、頬がわずかに緩んでいるので機嫌もいいのだろう。
 ナイスである。キュルケには感謝しておかねばなるまい。

 先ほどの偽一方通行との会話で非常に神経を擦り減らしたので、息抜きがてら、二人で出歩くことにしたのだ。
 でもって、一旦空間転移まで使って学院に戻って気分を切り替えてから、またここに来た。
「そうだな。色気はあまりないけれど、書店巡りでもしようか?」
「ええ」

 実際問題、僕はここ数年、書店を訪れたことはない。
 確かにギーシュの影響で、トリステインにもラノベ的な作品が売られるようになった。だが、それよりももっと大きな問題が存在する。
 ギーシュである。
 ギーシュの書くラノベもどきというのは要するに前世のサブカルの完全なるパクリである。その原作は当然、前世における現代日本の水準であり、当たり前の話だが、文明が進んでおらず、当然ながら娯楽文化もさほど発達していないハルケギニアの詩人なんぞが逆立ちしたって勝てる相手ではないのだ。
 そんなこんなで、ギーシュが書いた作品というのは、彼が作家(笑)としての活動を休止している今でも、結構根強い人気を誇っている。

 それの何がいけないか、と言うとだ。

 トリステインのラノベコーナーの中心には、ギーシュ専用コーナーが存在するのだ。もう本当、目障りで仕方ない。
 そんなわけで、こう店員の目を盗んでギーシュの肖像画の掛けられた壁の部分をガスガスと軽く蹴り飛ばしてから、本棚を物色する。
 正直、地球に行った方がよほどに品揃えがいいラインナップだ。ついでに言うなら筆力的にも印刷技術的にも、日本で出版されているラノベの方が上なのは言うまでもない。まあ所詮は猿真似だからな。

「で、タバサはどんなのが欲しいんだ?」
「……私は別に」

 真っ赤になって目をそらすのがかわいい。ついついその場で抱き締めたくもなるが、自重。ここは書店のど真ん中だ。店員や他の客の目だってある。

「いつも本読んでいるし、好きな本くらいあるだろ」

 言いながら本棚に並んでいる背表紙に視線を滑らせながら、タバサと連れ立って店内を歩き回る。
 たまに興味を惹かれる題名の本があれば、背表紙の上に指先を引っ掛けて本を引っ張り出し、ぱらぱらとめくっては本棚に戻す。
 そんな様子をタバサが、妙に熱のこもった目つきでじっと見つめているのが気になって、気が散ってしょうがない。そういえば、彼女はさっきから全然本棚を見ていない。

「どうかしたか?」
「何でもない。気にしないで」
「や、でも気になるし」

 否定するタバサだが、気になるものは気になるのだ。というか、耳元まで真っ赤になっているタバサが妙にかわいいのでよけいに気になる。
 埒が明かないのでこっちもじっと見つめてみることにする。何となく小動物を愛でている気分だ、とか考えて、途端に夜のタバサの乱れた姿を思い出して、思わず気恥ずかしくなって僕はその思考を追い出した。
 やがて、根負けしたタバサが真っ赤になって俯くようにして言った。


「…………貴方の好みを把握したい。その、大事な人……だから」


 あー、何というかね。
 心臓に直撃というか、まあそんな感じだ。抑えが千切れる感覚。タバサの手を引いて早足で書店を抜け出し、適当な場所に隠れてから全力で空間転移して自室に戻り、引っ張ってきたタバサを目一杯抱き締めた。
 何というかね。もうね。

 その日は結局、ひたすら彼女に溺れて過ごした。



 そんなことがあった翌日。
 僕はギーシュに呼び出されて校舎裏にやってきていた。
 校舎裏における呼び出しのテンプレは二つ。リンチと愛の告白だ。ギーシュのチートの正体も分からず、また学校に他の転生者がゴロゴロいる中で前者と来られては厄介だが、後者も本気でお断りしたい。まあ、後者の可能性はまず有り得ないだろうが。

「……何の用だ?」

 顔をしかめながら言う。こいつに関しては、表情を取り繕う必要がないという意味で楽だ。楽な要素はそれだけで、それ以外は完全無欠に不愉快なのだが。

「……アリサの事なんだ」

 ギーシュは真剣な表情でじっとこちらの目を見据えて答える。どうやら、既に名前呼び捨てで呼ぶほどにフラグが立っているらしい。これだからハーレム系は、とむかつきを隠しもせずに睨み返す。

「却下。現状、アルビオンに手を貸して得る利益はない」

 むしろ損害ばかりが大きい。アルビオンとトリステインは弱過ぎる。

「利益だけじゃ人はついてこない」
「馬鹿馬鹿しい。この間も似たようなことを言ったな、おまえ」
「……アリサは、さ。一人なんだ」

 僕の言葉を完全に無視して、ギーシュは勝手に語りを始めた。

「アルビオンの転生者組織だったのが、アルビオン近衛騎士団。アリサがその団長で、仲間の転生者二人がその下で部隊をまとめていたんだ」
 三人で現代知識を出し合って、技術を開発し、産業を発展させ、アルビオンを繁栄に導いた。それがおそらく、アルビオンの全盛期。
 だが、既にギーシュの手によって連れ出されていたため、彼らがどれだけ原作知識を総動員して探してみてもティファニアは見つからず、さらに何者か(って実は僕なんだが)が横槍を入れてギーシュの手からティファニアを奪い去ってしまう。
 その後レコン・キスタが勃興した際にはよりにもよってティファニアがレコン・キスタの最高司令官として登場する。さらに彼女を背後で操っているのは、おそらくはガリアのジョゼフ王。いかに現代知識を持つとはいえ、真性の天才が相手では歯が立たなかった。
 さらに、仲間二人の能力は戦闘用でこそあるが継戦能力が低く、戦争には極端に弱かった。その上、死亡した二人の死体がアンドヴァリの指輪で蘇生され、再生機能によって継戦能力を克服した上で敵の手駒として復活してくるというオマケ付き。
 もはやアリサに勝ち目はなかったのだった。まあ、僕にとっては予想通りではあったのだが。

 にしても、アリサ・テューダーのチート能力は何なのかね。何だか歌っていたらしいが。戦場で。


「それでどうするつもりだ? まさか、そんな話を聞いただけで、僕が改心して心変わりするとでも?」


 僕は吐き捨てるように言い放ってから、深々と溜息を吐いた。
 情とその場のノリに乗せられて命を賭けるようなヤツは、ただのバカだ。扇動に乗せられて命を賭けるということは、逆に言うならば自分の命の賭けどころが分かっていないということでしかない。
 僕が命を賭ける価値を見出す目的は徹頭徹尾自分のためだけで、ギーシュの要請は全く僕の得にならない。

「というか、だ。その程度の顛末は、僕も知っているよ。調べたからな。おまえに教わるほどのことじゃない」

 否定されたギーシュは、顔を俯けて震えている。下を向いていて顔が見えないがために表情は分からないが、怒っているのか、泣いているのか、どうなのか。もし笑っているとしても、少なくとも楽しんでいる笑いではないだろう。
 なぜならば、ギーシュの喉から、絞り出すような声が漏れてくるから。

「お前は、何も思わなかったのか……?」
「何をだよ?」

 ギーシュの手が伸びて、僕の襟首を掴み取る。速い。気圧されたとかそういうのではなく、単純に速度の問題で追随できなかった。純然たる肉体のスペックでは、少なくともギーシュのそれは僕を凌駕しているようだ。

「アリサのことだ。アリサがどれだけ悩み、苦しんできたのか! アリサの仲間がどれだけ彼女を愛していたのか! それを知ってどうしておまえは、そんなに無関心でいられるんだ!?」

 ギーシュの怒りを表すように、締め上げられた襟首が気管を圧迫する。呼吸が遮断されたからといって活動に一切の支障はないが、かといってそれは不愉快でないということを意味しない。

 おそらく今、僕は自分を遥かに凌駕する相手を目の前にしている。
 鳩尾の辺りに重いものが溜まっているような、腹の辺りから冷えていくような、あるいは脳味噌の中にあった熱いものが一斉に抜けていくような、そんな感覚。
 恐怖と焦燥と怒りと嫌悪が渾然一体となって膨れ上がっていく感覚。

 この感覚は久しぶりだ。むしろ慣れ親しんだ感覚だ。前世の僕が、死ぬ前に、日常的に味わい続けていた感覚。世界の全ての人間が、あらゆる面において、自分よりも優れているという感覚。
 だから、冷静になるのは決して不可能なことではない。

 だからこそ、だが、と思う。
 馬鹿馬鹿しい。どうしてこいつは、こんな下らないことでこうも真剣になれるのか。答えなど決まっている。

「それは僕の感情じゃない。アリサ・テューダーを愛していたのも、アルビオンの近衛騎士団で戦っていたのも、僕じゃない。そいつらは単なる他人に過ぎない。僕には関係ない存在だ」
「お前はぁあああああああああ!!」

 ギーシュの拳が振り上げられるのを見て、少々まずいと判断する。少なくともあの拳であれば、僕の頭なぞ完熟トマトも同然、簡単に叩き潰してしまえるはずだ。
 再生も肉体交換も何度だって可能だが、そこはそれ、将来偽装死とかするためにも、秘密にしておきたい切り札だ。



 だが、結論から言えば、その拳が振り下ろされることはなかった。拳が振り上げられた刹那、魔法学院の建物の全てを貫いて、時ならぬ轟音が響き渡ったからだ。



 ちょうどいいタイミングではあるが、少々タイミングが良過ぎる。こういう時には、何か落とし穴がありそうな気がして不安になる。大体においてそれは杞憂に終わるのだが、今回ばかりはどうやらそうもいかなかったらしい。

「あの馬鹿は……」

 馬鹿が先走った。こちらに連絡の一つも寄越さずに、だ。
 確かに、ヤツに与えられた任務は、このトリステイン魔法学院を強襲してルイズの身柄を強奪すること。しかし、予定日は三日後だ。

「な、何だ!? 何が起きた!?」

 僕の襟首を掴んでいた手を離して慌てふためくギーシュを見て、大体予想できた反応だ、と判断する。某ランペルージさんじゃないが、基本的に転生者というのは、予想外の事態に弱いのだ。チートと原作知識で身を固めている転生者は、こちらから仕掛けることはあっても、仕掛けられること自体があまりないためである。
 などと冷静に考えているようでいて、実際僕自身も決して冷静ではないようだ。耳元で血管がどくどくと嫌な音を立てているし、呼吸も浅く速くなってきている。

「まあ仕方がない、か」

 走っていては間に合わない。適当なところに隠れてから、相似魔術の空間転移で移動する。目的地は教室だ。
 瓦礫を適当に積み上げたバリケードの物陰に隠れているキュルケとタバサを発見、走り寄る。

「何が起きた?」
「……見れば分かる」

 油断無く杖を構える二人の間から、そっと奥を覗いてみる。
 そこは戦場だった。

 炎で焼かれて火達磨になりながら転がり回る男子生徒。手足を失って血塗れになりながら、両親や恋人らしき名前を呼んで這いずる女子生徒。
 あるいは、ばらばらに寸断されて誰のものかも分からない肉片や、床に転がった巨大な岩塊の下から伸びて、うつろに痙攣を繰り返す手足。
 まさに死屍累々。幸い死者こそまだ出ていないようだが、それはあくまでも時間の問題。負傷者の大半は治療が遅れれば確実に命に関わるだろうし、少なくとも数人は確実に“そう”なる。
 本物の戦場もかくやと言うような惨憺たる地獄絵図だが、何より恐ろしいのは、これがたった一人の人間によって製造されたものであるということだ。
 その血と肉の散乱の向こうで、戦闘が行われている。



 そこに立っているのは、二人の人間だった。
 振るわれる力は明らかに単なる人の域を超えているにせよ、少なくとも肉体的には人間である、はずだ。
 争っている二人のうち片方は、ゲルマニアからの留学生であり、同時にゲルマニア錬鉄竜騎士団の副団長である白髪に褐色の肌の男エドガー・ブルクハルト・バルシュミーデ。
 そしてもう一人。白髪赤目の男。マテウス・クサヴァー・フォン・グデーリアン。ちょうど昨日、僕が交渉に当たった相手でもある。
 彼ら二人が、この戦いの当事者であった。



 世界を焼き切り炎が走り、円を描くようにして走った火焔が世界を刻み、空間を裏返し、展開。固有結界────無限の剣製。

 展開した固有結界は無差別に周囲の人間を取り込んだらしく、僕とタバサに加えてキュルケまでが巻き込まれている。厄介なこと極まりない。

 果てしなく広がるのは無数の剣の突き立つ荒野、再構成オリ主クロス主ひっくるめて、とにかくあらゆる二次小説で使い古された情景ではあるが、実際に目にするその光景はあくまでも荘厳にして壮大。固有結界が世界を心象風景で塗り潰す技法というなら、かくも壮大な世界を心に秘める英雄とは一体どれほどの精神を持つというのか。
 その心象風景はあくまでも英霊エミヤのものであって、転生者が使ってんのは二番煎じでしかないというのはお笑いであるが、だが、固有結界が生み出す破壊力、それは決して本物に劣るものではない。集中豪雨にも等しい勢いで降り注ぐ無数の剣弾、その一撃一撃が必殺の威力を秘めて炸裂し、その破壊力は流星雨に等しい。

 だが、敵はそれを迎撃する素振りさえも見せなかった。
「ハッハァ! 柔いぜェ正義の味方さんよォ!! 柔過ぎて卵も割れねェぜこんなんじゃあよォ」
 超能力────ベクトル制御。射程距離こそ短くともあらゆる“方向”を司るその力は、ことこういった攻撃には強い。
 だが、エドガーは撤退する素振りを見せない。ジョゼフ王の真の目的など僕には見当もつかないが、少なくともグデーリアンを放っておけばゲルマニアとトリステインの国際関係が徹底的に悪化することは分かっているのだろう。


 戦闘は激しい。
 この、多数の転生者とメイジが集まるこのトリステイン魔法学院を襲撃することが、亡命の条件としてグデーリアンに課せられた任務であった。
 襲撃の目的などは特に決められておらず、ほぼ僕の裁量に任せられており、とりあえずはルイズの誘拐(というか強奪)を設定した。それがなぜゲルマニアのエドガーと戦闘を続けているのかは分からないが、要するにゲルマニアの転生者がトリステイン魔法学院を襲撃した事実さえあればいい。
 だが、この任務を命じたジョゼフ王の何よりも恐ろしい点は、この任務がおそらく、あくまで「布石」でしかないということだ。その真の目的こそ僕には分からないが、おそらくはアルビオン攻略に関係していることだけは間違いない。
 チェスを好むその趣味とは対照的にその発想は、駒の能力を最大限活用する将棋というよりも、全ての駒を単色の白と黒に貶める囲碁のものに近い。どれだけ強大な力を振るえる転生者であっても、彼にとっては単純な敵か駒に過ぎないのだ。


「くくっ、鋼鉄の副団長とか言われているくせに、何だ脆いじゃねェか!!」
 笑いながらグデーリアンが一歩を踏み出せば、地面に走る衝撃がロケットブースターのように変換され、グデーリアンの肉体を一瞬で敵前へと運ぶ。

 グデーリアンの哄笑に答えずエドガーは呪文を唱え、空中に無数の剣を生み出して降り注がせるが、剣弾の群れはグデーリアンの突進に一本残さず弾き飛ばされていく。

「っ、らァっ!!」
 グデーリアンの肉体が地響きを上げて床面に着弾、その爆心地から同心円状に衝撃波が発生し、グデーリアンの着地点を円周状に包囲した剣弾が薙ぎ払われる。そのまま体を沈めてのグデーリアンは脚を薙ぎ払うように低姿勢の回し蹴りを繰り出すが、エドガーは足元に長剣を生み出し、それを足場に回避。


「にしても、どっちも分かりやすい能力だな……」

 エドガーが呪文を唱え、ダミーの杖を振るたびに、空中に無数の剣が出現し、雨あられと降り注ぐ。

「あれって……錬金よね。あれだけの剣を作るのは正直すごいと思うけど、わざわざ全部形を変える必要があるのかしら?」
 疑問ありげに呟くキュルケ。確かに、転生者の存在を知らなければ、この世界の住人にはあれが錬金に見えるのだろう。
 だが、違う。あれは別の技術。「投影」と呼ばれる魔術によって精製された宝具のレプリカだ。レプリカとはいえ宝具は宝具、圧倒的な神秘を誇る原型は、一ランクの力を減じた程度の弱体化では、まだまだその威力はハルケギニアの魔法程度は軽く上回る。
 まあ既に固有結界内部にいるので剣を出すのに投影の必要すらないとか、そんな設定があった気がするが。

 だが、全方位三百六十度から降り注ぐ宝具の飽和攻撃すらも、グデーリアンを傷つけるには至らない。絶対的に、相性が悪いのだ。
 なぜならばグデーリアンのその能力。あらゆるベクトルを捻じ曲げるその力、一方通行(アクセラレータ)と呼ばれるそれは、どうやらベクトルを伴った投射攻撃しかできないらしきエドガーには、決定的に打つ手が無いようだ。

「ええい、グデーリアン、お前にこの場を襲えと命令を出した覚えはない! 団長の命令か!?」
「ハッ、違ェよ! もうお前らの仲良しこよしにはウンザリなんだヨ馬ァ鹿。オレは、俺のやりたいようにやらせてもらう」

 グデーリアンに向かって降り注ぐ剣弾は、彼に触れることすらできずに跳ね返り、傷一つ付けられない。剣弾が反射してエドガーが宝具の串刺しにならないのは、エドガーが射出している宝具が全て自動追尾タイプであるからだ。射出される宝具はグデーリアンに跳ね返されるたびにグデーリアンを再照準し再射出される。
 だが、結局は同じことだ。また跳ね返されるだけ。


「何を飛ばしても跳ね返ってくるのよ。さっきも私の火球を跳ね返されたわ。あと少し逃げるのが遅れてたら、自分の魔法に黒焦げにされていたところだったわよ」
「……私の魔法も弾かれた。不意打ちも効かないらしい」
 水魔法で二人の傷を治す。キュルケはあちこちコゲているし、タバサも服が少し破れている。自分の魔法を跳ね返された痕だろう。
 二人とも、深刻な傷は見られない。せいぜい、キュルケの服が焦げて、ただでさえ男の目を引き付けるようにわざと調整された制服が、よけいに扇情的になってしまっている程度。
 もっとも、これは二人が異常なのだ。並みのメイジであれば、そこらに転がっている死体一歩手前どもと同様に、再起不能になっているところだ。
「圧倒的よね。杖も使っていないみたいだし、もしかしてエルフの先住魔法ってヤツなのかしら?」
「たぶん、違う。……もっと別の力」
 キュルケとタバサが言葉を交わす。この場ではタバサの推測が正しいが、キュルケは知るよしもないこととはいえ、彼女の言うとおり、確かに、グデーリアンの能力は原作知識にあるエルフの「反射」に近い。

 だが、グデーリアンの力である『一方通行』の「反射」は、エルフの「反射」とは決定的に異なっている。
 原作ゼロ魔で主人公が戦車砲を使用して行ったように、エルフの先住魔法は術者の想定を上回る力を叩き込めば貫通できる。しかし、一方通行はベクトルそのものに干渉する「方向転換」であるため、力押しでは決して打ち破れないのだ。
 だが。

「何となく、僕にもタイミングが掴めてきた」

 行ける、と判断。簡単だ。多少予定外の事態に陥ったりはしたものの、この場にあいつが現れた時点で、既に目的は果たされている。後はあの馬鹿が余計なことを口走らない内に、一気に片をつけるのみ。
 偽アーチャーが手元から華に似た盾を展開し、それが偽一方通行の一撃で砕け散り、余波で吹き飛ばされた偽アーチャーが地面に叩きつけられて気絶する、そのタイミング。
 両手に武器を展開する。右手にはゲイボルグ。左手には伸縮式の特殊警棒型の杖を縮めて握る。
 呼吸を整え。
 背後から。
 全身の力を込める事無く。
 全力の、大体五割の余力を残し。

 一気に踏み込む。

 刹那、残した力で槍を再加速した。



 鈍い音が響いた。



「…………どう……し……て……」

 どうして、無敵の一方通行が敗れたのか。
 それとも、どうして僕が裏切ったのか、ということか。

 後者は初めからそういう目的だったから、要するに、ゲルマニアの人間がルイズを誘拐しようとした事実が欲しかった、というだけであるのだが、答えてやる義理はない。だが、ひとまず前者の問いにだけは答えてやるとしよう。

「七夜、亀仙流、神鳴流、北斗真拳、飛天御剣流、流派東方不敗……僕たちの知っている物語の中には、常識どころか物理法則すら無視した能力を発揮するトンデモ拳法が腐るほど存在するわけだけれど────」
 それを実現するのが転生者というものだ。
 確かに武術系のチート能力は、戦闘以外に応用が利かないものがほとんどである割に、攻撃力も防御力も魔法や超能力といった他の系統に比べて低い。
 だが、だ。


「そんな連中の実力なら、木原真拳の再現だって簡単だと思わないか?」


 要するに、そういうことだ。相性の問題。

 一方通行(アクセラレータ)の能力の原典である『とある魔術の禁書目録』において、自分に降りかかるありとあらゆる攻撃をベクトル反転させる一方通行の能力は確かに超能力の最上位に位置づけられている。
 だが、しかしそれは最強であり無敵ではあっても、攻略不可能であることを意味しないのだ。アヴァロンとかハンプティ・ダンプティとか無敵系の能力は色々あるが、ここまで穴の多い能力も少ないだろう。

 たとえばあるものは生命維持のために必然的に受け入れているベクトルを算出してその抜け穴を攻撃し、またあるものはベクトル反転のタイミングを先読みし、直前に打撃の向き自体を自分から反転させることによって、それをベクトル反転の作用によって再反射させることによって攻撃した。

 僕が取った後者の手法こそ、原典において初めてそれを実現した技術者の名前を取って『木原真拳』と称される。
 一方通行は、武術系の転生者に対して致命的に弱いのだ。

「武功で人間をやめた存在、英霊の能力を持ってすれば、事実簡単だ」

 特に無窮の武練スキルを持つランスロットの力があれば、とは言わない。現在能力隠しのために、ランサーの振りをしているからだ。
 ベクトル反射のタイミングは、既に似非弓兵のエドガーがさんざん見せてくれた。後はネタさえ割れていれば、さして難しい話でもなかった。



 偽一方通行の喉笛に突き立ったゲイボルグを引き抜くと、噴水のように血が噴き出した。まるで人形のよう。チート無敵モードであんなに猛威を振るっていた最強無敵の超能力者も、こうしてみると出来の悪いマネキンだ。実に滑稽。
 キモいので一歩横に引いてから水魔法で噴水の軌道を逸らしておく。

 軽く槍を振るって血を振り払うと、固有結界もいつの間にか解除されたらしく、飛び散った血液が窓に一文字の赤線を引く。平和な教室が一瞬にして惨劇の舞台に! いや、なんというか、日常ってのは脆いものだな。

 そんな風に深々と溜息をつくと、今さら駆けつけてきたらしく、詰め寄ってきたギーシュに胸倉掴まれた。また。うざい。

「……どうして殺した?」
「殺す以外に止める方法が思いつかなかっただけだ。よく言うだろ? 生かしておいたら後ろから撃たれるって」

 なんて、僕は本気で思っちゃいない。ギーシュを黙らせる理屈が欲しいだけ。まあ、あの場合はしっかり殺しておかなければ本当に後ろから撃たれただろうけど。
 厨二小説なんかでよく聞く理屈だが、僕は必ずしもそうは思わない。確かに、生かしておけば後ろから撃たれるリスクはあるが、殺しても復讐されるリスクがある。毒が即効性か遅効性かの違いだけで、致命的なことには変わりない。
 それに、生かしておいても問題ない場合、生かしておかなきゃならない場合、生かしておいた方がリターンが大きい場合、世の中色々なのだ。
 なんて、僕が言っても説得力の欠片もないが。

 今回は、任務の都合でアイツに死んでもらわなけりゃならなかっただけ。暴走したのはゲルマニア、そういう筋書きで動かさなけりゃならん以上、一方さんリスペクトには死んでもらう必要があったからだ。

「そういうことじゃない! ────殺す覚悟はあったのか?」

 一瞬激昂しかけながら、深呼吸して冷静さを取り戻すギーシュ。そうそう長い台詞でもないのにそこまで感情を動かせるとは、まったく器用なものだ。
 僕はさらに深々と溜息をついた。

「馬鹿馬鹿しい」

 断言。
 ぶっちゃけた話、殺す覚悟なんてのは、こと僕のような人種においては、そうそう重要なガジェットではないのだ。

 殺す覚悟とは、殺人を犯さざるを得なければならない状況で、致命的なリスクを回避するために、敢えて人道を踏み外し、色々なものを守りあるいは手に入れるという行為。
 殺さない覚悟とは、やはり同じ状況で、致命的なリスクを背負ってでもあえて人道を歩み、それによって別の色々なものを手に入れあるいは守り抜くという行為。
 決して、中途半端にアーカードさんを猿真似したような見敵必殺(サーチアンドデストロイ)的な殺人狂と同義ではない。

 そして、そのどちらもが────


「────そんなものが必要になるほど、僕は上等な人間じゃないからな」


 肩をすくめて僕はギーシュの手を振り払う。
 どちらかというならば、それはタバサの役だ。少なくとも原作知識において、彼女は殺す覚悟を決めた人間であったはず。
 今のタバサがそれと同じなのかは正直分からないが、それでも彼女は僕よりも上等な人間だ。そのはずだ。




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おまけ的なもの:15終了時の主要キャラ関連設定覚書
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フェルナン・ド・モット
 主人公。
 転生者。
 メイドさん拉致イベントで有名なモット伯の長男という、原作的に考えてきわめて微妙な立場にいる人間。また、最近ガリア北花壇騎士団の構成員になった。
 精神構造の中心は前世から続く徹底的に低い自己評価。だからこそ他の転生者を徹底的に過大評価しているし、あまり油断がない。また、それ以外にもさまざまな部分で低い自己評価が行動や思考に影響を与えている。
 どうやら事あるごとに溜息を吐く癖があるらしい。
 水のスクエアメイジであり、またラグドリアン湖の水の精霊と融合しており、ほぼ人間をやめている。また、それ以外にも相似体系魔術やゲートオブバビロンを初めとした、規格外に大量のチート能力を持つが、あくまでも幅が広いだけで、下位の転生者なら一蹴できる程度の力はあるとはいえ、決して最強にも無敵にもなり得ない。格下にはほぼ無敵だが、格上には話にならない。
 地球を征服している事実を持つが、本人はそれをあまり重視していない。保有する国力、軍事力でいうなら世界最強クラスなのだが、転生者相手に有効なのかどうか微妙、というのがフェルナン自身の自己評価。


タバサ(シャルロット・エレーヌ・オルレアン)
 正ヒロインの座を手にしつつある。
 非転生者。原作キャラ。
 無口無表情で素直クールな合法ロリ。本の虫。
 謀殺されたオルレアン公の息女であり、毒を盛られて発狂した母親を人質に仇にこき使われている不幸属性持ち。今作品ではさらにフェルナンに洗脳されるというさらなる不幸が訪れた。
 風のトライアングルメイジであり、ガリア北花壇騎士団にいたため、戦闘技術だけでなく、戦闘経験もそれなりに豊富。原作においても味方ユニット屈指の戦闘能力を持っていた。また、死亡した転生者のドロップ品であるカオシックルーンの魔界カードを持っているが、まだ一度も使用していない。


ティファニア・ウエストウッド
 性ヒロイン。
 金髪巨乳ハーフエルフ。
 この作品において、一番非人道的な扱いを受けている人物。
 フェルナンの手によって大量生産されて色々な方面に役立てられているが、おそらく一番特徴的な個体はレコン・キスタの最高司令官をやっているらしい。


リーラ・ウルリカ・ド・アングラール
 メイド。洗脳済み。
 フェルナンの秘書的な役割を持つが、魔法学院パートでは正直出番がない。


シャーリー
 メイド。洗脳済み。
 獣人型ホムンクルス。先住魔法と武装練金「ミッドナイト・プラグレス」を武器とする。
 リーラと同じく、魔法学院パートでは出番がない。


ギーシュ・ド・グラモン
 ライバル的ポジション。
 転生者。原作キャラへの転生。
 一見絵に描いたような典型的転生オリ主のような存在のようだが、その実行動原理は「オリ主っぽい行動をする」こと。機械的に原作キャラを救済し、機械的にハーレムを形成し、機械的に内政チートを行い、機械的にSEKKYOUを垂れ流す。そこには欲望も自己陶酔も存在しない。
 グラモン家の跡取りであり、現代知識を生かして内政チートを行ってグラモン領、及びトリステインの内政に貢献しているものの、トリステイン自体の地力が低過ぎるせいで超大国ガリア・ゲルマニアと比べると正直ぱっとしない。
 オリキャラ・原作キャラを交えたハーレムを形成しているものの、ハーレム要員の一人がフェルナンの諜報員に転向していることなど知る由もない。
 土のスクエアであり、またチート能力由来の戦闘能力もフェルナン以上と推測されるが、詳細不明。


ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール
 ギーシュの相方。
 非転生者。原作キャラ。
 原作の主人公の片割れであり、原作における正ヒロイン。ギーシュのハーレム要員の一人。
 失われた虚無属性の持ち主であるが、それを判別する手段が失伝していたため貴族のくせに魔法が使えないドベ扱いされていたところをギーシュに救済され、ヤンデレじみた恋慕を抱くが、度が過ぎており、たびたび暴走する。
 原作と違い、二つ名は「爆撃」である。


アリサ・テューダー
 ギーシュの仲間。
 ギーシュのハーレム要員。アルビオンの転生者組織アルビオン近衛騎士団の唯一の生き残り。ウェールズ王子の妹。
 転生者としてのチート能力も持っているはずだが、レコン・キスタ相手にはあまり役に立たなかったらしい。


ジョゼフ1世
 なんかすごい。以上。
 あと、フェルナンとタバサの上司である。




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番外編:タバサ
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 今はタバサと呼ばれている少女が、濁流の怪物と再会し、同盟を結んだ後の話。彼によって犯されて決定的に心を壊された、少しだけ後の話。


 タバサ────シャルロット・エレーヌ・オルレアンが彼に抱いた第一印象は、すなわち“ずるい”という一語に尽きる。
 メイジとしての位階は当時の自分より一つ上のライン(実はそれは偽装でその当時既にスクエアだったとのことだが)、要するに自分よりも格上のくせに、父の命を奪われ母を狂わされこの世に頼るべき人の一人もいない自分とは違って、何やら研究なんぞしているだけの暇がある。

 己自身を盛大なるチートの権化と定義する彼、フェルナン・ド・モット本人が聞けばそれこそ苦笑いを禁じ得ないだろうが、しかし、おそらく苦笑いの後に、彼はきっとこう言うだろう。
 『人の苦しみなど人それぞれ』と。
 ありきたりの言葉だが、どれだけありきたりに見えようが、人間には誰しも人それぞれ固有の苦しみを持ち、彼女がどれだけフェルナン・ド・モットの気持ちを推察しようとも、それはタバサの苦しみではない、と。



 濁流のフェルナン/段外段



 今のタバサの目から見たフェルナンの印象は、一言でいえば「恐ろしい」だった。

 フェルナンは言ってみれば“薄い”のだ。意志が薄い。感情が薄い。欲望が薄い。存在そのものが薄い。

 たとえば、彼は転生者としての特殊能力を生かして自らの力を強化するために色々と企んでいるようだが、しかし、それにさえも確固たる目的が存在するわけではない。
 唯一はっきりとしているものは自己否定と世界に対する嫌悪くらいのものなのだろうが、それすら行動するための目的にはなり得ない。
 強いて言うなら生き残るためなのだろうが、逆に言うならばそれだけだ。それこそ誰でも持っている程度の本能であって、加えて言うのであれば、フェルナンの立場はそこまで言うほどに追い詰められているものではない。
 だからこそ、フェルナンの行動原理がタバサにとっては不可解であるのだが。

 そして今、フェルナンにはタバサの目的に協力してもらってこそいるが……タバサがもしジョゼフ王に対する復讐をやめたいと言い出せば、フェルナンは二つ返事でそれを受け入れて、そのままの関係を続けようとするだろう。

 それが何より恐ろしい。
 フェルナンは、おそらくタバサが堕落すればその堕落すら何の感慨もなく受け入れてしまう。自分は誰に止められることもなく、どこまでも堕ちていってしまうことだろう。


 フェルナンがタバサの精神を犯す際に与えた変化は四つ。

 “フェルナンを愛し、全てにおいてフェルナンが優先となる”。
 “フェルナンに悪感情を持たない”。
 “フェルナンに不利益な行動を行わない”。
 “以上全ての精神干渉について悪感情を抱かない”。

 だが、それ以外については何ら改変を行われていない。キュルケに感じる友情もそのままだし、母親の事だって大切に思っている、はずだ。そのことについては、むしろ感謝している。

 精神干渉のせいでもあるが、フェルナンに対しては愛情すら抱いている。そうなるようにされたのだから当然だが、だからといって、今の自分がフェルナンを愛しているのも事実。
 そのことに対して、たとえ作られた感情であろうが自分を偽るつもりもないし、愛している以上、彼を愛したいし、愛されたい。

 それに、フェルナンに抱いている感情自体、どこからが暗示とも分からない、というのも一つ。
 洗脳される以前から、あるいは自分は彼に好意を抱いていたのかもしれず。
 たとえば、彼と初めて出会い、彼が自分を助けてくれたことを今でも覚えている。
 たとえば、彼と再会した後、助けを求めたのは他の何者でもなく彼であったのも、無意識にフェルナンを頼っていたのかもしれない。
 たとえば、彼に犯された時に抵抗しなかったことでさえ、他に彼の力の対価として支払えるものがない、という理由でしかないとはいえ、そもそもの初めから彼に対してその手の行為を許すつもりでいたということもある。

 それら思い出が洗脳によって作り出された感情を補強しているのか。
 思い出によって築かれた感情が洗脳を補完しているのか。
 どちらなのか、少女にはもはや分からない。だが、少女に言えることは唯一つ。

 彼を愛することで堕ちていく自分が、何よりも恐ろしい。



 タバサはいつも通り誰もいない廊下を進み、ドアの前に立つ。薄暗い廊下の中で、巨大なドアは少女を拒絶するかのように閉ざされていた。少女はわずかに瞑目すると、自分の来訪を告げるべく軽くドアを叩く。

 小さな繊手が重厚な木扉を叩く音が静まり返った廊下に響く。
 停滞した空気の中にその音が消えていくと、もはやその後は無音。ドアの向こうには誰もいないかのように静寂だけがその場に漂っている。これまたいつも通りだ。
 少女は意を決したように扉を開けて、部屋に入る。

「……誰?」
 力のない、無機質な声だった。意志を宿さない、外的刺激に機械的に反応するだけの声。少女を出迎えたのは、それだけ。
 一人掛けの安楽椅子の上に、一人の女性が横たわるように座っている。酷く、みすぼらしい女だった。髪は乱れ、目は見開かれ、茫洋と窓の外に広がる外の景色に見入っている。

 狂女。

 正気ではないということが一目で分かる風体だった。貧民街に良くある襤褸切れではなく、貴族らしく綺麗に整えられた服を身に纏っていることが余計にその表情の惨めさを際立たせている。

 タバサは何も言わずに女の前に立つ。胡乱げな女の視線が、タバサへ投げかけられた。タバサはいつも通りに膝をついて女に向かって頭を下げる。

「ただいま帰りました、母様」

 言われてみれば、その女はタバサに似ているように見えないこともなかった。狂気に歪められた表情から顔立ちの相違を伺うことは難しいが、心なしか色褪せて見える髪の色だけは、少なくともタバサのそれと同じだった。

「下がりなさい! 無礼者!! ……王家の回し者め!! 私のシャルロットを、夫のように亡き者にするつもり!?」

 女はその腕に抱かれていた少女の人形をきつく抱き締めて叫ぶ。

「恐ろしや、この子がいずれ王家を狙うなどと、私たちは静かに暮らしたいだけなのです!」

 卓の上に置かれていた食器がタバサに向かって叩きつけられる。タバサは目を閉じて無表情のまま、しかし握っていた杖をきつくきつく握り締めた。本人にも理解できない不愉快な熱が、鳩尾の中から込み上げてくるように思えたのだ。

「下がりなさい! 誰にも、誰にも渡すものですか! この子は、シャルロットは私の大切な娘です……」

 タバサは、その女から逃げるようにしてその場から立ち上がった。また女に会うことなど考えることもせずに。
 女はそんなタバサに目をくれることもなく、その腕に抱いた人形に、愛しげに頬擦りを繰り返していた。



 女から逃げるようにして自室へと転がり込んだタバサは、ベッドまで辿り着くこともできずに床の上に座り込んだ。
 乾いた音を立てて、投げ出された杖が床に転がった。
 荒い息を吐いて我が身を抱き締める。彼女はようやく、自身を襲った得体の知れない衝動の本質を理解していた。

 それは憤怒であった。憎悪であった。そして殺意であった。


 簡単な話だ。


 今まで、彼女は絶望していた。
 敵はジョゼフ王。最高の頭脳を持つ策謀家であり、最強国家の王であり、虚無魔法と使い魔に加えて、転生者すら従えている絶望的な戦力差。
 そして、その上で、ジョゼフ王の情報収集能力は底が知れない。それはつまり、どこに逃げようが相手の掌から逃れることすらできないという事実。
 そして、彼女はたとえ犯され精神の自由を奪われて奴隷にされるという形ではあっても、フェルナンという“勝算”を得てしまった。
 最大の絶望とは、希望の後にやってくるものである。逆に言うならば、希望を持つ事のできない人間は、決して絶望することがない。

 タバサは希望を持ってしまった。


 今まで、彼女は一人だった。
 父は殺され、母は狂い、オルレアン公派は誰の助けも差し伸べず、親友は巻き込むことすらできず。
 一人だから戦ってこれたのだ。
 一人であるということは、他に居場所がないということだ。だから、狂気に囚われた母親がたとえタバサに愛情を向けてくれなくとも、戦い続けることができた。
 フェルナンは、戦わないタバサをも無条件に受け入れてしまう。少女の居場所になってしまう。たとえ、それが強くなることを促す優しさではなく、堕落を許容する甘さでしかないとしても。
 そして、他に居場所を持ってしまった以上、母親は“唯一の”居場所ではなくなり、そして依然として、冷淡な憎しみをぶつけてくる相手のままでしかないのだ。

 タバサは居場所を持ってしまった。


 味方を得た代償として、少女の心の中から、かつての心の強さは失われてしまっていた。
 希望を持ってしまったがために絶望する恐怖に怯え、また居場所ができてしまったがためにかつてのそれを取り戻す意志を失い。


 そして何よりも。
 フェルナンの洗脳によって、本能よりも強固に少女の精神に刷り込まれた第一条。

 “フェルナンを愛し、全てにおいてフェルナンが優先となる”。

 確かに、母に対する愛情は今も変わらない。だが、どうしてもフェルナンがその上位に来るだけで。

 しかし、もし母親がフェルナンに対する障害になるのなら自分は躊躇なく母親を殺すだろうし、そして現に、障害とまでは言わずとも既に足枷になっている。いずれ、自分を誤魔化し切れなくなる時が来る、かも知れない。

 何より、少女はもはや、母を第一に愛することができないのだ。
 フェルナンの二の次に過ぎず、故に“それ以上に大切な存在”のために母を“切り捨てる”という選択肢が少女の裡には出来上がってしまった。



 それらいくつもの要因が茨のように絡み合い、少女の逃げ道を塞いでいた。
 大切な存在を守るために硬く閉ざされた少女の心は、しかし弱さを捨てることができなかった。どれだけ頑強な鋼であろうと、わずかにでも罅が入ってしまえばあっさり砕け散る。ましてやタバサのように常に強大な外圧に曝されている身となればなおさらだ。
 こと、硬いということは脆いということと同義なのだ。硬さを保ったまま脆さを捨てようとするならば────一旦砕け、完膚なきまでに壊れる他に道はない。もはやこれ以上、壊れることがないほどに。

 いずれ、自分は母を殺す。
 そんな最悪の予感に、少女は怯えるようにして自らの体を抱き締めた。

「助けて、フェルナン……」

 だが、助けを求める相手こそ、この最悪の事態の最大の原因なのだ。
 少女は矛盾を抱え、否、矛盾を抱えることすらできず、全ての意志が最悪の道へと突き進むことを少女に促していた。






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後書き的なもの
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 偽一方さんvs偽アーチャー。学校テロ。

 番外編ではタバサは暗黒面の誘惑と戦っているようです。そろそろ精神的にリーチ掛かっているような。
 番外編は原作と同じシーン、でもタバサの内心だけが原作と致命的に食い違う。そんな感じ。

 転生者の能力は、力の桁も大事だけれども相性も大事。致命的に。原作では無敵の能力でも、変な部分に穴があるかも。

 グデーリアンの能力は禁書から一方通行。「反射」のオートガードによる絶対防御と、ベクトル制御による攻撃力。黒翼モードはなし。

 バルシュミーデの能力はFateからアーチャー。オリ主の能力としては割と典型的。歴戦の戦闘技術に加えて、大半の敵に有効な武装を用意できる投影魔術と、切り札の固有結界。

 アーチャーの技術で一方通行の防御が抜けなかったのは、ベクトルに依存しない攻撃が引き出しに無かったため。
 多分アーチャーの能力でいくと、固有結界展開時には『剣が常にそこにある』ので『取り出す必要すらない』からゲートオブバビロンより速いらしいが、その理屈で行くと、一方さんの心臓がある場所に直接剣を実体化させるとかすれば、剣が最初っからそこにある=静止している=ベクトル関係ないので、もしかしたらベクトル関係なく『反射』抜けるかも。だが今回は誰も気付かなかった。

 あと、相似体系魔術にベクトルはあまり関係ないので、心臓を石に相似させて石化するとかしたら、実はフェルナンは一方通行打ち抜き放題な罠。

 ところでアリサ関連のあれこれ書いてて気になったこと。
 TS転生者は(仮に前世が男だったとして)現在の性別である女として男と恋愛するのと、百合に走って女と恋愛するのと、どちらが正常なんだろうか。



[13866] 濁流のフェルナン ルートB18 不吉の予兆 【番外編追加】
Name: ゴンザブロウ◆bda2737d ID:b7407015
Date: 2010/10/15 23:47
 あの一方さんリスペクトの襲撃事件から数日が経過。僕たちは一息ついて、つかの間の平和を満喫していた。
 だが、僕たちの周りにはあからさまに不穏な空気が蠢いている。
 生徒たちの間にも不安が蔓延しているようであり、少し世間話に耳を傾ければ、あちこちで不穏な噂話を耳にする事ができる。当然だ。数日前にあんな出来事があったのだから。

 だが、その裏ではまた別の動きがあるようだった。ギーシュだ。
 トリステインからアルビオンを救うための軍事派遣のために、色々な根回しを行っているようなのだ。それも、今回のそれはトリステインからすれば総力戦とも呼べるほどに大規模なもの。

 アリサ・テューダーがどうやってアイツを誑かしたのかは分からないが、あそこまで上手くいくとは驚きだ。普通、他国の救済のための総力戦なんぞ、考えるほうがおかしいというものだが、ギーシュはやってしまった。
 戦争は膨大な税金を消費し、そしてその税金は国民の懐から供出されているのだ。つまり、アルビオンのための総力戦なんてものは、自国の民に、赤の他人のために飢えて死ねと言っているようなものだ。
 全く、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。



 濁流のフェルナン/第十八段



「で、その結果が御覧の有様、ってわけか」
 王城の方からやってきた募兵官とやらが、何やら総力戦のために優秀なメイジを募っているとのことだ。
 教室の窓から見下ろせば、何やら募兵官らしき人物の周りに人だかりができているのが分かる。その内のほとんどが男子生徒のようだ。
 まあ貴族の女性は基本的に結婚すれば生活は保障されることが多いので。

 例外があるにせよ領地を継ぐのが長男だけである以上、貴族の子女であるこの学院の生徒の内、次男や三男に該当する連中にとって、出世とは軍でするもの。
 よって、今回の総力戦は彼らにとってチャンスなのだ。戦争で国そのものが疲弊してしまうという点に目をつぶれば、の話だが。

「へぇ……ねえフェルナン、貴方は参加するのかしら?」
「しない。あいつらの背中を守るのも、守られるのもぞっとしない」

 キュルケの問いにそっけなく答える。
 まあ、世の中ままならないことはいくらでもあるということだろう。

「あら、愛しいタバサの世界を命を賭けてでも守ってみせる!とか言ってみたりはしないの?」
「馬鹿馬鹿しい。タバサはガリアの出身だろ? トリステインが潰れたところで痛くも痒くもないだろうに。第一、そんなことになるんだったら僕はタバサだけ連れて逃げる」
「随分と消極的な愛の逃避行ねえ」

 僕の答えが気に入らなかったらしく、キュルケは溜息をつく。
 まあ確かに、愛しい人を守るというのは立派な理由だ。つがいとして雄が雌を守るというのは生物学的に正しい行為でもあるわけで。

 それに比べれば、他のトリステイン貴族達の、国家に対する忠誠とかそういうのは、正直理解不能だ。
 特にアンリエッタ王女とか所詮は他人のハーレム要員、清純アイドル気取っていても、どうせとっくの昔にギーシュに股開いて純潔も消費済みだろうに。ギーシュに略奪愛でも仕掛けるっていうなら別だが、そうでもないなら正直不毛だ。
 たとえ僕にとって生命がいくらでも補充の効く消耗品でしかなかったとしても、そんな下らない理由で無駄に生命を消費したくはない。
 ましてや国家総力戦なんて言語道断。

 もっとも、そこまでやったところで、それが実を結ぶかどうか、というのは微妙なところだ。
 確かに、トリステインとしてここで総力戦の選択肢を取るのは決して間違ったことではない。もしレコン・キスタがアルビオンを食い尽くせば、次の標的はトリステインだ。ガリアのバックアップがついたレコン・キスタに、トリステイン一国で対抗できるか否か、と問われれば、かなり無茶があると言わざるを得ない。
 そうなる前に攻撃をかければ、まだ全滅していないアルビオンと手を組むことができるし、アルビオンが戦場になればトリステインは戦争で国土を荒らさずに済む。

 しかし、だ。正直、トリステインは弱い。伝統こそガリアやアルビオンと同じ程度にあるものの、逆に言うならそれだけだ。伝統で腹が膨れたら誰も苦労はしない。

 でもって、現在のトリステインには、原作ゼロ魔のようにゲルマニアのバックアップもない。現状のトリステインとゲルマニアの国際関係は、原作ほど密着したものではないのだ。なぜなら、アンリエッタ王女が結婚したがらないから。何しろ彼女は、ギーシュのハーレム要員だから。
 つまり、始祖の血筋目当てのゲルマニア皇帝は今のトリステインを助けてくれないのだ。
 妙なところで転生者の弊害が出たケースである。
 ついでに言うなら、前回の偽一方さんの一件でトリステインとゲルマニアとの溝はまた大きく広まっている。この程度の騒ぎで起きる断裂はあくまで一時的なものに過ぎないだろうが、総力戦を始める直前というタイミングが悪過ぎた。


 そんなこんなで、僕が窓際で溜息などついていると、袖口をちょいちょいと引っ張られる。妙に可愛らしいな、とか思いながら振り向くと、タバサが何かの封筒を手に、上目遣いでこちらを見つめていた。
 確かに可愛いが、封筒を持っている時点で大体見当がつく。

「で、また任務、か」
「そう」

 タバサが持ってきた手紙には、前回のように単語一つしか書いてない、ということはなく、普通に任務の内容が書いてあった。読み終わると爆発したが。

「にしても、厄介な任務だな……」
 任務内容「レコン・キスタ側と内応して、何としてでもトリステイン総力戦を失敗させよ」だそうだ。

 ここでトリステインの軍を潰しておけば、次にレコン・キスタがトリステインを橋頭堡とする際には占領が非常に楽になる、はず。

 しかし、だ。はず、というのは、そうそう上手くいくわけがない、という意味である。第一、空になったトリステイン領をゲルマニアが放っておくわけがないのだ。
 第一、前回のテロだって、あの程度でゲルマニアの干渉を防げるわけがないのだ。ゲルマニアの立場からすれば、最悪、人道的支援とか言って無理矢理軍事派遣してしまえば、トリステインにマジになったゲルマニアの干渉を拒むほどの力はないわけであるし、トリステインのほうが積極的にゲルマニアを受け入れる可能性だって存在する。

 ガリア軍がゲルマニア国境近くで演習を行っていたりするせいでゲルマニアの軍も国境近くに集まっていて、ゲルマニアはあまり大軍を動かせないはずだ。
 だが、ガリア自体にはオルレアン公派という潜在的な敵対勢力が存在する上、キチガイ国家ロマリアが背後に存在するのだ。ガリア軍も決して全力を割けるわけではない。したがってガリアを警戒するゲルマニア軍も決して全軍を警戒に振り向ける必要はないのだ。まあ、ゲルマニアにしたって諸侯そのものが潜在的な敵のようなものなので、難しいといえば難しいだろうが。


 と、なるとジョゼフ王は何を考えてアルビオン占領を企んでいるのだろうか。
 ふと、以前ジョゼフ王の隣に立っていたのを見かけた、銀髪オッドアイの少女の姿が頭に浮かんだ。
 確かにアレをああやって使えば、対転生者用の最終兵器としては最上だろう。だが、本当にそんな真似ができるのか? ジョゼフ王ですらそんなことが可能かどうか怪しいくらいだ。アレは、そういうものだ。
 いや、逆に考えて、制御することを考えなければ?
 あるいは、まさか。
 考えて、以前に目にしたジョゼフ王の姿を思い浮かべる。あの怪物が、制御に失敗? まさか。僕は思わず首を振って溜息をついた。最悪、アレをすらあっさり制御しかねない、それがジョゼフ王だ。
 原作のジョゼフ王の性格から考えると、容赦なくやりそうな気がするが、さて……?


 まあ、どちらにせよ、総力戦が始まるまでには少しの間がある。
 そしてこのタイミングでこんな任務が入ったということは、逆に言えば、総力戦が終わるまで、まず新しい任務は来ないということだろう。そう考えると、少しは落ち着けるだろうか。
 にしても、どうやってトリステインを負けさせればいいんだろうか。



「あいつと、接触していたやつがいる!?」
 王都トリスタニアの酒場の一角で、僕は思わず叫びを上げていた。
 思いもよらぬ事実に叫びを上げた僕の声は、酒場の喧騒に呑み込まれて消えた。


 まずは、ここがどこであるかという説明から始めることにする。

 我が実家であるモット伯家は、代々エロ魔法の奥義を探求する求道者の家系である。その血統にはエロ魔法に対する志向が深く刻まれているのかどうかは知らないが、とにかくその主な収入源は、エロ魔法専用の秘薬の販売である。

 秘薬の主な購買先は、まず第一に、爛れた性生活を営むトリステインの貴族たちである。そしてもう一つのお得意先が、その道のプロ、娼館であった。

 この御時世、トリステインの裏社会においては、基本的にヤクザ屋さんには貴族のパトロンがつき、金を出してもらう代わりに、表立って行えないあんなことやこんなことを行うための私兵としての役割を負っていた。
 そして娼館も大抵はヤーさん達のショバになっているのだが、ここ数代のこのモット伯家はそれだけに飽き足らず、さらなる経営発展を目指していた。
 ヤクザ組織自体とは別系統で、モット伯家自体から娼館に出資して設備や人員の向上に努めさせ、あるいは貴族の血を引く娼婦たちにはモット伯自らが手取り足取りエロ魔法を教え込み、逆にこっちからは情報収集や、メイドさん達のあっち方面における訓練施設としての役割なんかを請け負わせている。

 でもって、娼館がモット伯家に対して請け負う最大の役割が、秘密裏の談合などを行うための密会施設としての役割である。接待の場としても娼館は単なる酒場の分際を越える接待が可能。キャバクラとかそっち系の役割も兼ねているのだ。

 当然ながら、娼館を接待の場として利用するのは、我がモット伯家の人間だけではない。商人とか貴族とか、結構色々な連中が出入りしているのである。

 その中でも、最も大規模な娼館が、王都トリスタニアに存在する『水精霊の虜』亭であった。
 なんかピンポイントで狙っているような感じで嫌な店名であるが、これでも数世代前から続いている由緒正しい娼館であり、王都トリスタニアの娼婦ギルドを牛耳っていたりもする。モット伯家は、実は割とすごいのだ。
 人に言えない後ろ暗い部分ではあるのだが、あるとやたらと便利な施設であり、この間グデーリアンと会った時もこの場所を利用していた。

 ちなみに、モット伯家の人間はモット系列の娼館であればタダで利用できる。僕もだ。

 でもって、僕の目の前にいるのが、件の情報を持ち込んだ娼婦である。
 燃えるような赤い髪をした少女である。高級感を漂わせた品のよい、しかし体の線を浮き彫りにする絶妙な露出のドレスを纏っている。年齢は、僕と同じか一つ下くらいか。
 これでも立派に現役の娼婦であるが、もう五、六歳ほど年下の娼婦だって少なくない数が存在することもあるし、さして驚くことでもないのだろう。
 端正に整った、下手な貴族よりも貴族的な顔立ちの中で、やや垂れ目気味の目が、ともすればきつくなりかねない表情の印象を和らげている。

 いや、そこまではいい。だが、問題はそこにはない。

 問題は、よほど関連付けようとして見なければ分からないとはいえ、少女の垂れ目気味の目の辺りのつくりが、僕の父親によく似ているということである。
 当然だ。この少女の遺伝子学上の父親は、僕の父親であるところのジュール・ド・モット伯爵その人なのだから。
 モット伯家のメイドが退職した場合、モット伯家が新たな働き口として、モット系列の娼館を斡旋することがある。また、モット伯家の人間の愛人に子供が生まれた場合も、同様にして娼館に預けられる。
 でもって、預けられた子供の末路が、この少女のような純粋培養の娼婦である。世の中無常、南無。
 まあ他の貴族が良くやるようにわずかな手切れ金を押し付けて追い出すよりもよほど人道的なのかもしれないし、食事も衛生観念もその他の福利厚生もしっかりしているため、下手な普通の平民よりもよほどいい生活をしているのであるが。

「で、それは一体どういうことだ?」
「どういうことも何も、そういうことですわ、お兄様。あの人、あんな外見だから目立つし覚えやすいでしょう」
 嫣然と笑う少女は、下手な貴族よりも洗練された口調でもって僕の言葉に答える。貴族らしい立ち居振る舞いが売りの娼婦だ。
 トリステイン魔法学院の制服を着せれば、そのままあの学院に放り込んでも誰にも気付かれないだろう。ついでに言うなら魔法も使える。父親メイジだし。


 つまりこういうこと。
 あの偽一方通行に、作戦決行を三日後ではなく一日後にするように、と示唆したヤツがいる、ということ。
 その光景を、この『水精霊の虜』亭の娼婦たちが目撃したらしい。
 ちなみに、その男はトリステイン魔法学院の制服を着ていたらしい。偽装か?

 逆に言うなら、そいつはガリア北花壇騎士団の動向を把握している人間である、ということだ。
 あの一方通行テロ事件の裏を知る手段は、主に二つ。
 まず一つは、ガリア北花壇騎士団内部の人間であること。だが、北花壇騎士団には基本的に横の繋がりが存在しないため、もし僕たちの行動予定を知ることができる者がいるとするなら、それは相当高位の人間であるということは間違いない。
 ぶっちゃけ、ジョゼフ王くらいのものだろう。だが彼の仕業だと考えると、やることが妙にみみっちい。ミョズニトニルンの場合はもっと別ベクトルに酷そうな気がするし。
 そしてもう一つは、付かず離れず僕たちを監視している人間であること。これに関しては、以前僕が警戒したタバサの監視者が該当する。他に、他の転生者勢力に属する転生者たちも含まれるが、こちらの動きを都合よいと思う連中があんな真似をする理由はなく、逆に都合が悪い連中による妨害にしてはやる事がしょぼい。

 ちなみに、後者の可能性が該当するのであれば、トリステイン魔法学院の制服を着ていたことは偽装ではなく単なる馬鹿であった可能性も結構高い。監視するのであれば、同じ学校にいることはこれ以上ないほどのアドバンテージだ。

 目的という視点から考えると、やることがいかにも中途半端だ。だが、逆に目的など存在しないと考えればどうだろうか。
 嫌がらせ。
 ただ単にこちらが気に入らないだけの、感情だけの無思慮な暴走。

「これこそ、一体どうしたものか、だな」



「はあ、やれやれ、だ」
 考えることが多過ぎて頭が痛い。このまま考え続けていたら息が詰まってしまいそうだ。帰りがてら、少し散歩でもしてみることにしよう。

 いつぞやタバサと二人で来た森の中を、たらたらと歩く。空はよく晴れていて、小鳥が楽しそうに囀っていたりするのが、今の自分にとっては酷く鬱陶しい。
 少しの苛立ちを抱えながら歩いていると、ふと、耳に聴き慣れた音が届いた。水音だ。
 音の源を辿りながら歩いていくと、道から少し離れた場所に小さな空き地があった。その中央に泉がある。

 空き地の場所にだけ木々の枝葉がないため、泉の上にまるでスポットライトでもあるかのように陽光が降り注いでいた。
 手を伸ばしてみると、水は驚くほど冷たく澄み渡っている。
 ガラスのように透き通った水は泉の中からどこにも流れることもなく、ただ底から湧き上がっては底に消えていく。

「こんなところに泉なんてあったんだな」

 僕がその気になれば水音なんていくらでも聞き取れるはずだ。それにもかかわらず泉の存在に気付かなかったのは、要するに余裕が無かったということだろう。
 伸ばした手を水に浸してみると、掌から体に篭った熱が焦燥と共に抜けていくのが分かって、僕はまた深々と溜息をついた。


 ────刹那。


 脳裏で無窮の武練スキルが警報を上げる。僕が慌てて飛び退った瞬間、僕の耳元を掠めて、一発の砲弾が背後へと着弾、盛大な爆炎を噴き上げる。

「ったく、何だって言うんだ!?」

 ランスロットの動体視力が捉えた砲弾は、間違いなく水面から射出されていた。
 だが、僕の水メイジとしての感覚は、それとは正反対の事実を告げている。曰く、水中には“何も”いない。
 擬態とか気配遮断とかそういうレベルではなく、水の質量がみっちり詰まっていて砂と石とわずかな植物以外、本当に何も存在していないのだ。

 だが、実際に砲弾はあの水面から飛んできたのだ。
 僕は思わず舌打ちして、ゲイボルグを構える。だが、敵の姿が確認できない。水中に敵はいない。
 水メイジと水精霊の融合体である僕は、それが水であれば、ある程度触覚の延長であるかのように水の流れを知覚できる。
 砲弾が通過した反動は、確かに水面に波紋を刻んでいた。だが、水中を砲弾が走ったことによる水流への影響は皆無。
 その水の流れそのものが、そこに何もないことを示しているが、しかし確かに質量のある砲弾が水面から放たれた、それだけは間違いない。

 放たれたのは水中ではなく、水面────すなわち、鏡面。
「この間の、鏡の中の襲撃者……」
 しかし、僕の眼からは、水面に何かが映っているようには見えない。あるいは、特定条件を満たさなければ“鏡の中の異世界を知覚できない”とかそういうノリか。
 仮に敵が複数能力ではないとして、鏡の中から砲撃を行い得る能力に、僕は一つ、心当たりがある。
 なら、どうするか。

 敵は鏡から攻撃してくる。それだけ分かっていれば話は簡単だ。僕の能力はチートだけじゃない。
「────『練成』!!」
 どろり、と泉が鈍い銀色に染まる。水を水銀に変換された泉の水面が鏡としての機能を喪失し、“鏡の中の異世界”に繋がる窓が消滅する。
 鏡の向こうの異次元が現世との接続を断たれ、こちらに向けられていた殺気が消滅する。
「まあ、こんなものか。僕の判断力も決して捨てたものじゃないな」
 溜息を吐くと、ぱちぱちとやる気のない拍手が背後から響いてくる。

「あっはっは、まさかゾルダにあんな方法で対処するとはね。さすがに驚いたよ」
 木々の枝葉を掻き分けて現れたそいつのことを、僕は知っている。
「ジュリアン・レオポルド・オリオール。やっぱりあんたが監視者か」
「へえ、まさか僕のことを知っているなんてね。タバサの援護を名乗り出るだけのことはある。いや、それとも陛下が教えたのかな?」
「それに答える義理はないな」
 答える義理はないが、ネタバラしをしてしまうなら、手品の種は二つ。
 まず、オリオールの容姿が、『水精霊の虜』亭で目撃されたものと一致したこと。
 そしてもう一つが、タバサ以外でガリアからの留学生はこいつを除けばヴィルジール・カステルモール一人であり、カステルモールといえばオルレアン公派の筆頭と同じ姓だ、ということ。
 チート能力こそ監視役にうってつけとはいえ、存外に頭が悪い。まあ、バレること自体もジョゼフ王の計算の内なんだろうが。

「それで、何の用だ? 下らない用事なら、もう帰って寝たいんだが」
「あっはっは、そうつれなくするなよ。こっちには用があるんだ。────死んでくれないか?」
 オリオールが指を鳴らすと同時に、木々の間からいくつかの人影が姿を現す。

 カブトムシをモチーフにした深紅の軽装甲を纏った無手の戦士。
 片手に鋭い針を装備した、スズメバチに似たシグナルイエローの装甲の戦士。
 刀を手に、サソリを思わせる紫の装甲に身を固めた戦士。
 トンボを模した銃を構え、空色のケープ状の装甲に身を包んだ戦士。
 湾曲した双刀を構え、クワガタをモチーフにした青く輝く装甲で身を覆った双角の戦士。
 さらに上空には、銃を手に孔雀に似た翼を広げた臙脂色の戦士と、バックパック状の飛行ユニットを背負い蒼いラインが走る純白の装甲の戦士が滞空し、頭上の退路を封じている。

「本当に殺す気らしいな。嫌な編成だ」
 おそらく、隠れている間に召喚しておいたのだろう敵の手駒たちを見回して、僕は深々と溜息を吐いた。

「まったく、君には本当に迷惑を掛けられたよ。よりにもよってサブヒロイン役のタバサを無理矢理犯すし、ギーシュに君の正体を教えてやっても仲間になろうともしないしね。挙句の果てにはあの偽一方通行の時も失敗しなかったし。脇役なら脇役らしく、脇役転生者の役割に徹するべきだと思うな」

 得意げに鼻で哂うそいつに、またどこか鳩尾の辺りからどろどろと嫌なものが湧き上がってくるのを感じる。

「物語の主人公にでもなったつもりか? 馬鹿馬鹿しい。僕たちみたいなナマモノがいる時点で、この世界は既に物語でも何でもないと思わなかったのか?」

 言いながら、脳裏で戦術を模索する。現状から推定される敵の能力なんてものは一つしかない。なら、どうやって戦うか。
 こちらの戦力。水魔法。水精霊。異形の兵士。ゲートオブバビロン。相似魔術。型月魔術。敵戦力に対しては……それなりに有効だと信じたい。

「ははっ、冗談だろう? 僕が主人公だなんて恐れ多い。主人公は僕じゃない」

 オリオールは我が意を得たりとでも言うかのように満面の笑みで両手を広げる。今すぐに笑い出しそうに、相手の口が三日月状に吊り上がった。それに気圧されたかのように、森の木々がざわざわと音を立てる。

「主人公は、彼、ギーシュさ。ここは転生オリ主であるあのギーシュを主人公とした、ゼロ魔二次創作の世界なんだよ。だから僕たち転生者は脇役として、彼の物語を正しく運営する義務が────いや、使命がある」

 背筋が、頭が、しんと冷え切った感覚。毒々しい熱がスイッチを切り替えるようにして冷気に変わり、脳裏に取るべき作戦目標が表示される。


 すなわち────コイツ殺す。


 そんなことにも気付かずに、オリオールは話し続ける。
「何、心配することもない。君にだって立派な役割がある。幸い、君の人格はアンチ対象、自分を主人公と勘違いして愚かな行動を取る似非オリ主キャラに実に相応しい。だから、まず君はそれに相応しい行動を────」

「────アクア・ボム」
 撃ち出された水弾は蒼いクワガタの戦士が振るった双刀に叩き落される。あいつらの反応速度は、素で光速を超えるのだ。単なる水魔法で勝てる相手でもない。
 だが、それで十分。これはあくまで、意思表示のためのものでしかない。
「いい加減、その良く回る口を閉じるといいよ。お前の御託は本当に、心の底から不愉快だ」
「人の話を遮るとは────無礼な男だね!!」
 オリオールは懐から取り出した拳銃型のツールの銃口を頭上に向けて構えると、その側面を展開、内部のカードリーダーに一枚のカードを挿入する。


『Kamen-Ride. De-END!!』


 オリオールが引金を引き絞ると同時、拳銃型ツール、ディエンドライバーから無機質な機械音声が響き、オリオールの周囲に都合十枚の人型の幻影が出現、それらがオリオールの体に重なるようにして同化して黒銀のボディアーマーへと転化し、最後に十枚の蒼いプレートが出現、プレートが折り重なるようにしてアーマーの頭部に突き刺さってボディが青く染まり、変身が完了する。
 仮面ライダーディエンド。それが、敵の持つチートだった。


 ディエンドというのは、非常に特殊な仮面ライダーだ。その最大の能力であるカメンライドは、別作品に登場する仮面ライダーを、性能をそのままに召喚・使役することを可能とする。
 そのため、大抵の敵に対抗できるだけでなく、その上、本体が弱くなりがちな召喚・使役系の能力であるにもかかわらず、本体の防衛能力も高いという特異な存在である。
 この前出てきた鏡の中から鞭、というのも、鏡の中に潜行可能な仮面ライダー龍騎に登場した鞭使いのライダーでも召喚したのだろう。


 ディエンドが指を鳴らすと同時、彼に従う仮面ライダーたちが一斉に襲い掛かってくる。
 赤いカブトムシの戦士であるカブトが、スズメバチの戦士であるザビーが、サソリの戦士であるサソードが、トンボの戦士であるドレイクが、クワガタの戦士であるがタックが。
 保有する特殊能力であるクロックアップを発動させ、一斉に姿を消す。時間の流れを流離させ、別の流れに入り込むことによって、実質上の超々加速状態へと突入したのだ。

「っ糞、最悪だ!?」

 カブト系の仮面ライダー五体によるクロックアップによる高機動は、英霊の反射神経と技量があってすら、反応するだけでも至難の業だ。
 さらには、狙い済ましたように上空の二体、純白の装甲を持つサイガと、孔雀の翼を持つギャレンが銃撃を加えてくる。
 どうにか防いでいられるのは相似魔術による多重展開型の減衰障壁の恩恵だ。僕の相似魔術の原典であるグレン・アザレイは、光速戦闘の世界で射撃戦ができる相手に勝った経験すら持つ。
 だが、減衰障壁だろうと破れるときには破れるのだ。それも、単なるビームとか爆発の力押しで、だ。油断はできない。

 目の前の相手に、正義と平和の守護者たる仮面ライダーを名乗る資格なんぞ有りはしないだろう。だが、その精神がいかに卑劣邪悪であろうとも、その力だけは間違いなく真性の仮面ライダーのそれ。
 能力なんて道具に過ぎない。それを扱う人格がどれだけイカレていようが、そういう能力でない限り、基本的には性能劣化に繋がらない。
 そんなことは、僕自身が誰よりも理解している。


 だが、僕は知っている。
 仮面ライダーディエンドには、致命的な欠陥があることを。


 軽く杖を振れば、僕の手元に水の塊が出現、その水塊を敵の手元の拳銃ディエンドライバーと相似の銀弦で接続し、概念魔術で無理矢理相似させて水塊を拳銃型に整形、次いで空間転移魔術を発動させ、水塊をディエンドライバーと入れ替える。
 変身ツールを奪われてディエンドの変身が解除、力を奪われた敵の手元で水塊が爆散、吹き飛ばされたオリオールは吹き飛ばされて地面をバウンドしながら転がり、背後の樹に叩きつけられる。
 同時、彼に使役されていた他の仮面ライダーたちも、蜃気楼のように空気に溶けて消えてしまった。

「まったく、酷い侮辱だよ。あんなヤツの引き立て役の噛ませ犬になれだって? …………死んでも御免だな!!」
 僕の手元には、転移させた水塊と入れ替わりで、敵が手にしていたディエンドライバーが握られている。
 仮面ライダーディエンドの欠陥というのはこれのことだ。
 原作でも、何だか戦隊物の世界で敵の怪人にディエンドライバーをあっさり奪われて変身解除された上、敵がディエンドに変身するという無茶苦茶な事態に陥ったのだ。個人認証機能くらいは付けておけ、と声を大にして言いたい。
 盗難対策として体内のナノマシン・ペイルホースを起動、ブラスレイターの能力を生かしてディエンドライバーを肉体の一部として融合させていく。

「き、君は……なるほど、思ったよりもやるようだ。だが、次は僕も本気を出させてもらうよ!」
 オリオールは顔を憤怒で赤く染めると、懐からさらに、中心に黒いスリットの入った白い箱型のツールを取り出した。
 ……いや、ディケイドライバーまで持っていたのか。
「変身!」


『Kamen-Ride. Decade!!』


 今度のオリオールは、ディケイドライバーを下腹部に押し当てると、そこからベルトを伸ばしてドライバーを装着、ディエンドと似通ったデザインをしたマゼンタの仮面ライダーへと変身する。
 他の仮面ライダーに変身する能力を持ったインチキライダーその二、仮面ライダーディケイドである。しかも、額の部分が紫色になっているところを見ると、どうやら究極を越えていることで有名な劇場版らしい。

「っ、舐めるな!」
 僕はブラスレイターのナノマシンで手に融合させたディエンドライバーにカードをセット、先ほどのオリオールと同様に仮面ライダーディエンドへと変身、さらに腰のカードホルダーから複数のカードを取り出して、まとめてドライバーへ挿入する。

『Kaijin-Ride. N-Dagba-Zeba!』
『Kaijin-Ride. N-Gamio-Zeba!』
『Kaijin-Ride. Albino-Joker!』
『Kaijin-Ride. Ark-Orphenok!』
『Kaijin-Ride. Cassis-Worm!』
『Kaijin-Ride. Makamoh-Dorota-Boh!』
『Kaijin-Ride. Utopia-Dopant!』

 ディエンドライバーから再び機械音声が響き、僕を守るようにして多数の怪人たちが出現するが、アレが劇場版のディケイドであれば、これだけ揃えても不安が残る。
 現に────

『Form-Ride. Faiz-Accel!』
『Attack-Ride. SpadeNine-MachJaguar!』
『Attack-Ride. Hyper-Clock-up!』
『Final-Attack-Ride. Fa-Fa-Fa-Faiz!!』

 ディエンドライバーと同質の電子音声と共にディケイドが違う姿へと変形し、加速能力の多重発動によって通常のクロックアップすら追いつけない超々光速で加速、僕を守る怪人たちの群れを一体残らず瞬殺する。
「やめておけ。この世界の流れはギーシュを中心に構築されている。そして、もし君がギーシュの流れを壊すというのなら、それは最高の最善に至る流れを破壊するというのと同じことだ。もしそうなったら、君はそれによって不幸になる多くの人々に対して、どう言い訳をするつもりだ?」
 うるさい黙れ、誰が不幸になろうと知ったことか。僕だけが幸福になれればそれでいい。
 怪人たちの死骸は緑や青といった鮮やかな爆炎に包まれて砕け散り、その背後から飛び出したオリオール=ディケイドが剣を振り下ろす。
 速い。
 余裕めいた言葉を垂れ流すだけのことはある。
 僕の速度ではもはや対応しきれない圧倒的な攻撃速度。先ほどと同じ手段でツールを奪おうとしても、さすがにこの速度には対応しきれない。

 だが、それでも戦い方はいくらでも存在する。
 たとえば、速過ぎるのであれば、相手の動きを止めればいいのだ。

「Atlas!」
 僕が持つ宝具やあるいは転生者との戦いの戦利品の中には、敵に重圧を掛けることのできる代物などいくらでもある。それをキャスターの魔術と併用し、敵を重くすることで相手の動きを鈍らせる。
 さらに、周囲の空気を地面と相似させ、相似魔術で自分が呼吸する分を残し、土のような質量を備えさせる。石や金属なら割ったり砕いたりすればそのまま出られるかもしれないが、粒子の塊である土は割れることも砕けることもない。空気中にいながら、地面に埋まっているも同然の抵抗を受けるといい!!
 必殺技を出そうにも土化した空気が邪魔をして、カードの使用を阻害する。相手に行動の自由はない。
「貰った!」
 快哉を叫びつつ手元に水塊を生み出し、相似の銀弦を繰り出そうとする、刹那。

 土化した空気が粉微塵に砕け散った。ディケイドが何のカードも使用せずに、自前のパワーだけで相似魔術の拘束を粉砕したのだ。
 考えてみれば当たり前だ。仮面ライダーと呼ばれる連中は、自律稼動するタイプの奴であれば変身ツールだけでも独力で地面を掘り進むのだ。サソードゼクターとか。
 当然、ライダーが変身ツールよりも弱いなんてことは有り得ない。
 完全なる計算ミスだ。ゲイボルグ使えばよかった。

「まあ、落ち着いて考えてもみたまえ。この世界は元々ギーシュのものであって、我々はそこに間借りしているだけに過ぎない。ならば、家主であるギーシュに対して対価を払うのは、当然のことではないかな?」
「いいから黙れ、そのよく滑る口をいい加減に閉じろ! そして死ね!」

 僕はゲートオブバビロンから絶世剣デュランダルを抜き放ち、真名解放と共に叩きつける。白光に包まれたデュランダルと赤光に包まれたディケイドの剣が激突して繰り返し火花を上げるが、やはり力は向こうの方が強い。
 デュランダルから太陽剣グラムに切り替えて真名解放を炸裂させると、ディケイドはとっさに飛びのいて回避、流れるような動作で数枚のカードをドライバーに読み込ませる。

『Attack-Ride. Machine-Decader!』
『Attack-Ride. Machine-Tornader!』
『Attack-Ride. GX-05 Kerberos!』
『Attack-Ride. Illusion!』

 ベルトから響く電子音によって召喚されたバイクに跨ってディケイドが一気に距離を離すと同時、ディケイドの乗ったバイクがサーフボード状に変形し、複数に分身しながら巨大なガトリング砲を構えて弾丸の嵐を降らせてくる。
「っ!」
 僕は減衰障壁と共にキャスターの魔術による魔力障壁を展開、ガトリング砲を防御する。魔力障壁は雨のように降り注ぐ弾丸の前にあっさりと砕け散ったが、減衰障壁はそうもいかない。こちらは無傷。
 だが、クロックアップを解いたのは明らかに不手際だ。僕にとって、露出した変身ツールを外してしまえば無力化できるライダーなど、何の脅威にもなりはしない。

 分身を行ったのはツール強奪攻撃の命中確率を減らすためかもしれないが、甘い。似てさえいれば対象にできる相似魔術にとって、同じ姿をした分身なんてものは、何もせずともまとめて潰せる的にしか過ぎない。
 速過ぎて認識できないクロックアップの方がよほどに脅威だ。

「終わりだよ」
 相似の銀弦が分身したディケイドをまとめて捕らえ、ディケイドライバーを空間転移で奪い取ると、入れ替わりに送り込んだ水塊を炸裂させる。変身を解除されたオリオールは、先ほどの焼き直しのように地面に投げ出され、あっさりと倒れ込んだ。
 最後に、僕は露出したオリオールの顔面に向けて、ディエンドライバーの銃口を向ける。オリオールは、笑みの形に顔を歪めて、呪いじみた言葉を言い放つ。
「無駄だよ。僕を殺したところで、この世界は依然としてギーシュのものだ。所詮、君はギーシュを引き立てるための脇役に過ぎない」
 最後まで言わせてやる義理はない。僕が引き金を引き絞ると、オリオールの頭部は無造作に砕け散った。
 人の命に重さなんてない。グラムいくらの力であっさり死ぬのが人間というものだ。まるで出来損ないのマネキンのように地面に転がるオリオールだったものの死体を見て、余計にそう思う。
 その体からディケイドの強化アイテムである携帯電話型のツールを回収すると、僕はオリオールの死体を処理して、その場から立ち去ることにした。


 何とも不愉快な事件だった。
 どうも腹の辺りに嫌なわだかまりが残る。
 人を殺したからといって今さら何も感じはしないが、どうにも、あいつの言葉が呪いのように頭の隅にこびりついて離れない。
 いまいち、後味が悪い。



 暗い部屋の中に円卓が一つ。その卓に座しているのは僕一人。二重の意味で、だ。卓上には、本来席に座っていて然るべき人影の代わりに、墓石を思わせる立体映像が浮かんでいる。墓碑銘は当然『Sound Only』。
 何故こんな場所にいるのか。そんなことは決まっている。わざわざこんな空間を用意して、やるべき事など一つしかあるまい。
 ひとまず、いつまでも時間を引き延ばしても時間を喰うだけで意味などあるまい。
「さて、それじゃ会議を始めようか」
『了解』
『了解』
『了解だ』
『問題ないよ』
『そうだね』
 同じ声が口々に同じ意味の発言を重ねる。当たり前だ。“同一人物”なのだから。転送障壁を介して立体映像を送受信するのは、それぞれ全てが同じ意識を共有する僕自身だ。
「さて、知っての通り、議題はシナリオ『オーバーフロウ』について。それじゃあセクション『ポセイドン』から報告を頼む」


『了解。こちらセクション『ポセイドン』。まず、インターネット上の情報統制については、機界カード『サーキット=ウォーカー』を手に入れたことで完全に解消した。『サーキット=ウォーカー』を大量に複製して必要とあればいくらでも情報操作が可能だ。これによって地球の掌握はほぼ完了と見ていいだろう。ハルケギニアに運び込む予定の資源なんかは既に蓄積を開始してる』

 僕の意識構造は少々特殊だ。まず頂点である水の精霊の下に、従属演算機関である各端末の脳髄が存在し、そこでも僕の意識を演算している。ちょうど、各脳髄に分割思考を一ライン割り振っているような状態である。
 これによって、たとえ精神攻撃を受けたとしてもその部分の端末だけが破壊され、水精霊の本体にまで精神攻撃は届かない。
 一つ一つの脳髄が個別に疑似的な精神活動すら行うとはいえ、無論その本質は分割思考であるので、その意志は統一され、精神は一つのままである。全であり同時に一でもある、それは既に人間とはいえない存在なのかもしれない。

「じゃあ次。セクション『アンピトリテ』の報告について」
『OK。それじゃ、まずは二大ラインの内、ライン『スキュラ』から。かねてからの懸案だった対転生者用兵装についてだが、「転生者に命中する」兵器を求めて各国の科学者を集めた末、実用レベルのレーザー機銃が完成した。後は量産するだけだ』
『おお、漫画兵器だ』
『ただし、レーザーの進行速度はあくまでも光速だ。光速戦闘が可能な転生者を捕捉するのは不可能に近い。通常速度と等速の飛び道具なんて普通に考えて当たらないからな。これについては、さらなる強化プランを考える必要がある』

 現在、地球で活動している人間型、フェルナン型端末は五十八体。半分はセクション『ポセイドン』で活動しているが、残り半分はそれぞれが独自の行動を行っている。無論、全てが一つの存在であるため、情報は相互に共有される。このような会議は半ばお遊びに過ぎない。
 組織と同等の活動はできても、思考体系は一人分しか存在しないのだ。それは意志の統一され画一化された組織の弱点でもあり、同時に僕のような存在にとっての最大の弱みであると思う。

『次に、ライン『カリュブディス』からだが、例のアレの血液サンプルが回収できたことは最大の成果だ。結果として、アレの能力を持つホムンクルスが完成した。ひとまず性能はせいぜいオリジナルの80%といったところだが、こっちは量産も強化もできるからな。実験でも特に問題は見られなかったから、既に雑兵級、カサブランカ級の全てに組み込みが始まっている』
『同じくライン『カリュブディス』について補足だ。アレの能力についてだが、僕たちがメインで使う水魔法、及び本体である水精霊そのものの強化に使える可能性が高い。現在研究を続けているが、これも問題はない』

 逆に、画一化された意志を持つ組織というのは最強の群体でもある。いくらでも使い捨てと補充の効く無限数の怪物というのは、ある意味最も対処の効かない力押しだろう。それをどう扱うかは僕次第。まあ、力押しは色々な意味で肌に合わないのだが。

「次、セクション『ネレイス』な」
『こちらセクション『ネレイス』だ。『アンピトリテ』から報告があった通り、『カリュブディス』の技術開発でアレが完成、通常戦力全てに組み込みが始まっているが、このペースで行くとそろそろ総兵力が現状の施設での収容能力を超過する。セクション『ポントス』の完成を急いでくれ』

「それじゃ次に行こうか。セクション『オケアノス』」
『『オケアノス』だ。まあ説明するまでもないが、こっちはようやく水精霊の成分調整を完成に漕ぎ着けたところだ。あと一週間もあれば本来の作業に入ることができると思う』
「よし了解。一番遠大な作業なのに報告は少ないな。じゃあ次はセクション『ポントス』行ってみようか」

 報告は進むが、全員にとって分かり切ったことばかり。体裁を繕う以上の意味はないというのは、少しばかり間抜けな話だ。

『セクション『ポントス』、ライン『ポルキュス』だ。現在、既に全域に相似魔術による光学迷彩フィールドを展開した。肝心のネプチューン・フォーミングだが、元手が足りないせいで大してせいぜい琵琶湖レベルくらいしか進んでいない。『オケアノス』が完了すれば速度も段違いで向上すると思うんだが、さすがにこれはどうしようもないな』

『同じくセクション『ポントス』、ライン『タウマス』だ。大型宇宙要塞『フォボス』と『ダイモス』を開発中だが、まあこれの稼働は少なくとも数ヶ月間は掛かるはずだ。また、平行して付随する大規模送電衛星システムやレーザー防衛システム、惑星・恒星間戦略級マスドライバーなんかを開発中。まあ空間転移もあるし、最後のはあまり急ぐ必要もないだろうな』
『『ネレイス』から補足な。これに際して、主戦力となる全てのホムンクルスには宇宙空間活動能力を、特にカサブランカ級には大気圏突入能力と大気圏離脱能力の付与を行っている。これに関しては既存のスペースシャトルの技術を組み込むことで何とかなりそうだ。大気圏突入・離脱能力だけなら空間転移でも賄えるはずだが、MPが惜しい』

『おお、とうとう僕らにも宇宙戦争の時代が!』
『戦う相手がいないけどな。さすがに宇宙まで出てくる転生者は……どうだろ? いるのか?』
『サイヤ人とか?』
『あー、確かにあれはやばい』
 同じ人間が何人集まろうが、不安なものは不安なままだ。難儀なものである。

『同じくライン『クレイオス』だ。現在、極大規模障壁の展開パターンを研究中だが、これについては『ポルキュス』が終了しない限り意味がない。速く片してくれ』
『……前向きに善処する』

「ふう……」
 一通りの会議が終了した後、僕は深々と溜息をついて椅子にもたれかかった。通信先の椅子でも半分くらいの僕は似たような疲れきったようなポーズを見せている。残り半分は机に突っ伏している。
「疲れた。そして不毛だった。分かり切ったことを報告するだけの会議なんてやるんじゃなかった」
 やれやれだ。癒しが欲しい。




=====
番外編:サクヤ
=====

「レコン・キスタがアルビオンを支配したらトリステインに攻めてくる。アルビオンが負けるのは戦力的にも確定だから…………」
 陽光が差し込む部屋の中で、少年は今後の方針を検討し、策を巡らしていた。

 アルビオンを呑み尽くしたレコン・キスタにトリステイン一国で対抗するのは不可能だ。
 いかにアルビオンがハルケギニア五国の内で下から二番目の弱小国とはいえ、トリステインはさらにその下に位置する最低位、さらにはガリアの援助を受けずとも両者のその国力はそれこそ絶望的なまでに差が開いている……などということは彼のつたない国際感覚では理解しておらずとも、『ゼロの使い魔』と呼ばれる小説におけるトリステインの総力戦がゲルマニアの援助によって行われていた事は少年も記憶していた。

「それに、アリサも救済してやらなきゃいけないし、そうすると、やっぱりアルビオンに援軍を出すしかないのか。そうなると、ゲルマニアの援軍は……無理か。アンリエッタは大事なハーレム要員だし…………」



 濁流のフェルナン/段外段



 長期休暇を前に久々に実家に帰ってきていた少年を、彼女は普段と同じように彼の後ろに控えながらじっと観察していた。
 まったく、お気楽なことだ、と思う。ここまで自分の縄張りを侵蝕されておいてお気楽に過ごせるなんて、彼女からすれば正気を疑わざるを得ない。
 まあコイツの神経は本当にどうしようもなく鈍いから仕方ないのかもしれないが……などと考えて、彼女は相手に見えないように薄っすらと嘲笑を浮かべる。

 短く切り揃えられた銀髪に、冷めた光を放つ蒼の瞳。細くしなやかな肢体に似合わず、出るべきところがやや必要以上に突き出した豊満さを備えている。
 その体を包むのは質素なメイド服、トリステイン魔法学院のものと比べても装飾が少なく、実用性だけを追求した、貴族の館の使用人としてはきわめて異例。。
 彼女はサクヤ・アデライド・ド・アングラール。フェルナン・ド・モットの下僕の一人。
 あるいは────悪魔に魂を売った魔女。もしくは奪われた、か。

 だが、悪魔の方が勇者よりも千倍も慈悲深いように感じられるのは、彼女が悪魔に精神を書き換えられてしまったからだろうか。
 あらゆる負の感情を残して、サクヤの感情記憶は全て削除された。もはや彼女がギーシュをどう感じていたかなど、思い出せない。
 そのことに一抹の寂しさを覚えるだけなのは、その感情がきっと、フェルナンを対象としていないからだろう。

 無論、そのこと自体をサクヤの精神は微かな喜びと共に受け入れている。彼女の主にとって、洗脳というのはそういうものだ。無機質な人形に変造するのではなく、主人以外を愛さぬように偏向させる。
 だからこそ、そこには絆が生まれる余地がある。いや、確実に生まれてしまうのだ。そしてそれだからこそ、彼女の主はある意味、最も恐ろしい転生者といえるのかもしれない、と評価を下す。
 それも彼女にとっては恐怖の欠片も含まない賛辞でしかないのだが。


 ギーシュに聞こえない程度にふっと笑みを漏らし、サクヤは踵を返して部屋を出る。ドアの閉じる音に続いて硬質な足音が響く。
 歩く廊下は綺麗に掃除が行き届き、塵一つ落ちていない床には装飾の壷や花瓶一つ置かれておらず、ともすれば使用人の服まで必要以上に華美に飾り立てる傾向のある貴族の館としては異様なまでに殺風景だ。
「まったく、少しは装飾でもすればいいものを……」
 ギーシュの現代知識を用いた内政チートによって豊かになっているグラモン領であるが、その割に内装は質素を通り越して殺風景だ。ここに来た当初は何の感慨も抱かなかったものだが、今になってみると寒々しさを感じずにはいられない。
 少女は不快げに舌打ちすると、ギーシュの主導で数年前にグラモン邸に新築された、別棟になっている半地下の建物へと向かう。



 製鉄用の高炉の実験を行っているその建物の中には、真夏の砂漠もかくやというほどの熱気が籠もっていた。製鉄場、正確にはその実用化のための実験施設である。

 この場所を主な活動拠点にしている仲間は、よくもまあこんな暑さに耐え切れるものだと、サクヤは思わず嘆息した。
 暑さだけではない。金属のぶつかり合いや蒸気の噴出による轟音や、その中でも聞こえるように大声で放たれる指示と応答の叫び声が交錯し、長時間かつ長期間この場所に留まれば、聴覚に障害を受けることは間違いないだろう。

 がやがやと人が動き回る中心で、精力的に指示を飛ばしている人影が存在する。サクヤはその人影に向かって大声で呼びかけた。

「リゼットさん!」

 大部屋の中央、大型の試作溶鉱炉の前に立っていたその人影は、サクヤの声に反応して彼女に向かって駆け寄ってくる。

 少女だ。燃えるような赤い髪を無造作に背後で束ね、吊り上がった目つきが負けん気の強さを強調する。リゼットと呼ばれた少女は、身軽な動きでキャットウォークを駆け上がり、サクヤの隣まで走ってくる。

「呼んだかい?」
「ええ。この施設の掌握状況を報告してください」

 このリゼットという少女は、サクヤと同じくギーシュによって見出された人材である。
 元々はトリステインの平民出身の鍛冶屋の娘であったのだが、鉄鉱石を精錬してより良質な鉄を製造する技術を考案したはいいものの、それによって精錬した鉄が町の領主の錬金によって作り出される鉄よりも遥かに良質であったために領主の怒りを買い、奴隷にされて売り飛ばされたという経歴を持つ。
 その後ギーシュによって身柄を買い取られ、彼の元で製鉄技術の開発に従事していたのだが、フェルナンの下僕となったサクヤによって洗脳され、その後サクヤと同様にアンドヴァリの指輪を授かって、サクヤと同じ諜報員に成り果てている。

「ああ、この間の報告会の時に作業員から事務員まで、全員まとめて呼び集めてから一気に洗脳しといたよ。欠席者もなしで、掌握は完全に終了」
「お見事です。グラモン領軍やグラモン商会の掌握も済ませましたし、後はグラモン家の係累だけですね」

 本当に、見事な手際だと思う。正直自分も真似しておくべきだろう。この少女は人を使うのがなかなか上手い。個人プレーが得意な自分とは対照的にだ。

 そんなことを思いながらサクヤはリゼットの横顔をちらりと見る。煤と機械油に頬が汚れてはいるものの、それでもこの少女は美人だ。少し前までは末席とはいえギーシュの寵を争っていただけのことはある。まあ、それをいうなら自分も似たようなものであるのだが。

「高炉の開発は、もう一ヶ月か二ヶ月ほど遅らせてください。近い内にギーシュ主導でアルビオン出兵が行われるはずだから、グラモン商会の高炉製造の投資が始まる時期をそれに合わせたいとご主人さまが仰せです」
「了解、任せときな」

 リタは元気よく返事すると、再び試作型高炉へと戻っていった。


 防音仕様の分厚い鉄扉を開けて試験製鉄場から抜け出すと、全身を覆っていた熱気がさっと退いていくのが分かる。大きく息を吸い込むと、涼やかな外気が肺を満たす。
 耳を聾する騒音ももう聞こえてこない。聞こえるのは小鳥の鳴き声と葉擦れの響き、後は人の生活音くらいのものだ。
 静かだ。

 サクヤが空を見上げると、空はよく晴れていて、太陽に向かって広げた掌の横を白い雲が横切った。
 そんな光景に、まるで劇場の書き割りのようだとサクヤは場違いな感想を抱いた。まあある意味間違ってはいるまい。何となれば、このグラモン邸で演じられる日常そのものが、たった一人を騙すための道化芝居に過ぎないのだ。
 そしてこのサクヤこそ、道化芝居の役者にして演出家にして脚本家。この偽りの世界の要。そんな風に思い、少々自意識過剰すぎたか、と一人苦笑する。

「さて、と。今日も、仕事しますか!」

 サクヤは強く言い放つと、普段通りの道化芝居を上演するべく、普段通りの仕事に戻っていった。





=====
後書き的なもの
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 オリオール退場。書いている内にとんでもなく濃いキャラになってきてしまったので、あっさり殺してしまうのは惜しかったかもしれない。南無。
 というか、最初は『他人の脳内嫁に手を出して他の転生者に襲われる』シチュエーションにするつもりだったのに、ど う し て こ う な っ た!?
 悪いのは全て電波です。

 できることの引き出しが非常に多いため、弱点や相性で勝てる相手であればフェルナンは非常に強い。ただし純粋かつ絶対的な力押しにはどうしようもないのがネック。スーパーサイヤ人とかが相手なら瞬殺されるレベル。相似魔術が鍵になるか?

 オーバーフロウの正体はまだ秘密。分かる人には分かるかもしれないけれど。
 一応、セクションごとに内容が決まっている。

 内政ターンでフェルナンはなにやら色々と企んでいるらしく。
 ジョゼフ王もジョゼフ王で何か企んでいるらしく。
 トリステインの総力戦も始まるわけで。

 ハルケギニアの、トリステインの明日はどっちだ!?
 頑張れフェルナン。





=====
番外編:タバサ
=====


 少女は考える。
 今の自分は一体何物であろう、と。

 彼女には名前が二つある。

 シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
 タバサ。

 その二つの内のどちらもが彼女を示している。だが、本当の名前は一つだけ。本質を表すのは一つだけだ。
 シャルロット・エレーヌ・オルレアン。それが彼女の本当の名前だ。今はガリアの秘密部隊である北花壇騎士団の七号騎士として活動し、父を殺し、母の心を奪ったジョゼフ王に対して復讐の機会を狙っている、謀殺されたオルレアン公シャルルとオルレアン公夫人の娘。


 ……本当に?



 濁流のフェルナン/段外段



 それは、少女の心にふと過ぎった疑問だった。
 今の自分は、本当にシャルロットなのか。本当にシャルロット・エレーヌ・オルレアンを名乗る資格はあるのか。

『君は勝てないと思っている。母親を救う事もできないと思っている。そうだな?』

 かつて投げかけられた言葉が脳裏に蘇る。その声を思い出すと、少女の心臓の辺りがぎゅっと強く引き絞られるように脈打った。
 勝てないと分かっているのに無策で戦うのは、つまり勝つ気がないということだ。そして。

 勝つ気がないというのなら、それは仇を討つ気も、母を救う気もないということ。そういうことだったのだ。
 そんな自分に、あの人を母と呼ぶ資格はあるのだろうか。


 だが、今はフェルナンがいる、と彼女は頭を振って、脳裏からその思考を追い出した。


 フェルナン。フェルナン・ド・モット。少女の愛しい人。
 冷淡で残酷で、優しいなどという言葉とは程遠い人。それでも唯一、力になろうとしてくれた人。
 少女は目を閉じてベッドの上に横たわった。

 洗脳されている。その自覚はある。フェルナンを愛しているのも、その影響だ。だが、それだけではない、と少女は考える。
 最初に助けられたときから自分はフェルナンに感謝していたし、その心は今も変わらない。手を貸してくれる転生者なら誰でもいいと思いながらも、無意識にフェルナンを頼りにしていたことは間違いない。

 だが、自分がシャルロットであるのなら、母を第一に考えるはずだ。
 優しい人だった、と思う。穏やかに笑う人だった。娘を庇って毒薬を呷るほどに、自分を愛してくれていた。今はその毒で心を壊されているけれど。


「お母様……」


 少女は母親を呼ぶ。頼りない声が誰もいない部屋に響く。フェルナンは部屋を出ていてこの場にはいない。少女は膨らみ切らない乳房をたった一枚のシーツに包んで、気だるげに上体を起こす。

 眠たげな瞳で周囲を見回す。フェルナンの部屋。そうであることにわずかな安心感を抱きながら、少女は再びベッドに体を沈めた。

 質素なものだ。置かれているものは必要最低限。衣類や生活雑貨などは適当に棚にねじ込まれ、使わないものは奥の方に押し込まれており、酷い時には木箱の中に放り込まれたまま部屋の隅に放置されている。忙しい、というよりはやる気がないように見えるし、事実その通りなのだと少女は知っている。

 そんな部屋の中で目に付く要素は二つ。本棚と実験器具だ。

 日当たりの良い窓際から少し位置をずらして直射日光を避けた場所に置かれている大小の実験器具。彼が様々な水の秘薬を作るときに使っているものだ。
 秘薬を作る彼の手つきは非常に作業的で、仕事だからとりあえずやっている、というような感じでしかなかったが、たまに作業中、邪悪でありながらどこか子供のような、楽しそうな笑顔を浮かべていることがあって、彼女はその笑顔を見るのが好きだった。

 薬品が飛び散らないよう分厚い防水布のカーテンを掛けられた大型の本棚。
 その中には娯楽小説と図鑑ばかりが詰め込まれていて、部屋の主の趣味が良く分かる。小説のほとんどはグラモン派と呼ばれる、彼の前世の世界の作風が模されたものであるが、その中心人物であるギーシュ・ド・グラモンの刊行物だけは存在しない。図鑑の内容は幻獣や植物などの自然物を始めとして、薬品に魔法、そしてなぜか平民の使う武器を描いたものまで存在する。

 ここ数日、彼女が彼のものになってから、ほとんど毎日自分の部屋に帰ることなしに、少女はこの部屋で過ごしていた。性的な交わりをするばかりでもなく、二人して本を読んでいるだけの時もある。だが、そんな時でも少女は肩を預けるようにして、できるだけ彼に身を寄せていた。

 無論、体を求められる時もあるし、少女の方から求めることもある。ここ数日で、そういうことに関する技量もやたらと上達した、してしまったと思う。
 相手が彼であるのなら、正直、下手な娼婦にだって負けるつもりはない。当然他の男など相手にするつもりはないから他は知らない。
 だが、弱い部分も強い部分も、彼の体は隅々まで理解した。逆に自分の体も理解、というか開発されてしまったけれど。

 彼女が何もしなくても、体が彼を求めている。彼がいないと胸の辺りにぽっかりと大きな穴が開いているような気がして、何となく不安になる。一週間くらいならどうにか耐えられるだろうが、それ以上長引くと耐え切れる自信はない。
 これは依存だ。
 依存は良くない。自分が一方的に縋り付くだけの関係では、彼に負担を掛けるばかりで与えるものは何もない。愛しているのだ。だから、彼のために何かをしたいと思う。

 いや、もはや自分の全ては彼のものだった。だから自分にとって一番大切なのは────



 ────誰だ?



 シャルロットにとって一番大切だったのは母だ。なら、今の自分にとって一番大切なものも、母親であるはずだ。
 自分は少なくとも彼女とは、フェルナンよりも長い時間を過ごしているはずなのだから。

 母の顔を思い出す。
 今はもう見る影もない、ガラス玉のように焦点の失せた青い瞳。色褪せたような色彩を放つ青い髪。人形のように投げ出され、痩せこけた手足。

 母親。

 思い出だってある。
 過去を思い浮かべる。父に魔法を教わっている横で、彼女はどんな顔をしていただろうか。どんな顔が、どんな表情を浮かべていただろうか。

 背筋が冷えた。

 思い出せない。
 かつての母の顔を思い出そうとしても、今の、毒で心の壊れた狂女の顔しか思い出せない。それどころか、思い出そうとすればするほど、優しく笑っていたはずの思い出の中の母の姿が、今の心の壊れた女の姿に上書きされていくような恐怖を感じる。

 ぎゅっとシーツを握り締めて恐怖に耐える。

 自覚してはいけない。自覚してしまえば自分はもうシャルロットではいられない。

 優しかった思い出の中で、狂った女がその手に抱いた人形に、愛しげに頬を寄せていた。



 昼休みの教室は、ざわざわと喧騒に包まれている。その喧騒の中で、彼女はふわ、と欠伸を漏らした唇を、小さな手で押さえた。眼鏡越しに細い指先を伸ばして、目じりに浮かんだ涙を拭う。

 フェルナンは、どうやら男友達と話しているらしい。手に小瓶がいくつか握られているところを見ると、相変わらず秘薬の商談だろう。
 フェルナンの作る秘薬の効果のほどは、二人でいる時にもたまに使ったりするから、その効果のほどはよく知っている。だからよく売れるのは仕方ないとは思うが、しかし何となく、彼を取られたみたいで気に入らない。

 それにしても眠い。最近、どうも眠れない。眠ろうとすれば、夢を見るのだ。
 悪夢。
 過去の夢だ。今では失われてしまった、大切であるはずの過去。
 だが、違う。それは正確な過去ではない。それは彼女の過去ではない……はずだ。


 夢の中で父の隣にいる女は、あれは誰だ? 知らない。自分は知らない。あんな女は知らない。
 愛しげに人形を抱き締めて笑う狂った女。
 彼女が見ている前で、父と女は人形に杖を贈っていた。大きな杖だ。今の自分の身の丈よりもなお長いくらいか。見覚えのある杖だ、と思う。
 その杖が、今自分が握っているものと全く同じ形をしていることに気づいた時、彼女の目は覚めていた。


「……」


 無言。
 いや、こんな感情を、どうやって言い表せというのか。
 思い出に裏切られたような気がして、その実、大切な過去を裏切っているのは自分なのだ。
 ぎゅ、と唇を噛む。歯を立てるようにして少しずつ力を込めていけば、口の中にじわじわと鉄臭い味が染みてくる。

 そして彼女が彼の名前を呼ぼうとした時だった。

「タバサ、元気?」
 細い指が頬をつつく。人付き合いの悪い自分に話しかけてくる相手など、たかが知れている。
「……キュルケ」
 炎のように鮮やかな赤の髪と、男の視線を吸い寄せるような褐色の肌。奔放でありながらどこか繊細な親友は、憎たらしいほどにいつも通りだった。

「タバサ……元気ないわね。何かあったの?」
「別に、なんでもない。いつも通り」

 キュルケはタバサの前髪を掻き揚げると、顔を近づけてじっと目を合わせてくる。その視線に耐えられなくなって、タバサは思わず視線をそらした。

「んー、やっぱり何かあるみたいね。大丈夫?」
「……大丈夫」

 誤魔化しきれなかったようだ。
 どうしてこの親友は、こうも勘がいいのだろうか。ほとんど何もかも、心の底まで見通されているような気分になってくる。

「タバサ、どうしたの? 最近、何か悩み事でもあるの?」
「……どうして?」

 色々な意味のこもった“どうして”だ。
 どうしてそんなことが分かるのか、という意味でもあるし、どうしてこうも私に構うのか、という意味も含まれているし、他にも、色々な感情が詰まって一緒くたになって、言いたいことも一欠片しか言い出せない。

「…………やっぱり、言えないか」
「ええ」

 自分が何も言い出せないのを理解してくれたのか、キュルケは深々と溜息をついた。

「ねえタバサ、もし私に言えないことで困ったことがあるなら、フェルナンに相談しなさい。でも、逆に彼に言えないことがあったら、その時は私に相談しなさいな」
「……フェルナン?」

 じっとフェルナンの方を見る。
 大事な人だ。
 本人は鍍金のようだ、と笑う金色の髪に、血と泥の混合物、などと言っていた赤い瞳。顔立ちは結構整っているのだが、フェルナン曰く逆に整い過ぎているせいでこれといった特徴が無くなっているらしいという話。しかし、彼女にはあまりぴんと来ない。
 何といっても愛しい相手の顔だ。贔屓目が入って当然だ。むしろ、彼が謙遜する分だけ自分が贔屓目入れてやればいい具合に釣合い取れてちょうどいい。血泥の瞳はルビーだし、鍍金の髪は黄金だ。
 あれに比べればアルビオンの王子様なんて三流役者、ロマリアの教皇も場末の男娼、ギーシュ・ド・グラモンに至ってはどうも作り物の人形のように不自然で気持ち悪いだけだ。

「ふふっ」
「……?」

 つい笑いを漏らしたキュルケに、タバサは不思議そうな目を向けた。

「いや、まさか貴方がそんな顔をするようになるなんてね」
「…………?」

 そういえば、今の自分はどんな顔をしていただろうか。よく分からずに自分の顔にぺたぺたと触れてみるが、やっぱりよく分からない。
 キュルケはそんな彼女の頭をわしわしと撫でた。何となく、悪い気はしなかった。


「恋する乙女の顔、していたわよ」


 その意味することを理解して、少女の顔がみるみる内に赤く染まっていく。彼女は耳元まで真っ赤になった顔を隠すようにして、広げていた本のページに顔を伏せた。


 まったく、何もかもお見通しだ。本当に、自分には過ぎた友人だ。



 だが、病巣のように歪んだ過去が消えたわけではないのは、自分でも理解していた。
 過去を思い浮かべるだけで、優しかった過去の記憶が毒々しく歪められていく。だから、発作的に過去を思い出してはその度にそれを忘れようとする。
 フェルナンのことを考えている間はそれを忘れられるものの、だからこそ自分が過去を裏切っているように感じられて、それもまたよけいに辛い。

「……」

 溜息をつく癖があるフェルナンなら、こういう気分の時にはやはり溜息をついただろうか。自分も溜息の一つでもつきたい気分だ。
 過去を裏切るという感覚そのものもまた辛いのだ。それを後ろめたく感じる自分の存在そのものが、フェルナンを裏切っているようで。
 今まで自分を支えてきてくれたものが、ここに至って何もかも崩れていく。このまま自分が母を、父を、過去の記憶を失ってしまったのなら、果たして自分に彼らの娘である資格はあるのだろうか。

「だから、先ほども言った通り、貴方はあの男と縁を切るべきです」

 そう言ったのは、彼女の前にいる男だ。黒髪黒瞳の長身痩躯の男。このトリステイン魔法学院の生徒の一人。
 ガリアからの留学生、ヴィルジール・カステルモール。フェルナンが、おそらく高確率で転生者であろうと予測していた相手。

「不可能。私はフェルナンから離れることはできないし、するつもりもない」
「なぜですシャルロット殿下、ガリアのことを思えば────」

 オルレアン公派。かつて父に味方した人々。間違いなくその一人だろう。そういえばガリアの花壇騎士団にも似たような名前の男がいたはず。
 だが、今の彼女にとってそれすら憎らしくて仕方ない。かつてフェルナンが言っていた通り、彼らの戦いには何の勝算もない。そんなことに、自分を、彼を巻き込むつもりなのか。

「今の私には意味もない。今の私はただのタバサ。北花壇騎士団の七号騎士。それ以外の何者でもない」
「姫様……!」
「何と言われても、今の私には貴方達に手を貸す心算はない」

 睨み据えるように相手の目を見つめる。視線が音を立ててぶつかり合う。嫌な目だ、と思った。まるで自分を舞台装置か何かのように思っている、そんな目つき。
 それに、たとえ相手に与したところで、今の自分に益はない。むしろ害になるだけだ。


「……ならば仕方ありませんね。シャルロット姫」


 相手の雰囲気ががらりと変わる。今までの、表面を取り繕っただけの丁寧なものから、こちらを見下した、己の絶対優位を確信した危険なものに。
 闘争の気配を感じて、いつでも杖を振るえるように全身から力を抜き、神経だけを緊張させる。無駄な力は動作を鈍化させる。
 右眼を隠すようにしてヴィルジールの手が半顔を覆う。
 それを見て、彼女は以前フェルナンから聞いた話を思い出す。転生者の能力の中には、魔眼というものが存在するらしい。直死、魅了、幻惑、発火、石化、と想定される効果は多々あるが、直死以外は全て一撃で勝負が決まる危険なものだ。
 なら、対策はできている。学院の制服のポケットの内側に指を滑らせ、中にしまわれていた一枚のカードを引き抜いた。

「ヴィルジール・カステルモールが命ずる────」
「遅い」

 相手は転生者、と鋭く思考が走ると同時並行、指先に挟まれたカードの表面から、骨格で構成された腕が伸び、彼女の顔面にその爪を突き立てる。そこから展開された亜空間の入り口から、槍に似て鋭利な尖端を持つ一本の杖が射出された。

「っ!?」

 ヴィルジールが慌てて行動を中断し、転がって攻撃を回避する。
 体に開いた亜空間から現れたのは、背中に巨大な翼を広げた、人に似た影だった。その頭部は龍に似て、それでいてシルエットだけは猛禽に似た翼は、まるで底の見えない暗黒の深淵。
 翼の異形は少女を守るようにして立ち塞がると、壁に深々と突き立った自らの槍杖を引き抜いた。
 底無しの暗黒空間の入り口でもあるその翼の深淵から、闇そのものとも、泥の塊とも触手の群とも付かない異形の物質が溢れ出し、少女の体へ絡み付いて、少女を異形の翼の内側へと引きずり込む。どういうわけかその翼は底無しの異次元の入り口になっているらしく、少女の華奢な体は翼の異界へと呑み込まれ、その場から姿を消す。
 少女の意図した事だ。自ら翼の異界へ取り込まれる事により、敵の攻撃から自らを保護する。相手の能力はおそらく魔眼の一種。そして、相手の魔眼が対象と視線を合わせる必要を持つのであれば、異界へ取り込まれた少女を対象にすることは不可能であるし、また、視覚を持たないこの異形であれば、相手の魔眼に囚われることはない。

「っ、ええい、どいつもこいつも、余計なことを!!」

 ヴィルジールは苛立ったように叫ぶと、身を翻して窓を割り、地面へと落下する。ここは三階、メイジであればレビテーションかフライでも使えば、あっさり逃げ出せる位置だ。少女が召喚したのは以前マリコルヌから奪ったカオシックルーンのカードモンスターの一、翼を持っているから、追うつもりなら容易に追える。
 だが、わざわざ追う必要もあるまいと判断して、彼女は自らの肉体を翼の異界から引きずり出した。

「あ、な、何で……」

 少女の足元で腰を抜かして呟いているのは、少女よりも一つほど年下に見える少年だ。
 平民のような服装をしているにもかかわらず意味もなくヴィルジールに同行していたことを考えると彼も転生者であろうが、しかし彼は腰を抜かして床にへたり込み、震えている。おそらく、脅威にはなるまい。

「何でだよ……何で、何でだ? タバサには母親の事とかで声を掛ければ一発だとか言ってたのに、どうしてこんなことに? 何でタバサがあんな化け物使うんだよ!? 話が違うじゃないか……?」

 成り行きに不満があるのだろうか、うわごとのように声を漏らしている。新兵によくある現実逃避の症状、と思考を巡らせる。
 少女は、目の前でへたり込んでいる少年をじっと見つめた。

「貴方は…………いえ、何でもない」

 何も言うことはない。少女は身を翻して少年に背中を向けると、その場を後にしようとする。その肩を誰かが掴んだ。

「……?」

 振り返る。肩を掴んでいたのは、先ほどの少年だった。

「なあ、何でだよ。何でアイツなんだ? 君がどれだけ辛い思いをしていたかは俺も知ってる。転生者の奴らもみんな分かってる。でも、駄目だ! アイツだけは駄目だ! アイツは危険な男なんだ! 君にも分かるだろう!? どうしても力が欲しいって言うのなら、俺が力になってやる! だから……!!」

 言われて、少女はフェルナンのことを思い出す。なぜフェルナンだったのか。少女は遠い昔のことを思い出す。

『言っただろ。人の事なんて知るか、って。君の事情は、最初に君が焚火の前で話した事しか知らん』

 昔、そんなことを言われた。
 やはり、フェルナンと目の前の少年は違う。転生者の典型が少年でフェルナンが異常なだけなのか、それとも彼もまたフェルナンと同様に同程度に異常なのか、それはわからない。
 だが。

 フェルナンはどうしようもなく冷淡で残酷だ。何物も冷めた眼で見下して、その反面で恐怖して、そのくせ自己評価だけはやたらと低くて、それでいて完璧に邪悪にはなりきれない。
 どう見ても、人を惹き付ける存在では有り得ない。英雄では有り得ない。


 だから、知りたいと思った。フェルナンが行動する理由を。


「貴方は、フェルナンをどう思っているの? 貴方の目に、フェルナンはどう見えている?」

 結局、タバサにとって満足のいく答えは返ってこなかった。

「……アイツは、オリオールを、同じ転生者を、殺した。同じ境遇にいる人間を! アイツに人の心があれば、そんなことをするはずがないのに!! 俺はアイツを許さない。絶対に……絶対にだ!!」

 激情に任せて感情の渦を叩きつける叫びは、少女が望んでいたものではなかった。冷静にフェルナンを観察しようとする人間から見て、彼がどう映っているのが知りたかった。
 目の前の相手は違っていた。いや、それどころか、少女自身のことすら理解していない。そのことに少し失望を感じる。

「貴方は何も理解していない。私だって、北花壇騎士七号としてたくさん、人間を殺した。貴方達の言う『原作』にも、書かれていたはず」

「それ……は…………」

 荒れ狂う感情のままに言葉を吐き出していた少年の口が、勢いを失って停止する。
 許せなかった。確かにフェルナンは褒められるような人間ではない。転生者の力を含めた能力的にはともかく、人格的には短所ばかりで、長所といえる部分なんてほとんどない、かもしれない。だが、少女にとって、間違いなくフェルナンは大切な存在であった。
 それを、この程度の相手に侮辱された。

 そう、所詮この程度。だから。

「もういい」
「……え?」

 少年は呆然と、自らの胸を貫通した長大な槍杖の柄を見た。鋭利な尖端が心臓を貫通し、胸板を突き抜けて背後の壁へと突き刺さっている。
 少女が抱いた殺意に反応して、少女の隣に立つモンスターが杖を投擲したのだ。

「片付けて」

 少女の命令に反応した翼の異形が、その翼の内側の負の奈落へと少年の肉体を引きずり込み、この世界から消滅させていく。作業が終わったら手元に戻ってくるように命令してから、その姿に目を向けもせず少女はその場を後にした。



 たとえ独りよがりの、何の役にも立たないような相手に過ぎなかったとはいえ、助けの手を差し伸べてくれた相手を、激情に任せて殺してしまった。
 それも。
 今、自分は何のために、誰のために殺したのか。
 相手はオルレアン公派、父の味方であった人々だ。自分がシャルロットであるのなら、オルレアン公シャルルの娘であるのなら、少なくとも決して殺すべきではなかった。


 脳裏に過去の光景が蘇る。
 父と母が笑っていた。二人の間には、二人の愛しい娘がいた。彼女の名前はシャルロット。

 父に抱き上げられた人形が笑っていた。
 母に抱き締められた人形が笑っていた。

 シャルロットがあそこにいるのなら、今の自分は何者なのか。足元の床が消失した違和感に襲われて、少女は思わず床に膝をついていた。
 おかしい。これは何かおかしい。不思議なことに、寒くもないのに体がガタガタと震えるのだ。その理由が分からずに、少女は自らの体を抱き締めた。


 シャルロットはあそこにいる。ならば自分は一体何者なのか。今の少女には、その問いに答えることができなかった。





=====
後書き的なもの
=====

 加筆した番外編の後書き。
 タバサ編の二回目。
 相変わらず精神的にギリギリなタバサです。記憶障害もどきが発症していよいよ末期症状な感じ。
 ギャルゲー的には好感度を上げれば上げるほどヒロインがボロボロになっていく新システム……? 悲惨。
 そしてさりげなくベタベタに。

 名も無き転生者の少年は哀れ。一応裏設定としてシモンという名前があったりするのですが、あっさり殺害されました。別に螺旋力が転生者スキルじゃないけど、並みの転生者はこんなものでしょうか。ちなみに平民に転生した希少例だが、初期条件が厳しいだけでボーナスは無し。そしてさりげに初めて役立った魔界カード。
 あと、ヴィルジールは当分出てきません。



[13866] 濁流のフェルナン ルートB19 我が名はレギオン、大勢なるが故に
Name: ゴンザブロウ◆27d0121c ID:2e94587a
Date: 2011/07/09 02:00
 ラ・ロシェール。

 非常に特異な景観を持つ港街である。

 空を見上げれば世界樹の枯木から建造された、フネが発着するための巨大桟橋が存在し、また、その下に広がる、メイジがわざわざ一枚岩から作り出した街並みは、普通に家建てた方が早いんじゃないかという疑問を呼び起こさずにはいられない。

 てか、ぶっちゃけ石造りの家というのは、昼は暑いし夜は寒い。しかも建設する時にはわざわざ高い金払ってメイジを呼んでこなければならないため、平民にとっては無駄に金が掛かる。ついでにいえば建設するメイジの技量によっては、砂っぽくて快適とは程遠い。
 そんなわけで、このラ・ロシェールで生活しているのは基本的に金を持っている貴族や商人であり、貧乏な港湾労働者やら何やらはベッドタウンとして肥大した周辺の街からわざわざ歩いて通勤するか、フネの持ち主や人材派遣業の元締めである商人が経営している寮で寝泊まりするか、あるいは路上生活を営むのである。僕の実体験が入っているわけではないのでよく分からないが、通勤はかなりしんどいだろう。
 また、そんな土地柄だから貧乏人に手の届くちょっとした酒場なんてものはほとんど存在せず、寮暮らし組と路上生活組は基本的に、休みの日には周辺の街にある酒場に通うのである。

 そんなラ・ロシェールであるのだが、この街の夜の人口密度は、今回に限っては非常に増大していた。それもそのはず、ギーシュとその取り巻き(という名のハーレム)の手によって始められた、トリステイン軍の総力戦のためである。



 濁流のフェルナン/第十九段



 と、いうわけで、今のラ・ロシェールは非常に賑わっていた。
 赤とか青とか緑とか紫とかの色とりどりの軍装を纏った兵士たちが歩き回り、貸切にした宿屋の門前には各領地の騎士団の紋章が掲げられ、あるいは街角で軍楽隊が勇ましい軍歌を奏で、正直僕には騒音公害にしか聞こえない。
 見ているだけで眼が疲れそうな華やかな軍服を纏った若者たちが自らの腕を競い合い、まだ立ててもいない手柄を思って皮算用を垂れ流し、あるいは軍を率いる立場として実際に軍に同行している王女や王妃を勇敢だとか褒め称え、その陰である程度現実が見えている中高年は、将来の不安を思って溜息をつく。

 トリステイン諸侯の擁する騎士団の大半が、このラ・ロシェールに集まっているのだ。いくらトリステインが弱小国とはいえ集まればそれなりの数にはなるし、それは街一つの機能が飽和寸前になる程度には十分な数だ。
 必ずしもこの場に集まった貴族たちの全てが総力戦の是非に賛成しているわけではなく、また一定額の供出金を払えば別に参加する必要はないのだが、かといって誰もがそこから逃げられるわけではない。
 まず軍の中核となるヴァリエール家とかの大貴族は、まあヴァリエールは基本的にギーシュの味方として主戦派だから置いとくとしても、アンリエッタ王女とマリアンヌ大后が軍を率いる立場として参戦している以上、それを置いてのんびりしていたとなれば、大貴族としての体面が保てない。
 対して、軍の大部分を占める中小貴族はというと、その大半が、某クルデンホルフさんのとこがいい具合に繁盛する程度には金に困っているため、供出金なぞ払うゆとりはない、というのが正直なところ。

 でもって、我がモット伯家はというと、逃げ場を失うような御大層な家格は無し、さりとて金に困っているわけではなく、優雅に金を払ってボイコットである。

 この度の総力戦、正直なところ、国家戦略としては決して間違っていない。
 僕が毎度毎度わざわざ強調して言っている通り、トリステインは弱い。それこそスペランカー並みと言っていいほどに。当然ながら、レコン・キスタがアルビオンを掌握し終わってからトリステインにやって来られたら、正直勝ち目はない。原作ゼロ魔と違って、ウチの王様がなぜかマジで勝ちに来るつもりでいるらしい事からしても、これは明らかだ。
 となれば、アルビオン王党派が潰れ切っておらず、それと手を組んで勝ちを狙える今の内にレコン・キスタを倒しておく、その判断は間違っていない。
 しかし、だからといってホイホイ総力戦なんぞをやらかすと、国内の防衛戦力がげっそり減ってトリステインの防御力は紙装甲だ。具体的に言うならば、某砲撃でお話な冥王の相方がマントとスカートを脱いでソニックフォームになったくらい。だからといって機動力が上がるわけでもないが、まあ、そうなれば、様々な勢力が紙装甲になった国土を齧り取りに来るだろうことは言うまでもない。
 だからこういう時こそ同盟国に援助を要請して背後と脇を固めておくのだが、だが甘い。この間のジョゼフ王の布石、偽一方さん乱入事件が効いていて、現在トリステイン・ゲルマニア間の国際関係は一時的に悪化状態にある。ゆえに、ゲルマニアからのバックアップは受けられない。レコスタ黒幕の最大容疑者であるガリアはさすがに論外だし、鬼畜国家ロマリアは論じることそれ自体がもはや問題外なレベル。

 ついでに言うなら、今回の戦争の大義名分は内乱で領土を失ったアルビオンの領土回復なので、ぶっちゃけた話、戦争に勝ってもトリステインに得るものはない。領土も利権も、全部アルビオンのものである。せいぜいレコン・キスタから賠償金が貰えるくらいだろうが、そんなものは貰えてたかが知れている。


 では、どうして僕がそんな場所にいるかといえば、当然ながら仕事である。
 モット伯家としての細々した用事に加え、我が直属の上司であるジョゼフ王に命じられた「レコン・キスタ側と内応して、何としてでもトリステイン総力戦を失敗させよ」という任務を果たさなければならないのである。
 やれやれ、面倒だ。



 そんな中にあるのが、『水精霊の虜』亭のラ・ロシェール支店である。
 戦闘前で気が立っていたり、あるいは気が大きくなっている貴族たちのお陰で、娼館を利用する客数が何十倍ほどになって、とてもじゃないが現行のシフトでは追いつかないので、自家用の大型竜籠(動力ホムンクルス)を使ってトリスタニアやモット伯領から増援を連れてきたのだ。
 で、仕事のシフトの割り振りも済んだので、僕はやることが無くなって、ぼんやりと水入りのグラスを傾けている。といっても、そもそも僕の仕事は見ているだけで、実際に仕事を割り振ったのは娼館のまとめ役である女性たち辺りであるのだが。

 まあ、そんなわけで、僕達は今、この『水精霊の虜』亭に宿を取っている。したがって、ラ・ロシェールにいる間、僕達はこの『水精霊の虜』亭ラ・ロシェール支店を拠点として活動することになる。

 酒場のカウンター席からぼんやりと見渡しても、そこでクダを巻く客のほとんどが軍関係者であることがよく分かる。
 香を焚き染めた煙が漂う中で、ガタイのいい中年の騎士たちを三人ほど引き連れて赤毛の少女が階段を上っていくのが見えたので、誰かと思って見てみたら、この間の偽ディケイド事件の時の情報提供者である血縁上の妹だった。
 先程まで僕に同行していたタバサ相手に何やら話していたようだが、客が来たのでそちらに移ったようだ。

「まったく、変な……それに嫌な街だ」

 言いながらグラスを傾けて、気が付けばグラスが空になっていたのに気付き、テーブルの中心に置かれていたポットを持ち上げると、グラスにまた水を注ぐ。酒はあまり好きではない。味が。味覚が子供だから。
 あらためて水を入れ直したグラスを持ち上げると、薄暗い店内を照らす暖色系の灯りがグラスに反射して、どこか気だるげな光を放つ。その光の中に、今では見慣れてしまった、それでも感動が薄れるなどという要素の欠片もない、澄んだ光が混ざり込んだ。

 蒼。

「……タバサ」
 僕は同じカウンターのすぐ隣の丸椅子に座っていたはずの少女に向かって振り返る。隣でグラスを傾けていたはずの少女は……少しばかり大変なことになっていた。

 表情こそ普段と変わらない無表情であるものの、顔が紅い。まるで林檎。目も潤んでいるし、吐息にも熱いものが混じっているようだ。思わずテーブルの上を確認するが、彼女が飲んだのは普通のワインのようだし、量も一本と半分。華奢な外見に似合わずザルであるタバサが、この程度で酔うはずもない。

「……フェルナン」

 ぼんやりと顔を上げた少女は、普段の無表情を崩して夢見るような表情でこちらに身を寄せると、こちらの首に腕を回してくる。今にも口づけを交わすような距離で、僕とタバサは見つめ合った。熱のこもった吐息が顔に掛かり、蕩けた目がまるで欲情を示すようにして、こちらを誘っているようにも見える。
 明らかに酔っている。何故だ。そんな風に彼女が酔うような要素はこの場には……あ゛。

 先程からずっと店内に漂っている香の煙。一見雰囲気作りの小道具に見せかけて、実はモット印の媚薬の一種である。
 最初の内は純粋に酒場として酒を飲むつもりでここに来ても、適当に酒を飲みながら、店内を行き交う肌も露わなお姉さんなんかを見ている内にそれっぽい気分になってきて、その内に注文を取りに来たウェイトレスさんに見惚れている内に、いつの間にやら一名様ご案内、という仕掛けなのだが。
 そういえば、耐性のある僕や、対抗策を装備しているお姉さんがたは別として、タバサはここ数時間、僕と一緒にこの店内で仕事の進みを見ていたわけで。

「フェルナン……その、お願い…………」

 つまり、タバサは酔っ払っているわけではなく……いや、広い意味では酔っているに含まれるのではあるのだろうが。

 そんなわけで、僕は慌ててタバサを抱き上げると、大至急部屋に向かって駆け戻った。



 そんなこんなであれこれを終えると、いつの間にか陽が落ちて、外は死人のように蒼褪めた藍色の薄闇に包まれていて、窓から入ってくる光も随分と弱くなっていた。
「いつの間にやらこんな時間か」
 溜息をつきながら立ち上がり、窓から外をうかがってみれば、遠く地平線の辺りが赤く染まっており、まるで世界の果てが燃えているようにも見える。

 劫火。

 夕闇が死人の顔なら、この世界はまるで地獄だ。死してなお咎人を呪い続ける地獄の業火。ある意味間違ってはいないだろう。
 転生者ってのは基本的に死人だ。死んだはずの魂が、生まれてくるはずの魂といつの間にか擦り変わって生まれてくる、ゾンビの変種。ならばハルケギニアは死後の世界、ならばこの地上は地獄の底か。

「……こんな可愛らしい恋人がいて、世界が地獄ってことはないと思いますけれど?」
「っ……!? 何だ、君か」

 血縁上の妹が開いたドアの隙間から、いつの間にか興味深そうにこちらを窺っていた。妹は遠慮なしに部屋に上がり込むと、ベッド脇の椅子へと腰掛ける。そんな一つ一つの仕草も、相変わらず下手な貴族では太刀打ちできないほどに洗練されていて、それでいて嫌味の一欠片も感じさせないのが逆に憎たらしいくらいだ。

「ほんと、いい子ですよねタバサさん。お兄様にはもったいないくらい」
「自覚しているさ、それくらい」
「……自己嫌悪も、ほどほどにしておかないと卑屈に見えますわよ。お兄様に欠けているのはそういう部分ですわ」
「知らないのか? 増長は死を招く。特に僕にはね」

 半分呆れ顔の妹を無視して、ベッドに横たわって気持ちよさそうな寝息を立てているタバサの頬をそっと撫でる。タバサの表情が幸せそうに緩み、むにゃむにゃと嬉しそうな寝言を呟いている。そのまま指をそっと唇に滑らせて、ふわふわとした唇の感触を楽しんでみる。

「……フェルナン」

 眠ったままのタバサが微かな声で僕の名前を呟いた拍子に、唇の感触をなぞっていた指が彼女の口に滑り込んだ。途端、指先が暖かな感触に包みこまれる。指先に舌が絡みつき、柔らかく包み込まれるような感覚と共に、指が根元まで吸い込まれる。
 ぞくり、と背筋に寒気がして、衝動的に眠ったままのタバサの身体を貪りそうになって、その衝動を力ずくで押さえつける。

「まったく、どんな夢を見ているんだか」
「おおかた、お兄様と愛し合う夢ではありませんこと? どう見ても」
「……まあ、そうなんだろうけど」

 指にタバサの吐息と舌とが絡みつく度、僕の背筋にぞくぞくとこそばゆい快感が走る。このままではまずい、と判断して、タバサが息苦しくなったのか指先から口を離した瞬間を狙って、彼女の口から指を抜き取った。
 抜き取った指はタバサの唾液がねっとりと絡みついたままで、まだ彼女の熱が残っている。本当にまずい。正直、どうにかなりそうだ。
 仕方なく僕は立ち上がって、その場を後にする。

「外に行く。頭冷やしてくる」
「あら、大丈夫ですか? 欲求不満なら私が相手をしてもよろしいですが?」
「いらないよ。……タバサの前だぞ」
「そうですか。少し残念ですわ。変わった……わけではなくて、タバサさんが素敵なだけですわね」

 まったく、よく分かっている。さすが妹。



 『水精霊の虜』亭を抜け出すと、僕は少し、街中の様子を見ることにした。陽が落ちた後であるにも関わらず、街の活気は止むことがない。
 フネに弾薬や補給物資を搬入する作業は全く終わってすらいないし、各地から買い入れた補給物資は、まだ続々とラ・ロシェールへと到着しており、それらの受け入れ作業も必要だ。
 さらには、各地からやってきている諸侯の騎士団も指揮系統の編成を行っている最中であるし、やるべきことはいくらでもあるのだ。

 そんな街の中を、僕はどこへ向かうともなしに歩いていた。
 魔法の力によって建設された奇妙な景観は、僕の眼から見ればどこか作り物めいて、現実感を感じさせない。だがそれ以上に、僕にはこの街の景色が、どうしても遠く離れたところに置かれたものに見えて仕方がなかった。
 別に、今に始まったことではない。昔から……それこそ前世から、そんな違和感はいつだって僕の周りに付きまとっていた。
 早い話が、本当に遠いのだ。物理的なではなく、精神的な距離が。
 昔から、周りと、他の人間と趣味もノリも合わなくて、だから人の中に入っていけなかった。
 他の誰かが、人の笑顔を見ることで幸せになれると言った時、人の笑顔と幸せがイコールで結ばれる方程式がどうしても立証できなくてずっと首を捻っていた。
 他の誰かが、理由がなければ人と話すのが当然であるのと同じ程度に、理由がなければ人と話さないのが当然だった。
 そして、人を鬱陶しいと思う一方でどこか羨ましいと思い、しかしそれ以上に、結局人が鬱陶しかった。要するに、面倒臭い人間だったのだ。そして今でもそうだ。
 前世の世界はどうしようもなく僕から遠くて、結局僕はそこにいることができなかった。今もそうだ。この世界だって、同じ。
 同じではない理由はただ一つ────

「────チートがあるから、だな」

 たとえ人と溶け合うことができなくても、人の意志など簡単に思い通りにできる。僕にはそれだけの力があって、そして────その程度でしかない。チートなしでは何もできない。

 タバサだって同じことだ。

 僕の掌に、抱いた少女の暖かさが蘇る。それすらも、転生者としての、自分のものでない、自分で努力して手に入れたものではない、虚像に過ぎない。

 いや、だからこそか。
 僕が努力したところで、手に入れられるものなどたかが知れている。何をやっても、手元に残るのはゴミクズばかり。大切なものは何一つ手に残らない。


 はあ、と溜息をついてその場を離れようとする。よく分からない場所にまで来てしまった。幸いにして、来た道は覚えている。こんなところにいても、何が分かるというものでもない。
 そんな風に決めた時だった。
 どさり、と目の前で、何かが倒れる音が響く。人だ、と思って振り向くと、案の定、人が倒れていた。まだ若い、女性のようだ。顔は見えないが、シルエットだけなら美人に見える。周りの男どもが下心も露わに駆け寄っていく。
 だが、それよりも早く女性に手が差し出され、女性はその手を掴んで立ち上がる。おそらく恋人であろう、どこかで見たことがある気がする相手。その拍子に、女の顔が見えた。

 かつてと変わらない、黒に近い栗色の髪。
 アメジストのような深い紫色の瞳は、意志の強さはそのままに、より洗練されて角が取れ、より落ち着いた柔らかなものとなって、その魅力を深めている。

 そう、僕はその女を知っている。
 メルセデス・エミリエンヌ・ド・モルセール。かつての僕の婚約者だ。あくまでも元、だが。
 元々は金に困ったモルセール侯爵が、資金工作のダシ代わりに押し付けてきた婚約に過ぎないし、メルセデス本人に対しては、さして含むものがあるわけでもない。だが、その婚約を潰したのがギーシュであるとなれば話は別だ。

 ぎり、と奥歯が嫌な音を立てる。

 奪われた。
 奪い取られた。
 まるで漫画の悪役に対してするように、正義の名の下に、それが予定調和のハッピーエンドであるかのように、つまり僕が奪われることが当然であるかのように。

「ああ糞、本当に、相変わらず、あの女とは毎回毎回どうしようもなく嫌な場所で出くわすな……!」

 僕は思わず裏路地に隠れるようにして、地面に吐き捨てるようにして苛立ちを叩きつける。自分が邪悪であることは自覚している。だが、だからといって苦痛が無くなるわけでもない。
 ぎりぎりと、肋骨を締め付けるような憤怒の情が噴き出してくる。最悪だ。
 いや、やめよう。
 あんな女のことに囚われていても、いいことなんて一つもない。それくらいなら、王様の任務を果たす方法を考えた方がよほどに建設的だ。
 はあ、と溜息をついて、路地裏の壁にもたれかかる。王族や貴族を迎え入れるための清掃は、こんな裏路地まで行き届いているわけがない。その壁はとても清潔とは言い難いが、羽織ったマントは相似魔術や何やらで汚れを拒絶することができるので、僕には関係ない話だ。

 薄暗い路地裏から、じっと外を眺める。こんな時間であっても表通りには規則正しく間隔をおいて松明が灯され、光が絶えることはない。その光の中を、揃いの軍装を身に纏った恋人に手を引かれて、幸せそうに笑うメルセデスが歩いていく。
 それを、僕は路地裏の暗がりからじっと見つめる以外に何もできなかった。

 これが正しい世界だ。良い人間は正しく報われ、外道が割って入ることは許されない。努力したから、苦労したから、人格が立派だから、正当な理由があるから、下種を踏みにじることが許される世界。
 ああそうだ、それは確かに正当だ。人が人であるための、絶対的な理によって保障された、当たり前の理屈。向こうが正しい、こっちが悪い。
 それはそうだ。
 それで?
 それで僕の苦しみが少しでも軽くなるとでも? 悔しかったら努力すればいい? それは努力できた人間の言葉だ。努力するにも才能が必要である以上、その言葉は、結局自分や仲間の才能を誇る言葉に他ならない。

 結局、前世からそんな感じだ。転生してチート能力を手に入れて。それでいてこの有様。馬鹿は死んでも治らない、とは本当によく言ったものだ。
 僕は光に背を向けると、暗い路地裏の奥に向かって歩き出す。別に行き先の当てがあったわけでもない。だが、明るい世界を視界に入れたくなかった。
 喉の奥から乾いた嗤いが込み上げてくる。衝動に流されて笑い出したくなるほどに惨めな気分だ。もう、いい。もう何もかも壊れてしまえばいい。こんな街、こんな世界、何もかも────

「フェルナン?」

 背後から伸ばされた腕が、僕の体を抱きしめていた。

「……タバサか?」
「ええ。私」

 背中越しに、僕を抱きしめた相手の暖かさが伝わってくる。体が冷えているわけでもないのに、その暖かさがどうしようもなく心地よい。
 振り返れば見慣れた少女がいつも通りの無表情で、それでも今にも泣き出しそうな、それでいてどこか安堵したような表情で僕を出迎えた。

「……タバサ、どうしてここが?」
「貴方の妹に貴方を追い掛けるように言われて、それからずっと街中を走り回っていた。貴方を見つけられたのは本当に偶然。貴方を見つけられて、本当に、よかった…………」

 タバサはそう言って、僕の背中に顔をうずめた。



「まあ、そういうわけで、僕達はこの総力戦を阻止しないといけないわけだが────」
 しばらくして僕達は、誰もいないところに場所を移して、あらためて二人で話し合うことにした。『水精霊の虜』亭ではない、別の場所だ。

「軍事行動を阻止したいのなら、まずは兵站を破壊するべき。蓄積した兵糧を焼き払うのが一番有効だと思う」
「……いや、それは、ギーシュという人間を甘く見過ぎだ。あいつなら兵士だけをアルビオンに送って、兵糧くらいなら集め直す。代価としてゲルマニアにトリステインの国土を半分割譲する、とか、本気でやりかねないぞ?」

 肩をすくめながら頼りなく揺れる足場を歩く。ランスロットの身体能力を得ているこの肉体は、こんな状態でも重心一つぶれることはない。
 眼下を見下ろせば、そこから見えるのはラ・ロシェールの夜景。原始的な照明が線を描いて街の輪郭を描き出し、港湾都市が深夜になっても眠りに就いていないことを示す。前世の自分であれば高所恐怖症でパニックの一つでも起こしただろう高さだが、空も飛ぶことができる今の自分にとって、高度は何ら恐ろしいものではない。

「……冗談?」
「本気だ。あいつなら本当にやりかねない、って、君も分かるだろう? でなければ、こんなタイミングで総力戦なんて無茶苦茶な真似ができるはずがない」

 それではここはどこなのかといえば、だ。
 簡単な謎掛けだ。このラ・ロシェールに、そんな高さを持った建造物なんて一つしか存在しない。今僕たちが立っているのは、フネが発着するための大桟橋だ。
 しかし、ちょっとした高層ビルほどの高さを持つ大桟橋に貨物を運び込むためには、当然ながらそれなりの労力を必要とする。それを一気にコンテナごとフネに運び込もうとすれば、それに掛かる労力は想像を絶する。いくら作業に魔法を導入できるといっても、これだけの高度を、それなりの重さを持つコンテナで踏破しようとすれば、いかにレビテーションがコモン・マジックであるとしても、精神力の消耗は壮絶なものだ。したがって、この桟橋の随所には、運搬される貨物を一時的に置いておくための物資集積場が建設されている。
 僕たちが立っているのも、そんな大桟橋の中程に設置された物資集積場の一つの、その屋根の上であった。

「でも、そう簡単にそんなことができるの? いくら彼がこの国の実権を握っているとしても、実際に主権を持っているのはマリアンヌ大后のはず。それを飛び越えて領土割譲のような真似ができるとも思えない」
「別に不可能な話でもない。ちょうど一週間前の話なんだが、ああ、その、何だ? ………………その当人、マリアンヌ大后が、ギーシュのハーレム要員に堕ちたらしい」
「…………」

 滅びてしまえそんな国。
 王室親子丼とか。この国は本当に腐っている。
 タバサが唖然として目を丸くしているのを横目に、僕の脳裏に不愉快な記憶が蘇る。

『主人公は、彼、ギーシュさ。ここは転生オリ主であるあのギーシュを主人公とした、ゼロ魔二次創作の世界なんだよ。だから僕たち転生者は脇役として、彼の物語を正しく運営する義務が────いや、使命がある』

 本当に……主人公ってやつは、何をやろうとしても思い通りになるようにできているらしい。
 僕も昔は、そんな連中に憧れていたように思う。テレビのブラウン管の向こうで、小説の文字の羅列の彼方で、あるいは網膜の反対側で、いつだって格好良く悪を倒して人を助ける正義の味方。だが、そんな憧れを抱きながら生きていると、その内に気がつくのだ。

 自分は、向こう側だ。

 格好良く戦い傷つき立ち上がるヒーローではなく、それに助けられる善良な一般人ですらなく、それに押し潰され顧みられることすらない一介の卑劣な悪人こそ自分の姿だ、ということに。
 彼らが美しく尊く強く格好良くあるほどに、自分の低劣さが立証される。そうして、僕の似姿を踏みにじることで、世界はあるべき幸福を手に入れて行くのだ。

『やめておけ。この世界の流れはギーシュを中心に構築されている。そして、もし君がギーシュの流れを壊すというのなら、それは最高の最善に至る流れを破壊するというのと同じことだ。もしそうなったら、君はそれによって不幸になる多くの人々に対して、どう言い訳をするつもりだ?』

 大桟橋の上から見下ろすラ・ロシェールの夜景の輝きは宝石を散りばめたような透明度はない。だが、だからこそ、一つ一つの輝きには生命が宿り、暖かい熱がこもっている。────僕を置き去りにして。

 その熱の、輝きの一つ一つが、僕に言うのだ。

 お前には生きている意味がない。この輝きに加わる価値を持たない。
 だが、もしお前がこの美しい輝きの生贄になるのであれば、そのためにのみ、お前が存在することを許してやる。

 ふざけるな、と思う。
 ふざけるな、と思う。
 ふざけるな、と思う。

 ふざけるな、と思った。もし僕が踏みにじられることしか認めない世界であるのなら────この世界は僕の敵だ。
 こんな世界、今度こそ何もかも砕けて燃えて滅びて潰れて────────

「フェルナン?」

 涼やかな声が僕の思考を切り裂いた。
 気がつけば、タバサがじっと僕を見つめていた。いつの間にか、思考に浸ってしまっていたらしい。

「なあタバサ、君は、自分が洗脳されたことを、どう思っている?」
「……フェルナンは、私を洗脳したことをどう思っているの?」

 問い掛けは、新たな問い掛けという予想外の答えによって返された。しかし、僕は目の前の少女に誘導されるままにその問いの答えを考えていた。

「生きていくために必要な行為。そうだな……一言で言えば、僕の習性っていうことになるのかもしれないな。人は一人で生きていはいけない。だけど人間なんて信用できない。善人は善人だから僕を裏切る。悪人はそもそも信用できない」

 別に、世界の全てが善と悪に二分されるなどと、厨二病めいたことを考えているわけではない。
 だが、“他者を自分より優先する人間”と、“自分のために他者を踏みにじる人間”と考えてみればどうだろう? そしてそのどちらもが、僕にとっては最終的な敵になる。もし相手が善人であるのなら、他者を自分より優先するなら、他の大勢の誰かのために僕を犠牲にする道を選ぶ。

「君だって同じだ。あの時僕が洗脳しなかったら、君が僕を愛することはなかった。その感情は所詮造り物だ」

 僕はタバサに背を向けると、屋上の縁に直立して、ラ・ロシェールの夜景を睨みつけた。

「つまり世界は僕の敵だ。世界の全てが僕の敵だ。この世界に、僕の味方は一人もいない────」

 視界の先で輝いているラ・ロシェールの夜景に向かって手を伸ばし、爪を立てるようにして拳を握り締めた。ぎり、と骨格が音を立て、指が軋みを上げる。爪が掌に突き刺さり、夜闇の中に滴っていく。



「────違う」



 今、彼女は何と言ったのか。
 否定した。違うと。それは間違っていると、僕の知っている、いちばんきれいな存在が、そう言ったのだ。
 タバサはそっと握り締められた僕の手を取ると、一本一本その指を伸ばして、僕の手を開いていく。まるで魔法のようだ。たったそれだけで、僕の手から力が失せていく。

「違う。それは違う。洗脳されていない私が貴方を愛さないとするなら、洗脳された私は、貴方を愛している私は、そうでない私とは別物のはず。“洗脳されていないシャルロット”と“洗脳されたタバサ”は別人のはず。もう私はシャルロットでは────お父様とお母様の娘ではいられない」

 そう言って僕の手を胸に押しつけるようにして抱き締めて、タバサは泣き出しそうな表情で微笑んだ。熱い。焼けそうなほどに。掌から、タバサの体温と、そして心臓の鼓動がドクドクと音を立てて伝わってくる。

「たとえ洗脳されていようとも関係ない。この感情が作られたものであっても、今の私はシャルロットとは別人で、今の私が貴方を愛している。それだけでは、不足?」

 不足か、とは?
 要するにそれはどういうことなのか?
 つまりかつてのシャルロットと今のタバサは別人であるからして、洗脳されたかどうかは関係ない。そのタバサは、僕の味方だ。そういうことなのか?

「もうシャルロットで有り得ない私は“タバサ”でいたいと思っている。私は、貴方を愛している。フェルナン……貴方の居場所は、ここにある」

 ああ、そうだ。
 そうか、そういうことか。
 何もかもそれでよかったのか。

 一瞬で、完全に視界がクリアになった。脳を満たしていた耳障りなノイズが掻き消え、解き放たれた僕を祝福するようにして澄み渡った静寂が押し寄せてくる。

「くくっ、……はははははははははっ!!」

 喉の奥から嗤いが漏れる。憎悪や屈辱ではない。それとは違う、完全に違う、別の何かだ。

「ふふっ、ふふふははっ、あはははははあっはははあ、はーっははははっははははははははっはははっはは!」

 何も考えなくても喉の奥から嗤いが噴き出してくる。自分が完成していく快楽。
 てんで噛み合わずに空回りを続けていた歯車がガシガシと音を立てて接続し、咆哮を上げて回転する。狂気を熱量に変えてその中に流し込み、高速高圧の理性を演算、極大限の狂気を生み出していく。
 魂とはささやかな感情を回転させる回路に非ず、それは炉心だ。核爆発して荒れ狂う超高圧の狂気を沸騰させて恒星のように白熱し、銀河のように星海のように膨大な熱量を産み出すのだ。

「くぅははっははははっはははははっ、はははははっあはははっははははははははっはははははははははははははふふはははああはははははははははははははははっははははははは!!」

 簡単な話だ。
 世界がどれだけ敵に回ろうと、それは所詮は世界に過ぎない。そんなものは最初から根こそぎ燃やして焼き尽くして、その後で新しい世界を作ればいい。僕の居場所は此処にはなく、僕の居場所は其処にこそある。世界とは、嗚呼世界とは、こうも単純で簡単な代物だったのか。

「なあ、タバサ」
「何?」

 タバサの顔をじっと見つめる。夜空に溶け込むような藍青の髪。月光を吸ってどこまでも深く輝く蒼の瞳。その闇の中で何よりも明るく輝く雪白の肌。蒼い月を背にして立つタバサは、まるで月の妖精のようだ。
 綺麗だ、と思う。それ以外の感想を考え付かない。
 だから、欲しいと思った。目の前に立つ、タバサという名のこの美しい少女の肉体から精神から魂の一欠片に至るまでの全てを、己のものにしたいと思った。
 だからこそ────

「僕は少し、堕ちるところまで落ちてみようと思っている。だからさ────」

 寄り添うように身を寄せてくるタバサの身体を抱き寄せる。抱き締めた少女の身体は、そのまま力を込めればそれだけで砕けてしまいそうなほどに華奢で、それでいて全てを受け入れるかのように柔らかい。
 口づけを交わすような距離でじっと見つめ合い、吐息だけが熱を帯びて絡み合う。


「────付いてきてくれないか? 地獄の底の、その下まで」
「ええ。貴方とならば、どこまでも」


 タバサは躊躇い一つ見せずに頷いて僕を受け入れた。
 自分の中の何かが吹っ切れたような幸せそうな顔で僕を見上げるタバサを、僕は素直に綺麗だと思う。幼さを残していながらも女性らしい艶やかな丸みを帯びたその身体を、僕は奪い取るように抱き締めて、その白い頬に手を添える。

「……愛してる」
「ええ、私も」

 健やかなる時も、病める時も、これを守り、これを愛し。かくして二人は一体となる。
 まるで婚姻の誓いを交わすように、僕たちは唇を重ねる。貪るようにして味わったタバサの唇は、まるで猛毒のように甘かった。



 それでは、さあ、戦争を始めよう。
 既に上空は分厚い雲に覆われ、先程までの満天の星空など一欠片も残しはしない。まるでこのラ・ロシェールに集合したトリステイン軍の未来のようだ。
 背後にゲートオブバビロンを展開、内側から射出されたディエンドライバーが僕の手の中に向かって落下する。軽く振って機関部を展開し、そのまま頭上に放れば展開した複製障壁を抜けた拳銃は二挺に増殖して僕の手の内に収まった。
 弾丸となるカードはバビロンの宝物庫から射出されて装填され、引鉄を引き絞ればそれだけでその場に幻像が飛び回り、僕の兵隊が召喚される。変則的な二挺拳銃からステレオで響く無機質な電子音声によって告げられる名は、この拳銃で召喚できる中では最強の手駒の一つ。


『『Kamen-Ride. Decade!!』』


 無数に飛び交った幻像が収束して出現する、それぞれマゼンタの装甲を身に纏う二体の戦士。
 元々はディケイドライバーのカードホルダーに格納されていたそのカードは、ディエンドライバーでも共通規格で同じカードが使用できる事は原作のBlackで証明済み。ディケイドライバーでディケイドに変身できるカードをディエンドライバーに使用すれば、ディケイドを召喚できる事は当然の理だ。

 二体一組のディケイドは肩を並べて疾走し、目の前に展開した複製障壁に躊躇なく飛び込むと、その頭数を増やしながら街中に転送される。
 ツーマンセルを組んで転送されたディケイドは街中に出現すると、一体がもう一体に向かってファイナルフォームライドを発動、ジャンボディケイドライバーに変形させてから、カメンライド・ジェイのカードで、巨大化能力を持つ仮面ライダーJの姿に変身、ジャンボディケイドライバーを装着し、ウルトラマンのバッタものを思わせる巨大な仮面ライダーディケイド・ジャンボフォーメーションへと変身する。
 そうやって、ラ・ロシェールの街に無数の巨大ディケイドが出現した。
 加えて、上空に垂れ込めた分厚い雲の帳の中には既に無数の雑兵級が待機し、それらが続々と街の中へと舞い降りる。さらには、ラ・ロシェールの街並みのそこかしこに地割れが走り、そこからも数え切れないほどの雑兵級が湧き出してくる。
 たちまちの内に悲鳴が上がり、その後を追うかのように雑兵級の咆哮が響き渡る。雑兵級の背部に展開したミサイルポッドから一斉にナパーム弾が射出され、タイミングをずらして炸裂したナパームがラ・ロシェールを業火に包み込む。
 以前まではブラスレイターの黒地に群青のラインが走った装甲を纏っていた雑兵級であるが、今は内蔵式にしたディケイドライバーとディエンドライバーを実装した新型が実装され、仮面ライダーディケイドと同じく全身に左右非対称のマゼンタの装甲で全身を覆っている。

 トリステイン軍の総力戦を阻止するためには、兵站を潰すだけでは足りない。兵糧を焼き払い、移動手段であるフネを潰し、兵士たちを根こそぎ皆殺して、初めて阻止といえるのだ。
 それだけなら、反物質爆弾の投下一発で事足りる。カオシック・ルーンの機界カードによって召喚される空中要塞フォルケン・バスターから投下される反物質爆弾は、相似魔術によって量産され、既に雑兵級の戦略爆撃装備に実用化されている。
 そうでなくとも、いつぞやの増水トラップで取り込んだ万華鏡写輪眼を使えば、ラ・ロシェールを雑兵級の視界に捉えた時点で消火不可能な漆黒の炎で丸焼きにできる。
 だが、やるなら徹底的にやるべきだ。この際だ。表舞台にギーシュを引きずり出して、その手札を曝してやる。

 一般市民や一般兵が悲鳴を上げて逃げ惑い、立ち向かうメイジ貴族はガトリングガンの一連射で、その背後に守られていた幼い子供ごと無惨なミンチを作り上げる。魔法によって一枚岩から削り出された家並みは高周波チェーンソーの一閃で切り裂かれ、あるいはランチャーから放たれた無数のマイクロミサイルによって焼き尽くされていく。
 見た目ほどの死者は出ていないが、それでも被害は大きい。大桟橋の物資集積場は最優先で火をつけたし、大桟橋から離れようとするフネは真っ先に雑兵級の餌食だ。

 さあ、早く来いよギーシュ・ド・グラモン、早く来ないと、お前の大事な総力戦が灰になってしまうぞ? さあ、来い。来い、来い、来い、来い────来た。


 暗澹の夜空の下にあってなお強烈な光輝を放つ黄金の戦士。全身に黄金に輝くオーラを纏い、炎のように渦を巻き頭上に向かって吹き上がるオーラが髪を逆立て、荒れ狂う絶対的な力を体現し、その威圧感を層倍にもしている。
 両手にはそれぞれ違った意匠をあしらった大剣。漆黒の装甲で全身を覆った人型の巨人の頭上に立って、両腕で剣を振る度に、その剣から放たれるエネルギー波が数百、数千の雑兵級を駆逐していく。

「あんな馬鹿でも勢力を維持できる以上予想はしていたけど、強いな。というか……もしかしなくてもあれはエクスカリバーか?」

 僕の中にあるギルガメッシュの知識が教えてくれる。アイツが振るう剣の内の一振りは『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。人々の“こうであって欲しい”という想念が星の内部で結晶・精製された神造兵装であり、“最強の幻想(ラスト・ファンタズム)”。
 単純な美しさであれば上回る剣などいくらでもあるが、その刃は美しいのではなく、ただひたすらに“尊い”。神話や偉業によって鍛え上げられるのではなく、ただただ純粋に純然たる人々の願いの結晶であるが故に、その剣は空想の存在でありながらも最強たりえるのだ。

 ────つまりは、僕の敵。人々の願い、想い、そういった、僕の敵である存在の象徴たる剣。

 所有者の魔力を収束変換して光と為し、放たれる一撃の色彩はただただどこまでも強烈な黄金。まさしく“強さ”という概念を何より具体的に体現した色だ。


 そして敵の能力はそれだけではない。セイバー・アルトリアの能力であろう最強の聖剣と対になる聖鞘『全て遠き理想郷(アヴァロン)』 の絶対防御こそ、アイツの最も厄介な力だ。何となれば、平行世界のトランスライナー、すなわち同一物という最高の相似関係からの魔術干渉すら遮断するその防衛力は、相似の銀弦すら届かない高みに存在する。
 正直、突破手段が思いつかない。こっちの最大火力である乖離剣エアがアヴァロンに弾かれる以上、それに及ばないゲートオブバビロンの他の宝具ではかすり傷一つ付けられる自信がない。
 さりとて相似魔術は完璧に役に立たないし、他の能力だって似たようなものだ。


 さらに性質の悪いことに、相手は複数能力持ちの転生者だ。少なくともセイバーにあんな黄金のオーラを纏って空を飛ぶ能力なんてなかったはずだし、加えて言えば、魔力ではない膨大なエネルギーを保有して黄金のオーラを纏い空を飛ぶ能力に僕は心当たりがある。

 ────スーパーサイヤ人。

 悟空だか悟飯だかべジータだかトランクスだかは知らないが、厄介なことに変わりはない。最初の形態で惑星破壊級の力を持つフリーザの最終形態を簡単に圧倒する攻防力を持つ以上、スーパーサイヤ人の単純火力と防御力は惑星破壊級を軽く上回る。
 その力はまさしく圧倒的、僕が最も苦手とする手合い、一切の理屈も原理も存在しない、単純極まりない純然たる絶対暴力の存在強度。
 ただでさえガイア最強主義で惑星破壊級の武具武装が存在しない型月宝具では、たとえアヴァロンを突破できたとしても、かすり傷一つ与えるのも難しいだろう。

 加えて、アイツの足元に立つ巨大ロボ。漆黒の装甲に覆われたその機体は、どうやら魔力で駆動しているらしく、見た目通りの超科学の産物ではないようだ。そいつが放つのは光速度を越える弾速を持った漆黒の光弾、その性質の正体は収束した重力波、その能力が重力制御であるのなら、こっちの空間・時間操作系能力も無効化される可能性がある。
 さらにその機体はまるでスピーカーのハウリング現象のようにギーシュの持つセイバーの魔力炉心から供給される魔力を受け取って増幅して送り返し、それを受け取ったギーシュがその魔力を増幅して再び漆黒の巨兵に供給する、相互強化の関係にあるようで、それによって増幅された魔力は、おそらくは“気”と呼ばれるものであろう黄金のオーラにも匹敵するエネルギーを保有する。

 さらにアイツが振るうもう一本の剣、僕はそれにもまた心当たりがあった。身の丈ほどもある長大な片刃の大剣、それに付随して起きている現象こそ、そのヒント。漆黒の兵器によって増幅された莫大な魔力が、膨大な黄金のオーラと融合して膨れ上がり、重轟星にも匹敵する超大な熱量となって顕現する。
 その現象を加味して考えるなら、そいつはさらに厄介な能力を秘めている可能性が高い。

 そして、今までギーシュが曝した能力が四つであり、僕が元々五つの能力を保有した転生者であったことを考えれば、相手はさらに少なくとも一つ以上の能力を保有している可能性を念頭に入れるべきだろう。そうなると────

「……一体全体、あんなのとどうやって戦えと?」

 アヴァロンの突破手段に関しては一つ心当たりがある。それに、相手もまた全能ではないというのは、目の前の光景が証してくれる。

 確かに、ギーシュは強い。その双剣が打ち振られる度、何百、何千という数の雑兵級が消し飛び、そしてこちらの攻撃は傷一つ付けられない。だが、所詮はそれだけ。
 ただの一撃で何百、何千が潰されるのならば、こちらは同じ手間で何万、何億の数を戦場に押し込める。何となればこちらの最大の力は物量であり、そして無限に生成されるその物量に限界はない。
 無限の複製を生成できる相似体系に、ハイ&ロウミックスなどという戯言は通用しない。やるのならハイ&ハイミックス、最高性能のものを一つ出したら、それを無限に複製するだけで無敵の軍隊が出来上がり。グレードを落として量産型なんぞという行為は無駄以外の何物でもない。際限なく相手に叩きつけられるのは、常に最高性能の群体だ。

「問題は、その最高性能がよってたかって傷一つ付けられないっていう現状なんだがな。タバサ、何かいいアイデアはないか?」
「……さすがに無理」

 タバサは顔を青くしてふるふると首を振る。気持ちは分かる。あれは僕と同じ複数能力持ちの転生者、それも汎用性と物量に特化した僕とは違い、狂的なまでに圧倒的な単体性能を追い求めた最強戦力。

 強いて言うなら、アイツの弱点はあの無尽蔵のエネルギーを単純な攻防力以外に転用できないところだろう。多重影分身や対軍規模の広域破壊魔法などを用意されれば、さすがにこの物量でも勝てる気はしないが、そんな技があるのなら、とっくの昔に使っているはず。
 無論、相手がそんな大規模攻撃を放ってこないのも、眼下の一般市民どもを巻き込まないためだろう。またロボの足元にはルイズやアリサ、アンリエッタといったハーレム要員が守られているようで、容赦なく飛び掛かっていく雑兵級もロボの裏拳一閃で粉々に砕けて飛び散らされる。スーパーサイヤ人の気に匹敵する膨大な魔力量のフィードバックは、漆黒の巨兵にも還元されているのだ。

 黄金の超戦士と化したギーシュが縦横無尽に空を駆け回り、黄金の閃光を連射して無数の雑兵級を薙ぎ払っていく。そしてそれ以上のペースで雑兵級が出現し、空間を埋め尽くしていく。

 これこそ、僕とギーシュという二人の転生者の間に存在する絶対的な戦力差。僕はギーシュを倒せない。ギーシュは僕を倒せない。
 僕は圧倒的な戦闘能力を持つギーシュを打倒できないが、ギーシュは圧倒的な物量を持つ僕を阻止できない。そして、その差は絶望的な奈落となってギーシュの前に立ち塞がっている。一見拮抗しているように見える両者の戦力差は、その実時と場合と戦場によっていくらでも変動し、そして今は僕の方が強い。

 眼下の都市の一角、燃え盛る炎に包まれた家屋を粉砕して雑兵級が現れる。その姿を見て腰を抜かして地面にへたり込んだのは、十歳になるかならないかといった年頃の幼い少女だ。
 その少女に向かって雑兵級は両腕から展開した巨大なチェーンソーを振り上げ、そして────黄金の閃光がその身体を貫いた。閃光によって貫かれた雑兵級がナノマシンの霧になって分解し、それを吹き飛ばすようにして黄金の超戦士と化したギーシュが着地する。
 大丈夫かと声を掛けてギーシュが差し伸べた手を、少女がおずおずと取ろうとした瞬間、少女の背後で一際激しく炎が揺れて、一枚岩で構成されたラ・ロシェール特有の家屋の残骸が落下、少女の頭蓋を打ち砕く。灰桃色の半液体の脳漿が沸騰するように弾け飛び、砕け散った頭蓋の間から、まだ形を保ったままの眼球が飛び出して、ギーシュが差し出していた掌の上に転がった。
 訳の分からない叫びを上げたギーシュは掌の上に飛び込んだ眼球を地面に叩きつけ、人外の膂力で叩きつけられた眼球が弾けて地面の染みになっても狂ったように何度もそれを踏みにじり、雄叫びを上げたギーシュは再び空に飛翔すると、両手の剣を縦横に振るって雑兵級を薙ぎ払っていく。
 だが、無数に存在し、無限に増殖する雑兵級を押し止めるには、とてもではないが足りない。その程度の力しか振るえない現状では、僕の物量は止められない。

「戦闘力と軍事力の間に存在する絶対的な戦力差────ギーシュ・ド・グラモン、個人にはできることとできないことがあるってことを教えてやるよ」

 僕が軽く指を鳴らすと同時、雲の合間から無数の雑兵級が出現し、渦を巻いて一斉に大地に向かって飛翔する。ジェットエンジンの噴射炎を引いて疾走するその姿は、まさに大地を席巻する魔獣の軍勢だ。無数の噴射炎が巨大な螺旋を描き、ディケイドライバーを搭載した雑兵級の装甲色も相まって、その勢いはさながらマゼンタの竜巻だ。
 ギーシュはそれに向かって片刃の大剣を振りかざし、刀身から放たれるエネルギー波で迎撃する。荒れ狂う黄金の竜巻は僕の呼び出したマゼンタの竜巻と激突し、そして勝利したのは黄金だ。マゼンタの渦を呑み込んで黄金の業火が迸り、雲を貫いて星空へ向かって飛翔する。
 だが。

「フェイクに決まってるだろ、馬ぁ鹿」

 ギーシュの使役する漆黒の巨兵の足元が轟然と爆発し、地面を砕いて噴き上がった爆炎がルイズやアリサといった面々を薙ぎ倒す。幸いにも重傷者はいないようだが、それもいつまで持つか。
 どうやら、ギーシュはともかく、アイツの操る巨大ロボの方は決して絶対不可侵とはいえないようだ。そっちの方をまず狙った方がいいのかもしれない。
 だが、どちらにせよ、これ以上同じ戦法を狙うつもりはない。奇策が通じるのは一度きり、二番煎じの戦術は対策されて終わり。
 それにどうせ、いつまでも続けるつもりもない。『水精霊の虜』亭にはあらかじめ指示を出しておいたとはいえ、妹の安否も少しだけ心配だ。どの道、破壊と殺戮はそろそろ十分だし。


 そろそろよかろう、と判断して、僕は上空を飛び交う雑兵級の群れを通じて、キャスターの魔術を展開する。単純な魔術行使であればセイバーの直感に魔力の流れを辿られて僕の存在を見つけられたかもしれないが、雑兵級もまた僕の一部であり、その雑兵級が魔術行使を行う限り、その可能性は皆無。
 無数に存在する雑兵級から放たれる魔力が大気に干渉して自然光を歪め、上空にスクリーンを展開するようにして巨大な映像を作り上げる。
 同時に大気の振動を制御して、ラ・ロシェール全域に響き渡るようにして音声を流す。

『聞こえているか? 見えているか!? ギーシュ・ド・グラモン、我が怨敵よ!!』
「お前は……お前の仕業なのか!? どうしてこんなことを!?」

 名指しで名前を呼んでやる。この災厄はアイツが招いたものであると、アイツがいたからこんなことになったのだと、これを聞くものが誤解するように。

『知れたこと。アルビオン王家を助けられては困るのだよ。我等がもたらす世界の救済の邪魔をされては、な』
「何が救済だ! お前のやったことは何だ!? お前がもたらしたのは、ただの破壊と惨劇じゃないか!! そんな救済なんて俺は認めない! 絶対に……絶対にだ!!」

 空に浮かぶギーシュが映像に向かって、喉を枯らして絶叫する。
 上空に映し出されているのは僕の顔ではないのに、無駄なことを。大気のスクリーンに投影されて、口からデマカセを連打しているのは、何を隠そうロマリア教皇の顔だ。
 ギーシュなんぞマトモに相手するだけでも時間の無駄だ。こういうのは、人に全ての責任を押し付けるに限る。

『貴様が何をしようと無駄なことだ。あと三ヶ月もすれば、我が世界の救済は完了し、我がロマリアが絶対の救世主として光臨する。それまで、貴様がこの世界に対してできることはない』
「ふざけるな! 救済などと言いながら、お前がしたのは皆を傷つけることばかりじゃないか!! お前は悲しみをもたらすものだ。嘆きを、破壊を、絶望を振りまく存在だ!! そんなヤツが救世主だと!? そんなものを世界は絶対に認めない!! お前みたいなヤツが、この世界に存在してはいけないんだ!!」

 どこまで本気か知らないが、ノリだけでここまでの啖呵が切れるとは、本当に全く、愉快なヤツだ。何より、つい先ほどまで僕が考えていた事と見事に符合しているというのが、馬鹿馬鹿しくて仕方がない。

『世界が我を認めないというのであれば、我自らがこの世界に滅びの神罰を下し、救世主ではなく真なる世界の創造主として降臨するのみ。それを妨げることは何者にも出来ないと覚悟せよ。そう────』

 だから言おう。言ってやる。
 これだけは出任せではなく、心の底からの本当に本当の宣戦布告を。



『────我こそ、世界の敵である!!』



 黄金のオーラを纏ったギーシュの拳が大気のスクリーンの中心に突き刺さるが、それよりも早く僕は映像と音声の魔術を解除していた。
 アイツには何もできない。させはしない。世界の全てはアイツの掌から零れ落ちろ。そしてその跡に、僕とタバサの世界を作り上げる。そのための計画、そのための『オーバーフロウ』だ。

 クロックアップを駆使してギーシュの攻撃から生き残っていた巨大ディケイドの一体に命令を送る。巨大ディケイドはその命令に忠実に従って剣を一閃。いかに巨大な世界樹も、同様に巨大な仮面ライダーの手に掛かっては、所詮は単なる材木に過ぎない。あっさりと斬り倒された大桟橋が、限りなく殺伐としたこの場には似つかわしくない、酷くのんびりとした速度で、しかし次第に加速して、やがて街の岩盤を打ち砕くのに十分な威力で以って、地響きを上げてラ・ロシェールの街に倒れ込んだ。
 その轟音が轟く頃には、僕とタバサは空間転移でその場から離脱している。逃走手段があるというにも関わらずあんな大破壊に巻き込まれるほど、間抜けではない。
 ラ・ロシェールの郊外に存在する小高い丘から、タバサと二人で炎上する都市を見つめる。炎に抵抗するかのように飛び回る黄金の輝きも、この距離から見てみれば酷く弱々しいものでしかない。
 僕はタバサの腰に手を回し、細い体を持ち上げるようにして抱き寄せる。夢を見ているような艶美な表情で、タバサは僕に微笑んだ。

「フェルナン、これが終わったら、私はお母様を殺す。シャルロットでない私にとって、お母様の存在は貴方を愛するのに、邪魔だから」
「……そうか」

 そう言ってタバサは、いつもの無表情が嘘のように晴れやかな表情で笑う。その表情はまるで蕩ける毒のように甘く妖艶で、それでいて、血の滴る凶刃のように鋭利で鮮烈だ。どうしようもないほどに邪悪に穢れて、それでもなお、いや、それだからこそより一層、彼女は美しい。何より、これが僕のタバサだ。その事実が、僕にとっては何より尊い。

 やがて、虐殺を終えた雑兵級の群れは、朝日が昇ると同時に空間転移でラ・ロシェールから消え失せる。そして、その場にはナパームの油に塗れて未だ炎上を続ける破壊された街並みと、助けを求める無数の難民たちが残されていた。
 崩壊したラ・ロシェールの瓦礫の上で、僕たちはもう一度、口づけを交わした。




=====
番外編:ペルスラン
=====

 火。
 炎。
 焔。

 炎上。
 湖畔に建つその屋敷は、劫々と燃えていた。
 質素でありながら十分に金と手間の掛けられた、しかし時間の流れにさらされて、それでもなお廃墟になり果てないのが管理人の実力を示している、穏やかな佇まいの趣味のいい屋敷。かつては無数の花の咲き乱れていたであろう、しかし今となっては手入れが行き届かず、かろうじて生き残ったわずかな花が雑草の合間で苦しげに息をつく花壇。掃除こそ欠かしていないものの経年劣化が進み、嫌な軋みを上げるようになってしまった床板。
 木材をちろちろと舐める焔の舌、がらがらと崩れ落ちる瓦礫の悲鳴。熱で炙られてゴトリと落ちてくるのは、百合の花を象った紋章が彫られたレリーフの金属板だ。
 そんな空間の中に、その部屋は存在した。この部屋もまた例外ではなく、炎に包まれていた。床に、壁に、天井に、赤々と燃える炎が走り、埃の匂いが染み付いた空気の中にも、赤く輝く火の粉が混ざっている。

 その炎の中に、一人の男が倒れていた。髪も髭も年齢を重ねて白く染まり、もはや老人と呼ぶべき年齢である。
 その身は氷の槍に深々と腹を抉られ、落ち着いた執事服の白いシャツを生々しい赤色に染めている。その顔も土気色に染まり、立ち上がろうにももはや膝に力も入らず、動くことすらままならない。

「……奥様」

 男が見上げた先には、一人の女が座していた。眠るように安楽椅子に身を横たえたその身体は、ブレイドの呪文を纏わせた杖に心臓を貫かれ、既に息絶えているだろう。
 かつてオルレアン公夫人と呼ばれていたその女も、もはやその肩書で呼ばれることはない。夫であるオルレアン公が謀殺され、自らも娘を庇って毒を呷り、精神を壊された身となっては。

 挙句、この様か。

 男は自嘲する。女が毒に狂わされ、その娘は母を救うために自ら危地へと身を投じ、そしてそれが最悪だと思っていた。

 ────これ以上の惨劇が起こるとは露とも思わず、安堵していた。

 どだい、少女が持てる程度の力で母を救う事など不可能なのだ。方法もおかしい。いくらメイジとして大成したところで、その程度の力ではあの狂王には勝てない。本来、それを理解できない男ではない。だが、安堵がその眼を曇らせた。
 そのツケが今、やってきただけのこと。
 無理な状況に無理な目的、その上に無理な方法が重なり、その皺寄せはすべて少女に雪崩れ掛かった。狂気に蝕まれた母親は少女の救いになどなり得るはずもなく、この世界に少女の味方など誰一人存在しなかったのだ。
 それを誰より理解できたはずの自分が、誰よりも目をそらしていた。だからこそ、今の状況がここにある。

「申し訳ありません……お嬢様」

 男は理解していた。自分はここで死ぬ。
 腹部を貫通したジャベリンの氷槍は背後の壁にまで深々と突き刺さり、男の身体を壁に縫い止めていた。その氷はこの業火の熱気の中でさえ溶ける気配もなく、峻厳な冷気を纏わせたまま存在し続けている。
 槍が存在している限り傷を治療することができず、そして氷の槍が溶けない以上、男の傷は癒える事がない。そしてそれを考慮の外に置くとしても、それは間違いなく致命傷。男の命が未だ保てているのは、膨大な冷気を纏った氷の槍が傷口の周囲の組織を冷却し、流血の勢いを鈍化させているからに他ならない。
 それはもはや、トライアングルメイジの領域ですらない。並みのメイジはラインかドット、トライアングルまで到達すれば十分優秀、スクエアまで到達できるのは限られた一握りの天才でしかなく────そして、天才と呼ばれた父の血を引くあの少女も間違いなく、その一握りの一人であったわけだ。
 だが、それだけでも、単なる魔法がここまでの力を持つのは異常。執事としてかの天才オルレアン公の魔法を知っている男は、少女が使用した魔法が、父であるオルレアン公の使ったそれを遥かに凌駕している事が理解できた。その原因も、男はよく理解していた。
 メイジの力は精神力に起因する。つまり、少女がこれほどにメイジとして大成したのも、父の死が、王の力が、母の狂気が、味方のいない世界そのものが、どれほど彼女を追い詰めていたかを表していた。

 無念。

 救えなかったのも全て自業自得だ。安堵に逃げて全てを失った愚かな道化、それが自分だ。
 起きてしまった事実にやり直しなど不可能。いかに後悔しようと、過去を変えることは不可能。ならばせめて────


「お嬢様、せめて、どうか健やかに────」


 男はこの期に及んで祈ることしかできない己を呪い、神を呪い、運命を呪い、世界を呪う。少女を追い詰めた何もかもが憎らしい。だが、結局、今の己には何もできはしない。
 がら、と瓦礫の崩れる音が響き、天井が崩落して女が座っていた安楽椅子を押し潰し、結局、女は娘と思い込んだままのただの人形を抱いて、炎の中に姿を消した。これが結末か、と思うと、男は吐き捨てるようにして表情を歪めた。
 そして、男の身体に影が落ちる。とうとう迎えが来たか、と男はわずかに目を開く。そこに立っていた人影を見て、男はまるで天使だと思った。
 炎の熱気に煽られて煌めく柔らかな金髪は黄金というよりも陽光に近く、笑みの形に細められた両の瞳は春の新緑だ。
 だが、限りなく天使のそれに近い容姿でありながら、少なくともそれは天使ではない。ブリミル教の聖典に書かれているところによれば、時に悪魔は御使いの姿を以って人を欺くという。少女の顔の両側で左右に伸びた、悪魔の角のように尖った両耳は間違いなく────


「────エルフ」


 つまりは悪魔だ。
「……悪魔が何をしに来た?」
「お久しぶりです、執事さん。あ、別に危害を加えに来たわけではありませんから、安心してください」
 そう言って頭を下げる少女を、男は知っている。かつてシャルロットという名を持っていた少女が、北花壇騎士団の任務において仲間として戦っていた相手。一度、この屋敷にも訪れたことがある。その時にはその両耳はエルフのものではない、普通の人間と同じものであったが、おそらくは幻影か何かで形を偽っていたのだろう。
 あの狂王ジョゼフ一世の配下にならば、エルフが存在しても別に不自然ではない。
 だが、その時の彼女は決して今のような、人としての何かが決定的に壊れきった忌まわしい何かではなかったはずだ。

 エルフの少女は優しげな笑みを浮かべながら口を開く。騙されまいと、男はその深緑の瞳を睨みつけた。その瞳の内側は、陽光の輝きを思わせる色彩でありながら、どうしようもなく何かが壊れた狂気の世界だ。それが今のこの少女の本質なのだろう。

「ねえ執事さん、もう少し、生きたくはありませんか?」
「……何?」

 敵愾心に満ちた男の視線と、穏やかに微笑む少女の視線がぶつかり合い、男は少女と視線を合わせたことを心の底から後悔した。その瞳は、見るものを引きずり込む超重力の泥沼だ。見るものを捉えて離さないどころから、狂気の底に引きずり込んで圧壊させる。

「今まで生きてきて後悔したことは? やり直したいことはありませんか? 決定的に間違いを犯してしまったと思ったことは? いえ、もう少し単刀直入に言いましょうか。あとほんの少しの時間があれば、やっておきたいと思うことはありませんか?」
「……その代償は何だ?」

 少女はその顔に浮かぶ笑みをさらに深いものにした。
 やめろ、聞くな、と男の理性が絶叫する。だが、そんなことは不可能だ。少女の話を受け入れない、そんな選択肢など、始めから男には残されていない。


「あら、分かりませんか? 悪魔と契約する代償なんて、昔からただ一つ────」



 そして男は、魂を売った。






=====
後書き的なもの
=====

 パ ソ コ ン が 壊 れ た 。
 データだけはどうにか吸い出せたものの、感想返事と十九話のデータだけ狙ったように消滅してしまったため、一から書き直し。地獄。

 そんなわけでネット環境が致命的に悪化したので、これ以降更新速度が低下します。あと、感想返事ももう少し待ってください。


 今回、フェルナン覚醒の回。どっちかというとフェルナン激情態。強いて言えばチート使用に容赦と自重がなくなります。元々のフェルナンがバッドステータス:恐怖Lv100くらいだったとすると、激情態フェルナンは恐怖Lv30くらい。

 ギーシュのチート能力はルートAとは別物に纏まりました。フェルナンとは違い、単純な基礎スペック強化に特化した形。現在、四つまで設定して、残る一つを考え中です。四つのうち二つははっきり名前は出していないけれど、分かる人には分かるかも。

 今回の番外編はよりにもよってペルスラン。脇役中の脇役だけれど、これでもれっきとした原作キャラです。
 最初タバサの視点から描くはずの番外編が、回り回って大変なことに。その上、電波神様の介入によってなんかとんでもない事態になっていたり。
 悪いのはすべて電波です。



[13866] 濁流のフェルナン ルートB20 瘴気のアルビオン
Name: ゴンザブロウ◆27d0121c ID:210a3320
Date: 2010/11/09 14:28
 硬い大理石の感触、それでいてどこかぬかるんだような、肉にも似て生々しい質感。
 毛足の長い最高級の絨毯の左右で薄桃色の大理石の床が、シャンデリアの光を反射しててらてらと輝いている。
 ガリア、プチ・トロワ小宮殿。
 ガリア王ジョゼフ一世の居城。
 一歩踏み出して足が赤い絨毯に沈み込むたびに、原始的なヒドロゾアの触手に絡みつかれているような感触。
 かつて歩いた廊下をもう一度歩く。不愉快ではあるものの、かつてのような恐怖は存在しない。対策は十分に練ってあるから、さほど恐れる必要はない。
 絡み付く触手の感触を踏みにじるようにして、僕は足を踏み出していく。やがて、僕は少し前に歩いたのと全く同じ道程を辿り、全く同じ鉄扉の前に立っていた。



 濁流のフェルナン/第二十段



 さて、と。
 これからどうしようか。

 今まで、視野が極端に狭くなっていた。恐怖が視野を狭め、劣等感が顔を俯かせて、何も見えなくなっていたんだ。それを彼女が気付かせてくれた。

 今になってみれば、随分と視界がクリアになって見える。
 あれもこれも、何もかもができるはずだ。


「おお、随分と様変わりしたようじゃあないか、フェルナン・ド・モット」
 彼は、前回と同じように鷹揚に笑って僕を迎え入れた。
「簡単な話ですよ。気付いただけです」
「ほう、何にだ?」
 それこそ簡単なことだ。
 地獄の底を這いずってこそ、初めて見える光が在る……だそうだ。僕もその通りだと思う。僕は今まで、その光に目を取られすぎていた────



「────地獄の底がこんなにも幸福な場所だということですよ」



「何だ、今さら気がついたのか? その程度、俺は初めから知っておったぞ」
「ははっ、貴方自身を比較対象にしないでくださいよ、この偽無能王」

 あっはっは、と、僕と王様は二人して空々しい笑いを上げる。
 ややあって、ジョゼフ王は真面目な表情に戻ってこちらを向いた。

「して、何用だ?」
「報告に上がりました。トリステイン軍は完膚なきまでに潰しましたので、もうこれ以上、総力戦などという寝言は吐けません」
 まあ、それ以外にも理由はあるのだが。
 ありていに言ってしまうと、今の自分がこの怪物と対峙して、どれだけ落ち着いていられるかを確かめたかったからだ。

「うむ、知っておる。随分と派手にやったようだな。……話に聞いていたお前の能力とはかなり違うようだが」
「隠していましたからね」

 ジョゼフ王に油断は無い。楽しそうに笑っている彼の視線はこちらから片時も外れていないし、だいいち目が笑っている。この王様は、笑っている時が一番恐ろしい。

「ふん、それくらいはしてみせるか。で、お前は他に何を隠しているんだ?」
「色々と。素直に教えはしませんよ」

 ジョゼフ王は余計に笑みを深め、同時にこの部屋を包み込む瘴気が一段と深いものになる。まっとうな人間であれば呼吸困難に陥り、感受性の高い詩人や彫刻家ならそれだけでも狂気の世界へ堕ちても不思議ではあるまい。
 これは、彼の纏うこの力は、要するにそういう存在だ。
 思わず背筋が寒くなる。だが、必要以上の恐怖は不要なだけだ。手を硬く握り締める。五指の間を擦り抜けていく蒼い髪が脳裏をよぎり、次いで抱き締めた少女の柔らかさが蘇る。

「知りたいのであれば、調べてみたらいかがでしょうか? まあ、できたらの話ですが」

 逆に挑発を返す。
 声も震えなかった。
 行ける、と判断する。


「────複製能力」


 心臓が止まるかと思った。

「いや、量産能力と言った方がいいか。もしかしたらある程度の制限があるのか、あるいは本当に何の制限も無しに無限の複製を繰り出せるのか、それは分からんが……圧倒的な物量を体現する力、それがお前の切り札だな?」
「さて、どうでしょうか? もしかしたら本当に切り札が他にあるかもしれない」

 どうにか表情だけは繕ったが、その程度の動揺などとうの昔に見抜いているだろう。さすがは王様、まさかこうも簡単に僕の切り札を読まれているとは思いもよらなかった。どういう思考の経路を辿ったのかは分からないが、他の事も色々と見抜かれている可能性を考えなければならないだろうか。
 僕と彼の視線が、音を立ててぶつかり合う。
 ぎしり、と空気が歪む。この流れは殺し合いかな、と判断し、見せても問題ない能力を脳裏でいくつかピックアップする。
 逃げる算段は完全無比にできているので、生き残る分には問題なし。できればきっちりきっぱりと始末しておきたいところだが、そう簡単に殺されてくれる相手とも思えない。

 だが、先に目をそらしたのはジョゼフ王の方だった。
 決して競り勝ったわけではない。おそらく、見逃してくれたのだろう。……“今後”のために。

「フェルナン・ド・モット。ガリア北花壇騎士としてアルビオンに赴き、レコン・キスタに協力してアルビオン軍を殲滅、アルビオン王家を打倒せよ。ああ、また七号を連れていっても構わんぞ」
 下された命令はある意味予想通りといえるもの。そして、想定の内では一番厄介なもの。
 まあ、タバサを連れていけるので多少は楽になる……気分的には。戦力的には……まああまり突っ込まないことにしよう。


 始末しなければならない相手が増えた。正直勝てる気がしない。だが、倒す手段はどこかにあるはずだ。そう祈りたい。
 少なくとも、自己増殖能力の存在までバレる前に始末しないと。


 プティ・トロワ小宮殿の鉄扉がゆっくりと開き、外の空気が流れ込んでくる。
 左右の番兵などには目もくれず、僕は外気の中に歩み出た。相変わらず薄暗い王都リュティスの曇り空には、解放感など欠片も存在しない。分厚い雲に覆われた鈍色の空は重厚な鉄の天井を思い起こさせ、その閉塞感が見る者にストレスを与えてくる。
 その曇天を背後に置いてタバサが立っていた。蒼の瞳、蒼の髪、白い肌、小柄な体躯、その全てが僕の目に焼きつけられるようにして見える。暗澹とした世界の中でも、なお鮮烈に美しい。

「フェルナン」

 彼女の呼び掛けに我に返る。いつの間にか見蕩れてしまっていたらしい。少女は普段なら感情に乏しい顔に、薄っすらと笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。
 その笑顔は、最初に会った頃の笑顔とは決定的に違ってしまっている。トリスタニアで再会して、同盟を結んでから少しずつ変わってきて、そしてついこの前のラ・ロシェールで、どうしようもないほどに違ってしまった。
 影だったものが闇になってしまった。触れれば砕けてしまいそうな弱さだったものが、鋭さと禍々しさを孕んだ凶気に豹変してしまっている。そして、だからこそ彼女は美しいと、僕は感じている。

「用事はもう済んだのか?」
「ええ。それほど時間をかける作業でもない」

 二人して王宮前の広場の噴水まで歩く。曇天の暗鬱な圧迫感が人を追い立てるのか、あるいはジョゼフ王の巨大極まりない気配を誰もが無意識の内に感じ取っているのか、見渡してみる限り人の姿は見えない。

「思ったより早かったな。もう少し時間をかけてもよかったと思うけど」
「いい。大した用事でもないから」

 大した用事でないわけがない、と僕は内心で否定するが、彼女はそれこそどうでもいいことであるかのように微笑んでいる。その事実こそが彼女がどれだけ変わり果ててしまったのかを何よりはっきりと示している。

 いくら幼い頃の面影をとどめていないとはいえ、自分の母親、どうして不要になったのかは分からないが、かつての心の拠り所を自ら破壊するのだ。それはつまり、もはやどこにも戻る意志はないということ。
 その恐ろしいまでに苛烈な精神こそ、彼女の美しさの源なのだろうか。いや、別に何でも構わない。変わり果ててなお、あるいは、変わり果ててしまったからこそ。彼女は美しいのだ、と思う。
 要するに、僕はタバサが好きだ。それで充分。

 転生者は世界を変える力を持つ。しかしそれは、より良く変わることを意味しない。僕は以前、そんなことを言った。
 思う。この世界は変わり果ててしまった。そしてタバサもまた同じ。変わり果ててしまった。僕は、それが正しいことだとは思わない。

「なあタバサ、後悔しているか?」
「いいえ。貴方の側にいられるなら、他には何もいらない。名誉も、誇りも、家族も、友達も、命も、魂さえも、貴方のためなら必要ない。この腕に貴方を抱き締めることができるなら、私は人形でいい。この唇が貴方に触れられるなら、私は“タバサ”でありたい。人間の“シャルロット”はいらない」

 そういえばタバサという名は、元は人形の名前だった。なら、彼女が名乗るのにこれほど相応しい名は他にない。

「ああ、そうだ。僕も同じだ。たとえもう一度やり直す機会があったとしても、たとえそれがどれだけ悲惨な破滅に繋がっていたとしても、僕はまた同じことをする。やり直すことは正しいかもしれないけれど、それはきっと正しいだけだ。僕は、今の君に会うためだけに、何度でもシャルロットという女の子を壊して殺す」

 これは予測でも感慨でもない。意志だ。
 この愛しい人形のためであるならば、僕は何度でも罪を犯そう。この冒涜的にまで歪み切った世界の中で、彼女のために世界の全てを凌辱しよう。
 タバサの白い手が僕の差し出した手を握り、腕を絡ませるようにして寄り添って歩く。これが今の僕たちの距離だ。
 杯から闇の中に流れ落ちていく赤い葡萄酒。風の中に舞い散っていく蒼い髪。そんなものが、僕の脳裏を横切って、しかし何の感情も呼び起こさずに立ち消えていく。過去の情景は何の感情も呼び起こさない。全ては、もう不要のものだ。側にタバサさえいれば、何もいらない。

「行こうかタバサ。次の目的地はアルビオンだ。行けるか?」
「ええ。どこまでも貴方についていく。だから────」

 だから、もっと。

 僕の耳元に寄せられたタバサの唇が、甘い吐息と共に囁きを落とした。もっと、私を壊して、と。



 アンドヴァリの指輪をフル活用して洗脳した人間の持つ情報ネットワークはそれなりに広い。
 だから、僕が見知った一行を乗せたフネがラ・ロシェールに程近い小さな港町から出立したのを知ることができたのは僥倖だった。何といっても、心の準備ができる。
 ギーシュ自慢の甲鉄艦隊ではない。そんなものは先日のラ・ロシェール攻防戦でとっくに壊滅している。彼らが乗ったのはグラモン領としては旧式、ハルケギニアとしては標準的な木造船だ。
 したがってさほど速度が出るとも思えない。ギーシュがサイヤ人の膂力でフネを抱えて自力で空を飛んでいく、とかそういった手段を取らない限りは、だ。
 まあ最悪の事態を想定して動くべきだと思うので、ギーシュが既に到着していて、戦況が致命的なまでに悪化している、下手をすればギーシュの元気玉一発でレコン・キスタが消滅している可能性まで頭に入れて動くべきだろう。


 さて、現在の世界情勢の確認と行こう。

 レコン・キスタの叛乱に苦しむアルビオン軍の救援に向けて総力戦を行おうとしていたトリステイン軍は、軍を集結させていた港町ラ・ロシェールを襲撃した謎の怪物の群れ(まあ僕の軍隊なわけだが)に襲われて壊滅。
 ギーシュに守られる形で生き残ったマリアンヌ大后、アンリエッタ姫、ヴァリエール公爵家令嬢の三姉妹が数少ない生き残りの一部だ。

 また、雑兵級の目的が殺戮ではなかったこともあり、ホムンクルス・ブラスレイター相手はともかく、二次災害相手に身を守ることができたため、貴族たちも三分の一程度は生き残った。でもって、そいつらの恨みがどこへ行くかといえば……ギーシュだ。何よりギーシュを名指しに宣戦布告したのが効いているらしい。
 普通は号令を出したマリアンヌ大后とかアンリエッタ姫が槍玉に上がるところなんだが、王族をアレしてコレするのは少々恐れ多いらしい。それにどうせ、奇抜な発想はギーシュの特産品、とか思われているようでもあるし。
 まあ、ギーシュを排除すればあわよくば自分が、って願望が入っているのが少々アレだが。

 あわよくば何かって? ああ、妙齢の美しい姫君を悪のギーシュの手から救い出す王子様、って役回りだ。説明するまでもない。
 小学校の学芸会でもヒロイン役の顔次第では人気のポジションだろう。相手が原作サブヒロインの一角が務まるほどの美貌の持ち主ならなおのこと。ついでにトリステインの次期国主の権威と権力というオマケまでついているという。まあ、どっちかといえばオマケがメインの食玩みたいな雰囲気はあるが。

 実はグラモン領騎士団が炎に包まれた街を走り回って命がけの救助活動やら避難誘導やらをやっており、生き残りの貴族たちの中でも少なくない数が彼らに救われていたりするのだが、そんな事実は都合よく無視されているらしい。
 これがなければ、現在の反ギーシュ派の総人口も半分になっていたことだろう。ざまぁ。
 まあ、あれだ。僕の血縁上の妹を始めとした『水精霊の虜』亭の面々なんかもこいつらに救出されているのだが、そこらへんはギーシュではなく、救助活動を指揮していたサクヤの手柄であるので、ギーシュに感謝する必要はないだろう。

 しかし、そんなアンチギーシュの動きとは裏腹に、ギーシュはアリサやルイズを含むわずかな手勢と共に、アルビオンに向かって出立していた。
 反乱軍レコン・キスタによるアルビオンの蚕食は留まるところを知らず、アルビオンの王党派はかなりの数が削り落とされているようで、レコン・キスタの軍は王都ロンディニウム目前まで迫っており、そろそろニューカッスル籠もりましょ、といったところである。



 そんなこんなで容赦なく自重なく空間転移を使いまくってアルビオンに向かった僕とタバサを出迎えたのは、僕自身も顔だけは良く知っている少女であった。

「初めましてフェルナンさん。私がレコン・キスタ総司令のティファニアといいます。よろしくお願いしますね。タバサもお久しぶりです。元気にしていましたか?」
「ええ。元気」

 僕たちがティファニア率いるレコン・キスタと合流したのは、アルビオンの王都ロンディニウム郊外に築かれた野戦陣地だった。

 一目見て異常だと感じる。異様なほどに静まり返っているのだ。
 人はいる。気配はある。人の息遣いは感じる。ゲートオブバビロンの宝具で耳を澄ませば心臓の鼓動だって聞こえてくる。だが、声だけがしない。
 いくら規律の行き届いた軍隊とはいっても、声の一つも聞こえないというのははっきり言って異常だ。

 その中に、一般兵のそれとはやや趣を異にする少しばかり豪華な天幕が張られている。そこがティファニアの今の居城らしかった。

「総司令専用と言っても、大したものは置いてないんですけどね。シェフィールドさんは少なくとも見た目だけはよくしておいたほうがいいっておっしゃるんですけど、どうしても兵隊の皆さんに悪くって」

 言いながら彼女は質素な白磁のティーセットを持ち出してくる。この異常な空間の中で、異様な状態に置かれている兵士たちが日常の中にいるかのように話す彼女は、やはりどこか異常なのだろう。
 もはやこの世界は原作の『ゼロの使い魔』ではない。

 おそらく錬金で作られたであろうティーカップは、造り込みこそいい加減であるが職人の腕だけはよかったらしく、平民が手にするには少々高い買い物になるだろうが、下級貴族の水準からすればさほど珍しい代物ではなかった。
 使えれば何でもいい僕や、質素なようでいて最近さりげなく身の周りに気を使っているらしいタバサともまた違ったセンスだ。予算の中でギリギリ安いものを選択するのがティファニア的センスということだろう。

「ああ、それからこれ。ジョゼフ王から預かった荷物だ」

 ティファニアの傍にいた額にルーンを刻んだ女性に、頑強な鎖で幾重にも拘束された巨大なトランクを手渡す。プチ・トロワ小宮殿と同質の毒々しい気配を放ち続けているそれから手を離したことで、僕はようやく安堵の溜息をついた。
 女性、おそらくはジョゼフ王の使い魔シェフィールドであろうルーン女がクソ重そうにトランクを抱えて部屋を出ていくと、僕はティファニアからティーカップを受け取って、カップの中の琥珀色の液体を口に含む。

 トランクの潮臭い気配の残滓が残った空気の中では紅茶の味なんて分からないが、あのトランクの毒々しい気配がこの場を去った後の紅茶はとにかくやたらと美味かった。


 弓を扱うことがほぼ皆無といっていいギルガメッシュには元来弓兵としての適性はほとんどなく、ギルガメッシュがアーチャーのクラスに収まったのは、蔵に収まった宝具をミサイルランチャーのように投射しまくるためであった。
 当然、ギルガメッシュが保持する弓兵としての基礎能力は、ギルガメッシュ自身の割と高い基礎スペックに比してさほどでもなく、僕自身も宝具や諸々の補助も無しにはエミヤの方のアーチャーがやったように遠く離れた橋梁のボルトの数を数えるような芸当はできないのだが、それでもこの野戦陣地からハヴィランド宮殿を視認する程度の遠視能力はある。

「にしても、ぞろぞろいるな……」

 王党派、総数二万。こっち側、レコン・キスタの総軍が三万なのでこっちの方が数の上では有利だが、決して油断していい相手でもない。
 もしあのまま総力戦体勢でトリステインが合流していたら、もしかしたら数の上でさえ負けていたかもしれない。

 ギーシュが合流するには、おそらくまだ一日か二日程度の余裕がある。
 その一日二日の猶予が勝負を決める。そんな確信が、僕の中には存在した。


「さて、それじゃあ行動を開始しますか」


 ゲートオブバビロンから蒼と黒を基調とした玩具のようなデザインの大型拳銃を取り出す。ディエンドライバーだ。前回の事件から使っているが、このアイテム、使ってみると中々に使い勝手がよく、とりわけこういった戦場では結構便利なのだ。
 指先に引っ掛けたディエンドライバーを手首のスナップで頭上に投げ放つ。放り上げたディエンドライバーは回転しながら落下、その途中で複製障壁をくぐって二挺に増加したディエンドライバーを両手で一丁ずつ掴み取る。ディエンドライバーの二挺拳銃である。
 手にしたディエンドライバーの機関部を両手を振った遠心力で展開、ゲートオブバビロンから射出されたライダーカードをセット、銃口をぶつけ合わせて機関部を閉じ、引鉄を引き絞れば、無機質な電子音声が響き渡る。


『Kaijin-Ride. Giga-Zell!』
『Kaijin-Ride. High-Dragoon!』
『Kamen-Ride. Ryu-Ga!!』


 二挺のディエンドライバーの銃口から射出された閃光が無数の幻影へと変化し、幻影が重なり合って二種類の怪人によって構成された集団が出現する。
 ミラーモンスターと呼ばれる怪物の一種。仮面ライダー龍騎に登場する、鏡の向こうの悪魔である。
 どちらも、原作のライオトルーパーと同じく複数の個体を召喚するカードである。

 片や、レイヨウを模したギガゼール。その姿はレイヨウを模したメタリックカラーの怪人と形容すれば分かりやすいだろうか。正確にはギガゼール種ミラーモンスター達によって構成された群れであり、ギガゼールだけでなくオメガゼール、マガゼールなどの同系統のレイヨウ型モンスターも含まれる。

 片や、トンボを模したハイドラグーン。その姿は実際のトンボに近く、人に似た両腕もミサイルのように射出するための砲弾に過ぎない。これらもやはり、無数のハイドラグーンによって構成された群れである。

 そして最後に、駄目押しで龍騎系の仮面ライダーの中で唯一ミラーワールド内部での行動に時間制限を持たない仮面ライダーリュウガを指揮ユニットとして召喚。
 黒のボディスーツに銀色の胸甲と仮面を装備した軽装の騎士。だが、その基礎スペックは龍騎系列のライダーの中では最高クラスに位置する。

「さあ、行っておいで」
 僕は手鏡を取り出すと、モンスターの群れの中央に向かって放り投げた。モンスターたちは吸い込まれるようにその鏡に向かって殺到し、鏡の中に向かって飛び込んでいく。
 ディエンドライバーを手にした僕には、常人には見通すことのできない鏡の向こう側の世界を喜び勇んで走り去り、あるいは飛び去っていくモンスターたちの姿が見えた。
 最後に、リュウガが自らの相棒である契約モンスターの黒龍と共に鏡の中に飛び込んでいく。

「さて、次はこいつらだ」
 ゲートオブバビロンからカードを給弾し、再びディエンドライバーの引鉄を連続して引き絞る。装填にゲートオブバビロンを使用した釣瓶撃ちは、元々のディエンドライバーよりもはるかに楽でいい。閃光が連続し、いくつかの幻像が人型の影となって実体化する。

『Kaijin-Ride. Cassis-Worm!』
『Kaijin-Ride. Uca-Worm!』
『Kaijin-Ride. Scorpio-Worm!』
『Kaijin-Ride. Cassis-Worm-Clipeus!』
『Kaijin-Ride. Cassis-Worm-Dimidius!』
『Kaijin-Ride. Gryllus-Worm!』
『Kaijin-Ride. Formicaalbus-Worm!』
『Kaijin-Ride. Aracnea-Worm-Rubor!』
『Kaijin-Ride. Lampyris-Worm!』
『Kaijin-Ride. Verber-Worm!』
『Kaijin-Ride. Worm-Chrysalis!』

 連射。連続して放たれた閃光は無数の影と化して結像し、人型をした異形の蟲の影を出現させる。
 ワーム。仮面ライダーカブトに登場する悪役であり、不可視の加速能力クロックアップと記憶すらも奪い取る擬態能力によって人類社会を侵食する怪物だ。
 ほとんどがクロックアップ能力を持たないサナギ体ではあるものの、その分指揮ユニットとなる成虫どもはそれなりのスペックを持つ連中を揃えてある。

「でもって駄目押し」

 ディエンドライバーに続いて取り出したディケイドライバーのスリットに一枚のカードをくぐらせる。

『Attack-Ride. Ga-Oh-Liner!!』

 召喚されるのは、先頭車両の先端に鰐か恐竜のような凶暴な頭部を持つ巨大な列車だ。妙ちきりんなことに列車が空中を走る傍から何もない虚空に線路が出現するので、ほとんど空を飛んでいるのと変わらない。
 喰った存在を歴史から抹消する、などと、洒落にならないほど物騒な能力を持つタイムマシンであるが、今回はそこまではやらない。
 ただ、ワームどもを乗せていってやるだけだ。
 幹部級どもに誘導に従って、ワームたちは意外と従順に列車の中に入っていった。
 ワームたちを一匹残らず収容すると、列車はそのまま空の彼方に向かって疾走し、空中に出現する光の中、どこか訳の分からない時の砂漠と呼ばれる異次元空間へと走り去っていった。
 仮面ライダー電王に登場するタイムマシン「時の列車」の一両であるこのガオウライナーという乗り物は、原作中においても複数存在する時の列車の中で、唯一好き勝手な時間に移動可能な能力を持っている。それを利用すれば、ワームを満載したガオウライナーが時間線の外、時の砂漠に離脱後、すぐさま全く同じ時刻に別の場所、今回はアルビオン軍の陣地に出現するというセコい離れ技が可能になるのだ。
 まあ、だからといって陣のド真ん中に出現したら大騒ぎになる。時の列車には、時の砂漠で下車すると、適当な扉を媒介に通常空間に脱出できるという特性がある。よって、今回はこっちを利用する。ついでに言うと乗車もできるのだが、今回はあまり意味がない。

「後はどうするか……レコン・キスタに陽動でもかけてもらおうかね」

 正直、一見チート大爆発でフェルナン無双に見えるのだが、世の中早々甘くはない。
 あと一日二日もすればギーシュがやってくる。スーパーサイヤ人の基礎スペックを他のチートで大幅に増幅したアイツが、だ。
 そのときその場に敵の足枷となるアルビオン軍がいなければ、ギーシュは容赦なく躊躇なく満遍なく大技を使ってくるだろう。そうなったらレコン・キスタなど風の前の塵と一緒だ。ああ無常。
 あいつは僕と同じ複数能力、しかもよくある複数能力所有者とは違って、ほとんどの能力が相乗効果を起こし、加算ではなく乗算となって性能を強化している強敵。しかも僕とは違って単体戦力に特化した、殺害手段が思いつかない怪物だ。
 宝具やキャスターの魔術は歯が立たないし、アヴァロンのおかげで相似魔術すら届かなかった。あんなの一体どうしろと。

 故に、僕のやるべきことは唯一つ。
 まず第一に、ギーシュが参戦しようがもはや立て直し不可能な規模にまでアルビオン軍を痛めつけること。第二に、ギーシュの到着までアルビオン軍に形を保たせること。


「何という微妙な匙加減……本当にどうしろと…………」


 正直、対抗策が思いつかない。最悪だ。


 正直な話、戦力差は歴然としている。
 確かに一見、現在の僕とギーシュの戦力は拮抗しているように見える。僕は現状ギーシュを打倒する手段を持たないが、ギーシュは僕の軍隊を阻止することができない。

 甘過ぎる。コレはそんな甘い話ではない。
 この拮抗はあくまでもギーシュに守るべきものがある状態でのみ成り立つものだ。戦闘の目的が相手の殺傷であるなら僕にはどうしようもないし、そうでなくともギーシュの大技一発で有象無象の軍隊なんて瞬殺されてしまう。

 あるいは、発想の転換。アルビオン軍がレコン・キスタを破ると同時に、疲弊したアルビオン軍内に潜んだワームとミラーモンスターが一斉蜂起……却下。
 ギーシュが保護した国王やウェールズ王子がアルビオンに残留し、レジスタンス組織となって足を引っ張る可能性がある。ワームやミラーモンスター程度ではギーシュには勝てないので、その防護を越えてギーシュに勝つことは無理無茶無謀。



 ……いや、待てよ?



 そんなわけで、僕はティファニアとシェフィールド────ガリア側から参戦した黒幕組と向かい合っていた。

「────そんなわけで、レコン・キスタの全軍を捨て札にする」
 要は、ティファニアとシェフィールドさえ残ればいいのだ。レコン・キスタの看板でありレコン・キスタが本物であることを示すティファニアと、アンドヴァリの指輪を使えるシェフィールド。この二人さえ残れば、一般兵などいくら死んでも問題はない。
 二人ごとレコン・キスタを消し飛ばされるくらいなら、適当にいい勝負を演じて相討ちに持ち込みつつ二人を生かし、その後でレコン・キスタを再構成する。
「私は構いませんけど、問題はないんですか?」
「ええ。軍なんてアンドヴァリの指輪があればいくらでも作れますし。むしろ問題は、その投資に見合う利益があるかどうか、というところですが」

 ティファニアとシェフィールドが割りと外道な会話を交わす。というか、予想通りというか何というか、ティファニアもしばらく見ない内に酷い具合にこっち側に染まっていたらしい。

「利益ならあるだろう? 元々この作戦は、王様の計画の要になるアルビオン浮遊大陸から邪魔になる存在を根こそぎ排除するのが目的だ。よって、レコン・キスタが消滅しようが、その後の計画には差し支えない」
「おやおや、そこまでお見通しとはねえ……まあいいわ。陛下のためになるのなら見逃しておいてあげるわ。その代わり陛下を害するというのなら────」

 ────殺す、か? あいにくだが、僕はおそらく、大半の転生者に輪をかけてさらに死ににくい。

「そう簡単に殺せるとか考えないでくれ。これでも生き汚さには定評があってね。それでどうする? 僕はあなた方がこの作戦を採用するかどうかを知りたいんだが」
「ええ、それでいいわ。貴方のことは気に食わないけれども、向こう側についた転生者に対応しないわけには行かないものね。というか、その転生者引き込めないの?」

 賛成の答えを返したシェフィールドは、心底迷惑そうに顔をしかめて、聞くまでもない根本的な問いを投げて寄越した。

「無茶言わないでくれ。ギーシュは性格というか行動方針からして引き込めるとは思えないし、アリサ姫はガチでアルビオンの王族だろうに。まあ姫様相手ならその指輪で洗脳すればいいとは思うけれど」
「無意味ね。洗脳しても役に立たないわ。だからこそわざわざトリステインまで行って戦力を連れてきたんでしょうけれど」

 はあ、と二人して溜息をつく。
 目下、最大の問題はギーシュである。それさえなければ、アルビオンなんてあっさり潰してしまえたんだろうが。




 さて、だ。
 その間、無数存在する他の肉体も決してぼんやりとしていたわけではないのだ。
 肉体の大半がシナリオ『オーバーフロウ』に従事している。そして、その中のセクション『アンピトリテ』には二大ライン『スキュラ』『カリュブディス』が存在する。
 『カリュブディス』は主に「雑兵級」と呼ばれる基本的なラルカス型ホムンクルスや、それらの特殊発展型であるカサブランカ級などの基本戦力の内、それらの肉体そのもの、すなわちハード面を研究している。
 そして『スキュラ』は主にそれら基本戦力の連中が使用する手持ち兵装や追加オプションなど、肉体機能に依存しない外部取り付けが可能な兵装についての研究を行う。
 そして、それら二つのラインは現在、一丸となってある物体の解析と実用化を進めていた。

 頑丈な特殊合金のシェルターの上に幾重にも結界を折り重ね、さらには無数のホムンクルスがあらゆる状況に備えて待機する。
 そのシェルターの中央に、一人の“僕”が一冊の本を抱えて立っていた。
 しばらくして、その“僕”が本に力を込め始めると、本はひとりでに表紙を開き、ページがめくれ始め、やがて本からページが切り離されて空中を飛び回り、“僕”の制御に従ってその力を解放する。
 空中で幾重にも折り重なったページの合間から膨大な水が噴出し、やがてその水の合間から巨大な影が出現し────

「駄目だな」

 その様子を見守っていた他の“僕”は容赦なく断定を下す。
 今の状況でアレを直接使うのは御免こうむる。負担が大き過ぎる。特に脳味噌と精神に対する、だ。
 現に、先ほどまでアレを使用していた“僕”は既に廃人だ。もはや再利用は不可能だろう。仕方ないので、相似魔術で近くの“僕”と分割思考ごと相似させて直す。
 今ある力さえ使い切れていないこの状況でさらにアレを持ち出しても、正直使いこなせる自信がない。
 原作の似たような存在の最終的なスペックが現状のギーシュのそれすら凌駕するのでちょっとばかり期待はしていたのだが、さすがに難しい。
 やはり、そうそう簡単にはいかないということか。正直、この土壇場で大物がゲットできたので少しばかり舞い上がっていた面もあるのだが、人間落ち着きが大切。アレは確かにハイリターンだが、少々ハイリスクに過ぎる。
 ここは初心に帰って、アレの原作でも参考にしてみることにしようか────




 さて、それでは戦場はアルビオンに戻る。
 そんなこんなで、ワームどもはアルビオン軍に潜伏中。ミラーモンスターどもは、鏡の前で一人か二人になったアルビオン兵を鏡の中の世界に放り込んで大絶賛食事中。
 それからワーム達には、アルビオン軍の陣地の中で、多数の行方不明者が出ているという噂を流させている。無論、行方不明者の真犯人はミラーモンスター達である。敵軍の士気を下げるための嫌がらせだ。もっとも、これに関しては正直期待していない。一週間とかあるならともかく、たかが一日やそこらで噂が広まるわけはない。こういうのは長期戦だからこそ効果を発揮するのだ。
 ついでにペスト菌でも流してやろうかとも思ったが、さすがにそれは自重。こっちに感染したら面倒だ。
 さらに、ワーム達にはもう一つ、後々のための仕込みもやってもらわなければならない。ワームの負担が大き過ぎる気もするが、それも仕方ない。適当に捕食しているしか能がないミラーモンスターたちとは違って、十分な知能があって便利な能力を持ち過ぎている彼らは便利に使い易過ぎるのだ。



 僕とタバサに宛がわれた宿は、一般兵よりも多少豪華な、士官専用の天幕だった。ご丁寧にも同じテントである上に、寝床も一つしかない。
 軽く杖を振って、テントの内側を照らしていた照明のマジックアイテムの効果を解除する。明るかった室内は一瞬で闇に包まれた。

 タバサの柔らかい体を背中側から全身で抱き締める。僕よりもさらに小さな肢体であっても、タバサのそれには女性らしい柔らかさが存在した。抱き締めただけでも折れてしまいそうな、繊細なガラスの肢体。

 他の転生者を警戒してここまで連れてきたわけだが、こんな場所までつれてきたのは少々無茶だったかもしれない。モット伯家には多分監視がいるだろうし父もいるので論外ではあるのだが、だからといってギーシュの目の前に出せば、それは僕の存在を明かすことに他ならない。

「タバサ、明日辺り、ギーシュが来る。カードはもう使えるか?」

 タバサは裸の胸元でシーツを抑えながら体を起こす。相変わらずの無表情だが、わずかに細められている目はうっすらと笑みの形を見せている。

「……大丈夫。戦える」
「いや、タバサが戦う必要はないよ。僕たちは敵に存在を気付かせてはいけない。気付かれたら、負けだ。だから、もしタバサが戦うことになったのなら、それは僕たちが負ける時だ」

 実際問題、もし仮に僕の存在がギーシュに見つかったとしても、それは失点にこそなれ致命的なダメージではない。際限なく肉体を増やすことができる僕にとって、自分の生命とはいくらでも替えが効く消耗品に過ぎない。
 たとえ消耗品の一つや二つを破壊されたとしても、致命的なダメージにはなりえない。
 そんな僕にもし替えが効かない存在があるとすれば、それはタバサに他ならない。だからこそ、タバサの存在に繋がる手掛かりになりかねない僕自身を隠蔽しなければならない。

「…………」

 タバサはどうやら何か考えているらしく、それきり、口を閉じて黙りこくっていた。


 一晩寝て過ごした。
 目を開けると、タバサを抱き締めたまま朝になっていた。タバサも目を擦りながら体を起こそうとして、どうも動けないらしい。僕が抱き締めているから。
「……フェルナン」
「ああ。今離す」
 少々名残惜しいものの、タバサの体に回していた腕を解き、立ち上がる。
 天幕の外には既に朝日が昇り切っている。よく晴れているようだ。


 ひとまず、ギーシュが出てきた場合の対策は用意してある。空に分厚い雲を用意してしばらく待機。伏せカードはしっかり用意した。後はカードを表返すだけ、だ。

 王都ロンディニウムを前にして、大きくアルビオン軍の防衛線が広がっている。そして、その正面に陣を構えているのが我らがレコン・キスタ軍である。
 都市の郊外に大きく広がった平原は軍の陣地を構えるのにちょうどいい。

 びゅう、と音を立てて平原に風が吹き、短く生え揃った下草が大きく波打った。その下草を踏み潰すようにして総勢三万にも及ぶ軍隊が行進していく。

 彼ら軍隊は一様に異常だった。雰囲気からしてあからさまにおかしい。まるで全員揃って熱病に冒されてでもいるかのように目に意志の輝きはない。それでいて足取りはどこまでも確かで、それが明らかに異常な雰囲気にその場を包んでいく。

 それも当然だった。今のレコン・キスタでは普段の光景でしかないことだが、出撃に即してシェフィールドがアンドヴァリの指輪で、全軍の兵士から士官、果ては将軍に至るまで、一人残らず洗脳してしまったのだ。これで、たとえ死ねと命令しても逃げ出すヤツはいない。実に便利なアイテムだ。
 士気は万全。そして数もこっちが多い。
 だが、それだけで勝利は決まらない。戦争は基本的に質と量、それに頭と時の運だ。


 恐怖を知らない狂った兵士ばかりで構成された、相手を上回る数の軍。それを最大限に生かすことができるのは、一切の余分な策の存在しない単純極まりない方形陣だ。
 角笛が大きく吹き鳴らされると同時、数に物を言わせて大きく作った巨大な陣形がゆっくりと移動を始める。
 先頭の重装歩兵部隊が盾とパイクを振り上げて行進し、その背後から歩兵部隊が激突に備えてスピアを構え、騎兵隊は突撃のタイミングを見計らう。後衛では弓兵隊が弓弦を打ち鳴らし、銃兵は狙撃対象を探して睨みを利かせ、メイジはとにかく呪文を詠唱する。

 後方でアンドヴァリの指輪を嵌めたシェフィールドが指を鳴らすと同時に、陣形の最前列に並んだ槍兵隊が、自身の傷も厭わずに前に進み出て、ある者はメイジの放つ火炎に焼かれて火達磨になりながら、またある者は敵が構えた槍を腹に突き立てたまま、自らの腹を敵の槍で貫き通そうとするかのように無造作に前進し、黙々と、気合も喚声も上げず、表情一つ変えることもなく、正面の敵を槍で突き刺して回る。
 その行動のあまりの異様さに、思わず敵前衛の隊列が浮き足立った。そして、混乱。その乱れた隊列を喰い破るように、剣を構えた兵が躍り掛かった。戦列に開いた小さな傷は、まるで蟲の群れを思わせる無感動の兵士たちによって一気に押し広げられていく。


 勝った。思わず確信する。


 そのタイミングでどっと喚声が上がった。
 恐怖ではない。
 歓喜。希望。そんな正の要素を孕んだ、力のある声。
 一瞬、こちらの、レコン・キスタの兵達のものかとも思った。押しているのは間違いなくこちらのはずだ。
 だが、違う。アンドヴァリの指輪の力で洗脳されきった彼らが、そんな声を上げるはずがない。

 では、誰か。

 気付く。声を挙げているのは、アルビオン軍の兵士たちだ。待ち望んでいた誰かの到来に、歓呼の叫びを上げているのだ。
 その叫びに答えるようにして、戦場に声が響き渡った。



『アルビオン軍の皆、助けに来たぜ!! 騎兵隊の到着だ!!』



 その言葉が響き渡ると、まるで別物のように敵軍の士気が上昇していた。どうやらギーシュが到着したようである。道具作成スキルで作った通信礼装を渡しておいたワーム達の報告によると、どうやらギーシュの演説でアルビオン軍の士気がハイパーモードになったらしい。さすがチート。この世界がギーシュを中心に構成されているという話も、あながちガセではないのかもしれない。
 それもしても、面倒なタイミングで到着してくれたものだ。……まあいい。たとえギーシュがやってこようが、こちらのやることは変わらない。

 ギーシュのパーティ内容は、ギーシュ、ルイズ、アリサの三人。さすがにアンリエッタ姫はいないようだ。もしいたらドサクサにまぎれてこの戦場で抹殺してやるんだが。トリステインの王権がギーシュのために行使されるってのも厄介だし。

 喚声を上げるでもなく黙々と機械的に接近してくるレコン・キスタ兵に対してアルビオン兵も最初は怯えたものの、ギーシュの声が響き渡ればそれだけで士気は完全回復し、アルビオン兵は我先にこちら側へと突貫してくる。


 で、だ。
 問題は一つ。ギーシュは何をやっているのか、だ。陣の後方にいて何やら用意をしているらしいが、その正体がよく分からない。どうも野外ステージか何かのように見えるのだが……歌わせるのか、アリサに?

 まあいい。
 ワームの内の数体にやらせている仕込みも十分に機能しているようであるし、このまま行かせても問題はあるまい。
 このまま混戦に持ち込ませる。僕は通信礼装を通じて、ミラーモンスターと仕込み用を除くワーム全てに指令を送り、同時に上空の雲の中に転移障壁を形成、無数のホムンクルスを出撃させる。
 アルビオン軍の兵士たちの一部がワームの姿を取り戻し、クロックアップしながら縦横無尽に暴れ回る。剣や鎧などの鏡面からミラーモンスターが出現し、兵士たちを鏡の向こうへと引きずりこんでいく。
 火竜とミノタウロスを合成した金属の巨獣が咆哮を上げながら舞い降りる。一頭が炎を撒き散らせば、その後に続く数十頭が腹部からミサイルを解き放ち、その後ろの数百頭はレーザーを乱射、さらに背後から続く数千、数万にも及ぶ巨大な化け物が牙を剥く。


 その時、歌が始まった。


 アリサ・テューダー。彼女が歌っているのだ。
 版権こそ完全に無視しているが、それを差し引いても確かに素晴らしい歌だ。巨大なコンサートホールや、あるいは公共の電波に乗せて歌っても十分に元が取れるほど。しかし、それだけだ。
 確かに戦争序盤の頃には歌に心を打たれて戦闘を放棄する兵士もいたらしいが、シェフィールドが兵士たち全員にアンドヴァリの指輪を使用するようになってくると、もはや彼女の歌には何の力もなかったのだ。

 その彼女が歌っている。

 意味がないことは今さら証明されているはずなのに、今さら何をするつもりなのか。
 アリサの隣にルイズが立ったのは、ちょうどその疑問に、一つだけ無茶苦茶な仮説が立ったところだった。
 朗々とルイズが唱えるその呪文を、僕は知っている。僕が一番よく知っている虚無魔法。アリサの歌に合わせて広がっていく、これまでないほどの規模で行使されるその呪文、それは────


 ────『世界扉』。


 刹那、空に紫の閃光が走った。中空に、紫の光が魔法陣にも似た複雑な幾何学紋様を描き出す。紋様はゆったりとした速度で回転し、その内側から現れるナニカ。

 全体的な概観は、深紅の装甲で全身を覆った甲殻類。蟹ではなく、海老でもなく、地球、ハルケギニアのいずれの進化系統樹からも外れたシルエットは、どこか人のそれにも似通っている。
 背中には巨大な角状の器官と同時に四枚の翅が展開し、おそらくはそれによって飛翔しているのだろう。

 その後に続くように、雨が水面に生み出す波紋のように、空に幾重にも紫の紋様が描き出され、そこから現れるのは同様の甲殻類が無数、少なくとも数万体。


 バジュラ。


 マクロスFに登場する、怪獣のような宇宙航行種族。
 その身体性能・生態武装は宇宙戦闘機や宇宙戦艦といった未来兵器、それも作品世界における最新鋭兵器に匹敵し、また群れ全体でフィードバックする自己進化能力を持つため数回使用された兵器はすぐに無効化されてしまうという、非常に厄介な特性を持つ種族である。

 アリサの能力の正体が、そしてギーシュのやったことが、何となく理解できた。
 つまりはこういうことだ。
 アリサの能力の正体は、要するにマクロスFの歌姫だ。バジュラの存在しないこのハルケギニアではただの歌の上手い少女に過ぎないが、ルイズの虚無魔法で世界扉をマクロスFの世界と繋げてやれば、その歌声は宇宙の彼方のバジュラに届く。


「……やってくれる」


 やられた。こっちの長所である物量を完全に封じられた。


=====
後書き的なもの
=====

 アルビオン戦役編。
 今回は長いので前後分割。ついでに今回は番外編無し。
 フェルナンに天敵登場。ランカ・リー+世界扉でバジュラ召喚。フェルナンの物量への対抗手段として結構最初の方から考えていたネタ。とはいえ、この作戦も完全無欠というわけではありませんが。
 原作をよく見るかWikiとかよく読むと分かるかもしれませんが、思いついた後からじっくりとネタを考えてみると、実は酷い欠点が見つかったりして。


 というかティファニア。
 最初は普通のティファニアの予定だったのにいつの間にか黒化ティファニアに。悪いのは全て電波です。
 ど う し て こ う な っ た 。



[13866] 濁流のフェルナン ルートB21 惨劇の後始末
Name: ゴンザブロウ◆27d0121c ID:210a3320
Date: 2010/11/10 13:22

 アリサの能力の正体が、そしてギーシュのやったことが、何となく理解できた。
 つまりはこういうことだ。
 アリサの能力の正体は、要するにマクロスFの歌姫だ。バジュラの存在しないこのハルケギニアではただの歌の上手い少女に過ぎないが、ルイズの虚無魔法で世界扉をマクロスFの世界と繋げてやれば、その歌声は宇宙の彼方のバジュラに届く。


「……やってくれる」


 やられた。こっちの長所である物量を完全に封じられた。


 いくらブラスレイターの特性で強化されているとはいえ、雑兵級の武装はあくまでも現代地球の兵器を基本に製造されている。対して、バジュラの基本兵装は未来技術で造られた宇宙戦闘機と互角に戦えるレベルが基本だ。
 攻撃力が違い、運動性が違い、防御力も違う。こちらの売りである物量すらも、一つの戦場においては飽和してしまうという点で完全に互角。
 速度のみは内蔵式ディケイドライバーでクロックアップを使用すればどうにかなるものの、敵の出現速度が拮抗していて、倒しても倒しても新手が出てくるので手に負えない。
 さっきから雑兵級の大量召喚を続けて徹底的にアリサとルイズを狙わせているが、やはりバジュラが邪魔して上手くいかない。

 まさか、世界扉にあんな使い方があるとは。確かにあの手の術の行き先が地球一択、というのもナンセンスな話だとは思っていたが、まさか他の作品世界にまで移動することができるとは。仮説だけは前々から存在していたものの、実現できても実用性はないと思って実証を放置していたツケが回ってきたか。

 せめて、現行の兵器が通用する段階であいつらをどうにかしなければ、自己進化が進んで完全に手が付けられなくなる。魔術的な兵装なら対策されない可能性もあるが、可能性は頼りにならない。



 濁流のフェルナン/第二十一段



 思えば、今回のあれこれには非常に不手際が多かった。
 ワームの戦線投入にしたってもう少し時間を掛けて、ゆっくりと完全に敵軍を乗っ取ってから手札を表返してもよかっただろうし