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[12000] 【習作】星を見上げる吸血鬼(リリカルなのは 転生 オリ主)
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/07/26 04:07
前書きです。

はじめまして。葉の人と申します。
このSSは転生オリ主ものです。
最強モノ的要素もあります。
原作設定の独自解釈やオリジナル設定があります。
他、ヘルシングなど、吸血鬼もののネタも多々あります。

注意事項
原作キャラの死亡、性格の改編があります。
展開が超展開です。
オリジナルの魔法が登場します。
結構ご都合主義かもしれません。
作者の英語能力は所詮英検3級レベルなのでデバイスは日本語で喋ります。



上記の注意事項をよく読んでから、本編へと進んでください。
それではこのSSをよろしくお願いします。



今回初めてSSを投稿することになります。これは私のSS第一号。処女作です。
まだまだ文章を書くのは不慣れなため、粗い部分も多々あるでしょうが皆さんに楽しんでもらえるようなSSを書いていきたいと思います。

これからよろしくお願いします。


2010年 七月二十六日 月曜日 改訂、修正、第十九話投稿



[12000] プロローグ (修正、というか改訂)
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/07/12 23:48
ジリリリリリと、とても耳障りな音をBGMに僕はいつものように目を覚ました。
枕元に措かれた、その音の元凶である目覚まし時計を思わず睨みつける。
某夢の国のスーパースターであるネズミのキャラクターを象ったそれには所々ヒビや欠けている箇所が見て取れて、それなりの年数使い込まれていると言うことがわかる。
実際、もう十数年この目覚まし時計には世話になっているのだけれど。

「はぁ...」

そう考えると、目覚め時の理不尽な怒りはいつの間にかどこかに失せて、代わりに短いため息が僕の口からもれた。





洗顔とその他諸々を済ませ、自室に戻ってきた僕は外を眺めるために部屋の窓を開けた。

「......」

そこに広がるのは気を抜けば吸い込まれてしまいそうな暗い、夜の闇。
太陽は完全にその姿を消し、代わりに地上を照らすのは夜空に浮かぶ月と、多くの星の光。
「人は死んだらお星様になるんだよ」とは誰が言った言葉だっただろうか。
僕は特定の宗教に傾倒しているわけではないから、「人が死んでからどうなるか」という問いに対して明確に信じる答えというものはない。
でも、誰が言ったか、どこで聞いたかも思い出せないけれど「人は死んだらお星様になるんだよ」という言葉を僕は信じている。

僕達の両親は3年前に交通事故でこの世を去った。

突然のことで、僕はもちろん、いつもは冷静なお姉ちゃんもこの時ばかりは驚愕を隠すことはできていなかった。
それでも僕のことを気遣ってか、すぐに冷静さを取り戻し気丈に振る舞っていた姿は本当に尊敬する。
その後、葬儀などで我慢できずに泣いてしまった僕と違いお姉ちゃんは最後までその顔を涙で濡らすことはなかった。

でもある日、僕は仏壇の前で声を押し殺しながら涙を流すお姉ちゃんの姿を見てしまった。
僕の前では決して涙を見せることはなかったあのお姉ちゃんが泣いている。
ずっとずっと我慢してきたのだろう。
弟の前で無様な姿は見せられないと、気を張って。
昔から人一倍プライドが高い人だったから余計に。
僕はそっと、気づかれないよう、足音を殺してその場を去った。
ここで声をかけることは今まで我慢してきたお姉ちゃんに対してとても、失礼なことだと思ったから。

年甲斐もなく、人は死んだらお星様に、なんて事を信じているのは――いや、信じたいのはそんな事があったからだろう。

「僕も死んだら、あの星達の仲間に入れてもらえるのかな」

ほとんど無意識に、僕はそう呟いていた。
言ってから「しまった」と、手で口を塞ぎ、反射的に振り返る。
だけど、僕以外にこの部屋に人が居るわけもなく、目に入ったのは脱ぎ散らされた僕の寝間着。
ふぅ、と胸をなで下ろす。
もし、お姉ちゃんに今の発言が聞かれるようなことがあれば恐ろしいことになっていた。
前に一度、同じようなことをお姉ちゃんの前で口を滑らして言ってしまったことがあったけど...。

「...」

思い出しただけでも体が震えた。
お姉ちゃんは――こういうとシスコンのように思われるかもしれないけど、弟の僕から見てもとても綺麗な女性だ。
モデルのような整った体型に端整な顔立ち。
だからだろう、美人は怒ると怖いとはよく言ったものだと思う。
整った顔をしてる分、怒ったときの迫力というのはものすごいモノがあった。
それに... ...たぶんだけど、あのときお姉ちゃんは泣いていた。
目尻に浮かぶかすかな光に僕は気づき、そして驚いたと同時にショックを受けた。
...なにをやっているんだ、僕は。
激しい自己嫌悪の後、僕はそれからお姉ちゃんの前では絶対にそんなことは言わないと心に決めたのだ。

...だけど一人になると、どうしても思考が暗い方向へと向いてしまう。
―――「色素性乾皮症」略して「XP」
僕は生まれつき、太陽の下にでられない病気なのだ。
もし、少しでも太陽の光に照らされでもすれば、僕の皮膚はたちまち紫外線で焼かれ、日焼けどころの騒ぎではなくなってしまう。
最悪、皮膚ガンを発症し、そのままサヨナラだ。
しかも...

「っ...」

最近、動きが鈍くなってきた自分の右腕を反対の掌で強く握った。
...大丈夫だ。まだ「痛み」を感じることはできる。
この病気の日本人患者に多いとされている、神経症状。
進行性の中枢神経障害か、末梢神経障害か...。
そういった知識がまったくと言っていいほど無い...というか、そういうことを知ってしまえば、本当に「どうしようもない」ということがハッキリと、明確に提示されてしまうようで、調べようともしなかったのだけれど...。

その僕にでもわかっていることは、この段階に至ってしまった以上、僕の命はもう、そんなに長くはないと言うことだ。
前に、僕の担当主治医をしてくれている藤原さんに聞かされたことがある。
「神経症状を伴った場合、この病気の患者はほとんどが若いうちに死んでしまう。だから覚悟はしておきなさい」と。

「...やめよう、こんなこと考えるのは」

よりいっそう暗くなりそうになった思考を打ち切り、僕はいつのまにか俯いていた顔を上げる。
視界いっぱいに広がる星空。
僕は満点の太陽が輝く青空を眺めることも、その光の下で
友達と駆け回ることも出来はしない。
けれど、それでもいい。
それでも、僕にはとっても綺麗で、優しくて...ときどき怖いお姉ちゃんがいるし、この夜空に輝く星空を存分に楽しむことができる。
だから、もう後ろ向きに考えるのはよそう。その時はその時だ! 

「よし! それじゃあ、お姉ちゃんを迎えに行くか!」

と、一人気合いを入れなおした僕は駅までお姉ちゃんを迎えに行くべく、上着を羽織って昼間は決してでることのっでできない「外」へと、足を踏み出した。










駅についたのは家を出てから十数分がたった頃だった。
腕時計で時間を確認する。
よし、お姉ちゃんに言われていた時間よりは早く着いたな。
今日は何とか「罰ゲーム」は受けずにすみそうだ。
ベンチにでも座ってゆっくり待っていよう。

「ん?」

そう思い、駅の前に置かれているベンチに視線を移すとそこにはすでに先客がいて...というか、あのものすごく見覚えのあるシルエットは...

「お姉ちゃん...」

...どうやら予定より早く着いていたのはあちらも同じだったらしい。
仕方がないのでベンチに座りながら本を読んでいるお姉ちゃんの傍まで駆け寄って、声をかける。
すると彼女は手元の、持ち運びには丁度いいくらいの大きさの文庫本から、ゆっくりと僕へ視線を移し、

「五分の遅刻ね。罰ゲームはなにがいい?」

と、言った。
昔からそうだったけど、お姉ちゃんは約束の時間よりも早く着いては毎度罰ゲームを要求してくる。
だから今日こそは、と思ったのだけど...残念ながら今回も僕の惨敗である。
僕は苦笑して、まるで花の咲くような笑顔で罰ゲームを宣告したお姉ちゃんに言葉を返す。

「一応、僕はちゃんと時間通りに着いたはずなんだけどな...」

すると、お姉ちゃんは一瞬きょとんとした顔をして、「そう?」と、可愛らしく小首を傾げる。
とってもわざとらしい仕草ではあったけど、可愛いからいいや。
...いや、こんなこと言っているから藤原さんにもシスコンだとか言われるのだろうか...。

「はぁ...まあいいや。お手柔らかにお願いします」

「やった! ん~なにがいいかしら」

いつの間にか文庫本を自分のバックにしまっていたお姉ちゃんは両腕を胸の前にくんで真剣な顔で罰ゲームの内容を考えている。
...本当にお手柔らかにお願いしたい。
前回は家の中ではあったけど、メイド服を着せられた上に化粧までされて、それを写真や動画として半永久的に保存されてしまった...。
お姉ちゃん秘蔵のプリンを間違って食べてしまったことが原因だったから、全面的に僕が悪かったのだけれど。
というか、そんなに大事なプリンなら名前でも書いておいてほしい。
冷蔵庫のなかに無造作においてあったから、つい手に取って食べてしまった。

...まあそれはともかく、男がメイド服はナイだろう。
と、お姉ちゃんに一応反論はしたけど、全く聞く耳を持ってはくれなかった。
それどころか「私と顔が似て女顔なんだから、大丈夫よ」とか言われてしまう始末。
...お姉ちゃんと顔が似てると言われて、悪い気はしないけど、一応僕も男なのだ。
男の子の意地というか、尊厳的なものに配慮してほしいと思うのは間違っているだろうか...。

「よし!きまったわ」

僕が過去のトラウマに、心の内で涙している間に今回の罰ゲームの内容が決まったらしい。
僕は内心戦々恐々としていたが、その内容は思わず拍子抜けしてしまうような内容だった。

「家まで、私と手をつないで帰ること。
これが罰ゲームね」







というわけで、今僕はお姉ちゃんと手をつないで家へとつながる道のりを歩いている。
一歩一歩ふみしめるように、ゆっくりと。
コスプレさせられるよりは遙かにましな罰ゲームではあるけど、手のつなぎ方が、その、恋人つなぎというのは...。

「まあまあ、気にしたら負けよ」

まあ、いいんだけどね...。

「そういえば、今日どうだった?」

「うん? あー、楽しかったわよ。 それが美樹のやつがねー...」

お姉ちゃんは今日、学生時代の友人達と久しぶりに、遊びに出かけていたのだ。
お姉ちゃんの友達とは僕もそれなりに仲良くさせてもらっていた。
特に今お姉ちゃんが話題にあげている美樹さんはよく僕のことを可愛がってくれたし、今でも時々家に電話をくれたりする。
優しいし、良い人であるのに違いはないのだけど...。
お姉ちゃんの罰ゲームに悪のりして、僕をイジるのはやめてほしいと思う。

「「女の価値は捕まえた男の価値に依存する」なんていうのよ? もう、信じられなくて」

「はは、そうなんだ」

楽しそうに、今日の出来事を話すお姉ちゃんの顔を直視できなくて、僕は思わず視線を逸らした。
お姉ちゃんは基本、誰かと遊びに出かけたりすることは少ない。
それはたぶん、僕が居るからだろう。
なんだかんだ言って、お姉ちゃんはとっても僕に優しくしてくれる。
でも、だからこそ、僕自身がお姉ちゃんの重荷になってしまっているのだ。
できれば、僕のことなど気にせずに、好きなように自分の人生を歩んでもらいたい。
お姉ちゃんは美人なのだから、誰かカッコ良くて、生活力もあるいい男の人でも捕まえて、結婚でもして、幸せになってもらいたい。

「ちょっと、どうかした?」

「え、あ、いや大丈夫だよ」

「そう? なら良いんだけど...」

いけない、暗い顔をしていたらまたお姉ちゃんに訝しがられてしまう。
いつかのように怒られるのは勘弁してもらいたいし、なにより、お姉ちゃんを僕の自虐的感情で泣かせたくはない

はぁ......我ながら自分の精神の虚弱さには嫌気がさす。
ついさっき、自分で気持ちを切り替えたばっかりだって言うのに...。

「え...」

「?」

急に立ち止まったお姉ちゃんを不審に思い、顔を向けるとその視線が丁度正面に縫いつけられるように固まっていることに気づいた。
なにかおかしなものでもあったのだろうか?
そう思った僕はその視線をたどりーー

「っ...」

思わず声を詰まらす。
視線の先、僕たちの正面には黒いニット帽を深くかぶり、黒いコートに身を包んだ全身黒ずくめの男が、道を塞ぐようにたっていた。

「......」

男の顔とその表情は夜の闇と深くかぶったニット帽のせいでよくわからない。
でも、帽子の下から微かに覗く不気味な色を宿した瞳はしっかりと僕たち二人を捉えている。
...見た目で人を判断してはいけないとは言うけど、この状況ならば誰だってこの男を不信人物だと判断するだろう。
というか、僕たちの進行方向を塞ぎ、こちらをじっと見つめてくる人間なんて、知り合いでないのなら不審者と判断するのが一般的な考えだと思う。

そう僕がパニック状態に陥りつつある頭で取り留めのない思考を巡らしていると、男はおもむろにコートのポケットに手を入れ

「なっ...!」

それを取り出した。
刃渡り二十五センチはあろうかというソレーーナイフは、街灯の光を浴びて白銀色に光っていた。
マジかよ...思わず漏らしそうになったその言葉を飲み込み、僕はいったん落ち着くために大きく息を吸い、吐いた。
この男は最早疑いようもなく不審者である。それどころかおそらくこれから僕たちを襲うであろう、異常者だ。
周囲を見渡してみるが、時刻はすでに深夜0時過ぎ。
元々この通りは人通りが少ない...しかも時間が時間である。
今や完全に僕とお姉ちゃん、それと目の前の男しかここにはいない。
駅からも離れてしまったし、近くに店があるわけでもない。


「...っ」

隣で、お姉ちゃんが息をのむ音が聞こえた。
男がゆっくりと僕たちに向かって足を踏み出したのだ。
僕はとっさにお姉ちゃんをかばうように前にでる。
こんな貧弱な体でなにができるとも思えない。
それでも、お姉ちゃんだけはなんとかこの場から逃がしてあげたい。

男はナイフを持ちながら僕たちとの距離をじりじりとつめてくる。
このままでは、この訳の分からない男に僕もお姉ちゃんも殺されてしまう。
この状況を打開する方法...僕がおとりになってお姉ちゃんを逃がす。これしかない。
僕に、この男を撃退するような身体能力などないだろう。
なにか護身術や格闘技の覚えがあるわけでもないし、ましてや殴り合いの喧嘩の経験なんて......。
でも、やるしかない......! 
そう心の中で呟き、僕は目の前の不審者――もとい、異常者に向かおうと、右足を踏み出そうとした、その瞬間

「え?!」

「!」

急に僕を押し退けてお姉ちゃんが前にでた。
ソレと同時か少し遅れてから、男はナイフを両手で握り込み、勢いよくこちらにーーお姉ちゃんに向かって突っ込んできた。

「そんなっ! お姉ちゃん!!」

僕はその予測していなかった方向からかけられた力に抵抗できず、そのまま男から遠ざけられるように吹き飛ばされる。

 
まるでスローモーションのように世界がゆっくりと進んでいるかのような感覚におそわれた。
男が突き出すナイフがゆっくりと、確実にお姉ちゃんに突き刺さろうとしているその様が、ひどく現実味にかけた映像のように僕の目に映る。
だめだ、これは...こんなこと僕は認めない...っ!
ずっと、僕はずっとお姉ちゃんに助けられて生きてきた。
お姉ちゃんは僕のために、自分のしたいことや、いろんな事を我慢してきた。
それなのに、僕はお姉ちゃんから本来おくることができた普通の日常を奪っておきながら、こんな時ですら彼女に守られようとしている。
だめだだめだだめだ...っ!!

「ぅ、ああああああああああ!!」

バランスが崩れ、そのまま倒れ込みそうになっていた足に無理矢理力を込める。
無理な姿勢で力を入れたからだろう、鋭い痛みが足を伝わって脳髄に響くがソレを無視し、そのまま体勢を立て直そうとする。
でも遅い、それじゃ間に合わない。このままだとあのナイフは確実にお姉ちゃんに突き刺さり、その命を奪うだろう。
なら――

「え! ...あっ!」

体勢を立て直さず、そのままお姉ちゃんのいる方向に向かって地面を蹴る。
自然お姉ちゃんと僕の体はぶつかり合う、そしてさっきの僕のように、予測していなかった方向からの力を加えられたお姉ちゃんはそのまま逆方向に倒れ込む。
そして


「あ...」

ずぶり、と何かが僕の体に深く突き刺さった。
痛みと、熱い、という感覚が同時に僕の体に伝わった。
僕は視線を痛みを感じる部分、丁度腹部に視線を移し、そこから生えている何かの柄、ソレをつかんでいる手を見
た。
さっきまでお姉ちゃんが立っていた位置に、今は僕がたっているのだから、お姉ちゃんを捉えようとしていたその刃が、僕に突き刺さっているのは必定といえるだろう。
僕はただただ冷静に、「自分はナイフで刺されたのだ」という事実を受け入れた。

「......」

今や腹部の痛みは完全に熱いという感覚に飲まれ、消え失せた。
刺されている箇所が異常なほどの熱を持っている。
小説などの創作物ではよく目にする表現だけど、刺された今、あれもあながち間違っているわけではないんだな。
なんて...案外余裕あるな、僕。

「ふぅふふ...」

風邪の時、熱で朦朧としたときのような頭で、僕は黒ずくめの男の、僕にナイフを突き刺している男の奇妙な笑い声を聞いた。
あぁだめだ。このままではこの男はお姉ちゃんまでもその手に掛けるだろう。
それだけはだめだ。許さない。

「!」

男が驚愕しているのがわかる。それも仕方ないだろう。
腹にナイフが突き刺さっているというのに、僕はそのまま絶命するどころか、その男の手を強く掴み、離さないように固定しているのだから。

「おねえ......ちゃん....今のうち、に...逃げ...」

うまく喋る事ができないことに苛立ちを感じながらも僕はお姉ちゃんに、逃げるよう促す。
昔、火事場の馬鹿力というものは誰しもが持っているものだと藤原先生が徹夜明けに言っていた事があったっけ。
今の僕はまさにその火事場の馬鹿力とやらを発揮している状態だろう。

「ば...ばかっ! そんなことできるわけ「早く!」...!」

そうだ。お姉ちゃんには一刻も早くこの場から逃げてもらわなくちゃいけない。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
実際、ナイフが刺さっている腹部からは日常生活ではまずみることができないほどの血が流れているし、こうしている間にも僕の意識は遠のいていく。
男がナイフを引き抜こうとする度に意識が消えそうになり、思わず手を離しそうになる...。
でも、なけなしの精神力でそれに抵抗し、必死に、爪が食い込むほど男の腕を掴む...!

「あああっ!」

「う...っぐ!」

男はナイフを引き抜くことをやめ、逆に今度はさらに奥深く突き刺そうと、体重をかけてくる。
いきなり腹部に負荷がかかったことによって微かによみがえった痛み、それから逃れようと、力を逃がすために僕は数歩後ろに下がる。
刺された傷口からさらに血が流れ、僕の意識を刈り取っていく、それを好機とみたのか男はもう一度ナイフに体重を乗せ、刃を押し込んでくる...!

「ぐ...あああっ!」

気づいた時にはついに車道まで、僕と男は移動していた。
腹部から流れる赤い血が点々と歩道からここまで、ある種の道しるべのようにつながっていた。

「はぁ...はぁ......」

この荒い息は僕のモノかそれともこの男のものか。
最早失せかけ、朦朧としている意識でそれを判別することはできない。
でもそれでも別にいい。お姉ちゃんが逃げる時間さえ稼げればそれでいい。

「! はっ、はなせ!!」

「?!」

今まで黙ってナイフを押し込み続けてきた男が、いきなり焦ったように声を荒げ、僕の手から逃れようと腕を引き出した。
当然、離すわけにはいかない。
この手を離せばこの男がお姉ちゃんを殺そうとするのは目
に見えている。
未だに呆然と立ち尽くしているお姉ちゃんに視線を向け、大声で逃げろと伝える。でも、それを聞いていないのか無視しているのか。お姉ちゃんは呆然と立ち尽くしている。
なにをやっているんだ! はやく、はやく逃げて!
そう叫ぶうちにも、男は腕を振りほどこうと暴れ出す。
そうはさせないと、最後の力を振り絞る......!
その時だった。
暗い夜の世界がまぶしいくらいの光に包まれ、景色が反転した。






「――! おきて―――が―――い!!」

どこか遠くから聞こえるその声に導かれるように、僕はまどろみの中から意識を浮上させた。

「お...姉ちゃん...?」

瞳を開いて最初に目に入ったのは、大粒の涙を流しながら僕の名前を呼ぶお姉ちゃんの姿だった。
僕の声を聞くと、その泣き顔は笑顔になって、そしてまた泣き顔に戻り、お姉ちゃんはよりいっそう涙を流した。
ああ、僕はお姉ちゃんにもう、こんな顔はさせたくないと思っていたのに、またこんなに泣かせてしまった。
本当に僕はダメな弟だなあ...何一つお姉ちゃんにしてあげることができないなんて......。

「なに...言ってるの......。
立派に、私を守ってくれた...じゃない」

「...え?」

そうだ、僕はお姉ちゃんの代わりにあの男に刺されて...それから......。
男の姿を探そうと、地面に横たわった体を起こそうとするが、うまく体に力が入らないことに気づいた。
冷たいコンクリートの路面からまだ動く首だけを浮かして、自分の体の状況確認する。
...これは、ひどいな。
僕はまるで他人事のように、そのグチャグチャになってしまった自分の体を見つめた。
両手両足、そのすべてが例外無く本来曲がるはずのない方向に折れ曲がっている。
ナイフが突き刺されていた腹部には刃こそもうそこにはなかったけど、出血は刃が抜けたことによりさらにひどくなっていて...。
ドクドクと自分のなかの命まで、血液と共に流れていくような感覚すらする。
ああ、僕はもう死ぬ。そのどうしようもない現実だけは今の朦朧とした意識の中で、確かに認識できた。

「......」

その前に、あの男の生死を確認しなければいけない。
もう視界すら怪しくなってきたけど、お姉ちゃんの安全を確認しないまま死ぬわけにはいかない。
首を動かし、男を捜すと、街頭につっこみ、煙を上げている車が目に入った。
きっとあれに僕は跳ねられたんだろう。
運転手は大丈夫なのだろうか。一瞬、そんなことが頭をよぎったが、僕の中の最優先事項はお姉ちゃんで、その安全を確認することが今の目的。
彼か彼女か、あの車に乗っていた人が誰かも性別すらも知らないけど、それを今気にしている余裕はない。
見えずらくなった目をよく凝らして、車の近くに集中して男を捜す。

「...あ」

折れた街頭と車の間から覗く、だらんと、力無く垂れた腕。
あれがきっと男の腕だろう。最早傍にいって確認することもできないけれど、車の運転手でない事は明らかだし、僕とお姉ちゃんはここにいる。
ならばきっと、あれがあの男のなれの果てだろう。
それを確認したとたん、体から、すう、と力が抜けた。
目覚めてから今までのはきっと、神様がお姉ちゃんの無事を僕に確認させてくれるために与えてくれた、最後の力だったのだろう。
...なんて、ね。こんな時だけ神様の存在を信じるなんて、我ながら調子のいい...。

「あ、ダメ...ダメ! 死んだら...っ許さないんだから!」

「お...姉......ちゃん」

僕の命が消えるのを感じ取ったのか、お姉ちゃんが流れる涙を拭いもせず、鼻水すら流しながら僕をこの世につなぎ止めようと叫ぶ。
でも、もうダメだ。もう、頑張れないよ、お姉ちゃん。

「ご...め......ん、ね」

「! ......罰、ゲームだから...」

「え......?」

「次起きるまでに、とびきりの罰ゲームを考えておくから...。覚悟、しといてよね...」

「う......ん。お手、柔らかに...」

「ダメ。こんなに私を泣かせたんだから、その分の
責任はとってもらわなくっちゃ...ね」

お姉ちゃんはそういい終えると、いつもの、とまではいかないけれど、それでもとてもきれいな笑顔を僕に見せてくれた。
最後まで、お姉ちゃんには気を使わせっぱなしだった...ごめんね。でも、ありがとう。
最後にとびきりの笑顔を見せてくれて。
...さようなら、お姉ちゃん。



こうして、僕は死んだ。
お姉ちゃんの笑顔と、夜空に輝く星空をこの目に焼き付けて。









長らく更新せずに申し訳ありません。私生活がとても忙しく、全くSSを執筆する時間をとることができませんでした。
とりあえず、感想で指摘された箇所を現在改訂中です。
とりあえず、今回は第一話までの改訂が終了したので、sageで更新させていただきます。
近いうちに、第四話までの修正、もとい改訂をほどこしてから新話を投稿する予定です。
未だこのSSに期待してくれる人がいるのでしたら、どうぞよろしくお願いします。



[12000] 第一話(大幅改訂)
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/07/20 03:54





ジリリリリと、耳障りな音をBGMに僕はいつものように目を覚ました。
体を起こし、枕元に置かれた、音の発生源を思わず睨みつける。
そこにあったのはもう五年以上愛用しているmy目覚まし時計。

「はぁ...」

割と大きく、溜息をつく。
時計が指し示す時刻は午前六時三十分――約束のそれから、ちょうど三十分の寝坊である。
これじゃあ、またおこられちゃうなぁ、と朝から憂鬱な気持ちに陥る。
でも、とりあえず学校に遅刻するような時間ではない。
正直な話、こんなに早く起きなくても、登校時間に遅れる...なんてことはあり得ないのだ。
なら何故そんなに早くに目覚ましをセットしているのか? それはつまり、そうでもしないと起きれないから――。
全く情けないことだけど単純に、そういうことだ。
でも実際、それも仕方のないことでもある。
......って言っても、当人である僕自身がそういったところで、言い訳にしか聞こえないけれど。

「二度寝、しちゃおう」

小さく欠伸をしながら再び夢の世界へと旅立つため、毛布をかけなおそうと手を伸ばして――

「おはよう、天音。今日もいい天気だね」

バッ! と、勢いよく部屋のカーテンが開かれ、暖かい日差しが僕を照らす。
突然強烈な光を瞳に入れたため、視界に焼きつきができるが、その状態でも彼女の、カーテンを開いた張本人の姿を確認できた。

「おはよう...すずか姉さん」








すずか姉さんに促され、顔を洗うべく、洗面所へと移動するとそこには先客――腰まで届く夕闇色の髪を後ろに結った女性――僕のもう一人の姉である忍姉さんがいた。
こう改めて近くで忍姉さんをみると、その姿はすずか姉さんが成長したらこういう風になるんだろうな、と想わせるもので、さすがは姉妹であると感じられる。
つまりそれは、すずか姉さんと双子である僕とも似ている、ということだ。
僕とすずか姉さんの外見はほとんど違いがない、まるで鏡写しのようにそっくりで、もし入れ替わっても、家族や親しい友人以外は誰も見抜けないだろう。
唯一違うところがあるとすれば、すずか姉さんの髪は少しウェーブがかかっているけど、僕のそれは少々髪質が固い、ストレートヘアだ。

「おはよう天音。 その様子だと、今日も寝坊しちゃったみたいね」

「うん......一応、六時半には起きたんだけどね」

二度寝しようとしたのは秘密である。

「ふふふ。そんなこといって、どうせ二度寝しようとしてたんじゃないの?」

「う......」

図星である。全く、うちの姉たちには嘘というものが全く通用しない。
すずか姉さんもそうだけど、嘘発見器が天然で付いているのではないか、というほどだ。
――単に、僕の嘘が下手糞だという可能性もあるけれど......。

「ま、六時はちょっと早い気もするけどね。でもそうでもしなきゃ、天音はずっと寝ちゃうだろし。すずかだってそれをわかって時間を指定してるんだから、ちゃんとしなさいよね」

「はい......」

全く忍姉さんの言うとおりなので、何の異論もなくうなずくしかない。
本音を言うならば、もう少し遅い時間でもいいんじゃないだろうかとも思うけど......、まぁ何事も、自分に甘くては成長など見込めない。
いつまでも朝に弱いのでは、日常生活をおくる上で不都合である事に違いないんだし。

「それじゃ、ぱっぱと顔洗いなさい。朝ご飯はできてるから」

「うん。ありがとう、忍姉さん」







「いってらっしゃい」

「いってきまーす」

朝ごはんも食べ終わり、支度も終えた僕とすずか姉さんは忍姉さんの言葉に返事を返して家を後にした。
外に出ると、まばゆい太陽の光が全身に降り注いだ。
僕はその日差しに目を細めながら、腕を顔の前に掲げ、太陽を覗き見る。
知らず、笑みが顔に浮かんだ。
昔はこんなことできなかったのだから――。

僕は前世の記憶を持っている。
全く、笑い話にもならないような話ではあるけど、これはえらくマジな話で事実なのだ。
前世の僕は『色素性乾皮症』という病気の患者で、太陽の日差しにあたれない生活を送っていた。
両親とは死別し、お姉ちゃんと僕の二人で暮らしていた。
裕福とは言えないし、僕は病気の影響で寿命もそんなに長くなくて......決して楽な人生ではなかったけど僕たちはそれでも幸せだった。
でもそんなある日、“それ”は起こった。
少し帰りが遅くなったお姉ちゃんを駅まで迎えに行ったその帰り、見慣れない男が僕らの前に立ちふさがったのだ。
そしてあろうことか、懐からナイフを取り出し、僕たちに襲いかかってきた。
あわやその凶刃にお姉ちゃんが貫かれるその瞬間、僕は彼女を突き飛ばし、代わりにその刃を身に受けた。
その後、その男と僕めがけて走ってきた車に跳ね飛ばされ、 あっけなく僕は死んだ。
でも、最後にお姉ちゃんの笑顔を――涙にぬれたそれではあったけど――見れて死ねたことは僕の人生の締めくくりには上等に過ぎて――。
悔いはなかった――と言えばウソになるけど、それでも一応満足して逝った......はずだった。

『転生』――正しくそうとしか言いようのない現象に見舞われた僕は、二度目の命をこうして得ている。
だけど、それが目下僕の最大の悩みの種でもあるのだ。
この世界は『アニメの世界』である......。
馬鹿らしいと一笑に付す人もいるだろうけど、転生というまず常識では考えられないようないような『異常』の当事者となった僕に今更そんなものは何の価値もないのだ。
それに、ここがアニメの世界、もしくは“それに限りなく近い並行世界的なもの”だということを証明するのに十分すぎるほどの材料が身の周りにはそろいすぎている。
僕らが今住むここの地名、海鳴に、家族の名前、『月村すずか』『月村忍』。
これだけの判断材料がそろえば、最早疑いようもない。
『魔法少女リリカルなのは』前世で、可愛いもの好きなお姉ちゃんに付き合わされて観ていたアニメ。
この世界はまさにそれに瓜二つなのだ。


転生をした、と僕が明確にはっきりと意識できたのが、この体が――月村天音が三歳になったころだった。
最初は、僕の前世での記憶を処理できるように脳が成長したから、その時期に僕の意識が完全に覚醒したのだと思った。
でも、こうは考えられないだろうか。
『僕』が『月村天音』を乗っ取ってしまったのではないかと。
だけど、リリカルなのはという作品に、『月村天音』というキャラクターは存在しない。
一応、『魔法少女リリカルなのは』には続編が二作品ほどあるらしいけど、残念ながら僕はそれを観るまでに死んでしまったから、持ちえる知識は視聴済みの一期のみ。
だけど、お姉ちゃんから月村すずかに弟がいるなんて設定は聞いたことなんてないし、一期を観る限り、そのような伏線も描写もなかった。
だから、僕は身体を乗っ取った、のではなく単純に生まれ変わっただけともいえるはずだ。
......とは言ってもそれも憶測にすぎない。
結局は確認するすべがない以上、あれこれ考えたって全部が全部推測の域を出ないのだ。
これほど無意味なことはないだろう。
でも、それでも、僕はたびたび考えてしまうんだ。もし......

「――ねっ―――天音っ」

「えっ! あ......どうしたの、すずか姉さん」

どうやら、いつの間にか考え込んでいたようだ。
暗い方向へと思考をめぐらしてしまうのは僕の悪い癖だな。
目の前にはいつの間にかすずか姉さんの顔があって、「それはこっちのセリフだよ......」といって頬をふくらましている。
その可愛らしいしぐさは、普段9歳児とは思えないほど落ち着いている彼女にはめずらしくて、思わず吹き出してしまう。
すると、それが気に障ったのか、余計に頬を膨らませ、こちらを睨むすずか姉さん。
......そろそろ後が怖いから、ちゃんと謝っておこう。

「いや、ごめんね。すずか姉さん。その......あまりに面白くて」

「それ、謝ってないよ。天音......」

「え? ああ、そうか......ごめん。怒った顔のすずか姉さんがおかしくて。
それに、すごく可愛らしかったから、つい」

「もう...。なぁに、それ」

怒りをおさめてくれたのか、すずか姉さんはそう言うと、ふくれっ面から可憐な頬笑みへとその表情を変えた。
それはすずか姉さんの持つ雰囲気と合わさり、思わず見惚れてしまうほど綺麗な頬笑みだった。

「あ、いけない。もうこんな時間」

携帯で時間を確認してみれば、もう少しで学校へ向かうバスが着てしまう頃だった。

「急ごう、天音」

「うん、すずか姉さん」

すずか姉さんから差し出された手を握って、僕たちは走り出した。
急いでいるのに手を繋ぎながら走るのはどうなんだろうと、思わないでもない。
でも、邪気の欠片もなく微笑むすずか姉さんの横顔を見て、そんな無粋な考えはいつの間にか消え失せていた。
それに、もしすずか姉さんが手を差し出さなかったとしても、僕が代わりにそうしていただろう。
ふと、無意識にその考えが浮かんできたことに、僕は苦笑して――自然にその様を想像できたことに、思わず吹き出した。








なんとか乗り遅れることなくバスに乗り込むことが出来た僕達はいつものメンツ――アリサさんとなのはさんを加えた四人で談笑をしていた。
この二人とは入学当初から仲良くしてもらっている。
初めて彼女達――特に、なのはさんを目にしたとき、僕は改めてアニメの世界に転生したのだと言うことを自覚した。
『月村すずか』を姉に持つ僕がなにを今更と、自分でも思ったけれど、やはりこの物語の主役をこの目に写した時の衝撃というのは饒舌に尽くしがたいものがあった。
この、どこにでもいる普通の女の子が後々、魔法という力を得て別の世界の人間も交えた戦いに身を投じていくというのは今、現実に存在する彼女を目の前にしても全く想像ができない。
この時点ではまだ、見た目通り、普通の少女なのだから当たり前だけど。

「? わたしの顔に何かついてるかな? 天音君」

「え、あぁいや。なんでもないよ」

「そうなの? なら別にいいんだけど...」

無意識に彼女の顔を注視してしまったようだ。

「なのは、昔海苔を顔にくっつけて来たこともあったからね~。今度も何かくっつけていたのかと思ったわ」

すずか姉さんの隣に座っていたアリサさんがイジワルそうな顔をして、なのはさんの黒歴史を話題に挙げた。
そういえばちょっと前に、寝坊したのか慌ててバスに駆け込んで来たなのはさんの口周辺に、ご飯粒と海苔が引っ付いていたことがあったな。
それだけならば黒歴史と呼ぶほどでもないのだけど、その海苔の付き方が問題だった。
口の周りをきれいに縁取って張り付いていた海苔の残滓は彼女の口周りを見事にデコレーションしていた。
そう、まるで、黒○危機一髪の彼の海賊のごとき見事なヒゲに......。
アリサさんはお腹を抱えて爆笑して、すずか姉さんでさえあふれ出す笑いを我慢できていなかった。
僕はそのあまりの悲惨さに、ひきつった顔しかできなかったけれど。
それがかえってなのはさんにはショックだったらしい...。
フォローできなくてごめんよ、なのはさん。世の中はツイ〇ターみたいにはできていないんだよ......。

「あっ、アリサちゃん! わたし、もうその話はしないでっていったのに!」

「あら、そうだったかしら? 記憶にないわね」

「う~アリサちゃんはとっても意地悪なの!」

「失礼ね。こうやって過去の話をすることで、なのはがそれを克服できるように協
力してあげてるんじゃない。感謝して欲しいくらいだわ」

「よけい性質悪いの! も~、アリサちゃんの鬼!悪魔!バーニング!」

「なのはちゃん、最後のはどういう意味?」

「...突っ込んだら負けって言うじゃないかすずか姉さん」

今日も僕達の平穏な生活はなのはさんの悲鳴から始まる...のか?








「おう、天音。お前また授業中寝てただろ」

「ん...雅弘か。おはよう」

眠気眼をこすりながら、周りを見渡してみるとすでに授業は終了したらしく、皆席を立ち上がり友人達と談笑をしている。
ちなみに、僕はすずか姉さん達とクラスは別だ。
二年生まではみんなと同じだったのだけれど、今年三年生にあがってから離れてしまったのだ。
それに対して、僕としてはそれほどショックというわけではなかった。
友達全員が違うクラスというわけではないし、それにアリサさんやなのはさんとは毎朝あって話をしている。
すずか姉さんは言わずもがなだ。
だから、僕自身特にこれと言って、違うクラスになったことに不満はなかった。
だけど、すずか姉さんはそうじゃなかったらしく、当初は授業が終わり、休み時間に入る度に僕のクラスに来ては何かと「寂しくない?」とか「いじめられたりしてない?」など逐一僕の無事を確認しに来ていた。
アリサさんに注意を受けてからか、最近ではそんなことはなくなってはいるけど、昼は必ず彼女たちとそろって食べることになっている。
これはすずか姉さんとしては譲れないことらしい。
少々...というか正直かなり過保護だとは思う。
今は九歳の少学三年生だけど、中身は前世と今生合わせて成人年齢をすぎた大人...なのだ。一応。

「お~い。まだ寝ぼけてんのか? ぼーっとして。そんなんじゃすぐぼけるぞ」

「......大丈夫だよ。ただちょっと考え事してただけ」

あー、またやってしまった。まったく、今日はどうかしているな、僕。
少し疲れてるのかもしれない。今日は早く寝ることにしよう。

「そうかあ? ま、なんでもないならいいんだけど。」

雅弘は胡散臭そうな表情で僕の顔をのぞき込んでから、少し呆れた声でそういった。
そういえば、彼、秋本雅弘とのつきあいはもう三年になる。
いや、三年がもうなのか、まだなのか、僕には正確に判断する材料を持っているわけではないけど。
なんせ、前世じゃ夜にしか外を出歩く事は出来なかったのだ。
学校になど通ったこともなく、友達なんて一人もいなかった。
「お姉ちゃん」の友達とはよく話はしていたけど、それでも「お姉ちゃんの友達」であって、うまく言葉にできないけれど、気軽に話の出来る「友達」とは違うと感じていた。
なのはさん達に「さん」をつけるのはその名残で、特に意識しているわけではないけれど、自然とそれが普通になってしまった。
同い年なのに、それはどうかと、僕自身そう思うけれど。
まあそんなわけで僕の対人スキルというものは年齢に反して本当に低い、底辺レベルだった。
入学当初はすずか姉さんとずっと一緒にいて――今考えるととても情けない――自分から人に話しかけるなんて事は出来なかったのだ。
そんなとき僕に話しかけてくれたのが雅弘だ。
彼はとても気さくな性格でとっつきやすく、すぐにすずか姉さん達とも仲良くなった。
彼には本当に感謝している。クラスの子達と話すきっかけを作ってくれたりしたし、本当に九歳児か疑うほど精神が大人びている。
...それをいうなら、すずか姉さんやアリサさん。それになのはさんも同年代の子達に比べればかなり突出しているけれど。

「それにしても、そんなぼーっとしたり居眠りしてても天音は毎度テストの点数は
満点だもんな。カンニングでもしてんじゃないのか?」

「まさか、雅弘じゃあるまいし」

「そうそう、俺と違って...ってオイ! どう言うことだ!」

きれいにノリ突っ込みを完遂した雅弘にあははと笑いを返す。
実際、私立とはいえ、小学生程度の授業の範囲から出題されるテストで失点など出せる訳がない。
前世、学校にこそ僕は通っていなかったが、母が教師だったこともあり、しっかりとそういった事も教育されていた。
お姉ちゃんも勉強は得意だったから、二人掛かりで勉強を教わっていたっけな。
その甲斐あってか、高校卒業程度の知識と教養は身につけている。
だから、すでに知っていることを教わると言うことはどうしようもなく眠たくなることで、先生達には悪いけど僕はたびたび授業中に夢の世界に旅立っている。

「あ、えーと、今何時間目だっけ...?」

「お前...月村さんに言いつけるぞコノヤロウ」

「またまたぁ」

「いやガチで」

「......」

「......」

「ヘーゲンダッツ一個でどうだ...!」

「...三個なら考えてあげないこともないぞー」

こ...こいつ! 僕のお小遣いが今月ピンチなのを知って言っているのか...っ!
はぁ...仕方ない。背に腹は代えられないと言うし、元はといえば僕が悪いのだ。これくらいの出費、代償というなら安いものだろう。
僕の懐事情がだいぶ苦しくなるのは認めたくない現実だけれど。

「戦わなきゃ現実と!」

「雅弘、お前が言うな」








昼休み、僕とすずか姉さん、それに、アリサさんとなのはさんはいつものように学校の屋上に集まり、お昼ご飯を食べている。
僕達姉弟(きょうだい)のお弁当は仕事が忙しく、滅多に家にいれない両親の代わりに、忍姉さんが毎日作ってくれている。
大学生で、ある程度時間に余裕があっても毎朝早起きして作らせるのは申し訳ない。
そういって、一度交代制でお弁当を作ることにしよう、とすずか姉さんと一緒に提案したことがあったけど、あっさりと断られてしまった。
「これも花嫁修業の一貫だから気にする事なんてないわ。それに、すずかはともかく、天音は早起きなんてできないでしょう?」
全く持って反論しようのない僕は黙るしかなく、すずか姉さんは「花嫁修業」という言葉を出され、強く出ることはできなかった。
でも、本人は特に気負った風などなく、むしろ楽しんで
お弁当作りを行っていることがわかってからは僕もすずか姉さんも素直にそれに甘えさせてもらっている。

「はぁ...」

その時不意に、なのはさんが彼女らしからぬ深いため息をついた。
いつもひまわりのような明るい笑顔をふりまき、元気のない人でも活気ずけてしまうなのはさんに、ため息という行為は余りに似合わず、また珍しいことで。
僕はもちろん、すずか姉さんにアリサさんもどうしたのだろうか、と彼女の顔をのぞき込んだ。そこには今朝までの力溢れる様が嘘だったかのように、実に陰鬱とした表情が浮かべられていた。
いったいどうしたというのだろう。
僕はすずか姉さん達に目で疑問を訴えるが、二人とも心当たりはないらしく、ふるふると首を横に振った。
なのはさんがここまで落ち込む、というか元気をなくすなんて、よっぽどの事だろう。
もしかして――

「お弁当が海苔べ「天音君...?」......なんでもないです...」

どうやら僕の予想は外れてしまったらしい。
今日のなのはさんのお弁当が海苔弁で、それに彼女の黒歴史が刺激されたことにより、気分が落ち込んでいたのではないかと思ったのだけど...。
なのはさんの憂鬱の原因は別に在るみたいだ。

「どうしたの? なのはちゃん。よかったら話してくれないかな?」

「というか、話しなさいよ。あんたがそんなんだと、こっちまで暗くなってきちゃうわ」

「すずかちゃん...アリサちゃん...」

二人の優しい言葉になのはさんは感動したのか、彼女たちの手をぎゅっと握り、瞳にうっすら涙さえ浮かべている。
どこの青春ドラマの一シーンだ――などというのは無粋だろう。
とりあえず、今はなのはさんの話に耳を傾けよう。








「あー...そういうこと」

アリサさんが、どこか呆れた様子でそう言葉を漏らした。

「なのはちゃん、運動苦手だもんね...」

すずか姉さんもアリサさんほどあからさまと言うわけではないけれど、そう言って苦笑する。

「うう...だって...」

二人のその反応に、ばつが悪くなったのか、なのはさんはうめくようにそう呟いた。
彼女の気分が沈んでいた理由。それはなんというか、とてもくだらな...いや、うん。当人以外にはとても些細なことだった。
なんでも、すずか姉さん達三人が所属するクラスは次の授業が体育で百メートル走の計測をするらしいのだけど...。
周囲から「運動神経が切れている」とまで言われるほどにそういったことが苦手ななのはさんにとって「百メートル走」などといった個人競技は実に死活問題。
憂鬱の原因はこれである。
まさに彼女ならではの悩みに僕は呆れを通り越して、微笑ましいとすら思う。
なのはさんの精神は九歳という年齢に相応しくないほど成熟している。それはアリサさんやすずか姉さんもそうだ。
でも、そんな彼女だって「運動が苦手だから、体育の授業がイヤ」なんて、ちゃんと子供らしさを持っているのだ。
...って、なんかジジくさいことを考えてしまったな。
実際、僕はこの場にいるだれよりも実年齢は上なので少々上から目線な思考をしてしまうのも、仕方のないことかもしれない。
でも、今の僕はなんだかんだいっても彼女たちと同じ小学三年生なのだから、そういった思考は自重したほうがいいいだろう。

「みんなは良いよね...。アリサちゃんは普通に運動神経良いし、すずかちゃん達
なんて上級生の子達よりも足早いし...」

なのはさんが拗ねたように僕たちを見回しながらそういった。
隣ですずか姉さんが苦笑しているのがわかる。アリサさんも完全に呆れたのか、小さくため息をついた。

「...でもまあ、すずか達はちょっと異常よね。短距離だけなら平均的な男子高校
生を上回っているなんて、冗談にもほどがあるわ。」

「「あははは...」」

いきなりアリサさんにふられたその話題を、僕とすずか姉さんはひきつった笑いで誤魔化すしかできない。
小学校低学年でありながら、高校生の男子に匹敵する身体能力。普通ではあり得ない、異常なそれには理由がある。
僕とすずか姉さんは――「月村家」は「吸血鬼」なのだ。
...こんなことを大真面目に雅弘に話した日には、真剣に頭の方を心配されてしまうだろうけど、しかしこれはどうしようもない本当のことなのだ。
月村の家はその起源を西ヨーロッパにもつ、「夜の一族」と呼ばれる吸血鬼の一族で、異常な身体能力を発揮できるのはまさしく人外故だ。
吸血鬼といっても、妖怪のようなものじゃなく、人間の突然変異がそのまま定着して「そう成った」ものらしい。
伝承や創作物に登場するそれらのように、日の光を浴びてとけるわけでもないし、十字架やその他の退魔道具で退治されたりなんかもしない。
けれど、「人間の血液」というのは生きるために必要になる。
だからといって、そこらの人間を襲って、というわけじゃない。
輸血パックから必要な分だけ補充しているのだ。
......忍姉さんは恭也さんからも、よく「吸って」いるらしいけど...。
恭也さんというのは、忍姉さんの彼氏で、なのはさんの兄だ。
何の流派かわからないけど、彼の剣の達筋は夜の一族である僕の動体視力をもってしても完全に見切るのは難しく、軽く人間やめてしまっている。


......それは今は昔、忍姉さんと恭也さんの痴話喧嘩からはじまった、二人の愛情表現(但し、忍姉さんの一方通行な)である。
夜の一族は極度の興奮状態に陥ると眼球色素が変化して瞳の色が血のような朱色に変わる。
あの時の忍姉さんはまさにその状態で体から立ち上る怒りのオーラと相まって、まさに「鬼」のようだった。
周囲に多大な損害を与えながらも二人の喧嘩は発生時から半日が過ぎた、夕闇の中で幕を下ろした。
仲直りのキスならぬ仲直りの吸血によって。
それ以来、癖になったのか忍姉さんはしょっちゅう血をもらっているそうだ。
恭也さん...頑張ってください。

「あ、いけない、もうこんな時間。早く教室に戻らないと体育に間に合わない」

「本当ね。ほら、なのはシャキっとしなさい! あんたはやればできる子よ!」

「ふぇ~ん...」

思考が明後日の方に飛んでいる間に、もうそんな時間になっていたらしい。
食べ終わったお弁当に蓋をかぶせ、風呂敷に包み、横手に持つ。
なかなかモチベーションがあがらないなのはさんをアリサさんが叱りつけ、ベンチから立ち上がらせる。

「ふふふ。アリサちゃん、お母さんみたい」

「そうだね、すずか姉さん。でも、それを言うならお姉さんみたい、の方がいいんじゃないかな?」

「何言ってんのよ。ほら、すずか達も早く準備しなさい。
天音だって授業に遅れちゃいやでしょ」

僕のクラスは次自習です、とは言わない。
この状況でそれはちょっとばかり空気が読めていないだろうし、自分が遅れて良くても彼女達まで巻き込むのは本望ではない。
それに、僕とすずか姉さんもちゃっかり後片付けは済ませている。

「それじゃ、行こう。天音」

不意にそう言葉を発して、すずか姉さんはこちらに向き治ると、右手を差し出してきた。

「すずか姉さん...? これは...」

「手」

「手? いやだから...」

これはつまり、手をつなげ、と言うことなのだろうか。
学校で? それはさすがにちょっと恥ずかしい。
できれば勘弁してもらいたいのだけれど...。

「だめだよ、天音。今日も、天音は寝坊したんだからこれは『罰ゲーム』だよ」

「! ...っ」

『罰ゲーム』...。
わけもなく、鼻の奥がつんとして、瞳が潤む。

「...それなら、仕方ない...かな」

「うん」

すずか姉さんが満面の笑みをその顔に浮かべる。
僕は彼女に気づかれないように、小さく溜息をつこうとして―――失敗した。
下を向いて、何故だか溢れでそうになる涙を必死にこらえる。
そんなに涙を見せたくないなら、下ではなくて上を向くべきだろうけど――今の僕の顔を、表情を誰にも見てほしくはなかったから――。

「どうかしたの? どこか痛いところでも...」

すずか姉さんが急に顔を俯かせた僕に戸惑いながらも、心配そうに声をかけてくれる。
ああ――駄目だぞ、バカだ、僕は。また『姉』に心配をかけてしまったじゃないか。
全く、バカは死んでも治らないとは本当らしい。
僕は気合いで涙をこらえ、顔を上げる。
声が震えそうになるけど、おなかに力を入れてそれを防ぐ。

「なんでもないよ、すずか姉さん。行こっか」

そう言って、すずか姉さんの左手をとり、彼女を引っ張って、屋上の出入り口までかける。
握りしめたその手に、暖かい温もりを感じて、我慢しきれずに一筋の涙が僕の瞳からこぼれ落ちた。















[12000] 第二話(改訂)
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/07/24 03:35
「......」

まどろみから、すうっと、意識が浮上する。
体を起こして、枕の横に置かれた目覚まし時計に視線を向ける。
時刻は深夜一時過ぎ。秒針が指し示した事実を認識して、僕は最近癖になりつつある、ため息をついた。
前世の習慣から、夜に目を覚ましてしまうことはよくある事だ。
実際、それは転生してから現在に至るまで続いている。
今の僕にとってそれはまったく悪癖でしかない。
そのせいで毎朝すずか姉さんにしかられてもいるし。
...けれど、今回は、今日のこれは、違った。

「始まっちゃった...のか」

そう小さく呟いた。
それは言葉にして形容できるような感覚ではないけれど、ただ言えるのは「気持ち悪い」それだけだった。
何かが自分の意識の中に無理矢理に入ってくるような、そんな気持ちの悪さ。
きっと「ジュエルシード」が、ついにこの海鳴に落ちてきたのだろう。
ジュエルシードと思われる、大きな力の他に一つ、小さな、今にも消えてしまうような弱々しい「ナニカ」も感じ取れる。
きっとこれがユーノ、ユーノ・スクライア。
なのはさんに魔法を与えることになる別世界の少年。
今すぐにでも彼を助けに行きたいけれど......きっとそれは駄目だ。
ただでさえ、僕という本来の歴史にいない存在がこの場にいるのだ。
その僕がさらに歴史を改編するようなことをしてしまったら、本当に「どうなるかわからない」...。
彼には本当に申し訳ないし、どんな言葉で謝っても許されることではないと、わかっているけど...。
本来手に入れることなどできなかったこの平穏。
それを壊す勇気なんて――臆病な僕は持ち合わせていなかった。

「...ごめん」

全く持って自己満足以外のなにものでもない謝罪を虚空に呟く。
こんな人外の能力を持ちながら、僕はなに一つ彼女たちのためにナニカしてあげることができない。
夜にさらに強化される、人にあらざる異常な身体能力――まさに吸血鬼というような、この力。
ジュエルシードや、ユーノだと思われる存在がこの海鳴に現れたと感じ取れたのもそれのおかげだ。
...それにしても今日の知覚領域の増大は今までに例をみないほど、膨大な規模なのだけれど。
とはいえ、こんな臆病な僕に、それは正しく宝の持ち腐れだ。
夜の一族は吸血鬼の一族ではある。
でも、伝承や創作物にでてくるようなそれと一致するのは生きるために人間の血液が必要になる、という事くらいだ。
人間離れした身体能力もそのうちかもしれないけど、夜になると力を増すなんてことは、ない――ハズだった。
ならこれは、僕のこの特異な体質はどう言うことだろう。
特殊な家系で、さらにその中でも特異な体質を持って生まれる。さらには「前世の記憶」なんてモノさえある。
――どこか作為的印象を抱かざるをえない。
本来いないはずの存在である僕に、与えられている役割というモノが、「ここ」にはあるというのだろうか。
でも、じゃあ一体、誰がどんな目的で僕をここに、この世界に生まれ変わらせたというのだろうか。
その人物は筋書き(シナリオ)が変わることを望んでいるということなのだろうか。
そもそも、そんな「神」のようなモノが存在するのか......。

「はぁ...」

二度目のため息をつく。
ユーノを今の段階で実質見捨てるという罪悪感から逃れるためか、答えのでない問いを自分の中でいくつも展開してしまった。
僕という異物が混入した世界といっても今のところ原作と大きくずれた展開が起こっているわけじゃない。
きっと明日にはなのはさんがユーノの呼びかけに気づいて彼を見つけてくれるだろう。
もし、そうならなかったとしたら...どうなるかわからないけど、それとなくユーノがいると思われる場所に誘導してみよう。
なんにせよ、すべては明日になるまでわからない。
そう自分に納得させる。
ベッドに身を横たえ、最後に心の中でもう一度ユーノに謝罪した。








「天音、雅弘君に聞いたよ。今日の午前の授業、全部寝て過ごしたんだって...?」

「ごめんなさい...。すずか姉さん...」

結局、あの後僕は二度寝に失敗した。
胸一杯の罪悪感に、異常に活性化した知覚領域のせいで、寝付けなかったのだ。
結果、初めて約束通りの時間に起きる(一時に目がさめたときから起きてたのだから当たり前)という快挙をなし遂げたけれど、あまりの眠気に午前の授業は全滅。
それを雅弘がすずか姉さんにチクリ、現在絶賛お説教中である。
ちらりとすずか姉さんの顔を伺うと、そこには聖母と見まごうほどの素晴らしい微笑みが浮かんでいた。
――しかし、その瞳が全く笑っていないのは誰が見ても明らかであり、現在僕はその瞳に晒され続けている。
楽しいお昼休みのハズが、どうしてこうなった...。
いや、僕が悪いっていうのはちゃんと自覚してはいる。
でも、これはなんかやるせないというか、理不尽さを感じざるを得ない。
具体的に言うと雅弘後で覚えていろ、と言う言葉に集約される。
この間アイスをおごってあげたというのに、なんたる仕打ちか。

「まぁまぁ、すずか。それくらいにしときなさい。
天音だって、反省はしているようだし、一応」

「うん。さすがにそろそろお弁当食べないと休み時間終わっちゃうし...。ね? すずかちゃん」

余りにかしこまりすぎて縮こまっている僕を見かねたのかアリサさんとなのはさんが救いの手をさしのべてくれた。

「...二人がそういうなら...。でも天音、次また同じことがあったら、私本当に怒っちゃうからね」

「はい...肝に銘じておきます」

今日はちゃんと寝よう。本当に、マジで。


「そういえば、今日先生が言ってたけど、将来の夢ってみんな何か決まっているのかな?」

どうやら、今日すずか姉さんたちのクラスで『将来』についての話題があがったらしい。
そういえば、この光景には見覚えがあるような気がする。
前世、この世界が僕にとってまだ物語(幻想)だった時に。
全く同じ状況ではないけれど、なのはさんたちはこの話題について談笑をしていたハズだ。

「私は親の仕事を継ぐ事ね。夢かと言われると微妙だけど。まぁそれしかないしね」

アリサさんの場合、それなりに将来の指標、レールというモノは決まっている。
でも、彼女はそれを否としているわけではない。
むしろ当然のことだと受け入れている。
そのことに対し、僕は表にこそ出さないけれど、心の中で感嘆の息をもらした。
たびたび忘れそうになるが、彼女たちはこれでも九歳時の小学生なのだ。
普通の小学生女子にしては余りに成熟した精神構造に、僕は情けないことに圧倒される。
まぁ怒りやすかったり、少々落ち着きがなかったりと、子供っぽいところも、年相応にもっているのだけれど。

「私は工学系の専門職に就きたいかな? 機械とか結構好きだから」

すずか姉さんは忍姉さんの影響でいつの頃からか、機械いじりに傾倒していった。
今ではすっかりその道の楽しさ、というモノに魅せられてしまったらしい。
実はなのはさんも見かけによらず、そういったモノには興味があるようで、よくすずか姉さんと一緒にマニアックな会話を交わしていたりする。

「わたしは...ん~まだよくわからないかな」

なのはさんの発言に、僕以外の二人が少しばかり驚いた。
なのはさんの家がこの海鳴で知らぬ者はいないといわれる喫茶店『翠屋』であることは周知の事実である。
彼女が時々お店の手伝いをしていて、『小さな看板娘』なんて言われてることも、そうだ。
なのはさん自身、料理を作るのは好きみたいで、前、僕達三人にクッキーを作ってくれたこともあった。
彼女の母親であり、翠屋におけるメニューの大半を手掛ける桃子さんほどではないにしろ、そのクッキーの味は商品としても十分通用するように思えた。

そういった背景があれば、自然、なのはさんが将来翠屋を継ぐのだろう、と思っていても仕方のないことだろう。
だけど、僕は『魔法少女リリカルなのは』を“知っている”。
彼女はこの後、魔法という力に出会い、その身を戦いの中へと投じていくことになる。
僕が視聴したのはその一期だけで残り続編である、二作品には目を通したこともないし、内容も知らない。
だから、なのはさんがその後どういった道を選択したのか、ということまで正確に知るわけではないけれど。
『お姉ちゃん』から、ちょっとしたネタバレは聞いたことはある。
それによると、二期は現在の時間から大して時間は立っていないが、三期になると、もう十年の月日が流れており、なのはさんは『時空管理局』という組織に属し、半ば軍人のような職についているらしい......。
前世、一視聴者でしかなかった僕はそれについてなにか思うところがあったわけではないけど、今こうして彼女と実際に友達になってみて、「この娘が軍隊のような組織に......。」と思うとなかなか複雑な気持ちになる。

「ん~、天音君は何かある? 将来なりたいものとか、したいこととか」

「え?」

思わず間抜けな声を口から漏らす。
将来なりたいもの......か。そんなこと、考えたこともなかったな。
前世じゃ、自分に未来なんて、あってないようなものだったし。
......どうしよう、全く思いつかないぞ......。



「......ごめん、何も思いつかないや」

「あ、じゃぁ天音。私と同じ工学系に進学しよう? きっと楽しいよ」

「え......それは、遠慮しておくよ。すずか姉さん」

「そう......?」

残念ながら、僕はそういった事に興味がないわけではないけど、将来それで食っていこうってほどじゃない。
......って、ああ。すずか姉さんは僕に勧誘を拒否されたのが少々ショックだったのか、暗い表情でうつむいてしまった。
でもそんな表情のすずか姉さんも良いな......なんて。
何処の変態だよ僕は。
とりあえず、今日のお弁当のおかずであり、すずか姉さんの大好物であるミニトマトを箸で持って彼女の口元まで運ぶ。

「ほら、すずか姉さん。あ~ん」

「ん」

「美味しい?」

「......うん」

トマトを食べたからか、その顔からは憂いの表情は消え去り、可憐な頬笑みが浮かべられた。
うん。やっぱり、すずか姉さんには笑顔が一番似合っているな。
そう改めて確認した昼時の僕だった。








放課後、今現在僕とすずか姉さんになのはさんは、アリサさんに先導されて、“塾への近道”とやらを皆で歩いている。
僕は見覚えのあるこの光景に内心でほっと息をついた。
これも『前世』でみた通りだ、と。
それを喜ぶべきなのか、そうでないのか.......少なくとも今は喜ばしいことだろう。


「そういえば、今日のすずかは相変わらずすごかったわね~」

「そうそう! 天音君、すずかちゃん本当に凄かったんだよ! ドッジボール!」

「そんなことないよ......」

僕があれやこれやと思考の渦に陥ろうとしていた時、アリサさんが今日行われた体育の授業について、話題をふってきた。
なんでも、ドッジボールが今日の授業内容だったらしく、そこですずか姉さんが一騎当千の活躍をしたというのだ。
まぁ......すずか姉さんも、もちろん『夜の一族』であるし、そもそも運動神経は良いから、同年代の子たちじゃあ相手にならないのだけど。

「あーあ、天音も同じクラスだったなら、また『月村無双』がみられたのにね」

と、アリサさんは肩をすくめてそう言った。
『月村無双』とは僕とすずか姉さんにつけられた、敬称......のようなもので、二人が同じチームに配置されたときにそれは発動する。

「まぁでも......あれって、すずかちゃん達のチームになれなかったら悲惨だけどね」

「う......それもそうね」

「あははは......」






(タ―――す...け...て―――)


「「!」」

それは突然だった。
頭の中に反響するように聞こえた、助けを求める声。
それはまさしく、ユーノ・スクライアのもので、僕はハッ、として隣にいるなのはさんの顔をのぞき見た。
......よかった。なのはさんにも、この声――念話だろう――は届いている。
それは混乱したようにあたりを見回すなのはさんの様子を見ていれば明らかだ。

―――この結果は当然と言えば、当然だ。
何故なら、ここで彼女がユーノの声を聞き届けるのは必然。
そうでなければ『魔法少女リリカルなのは』は始まらない。
僕という存在がいるせいで生じる、“歪み”が魔法関係にまで、どの程度影響を与えるか。
それが懸念事項として僕の中に渦巻いていたけれど、どうやらその心配は杞憂だったらしい。
とりあえず、今は彼を助けに向かうのが先決だ。

「ちょっ...! なのは?!」

「なのはちゃん?!」

そして、なのはさんはユーノの元へと走り出す。
念話が聞こえていないすずか姉さんとアリサさんは、彼女の突然の行動に驚くが、すぐさま気を取り直しなのはさんを追う。
もちろん、僕も後に続く。
今度はユーノを助けることに、なんのしがらみもない......!




フェレット形態となって弱っていたユーノを動物病院へと運んだ後、若干遅れて僕達四人は塾へとたどり着いた。
もちろん真面目に講義を受けている......わけではなく、僕達四人は講師の目を盗んでフェレットの受けとり先について話し合いをしていた。
僕達四人......とはいっても、僕は“これから”のことについて考え込んでいて、ほとんど話合いに参加していないけれど。
一応、ひとまず動物病院へと預けたことによって、ユーノを一時的に助けることはできた。
でもそれは、あくまで『一時的』にすぎない......。
あと数時間もすれば、ジュエルシードが変化した化け物に襲われてしまうはずだ。
ここまで前世で見たアニメと同様の展開なのだから最早それは確定した未来だろう。
その時、僕は.....なにか行動を起こすべきなのか、そうでないのか――。
結局、講義を受けている間、僕の頭の中は終始それに対する自問自答。
勉強はもちろん、話し合いにも身が入らなかった。








自宅のベッドに仰向けに寝っ転がり、ぼんやりと天井を見上げる。
塾で講義を右から左へ聞き流しながら、ずっと『これからどうするべきか』について悩んでいたけど、答えは一向に見いだせないまま。
『原作』――アニメの通りだというなら、“何もしない”事がきっと正解なのだと思う。
でも、ここはすでに『アニメの世界と寸分違わぬ同一の世界』ではないのだ。
それは『僕』という異物が混入してしまっている時点でわかるだろう。
なのはさんもアリサさんも――もちろんすずか姉さんも。
例外なく、その影響を受けているはずだ。
要するに、“原作通りに事が運ぶ確証はない”......そう言う事。
じゃあ、だとしたら、なんだ? ここでユーノを助けに行く事が正しいのか?
そもそも、ジュエルシードの化け物から彼を救うことができるのか?
――念話が聞こえたからと言って、なのはさんみたいな魔法の才があるとは限らないし、“この世界のなのはさん”がアニメの彼女みたいな才能を持っているとも限らない。
仮に持っていたとして、“ミス”を犯さないという保証はない。

「くそ......っ!」

おそらくもう眠っているだろう、隣の部屋のすずか姉さんを起こさないように、小さく毒づく。
堂々巡り――いくら考えても、答えなど出てこない。
いや、そんなことは......わかってる。
本当なら、こんな風に悩むこと自体が間違っているのだ。
『未来』なんて普通は“起こる”まで解らない。それは『現実』に生きている人間にはごく当たり前の、常識だ。
だけど、僕はちょっとばかり、その『常識』の外側にいる。
これから起こることを、“予め知っている”のだから。
と、言っても......その未来知識も何処まで役に立つというのか。
これから起こることを知っている、でもそれは例えるなら――あるゲームのAルートのシナリオを知ってはいるが、それがBルートのシナリオと同じとは限らない――という事だ......。
その例で言うなら、僕が知っている未来はAルートのもの。
そしてこの世界は......Bルート。
だけど、この世界はAに限りなく近い。
それが逆に僕を悩ませる原因でもある。
いっそユーノとなのはさんの立場が逆だったり、すずか姉さんが男だったり......それほどの違いがあれば.........少なくとも今ほど悩む事はなかっただろう。
中途半端に“知っている”ということがこれほど厄介なことだとは思わな......


(――ますか?僕の声が――――聞こえますか?)



その瞬間、再び頭に鳴り響くユーノの声。
最早まったなし......か。

(僕の声が聞こえるあなた!僕に少しだけ力を貸してください!)

(お願いっ!僕のところにきて!早く...危険が...もうっ――!)

そこで、念話の通信がブツっと途切れる。
ジュエルシードが変異したあの化け物と交戦に入ったのだろうか。
交戦、といっても負傷した今のユーノに、あれと戦えるだけの力が残っているとは考えずらい。
こうしている間にも、彼の命は危険にさらされている......っ!
そして、おそらく今の念話を聞いていただろうなのはさんも、危ない......。
正義感の強い彼女のことだから、今頃すでに家を飛び出しているころだろう。

「どう......しよう......」

本当に........どうすればいいっ――!?
確かに、このまま放っておいたとしても、大丈夫かもしれない。
なのはさんは何の問題もなく魔法を操り、ジュエルシードを封印する。
そしてフェイト達の襲撃を受けながらも、数々の試練を乗り越え、“この物語”をハッピーエンドへと導く...。
――『原作』のように――。

「でも、これはアニメじゃない......」

そう......どんなに似通っていようが、この世界はアニメじゃないんだっ。
ご都合主義なんて期待できるはずもない。
だから、最悪――。

「っ!」

“それ”を想像したとたん、背筋が震えた。
――最悪“死ぬ”事だってありうる......。
それは、駄目だ。そんなこと認めない......認めたくなんかない......っ!












.........あれこれ考えてしまったけれど、僕の中では結局、最初から結論は出ていた。

『今この瞬間、平穏な日々を壊したくない』

そんな、ありふれた普通の願い。
それだけなんだよ、僕が望んでいることは。
なら、万が一にもここでなのはさんを失ってしまうという事は、その平穏を失うという事。
了承できるはずもない......っ!!

自分の行動によって、歪みが生じるのが怖い。

それによって大切なものを失なってしまう事が恐い。

けど、何もしなくて、その果てに“それ”を失ってしまうほうが――もっと怖い――。

一度ユーノを見捨てた僕が言っていいことではないかもしれないけれど......。
だけど、いつまでも『臆病』な自分のままではいられないっ。


これから僕がとる行動が、どのような影響を世界に及ぼしていくのか、予想もできない。
でも、それは同時に未来は未知数だということだ。
決まった物語(レール)なんかない。
なのはさんがもしRHを使えないのであれば、僕が代わり――実際にできるかどうかは別だけど――を務めよう。
使えたとして、それでも彼女一人を危険にさらすわけにはいかない。
『夜の一族』である今生の僕なら、フェイト達のような高位魔導師でない限り、そうそう足手まといになるわけでもないはずだ。
―――それに、こんなときに力を発揮しなければ、本当に宝の持ち腐れになってしまう。

「よし......っ!」

そう一言気合を入れて、僕は遅れながらも『戦場』へと、走り出した。








「天音。明日、アリサちゃん達と一緒に病院へフェレットを受け取りに行くから、天音も一緒に.......あれ?」

すずかが天音の部屋に訪れたときには、既に彼の姿はなく、目に入ったのは綺麗にたたまれたままの寝巻。
今の時刻は十二時過ぎ。
いつもの天音ならば寝間着に着換えて速やかに寝ているはずである。
しかし、今夜はそれを身にまとった気配はなく......ベッドのシーツは微かに乱れてはいるが、寝ていた気配はない。

「トイレ......かな?」

そう呟いて、すずかは天音の部屋を後にする。
妙な胸騒ぎを――微かな、“それ”を抱いて―――。








夜空の雲を貫いて、立ち上る桃色の極光がなのはさんの居場所を僕に知らせてくれる。
なんだかんだとつまらない考えを巡らせていたせいで、結局ジュエルシードの化け物がユーノを襲う場面には遅れてしまった......っ。
――だけど、あの様子を見る限り、なのはさんがRHの起動に成功したんだろう。
なら、一先ずは大丈夫のはずだ。
あの光が立ち上った場所まであとほんの数メートル。
この角を曲がれば......

「っ!? わっ!」

それは黒く強大で、不定形な気味の悪い物体だった。
角をまがった瞬間、僕の目の前に飛び込んできたソレは、轟音を響かせて街灯に追突した。

「これ.......は」

前世、アニメでみた、ジュエルシードが変化した化け物......。
これが吹き飛んできたという事は―――。
僕はコイツが飛んできた方向に視線を向ける。
すると、そこには背中をこちらに向けながら走り去るなのはさんの姿があった。
手には杖に変形したRHを持ち、肩にはフェレット――ユーノが乗っていた。
その姿を見て、僕はホッと息をつく。
あの様子を見る限り、なのはさんはもちろん、ユーノにも外傷、怪我はみられない。
どうやら、なんの滞りもなく魔法を発動させ、一時的にも化け物を退けたみたいだ。
まぁ、目の前に広がる光景がそれを裏付けているのだけど。

「とりあえず......なのはさんたちと合流しよう」

おそらく、彼女たちは今体制を整えるために一度化け物から距離をとっているのだろう。
今のうちに僕も合流しておけば、後が楽だ。
どの道、ここにいて“これ”を眺めていたって話は始まらない。
そう思い、なのはさんたちの元へと駆け出そうと、脚に力を込めたその時――







ガシっ、と右足を“ナニカ”に掴まれた。








「は?」

思わず間抜けな声が口から洩れる。
後ろを振り返ると、そこにはあの化け物が、黒い不定形の化け物が、その体を揺らめかせながらこちらじっと見つめていた。
その瞳は深紅。
形のはっきりしないその身体で唯一確かな存在感を持ってこちらを射抜くそれに、刹那の間意識を奪われた。

「っ......ぐ痛っつ.........!!」

そして次の瞬間には激痛によって現実に引き戻される。
化け物から延びる黒い触手に捉えられた右足が強く締め付けられたせいだ。
強引に足をひきはがそうともがくけど、ビクともしない。
そうしている間にも、化け物が僕を食らおうと“口”をあけ、迫ってくるっ――!!

「く......、っそぉ!」

背筋が凍る死の気配に怖気づきそうになる自分を鼓舞するように、言葉を吐く。
けど、そんなことで僕の足をつかむ力が緩むはずもなく、眼前まで迫る『死』を退けることもできない。
ついさっきまで、なのはさんに吹っ飛ばされてノされていたくせに――!

「こォん、のおおっ!!」

文字通り、死ぬ気で足を拘束からひきぬくっ......!
その拍子に、あまりに締め付ける力が強かったため、ズボンが膝から下まで一気に引き裂かれてしまった。
だけど、死を目の前にしたこの状況でそんな些細な事に気を取られている暇はないっ。
僕はすぐさま化け物から距離をとり、いつでも襲撃に備えられるよう構える――と、言っても武道の心得などないから、
本当にただ身構えただけなのだけれど。

「はぁ、はぁ......っ」

心臓の鼓動が、いやに耳に響く。
ドクン、ドクン。と、鼓動を刻む。
『夜の一族』で、しかも今は『夜』であり、異常な身体能力を有している僕ではあるけど、“この状況を打破する自分”といのが、全くイメージできない。
脳裏に浮かぶのはこの化け物にみじめたらしく殺される自身の姿......。

「は......はは」

自然と乾いた笑いが口から洩れる。
『夜の一族』としての異常な身体能力に加え、今は“夜”で、さらに向上した人外能力を駆使したとしても、“コレ”に勝てる気がしない......っ。
忍姉さんや、親戚の同族で、ある程度年季の入った者達なら、あるいは対抗できたかもしれないけど......。
子供である僕がこの化け物を何とかすることは不可能に近いだろう。
というか、最初から一応なのはさんたちの補助を目的としていたのだ。
『魔法』の力を使わず、一対一でこいつと対峙する可能性というのは――正直考えてなかった。
今となってはそんな簡単なことにすら考えがいかなかったのか。と、ほんの数十分前の自分をぶん殴ってやりたい気分だけど、あのときはいろいろ必死に考えていたせいでそこまで思考が回らなかった。

「■■■■―――――!!」

瞬間、化け物が大気を震わすほどの雄たけびを発する。
言語を絶するそれはこちらの鼓膜を破らんとするかのような大音量。
それを至近距離で、受けた僕はなまじ聴力が良い――というか“良すぎる”ために、ほんのわずかな間、平衡感覚が奪われる。
しまった――!
そう思った時にはすでに黒い触手が、僕めがけて解き放たれていた。

「――!!」

言葉を発する余裕などなく、僕はそれら計六本の触手を身をひねって辛うじてかわす。
目標を失ったそれらはあたりの壁に命中し、見事に穴を穿っていた。
本体同様、不定形で靄のような物理的存在感を感じないそれが、一体何故、そこまでの破壊力を持ちえるのか......。
―――いや、そういえば化け物本体も、街灯にぶつかってそれを破壊していたし、今更なことか。
一体、いかなる物理法則が働いているんだ。
そもそも、物理法則自体にとらわれているのかも怪しい......。
全く、目のあたりにして初めて『魔法』というモノのデタラメさが解る...っ!
今の僕がこれと戦闘をして撃退できる可能性は......ゼロ、だろう。
僕の攻撃手段と言えば、接近しての殴る蹴るといったもの。
それであれを粉砕できるか、と問われれば百人中百人が『ムリ』と言うに違いない。

「......」

つまり、僕じゃあこいつの足止めもままならない、という事。
でも、だからってここで無様に逃走するわけにはいかない。
それじゃあ、僕が何のためにここに来たのか。
せめて、なのはさん達が来るまでは時間を稼ぎたいけど......っ!








「天音っ!」








そう思って再び襲いかかってくる化け物の触手群を全力で避けている最中、この場に最も響いてはならない声が、僕の名前を呼んだ。

「す.......っ、すずか姉さん?!」

すずか姉さんがちょうど化け物の真後ろにいて、僕に声を投げかけてきたのだ。
なんで、どうしてここにすずか姉さんが―――?!
家を出るときはすでに時間は十二時を回っていたし、いつものすずか姉さんなら寝ていた......ハズだった。
その彼女が、今、この場にいる。
嫌な汗が背中に流れるのが分かった。

「■■■――■■」

化け物が、意思――理性などあるのか知らないけど、その時ニヤ、と笑ったような気がした――。

「危ないっ! すずか姉さん!!――にげっ」

逃げて! そう言う暇などなかった。
それまで僕に攻撃を仕掛けてきた黒い触手たちは一斉にその標的を変更。
――すずか姉さんに狙いを定め、そして一斉に彼女に襲いかかった。

「やめっ――」

追いすがろうと手を伸ばすが化け物本体から新たに生まれた触手が僕の体に絡みつき、身体の動きを封じる。

「くそっふざけるなよ! このっ! すずかねえ......っ」




















それは、悪夢のような光景だった。
六本の触手はすずか姉さんんの体をまるでボールのように空中に跳ね上げると、黒い槍となってその身体を―――――貫いた。











「あっ、あああああっ」

間抜けな悲鳴が僕の口から漏れ出した。
眼前には、目をそむけたくなるほど凄惨な光景が広がっている。
六本もの槍に串刺しにされたすずか姉さんの体からは一目で致死量と分かるほどの血が噴き出し、流れ出している。
それらは地上に赤い水たまりを作るほどで、彼女の今の服装――白いワンピースは元が白だったなどと誰も想像できないほどに深紅に染めあげられている。
いつも僕の名前を呼んでくれる彼女の口からは赤黒い血液が吐き出され、貫かれた四肢からも同様に血が滴り落ちている。

「あ......ま.........っね......」

串刺しにされ、今にも意識を飛ばされるような激痛を感じているはずなのに、僕のほうを向いてすずか姉さんは――優しく微笑んだ。

「■■■――」

低く唸ったかと思うと、化け物はすずか姉さんを触手を使って放り投げた。
ゴミを捨てるかのような気軽さで。
まるでボロ雑巾のようになった彼女の身体は赤い血をまきちらし、地上へとその身を打ちつけられる。
その姿を観た瞬間、僕の中の何かが、音を立てて崩れ去った。

「う.......っあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

まるで獣のような雄叫びをあげる。声をあげてから、それが僕の咽から発せられているのだということを理解するのに、数瞬の時間がかかった。

力任せに黒い触手の拘束を引きちぎり、目の前の化け物を殴り飛ばす――!
拘束されていた肩や足などから血が噴き出し、殴った拳はおそらく骨が砕けているだろう。
でも今は、そんなことを気にしている場合じゃないんだっ!

「■■■■――――!!」

苦しそうなうめき声をあげ、壁に叩きつけられる化け物を眼の端に捉えながら、僕はすずか姉さんの元へと駆け寄る。

「!―――すずか姉さん.....っ!!」

近くで見てみれば、よりいっそう彼女の身体に穿たれた傷が大きく、そして深いのだとわかる。
四肢と腹部に空いた穴からはとめどなく赤黒い血が流れ出していて、それはまるですずか姉さんの命が流れ出しているよう――吸血鬼である僕達にはましくそうである、と理解する。

「■■■■――――――■■!!」

もう再起したのか、黒い触手を揺らめかせてこちらを威嚇してくるジュエルシードの化け物。
今はお前なんかにかまっている場合じゃないんだよ......っ!
視線だけで殺さんばかりに睨みつけるが、そんなもので死んでいるのであれば今頃すずか姉さんはこんな目にあってなどいない――っ。

くそっ! どうすればいいんだっ。目の前のマリモ野郎を今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいけれど、今の僕にそんな力はないっ......!
僕は今すぐに安全な場所へとすずか姉さんを避難させなければいけないんだよ!
でも、この状況じゃそれも無理――っ。

「くそ......っくそおお!」

迫りくる黒い槍を目の前に、絶望のあまり発狂しそうになる。
でもそんなことをしていてはすずか姉さんは助からないっ!!
僕は彼女に被害がいかないよう盾になるため、前に立つ。
そして、来るであろう衝撃に身構え――

「天音君!」

甲高い金属音が鳴り響く。
目の前には桃色に輝く光の壁。
そしてそれを発生させている、なのはさんの姿があった。

「なのは......さん?」

僕はぼうっと、まるで熱に浮かされているかのように彼女の名前を呼んだ。
どこから? どうやって......。
そう考えてから、そう言えば彼女は魔法で空を飛べるんだったと、思いだす。
飛翔して、空中から僕とあいつとの間に舞い降りたのだろう。
その姿は彼女の白い服装と相まってまるで天使のように僕の目には映った。

「すずかちゃんっ......!」

なのはさんの、息をのむ声に、僕は半ば放り出しかけていた意識を持ち直し、すずか姉さんに向き直る。

「あ、............まね」

「すずか姉さん!」

「あまね......大丈、夫? 怪我......してない.........?」

「っ......大丈夫、大丈夫だよすずか姉さん......。だから、無理にしゃべらないで......っ」

だめだ、だめだだめだっ――!
なんでこんなに、こんなことに、なってしまったんだ......?
―――いや、そんなの、決まってる。
僕が、僕が変な気を起してこんなところまで来たせいだっ!
そのせいで、そのせいですずか姉さんはこんな怪我を負って......っ!

「大丈夫......大丈夫だ、よ、あまね......」

「え......?」

すずか姉さんは、自分の血で濡れ、出血のため青白くなった顔に頬笑みを浮かべながら、僕を小さな子供をあやすかのように、なだめる。

「大丈夫......あま、ね...は、わ、るくなんか、ない......から」

「!......すずか、姉さん......っ」

まるで僕の心を読んだかのようなその言葉に、僕はあふれる涙を我慢できず、嗚咽を漏らす。
こんな、こんな時までっ――僕の心配なんかして――!

「あまね......さいご、に.........おね、がいがあるの......」

「っ! ――うん、何......かな」

最後、最後っていうのは、つまりはそういう意味で――。
それは彼女の今の状態を見れば、誰でもわかることだった。
その事実を、否定したくて、その事実を、どうしようもない現実を受け入れているすずか姉さんの言葉を否定したくて――。
でも、今それを口にすれば、彼女のお願いを聞いてあげれなくなる。
僕は言葉をぐっ、と心の中にしまいこんで、すずか姉さんのお願いに耳を傾けた。

「あ、......まね。アリサ......ちゃんと、なのはちゃん......に、約束守れなくて、ごめんね、て......伝え、ておいて」

「うん......うんっ!」

「そ...、れと......もうひとつ......っ」

ゲホっと、すずか姉さんの口から赤いものがはきだされ、彼女の血で染まった服をさらに深い紅へと染め上げる。
僕は拳を握りしめて、彼女の口をふさぎたくなる自分を制した。
まだ僕は“最後の”お願いを聞き終えていない。
すずか姉さんはそれを言い終えていないんだ......っ。

「わたし、が......しん、じゃっても.........わたしの、こと......わすれ、ない.....で」

言葉の途中途中で、血を吐きながらも、すずか姉さんは言葉を紡いだ。

「あたり、前じゃないか......っ! 僕が、すずか姉さんを忘れるわけないだろう......?」

「そう...よかっ...たぁ...。」

僕がそう言うと、すずか姉さんは、静かに――本当に柔らかな笑顔を、その顔に浮かべた。
それは、まるで瀕死の人間が浮かべたものとは思えないほど、綺麗で、それゆえに残酷な笑顔。

「う......くっ!」

我慢しよう、我慢しようと自分に言い聞かせても、次から次へと涙が眼からあふれだしてくる。

「くそ......っ、くそ――! とまれよ......とまってくれよお......。」

そんな僕の思いとは裏腹に涙は一向に止まる気配を見せない。
むしろ、余計にあふれだす。

「あまね......ごめんね......こんなに、なかせ、ちゃって......」

「っ違うっ! これは、全然、すずか姉さんのせいなんかじゃない......からっ!」

その時、ひんやりとした手が涙でぬれた僕の頬に触れた。
ハッ、として俯いていた顔をあげる。
すると、すずか姉さんはいつものように、思わず見惚れてしまうような可憐な笑顔を浮かべて――。

「わらって......いて。あまねは......わらって......」

言葉を言い終える前に、すずか姉さんの手は力を失い、重力に従って地面に落ちる。

「すずか......ね、えさん?」

そして彼女は静かに、目を閉じた――――――――――。





























「う......っうぅおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」




















夜空の星に届かんばかりの叫び声が、彼の世界の平穏が終焉を迎えたことを、何よりも強く、彼に自覚させた。















[12000] 第三話(改訂)
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/07/25 18:46










目の前に横たわる、すずか姉さんの『死体』を僕はそっと抱きあげる。
――まだ少し、暖かい。
でもそれは、本当にかすかな暖かさで、あとほんの少し時が経てば、すぐに失われてしまうだろう。
息絶え、最早すずか姉さんは僕にしゃべりかけてはくれない。
良く寝坊する僕を起こしに来てはくれない。
その花の咲くような可憐な頬笑みを僕に見せてはくれない。
もう、僕とすずか姉さんは一緒に生きていくことはできない―――。
――いや―――


「■■■■■――――ッ!!」

「うっ!」

獣の唸るような声と、金属のきしむ音が鳴り響く。
その音の発生源、背後に視線を向けると、涙を流しながら必死に桃色の壁を作りだして化け物の突進に耐える、なのはさんの姿があった。
僕はひどくぼんやりとした頭で、それを見つめる。
そう言えば、僕は彼女が――彼女達が心配で、助けになりたくてここまでやってきたんだ。
でも、その結果はどうだ? 
両手に感じる、すずか姉さんの重み。
得たのは――コレ。すずか姉さんの、『死』。
全く、お笑い草だ。何を勘違いしていたんだろう。
さんざん『平穏』を壊すことが怖いなどと、のたまっておきながら、そのために行動を起こしておきながら―――。
この結果は......このザマは、なんだ.........?
本当に大事なものを失い、挙句助けようとした少女に助けられている。
これは酷い、酷い話だ。何だこれは、誰が考えた物語(シナリオ)だって言うんだ?


......最終的には責任転換―――全くもって救えないクソ野郎だな僕は。
その最低な物語(シナリオ)を現実のものとしてしまったのは――僕自身だろうが。
すずか姉さんにとどめていた視線を、化け物へと移す。
だけど、それでも、ただこのとき、この瞬間だけは僕はすべての責任をお前になすりつけるっ......!
僕はお前を絶対に許さない――八つ裂きにして、惨(みじ)めたらしく、惨(むご)たらしく、お前を消滅させてやる......っ!
これは八つ当たり、ああ、それは解る、理解しているさ。
最低なクソ野郎の最悪な八つ当たりさ。
でも、そうしなきゃ―――そうしないとっ! これ以上僕は正気を保っていられないんだよッ!!


「すずか姉さん......」



もう彼女は返事をしてはくれないけれど――。



「ごめん。でも、このまますずか姉さんの全てをあいつに奪われるのは我慢ならないんだ......」





そうして僕は、彼女の既に生気を失った首筋に、牙を突き立て、かぶりついた――。





「! あっ天音くんっ―――?!」


なのはさんが涙に震える声で、僕の名前を呼んだ。
彼女から見れば、姉を殺され気が狂った僕が凶行に走ったようにしか見れないだろう。

――いや、“気がくるってる”っていうのはあながち間違いでもないか――。

だけど、これはこの行為(吸血)は決して気が狂った故の錯乱行為などではない。
僕達は『夜の一族』吸血鬼の一族なのだ。
血液を摂取することは、相手の命を血とともに自らの身に宿し、“力”にすること。
今までは輸血パックに入った、誰とも知らないヒトのものを摂ってきたけど、今回は違う。
初めて首筋から“それ”を吸い摂っている。
そして、血を吸う度にわきあがる充足感と、高揚感。
双子だからだろうか――すずか姉さんの血は今まで飲んできた、どんな血よりも甘く、“よく馴染んだ”。
すずか姉さんが――彼女の血が僕の中で脈打ちながら、静かに僕のソレと溶け合い、同化していくのを感じ取れる。
目の前の怪物に彼女の命を奪われはしてしまったけれど、この暖かさだけは、最後に残されたこれだけは――あんな奴などに奪われたくなどなかった......。
微かにのこった暖かさ、せめてこれだけは僕が―――。

ゴクン、と最後の一滴まで吸いつくすかのように、血を咽の奥へ流し込んだ。
その瞬間、僕の胸のあたりが、かぁっ、と熱くなり、不可思議なモノが僕の体から噴出する。
それは、『光』だ。赤黒い、血のような光だった。


「――っ! これは......っすごい魔力っ! 彼が?!」

轟音鳴り響く中、ユーノの言葉が、不思議とよく耳に入った。
ま......りょく? 『魔力』? これが、僕の身体からあふれだすこの不可思議な光が、“力”が......魔力―――?




「は、はは。ははっはあっはははっはははっ!!」




とたん僕の口から狂ったような笑い声がこぼれだす。
これが『魔力』か、そうかそうか、これがあればいいんだよな――。
この『魔力』って“力”があれば、この化け物を眼の前のコイツをぶち殺せるんだろう......っ!!?


「天音く......」

「なのはさん、そこ、どいてくれないかな」

なのはさんが僕に何か言おうとしているのが、解った。
だけど、今の僕にそれを聞いている精神的余裕はない。
できるだけ優しく――と、言っても実際できているかは知らないが――彼女の肩をつかみ、横にどかせる。
それと同時に、なのはさんの障壁によって抑えられていた化け物が枷を失い、解放され、僕を食らおうと、迫りくる。
なのはさんの悲鳴にも似た叫び声が耳に届き、数瞬の後に僕が喰い殺されるという現実を想像しているのだろうな――と、まるで他人事のように僕は殺意に満ちた思考の片隅で思った。

「■■■■――ッ■」

それは奴も、この化け物もそうだったのだろう。
この脆弱な生き物を一瞬で噛み砕いてやろうと――事実、数分前までならば、“そう”なっていただろう。
だけど――

「えっ?!」

「そんな――っ! 身体強化?!」

――なのはさんの戸惑いを感じる声と、驚いたようなユーノの声が聞こえた――。

化け物の口に飲み込まれるより早く、僕は奴の胴体、と思われる場所に拳を打ち込み、そのまま殴り飛ばしたっ。

「■■■――っ」

くぐもった唸り声と共に、化け物は不定形の黒い塊を撒き散らしながら、再び街灯の残骸へと吹き飛び、轟音を響かせガレキに埋まる。
殴った右手は、多少のしびれが残るだけで、何も問題はない。
――この拳はついさっき砕けたはずだったけれど......まぁそんなことはどうだっていい。
今重要なのは、砕けた拳が元通りになっていて、さらにこれで奴をぶん殴れる......それだけ。
しかも、身体の奥底から湧き上がる不思議な力、『魔力』。
これのおかげで、僕の体が強化され、化け物とも対等に戦えるのだ。
生身の状態なら、今の一撃で砕けただろう拳が、軽いしびれを感じる程度にまで強化されている。

「はは――」

乾いた笑いが口から洩れる。
これはいい。これは最高だ。
『魔法』は不可思議な力だ。物理法則なんてすっとばしてわけのわからない現象を顕現させる。
目の前のガレキに蹲る化け物が、その最たる例だろう。
だけど、今の僕はその力を、『魔力』を手に入れた。
『魔法』は『魔力』を燃料に『現象』を引き起こすもの、のハズだ。
同じ条理の外に位置する力だ。奴をこの力で消滅させることもできるはず......っ!

「うおああああああああああああああああ!!」

咆哮を上げ、今度は自分から化け物へと向かっていく......っ!
この手でヤツを引き裂き、砕き切って、消滅させるために――!!

「■■―――■■■■■!!」

耳障りな汚らしい雄叫びをあげた化け物は、身体から黒い触手をいくつも生み出して、それらを槍として突き出してくる。
それは全てが必殺の勢いをもってエモノに――『僕』へと迫りくるっ。
僕は最小限の動きだけで迫りくる黒い槍を避け、疾走する――!
けれど、いかに研ぎ澄まされ、強化された身体能力を駆使しようとも、それらいくつもの黒槍を完全に避けきることなどできず――。

「......っぐゥあぁあああっ!」

肩を横腹を太ももを、槍がかすめ血肉を抉ってゆく。
そのたびに気を失ってしまうほどの激痛が脳髄へと響くが、それを無視し、僕は一心不乱に化け物へと駆けるっ!!
この程度の痛みがどうした。この程度の怪我がどうした。
すずか姉さんはもっと......もっと痛くて――!!

「おぁぁああああああああああああああああ!!」

全ての触手の刺突をかわし、耐えきり、やっと化け物の眼前へとたどり着いた僕は絶叫して殴りつける――!!!
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る蹴り飛ばす蹴る殴る蹴る蹴る蹴る!!!!

「■―――――――――――■!!」

化け物の苦痛にゆがむような声が僕に愉悦の表情を形作らせる。
そうだ、もっと......もっと苦しめばいぃ! すずか姉さんが味わった痛みや悲しみ――苦痛はこんなものじゃないッ!!
僕が一発一発殴り、蹴るたびに化け物の体からは黒い何かが飛び散り、削り取られていく。
ざまぁみろっ。このままお前の体を削り取って――消滅させてやる!!




「■■■■――■■――■■――■■■■ッ!!」



その時、僕に殴られるがままだった化け物がひときわ大きな咆哮をあげた。
そのとたん、辺りに飛び散ったヤツの破片が一斉に浮かび上がる――っ。

「これ、はっ......!」

その大きさは破片故に千差万別――共通している点はそのすべての矛先が僕を狙っているという事で――。

「!」

瞬間、ビュウ、と風が吹いたかと思うと破片が一斉に僕へとその牙をむいた。
右左真上に真後ろ――全周囲から迫りくる幾つもの爪牙。
当然、避けきれるはずもなく――――。


「ぐっあああああああああああああああああああああっ!!」

尋常でない数の破片はそのほぼすべてが僕の体に命中した。
だけど、魔力によって一種の防御壁のようなものが展開されていたためか、致命傷だけは何とか免れた......。
と、いってもあくまで“致命傷は免れた”と言うだけ。
僕の体には多くの破片が突き刺さっており、いたるところから出血が起こっている。
このまま放っておけば、結局は出血多量で死ぬだろう――だけど、その前にコイツだけは――っ!

「■■■―――――!!」

そんな僕をあざ笑うかのように、体勢を立て直した化け物は“口”を大きく開けた。僕を丸呑みにしようというのだろう――冗談じゃないっ!
こんなところで、こんなやつに......すずか姉さんを殺したコイツに――っ!
――けれど、現実は何処までも非常。もはやボロ雑巾同然な僕の体は一切の力が入らず――――目の前に迫る奴を見上げる。
ソレは明確な『死』を僕につきつけていた。何よりも強烈に。
そして、あと少しでその黒い塊へと僕が引き込まれる、その瞬間―――――――

「天音くんっ!」

金色に輝く杖を振りかぶり、桃色の光を撒き散らしながら、目の前に天使が――なのはさんが舞い降りた。
彼女はすぐさま桃色の紐で化け物を縛り上げ、その自由を奪う。
化け物がそれを引きちぎろうと身体を激しく動かすが、紐は一向に切れる気配をみせない。
そして、なのはさんが呪文を唱える。
とたん眩いばかりの閃光が化け物を包み―――光がおさまると、そこには青いクリスタルのような結晶、ジュエルシードが浮かんでいた。
封印した......と、いうことか......。
まさに......あっという間の出来事だった。あっという間に、なのはさんはあの怪物を倒して見せた。

「......」

もはや、自嘲の笑みすら浮かんでは来ない。
ただ呆然と、僕はその現実を見つめていた。
――結局、僕はすずか姉さんを殺したあの化け物をロクに痛めつけることもできず......自分が助けようと、助けることができると思い込んでいた少女に助けられた。
全く、とんだ茶番劇だ、と思う。
そして、そのくだらない、悲劇にも喜劇にもならないクソくらえな演劇を演出してしまったのは―――僕だ。
僕をこの世界に転生させた『神』のようなものがいるのだとしたら、この展開はさぞお気に召したことだろう。
消え入りそうな意識の中で、僕はいるのかどうか定かではないけれど――『神』に、何より自分に対して――悪態をつく。
くたばりやがれ―――クソ野郎―――。








その後の事は、正直、ぼんやりとしか覚えていない。
警察やなんかの対応はすべて僕のお父さんと、後から被害を聞きつけたアリサさんのお父さんが、“何とかした”らしい。
......すずか姉さんの亡骸は僕達、月村の家が独自に回収した。
『夜の一族』の存在を公けにするわけにはいかない、という事らしいので当然の処置だったのだろう。
だけど、バニングス――アリサさんの家族は僕達の家のことを最初から知っていた。
そういえば、アリサさんは最初から僕達の身体能力に対して、驚きが少なかったように思える。
クラスメイトや、先生たちまで驚愕の声をあげている中、彼女だけはいつも苦笑気味に顔をゆがめるていただけで――。
今思えば、「もう少し上手くやらないと、ばれちゃうわよ」みたいな事を眼で訴えていたのかもしれない。

「生まれの事など関係なく、娘は君と、君のお姉さんと接していたよ。自慢の親友だと、よく私に言っていたな......」

アリサさんのお父さんの......その言葉を聞いた途端、言葉にできない気持ちが胸の奥からせりあがってきて、少しだけ、泣いた。








そうして長い夜が明け、今日。
月村家、バニングス家、高町家が僕達の家に一堂に会し、話し合いをしている。
僕は傷ついた体を休めながら――と言っても、もう殆ど治ってはいるのだけれど――ユーノによる昨夜の事、ジュエルシードや、魔法の説明を聞いていた。
それによると、ユーノはジュエルシードの輸送船に発掘責任者として同行していたが、次元の海を渡っている最中、何者かの襲撃を受け、その拍子にジュエルシードが何処ともしれぬ世界へ“落ちて”しまった。
責任者として船に同行していながら、何もできなかった彼は自分を恥じた。
そこで、発掘時にとったジュエルシードの魔力波形のデータと、襲撃に見舞われた祭の次元座標によってジュエルシードが落ちたと思われる世界を割り出し、単身この世界へと訪れた。
けれど、それが大きな失敗だったのだ。
この世界、第九十七管理外世界の魔力素――読んで字のごとく魔力の素のようなモノ――が彼と致命的に相性が悪く、ジュエルシードこそ見つかったものの、不調故、封印できず手傷を負った。
そして、傷と、魔力素の不適合による魔力不足を補うため、一旦フェレットとなり窮地をやり過ごしたのだ。
その後、念話により助けを呼び、それに答えることができたのがなのはさん、そして僕だった。
しかし、ジュエルシードの変化した化け物――あの黒い不定形の化け物が夜に動物病院にいる彼を再び襲撃。
このまま自分があれに取り込まれてしまえば、魔法文明のないこの世界は崩壊してしまう。
彼は最終手段として、再び念話を不特定多数の人間へと飛ばし、助けを呼んだ。
現れたのは栗色の髪をもつ愛らしい少女――高町なのは。
遅れて彼を助けに言った僕はタイミングの悪いことにジュエルシードモンスター――ジュエルシードが変異した化け物の総称――に出くわして......。

すずか姉さんは状況から、家にいない僕を心配し、外まで僕を探しに出てくれたのだろう。
そして、JSモンスターの雄叫びを頼りに僕を見つけて―――――。
すずか姉さんの死は、僕が余計な気をまわさなければ回避されたはずの出来事だった。
僕の不注意で、彼女の命を散らしてしまったのだ......。
一体、どこで間違ってしまったんだろう。
一体、誰が......本当に悪かったのか――。
JSを運ぶ輸送船を襲撃した犯人か? それとも、管理局へと協力を仰ごうとしなかったユーノ......?











――――なんて、答えのわかりきっている問いをただひたすらに巡らす。
答えは出ている。ついさっきだって自分で考えていた事だ。
全て、僕の責任。すずか姉さんの死の責任は僕にある――。
ただ、僕はそれを.....認めたく、ないだけなのだ......。









開始から数時間後、ユーノが管理局へと救助信号をだし、本格的な話し合いはそれ以降、という事になり、一応お開きとなった。
しかし、ここが管理外世界なだけに、近くの次元に管理局の船があるとは限らず、実際に管理局が到着するのは時間がかかるらしい。
その間、なのはさんにユーノが預けたRHは、まだJSがこの海鳴にある限り、危険であるため継続して所持させておく事になった。
当然街の皆にも危険が及ぶため、できるだけ外出しないよう、全ての家に報せを送ることに。
その辺りのことはバニングスの家で対応する事になり、当分、学校も臨時休校になると言っていた。


それは、少し、ありがたかった。
まだ当分、座る主のいなくなった、すずか姉さんの席をみる勇気は持てそうになかったから―――。








それから少しして、すずか姉さんの葬儀は、生前彼女があまり派手なものを好まなかったこともあり、しめやかに行われた。
JSの危険もあり――世間では“通り魔”の仕業という事になっている――親族と、特別に親しい友人にその家族以外は今回の葬儀に出席していない。
具体的に言うならば、なのはさんとアリサさん、それにそれぞれの家族。

最初、必死に涙を流すのを我慢していたアリサさんだったけれど、それも最初だけで今はとめどなく流れる涙を隠しもせず、泣きじゃくっている。
なのはさんも同様に、声を押し殺しながらも、大量の涙をその空色の瞳から流し、哀しみに耐えていた。
なのはさんは、アリサさんと違い、僕たち家族の秘密について何も知らなかった。
と、言っても彼女以外の高町家の人々は恭也さんと忍姉さんから『夜の一族』について既に聞き知っていたけれど。
――なのはさんに真実を伝えなかったのは、まだ幼い彼女に、その事実を伝えた場合、万が一にでもそれによって僕やすずか姉さんが拒絶されることを忍姉さんが恐れたから。
だけど、今回の件で僕の吸血行為を見てしまったなのはさんに、これ以上隠しておくことは出来ないと判断して、昨日の三家族会議の際、僕たち月村家は彼女に全てを明かした。
さすがに、なのはさんも最初は驚いていたけれど「すずかちゃん達がどんな生まれでも関係ありません。大切な......とっても大切なわたしの友達ってことに、変わりはありませんから」
と言ってくれた......。
“大切な私の友達ってことに変わりはないから”―――過去形でないその言葉に、彼女の強さが感じとれて―――少しだけ、うらやましかった。







「すずか姉さんが、二人に謝っていてほしいって......約束を守れなくて、ごめん、て......」

伝えるべきか悩んだけれど、これもすずか姉さんとの最後の約束だったから、悪いとは思いながらもそれを伝えた。
約束、というのはユーノを、フェレットを三人――僕を入れたら四人か――で受け取りに行く、という約束だろう。
すずか姉さんの最後の受信履歴にそれについてのメールがあった。

「......っ! そんな、こと......ばか...すずかのばかぁ......もっと他に......言う事、なかったのぉ......」

「すずかちゃん......う、うううううあああ、ごめんね......ごめんね......わたしが、ちゃんと、護ってあげられなくて.....ごめんねぇ......」

二人はそれを聞くと、より一層涙を流した。
やっぱり、もう少し落ち着いてから言うべきだっただろうか......。
アリサさんはもはや言葉も発しず、うつむいて、ただひたすらに涙を流す。
なのはさんはひたすらにごめんね、ごめんね、と繰り返している。
違うよ、なのはさん、貴方が謝る必要なんてどこにもないんだ.....っ。
そう言葉をかけるも、彼女は首を横に振って、「わたしが......ごめんね.....」と、自分を責め続ける――。
そんな姿を見ていられなくて、僕は彼女達から視線をそらした。
そこで気付く、こんなにも悲しいはずなのに、すずか姉さんが死んで、なのはさんとアリサさんがそれを哀しんで――この場で、改めて彼女の死を自覚させられたというのに――。






涙が一滴もこぼれない。


ああ、そうか。

もう一生分の涙はあの時に流しつくしてしまったのだ。

だから、こんなにも哀しいのに、悲しくて胸が張り裂けそうなのに......涙が出ないんだ――――。








すずか姉さんの体が焼かれ、その灰が空へ登っていく。

その光景は酷く現実味に欠けたモノのように、僕の瞳には映った。




















葬儀の後、少しの間一人になりたかった僕はすぐ近くにある公園で一人、ブランコに腰掛けながら空を見上げていた。

「『人は死んだらお星様になるんだよ』か......」

そう言えば、前世僕はそんなことを信じていたような気がする。
もっとも、今となってはそんな事、かけらも信じてなどいないけれど。
だって、一度死んでしまった僕が、こうしてこの世界に『前世の記憶』を持って新たな命を得ているんだ。
すでに死後の世界を知っているような僕に、御伽話のようなそれを信じろというのは無理な話だろう......。




「っ......」


不意に頬に暖かい何かが流れたのを感じた。
はっ、としてそれに手で触れる。



涙――それは涙だった。




葬式最中は一滴も流れでなかった涙がなんで、今頃......。
不思議に思ったのもつかのま、次から次へと涙があふれ出てきた。
全く、今更になってまた僕はこんな所で、一人で――泣いているのか――。
だめだな.....。一人になったのは失敗だったかもしれない。
すずか姉さんに、笑っていて、と言われたのに........。
―――もし、僕が昨日余計な行動を起こさなければ、もし、もう少し家を出るのが遅かったなら、何かが、変わっていたのだろうか―――。



ついつい、生産性などないと分かっていても『if』の話に思考を巡らしてしまう。
そんな『もしも』の話なんて――選ばれなったな可能性なんて、最初から無かったのと同じなのに――。





















「どうして泣いているの?」












その時、誰もいないはずの公園で、不意に声をかけられた。
驚いて振り返ると、そこには風に揺れる奇麗な金色の髪を手で押さえながら、こちらを見ている少女の姿があった。
その瞳はどういうわけか、左右の色が違う。
けれど、それがかえって少女の美しい顔を引き立て、その存在を神秘的なものにしていた。

「君は......誰......?」

泣いているところを見られた気恥ずかしさから動揺した僕は、相手の質問に答える前に、逆に相手に質問を投げかけてしまった。

「え、私...?私は...」

幸い彼女は何とも思ってはいないようで


























「私の名前はヴィヴィオ。ヴィヴィオ・セイクリッド」






花の咲くような笑顔で自身の名を僕につげた。










[12000] 第四話(改訂)
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/07/26 00:10









「え、と......セイクリッド......さん?」

僕は先ほど、公園に突然現れた少女の名前を呼んだ。
さすがに、いきなりファーストネームを呼び捨てにするのは失礼だと思ってそうしたのだけれど――。

「ん? ヴィヴィオでいいよ。それに、敬語なんて使わないで。たぶん年も同じくらいだろうし」

寧ろ、名前で呼んだほうがよかったらしい。

「それより、あなたの名前はなんていうの?」

「僕は......、天音。月村天音だよ」

「アマネ...天音? うん、いい名前だねっ!」

セイクリッドさん......ではなく、ヴィヴィオはそう言うと、握手を求めてきた。元気な娘だ。
その太陽のような笑顔がまぶしくて、少し、うらやましかった。

「よし、これで天音は私の臣下一号になりましたっ! これからよろしくね!」

うん。これで僕は君の臣下一号に......ってなんで!?
そこは、普通「友達になりましょう」とかそういう感じじゃないのだろうか。
僕はあまりにもマイペースすぎる彼女の行動に、一瞬呆気にとらわれる。

「うん、天音は私の友達で、臣下だから。よろしくねっ!」

と、素敵な笑顔で言われた。
その笑顔があまりにも綺麗で――反論する気も失せてしまう。
きっと彼女は天然で押しの強い人種なのだろう。
僕の周りにもこんな娘はいる。
たとえば、アリサさんとか、アリサさんとか......。


「それじゃあ、臣下よ、私の質問に答えなさい。さっきあなたが泣いていたのはなぜ?」

片方のブランコに座り、僕の顔をじっと見つめながら、ヴィヴィオはまるで王様のように尊大にそういった。
彼女の“それ”は、その雰囲気も相まって、抗いがたく――僕は自然と口を開いていた。








そうして、数十分かけて僕はあの夜の出来事をすべて話した。
もちろん、魔法やジュエルシードのことは伏せて、だけど。

「僕は......姉さんを、死なせてしまったんだ。......僕の勝手な考えで、姉さんを...」

ヴィヴィオは話の合間に質問などせず、黙って僕の話を聞いてくれた。

なぜこんなことを彼女に話しているのか、自分でもわからない......。
ただ、誰かに聞いてもらいたかっただけなのかもしれない。
だけど、それとはもっと違う、言葉にできない“何か”が僕の口を動かしたように思えた。
もしかしたら、ヴィヴィオが持つ、どこか神秘的な雰囲気がそうさせたのかもしれない。



「私と同じだね。」

「えっ?」

僕が思考を巡らせていると、彼女はおもむろに空を見上げながら、そう言葉を漏らし――話し出した。

「私も昔......ずうっと昔――私の勝手な考えで、大切な人をたくさん、たくさん亡くしてしまったの。
そのときの『私』はその考えが間違いだとは思っていなくて......気づいた時にはもう遅かった」

彼女はさっきまでの花の咲くような笑顔からは想像できない、深い哀しみの色を滲ませる表情をその顔に浮かべていた。
空を見上げる彼女の瞳はさらにもっと先、僕には想像もできない“向こう”を見つめているような気がして...。
その両眼に、いったい何を映しているのだろうか。


「ね......だから、私たち 同じだね」

視線を僕に戻しヴィヴィオはそういった。
その宝石のような光を放つ、神秘的な彼女の瞳に僕は魅せられ――思わず彼女に見惚れてしまった。

僕たち二人の間に生まれる奇妙な沈黙。





「こんな所にいたのかい?探したよ、ヴィヴィオ。」

それを破ったのは、低いが不思議とよく通る男性の声だった。

「パパっ!」

ヴィヴィオが振り返り、その声の主に駆け寄る。そこにはスラッとした長身の男の人が立っていた。
真っ黒なスーツを着込み、自身の髪の色と同じ紫色のネクタイを締め、顔には黒光りするサングラスをかけていた。
ヴィヴィオがパパと呼んだってことは、二人は家族なのだろうか...?


「おや......? 君は――」


男性はサングラスを外し、僕に視線を合わせた。
その瞳の色は黄金。
まず日本人ではないそれはヴィヴィオの何処までも透き通った瞳とは対照的に少し濁っているように見えた。

「僕は「天音は私の臣下一号だよっ!」......」

そんなヴィヴィオの飛んでも発言を聞いて、彼女のパパ(仮)は「は?」という顔で固まってしまった。
――それはそうだろう。なんせ、臣下認定された僕が一番にそのリアクションをとったのだから......。

「いやぁ......プッ...クク...あははははっ!臣下って......ははははっ!!」

どうやら彼の“つぼ”にえらくはまってしまったらしい。
まるで薬でもキめたかのように、それから数十分、ヴィヴィオのパパ(仮)は笑い続けた。













「先ほどは申し訳なかった。ヴィヴィオがあんなことをいうとは、クク......予想外だったからね」

ヴィヴィオのパパ、名前は『ジェイル・スカリエッティ』というらしい。
ジェイルさん――この人にも名前で呼ぶように言われた――は一頻り笑い終わってから、僕に謝ってくれた。
それほど気にしていたわけではないし、こちらとしては逆に気まずいんだけど、礼儀正しい人なんだな。
―――まぁ、あれだけ笑われると、文句の一つや二つ、言いたくはなるけれど......。








今ヴィヴィオは僕達二人にタイ焼きを買ってくるといって、公園の横に通りかかったタイ焼き屋台の列に並んでいる。
列、と言ってもそれほど人が並んでいるわけではない。
今この海鳴にはアリサさんのお父さんにより、『通り魔が出るため外出は自粛するべし』という報せが街全体に広がっている。
その甲斐あってか、ぱっと見人通りは何時もより格段に少なく、大多数の人は家でおとなしくしていることが分かった。

「いや、実はね。ヴィヴィオには同年代の友達と呼べる人間が今まで一人もいなかったんだよ。」

「......え?」

信じられなかった。あれほど元気で明るく、初対面の男の子をいきなり、友達兼臣下にしてしまうような強引さをもつ彼女が。
今までに一人も友達ができたことがないなんて。

「気づいてるとは思うが、僕たちは血のつながった親子ではない。彼女にもいろいろあったんだよ」

やっぱりそうか。
失礼だけど、二人は恐ろしく似てないから、うすうすはわかっていたけど。

「だから君には悪いが、さっきはヴィヴィオのあんな表情が見れて、つい嬉しくなってしまってね......」

「いえ、僕は全然気にしてないですし、ヴィヴィオと友達になれて本当にうれしいです」

これは僕の嘘偽りない本心だ。ヴィヴィオには僕の悩み――初対面の人にするには少し重たかったかもしれないけれど――聞いてもらったし、そのおかげで随分と心が楽になった。
そういえば、初対面の人にここまで心を開けたのは初めてだな.....。
まぁ、臣下扱いはどうにかしてほしいけど。

「そうか......」

ジェイルさんは目を細め、嬉しそうに微笑んだ。










「......お礼と言ってはなんなんだが、君に渡したいものがある」

そういうと、懐から、鎖に繋がれた二つの銃弾型アクセサリーを僕に手渡してくれた。

「これは......?」

「ちょっとした“お守り”のようなものだよ」

「お守りですか? これが......?」

弾丸の形をしたアクセサリーが『お守り』というのも変な気もするけれど。

「それはきっと、君のことを護ってくれると思うよ」

そう言ったジェイルさんの瞳は、僕を見ているようでいて――その実、もっと違う“遠い何か”を見ているようだった――。








「おまたせー! タイ焼き買ってきたよっ!」

僕らの会話がちょうど終了し、二人とも話す話題もなく黙っていたところに、ちょうどヴィヴィオがタイ焼きを人数分持って、帰ってきた。

「ありがとうヴィヴィオ」

「クク、ありがとうヴィヴィオ」

僕とジェイルさんはそれぞれヴィヴィオに礼を言い、彼女の買ってきてくれたタイ焼きを受け取った。
......ヴィヴィオはお尻派でジェイルさんは頭派か。
二人の個性をよくあらわした食べ方だな、とひそかに思った。

ちなみに僕は真ん中から食べるのが好きだ。
真ん中が一番バランスよくあんこが詰待っているのだと――昔すずか姉さんがいっていたから――。









「それじゃあね、天音。 また会おうね!」

「うん。また、必ずね」

「ヴィヴィオ、先に車に乗っていてくれ、私は彼と少し話があるんだ」

「えぇ~? んぅ...いいけど、私の臣下一号とっちゃやだからねっ!」

最後の最後にそれか、ヴィヴィオ。
だけど、そんな彼女の天真爛漫な態度に救われたのも事実で――僕は苦笑しながら彼女の、少しぶすっとした顔を見た。

「ククク、わかってるよ。君の大事な下僕をとったりはしないさ」

ヴィヴィオは少し渋ったが、おとなしく車に乗りこんだ。
――というか、ジェイルさん。僕の扱いが地味にひどくなっている気がするのですが......。

「さて―――。
天音くん、私達は休暇を使って今回ここに旅行に来ていたんだが......。
どうやらこの辺は少々物騒なことになっているらしいね?」

「......ええ、『通り魔』が出没していて。だから、ジェイルさん達も十分に気をつけてください」

そう、だった。
彼らは海鳴にとっては部外者だけど、そんなことに配慮するようなJSではないだろう。
何かの拍子にあの化け物と同じような存在に遭遇したら、大変なことになる。
旅行と言っていたけど、いつまでここに滞在する気なのだろうか。

「ん、滞在期間かい? 実は今日これからすぐ、ここを発つつもりなのだよ。
間が悪いのか、それとも良いのか......。通り魔の件に関して言えば良かった、と言えるだろうね」

「“通り魔の件に関しては”?」

それは、いったいどういう――。

「ああ――。
さっきも言ったが、ヴィヴィオには今まで同年代の友人と言うのはいなかったのだよ。けど、ここで、海鳴で、君と言う友人を得た」

「臣下と兼任ですけどね」

僕はそう苦笑して返す。それは気恥ずかしさゆえの行動だった。
初めての友達、か。

「だからだよ。せっかくできた友人と彼女を引き離してしまう事が残念でね......」

「あ......」

そういえば、そうだ。
彼らは今日、これから海鳴を離れてしまう。

「あの......、連絡先とか」

このままジェイルさん達を見送ってしまえば、もう一生彼らには――ヴィヴィオには会えないかもしれない。
それは、なんだか嫌だったし、彼女とも“もう一度会う”と、約束したのだ。
連絡先は今ここで聞けるなら、聞いておいたほうがいだろう。

「フフフ。安心したまえ、二週間もしたらまたここに来るさ。連絡先はその時ヴィヴィオと直接交換したまえ――その頃には『通り魔』も“何とかなっている”はずだろうから」

「え、あ......ハイ」

彼の言葉に、ちょっとした違和感を感じたけれど、“またここに来る”という言葉に安心した僕はそれに頷く。
結果的に連絡先自体を聞くことはかなわなかったけれど、まぁこれが最後でない事はわかったのだ。
それは、また“次”の機会にしておこう――。







「じゃあねーー! 天音、次会うまで私のこと忘れないでよーー!」


車の窓から顔を出して叫ぶヴィヴィオに苦笑しながら、僕は手を振って見送った。
次はいつ会えるのだろうか、と思いを巡らしながら。















海辺の近く、車イスの少女はひとり海を眺めていた。
その少女は孤独だった。両親は彼女がまだ幼いときに亡くなり財産の管理など
生活費のすべてを負担してくれる『おじさん』とは一度も会ったことはない。
それに加え、謎の病魔はそう遠くない内にその足だけではなく、彼女の体全体をむしばむ。

「... ...さびしい...なぁ... ...」

彼女の心はすでに限界だった。何度も行為に及んだのだろう、その手首には幾つもの切り傷、リストカットの痕があった。
彼女はこのままここで海に入り、死ぬつもりだった。

しかし、彼女は奇麗な石をその足元に見つけた。それはとても奇麗な青色で太陽の光を浴び光り輝いていた。
彼女はその不思議な石に長い間見とれていが

「...綺麗な、石やな......」


その石がもつ不思議な魅力に励まされたのか、彼女は自殺を思いとどまり、その石を家に持って帰ることにした。


願いをかなえる石、『ジュエルシード』を車イスの少女『八神 はやて』が手に入れたのは月村すずかの死から数日が過ぎた ある日のことだった。



[12000] 第五話(修正)
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/07/26 01:59








僕は今、自分の家の屋根で夜空の星を眺めながら、昨日の出来事を思い返していた。

「二週間後......か」

ジェイルさんからもらった“お守り”――二つの銃弾が繋がれたシルバーアクセサリー――を手で弄びながらヴィヴィオのことを考える。
彼女の左右で色の違う瞳、神秘的な雰囲気、見る者を虜にしてしまうような太陽のような笑顔、そして時折見せる儚げな表情。
それがいまだに僕の頭から離れない。

「今度はもっとちゃんと、話したいな......」

夜空に向かって、誰に言うでもなく僕は一人、そうつぶやいた。
ジェイルさんは大体二週間後にまた海鳴へ来る、と言っていた。
それまでに管理局がユーノの救難信号をキャッチして、JSを封印してくれるだろうか。






......僕は本当に救えないな。
自分には“何もできない”と自覚させられて、それでもあっさり他人に頼ってしまうなんて。

全く救えない――。

思わず溜息をつく。それはひどく虚しく、夜の静寂の中へ溶けていった。








《警告します。》

「はっ――?」

呆けていた意識が、一瞬で現実に引き戻される。
首にかけていたアクセサリーが突然電子音声で僕に警告を告げた。
いったい何で? これはただのアクセサリーで、お守りのはずじゃ――。


――次の瞬間、まわりの風景は色を失い、人の気配が一切消失した――。


まるでこの世界に僕一人が取り残されたような感覚。
全く状況に理解が追い付かないっ。いったい何がどうなっているんだ?!




《封時結界、広域タイプが展開されました。おそらく、私たちに敵意をもつ存在がこれを展開したと考えられます。》




僕が混乱に陥っているのを知ってか知らずか。
そんなことにかまっている暇はない――という風に、矢継ぎ早に現在起こっている不可思議な状況の説明をおこなうネックレス。
機械音声であるが故、それは感情のこもらない声で淡々と事実だけを述べている......のだろう。
実際、言っていることは理解できるけど、用語の意味が全くわからない。
封時結界? 広域タイプ? なんだそれは。どこのSFファンタジーだ。
と、そこまで考えて、ああ、ここは『魔法少女リリカルなのは』の世界だったな。
と、思いだす。

《リンカーコアから魔力を抽出し、起動しました。私の個体名はイデア・ブレット。以後よろしくお願いします。マスター》

「リンカーコア? イデア・ブレット? なんだ、もしかしてお前は『デバイス』とかいうやつか?」

《その通りです、マスター》

なんてことだ、ビンゴじゃないか。じゃぁなんだ、ジェイルさんはいったい何者だって言うんだ??
デバイスを持っていたということは少なくともこの世界の人間じゃない。
もしかして、管理局の? 
―――いや、それは後で考えることにしよう。今はそれよりも優先しなければいけない事がある―――。



「この結界を展開した人は誰か――僕を狙っている、のか......?」






そう、それが今現在進行形で最も警戒しなければいけない事柄だ。
結界を展開できる、ということは相手は十中八九魔導師。
フェイト? いや、だけど僕はJSを持っていない――まさかっ!




《エリアサーチ完了。敵個体が標的としたのはマスターだけではないようです。》




やっぱり......っ! なのはさんも狙われている!
助けに行かないと――。

いや、まて――“敵個体が標的としたのはマスターだけではない”――?
それはつまり、『敵』は一人じゃないという事。
おかしい、この時点でなのはさんとユーノ以外の魔導師なんてフェイトしかいないはずじゃなかったか?
アルフは使い魔なのだから、常に彼女のそばにいるだろうし。
そもそも、JSを狙っているのだから、僕まで狙うのはおかしい。
じゃあ。いったいだれが―――

《敵個体接近。きます。》

僕が事項の渦に陥りそうになった、その刹那。
イデアの警告に振り返るとそこには――ピンク色の髪を後ろで束ね、西洋の騎士が纏うような甲冑を部分的にプロテクターのように装備した女性がいて――。
その手にもった長剣を僕に向かって振り上げていた。

「なっ!!」

僕はとっさに正面に腕をクロスし、その攻撃を防御する――っ!
その時、あの化け物と戦った時と同じ『力』が身体の奥からせりあがってくる事を感じた。







甲高い金属音が僕とその女性の間で響いた。
来るであろう衝撃に目を閉じていた僕はそれがいつになっても訪れないことに驚き目をあけると――そこには赤黒い光の壁が展開され、長剣の一撃を防いでいた。


「ほう、私の斬激を構成もろくにできてない魔力障壁で防御するか。」

目の前の女性が関心したように僕の目を見ながら言う。
僕の頭はいきなり襲ってきたこの人と僕の意志とは関係なく展開された光の壁をどう判断すればいいかわからず混乱して、最早パニック寸前だった。
とうか半ばパニック状態である。

――誰だ、これは―――。

僕は彼女を知らない。前世この“キャラクター”を目にしたことなどない。

《マスター私のセットアップを推薦します。》

困惑のあまり、再びあらぬ方向に飛びかけた意識をイデアの声が現実に引き戻す。――この赤黒い光の壁はおそらくイデアが僕から魔力を抜き取り自動で発動したものだろう。
確かにさっき自分の中の力――『魔力』であろうそれが抜き取られる感じがした。
.....とうか、この壁を展開したのがイデアなら、僕の意思とは無関係に魔力を抜き取ったという事になる。

《現在展開中の障壁はマスター自ら展開させたものです。
状況が状況でしたので、おそらくマスターに自覚はないと思われますが》

......なるほど、それなら確かに筋は通っている。
まぁ実際、“あの時”も意識して魔力を使ってたわけじゃない。
とりあえず、今は『魔法』を使えたことに安堵するべきか。
だけど、僕は数日前に“魔力を使った戦闘”を経験はしたけど、『魔法』を使った戦闘は全くの素人。
この女性がどういった目的で僕を襲ったのかはわからない、でも、僕に対して明らかに危害を加えようとしているのは明白。
つまり、戦わなければいけない――。

「そんな暇は与えんっ」

瞬間、女剣士の魔力が目に見えて膨れ上がる。
それによって強化された斬撃が、まるで紙のように障壁を切り裂く。

「―――っ!イデア・ブレット、セッt」

衝撃。強烈な痛み。気付いた瞬間には僕は大きく後ろに向かって吹き飛ばされ、ちょうど正面の家に激突した。

《マスターにセットアップの意思があると確認。戦闘行動形態に移行します。》

「ちょっ!?」

閃光。僕の体を中心に魔力の膜が広がり、バリアジャケットが形成される。
デザインはもともと設定されていたもので、赤いストライプ模様が縦に入った黒いスーツに赤いネクタイ。
何故解るのか――自分の目で確認はできないけど、イメージが脳内に流れ込んでくる。
イデアはアクセサリーの『待機状態』から、赤色に光る二丁の大型拳銃に姿を変えた。



《セットアップ完了。魔法構成データ、戦術基本、応用データその他魔法戦闘技術の強制ダウンロード、開始します。》

「っ痛っ...がっう...ううううあっ!!」

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――ッ!!
イデアがダンロードを開始する、といった途端、まるで頭が破裂するのではないかというほどの情報が一気に脳髄へと流れ込んできた。
それは僕が一度に処理できる情報のキャパシティを大きく超えている――っ!
そのために強い頭痛が発生し、その痛みは最早立つこともできなくなるほどのものっ。
あまりの過負荷に絶叫――すらできない。嘔吐感すらわいて、思わず泣き出してしまいかねない強烈な苦痛―――!!
だが、だからと言ってこの苦しみがおさまるまで敵が待ってくれるなどと言う事はなく――。




追い打ちをかけてるべく、女剣士は桃色の長髪を振り乱しながら、手に握られた剣を下から切り上げるように携え、僕に迫るっ!



「うっ!」



拳銃に変化したイデアでその一撃を防御するが、あまりの威力に再び吹き飛ばされ夜空に打ち上げられた。






「これで終わりだ。せめて一撃で意識を刈り取ってやろう。」






そういうと彼女の剣型のデバイスから何かが吐き出される。
カートリッジ。――イデアからの情報から判断。増幅される魔力。
来るのは必殺の一撃。これを喰らえばさすがに夜の一族の強靭な肉体をもつ僕でもただでは済まない。


――冗談じゃない――。
こんなところで、こんなところで、わけもわからないまま―――やられてたまるかぁっ!!
















刹那、すずか姉さんの顔が浮かんで、消えた。























―――高速並列思考を展開。ダウンロードデータ整理開始。
魔力弾構成、収束。発射。


「...っ!」

僕を切ろうとした剣の目標を変更し、発射された魔弾を真正面から断ち切る女剣士。
―まだ構成が甘かったのか、抵抗する間もなく切り裂かれてしまった。収束率が足りない――?
イデアに収束設定を任せ、ダウンロードされた情報を再整理、頭痛、無視。こんな痛みくらい、いくらでも我慢できる。

新たに構成した術式で収束砲を放つ、しかし、あっさりとかわされる。もう一度。
今度はさらに収束率を上げる。しかし、その間に接近される。鈍い打撃音。またも吹き飛ばされる。だめだ、脳の処理が追いつかない。
飛行魔法の術式展開。イデアに防御をすべて任せる。
―――砲撃だと当たらないし、隙が大きい。ただの魔力弾じゃあ、あの剣士には通用しない。なら――――――。









烈火の将、シグナムは困惑していた。
最初、自分の一撃を防御した魔力障壁は構成があまく、おそらく少年の有り余る魔力を注ぎ込んだからこそのあの強度。
その後、少年が発射した魔力弾もただ魔力を込めて放っただけの、威力も低く見切るのもたやすい一撃。
少年が魔法文明のないこの世界でどのようにして魔法をしり、それを発動させるデバイスを持っているのかは知らないが、大した魔導師ではないことがわかる。しかし、しかしだ。

彼は次の瞬間には収束砲を放ち、飛行魔法を使用する。
おかしい―――そうシグナムは思った。
こちらの迎撃に放ったお粗末な魔力弾などとは比較にならない高難易度を誇る収束砲を放ち、同時に飛行魔法を展開だと――?
以前にも戦いの最中に成長する相手とは何度か心躍る決闘を行ったことはあるが、こんな相手はいなかった。
なぜなら彼のソレは成長している、というよりはこの瞬間に新たな魔法を――覚えている――ありえない。
そんな思考をマルチタスクの片隅で巡らしている間にも、彼の術式構成制度は恐ろしい速さで上昇し、その魔弾は鋭さを増す。
......誘導性を犠牲に威力と弾速を上げたというのか?
本来誘導性も付加されていない魔力弾に彼女が苦戦することなどない。
しかし、その魔弾は速さも精密度も段違い。超高密度に圧縮された魔法弾。
すでに高レベル魔導師の域に達した少年の魔法技術に、シグナムは背中に冷たい感覚が走るのを感じた。

そして次に放たれた魔弾。
その音速に達しているであろう、魔法弾の常識を覆す一撃をついに回避しきれなくなったシグナムはそれを障壁で防御した。
が、その一撃は防御してはいけなかった。








「ふふ......くくっアッハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

モニターの光のみが不気味に光る、どことも知れない研究室。
そこに一人の狂人の歓喜極まる叫びが響き渡る。

「彼は全く...ククっどうしようもなく化け物だ!
人間ではその負荷に耐えきれず、脳が焼き切れてしまうほどの大量の情報の奔流に耐えただけではなく、その情報から得た知識を瞬時に整理し魔法を構築!
しかもそれを戦闘中にやってのけた!
今では歴戦の勇士である闇の書の騎士を圧倒するまでの戦闘力を発揮し始めている!!
......フフっククク......彼を化け物と称さずして、なんと称するというのだっ!!」

その狂人、『ジェイル・スカリエッティ』は笑う 嗤う 哂う まるでネジが壊れた玩具のように。

「パパ。楽しそうだね」

――その狂人に、その場に似つかわしくない澄んだ声で少女が話しかける。

「あぁ......楽しいとも。我が愛しい娘、ヴィヴィオよ。
見てごらん彼を。あの化け物を。

彼はあきれるほどに化け物だ

バカバカしいほどに化け物だ。

正真正銘の化け物だ。

そう、 『君と同じ』 人の域を超えた存在... ...まさに、『化け物』だよ」

「そう―――」

狂人の娘、ヴィヴィオはモニターに映る少年、天音を見つめる。

「ね......言ったでしょう?
―――アナタと私は同じ、同じなんだよ―――天音」


そうつぶやく彼女の顔に表情はなく、星の光を集めて作ったかのようなその瞳からも、感情をうかがい知ることは出来なかった。



[12000] 第六話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/10/07 22:21
それは突然の出来事だった。
何者かによって展開された広域結界。
RHとからの警告音に振り返ったボク達の前に現れた、赤いゴシックロリータ調のバリアジャケットを纏った少女。
これは君が?そう問おうとした次の瞬間には、彼女はハンマーのようなデバイスで襲いかかってきた。
ボクとなのはもBJを展開し、戦闘態勢を整えるが彼女はものすごいスピードで距離を詰め、なのはをそのデバイスで吹き飛ばしてしまった。

「なのはっ!」

「おせえよ」

今度はボク、その攻撃を急いで展開した『ラウンドシールド』で防御する。耳をつんざく轟音があたりに響き渡る。この娘は強い。
たぶん、なのはと二人がかりで戦っても、勝てるかどうかわからい程に。
そもそも、今の一撃でなのはは気絶してしまったらしく、一向に立ちあがってこない。




「っボクは...なにを考えてっ!」




なのはに頼ろうとしていた。また。
ボクの独断的行動のせいで、魔法やロストロギアなんて全く関係のないこの世界の少女を巻き込んで思念体、あんな化け物と闘わせておいて
...まだボクはっそんなことを!それに、彼女の親友だった月村さんは...

「ボーっとしてる余裕があんのか、よっ!」

「?!がっ!」



シールドを力ずくで破られ、ボクは地上にたたきつけられた。
激痛。でも、こんなことでのびてられない。ボクだけならまだしもなのはをこのままやらせるわけにはいかない。
目的はわからないけど、ボク達を結界に閉じ込めたうえに、いきなり攻撃を仕掛けてきた...友好的でないのは明らか。
魔力も回復し、人間形態でフルに力を発揮できる今、もうなのはには頼ってはいけない。
絶対になのははやらせないっ。たとえ、殺されたとしても彼女にこれ以上危害は加えさせたりしない。

「チェーンバインドっ!」

ボクの魔力光、緑色に輝く魔法陣から無数の鎖型のバインドが彼女を捉えようと伸びていく。

「っデバイスを使わずにっ?!」

彼女は口からは驚いたような声をあげるが、洗練された動きで僕のバインドをかわし、ボクに攻撃を加えようと接近してくる。
けど、まだだっ。チェーンバインドは完璧に破壊されない限り、その行動を停止することはない。
幾つもの鎖が螺旋状に重なりながら、再び彼女を捉えようと行動を開始する。

「チっ!」

舌打ちをしながら彼女は振り返り、迎撃態勢をとる。
そのすきにボクは再びチェーンバインドを構成し、彼女を標的にとばす。左右からのチェーンバインドで挟み撃ちだ。
これでとらえた!そう思った瞬間、彼女の足元に正三角形の魔法陣が展開される。


「正三角形の魔法陣の内側で剣十字の紋章が回転している形...古代ベルカ式魔法?!」

現在、古代ベルカ式魔法の使い手は稀少とされ、希少技能(レアスキル)に認定されているって話だけど、彼女がその使い手だって言うのか...!
ボクがその事実に驚いている間にも彼女は自身のデバイスに語りかけ、カートリッジをロード。
そのとたんにデバイスの形状が変化しそのフォルムはハンマーの先端に突起物が追加され、推進器のようなものがその後ろに装備された、より攻撃的なものへと変化した。

「ラケーテンっ!」

推進器のようなものから火が噴き出し、それがブースターの役割を果たして、彼女が高速で回転する。

「ハンマぁぁあああ!!」

高速で振り回されるデバイスが左右から迫るボクのチェーンバインドを次々と蹴散らしていく。
なんて攻撃力。ボクはこれでもバインドの構成には自信があった。
しかし彼女はその自信を粉砕していくかのようにそのハンマーでバインドを破壊する。

「なかなかやるな、オマエ。でも次はアタシの番だっ!」

彼女は目の前に8発の鉄球を設置し、それをデバイスで4発ずつ叩き、発射した。
鉄球は全弾まっすぐにボクにむかって直進してくる。
ボクは身をひねって回避するが、すべてを回避することは不可能。それならっ。

「ラウンドシールド!!」

鉄球はボクのシールドに命中するが、破ることはできず、そのまま爆散する。
さっきは構成が甘くて彼女の攻撃を通してしまったが今回はしっかりと魔力密度を上げていたため、そう簡単に破壊されることはない。

「はああああっ!!」

ボクが鉄球を防御している間に背後に回り込んだ彼女がそのデバイスを振り上げ、ボクめがけ振りおろす。
でも、それは予測していたっ!







「なにっ?!」






驚愕する彼女。ボクは長距離攻撃魔法は使えない。
でも、ボクには得意の結界魔法がある。『多重攻性結界』それを左腕に縮小展開し、彼女の攻撃を防御する。
通常、結界は相手を攻撃するものではなく、今目の前の少女が展開しているように人払いや相手を閉じ込めたりすることの他に、強固な守りとして展開するもの。でも、強固な盾ならば武器として使用することも不可能ではない。

もともと攻撃魔法が苦手だった僕は結界魔法を改良し、四肢にまとうことでもしもの時のための攻撃手段として作り出した。
思念体との戦闘のときはこの世界の魔力素がボクに合わなかったこともあって、これを初戦で使うことはできなかった。
今は、数日間だけだけどこの世界で暮らしたこともあり、この世界の魔力素にもだいぶ適応できているからあの時みたいなことはない。


この世界に来た時焦らず、しっかりと魔力素の違いにならしておけばあんなことにはならなかったはずなんだ、だからっ...!

「今度は自分の力を過信したりしない...君はボクが一人で倒すし、ジュエルシードだって一人で何とかしてみせる!」

それこそ過信だって事は、わかってる。でも今は少しでも自分を鼓舞するために吠える。

「ジュエルシードっ?!お前っ”アレ”を知ってんのか!?」

「え?」

何故彼女がジュエルシードを知っているんだ?
いや、でも彼女の存在からして謎だし、もしかしたらジュエルシードの輸送中の事故って...!

「君が輸送船を襲った犯人か!」

「あぁ?!知らねえよンなもん! それより、お前は”アレ”を持ってんのかって聞いてんだ!!」

本気で叫んでいるところを見ると彼女が犯人というわけではなさそうだけど...。
どっちにしろジュエルシードのような危険なものを欲するなんてボクの責任としても放ってはおけない。

「どちらにしても、君を倒してから話を聞かせてもらうよっ!」

「はっ!その返答はYESととるぜっ!」

互いに距離をとり、牽制しあう。ボクは左手、両足にも『多重攻性結界』を展開し再びチェーンバインドを無数に操る。
彼女も鉄球を再度無数に展開し、打ち出す。
それをチェーンバインドで防御しながら接近し、結界をまとった右手を彼女に振るう。衝撃。

「くうっ!」

「ぐっ!」

彼女もデバイスを使って迎撃。完全に互角。互いに反動で吹き飛ばされる。
大丈夫だ。いける...!勝つことはできないだろうけど、負けることもない。
隙をみてなのはを連れて逃げれば...
その時、一瞬なのはの居る方向に視線を向けるとそこに向かってかなりのスピードで近づく魔導師の姿があった。

「!なのはっ!!」

今なのはは気を失っている、そんなところを狙われたら!

「くそっ!」

ボクはいったん戦闘を切り上げ、なのはのもとへ向かう。
ハンマーデバイスの女の子の仲間か、誰かは知らないけど、この状況じゃ味方とは考えられない。

「なのはに、近づくなっ!!」

チェーンバインドをのばし、なのはに迫る金色の閃光の行く手をはばむ。
まるで死神の持つ鎌のような形状をしたデバイスに金色の刃を纏わせバインドを切り裂く少女。
その瞳はルビーのように赤く、頭髪は少女の魔力光のような金色で光を反射し、輝いて見えた。

「君は、いったい...なんのつもりでなのはに!」

「...」

突然の乱入者は何も答えない。ゆっくりとデバイスを構えなおし、戦闘の意思を表している。まずい、2対1だとしたらボクに勝ち目はない。

「なんだテメえっ!仲間か?!」

彼女が、ハンマーデバイスの少女が後ろからやってきてそう言う。
どうやら二人は仲間ではないらしい。一先ずは助かったけど、それじゃあこの金髪の少女は一体...。

「ジュエルシードは渡してもらう...。」

「なっ?!」

「やっぱり!もってやがったな!」

なんてことだ、金髪の少女もジュエルシードを狙っているなんて!

「そこの女の子のデバイスにジュエルシードが収納されていることはわかってます。
おとなしく渡してくれるのなら、危害は加えません...でも抵抗するのなら。」

排除する。言外にそういっている。魔力が膨れ上がり、威嚇してくる。

「何?!そうか...ならっ」

ハンマーデバイスの少女もデバイスを構える。このまま戦ったら...なのはが!









「そこまでだ!」

その時ボク達三人以外の声がその場に響いた。
その声の持ち主は黒い法衣のようなBJをその身にまとい、銀色の鈍い光を放つデバイスをその手に持ち悠然とこちらを見下ろしていた。












後書きです。
どうも、葉の人です。
前回の感想で「・」の数をまとめた方が良いとご指摘をもらいました。
今回の文章の最後から後書きの上までこの「・」の区切りのことだと思われます。

場面の変化や語り手が変わったときにわかりやすく区切る手段として使用していました。
PCでは行の間はわかりますが、携帯だと、それが反映されていません。
なので、場面の変化がわかりずらいのでは?という配慮も自分なりにあったのですが、どうでしょうか?
「・」はあったほうが良いかそれともその逆か。この場を借りて皆さんにお聞きしたいと思います。
皆さんのご回答を心待ちにしております。



[12000] 第七話(微修正)
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/07/26 02:17
僕の放った魔法弾は赤い光の軌跡をのばしながら女剣士の障壁に命中し、ソレを容易く貫いた。


イデアから送られてきた大量の情報を整理、処理して作り出した僕オリジナルの魔法。

その名も、貫通特化型高密度圧縮魔法弾、『コンプレッション・ブレッド』

一点の威力を重視、ギリギリまで魔法弾を圧縮処理し、魔力密度を上げて威力と貫通性を向上させたもの。
誘導性は犠牲になったけど、その弾速は音速を超える。
たとえ相手が魔導師だとしても回避も防御も非常に困難...の、はずなんだけど...。

結果的にいえば、そのまさに『魔弾」』と呼べる僕の一撃は『女剣士』にはあたらなかった。
魔弾が障壁を貫通したその瞬間に、彼女はその軌道を把握し紙一重でそれをかわしたのだ。

まさに神業。恐ろしいほどの反射神経。

僕は改めて目の前の『敵』に対して恐怖を覚えた。
音速を超えた魔弾を回避して見せたのもそうだけど、その全身からあふれ出る殺気。
最初に襲ってきたときとは比べ物にならないほどのソレが、まるで針のように僕の全身に突き刺さる。

「本気で僕を『殺す』気になった......ってことか」


殺される......嫌だな。もう、殺されるのなんて嫌だ。
『こっち』じゃぁまだ何にも守れていないんだ。


それどころか大切な人を...すずか姉さんを死なせてしまった...。

このまま、また死んで行くなんて そんなのはごめんだ――!



女剣士がそのデバイスを構える。排出されるカートリッジ。充実する魔力。
おそらく既に殺傷設定。ここからは本気の『殺し合い』。いいさ、やってやる。
でも僕は非殺傷設定を解除したりしない。殺さずに目の前の『敵』に勝ってみせる。


幸い僕も、このデバイスも『化け物』のようだから――――。




《私とマスターならば、勝利することは可能です。》




イデアが僕を励ましてくれる。
まぁ、コイツにはいろいろと言いたいことはあるけど、今はその言葉を素直に受け取っておこう。
今はこの目の前に迫る『死』を回避することが最優先事項――!

「ありがとう、イデア。それじゃあ行こうか......!」

《了解。あなたに勝利の栄光を。》

弾かれたように互いに動き出す。
僕は距離をとりながら『コンプレッション・ブレッド』を連射し、彼女はそれを剣とその鞘で防御しながら切りかかってくる。
鋭い斬激、回避し魔弾を放つが相手もそれを回避する。
銃撃戦に慣れてる?すでに通常の拳銃と何ら変わりない速度で打ち出されている魔弾をまるですべて見きってるかのようにかわしきる。
この女性(ヒト)はいったいどれほどの戦いを経験してきたのか。
魔力で身体強化していても、音速を超える速度をそう何度も見きれるものじゃないはず。

圧倒的な戦闘経験の差。
今僕が対等に戦っていられるのはイデアのバックアップと夜の一族の身体能力故。
長引けば押し切られる。その前に何としても彼女にでかい一撃を叩き込まなければ。

「アクセルシューター!」

《シュート》

計七発のアクセルシューターを目標に向かい放つ。
誘導性は控えめにしているし、弾速もそれほど速くないから彼女ならば容易によけるだろう。でも。

「――っ!これはっ!」

驚愕の声を上げる女剣士。
避けられることは予測している、だから、かわされる前に遠隔操作で爆発させる。
威力は分散するため、大したダメージにはならないだろう。
だけど、少しでも動きを止められればそれで十分。

「ここで当てるっ!」

響き渡る銃声。輝く銃火(マズルフラッシュ)。命中。

女剣士はこれまで以上の密度であろう魔力障壁を展開する。

でもっ―――ここで仕留める!女剣士の姿が見えなくなるほどに魔弾を撃ち続ける。
降り注ぐ魔弾は赤い残光により、その猟奇的な光景をまるでイルミネーションのように彩る。
非殺傷設定であっても一点の威力に優れたこの魔弾をこれだけ撃ち込めばさすがに意識を保ってはいられないはず......。





「っ!」





しかし、この『敵』はそこまで甘い相手ではなかった。
気を抜いた瞬間に襲いかかる、鋭い光を放つ剣型デバイス。
確認した瞬間に後に飛ぶが―――遅く胸の辺りを切られる。
恐るべき切れ味......っ! BJの防御フィールドが全く役に立たなかった。
吹き出す鮮血――全く、ここ最近の僕は怪我が絶えないなっ!
そんな軽口を胸の内で呟くが、実際問題余裕ぶってなどいられない――。
思ったよりも傷口が深い......見る見るうちにBJを赤く染め上げる自分の血液をみて――これはちょっと、ヤバいかもしれないな――。


「はぁ...はぁ...ぐうっ」


けれど――女剣士の方も完全にダメージが無いというわけじゃない。
その証拠に息遣いも荒く、特にダメージが酷いのか左腕をおさえている。
確実に僕の魔弾は効いていた。
単純に彼女がありったけの魔力を注ぎ展開した魔力障壁が強固で、その精神力が桁はずれだったのだ。
まったく、これじゃあどちらが化け物かわからないな。


「うっ...!」


イデアによって多くの魔法技術を強制ダウンロードされてはいるけど、それを全部使いこなせるようになったわけじゃない。
むしろ、戦闘に必要な分の情報しかまだ処理しきれていないから治癒魔法なんて全然使えない。
出血のため、意識も朦朧とし、視界がかすむ。
――――――これは本格的にやばい。次、次の一撃で限界だろう。




「それは、相手も同じか......っ」

彼女も、次の一撃にかける気なのか、そのデバイスからカートリッジがロードされる。

殺傷設定での必殺の魔法。

相手の実力を考えるとそれは恐ろい威力を誇り、命中すれば確実に僕の命を奪うだろう。
絶対にここで押し負けるわけにはいかない―――っ!
イデアから小型カートリッジが3発排出される。
放つのは『コンプレッション・ブレッド』のバリエーション。

収束砲撃魔法を先ほどの用量で圧縮する。―――くそっ!思った以上に魔力制御が難しいっ......!
ただの魔力弾とは比べ物にならないほどの魔力を収束しさらに圧縮する。
一歩間違えれば魔力が暴走し、爆発する可能性もある。
イデアと自分の演算能力をフル活用して、今の僕にできる『全力全開』―――!!



女剣士の魔力が膨れ上がり、そのデバイスが分裂、連結刃となって自在な軌道で長く延びる。
僕を焼き尽くすべく紅蓮の炎をその身にまとい、蛇のようにうねりながら恐ろしい威圧感で迫りくる―――!
音速とはいかないが恐るべきスピード。この距離ではかわしきれず、障壁で防げる威力でもない。








なら―――真正面から打ち抜く!








《魔力制御完了。収束、圧縮率安定。撃てます。》

「いっけえええええええええええ!!」

《コンプレッション・キャノン》

















超破壊力の激突。閃光。あまりの轟音に聴覚が麻痺する。
互いの大威力魔法がぶつかり合ったことで起こる強烈な衝撃波が吹き荒れ、僕はそのまま吹き飛ばされる。そしてそのまま意識を失った。















[12000] 第八話(修正)
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/07/26 03:10
目を覚まして最初に見た光景は知らない天井だった――ネタではない。

周りを見渡してみても見覚えのない設備ばかりで、いったい自分がどこにいるのか見当もつかない。


......僕はたしか、いきなり剣型のデバイスをもった女性に襲われて、それから―――。


「っ!」

胸に走る鈍い痛み。

そうだった、最後の打ち合いで僕は気絶してしまったのだ。
あの時のことを思い出して少し体が震える。

あぁ、さっきまで本当に僕は『殺しあい』をしていたんだなぁ。
と、まるで他人事のように考えていると誰かがこの部屋に入ってきた。

「どうやら気がついたようだな。」

声が聞こえた方向に視線を向けると、
くせのない黒髪を左右非対称にし、短めに切りそろえた少年がそこにはいた。
その蒼い瞳には意志の強い光が宿っているように見え、顔は奇麗に整っている。
まさに美男子といった容貌。
ちょっと背は低いかもしれないけど―――彼は『クロノ・ハラオウン』。
『魔法少女リリカルなのは』の主要人物の一人。
彼がいるということは、ここはアースラなのか。
......でもこんなに早く登場するなんて。改めてこの世界が本筋から大きくずれてしまっていることを確認する。


「安心してほしい、君の仲間二人は僕たちが保護している。二人とも大した怪我はないよ。
あと、君たちを襲った『襲撃者』についてだが......すまない、こちらの不手際で逃がしてしまった」


僕が聞こうと思っていたことを先に教えてくれた。
イデアが警告してくれていたとおり、『敵』が狙っていたのは僕だけじゃなく、なのはさんたちも狙っていたらしい。
ということはあの女剣士には他にも仲間がいたということか?

「それも含めて君に話したいことがあるが、その前にこちらの質問に答えてもらっていいか?」

「はい」

まだ斬られた胸が痛むけど、寝たまま話すぶんには問題はない。

僕はそれから『ジュエルシード』に関わった経緯と今回の戦闘について話を聞かれた。
なのはさん達からも事情は聞いていたようで、内容は大して多くはなかった。
――すずか姉さんに関する内容を意図的に避けてくれている。
きっと僕に気を使ってくれているのだろう。


その後この船の艦長である『リンディ・ハラオウン』さんが部屋に入ってきて

「いくら輸送船を襲った犯人がいたからと言って、アナタたちのような全く魔法と関係のない者たちを巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません。


今回のことについても我々がいち早く察知していれば......。


局を代表して謝罪させてもらいます」

と急に頭を下げられた。隣のクロノもそれにならって、慌てて僕に頭を下げる。


......正直な話、僕の心境は複雑だった。


もともと僕の行動がなければ、すずか姉さんは死ななかったのだから。
けれど、それを知らない彼らはしらないし、言える事でもない。
それに、この謝罪にはなのはさん達をまき込んでしまったことについても含まれているのだろう。
僕は『月村家』を代表して謝罪を受けた。




家には後日伺うといわれて、クロノに引き続き、僕の事情聴取を任せると、リンディさんはもう一度僕に頭を下げて、退室していった。
その時のリンディさんの顔が、必死に感情を押し殺しているように見えたのは、僕の気のせいだったのだろうか。








「勝手だとは思ったが、君のデバイスを調べさせてもらった」

――やっぱりこの質問が来たか。

「アレはどういったシロモノなんだい?
こちらで解析しても特殊な処理が施されてあって、出てくる結果はすべてエラー。
彼女――高町なのはが使っていたRHについては、あの少年から渡されたものと言っていたが――君のデバイスには全く見覚えがないそうだ。
いったいどうやって君があのデバイスを手に入れたか、詳しく聞かせてくれ。」

ちょっと高圧的に僕に問いかけるクロノ。
これが彼の仕事で、仕方のないことだと理解はしているけれど――実際、そう凄まれても僕に話せることなんてそう多くない。
あれはジェイルさんから受け取ったもので、しかも最初はただのアクセサリーだと思っていたのだ。
――それが本当は使用者を顧みない化け物デバイスだとは思ってもみなかった......。
いきなり人の頭の中に大量の情報をダウンロードしてくるなんて、AIがどこかおかしいんじゃないかと疑いたくなる。

“普通の人間”じゃ、異常な過負荷に脳が耐えきれなっただろう。




「あれは、ジェイルさんという人から受け取ったもので、詳しいことは僕も......」

「ジェイル――? 
っ!もしかして『Drジェイル・スカリエッティ』のことか?!」

「え? あ、はい。たぶんそうです」

「はぁ......なんてことだ...」

「??」

深いため息をつくと、クロノは俯いて額に手をやった。
―――あれ? もしかして、ジェイルさんって犯罪者か何か?
いやでも、それならもっと動揺――今でも十分してるけど――のしても、その質が違うはずだし......。



その時、突然部屋のドアが開き、誰かが飛びかかるように僕へと突っ込み、抱きついてきた。



「天音っ!」

「ごふっぅっ!」




それはもう――完璧に、完全に、究極的な精度で――胸の傷口にクリーンヒットをかましてくれた。
『夜の一族』としての人外の回復力でほぼ治りかけているとは言っても、未だ傷の残るそこに突進をかまされれば、激痛が僕を襲うのは必然で――。
蹲ろうにも、抱きつかれている状態じゃそれもかなわない。
いったい誰がこんなことを......。
そう思い、胸部に視線を落とすと―――











「ヴィヴィオ.....?」










なんで、どうしてここに、アースラに彼女がいるんだ?
僕はあまりにも唐突な展開に処理能力が追い付かず、呆然と胸部に抱きついたままのヴィヴィオの頭を凝視する。







「こらこらヴィヴィオ、彼が困っているだろう?」

すると、後ろからあの特徴的な低い声が聞こえてきた。

「やぁ天音君。久方ぶりだね」

『ジェイルスカリエッティ』――イデアを僕に託した張本人が、確固たる存在感でそこにいた。










「いやぁ実は......私はもともと、『時空管理局』の人間でね。
君たちの世界にはちょうど観光で来ていたんだが、そこで異常な魔力反応をキャッチしたんだ。
それが『ジュエルシード』なんて危険なロストロギアだったものだから、放ってはおけないだろう?
だから、急遽旅行を切り上げて、近くの次元空間にいたこのアースラに、連絡を取って乗船させてもらったんだよ。
まぁ、その時にはすでにあの男の子の――ユーノ君だったかな? 
彼の救難信号を受けて、この世界へと向かっている途中だったらしいから、タイミング的にちょうどよかったんだけどね」


アースラに途中乗船したのは僕と別れたすぐ後だったらしい。
クロノに、関係のない民間人である僕にデバイスを渡したことをとがめられていたが、ジュエルシードの魔力を持つモノを優先的に狙う、という特製がある以上強力な魔力を秘めた僕には危険が真っ先に訪れる可能性がある。と言ってクロノを黙らせた。
なるほど、僕にイデアを託したのはそういう理由で、“お守り”という言葉はあながち嘘でもなかったというわけか。
デバイスではなく、アクセサリーとしたのはそもそも管理外世界の人間に魔法関係の情報を言ってはいけない気まりから。

それにしても、デバイスを渡すのはアリなんだろうか?
執務官であるクロノが言い返せず黙っているところをみると、それは場合によっては合法か、それとも非合法を合法に変えてしまうほどジェイルさんの権力は高いのか......そのどちらかという事だろう。
まぁ状況を鑑みるに、後者なのだろうけど。

「今思えば、あの時にすべてを話しておけばよかったね......。
と、言っても結果論でしかないな。
――一応、私にも局員としての立場があるし本当は君や、あの町の人々が再び襲われる前に事件を解決するつもりだった。
念には念を入れて、お守りと称してデバイスは受け取ってもらったがね。
が、まさか『闇の書』なんてモノまで起動しているとは......まるで予想外だった」

なんでも例の女剣士は『闇の書』と呼ばれる非常に凶悪なロストロギアの『守護騎士』と呼ばれる存在でその魔同書を完成させるためには大量の魔力が必要ならしい。
今回僕を襲ったのは魔力が目的だった、ということだ。
確かにそれならJSを持たない僕を襲ったことにも説明がつく。


―――一瞬、クロノの顔が厳しいものに変わった気がしたけど、すぐに冷静な表情に切り替えた。
どうかしたのか、と聞いたら気にしないでくれと言われたのでそれ以上何も聞かなかったけれど――何か気に障ることでもあったのだろうか......?



「そういえば、ジェイルさん。イデア・ブレット――あのデバイスに危うく殺されかけたんですけど......」

それは大げさでも何でもなく、実際僕以外の普通の人間なら脳が焼き切れて死んでいただろう。

「え? ああ、それはないよ」

「は......?」

ジェイルさんの言葉があまりにも予想外すぎて、僕は呆気にとられる。
それはない――ってどういうことだ? 
あらかじめ僕のことを知っていたならともかく、そうでないのに何故断言できるんだろう。
僕がもし普通の子供だったら、どういうつもりだったんだ?

「ククク。あのデバイスはね、使用者に起動できるだけの『力』がなければもともと起動できないシロモノなんだよ。
あぁ、起動しないといっても魔力さえあればプロテクションなどの機能は問題ないよ。
そうでなければ君に護身用デバイスとして与えはしないからね。

だが、戦闘行動形態にはアレの膨大な情報量に絶えることができるキャパシティのある人物でないといけないんだ。

だから、起動できたということは君にそれだけの『力』と『才能』があったということさ」

と、どこか興奮気味に話してくれた。
その様子に、どこかうちの姉である忍姉さんと同じものを感じた僕はそれ以上イデアの話はしないことにした。
うちの姉もなかなかにマッドな研究者気質を持っていたから、もしかしたらジェイルさんも同じ種類の人なのかもしれない。


「むぅ~パパばっかり話してずるいよっ!」

そう思っていると、ちょうど僕のお腹あたりにくっついていたヴィヴィオが不満そうに声を上げた。

「ククク、そう怒らないでおくれよ。
私はそろそろ仕事に戻るから、君の奴隷である天音君はお返しするよ。
クロノ執務官も悪いが席をはずしてもらっていいかな?
彼に対する事情聴取はすでに終わったのだろう?」

クロノは頷くとジェイルさんと二人、部屋を退室していった。
あえて突っ込まなかったけどさ、奴隷って......僕の扱いがさらにひどくなっているような気がするのだけど。

彼らが退室したのを見るとヴィヴィオはその見る者を元気にさせる、不思議な魅力を持つ笑顔を僕に向けた。
その笑顔に少しだけ鼓動が速くなったような気がするけれど、ヴィヴィオの年齢はみたところ今の僕と同じ九歳程度。
“実年齢”とは二倍強も離れている。
こんな少女にときめくはずがない、ただ――あまりにも神聖な雰囲気を彼女が漂わせているから少し、緊張しただけだ――。




「天音、思ったよりもすぐに会えたね」

「うん。まさかこんな形で再開するとは思わなったけど」

僕はこの数日間で起こった出来事を反芻し、苦笑を浮かべながらそう、彼女に言葉を返した。
胸の傷跡に、そっと手で触れる。
あの女剣士は僕達の魔力が目当てだという話だった。
なら、僕の家族やアリサさん達はとりあえずは大丈夫だろう。
ただ、ジュエルシードの思念体だけが―――




「傷、痛む?」




僕が思考の渦に陥っていると、ヴィヴィオが僕の傷口に触れてきた。

「お仕置き、しなきゃいけないね。『あの娘達』には。」

その顔はいつものような笑顔ではなく、まるで人形のように無表情だった。



















―――王の所有物をキズものにするなんて、許されないことなんだから―――



[12000] 第九話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/10/04 18:42
「それがね、とっても臭かったの!」

「ほんとにっ?」

僕たちはなのはさんとユーノにあてがわれた部屋で四人で談笑している。
最初、ヴィヴィオが二人と仲良くできるか不安だったけれど、それは杞憂だったようですっかり打ち解けてしまった。
でも、二人は臣下に任命されることはなかった。なんだろうこの扱いの差は...。

まぁ、それは置いといてヴィヴィオはなのはさんと特に波長があったのか、まるで姉妹のように仲良くガールズトークを展開している。
...それにしても、臭いって何の話だろうか...?
もしかして...ユーノのことじゃないか?フェレットだし、動物臭いみたいな...。

「えぇえ?!なんでさっ!」

そういうとユーノは面白いくらいに大きく目を見開いてリアクションしてくれた。

「だって、君フェレットなんでしょう?」

「あれは変身魔法だよっ!」

「でも、フェレットだったんだろ...?」

「ぼっ...ボクは...人間です...。」

目に見えてユーノが落ち込んでしまった。これは...ちょっと面白いぞっ。





っというか...ユーノとこうやって話すのは初めてだな。

「うん...そう、だね...。」

ユーノは言葉に詰まりながら返事を返した。
まだ落ち込んでいるのだろうか...?と、聞いてみるといきなり僕に頭を下げてきた。

「君のお姉さんが死んでしまったのはボクのせいです。本当に君には...」

何となく、こうなることは予想していた。
彼は僕に対して恐縮していたし負い目を感じているだろうとは思っていた。

だけど、違うんだ。 違うんだよ、ユーノ...。すずか姉さんが死んでしまったのは僕のせいなんだ...。



だから、彼にはいつまでもそのことを引きずってほしくない。





「すずか姉さんのことは...、君が責任を感じることはないよ、ユーノ。」

「でもっ!ボクが...勝手な考えで...。」

「あの状況じゃ仕方ないよ。
輸送船が襲われたのだって君のせいじゃない。
すずか姉さんが死んでしまったことについても君が気負う必要なんかない。
僕自身、君にそう思ってほしいなんて思っていない。」

たった9才の少年がすべてを背負うなんて、そんなことは...。

「気にしないで、なんてことは無理だろうけど君一人が必要以上に責任を感じる必要なんてないんだよ。」

「... ...ありがとう...。」

ユーノは数秒の沈黙の後、一言そう答えた。
彼はまじめだから、こんなことをいわれてもすぐには納得できはしないだろうけど...。





その時、けたたましい警報が艦内に鳴り響いた。
















アースラのブリッジ、モニターに映し出される海鳴市海上。
そこには金色の長髪をなびかせる少女と地球上ではまず見られない毛並みを持つ狼が”飛んで”いた。
そして彼女たちを囲むようにして群がる巨大な人型。
海上にほとばしる紫電。あの巨人、傀儡兵はジュエルシードの封印の補助をしているようだ。

「傀儡兵...あんなにたくさん、困ったことになったわね...。」

その数はざっと50騎以上はあった。『僕』の知識にはこんな光景は存在しない...。
フェイトは原作とは違って傀儡兵を使って、難なく封印作業を進めていた。

「これはまいったね...。あれほどの数の傀儡兵が相手では迂闊に手が出せない。」

いつの間にブリッジに来ていたのか、ジェイルさんがそうつぶやく。

「しかし、このまま見過ごすわけにもいきません。クロノ、出撃準備を...」

リンディさんがクロノに出撃命令を出そうとしたその瞬間、結界内に進入者が現れた。

「...っ!『闇の書』の守護騎士達かっ...!」

呻くように叫ぶクロノ。
先日僕を襲った女剣士のほかにも、なのはさん達を襲撃したハンマーのようなデバイスを持つ少女、褐色の肌に銀色の短髪の格闘家のような男性と落ち着いた印象をうける緑色のBJを展開した金髪の女性。 あれが『闇の書』の『守護騎士』...。

「これはこれは、まさか『守護騎士』たちまであらわれるとは。
...この船の戦力では少々...いや、かなり厳しいね。」

とっても他人事のように現状を冷静に判断するジェイルさん。そんな態度だと...。


...っうわぁ、リンディさん青筋立ってるじゃないですか...。


「わたしも...わたしも出ます!」

「なのはっ?!」

絶望的な状況に沈黙したブリッジに、なのはさんの声が響く。


「よくわからないけど、あの子達を放っておいたら大変なことになってしまうんですよね?
.
..わたしは、この海鳴にいる大切な人たちに、これ以上傷ついてほしくない...っ!

もう、すずかちゃんのときみたいな思いは...したくないのっ...。」

なのはさん...、あなたは...。


「みんなのためにわたしの『魔法』が役立つなら...わたしはっどんなこととだって、戦います!」

「なのはさん...でもこれは本当に危険なことなのよ?
いくらあなたが並外れた魔法の才能に恵まれているからといっても...。」

リンディさんがなのはさんを止めようと説得をするが、彼女の決心は固い。

『不屈の心はこの胸に』...か。

ユーノに視線を向ける。...彼も同じ気持ちか。

「僕たちにも、出撃許可を頂けないでしょうか?」

僕だって、もうあんな思いはしたくない。

不本意だったけど、僕は『力』を得た。

それをどう使うかは自分次第。それなら、なのはさんと同じだ。
どうせなら『大切なみんな』のためにこの『力』を使いたい。

「しかし...っ君は傷がまだ...っ」

「傷のほうは大丈夫です。もう治りました。
...これでも体は丈夫なほうなんです。」

信じてくれなかったので傷口を見せたら、クロノは驚いたような顔をしていた。
まぁそれも無理はない、『夜の一族』の再生能力は常人のそれを遙かに超えるものだし。

「...あなたたちの気持ちはわかりました。しかし、局員でもないあなたたちを戦闘に参加させるわけには...」

「許可しよう。」

「っ...Drスカリエッティ!勝手な命令は...っ」

リンディさんの言葉を遮るかのようにジェイルさんは僕たちの出撃許可を出した。

「リンディ・ハラオウン艦長。
現状この艦の戦力では闇の書の守護騎士や、あの金髪の魔導師が率いる傀儡兵を相手にするのは非常に厳しいということは理解しているね?
共倒れを狙うとしても、彼らを捕獲するのが目的ならそれもいいだろうが、あそこにはとても危険なロストロギアがあることを忘れてはいけない。
『管理局』が、これ以上この第97管理『外』世界の秩序を乱すわけにはいかないのだよ。」

「だからといって...っ!」

「民間人を戦闘に参加させる理由にはならない...確かにそうだろう。
ならば、現時刻を持って彼らを管理局嘱託魔導師として正式に登録する。」

ブリッジの人たちがいっせいにどよめく。それにしても、ジェイルさんはいったいどんな人なんだろうか?
アースラの艦長であるリンディさん以上の権力を持っているっていうのは...。

「責任の一切はすべて私が負おう。
それと、最も危険な守護騎士たちの相手はヴィヴィオが引き受ける。」

「えっ?!」

思わず聞き返す。
ヴィヴィオが...管理局の魔導師... ...?
いや、それよりあの守護騎士達を一人で相手するっていうのか?!

「あれ?話してなかったっけ?
ちょっとややこしい事情はあるけど、私は管理局の魔導騎士なんだよ。」

ブイっと左手でVサインを僕に突きつけた。
そういう問題じゃなくてっあの守護騎士達と一人で戦うなんて危険すぎる!下手をすれば死んでしまうって言うのに...!

「あれぇ?天音、心配してくれるんだっ」

ヴィヴィオは悪戯が成功した子供のように舌を出しながらはにかんで見せた。

「あっ...あたりまえじゃないか!あの人たちは...っ」

「大丈夫、だって私の背中は天音が守ってくれるんでしょう?」

「へっ?あっ...いやそうだけど...。」

ヴィヴィオはそういうと、僕に向かって右手を差し出した。
握りしめた掌をゆっくりと開く。
そこには二つの銃弾のようなアクセサリー、『イデア・ブレット』僕の...デバイスがそこにはあった。

「この『力』で私を守りなさい、王から臣下への命令だよっ。」

彼女は公園で初めて会ったあの時のように、王のように尊大な態度で僕に命令を下した。






[12000] 第十話(修正)
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/10/07 21:05
「じゃぁ、先に行って待ってるから、早く来てね、天音。」

ヴィヴィオはそう言いうと金色の縁取りがされた、手のひらサイズの赤い結晶をとり出した。
見ようによってはジュエルシードに見えないこともないそれに彼女は声をかける。

「『カイゼル』セットアップ。」

《了解しました。陛下。》

虹色の光の膜につつまれるヴィヴィオ。次の瞬間にはその体をBJが覆っていた。
その姿は体にぴったりとフィットした黒いボディースーツのようなものに、上着は白い法衣を羽織っている。
その上着には金色の装飾が各所に施されていて、手には指先の鋭くとがった爪が印象的なメカニカルなグローブを装備。
下半身は騎士のようなプロテクターが関節部を覆い、腰部には前開きのスカートが付いている。
その姿は彼女の魔力光である虹色とあいまって、まるで本物の王様のように威厳に満ちているように見えた。

「ヴィヴィオ・セイクリッド出撃しますっ!...なんちゃって。」

舌を出して笑いながら、転送ポートの光に包まれたヴィヴィオは一足先に戦場に向かった。
それに続いて僕たちもBJを展開し、彼女の後を追う。

「『私を守りなさい』...か。」

ヴィヴィオがさっき僕に下した“命令”を思い出して、思わず苦笑する。

「言われなくても...僕は君の『臣下』だからね。」

そして僕たちは戦場に向かう。それぞれの決意を胸に秘めながら。















私たちがジュエルシードの封印作業をしているときにあの人たちは現われた。

「『闇の書』の『守護騎士』...っ!」

母さんが教えてくれた。あれは私たちの幸せを邪魔する者、母さんと私を引き裂こうとする“悪い奴”。
それは嫌だ...っ!母さんは私のすべて、私の存在する理由。

その母さんの願いの為に必要なジュエルシードは絶対に渡さない...どんなことがあっても...っ。
母さんはこれで願いがかなうと言っていた。私は母さんの願いをかなえてあげるんだ...そしたらきっと昔みたいに...。

「フェイトは封印処理を続けて!あいつらは、あたしと残りの傀儡兵でっ!」

アルフが戦闘用の傀儡兵十数騎をひきいて守護騎士と戦ってくれている。
でも、守護騎士たちはその全員がAランク以上の魔導師を超える実力を持っているハズ。
アルフが危なくなる前に、急いで封印しなくちゃっ...。

その時、空をわって五つの光が私たちと守護騎士の間に舞い降りた。
















「時空管理局だっ!管理外世界での魔法行使、および戦闘は禁じられている!
ロストロギアを速やかにこちらに渡し、両方おとなしく投降するんだ!!」

クロノがこの場にいる二つの勢力に警告をする。
静寂は一瞬、両軍は警告を無視し、戦闘を再開...まぁわかっていたことだけど。

「警告はしたぞ...みんな、戦闘開始だ!気をつけろよ!」

了解の返事を念話で返し僕たちは一斉に戦闘を開始する。
ヴィヴィオと僕は集中的に守護騎士を担当し、クロノは全体を援護しながらも敵を確実に落とす。
なのはさんとユーノにはフェイトに当たってもらった。
フェイトなら非殺傷設定の魔法しか使わないだろうし、その周りの傀儡兵も封印の補助だけの性能しかないのか武装らしきものは見受けられない。
なにより、なのはさん達にはフェイトを説得してもらいたい...。

「お前かっシグナムの言ってたやつはっ!」

「!」

なのはさんたちを襲ったという、ハンマーのようなデバイスを持った少女が赤いゴスロリドレスの裾を翻し、僕に殴りかかってきた。
イデアを前方に掲げ、プロテクションでその一撃を防御する。
少女のその小さい体からは考えられないような重さを持った一撃、その衝撃がプロテクション越しに手に伝わってくる。

重い...けど、受けきれないほどじゃないっ。

僕はプロテクション構成に使われていた魔力を爆発させ、後方に逃げる。

「なっ!自分からっ?!」

相手の動きが一瞬硬直する、この隙に僕は『コンプレッション・ブレット』を連射。
前回はイデアからの情報の放流を整理しながらだったから、一発の魔力密度が理想値より低かった。
でも、今回はその反省を生かし、前回の戦闘データの修正をイデアに任せることで、さらに威力の上がった魔弾を放てる。
僕の魔弾は収束砲の段階をふむことで通常の射撃魔法、「シュートバレット」とは比べ物にならない威力と貫通性を持つ。
誘導性は犠牲にしているけど、弾速は音速に達し、並の魔導師相手なら一方的に勝利することができる。
今相対しているのは並どころかかなりの腕を持つ強敵。
いくら弾速が速かろうと、避けられる可能性はある。
だけど、そこは僕の夜の一族としての並はずれた空間把握能力とイデアから随時送られてくる相手の行動パターンをマルチタスクで解析することで解決する。

「こっ...のっ!」

狙いどおり、命中。数発はシールドで防がれたけど、確実に当てることができた。
あの女剣士と違って、ハンマーじゃ取り回しが難しく、僕の魔弾をさばききることはできない。
どうやらハンマー少女と僕とでは相性が良いらしい。
彼女に接近させず、このまま撃ち抜く。

「これできめさせてもらうよっ!」

再度彼女にイデアの照準を合わせ、魔弾を放とうとしたが一瞬、言いようのない違和感を覚え緊急回避する。
すると、僕が回避する前までいた空間から人間の腕が生えていた。
相手の魔法?急いで術者をさがすと僕の前方に緑色のBJをまとった金髪の女性の右腕がひじから先が消えている...!

空間を跳躍して攻撃する魔法だっていうのか?背中に冷たいものが走る。
とっさに飛びのいて、空間座標をずらしていなければもろにあの攻撃を受けていただろう。
いったいどんな攻撃を仕掛けてくるのかは謎だけど、あれは気をつけないとあっという間に...っ。


イデアからの通信、あの魔法は常に動き、相手に空間座標を固定させないようにすれば問題はない。
だけど、相手が相手、先にあの人を...っ。

横合いから銀色の拳が迫ってくるのを視界の端で確認し、思考を中断、回避。

「今のをかわすか...!」

褐色の肌を持つ銀髪の筋肉質な男が僕を睨みながらそうつぶやく。
3対1...傀儡兵も気にしながらの戦闘、正直厳しいな。
ハンマーの少女と目の前の男はおそらく近距離戦主体。
相性はいいが、あの緑色のBJを着た女性の能力が厄介だ。二人に集中してたら後ろから...なんて冗談じゃない。

「くそっ!」

とりあえず相手の攻撃を回避しながら魔弾をばらまく。
それをハンマーの少女はかろうじて交わすが、緑色のBJを纏う、あの守護騎士は戦闘に特化したタイプではないのか、動きが鈍いっ、当てる...!

魔弾が命中するその瞬間、先ほど僕の不意を突いてきた褐色の肌を持つ男が全ての魔弾を防ぐ、その魔力障壁は異常なほどの強度を誇り、一点の威力と貫通力に優れた攻撃を障壁にヒビも入れずに防御してみせた。
防御に特化した守護騎士...っ!あの障壁を貫くには収束砲、砲撃級の一撃じゃないと無理かっ。

「こちらを忘れてもらっては困るな!」





目の前の戦闘に集中しすぎて失念していた、一番注意しなければいけない危険人物。先日僕を襲った女剣士!
このタイミングではよけきれない、クロノが援護してくれようとしているのが見えたけど間に合わないだろう。
プロテクションを...っ!





そう身構えようとした瞬間、僕の目の前には虹色の膜が広がり、女剣士の一撃を難なく防御して見せた。


「天音、すごいよ。短期間でこんなに強くなっちゃって!
私驚いちゃった!」

「え...っあっ...これ、ヴィヴィオが?」

この虹色の膜はヴィヴィオが展開しているようだ。
でも、この膜は一体何だろう?プロテクションのようでもないし...。
この膜全体が異常なほどの魔力密度を誇り、絶対の防御であることが感じられる。
それにしても、暖かい。これがヴィヴィオの力なのか...?

「カイゼル、モード『レヴァンティン』。」

《モード・レヴァンティン起動。》

「なにっ?!」

女剣士は驚愕の声を上げる。
それもそうだろう、彼女のデバイスと全く同じ形をしたものがヴィヴィオの手元に出現したのだから。
しかし、その剣の色は相手のモノとはちがい、眩いほどの光を放つ黄金色だった。

「天音、この娘のあいては私がするから、ほかよろしくねっ。」

ヴィヴィオはそういうと虹色の膜を解除し、女剣士に切りかかる。
その動きは疾風のように早く、そして力強い。

「シグナムっ!」

ハンマー少女が鉄球のような魔力弾を展開し、ヴィヴィオに向かって発射する。
だけど、それが彼女に当たることはない。
僕はすべての鉄球の軌道を把握し、撃ち落とす。
彼女の熟れた果実のような赤い魔力光と僕の血のように赤黒い魔力光が空中で四散する。

「くっ、てめえっ!」

「悪いけど、彼女の背中を守るのが僕の役目なんだ...。」

イデアを握りなおし、銃口を『敵』にむけ、構える。




「誰にもやらせない、ヴィヴィオの背中は僕が守る。」

改めて口に出し、自分の役目を確認する。

そうだ、傀儡兵なんて問題じゃない。クロノだって援護してくれている。
負けない、負けれない...っ! 僕たちが全部まとめて相手をしてやるっ!













クロノ・ハラオウン執務官の援護射撃により、傀儡兵をかいくぐったなのはとボクは少女の元までたどり着いた。

ジュエルシードの封印処理はまだ完全に終了したわけではないらしく、目の前の魔導師は一旦作業をほかの傀儡兵に任せ、ボクたちへと向きなおりデバイスを構えた。

「...」

無言。しかし、その身から感じられるのはボクたちに対する強烈な敵意。
何としてでもジュエルシードは渡さないという意思が伝わってくる。
いったい、この正体不明の金髪の少女は何の目的でこんなことをしているのか...。

「あなたは、それをどうするつもりなの?
それはとても危険なもので、あなたのやっていることはイケないことなんだよっ。」

なのはが感情を抑えながら言葉を紡ぐ。

「...あなたに話す必要なんてない。」
 
その娘は少し固い調子でそう答えた。罪悪感を感じているのかその表情はゆがんでいる。
こちらの質問に問答無用の武力ではなく、一応返答をしてきたことにボクは驚いた。これなら、まだ話し合いができる可能性もある。
できれば、戦闘は避けたい。なのはにだって本当は戦場に出てきてほしくはなかった。これはもともとボクの責任でもあるのだから。
...この期に及んでまだ、ボクはそんなことを並列思考を駆使しながら考えていた。

しかし、『話す必要なんてない』その一言が必死に感情を抑えていた、なのはの心のストッパーをはずしてしまった。

「話す必要なんてない...って、そんなの必要あるに決まってる!」

思わず耳をふさいでしまうほどの怒号。なのはの怒りが大気を揺らしているようだった。


「その石のせいで大勢の人たちが悲しんでいるんだよっ!?
私だってアリサちゃんだって... 天音君はもっと......っ!

...あなたが話さないっていうんならもう何も“聞きません”。

でも!あなたのしようとしてる事がまた違う悲しみを生むのなら、私はあなたを倒します!!

もうこれ以上私は、私の大切な人達の悲しむ姿を見たくない...。

この街の誰一人として傷ついてほしくないのっ!!



... ...だから、あなたがどういう理由でジェルシードを求めているか知らないし、もう聞いてあげないっ。


ただ私はこの手の『魔法』でそれを全力で止めてみせる!!」




なのはがRHを目の前の少女に、今明確に『敵』と判断した少女に




向けた。



















後書きです

今回でも海上ジュエルシード争奪戦、決着つかず!汗
ん~書きたい場面が結構あって、なかなか進まない...。
しかし、次は終わらせるつもりです!...つもり...です(ぁ

それはさておき(オイ 今回でこのSSも第十話です。
これを機に、さらに多くの人たちに読んでもらえるよう、とらは板に移動しようと考えています。
特に反対される方がいなければ、次の話を投下しだい移動する予定です。

ご意見をお待ちしております。









[12000] 第十一話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/10/10 17:41
撃つ 撃つ 撃つ

『敵』に狙いを定め、ただひたすらに銃口から魔弾を生成し、連射する。
それを褐色の守護騎士が再び防ぎ、その後ろからハンマーを持った少女が鉄球とともに僕に襲いかかる。

でもそれは“見えて”いる。戦場の中でさらに『夜の一族』の力が研ぎ澄まされ、強化されてきているのを感じる。
イデアを扱うことに慣れてきたこともあるが、ちょっとした全能感のようなものが僕を満たす。
今なら何だってできる。そう思えるほどに。

彼女の攻撃をかわし片方のイデアに魔力を収束、圧縮処理を行い、もう片方は今までどうり魔弾を連射し迎撃する。
あの防御主体の守護騎士がいる限り、僕の攻撃魔法はろくに相手に届かない。
ハンマー少女だけならまだよかったけど、あの緑色のBJの女性の魔法は危険すぎる。
もし、動きを止めて空間座標をつかまれたらそこで終わり。

だけどそうはならない。『魔弾』でダメならば、『魔砲』を撃ち込めばいいだけ。

「クロノ執務官!援護よろしくお願いします!」

クロノに援護を頼み、魔弾をばらまきながら後ろに下がる。
...なんか彼を顎で使っているみたいで悪い気がするけどこの状況じゃ任せるほかない。
僕の魔法はすべてがその性質上、一対一の場面ではかなりの威力を発揮するけど、複数を相手にするのには向いてない。
その点、クロノはすべての魔法が高レベルでまとまっていているが一発の威力にかける。
そうすると自然ポジションは決まってくる。

僕がその『一発』の威力を吐きだすまで、彼には僕の援護をしてもらう。

「了解した...っ!」

クロノがそのデバイスを上に掲げる。
次の瞬間、守護騎士たちの真上に無数の蒼い魔法の刃が顕現する。
さすがクロノ、執務官は“伊達”じゃなかった。僕の回避地点をあらかじめ予想し、詠唱を完了した魔法を待機させておいたんだろう。

だからこその、超高速展開。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト っ!」

発射号令(トリガー)を紡ぐ。一斉に降り注ぐ断罪の刃。
炸裂、轟音、爆砕。 中距離空間斬滅魔法の刃が守護騎士以外にも周囲の傀儡兵数騎に炸裂し、それを破壊した。

「ちっ...何本か通っただけかっ!」

だけど、守護騎士達は健在。
あの褐色の守護騎士が全ての攻撃をその強固な魔力障壁で防御したようだ。
だからと言って完全に防ぎきれたわけではなく、数本の魔力刃は確実に命中し、彼にダメージを与えている。今が好機っ...!



イデアを前方に掲げ、照準を合わせる。
環状の魔法陣が二重三重に現れ、『コンプレッション・キャノン』の発射準備が完了する。
収束砲に使われる膨大な量の魔力を暴走寸前まで“圧縮”して放たれるそれは、残滅戦にこそ向いていないけど、その弾速は音速を超え、二丁を合わせたその一点の威力はおそらくSLBにすら勝る。
前回の戦闘データ修正を終えたイデアにより送られてた再構成術式により、『コンプレッション・ブレット』同様、威力は格段に上昇。



「コンプレッション・キャノンっ...シュートっ!」


放たれる『魔砲』 守護騎士にまっすぐ赤黒い光の線が走る、身体強化しても見切りきれない速度。
それを真正面から受け止める褐色の守護騎士。でも、ダメージを負った状態で防御しきれるような砲撃ではない。
見る見るうちにひび割れていく彼の障壁、そして拮抗は崩れ、そのまま貫通し、命中。

爆音、決着。 強力な魔力ダメージにより彼は意識を失い、昏倒。そのまま海面に落ちていくが、緑色のBJの女性が回収し後退していく。

よし...っこれで『盾』は無力化した。あの厄介な能力を持つ女性も、味方をかばいながら此方にも気を配ることは難しいだろう。

残るのはハンマーデバイスの少女のみ、戦闘スタイル的に相性はいい。
クロノの援護もあるし、このまま押し切る...っ!








瞬間、轟音。ヴィヴィオとあの女剣士の戦闘音だろう、すさまじい轟音があたりに鳴り響いた。
しまった、こちらに気を取られてヴィヴィオの援護はろくにできていない!
内心焦りながら音のした方向に視線を向けるとそこには...












「あはははははははははっ!!」

吹き荒れる虹色の魔力。
大出力のそれは烈火の将シグナムをもってしても防ぎきれないほどの斬激となって、彼女を吹き飛ばす。
さらにその有り余るほどの破壊力は周りの傀儡兵すら巻き込んでいく。
その光景はまさに一つの暴風が地上を蹂躙するさまによく似ていた。

この光景を作りだした張本人、ヴィヴィオは笑う。無邪気に、笑う。

「あはっ、何?こんなものなの?ヴォルケンリッターぁあ!」

「くっ...っ!」

あの娘(むすめ)の足もとに現れるも魔法陣はベルカ式であり、ミッド式でもあった。
でたらめだ。 シグナムは恐ろしい虹色の暴君の攻撃を必死に防御しながらそう考える。


自分と規格が全く同じデバイスを使いながらも、その戦闘の仕方は全く違う。
砲撃を放ったかと思うと、次の瞬間には距離を詰め、斬激をくらわせてくる。
しかもその威力がすべて必殺。一撃でもまともに食らえんば、彼女とてただでは済まない。
唯一の救いはあの魔法が非殺傷設定ということ...。

いや、彼女はその気になればおそらく自分を消滅させることなど簡単なのだ。
ただ、それを『やらない』だけ。あの娘(むすめ)はこの戦いを楽しんでいる、『烈火の将シグナム』をいたぶることを楽しんでいる。
無邪気に笑うその顔、普段ならば聖母のごとき美しさでもって人々を魅了するそれも、この戦場では逆にその異常さが際立ち、恐怖、畏怖の念すら抱かせる。

この戦場の支配者は目の前の『暴君』、あの天使のように嗤うあの少女がこの戦場の『王』

「あなたは私(王)の所有物を傷つけた...。」

彼女の足もとにミッドチルダ式の魔法陣が展開され、彼女の体がより虹色に輝く。
膨れ上がる魔力、吹き荒れる紫電。

「簡単に死なせはしない。 もっといたぶってからじっくりと...くびり殺してあげるっ!」

《プラズマスマッシャー》

目を焼くようなまばゆい光を放つ、虹色の魔力を電気に変換し、収束砲として放つ。
その光はシグナムと傀儡兵数騎を飲み込み、あたりに紫電をまき散らして爆散した。












「な...なんてバカ魔力なんだ...。」

僕のちょうどま上あたりにいたクロノが茫然とつぶやいたのが聞こえた。
ヴィヴィオの戦いは現役執務官からみても常識はずれのモノだったらしい。

正直、圧倒的すぎる。
僕が気を失うほど必死に戦って、やっと引き分けかというような相手に彼女は笑いながら、まさに余裕といった様子で圧倒し、打倒した。
戦闘ではなく一方的な蹂躙...背中、守る必要とかないだろうあれは。

しばらくして砲撃の煙が晴れると、そこにはボロボロになり、BJを展開するのさえギリギリであろう女剣士がその両手を力なくたらして“飛んでいた” あの砲撃を受けてまだ意識を保っていられるのはさすがと言うしかないけど、もう限界だろう。
その手のデバイスもところどころひび割れていて、これ以上の戦闘行動は不可能であることはだれの目から見ても明らかだった。

「さぁあなた達の将はこの通り、もう限界。おとなしく降参したほうがいいと思うけど。」

ヴィヴィオがそのデバイスに纏わりつく紫電を払いながら、悠然と守護騎士たちに告げる。
その姿はまさに王のような威厳に充ち、守護騎士たちを威圧する。
彼らはすでに満身創痍、残る道は投降か、全滅。

「...投稿しろ、守護騎士。 このまま全滅の道を選ぶほど、愚かものではないだろう?」

クロノが再度呼びかける。
ハンマー少女は悔しそうに顔をゆがめ、褐色の男に肩を貸している金髪の女性も同じような表情だ。
女剣士はすでに返答する余力もないのか、下を向きながら沈黙している。
...これでもう守護騎士達は無力化できただろう。あとは...。










『あなたを倒します』
目の前の白いBJをまとった、栗色の髪の毛を持つ女の子はそういった。
私に対する敵意。...いろんな人が悲しんでいる、そんなこと言われても私にはよくわからない。

ただ、私は、母さんに...喜んでほしくて。

母さんの笑顔がみたくて

母さんの願いをかなえてあげたくて

母さんにまた昔みたいに、優しく...優しく抱きしめてほしくて

それが...間違ってる、イケないことなの...?

私は... ...っどんなことをしても、誰に恨まれたとしてもジュエルシードを母さんに届けて
昔みたいに優しい母さんに戻ってもらいたい...でも

「フェイトっ!」

アルフが上空から拳を彼女たち向かって振り下ろす。それを緑色の魔力障壁をはり、防ぐ金髪の男の子。
あの子の障壁は堅い、この間赤いBJを着た女の子と戦っていた所を見たけど、あれを破壊するのは難しい。
...思考を戦闘用に切り替える。そうだ、今は余計なことを考えている場合じゃない。
私たちの目的はジュエルシードを母さんへ無事に届けること。
どうせ、言葉だけじゃ何もわからない...何も変わらない。


「ぬくぬくと甘ったれて、幸せな生活をおくっているガキんちょがっ!
あんたらなんかに、何がわかるっていうんだいっ!」

アルフがその拳に魔力を上乗せしながら叫ぶ。
でもその言葉はあの男の子の怒りにふれた。


「っ...!それの、それの何が悪いって言うんだよっ!!」

「! ユー...ノ君?」


「平穏を、安泰を、幸せを願うことのどこが間違っているっていうんだ!!
なのはは...なのは達はこんな違う世界の争い事とは関係ない、『普通』の女の子だったんだ!!」

それをボクが壊してしまった...っ!その平穏をボクが壊してしまったんだ... ...!


アルフをその両腕に展開した、見たこともない術式の結界魔法で吹き飛ばしながら、男の子は叫ぶ。

「だから、もう彼女からはなにも奪わせないっ!
君たちがどんな境遇で、どれだけ苦しい日々を過ごしているのかはわからない...けどっ!
それを他人にも強いるようなことは許されることじゃないだろうっ!!」

「なっなんだと...っお前ぇえ!!フェイトがどれだけっ」

「黙れっ!あなた達の事情なんて、もう聞いてやるもんかぁ!!」

なのはも言ったように、もう“聞かない”!!
ボクはなのはを守るためにアナタたちを倒す...っ!



「こんのっ!」

再び殴りかかろうとアルフがこぶしを振り上げる。
でもあの男の子の手足に展開された特殊な結界魔法、あれは... ...っ!

「まって!アルっ...」

私がアルフを止めようとしたその時、紫色の雷撃が視界を覆った。











「くっこの雷は...っ!」

次元跳躍魔法、プレシアの放つ常識ハズレの究極の魔法。
アースラからの通信が入り、リンディさん達が無事だということは確認できた。
僕たちはヴィヴィオの展開したあの虹色の膜で何とか直撃は避けることができたけど、突然だったため
守護騎士たちに逃げられてしまった。
あの金髪の女性がもともと準備していたのか、自分たちに被害が出る前に迅速に発動し混乱に乗じて転移魔法で退却、ヴィヴィオが悔しがっていたけど、今はそれどころではない。

「なのはさん達は?!」

急いで、ジュエルシード奪取に向かったなのはさん達のもとへ飛翔する。






「く...うっ」

「ユーノくんっ!しっかりして!」

ユーノがなのはさんを守ってくれたようで彼女に怪我は見られない。
でも、とっさに展開した障壁の術式が甘かったのか、ユーノは雷のダメージを受けてうずくまり、なのはさんに肩を貸してもらわなければ、飛行すらできない状態だった。

「すいません...ジュエルシードは全部...っ」

ユーノが苦痛に耐えながら絞り出すようにそう告げる。

最悪の結果。守護騎士達にそれなりの深手を与えることができたけど、肝心のジュエルシードは敵に奪われる。結局、得たものは何一つない...。

「... ...はい、了解しました。みんな聞いてくれ。
先ほどの次元跳躍魔法のデータと彼女たちの転移魔法の痕跡から、敵本拠地と思われる次元座標がわかった。
...おそらく、次の決戦は敵の本陣。 正直、命の保証はできない。」


クロノはそこでいったん言葉を区切り、この場の全員を見渡す。

「僕と騎士ヴィヴィオ以外は正式な管理局の魔導師というわけではない。
だから...判断は君たちに任せる。」

嘱託魔導師とはいえ、今は管理局所属の魔導師と言って差し支えない僕たち。
執務官という立場ならば、その権力で協力要請を強制的に執行できるのに...。
やっぱりなんだかんだ言っても、優しい奴だな。

「私...行きます。

このまま、何もできずに待っているのなんて...嫌だから。
それに、あの娘にはまだ...お話...したいたいことがあるんです。

...さっきは、私もいろんな感情が抑えきれなくて、一方的に怒鳴ってしまったけど...。

あの娘、すごく悲しそうな目をしていたんです。

だから、私もう一度あの娘に会って、ちゃんと、お話がしたい...。」

なのはさんはゆっくりと、時間をかけて自分の気持ちをクロノに話した。
ユーノもなのはが行くなら自分も、と自身の怪我をおしてまで決戦に参加することを告げた。
もちろん、僕も...

「僕m「天音は勿論、私の臣下だから参加するよ!」...はい、もちろんですよ、ハハ」

いや、そのつもりだったから良いのだけど、そこは僕に言わせてほしかったなぁ...。
あっ、なんかクロノが気の毒そうな目でこっちを見てるし...。

「みんな...ありがとう、感謝する。」










その後、僕達は一時帰宅を許され、それぞれの家へと帰って行った。
嘱託魔導師となって仮にも管理局員になったことに対し、忍姉さんはいい顔をしなかった。
でも、必死の説得によってとりあえずの了承を得ることはできた。

今度の決戦、敵の本拠地に乗り込むということは...話さなかったけど。
さすがに、今本当のことを話したとしても絶対に許しをもらうことなんてできない。
だから、姉さんには悪いけど、全てはこれが終わってから話そうと思う。









それに、僕はいつまでもここに、この世界にいるわけにもいけない存在だから...。











後書きです

主人公に妙なフラグがたちました。というか、ヴィヴィオちょっと強すぎたかも汗
まぁでも、プレシアさんは素で次元跳躍魔法とか使っちゃうし...そこは大目に見ててください。
本編ではヴィヴィオはその能力をあまり発揮できていなかったと思うので。

今回、フェイトの心情描写とユーノの描写を同時に展開してみました。
ちょっと実験してみましたが、どうでしょうか?

とらハ板移転の件ですが、みなさんのご感想を読んでいろいろと思うところがあり、今回は見送ることにしました。
しかし、今の無印 AS混合編が終わり次第、もう一度みなさんにご意見を伺いたいと思っています。


それでは、今回もご意見ご感想をお待ちしております。



[12000] 第十二話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/10/12 00:23
___『決戦』数時間前、アースラ内ジェイル・スカリエッティに宛がわれた私室にて__



「管理局に正式に入局したい...だって?」

「はい。」

月村天音はジュエルシード輸送船強襲事件から始まった今回の事件に一段落がつき次第
時空管理局の正式な局員となり、この世界、第97管理外世界から去るつもりでいたのだ。
しかし、管理世界では自分は確立した身分などない。そのため、自分が一番信用できる管理局の人間であるジェイル・スカリエッティに相談を持ちかけていたのである。

「ふむ...正直、私は君が管理局に入局したいと考えるに至る経緯に思い当たるものがないのだが...。
よければ理由を教えてはくれないか?

家族の反対を押し切ってまでこの世界を去り、管理世界でいつ命を落とすとも分からない職に就こうとしている君の考えを。」

「...。」

天音は沈黙する。
自分がこの世界を去る理由、自ら大切な者たちから離れる理由。
それは天音という存在がイレギュラーであるというこの一点にある。
自身の存在が姉、月村すずかの死の原因でありこの世界がゆがみ始めた原因(天音の主観から見ての話だが)と考えている。
だから自分という存在が近くにいることで自身の大切な存在が死の危機にひんすることを良しとしない。
そのために彼は自らこの世界をさることを決心した。

任務によってはいつ命を落としてもおかしくない管理局員として働こうと考えた理由、それは彼の刹那的な命のとらえ方から来ている。

彼は前世で一度死を経験している。
そのためか自らの生き死にについてどこか達観した見方をもっているのだ。
もちろん、天音も進んで死にたいとは考えていない。
闇の書の守護騎士に襲われたときも、生き残るためにその力をふるったのだから。
だが、それは『殺さる』ということに対しての自己防衛としての側面が強い。
彼は自ら選んだ道で、それによって自身の命を落とすことになったとしたら、それは『仕方がない事』と考えている。
それも自身の大切な者たちを守るための道ならばなおさら。

「ジェイルさんは僕に『力』があるといいました。
実際、僕には魔法が使えて、そのおかげで今ここにいます。

なら、せっかく『魔法』が使えるなら、それを多くの人たちを助けることに使いたい。
僕のような気持ちをする人が一人でも、いなくなるように...。」

もちろん、『自分はイレギュラーな存在だからみんなの近くにいてはいけないんだ。』
なんてことを目の前の男に、いや、どの世界のどのような存在に言ったとしても理解されることはない。
それゆえの嘘。全てが偽りというわけではないが今天音がジェイルに告げた決心はほとんどが嘘である。
そして質問の答えとしては所々穴がある。
しかし、ジェイルは何も言わない。
天音はこの男がそのことについて深く追求しないことをどこかで確信していた。
その点で、天音はジェイルに甘えたのだ。

「...君の気持は分った。
しかし君の住む場所も、なにもかもあちらには存在しない...。







よし、天音君、うちにきなさい。」







なっ...なんだって...?



天音は思わずそう言ってしまうところだった。
目の前の男はとてもいいことを思いついたという風にニコニコと顔に笑みを浮かべている。

「あっ、いや、そんなことまでジェイルさんにお世話になるには...っ」

「ん?いや、いいんだよ、本当に。
君は優秀な魔導師になれる素質を十分に持っている。
そのような優秀な人材を管理局はのどから手が出るほどに欲しているのだよ。

まぁこの広大な次元世界を管理しようなんて馬鹿げた理想を掲げてるんだから当然だけどね。
だからこそ、管理局の人間として、君のような才溢れる者が局員として働こうと言ってくれるということはとても喜ばしいことなんだよ。」

「でも、だからってジェイルさんに住むところから何まで厄介になるには...」

「クク...もちろん私がここまで君にしてあげるのはそれだけが目的というわけじゃないよ。
個人的にも、私は君の成長を見ていきたいと考えているんだ。

それに、ヴィヴィオのこともある。
彼女は管理世界に『友達』はいない、だから君のようなものが近くで彼女を支えてくれると私としてはとてもうれしいんだ。
あれもまだ9才に満たぬ子供だから、実力があってもいつ崩れるかわからない。

精神的にも身体的にも、ね。」

そう、ジェイルはいった。
彼は最高評議会といわれる管理局のもっとも上部に位置する者たちの直接の部下であり、その仕事柄とても忙しく、必要な時、ヴィヴィオのそばにいることはできないことを天音に告げる。

「君にもあちらに行って正式に管理局の魔導師となれば忙しくなるし、
いつもいつもヴィヴィオに構うこともできないと思うが...。

それでも、だ。 家に帰ってきたときに君がいるのとそうでないのとでは大きな違いがあると私は思う。
...いや、悪いね。自分でも『親ばか』だとは思うのだが。」

ジェイルは苦笑しながら「もちろん君がよければだが、どうかな?」と続けた。
本当にこの人にはお世話になってばかりだな...と天音は心の中で苦笑しながら

「...ありがとうございます、ジェイルさん。」

そうつぶやいた。











とうとう、決戦の時が来た。
アースラのモニターに映し出される、敵の居城、時の庭園。
すでに小規模次元振が観測されている。
アルハザード、今でさえ伝説とされ存在を疑問視されている失われた秘術の眠る地。
そこをプレシアは目指している。
死者をよみがえらせる魔法...か。本当にあるのだろうか... ...。





...もし、もし本当にそんなものがあるのだとしたら...僕は...。





「天音、どうしたの?顔色悪いよ?」

どうやら思ったより考え込んでいたらしい。
ヴィヴィオが心配そうな顔で僕を見ている。...大丈夫、僕は大丈夫だよ。
... ...死者をよみがえらせる方法なんてない。失ったものはもう戻ってなど来ないんだ...。


「これより敵本拠地への突入を行う。みんな、準備はいいか?」

クロノが僕たち全員を見渡しながら最後の確認を行う。
ユーノの先日海上で受けた傷はすでに完治している。さすがアースラ、医療魔法を使える魔導師も充実しているらしい。
なのはさんは...どうやってあの家族を説得したのかはわからないけど、アースラへは僕より早くに戻ってきていた。
案外、忍姉さんあたりが恭也さん達の説得に一役買ったのかもしれないな。

はぁ...実は前線でバリバリ戦ってました、なんて...言えないよなぁやっぱり...。今から優鬱になってきた。






先程、時の庭園の所々から魔力A+相当の傀儡兵が多数出現した。僕たちの襲撃を予想してのことだろう。
しかも今回、傀儡兵の数が原作異以上に多そうなのも問題だけど、敵にはフェイト達もいる。
正直...フェイト達とはできれば戦いたくはない。またなのはさん達に説得を任すしかないか...。
...ヴィヴィオに任せたら...いや、考えるだけで恐ろしい。

「ん?何かいった、天音?」

「っナ、ンデモナイデス」

心臓が止まるかと思った...心を読む魔法とかあるのだろうか?


「なのはちゃん、ユーノ君、天音君。

今回の作戦に参加してくれたことに対し、局を代表してお礼を言うわ。」

リンディさんが僕たち三人に深々と頭を下げる。
僕たちは何も言わない、変に遠慮するのは誠意をもって礼を尽くしている彼女に対して、帰って失礼なことだと、わかっているから。

「でも、今回の作戦は本当に危険なものになるわ。
...あなた達の決心のほどは理解しているつもりだけど、最後の確認。

本当に、いいのね。」

あぁ、この人は本当に、優しい人だな。
クロノもそうだったが僕たちは仮にも管理局員。“命令”という形でいくらでも作戦に参加させることができるというのに...。

「大丈夫ですよ...。僕たちは一人も欠けずに、戻ってきてみせます。」

「天音...君...あなたは、強いのね。」

「え...?」


「いえ、なんでもないわ...。

...総員、戦闘配備!クロノ達は先行して正面からの敵陣突破を!武装局員も彼らを援護して!
今回は次元振を抑えるために、私も出ます!」

リンディさんの力強い指令とともに僕達は一斉に動き出す。
絶対に、僕たちは誰一人欠けずにここに戻ってくる...っ!













「フェイト、来たみたいだよ。」

アルフがその優れた感知能力で私に敵の進入を知らせてくれる。
...あの娘も、くるのかな。

「うん...ねぇアルフ。私たちのしてることって...。」

間違っているのかな?

そう告げる前にアルフにぎゅっ、と抱きしめられた。
柔らかくて...暖かい、母さんも、むかしはこんな風に抱きしめてくれたな...。

いつからだろう、母さんが私のことをまるで汚いものを見るような目で見るようになったのは...。

いつからだろう母さんが私につらく当たるようになったのは...。

母さん、私...なにかいけないことしたのかな...。

「あたしはフェイトの使い魔だよ。だから、ご主人さまが望むなら何だってしてあげる。
フェイトが私に死ねっていうなら喜んで死んであげる。

だから...フェイト、あなたが望むなら...。」



あぁ...ありがとう、ありがとう、ありがとう、ごめんなさい。
私はだめなご主人さまだね...。
大丈夫、もう迷わないよアルフ。 私は母さんのために、母さんの願いのために戦うよ。

アルフはそれを聞くと寂しそうで悲しそうな、今にも泣きそうな顔になりながらも
無理やり笑顔を作って私に笑いかけてくれた...。

ねぇ母さん...私のしてることは間違ってなんか...ないよね...ね、母さん...。




[12000] 第十三話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/10/17 19:53
時の庭園の入り口を突破した僕達を出迎えたのは視界を覆う程の、魔法の嵐。
数えるのが馬鹿らしくなるほどの傀儡兵の大群が情け容赦のない苛烈な攻撃を仕掛けてくる。
飛び交う 魔弾 砲撃 刃 その全てが“殺傷設定”の魔法である。
勿論、僕たちも人形が相手ならば容赦は無用とばかりに応戦する。
だけど、閉鎖された空間ということと、何より相手のその圧倒的な物量の前に苦戦を強いられる。
武装局員の人達も援護してくれているけど、この戦力差は覆しがたいものがあった。


現在、僕となのはさん、ユーノ、武装局員の人たちでサーチャーから送られてきたデータを
頼りに最上階にある、駆道炉の封印に向かっている。
クロノとヴィヴィオは二人だけで敵の親玉、まだ彼らは知らないだろうけど、プレシア・テスタロッサの逮捕
を担当している。
いくらヴィヴィオといえど、相手は次元跳躍魔法を使う大魔導師、最初は二人だけで向かわせることに少し不安を覚えたけど、彼女自身に

「私達は大丈夫!それより、ちゃんと二人を守ってよ?命令だからね!」

と言われては苦笑とともに引き下がるしかなかった。
今でも心配でないと言えばうそになるけど、海上で守護騎士をあそこまで叩きのめした実力を思えば傀儡兵程度におくれをとることはありえないだろうし、プレシアも病気で弱っているハズ。
クロノの援護もあるのだから... ...たぶん、大丈夫だろう。

僕はそう思うことにし、今、目の前の自身の仕事に集中することにした。

「イデア、この間クロノ執務官がやってた“アレ”の術式解析できた?」

《解析終了。後はマスターの適性に合わせて変更すれば終了です。》

よし、ならもう問題はない。あれほどの数の魔力刃を一気に制御するのは難しいだろうけど、僕の使用する魔法は貫通力や一点の威力を高めた少数戦で特に威力を発揮するものが殆どで、今のように大量の傀儡兵が相手では効率が悪い。

(みんな、いったん下がってください。でかいの行きますよ!)

戦闘の轟音で声では味方全てに注意を行えない、そのため念話をつなげる。

「行くぞ、イデア。座標は任せる。」

《了解しました。マスター。》

飛行魔法で一気に傀儡兵の上を取り、魔法を発動させる。
足もとに広がる赤黒い光を放つ僕の魔法陣。
イデアからの術式提供、それを自らの適性に合わせて高速変更、完了、展開。
僕の背後に魔力で造られた槍が無数に顕現する。
クロノが守護騎士との戦闘で見せた『スティンガーブレイド・エクスキューションシフト 』それに僕得意の圧縮処理を施す。
百を超える魔槍にそれぞれ『コンプレッション・ブレット』ほどの貫通力を期待することはできない。しかし、それを大量に展開することで補う。

「スピアー・オブ・ブラッド・ジェノサイドシフト!」

《豚のような悲鳴を上げろ》

無数の赤黒い、血液で造られたような槍が傀儡兵に降り注ぐ。
耳をつんざく高い破壊音がこの庭園に鳴り響き、直後爆発。
金属が焼けたような嫌な臭いが周りに漂っているハズだけど、BJによって有害な空気はガードされているため実際に悪臭を感じることはない。

...それにしても、魔法を発動した時にイデアがとても物騒なことを口走っていた気がするけど...。

《それは気のせいです、マスター。》

...まぁこれで辺りにいた傀儡兵はほとんど始末したはず。あとは...

《頭上に熱源反応、回避してください》

「っ!」

金色の雷撃が僕達に降り注ぐ、直撃する直前で緊急回避。
ユーノが結界魔法でなのはさんを守るが、武装局員の人たちの何人かが、それを回避できずモロに直撃を受けてしまった。
金色の魔力光に電気の魔力変換資質...この雷撃を放ったのは...っ!

「君たちかっ!」

ユーノが攻撃の来た方向を睨みながら叫ぶ。
そこにいたのは人形のように整った顔立ちにきめ細やかな金色の長髪をなびかせる少女。
まるで死神の鎌の様なデバイスを構えその紅い瞳に敵意の光を宿している彼女、フェイト・テスタロッサと彼女の使い魔、アルフがこちらを見下ろすように佇んでいた。

「母さんのために、私はあなた達を倒します。
私の、母さんの願いは邪魔させない...。」

フェイトはそう宣言する。それと同時に傀儡兵があちこちから再び出現し僕達を取り囲む。
負傷した局員の人を見たところ、やはりフェイトの魔法は非殺傷設定のようで外傷は見られない。
でも、傀儡兵は殺傷設定...負傷した局員の人を庇いながら大量の傀儡兵にフェイト達まで相手にするのは正直...きついな。


「まって...! ...っフェイトちゃん!」

「え...っ」

その時、なのはさんがフェイトの名前を呼んだ。












「フェイト、ちゃん...だよね。あなたの名前。」

あの娘の名前を私ははじめて口にする。
オレンジ色の狼さん...ユーノ君が教えてくれたけどあの人は『使い魔』というものらしい。
その使い魔さんが言っていたから私は彼女の名前を 『フェイト』と 呼ぶことができた。

この間海の上で戦ったときに私はフェイトちゃん達の話なんて“聞かない”といった。
あの時は本当に...いっぱいいっぱいでジュエルシードを奪おうとしている彼女たちに対して感情が抑えきれなかった。
...すずかちゃんがあの石のせいで死んじゃったっていうのに、そんなことまるで関係ないという風なあの娘たちの態度に頭に来ちゃって...一方的に怒鳴ってしまった。


...それなのに、今はあの二人とお話したいと思っている。


自分でも矛盾、してるなって思うけど...あの娘、フェイトちゃんの瞳はとっても悲しそうな、寂しそうな目をして...その瞳に、私は見覚えがあった。

私が今よりもっと小さかった頃、お父さんが怪我をしちゃって、お母さんはお店、お兄ちゃんたちもお父さんの看病や家の手伝いで忙しくて、仕方のないことだったとは思うけど、誰も私には構ってくれなかった。
小さかった私には何が何だか分からないまま“一人ぼっち”になった。
さびしくて、皆が私に構ってくれないのは私が何か悪いことをしてしまったからだと、そう思い込んだ。

だから私は『いい子』になろうとした。誰にも嫌われたくなかったし、家族のみんなにも迷惑をかけたくなかったから...。

その時の私に、目の前の女の子はよく似ているように思えた。

だからなのかもしれない、本当は怒鳴ってやりたいという思いもあるけどフェイトちゃんとお話をしたいとそう思っているのは。

「この間は、私もイキナリどなったりしてごめんなさい。

でも、あの石のせいで死んでしまった人もいるの...。
だから、あれを使って何をしようとしているのか、あなたは自身は何がしたいのか、今度はちゃんと教えてくれないかな...?」

そう、今度はちゃんとお話をしよう。『昔』の私と。












クルーに一通りの指示をし終えたリンディ・ハラオウンは自らも決戦の地へと赴くべく、転送ポートに向かいその脚を進めていた。


「気をつけて、リンディ艦長。」

リンディの足が止まる。
彼女に声をかけた男、ジェイル・スカリエッティは通路の壁に寄りかかりながらその切れ長の瞳をさらに細めて彼女を値踏みするかのように見つめる。

リンディはジェイルの、この瞳が嫌いだった。

その暗く、濁った瞳は何も移さないかのように見えてその実、物事の本質を誰よりも正確にとらえている。
何もかも見通すかのようなその瞳に、自らの醜い部分すら見透かされるようで彼女はそれが恐ろしかった。

「何の用ですか、Drスカリエッティ。」

意図したわけではないが、思わず突き放したような返答をしてしまう。
しかし、ジェイルはそんなこと全く気にしていないのかその顔に微笑を浮かべながら言葉を続ける。

「何って、激励だよ。“いい人”でい続けるのも疲れただろうから戦闘でストレスを発散してくるといい。」

「...っ!」

温厚な普段の彼女を知っているものが見れば、思わず目を疑ってしまうほどの形相でジェイルを睨みつける。
それを悠々と受け流しジェイルは「そんな顔もできるんじゃないか。」とさらに彼女の神経を逆なでる。

「アナタは...一体何が目的なんですか。」

「目的?ふむ、何のことか全くわからないね。」

「『月村 天音』...彼にあんなデバイスまで与えて、アナタは何がしたいのかと聞いているんです。
...それとも“アナタ達”と言ったほういいのかしら?」

「クク...私は“管理局のため”に未来の優秀な人材を確保しようとしているだけだよ。

君だってそうだろう?」

ちがう、とは言い切れなかった。
『高町なのは』彼女は管理世界でも類をみないほどの魔法の才にあふれている。
管理局は慢性的な人手不足で一人でも多くの魔導師を欲している状態。
なのはの管理局に対する印象は決してよくはないだろうが、現状のところ特別悪いというわけでもない。
今のうちに好感度を上げようと彼女と年齢も近い自分の息子であるクロノにはすでに接触させてあるし、彼の頼れる補佐役で気さくな性格のエイミィにもそれとなく協力するようには言ってある。(無論、彼等にはこちらの目的を教えてはいない)
うまくいけば、このまま彼女を管理局に正式に入局させることができるかもしれない。

海上での戦闘前、なのはを含めた民間人であった彼女達三人を嘱託魔導師にしたジェイルに一応、反論こそしたが、内心助かった思っていた。
あそこで仮にでも管理局の局員という形にしておけばのちのちの心理誘導はたやすい。
彼女たちは魔法の才が有るといっても所詮は9才程度の子供。
そのくらいの子供をコントロールすることなどリンディにってはさほど難しいことではない。


「まぁ...それも局員としてあるべき姿だと思うよ、私は。
亡き夫のためにもこの次元世界の平和を守る...。」

「...。」

「しかし、その平和のためには小娘一人の平穏な人生など、犠牲にしたとしてもいたしかない、か。」

「...黙りなさいっ」

「だがそれは、君の夫が望んだ管理局の...いや、君の姿なのかな?」


「黙りなさいっ!!」



ひときわ大きいリンディの怒号が通路にに響き渡る。


「私は...管理局のリンディ・ハラオウン提督です...。」

それがどういった意味を持つのか、彼女は自らの地位を改めて男に告げた。
数秒の沈黙が二人の間に広がる。


「...そうか。 行ってらっしゃい、リンディ・ハラオウン提督。」

沈黙を破り、ジェイルはそう告げる。


「行ってきます。Drジェイル・スカリエッティ。」

答えを返し、ジェイルに背を向け彼女は転送ポートへの道のりを再び歩き出す。




転送ポートの光に包まれリンディは戦場へと赴いた。
一人残されたジェイルは彼女が去った後もその残光をしばらく見続けていた。













後書きです。

突然ですが、私の小学校からの友人の一人がいつの間にかママになっていました。
素で叫んでしまいましたよ汗
それにしても、17歳の母ってのはどうなんでしょうかね(苦笑
いや、今じゃ普通かな? とりあえず祝福させていただきました。


というか今回の話は書くのがとても疲れた汗










[12000] 第十四話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/10/22 19:09
「うるさいっ!!」

なのはさんの説得の言葉に、フェイトは明らかな拒絶の言葉で返した。

「私は...私は!母さんのために戦うと決めたんだ。
母さんのためだけに戦うと決めたんだ!!」

フェイトはその身に秘めた苦しみを吐き出すように叫ぶ。
壊れたように“母さんのため”と繰り返すその姿がとても痛々しく見えた。

「母さんのため...これは母さんの願いのため...っ!
私は、もう迷わない...私はもう惑わされない...だからっ!」




「あなた達を排除する!!」




一際大きくそう叫ぶと、さっきまで待機していただけだった傀儡兵の大群がいっせいに動き出した。
負傷した武装隊の人をみんなで庇いながら、応戦する。

でも、このままじゃ押し切られる...。
傀儡兵を無力化するには駆道炉を封印するしかない。
だけど、駆道炉へ向かうには大量の傀儡兵、さらにはフェイト達も相手にしなければいけない。

正直、絶体絶命って状況だろう。

「はぁあああっ!」

「あぅっ!」

フェイトが恐ろしいスピードでなのはさんに対して攻撃を仕掛ける。
何とかプロテクションで防御することはできたなのはさんだけど、そのまま壁に叩きつけられてしまった。
追い討ちをかけようとフェイトがなのはさんに迫る、ユーノはアルフに抑えられていて援護ができない状態。

「...まずいっ! すいません、傀儡兵はお願いします!」

高速で直進するフェイトに向かって照準を合わせる。
高速機動型魔導師であるフェイトのスピードを見きるのは難しい、だけど、『ソニックムーブ』などの高速移動魔法を使わない限り、僕の動体視力なら捕えられないことはない。

牽制としてフェイトの鼻先に二発発砲し、行く手を阻む。


「っ!」

フェイトが一瞬空中で静止する、僕はその隙になのはさんの前に飛翔する。
彼女にけがは見られない。一応安心したけど、このままじゃ...。



僕は二人に対して念話のチャンネルを開く。



(なのはさん、ユーノ。ここは僕達に任せて、二人は駆動炉の封印を急いで。
ここを抜ければ、もう傀儡兵も残り少ないはずだから。)

(えっ?!...でも、私はフェイトちゃんと...っ!)

やっぱり、なのはさんは納得いかないようだ。...でも

(今は、無理です。 彼女は僕達の話を聞ける状態じゃない。




...お願いします。なのはさん。)


(...っ! うん... ...わかったよ...でも、)




なのはさんは一瞬沈黙し



(でも、無理はいないでね。天音君。)







...返事を返し、念話を切る。
『無理はしないでよ』...か、まさかなのはさんに言われるとは思わなかったな...。



「アクセルシューター!」

《シュート》

「っく!」


僕は背後に展開した四つのアクセルシューターをフェイトと、ユーノを足止めしているアルフめがけて発射する。
誘導性も弾速もそれほど速くない、これでは彼女達を捉えることはできないだろう。
...だけど

「えっ!」

ガラスが割れるような音とともにアクセルシュータが回避される前に爆発する。
あの守護騎士との戦いでも使ったもの、相手の足止めが一瞬でもできればいい。

「いって!二人ともっ!」

なのはさんとユーノを突破させるだけの時間が稼げれば。

「このっ!いかせないよ!」

アルフが爆発の粉塵を払いながら、二人をとらえようと行動を起こすが

「させないよ。」

「何っ?!」

なのはさん達を守るように赤黒い槍が顕現し、アルフ達に対して一斉に射出される。
『スピアー・オブ・ブラッド』、高速展開したために一本一本の魔力密度は少ないから、フェイト達なら簡単に防げるだろう。
でも、それをカバーする為に次から次へと高速展開する。
アルフはともかく、フェイトは防御力が低いから回避に専念しなければならず、なのはさん達を追う余裕はなくなる。


「あなたも...あなたも邪魔をするんだね...っ!」

なのはさん達を追う事をいったんあきらめた彼女たちは、こちらに振り返った。
彼女が自身の顔に、普段とはかけ離れた激しい怒りの表情を表わし、僕を睨みつける。

「そうだね...。」

僕は言葉少なに、そう答える。
このまま彼女たちを放置すれば大規模次元断層が確実に起きる。
そうなってしまえば、庭園に比較的近い次元世界は確実に巻き込まれ崩壊してしまうだろう。
もちろん、『第97管理外世界』、『地球』も...。


「君がお母さんのために何かをすることは悪いことではないと思うよ...。
でも、これが、こんなことが本当に君のお母さんのためになることだと思う?」


それは絶対に違うことだ。
プレシア・テスタロッタは愛娘であるアリシア・テスタロッサを自らの実験で失い。
その現実に絶望し、『今』を否定し、『過去』を取り戻そうと禁忌に手を出した。
それによって生まれたのが、今僕の目の前にいるフェイト・テスタロッサ。

しかし、彼女は『アリシア』に、プレシアの求める娘になり得なかった。

そして今、プレシアは最終手段として、失われた秘術が眠る地『アルハザード』にすがる。
だけど、それは分の悪い賭けであり、さらには何の関係もない多くの人々を犠牲にする行為。
それは許されることじゃない...どんな理由があったとしても。


「このままじゃ、違う世界の人たちが大勢犠牲になってしまうんだよ。
君のお母さんがこれ以上の罪を重ねる手伝いをすることが本当に、“お母さんのため”といえるの...?」

「...っ!」

フェイトは僕にその矛先を向けていた彼女のデバイス、バルディッシュを静かに下ろした。

「...そんなの、わかってる。
でも、それでもっ、私は母さんに昔のような笑顔を取り戻してあげたい...。

また、昔みたいに私をぎゅって、抱きしめてほしい...。

...私には母さんしかいないから!」

フェイトの体を金色の魔力光が覆う。膨れ上がっていく魔力。
彼女には本当にお母さんしかいない、彼女はそのためならば何だってやるだろう。


大切なモノのためなら、ほかの何物をも犠牲にしてでも...か。

彼女達のしようとしてることは決して許されることじゃないけど...僕は少し、本当に少しだけ
そんな彼女たちが羨ましく思えた。












私は、母さんのために戦うと決めた。
どんなことがあっても、惑わされず、迷わずに母さんの願いのために戦うと。
だけど、今目の前にいる『敵』である男の子の言葉が私に訴えかける。

私たちのやっていることは“間違っている”。

...そんなことは、本当はもうわかっていたこと。
それをわかった上で私は...。

揺れ動かされる。もう、決めたはずだったのに。私は、もうマヨワナイって...。


「君がお母さんのために何かをすることは悪いことではないと思うよ...。
でも、これが、こんなことが本当に君のお母さんのためになることだと思う?」


... ...。


「このままじゃ、違う世界の人たちが大勢犠牲になってしまうんだよ。」


わかってる


「君のお母さんがこれ以上の罪を重ねる手伝いをすることが本当に、“お母さんのため”といえるの...?」


ワカッテル


「...そんなの、わかってる。
でも、それでもっ、私は母さんに昔のような笑顔を取り戻してあげたい...。

また、昔みたいに私をぎゅって、抱きしめてほしい...。

...私には母さんしかいないから!」




__あっ...そうか、今、やっとワカッタ__



私は母さんのために、母さんのためだけにこんなことをしているんじゃないんだ。

私自身のため、私がシアワセになりたかったんだ。

母さんに『娘』として扱ってほしかったんだ。


「は...ははッ」

それに気づいた時、思わず口から笑い声が漏れた。
母さんのためだとか、そんなこと関係がないんだ。私は私のために、自分のエゴのために...。


でも、それでも。私はもう止まれない、止まるわけにはいかない。

「...アルフ、いくよ。」

アルフに念話で指示をだして、私は目の前に立ちふさがる『敵』を睨み据える。
この子を早く倒して、駆道炉に向かったあの二人も倒して、母さんを守らなくちゃ ...。

「私には、それしかないから。」

そうだ。私にはそれしかない。そうすることでしか、母さんに振り向いてもらえないから。
だから...。



「死んでください。」



『敵』はみんな掃除しなくちゃ。












「死んでください。」

小さくて、か細い声で告げたその言葉は、でもしっかりと聞き取れた。
フェイトから、先ほどまでは感じられなかった明確な殺意を感じる。

「プラズマランサー」

魔法の発射トリガーを紡ぎ、計4つの電気を帯びた黄金の槍が彼女の周囲に顕現する。

「ファイアっ」

その魔法弾が一斉に僕に向かって発射される。

《マスター、気を付けてください。あの魔法はすでに殺傷設定です。》

「っ!」

殺傷設定...っ!
...いったい、フェイトに何があったというのか。
敵対しながらも、彼女は今まで非殺傷設定を使っていたはずなのに...っ。

並列思考の片隅でそんなことを考えつつも、狙いを正確に定め、僕も魔弾を放つ。
放った魔弾は、四つのプラズマランサーに吸い込まれるようにして命中する。
赤黒い魔力光と黄金の魔力光が四散し、その粉塵で互いの姿が視界から消える。

殺傷設定の魔法は、いくらBJを纏っていようとその許容値を超える一撃ならば、魔力ダメージだけではなく物理的なダメージも負ってしまう。 
そうなれば、最悪 死。

《マスター、後ろです。》

警告される前にすでに体は動いていた。
動物的な自己防衛本能だろうか、右手に持ったイデアを掲げプロテクションを展開。 鈍痛、今まで以上の痛み。

「はっ!うまく受けたもんだねぇ!」

アルフが吠える。 どうやら、主従揃って殺傷設定の魔法らしい。

瞬間、目の前のアルフの姿が消え、背後に迫る殺気。

「うぁあああああっ!」

疾い。
金色の閃光となって死神の鎌を振り下ろすフェイト。
それをギリギリで回避するが、もう少しで左腕を持っていかれるところだった。

__飛行術式を解除し、自由落下__

『スピアー・オブ・ブラッド』を僕を取り囲むように展開、第三者から見ればハリネズミが丸まった時のように見えるだろう。 
そして落下しながら魔槍を射出。
誘導性が加えられているため、通常は威力が落ちる。
でも、環状型加速魔法陣を通して加速、回転し、威力を増す。

まき散らされる赤黒い閃光。
爆発音があたりから聞こえる。そう、これはフェイト達だけを狙ったものではない。
武装隊を取り囲んでいた傀儡兵を次々に狙いに定め、撃破していく。

__落下を中止、飛行魔法再展開__

ぶわっ という音とともに再び僕は飛翔する。あたりには魔槍によって破壊された傀儡兵が転がっていた。
全てが破壊できたわけじゃないけど、これでだいぶ、武装隊の人達にかける負担は激減したはず。

「くそっ!お前ええっ!!」

アルフが破壊された傀儡兵を足蹴にしながら僕に向かって突進してくる。
だけど、遅い。

振り上げられた拳を首をかしげるだけで回避し、至近距離で『コンプレッション・ブレッド』を連射。

撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ
撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃つ 撃ち続ける。

「がっ... ... ハッっ!」

魔力ダメージで昏倒したアルフをバインドで拘束し、いったん放置。
これがあの守護騎士の女剣士なら、こうも簡単にはいかなかっただろうけど...。

彼女達より先にあの守護騎士と戦っていたおかげで、戦闘に慣れることができた。
...感謝するのはなんか違う気もするけど、今思えばその経験が役に立ったか。


「...って...何考えてるんだろうな。 僕は。」


ひどく冷静に戦闘を続ける自分に内心自嘲しつつ、上空から迫るフェイトを見据える。
振り下ろされる刃をイデアを掲げ魔力障壁を展開し防御、互いの魔力が干渉しあい、眩い光があたりに広がる。

「よくもっ!よくもアルフを!」

「...“母さん”ばっかり言っていた割には、使い魔を気遣うこともできるんだね。」

「!」

フェイトの表情が憎しみに歪む。

「貴方なんかに... ...っ貴方達なんかに何がわかるんだ!」

僕を弾き飛ばしながらフェイトは叫ぶ。
そんな彼女をどこか冷めた目線で見つめている自分がいることに、少しだけ驚く。

...あれ、僕はこんなことを言いたいわけじゃない...のに。

自分でもよくわからない感情が胸の内から込みあがってくる。
...憎い、憎いのか?僕が、フェイト達を?

「はぁっ!」

再度切りかかって来るフェイト。だけど、怒りで単調な攻撃しかできなくなっているのか、その太刀筋は甘い。
身をひねってそれを避わし、反撃として魔弾を放つ。フェイトはそれを得意の高速移動魔法で回避する。
『ソニックムーブ』まさに瞬間移動したかのような高速移動、目で追うのはまず無理。

「でも、“わかる”よ。」

イデアからの空間座標データと『夜の一族』である僕の人間離れした空間把握能力でフェイトがどこに移動するかを先読みし、その空間に向かって魔弾を放つ。

「っなっ!」

高速移動魔法はその効力が切れ、術者が停止した瞬間無防備になってしまうリスクがある。
そこに僕の音速を超える魔弾。いくらフェイトでも避けきれはしない。

直撃、そのまま壁に叩きつけられるフェイト。

「く...うっ」

障壁も展開できず、防御力の薄いBJで魔弾をモロにうけ、さらに壁に追突したことでどこかを痛めたのか彼女はうずくまりながら、呻き声をあげる。





_いい気味だ_





心のどこかで僕はすずか姉さんが死んでしまった責任を取らせる対象をずっと探していたんだ。
全ては自分自身が悪いなどと言っておきながら、実際はその罪の重さに耐えきれず、誰かに責任を押しつけたくて仕方がなかった。

そして今、目の前にフェイトという格好の存在がいる。



_仇を取る絶好のチャンスじゃないか_




内なる感情が僕に囁きかける。




_さぁ贖いをさせてやるんだ。 殺すんだよ。_




うるさい




_何を迷っている? この女のせいでお前の姉は__




うるさいっ!




「...そんなことしたって、何になるっていうんだ...っ!」

仮に、ここでフェイトを殺したとしても、この手に還ってくるものなんて何もない。
残るのは後悔と虚しさだけ...。
彼女に責任を押し付けて楽になろうなんて、甘ったれた考えを抱いてはいけない。
そうだ、全ては僕の、僕自身の責任だ。

それで...それでいい、それが...いいんだ。






「フェイト、傀儡兵も、もう数体しかいない。アルフも戦闘不能。

それに、君自身もう限界だろう? ...おとなしく、投降してくれないかな。」

できるだけ声を和らげて問いかける。

「私は、私はまだ負けてない...っ!」

バルディッシュを杖代わりにして、ふらつきながらも立ち上がり、反抗の意思を見せるフェイト。
...仕方ない...最悪バインドか、でも、もう一度...


「えっ?!」


もう一度彼女に投降を呼びかけようとした瞬間、轟音とともに庭園の内壁が崩れおちる。
フェイトの足もとも崩れ落ち、フェイトはそのまま落下していく...って、ちょっとっ!
彼女を助けようと手を伸ばすが、その時イデアからの警告音が鳴り響く。

背後を振り向くと、通常より圧倒的に大きい傀儡兵が内壁を崩し、その姿を現した。
背に背負った巨大な二基の砲塔をこちらに向けている。...これは...っ!

「まさか、フェイトもろとも僕達を?!」

巨大傀儡兵はその砲塔にエネルギーをチャージし始める。
この場の魔力素を砲撃に変換しているっ?!
さっきまでの苛烈な戦闘でこの空間には相当の魔力が充満している...それを収束して放つ砲撃の威力は計り知れない...!

「くそっ!」

バインドを使って落下するフェイトを受け止める。
武装隊の人たちは残り少ない傀儡兵に囲まれて退避できない、どのみちこのタイミングじゃあの砲撃を回避することはできないし、僕も『コンプレッション・キャノン』級の砲撃をチャージする時間はない。

... ...。

「イデア...残りの魔力量でアレに耐えきれるか...?」

《愚問です、マスター。私と貴方なら不可能などありはしません。》

こいつは普段めちゃくちゃな癖に...まぁ今はそれが頼もしい。

「カートリッジ・ロード!大型魔力障壁展開!」

両手のイデアから3発ずつ、計6発カートリッジをロードし少しでも障壁の硬度を上げる。


おそらく自らの性能限界まで魔力素を収束したせいだろう、巨大傀儡兵の体からは所々から火花が散っている。それでも、砲塔は健在。
あふれんばかりの魔力が強大なスフィアを形成し、解放される時を今か今かと待ち受けてる。

《来ます。》


そして解放される超魔力。
視界を完全に覆うほどの光を放ち圧倒的な破壊力で僕らに迫る。
周囲に散らばる傀儡兵の残骸を一瞬で蒸発させるほどのそれが僕の魔力障壁とぶつかり合う。

ガリガリガリと削られていく魔力障壁。

障壁を支える自らの両腕はすでに感覚が消えうせた。

殺傷設定の攻撃魔法、しかも高密度の魔力素を収束し放たれるソレはまさに『魔砲』。

大気が焼かる。BJの構成もほころびが生れ、崩壊していく。


「くっ...あぁぁあああああああああっ!!」



無理やり障壁に魔力を上乗せする。すでにBJの構成は解除。
その分の魔力をすべて注ぎ込む。
ここで僕が諦めれば、武装隊の人たちも...フェイト達も死んでしまう。
それに、僕自身まだ死ぬ気なんてないっ!






__絶対に防ぎきる!__






次の瞬間、光がすべてを吸い込み、轟音と共に世界が揺れた。



[12000] 第十五話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/11/01 04:10
「スティンガーブレイド!」

青い断罪の刃がまた一騎、傀儡兵を破壊する。
この魔法を放った、黒い法衣のようなBJを纏う少年、クロノ・ハラオウンは苛立っていた。
しかし、それも仕方のないことだろう。倒しても倒しても、傀儡兵はまるでゴキブリの如くそこかしこの内壁から飛び出してくるのだ。
どれだけの数を退けようと、きりがない。

「ホント、しつこいっ!」

ヴィヴィオがその手に持つ金色のハンマー型デバイスを勢いよく振り下ろし、一気に三機の傀儡兵を撃破する。
その様子を見ながらクロノは改めて彼女の戦闘技術に舌を巻く。さすがは何百年かぶりに現れたベルカの王、『聖王』の末裔。
彼女の『発見』に至る経緯は極秘扱いにされているが、最高評議会の命で辺境次元世界に訪れていたDrジェイル・スカリエッティが“偶然”彼女を発見した、ということだけはクロノも聞かされていた。

『聖王』であるヴィヴィオは当初、『聖王教会』にその身柄が引き渡されることになり、新たな聖王の誕生となった。が、その後、経紆余曲折あって、彼女は『最高評議会』の護衛騎士長となり、管理局に属する魔導騎士となる。当時の混乱は思い出すだけでも頭が痛くなる出来事で、クロノは今でもそれが若干トラウマとなっている。


「カイゼル。モード・レヴァンティン!」

《了解しました。陛下。》

ハンマーの形をしていたデバイスが一瞬で剣型へと変化する。
あのジェイル・スカリエッティ自ら『最高傑作』と銘打つ高性能デバイス。『カイゼル』。
これまでに起きた『闇の書事件』。そのたびに行われた守護騎士との死闘、さらには『聖王教会』から得られたデータに希代の天才と言われるスカリエッティの技術を結集して造られたモンスターデバイス。
その性能は圧倒的であり、守護騎士すべての装備を備え、それをさらに上回る“五つ目”の装備すらあるという。
だがその高性能故か、魔力の燃費がすこぶる悪く、Sランクオーバーの魔導師でさえ完璧に扱うことはできない...

「カートリッジロード!シュランゲンフォルムでなぎ倒すよっ!」

...はずなのだが...。

いくつもの節に分かれ、蛇腹剣となったそれが虹色の魔力を纏い、次々に傀儡兵を粉砕する。
どうやらこの小さな王、ヴィヴィオはSランク魔導師をはるかに上回る魔力容量を持ち、さらにはそれを精密操作する技術すら会得しているようだ。
クロノはその並外れた能力にあきれながらも、冷静に分析した。





瞬間、轟。と、言葉にすることすら困難な轟音が鳴り響き、強大な振動が時の庭園を揺らした。





「なっこれはっ?!」

それは後方、下の階層から起こった。クロノはすぐに冷静な思考を取り戻し、残してきた武装隊の面々に念話をつなごうとするが、侵入当初より濃くなっていたジャミングのせいでうまくつながらない。

「あっ!傀儡兵とまったよ!」

ヴィヴィオの声に振り返ると、先ほどまで苛烈な攻撃を加えてきた傀儡兵の大群がまるで時がとまったかのように、その機能を停止していた。
ということは、なのは達が駆動炉の封印に成功したということ。しかし、とクロノは考える。
今の庭園全体を揺るがす衝撃はそれが原因とは考えられない。駆動炉を破壊したのならともかく、封印したのならば、これほどの震動は起きないし、もし破壊していたとしてもこれ以上の破壊音が鳴るはずだ。
それにその場合、自分たちもただではすまない。...ということは、もっと別の要因が考えられる。

「大丈夫だよ。クロノ執務官。」

思考の渦に陥っていたクロノをヴィヴィオの声が現実に引き戻す。

「天音がいるもの。なのは達は大丈夫だよ。」

妙な説得力を感じさせる声音で彼女は言った。
時間をかければ念話のチャンネルを変更し、彼女達と通信できるようになるだろうが、悪戯に時間を浪費すれば、犯人に逃げられてしまう可能性がある。さらには、今は抑えられている次元振が発動してしまうかもしれない。
そうなっては、目も当てられない大失態。

...どのみち、今彼らを救いに行く事はできない。ここはあの子たちを信用するしかないか。
そう自分の中で納得させ、クロノは再び前を見据える。 この事件を早く終わらせて、“帰る”ために。












「はぁっ...はぁっ...!」

なんとか...防ぎきれた...。
あの巨大傀儡兵は、この空間一帯に充満する濃密な魔力素を収束し、砲撃として放った。
その威力は絶大で、傀儡兵自身もその過負荷に耐えきれずに、自壊してしまうほどだった。
BJを解除して、限界まで魔力密度を高めた僕の魔力障壁でも、完全に防ぎきれず、少なからずダメージを負うことになった。
両腕が痛みに悲鳴を上げる。痙攣を起こし、イデアを持つのも辛い...。
覚えたての治癒魔法を使って、戦闘に支障がない程度に体を修復する。
でも...どうやら僕には治癒系の魔法適性はあまり無いみたいで、上手く魔法を身体に作用させることができない。


「みなさん、大丈夫ですか?」

あたりを見回しながら確認する。
一応、武装隊の人達は全員無事のようで、重症というほどの外傷は見られない。
だけど、何人かは傀儡兵との戦闘で魔力が底をつき、これ以上の戦闘は困難だという答えが返ってきた。

フェイトは...どうやら僕との戦闘での疲労もあってか、気絶してしまったようだ。
それでも、その身体はBJに守られ、砲撃の余波による傷などは見られない。
術者が気絶してもBJが展開されているところを見ると、『バルディッシュ』は優秀なデバイスであることがうかがえる。

《マスター、あなたのデバイスはさらに優秀です。むしろ最高と言っていいでしょう。》

「... ...。」

...とりあえず無視する。 
確かにこいつには世話になりっぱなしだけど、一度目はリアルに殺されかけたし。
あまり素直にほめてやる気にはならない。...というか、なんかコイツ最近自己主張激しくないか?

《BJを再構成。魔力残量の問題から、耐物理、魔力的防御力は通常時の40%まで下がります。》

ボロボロになってしまった僕の私服の上に、魔力の膜が広がり、再び黒地に赤い縦線が入ったスーツ型のBJが展開される。
外見はなにも変わらないように見えるけど、性能は格段に落ちている。
殺傷設定の攻撃を一撃でも受ければ、ただでは済まない。 ...無いよりはましという程度か。


「そういえば、なのはさん達は...。」

さっきまで虫のように湧いて出てきた傀儡兵が、今は全く出てこない。
ということは、彼女たちが駆動炉をちゃんと封印できたということだろうけど...。
もし、もう一体さっきのような巨大な傀儡兵がいたとしたら、彼女たちでも苦戦は必至。
なにもなければ良いのだけれど...。




「天音君っ!みんな大丈夫ですか?! さっき、すごい爆発が...っ!」

そう思考を巡らしていた僕のちょうど真上から、鈴の鳴るような声が響く。
よかった...なのはさんもユーノも大きなけがは負っていない。心配は杞憂だったようで僕はホッと息をつく。

「一応、みんな無事です。なのはさん達こそ、大丈夫ですか?」

一見してはわからなかったけど、なのはさんは足を挫いて、軽い捻挫をしてしまったらしい。
飛行魔法を展開してゴマかしているけど、やっぱり、少し痛そうにしている。
ユーノはもともと防御力が高いから怪我はないけど、なのはさんを守るために障壁を維持し続けたせいか、疲労の色が見て取れた。

「あっ!フェイトちゃん...。」

なのはさんが気絶しているフェイトに気づくと、駆け寄って、心配そうに、彼女の顔をのぞきこむ。
気絶しているだけだから大丈夫ですよ。と言うと、少しだけ安心したようだけど、その顔にはどことなく陰りが見えた。
...こんな時、すずか姉さんなら、なにか気の利いた事を言ってあげれるのだろうけど...。















(み...な、無... ...です... ... か?)










その時不意に、ノイズ交じりに頭に響く声を僕達は確かに聞いた。


「これは...念話?」

(よかった...無事だったようですね。 私です。リンディ・ハラオウン艦長です。)

「リンディさん...?」

今度はしっかりと声が聞こえる。リンディさんからの念話だ。
今、リンディさんは一人で次元振を抑えていて、さすがの彼女もそれに手いっぱいになっているらしく、その場から動けないらしい。

(まだ戦闘が可能な者は、執務官たちの援護に回ってもらいます。...ごめんなさいね。あなた達にまでこんなこと...。)

リンディさんは本当にすまなそうに謝りながらも、僕達に“命令”を告げた。

(いえ、気にしないでください。 僕もこれから、ヴィヴィオ達の所に行こうと思っていましたから。)

僕はリンディさんにそう言った。
いくらヴィヴィオが強力な魔導師で、執務官であるクロノと共にいるといっても心配なことに変わりはない。
...まぁ、今の状態の僕が行って、助けになるとは思えないけど...。
それでも、僕は...。



(...そう。 ありがとう、天音君。)













「...嫌になっちゃうわね。」

天音たちとの念話を終えたリンディは一人、小さくため息をついた。
『いい人でいるのも疲れただろうから』 出撃前、スカリエッティに言われた言葉を思い出す。

「ふふ...本当 疲れちゃうわ。」

力なく吐いた言葉が、誰もいない空間に、いやによく響いた。
彼女は局員として、全次元世界を守る立場の人間として、なのは達、将来有望な優秀な魔導師を管理局に入局させることは当然のことだと考えている。その為にとる方法がどれだけ汚いモノで、それが結果的に彼女たちから日常を奪ってしまうことになったとしても、より多くの人々を救うためならば“仕方のない”ことだと...。


しかし、同時にそれは間違っている。と、考えている自分も確かにいる。リンディはその狭間で苦悩し、そして自嘲する。
中途半端な、とうの昔に捨て去ったはずの、自分の『正義』に。





_私は管理局のリンディ・ハラオウン提督です_




スカリエッティに告げた言葉をもう一度、胸の内で再生する。
感情を殺し、提督としての自分を『造る』。



「私は、“管理局の”リンディ・ハラオウン。それ以上でも、それ以下でもない。」





彼女は静かに、自らに言い聞かせるように、虚空に向かってそう呟いた。













後書きです

お久しぶりです(汗 今回の更新、何時もよりだいぶ遅れてしまって、申し訳ありません。
最近日常生活が本当に忙しくて...。まぁ進学の時期だから当たり前なんですがね(苦笑
それでは今回も皆さんのご意見、ご感想をお待ちしております。



[12000] 第十六話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/11/10 23:18
母さんが笑っている。
もうどれくらい昔のことになるだろうか。母さんが私に笑いかけてくれるなんて。
母さんがお花で造った首飾りを、私にかけてくれた。微笑みながら、似合ってるいわよ。と、頭をなでてくれる。
フイに、頬に暖かいものが流れた。これは...涙?
泣いている。私は、泣いているの...?
母さんが私をギュッと抱きしめてくれる。それでも、涙は止まらない。
何故?母さんにこんなにも優しくしてもらえて、私は幸せのはずなのに。

「あなたを絶対に離したりなんてしないわ。」

母さんがとても優しく、私にそう囁き掛けた。
それでも涙は止まらない。まるで壊れた“人形”のように私の瞳からは涙がとめどなく溢れる。

「私の愛しい娘。 ****。」

その言葉で私は何故、自分が泣いているのかを理解した。
母さんは、“私”に笑顔を向けてくれているわけではない。“私”に愛を注いでくれているわけではない。
何故なら、母さんが呼んだその名は、私のものではなかったのだから。












「ここ、かぁああッ!!」

勢いよく振り下ろされた黄金色の巨大な鉄槌が、鋼鉄で造られ、さらに魔力障壁でその防御力を高めた鉄壁の扉をいとも簡単に粉砕して見せた。
その鉄槌をふるったのはおよそ9才程度の小柄な少女。なれど、その身から発せられる他を圧倒する、偉大な王のごときオーラが、一般的に“少女”と呼ばれる存在からかけ離れた印象を、見た者に抱かせた。

「さぁ、ここまでだよ!」

その少女、ヴィヴィオは高らかにそう宣言した。
クロノは彼女の行動に、今日何度目か分からないため息をつきながら、粉塵の向こうにいる、この庭園の主であろう人物を見据える。




「...あら、誰かと思ったら。 ハラオウンの坊やじゃない。」




粉塵が晴れ、そこに現れた人物をクロノは知っていた。

「あなたは...! 『プレシア・テスタロッサ』!!」

胸元が大胆にあいたドレス型のBJを纏い、まるで、童話に出てくる魔女の杖のようなデバイスを右手に携えた女性。
艶のある長髪と、鮮やかな紅い色の唇が妖艶な雰囲気を漂わせる。

「え...と。 クロノ執務官知り合い?」

「いや、今の今まで直接会ったことはなかった...。

だが、管理局に所属しているものならば彼女のことを知らないものはいない...。
中央技術開発局の“元”第3局長 『プレシア・テスタロッサ』。
26年前、個人開発の次元航空エネルギー駆動炉『ヒュードラ』稼働実験に失敗し、中規模次元振を起こした。
その実験で愛娘である『アリシア・テスタロッサ』を失い、地方世界に異動後、行方不明になったと聞いていたが...。」

まさか犯罪者に身を堕としているとはな...。と最後に小さく呟き、クロノはプレシアの後ろに浮かぶ六個のジュエルシードに視線を移す。
彼女がどのような目的でアレを暴走させ、次元振を引き起こそうとしているのかは分からない。
しかし、アレさえ封印してしまえば、後は二人がかりでプレシアを確保すればいいだけだ。
並列思考を駆使し、クロノは今取りうる最善の行動をシュミレートする。

「クロノ執務官...そのアリシアって娘は、一人っ子だった...?」

「あぁ。彼女の娘は『アリシア・テスタロッサ』唯一人だけだったはずだ。」

「それじゃあ、あの、フェイトって娘は...」






「あれは、ただの出来損ないの失敗作よ。」






まるで感情というものがこもっていない声で、プレシアはそう言い放った。
彼女はジュエルシードのさらに後方にある、円柱状の筒を愛おしそうに眺める。

「『フェイト』は唯の道具にすぎないわ。私の『アリシア』を蘇らせるめの...。」

その筒の中には、フェイトに瓜二つの容貌をもった少女が一人、浮かんでいた。

「な..っ! まさか、貴女は...っ!」

クロノが一つの結論に至り、目の前の女の持つ、おぞましいほどの狂気に背筋を凍らせる。

「最初は、アレでもいいと思っていたのよ。

でも駄目ね。 全然だめ。 あんなのはアリシアじゃない。ただの失敗作だわ。」

プレシアは『アリシア』を眺めていた時の、聖母のような優しい微笑みから一転し、鬼のような形相でフェイトのことを『失敗作』と言い捨てる。
そう、『フェイト』とは彼女が自身の娘を蘇らせるために人工的に生み出した存在。
アリシア(愛娘)の遺伝子から“造られた”複製人間(クローン)。

「自分の娘の、クローン...。」

ヴィヴィオが感情を押し殺した声で静かにつぶやいた。その瞳にはいつものように人を魅了する光はなく、どこまでも暗い闇が広がっている。

「“あんなもの”に一時でも愛情を注いでいたかと思うと、本当に鳥肌が立つわ。
せっかく苦心して造り上げたというのに、出来たのはあんな出来損ない。
アレに費やした時間を返してほしいくらいよ。

...でも、出来損ないだとしても少しの役には立った。当初の計画していたより出力が足りないけど。
ジュエルシード六個の魔力でも片道くらいにはなるでしょう。

『アルハザード』への道を開くには十分だわ。」

「アルハザードだとっ?!」

失われた秘術の眠る場所。『アルハザード』
そこは、ありとあらゆる秩序が混在する場所。時を操る魔法、さらには“死者”を蘇らせる魔法まで存在する。まさに魔の法が支配する世界。
しかし、今となっては誰もその世界が“在る”とは考えておらず、所詮はおとぎ話というのが一般的な見解である。

「アルハザードは存在するわ。確かに。」

だがプレシアはアルハザードは確かに“在る”という。
そこで最愛の愛娘であるアリシアを蘇らせ、失った時間を取り戻す。
それが彼女の願い。ほかの何物をも犠牲にしてでも叶えたいと思う、絶対の願い。

「そして私は取り戻すのよ...アリシアとの幸福な日々を...っ!

ふふ...あははっ...アッハハハハハハハッハハハハハハハッハハハ!!」













「か...母さん...。」










消え入るような弱弱しい声が、プレシアの狂気の笑い声を、ピタリと止めた。
クロノとヴィヴィオは二人揃ってその声の聞こえた方向に身を返す。そこには黒衣の魔導師、『フェイト』が縋る様な表情でプレシアを見つめていた。










迂闊だった。
リンディさんとの念話を終えた僕達は、気絶していたフェイトとアルフを、魔力切れで戦闘が不可能になった武装隊の人に任せ、ヴィヴィオ達の後を追おうとした。
でもその時、いきなりフェイトが目を覚まし、バインドを切り裂いて、逃走した。もちろん僕達はすぐさま飛行魔法を展開し、彼女を追ったが、着いた先はプレシアのいる時の庭園の玉座。すでにヴィヴィオ達は到着していて、プレシアと対峙している。フェイトは彼女たちに襲いかかろうとして、しかし、その言葉を聞いてしまった。


「あれは、ただの出来損ないの失敗作よ。」


まずい、そう思った時にはもう遅かった。プレシアの口から語られるフェイトの出生の秘密。
なのはさん達も、そのおぞましい狂気に圧倒され、何もできずに固まってしまっている。

「『フェイト』は唯の道具にすぎないわ。私の『アリシア』を蘇らせるための...。」

プレシアの背後に、うすぼんやりとした光を放つ円柱の筒。その中には彼女の本当の娘。『アリシア・テスタロッサ』が眠っていた。フェイトは茫然とその様子を見つめる。

「“あんなもの”に一時でも愛情を注いでいたかと思うと、本当に鳥肌が立つわ。」

そしてアリシアを蘇らせるためにアルハザードに行くのだと宣言し、聞く者を嫌悪させる狂笑を上げるプレシア。彼女は完全に狂ってしまっている。大切なものを失い、それを取り戻そうとあがいた結果、人はあそこまで変貌することができるのだろうか...。


「か...母さん...。」


か細く、力なくつぶやいたその言葉が、フェイトの口から洩れた。
その表情は悲痛、彼女の胸の悲しみ、苦しみがこちらにも伝わってくる...。
でも、そんなフェイトをプレシアはまるで感情のこもっていない、見る者を凍てつかせる、冷たい目で見下ろす。その瞳にどれだけの憎悪が込められているのか...彼女の狂気がこの空間を支配していく。

「私は...母さんの娘だよね...? 出来損ないとか...そんなものじゃ...」

フェイトが一言、一言、恐る恐るかみしめながら言葉を紡いでいく。でも...

「あなたは人形よ、フェイト。 それもこの上なくできの悪い。」

「!」

「もうあなたの役目は終わったわ。私は、私の“愛しい娘”アリシアと共にアルハザードへと旅立つ。

アナタは何処えなりとも消えてしまいなさい。 もう、私にアナタは必要ないから。」

「そ...ん...な...」

フェイトの手からバルディッシュが零れおち、そのまま彼女は地面に膝をつく。
なのはさんが慌ててフェイトに駆け寄り、声をかけるが、魂が抜け落ちたかのように何の反応も返さない。 そのルビーのような真紅の瞳からは光が消え、うつろに虚空を見つめているだけ。

母に見捨てられた挙句、自らは本当の娘のクローンで、造られた命だと宣告されたのだ。
一体どれだけ、彼女の心は傷ついたのだろうか...。

この場にいる皆がプレシアに対する敵意を明確にもった瞬間、轟、と、庭園全体を揺るがすほどの大きな揺れが突然起きた。

「なっ...なんだっ!」

(総員、ただちに帰還してくださいッ! もう限界です!局地的次元振が時の庭園を飲み込むわっ!!)

リンディさんが血相を変えて僕達に退避を促す。次元振の規模は大幅に縮小できたらしいけど、この庭園まで守りきることができず、もう少しで虚数空間に取り込まれてしまうらしい。
武装隊の人たちがなのはさんとユーノ、それに茫然自失の状態のフェイトを転移魔法で先にアースラへ退避させ、僕とヴィヴィオ、クロノにも退避するように呼び掛けてくる。
でも、プレシアは...っ。

「ふふ...嗚呼、私の愛しいアリシア...。 これでアルハザードへと私たちは旅立つことができるわ...。
失った日々を...私たちの幸せを、取り戻すのよ。」

「プレシア・テスタロッサっ! 貴女も早く退避しろ!死にたいのか!!」

クロノがプレシアに最後の警告をするが彼女はそれに取り合わず、ただアリシアを見つめ、恍惚の表情を浮かべる。...アルハザードに本当にいけると思っているのか、それとも、彼女はもともと生き残るつもりなんてなかったのか...。
クロノは今度は力ずくでプレシアを確保しようと魔法を発動しようとし、









ドンッ_という音と共に、地面が砕け落ちた。










虚数空間の重力に引かれ、周囲の物体が次々に飲み込まれていく。
それはプレシアも例外ではなく、アリシアの入ったカプセルごと、極彩色の空間に吸い込まれる。
最後に見たプレシアの顔に浮かんでいた表情は、頬笑み。 慈愛に満ちた母のそれだった。














後書きです


投稿がここまで遅れてしまうとは...(汗) スイマセン...。
本当に、マジで、SSを書く余裕がない(泣) 今回の投稿はそのために、誤字が多くあると思うのですが、その時はご指摘お願いします。。
物語がひと段落したら、加筆修正するかもしれません。


天音が全く目立たないのは今のとこ仕様ですので(苦笑



[12000] 第十七話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/11/19 22:17
なんとかアースラに戻ってこれた僕達は、それぞれに宛がわれた部屋でつかの間の休息を取っていた。
プレシアは次元断層によって虚数空間の闇に消え、一先ずの脅威は去った。何とも言えない後味の悪さを僕達に残して...。
プレシアの願いは失った幸せな時間を、失った大切な人を取り戻すことだった。
誰だって、一度は考えてしまう...僕だって...、そんな当たり前のこと...。でも彼女は、それを本当にしようと“求めて”しまった。
その過程で出るあらゆる犠牲を厭わずに。もし、本当にアルハザードにいけたとしても、それまでに多くの人たちが犠牲になってしまう。
多くの人たちの大切な人が消え去ってしまう。それは、いけない、いけないことだ。
それでも、心のどこかで、プレシアを羨む気持ちが、確かにあった...。
大切な存在のために、あれほどに狂い、尚、それを取り戻すことをあきらめず、その為にすべてをささげることができた彼女を。
僕には絶対にできないことだから...。

「思っていた以上に...僕って薄情なのかもな...。」

思わず独り言をつぶやいてしまう。
すずか姉さんが、殺されてしまった時に僕はこれ以上ないくらいの悲しみと、絶望と、憎しみに身を支配された。
でも、今はどうだろうか?すずか姉さんが殺されたことに対しての憤りはいまだ消えない。いや、一生消えることはないだろう。
だけど、僕は間接的にとはいえ、彼女の命を奪ったプレシアやフェイトに対する怒りが、自分でも驚くほど、無いのだ。
...それは、すずか姉さんが死んでしまう原因を作った張本人が僕自身であるということもある。彼女たちの事情を知っているから、というのも。
それでも、それでもだ。僕はそれに、“納得”している自分が、不意にどうしようもなく情けなく思える。
僕は、すずか姉さんのことを大切な存在だと言っておきながら、本当は、それほど大切に思っていなかったのではないだろうか...彼女は、僕を世界で一番愛していると言ってくれたのに...それなのに、僕は...っ!









「天~音っ!」

「うわっ!...驚かさないでよ...ヴィヴィオ。」

いつからこの部屋にいたのだろうか。 ベッドに腰かけている僕のすぐ隣に、ヴィヴィオが座っていた。
「ごめんねー」と舌を出しながらはにかむヴィヴィオ。その笑顔に、一瞬見惚れて、少し気が楽になったような気がした。

「まぁ...良いんだけど。 ...っというか、どうかしたの?」

不意に陰ったヴィヴィオの表情から、彼女の様子が少しおかしいことに気がついた。
いつもは周囲の人たちさえ元気にしてしまうような、力強くもやさしさが感じられる、彼女特有の空気のようなものは鳴りをひそめ、今は無理をしているうな、どことなく暗い雰囲気を纏っていた。

「...あのね...変なこと聞くけど。」

「? 何?」

「私は、天音の瞳に、どう『みえてる』のかな?」

「え...?」

ヴィヴィオは僕の目を、かつて見たことがないほど真剣な表情で、まっすぐに見つめる。
どう見えているか...?これはいったい、どういう意味なんだろう...。そもそも、なぜいきなり彼女はこんな話を僕に...?
軽く混乱してしまい、どう答えればいいか迷っていると


「天音...こたえてよ...。」

そう呟くと、ヴィヴィオは僕の胸に顔をうずめるようにしてよしかかってきた。

「...ヴィヴィオ...?」

ギュっと、縋りつくように、強く抱きついてくるヴィヴィオ。
その姿はいつもの彼女からは想像できないほど弱弱しく、まるで別人のようにか弱い存在に思えた。よく見れば、小刻みに体が震えている。

「私は...『私』なの。 ほかの誰でも、ない...。」

「... ...。」

「天音も、なのはも、ユーノも。みんな“一人しかいない”。 『私』も、私だけしか、いない、の...。」

彼女が何を言っているのかは、正直、僕には解らない。 
でも、自分に言い聞かせるようにして言葉を紡ぐ彼女を見ていれば、それは、ヴィヴィオにとって大切なことであるというのは理解できた。
自分でも自覚しているけど、僕はあまり口が達者なほうではない。
だから、彼女の求めている答えを返してあげることはできないだろう。だから...



「...ヴィヴィオ。」

そっと、壊れ物を扱うように、両腕を彼女の背中にまわす。驚いたのか、ヴィヴィオは一瞬、肩を跳ねさせる。

「君が、何にそれ程苦しんでいるのか、僕には分からない。

君を満足させてあげれるような、気の利いた言葉もかけてあげることができない。

それでも、こうやって君を暖めることくらいは、できるから。」

できるだけ優しく、彼女を抱きしめる。
自身の問題一つ満足に答えを出せない僕が、彼女の問いに答えれるはずもない。
それでも、今目の前で震える彼女の心を少しでも暖めてあげたいと思うのは、間違いではないだろう。

「...うん。 ありがとう、天音。」






どれくらいそうしていただろうか、僕達は一言も喋らないまま、抱きしめあって、お互いに同じ時間を過ごした。
それはとても不思議でどこかくすぐったい、そんなひと時だった。

「よしっ! 充電完了!」

ヴィヴィオはそう言うと僕の胸に押しつけていた顔を上げた。
そこには、先ほどまでの弱弱しい表情などなく、見る者の心までも明るくさせてしまうような、花の咲くような笑顔が浮かべられていた。

「もういいの?」

「うん! もう大丈夫だよ。 ありがとう、天音。」

「そっか...。 役に立てたみたいで嬉しいよ。」


沈黙が二人の間に生まれる。でもそれは、気まずいものではなく。


「...パパに呼ばれてるから、もう行かなくちゃ。」

ヴィヴィオはそのままベッドから立ち上がり、扉を開ける。



「ねぇ、天音。」


振り返らずに僕に声をかける。

「今回のことが終わって、時間ができたら。 また三人で、タイ焼き食べに行こうねっ!」

そう言うと、僕の返答を待たず、ヴィヴィオは勢いよくこの部屋を出て行った。
すっかり元通りになった彼女に苦笑しつつも、そのことを僕は心の底から嬉しく思った。












「残る問題は、『闇の書』だけだな...。」

時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンは自室の執務室で誰に話しかけるでもなく、一人そう呟いた。

「あれから、11年か...。」

クロノと『闇の書』には浅からぬ因縁がある。
彼の父親である、クライド・ハラオウンは11年前、輸送中に突如覚醒した『闇の書』により自身の艦のコントロールを奪われた。
味方の艦隊にまで浸食を開始した闇の書の恐るべき力に、もうどうにもならないと判断した彼は、当時はまだ現場で隊を仕切っていた彼の上司、現時空管理局提督であるギル・グレアムに自分ごと闇の書を破壊することを提案し、断腸の思いでそれを了承したグレアムはアルカンシェルをクライドの艦であるエスティアと闇の書めがけ発射し、それを撃破。

この事件はクライドの妻であり、クロノの母であるリンディ・ハラオウンそしてクロノ自身、犠牲になった局員たちの遺族はもちろんのこと、実質的に自分の部下達を殺す引き金を引いたグレアムの心に消えることのない深い傷跡を残した。





感傷的に過去を振り返っていたクロノを、コンコン、とならされたドアの音が、現実へと引き戻した

「エイミィか。」

「あれっ。 なんでわかったの?」

訪ねてきたのはクロノの予想通り、信頼すべき部下であり、愛すべき友人でもあるエイミィ・リミエッタだった。

「まぁ、なんとなく、な。」

クロノはその顔に微笑みを浮かべながら短く言った。 特にこれと言って魔法の類は使用していない。
だが彼はエイミィが来る事を、半ば確信に近いほどに、予測していた。

「...そう。 ねぇクロノ君、あのね...」

「大丈夫だ。」

エイミィの話をクロノが制する。

「え...?」

「大丈夫だ、エイミィ。 僕は『時空管理局執務官クロノ・ハラオウン』だ。

私情に走ったりなどしないさ。」

私生活でも親しい中であるエイミィは自分と闇の書の因縁について、もちろん知っている。
少しおせっかいなところがある彼女だ、きっと注意を促すために来るとは思っていた。
クロノは心中でそう呟く。

「もうっ、すっかり大人になっちゃって。 エイミィお姉さんはガッカリだよっ。」

「...一つしか歳は変わらないじゃないか。」

「それでも年下は年下でしょっ。 そこは素直に認めるものだよ、クロノ君!」

「何様だ君は...。」

いつものように軽口を交わす二人。クロノは改めてこうしていられる幸福に感謝する。
そして、この平和を守ってくれた父とその仲間たちを誇りに思う。
今度は僕達が彼等を、大切な者たちを守る番だ。同じ悲劇は繰り返さない。闇の書の輪廻は僕が終わらせる。

彼は次なる決戦へと決意を新たにする。その胸に譲れぬ思いを抱いて。













後書きです

お久しぶりです。 えーまことに申し訳ないのですが、もう少しで試験なので、またしばらく投稿が遅れると思います。 スイマセン(汗

今回はつかの間の休息。いつもより会話に重点を置いてみました。

そしてヴィヴィオに死亡フラg(ry


では、皆さんのご意見、ご感想をお待ちしております。



[12000] 第十八話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2009/12/28 15:56
「危うく巻き込まれるところだったな...」

闇の書の守護騎士の一人、鉄槌の騎士ヴィータは先程まで巨大な要塞、「時の庭園」が在った空間、今では初めから何もなかったかのようにぽっかりと穴のあいたその虚空を見つめ、そうつぶやいた。

「半分しか拾いきれなかったけど...これでもかなりのページを埋めることができたわ」

直ぐ隣から不自然にくぐもった声がヴィータにかけられた。

「シャマル...悪い、あたしが万全だったら...」

振り返りながら、その声の主、同じ闇の書の守護騎士にして湖の騎士であるシャマルにヴィータは詫びた。

「ヴィータちゃんのせいじゃないわ。
そもそも、あの海上で私を庇って雷に撃たれてくれたんだもの。これで、おあいこ よ」

シャマルは責任感が強く、自分の体よりも仲間の体のことを気にかける、この心優しき小さな騎士に対して慈しみを感じながらも、詫びの必要はないとヴィータに言い聞かせる。

「でも、その両手っ...」

ヴィータはその顔に苦悶の表情を浮かべ、シャマルのひどく焼けただれた両手を見た。
虚数空間に落ちていくジュエルシードをシャマルは旅の鏡を使い、回収、同時に封印までこなした。
医療魔法に長けた彼女は魔力の精密制御の技術は卓越しており、その面だけならば他の騎士達を凌駕するほどである。 本来、傷ついた仲間を守るためのその力だが、今回はそれが暴走したジュエルシードの正常化を成功させた。

しかし、それなりの代償を、彼女は払うことになった。

すでに管理局の者により魔力の暴走は大幅に押さえられていたが、そこはロストロギア、抑制されながらも放たれる膨大な魔力は彼女の両手の平から手首あたりまでを容赦なく焼いた。
両手から全身につたわる、身を裂くような激痛に耐えながらもシャマルは闇の書から術式を自らにダウンロードし、封印術式プログラムを攻撃魔法を使わず直接叩き込んだ。
本来ならばヴィータがそのデバイスでもって封印すればここまで彼女が消耗することはなかった。
だが、先の海上での戦闘において、ヴィータは撤退時、プレシアの放った次元跳躍魔法からシャマルを庇い、デバイス共々大きなダメージを負っていたためロストロギアを封印するほどの魔法行使をすることができない状態。
そのような状態であっても今回、時の庭園の次元座標を解析し、守護騎士の中で唯一無傷であったシャマルが単身乗り込もうとしたとき、せめて護衛だけでも、と願い出たのは、彼女の、自身より仲間を優先する生来の信条からであろう。

「こんな怪我、今まで私達が負ってきたモノに比べれば全然対したことないわ。 だから大丈夫、心配しないで。」

「シャマル...」

心配するな、など、到底不可能なことであるが、しかし、それでもシャマルはヴィータにそう告げた。
今優先すべきは闇の書の完成、主たる八神はやての命である。そのためならばこの程度の怪我、モノの数にも入らない。


「ページも残りわずか。とりあえず、一旦帰りましょう。
はやてちゃんが待ってるわ」


「...ああ」


明るい緑色の魔法人が輝き、二人の姿は魔力光の残照を残し、この次元から消えた。










「そうか、わかった。 私も今からそちらに行く」

白と言うより銀色に近い髪を後ろになでつけた老紳士、ギル・グレアムは通信を終えると、自身の机の端におかれた写真立てに、フト、視線を落とした。そこに入れられた写真は幸福そうな生前のクライド・ハラオウンと彼の家族のものだった。
無邪気に笑うクロノを抱えて笑みを浮かべるクライドと、そんな彼らを見守るように微笑む、妻リンディ。

この幸福な家族にこの後、深い絶望と悲しみが降り懸かることになるなど、誰が予測できただろうか。

「すまない...」

この家族からクライドという大切な存在を奪ってしまったのは、自らの責任であると、11年前の闇の書事件からグレアムはずっと自分自身を責め続けてきた。
そして彼は誓ったのだ。クライドが命を落とすことになった元凶、幾たびも転生を繰り返し、人々に災厄を巻き続ける、闇の書というロストロギアの輪廻を自身の手で終わらせることを。

「...外道の所業と、罵られたとしても仕方ないな」

自身の計画で犠牲になる一人の少女のことを思いだし、グレアムは自嘲的な笑みを、その顔に浮かべた。
八神はやて 今回闇の書がその転生先に選んだ新たな主。グレアムがはやてを見つけたときには彼女はすでに天涯孤独の身だった。
その境遇に同情こそすれ、しかし、グレアムにとってそんなことは些細な感傷程度の事でしかなかった。
両親を失い、傷心のはやてに「おじさん」として接触。財産管理や資産援助をおこないながら彼女の周辺の人物に認識阻害の暗示をかけた。
彼女がいなくなっても、できるだけ影響が少ないように。
最早、彼にとって八神はやてという存在は復習の対象でしかなく、それ以上でもそれ以下でもなかった。

__しかし、いざ計画を実行に移すこの段階において、はやてに対する同情心がでてくるあたり、自分はつくづく小悪党であると自覚する。

「だが、もう私は止まれないのだ...」

そう、もう彼は止まれない、止まることは許されない。
自ら進んで悪党になったのだ。ならば、最後までそれを貫き通すのみ。

「...」

グレアムは無言で転移魔法を発動し、決着の地へと向かった。










海鳴のとある住宅街にある、一軒家。
そこから数メートル離れた小道に、明るい緑色の光が発生したかと思うと、そこにはバリアジャケットを解除し、普段着に身を包んだヴィータと、シャマルの姿があった。

「ヴィータちゃん。 私の怪我はお出かけ中に転んですりむいたって事にしておいてね。」

シャマルの両手は暴走したジュエルシードを封印するさい、その膨大な魔力熱量によって焼けただれてしまっている。闇の書本体の力を使えば復元は容易であるが、今はそれに使う魔力すら惜しい状態。
とりあえず、はやてには「すりむいた」ということで納得してもらい、今はその傷が見えないよう、包帯でこれでもかというほどに縛られて、焼けた肌が見えないよう隠されている。

「どんだけ豪快に転んだんだよ、ってツッコまれそうだけどな」

ヴィータはその両手を見ながら、ため息をついたが、他に良い言い訳も思いつかなかったので、なにを言われてもそれで貫き通そうと決心した。







「ただいまー...ってあれ?」

八神家に帰宅したヴィータとシャマルの二人は違和感を感じて一瞬靴を脱ぐ手を止めたが、すぐにその違和感の正体に気づき、疑問符を浮かべる。

「靴が...ない?」

主である八神はやてを含め、守護騎士の一人であるシグナムの靴もない。今の時刻はすでに午後10時過ぎであり、いつもならばすでに就寝の準備をしているはずで、散歩にしても、体の弱まっているはやてをシグナムが夜中に連れ出すとは考えられない。では何故...?
思考の渦に陥った二人を現実に引き戻したのは、前方に感じた人の気配だった。




「主はやてとシグナムは病院だ」

視線を向けた先にいたのは、筋肉質の大男、彼女たちの同胞である、盾の守護獣ザフィーラだった。

「病院って...なんで!」

「お前達が帰ってくる数時間ほど前に、主の様態が急変したのだ...。今はシグナムが主についてくれている。
...私はお前達に知らせるために、一人でここに待機していた。
ジュエルシードの回収中に、お前達に通信を繋ぐわけにはいかなかったからな」


まさにハンマーで頭を思い切り殴られたかのような衝撃が二人を襲った。
数秒、ヴィータとシャマルは呆けたようにザフィーラの顔を呆然と見つめていたが、いち早くそこから復帰したヴィータが脱ぎかけの靴に強引に足を突っ込むと、勢いよく玄関から飛び出した。

「っヴィータちゃん?!」

「シャマル、私たちも行くぞ。もう、待っているのも限界だからな...」

自分の狼の耳と尻尾を変身魔法で隠したザフィーラがシャマルに告げる。その口元は血が出るほど噛みしめられていて、彼がどれだけ主の元に行くのを我慢していたかがわかる。

「...ええ。急ぎましょうっ」

扉に鍵をかける時間すら惜しく、三人は主の待つ病院まで一気に駆けだした。











後書きです
更新がとっても遅くなって申し訳ありません(汗
試験終了後、体調不良で寝込んでしまったうえに、最近はクリスマスだなんだと、忙しくて、中々執筆作業に入ることができませんでした。
ですが、なんとか一話分(ちょっと短いですが)書き終わったので、投稿させていただきます。
次回からの更新もまた不定期になるでしょうが、これからもこのSSをよろしくお願いします。

それでは、今回も皆さんのご意見ご感想を心待ちにしております。



[12000] 第十九話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/07/26 04:04
「パパの言うとおりに、天音には言ってきたよ」

部屋に据え付けられたベッドの上に、体を横たえたヴィヴィオはパパことジェイル・スカリエッティにそう告げた。
モニターに向かってなにかしらの作業を行っているスカリエッティに遠慮したのか、その声はいつものモノよりも幾分か小さい。

「友達を騙すようなことをさせてしまってすまないね、ヴィヴィオ」

ヴィヴィオに向きなおったスカリエッティは彼女に謝罪する。
だが、ニヤついた表情を浮かべながらの彼の謝罪に、誠意というものを感じることはできない。
その態度は誰が見ても、形だけの謝罪であることは明らかだった。
――もっとも、天井に視線をさまよわせているヴィヴィオはその表情を見ることはなかったが。



「なんで、パパは私にあんな事を指示したの... ...?」



ヴィヴィオはたった九才の少女。地球の常識で言えば、まだ義務教育も終えていない幼い子供である。
しかし、彼女はただの少女ではない。
それが幸福なことなのか、不幸なことなのか、それを判断することはできないが、彼女は王なのだ――生まれ持っての。
自らそう自負するだけの力も、彼女は持っている。
だからこそ、今回スカリエッティの指示に納得がいかない。
王、聖王たる自分が他人に弱みを見せると言うことは、彼女にとって了承しがたいこと。
別に、天音のことが嫌いだとが、そういうことではないが、それとこれとは話が別なのだ。


「君が彼の“大切な存在”になることが重要だったんだよ」


「え?」

予想もつかなかったスカリエッティの答えに、ヴィヴィオは思わず間抜けな声を出してしまった。

「彼、『月村 天音』はね、大切な姉を失ったことで、心にポッカりと、大きな穴があいてしまった状態なんだよ」

「......うん」

「君がその欠けた部分をふさぐ存在になれば、いざという時、彼は身をていして君を守ってくれるだろう。
もう二度と“失わない”為にね」

「......」

「不服かい? ...だが、これも君を思ってのことなんだ。
一応、君の体はまだ“調整中”なのだから、いつ不具合が起こるかわからない。まぁ、保険だと思ってくれればいい」
           
理解はできた。
不満がなくなったわけではないが、スカリエッティに、敬愛する父に、自分のためなのだといわれてはヴィヴィオに異を唱える余地はなかった。

―――しかし、納得はできない。

王としての誇りなどではない、不可思議な感情がヴィヴィオを戸惑わせた。




そのとき不意に、暖かい何かに包まれ、視界が覆われる。




それがスカリエッティに抱きしめられたためだと自覚するのに数秒かかった。

「ヴィヴィオ、君の歩む道は困難極まる茨の道だ。
君の前に幾たびも巨大な壁が立ちふさがるだろう。
だが、忘れないでほしい。私は何時でも君の味方だ」

「パパ......」

「ああ、私は君のパパなのだからね」

気恥ずかしさを感じながらもヴィヴィオは父の暖かい包容を受け入れる。
そのあまりの心地よさに、自然ヴィヴィオの顔に笑みが浮かんだ。
それは王のように尊大な笑みではなく、ただの、普通の女の子の微笑み。
父の暖かさの前に、先ほど浮かんだ違和感などはいつのまにか、彼女の頭から消え去っていた。






「愛しているよ、ヴィヴィオ」






父親らしい、慈愛のこもったささやき。
―――しかし、その言葉の響きとは裏腹に、スカリエッティの顔は全くの無表情。
そこからは何の感情も伺い知ることはできなかった。








「......」

まるで生気のない、フェイトちゃんの様子を目のあたりにして、わたしは何一つ言葉を発することができないでいる。
まるでルビーのように、紅くきれいな瞳はうつろに濁り、俯き気味の姿勢もあって、どこに視点を合わせているのかもわからない。
―――まるで、廃人。
そんな彼女に、いったいどんな言葉をかけたら良いのだろう......。

わたしはクロノ君にお願いをして、なんとか、少しだけでもフェイトちゃんとお話をする時間を作ってほしいとお願いをした。
クロノ君は難しい顔をしながらも、「そんなに長くは時間をとることはできないし、面会には僕も立ち会わなければいけないが――それでもいいなら......」と、特別に面会の許可をくれたのだ。
ユーノ君もフェイトちゃんのことが気になっていたらしくて、二人で面会をさせてもらうことになった。
誰かとお話することで、傷ついてしまったフェイトちゃんの心が少しでも楽になってくれれば、と思ったけど―――。

まるで生気を感じさせない、廃人のようなフェイトちゃんの姿を目のあたりにして、わたしはかける言葉を失った。
わたしは全然、理解していなかったんだと、今頃になって思い知った。

世界で一番信じていたお母さんに

世界で一番大切なお母さんに

世界で一番愛して欲しいと想っていたお母さんに

自分自身の存在を否定されるということが、どれほどのことかということを わたしは理解していなかった。

「っ......」

口から漏れるのは言葉にならない吐息だけ。
色々話題を考えてきたはずなのに、その全部が全部、頭の中からきれいに消えてしまっていた。
そんな自分が情けなくて、腹立たしくて......逃げ出したくなる。
でも、そんなこと、当然できない。
わたしはフェイトちゃんとお話をしにきたんだから。
何か、何か話さないと――わたしは何のために――っ。



「ボクはね、親がいないんだ」



その時、今までわたしと同じようにじっと黙っていたユーノ君が突然言葉を発した。
でも、あまりに唐突なその内容に一瞬わたしの思考は停止する。
親が......いない?
我に返って、その言葉の意味を問いただそうと口を開きかけた、その時。


「......どういう、こと......?」

面会が始まってから初めて、フェイトちゃんは閉ざしていた口を開いた。

「捨てられたんだ。両親に」

淡々とした口調でユーノ君は告げる。
まるで今日の朝食の話をするみたいに、何でもないことを話すかのような、気軽さで。

「それで、君は......どう、したの?」

「ボクが捨てられた近くの遺跡で、発掘調査を行っていたスクライアの人達に、運良く拾ってもらったんだ。
そして、彼らは、身よりのないボクにスクライアの姓を与えてくれて今まで養ってくれた」

「......」

「もう当時の事は朧気にしか覚えてはいないけど。
最初は見知らぬ人たちに囲まれて、もう全然ワケわからなくてずっと、泣いていた」

「......」

「お母さん、お父さん。て。
でも、いくら呼んでも二人はボクを迎えにきてくれることはなかった。当たり前だけどね」


「悲しくは、なかったの? 母さん達に捨てられて.....」


フェイトちゃんは俯き儀身に顔を伏せ、けど視線だけはユーノ君から外さずに、恐る恐る聞いた。

「そりゃ、ね。
だけど、ずっとそのままってわけにはいかないから。
それに、スクライアの人達は本当に良くしてくれたんだ。
そんな彼らの好意を無碍にして、何時までもぐずってはいられない。そう思ったんだ」

「......そう」

「それに、友達もできた。
彼らと一緒に遊んだり、話したり、勉強したり。
そんなことをしている内に、すっかり、悲しいなんて気持ちはどこかにいってしまったよ。
だから――」





「―――それで、私もそういう風に......母さんのことをなんでもなかった事にして...忘れろって、そう言うことなのっ!?」




少しの沈黙の後、フェイトちゃんは怒鳴るように言葉を発した。
今までの廃人のような状態からは考えられない声量での怒鳴り声に一瞬驚いて、体がビクついてしまいそうになる。
でも、それを無理矢理押さえこんだ。
――わたしはフェイトちゃんとお話をしたいからと、クロノ君に無理を言ってまで、この面会時間を作ってもらった。
なのに、結局はかける言葉を失い、ユーノ君に頼ってしまっている。
そんなわたしが怒鳴り声に驚いて怖がるなんて、絶対にできない。

「そう言う事じゃない。別に、忘れる必要なんてないさ。
ただ、何時までも“そう”してるわけにはいかない、て。
――君だって本当はわかっているんじゃないかい?」

「そんなこと!
......じゃあ...どうすればいいの?
私は、本当の......アリシアって娘のクローンで偽物で...。
母さんだって私を出来損ないの、人形だって...っ!
そう言って、死んじゃった......。
もう、私には、何もない...何も」




「そんなことない!」



「なのは......?」

「!」

ユーノ君とフィトちゃん。二人がいきなり叫んだわたしに驚いて、こちら視線を向ける。
実際、驚いているのは叫んだわたしも同じだった。
でも、自分は偽物だとか、もう自分には何もないなんて口にしたフェイトちゃんに、わたしは、それはちがう。
と、叫ばずにはいられなかった。だって―――

「フェイトちゃんは、“一人”しかいないんだよ。
確かに、アリシアっていう娘のクローンなのかもしれないけど、そんなことはどうだって良い。
大切なのは、フェイトちゃんが自分をどう思うかって、そういうことなんじゃないかな」

「私、が......?」

「うん、自分で。
生まれてからこれまで、他人を感じたり、想ったりした感情や、いろいろな記憶。フェイトちゃんが生きてきた証。
それは偽物なんかじゃなくて、本物だとわたしは思うよ」

「......」

「それに、“何もない”なんて事もない。
デバイスのバルディッシュや、アルフさんっていう、ご主人想いの使い魔さんも、フェイトちゃんには傍にいるよね。
なのに、そんなこと言ったら、可哀想だよ」

「......っ!」

フェイトちゃんは、少しだけ輝きを取り戻したその綺麗な紅い瞳を見開いた。
―――不思議だな。ついさっきまで、何も言えずに黙っていたのに、一度口を開けば堰を切ったように言葉が溢れだした。
わたしは今でも時々、家族の中で孤独を感じる事はあるけど、愛されているという自覚は一応あるし、憎まれてはいないと思える。
だから、自分のお母さんに面と向かって拒絶されてしまったフェイトちゃんの気持ちを完全に理解することはできない。

―――それでも、わたしにだって解ることはある。だから伝えたかった―――。

お母さんには拒絶されてしまったけど、クローンだと言われてしまったけど、『フェイトちゃん』は一人じゃないって。偽物なんかじゃないって。


「......面会時間はこれで終了だ」

「あ、はい......」

全く気がつかなかったけど、指定された面会時間はとうにすぎていた。
それでもわたし達が最後まで話すことができたのは、きっとクロノ君が気を使って、特別に配慮してくれたからなんだろう。
後で、ちゃんとお礼を言わないと。

「フェイトちゃん。
今はまだ、自分の中で整理がつかないと思うけど――。
あなたは偽物なんかじゃないし、一人でもないよ。
これだけは、忘れないで」

「......」

フェイトちゃんは何も言い返してはくれなかったけど、首をかすかに動かして、頷いてくれた。

――その姿に願わずにはいられなかった。

いつか、二人で楽しくお話ができる日が来ることを。





面会を終えたわたしとユーノ君はアースラであてがわれたそれぞれの部屋に向かって通路を歩いていた。
二人とも何となく気まずくて、何も話さず、無言で。

「凄いね。なのはは」

そんな時、突然ユーノ君がわたしに対して「凄いね」と呟くようにいった。

「え?」

その言葉の意味がよく解らなくて、思わずわたしは聞き返す。

「ボクは、彼女に同じような環境にいた自分の話をすれば、少しは心を開いてくれるかも、と思ったんだ。
でも結局は、いたずらに感情を刺激してしまっただけだったけ。
意味のない、むしろ、余計な事を言ってしまったんだ......。

――だけど、なのは違った。
なのはの言葉は、ちゃんと、彼女に届いていたから」

「......それは、違うよ。ユーノ君」

「え......?」

今度は逆に、ユーノ君がわたしに聞き返した。
ユーノ君はわたしの事を「凄い」って言ってくれたけど、わたしは全然、凄くなんかない。
ユーノ君が居なければ、わたしはフェイトちゃんに何も伝えることができないまま、面会時間を無駄に消費しちゃっていたと思う。
だから......。

「わたしが、フェイトちゃんに言葉を伝えることができたのはユーノ君のおかげなんだよ。
ユーノ君が、始めに話しかけてくれていなければ、わたしの言葉をフェイトちゃんが聞いてくれることはなかった思う。
それどころか、言葉自体、わたしは発することができなかった......。
だから、意味がなかったなんて、余計だったなんて――言わないで...」

「なのは......うん、ありがとう」

そう言って、ユーノ君はわたしの顔を見ながら微笑んだ。
男の子なのに、まるで女の子のようなその笑顔が、あまりにも綺麗すぎて......。
―――なんとなく、恥ずかしくなったわたしはユーノ君から視線をそらす。

「? どうしたの? なのは」

「!...え、あ、なんでもないの!」

「?」

わたしはちょっとだけ、歩くスピードを上げた。








「はやて!!」

ガッ! と病室の扉が乱暴に開かれる。
その扉を開いたヴィータに続いてザフィーラとシャマルも
慌ただしく病室へと駆け込んだ。
魔力で身体強化までして全力で此処、海鳴大学病院まで駆けて来たため、皆一様に息が切れている。
そして、彼女たちは自分達の主である八神はやての姿を確認しようと、病室のベッドへと視線を向けるが―――



「な.....なんだよ、これ」



そこには、“誰も”いなかった。
完全に無人。はやてが居るはずのこの病室にはしかし誰一人として人は居なかった。
付き添いとして先に病院に来ていたはずのシグナムの姿さえ――無い。
急いでいて病室を間違えたのかと、ザフィーラは確認するが、扉にははっきりと「八神はやて」と記入されている。

――つまり、間違いなどと言うことはあり得ず、ならば何故我らが主と将たるシグナムまでいないのか――。

三人が軽い混乱に陥っていたその時、突如として発生する魔力反応。後、展開される封時結界。

「これは......っ!」

その発生地点は上方、この病院の屋上。
シャマルはいち早くそれにきづき、他二人に告げる。

「くそっ!」

三人は病室を出て、階段をかけ上がる。
主はやてと将シグナムが行方不明のこのタイミングで、さらにこの病院の屋上での結界魔法の行使。
いかにして自分達の主がはやてだと知れたのかは解らないが、これが「敵」の仕業であることは明らか。
烈火の将シグナムがそこらの相手に敗北するとも思えない。
が、しかしそれは彼女が万全の状態であったらの話。
今の彼女は度重なる連戦において消耗している。
そして、海上での戦闘での負傷。これのせいで、シグナムの戦闘能力は大きく落ちていた。

「くそっ!やられんじゃねぇぞ、シグナム!」

ヴィータが吠える。
大丈夫だ。なんてってたって、シグナムは私達守護騎士の将。そんなアイツが負けるはずがないっ!
はやてだって無事だ!!
自分にそう言い聞かせながら、ヴィータはさらに走るスピードを上げて階段をかけ上がる。



「らぁっ!」



位相がずれた結界内ならば遠慮はいらないと、ヴィータは自身の頼れる相棒(デバイス)、アイゼンで屋上の扉をぶち破る。
そして三人はすぐさまBJを展開し、戦闘態勢を整える。







「.......え...?」







ヴィータはシャマルはザフィーラはそれを見た。
血溜まりの上に倒れ伏す、烈火の将シグナムの姿を。
まだ肩がわずかに動いていることから辛うじて息をしていることは解る。
しかし、その体は至る所から血がにじみ、桃色で艶のあった彼女の長髪は今や血で汚れ、身体と同じく真っ赤に染まっていた。

「しっ―――シグナム!!」

その傷だらけの将の姿に一瞬呆然となるも、いち早く冷静さを取り戻したシャマルが彼女に治癒魔法をかけるため、駆けよろうとするが

「! これは、バインド?!」

複雑な術式で構成されたバインドが四重に展開され、シャマルの動きを封じる。
しかし、それは彼女だけではなく、ヴィータもザフィーラも同様に身体をバインドで拘束されていた。
――完全に気付けなかった。
普段の彼女たちならば、或いはこうはならなかったかも知れない。
しかし、連日の戦闘による疲労、主の誘拐と目の前に横たわる将の姿によって受けた精神的なダメージ。
それによって生まれた一瞬の隙。
その致命的な隙を「敵」にさらしてしまったが故の、この失態。
ギリリ、と砕けるのではないかと言うほど歯を食いしばる
ザフィーラ。
なにが「盾の守護獣」だ......! 
わたしはあらゆる障害から仲間を守る盾だというのに......っ主も、仲間さえも
この手は守れないと言うのか―――!!





「案外、呆気なかったな」





ザフィーラが自らのふがいなさに歯をくいしばり、叫びだそうとする自分を押さえていたその時。
低い、男性の声が彼らの頭上からかけられた。

「てめぇらが......シグナムを...っ! はやてはどこだ!!」

暗い夜空に浮かぶ二つのシルエットを睨み、ヴィータは叫ぶ。
そこにいたのは二人の、仮面をつけた謎の人物。
左右非対象に切りそろえられた特徴的な青い頭髪。
だが、それ以上に見るモノを引きつけるのは、やはり顔全体を覆う白い仮面。
表情の読めない能面のようなそれだけでも気味が悪いがその二人の人物はまるで鏡に映した像のように、うり二つの姿をしていた。

「お前達の主なら、そこにいるぞ」

「何っ?!」

青い光を放ち、ミッドチルダ式の魔法陣が浮かび上がる。
その陣の中央に、彼女達が忠誠を誓う主であり、愛する家族でもある八神はやての姿が現れた。
認識阻害の魔法で隔離されていたために、今の今まで、騎士達は、はやての存在を確認する事ができなかったのだ。

「はやてっ!」

「主...っ!」

「はやてちゃん!」

闇の書の浸食が進んでいるためか、胸を押さえて苦しそうにうずくまっているはやての姿はとても痛々しい。
ヴィータをはじめ、騎士達は彼女の傍に駆けつけようと必死にバインドを破ろうとするが、複雑な術式に、大量の魔力が込められたソレは騎士達の抵抗もむなしくビクともしない。


「う......く、シグ、ナム、みんな......」


その瞳からぼろぼろと涙をこぼし、はやては絞り出すように言葉を発した。
その言葉にヴィータは歯を食いしばる。
こいつらは――はやての目の前でシグナムを......!!
鬼のような形相でヴィータは仮面の男達を睨みつける。
その激しい憎しみの色が宿った瞳は、それだけで殺傷能力を持つかのようだ。

「なんで、なんでやっ......なんでこんなこと」

「それは、君たちがとても罪深い存在だからだよ」

「え......?」

それは、いったいどういう事だ。
はやてが問い呆気ようとしたその瞬間、仮面の男の周囲の空間がぐにゃりと歪み、そこに映像が浮かび上がった。
映し出されたのは画面いっぱいに広がる灼熱の炎、飛び散る鮮血、まるで人形のように吹き飛ばされる人々。
たとえるならば、まさに『地獄』。
この世に顕現した恐ろしい光景。
その目を覆いたくなるような凄惨な映像に、しかし、はやての視線はそれに釘付けとなった。
なぜなら―――


「シグナム?......ヴィータ? シャマルに、ザフィーラも......?」


血と硝煙入り交じるこの世の地獄を演出するのは彼女達四人。
はやてがよく知る、彼女の家族。

――なんだ、これは?

ヴィータが手に持った鉄槌を振り抜き、人の頭蓋を打ち砕く。
シグナムが長剣を振るう度に、腕が飛び、足が飛び、首が飛ぶ。
シャマルも、ザフィーラも、同じように人を命あるモノを物言わぬ肉塊へと変えていく。

――なんだこれは?

――信じられない。信じたくない!
こんな、これは嘘だ。 
だって、そう、こんなことを出来る子達やない。
それはこの、私が一番よくしっていることやないか――っ!


はやては必死に目の前に移る光景を否定する。
それも仕方のないことだろう。自分の家族が、愛すべき家族が『虐殺』を行っている光景など――信じれるはずもない。


「嘘、や......! こんな事、出来る子達やないっ......!」


そう。これは嘘。私を惑わす悪い夢。
きっと今起こっている事も、全部が夢で、目が覚めたらいつものように、シグナムも元気で、おはようございますって言ってくれて......みんな......笑顔で―――



「嘘? いや違うよ、八神はやて。 これは事実。
そうだろう? 守護騎士の諸君」


「......っ!」

仮面の男の問いに、否、と答えることはできない。
映し出される映像はすべて過去に本当にあった事。
自分達『闇の書』の守護騎士達はずっと破壊と殺戮を繰り返して来た。
だからこそ、忌むべきロストロギアとして人々に恐れられ、憎まれてきたのだ。

「なんで......なんで、嘘って......いわないんや―――っ!」

血を吐き出すかのようなはやての言葉に、しかし騎士達は何も答えない――答えることが出来ない。
その沈黙に、最早はやては確信せざるえない。


―――ああ、つまり本当に


「さて、理解しただろう? 八神はやて、闇の書の主。君たちの罪深さを......」

次の瞬間、男が右手を何もない空間にかざす。
するとその空間が歪み、闇の書が突如として男の手元に現れた。

「あれは、闇の書?! いつのまに......っ!」

男がその仮面に隠された口元で――フッと笑ったような気がした。

「蒐集、開始」

そう男が呟くと、闇の書が唸るような音を上げて、その機能を発動した。
そして騎士達の身体から、それぞれの魔力光と同じ色の光を放つ球体――リンカーコアが抜き出される。
リンカーコアとは魔導士がもつ魔力の源である。
魔導士だけではなく、異界の生物なども先天的、後天的に発現する器官で、殺傷を目的としない限り、これを一時蒐集しようとも、対象が受ける身体的なダメージは酷くて気絶する程度。
しかし、魔法技術によって創造された疑似生命体『守護騎士プログラム』である彼女達にとって魔力の源であるリンカーコアを抜かれるという事はその存在の消失を意味する。

「う...ぅああああああああああ!!」

その絶叫は誰の物か。騎士達は断末魔を想像させる激しい叫び声を上げ光の粒子となって、その姿を彼女達の主、八神はやての前で消した。



「.....」

はやてはただ呆然と、彼女の家族が消え去るその様を見つめる。

「......あ、あああ」


――何故、こんなことになっているのか。

――何故、自分達はこんな目にあわなければいけないのか。

罪深い存在? それがなんだというのだろうか。
彼女は、彼女達は長い孤独と悲しみの日々の末に、やっと、やっと心休まる優しい世界を家族を手に入れたというのに。

――何故、それを奪われなければいけない。

いや、もう理由などいくら聞いても納得など出来ない。
納得などしてやらない。
お前達が私からすべてを奪うならば、私もお前達から、私たち家族を拒絶する世界からすべてを奪い去ってやろう......!
最早、はやての頭の中には先ほど仮面の男が見せた虐殺の記録などは




「あ、ああああああああああああああああああああ!!!!」



露ほども残ってはいなかった。



[12000] 第二十話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2011/04/04 15:30









まだ通信が繋がらないの!?」

「駄目です! クロノ執務官他四名にも連絡がとれません! サーチャーから送られてくる映像もノイズばかりで......っ」

「なんてことッ......」




アースラの艦橋――ブリッジに、リンディ達の焦りをにじませる、悲鳴にも似た叫び声が響きわたる。



つい数分前に海鳴市上空において発生した高魔力エネルギー。
突然の異変にも冷静に対処し、予め海鳴に放たれていたサーチャーによってソレを確認したリンディは体が強ばるのを抑えることができなかった。
ブリッジの空間モニターに移された異変の中心、高魔力の発生源。
それはリンディが懸念していたジュエルシードの暴走などではなく、しかし、彼女にとってはそれ以上に禁忌すべきモノ。

――闇の書の覚醒。

三対六翼の黒い翼。まるで雪のように白い肌に、光を反射し銀色に輝く長髪。
リンディ自信、魅力的な容姿を持つ女性であるが、その彼女をして、思わず見惚れしてしまうほどの完璧なプロポーション
美しくも残酷な死の天使。

それはあくまでリンディ個人の感想ではあったが、彼女――この表現が正しいかはわからないが――から発せられるまがまがしい魔力の波動は恐らく他の者でも同じような感想を抱かせるだろう。


だが、リンディが闇の書を死の象徴のようにとらえてしまう理由はその容姿や雰囲気などとは別にある。
彼女の夫であり、クロノの父であるクライド・ハラオウン。
彼は以前の闇の書事件によって多くの部下とともにその命を散らせた。


つまりはそう云うことである。リンディにとって闇の書とは愛する夫と同胞達の仇なのだ。

――その仇に、残された息子と、自分のエゴによって戦わせている者達すら奪われようとしている――。

闇の書の姿を確認すると、クロノは静かに転送ポートへと向かい、リンディに出撃命令を「要求」した。
その只ならぬ様子に戸惑いを見せながらも、しかし、状況から海鳴の危機を感じ取った、なのはと天音も彼に続いた。
ヴィヴィオとユーノも同じく。現状のアースラで戦闘可能な魔導士は最高指揮官であるリンディを除けば彼ら五人。
論理的に考えれば、彼らを出撃させるのは当然であり、指揮官である自分がそうするよりは現実的である。
しかし――。
リンディは直ぐに命令を下すことはできなかった。
艦長として、指揮官としての冷戦な自分は現実を受け入れ、彼らを今直ぐ現場に向かわせるべきだ、と訴える。
だが、彼女の母親としての感情がこの状況で顔を出す。


もし、クロノまで失ってしまったら――?


なのは達の心配よりもまず自分の息子の心配をする――自身の俗物さ加減に吐き気すら覚えたが、リンディはしかし、その考えを消し去ることができなかった。
ソレも仕方のないことではあるが、今このときにおいて、ソレはあってはならない。
ほんの十数秒ではあったが、リンディは迷いを断ち自分の感情を制し確固たる意志によって彼らに命令を下した。
目標――闇の書の封印、もしくは破壊を。
彼らが無事転送をされたのを確認して直ぐ、海鳴市全域に封時結界を形成。
これで、現地の人々に被害が及ぶことは自分達が健在な限りあり得ない。
そうして、数瞬の後にモニターに移されるだろう戦闘に視線を向けた刹那――それは起こった。




アースラで展開した結界が別の、ミッドとは違う術式のそれに覆い尽くされ、上書きされたのだ。
その結界は恐らく闇の書が展開したのだろう。
古代ベルカ魔法――。リンディは直感する。
しかし、ソレがわかったからと云ってどうこうできるものではない。
サーチャーは機能せず、念話はつながらない。
すぐさま結界の解析を命じるが、それには最短で一時間以上の時間を要するはずだ。

そう頭では理解していながらも、焦る気持ちが叫びになり、先程のように部下にあたってしまう始末......。

「無様ね......」

今の自分をクロノが......クライドが見たらなんと言うだろうか。
と、心の内で自嘲する。
もちろん、力技で結界を破壊するという手がないわけではない。
しかし、ソレほどの威力を持つ魔法を放てば連絡が取れず現在地のわからないクロノ達を巻き込んでしまいかねない。
それに、状況によってはこの海鳴を、いや、この世界を地獄の業火で焼いてしまいかねない。
まさに八方塞がり――現状においてリンディ達アースラクルーに出来ることは一刻もはやく結界を解析し、それを解除、自軍の結界を再び起動させることである。







「これはこれは。いやはや、大変なことになっているじゃないか。リンディ・ハラオウン艦長?」







リンディがマルチタスクをフル回転し今後のあらゆる可能性について思考を巡らせていたそのとき、彼女にとって天敵ともいえる男の声が耳に届いた。

「Dr.スカリエッティ......」

純白の白衣を身にまとい、その顔に白衣の白とは正反対の邪悪な笑みを浮かべた希代の天才科学者の姿が、そこに在った。








闇の書の封印、もしくは破壊という命を受けた僕達五人は
すぐさま転送ポートを使い、海鳴へと赴いた。
そして目にする――病院の屋上に悠然と佇むその姿に思わず息をのんだ。
六枚の翼に、きれいな銀色の輝きを持つ長髪。
均等のとれた身体と整った顔立ち。
普段TVで目にするきれいな女優でさえ、裸足で逃げ出すのではないかと言うほどの完璧なプロポーション。
素直にきれいな女性(ヒト)だ、と僕は思った。
けれど、その天使のような容姿とは反対に、彼女のまとう魔力は暗く濁っていて、言葉に出来ない圧力を発していた。

「......」

彼女、闇の書はこちらを一別するとゆっくりと右手を掲げて――

「なっ?!」

「あっ」

クロノとヴィヴィオが同時に声を上げる。
闇の書を中心に波が広がっていくように闇色の魔力が海鳴に満ち、次の瞬間、アースラが展開した結界が解除され、代わりに別の違う結界が張り巡らされた。
その影響か、アースラとの通信は途切れ僕達は最悪の敵を前にバックアップを完全に失ってしまった。

「......閉じこめるつもりが、逆に閉じこめられたということだな」

「別に、やることは変わらない。アレを破壊するのが任務でしょ? むしろ、これで結界の維持に気を使うことは無くなったし。気兼ね無くやれるから、好都合だよね」

「そういう問題なのかな......」

「あ、あははは。ヴィヴィオちゃんってすごいポジティブだよね」

「ポジティブっていうか、好戦的?」

なのはさん曰くポジティブな発言をしたヴィヴィオはこの状況下においてニコニコと顔に満面の笑みを浮かべている。
そんな彼女の様子にユーノは顔をひきつらせ、なのはさんは苦笑し、一人シリアスを維持していたクロノは呆れたようにため息をついた。
僕はといえば、好戦的だろうと思わず言葉をもらし、笑顔のままこちらを凝視するヴィヴィオに頭を下げた。
......なんだろう、僕すごい情けない。

「全く、君たちは......。いや、しかしこれで良いのかもしれないな」

クロノは呆れながらも、そう言って笑う。
闇の書が確認されてからずっとピリピリしっぱなしだった彼の雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がした。
それにしても、敵の結界内に閉じこめられ、後方支援を失った絶体絶命の状況にも関わらず、これだけ陽気でいるのはどうかと思うけれど。



―――いや、違うな。



一見気を抜いているように見えるけれどその実、皆例外無く緊張し続けている。
それもそうだろう、恐らくだけど――ヴィヴィオやクロノでさえ、過去遭遇したことのない強大な存在。

それが今目の前に、僕らの敵として確かに、在る。

ゴクリ、と誰かのつばを飲み込む音が聞こえた。
彼女――闇の書から発せられるプレッシャーが只こちらを圧するだけのそれから、変わった。



“敵を排除する”という、明確な敵意へと――。



「どうやら、ヤル気になったみたい」

ヴィヴィオが隣でその整った顔に、薄い笑みを浮かべながら呟いた。
ソレと同時に僕も、なのはさんも、ユーノも、クロノも一様に身構える。


「ヴィヴィオが前衛で切り込み、僕と天音で中~遠距離から射撃魔法を浴びせる。ユーノは防御魔法で全体の補助を頼む。なのはは完全な後方支援だ。いいか、皆」

「了解!」

クロノの指示に大声で返事を返す四人。
本来は、この場での最高階級を持つヴィヴィオが指揮をとるのが妥当なのだけど、彼女は自ら「私よりクロノの方がそういうの向いてるだろうから、パス」といって指揮権を受諾したのだ。


「......」

僕らが動きだそうとしたその時、闇の書が赤い帯のようなものでまかれた左腕を静かに凪いだ。

「!」

彼女の後方にがゆらり、と蜃気楼の如く浮かび上がる巨大な闇色の魔法陣。
そして顕現する、幾十、幾百もの魔法弾――!
展開数が圧倒的にすぎる。僕はもちろん、クロノのスティンガーブレイドでさえ、一息に幾百もの魔法弾を生成することなんて不可能。

「さすがは闇の書。ロストロギアは伊達じゃない」

けれどヴィヴィオはソレがどうしたとばかりに言い放ち、僕らの前にたつ。
その直後一斉に発射された――最早数えるのもばからしい――魔弾が僕らを残滅せんと迫りくる!




――しかし......




「鬱陶しい羽虫ね」

ヴィヴィオは自の身に迫りくる必殺の魔弾の群を一別し、けれどつまらなそうにそう呟いた。

「......!」

無口無感情、まさしく無神経を大言したかのような静寂さをまとっていた闇の書に――動揺が、その瞬間確かに生まれた。

ガラスが砕けるような乾いた音を立てて、闇の書が放ったすべての魔弾は、ヴィヴィオの虹色の鎧の前にすべて砕け去った。
その虹色の鎧はヴィヴィオだけでなく、僕達四人までも完璧に防御、僕らに向かった魔弾さえも蹴散らせてみせた



――ヴィヴィオの先天稀少技能(レアスキル)――聖王の鎧。
その強固な鎧は彼女と、そして彼女の魔力が及ぶ範囲の人や者をあらゆる災厄から包み護る。
本来、強固な結界というのは何十にも術式を組み、さらには精密な魔力運用が同時に必要になる。
そんな魔力とマルチタスクの運用を戦闘時に行うのは実に困難。『結界魔導士』といわれるような、それに対し尖った敵性を持つ者しか不可能である。
それはすべてにおいて優れた力を持つヴィヴィオにしても例外ではなかった。

なら、なぜヴィヴィオはソレを可能とするのか。

それがこの『鎧』がレアスキルに認定されている所以である。
超高高度な結界を展開するのに必要な膨大な術式のデータ。
それがはじめから彼女の『魔力』に刻み込まれているのだ。
ソレ故、ただ身にまとっている魔力を少し放出した程度で刻まれた防御術式が発動し、本体からの魔力供給量に見合った硬度の鎧を構成する。
本来そんなデタラメ、在るはずもないのだが、しかし彼女の場合はあり得た。
なぜなら彼女は聖王、かつて次元世界に覇を唱えた伝説の存在。
「聖王の鎧」とは代々聖王の血に連なる者が百パーセントの確率で受け継ぐ遺伝的レアスキル。
現在、聖王家の唯一正当な血統であるヴィヴィオも例外ではなく、その奇跡の力を受け継いでいたのだ――。




「聖王の、鎧......だと?」

ヴィヴィオが張った虹色の防壁をみて、闇の書はなにか戸惑ったかのように言った。

「へえ。知ってるんだ。まあ、そうだよね。貴方もベルカのモノだったのだから」

腕を胸の前で組んで仁王立ちしたヴィヴィオはまるで王様のように尊大な態度で闇の書と対峙する。
......あ、今気づいたけど、最初は闇の書より下の位置に飛行していたヴィヴィオが今は頭一つ分くらい上の方に居る。
誰かに、特に敵に見下ろされるのは、彼女にとってわざわざ戦闘中に飛行位置を変更するくらい嫌なことらしい。
そんな彼女の様子が態度とのギャップですごく笑えてくるけれど、たぶん今笑ってしまったら、後でとんでもないお返しが待っているんだろう...。
と、マルチタスクの片隅で思考し、僕は咥内を噛んで、笑いを我慢した。

「それじゃ、今のお礼に今度はこっちからいかせてもらう......よ!」


――瞬間、加速。


一瞬で闇の書との距離を縮めるヴィヴィオ。
けれどその突然の接近に眉一つ動かすことなく、闇の書は両腕を眼前に掲げた。
そして激突する両者。
凄まじく強大な魔力保有者同士の近接戦闘。
ヴィヴィオの剣と闇の書の両腕が交差し、打ち合う度に轟音と互いの魔力が轟きはじけ飛ぶ。
上方から闇の書を両断せんと振りおろされた黄金の剣が、しかし闇色の魔力を帯びた敵の腕にはじかれ、うち負ける。
――けれどそれは想定内。後方に「退避」したヴィヴィオがいたずらっ子のように笑うのがこちらから見えないまでもリアルに想像できた。


ヴィヴィオの凶悪ともいえるその一撃ははじかれたといってもそれをなすには相応の力が必要となる。
つまり、そう――今闇の書は迎撃直後の無防備な姿をさらしている――!

「でも、まだたりないよ!」

瞬間、瞬く間に形成された翡翠色の鎖が幾重にも連なり闇の書の身体を完全にとらえ、拘束を完了させた。
チェーンバインド――ユーノの十八番だ。


「今だ! 天音!」

「了解!」

そしてクロノの声に応えた僕はすでに展開していた砲撃魔法の術式に魔力を流し込み“圧縮”し、“高密度”な魔力砲撃を顕現させる。
――CC(コンプレッションキャノン)それは音を置き去りにして、敵へと迫り、一筋の赤黒い残光が僕と闇の書とをつなぐ――。

まさに刹那の間で砲撃は闇の書に命中し、着弾の轟音と爆発による硝煙が彼女を包み込んだ。

「なのは!」

「わかってるよ、クロノ君!」

なのはさんがクロノにそう返事を返すのより少し早く彼女は自身の周りに配置されていた魔力弾を一斉に射出した。
それら桃色の魔法弾は不規則な軌道を描きながら対象に次々と命中し、破裂音をこの空間に響かせる。

「そして――これで終わりだ!」

先程闇の書が一息に展開した魔力弾と同等数の魔力刃が敵の頭上に一瞬で展開される。
いくらクロノが強くて優秀な魔導士だとしても、闇の書のような芸当が出来るわけではない。
これは彼がこの結界内に取り込まれた直後から展開準備をしていたからこそ出来る、広域砲撃魔法。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

蒼く光輝く幾百もの魔力刃が一斉に降り注ぐ。
甲高い破裂、破砕音を響かせながらその威力を余すことなくすべて闇の書にぶつけきった――!
連続してたたきこまれた超破壊力の魔砲。
これではさすがの闇の書といえど、無傷ではいられないはずだ。
未だ闇の書の姿は硝煙にかくれて視認できないけれど、地上に墜落してないということは、消耗はあっても飛行魔法が維持できないレベルじゃないはず。
――僕らは固唾をのんで煙が消え去る瞬間を待った。





「! な、んで?!」

――そして、聞こえたのはヴィヴィオの、彼女には似つかわしくない焦りの声。


「あ、ああっ!」

「いつの間に?! いや、それよりもこれはまずい......!」

「みんな、早くさがって!」

硝煙が消え去ったその場に佇む闇の書は......まったくの無傷。
かすり傷一つ、チリなどによる汚れ一つ彼女の肢体には見受けられない。
それだけで十分驚愕に値する事態。
けれど、今は“それ”はそんなに重要視するところではない。
いや、本来なら僕達の――ヴィヴィオは除く――決戦魔法が通用しなかった点は絶望に近い衝撃を僕らに与えるものだ。
実際今僕達はこれほどの衝撃を受けている......。
ただ、これは“攻撃が効かなかったという事実”に起因するものなんかじゃない。



「ジュエル、シード......っ!」



知らず、僕はうめくように呟いた。

まるで闇の書を守護するかのように周囲に浮かぶ、十三個ものジュエルシード。
それが発する異様なまでのーー空間を歪ませる程の――凶悪と呼べる魔力。
恐らく、僕達の攻撃を障壁も張らず受けきって見せたのはこれが原因だろう。
でも、どうして......なんで......JSが彼女に集められたのだろう。

「やはり......この魔石、願望実現機能を有しているな」

僕らの驚愕を知ってか知らずか、事も無げにそう言い放った闇の書は彼女の周囲をくるくると回るJSをその右手に持つ『闇の書』にかざす。

「――“蒐集”」

すると、すぅっと水の中に物体を沈めるかのようにJS“十三個全て”が『闇の書』へと吸い込まれていった。





瞬間――





「!」



その驚愕は誰のモノか、瞬く間に膨れ上がる魔力。
圧倒的なまで強大で圧力のあるそれは、比喩でも何でもなく、闇の書の周囲の空間を“浸食”する。
――オゾマシく、視るモノに生理的嫌悪感を与える、悪夢のような光景――。

「これはいい......。願望実現機として使われる魔力をすべて純粋な燃料へ変換すれば、これほどの力を絞り出せるとは」

そう言って、彼女は何度か確認するように手を握ったり開いたりする動作をした後――こちらに視線を向けた。

「っ!」

ドクン、と心臓の鼓動が早くなる――。
まるで心臓を鷲掴みにされたかのような......こちらを射抜くその視線に、僕は思わず“あれ”から距離をとる。

恐怖――そう、僕は“あれ”に恐怖したのだ――。


「さて......今、私は“そちらの方”に用ができてな。
しかし、お前たち全員を相手にしては私達の語らいに無駄な雑音が入る。
それは、私としては望むところではない......そこでだ」

すっ、と『闇の書』を頭上に掲げ、彼女は静かに『彼女達』を喚びだした。

「なっ!」

クロノが声をあらげ、ヴィヴィオが目を見張り、僕となのはさん達はジェットコースターの如く変化する状況に最早ついていけず、ただボーっ、とその光景を眺めることしかできない。




ピンク色の髪を頭の後ろで結って、ポニーテールにした女剣士。

肩にかかるかどうかというところで切り揃えられた、きれいな金髪を風に揺らす緑色の騎士。

赤いゴシックロリータ調のBJを纏い、髪を三つ編みにした、その可憐さに見合わぬゴツいハンマーも持った少女の騎士。

銀髪の髪を持ち、麗しい褐色の肌と筋肉を持った男性の騎士。




闇の書が喚びだしたその人物達は、『闇の書の守護騎士』
あの夜、あの海上で僕たちの前に立ちふさがった強敵。
しかし、今の彼女たちの目には、以前僕らに対峙してきたときのような闘志も――生気すら感じられない。

「我が愛すべき騎士達の魂には眠ってもらっている......。
彼女たちに、我らの主が愛した人やモノが消え去る様を見せるのは忍びない......それが今の私にできる精一杯の......」

「え......?」

一瞬、彼女の顔に陰が落ちたような気がした。


「それでは行かせてもらう。恨むな、とは言わん。好きに恨め、しかし私たちは止まらないし、止まれない」

そういって、先程見せた表情を元の無表情で多い隠し、闇の書はそう宣言した。








「私と、貴女の間に話すことなんて無いと思うけど?」

ヴィヴィオは未だ、両腕を胸の前に組んだ尊大な態度でもって闇の書に、そう言い放つ。
仲間と分断され、一人で闇の書と――JSを取り込み、最早単独でアースラ級の戦艦数十艦と対等以上に“戦争”を行える化け物――対峙しているというのにその顔には冷や汗一つ流れてはいない。
ただそのオッドアイの瞳に、ほんの少しの疑惑と、なにより――怒りが渦巻いていた。

だが、王の強烈な眼力によるプレッシャーを受けながらも闇の書は少しも揺るがない。
むしろどこかその様を懐かしむかのような表情でヴィヴィオを見つめる。
しかし、それはヴィヴィオにとって屈辱でしかなく、よけい彼女に苛立ちを募らせる。

――何者よりも偉大な王であると自負する自分に、「無礼」な態度を示すこの不敬な輩をすぐさま力でもって屈服させ、天音たちを助けなければ――。

ヴィヴィオはそう自分に言い聞かせ、冷静な戦闘者としての思考を巡らせる。
組んでいた両腕をおもむろにほどき、腰部にぶら下げられていたカイゼルに手をかけた――その時。






「“オリヴィエ聖王女”」

「!」





闇の書の口から漏れた名前に、彼女の時間は止まる。
一瞬であらゆる言葉がヴィヴィオの中をかけ巡り、しかし言葉として口にだすその前に、闇の書は再び言葉を紡ぐ。

「やはり、そうか。おまえの魔力パターンとその戦闘技術......前者は全くオリヴィエ様と同じだ」

「......そんな、奴。わたしは......知らない......」

「知らないわけがないだろう、この「模造品」が」

「!」

その言葉を耳に入れたその瞬間、ヴィヴィオの意識はただ一つのことに集中された。

――こいつを殺す――

明確なる殺意を宿した黄金の刃はその標的を見誤る事なくまっすぐに、闇の書の首もとめがけて直進し――しかし

「ふん。遅いな出来損ない」

「っ――! 貴様っ......!!」

それは闇の書の手によってあっさりと捕まれ、その必殺を見舞うことはかなわなかった。

「なぜ、私が――お前がオリヴィエ様の出来損ないだと見抜けたか......わかるか?」

万力の如き力でカイゼルを固定しながら闇の書はヴィヴィオを見下ろし、そう言った。
ヴィヴィオは血がにじむほどカイゼルを握りしめ、すこしでも力がゆるむものならその瞬間に首を跳ねようと自身を見下ろす赤い瞳を睨みつける。
自らが模造品――それはヴィヴィオが最も禁忌する、完璧な存在である彼女唯一のウィークポイント。

「常識的なことだが、魔力パターンとは遺伝子や指紋と同じようなもので、それが一致する事などたとえ双子であってもあり得ない。
だがもし一致するというのなら――いくら信じられぬ事があろうともそれは同一人物だという事だ」

「......そんなことはさっき聞いたし、なにより次元世界での常識を今更聞かされたところで......」

「同一人物だというなら、何らかの方法で失った肉体を再生したオリヴィエ様本人かもしれないという可能性は捨てきれない。
しかし、私は貴様と数度打ち合っただけでそれはないと断言できた」

「......?」

ヴィヴィオはなにがいいたい、と闇の書を睨みつける。
しかし闇の書はまだわからないか、とばかりに肩をすくめため息をついた。

「まだ解らないか......単純なことだ。お前はオリヴィエ様に比べ――“弱すぎる”」







――直後、虹色の魔力が暴風のごとくヴィヴィオを中心に吹き荒れ、その圧倒的な出力におされ、闇の書は後方四百メートルまで一気に吹き飛ばされた。







「私が......あの女に劣っていると、貴様はほざくか」

いつもの、陽気さを含んだ無邪気な声ではない。
まるで地を這う怪物の如き異様な声の響きは、別人のモノのようだ。


「ああ、まったくな。比べモノにならないほどに、お前は矮小な存在だよ」

「......ふふ、......あは、はははははははははははははははははっはあはあっははっはははははっは!!!!」


闇の書の言葉を聞き終えると同時に、ヴィヴィオは狂ったような笑い声をこの夜天へととどろかせた。
それはしかし、笑っているようで、その実泣いてるような――虚しい狂笑。

「ははは、ふうはは......」

ひとしきり笑った後、ヴィヴィオはその左右で色の違う瞳を敵へと向けた。

「私はあの女とは違う。私は私で一つの確固たる個として存在している。
そう、模造品なんかではない。私は『ヴィヴィオ』。『ヴィヴィオ・セイクリッド』なんだ......」

ヴィヴィオは一息にそう言い終えると静かに虚空へと手を伸ばす。その先には彼女のデバイス、カイゼルが待機状態――敵の拘束から逃れるため一端戦闘行動形態を解除――で浮かんでいた。

「だから、私があの女より劣っているというのは差別化が出来ているという点では......ある意味、歓迎すべきことだ。しかし......」

カイゼルが、ヴィヴィオが、目もくらむほどの激しい虹色の光を放ち、この結界に光をともす。

「しかし――私があの女に劣っているというなどということは――あり得ない、認めない!!」

轟、と最早物理的影響を持つほどにまで高められた魔力が彼女の周囲の空間をゆがませていく――奇しくもその現象は先程闇の書が起こしたそれと非常に似通っていた。

――ただ、違うことがあるとすればその“神聖”さ。
闇の書の場合はその名の通り、闇を広げる空間の浸食だったのに対し、こちらは空間がヴィヴィオの魔力光であるカイゼル・ファルベを反映させた虹色に染まっていく。
それはまるで、オーロラの如き神秘的な輝きを魅せていた。

「これは......」

闇の書はその無表情に少しばかりの動揺をみせる。
つい先ほどまでそこにいた壊れた機械のような少女はもう存在しない。
ここに顕現せしはまごうことない『聖王』。
だが、しかし―――

「悲しいな、オリヴィエ様の模造品よ。
どれだけお前が主張しようと、お前の技や魔法、そして魔力を生み出すリンカーコアもすべては結局――オリヴィエ様のコピーに過ぎない。

偽物であるお前に、真実お前だけのモノなど存在しない......。

悲しいな模造品、貴様はどうあがいてもお前個人として完成はできないし、オリジナルでないのだからその力がどうであれ本当の意味で彼女を越えられない。

刹那の一時そう在ったとしてもそれは瞬く間に消える夢幻(ゆめまぼろし)。

お前は死ぬまで永劫――『お前』になれない――」

闇の書はその赤い両目でヴィヴィオを見つめる。
その言葉はヴィヴィオの真実を見抜き、彼女の本質を暴け出す。

――ヴィヴィオはヴィヴィオになれない。
彼女の未来は、しかし膨大にして強大な過去に塗りつぶされる。

「――黙れ......私は、貴様を倒して先(未来)へ飛ぶっ!」

言葉とともに吐き出される覇気でもって呪いの言葉を跳ね返し、ヴィヴィオはカイゼルのモードを待機状態からレヴァンテンへ移行する。

「いいのか? 出し惜しみをして負けたのでは、お前の魂は納得しないだろう」

「......フフ。壊れた魔導書程度が私を本気にさせることができると――?」

「......いいだろう。その挑発に乗ってやる。
私がお前の全霊を魅せてやろう。
そうすれば――或いは模造品という宿命、逃れることができるかもな」










――そして、この第九十七管理外世界で神話の闘いが幕を開けた。












[12000] 第二十一話
Name: 葉の人◆27826fee ID:1e57a82a
Date: 2010/11/21 15:44






ガァンっ――海鳴の空に轟く甲高い衝突音。
次いで先のそれを凌ぐ大音量の爆発音が響きわたり、広がる爆煙から青い光を纏う少年が逃れでる。

「くそっ――!」

その少年――クロノ・ハラオウン――は空中で体勢を立て直すと、敵を睨み据え思わず毒づいた。
戦況は極めて悪い。そもそも開戦当初から母鑑との通信を絶たれ、完全にバックアップを失っている。
そして現状の最大戦力であるヴィヴィオ・セイクリッドは闇の書本体との交戦により全体の援護ができない状態。
いや、まだそれはいい。それは自分が補えばいいだけの話なのだから。
問題は別にある――クロノはハンマー型デバイスを持った少女の一撃を回避しながら思考する。
問題は、その最大戦力であるヴィヴィオが敵の最大戦力――闇の書の本体――に押され始めているということ。
当初は互角、いやむしろ、圧倒していたヴィヴィオだったが、次第に闇の書の、あまりの攻撃力と手数の多さに押し切られてきている。
見たところ、ヴィヴィオ自身にまだ外傷は見られないが、その顔には苦悶の表情が浮かべられていた。
目立った傷はないが、もしかすると内臓など、目に見えず、さらには致命ともいえる傷を負っている可能性も考えられる。

「―――」



――このままでは負ける。


それはクロノの冷静な観察眼がもたらした現状、最もありうる未来予想図。


「うおおおお!!」

吠える。天音はまるで獣のごとき雄叫びをあげながら、しかし放つ魔弾の弾道は正確無比。
高密度に圧縮されソレは誘導性を犠牲にすることで音速の域へと弾速を昇華されている。
最早、通常の胴体視力で見切れるモノでは到底なく、刹那の後に、敵に全弾命中すると思われた魔弾――CB(コンプレッション・ブレッド)――。
だが――

キンっ――と何かが断ち切れる音と共に、魔弾はすべて斬り伏せられていた。

「このっ!」

天音は自らの魔弾を無力化せしめた、桃色の長髪をなびかせる女剣士に、再び攻撃を加えようと別の魔法の展開をするが――

「!」

それは遅い。遅すぎる。戦場において、ことが起こってから行動するなど愚の極み。
天音が背後に視線をやったときには、すでに銀色の短髪とそこから覗く特徴的な獣耳をもつ守護騎士がその右腕を天音めがけ、降り抜いていた。

「うっ――ああああっ!」

とっさに障壁を張って攻撃を防御するが、しかしその防御ごと天音は女剣士の眼前へと殴りとばされた。

「天音くんっ!」

待ちかまえる絶命の魔剣。そのまま行けば、天音を待つのは「死」という現実。

だがそれは許さない。それは私(ボク)が防ぐ――!

一瞬の思考停止、自分はここで死ぬのかという諦観にも似た感情が脳裏を過ぎるが、直後桃色の光が目の前で爆ぜた。

「――やらせない!」

天音の窮地を救ったのは高町なのは。
なのはは自身の周囲に再び魔力球を展開し、オマケとばかりに敵の女剣士へと全弾掃射する。
ユーノがそれから天音を逃がすため、チェーンバインドで彼を巻き上げた。
直後、再び爆ぜる桃色の光。
それを視界の端で確認しながら天音は二人に視線を向けた。

「ありがとうございますっ、なのはさん、ユーノ」

「ううん、気にしないで......。それより、まだくるよっ」


三人は視線を着弾地点へと向けるが、そこには未だ健在で、こちらに切っ先を向ける『敵』の姿が在った。
戦況は次第に傾き始めていた。互角に戦えていたのは最初だけ。
現状、こちらは明らかに押されている。
なのはたち三人もクロノと同じ結論へとたどり着いていた。


――このままでは負ける。


焦燥が生まれる。
しかし、冷静になって考えてみればこの現状は当然だ。
ユーノは『簡易転送魔法』の術式をいくつか平行処理して思考する。
年若いながらもクロノは執務官としてそれなりの戦場を駆け抜け、それらで得た経験は自分たちなどとは比較にならないほど膨大なものだろう。
だが、ならば今自分たちが相対している敵、闇の書の守護騎士はどうだろう。
戦場の、闘いの経験の差? そんなもの考えることも馬鹿らしい。
悠久の時を闘い――戦い続けてきた彼女たち守護騎士との経験の差など、もはや比べるべくもない。                        
なのはも天音も、天才的な魔法の才を持っていればこそ、今のように“戦ってはいられる”のだ。
本来、ヴィヴィオのような規格外でもなければ、圧倒的経験の差を覆すことなど不可能。
以前の海上での戦闘、あのときは闇の書本体は出てきていなかったし、そもそも“本気”ではなかったのだろう。
だからこそ、自分たちでも“何とかできた”。
本来、守護騎士たちが本気で殺る気になれば、執務官のクロノがいるからと言って、瞬殺されるのが自然。
ならば、押されているとは言っても、戦いになっているのは何故か。
あのとき闇の書が言った言葉......あれがそのままの意味ならば納得はできる。
そして彼女たち守護騎士の生気のない瞳をみればなおさらだ。
今の騎士たちは各人の人格、精神を封じられているのだろう。
悠久の時を経て蓄積された戦闘経験ごと。
だから、未だユーノたちは生きていられる。
基本スペック、それも人格を排し劣化したソレだからこそ辛うじて拮抗状態を作っていられるのだ。



「――っ! みんな、散らばって!」

その声に従って、反射的に飛びのく二人。
それは、転移魔法を得意とするユーノだからこそ気づけた空間の揺れ。
なのはが直前までいた場所に、“腕が生えていた”。

「あれはっ......」

天音が気づく。そう、それは海上で彼自身、危うくくらいかねなかった空間跳躍魔法。
イデアから送られる情報によれば、あれを食らえばリンカーコアをひねり出され、魔法が使えなくなるどころか、場合によっては死に至る程危険な魔法。
冷や汗をかくと共に、天音の心の奥底からドスグロいナニカが沸き上がる。
それは憎悪でありながら、しかしむしろ――恐怖という感情。
“大切な誰かを失う”という、どうしようもない恐怖。
ヴィヴィオの戦闘を視界の片隅で確認する度、なのはやユーノ、それにクロノへと敵の攻撃が迫る度感じるもの。




――また、奪われてしまう――




脳裏によぎるは姉の顔。血に塗れ、青白い生気を失った「死人」の顔。
だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ―――!
思考が焦りと恐怖に支配されていく。
ならばどうすれば? 『奪われないため』に僕はどうすればいい......?
そんなもの、答えは一つしかない。
奪われるならば、奪われないように戦うしかない。
だがそれをなすには力が必要だ。
奪われる前に、『奪う』為の力が―――!!

「スティンガーブレイド!!」

「!」

眼前に降り注ぐ、青く輝く剣の雨。
それが、天音へと振りあげられた鉄槌を退けた。

「あ......」

完全に思考が、体が停止していた。
戦場においてそれは致命的な隙――本来で在れば、今の一撃を受け、自分は墜ちていたはずだ

「なにをボサッとしているっ! それではただの標だぞ!」

クロノの叱咤が耳にいたい――。
今自分は完璧に前後不覚の状態だった。


この馬鹿が――っ! 


天音は心中で自らをののしり、気合いを入れる。
なんであれ、現状出きることなど変わらない。
死力を尽くして戦うだけだ――!!
天音はSOB(スピアー・オブ・ブラッド)――赤黒い槍をいくつか展開しそれをまき散らしながら再び思考を戦闘用へと切り替えた。








高町なのはは焦燥にかられていた。
このままではいけない。しかし自分には現状の不利をひっくり返せるほどの力がない。

「――っ」

奥歯を砕けそうなほど強くかみしめる。
すでに、なのはの身体は限界に達しようとしていた。
連日の度重なる戦闘による、疲労の蓄積。
本来で在れば、今こうして戦闘行為を行うことも彼女にとってはひどく難しい事だ。
並外れた魔法の、『戦闘者』としての才が在ろうとも、彼女は未だたった九才の、小学三年生の女児――。
魔力を使い、身体強化を施し大魔力による魔力弾の掃射という戦闘スタイルを取っていると言えど、元々の体力不足は如何ともしがたい。
仲間の援護があって今は半ば固定砲台としての役割を全うできているが――それも限界に近づいている。
視界がかすみ、集中力が薄れ、術式の構成も甘くなる。

「――ッ!」

そして、限界に迫る彼女にできた一瞬の隙。
それを見逃すほどこの戦場は――守護騎士は甘くはなかった。


術者の魔力を吸い上げ、荒れ狂う炎の光が闇に灯る。
狙うは未だその真価を発揮しえぬ、生まれたての天使。
――刻がゆっくりと流れ始める。
なのははソレをただ呆然と眺めるしかない。
彼女には――最早どうすることもできないのだ。
RH(デバイス)が主を守るため障壁を自動展開する。


――だが、脆い。


この至近距離、クロスレンジにおいてベルカの騎士、その必殺の一撃を受けきるのに、急ごしらえの障壁など紙屑同然。
だからといって消耗したなのはに強固な障壁を展開する気力はここにきて皆無。
つまり――彼女は完璧に“詰んで”いた。
刹那の後に魔剣はなのはの命を刈り取るだろう。
天音もクロノもそれぞれ別の守護騎士を相手取っているために援護は不可能。
彼らに出きる事など今この瞬間においてありはしない。
せいぜいが避けろ、と叫ぶくらいだろう。

「――」

ほんの数刻の後に、自分の命は絶たれるだろう。
なのはは、泣いたり――最も、なく時間などありはしないのだが――嘆く事もなくその現実を受け入れた。
不思議と、怖くはなかった。ただ悔しかった。
何故なら、彼女にはまだやりたいことがいっぱいあったのだから。
みんなを守りたかった。みんなともっと一緒にいたかった。
アリサや天音――学校の友達と、もっと話をしたかったし、遊びたかった。
新しくできた友人である、クロノやヴィヴィオ――それに自分に「素敵な」魔法の力をくれたユーノ。
そして悲しい眼をした少女――フェイトとも、もっと、もっと―――



















ぐしゃ――肉のちぎれたような、音が聞こえた。

















「え......?」

なのははその空色の両目を見開きながら、目の前の赤をみつめた。
彼女を切り捨てるはずだった魔剣は、しかし、ソレを成すことはできなかった。
何故ならば――

「ぐっ―――う」

「ユーノ、君......!」

ユーノ・スクライアがその凶刃を受け止めていたのだから。

「な、のは......。大、じょうぶ、かい?」

「そんな、そんなことよりっ――ユーノ君っ!」

なのはは、自らが重傷を負いながらも自分を庇い、あまつさえこちらを気遣う言葉をかける彼に、しかしあまりの衝撃にろくな言葉を返せない。
ユーノは障壁こそ展開していたモノの、それは半ばまで斬り裂かれ刃は肩に食い込み、彼の血を滴らせていた。
――ユーノは年若いながら非常に優秀な結界魔導士だ。
彼の展開する防御魔法は鉄壁を誇り、戦場における運用において盾の守護獣にこそ劣るモノの、応用性においては彼を上回る。
故に、多重術式にて組まれたその障壁は烈火の将の一撃でもってしてもそうそう断ち切れぬシロモノであった――はずだった。
ユーノがこの戦闘が始まってから設置型バインドのように周囲に張り巡らせていた『簡易転移魔法』の術式。
本来、長距離の、それこそ次元間を移動する時などに使用される転移魔法は座標軸を正確に計算しなければならないこともあり、高速戦闘には不向き。
それはユーノが独自に編み出した『簡易転移魔法』も同様である。
しかし、転移する距離を数メートル、長くても十メートルと設定し、それをいくつも待機状態で周囲に潜ませておくことでユーノは“万が一”の時のための援護、退避手段として用意していたのである。
だが如何に『簡易』といっても――移動距離の設定が成されていても座標軸の計算はその都度状況に応じて術者本人が計算しなければいけない――。
口で言うのは簡単だが、それは生半可な演算処理能力では不可能だ。
まさに、少量の魔力でAランク以上の魔導士の攻撃に耐えれる結界を“瞬時”に展開できるユーノにしかできない芸当。

――だがユーノとて完璧ではない。

転移魔法の処理に追われれば自然とマルチタスクの容量もそれに支配される。
先の一撃を防護し損なったのは、つまり――完璧な防御術式を座標計算と並列に行うことができなかった――と、いうこと。
けれど、完璧に受けきることができなかったとはいえ、ほんの数秒で転移魔法と致命傷を受けない程度の防御魔法を構築せしめるその技量。
最早天才などという言葉では称しきれない。
だが、彼が負った傷は無視出きるほど軽いものでもなく――。



「「ユーノ!」」

青と赤黒い閃光が闇夜を切り咲く。
スティンガーブレイドにコンプレッション・ブレッド。
天音とクロノによる、貫通力に優れた攻撃魔法。
それらは完璧な軌道で女剣士だけをその弾頭にとらえる。

かあんっ――と、しかしそれらは割って入った白銀の盾に弾かれ、無様な音を響かせながら無力と散った。

「くっ、そ――!」

天音は悔しげな声を漏らし、けれど先の反省を生かしてすでに用意してあったSOBの弾幕を形成、展開し、ユーノから遠ざけようと掃射する。
赤黒い槍が次々と打ち出され、敵を串刺しにせんと追いすがる。
それをハンマー型のデバイスを持つ少女が鉄球と鉄槌でもってケチらす様を認めると、天音はさらなる追撃の為に前にでる。
重傷のユーノ、ソレをみて、取り乱し、涙すら流すなのは。
二人は最早戦闘を継続することは不可能――。
天音はソレがわかっているから前へと出た。
もう絶対に仲間を負傷させないために。
そしてそれはもちろんクロノも承知だ。
だが、彼は天音より冷静にこの事態を把握し、思考する。
戦力が一気に二人も減った――ただでさえ劣勢のこの戦況において、ソレは致命的。
まさに、絶体絶命。

――だが、それがどうした。

嘆いたところで事態が好転するなら最初から苦労はしない。

「――どのみち逃げ場はない。
僕らはどうあっても勝たなければいけないんだ――!」

そう、自分たちにはもうソレしかないのだから。










「ユーノ君...... わたしのために、こんな......っ」

左肩から血を滴らせ、BJを真っ赤に染めあがらせたユーノを優しく抱き止めながら――なのはただひたすらに涙を流すことしかできなかった。
ユーノの身体から徐々に暖かさが失われていく......。
そして、彼の身体から流れる血液は暖かく、それ故になのはには感じられた。
血とともに流れ出ていく、彼の命を――。
今、自分の腕の中で、刻一刻と『死』がユーノを絡め取っていく。
彼の受けた傷は確かに、致命傷には至らなかったモノの、重傷には違いないのだ。
このまま、何の処置も施さずにいれば、間違いなくユーノは死ぬ。
治癒魔法を使用できる術者は、ユーノを除けばヴィヴィオとクロノのみ。
しかし、両名ともに敵の苛烈な攻めを凌ぐに精一杯で、とてもソレを行う余裕はない。
アースラとの通信が閉ざされておらず、連携がとれる状況だったのなら、話は違ったのだろうが--。

「なんで......また、わたしは......」

また、わたしは守れないの――?

思い出されるのは、つい先日の出来事。
赤い、紅い、朱い――鮮烈にして凄惨な光景。
月村すずか――なのはの親友にして、月村天音の、双子の姉である少女。
その、『最後の時』。彼女の『死に顔』。

「―――」

白い顔を濡らすは彼女自身の血液。夥しいほどのそれが、すずかの全身から流れ出し、辺りを赤黒く染めあげていた。
心臓の音が大きくなる。ソレがやけに耳にうるさかった。
また、あの光景を自分は目にしなければならないのか――?
実際、今この瞬間にも『悪夢』は再現されようとしている。
流れる血液。徐々に生気を失い、青白くなる肌。

“自分のせい”で―――。


「嫌だ......」

血を吐き出すかのように、なのはは呻く。
また、自分の大切な人を失うなんて絶対に嫌だ。
また、守れないなんて嫌なんだ。
だから、今度は絶対に守る。
“奪われない”ために“守り抜く”
ユーノ君がわたしに与えてくれた、魔法の力で――!



――不屈の心はこの胸に――



創造する。新たな力をなのはは創り出す。

今のままではたりない、至らない。
“守り抜く”ためには、こんなモノじゃ全然足りないんだ!

桃色の魔力がなのはとユーノを包み込み、膨張したそれは光の柱となって天を射す。
舞散る魔力光は桜の花びらの様にも――まるで天使の羽の様にも見えた。

「―――」

なのはの異変に気づいた天音とクロノは彼女へと視線を向け、言葉を失う。
その光景のあまりの美しさに、目を奪われる。
戦場において、思考停止するという愚考を犯してしまいそうになるくらいに、それは美しい光景だったのだ。
天使――それは二人が同時に抱いた、共通の感想。
絵画の中から飛び出してきたのか、とみまごうほどの神々しさ。
そして気づく。なのはが持っていたRHの形状が魔法少女のステッキ然としていた丸みを帯びた、愛らしいフォルムから一変、槍のごとく変化しているのを。
鋭くとがり、まるで戦乙女がもつソレのような黄金の槍へと変生をとげたRHを。

「そこで待っていて、ユーノ君」

なのはは、ユーノの身体をバインドの容量で空間に固定し彼に優しく微笑みかけた。

「絶対に、守りきってみせるから」

その言葉を言い終えると同時になのはは収束砲撃魔法の術式を組み上げ、この場に充満する魔力を自身の元へとかき集める。
しかし、たぐいまれな大魔力を持つ者同士がぶつかり合ったことによって結界内に充満する魔力は膨大だ。
如何になのはに収束魔法の才があろうと、それもつい今し方覚醒したばかり。
収束した膨大にすぎる魔力を完全に制御することは、不可能に近い。
だが――

「ぜ......ッたいに、守りきってみせる――!」

神経が焼ききれるかのような魔力の放流に耐えながらなのはは胸に抱いた想い、『誓い』によって折れそうになる心を奮い立たせる。
そう。自分は誓ったのだ。この胸に――不屈の心に。
守りきってみせると。
ならばやり遂げる。決めたことはきちんと最後まで。




こちらの放つ最大魔法を妨害しようと守護騎士がなのはへと躍りかかる。
敵は四騎。こちらは砲撃準備中のなのはを除けばその半分、たったの二騎。
常識的に考えれば、敵の足止めなど不可能。格下の相手ならば話は別だが、生憎と相対する騎士たちは劣化しているとはいえ同格以上の強敵。
だが、だが決して――ここは通さない――!


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」


全く同時に咆哮をあげる天音とクロノ。
今この時、この瞬間だけ、彼らは無敵の騎士である。
天音がSOBとCBを乱れ撃ち、クロノもそれに続いて魔力弾、スティンガーブレイドと、自らの中で最も『敵』の足を止めるのに最適と思われる魔法を連射する。
マルチタスクフル稼働。脳の回路がショートするかと思われるほどの高速度演算。
『火事場の馬鹿力』とはよく言ったものだ――。
ほんの一時、一瞬ではあるが、彼らの猛攻が守護騎士のそれを上回る――!
今だ、撃て。今この時しかチャンスはないぞ――。





天音もクロノも限界を超えての魔法行使。これを逃せば最早チャンスは訪れない。
いかに強力な砲とはいえ、標を外せばそれまでだ。
だが、魔力が纏まらない。術式が乱れる。狙いが、定まらない―――っ!
それでも力ずくで砲撃準備を整えていく。
しかし、このままではいずれ収束しきれない魔力が暴走し、砲撃を放つどころか自爆すらしてしまいかねない勢いだ。
演算が追い付かない。足りない、一段階、魔導師として高みに登った彼女だが、まだこの魔法を完全に制御するには至れない――。
あと少し、ほんの少しだけ“足りない”のだ。

「あと、もうちょっとなのに......っ!」

しらず、涙がなのはの瞳からこぼれおちる。
それは『死』が目前に迫っているからだとか、制御しきれない魔力熱量によって自身の両手が焼かれているからなのではなく――ただ、悔しいから。
誓ったのではなかったか。自分はこの胸に誓ったのではなかったのか。
絶対に、“守りきって見せる”と。
なのに、このザマはなんだ。仲間に、“友達”に、あれだけの無理をさせておきながら自分はそれに答えれそうもないなどと――。







「大丈夫だよ。なのは」









「え......」

その言葉は優しく、なのはの心に染みわたってく。
消耗した彼女の身体をその精神ごと、全てを包みこむかのようにユーノが後ろからなのはを抱き締める。

「ゆーの......君?」

「うん。ごめんね、なのは。君には無理させてばっかりだ......」

震えた声と涙でぬれた顔を自分に向けるなのはを愛おしく思いながら、ユーノはそっと、RHへと手を添える。

その瞬間、ジュッ――と肉が焼ける。排熱しきれないそれが、ユーノの手を焼いた。

なのはが悲鳴に似た声をあげて、彼の手をどかそうとするが、しかし、ユーノの手はまるで杭で張り付けられたかのようにビクともしない。
当り前だ。手が焼かれているのは自分だけではないのだから。
さっきからずっと、RHを握りしめていたなのはの両掌は自分の比ではないだろう。
その傷を今すぐ治してあげたいけれど、今すぐには、できないのだ。
だから、せめて彼女と同じ責め苦を自らに強いる。
単なる自己満足でしかないけれど、しかしそれはけじめにして――ユーノの意地。

「!......魔力が、安定したっ!」

なのはは、急に正常に機能しだした各種魔法プログラムに対し、驚きの声をあげるが、すぐにそれがユーノの手助けによるものだと理解した。
それも当然――翡翠色の優しい魔力が術者とともに、自分を抱きしめてくれているのだから。

「ユーノ君......ありがとう。背中、とっても暖かいよ」

涙をぬぐって、なのはは笑顔でユーノに礼を言う。
それにユーノも笑顔で返した。そして静かに語りかける。

「いこう、なのは」

「うん.....一緒に」

自分達の掌をやいていた熱も最早引いていたし、術式も正常に稼働している。
砲撃を放つのに最早なんの問題もない――。
ぐっ、となのはとユーノはRHを“ふたり”で握りなおした。


「スターライト......」

念話で前線の二人とタイミングを計りながら、照準は真っ直ぐ『敵』へと向けて。
収束し、はち切れんばかりに膨張した魔力球。しかし、それは今や決して爆発することがないよう完璧に制御されている。
そして次の瞬間――

「「ブレイカぁああああああ―――――――――――――――!!!!!」」

暗闇に閉ざされた封時結界内。この夜天に翡翠の光に守護された桃色の太陽が照り輝いた。














[12000] 第二十二話
Name: 葉の人◆27826fee ID:dff08f33
Date: 2011/03/19 05:06










「すっご......」

「これは、凄まじい......な」

眼前に濛々と立ちこめるキノコ雲を見上げて、僕とクロノは思わず、そう呟いた。
限界を超えた魔法行使とマルチタスクによる演算によって、極限にまで消耗していた僕らだが、その魔法の放つ美しい光と恐ろしいまでの破壊力に一瞬体の疲れを忘却した。
その魔法――なのはさんが放った収束砲撃魔法SLB(スター・ライト・ブレイカー)。
「昔」、まだ彼女たちを現実の存在として認識していない頃から、あの魔法を僕は知っていた。
高町なのはの誇る、究極の魔法。
周囲に散在する魔力をかき集め、撃ち放つ恐るべき魔法。
主に、僕というイレギュラー要素のせいで、なのはさんは本来あった"自分を成長させるための出来事”を経験してこなかった。
そのため、本来到達するべき魔導士としてのレベルに彼女は達していない、筈だった。
けれど、ここにきて、なのはさんは恐るべき急成長を魅せたのだ。
本来DB(ディバインバスター)のバリエーションであるSLBをDBを拾得しないままに完成させ、撃ち放つという異常な程の急成長を。
......いや、『異常』というのは、僕が『本来のシナリオ』を知っているから、そう思う、ということなのだけれど......。
四騎の守護騎士を障壁ごとのみこんだ火力はどちらにしろ異常であり、それはクロノの目にも同様に写ったようだ。

「やった......のか?」

「どうだろう......でも、あの威力をまともに食らえ「危ない!!」

悲鳴じみたヴィヴィオの声に反応したときにはすでに遅く、闇色の閃光が轟きーークロノを吹き飛ばした。

「!? クロっ...」

「他人の心配をする余裕がお前にあるのか?」

――返答はしない、そんな余裕はない。
眼前に迫る拳をイデアで――

「無理だな」

短い呟き、それは不思議と僕の耳にはっきりと届いた。
その次の瞬間、とっさに展開した障壁はいともたやすく突き破られ、僕はまるでテニスボールのように呆気なく、後方に殴りとばされた。

「――っツ......くっ!」

だけど、このままでは終わらせない――!
無様に撃墜などされてたまるもんかっ!
僕は今の一撃よって限界を超えて痛みを訴える身体を無視して銃(イデア)の照準を敵に合わせる。
CBの術式を構築――鋭い痛みが頭に響く、演算が追いつかない――。
マルチタスクによって脳を酷使しすぎたためだろう。
どうやら限界なのは身体だけではないらしい。
だけど、今はそんなことにかまってはいられない。
幸い今は夜。僕の力――吸血鬼として能力が飛躍的に向上する時間帯。
多少の無理くらい、どうとでもなるっ!
すべての痛みをねじ伏せて僕は闇の書に向かって魔弾を放った。










「理解できていないようだな」







――しかし、魔弾は悉く消しとばされた。
まるで、服に付いたホコリを振り払うかのような気軽さで。

「え?」

「寝ていろ」

無様な言葉が口から漏れたと自身で気づいた次の瞬間、僕の眼前には闇色の光が照り輝き――そして

「させるかぁああああああああああああああ!!」

青白い刃の群に消しとばされた。

「クロ、......ノ......!」

僕はとっさに後方へと退避しながら、先の魔法を放ったであろう人物――クロノへと視線を向ける。
そして、僕の瞳に写った彼の姿に思わず息をのんだ。
黒いBJの腹部に、見づらいけれど確かに滲む、朱色の染み――。
そしてクロノの顔には大粒の汗がいくつも浮かんでいる。
マルチタスクの過剰行使に、ここにきての負傷。
彼の身体は真実、限界だ。

「ほう、なかなかしぶとい」

頭上から聞こえる声に僕は隣のクロノを抱えて迷わず回避行動をとる。
案の定、ついさっきまで僕らがいた空間を膨大な魔力の渦が通過した。
あんなもの、直撃すればひとたまりもない――!
思わず、咥内のつばを飲み込んだ。

――勝てない。圧倒的なまでに歴然たる力の差......っ!

僕らが消耗していようが負傷していようが、関係ない。
そういう次元を遙かに超越している――。
覆す余地のない、現実。
絶望が心を支配する。闇の書が持つ魔力が空間をゆがめて闇をよりこく現出させる。
僕は――まるでそれに飲み込まれるかのように、みるみると気力を失っていく。

「――残念だがそこまでのようだな」

そう言うと闇の書は自身の頭上へと両手を掲げる。
次の瞬間、顕現するは超重力の固まり。
光さえゆがめ、それはまるで闇そのものが凝縮されたかのように――

「させない――!」

刹那の後、闇に飲み込まれるはずだった僕達の目の前に降り立ったのは虹色の極光。
聖王ヴィヴィオのカイゼル・ファルベ。
直後、ヴィヴィオから立ち上る目もくらむほどの光が闇と衝突し数瞬のせめぎ合いの後、互いに消滅した。

「ヴィヴィ、オ......」

力なく、僕は彼女の名を呟く。
その弱々しく、情けないほどか細い僕の呼び掛けにヴィヴィオは振り向き、そして優しく微笑んだ。







――なんだこれは。






彼女の、見たもの全ての心を癒す笑みに、僕が抱いたのはどうしようもない無力感だった。
僕は、彼女の背中を守ってやるのではなかったか......?
なんて無様――。
僕は、なんて愚かで、情けなくて、こんなにも――弱いんだ。
守れてなんていない。僕は何一つ、護れた者などない――。
すずか姉さんの時は間に合わなかった。フェイトの時は弱った彼女を力で黙らせるしかできなかった。
僕はこの力で、『魔法』で大切な人たちを守りたい。
そう思った、すずか姉さんを失ってから――。
けれど、結果はこの様。いつも僕は後一歩、届かない。
この程度じゃあダメなんだ。「闘える」程度では守ることなんてできない。
じゃあ、どうすればいい。僕はどうやって、皆を彼女を――



















「っご、おごおぉ、げほっ......!」

「! ヴィヴィオ!!」

「なっ......!」

瞳に写るのは、僕の魔力光のように赤黒い、液体。
それが、ヴィヴィオの口からごぽり、と吐き出された。
突然起こったその出来事に対して、僕の頭はしかしそれを理解しようとはしなかった。
いや、理解したくなくなかったのだと思う。

「なん、――」

「ふっ――」

刹那の停滞の後、空気を切りさく音と共に、闇の書のくり出した右拳がヴィヴィオの腹部に打ち込まれた。


「げッ......っがごおっえ......っ!」


メキメキ、と嫌な音が僕にも聞こえるほどの音量で響き渡り、さらに大量の血をヴィヴィオは口からこぼした。










やめろ――やめてくれ
               
そのままじゃ本当にヴィヴィオが死んでしまう――!


「聖王の鎧も発動できなくなるとは――無様だな」

「きさっ――」

「せめて、ひと思いに逝かせてやる」












直後、炸裂する闇色の魔砲はヴィヴィオに打ち込まれた右拳から放たれ――彼女の腹部に風穴をあけた。



































「は――?」

頬になま暖かいものがふれた。
それが何であるか、僕はすでに嫌というほど理解していた。
目の前に広がるのは胴にぽっかりと、成人女性の拳台もの穴をあけたヴィヴィオ。
彼女はゆっくりと浮力をなくし――地上へと、墜ちた――。















「う、あおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
















言葉にならない悲鳴が僕の口から漏れる。
頭は怒りで真っ赤に染まり、思考は淀み、迷う。
反射的に銃口を闇の書に向ける。最早、非殺傷設定などこの魔弾には架せられていない。





――シネ――




自身の身体にかかる負担などはがにもかけず、僕は目前にそびえ立つ『殺害対象』に『魔法』を撃った。








音速の魔弾が寸分の狂いなく、闇の書の顔面へと殺到する。
――だが、それはたやすく彼女の拳に弾かれた。
甲高い音を響かせて四散するCB、魔の弾丸。
避けることもできただろう。
音速を誇る魔弾といえど、この化け物にとって見切るのはたやすい。
しかしそうはしない。

答えは単純、その必要がないから。

むしろ弾くことすら本当は必要がない。
今の闇の書にはSランク砲撃でさえ無傷で耐えきる防御力に、さらには聖王の鎧に匹敵するだけの魔力障壁があるからだ。
だが、あえて弾いた。
それは、特にこれといった理由があるわけではないが......。
強いていうなら演出。
この戦闘をより楽しむための。
本来、彼女にそのような趣向はないが、これはその身に宿る悪しき呪いの影響が表層意識まで侵し始めたというあかし。
タイムリミットは確実に迫っていた――。
すでに崩壊は始まっている。
先ほどまで戦闘をしていた“聖王もどき”が思ったより手強かったせいで彼女の想定より早く、終わりが近づいてきたのだ。
最も、そのことに気づいているのは“彼女の中にいる彼女”であって今現在、天音等に力を奮っている彼女は侵されているが故に気づかないし、気づけない。

「――!」

――キィン、と不自然に甲高い音が鳴りひびく。
魔弾を弾いて追撃を行おうとした闇の書の頭上から、突如として夥しい数の赤黒い閃光が彼女に降り注いだ。
SOB・GS(スピアー・オブ・ブラット ジェノサイドシフト)。
それは天音がクロノの魔法を見て学習し、自身の適正に合わせてイデアと完成させた空間制圧魔法。
だが、発動にはそれなりの演算と魔力が必要で、そのどれもが今の天音にはかけているはずのものだった
しかし、現に今闇の書を葬り去ろうと降り注ぐ殺意の魔槍は顕現している――。

「――はっ」

なんにせよ、自身に牙をむくのなら排除するまで。
最初からそのつもりだし、理性を失いつつある彼女に容赦はない。
それは先ほど、かつて彼女を従えていた聖王の少女(闇の書からみればまがい物でしかないが)を葬り去ったことからもあきらかだ。
短い吐息と共に吐き出されたSOBと同数のブラッディダガー。
どちらも見るものに血を想起させる刃が互いに衝突し砕け散り、爆煙が生じる。
そして、すぐさま追撃に移ろうと対象を探す闇の書。
すると自身の下方、墜落した聖王を抱えた対象――天音の姿を発見した。
ぐにゃり、と空間がゆがむ。それはまさに闇の具現。
光を飲み込み、大きく膨れる魔力球――ディアボリックエミッション。
闇の書が誇る、極大魔法。それの詠唱短縮版である。
使用方法はきわめて単純、敵に接近し殴りつける。
殴りつけるという行為をトリガーにして即座に魔法は発動し、対象は超重力のもとに握りつぶされるだろう。
詠唱は短縮されているため広域にその効果を及ぼすことはできないが、個人を殺害するには十分すぎるほどの威力を持つ魔法だ。
まさに強力無比、一撃必殺の反則技。
それが今まさに、天音へと振りおろされる――はずだった。

「ブレイク・インパルス!」

「!」

寸前、闇の書めがけて放たれた青白い光線。
それは正確に闇の書の右拳に展開された闇を貫き、暴発させた。

「――なんだ、まだ動けたのか」

しかし、闇の書にダメージは皆無。
自身の魔法行使を阻んだ者に向ける視線にしても、まるで無感情で本来在るべきはずの『怒り』という感情はどこにも見受けられない。
ただ、そう、その対象――クロノに向けた視線にはなにも。

「ああ、悪いな。これでも鍛えてるからね。それに、諦めも悪い方なんだ、僕は」

そういって、クロノはその顔に笑みを浮かべる。
遠目に見れば彼が余裕を持って相対している風に見えるだろうが、それは大きな間違いだ。
ついさっきまで、自身の限界を超えたマルチタスクによる超速演算とリンカーコアが悲鳴を上げるほどの魔力をひねりだしていたのだ。
もうその時点で気絶してもおかしくないくらい、クロノは消耗していた。
だが、そこにきての先の負傷。
致命傷は避けたものの、極限の疲労状態でわき腹に受けた一撃は決して軽くはなかった。

汗が止まらない。全身をかけめぐる痛みにクロノは今にも手放しそうになる意識をすんでのところでとりとめる。
極度の疲労と痛みで意識を失いそうになり、また遅いくる痛みで覚醒する。
つい先ほどから、ずっとその繰り返し。
何もかも投げ出してしまいたくなるようなその混沌とした状態の中、しかしクロノは絶対に自身の意識を手放すことはしない。
このまま自分が倒れてしまえば、この世界はどうなる?
ヴィヴィオは天音はどうなる?
全力を尽くし、最早浮遊する事もできず背後のビルに降り立ったなのはやユーノは――。

「だから、だめだ」

自分一人でこいつを倒すことは絶対にできない、悔しいがそれくらいクロノもわかっている。
むしろ、満身創痍のクロノは足手まといと言っていいだろう。
天音はヴィヴィオをとりあえず安全な場所まで退避させてから再びここに戻ってくる。
なぜだかはわからないが彼は人より強靱な体を持っていた。
彼女を逃がしている間にそれなりの回復はできるだろう。
......たぶん、いやきっと。そうでないと困る。
自分が敗れた後、こいつを止める相手がいない。
完全な他力本願となってしまうし、魔法を覚えて数日しかたっていない管理外世界の少年に託すような願いではないがーー


「はっ、――ははは」


そこまで考えて、クロノは思わず笑った。
いつの間にか自分が ■ ■ ことを考えて思考を巡らせていた。
親子そろって同じモノに ■ されるなんて――まったく笑えない。
最悪の冗談だ。
ふつう、物語の定石といえばここで自分が父の仇として奴を討ち取るのが王道というモノではないのか?
全く本当――

「世界はこんなはずじゃないことばっかりだ」

ぽつり、とクロノはそう呟いた。








『敗北』――。

彼女、聖王ヴィヴィオは天音の腕に抱えられながらぼう、と自身に突きつけられた現実――『敗北』という二文字の言葉を実感していた。

(負けちゃった......)

負けたことはなかった。ヴィヴィオとして誕生してから、自分は一度として負けたことなどなかった。
それは魔法を使っての戦闘に限らず、あらゆる分野で聖王である自分は他者に敗北することなどなかったのだ。



けれどそれはつい先ほど、あっさりと覆された。



自分は相手に何の手傷も負わすことができずに、完膚無きまでに叩きつぶされた――それは今まで自身が他者に行ってきた行為である。

敗者に価値なし。

そしてそれは永遠に強者で勝者な王者である自分には関係のないこと、だと思っていた。
故に、敗者の気持ちなど一度も考えたことなどなかったし、またそうする気もなかった。
所詮、自分には理解できないものであろうと、考えていたから。
だが今ならわかる。敗北とはこんなにも......苦く、悔しく、そしてなんて――虚しい。
自分がこの世に誕生してからこれまでを一切合切否定されたような......まるで宇宙に裸のまま放り出されたかのようなひどい恐怖を感じる。



『君の体はまだ“調整中”なのだから――』



その時ふと、父の言葉が思い出された。
――確かに、自分は万全な状態でなかった。
闇の書との戦闘中、魔法を使用する度に全身に走った激痛。
そしてそれが限界に至ったとき――自分の体は“壊れた”。
こみ上げる嘔吐感と共に吐き出したのは赤黒い液体。
それを見て、思った――ああそうか、これで終わりか――と。
自分でもうまく言葉に表すことはできないがともかく、自分の体のあちこちが“死んでいく”感覚と共になぜか嫌なくらいその言葉は頭の中に浮かんできた。

(そして、無様にも私はあれに負けた)

ごふっ、とまた口から赤黒い液体がこぼれる。
そのたびに自分の体から力が抜けていくのがわかる。
自分はここで死ぬのだろうか――それはそれでいいのかもしれない。

もう、上手く魔力を練ることもできない。
もう、上手く体を動かすこともできない。
もう、上手く頭を働かすこともできない。
もう――。

(パパ......ごめんなさい。私がもっとパパのいうことを聞いておけばこうはならなかったかもしれない)

漠然と死を受け入れ始めた意識の中で、ヴィヴィオが思ったのは父の計画のこと。
そのためには自分は必要不可欠な存在で、その自分が欠けることはそれすなわち父の計画が破綻するということ。
それは嫌だった。
自分をこの世に生み出してくれて、今まで惜しみない愛情を注いでくれた父にその恩を介せないまま死ぬなんてことは。
だがもう――。
再びせき込み、血を吐き出す――。

(私はもう、だめみたいだから)

そうして、最早ろくに光を拾わぬ瞳を閉じようとしたその時――

「絶対に、死なせないから」

ヴィヴィオにかけられた言葉は彼女の死を否定した。
そして気づく、暖かいモノに自身が包まれていることに。
余りに拙いが治癒魔法が自分の体をわずかに、癒していく。
そしてまた自分の体が何者かに抱えられていて、魔法の暖かみがこの人物から与えられているモノだということに今更だが気づいた。
紫がかった艶やかな黒い長髪。
きめ細やかで病的に白い肌――汗やらで今は汚れているが――ともすれば女の子と見間違うほど整った顔立ち。
そして自分を胸に抱く子供ながらにしっかりとした腕。
常とは違うが、自分を見つめる赤い瞳。






「あ......ま、ね......」





『月村天音』たぶん、初めてできた同年代の友人らしい友人。
思えば――彼は『ヴィヴィオ』が彼女として得た、唯一の――。

そこまで考えてその思考を放棄した。
知らず口元に笑みが浮かんだ。
今はいい、それを振り返るのはまだ『後』でいい。
そう、なんせ彼は自分の臣下なのだ。
ならば、王である自分を死なせるようなことはしない。
最早生きることを放棄しかけていた体に、わずかだが戻りはじめた生命力を感じながら彼女はほとんど確信に近い予感を感じる。

彼はきっと私を助ける。

ああそうだ、そうだとも。
何故ならこのヴィヴィオが、臣下と定めた存在なのだから。








「うおああああああああああああああ!!」

クロノの怒号が夜天に轟く。
彼の身体はすでに限界の、さらにその限界を超えていた。
おそらく誰が見ても極限の状態と思えるボロ雑巾のような体で――クロノは化け物といつ終わるともしれない死闘を続けていた。

「ふん、その身体でよくやるものだ」

化け物――闇の書はクロノが放った3つの蒼い閃光をすべて弾いてから、余裕を持ってそう呟いた。
だが、それで戦闘を中断している訳ではない。
相手を見下す位置に飛行位置を保ちながら、クロノをなぶるように紅い閃光をあらゆる方向から彼に浴びせかける。

「くっ......このおおッ!」

四方八方から自身の命を刈り取るために放たれたそれらを回避し相殺し――クロノの用いるすべての技術で捌いていく。
だが、今の彼にそれらを捌ききる技量を発揮できるわけもなく――

「! ――がっ」

死角から襲いかかるそれを察知できず、右肩を抉られてしまった。
噴出する紅い液体。遠のく意識。

「ああああああっ!」

が、クロノは倒れない。
それは執務官としての義務感、男としての意地――それらすべての感情に従ったものだ。
ここで倒れるわけにはいけない。
ユーノもなのはも既に自身のやるべき仕事を終えた。
なら今度は自分の番だろう。
彼らと同様に、クロノは限界を越えた極限状態である。
しかし、ユーノはそもそも前線にたって戦う魔導士ではないし、なのはに至ってはつい最近魔法を覚えたばかりの女の子。
彼女達にこれ以上戦闘をさせるわけにはいかないのだ。
それは幼い頃から管理局員として『正義の味方』になって働くことを夢見てきた彼の意地だ。
この手の魔法は力を持たぬ物たちを守り、悪をくじくための物だと――!
しかし、どう考えても今の自分に勝ち目はない。
だからこそ無様にもなのはと同じように、数日前に魔法を覚えたばかりの少年に希望を託している。
先の自分の決意に矛盾をするようだが、現状まともに戦闘をできそうなのが彼しかいないのだ。
だが彼は今、致命傷を負ったヴィヴィオを遠くへ退避させている。
だから、最悪自分が死ぬことになっても、彼が戻るまで持ちこたえなくてはいけない。
そうでないと後方にいるなのは達が一瞬で殺されてしまう。

「やあああああああ!」

幾百もの弾幕をかいくぐり、見えた勝機!
これをのがさんと、一気に距離をつめクロノはブレイク・インパルスを闇の書めがけて放つ。
それは今の彼が撃てる魔法の中で、最も貫通力と破壊力にすぐれた砲撃魔法。















だが、それを闇の書は胸の前で組んだ手を崩そうともせず受け止めた。

「!」

直撃する寸前、砲撃と闇の書の間に展開された魔法陣。
それに阻まれ、クロノの必殺魔法は闇の書に手傷を負わせることなく露散した。

「お前はよく奮闘した、賞賛しよう。だがここまでだ」

やっぱりか――勝てない。
解りきったことであったが、しかし認め切れていないとこ
ろがあったのかもしれない。
自分がこいつに勝てないという現実を。
ブレイク・インパルスを阻んだ魔法陣に闇色の魔力球が現出する。
すぐに回避行動をとろうとするが、体が動かない――視線を向けてみれば両手足を鎖の形をしたバインドが拘束していた。

父の仇――とは言ったが、クロノ自身は闇の書をあまりそうは思っていない。
もちろん、憎しみという感情はある。
だがそれは父を奪い母を悲しませたから、という感情に起因するものだ。
実際、自分が物心つく前に死んだ父親のことなど、よく覚えていない。
彼は仕事上よく遠くの次元世界まで出張していたし、当時は自分の子育てで一時前線を退いていた母のリンディと比べて接する時間が少なかったからだ。
だからだろう、「父を殺した仇」としての憎しみが沸かないのは。
幼い頃はむしろ母を残して逝った父を恨んだ。
今でさえ母は泣き顔を見せないようにはなったが、父が死んでからの数年間、彼女は一人になると人知れず泣いていたのだ。
そう、「人知れず」。
実際、クロノは隠れて涙を流すリンディを幾度も目撃していたのだが。

(ああ、そしてここで――僕も奴に......また母さんを泣かせるのか)

最早クロノは半ばあきらめていた。
しかしだからといって彼は瞳を閉じようとは思わなかった。
せめて最後まで、この眼孔を焼き付けてやろうと。



















「......お前、なにをした......」

「なに......?」

だから不意にかけられた言葉に、クロノは動揺した。

なにをしたもなにも――。
そもそも自分にはもうなにもできない。
魔力も体も頭も限界だ。
出来ることと言えば、お前をにらみつけることくらい......て、あれ?

そこでクロノは気づいた。
自分を縛る鎖がないことに。
そして、おぞましい程の魔力光を照り輝かせていた魔力球が――消失していることに。

「う、あ......」

ふ、となけなしの魔力がリンカーコアから抜かれBJが解除された。
そして非行魔法も同時に解除され、重力に従い自由落下を始めるクロノ。
このまま落ちれば死ぬのは必定。しかし、そうならないために彼は戻ってきたのだ。

「――あ、天音......」

ぽすん、と落下するクロノを受け止めたのは、彼が待ち望んだ少年、月村天音だった。























というわけで後書きです。
大変遅くなりましたが今回、『星を見上げる吸血鬼』第二十二話をおおくりさせていただきました。

皆さん、震災での被害大丈夫でしょうか?
幸いにも私は被災地から離れた場所に住んでいるため、自分含め身内に被害はありませんでした。
とりあえず自分にできることをできる範囲でやっていきたいと思います。

願わくば、一人でも多くの方が無事でありますことを。



[12000] 第二十三話
Name: 葉の人◆27826fee ID:dff08f33
Date: 2011/04/04 15:29











「......」

闇の書はその端整な顔を僅かに歪め、目の前に再び現れた少年――月村天音を見つめた。
驚愕、といっても問題ないレベルの感情を闇の書は抱いている。

何故、私の魔法が途中で消失した――?

あの瞬間、自分は確かに術式を組み立てそれを発動するに相応しいだけの魔力を式に注いでいたはずだ。
それなのに、“魔法は発動しなかった”。
......まさか、執務官の少年を殺すことをためらったとでも?

――いや、あり得ない。

闇の書は一瞬胸に沸いた疑念をすぐさま否定した。
そう、自身の殺意は本物だった。自分はあの黒い執務官を殺す気でいた、確実に。

だが、そうはならなかった。
何故? 魔法が不発だったから、そんなことは当然承知している。
ただ問題なのは何故突然魔法が消失したか、だ。
結局振り出しに戻った疑問に、闇の書は胸の内で舌打ちをする。
しかし、ただ一つ言えるのは魔法が消失したタイミングがあの少年が登場したそれとほぼ一致する、と言うこと。

『月村天音』――状況から事態を推測するならば、十中八九彼が何かしたのだろう。
だがそれが解らない。なにをしたのか――。
膨大な魔法の知識を持つ闇の書であっても解らない何かをあの少年が持っているとでも言うのか?

確かに、あれが普通の少年でないことは理解できる。

そもそも身体能力からして常人の域を逸脱しているように思えた。
魔法による身体強化の面を考えると正確な“素の能力”を計ることは出来ないが、それでも異常と言える身体能力。
そしてこれはあの娘――『なのは』といったか――にも言えることだがそもそもの保有魔力が非常に多い。
そういった点は最早才能といえるものだろうが、しかしそれがイコール特殊な魔法を使える理由にはならない。
魔法のキレ、熟練度といった物は明らかに執務官の少年やあのブロンドの髪を持つ少年(?)の方が高いし、一度に放出することが出来る魔力の量もなのはという少女の方が僅かに上だ。
ただ、器用さ、でいうなら群を抜いている。
少量の魔力であっても恐るべき貫通力と速射性を持つ魔弾を実戦レベルで運用できている点は闇の書であっても素直に賞賛できるものだ。

だからといって、現時点での魔導士としてレベルは彼ら中で『聖王もどき』を除けば執務官の少年が最も高いしバランスもいい。
あとは金髪の少年だか少女だか解らない子が総合力で頭一つ抜けていて、残り二人――なのはと天音はどっこいといったところであろうか。

良い指南役をあてがわれ、本人も才能に胡座をかかずに努力を続ければ大体十年後には――。

「――はっ」

そこまで考えて、闇の書は自らを嘲笑する。

これから彼らを、彼らの大切な世界を“壊さざるをえない”自分が......何をここにいたってバカなことを。
クダラナい、善人ぶるのも大概だな。

それは、冷静になってマルチタスクを展開するに当たり、一時的にだが本来の性質を取り戻した『■■の書』本来の『心』といえる物だった。








「ごめん、おくれた」

そう簡潔に、天音は謝罪の言葉を口にした。
それを聞いて特に攻める気はないと、クロノは思う。
実際、謝りたいのは自分のほうだ。
彼は本来、こんなことに関わる人間ではなかった。
それが運命のいたずらか、姉を失うことになり、さらには身に宿す魔力が“不幸にも”高かったことで守護騎士に襲われ――そしてまた下手に力があったために、こうなっている。
しかしそれは天音にだけ言えることではない。
高町なのは、彼女も本来ならばこんな世界に関わらなくてすんだはずの、普通の少女だったのだ。
それもすべて自分たち管理局の力の及ばなさゆえ。

――ああ、本当に世界はこんなはずじゃないことばっかりだ――。

彼ら、彼女らのように、無関係な人たちが理不尽な被害に遭わなくていいように、力のない人たちを守るために管理局員になったというのに。

ああ、しかし、これは彼らに失礼だな......。

そう、経過はどうあれ彼らは自分の意志で戦うことを決めたのだ。
ならばその意志を、彼らの決意を自分の勝手な感傷で汚すわけにはいかない。
今はそうもいってられない状況でもあるのだし、後悔や謝罪をしている暇は、ないのだ。
いい加減自分が情けなくなるが、“BJも維持できない”のでは何の役にもたたない。
戦闘開始から既に30分が経とうとしている。
アースラだって無能の集まりではない、むしろ管理局の中でも優秀な者達ばかりだ。
しかも、今はあのDr.スカリエッティまでいるのだ。
クロノ個人としてはあまり得意な人種ではないがその能力は確かである。
後もう30分もあれば結界の解析も終わるはずだ。
そうすればまだ勝機はある。
だから、それまでの時間を稼ぐために今はすべてを彼に託すしかない......。
今は自分の感情は押し殺さなければ......だが――

「――悪いんだが、その......」

「? どうかしたの......っまさか傷が......!」

「いや、それは確かにちょっとヤバいんだがそうではなくて......」

「え、じゃあ」

「おろしてくれ」

「あ」

天音が闇の書とクロノが戦闘をしている場に現れたその瞬間、クロノはBJも飛行魔法も維持できずに落下しそれを天音が受け止めた。
つまり、現在クロノは天音に抱えられているわけである――だが、その格好が問題だった。
何故ならそれは俗に「お姫様だっこ」と言われるモノだったからだ。
これがヴィヴィオやなのはならば絵面としても良かったのだが......。
残念ながら一部特殊な趣向を持つ人以外に、男が男をお姫様だっこをすると言うのは......色々よろしくない。
いくらクロノと天音がどちらも中性的な容姿を持っていようとも――本人には言えないが――ユーノとは違い、一応男の子には見えるのだ。
まあ、その一部の特殊な趣向を持つ者に言わせれば二人とも充分「男の娘」に入る部類であるのだろうが。

「ご、ごめん」

「いや......むしろ礼を言うべきなのだろうが、これは」

「い、今おろす、すぐおろしますっ」

「敬語になる必要はないぞ......」








「......」

クロノをユーノとなのはのいるビルの屋上まで退避させ、天音は改めて闇の書と対峙した。
クロノを退避させる間、闇の書からの攻撃を警戒していた天音だが意外にも彼女はこちらに危害を加えることはなかった。
ただずっと、こちらをその紅眼で見据えてはいたが。

「――もう一度聞くが、お前は先程何をした?」

その言葉を聞いて、天音はなるほど、と思った。
自分たちに追い打ちをかけずにいたのは先程の件を気にしていたからだ、と。
まあ確かに、普通はあり得ないことなのだろう。
天音自身は魔法を手にして間もないものの、術式を展開しそれに魔力を流せば式に従った魔法が発動する......これくらいは理解している(実際はイデア初起動時に理解させられた、のだが)。
『魔法』の基本的な発動プロセス――。
魔法に対して全くの素人だったり、そもそも資質がないものならばそこで失敗するのは珍しくない。
だが、それがロストロギアとして恐れられ、数々の世界を滅ぼしてきた『闇の書』が、魔法の発動を失敗?
あり得ない――。
その思いは当の本人も抱いたようで、だからこそ先程の魔法の消失が腑に落ちない。
そう、正確に言うなら闇の書は魔法を失敗などしていない。
正確に言うなら――

「“魔法を発動するに必要な魔力が消失した”、私の術式に流したはずの魔力が、だ」

「......」

闇の書は半ば答えにたどり着いてはいたが、しかし前例がないため未だ確信はしていなかった。
だが、自分の魔法が消失しただけではなく、執務官の少年がBJも維持できなくなった原因――それがつまり同じ要因からだとすれば――。

「魔力を奪い去る、ただの魔法ではない......希少技能“レアスキル”のようなものか」

「......」

天音は沈黙で答える。それを肯定ととった闇の書はあきれたようなため息とともに――その瞳に再び殺気を籠もらせた。
自身の能力である『蒐集』はリンカーコアから対象の魔法までコピーすることが出来るがそれはしかし、リンカーコアを掴まなければいけないことを意味する。
しかし、今目の前にいる少年の持つそれは魔法のコピーこそ出来ないものの自身を中心として空間のみならず効果範囲にいるものならばリンカーコアからでも魔力を搾取する。
効果範囲こそ解らないが、それは魔導士にとって恐るべき能力。
そして、魔力で構成された存在――つまり闇の書や守護騎士――にとってはまさに天敵とも言えるものだ。

だが――何故それを今になって発動させた?

それはつまり執務官の少年までも巻き込んだ使い勝手の悪さ、からだろうが。
いやそれだけでは理由としてはまだ弱い。
効果範囲がいかに広大であろうと、この結界全体を覆う程ではないだろう。
ならば天音を前に出させ、遠距離から砲撃魔法を連射するということも出来たはずだ。
能力の範囲内にはいった時点で、威力が減衰するというデメリットもあるし、天音自身の戦闘スタイルから近距離戦では彼の持ち味と生存率が下がるという意見があったのかもしれない。
だが『聖王もどき』ならその心配もする必要はないだろうし、あの執務官なら少し時間はかかるだろうが魔力の収束率を上げれば砲撃の威力もそうそう減衰することはないだろう。
こちらがヴォルケンリッターを召還したから計画が狂った、とも思えるが収束率に秀でたなのはという少女もいるし弱体化した守護騎士ならば彼の能力で魔力を奪い続ければもっと消耗せずに戦うことが出来たはずだ。
――ならば、と、マルチタスクの活用によってこれらの思考を僅か一秒で展開した闇の書が出した結論は――。

その能力を得たのがつい先程だから、というものだった。

天音の性格、そして状況から考えるにそれが一番納得のいくものであった。
彼の、魔力を周囲の空間、リンカーコアから奪い取るレアスキルは“つい先程生まれた”ものだ。
おそらくだが、発現したのは自分があの『聖王もどき』の腹部を消しとばしたときだろう。
そう考えるならば、あのとき彼が放てるはずもなかった空間残滅魔法を展開できた理由にもなる。

だが、と闇の書は眉をしかめる。
レアスキルというものはそうそう簡単に身につけられるものではないはずだ。
もしかしたら、それは彼が元々持っていて精神的に付加がかかったために表に出てきたものなのか......。
そうだとして、しかしあまりに都合が良すぎる。
ご都合主義――物語の中では定番だが現実はそう甘くはない。
絶体絶命の危機に、偶然にも自分の中に眠る未知なる力に目覚め、偶然にもそれが敵にとって天敵とも言える能力だった――なんてことは......。
なにか、事象を超越した何かがなければ――。

「まあ、いい」

なんにせよ、道は一つしかない。
私がすべてを破壊する。
目の前の少年もその奥に控えるものも――そしてこの世界のすべても。
それが主の――。

「悪いが、速攻で終わらせてもらう」

再び魔法を発動するため術式を組み立てる。
今度は余分に魔力をおくりこんで。

――奴に奪われるのは解るが、ならば一瞬で奪われ尽くせなほど魔力を込めればいい――。

確かに天音の能力は闇の書にとって天敵と言えるがしかし、今の彼女にはジュエルシードによって無限とも言えるバックアップがある。
一度にひねり出せる魔力には限度はあるが、それでもロストロギアによるバックアップは半端ではない――。
だが――

「残念だけど僕の方が速い、よ――っ!」

「!」

天音がイデアを闇の書めがけ放ったのはいつもの魔弾、ではない。
魔砲――CC(コンプレッション・キヤノン)。
極限まで圧縮され、その貫通力と速度を限界まで高められた天音の砲撃魔法。
本来ならある程度の“ため”が必要なそれが、天音が闇の書に照準を合わせた次の瞬間には放たれた――!
予期していなかったその速度に、しかし闇の書は反応してみせる。
不完全ながら発動させた砲撃魔法を拳にまとって真正面から向かえ打つ――!
闇色と赤黒い魔力光が混ざりあい、閃光と轟音を散らしせめぎ合う。
互いの魔法が接触し、浸食し、干渉し――まるでコンクリートの削れるような音が辺りに響きわたり、鼓膜をふるわせた。
両者の一撃は拮抗していたが、突発的に発動させた魔法はもろいもので――。

「くっ――」

「うおあああああああああ!!」

裂帛の気合いとともに天音の砲撃が競り勝つ!
そのまま大きく後方へと闇の書は吹き飛ばされ、天音もそれに続いた。








クロノたちから闇の書を遠ざけ、一瞬気を抜いてしまった天音に襲いかかる容赦ない紅い閃光。
命中すれば致命は必死――しかし天音は避けない。
それは出来ないから、という訳ではない。
ただ単に、必要がないのだ。

「――やはりか」

闇の書が感心したかのようにつぶやく。
彼女が天音めがけ放った先程の攻撃魔法――ブラッディダガーはその悉くが対象に命中する寸前で、霧のごとく消え去った。
それは天音が自身に新たに発現した能力を使って魔法に込められた魔力を吸い尽くしてしまったから――。

しかし、それだけではない。

天音を中心に能力の範囲が広まり、その範囲内に闇の書が入ると、彼女からもリンカーコアから魔力を直接奪いとっていく。
解かない限り、ほぼ永続的に万象の悉くから、魔力を奪い、吸い続ける......まるで――







「“吸血鬼”だな――」






闇の書がつぶやくようにいったその言葉に、天音はまさにその通りだ、と苦笑する。
この能力は突発的に発現したもので、天音自身、身につけようと思ってそうしたモノではない。
元々自分に備わっていたモノでもない。
自分の狂おしいほどの願い――渇望といってもおかしくないそれと吸血鬼という生まれ持っての特性、さらにはイデアという“不可思議なもの”によって発現したものだ。

「それにしても皮肉が効いてるな」

絶えず魔力を奪われ続けているにも限らず、余裕の表情を崩さずに闇の書はいった。
だが、天音はそれに言葉を返さず――代わりに赤黒い魔槍を闇の書の頭上からまるで雨のように、降らせた。
まるでそれは血の雨、まるで血の涙のようでもあり――。

「ちっ」

闇の書を串刺しにせんと降り注ぐ夥しいほどの槍の群。
しかし闇の書は小さく舌打ちをしながらも拳に形成した多重攻性結界でその悉くを殴り落としていく――。
天音の吸血鬼として優れた胴体視力でさえ、「夜」や「能力」によって上昇した魔力で底上げしてやっと終えるほどの神速の拳劇。
ここが互いの命をかけた戦場でなければ、見惚れすらするだろうほどの絶技――だが、先にも言ったように、ここは戦場である――。

最後の槍を砕いたと同時にそれに込められた魔力が枯渇し、拳に展開した結界が解かれる。
天音の能力によって常にこの場の魔力は奪われ続けている――槍との相乗効果によって結界が限界を超えたのだ。

「そこだっ!」

気合と共に天音は言葉を吐き出す。
そしてその声が耳に届いたその瞬間、既に彼の攻撃は届いている。
音速の魔弾はすでに天音の代名詞となりつつあった。

だが――




「こんなものでなっ」




まるでガラスを叩き割ったかのような音を響かせて、天音の放った魔弾を闇の書は全弾打ち砕いた――と思われた。





「な――にっ!」





衝撃、驚愕。
腹部に走る鈍い感覚――痛み、なのか? これは――。
『聖王もどき』との戦闘ですら感じたことのない感覚、転生をなしてから初めて受けた“損傷”に闇の書は驚愕する。

――あの瞬間音速で迫る魔弾を闇の書は強化された拳のみで弾き、砕いた。
しかしその刹那、僅かな硬直時間に合わせ、初弾にほんの僅かだが時間差をつけて放たれた魔弾が見事闇の書に命中したのだ。
本来ならしかし、それで彼女にダメージが通ることはなかった。
無限に等しいバックアップを得た闇の書の防御力はヴィヴィオにも劣らない程であり、いかに天音の魔弾でも打ち抜けるものではなかったから。
だが、現在進行形で闇の書の体表面を常に覆っている魔力シールドは天音の能力により常に減衰している。
そこに貫通特化型魔法弾の一撃が打ち込まれれば――この結果は必然であった。

ざまあみろ――思わず顔に笑みが浮かぶ。
ここまで一度もあの化け物に攻撃を命中させたことはなかった。
当たった、と思っても次の瞬間、それはシールド等に阻まれていた。
こちらの渾身の一撃をけれど奴はそのすべてを上回ってくる――。

しかし、今回は天音が闇の書の上をいった。
突如として発現した能力によって、闇の書としても予想外と言えるほど強化された天音。

――彼女は天音の力を読み誤ったのだ。

もちろんそれだけではない、天音の魔力を奪うその効果が思ったよりも闇の書の体に付加をかけている。
それによって反応がおくれ、結果、戦闘が始まって以来初めて一撃をまともにもらうことになった――。
だが、と、闇の書は直撃を受け爆炎をあげる自身の腹部をなでながら思考する。

これだけの力、その代償がないなどと言うことはあり得ない――。
天音という少年にどれだけの魔法の才があろうとも、だ。











天音の抱いた思い――“願い”はこの手の魔法で大切なものを守ること。

――でも、僕はこの力を手にしてから何一つ守れたものはなかった――。

姉の時は力が足りなかった。フェイトの時は精神的に弱っている彼女をねじ伏せる事しかできなかった。
そして――ヴィヴィオの時はただ守られていただけだった。
しかも危うく彼女の命を奪われる寸前だったのだ。
自身の力が足りなかったせいで――。
その瞬間、彼の脳裏によみがえった悪夢の光景。
自分の力が足りないばかりに奪われてしまった姉の命。
なら、どうすればいい? 自分の力が足りないならどうすれば。

奪えばいいんだ――守るために――。
守る力が足りないなら奪う。
どんな者からだって奪い、吸い取ってやる――。
吸血鬼である自分には得意な分野のはずだ。
奪われる前に、奪い尽くせばいいのだから。

それは奇しくも、高町なのはとは対極の思想。
彼女は奪われないために守り抜くことを、その不屈の心に誓った。
しかし、天音の見いだした答えは奪われる前に奪い尽くす。
天音もなのはもーーどちらも大切な存在を守り抜くために、それを見いだした。
したいこと、望むことは一緒のはずなのに、こんなにも二人は違っていた――哀しいほどに。

そこでふと、天音は先程闇の書が言った言葉を思い出す。

「皮肉がきいているな」――。

ああ、確かに。これはずいぶんと皮肉が効いている。
自分は大切な人達を守り抜くために、“奪う”という手段を選んだというのに――。

この力は対象を設定できない。
天音自身がどう思おうと発動すれば問答無用であらゆるモノから魔力を搾取し続ける。
それはつまり、彼が守りたいと思う、“大切な人達”からも奪ってしまうと言うこと。

「――はは」

「?」

思わず漏れた笑い声、天音のそれを不振に思ったのか首を傾ける闇の書。
それがあまりにも人間らしいので、余計笑えてくる。
なんでそんな風にするんだよ、やりずらい――。
それはただの八つ当たりである。
何の正当性もない想いであると解ってもいる。
でも、思わずにはいられなかった。
――そして苛立ちとも、呆れともつかぬ感情を抱きながら天音は再び銃(イデア)を構える。
これから殺し合いをするんだ――甘ったるい考えじゃあこっちがやられる。
そもそも、純粋な実力じゃ天と地ほどの差がある相手だ。
今は小細工で何とか優勢を保っているが、いつ覆されるか解ったものではない。
だから――












「......」

場の空気が変質したのを闇の書は敏感に感じ取った。
重く、湿った空気。そして全身を襲う寒気――。
良い殺気だ――そうでなくては面白くない。
知らず、闇の書はその美しい顔に笑みを浮かべていた。

目の前の少年は“強い”――。

それは実力的な意味ではなく、もっと抽象的、概念的な意味で。
今も彼女や周囲の空間から魔力を奪い続けている特殊な能力こそやっかいだが、しかしそれの欠点――つまりは天音自身がその強大な能力に支払う代償――は大体の察しはついている。
ただ、先の執務官のように本当にやっかいだと言えるのはその精神性。
闇の書は強大な力を持つロストロギアだ。
だが、人工物であり、一種の機械である彼女は如何に限界を超えようとしてもそれは不可能。
スペック以上の能力を引き出すことはできない。
だが、『人間』である彼らは違う。
どれだけの傷を負って、どれだけ体が限界を訴えようと、強い精神は時に肉体をりょうがする――。
執務官の少年は彼の持つスペックを越えた魔力行使を行い、とっくに肉体の限界を超えていたハズなのに、最後までこの闇の書にあらがい続けた。
いや、執務官の少年だけではない。
あのなのはという少女やユーノという子もそうだ。
そして今対峙している彼――天音も同じく、そう。
本来ならあり得ない戦闘中におけるレアスキル(断言はできないがおそらくそう)の発現は現状における最たる例だろう。
そんな彼等だからこそ、もしかしたらこの私を――

「行くぞ、イデア」

《了解しました。“力”の発動時間には十分に気をつけてください》

「わかってるっ」

そう言い放った直後、天音は闇の書に向かい全速力で突進していた。

「!」

同様は一瞬、闇の書は直ちにカウンターを行うための体制をとる。
引き絞られる右腕、それにはあらゆる光を吸収する闇色の魔力が纏われる。
本来、中~遠距離での戦闘スタイルをとる天音にとってこの特攻は端から見ればただの自殺行為でしかない。

神風特攻、相打ち覚悟の自爆技?――否。

玉砕覚悟で挑んで彼女と相打ちにできると思えるほど天音はバカではないし、それは闇の書とて承知である。
だが現在天音は近距離魔法は未収得。飛行速度は遅くはないがしかし決して速くもない。
つまり、どのような考えがあれ結局これは悪手である――そう判断した闇の書は特攻をかける天音を避ける、ではなく打ち向かえることを決定した。
無論、先にも述べたとおり天音が何か考えているとは解ってはいる。
解ってはいるが、だからといってここで退くのは負け、なのである。
闇の書とて誉れ高いベルカの騎士。
たとえ天音がどのような策を労していようが真正面から打ち砕く。
それができる自身も実力も己にはある。
迫りくる天音の顔面――それめがけ闇の書はその拳をふるう。絶対と自負するその闇色の拳に、天音は為すすべもなく打ち砕かれ――














――る、ハズだった。












ご、とまるで壁でも殴ったかのような鈍い音と感触が右手から伝わった。
ばかな、と思わず顔を共学に染める。
魔力を搾取する能力が天音が接近するごとに強くなることには気づいていたがしかし、これほどまで威力を殺されるとは予想外。

――つまりそれは月村天音の生存を意味する。

目の前には額がわれ、血を流す天音の顔面。
そして――


《コンプレッション・キャノン》

闇の書の腹部に当てられた魔銃――赤黒い閃光が闇を散らして撃ち抜いた。

「かっ――」

思わず短い吐息が口からもれる。
闇の書の腹部に撃ち込まれた砲撃は見事に防御フィールドを突破し、BJをわずかに焦がした。
本来であれば自身にとって不利でしかない距離。
相手の土俵にたつことになるその距離で、天音は闇の書の意表を突き、事を成した。
しかしそれは、彼の新たに発現した能力があったからこそ突けた隙であり、さすがに次も同じ戦法が通じるわけではない。

――だが、あの闇の書に二度も確実にダメージを通した。
それは大きな進歩であり、闇の書とて絶対無敵ではないという証明。
いける――ここで、攻めきる――!




ああ、悪手は私の方だったか――。
闇の書は砲撃に撃ちとばされながら胸の内で短くつぶやいた。
彼女の誤算はやはり、天音の能力を見誤っていたこと。
周囲の魔力を搾取し自分のモノとする彼のそれは彼に近いほどその吸収効果は強くなる。
彼が特攻をかけたのはつまりそう言うことだった。
本来不得意である近距離戦に持ち込んだのは未だ実態のつかめていないであろう自身の能力をフルに発揮させるため。
結果はごらんの通りの大成功。
カウンターとして打たれた闇の書の拳――ヴィヴィオを墜としたものと同様の魔法――は天音の接近と共に急速に威力を減少させ、反面強化される天音のBJの防御フィールド。
それらの帳尻が合わさり額に軽傷を負ったものの、天音は見事闇の書に二撃目を与えた。
それはまさに紙一重の結果。
下手をすれば天音の頭部は木っ端みじんに砕け散り、赤い花を咲かせたことだろう。

「く、ふふふ」

しらず、闇の書の口から笑いがこぼれる。
直後、自身の真上から降り注ぐ魔槍のすべてを回避しながらさらにその笑い声はボリュームを上げていく。

「はははははははははああははははははははは!!」

狂笑――まさにそうとしか言い表せないほど狂ったように、闇の書は笑い声を夜天に轟かせた。
実際のところ、彼女には天音の考えなど読めていた。
ただ、計算外だったのが彼の執念。
まさに自身の命を顧みない狂気の沙汰に彼女は狂喜していた。


――そう、彼は、天音は自身の命を捨てている。


現状、第三者が見れば天音は闇の書相手に優勢を保っているように見える。
事実、戦闘が仕切り直されてから彼は一発も攻撃を食らっていないし、立て続けにダメージをもらっているのは闇の書の方だ。
だが、その実もっとも追い込まれているのは天音である。
“魔力を奪い続けるチカラ”――。
それは魔力で創造された疑似生命体である闇の書やヴォルケンリッターにとって自身の体を構成しているものを奪われ続けると言うことであり、まさに天敵ともいえるチカラ。
恐らく今相対しているのが闇の書ではなく、先ほど彼らが死闘の末打ち破った劣化ヴォルケンリッターの誰かならば問題なく勝利をつかめることだろう。
しかし、今現在相対しているのは『闇の書』である。
その身に蒐集した魔力だけではなく、『ジュエルシード』という一級のロストロギアを宿した化け物だ。
常に聖王の鎧に匹敵する防御シールドを展開するために放出される魔力は他の追随を許さないほど強大で大量だ。
一度に外界に放出できる魔力は限られているがそれでも圧倒的といえる魔力放出量をほこっている。

――そんな化け物と単騎で渡り合えたヴィヴィオが異常なのだが――。

そんなアリエナイ存在と今天音が、つい最近魔法を覚えただけの少年が“戦闘を行えている”のはなぜか。
短期間ながらも濃密な魔法戦闘を経験したことや特殊な生まれから得た身体能力も理由とはなるが最も大きい要因はやはりそのチカラ。
“魔力を奪い続けるチカラ”のおかげだ。
闇の書にとっては天敵である上に彼女の膨大な量の魔力を常に奪い続け自身を強化できると言う特性は彼に一時的に化け物と戦うチカラを与える。
敵は弱り、自分はその分強化され続けるという反則技。
対魔導士戦においてもかなりの効果をもたらすことは明白であった。
だが、何度も言うように今相対しているのは闇の書だと言うことを忘れてはいけない。
















「ぐっ......げ、うごぉ、がっ」











ごぼり、ごぼり――と天音はその口から自身の魔力光と同色の赤黒い液体を吐き出した。
出血――血液が彼の内から逆流し、吐き出される。
口だけではなく、それは鼻からも流れ出て天音の雪のように白い肌を染めあげていく。
まだ天音は闇の書から一撃も攻撃をもらっていない。
では何故? ――答は簡単、これが“チカラ”の代償、“許容限界”。
彼が常に効果範囲内の“全て”から奪い続ける大量の魔力。
相手が並の相手ならば問題はなかったかもしれない。
だがしかし、今現在彼の能力の効果範囲にはあの闇の書がいるのだ。
そのみに宿す魔力は絶大。
ロストロギアである闇の書だからこそ制御しきれるそれは天音ごときが吸収しきれる量では決してないのだ。
魔力炉と自身のリンカーコアを連結し、魔力を底上げする技術はすでにあるが、それには高度な魔力制御技術が必要であるし、そこまでの技術を現時点で有しているのは管理局全体でも片手で数える程度しかいない。
如何に魔法の才があろうと今の天音には持ち得ない高等技術。
それに天音に芽生えたチカラはまだ生まれ手間もないもので彼自身ですら使いこなせてはいない。
しかも、魔力炉で底上げをする場合、自身のリンカーコアの他に補助タンクが別に出来るようなものであり、常に効果範囲内の魔力を搾取し続け自分のリンカーコアに流入させる天音の能力とはにて非なる。
仮に、リンディや彼の大魔導士プレシア・テスタロッサレベルの魔力制御を今天音が突発的に行えたとしても、能力によって奪い続ける魔力の量を調節できないのでは意味がない。
天音の能力は一見使い勝手が言いように見えるがその実、同格異常、己を圧倒的に上回る魔力を持つ敵や、周囲に異常なほど魔力が充満していては返って自身の自滅をまねく諸刃の剣。





「だが、それを解っていてもお前はそれをやめないのだな」

その顔に禍々しいとも美しいともいえる笑みを浮かべて闇の書は天音にそう言った。

「――」

天音は答えない。
だが、否定もしない。
実際、この能力を解く気はこれっぽっちもない。

さっきから頭は痛いし腕は痛いし耳は痛いし鼻は痛いし――ああ、もう全身痛いよバカ。
溢れる魔力が体を破壊し、直ぐに体を癒していく。

そもそも天音は治癒系魔法の適正が低い。
本来であればとっくに崩壊を迎えて良いはずなのだ。

だがそれはまだ困る。もう少し持ってもらわなければ嫌だ。

拙い技術を搾取した膨大な魔力にものをいわせてカバーする。
崩壊と再生とを繰り返す己の体が未だに人の形を保っていられるのはそれらによって、辛うじて再生の速度が破壊の速度を上回っているから。

――でも仕方ない。こうでもしないとあれとは戦えない。
絶望的なまでに魔力と技量に差があるのだからこれくらいしなければ絶対に勝てない。

仮に、今このチカラを解いてしまっては万に一つも己に勝ち目はない。
恐らく刹那の後に瞬殺されるだろう。
天音は燃えるよう熱を持つ体とは裏腹にやけに冷めた頭で冷静にそう思考した。

我ながら中途半端な反則技に呆れてため息がでる。
――と思ったらため息の代わりに血を吐き出した。鉄臭い、口の中が自分のむせ返るような血のにおいで充満している。
ああ、くそ。こんなに血が流れて......これ、すずか姉さんの血も混じってるんだからそんなに流したくないのになぁ。
......などとグダグダと自身の中で思考を巡らしていても仕方ない。
ぐい、と袖で顔面を赤く染めあげる血を拭う。
苦痛にうめくポンコツ同然の体に活を入れて魔力を高める。
体に収まりきらない魔力が皮膚を破って逃げていきそうになるがすんでのところで制御し、その分の魔力を攻撃魔法の構築にまわす。

「死ぬ気か」

闇の書がなんか言っているが無視を決め込む。
それに答える時間も余裕も今はない。
そもそもお前と会話する義理もないし――。

瞬時に天音の周囲に展開される赤黒い魔力の槍。
そして彼が両手に握る魔銃にともる同色の光。
闇の書がその笑みをさらに深た。
本来天音が行えるフルパフォーマンスを明らかに越えた魔法行使。
知らず、天音の顔にも笑みが浮かんでいた。
死ぬ気か――だって? 
ああ、そうかもしれない。
今自分は死んでも良い、なんて思ってしまっている。

でも、そうだ。あの時はそうだった。
『お姉ちゃん』を守る為に、僕はそうしたんだった。

あの時とは違い魔法を手にし、身体も強靱な物となって力を得ても未だに自分はなにも守れていない。
じゃあどうすればいいのか。
考えるまでもなく答えはでた。
――命を懸ける。
『あの時の自分』がそれで『お姉ちゃん』を守れたのだ。
『今の自分』が同じ事をして守れないはずがない。
というか、そうでないと嫌だし、困る。

でもその時は――

「お前も、付き合ってもらうっーー!!」








己の所業を後悔したことはない。
いや――正確に言うなら、後悔など許されないのだ。
なんの罪もない子供を氷結地獄(コキュートス)へと堕とす悪魔の所業に安っぽい感傷などあってはならない。
たとえどんな犠牲を払おうともこの道を曲げることなど今更自分には出来ないし、する気もなかった。






その男――『ギル・グレアム』は不器用な男だった。






英雄などともてはやされて、その気になることも出来ずにずっと過去に縛られて生きてきたた只の凡夫だ。
だが、彼の行った数々の偉業はまさに英雄とたたえられるべきものであったのもまた事実。
それが彼にとっては重石以外の何者でもなかったというのは皮肉でしかないが。
グレアムはその精神性においてまぎれもない凡夫である。しかし彼に神が与えた能力はそうではなかった。
彼は優秀すぎた。まるで生まれながらに英雄であることを宿命付けられたかのように。
SSSランク魔導士――かつて管理局に現れた事のない規格外の魔導士ランクを保有するに至り、さらにはSランクの魔導士に相当する実力を持った使い魔を二体も使役していたのだ。
世間がグレアムを英雄視するのにそう時間はかからなかった。



やがて時は流れ、彼も老い前線を退く。
といっても未だその実力は管理局でもトップであり続けていた。
しかし長年にわたる重責から、彼は早く逃げ出したかったのだ。
己の能力とそれによって人々が生み出した『英雄』ギル・グレアムという虚像から。
戦場に立てば、必ず味方を勝利に導く最強の英雄ギル・グレアム。

――そんな役割はもうごめんだった。

だから戦場の英雄である事を彼は辞めた。
そして後続の育成に努めることにし、自身の代わりを見つけたのだ。
それが、若き日のクライドでありリンディだった。
二人はその容姿もさることながら魔法の才も高く、直ぐに新たな英雄として世間に迎えられた。
己の見いだした若い才能にグレアムは満足であったし、個人的にも彼らとはとても馬があった。
グレアムはこれまで余りにも優秀であったことから孤立することが多かった。
とても優秀で英雄などと称えられていたグレアムは上官や同期の者でも気軽に接することの出来るような存在でなかったからだ。
その上当時としてはまだ珍しい『管理外世界出身』という特殊な事情も相まってグレアムが気を許せる者は管理局には少なかった。
だが、クライドとリンディはどちらもそんな彼に物怖じすることはなく接することが出来る、数少ない人間であった。
もともと二人は気さくな性格であったこともあり直ぐにグレアムも打ち解けることができたのだ。
自身にとって大先輩で偉大なる管理局の英雄であるグレアムに対し時には実の子供のように、時には友人のように、接してきたのは彼らだけだった。
その態度は見ようによっては礼儀のない無礼な振る舞いと他者の目には写ったのかもしれない。
だがグレアムにとって、それはとても嬉しいものであったし、また楽なものだった。
変に肩肘を張らずに接することの出来る存在という者はグレアムにとって貴重だったから。




それからまた月日は流れ、クライドとリンディは結ばれ、息子も生まれた。
グレアムはそれをまるで自分のことのように喜び二人を祝福した。
それはもう盛大に。
己の持つコネクションをフルに活用して彼らの新たな門出を祝ったのだ。
彼らの結婚式ではついつい張り切ってSSSランク砲撃魔法を空に撃ちあげ、危うく警備に当たっていた魔導士を撃ち落としてしまいそうになったりするほど興奮してしまった。
当時を思い出す度にあのころが最も輝いて美しい日々だったとグレアムは思う。






――だが、そんな日々も終わりを迎えることになる。





『闇の書事件』それによってクライドはこの世をさり、彼の部下たちも同様に次元の狭間に散っていった。
そして彼らを闇の書ごと葬る選択を下したのは他でもない――『英雄』であるギル・グレアムだ。
あの時に、凡夫であるギル・グレアムは完全にこの世から消えなければいけなかった。
英雄であることしか世間は彼に求めていなかったのだから。
ならば、いい。そう、ならば、己はどこまでも英雄として多くの人々の命を救ってみせよう。
たとえ一を切り捨てることになろうと、私は百を救ってみせる。
そのためならば己は鬼にも悪魔にでもなろうと。
そうしてやっと見つけた新たな闇の書の転生先。
『八神はやて』――。両親を失い親戚も存在せず一人残された孤独な少女。
同情? バカな、アリエナイ。『英雄』であるギル・グレアムがそんな事をするはずがない。
生活費の援助をしていたのもすべてはこの日のために。
闇の書が完全に起動し、暴走を始めるその瞬間、永久に溶けることのない結界に閉じこめ虚数空間に葬るためだ。
だからこそ、闇の書が起動する前に死んでもらっては困るのだ。
約束の日に、闇の書共々彼女を葬る。
同情などない。この道を選んだことに後悔はない。
あの時と同じ事をすればいいのだ。

――英雄ギル・グレアムとして正しいことを。

ただ、今回で全てが終わる。
旧暦より転生を繰り返し、幾つもの世界を壊し人々を不幸にしてきた闇の書の輪廻はここで終わる。
ここで終わらせるのだ。この私が――ギル・グレアムが。
だからそのために何でも利用する。
たとえ十に満たぬほどの少年少女が命を落とそうとも――より多くの人の命を世界を守るために。
全てを守り、終わらせるためならば喜んで汚名をかぶろう。
ああ、何故ならば己は『英雄』なのだから。




















後書き。

あーいろいろやっちゃいましたね汗 反響が怖いですがまぁ良いかな笑
チートになりきれない天音君の超中途半端レアスキル(笑)が何故突然発現したのか。
『イデア』て結局どんなデバイスなのさ、ていうのはまた今後明かされていきま
す。
とりあえず、今回能力の大雑把な解説と代償、デメリットが明らかになっていますが実際これだけじゃないです。能力を得るために天音が払った代償は。
まあそれもAS編が終わるころには明らかになると思います。
というわけで、またの更新をお待ちください。


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