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[12377] 【ネタ】マブラヴ 怪獣王伝説(投稿再開、横浜基地編)
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/02 20:29
序章 アサバスカの真実

1974年7月6日カナダ、サスカチュアン州アサバスカにBETAユニット落着。
アメリカ合衆国大統領は直ちにBETA落着ユニットに、戦略核攻撃を命じた。
だが…。

「バカな、無傷だと!!」
唖然とする兵士、将軍、政府高官。

「ええい、再度攻撃だ。ありったけの核をぶち込め!」
大統領の獅子吼に、再度攻撃がなされた。
だが、再度無傷の威容を現すBETA落着ユニット。

「…」
さすがに、三度目の攻撃をためらう大統領。
その大統領に、更なる緊急報が届いた。

「ロスアラモスに巨大モンスター出現!」
「モンスターだと?」
いぶかる大統領。
「別の落着ユニットではないのか」
「いえ、巨大な、とにかく巨大なモンスターが突如出現したのです」

同時に2箇所で始まった危機。
大統領は、BETA落着ユニットに対しては新たな作戦を練る時間が必要と見て、新たに出現したモンスターの対処を優先することにした。
「よし、ロスアラモスを先に片付ける。モンスターとやらの詳しい情報が欲しい。せめて写真は無いのか?」
そこへタイミングよく、偵察機からの報告が入ってきた。
「映像出ます」
大統領たちの前にあるスクリーンにモンスターの姿が映し出された。
「オー」
その姿は一口に言って、モンスターとしか言いようのないものだった。
現生動物であえて例えるなら、それはイグアナに似ていた。
だが、イグアナとは比較にないほど巨大であり、だいいち直立歩行するイグアナなど聞いた事がない。
それよりも例えるにふさわしい対象があった。
「恐竜?まさか、生き残っていたのか」
実際、その姿は化石で知られる肉食恐竜に似ていた。
核実験を繰り返したロス砂漠に、生き残っていた恐竜がいて、放射能の影響で巨大化したというののだろうか?
バカな、と一笑に付したいところだが、目の前の現実がそれを許さない。
偵察機は執拗にそのモンスターの周囲を周回しているようで、モンスターはしきりに偵察機を気にしている。
ついにはその長大な尾を振り回して、偵察機を落とそうとし始めた。
もちろん偵察機はモンスターと十分な距離を取っており、その攻撃は届かない。
それをいいことに、挑発するように偵察機はモンスターにぎりぎりまで近づく事を繰り返し始めた。
ごつごつした黒い体表、首筋から尻尾まで続く大きな尾ひれの列、凶悪な鉤爪を持つ前脚。
そのモンスターが放つ禍々しさが次第に明らかになっていく。

偵察機が、モンスターの姿を正面から捉えた。
モンスターが、悔しげに咆哮…。

その瞬間、偵察機からの映像は途絶えた。

「なんだ、どうした?」
「故障か?」
室内がざわつき始めた時、映像が復活した。
それはどうやら別の偵察機からの映像のようで、画面の端の方にモンスターが位置し、別の端に何かの煙がたなびいていた。
その煙は、地上にある何かの残骸が盛んに燃え上がる炎から出ていた。
「まさか…」
その残骸が何なのか、誰も指摘したがらなかった。

州軍の戦車部隊が出動してきた。
旧式の装備だが、恐竜と推測できるモンスターには対抗できると思われた。
一斉に砲撃を集中する。
だが、モンスターはびくともしない。
ちんけな攻撃で俺を馬鹿にするのかと、大きな咆哮を発した。
いや、それは単なる咆哮ではなく、凶悪な威力を秘めた息吹だった。
モンスターの口から発された炎、そう、炎は戦車部隊をあっという間に包み込んだ。

そして、その炎が消えた後に残っていたのは…。

「オオ、ゴッド!!」
「ジーザス!」
「サノバビッチ!」

ドロドロにとけ去った戦車の残骸だった。

この時点で、大統領は州軍の撤退と、陸軍の出動を命じた。
そして、これ以後、このモンスターは「G」と呼称されるようになる。



Gと名づけられた存在は、なぜ自分がこの地にいるのか分らなかった。
だが、この地には敵がいる。
それも不倶戴天の敵だと、本能が告げていた。
Gは本能の導くままに、歩を進めた。
目指すは北、人間どもがアサバスカと呼ぶ地である。


次回予告。

ついに始まるBETAvs「G」。
「G」はアメリカ軍を蹴散らして、ひたすらアサバスカへと進む。
「G」の狙いは何か?
「G」はBETAに勝てるのか?



あとがき。
某雑談スレを見ていたらネタが浮かびました。
そのため新たなネタが浮かんだら、もしかしたら続きを書くかもしれません。



[12377] 第2話「ゴジラ対上位存在」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2009/10/03 13:41
第二話「ゴジラ対上位存在」


1974年7月6日カナダ、サスカチュアン州アサバスカにBETAユニット落着

同日、ロスアラモスにモンスター出現、アメリカは同時に現れた二つの強大な敵に震撼した。

「ゴジラ」
ウイリアム=グレイ博士は、いきなりそう言った。
「は?」
グレイ博士を招聘した当人である、大統領でさえ当惑した。
「あの、モンスターの名前だよ。あれは、ゴジラという」
断言する博士に、誰もが疑念をいだいた。
なぜ物理学の権威であるグレイ博士が、おそらく恐竜であろうあのモンスターを知っているのか?
誰もがそう思ったはずだ。
だが、だれもその疑問をついに口にしなかった。
なぜなら、この部屋にいる全員がグレイ博士が当代一の変人で、気分屋だということを知っていたからだ。
へたに疑問を呈して、気分を害して帰られては、せっかく大統領が苦心して招聘した事が無駄になってしまう。

「なるほど、ゴッズィーラですな」
「違う、ゴジラだ。発音には気をつけたまえ」
平気で大統領をしかるグレイ博士に、その場が凍りついた。
「ははは、失礼しました。ゴジラ、これでよろしいかな」
大統領は、その場の空気をすばやく察して、あえてグレイ博士の機嫌をとった。
「それでよろしい」
こうして、この問題では大統領さえグレイ博士に従う姿勢を示したことで、以後、グレイ博士がゴジラというモンスターへの対策を主導することになった。

が、このエピソードは本編には全く関係が無い。

どうでもいい話は放っておいて、本編では、急いで彼、ゴジラの行方を追う。

ゴジラと呼ばれることになったモンスターは、北上を続けていた。
しかし、一路アサバスカを目指していたわけでは無い。
エネルギー補給のため、全米各地の原子炉を襲っていた。
すでに5箇所の原子力発電所を襲い、10基以上の原子炉を破壊していた。
そして、吸収したエネルギーに比例して、当初50mだった体高はすでに100mに達しようとしていた。
ゴジラが行くところ街は燃え上がり、軍隊はその無力を思い知らされ、人々はただ逃げ回るしかなかった。
ゴジラに対する核攻撃は、放射線をエネルギーにしている可能性、いや事実が指摘されいまだ行なわれてはいない。

咆哮が、闇夜を切り裂く。
人々は、その悪魔の声に黙示録の終末が訪れたことを確信した。
アメリカは、神に見捨てられたのだと。

その原子炉から全てのエネルギーを吸い上げたゴジラは、満足げに大きく息を吐いた。
そして歩みだす。
もう充分に力は蓄えた。
あとは「敵」を倒すだけだ。


その「敵」であるBETAは、アメリカ軍の執拗な攻撃をその度に退けるものの、それ以外の時間は不気味な沈黙を守っていた。
まるで、真の敵に備えて無駄な力を使わないようにしているかの様に。


小うるさい人間の兵器を一蹴しながら、ゴジラはついにアサバスカに到着した。
そして、星からの侵略者と対峙する。

満を持した様に、着陸ユニットから、その直下の地下からわらわらと異形の物体が湧き出してきた。
だが、それらの描写は省く。
なぜなら…。

ゴジラの放射能炎が、雑魚はいらん、とばかりにそれらの中小型種の全てをなぎ払ったのだ。
炎が消え去った後には、何もない原野が広がる。

だが、小手調べは終ったとばかりに新たな影が姿を現す。
突撃級、要撃級、戦車級が地を覆わんばかりに現れ、ゴジラを包囲した。
その上、要塞級がついに戦場にその姿を現した。
ゴジラの放射能炎がそれらに浴びせられた。
ダメージは受けたものの、突撃を止めない大型種。
ゴジラの足元に達し、ゴジラの脚を集中して攻撃を始めた。
尻尾と脚でBETAを蹴散らすゴジラだが、あまりのBETAの数に対応しきれず
ついにその巨体を大地に倒れこませた。
あっさりとBETAが勝利するのか、そう思われたがこれはゴジラにとって予定の行動だった。
ゴジラが倒れこんだ先の地下には、ハイヴの横坑が走っていたのだ。
大量の土砂と共に、ゴジラの姿は地下深くに消えた。

数時間後、ゴジラはついにBETAの反応炉に達していた。
多少は手ごわかったとはいえ、しょせんゴジラにとってはBETAも巣を守るミツバチにしか過ぎなかった。
なぜなら、こうしてうまそうな餌である反応炉を用意してくれていたのだから。
ゴジラは、数時間にも及ぶ戦闘で失ったエネルギーを補うため、目の前の反応炉にかぶり付こうとした。
だが、それを邪魔する無粋なものがいた。
「それ」は六つの目を持つ頭部と、無数の触手を持つ胴体を備えていた。

「正しい形式で接続せよ」
上位存在と自らを規定する存在は、突如として現れたその「存在」に戸惑いを覚えていた。
その「存在」は明らかに自らが記録している生命、非生命とも違っていた。
自らが生命と規定する存在と共通する部分も多いが、基本的には大きく外れている。
生命なのか、非生命なのか自らの記録だけでは判断がつかなかった。
そこで、上位存在は詳細なデータを得るため、その「存在」をあえて自らの懐に呼び込んだ。
「正しい形式で接続せよ」

非生命体、つまり他の知的生命体による被創造物であれば応じるであろう、あらゆる手段、方法で上位存在はその「存在」に呼びかけた。
だが、その「存在」からはいかなる意味でも、期待した返事はなかった。


※※※


突如打ち込まれてきた上位存在の触手を避けきれず、ゴジラは数本の触手を体内に打ち込まれてしまった。
咆哮と共に放射能炎を吐き出すが、これまでの戦闘のために消耗したゴジラでは上位存在の触手を焼ききる炎を吐き出す事は出来なかった。

あやうし、ゴジラ。
このまま、BETAの虜となってしまうのか。


待て、次回。




[12377] 第3話「新たなる飛来者」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2009/10/03 13:32
第3話「新たなる飛来者」

ゴジラが上位存在に、あわや捕捉されようとしてしていた時、落着ユニットの上空では異変が起こっていた。
見るからにひ弱そうな、二つ目の小型種BETAが地表に姿を現し、一斉に空の一点を凝視し始めたのだ。
いや、それはただの凝視ではなかった。
その小型種の二つの大きな目玉からは、強力なエネルギーを持ったレーザー光が発射されていたのだ。
たちまち上空を薄く覆っていた雲が消滅し、丸い青空が見えた。
その青空から、落下してくる隕石があった。
二眼の小型種のレーザーは、その隕石を狙い撃っていたのだ。

レーザーに加え、大気との摩擦熱により灼熱する隕石。
それでも分解することなく、まっすぐに隕石は落着ユニット目がけて落下していく。
レーザー照射がいっそう激しくなり、ついには隕石全体が真っ赤に熱せられ…。

大爆発を起こした!!

だが、その大爆発の炎は消え去ることなく、ある時点で急速に収縮を始め、何かの形を取り始めた。

それは、空を飛ぶ巨大モンスターだった。

全体の姿は伝説のドラゴンを思わせ、三つの長い首を持ち、体は黄金に輝く鱗で覆われていた。
その巨体には小さすぎると思われる翼は、だが、軽々とその身を大空に舞わせている。


「今度は、キングギドラか」
またしても、どこかの博士が断言した。
だんだんとモブキャラになりつつある大統領は、うなづくしかない。


キングギドラは怒っていた。
金星文明を滅ぼして、ゆったりとまどろんでいたところに、なにやら火星からやってきた物体がやかましい土木工事を始め、彼の安眠を妨げたからだ。
鎧袖一触、引力光線で金星に落着したBETAユニットの全てを粉砕したキングギドラだったが、せっかくの安眠を邪魔された怒りはこれぐらいでは収まらない。
ひと暴れして、鬱憤をはらそうと地球にやってくると、そこにも彼の安眠を邪魔した物体がいるではないか。
キングギドラは、迷いなくその物体に攻撃をかけることにしたのだ。

キングギドラに対して、光線級の集中攻撃が始まった。
だが、キングギドラの金色の鱗はびくともしない。
キングギドラは、レーザー照射を受けながら落着ユニットの上空をゆったりと旋回していく。
時々、三つの首の口から引力光線を吐き、落着ユニットを破壊していく。
それに対し、空を飛ぶことの出来ないBETAはなすすべがない。
落着ユニットは見る間に破壊され、上半分が無くなってしまった。

その半分になった落着ユニットから、新型のBETAが現れた。
比較的大型のそのBETAは、大きな一つ目をもっていた。

突如、キングギドラの体の一点が眩しい光を放った。
むろんそれはキングギドラが発したものでは無く、新型のBETA、重光線級と名付けられることになるものが放った強力なレーザー光が反射したものだ。

その強力なレーザー照射に、たまらずキングギドラは悲鳴を上げた。
でたらめに引力光線を乱射し、さらに落着ユニットを破壊していく。
それに抗議するかのように重光線級の攻撃は続き、キングギドラはボロボロの状態になっていった。

やがて、落着ユニットが破壊されつくすのと同時にキングギドラも力尽き、落下していった。

その地下で、ゴジラと上位存在が対峙しているとも知らず。


※※※※


一方、アメリカ大陸の東海岸では巨大な卵が漂着していたが、付近の漁師ぐらいしか話題にしていなかった。
なにしろ、BETAとゴジラで手一杯なのである。
とても辺鄙な海岸に流れ着いた巨大な卵程度では、誰も気にしてくれない。
唯一、取材に来た地元TV局も卵に大きな穴が開いていて、中身が既に空であることを知ると、ニュース価値ゼロとして撤収してしまった。

だから、気づく事は無かった。
近くの森林地帯に、木をなぎ倒して出来た巨大な物体が通った跡が、三つもあった事に…。


まさかキングギドラも捕まってしまうのか?
そして、巨大卵から出てきたものとは?

次回、最終回をお楽しみに。




[12377] 第4話「遅れてきたものたち」(一部修正)
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2009/10/10 19:02
第4話「遅れてきたものたち」


巨大な卵から生まれた3頭のモスラは、大森林地帯を一路アサバスカへと進んでいた


彼ら3頭は、なぜか縦一列ではなく、横に広がって進んでいた。
1頭が道を開き、あとの2頭がそれに続けば疲労は少ないはずだが、なぜ横に広がって進んでいるのだろうか?
その理由を知るため、少し彼らの声に耳を傾けてみよう。

「ピルル」
「ピル」
「ピルピル」

(訳)
「姉ちゃん、この木、不味いよ」
「いいから黙って食べなさい。私達は早く大きくならなきゃいけないの」
「あ、あっちからおいしそうな草の臭いがする」
「どれどれ」
「あら、ほんとにおいしそうな草がいっぱい生えてる」
「姉ちゃん、この草おいしいよ」
「おいしい」
「あっちに、もっとあるわ」
「わーい」

…。
モスラ達は、大きく南に向きを変えてしまった。

この年、アメリカの穀倉地帯は壊滅的な被害を受けたという。


※※※


暗い地下での戦いに決着がつこうとしていた。
何本もの触手を打ち込まれ、もはやゴジラは身動きすら出来なくなっていた。
その目の光も、いまや失われつつある。

このまま、ゴジラは上位存在に侵食されてしまうのか。

ゴウッ。
ガガガガガ。
ドサリ。

そう思われた時、そんな轟音と共に彼らの頭上から巨大な物体が落ちてきたのだ。
同時に、その物体が放つ特徴のある金属音に似た鳴き声が、ドーム状の洞窟内に響き渡った。

その鳴き声を聞いた瞬間、失われつつあった光がゴジラの目に戻り、カッとその両目が見開かれた。
ゴジラは、その落下してきた物体を見据えて、一声咆哮した。

その咆哮に応えるように、落下して来た物体、キングギドラは立ち上がり、同じようにゴジラを見据えて鳴き声を上げた。

両者の視線がぶつかり、見えない火花が散った。

キングギドラは、触手に捉われたゴジラの姿を見ていぶかる。
そして、上位存在の姿を見て状況を理解した。
キングギドラは、三つの首を揃えると迷うことなく攻撃を開始した。

三本の引力光線が、上位存在ではなくゴジラに命中した。
キングギドラの目には、上位存在など映っていなかったのだ。
彼の天敵、ゴジラの前では他のいかなる存在も無に等しかった。

引力光線の直撃を受けたゴジラの身体は、触手を引きちぎって舞い上がり、キングギドラの落ちてきた穴から地上へと放り上げられた。
それに続こうと翼を羽ばたかせたキングギドラに、上位存在の触手が放たれた。
背後から不意を襲う形となったその攻撃は、見事にキングギドラの三つの首のうち左の首を捉えた。
左の首に侵食されたキングギドラは、異様な感触に身震いをした。
そして、上位存在に対し初めて敵意を抱き攻撃を仕掛けた。
引力光線は上位存在だけでなく、反応炉の一部も上空に舞い上げた。

その攻撃で、左の首を捉えている触手から力が失われた。
すかさず右の首が触手に噛み付いて、それを食いちぎる。
自由になった左の首が、怒りと共に引力光線を上位存在に放った。
一刀両断の鮮やかさで、その引力光線は上位存在の上半身を断ち切ったのだった。

それを見て、キングギドラは悠然と翼をはためかせ、舞い上がった。
天敵を追うために。

だが、地上に出たキングギドラはゴジラの姿を見つけることはできなかった。

ゴジラはどこへ行ったのだろうか?


※※※


ゴジラは、近くの山中に掘られた洞窟で傷ついた身体を休めていた。
傍らには、心配そうに見つめるゴジラより小型のモンスターがいる。
地底怪獣と言えば、その名を思い出していただけるだろうか?
作者は思い出せない。
確か防虫剤のような名前だったかな?
まあ、出番はここしかないからどうでもいいだろう。

キングギドラによって地上に放り上げられたゴジラは、そのモンスターに導かれて、ここに身を隠しているのだ。
そして、その胸に抱え込むようにしている物体があった。
キングギドラによって切りとられた反応炉の一部である。
こうして抱えていると、身体に力が漲り、傷も少しずつ癒えて行くのが分る。

やはり、これをもっと手に入れなければならない。
ゴジラは、キングギドラの姿を思い浮かべながら、改めて決意した。


※※※


一方、中部穀倉地帯を進む3頭は身体の異変に見舞われていた。

(訳)
「熱いよう、身体が熱いよう」
「何か、身体がむずむずしてきた」
「お姉ちゃんたち、ぼく、物凄くお腹がすいてたまらないよう。もぐもぐ」

やがて、3頭の身体の表面に一本の亀裂が走った。
そして、光とともに中から出てきたのは…。

「あれー、わたし飛んでるー!」
「わたしもー!」

二頭の巨大な成虫が空を舞っていた。
未曾有の危機に、神が手を貸したのだろうか。
2頭のモスラは途中の段階を飛ばして、一気に成虫へと成長を遂げた。

「お姉ちゃん達だけずるい。僕、とべないよー。もぐもぐ」
地上には、脱皮してより大きくなっただけの幼虫が取り残されていた。

「ぐずねー」
「ねー」
「僕もとびたいー。もぐもぐ」
「しょうがないわね、ほら」

成虫の一頭が、幼虫をつかんで持ち上げようとした。

「お、重いー。あんたどんだけ重いのよ」
「協力して持ち上げるわけにはいかないし、弱ったね」

そこへ、上空から巨大な影が接近してきた。
「おー、いたいた。こんなところで遊んでおったのか。捜し回ったぞ」
「あー、ラドンのおじさん」
「見て見て、わたし達飛べるようになったんだよ」
「おー、良かったのう、じゃが、あの子はどうした」
「ラドンのおじさん、僕も飛びたいよー。もぐもぐ」
「重すぎて、わたし達じゃ運べないの」
「運べないの」
「やれやれ。それじゃ、わしがこの子を運んでやるとするか」
「わーい、ラドンおじさんありがとう」
「これで一緒に行けるね」
「僕も、一緒に戦うよ。もぐもぐ」
「馬鹿ね、戦いに行くんじゃないわよ」
「そうよ、話し合いに行くのよ」
「でも…。もぐもぐ」
「これこれ、きょうだい喧嘩はやめんか。まあ、話が通じれば良し、通じない相手となれば、戦うしかないがの」
「じゃ、行こう」
「行こう」
「まって、もう少し食べてから。もぐもぐ」
「ええい、食いしん坊なやつじゃのう。これ、もう行くぞ、むむ、なんと重い」
ラドンはやっとのことで幼虫をつかんだまま飛び上がった。
「だいじょうぶ?ふらふらしてるよ」
「ふらふらー」
「こりゃ、黙って見とらんで助けんか。糸を吐いて、身体を支えてもらうんじゃ」
「こう?」
幼虫は糸を吐いて、2頭の成虫の脚に絡めた。
「いやーん、べたべたする」
「べたべたする」
3頭と1羽は、全く緊張感のないままアサバスカへと向かった。


※※※


さて、キングギドラである。
彼は、ゴジラの姿を見失ったのを悟ると、傷を癒すための場所を捜し始めた。
やがて、火山のある一つの孤島を見つけた。
彼は、そこの住人を引力光線で一掃すると、火口近くにその身を横たえた。
その左の首には奪い取った反応炉のかけらが咥えられていた。
それを身体に当てていると不思議と力が漲り、傷も少しずつ癒えていくようだった。
硫黄の臭いがキングギドラを心地よい眠りに誘う。
いつの間にか、キングギドラは熟睡していた。
左の首の傷口が、青白い光を放っていることも知らずに…。



※※※



「到着ーっ!」
「着いたー」
「やっと、着いた」
「ふー重かった」

3頭と1羽はようやくアサバスカにたどり着いた。

そして、彼らが見たものは完全に破壊された着陸ユニットと散乱するBETAの死体、人間達の兵器の残骸だった。
それ以外は、荒涼たる原野が広がっているばかりだった。
もちろんゴジラやキングギドラたちの姿は無い。


「あっれー、もしかして終ってる?」×4


第4話終り






予想外のラドン、そして名も無き怪獣の参入によって延長戦へと突入したvsBETA戦。
読者の希望を取り入れるたび、ストーリーはますます作者の手を離れて行く。
どうなるゴジラ、キングギドラ。
そして、モスラたちに活躍の場はあるのか?
ラドンは年寄りのようだが、戦えるのか?
他の怪獣たちの出番は?

次回こそ、最終回の予定。



[12377] 第5話「最終決戦、前編」一部設定改定
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2009/10/10 18:44
第5話「最終決戦、前編」


「至急調査隊を送り込みたまえ」
グレイ博士の指示の元、大統領は着陸ユニットの残骸を調査するための人員を送り込んだ。
そして、彼らはそこで新しい脅威に遭遇する。

地上にいたモスラに怯えながらも、調査隊は果敢に地下へと潜っていった。
やがて比較的損傷の少ない区画にたどり着いた調査隊は、そこで驚くべき物を見た。
地下の巨大な空洞に設置された、これも巨大なシリンダーの中に蠢くものがいた。
「グレイ博士、これは一体?新型のBETAでしょうか」
自ら調査隊の隊長として乗り込んだグレイ博士に、助手のカールス=ムアコックが聞いた。
「むうう」
グレイ博士は防護服に身を包んでいるとは思えない身軽さで、100mを越える高さのシリンダーをよじ登った。
「全体の体型はゴジラに似ている。体表の半分を覆う鱗はキングギドラと同じだ。両腕の鋭い鉤爪は要塞級の衝角、頭部に有るのは確認しずらいがレーザー属種の発光装置に違いない。そして、背中の翼は飛行するには小さすぎるな…放熱板か?ふむ、腹部のこの鋸状のものはいったい何の役に立つのだ?」
一当たり観察を終えると、グレイ博士は上って行った時とは違い、慎重に降りてきた。
そして考え込む。
「ゴジラとキングギドラの細胞をベースに、既存のBETAを組み合わせた有機サイボーグとでも言うべき存在だ。名はガ…」
「ガイガン。グレイ博士、わたしはこの個体をガイガンと呼ぶべきだと思います」
助手のムアコックの突然の提案に、渋い顔をするグレイ博士。
名前は私が決めようと思っていたのに、という表情がありありと感じられた。
「どうしてその名がいいのかね?」
「かっこいいからです」
即答するムアコックに、グレイ博士は破顔した。
「ハッハッハ、君も分ってきたじゃないか。実は私もその名前が浮かんできてたんだよ」
「いやあ、偶然って怖いですね。ワハハハ」
「ハハハハッ」

笑いあう二人を、もう一人の助手であるリストマッティ=レヒテは生暖かい目でみつめるしかなかった。

そんなぬるい空気を破るように、大きな破裂音が鳴り響いた。
ガッシャーン!
ガイガンの鉤爪が、シリンダーを内側から突き破ったのだ。
「大変だ!あいつ、生きてるぞ」
「逃げろ!」
シリンダー内の大量の溶液が、調査隊に降り注いだ。
溶液の河に流され、グレイ博士達は退場した。

ガイガンは、シリンダーを完全に破壊しその巨体を前進させた。
頭部の横長な眼窩の奥にある、巨大な目が光る。
次の瞬間、凄まじい閃光がその目から放たれた。

ジュワ。

行く手を阻んでいた岩壁が、瞬時に溶けさった。
さらに両腕の鉤爪で岩を崩し、穴を広げたガイガンは地上へとその歩を進め始めた。
自らの使命を果たすために。

(災害ヲ除去セヨ)


※※※


「さよならー、ラドンのおじちゃん」
「おー元気でのう」
すっかり戦いが終ったと思い込んだ3頭と1羽は、それぞれの故郷へと帰ろうとしていた。
「身体に気をつけて、元気に余生を送ってくださーい」
「余生じゃと、まだまだわしはそんな年じゃない」
「あはは、その元気があればだいじょうぶ。もぐもぐ」
「こいつ、言いよるわい。だが、昔と比べると、確かに疲れやすくなったのう。早く帰って休まんとな。では、お前たちも元気でな」
ラドンは、そういい残すと去って行った。

2頭の成虫は、地上にいる幼虫の上空を回りながら話し合った。
「それじゃ、わたし達も帰りましょうか」
「うん、卵も産まなきゃいけないしね」
「えー、ぼくまだ食べたりないよー。もぐもぐ」
幼虫が、付近の植物を食べ続けながらそう言った。
「あんた、まだ食べる気?お腹壊しても知らないわよ」
「食べるのもいいけど、早く成虫になってよ。そうじゃないと、わたしたち先に行っちゃうよ」
「待ってよ、もう少しで成虫になりそうな感じがする。もぐもぐ」
しかし、考えてみればアサバスカ周辺は核とBETA反応炉の崩壊で汚染されている。
そんなところに生えている植物を食べて害はないのだろうか?
そんな危惧が当たったのか、幼虫は突然苦しみ出した。
「ううっ、身体が熱いよう。もぐもぐ」
「大丈夫、それは変態する前兆だから」
「あんた、そんだけ苦しんでも、食べ続けるんだ」

幼虫の背中に一本の裂け目が走った。
そして中から光と共に出てきたのは…。

「!」
「まさか?」
「うえーん、僕、毛虫になっちゃったー!」


※※※


ゴジラはつかの間の眠りから覚めた。
傷は癒え、身体には力が漲っている。
腕に抱えた物を、ゴジラは投げ捨てた。
もはや、何の力も感じなかったからだ。
ゴジラは立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。

そして、周囲の山々を震わす咆哮が響き渡った!


※※※


同じ頃、キングギドラも目を覚ましていた。
だが、これは自ら目を覚ましたわけではなく、人間どもの攻撃によって安眠が妨げられたからだ。
降り注ぐ砲弾やミサイルをものともせず、キングギドラが仮の寝床にしていた火口から上空に舞い上がると、彼のいた孤島は人間どもの艦隊により包囲されていた。
戦闘機がキングギドラの周囲を舞い、時折ミサイルを撃ち込むが、全く効き目がない。
そんな物に乗らねば、空も飛べぬのかと、彼は憐憫の感情を抱くが、戦艦からの砲撃が偶然に彼の左の首に直撃した事により、それは一気に怒りへと変わる。
三本の首はでたらめに引力光線を発射し、周囲の艦隊の艦船を空へと運ぶ。
上空に飛ばされた艦船は、そのまま空中に止まれるわけもなく次の瞬間には海面に叩きつけられ、そのまま海中へと沈んでいった。

やがて、静かな孤島の風景が戻ってきた。
キングギドラは、それに満足したように孤島を離れた。

急がねばならない。
なぜなら、天敵が彼を呼んでいるからだ!


※※※


「ひどいよー、僕だけどうして毛虫になるんだよー?」
幼虫は毛虫と主張するが、彼はむしろ甲殻類を思わせる姿をしていた。
頭部からの伸びた一本のするどい角、毛というよりもトゲ、またはコブで覆われたごつごつした身体、鋭利な刃物を思わせる擬足の列、そしてなによりもその黒き身体。

「あ、あんたバトラだったの?」
「毛虫ってレベルじゃないよ。だから、あんなに重かったんだ」

パニックになって、成虫2頭はバトラから距離を置く。

「バトラ?バトラってなあに?」
急変した姉たちの態度に戸惑う幼虫バトラ。
自分が、場合によってはモスラの敵になる存在だという事を理解していなかった。

「バトラはバトラよ」
「モスラである私たちとは、違う」

「でも、一緒の卵から生まれたよー!」

必死でそう主張する幼虫バトラだが、モスラたちは近寄ってこない。
種族的記憶が、バトラと馴れ合う事を拒否するのだ。

その時だった。

突如、近くの地面が爆発し、巨大な影が現れたのは。
その影から、まばゆい光が放たれ、空を舞う2頭のモスラを襲った。
2頭のモスラの身体は、凄まじい閃光に包まれた。
幼虫バトラが、心配げに空を見上げた。

だが、その心配は杞憂だったようだ。
2頭のモスラは、依然として悠然と空を舞っていた。
彼らの燐粉は非常に優秀な反射材でもあったのだ。

「危なかったー」
「なんなの、あいつ?」

モスラ2頭は、一目で新たに現れた敵が容易ならざる相手だと悟った。

「わたしたち3頭だけじゃ、相手にならない。早く、あのいけ好かないヤツと、きんきらきんのヤツも呼んでこないと」
「じゃあ、私が残る。お姉ちゃんが呼んできて」
「一緒に行けばいいじゃない?」
「だって、あんなのでもわたしたちの弟じゃない。ほっとけないよ」
「うん、そうだね」

2頭はそんな会話を交わし、二手に分かれた。


※※※


ゴジラとキングギドラは、思ったよりもモスラたちに近い場所にいた。
威力の増した放射能炎をキングギドラにぶつけるゴジラに対し、これも威力を増している引力光線で対抗するキングギドラ。
だが、威力が増している分、消費するエネルギーも大きいため連射が効かず、自然に相手の隙を窺う展開になる。

じりっじりっと迫るゴジラ。
距離をとるため、飛ぶキングギドラ。

互いに相手の力量は充分知っているため、無駄な攻撃はせず、一撃必殺を狙う。

キングギドラが飛んだ。
だが、それを擬態だと見破ったゴジラが、直ぐに着陸したキングギドラに放射能炎を直撃させた。
苦しむキングギドラだが、勝利に驕るゴジラの見せた一瞬の隙をその6つの目は見逃さなかった。
地面に叩きつけられた、右の首以外の二つの首から放たれた引力光線がゴジラの足元に命中し、ゴジラを岩盤ごと空高く舞い上げた。

「危ない!!」

その時、飛び込んできた影がゴジラを抱えようとした。
だが、ゴジラの巨体を抱えられるはずもなく、その影はちょうどキングギドラの上空でゴジラの身体を離してしまった。

垂直降下していくゴジラ。
そして、舞い上がる土砂のため視界が悪かったのと、ちょうど死角に入っていたため落ちてくるゴジラをまともに受けてしまったキングギドラ。
両者、痛み分けである。

「あんたたち、こんなとこで喧嘩してないで、力を貸してよ。わたし達と一緒に、協力して戦いなさいよ」

モスラの呼びかけに、露骨に嫌な表情を浮かべるゴジラとキングギドラ。
なぜ、こんなヤツと一緒に協力して戦わなければいけないのか。

「あのさ、そんなんだから、操られてこんな関係ない所で戦う破目になるんだよ」

モスラは、なかばハッタリでそう言った。
彼らには操られていた前例があり、今回もその可能性があると祖先から受継いだ記憶が彼女に告げていた。
それに、キングギドラが一旦敵と認めたものを徹底的に叩いていないのもおかしい。

二体の動きが止まった。

あの美味そうな蜜を、もっと大量に得るために自分は動いていたはずだ。
それがなぜ、こんな所で戦っているのか?
あの蜜を得て、相手を上回る力を手に入れるのが先決のはずなのに…。

ゴジラとキングギドラは、先程とは違う意味合いをもって対峙した。

キングギドラの左の首だけがにわかに動いた。
本体のコントロールを離れ、自らの意思で左の首は動いていた。
そして、その口から引力光線をゴジラめがけて…。

ガッ。

右の首が左の首に噛み付いていた。
そして、そのまま食い破った。
ボトリと左の首が地に落ちる。
青白い血を出しながら。

その間、ゴジラは上位存在に打ち込まれた触手の傷跡を、自らの爪で抉り出していた。
肉片が取り除かれた跡からは、ゴジラ本来の血に混ざって、やはり青白い血が流れ出ていた。

彼らは、自らが操られていたことを覚った。
当然、その怒りは姑息な罠を仕掛けた者に向けられた。

「やれやれ、やっと本当の敵に気付いたみたいね」


※※※


さて、ガイガンの前に残ったモスラとバトラはどうなっただろうか。

「お姉ちゃん、怖いよー」
バトラは、その厳つい形相とは裏腹にガイガンからの攻撃に逃げ回っていた。
今も、岩山に隠れ、ぶるぶると震えている。

「もうー、一緒に戦ってよー。こんなのわたしだけじゃ無理だよー」
モスラは燐粉を撒き散らし、視界をさえぎる事でガイガンからのレーザー攻撃を防いでいた。
だが、モスラからの有効な攻撃手段がそれしかない以上、ジリ貧は確実だった。
その上、モスラが予想していなかった事が起こった。

「え、え、え。飛んだよー」

驚くべき事に、ガイガンは宙に飛び上がった。
その飛行は決して華麗とは言えなかったが、それだけに直線的な速さをもっていた。

「きゃあ」

モスラの華麗な羽を、ガイガンの鉤爪が切り裂いた。
きりきりと、それでも優雅にモスラは地上に落ちていった。

「姉ちゃんー!!」

思わず隠れていた岩山からバトラが飛び出し、姉のもとへ駆け寄った。
モスラは、バトラの姿を見て先程の嫌悪ではなく、安堵の目の光を放った。
そして、もう一度飛び立つべく切り裂かれた羽を必死に羽ばたかせた。

「あんたは逃げなさい。ここは、わたしが食い止めるから」
「姉ちゃん、だめだよ。一緒に逃げよう」
「大丈夫、あんなヤツにわたしが…、グッ」

今まさに飛び立とうとしていたモスラだったが、その勇姿は再び地に沈んだ。
急降下で降り立ったガイガンが、その勢いのままモスラを踏みつけたのだ。

「姉ちゃんからどけ!」

バトラが、その角を振るってガイガンの足を何度も撃った。
だが、ガイガンの足はびくともしない。

「な、に…て…る…、にげ…くうう!!」

ガイガンの足がさらに地に向けて沈んだ。
モスラは、長い鳴き声をあげたあと、その目から光が消した。
パタリパタリとその羽が一枚づつ力を失い、地に伏した。

「姉ちゃん!姉ちゃん!姉ちゃん!」

必死でバトラは呼びかけるが、モスラの目にもはや光は戻らない。
そのバトラを、ガイガンの足が蹴りつけた。
遥かな山に向けて飛ばされるバトラの目に、モスラのなきがらが映った。
僕のせいだ。
僕が弱かったから。
僕が強ければ…。
強ければ…。

バトラは山腹に叩きつけられた。
そのまま、大量の土砂と共に山腹を落ちていくバトラ。
ガイガンはとどめを刺すべく、バトラに近寄っていった。
だが、その歩みが不意に止まった。
何かを探る様に、バトラを凝視している。

それもそのはず、バトラの様子が一変していたのだ。
先程までの這いずる様な姿勢ではなく、角の生えた頭を高く上げ、まるで仁王立ちのような姿で立ち上がり、その目は赤く凶暴な光を宿していた。

ガイガンは、危険判定を上げレーザー攻撃を加えることにした。
だが、その機先を制してバトラの両目からビームが放たれた。
そのビームは、とっさにかばったガイガンの鉤爪に半ばを防がれたが、見事にガイガンの頭部に命中した。
頭部全体が吹っ飛ぶ様な大きな爆発のあと、しかし、頑丈なサイボーグの頭部はほぼ無傷で残っていた。
横長の眼窩の奥の目玉を除いては。

大きな悲鳴を上げ、ガイガンは逃げ出した。
目を潰され、何も見えなくなったのか、あちこちにぶつかりながらガイガンは出てきた穴へと姿を消した。
あまりのあっけなさに、しばらく茫然としていたバトラだが、すぐに気付いてガイガンを追いかけようとした。
しかし、ガイガンの逃げ込んだ穴からわらわらと湧き出す影があった。
それは中小型種のBETAだった。
BETAはバトラに群がり、行く手を邪魔した。
それだけでなく、モスラの死骸にも群がろうとし始めた。
バトラはそれを見て、猛然と向きを変えモスラの周りのBETAを一掃した。
そして、モスラを守る孤軍奮闘の戦いを開始した。


第5話「最終決戦、前編」終り

終らない…。

今度こそ、後編で終る予定。

※10月10日、ガイガンの頭部に関して、設定を変更しました。



[12377] 第6話「最終決戦 中編」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2009/10/10 18:59
第6話「最終決戦 中編」


「むう、ここは?」
グレイ博士は、暗闇の中で目覚めた。
「たしか、あの溶液に流されて…」
周りを見回すが、何の明かりもないため手の届く範囲でさえ、どこに何があるのか
分らない。
「博士、どこですか?」
助手のカールス=ムアコックの声がした。
「二人とも無事なんですね?」
続いてリストマッティ=レヒテの声も。

暗闇の中、何とか探りあてて3人は合流した。
「いったい、ここはどこなんでしょう?かなり下まで流された憶えはあるんですが…」
「誰か、明かりになる物は持っていないのか?」
「博士、それは私のベルトです」
真の暗闇の中、3人は途方にくれた。

すると、遠くにかすかな明かりが見えた。
「行ってみよう」
「博士、悪い予感がします」
「だが、ここにこうしていても、いつ救助が来るか…」
「博士、悪い予感がします」
「行くぞ」
「博士、悪…って、急に引っ張らないで下さいーっ」
グレイ博士と、ムアコック助手は嫌がるレヒテ助手を無理やり引きずって行った。

その光は、広大な地下広間から周囲の洞窟に漏れ出していたものだった。
3人は、ためらいながらもその大広間に足を踏み入れた。
「博士、悪い予感がします」
「ひどく壊れている様だな」
グレイ博士は、天井に空いた穴と、崩れかけたいくつかの横穴をながめた。
「博士、悪い予感がします」
「真ん中にある、あの物体は何だ?」
反応炉と上位存在の残骸を見つけたグレイ博士は、ためらいもなくそれに近づいていく。
「博士、物凄く悪い予感がします」
「何をさっきからごちゃごちゃ言っとるのだ。研究対象があれば迷わず確保、は科学者の基本だ。カールス君、手伝ってくれ」
「はい」
今度も、レヒテ助手は2人に無理やり引きずられて行った。

「むう」
「グレイ博士、これは何なのでしょうか?」
グレイ博士は、上位存在の破片を手に取ろうとした。
「博士、物凄く、とっても悪い予感がします」
レヒテ助手は必死の思いで、グレイ博士を止めた。
「全く、君は何をそんなに怖がっているのだ。これは既に活動を停止している」
グレイ博士は、上位存在の破片に触れた。
「ほら、なんともな…ぐわぁ!」
その破片に触れた途端、どこからか飛んできたロープ状のものがグレイ博士に巻きついた。
「博士!うわあ!」
直後に、ムアコック助手にも同じ物体が巻きついた。
「だから、悪い予感がするって、言っ…わああ!!」
同僚と同時に、レヒテ助手にもその物体は巻きついてきた。
三人は、高く吊り上げられた。
そしてそのまま、再び意識を失った。


※※※

(緊急避難形式での接続実行)
(接続完了)
(資源の再利用により、演算機能一部回復)
(視覚回復)
上位存在は、思わぬ幸運(とは思わないだろうが)により、失われた「目」と「頭脳」を回復した。

※※※


ゴジラたちが、バトラたちのいる場所に到着したとき、戦いの決着はすでに付いていた。
横たわるモスラと、その周りを取り囲むBETAの死骸の山が、これまでのバトラの死闘を物語っていた。

「姉さん…」
「…」

バトラは、飛んできたモスラの前でガックリとうなだれた。
モスラはそれに応えず、横たわるモスラの上空をゆっくりと旋回し始めた。

「ごめん、俺守れなかった」
「…」

上空のモスラから、地上のモスラに燐粉が降り注ぐ。
その燐粉がバトラにもかかり、バトラは暖かなものを感じ、戦いで負った傷の痛みが引いていくのを感じた。
それが、姉からの返事なのだと思うと、逆にバトラの心は引き裂かれそうな悲しみで満たされた。

「止めてくれ。俺は、俺は…」

「あんたは、良くやったわよ」

突然の声に、バトラは上空を見上げた。

「どこ見てるの?こっちよ、こっち」

バトラは、信じられない思いで声のした方へ顔を向けた。
そこには、再び目に光を宿し、羽を羽ばたかせているモスラの姿があった。

「姉さん!死んだはずじゃ?」

「じゃーん!モスラの得意技、『死んだ振りー』」
「…」

「あんたもモスラ族なら、この技は憶えときなさいよ」
と、これは上空のモスラから。

「アハハハ、すっかり騙されちゃってさー。わんわん泣いてるの。せっかく死んだ振りしてるのに、危うく笑い出すとこだったわよ」
「まったく、こんなに単純なのが私たち、モスラの一員だと思うと情けなくなるよ」

「姉さん、今、俺のことモスラの一員って…」

「あーあー、また泣いちゃって。こんな泣き虫が弟だと思うと情けなくなるわ」
「でも、死んだ振りしてた私を守って戦ってた時は、カッコ良かったよー」

こうして感動の姉弟劇場が繰り広げられているあいだ、蚊帳の外のゴジラとキングギドラは、そこらに落ちているBETAの死体をかじりながら、おとなしく出待ちをしていた。
これ、いつまで続けるんだよと思いながら。


※※※


「フハハハハ、見たまえ。この美しきフォルム」
上位存在に侵食されたグレイ博士は、乏しい工業プラントを使って作られたガイガン用のゴーグルを自慢していた。
「素晴らしい。博士、これならゴジラにもキングギドラにも勝てます」
「うむ、だがあちらはあの2体だけでなく、モスラやバトラまで繰り出してきたからな。こちらもあと2体ほど戦力が欲しい」
「博士、それならば、こんな案はいかがでしょう?」
「私にも腹案があります」
二人の助手も上位存在に侵食され、今の状態に不自然さを感じていなかった。
「…。うむ、なるほど、それならば細胞の微調整のみでやれそうだ。…。ふむ、君の案も目の付け所は悪くないな。多少運任せのところはあるが、やってみる価値はある」
グレイ博士は、二人の助手の出してきた案にGOサインを出した。


※※※


「さて、それじゃ行きましょうか」
「そうね、とっととやっつけて、こんな夏でも寒いところとおさらばしましょう」
「おう、今度こそ、とどめをさしてやる」
バトラが勇ましくそう言うと、周りから生暖かい視線が送られたが、バトラは気付かなかった。
「でも、その前に腹ごしらえを」
バトラは、あたりを見回した。
「お、うまそうなでかいバラ発見」
「バラ?」
「なんで、バラ」
モスラたちが、いつの間にか出現していた怪しげなバラを警戒しだしたのにも構わず、バトラはその巨大なバラに向かって突き進んだ。
「ああ、腹減った。バラの花びらって美味しいんだよね」
「ちょっと待ちなさい!」
「あからさまに怪しいでしょう!?」
「何言ってんだよ。これはアレだよ。神様が、決戦前にこれで力を付けなさい的なヤツだよ。姉さんたちも、このバラの蜜を…んん?」
巨大なバラが動いた。
ようにバトラには見えた。
「か、風だよ。きっと風で揺れただけ」
しかし、それはバトラの見間違いではなく、しかもバラの根元の地面が、なにやら波打っていたのだが、もちろんバトラは気付かない。
「さてと、それじゃいただきま…す!!」
突然、バラの花の中央から、大きなワニのような顔がせり出してきた。
「えー、その、こんにちは?」

バクリ!

バトラは、そのワニ顔の大きな口に丸呑みされてしまった。

「バトラー!!」


※※※

「ムフフ、いかがです。我がビオランテの威力は!」
レヒテ助手が、これでもかと胸を張った。
だが、グレイ博士からは期待した賞賛の声はなかった。
「なんだね、そのバイオプランターとかいうのは?」
「バイオプランターでは有りません。ビオランテです、ビオランテ」
「却下だ」
レヒテ助手は、あまりの事に猛然と抗議の声をあげた。
「なぜです。周囲の放射線を受けた上に、この反応炉からの影響を受けた植物たちを集合し、融合、その上で増殖させた私のプランのどこが悪いのです」
「プラン自体はいい。だが、そのネーミングがいかん」
「ビオランテのどこが悪いのです?これは、バイオと…」
「かっこ良く無いからだ」
「は?」
「大事な事だから、二度言わせてもらう。そのネーミングは、かっこ良くない」

※※※


「バトラー!!」

事態の急変に、モスラたちはパニック状態になった。
その隙に、バトラを飲み込んだビオランテは、その身体を地面に沈め始めた。

「お願い!バトラを助けて!」

モスラたちはゴジラとキングギドラに懇願したが、どちらも知らん振りである。
彼らにとって、しょせんバトラなどどうでもいい存在なのだ。

「あんたたち、バトラを助けてとは言わないけど、せめて戦ってよ。あいつ、逃げる気よ」
「あー、もう半分潜ってる」

逃げる獲物を追いたくなるのは本能である。
モスラたちは素早く作戦を切り替え、狩猟本能に訴えることにしたのだ。
そして、ゴジラとキングギドラも、その本能には逆らえなかった。
放射能炎と引力光線が、同時にビオランテに襲い掛かった。
だが時既に遅し、間一髪、ビオランテは地中に逃げ込むことに成功した。
後を追って、ビオランテの消えた穴に入ろうとしたゴジラだったが、そこから戦車級が湧いてきたため、足踏みを強いられた。

4体は身構えた。
おそらく、無数のBETAが戦車級に続いて出てくると思ったからだ。
だが、穴からは戦車級だけが出て来た。
それも無数というわけでは無く、ある程度の数が出てくるとそれで後続は無くなった。
その代わり、出てきた戦車級は奇妙な行動を始めた。
一箇所に寄り集まり、他の戦車級の上に乗り、どんどんと高く折り重なっていく。
そして、互いに融合を始めた。

「えええ!キモ、くっつき始めたよー」
「なんか、別の形になってくみたい」
「うわっ、見るからに凶暴そう」
「やばいよ、こいつ」


※※※


「フッ、いかがですか。我がデストロイアは?」
いくぶん控えめにムアコック助手が言った。
「いいね。この面構え」
「私のビオランテの方がいいもん」
聞こえないよう小声でレヒテ助手がつぶやくが、上位存在を通じて感覚を共有しているため、他の二人にその声は筒抜けとなった。
「まだ君はそんな事を言っておるのか。我が弟子として嘆かわしい」
「植物だか、動物だか分らない存在なんて、中途半端」
「そういう事、既存のBETAにチョコッと手を加え、合体させただけの存在を新怪獣でございと威張ってる人に言われたくないね」
弟子の二人が言い争いを始めそうになったので、グレイ博士は仲裁に入った。
「まあ待て、デストロイアというのもネーミングとしてはいまいちなのだ。ビオランテとどっこい…、ふむ、やはり気に入らんな。これからは実験体初号機とでも呼ぼうか」
グレイ博士の意外な本音に、今度はムアコック助手が色をなした。
「デストロイアのどこがいまいちなんですか!?」
「長い」
「ぐっ」
痛いところ付かれたムアコック助手は、黙り込んだ。
「いかにも強そうな所はいいんだがな」

不毛な論議を続ける師弟。
こんなものを演算回路の一部として取り込んでいいのか?
悩む上位存在であった。


※※※


多数の戦車級が合体、融合して誕生したデストロイア。
それを前にして、ゴジラ達に緊張が走る。

それに追い討ちをかけるように、逃げ去ったはずのガイガンがその姿を現した。
頭部の損傷は補修され、眼窩の部分は細長いゴーグル状のもので覆われていた。
脆弱なことが判明した眼球部を守るためのものだ。

さらに、一旦地中に消えたはずのビオランテ改め実験体初号機もガイガンの横に出現した。

にらみ合う両陣営。

アサバスカの荒野に、嵐が吹き荒れる。
緊張を破るように、両陣営とは違う方角からゴジラめがけてビームが放たれた。
驚いてビームの放たれた方角を見ると、そこにはなんとバトラがいた。

バトラの目は青く輝き、その角からは青白い光を放っていた。



第6話「最終決戦 中編」終り

やはりバトラはアホの子でした。
食い意地を張ったばかりに、BETA側へ。

でも、これで怪獣大決戦の準備が整いました。

BETA陣営
ガイガン、デストロイア、実験体初号機、バトラ

ゴジラ陣営
ゴジラ、キングギドラ、モスラ2頭

数の上では互角。
戦力はBETA陣営が上、戦歴ではゴジラ陣営、さてどうなるか。

あとは、作者にこの大決戦を描く筆力があるのを願うばかりです。



[12377] 第7話「最終決戦 後編」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2009/10/12 23:06
※注

第7話に関して、ゴジラ、キングギドラを擬人化して話を進めています。
そのような表現を嫌う方は、次話の第8話にお進み下さい。
(現時点で、第8話は書いておりません。しばらく猶予を下さい)


第7話「最終決戦 後編」


「バトラは私たちに任せて」

そう言って、モスラたちがバトラに向かおうとするのを、ゴジラが止めた。

「やつは俺が殺る」

いきなりビームを浴びせられて、ゴジラは怒っていた。
一瞬でもバトラを味方だと思った自分の甘さを、ゴジラは呪いたくなっていた。

「ならば、その一つ目は、われが始末する」

キングギドラも相手を決めた。

「あの姿、気に食わぬ」

ガイガンの姿から、自らの眷属ではないかとキングギドラは疑っていたのだ。

「もう、しょうがないわね。なら、わたしたちは、残りの2体が相手ね」
「えー、ヤダ。キモいのが残った」


※※※

「キモいとは失礼な。我がビオランテの脅威を見せてやる」

ビオランテの花の中央部から、花粉がばら撒かれた。
だが、モスラの羽が巻き起こす暴風にそれは吹き返される。

「ゲホッ、ゲホッ。何をやっているのだ」
ガイガンと感覚共有しているグレイ博士が、レヒテ助手を叱りつけた。
「花粉が混ざりこむと、合体が解けてしまうじゃないか」
これもデストロイアと感覚共有しているムアコック助手が、いくぶん偉そうに言った。
その二人の言葉に、レヒテの何かが切れた。

「いつもいつも私ばっかりいじめて。もういやだー!」

ビオランテは、どこかに行ってしまった。

※※※

「あれ、変なのが消えた」
「えー、卵産み付けてやろうと思ってたのに」

モスラたちは、敵前逃亡したビオランテに唖然とした。
だが、最初からどうでもいい雑魚と認識していたので、残ったデストロイアには油断なく身構えていた。
その警戒どおり、突然変形して飛行形態になったデストロイア。

「来た」
「それぐらい、お見通しよ」

飛んで来たデストロイアを、ひらりとかわすモスラたち。
が、デストロイアの方が一枚上手だった。
デストロイアは、モスラの上空に達すると同時に融合を解き、もとの戦車級の姿に戻った。

「きゅあ!」
「小さいのがたくさん、降ってくる」

戦車級の雨が、モスラたちを襲った。


※※※


「ふむ、私の相手はキングギドラか」
グレイ博士は、ガイガンの目を通して立ちはだかるキングギドラの姿を認めた。
「研究対象としては、ゴジラに次ぐ存在。さて、じっくりと調べさせてもらおうか」

「笑止」
キングギドラは、二本の首からの引力光線をガイガンの左手に集中させた。
不意を付かれたのか、ガイガンの左腕は肩の下から引き千切られた。
「なぜ、よけぬ?」
キングギドラは、左腕に攻撃を受けても微動だにしなかったガイガンを睨みつけた。
「勝負は対等でなければいけない、と思ってね」
ガイガン(=グレイ博士)は、残った右腕でキングギドラの頭部が無い左の首をさした。
「むう、われに情けをかけるというかー!」
キングギドラは、憤怒の声を荒げた。


※※※


「来い、小僧」
ゴジラは、バトラを挑発した。
「なめるな!」
バトラは、頭部の角を突き立ててゴジラに突進した。
「ふん!」
ゴジラは、バトラの角を右脇に抱え込み、左手を添え腰に載せて放り投げた。
「そんな単純な攻撃。俺には効かん」
「なんの!」
飛ばされながら、バトラは口から糸を吐き出し、ゴジラの足を絡め取った。
糸がピンと張り、バトラの体重が伝わるとゴジラの足が浮き、バトラの身体が地上に引き落とされると同時に、ゴジラも転倒した。
この時点で、両者の攻守が逆転する。
頭をゴジラに向けたまま落ちたバトラに対して、ゴジラは無様に尻尾を敵に向けて仰向けになっていた。
バトラの目が光り、二本のビームが発射された。
ゴジラの身体が閃光と爆発に包まれた。

「やったか?」

爆発の煙が収まるのを待ちきれず、そろそろとバトラはゴジラに近づく。
やがて煙が晴れると、悠然とした態度でゴジラが現れた。

「きかんなあ」

右手で、首の辺りをかゆそうに掻きながらゴジラはうそぶいた。


※※※


再び対峙するゴジラとバトラ。
だが、そこに闖入者が現れた。

「わきゃきゃきゃきゃ!」
「いやーん。取って取って取って」

戦車級にまとわり付かれたモスラたちが、舞い降りてきたのだ。
そしてモスラたちは、ゴジラとバトラの周りを飛び回り、両者の戦いの邪魔をした。

「邪魔だ、どけ!」
「そんな事言わないで、こいつら何とかしてよー」
「姉さん、今は敵なんだ。頼らないで欲しい」
「あんた、大層な口効くようになったわね。そんな偉そうにするのは、このしつこいやつらを何とかしてからにしなさい!」
「いや、しかし…」
「分ったら、さっさとやる!!」

そうモスラに一喝されて、ビシッと固まるバトラ。

「イ、イエッサー!」

バトラは、投網状に糸を吐いてモスラたちの身体にくっ付いていた戦車級を絡め取った。

「こ、これでよろしいでしょうか!?」

今は味方のはずのデストロイア(=戦車級)を捕まえてしまったバトラに、今度は周りの動きが止まった。

「こ、これが、姉の威力か…」

戦慄する皆だった。


※※※


「茶番はここまでです」
レヒテは過剰なまでの自信と共に宣言した。
同時に、逃げ出したはずのビオランテが地中から再び姿を現した。
「ビオランテを馬鹿にするものは、新しきビオランテに滅ばされるのです」
その言葉を証明するように、再び姿を現したビオランテは今までとは全く違う猛々しい姿をしていた。
いくつもの結晶状の物体を身体から生やし、鋭い牙のある触手をゆらゆらと揺らめかせ、そしてその頭部からは花粉ではなく…。

「食らえ!我が劫火を!!」

新ビオランテの口から、ゴジラそっくりの炎が吐き出された。

「きゃあ!!」
「どうして、そいつが?」

炎を避け、右往左往するモスラ。
そのさまを楽しむように、新ビオランテは二度、三度と炎を吐き出した。

「いかがです?博士。我が新ビオランテ、宇宙空間にも適応するように進化した、言うなれば、スペースゴ…もとい、スペースビオランテ!」
「うむ、いいね。スペースが入ったことで怪獣らしい名前になった」
「うむむむ」
評価を上げたレヒテに対して、ムアコックは歯軋りをして悔しがった。
「ゴジラもどきで、博士に取り入るとは…。ならば」
ムアコックは、感覚共有しているデストロイアに再集合の指令を出した。


※※※


デストロイア(戦車級)の群れは、さらに身体を再分割することによってバトラの糸を外し、一旦地中に逃れた。
そして地中で再結合すると、ゴジラの背後の地面から一気に地上に飛び出した。
新たに腹部に形成された、カンブリア紀の生物として知られるアノマノカリスの口蓋に似た形状の器官が花びらのように開いた。
内から現れたのは、びっしりと埋め込まれた光線級の大群。
それら光線級からのレーザーが、ゴジラたちを襲った。

「む」
「きゃあ」
「まぶしい」
「フッ」

「バカヤロー、なんで俺まで狙うんだよー?」

※※※


「コホン。一部誤射はありましたが、どうです、我がデストロイア完全体は?」
胸を張りまくっているムアコックに、グレイ博士の言葉は冷たかった。
「身体の内部にレーザー発光装置を取り込むのは、ガイガンの二番煎じだ。独創性が無い。それに完全体というのも、出し惜しみしているようで好かん」
バッサリと切り捨てられて、ムアコックはムキになって反論した。
「か、完全体ですよ。完全体。かっこ良いじゃないですか!?」
「君は大事な事を忘れている」
「え?」
「完全体と言うが、完全体が最も強いとは限らんだろう。その証拠に、デストロイア完全体とやらは、大きな弱点を持ってしまった。ここにね」
グレイ博士は、ゆっくりとした動作で自分の腹に手を当てた。
その指摘に、初めは戸惑っていたムアコックもその意味に気付くと顔色を変えた。


※※※


さすがに歴戦のゴジラたちである。
レーザー攻撃の痛手から立ち直ると、瞬時にデストロイアの弱点を見破り、連携攻撃を加えた。
もっとも、それを後で聞いてもそれぞれが、それぞれの敵と勝手に戦っていたと主張するだろうが、傍から見れば完璧な連携攻撃にまちがいなかった。
モスラが燐粉を撒き散らしてデストロイアと、それを支援するガイガンのレーザー攻撃を防ぎ、ゴジラがスペースビオランテに放射能炎を叩きつけて動きを封じ、キングギドラがデストロイアの腹部に引力光線の集中攻撃を浴びせた。
たちまち花びら状の部分が捲り上がり、脆弱な内部が露出した。
そこをキングギドラの引力光線が再度襲う。
今ごろになってバトラがそれを防ごうと身を呈するが、引力光線を浴びたため却ってデストロイアの柔らかな内部にその角を突き立てる結果となってしまった。

「バトラ、ナイスアシスト!」
「ようやく正気に戻ったのね」

そんなモスラの声もあったが、いまだバトラは上位存在の支配下にあった。
その証拠に、バトラはすぐに角を引き抜くとデストロイアを守るため、キングギドラの前に立ちはだかった。

「あんたとも戦ってみたかったんだ」
「虫けらごときが。10万年はやいわ!」

「どけ!」

両者がにらみ合っている所に、ゴジラが上半身だけになったスペースビオランテを投げつけてきた。
スペースビオランテは、首からデストロイアの腹にめり込む。
そこへ、ゴジラの放射能炎が吹きつけられた。

大爆発が起こった。

ゴジラと戦っていたはずのスペースビオランテに何が起こったのだろうか?
それは、自己崩壊だった。
もともと植物体ベースのビオランテに、ゴジラの細胞を継ぎ合わせるのは無理があったのだ。
その無理が戦いの中で顕在化し、身体から突き出た結晶体が暴走、もろくも崩れだした動物体部分を引っこ抜いたゴジラが、それをデストロイアに投げつけ、それに外部からエネルギーを与えたことによって結晶体が大爆発を起こしたわけだ。

スペースビオランテ、デストロイア、両者とも粉々に砕け散り、戦場から消え去った。



第7話終り

次回、完結編、ご期待ください。


うーむ、完結編までくると、さすがに後が無い。
完結編零、完結編壱、とかでいくか?


今回、ビオランテの出番を増やしました。
これでファンの方が怒って…、ゲフンゲフン、喜んでくれると嬉しいのですが。




[12377] 第8話「完結編 天に還るもの」完(序章終了)
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/02 20:30
第8話「完結編 天に還るもの」


激闘の結果、デストロイアは爆散し、ビオランテは動物体を失った。
BETA側で無傷で生き残っているのは、ガイガンとバトラだけである。

「上半身など飾りです。偉い人にはそれが分らんのです」
いまだ植物体部分が残っているレヒテは、なお意気軒昂だった。
「偉い人とは私のことかね?」
「えっ、いや、その…」
グレイ博士に突っ込まれて、レヒテはしどろもどろになった。
「あとは私が一人でやる。君は、そこで腑抜けているムアコック君と一緒におとなしく見ていたまえ。まちがっても、花粉など飛ばさんようにな」


※※※


ガイガンが動いた。
それまで、自分からは積極的な攻撃はせず、戦況を見守っているふうだったガイガンがここに来て積極に動き始めた。

「まずは邪魔者に消えてもらう」

ガイガンは、モスラ二頭のうち動きの鈍い一頭に狙いを定め、レーザーを発射した。
もちろん空中を舞う燐粉に反射、減衰するのだが動きが鈍い分、一箇所にレーザーを当て続けるのは容易だった。
何射目かで胴体の一箇所をレーザーが貫き、そのモスラは悲鳴と共に落下していった。
そして、傷ついたモスラを心配してもう一頭のモスラも戦線離脱することになった。

「これで2対2」

グレイ博士は、上位存在を通じバトラにキングギドラを抑えるよう指令を下した。
そして自らはガイガンで、ゴジラにとどめを刺すべく動いた。


※※※

バトラはキングギドラ相手に奮闘していた。
空を飛べないという圧倒的なハンデを、小回りの効く身体でカバーしつつ、バトラはここまでキングギドラと互角に戦っていた。
だが、良く見れば彼我の実力の差は明らかだった。

動き回り、果敢にキングギドラに攻撃を繰り返すバトラに対し、攻撃を受けているはずのキングギドラはその場を一歩も動いていなかった。
早くも息切れを起こし始めたバトラを、引力光線が襲う。
息を整える間もなく飛び退いたバトラは、またも果敢にキングギドラに攻撃を仕
掛けるが、その動きは先程より確実に鈍い。
その繰り返しが、急激にバトラの体力を奪っていった。

しかも乱射していたビームの威力も弱まってきた。
肩で息をし始めたバトラに、キングギドラは冷笑すると攻撃を止めた。
そして無視するように、露骨に向きを変えた。

あからさまな嘲りに、バトラの怒りが爆発した。
だが、既に身体が付いていかない。
キングギドラに追いすがろうとするも、尻尾で軽くあしらわれてしまった。


※※※


一方、ゴジラはガイガンの理詰めの攻撃に苦戦していた。
離れればレーザー攻撃、接近戦では鉤爪と腹の高速振動ブレードがゴジラを苦しめた。
その上、やっとの事でゴジラが後ろを取ると、あっさりと飛び去ってしまう。
決して無理な攻撃をしかけてこず、確実にレーザー光線による長距離攻撃でゴジラの身体を削っていく。
これはゴジラにとって、一番嫌な戦い方だった。

怒りに任せ放射能炎を吐いても、予備動作を読まれてその時にはガイガンはるか射程外に退避している。
距離を詰めれば、すかさすガイガンも近づいてきて鉤爪を繰り出してくる。
まるで自分が、狩の獲物のような立場になっている事にゴジラは苛立った。


※※※


何度目かのバトラの突進を、キングギドラはわざと受けた。
それには、ぶつかって行ったバトラの方が戸惑ったようで、その分衝撃は弱いものになった。
すかさず、キングギドラの二つの首ががっしりとバトラをはさみこんだ。
そして、そのまま上空に飛び上がる。

バトラは身をよじって暴れるが、疲れきった身体では到底キングギドラの力には敵わなかった。
キングギドラは、上空に舞い上がると目標の姿を追い求めた。
そして充分な高度を得ると、目標めがけて急降下を開始した。


※※※


ガイガンは、キングギドラの意図に気付いた。
とりあえずゴジラへの警戒は後にして、上空のキングギドラに向けてレーザーを放った。
だが、それはバトラを盾にされてまったく効き目が無い。
実はバトラの黒い装甲には熱線を吸収する性質があり、レーザー属種の天敵とも言っていい存在だったのだ。
その事をバトラの解析によって察知したグレイ博士が、何よりも先にビオランテを使ってバトラの捕獲を企てたのは当然だったのだ。

そのバトラが、今キングギドラによって一本の槍となりガイガンに打ち込まれようとしていた。

ガイガンも更なるレーザー照射を試みるが、引力光線によってかき乱された空気の中を通過するため、うまくキングギドラに収束出来ない。焦点を結べず、ぼやっとした光点がいくつも出来てしまうのだ。
それでもダメージを与えていないわけは無いのだが、少々の火傷を気にするキングギドラでは無いため、効いていないのと同じだった。

ガンッ!

まるで金属同士がぶつかった様な轟音が辺りに響いた。
バトラの角がガイガンの身体を貫いていた。


※※※


腹から背中に、バトラの角を含めた全身がガイガンを貫通していた。
ガイガンが外すまでも無く、バトラがもぞもぞと動くと背中側からバトラの身体が落下して行った。
後には、ぽっかりと大きな穴がガイガンの胴体に開いていた。

勝ち誇るキングギドラ。
獲物を横取りされたと怒るゴジラ。

だが、ガイガンは倒れなかった。
何事も無かったように動き出し、油断しきっていたキングギドラの背中に向けてレーザー照射を浴びせた。
燃え上がるように左の翼の付け根が輝き、次の瞬間にはもげた翼が弾き飛ばされていた。
鋭い悲鳴を上げ、ゴロゴロと転がるキングギドラ。

事態に気付いたゴジラが、放射能炎をガイガンに吐き掛けるが、それは地面から伸びてきた緑の壁に阻まれた。
ビオランテの植物体が伸ばした蔓が、ガイガンの周りに壁を形成し始めたのだ。

「よくやった、レヒテ君」
「我がビオランテの真価を見せるのは、ここからです」

ビオランテは守備だけではなく、攻撃の準備もしていた。
辺り一帯にその蔓を、誰にも気付かれないように張り巡らせていたのだ。
その蔓は、片翼だけで飛ぼうとしていたキングギドラの両足にもいつの間にか絡みついていた。
ほんのつかの間、空に舞い上がったキングギドラの身体は次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

ゴジラも両足に絡み付いてくる蔓に苦戦していた。
口から吐き出す放射能炎で焼き尽くしても、蔓は後から後から湧いて出てくる。
本体を倒そうにも、植物体がいた場所は既にもぬけの空で、ほかに本体が現れてくる気配も無い。
先にガイガンを倒そうと思っても、もともと苦戦していた上にビオランテの盾まで手に入れてしまったガイガンには近づく事さえ出来ない。

「どうです博士。本体などいらんのです。私も勘違いしていましたが、これがビオランテ本来の戦い方なのです」
「うーむ、済まなかった。私もまちがっていたようだ」
「それより、今のうちにガイガンを下げて下さい。修理が必要でしょう」
「うむ、そうだな。正直、もう限界だ」

ガイガンは出現してきた穴から、再び地中に潜った。
戦場に残されたのは、BETA側がビオランテ植物体とバトラ、ゴジラ側がゴジラとキングギドラ。
いずれも、もはや無傷のものはいなかった。
ビオランテは動物体を失い。
バトラは全身傷だらけの上、体力がつきかけ。
ゴジラはガイガンからのレーザー攻撃で、これも満身創痍。
キングギドラに至っては左の首に加え、左の翼をも失っていた。
それでも彼らの闘志はいささかも失われてはいなかった。


※※※


「お姉ちゃん、私の事はもういいから、みんなを助けに行って」
墜落したモスラが、弱々しい声で言った。
「だって、だって…」
上空を旋回するモスラは涙声だ。
「私、もうだめなんでしょう?言わなくても、自分で分るよ」
死にかけのモスラは、自分の中にある精気を一つに集め始めた。
「卵を預けるから、お願い」
「バカ!今のあんたが卵なんて産んだら、本当に死んじゃうよー!」
「だけど、ここで力を使い果たした以上、カシュガルの敵は次の代に託すしかないもの」
「そうだけど、そうだけど」
「いっぱい産んでおくから、後はお願い。その卵たちが無事に孵るためにも、ここの敵を倒しておかないとだめだよ」
「でも、でも…」
「お姉ちゃん!お姉ちゃんなら、最後まで最高のお姉ちゃんで居てよ。そんな、情けないお姉ちゃんは、お姉ちゃんじゃないよ」
「くっ、分ったわよ。その代わり、産む卵は一つにしておきなさい。カシュガルの敵は質より量で攻めて来る。それに数で対抗するのは駄目よ」
「うん、分った」
「じゃあ、行くね」
「さよなら」
「…、さよならなんて、言わないんだから」


※※※


戦場に戻ってきたモスラが見たもの。
それは、壮絶な修羅場だった。
もはや、それぞれの得意技を出す力も無く、それでも互いを倒すべく力を振るう。
ゴジラが。
バトラが。
ビオランテが。
キングギドラが。

モスラも、そのいつ終るとも知れない戦いに加わるべく降下を開始した。
その時だった。

ビオランテとバトラの動きが止まったのは。


※※※


読者は、名も無き地底怪獣のことを覚えておいでだろうか?
作者はすっかり忘れていたのだが、彼は地上での華々しい戦いをよそに、地底での地味な、しかし壮絶な戦いを続けていた。
倒しても倒しても、あとからあとから湧き出てくるBETAを倒しながら、彼はやっとの事で反応炉が位置する地下ドームに到達した。

「むっ。あれは何だ?」
突然進入してきた怪獣に、グレイ博士は慌てふためいた。
「ご存知ないのですか?」
虚脱状態だったムアコックが復活した。
「うむ、こう、知っているようで、肝心の名前が出てこない」
「フッフッフッ。ならば私が」
自信ありげに、ムアコックが嘯く。
「もう。遊んでないで、進入してきたヤツに対処してください。こっちはビオランテの制御で手一杯なんです。うわー、こっちに来る!」
レヒテが、目の前に迫って来た地底怪獣に悲鳴を上げた。
「待て、対処するにも名前がいる。早くヤツの名を」
「待ってください。あれ?急がすから度忘れしちゃったじゃないですか」
「そういう、お約束はいいから、早く!」
「ええと、確か…バ…」

プチ!

名も無き地底怪獣に、上位存在(+3名)はあっさりと潰された。


※※※


急に動きが止まったビオランテとバトラ。
それに戸惑い、ゴジラとキングギドラの動きも止まった。
モスラは、上空を舞いながら慎重に様子をうかがっている。

上位存在が潰れたことを知らないゴジラたちは、何かの欺瞞行動ではないかと疑っていた。
やがて、バトラの方が先に動き出した。

「いてててっ」

傷の痛みでバトラは目を覚ました。
そして、辺りを見回す。

「あれ、俺どうしてこんな場所に?」

ビオランテが作った緑の障壁の中に、なぜ自分がいるのか判らない。

「確か、ワニみたいなヤツに飲み込まれて…」
「あんた、今度こそ本当に正気に戻ったの?」

モスラが用心しながらも、バトラに近づいていった。
バトラの目は赤い色に戻り、角の発光も消えていた。

「何の事だよ。それより、腹減っちゃった」
「ちょ…」
「お。うまそうなバラの蔓発見」
「はあ?あんた、ちょっと…」

前回の失敗に全く懲りていないバトラ。
ビオランテの蔓に向かって、全速力で走っていった。

パクリ。
ひょい。
パクリ。
ひょい。

蔓を食べようと齧りつくバトラだが、ビオランテの蔓は寸前でそれをかわす。
もうビオランテに指令を下すものは居なくなったのだから、これは有り得ない行動なのだが、それを知らないバトラは疑問を感じずに同じ事を続けた。

「こいつ、おとなしく食われろよ。腹へってたまらないんだよ」

どこまでも食いしん坊のバトラは、すでにビオランテを敵ではなく食い物としか見ていなかった。
そんなお気楽なバトラに天罰が下った。
退場したはずのガイガンがその姿を現したのである。

ビオランテといい、ガイガンといい、もはや操るものが居ないはずなのに、これはどうした事だろう。
実は、先に地球に落着していたカシュガルの上位存在、のちに「あ号」と呼ばれる存在がこの時、この場への介入を行ない始めたのである。
もちろん、それは遠隔地という事もあり、おまけに自分の管轄地でも「災害」という名の戦闘が続いているため余裕の無い「あ号」としては偵察程度の介入ではあった。

つまり、みたび姿を現したガイガンは、カシュガルの上位存在の指示を受けていたのだ。
そして、本体があるカシュガルからは遥かに離れているため、ゴジラたちを「災害」とはみなさなかった。
ただ、観察の対象としただけである。

しかし、同時にビオランテも支配下に置いていたために、それを食おうとしてきたバトラは「災害」と認定して排除を行なった。
すなわち、ガイガンによるレーザー照射である。

「熱っ!」

バトラは、突然のガイガンからのレーザー照射を受けて飛び上がった。
いくら熱線を吸収するといっても、熱いものは熱いのである。
バトラは、近くにあった湖に飛び込んだ。

それを切っ掛けに、ゴジラたちの攻撃が始まった。

そして、今度こそ戦いに決着がついた。
ゴジラ側の完全勝利である。
ガイガンも、ビオランテも破片一つ残さずに灰となった。

だが、ゴジラたちは勝利の美酒に酔うことは無かった。


※※※


「ちょっと、ちょっと、なんであんた達がこの上戦わなくちゃならないのよ?」

にらみ合うゴジラとキングギドラ、その上空であたふたと飛ぶモスラ。
BETA側の怪獣が居なくなった途端、今度はゴジラとキングギドラがにらみ合いを始めた。
モスラは、訳が分らず両者に説明を求めた。

「理由は無い、ですって?」

目の前に互いが居るから戦うのだと、ゴジラとキングギドラは答えた。
女子供に、自分の心は判らないとも。

ゴジラとキングギドラは、正面から組み合い肉弾戦を繰り広げた。
その戦いは大地を揺るがし、その轟音は天に響き渡った。

金色の鱗は剥がれ、背中の背びれが引きちぎれた。
激闘はいつ果てるとも無く続いた。

だが、キングギドラの身体に異変が起こりつつあった。
その身体の周囲を、白い淡い光が包み始めたのだ。

それに気付き、ゴジラが後ずさると同じ現象は彼の身体にも起こっていた。


※※※


キングギドラは思い出した。
自分が既に死んでいた事を。

金星に落着したBETAと戦い、相討ちの形で死んでいたのだ。
そして、死の間際、彼は幻を見た。

地球にゴジラという強敵が存在し、それと幾度もの激闘を行っている自分の姿を。

金星文明を滅ぼしてからの彼は、永遠とも言えるまどろみの中にあり、幻の中のような強敵とは現実には出会っていない。
いま戦ったBETAは、心のない存在であり、敵と呼べる存在ではなかった。

彼は、その幻の中の自分が羨ましかった。
幾度もの強敵と会してこそ、自らの存在の意味がある。
今、己はこんなつまらない存在を相手に戦い、そして死のうとしている。

羨ましい。
そして、怒りが彼の全身に漲る。
なぜ、この世界は我に強敵を与えなかったのか?
戦いたい。
彼の者と。
ゴジラと。

その願いは、反応炉爆発のエネルギーを吸収し、次元を貫いた。
キングギドラは再びこの世界に肉体を得た。
たとえ、仮初の存在だとしても。

そしてその願いは、同時にゴジラたちをも別の並行世界から召還したのだ。


※※※


キングギドラは、時が来た事を知った。
還る時が来たのだ。

残った二つの首を空に向かって突き出し、最後の咆哮を放った。

(存分に強敵と戦った)

(我が生涯に、一遍の悔い無し!)

キングギドラは、光の柱となり天に還った。


同時に、ゴジラも光の柱となり消えていった。


実質的殊勲者である、名も無き怪獣も地底で地味に消えていった。


※※※


「私たちだけになっちゃったね」

モスラとバトラだけが消えなかった。
彼らはキングギドラが召還した存在ではなく、この世界に元から存在していたからだ。

「俺たちだけ?姉さん、何言ってるんだよ。初めから、ここには俺たちしか居ないだろう?」
「えっ、あー、そう言えばそうね。誰か他にいたような気がしたんだけど」

仮初の存在であるキングギドラと、彼に異世界から召還された怪獣たちの記憶はモスラたちから急速に失われていった。

「じゃあ行こうか。次の戦いに備えて」
「でも、もう俺たちにカシュガルの敵を倒す力は…」
「そうね。ただでさえ手ごわいのに、急速にその勢力を増してる。はっきり言って、いまの私たちでは無理ね」

モスラは、いつの間にかその肢に一個の卵を抱えていた。

「だから、この子たちに託すしかない。でも、それには力を蓄える長い時間が必要。果たして、人間達がそれまで持ちこたえてくれるのかしら…」
「大丈夫、その時間は俺が稼ぐ」

バトラの背中に、一本の裂け目が走った。
そして光と共に、バトラの…。

「あれ、成虫じゃないの?」

中から出てきたのは、少しスリムなったが相変わらずの幼虫姿のバトラだった。

「ああ、少しばかり長生きしなきゃいけないみたいだからね。成虫になるのは諦めたよ」
「あんた…、馬鹿ねえ」
「ああ、大馬鹿さ」

モスラは南の島へ、バトラは西の海を渡った大陸へ。
それぞれの使命を帯びて、彼らは去って行った。


※※※


アサバスカの落着ユニットの地下から、グレイ博士たち3人が救い出された時、彼らは上位存在はもちろん、怪獣たちに関するほとんどの記憶を失っていた。
特に、「G」と呼ばれるモンスターの事は何一つ憶えていなかった。
その現象は、「G」に係わった関係者に共通するもので、アサバスカの落着ユニットが破壊された本当の経緯を憶えているものは皆無だった。

結局、アサバスカの落着ユニットは戦略核の集中攻撃で破壊されたと発表され、全米各地での謎の破壊事件も生き残ったBETAによるものだと説明された。

しかし、「G」の与えた衝撃は関係者の心の奥底に鮮烈に残っており、
「Gクラスの攻撃力が…」
「例えばGのような」
と、記憶に無いはずの名が時折口をついて出て、言った本人を戸惑わせた。

また、「G元素」のGも発見者グレイ博士の名からではなく、「G」から取った命名であるとも囁かれている。


※※※


その後、数年に渡ってカシュガルのオリジナルハイヴからの東進は無かった。
時折、それを示すBETAの動きはあったのだが、なぜかそれは実現しなかった。

タクラマカン砂漠をBETAの大群が東を目指して進む時、どこからか黒い巨大な影が現れたという。
その影には、異様に赤い目が輝いていたと、数少ない目撃者は語った。

また、BETAの大東進が始まった年、巨大な蛾がレーダーに映ったという噂が流れた。

だが、これを証明する確たる証拠はいまだ提出されていない。


第8話「完結編 天に還るもの」完



お待たせしました。
今回こそ、完結です。
ここまで読んでくれた方、感謝です。


かなり行き当たりばったりで進めたこの作品ですが、何とか完結させる事が出来ました。
当初、本当に第1話のみ、ネタ扱いで終らせるつもりだったのですが、皆さんの感想、次にあの怪獣を出せという要望に後押しされて、話数が増えていきました。
感想を下さった方、本当にありがとうございます。


追記。

あと1話だけ後日談的なものを書く予定です。
実は、無謀にもこのSSをマブラヴ板に移動しようかなと企んでいるので、その時におまけとしてつける予定です。





[12377] マブラヴ 怪獣王伝説 第1話「初めての目覚め」(目覚め編)
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/02 20:29
マブラヴ 怪獣王伝説

第1話「初めての目覚め」

10月22日

目覚めると、そこには見慣れた天井ではなく青空が広がっていた。
(ありゃ、外で寝ちまったのか)
武は、目ぼけまなこをこすった。
(ん?やけに手の感触がゴツゴツしてる)
(軍手をつけたまま?)
(学園祭の準備だっけ……)
首だけ起こし、左右を見回した。
ひどく首の動きが不自由なのは、寝違えでもしたのだろうか。

(ん?)
(あれは?)
そこには、見慣れぬ形のものがあった。
(ロボットのオモチャか)
(良く出来てるな)
武は、そのオモチャを手に取った。

(うわ、リアル)
(まるで本物みたいだ)
そこで武は、ようやく自分の身に起こった異変に気付いた。
(えーと、これ俺の手だよな)
武は、ロボットのオモチャを握るそのゴツゴツした、しかも鋭い爪の生えている手をじっと見つめた。
(動く)
(俺が思ったとおりに動く)
(という事は、やはりこれは俺の手?)
武は、改めて自分の手を見た。
そして、手だけに異常が起こっているのではない事に気付いた。
(服を着てない)
(はだか?)
(いやいやいや、重要なのはそこじゃない)

武は立ち上がり、見える範囲で自分の身体を確認した。
まず手。
これはさっきも確認した通り、ゴツゴツした皮膚に覆われ、指の先からは鋭い爪が生えている。
次に足。
こちらも手と同様のゴツゴツした皮膚に覆われ、手の指ほど大きくないが足の指
からも鋭い爪が生えていた。
胴体。
腹まるだしである。
しかし、手足と同じゴツゴツした皮膚に覆われているせいか、はだかだという感じは無い。
試しに触ってみたが、分厚い装甲のような感触がした。
そして、問題の…尻尾である。
これが自分の身体から生えているのを見た時、武は自分が人間では無い事を確信した。
太くヒレのある尻尾が、自分の身長と同じくらいの長さ伸びていた。

(人間じゃないって事?)
(とすると、これは夢?)
(でも、夢にしては妙にリアルだよな……)

武は、改めて辺りを見回した。
周囲はどこまでも続く瓦礫の荒野である。

(この風景、どこだ?)
(あれ?あそこに見えるのは白稜柊)
(どういう事だ……)

武は、ロボットのオモチャがあった場所を見直した。
そして、あわてて今まで自分が寝ていた場所を確認した。

(これ、純夏ん家だよな)
(すると、この潰れてる家の残骸は…俺の家?)

そっと、廃墟と化している家から屋根らしきものをどけてみる。
するとそこに、なじみのあるテーブルなどが出てきた。
だが、それは今の武の指の爪ほどの大きさも無い。

(周りが小さくなったのか?)
(いや、それは考えにくい)
(なら、俺が大きくなった?)
(自分の家がオモチャほどの大きさに感じるなんて、一体俺はどんなものになったんだ?)

武は、真相を確かめるため、辺りを歩き回った。

(でっかいビルがあれば、その窓ガラスに映るんだが)
(でも、そんなビルでしか全身を映せないって、どんだけでかいんだよ)

やがて武は、貯水池の跡らしきものを見つけた。
幸い雨水がたまっていたのか、大きな水面が出来ていた。
武は、恐る恐るその水面に自分の姿を映し出した。

(もしかして異世界にでも飛ばされたかとも思ってたが、やっぱり夢の方だったか)

武は、そこに映る「ゴジラ」の姿を見てこれが夢だと確信した。

※※※

しばらく固まっていた武だが、突然、一声咆えた。
そして、ぴょんぴょんと飛び跳ねたあと、身体を丸めて地面をゴロゴロと転げ回り始めた。

(やりい!)
(夢とはいえ、ゴジラになれるとは、ラッキー!)
(なんたって怪獣王だからな、怪獣王!)

ハイテンションになった武は、精神状態が小学生に戻り、嬉しくてたまらなくなった。

(いやあ、いっぺんなりたかったんだよなあ)
(夢でも何でもいい)
(ゴジラになれるなんて、ほんとに夢みたいだ)
(って、夢か。でも神様ありがとう、こんな素敵な夢を見させてくれて)

武は、満足するまで転げ回ると、立ち上がった。
その巨体に似合わない軽快な動きに、またも武の心は浮き立った。

(なんという身軽さ)
(さすが夢)
(あ、でも肝心のアレはどうなんだろう?)

武は、大きく息を吸い込んだ。
そして、ソレを一気に吐き出した。
武の口から、高熱の炎が伸びる。
炎にさらされた瓦礫は赤熱し、一部は溶解した。

(おお、凄え!)
(これだよ、これ)
(やっぱホンマもんですよ、この身体)
(やれる、やれるよ、これなら)
(俺は怪獣王になる!)
(って、元から怪獣王だった)

そんなことを思っている間にも炎の威力は増し、溶解どころか地面を抉るような威力になった。

(おっとと、撃ち止め、撃ち止め)
(こんなとこでエネルギーを使ってる場合じゃないからな)
(いや、待てよ)
(例のアレは可能なのか?)

武は、幼い頃に見たゴジラ映画の一場面を思い出した。
身体を丸め、炎を絞り気味に斜め下に吐き出してみた。

(だめだ、ピクリともしない)
(非行、じゃなく飛行は無理か)
(まあ、正直あれは評判悪かったしな)

空を飛べないと分って、やや気落ちした武だがハイテンションで精神年齢が小学生状態なのは変わりがない。

(さてと、身体能力も分ったし)
(さっさと東京タワーでも壊しに行きますか)
(でも、周りが瓦礫だらけってことは、もう一暴れした後って設定かな?)
(東京タワーが無かったら、代りにヒルズでも壊しにいくかな)

大きな矛盾があるにもかかわらず、武は遠くに見えるビル群に向かおうとした。
このへん、精神年齢が下がっている弊害なのだが、ハイテンションになっている武は全く気付かない。

そして、厳しい現実が武の前に姿を現した。


※※※


その日、帝都近郊に突如現れた、未確認種と思われる巨大なBETAは、帝国軍をパニックに陥れていた。

幾重にも張り巡らされた防衛線を突破し、突如、日本帝国の喉元にそれは突き立てられたのである。
しかもその巨大さは要塞級など比較にならず、戦艦や空母の全長に迫る大きさだと確認された。

「あれか」
帝都守備第1戦術機甲連隊より緊急派遣された、沙霧大尉が率いる戦術機中隊は新型BETAが出現した地点に到達した。
他の帝国基地から拠出された緊急派遣部隊も、続々と新型BETA出現地点に到着している。
あまりにも緊急の事態であったため、野戦司令部さえまだ設置されていないが、戦力は集結しつつあるようだ。

「あれはいったい何をしているのでしょう?」
ゴロゴロと地面を転げまわる新型BETA。
意味不明の行動に、思わず部下の一人が沙霧に訊ねた。
「私語は慎め!」
アメリカ軍の影響でフランクな国連軍と違い、帝国軍の部隊内での私語通話は極端に少ない。
「だが、確かに不思議な行動だな。アフリカ象の砂浴びのようなものか?」

「む、立ち上がった」
「シャドウボクシングをしているように見えますが?」
「だから、私語は慎めと…」
「あ、火を吐きました」
「火…だと?」
沙霧は、その新型BETAの底知れぬ能力に戦慄した。

炎を吐くBETA。
その事実によって、新型BETAは「火炎(ファイヤー)級」と仮称されるようになった。

※※※

「恐竜?」
新型BETAを遠望した月詠真那は、思わずそうつぶやいた。
その日、偶然にも訓練のため基地の外にいた真那たちは、帝国軍から連絡を受けた国連軍横浜基地からの要請により、新型BETA出現の情報を確かめるべく、現地へと急いでいた。
一番乗りこそ逃したものの、まだ到着している部隊は数えるほどしかいない。
「あれは、炎を吐いているのか?」
「身体を丸めてますね」
「炎消えた」
「あら~、なにかガックリしてます~」


※※※


真那たちが、新型BETAの奇妙な行動に当惑しているさなか、突如、奇妙な飛行物体が現れた。
その銀色に光る飛行物体から、凛とした女性の声が発せられた。

「こちらは国連軍特務部隊G-01所属スーパーX。帝国軍は下がれ。ゴジラは、我らGフォースが相手をする」











あとがき。

皆様お久しぶりです。
ネタが浮かんだので、続けます。
と言うか、これから本編開始という事になりました。
開始時点は白紙というか、原作でのUnlimited編に相当する段階からの開始になります。
ゴジラが実在し、ゴジラが日本を2度襲ったという前提の世界が舞台となります。
それに加えて、モスラやラドンが当たり前に存在する世界にBETAが来たらどうなるかという設定でストーリーを進めて行きます。
ややこしいとは思いますが、思いついた設定上こうせざるを得ませんでした。

といっても設定はかなり適当なので、「ゴジラの逆襲」までは史実、そのあとは良いとこ取りという感じで行きます。
可能なかぎり怪獣を多く出そう、そういう方針で行きます。

そこでアンケートをお願いします。
皆さんの好きな怪獣、嫌いな怪獣を教えてください。
今のところ、このSSで新たに出す予定のメカ、怪獣は、
メカゴジラ
モゲラ
ヘドラ
ガメラ(平成版)
なのですが、現在のプロット上では他の怪獣も出す余地があります。
上記以外で怪獣を募集します。
よろしくお願いします。


テンプレ

【好きな怪獣】
【理由】

【嫌いな怪獣】
【理由】





[12377] 第2話「再びの目覚め」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2009/12/28 13:37
第2話「再びの目覚め」

10月22日

目覚めると、そこには見慣れた天井ではなく青空が広がっていた。
(ありゃ、外で寝ちまったのか)
武は、目ぼけまなこをこすった。
(ん?やけに手の感触がゴツゴツしてる)
(軍手をつけたまま?)
(なんでだ?)
首だけ起こし、左右を見回した。
ひどく首の動きが不自由なのは、寝違えでもしたのだろうか。

(ん?)
(あれは?)
そこには、見知った形のものがあった。
(ロボット……、いや撃震のオモチャか)
(良く出来てるな)
武は、そのオモチャを手に取った。

(うわ、リアル)
(まるで本物みたいだ)
そこで武は、ようやく自分の身に起こった異変に気付いた。
(えーと、これ俺の手だよな)
武は、撃震のオモチャを握るそのゴツゴツした、しかも鋭い爪の生えている手をじっと見つめた。
(動く)
(俺が思ったとおりに動く)
(という事は、やはりこれは俺の手?)
武は、改めて自分の手を見た。
そして、手だけに異常が起こっているのではない事に気付いた。
(服を着てない)
(はだか?)
(いやいやいや、重要なのはそこじゃない)

武は立ち上がり、見える範囲で自分の身体を確認した。
まず手。
これはさっきも確認した通り、ゴツゴツした皮膚に覆われ、指の先からは鋭い爪が生えている。
次に足。
こちらも手と同様のゴツゴツした皮膚に覆われ、手の指ほど大きくないが足の指からも鋭い爪が生えていた。
胴体。
腹まるだしである。
しかし、手足と同じゴツゴツした皮膚に覆われているせいか、はだかだという感じは無い。
試しに触ってみたが、分厚い装甲のような感触がした。
そして、問題の……尻尾である。
これが自分の身体から生えているのを見た時、武は自分が人間では無い事を確信した。
太くヒレのある尻尾が、自分の身長と同じくらいの長さ伸びていた。

(人間じゃないって事?)
(とすると、これは夢?)
(でも、夢にしては妙にリアルだよな……)

武は、改めて辺りを見回した。
周囲はどこまでも続く瓦礫の荒野である。

(この風景、なにか見覚えが?)
(あれ?あそこに見えるのは白稜柊……いや、確かあれは……基地?)
(だめだ。はっきり思い出せない)

武は、撃震のオモチャがあった場所を見直した。
そして、あわてて今まで自分が寝ていた場所を確認した。

(これ、純夏ん家だよな)
(すると、この潰れてる家の残骸は…俺の家?)

そっと、潰れている家から屋根らしきものをどけてみる。
するとそこに、なじみのあるテーブルの板などが出てきた。
だが、それは今の武の指の爪ほどの大きさも無い。

(周りが小さくなったのか?)
(いや、それは考えにくい)
(なら、俺が大きくなった?)
(自分の家がオモチャほどの大きさに感じるなんて、一体俺はどんなものになったんだ?)
(あれ?何かここまでの事、前にもあったような……)

武は、真相を確かめるため、辺りを歩き回った。

(でっかいビルがあれば、その窓ガラスに映せるんだが)
(でも、そんなビルでしか全身を映せないって、どんだけでかいんだよ)

やがて武は、貯水池の跡らしきものを見つけた。
幸い雨水がたまっていたのか、大きな水面が出来ていた。
武は、恐る恐るその水面に自分の姿を映し出した。

(そうか、俺は……)

武は、そこに映る「ゴジラ」の姿を見て全てを思い出した。

※※※

しばらく固まっていた武だが、突然、一声咆えた。

武は、大きく息を吸い込んだ。
そして、ソレを一気に吐き出した。
武の口から、高熱の炎が伸びる。
炎にさらされた瓦礫は赤熱し、一部は溶解した。
炎の威力は増し、溶解どころか地面を抉るような威力になった。

次に武は、身体を丸め、炎を絞り気味に斜め下に吐き出してみた。
だが、期待した結果は得られなかった。

(前よりはるかに強力だから、もしかしてと思ったんだが…)
(やはり、飛行は無理か)
(飛べれば、これからが楽になるんだが)

空を飛べないと分って、やや気落ちした武だがこれから起こる事態を思い出して、気を引き締めた。

(来た)



[12377] 第3話「試練」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2010/01/01 19:58
第3話「試練」

「来た」

武(=ゴジラ)は、新たに飛来した物体に対して身構えた。

その銀色に光る飛行物体から、凛とした女性の声が発せられた。

「こちらは国連軍特務部隊G-01所属スーパーX。帝国軍は下がれ。ゴジラは、我らGフォースが相手をする」

新たに飛来したのはスーパーX、日本帝国がゴジラ対策として長年に渡って開発を続けてきた兵器である。
その性能が高すぎるため、周辺諸国への配慮から止むを得ず国連軍に移管されたという経緯があるものの、現在でも事実上日本帝国が開発、運用を担っている。

「聞こえなかったのか?対ゴジラ迎撃作戦の全権は国連軍ゴジラ対策本部にある。ゴジラは、Gフォースが相手をする。帝国軍は下がれ!」

電波による通信ではなく、拡声器で戦域全体に通知したのは末端の兵士達にも徹底するためだろう。
通告を受けた帝国軍は、しぶしぶといった感じで撤退していく。

それを見届けると、スーパーXはゴジラの正面に陣取った。

(くっ、やはりこいつが出てくるのか)
(戦いたくはないんだが)

武は前回での苦い失敗を思い出していた。

前回の世界で、夢だと思い込んでいたのに加え精神年齢がすっかり小学生化していた武は、スーパーXが来たのが嬉しくてたまらず、遊びのつもりで派手な戦闘を繰り広げた。
その挙句、数発のカドミウム弾をくらってしまった。
そして活動停止後、再び目覚め、自分が元の世界に帰っていないことを知り、愕然とした。
その辺りから、どうもこれは夢とは違うんじゃないかと思い始めるが、まだ半信半疑の武はスーパーXの追撃を避けて世界を彷徨うことになる。
自分が異世界に来ているのだとはっきり分ったのは、原子力発電所の廃墟で、残っていた核燃料がないかと捜している最中に化物(BETA)と遭遇した時だ。

この世界は夢ではなく、異世界なのだ。
化物(BETA)のおぞましい姿は、武の心にその事実を刻み込んだ。

それからの武の行動は変化した。
なぜゴジラになったのか。
この世界には、どうしてあのような化物(BETA)がいるのか。
知りたいことは山ほどあった。

だが、悲しい事にゴジラに人の言葉は喋れない。
それでもなんとか人間と接触を取ろうと努力する度に、スーパーXが出てきて邪魔をされた。
すでに、ゴジラは人類の敵と認定されていたのだ。
結局、化物(BETA)と人間が戦争をしているという事くらいしか、その当時の武には知る事が出来なかった。

(だから、この最初の出会いが重要なんだ)
(なんとかして、俺が人間……)
(いや違うな)
(単なる怪獣じゃなくて、知性を持った存在だという事を)
(人間に敵対する存在じゃないという事を)
(出来れば、その両方を証明したい)

武は、スーパーXと対峙しながら解決策を模索した。

(むっ、あれは?)

悩む武は、あるものに目を止めた。
スーパーXから目を離さず、じりじりとその目的の物に近づいていく。
それは、何かの工場の煙突だった。
横倒しになっているにもかかわらず原型を留めているということは、かなり頑丈な構造だと考えられる。
武はそれを手に取った。

その途端、スーパーXからの攻撃が開始された。
カドムウム弾ではなく、ロケット砲による攻撃だった。
武はあわてて手にした煙突を庇った。
せっかく手に入れた道具を、あっさりと壊されては堪らないからだ。

背を向けて煙突を懐に抱え込むゴジラに対して、スーパーXは容赦なくロケット弾を叩き込んだ。
切札であるカドミウム弾をゴジラの口腔内に打ち込むには、顔をスーパーXに向けさせなければならないからだ。
加えて、ゴジラが大きく口を開ける瞬間は、放射能生炎を放つため息を吸い込む直前しか無い。
この攻撃によってゴジラを怒らせ、こちらを攻撃させるつもりだった。
だが、ゴジラはいっこうに反撃してこなかった。
「攻撃中止」
ロケット弾の半数を使い切った所で、いったん攻撃を中止せざるを得なくなった。

(よし)
スーパーXからの攻撃が止んだのを見定めた武は、予定の行動に移った。
(なんとか凌いだな)
(途中、かなり危なかったけど)
ロケット弾の攻撃に耐えている最中、武は何度も反撃しそうになった。
頭では耐えなければいけないのは分っていても、とっさに身体が動きそうになるのだ。
ゴジラに備わっている防衛本能が、ともすれば武の意識を乗っ取ろうとする。
前の世界では攻撃される度に意識が飛んで、気が付けば破壊の限りを尽くしていたという事が何度もあった。
今回は、絶対にその徹は踏むまいと武は決意していた。
(たしか……)
(こう、だったな)
武は、手にした煙突の根元を両手で掴むと前方へ突き出した。
少し考えて、いったん煙突を持ち直して鋭い爪で余分な部分を削り取った。
そして再び煙突を竹刀に見立て、それを振るう。
(無限……軌道流……)
(見よう見まねだが、合ってるか?)
かつて身近で見た型を、乏しい記憶の中から紡ぎ出して再現していく。
(なんとか通じてくれ)
(俺は、人間なんだー!)


※※※


「副司令、ご、ご覧になられて……ますか?」
スーパーXの指揮官は、画面に向かってあきれたような声を出した。
『見てるわ……』
「どうすれば、いいのでしょう?」
『引き続き観察……を続けても意味はないわね』
画面の向こうの白衣を着た女性も、困惑の表情を浮かべていた。
「あれは剣道の動き。それを何度も繰り返しています。信じられませんが、それ以外考えられません」
『ふーん、そうなの。でも、それよりも私にはアレが”道具”を使ってる方が驚きなのよね。知性があるって証拠だから……』
白衣の女性は、困惑から一変して悪戯を思いついた子供のような表情に変わった。
『話してみるわ』
「は?」
『だから、私が話して見る、って言ったの』
「え、いや。それは……」
指揮官が戸惑うのも無理はない。
ゴジラとの対話。
そんな事は、想定外だ。
「き、危険です」
指揮官は、やっとそれだけを口にした。
『危険?通信機越しに話すのに、何の危険があるの?……うん、でも相手が知的生物だとすると、予測外の危険がるかもね……。そうだ、アレを用意して』
「アレとはなんですか?」
『この間取り付けてあげた、アレの事よ』
夕呼がそう言った途端、指揮官の顔が青ざめた。
「だ、だ、駄目です。アレは、不安定で実戦にはまだ……」
『用心のためよ。実際には使う事はないわ』
「しかし…」
『でもアレなら……陽電子砲ならゴジラを一発で気絶させることが可能。その隙に逃げればいいじゃない』
「それはうまくいったらです」
『ああもう、ぐだぐだ言ってないでやるわよ。これは命令よ』


※※※


長い沈黙の後、スーパーXが動き出した。
ゴジラとの距離を広げた後、何か小型の物体を上部から射出した。
その物体は、コロコロと地表を転がって武の目の前で停まった。
「あー……テステス、聞……る?」
突然、女性の声が聞こえた。
その小型の物体から発せられたものだった。
「そこのゴジラ。聞こえてる?」
武はその声に聞き覚えがあった。
思わず武の動きが止まった。
(えっ、この声、まさか?)
「私の言葉が分るなら、合図をしなさい。頭を振るなり、手にもってる煙突を振るなり、尻尾を振るなりしなさい」
(まちがいない。ゴジラに向かって平気で命令するなんて)
(夕呼先生以外いない)
「あらー、駄目なのかしら。私の言葉に反応してたような気がしたんだけど」
がっかりしたような夕呼の声に、武は慌ててリアクションを返した。
首を縦に振り、煙突を振り回し、尻尾を横に振った。
「ちょっと、アンタ馬鹿なの。三つ一遍にやったら、合図なのか判んないじゃない」
そんな呆れた声が聞こえてきたが、武は聞いちゃいなかった。
この世界に来て、初めて人間とコミュニケーションがとれ、しかもそれが知り合いらしいと分った事で、テンションは一気に最高潮になった。
(やった)
(これで、何とかなる)
(しかも、夕呼先生)
(夕呼先生なら、元の世界に帰れる方法を見つけてくれるかも知れない)
胸裏に熱いものがこみ上げて来た武は、それを抑えるため空を見上げて鳴き声を上げた。


※※※


突然暴れだしたゴジラに、スーパーXの指揮官は攻撃を決意した。
「ロケット弾発射用意、陽電子砲安全装置解除せよ」
実際には、夕呼の要求にやや過剰に反応したに過ぎないゴジラの動きだったのだが、指揮官にはゴジラが攻撃を開始する予兆にしか見えなかったのだ。
「やはり、コミュニケーションは不可能か。攻撃開始」
『伊隅、だ……』
夕呼の制止の声は遅かった。
「陽電子砲、発射!」

スーパーXからゴジラに向けて、光の矢が放たれた。
だが、それはゴジラに突き刺さる寸前、別の炎の矢に阻まれた。
武の中のゴジラの防衛本能が素早く反応して、スーパーXからの攻撃を予測して放射能炎をスーパーXに放っていたのだ。
(なっ、駄目だ)
(攻撃しちゃいけない)
そう思う武だったが、スーパーXからの攻撃が危険なことを覚えているため、身体が勝手に動くのを止める事はできなかった。

二つの光が空中で衝突した。

辺りは、不思議な淡い光に包まれた。

そして、その光が消えた時、ゴジラの姿は消えていた。
その代わりに、ゴジラのいた場所には一人の少年が倒れていた。



[12377] 第4話「処刑」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2010/01/20 22:32
第4話「処刑」


ぼんやりとした視界の中で動くものがあった。
武は、いまだはっきりとしない意識のまま、反射的にその方向に目を向けた。

「お目覚めかしら?」
「……」

返事をしない武に、その白衣を着た女性は怒る様子もなく部下に投薬の指示を出した。
武の腕に円筒状のものが押し付けられ、プシュという音がした。
しばらくすると、武の目に生気が戻ってきた。
「先……生……?」
「今度こそ、目が覚めた?」
「夕呼……先生ですよね?」
武の言葉に、しかし、白衣の女性は困惑の表情を浮かべた。
「なぜ、私の事を知ってるの?」
「……」
徐々に戻ってきた思考力が、武を慎重にさせた。

(見る限り、いま目の前にいるのは、まちがいなく夕呼先生だ)
(だが、夕呼先生の方はどうやら俺を知らない)
(やはり、この世界は俺の居た世界じゃ無いってことか)
(となれば……)

武は、慎重に言葉を選んだ。
「俺はどうなったんです?」
夕呼の質問を無視する形だが、ここが別の世界だとすると正直に彼女に答えるのは危険だと武は感じた。
「……」
多少の苛立ちを夕呼は見せたが、すぐにさっきまでと同じ様なポーカーフェースに戻った。
「質問してるのはこちらよ。白銀武」
「!」
武は、夕呼が一枚目の持札を切ってきたのを悟った。

(俺の名前を知ってる!)
(どういう事だ?)
(夕呼先生は、さっきなぜ俺が夕呼先生を知ってるんだと聞いた)
(つまり、この世界の夕呼先生は俺を知らない)
(そこは間違いないはずだ)
(なんせ、いま俺が入れられてる部屋どう見ても牢屋だもんな。鉄格子あるし)
(知り合いなら、もう少しまともな待遇になるはずだ)

「悪いけど、自白剤を使わせてもらったわ。時間がなかったから」
夕呼は当然の様に、そう言ってのけた。
「なっ!」
武は、思わず立ち上がろうとしたが拘束具に阻まれた。
「何を聞き出した!」
「あら、怖い怖い。その様子だと、よっぽど都合の悪い事を隠してるのね。ふふ、安心なさい。肝心な事は全く聞きだせなかったわ。聞き出せたのは、あなたの名前と、荒唐無稽な夢物語ぐらいよ」
「夢……か」
夢物語とは、ゴジラとなった武の前の世界での体験の事だろうか。

(そうか、喋っちまってたのか)
(信じてもらえないのは残念だが、無理もない)
(ゴジラ、……怪獣になっていたなんて、信じられないよな)

「夢なら良かったんですけどね」
夕呼に聞こえないように、武はそうつぶやいた。
夢として否定するには、前の世界でのゴジラとしての武の体験はなまなましく過酷すぎた。

深く記憶の海に沈みかけていた武を、夕呼の質問が現実に引き戻した。
「それで、改めて聞きたいんだけど……、なぜ、あなたはあの場所に倒れていたの?」 
武は、そう言う夕呼を、不思議なものを見る様に見つめた。
そして、次に発された言葉に絶望した。
「あなた、何者なの?あんな、偽の記憶まで用意して」


※※※


この後、武は黙秘を通した。
いきなり自白剤を使用してきたこの世界の夕呼に対して、武が決定的な不信感を抱いたからだ。
やっと出会えた元の世界の知人だっただけに、事態の改善へ協力してくれるだろうとの期待は高く、それだけに裏切られたという思いが大きかった。
夕呼の態度からは、すでに武を人間ではなく実験動物として見ているとしか思えなかった。
そんな人物を、どうして信じられるだろうか。
この世界の香月夕呼は味方では無い。
武の失望は深かった。
ゆえに、武は心を閉ざした。


武の処遇が決まった。
スパイとして銃殺刑。
一切の質問に答えず、黙秘を通したという態度が基地側の心証を悪くさせた。

秘密裏に処刑するつもりか、処刑場は横浜基地からかなり離れた場所にあり、にわか作りだが周囲から見えないように隔壁が設けられていた。
隔壁の中央部にこれ見よがしに十字架が立てられ、その十字架に武の手足が拘束されていく。
武の顔には、全面を覆う仮面が被せられていた。
その仮面は、何の装飾も無く、縦に長い半球状のものだった。
さらに奇妙な事に、その仮面は武の視界を遮るものではなく、外から武の顔を見えなくする様になっていた。


※※※


「銃殺?」
神宮司まりもは、受取った命令書を見て困惑した。
先日捕らえたスパイを銃殺刑に処せ。
これは分る。
「だけど、なんであの子達に執行させる必要があるの?」
思わずそんな疑問が口をついて出た。
だが、これは命令なのであり、そこに疑問を差し挟むことは出来ない。
まりもは自分の失言に気付き、頭を切り替えた。
あの子達には、それぞれ特殊な事情がある。
実戦に出る前に、人を殺すという経験をさせた方が良いと考えた高官がいたとしても不思議ではない。
まりもは、疑問に思いつつも第207小隊を呼び出した。


※※※


十字架に固定された武の前に、銃を持った兵士が現れた。
武の被せられた仮面は、武からは半透明だが兵士からは鏡の様に光って見えているため、武の顔は兵士側からは確認できない。
銃を持った兵士は4人。
いずれも緊張した表情で、かすかに足が震えている兵士もいた。
4人の兵士が武に向かって銃を構える。
その時になって、急に武は暴れだした。
何か大声で叫んでいるようだが、被せられた仮面が邪魔になって意味のある言葉となって聞こえてはこない。
だが、その様子を見て4人の兵士達に明らかな戸惑いと怯えが生まれた。

上官から4人に叱責の言葉が発せられた。
再度命令が下された事で4人の兵士は銃を構え直し、武の身体へと狙いを定めた。


※※※


「冥夜!委員長!彩峰!たま!!」
もうどうにでもしろ、死んでやるよ。
落ち込んだまま、そんな投げやりな心境で処刑を待っていた武の目に、旧知の4人の姿が飛び込んできた。
「俺だ、俺だよ。白銀武だ!」
4人の出現は、武にとって正に起死回生の出来事だった。
純夏と尊人がいない事に気付いたが、いまはそんな事を気にしている場合ではなかった。
「お前らなら、俺が分るよな!」
叫ぶ武だが、被せられた仮面のせいで大声を出してもきちんとした言葉にならない。
そうこうするうちに、冥夜たち4人は武に銃を向けて射撃姿勢をとった。
「おい、待てよ」
冥夜たちが、自分を撃つために現れたと悟った武は、十字架の拘束器具から抜け出そうともがき出した。

(よりによって冥夜たちに殺されるなんて最悪だ)
(くそっ、あの女なに考えてやがる)

毒づく武だが、そんな事をしていても何の解決にもならないのにすぐに気付く。
だが、拘束された身ではどうにもならない。
冥夜たちが構える銃の安全装置が外された。

ドクン!

(おいおい、本当に撃つのかよ?)

ドクン!

武の心臓が、大きく脈打つ。

ドクン!

銃口から弾丸が放たれた。

「いやだ!死にたくない。死んでたまるかー!!」

その武の叫びは次元を貫いた。


※※※


「これは!」

執務室から処刑場をモニターで観察していた夕呼は、その周辺に起こった異変を目にして驚きの声を上げた。。
武が拘束されている十字架を中心として、辺り一帯が淡く白い光に包まれていた。

「ゴジラが消えた時と同じ光……」

夕呼のつぶやきを切っ掛けとしたようにその光は収束を始め、一瞬の間を置いて武が拘束されている十字架から巨大な光の柱が立ち昇った。

そして、その光の柱の中に今まで存在しなかった巨大な影が出現した。
黒い異形。

それは、ゴジラだった。

……。

「今度は、逆のプロセス……?」
しばらく唖然としてゴジラ出現の画像を見ていた夕呼だが、そのショックから立ち直ると次々と指示を出し始めた。

「『檻』を起動して」
「スーパーXとX2は予定通りゴジラを牽制して」
「社、用意はいい?」
「白銀武がどうなったか、記録取れてる?」

数多くの指示、命令を下し終えた夕呼は深呼吸して自らの椅子にドサリと腰を落とした。
そして、フフフと含み笑いを漏らす。
「まさかとは思ってたけど、本当にそうだったとはね」
格好の研究材料が転がり込んだ事を祝い、夕呼は心の中で乾杯を行なった。
「ゴジラ……か。絶対に手に入れて見せるわ、その全ての秘密を」


※※※


「死んでたまるかー!!」

そう叫んだ直後、武の身体は白い光に包まれた。
フッと一瞬だけ意識をなくした武は、再び自分がゴジラになっている事に気付いた。
怒りがみなぎっていた。
自分を受け入れようとしない世界に。
武だと気付かない仲間たちに。
武の怒りは雄叫びとなり、大気を切り裂いた。

その武、いや、ゴジラの周りに突如土煙が吹き上がった。
土煙の正体は、巨大な鉄柱だった。
鉄柱はゴジラの周りに、次々と地下からせり上がり、巨大な『檻』を形成した。
諜報関係者が見れば、「象の檻」という言葉が真っ先に浮かぶだろうソレは、残念な事にゴジラの動きをはばむ事はできなかった。
前回の出現時をはるかに超える放射能炎は、ゴジラの怒りを示すかの様に高熱線とも言うべき威力にまで進化していた。
ゴウ!
一閃で鉄柱のほとんどが崩れ去った。
だが、それを予想していたかのか、スーパーXとスーパーX2がゴジラの前に姿を現した。

スーパーX、スーパーX2、両機とも前回の世界でゴジラと対戦済みである。
ゴジラである武は、両機との対戦を思い出して慎重になった。
倒せない相手ではないが、苦戦は必至だった。
しかも2機同時に相手にするとなると、経験がない。

(はん、やってやるよ)
(ゴジラの力、見せてやる!)

自棄になっている武は、不利な戦いにもひるまなかった。


※※※


「目標、出て来るぞ、用意はいいか」
伊隅のやや緊張した声が、各々のヘッドセットを通してスーパーX2の『機内』に響いた。
「バッチリですよ、伊隅隊長。ゴジラなんてこのスーパーX2でイチコロです」
スーパーX2側の指揮官である速瀬水月中尉のやや軽い返事が、他の隊員達の苦笑を誘う。
「速瀬中尉、張り切るのは分るけどこちらとの連携も考えてもらいたいわね」
スーパーX側の指揮官である宗像美冴中尉が、唇に笑みを浮かべながら水月に釘を刺した。
「そうだよ水月、いつもみたいな猪突猛進はだめだよ」
戦域管制を担当する涼宮遙中尉からも念を押され、水月はたじたじとなった。
「ちょ、遙まで言う?ちゃんと分ってるわよ。こういうのはさ、勢いが大事なんだから、少しぐらいは見逃してよ」
「だから水月…」
「貴様ら、おしゃべりはそこまでだ!」
2機のスーパーXの統合指揮官である伊隅みちる大尉は、『檻』からその全身を現したゴジラの姿を確認すると、矢継ぎ早に命令を発した。

「宗像、カドミウム弾発射用意」
「速瀬、ファイヤーミラー展開せよ」
「涼宮、ゴジラのどんな動きも見逃すな」

「副司令、予定通り『出現』したゴジラとの戦闘に入ります。そちらの準備は大丈夫ですか?」
部下への命令を出し終えた後、伊隅は横浜基地に残っている夕呼に確認をした。
「大丈夫よ。予定通り進めて」
「……」
事務的な口調で指示してきた夕呼に対して、伊隅はもの言いたげな表情をした。
「どうしたの?何か言いたそうね」
「あの……」
あの少年がゴジラに姿を変える事を、あなたはご存知……いえ、確信していたのはなぜなのですか?
そう伊隅は問いたかったのだが、ここはこらえた。
その事実を、Gフォースの隊員の中で伊隅しか知らないからだ。
隊員達が見ているのは、ゴジラ出現後の映像だけだ。
武がゴジラに変身するプロセスは、伊隅のヘッドセットにしか流れてきていない。
先日のゴジラ消滅時も、武の顔を確認しているのはGフォース隊員の中で伊隅だけだった。
そのような状況で、ゴジラが人間の少年が変身したかも知れないという情報を他の隊員の知られる事は、士気のうえで好ましくないように思えた。
「何でもありません。戦闘、開始します」
伊隅は戦闘モードに頭を切り替えた。


「さてと、まずはこっちから行かせてもらうわよ」
ファイヤーミラーの展開を終えたスーパーX2は、ゴジラの前方に陣取った。
その位置からは、ちょうどゴジラの顔面とまともに向かい合う事になる。
「うひゃー、あの顔やっぱ迫力あるわ。わざわざ有人機に改修させた甲斐があったわね。遠隔操作でじめじめした部屋の中にいたんじゃこのスリル味わえないわ」
不穏当な水月の発言に、水月以外のスーパーX2の乗員は冷や汗を流した。
本来、速瀬、涼宮茜、築地、麻倉の4人は次期対ゴジラ兵器であるスーパーⅩ3用の予備要員だった。
しかし、試作機を明星作戦に投入して先任の要員ごと失うという失態を演じたのがたたり、いまだに次の試作機さえ出来ない有様となっている。
地上訓練に飽き飽きした水月は、ごねにごね、そのうえ妙なコネまで使って無人機であるスーパーⅩ2を有人機に改修させる事に成功した。
そのような無理を通しただけに、水月としては今回の件でいい所を見せなければならないのだ。
まあ、そんな表面的な理由よりもただ単にゴジラと思う存分戦ってみたいと言うのが本音かもしれないが。
とにかく、水月は張り切っていた。

「水月先輩、ファイヤーミラー各部異状ないです」
涼宮茜少尉からの報告を聞いて、水月はスーパーⅩ2をゴジラに向けて前進させた。
「こら茜、作戦中は中尉って呼べって言ってるでしょう」
「はーい、水月中……なっ、ゴジラ、熱線来ます!」
「ん!」
水月はゴジラからの高熱線の軸線にファイヤーミラーを合わせるため、操縦桿を傾けた。
「熱線被爆」
「機体表面、温度上昇」
「熱線吸収率80%、発振素子励起確認。反射レーザー発射!」
ゴジラからの高熱線のエネルギーを吸収し、それをレーザーとしてゴジラに撃ち返す。
スーパーⅩ2最大の武器が、その初撃を決めた。
レーザーはゴジラの腹に突き刺さり、爆炎がゴジラの体表に走った。
巨大な炎と爆煙が立ち昇った。
「やった!」
スーパーⅩ2の機内だけでなく、スーパーⅩと横浜基地の中央指令室でも歓声が上がった。
「やったか?」
「どうだ!」
「ひゃっほうー!」
だが、この程度の攻撃で倒せるゴジラでない事は、末端の兵士まで充分に承知している。
一騒ぎが終ったあと、ゴジラを覆う煙が晴れるのを皆はじっと見守った。

しかし、煙が晴れたあとゴジラの姿はそこになかった。

「なにー!?あいつ逃げやがったー!」



あとがき。

あっれー?
今回で佐渡ハイヴに殴りこみをかけるはずが、なぜGフォースと戦ってるんだろう。
ぐだぐだです。
この話、書き直すかも知れないので上げないでおきます。



[12377] 第5話「海底」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2010/01/25 19:31
第5話「海底」


三十六計なんとやらである。
武には、スーパーⅩ2の恐ろしさが充分に分っていた。
前の世界で何度も戦った相手だ。
特に、自分の吐いた高熱線をエネルギー源としてレーザーを撃ってくるというのは反則に近い。
そんな相手とまともに戦ってられるか、というのが武の正直な気持ちだった。

ザブン、と海に飛び込む。
幸い近くに艦船の姿は無く、潜水艦も近海には気配が無い。
そのまま武は潜水して泳いだ。
(ふー、何とか逃げ切ったか)
そうは言うものの、武は警戒を解かない。
(もう少し沖まで出るか)
武は太平洋に泳ぎ出た。

(ここまで来れば、安心かな)
黒潮に身をゆだね、武は大の字になって空を見上げた。
(これから、どうしようかな)
安心したからなのか、猛烈に腹が減ってきた。
近海の様子を探ると、どうやら鯨の群れが近くにいるようだった。

鯨の群れを追いかけ、手ごろな大きさの鯨を捕まえた。
(いただきます)
ガブリとその鯨にかぶりつこうとした時、足元をツンツンするものがいた。
気になって見ると、それは子鯨だった。
「こいつめ、お母さんを放せ。えいえい」
子鯨は決死の覚悟で、ゴジラである武の足元をつついて、いや、攻撃していた。
正直、ちっとも痛くは無い。
痛くは無いが……。
「早くお逃げ」
武に捕えられた鯨が、子鯨にそう言った。
「このお方に供される事は、私たち海に住むものにとって大変に名誉な事なのですよ。けれど、お前はまだ幼い、このお方も哀れと思い見逃してくれるはずです。だから、早くお逃げ」
今から食べられてしまう運命の母鯨が、子鯨に示す精一杯の愛情溢れる言葉だった。
「いやだ。お母さんが食べられるなら、ぼくも一緒に食べられる」
大きく開けた口を閉じられなくなった武。
母子鯨の会話を聞いて、もう母鯨を食べる気を失くした武だが、ゴジラが感じる空腹が母鯨を放すことを許さない。
そこにもう一頭の、年老いた鯨が現れた。

「海獣王様、その者がなんぞ不始末をしでかしましたか?」
海獣王?
頭をひねる武だが、すぐにそれが自分を指すのだと気付く。
(ゴジラって、そんな事もやってたんだ)
(海獣王ねえ、まあ、海棲爬虫類って説もあったからな)
(んー、ここは王様らしく振舞うか……)

「あー、腹が減っている。このものは放免するから、何か食えるものが欲しい」
「承知いたしました」
年老いた鯨の返事を聞いて、武はゴジラの食欲本能をなだめて母鯨を放した。
「ありがとうございます。このご恩は忘れません、海獣王様」
「お母さーん!」
子鯨が、すぐに母鯨に向かって突進した。
母鯨は、それを優しく受け止める。
武はその微笑ましい光景を見て、母鯨を食べなくて本当に良かったと思った。

しばらくして、武の前に海の珍味が並べられた。
大王イカ。
甚平ザメ。
その他、見たことも無い巨大魚。
さほどの時間をかけずに、それらを集めさせた長老鯨。
只者ではないと武は感心した。
空腹を満たしながら、武は長老と名乗る年老いた鯨にたずねた。
「なぜ俺を海獣王と呼ぶ?」
「ほう、それをお聞きになるという事は代替わりされましたか?」
長老鯨は、重大な事実を武に告げた。
(代替わり?)
(ゴジラって、代々海の生き物の王様やってるのか?)
「ふーん、俺は前のゴジラなんて知らないけどな」
武は、もう少し情報を得ようと正直に答えた。
「そういえば先代の海獣王様は、もう少し丸い身体をしておられましたな。一度だけお会いしたことがあります」
(丸い?)
(そして海獣…?)
武の中に、ある名前が浮かびかけた。
「ふむ、どうやらあなた様はそのお姿からすると先代様の血族ではないのですな」
長老鯨がやや残念そうに言った。
「む?姿が似ていないなら、どうして俺を海獣王と呼ぶ?」
「それは、その巨大なお身体、そして風格で明らか。あなた様は王以外の何者でもありません」
「ふーん、そういうものなのか?」
良くわからないが、王様と言われて悪い気はしないので武はそれ以上追及しない事にした。
なにより、今は空腹を満たす事が先決だった。
そして、食べる事に夢中になっているうちに、さっき浮かびかけた名前の事はいつの間にか忘れてしまった。

「ふー、お腹一杯だ。こうなると少し休みたいな、陸地で寝転がりたい」
膨らんだ腹を撫でながら、武はそう言った。
「それでしたら、近くに島があります」
「おお、それはいい。どこにあるんだ?」
「南です。人間達が時々やって来ますが、今は誰もおりません」
武はその島に向かう事にした。
「じゃあ。長老さん、食い物、ありがとな」
「どういたしまして。またお困りの事があればお呼び下さい」
「海獣王様、ご案内いたします」
「ぼくもいくー」
母子鯨に案内され、武はその島めがけて泳ぎ出した。


しばらくして。

ゴジラを見送った鯨たちに近づく異形のものがいた。
「ご苦労」
「これは、これは御使者様、ご足労を……」
「よい。お前達の働き見させてもらった」
長老鯨は、ゴジラの前とではいくぶん違う態度で畏まった。
「手落ちは無かったと思いますが」
「ああ、いささか不安になるほど巧くいった。それにしても、今代の海獣王とやら、あれほどお人よしとは」
「それは……、しかし、海獣王様は我ら海のものを統べる王。それは御使者様の主殿もお認めになっておられること」
「ならば、そち達はこの先、あの海獣王に従うと?」
「それは……」
長老鯨は、困惑を隠さなかった。
「まあよい。あやつごと、しもべとして仕えてくれればよい事。それより祭が近い」
「前回から、まだ間がありませぬが?」
「うむ、今回は特別よ。追って命があろう」
そう言って、御使者様と呼ばれたものは自らの故郷に帰っていった。

「偉っらそうに!べー、だ」
御使者様とやらが去ってから、ゴジラの案内を終えた子鯨が母鯨と一緒に戻ってきた。
子鯨は短い道中でゴジラにすっかりなついたようだった。
どうやら、長老鯨と御使者との会話は聞こえていたようで、ゴジラと仲良くなった子鯨としてはその会話の内容は面白くない。
前ひれを突き上げ、尻尾を振り回して嫌悪の態度を示した。
「これこれ、御使者様に対してなんという事を」
「そうですよ。どこで聞いているか分らないのですから」
長老鯨と母鯨がたしなめる。
「だって、海獣王様が戻ってきたんだから、あんなやつらの言うことなんて聞かなくてもいいじゃないか」
子鯨は、勇ましくそう言った。
どうやら、御使者様の背後にいるものは、海に棲むものたちから嫌われているようである。
「海獣王様なら、きっとあんなやつらイチコロだよ」
さっき、その海獣王に自分の母親が食べられかけた事も忘れて、子鯨は意気軒昂だった。


さて、海獣王ことゴジラこと武は、とある島に上陸していた。
島の周りにはサンゴ礁が広がり、白い砂浜とそれに続くジャングルが見える。
しかも、この小さな島には不釣合いな高い山もある。
どうやら、ここは絶海の火山島のようだ。
感覚器を総動員してみたが、長老鯨の言う通り人の気配は無かった。
「いい所だな」
武は、適当な岩場を見つけて寝転がった。

ダダダダダッ!

突然の銃撃に、武は飛び起きた。
「なんだ!?」
高熱線を一閃、撃ってきた砲台らしきものを黙らせた。
近くの崖の途中にレーダードームらしき物も見つけたので、ついでにそれも破壊しておく。

しばらく様子を見た。
どうやら続く攻撃はないようだ。
改めて気配を探ったが、やはり人の気配はしない。
別にあの程度の銃撃では、今の武の身体に傷ひとつ負わせる事はできないが、念のため武は場所を変えて昼寝する事にした。
火山の中腹に大きな洞窟があった。
古い噴火口が風化して形作られたようだ。
武はその中に入って、身を横たえた。
(あれ?そう言えばどうして鯨と話が通じたんだろう?)
そんな、今更な事を思いつつ、武はすぐに眠りに着いた。


深い眠りからようやく覚める頃、武は夢を見た。

【お願いです】
【私たちを…】
【お願いです】
【運んで……】

夢の中で、繰り返しそんな声が聞こえた。
武はその声に応えるが、通じている様子はない。

【お願いです】
【…へ運んで】

だから、どこへ何を運べと言うんだ!
夢の中で武はいらついて、そう叫んだ。
その声は、現実の身体であるゴジラの鳴き声となって洞窟の中に響き渡った。
「!」
自分の鳴き声で目を覚ます武。
「……」
身体を起こし、洞窟内をきょろきょろと見回した。

【お願いです】

夢の中と同じ声が聞こえた。
ぐっすり眠ったので、頭はすっきりしている。
決して幻聴のたぐいではなかった。

【運んでください】

武は声の聞こえる方角、洞窟の奥へと進んでいった。


しばらく進むと、大広間といってもいい程の広がりをもつ場所へ出た。
そこは地底湖になっていて、湖底には蛍光を放つ生き物が住み着いている。
それに加え、壁面にもヒカリゴケの類がびっしりと埋め尽くしてるため、その大広間全体が淡い光で満たされていた。
青白い湖面がかすかに波打ち、神秘的美しさを感じさせた。
その地底湖の中央部分。
そこに、何かが置かれていた。
湖の中央部の地面が盛り上がり、ちょうど台座のように水面から顔を出している。
その台座の部分に、丸い大きな物体が3個置かれていた。
それは、3個の巨大な卵だった。
一つは何の模様もない白い表面。
一つはその反対に黒い表面。
一つは淡い縞模様の表面。
それぞれ特徴のある表面をしている。
黒と縞模様の卵がほぼ同じ大きさで、白い卵だけ他の二つより一回り大きい。

(何の卵だ?)
(俺の知る限り、思い当たるのは……)

【来てくれたのですね】
【……】
【……】

近くまで来たことで、武には卵の中にいるものの意志がはっきりと感じられるようになった。

(呼んだのは、お前達か?)
【はい】
【……】
【……】


数時間後、武は再び海の中にいた。

「おっかしいな。確かこの辺だったんだけど」
武は、さっきの鯨の群れを捜していた。
「おーい、長老さーん!」
心当たりのある所は全て捜してみた。
だが、鯨たちはどこにもいない。
捜し疲れてぼんやりと漂っていると、やがて鬱蒼とした海藻の林に流れ着いた。
「弱ったな。運んでもらいたいものがあるんだけど」
武は、ふう、と大きなため息をついた。
他の生き物にとっては大きすぎるそのため息に反応して、海藻の林の中でいくつかの影が動いた。
「むっ、誰だ」
武の鋭敏な感覚は、それを見逃さなかった。
「……獣……」
「海………王」
「海獣……王様?」
海藻の林の中から、そろそろと小さな影が出てきた。
「あれ、お前は」
武は、その影の正体を認めてそばに寄ろうとした。
「ひっ」
だが、その影、島まで案内してくれた子鯨は何かにおびえて海藻の林を出ようとしない。
だが、その子鯨はまだましな方で、他にいる様子の鯨たちは海藻の林から出てくる様子さえない。
そんな子鯨たちをなだめ、武はようやく何が起こったかを聞き出した。

武が去ったあと、鯨たちを含む海の生物を支配している存在から命令が下った。
大量の生贄を出せと言うのだ。
あまりの生贄の多さに長老鯨がそれを断ると、彼らは実力行使に出た。
彼らの手下を使い、強引に鯨たちを捕らえ始めたのだ。
今までは支配と言っても、これほどの強引さを見せなかった彼らの態度の急変に、鯨たちはパニックを起こし逃げ惑った。
子鯨たちは、母鯨たちにここに隠れているように言われて今までじっとしていたのだという。

「それで、お前達の母親はどうなったんだ?」
武は、ようやく姿を現した子鯨たちにたずねた。
「知らない。でも、声が聞こえない」
「お母さんの声、海の中、どんな遠くでも聞こえる」
「だから、きっと、もう…」
「お母さーん」
「うわぁーん」
子鯨たちは、母親を求め一斉に鳴き始めた。
武は、悲痛な歌声に胸をうたれた。
小さな頃、旅行先で迷子になった時のことを思い出す。
いや、この世界に初めて放り出された時の孤独感なのかもしれない。

「お前ら、もう泣くな」
武は宣言する。
「みんなきっと生きてる。すぐに、俺が取り戻してやる!」


武は、シートピア海底王国に殴り込みをかけた!!



あとがき。

……だめだ、この武。

作者の思い通りに動いてくれない。

早くなんとかしないと。



[12377] 第6話「人質」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2010/01/29 21:05
第6話「人質」


「責任者出て来い!」
クレーマーのような科白を、海底王国に到着すると同時に武は叫ぶ。
「鯨達を返せ!」
しかし、そんな無礼な客に対する回答は当然無い。
「無視かよ。なら、これでも喰らえ」
武は高熱線を吐いた。
だが、それは見えない壁にはばまれて海底王国には届かない。
「バリヤーか?」


※※※


海底帝国、某所。

「どうしたの?」
「はっ、その」
「んー、なんか大きいやつが来たみたいだね」
「い、急ぎ防衛体制をしきますれば……」
「じゃ、ちょっと見て来るよ」
「え、あの……」
「わー、見て見て、すごいや」
「……ふう、相変わらず、人の話を聞かないお方だ」


※※※


「バリヤーとは、無駄に科学力の高いやつらだな」
たしか、ムー大陸だったかアトランティス大陸の子孫が作った国だったな、と武は元の世界でのあやふやな知識を思い出した。(作者注:レムリヤ大陸です)
それだけ高い科学力がありながら、毎度毎度、ゴジラや地上の人間に負けていたのは海底王国の人口が少なかったからだ。
そのため、守護神の力に頼ったり、地球外の勢力を呼び込んだりして、決して自分達自身では戦わなかったという印象がある。
「む」
迎撃のため、海底王国側の部隊が出てきた。
前列には鯨たち、そしてその後方には……。
「あれはメガヌロン?」
ヤゴが巨大化した怪物が、辺り一面を埋め尽くしていた。
メガロの登場を予想していた武は、拍子抜けした思いだった。
「だけど、あれはあれで厄介な相手だ。油断は禁物だな」
武は、気を引き締めた。
メガヌロンからメガニューロへの成長、そしてメガギラス誕生までの条件は厳しいが、最終的に戦う覚悟はしておいた方がいいだろう。

「お父さんたち、何をやってるの!?」
現れた鯨たちを見て、一頭の若い鯨が武の後ろから飛び出した。
この海底王国まで、武を道案内してきた鯨だ。
海藻の林に隠れていた子鯨たちの中で、一番の年長の雌鯨だった。
「海獣王様に歯向かう気なの?」
「娘よ」
鯨部隊の中から、ひと際大きな鯨が進み出た。
「お父さん……」
「そのものが、海獣王だと?」
じろりと、父鯨が武をにらんだ。
「我らは、そのものを海獣王とは認めん。海獣王様は、あの方以外おらぬ」
「お父さん、先代の海獣王様はもう帰って来ないのよ。目を覚まして」
「ええい、うるさい。本当の海獣王様を知らぬお前には、我らの心は判らぬ」
「分るわけないわよ。私たちを見捨てていった海獣王なんて……」
「馬鹿者!!」
父鯨が、前びれで娘鯨の頬を打った。
「あの方は、我らのために、不利を承知で戦いに行ったのだ」
「……?」
事情が分らず、口を出せない武。
「それに、あの方は我らを見捨ててなどいなかった。海獣王様は、この通り戻っていらしたのだ」
鯨とメガヌロンの隊列が割れて、その奥から巨大な影が現れた。
「出てきたな」
武はその姿を見て身構えた。

メガロ登場である。

「おお!海獣王様、自らおでましとは」
感極まった様子で、父鯨はメガロにかしずいた。
「お父さん、目を覚まして。そいつは海獣王様じゃない!!」
娘鯨が、メガロを憎悪の目で見た。
「海獣王様が、お母さん達を生贄に差し出せなんて命令するわけないよ」
「……そ、それは……」
にわかに父鯨の様子がおかしくなった。
「だが……命令は……絶対」
「このままじゃ、お母さん達、その虫達に食べられちゃうんだよ。それでいいの?」
「食べられる……だと?」
父鯨は、娘鯨の言葉に動揺した。
だが、その時メガロの目が妖しく光った。
たちまち父鯨の目は、再び正気を失った。
「生贄……、名誉な事」
「お父さん……」

「ふーん、そういう事か」
武は一連のやり取りを見聞して、だいたいの事情を察した。
どうやら鯨達は、メガロのことを海獣王だと思い込まされているらしい。
それはメガヌロンも同様で、メガロをメガギラスだと認識しているようだ。
だから、鯨とメガヌロンはメガロに従っているのだ。
そして、そのメガロを操っているのはシートピア海底帝国。
「相変わらず、汚い手を使うやつらだ」
自分の手を汚さず、弱い立場のものを利用する。
こういう輩は、大嫌いである。
武の怒りは燃え上がった。
「海獣王様、父の事は諦めます。ですが、せめて母を」
泣きながら、娘鯨は武のもとに戻ってきた。
武は、ポンポンと娘鯨の頭を軽く叩いた。
「大丈夫だ」
「えっ」
頬を染めながら、娘鯨は武を見上げた。
「お父さんも助けるよ。要は皆の目を覚ませばいいんだろ?」
「は、はい、そうです」
「なら、下がってろ。ちょっと手荒く行くからな」
「は、はい。それではよろしくお願いします」
戸惑いながらも、自信ありげな武の態度に安心して娘鯨は後退した。

「さてと」
武は、準備に入った。
「原理的には出来るはずだよな」
そう言ったあと、武は高熱線を吐く体勢に入った。
しかし、いつもとは違い発射直前で口を閉じ、しかし発射の体勢は維持する。
口腔内で高熱の塊が大きくなっていくのが分る。
(まだだ、まだ我慢だ)
武は口腔内が灼熱となっていくのを感じた。
高熱の塊はさらに大きくなり、その圧力は限界を迎えた。

ゴウッ!!

満を持して吐き出されたプラズマ火球はメガロに突き刺さり、シートピア海底王国を覆うバリヤーを、弾き飛ばしたメガロの身体と一体となったプラズマ火球が突き破った。

敵、味方。

しんとして声も出ない。

やがて、鯨達が騒ぎ出した。
「あ、あれは、紛れもない海獣王様の御業」
「すると、あの方こそ海獣王様……いや、しかし」
「ならば、何だというのだ?」
「すると、いままで海獣王様だと思っていたのは、いったい?」
メガロが倒れ、洗脳が解けつつあった。

「海獣王様、すごい」
娘鯨が、ぽーっとしている。
「あちちち。一か八かだったけど、上手くいったな」
口の中にひどい火傷を負ってしまったが、なんとかプラズマ火球を撃つ事に成功した武は、次の行動に移った。
「お前ら、これで目がさめたか?」
武が前に進むと、鯨達は道を譲った。
「お許しを」
「御無礼を、海獣王様」
だが、そんな鯨達の態度とは違い、後方に控えていたメガヌロン達はその場を動こうとしない。
「むー、退かないのか」
メガロは確かに倒したはずだが、メガヌロン達に大きな変化はない。
「ならば、踏み潰すだけ」
武はバリヤーの裂け目を目指して歩き始めた。
その武に対してメガヌロン達は静観していたが、もうすぐバリヤーの裂け目に到達するという時になって一斉に動き出し、武に襲い掛かって来た。
「イテ、イテ、イテ」
メガヌロンは、蚊のように武の身体中に張り付き、尾部の針を突き刺した。
そして、エネルギーを吸い取っていく。
「こいつら、鬱陶しいんだよ」
メガヌロンが自由に動き回れる水中では不利と悟って、武はバリヤーの亀裂からシートピア海底王国に強引に身体を割り込ませた。
狭いバリヤーの隙間を通り抜けたことで、メガヌロンの大半はバリヤーに接触して絶命し、残りもそのショックで武の身体から剥げ落ちてしまった。
完全にバリヤーの内部に入った武は、軽く身体を動かしてみた。
「すげえ、この中、空気だよ。やっぱ無駄に科学力が高い」
バリヤーの中は、空気で満たされていた。
どのような原理で海水の浸入を防いでいるのか?
「夕呼先生が見たら喜ぶだろうな」
つい口に出て武は、その夕呼のからどのような目に遇わされたか思い出して気分が悪くなった。
「イテ」
足元に居たメガヌロンが、武の身体を刺した。
バリヤー内部にメガヌロンはいないと思い込んでいた武は油断していた。
「この」
そのメガヌロンを引き剥がそうとして、他にも多くのメガヌロンが地面を這っているのに気付く武。
「動きに統制がある?」
そう気付いた武は、しばらくメガヌロンがエネルギーを吸うのを放置した。
他のメガヌロンが近づいてくるのを尻尾で払う。
高熱線は口腔内の火傷が治るまで、もうしばらく使えない。
この点、やはり無理があったのであり、プラズマ火球を連射できる本家にはかなわないという事だ。
やがてエネルギーを吸収し終ったメガヌロンは、武の身体を離れてどこかに去っていこうとする。
すかさずそのメガヌロンの追跡を始めた武。
目印とするために、弱い熱線をそのメガヌロンに放った。
「ウッ!」
口の中に痛みが走る。
やはり、まだ全力の高熱線を放つ事は出来ないと思い知る。
それでも狙い通り、熱線が当たったメガヌロンの表皮は焼け焦げて他の固体との区別は容易になった。
しかし、火傷を負ったメガヌロンは命の危険を感じたのか、全速力で遠ざかっていく。
そのため、武は途中でそのメガヌロンを見失ってしまった。

「くそう、見失ったか」
武はそう言ったものの、それほど困る様子はなかった。
「でも、ここまで来れば、あれしかないよな」
今までメガヌロンが向かっていた方角に、巨大なピラミッド状の建物が見える。
武はピラミッドに向かって進んだ。
進むにつれ、その推測は確信に変わった。
ピラミッドは周りを大きな人造の湖に囲まれていた。
また、その底部から湖に張り出すように祭壇らしきものが築かれ、盛んに火が焚かれている。
「なんだ、あれ?」
ピラミッドに近づくにつれ、武は不自然さを感じた。
普通ピラミッドといえば石積みだが、目の前にあるピラミッドの材質はどうやら石ではないようだ。
武は正体を確かめるため、湖に踏み込んだ。
湖はごく浅く、武の足首までの深さしかない。
どこに罠があるかもしれないので、ピラミッドに慎重に近づいて観察する。
材質はやはり石ではない。
乳白色で、半ば透き通っているようにも見える。
さらに中に……。

「げえ、これ卵か?」

それは、メガヌロンの卵で出来たピラミッドだった。
数万、数十万個、いや、もしかすると数千万個ものメガヌロンの卵が眼前に山をなしていた。
しかも、その卵の中では幼虫らしき影がうごめき孵化が近い。
この幼虫達の腹を満たすには、生贄はいくらあっても足りない。
突然の鯨達への生贄の要求は、これが原因だったのかと武は納得した。
「ならば、原因を断つ」
痛みをこらえ、武は高熱線で卵のピラミッドを焼き払おうとした。
「焼けろ!」

「だめだよ!」
炎が燃え盛る祭壇から、武を止める声がした。
「この子たちを焼かないで」
その声に、武の動きが止まった。

(この声……)

武は祭壇に立つ人物を見た。

(まさか!?)

「この子たちは、これから地上侵攻をするための切札なんだ」
その人物は非常に重大な秘密をしゃべりだしたが、武は別の事に気を取られて内容など聞いていなかった。
「そりゃ、鯨達を生贄にするのは酷いと思うよ。でも、仕方ないんだよ。地上の森がどんどん無くなって、栄養素が海に流れ込んで来なくなってるんだよ。海はどんどん痩せていってる。だから、この子たちに頑張ってもらって、BETAって地上人が呼んでる怪物をやっつけて、ついでに地上人もやっつけなきゃならないんだ。」
「尊人。お前、尊人だよな」
武が、尊人と思われる人物に問いかけた。
だが、返事は無い。
「鯨達も次の世代の為だって、納得してるんだよ。地上人も鯨のこと狩るしね。どっちも鯨にとっては敵だもん。だから、この子たちを殺すのは止めてよ」
「人の話を聞……かないのが、何よりの証拠。まちがいない、お前は尊人だ」
武は断言した。
「えっ、ボクは確かにミコトって名前だけど。それでね、やっぱり焼くのは止めて欲しいんだ。そうじゃないと、地上人がBETAと共倒れになったところを狙って、地上に侵攻するっていう、棚ボタ計画が狂っちゃうんだよ」
虫のいい計画をばらすミコト。

その間に、先程の火傷をしたメガヌロンがメガロの所までたどり着いていた。
正に虫の息のメガロだったが、メガヌロンからエネルギーを注入されるとたちまち元気を取り戻した。

「いいですぞミコト様。時間を稼いでいただいたおかげで、守護神様が復活いたしました」
「地上人との混血とはいえ、やはり我らの事をお考えになっておられたのですな」
「往かれませい、守護神メガロ様」
シートピア海底帝国の逆襲が開始された。

メガロは、ミコトに気を取られる武の後ろを取った。
両手を合わせ、巨大なドリルを形成する。
狙いはもちろん武。
あやうし、武!!

「そうか、お前も鯨達と一緒で、こいつらに捕まってたんだな。冥夜たちと一緒にいないからどうしたんだろうと思ってたんだ」
武は、全く、全然、少しも、ミコトの話を聞いていなかった。
「今、助けてやる」
武は祭壇に手を伸ばして、ミコトを優しく掴み取った。
「え、え、えええええええええええええ」
ミコトは武の手の中で悲鳴を上げた。

メガロの動きがぴたりと止まった。
ミコトは、メガロと交信出来る数少ない人間の一人だ。
そのミコトに危害が及ぶことは、メガロには出来ない。
「ミコト様」
「ひ、人質とは卑怯な」
「ミコト様を放せ」
近くに居た神官たちが騒ぎ出した。

人質が卑怯だとはどの口が言うか、という感じだが、当の武にミコトを人質にしたという感覚は無い。
それどころか、ミコトを救い出したと喜んでいた。
「あとは、母鯨達を捜して解放するだけだな。おっと、その前に卵を燃やしてからだな」
武は、どうやら言葉が通じる(テレパシーか?)らしい神官たちに言った。
「おい、鯨達を返せ。さもないと、どうなるか、分るな?」
その脅しに、神官たちは震え上がった。
なにしろミコトは希望の星なのだ。
ここ20年で、シートピア海底王国で生まれた子供は数人。
しかも、成人近くまで育っているのは偶然迷い込んできた地上人との間に出来たミコトただ一人なのだ。

その上、武は地上侵攻の切札であるメガヌロンの卵を焼き払うと言っている。
そうなれば海底王国の悲願は潰え、ミコトを失うことで海底王国の存続は絶望的となる。

故に、神官たちはミコトを抱えたままの武の脅しを、鯨達の解放だけが条件とは捕らえなかった。
「返事はどうした?」
武は待つのに焦れて、自分で母鯨達を探しに行こうとした。
ミコトを連れたまま歩き出して、武は背後にメガロが居た事に気付いた。
「なにぃ!」
身構えようとして、武は違和感を感じた。
メガロが両手を上げている。
目を転じると、神官たちは土下座をしている。
「海獣王様、お許しを」

こうしてシートピア海底王国は、ゴジラに降伏した。





あとがき。

メガヌロン、ゲットだぜ!

メガロはいらない子。



[12377] 第7話「帰還」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2010/02/12 23:01
第7話「帰還」


朝鮮半島、鉄源ハイヴ。

日本帝国を脅かす、二つのハイヴのうちの一つである。
その鉄源ハイヴに、今、異変が起こっていた。

黄海側の海岸から、続々と上陸する軍団があった。
人類ではなく、もちろんBETAでもない。
それは、トンボの幼生であるヤゴに似ていたが、それよりもはるかに巨大だった。
その巨大ヤゴは上陸すると内陸部まで侵攻し、そこで作業していたBETAの小型種に集団で襲い掛かった。
不意をつかれ、兵士級や闘士級のBETAはなすすべなく巨大ヤゴたちに倒された。
そして巨大ヤゴたちは、それらの死体をその場で食うことなく、海まで引きずっていく。
だが、海岸近くまで来たところで、戦車級や突撃級の中大型種が駆けつけてきた。
たちまち激しい戦闘が始まり、今度は巨大ヤゴたちが踏み潰され、押し潰され、一方的に殺されていった。

「よし、出番だ」
海を割って、2体の巨大な生物が現れた。
ゴジラこと武と、メガロである。
2体は、それぞれの武器を使って眼前の中大型種のBETAを駆逐していく。
武は高熱線で戦車級と要撃級をなぎ払い、メガロは地熱ナパーム弾で突撃級を迎え撃った。
その間に、メガニューロたちは獲物を海に引きずり込む事に成功した。
BETAは泳げないため、沖合いまでは追ってこない。
初回の成果としては、まずまずの獲物を確保できたようだ。

「そろそろ引き上げ時かな」
「○☆#&$」
「え、もっと捕まえられるだろうって?」
帰り支度を始めた武に、メガロが疑問を呈した。
「しかしな、欲張ってるとあれが出て来るんだよな」
そう武が言ったと同時に、武とメガロは鮮烈な光に包まれた。
レーザー属種が出てきたのである。
ゴジラである武はこの程度のレーザーではびくともしないが、初体験であるメガロはパニックになり、慌てて海中にその身を沈めた。
「☆#$*@!!」
「はははっ、おいおい、自分だけ逃げるなよ」
武は余裕の態度で、一目散に逃げていくメガロを追った。


「わー、大漁だあ」
「おう、言った通りだろ」
武は出迎えたミコトに胸を張った。
「な、定期的にこうやって小型のやつを狩れば、当分餌の心配はないだろ」
「なるほど、こういう手がありましたか」
ミコトと共に出迎えて来た神官の一人が肯いた。
「彼のもの、地上人がBETAと呼んでいる怪物をメガニューロたちの餌にするという発想は、我らには有りませなんだ」
「まあな。普通はこっち側の被害とか考えると、手は出さないよな」
「ねえねえ、このBETA、ボクらも食べようよ」
ミコトは、BETAの死体から肉片を手にしたサバイバルナイフでそぎ取った。
「おう、なかなかいけるぜ。待ってろ、それ、バーベキューだ!」
軽く熱線を吐きかけると、大量のBETAの丸焼きが出来上がった。
武は、焼きあがった戦車級の死体を一つ口に放り込んだ。
「では、我々もご相伴を」
神官たちはBETAの死体を、惜しみなく平民達に分け与えた。
ここら辺は、為政者として地上人よりも優れているのである。
どこからか酒も出てきて、自然に祭りに近い雰囲気になった。
海底帝国の全ての民が、一堂に集まり祝宴は深夜まで続いた。

だが、彼らは知らなかった。
BETA肉に毒性がある事を。
武が平気で食べていたために、なんとなく食べても良いんだという空気になったが、それはゴジラの身体、ゴジラの消化器官だから平気だったのであり、普通の人間が食べればひとたまりもないのだ。

その結果、シートピア海底帝国人は全滅した。

……。
皆さんもBETA肉を召し上がる際は、くれぐれも部位、料理法に注意してお召し上がり下さい。


「あれれ、みんな死んじゃってる」
一人だけ元気なミコトが、びっくりして駆け回っている。
一人一人に声を掛けているが、誰一人目を開けなかった。
「どういう事だ?」
ミコトの声に、武が目を覚まして異変に気付いた。
「あ、目を覚ましたんだね」
ミコトが駆け寄って来た。
「どうもこうも無いよ。みんなあれほど注意してって言ったのに食べちゃいけないところまで食べてるんだ。そりゃ毒のある部位ほど美味しいって言うけど、毒は毒だからね。どうして食べちゃったんだろう?」
近くの皿から、肉片をつまみクンクンと臭いをかぐミコト。
「んー、これかな?」
そして、その肉片をミコトは躊躇わず自らの口に入れた。
「やっぱり、これに毒が入ってる。んんー、でも旨いや。ゴク」
あむあむと噛み砕いて、ミコトはそれを飲み込んでしまった。
「ちょ、尊人、お前それが毒だって言ってなかったか?」
様子を見ていた武が、慌ててミコトに言った。
それだけでなく、ゼスチャーで吐き出せ、吐き出せと、うったえた。
「あはは、ぼくは大丈夫だよ。小さい頃から、毒が入った食べ物には慣れているからね。お父さんと一緒に旅をしている時の食事には、大抵一つは毒が入っていたんだ。だから、だいたいの毒は平気だよ」
ミコトは、なんでも無い事のように、とんでもない過去を暴露した。
「昨日も、毒入りのBETA肉を食べたけど、全然平気だったよ。」
その言葉に、原因はそれかと武は思った。
ミコトが食べても平気だったので、他の海底帝国人たちも毒入りの肉を口にしてしまったのだ。
「うーん、おかしいな。みんな、どうして毒入りの肉を食べちゃったんだろう。ちゃんと、これは毒入りの肉だから、ぼく以外は食べちゃ駄目ってみんなに言ったんだけどなあ?」
大きく首をひねるミコトだったが、酒の入った人間がそんな言葉をまともに聞いているわけが無いのである。
てっきり冗談だと思われ、その上、毒入りの部分ほど美味しいという誘惑もあった。ましてや、目の前で旨そうにその肉を頬張るミコトの姿を見せられては……。


「でも、これからどうしよう?」
海底帝国人たちの死体を荼毘に附し(要は武の高熱線で火葬)、メガロとメガニューロたちを自分達の巣に戻した後、ミコトは大きくため息をついた。
「みんな、勝手に死んじゃうんだもん」
いや、半分はお前の所為だろう、との突っ込みをかろうじて武は飲み込んだ。
「でも、仕方ないよね。みんなお爺ちゃんだったし。大部分の人はもう地上に移住してて、放っておいても同じ結果だったんだから」
またしても、重大な事実を何気なく漏らすミコト。
海底帝国人の大半が、既に地上に移住してしまっているとは、武にとって想定外の事だった。
「せっかく逃げ出して来たけど、香月博士の所に戻るしかないかな?一人で、こんな海底都市に住み続けるのは無理だもんね。それとも、お父さんの所に行こうかな?でもなあ、世界中飛び回るのにも飽きちゃったし……」
あまりにも何気なく呟かれたので、武は気付くのが遅れた。
「尊人、今、なんて言った?」
そう問いかける武に、ミコトは首をひねりながら答えた。
「えっ?お父さんとお母さんとの出会い?ああ、それは、轟天号でお父さんが……」
「香月博士って、ところだ」
訊いてもいない話題を口にするミコトに対して、元の世界でミコトに慣れている武は強引に話を元に戻した。
「香月博士?横浜基地の副司令だよ。でも、しょっちゅうボクたちに変な実験をしようとするから、香月博士って方がしっくりくるんだ。それで、こないだも、ちょっと怪我しただけなのに、『実験よー』って目をキラキラさせて迫ってきたから、やばいって逃げて来たんだ。まあ、こっちで、もっとやばい事になったけどさ」
あはは、と笑うミコトに武は深く頷いた。
ここにも、夕呼先生の犠牲者がいた事に武は不思議な安心感を感じた。
「ああ、夕呼先生は興味のある実験対象だと、手段を選ばないからな」
そう、武が相槌を打つと今度はミコトが驚いた。
「へー、君も夕呼先生……香月夕呼博士を知ってるんだ?」
「おいおい、いい加減、その君って言うのは止めてくれ。俺はゴ……、いや、俺のことは武、たけるって呼んでくれ」
「たける、武だね。わかった、これからそう呼ぶよ」
「それで、夕呼先生のところに戻るって言ってたけど、具体的にどうするんだ?」
そう問われて、ミコトは少しだけ考える。
「んー、今は入院中って事になってるから、すんなり戻れると思うよ」
「でも、病院から逃げ出して来たんだろう?」
「大丈夫、結構いろいろなところに海底帝国からの移住者がいるから。軍の病院にも何人もいたから、アリバイ工作は頼んできたんだ。穂村さんは優秀だから、きっと巧くやってくれてるよ」
「……そ、そうなのか。そりゃあ、良かった」
「その他にも、ちょっとここでは言えないけど、偉い政治家なんかにも海底帝国出身の人たちが、何人もいるんだ」

(あれ、地上もう侵略されて……?)

一瞬そう思いかけた武だったが、気のせい気のせいと気を取り直して会話を続けた。
「軍の病院に入院って事は、尊人は軍人なのか?」
「うん、そうだよ。国連太平洋方面第11軍、第207衛士訓練部隊所属の訓練兵なんだ」
「衛士……訓練兵……」
それを聞いた途端、武の頭の中でさまざまな記憶が蘇ってきた。

ランニング。
射撃訓練。
総戦技評価演習。
クリスマス。
……。

(な、なんだこれ?)
(記憶に無いぞ)
(前の世界では、ゴジラのまま暴れまわって……)
(……ゴジラのまま死んだ)
(なら、この記憶は?)

「どうしたの武?」
ミコトが心配気に見上げていた。
どうやら、武はかなり長い時間考え込んでいたようだ。
「なあ、尊人、その、訓練兵の中に、お前の仲間の中に白銀とか、鑑って名字のやつ、いなかったか?」
「えっ?うーん、いないよ。基地全体でならそんな名字の人もいるかも知れないけど、少なくとも同じ訓練部隊だった人の中にはいなかったと思うよ。ええとね、御剣さん、榊さん、彩峰さん、珠瀬さん、それにボク。うん、やっぱりいないよ」
ミコトの口から出てきた名前を聞いて、武は凍りついた。
旧知の名前であるだけでなく、先日、武の処刑時の射撃兵として出会っていたからだ。
あの時の恐怖と絶望は、いまも生々しく思い出すことができる。

「それに、神宮司教官と、先に任官しちゃった涼宮さんに……」
「あー、つまり尊人は訓練兵としてあの……横浜の基地にいたから、すんなり戻れるって事なんだな?」
「うん、そうだよ」
「……」
ふむ。
武は、考えた。
夕呼先生、いや、夕呼から武が受けた仕打ちには確かに腹が立つ。
しかし、処刑までの一連の流れは今から考えると不自然だ。
何らかの意図があってした事ではないか。
ここは怒りを抑えて、ミコトを通じてもう一度、夕呼と接触を図るべきではないのか?
夕呼だけなら絶望的だが、神宮司教官というのは神宮司まりもの事だろう。
武の知る神宮司まりもと同一人物ならば、夕呼よりは誠実な対応が期待できる。

(まりもちゃんなら、きっと何とかしてくれる)

武は、そう結論した。


翌日、武たちは日本に向かった。
今日は、メガニューロ達だけでなく、鯨達も一緒である。
「お、この島だ。ちょっと待っててくれ」
武は、メガロだけを連れてその島に上陸した。
しばらくして……。
武とメガロは、三個の巨大な卵を持って還ってきた。

「海獣王様、いったいその卵は?」
当然のごとく、長老鯨から疑問が出される。
「わー、大っきいね。目玉焼き何万人分かな?」
ミコトは、コンコンと卵の殻を叩いて品定めを始めた。
「わっ、なんか中で動いた!」
子鯨は、卵の中で蠢くものを感じて逃げ去った。

「悪いんだけど、この卵3個、運ぶ手伝いをしてくれないか?俺一人じゃ、一度に3個も運べないからな」
武は、鯨達にそう告げた。
「その程度の事、造作もございません」
長老鯨が事も無げに答えた。
「何でも、もうじきこの島の火山が噴火するらしい。それで安全地帯へ運んでくれって頼まれたんだ」
「それは大事ですな。それで、どこへ?」
「ああ、日本だ」
そう言った途端、鯨達に緊張が走った。
不安げに、声を交し合う鯨もいる。
「どうしたんだ?」
「日本ですか……」
長老鯨の返事は歯切れが悪い。
それも当然だった。
何しろ、日本帝国は少し前まで捕鯨大国だった。
BETAの日本侵攻以後は、アメリカからの圧力により捕鯨を禁じたが、それまでは食糧不足を補うため、鯨を獲りまくっていたのだ。
日の丸を掲げた船は、鯨達にとって恐怖の的だった。

その日本へ行く。
到底、尾びれが動くものではない。

長老鯨から事情を聞いて、武も問題の深刻さに頭を悩ませた。
鯨が駄目ならメガニューロで運べば良いのではないかと思うだろうが、そうなると人間側が警戒するのは確実で、問答無用で攻撃してくる可能性さえある。
想像して欲しい。
鯨が卵を運んでくるからこそ神秘的な光景になるわけで、それが巨大なヤゴが卵を運んで来るという絵面では人間には不気味としか感じられないだろう。
やはり、ここは鯨達に運んでもらうしかない。
問題は、どうやって鯨達を説得するかだが……。

「みんな!どうしたのよ!?」
一頭の娘鯨が、皆の前に泳ぎ出た。
「海獣王様に、お母さん達を助け出してもらったのを忘れたの?」
「そうだよ。偽の海獣王にだまされてたお父さんたちの目をさまさせたのも、海獣王様じゃないかー!」
娘鯨に続いて、おなじみの子鯨が泳ぎ出て来た。
「今度は、ぼくらが助ける番だよ」

娘鯨と、子鯨の熱弁に鯨達は説得された。

「ですが、お運びするのは近海までですぞ」
長老鯨は済まなさそうに、そう告げた。
「いいって、俺だけだったら、3往復もしなきゃいけないところだったからな」
こうして、武と共に鯨達が運ぶ3個の卵は日本に運ばれることになった。


「よいしょっと」
武は、富士山が見える海岸に3個の卵を運び終えた。
そして、海の向かって高熱線と飛ばして合図をする。
「サンキューな」
沖合いで、水しぶきが二つ上がった。
娘鯨と子鯨のダイビングだった。

鯨達は元の棲みかに帰り、メガニューロ達はメガロに先導されて再び鉄源ハイヴに狩に向かった。

「じゃあ、頼むぜ」
武は、足元のミコトに声をかけた。
白昼堂々、正体不明の巨大な卵が3個、日本に向かってプカプカやって来たのである。
しかも、それを鯨達が運び、最終的にはゴジラが陸地まで運んだ。
これで、人間側に気付かれない訳が無い。
この状況で武が矢面に立てば、いらぬ争いになるだけだろう。
「うん、任せてよ。話すのは得意だから」
話すのはな、と突っ込みたいのを我慢して、武は湧き上がる不安を押し殺してザブザブと海の中に入って身を隠した。
(我慢強い人、来てくれよ)
そう願う武だった。

やがて……。

その場に現れたのは煌武院 悠陽、その人だった。



あとがき。

やっとBETAと戦いました。
長かった……。

海獣王編終了、次から陸獣王編かな?
それにしても、鯨の怪獣にロクなのがいない。
鯨じゃなくて、鯨怪獣で話を作ろうとしたんですが無理でした。
まあ、鯨って大きさだけは怪獣に準じてるからいいかな。



[12377] 第8話……目覚め編終了
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/01 21:53
第8話「和解」……目覚め編終了

政威大将軍、煌武院 悠陽にその報告が届いたのは、まだ夜が明ける前のことだった。
「卵……ですか?」
身支度を整えながら、報告を耳にした悠陽は首をかしげる。
だが、その卵の途方も無い大きさを聞いて頬を紅潮させた。
「……まさか!?」
急いで城内の統合指令室に駆けつけて、送られてきた映像を確認した。
「こ、これは……相違ありません」
「殿下、この卵に心当たりがおありなのですか?」
「ええ、亡きおばあさまより……」
悠陽はそう言い掛けて、口を閉ざした。
それは煌武院家の秘儀。
時が来るまで誰にも漏らしてはならぬと、きつく言い渡された祖母よりの遺言に反する事だった。
「ですが、ですが、早過ぎます」
誰にも聞かれないように、そう呟くと悠陽は目を閉じて沈思した。

「横浜の彼の者を呼び出しなさい」
「は?」
ようやく目を開いた悠陽からの意外な指示に、周りの者は困惑の表情を浮かべる。
「横浜の国連軍基地にいる御剣冥夜訓練兵を呼び出せ、と言ったのです」
「それは……」
「躊躇している暇(いとま)はありません。一刻も早く、この卵のある場所に駆けつけねばならないのです」
悠陽は、驚く側近達を尻目に将軍専用機で帝都城を飛び出した。


※※※


「御剣……さん?」
目の前に現れた悠陽を、冥夜と誤認してミコトは声をかけた。
悠陽は、砂浜に置かれた巨大な3個の卵を見上げた。
卵は星明りの中でも、その巨大な姿をはっきりと確認できる。

一つは何の模様もない白い表面の卵。
次は、その反対に黒い表面の卵。
最後に、淡い縞模様の表面の卵。

「やはり……」
そう口にした悠陽だが、他の卵より一回り大きい白い卵を見て首をかすかに傾げた。
「さて、これは……」

ミコトは悠陽に駆け寄ろうとして、その背後に屹立する紫の戦術機に気付いた。
「わあ、武御雷だ」
口にして、その意味に気付く。
「紫?」
ミコトは、悠陽と武御雷を見比べた。
さらに悠陽の身に付けた装束にも目がいった。
それは、即位式の時に悠陽が纏っていたものだった。
「え、それじゃあ……もしかして、悠……」
「久しいですね、美琴さま」
「あ、うっ、その」
しどろもどろになるミコト。
一応、正体は秘密なのである。
「ボ、ボクは……その……」
「あなたのお父様の鎧衣には、いつもお世話になっています」
「よ、鎧衣左近なんて……し、知らないよ」
言われてもいない、父親のフルネームをばらすミコト。
「ふふっ、隣国の王位継承権を持つお方を忘れる私ではありません」
公式には存在していないとされるシートピア海底王国を、あえて隣国と認める悠陽の心中は知れない。
確かに、幼い頃に父である鎧衣左近に連れられて初めて地上世界を訪れた時、まだ健在であった帝都京都のとある邸宅で二人はしばし交友した事実はある。
その短い交友を憶えているだけでなく、ミコトの正体を知ってもなお親しく声をかけてくる悠陽に、ミコトはどう応えていいか分らなかった。

そこへ、轟音と共に着陸してきた物体があった。
Gフォース所属のスーパーXと、帝都守備隊の戦術機部隊である。
競うようにそれらは3個の卵の周囲に着陸した。
その他にも、続々と部隊が集結してきた。

「殿下!」
「ご無事ですか?」
先着の部隊からわずかに遅れて着地してきた戦術機部隊から、拡声器越しの声が飛んだ。
それは斯衛部隊だった。
「お退がりを!」
「そこは危険です!」
斯衛部隊は、悠陽を退避させようと必死に呼びかけた。
だが、悠陽はそれに一瞥をくれただけでその場を動こうとはしなかった。
「遅い」
悠陽にしては、乱暴な言葉遣いで呟いた。
やがて戦術機とはあきらかに違う飛行物体が近づいてきた。
スーパーⅩ2である。
その後方には、なぜか斯衛の戦術機が4機従っている。
「ようやく来ましたね、冥夜」

スーパーⅩ2は、悠陽の乗ってきた将軍専用機の隣に着地し、中から御剣 冥夜が出てきた。
突然の出動に当惑しつつここまで来た冥夜だったが、機体から降り立った途端、悠陽の姿が目に入って凍りつく。
「姉……いえ、殿下」
「冥夜、よく来ましたね」
生涯それと名乗ることを許されぬ姉妹が、こうして予期せぬ出会いを果たした。
「殿下」
「冥夜」
……。
……。

「ごほん!」
いつまでも見つめ合っている悠陽と冥夜に、いつの間にかそばに来ていた真那が咳払いをして注意を促した。
「御下命の通り、御剣訓練兵をお連れ……じゃない、れ、連行いたしました」
そう真那の部下の一人が言うと、悠陽はくすりと笑った。
「おやおや、冥夜は咎人なのですか?」
「はっ、いや、その……」
しどろもどろになったその部下に、真那はため息をつきながらたしなめた。
「殿下の御前で張り切るのは良いが、もう少し力を抜け。この場合、お連れしましたで良いのだ」

「連れてきたのは、私たちなんだけどね。そっちは金魚のフンみたいにくっ付いてきただけじゃない」
「ちょっと、水月」
聞こえるように独り言を言ったのは、スーパーⅩ2から降りてきた水月である。
その発言に、先にスーパーⅩから下りていた遙は慌てて手をブンブンさせる。
ゴジラが来たわけでもないのにスーパーⅩ2を動員させられて、水月は面白く無かった。その正体に気付いているとはいえ、一訓練兵を運ぶためにスーパーⅩ2を使う必要は無いだろう。
その不平を、独り言としてつい漏らしてしまったのだ。

「貴様!」
「殿下の御前だぞ!」
「無礼は許さぬ!」
水月の言葉に、真那の部下達が気色ばんだ。

「あーら、何か聞こえたかしら」
涼しい顔で水月はさらに何か言おうとしたが、後ろから来た人物がそれを止めた。
「速瀬、煌武院殿下の前で見苦しい言動は止せ。斯衛の方々、私から部下の非礼はお詫びする」
深々と頭を下げた伊隅に、真那の部下達も出鼻をくじかれたのか矛を収めた。

そんな下々の諍いには興味が無いのか、悠陽は冥夜の横で巨大な卵を見上げている。
「……」
「……」
臣下から話しかける事は許されていないため、悠陽から問いかけない限り冥夜も声をかける事はできない。
「舞え、というのですね?」
「え?殿下?」
「貴女にも聞こえませんか?この卵からの声が」
悠陽に促されて、冥夜はじっと耳を澄ました。
「……、あ、確かに聞こえます」
「ならば、共に舞うのです」
悠陽と、冥夜は頷きあった。

「秘神楽『最珠羅』」
「秘剣舞『破斗羅』」

手にした鈴を打ち鳴らして、悠陽は静かに舞う。
皆琉神威を振い、激しく舞う冥夜。
静と動。
正反対の舞であると同時に、一対の舞でもある。

共に口伝のみ、一子相伝で伝えられてきた秘中の秘。
忌み子として、冥夜が御剣家に引き取られたと言うのは表向きの理由にすぎず、後継者が絶えようとしていた御剣家に伝わる秘剣舞の継承を行なう事が本当の理由だった。
全ては、この時のために。
二人にはそれが分っていた。

その二人の舞は、その場に居た全てのものの目を釘付けにした。
幽玄にして深遠。
華麗にして鮮烈。
初めて舞を共にしたにもかかわらず、二人の呼吸は長い年月を連れ添った者のようにぴったりと合っていた。

ここは海岸であり、聞こえるのは潮騒と風の音だけである。
だが、二人の舞を視るものには典雅な音曲が聞こえているように感じた。

淡く。
淡く卵が光り出していた。
その明滅は、明らかに二人の舞に呼応している。
それを見て、悠陽と冥夜はいったん舞の手を休めた。
「冥夜、見事です」
「姉……、殿下こそ」
頷き合う二人に対し、早く続きをとせがむように縞模様と黒色の卵が強く光を放った。
「続きを」
「はい」

二人の舞は再開された。
今度は、二つの卵が交互に光り、悠陽と冥夜を照らした。
歌は無く、無言の舞が続く。
鈴の音と、太刀が空を切る音。
光と闇。

そして、二人の姿は闇の中に消えた。
その鈴の音だけを残して……。


※※※


「……ここは?」
「いったい、何事が?」
気付いた時、悠陽と冥夜は真っ白な空間にいた。
その空間には、光以外のなにものも無く、自分自身の身体さえなかった。

【よく来てくれました】

何も無い空間に、なにものかの声が響いた。

「誰だ!」
「……」
とっさに悠陽をかばおうとした冥夜だが、かばうべき悠陽も自分の身体さえこの空間には存在しない事に気付き、悔しげに謎の声がした方向をにらみつけた。

【人の子よ、力を貸して欲しい】

「姿を見せよ」
冥夜は正体不明の声に苛立ちを募らせた。
「よい、冥夜。ここは、黙って話を聞きましょう」
「しかし……」
「よいのです。私たちがここに来たのは、この御仁に会う為なのですから」

【なるほど、人の子、いえ……伝世の巫女だけの事はありますね。我が正体を見抜いていましたか】

「はい、我ら日の本の民は、貴方たちの祖先と交わした約束を忘れてはいません」
悠陽は、誇らしげにそう言った。

【我らは親から子へと、直に種族としての記憶を受継ぎます。ですが、人は言葉や文字を介さねば、記憶を伝えられません。不便なことです】

「しかし、それも今日を迎える為です」

【良いのですか?もはや引返せませんよ】

「構いません。この国を、この星を守る為なら」
悠陽の決意に、冥夜は戸惑う。
代を重ねるうちに失われたのか、剣舞以外は冥夜に正しい伝承が伝わっていなかった。
なぜ、謎の声に従わねばならないのか?
だが、その疑問は悠陽を疑う事と同じだと気付いて、冥夜は己を責めた。
悠陽と共に舞っている時は、一身同体とも言うべき境地に至っていたはず。
それなのに、悠陽を、姉を信じずにどうするというのか。

「冥夜もいいですね?」
「はい」
疑いを抱いた後ろめたさもあり、即答する冥夜。
これから何が起こるのか、なぜそれがこの国を守る事につながるのか。
何一つ分らないままに、冥夜は同意してしまっていた。
それに対し、悠陽は何の疑問も呈さない。
御剣家でも、伝承が正しく受継がれていると思っていたからだ。
そもそも、それが為されていてれば断絶の危機など起こりえなかったのだが……。

【では、その命、預からせてもらいます】


※※※


卵を浜辺に置いてから、武は沖合いからじっと様子を覗っていた。
「むう、なんか光り始めたな」
遠すぎて、さすがのゴジラの視力でも浜辺で何が起こっているのかは分らない。
そのうちに、3個のうち小さめの2個の卵の周囲が淡い光に包まれたかと思うと、突然一切の光が消えてしまった。
「おいおい、これで終りか?」
散々待たせた挙句、これで事態が終結しそうになって武は肩透かしを食った気分になった。

だが、事態は終結ではなく、ここからが本番だった。

悠陽と冥夜が消えてしばらく、ようやく目を覚ました周囲の部隊が動き出した。
二人の舞に心を奪われていたいたため、二人の消失という異常事態にも殊の外ながい間気付かずにいたのだ。
灯火が一斉に灯され、慌しく部隊が行き交った。
それでも二人の姿を見つける事はできず、焦りだけが募っていった。

そこに大きな異変が起こった。
3個の卵のうち、小さめの2個の卵に亀裂が入り、中から巨大な物体がせり出てきたのだ。

「やっぱりな」
沖合いの武は、卵から出てきたものを見て大きく頷いた。
「モスラと、そしてバトラか」
縞模様の卵からはモスラ。
黒い卵からはバトラ。
それぞれ、一頭が誕生した。


※※※


「姉上、これは?」
あまりの事態に、我を失い、悠陽を姉と呼んでしまった冥夜。
「落ち着きなさい、冥夜」
「しかし、これは落ち着いている場合では……って、姉上、そ、そ、そのお姿は!?」
どう見ても巨大な芋虫から悠陽の声が聞こえてきた事に驚く冥夜だが、同時にその芋虫こそ悠陽であるとなぜか確信する冥夜だった。
信じられないが、本当だった。
「そなたも、同じような姿になっているのですよ、冥夜」
その芋虫、モスラに指摘されて冥夜は自分の姿を確認した。
明らかに人間以外の生物になってしまった事は、身体から伝わってくる感覚で分っている。
巨大な身体になった割に、その視点は低い。
自分の姿を確認しようとして、振り返って見たが良くわからない。
いまだ暗い闇の中という事もあり、バトラの暗い体色では周囲との区別が付かなかったのだ。
「バトラと言う名は、そなたも聞いた事があるでしょう」
悠陽の言葉に、こくりと冥夜は頷く。
聞いた事があるどころではない、それは伝承されてきた秘剣舞の名である。
ようやくここに来て、悠陽は御剣家の伝承が完全な形で伝わっていない事に気付いた。完全な形で伝わっていれば、自身がモスラやバトラになろうと慌てる事はないはずだからだ。
「そなたは、今、バトラと同一の存在になっているのです」
悠陽は、パニック状態から抜け切らない冥夜に冷静にそう指摘した後、こう言った。
「こうして、私がモスラになっている様に」

伝承によってこうなる覚悟を終えていた悠陽と違って、不完全な伝承しかされていなかった冥夜には、己がバトラになってしまう事など予想していなかった。
「このような事、聞いておりませぬ」
「やはり、そうなのですか」
「人が、このようなばけも……」
「冥夜!モスラ、バトラは共に聖獣なのです。化物などではありません」
悠陽は強い口調で冥夜をたしなめた。
「ですが……」

【いけません、全てを受け入れるのです。さもなければ……】

強い憂いを帯びた声が響いた。

「あっ、ううっ」
その直後、突然苦しみだすバトラ。
「誰だ?この気配は……ううっ」
冥夜の意識が急速に刈り取られていく。
なにものかが、冥夜の意識を乗っ取ろうとしていた。
「駄目だ、もう……」
抵抗もむなしく、冥夜の意識は闇の中に沈んだ。

《はっはー、やっと出られたぜ!!》
《動かせる身体があるのは、やっぱりいいもんだぜー!》

乗っ取られたバトラから発せられた第一声がそれだった。

「何者です?冥夜にその身体を返しなさい」
悠陽が、警戒しながら主が代ったバトラに呼びかけた。

《返す?》
《冗談じゃない。この身体はもともと俺のもんだ》

【バトラ、今はまだ貴方が表に出ていい時期ではありませんよ】

謎の声が、諭すようにバトラに話しかけた。

《やだね。せっかく表に出られたんだ》
《俺は俺の思う通りやらせてもらう》

【私の言うことがきけないのですか?】

《ああ、たとえ親でもあんたはモスラ、バトラである俺に指図は出来ない》
《思いっきり暴れさせてもらうぜ》

バトラはぐるりと辺りを見回した。
そこには、卵から出現したモスラとバトラに対する人間側の警戒網が敷かれていた。

《手始めに、小うるさいこいつらを片付けてやる》
「いけません!彼らは敵ではありません」
悠陽の制止の声を、バトラはせせら笑った。
《敵じゃなきゃ味方か?》
《笑わせるな、人間も俺にとって敵でしかないんだよ》
「人間よりも恐るべき敵がいるのにですか?」
《ううっ》
悠陽の問いに、バトラは一瞬ひるんだ。
《はん、異星から来た化物のことなら、人間を滅ぼした後で同じように全滅させてやるさ》
「そんな事を言って、BETAと戦うのが恐ろしいのでしょう?」
《なんだと!?》
バトラは、悠陽の挑発にやすやすと乗った。
《あんなやつら、怖いもんか!》
《その証拠に、今から行ってやっつけてきてやるよ!》

「ちょっと待った!!」

勇んでBETAに殴り込みをしようとしたバトラを遮るものがいた。

「そんなに行きたきゃ、俺を倒してからにしてもらおうか」
《あ、あんたは!?》
突然の乱入者にとまどうバトラ。
「ゴジラ……」
悠陽は、突然の武(ゴジラ)の出現に驚いたが、すぐに事態を理解した。
そして、武に懇願する。
「お願いです。バトラを止めて下さい」
「ああ、もとからそうする……って!」
バトラが武に突進してきた。
間一髪でそれを避けた武は、あやうく倒れそうになった。
「ふー、危ねえ。不意打ちとは、卑怯なやつだな」
《卑怯上等、油断してる方が悪い》
バトラはせせら笑った。
《怪獣王も大したことないな。あっさり倒しちゃって、俺がその称号もらってやるよ》
「ふっ」
意気込むバトラを鼻で笑い、武はカモンとばかりに手招きした。
《この!》
再びバトラは武に向かって猛突進を行なった。
ガシッ!!
今度は逃げず、武は真正面からバトラを受け止めた。
衝突の勢いで、バトラを抱えたまま数十歩分うしろに下がる。
足跡が轍となって二本の線を砂浜に刻んだ。

「な、なかなかやるな。だが!」
完全に静止する直前、武は腰をひねりバトラを力一杯放り投げた。
長大な放物線を描いてバトラは、海中に落下した。
しばらくして浮上してきたバトラは、気を失ってしまったのか、波に身を任せてプカプカ浮いている。

ひとまず、人間達との争いが避けられて、悠陽は安堵した。
「ありがとうございます、ゴジラ様」
悠陽は、モスラの身体を使って優雅に会釈してみせた。
「あ、ああ、自分の都合でやっただけだ。感謝されることじゃない。あのまま佐渡島あたりに突撃されると困るんでね」
武は、前の世界での事を思い出しながらそう言った。
前の世界で、武は佐渡島に殴りこんだ事があった。
結果は散々で、ハイヴの上層部で引き返す破目になった。
もちろん後日、復讐戦を挑んでハイヴは落としたが、その時の武がBETAというものを甘く見ていたと言うのは事実だ。

(あれは無茶だったなあ)
(まさか、あんなのまで居るとは思って無かったからな)

武は、さっきの威勢の良かったバトラを当時の自分と重ね合わせて、いたたまれない思いになった。

(なんというか、恥ずかしすぎる)
(無知ってのは、それだけで罪だ)

シートピア海底帝国がらみの経験を経て、武の心境は大きく変化していた。
一時は人間に対して敵意さえ抱いていたが、海底帝国の存在と実態を見聞して、武は決定的にこの世界の事を知らないのだと思い知った。
異星から来たらしい化物に関しても、この世界の歴史にしても、もっと情報が必要だった。
今後どうするかの腹案はあるが、それが正しい決断なのか、今の武が判断するには知らないことが多すぎる。
武は、この世界と自分の境遇に向き合おうと決意していた。

気が付くと、武は人間側の部隊に囲まれていた。
当然である、ゴジラが再び出現したのだから。
だが、前回と違って攻撃してくる気配というか、殺気が感じられない。
「どういう……、そうか、黙って帰るなら、攻撃しないってことか」
武は、傍らにいるモスラを見た。
攻撃してこない理由は、このモスラが一緒にいるからだろう。
まさか悠陽がモスラと同化しているとは思っていないだろうが、悠陽が聖獣とまで呼んでいた事から、モスラは人類の味方という認識があると考えられる。
「まあ、頼まれた仕事は終ったからな」
武は3個の卵に目をやった。
いまだに孵化する気配の無い一番大きな卵の中身は気になるが、無事に指定された場所に届けた以上、半分敵地のような場所に長居は無用だろう。
「じゃあな」
武は、身を翻して海に向かおうとした。

「お待ち下さい」
悠陽は、武の背に言葉を投げかけた。
「なんだ?味方になれと言うなら断る。と言うか、周りのやつらが承知しないだろう」
「いえ、力を合わせていただければ幸いですが、今は、せめて心づくしのおもてなしをいたしたく存じます」
「……」
はあ?と出掛かった言葉を武は飲み込んだ。
ゴジラをもてなす?
面白い冗談を言うお嬢さんだな、と武は思った。

「私からもお願いする!」
沖合いから、大声が響いた。
さっき放り投げたバトラが、浜辺に向かって泳いでいた。
「どうか、私たちに力を貸して欲しい、ゴジラ殿」
「正気に戻ったのですね?冥夜」
悠陽は、冥夜が意識を取り返した事を確認した。
「はい、ご迷惑をおかけしました姉……いえ、殿下」
「良い、これからは姉と呼びなさい」
「え?」
意外な悠陽の言葉に、バトラの動きが止まった。
「私はモスラ、そして冥夜はバトラとの合一という最高の秘儀を成し遂げたのです。これは、私たち姉妹が為した快挙。もはや冥夜が陰に甘んじる理由はありません。」
「殿……、あ、姉……上」
「これからは、姉妹二人、いえ、二頭力を合わせて戦って行きましょう」
「はい、たとえ人に戻れぬまま死すとしても、姉上と共に戦えるのならば悔いはありません」
「冥夜」
「姉上」
「……」
「……」

「あのさ、それなんだけど、人間に戻る方法、知ってるんだが…」
盛り上がっている二人に、済まなさそうに申し出る武だった。


※※※


その後、ミコトを通訳兼交渉人として、武は人間側と話し合った。
武はいくつかの条件を出し、それを夕呼にのませた。
その代わり、武が夕呼の研究に協力することと、前の世界で得た情報を提供する事になったが、これは覚悟していた事だから武としては了解できた。
いざとなればゴジラになればいいのである。
今回の体験で、武はゴジラになる方法を会得したと思っていた。

「OK、撃っていいぞ」
武の言葉を、スーパーXに搭乗しているミコトが翻訳して伝えた。
「撃っていいって」
「了解。副司令、陽電子砲使用許可願います」
伊隅は、夕呼に許可を求めた。
『いいわよ』
なぜかやる気のなさそうな夕呼の声。
「安全装置解除、陽電子砲発射!」
スーパーXから陽電子砲が発射された。
「よし、今だ!」
タイミングを合わせて、武も高熱線を放った。

二つの光の矢が、悠陽と冥夜の上空で交差する。

周囲は神秘的な淡い光に包まれた。
すでに武が体験している光景だ。
モスラとバトラの姿が透き通っていく。
そして、ゴジラの身体も朝日を浴びながら消えていった。

浜辺には、気を失って倒れている二人の少女と、その傍らに立っている少女と少年の姿があった。
そして……。



[12377] 第9話「訓練兵」……横浜基地編開始
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/01 21:55
第9話「訓練兵」……横浜基地編開始

「白銀はここで待て」
今、武の目の前には神宮司まりもがいる。
軍服に身を固め、多少不機嫌なことを除けば、武が元の世界で知っていた「まりもちゃん」本人にまちがいはなかった。
まりもは、武を待たせておいて自身は教室の中に入っていった。
これから、何が行なわれるかと言うと……。

「突然だが、貴様らの小隊に新たに配属されてきた者を紹介する」
礼と点呼、それと多少のやり取りの後、武はまりもに呼ばれた。
「いいぞ、入って来い」
「はい……」
武が扉に手をかけて、教室に入ろうとした時だ。
廊下の奥の方から、なにやら騒がしい音と声が聞こえた。
「あぎゃ~、……する~」
その音と声は凄い勢いで、こちらに近づいてくる。
「なんだ?」
「そこの人どいて~!」
ピンク色の塊がゴロゴロと轟音を立てて、武に突っ込んできた。
「どいて!どいて!あぎゃ~、ぢ~、ご~、ぐ~、ず~、る~~」
「た、たまか?」
「あぎゃ~!!」
「げふっ!!」
そのピンク色の塊は、ものの見事に武と正面衝突した。

「いたた」
「あぎゃう」
転校生と遅刻娘との衝突というゴールデンイベントを発生させた武は、痛みをこらえながら立ち上がった。
「気をつけろよ、いくら遅刻しそうだからって前はしっかり見ないと駄目だろ、た……」
たま、と言いかけて絶句する武。
なぜなら、たま、珠瀬壬姫の姿が武の知る姿と違っていたからだ。
元の世界のたまは、猫属性であり、その姿も首に鈴、お尻に尻尾の飾り物というどこからどうみても猫という姿だった。
だが、この世界のたまは……。
「お前、そそ、その姿は……」
「あぎゃ~、ごめんなさい。あとで、このお詫びはします」
たま……いや、壬姫は、手足を伸ばしてすっくと立ち上がった。
「でも、今は先に教室に入らないと。今度遅刻したら、副司令にまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまた、実験台にされちゃう~」
なにやら冷や汗を滝のように流しながら、壬姫は教室の中に入っていった。
まりもの怒声と、壬姫のなき声が聞こえ、教室の中は一気に騒々しくなった。

そして、壬姫が教室に入ってしばらくしてから、再度武を呼ぶ声がした。
壬姫が引き起こした騒動が、ようやく決着したようだ。
武は意を決して教室に入った。

不覚にも涙が出そうになった。

冥夜、委員長、彩峰、たま、尊人。

教室には、懐かしい五つの顔が揃っていた。
だが、先日の銃殺刑の光景がよみがえってきて武は手放しでは喜べなかった。
ミコトはいなかったが、ここにいる冥夜たちの手で武は銃殺されそうになったのだ。
その時の絶望感は、いまだに忘れてはいない。
そのため、緩んだ涙腺から熱いものがこぼれる事態が避けられたのは思わぬ幸運だった。
転入生がいきなり滂沱の涙では、危ない奴認定確実である。

「……というわけで、よろしく」
簡単な自己紹介をして一礼し、5人の様子をうかがう。
武を見る5人の表情はそれぞれだ。
冥夜は首をかしげているし、千鶴は不審者を見るような目つきで眼鏡のフレームをなぜかいじっているし、慧は関心がなさそうに窓の外に顔を向けているが時々目だけで武をチラチラと見ている。
壬姫はなぜか目をキラキラさせながら武を見ていて、首から下げた大きな勾玉に何かを呟いていて、ミコトは大きく手を振ってひとりアピールしている。
歓迎している者、していない者、半々(一人中立)だろうか。

「さて、今日の座学だが初心者もいることなので、ざっとした復習を行なう」
「そんな、今になって……」
「貴様らにとっては、三回目の内容だが、特別な事情ということで了解してもらいたい」
抗議しかけた千鶴の口を素早く塞いで、まりもは復習を開始した。

「……というわけで、ゴジラの日本への上陸は公式には二度しか確認されていない。一度目と二度目のゴジラは別々の個体だと確認されているが、親子などの類縁関係は不明だ。初代、一度目のゴジラを二度目のゴジラと区別するためにそう称するのだが、その初代の完全な細胞が残されていないためだ。当時、放射能が過度に危険視されて、剥離した肉片、皮膚などは全量を焼却後、海溝投棄したのと、死体がオキシジェンデストロイヤーで完全に溶解されていたためだ。ここまでのところで何か質問は?」
武は特に疑問を感じなかった。
ここまでの歴史は、武の住んでいた元の世界と同じだからだ。
ゴジラがいて、モスラがいる。
当たり前ではないか。
武は退屈で、眠気をもよおして来た。
「ほう、あくびとはな。そんなに私の話は退屈か?」
目の前に、元の世界では見たこともない怖い顔をしたまりもがいた。
ゴゴゴゴゴ!
という擬音と炎が、まりもの後ろにそびえているのが、武には見えた。
「貴様がいくらゴ……、『特別』とは言っても今はただの訓練兵に過ぎないという事を忘れるな!」
たとえゴジラになっていても、今のまりもちゃんにはびびる、武は心の底から恐怖した。

「……以上の経緯で対ゴジラ対策部隊、Gフォースが誕生し、BETA大戦勃発以後も部隊は維持された。そして……」
終了のチャイムが鳴った。
「ふむ、ちょうどいい切りだから、ここまでとしよう」
まりもは、教本を閉じた。
「榊、午後の射撃訓練の準備を頼む。白銀訓練兵は初心者だそうだ」
「なっ!……失礼しました。」
信じられない事実を告げられて、千鶴はめまいを感じた。
この時期の配属も異例なのに、さらに初心者とは!

昼食時間は、歓迎会と言う名の査問会となった。
「で、白銀、あなたのどこが『特別』なのかしら?」
いつも以上に眼鏡を光らせた上、フレームに時々手をやりながら千鶴は質問を発した。
「委員……、あー、いや、榊だったっけ?それは残念だが言えないんだ。香月副司令の命令でさ」
あくまで今日が初対面という演技を、武は続けている。
時々というか、かなりボロが出ている感じだが千鶴たちは本当に武の事を知らないので、演技はばれていない。
「身体、筋肉ついてる」
いつの間にか武の背後に立っていた慧が、武の背筋に触ってきた。
とっさに振り返る武。
「反応もいい」
それだけ言うと、慧はさっさと自分の席に戻った。

武の身体が鍛えられているのは、前の世界でゴジラとして方々をさすらった副産物である。
「ふーん、神宮司教官は初心者だって言ってたけど、まるっきりの素人って訳じゃなさそうね」
千鶴は、いくぶん表情を和らげた。
「ああ、体力って点ではそこらの兵士には引けを取らないと思う。ただし、銃はからっきしだ」
「ほんとだー。白銀さんの筋肉すごいねー。触ってもいい?」
「おう」
たまが触ってきたので、武はポーズをつけて腕に力を込めた。
「あはは、カッチカチ。カチカチだよ、白銀さん」
「ハハハ、誉めろ誉めろ。た……、ふむ、そうだ」
調子に乗って、たまのリクエストに応えていた武は何かを思いついたようだ。
「よし、珠瀬くん、これから俺のことをたけると呼ぶことを許す。その代わり、俺は珠瀬のことを、たまと呼ぶ。いいな?」
「えっ、そんな名前でなんてまだ早……」
「だめか?」
「う、うん。い、いいよ、タケル……さん(ぽっ)」
何を勘違いしているのか、たまは武の名前を呼ぶだけで頬を赤くした。

「はあ?!銃に触った事も無いですって!」
武が銃など実際に触れた事も無いと正直に打ち明けると、千鶴は辺りをはばからぬ大声を発した。
「本当なんだから仕方ないだろ」
「うそ。中学の軍事教練で銃の扱いは習う」
慧が、武を胡散臭そうな目で見た。
「そうよ、おかしいわよ。白銀っていったいどんなところで訓練してたの?」
「私も聞きたいな。それほどまでに身体を鍛え上げているのに、銃の扱いを習っていないとは、この戦時下で不可解だ」
今までじっと武の顔を見て、しきりに首をひねっていた冥夜も参戦してきた。
「その、なんだ……いわゆる研究所というか……」

「あはは、そりゃゴジラだったんだから、当たり前……むぎゅ」
あっけらかんと秘密を漏らしたミコトの口を、電光石火で塞ぐ武。
「おう、尊人。お前も知ってるよな、国連の秘密研究所で同期だったんだから」
一瞬でミコトの経歴を偽造し、悪ふざけをしているように見せかけた。
「国連の研究所?」
「それも副司令がらみなのか?」
千鶴と冥夜が、疑問を口にする。
「ああ……まあ、そう思ってくれていい。あ、これも秘密な」

「胡散臭い」
武にとっていい流れになってきたのを、慧は小声で否定した。
ピピピ。
慧は、どこかと交信を始めた。
(……検索完了)
(そんな研究所、データベースに存在していない)
(白銀武は……死亡してる)
(この男、何者?)
ようやく武に興味をいだき出した慧であった。


そして、射撃訓練の時間になった。
当然、武たちは射撃場に来ているわけだが……。

「あー、御剣訓練兵。それは何だ?」
まりもは、冥夜の足元にいる物体を見て自分の目を疑った。
「はい、教官殿。彼らはモスラとバトラであります」

「……」

「すまん、御剣。もう一度言ってくれ、聞き違えたようだ」
ぐらりと崩れかけた体勢をなんとか持ち直して、まりもは再度質問した。
「ですから、モスラとバトラです。自室で待機させていましたが、運動不足になると思い、同行しました。ちなみに、基地司令の許可はすでに得ております」
冥夜は、自分の足にじゃれついているモスラを抱き上げた。
「モスラ殿、我が隊の教官です」
「ピルル」
体長40センチほどの小型モスラは、まりもに向かってお辞儀をするような仕草をした。
「『初めまして』と言っています」
冥夜が通訳をする。
「ピル」
足元のバトラ、これも40センチ程度の大きさなのだが、彼も頭をまりもに向けて鳴き声を発した。
「バトラは『押忍』と言っています」
「そ、そうか……」

まりもは今度こそガックリと膝を突いた。
焦点の合わぬ遠い目をして、ぶつぶつと何事かをつぶやく。
「今度はモスラ、モスラ来ちゃった」
「おまけにバトラも……」
「ただでさえゴジラが増えて頭が痛かったのに……」
「だから嫌だったのよ」
「それを夕呼が無理やり……」


なぜ、モスラとバトラがこの基地に居て、しかもこんなミニチュアサイズとなってしまっているのか?
その謎はこの後、徐々に明らかになっていくのだがここでは簡単な経過だけを明かしておこう。

悠陽と冥夜が人間の姿に戻った時、二人の側に寄り添うように小型のモスラとバトラの姿があった。
驚く悠陽たちに彼らは説明した。
本人たち曰く、自分たちはモスラとバトラである。
なぜこんなに小さくなってしまったのか、自分たちには分らない。
しかし、必要な時にはまた元の姿に戻れる事はなんとなく分っている。
だから、しばらく面倒を見て欲しい。
その要請に応えて、冥夜が二頭を預かる事になった。
なぜ悠陽の方は駄目だったかと言うと、帝都城で元のサイズに戻った時のことを想像してもらえれば、容易にその判断が正しい事が分るだろう。
どんな条件、どんな時に元のサイズに戻れるかまでは分らないため、広い荒野が基地の外に広がっている横浜基地の方が都合がいいだろうという事になったのだ。

それはともかく、まりもの精神状態はどうなったのだろうか。

「まあ、前から同じようなのがいたから、それが増えただけ」
「……でも、考えてみれば夕呼が怪獣みたいなものよね」
「いいえ、どんな怪獣でも、夕呼よりはまし」
「うん、うん、問題点にさえ目をつぶれば、みんな素直な子たちじゃない」
「よし、頑張る」

長い長い独り言の末、まりもはすっくと立上がった。
ようやく色々な事が吹っ切れたようだ。
「よし、射撃訓練開始せよ」
張り切ってそう号令をかけたが、まりもの前に訓練兵たちの姿はすでに無かった。
「あれれ?」
まりものいつもの発作が始まったと判断した千鶴の指示により、武たちはさっさと射撃訓練を始めていたのだ。
「待ってー!置いてかないでよ」
彼女は基本的にはいい教官なのだが、時々起こるこのような発作だけが問題である。


「いいですか?タケルさん、よく見ていて下さい」
素人である武の射撃指導を買って出た壬姫は、手本を示そうと前に進み出た。
「ちょっと珠瀬、あなたが手本って……」
「そうだ、珠瀬より……」
「ニヤリ」
「あ、でっかいオタマジャクシ」
壬姫は武にいい所を見せようと、一部の反対を振り切って射撃体勢に入った。
「いきます」
すう。
大きく息を吸い込んでためを作り、小さな口を思い切り開けた。
その口の中には、小さな火球が生まれ……。

「あんぎゃーー!!」

可愛らしいおたけびと共に、壬姫の口からプラズマ火球が発射された。
火球は一直線に的に突き刺さり、土台ごと的を吹っ飛ばした。
「やったー!」
壬姫はえへんと無い胸を反らした。

それを見て、しばらくあっけに取られていた武だが、気を取り直すと千鶴にたずねた。
「委員長、解説を頼む」
生身の人間?が火球を口から発射するなど、どう考えてもおかしい。
武は自分の事は大きく棚に上げて、そう思った。
「なあに?私に言ったのかしら?」
「ああ、委員長……、すまん、榊だったな」
「全く、人の名前も憶えられないのかしら。まあ、いいわ……」
千鶴は、早くも武に関して諦める部分を見つけたらしい。
「珠瀬に関しては、解説も何もないわ。見ての通りよ」
「見た通りって……」
武は改めて壬姫の姿を見た。

武は今まで見て見ぬ振りをしていた、壬姫の姿を直視した。
まず、頭部は元の世界と変りは無い。
ピンク色の髪とどうやって維持しているのか分らない知恵の輪が組み合わさったような髪型はこの世界でも健在だった。
いつも首から下げている大きな鈴が、この世界では勾玉に変わっているがそこは大した問題ではないだろう。
しかし、その下に目を移すと大きな問題が存在する。
特に背中とか背中とか背中だ。
なぜこの娘は、亀の甲羅のようなものを背負っているのか?
すみません。
『ようなもの』では無く亀の甲羅そのものです。
それも、トゲトゲの。
……。
どう見てもガメラの甲羅です。

「そりゃ、ガメラなら火を吐くよな」

武は、ようやく現実を認めた。




[12377] 第10話「歴史」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/02 20:31
第10話「歴史」

「で、問題は『なぜ』『たま』が『ガメラ』になっているのか?だ」
武は、果敢にその謎に迫ろうとした。

「なあ、委員長……いや、榊、たまのことなんだが……」
「さっきから気になってたんだけど、その委員長って、なに?」
「それは、あだ名って言うか……それより、たま……」
「白銀、あなたもさっさと射撃訓練を始めなさい」
「いや、たま……」
「ギロリ」

「尊人、お前なら知ってるよな」
「あっ、カエル」
「たまがどうして、あんな姿をしてるのか?」
「すごい、ウシガエルだよ。今は滅多にいないレアものだ!」
「だから、カエルじゃなくてガメラなんだよ、ガメラ」
「やった、捕まえた。今夜は久しぶりに天然ものだね!」

「彩峰」
「ピピピ」
「あの、彩峰さん?」
「ユンユン、ユンユン」
「たま……」
「今、交信中。いそがしい」

「冥夜……いや、御剣ならきっと答えてくれるよな?」
「ふむ、珠瀬の件か……」
「おお、知ってるんだな」
「それは……、いや、駄目だ。やはり私の口からは言えない」
「そこをなんとか」
「『香月副司令』、これで察するがよい」

このように4人に逃げられ、あとは壬姫本人に聞くしかない。
だが、4人の露骨な逃げっぷりを見た後では、怖くて本人には聞きにくい。
そこで武は、まりもをロックオンした。

「神宮司教官、質問があります」
「なんだ?白銀」
「珠瀬のことです……って、どこかに行かないで下さい!」
発作から回復したばかりのまりもに、武は情け容赦なく疑問をぶつけた。
「聞くな」
「いや、聞きますよ。もう教官しか聞く人残ってないんだから。たま……珠瀬のやつ、なんでガメラになってるんですか?」
「……」
「教官……?」
武は気付かなかったのだが、ガメラという言葉が出た途端、まりもの目から光が失われ、その口から魂的な何かが抜け出していた。
再度うずくまらなかったのは、教官としての最後の矜持だろう。

「ガメラ……」
「ゆうこがガメラを……」
「珠瀬が、珠瀬が……」
「違う、違う」
「私のせいじゃない……」

突っ立ったまま遠い目をして、再びぶつぶつと何事かを呟き出したまりも。
それを見て、事態の闇の深さを見た思いの武だった。
「むー、駄目か。もう、聞かない方が良さそうだな」

「そうじゃないよ。モスラちゃん」
「ピ、ピル?」
「こうだよ。あんぎゃー!!」
「ピピル!!ピ!」
「『また当たった。凄い!』と言っている」
「御剣さん、通訳は必要ありません。モスラちゃんとバトラ君の言葉はだいたい分ります」

いつの間にか、射撃訓練に参加している小モスラと小バトラを横目に、武は壬姫に関する疑問は先送りしようと決心した。
どうせ夕呼が絡んできた時点で、ろくでもない事情と決まっているからだ。


その夜、武は夕呼に呼び出されて横浜基地の地下深くにある一室に来ていた。

「なんか、もう、いろいろと疑問だらけです」
武は深いため息と共に、そう夕呼に打ち明けた。
「質問したいのは、こっちの方なんだけど……仕方ないわね、先にこの世界の事を知ってもらう必要があるようね」
「あ、それ助かります。ゴジラ関係の歴史は習ったんですが、BETAって言いましたっけ?あいつらに関する情報って軍隊の中でも制限されてるみたいで、委員長……」
「委員長?」
「あっ、榊の事です。元の世界では、そういうあだ名だったんです」
「……」
その話題には興味がないのか、夕呼は無言で先をうながした。
「榊にBETAに関する事は、口にするな、質問などもっての外と言われました」
「ウフフ、あの娘ならそう言いそうね」
「ついでに、ゴジラ関係の情報も極秘事項だって注意されましたけど、どういう意味なんですか?」
武は、ゴジラに関しても千鶴たちに聞けなかった事を思い出した。
まりもから講義を受けた年代までは、元の世界とこちらの世界とはゴジラに関する限り、ほとんど同一の歴史だった。
こちらのゴジラと元の世界のゴジラの暴れっぷりが同じなら、日本人でゴジラを知らない者はいないだろう。
それならば、ゴジラの情報を隠す意味はないはずだ。
「……そうか、白銀がいた世界にはBETAが来なかったんだったわね」
「はい。その代わり、毎年のようにゴジラが上陸してた時期がありましたけど」
「それはそれで大問題よね」
「まあ慣れです。そのおかげって言うか、早期復興の必要から日本の建築技術は世界一になりました」
「あなた自身は、ゴジラを見た事はあるの?」
「はい、ニュースでは嫌になるほど見てます。直に見たのは遠くからですけど、ええっと、三度かな?それに小さい頃で憶えてないんですが、住んでた家が踏み潰されたそうです。ゴジラ保険が下りて、今の場所に建て直し出来たそうですが」
「あらら、結構大変な世界なのね」
夕呼は武の世界の状況を知って、考えを少し改めた。
BETAがいないという状況から、戦争の無い世界で平和ボケした人間しかいない状況を想像していたのだが、どうやら大きく様相が違うらしい。
ゴジラに何度も襲われているというのは、何度も戦争をしているに等しい。
つまり、この世界の日本とそんなに状況は違わないわけだ。

(こいつの妙な落ち着きっぷりも、案外そういう所からきているのかもね)

夕呼は、目の前にいる少年に対する認識を修正する必要を感じた。
人間でありながら、ゴジラに変身してしまうという馬鹿げた状況を、わりとあっさりと受け入れてしまっている事は、普通では考えられないのだ。
発狂するか、心を閉ざすか。
夕呼自身が手を染めた過去の実験からも、それは証明されている。
まあ、若干一名の例外はあるが。

「ああ、そうだわ、アレがあったわね」
火星でのBETA発見、月での交戦の説明が終り、次は地球でのBETA大戦の始まりという段になって、夕呼は何かを思い出した。
「確か資料の中にあったはず……、あった、これね」
夕呼は手元の端末を操作して、何かを探し当てた。
しかし、夕呼の顔になぜか落胆の表情が浮かぶ。
「……への閲覧許可要か。少し面倒ね、ふう……いい加減眠くなったし……」
小さなあくびを手で隠して、夕呼は武に告げた。
「続きは明日ね」


翌朝。

武は起床時間よりずいぶん前に目が覚めた。
やることも無く、暇つぶしにグラウンドに出ると、冥夜が木刀を手に素振りをしていた。
それを見て、武は今回の世界でゴジラになった直後、人間へのアピールとして煙突で冥夜の素振りを真似た事を思い出した。
何とかそれが通じたため、夕呼からの接触を引出せたのだ。
その意味では、冥夜は武の恩人だと言える。

「おう、早いな冥……御剣」
冥夜と言いかけて、武は言いなおした。
「そなたもな、白銀」
白銀と呼ばれる事に武は違和感を覚えたが、今はしかたがないと思い直した。
この世界の冥夜にとって、白銀武は昨日会ったばかりの他人に過ぎないのだ。
「それ、貸してもらっていいか?」
武は冥夜に木刀を貸してもらえないかと頼んだ。
「いいだろう」
「え?いいのか?」
「うむ」
あっさりと冥夜が承諾したので、武の方がとまどった。
「白銀がどのような剣法を使うのか、興味がある」
そう理由を明かされて、武は慌てた。

(確か無限……軌道、いや鬼道流だったかな?)
(ここで、それを見せていいのか?)
(限られた者にしか伝授されない奥義だって、言ってたような言ってなかったような……)
(ええい、ままよ!)

武は木刀を振るった。
「むっ!」
その動きに、冥夜は我が目を疑った。

(こ、これは紛れもない我が流派の……)
(だが……)

その太刀筋は未熟であり、お世辞にも誉められたものではない。
もし冥夜の師匠がこの場にいれば、容赦なく修行のやり直しを命ずるだろう。いや、稽古をつけてさえくれないかもしれない。
しかし、冥夜は武の素振りから目が離せなかった。

(荒っぽい)
(だが、隙がない)

「白銀、誰にその剣を習ったのだ?」
たまらずに、冥夜はそうたずねた。
先程から、頭の中で剣を幾度も打ち込んでいるのだが、そのことごとくを防がれるイメージしか浮かんでこない。

(有り得ぬ)
(この気あたり、達人のものとしか)
(だが、あまりに未熟)

剣技と実際の実力とのあまりのギャップに、冥夜は混乱していた。

「いや、習ったわけじゃない」
武は木刀を冥夜に返し、正直に打ち明けた。
冥夜には、この件で嘘を付きたくなかったからだ。
「これは、俺の知ってる奴が稽古をしていたのを見よう見まねで……」
「その者、いや、その方の名は?」
性急な冥夜の問いに、武は答えられない。
と言って嘘はつきたくない。
「誇り高く、最後まで己の信じる道を貫いた。そんな奴だったよ」
知らずにそんな言葉が、武の口を突いて出ていた。
武の脳裏に、オリジナルハイヴにおける冥夜の最後の言葉がこだました。
だが、それは本来は今の武が知らない光景、言葉だ。
故にそれらは武の意識の表層にまで浮かび上がらず、つかの間のこととして消え去った。

「……そうか、亡くなられたのか」
武の顔に浮かんだ悲痛な色を見て、冥夜はそう悟った。
「残念だな、いつか一手ご教授をと思ったのだが」
その相手が、まさか異世界の自分自身だとは思いもよらない冥夜は大きく落胆した。
「いや、死んでないぞ」
冥夜の誤解に、武は慌てた。
「しかし……」
「すまん、誤解させるような言い方だったな。なにしろ、ある意味もう二度と会えないかも知れない奴なんで、ついな」
「ある意味?」
「……」
失言の連続である。
どうも冥夜と話していると、どんどんぼろが出てくるのを武は感じた。
「現実ってやつだよ。その、身分違いの何とか……。すまん、忘れてくれ」
さらに失言っぽい言い訳を重ねそうになり、武は口を噤んだ。
「構わぬ。誰にでも人に言えぬ事情はある」
冥夜は、ほのかな共感を武に感じた。
冥夜自身も、つい先日、人に言えぬ秘密を背負ったばかりである。
「そう言ってもらうと助かる。俺って、秘密だらけだから」
くすりと冥夜が笑うと、武もそれに釣られて笑った。

ゴジラである武。
バトラである冥夜。

相容れぬ立場であるはずの両者が仮初の身であるとはいえ、つかの間、心を通わせた瞬間だった。


「おし、完了。何分だった?」
銃の分解、組み立てを完了した武は、千鶴が持つストップウォッチに目を向けた。
「まあまあね」
千鶴は少し驚いた表情を浮かべる。
「本当に素人なの?」
「ふっ」
「タケルさん、凄いです。私より早いかも」
壬姫が賞賛の声をあげた。
「うわはははは、誉めろ誉めろ」

得意になった武だが、これには理由があった。
前の世界で、ゴジラとして世界を彷徨った武だが、なんとか必要な情報を得ようと捨てられていた機械類を分解するという事を思いついた。
最初は失敗の連続だったが、ゴジラの手に適した道具を見つけられたことでその試みは大きく前進した。
とある場所にある、山岳をくり抜いて作られていた秘密基地っぽい場所にその道具はあった。
その基地を家捜しした結果見つかった器具の幾つかが、なんとゴジラの手でも扱える事が分ったのだ。
武は不思議に思ったが、使える物は使おうと決意し、その器具を使って戦術機やその他のものを分解しまくった。
数をこなすうちに分解、解体の技術は向上し、ついには、放棄された基地を丸ごと解体などという事もやってのけた。
不自由なゴジラの手では、さすがに組み立てまでは不可能だったが、このような理由で分解する事には熟練しているので、組み立て方を会得するのは容易だったのだ。

「おっしゃー、今度のタイムは?」
調子に乗って、何度も銃の分解、組み立てを繰り返す武。
「今度は5秒短縮だ!すごいよ、タケル」
「ほんとだー。凄いですー!」
千鶴が持つストップウォッチをのぞき込んだ尊人と壬姫が、賛嘆の言葉を発した。
「はははははは、もっと誉めるが良い」
誰かさんの下手な口真似をするほど有頂天になった武だが、次の慧の言葉で奈落の底に突き落とされた。
「部品、余ってる」
机の上にある、小さなビスを慧は指差した。
「へ?」
間抜けな声と共に、組み立てたはずの銃が武の手の中ではじけた。
銃だった物は、一瞬でバラバラの部品となって机の上に散らばった。

一息おいて、周りに居た者から爆笑が巻き起こった。
「『特別』って、そう云う意味だったのね」
笑い転げながら、千鶴は納得したのだった。


その夜。
またも武は夕呼に呼び出されていた。
扉の前に立つと、武は息を整えた。
実を言えば、今でも夕呼の顔を見ると激しい怒りが湧いてくるのだ。
最初の接触の直後、危うく銃殺されそうになったことを武は忘れていない。
昨夜のように一対一の状況であれば、たとえ夕呼が拳銃を持っていても、今の武には夕呼を殺すことはさほど難しいことではない。
だが、今の段階で夕呼を殺すことは武にとって何の利益ももたらさないどころか、やっと手に入れた立場や待遇を放棄するに等しい。
そこで、湧き上がる殺意を抑えるための準備が必要になるわけだ。

「どうしたの?さっさと入りなさい」
そう言われて、武は自分が部屋の入口で突っ立っていることに気付いた。
どうやら精神統一に時間をかけすぎたようだ。
「それとも、どうやって殺してやろうとか考えてた?」
「!」
図星をさされた武だが、この程度で気合負けすることはない。
「いったい、誰をですか?」
部屋の中を見回して、首をひねりながら武は夕呼に歩み寄った。
「さあ?誰かしら」
互いに白々しくとぼけ合う様子に、夕呼の隣にいた霞が恐怖のあまりブルブルと震えた。

「1973年4月19日、中華人民共和国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが落着。人民解放軍がただちに攻撃を開始するも……」
昨夜の続きから夕呼は説明を始めた。
「……こうして、着陸ユニットまであとわずかに迫りながら人民解放軍は敗退したの。ただ一種のBETAが新たに出現したためにね」
「なるほど、あの光るやつは光線級って言うんですね。でも、あいつがそれほど脅威だとは思えないんですけど」
武はゴジラとして、前の世界で実際に戦った経験からそう疑問をいだいた。
「数十体で集中攻撃をくらったら、そりゃ少しは堪えますけど、致命傷にはならなかったですよ」
「軽く言ってくれるわね。よほど頑丈な身体をしてる証拠ね。詳しいデータを取りたいところだけど、契約上、白銀の同意が無ければこれ以後実験できない事になってるからしょうがないわね。残念だわ」
「必要なら同意しますよ。でも、こちらの要求も一つ増えますけど」
「予算が無いのよね。はあ」
わざとらしく大きなため息をつき、夕呼はちらりと武を見た。
「騙されませんよ」
「ちっ」
聞こえるように舌打ちしてから、夕呼は説明を続行した。

「……で、ソビエト中国連合軍が敗退を繰り返すさなか、第二の着陸ユニットが落着したの。場所はここ、カナダのアサバスカ」
夕呼は地図で場所を示すと、武にこう聞いてきた。
「この場所に、憶えはないかしら?」
「カナダですか?いいえ、行ったこともありません」
元の世界、前の世界を通じて武は北アメリカを訪れたことは無かった。
「そう、なら今から見てもらう映画を見終わったあと、何か思い出したら言ってくれるかしら。社、用意お願い」
「はい、博士」
霞が部屋の隅に置かれていた映写機を操作するため、夕呼の側を離れた。
その間に、夕呼は天井からスクリーンを下ろした。
「白銀、そこの椅子に座って」
言われるまま武は、やや大きめの椅子に腰掛けた。
ところどころに怪しげな丸や四角が埋め込まれているが、まあご愛嬌だろう。
「博士、用意できました」
霞の声に、夕呼は部屋を出て行く、こういい残して。
「見終ったら、そのまま帰っていいわよ。私ももう寝るしね」

室内の照明が落とされ、カタカタという音と共にスクリーンに映像が投射された。
その題名はこう読めた。

『アサバスカの真実』


※作者注

次回の第11話は、「『序章』の第1話から第8話」までとほぼ同じ内容です。
すでに『序章』をお読みの方は、スルーして第12話に進むことをお勧めします。
第11話の変更点は、単なる辻褄合わせですが、そんな前の話忘れちゃったという方は、読まれたほうがこの後の話を理解しやすいかもしれません。



[12377] 第11話 序章「アサバスカの真実」(改訂版)
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/02 20:36
序章「アサバスカの真実」(改訂版)

1.「招かれざる者たち」

1974年7月6日カナダ、サスカチュアン州アサバスカにBETAユニット落着

アメリカ合衆国大統領は直ちにBETA落着ユニットに、戦略核攻撃を命じた。
だが…。

「バカな、無傷だと!!」
唖然とする兵士、将軍、政府高官。

「ええい、再度攻撃だ。ありったけの核をぶち込め!」
大統領の獅子吼に、再度攻撃がなされた。
だが、再度無傷の威容を現すBETA落着ユニット。

「…」
さすがに、三度目の攻撃をためらう大統領。
その大統領に、更なる緊急報が届いた。

「西海岸に巨大モンスター上陸!」
「モンスターだと?」
いぶかる大統領。
「別の落着ユニットではないのか」
「いえ、巨大な、とにかく巨大なモンスターが突如出現したのです」

同時に2箇所で始まった危機。
大統領は、BETA落着ユニットに対しては新たな作戦を練る時間が必要と見て、新たに出現したモンスターの対処を優先することにした。
「よし、西海岸を先に片付ける。モンスターとやらの詳しい情報が欲しい。せめて写真は無いのか?」
そこへタイミングよく、偵察機からの報告が入ってきた。
「映像出ます」
大統領たちの前にあるスクリーンにモンスターの姿が映し出された。
「オー」
その姿は一口に言って、モンスターとしか言いようのないものだった。
現生動物であえて例えるなら、それはイグアナに似ていた。
だが、イグアナとは比較にないほど巨大であり、だいいち直立歩行するイグアナなど聞いた事がない。
それよりも例えるにふさわしい対象があった。
「恐竜?まさか、生き残っていたのか……だとしても大きすぎる」
実際、その姿は化石で知られる肉食恐竜に似ていた。
生き残っていた恐竜がいて、何らかの理由で巨大化したというのだろうか?
バカな、と一笑に付したいところだが、目の前の現実がそれを許さない。
偵察機は執拗にそのモンスターの周囲を周回しているようで、モンスターはしきりに偵察機を気にしている。
ついにはその長大な尾を振り回して、偵察機を落とそうとし始めた。
もちろん偵察機はモンスターと十分な距離を取っており、その攻撃は届かない。
それをいいことに、挑発するように偵察機はモンスターにぎりぎりまで近づく事を繰り返し始めた。
ごつごつした黒い体表、首筋から尻尾まで続く大きな背びれの列、凶悪な鉤爪を持つ前脚。
そのモンスターが放つ禍々しさが次第に明らかになっていく。

偵察機が、モンスターの姿を正面から捉えた。
モンスターが、悔しげに咆哮…。

その瞬間、偵察機からの映像は途絶えた。

「なんだ、どうした?」
「故障か?」
室内がざわつき始めた時、映像が復活した。
それはどうやら別の偵察機からの映像のようで、画面の端の方にモンスターが位置し、別の端に何かの煙がたなびいていた。
その煙は、地上にある何かの残骸が盛んに燃え上がる炎から出ていた。
「まさか…」
その残骸が何なのか、誰も指摘したがらなかった。

州軍の戦車部隊が出動してきた。
旧式の装備だが、恐竜と推測できるモンスターには対抗できると思われた。
一斉に砲撃を開始する。
だが、モンスターはびくともしない。
ちんけな攻撃で俺を馬鹿にするのかと、大きな咆哮を発した。
いや、それは単なる咆哮ではなく、凶悪な威力を秘めた息吹だった。
モンスターの口から発された炎、そう、高熱の炎は戦車部隊をあっという間に包み込んだ。

そして、その炎が消えた後に残っていたのは…。

「オオ、ゴッド!!」
「ジーザス!」
「サノバビッチ!」

ドロドロにとけ去った戦車の残骸だった。

この時点で、大統領は州軍の撤退と、陸軍の出動を命じた。


西海岸に上陸した存在は、なぜ自分がこの地にいるのか分らなかった。
だが、この地には敵がいる。
それも不倶戴天の敵だと、本能が告げていた。
彼は本能の導くままに、歩を進めた。
目指すは北、人間どもがアサバスカと呼ぶ地である。




2.「上位存在」


1974年7月6日カナダ、サスカチュアン州アサバスカにBETAユニット落着。

同日、西海岸に巨大モンスター出現、アメリカは同時に現れた二つの強大な敵に震撼した。

「ゴジラ」
ウイリアム=グレイ博士は、いきなりそう言った。
「は?」
グレイ博士を招聘した当人である、大統領でさえ当惑した。
「あの、モンスターの名前だよ。あれは、ゴジラという」
断言する博士に、誰もが疑念をいだいた。
なぜ物理学の権威であるグレイ博士が、おそらく恐竜であろうあのモンスターを知っているのか?
誰もがそう思ったはずだ。
「かつて、極東の島国をあのモンスターと同種のモンスターが二度襲っている」
「まさか!?いや……そう言えば引継ぎ事項の中に、それらしきことが……」
記憶の糸を手繰る大統領だが、それを待たずにグレイ博士は自分の話を続けた。
「当時、その島国である日本帝国に留学していた私は、暴れまわるモンスターの姿を直に見ている。日本人は、あのモンスターを『ゴジラ』と名づけた」

「なるほど、あれがゴッズィーラですか」
「違う、ゴジラだ。発音には気をつけたまえ」
平気で大統領をしかるグレイ博士に、その場が凍りついた。
「ははは、失礼しました。ゴジラ、これでよろしいかな」
大統領は、その場の空気をすばやく察して、あえてグレイ博士の機嫌をとった。
変人として有名なグレイ博士を、苦心して招聘した大統領としては発音の違い程度で機嫌を悪くされては堪らない。
「うむ、それでよろしい」
こうして、この問題では大統領さえグレイ博士に従う姿勢を示したことで、以後、グレイ博士がゴジラというモンスターへの対策を主導することになった。

「1954年当時の日本帝国は非常に閉鎖的でね、ゴジラの存在とゴジラがもたらした被害を隠蔽したのだよ。ソビエト連邦との冷戦下で、敵に弱みを見せたく無かったとも、ゴジラの兵器転用の可能性を探ったためとも言われているが、詳しい事は分らん」
「なるほど、あの国の情報面での閉鎖性には今でも苦労させられていますからな」
「私が帰国する時には、ゴジラのことは他言するなと念を押されたよ。漏らせば、家族がうんぬんと脅かしてきた。あれだけの大事件、隠せるわけがないのにな。だが、それはいつの間にか本当に忘れられてしまった。1958年の火星での出来事のせいでな」
「BETAの発見は、当時大騒ぎでしたからな」
その後、ゴジラがみたび出現したとの情報は無く、日本帝国の情報隠蔽工作の効果もあり、ゴジラの存在はBETA問題の陰で忘れ去られていった。

「そのゴジラが、なぜ今になって姿を現したのか…」
周囲に誰もいないかのように、グレイ博士は思考の海にその灰色の脳を投じた。


ゴジラと呼ばれることになったモンスターは、北上を続けていた。
しかし、一路アサバスカを目指していたわけでは無い。
エネルギー補給のため、全米各地の原子炉を襲っていた。
すでに5箇所の原子力発電所を襲い、10基以上の原子炉を破壊していた。
そして、吸収したエネルギーに比例して、当初50mだった体高はすでに100mに達しようとしていた。
ゴジラが行くところ街は燃え上がり、軍隊はその無力を思い知らされ、人々はただ逃げ回るしかなかった。
ゴジラに対する核攻撃は、放射線をエネルギーにしている可能性、いや、事実が指摘されたためにいまだ行なわれてはいない。

咆哮が闇夜に鳴り響き、閃光がビルを切り裂く。
人々は、その悪魔の声と高熱の炎に黙示録の終末が訪れたことを確信した。
アメリカは、神に見捨てられたのだと。

その原子炉から全てのエネルギーを吸い上げたゴジラは、満足げに大きく息を吐いた。
そして歩みだす。
もう充分に力は蓄えた。
あとは「敵」を倒すだけだ。


その「敵」であるBETAは、アメリカ軍の執拗な攻撃をその度に退けるものの、それ以外の時間は不気味な沈黙を守っていた。
まるで、真の敵に備えて無駄な力を使わないようにしているかの様に。


小うるさい人間の兵器を一蹴しながら、ゴジラはついにアサバスカに到着した。
そして、星からの侵略者と対峙する。

満を持した様に、着陸ユニットから、またその直下の地下からわらわらと異形の物体が湧き出してきた。
だが、それらの描写は省く。
なぜなら…。

ゴジラの放射能炎が、雑魚はいらん、とばかりにそれらの中小型種の全てをなぎ払ったのだ。
炎が消え去った後には、何もない原野が広がる。

だが、小手調べは終ったとばかりに新たな影が姿を現す。
突撃級、要撃級、戦車級が地を覆わんばかりに現れ、ゴジラを包囲した。
その上、要塞級がついに戦場にその姿を現した。
ゴジラの放射能炎がそれらに浴びせられた。
ダメージは受けたものの、突撃を止めない大型種。
ゴジラの足元に達し、ゴジラの脚を集中して攻撃を始めた。
長大な尻尾と強力な脚でBETAを蹴散らすゴジラだが、あまりのBETAの数に対応しきれず、ついにその巨体を大地に倒れこませた。
あっさりとBETAが勝利するのか、そう思われたがこれはゴジラにとって予定の行動だった。
ゴジラが倒れこんだ先の地下には、ハイヴの横坑が走っていたのだ。
大量の土砂と共に、ゴジラの姿は地下深くに消えた。

数時間後、ゴジラはついにBETAの反応炉に達していた。
多少は手ごわかったとはいえ、しょせんゴジラにとってはBETAも巣を守るミツバチ程度の存在にしか過ぎなかった。
ゴジラは、数時間にも及ぶ戦闘で失ったエネルギーを補うため、目の前の反応炉にかぶり付こうとした。
だが、それを邪魔する無粋なものがいた。
「それ」は六つの目を持つ頭部と、無数の触手を持つ胴体を備えていた。

「正しい形式で接続せよ」
上位存在と自らを規定する存在は、突如として現れたその「存在」に戸惑いを覚えていた。
その「存在」は明らかに自らが記録している生命、非生命とも違っていた。
自らが生命と規定する存在と共通する部分も多いが、基本的には大きく外れている。
生命なのか、非生命なのか自らの記録だけでは判断がつかなかった。
そこで、上位存在は詳細なデータを得るため、その「存在」をあえて自らの懐に呼び込んだ。
「正しい形式で接続せよ」

非生命体、つまり他の知的生命体による被創造物であれば応じるであろう、あらゆる手段、方法で上位存在はその「存在」に呼びかけた。
だが、その「存在」からはいかなる意味でも、期待した返事はなかった。


※※※


突如打ち込まれてきた上位存在の触手を避けきれず、ゴジラは数本の触手を体内に打ち込まれてしまった。
咆哮と共に放射能炎を吐き出すが、これまでの戦闘のために消耗したゴジラには上位存在の触手を焼ききるだけの強い炎を吐き出す事は出来なかった。



3.「新たなる飛来者」

ゴジラが上位存在にあわや捕捉されようとしていた時、落着ユニットとその上空では異変が起こっていた。

見るからにひ弱そうな、二つ目の小型種BETAが地表に姿を現し、一斉に空の一点を凝視し始めた。
いや、それはただの凝視ではなかった。
その小型種の二つの大きな目玉からは、強力なエネルギーを持ったレーザー光が発射されていたのだ。
たちまち上空を薄く覆っていた雲が消滅し、丸い青空が覗けた。
その青空から、落下してくる隕石があった。
二眼の小型種のレーザーは、その隕石を狙い撃っていたのだ。

レーザーに加え、大気との摩擦熱により灼熱する隕石。
それでも分解することなく、まっすぐに隕石は落着ユニット目がけて落下していく。
レーザー照射がいっそう激しくなり、ついには隕石全体が真っ赤に熱せられ…。

大爆発を起こした!!

だが、その大爆発の炎は消え去ることなく、ある時点で急速に収縮を始め、何かの形を取り始めた。

それは、空を飛ぶ巨大モンスターだった。

全体の姿は伝説のドラゴンを思わせ、三つの長い首を持ち、体は黄金に輝く鱗で覆われていた。
その巨体には小さすぎると思われる翼は、だが、軽々とその身を大空に舞わせている。


「今度は、キングギドラか」
グレイ博士は、そのモンスターの正体を断言した。
それは、かつて自身が係わっていた金星探査計画で、膨大なデータを解析する手法を開発し、実践していく過程で得られたものだった。
難解すぎてグレイ博士以外使いこなせなかったデータ解析手法は、金星に眠るその存在を発見した。
そして、グレイ博士がそのモンスターをキングギドラと名づけたのだ。
だが、その余りにも荒唐無稽な姿と存在に、その発見は他の研究者から嘲笑された。
彼らは金星のような高温高圧下で、大型の生物など生きられる訳がないと指摘した。
グレイ博士が惑星探査の専門家でない事もあり、キングギドラの存在は何かの誤りとして闇に葬られることになった。
その後、本来の専攻分野である物理学で業績を上げて名声を高めたグレイ博士だったが、モンスターの研究を忘れることはなかった。
それどころか、ややもするとモンスターの研究を優先する事もあり、その事がグレイ博士を変人であると人々に印象付ける事になった。
そのキングギドラが、地球にやって来た。
「ゴジラに続き、キングギドラまで現れるとは……。いったい何が起こっているんだ?」


キングギドラは怒っていた。
金星文明を滅ぼして、ゆったりとまどろんでいたところに、なにやら火星からやってきた物体がやかましい土木工事を始め、彼の安眠を妨げたからだ。
さっそくBETAユニットに攻撃を加えたキングギドラだったが、安眠を邪魔された怒りはこれぐらいでは収まらない。
もうひと暴れして、鬱憤をはらそうと地球にやってくると、そこにも彼の安眠を邪魔した物体と同じものがいるではないか。
キングギドラは、迷いなくその物体に攻撃をしかけることにした。

キングギドラに対して、光線級の集中攻撃が始まった。
だが、キングギドラの金色の鱗はびくともしない。
キングギドラは、レーザー照射を受けながら落着ユニットの上空をゆったりと旋回していく。
時々、三つの首の口から引力光線を吐き、落着ユニットを破壊していく。
それに対し、空を飛ぶことの出来ないBETAはなすすべがない。
落着ユニットは見る間に破壊され、上半分が無くなってしまった。

その半分になった落着ユニットから、新型のBETAが現れた。
比較的大型のそのBETAは、大きな一つ目をもっていた。

突如、キングギドラの体の一点が眩しい光を放った。
むろんそれはキングギドラが発したものでは無く、新型のBETA、重光線級と名付けられることになるものが放った強力なレーザー光が反射したものだ。

強烈なレーザー照射に、たまらずキングギドラは悲鳴を上げた。
でたらめに引力光線を乱射し、さらに落着ユニットを破壊していく。
それに抗議するかのように重光線級の攻撃は続き、キングギドラはボロボロの状態になっていった。

やがて、落着ユニットが破壊されつくすのと同時にキングギドラも力尽き、落下していった。

その地下で、ゴジラと上位存在が対峙しているとも知らず。


※※※※


一方、太平洋を望むアラスカ州の浜辺では巨大な卵が漂着していたが、付近の漁師ぐらいしか話題にしていなかった。
なにしろ、BETAとゴジラで手一杯なのである。
辺鄙な海岸に流れ着いた巨大な卵程度では、誰も気にしてくれない。
唯一、取材に来た地元TV局も卵に大きな穴が開いていて、中身が既に空であることを知ると、ニュース価値ゼロとして撤収してしまった。

だから、気づく事は無かった。
近くの森林地帯で木がなぎ倒され、巨大な物体が通ったと思われる跡が三つも出来ていた事に…。





4.「遅れてきたものたち」


巨大な卵から生まれた3頭のモスラは、大森林地帯を一路アサバスカへと進んでいた。
彼ら3頭は、なぜか縦一列ではなく、横に広がって進んでいた。
1頭が道を開き、あとの2頭がそれに続けば疲労は少ないはずだが、なぜ横に広がって進んでいるのだろうか?
その理由を知るため、少し彼らの声に耳を傾けてみよう。

「ピルル」
「ピル」
「ピルピル」

(訳)
「姉ちゃん、この木、不味いよ。もぐもぐ」
「いいから黙って食べなさい。私達は早く大きくならなきゃいけないの」
「そうよー、早く大きくなってお母さんの仇を討つのー」
「もぐもぐ。でも…」
「そんなに嫌なら食べなきゃいいでしょ」
「あー、あっちからおいしそうな草の臭いがするー」
「どれどれ。もぐもぐ」
「あら、ほんとにおいしそうな草がいっぱい生えてる」
「もぐもぐ。姉ちゃん、この草おいしいよ」
「おいしいー」
「あっちに、もっとあるわ」
「わーい。もぐもぐ」

……。
モスラ達は、大きく南に向きを変えてしまった。

この年、アメリカの穀倉地帯は壊滅的な被害を受けたという。


※※※


暗い地下での戦いに決着がつこうとしていた。
何本もの触手を打ち込まれ、もはやゴジラは身動きすら出来なくなっていた。
その目の光も、いまや失われつつある。

このまま、ゴジラは上位存在に侵食されてしまうのか。

ゴウッ。
ガガガガガ。
ドサリ。

そう思われた時、そんな轟音と共に彼らの頭上から巨大な物体が落ちてきた。
同時に、その物体が放つ特徴のある金属音に似た鳴き声が、ドーム状の洞窟内に響き渡った。

その鳴き声を聞いた瞬間、失われつつあった光がゴジラの目に戻り、カッとその両目が見開かれた。
ゴジラは、その落下してきた物体を見据えて、一声咆哮した。

その咆哮に応えるように、落下して来た物体、キングギドラは立ち上がり、同じようにゴジラを見据えて鳴き声を上げた。

両者の視線がぶつかり、見えない火花が散った。

キングギドラは、触手に捉われたゴジラの姿を見ていぶかる。
そして、上位存在の姿を見て状況を理解した。
キングギドラは、三つの首を揃えると迷うことなく攻撃を開始した。

三本の引力光線が、上位存在ではなくゴジラに命中した。
キングギドラの目には、上位存在など映っていなかったのだ。
彼の天敵、ゴジラの前では他のいかなる存在も無に等しかった。

引力光線の直撃を受けたゴジラの身体は、触手を引きちぎって舞い上がり、キングギドラの落ちてきた穴から地上へと放り上げられた。
それに続こうと翼を羽ばたかせたキングギドラに、上位存在の触手が放たれた。
背後から不意を襲う形となったその攻撃は、見事にキングギドラの三つの首のうち左の首を捉えた。
左の首に侵食されたキングギドラは、異様な感触に身震いをした。
そして、上位存在に対し初めて敵意を抱き攻撃を仕掛けた。
引力光線は上位存在だけでなく、反応炉の一部も上空に舞い上げた。

その攻撃で、左の首を捉えている触手から力が失われた。
すかさず右の首が触手に噛み付いて、それを食いちぎる。
自由になった左の首が、怒りと共に引力光線を上位存在に放った。
一刀両断の鮮やかさで、その引力光線は上位存在の上半身を断ち切ったのだった。

それを見て、キングギドラは悠然と翼をはためかせ、舞い上がった。
天敵を追うために。

だが、地上に出たキングギドラはゴジラの姿を見つけることはできなかった。

ゴジラはどこへ行ったのだろうか?


※※※


ゴジラは、近くの山中に掘られた洞窟で傷ついた身体を休めていた。
傍らには、心配そうに見つめるゴジラより小型のモンスターがいる。
地底怪獣と言えば、その名を思い出していただけるだろうか?
作者は思い出せない。
確か防虫剤のような名前だったかな?
まあ、出番はここしかないからどうでもいいだろう。

キングギドラによって地上に放り上げられたゴジラは、そのモンスターに導かれて、ここに身を隠しているのだ。
そして、その胸に抱え込むようにしている物体があった。
キングギドラによって切りとられた反応炉の一部である。
こうして抱えていると、身体に力が漲り、傷も少しずつ癒えて行くのが分る。

やはり、これをもっと手に入れなければならない。
ゴジラは、キングギドラの姿を思い浮かべながら、改めて決意した。


※※※


一方、中部穀倉地帯を進む3頭は身体の異変に見舞われていた。

(訳)
「熱いわ、身体が熱いのよ」
「何かー、身体がむずむずしてきたー」
「お姉ちゃんたち、ぼく、物凄くお腹がすいてたまらないよう。もぐもぐ」

やがて、3頭の背中に一本の亀裂が走った。
そして、光とともに中から出てきたのは…。

「あれー、わたしー飛んでるー!」
「わたしもー!お母さんと同じになった」

二頭の巨大な成虫が空を舞っていた。
未曾有の危機に、神が手を貸したのだろうか。
2頭のモスラは途中の段階を飛ばして、一気に成虫へと変態を遂げた。

「お姉ちゃん達だけずるい。僕、とべないよー。もぐもぐ」
地上には、脱皮してより大きくなっただけの幼虫が取り残されていた。

「ぐずね」
「ねー」
「僕もとびたいー。もぐもぐ」
「しょうがないわね、ほら」

成虫の一頭が、幼虫をつかんで持ち上げようとした。

「お、重いー。あんたどんだけ重いのよ」
「協力してやってみようかー」
「うん、わたしが頭を持つ」
「じゃ、わたしが尻尾の方を持つよー」

二頭のモスラは、協力して幼虫を持ち上げようと試みた。
だが、幼虫はびくともしない。
成虫たちは困り果てた。

そこへ、上空から巨大な影が接近してきた。
「おー、いたいた。こんなところで遊んでおったのか。捜し回ったぞ」
「あー、ラドンのおじさーん」
「見て見て、わたし達飛べるようになったんだよ」
「おー、良かったのう、じゃが、あの子はどうした」
「ラドンのおじさん、僕も飛びたいよー。もぐもぐ」
「重すぎて、わたし達じゃ運べないの」
「運べないのー」
「やれやれ。それじゃ、わしがこの子を運んでやるとするか」
「わーい、ラドンおじさんありがとう」
「これでー、一緒に行けるねー」
「僕も、一緒に戦うよ。もぐもぐ」
「馬鹿ね、戦いに行くんじゃないわよ。話し合いに行くのよ」
「えー、違うよー。カシュガルでー、やられちゃったー、お母さんの仇を討つんだよー」
「あの、その…。もぐもぐ」
「これこれ、きょうだい喧嘩はやめんか。まあ、話が通じれば良し、通じない相手となれば、戦うしかないがの」
「じゃ、行こう」
「行こうー」
「まって、もう少し食べてから。もぐもぐ」
「ええい、食いしん坊なやつじゃのう。これ、もう行くぞ、むむ、なんと重い」
ラドンはやっとのことで幼虫をつかんだまま飛び上がった。
「だいじょうぶ?ふらふらしてるよ」
「ふらふらー」
「こりゃ、黙って見とらんで助けんか。糸を吐いて、身体を支えてもらうんじゃ」
「こう?」
幼虫は糸を吐いて、2頭の成虫の脚に絡めた。
「いやーん、べたべたする」
「べたべたするー」
3頭と1羽は、全く緊張感のないままアサバスカへと向かった。


※※※


ここで説明が必要だろう。
3頭のモスラたちの親がどうなったのか。

実は、先代のモスラは既にカシュガルのBETAと戦っていた。
中国軍(人民解放軍)が敗退した直後のことである。
激しい戦いが丸一日続いたが、モスラの引き起こす激しい風が砂嵐となって周囲を覆い尽くしたため、この戦いを見た者や記録した物は存在しない。
結果的に先代モスラはBETAの物量と、レーザー属種の前に敗れ去った。
ぼろぼろになった先代モスラは、それでも何とか故郷の島に帰り着き、次代にその命と使命を託した。

そして生まれたのが、この3頭のモスラたちである。

今回のアサバスカ行きは、カシュガルの前哨戦であり、腕試しの場としての意味もあった。


※※※


さて、キングギドラである。
彼は、ゴジラの姿を見失ったのを悟ると、傷を癒すための場所を捜し始めた。
やがて、火山のある一つの孤島を見つけた。
彼は、そこの住人を引力光線で一掃すると、火口近くにその身を横たえた。
その左の首には奪い取った反応炉のかけらが咥えられていた。
それを身体に当てていると不思議と力が漲り、傷も少しずつ癒えていくようだった。
硫黄の臭いがキングギドラを心地よい眠りに誘う。
いつの間にか、キングギドラは熟睡していた。
左の首の傷口が、青白い光を放っていることも知らずに…。



※※※



「到着ーっ!」
「着いたー」
「やっと、着いた」
「ふううー、重かったー」

3頭と1羽はようやくアサバスカにたどり着いた。

そして、彼らが見たものは完全に破壊された着陸ユニットと散乱するBETAの死体、人間達の兵器の残骸だった。
それ以外は、荒涼たる原野が広がっているばかりだった。
もちろんゴジラやキングギドラたちの姿は無い。


「あっれー、もしかして終ってる?」×4




5.「最終決戦、前編」


「至急調査隊を送り込みたまえ」
グレイ博士の指示の元、大統領は着陸ユニットの残骸を調査するための人員を送り込んだ。
そして、彼らはそこで新たな脅威と遭遇した。

地上にいたモスラたちに怯えながらも、調査隊は果敢に地下へと潜っていった。
やがて比較的損傷の少ない区画にたどり着いた調査隊は、そこで驚くべき物を発見した。
地下の巨大な空洞に設置された、これも巨大なシリンダーの中に蠢くものがいた。
「グレイ博士、これは一体?新型のBETAでしょうか」
自ら調査隊の隊長として乗り込んだグレイ博士に、助手のカールス=ムアコックが聞いた。
「むうう」
グレイ博士は防護服に身を包んでいるとは思えない身軽さで、100mを越える高さのシリンダーをよじ登った。
「全体の体型はゴジラに似ている。体表の半分を覆う鱗はキングギドラと同じだ。両腕の鋭い鉤爪は要塞級の衝角、頭部に有るのは確認しずらいがレーザー属種の発光装置に違いない。そして、背中の翼は飛行するには小さすぎるな……放熱板か?ふむ、腹部のこの鋸状のものはいったい何の役に立つのだ?」
ひとあたり観察を終えると、グレイ博士は上って行った時とは違い慎重に降りてきた。
そして考え込む。
「ゴジラとキングギドラの細胞をベースに、既存のBETAを組み合わせた有機サイボーグとでも言うべき存在だろう。名づけるとすれば、ガ…」
「ガイガン。グレイ博士、わたしはこの個体をガイガンと呼ぶべきだと思います」
助手のムアコックの突然の提案に、渋い顔をするグレイ博士。
名前は私が決めようと思っていたのに、という態度がありありと感じられた。
「どうしてその名がいいのかね?」
「かっこいいからです」
即答するムアコックに、グレイ博士は破顔した。
「ハッハッハ、君、分ってるじゃないか。実は私もその名前が浮かんできてたんだよ」
「いやあ、偶然って怖いですね。ワハハハ」
「ハハハハッ」

笑いあう二人を、もう一人の助手であるリストマッティ=レヒテは生暖かい目でみつめるしかなかった。

そんなぬるい空気を破るように、大きな破裂音が鳴り響いた。
ガッシャーン!
ガイガンの鉤爪が、シリンダーを内側から突き破ったのだ。
「大変だ!あいつ、生きてるぞ」
「逃げろ!」
シリンダー内の大量の溶液が、調査隊に降り注いだ。
溶液の河に流され、グレイ博士達は退場した。

ガイガンは、シリンダーを完全に破壊してその巨体を前進させた。
頭部の横長な眼窩の奥にある、巨大な目が光る。
次の瞬間、凄まじい閃光がその目から放たれた。

ジュワ。

行く手を阻んでいた岩壁が、瞬時に溶けさった。
さらに両腕の鉤爪で岩を崩し、穴を広げたガイガンは地上へとその歩を進め始めた。
自らに与えられた命令を果たすために。

(災害ヲ除去セヨ)


※※※


「さよならー、ラドンのおじちゃん」
「おー元気でのう」
すっかり、もう戦いが終ったと思い込んだ3頭と1羽は、それぞれの故郷へと帰ろうとしていた。
「身体に気をつけてー、元気にー余生を送ってくださーい」
「余生じゃと、まだまだわしはそんな年じゃないわい」
「あはは、その元気があればだいじょうぶ。もぐもぐ」
「こいつ、言いよるわい。だが、昔と比べると、確かに疲れやすくなったのう。早く帰って休まんとな。では、お前たちも元気でな」
ラドンは、そういい残すと去って行った。

2頭の成虫は、地上にいる幼虫の上空を回りながら話し合った。
「それじゃ、わたし達もいったん帰りましょうか」
「うん、カシュガルにー、行く前にー、卵も産まなきゃいけないしねー」
「えー、ぼくまだ食べたりないよー。もぐもぐ」
幼虫が、付近の植物を食べ続けながらそう言った。
「あんた、まだ食べる気?お腹壊しても知らないわよ」
「食べるのもいいけどー、早く成虫になってよー。そうじゃないと、わたしたちー先にカシュガルに行っちゃうよー」
「待ってよ、もう少しで成虫になりそうな感じがする。もぐもぐ」
しかし、考えてみればアサバスカ周辺は核兵器による放射能とBETA反応炉の崩壊で汚染されている。
そんなところに生えている植物を食べて害はないのだろうか?
そんな危惧が当たったのか、幼虫は突然苦しみ出した。
「ううっ、身体が熱いよう。もぐもぐ」
「大丈夫ー、それはー変態する前兆だからー」
「あんた、そんだけ苦しんでも、まだ食べ続けるんだ」

幼虫の背中に一本の裂け目が走った。
そして中から光と共に出てきたのは…。

「!」
「まさか?」
「うえーん、僕、毛虫になっちゃったー!」


※※※


ゴジラはつかの間の眠りから覚めた。
傷は癒え、身体には力が漲っている。
腕に抱えた物を、ゴジラは投げ捨てた。
もはや、何の力も感じなかったからだ。
ゴジラは立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。

そして、周囲の山々を震わす咆哮を発した!


※※※


同じ頃、キングギドラも目を覚ましていた。
だが、これは自ら目を覚ましたわけではなく、人間どもの攻撃によって安眠が妨げられたからだ。
降り注ぐ砲弾やミサイルをものともせず、キングギドラが仮の寝床にしていた火口から上空に舞い上がると、彼のいた孤島は人間どもの艦隊により包囲されていた。
戦闘機がキングギドラの周囲を舞い、時折ミサイルを撃ち込むが、全く効き目がない。
そんな物に乗らねば、空も飛べぬのかと、彼は憐憫の感情を抱くが、戦艦からの砲撃が偶然に彼の左の首に直撃した事により、それは一気に怒りへと変わる。
三本の首はでたらめに引力光線を発射し、周囲の艦隊の艦船を空へと運ぶ。
上空に飛ばされた艦船は、そのまま空中に止まれるわけもなく次の瞬間には海面に叩きつけられ、そのまま海中へと沈んでいった。

やがて、静かな孤島の風景が戻ってきた。
キングギドラは、それに満足したように孤島を離れた。

急がねばならない。
なぜなら、天敵が彼を呼んでいるからだ!


※※※


「ひどいよー、僕だけどうして毛虫になるんだよー?」
幼虫は毛虫と主張するが、彼はむしろ甲殻類を思わせる姿をしていた。
頭部からの伸びた一本のするどい角、毛というよりもトゲ、またはコブで覆われたごつごつした身体、鋭利な刃物を思わせる擬足の列、そしてなによりもその黒き身体。

「あ、あんたバトラだったの?」
「毛虫ってレベルじゃないよー。だから、あんなに重かったんだー」

パニックになって、成虫2頭はバトラから距離を置く。

「バトラ?バトラってなあに?」
急変した姉たちの態度に戸惑う幼虫バトラ。
自分が、場合によってはモスラの敵になる存在だという事を理解していなかった。

「バトラはバトラよ」
「モスラであるー私たちとは、違うー」

「でも、一緒の卵から生まれたよー!」

必死でそう主張する幼虫バトラだが、モスラたちは近寄ってこない。
種族的記憶が、バトラと馴れ合う事を拒否するのだ。

その時だった。

突如、近くの地面が爆発し、地下から巨大な影が現れたのは。
その影から、まばゆい光が放たれ、空を舞う2頭のモスラを襲った。
2頭のモスラの身体は、凄まじい閃光に包まれた。
「ねえちゃーん!!」
幼虫バトラが、心配げに空を見上げた。

だが、その心配は杞憂だったようだ。
2頭のモスラは、依然として悠然と空を舞っていた。
彼らの燐粉は非常に優秀な反射材でもあったのだ。

「危なかったー」
「なんなの、あいつ?」

モスラ2頭は、一目で新たに現れた敵が容易ならざる相手だと悟った。

「わたしたち3頭だけじゃ、相手にならない。早く、あのいけ好かないヤツと、きんきらきんのヤツも呼んでこないと」
「じゃあ、私が残るー。お姉ちゃんが呼んできてー」
「一緒に行けばいいじゃない?」
「だってー、あんなのでもーわたしたちの弟じゃないー。ほっとけないよー」
「うん、そうだね」

2頭はそんな会話を交わし、二手に分かれた。


※※※


ゴジラとキングギドラは、思ったよりもモスラたちに近い場所にいた。
威力の増した放射能炎をキングギドラにぶつけるゴジラに対し、これも威力を増している引力光線で対抗するキングギドラ。
だが、威力が増している分、消費するエネルギーも大きいため連射が効かず、自然に相手の隙を窺う展開になる。

じりっじりっと迫るゴジラ。
距離をとるため、飛ぶキングギドラ。

互いに相手の力量は充分知っているため、無駄な攻撃はせず、一撃必殺を狙う。

キングギドラが飛んだ。
だが、それを擬態だと見破ったゴジラが、直ぐに着陸したキングギドラに放射能炎を直撃させた。
苦しむキングギドラだが、勝利に驕るゴジラの見せた一瞬の隙をその6つの目は見逃さなかった。
放射能炎の直撃によるダメージが残る右の首以外の、残り二つの首から放たれた引力光線がゴジラの足元に命中し、ゴジラを岩盤ごと空高く舞い上げた。

「危ない!!」

その時、飛び込んできた影がゴジラを抱えようとした。
だが、ゴジラの巨体をいつまでも抱えられるはずもなく、その影はちょうどキングギドラの上空でゴジラを離してしまった。

垂直降下していくゴジラ。
そして、舞い上がる土砂のため視界が悪かったのと、ちょうど死角に入っていたため、落ちてくるゴジラをまともに受けてしまったキングギドラ。
両者、痛み分けである。

「あんたたち、こんなとこで喧嘩してないで、力を貸してよ。わたし達と一緒に、協力して戦いなさいよ」

モスラの呼びかけに、露骨に嫌な表情を浮かべるゴジラとキングギドラ。
なぜ、こんなヤツと一緒に協力して戦わなければいけないのか。

「あのさ、そんなんだから、操られてこんな関係ない所で戦う破目になるんだよ」

モスラは、なかばハッタリでそう言った。
彼らには操られていた前例があり、今回もその可能性があると祖先から受継いだ記憶が彼女に告げていた。
それに、キングギドラが一旦敵と認めたものを徹底的に叩いていないのもおかしい。

二体の動きが止まった。

あの美味そうな蜜を、もっと大量に得るために自分は動いていたはずだ。
それがなぜ、こんな所で戦っているのか?
あの蜜を得て、相手を上回る力を手に入れるのが先決のはずなのに…。

ゴジラとキングギドラは、先程とは違う意味合いをもって対峙した。

キングギドラの左の首だけがにわかに動いた。
本体のコントロールを離れ、自らの意思で左の首は動いていた。
そして、その口から引力光線をゴジラめがけて…。

ガッ。

右の首が左の首に噛み付いていた。
そして、そのまま食い破った。
ボトリと左の首が地に落ちる。
青白い血を出しながら。

その間、ゴジラは上位存在に打ち込まれた触手の傷跡を、自らの爪で抉り出していた

肉片が取り除かれた跡からは、ゴジラ本来の血に混ざって、やはり青白い血が流れ出ていた。

彼らは、自らが操られていたことを知った。
当然、その怒りは姑息な罠を仕掛けた者に向けられた。

「やれやれ、やっと本当の敵に気付いたみたいね」


※※※


さて、ガイガンの前に残ったモスラとバトラはどうなっただろうか。

「お姉ちゃん、怖いよー」
バトラは、その厳つい形相とは裏腹にガイガンからの攻撃に逃げ回っていた。
今も、岩山に隠れ、ぶるぶると震えている。

「もうー、一緒に戦ってよー。こんなのわたしだけじゃ無理だよー」
モスラは燐粉を撒き散らし、視界をさえぎる事でガイガンからのレーザー攻撃を防いでいた。
だが、モスラからの有効な攻撃手段がそれしかない以上、ジリ貧は確実だった。
その上、モスラが予想していなかった事が起こった。

「え、え、え。飛んだよー」

驚くべき事に、ガイガンは宙に飛び上がった。
その飛行は決して華麗とは言えなかったが、それだけに直線的な速さをもっていた。

「きゃあー」

モスラの華麗な羽を、ガイガンの鉤爪が切り裂いた。
きりきりと、それでも優雅にモスラは地上に落ちていった。

「姉ちゃんー!!」

思わず隠れていた岩山からバトラが飛び出し、姉のもとへ駆け寄った。
モスラは、バトラの姿を見て先程の嫌悪ではなく、安堵の目の光を放った。
そして、もう一度飛び立つべく切り裂かれた羽を必死に羽ばたかせた。

「あんたはー逃げなさい。ここはー、わたしが食い止めるからー」
「姉ちゃん、だめだよ。一緒に逃げよう」
「大丈ー夫、あんなヤツにーわたしが…、グッ」

今まさに飛び立とうとしていたモスラだったが、その勇姿は再び地に沈んだ。
急降下で降り立ったガイガンが、その勢いのままモスラを踏みつけたのだ。

「姉ちゃんからどけ!」

バトラが、その角を振るってガイガンの足を何度も撃った。
だが、ガイガンの足はびくともしない。

「な、に…て…る…、にげ…くうう!!」

ガイガンの足がさらに地に向けて沈んだ。
モスラは、長い鳴き声をあげたあと、その目から光を消した。
パタリパタリとその羽が一枚づつ力を失い、地に伏した。

「姉ちゃん!姉ちゃん!姉ちゃん!」

必死でバトラは呼びかけるが、モスラの目にもはや光は戻らない。
そのバトラを、ガイガンの足が蹴りつけた。
遥かな山に向けて飛ばされるバトラの目に、モスラのなきがらが映った。
僕のせいだ。
僕が弱かったから。
僕が強ければ…。
強ければ…。

バトラは山腹に叩きつけられた。
そのまま、大量の土砂と共に山腹を落ちていくバトラ。
ガイガンはとどめを刺すべく、バトラに近寄っていった。
だが、その歩みが不意に止まった。
何かを探る様に、バトラを凝視している。

それもそのはず、バトラの様子が一変していたのだ。
先程までの這いずる様な姿勢ではなく、角の生えた頭を高く上げ、まるで仁王立ちのような姿で立ち上がり、その目は赤く凶暴な光を宿していた。

ガイガンは、危険判定を上げレーザー攻撃を加えることにした。
だが、その機先を制してバトラの両目からビームが放たれた。
そのビームは、とっさにかばったガイガンの鉤爪に半ばを防がれたが、見事にガイガンの頭部に命中した。
頭部全体が吹っ飛ぶ様な大きな爆発のあと、しかし、頑丈なサイボーグの頭部はほぼ無傷で残っていた。
横長の眼窩の奥の目玉を除いては。

大きな悲鳴を上げ、ガイガンは逃げ出した。
目を潰され、何も見えなくなったのか、あちこちにぶつかりながらガイガンは出てきた穴へと姿を消した。
あまりのあっけなさに、しばらく茫然としていたバトラだが、すぐに気付いてガイガンを追いかけようとした。
しかし、ガイガンの逃げ込んだ穴からわらわらと湧き出す影があった。
それは中小型種のBETAだった。
BETAはバトラに群がり、行く手を邪魔した。
それだけでなく、モスラの死骸にも群がろうとし始めた。
バトラはそれを見て、猛然と向きを変えモスラの周りのBETAを一掃した。
そして、モスラを守る孤軍奮闘の戦いを開始した。




6.「最終決戦 中編」


「むう、ここは?」
グレイ博士は、暗闇の中で目覚めた。
「たしか、あの溶液に流されて…」
周りを見回すが、何の明かりもないため手の届く範囲でさえ、どこに何があるのか分らない。
「博士、どこですか?」
助手のカールス=ムアコックの声がした。
「二人とも無事なんですね?」
続いてリストマッティ=レヒテの声も。

暗闇の中、何とか互いを探りあてて3人は合流した。
「いったい、ここはどこなんでしょう?かなり下まで流された憶えはあるんですが…」
「誰か、明かりになる物は持っていないのか?」
「博士、それは私のベルトです」
真の暗闇の中、3人は途方にくれた。

と、かすかな明かりが見えた。
「行ってみよう」
「博士、悪い予感がします」
「だが、ここにこうしていても、いつ救助が来るか…」
「博士、悪い予感がします」
「行くぞ」
「博士、悪…って、急に引っ張らないで下さいーっ」
グレイ博士と、ムアコック助手は嫌がるレヒテ助手を無理やり引きずって行った。

その光は、広大な地下広間から周囲の洞窟に漏れ出していたものだった。
3人は、ためらいながらもその大広間に足を踏み入れた。
「博士、悪い予感がします」
「ひどく壊れている様だな」
グレイ博士は、天井に空いた穴と、崩れかけたいくつかの横穴をながめた。
「博士、悪い予感がします」
「真ん中にある、あの物体は何だ?」
反応炉と上位存在の残骸を見つけたグレイ博士は、ためらいもなくそれに近づいていく。
「博士、物凄く悪い予感がします」
「何をさっきからごちゃごちゃ言っとるのだ。研究対象があれば迷わず確保、は科学者の基本だ。カールス君、手伝ってくれ」
「はい」
今度も、レヒテ助手は2人に無理やり引きずられて行った。

「むう」
「グレイ博士、これは何なのでしょうか?」
グレイ博士は、上位存在の破片を手に取ろうとした。
「博士、物凄く、とっても悪い予感がします」
レヒテ助手は必死の思いで、グレイ博士を止めた。
「全く、君は何をそんなに怖がっているのだ。これは既に活動を停止している」
グレイ博士は、上位存在の破片に触れた。
「ほら、なんともな…ぐわぁ!」
その破片に触れた途端、どこからか飛んできたロープ状のものがグレイ博士に巻きついた。
「博士!うわあ!」
直後に、ムアコック助手にも同じ物体が巻きついた。
「だから、悪い予感がするって、言っ…わああ!!」
同僚と同時に、レヒテ助手にもその物体は巻きついてきた。
三人は、高く吊り上げられた。
そしてそのまま、再び意識を失った。


※※※

(緊急避難形式での接続実行)
(接続完了)
(資源の再利用により、演算機能一部回復)
(視覚機能回復)
上位存在は、思わぬ幸運(とは思わないだろうが)により、失われた「目」と「頭脳」を回復した。

※※※


ゴジラたちが、バトラたちのいる場所に到着したとき、戦いの決着はすでに付いていた。
横たわるモスラと、その周りを取り囲むBETAの死骸の山が、これまでのバトラの死闘を物語っていた。

「姉さん…」
「…」

バトラは、飛んできたモスラの前でガックリとうなだれた。
モスラはそれに応えず、横たわるモスラの上空をゆっくりと旋回し始めた。

「ごめん、俺守れなかった」
「…」

上空のモスラから、地上のモスラに燐粉が降り注ぐ。
その燐粉がバトラにもかかり、バトラは暖かなものを感じ、戦いで負った傷の痛みが引いていくのを感じた。
それが、姉からの返事なのだと思うと、逆にバトラの心は引き裂かれそうな悲しみで満たされた。

「止めてくれ。俺は、俺は…」

「あんたは、良くやったわよ」

突然の声に、バトラは上空を見上げた。
だが、声を発したのは上空のモスラではなかった。

「どこ見てるの?こっちよ、こっち」

バトラは、信じられない思いで声のした方へ顔を向けた。
そこには、再び目に光を宿し、羽を羽ばたかせているモスラの姿があった。

「姉さん!死んだはずじゃ?」

「じゃーん!モスラの得意技ー、『死んだ振りー』」
「…」

「あんたもモスラ族なら、この技は憶えときなさいよ」
と、これは上空のモスラから。

「アハハハ、すっかり騙されちゃってさー。わんわん泣いてるのー。せっかく死んだ振りしてるのにー、危うくー笑い出すとこだったわよー」
「まったく、こんなに単純なのが私たち、モスラの一員だと思うと情けなくなるよ」

「姉さん、今、俺のことモスラの一員って…」

「あーあー、また泣いちゃって。こんな泣き虫が弟だと思うと情けなくなるわ」
「でも、死んだ振りしてた私をー守って戦ってた時はー、ちょっとカッコ良かったよー」

こうして感動の姉弟劇場が繰り広げられているあいだ、蚊帳の外のゴジラとキングギドラは、そこらに落ちているBETAの死体をかじりながら、おとなしく出待ちをしていた。
これ、いつまで続けるんだよと思いながら。


※※※


「フハハハハ、見たまえ。この美しきフォルム」
上位存在に侵食されたグレイ博士は、乏しい工業プラントを使って作られたガイガン用のゴーグルを自慢していた。
「素晴らしい。博士、これならゴジラにもキングギドラにも勝てます」
「うむ、だがあちらはあの2体だけでなく、モスラやバトラまで繰り出してきたからな。こちらもあと2体ほど戦力が欲しい」
「博士、それならば、こんな案はいかがでしょう?」
「私にも腹案があります」
二人の助手も上位存在に侵食され、今の状態に不自然さを感じていなかった。
「……。うむ、なるほど、それならば細胞の微調整のみでやれそうだ。……。ふむ、君の案も目の付け所は悪くないな。多少運任せのところはあるが、やってみる価値はある」
グレイ博士は、二人の助手の出してきた案にGOサインを出した。


※※※


「さて、それじゃ行きましょうか」
「そうね、とっととやっつけて、こんな夏でも寒いところとおさらばしましょう」
「おう、今度こそ、とどめをさしてやる」
バトラが勇ましくそう言うと、周りから生暖かい視線が送られたが、バトラは気付かなかった。
「でも、その前に腹ごしらえを」
バトラは、あたりを見回した。
「お、うまそうなでかいバラ発見」
「バラ?」
「なんで、バラ」
モスラたちが、いつの間にか出現していた怪しげなバラを警戒しだしたのにも構わず、バトラはその巨大なバラに向かって突き進んだ。
「ああ、腹減った。バラの花びらって美味しいんだよね」
「ちょっと待ちなさい!」
「あからさまに怪しいでしょう!?」
「何言ってんだよ。これはアレだよ。神様が、決戦前にこれで力を付けなさい的なヤツだよ。姉さんたちも、このバラの蜜を…んん?」
巨大なバラが動いた。
ようにバトラには見えた。
「か、風だよ。きっと風で揺れただけ」
しかし、それはバトラの見間違いではなく、しかもバラの根元の地面がなにやら波打っていたのだが、もちろんバトラは気付かない。
「さてと、それじゃいただきま…す!!」
突然、バラの花の中央から、大きなワニのような顔がせり出してきた。
「えー、その、こんにちは?」

バクリ!

バトラは、そのワニ顔の大きな口に丸呑みされてしまった。

「バトラー!!」


※※※

「ムフフ、いかがです。我がビオランテの威力は!」
レヒテ助手が、これでもかと胸を張った。
だが、グレイ博士からは期待した賞賛の声はなかった。
「なんだね、そのバイオプランターとかいうのは?」
「バイオプランターでは有りません。ビオランテです、ビオランテ」
「却下だ」
レヒテ助手は、あまりの事に猛然と抗議の声をあげた。
「なぜです。周囲の放射線を受けた上に、この反応炉からの影響を受けた植物たちを集合し、融合、その上で増殖させた私のプランのどこが悪いのです」
「プラン自体はいい。だが、そのネーミングがいかん」
「ビオランテのどこが悪いのです?これは、バイオと…」
「かっこ良く無いからだ」
「は?」
「大事な事だから、二度言わせてもらう。そのネーミングは、かっこ良くない」

※※※


「バトラー!!」

事態の急変に、モスラたちはパニック状態になった。
その隙に、バトラを飲み込んだビオランテは、その身体を地面に沈め始めた。

「お願い!バトラを助けて!」

モスラたちはゴジラとキングギドラに懇願したが、どちらも知らん振りである。
彼らにとって、しょせんバトラなどどうでもいい存在なのだ。

「あんたたち、バトラを助けてとは言わないけど、せめて戦ってよ。あいつ、逃げる気よ」
「あー、もう半分潜ってる」

逃げる獲物を追いたくなるのは本能である。
モスラたちは素早く作戦を切り替え、狩猟本能に訴えることにしたのだ。
そして、ゴジラとキングギドラも、その本能には逆らえなかった。
放射能炎と引力光線が、同時にビオランテに襲い掛かった。
だが時既に遅し、間一髪、ビオランテは地中に逃げ込むことに成功した。
後を追って、ビオランテの消えた穴に入ろうとしたゴジラだったが、そこから戦車級が湧いてきたため、足踏みを強いられた。

4体は身構えた。
おそらく、無数のBETAが戦車級に続いて出てくると思ったからだ。
だが、穴からは戦車級だけが出て来た。
それも無数というわけでは無く、ある程度の数が出てくるとそれで後続は無くなった。
その代わり、出てきた戦車級は奇妙な行動を始めた。
一箇所に寄り集まり、他の戦車級の上に乗り、どんどんと高く折り重なっていく。
そして、互いに融合を始めた。

「えええ!キモ、くっつき始めたよー」
「なんか、別の形になってくみたい」
「うわっ、見るからに凶暴そう」
「やばいよ、こいつ」


※※※


「フッ、いかがですか。我がデストロイアは?」
いくぶん控えめにムアコック助手が言った。
「いいね。この面構え」
「私のビオランテの方がいいもん」
聞こえないよう小声でレヒテ助手がつぶやくが、上位存在を通じて感覚を共有しているため、他の二人にその声は筒抜けとなった。
「まだ君はそんな事を言っておるのか。我が弟子として嘆かわしい」
「植物だか、動物だか分らない存在なんて、中途半端」
「そういう事、既存のBETAにチョコッと手を加え、合体させただけの存在を新怪獣でございと威張ってる人に言われたくないね」
弟子の二人が言い争いを始めそうになったので、グレイ博士は仲裁に入った。
「まあ待て、デストロイアというのもネーミングとしてはいまいちなのだ。ビオランテとどっこい…、ふむ、やはり気に入らんな。これからは実験体初号機とでも呼ぼうか」
グレイ博士の意外な本音に、今度はムアコック助手が色をなした。
「デストロイアのどこがいまいちなんですか!?」
「長い」
「ぐっ」
痛いところ付かれたムアコック助手は、黙り込んだ。
「いかにも強そうな所はいいんだがな」

不毛な論議を続ける師弟。
こんなものを演算回路の一部として取り込んでいいのか?
悩む上位存在であった。


※※※


多数の戦車級が合体、融合して誕生したデストロイア。
それを前にして、ゴジラ達に緊張が走る。

それに追い討ちをかけるように、逃げ去ったはずのガイガンがその姿を現した。
頭部の損傷は補修され、眼窩の部分は細長いゴーグル状のもので覆われていた。
脆弱なことが判明した眼球部を守るためのものだ。

さらに、一旦地中に消えたはずのビオランテ改め実験体初号機もガイガンの横に出現した。

にらみ合う両陣営。

アサバスカの荒野に、嵐が吹き荒れる。
緊張を破るように、両陣営とは違う方角からゴジラめがけてビームが放たれた。
驚いてビームの放たれた方角を見ると、そこにはなんとバトラがいた。

バトラの目は青く輝き、その角からは青白い光を放っていた。



7.「最終決戦 後編」


「バトラは私たちに任せて」

そう言って、モスラたちがバトラに向かおうとするのを、ゴジラが止めた。

「やつは俺が殺る」

いきなりビームを浴びせられて、ゴジラは怒っていた。
一瞬でもバトラを味方だと思った自分の甘さを、ゴジラは呪いたくなっていた。

「ならば、その一つ目は、われが始末する」

キングギドラも相手を決めた。

「あの姿、気に食わぬ」

ガイガンの姿から、自らの眷属ではないかとキングギドラは疑っていたのだ。

「もう、しょうがないわね。なら、わたしたちは、残りの2体が相手ね」
「えー、ヤダ。キモいのが残った」


※※※

「キモいとは失礼な。我がビオランテの脅威を見せてやる」

ビオランテの花の中央部から、花粉がばら撒かれた。
だが、モスラの羽が巻き起こす暴風にそれは吹き返される。

「ゲホッ、ゲホッ。何をやっているのだ」
ガイガンと感覚共有しているグレイ博士が、レヒテ助手を叱りつけた。
「花粉が混ざりこむと、合体が解けてしまうじゃないか」
これもデストロイアと感覚共有しているムアコック助手が、いくぶん偉そうに言った。
その二人の言葉に、レヒテの何かが切れた。

「いつもいつも私ばっかりいじめて。もういやだー!」

ビオランテは、どこかに行ってしまった。

※※※

「あれ、変なのが消えた」
「えー、卵産み付けてやろうと思ってたのに」

モスラたちは、敵前逃亡したビオランテに唖然とした。
だが、最初からどうでもいい雑魚と認識していたので、残ったデストロイアには油断なく身構えていた。
その警戒どおり、突然変形して飛行形態になったデストロイア。

「来た」
「それぐらい、お見通しよ」

飛んで来たデストロイアを、ひらりとかわすモスラたち。
が、デストロイアの方が一枚上手だった。
デストロイアは、モスラの上空に達すると同時に融合を解き、もとの戦車級の姿に戻った。

「きゅあ!」
「小さいのがたくさん、降ってくる」

戦車級の雨が、モスラたちを襲った。


※※※


「ふむ、私の相手はキングギドラか」
グレイ博士は、ガイガンの目を通して立ちはだかるキングギドラの姿を認めた。
「研究対象としては、ゴジラに次ぐ存在。さて、じっくりと調べさせてもらおうか」

「笑止」
キングギドラは、二本の首からの引力光線をガイガンの左手に集中させた。
不意を付かれたのか、ガイガンの左腕は肩の下から引き千切られた。
「なぜ、よけぬ?」
キングギドラは、左腕に攻撃を受けても微動だにしなかったガイガンを睨みつけた。
「勝負は対等でなければいけない、と思ってね」
ガイガン(=グレイ博士)は、残った右腕でキングギドラの頭部が無い左の首をさした。
「むう、われに情けをかけるというかー!」
キングギドラは、憤怒の声を荒げた。


※※※


「来い、小僧」
ゴジラは、バトラを挑発した。
「なめるな!」
バトラは、頭部の角を突き立ててゴジラに突進した。
「ふん!」
ゴジラは、バトラの角を右脇に抱え込み、左手を添え腰に載せて放り投げた。
「そんな単純な攻撃。俺には効かん」
「なんの!」
飛ばされながら、バトラは口から糸を吐き出し、ゴジラの足を絡め取った。
糸がピンと張り、バトラの体重が伝わるとゴジラの足が浮き、バトラの身体が地上に引き落とされると同時に、ゴジラも転倒した。
この時点で、両者の攻守が逆転する。
頭をゴジラに向けたまま落ちたバトラに対して、ゴジラは無様に尻尾を敵に向けて仰向けになっていた。
バトラの目が光り、二本のビームが発射された。
ゴジラの身体が閃光と爆発に包まれた。

「やったか?」

爆発の煙が収まるのを待ちきれず、そろそろとバトラはゴジラに近づく。
やがて煙が晴れると、悠然とした態度でゴジラが現れた。

「きかんなあ」

右手で、首の辺りをかゆそうに掻きながらゴジラはうそぶいた。


※※※


再び対峙するゴジラとバトラ。
だが、そこに闖入者が現れた。

「わきゃきゃきゃきゃ!」
「いやーん。取って取って取って」

戦車級にまとわり付かれたモスラたちが、舞い降りてきたのだ。
そしてモスラたちは、ゴジラとバトラの周りを飛び回り、両者の戦いの邪魔をした。

「邪魔だ、どけ!」
「そんな事言わないで、こいつら何とかしてよー」
「姉さん、今は敵なんだ。頼らないで欲しい」
「あんた、大層な口効くようになったわね。そんな偉そうにするのは、このしつこいやつらを何とかしてからにしなさい!」
「いや、しかし…」
「分ったら、さっさとやる!!」

そうモスラに一喝されて、ビシッと固まるバトラ。

「イ、イエッサー!」

バトラは、投網状に糸を吐いてモスラたちの身体にくっ付いていた戦車級を絡め取った。

「こ、これでよろしいでしょうか!?」

今は味方のはずのデストロイア(=戦車級)を捕まえてしまったバトラに、今度は周りの動きが止まった。

「こ、これが、姉の威力か…」

戦慄する皆だった。


※※※


「茶番はここまでです」
レヒテは過剰なまでの自信と共に宣言した。
同時に、逃げ出したはずのビオランテが地中から再び姿を現した。
「ビオランテを馬鹿にするものは、新しきビオランテに滅ばされるのです」
その言葉を証明するように、再び姿を現したビオランテは今までとは全く違う猛々しい姿をしていた。
いくつもの結晶状の物体を身体から生やし、鋭い牙のある触手をゆらゆらと揺らめかせ、そしてその頭部からは花粉ではなく…。

「食らえ!我が劫火を!!」

新ビオランテの口から、ゴジラそっくりの炎が吐き出された。

「きゃあ!!」
「どうして、そいつが?」

炎を避け、右往左往するモスラ。
そのさまを楽しむように、新ビオランテは二度、三度と炎を吐き出した。

「いかがです?博士。我が新ビオランテ、宇宙空間にも適応するように進化した、言うなれば、スペースゴ…もとい、スペースビオランテ!」
「うむ、いいね。スペースが入ったことで怪獣らしい名前になった」
「うむむむ」
評価を上げたレヒテに対して、ムアコックは歯軋りをして悔しがった。
「ゴジラもどきで、博士に取り入るとは…。ならば」
ムアコックは、感覚共有しているデストロイアに再集合の指令を出した。


※※※


デストロイア(戦車級)の群れは、さらに身体を再分割することによってバトラの糸を外し、いったん地中に逃れた。
そして地中で再結合すると、ゴジラの背後の地面から一気に地上に飛び出した。
新たに腹部に形成された、カンブリア紀の生物として知られるアノマノカリスの口蓋に似た形状の器官が花びらのように開いた。
内から現れたのは、びっしりと埋め込まれた光線級の大群。
それら光線級からのレーザーが、ゴジラたちを襲った。

「む」
「きゃあ」
「まぶしい」
「フッ」

「バカヤロー、なんで俺まで狙うんだよー?」

※※※


「コホン。一部誤射はありましたが、どうです、我がデストロイア完全体は?」
胸を張りまくっているムアコックに、グレイ博士の言葉は冷たかった。
「身体の内部にレーザー発光装置を取り込むのは、ガイガンの二番煎じだ。独創性が無い。それに完全体というのも、いままで出し惜しみしていたようで好かん」
バッサリと切り捨てられて、ムアコックはムキになって反論した。
「か、完全体ですよ。完全体。かっこ良いじゃないですか!?」
「君は大事な事を忘れている」
「え?」
「完全体と言うが、完全体が最も強いとは限らんだろう。その証拠に、デストロイア完全体とやらは、大きな弱点を持ってしまった。ここにね」
グレイ博士は、ゆっくりとした動作で自分の腹に手を当てた。
その指摘に、初めは戸惑っていたムアコックもその意味に気付くと顔色を変えた。


※※※


さすがに歴戦のゴジラたちである。
レーザー攻撃の痛手から立ち直ると、瞬時にデストロイアの弱点を見破り、連携攻撃を加えた。
もっとも、それを後で聞いてもそれぞれが、それぞれの敵と勝手に戦っていたと主張するだろうが、傍から見れば完璧な連携攻撃にまちがいなかった。
モスラが燐粉を撒き散らしてデストロイアと、それを支援するガイガンのレーザー攻撃を防ぎ、ゴジラがスペースビオランテに放射能炎を叩きつけて動きを封じ、キングギドラがデストロイアの腹部に引力光線の集中攻撃を浴びせた。
たちまち花びら状の部分が捲り上がり、脆弱な内部が露出した。
そこをキングギドラの引力光線が再度襲う。
今ごろになってバトラがそれを防ごうと身を呈するが、引力光線を浴びたため却ってデストロイアの柔らかな内部にその角を突き立てる結果となってしまった。

「バトラ、ナイスアシスト!」
「ようやく正気に戻ったのね」

そんなモスラの声もあったが、いまだバトラは上位存在の支配下にあった。
その証拠に、バトラはすぐに角を引き抜くとデストロイアを守るため、キングギドラの前に立ちはだかった。

「あんたとも戦ってみたかったんだ」
「虫けらごときが。10万年はやいわ!」

「どけ!」

両者がにらみ合っている所に、ゴジラが上半身だけになったスペースビオランテを投げつけてきた。
スペースビオランテは、首からデストロイアの腹にめり込む。
そこへ、ゴジラの放射能炎が吹きつけられた。

大爆発が起こった。

ゴジラと戦っていたはずのスペースビオランテに何が起こったのだろうか?
それは、自己崩壊だった。
もともと植物体ベースのビオランテに、スペースゴジラの細胞を継ぎ合わせるのは無理があったのだ。
その無理が戦いの中で顕在化し、身体から突き出た結晶体が暴走、もろくも崩れだした動物体部分を引っこ抜いたゴジラが、それをデストロイアに投げつけ、それに外部からエネルギーを与えたことによって結晶体が大爆発を起こしたわけだ。

スペースビオランテ、デストロイア、両者とも粉々に砕け散り、戦場から消え去った。




8.「完結編 天に還る」


激闘の結果、デストロイアは爆散し、ビオランテは動物体を失った。
BETA側で無傷で生き残っているのは、ガイガンとバトラだけである。

「上半身など飾りです。偉い人にはそれが分らんのです」
いまだ植物体部分が残っているレヒテは、なお意気軒昂だった。
「偉い人とは私のことかね?」
「えっ、いや、その…」
グレイ博士に突っ込まれて、レヒテはしどろもどろになった。
「あとは私が一人でやる。君は、そこで腑抜けているムアコック君と一緒におとなしく見ていたまえ。まちがっても、花粉など飛ばさんようにな」


※※※


ガイガンが動いた。
それまで、自分からは積極的な攻撃はせず、戦況を見守っているふうだったガイガンがここに来て積極に動き始めた。

「まずは邪魔者に消えてもらう」

ガイガンは、モスラ二頭のうち動きの鈍い一頭に狙いを定め、レーザーを発射した。
もちろん空中を舞う燐粉に反射、減衰するのだが動きが単調な分、一箇所にレーザーを当て続けるのは容易だった。
何射目かで胴体の一箇所をレーザーが貫き、そのモスラは悲鳴と共に落下していった。
そして、傷ついたモスラを心配してもう一頭のモスラも戦線離脱することになった。

「これで2対2」

グレイ博士は、上位存在を通じバトラにキングギドラを抑え続けるよう指令を下した。
そして自らはガイガンで、ゴジラにとどめを刺すべく動いた。


※※※

バトラはキングギドラ相手に奮闘していた。
空を飛べないという圧倒的なハンデを、小回りの効く身体でカバーしつつ、バトラはここまでキングギドラと互角に戦っていた。
だが、良く見れば彼我の実力の差は明らかだった。

動き回り、果敢にキングギドラに攻撃を繰り返すバトラに対し、攻撃を受けているはずのキングギドラはその場を一歩も動いていなかった。
しだいに息切れを起こし始めたバトラを、休ませぬように引力光線が襲う。
息を整える間もなく飛び退いたバトラは、またも果敢にキングギドラに攻撃を仕掛けるが、その動きは先程より確実に鈍い。
その繰り返しが、急激にバトラの体力を奪っていった。

しかも乱射していたビームの威力も弱まってきた。
肩で息をし始めたバトラに、キングギドラは冷笑すると攻撃を止めた。
そして無視するように、露骨に向きを変えた。

あからさまな嘲りに、バトラの怒りが爆発した。
だが、既に身体が付いていかない。
キングギドラに追いすがろうとするも、尻尾で軽くあしらわれてしまった。


※※※


一方、ゴジラはガイガンの理詰めの攻撃に苦戦していた。
離れればレーザー攻撃、接近戦では鉤爪と腹の高速振動ブレードがゴジラを苦しめた。
その上、やっとの事でゴジラが後ろを取ると、あっさりと飛び去ってしまう。
決して無理な攻撃をしかけてこず、確実にレーザー光線による長距離攻撃でゴジラの身体を削っていく。
これはゴジラにとって、一番嫌な戦い方だった。

怒りに任せ放射能炎を吐いても、予備動作を読まれてその時にはガイガンははるか射程外に退避している。
距離を詰めれば、すかさすガイガンも近づいてきて鉤爪を繰り出してくる。
まるで自分が、狩の獲物のような立場になっている事にゴジラは苛立った。


※※※


何度目かのバトラの突進を、キングギドラはわざと受けた。
それには、ぶつかって行ったバトラの方が戸惑ったようで、その分衝撃は弱いものになった。
すかさず、キングギドラの二つの首ががっしりとバトラをはさみこんだ。
そして、そのまま上空に飛び上がる。

バトラは身をよじって暴れるが、疲れきった身体では到底キングギドラの力には敵わなかった。
キングギドラは、上空に舞い上がると目標の姿を追い求めた。
そして充分な高度を得ると、目標めがけて急降下を開始した。


※※※


ガイガンは、キングギドラの意図に気付いた。
とりあえずゴジラへの警戒は後にして、上空のキングギドラに向けてレーザーを放った。
だが、それはバトラを盾にされてまったく効き目が無い。
実はバトラの黒い装甲には熱線を吸収する性質があり、レーザー属種の天敵とも言っていい存在だったのだ。
その事をバトラの解析によって察知したグレイ博士が、何よりも先にビオランテを使ってバトラを捕獲し、BETA側に引き込んだのはそういう理由があったのだ。

そのバトラが、今キングギドラによって一本の槍となりガイガンに打ち込まれようとしていた。

ガイガンも更なるレーザー照射を試みるが、引力光線によってかき乱された空気の中を通過するため、うまくキングギドラに収束出来ない。焦点を結べず、ぼやっとした光点にしかならない。
それでもダメージを与えていないわけは無いのだが、少々の火傷を気にするキングギドラでは無いため、効いていないのと同じだった。

ガンッ!

まるで金属同士がぶつかった様な轟音が辺りに響いた。
バトラの角がガイガンの身体を貫いていた。


※※※


腹から背中に、バトラの角を含めた全身がガイガンを貫通していた。
ガイガンが外すまでも無く、バトラがもぞもぞと動くと背中側からバトラの身体が落下して行った。
後には、ぽっかりと大きな穴がガイガンの胴体に開いていた。

勝ち誇るキングギドラ。
獲物を横取りされたと怒るゴジラ。

だが、ガイガンは倒れなかった。
何事も無かったように動き出し、油断しきっていたキングギドラの背中に向けてレーザー照射を浴びせた。
燃え上がるように左の翼の付け根が輝き、次の瞬間にはもげた翼が弾き飛ばされていた。
鋭い悲鳴を上げ、ゴロゴロと転がるキングギドラ。

事態に気付いたゴジラが、放射能炎をガイガンに吐き掛けるが、それは地面から伸びてきた緑の壁に阻まれた。
ビオランテの植物体が伸ばした蔓が、ガイガンの周りに壁を形成し始めたのだ。

「よくやった、レヒテ君」
「我がビオランテの真価を見せるのは、ここからです」

ビオランテは守備だけではなく、攻撃の準備もしていた。
辺り一帯の地表にその蔓を、誰にも気付かれないように張り巡らせていたのだ。
その蔓は、片翼だけで飛ぼうとしていたキングギドラの両足にもいつの間にか絡みついていた。
ほんのつかの間、空に舞い上がったキングギドラの身体は次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

ゴジラも両足に絡み付いてくる蔓に苦戦していた。
口から吐き出す放射能炎で焼き尽くしても、蔓は後から後から湧いて出てくる。
本体を倒そうにも、植物体がいた場所は既にもぬけの空で、ほかに本体が現れてくる気配も無い。
先にガイガンを倒そうと思っても、もともと苦戦していた上にビオランテの盾まで手に入れてしまったガイガンには近づく事さえ出来ない。

「どうです博士。本体などいらんのです。私も勘違いしていましたが、これがビオランテ本来の戦い方なのです」
「うーむ、済まなかった。私がまちがっていたようだ」
「それより、今のうちにガイガンを下げて下さい。修理が必要でしょう」
「うむ、そうだな。正直、もう限界だ」

ガイガンは出現してきた穴から、再び地中に潜った。
戦場に残されたのは、BETA側がビオランテ植物体とバトラ、ゴジラ側がゴジラとキングギドラ。
いずれも、もはや無傷のものはいなかった。
ビオランテは動物体を失い。
バトラは全身傷だらけの上、体力がつきかけ。
ゴジラはガイガンからのレーザー攻撃で、これも満身創痍。
キングギドラに至っては左の首に加え、左の翼をも失っていた。
それでも彼らの闘志はいささかも失われてはいなかった。


※※※


「お姉ちゃん、私の事はもういいから、みんなを助けに行って」
墜落したモスラが、弱々しい声で言った。
「だって、だって…」
上空を旋回するモスラは涙声だ。
「私、もうだめなんでしょう?言わなくても、自分で分るよ」
死にかけのモスラは、自分の中にある精気を一つに集め始めた。
「卵を預けるから、お願い」
「バカ!今のあんたが卵なんて産んだら、本当に死んじゃうよー!」
「だけど、ここで力を使い果たした以上、カシュガルの敵は次の代に託すしかないもの」
「そうだけど、そうだけど」
「いっぱい産んでおくから、後はお願い。その卵たちが無事に孵るためにも、ここの敵を倒しておかないとだめだよ」
「でも、でも…」
「お姉ちゃん!お姉ちゃんが私やバトラのお姉ちゃんなら、最後まで最高のお姉ちゃんで居てよ。そんな、情けないお姉ちゃんは、私たちのお姉ちゃんじゃないよ」
「くっ、分ったわよ。その代わり、産む卵は一つにしておきなさい。カシュガルの敵は質より量で攻めて来る。それに数で対抗するのは駄目よ」
「うん、分った」
「じゃあ、行くね」
「さよなら」
「…、さよならなんて、言わないんだから」


※※※


戦場に戻ってきたモスラが見たもの。
それは、壮絶な修羅場だった。
もはや、それぞれの得意技を出す力も無く、それでも互いを倒すべく力を振るう。
ゴジラが。
バトラが。
ビオランテが。
キングギドラが。

モスラも、そのいつ終るとも知れない戦いに加わるべく降下を開始した。
その時だった。

ビオランテとバトラの動きが止まったのは。


※※※


読者は、名も無き地底怪獣のことを覚えておいでだろうか?
作者はすっかり忘れていたのだが、彼は地上での華々しい戦いをよそに、地底での地味な、しかし壮絶な戦いを続けていた。
倒しても倒しても、あとからあとから湧き出てくるBETAを倒しながら、彼はやっとの事で反応炉が位置する地下ドームに到達した。

「むっ。あれは何だ?」
突然進入してきた怪獣に、グレイ博士は慌てふためいた。
「ご存知ないのですか?」
虚脱状態だったムアコックが復活した。
「うむ、こう、知っているようで、肝心の名前が出てこない」
「フッフッフッ。ならば私が」
自信ありげに、ムアコックが嘯く。
「もう。遊んでないで、進入してきたヤツに対処してください。こっちはビオランテの制御で手一杯なんです。うわー、こっちに来る!」
レヒテが、目の前に迫って来た地底怪獣に悲鳴を上げた。
「待て、対処するにも名前がいる。早くヤツの名を」
「待ってください。あれ?急がすから度忘れしちゃったじゃないですか」
「そういう、お約束はいいから、早く!」
「ええと、確か…バ…」

プチ!

名も無き地底怪獣に、上位存在(+3名)はあっさりと潰された。


※※※


急に動きが止まったビオランテとバトラ。
それに戸惑い、ゴジラとキングギドラの動きも止まった。
モスラは、上空を舞いながら慎重に様子をうかがっている。

上位存在が潰れたことを知らないゴジラたちは、何かの欺瞞行動ではないかと疑っていた。
やがて、バトラの方が先に動き出した。

「いてててっ」

傷の痛みでバトラは目を覚ました。
そして、辺りを見回す。

「あれ、俺どうしてこんな場所に?」

ビオランテが作った緑の障壁の中に、なぜ自分がいるのかが判らない。

「確か、ワニみたいなヤツに飲み込まれて…」
「あんた、今度こそ本当に正気に戻ったの?」

モスラが用心しながらも、バトラに近づいていった。
バトラの目は赤い色に戻り、角の発光も消えていた。

「何の事だよ。それより、腹減っちゃった」
「ちょ…」
「お。うまそうなバラの蔓発見」
「はあ?あんた、ちょっと…」

前回の失敗に全く懲りていないバトラ。
ビオランテの蔓に向かって、全速力で走っていった。

パクリ。
ひょい。
パクリ。
ひょい。

蔓を食べようと齧りつくバトラだが、ビオランテの蔓は寸前でそれをかわす。
もうビオランテに指令を下すものは居なくなったのだから、これは有り得ない行動なのだが、それを知らないバトラは疑問を感じずに同じ事を続けた。

「こいつ、おとなしく食われろよ。腹へってたまらないんだよ」

どこまでも食いしん坊のバトラは、すでにビオランテを敵ではなく食い物としか見ていなかった。
そんなお気楽なバトラに天罰が下った。
退場したはずのガイガンがその姿を現したのである。

ビオランテといい、ガイガンといい、もはや操るものが居ないはずなのに、これはどうした事だろう。
実は、先に地球に落着していたカシュガルの上位存在、のちに「あ号」と呼ばれる存在がこの時、この場への介入を行ない始めたのである。
もちろん、それは遠隔地という事もあり、おまけに自分の管轄地でも「災害」という名の戦闘が続いているため余裕の無い「あ号」としては偵察程度の介入ではあった。

つまり、みたび姿を現したガイガンは、カシュガルの上位存在の指示を受けていたのだ。
そして、本体があるカシュガルからは遥かに離れているため、ゴジラたちを「災害」とはみなさなかった。
ただ、観察の対象としただけである。

しかし、同時にビオランテも支配下に置いていたために、それを食おうとしてきたバトラは「災害」と認定して排除を行なった。
すなわち、ガイガンによるレーザー照射である。

「熱っ!」

バトラは、突然のガイガンからのレーザー照射を受けて飛び上がった。
いくら熱線を吸収するといっても、熱いものは熱いのである。
バトラは、近くにあった湖に飛び込んだ。

それを切っ掛けに、ゴジラたちの攻撃が始まった。

そして、今度こそ戦いに決着がついた。
ゴジラ側の完全勝利である。
ガイガンも、ビオランテも破片一つ残さずに灰となった。

だが、ゴジラたちは勝利の美酒に酔うことは無かった。


※※※


「ちょっと、ちょっと、なんであんた達がこの上戦わなくちゃならないのよ?」

にらみ合うゴジラとキングギドラ、その上空であたふたと飛ぶモスラ。
BETA側の怪獣が居なくなった途端、今度はゴジラとキングギドラがにらみ合いを始めた。
モスラは、訳が分らず両者に説明を求めた。

「理由は無い、ですって?」

目の前に互いが居るから戦うのだと、ゴジラとキングギドラは答えた。
女子供に、自分の心は判らないとも。

ゴジラとキングギドラは、正面から組み合い肉弾戦を繰り広げた。
その戦いは大地を揺るがし、その轟音は天に響き渡った。

金色の鱗は剥がれ、背中の背びれが引きちぎれた。
激闘はいつ果てるとも無く続いた。

だが、キングギドラの身体に異変が起こりつつあった。
その身体の周囲を、白い淡い光が包み始めたのだ。

それに気付き、ゴジラが後ずさると同じ現象は彼の身体にも起こっていた。


※※※


キングギドラは思い出した。
自分が既に死んでいた事を。

金星に落着したBETAと戦い、相討ちの形で死んでいたのだ。
そして、死の間際、彼は幻を見た。

地球にゴジラという強敵が存在し、それと幾度もの激闘を行っている自分の姿を。

金星文明を滅ぼしてからの彼は、永遠とも言えるまどろみの中にあり、幻の中のような強敵とは現実には出会っていない。
いま戦ったBETAは、心のない存在であり、敵と呼べる存在ではなかった。

彼は、その幻の中の自分が羨ましかった。
幾度もの強敵と会してこそ、自らの存在の意味がある。
今、己はこんなつまらない存在を相手に戦い、そして死のうとしている。

羨ましい。
そして、怒りが彼の全身に漲る。
なぜ、この世界は我に強敵を与えなかったのか?
戦いたい。
彼の者と。
ゴジラと。

その願いは、反応炉爆発のエネルギーを吸収し、次元を貫いた。
キングギドラは再びこの世界に肉体を得た。
たとえ、仮初の存在だとしても。

そしてその願いは、同時にゴジラたちをも別の並行世界から召喚したのだ。


※※※


キングギドラは、時が来た事を知った。
還る時が来たのだ。

残った二つの首を空に向かって突き出し、最後の咆哮を放った。

(存分に強敵と戦った)

(我が生涯に、一遍の悔い無し!)

キングギドラは、光の柱となり天に還った。


同時に、ゴジラも光の柱となり消えていった。


実質的殊勲者である、名も無き怪獣も地底で地味に消えていった。


※※※


「私たちだけになっちゃったね」

モスラとバトラだけが消えなかった。
彼らはキングギドラが召喚した存在ではなく、この世界に元から存在していたからだ。

「俺たちだけ?姉さん、何言ってるんだよ。初めから、ここには俺たちしか居ないだろう?」
「えっ、あれ?あー、そう言えばそうね。誰か他にいたような気がしたんだけど」

仮初の存在であるキングギドラと、彼に異世界から召喚された怪獣たちの記憶はモスラたちから急速に失われていった。

「じゃあ行こうか。次の戦いに備えて」
「でも、もう俺たちにカシュガルの敵を倒す力は…」
「そうね。ただでさえ手ごわいのに、急速にその勢力を増してる。はっきり言って、いまの私たちの力では無理ね」

モスラは、いつの間にかその肢に一個の卵を抱えていた。
すでに息を引き取ったモスラが産んだ卵だ。

「だから、この子たちに託すしかない。でも、それには力を蓄える長い時間が必要。果たして、人間達がそれまで持ちこたえてくれるのかしら…」
「大丈夫、その時間は俺が稼ぐ」

バトラの背中に、一本の裂け目が走った。
そして光と共に、バトラの…。

「あれ、成虫じゃないの?」

中から出てきたのは、少しスリムになったが相変わらずの幼虫姿のバトラだった。

「ああ、少しばかり長生きしなきゃいけないみたいだからね。成虫になるのは諦めたよ」
「あんた…、馬鹿ねえ」
「ああ、大馬鹿さ」

モスラは南の島へ、バトラは西の海を渡った大陸へ。
それぞれの使命を帯びて、彼らは去って行った。


※※※


後日、アサバスカの落着ユニットの地下から、グレイ博士たち3人が奇跡的に救い出された時、彼らは上位存在はもちろん、怪獣たちに関するほとんどの記憶を失っていた。
だが、「ゴジラ」と呼ばれるモンスターの事だけは明確に憶えていた。
その現象は、ゴジラに係わった関係者に共通するもので、アサバスカの落着ユニットを破壊したのはゴジラであると皆信じていた。
全米各地での謎の破壊事件も全てゴジラの仕業とされた。

だが、アメリカ政府はアサバスカの落着ユニットを破壊したのは戦略核の集中攻撃であると発表した。
アメリカの威信を保つためである。

ゴジラが与えた衝撃は、関係者の脳裏に鮮烈に残っており、
「ゴジラクラスの攻撃力が…」
「例えばゴジラのような」
と、軍関連の研究者は事あるごとに口にした。

また、「G元素」のGも発見者グレイ博士の名からではなく、「GODZILLA」から取った命名であるとも囁かれている。


※※※


その後、数年に渡ってカシュガルのオリジナルハイヴからのBETA東進は無かった。
時折、それと思わせるBETAの動きはあったのだが、なぜかそれは実現しなかった。

タクラマカン砂漠をBETAの大群が東を目指して進む時、どこからか黒い巨大な影が現れ、BETAを蹂躙したという。
その巨大な影には、異様に赤く輝く目が光っていたと、数少ない目撃者は語った。

また、BETAの日本侵攻が始まった時、巨大な蛾の形をした飛行物体がレーダーに映ったという噂が流れた。

だが、それらを証明する確たる証拠はいまだ提出されていない。


序章「アサバスカの真実」(改訂版) 完




[12377] 第12話「ハイヴ」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/03 20:40
第12話「ハイヴ」

夢を見ていた。
森で仲間たちと暮らしていた。
平和な世界だった。
弱肉強食の掟が支配する地ではあるけれど、緑豊かな島を彼らは愛していた。
何者が来ようと、俺たちがこの島を守る。
そう決意していた。
だが、やつらが来た日、全てが失われた。
無力だった。
仲間たちや、愛しいものが食われていった。
許せないと思った。
やつらを。
そしてそれ以上に、やつらに対し無力な自分自身を。
牙が欲しい。
やつらを切り裂く牙が。

たとえ、その牙がこの身を滅ぼそうとも!!


武はベッドから飛び起きた。
全身にびっしょりと冷や汗をかいている。
「夢……か?」
武は夢の内容を思い出そうとした。
だが、思い出せない。
確かに夢を見ていたはずなのだが、その内容を思い出せなかった。
こんなにも胸が締め付けられるような苦しさを憶えているのに、肝心のそれをもたらしたものが浮かんでこない。
「昨日の映画の所為か?」

昨日、見せられた映画。
間単に言えば、アサバスカのBETA落着ユニットを破壊したのは人間では無く、実はゴジラを初めとした怪獣たちだったという内容のものだった。
ゴジラになるという体験をしていなければ、何の冗談だと笑い飛ばしていただろう。
だが、武はその映画が真実だと確信した。
やつら、BETAは人の力ごときで倒せる敵ではない。
この星に、もし怪獣がいなかったら今ごろはすでに人は滅び、BETAに支配されていたに違いないのだ。

そんな事を考えながら、ふと時計を見ると起床時間にはまだ余裕があった。
「そういや、あっちの世界ではいつも純夏に起こしてもらってたんだよな」
武は、元の世界での毎朝の騒ぎを思い出した。
その思い出は、すでに遠く感じる。
部屋を出た武は、昨日のようにグラウンドではなく屋上に向かった。
なんとなく空が見たくなったのだ。

「冥夜のやつ今朝もか。真面目だな」
屋上に出た武は、フェンス越しに眼下のグラウンドで鍛錬を行なっている冥夜の姿を認めた。
冥夜に声を掛けようととして、武は止めた。
背後に何かの気配を感じたからだ。
だが、振り返っても何も見当たらない。
「妙だな。確かに人の気配を感じたんだが?」
もう一度、今度は視線をやや上に向けて見回すと、給水塔の上から人の足がぶら下がっているのが見えた。
「誰だ?」
武も給水塔の上によじ登ってみた。
「ピピピ」
「ユンユン」
そこには、謎の声を発しながら空を見つめている慧がいた。
「彩峰」
そう武が声を掛けたものの、慧は気づいていないのか一瞥さえしない。
「彩峰?」
「……」
返事が無い、ただの……。
「死んでない」
武の心を読んだとしか思えない返事が返ってきた。

「今、交信中。忙しい」
武が質問するより早く、慧はそう迷惑げに言って来た。
「ピピピ。秘密の交信中?」
「ユンユン。は!見られた?」
「ピピピピ。目撃者、抹殺?」
なぜか疑問系かつ、棒読みで物騒なことを慧は言い出した。
「いやいやいや、秘密も何も、おとといの射撃練習中に、堂々とその交信とやらをやってたじゃないか」
武がそう指摘すると、慧は白々しくポンと手を打った。
「おー」
「納得したら、その物騒なものしまってくれないか?」
「スケベ」
慧は胸の前で両腕を組み、身を固くした。
「大きいのは認めるが、胸のことじゃないから」
「ん?」
困惑した表情で、慧は武を見つめた。
それに応えて、武は両手の人差し指を立て、自分の頭の上に持っていった。
ちょうど頭から角(つの)か、触角が生えているように……。
その途端、慧の顔色が変わった。
「っ!」
これまでとは全く違う素早い動きで、慧は給水塔を飛び降りた。
「おい、待てよ」
あわてて武も飛び降り、慧のあとを追った。

「私より速い?」
すぐに自分に追いついた武に対し、慧は警戒を高めた。
「あり得ない」
しかし、巧く誘いに乗ってきたのは幸いだ。
正体を探り、敵ならば抹殺するだけ。
慧は振り向きざま、蹴りを放った。
「なっ!」
渾身の力を込めた蹴りが、あっさりと止められた。
慧は我が目を疑った。
そんなはずは無いと、すぐに二の手、三の手を放つ。
だが、そのことごとくが軽くいなされる。
「さすがだな、彩峰」
武が余裕の表情を浮かべながら言った。
「やはり、格闘術に関しては、お前が一番だ」
「くっ」
その誉め言葉も、一発も入れられない現状では屈辱にしか感じられない。
力こそ及ばないものの、速さも、タイミングも、技の錬度も、ほぼ全てにおいて慧は武を上回っている。
なのに、一発も当てることが出来ない。
どうすれば当てることが出来るのかすら、思いつかない。
慧の焦燥は深まるばかりだった。

武と慧とを隔てるもの、それは圧倒的な実戦経験の差である。
前の世界でゴジラとして過ごした時間の大半は、絶えず命のやり取りを行なう殺すか殺されるかの日常だった。
一瞬の油断が命に関わる世界から見れば、今の慧との闘いなど児戯に等しい。
もちろん、今の武の身体能力は人間としての限界を越えてはいない。
だが、過去の世界での豊富な戦闘経験が、無意識かつ適切に武の身体を動かしていた。

「白銀……お前……何者?」
荒い息を吐きながら、慧は単刀直入にきいた。
「さあな、自分でも分らん」
「ふざける……駄目」
正直に答えた武だが、慧はむっとした表情で応えた。
「彩峰、お前こそ何者なんだ?普通の人間は、頭に光るアンテナなんか生やしてないぞ」
再度の、今度は言葉による指摘で慧は事実を一つ認めた。
「見えるの?」
「ああ」
慧は、引っ込めていた頭の触角を出してみた。
「見える?」
「ふむ、普段はそうやって収納してるのか?」
「違う。見えない」
ぽうっと、触角が光を放った。
その触角に、慧が自分の手を横切らせた。
触角は、手に当たってたわむことも、切れることも無くそこに在り続けた。
「実体じゃないのか……」
「……」
感心する武に、致命的なスキが生まれた。
「んっ!」
慧は渾身の力を奮って……。

「止めておけ、彩峰」
必殺の技を放つ寸前、それを止める声がした。
慧が声のした方に目を向けると、そこには冥夜がいた。
「なぜ止める。次こそ決まった」
「分らぬか?その結果、倒されていたのはそなたの方だぞ」
「肉を切らせて骨を絶つ」
「小骨と引換えに、大きく肉をえぐられるぞ」
「あり得ない。とにかく邪魔しないで」
おかしな事に、止めに入ったはずの冥夜と慧との間に火花が散りそうになっていた。

「冥……いや御剣、いつの間に来てたんだ?」
あえて空気を読まず……、いや、険悪な空気を察して武はのんびりした声で冥夜にたずねた。
「彩峰との格闘技の訓練に夢中で、全然気付かなかったよ」
「……」
「……」
慧と冥夜の緊張が、その武の声で解けた。
「白銀……」
「格闘訓練か。まあ、そういう事にしておこう」
冥夜は苦笑した。
「これからは、あまり派手な訓練は慎む事だな。下にいた私が何事かと思ったくらいだ」

※※※

今日の実技は、救命処置である。

「さ、さ、さ、さあ、遠慮せずに、き、き、き、きてください」
すでに色々とテンパッている壬姫が、顔を真っ赤にしながら床に仰向けに寝ている。
その前で立ち尽くす武。
衆人環視の中で、キス、もとい人工呼吸を行なうのがこんなに勇気を必要とするものだとは思わなかった。
「どうした白銀。いつまで珠瀬を待たせるつもりだ?」
まりもがきわめて事務的な口調で、しかし面白がっているのが隠し切れない表情で武を急かせた。
「普通、こういうのは人形を相手にやるんじゃないですか?」
「ここは軍隊だ、看護学校では無い。もっとも、最近の看護学校でも、それ専用の人形を用意する余裕はないと聞いているがな」
まりもは、武の退路を断った。
ゴクリ。
武は覚悟を決めた。
「いくぞ、たま」
「は、はい」
二人の唇が重なった。
その途端、壬姫の身体に異変が起こる。

プシュー、と頭から湯気が上がり、目がぐるぐると渦を巻き、足が引っ込んだ。
シュゴー。
足が引っ込んだあとから、炎がジェット噴射のように吹き出し始めた。
「恥ずかしくて、顔から火が出そうですー」
「いや、他の場所だけど本当に出てるから」
「穴があったら入りたいですー」
「その穴から、噴き出てる」
「身体が、ふわふわ宙に浮かんでるみたい……」
「待て、ほんとに浮かんで……」
壬姫の身体からの噴射は威力を増し、その身体は今にも飛び出しそうだ。
いや、飛んだ。
「パパー、ごめんなさーい!」
壬姫は、ガラス窓を突き破り、大空に消えていった。
「壬姫は、今日、大人の階段を一歩登ってしまいましたー!」
そんな言葉を残して。

あとに残された武は、唖然としてそれを見送るしかなかった。
「そりゃガメラなら、飛ぶよな」


※※※


「で、何か思い出した?」
その夜も、武は夕呼と会っていた。
「特に何も……。あ、妙な夢を見たんですが、内容をどうしても思い出せません」
それでも憶えている限りの夢の内容を語るが、その中に夕呼の興味を引くようなものは無かった。
「やはり、アサバスカに出現したやつとは、直接のつながりはないのかも知れないわね……」
夕呼はそうつぶやいて、昨日の話の続きを始めた。
「映画で見てもらった通り、カナダに落着したBETA宇宙船は破壊されたわ。アメリカ軍、政府の公式発表では戦略核兵器の集中攻撃が成功した事になっているけど、実際は映画の通りよ」
「怪獣たちが破壊したわけですね」
「そうよ」
夕呼は、武の答えに笑みを浮かべた。
「ずいぶん、あっさりと認めるのね。この事実を知っていても、受け入れられない人間が多いのに……、まあ、白銀は特別ね、だって……」
「ゴジラですから」

「……と言うわけで、その後も人類は有効な攻撃手段を開発できず、戦術機なんてゲテモノでなんとかしのいでいる……」
夕呼は、連戦連敗のBETAとの戦争をそう総括した。
どうやら、現在の戦術機を主力とした対ハイブ戦のあり方に異議を唱えているようだ。
「その弊害が顕著に顕れたのが、1996年の日本侵攻時の戦闘よ。BETAは北九州から日本海沿岸の広範囲に上陸し、わずか一週間で九州・中国・四国地方を占領したの。戦術機を初めとした通常兵器は、BETAの圧倒的な数の前にほとんど無力だったわ。犠牲者3600万人 日本の人口の30%が失われた」
「……」
スクリーンに描かれた図表と、夕呼の説明する内容に言葉も出ない武。
ある程度は感じていただろうが、この世界の悲惨な歴史をまざまざと思い知らされたのだ。
「BETAの物量に対抗するには、通常兵器をいくら並べても駄目なのよ。戦術機程度の火力と防御力では不足。もっと圧倒的な火力と防御力を持つ存在を戦場に投入しなければ……」
「それがゴジラ、ですか」
無作法にも夕呼の言葉を遮ったのだが、夕呼は怒らなかった。
「そうよ、光線級の集中照射に耐え、一度に大量のBETAを焼き払う、そんな兵器こそが必要なのよ」
言うは易し、行なうは難し。
各国の兵器開発者の誰しもが夢想する理想の兵器だが、それ故にいまだに実現させたものはいない。

武の脳裏に、不思議な光景が浮かんだ。
奇妙な形態の飛行物体からあり得ない光芒が放たれ、ハイヴと呼ばれるBETAの巣を破壊するさまが。
明らかに夕呼の言葉に触発されたのだが、その光景の中の機体はゴジラに比べてあまりにも脆弱だった。
主砲を一発か二発撃ったくらいで機能停止するような、そんなおそまつな兵器がこの世界で役にたつのだろうか?

「どうしたの?」
「いえ、何でもないです」
「何か思い出したの?どんな小さな事でもいいから話してみて」
そう迫る夕呼に、武は正直に話すことにした。
「はっきりとは思い出せないんですが、今、夕呼先生が言ったような兵器が、俺の経験した世界の中にあったような気がします」
武は思い出せる限りの範囲で、その兵器の説明をした。

「はあ?二回主砲を撃っただけで機能停止?そんなの欠陥兵器じゃない」
夕呼の感想は、武の予想通りのものだった。
「いや、でも、破壊力は凄いんですよ。防御力も、バリアみたいなのでレーザーを捻じ曲げて……」
武は、懸命にその兵器の凄さを並べたてた。
だが、夕呼はそれをバッサリと切り捨てた。
「最後に機体を放棄して脱出するなんて、コストパフォーマンスが悪すぎるわ。ハイヴは20以上もあるのよ。それに……」
夕呼は少し躊躇ってから続けた。
「それに、この世界のハイヴをその兵器で攻略する事は不可能ね。重要な要素が違っているから、オリジナルハイヴどころか、出雲ハイヴでさえ攻略できるかどうか……」

武は、夕呼の言葉に激しい違和感を感じた。
「夕呼先生、今、なんていいました?」
「えっ、何か変な事、言ったかしら」
「……」
武はスクリーン上の図表で、日本にあるハイヴの位置を確かめた。
一つは横浜、もう一つは……。
「佐渡じゃ無い!」
武は、そう叫んだ。

「先生、なぜ佐渡島にハイヴが無いんですか?出雲にハイヴって、どういう事なんです!?」
急に興奮しだした武に、夕呼は驚いた様子を見せた。
「ちょっとどうしたの?どこにハイヴを作るかなんてBETAの都合なんだから、BETAに聞いて欲しいわね。というか、少し落ち着きなさい」
そう諭されて、武は幾度かの深呼吸をして興奮を鎮めた。
「済みませんでした。俺の経験した世界では、横浜と佐渡島にハイヴがあったんです。でも、さっきの説明だと佐渡島じゃなくて、出雲、島根地方にハイヴが存在していたんでびっくりしたんです」
夕呼は、武の説明を興味深そうな表情で聞いている。
「ふーん、白銀の元居た世界には佐渡にハイヴがあったのね」
「ええ、まちがいなく佐渡です。出雲じゃありません」
これは夕呼にとっても、武にとっても無視できない大きな相違だった。

「出雲といえば……」
「出雲といえば……」

しばし顔を見合わせる夕呼と武だが、全く何も閃かない。
何らかの結論を導くには、情報が少なすぎるのだ。

だが後日、夕呼はこの日の事を激しく後悔する事になる。
なぜ、それに思いいたらなかったのかと。






[12377] 第13話「待機」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/04 22:16
第13話「待機」

「ええっと、大変です、BETAが来ます」
突然そう言ってきた武に、なにこのバカ、という蔑みの目を夕呼は向けた。
「なんなの、このバカ」
「先生、内心が口に出てます」

「突然言われて、判るわけ無いじゃない。いつ、どこに、どれくらい来るのかが判らないと手の打ちようがないじゃない」
「時期は今ごろ……、いえ今週中です。場所は北……群馬あたり、規模は師団規模より小さかったと思います。警告を出してください」
懸命に乏しい記憶をひねり出した武だったが、その答に夕呼は首を傾げた。
「はあ?群馬?なんでそんな防衛線の内側深くに攻め込んで来られるの?」
「なんでって、前の世界の俺の記憶だとそうなるんです」
「信じられないわね」
夕呼は、冷たくそう告げた。

「いい?出雲ハイヴはここ、そして群馬はここ」
夕呼はスクリーン上の図表を切り替えた。
「両者の間には、京都、琵琶湖、中部と3重の防衛線が敷かれているの。その防衛線をどうやって突破してくるのかしら?」
「それは……海から……だったような」
「海?日本海を迂回してって事?」
「たぶん……、……でも来るんです」
歯切れの悪い返事を返す武。
だが、本当にその部分の記憶がないのだから仕方がない。

しばらくの間考え込んだ夕呼は、地図を見ながらもう一度確認した。
「まちがいなく来るのね?」
「はい、それはまちがいありません。前の世界でゴジラとして目覚めて、しばらくしてBETAの大群と遭遇しました。そのBETAの大群への対処で、俺に……ゴジラに対する人間側からの攻撃が止まったんです」
「なるほど、ゴジラに構ってる余裕がなくなる程の規模というわけね」
「まあ、攻撃が止んだのも一時的でしたけどね。それどころか、その後スーパーX2が出てきて追い回される破目になって、日本から脱出しましたよ。その時、何ヶ所かの基地の近くを通ったんですけど、まともに攻撃してきた基地はなかったですね。それぐらい酷い損害を受けたんですよ。だから……」
「解ったわ」
夕呼は、仕方ないという感じで頷いた。
「それじゃ」
「まあ、情報源を明かせない以上、正式なものではないけど、演習という形で部隊の移動をしておくわ。帝国軍を巻き込んでね」
「夕呼先生、ありがとうございます」
武は、そう礼を述べると部屋を出て行った。

一人部屋に残った夕呼は、やれやれという表情で武の出て行った扉を見た。
しばらくしてその視線を、ついと部屋の隅の何もないはずの暗がりに転じた。
「いつまでそうしてるつもり?もう出てきたら」
そう夕呼が呼びかけると、暗がりの中から人影が現れた。
「失礼、盗み聞きをするつもりはなかったのですが……」
「鎧衣課長、お久しぶりね」
人影の正体が最初から分っていたのか、夕呼は慌てる素振りもなく灰皿を鎧衣に勧めた。
「これはこれは、お気遣いを。では失礼して」
鎧衣は懐からライターと外国製煙草を取り出し、火をつけた。
「こっちはこっちで、やらせてもらうわ」
夕呼もどこからか酒を取り出し、グラスに注いだ。
煙とアルコールの香気が、室内を充たしていった。

「彼が例の?」
「ええ、貴方のご子息と同じ『存在』ですわ」
夕呼の言葉に、鎧衣は首を横に振った。
「はて、私には息子など居りませんが……。息子のような娘なら居るような、居ないような……」
韜晦をしかけた鎧衣だが、夕呼はその手に乗らなかった。
「鎧衣訓練兵、いえ……ミコト王女とお呼びした方が良かったかしら?」
「ははは」
鎧衣は、乾いた笑い声を発しながら懐から何かを取り出した。
「お土産です」
「あら、珍しい」
夕呼はその銀色に輝く物体を受取った。
「これは……土偶……っぽいロボット?」
「昔、とある研究所から貰い受けた物です」
「随分精巧だけど、何の役に立つの?」
「それを、香月博士に解明していただければ」
挑むような言葉を鎧衣は口にした。
「……、あの子に関係あるのね」
ミコトの名をわざと口にせず、夕呼は探りを入れる。
「はて?お土産と申し上げたはずですが」
「人魚か、居残り組みか、それとも……」
「ははは」

「という訳で、帝国内におけるX星人シンパは、海底帝国勢力に駆逐されつつありますな、私見ではありますが」
「なるほど、するとX星人たちは現首相を擁して、その動きに抵抗しているというわけね」
「まあ、そういうことです。やはり、X星人本隊が去ってしまった影響は大きかった……」
話題は変わって、最近の帝都の様子を話す鎧衣とそれを熱心に聴く夕呼。
国連軍での夕呼の立場は不安定であり、どうしても日本帝国内に有力な支持者を必要とする。
その人々の権力闘争の結果は、夕呼の立場に直接響くのだ。
「でも、それで黙ってるX星人たちとも思えないけど……」
「それに関しては、なにやら帝国軍内で不穏な動きが見えますな」
「赤?青?」
「いえ、斯衛ではなく……」
どこまでが本当の事か分らない話が続く。
しかし、他ならぬ鎧衣が話す事であり、まるきりの嘘だとして必ず意味はある。
それを見抜くための、質問とも反論ともつかない応酬を夕呼は続けた。

その後、小一時間に及んだ情報交換を終えて鎧衣は帰っていった。

「あら、本当に置いていったのね」
夕呼は「お土産」と称する物体を改めて手に取ってながめた。
先程はロボットと言ってしまったが、こうしてじっくりと観察すると、やはり恐ろしく精巧な工芸品のように見える。
大きさは男性の手の平よりやや大きい程度、材質はその冷たい手触りとずしりとした重さから何らかの合金だろう。
身体の表面は何色かに塗りわけられている様だが、酷く汚れているために正確には判別できない。
「この文様は……」
夕呼は、赤く塗り分けられた部分が以前見た、どこかの古代文明の絵文字に類似している事に気付いた。
「ジャガー?そして……飛ぶ……もの?」

その日の夕呼の執務室の明かりは、夜遅くまで灯もっていた。


さて、問題のBETA襲撃は武の予言通りに発生した。
ただし、その出現地点は事前の想定を大きく裏切るものだった。

「BETA、九十九里浜に上陸、北上を開始しました」
「防衛線突破、少なくとも師団級の勢力が北上しています」
「千葉=茨城防衛線、このままでは瓦解します」
「新潟沿岸異常無し」
「帝都および仙台より、増援部隊抽出」

日本帝国軍は、突然の太平洋側からのBETA襲撃に浮き足立った。
当然横浜基地内も警報が鳴り渡り、騒然とした空気に包まれた。
だが、そんな中、一人平然としている訓練兵がいた。
言わずと知れた武である。
「ずいぶんと余裕だこと」
退屈そうにあくびをかみ殺した武に、千鶴が皮肉を言った。
「わりぃ、昨日も夕呼先生に付き合わされて遅かったもんだから。ふぁ……」
「そういう態度が、不謹慎だって言ってるのよ」
待機を命ぜられた一室で、他の小隊メンバーと同じく不安を押し殺していた千鶴は武の呑気な態度に怒りをいだいた。
「今がどんな状況か、あなただって分ってるんでしょ?」
「ああ、BETAが上陸したんだろう?」
事もなさ気に言った武に、他の小隊メンバーがあきれた目を向ける。
「武、そなた……」
「はうう、怖くないんですか?」
「白銀は異常」
それぞれの感想に対し、武は思ったままを口にした。
「怖がったって仕方ないだろう。この基地にまで来れば戦うだけだ」
「戦うって……、私たちは訓練兵でしかないのよ」
「だが、兵士だ。訓練兵だからといってBETAは見逃してくれない」
そう言い切る武に、とっさには誰も反論できなかった。武の言葉に、それだけの重みが感じられたからだ。
「……、前にも思ったけど、あなた実戦の経験があるんじゃない?」
「いや、俺には無い」
千鶴の疑念を即座に否定した武だったが、
(『いまの』俺にはだけどな)
と内心で付け加えていた。

BETAが来るから、それがどうだと云うのだろうか。
ゴジラとしての武は、人間たちの右往左往するさまを冷笑していた。
要塞級とかいう最大のBETAさえ、ゴジラになってしまえばしょせん敵では無い。
ハイヴとかいうBETAの巣に居る例のやつだけは厄介だが、それ以外のBETAなぞ雑魚に過ぎない。
ゴジラである武の思考は、すでに一般人とかけ離れていた。

「本当に?」
しつこい千鶴の疑念にも、武は気にする素振りは無い。
気になるのは……。
「そりゃそうだよね。だって武はゴジ……」
そう言いかけたミコトの口を素早く塞ぎ、
「よし、尊人、ちょっとこっちで話そうか」
素早く教室の隅に運んだ武だった。

その一方、冥夜は武たちとは反対側の教室の隅で、モスラとバトラを相手にひそひそ話をしていた。
「ならん」
「ピピル」
「ルル」
「戦いに行きたい気持ちは理解できるが、そなた達は帝国、いや、人類を含めた地球生物全体の切札。いまはまだその時では無い」
「ピピピ」
「ピピ」
「だが行かねばならぬ、だと」
冥夜は戸惑いの表情を浮かべた。
モスラたちがこんなにも頑なな態度を示すことは、これまでに無かったからだ。
「むう、それほど重要なものなのか?」
「ピルル」
「ピルピルル」
「最後のパーツかもしれない……とは?もし、全部揃ったら恐ろしい事になる、だと」
「ピピ」
「ルル」
「わかった。奏上してみよう。……月詠、いや月詠中尉を捜さねば」

「ピピピ」
「ゆんゆんゆん」
窓辺に佇んで、怪しげな交信をしているのは慧である。
「要請」
「出撃」
「……ドラ」
どうやら、何かの出撃要請をしているようだ。
だが、交渉はうまくいっていないようだ。
「けち」
「ばか」
「猫のウンコ踏め」

そんな慧のかたわらでは、壬姫が何かを念じていた。
常に首に掛けている勾玉を両手で包み込み、祈りをささげている。
「天国のお母さん、わたしに力を貸して下さい」
母の形見であるその勾玉は、さらにその母、その母からと代々伝わってきたものだと壬姫は聞いている。
「わたしに本当の巫女の力を。ガメラを復活させる力を」
壬姫の求めに応えたのか、両手の中の勾玉がかすかに光る。
「あ」
壬姫の身体に、ガメラの幻影が重なった。
だが、そのガメラの姿はすぐに消え去り、壬姫の姿は元通りに戻ってしまった。
それどころか、背中にしょっていたガメラの甲羅が消え去った。
「そんな……」
一人涙ぐむ壬姫だった。

その頃、夕呼は横浜基地内の中央指令室で青ざめた表情をしていた。
「予想進行地点は、本当にここでまちがいないのね?」
「はい」
「カシュガル、出雲、そして……。そうか!そういう事だったのね!」
夕呼は悔しげに唇をかんだ。
「なんて迂闊なの。なぜ、それに気付かなかったのよ!」
夕呼はラダビノッド基地司令に向かって叫んだ。
「緊急事態です!!ラダビノッド司令、当横浜基地の緊急展開部隊の出動を要請します!」
何事かといぶかるラダビノッド基地司令を無理やり説得し、夕呼は即時投入可能な戦力を出撃させる事に成功した。
むろん横浜基地の全戦力とは程遠い小部隊でしかないが、何もしないよりはましである。
「伊隅、頼むわよ」
あとは、すでに現地付近に展開済みのスーパーXやスーパーX2がいち早く予想進行地点に到着している事を祈るだけである。

那須。

それが、今回のBETA進行目標だった。




[12377] 第14話「飛来」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/05 21:54
第14話「飛来」

「くっ!」
伊隅は、ほぞを噛んだ。
群馬から霞ヶ浦方面にいち早く移動したものの、スーパーXやスーパーX2はBETAの大群に対して有効な攻撃を加えることが出来なかった。
伊隅が指揮する2機は、本来はゴジラのような巨大怪獣に対抗するための兵器であり、そのための兵器、戦術しか持ち合わせていない。
中小型BETA主体の群れが相手では、その真価を発揮する事はできない。
2機の周囲をすり抜けて、膨大な数のBETAが北上していく。

事前にBETA来襲の情報を与えられていなかった帝国軍の動きは当然鈍く、沿海部の防衛線を突破してきたBETAを阻むものは、2機のスーパーX以外にはいないといっていい状況だったのだが……。

「伊隅、そこはもういいわ。放棄して、……へ向かいなさい」
秘匿回線から夕呼の指令が下された。
すぐに目標地点の詳細なデータが転送されてきた。
なすすべも無く、茫然とBETAの通過を眺めていたも同然の伊隅たちは、正直救われた思いだった。
「しかし、ここは……」
画面に示された新たな守備地点に、首を傾げざるを得ない伊隅だった。



ここにひとつの岩がある。
何の変哲もない岩だが、いにしえよりその名は広く世に知られている。

殺生石。

その岩の周囲を動物が通ったり、上空を鳥が飛ぶと必ず命を落とすという言い伝えからその名がついたとも言われているが、やはり有名な伝説の終焉の舞台としてその名がつけられたとする方が妥当だろう。
印度、唐土の王朝に災いをもたらし、本朝を滅ぼすべく訪れた化(あやかし)。
白面金色九尾と形容されたものは、はたして狐の変化したものだったのか。

殺生石を死守せよ。

夕呼から下された新たな指令とは、それだった。

だが、それは遅かった。
伊隅たちが殺生石に到着するよりも早く、BETAの群れの先端は目標に達していた。
BETAが殺生石を押し包む、と同時に殺生石の下の地面から強烈な光が放たれた。
そして次の瞬間、殺生石を砕く大爆発が起こった。
立ち昇る火炎は天を衝いた。
炎は渦を巻き、天空を舞った。

その様子を遠望していた伊隅たちは、その火炎が大きな塊となり何かの形を成していく様子を唖然として眺めていた。
「なんだ?どういうことだ?」
「それを、あたしに聞かれても……」
当惑する伊隅だったが、目の前で起こった現象を検証している時間は無かった。
「隊長!水月!逃げて!」
遙から、切迫した声の通信が入った。
「えっ」
大きな炎の塊が、いつの間にかスーパーXとスーパーX2に急接近していた。
「緊急回避!」
「ファイヤーミラー展開!」
2機の装備の差と指揮官の性格の違いが、スーパーXとスーパーX2の運命を分けた。
「駄目です!回避し切れません、追いつかれます」
「高エネルギー粒子感知、展開中のファイヤーミラーに当たります」
炎の塊は、その本体は回避したスーパーXを追い、スーパーX2には光線状のものを放った。
「きゃあー!」
衝突の衝撃で、スーパーXは跳ね飛ばされた。
「隊長ーー!」
「高エネルギー粒子、2撃目来ます」
「茜、今度こそ当てるのよ!」
スーパーXを心配しながらも、水月は自機の戦闘体勢を立て直した。
初撃はファイヤーミラーの展開が完全ではなかった為に、敵本体には撃ちかえせなかったが、今度は完全に展開している。
「任せといてください。来た」
「高エネルギー粒子、吸収率99.9%」
「素子励起100%」
「いっけー!」
炎の塊から放たれた光線状のものは、ファイヤーミラーに吸い込まれた。
一瞬の間を置いて、ファイヤーミラーの中心部からまばゆい光が炎の塊に向かって撃ち込まれた。

ドドーン!

「隊長たちのかたきだ」
「やった!」
爆発しながら四散していく炎の塊に、思わず水月と茜がハイタッチを交わす。
「おいおい、殺すな」
「涼宮少尉、残念ながら私は生きてるぞ」
ようやく体勢を立て直したスーパーXから、伊隅と宗像が突っ込みを入れた。
「涼宮少尉、そんなに私の操縦が頼りないのかな?」
「いや、それは。あははは、は」
満面の笑みを浮かべる宗像に、茜は何も言えずただただ全身に冷や汗をかいた。

だが、そのような勝利の喜びはつかの間だった。
四散したはずの炎が再び集まり、巨大な炎の渦を形作っていく。
炎の渦はやがて一つの姿に実体化した。

「みんな、逃げてー!!!」
遙からの緊急通信が届いた時は、すでに手遅れだった。
実体化した『それ』はその巨体を誇示するかのように翼を広げ、スーパーⅩとスーパーX2にに襲い掛かった。
なすすべも無く、2機は地上に叩き落された。
落ちていく機体に目もくれず、『それ』は長い首を巡らせたあと目標を見定めるとその場を飛び去っていった。

「被害状況は?」
「死者無し、重症者無し。全員軽傷です」
墜落した2機の間で、損害確認が行なわれている。
「そうか、こちらは重症者1名だ」
「え」
「高原がやられた。」
人員の損害確認のあとは、機体の損傷確認に移ったがスーパーXでのダメージコントロールは負傷した高原少尉の担当なので、状況確認には時間がかかりそうだった。
「隊長、こっちはなんとか飛べます」
先に機体の損傷確認を終えたスーパーX2から、伊隅に報告が上がった。
一刻も早く飛ばせてくれと、水月は全身でうったえている。
「止むを得ん。水月中尉、跡を追え」
伊隅は苦渋の決断をした。


その時、横浜基地では事態の急変に大慌てだった。
「各員に告げる、総員戦闘配置に就け、総員戦闘配置に就け。これは訓練ではない、実戦である。繰り返す、これは訓練ではない、実戦である」
警戒レベルが引き上げられ、基地に臨戦態勢が布かれた。

「未確認飛行物体、こちらに向かって直進してきます」
レーダーに映る大きな光点は、那須から横浜基地へ一直線に移動していた。
「伊隅たちとの連絡はまだとれないの?」
夕呼は、CPの涼宮遙中尉にたずねた。
「はい、未確認飛行物体との交戦後、依然連絡がつきません」
遙は、感情を抑えてあえて事務的に答えた。
だが、不安を抑えきれないのか両手が小刻みに震えていた。
「まさか、やられたんじゃないでしょうね?」
「副司令、隊長たちに限ってそんな事は……」
「なら、なぜ連絡がつかないのよ!?」
苛立たしげな様子で、夕呼は自ら通信機を手にした。
「ミス香月」
傍らで夕呼と遙の会話を聞いていたラダビノッド基地司令が、普段使わない言葉で呼びかけてきた。その目が、冷静になりなさいと告げている。
夕呼は己の醜態を恥じ、自身の姿勢と服装を改めた。
「失礼しました、あまりに事態が急変したもので、冷静さを失いました」
「貴女にしては珍しい。だが、貴女をして冷静さを失わせるほどの事態とは、非常に興味深いですな?」
ラダビノッドの言葉は、夕呼に冷静さを取り戻させた。
「あの物体……、いえ、先程あの未確認飛行物体の正体に気付きました。そのための混乱と考えてくだされば。そして……」
夕呼は、今も高速で接近して来ているレーダー上の光点を見ながら答えた。
「私の推測が正しければ、あの物体の正体は……」
そこまで言った時、オペレーターの一人から大声が発せられた。
「未確認飛行物体、映像を捉えました!映像、各画面に転送します!!」
リアルタイム映像が、各画面に流された。
そしてその映像を見て、その場にいた誰もが自分の目を疑った。
「これは……0……」
「まさか……」


「ピピピ」
「ゆんゆん」
「ピーガガガガ」
慧は怪しげな電波を受取っていた。
「そんな……」
「あれは切札」
「失うわけにはいかない」
そんな謎の言葉と共に、慧は立ち上がった。
そして、待機を命じられていた部屋から出て行く。
「おい、彩峰。どこへ行く気だ?」
「待機を命じられてるのよ」
武と千鶴の制止の言葉も、慧の耳には届かない。
「じゃ」
さっと身を翻して、前を塞ぐ武たちを尻目に廊下へ到達、あっと言う間に走り去ってしまった。
あとに残された207小隊の面々は困惑した。
「様子が怪しいから、見張ってたらこれだ」
「どうして、ああも身勝手なの?」
「ああ」
武と千鶴は、出会ってからたぶん初めて意見の一致をみた。

それはともかく、慧の跡を追わねばならない。
否、連れ戻さねばならない。
基地が臨戦態勢になっている今、訓練兵ごときがうろちょろしていて良い訳が無いのだ。
ここは分隊長である千鶴が捜索にあたらねばならないところだが、生憎こういう場合に慧の行きそうなところなど、日頃から不仲な彼女には見当もつかない。
「俺が連れ戻してくるよ。委員長は、まりもちゃ……神宮司教官が来たら、巧くごまかしてくれ」
慧の行き先に覚えがある武は、そういい置いてさっさと行ってしまった。
「えっ、あ、ちょっと」
ぴしゃりと閉められた扉を前に、千鶴は立ち尽くした。
「もう、彩峰も、白銀も勝手なんだから」

「おう、やっぱりここか」
屋上に出た武は、給水塔の上にいる慧の姿を見つけてほっと息をついた。
「ピピピ」
「ゆんゆん」
「ギギギギ」
予想通り、相変わらず謎の通信を行なっている。
「了解」
「回収努力」
「支援要請」
今の慧には、武の事など目に入らないようだ。

ゴウと一陣の突風が、吹きつけてきた。
「うおっ」
武はよろけ、慧も姿勢を崩して給水塔の上から落ちた。
「危ない!」
慌てて慧を受け止めようとダイブした武。
それを空中で一回転して慧はかわし、ひらりと見事な着地を決めた。
対して虚しく空をつかんだ武の方は、ベシャリと顔面着地をするしかなかった。
「無様」
敵意を隠そうともしない慧の一言が、武の心にとどめを刺した。
(くう~、これは凹む)

まあ、そうは言ってもさすがは我らが武(=ゴジラ)である。
ほんの数秒で立ち直って慧に歩み寄り、彼女の見ている方角に同じように目を向けた。
「何をそんなに熱心に見てるんだ?」
北に向けられた慧の視線の先を、武は不思議そうな表情で追った。
「BETAは北関東に向かってるんだろ?」
訓練兵でしかない武たちには、いまだ最新の情報は知らされていなかった。
BETAが今どこにいるのか、そして殺生石の地下から出現した物体が横浜基地に向かって飛行している事も武たちには知るすべがない。
だから、慧が屋上へ出た意味も、北の方角をにらんでいる事も理解出来なかった。
「来る」
そう言って、慧はやや視線を変えた。
それにつられて武がその方角に目を転じると、そこには驚くべき事態が起こっていた。

炎の龍。

三つの首を持つ、古き悪しき龍。

それが猛スピードで飛来し、武たちの眼前の空中でその正体を現しつつあった。
「まさか、キングギドラ!?」
完全に実体化する前に、武は叫んだ。
「彩峰、逃げろ!」
武は慧をかばって、前に出た。
ほぼ実体化を終えたキングギドラが、武を見据えた。
そして黄金に輝く翼を悠然と羽ばたかせ、巨体を誇示するようにゆっくりと横浜基地へと近づいてくる。
それと同時に、基地からの迎撃が始まった。
「おい、さっさと逃げろ」
再び武は呼びかけるが、慧は動かない。
「白銀こそ逃げて」
ぼそっとつぶやいて、目はキングギドラの動きを追う。
基地からの攻撃を受けても微動だにしないキングギドラだが、なぜか慧は小首を傾げる仕草を繰り返した。
「変」
「やはり完全じゃなかった」
「早すぎた」
そんな慧の態度に、武は怒りを憶えた。
「無視すんな!」


「まさか、キングギドラ!?」
「なんと!?」
ラダビノッドたちは驚愕の声を上げた。
「ぬう!即時迎撃を開始したまえ!」
ラダビノッドは、攻撃開始を即座に決断した。
浮き足だっていた人員たちは、その命令で徐々に冷静さを取り戻していった。
各部隊に状況の説明と、攻撃開始の命令が伝達されていく。
画面の中のキングギドラの周囲に弾幕が形成された。
たちまちその姿が見えなくなったが、攻撃はいっこうに止まない。
相手は、あのキングギドラなのだ。
この程度の攻撃で撃退できるわけがない。
対ゴジラ研究の拠点である横浜基地は、ゴジラ以外の巨大怪獣に関しても膨大な基礎データと対応ノウハウを蓄積している。
通常兵器での巨大怪獣の撃退は不可能であり、巨大怪獣に特化した兵器でなければ、彼らを倒すことは出来ないことを誰よりも承知している。
そして、この横浜基地にはスーパーXシリーズ以外にそのための準備があった。
現在の基地からの迎撃は、その兵器を準備するための時間稼ぎに過ぎないのだ。

「1200mmOTHキャノン、発射準備完了しました」
待っていた報告が、夕呼とラダビノッドの元に届いた。
1200mmOTHキャノンの本来の開発目的は超遠距離からのハイブ直撃である。
だが、その驚異的な初速による貫通力に着目した夕呼の提案により、対巨大怪獣用へと改造が施され、つい先日、実証試験を終えたばかりの試作砲が存在していた。
「メーサー砲部隊も準備完了とのことですが?」
ピアティフがそう報告してきた。
「ふむ、香月博士はどう思われるかな?」
ラダビノッドは司令官であるにも関わらず、攻撃手段の選択を夕呼にゆだねた。
呼びかけの通り、専門家としての判断に期待してのことだ。
「……」
夕呼は、腕組みをしてしばし考え込む。
「メーサー砲のマイクロ波は、炎から実体化したキングギドラにとってはエネルギー源となり得ます。他の怪獣に対しての実績はありますが、このような危険のあるメーサー砲よりも、やはりここはOTHキャノンを試すべきです」
夕呼の具申により、1200mmOTHキャノンを先に使用する事になった。

基地の一角の地面が割れ、地下から巨大な砲台が姿を現した。
そして、素早く砲身を回転させると上空を舞うキングギドラにピタリと照準を合わせた。

発射音と同時に、キングギドラの胴体に大きな穴が穿たれた。
キングギドラは何が起こったのか分らず、それでも攻撃を受けた事を悟り、怒りに燃えた咆哮を上げた。

続いて、第二射が放たれる。
今度は、右の翼が射抜かれて消えた。
オリジナルのOTHキャノンと違い、この対巨大怪獣用OTHキャノンは射程距離を犠牲にする代りに短時間での連射を可能としている。
もちろん砲塔の旋回速度の高速化、再照準までの時間短縮もなされている。

第三射。
今度は、左の足を持って行く。
だが、ようやくキングギドラは敵の位置をつかみ、その砲塔を睨みつけた。

第四……。

発射する瞬間、キングギドラの姿は変化した。
実体化する前の、巨大な炎の姿に戻ったのだ。


「げっ!こっちに来る?」
砲弾をスルーして、炎と化したキングギドラは武たちのいる屋上に向かってきた。
実際には、その付近にあるOTHキャノンの砲台を目がけて降りてきたのだが、キングギドラの虚体化した姿がそんな錯覚をもたらすほど大きかったのは事実だ。
「何してる!今度こそ逃げないと……」
「大丈夫」
武の説得に応じず、慧は砲台に取り付いたキングギドラを見ている。
「やっぱりおかしい」
慧は再度首をかたげた。
「うまく実体化してない」
砲台に取り付いたキングギドラだったが、なぜか炎の形態のままだった。
何度か実体になりかけるものの、そのつどもう少しのところで炎の形態に戻ってしまうことを繰り返していた。
「このままでは消滅……」
「彩峰」
武は、覚悟を決めて話しかけた。
「お前、本当に彩峰か?」
その問いには、武の知る並行世界での彩峰かと言う意味の他に、お前はこの世界の本物の彩峰かと言う意味も込められていたのだが、そんな事は慧には分らない。
「私は私。白銀こそ何者?」
逆に、そう問い返してきた。
武は、笑った。
「俺か?俺は……見てな、とりゃ!」
答える代わりに、武は屋上から地上へと飛び降りた。



[12377] 第15話「対戦」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/06 22:45
第15話「対戦」

「えっ」
慧が驚く間もなく、武はその身を翻してフェンスの外に落ちていった。
高層建築ではないが、人間が落下すれば絶対に助からない高さである。
慧はあわてて下を確認しようとした。
だが、その彼女の視界を突如として巨大な壁が遮った。
その壁は動き、表面は大きく脈動していた。
「ゴジラ……」

またひとり、こうして己の正体をさらしてしまった武だが不思議と後悔はしていなかった。
武は、片手を上げて慧に下がっていろと合図し、キングギドラに相対した。
砲塔に取り付いていたキングギドラの目が、ゴジラの姿を認めると赤く光った。
実体化に苦労していたキングギドラだが、強敵出現の刺激のためか一瞬で実体化した。
うねうねと動く三つ首の六眼が、ゴジラを見据える。
「こいよ」
武(=ゴジラ)が誘いの熱線を放つと、キングギドラは引力光線で応戦した。
地上の人間達は、その交戦でたちまち右往左往を始める。
最大の武器であるOTHキャノンを抑えられている状況で、メーサー部隊や戦術機部隊に何が出来るというのか。
事実、戦術機やメーサー砲の遠慮がちの攻撃は全く効いていない。


「白銀のやつ、私の許可なしでゴジラになるなって言ったのに」
突如、ゴジラが出現したことで大混乱になった指令室内で、夕呼は小声でつぶやいた。
もちろんその声は誰にも聞かれなかった。
ただ一人を除いては。

「副司令、スーパーX2との通信回復しました」
遙が、そう報告すると即座に夕呼は秘匿回線で話し始めた。
「速瀬、いけるの?」
『はい、戦えます』
「ミラーは使える?」
『ファイヤーミラー異常ありません』
「それは上々ね。それで、どのくらいで来られるの?」
『5分……、いえ、8分ほどです。伊隅隊長の方は、まだ動けません』
「分ったわ、なんとかそれまでもたせるわ」
『了解』


一方、キングギドラと武だが、相変わらず睨み合いが続いていた。
「やりづらいな」
キングギドラはOHTキャノンの砲台にしっかりと取り付いている。
武としては、今は横浜基地の一員なので基地施設を破壊する事にはためらいがあるし、はっきりした記憶は無いのだがOHTキャノンをここで破壊すると、後々困った事が起こりそうな予感をひしひしと感じる。
そんな事を考えている間にも、武には容赦のない基地側の攻撃が加えられていた。
「痛て、痛い」
ゴジラが、実は武の変身した存在だという事が公表されていない以上、これは仕方の無いことだった。
しかし、である。
分厚く頑丈な皮膚が防いでいるとはいっても、着弾や爆発の衝撃は体内に伝わるので、じっと立っている身にはかなり堪える。
「ええい、ままよ」
いらいらが募り、思い切ってキングギドラへの攻撃を加えることにした。
狙いは首の一本。
OHTキャノンへ直撃しない射線を素早く探し出す。
「よし、いける」
武が熱線を吐くべく口を開きかけた時、不思議な声が聞こえた。

[白銀、止めて]

音声ではなく、頭の中に直接響いてきた。
ただ、過去に聞いた同じような声と違って非常に機械的な印象を受ける。

[その子、助けて]

「彩峰か?」
武は攻撃を中断して、その声に耳を傾けた。

[うん、貴方が彩峰と呼ぶもので合ってる]

微妙な言い方で、慧は武の問いを肯定した。
「いま見せた通り、俺はゴジラだ。お前も正体を明かせ。話はそれからだ」

[私は私]

慧のそっけない答えは、武の予想通りだった。
それゆえ、武は怒りを見せずにこう言った。
「『彩峰 慧』の定義は?」

[M宇宙ハンター星雲人の因子を注入された地球人]

「使命は?」

[移住先としての地球の確保。その手段としてのキングギドラの育成、馴致]

「なるほど」
武は慧の答に驚くと同時に納得した。
正々堂々とした侵略宣言だったが、武はその正直さに話を聞く気になった。
「要は地球を侵略しに来たと?そんな奴らに協力しろと?」

[その子は幼い。怪獣王は子供の味方と聞いた]

それは海獣王のことで、怪獣王ではない。
武はそう言いたかったが、よく考えればこのあいだ海獣王とやらにも就任していた気がする。
そんな事は無くても、子供だと聞いた途端に敵意が削がれていく。
「だが、どこが子供なんだ?」
目の前のキングギドラは、武の記憶にある姿と同じである。
三本の長い首と、二つの翼、金色の胴体、両足……。
「……んん?」
武は記憶にある姿との、大きな相違点に気付いた。
「尻尾が一本しかない!」
そうなのだ、本来は二本であるはずのキングギドラの尻尾が一本きりしかなかった。
「むう」
どうやら慧の言葉に嘘は無いようである。
目の前のキングギドラが幼生体であると確定した事で、武の闘志は完全に萎えた。

[BETAの攻撃に驚いて、無理に実体化した]
[本当は殺生石の地下でマグマエネルギーと☆;@1エネルギーを蓄えて、成体になるまで眠っているはずだった]

「そして成体になったところで、一気に地球制圧か。ちなみに、成体になるのは何年後だったんだ?」
☆;@1エネルギーというのが気になったが、ここは流して話しを進めることを優先した武だった。

[約10年後、人類が滅んだあとでBETAを駆逐する予定だった]

「なるほど、だから人間じゃない俺には秘密を打ち明けたわけか」

[まあ、そう。ちょっと違うけど]

この様な一連の会話も、気持ちの切り替えの手続きにしか過ぎない。
武は本来は不倶戴天の敵である、このキングギドラを助ける気になった。

「だが、どうすればいいんだ?」

[いまあの子は興奮状態。うまく通信が出来ない。攻撃を止めさせて欲しい]
[そうすれば、%$*を送って本来の姿に戻せる]

そう慧は懇願してきたが、武は大いに困惑した。
「攻撃を止めさせろって簡単に言うが、それは難しいぞ」
派手に暴れれば、ゴジラである自分に攻撃の大半をひきつける事は可能かもしれない。
だが、キングギドラがゴジラと同じくらい脅威である以上、一部の部隊は必ず残るだろう。そして、その部隊がまったく攻撃を行なわない訳が無いのだ。
「う~ん」
良い知恵が浮かばず、頭をひねる武だった。

「話は聞かせてもらいました」
タイミング良く、武と慧の会話に割り込んできた声があった。
「あ、姉上……、いえ殿下、もう少し様子をみた方が……」
似たような別の声が、割り込んできた声の近くで聞こえた。
「好い考えがあります」
いつの間にか、モスラが出現していた。
そして、その傍らにはバトラも。

「む、モスラか」
武はモスラの姿を認めた。
その正体はもちろん知っているが、ここではあくまでモスラとして扱うことにした。

[モスラ、バトラ確認。第一級敵対生物、ただちに排除せよ]
慧の言葉に反応したかのごとく、キングギドラの首の一本がモスラを見据えた。
「姉上に手を出せば、斬る!」
バトラの目が、きらりと光った。

「おいおい、いきなりけんか腰は感心しないな。話ぐらい聞けよ」
慧が物騒な言動を始めたので、武は慌てて止めた。
「そうです。双方にとって益となる話なのです。いっとき、貴方がたの耳をお貸しくださっても御損はありません」
双方はしばらくにらみ合った。


不思議な事に、人類側からの攻撃は止んでいた。
それは、新たにモスラとバトラが現れたからだ。
モスラは人類の味方であり、バトラも地球生物の守護者だ。
人類とモスラ、バトラ間には、もしかすれば共闘が成り立つ可能性がある。
モスラとバトラが、キングギドラあるいはゴジラと戦うために出現したのか確認する必要があるため、人類側は攻撃を控えて見守る事にしたのだ。


「では」
モスラが進み出た。
警戒し、一斉に三つ首を向けるキングギドラ。
モスラの後ろにいるバトラがその動きに反応し、赤く目を光らせ今にも飛び出しそうなのを武が抑えた。
「冥……、いや、バトラ我慢しろ」
「し、しかし」
「殿……モスラを信じろ」
武の言葉に、なんとか自分を抑えた冥夜は心配げに成り行きを見守った。

モスラの口から白い糸が吐き出された。
キングギドラは、何事かと三つの首をきょろきょろさせたが、糸自体には害がなさそうだと見切ると、再びモスラを睨みつける姿勢に戻った。
そして、ゴジラとバトラにも油断無く警戒の目を向ける。
糸は、キングギドラと砲台の上空に舞い、やがてその一帯に降り積もり始めた。
数分後、キングギドラが事態を悟った時にはすでに遅かった。
モスラの吐き出す糸は、砲台ごとキングギドラの身体を厚く包み込んでいた。
この糸には、鎮静効果のある物質が含まれていたようで、いつの間にかキングギドラの目から凶暴な光が消えていた。
糸はさらに降り積もり、やがてそれは大きな繭の形になった。

「上々です」
糸を吐き終わったモスラが、ほっとした息を吐いた。
「姉上!」
疲れ切って、ぐらりと姿勢を崩しそうになったモスラをバトラが慌てて支える。
「大丈夫です。あとは頼みます」
そう言って、モスラは淡い光を放ちながらその姿を消した。
「姉上、では私も……」
バトラも姿を消した。

あとに残されたのは武と、巨大な繭と慧のみ。

[あそこまで運んで]

武は慧を自分の手に乗せ、繭の上まで運んだ。
慧は繭の上に乗った途端、すっと溶けるように繭の中に沈みこんでいった。

[出して]

待っていると、繭の一部が光り、そに何かの気配がした。
武がそっとその部分に手を差し入れると、手に重みがかかった。
慎重に手を戻すと、そこに何かを腕に抱えた慧がいた。
武はその姿を認め、ほっとして、またも慎重に慧たちを元の屋上に戻した。
「ありがとう」
脳内に響くものではなく、肉声で慧は礼を述べた。
そして、少し照れた表情で屋内に入っていった。
《ふん、あんたに助けてなんて頼んでないんだからね!》
そんな、もうひとつの声も聞こえたような気もするが……。

「さてと、後始末しないとな」
武は砲台を包み込んでいる繭を見た。
何度か触ってみたが、その糸は丈夫で簡単には取り除けそうにない。
ゴジラの腕力でさえ手こずるのだから、人間の道具では除去するのにかなりの期間が必要だろう。
「うーん、早く使える状態に戻さないとまずい気がする」
さっきの予感は強まるばかりである。
「やむを得ないな」
武は繭を焼き払うために、弱めの熱線を使う事にした。

そこへ、スーパーX2が飛び込んできた。
「させるかー!!!!!!」

武が熱線を照射し始めた時、ようやく水月達は横浜基地に戻ってきた。
そして、OHTキャノンに向けて熱線を放つゴジラの姿を見たのだ。
追ってきたキングギドラがどこに行ったかは分らないが、基地を攻撃しているゴジラに攻撃を加えるのを躊躇う理由は無い。
「今度こそ、決着をつけてやるー!」
水月の獅子咆と共に、バルカン砲とありったけのミサイルが発射された。

殺気を感じ、ひょいと武はひと飛びした。

「ちょっ、なんで避け……」

ドドーン!!

バルカン砲弾とミサイルは、全てOHTキャノンに吸い込まれた。
派手な爆発と共に、OHTキャノンはあっけなく砕け散った。

「え、え、え?」

状況を飲み込めない水月たちの前から、いつの間にかゴジラの姿が消えていたのに彼女らが気付くのはもう少し後のことだった。


翌朝。

昨日の後始末を終えてへろへろになりながら、まりもはようやく教室の前までたどり着いた。
ちなみに完徹である。
「速瀬め、余計な被害を増やしてくれちゃって……」
どうして自分の教え子や、元教え子には問題児が多いのか。
このままでは、査定に響く。

上陸したBETAは那須から新潟方面に進行し、そこでようやく迎撃態勢が整った帝国軍と交戦したのち、大半は日本海へと逃れたとの事だが一部のBETAが山岳地帯に紛れ込んだとの情報も得ている。
そのBETAの今後の動きも気になる。

それに加えて……。

そんなことを考えながら教室の扉に手を掛けると、中から騒々しい物音が聞こえてきた。
「うう」
物凄く嫌な予感がするが、教官としてここで帰るわけには行かない。
意を決して、まりもは扉を引いた。

「キルル」
「ピルルル」
「ピル」

そこには、小モスラ、小バトラ、そして新たに加わったものがいた。
三頭は教室狭しと暴れ回り、光線や糸を撒き散らしていた。

「貴様ら、これはなにごとかー!」
まりもの一喝で、三頭の動きが止まった。
「総員、神宮司教官に敬礼ー!」
千鶴の号令で、教室の中にいた者が一斉に立ち上がる。
通常の号令ではないが、この場合は適切だろう。
「これは何の騒ぎだ?」
まりもが、千鶴に問いただした。
「それが、その、いきなり争いだして……」
千鶴が歯切れの悪い返答をしてきたのに構わず、まりもは騒動の核心に迫る事にした。
「彩峰、それは何だ?」
まりもは、一時停止後、慧の頭上をくるくると飛び回っている物体を指した。

「ヤングギドラですが、何か?」

平然と返してきた慧に、まりもの中の何かが折れた。
「来たこれ、今度はヤングギドラだって」
うふふふふ、突然そう笑い出したまりもの身体はがっくりと床に落ちた。

こうして、武たちの分隊に新たな仲間が加わったのだった。



[12377] 第16話「懲罰」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/07 21:17
第16話「懲罰」

「うーん、何度数えても二本」
武は目の前のヤングギドラをしげしげと観察していた。
その姿は武の知っている姿や、小さくなる前の姿とも違っていた。
体表の色が金色ではなく、ワニの皮膚のような褐色であり、さわると結構やわらかだった。
尻尾も成体ならば二本だが、幼体であるこの個体には一本しかない。
そして、なんといっても最大の違いは首が二本しかないことだった。
「これが、この子の本来の姿」
慧は、武の手から逃れようとするヤングギドラを抑えながらそう言った。
「本来の姿?」
「前にも言ったけど、この子は成長するのを待っていた。昨日の姿は極度の恐怖と興奮による無理に無理を重ねた姿。だから完全な成体に成れなかった」
慧は、昨日の横浜基地襲撃時の姿をそう説明した。
「このあと、三本目の首が生えて鱗が金色に変り、最後にもう一本尻尾が生えて大人になる」
「ふーん、この小さいのがねえ?」
武が、右首の頭をぽんぽんと叩くと左首が牙を向けてきた。
「うぉっと!」
あわてて手を引っ込めた武に、ヤングギドラはこれ以上触るなとばかりに大きく口を開けて威嚇を始めた。
「うん、確かにこのままじゃ大きくなれない。だからここに来た」
「どういうことだ?」
「エネルギー源、必要」
そう言って、慧は武をじっと見詰めた。
「えっ、まさか……」
ヤングギドラも、怪しく瞳を煌かせている。
「エネルギー源って、俺?」
にやり、と声を出さずに慧は笑った。
《そうよ、だからおとなしく食われなさいよ》
そんな謎の声も聞こえてきたような気もする。

「じゃ、じゃあな」
武は脱兎のごとく屋上を去って行った。


※※※


「ふー、殿下からの嘆願の密詔かあ。これじゃ認めないわけにはいかないわね」
まりもは、城内省から届いた詔書を手にして溜息をついた。
内容は予想通り、ヤングギドラを彩峰慧の管理下で横浜基地に預かってもらいたい、というものだった。
なぜ、ヤングギドラの件で殿下が口出ししてくるのか。
ただでさえ扱いに困っていたのに、こうして意外な処から圧力がかかるとさらに扱いの難しさを痛感するが、さすがに殿下からのお願いを無視する訳にはいかない。
というか、預かる事自体はすでに決定ということである。
「殿下のお願い」がこうして神宮司まりもの元に届いたという事は、どこか上の方ですでにこの問題は話が付いているという事であり、あとは形式的なまりもの同意が必要なだけである。
溜息をついたのは、もう一つの案件である。
「あたま痛……」
二枚の稟議書に張られた写真を見て、まりもはまたも大きく溜息をついた。

その時である、室内の照明が一斉に消えた。
「あら、停電?」
そう言葉を発した直後、照明は回復した。
「雷は鳴ってなかったけど?」
非常発電装置が働いたのか、一時的な不調だったのかは分らないがとにかく電力は回復した。


「き、緊急事態です」
「反応炉、出力低下」
「あれ、出力回復。正常値に戻りました」


「こら、つまみ食いはダメ」
なにやら光を放ちながら、床を見つめていたヤングギドラを止めた慧だった。

※※※

そんなささやかな事があった翌朝。
まりもは、二人の女性士官を引き連れて教室に向かっていた。
「うう、なんでいまさら」
「なんか、懐かしいね」
彼女らは、小声でそう言った。
「私語は慎め!」
まりもの一喝に、二人は直立不動で返答した。
「は!」
「はい」
「まあ、今回の処分に不満があるのは理解できる。だが、軍規は軍規だ」
まりもは、教室の扉を開けた。
そして、二人に扉の外で待つよう指示をして、自身は室内へと歩を進めた。

「突然だが、今日より転属されてきた者を紹介する」
そう、まりもが言うと千鶴は立ち上がった。
「またですか?」
「そう、まただ」
予想していたのか、まりもは不快な表情も見せずそう答えた。
「二人とも入れ」
まりもが二人を招き入れた。
二人の顔を見た途端、と言うよりも軍服の階級章を見た途端に一気に訓練兵たちはざわついた。
誰もが驚きと困惑の表情を浮かべている。
「はいはい、私語は謹んでねー」
二人のうちの一人が、厚かましくも教卓に両手を突いて身を乗り出すようにして喋り始めた。
「ちょっと、み……」
もう一人の制止を無視して、彼女は続ける。
「今日からこの隊で世話になる事になった速瀬水月よ、よろしくね。こっちは、涼宮遙」
「……」
どうして現役の将校がここへ?という疑問には、まりもが答えてくれた。
「内容は機密なので言えないが、彼女達の作戦の実行過程に大きなミスがあってな、その懲罰として再訓練を命じられたのだ」
「いやー、あそこでゴジラの奴が避け……ぐほ!」
余計な軽口を叩く水月に、遙の肘打ちが決まった。
「……」
にこにこと笑っているが、この時、遙のこめかみに血管が浮き出ていたのを武たちは見逃さなかった。

「それでは、我が分隊への編入ではなく、神宮司教官の直属という事ですか」
「まあ、預かりという事だな」
千鶴が、まりもに二人の取り扱いを尋ねるとそんな答が返ってきた。
「身分は二人とも中尉のままだから、訓練兵の榊では命令を下せないからな。その点、私なら一時的に元の身分に戻ればというか、すでに戻されてしまったんだが……」
「そうなれば中尉としては、問題ないくらいにはるかに先任の大、大、大先輩ですから問題な……ぐへ!」
余計な茶々を入れる水月に、間髪を入れず遙のエルボーが決まった。
「……」
にこにことした笑顔がさらに優しさに満ちたが、こめかみに浮き出た血管の数が増えているのをモスラたちでさえ見逃さなかった。

「ま、そんなわけでさ、短い間だと思うけどよろしく」
「皆さん、よろしくお願いします」
なぜか胸を張る水月と、水月の分も加わったかのごとく深々とお辞儀をする遙。
こうして、速瀬水月と涼宮遙が武たちと行動を共にする事となった。


※※※


「でさ、これは何なの?」
最初の休み時間、真っ先に水月が発した言葉である。
「これ、とは?」
尋ねられた冥夜は、きょとんとした表情でそう問い返した。
「もちろん、これと、これと、これの事よ」
小モスラ、小バトラ、小ヤングギドラを順に指差す水月。
それに加えて、甲羅を背負った壬姫にも目だけをやった。
「何でこんなのが、ここに居るわけ?」
当然過ぎる疑問に、冥夜はなぜか困惑の表情を浮かべた。
「基地司令の許可は得ているのですが……」
「あー、もー、そんなことを聞いてるんじゃなくて、何でモスラとバトラとキングギドラもどきのちっこいのが居るのかって聞いてるの?」
「もどきじゃない、ヤングギドラ」
ポツリと慧が小声でそう答えたが、水月はスルーした。
そして冥夜が答えそうも無いと見るや、ぐるっと皆を見回し武に狙いを定めた。
「白銀……だっけ?」
「はっ!白銀武であります」
逆らっちゃいけないと本能で感じ取った武は、水月に最敬礼で応えた。
「ああ、そんな鯱張らなくていいよ。でさ、白銀なら説明出来るよね?」
目の前の相手が、何度も戦ったことのあるゴジラの仮の姿とも知らず、水月は武の態度に好感を持った。
「軍機であります」
だが、その好感度もこの武の返事で急降下である。
「何ですって?」
「ですから、お答え出来ません。軍機であります」
「この!」
水月が、右手にわずかに力を込めた途端、その手が武の手によって掴まれた。
「なっ!」
「しばらくは大人しくしていないと拙いんじゃないですか?」
武は小声でそう指摘して、水月を黙らせた。


「へー、モスラちゃんは女の子なんだー」
武と水月が揉めているのをよそに、遙はモスラたちから受け入れられていた。
遙がモスラの頭をなでると、気持ちよさそうに身体をくねくねさせている。
「バトラ君は男の子かー、この角さわってもいい?」
そう遙がたずねると、驚いた事にバトラはそっと自分の角を差し出してきた。
「うわあ、つるつるして気持ちいい」
バトラの角に触ってきゃっきゃっとはしゃいでいる遙に、冥夜は驚いた。
「あの、涼宮中尉殿。中尉殿はモスラとバトラの言葉がわかるのですか?」
そう冥夜が言うと、遙は首をかしげた。
「うーん、言葉が分るのとは違うかな。じっと目を見てると、なんとなく言いたい事が分るの」
「そうなのですか」
遙の答に、安堵する冥夜。
もし自分以外でモスラやバトラの言葉が分る人間がいるのならば、機密保持の観点からかなりまずい事態になる。
なにしろモスラもバトラも子供なのだ。
いくら言い聞かせても、機密を守らせる事は不可能だろう。
「へー、モスラちゃんは殿下と合体すると大きく成れるんだ」
ほら、こんな風に……。
……。
「え、バトラ君も御剣……さんと合体できるって。凄いねー」
……いや、涼宮中尉、貴女、本当は言葉分ってますよね。
そう、突っ込みたくなる冥夜だった。

「言葉分る事指摘すると、情報が正しい事認める事になる」
遙と冥夜たちとのやり取りを見ていた慧は、疑問を抱くヤングギドラにそう説明した。
《あーなるなる。そういうこと》
「人間は面倒」
《自分が人間じゃないみたい》
「まあ、そうかも。でも違うかも」
「うりゃ」
《きゃっ!》
突然背後から掴みかかられたヤングギドラは、悲鳴を上げた。
「キルル!」
「ははっ、捕まえた」
捕まえたヤングギドラを抱えて満面の笑みを浮かべたのは、いつの間にか武から逃れて来ていた水月だった。
「速瀬中尉、離して。その子、嫌がってる」
慧は抗議するが、水月はヤングギドラを離さなかった。
「思ったより軽いじゃない。それに、このサイズだとなんかかわいい」
「キルル」
「離せって言ってる」
「やだ、もう少しワキワキする」
ヤングギドラは、背中の翼をばたつかせて何とか逃れようとするが、がっしりと掴まれた水月の腕がそれを許さない。
ワキワキ。
非常にいやらしい手つきである。
「キルキル」
「水月、止めてあげて。その子、そこが弱点なんだって」
慧ではなく、遙からの言葉に思わず水月の手の力が緩んだ。
その瞬間、脱兎のごとくヤングギドラは水月の手を振りほどいて教室から廊下へ逃れ出た。
《そこはだめ~って言ったのに~》
《ひどい、ひどいよ》
《お、憶えてなさい》
《うわーん》
なみだ目で、どこかに飛び去ったヤングギドラだった。


さて、最後に残った壬姫に対してだが、さすがに直接本人に聞くのははばかられたのか、水月は教練が終ったあとのまりもを捕まえた。
「神宮司中……いえ、神宮司教官、質問があります」
「なんだ?速瀬中尉」
「ええっと、珠瀬訓練兵のこと……って、行かないで下さいよ」
壬姫の名前が出た途端、まりもの目から光が消え、そのまますうーっとどこかに行こうとした。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
強引に引きとめようとして、水月はまりもの瞳を見てしまった。

それは虚無。

魂さえ吸い込んでしまいそうな深遠へと引きずり込まれそうになり、水月は慌ててあとずさった。
ガクガクと震えが止まらない。
「あれはいったい……」
この世には、知ってはいけない事がある。
去っていく恩師の後姿を見ながら、そう思った水月だった。




[12377] 第17話「孤島、前編」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/08 22:05
第17話「孤島、前編」

透き通る海に色とりどりの魚群、青い空に湧き昇る入道雲。
ここは南海の楽園。

「うーん、ひっさしぶり!」
「本当だね。ここは変わらないね」
緊張した面持ちの千鶴達と違って、水月と遙は余裕しゃくしゃくである。
それもそのはず……。

「なんで、先輩達までここにいるんですか?」
千鶴は、まりもに聞いた。
「まさか私たちと一緒に、総戦技評価演習を受けるんですか?」
「ふむ、それなんだが……」
答えようとするまりもを遮るように、水月の弾んだ叫びがこだました。
「やっほうー、バカンスって最高!」

水月達は、完全に遊びに来ていた。


※※※


総戦技評価演習。
訓練過程の最終試験であり、これに合格すれば戦略機動要塞、すなわちスーパーXシリーズへの搭乗資格を得ることが出来る。
対ゴジラ対策部隊、転じて対巨大生物対策部隊「Gフォース」はエリート中のエリートであり、国連軍横浜基地に所属する隊員にとって憧れの的でもある。
そのGフォース隊員への資格を目前にしながら、小隊内の不和によってそのチャンスを前回逃している千鶴たちにとって、今度の総戦技評価演習は絶対に合格しなくてはならない試練だった。
約二名の、訳の分らないおまけが付いて来ていたが、それを深く追求する余裕がない千鶴たちだった。

小隊は千鶴の指示により、以下の三組に分かれた。
榊、御剣。
彩峰、珠瀬。
白銀、鎧衣。
三組に分かれた武たちは、作戦計画によって一旦は三方向に別れ、それぞれの作戦目的を果たした後、再び合流する事になっていた。

「ふー、あと一息だな」
武は、行く手に見える山頂を見上げた。
「でも、野営のことを考えると今日はここまでだね」
ミコトは、適当な野営地を見付けるとテントを張り始めた。
「食糧を確保すべきだな。レーションは節約しないと」
武は、食糧を捜しに眼下の谷を目指した。
「武、気を付けてね」


※※※


その頃、海水浴を楽しんだ後すっかり疲れ切って眠っていた水月たちは、夕呼の一喝で飛び起きた。
「さあ、そろそろやるわよ」

「ちょっ、これ、えぐくないですか?」
水月が夕呼から渡された作戦内容を見て、思わず声を漏らした。
「水月、だめだよ、副司令にそんな……」
「えぐくて結構、そのためのこの作戦なんだから」
夕呼は、水月の言葉を平然と肯定した。
「そのために、わざわざあんた達二人を特別に連れてきたんだから、それなりの結果を期待してるわよ」
「うへー、これは懲罰に含まれてるって事ですか」
「そうよ、だから結果を出しなさい」


※※※


「そろそろ野営の準備を始めましょう」
装備を下ろしながら、千鶴は冥夜に合図した。
それに従い冥夜もリュックを下ろしたが、その中を覗き込んで動きが止まった。
「御剣、どうしたの?」
さっさと缶詰や寝袋などを取り出してしまった千鶴が、冥夜の不審な様子に気付いた。
「あ、いや、なんでもない」
慌てて手を振る冥夜の様子に、逆に不審感が増した千鶴は冥夜へと近づいた。
「や、くるな。来てはいけない、本当に何でもないんだ」
「どうしたの?まさか、怪我でもしたんじゃないでしょうね」
熱帯の気候である。
小さな傷でも、そこから未知の細菌などが入り込めば高温多湿下で化膿すれば重病になり、リタイヤに追い込まれるかもしれない。
「くるな」
「いいから見せなさい。これでも傷の手当ては得意なのよ」
強引に冥夜の片腕をつかむ千鶴。
その下から、黒い物体が飛び出てきた。
「ピルル!」
「あ、こら、出ては……」
「ピル」
冥夜が止める間もなく、もう一つ白い物体がリュックの中から飛び出てきた。

「どういう事なのかしら?」
正座している冥夜に向かって、千鶴は眼鏡を必要以上に光らせて質問を発した。
「ふむ、どうやら寝袋の中に潜んでいたらしい」
小バトラと小モスラを膝に載せて、冥夜は済まなさそうに説明した。
「潜んでたって……」
呆れ顔で、千鶴は小バトラたちを見た。
「いい事、ここに私たちが来たのは総戦技評価演習っていう卒業試験を受けるためなの。遊びに来たわけじゃないのよ」
千鶴は律儀に、小バトラたちにそう説明した。
「止むを得ないわ。モスラもバトラも将来は重要な戦力になるはずだから、ここで失うわけにはいかない。特例として神宮司教官に連絡して引き取ってもらいましょう」
そう千鶴が告げた途端、小バトラたちは騒ぎ出した。
「ピルル、ピル」
「ピル」
小バトラたちは、千鶴の言う事を理解したのか、口々に何かを訴え始めた。
「なんと、そうなのか」
それを聞いて、冥夜は深くうなずく。
そして、何かを訴えるような目で千鶴を見つめた。
「何よ、連絡するのは止めないわよ」
「故郷」
冥夜は小バトラたちの言葉を通訳し始めた。
「ここは、この者たちの故郷なのだ」
「……」
「そして、近々この島の火山が噴火して、この者たちの故郷は海に沈むそうなのだ」
冥夜の話に合わせて、うんうんと頭を縦に振る小バトラと小モスラ。
「だから……、海に沈む前に一度だけでも生まれ故郷が見たかったのだ。榊、私からも頼む。せめて明日一日だけでも、この者たちに故郷を見聞する時を与えてはもらえぬだろうか?」
この島の洞窟内で過ごしていたとはいっても、バトラもモスラも卵の中で成長していたのであり、その目で生まれ故郷の姿を見た事はない。
母や、その母たちが生まれ死んでいった島を、継承された記憶だけではなく、自分たちの目に焼きつけたいと切望したとしても不思議では無い。
「い、一日だけよ」
千鶴は、しぶしぶ冥夜たちの願いを認めた。


ジャングルの中、煌々と焚火が辺りを照らしている。
その焚火を囲むのは、壬姫と慧だ。
「この調子なら、明日の午前中には目標地点に着けるね」
「うん、でも何か居る」
二人がこれほど早く行程を稼げたのは、まるで一本道のようにジャングルが開けた場所を通ってきたからだ。
「まるで、ゴジラとかモスラが通ったあとみたいだったね」
「ゴジラ違う、モスラっぽいもの」
樹木の倒れ方が均一に近く、足跡らしきものが無いため慧はそう判断していた。

「野営の準備は出来たけど、晩御飯はどうしよう?」
すっかり暗くなってしまった周囲を見回して、壬姫はそう言った。
「レーションは節約すべき。何か捕って来る」
慧はそういい残すと、闇の中へと消えていった。
「早く戻ってきて」
一人になり、急に不安になった壬姫はぎゅっと膝を抱えた。

物音がした。
ギクリとしてそちらに目を向けた壬姫は、赤い光と大きな影が樹木の向こうで動いているのを見た。
「ひっ」
慌てて武器を探すが、その影の途方もない大きさに気づき、手持ちの武器では到底どうにかできるものではないと悟った。
「あわわ、に、逃げなきゃ」
だが、その巨大な影からどこに逃げればいいのか。
巨大な影は、その身体にふさわしい巨大なハサミを振り下ろした。


※※※


静かなはずの夜の浜辺に、喧騒が響く。
それは、一張の仮設兵舎から漏れ出ているものだ。
「目標捕捉、攻撃開始します」
「B地点、交戦継続中、監視続けます」
「目標ロスト、至急探査をしてください」
CP将校の遙が、忙しく指示、連絡を行なっている横で、暇そうにしているのは水月だった。
「こういうのって、ええっと、牛刀で子鼠を割くって言うんだっけ?」
明らかに誤っているが、しかし今の状況に合っていることわざを口にした水月を、遙がにらんだ。
「もう、水月も手伝ってよ。三つ同時なんて出来ないよ」
「遙なら楽勝。いつもそれ以上の数、動かしてるじゃん」
「それは管制する戦域が一つだからだよ。戦場がばらばらに離れてるから、これじゃ戦域が三つあるのと一緒だよ」
涙声で訴える遙に、水月が根負けした。
「分ったわ、やるわよ。その代わり、一つだけよ」
遙と同じように夕呼からその仕事を言い付かったはずなのに、なぜか偉そうに水月は担当先をも選んだ。
「白銀って奴がいるのはどれ?なんか気に食わない奴だったから、ちょっといじめてやっても良心は痛まないと思うのよね」
そう水月が自分に言い訳しなければならないほど、今回、夕呼が指示した作戦は不公平なものだった。
なにしろ、生身の人間に……をぶつけるのだから。

と、思っていた時期がありました。
水月は、何台もの監視カメラから送られてくる映像に我が目を疑った。
「あの、なにこれ。聞いてないんですけど」
「そうよ、言ってなかったからね」
ハンモックに腰掛けて、優雅にワイングラスを傾けていた夕呼からそんな答が返ってきたが、もちろん水月にそれを聞く余裕はない。
「何で、白銀がゴジラに変身するんですか?」
水月は、それでも目の前のモニターに映った光景を正確に認識した。
それに対する夕呼の答は簡潔だった。
「白銀がゴジラだからよ」

「ま、負けた」
これで通算三度目の戦闘での負けである。
前回の二回が、ゴジラの逃走、消失という結果で終った事を考えれば実質今回の一度しか負けていないはずなのだが、なぜか水月の中では三度目の負けとカウントされていた。
「水月、そっちが終ったなら、どっちか引き受けて~。予定外の戦力が出現して、どっちも苦戦中なの」
そんな遙の悲鳴も聞こえてきたが、水月にはそんな気力は残っていなかった。


※※※


ズシン、ズシンという大地を震わす大きな足音が、ミコトの元に近づいていた。
だが、その足音を発する巨体の主は時としてぐらりと身体を傾かせる。
「武、武、どうしたの?」
ミコトの問いに答えるかわりに、武は獲物を放り投げた。
「ひゃう!」
その獲物のあまりの大きさに、ミコトは肝をつぶした。
「マンダが居やがった」
そう告げると、どうとその巨体を倒れこませた。

数時間の激闘の末、マンダを倒した武だったが、思いの外大きなダメージを受けてしまった。
「油断した。まさか……マンダが……毒をもって……いたとは」
そう言ったきり、武はうめき声を発するばかりになった。
忘れ去られているかもしれないが、マンダは蛇の怪獣である。
毒を隠し持っていた可能性を忘れていた武の、完全なミスだった。
毒は、マンダに咬まれた傷口から武の全身に回っていた。
「武、せめて元の人間サイズに戻れないの?このままじゃ、手当ても出来ないよ」
ミコトが心配げに声を掛けるが、武からの答はない。
「武…」

ミコトは初めて天に祈った。
海底帝国の王位継承者として生まれ、何一つ不足のない生活を送ってきたミコトにとって惟一足りなかったもの。
それは、友。
武は、生まれて初めての対等な相手、友として扱ってくれた存在だった。
わずか数日の間だったかも知れないが、ミコトを何の分け隔ても無く扱ってくれたのはその生涯でも武ひとりだった。
その武が、ゴジラが苦しんでいる。
いや、もしかして死んでしまうかもしれない。
ミコトは胸が、きゅっと締め付けられる思いだった。
何もかもが失われてしまう。
武の居ない世界……。
それは、耐え難い想像だった。

「助けて」
ミコトは、天に、神に、悪魔に、それこそ全ての超越者に祈った。
「ボクはどうなってもいい。武を助けて下さい」
そして、その懸命な願いは叶えられる。
ミコトの全てを代償として……。

はるか彼方の日本で、そのミコトの祈りに呼応するものが有った。
横浜基地の奥深く、夕呼の執務室の机にある置物が激しく震え始めた。
『助けて』
そう異界からの声が響いたと思った瞬間には、その置物の姿は消えていた。

「!」
突然目の前に現れたその異形の物体の全てを、ミコトは一瞬で理解した。
「ジェットジャガー!」
ミコトの身体が光を放ち、巨大化した異形の物体に導かれていく。
身体を丸めたミコトは、その巨大物体の心臓にあたる部分に吸い込まれていった。
ミコトはジェットジャガーの良心回路であり、その機動キーだったのだ。
「武、絶対に助けるよ」
ジェットジャガー=ミコトは、ゴジラの巨体をその両手で頭上高く持ち上げた。
「尊人、お前……」
弱々しい仕草で、武は火山の中腹を指した。
「あそこにある洞窟まで……れば……」
「武、洞窟まで運べばいいんだね」
「……」
ミコトの誰何にも、もう武は答えない。
完全に意識が混濁してしまったようだ。
「武、頑張って」
ミコトは武を抱えたまま空を飛んだ。


※※※


「飛んでる」
「飛んでます」
「飛んでるわね」


※※※


「はわわわわ」
壬姫は腰を抜かしながらも、高速に手と足を動かして逃走を開始した。
巨大なハサミが振り下ろされるが、それを間一髪で壬姫は避け切っていく。
「アンギャー!」
壬姫の口から、火球が発射されるが巨大な敵には何の痛痒も与えられなかった。
「アン……ぎゃ!」
木の根につまづいて、壬姫は大きく体勢を崩してしまった。
そこへ情け容赦なく敵の巨大なハサミが襲ってきた。
「パパー、タケルさーん!」
壬姫は覚悟を決めて、目をつぶった。

ところが、いつまで経ってもその時は訪れなかった。
そっと片目を開けると、目の前に巨大なハサミ、いや、巨大な伊勢エビっぽいものが倒れていた。
もう片目を開けると、その巨大伊勢エビっぽいものを貪り食う存在が目に入った。
「あれ?ギドラちゃん?」
そこには巨大化したヤングギドラがいた。

「ギドラ違う。ヤングギドラ」
「基地から抜け出して、この島に来た」
「合体、巨大化」
「エビラ美味しい」

という事らしい。

「それじゃ、分んないよー」












[12377] 第18話「孤島、後編」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/09 22:23
第18話「孤島、後編」

一方、眼鏡と刀、もとい、千鶴、冥夜組はどうなったのだろう。

「榊」
「御剣も感じたのね」
「うむ」
野営の準備中に、二人はほぼ同時に周囲の異変に気付いた。
「これは……」
「大きい。しかも二つ」
目を瞑り、じっと耳を澄ませる冥夜に対して、千鶴は眼鏡のフレームに指を当てて何かの操作をしながら周囲のジャングルを見回している。
「どうする?二手に分かれるか?」
「そうね、その方が……ぐ」
突然伸びてきた触手が、二人を襲った。
「くっ」
「きゃー!や、やだ」
「榊ー!」
あっさりと触手に絡め取られた千鶴は、冥夜に手を伸ばすが間に合わず、千鶴は巨大な触手と共に暗闇に消えた。
「榊ー!」
再び叫んで見るが、答は返ってこない。
途方に暮れた冥夜に、敵は容赦しなかった。
ズシン、という大きな足音が聞こえたと思った次の瞬間には頭上から何か鋭利なものが振り下ろされてきた。
間一髪避けるものの、次々とそれは振り下ろされてくる。
空気を鋭く割く音が、何度も夜のジャングルに響き渡った。

「きゃー!や、やだ」
身体にまとわりつく触手と吸盤の感触が、なんとも気持ち悪い。
「うう……」
しかし、今はそんな事を気にしている場合でないことは明らかだ。
千鶴はしばらくは抵抗せず、触手の主を見極めることにした。
ぬめぬめとした表皮に、綺麗に並んだ吸盤。
とするとこいつの正体は……。
「ゲゾラね」

千鶴の推測通り、この襲撃者の正体は巨大な頭足類の怪獣ゲソ……、もといゲゾラだった。(この怪獣の名称は、よくゲソラと間違われるので中尉、じゃなかった注意。作者も書き始めた当初は間違えていた)
「まさかこれも試験の内?」
前回の試験では、こんな規格外のものは出てこなかった。
「もしかして、私の正体がばれた……」
うっかり口にして、千鶴はその先の言葉をのみ込んだ。
たとえ殺されても言ってはいけない秘密なのだが、こうして現実に捕らわれてしまうと、死への恐怖が先に立つ。
おまけに、緊急連絡用の無線機はどこかに行ってしまっていた。
ゲゾラの巨大な赤い目と、まともに視線があう。
その目は、操られているもの特有の精気を失ったものだ。
加えて何かを待っているかのように、微動だにしない。
「そう、そうなのね」
千鶴は覚悟を決めた。
捕らえたまま、こうして何もしてこないのは千鶴が行動を起こすのを待っているのだ。
「しかたないわ」
千鶴は、軍服の内懐に隠し持っていたゴーグルを取り出した。
その黒く細長いゴーグルを眼鏡の代わりに装着すると、千鶴は叫んだ。
「ガイガーン、起動!!」


※※※


「このっ!ちょこまかと」
水月は、冥夜を相手に苦戦していた。
マンダを失った水月、エビラを食われた遙、彼女達二人に残された戦場は一つだけになった。
「あんた達、ちょっと簡単にやられすぎ。一応の作戦目的は達成してるから見逃すけど、最後まで手を抜いてたら原隊には戻さないわよ」
そんな夕呼からの脅迫を受けて、二人は頑張らざるを得なくなった。
しかし、しかしである。
「うそー!なんでガイガンが出てくるの?」
「生身の人間が、なんでここまでやれるの?」
画面の向こうの敵は、一筋縄ではいかなかった。


※※※


冥夜の相手は、カマキラスだった。
生身の冥夜が、なんとか攻撃を凌ぎ切っていたのは、ぶっちゃけカマキラスが馬鹿だったからだ。
操られているとはいえ、その攻撃はあまりにも単調で暗闇の中でも充分に予測が可能なものにしか過ぎなかった。
もちろん、それだけでなく背中にピタリと張り付いた小バトラからの適切なアドバイスと、離れた場所から戦場全体の情報を送ってきている小モスラの助けが無ければ、とてもやれたものではなかったが、基本的にはカマキラスの脳が哀しいほど単純だからだ。
「ははは、どうした」
冥夜の動きにも、余裕のようなものが見える。
「私を喰らうのではないのか!」
そう嘲笑するが、実は冥夜の背中には冷や汗が伝っていた。
(なぜだ、なぜバトラと成れないのだ?)
カマキラスなど、バトラの敵では無いとの思いが強いだけに、冥夜はなおさら焦りを感じていた。
今はいいが、いつまで逃げ回らなければならないのか。
(榊、無事でいてくれ)


※※※


「副司令、質問いいですか?」
カマキラスを操っていた水月が、夕呼に問いかけた。
「良いけど、今さら何?」
「この御剣って娘も何かに成るんでしょう?何でさっさと成らないんです?」
そろそろカマキラスの操縦に飽きてきた水月は、いいかげん決着を付けたがっているようだ。
「ゴジ……白銀の奴がゴジラ、鎧衣がロボット、彩峰がキング……じゃなくてヤングギドラ、榊がガイガン、珠瀬はたぶんガメラ。となると、残る御剣が変身しないってのは考えられないですよ。まあ、くっ付いてるバトラかモスラのどっちかでしょうけどね」
目の前のモニターで、それぞれの変身を見たのだから水月は自信たっぷりだ。
「ふふっ、ここまで見ちゃったら、その理由は想像がつくんじゃない?」
夕呼は、水月を試した。
「いやー、さすがにそこまでは」
水月はあっさりと降参し、あははと笑った。
「副司令みたいな天才と、一緒にしないで下さいよ」
「あら、私は貴女の野生の勘を高く評価してるのよ」
「勘……ですか。でも、私の勘なんて碌なもんじゃないですよ」
その勘を信じて全力攻撃を命じたばかりに、懲罰としてこんな島へ来る破目になったのに、とは水月は言えなかった。
「そうねえ、でも……」
この島に来たからこそ、貴女は事の真相に一歩近づいたんんじゃないかしら、そういう意味では恐るべき勘の冴えと言えなくもない、そう思いながらも口には出さない夕呼だった。


※※※


初代のガイガンから様々な改良が施され、千鶴の操縦するガイガンは操縦者との一体化が図られている。
具体的には、千鶴の身体を量子化し存在確率領域を拡大してガイガンの全身と一致させる、つまり合体というよりは重合という方が近い。
いずれにしろ、今の千鶴はガイガンと同化しているのであり、ガイガン=千鶴である事には間違いない。
「お父様に叱られるけど、止むを得ないわ」
ガイガンは、地球に残ったX星人にとって、切札であり守護神とも言える存在だった。

BETAの地球占領領域の拡大に伴って、X星人の地球侵攻計画は中止され、X星人の大部分は一旦母星へと去っていった。
しかし、X星人の地球社会への浸透は深く進行していたためX星人と地球人との混血も進み、すでに数世代を重ねていたのだ。
千鶴の父や母もX星人との混血であり、当然千鶴もX星人と地球人、二つのルーツを持っている。
そんな混血者たちには、すでにX星が母星だという意識はない。
母星よりの帰還命令に逆らって、地球に残るものが続出するのは自然の流れだったと言えよう。
帰還命令を予期し、ガイガンを略奪、秘匿して母星の武力に対抗する構えを見せると、母星のX星政府はあっさりと混血者たちの地球残留を認めた。
もはや、地球に植民地としての価値を認めなかったからだろう。

そのような経緯で地球には、少数のX星人混血者とこれも少数の円盤、そしてガイガンだけが残された。
地球人に協力し、共にBETAと戦うとの申し出は、疑念を抱かれながらも地球人に受け入れられた。
しかし、混血者が誰なのかは明かさず、円盤での協力はするもののガイガンとその基地の存在を完全に秘匿したままの同盟は、はなはだ不安定なものだった。
故に混血者たちが、ガイガンを自らの守護神と頼りにしたのも当然だった。
そのガイガンを、自らの命が危ないとはいえ、個人的な理由で使うのはためらわれた。
最近の日本帝国における政治的な緊張の高まりに伴って、日本帝国首相であり、実はX星人混血者のリーダーでもある千鶴の父親が万一の危険を避けるためにガイガンを自分に預けてきたのは、このような場面で使うためではない事を重々承知してはいるが、ためらっている場合でない事も確かだった。

仮に千鶴の目の前で、御剣冥夜が殺されたらどうなる?

もちろん、千鶴は御剣の本当の身分を知っている。
それから考えれば、様々な情報が流れ、多くの人々にあらぬ誤解を与えるのは必至だ。
その最悪の結果は、X星人混血者に対する魔女狩り。
圧倒的な科学力の優位はあるが、小数しかいないX星人混血者はたちまち地球人によって滅ぼされるのは確実だ。

それだけは、それだけは避けなければならない。

「御剣、私が行くまで生きててよ」

ガイガン対ゲゾラの一騎打ちが始まった。


「武、武、しっかりしてよ」
ミコトは山腹の洞窟内に武を運び終えていた。
「……奥……温泉」
苦しい息のもと、武はそれだけを繰り返している。
「中に、温泉があるんだね」
ミコトはそう理解し、武を洞窟の入口付近に横たえると中を探し回った。
溶岩の河や、硫黄の砂漠など洞窟の中は神秘的な光景で満たされている。
「これは何の卵かな?」
ある小部屋のような場所には、何の卵かは分らないが人間の背丈ほどの長径がある卵が無数に並んでいた。
「メガニューラの卵とは違うよね」
見慣れたメガニューラの卵であれば、ミコトが見違うはずはない。
卵の列はしばらく行くと、様子が違ってきた。
「あれ、この辺の卵は小さくなってる」
大きさが極端に変わり、バレーボールほどの大きさのものが目立ってきた。
しかし卵の形や表面の様子は大きな卵と見分けがつかない。
「親が栄養不足になったのかな?でも、まあいいや、今は温泉を探さないと」
卵の事は放置して、ミコトはそれらしき場所を探し回った。
だが、それらしき場所はいっこうに見つからない。
実は武がこの島を去ってから火山活動がいっそう活発化し、洞窟内の環境は大きく変化していたのだ。
武が覚えていた暖かい地下水で満たされた場所、すなわちモスラたちの卵が置かれていた場所も水が干上がり、せり上がってきた溶岩が代りにその場所を満たしていた。
そして、今も溶岩は上昇速度を加速させている。
「うわー、もうこんな場所まで溶岩が」
洞窟内は、溶岩で満たされつつあった。
「まずいよ」
ミコトは急いで武の元に引き返した。
だが、それは遅かった。
武の身体は上昇してきた溶岩によって、すでに首まで浸かっていた。
「武ーっ!!」

「よお、尊人」
当の武からは、のんびりとした声が返って来て、ミコトは拍子抜けした。
よく見ると、武は首だけでなくお腹もを出して溶岩の中でプカプカと浮いていた。
「おかげですっかり毒が抜けたよ。やっぱ、こういう時は、溶岩浴が一番だな」
上機嫌で、武は溶岩にその身体を浸している。
「そっかー、武はゴジラだもんね」
安心したような、残念なような、複雑な気分のミコトだった。


「あんぎゃー、慧ちゃん。大変だよ、火山が、火山がドッカーンって」
赤い火柱を吹き上げ、火山が活動を開始した。
山頂や、山腹から流れ落ちる溶岩を目にして、壬姫はたちまちパニックに陥った。
「溶岩だよ、マグマだよ。逃げなきゃ、早く」
「焼きエビおいしい」
合体が解けて、ヤングギドラと分離していた慧が、よだれをたらした。
慧は、食べ残したエビラをじっと見た。
巨大な身体を焼くための火がなかったため、しかたなく生で食べたのだが、あの溶岩の流れに放り込めば、たちまち焼き上がるに違いない。
だが、ヤングギドラは慌てたように首を横に振った。
《そんな事やってる場合じゃない!》
《早く逃げないと、この島沈んじゃう》
「そう、なの?」
慧の確認に、ヤングギドラは激しくうなずいた。
「慧ちゃん、どうしよう、どうしよう」
パニックになった壬姫に対して、慧は空を指さした。
「あれ」
そこには、噴煙たなびく夜空にいくつかの光点が浮かんでいた。
壬姫は、それを見て平静さを取り戻した。
「あれは花火……じゃなくて発光信号。撤退……上陸地点……明朝」
信号弾は間隔をおいてその後も数度打ち上げられたが、内容はどれも同じだった。
火山噴火の影響で無線が使えなくなっている現状では、止むを得ない処置だろう。
「そんな……、終りって事?」
「……」


「はあ、はあ、はあ」
激闘の末、ゲゾラを倒して重合を解いた千鶴の前に冥夜が姿を現した。
「無事だったのか。心配したぞ」
その意味を悟って、千鶴は油断なく構える。
「大丈夫だ。カマキラスは私たちが倒した」
「ピル」
「ピルル」
小モスラと小バトラが冥夜の両肩の上でアピールした。
どうやって倒したのか不思議だが、冥夜が決して嘘をつかない事を知っている千鶴はそれ以上問いただすことはしなかった。。
その時、撤退の信号弾が打ち上がった。
「引き上げか……」
無念そうに、冥夜は空をにらんだ。
「このありさまではね」
刻々とその激しさを増していく火山噴火に、千鶴の目にも諦めの色が浮かんだ。


※※※


翌朝、火山弾が降りしきる中、武たちは上陸地点へ戻ってきた。
そこには上陸用舟艇が待っていて、開口部でまりもが大きく手を振っていた。
「貴様ら、よく無事で戻ったー!」
ほっとした表情を浮かべたまりもだったが、次の瞬間にはその顔色が変わった。
「ま、まずい。い、急げ!!」
武たちの背後から、真っ赤な溶岩流が迫っていた。
溶岩流はジャングルから湧き出るように砂浜へと流れ出し、今まさに武たちを飲み込もうとしていた。
「させるか!」
武は、溶岩流を遮ろうとその身体で仁王立ちした。
「バカ!」
「タケルー!」
とっさの事で武の無謀な行動を止められ無かった仲間たちは、絶叫するしかなかった。

武は焦った。
ゴジラに成れないのだ。
命の危機が迫れば、ゴジラに変身する。
それがゴジラへと変身する条件であると、武は確信していた。
していたのだが……。
(なんでゴジラに変身しないんだ?)
武は、視界一杯に迫る溶岩をただ見つめるしかなかった。

バシュッ!

やや気の抜ける発射音の直後、溶岩流に何かが直撃した。
直撃した場所からは急激に白い蒸気、いや、冷気が広がり辺り一帯を包んだ。
「やりぃ!」
いつの間にかまりもの横に立っていた水月が、ガッツポーズを決めている。
その肩には、発射済みのロケットランチャーがある。
「こういう事もあろうかと、冷凍弾を持って来て正解だったわ」
わがままな胸をさらにわがままに反らせて、水月は高笑いし始めた。
その態度には目をつぶって、ナイス判断と誉めたいところだが、現場では笑えない事態が起こっていた。

冷凍弾は効いた。
しかし、余りにも効きすぎた。
溶岩もろとも、立ちはだかっていた武をそれはカチカチに凍り付かせていたのだ。

「タケルーッ!!」



[12377] 第19話「翼竜」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/10 21:36
第19話「翼竜」

「ふーっ、死ぬかと思った」
カチカチに凍り付いていた武は、すぐさま暖かな海に投げ込まれて復活した。
「まさか味方から撃たれるとは……」

武からのジト目を受けて、水月は横を向いて口笛を吹いた。
「あ、あれぐらい避けられない方が悪いのよ」
この前の横浜基地の時は、タイミング良く避けたくせに、と聞こえないような小声で水月はつぶやいた。

その後、ひと騒動あったのだがそれは割愛。
上陸用舟艇で全員を収容した後、武たちは沖合いに停泊していた国連軍の艦艇に向かった。
だが、その間にも火山からの火山弾などが情け容赦なく降り注ぐ。
「うぉ!危ねえ」
天蓋の無い上陸用舟艇のため、武たちもその難から逃れられない。
「遙、危ない!」
「きゃっ!」
水月が遙を突き飛ばす。
その、遙がいた場所に落下物が直撃した。
落下物は上陸用舟艇の構内を、ピンボールの球のように駆け回った。
「うわっと。ふう、何よ、これ」
ようやくその勢いを失った落下物を、水月は手に取った。
「卵?」
それはバレーボールほどの大きさで、ミコトが洞窟内で見た数種類の卵の内の一つに似ていた。
「お土産には、いいわね」
そう水月が言った途端、卵はぱかりと割れた。
「え?」
驚く水月をよそに、卵の中からは早くも鳴き声が聞こえてきていた。
「え、えっ?」
卵の中から姿を現したのは、一羽の翼竜だった。
肉食獣である事を現す鋭い牙と三角形の頭に、腕と一体化した翼、短い脚。
「おお、これってラドン?」
水月は嬉しそうに、その生物を分析した。
「絶対、あたしが飼う。飼うったら、飼う」
すでに、武たちが何らかの怪獣に変化、あるいは怪獣を飼っている事を知ってしまった水月は、それへの対抗意識からか無茶な事を言い出した。
だが、水月以外の全員が気付いていた。
「ギャオー!」
その鳴き声は、決してラドンのものではないという事に。

それはさておき、207小隊の訓練兵たちにはもっと重要な事が気になって仕方がない。
だが、それを告げるはずである神宮司まりもは例によって固まっていた。
「それはラドンじゃなくて……」
そんなことをぶつぶつと呟いて、いつも以上に固まっている。
これまでの経験から、また厄介ものが増えたと感じているようだ。
「いつも、いつも、いつも、私ばかり厄介事を……」
あきらめが怒りに変わり、まりもの身体に変化が起き始めていた。
「いい加減にしないと……」
両手の拳を胸の前でつき合わせる。
そして、その形のまま両腕をゆっくりと上げて……。
「まりも、そこまでよ」
肩に置かれた夕呼の手に気付いて、まりもの動きが止まった。
「大陸での悲劇を繰り返す気?」
「えっ、私いったい……」
あと一歩のところで、かろうじて正気に戻ったまりもだった。

「えっ?」
まりもの言葉に、千鶴たちは驚いた。
「だから、合格だ」
「は?」
冥夜ですら、間抜けな声しか出ない。
「突然の大噴火という絶望的な状況から、小隊全員が奇跡的に生還を果たしたんだ。その実績をもって合格基準に達したという判断だ」
重ねてのまりもの言葉に、ようやく千鶴たちにその意味が染み渡っていく。

「やったのね」
「うむ」
「今度こそ」
「合格だよー」
「あ、あんぎゃー。や、やりました」

「おお、おめでとう」
壬姫を皮切りとして、涙ぐむ他のメンバーに他人事のように祝福を述べる武。
正直、自分は何もやっていないので実感が湧かないのだ。
「あんたねえ、なに他人事みたいな顔してんの」
水月が、目ざとく声を掛けてきた。
「もっと、こう喜びを爆発させなさいよ」
「い、いや、しかしですね」
「なによ、まさか人間らしい感情までなくしてるわけ?」
と小声で水月は付け加えた。
その言葉に、武ははっとした。
いつの間にか、人間としてでなくゴジラとして考える事が多くなっている。
今も、皆の努力する姿を見てきたはずなのにそれへの共感さえ忘れていた。
いくら自分は何もしていないからといって、彼女らの努力の成果をたたえる感情さえ湧いて来ないのは……。
ゴジラ化が進んでいる?
「まさか」
武は、水月の言葉を否定した。
「あまりにも想定外の事で、途惑ってるだけです」
「そう、それならさっさと行きなさい」
水月は、仲間たちに向けて武の背中を押した。


「じゃあねー。待ってるから、あんたたちさっさと上に上がって来なさいよ」
「お世話になりました」
横浜基地に到着すると同時に原隊への復帰命令が下され、水月と遙はG-01部隊に戻ることになった。
「速瀬、ちょっと待ちなさい」
そそくさと立ち去ろうとする水月を、夕呼が呼び止めた。
「えっ、何か……」
とぼける水月に対して、夕呼は黙ってある一点を指さした。
「ギャオー」
水月は小脇に翼竜を抱えていた。

「当たり前だよ。個人でそんなもの飼えるわけないでしょう」
遙にも叱られ、水月はしゅんとなった。
「だって、御剣とか彩峰は……」
「あれは、特別な事情があって、ちゃんと基地司令の許可を取ってるの」
「なら、私にもラドンを飼う許可をお願いします。香月博士、いえ、香月副司令」
水月は、必死の拝み倒しの体勢に入った。
「うーん?これがラドン……」
夕呼はそんな水月の言葉を聞いているのかいないのか、奪い取った翼竜をしげしげと観察している。
翼竜は夕呼から逃れようと、懸命に身体をもがき水月に助けを求めるように首を向けている。
「ほら、すっかり私に懐いてるんですよー」
「あらあら、刷り込まれちゃって」
ふーっと大きく溜息をついてから、夕呼は翼竜を水月に返した。
「しょうがないわね。はい、ママよ」
水月の腕に戻された翼竜は、もう離されまいとしっかりと抱きついた。
「ギャォ」

「副司令、それじゃ本当にいいんですか!?」
「いいわよ。その代わり、しっかり面倒見るのよ。実験……じゃなくて定期検診も忘れちゃだめよ」
「はい、任せて下さい」
「ギャーオ」
翼竜も、まるで夕呼の言葉がわかったかのように、一声鳴いた。
パリン。
その瞬間、なぜか遠くにある天井の蛍光灯が割れた。
ブルブル。
夕呼を迎えにきていた霞が、ひどく怯えていたのはなぜだろうか?
また、その日からPXの冷蔵庫の人工肉が何者かによって少しづつ盗まれるようになったという報告もされ始めた。

そんな小さな異変が起こりつつも、いよいよシミュレーター訓練が行なわれる日が来た。
にやにやと、今回の生贄に選ばれた武以外のメンバーが見守る中、武はいつもの調子で注文を告げた。
「あいよ、武」
差し出されたトレーに載っているのは、もちろん超特大盛である。
「おわっ……」
「いただきー!」
目の前の小山に途惑っている隙に、何者かが武のトレーを横取りした。
「ちょっと、何するんですか、速瀬中尉!」
水月の前に、千鶴が立ちはだかった。
「それは白銀のものです」
「いいじゃない。どうせこんなに食べきれないって」
「駄目です。これは伝統なんですから。速瀬中尉も経験者なら、ご存知のはずです」
そう言って水月から、トレーを取り返そうとした。
「ギャオちゃん!」
水月がそう叫ぶと、天井から何かが舞い降りてきた。
その黒い物体は、トレーに覆いかぶさると凄まじい勢いで貪り始めた。
「……」
周りに居た者は、あっけに取られてその光景を見ている。

「ギャっぷっ」
大きなげっぷ?をして、ようやくその翼竜はくちばしの動きを止めた。
もちろん、トレーの上の容器はすべて空である。
「いやー、御免ね」
水月は、言い訳を始めた。
「ギャオちゃんたら、とにかく食べるんだわ。支給された飼料じゃ全然足らなくてさ。遙とかにもらってたんだけど……」
どうやら水月は、翼竜に「ギャオちゃん」という名前を付けたらしい。
「そんなの言い訳になりませんよ。同じ立場のモスラとバトラは、基地から支給されている飼料で我慢してるんですから。ねえ、そうでしょう御剣」

突然、自分に話を振られて冥夜は手にしたトレーを落としそうになった。
「そ、そ、そ、そうだな」
なぜか、目をそらす冥夜。
「ピピル」
「ピ?」
まさか、こうして冥夜の足元でじゃれ付いているモスラとバトラが毎夜々々基地周辺の草木を貪り食っているとは言えない冥夜であった。
基地周辺の木々がすっかり丸裸になっているのは、決して落葉のせいではない。

「そ、そうですよ」
今でも、こっそり夜中に近海で鯨族から食糧を献上されている武。

「そうそう(棒)」
ばれない様に、少しずつ反応炉からヤングギドラにエネルギーを吸収させている慧。

「天然ものは自給自足だよ」
基地周辺から、カエルやネズミ、蛇が消えたのはミコトのせいでは無いと信じたい。

「あんぎゃー、なんか仲間はずれっぽいよー」
理由は分らないものの、蚊帳の外の壬姫はおろおろしている。

「……」
仲間たちの余りのぐだぐださに、千鶴も言葉が無い。
これでは、水月を責めるどころではなかった。
「白銀、食事抜き」
なぜか、そんな理不尽な命令が千鶴の口から下されたのだった。


空腹の余り、派手にぐっーと腹を鳴らす武に構わずシミュレーション訓練は始まった。
ちなみに、戦術機衛士訓練過程での名物「スケスケスーツ」は採用されていない。
その代わり簡易型宇宙服と同等の機能を持つパイロットスーツを、武たちは装着していた。
スーパーXシリーズは首都防衛用「移動要塞T-1号」を、その出発点として、その後さまざまな経緯をたどり、現在は「戦略航空要塞」に格上げされ、戦略級兵器として扱われている。
そのため、戦術機に対して戦略機とも呼ばれている。
想定される使用状況は、大気中、水中はもちろん低軌道上の宇宙空間をも含まれている。
故に、簡易型とはいえ宇宙服を装着しての訓練は必須なのだ。

さて、いよいよ武の番が回ってきた。
搭乗を終えて青い顔をしている仲間たちを横目に、武はシミュレーターに乗り込む。
内部はスーパーXを完全に再現していて、狭苦しいという事はない。
「準備完了です」
武は二つある操縦席の一つに座った。
『ふむ、白銀、貴様は武器管制志望か』
意外そうな、まりもの声が聞こえた。
『貴様は、指揮操縦志望だと思っていた』
「いやー、指揮はともかく操縦が面倒くさそうで」
『馬鹿もんー!面倒くさいとは何事だ』
まりもに叱られて、武は思わず首をすくめた。
『まあいい、志望はあくまで参考程度だからな。今回の結果で操縦の適正値が高ければ、必然的に指揮操縦はやってもらうし、適正値が低ければ除隊という事もあり得る。覚悟しておけ』
シミュレーターが起動を始めた。

(ふーん、対ゴジラじゃないんだ)
始まった状況は、明らかにゴジラを迎え撃つ態勢では無かった。
(遠くに見える、あれは……ハイブのモニュメントか?)
視界の全てが不毛の大地で占められ、その大地を覆いつくすのは不気味な生物、BETA。
『白銀、これは特別バージョンだ。香月副司令からの指示でな』
武の疑問に答えるように、まりもからの通信が届いた。
『貴様には他の訓練兵とは別の内容のものをやってもらう。特別にその機体のコントロールもくれてやる。思う存分苦しんでこい』
「ちょ……」
俺の志望は武器管制だって、と言う声はたぶん誰にも届かない。
仕方なく、武は操縦桿をとった。

「ふん、ふふーん」
武は鼻歌まじりで、スーパーXの操縦をこなしていた。
いままでスーパーXなど見たことも無かったはずなのに、不思議と意のままに操縦が出来てしまった。
ファイヤーミラー(スーパーXのはずなのに、なぜか付いていた)を巧みに使い、光線級を殲滅、地上にはびこるBETAを無視してモニュメントに肉薄した。
そこで、武は目を丸くした。
「なんだ、ありゃ?」
そこには武が予期、いや、本当は存在することを覚悟していた相手がいた。

『見事だ。さすがに香月副司令が見込んだだけの事はある』
まりもの、どこか白々しい声が聞こえる。
激闘の末、ようやくその敵を倒した武だったが、もはや一寸もその身体を動かすことは出来なかった。

なんだ、あれは?
いや、知っていたはずだろう。

矛盾した、二つの声が武の中でこだましていた。
「あれは、何なんですか!?」
思わず出た言葉。
だが、それは……。
『ほう、貴様からそんな言葉が出るとはな』
まりもからの、そんな冷たい感想を引出しただけだった。
「あり得ない、だってあれは……」
武の初めてのシミュレーター体験は、そこで終った。

その日の深夜。

「霞、ちょっとこの件の資料持ってきてもらえるかしら」
そんな夕呼の命令を受け、霞は横浜基地の地下を彷徨う。
夕呼の命令は、肝心な時以外はかなりいい加減なので、資料といっても何を集めればいいかは、要件ごとに大きく異なる。
今回の件は、かなり広範囲の資料を集めねばならなかった。
そのため、霞は普段は足を踏み入れない区域へと進んだ。
「これは……」
霞は、探し当てたその部屋の光景に息を飲んだ。
「うささんの卵?」
そこには、にわとりの卵より少し大きいという事を、霞なりの感性で表現した何者かが産み落とした卵が床一面にびっしりと並んでいた。
その内の一個がぽうと淡い光を放った。
「私が……必要?」
卵が呼応するように明滅した。
その光に、霞の瞳が妖しく揺らめく。
霞は、引き寄せられるようにその卵を抱き自室に持ち帰った。
もちろん、それらの卵の事を夕呼に報告する事は無かった。
霞が、初めて夕呼に秘密を持った夜だった。

やがてその卵たちから、何が孵るかは人類は誰も知らない。



[12377] 第20話「狙撃」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/11 22:49
第20話「狙撃」

ババーン!
そんな効果音と共に「分隊長」と描いてある腕章がドアップになる。
それを装着して、無い胸を精一杯反らしているのは壬姫だった。
「よ!分隊長」
武が囃し立てると、壬姫はたちまち真っ赤なゆでだこ状態になってしまった。
「た、たけりゅしゃん。か、か、かりゃかわないで……」
アガリ性を克服出来ていない壬姫は、この程度のことですぐにパニックになってしまう。
これは武が知る元の世界の壬姫以上で、こんな事で今後やっていけるのかと心配になる。

「ちょっと珠瀬、大丈夫なの?」
見かねて千鶴が話しかけると、壬姫の症状は目に見えて改善した。
「だ、大丈夫です。パ……珠瀬事務次官の接待は任せて下さい」
要は、武以外の相手にはそれほど酷くはならないのだ。
武に話しかけられたり、武の側にいると心臓がバクバクしてしまうのだ。
「ほう」
「ふ」
冥夜と慧が、目ざとく壬姫の態度の意味を読み取った。
「なんか知らんけど大丈夫そうだな」
当の本人は、例によって全く気付いていなかったが。


「珠瀬国連事務次官殿に敬礼!」
「たまー!大きくなったなー」
「パパ、今は勤務中なので……」
「うむ、君が」
壬姫が嘘八百の手紙を父親に出したばかりに始まったお芝居は、様々な人々を巻き込み、実際に珠瀬パパを迎えてぼろを出しながらも順調に進むかに見えた。
だが……。

突如鳴り響く警報。

珠瀬事務次官の歓迎行事は中断され、武たちは待機を命じられた。
と間もなく、夕呼の命令で指令室に呼び出された。
指令室内は慌しく人員が走り、怒声が飛び交う。
「一体何事ですか?」
命令系統を飛び越えて、武は直接夕呼にたずねた。
夜の秘密任務の時で慣れているので、思わずそんな行動に出てしまったのだが、武の無礼は当の夕呼も含めて誰にもとがめられ無かった。
「隕石……正確には小惑星が落下してくるのよ」
「しょ、しょ、小惑星!?」
壬姫が、他のメンバーを代表するように驚愕の声を上げた。
「で、その小惑星はどこに……」
落ちるんですか?と武が言い切る前に、夕呼は絶望的な情報を告げた。
「ここよ。この横浜基地にピンポイントでね」

その日、月と地球の間の軌道を何事も無く通り過ぎるはずだった一つの小惑星があった。
だが、その小惑星は地球へと引き寄せられるように突如その軌道を変えた。
なぜ軌道が変わったのか、その原因究明はなされるべきだが、今まさにその小惑星の標的になっている彼らにはそれどころでは無かった。

「もちろんその被害はこの基地だけでは済まないわ。計算によれば、関東平野は全滅、東京湾は数倍に広がる事になるわ」
「つまり、避難は間に合わないと言う事ですか?」
「ええ、そうよ」
「何か方法は無いんですか」
千鶴は、様々な考えをめぐらしながら夕呼に質問した。
いざとなれば再びガイガンを出すつもりだった。
関東平野が壊滅すれば、そこに住む多くのX星人混血者も道連れになる。
これは、ガイガンを使用する正当な理由になるはずだ。
最悪、ガイガンで体当たりすれば……。
「そうね、OHTキャノンの修理が間に合っていれば、充分な迎撃手段になったのでしょうけど、使えないものは考えるだけ無駄ね」
指令室のなかに絶望的な空気が広がりかけるが、なぜか夕呼の口元には笑みがあった。
「けれど、この横浜基地にはOHTキャノンを凌駕する破壊力を持つ者と……」
意味ありげに武を見る夕呼に対して、武は少し憂鬱になる。
(どう考えても俺の事だろうな)
(だけど、軌道上から落ちてくる小惑星に当てられるかどうか……)
(うわ、全然自信ない)
そんな武に構わず、夕呼の言葉は続く。
「極東一のスナイパーがいるのよ。何の問題もないわ」

夕呼のその言葉に、皆の頭の上に???マークが浮かぶ。
極少数の人間を除き、武がゴジラであり、壬姫の姿が単なるガメラのコスプレでは無いことを知るものはいない。
夕呼の言葉の意味が分らなくても当然なのだ。
だが、その言葉にびびリまくった者がいた。
壬姫だ。
「はわわわわわ、あぎゃ、あぎゃ、あんぎゃー」
口から火を吐き、今にも飛び立ちそうになった。
「落ち着け、珠瀬」
冥夜が制止するが、あまり効果は無い。
「えへへ、極東一って、ボクの事誉めすぎだよ」
むしろ、空気と立場と能力を読まないミコトの言葉の方が壬姫を落ち着かせるのに役に立った。
「いや、お前の事じゃないから」
「はわわわわ、私ったら、うぬぼれてましたー」
ミコトの言葉を真に受けて、壬姫はその場から逃走した。

「くっ、こうなれば私が」
千鶴は、ポケットからゴーグルを取り出した。
「えい!」
そのゴーグルを叩き落とし、足で踏みにじる慧。
「出番とる、良く無い」
「何言ってるの。このままだと、私たちも死んでしまうのよ」
「仲間信じる、大事」
慧のその言葉に、千鶴はしばらく凍りついた。
「……まさか、あなたからそんな言葉が聞けるとは思わなかったわ」
「珠瀬はびびりでも、結果は出す子」
あの島で慧がヤングギドラと合体して帰って来るまでエビラから壬姫が逃げ切ったという実績が、慧にそう言わせているのだろうか。
「同意は出来ないけど、妥協するしかないようね」
実際にはガイガンで対処できる事案ではないという結論を得て、千鶴は事態を静観する事にした。

ドクン。
心臓が大きく脈打った。
武はあせった。
これはゴジラに変身する前兆だった。
やはり自分に命の危機が迫ると、ゴジラへと変身するのか。
「白銀、珠瀬と組んで小惑星を迎撃しなさい。それ以外、私たち、いえ、日本を救う手段は無いわ」
夕呼は、武の状態を見透かしたようにそう言った。
「くっ、やるしかないって事ですね。しかし、タマが……」
「武、珠瀬を追え」
「追え」
冥夜と慧が、武に発破をかけた。
「白銀、今回はあなたと珠瀬に任せるわ」
「武、さすがにこれはお手上げだよ」
千鶴とミコトは、今回は動く意志が無い、あるいは打つ手が無い事を示した。
「分った、必ずタマを見つけてくる」
武は、ゴジラへの変身を抑えながらそう宣言した。

「やっぱりここに居たのか」
武は、自室に閉じこもっていた壬姫を見つけた。
「武さん……」
壬姫は、ベッドの上で膝を抱えていた。
武の姿を見ると、逃げ出そうとするかのようにベッドから足を下ろし、立ち上がろうとした。
だが、足に力が入らないのか壬姫はベッドに腰かけたまま泣き出した。
「ううっ……」
「タマ……」
壬姫は、教練の時以外は常にぶら下げている勾玉を握り締めた。
「これ、お母さんの形見なんです」
勾玉を握り締めたまま、壬姫は涙声で語り始めた。
「こんな事言っても信じてくれないでしょうけど、お母さんは、ううん、お祖母ちゃんもそのまたお母さんも、家は代々ガメラの巫女なんです」
勾玉がかすかに光を放ち始めた。
「危機が迫ると、この勾玉を通じてガメラと交信して来てもらって危機を乗り越えて来たんだって、お母さんは言ってました。みんなは知らないけど、BETAが日本に攻めて来た時だって、お母さんが呼んだガメラのおかげで帝都東京は助かったんです」
おそらく、最高機密である情報を語りだした壬姫の顔は伏せられたままだ。
「お母さんは、その時の無理がたたって死んでしまいました。いえ、私、死ぬのが怖いんじゃありません。むしろ、お母さんのようにみんなを守って死ねたら本望です。でも、でも、私、交信できない。ガメラと交信できないんです」
壬姫は、いままで誰にも、実の父親にさえ打ち明けることが出来なかった苦しみを武に打ち明けた。
それは、武の存在が壬姫の中で実の父親よりも重い存在になっている事を意味していた。
「だから、無理なんです。小惑星を迎撃するなんて」
「なんだ、そんな事を心配してたのか。タマの言う事なら、信じるに決まってるじゃないか」
「えっ?」
武の言葉に、壬姫は顔を上げた。
否定されるとしか思っていなかった自分の言葉を、この人は何の疑いもなく受け入れてくれるのか?
壬姫は信じられない思いだった。
「俺の知ってるタマは、絶対に嘘を付けない奴だからな。さらりと嘘が付けないから、それも他人に対してだけじゃなく自分に対しても付けない。だからいつもパニックになるんだろう?それに、ここにはガメラの代わりに俺がいる。タマは俺とは話せるじゃないか」
「武さん、何を……」
「む、まずい限界だ」
武は、自分の身体が変化していくのを自覚した。
「タマ、外で待っているぞ。俺にはお前が必要なんだ」
そんな誤解を招きかねない言葉を言い残すと同時に、武はゴジラに変身していた。
突然目の前から消えた武に、壬姫は目を丸くした。

横浜基地に程近い場所で、武はゴジラと成った。
すでに両手の指に余るほど、この過程を経験している武は変身後の出現場所をある程度選べるようになっていた。
その武に、横浜基地から向かってくる物体があった。
「武さーん」
両足を収納した箇所から火炎を噴き出して、壬姫が飛んできたのだ。
そして、ゴジラ化した武の頭の上にトンと着陸した。
「よく俺と分ったな?」
「馬鹿にしないで下さい。この勾玉を通せば、ゴジラさんが武さんだってことはすぐに分りました。秘密のはずの正体を私に見せてくれた以上、私も勇気を出します」
「大丈夫そうだな。時間が無い、射撃の指示を頼む」
武は、そう言うとはるか彼方の空を見た。

青空の中、人間には到底感知出来ない落下物をゴジラの目が捉えた。
「あれか」
武は、小手試しとばかり高熱線を小惑星目がけて発射した。
だが、全く手ごたえが無い。
「駄目です、武さん。あれじゃ、絶対に当たりません。もっと、イメージを明確に描かないと」
「イメージって言っても……」
途惑う武に、すかさず壬姫がお手本を示した。
「こうです!あんぎゃー!」
壬姫の口から飛び出した火球は、見事に小惑星に命中した。
「すげえ、さすがだなタマ」
「でも、本当のガメラの力なら今ので目標は撃破出来ていました」
命中したにも関わらず、小惑星の軌道に何の影響も与えられ無かったため、壬姫は落ち込んだ。
「……」
「おい、タマ。だから俺が居るって」
武は落ち込むタマの様子を感じて、慌てて次の狙撃の準備に入った。
「こう、集中する感じで……」
(要は、SFとかヒーロー物の必殺技の感じだよな)
(それじゃ、波動砲っぽい感じで……ゴジラ砲?)
(駄目だ、ゴジラ砲じゃ、安直だし、語呂が悪い)
(なら、あれだ。敵方の技だが……)

「カイザーフェニックス!!」

そう叫びながら武は高熱線を発射した。
すると今度は目標を捉える事には成功し、小惑星の表面で小さな爆発が起こるのが見えた。
だが、依然として小惑星の軌道が変わった様子はない。
「武さん、今のは光線が広がってしまったため、光線の一部しか目標に当たらなかったんです。もっと、絞り込むようにイメージして、今度は私のすぐ後に撃ってみて下さい」
「分った」
武は、壬姫の言葉に従った。
「あんぎゃー!」

「ドルオ……いや、カイザーサラマンダー!!」

丸パクリから、多少のアレンジをして武は必殺技を放った。
放たれた高熱線は、壬姫の放った火球の後を追うように空に伸びていき、まっすぐに目標を捉えた。
「やりました武さん。そのまま、全力で!!」
「うおおおおおおお!!!!」
高熱線は、その全てが小惑星に叩き込まれた。

太陽に勝る光が空を覆った。
その数秒後に、衝撃が襲ってきた。
思わずあとずさる武だったが、頭の上に壬姫がいることを思い出して慌てて手でかばう。
「まだ、まだです、武さん!」
壬姫の言葉に再び空に目を向けると、そこには二つに分裂しながらもなお、こちら目がけて落下してくる小惑星の姿があった。
「させるか!」
二つのうち、小さな方は大きく軌道を逸らせたと見て、武は大きな破片目がけて全力で高熱線を発射した。
もはや照準などつける必要の無い距離だ。
力と力、エネルギーとエネルギーが正面からぶつかり合った。
大気の摩擦とゴジラからの高熱線を受けて、小惑星の表面は融解した。
それでもなお小惑星の破片は、こちら目がけて落下してくる。
「……っ!」
狙撃失敗!
もう駄目だ。
壬姫は観念して目をつぶった。
(お母さん)

「ちくしょう、なんで巧くいかないんだよ。くそう、誰でもいい、俺に力を貸してくれー!!」
迫り来る小惑星を前に、武は願った。
それに答えるかのように、武の身体を何かが貫いた。
「!」
そして浮かんできたのは、一つの言葉。
もはやためらう時間は無い。
武は叫んだ。

「怪獣王破星光撃閃!!」

ようやく固まったイメージと共に、武は全力を振り絞った。
すると、今までにない精神的な高揚が訪れ、身体の中から信じられないエネルギーが湧き出てきた。
武は光に包まれた。

凄まじい轟音と光が通り過ぎた。
ふっ、と足元の感覚が無くなり、壬姫は自分が落下しているのを感じた。
慌てずに軽くジェット噴射を行なって地上に着陸してから、壬姫は改めて空を見上げた。
飛行機雲というには、余りにも規模が大きすぎる一筋の白い連なりがあった。
小惑星の航跡にまちがいないだろう。
その連なりは、横浜基地の上空をかすめ、はるか太平洋にまで続いていた。
加えて、今度の経験でガメラ化が進んだ壬姫の目には大気圏外に飛び去っていく小惑星の姿が見えた。
「凄い、落下させずに押し返したんだ」
壬姫は、自分の足元で全力を使い果たして気を失っている青年に憧憬の眼差しを向けた。




[12377] 第21話「疑惑」
Name: よしや◆8831a441 ID:d020cada
Date: 2011/01/14 19:58
第21話「疑惑」

「見てください」
研究員の一人が夕呼を呼び止めた。
「今回のゴジラの高熱線放射時ですが、フェーズ1、放射初期において過去の例とは違い、頭部を中心として強力な電磁場の発生が確認されています」
「なるほど、それで今回ほどの威力の高熱線でも頭部が吹き飛んだりしなかった訳か……。ふーん、これまでも電磁場で反動を押さえ込んでたのかしら?」
疑問を抱く夕呼に、他の研究員からも報告がなされる。
「概算ですが結果が出ました」
「早いわね。……ああ、なんだそっちの方なの」
「済みません。あれはもう少し時間がかかります。それで、小惑星の爆破と軌道変更に投入されたエネルギーの総量はこうなります」
紙片に手書きされた数字を見て、夕呼はふっと笑みを浮かべた。
「大きすぎるわね。これほど膨大なエネルギーをゴジラ単体で……」
そこまで口にすると、夕呼は猛然と手元のキーボードを叩き出した。
夕呼がその場で組んだ計算式の演算結果が、しばらくすると画面に示された。
「うん、無理。メルトダウンしてしまうわね」
「だとすると、一体そのエネルギーは……」
「一つの可能性としては、外よ。最終的にゴジラ体内からの放射にはなってるけど、熱線に変わる前の段階では、外部からなんらかの手段で供給されている……、まあ、まだ仮説でさえないけど」

ゴジラ出現と同時に、横浜基地の研究班は迷うことなく、全員が小惑星墜落による死を覚悟してゴジラの情報収集に取りかかった。
もちろん避難が間に合わないという事もあるが、ゴジラ研究は彼らの生涯をかけてきた研究対象である。
そのゴジラが目の前にいて、しかも未曾有の事を成そうとしている。
小惑星迎撃というゴジラの能力を振り絞ってでも可能かどうかという事例を横浜基地で直接観測できる状況は、これまで未知であった領域でのゴジラの情報を万全の体制で得られる千載一遇のチャンスだった。
収集した情報は、リアルタイムで世界中の研究機関に配信されている。
もし横浜基地が全滅してもその情報は後世に残り、ゴジラに関する研究を大いに進めてくれるだろう。
ならば、自分達は出来うる限りの情報を集めるべきである。
研究者達は燃えた。
そして、望外にも生きてその収集した情報を解析する幸運さえ得た。
二日、三日の徹夜が何だ。
小惑星が去ってからも、研究者達は飲食を忘れてデータ解析にいそしんだ。

しかし、本当に飲食を忘れていた者が大勢いて、一週間後には屍累々という状況に陥ってしまったが……。


さて、話は代わって霞である。
妙な卵に憑りつかれてしまったようではあるが、表面上は全く変化は無い。
一応研究員の一員ではあるが、今までとほぼ同じ日常を過ごしていた。
意外だが、霞はゴジラ研究には関係がない。
もちろん夕呼に言われればゴジラの思考を読み取ったりするが、霞の一番大事な仕事は別にある。
死屍累々の現場を何事も無くスルーして、霞はその仕事場に向かう。
専用のやや原始的なカゴ状のエレベーターに乗り、しばらくするとその場所に着く。
エレベーターからは降りない、というかその場所には初めから扉が存在せず四面全てが嵌め込みのガラスになっている。
そこから見えるのは、大きな空洞だった。
その空洞の中には、これも巨大な卵が鎮座している。
これは武が南の島から運んで来たものだろうか?
いや、それとは形状や大きさが異なっている。
この空洞にあるものの方が、やや大きいようだ。

(……さん、私です)
(……)
(今日、武……ゴジラさんが大活躍しました)
(……)
(ガメラさん、珠瀬さんも頑張りました)
(……)

霞の仕事は、こうしてこの巨大な卵状のものに語りかけ、イメージを伝える事である。
答は無い。
しかし、答ではないものの時折イメージの断片を発する事がある。
そして、そのイメージにはこれまでに霞が語りかけ、イメージを投射してきた内容を反映したものが時折混ざっていた。
この卵状の物体は、明星作戦後にこのハイヴで見つかったものである。
破壊、分析、一切が不能。
BETAの反応炉と並んで、横浜ハイヴ攻略で得られた鹵獲品の中で最大の謎を秘めた物体だった。

ぽう、と霞が手にしている物体が光った。
霞に憑りついたと思われる卵である。
その卵は、巨大な物体と交信しているかのごとく明滅した。


同時刻、基地内で怪しげな動きをする影があった。
「昨日は見失ったけど、今日は逃がさない」
「待ってよー、水月」
水月は、追跡していたものが換気口の一つに入ったのを見届けた。
「む。んんっ?」
すかさず換気口に耳をあてて、どの方向へ向かったかを確認する。
「……、やっぱり下か」
「あれ、見失っちゃったの?」
ようやく追いついて来た遙に、水月は微笑みかけた。
「うん、遙を引っ張ってきて正解」
「え?」

遙のセキュリティーレベルは、水月よりもはるかに上だ。
なにしろ副司令である夕呼の許可のもと、ハイヴの最深部までいけるだけの資格が与えられている。
昨日、かなり深い階層で翼竜を見失った水月は、念のために自分より深い階層まで行ける遙に協力を仰いだ、というか無理やり連れてきていたのだ。

「えーっ、この下の階層は香月副司令の許可が無いと入れないんだよ」
連れてこられたエレベーターの前で、今さらながら抵抗する遙。
「その許可なら、遙がもらってるじゃん」
「でも、それは緊急時だけだよ」
嫌がる遙を、水月はなんとか説得しようとする。
「だから、今が緊急時だって。ギャオちゃんが、毎夜どこに行ってるか突き止めないと。なんせ、香月副司令に全面的な管理を任されてるんだから」
「うー、違うと思う……きゃっ」
「行くわよ!」
待っていたエレベーターのドアが開くと同時に、水月は強引に遙の腕を取ってその中に乗り込んだ。

「むむ」

「……」

水月達を密かに追跡していた者がいた。
その二人は、通路の反対方向から水月達の乗ったエレベーター前で鉢合わせになった。
「慧ちゃん?!」
「ん?」
その二人は、見知った者同士である事を知ると警戒を解いた。
「慧ちゃん、どうしてここへ?」
「キルル」
「エネルギー減少。翼竜怪しい」
慧は、毎晩こっそりと頂いている反応炉からのエネルギーが最近減少気味だとヤングギドラに愚痴られていた。
そこで、こうしてヤングギドラと共に色々と調査していたのだ。
「珠瀬は?」
「私は、あの翼竜の正体が気になっているんです」
「ラドン?違う?」
「違います。絶対にラドンじゃありません」
「でも、翼竜」
「うーん、そこなんですよ問題は。お母さんから聞いた伝承の中に、ちょっと気になるのがあるんです」
「エレベーター来た」
二人とヤングギドラは、上がってきたエレベーターに乗り込んだ。
「あ、でも私たちじゃセキュリティーレベルが……」
「問題無い」
慧は、偽造されたIDカードを示した。
そのカードはどう見ても本物で、M宇宙ハンター星雲人の技術レベルの高さを示していた。
事実、慧たちを乗せたエレベーターは何の問題もなく降下を開始した。


その頃、武はいつものごとく夕呼に呼ばれていた。
「おや?あれって霞だよな」
自分には乗れないエレベーターから出てきた霞を見止めた武は、思わずあとをつけ出した。
まあ、少し早めに出てきたし、いまいち霞と仲良くなれていないのでこういう機会に彼女の情報を得ておくのも有りだな、などとストーカー行為を正当化しつつ、霞のあとをついて行くと、彼女はとある区画に入っていった。
「むーっ」
続こうとした武だが、その扉は開かない。
「俺のIDカードじゃ駄目ってことか」
武に与えられているのは、ほぼ最上級のセキュリティーレベルのはずなのだが、霞の方がさらに上だということらしい。
「霞もよく分らん子だよな」
多少の敗北感と共にそんな感想を漏らし、武は引き返していった。
夕呼に、どうこの遅刻の言い訳をしようかと考えながら……。

「変ね、そんな場所へ行かなきゃいけないような指示は出してないけど」
話の合間に、ふと先程の霞の行動を告げてみると夕呼は怪訝な表情を浮かべた。
「この時間には、確か……」
調べると、やはり指示した以外の場所へ行っていることが確認された。
「誰かと会ってるのかしら」
「そういえば、この頃ぼーっとしてることが多いような……」
「……」
「……」
夕呼と武の答は、奇しくも一致した。
二人は、同時に立ち上がった。

暗闇の中、三組と一人、合計14個の目が動いていた。
互いに気付かず、その部屋に集合を果たしていた。
「ちょっと先生、それ以上は」
「大丈夫よ」
声を潜めて、中腰で移動する。
どう見てもこの基地の副司令や、なんとか王のする事では無い。
「やばいっすよ、これ以上近づくのは」
「だって近づかなきゃ、誰が相手なのか見えないじゃない」
デバ亀丸出しのセリフで、夕呼は自らの行為を正当化した。
「あ、誰か来た」
夕呼と武は息を潜め、目を凝らした。

「どこなの~、ここ」
「倉庫?」
「あんぎゃ~、なんか怖いよ」
その二つの影は、霞に近づいていった。

「み~つ~き~」
「遙ったら、びびりなのは変わんないねー」
震えながら歩いていた遙が、誰かとぶつかった。
「きゃ」
「あぎゃ」
二人はぶつかった弾みで転倒し、それに気付いた水月と慧は暗闇の中で身構えた。

「だ、れ?」
物音に気付き、振り向いた霞の瞳は完全に逝っていた。
大事に抱えた卵が怪しく光る。
すると、それに合わせて辺り一体が光に満たされた。

「これは」
「卵」
「こんなに沢山」
「エネルギー、横取り犯?」
「あんぎゃー!」
「え、え、え?」

夕呼、武、水月、慧、壬姫、遙はその光景に驚愕した。
びっしりと室内を埋め尽くす卵、卵、卵。

霞の持つ卵が光る。
一呼吸遅れて、周りの卵が一斉に光る。
大きさこそ鶏卵より少し大きい程度にすぎないが、問題はその数だ。
数百、いや数千か。
「ギャオー」
その中を、一羽の翼竜が警戒した鳴き声を発しながら飛んできた。
暗闇の中、その翼竜は迷うことなく水月の懐に飛び込んだ。
「ギャオ」
「ギャオちゃん?」

「で、これは一体何なの?」
ひと騒動が終ったあと夕呼が、霞にたずねた。
「……」
だが、精神が正常に戻っていない霞は答えない。
「ちょっと、社?」
「副司令!離れて下さい。あんぎゃー!」
突然、壬姫が霞めがけて火球を放った。
「うぉ、危ないだろ」
慌てて夕呼と霞の身体を引き寄せてた弾みに、武はいくつかの卵を踏み潰してしまった。
「あ」
踏み潰された卵を見て、霞は凍りついた。
まるで自分が産んだ卵が踏み潰されたような、そんな奇妙な反応だった。
「社さんの様子を見て思い出しました」
壬姫は、武たちに説明を始めた。

「私の家に伝えられている予言があります。

終末の時、翼あるものから邪神がよみがえるだろう、
そのもの、人よりその滅びをもたらす知恵を得ん、

と」

翼あるものとは翼竜、邪神とは卵のことだと壬姫は言った。
「速瀬先輩、その翼竜はラドンではありません。この卵を見て確信しました。伝承では、その名を牙嗚子(ギャオス)、その卵から邪神が生まれると言い伝えられています。だから、今のうちに早くあの卵と親ギャオスを退治しないと」
「えっ、これ、みんなギャオちゃんの卵なの?」
「……」
そこじゃないでしょうとの、遙の無言の突っ込みに水月は今度は真面目に答えた。
「駄目よ、ギャオちゃんは殺させない」
翼竜をかばったまま、水月は壬姫と向かい合った。
水月の瞳も、霞と同様の状態になっていた。
「ギャオス自体はそれほど危険ではありません。ガメラさえ復活すれば、ギャオス程度はガメラの敵ではありませんから。ですが、その卵の邪神は違います。社さんや速瀬先輩に憑りついたように、人の知恵を吸い取って、ついにはこの世界そのものを滅ぼしてしまうと伝えられています。BETAと同じくらい危険な存在なんです」

「ふむ、この卵がか?」
壬姫と水月がにらみ合っている時、慧と冥夜はその体術を生かして、いつの間にか霞の側に立っていた。
「卵、おいしそう」
慧がそうつぶやくと同時に、ヤングギドラがその首を伸ばして霞の手にあった卵を丸呑みした。
「え」
「なっ」
あまりの早技に霞は全く反応できず、冥夜は止める間が無かった。
パキンと言う音を立てて、飲み込まれた卵が割られた。
「キ、キル……」
「まず、と言ってる」
「……!」
霞は無言で気を失い、その場で倒れた。
「ギャ、ギャオ?」
「あんぎゃ?」
夕呼は、いち早く事態に気付き怒りを発した。
「まさか食べちゃったの?貴重な研究資料を……」

「ギャオー!!」
自分が産んだ卵が食べられたのを知って怒り狂ったギャオスは、猛然とヤングギドラに襲い掛かった。

その場は、たちまち戦場と化した。
「ギャオー!」
「キルル」
ギャオスが超音波を発射し、ヤングギドラが引力光線で応戦する。
飛び回りながら攻撃し合うため、なかなか互いに当てることが出来ず、主な被害はその周りに及んだ。
「きゃっ」
「服が」
ギャオスの超音波が服を切り刻み、ヤングギドラの引力光線がその破片を吹き飛ばす。
「こ、こら、見るな」
「こ、来ないで」
あられもない姿になっていく女性陣が、武から距離をとると同時に二羽からの攻撃を避けるため物陰に潜んだ。
「白銀、何とかしなさい」
「そ、そうは言ってもですね……」
もともとゴジラは、空を飛ぶ相手は苦手だ。
ただでさえ苦手なのに、人間の姿のままでどうしろと言うのか。
「彩峰、ヤングギドラを止められないか?」
「無理。ヤングギドラは応戦してるだけ」
つまりは、ギャオスの方を止めろということだ。
「速瀬中尉、ギャ……」
「無理無理、卵を食べられて怒り狂ってるし、今も見境なく攻撃してるから卵が壊れてる。だから、ますます逆上してるのよ」
水月にそう指摘されて辺りを見ると、なるほどすでに半分近くの卵は破壊されている。
しかもよく見ると、卵の殻の切り口から見てむしろギャオス自らが破壊している卵の方が多いかもしれない。
もはや、自分が産んだ卵さえ区別がつかなくなるほど怒り狂っている訳だ。
「こうなれば……。タマ!お前が最後の頼みだ」
「はい」
以心伝心で、武の意図するところが壬姫に伝わった。
先日の小惑星迎撃は伊達ではないのである。

「あん、ぎゃー!」
「いいぞ、タマ。だが。もう少し広がる感じでやってやれ!」
武の言葉に素直に従って、壬姫はイメージを変えた。
「あ、ん、ぎゃー!」
壬姫の口から発射される火球は、収束することなく帯状に広がって卵たちに叩きつけられた。
たちまち卵は砕け散り、一つ残らず消え去った。
その異変に気付いて、二羽は争いを止めた。

「ギャ、ぎゃお……」
卵の全てが潰された事を知って、大きくうなだれたギャオス。
その犯人である壬姫が近づいてきても、もはや攻撃する元気さえないようだ。
「そのギャオスを渡して下さい。殺しはしません、この勾玉の力で封印するだけです」
壬姫は、水月からギャオスを奪おうとした。
「……」
精神支配から解放されたばかりの水月は、茫然とした様子で壬姫に逆らう気力までは無いようだ。
だが、それを止める人物がいた。
「待ちなさい。ギャオスは私が預かるわ」
「そんな、駄目です。ギャオスは封印しないと……」
「忘れたの?ギャオスは元々私が速瀬に預けたのよ」
自信満々に、事実とは多少異なる見解を示す夕呼に、壬姫は気圧された。
「でも」
「大丈夫よ。研究室で厳重に管理して、もう二度と邪神の卵とやらが発生しないようにするから。今度の件は、私の見通しの甘さが招いた事件。まさかギャオスから、精神支配系の能力を持った突然変異体が生まれるとは予想出来なかったわ。だから私が責任を持って、今後のギャオスを直接管理をするって事で許して欲しいのよ」
なおも渋る壬姫を、最後はガメラ探索とその交信に協力するという条件と引換えに、夕呼は彼女を納得させた。
こうしてギャオスの封印は中止され、夕呼は新たな研究材料を得た。

その後、気絶したままの霞は武たちの手によって自室に運び込まれた。
「じゃ、お休みな」
扉が閉まると同時に、その部屋は暗闇に包まれた。
やがて廊下から聞こえる足音が遠ざかると、安らかな寝息だけが室内に響く。
「……」
霞の目が、静かに開かれた。
そして、ぴょこりと起き上がった。
同時に、天井の隅にある天板の一枚が横にずれる。
そこから、光を放ち長い触手を持つ奇妙な生物が、霞の手元に降りてきた。
「しろうささん」
霞は、その邪神をそう名づけていた。
触手が長く伸びて、霞を包み込む。
霞の目に怪しい光が、再び宿った。
「私はゴジラを許さない」

邪神は、すでに生まれていた。
ヤングギドラが飲み込んだ卵はダミーだったのか、それとも第二の邪神だったのか。
それは、人の知るところではない。


※作者より
今回の投稿はここまでです。
皆様、楽しんでいただけたでしょうか?
次の興行は春休みか、GWあたりです。


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